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[34254] MuvLuv Alternative Possibility (TE&Alt) オリ主
Name: Haswell◆3614bbac ID:6d928994
Date: 2013/03/11 22:45
――それは
とてもちいさな
とてもおおきな




―とても、たいせつな―




 原作 âge

    吉宗鋼紀




あいとゆうきのおとぎばなし










私は果てしないさすらいの旅を行く。
 かつて誰一人 通ったことのない道を。
               シューベルト  冬の旅より







まあ座れよ。お前にいい話を持ってきたんだ。
うまくいけばまた復帰できるかもしれない。

―人類が大規模反攻を開始する1999年



中隊傾注。 我々は人類の未来を切り開くため、本作戦を決行する。今日までの訓練が決して無駄ではなかったと誇れるような戦火を勝ち取って見せよ。




―オルタネイティブ5を主動に導く戦略的要衝




本作戦の成功をもって貴官らは第65戦闘教導団インフィニティーズの衛士になる。

せいぜいはげめよ。


貴様は何者だ?衛士とは人類が掲げる剣の切っ先。その本分は政争に首を突っ込むことではないぞ。

仲間が殺されてるんだぞ

正義感も正論も結構。だが安易に踏み込めば、大切なものを失うことになる。


貴方の仕事はまだ終わっていない。川向に行くにはまだ早い。
―国境を超越する開発拠点にて

これで本当に、俺たちは助かるのか。



私が保障しよう。これが君たちの命のチケットだ。



―世界の均衡は崩れ始める



本計画に重大な危機が迫っています。さしあたっては彼らと共同歩調を取るべきかと

敵の敵は味方か。



君は祖国を敵に回すことになる。

もう後戻りはできない。



―愛する祖国からの離反


どうせ、生きては帰れないんだ。それならいっそここで。

馬鹿を言うんじゃない!



―隠された真実





大隊規模の戦術機に馬鹿でかい貨物船まで…
いったいアイツらなにを運び込んでやがる。

人類を勝利に導くものだ。

じゃあそこには…

グレイシリーズだ。アラスカからG元素が持ち出されている!

なんてこった。

―不可能と言われた任務に挑む



「死力を尽くして任務にあたれ」



「生ある限り最善を尽くせ」




「決して犬死にするな」


これは人類の為、BETAと戦い鬼籍に入った全ての兵士に捧ぐ物語である。



[34254] プロローグ
Name: Haswell◆3614bbac ID:6d928994
Date: 2013/08/23 18:40
プロローグ


突然の呼び出しに身だしなみを整えるのもそこそこに私は部下とともに横浜に出向した。






 
  職場が変わっても私の仕事は変わらない。 
奴らを狩り、人類を絶望の淵から救い上げる事。




今は遠きあの日
仲間たちとそして何よりあの人と交わした約束をこの命を賭してでも私は果たす。


     



MuvLuv Possibility







「中尉、司令がお呼びです。」

金属の扉をノックする鈍い音で私は目を覚ました。

寝過ごしてしまったのかとあわてて時計を見る。
現在時刻は午前4時半。
起床ラッパまではまだ時間がある。
まだ朦朧とした頭で扉を見つめれば、扉は私を急かすようにもう一度
今度は先ほどより強く音を立てる。
「中尉、司令がお呼びです。」

「ご苦労。司令には今いくと伝えてくれ。」
私の答えに満足したのか、扉から遠ざかるように足音が響きやがて廊下に再びの静寂が訪
れた。

私は意識を切り替えるためにベッドから身を起こし蛇口を捻る。
そこから流れ出る水を掬って顔を洗った。
ロッカーにかけられた我が国連軍の制服である黒のスーツに灰色のブレザーを手早くまと
い鏡でネクタイのズレを直して自室を後にした。


「蘇芳(すおう) 林太郎 ただ今出頭いたしました。」

「入れ」

司令に敬礼し司令も私の敬礼に答え司令室での話し合いは始まった。

「君も知ってのとおり我が軌道降下兵団は慢性的な人手不足で全部隊の頭数を維持するの
も難しい状況だ。現に君の率いる小隊も2名の欠員を出している。」

「私の至らなさによって2名の欠員を出した事につきましては「そのことを責めているわ
けではない。実際君は軌道降下兵団きっての腕利きだ、高い判断力と指揮能力は度々連隊
長らの会話で耳にすることができる。」…ありがとうございます。」

先ほどから司令の話はどうも煮え切らない。司令の言葉通り今の軌道降下兵団は人員不足
で猫の手も借りたいほどだ。そんな時にいちいち一部隊の小隊長を呼び出してあーだのこ
ーだのと世間話をしている暇は無い筈だ。 現実問題として私の視界がデスクに積まれて
いる司令の決済を待つ書類の山を捉えた。
司令は私の視線に気づくと溜息を一ついた。 どうやらやっと本題に移るようだ。
「最近私のもとに優秀な衛士を寄越すようにと上からの通達があった。
こんな状況だから最初は抵抗していたのだが、奴らいつも以上に強引な手を使ってきてね。
どうやら上層部も逆らえない何処かから命令が下されているらしい。」

そこで司令はいったん言葉を区切り私の目を見て告げた。

「君の小隊は本日付で軌道降下兵団から転属になる。 私も詳細な報告は受けていないが
司令部からはとりあえず君たちを日本の横浜にいるラダビノット司令の元に向かわせるよ
う命令が来ている。すぐに準備をしたまえ。」

突然の転属辞令に全く驚かなかったわけではないが、しかし何処か納得している自分がい
ることも確かだった。自分でいうのもなんだが私は兵団きっての異端児だ。中隊長含め直
属の上司には煙たがられているだろうことを彼らの表情の端端から読み取ることができる。
どうしても人員を出向させなければならなくなったとき、誰を行かすかと考えればどう考
えても私しかいないだろう。私のせいで部下にいらぬ負担をかけてしまっていることは申
し訳なく思っている。
私はそんな内面を司令に一切知られることがないよう気を引き締め答礼して
司令室を去ったのだった。




まだ完成してすらいない稼働して間もない新しい基地への転属に本来なら不安を感じるべ
きなのだろうが、私は不思議と不安を感じることはなかった。


この胸にあるのは只々高揚感だけである。
なぜならば私は何か予感めいたものを感じていたからだ。
それはもしかすると明星作戦のときハイヴ内で偶々ある会話を拾ってしまったからなのか
もしれない。


人類が奴らに蹂躙されている現状を打開できる何かがあそこにはある。
もしかすると私はその一部になれるのかもしれない。


1999年12月20日
私は期待を胸に軌道降下兵団を後にした。



[34254] 横浜基地にて
Name: Haswell◆3614bbac ID:6d928994
Date: 2013/08/23 18:41
既に知っている人から見れば大変
うっとおしいものかもしれませんが
Muv-Luvをあまり知らない人でも読めるようできるだけ用語の説明も
交えていきたいと思います。







HSSTが規定高度に達し激しいGが体を襲う。大気圏突入によって窓の外は赤く染まり
今私たちが横浜へ一歩一歩近づいている事を教えてくれる。
私が横浜はまだか、まだかとうずうずしている事を敏感に察したエレン少尉などもはや呆
れ顔だ。
「私のせいで苦労を掛けてすまないな、少尉。」

エレン エイス少尉
今、私の右隣に座っている金髪碧眼の美しい白人女性。出身はカナダ。
降下作戦時に戦場で一人取り残された彼女を拾ってからこの方、私の部隊に配属されてい
る。
基本的に髪は短く切りそろえられ、前髪を髪留めで留めているが後頭部から一房の髪を腰
のあたりまで伸ばしている。
以前、後頭部より伸びる髪の毛の事を馬の尻尾みたいだとからかったら、半殺しの目に遭
った。二度とからかうまいと心に誓ったのは私だけの秘密だ。
そしておそらく私より年上だ。 実際何歳なのかは…怖くて聞けない。
 
起床と同時に私のところへ来たエレン少尉に事情を告げ、一路横浜に向かっている。

「いえ。あの時助けて頂かなければ私は今ここに存在していませんでした。こうしてここ
で溜息をついていられるのも中尉のお蔭ですので。私は中尉に一生ついていきます。」
そういってエレン エイスはいたずらっ子のような微笑みを浮かべた。

「そうか。私についてくるのなら出世街道からは永久にコースアウトだな。」
そういって少尉に笑い返したのだが、少尉は不思議そうな顔をして私に告げた。

「もう少しで滅亡を迎えそうな世界で出世して一体何になるので?」

「違いない」

私はそういって上辺では笑いながら、改めて突きつけられた現実に、内心驚きを禁じ得な
かった。

2000年を超える人類の歴史がたったの26年で滅亡の一歩手前まで追い込まれているのだ。

1958年
人類は初めて地球外に住む生命を火星で発見する。その報告は世界を飛び回り一大センセ
ーショナルを巻き起こした。 各国はきそって火星への探査計画を発表し、地球外生命体
とのファーストコンタクトという栄誉をどこが成し遂げるのか連日紙面はにぎわいを見せ
た。
1967年
今までの地球外生命体ブームに水を差す事件が発生する。
月面のサクロボスコクレーターを調査中の地質調査チームが火星の生命体と同種の生命体
と接触し通信を絶つ。
そして第一次月面戦争が勃発。
このとき火星で初めて発見された生命体はBeings of the Extra Terrestrial origin which is
Adversary of human race 人類に敵対的な地球外起源生命 通称“BETA”と命名された
のだった。
人類はBETAとの戦争で有効な戦略を見出すことができず6年後の1973年
ついにBETAは中国新疆ウイグル自治区喀什に着陸ユニットを展開し地球への侵略を開始
した。
そして1999年現在
ユーラシア大陸はほぼ陥落し、人類は有史以来最大の危機を迎えている。


人類はBETAに対し未だに有効な対策を講じることができていない。




赤く染まっていた空が徐々に青くなっていく。激しい揺れも収まり、大気圏の壁を突破し
て地球に戻ってきたのだと実感することができる。

「再突入殻での大気圏突入とは大違いですね。こんなに快適に空から降下できるなんて。」

「そうだな。それにこいつなら突然落ちることはない。」

そう言いながら私は、窓から外を見る。丁度その時、太平洋を太陽がゆっくり沈んでいく。

「綺麗」

少尉がつぶやいた。

「ああ、まったくだ。」




HSSTからラダーを使って滑走路に降り立つ。
私たちの機体はHSSTより降ろされて87式自走整備支援担架に積み替えられて何処かへ連
れ去られた。
横浜を見て私は言わずにはいられなかった。少尉も困惑気味だ。

「おい、これは基地と言っていいのか」

「わっ私には判断しかねます。」

滑走路から見えるすべての構造物の外壁に足場と防音シートが組みついている。
ものすごく灰色である。
日が暮れた今でも工事は継続しているのか、ここかしこで溶接の火花が散り、騒々しい音
がする。
滑走路から見える構造物も、管制塔、警備関連施設、そしてあれは…ハンガーだろうか
とにかく必要最低限度のものが申し訳なく佇んでいる。 そういった状況だ。
呆然と立ち尽くしている我ら二人の元に一人の女性が近づいてくる。
あたりが暗くて良く見えないが、時折溶接の為に飛び散った火花に照らされて、彼女が黒
のスーツに灰色のブレザーで構成される国連軍C型軍装を身にまとった女性であることが
分かった。
彼女との距離が縮まり、ようやくはっきりとした姿を捉えることができた。
溶接の光に照らされて輝く金色のショートヘア、耳には赤いイヤリングをしたなんとも仕
事のできる秘書?のような女性である。軍装につけられた階級章は中尉のものだ。
互いに敬礼し、彼女が切り出した。

「蘇芳中尉とエレン少尉ですね。私は香月博士の秘書をしているイリーナ ピアティフ中尉
です。博士から二人をお連れするようにと言われています。ついてきてください。」

彼女が秘書ではないかと当たりを付けていた私は内心ガッツポーズなわけだが、そんなこ
とよりも今は彼女に伝えなければならないことがある。
「イリーナ中尉。実は我々は今到着したばかりでラダビノット司令に着任の挨拶がまだ済
んでいません。まずはラダビノット司令のところへ行かなければ。」
そういうと彼女は少し驚いた表情をしていたが、やがて何かに納得するととんでもないこ
とを言い放った。

「ラダビノット司令への挨拶は香月博士への挨拶が終わってからでかまいませんよ。
それより急いでください。博士の予定はかなりタイトですので。」

そういって基地の入り口に向かって歩いていく。
あまりに想定外の一言に我々は立ち尽くすほかなかった。
この基地で階級が最も高いのは当然基地司令のパウルラダビノッドその人である。
そして横浜基地への転属が決まった時には香月博士の名前は書類に一切記載されていない。
基地司令への挨拶より優先されるという謎の博士との面談。
未だ完成とは程遠い状態であるにも関わらず稼働するという前代未聞の状況に只々圧倒さ
れるばかりであった。

「急いでください。」

入り口まで歩みを進めたピアティフ中尉は私たちがついてきていないことに気づいて、手
招きする。
ここで立ち止まっていても何も始まらない。
怒られてしまった私と少尉は顔を見合わせ駆け足で彼女の後を追うのだった。





基地の内部に入った私たちはまたここでも驚かされることになる。
外面が全くと言っていいほど完成していないにもかかわらず、基地の内部は基地の体裁を
成していたのである。エレベーターなどは仮設で内部でも溶接光をここかしこで散見する
が外の状況と比べれば遥かにましだ。
工事に従事する者たちが忙しなく動いている中をすり抜ける。
やがてピアティフ中尉は一台のエレベーターの前で立ち止まった。
今まで見てきたエレベーターすべてが仮設のものであったのに対しこの一台だけはなぜか
正式なものが設置されていた。みるからに怪しい。
ピアティフ中尉はセキュリティーキーを取り出すとエレベーターのコンソールにかざす。
赤く光っていたエレベーターのランプが緑色に変わり、扉が開いた。
エレベーターは地下に向かう。


エレベーターから降りた私たちは、香月博士のいるエリアに向かって廊下を歩いている。
元ハイヴを利用した基地構造だからなのか妙な既視感を感じてしまう。
これなら新しい基地で迷子になる可能性は低くなるなと内心喜びつつも、すっかりハイヴ
オタクとなってしまった自分にショックを感じた。

横浜基地は、H22横浜ハイヴ
日本帝国軍呼称 甲22号目標の跡地に建設されている。
ハイヴとはBETAの前線基地の事だ。
モニュメントと呼ばれる上部構造物とスタブと呼ばれる地下茎そして反応炉により構成さ
れている。反応炉はスタブの最深部にある大広間に存在しておりハイヴに住むBETAにエ
ネルギーを供給している。その詳細は謎に包まれた存在である。
ハイヴ内にBETAが存在する間、ハイヴは絶えず拡張工事が続けられ、巨大化、多機能化
していく。
ハイヴは大きさによっていくつかのフェーズに分けられる。
地球に存在するハイヴはフェーズ1から6までである。
そしてここ、横浜ハイヴはフェーズ2に属するハイヴであった。
フェーズ2ハイヴは上部構造物が50m以上、地下茎の最大深度は350m地下構造物の水平
到達距離は2Kmとされている。
そんなものの跡地を利用するのだから当然基地は巨大なものとなるだろう。


やがて開けた場所に出た。その中心に特徴的な後姿の人物を発見した。
紫色の肩までかかるミディアムヘア。C型軍装の上に白衣をまとい周囲に指示を飛ばしてい
る。

ピアティフ中尉が彼女の元へまっすぐ向かっていく。


ピアティフ中尉のヒールが床に刻む足音に、彼女は気づいたようだ。
彼女がこちらを振り返る。
やや吊り上り気味の赤みがかった瞳がこちらを射抜いた。


一見して気の強い人物であることがうかがえた。




ああ、間違いない。
















「博士、例の二人をお連れしました。」







この人が香月博士その人なのだ。



[34254] 想い
Name: Haswell◆3614bbac ID:6d928994
Date: 2013/08/23 18:46
早く戦術機戦が書きたい今日この頃






ユサユサ、ユサユサ、 誰かが私の体を揺らしている。
私の意識が深層から徐々に浮き上がる。体の節々が痛みを訴えている。

目を開ければ蛍光灯の無機質な光を背景に人影が写った。
私はベッドではなくソファーに横たわっていた。
ああ、またやってしまった。

最近は私も疲れがたまっているのか研究途中にそのまま寝てしまうことが多い。
天才を自負するこの私でも、さすがに2日3日続けての徹夜はつらいものがある。
人間の限界を超えられれば、一向に進展しないこの研究もなんとかなるのだろうか。

「博士  朝です。」

 銀色の髪をツインテールにしバッフワイト素子で作られた髪留めで留めている、まだ年
端もいかない少女。

私がロシアから引き取った少女。今では私の右腕として働いている。
私の研究内容を私と同程度把握している。もはや歩く軍事機密だ。

名を 社 霞 という。

社は普段から私を起こしに来ているわけではない。
今日起こしてもらったのは、急遽外すことが出来ない案件が本日に滑り込んだため、絶対
に寝坊は許されないからだ。

昨日帝大よりこちらに越してきたばかりで資料の整理や、機器を設置しなけらばならず、
とても忙しいのだが、今日は件の衛士が来る。

1997年
私の直属部隊であるVFA-01が発足した。
非公式部隊であり国連はその存在の一切を認めていない。
VFA-01は連隊規模で発足したにも関わらず、任務のあまりの過酷さゆえ今や伊隅率いる第
9中隊を残すのみとなってしまった。
それも今年8月に行われた明星作戦で多くを失い。遂に衛士2名を残すばかりである。
2名では作戦行動を継続することは不可能で、今や部隊は休眠状態だ。
私は研究の為にも早めに部隊を立て直す必要性にかられた。
VFA-01は今まで全て同一の教官が訓練しており、訓練校からの気の置けない付き合いがあ
るからこそ結束力は堅い。その中へいきなり別の部隊から引き抜いてきたメンバーを入れ
ると連携がうまく取れるのか正直に言えば不安ではあった。しかし来年、練馬の訓練校か
らVFA-01に入隊する新兵は2人だけである。それにVFA-01たるものその程度で動揺し
ていては困るのだ。
不本意であるが外部から欠員の補充を行うことを決めた。それが8月10日の事だ。
最初は指揮官の伊隅と教官のまりもが帝国軍出身であることを考慮して、帝国軍より人員
を引き抜こうと思い、帝国側に打診した。しかしVFA-01を構成するために帝国軍より度々
人員を引き抜いていたことが裏目に出て今回は強い反発にあったためやむを得ず国連軍よ
り人員を引き抜くこととなった。VFA-01では生半可な練度ではやっていけない。どの部隊
から引き抜くのが良いのか悩みに悩んでいた時、答えは意外な人物から提示された。

帝国情報省外務二課長。 鎧衣 左近 だ。

シルクハットに草臥れたトレンチコートを着たいかにもサラリーマン風の男だ。私をイラ
イラさせることに関しては間違いなく天才だ。
あいつは神出鬼没で許可のないエリアにも無断で侵入する油断ならない男だが、有用な情
報を持ってくる為に生かしている。
あの日、私が部屋にいないことを良いことに人の部屋を物色していたあの男を見つけたと
きは遂にあいつをヤル時が来た!と歓喜していたのだが、あいつの次の一言に計画は先延ば
しとなった。 チッ 今でも腹立たしい。

「これはこれは、香月博士。ご機嫌麗しゅう。本日はおひがら「はやく要件を言わないと
撃ち殺すわよ!」おお怖い。」

「本日お伺いしたのは他でもないVFA-01の欠員補充の件でよい提案をお持ちしましてな。」

「へえ。くだらない事だったら貴方を物言わぬオブジェにしてあげるわ。」

「酷いですなあ博士。私がこんなにも尻尾を振っているというのに。」

そういいながらも奴の表情は変わらない。
「どうでもいいわ。で、どの部隊よ?」

「香月博士は軌道降下兵団の事をご存知ですかな?」

「知ってるけどダイバーズがどうしたのよ。 …まさかダイバーズから引き抜こうなんて
馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうねえ」

国連宇宙総軍軌道降下兵団
通称 オービットダイバーズ
文字通り大気圏外より再突入殻を用いて敵地(主にハイヴ)に突入する部隊だ。簡単に言えば
現代の空挺だ。
再突入殻とは表層は耐熱対弾装甲、その下は対レーザー弾と同様の効力を持った装甲板で、
製造されたダイバーズたちのいわばパラシュートだ。
再突入殻を用いての大気圏突入には危険が伴う。再突入殻はトータルの信頼性が91%しか
確保されていない。この数字は100人降下すれば9人は戦わずして死ぬことを意味してい
る。 再突入殻はその外見と低すぎる信頼性により空飛ぶ棺桶と揶揄されていたりする。
大気圏を突破できたダイバーたちは高度2000m付近でパージされ、再突入殻はパージ後、
先行して地面に直撃し後続の戦術機たちの盾になる。高高度から降下する戦術機たちは無
防備であり、光線属種のBETAの格好の的だ。そこを何とか切り抜けてハイヴの入り口付
近に降下する。
オービットダイバーズは損耗率が最も激しい部隊であり、他部隊でベテランと言われる者
でもこの部隊では通用しないのだ。一説には軌道降下兵の帰還率は2割といわれている。
彼らは誇りをもって職務に当たる。
戦術機を操縦する兵士の事を一般に衛士というが彼らは自らを軌道降下衛士と呼ぶことに
もその一端が伺える。

軌道降下兵団からの引き抜きなどもはや不可能に近い。今は何処も衛士が不足しているが、
軌道降下兵団ともなるとそれは顕著だ。隊の優秀な衛士を引き抜かれるのを快く思うはず
はないし、此方としても計画の今後を考えると今彼らと諍いを起こすのはあまり美味くな
い。

「そのまさかと言ったらどうします。 先日 とある筋よりとても良いピーナッツを入手
しましてなあ。
それはそれはとても黒くて、そういえば…」

このまま黙って聞いていれば嬉々としてピーナッツの植生について延々と講釈が続きそう
だったので容赦なく話の腰を折ることにした。

「強請ね。何人くらい確保できるの。」

「相変わらず博士は連れないですな。今のところはわかりませんが、麗しの博士の為なら
ばなるべく多く確保しましょう。」

「そう、私を失望させないでちょうだい。 用が終わりなら早く出て行って、私は忙しい
のよ。」

「相変わらずお厳しい。」
そういうと鎧衣は音を立てずに去って行った。鎧衣が先ほどまで立っていた場所には謎の
土偶が残されていた。


そんなことがあってからかれこれ4か月経つわけだが、一昨日 宇宙総軍から連絡が入り
此方に2名の軌道降下衛士をまわすということだった。ああ見えて優秀な鎧衣をもってし
て4か月かかったのだから裏で壮絶な駆け引きが繰り広げられていたことは想像に難くな
い。
急な転属で軍歴などのプロファイルを用意するのに時間がかかるとかのたまったのでピア
ティフを使って調べさせることにした。今日その結果が私の耳に入る筈だ。

何はともあれ

「霞 PXに朝食を食べに行くわよ。」

「はい」

まずは腹ごしらえよ。



横浜基地を稼働する際、最初に完成したのは研究施設でもましてやハンガーでもない。
PXである。人間は食べ物がなければ始まらない。 胃袋をつかめという言葉があるがまさ
にそのとおりである。ここの食堂は現在、工事関係者、警備兵、研究員などの食事を一手
に担っている。朝、昼、晩は人がごった返し最前線ばりの忙しさだ。
そんな過酷な戦場を切り盛りするのは京塚志津江曹長 その人である。
優しげな瞳と恰幅の良い体型は日本の肝っ玉母さんのイメージそのものだ。
京塚曹長は戦時特例法により民間人でありながら階級が与えられている。
BETA侵略以前はここ柊町で京塚食堂を経営していた。
PXは彼女のシマでありいかなる階級の兵士であってもPX内においては彼女に逆らうこと
はできない。


横浜のPXにお世話になるのは今日が初めてだ。日本をはじめとしてBETAに侵略された
国々では、耕地面積の関係上天然の食糧が極めて希少である。国民全員の食糧を天然物で
賄えないため、合成食料が開発されたのだが、これがまずい。
パサパサした食感と、極めて残念な味付け、安っぽい見た目の三拍子そろっていて兵士の
間では不評だ。 

食堂のカウンターに並ぶなんて久しぶりだ。 

「はいよ、次。 おや、あんた新入りかい?」
曹長の階級章を付けたここの責任者と思しき人物のあまりのなれなれしさに顔をしかめる。

「ええ昨日着いたばかりよ。」

「そうかい。そうかい。私はここの責任者の京塚志津江だよ。食事の事でなんかあったら
私のところに来な。」

そういって朗らかに笑う京塚志津江。
こんな態度をとられると普段なら腹が立ってどうしようもないのだが、この人物だけはど
うしても憎めなかった。なんというか古き良き日本の母という感じだ。

続いて京塚志津江は視線を横にずらして私の横にいる霞を見やる。

「おやまあ。こんなに小さい子が働いているなんて!怪我したりしてないかい?辛くない
かい?」 
京塚志津江は完全に娘を心配する母となっている。

「大丈夫…です。」

人見知りしやすい社が初対面の人物にしっかりと返答したことに内心驚いた。
「まあまあいい子だねえ。まだ育ちざかりなんだからたんと食べて良く寝るんだよ。」
そういって社の頭をなでて朝食セットをよそったのだが 明らかに量がおかしい。
私や他の連中のものより量が多い。しかし満面の笑みでこちらを見ている京塚志津江の好
意を無駄にすることが出来ないのだろう。社はしばらく葛藤したのち、おとなしくそれを
受け取ったのだった。

席について一口食べて分かったことがある。
横浜のPXで提供される合成食料は他のところのそれより格段に味がいい。

「おいしい…です。」

私の対面に座る社も同じ感想のようだ。
そうやって朝食を味わって食べているところにピアティフがファイルを小脇に抱えて現れ
た。
あの書類はおそらく本日着任してくる件の衛士2名のものだろう。
私が食事中であることを見て取ったピアティフは遠慮していた。私がかまわないからこち
らに書類を渡すよう合図する。

「お食事中失礼します。件の衛士のプロファイルをお持ちしました。」

「ありがとう。」

私はファイルを受け取る。

「彼らは今日横浜に到着するそうよ。着いたら出迎えてまっすぐ私のところへ連れてきて
頂戴。」

「わかりました。失礼します。」

「そういえば。」

去っていくピアティフの後姿に声をかけた。

「ざっと見てこの二人の経歴に何か問題はあった?」

私が尋ねるとピアティフは少し難しい顔をした。
「片方の衛士は正直なところ良くわかりません。彼の経歴は…」

「ありがとう。続きはこれを見るわ。引き留めて悪かったわね。」

「失礼します。」

今度こそピアティフはPXより去って行った。



手渡されたファイルにはピアティフが言いよどむ程の何かが書かれているらしい。
気になった私は手早く食事を済ますと霞を連れてPXを後にした。







なるほど、確かにこれは。
ファイルを見てピアティフが言いよどんだ理由を理解した。
二人いる衛士のうち片方 エレン エイス少尉に関して言えば何の問題もなかった。
しかしもう片方 蘇芳 林太郎中尉のプロファイルに関して言えば何とも言えないのであ
る。反逆罪だとか普段の素行が悪いとかそういう類の事は一つも書かれていない。
では何が問題なのか。 それは彼の経歴の1997年以前のデータが存在しないことだ。
彼の入隊は1997年9月となっている。つまり軍に仕官する以前のデータが存在しない。
何よりまだ16歳だ。
BETAの進軍速度が速く避難が間に合わないために大陸にいた日本人の戸籍データが消え
てしまうなんて話は良く聞く話だ。彼もその口だろうと予想はつくが、重要な計画を預か
っている身としては推測の域を出ない話で彼を懐に引き込むわけにはいかない。私の周囲
を絶えず間者が嗅ぎまわっているのだが、彼がその手の人間ではないという確証はない。
しかし、これを逃せば次の補充はいつになるやら。
衛士としての経歴がどれほどの物なのか私には詳しいことがわからない。
予想外の事態に苦しむことになった私は彼の軍歴だけを抜き出し改めてプロファイルを作
成し、気心の知れた友人である、神宮寺まりもに助言を求めることにした。
神宮司まりも
現在、練馬駐屯地に間借りしている横浜衛士訓練学校の教官を務めている人物で香月夕呼
とは帝国軍白稜基地時代からの付き合い。若干19歳で帝国軍最精鋭部隊である富士教導隊
に在籍するなど輝かしい経歴を持つ。帝国軍での最終階級は大尉だが、香月夕呼に招聘さ
れて国連軍の教官職に就く際に便宜上軍曹に降格となった。
香月夕呼がもっとも信頼する部下であり、親友だ。



部屋に入って早々に私に対して敬礼しようとするまりも。

「私がそれ嫌いだって知ってるでしょ。」

「しかし周りに示しがつきません。」

「この部屋には私とあなたしかいないわ。」

「はあ、わかったわよ。」
まりもは溜息をつくと昔のような口調に戻した。
それを見計らって私は話を切り出した。

「今年の訓練生はどう?いけそうかしら。」

「ええ、順調に仕上がってきているわ。」

「すでに伝えてあると思うけど1月には練馬を引き払ってここに訓練校を移すつもりよ。」

「ええ分かってるわ。 夕呼、そんな話をするために私を呼び出したわけじゃないでしょ。」

まりもは首をかしげた。

「そう、お見通しね。まずはこのプロファイルを読んでほしいの。」

そういって件の衛士のプロファイルをまりもに渡す。
彼女はそれを受け取ると中身に目を通した。
ころあいを見計らってまりもに率直な感想を求める。

「そうね。軍に入る前の経歴がわからないというのは気になるわね。」

「それ以外は。 特に軍歴のほうについて何かあるかしら。私はこういうのあまり詳しく
ないから。」

「軍歴はかなりのものよ。軌道降下兵団は国連軍きっての精鋭部隊。彼らは降下した回数
でベテランか否かを決めるって聞いたことがあるわ。うそ…彼3回降下してるわ。」

まりもの声に驚愕の色が混じる。

「3回降下するとなにかあるわけ?」

私がそう聞くと彼女は鼻息も荒く詰め寄ってくる。

「良い、新米ダイバーを100人集めて1回降下させれば20人に減り、もう一回降下させれ
ば4人になる。3回目の降下をすれば生き残りは0ね。」

「つまり彼は中々の“強運”の持ち主って事ね。」

「強運も強運ね。さらに言えば戦術機の操縦技量も相当なものなはずよ。ところで夕呼、
これはVFA-01のプロファイルじゃないわよ。なんでこんなもの持ってるのよ。」

「なんでって、今日ここに来るからよ。」

資料を握りしめて興奮気味のまりもに対して私は少し引きながらその質問に答えた。

「まりも。落ち着いて聞いてちょうだい。VFA-01は現状では部隊として活動できる状態で
はないわ。あなたが鍛えた新人も来年2名が入隊してくるのみ。私は早く元通りにしたい
のだけれど、新人を待っていては何時までたってももとには戻らないわ。だから伝手を使
って練度の高い衛士を余所から引き抜いたわけ。」

VFA-01の現状のくだりで少し、そうほんの少しではあるがまりもの目に悲しみの色が浮か
んだ。今までVFA-01に在籍していた衛士は全て彼女が鍛え上げた。自分より先に逝ってし
まう教え子たちにかなり堪えるものはあるのだろう。

「まりも。私の前で無理はしなくていいの。私は准将で、あなたは軍曹なんだから。」

「ありがとう。でも大丈夫よ。それより今を何とかしなくちゃ。 私の意見では彼を迎え
入れるべきだと思う。衛士としての腕は恐らくこの基地随一かもしれない。」

まりもは私をまっすぐ見つめて正直な意見を述べた。

私は彼女の言うことに驚いた。
なぜなら
「この基地にはあなたが鍛えた伊隅や速瀬もいるのよ。」

「ええ、そうね。でもね、なんとなくわかるの。それは3回降下したとか、若干16歳のダ
イバーとかそういうことじゃない。」

これは当てずっぽうじゃない。彼女に確信させる何かがあるのだ。
私にはそれがわからない。

「じゃあなぜ。」

「目よ。多くの教え子を持ったわ。だからわかってしまうの。この目は多くの出会いと別
れを見届けてきたんだなって。」


そういう彼女はどこか遠くを見ているようで私だけ一人取り残された。そんな気持ちにさ
せられた。私は内心の思いを払しょくしてこれから先の予定を組み立てる。

「そうあなたがそこまで言うのならばきっと確かなことなのね。明日、伊隅たちとぶつけ
て実力を見るわ。」

まりもは暫し思案していたが唐突に私に告げる。

「夕呼。 一つだけお願いがあるの。この子と話をさせてもらえないかしら。それに教え
子の活躍も見たいわ。」

まりもが彼に何を重ねているのかわからないが、きっと先達として何か伝えたいことがあ
るのだろう。彼女の提案自体はあらかじめ予想されたものだったので、許可をだして話し
合いはこれにて終幕となった。

「ええ分かったわ。なら明日彼を迎えに来て頂戴。 話はこれで終わりよ。」


横浜基地は夜も騒がしい。 眠らない基地横浜として、近隣にも轟くほどの音を立てて工
事をしているが、近隣はBETAの侵略時に廃墟と化しているので苦情を言うものはいない。

かくいう私も基地の地下で資料の運び込みと、研究機材の配置について指示出しをしてい
た。


そこへ壁に反響するヒールの音を捉える。この音はピアティフのものだ。
私は後ろを振り向いた。



ピアティフの後ろにウイングマークをつけた軍人が二人。





待っていたわ。 蘇芳 林太郎。



[34254] MANEUVERS
Name: Haswell◆3614bbac ID:7ca50f2d
Date: 2013/08/23 18:51
戦術機戦は書くのが難しいですね。

名前と苗字の間に・を入れるべきではないかとのご指摘を頂きました。
確かにおっしゃる通りなのですが、和名でそれをやるとなんとなく違和感が感じられるの
で、名前と苗字の間に隙間を開けることで対応しました。 

説明回が終わりここからが本番です。




……えっ?










「日本製の戦術機を扱ったことはあるか。」
唐突に大佐はそういった。
「俺にはそんな経験ねえよ。」
私は即座に切り返したのを覚えている。俺にはそんな経験はないし、今後もそんな機会は
ない。それに第一興味がない。私がそう答えると大佐は私の事を殴った。
「馬鹿を言うんじゃない。戦術機ってのはな、お前やお前の仲間が衛士を止めるまで命を
預けることになる棺桶だ。戦術機に詳しくない衛士に衛士の資格はない。そのウイングマ
ークを今すぐ返してこい。この馬鹿たれ。」

「ちっ。痛ってーな。何すんだよ馬鹿。ヒッ 」
悪態をつく私に大佐はもう一度拳を振り上げる。大佐の一撃はとても重い。二発目を食ら
えば大の大人でもただでは済まないだろう。
「生意気な口をきくのは結構だが、俺の元にいる間にお前には戦術機オタクと呼ばれるく
らいには戦術機の知識と国別戦術機の操縦について学ばせてやる。ほら来い。」
大佐はそういうと私の軍服の襟首を掴んで引きずって行くのだった。







Part One
    MANEUVERS  

PM19:00  December21 1999
  横浜

香月 夕呼に割り当てられた研究室で博士と二人の衛士が対峙している。
男は国連軍C型軍装を着用し右胸には銀星章が光っている。
名を蘇芳 林太郎 という。
そしてその隣、金髪のショートカットに後頭部から一房の髪を伸ばした女。
名を エレン エイス という。
2人はついこの間まで国連宇宙総軍軌道降下兵団に所属していた。
2名は香月に敬礼をすると香月の正面に直立不動でたった
「まずは長旅ご苦労様。ここに呼ばれた理由について何か聞かされているかしら。」

「いえ。」
 蘇芳中尉が一歩前に出て質問に答える。

「そう。あなたたちをここに呼んだ理由を教えてあげる。 最も検討くらいついているで
しょうけれど。」
香月夕呼が二人を見る目は厳しい。 自分たちの体に穴が開くのではないかというくらい
の鋭い視線に二人は身じろぎをした。
「あなたたちをうちの部隊に引っ張ったの。最も本当に入隊できるかどうかはわからない
わ。」
「入隊するために自分たちは何をすればよろしいでしょうか。」

「練馬にある演習場で2人には演習をしてもらうわ。明朝1100時に迎えを寄越すわ。話は
以上よ。
エイス少尉は下がっていいわ。蘇芳、あんたは残りなさい。」

一瞬二人は目を合わせたが、どちらともなく頷くとエイス少尉は退出した。

「あんたをここに残した理由はわかる?」

「いえ、自分には皆目見当もつきません。」

「あんたの軍歴を詳しく調べたといったら?」

中尉は暫しの間逡巡を見せたが。首を横に振った。

「降下兵団は人員不足で大変だそうね。あなたのその胸に輝いてるの銀星章でしょう。つ
まりダイバーの間では英雄ってわけ。そんなあなたを一体どうして引き渡したのか気にな
るのは普通の事じゃないかしら。」

蘇芳は言おうか言うまいかどちらにするかを天平にかけているように見える。
香月という女は待つことがとても嫌いである。彼女の我慢の限界はあっさり切れた。

「いいから言いなさい!」

「はっ! いくつか思い当たる事柄はありますが、その最大の理由は自分が現在のハイヴ攻
略戦の戦術に常々疑問を持っていた為だと考えています。そしてそれについて上官に聞か
れてしまった事も無関係ではないと思っています。」

蘇芳の一言に香月は少々驚いた。何せ香月にとってもハイヴ攻略の話は他人事ではない。
旧来の戦術に変わる何かがあるとすれば気になるのが道理というものだろう。

「続けて頂戴。」

「現在のハイヴ攻略戦は1フロアを完全に制圧してから補給線を確保し次のフロアに向か
う。 ということを繰り返しています。ですがこれではいつまでたってもハイヴは攻略で
きません。ですからハイヴ内のBETA共の一切を無視して反応炉まで到達し反応炉を破壊
すればハイヴを攻略することが出来ます。」
BETAを無視する。その一言が放った衝撃は大きかった。普段は全く動じることのない香
月ですらペンを取り落してしまうくらいには。


「そんなことが可能なのかしら。私にはとてもそうは思えないわ。」

「機材さえ貸していただければすぐにでも証明して見せます。ですから…」

しかしたった其れだけでつられるほど香月も甘い人生を歩んではいない。

「勘違いしないでちょうだい。すこし驚いただけよ。戦術なんて所詮は小手先、その程度
じゃ人類は救えない。でも、そうね。あなたが明日の演習に勝ったら考えてあげなくもな
いわ。話は以上よ。行きなさい。」

蘇芳は言いたかった残りの言葉すべてを飲み込んで、部屋から立ち去った。



AM08:35 December22 1999 
   練馬駐屯地

「何処のどいつだか知らないけど、私たちの訓練を邪魔するなんていい度胸じゃないの。」

今日の彼女はすこぶる機嫌が悪かった。隊員が大幅に減少し隊としての機能を果たせなく
なってしまった今、自分にできる事―すなわちシミュレーターによる訓練をこなそうと思
っていたところに先の命令である。にじみ出る不機嫌さと殺意を隠そうともせず、廊下を
歩いている部下を見て伊隅みちるは少し呆れてしまった。

「速瀬。いつまでそうしているつもりだ。」

「だって大尉。訓練以上に大切な任務ってなんですか。大体何処の馬の骨ともわからない
奴をうちの部隊に…」
これ以上の不満を伊隅は言わせなかった。
「そこまでだ。少尉。現在A01は人員が不足している。来年に訓練校から上がってくる新
兵も2人のみだ。今は一人でも優秀な人間が欲しい。わかるな。」

「…はい。」

速瀬の焦りもわからなくはない。彼女は先の明星作戦で大切な人を亡くしている。
本人から直接聞いたわけではないが、私はその相手を知っている。私は部下の色恋の読み
を外したことは決してない。だがそれだけではなく、速瀬の事を彼から良く聞いていた。
なぜなら、彼もまたA01に所属していた私の部下だったからだ。
BETAへの憎しみが強烈な原動力となっている今の彼女にとって、訓練のお預けは受け入
れがたいものだろう。 だがそれとこれとは別だ。
それにおそらく相手は。

「速瀬。香月司令がそんな軟弱な奴をうちの部隊に引っ張り込むと思うか。」

ここは一つ相手を利用させてもらうことにしよう。

「え。」

困惑する速瀬少尉に爆弾を一つ。

「つまり、今までの訓練成果をここで見せるときだということだ。おそらくこの演習には
香月司令も同席なされる。香月司令にA01こそが世界で最も優秀な部隊であることを証明
するまたとない機会だ。気を引き締めろ。」

「はい。よーしやってやるんだから。」
速瀬は鼻息も荒く廊下を駆け出した。その背中を見て、自分で吹っかけておきながら相手
の衛士にご愁傷様と言わずにはいられなかった。


AM10:00 同日 横浜

あのあと私と少尉はとりあえず横浜基地で一晩を明かした。翌朝にPXで朝食をとり―合成
食にしては中々の味だった―ピアティフ中尉に香月博士の居場所を確認すると、彼女はも
う練馬のほうにいるという話だった。どうやら昨日のうちに横浜を出たらしい。私たちは
指定された時間に横浜基地の内部から出る。空は晴れていて雲一つない。時折頬を擽る風
は冷たく、今が12月であることを教えてくれる。
やがて香月博士の言葉通り横浜基地の入り口 現在建設中の警備兵詰所の横を73式小型ト
ラックがこちらに向かってやってくる。73式小型トラックなどと呼ばれているがその実
JEEPであるそれは私たちの手前で減速し、ちょうど目の前で止まった。ドアが開き中から
ブラウンの長い髪を波打たせた女性軍曹が降り立つ。一見厳しそうなまなざしの中にやさ
しさを垣間見ることが出来る。その雰囲気になんとなく昔を思い出してしまう。 かつて
の隊長であり、戦線をともに戦い抜いた戦友で、そして何よりも大切だった人。ある日置
手紙だけを残して忽然と姿をくらましてから随分な月日が経つのだった。
「中尉どうかなされましたか。」
軍曹は私が一切の動きを止めてしまったことを訝しんだのであろう。彼女の一言は色々な
思い出が蘇って懐かしいやら何やらで、いっぱいいっぱいの私を現実に引き戻した。
私と少尉は案内されるがままに後部座席に乗車した。
窓の外を柊町の街並みが流れていく。かつては100万人以上の人口を抱えた柊町も今や廃
墟である。倒壊したビルの合間に時折、戦術機の残骸が姿を見せる。ビルのほうはもうず
いぶん雨ざらしになっており、中性化したコンクリートがポロポロと落ちている。それに
比べて戦術機はまだその役目を終えてからここに置かれたのが新しい。これはついこの間
柊町が激戦の末、再び人類の手に戻ってきたことを示していた。これから先多くのハイヴ
を破壊するに当たり人類が払わなければならない代償はこんなものではないだろう。今日
の演習で私が勝てば、今まで認められてこなかった私の主張を検証する場を手に入れるこ
とが出来る。
私は無意識にではあるがこぶしを握りこんでいた。

「やはり、緊張なさいますか。」

静かな車内で、神宮寺軍曹がミラー越しに語りかける。

「ええ、とても。今から行われる演習は私にとっての分水嶺ですから。」

勝てば望むものすべてを手に入れられ、負ければ私のすべてを失う。普段なら選択しない
であろう危険な賭けだが、今回はそれでもいいと思えた。蘇芳にとって今回の賭けはそれ
ほどの意味を持っている。
神宮寺軍曹が難しい顔をする。

「中尉、私は軍曹です。差し出がましいことを申し上げるようですが、階級が下の者に丁
寧語を使えばなめられます。」

「ええ、わかっています。ですが軍曹にはあまりなんというかその。」


「命令口調は気が引ける?」

エレン少尉の合いの手が入る。

「ああその通りだ。」

軍曹とかつての隊長がかぶって見えてなんとなくためらわれるのだ。しかしもうこの話は
終わりにしたい私は違う話題を振ることにした。

「軍曹は、今から我々が戦う部隊の事何かご存知ですか。」

「ええ皆良く知っています。私が訓練しました。」

「軍曹が、ですか。」

彼女から発せられた意外な一言に私とエイス少尉は驚きを禁じ得なかった。

「ふふふ、教え子の為にわざわざ偵察を?」

エレン少尉が悪戯っぽく笑う。

「そうかもしれませんね。」

「まずいぞ。基地の前からここまで相当な時間が経過している。相手にだいぶ情報を与え
てしまったな。」

そういって皆で笑った。車内に流れていた殺伐とした空気が幾分か和んだ。
先ほどまでの静かな空気とは打って変わって互いの話で盛り上がっているうちに練馬駐屯
地にあっという間についてしまった。神宮寺軍曹は警備兵に通行証を見せた。警備兵は小
さくうなずくと遮断機を上げる。JEEPは敷地内に滑り込んだ。

駐屯地の敷地内を神宮寺軍曹の案内で進む。
グラウンドでは帝国の訓練兵が完全軍装で行軍演習を行っていた。自身の訓練生時代を思
い出し蘇芳は目を細める。見ればひとり訓練兵が脱落しかけている。教官があらん限りの
罵詈雑言を投げかける。 

どうした訓練兵。ここでへたるような奴は帝国軍には必要ない。

今すぐ走るのを止めろ。そうすれば晴れて俺ともおさらばだ。

国連軍であろうとアメリカ軍であろうと帝国軍であろうと教官が訓練兵にかける言葉の
数々は変わらないらしい。その様子が少し面白い。そして教官は大概、訓練兵に嫌われる。
教官も人間だから様々な考えの人がいる。俗にいうあたりと外れだ。外れの教官にあたっ
てしまえばもう果てしのない拷問のような日々が待っている。しかし軍隊は教官を選ばせ
てはくれない。任官後の上官にも同じことが言える。故に任官前の兵士の話題の実に半分
は、自分たちの上官が有能なのか否かだ。訓練兵は自分たちの上官がどんな人物なのかに
言い知れない不安を感じてしまうのだ。新兵を自分の部隊に迎えるときこれは頭の痛い問
題になる。隊長になって最初に悩むことはたいていこれだ。そして次の悩みは…

「なーにを考えているんですか。中尉」

額に痛みが走った。エレン少尉がデコピンをしたようだ。かなり痛かった。

「軍曹が待っていますよ。」

前を見れば確かに神宮寺軍曹が足を止めてこちらを待っていた。私はあわてて軍曹に追い
ついた。

「懐かしいですか。」

「ええ。とても。 軍曹も今はここで教鞭をとっていらっしゃるのですか。」

「部隊は違いますが。今はこちらで訓練兵を見ています。横浜が本格的に稼働を始めれば
横浜に移る予定です。」

やがて私たちは駐屯地の中でも奥まったところにひっそりと佇む建物の前に到着した。
なるほど、この中が決戦の地というわけだ。意を決して一歩を踏み出す。
建物の中は、水を打ったような静けさだった。廊下には複数の扉があるがそのどれも誰も
いないようにも見える。 しかし軍曹は迷わずまっすぐ進み、突き当りを右に曲がった一
番奥の部屋に入った。私たちも後に続く。


「ようやくご登場ね。」

部屋の中には香月博士を筆頭としてあと二人の姿が見える。管制ユニットを模した多数の
機械が横たわっている。言わずもがなシミュレーターである。この二人が本日の対戦相手
だろう。2人とも99式衛士強化装備を身にまとっていた。2人のうち右側の青いポニーテ
ールの女性から猛烈なプレッシャーを感じる。青い髪をポニーテールで束ね、髪色と同色
の瞳は自信に満ち溢れている。容姿は整っているがその殺気立った雰囲気がすべてを台無
しにしていた。一言でいえば、ご馳走を前に待てを言い渡された犬、というべきだろうか。 
いや、それではこの場合どう見ても私達が餌ということになる。まさかそこまで獰猛な女
性ではないと思うのだが、不用意に手を出せば噛みつかれそうというのはあながち間違い
ではないはずだ。この時の私の比喩は正鵠を射ていたのだが私がそれを知るのは少し先の
話になる。胸には少尉の階級章が止めてあり、この女性は転属先になるかもしれない部隊
の隊長ではないことを示していた。正直なところ少しほっとした。
そして獰猛な女性の隣、髪の色をこのような言葉で表現するのははばかられるのだが、暗
褐色の髪をショートで纏めたいかにもできる女といった風の女性が立っていた。問答無用
で噛みついてきそうな隣の女性とは豪い温度差がある。こちらがあちらを観察しているよ
うに向こうもこちらを色々チェックしているようだった。
私と少尉は3人に向かって敬礼する。向こうの軍人2人もそれに返す。
そして香月博士が切り出した。

「昨日も伝えたとおり今日は演習をしてもらうわ。私はあなたたちの上司としてその実力
を把握しておく必要がある。わかるわね。演習の形式は2対2のAH戦よ。フィールドは
都市部の廃墟に設定してあるわ。今すぐ強化装備に着替えて、いいわね。」

香月博士に急かされ我々はそれぞれ隣室のロッカールームに急いだ。
衛士強化装備とは衛士が戦術機に乗る際に必要となるパイロットスーツのようなものであ
る。耐G、防刃性能は言うに及ばず、長時間にわたる任務にも耐えられるよう、バイタル
モニター、体温・湿度調節機能、飲料水パック、排泄物パック等の様々な機能がついてい
る。しかし体の凹凸がはっきりわかってしまうボディースーツのような設計は女性衛士に
あまり評判が宜しくない。 
私は降下軌道衛士に支給されている強化装備を取り出すと手早く着替える。
外に出ると私とちょうど同時にエレン少尉が隣のロッカールームから現れた。
先ほどの二人は既にシミュレーターに乗っているのか姿を見ることが出来ない。我々もシ
ミュレーターに乗り込んだ。F-15Eストライクイーグルの管制ユニットとはまた少し違っ
た作りの計器類が目に飛び込んでくる。操作は昨日マニュアルで読んだから手順のほうは
全く問題ないが、機種転換訓練もなしにいきなり他国の新型を扱えというのも無茶な話で
ある。少し戸惑いこそあったが網膜投影システムを起動する。眼前には朽ちたビル群があ
る。画面右端にエレン少尉の顔が映る。操作にすこし戸惑っているようだ。
そこへ香月博士からの通信が入った。

「聞こえているかしら。流石に転換訓練もなしに機体を完璧に動かすのは無理だと思うわ。
だから時間をあげる。10分で仕上げなさい。」

「じゅっ10分!?」
少尉が驚きに目を見開いていた。その珍しい光景につい笑ってしまったら少尉に怒られた。
私たちは与えられた短い時間内でズレを修正すべく機体を動かしている。エレン少尉はか
なり苦戦をしているようで小さなウインドウでもわかるくらいに額に脂汗を浮かせている。

「少尉、不知火は主機出力が機体の能力に比べて若干足りないように感じるはずだ。米国
機を使った後ならなおさらな。それは米国軍機と帝国軍機の機体の設計思想の違い、つま
り主眼に置いている戦闘機動の違いから感じるズレでもある。射撃中心の米国軍機は直線
運動を得意とし加速性と最高速度の速さは他の追随を許さない。一方の帝国軍機は近接格
闘を中心に戦術が組み立っている為、円運動を基本とした非常に人間味あふれる動きをと
ることが出来る。
頭部のウイングを少しずらすだけで機体の進行方向をずらすことが可能だ。急降下、急上
昇ではなく緩旋回だ。念頭に置いておいてくれ。」

「りょ了解。」

「そろそろいいわね。演習を始めるわ。」
エレン少尉がだいぶ機体の特性を理解し始めたところで無情にも演習開始の通達が流れる。
機体の装備を選択するための時間でざっと作戦の打ち合わせを行う。

「少尉、機体の制御に関しては向こうに分がある。特にあの獰猛な方はバリバリの突撃前
衛だ。こちらが連中に付き合って前に出てやる必要はない。敵をおびき出し奇襲で仕留め
る。」

「獰猛な方って…」
エレン少尉は呆れ顔だが、名前を知らないんだから獰猛な方と言ったら獰猛な方なのだ。
私は打撃支援装備を少尉は強襲掃討装備を選択した。
私は87式支援突撃砲を構える。

「あの獰猛な少尉に詰められたら厄介だ。接近される前にこいつで始末する。」

87式支援突撃砲とは簡単に言えば87式突撃砲を狙撃用途に改良したものだ。87式突撃砲
上部に存在していた120㎜滑空砲ユニットを取り外し、ロングバレルユニットに付け替え
たことにより、通常よりも高い攻撃精度を手に入れた反面、連射が効かない、両手で支え
なければならないという欠点が存在する。

「準備はいいな、行くぞ。」

主機に火を入れ敵との遭遇を警戒しつつも格好の待ち伏せ可能な地形を探す。しばらく
NOE(地形追随飛行)で移動し高低差が激しくビルの倒壊具合が著しいエリアに到着する。

「止まれ。待ち伏せには絶好のポイントだな。敵がすでに紛れている可能性がある。周囲
を警戒しろ。俺は罠を仕掛ける。」

「了解。周辺を警戒します。」

エレン少尉は熱源探知を避けるため、主脚歩行で周辺の窪地や倒壊したビルの下、敵が潜
伏しやすい場所を虱潰しに調べ上げる。降下中に塵尻になってしまうことの多い降下衛士
にとって、安全な集合場所を確保することは最も重要な任務である。故に降下衛士はポジ
ショニングに最も長けているといっても過言ではない。

「異常ありません。」

「よし。ここで敵を待ちかまえる。設置した仕掛けの場所を確認しろ。」

両機はそれぞれ手頃な空間に潜んだ。主機の出力を最低限にして息を殺してじっと待つ。


機体を隠してだいぶ時間が経つのだが、敵は未だこのエリアの索敵には来ていない。目を
皿のようにして索敵をしているのか、あるいはもうこちらの存在に気が付いてどう始末す
るか算段を立てているのか。どちらにせよ姿を確認できなければすることがない。
狭い管制ユニットの中、ただひたすら待ち続ける。やがて甲高いエンジン音と共に青白い
アフターバーナーを棚引かせ、1機の不知火が現れる。87式突撃砲一丁右腕に持ち、左腕
には92式多目的追加装甲(盾)、機体の後ろ、可動兵装担架システムからは74式近接戦闘長
刀が2本覗いていた。これは突撃前衛装備だ。機体の高度はビル群よりも高い。索敵には
絶好の高さだが、同時に相手に自らの位置を示すことになる。しかし眼前に現れたのはた
ったの1機。これが指し示すことはただ一つ。

「獰猛な方がおいでなすったか、しかしこりゃ完全にばれてるな。誘ってやがるぞ。 …
…いいだろう誘いに乗ってやる。あいつは狙撃で仕留める。少尉は後方を警戒。」


「了解」

87式支援突撃砲を構える。銃口を飛翔中の不知火にピタリと合わせた。スコープ越しに覗
いている不知火とこちらにはまだだいぶ距離がある。敵がこちらに気が付いたとしても対
抗する手段は一つもないだろう。敵の視覚外かつ射線をなるべく隠匿できる絶好のチャン
スが来た。悪いがこの演習勝たせてもらう。

87式支援突撃砲が火を噴く。36㎜HVAP弾が飛翔する不知火に向かって一直線に吸い
込まれていく。不知火は砲弾の接近に気付かず管制ユニットを貫かれ、なすすべもなく墜
落するはずだった。しかし、相手の不知火は着弾直前に砲弾に気づき慌てて機体を射線か
らそらす。その速度たるや目を見張るものがあった。

「躱した!?」

少尉が驚愕の声を上げる。
完全には躱しきれずに右腕に被弾しているが、そもそもあの狙撃を回避した時点で相当な
力量があることは否定できない。こちらの存在を知られてしまった以上残しておくわけに
はいかない。立て続けに2発目、3発目を発射する。しかし相手も馬鹿ではない。機体を
こちらと正対させると追加装甲で機体正面をカバーしこちらの砲弾を防ぐ。敵はそのまま
高度を落としビルの陰に隠れた。着陸地点はかなり近い。私は87式支援突撃砲をパージ
し稼働兵装担架システムから87式突撃砲を取り出した。

「敵にこちらの位置がばれてしまった。ここで仕掛ける。僚機が来る前に奴を挟み撃ちに
するぞ。」
2機の不知火は主機の出力をミリタリーまで引き上げる。若干の遅延ののち座席に体を押
し付けられる感覚。アフターバーナーに点火しビルの合間を縫って敵に接近する。

不意にカメラアイが3時の方向から急速に接近する機体を捉えた。敵は左腕に長刀を構え
突撃の姿勢に入っている。突撃前衛としては見事な吶喊だろう。長刀以外のすべての武装
をパージして機体を軽量化し、近接戦に挑む様は日本古来の武士の生きざまを感じさせる。
だがそれに付き合えば私たちの負けは濃厚だ。私は右後方にいる少尉を機体の右腕で抑え、
機体を右方向にねじる。急激な姿勢変更による強烈なGが私を襲った。それに構わず敵に
向かってトリガーを絞る。突撃砲から激しくマズルフラッシュが瞬き数十発の砲弾が弓な
りになって飛翔する。俗にいう曲射という奴である。敵不知火の管制ユニットに今度こそ
砲弾が叩き込まれ、不知火は徐々に高度を落としビルに激突した。周囲を爆炎がつつむ。
しかし状況は私たちを休ませてはくれない。

「まずは1機。 っ!散開しろ。」

その時、機体より警告。機体後方から大量の砲弾が発射される。少尉と私は速やかに散開
する。私はバレルロールを行い緊急回避。敵が少尉に食らいつく。発射された砲弾のうち
何発かがエレン少尉の機体に命中した。

「中尉っ。」

「任せろ。此方で仕留める」

少尉の不知火の後方にぴったり張り付く敵機の後方、距離にして4機分後ろに陣取る。目
標に銃口を合わせる。ところが少尉と敵の不知火との距離が近すぎてIFF(敵味方識別装置)
が反応し思うようにロックがかからない。これを狙っていたのか。内心で舌打ちを一つ。
コンソールからトランスポンダの設定を呼び出しActiveからPassiveへ。途端にがなり立
てていたIFFの警告は沈黙した。少尉を執拗に付け狙う敵不知火に対して手動で砲弾をば
らまく。そのうち数発が被弾し、相手は対レーザースモークを展開しながら慌てて離脱を
図った。

「少尉。大丈夫か?」

「ええなんとか。しかし機体の振動が止まりません。」

見れば機体の主機の片方から黒い煙が上がっていた。他にもちらほらと被弾の跡が見える。
相手もかなりのやり手ではあるが、それは部下を守れなかった言い訳にはならない。私自
身まだまだ精進が必要だ。

「その状態で戦闘は不可能だな。残敵は私が仕留める。」

「しかし。」

「異論は認めない。第一その状態での戦闘機動は危険だ。指揮官として容認できない。」

そう言い残して機体を反転。離脱した敵機を追う。

機体の各所から煙を上げている敵を追跡するのはそう難しいことではなかった。
随所から火花が飛んでいても敵の不知火からは未だに闘志を感じることが出来る。
多目的追加装甲で機体を守りながらこちらに対して銃口を向ける姿からは隙が一切感じら
れなかった。ビルとビルの間にある幹線道路。この両端で私と相手は対峙する。
しばらくの間、互いに相手を見つめていた私たちは最後の決着をつけるべくどちらからと
もなく動き出す。不知火の主機が唸りをあげ鋼鉄の肉体を前へ前へと押し出した。相手は
私を倒すべく砲弾の雨あられをお見舞いしてくる。私は砲弾を直前までひきつける。そし
て機体を一気に沈み込ませる。主脚を折り曲げ力をためているその様はクラウチングスタ
ートを切る陸上選手のように映るだろう。

 


帝国軍機は急降下急上昇に弱い。



機体は大きくジャンプしビルの壁面を蹴りあがる。




ならば今ここにあるものを使えばいいのだ。


空に飛びあがった不知火の後ろを一歩遅れて火線がついてくる。


敵の不知火は突撃砲をパージし、ナイフシースより65式近接戦闘短刀を取り出す。そして
こちらに向けて投擲の体制に入る。

―遅い。


私の不知火は太陽を背に相手の真上に躍り出た。不知火を上から下まで貫く絶好の射角を
手に入れる。敵を捕らえトリガーを引くと今あるすべての弾丸を敵に叩き込んだ。



[34254] War game
Name: Haswell◆3614bbac ID:7ca50f2d
Date: 2013/08/23 19:00

間違えた版の原稿を投稿してしまいました。訂正します。
自分でいうのもなんですが、少し話のペースが遅いですね。



本作では 史実と異なり仙台→練馬→横浜と移転していきます。






今までで見たことのない色でした。一面雨雲がかかったような灰色。
感情を見ることが難しい、何を考えているかわからない初めての人に私は戸惑いました。
でも怖くなかったのは一面の雨雲の中、奥にほんの少し明るい光が覗いていたからなのか
もしれません。



Part Two
War game

AM09:50 December 22 1999
 練馬駐屯地

香月 夕呼は自分の親友である神宮司 まりもを2名の衛士の迎えに行かせ、自分は一足
先に練馬に向かった。というのも、夕呼は秘蔵の助手である社 霞を安易に彼らの目に留
まらせたくなかったというのもある。ならば初めから連れて行かなければいいのではない
か。そう言われてしまうのも無理からぬことだ。だがこれから2人をVFA-01に迎えるに
当たりどうしても確認しなければいけないことがあった。それには社にしかできないある
特殊な技能を用いなければならない。それはリーディングと言われる能力で、簡単に言え
ば相手の脳内をのぞき見する能力である。リーディング能力によって夕呼の周辺によって
来る間者の類は全て駆除され、諜報機関からは“無菌室”と呼ばれる完全な防諜体制が敷
かれている。今回の2名も間者ではないという保証はどこにもなく、社に2名をリーディ
ングさせることによって、部下として迎えても良いのかチェックする必要がある。社には
シミュレータールームの隣室からリーディングを行ってもらう。その結果と演習内容によ
って蘇芳達をVFA-01に組み込むのか否かを決める。使えそうであれば編入し、そうでなけ
れば適当な理由を付けてどこかの部隊にねじ込む。間者ならば末路は言わずもがなだ。
霞を隣室に待機させ、一息ついたところで伊隅と速瀬、涼宮が姿を見せた。速瀬の方はな
にやら鼻息が荒い。伊隅の方を見やればかすかに苦笑い。どうやらなにか嗾けたらしい。

「伊隅、速瀬。わかってるわね。負けたらただじゃおかないわよ。」

「わかってますよ、副司令。ぶっとばしてやりますから。」

意気揚々と速瀬 水月が答える。その眼は爛々と輝いていて、今にも対戦相手に飛び掛か
りそうな勢いがある。なかなか頼もしい限りだ。しかしそれだけで終われないのが香月と
いう女だった。香月の心に悪魔が囁く。彼女は心の声に従うことにした。
「そうね。そこまで言うのなら負けたときはどうしようかしら。」

「えっ。」
彼女のどこか獲物を狙う目に速瀬は言い知れない不安を抱く。しかし時すでに遅く、速瀬
はすでにまな板の上の鯉であった。ここ最近ストレスの溜まっていた香月 夕呼は容赦が
なかった。

「そうね。もし負けるようなことがあったら、昼食のおかずは一品抜きよ。」

基礎代謝量、運動量がともに多い衛士にとって食卓に並ぶ品目が一品でもなくなるという
ことは死活問題だ。現に速瀬少尉の顔は真っ青を通り越して今にも倒れる寸前といった按
配だった。速瀬少尉と同期の涼宮少尉の顔もどことなく不安そうだ。

「速瀬、負けなければいいんだ。負けなければな。」

伊隅大尉からの追い打ちを食らっていよいよ余裕のない速瀬 水月であった。

「もう。そんなこと言って、大尉も副司令も本気じゃないですよね。」

話を振られた当の二人は終始無言だった。



AM11:00  December 22 1999
 練馬駐屯地

シミュレータールームで待っている4名の元に待ち望んだ衛士が到着したのはあれから約1
時間後のことだった。伊隅、速瀬両名は99式衛士強化装備に着替え終わりあとは相手との
対戦を残すのみという状況だ。涼宮少尉はCP(コマンドポスト)という役職の為すでに準備
に取り掛かっておりここにはいない。速瀬少尉などは自分の生命がかかっているものだか
らもはや命がけである。速瀬は鬼のような形相で、普段から接していて彼女の性格を熟知
している伊隅でさえ、今の彼女には近寄りがたい。初対面の二人がどういう印象を持つの
か非常に不安になるが、今更気にしてもしょうがない。

「ようやくご登場ね。」
香月副司令の言葉と同時にシミュレータールームの扉が開かれ外から二人の衛士と神宮司
軍曹が入室し、A01両名は緊張で思わず背筋が伸びた。懐かしい顔を見ることになった二
人はほんの一瞬だけ吃驚した。神宮司軍曹と言えば自分たちの教導を担当した教官である。
任官してからというもの会うことは全くと言っていいほどなかったのだが、こうしてここ
で再び会えば訓練時の様々な思い出や今は亡き戦友たちの顔が次々と浮かんでは消えた。自分たちの恩師に恥をかかせるわけにはいかない。この勝負、決して負けられない。 伊
隅は誰にともなくつぶやいた。視線を軍曹から2名の衛士に移す。かたや金髪棚引く欧米
人と未だ若い日本人中尉の組み合わせに少々驚く。様々な人種が入り混じる国連軍におい
てこのような組み合わせは決して珍しいことではないが、問題は2名の階級と年齢のちぐ
はぐさにあった。男らしさと子供らしさの同居する、まあそれなりに目鼻立ちの整った日
本人の少年が中尉で、私たちとさして年齢の変わらない欧米人女性が少尉とはどういうこ
とだろうか。世界広しと言えどもこんな組み合わせはそうそうお目にかかるものではない。
伊隅は横目で香月副司令を盗み見るが彼女は至って正常で、この事態が副司令の手違いで
もお遊びでもないことがわかる。そんなとき伊隅の視界にあるものが飛び込んだ。伊隅 み
ちるはわずかばかり目を見開く。彼女の視界の先、まだあどけなさの残る中尉の胸元には
銀星章が輝いていた。銀星章とは“敵対する武装勢力との交戦において勇敢さを示した”
衛士に対して授与される勲章だ。負傷した衛士に、のべつ幕なしばらまかれる勲章ではな
い。つまりあの少年は、あの年で銀星章を授与されるにいたった名うての衛士である。伊
隅は彼の外見と業績のギャップに、彼がどういった手合いの衛士なのか読むことが出来ず
困惑した。彼の瞳の中に速瀬少尉が写りこんでおり、その表情は若干の恐れを含んでいた。
自分で招いたこととはいえ、これが後の隊運営にかかわる重大な問題にならなければいい
のだが。
伊隅はそっと溜息をついた。

「昨日も伝えたとおり今日は演習をしてもらうわ。私はあなたたちの上司としてその実力
を把握しておく必要がある。わかるわね。演習の形式は2対2のAH戦よ。フィールドは
都市部の廃墟に設定してあるわ。今すぐ強化装備に着替えて、いいわね。」

香月副司令の一言で2名の衛士は衛士強化装備に着替えるためにロッカーにその姿を消し
た。

「お久しぶりですね。伊隅大尉、速瀬少尉。」

そういって敬礼する神宮司軍曹
その一言に両名の背中をむずかゆいものが走った。訓練兵時代幾度となく厳しく鍛えられ
てきた相手に敬語で接されるとどうも落ち着かなかった。
伊隅と速瀬の戸惑いを感じ取ったのだろう。神宮司軍曹は一度目を閉じる。
再び目を開けた彼女の顔は訓練兵時代二人がよく見慣れた物であった。
場の空気が変わる。

「任官してから貴様らがどれだけその腕をあげたのか今日は見せてもらうぞ。」

伊隅と速瀬は敬礼で答えた。二人はシミュレーターに搭乗し、静かに対戦の時を待った。







蘇芳、エレン両名も遅ればせながらシミュレーターに搭乗し、シミュレータールームには
衛士が誰一人としていなくなる。顔合わせが終わりもはやここに留まる意味もなくなった
香月 夕呼と神宮司 まりもはシミュレータールームを後にし、涼宮少尉の待機している
オペレータ―ルームに姿を現した。 眼前のモニタには今回の演習で使用される荒廃した
都市が映っていた。MAPの両端、対角線上に2つの光点が2組確認できる。蘇芳、エイス
の降下衛士組は今回使用される不知火に搭乗するのは初めての経験だ。習熟が全く終わっ
ていない状態での戦闘はいささか不利であると感じた香月 夕呼は2名の為に猶予を与え
てやることにした。

「聞こえているかしら。流石に転換訓練もなしに機体を完璧に動かすのは無理だと思うわ。
だから時間をあげる。10分で仕上げなさい。」

「「じゅっ10分!?」」

CPの涼宮少尉とモニタの向こうに映るエレン少尉の声がかぶる。あまりの無茶苦茶な要求
に、昔から何一つ変わっていないのだと神宮司軍曹は溜息をついた。

「このくらいこなしてくれないとA01への入隊は認められないわ。」

通信を切り最初の一言がそれだった。いくらなんでもそれは厳しすぎるだろう。伊隅大尉
や水月だってクリアできるか怪しい。内心はそう思いながらも表立っては何も言わない涼
宮少尉。彼女も自分の昼食はやはり惜しいのであった。

10分の転換訓練が終わり未だに硬さが取り切れていないエレン少尉とは裏腹に蘇芳中尉は
慣れた手つきで不知火を乗りこなしていた。ロールアウトしたてのころから使っていたよ
うな、あまりのなじみの速さに神宮司 まりもは訝しむ。軍歴からすれば日本軍機を扱っ
たことは無い筈なのだ。日本軍機はその扱いが他国の戦術機と比べると独特で、オービッ
トダイバーズが使用するF15-Eストライクイーグルに比べると素直にいうことを聞いてく
れない。夕呼は10分で乗りこなせと言っていたが現実にそんなことは不可能だ。そうこう
している間に演習が開始された。両部隊ともNOEでビル群の合間を縫って飛行している。
お互いの目的はだいぶ異なっているように見える。
やがて蘇芳中尉の部隊はある程度の空間がぽっかりと空いた広場のようなところに出る。
ビルの倒壊具合も相まって複雑な地形が形成されていた。2機の戦術機が潜んで敵を待つに
は十分すぎる場所だった。まりもの脳内を待ち伏せの文字が過る。BETA戦ではBETAが
小細工なしに正面から突進してくる為に、今やほとんど使われなくなった戦術を、一体こ
の中尉がなぜこともなげに使って見せるのか。彼の教官あるいは上官がそのような任務に
就いた人物だったのか。あるいは彼自身もそうなのか。さきほどから疑問の種が尽きない。
軍歴を見て彼を迎え入れるべきだと真っ先に主張したはずなのだが、その戦闘を見ると間
者の文字がどうしても頭から離れず不安になって、まりもは夕呼に問いかけた。

「夕呼。彼、随分AHなれしているけれど軍歴に諜報部隊にいたとか、その手の話は書い
てないわよね。」

「確認できる範囲ではそんな話は書いてないわよ。」

夕呼が怪訝そうな顔をする。せっかくこの場にいるからには、戦術機に対して全く興味が
ない親友に自身の視点からの意見を聞かせたほうがためになる。そう考えたまりもは、自
身の先ほど考えた事を包み隠さずに述べた。夕呼は少し眉をひそめたがあまり気にした風
ではなかった。部下の手前ということもあるのだろうが、長年彼女と付き合いのある人間
からすれば本当にどうとも思っていないのだとわかる。彼女が間者を気にする立場である
ことを加味すればその反応は少しおかしい。そんな親友の内心を感じ取った夕呼はまりも
に弁明を一つ。

「過去どんな任務に就いていたか。そんなことを気にしていたらきりがないわ。大事なの
は今なの。それに経歴道理の優秀な人間なら、その手の任務が回ってきてもおかしくない
わよ。」

ようやくここで戦場が動きを見せた。夕呼は、話はここまでとばかりに前を向く。そして
蘇芳の一挙手一投足を見逃すまいと、モニタを食い入るように見つめている。まりもはど
こか釈然としないものを感じながらも動き始めた戦場を注視することにした。
4つの光点が徐々に徐々に近づきつつある。両者が銃火を交える瞬間は直ぐそこに迫ってい
た。







右を見ても左を見ても変わり映えのしない廃墟に速瀬 水月はいい加減苛立ちつつあった。
未だに姿を現さない敵を探して、低く地を這うように飛行し時折、立ち止まっては遮蔽物
からそっと角を覗く。その繰り返し。 指揮官である伊隅 みちるは速瀬少尉の苛立ちを
敏感に察知していたが、他に手の打ちようがないのだから我慢してもらうしかない。速瀬
の性格を察しての戦術だというのなら、これほど効果的なものはない。食えない奴だ。み
ちるは内心舌打ちをする。やがて捜索も半ばが過ぎた頃、速瀬は敵の気配を敏感に察する。
計器は何の反応も示さないが速瀬 水月という衛士の勘が2人の存在を告げていた。ビル
越しにそっと窺う。込み入った廃墟の中でそこだけぽっかり穴が開いたような開けた場所
が確認できる。

「大尉。 あのあたりに敵の気配を感じます。」

「確かか。」

「間違いありません。」

ふむ。こういう時の速瀬の勘は外れたことがない。みちるは、速瀬少尉の情報をもとにい
くつかの作戦を検討する。もし速瀬のいうことが本当だとすればなかなか面倒なところに
布陣してくれたものだ。敵陣までは未だ距離があり下手に出ていけばハチの巣になる。さ
てどうしたものか。みちるは人知れず溜息をついた。

「大尉。私に良い考えがあります。」

「言ってみろ。」

「まずこのエリアの後ろ側へ大尉が回り込みます。配置が完了したら、私が廃墟より高く
飛行し敵の火線をこちらにひきつけます。敵が発砲したら位置が特定できるので。そこを
挟み撃ちにしてやりましょう。」

悪くない作戦だ。待ち伏せし我々が罠にかかるのを今か今かと待ちかまえている敵に、一
泡吹かせてやろう。みちるはその作戦でいこうと速瀬に指示し自分は敵後方に回り込む為
移動を開始した。

「よし。ぶっとばしてやるわよ。」
敵の策が読めれば後は倒すのみ。もはや自分たちの勝利はゆるぎない。2人はそう考えてい
た。
やがて配置につき、いよいよ砲火を交えるときが来た。 速瀬 水月は主機に火を入れる。

「今回はあくまで敵位置の特定が最優先任務だ。それを忘れるなよ。」

「了解。」

速瀬機はビルの谷間で十分な速度を得たのち、飛び上がる。主機からはアフターバーナー
が青い尾を引き、機体が限界まで加速している事を知らせる。右に左にジグザグと飛行し
ながら敵の狙撃を誘う。敵の攻撃を受けた際は何時でも躱せるよう計器からは決して目を
離さない。

「どこにいるのよ。でてきなさい。」

速瀬 水月は舌なめずりをした。 その時、速瀬の期待に応えるように一発の銃弾がこち
らめがけて飛んでくる。望んでいたはずの敵の狙撃ではあったが速瀬は決して喜ぶことが
出来なかった。敵の砲弾は想定外の射角から飛来したものだ。その射線は巧妙に隠されており、気づいた時にはすでに避けようのない場所まで迫っていたのである。慌ててスティ
ックを押し込み管制ユニットへの直撃だけは回避する。しかし砲弾は速瀬機から右腕をも
ぎ取った。

「速瀬っ!」

大尉の焦った声が聞こえるが、今はそれに答える余裕もない。さらに2~3発の砲弾がまっ
すぐにこちらを捉えている。速瀬は左腕に装備された92式多目的追加装甲を眼前に構える
と敵の砲弾を受け止めた。これ以上この高度を維持すればいい的である。速瀬は主機のエ
ンジンを落としビルの隙間に着地する。額から流れ落ちる冷や汗を右手で拭う。体がわず
かに震えていた。まるで初めて戦場に上がった新兵のような有様に情けなさでいっぱいだ
った。気を取り直して状況を確認する。 機体の状況は芳しくない。敵に撃ち抜かれた右
腕は完全に使い物にならず、先ほどの無理な軌道変更による機体への負荷で随所に警告が
出ている。継続的な戦闘は不可能である。かくなる上は相打ち覚悟の特攻のみ。

「速瀬。被害状況を報告せよ。聞いているのか。おい」

大尉からの通信を切る。レーダーが敵2機がこちらに急速に接近していることを捉えた。
74式近接戦闘長刀を可動兵装担架から引き抜くと主機に火を入れる。ビルの隙間から敵が
飛び出した。速瀬は長刀を水平に寝かせ突撃する。しかし速瀬の渾身の一撃も敵には届か
ず87式突撃砲の発砲音が断続的に響き。速瀬 水月は敵の手前でビルに激突したのだった。
自機の撃墜地点から戦闘の様子を眺める。そこではようやく到着した伊隅大尉が二機の後
背より攻撃を加えていた。絶体絶命の状況にもかかわらず、敵隊長機は事も無げに鮮やか
なバレルロールを披露すると大尉の背後にぴったりとつき大尉を自分の部下から大尉を引
き離した。速瀬の頬を一筋の涙が伝う。慌てて通信機を切ると今の顔を見られぬように頬
を拭う。突撃前衛の自分が敵に一太刀も浴びせることなく地に落ちた。無様だった。強く
なったつもりで天狗になっていたのだ。眼前で不知火二機がこちらを機にした風もなく着
地する。片方の機体は主機から煙が上がっており、戦闘の続行は難しいだろう。そしてそ
の隣、この場に堂々と立ち王者の風格を漂わせるその機体を速瀬はその目にしかと焼き付
けた。その瞳に静かな闘志をたぎらせて。 これ以後、蘇芳中尉は速瀬少尉に執拗に追い
回されることになる。





戦闘が始まって以来オペレータールームを静寂が包み込み、皆画面内の出来事に魅せられ
ていた。みごとなバレルロールで弾丸を躱し敵の後ろをとる。その手際の良さにまりもは
感嘆の溜息をついた。機体を自らの手足のように軽々と扱うさまは見ていてとても気持ち
の良いものだ。A-01の面々もいい勉強になったのではないだろうか。先ほどから夕呼はど
こかしらへ電話をかけており、何かを確認しているようだ。まだ勝敗は決まっていないの
だが、ここから先にはあまり興味はないようだった。現在、速瀬機は大破し伊隅の機体も
ここかしこがやられていて絶望的な状況だ。おそらく勝つことは難しいだろう。ここら一
体で最も強かったA-01にとって、初めての追い込まれた戦になった。この敗戦からあの子
たちが何を学ぶのか、今から楽しみなまりもであった。同時に 蘇芳 林太郎がどんな人
物であるのか確かめなければならないという半ば義務感のようなものが彼女の頭をもたげ
ていた。


演習は最終局面に突入し、伊隅 みちると 蘇芳 林太郎が正面から対峙し、お互いの全
力をもって戦った結果。伊隅は敗れたのだった。



[34254] Alternative
Name: Haswell◆3614bbac ID:85320d04
Date: 2013/08/25 16:33
2話を1話に統合したり 私事で忙しかったりと更新が遅れました。








「US SPACECOM to all units call on Hive22. Evacuation immediate. Repeat
Evacuation immediate. We have a decided to use new hive weapon.…」

もう何度目かもわからないBETAの地下侵攻をやり過ごした後に突然の通達はやってきた。
今から避難したのでは間に合わない。アクティブウインドウに表示された対象区域を見る
までもない。なぜならば今我々は攻撃対象である横浜ハイヴのただなかにいるのだから。
作戦中盤第17号ホールの制圧中にBETAの地下侵攻を受けて、私の所属するE中隊は壊
滅的な打撃を受けた。中隊長以下隊の主だった指揮官は全滅し、かろうじて私の小隊と1
名の他小隊の隊員を引き連れてハイヴ内部より離脱を図っている最中の通達である。隊員
たちのバイタルデータは脈拍、心拍数ともに危険域に突入しており、呼吸は乱れている。
その様はさながら初めてBETAに相対した新兵そのものであった。
無理もない 蘇芳は一人溜息をついた。 我々が受け取ったのは実質的には死亡宣告なの
だから。

「クソッタレ。ちくしょう。ちくしょう。」

「新型爆弾なんて投下するんなら、なんで俺たちを降下させやがったんだ。」

「中尉、これはいったい…」

「お前たち落ち着け。小隊全機スラストリバース。遅れるな。」

「「「了解」」」


4機のF-15 Eの主機が甲高い音をたてる。主機が逆噴射し4機は次第に速度を落としなが
らハイヴ地面に降下する。誤差0.5 さすが降下衛士だけはある。皆優秀だ。

「こちらブローラー1よりCPへ。先ほどの通達の真偽を確認したい。」

通信中でもBETAはかまわずにこちらに突撃を仕掛けてくる。小隊全機は
「こちらCP。 通達に誤りはない。至急退避せよ。繰り返す至急退避せよ。」

「無茶言うなよ。こっちはハイヴの中にいるんだ。」
CPのあまりに無茶な物言いに、口調が乱れた。なにやら回線の向こうが騒がしい。
「そのまま待機せよ。」
しばらくの沈黙の後CPはそう告げるとこちらとの回線を切った。


CPからの回答は望めない。 隊員たちは直感的にそう悟った。


敵地のど真ん中に残されたたった4人の衛士にできることなどそう多くない。隊員の誰し
もが終わりを覚悟した。だが蘇芳はあきらめていなかった。

蘇芳が招待全員の足を止めたのは決してCPとの通信のためではない。それはあくまで副次
的な産物であって、本当の狙いはルートスキャンを行うことによって、周囲の地形を把握
することにあった。ただし目的となる地形が周囲に存在しているのかどうかは賭けであっ
た。 ルートスキャンの結果を見て蘇芳は思わずにやりとしてしまう。
どうやら運命の女神にはまだ見放されていないらしい。


「中尉 こんな時ににやにやしないでください。」
エレンに一言叱責を受ける。額から汗が流れ落ちており、全くの余裕がないことがうかが
える。依然BETAの脅威は去っていない。蘇芳は笑筋を引き締める。


「来るなよ来るなぁぁぁぁぁぁぁ。」

突然の部下の悲鳴に自分に向ってくるBETA集団に砲撃を加えながら横目でそちらを見れ
ば機体の各所に戦車級が組み付いており、パニックになった衛士がところ構わず突撃砲を
乱射している。

「今はがしてやる。弾の無駄遣いはやめろ。」

IFFが作動しターゲットマーカーが友軍を狙っていることを警告する。
管制ユニット内に響く耳障りな警告音を無視し、容赦なくAMWS-21の引き金を引いた。
F-15Eに組み付いていた戦車級は掃除され血の洗礼がF-15Eのその見事なUNブルーを塗
りつぶす。搭乗している衛士の顔は涙や鼻水その他様々な液体で見れたものではないが、
無視してやるのが礼儀だろう。こちらに押し寄せるBETAの数は時間を追うごとに増して
おり、内部に突入した他部隊が全滅したことを暗に告げている。後方からの支援砲撃によ
る地響きも久しく感じていない。時間がない。

「小隊各機。6時方向のドリフトに急げ。」

蘇芳が指し示す横抗はハイヴのさらに深部へとつながるような急な傾斜で地下に向かって
いた。この状況で最深部に迎えと指示する上官に部下たちは二の句が継げなかった。
だがCPにすら見捨てられている状況下において、目の前の少年を置いて他に頼る当てなど
なかった。4機の戦術機は主機を器用に操り直ちに反転すると一目散にドリフトを目指す。

戦術機を食らわんと天井から降ってくるBETAに36㎜弾を見舞いながら蘇芳はほっと安堵
の溜息をついた。これならなんとか新型爆弾とやらをしのぐことはできるだろう。そこか
ら先については未だなんら戦術をたてることはできていないが、新型爆弾の威力、規模 等
の一切が不明なため戦術をたてることは不可能であった。

突如として大きく坑道が揺れた。 蘇芳は舌打ちをする。 予想より投下するタイミング
が早い。おかげで衝撃によって坑道が崩れはじめた。ハイヴの構造材がBETAを伴ったま
ま下にいる我々に向けて遠慮なく降り注いだ。


「急げぇぇ。」
最初に叫んだのは誰であったのか、定かではない。気が付けばみな死に物狂いで目の前に
見える空洞へと機体を進めていた。

操縦桿を握りしめ上部から飛来する構造材を何とか避ける。しかし何分数が多すぎる。
次第に機体に小さな破片が衝突し機体警告を徐々に赤く染め始める。操縦桿にかかる振動
は次第に激しくなり直進もおぼつかない。それでも生き延びるため隊員たちは必死に前を
目指した。やがて一機が落下物を避けきれずに地に落ちる。 それでも足を止めることは
できない。 エレン、アビーがドリフトに滑り込み、蘇芳がそれに続く、 あと一歩とい
うところで主機が爆発を起こし機体がバランスをとれず管制ユニットを高Gが襲った。
それでも操縦桿を離すまいと強く握りしめたところで蘇芳の意識は暗転した。

朦朧とする意識の中でわずかに声が聞こえた気がした。その声は必死に誰かを呼んでいる
ようで…


「タケルちゃん タケルちゃん タケルチャン…」


Part  Three
 ALTERNATIVE
 




「見事な腕前ね。貴方たちをVFA-01に迎えるわ。おめでとう。」

シミュレーターから降りた私たちを前に香月博士は開口一番そう告げた。
いつの間にか現れたピアティフ中尉からVFA-01の隊章を受け取る。
隊章にはVALKYLIESとALTERNATIVEⅣの文字が並び、真ん中には二振りの剣を持っ
た女性が描かれていた。


「詳しい話は後よ。もうお昼時だしランチでもとりながら親睦を深めてらっしゃい。
食事が終わったら私の元に来るように。」
そういうと香月博士は踵を返しシミュレータールームを後にした。神宮司軍曹も後に続く。

残されたのはこれから生死を共にする隊のメンバーのみ。その最初の顔合わせは葬式のご
とく重い雰囲気に包まれていた。




   

PM01:00 December 22 1999
練馬駐屯地 PX


先ほど演習でしのぎを削った面々は喧騒な食堂の隅の方で自己紹介も兼ねた昼食をとって
いる最中だ。
しかし気まずい沈黙が場を包んでいる。まるで葬式やお通夜のような雰囲気に蘇芳もエレ
ンも食べ物がのどを通らない。蘇芳はその原因である眼前の二人に目をやった。ここに来
てからこの方一言もしゃべっていない。片方はこちらをじっと睨んでいるし、もう片方は
下を向いたままだ。 どちらにも言えるのは表情が暗いこと。まあ演習で負ければ沈みも
する。蘇芳は場の空気を変えるべく尽力することにした。

「私は蘇芳 林太郎だ。部隊のことを色々教えていただきたい。」

そう言うと大尉ははっとして隣の少尉と示し合わせると、互いの自己紹介が始まった。

特殊任務部隊 A-01  VALKYLIES 第9中隊
香月 博士直属の部隊で作戦の失敗は許されない。故に作戦実行のためのコストは問われ
ない。国連軍は正式にその存在を認めていない部隊。 当時は連隊規模で発足し、多くの
中隊を抱えていたが明星作戦における損失で今や第9中隊を残すばかりとなっている。そ
の第9中隊も2名を残すのみと聞けばその過酷さがうかがえる。第9中隊のコールサイン
はヴァルキリーズ。

その隊長。暗褐色の髪の、いかにもできる女といった風な女性は名を伊隅 みちるという
らしい。
階級は大尉で上官にあたる。作戦行動中を除いて、堅苦しいことは抜きにしてほしいとい
う大尉からの命令により、作戦時を除いてこの部隊ではあまり上下関係にうるさくないら
しい。その隣、出会いがしらから強烈な視線で私とエレンを竦み上がらせた水色の長い髪
を後ろで纏めた、いわゆるポニーテールの女性。速瀬 水月 少尉はオペレーションルシ
ファー(明星作戦)、いわゆる横浜奪還作戦の後にこの部隊に配属され実戦経験はまだ浅い。
そして速瀬 少尉から伊隅 大尉を挟んだ隣側にいる優しげな女性。シミュレーションル
ームでは姿を見かけなかったのだが、同じくオペレーションルシファー後にCP(コマンド
ポスト)としてヴァルキリーズに配属された涼宮 遥 少尉。
自分達が配属される隊の隊員を改めて見回してみれば、蘇芳一人を除いてみな女性だった。
戦場で男が次々と戦死して、社会全体として男性の人口が少ないとはいえ、これは少し偏
りすぎだ。
蘇芳の視線に気づいた伊隅 大尉がやがて彼の心中を察したのかニヤリと笑った。

「コールサインがヴァルキリーズなのは中隊に所属する衛士12名が代々女性だったことに
由来する。」

「それはつまり蘇芳、貴様が我が中隊初の男性衛士ということだ。」

隊内の人口比率の偏りに気づいていた蘇芳はもちろんのこと、蘇芳と同上で中隊に配属さ
れたエレンも、そして中隊古参の速瀬 涼宮 両少尉も驚いた。 速瀬 涼宮 両少尉は
多忙を極めるA-01に配属されてこの方、コールサインの由来を伊隅 大尉に尋ねたことが
ないのは勿論として、ヴァルキリーズの意味を深く考えたこともない。 人間というのは一
度になってしまうと意識せずにはいられない生き物だ。蘇芳 林太郎 という一人の衛士
に中隊全員の視線が集中したことを誰が責められようか。しかしこの状況を作り出した張
本人ともう一人は楽しんでいるように見えなくもない。蘇芳は今すごく動物園のパンダと
友達になれる気がした。蘇芳は穴が開くほど見つめられて若干仰け反る。

「なっなんだ。そんなに男が珍しいのか。…まさか今まで一度も男を見たことがないとか?」

「なわけないでしょう!」
蘇芳の一言に速瀬 水月は即座に切り返した。その速度たるや目を見張るものがあった。
机をたたいて身を乗り出した 速瀬 水月のその気迫に蘇芳はたじろいだ。突然の大声に
PXにいた全員の視線を一身に浴びたことに気付いた速瀬 少尉は居心地が悪そうに席に
座りなおした。

伊隅 大尉が咳払いを一つし、場の空気を仕切りなおす。

「こちらの紹介はあらかた済んだ。次は…」

「次は我々の番だな。」

「では改めて。私の名前は蘇芳 林太郎だ。つい先日までエレン 少尉と軌道降下兵団に
所属していた。現在の階級は中尉だ。」


A-01の隊員達がわずかにざわめいた。軌道降下兵団は国連宇宙軍がハイヴ攻略に本格的に
関与した1992年スワラージ作戦において初めて投入された部隊であり、眉唾物の噂等は良
く耳にするものの、その実態は謎に包まれていた。本来ならば軌道降下兵団から他部隊に
転属になった衛士から、様々な話が漏れ聞こえてもいい頃なのだ。だがその高すぎる死亡
率故に他部隊への転属があったなんて話は誰も聞いたことがない。A-01の隊員たちが軌道
降下兵団に関して知り得ている事はただ一つ。地球軌道上から地表の作戦目標に向けて降
下すること。その一点だけであった。軌道降下兵団について興味津々なA-01隊員達に当初
の暗く淀んだ雰囲気はなく、お互いの実戦経験や前の隊での秀逸な逸話などを話して盛り
上がった。


「蘇芳は、初陣は何時だ?」

まだ幼い少年を見て伊隅 みちるは聞かずにはいられなかった。

「初めての戦場は、朝鮮半島南端の光州だった。そこに国連軍の戦術機大隊との交代要員
として送られた。」

光州と言えば日本にとって忘れようのない悪夢が発生した土地である。国連軍と大東亜連
合軍の朝鮮半島撤退を支援するため、日本帝国軍が派遣され、その司令官である彩峰萩閣 
中将が大東亜連合軍と共に、抵抗する避難民の脱出を優先した結果、戦線に穴が開いて国
連軍司令部が壊滅する。指揮系統の混乱により多くの将兵の命が失われた。事態を重く見
た国連は作戦終了後、戦犯として彩峰 萩閣 中将の身柄を国連に引き渡すように通達す
る。しかし時の内閣総理大臣 榊 是親 が尽力し日本国内での厳正な処分と引き換えに
彩峰 萩閣の身柄を引き渡すことを免れる。だがその後の軍法会議において彩峰中将は敵
前逃亡罪を言い渡され、銃殺刑に処される。日本帝国において今もなお苦い経験として名
を残すこの事件は光州作戦の悲劇などと呼ばれている。


その後も転戦を重ねた話や、他国の基地での話など、とりわけ他国の食糧事情に関する話
は大きな盛り上がりを見せた。


 昼食の間ずっと速瀬 少尉に見られていた気がする。何やら少尉は演習の前に、私とエ
レンに勝てなければ昼食からおかずを一つ抜く趣旨の約束を副司令としてしまったらしい。
その結果今彼女の目の前には私達よりも若干貧相な昼食が並んでいた。しかしそれは私の
責任じゃないだろ、と言いたいのだがあの視線に射すくめられると正直無理だった。 と
はいえ弾んだ会話と共に食べた昼食は中々の味だった。




部隊内での互いの情報交換が終わった蘇芳とエレンは、基地内にいる香月博士の元にいた。
博士の隣には見慣れぬまだあどけなさ残る銀髪の少女。長い髪をツインテールにして独特
の髪留めで留めている。その姿はウサギともクワガタともとれる。彼女の瞳は茫洋として
いてどこに視線が向けられているのか判然としない。心の奥底を覗きこまれているような
気がして蘇芳はどこか落ち着かない気分であった。 そろって博士に敬礼をすると博士か
ら意外な言葉を聞くこととなる。

「ちょっとあんたたち。それやめなさい。」

博士の言う“それ”の意味が良くわからず、二人はそろって首をかしげる。

「敬礼よ。け・い・れ・い。 堅苦しい敬礼はよしてちょうだい。もうあんたたちは正式
にA-01の隊員なの。わかったら言うことに従って頂戴。」

香月博士の初めて会った当初とは180度異なる穏やかな視線に二人は身構えてしまう。

「ちょっと。あんたたち失礼ね。」

そういいながらも香月博士はどこか楽しそうであった。

「あんた達をここに呼んだのは他でもないA-01とそれらを取り巻く環境、そしてその任務
について伝える為なのはわかってるわね。」

「VFA-01はオルタネイティブ第一戦術戦闘攻撃部隊の略で…」

香月博士の口から発せられた話は驚くべきものだった。人類が一丸となってBETAに対抗
している陰で、様々な思惑が働いていることに多くの人間は薄々感づいた。しかしそれが
ここまで大きな話であったことを一体誰が予測できただろうか。しかし今思えば嘗て参加
した作戦の中にこの話を裏付けるようなものが存在していた。
話は遡ること1959年 
国連特務調査機関ディグニファイド12が招集され、火星に住むであろう知的生命体とのコ
ミュニケーションを確立するための研究が始められたことに端を発する。
1966年ディグニファイド12がオルタネイティブ計画へと発展。世界規模の巨大計画とな
った。
そしてこの1966年より始まった計画は現在オルタネイティブ1と呼ばれている。
オルタネイティブ1は火星で確認された知的生命と言語・思考解析の観点から意思疎通を
図ろうとしたものだったが、全く解明することができず、またサクロボスコで発生した同
知的生命との戦争状態を受けて1968年計画は第二段階へ移行する。オルタネイティブ2で
ある。この頃より火星で発見された知的生命体はBETAと名付けられる。オルタネイティ
ブ2はBETAを捕獲し調査・分析する計画であった。莫大な犠牲を払ったオルタネイティ
ブ2だが研究結果は芳しいものとは言えなかった。なぜならば犠牲の対価に得た情報は
BETAが炭素生命体であるということだけであったからだ。同年国連は状況の打開の為、
オルタネイティブ3予備計画を招集する。この時ソ連が発案したESPを用いてBETAの思
考を直接読み取る計画が採択され、ソビエト科学アカデミーのESP研究に国連予算の提供
が開始される。計画は順調に推移し1992年 スワラージ作戦の裏でボバールハイヴ攻略作
戦が始動し、オルタネイティブ3直轄の特殊戦術情報部隊と本作戦が初陣となる国連第一
軌道降下兵団がボバールハイヴに突入する。フェイズ4ハイヴの到達深度としては過去最
高となる511mを記録するも広間で師団規模のBETAと接敵し交信が途絶える。地上と
の連絡のために往復していた部隊を残し、他の部隊は全滅した。しかしESP能力者による
思考のリーディングは成功しBETAにも思考が存在することが証明される。なおこの作戦
における能力者の帰還率はわずか6%であった。BETAに対するあらゆる訴えは無効とい
う絶望的な結果を残してオルタネイティブ3は幕を閉じた。

作戦の間も次期オルタネイティブ計画の選定は進められていた。
最終選考には日本案と米国案が残り、両者による一騎打ちの様相を呈した。
BETAの東進が本格化し自国軍のみでは国防に不安を残す日本は国内に国連軍を何として
も引き込みたい。自国の新兵器を使用してハイヴを一掃したい米国。互いに譲れないもの
がある日本とアメリカはロビー活動で激しい火花を散らした。
新型兵器の環境に与える影響の不透明さ、オルタネイティブ3の成果に対する温度差など
からユーラシア各国が米国案に対して不支持を表明し、これが引き金となって国連は米国
案の不採択を決定する。以後アメリカは国連に対して失望し自国案を更に先鋭化し独自の
対BETA戦略を取り始める。
そして1995年オルタネイティブ4に日本案が採択され第三計画の成果を接収しオルタネイ
ティブ4がスタートする。そしてそのオルタネイティブ4の総責任者が今眼前に立つ香月 
夕呼、その人だった。
若干14歳にして因果律量子理論の検証を始め17歳で因果律量子理論を完成させる。
香月博士の独自理論である因果律量子理論の論文がオルタネイティブ計画招致委員会の目
に留まり、日本案の研究を進めている帝国大学応用量子物理研究室への編入を果たす。一
言でいえば才媛といえる。

「第四計画に関しては当然ながら現在も継続中よ。だからその作戦の全体は当然秘密よ。
今あんたたちが知っていなければならないのは、A-01はハイヴを攻略する必要があるとい
うことよ。その為にハイヴに突入したことのあるあんた達の経験は貴重なものよ。A-01の
訓練に役立てて頂戴。」

香月 博士はそこでいったん言葉を切るとおもむろに書類をこちらに投げてよこす。そこ
には横浜基地に籍を置く技術者、研究者、整備兵の年齢 性別 国籍 経歴が仔細に記述
されていた。蘇芳とエレンの二人は目を合わせると肩をすくめた。

「蘇芳、あんたが演習に勝利したら、あんたの言うこと考えてあげなくもない。そういっ
た事は覚えているわね。約束の通りここから好きなメンバーを集めなさい。」

蘇芳は人員が欲しいなどという話は一切上申していないので、今一状況がつかめない。
しかし演習に勝利したからというからには昨日のあの発言の事を指しているのだろうと当
たりを付けていた。しかしそれとこの人員のリストを結びつけるものが全くない。これは
如何したことだろうと困惑した。

「ああっもう。じれったいわねえ。あんたのその対ハイヴ戦術とやらに即した戦術機を作
りなさい。」




この時の衛士両名の顔と言えば○が綺麗に三つ並んだものと言えば的を射ているだろう。
自分で言い出したことながら唖然とする二人の表情を見て香月 夕呼はつい噴出した。

「あんた達。その顔傑作よ。」


それは様々なことで追い詰められていた博士にとって久しぶりに笑えるものであった。

「オルタネイティブ計画では当然衛士は戦術機に乗って戦うことになる。原則としては承
知した国の戦術機を使用することが決められているけれど勿論例外もあるわ。あんたの提
唱するハイヴの攻略方法を実現するためには、衛士の訓練も不可欠だけれど何より現行の
機体では条件に合致するものがないでしょ。だから造りなさい。」


急速にハイヴ戦術の話が巨大化していっていることに蘇芳は少なからず驚いた。一見すれ
ば香月 博士の言うことは理にかなっている。新しい戦術とそれに対応する新しい設計思
想を持った戦術機の開発。 蘇芳 林太郎という人間にとって願ったり叶ったり、いやそ
れ以上の話が舞い込んでいる。しかし香月 夕呼の立場に立って考えればこれはとんだ博
打と言ってもいい。軌道降下兵団が正式に任務を開始したのは1992年の出来事である。ハ
イヴ攻略の戦術が確立したのも同年のことであるから、それから未だ7年も経たずに戦術
の変更の話を口にしている者がいる。しかもその男はまだとても若い。うさん臭い話だと
一蹴するのが普通の反応だ。現にハイヴ攻略戦術を上司に聞かれて以来、中隊内では私は
変人と呼ばれていた。さらに言えば降下経験が3回を超えても死なない衛士はあまりの過
酷さにどこか頭が変になる。という噂が兵団内に蔓延してしまった。もし私がいい加減な
事をのたまっていたとすれば、A-01は本懐を果たすことが出来ずにハイヴ攻略の道半ばで
全滅することになるのだ。オルタネイティブ4の崩壊である。

「博士。何故です。」

「あら、何のことかしら。」

「博士と私はつい先日初めて顔を合わせたばかりです。どんな人間なのかもわかっていな
いのに、そんな大きなプロジェクトを任せるなんて正気の沙汰とは思えない。」


「ああ、そんなこと。」
私の質問に香月博士は何のことはないといった風に答えた。

「確かにあんたが信頼するに足る人物なのか、その人間性で判断できるほどに私はあんた
を知らないわ。でもね、初めて会ったからといって仕事を任せないんだったら、いずれ立
ち行かなくなってしまう。なら人間性と同じように他人を測る物差しがあるじゃない。そ
れはね、蘇芳。 その人間の経歴よ。」

あんたの軍歴はね、あんたが思っている以上に大きなものよ。香月 夕呼はそう告げた。

「それにね、少し厄介な問題も発生しているの。私たちの研究が気にくわない奴らが私た
ちの妨害をしている。アメリカ合衆国は自国案をオルタネイティブ4の後釜に据えている。」

オルタネイティブ4の予備計画にアメリカ案が採用された。
その事実に私とエレンは驚きを隠せなかった。

「アメリカ案は破棄されたのではなかったのですか!」

香月 博士の発言にエレンが食いついた。カナダ国民である彼女にとって、戦略爆弾にて
ハイヴを破壊するという行動は許せるものではないのだと思う。
1974年 カナダ サスカチュアン州アサバスカにBETAの着陸ユニットが降下した。
この時米軍はカシュガルでの教訓を生かし着陸と同時に大量の戦略核の集中運用でこれを
殲滅するが、以後カナダの国土の半分は半永久的に人が住むことを許されない土地となっ
たのだ。仕方がなかったとはいえ国土の半分を失ったカナダ人がアメリカを恨まない筈は
ない。
改めてみると米国の対ハイヴ戦略は当時から何一つ変わっていない。変わっている事は唯
一つ。使用される戦略級兵器が核兵器から新兵器であるG弾に変わったことだけである。
だが同時に新兵器の威力さえ高ければ現実的な作戦と言える。そしてその威力はついこの
間、明星作戦で世界各国に見せつけられたばかりであった。

「いいえ。アメリカは第四計画への選定から外されると、いっそ清清しいまでに強引なロ
ビー活動を始めた。蛇つかい座バーナード星系に地球型の惑星が発見されたこともこれを
後押ししたわ。アメリカは新兵器 G弾によるハイヴに対する一斉攻撃と合わせて約10万
人の人類をこのバーナード星系の地球型惑星に送り込むことを決めた。それによってユー
ラシア各国の意見に配慮した。という形に持ち込んだわけ。」

一瞬、そうたった一瞬の出来事であったが、蘇芳は動揺した。隣にいたエレンはたまたま
それに気づいたが、香月 博士の話の腰を折るわけにもいかない。この場は黙って話を聞
き、後で本人に話を聞こうと心に誓った。

G弾はその威力ばかりが随所で取り上げられ、アメリカ国内ではG弾によるBETA非脅威
論などが騒がれている。しかし実際に投下された横浜の柊町では植生異常や重力変動など
様々な異変が発生しており、手放しで喜んで良い兵器ではない。この爆弾は5次元効果爆
弾と呼ばれ、使用された際の環境汚染の程度がどの程度のものか未だにその全てを把握す
ることはできない。実際に投下されることになるユーラシア地域の反発は激しく、ユーラ
シアを丸め込むためにもバーナード星系に人類が適合できる惑星が見つかったことはアメ
リカにとって渡りに船であった。

「今もラグランジュポイントで宇宙移民用の船団が組まれているわ。アメリカ合衆国はG
弾の威力を明星作戦で示し、今やオルタネイティブ5は勢いに乗っている。何の成果も上
げていないオルタネイティブ4よりもこちらの方がよほど有意義だ。そう言って回ってい
る。実際にそれに賛同する国も少なくないの。」

ブラジルやオーストラリア、南アフリカなど後方国家などは自分達にはG弾の環境破壊の
影響がないと考えている。故に早くBETAを片づけたい一心で米国案に賛同する国も少な
くない。何よりもオルタネイティブ4が目に見えた成果を上げていない以上、こういった
国を説得するのは難しいのだと香月 博士は言った。

「実は私たちに残された時間はあまりないの。計画の要ともいえる部分はまだ研究中よ。
だからこその新型戦術機でもあるわけ。オルタネイティブ4も成果を上げている事を何ら
かの形で示さなければいけない。」

「つまり、時間稼ぎも兼ねているということですね。」


「そういうことよ。でやるの、やらないのどっちなの。」


香月 博士の一言に蘇芳は飲まれている自分に気づいた。今まであまりにも壮大な話を聞
いていたためにそこに自分の意見が取り込まれ、計画が頓挫することへの不安に支配され
ていた。人類の危機を脱する大きな計画に自分自身の意見が聞き入れられる機会など普通
は巡っては来ない。今私は人生で一番大きなチャンスを掴みかけている。これを逃せばき
っと次はない。あの殺風景な横浜の地に降り立ったとき私は人類がBETAに蹂躙されてい
る状況を打開する何かを探していたのではなかったのか。このとき蘇芳 林太郎を後押し
したのはその若さと情熱、そして自分に可能性を託して逝った戦友たちとの記憶だった。

「わかりました。必ず私が責任をもって完成させて見せます。」


「今は、人類の未来のために遊ばせておける人間は一人としていないのよ。」

力強く頷く蘇芳を見て、香月夕呼はわずかながら目元をほころばせた。


「まだしばらくはここと横浜を行き来する生活が続くわよ。宿舎等は伊隅に聞きなさい。
今日は、そうねさっきのシミュレータールームにいると思うから合流しなさい。」

退出する二人を見て、外部からの人員調達も案外悪くないかもしれないと考える香月であ
った。






PM16:00 December 22 1999
練馬駐屯地 PX



「先ほどの演習、見事でした。蘇芳中尉、少しお時間を頂けないでしょうか。」

練馬駐屯地の廊下を歩く蘇芳、エレンの二人組の前に一人の女性が現れる。彼女は蘇芳、
エレンの両名を呼び止めた。
彼女はこの駐屯地まで二人を送り届けた女性。 神宮司 まりもであった。

「わかりました。 エレン、先に大尉のところへ。私は後から行くから、そのように伝え
てくれ。」

「わかりました。」

彼女は少し不安げな視線をこちらに送った。気にするな。そう視線で示せば、エレンは物
言いたげな表情で私と神宮司 軍曹を追い越してシミュレータールームに向かった。

「さて、お話というのはなんでしょう。」

私が尋ねると、ここではなんですからと施設の屋上に連れ出される。神宮寺 軍曹の態度
は、最初に会ったときと同じ当たり障りのない柔らかなものであった。屋上で歳若い男女
が二人きり。それだけ聞けば何か甘酸っぱい恋の匂いがしないでもないが、ここが軍隊の
施設で2人は軍人であり、なおかつ二人がまだ会って間もないとなれば何かあまり良くな
いことの類が、私の身に降りかかっていることだけは理解することができた。



フェンスの向こう、遠くを見渡せば大小さまざまな建物が並び、一時は最前線となってい
たことなど微塵も感じさせない活気がそこにはあった。日はだいぶ西に傾き、茜色に染ま
る空は一日の終わりを告げる。 軌道降下兵団から極東への配置換え、演習やオルタネイ
ティブ計画の事、そして新型戦術機開発。ここ2 3日で周囲を取り巻く環境が目まぐるし
く変化した。  今日という一日が終わり、明日になれば、新しい生活が待っている。
極東国連軍のお客さん、という立場は終わり本格的にオルタネイティブ4遂行のための部
隊の一員として戦場を生き抜くことになる。だから面倒事は今日のうちに処理しておきた
かった。 神宮司 軍曹は肩越しに私の一挙手一投足を観察する。そして階下へと続く扉
がしまった事を確認すると私に切り出した。

「今日の演習とても見事でした。 鮮やかな操縦でしたね。帝国軍機をあそこまでうまく
乗りこなせるとは正直思ってもいませんでした。」

神宮司軍曹は探るような目つきでこちらを伺う。

「ありがとうございます。やはり、本職の方に言われるとうれしいですね。」

「本職ですか?」

「ええ。神宮司軍曹は帝国軍出身とお見受けしましたが。」

蘇芳 が何の気なしに発したその一言は、神宮司軍曹に更なる疑念を植え付けることにな
る。神宮司 まりもの脳内では蘇芳はスパイではないかという疑念が止まることなく膨れ
上がっていく。そう考えればすべてうまくいく。自分が帝国軍出身であることも帝国軍機
の機動特性も、綿密な下調べを経ての潜入であれば十分知り得ていてもおかしくない。
夕呼には散々警告したのだが、演習後は大丈夫の一点張りで決して疑おうとはしなかった。
夕呼は絡め手を使って、いとも簡単に相手のボロを出すことが出来る。しかし自分はそん
な回りくどいやり方はできない。 神宮司軍曹は単刀直入に相手に尋ねた。それはある意
味、神宮司 まりもらしいやり方であった。

「帝国軍機を過不足なく操ることが出来るその技術、私が帝国軍出身者であると知ってい
る事。これらは横浜基地に潜入するために事前に調査していたと考えたほうがシックリ来
る。」


神宮司の言葉に蘇芳は黙り込んでしまう。顎に手を当て何かを考えているようだ。やはり
そうなのか。神宮司 まりもは夕呼の不用心さを注意しなければ、そんな気持ちにかられ
ていた。ここで言い淀んでしまうようでは諜報員としては失格だ。まだ年若いようだし当
て馬として送り込まれたのかもしれない。このことが夕呼にばれてしまえば、ただでは済
まないだろう。この基地から何もせずに立ち去ってくれるのなら私が香月 博士に伝える
つもりはない。そう告げようとした神宮司 まりもを蘇芳の言葉がさえきった。

「戦術機ってのはな、お前やお前の仲間が衛士を止めるまで命を預けることになる棺桶だ。
戦術機に詳しくない衛士に衛士の資格はない。ある人に昔そういわれたんです。乗り手を
失った戦術機や戦術機を失った衛士。前線にそれらを遊ばせておく余裕は何処にもない。」

最初は反発したんですよ。
そういって蘇芳は柔らかく笑う。過去を懐かしむように遠くを見つめながら。

「今日、それが役にたったわけです。決して横浜基地に潜入するために覚えたわけではあ
りません。軍曹が帝国軍出身であることは敬礼を見て分かりましたよ。帝国軍の敬礼は少
し独特ですから。この回答で満足いただけましたか。」

蘇芳はフェンスのそばまで歩み寄ると遠くの景色を眺めた。両者の間に暫し沈黙が流れる。
蘇芳にしてみれば相手を完全に納得させるだけの証拠を出すことは不可能である。まりも
にとって見ても現段階で確実な証拠は持っていないし、何よりこれ以上のアクションを香
月 夕呼が許すとも思えなかった。議論はお互いに平行線をたどり、その終着点を見出す
ことが出来ないでいた。蘇芳が振り返り、二人の視線が交差する。太陽は沈み、電燈に役
割を譲る。どちらも視線をそらさぬまま、たっぷり1分ほどその状況は続いた。まりもは
電燈の灯りに照らされた蘇芳の目をじっと見つめる。不意にまりもは目を閉じ小さくため
息をついた。蘇芳の目に映る自分の姿がとても嫌なものに見えて仕方がなかったのである。
昔の自分とは違う。そう思い続けてきたが、現実的にはあまり変わっていないのかもしれ
ない。まりもは彼から視線をそらす。もとより自分はあまり考えるのが得意な性質の人間
ではない。今考えれば軍に入ったのも深く考えたというよりは激情に身を任せた結果のよ
うなものだ。私より物事を考えるのが昔から得意であった夕呼がスパイではないと言って
いるのだから、やはりそれを信じるべきだったのだ。私が思いつくようなことは既に彼女
が手をまわして調べているだろう。だから今ここで私が彼の部屋、持ち物をあら捜しする
ことができたとしてもおそらく何も出てこない。口より先に手が出てしまうこの性格はい
い加減早く直さなければならない。


「疑って申し訳ありませんでした。処分はいかようにも。」

神宮寺軍曹は直立不動になる。
あまつさえ上官に疑いをかけ、言葉遣いも上官に対するものではなかった。彼とはついこ
の間あったばかりで、その性格や心情など個人的な部分に関してはまったくよくわかって
いない。だが一般的に上官に対する数々の無礼を働いた下士官がたどる末路といえばおの
ずと相場は決まっていた。神宮司 まりも自身いかなる処罰も覚悟しているし、下された
処罰に対して何の不平や不満を漏らす気はなかった。

審判を待つ神宮司 まりもに蘇芳は処罰を与えることはなかった。そこにはこれから着任
する部隊の隊員すべての面倒を見ていた教官に対して、何か処罰を与えることによって部
隊内での彼の立場が危うくなる。そういったことを危惧しての打算的な判断がひとかけら
もないと言えばそれは間違いなく嘘になるだろう。しかしこのとき蘇芳 林太郎は神宮司
軍曹に対してどちらかといえば好感を抱いていたのである。陰でこそこそと色々な噂話が
飛び交っている事ほど気分の悪いことはない。何か知りたいことがあるのであれば直接聞
いてほしいと思うのが人情だろう。そればかりではない。このような特殊部隊にあって機
密性の保持の問題は重大な関心事である。特殊部隊という組織はその任務の過酷さから隊
員たちの結びつきは大変強く、よそ者に対して排他的であることも少なくない。まったく
毛色の違う新参者に対して、このような嫌疑がかかることはそう珍しいことではないだろ
う。そのとき大半の隊員たちは遠巻きにこちらを眺めるだけで、ぶつかってこようとはし
ない。お互いの間に信頼関係ができるまでのしばらくの間、隊内には古参と新参の間で見
えない隔たりができることになる。これを解消するのはその部隊の隊長の仕事の一つでは
あるが、衛士としての腕とは違い、そう簡単にどうにかできるものではないだろう。お互
いの間にある誤解を解く唯一の方法は、相手のことを知ることである。その為には会話を
しなければならないし、軍曹のようにこちらが話に踏み込んでくれたほうが事は円滑に運
ぶのである。簡単なようでいて意外とこれが難しいことなのだ。


「気にしていません。どこの部隊でも起こりうる出来事です。それにいちいち目くじらを
立てていればそれこそ部下になめられます。そうでしょう。」

彼はそう言って気にしていないというそぶりを見せた。
その後に彼が口にした一言がまりもをはっとさせる。


「嫌疑を晴らす唯一の方法は、私の事を知ってもらい相互の信頼関係を築くこと。私は今、
スパイではないという直接的な証拠をあなたに提出することはできない。ですが私のこれ
からの行動によってその嫌疑を晴らしましょう。では私はこれで。」

そういうと
彼は構内へと続く扉の奥に消えたのだった。




―全ての不幸は無知から始まる。教育こそが人類に与えられた最強の武器なのだ。―

教育による平和的な相互融和。


神宮司 まりもの脳裏に私の将来を決めるきっかけとなった恩師の言葉が蘇った。



[34254] 番外編 試製99式電磁投射砲
Name: Haswell◆3614bbac ID:a910b73a
Date: 2012/10/29 02:35
TEとオルタの話を標榜しながら、全くもってTEの要素が皆無なので
このような形で挟んでいくことにしました。
まさか本編を無理やり繰り上げるわけにもいきませんので。

DVD&BD 第二巻発売記念でもあります。
















多数の光に遅れる事数秒、激しい爆音が轟き大地が揺れた。 

的は粉々に砕けており射爆場の壁に大穴があいていた。

「おおっ」

居並ぶお歴々から歓声が上がった。
これ以上ない大成功と言っていい。 巌谷 英二は横目でそれを眺めつつほっと肩をなでおろす。
本来の問題は“第2射目”からなのだが、今は余計な事を口にするべきではなかった。
機関部が横浜製ということでただでさえ渋い顔をされているのだ。これ以上のマイナス要因を悟られるわけにはいかない。

「では、詳細なデータや進捗状況等、詳しい話は会議室の方で」

「では進捗状況を聞かせてもらおう。」

巌谷 英二はお歴々を伴って退出した。

とたんにメーカーから出向のエンジニアや整備兵などの張りつめた緊張の糸が切れた。


雨宮は苦笑いを浮かべる。自分もきっとあのような表情なのだろう。

試射を終えて整備ガントリーに帰還する不知火の横を歩きながら、なんとか滞りなくデモンストレーションが終わったことに安どのため息をついた。



試製99式電磁投射砲

帝国国防省・戦術機技術開発研究所 第三地下格納庫 1999

「中尉、お疲れ様です。」
私はタラップを降りてくる篁中尉にタオルを手渡した。中尉はあまり疲れたといった風はない。昔からとても生真面目な人だったからこのくらい何ともないのかもしれない。
「なんとか見破られずに済みましたね。もう一度などと言われたらどうしようかと内心ハラハラしていたのですが、巌谷 中佐のお蔭で何とかなりましたね。」


「ああ、そうだな。」

篁 中尉の気落ちした雰囲気に長年の付き合いのある雨宮は直ぐに彼女の癖が出たことを察知した。

「中尉。こればっかりは仕方がありません。私たちがどうこうできるような問題ではないんです。私たちは今与えられた中での最善を尽くし、何事もなくデモンストレーションを終わらせることが出来ました。 これでいいんですよ。」

そういって篁 中尉に笑いかけた。自分より少し年下の譜代武家の隊長は自らを厳しく律するあまり、時々防ぎようのないことですら自らの責任にしてしまうことがあった。
当初こそうまい対処方法がわからなかったものの、今となってはお手の物である。


私たちは共に不知火より外されつつある試製99式電磁投射砲を見やった。
つい最近開発が完了した世界初のレールガンだ。
機関部は悪魔の横浜製。使用されている技術も子細なスペックですら不明の代物である。
毎分800発の砲弾を吐き出す砲身はダメージを受けやすく、現在の段階では第一射を撃ち尽くした時点で、使用不能になってしまう欠陥兵器であった。しかしもしこれが完成すれば、狭いハイヴ坑道内で簡単にBETAを殲滅することが出来る。 二人はその光景を思い浮かべるだけで全身が奮い立った。


「…この後はヴォールクデータを使った99式電磁投射砲によるハイヴ殲滅演習の予定だな。」

篁 中尉はそうつぶやいた。何処か待ちきれないといった表情が浮かんでいるのが手に取るように分かった。
新しい玩具を前にして喜ばない子供はいない。

「待ちきれませんね。」

「ああ、まったくだ。」

「そういえば、今度、京子様もお見えになるそうですよ。」

「! そっそうか。その時に無様な姿をお見せするわけにはいかない。」


二人は所属している部隊の隊員たちの元に向かって歩み始める。
これから先、彼女らの身に降りかかる困難はまだその片鱗を見せていない。



[34254] Day of Days
Name: Haswell◆3614bbac ID:a910b73a
Date: 2012/10/27 22:34
冒頭のまえがきを実験的なものにして見ました。

ようやく本編の片鱗が見えてきたような…





時代遅れの頑固者。何時しか社内ではそう呼ばれるようになっていた。
廊下を歩けば後ろ指を指されない日はなかった。輝しいキャリアも今やこの身に重くのしかかる。
次第に強くなる風当たりに何度も、何度も自問自答を繰り返す。時代が変わったのだ。お前の居場所はもうない。いやまだ若造に道を譲ってなるものか俺はまだやれる。
何時しか月日がたち社内に居場所がなくなった俺は、日本でも最も異端の地に仕事を求めていた。

Part five Day of Days

PM14:47  January 3 2000
横浜基地 

遂に極少数のエリアとはいえ横浜基地が稼働を開始し、香月 博士の計画の核となる人物は基地の移動を余儀なくされた。
A-01も当然その中に含まれており、基地到着初日はハイヴを生かして作られた基地の複雑にうねる通路で何度も迷子者が出たものである。
その日も訓練の傍らで蘇芳 林太郎は香月 夕呼から与えられた資料と格闘していた。
資料には横浜基地に在籍している研究者や整備兵はもちろんのこと、香月 夕呼が基地に入れても問題ないと判断したエンジニアや研究者たちの名前や経歴が綴られている。
蘇芳 林太郎はこの膨大なリストの中から人員を選び出し、戦術機開発を統括しなければならない。戦術機開発の経験が全くない者に主任を任せるというのは異例中の異例の人事ではあるが、ハイヴ攻略に主眼を置いた戦術機の開発であれば蘇芳以上に妥当な人物は考えられなかった。
自分のチームであるのだから当然人員の選択も自分でやれということなのだろう。リストに載せられている人物の中には国連軍所属ではない人間もちらほらと見受けることが出来る。
リストを一枚一枚丁寧に捲っていく。この作業も3日目に突入し、既にリストの4分の3は消化した。
めぼしい人物については既にリストから外して管理しており、この作業が終わり次第コンタクトを取らなければならない。
リストから人員を選抜する作業も大変ではあるが、実のところ最も厄介なのはコンタクトを取ってから人員を引き抜く段階である。
国連軍所属の人材に関しては容易に所属部署からの引き抜きが可能であるが、民間において戦術機開発のベテランといわれるような人物たちは各企業でも厚遇されており、引き抜くことは容易ではない。今の地位を捨ててまで国連軍横浜基地に組み込むことができるかははなはだ疑問であった。
ここにきて10日ほどたって知ったことなのだが、日本帝国における国連軍の立ち位置はあまりよろしくない。
何やら九州にBETAが上陸してから明星作戦までの一連の流れで多くの国民は米国に対してあまりいい感情を抱いていないようだ。
成り立ちからして米国と切っても切れないかかわりのある国連軍が歓迎されないのも無理からぬことであった。そんなことであるからファーストコンタクトは慎重にかつ静かに行わなければならない。

「中尉は今日も2重生活ですか。」

聞きなれた声に顔を上げれば、エレン少尉が私の前に立っていた。シャワーを浴びてきたのだろう金色の直ぐい髪は水に濡れていつもとは違った鈍い輝きがあった。
先ほどまで中隊でのシミュレータを使った演習を消化したのち、エレンはその後一人シミュレータに残り、不知火の慣熟訓練を黙々と履行していたのであった。エレン・エイスという衛士は決して悪くない腕を持っている。
軌道降下兵団内では十分それで通用したし、その能力は国連軍全体においても上位に入るだろう。しかし横浜基地ではそれが通用しない。A-01に所属する衛士には絶対的な操縦技量が要求される。それはすなわち技量が“他よりはうまい”では許されないことを意味する。
この非常にハイレベルな要求を突き付けてくる極東の片隅にある基地でエレンの技量は同中隊に所属する他の全ての衛士たちに劣っていた。中隊所属の最低合格ラインを割ってこそいなかったが、それは本人にとって何の慰めにもならない。
もちろん扱いなれない不知火に振り回されていることも要因の一つである。しばらくしたのち、エレンは度々中隊での訓練とは別に、自主訓練を欠かさず行うようになった。蘇芳に限らず、手漉きの中隊員達は彼女の訓練にしばしば手を貸した。
エレンは持ち前の明るさと本音でぶつかり合える訓練によって他の隊員たちとの仲を徐々に深めつつあった。
それに比べて私はどうだろうか。蘇芳は内心で溜息をついた。伊隅 大尉とは前の隊との相違に関してや、その他事務的な用事で顔を合わせて会話をすることが多く。お互いの間での連携が取れるくらいには、信頼関係があると考えてもよかった。
問題は今扉の陰からチラチラと除く青い髪の女性。またの名を 速瀬 水月ともいう。中隊での演習を除いて彼女と会話した記憶はまるでない。明らかに避けられているのは間違いないのだが、どう対処すればいいのか、その答えが見つからぬまま今に至る。
速瀬 小尉に遠慮してか涼宮 少尉が積極的にこちらに話しかけてくることはなかった。

「中尉。目の前にこんなに魅力的な美女がいるのに考え事とは感心しませんよ。」


「ああ、そうだな。」

エレンは、目を細める。心ここにあらずといった風の蘇芳だがその視線は一点に固定されている。視線をたどっていけばそこには最近話すようになった不器用な同僚の髪の毛がちらちらと覗いている。こちらを覗いている本人は気づかれていないと思っているようだがバレバレである。
へぇ 中隊内の雰囲気を悪くしていると思われる両者が互いのことを気にしているとは。
エレンにしてみればどことなく面白くない気持ちが半分、関係改善に向けて何とかしてやりたいという気持ちが半分であった。
エレンはにやりと笑った。彼女お得意の悪巧みを考えるときのいつもの癖である。ちなみにいつも犠牲者は目の前の上官であったりする。
伊隅 大尉に話をつけて…等と彼女の頭の中では今後のプランが展開されていた。


PM10:30  January 3 2000
横浜基地

整備用格納庫で新たに搬入されたF-15Eを眺める男がいた。年は60を超えたあたりであろうか。髪には白髪が混じり、定年がそろそろ見え始めたころだろう。
時折駆け寄ってくる部下にあれこれと指示を出す。衰えを感じさせないきびきびとした所作と厳しい眼光が相まって、現場には緊張が保たれていた。
男は名を輪島 英一といった。昔気質な男で、横浜基地の整備兵は彼のことを畏怖しながらも同時に尊敬もしていた。整備パレットにいる彼のもとにまだ年若い一人の男が歩いてくる。輪島はゆったりした歩調で歩いてくる男に目を向けた。
C型軍装にウイングマークを付けたまだあどけなさの残る子供はつい最近横浜基地に配属された確か名を蘇芳 林太郎といったはずだ。今眼前に横たわっている機体の片方の持ち主でもある。戦術機の操縦技術とかそういったことは全くの専門外だが今、目の前にたたずむ少年が戦術機の操縦において並々ならぬ腕を持つことは明らかであった。
ここのボスが引き抜いたのだから当然だというのも判断材料の一つだがもっと決定的な証拠がある。その証拠は今、輪島の手元にある。

「おい坊主。お前なかなかいい腕してるじゃねえか。」

そうほめてやれば少年はさも意外だといった風な顔をする。

「整備兵をなめちゃいけねえ。お前たち衛士は腕の良しあしを操縦時の軌道や、射撃スコアとかで判断するが、俺たちにはこいつがある。」

輪島は眼下のF-15Eを顎でしゃくった。

「人間は嘘をつくが、こいつは嘘をつかねえ。俺たちの知りたいことは全部此奴が教えてくれる。」

輪島は手元のデータシートを見た。機体の各部稼働状態に関して、記載されている数値のどれもが今まで見てきたF-15Eのそれを大きく上回っていた。
これは常に機体が全力で稼働していたことを意味している。あまりの数値に担当した整備兵が何度も値を取り直した末に、困惑顔でデータシートを持ってきたのを覚えている。
だが搭乗者に比べて機体の整備班はまだまだ未熟であった。

「搭乗していた衛士と違って、今までこいつを担当してきた整備の連中がいれば文句の一つでも言ってやりたいところだ。」
今までの整備担当がとりわけ下手だったわけではない。しかし腕利きの衛士が一人いるだけでも整備の手間はひと手間もふた手間もかかる。
それを画一的な整備で済ましてしまうというのは1流の整備兵の仕事ぶりではない。

「だが、ここに来たからには大丈夫だ。お前の機体はしっかりと整備させてもらう。」

蘇芳中尉は少し訝しんでいる様子であった。無理もない。今までの整備でも特別何か不満があったわけではないだろう。
だからそれ以上などと言われても実感がわかないのもうなずける。しかしA-01の整備部は他の整備班に比べて格段に整備の腕がいい。
それは機体の稼働率を見れば一目瞭然であった。“最高の部隊には最高の整備を”とは香月博士の弁だが、輪島自身その発言には共感を覚える。A-01が世界最高の特殊部隊を自負するとすれば、整備班は世界最高の職人部隊ともいえる。
A-01の衛士たちの反応速度に合わせて機体の遊びを極限まで削ることが出来るのは横浜の整備部隊だけだと言える。

蘇芳に一言、乗ればわかるとだけ言って自分も整備状況の確認のためにパレットから下に降りる。その背中に蘇芳 中尉 から待ったがかかった。


「そういや そっちの要件はまだだったな。この年になるとつい物忘れがなあ」
そういって朗らかに笑う。 それは年に数回も見せない輪島の笑顔だった。
目の前の坊主は畏まって一言告げた。

「戦術機の開発にかける情熱はまだ消えていませんか。」

その時自分が一体どんな顔をしていたのかわからないが、後ろで聞き耳を立てていた部下たちの何かをこらえるような顔から相当みっともない顔をしていたことだけは予想がついた。あとで部下を殴ることを決めた。

「言っている事の意味がよくわからねえんだが。」
 

此方が興味を引くのを待っていたのだろう。目の前の坊主は小脇に抱えた資料をこちらに差し出す。そこには新型戦術機の開発に関してのあれこれがかかれていた。
日付はつい最近の物であり、香月博士の承認印も押してある。正式なものだった。
思えばこの仕事についてからも、戦術機を作ることに対する情熱は微塵もかけていなかった。いやむしろ逆に強まったともいえる。
今までメーカーの一開発者として、最高の物を世に送り出してきた自負はあったが、現場に立てばそれは所詮幻想でしかなかったのだと気づかされたからだ。
 メーカーの開発施設にある設備は何処も最新の機材が惜しげもなく投入されており、その環境も現場に比べてはるかに良いものであった。
そのことが実感を持って感じられたのはこの基地に配属されてからであった。現場では設備に対してそれを超過する量の整備業務が割り当てられており、マニュアル通りの整備ではとても追いつくことはできなかった。
整備という仕事についてからというもの、次々に新しいアイディアが生まれ、現役時代なぜ気づかなかったのかと悔しい思いをしたことも一度や二度ではなかった。
再び戦術機の開発につく。年齢を考えればそれは輪島 英一にとって全身全霊をかけて挑む最後のプロジェクトになるだろう。そして今まで自分の感じてきたものや、技術そして経験を次の世代に受け継がせるまたとない機会ともいえた。何度も望んできた夢が今かなう。

「ぜひ私にやらせてください。」

気づけば自分よりも2回りも若い少年の前で土下座をしていた。普段は厳しく土下座などとは程遠い男の土下座に格納庫はにわかにどよめいた。目の前の少年は少し驚いたようだ。
彼に立ち上がるよう促され、体を起こした。


「ええ。そのつもりです。だからあなたに話を持ってきました。受けて頂けるのなら仔細は追って連絡します。」

言いたいことを言った中尉は格納庫を後にした。格納庫内では何とも言えない空気が漂っていた。


訓練の合間を縫って一人目の候補者と無事接触を果たし、A-01隊員達に与えられた休養施設に足を踏み入れる。 
そこではエレンと伊隅 大尉がなにやら話し込んでおり、エレンの言葉に伊隅 大尉がしきりにうなずいていた。 
私が入室したことに気付くとエレンは話を切り上げた。室内には涼宮 少尉 エレン 伊隅 大尉の3名はいたが速瀬 少尉の姿はなかった。

「3人そろって一体何の相談を?」
エレンはこちらを見て薄笑いを浮かべているし、涼宮 少尉は微笑んだまま何も言わない。 そして伊隅 大尉は思案顔で何か考え込んでいる。
 だんまりを決め込んだまま誰も教えてくれそうになかった。だが経験上エレンがああやって笑っているときは大抵碌な事を考えていない。ここは断固阻止しなければ色々危うい。

「エレン。また碌でもないことだな。大尉 此奴の言うことは気にしないでください。目を離すとあることないこと… 」

「いや、なかなかいい提案だと思っている。君は良い部下を持ったな。」

伊隅 大尉は私の肩に手を乗せ、にやりと笑った。この短時間で伊隅 大尉をも味方につけたというのか。にわかに信じがたい光景に脳が理解を拒否している。

「今日はもう遅い。早く寝ることだ。」

「そういうことですので中尉。お先に失礼します。」

伊隅 大尉、エレンが退出し、涼宮 少尉もこちらに敬礼してから二人の後を追った。

「軽く済ませてくれるといいのだが。」
そっと呟いた一言は、予想以上に部屋に反響した。

今日すべきことは全て完了している。私もそろそろ寝よう。 
蘇芳は扉を閉めて士官室に向かった。


AM 0:00  January 3 2000
横浜基地 シミュレータルーム 


網膜投影システムに映し出されるBETAを葬る。 撃墜カウンターは既に4桁を回っており、シミュレータに搭乗して長時間が経過している事を告げていた。
ここ最近眠れないことが多い。そのたびにここにきてはシミュレータに乗る日々が続いていた。
シミュレータに乗っている間だけは何も考えずにいられる。原因はわかっていた。間違いなくあの男だ。着任早々私の元から横浜最強の文字を簒奪した男。あの時演習が終わって私の不知火は無様に地べたに這いつくばっていた。
戦場にはアイツが堂々と立つ。まるで自らの勝利を誇示しているかのように。そこは私が立つはずだった場所。
しかし現実の私は地べたに無様に這いつくばったまま。指一本たりとも動かせない。惨めだった。
許せなかった。これが単なる逆恨みだと、頭では理解しているのにどうしても認めることが出来なかった。
気が付けば体が倦怠感を訴えていた。今なら何も考えずに眠れるだろう。
私はシミュレータを後にする。撃破したBETAの個体数は2000を上回っていた。



「こんな夜遅くまで精が出るな。」

私の士官室の扉に伊隅 大尉がもたれかかっている。こちらを見る目はどことなく険しい。

「訓練に励むのも結構だが、こんな夜遅くまで訓練を続けて、明日緊急出動がかかったら一体どうするつもりだ。万全の体調で実践に挑めるように体調管理をするのも隊員としての務めだろう。」


「大尉。すいません。」

ばれている。 直感的に私は悟った。私が何をしていたかも、何を考えているかもすべてがばれている。
伊隅 大尉は扉から背を離すとこちらに近づいてくる。

「ここ最近の貴様の態度はあまり宜しくないな。部隊内の不和を引き起こしている自覚はあるな。お前が努力しているのは知っているが、同じように蘇芳の奴も…」




「あんたに私の何がわかるって言うのよ。」

そういうとさすがの大尉も驚いて固まった。私はその隙をついて駆け出して部屋に飛び込んだ。こんな時部屋の扉に鍵がついていないことは恨めしい。
扉に背を預ける。大尉が私を追ってくる気配はない私はそのままずるずると床に座り込んだ。自分の感情を抑えきれずに大尉に八つ当たりをしてしまった。

ほんと最低だ。



[34254] Project  Diver
Name: Haswell◆3614bbac ID:a910b73a
Date: 2012/11/06 23:11
私事で忙しく、もしかすれば
次回の更新が1か月ほど先の事になると思います。
決して蒸発するわけではないので、心配してくださる方?(恐らくいないだろうと思われますが)がいらっしゃるのであれば、心配はご無用です。






対BETA戦術の要と言われる戦術機。
1972年、米国が同盟国に初めてその存在を公表して以来、全ての軍事作戦の根幹となった。その市場を握るものは世界を制すとも言われた。


1990年代当時の設計思想といえば、軽量高機動を主とし、ステルス性を持つ対戦術機戦闘能力を併せ持つ戦術機の開発が主流となっていた。
この時代戦術機市場に君臨したのはロックウィードだった。
開発予算は一国の予算に匹敵、開発チームはスカンクワークスと呼ばれ、ノーベル賞級学者や著名なエンジニアなど200人を有する鉄壁だった。
世界一厚い開発体制と言われた。

挑むのは時代遅れ、落伍者の烙印を押された、国籍も性別も違うたったの70名の落ちこぼれ達。


 無謀な戦いだった。

 
 
これは世界最強をめざし一機の戦術機の開発に命を懸けた彼らの物語である。



Project  Diver


その日、輪島 英一はF-15Eの解体を指揮しながら、まだ年端もいかぬ少年士官―蘇芳 林太郎より提示された新型戦術機開発計画に思いをはせていた。
ハイヴ内という特異な空間での使用を追求したかなり特異な要求仕様が提示されており、それだけでも輪島の開発者魂をくすぐる計画だった。
開発チームの結成に向けて蘇芳が各方面に駆けずり回っている状態であるため、今はまだ計画そのものには何ら大きな動きはないのだが、輪島は童心に返ったように眠れない日々を送っていた。
輪島はかつて光菱重工で開発チームを率いていたベテランの開発者だ。
TSF-TYPE89 F-15J 陽炎のライセンス生産やTSF-TYPE94 不知火 の開発に携わってきたいわば会社のエースであった。
経歴から考えれば横浜基地で整備兵を統括する立場を務めるような人間ではない。
そんな輪島がこの立場に甘んじているのには、もちろん理由があるわけである。
輪島が開発に携わった不知火は第三世代戦術機としては大きな成功をおさめ、そのポテンシャルの高さは世界各国の関係者をうならせるものであった。
国防省技術研究本部で長年研究されてきた空力研究の結果がすべて集約された結果、他国の戦術機には見ることのできない頭部のセンサーマストや特徴的な形状のナイフシースなどが採用され、戦術機を正面決戦で運用する日本帝国軍のお眼鏡にかなう戦術機が開発されたのである。
しかし不知火にはこのとき巨大な弱点が存在していたことに誰も気付けなかったのである。それは最前線に面した日本だからこそ起こりえた弱点であった。
高性能な戦術機を投入するためには新素材の採用や新型アビオニクスの開発、搭載など多額の資金を必要とする。
それは開発にかかる費用ももちろんのこと、生産ラインの歩留まりの問題や新材料を使用することによる価格の高騰などによる。
おのずと一機当たりの製造単価は上昇する。
この問題を解決するためには、スケールメリットが出るよう自国以外の国家でもその戦術機が採用されるように営業をかけなければならない。
しかし武器輸出反対派が大きな勢力を誇る大日本帝国は今のところ自国の戦術機を他国に対して販売する予定はなかった。
結果として戦術機一機当たりの単価を下げるためには、徹底したコストダウンを図らなければならないといった事態に陥るわけである。
結果として不知火は同世代の他の戦術機に比べて遥かにコストパフォーマンスに優れた戦術機となった。しかし後々これが大きな問題となった。
不知火は現場の衛士や整備兵たちを大いに満足させたが、絶対的に最強の戦術機などこの世には存在しない。
最前線の衛士たちの性能に対する飽くなき要望はあっという間に不知火を追い越してしまったのである。
現場からは度々不知火改修の要望が各メーカーに届けられた。開発を担当した光菱重工、河崎重工、富嶽重工の開発チームが額を寄せ合って協議し、対応できるものに関しては改修を加えていった。
しかし現場から寄せられる主機出力の向上と兵装強化改修の要望は小手先の改修ではいかんともしがたいものだったのである。
この状況を打破すべく国防省が中心となり不知火の大幅な回収を図った。不知火壱型丙の誕生である。当時不知火をベースにしてさらに高性能化を図った第3世代戦術機 武御雷に採用される予定のFE108-FHI-225に搭載主機を変更し、更なる出力の強化によって機体ジェネレーターの大型化と機体から武装への電力供給を成しえた。
1998年 関係者の期待を一身に背負いスプリッター迷彩が施された一号機が試験生産された。しかし機体は関係者の期待とは裏腹にとんだ出来損ないであった。
具体的に言えば現場の要望に応えるための改修を強行した結果、戦術機の稼働時間の大幅な低下を招いてしまったのである。
メーカーは専用OSの開発 燃料、出力系の電子制御を行うなどしてこの問題を克服しようとしたが、焼け石に水程度の効果しか得られなかったのである。
それどころか機動特性に深刻な副作用が発生し、扱うことが出来るのはもはや熟練の衛士のみであった。
困難な要求を達成するため突き詰められた設計は不知火から冗長性を奪っていた。
メーカー各社はこの結果に対し、国防省からの発注のキャンセル等を覚悟した。しかし同年8月のBETAの本土上陸により損耗した穴埋めに、100機弱の発注がかけられ、前線の精鋭たちの手元に届けられたのである。
こうした経緯からメーカーは不知火のこれ以上の改修は困難であると判断し、不知火改修計画を実質上凍結した。
各メーカーは第四世代戦術機に関する概念設計の検討を始めたのである。光菱重工も例にもれず、国防総省技術研究本部との間で契約が成立し先進技術実証機ATD-X(心神)の開発が始まった。
ATD-Xは第三世代戦術機の後継となる次世代戦術機の純国産開発が念頭に置かれている。
そのため先進的な軍事技術の実証は義務であり、同時期にアメリカで行われているATSF計画 (先進戦術歩行戦闘機計画)のコンセプトの一つであったステルス能力については心神に付与される方向で調整がなされるのは当然の帰結であった。
それに真っ向から異を唱えたのが当時光菱重工の主任開発者であった輪島 英一である。
ステルス性の向上を優先すればRCS減少の対策の一環として空力性能が大幅に低下してしまうのは仕方のないことであったが、輪島はそれが気にくわなかったのである。
対BETA戦において一体ステルス性の何が有効であるのか! 居並ぶ重役を前に輪島は声を荒げ、ステルス付与の有用性は低いと唱え続けた。
当初は輪島が重役に目を付けられることを心配した同僚たちが必死で彼を説得したのだが、輪島の決意は固く意見を頑なに曲げようとはしなかった。
輪島の態度に次第に同僚は彼から離れていき、最終的に輪島は社内で一人孤立することになる。閑職に追いやられた輪島は、自ら光菱重工を辞め、その足で横浜を目指したのである。 
そして今戦術機開発の夢破れた輪島の前に再び神から手が差し伸べられた。輪島はこのチャンスを逃すつもりはなかった。
これが最後のご奉公になる。 この時解体されてフレームだけとなったF-15Eを見上げて、輪島の胸中にはなにか予感めいたものが揺蕩っていた。



 



[34254] Dog Fight
Name: Haswell◆3614bbac ID:a910b73a
Date: 2012/12/03 20:55
お久しぶりの投稿となりました。
TEのアニメ21話を見てだいぶ動揺が隠せなくなっています。
TE編は現状からすれば相当先の話になるとは思いますが
どうやらTE編の結末がアニメ版とかぶってしまう可能性がありそうです。

そこに至る過程はだいぶ違ったものになりますがどうすべきか少し悩んでいます。
















帝都のバー。カウンターに佇み合成酒をあおる一人の男がいた。
男は名をグレアム・ロウズといった。昼間から酒を浴びるように飲み、髭は伸び放題。
もう何日も洗っていない上着からは悪臭が漂っている。浮浪者同然の身なりであるから当然誰もよりつこうとしなかった。
眼光だけはやけに鋭いのもその一因かもしれない。

ドアベルの甲高い音をたてながら酒場の扉が開く。グレアムの二日酔いの頭には割れんばかりに響いた。入店した男を胡乱げに睨むが男が気にしたそぶりはなかった。その男はあたりを見渡すとゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。水色のネクタイに紺の制服、ウイングマークがきらりと光る。右腕には地球儀とオリーブの国連章が縫い付けてあった。それは男が国連軍所属の衛士であることを示していた。男はグレアムの周囲に漂う匂いに、わずかに顔をしかめたが特別に臆した様子はなく、無遠慮に隣の座席に座った。

「グレアム・ロウズだな。」

男の発した声は思っていたよりも若い。グレアムは男の問いかけを無視した。
男に特段怒った様子はない。グラスを煽った。合成酒がのどを焼いた。空になったグラスに次の一杯を注ごうとして、瓶に手を伸ばした。しかしその手は空を切った。瓶を求めて横を見れば、望みの物は男の手の中にあった。男の手から奪い返そうと手を伸ばす。
男は伸ばされた手をかわすとグレアムの手の届かないところに瓶を置いてしまう。


「いつまで酒に浸って現実逃避を続けるつもりだ。」


余計なお世話だった。

「お前に俺の何がわかる。」

男を睨む。突如として酒場の一角が殺気立ったにもかかわらず、店主たちは全く動じなかった。
グレアムが問題を起こすのはこれが初めてではない。
しょっちゅう衛士に喧嘩を売っては殴り合いの乱痴気騒ぎを起こしていた。
平時であれば厳しい処分対象である軍人と民間人とのいざこざも、今となっては場合によっては処分なしになるくらいには軍人に甘い世の中になっていた。

一触即発の雰囲気を漂わせるグレアムを見ても未だ男は動じておらず、何処かこちらを値踏みしているようにも見える。
 面白い、やってやる。グレアムは男を酒場の外、帝都の裏路地に連れ出した。男は警戒もせずのこのこついて来た。バカな奴め。
グレアムは内心ほくそ笑んだ。
グレアムは技術者ではあったが腕っ節の強さでは、現役軍人にも引けを取らなかった。
歩兵相手では少し分が悪くとも、そこいらの衛士であれば、ましてや弱腰と言われる国連軍衛士相手に後れを取る筈はない。
さあいつでも来い。しかし男は戦うといった風ではなく、完全に力を抜いて立っていた。これにはグレアムも拍子抜けする。

「航空電子工学を収めた腕利きのエンジニアを探しているんだが、心当たりはないか。」


「断る。 俺はもうアビオニクスは作らない。だが、お前が俺に勝ったら考えてやらなくもない。俺が勝てばお前の金でいい酒が飲めそうだしな。」

はなから、協力してやるつもりはない。話は終わりだとばかりに体制を整えれば、相手はどこかこちらを蔑視しているような気がした。
そうさ俺は真正のクズだよ。お前が期待するような男ではないんだ。

失意のまなざしにはなれていた。


「落ちぶれたあなたを見て、奥さんはなんて言うんだろうな。」

その一言はグレアム=ローズという男の決して触れてはならない琴線に触れた。

「お前っ!」

体が熱く沸き立つのを感じた。
頭の中が真っ白になり、戦略も何もかなぐり捨てて、目の前の軍人に殴り掛かった。
自慢の一撃はあえなく空を切った。グレアムは驚いた。今までの相手とはなにかが違う。
続く二撃三撃目も軽く躱され、すれ違いざまに腹に重い一撃を加えられる。一瞬体が浮いたかのような感覚。
 そして遅れてこみ上げる苦いものにグレアムはたまらず地に伏せた。自らの吐しゃ物に塗れ尻を突出し裏路地に倒れる様は無様だった。

霞がかった視界に不意に映る影。

「そんな目で見るなよ。千秋。」




Part Six Dog Fight



PM15:00 January 6 2000
横浜基地


その日会議室には蘇芳が集めたと思われる技術者が一堂に会し、初めての顔合わせを兼ねた会議が開かれていた。
様々な分野の専門家達が集結しその中には横浜基地ならではの人材も存在した。集められたメンバーは皆異色の出自であったが、それを知るのは本人と蘇芳のみである。
ここに集められた人員の中でその大半は計画の仔細についての説明は受けていない。 
蘇芳から口頭で説明された仕様は大まかに言ってしまえばハイヴ内での戦闘に特化した戦術機の開発であったが、それはつまるところ対BETA戦におけるあらゆる能力の向上を求めている事と同義である。
当然参考とされるのは現在ハンガー内に格納されているF-15Eの降下軌道兵団仕様機であった。当機はハイヴ内への侵攻を想定し、F-15Eをベースとして稼働時間の延長、推進剤容量の増大を図ると同時に期待制御用の着脱式スラスターが追加されている。

蘇芳は 円卓に座る一同を見渡し、全員がそろった事を確認すると、詳細な要求仕様をまとめた仕様書を各員に配布した。
記載されている数値は全て横浜のHPCC によってはじき出されたモノであり、その値には予算を獲得する名目での一切の誇張は存在していない。
仕様書に書かれているデータがハイヴ攻略に必要なスペックの全てであった。やがてプレゼンが始まる。
プロジェクタにハイヴ内の様々な画像や映像が映し出され、そのたびに蘇芳が事細かに説明を入れる。
やがてプレゼンが終わると幾人かのエンジニアたちが笑い出した。

「中尉、私は実は月まで行けるんですよ。なんだったら今度遊覧がてらに月面ハイヴを落としてきてもいいですよ。」

円卓を笑い声がつつんだ。
笑わなかったのは輪島とほんの一握りの人間だけであった。

「こんな要求仕様はめちゃくちゃだ。達成できるのであれば苦労はしませんよ。」

またしても、今度は先ほどよりも多くの人間が笑った。














「やらなければ「…何がおかしい。」」

その声は蘇芳の言葉を遮って浴びせられた。
場は静まり返った。温かみの一切を捨て去ったその声が自分たちの対面の席に座る白人の男から発せられたものであることに皆当惑していた。
眼光鋭く、エンジニアとしては太い腕っ節と歩兵のごとき図体は周りを圧倒した。
伸び放題であった髭はすべて剃られ、頭髪は国連軍整備士規定を満たす短さ、酒場で飲んだくれていた頃の面影はどこにもなかった。


「何がおかしいんだって聞いてるんだよ。」
テーブルから身を乗り出し、対面に座る男の上着に掴みかかった。
男はテーブルの上を滑るようにグレアムの面前に引きずり出される。
男の顔は青ざめている。場に緊張が走る。
喧嘩っ早いその性格は相変わらずのようだった。

「俺たちが限界に挑戦しなくて一体誰が挑むんだよ。不可能を可能にするのがエンジニアの仕事だろうが。」

グレアムの一言に一同が俯いた。露骨に目をそらすものさえいた。耳の痛い一言だった。


「その辺にしてやれ。」

今まで事態の推移を見守っていた輪島の一言で止まっていた時間が流れ始める。
グレアムは舌打ちすると男を放り出し座席に座る。
最初は最も乗り気でなかったグレアムの眼に宿る闘志を見て蘇芳は舌を巻いた。一体どんな心境の変化があったのかは知らないがなんにせよやる気になってくれたことは計画にプラスに働くだろう。
蘇芳はざっとテーブルを見渡す。消化不良になっている技術者が少なからず存在した。今日はここまでだろう。

「今日はここまでとしよう。各自仕様書を持ち帰って検討してくれ。」

その言葉に皆重い腰を上げる。
ある者は会議室を後にし、ある者は近場のメンバーと軽い会話を交わしている。

輪島はしばらくは立ち上がらず、瞑目していた。
グレアムの言葉を聞いた輪島の胸中には恩師の言葉が蘇る。
当時30代だった輪島は困難な仕様に抗議した。
皆で示し合せて実家に押し掛けた私たちを笑って出迎えながら居並ぶ私たちに彼は言ったのである。

“成功する可能性が50%あるならばやらなければいけない。30%でも挑戦する価値がある。”

眼前の男は、当時の私と同じくらいに見える。
この若さで技術者の神髄にたどり着くとは。輪島は内心で賞賛を禁じ得なかった。視線は自然と上座に座る、若い将校に向けられる。
大半の者が会議室を後にした今でさえ席を立たずに、仕様書に何事かを記載していた。どこから拾ってきたのかは知らないがなかなかに見事である。プロジェクトを任されるだけはあって人を見る目は確からしい。
ここまでお膳立てをしてもらったのだ。
あとは俺が皆を統括し開発をまとめ上げなければ。輪島は決意を新たに蘇芳に礼をして、会議室を後にした。




その日の夜、蘇芳は横浜基地の廊下を格納庫に向かって歩く。
事の発端は、夕刻に伊隅大尉に呼び出され、奇妙な命令が下されたことに起因している。
対BETA戦の夜間演習を行うため2230時に格納庫に集合せよとの命令であった。
しかし演習であるのならなぜわざわざ単独で呼び出す必要があったのか、他の隊員は演習に参加するような雰囲気ではなく、どうやら単独で呼び出されたものであるらしいことなど謎は尽きない。
しかし特殊部隊だからそういうこともあるのだろうということにして自らの疑問を無理やり飲み込んだ。
上官の命令は絶対であり疑問があったとしてもそれに従わなければならないのが軍隊というものだ。格納庫に到着した蘇芳をいつもの整備士たちが待っていた。しかしそこには他の隊員の影はなく、いよいよもって何かが怪しい。整備士たちも何事か事情は把握しているようだ。
蘇芳は知らず眉をひそめた。一人の整備士がこちらに歩み寄ってくる。
A-01専属整備士より輪島 英一整備士長を引き抜いたために繰り上がりで整備士長になった女である。名を渡辺 佳乃といった。
若干30代で整備士長に着任することとなったがその腕は確かである。
なお年齢を指摘した猛者を粛清したともっぱら噂である。

「中尉の不知火は整備を完了しています。F-15Eに比べれば戸惑うこともあるかもしれませんが…いえ中尉には余計なお世話でしたね。」

「いえ忠告感謝します。」
蘇芳はかぶりを振って彼女に答えた。
シミュレータと実機ではだいぶ感覚が違うシミュレータ通りに動くとは限らない。

「聞けば、シミュレータでは初めての不知火をまるで手足のように動かしていたとか?」

そういって彼女はこちらをじっと見つめる。
その瞳からはこちらに対する興味の色がありありとうかがえる。
周りからもどこか好奇の視線が向けられていることに気付きどことなく身じろぎをしてしまう。娯楽の少ない整備兵たちにとっては、戦術機の模擬戦と各衛士の撃墜スコアなどは格好の娯楽であった。
A-01整備士たちの間で横浜基地最強と名高い速瀬少尉を破った、ニューフェイスの襲来は整備士たちを大いに沸きかえらせた。
速瀬少尉のあまりの強さにかけが全く成立しなかったためだ。
噂の大型新人を一目見ようと整備士たちが今日を心待ちにしていたことを蘇芳は知らない。

蘇芳はできるだけ周りの整備士たちを視界に入れないよう細心の注意を払いながら、自らの戦術機が固定された整備ガントリーを見上げる。

つい昨日搬入されてきた不知火が1㎜のずれなくおさまっていた。キャットウォークへ駆け上る。真新しい戦術機からはまだ塗料の匂いがかすかに漂っていた。
渡辺整備士長はコンピュータパッドを蘇芳に手渡す。
詳細な設定データの羅列が目に飛び込んでくる。

「戦術機は新品ですので、前任の衛士の癖などは記憶されていません。
中尉の統計データを丸々積んでも良かったのですが、イーグルと不知火では動作に違いがあるのでこちらで最適化をさせていただきました。」

戦術機には戦場において円滑な動作をアシストするために学習コンピュータが搭載されている。
そのデータは衛士強化装備とも同期され衛士の癖を事細かに覚えている。 
しかしこれの厄介なところは搭乗する衛士が何らかの理由で交代したとしても前のデータが維持されてしまうところにある。
他の衛士の操縦特性を覚えている戦術機の使いにくさは半端なものではなかった。
その違和感をいかにして払拭するかは整備士の腕の見せ所と言っても過言ではない。
蘇芳はコンピュータパッドを見た。全体的にパラメータが調整されている。射撃時動作速度などはやや過敏めに設定がなされており、近接格闘動作ではその逆に動作をやや緩めてあった。
制御OS全体の反応速度は上昇するように設定されておりIMFは切られている。 
少ないデータでよくもここまで修正がなされたものだと感心してしまう。

「ああ、これでいい。ありがとう 曹長」

蘇芳は管制ユニットに乗り込むためタラップに足をかけて異変を感知する。
管制ユニットからガサゴソと物音がする。
何者かは知らないが、堂々と人の機体に細工するとはいい度胸だ。
ここで捉えてキリキリ吐いてもらおう。
蘇芳は強化装備のガンマウントに取り付けられた拳銃を音を立てずに引き抜いた。
一段一段タラップを上る。
中の人間がこちらに気付いた様子はない。
管制ユニットの前で気を引き締める。
人だかりの中を堂々と侵入してくるほどだ、腕に自信があるのは間違いない。覚悟を決めると一気に踏み込んだ。

「動くなっ。武器を捨てて頭に腕を…」

中を確認した蘇芳の声は段々と尻すぼみになっていく。

「え?」

紫色の長髪にビニールを頭からかぶった香月博士の姿がそこにはあった。
騒ぎを聞きつけた整備兵が集結し一時的に場が騒然となった。




「はぁ、あたしを諜報員と間違えたってわけ?そんなことあるわけないでしょ。」
銃口を向ける蘇芳と頭からビニールをかぶる香月 夕呼を見て、整備兵たちは大まかに事態を把握した。
来た者から一人また一人と持ち場に帰っていく。
香月博士は呆れ顔だが、正直に言えば呆れたいのはこっちであった。
何処に新しい戦術機が納入されたからと言って、わざわざその戦術機のシートに貼られたビニールを剥がしに来る副司令がいるのだろうか。
だいたい… 

「なによ。なんか文句でもあるわけ?」

―どうやら横浜の天才はその卓越した頭脳で心を読むことが出来るらしい。

博士は此方ににらみを利かせる。
決して高い戦闘能力を持っているわけではないのに、その視線には凄味があった。思わず背筋が伸びる。



「…いえ。なにも。」


「……まあいいわ。第二演習場で対BETAの夜間演習だそうね。伊隅たちは先に向かっているはずよ。
くれぐれも機体を壊さないでちょうだい。機体のおかわりはないのよ。」

そう言うと踵を返して去っていった。香月博士は去り際に人知れず笑みを浮かべていたのだが、蘇芳はそれには気づくことが出来なかった。


蘇芳は気を取り直すと今度こそタラップを駆け上がり管制ユニットに着座する。機体の最終調整を行い、機体の主機に火を入れる。
管制ユニットが自動で機体に引き込まれボルトが閉まる音がする。
真っ暗な機内に操縦桿下の計器やスイッチ類の灯りがともる。
OSが立ち上がっていき網膜投影システムが起動した。
整備ガントリーのマウントアームが解除される。 
機体を一歩前に踏み出す。管制ユニットが揺れる。
久しぶりの実機の感触に思わず笑みがこぼれた。
やはりこれでなくては。機体を格納庫端のエレベータに載せ 地表に向かう。やがて不知火はその姿を地表に表す。
フットペダルを踏み込む。
FE108-FHI-220が唸りをあげる。一気に加速しNOEで第二演習場を目指した。
唐突に無線が入る。

「ヴァルキリーマムよりヴァルキリー2へ。
間もなく作戦空域ですJIVES(統合仮想情報演習システム)を起動後、グリッド160337に向かってください。」

涼宮 遥少尉の指示に従いJIVESを起動する。 
実機での演習の際にはJIVESを使った模擬戦闘が一般的となっている。

第二演習場は静まり返っていた。
目標座標についたがあたりには不知火の影はない。

「これはいったい…」



「ご武運を。」


ヴァルキリーマムが不気味な言葉を残して、通信を途絶した。



「こちらヴァルキリー2よりヴァルキリー1へ。伊隅大尉応答願います。」



蘇芳はあたりを油断なく見渡した。
周りはビルに囲まれて視界はお世辞にも良好とはいえない。
四方に目を凝らすが夜間であるためメインカメラの効きは限りなく悪い。JIVESが稼働しているのだが一向にBETAが出てこない。
それに他の隊員とも全く連絡が取れない。何かがおかしい。
視界をナイトビジョンに切り替えたその時だった。
前方正面より照明弾が3発打ち上がる。
同時にここ最近で聞きなれた3発の36㎜TRACER弾の発砲音が聞こえる。
とっさに跳躍ユニットに点火し機体を後ろにずらす。
機体の左右と先ほどの位置に弾丸がめり込んだ。
ナイトビジョンを切る間もなく照明弾が炸裂し、網膜認証システムが許容範囲外の光量から乗員の網膜を保護するためにブラックアウトする。


「しまった。」

長年の経験から咄嗟に92式多目的装甲で機体前面を覆う。
 一拍遅れて追加装甲に重い衝撃がかかる。
主脚がやや地面にめり込んだ。
ブラックアウトが収まり視界が急速に回復する。 
前を見れば多目的追加装甲と74式近接戦闘長刀がつばぜり合いを演じている。
そして網膜投影システムに長刀を握るUNブルーの不知火の姿が鮮明に映し出されていた。



[34254] Active Control Technology
Name: Haswell◆3614bbac ID:90207859
Date: 2013/03/12 21:28
長らく投稿していなかったために、全く書けなくなっていました。
まだおかしい部分も、もしかすればちらほらあるかもしれません。

3/12 一部訂正


今回の話は、文才的な意味とは別に、非常に悩んだ回でした。

原作のオルタネイティブが作られていた時点ではモデルとなった
F-22 ラプターは世界最強と喧伝されていました。 
推力偏向ノズルの搭載により、例え接近されたとしても、
高いドッグファイト性能が約束されている。そういった文言でした。それをベースにカタログスペックが作られた戦術機
ラプターはすべてにおいて最強(近接戦の武御雷除く)といった感じの扱いでした。
しかしそれから時がたち現実的にはF-22の近接性能は
第三世代機を下回る事が露見していると思います。近接でT-38タロン
つい最近ではレッドフラッグにおいてEF-2000に敗北を喫しました。
それらを踏まえF-22を若干下方修正しました。


IRSTがステルス機を補足するという話ははじめロシアから上がりました。 現実問題としてレッドフラッグでEF-2000はIRST(レーダーほどの
遠距離は索敵できできない。)を用いてF-22を補足したようです。

また電子戦云々に関してですが、電子戦機のEA-18G グロウラー
が電子欺瞞を用いたかどうかは不明ですが、F-22をキルした話を参考にし
ています。


長文失礼しました。  皆さんのご意見も参考にしたいため長々と
書き連ねました。



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小ネタ
一般人の認識
F-4 ファントム   
世界初の戦術機。

F-15 イーグル
イーグル。 よく飛んでるやつ。

F-22 ラプター
灰色の気障なやつ

TSF-TYPE 00 武御雷
何それ?

EF-2000 ユーロファイター

ユーロファイタス社製、第三世代戦術機。
英国はECTSF計画の名称の元に欧州各国の技術を結集し、
パレオロゴス作戦でえられた戦訓を元に侵攻能力、機動性、運動性を
追求した第二世代戦術機の開発を画策する。
開発は難航し、奇しくも同時期に米国で開発が順調に進んでいた
F-15 イーグルに顧客を攫われ計画は破綻する。
1994年に英国は計画の一大転換を図り、ECTSFをより機動近接戦闘
向けに強化した第三世代戦術機としてESFPを試作。
その高い性能を欧州各国に見せつけ、F-15からカスタマーを
取り戻すことに成功する。以後計画は順調に進み、
EF-2000 ユーロファイターが誕生する。
全身にスーパーカーボン製ブレードが搭載され、それは空力的な補助
機体制御装置の働きもなす。
頭部モジュール前縁にはショック・ボウが取り付けられている。
西独軍仕様のG-36をイメージしてデザインされたGWS-9 突撃砲やハルバードタイプの長刀、英国軍仕様の両刃直刀型長刀など武装バリエーションは多岐にわたる。

伊軍仕様の近接装備はナイフとフォークとなっており、 
管制ユニット内でパスタがゆでられるようになっているという噂がある。


なお余談であるが私はEF-2000に特に思い入れはない。
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「中尉、少しいいでしょうか。」
閉じかけたエレベーターの扉に素早く体を滑り込ませ、乗り込んできた男が言った。
男の顔には覚えがある。香月 博士の研究に携わる一人で大規模集積回路関係の開発を担
当していたはずだ。大方、戦術機開発の話を博士から聞いてきたのだろう。今は人でも足
りない。多くの分野の専門家たちの手を借りたい所だ。

「香月博士から戦術機開発プロジェクトの件を伺ったのですが、我々もプロジェクトの一
員として参加させていただきたいのです。」

「ええ、喜んで。あなた方の参加を歓迎します。」

Part nine Active Control Technology

蘇芳 中尉が激闘繰り広げている陰でもう一つの戦いの火ぶたが幕を切って落とされた。

PM20:00 January 6 2000
横浜基地 地下

横浜基地地下会議室 つい最近ある目的のためだけに集められたメンバーの姿がそこには
あった。最初の顔合わせの頃と変わりない顔ぶれが集まる。あれだけの無茶な要求に対し
て誰一人かけることなく、2度目の会議が行われているところを見ると、ここに集まる皆が
BETAに蹂躙されている世界の現状を憂いているのだと輪島に感じさせた。 あれからそ
れぞれの部門ごとに分かれて作業部会が開かれた。今日はその結果を持ち寄り、具体的な
機体の方向性を決める重大な会議だ。皆緊張した面持ちで席に座っている

「それではこれから会議を始める。」

輪島の一声でA-01仕様の戦術機開発に携わる関係者の会議が始まった。
皆が真剣なまなざしで会議資料に目を通し、自らの担当セクションでは前に立ち概要を説
明する。質問し、メモを書き加えては隣の者と意見を交わし合う。 輪島はその光景を眺
めながら、一人悩んでいた。一昨日蘇芳と具体的な仕様についての意見を交わしたとき、
蘇芳の口から漏れた一言が輪島を悩ませていた。

「米軍が使用するラプターとの交戦の可能性について排除はできない。」

それはつまり、現在構想中の戦術機が対戦術機戦において、現行最強と言われるステルス
戦術機との戦闘をこなさなければならないということを意味する。4ローブ方式を採用する
F-22ラプターのRCSはA4紙一枚分とも言われている。ラプターをレーダーで捕捉するた
めにはいったいどうすればいいのか、その解決策を未だに思い描けていなかった。

「対戦術機戦において、ラプターと同等の戦闘能力を獲得するためには新型機にもステル
ス能力を付与する方向で調整するほかありません。」


やがて一人の技術者の発した一言に皆が頷き、ステルス性を付与するという方向性で話が
まとまりかけたとき、限りなく銀に近い金髪の女クリス・ヴァレンティンのつぶやいた一
言で再び場は静まりかえった。

「それは複雑な構造を持つハイブ地下茎での柔軟な機動性を捨て去る事になる。」

今まで黙って事の成り行きを見守っていたグレアムが不意に口を開く。

「ステルス機を捉える為にIRSTを使う。そういった手段もある。ステルス機であっても摩
擦熱からは逃れられない、。」

「IRST?」

「赤外線目標探知装置。文字通り赤外線を利用した探知装置だ。レーダーを反射させるス
テルス機も動いている以上、赤外線は放射している。日本のメーカーでも研究は進んでい
るはずだ。ステルスこそ最強の答えだと過信しているアメリカではあまり研究は進んでい
ない。」

「なるほど、レーダー波ではない以上ジャミングは効かない訳だな。」

輪島の感心したようなつぶやきにグレアムは一言注意を付け加えた。

「しかし、天候に左右される上、具体的な距離はそれ単体でははかることができない。そ
ういった問題点がある。高度な電子戦能力と併せて運用する必要があるだろう。」

開発チームに希望の光が見えてきた。誰もが一様に安堵のため息をつき、これで一件落着
といった雰囲気の所に若手のある男が水を差した。

「ラプターにも高度な統合電子戦システムが備え付けられているとか、化かし合いになれ
ば、電子戦能力は無力化する可能性があると思います。」


余計な一言を


内心誰もが思ったことだが、これから衛士が命を預ける機体だ。おざなりにはできない。
事態が閉塞し、みながこれ以上の対策を思いつかなくなった。
輪島がふと眼前に目をやれば、ついこの間蘇芳 中尉が連れてきた一人の男が視界に入っ
た。石間 弘樹。会議が始まってから一言たりとも発言せず視線は資料に落としたままだ。
輪島は腹に一物ありそうな雰囲気の男に、ダメ元で問いかけた。

「ステルスを優先した機体設計の都合上、味方を電子の傘で守るような積極的な電子妨害
をかける能力が付与されるとは考えにくいでしょう。ステルス機の最大の利点は”レーダー”
に映らない事ですから。レーダー上で目立つような自己主張はしないと思います。我々は
逆により積極的な電子戦を行う機体を開発すれば良いのではないかと。高度な電子戦を行
うには複座型にし、電子妨害士官を搭乗させるのが普通ですが、自動化によってこれを省
き、単座でも扱えるよう設計します。」

先ほどから、歓喜と落胆のジェットコースターを行ったり来たりしている男たちにとって
この程度では喜べない。あと一押しがほしいところであった。

「ハイヴ内での柔軟な機動に関してはCCVの導入で6自由度の運動能力を獲得させて、飛
躍的な運動性能の向上で対応しましょう。ラプターにおいて、CCV機能の付与はステルス
性の追求によって失われた機動性能の補填に使われています。ラプターと近接戦闘になっ
た際に、CCVを念頭に置いて空力優先で設計した機体はラプターより自由な機動をとるこ
とができる。」

男の口から矢継ぎ早に飛び出した提案に皆、頭がオーバーヒートした。熱心にメモをとっ
ていたものなどは途中で手が完全に止まっていた。しばらくメモを整理していたエンジニ
アが石間の発言を整理し本人に確認をとる。

「つまりそれは、電子戦機と同じ電子戦能力を戦術機に持たせ、それによって敵のレーダ
ーをかいくぐり、IRSTによって敵機を捕捉する。よってRCSを気にせず空力性能の強化
に焦点を当てた機体形状にする。 そういうことでよろしいか。」


石間は首肯して見せた。




「それは可能なのか。味方を電子の傘で防御し、電子妨害士官もいらないほど自動化され
たシステムと高度な機体制御をこなすコンピュータ。現在計画中のF15ACTVは機動制御
の複雑な演算をこなすために、メインのシステムの他に、2台のコンピュータが追加されて
いると聞く。」

会議に出席する技術士官の口から放たれた疑問に、石間は涼しげな顔で答える。
「香月博士の下で我々が行っている研究が役に立つかと。詳細は明かせませんが香月博士
の高い要求に応えるためには、市場に出るプロセッサより遙かに高いパフォーマンスが必
要とされていました。我々はそれに答えるため日夜研究に励んでいます。その成果を流用
できるかと考えています。」


最も肝心の香月博士の研究には何ら貢献できていませんがね。

石間は喉から出かかった言葉を飲み込んだ。香月博士の下についてからというもの、自ら
の無力感にさいなまれ続けてきた。ここでやっと我々のいる意味を、存在価値を示すこと
ができるのだ。

研究畑一筋のようでいてなかなかどうして
輪島は石間の博識さに驚かされた。戦術機開発は彼にとっては専門でないのは明らかであ
る。研究員は往々にしてエンジニアやその仕事を馬鹿にしたところがある。自分たちはよ
り高度なことをやっているのだといった意識が態度の端端に現れ、こちらのやっているこ
とやその技術は意にも介さない。
石間 弘樹は研究者にしては異質な男である。それが輪島の抱いた感想であった。
思えば香月博士も近しいものからは風変わりなところがあることで有名のようだし、横浜
基地は変人の巣窟なのかもしれない。かつて自分が変り者であると言われていたことをす
っかり棚に上げて、輪島は一人で納得するのであった。

と同時に輪島は疑問を感じざるをえない。

この案件に関わって初めて知ったことであるのだが、
横浜基地は香月博士を中心としたとある目的のために建てられた基地である。
その目的のために国連は自らが持ちうる予算の多くを横浜に投下していた。
石間は横浜基地が隠している秘密の根幹部分に関わる人間だ。その技術も当然秘匿される
べきものだろう。それを本計画に使用しても大丈夫なのか否か、そういった考えが胸中を
よぎるも、そんなことは自分のわかることではない。余計な考えを頭から追い出し、輪島
はかねてから暖めていたあるプランについて話した。




皆の同意を得られると輪島は満足そうにうなずく。
極東の片隅で作られる戦術機が世界に羽ばたくと信じて、会議の締めに
入った。


「初期作戦能力獲得までどれほどかかる。」








長らく閉じられていた会議室の扉が開かれた。そこで固唾をのんで見守る男がいた。石間
が扉から出てくるのを見ると、慌てて駆け寄った。

「我々でもできることがあった。これから忙しくなる。至急第三研究室に全員を集めろ。」

石間の一言に部下は安堵の表情を浮かべた。石間は両肩に重くのしかかるプレッシャーか
ら解放されたような、晴れやかな気分であった。困難な要求に不満一つ漏らさずに、不眠
不休の努力を続ける部下たちに報いるためにもなんとしても成果を上げねばならなかった。
この機を逃せば電算機システム開発団は金食い虫との汚名を返上することはできないだろ
う。

このとき石間の中でかつてないほどの情熱の炎が燃え上がっていた。




















1978年のパレオロゴス作戦以降、欧州方面での人類の戦いは全く芳しいものではなかった。
カシュガルからひたすら西進を続けるBETA群に対して、人類は後退に次ぐ後退を繰り返
していた。83年、ライン川での遅滞防衛作戦の成果むなしくドイツを失う。85年欧州連合
軍はダンケルクを撤退、BETAは欧州最後の砦であるイギリスに上陸を開始する。一時は
ロンドン南部までの侵攻を許すも、半年間の激闘の末、BETAをドーバー海峡以南に追い
出した。現在欧州はイギリスを除き完全にBETAの支配下にあった。

January 21  2000
ラムズゲート 欧州国連軍統合教育センター

BETA侵攻により欧州のほぼすべてを失った欧州各国は欧州連合を設立し、各国軍隊は国
連軍の元に統合された。欧州各国の新兵は正式配属前に、国連軍の教育機関での研修が義
務づけられている。それは将来における欧州一大反攻作戦時において民族、宗教などの対
立を緩和させる狙いがあった。そのため教育センターに所属する新兵は皆、国連軍C型軍
装の着用が義務化されている。
元々は人口4万人、観光と漁業を主だった産業としていた小さな田舎町であった。しかし
今、欧州国連軍に勤務する者や、その関連企業の社員たちによって人口は何倍にもふくれ
あがった。町が活気づいたとはいえ、それはBETAが未だ欧州で猛威を振るっていること
証左であると考えれば、市民たちの胸中は複雑なものであった。

そんなご時世である。砂浜に立ち、遠く欧州の地を見つめる3人の少女達の間に漂う雰囲
気は欠片も艶のあるものではなかった。しかしその瞳は新人特有の未来への希望と情熱に
燃えていた。この時期になれば毎年見ることができる微笑ましい光景に市民達は心が和ん
だ。

「遂にあと少しでBETAを倒し、我がフォイルナー家の名を世に知らしめることができ
る!」

「そういったことは、まず死の8分を乗り切ってから言うものだろう。それにまだ任官ま
で2ヶ月もあるぞ。」


拳を握り、夢を語ってみせる少女にヘルガローゼは眉間を指で押さえため息をついた。
先ほどの少女、イルフリーデは友人の態度には頬を膨らませる。
その様子を見て、ルナテレジアはクスリとほほえんだ。直情的な性格であるイルフリーデ
と、冷静沈着で合理的な思考を持つヘルガローゼは互いに反駁し合い、口げんかも絶えな
い。 そんな2人が訓練校でうまくやってこられたのは偏に、ルナテレジアが2人の間を
取り持っていたからに他ならない。3人は西ドイツ陸軍に所属する衛士の卵であると同時に、
プロイセン地方貴族の令嬢であった。
洋上から現在試験最終段階を迎えた欧州制戦術機、EF-2000タイフーンが3人の頭上高く
を通過した。



「あれはタイフーンっ!」

イルフリーデはその姿を掴もうと飛び上がる。
軍人であっても、そうお目にかかることはない新型戦術機の姿にはしゃいでいる友人に、
いつもなら一言二言お小言を漏らすヘルガローゼも、今回はタイフーンの姿をその目に焼
き付けるのみであった。

「やはり、トーネードとは違うか。」



ヘルガローゼの風に紛れそうなつぶやきを、ルナテレジアは聞き漏らさなかった。
そのことにヘルガローゼが気づいたときにはすでに手遅れだった。
黄緑の髪色に違わぬ穏やかな性格の姫君、ルナテレジア・ヴィッツレーベンだが、こと戦
術機の話になると豹変する。訓練学校で初めてそれを目の当たりにしたときには皆、その
あまりの変わりように、1週間近く彼女とどう接すれば良いのか戸惑ったものである。以来、
周りはそれを彼女の“聖域”と呼び、決して触れないよう細心の注意を払ってきた。しか
しヘルガローゼも新型機を間近で見られた興奮から、つい気が緩んでしまったのである。

「第三世代戦術機たるEF-2000 ユーロファイターと第一世代戦術機であるF-5フリーダ
ムファイターは比べるまでもありませんわ!確かにフリーダムファイターは鈍重なF-4フ
ァントムに比べて軽快な運動性高い整備性経済性を兼ね備えたすばらしい機体ではありま
すが…」

恍惚とした表情で語られる3度目となる戦術機講義に、イルフリーデとヘルガローゼは互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
2人の心中は珍しく一致したのだった。




[34254] Tier1
Name: Haswell◆3614bbac ID:2f94f520
Date: 2013/06/13 16:56
かなり久々の投稿になります。 色々忙しく更新の脚が遠のいていました。久しぶりに書いたために、現在のクオリティーには不満もありますが やはりまずは更新することが大事だと思い投稿しました。
更新しない傑作よりも、最後まで更新しきる駄作を目指したい。
そんな目標があります。











「まあ座れ。」
大佐はそういうと自らの隣を指で二度叩く。
大佐からかすかに香る草臥れた機械のにおいがした。始めてあった日を昨日の事のように覚えている。実際に大佐とあってから多くの年月が経過したわけではない。それなのに当初よりもその背中は少し小さく感じられた。私は彼の隣に腰掛け、続く言葉を待った。

「私の教え子たちの中でお前たちは特別優秀な部類に入る。嘘じゃないさ。練度、士気どれをとっても文句の付け所がないさ。特にお前はな。」

大佐はそこで言葉を短く切る。

「この世には生まれながらにして戦うことを宿命づけられた人間がいる。彼らは戦いの女神に愛され、戦いの女神を愛する。彼らは良くも悪くも常に世界を変えてきた。そしてお前もまた人々にとって特別な存在になるだろう。」

そういうと大佐は私の頭にその手を乗せる。子供のように扱われる事を何よりも嫌っていた私だが、この時大佐の手を振り払う気にはなれなかった。

「お前に最後に特別な者たちの間に伝わる大事な原理原則を教えておこう。」

戦場で大切なものは
憎しみを持たぬこと―
生き残ること―
そして自分の決めたルールを
守り抜くこと



「ルールですか。それはいったい…」


「他人に答えを聞くな。なぜならお前が見つけるお前自身のルールだからだ。他人の鎧では戦えまい。」

大佐はそういって席を立ち出口へ歩き始めた。

「大佐はっ。 大佐はその答えを見つけられたのですか。」

私は何かに急き立てられるようにして席を立った。




「そもそも私は、特別な者ではなかったよ。」


Part Seven
Tier1



Tier1 それは最強の衛士にのみ与えられる称号。彼らは生ける精密兵器と呼ばれ、その数は世界でも数えるほどしか存在しない。









明星作戦で孝之を失った。私は憑りつかれた様にただひたすらに訓練を重ねた。開いている時間を見つけては、ひたすらシミュレータに搭乗する。私の生活は寝ても覚めてもBETA一色となっていた。努力の甲斐あって、私の腕は伊隅 大尉をしのぐほどの物になっていた。最前線で突撃前衛として戦えることに私は歓喜した。努力の結果が報われた気がしてうれしかった。アイツにやられたときそれらすべての努力をつぶされた気がした。そして何よりも突撃前衛のポジションを奪われることが怖かった。でも本当は気づいていたのかもしれない。
私がすらすらと述べるそれは、私自信、本当に望んでいた事ではないって事を。











「捧げ銃!」



断続的に鳴り響く銃声。やまない雨。

棺を蓋う日の丸がきれいに折りたたまれていく、白と赤の鮮やかなコントラストがやけに場違いであった。
式が終わり、棺が残される。儀仗隊も手慣れたもので足音一つ立てず速やかに退出した。参列した衛士たちが順繰りに棺にウイングマークを打ち付ける。
素手とはいえ棺にウイングマークを刺している以上、場内に大きな音が轟く。辺り一帯を覆う静けさを打ち破るように何度も、何度も。 
孝之の家族を横目で見る。所属する部隊の関係上、遺族たちには死の本当の理由は告げられることはない。 斯く言う私も孝之が死んだ状況の仔細を教えられてはいなかった。
訓練時の事故によって任官が遅れた私と遥と違い、孝之と慎二は無事任官をした。 
そんな二人が半年と経たずして棺に収まって戻ってくるなど誰が考えようか。
孝之は遺書を残してこの世を去った。私と遥にそれぞれ一枚。葬儀の最中隣で泣いていた遥を余所に私は涙が出てこなかった。

官舎に戻り軍服の裾を緩める。ふと箪笥の上に飾られた一枚の写真に目が留まる。

事故前、4人で撮った写真。互いの夢を語り合った白陵でのあの頃にはもう戻れない。


何をしていても隣に孝之がいない、たったそれだけの事なのに
そこにいるべきはずの人が、物が、ない。それがどこか空寒い。

現実がどこか空虚なものに感じられた。






AM6:00 January 6 2000
横浜基地


起床ラッパの音で目が覚める。体の節々が痛い。いつもとはだいぶ違う視界にまだ覚醒し
きらない頭で状況の把握に努める。どうやら扉にもたれ掛ったまま寝てしまったようだ。 
 そのせいであんな夢を見てしまったのかもしれない。
わずかばかり、ひりひりと痛む頬を拭う。朝の点呼で、伊隅 大尉と顔を合わせなければな
らない。昨日の醜態を思えば、大尉に合わせる顔がなかった。手早く顔を洗い、ぼさぼさ
の頭髪や身だしなみを整える。5分と掛からず全てを終えると、私は扉を開け、自らの部屋
の前に直立する。既に扉の前に立っていたエレン少尉と軽く敬礼を交わす。私に少し遅れ
て遥が扉を開けて出てきた。遥がちらちらとこちらを見やる。どうやら昨日の騒動は隣の
遥の部屋まで響いていたようだ。私は少し気まずい気分になった。
遥は何かを言おうと私に詰め寄る。
遥が口を開きかけたタイミングで伊隅 大尉がアイツを引き連れて私たちの前に現れた。
遥は言いかけた言葉を飲み込むと、私から離れた。
隊内での生活は朝の点呼から始まる。点呼を受け、身だしなみを隊長が確認する。教育隊
に配属されていた頃は、軍曹が靴の裏に靴墨がついているか否かまで厳しく目を光らせて
いた。一般部隊に配属されてからというもの特別勤務に就くものを除けば、教育隊水準で
の服装チェックを受ける者はそう多くはない。教育隊では訓練兵に軍隊がいかなる場所な
のか教え込む意味も兼ねて一般部隊よりチェックが厳しいのだ。 蘇芳の奴が私たちの対
面に立ち、伊隅 大尉が一列に並ぶ私たち一人ひとりの前を通り過ぎる。

伊隅 大尉が私の目の前に立つ。何を言われるのだろうかと内心身じろぎした。そんな私
の内心を知ってか知らずでか、伊隅 大尉は普段と特に変わった様子はなく、私の前を通
り過ぎる。緊張状態が一気に弛緩する。

「実弾を使用したヴァルハラ(訓練施設)での射撃演習を08:00から行う。知っての通り今日
の訓練は12:00までだ。それと速瀬 お前は朝食後、私の執務室に来い。以上だ、解散。」

昨日のことを忘れてしまったのかと淡い期待を抱いたのだが、現実は非情であった。

私は朝食後、重い足取りで伊隅 大尉の執務室に向かう。昨日の自分の発言を思い出す。
それだけでバツの悪い思いだった。伊隅 大尉は良くも悪くも軍人らしい人だ。私の昨日
の発言は伊隅 大尉からすれば予想だにしないものだといえる。伊隅 大尉の執務室前で
ドアを数回ノックした。

「誰だ。」

「速瀬 水月、ただいま出頭しました。」

「入れ。」



ドア越しに伊隅 大尉の声が聞こえた。私は意を決して中に入る。

「そういうわけだから、そこのところも考慮して訓練をして頂戴。」

「わかりました。そのように調整しておきます。」

執務室内には既に先客がいた。よれよれの白衣を着て、寝癖で少し外に跳ねた紫の長髪。
コーヒーを片手に楽しげに伊隅 大尉と話すさまは、その人物が当基地の最大権力者であ
ることを感じさせない。伊隅大尉の執務室に香月 副司令が出向いている。普段とはまる
っきり逆の状況に速瀬は目を白黒させる。香月 副司令と伊隅 大尉は話をやめ、こちら
を向いた。


「伊隅に聞いたわよ。あんた最近色々すごいんですって。」 

副司令はニヤニヤしながら言った。普段なら軽口の一つでも返すのだが、状況が状況なだ
けに私は黙り込んでしまう。

「あら、ほんとに重症ね。」

副司令は心底驚いたといった風にこちらをじろじろと観察した。何もかも見透かされてい
るようでその鋭い眼光が今日はとても恐ろしく感じた。

「あんたずいぶん派手にやられたじゃない。」



私は目を伏せた。意味をなさない言葉が唇を滑る。

「なんか私が悪いことしてるみたいじゃない。まあいいわ。伊隅からも要請があったこと
だしあんたに再戦のチャンスをあげる。」

香月 夕呼はそういって笑った。


PM22:00 January 6 2000
横浜基地



「わかっているだろうが、概要は先程説明したとおりだ。」

ヘッドセットに伊隅大尉のバストアップが映る。強化装備を着ていない伊隅大尉のバスト
アップに少し違和感を覚えた。 戦術機に乗ったときは必ずと言っていいほど伊隅大尉に
背中を預けでいたのだと、今更ながら思い知る。

「大尉、その…昨日はすいませんでした。」

「本当なら小言の一つや二つでは済まないが、今回は大目に見てやる。悔いの残らないよ
うにしろ、私から以上だ。」

「はい!」


速瀬の乗る不知火は目標座標へ一路急いだ。







「速瀬 少尉が指定座標へ移動中。」

室内にいる三名の顔がモニターの光を反射する。最近、モニタールームに詰めていること
が多くなったように感じる。私は手にしたコーヒーを手渡しながら、横の人物に率直な疑
問をぶつけた。

「自分で提案しておきながら言うのもなんですが、いいのですか?」

いぶかしむ伊隅からコーヒーを受け取り、香月は言った。

「速瀬なんかは言葉でどうこう言うより殴り合ってなんとかするタイプじゃない。」
そう語る香月 夕呼の目は爛々と輝いている。


速瀬と蘇芳がうまくいっていない。
そう現状報告に訪れた伊隅が冗談交じりに漏らした一言が、副司令の琴線に触れたらしい。
ナイスよ!なんて言いながら進んで準備しているさまを見て、ただ単に娯楽がほしいだけ
なんじゃないかと内心で思ったりもした。
伊隅の生暖かい視線に気づかずに副司令は速瀬と対になるおもちゃを手に入れてご満悦だ。


エレン少尉の提案内容とはだいぶかけ離れた形となったが、これで何とかなってほしい。
そう祈らずにはいられない。

モニターに映る定点が目標座標へと到着する。


ここで部下をどれだけ案じてもなるようにしかならない。

伊隅はそう思いつつも、高鳴る胸の鼓動を抑えきれない自分自身がいることに気づく。



所詮は私も衛士ということか。  
伊隅の口元は緩やかな弧を描いていた。

「私は少し用事があるから退出するわ。」

「お戻りになられるのですか。結果は後ほど報告し「ちょっとした野暮用よ、始まる前ま
でには戻ってくるわ」」

「だいたいこんな面白そうなこと見逃すわけがないでしょ。」
副司令はそういって不敵な笑みを浮かべる。

香月 夕呼が退出した後、モニタールームは何とも言えない沈黙に包まれた。

「やっぱり香月副司令に相談したのは失敗だったんじゃ。」

「言うな。」









廃ビルの屋上にその身を伏せて管制ユニットで一人静かにその時を待つ。
稼働状況は最小限にした。これで姿を察知されるはずはない。目視で視認されてしまった
らその時はその時だ。
やがてメインカメラが第二演習場に地を這うように侵入する不知火を捉えた。やがてそい
つは私の眼前で機体を停止する。 


今だ。

92式多目的自律誘導弾システムを起動し上方に照明弾を打ち上げた。その後誘導弾システ
ムを投棄する。私は87式突撃砲のセレクターをセミオート射撃に設定し、引き金を3度引
き絞る。 
弾丸は現在のあの男の不知火の位置とその左右に飛翔するが、不知火はそれを後方に回避
することで避けた。


それでいい。 

私は不知火の主機に火を入れ照明弾を背にして一気に躍りかかった。背後で照明弾が炸裂
しまばゆい光が辺りを照らす。夜間視認性の向上のためにナイトビジョンを起動していれ
ば視界が一瞬ふさがれるはずだ。不知火の全体重をかけた74式近接戦闘長刀の一撃を相手
に見舞った。 アイツは多目的追加装甲を前面に展開し私の一撃を防いで見せた。
曲がりなりにも私を倒した男だ。この程度でやれるとは思っていない。
私の目的は他にある。
彼我の差は0mになった。

「正々堂々と近接で私と戦え!」

A-01のナンバー2は譲れない。そこは私の場所だ。 



眼前の不知火は多目的追加装甲を手放し跳躍ユニットを逆噴射。
多目的追加装甲でこちらの視界を塞ぎ、距離を引き離しにかかる。 

やっぱり。


速瀬 水月が蘇芳 林太郎と再戦するにあたって手始めに彼の個人プロファイルを調べた
ことは言うまでもない。蘇芳 林太郎という人間の経歴はあいまいな部分が多い。 オー
ビットダイバーズの訓練センターに送られる以前の経歴の一切は不明。だが速瀬にとって
大事なのは訓練をアメリカで行った。その一点のみだ。日本や中華統一戦線、欧州の一部
の部隊と違い、米軍をはじめとする後方国家や軍事的にその援助を受けている前線国家、
そして国連軍ではあまり近接戦闘について重点的に教えない。F15をはじめとして、そも
そも刀や剣など近接戦闘を行うための装備は短刀を除いて存在していない。対BETA戦に
おいても合衆国海兵隊や合衆国海軍の部隊は懐に切り込まれることを最も苦手としている。


そんな米国出身の衛士に育てられたのであれば、近距離はまず間違いなく苦手だろう。
私の睨んだ通り、蘇芳機は私から距離を取ろうとしている。 
私はペダルを強く押し込み加速し、74式近接戦闘長刀で眼前の多目的装甲を弾き飛ばす。 
開かれた視界に87式突撃砲を構える不知火が映った。本来であればRWSがうるさいまで
の警報を鳴らすところだが、こいつとの対戦ではRWSが作動したことは一度もないといっ
てもいい。信じがたいことではあるが、どうやらFCSの自動照準を切って運用しているら
しい。 
速瀬の脳裏に長刀を振りかぶり吶喊した結果、無様に地に伏した苦い記憶がよみがえった。
戦術機は一つの動作を完了するまで、次の動作を行うことができない。 つまり今全力で
前方に向かって機体を加速している状況下において、その推力のベクトルを他方向に変更
することは不可能だった。
素早く対レーザー級スモークを展開し相手の視界を遮った。レーザー級スモークは戦術機
のFCSを遮ることはできない。もし蘇芳がFCSにしたがって速瀬機を捉えていたのであ
ればそのまま射撃を続行することができただろう。 しかし現実には、自動照準によるわ
ずかな遅延を嫌い自動照準を切っていた。 それは結果として速瀬による再びの接近を許
す結果を招いてしまう。

「これで。おちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」


速瀬は全力の一撃を叩きつける。その一撃は煙を切り裂き何の手ごたえもないまま下段ま
で振り下ろされた。蘇芳機は機体を右に半歩ずらすことでその一撃を避け、鮮やかな手つ
きでナイフシースから短刀を取り出す。速瀬機に突き立てんと迫るその刃に、速瀬は一度
振り切った長刀の側面をかざす。短刀は火花をたてながら側面を滑り落ちる。その際に生
じる何とも言えない嫌な音に速瀬は顔をしかめた。動作完了点までこの音がやむことはな
い。速瀬は額を伝う汗を拭い、次の一手を模索し始めていた。






「二人ともなかなかやるわね。」


「私が見てきたあらゆる衛士の中で二人は突出しています。」

伊隅と香月は眼前のモニターに映る死闘を食い入るように見つめる。速瀬機が剣の舞踏を
披露し、蘇芳機が短刀と突撃砲を使い剣先を巧みに避ける。それは伝え聞く闘牛と闘牛士
の闘いの様でもあり、また日本武者と西洋騎士の闘いを見ているようでもある。これほど
の闘いを目にする機会が幾度あるだろうか、いいやあるまい。管制室では皆、手に汗握る。
交わす言葉も少なめだ。カップに満たされたコーヒーはとっくに暖かさをなくしていた。
この戦い恐らく先に一撃をもらったほうが負けるだろう。
しかしこれほどまでとは

蘇芳の近接戦闘技術に伊隅は驚きを隠せなかった。近接戦闘に持ち込まれたとき、だれも
が勝負はあった。そう感じていたはずだ。だが現実には今もまだ激しい攻防が繰り広げら
れている。

「これほどの部下を持つことが出来る幸運に、感謝しないといけませんね。良く引き抜い
てこられたものです。」

「まあ色々ね。」

副司令はそういって笑う。きっとまた誰かが被害をこうむったのだろう。魔女と言われる
所以はこのようなところにあるのだ。副司令が上機嫌である内に私は内心の疑問をぶつけ
ることにした。

「当初より、速瀬にとって有利な条件で状況が開始されましたが、これでいいのでしょう
か」


「ええ、これでいいのよ。」

副司令は何でもないという風に答えた。

「蘇芳 林太郎という男は戦場を作ることが出来る。これは中々ない能力だけど、敵の思
惑を知ったうえで火中の栗を拾いにいかなければならないことだってある。そうでしょ。」


「速瀬と蘇芳の中を取り持つ。たったそれだけの成果で満足するわけないじゃない。私は
一つの行動でより多くの成果を手に入れたい。そういう女なの。」

私と話しながらも副司令は何でもない事のようにモニターから目を離さずにいった。それ
は私に目の前に立つ天才と途方もない距離を感じさせた。努力なしに何でも上手にこなす
姉の面影を副司令に重ねてしまう。

何を馬鹿な事を考えているんだろうな。

私は自らの愚かな思考を振り払った。 モニターを見やれば未だに両者ともに実力が拮抗
しており、勝敗は全く読めなかった。決着がつくよりも先に推進剤を使い切るのが先かも
しれない。蘇芳機が極至近距離から突撃砲を発砲し、速瀬機を引き離す。先ほどの銃撃で
残弾が空になったのかまだ発射煙が消えきらない突撃砲を地面に投棄する。事態は再び振
り出しに戻ることになった。

「それにあんた達だって口では関係ないって言ってるけど本当は近接戦での腕の良しあしについて気にしてるんじゃないの?」


本当にこの人にはかなわないな。









速瀬はもはやなまくらと化した長刀を投棄し、可動兵装担架より最後の一振りを引き出す。
この束の間の静寂に乱れた呼吸を整えると、未だ眼前に君臨する不知火を見やった。これ
だけの猛攻を受けても傷一つない。


強い。

得意の近接戦に持ち込んでも敵は私をあざ笑うかのように巧みに機体を操り、私を翻弄し
た。









私は機体の計器を確認する。右腕関節、右足に警告マーカーが点灯し推進剤も心もとない。
全ての状況が私に不利であることを知らせていた。

アイツはただひたすらに私の剣戟をいなし続けていたわけではなかった。こちらの機体を
摩耗させるべく常に同じ剣戟を放つように私を誘いこんで。


心のどこかではわかっていた。

あの男の実力が借り物でも何でもない事は。



出撃前、私の為にこの場を作り出してくれた副司令や大尉に報いるためにも


そして、私が私であるためにはここで負けるわけにはいかない!


「私はお前を討つ!」

私は切っ先を奴に向け宣言する。奴は私の宣言を聞きナイフシースより短刀をもう一本取
り出すと両手に構える。




「あー盛り上がってるところ悪いんだけど、私も忙しいからさっさと勝敗つけてくれない
かしら。 早く決められるように貴方たちがさっさとそうねえ負けた方はA-01全機体の清
掃。そういうことにしましょう。」




場の空気が凍った。


A-01 4機のうち2機は現在戦闘中だ。つまり汚れている。これを清掃するのをたった一
人でやる…

あまりの恐ろしさに速瀬は身震いする。


副司令の隣に立つ伊隅 大尉も心なしか冷や汗をかいていなくもない。
遥に至っては私から目をそらす。



これは是が非でも負けられない。


全ての恥も外聞もかなぐり捨てて勝ちを拾いにいかなければ。



「はぁぁぁぁぁぁぁ」


私は機体清掃の栄誉を上官に押し付けるべく、機体出力を全開にし不知火に迫った。







戦場には一機の不知火が立つ。

長い死闘の末ようやく決着を見たのである。蘇芳は汗を拭い。自らの労をねぎらった。

何とか機体清掃からは逃れることが出来た。これを祝わずして何を祝うのか。
蘇芳が口を開きかけたその時、まるで地の底から這うような声が管制ユニットに響き渡っ
た。

「あんた、機体をそんなにボロボロにしておいてまさか掃除しなくてもいいとかそう思ってないでしょうねえ。」


横浜の魔女のあまりの気迫に蘇芳は無駄に背筋が伸びる。これほどの緊張は初陣以来かも
しれない。

「せっ僭越ながら申し上げます。清掃は敗者のみと先ほど「だれが模擬戦で機体を壊して
いいといったかしら。」」


確かに蘇芳の不知火は右腕中ほどまで長刀が食い込み見るも無残な有様になっている。
速瀬機に関しては更に言葉では言い合わらせない惨状であった。罰ゲームの恐ろしさに両
者ともに訓練であることを忘れてデットヒートし香月博士を怒らせてしまったようだ。
しかし蘇芳もここで折れれば清掃という地獄が待っている。可能な限り言葉を選びつつ博
士の機嫌を取ろうとする。

「もういち「清掃」」


「勝った「清掃」」


「なにとぞ「清掃」」


取りつく島もなかった。 蘇芳は内心血涙を流し運命を呪った。














「なるほど。はじめからこうなることが織り込み済みだったわけですね。」

モニタに映る2人の姿を眺めながら私は副司令の手腕に驚かされた。

「あら、何のことかしら。」
副司令はとぼけて見せた。

魔女だ何だと冷酷な評判ばかりが一人歩きするこの人が時折見せる一面。
平時であれば神宮司 教官とはまた違った意味で良い先生になったのだと思う。
口に出して言うことははばかられるが私自身の目標でもある。



Part eight ON YOUR MARK


「よく頑張ってくれた。」


蘇芳は不知火を見上げ機体を労った。右肩から手先までのアーム部分のユニットが完全に
外されており、装甲板の随所に戦闘によってついたと思われる細かい傷がある。 因みに
演習前までは工場直送の新品であったのだからなんとも罪な男である。戦闘を楽しんでい
た整備兵たちも機体がボロボロになり始めた時点で別の意味でハラハラしていたらしい。

整備兵には少し申し訳ないことをしてしまったな。

整備兵たちは明日からアームの取り付け作業にかからねばならない。それはもう大変な忙
しさだろう。 少し罪悪感を覚えながら、私は機体の整備をすべく不知火の胸部に駆け上
がり自らの体を固定するロープの一端をフックで固定する。これでいざ体が落下しそうに
なっても自らの体が下まで落下するのを防ぐことが出来る。 


「中尉」

深呼吸してさあこれから、といったところで声がかかった。後ろを振り返れば先ほどまで
の戦闘相手である速瀬 少尉がタラップに足をかけ何か言いたそうにしていた。

「機体が壊れてしまったので中尉の機体を一緒に清掃するようにと副司令から言われて…」

蘇芳は先ほどの戦闘で速瀬機はもはや整備がどうのという状態ですならない程に破壊され
ていたことを思い出す。

まだ帝国軍ですら全ての部隊に配備が完了していない最新鋭の機体をこうも簡単に壊され
れば香月博士が怒るのも無理はない話だろう。


「なら少尉は右半分を、私は左半分をやる。」

話は以上だとばかりに作業に戻った蘇芳 中尉に、速瀬は何か言いかけて、口を閉じた。

今は二人しかいない格納庫に重い沈黙が漂う。 蘇芳は機体の表面の汚れを落としていく。
今朝方伊隅 大尉と言葉を交わした言葉が脳裏に浮かんだ。

「速瀬の事あまり悪く思わないでくれ。」 
伊隅 大尉はそういって廊下で立ち止まる。

伊隅 大尉と当日の訓練予定や機体の整備状況など廊下を歩きながら互いに報告する。
その過程で速瀬 少尉の事が話題に上るのは別段不思議な事ではない。

自己解決するに任せていたが一向に改善の兆しが見えず、外部から当事者に対し働きかけ
ることで解決を図ろう。 大方そういったことなんだろう。現状があまり芳しくないこと
を蘇芳とて認識してはいるものの、それをいったいどうやって解決すればいいのか考えあ
ぐねていた。降下兵団では自分より階級が下の者の中に隊での経験が長い人物が存在しな
かったことも現状をうまく処理しかねている遠因といえた。

「訓練校時代、あいつと涼宮には仲のいい同期がいてな、ある理由で速瀬と涼宮だけ任官
が遅れて速瀬と涼宮の同期――鳴海と平だけ私の部下として明星作戦に参加することにな
った。」

伊隅 大尉の口調は重くその後の彼らのたどった運命が決していいものではないことを暗
に示していた。

「結局二人は生きて帰ってくることはなかった。まあ戦場ではよくある話だ。それ以来あ
いつには戦術機しかないんだ。自信をつけていたところで酷くやられたからな。本人の心
の整理がまだついていないんだ。だからと言って上官に対してあのような態度をとってい
い理由にはならないがな。」





機体の清掃が終わり二人並んで機体の真下に立つ。 きれいに磨き上げられた不知火の前
で蘇芳は満足げにうなずいた。ここまで二人の間に言葉はなかった。先程から速瀬 少尉
の何か言いたげな視線に蘇芳はたびたび気づいてはいたもののあえてその視線を無視した。
それは決して速瀬 少尉のことが気に食わないからではない。



「少し歩かないか。」

蘇芳の問いかけに速瀬は少し身じろぎし一言 はいとうなずいた。





風が吹かない格納庫内と違って外は風が吹いている。風から身を守るものが全くない。あ
まりの寒さに速瀬は身震いした。前を歩く蘇芳は何を考えているのか速瀬には皆目見当も
つかない。再戦して、また負けて冷静になって考えてみれば、今までとったあまりにも無
礼な態度に自分自身でも閉口してしまう。おまけに難癖をつけて再戦をしても見たが得意
とする近接ですら結局勝つことはかなわなかった。反抗的な態度をとって、言い訳した上
で負けて…。2度の敗北は自分自身の実力が蘇芳中尉に全く及んでいない事を意味していた。
いっそ中尉には思いきり笑い飛ばして馬鹿にしてほしい。そう思わずにはいられない。
しかし中尉は黙ったまま今も私の前を歩き続けている。




中尉は警備の兵士を労うと正門を超えてやがて立ち止る。

そこには一本の桜の木が生えていた。

横浜基地いるものすべてにとってこの桜は特別な意味を持つ。蘇芳がそれを教えられたの
はこの基地に配属されてから1週間と立たないある日のことだった。

神宮司 軍曹のご厚意で横浜基地全体を案内してもらった際、最後に立ち寄ったのがこの
桜である。もとは帝国軍の訓練校であったこの基地では基地につながる急な斜面の両側に
正門まで続く桜並木が生えていたらしい。BETAによって侵略され人類の手に取り戻すた
めにG弾が使われた。 結果、G弾は半永久的に重力偏差を発生させ、かつ植生異常を引
き起こす事が判明した。横浜には二度と植物は生えてこない、そういわれている。
そんな中ただ一本だけ枯れずに今もかつてと同じ姿を保った木がある。それがこの桜の木

幾多の苦難を乗り越え生き残っている“奇跡”
人類のBETAに対する反攻の象徴なのだと神宮司 軍曹は教えてくれた。


桜の木の前に立つ蘇芳に速瀬は並ぶ。

「さすがにまだつぼみもないか。」

そういうと蘇芳は苦笑した。

水月は困惑する。何のためにここに連れてこられたのか皆目見当がつかない。
そんな水月を横目に捉えると蘇芳はもう一度苦笑した。

「まだ横浜基地が白陵基地と呼ばれ帝国軍の訓練校だった時分にはこの坂道の両脇には多
くの桜の木が植えられ、春になると満開の桜が訓練生を迎えたと聞いている。」

道の両端には確かに等間隔に道路から土がのぞいておりそこに桜の木が植わっていたこと
を想起させる。もし桜の木が現存していればそれは言葉には代えがたいほどの美しさで今
もなお将兵を楽しませただろう。しかし現実はBETAに蹂躙され白陵基地は跡形もなくな
った。BETAはここを拠点とし多くの動植物を根こそぎ奪っていった。そしてG弾の投下。
今、坂道に姿を残すのはたった一本の桜のみ。

「仲間たちは皆この世を去った。だがこの桜は未だにこの過酷な大地で懸命に生きている。 
少尉はどう考える。」

蘇芳は一度かつての桜並木があったであろう道を見渡し、次いで桜に目を向けた後じっと
水月を見据える。

「それは、私には……わかりません。」

蘇芳 中尉の刺すような視線に全てを暴かれてしまうような気がして水月は目を伏せた。
蘇芳は水月から目を離し再び桜を見上げた。
「自らが奇跡となることで残された人類の希望となること。そしてなにより自らが存在し
続けることで仲間たちがいたかつての白陵を皆の心の中にとどめておくことができるから。
私はそう考えている。」

この木も戦っているのさ。そう語る蘇芳 林太郎という男の横顔に差した影を水月は見逃
さなかった。

「速瀬 少尉 君の戦う理由は何だ。」

蘇芳は改まって水月を問いただす。その顔は一分の嘘も許さないと明確に語っていた。
水月は言葉に詰まる。普段ならすらすらと言えていたはずの戦う理由が今日に限っては喉をつかえて出てこなかった。
これじゃあまるで今まで口にしていた理由は偽りではないか。
水月は必死に向き合うまいとしてきた自らの心の内を今更暴露されまいと声を振り絞る。
唇はわなわなと震え、顔は青ざめていた。

「わ私は…私は仲間の敵―BETAを一匹でも多く倒すために…」

「本当か。 私には貴官が死に場所を探しているように見える。そのためにあえて死傷率
の高い突撃前衛を志望しているのではないかとも思っている。」

その言葉が耳朶をうつ。心臓が跳ね上がる。気づいていなかったと言えば嘘になる。戦場に出てBETAに追い詰められるたびに感じる高揚感、
そして基地に帰ってきてから失望が胸の内に漂うあの感覚。


「最近来たばかりの癖にまるで昔から知っていたような事を言うんですね。」

水月の内心とは裏腹に驚くほど冷たい言葉が口をつく。自らの内心を悟られまいとして水
月は視線をあげ蘇芳をにらみつける。いつの間にか敬語は何処かへ吹き飛んでいた。
蘇芳はそんな水月の殺気を気にしたそぶりもなく先を続けた。
「過去を知らなくてもわかるさ。少なくない衛士が通った道だからな。私も、そしておそ
らく神宮司 軍曹も。」

「えっ」

蘇芳の口から出た意外な名前に速瀬は今まで眼前の男を睨みつけていたのも忘れ、目を瞬
かせた。無遠慮な視線にさらされてさすがの蘇芳も身じろぎする。しかし気を取り直して
今日伝えたかった言葉を口にする。

「前線に出て一度でも生き残った衛士なら皆経験することだ。過去を忘れて前に進めとは
言わない。だが戦う理由が死に場所探しというのだけは止めろ。これは命令だ。」


「随分と簡単に言うじゃない。」

じゃあどうしろっていうのよ。 内心でかかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。

「もう私には何一つ残ってないのよ」
水月は弱弱しく誰にともなくつぶやいた。

蘇芳はそんな水月の様子を気にしたそぶりはない。

「お前の死に場所探しに周りを巻き込むな。何か忘れているようだが少尉は一人じゃない。」

そういって蘇芳はある一方向を見据え軽く顎をしゃくった。

視線の先を見て速瀬ははっとなった。
何かを口にしかけて速瀬は言葉に詰まる。建物の陰に隠れるようにしてこちらをうかがう
のは今や唯一の同期となってしまった心優しい少女。
知らず知らずのうちに私は遥を巻き込んでいたんだ。その事実に水月はぞっとする思いで
あった。同時に親友だと公言しておきながらその存在をないもののように扱ったことに罪
悪感を覚える。

「一人になったつもりでいたか。まだ少尉は一人じゃない。そのことを忘れるな。」

何かを逡巡していた少尉はこちらを向き姿勢を正した。その様子に蘇芳も居住まいを正す
と少尉に向き合った。

「今までごめんなさい。」

「なに、気にしてないさ。それより早く少尉の所に行ってこい。」


速瀬 少尉は駆けだした。







「なかなかのロマンチストだな。」

速瀬 少尉の頭が正門の向こうに消えたあたりで伊隅 大尉が現れた。

「盗み聞きとは趣味が悪いですね。」


「これも仕事のうちだ。許せ。」


しばらく二人して桜の木を眺める。二人の間に言葉はない。


「もし明星作戦の時、私が早期に撤退を命じていれば今頃は鳴海も平も連隊の多くの者が
ここにいたかもしれない。」

伊隅 大尉の声はわずかに震えていた。人間的な指揮官であれば誰しもが悩む“もし”。
仲の良かった二人を裂いてしまった自分自身の責任をずっと今まで背負ってきたのだろう。
だから私はあえてわかりきったことを大尉に述べた。当然のことであっても、改めて他人の口から聞くことで気が楽になることもある。

「大尉がもし持ち場を離れれば、戦線は食い破られ多くの人間が死んだでしょう。BETA
にかじられる奴。レーザーに焼かれる奴。友軍誤射される奴。誰が死に、誰が生きるか、
それは大尉には決められない。」


「だが米軍がG弾を投下しなければそもそも「それは大尉には止めようがなかった。考え
ても仕方がない事です。……戦争に犠牲はつきものだ。」」

「お前の言う通りかもしれない。部下であるお前に、こんな話をしてしまってすまない。」

「今は悩んでいても仕方ない。すべきことは分かっている。ならばそれを成すだけです。」

「ああ、その通りだな。」

そう言って伊隅 大尉は微笑んだ。



[34254] FRONTIER WORKS
Name: Haswell◆3614bbac ID:85320d04
Date: 2013/08/23 01:10
「ここに来るのも久しぶりね。」


―前線に出て一度でも生き残った衛士なら皆経験することだ。過去を忘れて前に進めとは
言わない。だが戦う理由が死に場所探しというのだけは止めろ。これは命令だ。―

中尉に言われた言葉が何度も頭をループした。

ああ、そうか。

私は、孝之のあとを追いたかったのか。
あの時、中尉に強く反発したのはああもあっさり心の内を看破されたからなのかもしれな
い。

Part eleven FRONTIER WORKS


AM5:00 January 9 2000
横浜基地



早朝、扉をたたく音で目を覚ます。時計を見れば、点呼にはまだだいぶある。横浜基地
に着任して1ヶ月近く経つが、朝早くから部屋に訪ねるような知り合いはエレンくらい
だろう。

「少し待て。」

私は寝起きで鈍る体を動かしてズボンを穿き、編み上げブーツのひもを結び、次いでドア
に向かいながら上着を着てベルトをしめる。
ドアを開けて弾帯にやっていた視線を上に上げれば、そこには珍しいお客が立っていた。
あまりの珍しさに固まっている私を尻目に彼女は無遠慮に部屋に入り込む。
蘇芳が速瀬少尉と言葉を交わして3日ほどたっていた。速瀬はあれから蘇芳を避けていた
し、蘇芳もそうなることを半ば予想していたので、別段驚きは感じなかった。



「おはようございますっ。中尉」

速瀬の元気のよい朝の挨拶は沈黙を持って迎えられた。昨日までの視線で人を殺さんばか
りの暗い雰囲気は鳴りを潜めていた。3日でこの変わりようか。自らの目の前に今たたずむ
この女性はいったい誰だろうか。
蘇芳は内心で戦慄した。女は生まれつき女優だと言うが、これほどの変わりようを見たの
は初めてであった。

「中尉?聞こえてますか。」

反応のない蘇芳の様子に速瀬はしばしば思案した。不意ににやりとするとその頬をつかみ
左右に引っ張る。蘇芳の意識は現実に戻された。

「やめふぇくれ。少尉。」

静止の声に、速瀬はようやくその手を放した。蘇芳は少し赤みの差した頬をすりながらど
こか恨めしげな視線を投げかけた。速瀬は悪びれた様子もなくニッと笑った。

恐らく本来の速瀬 水月はこういった人物なのだろう。蘇芳はそうして自らに降りかかる
新たな災難の到来を肌で感じていた。

「中尉、私鳴海のことまだ忘れられない、ううん、きっとこれからも忘れることはないけ
ど、いつまでも下を向いてはいられないですから。」

蘇芳を見る彼女の瞳に迷いはなかった。

「私は部隊の突撃前衛として、隊内の誰にも負けるわけにはいかない。もちろん中尉にも
です。」

彼女は私に告げた。 事実上のライバル宣言である。
ここ最近の不安定な状態はすっかりと鳴りを潜め、ただひたすらに強さを求める衛士の姿
がそこにはあった。彼女の変化の裏には事故によって自らの半身を失い、愛する男を失い
ながらも、既に新たな道を歩き出した涼宮少尉の姿がきっとある。

「それで、その、自主訓練に付き合ってはいただけないかなと…」

言葉はしりすぼみになっていき、視線は床と蘇芳を行ったり来たり。許しを得たとはいえ、
流石にまだ気まずいのだろう。意欲的な衛士が多く存在している隊において、時間外演習
はよくおこなわれていることであったし、同隊でも既にエレンの前例があるようにそれ自
体は特別に珍しい話でも何でもない。

私は少尉を横目に廊下を歩き出した。そんな私を速瀬 少尉は立ち止まったまま見ていた。

「自主訓練に付き合ってほしいんじゃなかったのか?」

蘇芳は振り返って問いかけると、後ろから慌てて追いかけてくる足音を聞きながら、また
前を向いて歩き出した。


勝ち負けではなく、自らの技量を高めるための訓練である以上、小細工や待ち伏せ等、戦
術的な要素はそこには存在しない。ただひたすらにぶつかり合う。互いに肩の力を抜いて、
前回のようなデットヒートを繰り広げることはなかった。当然ながら二人の演習は長丁場
になった。速瀬は長刀を手の延長線として淀みなく扱っていた。その剣技は帝国軍のよう
な決まった流派によるある種、定型的なものと異なり、蘇芳に新鮮さを感じさせた。同時
に、この剣技を習得することに全力を傾けた。同じ日本人でありながら、受けてきた訓練
プログラムの違いから蘇芳は長刀を使った近接が得意ではない。短刀と突撃砲を巧みに操
り、敵を一切近づけない蘇芳の近接戦闘能力は、実戦において十分に通用しているために、
伊隅は長刀の扱いについて学べとは指示しなかった。しかし蘇芳はそれでは駄目だと考え
るのだ。複数の技能を習得していることは戦術の幅を広げ、部隊の生存性を高めることに
つながる。複数の技術を実践レベルで扱えることは時として、高度な一つの技術に勝る。
シミュレータの外より微かに起床ラッパの音が漏れ聞こえる。二人は演習をここで切り上
げて、慌てて点呼に向かうのだった。











横浜基地 PX


点呼時の騒然とした空気のまま一同は食堂で食事をとることとなった。涼宮は速瀬から
なにか聞き出そうと、巧みな話術を駆使していた。エレンはその顔にほほえみを浮かべ
ているが、内心をうかがい知ることはできない。本来であれば二人は罰則物ではあるが
今回に限っては大目に見ようと伊隅は考えていた。ここ最近頭を悩ませていた問題の一
つが解決し、伊隅自身も少し気が緩んでいるのかもしれない。


男女が二人で朝方にそろって遅刻というのは様々な想像を掻き立てるものだ。激しさを増
す対BETA戦によって男性人口が大きく減った最前線国家において、部隊内での痴情の縺
れは日常茶飯事であり、年に数件は刀傷沙汰が起きている。かつての軍隊では惚れた腫れ
たはご法度であったが近年の人口減少の観点から、政府も軍部も男女の事情というやつに
あまりうるさくなくなってきていた。
伊隅としてはからかうネタとして絶好の今回の件ではあるが、この二人に限って、短期間
でそういった間柄にはなりえないことは明らかであるし、変なことを言ってまた元の状態
に逆戻りすることは避けたかった。 しかしいずれは……。そう考えながら、彼、蘇芳 林
太郎とエレン エイスの両名が来た時から温めていた考えをそろそろ実行に移すべきかだ
ろうと蘇芳に声をかけようとして、未だに速瀬に詰め寄っている涼宮が視界に入った。

「ねえ、水月。本当は…」

「ええい。そんなことばかり言ってると…」

速瀬は涼宮をくすぐって強引に追及を終わらせようとしている。

「水月、くすぐったいってから止めてって」

涼宮は身をよじって、速瀬の猛攻に耐えるが、あれこれ聞きだすような余裕は一切なくな
ってしまった。そうこうしているうちに時間もよくなってきたところで、伊隅が二人のじ
ゃれあいに終止符をうった。

「時間だ。愛し合うのもそこまでにしておけ。」

笑いながら告げる伊隅 みちるに速瀬と涼宮両名が慌てて否定する。おかしな噂が流れれ
ば博士の新しい玩具としてウンザリするほどいじり倒されるのは目に見えていた。














横浜基地A-01地下格納庫


2名の男が所狭しと置かれた工具や、戦術機への動力ケーブルを危なげなく跨ぎながら言
葉を交わしていた。両者の前には若干見慣れぬシルエットの幌が被せられていた。
「昨日からの修正個所は解決してあるか?」

「ええ、既に解決済みです。FCSのエラーについては現物と併せての動作チェックを実
行して2日後に修正を完了する予定です。」


「そうか」

技術者の報告に輪島は満足そうに頷いた。
輪島は先の会議でかねてより温めていたある提案を行った。提案は受け入れられ、更に幾
つかの追加修正が施された。1度実行シーケンスに入った動作のキャンセル。現場で整備に
携わった輪島は多くの衛士たちが動作を開始し始めてから突発的に発生した予期し得ぬ事
態に対して、対処ができずに死んでいくことを知った。自らが開発室にこもっていたとき
には全くわからなかった真実。衛士たちは戦術機の動作の愚鈍さで死んでいるのだと勘違
いしていたのだ。
嘗ての私がそうであったように、今もなおこの誤りが正しいものであると錯覚している開
発者達の認識を正さねばならない。このようなことが起こる背景には閉鎖的な開発環境が
生む歪みも大きく関わってくるのだ。長きにわたり開発部隊というぬるま湯につかった開
発衛士達はその牙を抜かれ、本来の戦場のあり方を忘れてしまう。 今私がいるのは人類
がBETAに向ける槍の穂先にいる者たちのすぐそばだ。
輪島の視界が人類の未来を担う若者たちの姿をとらえた。まだ若く、本来であればまだ学
生であったであろう彼ら。

彼らが不満を感じる物を作り上げてはならない。

彼らを失望させてはならない。

とにかく試せ。

この場所は今までにない革新を人類に届ける最前線にならなければならない。

輪島の胸中を強い思いが渦巻いていた。

「こんなところで一人突っ立てるなんてあんたらしくないな。」
グレアムは自慢の赤髪を撫でた。常に何か指示を出し、四方奔走している男が止まって何
事かを考えていれば気になって仕方がなかった。

「少しな。それよりも、そっちの案件はどうなっている。苦戦しているようだが。」

輪島は気持ちを切り替えてグレアムに進捗状況を尋ねた。多くの人間が関わる大型の案件
において、コミュニケーションの有無は最終的に仕上がる製品の出来に直結する。報告書
だけでは見えて来ないことも多くある。特にグレアムの部署からの定時報告書からは開発
が進まず、苦しんでいるさまがありありとうかがえたのである。

「いいもなにも。なかなかの難航っぷりだ。石間から渡された例のサンプルだが、いった
いありゃなんだ。」

グレアムは石間から渡された得体のしれないパッケージに苦しめられていた。未だかつて
見たこともない程の高性能を叩き出しながら、その動作は若干不安定であった。持ち込ま
れた3つのサンプルはそれぞれの特性に大きなバラつきがあり扱いが難しかった。

「石間の奴、どこで拾ってきたのか知らないが、「拾ってきた?」」
グレアムの不可解な言い回しを輪島は見逃さなかった。

「あんたのそういうとこ嫌いじゃないぜ。」
グレアムはおちゃらけて見せた後、自らの感じたありのままを語った。

「あんたもこっちに身をおいてりゃわかるんだろうが、あんなものは見たことがない。技
術ってのは基本的には地続きだ。そう考えれば1年先、2年先にどうなってるのか、なんて
ある程度の予想がつくってもんだが……」

グレアムは珍しく言葉を濁した。

「構わん、続けろ。」

「あれは現行で出回っていると推定される演算システムの性能を凌駕している。シリコン
で作られていないのは確かだろうさ。何より石間自身もなんだかよくわかっていないよう
な気がしてならない。」

石間は基本的な事柄には答える癖に、質問が装置の核心部分に及ぶと言葉を濁してしまう。
意図的に隠していることもあれば、時折石間も予期していなかったであろう結果が出た事
が明らかな態度を見せることもあった。

「ふむ」
輪島はうなった。
石間 弘樹は必要とあれば我々の前に現れ、我々が彼を必要とすれば、彼は我々の元を訪
れた。協力的ではあるが、何があっても決して自らの職場に部外者を立ち入らせない男だ
った。我々が利用するこの格納庫も機密レベルとしてはかなり高いエリアに属しており、
一般部隊の人間は決してこのフロアの存在を知らない。しかしどうやら石間の所属する部
署はさらにその下、基地上層部でも極少数しか存在を知りえないエリアにあるらしい。石
間と関わったことによって、その部署の存在について初めて知ることとなったのである。
香月博士の研究内容や石間が研究にどう関わっているのかを知ることはできない。隠され
た事象は人々の強い興味を引くが、知る必要のないものが関われば碌な目に合わないのは
いつの時代も共通である。それを理解してもなお知りたいと願うのは、得体のしれない部
品を取り扱わなければならない不安ゆえだろう。

「とりあえずお前は作業を続けろ。私が…探りを入れてみる。」

輪島は横浜の深淵を覗き込む事が、大きな危険を伴うことを理解していないわけではない。
しかし部下の不安を取り除く義務がある。何よりも長年の勘が嫌な予感をヒシヒシと伝え
てきたのである。

「いやそ「輪島准尉!」」

グレアムのセリフは若手エンジニアの一言でかき消された。周りを見れば、多くのエンジ
ニアたちがグレアムの話が終わるのを待っていた。

「俺ばかりが、話しているわけにもいかないな。」

グレアムは肩をすくめると、この場でのこれ以上の会話を諦め、この件に関しては後でま
た話し合うことを決めた。ここ最近、開発部署は活気に満ち溢れており、香月副指令をし
て、いるだけで楽しくなると言わしめるほどのお祭り騒ぎである。
開発部隊の詰めているハンガーの壁面いっぱいに見慣れぬロゴが描かれている。ロックウ
ィードにスカンクワークスがあり、ボーニングにファントムワークスがあるように、我々
にも何か名前が欲しい。誰かが放ったその言葉は大きな反響を生み、若手たちの間に一大
論争を巻き起こした。

名は体を表す。


自分たちがどこに向かい、何を成したいのか。それを再認識するいい機会だと蘇芳も輪島
もあえて介入せず成り行きを見守った。論争の果てにFRONTIER WORKSという名に落
ち着いたようであった。2つの名門開発チームに代わる戦術機開発の新天地として、また
最前線を駆ける衛士達と常にともにあり、実用的な兵器づくりを心掛ける。そんな決意が
込められていた。当初の無気力さはどこへやら、今は誰も彼もが一丸となって目標に向か
っていた。多くの開発スタッフたちの努力により、その戦術機は姿を徐々に現しつつあっ
た。

















 「准尉への報告が完了しました。」

「よし、いいわよ。順調ね。」
ボブカットの黒髪を撫でつけてクリス オーデッツはガッツポーズをとった。まだ若い彼女
は会社で歯に衣着せぬ物言いと何よりその性別が煙たがられていた。彼女もまた蘇芳にス
カウトされたうちの一人であった。重火器の専門家であった彼女は特殊な反動吸収装置の
研究に着手していた。戦術機が現行で使用している火器の多くが採用している36㎜砲弾は
大型種に対して非力であり、弱点を狙わなけば倒すこともままならない状況である。前線
地域での戦闘において、戦闘の最終局面では1機あたりが対応しなければならないBETA
の個体数があまりにも多いために、現実的には弾丸を四方八方にばらまいているだけであ
った。弾丸の多くが無駄になるうえ、敵を殺しきれないことから問題視されてきた。欧州
では不足してきた戦車などの変わりを任せる意味も含め、ラインメイタル製Mk57中隊
支援砲などが開発され、前線配備がなされている。しかし36㎜以上の砲弾を戦術機から
連射する場合、その強すぎる反動で、アームは異常をきたし、目標を明確に捉えることが
できず、その集弾性はさんざんなものであった。ゆえにMk57ではバイポットが備え付
けられており基本的な射撃スタンスは部隊の“支援”射撃であった。
クリスは考えるのだ。もし120㎜を何の気兼ねなく連射することができたのなら。
帝国軍が使用している87式突撃砲は120㎜と37㎜両方を兼ね備えた砲であるが、それ故
に2種類の弾薬を携行しなければならない問題がある。種類の違う二つのマガジンを用意
するのは、最前線の整備部隊には負担が大きい。彼女がひねり出した答えが目の前にあっ
た。 あとはこれを実射試験をするだけだ。自らの作った兵器の出来に自信があった。




[34254] ATM
Name: Haswell◆38da89e4 ID:d6dfba99
Date: 2014/01/02 03:12
とりあえず1月1日に投稿したかった都合上。作品を上げます。
追加部分は明日までには完成し改稿します。(改稿完了いたしました。)
私事が忙しく、長い間更新をあけていましたが決して作品を途中で投げ出さないということが個人的なポリシーですのでエタることはしません。その決意も込めて今日上げさせていただきました。


宗像中尉や風間中尉などについて記憶が飛んでいる面もあってなかなかうまく表現できないので苦しみました。とりあえずこれでこの話は完了です。


米国製戦術機の充実度合いに比べて欧州戦術機がF-5とハリアーとトーネードがいっしょくたにされている等、かなり不遇な扱いを受けているという気は前々からしていました。本作ではもう少し欧州機のバリエーションを増やしたいということでオリジナルとしてハリアーが登場しています。原作ではトーネードが短距離で離陸できるということになっていますが、本作ではその機能はありません。





諸君らの多くは2度も降下せずしてその生を終えるだろう。
地表に降りてBETAと戦えればまだいい。熱で棺桶が変形し、展開しないまま地表に激突
する者もいるだろう。
生きる者と死ぬ者。
両者を分けるのはただ運のみ。


降下衛士は衛士の中の衛士だ。
大気圏外から地表に降下し、敵陣のただなかに降下する。
若くして管制ユニットで死ぬしか英雄にはなれん。
なりたがる奴の気がしれんよ。

January 23  2000
ラムズゲート統合教育センター

「ヴィルフリート・アイヒベルガー招喚に応じ、ただ今到着しました。」
第44戦術機甲大隊、ツェルベルス大隊 その指揮官であるアイヒベルガー少佐はこの日、
欧州国連軍参謀本部からの求めに応じ、広報任務のためラムズゲート統合教育センターを
訪れていた。センター上空をEF2000で飛行したのち、訓練兵を激励し、与えられた役割
をこなしたのであった。アイヒベルガーは定期的に広報部から回されるこの仕事に正直な
ところ少しうんざりさせられていることをハッキリと自覚していた。BETA侵略以前の世
界においての客寄せパンダのような役割を与えられて気分の良いものはいないだろう。と
いっても訓練兵に対する対応は殆どが、彼の半身、ファーレンホルスト中尉にまかせっき
りであったのだが。広報部も元々が寡黙なたちであるアイヒベルガー少佐に饒舌な語り口
で訓練兵たちを激励することを期待していなかった。黒き狼王の名を持つヴィルフリー
ト・アイヒベルガー、そしてその半身である白き后狼ジークリンデ・ファーレンホルスト、
欧州七英雄と讃えられる両名が立っているだけで十二分に効果は見込めるのである。しか
し今回はそればかりのためだけにわざわざ呼び出されたわけではない。欧州七英雄の中で
もとりわけ人気の高い両者に上層部からの意向を伝えるべくこの基地に呼び出したのだ。
ドーバーコンプレックスが完成してからというもの、英国に上陸を試みた98%のBETAが
海の藻屑と化し、残りの2%は50mも進めない有様であった。欧州国連軍上層部には安穏
とした空気が漂っていた。

「楽にしてくれたまえ。」

「はっ」

「今日の訓練校の教官は皆、だいぶ年を取っている。軍上層部としては新兵に新しい世代
の、つまるところ第三世代機に搭乗し、戦場を駆けたことのある教官を充てたいと考えて
いる。」

巨漢を前にして男は動じた様子もなく切り出した。軍上層部で政治の中心にいるというこ
とは想像を絶する精神力を必要とする。

「仰りたいことの意味が不明です。」

アイヒベルガーは顔をしかめた。それは常日頃より彼と共にいるファーレンホルストにし
かわからないようなわずかな変化であった。続く言葉がなんであるか2人はほとんど確信
していた。上層部からの命令は絶対だ。だがとても応じることができそうにないものであ
る。命令とあらばそれは受けなければならない。だが要請であればまだ、突っぱねること
は可能であった。上層部からにらまれることを恐れる士官もいる。だがそれは総じて野心
のある者たちだけであった。男は立ち上がり、窓枠に手を駆けるとまだ若き生徒たちの訓
練風景を眺めた。

「ファーレンホルスト中尉の功績をかんがみれば中隊長の役職とそれに見合った階級が用
意されるのが道理。そしてそれは君にも言える。ファーレンホルスト中尉を大尉に昇格さ
せ、そののち数時間後には少佐に昇格させたいと考えている。わかるとは思うが、一度に
階級を二つ上げないのは2階級特進などと縁起の悪いことを避けるためだ。君には昇進の
後、本校の戦術機教導の主席教官として着任してもらいたい。大隊はファーレンホルスト
中尉に引き継いでもらう。」
「…それはご命令ですか。それとも要請でしょうか。」

「今のところ命令ではないよ。これは要請だ。だが私の意も少しは酌んでほしい。君の事
を嫌って厄介ごとを押し付けているわけではないのだ。BETAの目が東に向いている今
は欧州奪回に向けて力を蓄える時期だ。大戦初期は多くの衛士を失った。私はあの轍を再
び踏む気はない。それには君の力が必要だ。」
男は穏やかな口調であったがその言葉には力がこもっていた。戦場で戦っていた者のみが
出せる言葉の重みがあった。絶大な人気を誇るアイヒベルガーがこれ以上功を立てること
を警戒しての発言ではない事を感じ取ることができたのである。
「閣下。閣下がBETA西進時に感じた気持ち。私も忘れたことは一度たりともありません。
私はあの日に蹂躙された祖国の地を再び取り戻すまで戦いを止めることはないと誓ったの
です。」
黙してあまり語ることのないアイヒベルガーは丁重に断りの言葉を伝えた。男は予期して
いたのか苦笑いだった。広報部が彼を呼び寄せると聞いてダメでもともと広報部の予定に
面会の時間を無理やりねじ込んだのだ。他の複数の士官に対してもこの話を持ちかけてお
りアイヒベルガーはその一人であった。
「そうか。なき同僚との誓いを君は果たしたまえ。君が祖国を取り戻すことができたとき、
私の要請を飲んでくれることを期待してもいいだろうか。」
部屋を後にするアイヒベルガーの肩越しに投げかけた。
「ええ。必ず。」
短いながらも力強い返答とともに扉は閉じられた。








January 30  2000
大西洋上中部アフリカ

「イーグル01を発艦させろ。」
シューターの合図でLSEがハリアーに発艦を指示する。ハリアーは危なげなく垂直上昇
するとその機体を滑らせ出撃する。
発艦要員は休む暇なく次の機体の発艦作業に移る。作業が遅れればそれだけ先発機の燃料
が消費され、作戦行動時間が短くなるからだ。ハリアーの場合などは特に問題が顕著にな
る。
かつて軍民併せて多くの人間をドーバー海峡よりイギリスへ避難させるのに多くの船が使
われた。その中には個人所有のクルーザーや漁船などの姿も見えた。足の遅いこれらを掩
護するために多くの戦闘艦がBETAに沈められたうえ、その後のBETA戦においても数多
くの軍艦が失われた。とりわけ空母の不足は深刻な問題と化した。欧州国連軍は解決策と
して中、大型商船を徴用して補てんすることとしたが、少なからざる問題があった。その
最もたるものが搭載する戦術機がない。という問題である。軍上層部の目論見とは裏腹に
現在の西側東側のいずれの戦術機も多くの商船で運用するには自重が重い。またカタパル
トを設置不可能な商船では戦術機の発艦に必要な離陸距離を稼げず、かといって噴射跳躍
などすれば艦が転覆するであろうと調査報告がなされた。米国を含む後方国家の造船所は
日夜、艦船を吐き出してはいたものの、その生産能力の全てを空母に傾けるわけにはいか
ず、この慢性的な戦術機輸送手段の欠如は欧州戦線における柔軟な作戦行動を阻んでいた。
JBDやスチームカタパルトの存在しない商船空母において通常の戦術機を運用するという
ことは考えられなかったのである。比較的小型な商船でも扱える戦術機の開発を強いられ
た英国政府にホーカーシダレー社が持ちかけたのが本機の前身であるケストレルであった。
ホーカー社は、かねてよりこの問題を予測しており、社内で特異なエンジンの研究を行っ
ていた。同時期に西ドイツ政府支援で同様の研究を行っていたEWRA社は研究が思うよう
に進まない現状と、BETA西進による戦局の悪化を受けて、既存機の生産と改良に注力す
る為に開発を打ち切った。英国の地政学的条件とジョンブル魂がハリアーを育んだと言え
る。ハリアーはその特殊なエンジン構造故、他の戦術機とは全く異なるエンジン配置がな
されている。ハリアーの跳躍ユニットは只のダクトであり、可動兵装担架システムが取り
外された空間に英国の英知を結集して開発された大型エンジン。ペガサスエンジンが組み
込まれている。本体側面部に2か所、エンジンノズルが飛び出している。取り外された可
動兵装担架は専用設計になり、跳躍ダクトともいうべき跳躍ユニット部に取り付けられて
いる。これは通常戦術機とは異なり跳躍ユニットがダクト化していてスペースに余裕があ
る本機のみにみられる珍しい配置である。 本体側面から出るエンジンノズルと跳躍ダク
ト2つからなる計4つのエンジン噴射口によって繰り出される独特の機動はBETA間引き
作戦時にも大いに活躍した。やがて米海兵戦術機部隊が本機の評判を聞きつけ、米国仕様
に改修した機体も存在している。

「イーグル01よりマザーグースへ。目標地点上空に到達したが、ターゲットを確認できな
い。そちらで確認できるか?」
「少し待て。」
「北東に1kmほどに目標物を視認できないか?」
「旋回して確認する。あたりはうっそうと茂る森林だらけだ。何が何やら……。糞っ!ブ
レイク!ブレイク!」
「イーグル02。1番機がやられた!どうなってやがる。なんでここに…」
細切れのノイズ、警報音がCDC内に響きやがて静寂に包まれる。
ビクスビーは無意識に直ぐい頭髪を撫でる。困難に直面ときはいつもやってしまう癖であ
った。めっきり白くなった頭髪の持ち主でありながら、その背筋は若者同様油断なく伸び
ている。アナポリス出身の士官には出せぬであろう風格を持ったこの老人を誰もが敬愛し
ていた。
「奴ら急速に防空網を広げていますな。」
商船空母フォミサイドは主戦力たるハリアーを2機失った。CDCのディスプレイ上には彼
らのたどった航路が示されていた。ここ一か月活発化している海賊の活動を抑えようと海
賊の根城の偵察任務にハリアーを出した矢先の出来事であった。二線級の艦船で構成され
た艦隊の任務はBETA戦の矢面に立つことではなく、近年、問題となっているシーレーン
を荒らす海賊への対処である。旧型艦艇の中にあってひときわ異彩を放っていたのが戦術
機ハリアーを要するフォミサイドである。
「インビジブルより入電!現在SBSがobj-1に臨検を実施、激しい抵抗にあい現在応戦中。」
「資金繰りに困った東側の連中が、無責任にも旧兵器をテロリスト共に売りさばくせいで
我々に被害が…共同作戦などと口走るのはどの口だ。」
フォミサイド艦長イマニュエルはいらだたしげに呟く。その視線は航行中のフォミサイド
を含む警備艦隊各艦に肩を並べる東独の駆逐艦56号計画艦に注がれていた。あまりの剣幕
に同乗している連絡将校が首をすくめた。忌々しげな艦長を尻目にビクスビーは思考の海
にふける。ここ最近の海賊の活動は艦隊の能力を大きく上回っていた。明らかに海賊の活
動ではない。夜間に一つの船舶に複数の海賊船であたり、成功いかんにかかわらず襲撃か
ら10分以内には必ず立ち去った。救援要請を受けてから出撃し、救助に到着するころには
船には大きな損害が加えられていた。作戦は波状的に行われ、海賊たちは高度に組織化し
ていた。彼らの目的も変わった。船長以下クルーを人質にとり身代金を要求していたかつ
てとは違い、クルーは殺害され、積み荷の一部を持ち去っているような痕跡があった。も
はや通商破壊と言ってもいいほどの攻撃にビクスビーはテロリストの関与の疑いを深めて
いた。民間船舶の中にテロリストの輸送船が紛れ込んでいることも気がかりである。やら
なければならないことは山ほどあった。何はともあれまずは衛士の救出を第一に行わなけ
ればならない。
「ビーコンは確認できるか?」
「いえ、確認できません。」
「そうか。引き続きビーコンを確認せよ。敵通信網の状況は。」
「敵無線局に変化は認められません。」
ディスプレイから照らされる青白い光で満たされた室内で皆、司令官の命令を待っていた。
「墜落地点へ海兵隊を投入せよ。」
ビクスビーの言葉を受けてCDC内は慌ただしく活動を開始する。
「敵の注意を引く大がかりな部隊投入は避けたい。今、作戦区域で何が起き、何が起きよ
うとしてるのかを知る必要があるのだ。海兵隊でも選りすぐり(SpecOps)の部隊を投入せ
よ。」
「はっ」
イマニュエルは力強く頷いた。
「ヘリによる投入は危険です。複合艇を用いてアルファチームを上陸させます。」
「CDCより発令。17:00に作戦行動を開始する。アルファチームは至急ブリーフィングル
ームへ。整備チームは第二デッキへ集合せよ。」
「海軍軍令部へ作戦を通達。SBSの状況はどうなっているか。」
「SBSは現在船舷に降下。応戦中。」
「つなげるか。」
「は。つなげます。コールサインはトラッドです。回線は安全です。」
「トラッド聞こえるか。」
銃撃音がややあって後、くぐもった音がCDC内に響く。
「……聞こえています。」
「込み入っているだろうから手短に言う。今ここで起きていることを知りたい。賊を一名
確保できるか。」
短い命令ではあったが、トラッドは提督の考えを正確に理解していた。
「それが命令であるのなら。できるだけ期待に添いましょう。」
コンテナの陰に隠れながら敵の様子をうかがう。敵はただひたすらに弾を撃ち込んでいた。
――戦略は一流でも戦闘の腕は三流のままだな。
僚友に手早く合図を送る。敵側面をすり足で進む僚友を掩護すべく、フルオート射撃で敵
に息着く暇を与えない。海賊はこちらに気をとられて、死角から迫りくる脅威には気づか
ない。僚友が完全に位置についたことを確認して、銃撃の手を緩めた。
「コンニチハ」
横合いから突然現れた男に驚いて海賊は動作を止めた。その一瞬のすきに銃床で殴りつけ
て気絶させる。私は近寄ると臥せっている敵を足で転がして顔を確認した。高級時計も悪
趣味な金のネックレスも身に着けていなかった。胸に2発。頭に1発撃ち込む。
――こいつじゃない。もっと大物が必要だ。
「行くぞ。」
隊員たちはデッキ内部に侵入する。開け放したドアの中に海水と血が流れ込んだ。


商船空母フォミサイド ブリーフィングデッキ
PM16:00

「上陸地点ロメオから北に5km地点が目標地点ドロシーだ。あたりはうっそうと茂るジャ
ングルだ。最優先目標は敵支配地域の偵察、次点で墜落した機の破損状況の確認だ。1700
時に作戦を開始する。翌1900時に回収地点マイクにて複合艇で回収する。知っての通り、
ハリアーが墜落した。支援は期待できない物と思え。作戦は隠密に行われる。以上。質問
はあるか。」
「衛士の救出は最優先任務ではないのですか。それに機体の破損状況の…確認?」
「現在救難信号が確認できない。墜落の状況から見ても恐らく生存は期待できないだろう。
…残念だ。大佐は今回の撃墜に疑問を持っておいでだ。衛士の状況確認から墜落までの時
間が短すぎると疑念を抱いておられる。今回の偵察で敵が使った兵器を特定したいという
ことだ。諸君らの健闘に期待する。」

「最近のお偉方は無理難題を競ってるらしいな。言うだけなら誰だって…」
足早にブリーフィングルームを去って行ったイマニュエルに隊員が吐き捨てるように言っ
た。
「ジョゼフ。泣き言は聞きたくない。俺たちはプロで、これは仕事だ。わかったならさっ
さと準備をしろ。」

「了解。」

小隊長がブリーフィングルームを後にしたときイスマエルが話しかけた。

「おいどうしたんだ。お前らしくないぞ。」

「今回の作戦。情報が不足しすぎてどうかんがえても無茶だ。こっちには地理的な優位だ
てないんだ。目をはぎ取られて戦えなんて無茶じゃないか。」

「落ち着け。俺らは今までどんな困難だって解決してきた。そうだろう。大丈夫この件だ
って終われば笑い話さ。俺らはいつもみたいに戦えばいいんだ。」

ここの所ジョゼフが送られてきた子供の写真をロッカーに貼っていることはイスマエルも
知っていた。一児の父になったばかりのジョゼフが子の顔を見ぬまま死ぬことに対する恐
怖におびえているのだということをイスマエルは察する。迷いごとを抱えた兵士を戦場に
送ってはならない。軍はそのために兵士が家庭内でトラブルを抱えないよう、徹底した管
理を行う。だがそういった不安とは別に家族への郷愁が兵士を臆病にすることがある。そ
ういうときの為に部隊員は互いを家族のように扱い悩みは共有した。部隊の空気になじめ
ぬ者がいじめられたり、負の面を残しながらも制度は一定の成功を収めている。
部隊は上陸に向けて準備を進めていた。

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PM12:00??? ?? ???
横浜基地 PX
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宗像美冴はその日同期の風間祷子と食事をとっていた。神宮司軍曹の訓練は厳しかったが、
自分たちが一歩また一歩と衛士への階段を着々と登っていることを実感できた。もうそろ
そろ部隊配属が決まるところまでやってきていた。時期が時期だけに国連軍への日本人志
願者が少なかったこともあり、少ない同期の中で二人は馬が合った。どこに行くにも一緒
であることから、ひそかにレズなのではないかと噂されていた。気品あふれる見かけによ
らず早飯食らいの祷子が美冴を待つのがいつもの二人のスタイルだった。この日もそうし
て二人で過していた。今日は横浜基地に新しい補充の兵士が到着し、昼食にはやや遅い時
間の食堂が彼らでにぎわっていた。年若い中尉が一人、食事をとりながら舟をこぐという
器用な真似をしている以外ことさら語ることのない平和なPXであった。どこか線が細く、
か弱く見える風間少尉に対する好奇の目がいつも以上に多かった。おかげで宗像は少し機
嫌が悪い。
宗像の雰囲気をまるで無視して二人の男が近寄ってきた。祷子が手持無沙汰に見えたのだ
ろう。
「ねえねえ君たちここの訓練生?総合戦闘技術評価演習は終わったの?もし時間があれば
俺たちが教えてあげるよ。」
「お気持ちはありがたいのですけれど、教導のほうは十分間に合っていますので。」
「まあそういわずにさ。」
そういうと男が祷子の手をとった。
本来なら祷子の丁重で明確な拒絶に付け入る余地がないことを悟り男たちは引き上げてい
くのだが、今回は少し強引だった。
「私たちは必要ないと言っているんだ。」
美冴は男の手を払いのけた。自分たちは訓練生で向こうは少尉だ。あまりの強引さに上官
に対する態度ではない事は重々承知の上で言葉が荒くなった。美冴はそのまま立ち上がり
男たちをにらみつけた。周囲の兵士たちは皆整備兵や基地警備部隊の兵士が多く、なるべ
く目を合わせぬようにしていた。あいにく京塚曹長も用事で外出をしており事態を収拾す
るのは難しく食堂は水を打ったような静けさだった。
「あ?おめぇには聞いてねえんだよ。それにその口のき き 方 は 何 だ?」
男は階級を盾に高圧的な態度に出た。これは何発か殴られるかもしれない。美冴は覚悟を
決める。もちろんただ黙って殴られるつもりは毛頭ない。営巣入りも覚悟の上だ。
「聞いてんのか。おい!」
バン!
男が机を思い切りたたいた。その時突如舟をこいていた中尉が立ち上がる。まだ眠いよう
で目をクシクシと掻いていた。自分より年下と思われる中尉の行動に宗像は不覚にも心と
きめいてしまった。
――かわいい
隣の祷子などは凝視していた。突然の中尉の起立に男たちが強張ったのが伝わってきた。
中尉が睡眠をとっていたからこそ、この場で階級の頂点に立てていたのだ。男たちは直立
不動の姿勢をとった。中尉がゆっくりと近づいてくる。まだ完全に覚醒しきれていないの
か頭がゆらゆらと揺れていた。今やPXは中尉の一挙手一投足をかたずをのんで見守って
いた。やがて中尉が男たちの目の前に到着する。
「我々は訓練生たちに教育的指導を…」
男たちの白々しい言い訳を無視して中尉は……通り過ぎた。
!Σ( ̄□ ̄;)






通り過ぎんのかよ!!!






全員の心の中が一つになった。
中尉は何事もなかったかのように窓を開けた。男たちは自分たちの目の前を素通りする様
を見て、何のお咎めもないと解釈した。男たちが再び迫ろうとしたとき、窓から一匹の蜂
がPXに侵入した。やがてその蜂は祷子の前の机に羽を休めた。男はお構いなしに話を勧
めようとした。すっかり気分の良くなった男が話しかけようとしているのに目の前の祷子
は微妙に視線が合っていない。自分を見ているようで実際はその後ろを見ていた。後ろを
確かめようと振り向こうとした瞬間頭を何者かに掴まれたのがわかった。男が理解したの
はそこまでであった。

その士官は男の頭をつかむと机上の蜂に向けて頭を叩きつけた。手の動きはブレ、連続的
な打撃音が鳴り響いた。後にある整備兵は回顧録の中でこう記していた。
“あの時私はその手が素早く動き、わずか一秒ほどで男の頭を16回机にぶつけていたのを
目撃したのだ。中尉の腕は赤くなりその手から煙が立ち上っていた。”

男は額に押し花のごとく潰れた蜂を張り付けながら床に沈んだ。何が起きたのか誰も理解
することができなかった。
「なっ何を…」
呆然とする男の相方にその中尉は律儀に答えた。その顔は至極真面目であった。
「蜂がいた。だから駆除した……ただそれだけだ。」
このどこかズレた回答に一同は戦慄した。いったい何を考えているのか全く読めなかった。
美冴は心の中で突っ込まずにはいられなかった。
――むしろ駆除したのは男の方じゃないのか…
「てってめえ。」
残ったもう一人は相手が上官であることも忘れ、とびかかった。恐らくどう抗っても勝て
ないであろうことはなんとなく察してはいたものの、男にはやらねばならぬ時があった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
男の全身全霊をかけた渾身の右ストレートが中尉に迫った。この年若い中尉は顔色一つ変
えずに、半歩右にずれ、男のストレートの機動から外れると左腕を男のみぞおちあたりに
バーのように突き出した。男は自らの勢いを利用され腕を起点に前周りの要領で、




ゴミ箱に頭から突っ込んだのだった。


「訓練兵。」
「はっ!」
唐突に中尉が当事者のもう片一方にここで初めて言葉をかけた。着席していた祷子は立ち
上がり、美冴共々直立不動の姿勢をとった。内心この得体のしれない中尉の次の餌食になるかもしれないと怯えていた。周囲の整備兵などは逃げ出したかったが今ここで動いて、
注意を引こうものならどうなるかわからない恐怖から皆固まっていた。
「今日は…何曜日だ。」
「よっ曜日でしょうか。」
どちらかといえば天然と言われている祷子もこの唐突なフリに困惑気味だった。しかし答えぬわけにはいかない。視界の端で今もなおピクピクとしている難破男(誤字ではない)の隣
で自らも難破するわけにはいかなかった。
「きょ今日は日曜日です。」
「ありがとう。下がっていい。」
その中尉は曜日だけ確認すると、難破男の前に歩み出た。おもむろにその尻ポケットをま
さぐると中から財布を取り出した。そこからお金を抜き始めたのを見て、さすがに美冴は
慌てて注意した。
「いくら、その男たちが屑とはいえさすがにそれは…」
中尉は美冴のほうをチラリと見た。その眼からは眠気がきれいさっぱり消えていた。一瞬
目があったのち興味を失ったのかまた物色に入った。
「今日は日曜日だ。時間外手数料をもらわなければ…」
中尉は満足したのか財布を男のポケットに戻すとPXを立ち去った。この寒空の中、窓は
開けっ放しであった。
もうどうにでもしてくれ。それがPX一同の心のうちであった。


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