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[20384] マブラヴ~青空を愛した男~(現実転生)【本編完結】
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/10/18 18:34
諸注意
転生者はマブラヴをオルタネイティブ・アンリミテッド・エクストラのみでしか知りません。
TEなんか欠片も分らない男です。
そんな彼がTEに関わって(?)生きていくお話しです。


2010年7月17日
私めのミスにより消してしまいました…今までの感想が…orz
とりあえず、記念に今までの感想数とPV数だけ忘れないように残しておきます。
PV約26万、感想数、330



[20384] 【第一話】スタートライン
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:40
【アラスカ国連軍~ユーコン基地~】





青い空………BETAという異種起源生命体が闊歩するこの地球において人類が奪われた二つ目の領土。
レーザー
光線級なんて特級にふざけた代物が現れてあっさりと奪い去った空間だ。






[また……あの青く、全てを吸い込みそうな青空へと戻りたかった…]






元戦闘機パイロットであった父が死ぬ間際、そう言っていたのを今も覚えている。
皮肉な事に、今現在をおいてその“空”へと居る俺は父の無念を晴らす為に存在してるんでは?とでも考えてしまうのも無理は無いだろう。
とまあそんな事を考えていたら通信が入る、自分の担当オペレーターである白人女性だ。



『ホルス1、予定通りのコースを消費、これよりC-130による撮影会だ』

『アルゴス・イーダル小隊両機のチェイサー離脱を確認』

「ホルス1了解、イーダル1とアルゴス3へは?」

『担当CP士官が今伝えた、少し……なっ!?』



CPからのどよめきが聞こえる。原因は分かる、てか俺もさっきから見てる。
先程までは仲良く(?)エレメントを組んで飛んでいたのに今はガチンコのドックファイトだ。……どうしてこうなった?



「……撮影は?」

『出来るか馬鹿者!イーダル1はFCSを実戦モードにし、アルゴス3をロックしている!!』

「…………え゛!?」

『良いから止めろ!怪我をさせたら貴様のクビが飛ぶと思え!』

「いやいやいや!俺、撮影係ですからね!?」

『今現在空域に居るのはお前と遥か上空の撮影用C-130だけだ!危険すぎて他は侵入出来ん!』

「んな無茶な!」

『無茶は承知だ!お前の仕事はその猛牛二頭を大人しくさせる闘牛士だ……その、何だ、カ…カッコいいぞ?』

「ふざけんなー!!」



そんな無茶を言うオペレーターに思わずツッコミを入れる俺。
俺が此処に居るのは換装されたジェネレーターの試験運転兼頼まれた至近距離でのローアングル撮影だ。


―――――断じて、戦いの為では無い。(チェックの為に積載量最大にまで弾薬を積んではいるが)



「あの空戦に割り込む気はしねーぞ…」



無茶を言う……向うは準第三世代機、F-15・ACTVとSu-37UBだ。しかも三次元での高機動が目的とされてるような機体にそれを熟知した衛士が乗っている。
跳躍ユニットが換装されている以外は“ノーマル”のF-18Eでは若干だが辛いモノがあるだろう……いや、良い機体なんだけどね?



「あ~…もう、嫌……―――アルゴス3、イーダル1両機へ告ぐ。此方はホルス1、直ちに格闘戦機動を止めて予定通りのコースへと戻れ」

『ふっっっっざけんな!テメェ、アタシに死ねってか!?』

『………』



2機の後方300メートル辺りで通信を入れるがアルゴス3の怒声しか耳に残っていない。
そもそも、ログを見てもイーダル小隊…ツインズは反応していなかった……シカトか?シカトですか?シカトですよね?



「ハァ……あ、そういや紅の姉妹の顔って初めて見たけどイーニァって子、“本編”の霞にそっくりだったな……雰囲気が特に」



思わず現実逃避をしたくなる、いい加減にして欲しいのが本音だ。
そんな感じに俺がポケッとしていた間にあの2機の戦場は演習場を突っ切り、射爆場へと移りつつある……ってちょっと待て、そっちには定期便のルート!?



「CP!今は輸送機が来てるか!?下手したら接触か衝突だぞ!」

『こちらCP、最悪な事にもう間もなく定期便がご到着だ』

「おいおいおい、冗談じゃ無いぞ……」



俺は片手でレーダーの設定を変更して輸送機を捕らえる。11時の方角、あの2機の様子だとそのまま接近するだろう。
そう考えた俺は2機を放置する事を決め、最大出力で進路を輸送機の方角へと向けるのだった。









            ▲
            ▽







Sideヴィンセント




『あー…此方は国連軍所属のバーラット少尉だ。前方のムリーヤ、応答されたし』



俺の隣に座る男、ユウヤ・ブリッジスとの気まずい空気を消し飛ばす様な声が外部スピーカーと全通信チャンネルから聞こえて来る。
戦術機の跳躍ユニットが響かせる低く響き渡るブースト音が聞こえてきたのはその直後だった。



「何だ?戦術機…?」

「基地も直ぐそこってのにトラブルか?」



俺とユウヤは気になった為、コックピットへと駆ける。
丁度、機長が応答をしている所だ。



「此方ムリーヤ、如何された?」

『ああ、ちょいと今は戦闘中なんだ、後ろからカマ掘られないよう早めに着陸してくれるとありがたい』



戦闘中!?いや、明らかに“ちょいと”なんてレベルの事態じゃ無いと思うだがその所はどうなんだろうか?



「ホーネットか……ヴィンセント、特に変わった部分は無いよな?」

「あ、ああ…確かに、何処も変わって無い。ただのホーネットだ」



後部尾翼の装備されたカメラが後方から此方に警告をする戦術機、F-18Eを映し出す。
他と違うのはカラーリング。通常の灰色では無く、吸い込まれそうな程に青い、空色のブルーだ。



「き、機長!下方6時より高速で2機の戦術機が接近中!」

「なっ!?」

『機長。そのまま滑走路に突っ込め!俺が援護する!』

「りょ、了解!」



焦りの声がコックピットに響き渡るそんな中、ユウヤが目を閉じ、耳を澄ませたのが分かる。
今、コイツは跳躍ユニットの噴射音の音によって描かれる機動を脳内に描いているんだろう、ユウヤクラスの衛士であればそう難しくは無い。
そう思っていると輸送機の進路前方100メートル程先を下から上へ抜ける様に2機の戦術機が空へと上がる。
その圧倒的な存在感とも言える物に俺とユウヤの目が見開かれ、未だ格闘戦機動を続ける2機を見守るかの様な距離で空色のホーネットが続く。



「あのホーネット……」

「ユウヤ?ホーネットがどうしたんだ?」



ラインディングアプローチを取り始めたコックピットを出て、キャビンへと戻る。
その際にユウヤが呟いたホーネットという単語が気になった俺は聞き返す。



「あのホーネットが“何か”をしたんだ。本当ならもっと輸送機の至近距離をあの2機は抜けていた筈なんだが…」



そんな呟きは、『1機の墜落』という事態によって俺の記憶から消されたのだった。









              △
              ▼









『ち―――――っくしょう!!』



回線がオープンのままなのかACTVの衛士、タリサの悪態と疲れが分かる声が俺の耳へと響く。

「流石に限界」……俺が下した判断だ。



「イーダル1、おふざけも大概にしろ……それ以上は俺が相手になる」

『ホルス1!?貴様、模擬戦闘許可は出ていないぞ!!』

「実弾を積んでてロックしてるんだったら模擬戦じゃなくて実戦だっての!」



そうこう話す内にACTVが信じられない程に見事な失速機動を見せる。実戦的なコブラ機動、といった説明が正しい感じだ。
アレを受けたのが一般的なエースだったら一瞬で後ろを確実に取られるであろう機動だ。
本当ならソ連軍機もビックリ………何だがSu-37は児戯に等しいとでも言う様に背中に張り付く。



「なッ――――」



その瞬間、タリサの弱々しい、信じられないとでも言うかの様な呟きが届く。
俺はその時点で「終わった」と判断、120㎜を選択、Su-37の遥か上空へ三発、警告として撃ち込む。
そして、Su-37をロックオン……「次は当てるつもりで撃つ」という意思を込めて突撃砲を向ける……すると、あっさりと退いた。



「ふぃー……此方ホルス1、申し訳ない。“誤って”120㎜を3発も発射してしまった」

『―――まぁ良い、“向こう側”もトラブルが無いのを希望している……任務終了だ。戻って来い』

「了か―――……駄目だ、少し野暮用が出来た」



俺は急いでフラフラと飛ぶACTVへと接近して右腕を掴み、推力を上げる。
先程までの格闘戦機動の所為か、右背面強化スラスターと右跳躍ユニットが停止していたのだ。このままでは墜落の危険性もあるのでお節介だ。



『わ、悪ぃ!助かる!』

「気にすんな」



ゆっくりと高度を降ろして行く俺達の上空を飛ぶSu-37を思わず俺は睨みつける。
美少女は大好きだがトラブル(本格的に厄介なの)を持ち込んでくるのだったら美少女でもお断りだ。
そんな事を考えながら着地、俺達はほぼ同タイミングで官制ユニットから身を乗り出し、空を悠然とフライパスするSu-37へ向け、中指を立てて叫んだ。









『おぼえてろよッ(やがれ)!ちくしょぉぉぉー!(くそったれぇぇぇー!)』















そんな感じで始まる……俺の、マブラヴアンリミテッド・オルタネイティブしか知らない俺の物語が………日本とはかなり遠い、アラスカの地で。












――――――あ、俺か?俺はクラウス・バーラット、国連海軍少尉、今は海軍機の改修計画のテストパイロットしてる転生者だったりする。






[20384] 【第二話】始動
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:41

~2001年5月2日 アラスカ国連軍・第11番格納庫~



【Sideクラウス】






「終わったぁ~……」



俺はF-15・ACTVに整備班と担架車が来たのを確認してからハンガーへと機体を戻す。
誘導員の指示通り主脚歩行で何時ものハンガーへと機体を移動、各部関節ロック、主機関停止、外部電源への切り替え、機体の各部状況一つ一つをチェックしたので後は整備班の仕事になる。
顔見知りの整備兵達がタオルを準備してくれていたのでそのままシャワーでも浴びるとしよう。



「あ……報告書には何て書こう…」



まさか、

『イーダル1とアルゴス3が殺し合いを始めたので武力介入しました!』

なんて……書ける訳が無い、絶対に無い。



「んまぁ……成せばなる、か?」



そんな事を考えつつハンガーの付近に設置されている屋外シャワーでザッと汗を流し、UNブルーのBDUを着込む。
これで取り合えずは人心地が着いたものだ。



「ん~……!―――お~い!そこのジープ、止まってくれ!」



自分の上官への報告の為に基地司令部ビルへと向かおうと考えていた俺の横を一台のジープが通り抜ける。
その車内にタリサの姿を見つけた俺は慌てて手を上げ、車を止める。運転手の軍曹に目的地を確認、運良く行き先は俺と同じみたいだ。



「よう、お邪魔するぜ?」

「クラウスか、さっきは助かったよ」

「墜落したら整備で済む物が換装になるからな、無駄な金を浪費したくなかっただけだよ」



タリサの座る三列目へと腰を落とし、軽い会話のジャブを交わす。そんな恒例行事を済ませた後にしっかりと腰を据える。
そんな時に二列目のフライトバッチ付の少尉が横目に見た空色(正確にはシアン)のホーネットを見て呟いた。



「あれは……あの時のホーネット?」

「あの時?………もしかして、お前らが輸送機の中身か?」

「ああ、俺はユウヤ・ブリッジスだ。……アンタがあのホーネットの衛士か?」

「ヴィンセント・ローウェル軍曹であります、少尉」

「そうだ、クラウス・バーラット少尉だ。軍曹、もっと砕けた口調で良いぞ」

「あ、ホントっすか?んじゃ遠慮なく」



俺は盗ってきたホットドック (恐らくは整備兵の昼飯) の半分をタリサに渡し、残り半分に齧り付きながら前方の少尉と軍曹のコンビに聞く。
あの色に塗ったのはつい最近だし、“あの時”なんて事態はさっきのニアミスくらいだ。
しっかし……ユウヤが○野ボイスでヴィンセントが杉○ボイスか……豪華だなおい。



「クラウス、そいつらってネバダのグルームレイクって所の田舎もんの州兵だってさ」

「な、テメェ!」



タリサが不敵な笑みを浮かべて……と、言うよりは馬鹿にした様な笑みで俺に告げる。
だが………



「タリサ、鼻先にケチャップとレリッシュが付いてるぞ」

「んなっ!?」



―――威圧感0であった。
むしろ、袖で慌てて鼻を擦る様は幼く見え、とても可愛らしかった………って、グルームレイク!?



「おいおい、まさかまさかのエリア51か?世界最高峰の先進兵器開発研究施設じゃねーか」

「そうっ!しかもそこでユウヤは戦技研部隊でも1,2を争う腕前だったんですよ!」

「って事はラプターにも乗った事はあるだろ?ブリッジス」

「……ああ」



自慢気に語るヴィンセントに外を見たまま答えるユウヤ、対照的な二人だが良いコンビなんだろう。
…………取り合えず、一回だけ釘を刺しておくが。



「ローウェル≪ヴィンセントで良いですよ≫……なら、ヴィンセントもブリッジスも良いか?此処じゃエリートなんて肩書きは役に立たないぞ」

「………は?」



見事に呆けた顔になったヴィンセントの顔を見て噴出しそうになったが耐える。
そんな俺の言葉にユウヤも気になったのか耳だけは此方に向けている様だ。



「例えばな、ヴィンセント。『俺はボクシングの世界チャンプだ』っていうのと『自身が見ている目の前で世界チャンプになった』の違いは何だ?」

「えっと……第三者からの情報と自身の五感で得た情報の差…ですか?」

「その通り、お前も口先だけで『俺は強い!』なんて言われるより実力を目の前で証明した方が早いと思わないか?」



その言葉にヴィンセントは納得したかの様に頷く。
良くも悪くも開発衛士……テストパイロットにはエースと呼ばれる者達しか居ない、つまりだ。



「戦って、自分の力を証明しろ……か?」

「EXACTLY(その通りで御座います)………お得意だろ?対戦術機戦は」



ユウヤの呟きに返答し、大方納得したのかヴィンセントも黙り込む。それを見たタリサは嬉しそうに胸を張り、自慢げに言った。



「そうそう、そん位に畏まってるのが一番さ!」

「あ、お前もさっき負けたから人の事言えないぞ?」

「なっ――――!」



予想外の裏切りにあったかの様な顔で此方を見るタリサ。
だが、俺の理論だとタリサも大きい顔して言えないのが現実である。



「……そういやクラウスさんよ、ここってユーコン陸軍基地なのに何で海軍のアンタが居るんだ?」



会話が途切れた車内で再度ヴィンセントが話を振る。まぁ、確かに此処は陸軍基地だから海軍は存在しない筈である。



「ああ、俺は出向組みなんだ。癖で海軍とかって言ってるだけだよ」

「ほぇ~……あ!そういや、あのホーネットの改修計画って気になるんですけど聞いても良いですか!?」

「やっぱ根っからの整備兵って訳か……良いぞ?輸出も進んでる機体だ、ラプターみたいに機密たっぷりじゃ無いしな」









                   ▲
                   ▽











さてさて、此処で俺が属する国連海軍主導の海軍機改修計画についてご紹介でもするとしよう。


昨今の戦術機開発に置いて、各国は第三世代機を続々と開発を進めているのはご承知の通りだろう。
だが、現在国連軍では第三世代機という機体はほぼ配備されていない。国連軍保有機を10の割合で表したのなら第一世代機が6、第二世代機が3、第三世代機が1の割合だろう。
つまり、突き抜けて高性能な戦術機を国連は保有していないのである。


そこで企画された大掛かりな現存する戦術機の改修計画である。


だが、当然の様に問題も発生した。
国連陸軍で主に使用さているF-15は第二世代機最強と謳われており、既に完成され、安定した戦闘力である。
さらに、主に軌道降下兵団で運用されているF-15Eもハイヴ戦仕様に改修され、弄り様が無い。

かと言ってF-4等の第一世代機を一々改修するのならF-15を生産した方が結果的に言えば早いし、性能も高い。
しかも、第一世代機(特にF-4)は既に様々な国が改修を施し、運用している為に統一する為の収拾が着かないのである……それで良いのか?


………話がズレたので戻すとしよう。そこで焦点は海軍機へと移った。
陸軍等の上陸地点確保の為に運用されている海軍機。その主な機体となったF-18(ホーネット)の大まかな改修は………結果的に、アメリカのF-18E/F(スーパーホーネット)の登場で終わりに近づいた。


ぶっちゃけ、弄る部分がアメリカさんに先に改修されたのである。


―――――とまぁ、様々なトラブル(主に先に改修された、弄り様が無い)を乗り越えた中、現場でF-18E/Fを運用する衛士から多かった意見は『近接戦での格闘能力の弱さ』である。
海軍機は上陸地点の確保を目的とする為に高火力な事が多いが今回の意見が多かったのはヨーロッパ方面……つまりは、BETAの支配域への電撃作戦が多い地域である。
圧倒的な物量を誇るBETAとの乱戦を経験する事が多い欧州方面では近接戦にも力を入れている。
そんな中で欧州国連海軍によって近接格闘戦闘能力の強化を求める計画が上層部の決議に上げられ、晴れて可決である。


要求は3つ。

・BETAとの近接格闘・混戦を想定した改修。
・生産性の現状ラインを維持
・出来る限りの高性能化


                       以上である。







                    △
                    ▼









「―――そんな感じで、今は近接格闘能力の強化計画が進められてる。F-35も色々とあって開発が遅れてるからな、暫らくは海軍機の主力を張ると思うぜ?」

「……BETAとの格闘戦なんて、正気じゃ無いな」



ヴィンセントが興味深そうに聞いていた(米軍の格闘戦の概念は至近距離から弾をブチ込む、である)中、ユウヤが吐き捨てる様に言う。
だが、これが中々に馬鹿に出来ないんだがね。



「ま、射撃がお家芸なのが米軍だしな……そう思うのが普通…か?」

「―――気になったんだが良いか?そんな近接格闘戦を考慮した開発計画に何でアメリカ人のお前が?」

「あー……」



ヴィンセントの質問に俺は頭を掻き、口篭る。
えーと、えーと…………



「ああ、酒場で聞いたんだけどな、コイツって新米の米軍少尉だった頃にとある佐官を殴って国連軍へ移されたんだってさ!」

「あ、テメェ!?」

「国連軍でもダイバーズの次に死亡率が高い海軍でブレードとかナイフだけで戦う機会が多かったって、酔いながら言ってなー…実際に、強いし」

「―――アンタ、顔に似合わず過激だなぁ……」

「……うっせー」

「あ、スネた」



あ、佐官を殴った理由がほられそうになったなんてナイヨ?ぜったいに、ナイカラネ?



「―――着いたぞ」



俺のトラウマスイッチが押された中、目的地へと到着をした為に車が止まる。
見れば、タリサが無い胸を張ってユウヤに啖呵を切っている様だが………彼女の後ろから接近する1名によってそれはお開きとなった様だ。









「――――――最前線へようこそ」




そんな、俺がこの基地に着任した際にも別の上官に言われた言葉が耳に届く。
俺はその言葉を告げられた二人の横を抜き去り、ノンビリと歩き出す。













――――――あの言葉が、この『物語』の本当の始まりであったのは……俺には知るよしも無かった。







[20384] 【第三話前編】NFCA計画
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:42
【アラスカ国連軍~日本帝国・斯衛軍専用ハンガー】






  【 Side  篁 唯依】





「ステラ・ブレーメル少尉…―――――やはり、か…」



私は彼ら…『XFJ計画』に関係する者全ての情報―――とは言っても、戦歴や出身軍・国、人間性、交友関係程度―――を閲覧し、息を吐く。
整備兵も含め把握するのにそれなりの時間は割いたが大方の者は把握した。


そんな彼ら、XFJ計画の衛士は勿論無の事、整備兵とも交友関係を広く持つ者の名前があったのだ。
国連軍による海軍機への近接格闘能力付加計画の首席開発衛士、つまりはメインテストパイロットであるクラウス・バーラット少尉だ。
聞いた話では元米軍の衛士であり、アラスカに来るまでは常に最前線での戦闘を経験してきた男だという。



『中尉、司令部より要求した情報閲覧許可が出ました……中尉?』

「―――……あ、ああ!了解した少尉。私の“機体”の搬入申請も含めご苦労だった」



思考の海に沈んでいた私に副官である少尉が声を掛ける。私も画面越しではあるが返礼し、今も使用しているPCに送信された情報ファイルを開く。
此処にかの男の情報があるのだが……――――――鬼が出るか、それとも私の気苦労なのか……。






【名前:クラウス・バーラット】 

【階級及び兵科:国連軍少尉、衛士】

【現年齢及び任官年齢:28歳、任官時16歳】

【身体情報:身長176cm、体重66キロ、視力2.5、五体満足、戦術機適性検査ランクAA+】

【出自国:アメリカ合衆国ネバダ州】

【家族構成:両祖父母及び父母共に死去】

【現所属:国連太平洋方面第3軍アメリカ合衆国アラスカ州・ユーコン陸軍基地】

【所属部隊:NFCA計画(Navy fighter adjacent combat ability addition plan)首席開発衛士、コールサインは“ホルス1”】

【前任地及び所属:国連欧州方面海軍 第二艦隊 第341戦術歩行戦隊】

【対BETA戦出撃回数:73回】

【対人戦出撃回数:1回】

【BETA総殺傷総数:凡そ2万8千弱(内に生身で3体)】

【対人殺傷数:0】







「言わば…古参のエース、とゆう訳か……」



総出撃回数にもBETA殺傷数にも驚かされるが世界全体で見ればそう珍しく―――勿論だが本当に少数である―――は無い。
だが、思わず額に手をやってしまう出来事の数々……こうして、履歴に“特別欄”で残る様な問題が同じ様に驚かされる程あったからだ。






【訓練兵時代に練習機を破壊した機数:4機(内1機は当時において最新鋭第二世代戦術機であるF-15)】

【上官に暴行を加えた回数:13回(内佐官3、将官1)】

【降格処分にされた回数:6回(中尉から少尉へ…5回、大尉から中尉へ…1回)】

【書いた始末書:………プライスレス】






「あ、頭が痛く……」



何をどうすればこうまで出来るのかが逆に聞きたくなってくる……それほど、理解に苦しむ内容であった。

『普通なのか?国連軍ではこれが普通なのか?』

そう問えば確実に『NO!』と返って来る返答を予測出来るであろう……まだ、続く。






【自身が所属する部隊の壊滅数:11回】

【戦場でのベイルアウト回数:7回】

【戦闘でスクラップにした戦術機の数:16機(ベイルアウトを除いた9機は三次元機動による強烈なGで発生したフレームの歪み・ほぼ大破…等の理由で破棄)】

【当時の整備班から『ゾンビ』『レジェンド・オブ・べイルアウター』『何で死なない』等など……】





………………。



「――――まぁ……直接、確かめれば良いのだな、うん」



――――そう考え、私は…考える事を放棄した。









                  △
                  ▼









【2001年5月10日 アラスカ国連軍ユーコン基地・NFCA計画ハンガー】






「お~……“ハンガーで”機体の装甲が無い剥き出し状態なんて初めて見たなぁ…」

「……それ以外で、見る機会なんてあるのか?」

「おう、戦場でだ。要撃級と戦車級のコンボで剥き出しになった」

「そ、そっかぁ……(普通は見る間も無く死にそうだけどなぁ)」



俺は隣で管制ユニット周辺のコードを纏めているヴィンセントとくだらない話をしながら設定を確認する。
今日、NFCA計画は第2フェイズへと移項する。今も最前線で戦う海軍衛士達や俺の意見を取り入れて設計された新装甲への換装作業中なのだ。
そしてその作業を遠巻きに眺めていたヴィンセントを呼んで手伝って貰っている。



「しっかし……良いンか?俺、計画に無関係の整備兵だぜ?」

「あー、別に大丈夫だろ。中身は只のスーパーホーネットだし、他国もこれ以上の戦術機を生み出してるから技術的価値もあんま無いし」



ヴィンセントの今更な疑問にHAHAHA!と笑いながら右から左へ受け流す。
この第2フェイズだって既存の技術のオンパレードである。特に他国がマネ出来ないものは無し、だ。特に目くじら立てる必要もあるまい。

――――それに、この作業を言葉にすれば『F-18/Eの破損した装甲を外して、新しいのに換える』と何ら変わりは無いのである。



「そういや、お前等の所は新しい責任者が来たのと小隊内でのAH(対人)戦闘訓練、昨日のソ連との合同訓練・ユウヤ反省房行き(笑)がイベントか?」

「最後が冗談になってねぇよ!?今朝に開放されたけどさぁ…」

「ま、ソ連さんとの厄介ごとはどうでも良いんだ。ユウヤ……荒れてるな?アルゴスと腕を競い合ったって聞いたから打ち解けたと思うが…」

「あ、ああ……お前の言う通りで本当に腕利きの集まりだって理解した。お陰でユウヤもそれなりに打ち解けたけど……」

「―――派遣された中尉…か?」

「そうッ!あの中尉、すっげぇ美人なんですけど無表情!お堅い!一緒に居て息苦しい!」

「熱くなるなよ………まぁ、この間だが…少しだけ話をしたぞ」



PXでメシ(何故かあった合成鯖味噌定食)を食していると相席して来たのだ。
その際に少しだけ(日本語で)話したが驚かれた上に非常に反応に困った、という顔をされた……何でだ?



「タカムラ中尉、何か気になる事でもあるンかねぇ?」

「んー……俺ってXFJ関係の人間に知り合いが一杯居るからその線で気になったんじゃねーの?」



衛士組みは勿論だが整備兵にも知り合い一杯だしね……とぉ、終わったか?
―――――――よし、内装やケーブル調整等は全て終わった。後は、この上に新たな装甲を装着するだけである。



「いやー、何時見てもワクワクする!」

「そうだな~、何故か“新型・カスタム機”って心が惹かれるよなぁ」

「俺、何時かは自分で設計した機体を作ってみたいぜ…!」



クレーンによって吊るされた新装甲が誘導に従って運ばれていくのを横目にしつつヴィンセントと駄弁り、ハンガーを出て行く。此処から先は専門家の出番だ。
そう考えながら歩いていると、XFJ計画のハンガー前に置かれている灰色と黒の地味なカラーリングの機体が目に写り……思わず、よく見える位置まで駆け出してしまった。




「おいおい…!これって日本帝国のタイプ97“吹雪”じゃねーか!」

「おい、いきなりどうし…知ってるのか?」

「ああ、日本で轡を並べて戦った事がある!初めて見たけど帝国カラーもイイなぁ…!」

「(帝国カラーの吹雪を初めて見た?一緒に戦闘したのにか?)……アンタ、日本で戦ったって事は……」

「おう、“ルシファー”に参加してたよ。でも、吹雪があるって事は……ヴィンセント、F-15・ACTVと別に開発するもう1機のベースは……不知火か?」

「ルシファー…!?―――あ、ああ…不知火だ!」

「へぇ~!良いなぁ、不知火…」



俺は…【前世名:桐生 一】は不知火・吹雪が大好きである。お次に好きなのが斯衛軍の瑞鶴、その次が武御雷だ。
何気に、俺が前の世界で死んだのは注文していた国連カラーの不知火と吹雪のフィギュアに浮れていた際に線路に落下、電車が直ぐに来て見事に即死だった。
あの時はそんな感じだったが今は実機を見れるだけでも幸せだ。
それに………この世界は毎日に楽しさを見つけなければ……俺は多分…自殺でもして死んでいたであろう。



――――こう言うと不謹慎になるが………






俺にとってはBETAすら戦術機に乗る為の口実であり、BETAとの戦争は命を料金とした一回きりのコンテニュー不可のゲームなのだ。






「(でも……本当は―――)」





“ゲーム”なんて言葉と存在で自分を誤魔化して……心を恐怖に押し潰されない様にしていただけだ。俺、12年軍人やってたけど前は学生だしね。
それに……この世界に存在する者達はしっかりと生きている、今実感している事が俺の現実なんだ…………その“俺も居る現実”を、俺はゲームと思い込んでプレイして(生きて)いる。
ゲームに恐怖心を抱く必要は無い、と思い込んで。





「(まー、その点で言えばテストパイロットはありがたい……これから使用する機体についても真っ先に熟知出来るし)」

「―――…で、ユウヤの奴、この機体に慣れる事を中尉に命じられたけどさ……練習機を充てられるなんて、とか言って不貞腐れてるんだよ」

「―――……あ、すまん。聞いてなかった」

「うぉい!?」



ヴィンセントがもう一度話し始めるが無視し、そのまま吹雪の足元まで進んでいく。あー……やっぱ、良いね!
――――え?話を聞いてたかって?――――えっと……ユウヤと、あの日本人中尉との関係が悪いと?ユウヤも名前的には日本人とのハーフだろ?



「あー……ユウヤ、日本人に嫌悪しか抱いて無いんですよ…」

「ありゃまぁ…どして?」

「俺の口からは言えんので」

「ほぉ……」



メンドくさいんだな、と思う。ユウヤに何があったか知らないが訓練された兵士であるのなら気に入らない上官だろうと従うべきである。
まぁ、ユウヤみたいなテストパイロット出の奴は機体を仕上げる事を第一にしているので付き合いが悪くても結果的には完成するだろう。てか、そうじゃないと困る。



「ま、そこは俺が首を突っ込む要件じゃ無さそうだな……んじゃ、俺はブリーフィングだから行くな」

「おう、見学の許可出たら見に行くぜ~!」



午後から始まる予定のテスト飛行、俺は久し振りに乗り込む相棒を思い浮かべながらノンビリと歩く。今日は……




「ん~……あんま、良い天気じゃねーな」














後書き的な何か

コメントありがとうございます!
今回は前後後編での投稿となりますのでよろしくお願いします。



[20384] 【第三話後編】NFCA計画
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:43
【2001年5月12日 アラスカ国連軍 ユーコン陸軍基地 第二演習区画、E-102演習場】









「主電源の接続を確認、OS起動開始」






薄暗い戦術機の管制ユニット内に俺の声とパネルをタッチする音が響き、低く唸る様な起動音が響く。



「オートバランサー、チェック。アビオニクス、チェック。FCS、チェック」



灯りが灯る。網膜に機体情報が流れ、問題が無い事を俺に教えてくれる。



「コンディショングリーン、網膜投影………よし」


管制ユニットの内壁からダミービルが立ち並ぶ廃墟の光景へと変わる。
戦術機のメインカメラ、サブカメラがヘッドセットに内蔵された高解像度網膜投影機能を介して俺に戦術機の目をくれる。



「此方ホルス1、機体の起動確認」

『此方はCP、此方も機体起動を確認した。予定通り、主脚歩行での走破性能のテストを開始しろ』

「ホルス1了解」



CP士官との通信が切れ、俺は一回だけ息を大きく吸う。そして―――……



「往くぞ!」



叫び、大きく一歩目を歩みだした。








                   ▲
                   ▽






【Side ヴィンセント】





「おいユウヤ、見てみろよ!あれがホーネットなのかよ!?」

「見てるよ、ヴィンセント。……正直、アレはやり過ぎだろ…」



俺はユウヤを気晴らしとしてクラウスがテストパイロットを務めるNFCA計画の第2フェイズ、F-18/E改修型の機動実験を見に来ている。

大型のモニターが良く見える席に俺とユウヤが飲み物を片手に陣取る。この映像はホルス1のチェイサーからの直輸入モノの映像だ。
流石は国連軍主導なだけあって、ある程度の情報公開や撮影自由などの事もあってかそれなりに様子見に来た奴が多いみたいだ。



「いっやスッゲー!あれはあれでかなり空力とか考えてるぜ!」

「……あのド派手なセンサーマストと腕とか肩に着いてるブレード・ベーンか?」

「おう、あれが上手く機能すれば跳躍ユニットを使わないでも姿勢制御出来るんだよ」

「―――……ああ、そういう事か…」



ユウヤも考え、気付いたのか頷く。
序でに言やぁ今現在ユウヤが乗っている日本機の“吹雪”もその制御法なんだけど……あれだ、機嫌悪くすっから言わないでおこう。

そんな事を考えながらモニターに目を戻す。あと少しで、空地両方のドローンを標的とした三次元機動が始まる…。








                   △
                   ▼






『CPよりホルス小隊へ、もう間もなくダミービルを抜ける。お空への切符を用意しておけ』

「ホルス1よりCP了解」

『ホルス2了解ッ!大尉、ワクワクしますね!』

「こちらホルス1……あのな、俺は少尉だ!……あーゆーおーけぃ?」

『NO!……良いじゃないですか!貴方が大尉であった時からの忠臣ですよ?』



自機の後ろに続くF-18/Eの衛士であり、NFCA計画所属のホルス小隊においては俺の僚機を勤めるホルス2、エレナ・マクダビッシュが俺に微笑む。
プラチナの様に輝くブロンドのロングヘアー、その腰辺りまで届く長い髪を紐リボンでポニーテールに纏めている。
一見するとまだ十代の華奢なお嬢様…な外見だが、既に10度の戦闘を乗り越えた準エースでもあり、相当な腕を誇るであろう娘だ。

そんな彼女との出会いは俺がまだ大尉だった2年前に預かっていた当時、14~15歳の少年少女で構成された新人衛士部隊の“生き残り”だ。
とある任務以来、何かと俺に引っ付いて来たが此処まで付いて来るとは………何でだろね?



「レーダー良し、推進剤残量良し、各部関節・装甲共に問題なし……ダミービル郡を抜けた瞬間から跳躍ユニットを使用した機動へと移る」



市街地戦を想定されているダミービルが複数立つコンクリートの地面を主脚で走り抜ける。第二世代機とは思えない様な軽快さを感じさせる足取りだ。
理由に整備兵達の腕が良いのもある。だが、様々な技術投入によった改修により第三世代機並の性能を得ているのだ、この時点で既にF-18/Eを超えている…そう感じれる素晴らしさだ。



「いいな、悪くない……!」



ダミービル郡を抜ける。
BETA大戦が始まる前の………自然の減少と重金属雲によって消えた本当の青空の様な空色に塗られた碧い巨人がその姿をビルに隠す事無く、その雄姿を現す。



『空中のドローン20、その後に地上のドローン数20だ。スマートにやれ』



CPに「了解」とだけ短く返答し、右手腕に保持されたGWS-9突撃砲を射撃体勢に構える。

F-18は大型戦術機であるF-14と軽量型戦術機のF-16の特徴を随所に彷彿とさせる様なデザインが特徴の機体だ。だが、今のコイツは通常のF-18のシルエットとは似ても似つかない。
その姿は何処かソ連の『Su-37』にも似ていて、嘗て所属した欧州方面軍でも見かけた『EF-2000』や『ラファール』にも似ている。そんなF-18/E改修型の仕様はこんな感じだ。




『頭部センサーマストの鋭角化&肥大化』

『揚陸拠点確保・強襲任務を請け負う海軍機の為に第二世代機の操縦系統であるOBWから即応性が高い第三世代機操縦系統のOBLへの変更』

『両前腕部外縁、肩部装甲ブロック両端、膝部装甲ブロックから下腿部前縁、前足部に着けられたスーパーカーボン製ブレードエッジ』

『肩部サイドスラスターに追加された最新型可変式ノズル』

『腰部装甲部へ増設されたスラスターモジュール』

『近接格闘戦兵装の運用を想定したハード・ソフト面での仕様変更 』

『近接戦へ耐えうる為のフレーム及び関節の材質強度や耐久力の向上、電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエータ)の緩衝張力強化』

『跳躍ユニットに加速性能と瞬間最大出力が高く、増槽も着けれる[プラッツ&ウィットニーF120型エンジン]の採用』

『最新の対レーザー蒸散塗膜加工』




以上の改修点が施されたホーネット(スズメバチ)……いや、攻撃的な外見を増した“大スズメバチ”はその名に違わぬ鋭さを持って加速、上昇する。



「うおっとぉ!――――暴れんな…今に跪かせてやるからよ……!」



肥大化した頭部のセンサーマストや増設されたブレードエッジで生まれる空力の違いや新たに換装された跳躍ユニットの高出力、シュミレーターとの違いによってバランスを崩したが一瞬でリカバー。
その面白い機動の変化の仕方に戸惑い、思わず笑みを零す。





じゃじゃ馬なコイツ……手懐け、屈服させたらどれ程の動きを見せてくれるんだろうか……?





『た、大尉が何時もの笑顔を浮かべてるぅ!?』

「……ん?ホルス2、何か言ったか?」

『言ってません言ってません言ってません!!』



網膜に写ったエレナの涙目な顔に首をかしげつつ、17個目の滞空ドローンを撃ち抜く。残り3つ、これを地上のドローンと攻撃対象を切り替える為のラインへ接触する前に落とす必要がある。
…………やってみるか。



「ちょっと、派手に行くぞ」

『えちょ、大尉?』



そうエレナに告げ、俺は可変型サイドスラスターと腰部スラスターを使用した機動を試す為、意識を集中させる。




【レーダーマップ】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



             ○<対地ドローン001:6000M





───――――――───【対地標的攻撃開始予定ライン】――――――───――――――↑※進行方向


              ●<滞空ドローン:1700M


                      ●<滞空ドローン:2450M


                ●<滞空ドローン:2650M



                   △
         ▲
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

F-18/E改:ホルス1


F-18/E:ホルス2



ギリ…っと鈍い音を響かせる様に歯を食い縛り、一気に跳躍ユニットの出力を跳ね上げる。
搭乗員保護設定を一時的にカット、腕部及び脚部関節の固定化、跳躍ユニットのリミット上限開放。そして巡航速度の600キロから一気に800・850・900・950キロへと跳ね上げる。



「っぁ………!」



衛士強化装備の耐G機構と蓄積されたデータのフィードバックのキャパシティを超えたGが俺の体をシートへと押し付ける。
高Gによる影響で視界が暗くならない(ブラックアウト)様に唇を噛み切り、その痛みで精神に活を入れる。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



             ○<対地ドローン001:4350M





───――――――───【対地標的攻撃開始予定ライン】――――――───――――――↑※進行方向
              ●<滞空ドローン020:50M
                  △             
          ●<滞空ドローン019:-800M


                ●<滞空ドローン018:-1000M




                             ▲

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




そして、急減速。
暴れる機体を押さえ切り、腰部スラスターを吹かしたその一瞬、その一瞬に生まれた無重力状態とも言えるGがまったく掛からない状態で関節部固定解除、滞空ドローン020を突撃砲で撃ち落す。
そして撃ち落したのを片目で確認した瞬間、失速する。その瞬間、跳躍ユニットと肩部の可変サイドブースターに火が点る。

跳躍ユニットが機体を持ち直し、その逃げる推力をサイドブースターによって制御。180度ターン。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



             ○<対地ドローン001:4300M





───――――――───【対地標的攻撃開始予定ライン】――――――───――――――↑※進行方向 

          ▽
      ●<滞空ドローン018:-500M




                       ▲
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




機体に振られる…そう言うよりはミキサーに入れられてシェイクされる、と言った方が正しい様な高速旋回を行った直後に鳴り響く衝突回避――…いや、既に対衝撃体勢警告だ。
“予定通り”の警告を無視、回避機動を取る様に機体を滑らし………右肩に装備されたブレードエッジで滞空ドローン019を切り裂き、墜とす。

左サイドブースター再点火、そして跳躍ユニットの角度を左寄りにズラして一気に機体を横スライドさせる。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



           ○<対地ドローン001:3900M




                ●<滞空ドローン018:-150M
───――――――───【対地標的攻撃開始予定ライン】――――――───――――――↑※進行方向
                ▽

                        ▲

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




『あ、抜けた…!』

「まだぁッ!!」



半強制的に制御を戻したのちに戦術機の背面を地表に向けたままNOE、36㎜発射……滞空ドローン018に命中。
右跳躍ユニット停止、左跳躍ユニットの推力を最大出力で放射する。右サイドブースターと左サイドブースターを時計回りの方角にそれぞれを放射、グルンッと綺麗にバレルロールし、制御を戻す。

そして、何事も無かった様に対地ドローンへと攻撃を開始したが……見学者の殆どが、唖然としていた。



「んなっ……!」

「め、滅茶苦茶だぞ!?何なんだアレ!」

『流石です!大尉!』



上から、ユウヤ・ヴィンセント・エレナの順で声を上げているのだが俺には通信からエレナの賞賛の言葉のみが届いている。
うぇ…高Gで振り回したからギ ボ ヂ ワ゛ル゛イ゛ィィィィ。







―――とまあ、そんな感じで今日のテストは終わった。これからは問題点などの洗い出しを中心に進めていくのだろう。
一応、機体はハンガーで完全分解して暫らくの間はデータ採取に使用するのだとか………因みに、俺はこの機体の名称をF-18/EX「ワスプ」と名づけた。


「ワスプ」も「ホーネット」と同じでスズメバチって意味だけど、「攻撃的なスズメバチ」な意味を持っているのだから……案外、ピッタリだと思わないか?








[20384] 【閑話過去話】彼と彼女の流儀
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:44



「本日より君達第307戦術歩行大隊を率いる方をご紹介する。バーラット大尉、此方へ」



―――私はとても懐かしい……とは言っても、2年前の出来事の夢を見た。
私、エレナ・マクタビッシュが今も慕う人と出会ったことを。


「礼ッ!」

「――――先ず、諸君等に最初に聞いておく。衛士となった以上、死する覚悟は出来ている……これに相違無いか?」

『『『はい!』』』



国連軍大尉の階級章と胸に誇るかの様に輝くフライトバッチ……その2つを付けた“本物”の衛士。
それが、私達が第一印象として最初に抱いた大尉への思いだった。



「―――よろしい…俺は国連欧州方面海軍所属、クラウス・バーラット大尉だ。因みに、元はアメリカ軍の所属だが―――」



アメリカ――――その言葉に露骨に仲間の訓練校での苦楽を共にした何人かが嫌悪感を抱いた表情をする。
この欧州戦線は表面上は米国に友好的だが内情では米国に対しての感度は余り宜しくない。アメリカ側は何かと口を出す、もっと戦力を回さないと防衛網が破られる等など。


『アメリカは欧州を大きな盾程度にしか思っていないんだろう』


それが多くの欧州方面で戦う軍人の内心であり、欧州国連も含めた各国軍も同じ思いを抱いているのだろう。
と、そんな事を考えていると大尉は皆の表情を見てやり……苦笑しながら言った。



「そのアメリカ軍だが……――とある中佐殿にケツの純潔を奪われそうになってな、思わず半殺しにしてしまったら最前線部隊へ送られたよ!」



―――――――――――――――………………………は?


け、けけけけケツってお、お尻!?そ、それって男色家っていう―――



「た、大尉殿!?何を――」

「―――どうやら、変に堅苦しくは無くなったな」

『『『―――――ッ!!』』』



思わず声を上げた私に優しく微笑み、次に皆を見回す。確かに、思わず皆が動揺して判断能力や思考が停滞していた。
そのお陰か大尉に抱いていた嫌悪感等は一瞬で忘れたかの様な空気になっているけど――――――まさか、これを狙ってあんな話を?



「さてさて、確かに俺はアメリカで生まれ、アメリカで育ち、アメリカ軍に所属していたが衛士として部隊に居たのは一週間程度だ」

『『『………』』』

「それ以上に、俺は欧州やインド、ソ連、中国、日本という地でBETA相手に10年間戦ってきた。喜べよ?出撃回数50回を超えるエース殿が部隊長だ!」


出撃回数50……つまり、50を超える対BETA戦をして来たのだ。何万、何十万のBETAを前に。

だが、そんな戦績を自慢するのでは無く、まるで悪戯をしているかの様な笑みでそう言う大尉に何人かが笑みを零す。
それに笑顔を見せた大尉は顔を引き締め、ゆっくりと言う。



「最初に言う、貴様らを預かる一年間で8割は確実に死ぬ」


――――当然だ。欧州方面、それも海兵隊と共に真っ先に敵地へと突入する海軍の所属だ……だが、我々は選んで此処に来た。


「俺はこの10年、作戦中に英霊となった部隊の仲間、小隊の部下、上官を含めた311名の命を背負っている」


――――300人分の命とその想い、どれだけの重さになるのかは私にはまだ想像できない。でも、それは押しつぶされそうになる程に苦しかっただろう。


「俺はお前達を鍛え、重荷を背負わない様にする為に来たんだ。気を抜けば訓練中に死ぬ、そして…訓練で死んだのならその想いは俺は受け取らん、無様に屍を晒せ」


――――つまり、俺に食いついて来いと……死ぬ気になって、死なない為に抗え……―――そうしろと言うのですね?


「最後に――――――――死ぬな。死に抗って、泥水を啜ってでも生き残るんだ……以上ッ!」

『『『―――了解ッ!』』』



皆が一斉に立ち上がり、敬礼する。
それをしっかりとした眼差しで見据え、ゆっくりと返礼をしてくれたのであった。







そして、三週間後。
BETAの大西進により命じられたBETAの先鋒5万への突撃を我らが大隊が務める事となる。生還者は私と大尉、それと他2名の4人だけだった。




「大尉……」

「………」



大尉はヨーロッパの空と大地に散っていった仲間達の遺品を一人で箱詰めしていく。仲間が、特に部下が死んだ際は必ず自分が整理すると聞いた。
顔は見えない。私に背を向けたまま、無言で黙々と。



「―――手伝ってくれ。一人では運び切れない」

「………はい」



そう言った大尉と共に仲間の遺品が入ったダンボールを遺品管理担当兵が待機している場所へと運ぶ。
遺品管理担当兵のトラックの荷台にダンボールを積み込み、そのままトラックが走り去るのを見送る。

そこで大尉がまだ一つのダンボールを抱えているのに気付き、中身が分かってしまったのに思わず大尉へと『そのダンボールの中身は何なんですか?』と、私は聞いてしまった。



「これか?これはな、皆の遺品から少しだけ分けてもらった想い……かな?」



――――先程、遺品管理担当兵に頼み、『何時もの様に』譲って貰ったそうだ。

何でも、『“命令された”のなら私は反論できませんよ。何せ、しがない上等兵ですので』と言ったらしい。軍規違反でも、今はその厚意が嬉しかった。


そんな大尉の寂しそうな背中を知った私は………翌日、大尉が起こした事件の現場に居ても止めようとはしなかった。







「君がバーラット大尉か!当代の一騎当千、いや…万夫不倒の英雄に逢えて嬉しいよ…!」

「どうも、准将閣下」

「うんうん、君には少佐の地位も用意してある!その腕を今後とも私の下で振るってくれたまえ!」



先の防衛戦での大尉の働きに偉く感激したらしく、興奮する我が基地の司令官である准将が勲章を授ける、と告げてきた。
同じく参戦していた王立英陸軍からの強い要望もあっての事で、それを受けた司令官も自身の株が上がって大喜びだそうだ。

確かに、先の防衛戦では大尉は単機で突出して私達の盾になる様に空を飛び、レーザーを避け、常に先頭を譲らず7時間に渡って戦い続けた。
休憩した姿なんて弾薬や推進剤の補給をした時しか見て無いし、水を飲んで吐き出した姿も、高機動によるGの影響なのか吐血した姿も私は見た。




それ程までに仲間を死なせなく無かったのに、“次の司令官の言葉”で大尉の冷めた、勲章という軍人にとって最高の名誉にも反応しなかった瞳が激しく揺れた。




「君の腕を知っていて良かった!“ワザワザ、君が所属している部隊を前線に押し上げた”かいがあるものだ…!」

「な―――!」

「―――――――――――」




―――今、この男は何と言った?大尉の部隊を前線に押し上げた?何のために?何故?その必要性は?

大尉は司令部より『前線部隊がBETAに包囲され、壊滅の危機に窮している』との理由で未だに未熟な衛士が多い私達を率いて出撃したのだ。
勿論、軍に居る以上は命令は絶対だ。でも、現場では戦線は押されて入るが維持されていたし、後から調べたが周辺には私達の307戦術歩行大隊の他にも部隊も多く存在した。

ワザワザ、第1防衛ラインに送らないでも第二防衛ラインで撃ち漏らしを相手にすれば良かったのだ。そうすれば私達は経験を積め、次の戦いに命を賭しただろう。
それを、こんな小さい男の出世の為に……大尉を戦場に上げる為に、仲間達30人の命は……失われたと言うのか!?



「准将閣下、閣下は恐らくですがこの功績によって少将へと位を上げるのでしょう」

「うむ、世辞は良いぞ?――――だが、君の部隊は“非常に残念な結果”になってしまった……前途も多い、優秀な若者達であったのになぁ」

「ええ、俺が殺したんです……望まずとも……」



その言葉と、まるで演技をするかの様な悲しい顔を作り出した准将に思わず私は拳を握り、振りかぶる。

――――しかし、その手を大尉は信じられない様な握力で握り締めて止める。それに思わず大尉の顔を睨み付けた私は――――固まった。


大尉の、まるで濁った泥水の様な色の瞳に。粘りつく灼熱のタールの奥底みたいな瞳に…。



「少将閣下、私は貴方様に一つだけ褒美を戴きたい」

「む?何だね?無理な願いで無ければ極力は叶えるつもりだ」

「いえいえ、この場でも可能な願いですよ」



大尉がギリッと拳を握り締めた音が聞こえる。そして、私が予測した大尉の次の台詞と行動が……見事に一致した。







『その、クソみてぇな下卑たツラを思いっきり殴らせて貰えれば良いんですよぉぉぉぉ!!』


「んな…ガァ!?…あ、ハあ(歯が)…!?き、貴さ…!ッ―――――!?」




大尉は口元を押さえて倒れこんだ准将の胸ぐらを掴み上げ、鼻先が擦る様な距離で睨みつける。
その何万のBETAを殺してきた『戦鬼』とも言うべき殺気を受けた准将は泡を吹き、気絶する……大尉はそれをもう、ツマラナイ物を見る視線のまま胸ぐらを離した。

ドチャッ……という鈍い音を立てて倒れる准将と叫び声を上げる秘書官。駆けつけた兵士が驚愕の目で大尉を見る。



「すまん、エレナ。他の連中と俺の形見を空が良く見える場所に埋め―――ガッ!?」



大尉は肩に縫い付けられた『大尉』の階級章を引きちぎり、倒れた准将の顔に叩きつける。
そして私に『遺言』を告げるかの様に呟いている最中、駆けつけたMPの持つ小銃の銃床で殴られ、床へ組み伏せらて連行されていく。



まあ、普通に考えれば准将相手に重症を負わせたのだ。銃殺が普通なのだが……。





「よう、クラウス・バーラット“中尉”だ。よろしく頼むよ、エレナ・マクダビッシュ少尉」

「え、え―――っ!?」




………何故か、生きていたのだった。



詳しい話は機密らしいがあの准将―――今は刑務所だが―――は反国連軍組織に大規模な横流しを行っていたのだ。
その事が判明したのが大尉が准将を殴った翌々日、勿論だがそれだけじゃ極刑は免れない。殴った際にはまだ国連軍准将なのだから。


と、そんな状況に待ったを掛ける様に登場したのが何と、イギリス王家だった。
ご存知の方も居るでしょうがイギリス王家では『ノブリス・オブリージュ』に従って王族は一度は軍に従軍するのですが……大尉が助けた1機に“お姫様”がいらっしゃったらしい。


しかも姫様を助けた際に伝わった噂話―――『自身の所属する基地の司令官の出世欲に巻き込まれ、死んだ仲間の為に命を顧みず反逆する』とかでイギリス軍じゃもう超絶な有名人らしいです。
『騎士』とか『反逆者』とか……大尉は最初にそれを聞いた際に『うわぁぁぁぁ!?スッゲー厨くせぇぇぇぇぇ!!』とか叫んで床をコロコロ転がってましたが。

そして、その助けたお姫様もかなり大尉に『アレ』みたいです。
颯爽と現れ、命の危機を救ってくれた大尉は白馬の王子様に見えたらしいです。ライバル出現ですが未だに大尉の傍には来れないみたいです、当然です!




―――えっと、大尉風に言えば『パネェ』ですね……あれ、夢なのに説明みたくなってる様な?




えーコホン……そして、止めを掛けたのが基地要員の准将派閥以外の殆どの署名でした。
私の名前や死んだ仲間達の名前も勝手に名簿に書かれていたが気にしなかったですし……此処に居ない仲間の名前を見たら、他人が書いたんだろうけど凄く嬉しかったですね。




そんな訳で、大尉に下されたのは

      『給仕金一年間カット、階級の降格、便所掃除一年間』

                            でした……今でも、それで済んだのが信じられませんね。













                    △
                    ▼








【2001年5月13日 アラスカ国連軍ユーコン陸軍基地~PX~】







「……………」

「大尉、大丈夫ですか?」

「――――…ッ」

「え?緑茶…ですね…?分かりました、取って来ます!」



擬音で表すのなら[チーン]という葬式の日に聞こえて来そうな音と共に、俺はPXの机に顔面を突っ伏していた。
……原因?――――昨日の高G機動のダメージだよバカヤロウ!

何故かエレナが朝から懐かしそうな顔をしていたが、今もこうやってフォロウしてくれているのだから有り難いものだ。



「よ!此間はド派手にやったじゃん!(バンッ!)」

「くぁw背Drftgyふじこlp!?」



後ろから鈍い衝撃、神経を焼く様な痛みの中で声の主を特定…―――――反 撃 開 始 !



「このチビガキャァー!今日こそ梅干刑に…(ズンッ)~~~~!?」



チビガキもとい、タリサの爪先蹴りが脇腹に入る。そこ、らめぇぇぇぇえぇぇええぇ!?



「―――――」

「うお、ピクピクしてるけど…大丈夫か?」



――――――大丈夫じゃねぇ。

そう叫びたかったが、内蔵、無理。



「大尉ー、お茶を…って大尉ー!?だ、誰か!助けて下さい!」



床に倒れた俺の頭を抱え、『某オーストラリアで愛を叫ぶ』のワンシーンと化すPX……まぁ、何時もの事ですけどねー。











続く?



[20384] 【第四話】特に何でもない日常が幸せだと気付くのが次回である
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:45

【2001年5月18日 アラスカ国連軍ユーコン陸軍基地・NFCA計画専用ハンガー】





「おめぇさんよ、馬鹿か?」

「おやっさん、来た瞬間に罵倒はどうかと思う」



エレナを引き連れてハンガーに到着した早々にNFCA計画直属の整備班長である『おやっさん』に呆れた様な目を向けられる。
その手元には数十枚の資料がファイリングされたボードを持っており、俺の額にグリグリと押し付けながらファイルを渡す。

えーと……F-18/EXの整備資料?



「許容範囲内だが基礎フレームに若干の歪み!CPUの処理能力が間に合わなかった為に発生したフリーズ6回!脚部関節の過負荷!テメェは機体を一回で殺す気か!?」

「大尉、整備班の人達に謝ってください」

「サーセン」



ドスを効かせた声と顔で睨む整備班長とジト目で見るエレナさん。そんな俺達3人の周りにはそしらぬ顔で……いや、巻き込まれない様に無視して整備を続行する整備兵達。
周囲に味方0である俺は目を逸らして吹けもしない口笛を吹きながらその存在を無視するとおやっさんは一回だけ溜め息を吐き、再度説明を続けた。



「一番の問題がCPUの処理能力を超えた機体操作だ……お前、あんな動きを続けるつもりなら死ぬぞ?」

「それって……滞空ドローン018から020までの撃墜に至った際の機動ですよね?」

「そうだ嬢ちゃん。そもそも、あの動きの情報は現行のCPUじゃ処理出来ん。最悪、機体が飛んでる最中にフリーズ、そのまま地面に真っ逆さまだ」

「う、うわぁ……」

「あー………そういや訓練校時代にそれでF-15を1機ぶっ壊したなぁ」

『ちょっと待て(待って下さい)』



二人ともその目はなんだ、文句あんのか。F-4で試してぶっ壊してF-15で試してぶっ壊れたんだよ……事故だ事故。
―――教官、ムンクの叫び状態だったけどね!


とまぁーそれはさて置き、CPUのフリーズが何故起きるのか?……簡単に言ってしまえば『衝突』である。

例えば、戦術機が倒れそうになるとする。
通常であその際にオートバランサーが働き、機体損傷状況・周辺地形を参考とした『機体に最も危険性の無い倒れ方』を機体側が取ってくれる。

しかし、俺はその状況で機体を『自動で倒れる体勢の中で』その中の『自動』を『キャンセルして』動かそうとしている。


つまり、二つ以上の作業を同時にこなそうとするから出来なくなる……そういう事だろう。



「俺は通常の着地してからロックオン・射撃っていう3つのプロセスよりもっとスムーズに、着地しながらロックオンしつつ射撃、の1つでしたいんだよ」

「―――確かに、凡庸性は大きく広がるが……先ずはそれだけの動作情報を処理出来るCPUが無いと無理だ。それとOS……はお前のデータ参考にすれば良いか」

「そんな道理、俺の無理で抉じ開ける!」

「整備班殺す気かテメェは、俺達が機体に細工して逆に殺すぞ」

「マジでスイマセン!」



即土下座、額を地面に擦り付ける。正直、XM3が欲しいです……無理か、無理だな。原作でもオルタネイティブ4での研究結果のスピンオフしたからで完成品だしね。
俺が打診するってのも手だけど流石にあの“極東の魔女”が衛士の為に作るとは思えん。



「あー……せめて、もっと高性能なCPUが手に入ればなぁー」

「……必要ってんなら欧州国連軍本部に打診して要請だけはしておくか?上手くすれば総本部まで話が通って議題になるかもしれねーぞ?」

「ん~……だな。おやっさん、俺の操作ログ付で送っておいてくれ………知り合いに提督居るし、頼んでみる」

「おう了解。俺の同期が国連本部の開発部で働いてっから俺も通して見るぜ」











「あの…二人とも食事時の会話って感じで何気に話してますけど………これまでの戦術機機動概念を全て消し去りそうな内容ですよね?」

『…………あ、ああ!』

「無意識でそんな計画練っていたんですか!?」








                         Δ
                         ▼








【2001年5月19日 アラスカ国連軍ユーコン陸軍基地 第5ブリーフィングルーム】





「――――これにて、報告会を終了する。何か意見は?…………無い様だな、では解散!」

「あー……終わった終わった」

「大尉…じゃなくて少尉!もっとしっかりして下さい!」

「俺のスタイルなんだよ、これが」



NFCA計画総責任者である中佐殿のありがたーいお話が終わった所で凝り固まった筋肉を伸ばす。5時間にも及ぶ報告会は中々に苦痛だった。
周囲の整備兵達はそんな俺たちに苦笑しているが俺からしたら娘に叱られる親父の気分だ。

………そういや、俺って前世を含めるともう50歳なんだよなー…………おっさんじゃねーか。



「やばい、主にタリサとかに対しての態度って娘に対する感覚だったかもorz」

「大尉ー、跪いて無いでPXに行きましょうよー!」

「そっとして置いてくれ、エレナ。俺って枯れてるなぁ、って思っただけさ………お前みたいな可愛い娘が居るのに色んな欲求すら持たないなんて……」



そりゃあ精神…と言うより魂?年齢は50だし、唯でさえキッツイ戦いの毎日を過ごして来たから色々と賢者状態だけど……なぁ?



「か、可愛い!?」

「ん?何慌ててんの?事実じゃないか」



―――なぁ、皆?
「こっちみんな」とか言われそうな顔でまだ資料を纏めていた整備班に向けて問うと『うんうん』と全員が頷く。

まぁ想像して見てくれ。彼女を花で表すのなら正しく『百合』だ………如何にも、想像出来そうな容姿じゃないかね?



「にゃ、にゃにゃにゃ……!」

「ハッハッハッ!ほれ、メシ行くぞー」

「はうぅ!?ま、待って下さい大尉ー!」





整備兵A「……なぁ、今のレートはどうだっけ?」

整備兵B「再来月が19人、来月が11人、今月が9人だ」

整備兵C「この様子じゃ今月も負け組みの奢りだなー……財布を空にしてやるか」

整備兵D「つか……エレナ嬢ちゃん、健気だなぁオイ」

整備兵E「バーラット少尉、ワザと無視してる気がしなくも……」

整備兵ABCD「「「「いや、アレは絶対に天然だ」」」」





整備兵達が何か言ってたが無視、俺とエレナはエレベーターへ乗り込み一階にあるPXへと足を踏み入れる。
………よし。


「俺はうどんね、きつね大盛りで」

「私はパスタセットで」

「はいはい、ちょっと待ってねー」



何気に充実してるよね、此処のPXメニュー。うどんとか蕎麦も有れば米もあるし。
気になって聞いたけど各国の国連軍基地とメニュー情報を提供しあってるらしい、食事はストレス削減の有効な手段だし……これは正解だな。

何気に日本食が食えるのが有難い………横浜のメニューかな?コレ。



「戴きます」

「大尉、何時も手を合わせてますけどどうしてです?それ」



エレナが俺の合唱ポーズに今更だがツッコンでくる………ねぇ、俺ってお前さんとメシを食う様になった1年前からやってたよね?
何で今このタイミングでツッコミ入れるの?



       ・正直に言う

       ・適当に誤魔化す



…………おい、何この選択肢?今更だけど何か脳内に浮かんでるぞこれ。
あー………



      ⇒・正直に言う

       ・適当に誤魔化す



「これか?日本で戦った時に帝国の兵士達がやってたんだ。食べられる命と作ってくれた人への感謝を表すんだよ」

「へぇー…じゃあ、私も……戴きますっ!」




「……ッ」

「おいユウヤ、どうした?」

「……何でもねーよ、VG」




………スマンなブリッジス。気付かなかった。








[20384] 【第五話】最初で最後でありたい介入
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:46

【2001年6月4日 アラスカ国連軍ユーコン陸軍基地】






「………おやっさん」

「………何だ?」

「申請したのってつい最近ですよね?」

「……ああ、そうだ」



俺はおやっさんと共に呆然としながら廃品輸送コンテナに入っていた品物を記された書類を確認する。

[新開発CPU]

そう、一言だけ書き殴る様に書かれていた。



「いやまさか、こんな早く届くたぁな……」

「俺、もっと嫌な言葉を見たんで気分が鬱いっす」



だってさ、コレを提供したのがあの“横浜”だぜ?
………何が狙いだ!香月博士ー!!



「んま、取り合えず中身のチェックだな」

「ウェーイ」



コンテナを開放、中身をハンガーの床に敷いたシートに並べる、並べる、並べる、並べ……



「って多いわ!?」

「色々とあるな……おい、これなんか物理的に破壊された痕があるぞ?」

「ハッキリ言うと、ジャンクの集まりって感じですねー大尉」



―――エレナ嬢、何時から居たかは知らんが……君の声質(CV:田中○恵)で“ジャンク”って言うと何か思い出すから止めてくれ。
俺は頭に浮かんだ『乳酸菌』という単語を打ち消し、CPUの山を弄りながらふと思う。


このCPUの山全てはオルタナティブ4の「試作品」なんじゃ無いか、と…。


香月博士が目指しているのは150億個の並列回路を掌サイズに開発する事、XM3もその研究の副産物で生まれたのだ。
なら、XM3というOSを処理出来る物がこの中にある可能性もある。俺はそんな考えを巡らせ、「ありえそうだな」とか思う。

コンテナに積み込まれていたCPUのサイズは別々で中には小型過ぎて性能が良くない奴や、高性能だが大型過ぎるのもあるが……どうやら、ビンゴだ。



「見た感じ、良さそうなのがある。まぁ、後で総チェックと重量を纏めておくぜ」

「おおー、そりゃ良い……んじゃあ、俺はOSの方に回りますよ」

「大尉!私も手伝います!」

「おお、助かる!じゃあお礼に新OSでの動きを手取り足取り教えてやる」



何故か頬を紅潮させてエレナが俯く、それを俺は無視してコンテナを見つめる。




あ、CPUの中には叩き付けた痕があった奴の他に銃弾が撃ち込まれた奴もありました。………苛立ってますね、博士。










                      △
                      ▼











俺、ユウヤ・ブリッジスは「どうしてこうなったのだろう」、と思った。
俺の隣では愉快そうに酒を飲むバーラット『中尉』とヴィンセント、VGやタリサにステラといったアルゴス隊のメンツも居る。
そして、驚く事にあの堅物のイブラヒム中尉ですら参加しているのだ……非常に珍しい光景だろう。



「おーうユウヤ~!飲んでるかぁ~い?」

「飲んでるさ、中尉………肩を抱くな、肩を」

「スマンスマン!―――テメーら!今日は俺の財布の中身が無くなるまでは飲み放題だぜぇー!!」

『『『『イェヤァァァァァァ!!』』』』



――――此処は基地歓楽街に在る基地要員御用達のバーだ。以前に一回だけ、VGに紹介されたのでヴィンセントと飲みに来た店だ。
何でもNFCA計画の功績で中尉へと昇進が決定したクラウスの誘いで飲みに行く、というのでご相伴に与ってる訳だが……今さっき、店に居た奴等に酒を奢りだした。

さっきから騒がし目だった店内は今は歓声と笑い声で包まれている。「流石クラウス!」や「おっしゃ、樽で持って来い!」等々……慣れてるのか、コイツら?



「マスター、ロックでくれ」

「アタシとVGはビール!」

「私はジンにしようかしら?」



上から イブラヒム・タリサ・ステラの順のオーダーを義足のマスターが素早く対応する。
何でも元国連軍大佐であったがBETA戦による負傷で司令部勤務へ、その後は退役して今の店を持ったそうだ。この店では階級は関係なし、合言葉は


『二等兵から大佐まで、飲んで騒ぐは人の常。但し将軍、テメーは自室で高級酒でも飲んでいろ』


らしい……なのでこの店は常に無礼講なのだそうだ。


俺はジョッキの底に残ったビールを飲み干し、次を注文しようとすると目の前に新たにジョッキに並々と注がれたビールが置かれる。
見れば、豊かな髭を蓄えた老マスターのウインクが一つ………なるほど、視野は広いんだな。



「うへへ~~たいいー」



ホルス02こと、エレナ・マクダビッシュは先程から半夢見心地で何かを呟き、クネクネと動いている……確か、イギリス人だったよな?一杯で駄目、なんて初めて見た。
因みに、彼女にはかなり優秀な兄が居てイギリス陸軍所属らしい。



「よぉクラウス!何時もの武勇伝は無いのか!」

「次はアジアか?ソ連?それとも欧州?」

「インドでラクダに乗ったまま遭難した話は笑えたぜ!」

「聞きてーか!んなら何話すかねぇ」



店内の兵士から一部、有り得ない様な話が聞こえた事に思わず飲むのを中断し、隣のVGへと向き直る。
大分、ご機嫌そうだが話をする事は出来るだろう。



「おいVG」

「あン?どーしたユウヤ?」

「武勇伝ってのは何だ?」



俺の質問にVGは何かを思い出したのか大爆笑する……取り合えず、酒の肴程度にはなる話らしい。
そんな風に思いながらビールを煽る。見れば、バーラット中尉は何かを考える様に黙り、ポンッと手を打ち話し出す。



「んじゃ、あれは俺がハイヴ:22の攻略作戦に参加した時の事だ」

「ブッ!?―――ゲホゲッホ!!」

「汚っ!?」



噴出した、咽た。VGの叫び声が響くが無視する。ハイヴ:22、つまりは日本の横浜ハイヴの事だったからだ。
だが、沸き立つ周囲を考え……取り合えずは静観する事にする。



「あれは作戦域に突入してからしばらく経過した終盤の頃だ。俺の中隊が補給所で補給を済まて少しした後にG弾が2発、頭の上から降って来やがったんだが……」


   『G弾』


その単語に一瞬だけ動揺の声が零れる。
過去に映像データが大々的に――宣伝の様に――公開された事もあるし、最新鋭の兵器を扱うグルームレイクでも話題はあった兵器だ。
俺は映像で見たあの黒い渦巻く様な球体を思い出し、誤魔化す様にビールを呷る。

正直言うと、とんでもない兵器だと俺は思っている。あれを対人類戦に使用する事が来る日があるのだろうか?と当時は同僚達と話したものだ。



「んで、俺の中隊の部下…つっても既に小隊規模だったけどな。順々に退避させて俺が殿を務めた際の話だ」









                △
                ▼







【回想~1999年8月7日~】




《此方は国連宇宙総軍軌道艦隊―――我が軌道艦隊は現段階を持ってH:22に対し新型ハイヴ攻略兵器の導入を決定》

『なっ!?このタイミングで新型兵器だと!?』



オープンチャンネル(全回線)で急に呼びかけられた警告に周辺部隊の衛士の一人が毒づく。
俺は目の前の要撃級と戦車級数体を沈黙させ、『前の世界』から知っては居たがHQへと通信を入れ、叫んだ。



「ジョーカー01よりHQ!その新型ハイヴ兵器とやらの破壊力は!?」

《……予想では貴隊及び周辺部隊を巻き込む。新兵器によりラザフォード波による重力波が発生する。周辺地区に展開中の部隊は速やかに退避せよ。繰り返す―――》

『ファック!お偉いさんにとっちゃ俺達は盤上の駒なのかよ!!』

「喚くなジョーカー03!ジョーカーリーダーより各機へ、背部兵装及び余剰弾薬を投棄する。重量を減らす為に最低限の兵装のみだ。そしてジョーカー08を先頭に戦域をNOE突破を決行する」

『此方クリムゾンリーダー、ジョーカーズに我が隊の随伴を求める!コッチも限界だ!』

『パール02よりジョーカーズ!私達もお供します!』



周辺で戦っていた戦術機部隊が集まり、隊列を整える。損傷多数の機体が全部で11機、それが嘗ては一個連隊(108機)として戦域へと侵入した海軍部隊の末路であった。
ジョーカー小隊とパール小隊のF-18/Eが合わせて8機にクリムゾン小隊のF-14が3機、そのF-14の内の2機が肩部のミサイルコンテナへ2発と1発づつ、長距離クラスターミサイルを装備している。

俺はその情報と周辺地図を参考にし、新型兵器――G弾――の予想効果範囲をマップへと表示。更にBETAの配置も確認する……よし。



「ジョーカー01よりHQ!ポイントE-308への支援砲撃を求める!」

《HQよりジョーカー01、2分後に着弾する。……新兵器のご到着まで、後15分だ》

「了解!各リーダー、エレメント(2機連携)を崩さずにポイントE-257へ移動する!クリムゾンリーダー、“フェニックス”を用意してくれ!」

『クリムゾンリーダー了解!撤退の時にこんなクソ重いミサイルを捨てられるなら大歓迎だぜ!』

『パール02よりジョーカーリーダーへ!私達は推進剤に余裕がある、ジョーカー08の援護へ回る!』



今までに無い位の連携を組み始める各機に思わず俺は苦笑する。死に際では流石に人は素直になるようだ。
そんな事を一瞬だけ考え、弾着まで40秒を切った瞬間、俺は叫んだ。



「クリムゾンズ!ポイントE-299へフェニックスを放て!」

『了解!クリムゾン01、FOX3!』

『クリムゾン09、FOX3!』



F-14の肩部コンテナから射出された3本のミサイルが、白煙を引きながら指定された座標へと向かっていく。
このままでは光線級に撃墜されるであろう3本のミサイル。だが、そのミサイルに向けられるであろう光は空へと……正確には、東京湾方面に展開する国連艦隊から発射された砲弾の迎撃へと向けられた。

その瞬間、ミサイルが該当空域到達。光線級の12秒のインターバルの間にフェニックスミサイルが分離、目標域にクラスターを降り注ぐ。
BETA共の今日の天気予報は晴れ時々砲弾、及びミサイルって所だ。



「オーケィ、野郎共!全機、ジョーカー08を筆頭にNOEで突破する!光線級は優先して殺せ!止まるんじゃねぇぞ!?」

『『『了解ッ!』』』

「俺とジョーカー03が最後尾を固める、兎に角海へ出るぞ!」

『了か――『ぜ、前方より友軍機が高速接近中!早いです!』ッ――!?』



先頭を行くジョーカー08から通信が入り、更に次の瞬間にはレーダーマップ上に小さな光点として出現する。
対象の予測速度は……時速600キロ!?第三世代機の戦闘最高速度だぞ!?



「んなっ!?何処の馬鹿だ!こっちはG弾の効果範囲だぞ!!」

『こ、此方ジョーカー08!機種判明、タイプ94…不知火です!所属は国連軍特別教導連隊!』

「―――――ッ!?」



一瞬、思考が停滞する。その一瞬の呆気が、巡航速度で飛行する戦術機の姿勢制御にミスを生み出す。
管制ユニットに鳴り響く衝突警告。その音に半ば無意識で跳躍ユニット停止、120ミリ6発を全て発射して邪魔になる障害物を吹き飛ばし右跳躍ユニット再噴射。



「っぉぉぉぉおおおおおお―――!?」



ガリガリガリッ…という鈍く嫌な音が丁度、俺の目の前に見える管制ユニット外壁から内壁へと響き――――――停止。
あわやビルに衝突、という直前で止まる事が出来た様だ。



『大尉!』

「無事だ!先に行け!!止まったら的になる、俺なら1機でも逃げるだけなら平気だ!」

『―――――――ッ!!…………お待ちしてます!』

「了解、後で俺の取って置きを開けてやる!」



全周囲警戒、機体ダメージチェック、BETA郡の予想進路と脱出経路の確認、G弾の予定着弾時間確認。衝突による管制ユニットへの歪み発生、脱出不可能。
そして最悪な事に破片でも当たったのか、跳躍ユニットに推進剤を供給するパイプから推進剤が洩れている様だ……あれ、死亡フラグ?



「チッ…推進剤の供給停止、走って場所が開けたら行くか……」



俺が着地した場所は旧市街地の様で廃墟と化したビル郡が建ち並び、見渡しが最高に悪い。
このビル郡に何処かにレーザーが隠れている可能性もあるので飛べないので足を使っての逃げの1手しか打てないのが痛いものだ。



「うっし………行くぞ!」



機体を前進させる。特に問題は無い、戦車級と対人級が数体居ただけだった。
それらを駆除、そのままビル街を無事に抜けた瞬間、戦闘中なのか複雑な動き方をしながら接近する不知火から男の叫びが全回線へと響き渡る。



≪死なせたく無い……俺達の街でッ!これ以上死なせたく無いんだぁぁぁぁぁあ!!≫



――――――はい、この谷○紀章ヴォイスはどう考えてもキング・オブ・ヘタレーこと、鳴海孝之君ですね?分かります。
そっかー、コイツA-01所属だったよねー……マジか。



『ッッッ――――!!?うぁああぁぁぁぁぁ……』

「レーザー!?呆けている場合じゃ無かった!!」



空へと上がる3つのレーザーが孝之の乗るであろう不知火の両脚と左腕を貫く。小爆発と悲鳴を続けさまに上げて落下していく。
それを見た俺は跳躍ユニットで一気に機体を浮上。レーザー級を排除し、墜落したUNブルーの不知火へと殺到する戦車級の群れに突撃砲を構え、撃ちまくる。



『な、味方…機!?何でまだこの戦域に居るんだ!Gだ…、新兵器が見えないのか!?』



あーハイハイ、見えてますよ。ハイヴモニュメント上部へゆっくりと降下して来る黒い玉2つだろ?
………見えてるんだよ、こんちくしょう!



「うるせぇ!!テメーも言えねぇぞ!それより機体は……聞かなくても良いな」

『……ああ、操縦系統も駄目だしイジェクト出来ない……それに、あと2分で新兵器の着弾だ』

「一応、爆発の範囲からは外れているが……この距離だと衝撃だけで撃震の装甲ですら破壊されるな……」

『………ごめんな、遥、水月…』



ポツリ、と孝之が呟く。
それに俺は溜め息一回、半壊した不知火を引き摺る様にして動き出す。



『お、おい!何をする気だお前!』

「後1分ある……隠れる所を探す。あと、俺は大尉だがお前は?」

『な……!も、申し訳ありません大尉殿!自分は、鳴海孝之少尉であります!』

「そうか、鳴海少尉……昔、とある人が言ったんだ」

『はぁ…?』

「諦めたら、そこで戦いは終了だ…ってな?ここで良いか」

『諦めたら……そこで終わり……』



呟く孝之を無視し、俺は孝之機の背部兵装担架から長刀を引き抜き、損傷の少ない要塞級の腹を開いて不知火を入れる。これで、少しは防御が良くなっただろう。
そう考え、俺も無理矢理に入るが……グロイね。



「鳴海少尉、機体を停止させろ。……生き残ったら、また会おう」

『ハッ!……あの、大尉殿!お名前は…?』

「俺か?俺はクラウス・バーラットだ、本来は存在しない…な」

『え?それっt』



孝之が聞き返した瞬間、衝撃と振動…要塞級ごと吹っ飛ばされるのが分かる。
そして大きく1回、叩き付けられ……俺は、意識を失った。












                 ▲
                 ▽






【歓楽街酒場】




「取りあえず、こんな感じだ」

「何で死んで無いんだお前」



VGの無機質な声に俺は心の中で頷き返す。まったくもって、俺も同意見だからだ。
実戦を経験していない俺でも分かる。BETA支配地域に戦術機1機のみ、装備は極僅か、跳躍ユニットの不調、G弾の接近中&巻き込まれた………普通は死んでいる絶望的な状況だ。



「お前、ゾンビかなんかじゃねーの?」

「コラ、失礼よタリサ?バーラット中尉に向かって………どっちかと言えばアンデットじゃないかしら?」

「……タリサとステラ、お前らは後で梅干な」

「ヒッ!?」

「お、オホホホホ……(汗)」



クラウスは握り拳を作り、タリサの両側面の米神で固定する。
グルカ民族の出の優秀な戦士でもあるタリサに動き出す暇さえ与えなかったのはスルーしておくが……タリサが、かなり震えている…。



「ハァーイ!ショウタイムの時間だぜぇぇぇえ!」

「みぎゃああああああああああああああああ!!!!」


グリグリ……と言うよりはゴリゴリッ!といった感じの音が鈍く響く。
後に響くのは初めて聞くタリサの悲鳴に、かなり楽しそうなクラウスの笑い声………新手の拷問方法か?



「あ゛~~~~~!!頭が痛い、脳が痛い!」

「ふー、スッキリしたー………あ、ステラも後で殺(や)るから」

「え゛………ねぇ、そんなのより“コッチ”はどう?」



床を頭を抱えた状態でゴロゴロと転がるタリサと、そんな様子を見てからクラウスにしな垂れかかり胸を強調するステラ……色仕掛けか、オイ。
そんなステラに、周囲の男達が一斉に沸き上がる。何やら囃し立てているがそう下品な物じゃなく………



「おい!予想外のダークホースが出たぞ!?」

「レート!レートを確認しろ!」

「てか誰だ!?男を対象に賭けた奴!!」



……下賎な物(金)だった。つまりは賭けだ、博打だ、ギャンブルだ。
クラウスが誰とくっつくか、という賭けだそうだ……因みにだが最有力候補はエレナであり、大穴がイブラヒム(一応言うが、男)である。
…………俺の名前なんて、無かった。そう、無かったんだ。

そうこうしている最中、クラウスがステラの肩を掴んでしっかりと椅子へ座らせる。そして、



「嫁入り前なんだから、もっと体を大事にしろ!」

「………え?」



何か、父親みたいな事を言ったのであった。










あとがき

忙しかったようぅ…orz



[20384] 【第六話】繋がる道、有り得ない歴史
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:47


【2001年6月7日~アラスカ国連軍、ユーコン陸軍基地シミュレータールーム~】




「お?お?おおおおお!?」

『ろ、ロクに機動が…きゃあ!?』



シミュレーターによって生み出された市街地を2機のF-18/Eが駆け抜ける……と言うよりは一歩一歩確かめる様に歩き、転倒する。
その稚拙な…訓練兵でもしない様な間抜けな醜態を正規兵――しかも開発衛士――が晒しているのだ。下手な笑劇よりかは笑えるだろう。

――――――だが、その動きは見る者が見れば驚嘆に値する物であると気付くであろう。『異質』である、と。



「ハッ…ハハハ……!すげぇ、すげぇぞコレ!」

『い、違和感がありますけど……動き易い?』

《まだバグ取りも完全じゃねぇが大方完成してる。後はこのデータを参照して更にバグ取りだ》



管制室からおやっさんの声が聞こえるが特に気にもならず俺は機体を動かし続ける。予想以上に…いや、予想外の性能だ。
今までの機動を初代ガンダムの先行量産型○ムとするならこれは逆シャアのジェ○ンだ。今までとは明らかに高い即応性や無くなったラグ。人馬一体、二人で一人、そんな感じだ。



「おーい!エレナ、これならレーザーも完璧に避けれるぞ!」

『何を言ってるんですか!私は大尉みたいに変態さんじゃ無いんですよ!?』

《まだ完成形じゃねぇがな、即応性・機動性25%増しは保障するぜ?あとな、お前くらいだよレーザーをポンポン避けるのは…》

「失礼だなお前ら!?」



……因みにだがこのOSには“コンボ”は実装していない。理由は武がアンリミにせよ、オルタにせよ……コンボは『あの世界』の武では無いと発想すら出ないだろうからだ。
搭載したのは機体の即応性の高速化とキャンセルのみ。キャンセルなら転倒の際に制御が奪われて死に掛けたor死んだ、という実例がこの世界にはあるので大丈夫だと俺は思う。

兎も角今は、このOSを制御下に置く事が目標だ。




「〈ガクンッ!〉っお!?」


シミュレーターのF-18/Eが転倒を再現し、機体の制御が奪われる。
即座にキャンセルを発動、倒れこみながら突撃砲を発砲して網膜に写される接近中の戦車級を撃ち抜く。



「―――――良し」



起き上がり、跳躍ユニットを使用して大きくジャンプ。空色のF-18/Eが空と同化し、次の瞬間には一気に地表へと降下。
背部兵装担架からブレードを選択、目の前の要撃級を叩き潰す様に切裂き、バックステップ。

そしてそのまま突き進み、前方から迫る突撃級の群れを引き付けジャンプ。反転降下で飛び越え、加速。

そんな動作を、今までの常識では考えきれない様な機動を難なく行う。その速さに、俺は唇が歪んだ形を取るのを押さえれそうに無かった。




完成形が想像できる、未完成なOS。そのOSが見せるであろう可能性に……俺は小さく、隠す様に微笑んだ。






      ◇




【2001年7月2日~太平洋日本近海、国連軍輸送艦“スティルヴァ”】




「大尉ー!日本が見えましたよ~!」

「ああ、うん…」

「……凄い名誉ですよね!国連軍教導隊にあの機動を享受するなんて!」

「うん…」

「…………“EXAM”の実戦証明も有りますし…絶対に成功させましょう!」

「………………帰りたいよぅ、あのヨーロッパの地に…」



私の隣で膝を抱えて丸まりながらBETA地獄のヨーロッパに帰りたい、とか呟いている大尉。その物騒な発言に私は思わず溜め息を吐く。

私と大尉、それにF-18/EXと整備チームの皆は在日国連軍最大の基地である横浜基地へと向かってます。
理由はあれから様々なデータ取りを行って完成したOS、EXAM(大尉命名)の実戦証明の為とその教導の為。
教導隊への指導……かなりの名誉だけど大尉はかなりの落ち込み具合です。

なんか、「アカン、アカンのや……“読まれた”らぁぁぁ!?」と叫んでコロコロとまた転がってましたが…何なんですかね?









       Δ
       ▽







【日本帝国神奈川県横浜 第11国連極東方面軍 横浜基地】



こんにちは、こんばんは、おはよう。正門の門兵,sのチェックを受け、横浜基地の敷地へと入った俺です。
―――――皆さん………正直言って死にたいですorz(これから先に起こるであろう出来事への不安で)



「失礼します。バーラット中尉とマクダビッシュ少尉ですしょうか?」

「あ、はい。貴女は?」

「私は当横浜基地の副司令である香月大佐の秘書官、イリーナ・ピアティフと申します。当基地の案内役を勤めさせて戴きます」



orzの体勢から声が聞こえた方へと顔を向け、足から視線を上に上げていく。皆さん、生ピアティフ中尉ですよ!
…………モロ博士の関係者じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?



「―――これはご丁寧に。私はクラウス・バーラット中尉です、短い間ですがよろしく」

「エレナ・マクダビッシュ少尉であります!よろしくお願いします!」

「此方こそ、よろしくお願いします。―――ようこそ、横浜基地へ」



微笑み、歓迎の言葉を告げた彼女の後へと続いて各種施設の説明を受ける。
野外訓練場、PX、使用する個室、共用シャワールーム、戦術機シュミレーター施設etcetc…(因みにだが使用するPXは幸運な事に京塚のおばちゃんが担当する場所だった)

その最中で回った戦術機ハンガーを見ていた際にUNブルーの吹雪が5機格納されていた事から時期的に207A隊の機体なのかな?とか思ったくらいで、特にトラブルは無かったのが救いだ。



「アラスカほどじゃ無いですけど大きい基地ですね、大尉」

「仮にも極東最大の基地だからな……ただ、基地の空気が緩すぎる。仮にもここはソ連・インド・ヨーロッパと並ぶ最前線なのにな」

「そーですよねぇ。大尉って傍から見たらふざけてても常に一定の緊張感は持ってましたし」

「此処は日本帝国軍や付近の国連軍基地によって守られている場所ですから……そう感じるのは、無理もありませんね」



ピアティフ中尉の言葉に俺は頷く。確かに、帝国軍が常に最前線へと身を晒しているからこそのこの空気だ……俺が何時ぞやに居た基地は直接BETAが攻めてくるからなぁ。
俺の記憶が正しければ帝国軍による佐渡島からのBETA防衛線は二重に敷かれているからその間に防衛体制を完全に整えるのくらいは訳無い。
この基地の規模で大体、2~300機の戦術機ならスクランブル(緊急発進)で1時間もあれば全機出撃可能だろうしね。(1時間で瓦解する防衛ラインだったら日本は滅亡してるし)



「あの、ピアティフ中尉。国連軍特別教導隊、でしたっけ?その皆さんとの顔合わせは何時に?」

「それは明日より教導を開始する予定ですから、その際に顔合わせをすると思います」

「ああ、中尉。その中に鳴海って男は居ないか?」

「――――ッ!………確かに、鳴海孝之中尉がいらっしゃいますが…お知り合いですか?」

「ええ、明星の際に。……あの馬鹿、ちゃんと生きてたか……」



俺の問いにピアティフ中尉の表情が一瞬だけ固まり、続けた言葉で小さい笑みを零す。
いや、気になったから聞いてみたけどやっぱり生きてたのか………………





               や  べ ぇ   す  で  に  本  編  か  ら  脱  線  し  て  る





「鳴海中尉もお喜びになると思いますよ?では、本日は此処までとします。今晩はごゆっくりとお休み下さい」

「了解デス」



笑顔のピアティフ中尉と別れ、PXで蕎麦を流し込み、部屋に戻ってベットに入って―――…ちょっとだけ、枕を湿らせた。









【横浜基地~????~】




『……以上がバーラット中尉とマクダビッシュ少尉を第三者の視点で見た私の感想です』

「そ、ありがとピアティフ。下がりなさい」

『ハッ』

「さて、と……随分と面白い事になったわね~」



白衣の女性が通信をしている間に温く冷めたコーヒーを喉の奥へと流し込み、椅子へと深く腰を落とす。
机の上には二人の詳細な情報がこと細かに記されている書類が乱雑に置かれている。



「あ~んなゴミでふざけた物を作ったから調べて見たけど……面白いわね、この男。――――それで社、“読め”た?」



女性は、嗜虐的な笑みを浮かべて自身の傍に居る少女へと目をやる。
その視線を受けたウサギを連想させる少女、社霞はゆっくりと呟く。何処か、困惑した様子で。



「博士…」

「何、社?」

「距離が遠いのと、何か混乱気味なのがあるんですけど、読めました」

「へ~…内容は?」








「――――魔法少女、って……なんですか?」

「…………は?」






後書き


            魔法少女リリカル霞、始まりません。                            疲れてるのかな、俺






~なぜなに人物紹介~



【クラウス・バーラット(28歳)】
本作主人公。階級は(何時まで持つかは分からないが)中尉、兵科は衛士。コールサインはホルス01。

・現実よりマブラヴの世界へと転生した転生者であり、元々は大学生。
・本人は原作への介入を余り良くは思わないらしい(でもついつい介入しちゃう、悔しい!けどビクn)。
・地味にエースだけど本人はあまり興味無い。俺TUEEEEEEEE!は何度と死に掛けた所為か、そんな感情を持たなくなった。
・お姫様と部下に好意を抱かれてるが、ガン無視である。
・中身(精神)は既におっさん。
・レーザー避ける変態。
・結構感情で動く、特に命が掛かっている場合。


【エレナ・マクダビッシュ(17歳)】
本作のヒロイン(?)。階級は少尉、兵科は衛士。コールサインはホルス02。

・彼女がクラウスを呼ぶ際の愛称は『大尉』。
・主人公との付き合いは2年ほどだが、既に女房的位置である。
・10回を超える実戦経験を持つ準エースである。
・兄がイギリス陸軍に所属しているらしい。


【おやっさん(本名及び年齢不明)】
主人公属するNFCA計画の整備チーム主任。

・主人公曰く、「野生のアストナー○」
・OSも作れるし、機体を要求どおりに設計も出来る凄い人。


【お姫様(今だ詳細不明)】
イギリス王国の本物のお姫様。主人公に命を救われた。





[20384] 【第七話前編】横浜day,s
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:48
【2001年7月3日~国連軍横浜基地・シュミレータールーム~】



<Side 夕呼>




《此方ヴァルキリー00!ヴァルキリーズ各機、状況を報告せよ!繰り返します、状況を報告せよ!》

『此方ヴァルキリー02!挟撃を受けている!っっ――このやろぉぉぉぉぉぉおおお!!』

『ヴァルキリー02!無闇に突っ込むな!速瀬、手綱はしっかりと握ってろ!直ぐに援護に向かう!』

『了解!イーグルの癖に何で不知火より速いってのよぉ―――!!』

《ヴァルキリー02、胸部管制ユニット部被弾。大破判定》

『鳴海が喰われた、離脱しろ速瀬!P-B30へと再集結!デコイ(囮)を使用、捕捉されるな!?』

『わ、分かってます…ってもう捕捉された!?え~い、離れなさいったらぁ!!』




「何なの、あの機動…」

「まりも、元富士教導隊の衛士として……率直な意見をくれるかしら?」

「――――夢を見ている気分だわ」

「―――そう、少なくとも使えるって訳ね?」



私はモニターに写る猫に追われるネズミの様に撤退する3機の不知火と、獲物を追う獅子にも見える2機のイーグルを傍目にやる。
オルタネイティブ4直属部隊であるA-01…嘗ては連隊規模であった部隊も今は5名の小隊となっているが戦術機の腕は世界でもトップクラスの集まりだ。

その5人がだ、数で劣り、戦術機の性能で劣る相手に苦戦を強いられ、今も更に1機が撃墜されている。



「―――正に、笑劇ね…」



最後の1機…伊隅の乗る不知火の脚が射撃でもがれ、その一瞬の隙で接近したイーグルが長刀を振り下ろす。



《ヴァ、ヴァルキリー01…左肩部から右腰部まで長刀による斬撃により大破……状況終了、ホルスチームの勝利…です》



A-01のCP士官である涼宮 遥の呆然とした声が響き、15分の短くて、長い模擬戦が終わった。






        ◇





「皆さん、腕は良いんですが……概念が固まってますね」

「だな、通常のOSに慣れている人間なんだから仕方が無いっちゃ仕方が無いんだが……」


今日の晩御飯は何にしよかね~?しかし、かなり久し振りにイーグルに乗ったな。



「ただ、途中から確実に捉えて来ました……正直、このEXAMに慣れたあの人と戦っても勝てる気がしません…」

「確かにな……最後の不知火の一射にはかなり焦ったぞ」



やっぱ鯖味噌か?久しく食べてないし。お土産は何にするか……あの不知火、隊長機だろうな。



「兎も角大尉、この後は座学ですからドレッサールームで着替えましょう?」

「おーう、了解」




………ふぅ、やっとのんびりする事が出来た。
あ、さっきの変な言葉(鯖味噌とか)は霞対策の『マルチタスク』である。俺は魔法少女リリカルな○はで知った奴だけどね。
同時に複数個の思考を回し、霞のリーディングブロックを行う。思考の内容は様々だが下らない物ばかりだから大丈夫、多分。

これで読まれてたらもう手の打ち様が無いから半分開き直ってるけどね!
(それっぽいのを取得したい人は『日本語の文を英語で話しながら、ドイツ語で日本語文を同時に書き写す』をやってみよう)



「さーて、今日はサッバ味噌だぁ~♪」



もう、野となれ山となれ~だぜ~。







      ◇






「……以上が、EXAMの特筆すべき点であります」

「なるほど、任意によるキャンセルとCPU強化による処理能力の増大で再現不可だった機動を行える様にする、と…」

「その通りです、伊隅大尉。CPUの処理能力が強化されたのとキャンセル、この2つが大きな即応性を生み出してくれます」

「非常に興味深い……それに、その力は実体験したので此方に文句は無い。よろしく頼むぞ、バーラット中尉」

「此方こそ、伊隅大尉」



俺はブリーフィングルームでA-01メンバーとの顔合わせと新OSの説明会を行い、丁度終えた所だ。
しかし、こうして見渡して見るとやはりA-01の消耗率は半端じゃない。衛士は伊隅大尉・鳴海中尉・速瀬中尉・宗像中尉・風間少尉の5人にCP士官の涼宮中尉1人の6人だ。

A-01という特殊性からして人員の補充もやはり難しいのだろうか、はたまたオルタ5派の圧力なのか……。



「?バーラット中尉、どうかしたのか?」

「いえ、以前に鳴海中尉は“連隊”と言っていたのでそれなりの人員が居る事を予想してたんですがね……随分と少ない、と思いまして」

「……我々の部隊は新兵器や対BETA戦の情報収集も行う部隊だ。実戦への参加も多く、教導隊の役目もあるので補充要員も限られる」

「―――なるほど、理解しました」



伊隅大尉がそう告げ、俺は頷く。咄嗟に出したか以前から用意していたかは知らないが先程の言葉が嘘であるのは分かった。




…………だって、鳴海が速瀬中尉と涼宮中尉に睨まれてすっごく顔を青くしてるんだもん。(余計な事を喋ったわね…!?な感じで)



「…実機の方は既に換装作業に入ってますか?ピアティフ中尉」

「作業はシュミレーター戦が終了した時点を持って開始しています。総チェックを含めて翌日から使用可能かと」

「了解です。NFCA-01a(F-18/EX)は?」

「既に全整備を完了してます。C型装備(実弾)を装備すれば戦闘行動も可能ですが、実機教導任務の際に機体は吹雪を運用するように、と命令が」

「吹雪で?そりゃまた何で…ってああ、そう言えば不知火の直系機でしたね……え、今から慣熟ですか?」

「………テストパイロットなんだから余裕でしょ?とのお言葉です…」



……あの人(副司令)の命令だから特に何も言わないでおくが……無茶振りにも程があるだろ。
そりゃ、主機出力も低い練習機だし力ずくで制御してから手懐けるのが出来るけどさ………しかし吹雪か、乗る事になるとは思わなかったな。



「あの、私達が使用する吹雪は?」

「当基地の訓練兵が使用する吹雪がありますのでその内の2機を使用する予定です」

「え、あの…それじゃあ訓練兵の機体を奪っちゃう事になってしまいますけど…?」



エレナが小さく手を挙げ、ピアティフ中尉に質問する。帰ってきた答えにエレナは少し驚き、聞き返している。
確かに、訓練兵…恐らくは207A隊の吹雪を俺達が使用するのは些かアレである。命令ならば従うしか無いが、内心では決して良い気分ではあるまい。

例えれば、『愛車を好き勝手に乗り回される』とか『楽しみにしてたゲームを先にプレイされる』…だろうか?―――――良い気分、しないだろ?



「中尉、吹雪を借りる事になる部隊名は?」

「部隊名…ですか?207A訓練小隊ですが?」

「了解しました。では皆さん、本日はここまでとします…エレナ、行くぞ」

「りょ、了解です!」



慌てて俺の後ろに追従して来るエレナを引き連れ、ブリーフィングルームを出てその足でPXへと向かう。
もうそろそろ夕食の時間だし、もしかすると207隊の連中が居るかもしれないからね。






    ◇





【side 茜】




「あー……まだ一回も乗って無いのに~」

「ま、災難だった~としか言い様が無いよね~」

「茜ちゃんと晴子ちゃんの吹雪、有無を言わさず没収だったからねー」

「いや、没収って……何かの任務で使用するから実機演習が少しやりにくくなるだけだって神宮寺教官が言ってたでしょ?」


場所はPXのとある一角、そこに訓練兵を示す階級章をフライトジャケットに着けた少女達が座っている。
涼宮 茜・柏木 晴子・築地 多恵・高原 舞・麻倉 静香の207A隊はそれぞれが思い思いの食事を手に普段は談笑しているのだが…どうにも、空気が違っていた。



「まぁまぁ茜、そんなに落ち込んだって吹雪は帰ってこないんだから…」

「分かってる、やっと戦術機に乗れる!と思った出鼻を挫かれただけよ…」

「あれだよ、茜の吹雪を奪った奴にビシッ!と言ってやれ~!」

「静香…あのね?相手は十中八九、上官なんだから言える訳…「いや、言いたければ許可するぞ?」へ!?」

「だ、だだだ誰ですけぇ!?」



声を掛けてきたのはシニカルな笑みを向ける外人…トウモロコシの毛の様な赤茶の髪をオールバックにし、機能性に優れた筋肉質な体をピッチリとしたフライトジャケットで覆っている。
この基地では見ない部隊章だったのもあるが、彼の階級が中尉であったのもある。

慌てて起立、敬礼。皆も続いて敬礼すると外人の中尉は戸惑った顔をし、私に声を掛けてきた。



「おいおい、そんなに固くならないでくれ……英語だと、どうにも固いな……日本語で良いか?」

「ハッ!中尉殿、私共に何か御用でしょうか!(日本語話せるんだ…)」

「いや、この基地で吹雪を運用しているのは訓練小隊である君達だけ…そう聞いているが間違いないか?」

「そうですが……あの、失礼かと思いますが吹雪を借りるのは……」

「俺と、俺の部下だ……迷惑を掛けてスマン!」



そう言って頭を下げる中尉に全員が絶句する。中尉が、訓練兵(二等兵扱い)である私達に頭を下げるなんて誰が予想出来るだろうか?
少なくとも、私の常識の中ではそんな人は居ないだろう………というか。



「は、早く頭を上げてください!周囲から不思議そうな目で見られてます!」

「気にするな」

「私が気にします!!」



頭を上げた中尉はHAHAHAHAHA!とか笑いながら私達の自然な動作で空いている席に座り込み、鯖味噌定食の前でパンッと手を合わせる。

「いただきます」……目の前の外国人が笑顔でそう言う光景は、非常に不自然であったが……何故か、日本人の様に堂に入ったモノだった。







後編へ続く





後書き

一人暮らし、もやし炒めは飽きてきたブシドーです。食生活の劣化が執筆スピード減少に繋がっているんでしょーか?



[20384] 【第七話後編】横浜day,s
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:48
【2001年7月10日~横浜基地PX~】



「……っ!」


ごくりっ、と俺は生唾を飲み込む。いや、正確に言うなら空気を飲み込んだのだろう。
口の中は、緊張の為かカラカラに乾いている……飲み込む唾なんて傍から無い。


「よし…あと一本…!」


爆弾解体用のハサミがチョキンッ…という短い音を立て、赤い線を切る。
既に20分以上、この作業を繰り返しているが未だに馴れないのは……やっぱり、滅多に体験しないからだろう。

俺は、息を大きく吸い込み―――そして…!






          チクッ






「あ痛ぁっ!?」

「…!(ビクッ)」


――――よし、ぬいぐるみの補修完了!………最後の最後でミスしたけどねー。


「ほれ、社君。直ったぞー?」

「……ありがとう、ございます…」


俺は修復を完了した呪いウサギ人形(って名前だったけ?)を霞に渡し、序でにポンッと頭を撫でる。
ビクッと反応するが、ウサ耳をピョコピョコと動かすだけで特に抵抗もしないので撫で続ける……………やばい、癖になりそう!


「よかったねぇ、霞ちゃん。アンタ、男なのに裁縫上手いねぇ!」

「どうも、京塚さん。昔から器用貧乏でして(昔、自分の腹を縫った感覚でやった……なんて言えNEEEEEE!)」

「……お腹、痛そうです…(モフモフ)」


俺の背中をバンバン叩く京塚のおばちゃん、苦笑しつつも背中を擦る俺、人形をモフる霞……違和感しかない光景がPXに展開されている。

……地味にカオスだな。
あ、あと、何で霞と一緒に居るかは気にするなよ?ちょっとした事で知り合ったのさ。






    ◇




【2001年7月8日~横浜基地・戦術機シミュレータールーム~】



「孝之、相変わらずのイノシシだな……痛い目を見ただろうが」

「うっ…そ、それを言われるとひっじょーに俺は何も言えないんだが……」

「黙れ突撃バカ」


シミュレーターから降り、片隅に置かれたベンチに座って煙草を取り出す。左右確認、エレナも居ないので気兼ねなく吸える。
……エレナ、俺が煙草を吸うと「煙草はメッ!ですよ!」とか言って取り上げるからなぁ。


「フゥ……」

「……煙草は体に悪いぞ?」

「早死にする予定だから、健康にゃぁ気をつかってねーんだ」


煙草の煙を肺に大きく吸い込み、吐き出しながら思考を回す。
先程まで俺は孝之と1対1での対戦をしていた。孝之は俺と同じく突撃前衛長を務めているらしく、戦闘スタイルが似ていた。

そんな訳もあって孝之と俺は良くつるんでるのだ……因みにこのへたれ野郎、まだ速瀬と涼宮(姉)との三角関係に決着を着けて無いらしい。

まぁ、涼宮(妹)がA-01に所属したら四角関係だけどね!………愚かな、鳴海孝之。


「しっかし……不知火は動きも良い、捉えにくいな。極東だと、武御雷を除いたら最も高性能機なだけあるよ」

「ああ、かもな……というか、お前の機体は吹雪だってのに俺は未だに捉え切れないんだぜ?突撃前衛長の名が泣くぜ……」

「そりゃ、年季が違うからな」

「そういう問題じゃねーよ変態」


酷ぇ!?俺ってそんな扱いばっかじゃん!


「……無自覚なら、俺はアンタを尊敬するよ…」

「おう、尊敬しろ!」

「………ハァ」






【side 孝之】



クラウス・バーラット……欧州国連海軍が誇るトップエースであり、現在はNFCA計画のテストパイロットとしてユーコン基地へ出征。
NFCA計画中に発生したCPUの処理能力という問題を香月博士の気まぐれで送ったスクラップから開発し、その有効性を認められて横浜へ……。


「(経歴は分かってはいるけど……どう見ても、そんなオーラは無いよなぁ……)」


隣で幸せそうに煙草を吹かす男の顔を横目で覗き、小さく息を漏らす。
今はダレている彼だが……欧州方面の訓練校に属する海軍衛士達はクラウスを憧れと畏怖、敬意を持って様々な呼称で呼ばれているという。

『死神を欺く男』、『Mr,マジシャン』、『ホルスの目』、『一人一個大隊』等など……確かに、要塞級の腹の中に隠れる~なんて非常識な事をする奴だから不思議じゃない。


「……タバコは体に悪いぞ?」

「早死にする予定だから、健康に気をつかってねーんだ」


……衛士として戦場で死ぬのと、何らかの病気で死ぬだと……どっちが早いんだろうな。
そんなくだらない事が思い浮かび、苦笑する。

どっちでも死にそうにないな、と思ったからだ。


「なぁ、聞いていいか?」

「ん?何だ孝之」

「アンタが戦う理由、それが知りたくなった」


ふと、気になっていた事を聞いてみる。
俺は『オルタネイティブ4を成功へ導く』なんて部隊の目標以外に個人として……鳴海孝之として、『遥と水月を守りたい』……それが俺の戦う理由だ。

俺には人類を、地球を守る…なんて誇大妄想を言うつもりは無い。第一、俺は守る所か守られた人間だ。
でも、コイツは……クラウスは今までの中で守る戦いを多く経験してきた。仲間も一般人も関係なくだ。俺はそんな男の、戦う理由が気になったんだ。


「ん~……俺が戦う理由ねぇ。軍人だから…ってくだらねー理由は最初に捨てるぞ?」

「ああ」


クラウスは2本目の煙草を消し、3本目の煙草に火を着け一吸い。ゆっくりと煙を吐き出し、のんびりとした顔で言う。


「仲間の為ってのもあるな……でも、最大の理由は俺にとっての故郷を取り返す…だな」

「故郷?それってアメリカか?」

「孝之、俺は米軍から国連へ追い出されたんだぜ?愛国心なんてドブに捨てたぜ」

「そ、そうか…(何気にスゲーこと言うな…)」

「俺は故郷の無い雲みたいなモンさ……風(軍)の吹くまま(命令で)、あっち行ったりこっち行ったり……で、最後には消えるのさ」


つまらなそうに言い、煙草の煙で輪を作りだすクラウスを見て思わず生唾を飲む。
これだけ聞くと、彼には理由が無い……それは、死に場所探しをしている様にも捉えれるからだ。

クラウスは続ける。


「………しいて言えば…父親の言葉がある」

「親父さんとの約束?」

「『また……あの青く、全てを吸い込みそうな青空へと戻りたかった』……父が言った死に際の言葉だ。病気で退役したんだがね、何時も空へ戻りたいって言ってた」

「親父さん、パイロットだったのか?」

「ああ、戦闘機のな」


そう言えば……クラウス本来の乗機であるF-18/Eの改良機の塗装は青空の様な青色だったのを思い出す。
あのカラーリングは、自身の意思の表れなんだろうか…。


「ま、そんくらいさ。俺に出来る事なんてたかが知れてる……一人の人間に、出来る事は限られてるんだから」


クラウスは立ち上がり、片手を振りながら離れていく。
その背中に……何処か、寂しそうな物が俺には見えた気がした…。






     ◇



【Side クラウス】




「………ふぅ」


俺は基地裏にある丘へと居た。あの『木』も発見、そこの背中を預けて目を閉じる。

鳴海に戦う理由を聞かれた時、何故か動揺したのを思い出す。考えてみれば……


「そんな事、あんま考えた事もねーや……」


衛士として戦った1年目―――涙を流し、死にたくないと思いながらも戦った。

2年目―――部隊の仲間が全滅し…それでも諦めずに戦った。

3年目―――酷いノイローゼになり、逃げたくなっても戦った。

4年目―――初めて部下を持ち、守ろうと戦った


思い返せば12年間、戦う理由の大元は『死にたくないから』だった気がする。
………死にたくないのにBETAと戦う、これいかに?


「……矛盾してるな、俺」


ごろんっと寝転がる。今日は雲が多い空で全体的に白い空、、まるで俺の心境を表している様な気もする。


「やれやれ、何時になったら俺は―――」


居眠りでもしよう、そう考えた時には目蓋が重くて……何時の間にか、俺は寝てしまっていた。




そして2時間後、揺さぶられる様な振動に目を開く。

視界に映る、銀髪ウサギ娘………………やっべーぇ!?お、おおおお落ち着け!ドイ‥じゃない、国連軍人は慌てない!常にKOOLだ!って違げぇぇぇ!?


「………君は?」

「……社 霞です」


内心だらだらと冷や汗を流しながら小さな笑みを顔に出し、兎に角落ち着く。
『何で霞が?』とか『やっべ、聞かれた!?』とかの思考は全部破棄、複合思考開始!


「起こしてくれてありがとう。あの、社君でいいかな?何でこんな所に?」

「はい…………(じ~…)」


………あの、ジッと見つめないで?おっちゃん、心が汚いからさ、そんな純粋な目には弱いのよさ。
そんな風にアホな事を考え、気を紛らわしていると霞が再度口を開いた。


「もう、お昼です…」

「ほ、ホントだ……」

「雨、降りそうです」

「た、確かに……空がねずみ色だな…」

「風邪、引いちゃいます………」

「………」



なにこのかわゆい生物、お持ち帰りして良い?







後書き


執筆中は良く仮面ライダークウガの『青空になる』を聞くブシドーです。
さて、私が叫びたい事が一つ…







もやしの可能性、もやしの世界、究極のもやし、至高のもやしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!

では、また次回で。




[20384] 【第八話】そして、物語は加速する
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:50
【2001年7月18日~横浜基地ハンガー~】



「ふぃー……」


額から頬へ、そして首筋へと伝わる汗を手で拭い落とし、タラップから降りる。
タオルを掴み、冷たいコンクリートの床へ倒れる様に身を投げ出し、上を見上げる。


「……ありがとな、最高の“女”だったぜ?お前はよ…」


そう物言わぬ青色の巨人『吹雪』に呟き、ゆっくりと立ち上がる。
かれこれ3時間以上、俺は吹雪を磨いていた。俺の趣味……と言うより、降りる事が決定した機体は磨くのが俺の流儀なのだ。

たったの2週間の付き合いだが……やはり、何処となく寂しさもあるものだ。


「……まさか、こんなに早くお別れとはねぇ」


三次元機動を伝授し、一定の熟練度を見せたA-01への教導任務が解かれた俺は不知火の直系である高等練習機、吹雪を返納する事となった。
ぶっちゃければ…A-01は吹雪の主機出力では既に相手できない程の技量に上がっていたのだ。流石は特殊任務を扱う精鋭部隊という訳だ。

ここでの話だが俺は吹雪を高く評価している。実際、練習機でありながら秘めたポテンシャルはどの第三世代機にも劣っていない。
それに、俺はF-4、F-15、F-14、F-18、F-18/Eと乗り継いでいったが素直だった米軍機とは違い、何処か硬派な趣を感じさせる吹雪は実に俺の日本人の部分を刺激したのもあった。


「でもまさか、1機も落とせず墜ちるとは思わなかったな…」


外へ出て、煙草を咥え、ライターを探しながらふらふらと歩き、口の中で言葉を転がす。
今日の午前中に行った実機演習において、孝之と速瀬中尉の2機連携に強襲されてエレナと分断された。

その後は伊隅大尉と宗像中尉がエレナを押さえ、風間少尉の援護射撃を回避しながらビルに囲まれた閉所で世界有数であろう突撃前衛コンビとの格闘戦だ……二度とやりたくない。


「………ん?」


とまあ、あの左右に振られる戦術機シェイカーを思い出しながら身震いし、心を静める為に煙草に火を付けていると夜のグラウンドから均一なリズムが刻まれる音が聞こえる。
俺は吹雪を磨いていたので時間を忘れていたが既に午後10時過ぎ、この時間帯は警邏部隊と待機部隊、HQ要員以外は基本的に自室待機の筈だ。

それに、この時間にグラウンドを使用する部隊は居ない筈なので恐らくは自主鍛錬をしているのだろう。
そう思い、思わず足を向けてしまう。

俺は何処かこの暗闇の先に居る人物が分かっている様な気がした。一歩ずつ足を進める度に湧き上がる……期待している様なこの感情に思わず苦笑する。



自分は原作に絡まない――そう決めたのに、何処か原作のキャラとの接触を楽しみにしている自分にだ。



「――――やっぱ、か…」


しばらく歩くと少し視界が開け、足音の正体が判明する。
月の光を受けて光る白いリボンに揺れるポニーテール、高貴さを感じさせる顔立ちに力強い意思を含めた瞳……マブラヴの主要キャラクターの一人―――御剣 冥夜。

その人が短く、リズムに乗った呼吸音を繰り返しながら発してした。


「………(幾ら基地内だからって……こんなにも簡単に出会えるモンなのかねぇ?)」


心の中で呟き、煙草を消す。
四肢の筋肉を解し、大きく背伸びしてからBDUの上着を脱ぎ、タンクトップ姿になる。

久々に、全力で走ってみるのも面白い……そんな悪戯心がくすぐられたのだ。


「ふぅ……少し、休け‥「ご苦労さん」っ!?」


一度走るのを止めてトラックから出た御剣の横を走り抜ける際に声を掛け、一気に加速する。
凡そ400mのトラックだ。ペースを配分すればそれなりに長く走っていられるが今は汗を掻くため、殆ど全力疾走の様に走り抜ける。

1周、2周‥5周、6周…10周と走り続け…―――


「―――ゲホッ!?」


―――ムセた。
しかも微妙に過呼吸になっており、思わずゴロゴロと地面へ転がってしまう醜態を晒している。


「中尉殿!大丈夫でしょうか!?」

「スマ‥水…」

「た、只今!」





       ◇




「あ゛~……死ぬかと思った!」

「御自愛下さい、中尉」

「すまん、迷惑を掛けた」


御剣が持って来た水を飲み干し、一息着いた所で今の状況はこれだ。

 
○ ●


○が俺で、●が御剣な?
ぶっちゃけ、ベンチに並んで座ってる状況(微妙に間が空いてるが)でございますとも、ええ。



どうしてこうなった。



「あー…御剣訓練兵だったか?自主鍛錬とは勤勉だな」

「はっ!一日も早く戦場へ立ち、戦う為であります」

「そうか……では、おっさんからのお話とアドバイスだ」

「は、はぁ…(お、おっさん?)」


何処か固い彼女の雰囲気に老婆心ながら助言を口に出す。
白銀が来るまで、彼女達の関係が少しでも良くなってれば……そんな淡い気持ちを抱いてだ。


「訓練兵の仲間とは仲良くしておくんだぜ?何れは部隊へと配属されるだろうが……戦友なんだからな?」

「はっ…」


御剣の声のトーンが若干だが下がる。
まー仲間割れで演習に落ちてから日も浅いんだろうからアレなんだろねー。


「俺の話をしてやるとするとだな……俺も、貴様より年下の訓練校から卒業したばかりの衛士を率いた事がある……仲の悪い、協調性が無い奴等をな」

「…」

「15~16のガキ共だ、そいつらと小隊を組んだ初めての実戦で1500のBETAに俺達は囲まれた」


御剣の顔が驚愕に染まる。
年齢の事なのか、それとも1500ものBETAに囲まれた事なのかは分からなかったが俺は話を続けた。


「弾薬も心許無し、機体状況も最悪に近い、支援砲撃も他の区画に出現したレーザーに対応している為に無し、勿論、援軍も来ない……そんな状況で、どうなったと思う?」

「―――」

「答えを言うのなら……全員、生還した。BETAの包囲網に穴を開けて、そこを何とか抜けてな」

「…!」

「そんな経験と死に掛けた事であいつらを本当の仲間にしたって訳だ」


同じ釜の飯を~という訳じゃ無いが、同じ戦場、同じ死の恐怖を共に協力して乗り切ったのだ。それで仲が更に悪くなる事はまず無い。
これは、経験則での言葉だ。


「……貴様は207A隊を知っているか?」

「……はっ、戦術機課程に進んだ207訓練隊のA分隊であります」

「そうだ、この基地には訓練部隊は1つしか無いし、207Aの涼宮には機体を借りた際で多少は関係があったので少しだが貴様等の事を聞いてな……御節介という訳だ」


手で弄んでいたボトルをゴミ箱へと投げ込み、綺麗に入ったのを見届け空を見上げる。
さて、特に何を言いたかったのかと言えばだな…。


「―――人はそれぞれ、考えも違えば信条も違う。勿論、それは当たり前の事さ」


3分程黙り、纏めた思考を口に出す。この世界で生きる前には考えもしなかった人間が、考えさせられた事だ。
それなりに説得力はある筈だろう。


「でも、隣で戦う奴の背中を守れば自分も守ってくれる。それに、信じあえる仲になればお互いの命を守る為に戦える……そういうもんだぜ?」


この助言で、どう変わるかは知らないが……後は、ミスター主人公さんにお任せするとしよう。


「うっし……風邪引くなよ~?」

「……ありがとうございました!」


御剣の声に軽く手を振り、自室へ戻りシャワーを浴び、着替える。
そして『さぁ、寝るか~』と身構えたその時、御剣との会話のチャンスが最後になるのが分かっていたかの様に……警報が、鳴り響いた。









後書き



最近、戦術機で妄想が止まらないブシドーです。


初めての相手は熟女ファントム(F-4)

めちゃめちゃに壊した普通の子、イーグル(F-15)

体の軽さと元気さが売りのスポーツ少女、ファイティングファルコン(F-16)

ザ・ガッツ、サンダーボルト(A-10)

2人相手でも大丈夫なトムキャット(F-14)

主人公の嫁、ホーネット(F-18)

パワーアップして帰ってきました!ワスプ(F-18/EX)

地味って言うなー!サイレント・イーグル(F-15SE)

寝取った異国の女、吹雪

邪魔する奴は○しちゃうヤンデレ、チュルミナートル(Su-37)

吹雪く北国の幼女、ビェールクト(Su-47)

雨に濡れる家無き子、ブラック・ウィドウII(YF-23) →( ´神`)のお告げにより、『涙に濡れる未亡人』へ変更

吹雪のお姉ちゃん、不知火

不知火とは1:7の勝率なライバル、ラプター(F-22)

剣道少女、武御雷




………………うむ。



[20384] 【第九話前編】天空の眼
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:50
【2001年7月19日、深夜0時12分~横浜基地~】



走る、走る、走る…―――走り抜ける。

周囲にも同じ様に駆ける人の波、その顔のどれもが緊張の色に染まっていた。
緊急事態を告げるアラートだ。それは、命が失われる危険性がある事態が発生し、自分達にもそれが降りかかる可能性を示唆するからだ。

そして、確実に戦術機部隊の出撃が要請される。
それを俺は分っているから走り続ける。


「――大尉!」

「エレナ、付いて来い!」

「了解!」

≪防衛基準体勢2発令、防衛基準体勢2発令。全基地要員は主要部署へ集合し、指示を待て。繰り返す、防衛基準体勢―――≫


アナウンスが防衛基準体勢2を知らせ、それを聞いた周辺の兵士達の顔が安堵に変わり、走る速度を緩めるのを見てつい舌打ちをしてしまう。
今なら、香月博士が捕獲したBETAに基地を強襲させた気持ちが分かる。

確かに、腑抜けているのは否定出来ないな…。


「―――おやっさん!機体状況は!?」

「着座調整と弾薬さえ積めば何時でも!」

「分かった!エレナ、10分で済ませろ!」

「了解!何時もので!」


NFCA計画チームが使用しているハンガーの更衣室に飛び込む様に入りながら既に機体へと群がり、チェックをするおやっさんに声を掛けておく。
それから欧州国連軍で正式採用されているイギリス軍仕様の衛士強化装備を着込み、最後にヘッドセットを装着、ズレが無いか確認―――


「良し…!」

「クラウス!命令書が回ってきたぞ!」

「詳細を、口頭で簡潔に!」

「新潟方面にBETAの侵攻を確認した。これにより欧州国連軍本部からの命令が受諾され、横浜基地へNFCA計画の第2フェイズ実行を支援せよ…との事だ!」

「分かった!飛んで向かうのか!?」

「そっちの方が速いだろ!司令部に光線照射を受けないルートを算出して貰った!確認しておけ!」


シートへ着座し、片手では細かな計器の確認や起動シークエンスのチェックをこなしながら聞くと叫び声の様に返答が帰ってくる。
それに俺は手を軽く振るだけで返答し、操縦桿を上下左右に動かしながら渡されたチェックリストを覗き込む。


「おやっさん、弾は装填分だけで良いぞ!ブレードと推進剤だけ確実にな!」

「分かってる!もう新潟方面に簡易補給所の敷設を開始してる!」

「そうかい!流石に腹ペコじゃぁ戦争は出来ないからな!」

「お前さんの場合、戦争ってより虐殺だがな!」


冗談を飛ばしあいながらも止まらずに手を動かしながら考える。
俺が本来、日本に来たのは一回目の対BETA戦でのF-18/EXの運用試験だ。予定では3日後、新潟方面に点在する国連軍基地で待機を開始する予定になっていたのだ。

ぶっちゃければ……EXAMの教導は『ついで』なのだ。


「で、俺らが展開する区域は?」

「予定だと旧新津ICで補給と最終点検、そこから旧新潟中央JCT付近で展開予定だ。撤退も容易い場所らしいぜ?」

「BETAの予想規模は?」

「大体、一万から一万五千だ。帝国軍が間引き作戦の為の砲戦力を集結させてたのもあったし、被害は比較的少なくなるとの予想だ」

「ま、被害が少ない事は良い事さ……出すぞ!」

「あいよっ!総員退避ー!!」


おやっさんの檄に『あらほらさっさー!』とでも聞こえてきそうな程に素早く、機体に取り付いていた整備員が離れる。
それを見届け、各関節のロック解除を実行。


「―――OK、無事を祈っててくれ」

『カッコつけてないでサッサとハンガーから出ろ!』

「へいへい」


通信で入ってくるおやっさんの声に適当に返事をし、オートバランサーの数値を最後に確認。ゆっくりと操縦桿を前に倒す。
その瞬間、戦術機という巨人は彼の腕となり、脚となり、目となり耳となった。


「…頼りにしてるぜ、相棒?」

『任せて下さい!』

「俺はワスプ(F-18/EX)に言ったんだ」

『私も相方なんですけどー!?』


ポンポンッとユニット内の側壁を叩き、呟くと通信機から自慢気な声と悲痛な叫び声が響くが無視。
エレナの自己主張をBGMに兵装チェックをする。


「36mmが2000発、120㎜が6発、ファルケイが2振りに………は?」


右腕に36mmと120㎜がフル装填されたGWS-9突撃砲、背部ブレード担架に収められたファルケイソード2振り。
まぁ、それは良いんだ。何時も使っていた装備だからね?でもさ……


「何でフォートキラーがあんだよ!?」

『プレゼントだ、アラスカの時からあったぜ?』


ワスプの隣に停車した一台の支援輸送車両のコンテナ上部が開き、一振りの大剣が姿を表す。
ぶっちゃけ、予想外な程にもある。


「誰が!?つーか持って来てたの!?」

『本部からだ、目立つからな。ソレで派手に暴れろ…との事らしい』

「や、確かに目立つが…」



【BWS-3 GreatSword】

英国軍が正式採用している大剣型近接格闘長刀。恐らく『世界で最も美しい対BETA兵装』だろう。

日本の刀の様に防御ごと切り裂く斬撃よりも防御の上から叩き潰す打突戦術を重視した設計となっている為、それなりの重量がある。
だが、その重量から生み出される攻撃力は凄まじく、"要塞級殺し"(フォートスレイヤー)の異名で呼ばれ多くの部隊章のデザインにも用いられた。正に英軍の顔とも言えるだろう。

世界各国の軍では英軍の突撃前衛の象徴として知られ、非常に高い攻撃力、耐久性と防御性を兼ね備えた傑作とも謳われている。ま、つまりは…


「宣伝か?イギリス軍兵器の優秀さの?」

『まぁそう言うな。極秘だがEF-2000を帝国へ売り込む案があるらしい……今は、自国内用の生産ラインで手一杯だろうが…』

「何で知ってるんだよアンタ」


そういや、いつぞやに助けたお姫様もEF-2000に乗ってたな。あれって先行量産型か?


『ま、旧知の間柄ってやつさ。それより、横浜基地から直援部隊が出るって聞いてるんだが……』

「この基地で、俺達の機動を把握してて直ぐに動ける精鋭部隊は限られるしな……まさか…」


そのまさか、とでも言うかの様なタイミングで後方より友軍機接近を示す青い光点がレーダー上に表示される。
所属は『UNAS(国連軍所属教導隊)』と表示され、機種を検索すれば『TSF-TYPE94』と表示される……やっぱり?


『そのまさか、という訳だ。遅くなったな、バーラット中尉』

『ヤッホー♪あんたのソレ、な~かなか派手な機体ねー』

『エレナ少尉が乗るノーマルのF-18/Eが味気なく感じるな。いや、しかし……前々から思っていたがエレナ少尉の強化装備姿には何処かそそられる物がある』

『まあ、美冴さんったら』

『随分とまぁ、デカイ剣だな~』

「ありゃ…皆さん御揃いで」


通信が入り、それを繋ぐと網膜に伊隅大尉の姿が映る。
どこか不敵な笑みを浮かべているのは、EXAMの証明の場に早々に立ち会えた事の喜びか、その他の何かか……どちらにせよ、好戦的な雰囲気を全体的に放っていた。


《ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、ホルスズへと通達します。現時刻を持って作戦行動を開始、予定ルートの移動を開始せよ!繰り返す、移動を開始せよ!》

『ヴァルキリー1了解。聞いていたな、貴様ら!EXAMの性能を試すのも良いが、BETA共にホルス小隊機を傷つけさせるなよ?』

『『『『了解!』』』』

「ホルス1了解、CPはどうなってます?帝国軍が用意を?」

《私がヘリで向かいます。では、現地でお会いしましょう》

「了解……さて」


涼宮中尉からの通信が切れ、司令部より出撃許可が下りる。
俺は、ゆっくりと目を閉じてから深呼吸し……



「―――出撃(で)るぞ!」



短く声を発し、機体と共に空へと上がった。







続く



[20384] 【第九話中編】天空の眼
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:51
【日本帝国 新潟旧国道116号線  Side 名も無き帝国軍衛士】




怖い。

戦艦から放たれる砲弾の発射音が、風を切って飛来するミサイルが、BETA達の侵攻によって揺れる大地の音が……そして、自分の震える体と歯軋りの音が……とても怖かった。
ここは新潟。佐渡島を望む日本帝国絶対防衛線であり、私の初陣の場所でもあった。


『6時方向!要撃級6!戦車級70!!』

『ヴァルチャー02、ヴァルチャー04!貴様らはタンクを殺れ!ヴァルチャー03、付いて来い!!』

『『了解!』』

「りょ、了解っ!」


02とタイミング同調、自機との距離1000を切った戦車級の赤い波にも見える群れに突撃砲を向け……斉射。36㎜が次々に突撃砲より吐き出され、BETAを引き裂いていく。
赤黒い血煙、弾け飛ぶ肉片、半身を吹き飛ばされて裏返った亀の様にもがく戦車級………まだ、戦い始めて5分も経ってないのに…何処か見慣れてしまった光景だ。


「――対象、沈黙…」

『よくやった、ヴァルチャー04。良い腕だ』

「あ、ありがとうございます!」

『気を抜くなよ、まだまだ御代りはた~くさんあっからな?』

「も、もう要りませんよぉ~!」


通信機から笑い声が響く。
それは、近隣の部隊からも聞こえてくる……は、恥ずかしい!?


『はっはっは(ピー)………チッ、厄介ごとが来たな』

『通信…?隊長、例の開発部隊ですか?』

『ああ、予定区画から前線へと乱入したらしい。付近の部隊に協力要請が本部から来た』


隊長のイラついた様な声が聞こえ、仲間からも不穏な…と言うより、不歓迎なムードが漂う。
相手が国連、というのもあるのだろう。私自身は兄と姉が国連軍に所属しているのでそこまで心象は悪くはないのだが。

そんな事を思っているとレーダーに反応が7つ。
友軍マーカーが国連軍所属を示している事から件の部隊なんだろう。


『視認した……おいおい、不知火だと?』

『ふん、帝国の新鋭機を国連に使用させるとはな』

『この機体(撃震)に不満がある訳じゃ無いですけど……なんか、納得出来ませんね』


UNブルーの不知火5機に護られる様に囲まれる見た事も無い大剣を携え、明らかに試験機と分かる独自のカラーリングの戦術機にその同系機が1機。
IFF上ではF-18/Eと表示されている改修機が真っ先に低空飛行を解除して着地、突撃砲と直ぐにでも発射出来る姿勢にし、大剣を地面へ突き立てる。

良く見ると、F-18改修型には所属を表す『EUN』(欧州国連軍所属)の他に『NFCA-01a』という形式番号。
肩部装甲に描かれた古代エジプトの『太陽と天空の神』を司るホルス神の目を現代風にデザインし直したエンブレムがやけに目立っていた。


『失礼、私は欧州国連海軍所属のクラウス・バーラット中尉であります。今回はお世話になります』

『ようこそ最前線へ。今も周辺部隊から支援車両が集結中ですので支援“だけ”はご安心を』


意外と…というか、違和感すら感じない流暢な日本語が通信機越しに響き、此方に代表の開発衛士であろう赤茶色の毛の男性が網膜に映る。
ヴァルチャー小隊長の中尉が在り来たりな言葉を述べているが……その対応には明らかに『迷惑だ』という意志が篭っている。


『歓迎ムード…では無いな、やはり』

「ええ、予定地からこんな最前線に躍り出て来てしまったのでしてね?此方も対応に追われているのですよ」

『た、隊長!それ以上は不味いですって!』


ヴァルチャー02…副隊長が隊内回線で諌める様に声を上げる。
確かにこれ以上の挑発はホルス01への心象を悪くし、日本帝国という国すらも悪く見られる可能性も無きに有らずだ。

そんな私達の心配は、響き渡る警報の音によってかき消される事となった。


《………ッ――!?ヴァルキリーマムよりホルス小隊、ヴァルキリーズ、ヴァルチャーズ各機へ!地下より振動感知……BETAです!推定個体数…3000!?そんな、予測より多い!?》

『『『『『なっ!?』』』』』

《いけません!全機、後退して下さい!BETA地表到達まで………5、4、3……今!》


戦域をサーチしていた管制官の素早い反応のお陰か、一気に湧き出てきたBETAに誰も食われずに下がる事に成功する。
でも、おかしい。こんな数のBETAが、まるで狙うかの様に集中して出現するなんて……。


『ヴァルキリー00!光線属種は!』

《確認出来ません!要撃級と戦車級が大半です!》

『畜生!中隊規模で当たる数じゃねぇぞ!?』


不知火から《SOUND ONLY》と表記された通信者の質問に、答えが直ぐに返ってくる。
もう1機の不知火からも男の声で悪態を吐く声が聞こえたが、それは非常に同意出来る内容だ。

私も……足の震えが止まらない。とても、怖いのだ。


『いや――――』


突撃砲を接近してくる要撃級へと向けてトリガーを押し込もうとした瞬間、何時の間にか隣に立っていたホルス01の呟きが聞こえる。
見ると左背部兵装担架が稼動して左手に死神の鎌を連想させる様なブレードを保持させ……私の隣から一瞬で消える。


『なっ!?突っ込‥』


隊長の声がその台詞を言い切る前に私がロックオンしていた要撃級のマーカーが消失する。F-18/EX…ワスプがやったのだと、数瞬してから気付いた。
ワスプがブレードを只の肉塊と化した要撃級から血飛沫を上げて引き抜くと同時に言った台詞を……私は忘れないだろう。

このBETAとの戦争において……何人がこう言えるのかは分からない。でも、あの自信に満ちた声……あの安心感はもう味わえないだろうから。




『―――なら、互角だ』


私はこの瞬間、“死の8分”を越えたのだ。





     ◇




【Side クラウス】



ハーイ☆皆、元気に戦争してるぅ?………スマン、今の状況から精神的に逃避したかっただけなんだ。
いやさ、職業軍人の如く……と言っちゃアレだけどさ……ワザワザ最前線に来る俺ってかなりの物好き(馬鹿)だよね。


『あっはっはー♪嘘みたいだけど、らっくしょーね!』

『おい水月!突っ込みすぎるな!』

「おい、突撃前衛長が部下相手に尻に敷かれてるってのはどーなんよ?」


目の前にウジャウジャと沸き上がる戦車級の群れへと36㎜弾を撃ち込みながらのんびりと会話を続ける。
EXAMを習熟した俺達にとって、3000という数は実際は大した脅威では無い。支援砲撃も潤沢に行われている事や光線級が居ない事もあるが有利に戦況を進めている。

唯一の誤算はEXAMを搭載する為に高性能CPUを搭載した俺達の機体にBETAが興味津々なのと、俺の突撃砲の弾がもう直ぐ無くなりそうだという事か……補給しとけば良かったね!


「エレナ、エレナ~弾ぷりーず」

『だからしっかりと搭載して下さいって言ったじゃないですか!?』

「ごもっともで」


エレナのありがた~いお言葉に正直に謝りたくなるが、そうも言ってられないのが今の現状だ。
エレナのポジションは強襲掃討(ガン・スイーパー)、背面及び両碗に保持された4挺の突撃砲によって中衛及び後衛へと接近するBETAを薙ぎ払うのが仕事だ。

今の戦況…帝国軍小隊を含めた約一個中隊規模で総数3000(絶賛増大中)のBETAを防ぐ場合、彼女が抜けるのは非常に嬉しくない状況だ。
というか戦車級が多すぎる、弾が不足するってレヴェルじゃねーぞ。


「あーもう、ウジャウジャウジャウジャと!」


500‥400‥300‥200‥100‥50……0、再装填。
突撃砲に装填された2000発の弾を撃ち尽くし、補助腕による最後の弾倉を装填している隙に突撃級BETAが距離を詰める。


「コッチに来るなってぇの!」


跳躍ユニット点火。ロケットエンジンが瞬発的に機体を加速、上昇させる。
そしてそのままクルンッと前転宙返りの様に機体の向きのベクトルを強制的に変更、頭頂部が地面と垂直の状態で飛び越えた突撃級の背面部へと36㎜を叩き込み、沈黙させると同時に着地。

着地した瞬間、右肩部スラスターと左跳躍ユニットの噴射角度を調整し一回だけ最大噴射。機体を180度回転させて振り向き様に接近していた要撃級へと深く突き刺す。
元々が近接戦を考慮しない米軍機のF-18/Eでしかも片腕だ、一瞬でブレードを保持していた左腕が負荷許容値を超える。その結果、ブレードが強制的に手元から離れた。

大きくバックジャンプ。俺が手放したブレードが深々と突き刺さった要撃級は数体の戦車級を巻き込み、沈黙する。


「―――あっぶね~」

『やっぱ、アンタは変態だわ』

『お前、変態だな』

『整備班に殺されますよ?』

『人間辞めているんじゃないか?』

『いやぁ、清々しいまでの非人間振りですね?』

『あらあら』

「お前らなぁ!?」


それは武ちゃんに言えよ!アイツこそ真の変態じゃねーか!(機動的な意味で)


『此方ヴァルチャー01。支援砲撃を要請した、その区域から離れてくれ!』

「了解―――なっ、互角だろ?」

『非常に遺憾だが…事実だったな』


A-01の不知火や俺が大きくBETA郡へ突っ込んだお陰か大分進行が停滞しているBETAの一団へと支援砲撃を後衛で援護してくれていた帝国軍部隊が絶妙のタイミングで支援砲撃を要請してくれていた。
あと30秒もしない内に到着する支援砲撃が残りのBETAを殲滅してくれる……そう、思っていた俺だが油断せずにBETA郡の赤い光点が集結したマーカーから目を逸らさない。



そのお陰か、誰よりも早く声を上げる事に成功していた。


「―――っ乱数回避ぃ!!」

『『『『『――――ッ!?』』』』』


俺の叫びに、集結していた各機が一気に散開する。
その瞬間、泣き出した赤子の様に管制ユニット内に鳴り響くレーザー照射警告。それは光線級の出現を意味し……今、その瞳に自機を捉えているという証明でもあった。







【後編へ続く】


今週の土日は出張だぜぇぇぇ!  三┏( ^p^)┛  │樹海│




[20384] 【第九話後編】天空の眼
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:52
【同年同日 新潟】



暗い夜空に地上から放たれた幾重もの光が空を照らし、大きな花を咲かす。
なんて、何処かロマンチックに(ロマンチックか?)言っては見たが事実を述べるとすれば、着弾する筈だった砲弾が光線級に迎撃され、撃ち落されたのだ。

勿論、AL弾では無い通常砲弾だった為に重金属雲は殆ど発生していない。それを意味するのはレーザーが直撃すれば一瞬で屑鉄になる危険地帯。
俺にとって……いや、全世界の兵士にとっても忌むべき存在が今、この空を支配している。


「各機、無事か!?」

『ヴァルキリー01、全機無事だ!』

『ヴァルチャー01、何とかな!』

「了解!支援砲撃要請!通常弾でもAL弾でも良い!インターバル中に狩る!」

『了解した!ヴァルチャー01よりHQ!試験小隊を含むH-229に光線級を確認した!支援砲撃を要請する!』


ヴァルチャー01が帝国軍艦艇部隊へと支援砲撃を要請する中、光線級の照射インターバルである12秒を使って簡易防壁(死んだ突撃級)を作成する。
これならレーザーが直接には当たらないし、当たっても逃げる時間が作れる筈。

「モース硬度15は伊達じゃない!」と脳内にア○ロボイスで流れたのは無視の方向で。


「ヴァルキリーマム、光線級の固体数は?」

《はい、現在確認している光線級は総数59体、重光線級は確認出来ません》

「了解……ああ、クソッ……楽な戦いだと思ってたのになぁ」

『大尉、その割には余裕そうなんですが…』

「いやいや、俺ってば臆病だからなー」

『嘘だ!』


何時も通りのツッコミをありがとう……しっかし、実際問題どーすっかねぇ?
各地から集まってるのか、光線級の他にもBETAが接近している事を示す光点が多数。このままじゃ包囲殲滅されるな、BETAに。

撤退するにも光線級に背を向ける訳だから危険、かと言って即決しなければ何れは包囲網が完成し、BETA増大による密度上昇で照射の危険は減るが結果的に危険度は増す。
非常に儘鳴らない物だ。


『くそっ!何が時間が掛かる、だ!!』

『不味いぞ、そろそろ補給をしないとただの的になる!』


俺がこの包囲網を安全に抜ける方法を考えているとヴァルチャー01の悪態と、孝之の焦りの声が響く。
その台詞の一片から予想出来たのが非常に嫌になるが、支援砲撃が行えない、弾がもう無い、だろう。でなければああも怒鳴らん。

そんな事を思いつつ、周囲に目を向ける。
突撃級の隙間から弾幕を張ってBETAを退ける不知火から弾が切れたのか、背部兵装の突撃砲がパージされる。

弾の無い銃は只の重り、その判断は正しいので特に何も思わなかったが………


「………!」

『どうしたホルス01!?』

「――――伊隅大尉、光線級ってのは空中飛翔体に対して照射を行いますよね?」

『そうだが、一体何を……』

「なら、“コレ”は使えませんかね?」

「これは……なるほど」


示す先には、破棄された突撃砲。
戦術機サイズに合わされたソレは非常に巨大で、質量だけで戦車級くらいは潰せるであろう代物。

つまり、“BETAにとっての脅威たる物”だ。その事を理解したは良いが、余りにも予想外……そんな表情をしている。
ま、確かに突撃砲をブン投げて光線級の囮にするのなんて普通は考えないだろう。


『弾薬を考慮して………全部で14~5丁ほど余るな』

「ええ、伊隅大尉は帝国軍部隊の後退支援と防衛線構築をお願いします」

『了解した』

『大尉、私は…』

「エレナ、お前も一度退け。弾がもう無いだろ?」


右背部ブレード担架よりもう一本のファルケイソードを抜き、エレナへと渡す。
エレナは俺に弾を渡していたりしていた為か既に突撃砲の弾が残り少なく、近接戦に備えナイフを装備している。しかも、A-01と同じ様に推進剤の消耗も多い。
これはEXAMの悪い点でもある推進剤の消耗が多くなるという、跳ぶ事が増えた為に起こる事象なのだから仕方が無いが……これ以上の戦闘継続は不可能では無い、が厳しい。

彼女はまだ戦えると言うだろう……だが俺は、それを許す気は無い。


「―――シングルアサルト(単機突撃)だ、俺がレーザーを引き受ける」

『『『『『―――――!?』』』』』

『―――っ!?た、大尉!最小作戦行動単位はエレメント(2機編隊)です!私も…』

「却下、エレナ少尉は伊隅大尉の指揮下に入れ。これは上官命令であり……相棒としてのお願いだ」

『……了解‥です』


俺の言葉にエレナの顔が歪む。言い方はキツイかも知れないが、あれは俺の本音だ。
意外かも知れないが、彼女は勇敢だ……いや、勇敢すぎる。囮役は彼女の様なタイプが真っ先に死ぬ、故に許可しない。

それに、まだ理由はある。

俺が乗る機体は大型の肩部スラスターと腰部スラスターを追加したF-18/EX。飛行中での機体姿勢の強制変更に現状では最も優れている機体だろう。
それに、今までの戦術機機動の概念をぶっ壊すOS:EXAMに最も習熟しているのは俺……囮としては最高の人材と自負している。

故に、俺が行く。



【推奨BGM:GRANRODEO≪Once&Forever≫】




≪BETA総数は1200、目的の光線級はBETA群のほぼ中央に陣取ってます≫

「了解……フゥー…」


ゆっくりと操縦桿を握る指を開き、再度握り直す。深呼吸を一回、丹田に力を込め、心を静める。
武装を確認、装弾数約500発の突撃砲が1丁、グレートソードが一振り、ナイフが2本……無駄遣いは出来ない貧弱さだ。

だが、今までの経験ではもっと酷い戦いが何度もあった。これでも今はマシだ。


≪作戦目標は光線級の殲滅……よろしいでしょうか?≫

「レーザーを殲滅して、飛んで逃げる……それだけだろ?」

≪―――御武運を≫

『停滞していたBETA群、侵攻再開!』

『投擲用意!』

「了解……タイミング同調!」


跳躍ユニットへ点火、青白い炎を吐き出しながら出力を上げ続ける。
ワスプが鈍い音を上げながら膝を曲げ、跳躍準備が完了。光線級の位置、推進剤残量、タイミング、ついでにBGMの脳内再生も確認……良し。


《カウント、3‥2‥1…》

「Dive!」


涼宮中尉のカウントに合わせ、ダミーとなる突撃砲が各機によって空高く投げられ……レーザーがそれを撃ち落す。
その数秒前、俺はフットペダルを大きく踏み込み、機体を空へと持ち上げていた。


「いきなり大歓迎ってか!」


その瞬間から鳴り響く警報、見なくても光線級だと分かる。奴等からしたら極上の餌が飛んでやってきた……そんな認識なんだろう。


「オラオラオラ!当たったら痛ぇぞ!?」


機体が自動回避を行うのをキャンセル、光線級の射線を予測し急降下。
高度11m、小さな操縦ミスが墜落すら生む高度を最大推力で更に加速、ギリッと歯を食い縛り、Gに耐えて飛び続ける。
噴射角調整、肩部スラスターを右、左と左右ランダムに噴射して光線級の射線にBETAの盾を作り続ける。
常にBETAの波を掠る様に飛んでいる為か、機体各所に設置されたブレードベーンがすれ違い様にBETAを切裂き、まるで道を記すかの様に赤黒い血煙を上げていた。

BETAもそんな俺に合わせて道を開いて光線級の射線軸を確保しようと動くがその時には俺は別のラインを飛んでいる。
結果、BETAの足並みが乱れ、侵攻が停滞する。現状では予定していた通りの行動が出来ているだろう。


「退きやがれタコ助!!」


道を塞いだ要撃級を飛び越える。飛び越えた先には戦車級の群れ、迎撃は不可能と判断して機体を上昇。
その瞬間から再度鳴り響く光線照射警報。光線級の双眸が俺を捉える……だが、俺も同じ様に射程距離に光線級を捉えていた。


「…っ!」


回避――――いや、突っ込む。数瞬の内にグレートソードを機体前面に盾の様に構え、フルブースト。
レーザー照射。その数18…他はBETAの影に隠れ、照射出来ないのだろう。照射中の光線級へと突撃砲を向け、掃射する。

沈黙、グレートソードの肉厚なブレードを半ばまで焼いたのを無視し、残りの光線級に36㎜弾をばら撒き、殲滅していく。


涼宮中尉の声と共に、36㎜弾が切れる。


《残り9体》


なけなしの120㎜弾で纏めて吹き飛ばす。


《残り5体》


弾の切れた突撃砲を投げつけ、その質量を持ってして潰す。


《あと3体》


グレートソードを投擲し、地面を砕く。
その際に発生した大小様々な岩が飛来し、その身をミンチにする。


《あと1体》


ナイフシースからナイフを抜く。此方を覗き見、無機質な瞳を怪しく光らせる光線級へと投擲―――――命中。
切っ先が目を抉りぬき、後方の戦車級にバーベキューの串の様に突き刺さった。


「―――此方ホルス01、光線級の殲滅が完了した。離脱する」

《確認しました!支援砲撃が再開します、現場を離れて下さい!》

「了解」


グレートソードを確保、群がろうとする戦車級を振り払って飛ぶ。
ふと見ると、雲を裂くように飛来してきた砲弾の弾が光線級という迎撃部隊の居なくなったBETAを蹂躙していた。

あれでは、生きているのはもう居ないだろう。



「あ~……終わった、かぁ…」


とりあえず、眠いなぁ。






次回に続く



後書き


昨日、米国出身の同僚のと飲みに誘った際の出来事


俺「PJ、久し振りに飲まないか?」 ※決してMr死亡フラグじゃありません、愛称です

PJ「それはいいね、久し振りに食べたいし」

俺「?食べたい?」

PJ「ああ、テバサキ(手羽先)!あれがチキンでも最高に美味いのさ!バドワイザーが無いのは残念だけどね…」

俺「お前、可愛いな」

PJ「…君に背中は向けない事にする」

俺「そんな意味じゃ無い!!」


アホな二人だと思う今日この頃。



[20384] 【第十話】選択
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:53
【2001年7月19日 12時24分~国連軍横浜基地~】



どうしてこうなったんだろう……そう思わずには居られない時が人間、誰しもがあるものだ。
俺も現在進行形でそんな状況に陥っているのだから。


「大尉!私の話をちゃんと聞いているんですか!?」


新潟から戻り、機体洗浄を受け、漸く一服でもするかな~といった時に彼女…エレナに捕まった。
それ以降、既に30分はクドクドとお説教が続いている。


「イ、YES Ma'am!」

「私の上官は貴方なんです!そんな言葉を私に使わないで下さい!」


だったら、自身の上官であり隊長でもある俺に説教は良いのだろうか?―――そう問いかけたくなったが厳しい眼光に言い出せない。
普段は整備班から“白百合”とも称される儚さを持つ美少女なのだが……今の彼女はそんな白百合の面影は無く、どちらかと言えば地獄の悪鬼の様な威圧感だ。
かれこれ30分、俺はこの冷たい戦術機ハンガーの床に正座して彼女の説教を一身に受けていた。


曰く、『単身でBETAの群れに突っ込まないで』

曰く、『待たされる身にもなって欲しい』

曰く、『私は胸が張り裂けそうになる』


言葉の意味はよく分からなかったが心配していたのは事実の様だ。でなきゃ、あんなにも怒りはしないだろう。


「悪かった、反省してる、お昼食べに行かない?」

「―――正座、そのまま一時間追加で」

「ひどっ‥(ドシンッ!)ぐふぅ!?」

「私も付き合いますから、逃げないで下さいよ?」


エレナが正座していた俺の太股に腰を下ろす。小柄な彼女は俺の腕の中にスッポリと納まる形になっている。
重りのつもりなのだろうか?此処は戦術機ハンガーなのだからもっと良い物があるだろうに…。


「エレナ少尉も中々に聡いですな?(ボソボソ)」

「ええ、まるで甘える都合を作った様な…(ボソボソ)」

「クラウス、何であんなに慕われてるのに気付かないんだ…?(ボソボソ)」

「ある意味、あんたより罪作りな男よね(ボソボソ)」


遠巻きに此方の様子を伺っている他の基地要員やヴァルキリーズの面々が何やら話しているが聞こえない…が、面白い物を見るかの様な目で見ているのは間違いないだろう。
未だに怒りが収まらないのか顔を赤くしているエレナさん、誰か…誰か救いの神は居ないのか!?


「あの…バーラット中尉にマクタビッシュ少尉、この後にちょっとしたパーティーをやるのですが、お二人もどうですか?」


救いの神…いや、天使が来た。戦域管制を勤めている涼宮中尉が何処か困った様な笑顔で俺とエレナに告げてくる。
まあ、パーティーの理由は明白だ。

BETAに(若干だが危険な面があったものの)快勝―――こんな日は下手な合成食も最高の味に変わるだろう。
それが、仲間と騒いで食べる食事なら尚更だ。


「涼宮中尉……分かりました。此処は、中尉に免じて開放しましょう」


その事を理解しているのか、何処か物足りなさそう(どんだけ正座させる気だったんだろう)な顔をして、俺の上から退く。
衛士強化装備だったので痛みは無かったし、痺れも無い。


「流石は涼宮中尉。素敵です、結婚して下さい」

「え、ええぇ~!?」 「大尉!?」

「冗談だ」


だからそんなに睨むな。というか、俺に恋愛感情は皆無だっての。もうおっさんなんだよ、精神的に。


「HAHAHA!じゃあ、行きましょうか?」




   ◇




「大尉~!ハグしてくださ~い♪」

「あによぉ…あらしらってぇ~!!」

「孝之君タカユキ君たかゆき君タカユキ君孝之君たかゆき君タカユキ君孝之君タカユキ君たかゆき君タカユキ君孝之君たかゆき君タカユキ君孝之君タカユキ君たかゆき君タカユキ君孝之君たかゆき君タカユキクン‥」

「オレが全部、オレが全部……奪い、壊し、踏みにじる。他の誰でもない。オレが………オレが…………オレが全て壊したっっ!!」

「……伊隅大尉」

「言うな、中尉。私もこの状況をどうにかしようと案を模索中だ」


宴というのは酒が入ると何時の時代も、何処の世界も騒がしいものだ。俺は今の現状から判断した事実に頭を抱えてしまいたくなる。
唯一、この場で平静を保っているのが俺と伊隅大尉くらいだ。つまり、この惨状を収束できる人物が二人だけしかいない……鬱になる。
因みに、宗像中尉に風間少尉は二人して何処かへ向かったのでこの現場には居ないのであしからず。


「あー…エレナ、離れろ」

「私はまだ、許してませーん!」

「酔っ払いは面倒臭いなオイ!」

「アンタを見てると昔のバカユキを思い出すのよぉぉぉ!!」

「速瀬中尉まで来たぁぁぁ!?」


腰にエレナ、頭に速瀬のヘッドロックが直撃している状態に悲鳴しか上がらない。
エレナはこう見えて無手での戦闘は俺の知る中ではいけ好かない銀髪ブルスト野郎に次ぐ技術を誇る。ぶっちゃけ、生身ではエレナは最強である。

そして速瀬、こっちもこっちで軽く座った目で此方を睨み、先程から決めていたヘッドロックがずれて首に入り始めている。


「い、伊隅大尉!助け‥って居ねぇぇぇ!?」


最後の砦、伊隅大尉へと助けを求めるが何時の間にか消えている。逃げたの?ねぇ、逃げたの!?

そんな俺の悲痛な叫びが通じたのか、PXの入り口からピョコッと顔を出す少女が一人。言わないでも分かるかも知れんが霞だ。
何処か困った様な色を含ませた瞳が俺を見る。そんな彼女に視線で『助けて』と無言のアピール。



―――――あ、逃げた。


「……どちくしょぉぉぉぉぉ!!」


なあ!前回の戦いは何だったの!?反動でギャグパートなのかこれ!
メタい発言だが俺はそう聞いてみたい。実際、ギャグにしか思えない展開だが現在進行形で死にそうだぞ!?

クラウス・バーラット中尉、酔った女性衛士に絞め殺されて死亡……嫌すぎる。というか、末代までの恥だろそれは。
そんな俺の悲痛な願いが届いたのかどうかは分からない。しかし、何かが通じたのか再度PXの入り口から駆け足の音とどこか聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。この声は…


「こっちです…」

「社、一体どうし…‥え?」

「貴女は、確か神宮寺…(ぎゅっ)ぐぇっ!?」


よくやった霞!後で部屋に来て俺の髭をジョリジョリしていいぞ!!
思わずそんな事を思ってしまった程、俺は霞が呼んだ増援の存在に感謝していた。

神宮寺まりも軍曹、ヴァルキリーズの母とも言うべき人である。階級は軍曹だが、速瀬が逆らう事は出来ないであろう人だ。
まあ、名前を呼ぼうとした瞬間に首締めが本格的にぃぃぃ!?


「バ、バーラット中尉!?速瀬!何をやっている!!」

「あによ、ぐんそーがちゅーいにめいれーしよーってのぉ~!」

「お、お前…!?酒を飲んでいるのか!?まったく!」


珍しく狼狽した様子で声を上げる神宮寺さん。だが、やるべき事は分かっているのか俺の首を絞め続ける速瀬を引き剥がし次にエレナの肩を掴む。
しかし、神宮寺さんは何を思ったのかエレナを引き剥がさずに速瀬の方へと向かってしまった。


「ぐ、軍曹…?」

「いえ、既に無力化している様なので…」

「無力化って……寝てやがるし」

「無事か!バーラット中尉!?」


俺が首を擦りつつエレナを抱き上げると居なくなった筈の伊隅大尉が後方にライフルを携えた歩兵小隊を連れて戻って来た。
いや、ライフル装備の歩兵一個小隊は少し大げさ過ぎやしないか?


「何とか平気ですよ。それより伊隅大尉、鳴海中尉、涼宮中尉、速瀬中尉はお任せします、俺はエレナを連れて行きますので」

「了解した……特に速瀬にはキツく……いや、私は何もしなくても良いかもしれんな」


伊隅大尉の視線の先には腕を組んで額を押さえる神宮寺軍曹の姿。
確かに何もしなくてもいいかもしれない。


「お、そうだ。社もありがとな?神宮寺軍曹呼んできてくれてホントに助かった」

「いえ…」

「そのうち、お礼するな?」


ピョコッと反応したウサミミ(?)を了承の返事と判断し俺はPXを出る。
地下3階の士官室の一角にあるエレナの部屋を開け、そのベットにエレナを放り込む。ふぎゅっ!?とか聞こえたが無視、サッサと部屋を出る。


「あ~……」


手持ち無沙汰になった……がこのままハンガーにでも行って機体の整備状況でも見に行くか…ふとそう思い、足を格納庫方面へと向ける。
今回は無茶をした為か機体へのダメージが大なり小なりある筈だ。それを把握して置くのも開発衛士の仕事だろう。そんな事を思いつつ地上へと出る。

1Fの施設塔を抜けていると前からピアティフ中尉の姿、彼女は俺を見ると近づき、敬礼。


「バーラット中尉、此処に居ましたか」

「ピアティフ中尉?どうしました?」

「いえ、これを」


返礼し、用件を聞くと主に指令を伝える為に使用する書類ケースを渡される。
宛先人は……国連欧州方面第1軍総司令部!?


「特に機密文書では無いようですが……」

「ええ、これは……異動か?」


書類を出し、目を通す。
そこには、確かに異動命令書が含まれている。


「え~…何々?クラウス・バーラット中尉以下NFCA計画スタッフは総員……」


そこには、移動先としてこう書かれていた。



①NFCA計画を完遂とし、国連欧州方面第1軍総司令部へと帰投せよ……欧州√(オリジナル展開、姫様等々)
②近日中に行われる極東ソビエト戦線での国際合同運用試験に参加せよ……TE・オルタ本編√(武ちゃんとかと孝之の絡みに試行錯誤中)






後書き

①と②はアンケートですので、協力をお願いします。予定ではどの√もやるつもりです。
あ、あと私的な事なのですが……




ちょっと仕事で“中東”に行って来ます。3週間は更新出来なさそうなのでご了承下さいませ……何事もありませんように(真面目に)
アンバールハイヴがある国では無いのであしからず(近いですけどね)



[20384] 【TE・オルタ√第1話】さらば横浜、また会う日まで
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:54
【2001年7月20日 国連軍横浜基地野外射撃場】


青い空、白い雲、そして響き渡る銃声音。ポカポカ陽気に俺の虚ろになりつつあった意識を一気に吹っ飛ばす強烈な快音が響く。
俺の隣には伏射体勢でM4を構えるエレナの姿。今、5本目のマガジンを外し、新たなマガジンを取り出している。


「いや~、やっぱり天気の良い日は外で撃つに限りますね~」

「まーな…」


やけに元気なエレナに空返事をし、俺も台座に置いたままのM1911を手に取り、構える。
衛士といえど基本は兵士、肉体を用いた戦闘技術が錆付いては話にならない。そんな訳で衛士にも2週間に一回は射撃訓練が課せられているのだ。

パパンッ!という乾いた音が2回、響くと共に狙いを付けていた標的の心臓と腹を撃ち抜く。
俺の使うM1911の使用弾薬である45ACP弾は無理に頭を狙わずとも十分な殺傷能力を持つ。その事が染み付いた撃ち方だ。
エレナが俺の撃った銃弾の着弾地点を見て、何処か悔しそうに言った。


「大尉、拳銃の腕前だけは上手いですよね」

「それは喧嘩を売ってるのか?あぁン?」

「いえ!そんな訳じゃ‥(ゴッ!)~~~~!?」


拳骨を一発、伏射体勢から頭を上げて丁度良い高さにあったエレナの頭に落とす。昨日の復讐(※前話参照)ではないぞ?これは愛の鞭だ。
頭を押さえる彼女は取り合えず無視、弾倉に残った弾5発を撃ち尽くす。命中箇所確認―――腕は落ちていない様だ。

そんな事を思いつつ再装填をしていると頭を擦りながらエレナが立ち上がる。そして俺の標的に目を向け、また目を丸くして驚きを表す。


「どうした、何かおかしいか?」

「だ、だって50m先の目標にテニスボール一個分のサイズ内に全弾命中ですよ!?普通にスゴ腕ですって!」

「ガバメントの有効射程範囲が50mなんだ、だからその範囲内で当てれる技術を身に付けた。装弾数も兵士級の急所撃ってギリギリだしな……それに、お前も十分だろーが」


エレナが狙っていた200m先の目標を見る。見ると人型目標の頭部は蜂の巣になり原型を残していないし、心臓や手首等もピンポイントで弾が集弾している。
明らかに平均的な歩兵の能力を上回る射撃能力だ。


「ほんと、身不相応だよなぁ…」

「……大尉、それは酷くないですか?」

「いや、そういった意味じゃないんだがな…」


彼女は本来なら17歳の少女、俺の知る“あの世界”ならまだ女子高生の年代だ。そんな少女が一流クラスの射撃技術を誇る……やはり、此処は異常な世界だろう。
時折、俺はその感覚が麻痺している気がするがこの世界の軍事にどっぷりと身を浸している人間だ。その考えが根付くのが自然なのかも知れない。

そういや、教官の資格を取ったのもそんな事を考えた時だったな……。


「……あ、そうだ。唐突だが今度はソ連に出向するから」

「本当に唐突ですね!…ってソ連ですか!?」

「おう、ほら」


何の前フリも無く言った俺の言葉にツッコミを即座に入れてくれるエレナに感謝しつつ懐に入れていた命令書を渡す。
それを3分程眺めるエレナ。どんな事も見逃さないつもりで一文字一文字、確認している。まぁ、ソ連行きの事実は変わらないのだがねー。


「確かに……えっと、数日中には横浜を出るんですか?」

「ああ」

「ちょっとハイペースな気がするんですが……」

「海はそんなモンだろ?」


実際、固定戦力である陸軍と違って色んな所に向かうのが海軍の仕事だ。時と場所、そして戦場も選べないのも普通の事だ。
そんな俺に『分かってはいるんですけど…』と言いつつも不満そうなエレナ。


「…何か用事でもあるのか?」

「用事って程の事じゃ無いんですが……日本に来たのは初めてだったので少し帝都城を見てみたかったんです」

「つまりは観光か」

「そ、そうとも言います…」


ポリポリと後ろ手で頭を掻くエレナに苦笑し、今日のスケジュールを確認する。
実機は新潟防衛戦で酷使した為に今頃は完全分解整備中だろう。ソ連行きも決定しているので細かい調整も済ませるから実機は整備班に完全に任せる事になる。

かと言ってシミュレーターでの訓練はする気も起きない。つまりは暇だ。


「…よし、マクタビッシュ少尉は午後より半休とする。これは命令だ」

「……へ?」

「返事は?」

「りょ、了解しました!」

「おう、少しは楽しんで来い」


これは独断だが彼女に少しの休暇を与えるくらいは出来るだろう。俺は“命令”したから、何かあった際の責任は俺が取るしね。




   ◇




「さてさてと…」


昼食に京塚のおばちゃんが作った合成豚のしょうが焼き定食(大盛り)を平らげた俺は何をするか、と考えながら合成玉露をのんびりと啜る。
しかしこの合成玉露、高速道路にあるサービスエリアの無料で飲めるお茶みたいな味で何処か懐かしい感じがする。ラムネも飲んでみたがやはり懐かしい物が日本には多いな。

そんな事を思いつつふと周囲を見渡す。
何故か俺の座るテーブル席が避けられている気がするのは何でなんだろう……あと、何かコッチを見て話してるし。


「(まぁ良いか)京塚曹長、ご馳走様」

「お粗末様!アンタの頼んでた品、手に入れておいたよ!」

「それはどうも。お手数お掛けします」

「気にしない気にしない!」


気持ちよいくらい笑う京塚のおばちゃんに背中をパーンッ!と叩かれる。こりゃ痛い、痛いが……自然と人を笑顔にする、元気の出る痛さだ。
俺が前世で学生をしてた頃にもこんなおばちゃんが居た事を思い出し、思わず苦笑してしまう。


「では、俺はこれで」

「あいよ、午後からもしっかりと働くんだよ!」

「ははは…本当は兵隊が働かない方が良いんですけどね」

「そりゃ違いないねぇ!」


紙袋を片手にPXを出る。
目的地を目指しながら中身を確認。酒、煙草、チョコバー、キャンディー、花……注文していた物が全て入っている。
それなりに散財したが……まあ、それもいいだろう。


「此処で良いか…」


基地正面門を抜け、桜並木の中の一本の木の前に立つ。
酒を一口だけ飲み、残りを木に振り掛ける。それから袋の中に入れられたチョコバーやキャンディー、花に煙草を木の幹に立てかける様に置いていく。


「………」


1999年8月5日から始まったH22:横浜ハイヴ攻略作戦、【明星作戦(オペレーション・ルシファー)】から約2年…少し早いが戦友達の命日だ。
何かと教導任務や対BETA戦試験の事でスケジュールが圧迫されていたので後回しになってしまっていたのだ。


「こりゃ、怒られるな」


苦笑しながら煙草を取り出す。
煙草を咥えたは良いが……火が無い。


「ありゃま…部屋に忘れたか?」

「どうぞ」

「ん?ああ、こりゃどうも」


差し出された火で煙草に火をつける。
大きくゆっくりと一吸いし、これまたゆっくりと煙を吐き出す。


「―――火、ありがとう御座います。神宮寺軍曹」

「いえ、中尉は…」

「お墓参り…ですかね?」


お墓はありませんけど―――そう付け足す様に呟く。
見れば、神宮寺軍曹の手には花束と線香。恐らくは同じ様な目的なんだろう。軍曹が花を置き、線香に火をつける横で俺は黙々と煙草を燻らせる。

1分か2分か…極僅かな短い時間が経ち、手を合わせていた軍曹が立ち上がる。
あの短い時間に何を思ったかは分からない。だが、語らずとも皆、似た様な経験をしてきているのだ。自然と理解出来る。


「……教え子、ですか?」

「はい……中尉も?」

「ええ、ルシファーの際にソビエト戦線から部下ごと引き抜かれましてね」


国連軍所属の指揮官として新人のソ連海軍部隊を訓練していた頃、“切り札”であるジョーカーの名を付けて挑んだ明星作戦。
孝之と要塞級の腹の中で過ごすまでに指揮していた中隊が小隊にまで減ってしまった。居なくなった中にはまだ14歳の少年少女達だった。


「ソビエトじゃ13歳で兵士として徴兵です。皆、ガキだったですよ」


何回も衝突しあった何処までも子供だった部下の顔を思い出す。誰が言ったかは忘れたが『大人になるという事は自分で生き方を決める事』だったろうか?
生まれながらにして既に兵士としての生き方を強制されていたアイツらは……一生、子供なんだろう。


「俺は教官としてはまだ未熟だったのか、息子娘を持つ気分になってしまいましてね……一人目が死んだ時、簡易休憩所で泣き叫びました」

「…もう結構です」

「次の出撃で更に3人、その次には4人です。しかも、一人は腕の中で冷たくなっていくんですよ?俺の名前をか細く言いなが‥」

「もう結構です!」


神宮寺軍曹の強い声にハッと気付く。イカン、鬱な方に記憶が入ってしまったみたいだ。
今のは、明らかに余計だ。


「すみません、軍曹」

「いえ、私も理解出来ます…」

「そう、ですか………うっし!」


煙草をもみ消し、短く呼気を発する。これでソ連に行く前に十分に気合は入った。
もう一度、墓参りに来るまで死ねないのも自らに刻み付けて。




「じゃあな、戦友。また来るぞ」





続く


後書き

何とか出張前に更新出来ました。
そして皆さん、アンケートにご協力ありがとうございます。ルートは②をメインに進めて行きたいと思います。

あ、あと中東と言っても基本的にトルコでの活動になりますので大丈夫ですよ!




  ( ゚д゚)  『国‥援船団が…エル軍に攻撃を受ける……トルコ人に死者…』※時事ネタ(?)な為にぼかし入り
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ 
  \/    /
     ̄ ̄ ̄


  ( ゚д゚ )
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ 
  \/    /
     ̄ ̄ ̄



[20384] 【TE・オルタ√第2話】北の国から
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:54
【2001年7月28日 アヴァチャ湾沖】


「大尉、ソビエトの大地が見えて来ましたね~」


遥か遠くにうっすらとだが巨大な大地が見え始める。
国連軍輸送艦の上部甲板、そこの一角にある係留用のロープを巻きつけるビットに腰を下ろして俺とエレナは談笑を続けていた。

横浜基地から出立して早くも7日が経過、北海道の方で一回だけ寄航したがそれ以外はそのまま船の上だ。
衛士である俺とエレナは輸送艦内では“お荷物”扱いらしく、特にする事も無いので甲板で日課の様に風を感じに来ている。


「ああ、カムチャッキーは冷えるから身体を冷やすなよ?」

「詳しいですね…私達の教官になる前はソ連の国連軍基地で教官をしていたんですよね?」

「そうだ、基礎教練を済ませたばっかのガキ共を2年間で216人な」

「……多くないですか?2個連隊規模じゃないですか」


エレナがコップに入れられた紅茶(勿論だが合成品)を差し出しつつ俺に呆れた顔で問う。
俺はをコップを受け取って紅茶を喉に流し込む。胃の中に熱いものが降りてくる感覚が身体に馴染んだ所で言葉を続けた。


「補佐は居たさ、典型的なソビエト軍人の補佐がな」

「うわぁ…」

「まあ、俺が鍛え上げた新米の腕でソイツは黙らせたんだけどな」


俺が鍛えた一期生の中でも最も優秀だった奴は補佐官の奴を戦術機戦で文字通り瞬殺。
十分な腕を持った衛士が教育されるのなら補佐官も文句は言えなくなったのが非常に爽快な気分だったのは記憶に新しい。

いやいや、座学を簡易的にして3ヶ月間ミッチリと戦術機の操縦技術を仕込んだのは正解だったかも知れない。


「あ~……私も似た様なのを受けましたねー」

「顔が死んでるぞ、エレナ」

「大丈夫です、大丈夫ですよ大尉。PTSD(トラウマ)が再発しただけですから……」

「?」


どうしたんだ?俺の教官振りはハート○ン軍曹並みと自負してるんだが……何か不満でもあったのかね?
アレはアレでひっじょーにノリノリであったのは今も懐かしい事だ。

俺はそんな事を思いつつ煙草を出そうと懐に手を入れた瞬間、エレナの目が光ったのに気付いて手持ち無沙汰気味に煙草のパッケージから手を放す。
とりあえずコップの中に残った紅茶を一気に飲み、一息ついてから言葉を続けた。


「しっかし、アホみたいに飛ばなきゃ光線級が脅威じゃない戦場ってのは新米にとっても、試験小隊にとっても最高の戦場だ」

「新米って…ブリッジス少尉の事ですか?彼は大尉と同じ米軍の…」

「ああ、俺と違って本物のエリートだけどな。で、話を戻すが…目の前のBETAにだけ集中できる、光線級に割くべき注意は最低限でいいしな」

「まぁ、確かにそうですが……」

「ある意味、対BETA戦の実戦経験を積むんだったら最高の場所さ」


うんうん、と一人勝手に頷く俺。「山脈」という天然要塞が光線級から戦場一帯を覆っている。そのお陰か爆撃機が未だ最高クラスの運用率を誇る場所だ。
それに加えて、BETAの物量は多いがソ連戦線はBETAの侵攻時期を過去のデータから大まかに予想しているのでそれなりにしっかりとした事前準備が出来る。この事前準備ってのは非常に大事だ。

エレナ曰く「お茶を飲んで落着く時間くらいは作れます」だ。慌てずに戦闘へ推移できる…これは世界の各戦場では最高の環境だろう。

そういや、個人的に一番キツかったのは地中海戦隊に配属していた時だったな……砲弾がビュンビュン飛んで来るし、空母から陸地に着く間に光線級に撃たれるのはザラだし。
昔、出撃した瞬間に撃ち落されたのは今でも夢に見る最悪な思い出だ。……気圧でな、「ミシッ」とか「ピキッ」とかの異音が断続的に響いてきたんだヨ?

そんな俺のトラウマが再発動している中、隣で幸せそうに紅茶を啜っていたエレナは小さく溜め息を吐き、俺に顔を向けた。


「大尉って変人だと昔から思ってましたけど…やっぱり変ですよね」

「まあ、変ってのは自負してるが」

「……そっか、大尉が変態さんって聞いた事があるけど、やっぱりアブノーマル的な意味だったんだ…」

「待てゐ」


エレナが半音下げた声質で呟くのを俺は聞き逃さずにツッコミを入れる。
何か、俺とエレナの間に『変』という言葉の持つ意味の致命的な違いが出ている気がする。てか、絶対そうだろ!


「……マクタビッシュ少尉、貴様の言い訳を聞こうか?」


俺が珍しく苗字に階級を付けてエレナの名前を呼ぶと一瞬で背筋を伸ばす。反応からして俺が本当に怒っているのを察知したんだろう。
そんな彼女に発言を許可し、俺は腕を組もうとして…


「宗像中尉が…」

「………」


頭を無言で抱えた。予想通りっちゃあ予想通りだが……あの人はホント~にもう…。


「OK、分かった。あの人が言った事は全て信じるな」

「え、でも霞ちゃんとはいっつも一緒だったじゃないですか?」

「それについては弁明できん」


確かに、何かと霞とは行動を共にしてた気がするな……朝飯とか昼飯とか夜飯とか、日中に散歩してた時とかな。

これは俺の予想であるが……多分だが、多分だがな!やけに霞と会ったのは香月博士の仕業だと思うんだ。リーディングとかで探りでも入れてるのかは知らないけどね。
いや、もしかすると純粋に俺を慕って……ねーな、俺ってばモテないし、白銀みたいに主人公!ってガラでもねーし。霞が俺に興味を持つ?無い無い。


「ん~…あれだ、社を見てると保護欲が沸かないか?」

「あ、分かります!」

「だよな?俺が何かと甘やかしたから懐いたんじゃねーの?」

「…まるで小動物みたいな扱いですね、霞ちゃん」

「どっちかと言えば娘かもな」


正直、霞は精神年齢50歳を誇る俺にとっちゃ娘みたいな感覚だ。
ま、俺に隠す情報なんてこの世界の未来の出来事とか00ユニットの事、それに各オルタネイティブ計画の事くらいだし、大した事じゃ無い。
………あれ?俺、狙われる理由が多くない?つか、俺の知る情報って今更だけどバレたら確実に消されるか自白剤コースだよね?


「………」


思わずゴクリッと音を立てて生唾を飲み込む。あの人ならやりかねない……いや、決断したら必ずやるだろうし、その権限もあるんだが。
……てか汗、流れ出るのを止めてくれ。あと背中が薄ら寒いんだが……そっか、ソビエトの大地が近いんだったな!!というか、そうであってくれよマジで。


「…大尉、顔色が悪いですけど……そろそろ中に戻りませんか?」

「……ああ」


ま、まぁ、色々と問題はあるがもう横浜からは離れる事が出来たし、とりあえずはこの運用試験を無事に終わらせてサッサとアラスカに帰ろう…。



  ◇



【2001年8月3日 SIDE ユウヤ】


「……」


戦艦から発せられる砲音と船が波を切る音、そして周囲で入港作業をする乗組員の声が混ざり合って響き合う。
それは俺の頭上に広がるグレーをベースにしたマーブルカラーな大空と同じようにも思える。統一性の無い不協和音みたいな感じだ。


「(これが…最前線…)」


まるで墓場だ、周囲の誰かが言ったのが聞こえたが間違いでは無いだろう。
朽ちた船の残骸、まるで空を掴むかの様に海中から突き出た戦術機の腕、最低限の機能しか備えていない艦船の係留所……この世の地獄とはこんな事なのかも知れない。
そして、今も戦いは続けられているのだ。BETAと、人類の終わりの見えない戦いが…。


『進路そのまま、現在0,5ノット』


艦内要員の全てに聞こえるように外部スピーカーが起動しているのか、船橋と港の通信内容が耳に届く。
俺がそのやり取りに耳を傾けている間に入港が完了、船から放られた係留ロープが船と港を繋ぎ止めていく。


『入港完了、誘導に感謝する』

『貴官らの入港を歓迎します――――地獄へようこそ』

「地獄、ね…」


確かにそうだな、と思う。各試験小隊機や装備を船から降ろしているのにも常に気を張っている者ばかりだ。
『最前線の重み』って奴なのかも知れない。


「(上等じゃねぇか…!)」


そう思いながら佇んでいるとVGやタリサ、ヴィンセントが俺の周囲に集まっている。皆、普段と同じ様な態度だが何処か俺とヴィンセントには無い「慣れ」を感じさせていた。


「……(ヴィー、ヴィー、ヴィー)…っ!?」

「何だ?敵襲か…ッ!?」

「いや、これは……」

「“アレ”だよ」


タリサが顎で差すようにしゃくり、俺とヴィンセントは釣られる様に視線を向ける。
2個中隊規模のMi-24…ハインドの名で知られる戦闘ヘリコプターの編隊とそれに続く5機の戦術機、それに目を凝らして見ていたヴィンセントが声を上げて指さす。


「ありゃ多分MiG-27……っておい、後続にも……っ!?」

「な……っ!!」

「おいおい、先頭の2機はホルスだぜ!」


ヴィンセント、俺、VGの順で驚きの声が上がる。隠れていて見えなかったが後続に6機、まさに満身創痍といった体の機体がフラフラと黒煙を上げて続いて来ている。
その動きからして明らかに姿勢制御が困難な状況であるのは明白だった。
そしてホルス隊、あの何を考えてるか分からない男が乗るワスプは普段の空色塗装ではなく、BETAの紫色の体液と同じ色に染まっていた。


「………」


ごくり、と生唾を俺は飲み込む。隣でタリサが予想した元々の部隊規模を呟いているがそれに割く思考も無かった。
あれが実戦で傷ついた機体、BETAとの実戦をした代償……そして、自分がこれから直面する未来の姿……かも知れない。


「ちょ、嘘だろ!?」

「おいおいおいっ!?」

「わわわ!あ、ああああの馬鹿、何をやってんだ!?」


そんな事を考え、俯いていると3人の滅多に聞かない様な声に俺も顔を上げ、その視線を追う。
見ると、黒煙を噴いていた戦術機2機の間にクラウスが乗るF-18/EXが挟まる様な形でゆっくりと下降しているのが見える。

……俺は肝心な所を見ていなかった為に後から聞いたのだがバランスを崩して接触しかけた2機の間に失速機動で割り込んで墜ちない様に支えてたらしい。
一歩間違えば自分も即、墜落だったろう筈だ。
あのタリサがこんなにも慌てている所や、普段は飄々としてVGですら息を呑んでいるが……


「……化けモンかよ」


何故か、俺は呆れが先に来てしまっていたのだった。



 ◇



「少尉、無事か!?」

「は、はい!中尉殿、ありがとうございます!」


俺はナイフで墜落しかけたMiG-27の管制ユニットをこじ開け、中に乗っていた衛士の少女を救出する。
隣では同じ様にエレナも要撃級に殴られて変形し、開かなくなった管制ユニットを無理矢理にこじ開けて衛士の救助をしている。


「手酷くやられたもんだ…」


半壊したMiG-27を見て俺は呟く。本来は何事も無く無事に戻れる筈だったのにどうしてこうなったのか?それは今、担架で運ばれていく4人の衛士達が原因だったりする。
俺とエレナはソ連軍戦術機中隊の支援を受けながらアフリカ連合のドゥーマ小隊と同じ区画で試験をしていたのだが……奴ら、シェルショックになりやがったのだ。
確かにあの小隊は実戦の経験が無い部隊だった、それに俺も初陣の際には涙流して怯えてたから責め様が無いさ……だがしかし、そっから先のドゥーマ小隊のCP仕官の対応が問題だった。

いやさ、唯でさえパニックを起こして使い物にならないってのに後催眠暗示も掛けないと来たもんだ。ふざけんな、と叫んだよ。

確かに、後催眠暗示は状況判断能力が低下するがパニックで友軍誤射するかも分からない奴よりはマシだ。そこに加えて撤退支援を受け持つので結果的に俺とエレナも巻き込まれる。
死者こそ出なかったが……これはかなりの運の良さだろう。状況的には全滅も有り得た。


「ったく、支援が間に合わなかったら今頃全員、BETAの腹の中だぞ…?」


俺達の救援に来てくれたハインドがBETAを押し留めてくれていた一瞬を使って何とか逃げてこれたのだ。
更に言えば他のエリアの防衛を担当していてくれたジャール大隊からSu-27が一個中隊規模で援護に来てくれたのだ。HQから聞いた限りでは犠牲者は出なかったそうだ。
これは後で礼を言わねばならないだろう。


《ホルス小隊、BETA群の侵攻の停滞を確認した。機体洗浄を受けた後、指定のハンガーへ帰頭せよ》

「ホルス01了解……」


さてさて……いきなり波乱に満ちた始まり方だなぁオイ(汗)




続く


後書き

トルコって凄い国でした。(色んな意味で)
一杯のコーヒーにスティックシュガーが5~6本セットが当たり前、お菓子=甘さの塊……「あんぱん、食べたいなぁ」とか思ってた私は日本人だと痛感です。



[20384] 【TE・オルタ√第3話前編】思い出とトラウマ
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:55
【2001年8月3日 ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地ホルス試験小隊ハンガー】



「無茶しやがって……腕は完全にお釈迦だぞ?」

「悪いな、おやっさん」


おやっさんの呆れた声と共に放られたミネラルウォーターのボトルを受け取り、俺はハンガーに設置されているベンチに腰を下ろしてワスプを見上げる。
2機の戦術機を支えた手腕を今から分解整備…というか大掛かりな部品交換だ。本来なら簡易整備で即出撃待機に入れた筈だったのだが…余計な手間を掛けたな。


「ふん、謝るんじゃねぇよ。ガキ共を守るためだったんだろ?」

「まあ、ね…」

「……相変わらずだよ、お前も」


おやっさんは俺の背中を大きく音が鳴る様に叩き、機体に取り付いていた整備兵に大声を張り上げて指示を出す。
俺に向けていた視線に何かを含んだ物があったがさしては気にならない。俺が無茶をやったり、後先考えないで行動する事はおやっさんに会って以来、何度もあった事だ。


「タバコが美味い…」


懐から取り出した煙草…ラッキーストライクを取り出し、最後の一本を咥えて火を付ける。肺を満たす苦い煙、そして俺が現実世界でも吸っていた変わらない味が懐かしい気がする。
他にも物資の都合上、マルボロやウィンストンという手に入れやすいアメリカ製の煙草を吸う俺だが生前はラッキーストライクを愛煙していた。
個人的にはマルボロの方が味は気に入ってるのだが「ラッキーストライク」という幸運を狙い撃ってくれそうな名前が気に入ったのだ。


「エレナの奴が居ると吸えやしねーからなぁ…」


咥えた瞬間、没収は本当に勘弁してほしい。何回も言っているが上官は俺なんだが……甘いからなぁ、俺。
エレナは「身体に悪い」とか言うが俺だってそれは分かってる。身体が資本の衛士である俺が煙草を吸う理由はこれが故郷の味と香りだからだ。

俺にとっちゃこのアメリカ製の煙草と懐に仕舞われたM1911は普段から肌身離さず持っている俺の小さなアメリカ。
所謂、“問題児”として米軍から国連軍へ厄介払いされた俺に愛国心もクソも無いが、故郷という物が恋しくなる時もある。流石にこの世界に生まれてから16年間も暮らせば愛着もあるものだ。

まあ、つまりはホームシックである。……精神年齢上では50歳のおっさんだぞ、俺……気にしたら負けか。


「フゥー……」


ゆっくりと煙を吐き出し、煙草を咥え直す。そういや、運用試験の前準備で特に思ってもいなかったがこの基地へと来るのも久方ぶりだ。
セベロクリリスク基地で過ごした国連からの出向教官時代、訓練兵達にBETAとの実戦を経験させる為に何度も来た基地なだけあって大方の基地構造は把握している。故に懐かしいと感じるのはおかしくない。
俺の記憶が正しければ今、俺が居るハンガーは当時は訓練兵のミグが格納されていた場所だった筈だ。


「アイツらはこの基地にも居るんかな…」


この基地はソビエト防衛の要でもあり、多くの戦力が結集している場所となっている。
しかも俺が鍛えた中にはA-01の衛士並のセンスを持った奴が多くは無いが居た。そいつは優秀な衛士として前線に赴任されてるだろうから配属されるなら此処だ。
今も生き残っていればソビエト戦線の現状からして……少なくとも中尉にはなって部隊を率いているだろう。もしかしたら俺より上の階級になっているかも知れない。


「戦争の縮図、か…」


この基地に所属する兵士達の年齢層は一部を除いて十代の少年少女達が半数近くを占める。若年の兵士が多数所属する最前線基地は正にその国家の現状を縮図にした物だ。
欧州や日本でも着々と徴兵年齢が下がって来ているがソ連は極めつけだ。
12歳で徴兵、13歳まで歩兵訓練を積んで衛士適正チェック、そして4ヶ月から長くて半年の訓練期間の後に衛士として前線へ派遣されていく……そんな消耗品の扱いだ。

この世界の人間だってこれをおかしいと感じる人間は居る。特に俺なんかは元が平和な日本で暮らしていたから尚更だ。
だけど、嫌な事にこの現状に納得している自分が居るのも事実だ。俺が居た世界でもベトナム戦争時、ベトナムから帰還した兵士が平和な日常に戻れなかった事が多々あった~なんて話を本で見た事がある。
俺もそんな状態なのかも知れない。幾ら『これはゲームの中だ』って誤魔化したりしてても12年間も戦争やってりゃ、どっかの感覚が鈍ってもしゃあないとは思う。


「はぁ…」


精神が耐え切れなかったのか、感情が欠落してしまった人間を何回か見た事があるが…正直、あんな風になりたくはない。感情が無い兵士なんてただの兵器だからだ。
本来なら精神病院にでも叩き込むべきなんだろうが感情が無いだけで戦うのには支障が無い、むしろ人形の様に命じられたまま戦う存在だ。
司令部からすれば……言い方は悪いが最高の駒なんだろうな…。


「……」


煙草をフィルターギリギリまで吸った為か、辛く感じる様になったそれを吐き出す様に飛ばす。
燃え尽きかけていた煙草は設置された灰皿へと弧を描いて飛んで行き、灰皿の縁に当たってから小さな山を作っていた吸殻の中へと入る。ホールインワンだ。


「―――うっし!」


ベンチから立ち上がって固まった背筋を伸ばす。
あんまりグダグダと考えるのは性に合わん、俺がすべき事はただ単純だ。生き残り、出来る限りの最善を尽す…だから俺は教官資格を取ったし、仲間を見捨てない。

神宮寺軍曹が原作でも言っていた『臆病でもいい、勇敢だと言われなくていい。それでも何十年でも生き残って、ひとりでも多くの人を守ってほしい』という言葉。
イレギュラーな存在の俺が出来る事なんてそんなに多くない。零れ落ちる命を助けようと足掻いて、無茶苦茶でも戦術として使える機動を教え、幅を広げる。

これが、俺がこの世界で生きていくスタンスだ。今更になって変えられるかってんだ!



  ◇


【2001年8月6日 ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地】


「大尉~どこですか~!?」

「おいおい、エレナ嬢ちゃん?ホントに消えちまったのか?あの馬鹿」

「はい!オムスク大隊のアントーニー少佐との会議に参加した後が行方知らずなんです!私が少し用事があって離れていた間に……大尉ー!?」


VGの呆れた声と焦ったようなマクタビッシュの声、戦術機ハンガー群の間を走り抜けながらそんな会話が交わされたのは何回だろうか?
事の発端は右往左往するマクタビッシュの姿をVGと俺が発見した際に話を聞いたのが原因だ。

何でも、『もう2時間近くは帰って来ない』『自室にも機体の元にも戻ってない』『目撃者も居ない』との事らしい。
あの非常識人間でも一応は知り合い、故に手伝っては居るんだが……居ないな。


「ブリッジス少尉!居ましたか!?」

「居ないぜ、あるのはハンガーだけだ」

「案外、どこぞの誰かさんみたくMPにでも拘束されてたりな?」


VGが笑って脇を突っつきながら俺に言う。俺はそれに特に反応せずに周囲を見回すとVGのくぐもった声と何かが決まる音が聞こえる。
見れば、マクタビッシュが怒りの形相でVGへと関節技を決めていた……一応、先任少尉なんだがな…。


「はぁ……ん?」


VGの悲鳴とマクタビッシュの怒った猫のような叫び声に混じって付近にあったハンガーから笑い声が響き渡る。
見た感じ、使用していないハンガーの筈だが気になった俺はこっそりと覗き込む。ここは国連軍将兵が自由に出歩きを許されてる区域だから機密性の高い物は先ず無いだろう。
それ故の行動だったのだが……


「………は?」


「やっちまえザハール!お前の怪力が役立つチャンスだぜ!?」

「あの余裕そうな顔を悔しそうに歪ましてやれ!」

「教官の不敗記録に泥を塗るのはお前しかいねェぜ!!」

「おう、任せとけ!」

「ハッ、愚か者め!親には勝てないってことを教えてやろう!」


ハンガー中央辺り、普段は人気も物も無いであろう場所に人だかりが出来ている。大体、3~40人は居るだろう。
その中心部、少年少女に囲まれた上半身裸の筋肉質な少年と俺達の探し人であるクラウス(これまた上半身裸)がドラム缶を台にし、腕相撲に興じる光景だった。


………ハッキリ言おう。意味が分からん。



  ◇


【大体2時間前】


「教官!」

「ん?」


俺が属するホルス試験小隊の戦域を担当するオムスク大隊の隊長との試験内容の打ち合わせを行った帰りの事だ。
“教官”なんて懐かしいロシア語の単語を後ろから掛けられ、俺は振り返る。
見ると、走ってでも来たのか少しだけ肩で息をする少年少女が合わせて5名の一団が居る。


「お久し振りです!何時ソ連へ!?」

「噂には聞いては居たのですが…まさかもう一度会えるとは思いませんでした!」

「あ、階級下がってる……」

「ちょ、ちょっと待て!まさか……」


大体、16~17歳くらいの男女を軽く震える指で指す。何処か面影がある、そんな気がする顔立ちばかりだ。


「ヴィクトル…?」

「はい!」


少しだけ大人びた顔立ち、そして特徴的な泣き黒子がある中尉の階級章を付けた少年に問うと快活な返事が返ってくる。


「じゃあ、そっちの二人はエリヴィラに……レイラか!?あんなに小さかったのに!?」

「はい!お元気そうで安心しました!」

「ち、小さかったってなんですか!私だって大きくなってるんですよ!?」


短髪と少し高めの背が特徴なお姉さん系少女と、その肩くらいの身長の大人しそうなロングヘアの少女も指差す。
こっちもお互いに中尉の階級を付けており、顔立ちもどこか大人になっている気がする。


「俺も居ます!!」

「ザハール!?」

「私もです!」

「ナターリヤもか!」


筋肉で覆われた肉体の少年とほっそりとした少女の声も上がる。この二人も中尉の階級章、胸にはウイングマークが輝いている。
やはり間違いない、彼らは俺がソ連で教官をしていた際の第一期生の中に居た顔ぶれだ。既に4年は昔だが記憶にしっかりと残っている顔立ちばかりだ。


「無事に生きてたか……しかも中尉だと?生意気な奴等め!」

「教官だって大尉でしたよね?あの、まさか…降格処分、ですか?」

「ま、まぁな……つい最近、中尉に上がったばかりだが……」

「「「「「それじゃあ少尉まで階級を落としてたんですか!?」」」」」


5人の素っ頓狂な声が揃って響く。失礼な、名誉の降格処分さ!


「俺にも色んな事があったんだ……しかし、偶然でもこんな形で合うとは思わなかったぞ」

「それは俺達もですよ……あ、俺は他のも呼んできます!」

「おお、他の奴らも居るのか!」


周囲に出来る衛士ばかりの人だかり、その中心に居た俺は苦笑しつつも話をしていたのだが……





「教官!私も昔よりずっと強くなりましたよ!」

「噂で聞いたんですけど…」

「ほ、本当に居るぜ!?」

「きょ、教官!?夢じゃねーよな!?」


してたのだが……


「早く来いよ!」

「ま、待ってよ!まだ髪型が…」

「気にしなくても教官はお前に見向きもしねーよ!」

「キリルにだけは言われた無いよ!」

「そうそう、ガサツなアンタには分からないよ!」

「んだとテメェ!」


してたのだが……凄く多い。たった十数分で30人は揃っているだろう。嫌では無いが、少し窮屈だ。
……今の俺には、記者に追い回される有名人の気分が分かる気がするな。


「ちょっと待て、少し待て!アリーナにダヴィード、クラーラ、アルカディー、フョードルと…マイアか?それにそっちはイーゴリにオリガ……」


少ない記憶と、昔から持っているメモ帳に記載してあった特徴と名前を頼りに名前を当てていく。正直、教師になった気分だ。
いや、教官と呼ばれてる時点で教師ってのは強ち間違いじゃない気がするんだが……とか考えてる内に名前当てが終わる。本当に懐かしい顔ぶれだ。


「皆、久し振りだな……何処かで話でもするか?」

「はい!」

「あのハンガー、今は空いてるんでそこを使いましょう!」


流石にこの人数が道に固まって話をしていれば人目を引く。
そう思っていると一つの少し古びた無人ハンガーがあると腕を引かれ、移動を開始する。


やれやれ、少しばかり思い出話に花が咲きそうだな……。



後編へ続く





《次回予告》


「どうした!?ゴミらしくBETA共のふにゃ○ラでイきたいのか!?」

『『『Sir,No Sir!』』』

「ふざけるな!もっと声を張り上げろ!!どこぞのカイゼル髭が粛清を命じるようにな!!」

『『『Sir,Yes Sir!!』』』

「虫の交尾以下の声がようやく聞こえたぞゴミ共!衛士適正検査を抜けたからと言って貴様らはエリートでは無い!今は価値も無い存在だ!!」

『『『Sir,Yes Sir!』』』

「おい、糞チビのイヴァン二等兵!そんな貴様らが存在する為にすべき事はなんだ!?」

「BETAを殺すために戦術機の操縦を覚える事であります!」

「そうだ!貴様らはまだ戦術機でよちよち歩きも出来ない!生まれたばかりの赤子と同じだ!いや、赤子はまだ泣くが出来たな!無力な赤子以下の気分は最高か!?」

『『『Sir,Yes Sir!』』』

「しかし、俺のシゴきに耐え抜けば貴様らは一流の衛士になる!分かるか!?人類が掲げる最強の矛だ!!歩兵には羨望の眼差しを浴び、戦車兵には嫉妬される!どうだ、嬉しいだろう!?」

『『『Sir,Yes Sir!!』』』

「そうか!なら貴様らの安っぽい覚悟で俺に付いて来れるか見せてみろ!」

『『『Sir,Yes Sir!!!』』』

「良し!全員駆け足!!」

《こんな感じのハートマン軍曹のような言葉が出ますのでご注意を》


後書き
ソ連編という事で買ってきたウォッカ、酒屋で思わず「安っ!?」と声を上げた私に罪は無い。



[20384] 【TE・オルタ√第3話後編】思い出とトラウマ
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:56
【同日 無人ハンガー内】


ハンガー内は長年使用していないらしく、少々ホコリっぽかったが特に誰も気にしていないらしい。
俺が一つのコンテナに腰掛けるとその周囲へと各自が思い思いに腰掛ける。

そして、俺の第一声が発せられた。


「――――何人、死んだ?」

『『『………っ!!』』』


一部は予想していたのか顔を歪める。中には予想できずに身体を硬直させる者も居た。それを見た俺は目を閉じ、全員に問う。
俺にとって、これだけは聞いておかなければいけない。戦友として、教え子として、同じメシを食った仲として、何より俺の子供として。
絶対に忘れちゃいけないからだ。


「………第一期生からはアブラム、リュボフ、ワルワラ、レフ、モイセイ、ラビ、ロスティスラフ、スパルタク、エヴゲーニャが逝きました」

「……そうか」


俺が教官として育て上げた一期生の中ではここに居ないナスターシャと並んで訓練兵を纏めていたヴィクトルが口を開き、俺に告げる。
ヴィクトルはハネたような癖毛が特徴的だったラビとエレメントを組んでいた筈だ。かつて俺が所属先を通達する際に二人で手をとって喜んでいたのを覚えている。

そんな彼の辛そうな顔に後押しされたのかまた一人、また一人と死んでしまった奴らの名前を俺に伝えていき、俺は無言で手帳に名前を書き連ねていく。


「………これで、全員か?」

「…はい、確認できている範囲では…それで全員です」


時間にして15分程度だろう、誰も声を発しない沈黙の中で俺は手帳に書き留められた59人の名前を見直す。
216人中59人…いや、明星作戦で死んだ8人も含めると67人だ。損耗率31%……米国を抜いた世界中の教官が鍛えた新任衛士の生存数を過去4年間分で統計すれば少ない方だ。
むしろハイヴの真ん前にあるソ連戦線の最前線基地の衛士損耗率から見れば優秀な部類に入るだろうし、この損耗率なら軍の上層部も『素晴らしい結果だ』と言うだろう。

それでも…それでもだ、悲しいのには変わりはない。お偉いさんには少ない損耗でも、俺や彼らの仲間からすれば家族を失った悲しみにも勝る気持ちの者も居る筈だ。
そんな重苦しい空気の中、俺はゆっくりと口を開いた。


「あいつら、逝ったのか……」

『『『………』』』

「苦しんだか?」

「いえ、恐らくは痛みも無く死ねたと…そう、思います」

「そっか、そりゃ良かった。こんな世界だ、あっさりと死んじまうなんて有得る事だと覚悟はしてたけど……やっぱ、悲しいな…」


俺が呟くように、寂しさを紛らわす言葉を吐き出すと全員が顔に影を落とす。少し、感傷的になりすぎたかも知れない。
黙祷を捧げる様に黙り、頭を垂れる全員を見渡して俺は立ち上がる。そしてゆっくりとした動きで後ろ手を組み、胸を張る。


「Attention!!」

『『『……ッ!』』』


ハンガー内に反響して響き渡る俺の号令。その号令に全員が跳ね上がるように立ち上がり、整列する。
俺が教官として訓練兵の相手をしていた時、この言葉は必ず怒声を浴びせる為に集合させる合図だったので何人かは過去の罵倒を思い出したのか顔が青い。

まあ、変に暗い雰囲気は吹き飛んだようだ。


「ヴィクトル!」

「はい!」

「お前は数人引き連れて全員分の酒やら食いモンを仕入れて来い、金はこれを好きに使え!」

「了解です!」


マネーカード(自然の減少により紙幣より電子マネーが主流である)を渡すと1個分隊を率いてハンガーを出て行くヴィクトルを見送る。
さてさて、後は会場だ。


「ザハールは周囲を軽く片付けろ。エリヴィラにレイラ、お前達は床に敷く物でも探して来い」

「「「りょ、了解!」」」

「よし、残りは3人の手伝いと掃除するぞー!」


何がなんだか分からない…そう言うかのような雰囲気を感じるが俺が掃除を始めたのを見て各自も掃除を開始する。
大体20分程度だろう、限定的なスペースとはいえ20人を超える人数が掃除していたのだ。かなり綺麗になっている。


「買ってきました!」

「おう、皆に配ってくれ………行き渡ったか?」

『『『はい!』』』

「じゃ、飲もう。死んだ奴らの弔いだ」


合成ウォッカを合成オレンジジュースで割りながら俺が言うと顔を見合わせていた全員もそれぞれが飲み易いようにアレンジをしていく。
本来なら未成年にアルコール…しかも合成ウォッカなんて工業用アルコールの親戚みたいなモンを飲ますべきじゃ無いんだが、弔いの酒としてだ。目を瞑って貰おう。


「よし!手向けとして盛大に騒ぐぞ!」

『『『了解!!』』』


そう……せめて、この騒がしくも元気に生きている声はアイツらに届けと言わんばかりに。


  ◇



「そんな感じでした、ハイ」

「それで、テンションが上がりすぎて飲みまくって脱いでアームレスリングですか大尉?出撃も近いんですよ?試験中なんですよ?バカなんですか?」

「スイマセン……あの、ホントにこれ以上は勘弁して下さい…」


そんな感じで今までの出来事を説明すると腕を組み、仁王立ちの状態で正座する俺に対して小言の嵐をぶつけまくるエレナさん。
俺を捜索するのに協力していたユウヤにVG、それと一緒に騒いでいた教え子達は一歩退いた位置で哀れんだ視線を俺に向けているだろう。

乾杯から暫らく経ち、教官時代から無敗だったアームレスリングを挑まれたので受けて立っていたのだがテンションとアルコールが変なベクトルに入ったらしく、俺は裸になっていた。
そこに現れたエレナに進行形で説教を受けているのだ……あの、酒が抜けて寒くなってきたのでそろそろ服を着させて下さい。


「……おい、アメリカ人。教官って何時もああなのか?」

「………ああ、俺の知る限りはな」

「教官を怒鳴ってるのも教え子の一人なんだろ?俺達だって同じ訓練受けてきたけどさ、逆らえるような生易しいモンじゃねーのに…」

「おい嬢ちゃん、そいつはホントか?普段のアイツは『ふざけるのが俺の使命!』みたいな奴だぜ?」

「うっせーよ、マカロニ野郎「マカッ!?」……教官の罵倒でド変態なマゾに目覚めたのが居るくらいさ」

「『どうした!?ゴミらしくBETA共のふにゃ○ラでイきたいのか!?』だったか?それから続く罵詈雑言、最悪だったぜ…」

「海兵隊員教育の間違いだろ、それ」

「少なくとも衛士を育てるような言葉じゃねぇよな……それと、おいテメェ!さっき俺の事をマカロニっつったな!?」

「うっせェよ!パスタでも食ってな!」

「んにゃろう……!」

「落着けよVG。それに、マカロニは事実だろ?」

「………ユウヤ」

「ぎゃははははっ!だっせぇ!仲間にバカにされて―――」


「五月蝿いですよ!一緒に説教を受けますか!?」

『『『『いえ、お断りします』』』』


“No Thank You”と言わんばかりに手を前に押すような形を取るユウヤ達にチワワのような潤んだ瞳で視線を送ると全員が顔を逸らす。
キモいとは自分でも思うがそれくらい切羽詰ってるのだ。切れたエレナはネチネチと、非常に気分が重くなるように怒るのだ。

しかも潜在的にはドSだしね、エレナ。


「まったく……楽しむのもいいですけど、任務の最中なんですからもっとしっかりと…「その意見には私も同意しよう」っ!?」

『『『『……っ!!』』』』


何処か柔らかい空気に包まれていたハンガー内が一転して張り詰める。見れば、ユウヤやVGも含めて全員が背筋を伸ばし、俺の背後に居るであろう人物に敬礼をしている。
俺の背中に掛かる絶対零度…そう言うのが正しい雰囲気からして明らかにソ連軍人…しかも数多くの実戦を経て指揮官へと上がったような厳しさを感じる。


「バーラット中尉、ソビエトでもそれなりに名がある貴様がこうもふざけたマネをするとは……明日にはBETAでも降るのか?」

「BETAが空挺作戦を使用するようになったら世界の終わりですよ中佐殿……お、ターシャじゃん、元気?」

「……お久し振りです、教官」


俺は立ち上がって中佐の階級章を着けた女ソ連軍人に敬礼する。確か……ジャール大隊指揮官のラトロワ中佐だ。
ソ連で教官をしていた際、新人に死の8分を擬似的に体験させる為に前線に出撃する際に周辺部隊の指揮官と顔合わせを含めた合同ブリーフィングを開いた時に見た事がある。
そしてその斜め後方、何処か柔らかい表情を慌てて引き締めた見慣れた顔が居た。

第一期生の纏め役として、そして戦術機戦ではお目付け役のロシア人軍曹を文字通り瞬殺した彼女、ナスターシャ・イヴァノワだ。
愛称はターシャ。階級は大尉になっている所から察するにラトロワ中佐の副官なんだろう……教え子に階級抜かれました、ハイ。


「それで、これは何の騒ぎだ?私は何時の間にか行方知らずの部下を探していれば何やら愉快な声が聞こえて来たのだが?」

「ハッ!中佐殿のお手を煩わせて申し訳ありません!!私が勝手にかつての教え子との旧交を温めておりました次第であります、マム!」

「ほう……ヴィクトル?」

「……ハッ!事実であります!!」


ラトロワ中佐が威圧感という服を着ているかのようなオーラで俺に質問を投げかけ、部下なのかヴィクトルに確認を取る。
一瞬だけ迷ったようなヴィクトルに後ろ手でサムズアップ、『俺に任せておけ』という意味を込めて送ったそれを理解したのかしっかりとラトロワ中佐に答えた。


「フン、まあいい。幾ら古巣とはいえ貴様等は部外者、あまり派手な行動は慎む事だ……MPが部隊を召集していたぞ」

「っ……申し訳ありません」


すれ違い様にそう小声で告げるラトロワ中佐に敬礼を崩さず礼を言う。
ソ連軍のMPというのは非常に厄介だ。俗に言う社会主義政治将校の直属、捕まれば下手したら弁明も出来ないだろう。国連軍所属であってもそれは変わらないし、此処はそういう国だ。
確かに所属部隊がバラバラな衛士ばかりが使用していないハンガーに40人も集まれば不審に見えるか…。

そんな事を思いつつ俺が内心で冷や汗を掻いていると伝える事が無くなったのか、興味を無くしたようにラトロワ中佐が「行くぞ」と短く告げて数名を引き連れていく。
だが、何かを思い出したかのようにこちらを見た。


「中尉、服は着ておく事だな。そのままだと愉快な凍死体が明日にでもハンガーの隅に転がっている事になる」

「イ、イエスマム」


口元を小さく歪め、如何にも愉快そうに言ってラトロワ中佐がハンガーを出て行く。
全員から安堵の声が響き、ユウヤは何処か気圧された様だったがVGに肩を叩かれて苦笑いをしている。


「……」

「ん?どうしたんだエレナ?」


皆が解散し出した中、何処か眉を顰めていたエレナにイソイソと服を着込みながら問いかける。
すると、エレナは非常に不機嫌そうに呟いた。


「敵が増えた気がします」

「……は?」






[20384] 【TE・オルタ√第4話】暗雲
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:57
【2001年8月8日 ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地】


基地及び周辺拠点へデフコン2――全部隊が出撃体勢を維持する状態――が発令され、周囲の空気が慌ただしくなる。
慌てたように走り抜ける衛士や歩兵、装甲車に戦術機の群れがソビエトの地に侵略者達がやって来たのを告げてくれる。

そんな中、アラスカから来た二次派遣部隊が集まっている大き目のブリーフィングルームは空気が張るような緊張に包まれている。
此処に集まったのは各試験小隊を護衛する部隊の隊長との合流が目的なのだが、その前に一度集合しての合同ブリーフィングだ。
緊急時の対処法、戦域からの脱出法、最悪の事態における機体破棄の確認など…墜ちる気がないテストパイロット達には余り興味が無いような話ばかりだろう。


「まだメシ食ってる最中だったんだけどなぁ…」

「サッサと食べちゃって下さいよ大尉」


その中で何かを噛む咀嚼音と液体を啜る音が静かだった室内に響く。一部はその音の元である部屋の入り口に目を向けたが納得したように視線を戻していく。
彼等の視線の先にはクロワッサンを咥えて手には湯気の立つ紙コップを持ったクラウスの姿。普段は全体を後ろに撫で付けるように固められた髪の毛がハネている所からして寝起きだろう。
しかも口に咥えたクロワッサンの減り方からしてエレナが持ってきて口に突っ込んだ物だ……鍛えられた開発衛士としての眼力が、それらを完璧に見抜いていた。

正直に言うと見抜かなくてもいい気がしなくもないが。


「アホか……」

「………っ!」

「おい、笑うなVG。アタシだって我慢してんだからさ…!」

「あらあら」

「……」


ユウヤは呆れたように呟き、VGとタリサは微妙に視線を下へとずらして声を押し殺す。ステラは小さく微笑み、唯依は額に手を当てて押さえている。
他の開発部隊の隊員も笑いを堪えている者や呆れたと言わんばかりに息を漏らす者、我関せずの状態の者もおり、明らかに出撃待機の衛士達が集まる空気では無くなった。
……そんな空気に気付いていないのか、コントじみた二人の会話はまだ続く。


「……エレナ、出撃から帰ったらメシはハンバーグにするか」

「BETAのミンチを見た後にそれは嫌です」

「じゃあボルシチ、あれってブチ撒けられた戦車級みたいだよな」

「一発殴って起こしましょうか?」

「サーセン」

『『『……ブフッ!』』』


ほぼ同時に俯いていた何人かが吹き出し、それが引き金になったように笑いが広がる。
『何が面白いのかがまったく分からない』と周囲の状況に言いたげなクラウスとエレナを残したまま……そんな光景を不思議そうに見ていた二人だった。



  ◇



【ц-04前線補給基地 ホルス試験小隊試験予定区域】



「―――とんでもねーオモチャを持って来やがったなオイ」


護衛である29機のMiG-27に囲まれている中、俺は隣の区域に展開しているアルゴス試験小隊を最大望遠で覗きながら思わずそんな声を漏らしていた。
ユウヤが乗る不知火弐型、その右腕に保持された巨大な砲の存在にだ。主に欧州で運用されているMk-57中隊支援砲よりも更に巨大、複雑なシルエットからして新型兵装だろう。
ぶっちゃけ、機動性を損ねるようにしか思えない代物なんだがな……。


「性能が気になる所だな……エレナ」

「はい、CPもモニターで常時チェック中です」

「OK、ご褒美に後で飴ちゃん買ってやる」

「要りません」


あ、そう?


「それより……本気ですか?」


ふと、エレナがそう言う。網膜に映される彼女は何処か諦めたような顔をしている。


「ん?何がだ?」

「……本来は討ち漏らし相手に試験をする予定なのにワザワザ一箇所だけ砲撃を浅くしてそこに突っ込むプランです!!」


怒髪天を着く…とでも言うのであろう状態でエレナが叫ぶ。クラウスが行おうとしているのは擬似的にBETA支配地域へ着岸した時の状況を作成する事。
海軍が運用する機体を仕上げるのならそれに近い状況で試験を行うのが一番、そんな考えの元でのプランだ。

その為に護衛部隊の指揮官であるアントーニー少佐に事情を説明し、かなり難色を示したが折れて貰った。その代わり、突入という無理をするのは俺とエレナだけだ。
護衛部隊の多くに支援突撃砲…言わば狙撃ライフルが装備されているのは後方支援に徹して貰う為でもある。


「不満か?」

「………いえ、海軍所属の私達にとってはむしろそれが普通なんですが……なんですが……」


“駄目だ、話が通じない”とでも言いたげに頭を抱えるエレナを放っておいて支援砲撃の状況を確認する。
レーダーとCPから送られる情報を元に考えて、突入区域のBETA個体予定数まであと1回の砲撃を残す程度だろう。


「まあ、文句は生きて帰った時に幾らでも聞いてやる……その前にエレナ、お仕事の時間だ」

「ハァ……了解です」

『オムスク01よりホルス01、此方も全機支援体勢に入った。後はお前達の行動を待つだけだ』


ホルス01…クラウスの左隣に待機していた指揮官仕様のMiG-29を駆るオムスク01…アントーニー少佐の通信が入る。
レーダーと目視で見ると強襲掃討仕様の機体と砲撃支援仕様の機体がエレメントを組み、様々な位置に分散している。
光線級が存在しない事もあってかしっかりと退路も確保されており、狙撃位置にも困っていない様だ。


「ホルス01了解。信じてるぜ、戦友」

『そっちも死ぬなよ戦友。それに、こんな無茶をやらされているんだ。一発までは誤射という事で我慢してくれ』

「それは勿論。だが、味方に当てる腕なのか?」

『まさか!あの時とは俺も部隊の練度も段違いだ』

『あの、お二人ともそこまでに……』


やけにフレンドリーな会話、オムスク01の副官なのか一人の衛士が割って入るが空気がまったく変わらない。
エレナもエレナで首を傾げているが特に気にはしていないようだ。


『少佐!砲撃を抜けた突撃級の第一波が来ます!退避行動を!』

「ま、前回はドゥーマ小隊が暴走したからな……さてさてと、お仕事をしますかね」

『ああ、犠牲は出なかったがいい迷惑だよ……全機兵器使用自由!戦友を死なせるな!!』

『『『了解!』』』


オムスク01の号令とそれに対する返答を振り切るようにエレナと共に突撃級の群れの頭上を飛び去る。
目標は要撃級と戦車級、着岸時に最も相手する敵へと照準を定め一呼吸おいてトリガーを押し込む。エレナも36㎜を着陸地点の戦車級へと掃射、そして着地。


「カバー!」

『了解!』


エレナ機が群がる戦車級を片っ端から排除していくのを傍目に無手の左腕にブレードを選択、ボルトロックが弾け飛び、死神の鎌を跳ね上げる。
それを一番近い要撃級へと振り下ろし、食いしばった歯にも見える感覚器を叩き斬り、そしてサイドブースターを噴かして横へ逃げる。
その瞬間、後続の要撃級たちを120㎜が貫き、36㎜が原型を無くしていく。


「数だけはやっぱ多いなぁ!」

『自業自得ですよ!』


俺とエレナがそれなりに排除はしているがやはりBETAの物量は多く、囲まれ始めるがオムスク大隊の援護射撃がそれを許さない。
エレナと背中合わせで、円い沿って回るかのように動き回り、BETAを殺し続ける。このままBETAが周囲に消えるまでそれを続ける筈だった。

ただ、それは……


『な、なんだありゃぁ!?』

『コ、CP!隣で何があったんだ!!』

≪こ、此方CP!現在確認中だが、不確定情報としてアラスカの試験小隊の新兵装の攻撃だ!≫

『レーダーには3000は居たんだぞ!?支援砲撃だってまだだろーが!』


大地の震えるような感覚と、光の柱のように空へと打ち出される白光によって唐突に終わりを告げたのであった。
………まさかユウヤの不知火弐型が持ってたのって……レールガンですかー!?



  ◇


【同日 某所】



「例の映像は拝見しましたか?」

「ええ、帝国も素晴らしいモノを作り上げたようですね」

「情報部によるとあれは横浜の女狐からの提供品らしい。第四計画の副産物だろうよ」

「我が国の情報部でもそれだけ……随分と機密性が高いようで」

「ふん、確かに量産できれば素晴らしい代物だが開発部は此方への注目度が高いようだが?」

「これは……ああ、あの暴風男ですか」

「そうだ、前回と今回の試験において最も異質な動きを見せた機体だ。帝国より入手したガンカメラの映像に写っていた女狐手飼いの部隊と動きが酷似している」

「戦乙女達の機体と同じ動き……いえ、それ以上の機動を見せる機体。そして、同じ戦場に存在していた……第四計画と?」

「さぁな、向うとはただ協力していただけであった……そうとしか分からん。少なくとも、数少ない手飼いの駒を国連軍の通常の派遣部隊に配属する事も無いだろう?」

「では、完全に第四計画とは無関係……」

「ああ、そして此処は“最前線”だ。“何”が“起こっても”……不思議では無いだろう?」

「やれやれ、怖い事を……」

「同志、我が祖国では『持たざる者は持つ者から奪っていい』……そういう社会だよ」

「少なくともあのレールガンと同時にプランは進めておきましょう……あの男は甘いとソビエトでも有名ですからねぇ…」

「味方の窮地を救うため、愛する仲間を護るために犠牲となり戦う……欧州も素晴らしい悲劇の英雄を手に入れるでしょう!」






後書き
短い気がしますが区切りがよかったので…反省しますorz



[20384] 【TE・オルタ√第5話】相棒
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 21:58
基地上空を悠然と何機もの戦術機、戦闘ヘリがフライパスしていく。
戦術機の中には片腕が無い物や胸部が大きく陥没した物、BETAの体液色に染まったのも存在するが地上でそれを見上げる人々は気にもしない。
ソビエト戦線が始まって以来、類を見ない大勝利。これに喜ばない人間は居ないであろうからだ。

それは今現在も帰還してくる部隊も同じなのか、機体損傷状況に余裕がある小隊なんかはアクロバットを披露するなど、まるでお祭である。


「おい、次が帰って来たぜ!」

「オムスク大隊は全機損傷無し、犠牲者も0だそうだ!」


地上誘導員や整備員、MP達が声を張り上げて手を振り続ける。
此方に気づけば何らかのアクションがあるかも知れない……それを期待しての事だったが…。


「「「……は?」」」


全員の声が重なって響く。先頭のオムスク01と並んで飛ぶホルス01の機体が文字通り手を振り返して来たからだ。
手を左右に動かすだけの行為だが戦術機が行うとやけにシュールで、非常に見新しく感じる。

そう思いながらボケッと見上げているとホルス01の乗るF-18E/Xの跳躍ユニットが停止し、バランスを崩したようにクルクルと縦回転しながら落ち始める。
木から木の葉が落ちるようにも見えるそれは、空中での姿勢を崩した機体が見せる物とほぼ同一の物だ。
それを地上から見上げていた予想される落着地点付近に居る者は一斉に顔色を青くし、慌てた様に逃げ出すが一部はそれを見てゆっくりと立ち止まった。
細かく噴かされる腰部スラスター、動く脚に手腕…細かな姿勢制御を行っているのが目に入ったからだ。

遠く離れた位置からその光景を見ていた者はF-18E/Xがスピードを落とさず、空中でそのまま直角に高度を落としたように見えただろう。
野球で言う所のフォークボールのような鋭い落ち方だ。

本来、戦術機が下降する際は山なりにゆっくりと下降するか、宙で浮いた状態で高度を落とすのが一般的だ。
ホルス01の動きは旧来のOSでは自動制御で制御を奪われるであろうものだが素知らぬ顔といった風にバランスを取って跳躍ユニットを再点火、編隊の中へと戻っていってしまった。


『『『…………うぉおぉおおおおおおおお!!』』』


空に編隊が見えなくなった頃、一拍をおいてあの機動の異質さに気付いたのか響く歓声と囃す様な口笛が飛ぶ。
ただでさえ暑苦しい熱気に包まれていたのだが……まぁ、気にしては駄目なのかも知れない。



―――それから、2時間もしない内にPXでは盛大な宴の様相を呈していた。
ある者は歌い、ある者は笑い、またある者は飲み比べを行っている。唯一の欠点はこの事態を収拾をつける人物が居ない事だけ。

その一角を陣取る一団にクラウス達の姿もあった。


「もうっ、危ない事をしないで下さいと何度も言ってるのに…!」

「危ない事って……EXAMがあるから今までよりは安全なんだぜ?」

「分かってます!でも心配なんです!」


周囲に笑い声が響く中、その音量に負けないような大声でゆっくりと酒の入った杯を傾けながら先程の試験の反省会を行う俺とエレナ。
彼女は帰還時に行ったアクロバットがどうやらご不満のようであるが、非常に盛り上がったとは思うんだがなぁ…。


「まぁまぁ、マクタビッシュ少尉。そんな所で良いじゃないですか…あ、どうぞ中尉」

「教官、ピロシキ焼いたんで食べて下さい!」

「おう、サンキューな」

「(ピクピクッ)……は、HAHAHA、随分とおモテな様で……」


注がれた酒に口を付け、熱々のピロシキを頬張りながらエレナを見るとコップをミシミシと音を立てながら握り、俯いている。
肩がプルプルと震えている所からして………


「トイレか?さっさと行った方が良いぞ?」

「ちっがーう!!と言うか、デリカシー無さすぎですよ!?」

「……戦場に、男も女も無いぜ(キリッ」

「少なくとも、戦場に居る人間は教え子を何人も侍らせないと思います」


俺の左右と背後を指差す先を辿ると俺の教え子達の姿が沢山あり、各々が思い思いに飲んでいる。
つい先程合流したターシャも俺の背後でチビチビとやっているし、全員が楽しそうでまったくもって平和な光景だ……何か可笑しいか?


「……?」

「うわ、その首を傾げて『何言ってるんだお前』みたいな顔……無自覚なのが余計に腹が立ちますねー」


何処かイラついたように次々と杯を空けていくエレナのペースに周囲のやけにテンションが高い男達が連動して一気飲み大会を始めはじめる。
置いてけぼりにされた感が無くもないが、まあいいか。

俺はそんな事を思いつつ席を発ち、トイレへと駆け込んで用を足す。
後はさっさと戻って、また飲み直そうとでも思っていたんだが……


「手を上げろ」


殺気が篭った冷たい女の声、その声と共に背中へグリッと押し当てられる鉄の感触。
その感触に“厄介ごとが来たのだな…”と、酔いが急激に冷めた頭で漠然と思った。



 ◇


「眠いです……」


小さく欠伸を噛み殺しながらエレナはゆっくりとホルス試験小隊に割り当てられたハンガーの衛士待機室へと身を運ぶ。
先日のアルゴス試験小隊の一撃、それはソビエトの地にしぶとく残っていた暗雲を断ち切るに十分な光だったらしい。
それを祝うかのように夜遅くまで大宴会…というか、狂乱の宴だ。開放された今、漸く眠れる…といった所だろう。

今なら固い仮眠ベットでも良いから飛び込んで寝てしまいたい、そんな風に考えて一番近いハンガーへと向かっていた。


「あ~……大尉、何処に行ったんだっけ?…………大尉!?」


しかし、そんな彼女の考えは本来は居る筈であった寝ぼすけな上官が居ない事で全て破棄される。
そう言えば昨日の夜、小走りで何処かへ向かった姿を見て以来、行方が知れない。眠気の所為か思考能力が燻った状態でグルグルと同じ言葉が繰り返されていく。


「……ま、不味いです!大尉ってばベロンベロンに酔っ払ってたから誰かに介抱して貰って迷惑を掛けているかも………介抱?」


介抱…という言葉を呟いた直後、彼女の顔から表情が消え失せる。
彼女の脳内では簡潔にすればこんな感じの考えが纏められている。

介抱→楽にする→楽にするには?→ベットでゆっくりと寝かす→何処の?→仕方が無いから自分の部屋で→『From here the point is R appointment(ここから先はR指定だ)』

という超理論を超越した考えが成されている…が、それは酔いが残っているのと眠気、そして先日感じた敵が増えた予感が原因だろう。
そう、普段の彼女は落ち着きのある有能な副官としてクラウスを支える女房役なのだ。断じて、断じてツッコミ役などでは無いのである。


「ふ、ふふふフふHUフふふフフふHUHUHUHUHU……」


しかし悲しいかな、今の彼女にはそんな考えは一片も思い浮かばないようだ。
でなければ四つん這いの状態で小さく笑いながら“ゆらり…”という擬音と共に立ち上がったりはしないだろう。しかも前髪で表情が隠れて窺えないのが余計に恐怖を煽る。

周囲に居た者達はそんな彼女から半径5メートルは離れているが……もっと遠くに逃げた方がいい気がするのはなんでだろうか?


「……じょーとーです、私だって“まだ”なのにおイタをする泥棒猫は……駆逐シナイt」

「待てい(ビシッ)」

「あイターっ!?た、大尉!?」


チョップされた頭を擦りながら聞きなれた声に振り返る。そこに居るのは探し人であったクラウスの姿があり、驚きで酔いも醒めた……というか、鈍ったようだ。


「なに物騒な事を口走ってやがるんだお前は……」

「え、ええと……あ!今まで何処に行ってたんですか!?」

「……ま、少しな」


小さく溜め息を吐くクラウスの態度に何かを察したのか、一瞬だけ眉を顰めたエレナが目で問うとウインクが帰ってくる。
『何も問題はない、心配するな』…そう意味する物だがエレナもそれを頭ごなしに信じるほど愚かでは無い。一緒になってふざける時もあるが自分は女房役なのだ。頼られないのは悲しく思う。

しかし、女房役にすら詳しくは語らない……それだけで事の深刻さをエレナは直感で感じ取った。


「―――大尉。私が知らぬ間に何があったか知りませんが…私は貴方の相棒なんですから………頼って下さい」

「……了解だ」


“ポフッ”と顔をクラウスの胸に埋めてそう告げるエレナの頭を2~3回撫でて短く返す。
それを聞いたエレナは満足そうに微笑み、再度顔をクラウスの胸に埋める。恋人と言うより信頼する者同士、兄妹の様にも見える光景だ。

それはとても絵になっていたのだろう………次のエレナの呟きが無ければ。



「………知らない匂いがします」

「………」


ギュッと腰に腕を回してしっかりと抱きつく…というか締め付けるエレナにクラウスの額からダラダラと汗が流れ落ち、頬を伝っていく。
何処か柔らかい部分が当たるとか恥ずかしいとか感じる余裕は無い。むしろ、どう弁明するか普段からあんま使わない脳みそがフル回転している状態だ。


「煙草の匂いと、香水の匂いが混じってます……どういうことですか?」

「いや、あの、その……」

「ドウイウコトデスカ?」


香水の匂い……そう考えて“アレ”しかないと思い出す。トイレに行った際に何かを突きつけられた時だろう。
そんな事を思い出しながらしどろもどろに成りつつある思考を冷静にしようと目を瞑る。

――――ああ、あの時の事を思い出してきた……。



【クラウス回想中……】


「手を上げろ」


その言葉と共に押し当てられる鉄の感触、その感触をしっかりと理解してゆっくりと溜め息を吐く。
“厄介ごとだ”と…。


「……悪いが、女性には手を上げない主義でね」

「もう一度言う、手を上げろ」


冷たい女の声と共に押し当てる力がもう一段強くなる。その瞬間、一気に体勢を落とし、腕を跳ね上げる。
鈍い衝撃、背中に当たっていた感触が消え去った途端にトイレのタイルを滑る何かの音が響き、得物を失ったのと即座に理解する。
後は飛び掛り、反撃の隙も与えず下手人を取り押さえるだけなのだが…。


「諸君、重大な事を教えてやろう!俺は女の子に負けるくらい近接戦は弱イデデデデッー!?」

「何を言っているんだ貴様は……まあ、私も悪ふざけが過ぎたな。……あと、その粗末なモノをサッサと仕舞え」

「うぉう!?」


見事に俺を床に組み伏し、腕の関節を決めて動きを封じていた女性…ラトロワ中佐が立ち上がり、銃を拾いに行く間に俺は出しっぱなしだった愛息子をしっかりと仕舞う。
何故にこの人が男子トイレに居るのかは知らないが、俺に用事があるのには違いないだろう。
そう思って立っていたがふと聞こえた声、それで思考が停止した。


「……ん?清掃中?」

「気にしなくっていいだろ?飲み過ぎて洩れちまうよ!」

「ああ、あのポニーの嬢ちゃんの良い飲みっぷりに釣られて結構飲んだしなぁ」

「不味いな……中尉、コッチだ」


とっさにラトロワ中佐が腕を引き、個室トイレへと放り込まれるように入れられ、同じく中佐も入ってゆっくりと鍵を閉める。
狭いと感じるのは俺が中佐のスペースを作る為に身体を押し込んでいるためだろう……あ、香水の良い匂いがする。


「―――行ったか……中尉、時間があまり無いので手っ取り早く説明する」

「あの、外に出ませんか?」

「時間が無いと言った」

「イエスマム」


そう答えると中佐は手紙を取り出し、俺に渡す。宛先人も送り主も書いていない白い封筒…明らかに見られたら困る物の類だろう。


「私は中身は知らないし、知りたいとも思わない。だが、これは私の友人から渡してくれと頼まれた物だ」

「友人…?」

「……私がロシア人であるのは知っているな?」

「……特権階級がらみ、ですか…?」

「そう言うことだ、私と同年代の中にはソビエトでもそれなりの地位を築いている者も居る…と言う訳だ」

「はぁ…」

「貴様には敵も多いが味方も多い……少なくとも、ウチのターシャを悲しませるマネだけはしないで貰いたいな」


そう言うと周囲を見渡し、誰も居なくなったのを確認して去って行く中佐を見送り、俺はトイレの個室内で手紙を開く。


「………」


その手紙を1分も掛からず読み終え、小さく折りたたんで飲み込む。封筒は流石に飲めないからライターで燃やしてトイレに流す。
一度大きく息を吸い、吐き出すがあの手紙に書かれた文は変わらないだろう。


「『君の機体が狙われている』ねぇ……感謝しますよ、危ない橋を渡ってくれた見知らぬ誰かさん」


この混乱に紛れて手紙を寄越してくれたであろう顔も分からぬ誰かに小さく礼を良い、トイレを出る。
今は考えても仕方がない、動いてから考えればいいのだと己に言い聞かせながら、ゆったりと行動を開始した。


【回想終了】



あー、うん。中佐の香水だろーねー…てか、香水を付けるんだね中佐。


「へぇ、中佐……ラトロワ中佐ですか?」

「……ナンノコトデゴザイマショウ」

「口に出てました」


アッー!?初歩的なミスってレベルじゃねー!?


「べ、弁明をさせてくれ!」

「駄目です。裁判長は私、検事も私、弁護士も私です…」

「それただの私刑じゃねーか!?」

「はいはい、行きますヨー」

「グェッ!?」


ズルズルズルと襟を掴まれて引き摺られていく俺。
その目は……多分、売りに出される子牛のような目をしているだろう。カントリーソングの一曲にそんなのがあった気がする。

たしかあの歌に込められた意味にはなんか黒いのがあったような……。




あとがき
シリアスって嫌い(苦手)な作者です。

先日の衝撃的な出来事~inラーメン屋~
PJ「なぁブシドー」
俺「ん?どうした?」

PJ「子供がもう一人出来た」
俺「ブフゥ!?(ラーメン噴き出し)」



[20384] 【書いてみた】AF編その1※主人公はAFの知識がありません
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 22:00
【2001年12月27日17時07分~御剣警護部隊航空基地・地下4F士官室棟~】




通信が鳴り響く。その瞬間、俺は手元で読んでいた小説を放り投げ受話器を取る。
何時もの通常連絡では無い、緊急連絡を意味するコール音だったからだ。スクランブルか…?


《HQよりホルス01、本家より出動要請。悠陽様、冥夜様及び白銀武様とご学友の皆様の乗る専用機の護衛です》

「ホルス01了解、離陸予定時刻を教えてくれ」

《予定では4時間後、21:00時。行先はセルシウス・リゾートSI》

「ホルス01了解、出動待機に入る」


通信を切り、フゥ…と息を吐く。久し振りに白銀の名前を聞いたからだ。


「やっぱ……EXの世界じゃねーよなぁ?」


2001年の10月22日、奇しくも白銀武が『あの世界』へ旅立った日、俺はこの世界に自我を確立させた。
あの世界での記憶は……衛士:クラウス・バーラットとして生きた記憶はそこまで憶えていない。

あの世界で俺が最後に見た光景は布団に入って、寝る前の天井だ………後は、断片的な戦いの記憶程度だ。


「ホント……どうなってるんだかねぇ?」


衛士からこの世界では御剣家警護部隊の戦闘機パイロットになっていた俺は……取り合えず、流れに身を任せる事にしている。
まぁ、下手に行動するよりは何の問題も無く過ごせるからな。


「行き先は南の島、か……」


黒い革張りのパイロットケースに適当に下着を突っ込み、フライトジャケットを羽織る。序でに、日焼け止めや水着も放り込んでおくのも忘れない。
島に着いてからは恐らくは半休状態なので少しは遊べるだろう、と思ったからだ。


「キャプテン、私は先に待機室に向かってますね?」

「了解した」


ドア越しに響く声、ホルス中隊(人員はメンドイからパス)の隊員だろう。
因みにだが……『キャプテン』ってのは俺のTACネームだ。あの世界でエレナが行っていた大尉の愛称がそのままになったみたいだ。


「うっし……OK」


灰色の耐Gスーツを着込み、しっかりと調整する。
人間の耐えれるGは5,5Gまでとされている。だが、耐Gスーツを着ればその限界を広げる事が可能になるので戦闘機乗りはしっかりとチェックをする。


―――――流石に戦術機と違って、イジェクト失敗すれば死ぬから。


「その内に引退してとうもろこしでも作りながらゆっくりと過ごしたいよ……」


ヘルメットを持ち、部屋を出て格納庫内にある待機所へと入る。
そしてブリーフィング、荷物搬入、軽食、と出来る事を済ませ再度仮眠……そんなこんなをしている内に出撃時間へとなった。


《HQよりホルス中隊各機へ、護衛対象をこれよりα-01と呼称する。以降、α-01に仮設したCPの指示に従え》

「ホルス01了解、中隊各機に伝達。これよりバカンスに向かう、これよりバカンスに向かう」

『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』


俺の乗る機体を滑走路に誘導してくれた誘導員に手を挙げ、サムズアップをする。
12機のYF-23が並び、飛び立つ時を待つ姿は開発者達が見ればどの様な思いを抱くのだろうか…?


「―――てか、旅客機にコンコルド、戦闘機にYF-23とか……マジで金持ちだなおい…」


YF-23なんてアメリカのF-22と並ぶ最新鋭機を運用している時点で御剣がとんでもねーけどな!
とか思ってる内に2台のリムジンが到着。ゾロゾロとカラフルな髪色の方々(男は白銀のみ)が降りてくるのが見えた。


「うおっ!?せ、戦闘機ぃ!?」

「み、御剣さん…やっぱりこれって私設軍にしか思えないのだけれど……」

「ご安心を、何の問題も御座いませんわ」


白銀の驚愕の声と榊の戸惑いの声が響き、続いて月詠さんの無駄に説得力のある言葉。
それに苦笑しているとHQから通信が入る。内容は「先に飛べ」…とのお言葉だ。


《エンジョイ・フライト、ホルス01》

「オーライ、幸運を祈っててくれ」


先程まで機体チェックをしていた整備員が俺に向けて両手を大きく広げる。
問題無しの合図、それを確認し、細かい計器の最終チェックを行う。エンジン出力計、燃料流量計、排気温度計……左右エンジンとも問題無し。

しっかりとヘルメットを固定し、首を一回し。


「……ん?」


ふと、白銀達の方角を見る。約150mほど離れているが普通に視力4.0(マサイ族には負けるが)を誇る俺にはこの距離なら表情も良く分かる。
此方を見ている白銀の横で浮かない顔をしている銀色の少女……霞だ。


「ふぅむ………良し」


軽く手を振り、最後にサムズアップ………隣のアホ(白銀)が反応したが隣の霞にも見えていた様だ。小さく手を振り返してくれる。
それを見届け、スロットルレバーを引き、一気に加速。


《離陸を許可す‥ホルス01!?》

「―――――!」


アフターバーナー全開。
離陸直後から一気に垂直上昇し、空へ軌跡を残す。………高度2000……これで良いかな?


「ホルス01、離陸完了」

《貴様……ふん、まあいい。基地上空で旋回待機せよ》

「ヤー」







    ◇




【Side 白銀】



「すっげぇぇぇぇ~!」

「……!」


思わず驚きの声を上げる俺と、驚愕の眼差しで上昇していく戦闘機を目で追う霞。
流石は御剣財閥、たかが旅行でもあの手の入れようだぜ!


「……って霞?どうしたんだ?」

「……飛行機、飛べるんですね…」


………は?


「安心しました……」

「いや、飛行機が飛べるのは当然だろ?」


何言ってんだ?霞の奴……。


「………」

「……おーい?」

「武様、間もなく離陸時間ですので御搭乗をお願いいたします」

「分かりました、月詠さん。霞、行くぞー」

「はい」


ジェット機に乗り込み、荷物を預け、シートに腰を下ろす。
しばらくして機長挨拶とその他の注意事項が説明され、少し経ってから離陸した。


「皆様、シートベルトをお外しになって結構です」

「へ~い……うお、高っけ~」

「タケルちゃんタケルちゃん!月が綺麗だよー!」


純夏の無邪気な笑い声の他に悠陽と冥夜の雑談の声や月詠さんがドリンクを振舞う声も聞こえる。
取り合えず、月詠さんに貰ったお茶をのんびりと啜っていたら隣に座っていた霞が息を呑む様な声が聞こえた。


「霞?外を見てどうし……戦闘機?」


俺達が乗る飛行機の隣を並走する戦闘機―――見えにくいが他の機の様な灰色とは違った青と水色を混ぜた様な色―――を見つめたまま固まる霞。
あれは所謂……専用機?というか専用カラーって奴か!いいねぇ、男なら一度は燃えるよなぁ。


「…ん?どうした、社。あの機が気になるのか?」

「…はい」

「あらあら……真那さん?」

「はい、通信を繋げます」

「良いのか?霞」

「…ちょっと、気になります」

冥夜と悠陽が霞の様子に対し、月詠さんへと声を掛ける。
しっかし……珍しいな、霞が何かに興味を持ってそれをしっかりと意見するなんて……。


「繋がりました。ホルス01、聞こえますか?」

『感度良好、日本語の方が良いですかね?』

「ええ、お願い致します」

『了解。えー、皆様!本日は御剣エアサービスをご利用戴き真にありがとう御座います。護衛戦闘飛行隊隊長、クラウス・バーラット大尉であります』

「ぶっ!?」

「!」


余りにも軽快な日本語と、軽い口調に思わず噴出す。
そもそも、『護衛戦闘飛行隊』ってのが出てくる時点でやっぱ普通じゃ無いぞ!?


『我が隊は世界各国より集められた精鋭が操る世界最強の戦闘機、YF-23によって構成されております。ご安心してお寛ぎ下さい』

「……やるね(キュピーン」


……彩峰、何が「やる」んだ?
それと霞、さっきからあの戦闘機をガン見だな。


『…それと、先程から此方を見つめられている銀髪のお嬢様』

「!」

「見えてるのかよ!?」


思わずツッコミを入れる。
いや、飛行機乗りは目が良いって聞くけどさ……。

俺がそんな事を思っていると戦闘機のパイロット…クラウスさんの声が優しさを含み、言葉を続けた。


『“この空”は自由です、ご安心してお休み下さい。―――以上、通信終了』

「―――――」

「……ん?(気のせい――か?)」


通信が切れ、更に加速し見えなくなる戦闘機。
それを見送った霞が……。


「(笑って……泣いてた…?)」




そう見えたのだ。
そんな謎は残ったが……眠気に勝てない俺は、考えるのを止めるのであった。








後書き


暇だったでござる(どれくらい暇だったかと言えば『暁、遥かなり』のフリーマップをリアル全クリくらい)



[20384] 【続いちゃった】AF編その2
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 22:16


【2001年12月28日午前9時~セルシウスリゾート空港・簡易ブリーフィングルーム~】




「さて諸君、ご苦労だった。帰国の際にも今回の様に動いて欲しい」


ブリーフィングルームへと集まった中隊メンバー達へ労いの言葉を告げ、手元のクリップボードに目を落としてから続ける。
ざっと見た所、5時間程度の時間のフライトだった為か全員がかなり気力に満ちている様に思える。


「さてさて……諸君、此処は何処だね?」

『『『『『御剣グループが誇る一大リゾート地であります!!』』』』』

「我らが雇い主、御剣は?」

『『『『『何処よりも給料が良く、装備も最新、超優良企業!!』』』』』

「よろしい……そんな雇い主が予想通り、我等に休暇をプレゼントして下さったぞ!」

『『『『『イィィィヤッホオオオオオオ!!』』』』』

「落着け………良し、では島内で使用できるマネーカードを配布する。順番に取りに来い」


興奮冷め止まぬ隊員達一名ずつにカードを手渡し、最後に自分の分を胸ポケットに入れて全員に行き渡ったのを確認してからファイルを閉じる。
さてさて、取りあえずはOKだ。


「では、以上でデブリーフィングを終わるが……」


俺はクリップボードを片手に護衛フライトに携わった中隊メンバーの顔を見渡し、小さく溜め息を吐く。
俺は、未だにパイロットスーツなのにコイツら……



「何で既にアロハを着ている!?」

「熱帯仕様迷彩であります!サー!」

「隊長は色どーします?」

「話を聞けぇぇぇぇえ!!」



結果、青地のアロハになりましたがね!





     ◇




【同日~ヒッパーコス島~】




「あー…もう、アイツらと来たら……」


椰子の木の下、寝転がりながら俺はこれからの予定を考えていた。
だが…考えが纏まらず、唇の端で火の点いていない煙草をピョコピョコと上下に動かしながら思わず空を仰ぎ見る。

正直、かなり良い天気だし暑い……帽子が無ければ熱中症で倒れてるかもしれない。それに心もかなーり疲れてる気がする。


「暑ぃ………ん?」


チリリーン♪という何処か懐かしい感じがする音が耳に響き、首をその方角へと向ける。
見れば、『アイスキャンデー』という赤いカタカナ表記の白い旗が立っているのが見え、思わず体を起こす。

明らかに日本人向けのそのデザイン、何か臭う感じがする。てか明らかに地雷です、本当に(ry


「……無視しよ」


や、流石に『そ、そんな餌に釣られクマー!』な雰囲気をプンプン出してる様な物に誰が近づきたがりますか?―――近づかないよね?……ね?
とまあ、そんな感じでベガビーチを後にした俺なのだが……この後、とんでもないトラブルに見舞われる事になる。


「ここいらは土産物屋か……」


値段が書いてないのでパス。値段を見ないでの買い物は怖すぎる……金持ち御用達のリゾートだしね!


「橋……」


BETAとの戦いの中で培われた経験がこの先にあるコテージ方面は危険であると判断、パス。


「プール……」


何か見覚えがある挙動不審少女が居るのでパス。


「街路……」


何故か居る速瀬と涼宮(姉)、パス。



そんなこんなで色々とうろつきながら一時間後の午前11時30分。



「行き場が無ぇ…orz」


俺は項垂れていた。島が(広いけど)狭いです、先生…!
思わず膝を着いてしまったが……察してくれ、こっちも色々とあるんだよ(トラブルを避けたい的な意味で)。


「はぁ……取りあえず、日焼け止めだけ新しく買ってくか……」


ふと、そんな事を思う。島中を走り回った所為もあるし、何より日焼け止めがもう無い。
日焼けで皮がベリベリに剥けるのは嫌だからねー。


「ん~…あそこの水着屋ならありそうか?」


視線の先に大きな水着ショップを確認、ついでに見ればサーフボードのレンタルもしているみたいなので好都合だ。
そんな事を思いながら店内捜索、店の一角を曲がると……


「霞ちゃん、似合う似合うー!それ買っちゃおー!私、お会計してくるね!」

「は、恥ずかしいです、純夏さん…」

「ブッ――――!!!」


“どりるみるきぃ”を宿す少女、『鑑純夏』と銀髪のウサギ少女、『社 霞』が居た………旧スク水で(ご丁寧に「かすみ」とひらがなで書かれたネームプレートが張ってあった)


「……え」

「…………」


目が合った。

霞が固まった。

俺も固まった。


「……」

「……や、やあ…」


そのまま見詰め合う俺(麦藁帽子装備)と霞(スク水装備)…………シュールすぎるだろ。


「………(ゆっくりと自分の格好を見下ろし、頭を上げる)………~~~~~~~///!?」

「まあ待て社クン!君のその羞恥に赤らむ顔は一介の(マブラヴ)ファンとしては涙モンのレア顔なのは分かっているし、その姿も古き良き日本を思わせる大変良い物だ。異国の幼い少女と日本伝統の“貴き幻想”(ノーブル・ファンタズム)である旧スク水の組み合わせ……そしてもじもじする、という何処か背徳的な甘美さすら感じさせる仕種は非常にー(ドコォッ!)あごぱぁ!?」


先生、社君が暴力を振るいました!鑑が仕込んだのか、かなり強烈です!
……さて、アホな事はそろそろ辞めておくか。


「いてて………久し振り、か?」

「!……クラウスさんも、やっぱり記憶が……」


霞の瞳が動揺に揺れ、俺は小さく笑って頷く。
彼女も予想外だったであろう……いや、移動中の飛行機内の通信の話の内容からある程度は予測できていたのかも知れないが…まぁ、それはいい。


「HAHAHA!気がついたらこの世界さ☆」

「………何か、隠してます…」


出来るだけ陽気に言う俺と、そんな俺にジト目で呟く様に言う霞。
まあ、多少ははぐらかすつもりで話してるけどさ。


「ハハッ!気のせいだ、あの世界と俺が変わってる様に見えるか?」


そう言うと俺の周りをクルクルと回りながら全身を見回す霞。
普段から無表情気味な顔を若干だが眉を歪め、呟いた。


「変わってません…」

「そうだろう、俺は目の前の物しか信じないんでね」

「………いつもどおり、変です…」

「何気に毒舌だね、君!」

「……知りません(プイッ)」


ほ、頬を赤らめてそっぽ向き…だと…!?こ、この銀髪ロリ!少し俯き加減な所からして意外と高度なテクを使いやがるぜ!
―――因みに、未だに霞はスク水です………シュールだね、やっぱ。


「……そういや、社は携帯を持ってるか?」

「携帯…ですか…?香月博士に持たされました…『ロリコンの変態に狙われそう』って……」

「まー確かにね………よし、ならこれが俺の携帯番号だ。何かあったら電話しろよ?手助け出来るかもしれねーしな」


背負っていたバックに仕舞ってあったメモ帳を一枚破り、そこに電話番号を書いて霞に渡す。
こんな訳の分からん……と言ったら失礼だがハプニングだらけの平和な世界では色々と困る事が多いだろうしね。

そもそも、この世界って何なんだろーね?まるで、『都合の良い』様に整えられた世界なんだが……考えるだけ無駄か。


「んー…そろそろ鑑が戻って来るか……じゃ、俺はここでお別れだ」

「!」

「はいはい、そんな反応するな。今生の別れなんてこの世界じゃ滅多に無いんだからよ」


過去に霞との接点は恐らく無い…筈!
それなのに知り合いだってのも可笑しな話だし、御剣なら文字通り俺の経歴を全て把握しているだろう。

ま、しょうがないっちゃしょうがないが……そうだな…


「そうだな……になれば、問題は無いよな?」

「…え?」


俺の小さな呟きが聞こえなかったのか、霞が小さく言葉を漏らす。
俺は俺で自分で納得し、大仰にポーズを取りながら手を霞に差し出す。


「と、言う事で社君。初めまして、私はクラウス・バーラット、29歳の独身です!小さなお嬢さん、貴女のお名前は?」

「や、社 霞です……あの、クラウスさん?」


かなり困惑した様子だがハッキリと俺の目を見て名前を告げた霞に小さく頷く俺。
しかし……必死に道化を演じてる俺をまるっきり不審者を見る目で俺を見てるね、霞。


「では…霞君、と呼んで良いかな?」

「は、はぁ……」

「よし、じゃあ俺と君は友達だ!」

「……………」

「………何か言おうよ」


ススッと後ろに引いた霞に俺はツッコミを入れる。今からこんな笑劇をした訳を言うから少し待て!


「とある魔王は言いました。『友達になるのは凄く簡単。名前を呼んで……初めはそれだけで良い』ってな?だから、友達だ!」

「友達……」

「そう、友達。故に話をしてても遊んでも何の問題無し、じゃ!」


キュピーン!という効果音と共に目の端を光らせ、シュタッと片手を上げてから霞に背を向ける。
脱兎のごとく……は違うか、悠然と、会計が終わったのかこっちへ向かって来た鑑の横を抜ける形で入れ違う。

それを横目で見つつ、俺はのんびりとした足取りで店を出たのであった………最後に、こちらにまだ感じる視線に手をヒラヒラと振りながら。


「さって……どーすっかなぁ?」


店を出て、ゆっくりと背を伸ばして呟く。さてさて、今度こそトラブルもなく自由に過ごしたいモノだ……。




[続く…のか…?]


後書き

ふと、アルカディアさんで読んでいたマブラヴSSの中に『EXAM』というOSが在ったので修正しようか悩んでるブシドーです。
OSといえばブルーディスティニーのEXAMかパトレイバーのASURA、AIといえばZ.O.EのADAとかナデシコのオモイカネが真っ先に思い浮かんじゃう私。

…………これ、年齢がばれる気がするな。




[20384] 【まだまだ続くよ】AF編その3
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 22:00
【同日 ヒッパーコス島 アルタイルビーチ】


「ビーチバレー大会、優勝チームには1億円分の……トイレットペーパー?」


俺は午後2時半から始まる一大イベントであるビーチバレーの対戦表を見ながら呆れた声を出す。毎回の様に思うのだが金持ちの考える事が訳分からんと感じるのは俺だけじゃ無いだろう。
何時ぞやのお料理対決や球技大会でのステージ空輸など、常識というか…何らかの考え方が変なベクトルに向かってる。


「白銀達も出るみたいだな…」


500mほど先に見える白銀と愉快な仲間達も参加するのか、準備運動を繰り返し行っているのが見える。
あの人数からして……ローテーションを組んでるな。


「んま、他の一般的なチームと比べたら有利なんだけどねぇ……」


そう…あくまでも“一般的な”チームであったなら、だ。


「えーと、あいつらは御剣警備部隊の奴、宗像に風間……」


俺の位置から見える限りで厄介だと確定しているのは3チーム。
あの世界ではトライアル時に出撃回数20回を超えるエースとして登場した4人組が2チームに分かれて参戦してるし、宗像と風間のチームワークは言わずもがなだ。


「こりゃ、苦戦は確実だな」


しかし、そこまでしてトイレットペーパーなんか欲しいのかね?実際問題としては……いや、思い出か?
まったく分からんぞ……。


「……まさか、『一億円』の部分だけしか聞いて無いとかか?いや、そんなまさか…」

「はい、それで合ってます」

「おぉう!?霞か!?」

「……」


何時の間にか後ろに居た霞にオーバーリアクション気味に驚く。何か白い目で見てるがそこは流しておく。
服装は白いワンピース、ビーチバレーの参加者は動きやすい水着ばかりなので霞は参加しないんだろうか…?


「やっぱりインパクトのある一億の部分しか聞いてなかったのか……しかし霞よ、バレーには参加しないのか?」

「……恥ずかしかったので、逃げてしまいました」

「ああ、なるほど…」


そりゃ、霞だってあのスク水が周囲の水着と比べたら変だってのは分かるか…それに…


「白銀の前だしな」

「――――ッ!」

「ハッハッハ!図星か!」


元が白い肌をしている所為か、赤くなったのが直ぐに分かる。
何とも初々しい姿に俺も大きく声を上げて笑っている………が、何処か暗さを帯びた霞の表情に笑うのを止めてゆっくりと息を吐き出す。


「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、ちょっとおじさんとお話でもしようか」

「……(ススッ)」

「……正直、言い方が悪かった。謝るからそんな目で見るな、後ろに退くな、あと携帯は仕舞いなさい」


思いがけない自爆に頭を抱えて転げ回りたくなるが我慢する。俺は普通なのだ、今のには変な意味は無いんだぞ?
……いやもうホント、周囲のビーチバレーの試合への注目度が高くて良かった良かった。


「―――さて、おふざけもここで終わらせて話を戻そうか……おじさん、何か霞君が悩んでるように思うんだがどうかね?」

「………」

「だんまりですかい……まぁ、白銀の事を話してから顔色が変わった所からして……恋、そして鑑達との関係での悩み、か……青春だねぇ」


親指と人差し指で顎先を撫でながら呟き、『専門分野じゃねぇんだけどなー』とか言っていると服を引っ張られる感覚に気付く。
見れば、何処か驚いた様な表情の霞が俺の顔を見つめている。


「あの…」

「『なんで分かるんですか?』…かい?」

「…!(コクコク)」


なんで…って、俺は原作を知ってるってのもあるが……誰でも見れば鑑達が白銀に“ホの字”だと分かるんだけどね。
そして、あの世界での出来事の記憶は霞にもあるみたいだからそう思ったんだが…。


「………フッ」


そんな事を思いつつ小さく口元を歪めて笑う俺。キュピーン!という擬音と目の端が輝き(世界の修正力)、自信満々な顔を霞に向けて口を開く!


「―――囁くのさ……俺の、ゴーストがな…」

「………(スススッ)」


……ギャグの天丼は芸人(笑)にとって基本なんだよ!分かってくれよ!だから霞、さっきより後ろに退くな!


「オーケーオーケー、少し真面目に考える」

「…あの、やっぱり私――」

「OK、ではよ~く聞きたまえ!」

「………」


ジト目の霞を無視し、俺は目を閉じる。
それを見た霞も何処か真面目な顔をしているが………まだ固いな。


「――確かに、白銀の周囲に存在する女性はほぼ全てが彼に好意を抱いている……つまりは敵だ!」

「て、敵…ですか…?」

「そう、ヤ(告)らなきゃヤ(取)られる……そんな関係だと思うんだ!そう……彼女達は女豹、気を抜いたら掻っ攫われちまうぞ!?横からパクッ…だぜ?」

「パクッ…ですか…」

「YesYesYes、ウサギのままじゃ狩られるだけさ―――霞よ、虎だ!虎になるのだ!!女豹すら追い払う虎に!」

「あ、あの!わ、私、は……」


以外にも大きな声を出して来た霞だが、次第に声が小さくなっていく。いやはや、遠回りだけど白銀の話題に対する緊張感は取れた…かな?


「……皆に遠慮、してるのか?」

「………はい」

「ふぅ~ん……ま、そんな事はどうでも良いんだ」


その辺の犬にでも食わせちまえ、ンなモン。


「え……?」

「好きなんだろ?じゃあ、仕方ないじゃんか」

「で、でも、純夏さんに皆さんも…」

「シャラーップ!それはそれ、これはこれ!」


話し方からして鑑らと何かあったみたいだが……やっぱ、あの世界の記憶がある彼女だからこその葛藤なのかもな。
俺の記憶には桜花作戦が成功した、とかの記憶がある程度だ。誰が死んでしまったのかは霞んだ様にまったく思い出せないのが現状だ。
だから正史通りA-01は壊滅したのかも知れないし、俺というイレギュラーが関係して生き残った人物も居るかも知れない。

だが、だからと言ってなんだというのだ。

霞がどんな様に考えているのか、記憶をどう受け継いでいるのかは知らんが俺にもこれだけは言える。


「……何もしないで、後悔だけはしたくないだろ?」


そう、行動を起こした者こそが結果を得るのだ。その結果や周囲に対して怯え、自ら身を引いてどうすると言うのだ。
自分の思いに嘘を吐いて誤魔化す?アホ、そんなんは本気の恋じゃない。

そう、自分自身の思いを押さえ切れないから“恋”ってのは辛いんだ………け、経験談じゃないぞ?


「まぁ、色々と言ったけどな…これは霞の人生だ。思いを伝えるも良し、秘めるのもまた良し……でも、後悔だけはしちゃいけない」

「後悔……」


何処か考える仕種を取る霞の変化にひと段落ついたのが分かった俺は息をゆっくりと吐く。
元々の押しが弱い霞にはこれくらいの発破掛けは……まぁ、許してくれ。


「そうそう、長年生きてきたおじさんが言うんだから間違いないさ」

「………クラウスさん、まだ若いです…」

「……いや、もう(精神的には)結構な年齢なんだよね……ははっ…」

「?」

「うん、多分だけど霞…というか、誰にも理解できないと思うから深くは考えないで良いぞ?……っと、終わったか?」


ビーチバレーの試合が終了したのか、ワッと湧き出る様な歓声が上がる。
その優勝チームの代表である白銀がなんかテンション高いが……商品は一億円分のトイレットペーパーなんだよね。


「南無……さて、霞も皆の所にそろそろ行ったほうがいいんじゃないか?」

「はい……クラウスさん…」

「ん?」

「…私、頑張ります」

「………そっか、じゃあ頑張れ」


霞が俺を向いて軽く頭を下げ、白銀を中心とした輪に戻っていくのを見届けてから煙草を取り出し、咥える。いやはや……


「もう、逃げられないだろうなぁ……白銀」


ある意味、最後の良心である霞もそれなりに考えもあるだろうし……やれやれ、白銀の奴は相変わらず罪づくりな男だぜ。



  ◇


【同日夜 セプテントリオン島 海岸】


俺は肩に下げていたクーラーボックスを砂地に下ろし、ゆっくりと自身も腰を下ろす。
いやぁ、今日という一日は良い日だったが……昼間は色々と大変だったな。


「ふぅ…」


カシュッというビールの蓋が開く音と共に俺は口を付ける。
喉が渇いていたのか、開けた缶の中身を一気に飲んで少し咽る。酒を久し振りに飲んだ所為だろう、そう思ってクーラーボックスの2本目に手を出す。


「………」


2本目の中身が半分程度になった頃、砂浜に寝転がって空を見上げる。
空には満天の星空、日本の田舎でも見れないような数の星達が俺が居る暗闇を照らしており、多少は周囲の地形が分かるほどの光量だ。
普段から空で飛んでいるが…やはり、地上からの方が綺麗に感じる気がする。


「……ん?」


ふと、耳を澄ますと砂を踏みしめる音が俺に近づいてくるのが分かる。
この島の警備は某国大統領官邸以上にしっかりとしているのでまぁ、警戒も何もしていなかったのだが……暗闇で狭まった俺の視野にかなり見覚えのある人物が見え、上半身を起こす。


「あれ?貴方は…」


散歩でもしていたのか、Tシャツに短パン、ビーチサンダルというラフなスタイルの青年が俺を見て声を上げる。
……いやさ、ここに陣取った俺も俺だけどさ…こう、ご都合主義って怖くないか?なぁ、


「…白銀、か…楽しんでいるか?」

「ま、まあ、楽しんでますけど……あの…」

「昼間の試合はお疲れだったな。俺はクラウスだ、君達を護衛した戦闘機部隊の隊長を務めている」

「クラウスさんですか……じゃあ、あの時に霞に…」

「そういう事だ。まぁ、立ったままも何だし座るといい」


俺はクーラーボックスからビールとコーラを取り出して白銀に「要るか?」と問う。
白銀も一瞬だけ迷ったように視線を流したが結局はコーラを受け取り、砂浜に腰を下ろす。


「なんだ、酒は飲めないのか?」

「や、俺は未成年なんで」

「このリゾートがある国の法律じゃ飲酒はOKだぜ?……ま、酒は大人になれば覚える必要性があるからな」

「そぉっすか……てか、飛行機乗ってた時も思いましたけど…日本語が上手いですね?」

「実地学習さ、日本には可愛い子が多いからな」

「………そ、それって…」


隣でコーラに口を付けていた白銀のキョトンとした顔に噴出しそうになるが耐える。
暫らくそうしていると意味が分かったのかフリーズしていたのか知らないが何処か慌てた白銀に「冗談だよ」とだけ告げて3本目のビールを取り出す。


「実際は知っていた…ってのが正しい見解さ」

「…知っていた?」


どういう事だ?と言いたげに首を捻る白銀に内心で「絶対に分からないな」とだけ言っておく。
最近忘れがちだが俺は元々は日本人だ。だから日本語だって現地の物と何ら変わりなく話せるし、勿論書く事も出来る。何気に便利である。


「あれだ、良い男には謎があるもんさ」

「自分で言いますか、普通」

「……お前も色んな意味で謎だらけだがな…」

「へ?なんか言いました?」

「ああ、ビールが美味いな、と言ったんだ」


いやホント、正直言って無自覚でフラグが付いて来るお前にだけは言われたくないな……まぁ口が裂けても言わんけど。
白銀が良い奴ってのは分かるんだ。EXの時もいきなり医者を目指すくらいの行動力とかもあったしな……ただし、エンジン始動は絶望的なんだが。


「……」

「………」


お互いが無言になり、波の音が響き渡る。
俺は俺で何か話題は無いものかと考えを右往左往させていたのだがつい、ホントにポロッと出る様にこの話題が出てしまう。


「………白銀、君には好きな子は居るか?」

「ブッハぁ!?――ガハゲッホッ…!?」

「汚ねぇなオイ!?」


微妙に停滞していた空気を動かすために昼間に霞と話していた事に関連した話題がつい口に出る。
すると白銀は口と鼻からコーラを噴出し、顔を抑えるように砂浜に身を転がせる……大丈夫か?


「白銀、平気か?」

「こ、これが平気に見えますか!?」

「少なくとも地獄のような苦しみだったというのは理解できる」


炭酸が鼻を通ると痛いからな、しかも白銀が飲んでいたのは炭酸がキツい奴だし。
未だに咽る白銀にミネラルウォーター(本当はウイスキー割る用)を渡す。まぁ落着け。


「―――で、彼女は居るのか?」

「………狙ってません?」

「気のせいだ」


白銀はゆっくりと俺の渡した水を飲み込み、溜め息を吐く……チッ。


「今、舌打ちしませんでした?てか、しましたよね?」

「HAHAHA、ソンナコト、ナイヨ?」

「嘘だっ!その彩峰以下の棒読みは何だ!?」

「ぷるぷる ぼくわるい がいこくじん じゃないよ?」

「何なんですかそれ!」

「なん…だと…?もうこのネタが通じない年代なのか!?」

「アンタ本当に何なんだー!!」


おおぅ、俺のボケ倒しに喰らい着いてくるとは流石は主人公。中々に高い適応スキルだな……他の奴は「何言ってんだコイツ?」みたいな反応するしな!
そんな記憶に心の中で泣いていると再度ミネラルウォーターのボトルに口を付けていた白銀が溜め息を吐く。


「………あれ?どっかでこんなやり取りをした記憶があるような……」

「マジか、友人はもっと考えて作った方が良いと思うぞ?」

「アンタなぁ…」


呆れた様な態度の白銀だったがもう諦めたのか立ち上がる。
どうやら、散歩を続行させるつもりらしい。


「んじゃ、俺はもう行きますんで……コーラ、ご馳走様です」

「おう、代金は誰が好きか答えるんd‥」

「失礼しまっす!!」


俺の台詞が全て語り切る前に逃げだす白銀の姿に俺は腹を抱えて笑い、暫らく呼吸困難になる。
白銀からしたら酔っ払いに絡まれたようなモンだからな、いい迷惑だったろう……てか、何であいつってば俺に付き合ったのかね?


「……謎だよなぁ?」


とりあえず、今は愉快な気持ちだしどんどん飲むか……明日が良い日になると信じて。




後書き
スホーイ社が開発したロシア空軍の第五世代戦闘機T-50こと【PAK-FA】が引き締まったスタイルを持つ美女に見える俺の眼は駄目かも知れない。
というか、着々と雪風のような戦闘機が作られてきているなぁ。



[20384] 【END-1前編】AF編その4
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/17 22:01
【12月29日 セルシウスリゾート空港 御剣総合警備空軍基地PX】



「諸君、一つ問題が生じた」


空港の一角に設けられた御剣総合警備空軍基地、その朝の食堂で朝食が乗ったトレイをホルス中隊員が揃っていたテーブルの上に置き、ゆっくりとそう告げる。
その瞬間、先程までは談笑をしていた面々の顔が引き締まり、俺の言葉を待つ様に背筋を伸ばす。


「キャプテン、問題…とは?」

「単純な事だよスカイキッド、俺達の様な戦闘屋の問題と言えばただ一つさ」


副隊長のスカイキッド(勿論だがTACネームだ)が俺に問う。
普段は無礼講な気風の俺の隊だが俺がマジな時のみは副隊長が全ての隊員の総意を俺へと進言する。今回、皆が気にしているのは俺の言う『問題』だろう。


「先ず一つ目。英国からの要請で数名の兵士が作戦行動を島内の極一部の地域で行う事になった」

「任務内容は?」

「俺も知らん、“Need To Know”だよ中尉。……少なくとも、御剣からも陸戦ユニットが出されるので協力体制らしいな」

「テロリストなんかが此処に来るのは自殺行為ですから……VIPの護衛にでも来てるんですかね?」

「さあな、空専門の俺達には関係ないが連絡事項として回って来た……で、次が本題だ」


俺はコーヒーを一口飲み、唇を湿らせる。
「本題」…そう言われた隊員の引き締まった顔を見渡し、俺は口を開いた。


「………予定、無いから暇になっちゃった☆(テヘッ)」

「じゃあ、お前らも楽しめよー」

『『『へーい』』』

「なんか反応してよ!?」


俺が言った瞬間に朝食を速攻で片付けて隊員に指示を出すスカイキッド、そして同じく朝食を片付けた中隊メンバー達が席を離れていく。
……コイツらのスルースキルに俺の涙腺が崩壊しそうだぜ!


「しっかし…本当にどっしよ?」


一人寂しくモソモソと苺ジャムを塗ったくったクロワッサンに齧りつきながら考える。
昨日は酒を飲みながら過ごしたし、軽くだが泳ぎもした。マリンスポーツをするのも良いが大好きって訳でも無いので些か面倒にも感じる。

俺に求められる条件は2つ、『暇が潰せる』『面倒じゃない』こと……ああ、あるじゃないか。


「よし、寝よう」


……今、「おい馬鹿ふざけんな」とか「ハプニングが無いと話が進まないだろ!?」とかが聞こえた気がするが気にしない。だって俺の人生だもの、俺の行く道は俺が決めるのさ!
それにシエスタ(昼寝)だって悪い事ばかりじゃない。特に何も考えず、労力も無く一日を潰せるのだ。これほど素晴らしい事は他に無いだろう……まさにリリンが生み出した最高の文化だ。


「ふっ、ならば俺も本気の昼寝をする為に準備をしなくてはな…!」


周囲が『本気の昼寝ってなんだ?』という問い掛けを含ませた視線をぶつけて来るが無視してスクランブルエッグを一気に平らげて席を立つ。
最高の昼寝の条件は「心安らぐ環境」「適度な疲労」「少量のアルコール摂取」だ。

条件その1の「心安らぐ環境」は何処かの島にハンモックでも張れば問題ない、むしろこの爽やかな海風は最高の安らぎだ。
条件その2の「適度な疲労」、それはヒッパーコス島のヘリポートまで行き、街へは歩いて行けばそれなりの距離だし良い運動だろう。途中で条件その3の酒を買う事も出来る。


「うぅん、最高じゃないか…」


街にあった御剣が経営するレンタルショップに揃わない物は無い。ハンモックを借りるついでに電池式のCDプレーヤーとジャズのCDを借りるのも良いな…。
やばい、下手に遊びに行くよりワクワクが止まらないぜ!



…………日曜日のお父さんとか言った奴、怒らないから出て来い。



  ◇



「………」

「はへ?ほほひはんふぇふか?(あれ?どうしたんですか?)」


椰子の木が生えそろいカラフルなパラソルが立ち並ぶ海沿いのカフェテリア、その一角で俺は頭を抱えている。
俺の目の前には10皿は越えるであろう空の器、店員が追加注文のワッフルを持って来る際に同情的な目を向けていたが気にならない。
稼ぎは良い方だ、この程度で根を上げる柔な財力じゃない。

……だがしかし、だがしかしだ!
本当にどうすれば良いのか分からない人物が目の前でさっきからバクバクとこの店のスイーツを制覇する勢いで食しているのだ。

見た目は……言うならば美少女だろう。サラサラなプラチナブロンドの長い髪は活発そうなイメージを他人に与えるポニーテールにして纏められている。
それに白い女性用サンダル、半ズボンスタイルのデニム、黒いキャミソールに白い上着を合わせたファッションは外国の女子高生、といった風だろう。


「ハァー……幸せです。…あ、紅茶をお願いしまーす!」


そして満足そうに微笑みながら食後のお茶を注文する美少女。さっきから思ってたが遠慮という物が無いな……別に良いが。


「……満足か?」

「はい、もう大満足ですよ~」


目の前であんだけの甘味を食われた所為か、俺は既に3杯目のブラックコーヒーに口を付けながら少女に問うと満面の笑みで答えが返ってくる。
この光景を遠くから見ればまぁ、良い雰囲気に見えるかも知れない。あくまで遠くから見ればだ。
さっきから何度もこの席と厨房とを往復していたウェイトレスは俺の雰囲気と彼女の雰囲気からして明らかにデートなんて甘酸っぱいモンじゃないのは分かっているようだ。

何やら皿を回収に来たウェイトレスの子が大量の甘味を完食したのに驚き、混乱している。だが、むしろ混乱は俺の方だ。
目の前で紅茶にミルクと砂糖を入れてミルクティーにしている少女……エレナ・マクタビッシュ(17歳)、オルタ世界では俺の副官だった彼女は今は花も恥らう高校3年生だそうだ。


「いやぁ、良い茶葉を使ってますねぇ~」

「そうかい…あ、コーヒー御代わり」


“のほほん”といった効果音がピッタリな顔で紅茶を飲むエレナに俺はもう一回溜め息を吐く。……ん?何で彼女がここに居るのかって?
何でも彼女の通うイギリスの超お嬢様学校の修学旅行らしい……修学旅行が海外の学校にあるか如何かは気にするな、そういう事なんだろう。

まあそもそも、お嬢様学校ってもエレナってお嬢様って感じは全くしないんd≪ドンッ!!≫ひぃ!?


「ミスタ、今とても失礼な事を思いませんでした?」

「は、HAHAHA!何をおっしゃるマドモアゼル!!そんな訳、無いだろう!?」


ビィィィーン…というナイフが振動が発する音がカフェテリアに響き渡る。目撃したウェイトレスの子が顔を青くしているがそれは俺も同じだし、ハッキリ言うと泣きたい。
エレナが何をしたのかと言うとデザートを食べるのに使用したナイフ(勿論だがそこまでの鋭さは無い)を俺が掴もうとしたカップの取っ手を通して机に刺さったのだ。下手したら俺の手の甲が机に縫い付けられていただろう。


「あははー、そうですかー……いえ、兄譲りの対人破壊術が痴漢以外で役立つ日が来なくて良かったです」

「………」


ゾッとする声色でボソッと呟くエレナ。目元に暗い光が一瞬だけ走るのを俺は見逃さない。


――うん、コイツはエレナだ。相変わらずとんでもない戦闘能力だし、怒らせたら確実に酷い目に合うのは確定的に明らかだな……よし逃げようさぁ逃げよう、自由への逃避行!


「と、いうことでサラバだ」

「HAHAHA―――逃がすとでも?」

「い、イヤァァァァァァァ!?」


首根っこ掴まれて引き摺られていく俺と引き摺るエレナ。そんな異様な光景を見た周囲の客が無言で十字を切る。

『頑張れ兄ちゃん』

そんな意味合いが視線に込められている気がする。


「どぉしてこうなったんだぁぁぁぁぁー!!」


……ん?どうしてこうなったかって?それは次回のお楽しみだ。




後書き
よくお昼を食べているラーメン屋に冷やし中華が出だすと『夏だなぁ』とか思う一日、そろそろカキ氷用のシロップを買わないと。



[20384] 【TE・オルタ√第6話】Kの怒り/テメーは俺を怒らせた
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/18 11:14
【8月15日ц-04前線補給基地】




「………」


俺は管制ユニットの席に着座し、機体情報のパスワードや侵入の形跡を辿りながら煙草を吹かす。
先日、ラトロワ中佐から渡された手紙の内容を信じるのなら少なくとも警戒をしておく事に越した事は無い。そんな事を思っての行動だ。

機体情報は既に欧州国連本部へと送ってあり、情報を得るにはこの機体を狙う以外に道は無い。
今の所は問題ないが……やれやれ、厄介な事ばっかりが付き纏うもんだ。


「ハァ……飯でも食いに行こう…」


そう言えば派遣部隊には各々に基地内待機という名目の自由時間が振り分けられていた筈。分かりやすく言えば有給だ。
ホルス試験小隊には24時間の自由時間が振り分けられており、エレナはそれを利用して愛用のカメラを持って基地内から撮れる風景の撮影に向かっている。

そういや、このアクセス用のパスワード変更も特に用事も無いからやってたんだよな……。


「おっちゃん、ボルシチとピロシキ、熱々に頼むよ」

「ちょっと待ってな……あいよ」


ちょうど焼いていたのか、2分程度で熱々のピロシキが出てくる。
俺はそれに口笛一回、少し囃すようにコックに言う。


「お♪今日も美味そうだね~」

「ハン、褒めたって何もでねェぞ?」

「ハハッ、晩飯も期待しておくよ!」


注文した品が乗ったトレーを受け取り、食堂を見回して席を探す。
席は……丁度いい奴が居た。


「ブリッジス、相席いいか?」

「……ああ」


スプーンでビーフシチューを気だるそうに混ぜていたユウヤの向かいを陣取り、食事を始める。
見た限りではかなり不機嫌……というか、正確に言うならダルそうだ。まぁ、十中八九、理由はハッキリとしているんだが。


「おいおい、時化た面してんなよヒーロー?」

「……余計に不機嫌になりそうだ」


ユウヤがスプーンと指を使って投石器のように飛ばしてきた人参を俺はボルシチを食おうと持ったスプーンで弾き返す。
見事にシチューの皿の中にピッチャー返しされた人参をユウヤは不機嫌そうに飲み込む。


「………なんだ?」

「いや、なんか普段と雰囲気が違うからな……試験の事か?」

「……ああ、弐型の事でな」

「弐型ねぇ……タリサに聞いた話じゃあの射撃はBETAから離れてやったんだろ?帝国軍機の性質上だと……気にしてんの、近接戦闘じゃねーか?」

「………あのチョビ…」

「そう怒るな、酒の席で嬉しそうに言ってたんだぜ?それに、機体開発の実機試験の項目は似たようなモンだ、砲戦能力試験に近接格闘能力試験とか、予想できるさ」

「そうかい………一つ聞きたい、アンタは元米軍だけどBETAとの近接戦に違和感は無いのか?」


額を押さえるユウヤに苦笑しつつササッとボルシチとピロシキを流し込む。
ついでに紅茶にジャムを入れて即席のロシアンティーにしてからゆっくりと腕を組む。ユウヤの質問は聞き方からして純粋な興味からだろう。

ユウヤは弐型にゾッコンらしいし、そんな男が中途半端な機体を仕上げるとは思えんから……現場の声ってのが聞きたいのだろうか?
多分、米軍から前線に出てる人間の意見の方が自分に参考しやすいと判断したのだろうな。


「そうだな…俺は射撃の成績は平凡だったからな、味方撃ちをしたくないから部隊の最先方の突撃前衛を選んだのが事の始まりだ」


俺が国連に転属してから配属された部隊は出撃による損耗なのか前衛が半壊状態だったのですんなりと突撃前衛として配属された。
それ以来、12年間ずっとこのポジションだ。もう違和感など感じる事すら無い。

むしろ下手に弾をバラ撒くと味方撃ちをしそうで気にしてしまう。
その点、見えるのはBETAだけの突撃前衛は俺向きっちゃあ俺向きなポジションだった。


「ブレードによる格闘も俺にしたら普通だし、むしろ違和感を感じるのが分からんな……ただ、一つだけ言える」

「?」

「笑いたくなる程しぶとい、台所に出て来る黒い悪魔以上に」

「………それはしぶといな」


マジな顔でそこだけは確実に言っておく。それで一回、見事に殺されかけた経験があるからだ。
要撃級が無数の36㎜で全身を穴だらけにされ、白い体色が自身に流れる紫の体液色に染まって沈黙したと思った瞬間に懐に潜られて強烈な一撃を食らった。

俺からしたらゲーム感覚のJIVES―――統合仮想情報演習システム―――やシミュレーターに出てくるBETAはアッサリと死ぬ。
ユウヤも俺も、米軍の教練を受けて衛士になったからJIVESよりシミュレーターの方が馴染み深いだろうが大して変わらん。間近で見る生物としての渋とさが無いのだ。

これがゲームと思い込んで戦術機操作をしていた俺にとっては現実とシミュレーターとの誤差が結構な錯覚を生み出すから恐ろしかったものだ。


「BETAは半身が吹っ飛んでも這い蹲って突っ込んでくる奴も居るし、格闘戦はBETAの中に突っ込む訳だから誤射の可能性もある」

「それだけだとあまりいい聞こえ方がしないな」

「まーな……だが、篁中尉の武御雷とブレードでガチンコしたお前なら分かるだろ?あのレベルは滅多に居ないが前線国家じゃあんな戦いがそこらであるぜ」

「……ああ、十分に理解してるさ」

「それを理解してんなら良いさ、米軍上がりは格闘戦を軽視しがちだからな……ま、レールガンなんてシロモンを混戦域にぶっ放しておいて今更ビビル事ねーか?」


俺の言葉に苦笑するユウヤ、俺もそれを見届けて紅茶を口に含んだその瞬間だった。
折角の団欒を完全に破壊する聞きなれた警報が響いたのは。


《防衛基準体勢2発令、防衛基準体勢2発令。全基地要員は主要部署へ集合し、指示を待て。各試験小隊員は戦術機ハンガー横の仮設ブリーフィングルームへ。繰り返す、防衛基準体勢―――》

「「……!!」」


そんないきなりの放送に紅茶を咽るように飲み干し、俺とユウヤは顔を見合わせると席を立ち上がって一気に駆け出す。
お互い、忙しくなりそうだと思いながら。



そしてこの後、ブリーフィングを受けて以来は俺は機体に四六時中張り付いていたので話が出来なかったが整備員達から聞いた話ではアルゴス01…ユウヤの出撃中止がされた。
理由はユウヤの近接戦経験の皆無……それをボーニングから派遣されていたハイネマンとかいう技術者とソビエトのサンダーク中尉が弐型をチェイサーとしての出撃を強行決定したらしい。

俺からしたら誰かも知れぬ人物からの警告もあったのでレールガンを運用する弐型の急遽参戦は非常にキナ臭いとしか思えない…が、俺達だって無関係じゃなかった。
味方は身内のみ、狙われるのは俺とエレナの機体。そして敵はソビエトの闇……現状としては戦場が混乱に至る“何か”が起これば、何かしらのアクションがあるはずだ。

それ以外でこの機体の情報を得る機会は無い。俺だって態々、警備兵を増やしたり四六時中ずっと機内待機していた訳じゃないのだ。
そろそろ、痺れを切らす頃合だろう。




―――そう思って過ごした数日間の後に出撃が下される。そして出撃してから72分が経過、試験項目を68%ほど消費した頃の事だった。
緊急通信が全部隊へ入り、それを聞いた全員が息を呑んだであろう。



『軍団規模を超えるBETA群がц-04前線補給基地より13キロ離れた北西一帯に出現した』という、オペレーターの悲痛な叫びに。



 ◇



「CP!さっきの情報は本当か!?」

『こ、こちらCP!嘘を言う必要があるのか!?司令部は基地放棄を決定、試験小隊は補給を受けれるのならサッサと受けて避難しろ!!』

「了解だクソったれ!観測班は何やってたんだ!?」


俺は管制ユニット内壁を苛立たしげに殴りつけ、思わず声を張り上げる。“やりやがった”、それが第一感想だ。
恐らく、お偉いさん方はほくそ笑んでるだろう。待ちに待った大混乱、何をしていても気にしている時間など無い状況だろう。


『ホルス01!我が隊は残存するBETAを狩ってから迎撃に向かう、貴官達には一個小隊を護衛につけるので戦域より避難してくれ!』

「少佐、護衛はいい!そっちの戦力に回せ!」

『なっ…!?しかし、我が国は君達を招いた側として無事に帰す義務が…』


何時の間にか隣に並び殺到する戦車級へ突撃砲を放っていたオムスク01、アントーニー少佐が怒鳴る。
額に浮かぶ汗や焦った顔には裏が見えない……完全に、とは言えないがまだ信用できる……が、信頼はしない。何時、こちらに銃を向けるかも分からない状況だ。
ある意味、あの俺に対する助言とも言える手紙が招く疑心暗鬼状態なのかも知れない。


「こんなのは横浜やドーバー、それにスエズで何度も経験してんだ!自分と仲間の心配してやがれ!!」

『っ……!分かった!』

『少佐、制圧完了しました!指示を!!』

『了解!オムスク大隊各機、小隊規模を崩さずBETAに当たれ!エスコートは中止だ!!』

『『『了解!!』』』

「聞いていたなエレナ!遊びは終わり、次は本番だ!」

「了解!」


光線級が存在しない事をCPに確認し、2機が並んで飛び立つ。目指す場所は試験部隊の集結地点であるポイントだ。
広域マップを広げると放棄が決定したц-04前線補給基地からヘリや車両が出発していくのを確認する。
急行した車両部隊やMLRS・戦車部隊による砲撃によって逃げるだけの時間を作っているのだろう事は分かる。

だが、基地を完全に放棄するって事は基地に残る貴重な装備も失うという事だ。この損害は大きいだろう………装備?


「……まさか!」


あの基地に残されるであろう装備、レールガンの存在を思い出して思わず声を上げる。まさか、アレを得る為にこうしたのだろうか?
有り得なくは無い……だが、それ以上に愕然とする。

何人もの命、装備、基地を犠牲にしてまで自国の理になる行動を取ろうとする国家に、そしてそれを実行している存在に。


「おいおいおい!冗談になってねェぞ!?」

『ええ、ホントにふざけた戦況ですよ!』


NOEから氷上をスケートで滑るかのように噴射地表面滑走へと移行、左右に機体を振りながら点在する突撃級の背面に36㎜を撃ち込み、駆け抜ける。
恐らく、この点在するBETAは混乱の隙に抜けていった固体だろう。排除し、先を急ぐ。

今はおやっさんや整備員の皆、それとCPに待機していたCP将校の無事さえ確認できればそれで良い。そう思いながら飛び続ける。
追加で届いた情報だと基地放棄はほぼ完了、各部隊も順次離脱に成功しているらしい。


『……大尉!前方にヘリ確認!恐らくは基地要員を乗せている物かと思います!』

「了解、サイドに着け!」


ソ連軍の輸送ヘリの横に着き、通信を繋ぐ。基地の情報も知りたかったのもあるが、おやっさん達が無事かも気になっていた。
そんな思いを秘めながら平行飛行、ヘリのパイロットと情報交換をしている最中、聞き覚えのあるが響く。ヴィンセントだ、聞き間違える筈が無い。

そう思い、パイロットに変わって貰おうとその旨を伝えようと通信を繋いだ瞬間、叫び声にも似た言葉でヴィンセントの声が響いた。


『クラウス!聞こえるか!?中尉がヤバイ!!』

「こちらホルス01、クラウス!どういう事だヴィンセント!中尉って篁中尉か!?」

『あ、ああ!篁中尉が基地に残った!99式電磁投射砲を破棄するとか…』

「あ、あのサムライガールは何やってんだ!?」

『分かってる!本気でやばい!ありゃぁ死ぬのも厭わないぜ!!』


混乱で思わず変な事を口走ったが即座に意識を戻す、基地にBETAが侵攻するまで15分あるか無いかだ。……まだ、間に合うかも知れない。


「あーもうっ!後で上物のスコッチ奢れよなぁ!!」

『あ、軍曹!私はカメラフィルムがいーです!』

「分かった、頼む!…………後でユウヤに請求してくれ!」


最後の一言、それにヴィンセントらしさを感じたがそんな暇は無い。反転、着地、そして飛行開始。
途中、何機もの戦術機やヘリとすれ違う度に声を掛けられるが全て振り切る。今は一秒ですら時間が惜しい。

その中にはジャール大隊に所属する教え子からの言葉もあった。
『ラトロワ中佐がまだ基地に残っている』と…。


『大尉!基地に爆撃が行われました!更に続報、光線級種の出現です!』

「分かってる!胸糞悪い光がここからでも……ん?」


基地まであと15キロ程度、一度大きくジャンプして基地を見渡すと二つの噴射光が入り乱れているのが確認できた。
一瞬だけ、一瞬だけだったが見えた噴射光はBETAを相手するような物じゃなく、アラスカで見慣れた戦術機同士がお互いに喰らいつこうとする動きだ。

そして、先程聞いたばかりの基地に残ったラトロワ中佐の存在、俺へ情報を告げる仲介役になった中佐の存在。そして、対人戦闘機動に見える二つの噴射光。
その3つが嫌な音を立てて噛み合わさる音が……聞こえた気がした。


「―――エレナ、基地の様子がおかしい……急ぐぞ!」

「了解…!」


急ぐ、急ぐ、急ぐ。
時速500キロを超える戦術機のスピードなら数十秒で着く距離でもなお急ぐ。嫌な予感がするからだ。
レーダーには1機はジャール01、ラトロワ中佐。もう1機はUNKNOWNと表示されている。

基地内部へと突入、爆撃で半壊したコンテナや滑走路、炭化したBETAの死体。それらが出迎えてくれる中を走り抜ける。
そして、基地内に120㎜を発射した鈍い轟音が響くと同時に半壊したハンガーが完全に崩れ去り、視界が開く………そこには、



半壊したジャール01のSu-37M2と、その前に立つ紫のSu-37UBが突撃砲を向ける光景があった。





                          ブツンッ





それを見た瞬間、何かが切れる鈍い音がする。
それは俺が“ブチ切れた”という証拠なのだが……俺も含めて誰も知らない事だった。


「させるかぁぁぁぁぁぁあ!!!」


120㎜、36㎜弾を紫のSu-37UBへとロックして放ち、半壊した中佐のSu-37M2と引き離す。
中佐の機体と襲撃者である紫のSu-37UBの間に俺が割り込み停止、そしてエレナが俺の背後に機体を停めて中佐の救助作業に入る。

その間、俺は悠然と立つ襲撃者を睨み付けた。


「……エレナ、中佐は!」

『今確認しました、気を失ってますが無事です!私の方に乗せます!』

「良し……エレナ、中佐を連れて下がれ」

『な……!大尉!?危険です!』


動揺するエレナの声、俺の言った事はこの場からの逃走を意味する物だ。
ジャール大隊を率いるラトロワ中佐の戦術機操縦の腕は総合的に見てEXAMを装備した機体に乗る俺が多少勝る程度だろう。
それほどの技量を持つ相手を傷一つなく仕留めた機体が恐らくは敵になり、一騎打ち……普通は、御免被る展開だ。


「分かってる、正直言ってかなり面倒な事に巻き込まれてるんだ……エレナ」

『…はい』


今回の基地放棄……冷静になった思考で考えても出来過ぎだ。そして、目の前で中佐を殺そうとしたSu-37UB……紅の姉妹という存在が所属する部隊の特殊性。
それに加えて、俺の予想が正しければ紅の姉妹も第三計画と深い関係性があるソ連の“裏側”の存在だ。
ただの衛士が首を突っ込んではいけない……そんな部分だ。

ただ、既に突っ込んでしまった。ソ連という国の裏側に、そして俺の持つ手札の中に対抗できる切り札(ジョーカー)は一枚だけだ。
しかもこのジョーカーは後々にどんな影響を及ぼすか予想すら出来ない……魔女の釜の中の様な不確定要素の塊だ。

故に問う、巻き込んでしまった俺へ付いて来てくれるのかを。


「……付いて来てくれるか?」

『ここまで着いて来た相棒に言う言葉ですか大尉?―――――地獄の底まで、お供しますよ』


小さくウインクを返す思わずエレナに苦笑してしまう。普段は小言が五月蝿い副官だが幼さ故の茶目っ気も中々にある。
俺は多分、文字通り地獄の底まで彼女を巻き込む。だからこそ、その言葉がこんな状況ではとても嬉しく感じてるのだが。


「エレナ、お前は通信施設を確保して横浜基地副司令の香月博士へ通信を入れてくれ。伝える内容は『第四計画』『カガミ スミカ』『150億を掌に』だ、それで保護下に置いて貰えると思う」

『それは……いえ、深くは聞きません………大尉』

「なんだ?」


時間はあまり無い。何の用事か急かして聞くと何処か顔を赤くしたエレナがごにょごよと口を動かしたくらいで何も聞こえない。
俺は受信音量を上げようとコンソールに手を伸ばした瞬間、小さいがしっかりと聞こえた。


『また、頭…撫でて下さい……』

「―――――」

『な、なんで呆けた顔するんですか!?』


顔を赤くして声を張り上げるエレナに呆然としていた思考が元に戻る。
いや、『生きて帰って来て下さい』くらいだと思ってたが……あれだ、非常に参った。


「……了解、約束する。また後でな」

『………ッ!』


通信に写っていたエレアが一度大きく頭を下げ、戦場を一気に離れていく。
Su-37UBは反応すらしない……完全に俺を標的に絞った、そういう事だろう。


「さて……お相手は必要かな、お嬢さん?」


エレナ機がレーダーから消えた後にそう告げる。目の前のSu-37UBは何も言わない。救難チャンネルを含めた全チャンネルで通信しているから声は届いているだろう。
つまりは無視しているか、もしくは切ってるか……まぁ、あの二人のバックに立つ奴等には声は聞こえているだろう。


『踊りは結構だそうですよ?普通の踊りは…』


【SOUND ONLY】と表示された表示された画面から声が届き、それと同時にSu-37UBが持つ突撃砲は完全に俺をロックする。
それに対し、俺は極めて冷静を保ったつもりで話し続ける。


「……こんな回りくどい手をしたのも責任を問われる事なく機体を入手したかったからか?」

『……はて?何の事ですかな?私には検討も‥』

「こんな状況で白々しいぜ。どうせ俺の意思でここに来させ、そして機体を確保してデータを確保。混乱に乗じて、全てを知る者は闇の中…」

『……』

「侵攻するBETAの群れに向かって行っちまったんだから、何があっても国連は責任を問えないよな?たとえ機体を失い、死んだとしてもだ」

『……お見事、我々も光州のような出来事は御免ですのでねぇ』

「ああ、嫌な予感がしてたがここまでドンピシャだと嫌気が差すぜ」


何処か愉快そうに声を弾ませる通信先の男、よほどここまで読んでいたのに此処に来た俺を笑いたいのかどうかは知らない。
だが、コイツは根本から間違えている事が一つあった。


「お前達は俺が邪魔、裏を知った俺を消して旨みだけを戴こう……そう言う訳か……納得した、どうせエレナにも追手を出すんだろ?中佐もどうせ同じだ」

『ええ、その通り。では、無駄だとは思いますが……抵抗は少ないほうが機体に傷が少なくて済みますのでね』

「そうかい………テメーらの間違いはたった一つ、たった一つのシンプルな答えだ」

『?』


Su-37UBがチェーンソーを展開し、眼前に掲げるように振動するソレを翳す。
俺は弾の少ない突撃砲を捨て、最後のブレードを手に取って構える。F-18/EXが深く腰を落とし、正面にブレードを構える姿は異様な威圧感が発せられていた。

俺は煮えくり返りそうな腸を押さえ、隠そうともしない殺気を全開に振りまく。久し振りに切れた、もう理性の糸一本も残っちゃいない。
高まる跳躍ユニットの吸気音と共にゆっくりと息を吐き出す。


そして、ゆっくりと…腹の底から吐き出すように言った。



「テメーは俺を怒らせた」





あとがき
展開速いけど次回でクライマックス……かなぁ
基本的なストーリーはTEと変化ないですしねー。



[20384] 【TE最終話】隠れた青空
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/24 09:06
「……………っ!」

「お目覚めですか中佐!」


一言で言うのならミキサーの中身の気分、そう表すのが正しい激しい揺れにラトロワの失っていた意識が叩き起こされる。
衛士強化装備を介してでもこの左右上下に揺れる機体が生むGがしっかりと体の芯に伝わるかのようだ。


「気を…失っていたようだな。貴様は、バーラット中尉の副官の……」

「ホルス試験小隊所属、エレナ・マクタビッシュ少尉であります。今現在、避難中ですので暫しお待ちを……来たッ!」

「ッ……!?どういう状況だ!」


鋭く風を切るような音が断続的に響き、機体が更に激しく上下左右に揺られる中で鈍い衝撃が一回、管制ユニット内に響く。
ラトロワは自身が着けていたヘッドセットを外し、この機体に搭載されている片目用のヘッドセットを装着し、音の正体を認識する。

後方より追い込み漁の様に左右から追い込み、包囲しようとする12機のMiG-31ブラーミャリサの機影。
西側諸国で改修されたこの機体はFoxhound――狐狩り――とも呼ばれ、ソビエトでも逃亡者殺し――エスケープキラー――で知られる戦術機。
恐らくは世界でも最高クラスの高速度を持つ文字通り、“猟犬”だ。

非常に高価であり前線の機体不足に対する運用効率を重視して不採用だった強化型であるMiG-31Mであるのと、マーカーの一つ無い所属すら分からぬ黒塗りの機体色。
明らかに不正規部隊、考えなくても“中央”の所属であるのは間違いないだろう。


「現在、バーラット中尉は中佐殿を襲撃した“所属不明機”と交戦中、当機は同一と思わしき部隊と交戦中であります!」

「―――あの馬鹿!よりにもよってソビエトの政争に……っ!」

「ええ!まさにその通り、大尉はバカですよ!カッコつけて、いっつも危険な事に首を突っ込んで!それに頼ってもくれない!!」


背部兵装担架が作動、36㎜弾が執拗に追い回す追撃部隊の勢いを削ぐように弾幕を張る。


「それに、変に哀愁を帯びた声で私に情報を託すんですよ!?思わず『抱いて』って言いそう…っぁ!?」

「グゥッ……!?」


エレナの言葉を遮るように120㎜弾の偏差射撃、その内の2発が命中して背部兵装担架の突撃砲一丁と肩部装甲が剥がれ落ち、大きくバランスが崩れる。
失速状態から右跳躍ユニットを最大噴射1回、フラつきながながらも姿勢を取り戻すと再度撃たれる。


「しつ…こい…ッ!!」


クイックターン、反動を殺して空中で静止。
その短い浮遊時間の間に狙って放たれた36㎜弾を大きく迂回するように回避、その隙に逃げるがMiG-31に高速性で劣るF-18/Eではその差を直ぐに詰められていった。


「AH(対人)戦の手だれ、しかも追撃に関してはプロフェッショナル……」

「レーダーに反応、前方より機影が接近してくる」

「………詰んだ、かな?」


背部担架の突撃砲の弾が切れ、死重量にしかならないそれをパージする。
残った武装は200発の装填数を残した突撃砲が2丁にナイフが2振り、そして後方から追いかける他に前方からの接近をレーダーが反応……思わず笑いがこみ上げそうになる。

託されていながら、無念に散るかも知れないという可能性に。


「せめて、大尉に向かう機が1機でも減れば……!」

「付き合おう、元はと言えば私も巻き込んだ要因の一人だ」


最後の120㎜弾を前方から迫る戦術機にロックオン。
そして、トリガーを押し込もうとしたその瞬間、聞き覚えのある怒声が響き渡った。


『馬鹿野郎ッ!!殺されたいのかァ!?』

「な――――ッ!アントーニー少佐!?」


聞き覚えのある声と共に繋がる通信。
自分達の護衛を担当していたオムスク大隊の長、アントーニー少佐の姿がそこにあった。


『大正解だ小娘!各機、客人に害なす所属不明機を排除しろ!!これは、我がソビエトに彼らを招いた“中央の将官”殿の名誉を護る戦いである!!』

『『『了解ッ!!』』』


「了解」の言葉に嬉々とした感情が混ざり、12機の戦術機中隊に向かって大隊以上の戦術機たちが殺到していく。
見ると、オムスク大隊機の他にも機体が混ざっており、中にはジャール大隊の機体も混ざっていた。


「は、はははっ……助、かった…?」

『中佐!ご無事ですか!?』

「ターシャか!これはどういう事だ!」

『我等の友人に手を出す所属不明機への攻撃です……アントーニー少佐が“誰か”から命令を受けたらしく、周囲の部隊を召集して出撃しました』


6機のSu-37M2がホルス02のF-18/Eをサークル・ワンで囲み、敵を近づけんと言わんばかりに威圧感を醸し出す。
そんな中、正直に言うと白々しくも思えるその出撃理由に感謝するエレナの姿があった。


「まったく、無茶をする……だが、これは反逆行為に捉えられる」

『それなら、協力者が上手くやってくれるでしょう……それに、素晴らしい味方もありますので』


レーダーが感知、接近してくる機影は各試験小隊の機体ばかり。
それを見たエレナは思わず溜め息を吐く。つまり、各試験小隊の派遣元である各戦線司令部も巻き込んでしまう、という事だ。

各試験小隊も試験機という機密を預かる立場だ。それは、ホルス試験小隊と『同じ危険に巻き込まれる可能性があった』という事。
ソ連は他の試験小隊が巻き込まれる事を否定すれば私達に対する攻撃を認めると同義なのだ。

『巻き込まれたのはホルス試験小隊だけ、しかし他の試験小隊は巻き込まれないと断言すれば計画的犯行の可能性が浮き出る』という事だ。

ハッキリと言えば滅茶苦茶だが…少なくとも、狡猾な政治手腕を持つであろうソビエトのお偉い方もびっくりな手だろう。


そんな中で思わず呆然とするエレナに自分を攻撃してきた光景をしっかりと映像記録に残したのであろう彼らが此方に通信を繋げて声を掛けていく。
奇しくも、クラウスが良く酒場で飲み合う顔ぶれだった。


「えっと、日本のコトワザで………『赤信号、皆で渡れば怖くない』、だっけ……?」

「……私に聞くな」

「そ、そうですよね……あ、通信!ナスターシャ大尉!国外の国連軍基地への通信が出来る施設は付近にありませんか!?」

『待て……あるぞ、案内する!それと教官はどうした!?』

「現在、大尉も戦闘中です!そして、この騒動を終わらせるのに必要な相手に伝える事が!」

『分かった!来いっ!』


慌てたようなナスターシャに引かれるように突き進む7機、エレナは背後を振り返り、小さく呟いた。



「大尉………っ!」




 ◇


《推奨BGM:三谷朋世『やさしい両手』》



「何なんだよテメーらは……」


Su-37UBを執拗に追い回す空色のF-18/EXの中、据わった目のままクラウスは独り言のように呟き続ける。


「俺の友人を巻き込むわ…」


ボロボロになりながらも戦域から離れているであろう各試験小隊の友人の顔を思い浮かべる。


「俺のガキ共を巻き込むわ…」


BETAの侵攻を防ごうと、必死に戦い続ける教え子達の顔を思い浮かべる。


「俺の相棒を巻き込むわ……!」


ラトロワ中佐を連れ、今も避難しているであろうエレナの姿を思い浮かべる。


「命令聞くだけの人形が俺の大事なモン奪おうとしてんじゃねェぞ三下ァ!!」

『……!?』


咆哮、何も喋っていないはずのSu-37UBから声にならない声が響き、一瞬だけ出来た隙に一気に踏み込む。
横薙ぎ一閃、振るわれた死神の鎌は優しく装甲を掠るだけに終わる。大きく舌打ち、これで既に十回目…捕らえてから攻撃を行ってもギリギリで避けられてばかり。

俺の脳内に第三計画、霞と同じESP発現体を生み出す計画の事が思い浮かんだがそんなの関係ない。
敵が俺の思考を上まるのならその限界を超えて、殺せば良い。今の俺にはあの幼い少女も、気高き少女も……殺すべき敵にしか写らない。


「ッらァァァァァァ!!」


執拗に追い回し、そのたびに管制ユニット部を切裂く事を狙ってブレードを振るい続ける。
しかし、あの“紅の姉妹”はハッキリと言えば俺より戦術機適正は上、習熟した操縦技術は完成の域だ。しかもESPによる思考を読む事での暫定的な予測が出来る。
それでも俺が優勢なのはEXAMの性能、そして相手方がこの機体……正確に言うなら搭載されたEXAMを損傷少なめで手に入れたいのか、突撃砲を撃っても足ばかりしか狙わない敵が要因。

それが、今の俺の優勢の正体だ。逆に言えば追い詰められているのはむしろ俺なのかも知れない。
……そう、今の俺は薄氷の上で激しく踊り狂う間抜けな男。氷が何時になったら割れるか分からずに暴れる暴君のような存在だ。

まぁ最も、その暴君が道連れにしようとしている紅の姉妹達からしては堪ったモンじゃ無いだろう。


「――――~~~ハァ…ッ!」


複雑な三次元機動を繰り返して既に何分か分からない。強烈なGに耐える際に噛み切ったのか、口の端から血が零れ出る。
光線級の存在によって高度を抑えられた狭い空、その空の中をBETAの死骸を観客として舞い続ける2機の戦術機。

戦術機という存在がすべき事を考えると今のこの状況は非常に失礼だろう。
BETAでは無く、戦術機同士がお互いを害さんと攻撃する。そんな世界中の前線で戦う衛士からしたら非常識な光景が……何故か美しかった。

ブレードを振るう、避ける、突撃砲を撃つ、避ける、以下それの繰り返し。
何時までも終わらないと思われた円舞曲……それは唐突に終わりを告げた。


『チッ…《警告、光線照射警報》…!?』


駒のように軸回転して横薙ぎに振られたF-18/EXのブレードをSu-37UBが避けた瞬間、光線照射警報が管制ユニットへと響く。
その瞬間、レーダー上には存在しない長距離からの照射を機体が感知し自動回避によって制御が奪われ、強制的に地上へと足を降ろされる。

Su-37UBに激しい衝撃、中で戦術機を操るイーニァの苦しげな声が洩れ、クリスカが思わず気を割いた一瞬。
再度鈍い衝撃が走り、引きずられるような騒音と共にハンガーの外壁に叩きつけられた。

クリスカには何が起こったのか分からなかっただろう。F-18/EXが体当たりをしてくる等と予想できる筈が無い。
だが、ハッキリとしているのは突撃砲を腕が封じられ、動きもハンガーに埋められた事で利かなくなった事だ。


「終わりだ」


F-18/EXが手に持っていたブレードの代わりにナイフを構え、振り上げる。
“読む”事で分かる醜いまでの殺意、あの“甘い”と称された男が、躊躇いも無く殺すと決めて自分達に悪意をぶつける。

管制ユニット内に響く警報、自由の利かぬ機体、振り上げられたナイフ。





                            そして、小さく口元を歪めるイーニァ。





もしも、ナイフを振り降ろすのが5秒速かったら。もしも、しっかりと拘束しておけば。もしも、もしも、もしも……そんな『IF』の可能性は無かった。


稼動した背部兵装担架の突撃砲の36㎜弾がほぼ密着状態だったF-18/EXに向けて乱射される。
着弾する毎に狂った振り子時計の様にF-18/EXが不規則に揺れ、Su-37UBから弾かれた様に引き剥がされる。

そして、倒れたF-18/EXに向けて更に乱射される36㎜の雨に打たれ、まるで痙攣するかのように機体が小刻みに揺れ、小爆発を起こして完全に沈黙する。
マニピュレーターの油圧が狂ったのか、既に機能停止した筈のF-18/EXの腕が鈍い音を立てて持ち上がる。



―――――まるで、その手に空を掴もうとするかの様に。




 ◇

【A sequel】



《──かつて、祖国の誇りと存亡をかけて戦ったふたつの国がありました》


ボーニング社CEOが謳うように長々とした不知火弐型のロールアウトセレモニー。
その熱狂とした空気が過ぎ去った頃にユウヤはユーコン基地の一角に立てられた巨大なモニュメントの前に立っていた。

モニュメント……いや、所々溶けた後が残る巨大な剣、BWS-3の元には石碑が置かれ、先のソ連遠征で犠牲になった国連軍・ソ連軍将兵の名前が連なっていた。
そして、その中には『クラウス・バーラット少佐』の名前もあった。


【米国で生まれし死なずの英雄。数多の将兵の生命を救い、寒き大地に散る】


そんな短い一文が刻まれた石碑にクラウスが何時も吸っていた煙草を添え、十字を切る。
ソ連と国連の発表では友軍部隊を撤退させる為にBETAが残る基地へと留まり、殿を務めきり戦死。それ以上は国連軍機密で探れなかったとイブラヒム中尉が言っていた。

どうなったかは闇の中、だろう。


「お、ユウヤじゃん!お前もか?」

「タリサ、VG、ステラ……お前達もな」

「まぁな……しっかし、派手なモンだぜ、コレはよ」


VGが巨大な剣を見上げながらそう言う。
モニュメントとなったBWS-3はクラウスが横浜で使用した物らしく、壮絶な戦いを感じさせる代物として提供された。
この溶解部は光線級の照射を受け止めた痕らしい。なるほど、確かに壮絶な戦いだったのだろう。


「……でもよォ、俺はアイツが死んだとは思えねェーんだよなァ…」

「アタシもだ」

「あら、意見が合うわね?」

「……同感だ」


ふと、VGが言った言葉に全員が同意する。
非常識で知られるあの男の事だ、どこかで飄々と生きてるかも知れない……そう思えてしまうから困ったモンだ。


「……」


ふと、空を見上げると2機の戦術機が飛行機雲を生み出しながら遥か上空を飛び去っていく。
夕焼けに隠れるその2機が、あの二人に見えたのは……錯覚じゃないのかも知れない。



 ◇


【???】


「……ええ、そうよ?私は身柄を渡せって言ってるの」

『―――――!』

「死に掛け?もう反応すら無い?――――あら、私にとっては素晴らしい事よ?少なくとも、貴方達が隠してた紅の姉妹とかっていう第三計画の遺児よりはね?」

『――――ッ!?』

「はいはい、五月蝿いし時間も無いんだからサッサと答え出してくれる?私が要求するのはその男の身柄、それが応じられないってのなら…やり様は在るわよ?」

『………―――』

「そ、前向きな返答に感謝いたしますわ………ふふっ、面白い事になって来たわねぇ…」



暗き部屋の中、一人の魔女が嗤い続ける。
何時ぞやと同じ様に机の上に…唯一の違いとして【KIA】と記されたクラウス・バーラットの詳細データを残して……


魔女は嗤う。



そして、道は繋がる


それは、語られなかった他なる結末

とてもちいさな、とてもおおきな、とてもたいせつな


あいとゆうきのおとぎばなしへと



[20384] 【AL第1話前編】ジョン・ドゥ
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/24 06:38
――――夢を見た。
平和の意味も知らず、無邪気に暮らしている人々の夢を。


――――夢を見た。
命を危険に晒しながら、守るべきものの為に生きる人々の夢を。


夢と現実の境界は、目覚めたときに見えたものをどう感じるかだけだ。

それを区別できるのは神様だけなんだろう。だけど、俺には何かができたんじゃないかと思う。

この世界に俺がきた意味は、そこにあったんじゃないかと思う。

これが避けられぬ運命だったのなら、この世界で俺という存在は何だったのか。


悲しい別れも、人類の運命も、そして自分の運命も、俺には変えられたんじゃないかと思う。

守るべきものを、本当に守りたいという強い意思が最初からあったなら……俺には、誰にも出来ない事ができたのかも知れない、そう思う。

だから、だからせめてこれから生きて、生き延びてすべてを守ろうと思う 。

誰もがあきらめたこの星を守り抜きたい、そう思う。
残された人々を、残された思い出を、そして愛する人を……命をかけて守る。


俺は何かができるはずだ……その力が、あるはずだ。




―――――人類は負けない、絶対に負けない。俺がいるから……俺が、いるから―――――






【2001年10月22日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 地下19階 香月夕呼研究室】



「先生、霞は何処に居るか分かりますか?」


横浜基地地下19階、本来はそこには居る筈の無い人影があった。
白い学生服風の制服、茶色い髪、上背は180cm近い青年。見れば、服の上からでも分かるくらいに鍛えられた筋肉質な体形した男だ。

彼の名は白銀武、この世界に本来は存命し得ない人物である者が頭をポリポリと掻きながら其処に居た。


「ん?あの子、隣に居なかったの?」

「あの脳髄の部屋ですよね?影も見当たりませんでしたけど…」


先程、霞に会いに行くと“前回”と違ってあの脳髄が入ったシリンダー室には居らず、気になったので夕呼へ聞きに来たのだ。
白銀のイメージからすると霞は一日中、あの部屋で過ごしている光景しか浮かび上がらず、どこに居るかも予測できないで居た。

その旨を理解したのか、夕呼は手を顎に当て、数秒もしない内に行き先が思い当たったのかあっけらかんとした感じに言った。


「多分、医務室よ」

「医務室!?ちょ、ちょっと行ってきます!!」

「あっ!コラ、白銀!!」


夕呼の制止が入るが、それを無視するように一気に駆け出す。
彼からしたら医務室、とだけで怪我か病気かと思ったんだろう。“以前”の世界では何かと謎の多い少女であったが何かと係わり合いがあった。

だから、心配だった。それ故か5分程度で基地内にある医務室前に到着していた。


「ハァ…ハァ……良し!失礼します!」

「あ、はい。怪我ですか?」

「あ、いえ…香月副司令に霞がここに居るって聞きまして…」


部屋に入ると緑色の髪を左右二つに分け、それぞれを三つ編みにした眼鏡の女性衛生兵が声を掛けて来る。
そこで、来た理由を告げると「ああ」と納得のいった顔で手をポンッと打った。


「社さんですね、この奥のベットに居ますよ~」

「はい、ありがとう御座います!」

「では、静かにしてて下さいね~」


にっこりと微笑んでその場を後にする衛生兵に白銀は敬礼し、教えて貰ったベットの配置へと目指す。
すると、目の前を見覚えのあるウサミミが通り過ぎたのに思わず目を見開いた。


「か、霞!?あ、あれ?怪我してるんじゃ……へ?」

「……ッ!」

「どうした社ー………ん?」


―――俺の視線の先には水の入った桶を持ったまま固まる霞、そして顔を包帯で覆ったミイラみたいな人物が患者用の服を脱いでいる最中だった。



 ◇



「社、話は終わったのか?」

「はい」

「あの、スイマセン。お手数お掛けしました…」

「気にするな、訳ありっぽかったしな」


俺は快活そうに笑いながら上半身をベットから起こし、身体を拭いている包帯巻きの男性に頭を下げる。
先程、この包帯の人が気を利かせて俺と霞と共に医務室を出させてくれた。
そこで俺は人通りの無い場所で霞と挨拶を済ませ、その後、また医務室に戻って来たのだが……。


「(この人……誰だ?)」


そう、その事が今は気になっていた。
先ず目に付くのは上半身を拭いてる最中に見える全身の至る所にある傷だろう。
火傷の痕、切り傷の縫合の痕、肉が抉れた傷痕、円筒状の何かが貫いたような痕……大小様々な傷が見た限り、全身を覆っていた。

唯一、傷一つ無い左腕は肩口から他の部位と肌の色や肌の感触が違っており、大掛かりな縫合の痕があった。
擬似生体なのだろう、と漠然と思う。

そして再度考えるが理解が出来ない。
初めて見る傷だらけの男……この男と霞の関係には何があるのだろうか、と。


「あの、貴方は……」

「ああ、名乗って無かったな。俺はジョン・ドゥ、階級は中尉だが気にするなよ訓練兵」

「ハッ!失礼しました、中尉殿!自分は白銀武と申します!」

「気にするなと言っただろ……あと、ここは病室だ」

「あ…」


思わず口を押さえた俺の顔に笑うドウ中尉に気まずげに頭を掻く。そして、名前の持つ意味を考えた。
ジョン・ドゥ―――身元不明者―――という意味を持つ名前は明らかな偽名だろう。

霞が関係している所からして多分、第四計画に関係する人なのかも知れない。
じゃなきゃ、先生は霞にこの人との接触を許可しないだろうし、あからさまな偽名を使わない筈だ。

そんな事を考えていると霞が此方を見つめてくる。何処か困ったように眉を歪めてるが……何だ?


「……白銀、訓練は良いのか?」

「……あ」

「社はそれを気にしていたんだ、早く行くといい」

「や、やべぇ!し、失礼します!!」


確かに、俺はまだまりもちゃ…神宮寺軍曹に声を掛けに行ってなかったのを思い出し、慌てて駆け出す。
俺が部屋を出ようとして最後に聞こえたのは……面白そうに笑う、ドゥ中尉の笑い声だった。



 ◇



「行ったか……社」

「はい」

「暇潰しを手伝ってくれてありがとな……そろそろ、“あの娘”の元へ帰った方が良い」

「はい……またね…」


小さく返事をしてからテクテクと歩いて医務室を出る霞を見送り、俺はベットから降りる。
行き先は運動不足気味なこの体で目指すのは気だるいが、外の喫煙所だ。


「よっこいせっ…と」


サンダルがペタンペタンと音を立てて清掃の行き届いた廊下に張り付く音を響かせながら進んでいく。
途中ですれ違う者には顔に巻かれた包帯という姿ゆえか、奇異の視線を向けられるが俺の羽織ったジャケットに着けられた中尉の階級章を見て敬礼をしていく。
まぁ、今の身体では返礼するにも気だるくて反応もしたく無いが無視する訳には行かず、ゆったりと返礼して去る。

そんな事をしていると何時の間にか到着、訓練兵達の声や歩兵部隊の訓練の声、それに警邏中の戦術機やハンヴィーといった物の移動音も混じった中で俺は煙草を咥える。
吸いやすい様に口元に巻かれた包帯を少しずらし、火を付けた。


「………―――ッ!」


スゥっと一吸い、ゆっくりと吸った煙が灰に入った瞬間に咽る。
チリチリと痛む肺、体がまだ順応してないのか中々に辛い……が、生きているという実感は感じられた。


「………ゴッホッ」


煙草を咥えたままでボケッと空を見上げる。
咳をした際に落ちた灰が服に落ち、風に飛ばされていくのを見送りながらふと思う。

白銀武……この物語の主人公であり、誰よりもガキだった救世主。


「ありゃ、どう考えても“2回目”だよな……」


病室を訪れた白銀には驚いたが理由は霞を探しにとの事。
それに加えてやけに落ち着いた様子や服の上でも分かる鍛え上げられた肉体……本来の世界では平凡な学生だった白銀では先ずありえない物だ。

それを理解した瞬間、包帯に隠れた口元を歪める。


「クククッ……そうかぁ……やっぱり“オルタ”か……」


短くなった煙草を最後に吸い込み、指で弾く。
クルクルと放物線を描いて飛んで行く煙草を見送り、肺に残った煙を吐き出す………痛い。


「やれやれ、どうなるかと思ったけど―――賭けは俺の勝ちだな、香月博士」


ジュッと音を立てて煙草が設置された灰皿へと落ち、消える。
それを特に気にした風でも無く、またのんびりとした足取りでその場を去っていった。





あとがき
ジョン・ドゥ……一体何者なんだ…?



[20384] 【AL第1話後編】ジョン・ドゥ
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/25 23:26
【2010年10月23日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 地下19階 香月夕呼研究室】


「博士、白銀はどうでした?」

「あら、私の部屋は何時から死者が出歩く様になったのかしら?」

「自分でパスを渡しておいてそれですか……ま、賭けは俺の勝ちですね」


地下19階フロアに位置する香月夕呼の研究室。
そこには場違いしか見えないミイラ男が呑気にコーヒーが並々と注がれたカップを傾けていた。

それを何処か忌々しそうに見ていた夕呼は小さく溜め息を吐き、肘を机に立てて男へと声を掛けた。


「賭けってもねぇ……あれって賭けって言えるの?……私にもコーヒー頂戴」

「ま、俺の情報の信憑性が少しは増したって事で納得して下さい……コーヒーをどうぞ」

「ありがと」


本物のコーヒー豆から挽かれたコーヒーをサイフォンからカップへと移し変え、ウェイターの様に恭しく差し出す。
それを鼻で小さく笑い、カップを受け取った夕呼はコーヒーに口を付け、二~三口ほど飲んでからカップを下ろした。


「60点って所かしら?」

「手厳しいですね」


組んでいた足を崩し、再度組み直すと手元の資料を手繰り寄せ、覗き込みながら考えるように黙り込む。
ふと、顔を上げた夕呼は真面目な顔をして言った。


「……ねぇ、人間辞めてみない?」

「嫌ですよ……てか、人を殺そうとした人が今更言います?」


男は「何言ってんだコイツ?」な視線を向けて睨むと夕呼はそ知らぬ顔で「あら?そうかしら?」と言って愉快そうにカップを傾ける。
それに男は思い返す……今から、一月ほど前の事だった。



 ◇


【2001年9月24日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】



「こ――が今――験者です――?」

「そ――、現―――じゃ最こ―――よ」


―――――声が聞こえた気がする、そう漠然と男…クラウスは思った。
何処か聞き覚えのある女の声に初めて聞く男の声。霞んだ意識の中じゃ判断も出来ないし、状況把握も出来ない。
体を動かそうにも手足が付いてるのかどうかも分からないし、そもそも体がどういう状態か判断も付かない。

俺は……確か、ソビエトで撃墜された。36㎜の至近弾を受けて……何かが腹部を貫く感覚と、引き千切れる激痛に耐え切れず脳が意識をシャットダウンしたんだと思う。
自分でも生きているのが不思議なほどだが……少なくとも、こうして生きているのはエレナが香月博士に例の内容を伝えたんだろう。
じゃなきゃ、今頃お陀仏だった筈だ。


「―――?」

「で―――!―――?」


……しかし、五月蝿い。
何か言い争っているのか少し大きめな声での会話が続いている。


「………少々五月蝿い。起こさないでくれ」

「「――――ッ!?」」


何とか発する事が出来た声で五月蝿い事を告げ、それで限界へ至ったのか意識を落とす。
その際、会話していた二人が化け物を見るかのような目で此方を見ていたが……強烈な睡魔と戦う今の俺には、それを気にする余裕は無かった。




そして、更に一週間が経過した頃。
俺は完全に目を覚まし、大いに医務官達を驚かせた。

聞いた話では管制ユニットへの被弾の際に四散した内壁が身体を切り裂き、突き出たパイプが体を管制ユニットへと縫いつけ、火災が発生して火傷を負い、左腕は文字通り消えたらしい。
更には内臓も損傷してるらしく、消化器官を切り取った部位もあり食事制限を出された。
まぁ、元々が消化の良い合成食なので気にする事も無いとの事だ……アルコールは控えるように言われたが。

しかし、改めて自身の体の事を聞くと生きてるのか不思議に思う。
……ま、生きてるならそれで良し、それ以上を望むのは贅沢というものだろうな。


「あら、目を覚ましたって聞いたから来たけど……一月は昏睡してた人間にしては元気そうね?」

「………」

「………何よ、急に汗をダラダラと流して」


ベットに寝ている俺を見下ろすように腕を組む白衣の女性、香月夕呼が軽い感じでそう告げる。
それに対し、俺は嫌な汗が流れ出るのを止める事が出来なかった………今まで忘れてたが、ソ連での騒動を治める為に第四計画の事をエレナに伝えさせたのだった。

そして、俺が寝ているのは明らかに通常の医務室とは違う雰囲気を放つ部屋。
窓も無ければ何も無い……そんな感じの無機質な感じがする部屋だ……ねぇ、明らかに“知られたく無い存在”を収容する場所じゃないか此処?


「いえ、まさか噂に名高い香月博士にお会いできるとは思いもしませんでしたので」

「へぇ~……あ、アンタ達は出て行きなさい」


俺が乾いた笑いを出しながらそう言うと、周囲で作業をしていた医務官らしき人員に退室命令を下す。
それに頷いて部屋を出て行く医務官達………え、この人と部屋で二人っきり?

そんな事を思っていると香月博士が懐に手を入れ、黒光りする物……拳銃を取り出す。
そして、それを此方に突きつけて半音下がった声色で俺に問うた。


「アンタ、何者?」

「………」

「アタシはね、アンタの今までの経歴から“生き残る運命”を掴み取れる程の“運”を持っている程度の認識だったわ……」


嘘を許さない、事実のみを答えさせるような直線的な聞き方に「本気」だと悟る。
事実、突きつけた拳銃の暴発予防の為の安全装置を外し、スライドを引いて初弾を装填して決して外さないように俺の額へと銃口を押し当てている。

後は、軽くトリガーを引くだけで俺の28年間の人生は終わりを迎えるだろう。故に、地肌から滲み出る汗が止まらない。


「でも、持つ情報は一介の衛士如きが得る事が出来る筈が無い物ばかり………もう一度聞くわ、アンタは何?」

「…………因果に囚われた旅人って事で……」


乾いた音が響き、俺の頭を抱きこんでくれていた枕に穴が開く。
9㎜という、人一人を殺すには十分な威力を持った銃弾の発砲音が耳元にキィンとした音が残響するように残った。


「ふざけてるのかしら?アンタは公式的には死亡してるから、非人道的な拷問でも薬物でも何でも使って吐かせる事だって出来るんだけど?」

「………ハァ…」


駄目だ、どんな誤魔化しも通用しない……香月博士は本気であると理解して溜め息を漏らす。
文字通り、彼女は魔女だった。各国の政府相手に、むしろ世界相手に出来る彼女の手腕をたかがこの先の出来事を知るだけじゃ納得させれる筈が無かったのだ。

若干だが諦めモード、正直に言えばこういう可能性があったから香月夕呼という“ジョーカー”を使いたくなかったのだ。
『第四計画』はまだしも、計画の要である『カガミ スミカ』の存在と最大の障害である『手の平サイズの半導体150億個の並列処理回路』はオルタ4でのトップシークレットだ。
それがオルタ5の上層部に知れれば嫌味な妨害工作がピンポイントで行われるだろう。

『カガミ スミカ』にしたってその存在と名を知るのは恐らくだが社と香月博士のみ、それを俺はエレナに香月博士という個人に対して伝える様に手配したのだ。
疑われるのは至極当然だろう………そうだ、エレナ!?


「―――香月博士、私の持つ情報の全てを捧げます……ですが、質問に答えて戴きたい」

「………何かしら」

「俺の副官、エレナ・マクタビッシュは無事でしょうか?あと、ソビエトの部隊の皆は……」

「ソ連の方は口外命令で済んだわ……それと、あの子?知っちゃいけない事を知っちゃったし、どうするかは予想できるんじゃない?」

「………」

「可哀そうにねぇ~、あの子もこんな可笑しな上官を持っちゃってまぁ…」


嘲笑に歪む香月博士の顔、それを聞いた俺はゆっくりと体を起こす。
一月という時間を寝て過ごした事で固まりきった関節の部分部分がミシミシと音を立てるが、気にもしない。

香月博士も流石に驚いたのか、一歩引いて銃をしっかりと此方へ向ける。
下手したら撃たれるな……そう思いながら正座、邪魔になる酸素吸入器や点滴の管を引き抜き、頭を下げる。所謂、土下座だ。


「………何?」

「俺の全てと引き換えに、彼女の無事を保障してくれ」

「―――自己犠牲のつもり?だとしたら傲慢ってもんじゃないの?」

「違う、これはホルス試験小隊の長としての意地だ」

「意地?」


不思議そうに聞き返す香月博士の目をしっかりと見て、俺は頷く。
どの部隊の長もそうだ。部隊長という存在がすべき事は部下を纏め上げる事じゃ無い、そんなのは副産物だ。

隊長の仕事は部下を無事に帰還させること……前回のソ連遠征でもイブラヒム中尉を初めとした各試験小隊の長もそれを第一に考えていただろう。

それに、これは俺のプライドの問題だ。
本来は第四計画なんかと関わる事も無い筈の彼女を関わらせてしまったのは俺だ。だから、傲慢であっても無事に帰さなければならない。

それが、俺に出来るかも知れない最期の足掻きだろう。実質、俺の命は香月博士に握られているのだから。


「………そう、部下思いね」

「俺みたいな人間が出来るのはそれ位ですよ……ッァ」

「あ、ちょっと!、情報も言わないで死なれたら一応は困るのよ!?」


酸素吸入器に頼っていた肺を押さえ、身もだえするように胸を押さえると少し慌てた様子で吸入器を俺に付け直す。
そんな予想外の優しさと台詞に乾いた笑いが込み上げ、笑うと睨まれる。


………何時の間にか、銃は下ろされていた。



 ◇


うん、確かこんな感じでその時は話が終わったんだ。
で、その後の説明では「オルタ4の成功する未来を映画の様に見た」とだけ伝えた。
事実、ゲームをプレイしていた当時の俺は映画を見ている気分だったのでそれを読んだ社も嘘を言って無い事を博士に伝えている。

俺の処分は香月副司令監視下に置かれた重要参考人といった所だろう。
まぁ、名前は死者扱いなので偽名を使用しているが。


「で、アンタと同じく異邦者の白銀が予言通り、昨日来たんだけど……冷静に考えればあんなに自信満々に言うんだからホントだったんでしょうね…」

「ま、そういう事です。あ、これは貰って行きますよ?」

「ハイハイ、賭けに勝ったんだから好きにすればー?」


香月博士は投げ遣りな感じに手を振り、部屋の片隅に置かれていた箱を指差す。
例の賭け……「10月22日に鑑 純夏の待ち人の白銀 武がこの基地へと来る」という内容は見事に当たり、俺は目的の代物を手にする事に成功していた。


「おお~……キューバ産かコレ?保存状態は………うん、悪くない」

「多分だけどそうじゃない?以前、帝国の情報部員から貰った土産よ」

「鎧衣課長ですか?あの人、何処にでも行くなぁ……」

「あ、やっぱ知ってるの?」


箱の中身……キューバ産の葉巻が入ったケースを持ち、ソファーへ座って箱を開けようと手を掛ける。
しかしその瞬間、葉巻の入った箱は横から伸びた手に奪われてしまっていた。


「………」

「………社?」


横から葉巻の箱を奪った霞に視線を向け、箱を取り戻そうとする。
すると、ヒョイッと避けられた。


「………」

「………体に悪いです」

「………(ニヤニヤ)」


何故か沈黙が続く。博士だけは愉快そうにニヤついてた。


「社……良い子だからそれを返しなさい!」

「~ッ!」


脱兎の如く逃げ去る霞、追うジョン・ドゥ……もとい、クラウス・バーラット。
それを見送った夕呼はふと思い出した。


今日は、『クラウス・バーラットの葬儀の日』だったと。



 ◇


【国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地 空母グレート・ブリテン甲板】



《その命を、その力を……最後まで護る事に使った男を……我等は、忘れてはならない》


場所は欧州、国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地に停泊した一隻の空母の甲板に長々とした演説が響く。
周囲には様々な制服の姿があった。国連、イギリス、フランス、ソ連、日本帝国、ドイツ、アメリカ、スペイン、スウェーデンetcetc。
そしてその中に、目元を制帽で隠すようにして毅然と立つエレナの姿もあった。


《我等は一人の友を失い、そして一人の戦士を失った……だが、彼の残した物は未来を生きる我等の大きな力となるだろう》


この場で行われているのはクラウス・バーラットの軍葬だった。
良くも悪くも有名だった男の死は伝手を通して瞬く間に広がり、それを確定付ける様にソ連からは“アレクサンドル・ネフスキー勲章”なんて代物が送られた始末だった。

国連という組織への配慮なのか、それとも何か打算があるのは不明だが既に無視できるレベルを超えていた。
士気の低下を恐れた各艦隊司令による協議の結果、「盛大な軍葬として兵士を鼓舞する」となったらしい。


「………静かに、寝かせてやって下さいよ…」


エレナの呟きはエレメントを組んだF-18/EXが上空を飛び去る際のジェット音で掻き消える。……そして、その内の1機が青空へと混じったように隠れて消える。
クラウス・バーラットが残した物、新OSのデータと試験を完遂して完成された新型の海軍機。それは新たな剣として、護る力となる。


《我等が出来うる事は……せめて、その魂に安らぎがあらん事を》


エレナの目の前で、国連軍旗が掛けられた棺が持ち上げられる。
あの中にクラウスの死体は入っていない。機体ごと消失したのだ……当然だろう。


「捧げぇー…銃!」


儀礼を担当する西ドイツ陸軍所属の指揮官の声が響き渡り、それに合わせて弔銃を構えた兵士達が空へ向けて同時に空砲を放つ。
パァーン…という乾いた音と共に、何も入っていない棺が海へと投下された。


『『『『………ッ!(バッ)』』』』


その場に居た全員が一糸乱れず、水中へ落とされる棺を見送る為に敬礼を捧げる。
海軍衛士としての帰る場所は海……水葬は最高の名誉として残っていく。いや、もっと言うなら海で戦う者達の傍にずっと居る……そんな事を意味するのかも知れない。

そしてエレナも見送るように敬礼をする。目元は、帽子で隠れて見えない。
だが、小さく口元が開き……呟きのように言葉が洩れた。


「………嘘吐き」




「ええ、まったくの嘘吐きでしょうなぁ」

「ッ!?」


ふと、背後から聞こえた声に体を強張らせる。
何時の間にか気配があった事に彼女は驚き、ゆっくりと後ろを振り返る。


「初めまして、マクタビッシュ少尉ですね?」

「……何方ですか」

「おお、これは失礼。レディーの名を知っておいて私の名を知らぬのは無礼という物……コホンッ、私は微妙に怪しい者です」

「ふざけてるならその咽喉を掻っ切って本音を喋らせますよ」


愛する上官の葬儀に現れた不審者に対し、非常に危ない空気を醸し出しながら懐に仕舞われたナイフと拳銃に手を伸ばす。
その殺気を受けたトルコ帽を被った中年の「微妙に怪しい者」はコートの中に仕舞っていた一つの紙袋を取り出し、エレナへと持たせた。


「……何です、コレ」

「はて?私にも分かりませんな……贈り物らしいですよ?ではでは」


「微妙に怪しい者」はエレナが瞬きをする瞬間には雑踏に消えており、影も形も見当たらなかった。
それに驚きながらも渡された紙袋を持って自室へと戻る。


そして、その中身に声を失った。


「――――たい、い……ッ!」


紙袋に入っていたケースに納められていた物は、一丁の拳銃と手紙の入ってるらしき封筒。
封筒の中身は分からなかったが、この古めかしい拳銃……M1911は敬愛する上官、クラウスが持っていた物だった。

そして、封筒の中に収められた手紙。
そこには短い一文のみが書かれてあった。



『必ず戻る』



「―――――ッ!」


胸に手紙とM1911を抱きしめ、もう片方の手で口を押さえる。
口を押さえたのは嗚咽が響くのを防ぐ為だったが、溢れ出る涙につられて耐える事が出来なかった。

この手紙が偽物だとかそういうのじゃない、この短い一文に篭った思いは嘘じゃないと感じれたからだ。
だから、泣いてては駄目だった。


「………大尉、必ず……見つけ出します…!」


誓いを新たに、生気を失った目に活力が満ちる。
先ずは夕食、それで元気を出してから……そう思い、彼女は部屋を出て行く。


部屋には、笑顔でエレナの髪の毛をクシャクシャとするクラウスと髪を押さえて逃げ様とするエレナの写真が入った写真立て。
その前に置かれたM1911と手紙が、支えになるように彼女を見送っていた。







【一方その頃、噂の人物が居る横浜基地】



「中尉殿!お止め下さい!中尉殿ォォォ!?」

「ええい、離せ!離さんか!」

「……ッ!(ビクビク)」


追い詰められた霞、騒ぎを聞きつけた警備兵がジョンを抑え、警備兵を振り払おうともがくジョンことクラウスの姿があったとか……。



因みに、この騒動が元で横浜基地七不思議に【幼女を追い回すロリコンミイラ】が加わったのは……そう遠くない未来である。





後書き
シリアスは続かない



[20384] 【AL第2話】男の目元の厳しさと優しさを隠してくれる※何故か前編とか付いてた件
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/27 19:25
国連太平洋方面第11軍、横浜基地。
極東においては最大規模を誇るであろうこの基地には施工当時から囁かれている噂があった。

曰く、『存在しない筈の90番格納庫』
曰く、『フラリと現れては消える銀髪の幼子』
曰く、『地下に存在する謎の空間』
曰く、『幼女を追い回すロリコンミイラ』

等など……何処か俗物的な物から軍機に触れそうな物まで、選り取りみどりだ。
特に気にしてもなかった事だがつい最近生み出された『幼女を追い回すロリコンミイラ』こそ、そんなのが居たらMPに拘束される…とか話してたモンだ。

しかし、昼食を終えて腹ごなしにバスケでもやろうと外に出た時だった。
俺らはその噂の人物を発見したんだ。


一言で言うなら不審者、これ以上に当てはまる言葉は無いだろう。
顔に包帯を巻いたミイラ男がドレスの様な制服を着た少女を背中に乗せ、「うぉぉぉおおおおお!!」とか叫びながら腕立て伏せをしている。

正直、あまりの衝撃に呆けてしまった。
そして、確信したね。


あれが、噂の『幼女を追い回すロリコンミイラ』だってな!



【横浜基地所属の名も無き衛士の証言】



 ◇


【2001年10月26日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】



「フッ……フッ……フッ……」

「あと、30回です…」

「了解ッ!」


背中には座布団、そしてその上に正座した霞が残りの回数を教えてくれる。
俺はBDUに身を包んで黙々と腕立て伏せを行っていた。

今まで入院していた事もあって、それなりにあった筋肉も大分削げ落ちている。
それに、運動不足気味でもあったので最近は専ら体を動かしていたのだ。因みに、霞が俺の上に乗ってるのは錘の代わりだったりする。

………ええ、決してご褒美ではありませんよ?ありませんとも。


「……終わりです」

「うっし!社ー、どいてくれー」


背中に掛かっていた重量が消え、その手に座布団を持った社が少し離れたベンチへ向かい、座る。
そんな何処か微笑ましい光景に少しだけ笑みを零し、置いてあった歩兵装備を身につけて分隊支援火器のダミーを万歳する様に持ち、そして我武者羅に走り続ける。

どんなに苦しくても、辛くても……走れなくなった兵士に勝利など訪れない。兵士は血と汗を流した分だけ強くなれるのだ。
そう思い、更にペースを上げる。

普段から作りこんでいた体を取り戻すのには暫らくの時間が掛かるだろう。
だから、今は戦術機が操縦できる程度に体を回復させる。体の動きに阻害感を感じなくなればある程度は終了、残りは体力を戻すだけだ。

しかしながら、自分で思う。
普段は罵倒して訓練兵を走らせる立場である人間が、自分自身を罵倒して走り続ける姿は何と滑稽なんだろう、と…。


「………ハッ!…よし社、もう一回乗ってくれ」

「はい」


3キロをダッシュを走り切り、そのまま霞を背中に乗せて再度腕立て伏せを行う。
傍から見てもかなりのオーバーワークだろう、昼食を終えて運動をしに来たのか、先程から此方の様子を伺っていた正規兵達は化け物を見るかの様な目だ。

まぁ、苦痛に歪む表情が包帯に隠れて見えないのがせめてもの救いだろう。
今の俺の顔は地獄の悪鬼もかくやと言わんばかりに歪んでいるからな。


「ッ………良し!」

「お疲れ様です」

「お、サンキュー」


タオルを渡してくれた霞に礼を言い、汗だくになった顔を拭こうとして止まる。
そういや、顔には包帯を巻いてあるから汗は全て包帯が吸い取るのだ。しかも土汚れで茶色く染まっている……不衛生だな。






「――――そんな訳でして、包帯の代用品下さい」

「紙袋に目の部分だけ穴開けて被ぶれば?」

「ひでぇ!?」


俺は代用品を用意して貰う為に香月博士の部屋に来たが、スッパリと切り捨てる行為に俺は思わず声を上げて抗議する。
自分は好きで包帯をしてる訳じゃない。顔を隠しておけと命令をしたのは博士だ。

大体、基地のPXで売っているサングラスにしようと思ったのにそれを許可しなかったのは博士だ。
顔を隠せる面積が少なすぎるという理由で不許可、バイザーのようなサングラスを買おうと思い立っても基地の外に出るのも許されない身では手が無いのだ。

……しかし博士、紙袋を被ぶれって包帯以上に変質者だと思うのですがどうなんでしょう?


「包帯って意外と大変なんですよ?巻くのにも時間が掛かりますし消耗早いしメシ食いにくいしシャワーを浴びる度に外しますし他にも…」

「ハイハイ、分かったから五月蝿くして脳のキャパシティを減らさないでくれない?」

「ういっす」

「………脳………そうよ、何気に忘れてたけどアンタにも必要かもね…」

「何がです…?」


何故か沈黙した博士がパソコンの前に座り、素早くタイピングして何かを書き込んでいく。
気にはなったが邪魔するのもアレだったので俺はこっそりと部屋を出て、自身に与えられた一室へと戻り、ベットへと転がり込む。

兎も角、解決策が無い以上は考えても仕方が無い。
それなら、今は体力の回復に努めるのが優先事項だ……まぁ、そんな事を思うまでも無く目蓋が落ちていたのだが。


因みに、俺はこの時に何でパソコンを覗き込まなかったのか悔やむ事になる。
そう、まだあの段階だったら“あんな物”が出来上がる事は無かったのだと………知る由も無かった。



 ◇

【2001年10月30日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 香月夕呼研究室】


「アンタが望んでた物を手配しといたわよ」


朝っぱら……正確に言えば午前5時、通常シフトの者はまだ夢の中であろう時間に俺は博士の部屋に呼ばれ、いきなりの発言に首を傾げていた。
望んでた物……それが眠気に浸りきった脳ではまだ判断できないのか、しばらく頭を捻っていたがやっと辿り着いた。

包帯に代わる俺の顔を隠せる物だ。


「随分と厳重そうなケースですけど……特注ですか?」


恐らくは俺が注文したソレが入っているであろうアタッシュケースを机の上に置いてコーヒーを美味そうに啜る博士に問う。
それを聞かれた博士はニヤッと笑い、大仰に手を広げて説明を始めた………この人、徹夜でハイテンションになってないか?


「よくぞ聞いたわッ!アンタの知る情報はオルタ4にとってもトップシークレットよ、故にその情報を規制する必要があるわ!」

「喋る気は無いんですが…」

「いいえ、アンタが喋らなくても“読める”存在が居るでしょう?」

「………第三計画」


その呟きに霞がビクッと反応するが頭をグリグリと撫でて逃げるのを防止する。
霞にとっても色々とあるんだろうが、俺はそんなの気にしない……そんな気持ちを込めて撫でると強張った体が柔らかくなった。


「………ねぇ、アンタってやっぱりロリ‥」

「それ以上声にして出したら本気で怒りますよ」


それを見た博士が俺に対して言おうとした事を率先して潰す。まったく、謂れ無き批判だ。


「あっそ……で、アンタをソ連から回収する時に結構無茶やったからね?アンタは重要機密を知る存在としてマークされてるの……実際、諜報員も一人捕まったしね」

「そりゃ面倒ですね……で、今までの話に何の関係が?」

「そこで“コレ”よ!我ながら素晴らしい意匠だわ…」

「こ、これは……!?」


博士がアタッシュケースから取り出したソレを俺に見せ付ける様に突き出す。
色は霞が着けているうさ耳と同じく黒、材質も似た様な感じだろう。手に持って見たが非常に軽く、しかしながら丈夫そうだ。

所々刻まれた窪みやラインが何処と無く近未来的な雰囲気を感じさせ、まさに「いいセンスだ」と言うしか無いだろう。



だがしかし、やはり元々は一般的な日本人の感性を持つ俺から言わせて貰おう。


「なんじゃこりゃぁぁぁああ!?」

「何よ、文句あんの?」

「いや、用意してくれたのはありがたいですがサングラスとかあるでしょう!?」


思わず叫んでしまったが、許して欲しい。
そう、博士が用意した俺の顔隠し道具とは顔の上半分を隠すようにデザインされた仮面だった。

例を上げるのならタ○シード仮面の着けている仮面の色を黒に変え、それに某ガンデレ大尉が着けていた仮面とセ○バーオルタのバイザーのデザインを変形して加えた感じだ。
いや、目が見える様になってたり装着方法からすれば仮面と言うよりサッカー選手などが着けるフェイスガードだろうか?

兎に角、ある意味では仮面であった。


「……博士?」

「……私の矜持が無骨な物を許さなくてね、どうせ作るなら芸術品が良いじゃない!」

「もうやだこの人ッ!?」


思わず地面に四つん這いになって嘆きの言葉を吐くが情けなさ過ぎるので立ち上がってその仮面を再度見る。
そう言えば、まだこの仮面の話の最中だったので取り合えずは話を促すと説明を再開してくれた。


「で、話を戻すけどその仮面にはリーディング防止の為にバッフワイト素子を盛り込んであるわ……知ってる?」

「うろ覚えですが」


【バッフワイト素子】
ひとつの大きさが約20ミクロンの思考波通信素子でBETA由来素材で出来ている物だ。
特定の思考波パターンを織り込んだマイクロチップによる制御で逆位相の思考波を発信し、ESP能力者によるリーディングをブロック出来る優れ物だ。

つまり、この仮面は……


「リーディングに対する妨害装置な訳ですか……」

「そ、脳に近い頭部に着ける必要があるから丁度良かったのよ」


仮面のデザインは衛士強化装備のヘッドセットに接触しない様に考慮されてるし、デザインも悪くは無い。
それに溜め息を吐いた俺は仮面を着ける為に頭に巻いてある包帯を取った。


「……!」

「へぇ……改めて見ると精悍ね?」

「茶化さないで下さいよ」


包帯に隠れた顔が外気に直接さらされ、俺の今の顔を見た霞が少し目を丸くしたのが分かる。
一番の損傷が酷かった左半身、それを証明するかのように左側頭部から頬と鼻を横切る奔った様な傷痕、そして傷は首にも続いていた。

それに加えて無精髭が伸び、少し伸びた髪に傷も相成ってかテロリストの様な悪人ヅラだ。

この世界の医療技術なら傷も処置が早ければ消せるのだろうが、撃墜時に俺を回収したソ連さんはそこまで親切じゃなかったらしい。
博士が横浜に収容してから一応は対処してくれたのだが傷痕が少し薄くなった程度だった様だ。


しかし、今の顔で嘗て訓練兵を鍛え上げた様に罵倒すれば『鬼軍曹』という称号を名実共に貰えるだろう。
そう思いながら鏡の前に立ち、仮面を着けようと四苦八苦していると霞が此方を眺めてるのが鏡に映って見えた。


「…怖いか、社?」

「……クラウスさんは、クラウスさんです」


霞はこの顔の傷で驚きはした様だが特に気にはしてないらしい。
そんな短いながらもありがたい言葉に感謝しつつ、装着完了。少し手で位置をズラしたりして、もう一度鏡の前でピタッと立ち止まった。


「……変態だな」

「ハイハイ、落ち込まないの……メンドクサイわねアンタ」

「いや、もう良いです……吹っ切れる事にしますんで」

「だからって社に手を出したら殺すわよ?」

「そういう吹っ切れじゃないですよッ!」


イジける俺に愉快そうに博士が笑う。何か、これだけ見ればやっぱEXとは変わらない気がする。
だが、俺は流石に許す気は無い。流石に侮辱が過ぎるというものだろう!


しかし、そんな不機嫌モードの俺を一気にご機嫌にさせる朗報が博士から言い渡された。


「あ、そうそう。アンタの機体を手配しておいたんだけど今日届くわ」

「……へ?」

「あら、当然でしょ?アタシは使える物は何でも使うのよ」

「まぁ、それは良いのですが……因みに、機体は?」





「帝国が誇る、最新鋭機よ」





後書き
ランナーズハイって素晴らしいよね、執筆でも似た様な現象起きるし



[20384] 【AL閑話】私色に染め上げて欲しい
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/28 00:56
【2001年 11月1日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 戦術機シミュレーター室】


警報が鳴り響き、加速による高Gによって生まれる振動が管制ユニットを揺らしていく。
その管制ユニットに着座した仮面の男、ジョン・ドゥことクラウスは執拗に追い回してくる3機のF-15C――イーグル――の配置をレーダーで確認し、ニヤリと口元を歪めていた。


「じゃじゃ馬だが……面白いっ!」


空色に塗られた戦術機がクイックターン、追撃して来ていたF-15Cへとその両の手に持たれた87式突撃砲を乱射する。
3機の内、2機は左右に大きく別れて回避したが本命として狙っていた1機は被弾、跳躍ユニットを損傷したのか黒煙を吹き上げながらビルへと墜落していった。


「先ずは1機」


大きく分断される形になった2機のイーグル、一番近かった1機を視認で捕らえ、背後に食らいつく。
それに随分と驚いたのか、ソレが戦術機の機動へ顕著に現れる。
しかし、冷静さを取り戻したのかイーグルのパイロットは冷静にダミービルの間にある道へと機体を進めさせ、即席の盾を作り上げた。

あのポイントを撃つには一定以上の高度に昇れば的だが、それは自身も的になる。
正面から挑むとしても直線的な道路になっており、相手はT字路で左右に隠れれるビルがある。
それに、背後から撃つにしても巨大なビルがそこには在り、撃とうにも撃てないあの場所は迎撃には最適のポジションだろう。


だが、甘い。


「普通の相手になら通じるが……生憎、俺も機体も普通じゃ無いのでね」


この機体に搭載されている操縦系統であるOBLが繊細な戦術機機動入力を受け取り、それが機動に反映される。
今、此方へ向けて突撃砲を乱射しているイーグルの衛士はどの様な心境だろうか?

戦術機3機分の横幅ほどの広さしか無い……そして直線という狙い撃つには最高のポジションで撃って尚、縦横無尽に機体を振りながら接近してくる存在に。
ビルに張り付く様なギリギリで飛び、此方へ向かってくる異常さに……恐怖したのかは分からないが逃げ様ともせずに乱射をし続ける。

「何で当たらない」……そう叫び声を上げているのが聞こえる様だ。


「2機目」


背部ブレード担架から抜いた74式近接長刀を刺突の構えにし、そのまま突っ込む。
反応が遅れたイーグルは管制ユニット部を長刀の切先で貫かれ、そのまま背中を突き抜けてビルへと縫い付けられた。


「さて、最後の1機は………隠れたか」


まともに戦っては勝てないと察したのか、レーダー上から消えた最後のイーグルを捜索する為に機体を進める。
熱源センサーにも音感センサーにも反応は無い。多分、主機を切っている。

イーグルが不意打ちするか、俺が見つけ出して撃破するか……そんな勝負になった。


「何処だ……何処に居る……《警告、敵機接近!》後ろッ!?」


五分ほど捜索を進め、次の区画へと向かおうとした瞬間だった。
崩れ去ったビルの残骸の一部が弾ける様に吹き飛び、土煙を引き裂く様にナイフを持ったイーグルが突進してくる。

回避は不可能、突撃前衛仕様の背部兵装担架には長刀が残り一振り納められているだけで迎撃は無理。
180度ターンしてマニュピレーター持たれた突撃砲で撃つのは距離的に無理、射撃する前にナイフが管制ユニットへと突き刺さる筈だ。


「さ・せ・る・かぁぁぁぁああああああ!!」


手段が無いのなら作るまで、ブレード担架が稼動して長刀を跳ね上げる。そして、バックステップ。
激しい接触の衝撃と共にブレード担架の長刀のボルトロックを破裂、自機とくっ付く様になって沈黙していたイーグルが胸に長刀を生やして倒れた。

俺が行ったのは残った長刀を地面に垂直な格納状態から地面に平行な抜刀体勢にした。そして、あのイーグルは自ら長刀に突っ込む形になってしまったのだ。
だが、イーグルが振りかぶっていたナイフが肩の関節部分に突き刺さり、片腕が使用できなくなったが……俺の勝ちだ。


《状況終了。お疲れ様でした、ストラトス01》


CP士官役を務めてくれていたピアティフ中尉が俺に与えられた新たなコールサインで呼ぶ。
ストラトス……『成層圏』という意味を持つこの単語は俺の解釈ではこう考えた。


“地上の空”と。


「ストラトス01了解。この後に食事でもどうですかピアティフ中尉、残念ながらレストランという訳には行きませんがね」

《あら、お誘いを頂けるのは嬉しいのですがこの後に報告書を作成しなければならないのでご遠慮しますね》


ちょっとしたジョークを言い合い、シミュレーターが停止していく。
最後に、シミュレーターが生み出した仮想現実の夕日に照らされた俺の乗る機体が写る。

しかし、この機体を本来は死んでいる筈の亡霊である俺に与えるのは香月博士なりのジョークなのだろうか?
まぁ、良い機体だ。文句も無い、むしろ今の俺にはピッタリかも知れない。



「またしばらく頼むぜ、ファントム?」



俺は今の相棒となる世界最古の戦術機へと呟き、その場を後にした。



 ◇


【少し前の2001年 10月30日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 野外ハンガー】



「フンフフ~ン♪」

「ご機嫌っすね…」

「アタシの唯一の楽しみなのよ、コレ。新品だからビニールは確実に付いているしね~♪」


ある戦術機格納庫に仮面を付けた男と白衣を身に纏った女性が肩を並べている。
そんな異常な光景を視界に納めない様にして駆け回る整備班員達を見下ろしながらクラウスは溜め息を吐いた。

管制ユニット内で嬉々としてビニール破りを行う香月博士は何処か子供のようで、非常におかしく感じる。


「しっかし………最新鋭機って言いましたよね?」

「ん?そうね、言ったわね~」

「これF-4じゃないですか!?最新どころか世界最古の戦術機ですよ!」


思わず咆哮する俺を誰が責められるのだろうか?
『最新鋭』と聞いたので武御雷は流石に不可能と思ってたがユーコンでの経験上、「帝国の最新型である不知火弐型かも」という淡い希望を見事にブチ壊されたのだ。

しかし、何処か恍惚とした様子でビニール破りを終えた博士は此方を見て、ニヤリと笑った。


「フフッ、そう言うと思ってたわ……これはF-4であってF-4じゃないわ……」

「なん…だと……?」

「香月博士!シートを除去する為に機体を起こすんで離れて下さい!」


整備班長らしき人物の警告に従って離れる。
そして、ハンガーに寝かされる様に固定されていたF-4が起こされ、そしてシートが剥がされる。

そして明らかになったその異様さに俺は息を呑んだ。


「EXAM適応型試01式戦術歩行戦闘機・F-4JXよ」

「EXAM……適応型?」

「そう、EXAMシステムを搭載する為に作られた……そんな機体よ」

「EXAMシステムとか暴走しそうなんですが」

「なんで?」

「いえ、コッチの話です」


全体像的に言えばF-4と変わらない。しかし、変わっていると言えば肩に増設されたスラスターだ。
そして装甲も恐らくは第三世代機に多く使用される複合装甲、操縦系統もOBLとなっており、カタログスペック上では2・5世代機相当の戦闘力らしい。

言わば、F-4の形をした別物……だろう。


「アンタが作ったEXAMを帝国に提供して試作されたのがコレよ、完成したらまりもにでも乗って貰おうと思ってたんだけど丁度良いわ」

「提供って何時の間に……」

「今から3ヶ月に前ね~」


以前に行った新潟での運用テスト(九話、『天空の眼』参照)の際に共同した帝国軍部隊が持ち帰ったガンカメラの映像を元に博士の元へ連絡が来たらしい。
その際に何かしらの交渉を済ませ、提供。その結果、急遽開発されたのがこのF-4JXらしい。


「た、確かに最新鋭機だ……」

「でしょ、嘘は言ってないわ」


ニヤニヤと笑う博士から視線をずらし、バツが悪そうにF-4JXを見上げる。
機動制御の為なのか、センサーマストが一本角の様に伸びている。


「そう、これは撃震であって撃震で無い……言うのなら、超☆撃震ね!」

「おいばかやめろ」


博士、もう良いですから休んでください。寝てない所為かアンタ、少しおかしい。


「社……博士を頼む」

「はい」


何時の間にか来ていた社に博士を任せ、連れて帰らせる。流石に、休憩をして貰いたい。
そんな事を思いながらカタログスペックを確認していると、チェックが終わったのか整備班長が近づいてくる。

相変わらず仮面を付けた俺を胡散臭そうに見ていたが仕事人なのか、しっかりと敬礼して俺に問いかけた。


「中尉、今からカラーリングに入りますがどうします?副司令より自由にさせろと聞いているのですが……」


カラーリング、そう聞かれて少し考える。自由にさせろ、の意味が理解できなかったからだ。
国連軍所属ならUNブルーが一般的だ、それは当然だろう。しかし、主に欧州のエースにはパーソナルカラーが許されてはいる事が多い。
理由は戦意高揚の為だ、故にカラーリングはその者を現すと言えるだろう。日本で言うなら斯衛の冠位による色分けに似ているのかも知れない。


そして、俺は理解した。


「なるほど……博士は全てを奪う気は無いのか、はたまた気まぐれか……」

「…?」

「ならば、遠慮せずにやらせて貰う……班長!」

「ハッ!」


名前を変え、顔を隠し、その存在すら否定されている俺に博士が残してくれた物。
亡霊である俺の存在を証明する最後の一つ、遠慮せずに使わせて頂こう。





「班長、あの機体を……私色に染め上げて欲しい」





後書き
まだまだ逝くヨ



[20384] 【AL第3話】制限付きの体
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/30 07:45
「LRLRLRL~♪」


上機嫌そうに、高らかに歌うかの様に声が響く。
Lと口に出しては左足を、Rと口に出しては右足を出して走り、リズムを取っている。

そんな風にしばらく上機嫌そうにリズムを歌っていた仮面の男、ジョンもといクラウスはかなり体が慣れてきたのを実感していた。


「LRLRLRL~………フッ…大分慣れたな」


撃墜されてから衰えた体は厳しい訓練で鍛え直そうと走って早一週間。
体力は未だに不完全ではあるが体の動きに違和感は既に無い。取り合えず、嘗ての様な戦術機操縦は可能だろう。


「しっかし……もう11月か……」


白銀の方では着々と物語が進行している。俺はそれには干渉する心算は欠片も無いので原作通りの筈だ。
しかし、原作と言えば間もなく第一の事件が発生する。

11月11日、新潟へのA-01出撃だ。


「孝之というイレギュラーが居れば結果は変わると思うが……やはり心配だな」


何時ぞや、吹雪を借りに行った際に出会った207A訓練小隊の少女達を思い出す。
彼女達はA-01に配属され、そして恐らくは新潟が初陣になるだろう。そして、“死の8分”に直面する。確か、新潟でも死者が出る筈だ。


「むぅ……」


走るのを止め、用意しておいた模擬刀で素振りをしながら悩む。
香月博士は白銀から新潟襲撃を聞くだろう……そして、A-01を派遣してBETAを捕獲、それがトライアル時のBETA襲撃へと繋がる。
それは、今も離れた位置で白銀たち207B隊を鍛えている神宮寺軍曹を含めた多くの命を失う結果に至る。


「チッ……」


舌打ち、素振りにブレが出来る。
関わってしまうと助けたくなる……知り合いや身内にはどうにも俺は甘い気質だ。


「どーっすっか…ねッ!」


風切り音を響かせ模擬刀を振るう。
この雑念を振り払うかの様に一心不乱に………まぁ、俺の中ではもう腹を括ってるのかも知れなかったが…。



 ◇


【2001年11月8日 旧横浜市街地 第2演習区画】



「ストラトス01よりCP、難易度が温い。もう一段階上げてくれ」

《CP了解。ミッション内容を変更します》


旧横浜市街地、今は演習場となっているその場所でJIVESによって生み出されたBETAへと突撃を繰り返して既に3時間。
俺は途中に推進剤を補給した以外では一分足りと休まずに戦い続けていた。

この機体の癖を習熟するには………いや、この機体を“口説く”には多少強引でなければならないだろう。


「……ッ!」


シミュレーターではそこまで感じなかった体の芯に響く様なGに忌々しげに顔を歪め、歯を食いしばる。
最後にF-4系列の機体に乗ったのは10年前、その当時の感覚ではこの機体はまったく違っていた。


「跳躍ユニットをこんな馬鹿げた高出力仕様に変えるからだ……これじゃ、50ccバイクにリッターエンジンを積んだ様な物だぞ……ッ!」


F-4等の第一世代機は重装甲が特徴だ、それは改修を受けたこの機体でも変わりは無い。
だが、新設計である軽量の複合装甲に変更されてからは従来のF-4と比較して機体総重量は15%は減少している。

それでも尚、重装甲なこの機体に新たに搭載された跳躍ユニットはその重さを完全に振り切った速度を叩き出す。
本来は武御雷C型に搭載されるFE108-FHI-223跳躍ユニット及び主機を搭載しているらしい。故に、出力だけは通常の不知火を上回る。

しかし、元々の機体重量や形状的な空気抵抗もあるので結果的には不知火よりは遅い……が、爆発的な加速力は群を抜いていた。


「元々の機体単価が安いからってンな化け物を積むなっつーの」


だが、それを操る側からすれば良い迷惑だ。
確かに、F-4を長年操る熟練兵がこの機体の癖さえ掴めば下手な不知火より戦闘力を発揮できるだろう。だがそうでは無い俺にはキツイ物があった。


「まったく、名前通りだな……雄々しい機体だ」


機体名称、F-4JX――益荒男(マスラオ)――。
“益荒男”とは強い人、男を指す言葉だ。嘗て、日本帝国にBETAが侵攻した際に参戦した男達の多くはF-4J――撃震――に乗って戦地へ赴いていった。

そして、多くの男が犠牲になった。
彼らは救国の士であり、彼らを支え、今の日本を守ったF-4という機体を尊んでの名前らしい。

別案としては“防人(サキモリ)”という名前があったのだが『守るだけでは勝てない』という主張があったらしい。


「………任務完了、帰投する」

《了解。基地上空の飛行許可、第二滑走路へ帰投せよ》

「了解………ッ!?」


最後の一匹であるBETAへと36㎜を発射して機体を巡航姿勢にさせる。
そしてCP士官であるピアティフ中尉への報告を最後に通信を切った瞬間、吐き気に口を押さえ二、三回ほど咳き込む。

手には、赤い血がべっとりと着いていた。


「あー……無理しすぎたか」


俺の体はツギハギみたいな状態だ。それは内臓も同じ事で、過負荷なGには長時間耐えれない。
そもそも、まだロクに物も食えないほど消化器官は疲弊している。今も栄養点滴と胃に負担を掛けないおかゆなどが基本になっている。

今の俺が戦術機に乗るという事は文字通り命を削ってる状態だ。


「ハハッ……こりゃ、怒られるな……」


今は傍に居ない自身の副官とお世話になっている医務官の顔を思い出しながらサッサと血を拭い、機体の針路を横浜基地へと向ける。
しばしの空の旅を終え、ふと下を見ればグラウンドの片隅に休憩中なのか片手に飲み物を持った白銀達が見えた。


「………(ニヤッ)」


……多分、今の俺は楽しみを見つけた子供の様な顔をしているだろう。さっき血を吐いたのも忘れてる。
いやなに、少し白銀達を発破かけるだけさ。うん、悪戯を思いついた訳じゃないヨ。


《ストラトス01、貴機は予定コースを外れている。即座に修正せよ》

「此方ストラトス01。少しお楽しみをする」

《なっ……ストラトス01!応答して下さい、ドゥ中尉!?》


ピアティフ中尉の慌てた様な声が管制ユニットへ響き、「そんな声も出すんだな~」とか勝手に思う。しかし……


「フッ……ジョン・ドゥ、か………私はそんな名では無い。……あえて言おう」

《え…》


すうっと一息。


「―――クラウス・バーラットであるとォ!!」

《なッ……中尉!?》



 ◇


【同年同日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 グラウンド】


「よし、10分休憩!各自好きにしろ!!」

「ハァー……」

「武、受け取れ」

「お、サンキュー冥夜」


地面に身を投げ出す様に仰向けに倒れ込み、空を見上げる。
完全装備での20キロ走を終えた直後、俺も含めた全員が頭を垂れた様に項垂れている……特にたまなんかは目が渦巻いてる。

そんな中、飲み物が入ったボトルを渡してくれた冥夜に礼を言いつつ浴びる様に飲んでいると戦術機の跳躍ユニット音が聞こえ始めていた。


「む…?帰還コースにしては可笑しいな……」

「神宮寺教官、どうかなさいましたか?」

「榊か、あの機体だ」


まりもちゃんが指差す方向には突撃前衛装備で空を飛ぶ1機のF-4。
哨戒機にしては一騎だけってのは不自然、しかも近づいてくる程にそのシルエットが明らかになっていった。


「ほぇ?なんか他の機体と違いますー」

「そうね、私達が知ってるF-4とは何処か違うわ……改修機かしら」

「角付き……」


一本角の様に伸びたセンサーマスト、肩に追加されたサイドスラスター……そして、UNブルーとは違うスカイブルーの機体色。
そんな通常とは仕様が異なるF-4らしき機体が空中で静止、俺達を見下ろす様に滞空する。俺から見てもその動きには第一世代機特有の鈍重さが見えない程に繊細な操縦だ。


「……榊、念の為に私は司令部に問い合わせてくる。全員を纏めて事態に対応できる様にしておけ」

「了解。207B隊集合!」

「おいおいおい、変なトラブルはゴメンだぜ…!」

「………ッ!動いたぞ!」

「―――――ッ!?」


まりもちゃんが訓練場から小走りで去り、委員長が全員を纏め上げると冥夜が声を上げる。
視線を向ける、そこには待っていたかの様に上空で滞空していた機体がグラウンドに向けて急降下する光景だった。


「あ、あわわわ……!?」

「……っ!」


地面に激突するかの様に再加速、雲を引き裂く様にして高度を落とし………動きが変わる。

突撃級の頭上を飛び越え機体を倒立姿勢、滞空中にその手の突撃砲を突撃級の柔らかい背面へとお見舞いして着地、そして噴射地表面滑走。
左右にブースターを吹かして後続の突撃級を回避、そしてターン。残りの突撃級を排除、その直後に背後から殴り掛かってくる要撃級の一撃を宙返りの様に避けてNOEへ移行。

それをイメージさせる動きに息を呑み、今は遥か上空へ去って行く空色の戦術機を見送る。
間近で対BETA戦機動を見せ付けられた皆は呆然としていた。


「……ボク達も、あんな風に戦術機を操る事が出来るのかな…?」

「うん……だから、次の演習に絶対に合格しなくちゃね!」


沈黙が続く中、美琴の問いかけにたまが盛大に頷き、それを聞いた委員長に彩峰、冥夜も小さく笑みを浮かべる。
戦術機への……衛士への憧れが増したのか、予想外に団結が増した結果になった。

だが、それもあるが俺の驚きは他の部分にあった。


「(スゲェ……俺がイメージしてた様な機動が再現出来てる……!)」


通常の戦術機と比較しても異様な……そう、俺がやっていたバルジャーノンの如しアクロバットの様でその実、実戦的な機動……そしてそれを可能にする衛士の技術。
それに他とは違う改良が加えられた戦術機……その全てに興味を抱いたのだ。

そして、司令部へと確認に行っていたまりもちゃんがこっちに来るのを確認し、最後に過ぎ去った後の空を見て思った。



あの機体の衛士……その正体は何者なんだろうか、と……。






後書き
最近の主食がファンタグレープ



[20384] 【本編と無関係】Muv-Luv Alternative Der Himmel, in den ein Huckebein fliegt
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/07/30 19:40

―――人という存在が集まれば社会という物が出来る。
そんな社会には規律が定められ、そのルールの中で人は生きていく。それが一般的な人間だ。

だが、世の中には何千何万何億という人間が居る。
そして、当然の様にその中には協調性の無い者や反社会的な態度の者‥‥‥そんな様に社会というコミュニティを逸脱した者は多くおり、形は様々だ。

それは軍の中でも変わらず、【扱いに困る逸脱者】という存在が居るのは同じだった。


『グール01より各リーダー、状況を報告せよ』


BETAの体液に染まった一機の戦術機がブレードに滴る血を振り払い、通信を繋げる。
誰が死んだか、生き残ってるかは気にもしてなかったが部隊の確認は隊長の務めという奴だ。

それを脳内の片隅に追い払い、大隊を構成する各中隊長へと声を掛けた。


《こちらファントム03、隊長と副隊長は仲良くBETAの腹ン中ッス。他にも4機が墜ちましたが戦闘可能ッス》

《ゴースト01、こっちは3機、同じく継戦可能。愛しいお前の美声をもう一度聞けるとは思ってなかったぜ、グール01》

『言ってろ‥‥‥終わった様だぞ』


地上から伸び、空を埋め尽くしていたレーザーが徐々に切れ始め、迎撃によって花火の様に散っていた各車両部隊や艦隊の支援砲撃が飛行機雲や紅炎が夜空を覆い始める。
そして、それに続く様に通信からは叫び声じみた歓声が上がる。どうやらハイヴの制圧に成功したらしい。

だが、周辺に展開していた戦術機部隊が勝利に沸きながら残ったBETAを撃ち払う中、その場を動こうともせずに呑気に会話を続けていた。


《ヒュウ♪こんなのが見れるなら桜花で死に損なった甲斐があるってモンだぜ》

『これで帝国も後方国家になった‥‥‥後は我等が安住の地獄、ユーラシアの大地だけだ』

《‥‥‥いい加減、死なない様な任務に就きたいですね》

『そうぼやくな、行くぞ』


「興味が無くなった」とでも言いたげに戦場に背を向けて帰還を始めるUNブルーに染められた国連軍所属の戦術機の一団。
それに対して声を掛けていた者はその機体の肩に描かれたエンブレムとレーダーに映るマーカーを確認した瞬間、揃って同じ様に顔を顰めて去って行く。

その内の一機、グール01と呼ばれた男は「フンッ」と小さく鼻を鳴らした。


『随分と嫌われたモンだな』

《だろうよ、俺達は死を運ぶからな》

《その所為で女の子にもモテないんだけどね‥‥‥‥最悪だ》

《よし、尻を貸そう。そしてお前も俺に貸せ》

《いらねェし借りねェよ!ぶっ殺すぞテメェ!!》


子供の喧嘩の様な、戦場に居る事を忘れさせそうな何処か冗談じみた会話が続き、通信回線に響き渡る大笑い声。
それを聞いたグール01は小さく笑みを零し、そして顔を引き締める。


『グール01より各機、おふざけはそこまでだ。俺達の戦争は風呂に入ってビールのタブを開けるまで続いている』

《《《Yes, sir!》》》


グール01の声に続くかの様に全機の跳躍ユニットに火が着き、爆発的な加速力を生み出すロケットエンジンが戦術機という巨体を持ち上げる。
目指す先には海上に停泊している仮初めの我が家。国を捨て、軍からは不要となった者達が集う最後の楽園がある。


『帰るぞ、俺達の家へ』


そして、その言葉を区切りに凶鳥達はその場を去って行く。
過ぎ去る後にはBETAの死骸の山を築き、それを啄ばむ烏の様な醜悪さを感じさせず優雅に‥‥‥大烏は飛び去る。



 ◇



2003年4月12日、錬鉄作戦【Operation:Sledgehammer】と名付けられたH20攻略作戦は国連軍・帝国軍統合作戦司令部の反応炉を含む地下茎構造の完全制圧宣言によって幕を閉じる。
桜花作戦、東ソビエト奪還に続き三度目の人類の勝利に世界は沸き、そして戦い抜いた勇士達には惜しみない賞賛が浴びせられた。

だが、その中には同じく戦場へ立った彼らの名は無い。
彼らが戦うのは世界の為でも無ければ国の為でも無く、名誉の為でも無い。自分達の為だけに戦うだけの存在。
そんな彼らの存在を称した言葉が戦場に迷信の様に広まっていた。



『骸骨を趾で掴む大烏のエンブレムと出会う時、自身に不幸が訪れる。彼らと並び立つ地は地獄であり、その身を破滅へと誘う……その部隊の名は、』



凶鳥、“ヒュッケバイン”





後書き
黒歴史の封印(プロローグ)が解けたでござるの巻。最初、転生してないクラウスは懲罰部隊隊長の少佐だったのにどうしてこうなった。
というのはさておいて、暫らく更新がヤバイかもですので報告ついでです。次回はお盆明けかも………

あと、皆さんもしっかりとご飯は食べましょう。私はそれで本日倒れ、点滴打ってきました(汗)



[20384] 【AL第4話】変わらない自分
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/08 23:03
《―――以上が、ドゥ中尉についての報告です》

「お疲れ様ピアティフ……で、アイツは?」

《本人は報告書を提出してから出頭する、との事です》

「頭が痛くなるわぁ……」


額に手をやって天井を見上げる夕呼にピアティフは思わず同情的な視線を向ける。
先程の実機演習終了後、命令無視による逸脱行為は副司令……夕呼の管轄であると基地司令へと連絡してある。
通信はピアティフが乗り込んだCP車のみに聞こえており、外部に聞こえなかったとしても本当の名を名乗った事に対して注意があった。

ジョンと細かい接触を行えるのは夕呼の息が掛かった者のみ、他はあの仮面や噂も相成ってか見事なまでに避けていてくれている。
ピアティフ自身もジョン……クラウスの経歴を知っているだけあって呆れてはいる物の、「あんな人物なんだろう」で納得していた。


「はぁ……とりあえず、伊隅達の様子はどう?」

《はい、既に出撃に備えて装備の講習会を行っています。今回はBETAの捕獲という事で勝手が違いますので、念入りに行うとの事です》

「そ……とりあえず、あの馬鹿は勝手に来るからもう良いわ」

《了解しました》


通信が切られ、物静かな風景が戻る。そんな中、暫らく待っていると待ち人がやってきた。


「ちゃ、チャオ☆」

「………」

「嘘ですごめんなさい」


無言で銃を突き付けるとほぼ90度に腰を曲げて頭を下げる仮面の男……もとい、俺の姿に多少は溜飲が下がったのか冷めたコーヒーを飲む。
そして、その苦さに少し顔を歪めながら口を開いた。


「正座」

「へ?」

「正座しなさい!」

「はいッ!」


命じられた忠犬の如き素早さで正座。そんな俺の前に博士は腕を組んでの仁王立ち。
その異様な威圧感に嫌な汗が止まらない。


「アンタね、一応は死者っていう自覚あるの?」

「………ハイ」

「嘘おっしゃい!なら本名を叫ぶんじゃないわよッ!!」

「あ、あああああれはついノリででででででー!?」


夕呼が胸ぐらを掴んでヒステリーの様に叫びながら上下左右に振りまくる。
声が変に伸びるがお構いなし、しかも結構力があるので首も絞まる………ああ、アカン、天使の格好をしたエレナと霞が俺を迎えに来て……


「フンッ!」

「あごぱぁ!?」


……くれなかった。博士が俺を放した衝撃で頭を打った際に逃げてしまった。
その衝撃で外れた仮面を拾い、ポケットに入れる。再度暴行を加えられた際に落として壊れない様にだ。

しっかし、頭をぶつけた瞬間にエレナが堕天してるよーに見えたのは……気のせいだな、うん。


「お~痛てて……あ、話は変わりますが博士」

「何よ」

「A-01、新潟に向かわせるんですよね?」

「……そうよ、それも例の“映画”の情報?」


“映画”……俺がプレイしたゲーム本編をそう称した霞の顔を思い浮かべ、頭を掻きながら頷く。
博士は博士で「ホントに何でも記憶としてあるのね…」とか言っている。


「まぁ、そうです……俺は?」

「あら、行きたいの?変わってるわね」


戦場に行きたいという旨を含ませて問うと自殺志願者を見る様な眼で見てくる博士。
それに小さく笑みを零しながら「そうですね」と答える。


「ま、『偽善者が自分の満足の為に行く』と思って頂ければ結構です」

「そう……でも、駄目よ」

「ですよねー」

「……?(やけに諦めが良いわね……)」

「まぁ、ふざけてますけど立場は理解してます。俺が基地の外へ出るのは演習のみ、でしょう?」

「分かってるのなら良いわ……帰りなさい」

「了解………さてさてと」


部屋を出て、フラフラと歩きながら懐から取り出した何時ぞやに得た葉巻を咥えながら地上へと繋がるエレベーター前で待機。
途中に【NO SMOKING】と書かれたプレートをゆっくりと見送り、点火。一回だけ大きく吸い込み、口内で煙を転がしてからゆっくりと濃厚な煙を吐き出す。

その瞬間、丁度エレベーターが来たのか扉が開いた。


「けむっ!?」

「あ」


吐き出した煙がエレベーターに乗っていたらしき男に掛かり、咳き込む。まさか、本人もエレベーターから降りた瞬間に煙を拭き掛けられるとは思うまい。
モロに浴びたであろうその男、白銀は目尻に涙を零しながら視界が晴れたのか俺の顔を見て固まる。

一応、包帯以来の対面だ。緩く敬礼をすると固まっていた白銀がしっかりと敬礼した。


「ちゅ、中尉殿!?失礼しましたッ!」

「なんだ白銀か……俺だ、ジョンだ」

「………は?」

「そう固くなるな……そういや、医務室ン時は包帯巻きだったな……分からんでも無理ないか」


懐かしげに顎を擦りながら回想していると固まっていた白銀の硬直が解ける。
どう反応したら良いのか分からないといった様子であるが冷静は十分に保っているようだ。


「あの、ドゥ中尉。ここ(地下19Fフロア)に入れるって事は……」

「まぁ、隠してもしゃあないな……博士の関係者だ、お前も何らかの事情でココに入れるんだろ?理由は詮索しないけどな」

「……はい。では、失礼します!」

「………ああ、そうだ。白銀」

「へ?……とっとっとぉ!?」

「もうすぐ演習だろ?蛇除けだ。俺にはコイツがあるからな」


流石は軍人といった所か、特に追求する事も無く敬礼して立ち去る白銀に声を掛け、懐に入れてあった未開封の煙草を投げ渡す。
放った煙草を慌てて受け取った白銀は少し眼を丸くしていた。

それに対して俺はニヤッと笑みを零して咥えたままの葉巻を上下に動かし、エレベーターに乗り込む。
最後に少しカッコつけでしっかりと敬礼をして、エレベーターの扉が閉じる前に言い残す。


「“先に戦場に行って”待ってるぞ」


多分、近い将来にそうなるであろう風景を幻視しながら……。






「……あ、仮面着け忘れた」



 ◇



「先生、ドゥ中尉は先生とどんな関係なんです?」

「白銀、知り合いだったの?………そうね、奴隷とご主人様かしら」


昼間、驚異的な機動を見せ付けた空色の戦術機が気になった俺は何かを知るかもしれない先生に会おうと地下19Fに直通しているエレベーターで傷顔の男、ジョン・ドゥ中尉と出会った。
以前出会った際には包帯巻きで顔は分からず、「飄々とした人物」とだけしか分からなかったが今日は違った。

顔を横切る亀裂の様に走った大きな傷痕(仮面の着け忘れ)、咥えた葉巻(戦利品)、不敵な笑み(カッコつけ)………如何にも“歴戦”だった。

事実、医務室で見た体中にあった傷は様々な戦いの経験なんだろう。今思えば、傷を好んで付けたいとは思わないが男として一種の勲章の様で何処か憧れる。
だが、先生の言う「奴隷とご主人様」発言で少し考えさせられているオレも居た。


「奴隷とご主人様……ですか?」

「そーよ、色々と暴走するけど一応は私の手駒よ……昼間の戦術機、アイツが操縦してるの。あれを見れば暴走具合は分かるでしょ?」

「た、確かに分かりますけど……スゴ腕ですね、ドゥ中尉」


思わない所で判明したあの空色戦術機の衛士であるドゥ中尉の戦術機の機動制御を思い返しつつ呟く。
一瞬だけ、一瞬だけの機動だったが洗練されている、と言うより瞬発力を重んじている感じがした。どんな戦況にも即時対応できる様な動きだと思う。


「ま、アイツのプロフィールは極秘事項だから知っても口外は禁じるわ…………軍人なら、言ってる事の意味は分かるわよね?」

「はい、失礼しました………ふぅ…」


先生の部屋から出て、ゆっくりと息を吐く。余り参考になる様な内容の話は聞けなかったけれど、ドゥ中尉の事は少しだけ知る事が出来た。

『博士の指揮下の衛士』
『オルタネイティブ4に関連性のある人物』
『俺の理想とする戦術機機動の操縦技術』

判明している事だけだと謎が謎を呼ぶ、そんな人物ではあるが悪い人ではない……むしろ他者に好かれるタイプだ。だけど、以前の世界にはあんな人は……居なかった。
忘れているだけかも知れない……けど、オレにとっても衝撃的な出来事を起こした人だ。忘れる方が可笑しいと思う。


「タケル、何処に行っておったのだ?」

「冥夜に皆……先せ…じゃなくて博士に用事があったんだ。委員長!コイツで大丈夫か?」

「……煙草?私達はPXじゃ買えない筈なんだけど?」

「でも、これで蛇対策が出来るね~」

「たけるさん、煙草吸うんですかぁ?」

「白銀、不良だね……」

「吸わないし、それは買ったモンじゃないぞ」

「「「「?」」」」


夕食時、PXの食堂に集まっていた207B隊の皆にオレはドゥ中尉から貰った煙草を渡す。
京塚曹長が売ってくれないのもあってか、どうやって手に入れたか気にしているみたいだが……理由が思いつかない。

……下手に誤魔化すより、嘘を交えつつ本当の事を言った方が良いだろう。



「ん~……不思議な中尉からのプレゼント、かな?」






後書き
時間が何とか出来たので更新できました。

先日、クロニクルズ01をプレイし抱いた感想を一言だけ言うのなら……F-18/Eがカッコ良すぎる。
そして祝☆ボークス海神発売!私は待っていた……ずっと待っていたんだ!!



[20384] 【AL第5話】男の在り方
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/11 07:41

【2001年11月10日 横浜基地のあるハンガー】


「中尉、ご要望通りリミッターの設定をしておきました」


俺は第四計画直属の整備員から乗機であるF-4JXの細かな説明を受けている。
先日の演習での吐血、完全に癒えたとは言えない身体に高いGが掛かった為なのだがあれを繰り返しては流石に死ぬ。その為、俺は昨日から頼んで機体にリミッターを付けて貰ったのだ。

F-4という機体は本来、基礎構造による速度がほぼ決定されている。
元々が第一世代機だ、あの直線的で無骨なデザインは空力においても第二世代機や第三世代機とは勝手が違う。

それを第三世代機並みの出力を出す主機をブッ込んで魔改造をすれば予想できるモンだろう。


「25%ダウン……大体、吹雪より少し上くらいか?」

「ええ、リミッターは衛士による任意での解除が可能ですので使用の際は迷わずに」

「了解だ。しかし、元々の剛性が高いのに加えて武御雷の高出力……帝国が重んじる格闘戦で化けるな」

「出力の面においては不知火を凌駕する武御雷の主機を積んでる化けモンですからね、通常出力に戻せば長刀やナイフでの近接格闘戦なら確実に不知火を圧倒できます」

「了解、夜間迷彩も完璧だな……ステルス性のチェックもするんだろう?」

「ええ、黒色と濃い目の緑を混ぜた整備班渾身の特注品です」


「うわ、おっかねぇ」とか「ご苦労さん」等と呟きつつ細かな設定を確認していく。
今晩、リミッターを掛けた事での出力変化による機動性の変化の確認を含めた夜間飛行を決行する予定なので昼間から確認は欠かさない。

まぁ、夜間飛行は建前なんですがね。


「………」

「中尉、悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべてますが……」

「気にするな」


何故か引き攣った顔で指摘してくる整備員に適当に返答しつつ管制ユニットから出る。
さて、俺は俺で追撃部隊を振り切る計画でも立てないとなぁ……あ、もしかしなくても新潟行きますよ?無論、無許可で。
俺は拾える命があるんだったら傲慢であっても命令無視でも行く。欲張りなんでね。


「“始末書のクラウス”の異名、久し振りに取り戻すのも悪くない」

「中尉、非常に不吉な単語を聞いた気がするのですが……ッ!」

「気にするな……そう、君達は気にしなくて良いんだ」




因みに、この整備員は後々語る。

「僕が、あの時に全てを察する事が出来れば……」

悲痛な面持ちで語ってたのだがそれはさて置き、これから半日後の出来事になる。


国連軍横浜基地の公式記録として残っているのは夜間の性能評価試験中に評価試験機が予定コースを外れ、レーダー圏内から離脱を開始したと残っている。
基地敷地外警戒を行っていたヴィクター中隊が追撃任務を任されたが20分後、目標を完全にロスト。

その際、ヴィクター中隊機は最大戦速で追撃していたが完全に振り切られるという失態を起こした。
後にヴィクター01はこう語る。

「速いとか上手いとかそんなチャチなモンじゃ断じてねぇ。もっと別の何かだった」と……。

……まぁ、要するに完全に振り切られた訳である。



 ◇

【2001年11月11日】


佐渡島からのBETA侵攻。
それは帝国全土に掛けめぐり、その場全てを緊張が支配した。


そして、場所は新潟、中越・下越新潟方面。
旧国道沿いに展開していた帝国本土防衛軍 第12師団に所属する衛士達は額に汗を滲ませながらジリジリと足を後ろに送っていた。

急遽挟み込まれた演習が功を奏し、今までに無い速さでの部隊展開を行えたが戦闘に入ればそんなのは意味が無い。
BETAという侵略者は死した仲間の死骸を乗り越えて止まる事無く殺到してくるのだ。


『スコーピオン01よりHQ!支援が足りない!奴等はクソみてェに湧き出て来やがる!!』

《此方HQ、支援砲撃再開まであと120秒!レーザー級の上陸を許した、現在対応中だ!》

『隊長、リロードが追いつきませんよ!』

『弾が切れた!吶喊する!』

『お供します!』


突撃前衛装備の機体が弾の尽きた突撃砲を投げ捨て抜刀。引切り無しに出現してくるBETAを斬り続ける。
既に嫌な予感はしている。弾数も少ない、敵は減らない、光線級によって空を押さえられている……後は磨耗した所を各個撃破される。

事実、突撃前衛コンビを組む2機の陽炎はジリジリとその包囲網を組まれ始まれていた。


『スコーピオン03より01!もっと銃撃の密度を上げてくれ!このままじゃ囲まれちまう!!』

『分かってる!だが、コッチにもBETAが……ッ!』


その瞬間だった。
BETAの包囲網の一角が乱れ、まるで最優先目標を発見したかの様に一部のBETAが急速に進路を変える。
その一部であっても離脱する為の穴としては十分、なんとか体勢を立て直せて少しだけ安堵の溜め息を吐けた。


『なんだ、援軍か!?』

『レーダー上には……所属不明機が1機!?』


第三世代機などの高性能機を優先的に攻撃するBETAではあるがあんなに機敏に反応するのは初めての事だった。
しかも1機、そして殺到するBETAを最低限殺しながらも進路を築いている衛士の腕前には空恐ろしい物がある。

所属不明機が上手く敵の進行を割いてくれたお陰で弾薬補給も完了、体勢も立て直せた。
こんな最前線、所属不明とはいえBETAと戦っている存在だ。流石に無報告とは行かないが多少は感謝している。

そして、今までBETAの群影に隠れていた機体が視界に写る。
その姿を一言で言うなら……“角付き”だ。


『あれって撃震……ですよね?』

『だと思うが……新型か?』

『貴様等!まだ戦いは終わってないぞ!気を割くな!』


異様な姿をした撃震が発光信号で“幸運を祈る”とだけ此方に送り、跳躍ユニットを使用して飛び立っていく。
通信を使用しなかったのは機密の為なのか、それとも他の理由があるのか。分からない事だらけだがこれだけは返答できた。


“救援、感謝する”と……。



 ◇



私達A-01は最悪の状況に陥っていた。
地下からのBETA侵攻、その一瞬の出来事によってA-01新米衛士である私達元207A隊のメンツと先任衛士である伊隅大尉達と分断されてしまっていた。

即座に反応してくれた突撃前衛装備の鳴海中尉が私達のカバーに入ってくれているが手が足りない。
幾ら新OSであるEXAMを搭載している不知火であってもそれを本番で使いこなせない……いや、正確に言えば混戦となったこの状況に混乱していた。


「―――ッッ!」

『高原ァッ!!』

そして、その一瞬だった。

何時の間にか間合いに踏み込んでいた要撃級の腕が振り被られ、風を鋭く切裂きながら私が乗る不知火の管制ユニット目掛けて一直線に迫り来る。
鳴海中尉と速瀬中尉が叫び声を上げる様に私の名前を呼びながら長刀を振りかざし、私に迫る要撃級を排除しようと動く。

それが間に合わない事だと分かっている、私と皆を阻んでいるBETAが居なくてもそれは変わらないだろう。
迫り来る要撃級の腕がやけにゆっくりに見える。そして、私は“本来なら”ここで死んでいた………その筈だった。


「ぅぁ……!?」


鈍い衝撃、機体がガタガタとシェイクされる様に揺られる。
その際に頭を打ったのか、痛みで視界が白く点滅するが……生きてる。死んだと思ってたけど、生きていた。

頭を振り、機体損傷確認……右腕がもぎ取られている。攻撃がズレたのか、なんでズレたのか………そこで、私は網膜投影に映る1機の戦術機の後姿が目に入った。


『―――やれやれ、殺人的な加速だったが……今回ばかりは感謝だな』

『貴様は……』

『さて、君達とは“始めまして”……という事になるかな?』

『所属及び氏名、階級、登録IDを言え。この区域は侵入が禁止されている筈だ』



全身にBETAの体液を浴び、元々の機体の色すら判別出来なくなっている撃震の様な戦術機。その手には幾多のBETAを斬り捨てたであろう長刀を携えている。
通信回線がオープンで固定されていたのか、その機体から何処か聞き覚えがある声と共に隊の皆の安堵の溜め息が聞こえ、そして伊隅大尉の疑問の声が上がる。

―――この乱入してきた戦術機は、何者なのか、と…。


『私の名前は“名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)”、階級は中尉。コールサインはストラトス01、香月副司令の直属の部下です』

『な……副司令の!?それは一体……』

『少々お待ちを、伊隅大尉。止めを刺します』


長刀に付着していたBETAの肉片と体液を振り払い、ゆっくりと身を起こしだす要撃級へと一歩一歩ずつ距離を詰めていく。
後々、聞いたのだがあのF-4は要撃級に跳躍ユニットを最大噴射したまま体当たりをし、攻撃をずらしたらしい。

距離が詰め終わり、暫しの行動が不可能だった要撃級を見下ろす様に長刀を構える。


『スマンとも思わんが、これも自己満足なんでな』


その言葉の瞬間、要撃級の食いしばった歯が宙を舞う。
要撃級の感覚器官を袈裟懸けに斬り、雨の様に噴出す体液をビチャビチャと浴びている戦術機に底知れぬ恐ろしさが感じた……だけど。



―――凄く、安心できる背中でもあった。



 ◇




本当に危なかった……一先ずは安堵の息を吐ける事に感謝しつつ戦況を見る。
先程、体当たりをして無理矢理要撃級の攻撃範囲から外した不知火は右腕部消失、左腕部少破、戦闘継続は難しい。

他は流石はA-01と言った所か、既に体勢を立て直し中破した不知火をサークル・ワンで囲んでいる。BETAの数も減り始めているので問題は無い筈だ。

漸く見つけた際には既にA-01が大ピンチ、しかも1機に要撃級が近づき始めていた。
射角も悪く、下手に突撃砲を撃つと誤射の可能性もあった。だから体当たりでの機動ずらしを選んだのだが……案外、正解だった様だ。


「しかし、着けた途端に使用するとは思わなかったな………ゲホゲッホ!」


解除された出力リミッターを再度ロックし、ビチャッと音を立てて口から血を吐き出す。
……血の色は綺麗なので大丈夫だろう。


『どうした!身体に不具合でも出たのか!?』

「ああ、通信が繋がったままでしたね……お構いなく、水を飲んだ瞬間に咽ただけですんで」


顔が写らない様に通信を繋げているので声のみしか届かない。
とりあえず誤魔化して俺は長刀をブレード担架に収納し、もぎ取られた腕が持っていた突撃砲を拾って機体を未だ戦闘を続ける地域へ向けて飛ばす。

伊隅大尉が何か言ってるが無視、俺は独自行動のライセンス(不正発行)を持っているから縛られんのだ。


「少しは犠牲が減ってくれよ……?」


そう願いながら危なげな戦域に突入しBETAの輪を掻き乱して離脱、掻き乱して離脱を繰り返し続ける。
ちょっとでも死者が減る事を願いつつ、なんでこんな事をしてるんだという疑問も無視して。



………甘いなぁ、俺。





後書き
わぁい



[20384] 【AL第六話】貴方を犯人です
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/20 07:35



『レイピア01よりHQ、当基地からの脱走機と思わしき機体を旧白稜市街地で確認』


鎮座する1機の戦術機を発見、その報告がHQへと入った際に緊張が走った。
実弾を装備し、たった1機で12機の追撃を振り切る手腕……もし、それが牙を向けば被害が確実だからだ。

そして、HQでレイピア01からの通信を受け取った通信士がゆっくりと声を出した。


《HQよりレイピア01、該当機の様子を報告せよ》

『あー……レイピア01よりHQ、洗浄用意をお勧めしておく』

《どういう事だ?詳細を明確に報告せよ》


だが、通信士のそんな緊張に満ちた声にレイピア01は小さく溜め息を吐き、呆れた様に言った。


『―――BETAの体液塗れで、武装も完全に損失して墜落した様に地面に埋まっている』



 ◇


「ったく、あの馬鹿はふざけた事を……ッ!」


苛立ちを誤魔化す様に爪を噛み、白衣をはためかせてあの馬鹿……クラウスの機体を収容したハンガーへと駆けつける。
無許可での演習、そして脱走、BETAとの戦闘を行ったであろう機体の状況からして新潟へ向かったのは確実だ。

今思えば、あっさりと引いていた時点で手を打っておくべきだった。


「こ、香月副司令!?この様な場に一体……」

「敬礼は良いわ!あの機体の衛士は?」

「は、はい!現在、応答が皆無だったので強制開放をする所であります!」

「なら、サッサと開けて頂戴」


警備兵が解放される管制ユニット部へ銃を突きつけ、警戒をしつつも覗き込み、息が詰まった様な短い声を上げる。
アタシとしては胸ぐらを掴んで一発くらい引っ叩かないと気が済まないと思っていたので意気揚々と同じく覗き込んだが……中の惨状に声を上げるのも忘れてしまった。


「―――あ?はか、せ……?」


鉄錆の匂いと赤く染まった内壁の壁、そして操縦桿を握ったままゆっくりと幽鬼の様に虚ろな目でこちらを見るクラウスの姿。
口元から垂れていたであろう血は既に固まり、血を吐いてからそれなりの時間を経過させているのが分かる。

顔色はそこまで悪くは無い……が、明らかに衰弱していた。


「……ッ!医務室に連絡!急ぎなさいッ!」

「りょ、了解!」

「は、ハハハッ……ご迷惑を……」

「喋らない!ああもうっ……本っ当にロクな事をしない奴ね!!」

「スイマセン……」


屈強な警備兵に抱えられる様に戦術機から降ろされ、下で待機していた医務官が応急処置を施して搬送していく。
それを見送ってからゆっくりと息を吐く。尋問は後回し、今は医務官に任せて自室へと戻る。あの状態で何かをしても時間の無駄になる。

そしてそのまま、書類を片付けて何時間が経過しただろうか?ピアティフからの通信、内容は伊隅達が帰還したという事だった。


「香月副司令に敬礼!」

「はいはい、それは良いから報告をお願い」


A-01専用のブリーフィングルームでBETA捕獲作戦の詳細を聞く。
予定固体数を確保、欠員0、不知火1機の中破……新人組みを抱えた状況での捕獲作戦という特殊性からすれば上の上だ。
その報告を受けた私は小さく笑みを浮かべ、隊員が解散した中でも残っていた伊隅に声を掛けた。


「ご苦労様、伊隅。被害も最小限に抑えて良くやってくれたわ」

「いえ、博士の部下であるF-4改良型の衛士の援護が無ければ……下手すれば部下を失っていました……精進が足りません」

「……ッ!それ、角付きの戦術機?」

「……?はい、そうですが……」

「そう……今日はもう休みなさい。細かい報告書は207B隊の演習後で良いわ」

「ハッ!博士も休暇をお楽しみ下さい」

「だから、敬礼は良いわよ………ふぅ」


角付き……該当するのはあの馬鹿が乗る機体しか有り得ない。そして、自己満足……そう言っていた顔を思い返す。
戦術機から降ろされたアイツは死にそうな顔をしていたが、同時に満足そうに小さく笑みを浮かべていた。

つまりは……そういう事なんだろう。



「―――――何よ、そんなにキツく怒れないじゃない……」



 ◇


「ナペスッ!?」


ガバッと布団を跳ね飛ばし、起き上がる。何か手が不自由だがそれ以上に強烈な頭痛に悶えていた。
なんだ!プレイメイツ軍の襲撃かッ!?ここが伝説のヌーディストビーチ!?


「……なんだ、夢か」


アホな夢を見たなぁとか呟きつつ、腕に刺さっていた点滴を苦戦しつつも引き抜き、コキンと首を鳴らす。
内蔵が未だにジワリと痛むがあまり気にせず水差しに入っていた湯冷ましらしき水を一杯飲み干す。それで漸く人心地が着いた。


「……ン?」


其処でふと気付く。先程から感じていた手の違和感の正体は……手錠?


「え、なにそれこわい」


主にMPが使用する様な黒塗りの手錠が装着された自身の腕を見て思わずそう呟く。
今までの一生で手錠を着けた経験なんて片手で数える程度しか無いが、流石に目が覚めたら手錠を付けられていたのは初めてだ。

その所為か、混乱した思考を纏めるのに少しの時間が掛かったが兎に角冷静になる。そう、KOOLだ。KOOLになれ俺!
手錠の鍵が何処にあるか分からない、つまりはこのままだ。その結果、どういう結果が発生する?

仮面+手錠=変態


「……………さて、武器庫強襲するか」


手錠の鎖なら拳銃の弾でも破壊できる。というか、破壊する。工作機械の保管所にあるチェーンソーでも問題は無い。
よし、思い立ったら即行動!兵は神速を貴ぶのだ!


「……待て、少し落着け俺」


手錠を面白半分で着ける人間なんてそういう性癖を持ってない限り滅多に居ない……ハズ。
なら何故に手錠が着いている?つまりは何かしらの理由がある筈だ。そして手錠を掛けられる理由になるのは……?


「どう考えても無断出撃です、本当にありがとう御座いました」


あれか?飛行計画書(フライトプラン)を完全に無視して装備を全部破棄したからか?
いや、それ以前に名目上は『基地からの脱走』だろうから………うん、考えるのを止そう。



以下、日記形式

~一日目~
手錠の件だが、鍵を持っているのは霞と判明。交渉するも失敗に終わる。
博士はどうやら、白銀達の演習ついでにバカンスへ向かったようだ。多分、大丈夫だろう。
あと、PXの食堂では手錠の所為か非常に変な目で見られた。あとメシが食べにくい。

~二日目~
鍵を巡っての交渉をするも再度失敗、完全に霞の采配によるらしい。
とりあえず、メシの食べ方にもなれて来たがやはり食べにくい。おばちゃんがスプーンを渡してくれたのが嬉しかった。
あと、風呂の時や着替えの時は手錠を外して貰えた。再度手錠を掛けられるが。

~三日目~
霞に「あーん」をされた。それは白銀にやりましょう。

~四日目~
基地要員の目が気にならなくなって来た。仮面の時と同じ現象だろう。
あと、死んだ様な顔でF-4JXを整備していた整備班から文句を盛大に言われた。
墜落した可能性があったからフレームの歪みや内部亀裂等など、精密検査を行ったらしい。正直すまん。

~五日目~
Gを軽減した状態でシミュレーター訓練をした。
医務官によると8Gを超える負荷を何度も受けると消化器官へ残った傷が小さく開き、吐血等の症状を起こすのが今の俺らしい。
つまり、俺の最大の武器である三次元機動での複雑な姿勢制御……断続的に高いGが掛かるそれを封じられたのだ。
本当なら暫しの入院が必要なんだが……そんな時間は無いな。



「ふぃ~……」


六日目、白銀達が無事に合格を決めて基地への帰還を始めたとピアティフ中尉に聞いた俺はおばちゃんに『ある事』を頼んでからシミュレータールームで訓練をしていた。
だが、毎回思うのは単独でしか訓練できないこの状況だ。1機で出来る事は……無茶をして場を掻き乱すくらいだ。


「エレナが居ればエレメントも組めるんだが……アイツ、何してんだろ?」


ポケットに突っ込んでいた為か少し皺が付いた煙草へと火を付け、ベンチへと腰を下ろす。
負傷によるアルコールの制限が原因か、煙草を吸う量が一気に増えた気がするが元々が不養生なのが軍人という職業であり生き方だ。

ベットの上で死ねるなんて思っても無いし、不養生が丁度良い位だ……確実に説教されるな、この考えは。


「白銀もそろそろ、か……情報の小出しにも限度があるからな……」


白銀達が衛士訓練課程に進んだ今、次の出来事はたまパパ襲来とクーデター、トライアル襲撃に甲21号攻略作戦、横浜防衛戦……そして、桜花作戦。
博士に証明として提供した情報にはこれらは含まれて居ない。つまり、そのどれもが未然に防ぐ事は不可能だ。

特に急ぐ事でも無い甲21号作戦と横浜防衛戦はまだ良い。たまパパも白銀がフルボッコにされる程度で特に害があるって訳じゃ無いから良しだ。
だが、先日の新潟の様に介入した結果で戦死する筈だった誰かが生き残れたという変化もあった。
それは俺個人の無茶の結果だが……これからはクーデターという国相手、トライアル襲撃という基地全体の問題にもなる。


「個人で当たるにゃキツイ問題だぜ」


ま、今は白銀たちの祝福が先だがな……。






後書き
「パ、パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」(トランクス一丁で)
「服を着ろ」

家へ泊り来た友人の寝起きの第一声がこれだと、凄くやるせないんですがどうでしょうか。



[20384] クロスオーバーな小ネタ集~ストライクウィッチーズ2編~
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/20 07:38
注意事項!
作者が何故か書いてたネタです、他の世界でクラウスさん大暴走です。
AF編と本編につまった際に書いてたネタなので結構時間が空いてます。




【ストライクウィッチーズ2】


高度3万に位置するネウロイコア破壊。
その任務を終えたサーニャとエイラは地上で待つ皆の下へと戻ろうとした時の事だった。


「エイラ、あれ」

「あれ?………なんだありゃ」


隕石では無い、明らかに加工を行ったであろう20mを超える長方形の箱が自分たちを抜き去って地上へと突っ込んでいっている。
サーニャの手が届きそうに思えたほど近く感じた故郷を見ていたので気付かなかったのか、音も聞こえない世界だったので完全に見落としていた。


「エイラ、追うよッ!」

「ああ!」


追跡、どんな存在かすらも不明なソレを見逃す訳にはいかない。
魔法力も余裕が無いが、追従するだけなら出来る。


「………見て、箱が開く!」

「速い……ッ!」


暫らくすると箱が四散し、下の海へと向かって落ちていく。
だが、加速して落下していく箱の破片の中に大きく減速をした物が目に入った。


「あれは……ウォーロック?それにしてはデザインが人っぽいな」

「でもエイラ、凄く大きいよ?」


ウォーロック……ブリタニア軍空軍大将のマロニーが捕獲したネウロイのコアを使い、軍上層部にも秘密裏に製造した男魔女の名を冠する無人人型航空兵器。
以前に大苦戦したあの兵器より人型に近い青空色のモノがその姿を現していた。


「えっと……どうする?」

「ネウロイ……かな?」

「いや、ネウロイにしては変というか……」


武装が無いこの状況、攻撃を浴びれば一溜まりも無いのが分かっているがどうしようも無いのが本音。
それ故に困っていたのだが……固まった様に浮遊していたソレがこっちを見た。


「こっち見たぞ」

「待ってエイラ、少しだけ様子が可笑しいよ?」


再度固まっているソレに近づき、顔みたいな部分にあった目(?)に手を振る。
すると、急に声が響いた。


『………マジで?』

「「マジ?」」



 ◇


「目標到達まであと5分!」


私、坂本美緒が魔眼で捉えた先にある人型の兵器らしきモノ、その傍にエイラとサーニャが居て、今は互いに固まっている。
サーニャの口が動いているところからしてコミュニケーションを取っているのは間違いない筈だ。
……だが、武装の無いあの二人はアレの追跡をした結果、魔力も限界に近い筈。それ故に私を中心としたウィッチの半数が戦闘態勢を整えて現場へ急行していた。


「シャーリー、先行しろ!ルッキーニはシャーリーのバックアップだ!」

「アイアイサー♪」

「りょーかいっ!」


グンッと加速して二人が駆け抜ける。相変わらず速い、それがこういう場合ではありがたい。
それに、今は雲で隠れて視認できないが戦闘の音も聞こえない。そしてあの二人だ、何があっても数分の時間を稼ぐ程度は楽勝な筈だ。


「楽観視は良く無いな……む?」


交戦区域に到達、そして目標を再度視認する。見れば見るほどデカイ……成人男性の十倍以上はあるであろう大きさだ。
背中には二振りの巨大な剣を背負っており、近接戦も考慮しているモノだろう。
そして刺々しいほどに鋭角が多いソレに纏わり付いて何かの話をしているシャーリー達が眼に入った。


「シャーリーさーん!大丈夫ですかぁ!?」

「おー宮藤!すっげぇぞコレ!コイツが飛んでる推力装置はジェットだぜ!?」

『まぁ、速度は燃費と機体寿命を考えなければ1100km/hは出るからな』

「へっ!?喋った!?」

「ヨシカ!スピーカーがここに付いてるよ!」


キャイキャイと騒ぐ二人に溜め息一つ、そしてコレの手の平に乗っていたサーニャとエイラに近づく。
敵対意思は無い……みたいだがどうにも事情が掴めなかった。


「二人とも、怪我は無いか?」

「はい、大丈夫です。この人?は魔法力が危なかったのでどうしようかと思ったら手に乗せてくれて……」

「ま、座り心地は良く無いけどなー」

『無茶言わんでくれ、なにしろ戦争するモンだから快適さなんて考慮してないぞ』


やれやれ、とでも言いたげに肩を竦める様なポーズを取った衝撃でルッキーニが「にゃー!?」とか言って落ちていくが直ぐにリカバーし戻ってくる。
怒ったのか、思いっきり殴ったら今度は手を押さえて悶えているがまぁ良い。とりあえず、中に人が乗っているらしきコレには基地付近まで来て貰わなければならない。


「此方も聞きたい事があるので基地までご同行を願いたい」

『―――了解、先導を頼む……あと、背後へ身体を晒すとジェット気流の衝撃で下手すると死ぬぞ』

「了解した。全員、聞いていたな!これより基地に帰還する!」

「「「了解!」」」


号令と共に先導、時速で言えば700km/h近く飛ばしているシャーリーとソレは同速度で飛んでいるがそれが巡航速度と同じくらいらしい。
魔導エンジンという訳でも無く、レシプロ機とも違う未知の技術を用いた巨大な兵器。
エイラ達が言うには宇宙から降りてきたとの事だからもしかすると、ネウロイとは別の惑星外の物じゃないか……と思った。
明らかに技術のレベルに差がありすぎている存在だ、それが納得の行く理由だろう……SF小説だな。


「皆さんお帰りなさい……それと初めまして、連合軍第501統合戦闘航空団『STRIKE WITCHES』隊長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です」

『これはご丁寧に、自分は……あれですね、地上で降りてからにしましょう』


そうこうしていると何時の間にか基地上空、そこで待っていたのかストライカーユニットを着けて待機していたミーナが挨拶をし、地上へ降りる。
ストライカー滑走路にゆっくりと降り立ったソレは片膝を地面に着け、そのまま何かをロックしたかの様な音を響かせた。

そしてエイラとサーニャを乗せていた腕を地面へ近づけ、二人を降ろす。二人を祝いたいのもあるが、それは少しだけ後だ。


『姿勢維持の為に関節部の固定をしてますので少し待って頂きたい』

「でっかいなぁ」

「ハルトマン、不用意に近づくな!」

「でもさ、あの銃っておっきぃね」

『36㎜と120㎜の徹甲弾だ……よし』

「何時ぞやのジェットストライカーの装備より凄いねー……ん?」


エーリカ・ハルトマンがそう呟き、胸部がスライドし始めた音で全員が視線を向ける。
そして、タラップから一人の男性が降りてきた。


「国連軍・第三軌道降下兵団(オービット・ダイバーズ)所属のクラウス・バーラット少佐だ……本来は海軍だがな」

「改めて、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です……オービット・ダイバーズ?」


顔を大きく横切る古傷の痕に鋭い眼差し、齢は40代か30代後半だろうか?叩き上げ、という言葉が最も正しい姿をした男がそこに居た。
宮藤やリーネも今までに見ないタイプだったのか少々驚いているが別に珍しくもない物だ。

そう思いつつも男、バーラット少佐の言葉に違和感を覚えていた。
連合軍では無く国連軍、そしてあの兵器に聞き覚えの無い所属……そして、宇宙空間からの登場。ここまで来ると驚くより溜め息が出る。


「まぁ、察しの良さそうな中佐殿ならば理解できていると思いますが……これ、明らかに変だと思いません?」


親指で乗っていた兵器を指差す。興味深そうに見ていた各々も気になったのか、耳を傾けていた。


「……現状の技術力では、再現すら不可能と思ってます」

「でしょうね、なんせ50年は未来の兵器ですし」

「……自分は未来人、とでも言い張るつもりで?」

「正確には………異世界人だな」


………本当にSFだな。



 ◇



「はいはい、お前ら元気だねっと!」


俺は今朝搾った新鮮なミルクをトラックの荷台へと積み、ついでに卵を100個ほどケースに入れて車を出す。
行き先は決まって第501統合戦闘航空団、あの元気な嬢ちゃん達が元気に戦争している家へと向かっていた。


「お早う、ございます……」

「はいお早う……乗るか?」

「はい……」


頭上から聞こえるプロペラ音と彼女、サーニャの眠た気げな声。
夜間哨戒を終えた彼女は俺が配達をする時間に良く重なって基地へと帰還している。
既に荷台に用意しておいた布団と彼女の武装であるフリーガーハマーの保管箱を専用化しているのもご愛嬌だ。


「………俺、何で呑気に畜農家してんだろ?」


この世界に来てから一ヶ月、第501統合戦闘航空団へと卵と牛乳(パイロットというかウィッチには一日500mlの支給があるらしい)を届けていた農家のじいさんがポックリとなって俺は生活の基盤として後釜を任された。
そこまで大きくもない農場だが卸し先は彼女たちだけだ、それ以外は気にしなくていいのは助かる。

戦術機の方も明らかに世界のバランスを崩しかねない代物として厳重に封印されてる。
戦場の花形である衛士が今じゃ鶏を追いかける農夫って訳だが……


「―――ま、悪くないよなぁ」


もう42歳にもなる俺だ、14歳の子供も居るし妻も居る。
帰還する手段が不明な俺だがその内に帰ってくると思っているだろうし、帰るつもりだ。休暇のつもりでのんびりとさせて貰おう。


「はーい、バーラット乳業ですよー」


押し車に牛乳を積み、卵を積み、ついでにフリーガーハマー(すっげぇ重い)とサーニャを乗せて基地内にある食堂へと運搬していく。
丁度、宮藤とリーネが朝食を作っている最中だった。


「クラウスさん!何時もありがとうございまーす!」

「あ、お早う御座います」

「元気だねー、おじさんにはマブし過ぎるよ」


年ってのは怖いからね、あの純真無垢だった霞が横浜の第二の魔女とまで呼ばれる事になってるし。自称父としては非常に困ったモンだネ。
………ウィッチスタイルの霞……ゴクリ。


「……じゃあ、俺は旦那さんに嫁さんを届けてくるよ」

「はい、お願いしまーす!」


雑念を振り払い、ゴロゴロと台車を押して目的の部屋の前へと立つ。
ノックを三回するとエイラが出てきた。


「へい、べっぴんさんを連れて来やしたぜ大将」

「ン、苦しゅうないぞ」


相変わらずの棒読みでサーニャを回収、中へと引き込んで扉を閉じるエイラさん。
「サーニャにヘンなことしてないよな!?」と聞いてきた時期が懐かしい……「変な事ってなぁに?」と聞いたら赤くなって停止したが。


「次は格納庫……」


ストライカーユニットとフリーガーハマーの返却もとい格納完了。整備員達に差し入れ(主に酒と甘い物)を渡して次の場所へ移動。
エーリカにロマーニャで買い物を頼まれた菓子を届けなきゃならんしペリーヌにも花壇の肥料も届けないといけない、それに中佐と定期の顔合わせもある。



―――――こんな日々が、暫らく続く毎日だったとさ。




後書き
このクラウス(42歳)は本編のIF未来ですので気にしたら負け。




【学園黙示録】


この日々は人生で一番最悪の出来事になると僕は思った。いや。もしかすると世界的に“奴ら”が現れた事は人類にとっての最悪かも知れない。
僕達の目の前には本来は映画やゲームの中だけの存在だった“奴ら”が居て、それがもう何人もの学校の生徒を……僕の親友をも食い殺していった。
そして今も、命の危機には変わらない。


「鞠川先生!!」

「行きます!!」


転がり込むように僕たちが学園から脱出する為に確保したバスへと3年A組の紫藤先生が乗り込み、ドアを閉めて運転席の鞠川先生へと叫ぶように声を上げる。
踏まれるアクセル…それは本来ならば後方から追いかけてくるゾンビ達を引き離し、前方から迫るゾンビ共を吹き飛ばしてこのまま逃げれただろう。

だが、アクセルが踏まれた瞬間にボッ…なんて嫌な音と共にエンジンの振動が停止する。
その瞬間、全員の顔色が真っ青に染まり上がった。


「い、いやぁぁぁぁぁ!?」

「ま、鞠川先生!早くエンジンを!!」

「や、やってます!でも、ウンともスンとも…!」

「小室!も、もうマガジンが無い!」


女生徒の叫び声が車内へ響き、先程から撃ち易い様に改良した釘打ち銃で奴らを撃っていたコータが悲痛な声で僕に言う。
車内には毒島先輩以外、混乱の極みを表しており、中には外へ逃げようとした奴も居たが他の奴に押さえられている。


「……先輩」

「ああ」


僕はバットを握り締め、木刀を既に抜いていた先輩に声を掛ける。
最悪、完全に包囲される前に突破口を開くつもりだった……だったのだが、≪……ィィィィーン≫と響いてきたジェットエンジンのような音に窓から空を見上げる。

その音が段々と近づいてくるのもあってか、混乱していた生徒も外を覗き込む。だが、太陽で逆光になっている所為か何が来るのかまったくと言って分からない現状だ。


「この音……なんだ?初めて聞く音だ…!」


所謂、ミリオタである平野コータが少し大きめの声で呟くが僕たちにとっては気にもならない。
願うのは、その音を出している存在が僕達の助けになれば……そんな小さな可能性に皆が祈っていた。その思いは……


『そこのバスの中に居る奴!耳が音がある世界からおさらばしたくなかったら耳を塞ぎ、口を開いて床に伏せろ!!』


―――――通じた!


「み、皆!早く!」


平野が慌てたように叫び、自らが実践して床に蹲る。それを見た全員がそれに倣い、伏せた瞬間にバスが跳ね上がるような振動と轟音が響く。
まるで直下型地震の真上に居たような衝撃が車内へと通り、その衝撃の所為か窓が割れたりヒビが入ったりしているがその事に驚く前に更に轟音が響いた。


「な、なんなんだよチクショウ!!?」

「わ、私に言われたって分からないわよ!!」


不良風の外見の生徒が叫び、高城が叫び返す。
時間にして約5秒、音が止み、辺りが静寂に満ちる。奴らのうめき声はもう聞こえず、まるで休校日の日の学校の静けさだ。


『――――よし、全目標排除完了。もう大丈夫だぞ』

「は、排除!?そんな、どうや‥って…?」

「ひ、平野?どうして黙……って?」

「嘘、有得ない、有得ないわ…今の技術でも、未来でもナンセンスよ……」


バスの左右に一本ずつ見える空色の柱。それを辿るように窓を開けて見上げると人型のシルエットを作り出す。
まさか、そんな、んなアホな……誰もがそんな意見を持っているだろうし、僕もその一人だからだ。


『『『ロ、ロボットぉぉぉぉぉ!?』』』


バスに乗る全員の叫びが響き渡り、慌てて全員が口を閉じる。奴らは音に反応するのだ。
……なのだが、前後より殺到していた大群は跡形も残っておらず、地面には巨大なクレーターが無数に空いているだけだった。


「……周囲には奴らは居ない、出てみよう」

「え、ちょ先輩!?」


何時の間にか開けられたドアからバス外に出る毒島先輩に僕が続き、続いて全員が降りてくる。
そして、バス内から見るには辛かったロボの全体がようやく見えた。非現実的だが、どう見てもアニメやゲームに出てくるようなロボットだ。


「さ、さっきの轟音はあの手の銃かな……それに肩にはUNマークだから国連軍所属だ!」


平野が興奮したように声を上げる。バスを跨ぐような状態で両手に持った銃を左右に構える巨大なロボット、奴らと同じく非現実的だ。
でも、これが現実として僕の目の前に存在する。さっき頬を抓って確認したから確実だ。


「……!見て、胸の部分が前にスライドしてる!」


麗がスライドして開く胸部を指差し、モップを構える。
確かに助けて貰ったがこんな状況だ、警戒していても可笑しくは無い。そう思っていると収納式なのか簡素なタラップが降りてきて、一人の男が地面に降り立った。

しかし……何と言ったら良いのか分からない格好だ。全身ピチピチのダイバースーツに変な金具を付けたような見た目。
四角い銃(平野が言うにはP90という銃らしい)をその手に携えた外国人が周囲を警戒するように見渡し、そして銃を下ろしてコッチへ近づいて来る。


「無事か?負傷者が居たら教えて欲しいんだが……」

「……え、ええ!無事ですとも!お助け頂いてありがとう御座います」

「貴方は…教師の方ですか?このグループの代表者でしょうか?」

「はい!紫藤と申します……失礼ですが、貴方は?」

「申し遅れました。機密事項を多数有する部隊の為、部隊名は申し上げれませんが私の事はクラウスと呼んで戴ければ結構です」


代表者、の辺りで麗とクラウスさんが苦虫を潰したような表情を取ったが納得したのか頷く。
「とりあえずバス内で話そう」という言葉に従い、全員が移動を開始するが……毒島先輩や高原は胡散臭そうな物を見る目が気になった。


「ああ、そこの眼鏡君!機体を見るのは良いが、核に巻き込まれた可能性もあるから放射能に気をつけろよ!!」

「か、核!?なんで!?」

「そう驚くな!冗談だ………多分ナ」

「目が笑ってない!笑ってないよ!!」


平野をからかって笑うこの人………意外と大物かも知れない。



………そして、その後の話をしよう。


クラウスさんは篭城場所をあの戦術機ってロボを使用して確保、そして地図に記された皆の家族を捜索にいってくれた。
何人かは家族と合流できて、また何人かは完全に行方が知れなかったけど、皆はそれ以上の無茶を言う気は無かったようだ。

そして再度、何処かへ向かったクラウスさんが1機の巨大なヘリ…自衛隊所属のCH-47を率いて帰ってきた際は全員が驚いた。
どうやら、何らかの交渉をして救援を呼んでくれたらしく、俺達が空港へと到着した際には何台もの戦車や戦闘機、戦闘ヘリがクラウスさんの乗る戦術機を包囲していた。

ただ、その瞬間に空が光り…周囲を飛んでいたヘリがいきなり墜落した時……クラウスさんの機体は影すら残っていなかった。
へリが落ちたのはEMPという物が原因で、それは核爆弾の爆発によって発生したらしい。平野が洋上の避難船へ向かう途中に説明してくれた。

……そう言えば、クラウスさんも核爆発に巻き込まれたとか言ってたような………気のせいか?




[20384] 【AL第7話】死者VS死者
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/25 08:01


「畜生ッ!なんなんだよ、“アレ”は―――!!」


管制ユニット内へ響き渡る警報、ロックオンと敵機接近を告げるソレを聞いた回数は既に忘れてしまった。
覚えているのは先程から俺を追い詰める黒い亡霊の姿、色は違えどあの空色の戦術機と同じ機体が俺が乗る吹雪を痛めつけていた。


『あら?XM3なんてオモチャが手に入ったのに随分と余裕が無さそうね?』

「通信―――先生!相手は誰なんですかッ!?」

『死人よ、何万ものBETAを屠って来たね……ついでに言えば体に制限があるわ、下手したら衛士どころか兵士として廃業に成りかねない程に酷いモノをね……』


チャフスモークを使用して撹乱、その隙に機体をアンブッシュ(待ち伏せ)させて一息つき、先生へと声を掛ける。
XM3の開発―――それ以前に実装されていたEXAMというOS、XM3からコンボを抜いたソレに違和感を感じて改良して貰ったが最高のデキだった。

だが実際はどうだ?XM3の恩恵、そして歴代最高値の戦術機適性を持っていても先生の言う「肉体的な制限持ちの衛士」という対戦相手を捕らえれない。
戦っている相手からはまりもちゃんに近い物を感じる……だが、まりもちゃんは至って健康、制限など無い。

分かるのは、恐ろしく強い。それだけだった。


「接近ッ!?」

煙を引き裂く様に飛び出したF-4JX。
俺の真正面、片手に長刀のみを下げたF-4JXが切先を此方に向けて立ち止まる。

「掛かって来い」

そう言いたいのだろうか?


「―――上等ッ!」


同じく長刀を引き抜き、そして跳躍ユニットを噴かして突撃。
全力の一撃をF-4JXが受け止め、スーパーカーボン製のブレードが火花を散らす。

そしてそのまま押し込もうとした瞬間―――機体が、管制ユニットを切断する形で上下が分かれる。
圧倒的なパワーで薙ぐ様に斬り払われたのは理解できた。


『白銀機、管制ユニット部切断によって大破!アンノウン機、頭部及び右腕部消失により戦闘不能……結果、アンノウンの勝利です』



 ◇



「(今日は適性チェックだったな……前回はひでぇ目にあったし、誰をハメようか……)」


207の皆と揃って食堂へ向かい、昼食を取る為に列へと並ぶ。
午後からは戦術機適性チェック、それで文字通り「シェイク」されるので食事を大量に摂取すると非常に宜しくない光景が発生する場合がある。

そして俺の番、おばちゃんに何時もの鯖味噌を頼むと………え?


「ほら、詰まってるんだからサッサと食べな!」

「―――ハッ!?」


イカン、意識が飛んでいた!?とりあえず皆の所へ移動すると……同じ様な光景が広がっていた。


「白銀……そう、貴方がやった訳じゃ無いみたいね……」

「わ、私の顔が隠れちゃいますー……」

「す、凄い量だねー」

「これが、引けぬ戦いとでも言うのか……ッ!?」

「焼きそば、幸せ」


冥夜や委員長達の皿にも同じ状況だ。
―――超大盛りな昼食の品の数々……全員に苦しめという事だろうか?……訂正、綾峰だけは大盛り焼きそばに幸せそうだ。


「ある中尉さんの奢りだよ、「しっかりと楽しめ」だってさ!」

「は、はぁ……」


京塚のおばちゃんが快活に笑い、そう教えてくれる。
とりあえず断言しよう。その中尉の人は確実に楽しんでいるであろう、と。


そして適性チェック時、俺は歴代最高値を叩き出したのだが皆が皆グロッキー状態だったので反応もされなかったとさ。



とまぁ、そんな事もあって現在は座学の最中だ。
まりもちゃんから細かな戦術機の説明を聞き、そして各自にマニュアルを渡された最後に神妙な顔をしてまりもちゃんは言った。


「貴様等の機体には新型OSが搭載される事になっている。名はEXAMと言う」

「新型…OSですか?」


首を傾げた委員長と同じく、俺も含めた全員が首を傾げる。新型、そう聞けば聞こえは良いが俺からしたらこれは前回も含めて初めての展開だ。
そんな中、俺たちの疑問に答える様にまりもちゃんは小冊子を取り出し、各自に渡して説明を開始した。


「戦術機機動において硬直とも言えるラグが存在する。基本的にそれらは機体の転倒などの事態を抑える為の物だが、新OSはそれらをキャンセルする出来る物だ」

「キャンセル…ですか?」

「ああ、例えばだ。『機体が悪路で転倒しそうになった、そして自動で機体を立て直す』……これが従来の戦術機だ」

「神宮寺教官、それは普通の事であると思うのですが……」


冥夜の言い分に全員が頷く。確かに、そのまま転倒して機体を損傷させるより立て直した方が良いと思うのは当然だ。
そして、それを聞いたまりもちゃんはゆっくりと頷き、言葉を発した。


「では、その立て直し最中にBETAが接近していたら?」

『!?』

「硬直で、隙を突かれる……」

「その通りだ白銀。それ故にキャンセル、機体が倒れても攻撃を可能とする為のOSだ……攻撃性以上に衛士の生存を重視している」


全員が納得した様に頷く中でまりもちゃんの指示に従って小冊子を開く。
そこで説明される数々の事項、それを俺は脳内で組み立てるとバルジャーノンのボタンを押せば自動にコンボが繋がる初心者モードでは無いマニュアルモードに感じていた。

そして、説明が終わると少しだけ目を伏せたまりもちゃんが最後に告げた。


「……このOSを開発した国連軍衛士であるクラウス・バーラット中尉は今年8月、ソビエト防衛戦で戦死した」

『―――ッ!』


戦死、その単語に全員が反応する。衛士にとって身近でもあるその言葉には意味がある。


「私も彼からこのEXAMの説明を受けた。そして、それを貴様等に伝えるのは私の仕事だ……貴様等はしぶとく生き、更にそれを伝えていけ。それが最大の弔いとなる」

『……了解!』

「貴様等にはまだ早いが衛士はその死を語り継ぐのが慣わしだ。それがこのOSに変わっただけ、バーラット中尉の思いを無駄にするな!」

『了解ッ!!』

「よし、それでは解散!明日からシミュレーターによる教習を開始する!マニュアルには一度は目を通しておけ!」


そして後日、俺たちが乗る吹雪と……紫の武御雷が搬送され、格納庫で月詠さんと出会い「死人が何故居る」と聞かれた。
その場は冥夜が取り付くって貰ったがその直後、「あの男と揃って……死者が普通に出歩くのがこの場所なのか?」と呟いていた。

一体、なんなんだろうか?それはまだ分からない。
そして、俺はこのEXAMの改良を先生に依頼した。EXAMは習熟すれば絶大な力を発揮する…そしてEXAMにコンボ機能を搭載したら汎用性の高い物に仕上がった。

まりもちゃんの訓練でもミスもなく行えたし、EXAM改良型……EXAM2で良いんじゃ?とも思ったが語呂が悪いらしく、XM3という名で完成。
俺は先生に呼ばれ、夜にシミュレーターでデータ取りをしていた……そして、アンノウンと称された謎の相手に……負けた。


「……ッ!」

「あら、悔しそうね?」

「……そりゃそうです、俺も男ですから」

「ふーん……アンタの対戦相手だけど、アンタを大絶賛してるわ」

「あの、なんて……?」

「「捕らえ切れなかった」って……元々は最新鋭機を扱うテストパイロットにそう言わせるって凄いわねぇー」


聞けば俺が放った銃弾は突撃砲を撃ち落し、完全に近接格闘戦に限られたらしい。
だが、俺の失敗は近接格闘戦に手段を限ってしまった事かも知れない。

冥夜の様に綺麗ではなく、綾峰の様に巧い訳でも無い。ただ、上手いのだ。
元に、手も足も出なければ傷一つすら付けれないだろうがこっちの長刀も相手に入った……が、仕留め切れなかった。

……正確には、仕留めきれない様に斬らされたのだが。


「絶対的な強さというか……しぶとい、ですね」

「アハハハハッ!しぶとい……確かにそうねぇ、白銀の言う通りしぶといわよ?」


先生は笑って、俺に戻る様に言う。時間も遅い、だから俺もそれに素直に従う………しっかし。


「先生、良く笑う様になったよなぁ?」




【次回へ続く】







~おまけ~



【2001年11月29日】


先日、白銀との戦術機戦闘を終えた俺は疲れを飛ばす様にコキリコキリと首を鳴らしつつ通路を歩く。
何やら基地全体が騒がしい気がするが、まぁ特に気にしない。別にG弾が落っこちて来る訳でも無いからだ。


「……ん?落ちてくる?」


何か忘れてる。多分、非常に大事だけど白銀が対応しそうな事を忘れている気がする。
とかまぁ、そう思いつつ既に手錠が外された腕を見る。博士が帰還して以来、何故か無言でアッサリと外されたのだがまぁ楽なので気にしない。


「やれやれだぞと……「コラーッ!そこの者、手が開いているならトイレ掃除でもせん……かー」……」


そして、曲がり角から出た瞬間に甲高い声で呼ばれる。周囲に人は居ないから俺なのは確実、それを確認して声の方角を向く。


「あわ、あわわわわ……!」

「(ド、ドゥ中尉!?なんで!?)」

「あ、あの中尉殿!これには訳が……」

「(顔を隠す仮面……何処かで出会った気がするのだが……)」

「珠瀬、ドンマイ」


そこには、驚きに目を見開く207Bの面々。特に珠瀬は俺の階級を見て「あわわわわ」と繰り返している。
そして、その後ろには髭が特徴的な中年のおじ様が居る……なるほどね。


「ハッ!了解いたしました、分隊長殿!」

『……へ?』

「命令を待つばかりの愚官でありますが、是非命令を実行する許可をお願い致します!」

「え、えっと……きょ、許可する!」

「Yes,Ma'am!」


俺は敬礼を持って答え、背筋を伸ばしてその場から去る。
後ろで何やらたまパパの娘を褒め讃える声が聞こえる中、白銀がこっちに駆け寄って来た。

それに対し、俺は手を左右に振って返事としてモップ片手に基地へと消えていくのであったとさ。




あとがき
視点をクラウスさん以外に向ければ実生活ではこんくらいの登場なクラウスさん。



[20384] 【AL第8話】12月5日
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/26 23:18



【2001年11月30日】



「……どうしよう」


朝、起床した直後の第一声がコレなのもどうかと思うが俺は本当に悩んでいた。
もう11月も終わり、12月に入る。つまり、オルタ世界でも大きな火種にもなった12・5事件が迫っているという事だ。


「………どうしよう」


博士に言って対応して貰う?博士の事だから吹雪の大破の事実を含めて話せば認める筈が無いし、かと言っても事件を起こすのも最悪だ。
国を思う気持ちは分からなくも無い。だが、それで犠牲になる者が大勢出れば被害を被るのは次世代を担う子供達だ。

クーデターで死者が増えれば増えるほど……徴兵され、戦地に送られる子供が増える。最悪、現在のソ連軍の様な事態が日本に起こる可能性がある。
それに戦術機を含めた兵器だってタダじゃない。結果的に国民に対して負担が増すのだ。

だが、クーデターを防いだとしても火種は燻ぶり続け、新たな火種を得て再発火する。
その場凌ぎじゃ駄目だ、根本から解決しないと何時かは大火となって犠牲を生み出す……故に、難しい問題だ。

少なくとも、俺一人じゃ絶対に解決できない問題だった。


「―――ったく、なんで俺ってこうなってんのかなぁ」


昔から厄介事に首を突っ込んで行く性質、それが尚更顕著になっている気がする。
こんなクソみてぇな世界で何人もの死に様を見て、それを防ごうと無茶をして………足掻いている。正直、滑稽だと自分でも思う。


「とりあえず、博士に報告だけしないとな……」


こんな手段しか取れないのが情けないが仕方がない。だが、最悪は207B隊を天元山に派遣してでもクーデターは防がなければならない。
……今のこの国に、そんな余裕は無いのだから。



だが、数日後。事件は発生してしまった。
博士に対応して貰ったが207B隊は出動せず、引き金は引かれる結果になった………。



 ◇


【2001年12月5日 帝都城正門】


帝都城最外縁にある正門で歩哨をしていた男が異常に気づいたのがほんの数分前だった。
たまにご老体の方が帝都城を拝む姿があり、それを見て「慕われているな」という暖かな気持ちと共にこの門を護らなければ、という決意を直していた事が何度もあった。

だが、今目の前に居るのは弱々しい老人の姿では無い。
屈強な肉体をその帝国軍制服の下に隠した兵士達が一糸乱れず此方へ向かって来ているのだ。


「……此方正門、問題発生。戦術機部隊及び歩哨の増援を願う」

『了解、対象の目的はまだ不明だ。臨機応変に対応せよ』

「了解……何だ一体……?」

『隊長、此方では武装の確認が出来ません。そして、此方に背を向けて正門より約1キロ離れた地点で全員が停止しました』


正門の櫓で狙撃銃を構えている部下の報告内容に肩へ掛けていた銃を構え、警戒を続ける。
何らかの意味がある筈の行動、それが気になったためにCPへの通信を繋げる。すると、慌ただしい声が聞こえた。


「CP、此方正門!どうした!?」

『此方CP、帝国内のラジオ・TV放送局が占拠されたと情報が入った!奴等との関連性がある場合、射撃を許可する!』

「……了解ッ!」


その情報を聞いた瞬間、嫌な汗が流れ落ちる。
―――――長い一日になる。俺は小さく喉を鳴らしながら唾を飲み込み、そう思った。


 ◇



【同日同時刻 横浜基地】



《防衛基準体勢2発令、防衛基準体勢2発令。全基地要員は主要部署へ集合し、指示を待て。繰り返す…》

「―――クソッたれ!!」


基地内へ響く警報、12・5事件に対して打つ手が無くなった俺は祈る様に自室で待機していたがその警報へと叫び声を上げて壁を殴る。
防げなかった歯がゆさと情けなさに自身を殴りたくなったがそれを晴らす様に壁へと再度拳を叩き付ける。


「……畜生ッ」


鈍い音を立てて歯軋りし、喉から引き絞る様に呟く。
大体、一分くらいだ。赤くなった手、それを軽く振って香月博士が居るであろう中央司令部へ走って向かう。

こうなった以上……やるしか、ない。


「博士!状況は!!」

「先生!これは一体!?」

「五月蝿いわよ、白銀にドゥ!クーデターよ、くだらなさ過ぎて笑いも出ないわ!!」

「「は?」」


室内に居たであろう白銀と俺の声が重なり、博士がイラついた様子で司令室を出て行く。
それについ、呆けてしまった俺は白銀と顔を見合わせた。


「あー……ピアティフ中尉、何事なんです?」

「はい、此方になります」


司令部に残っていたピアティフ中尉に何故博士があんなにも肩を怒らせていたのか尋ねる。
すると、タタンッとパネルを操作して一つの画面を出現させた。

そこに映るのは―――――


『―――――親愛なる国民の皆様。私は帝国本土防衛軍・帝都守備連隊所属、沙霧尚哉大尉であります』


―――――今回の事件の首謀者、沙霧尚哉だった。


「先生、そう言えばクーデターって……コイツが!?」

「静かにしろ白銀」


騒ぎ立てようとする白銀を黙らせ、画面に写る沙霧を睨む。
そして、原作通りの演説に見るのも嫌気が差してピアティフ中尉にもう消していいと言おうとした瞬間だった。
その言葉を飲み込むに十分な言葉が、変化が発生したのは。


『―――――皆様。本来、我等は戦術機等の兵器を用い、最悪の場合は実力行使すらも視野に入れておりました』

「ッ!?」

「え……?」



『ですが、とある人物の言葉に考えを変える必要があると感じたのです。私より齢十以上は幼い、一人の幼い異国の少女の言葉に……』



 ◇



「大尉、お疲れ様でした」

「駒木中尉……首尾は?」

「総員、帝都城へ結集。背を向けた状況で無抵抗を貫いております」

「被害も出ていないな?」

「はい。そして実力行使を推奨していた者を尋問した結果、米国との関連性を認めました」

「憂国の者達にも潜り込むか、米国め……ッ!」


車へ乗り込み、皆が待つ帝都城へと向かう。
戦術機も無ければ拳銃・ナイフすら持たない数百を超える兵士・衛士による直訴……これが、犠牲を我等のみに区切る手段だった。


「これで通じず、我等が死す事態になっても先の放送は全国……いや、世界へと通った。思いを引き継ぐ者は必ず出る……私はそう信じている」

「大尉……お供します」

「付き合わせてすまないな、駒木中尉………あの幼い少尉が我々を見たらどう反応するのだろうか……」

「ふふっ……多分ですが、怒られてしまうんじゃありませんか?」


少し目を瞑り、数ヶ月前を思い返す………そう、あれは休暇で散策をしている姿を偽装として計画を実行する為の視察の最中だった。




【約4ヶ月前 帝都】


「……ふむ」


帝都を粗方回りきり、茶屋でゆっくりと一息吐く。
憂国の士達が決起する場合に失敗は許されない……それ故に何度も事前確認を繰り返し、この茶屋で少しばかりの休息を取る。

それが普段通りのパターンだったのだがこの日は違った。


「あ、あの……道を尋ねてもよろしいでしょうかー?」

「……どうぞ、迷われましたか?」


首に古めかしいカメラを提げ、動きやすさを重視したであろう服装に身体を包んだ金髪の少女。
明らかに日本人では無いその少女に道を尋ねられたのだ。少し驚いたが、四苦八苦な様子だが日本語を話せていた。


「あ、はい!帝都城へ行きたいのですが!」

「………写真、ですか?」

「はい!私、配属の関係で色々と向かった先の風景を撮るのが好きなんです!……あ、軍人みたいな事を言ってスイマセン……」

「―――軍人の方ですか、お若いですね」

「あ、はい。今年で18歳になります!……あ、自分は国連軍所属、エレナ・マクタビッシュ少尉であります!」

「私は沙霧尚哉、しがない医者です……衛士ですか?」

「えっと……はい」


18歳の少女が衛士、帝国でもこの年齢の衛士は珍しくないのだが少しだけ興味があった。
私は彼女を帝都城へと案内する最中、言葉を交わす。

イギリス出身で日本にはあの横浜基地へ任務で来日したという事。
日本語も上官から教わったという事。
もうちょっとでエースであるという事。

国連という組織は快く思わないが、個人に対しては特にどうこう言う気は無い。
所属が国連なだけであって戦場で戦う兵士達はどの国であっても変わりない……そうだと考えるだけの冷静さはあるつもりだ。
烈士達の中には過剰すぎる考えの者も居る、それらが事を起こす際に暴走しなければ良いのだが……。


「……着きました、ここまでが一般人の立ち入りが許される区画です」

「凄い……これが帝国のお城ですか……!」


そう考えていると何時の間にか到着する。少女……マクタビッシュ少尉は写真を取り始め、何回かシャッターを切って満足そうに微笑んだ。


「うん、良く撮れたけど………どうしてか、寂しいお城ですね……」

「何故、ですか?」

「警備もそうですけど、これじゃ鳥籠です。まるで、遠ざける様に隔離しているみたいな……」


『鳥籠』……そう称す彼女に心で小さく頷く。その喩えは間違いではなかった。


「……この国の政治はあの天守閣におられる政威大将軍、煌武院悠陽様が取るべきなのです。ですが、実質は他の政治家たちによって判断されています」

「えっと、全権代行……ですよね?大尉……あ、私の上官が教えてくれました」

「ええ……」


本来は政治の全権を皇帝陛下より授けられている殿下、しかし腐りきった官僚達はまるで殿下が下した命令の様に自身達が考えた指示を下す。
これは、殿下のあるべき姿を蔑ろにされていないとどう言えるというのだ。

私が小さく握り拳を作ると同時にマクタビッシュ少尉が理解できたのか頷く。
そして、口を開いた。


「じゃあ、お話すれば良いじゃないですか?お茶でも飲みつつ」

「――――――――は?」


今、なんと言った?お話?つまり、殿下と?茶を飲みながら?
私が思わず呆けた顔をしているとマクタビッシュ少尉はそれに不思議そうに続ける。


「いえ、政治の実権を握って欲しかったら言わないと駄目ですって。言わないと分からない、子供でも分かる事ですよ?」

「だ、だが!その声を聞き届けれないのもこの国の―――」


衝撃的過ぎたのか、少ししどろもどろになりつつもこの国の現状を説明する。
それを聞いていた彼女は、眉を吊り上げて声を上げた。


「だまらっしゃい!」

「ッ!?」

「『出来る出来ないじゃない、やるんだ』です!……私もそうします!」

「だ、だがしかし!」

「『声が届かない?』だったら声が届く様にする、向うが聞かないなら聞かなければいけない状況を作る!それを考えるのが人間じゃないですか!」


「この国の者ですら無い人間が何を言うか」……そう発しようと思ったが口を開けない。
我等が動いた際、少なからずの死者が出る。その中には政治家も居れば、その警備を任されていた無実の兵士の姿も……そして、一般人の姿もあるかも知れない。

そして、犠牲者が出たと聞いた殿下の気持ちを考えてみる。
あのお優しい方だ、臣民を失えば大きく悲しまれる………それは分かった。


「話をする……か」

「―――話をしなければ伝わらない事もあります……これ、理想論ですけどね。話せないまま物事が推移していっちゃう事もあるのは事実ですし」

「……ああ、確かに理想論だ……―――――本当にな」

「あ、偉そうな事言ってスイマセン!……………あれ?沙霧…さん?」

「……?どうしたました?」

「あ、いえ……」



―――――口元、小さく微笑んでますよ―――?



 ◇


「―――あれから、この手段が最も最適と思ったが……殿下へと届くのだろうか…」

「……大尉、その心配は無さそうですよ?」


車が停車し、帝都城へと到着した事を運転手が教えてくれる。
そして、車から降りると異様な光景があった。


「これ、は……」


人、人、人……明らかに一般人も含まれた数多くの人の集団が同じく正座して帝都城を仰ぎ見ている。
その光景に呆然としていると、同志の一人が慌てた様子で此方へ向かって来ていた。


「少尉、これはどういう事だ!?」

「沙霧大尉!大尉の放送を聞いて結集した帝国兵・帝国民です!何時の間にか、この様な規模に!」

「……ッ!」

「……皆、思いは同じだった……そういう事なのでしょうか…」

「真実を知った国民が、殿下の復権を望んでいる……」


警備部隊や戦術機も周囲に展開しているがその銃口は空へ向いている。一般市民も含めたこの集団には撃てないのか、それとも撃つ気は無いのか。
まぁ、それは良いだろう。


「諸君、ここからが正念場となる……」





―――――通すぞ、我等が悲願を―――。



 ◇


【同日 横浜基地司令部】


「 ( ゚д゚) 」

「あ、あの?ドゥ中尉?………ドゥ中尉!?」

「白銀君、立ったまま気絶してるわ……医務室に運ぶの、お願いできる?」

「は、はぁ……了解です、ピアティフ中尉」

『基地司令、日本領海外に展開していた米国第七艦隊より連絡が―――』

「……必要ない、お帰り願え」










「 (゚д゚) 」




後書き
12・5事件終了なう。
「【TE・オルタ√第1話】さらば横浜、また会う日まで」で出かけてったエレナさんはこんな事を起こしてました。



[20384] 【AL第9話前編】沈黙の空
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/27 18:57


【2001年12月7日 横浜基地】



「まーっかに燃えろー♪俺の70時間ー♪」

「………」


パチパチと音を出しながら幾枚もの紙が燃えていく。これじゃちょっとした焚き火だ。
そして、その前に体育座りで座るのは俺と霞。


「あはっははははー……キレイダナー」

「元気、だして下さい……」

「うん、大丈夫。目から汗が出るだけだから」


霞に慰められつつ俺が燃やしているのは正史の12・5事件が発生した場合の作戦計画表やら何やらだ。
予想外という物を超越したナニカによって死者の出ないクーデター(この場合、デモの方が正しい気がする)が終結した。

本日正午、帝都城内への沙霧尚哉大尉の入城……そして、殿下との面会を果たしたそうだ。
つまり、沙霧大尉からすれば「我が事成就せり」な訳だ。勿論、放送局を占拠しての越権行為は厳しく罰せられるだろうがそこまで知るか。

というか、ここまで来ると逆に怖いね。何かしらの反動が起こりそう。で


「………ま、まぁ何事も無くて良かった良かったー……のか?」


そういや、博士が怒ってたのは何やら3徹(三日間の徹夜)して寝ようと思った直後だったらしい。
そりゃ不機嫌にもなるだろうが……何をしてたんだ?そういや、トライアルの件で何か手配してたらしいけど……ソレか?


「しっかし第七艦隊も未だに領海の外で動かねーし、トライアルも明日にズレたし……もう何があっても驚かねーぞ」


帝都では混乱が完全に収まらぬ中で行われるXM3トライアル。名目上はEXAMの最終版としての物になる。
確か、俺も模擬戦闘を行うと言われていた。ま、相手は不明だが……それは兎も角、トライアルの最中に捕獲されたBETAが基地を奇襲する。

博士にはBETA出現場所を指定し、実弾の装填された突撃砲も用意してある。小型種も出さないという確約も着けたし、急行すれば何とかなる筈だ。
……出来レースと言うな、この基地の警戒網の緩さは俺も見過ごせなかった点があるのだ。

それに、今回を教訓としておけば佐渡島攻略で下ってきたBETAが横浜基地を襲撃しても少しはマシな筈だ。
一応、反応炉を停止させる手筈にはなっているが……念の為だ。


「あー……温かいなぁ」


そろそろ、薪を追加するか。




そしてその頃。
遠くに望む海の玄関、横須賀港には一隻の国連軍所属の輸送艦が到着していた。


そして、その艦内から金髪のポニーテールを揺らしながら降り立つ少女。
そのか細い口が小さく開き、言葉を紡いだ。



「―――――やっとです……大尉」



 ◇


【2001年12月8日 旧横浜市街地】



「あー、暇だ」


戦術機の内部で待機して30分。F-4JXの異様な風体もあってか中々に注目が集まっている気がする。
博士曰く、「高度な三次元機動戦」を見せてくれればいいらしいのだが……未だに相手が不明だった。

それに、相手の機体もEXAMを搭載していると聞いた。そうとすればかなり派手になるだろう。もしかするとA-01の誰かかも知れない。
ま、ある程度は傷も癒えてなんとかなっている俺には少々酷なモンだがな。


「………レーダーに反応、お客さんか」

『CPよりストラトス01へ。合図が此方で発せられるのでその場で待機、以降は好きにしろ……との事です』

「了解……相手の姿は接敵してからのお楽しみって訳かい?」


ビルで区切られ、対戦相手と向かい合う俺。
そして、網膜にカウントが表示される。それが……………0になった―――!

その瞬間、機体を浮上させる。今回のケースは高度制限なしのAH戦、それ故に相手より上を取ろうとし……固まった。


「―――EF-2000…?」


欧州方面で配備が進められるイギリス軍の最新鋭機。元々は俺が乗っていたF-18/EXの叔父(設計思想な意味で)にあたる機体に目を見開く。
パーソナルカラーなのか、輝くような純白に染められたEF-2000も俺と同じく急上昇、一瞬で頭上を取られる。

そして、四門の突撃砲が此方を向いた。


「……ッ!!」


―――地表へツイストしながら降下。
その直後に放たれるペイント弾が地面へと落ちる着弾音を背中に受けつつビルの隙間を抜け、サイドに回り込んでビルの角から飛び出るように突撃砲を乱射。

それを、トンッと軽くバックステップするようにビルの隙間へと身を隠して避け切る。
周囲の状況を認識する眼は中々の物だ。


「逃がさねェよ!」


旧市街地、その大通りを滑走する様に逃げるEF-2000を追い回す。
弾幕の密度では相手が上、ならば有利なステージに立たれる前に決着を着けたい。

ただ、周囲に立ち並ぶビルで長刀は邪魔にしかならない。そう考え、開いている片手にナイフを装備する。
近接格闘戦を仕掛けるぞ、と暗に言っている様なモンだが瞬発的な加速なら俺の機体が上回っている。大きく旋回、俺を狙おうとポジショニングするがそうはさせない。


一瞬で距離を詰める!


「……ッ!」


突撃砲を持った右腕は相手の突撃砲を封じるように、左手のナイフはEF-2000の腕に着いているブレードが受け止め、組み合う形になる。
そして、そのまま停止。機体が軋む様な音が響き、お互いが出せる全出力で相手を捻じ伏せ様としている。

いや、正確に言えば少しずつだがEF-2000がジリジリと後ろへ押されている。明らかにパワーの差が出ていた。


「骨の髄まで近接格闘戦を考慮した機体に……斬り合いで勝てる訳ァねェだろう!」


そんな風に叫び声を上げ、ナイフに掛ける力を更に上げる。
こちとら今までの苦労(12・5事件な意味で)がパァになってんだ!少しはストレスを発散せんとやってられんわー!


「ッ!しぶ…といっ!!」


だが、全くの隙を見せず膠着状態に持ち込んだ相手に悪態を吐く。ナイフにだって強度がある。あまり長い時間の鍔迫り合いをすれば確実に折れるのは明白だった。
だが、相対するEF-2000の腕に付属したブレードは装甲と密接に着いている。腕で保持しているF-4JXの方が限界が早いのは確実だ。

俺は一瞬だけ思考へと脳を割き、その考えた案を実行する。


その瞬間、横に薙ぎ払われたF-4JXの脚がEF-2000の脚を蹴り付け、体勢を崩した。


「―――ッ!」


吹っ飛ぶ……というより、衝撃を内部フレームへ伝えない様にバランスを崩しながら後ろへ下がったEF-2000に120㎜でロックオン。
だが、滑る機体を立て直したEF-2000も膝立ちの状態で此方をロックしていた。

撃てば撃たれる、そんな状況に再度持ち込まれていた。


「おいおいおい、本当にしぶといな……」


この距離だと撃たれれば回避不能。互いにジリジリと距離を空けていっているこの状況下、少しだけ緩む頬は隠せない。
AH戦という状況でこう思うのは不謹慎だが、正直に言うと楽しかった。先日、対戦した白銀も十分に凄腕だがこの相手は俺の行動を読んで対応してくる。

まるで、エレナの様………そこで、固まった。文字通り硬直していた。あの時に撃たれれば決着が着いただろうほどに固まってしまった。


「――――いやいやいや、まさかそんな……」


繋がらないよね?と思いつつ昔から使用していたエレナとの直接回線の周波数に合わせる。
そして、交信。


「………聞こえるか?」

『………探しました、大尉』


―――マジか、マジなのか………博士もやってくれるじゃねーか。


「……互いに、無事っぽいな。ま、再会を喜ぶのは後回しだ」

『はい。今まで私が抱いた不安を倍返しでお返しします』

「そりゃ、お断りしたいねぇ」


同時に銃を降ろす。多分、この映像を見ているであろう観戦者達は緊張に満ちた硬直から同時に銃を下げたのに疑問を感じているだろう。
だが、次の瞬間には2機が加速。ヘッドオンからのすれ違い、そしてUターン。その銃口は再度相手に向けられていた。


『―――行きます、大尉』

「―――来い、エレナッ!」



 ◇



「すげぇ……!」


俺を含めた207B隊の全員はモニターに目線を釘付けにされていた。
モニターに写るのは黒と白、相対的なカラーリングを持つ2機の戦術機が入り乱れる光景。

固定カメラや上空を飛ぶUAVからの映像、遠方から取った俯瞰映像など、様々だがどれも驚きの映像しか無かった。
戦術機という兵器が見せるにしては美しすぎる動き、互いが相手へと牙を剥こうとする実戦染みた殺気を画面越しに感じれる迫力……未だ、訓練兵である俺達には刺激が強かった。


「皆、午後に私達が行うトライアル……勝てば任官への道が開くわ」


委員長が目線をモニターに向けたまま言う。確かに、先生は勝てば任官させると言っていた。
帝国の混乱に乗じて、冥夜達をサッサと任官させて配属させる。そうすればこっちの物とか言ってたが、正直ごり押しだなぁとか思いつつ。

だが、任官すれば今よりは権限もある。勿論、衛士としての少尉はそう強い権限じゃないが訓練兵よりマシだ。
少しは、先生を助ける事が出来るかも知れない。


「よっしゃぁ!絶対に勝つぞ!」

「「おー!」」

「おー……」

「うむ!」

「そうね、負けれないわ」


そして、その瞬間に決着が着く。ドロー、つまりは引き分け。
F-4JXの長刀が肩から斜めへと、EF-2000の突撃砲が胸部へと向けられ、互いに相手を倒せる状況での決着だった。



そして、俺達の出番。出撃回数20回を超えるエースと対決し、俺達は派手に勝利した。
これで任官の道が開けた。そう確信した俺達の熱気を冷ますように、警報が鳴り響く。

コード991、BETAの出現を示す……そのワードを。


「なん……だと!?」

『HQ、どうなってんだ!』

《研究用のBETAが脱走した模様、当区域へと徐々に進行中……全機、BETAの進行を阻止せよ》

『ふっざけんな!玩具の銃しかねェんだぞ!!』

《命令に変更は無い、侵攻を阻止せよ》

『……了解ッ!おら、ひよっこ共!お前等はBETA共をぶっ殺す為の―――』





―――そこから先は、あまり記憶に無い。確か、BETAを見て錯乱して……俺の乗る吹雪を破壊された。
そして、まりもちゃんに慰められて……そう、それからだ。


俺が振り返った先には、突き飛ばされたのか倒れた状態から身体を起こして目を見開くまりもちゃんの姿、その付近には穴だらけになって死んでいる小型種BETAも居た。
だけど、それ以外にツンとした鉄の匂いに視線をゆっくりと向けたのを思い出す。

何かを叩き付け、引きずった様な血痕の先はあったのは……





左腕が肩口からごっそりと千切られた様に喪失し、その傷から出たであろう血だまりにうつ伏せで倒れて動かず、ピクリとも反応もしないドゥ中尉の姿。

そして、叫びながら傷を押さえる……俺達と同じくらいの年齢の女の人の姿があった。



「大尉、嘘、そんなの嫌だ」と、泣きながら―――。




続く



[20384] 【AL第9話後編】沈黙の空
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/31 19:10
【2001年11月14日 マクタビッシュ家】



「―――日本に?」

『ああ、調べた限りでは横浜だな……ったく、こんなのがバレたらどやされるじゃ済まないんだからな?』

「すいません、兄さん。命日にはお花を添えますね?」

『おいコラ、勝手に殺すな!』

「冗談です……では、今度は家に帰って来て下さいよ?」


……通信を切り、たった今聞いた情報と私が揃えた情報を組み合わせる。
あの日系であろう「微妙に怪しい者」の存在と大尉がソビエトで頼りにしていた極東最大の国連軍基地である日本の横浜基地。

そこに属する香月夕呼博士……大尉は、横浜に居るか彼女に関連する場所に居る。
そう信じて……いや、状況証拠的にそれが最も高い可能性として探していた。そして、SASに所属する兄に頼んでようやくシロ星がクロ星になった。


「この機動……EXAM搭載機、それもかなりの熟練者」


帝国のある戦術機部隊のガンカメラに写っていた黒いF-4改修型。
それを大尉がアラスカで乗っていたF-18/EXの挙動と合わせて分析すると、衛士ごとに変わって出る機動や行動の各所での一致が多かった。

その結果に……顔が綻ぶ。少なくとも戦術機であんな無茶が出来る程度には元気、それだけで嬉しかった。

そして、緩んだ顔を引き締める。
何かしらの理由、私が横浜へ向かうにはそれが必要だった。所属が国連軍欧州方面軍第1軍、その海軍である私はそう動けない。
だから、何とかして行く理由を作る。それをどうするか、それが問題だった。


そう考えていたのだが……私が新たな愛機としてEF-2000を受領した際に帝国へと船が向かうと知った。
帝国へ売込みなのか、EF-2000の一個中隊分の無償提供する為だ。そして私は、その船へと乗る事が出来たのだ。

なんでも、命令が来たという事だったが何処から出たのかは不明。
理由は船団の護衛任務、それに納得し、もしかしたら横浜基地へと迎えるかも知れないという淡い希望を添えて船は出た。


途中、米国の第七艦隊と日本の領海の付近で出会ったが何をしてるのか不思議に思ったりもした。
そして、入港前夜に横浜基地からの通信があった。

新型OSのトライアルが行われるので同じく新型OSであるEXAMを開発したもう一人の衛士として出席して欲しい、と。




……そして、私は出会った。あの黒い戦術機と。
パーソナルカラーを許された際に選んだ、“雲”の様な純白の戦術機を持ってして――――。



 ◇



機体を係留させ、整備班が用意してくれたクレーンで地面へと降りる。
午後より白銀達のトライアルが行われる。午前中に行った俺とエレナの戦闘はXM3に改良されるベースとなったEXAMのデモンストレーション目的だったらしい。

今、開始された白銀達の模擬戦闘にはかなりの観戦者が向かっている筈だ。


「……強く、なったなぁ」


水へと口付け、綻ぶ顔を引き締めつつサンドイッチを摘む。
エレナ・マクタビッシュ、俺の副官だった少女。EF-2000という高性能機を何時の間にか受領し、そして強くなっていた。

誰に師事したかは知らんが相当な凄腕だろう。駆け引きが四ヶ月前と比べて上手くなっていた。
………これじゃ、我が子の成長を目の当たりにした親の気分だな。


「―――うっし、行くか」


時間を確認し、実弾が装填された突撃砲2丁、長刀を二振りの完全武装で機体をハンガーから出す。
再会は後、今は――――BETAを殺す。

そして鳴り響く警報。右往左往する人ごみを避けて機体を飛ばせる。3分も経過しない内に目標上空へ到達。
見れば、1機の吹雪がペイント弾を乱射しながらBETAを引っ掻き回す様に動き回っていた。


「上出来だ、白が―――ッ!?」


機体を地表へ向けて急降下、暴れる白銀を背に庇う様にして突撃砲をぶっ放す。
だが、錯乱しているのか予想以上に暴れている白銀の機体が俺の背後から飛び出る。

そして、脇に詰めていた要撃級に殴り飛ばされた。
やられたのは脚部、それも完全にもがれている。どうにかなる損傷じゃない。


「分かっちゃいたが、厄介だな―――ッ!!」


白銀の吹雪に集う戦車級を駆逐し、長刀を引き抜く。
目の前の突撃級の足を薙ぎ、即席の生きたBETAの盾にする。これなら少しはマシな筈だ。


『お待たせしたね、騎兵隊の御登場だよ!!』

「地獄へようこそ、騎兵隊の諸君!」


そうして、端から刈っていると実弾装備をした他の戦術機部隊が戦域に到着する。
元々の数もそう居た訳では無い。その後、10分もすると制圧が完了していた。


「フゥー………CP、死者は?」

《負傷者は居るが、死者は現在確認出来ていない。情報が入り次第、通達する》

「ストラトス01了解………アッサリと終わったな」


博士も約束を守ったのか、戦車級を抜いた小型種は確認できなかった。
とりあえず、機体をハンガー付近へと戻して降りる。少し疲れたが、まだやる事があった。


「EF-2000か……しかもパーソナルカラーだ」


俺は、同じく迎撃に出ていたのかBETAの体液に塗れたEF-2000を見上げて呟く。
すると、後ろから何かが近づく気配。それに対して振り返る……BETAなんかじゃなく、久し振りに見た顔だった。


「よ、久し振りだな?」

「………大尉」


伏せていた顔を上げ、少し赤い目で微笑むエレナ。それに俺も小さく微笑み―――――銃を突きつけられた。


「な―――」


何をする、そう言おうとした瞬間に嫌な気配を背中に、そして耳に音として感じる。
そして、その嫌な気配を肯定するかの様にエレナが声を張り上げた。


「伏せて下さいッ!」

「ッ!!」


エレナに向かって飛び込み、コロンと前転をして受身を取る。
そして、懐からUSP……ソーコム・ピストルを引き抜き照準。目の前に存在するのは………


「兵士級!?」


白いブヨブヨしたキノコを連想させる頭部と黄ばんだ歯、人型に近い事もあってか生理的な嫌悪感が走る外見の小型種BETA、兵士級。
何故居る、そう言葉に出す前に俺がパックリといかれる直前だったという事実に冷や汗が噴き出る。

そんな中、俺を食い損ねた兵士級は俺とエレナの姿を無機質な瞳で捉える。
そして、奴が動き出すのと俺とエレナの持つ拳銃から20発近い銃弾が発射され、頭部を貫くのが……同時に起こった。


「排除完了……ここにも、兵士級が居るって事は……不味い!!」

「あ、大尉!!」


戦術機に乗り込むよりも走った方が早い、そう判断して全速で駆け抜ける。
最悪な方向に考えが進む。

そして……見えた!


「間に……合えぇぇぇえ!!!」


銃を落としてしまうが取る時間も無い。白銀の背に声を掛ける神宮寺軍曹の背後にはゆっくりとだが兵士級が近づいている。
全力で走った所為か酸欠になりかける脳、霞む目。その中で俺はタックルするように神宮寺軍曹を突き飛ばし、足掻くように左腕を突き出して……



“ゴリュッ”という、異音が響いた。




「―――――ギッ!!?」

「な―――――ッ!!」


肉ごと肩と二の腕を繋ぐ関節を引き抜かれる感覚に脳が焼ける。
食いちぎる様に腕を喰われた、痛みを感じる事を拒否した脳がそう俺に告げる。


そして、持って来たのかM4を携えたエレナの姿を視界の端に捉えた時―――――兵士級の、人間では有り得ない腕力で吹っ飛ばされた。


「大尉ィぃぃぃい!!!」


地面へと叩き付けられ、2~3回バウンドしてから動きが止まる。痛いというか、正直に言うと感覚すら無い。
自分が生きているのか、それとも死んでいるのか………それは分からない。だが、確実に分かった事はあった。

意識が途切れるその直前、エレナの叫び声と発砲音が響き渡る。多分、エレナがあの兵士級を射殺した音なんだろう。



それに、小さく口元を歪めて…………俺は考えるのを放棄した。



 ◇



「ドゥ…中尉……」

「―――ッ!!呆けている場合では無いぞ白銀!!貴様は医療班を呼べ!早急にだ!!」


まりもちゃんが俺の吹雪へと駆け込み、中に詰まれていた簡易医療キットを取り出してドゥ中尉へと駆け寄る。
それに俺はこけそうに成りながらも無線機へと縋る様に辿り着き、緊急として呼び出す。

すると、3分もしない内にストレッチャーを押して駆ける軍医達が来る。そして、先導し戻る。
見れば、周辺に居たのか様々な兵科の人間が声を上げて応急処置を施していた。


「お前も上着を脱げ!血が、血が押さえても止まらねェ!!」

「こいつの血液型は!?…A?なら全基地要員に通達して呼び出せ!早くっ!!」

「嫌……こんなの、嫌ァ……!」

「マクタビッシュ少尉から銃を取り上げろ!精神安定剤も投与だ!!」


明らかに致死量、そう感じてしまうほどに赤々とした光景に口を押さえる。
ドゥ中尉が運ばれ、現場には血の痕と服を赤く染め上げたまりもちゃんと地面へと座って嗚咽を漏らすマクタビッシュ少尉の姿。

それに、俺は何も言えなかった。


「マクタビッシュ少尉、もう行きましょう?」

「………(コクリ)」


まりもちゃんが母性溢れる……俺の居た世界で見せた様な優しい微笑みでマクタビッシュ少尉の肩を抱きながら、立ち上がらせる。
目の前で、人があんな事になったのだから当然だと思う。それに、親しい仲だったみたいだった。

そう考え、俺は呆然と立っているとマクタビッシュ少尉と目が合う。
よほど強力な精神安定剤を投与されたのか、そのブルーの瞳には普段はあるであろう輝きは無い。感情が欠如した人形、そう言える気がした。


「あ、なた……が、」

「―――――え?」


ポツリ、と聞こえた呟きの声。それに耳を澄ますと、再度マクタビッシュ少尉の口が開く。


―――――それに、俺は後悔した。聞かなければ良かったのに、聞いちゃいけなかったのに……聞いてしまった。


「大尉が死んだら、貴方の責任です」

「―――ッ!?」

「少尉!?」


「だって、そうじゃないですか?貴方が弱いから、貴方が錯乱したから、貴方がこんな場所でウジウジしてたから、あなたが守れなかったから、アナタが子供だったから、貴方が居たから、貴方が、あなたが、アナタガ―――」

「う……ぁ…っ」


俺は呻く声しか出せない。憎しみという感情で人が殺せるなら何度死んだのだろうか?
呆然と立っていた俺の腕を少尉が掴み、衛士強化装備の上からでも握った力が伝わるほどに握られる。

そして、間近で叫ばれる。俺を、オレの居場所を、オレの全てを否定する様な言葉を。




「――――貴方が居なければ、大尉は傷つかなかった!………貴方が、貴方がこんな所に居たから!大尉は……たい、いは………」

「う――――うわぁぁぁァァァァああああ!!!」



そして、俺は俺が居るべき日常へと逃げた。
逃げたかった……ただ逃げたかった。笑顔が溢れる平和な世界、オレの居場所はそこだと……顔で笑い、心で泣きながら。


そして、浮かない顔をしていた俺を慰める様にまりもちゃんに晩御飯を奢ってくれた次の日の事だった。
まりもちゃんが何故か学校に来なかったその日の夜、ふとニュースを見た。


『先日深夜、白陵大付属柊学園の教員がストーカーに襲われるという事件がありました』

『犯人は神宮寺氏と男性が食事をしているのに腹を立て、バールの様な物で神宮司氏を殴打、気絶した彼女を自身の職場である精肉工場へ運んで犯行に及んだと―――』

『幸い、神宮寺氏は軽傷でしたが犯行現場を目撃し、警察への連絡とバイクで追跡をした孤児院を経営するクラウス・バーラット氏(28)は左腕を精肉機へ引き込まれ、重症。予断を許さぬ―――』



―――――嘘、だ。




次回
【AL第10話】“翼”
――――――少年は、戦士になる。




後書き
エレナさん、完璧に病んだでござるの巻。



[20384] 【AL第10話】翼
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/08/31 19:26

【推奨BGM:影山ヒロノブ≪翼≫】





もう、何もかもがどうでも良くなっていた。
まりもちゃんが襲われて、ジョン・ドゥ中尉……いや、クラウスさんの腕が失われ、今も意識不明の重体。

そして、純夏も、オレを忘れてて……赤くなってて、変な風に足が、手が、体が………もう、疲れた。


「は、はははっ……情けねェな……オレ」


白稜の近くにある橋の上、そこで俺は遠くの景色を眺め続ける。
冥夜達も振りきり、家を飛び出て……俺の帰る場所は全て失っていた。

―――――このまま、死んでしまえばどんなに楽だろうか?


「………そう、だな。もしかすると、やり直せるかも知れないな」


2回目だってあったんだ。3回目だってあるかも知れない。
それなら、もっと良い未来を目指せる事だって出来るかも知れない………オレの、存在する理由も、作れるかも知れない。

そう思うと、フッと体が軽くなった。今なら、風に乗って何処までも行ける……そんな、気がした。


「―――――ゴメン、霞。オレ、やっぱり弱虫だ……」


前へと崩れていく体、重力に従って川へ落ちようとするその瞬間、制服の襟首を掴まれる感触と共に思い切り引き上げられる。
オレはその反動で頭をぶつけたのか、白くなった視界の端に一人の人間が居た。


「め、目の前で人が落ちそうになってましたから助けちゃいましたけど……大丈夫、ですか?」

「――――ッ!?」


オレの顔が強張る。
オレの目の前にはあの時、恨みの言葉をぶつけて来たマクタビッシュ少尉の姿。その手には、買い物をしたのか重そうな袋が持たれてた。

……そっか、この世界にもこの人が居るのは不思議じゃないのか。


「……スイマセン、失礼します」

「はいはい、ちょっと待った」


グワシッと肩を掴まれる。異様に力が強いというか、腕の押さえ方が上手い。
無理に力を掛けてしまい、その痛みに少し眉を顰めるとズイッと鞄を突き出された。


「重いから手伝って下さい、助けられたらお礼をしないと日本人失格ですよ?」

「……ああ、りょうか…じゃなくて分かった」


下手に振り切るより面倒が無くて良い、そう思ってずっしりと重い鞄を持つ。
中には人参やジャガイモ、カレールーなどが入っている。メニューはカレーだろう。




そして歩く事20分、オレは何故か子供たちに群がられていた。



「はいはーい、お兄さんに遊んで貰っててねー!」

「「「はーい!」」」

「あの、ここは……」


頭によじ登る子供を下ろし、鼻歌を歌いながらジャガイモの皮を剥いていたマクタビッシュさんに声を掛ける。
子供の数で言えば40人近く居て、一部には高校生の様な年齢の人も居る。そして、人種もバラバラだ。

そして、その疑問を答えるようにマクタビッシュさんは「ええ」と返事した。


「ここ、孤児院なんです。日本人以外の子も多くて珍しいでしょう?日本は教育水準が良いですからねー」

「孤児院……ですか」

「そうです、私はここの人間じゃ無くて隣に住んでいるんですけどね」


お手伝いです、と言う彼女に俺は可能性として聞いてみる。
先生が言うには、因果の流失によってあの世界での出来事がこの世界に情報として流れ込んだ。その結果が、まりもちゃんの件だ。

だから、因果が繋がっているのなら……同じはずだ。


「―――ここの、代表者の名前は?」

「昔は別の人だったんですけど病気で亡くなりまして、今はクラウス・バーラットさんです。病院でお眠ですけどね」


写真立てに目をやると、顔に傷の無いドゥ中尉……こっちだとクラウスさんが笑顔で子供を抱き上げている風景が映っている。
そして、完全に繋がった。あの人は、EXAMを開発したその人であったと……腕を失ってしまった人だと。


「……知ってます。まりもちゃん……オレの学校の、担任を助けてくれた人です」

「そうですか……ご無事で良かったです」


小さく笑むマクタビッシさんに理解が出来ない。孤児院の子供達の様子からして彼女に懐いていたり信頼を傾けたりしてるのは先ず絶対だ。
だからこそ、分からない。

まりもちゃんに大きな怪我が無くて良かったと俺達が思うその反対では今も意識不明の重体のクラウスさんも居る。
つまり、クラウスさんを慕う皆はまりもちゃんよりクラウスさんの無事を思う筈なのに……全員、まるで「雨が降って来た」みたいなノリで流している。

だからこそ、理解できない。


「……心配、じゃないんですか?」

「心配ですよ?そりゃそうですって」

「ならなんで!皆はこんなにも落着いているんですか!?」


子供たちは遊び回り、目の前の少女はのんびりと料理の味を見ている。
そんな、日常的すぎる光景には孤児院の……自分達の親代わりが傷ついて生死の境目を彷徨っているのに動揺が無い。

―――理解できない、俺には理解できなかった。


「―――皆、信じてるんですよ」


鍋にかける火を止め、蓋をしめてこっちを向くマクタビッシュさん。
その言葉に、込められた気持ちを考えると……暖かさ?


「あの人、約束を破った事は無いんです。昨日も、ここの子供の一人が誕生日だからってプレゼントを探しにバイクで出かけてたんですよ?」

「……」

「その時、『皆で誕生日を祝おう』って約束したんです……だから、あの人は約束を破らない。必ず元気に戻ってくるんです」


そう言うと、マクタビッシュさんはお玉を俺に見せて聞いた。



「ご飯、食べていきます?」



 ◇



オレは、孤児院でカレーをご馳走になった。正直言うと、美味かった………そして、泣きたくなった。
あの世界では憎悪の視線を向けられたというのに、こっちじゃニコニコして俺に御代わりを進めてくるマクタビッシュさん。

………いや、マクタビッシュ“少尉”のバーラット中尉への信頼は十分に理解できた。

そして、俺が傷つく大本の要因となったのなら……俺は、あのの世界で、あの人に……皆に報いなきゃいけない。死ぬなら、せめて盾として死ぬ。
だけど、俺は生き抜く。あの世界で、まりもちゃんが言っていた様に……意地汚くたって生き抜いてやる。

死んで楽になんかならない、誰も死なせない、人類の未来を……皆が笑える世界にする。

そして、オレは思い出した。オルタ5発動、地球脱出……その時、何度も繰り返して誓っていた言葉を。




                 ―――――人類は負けない、絶対に負けない―――――
                          ―――――俺が居るから……俺が、居るから―――――




諦めなければ何かが出来る。そう信じる……それが物事を成す為に行動する第一歩として。
強い意志を持って事にあたる。望むものを勝ち取るために、全力を尽くす。


だから俺は――――――還ったんだ、あの世界に。


『頑張りなさいよ!白銀武!!』


その、先生の声を最後に聞いて。




そして俺は出会った。純夏と……あの世界のままの、純夏と。生物根拠0、生体反応0と説明された……00ユニットとして。





「あの、先生」

「何?今日はもう帰りなさい。A-01……アンタが所属する部隊の方には連絡を入れたわ、後で合流する事ね」

「それは分かってます。……ドゥ中尉は?」






「―――――死んだわ」




次回へ続く



[20384] 【AL第11話】隠した限界
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/09/02 19:33
純夏の事、俺が所属するA-01の事、そしてジョン・ドゥ中尉が死んだ事。
俺は、色々な流れに少しでも理解をしようと努力していた。

先ず、俺にやれる事をやる。

その意味では純夏との接触やA-01……冥夜達との再度の合流。そして、ドゥ中尉の追悼。
その意味を含めて、俺は食堂に来ていた。


「ドゥ中尉、外国人なのに鯖味噌が好きだったんだな……」


京塚のおばちゃんに聞き、用意して貰った鯖味噌をじっくりと味わいつつ呟く。
そういや、以前見かけた際は納豆鮭定食を幸せそうに頬張っていたし………日本通なのかも知れない。


「………畜生ッ!」


飯を一口、また一口と口に入れると情けなくなる。俺は今、追悼として此処に居るがあの人はもう居ない。
あのEXAMでの戦術機機動、そしてテストパイロットだったという経緯を省みれば俺なんかより人類の未来に貢献していた。

なのに、俺がウジウジしてて……その結果がこれだ。


「……マクタビッシュ少尉に合わせる顔がねェよ……」


罵詈雑言も覚悟している、殺されるかも知れない。でも、俺は死ぬ事が許されない。
ドゥ中尉が死んだのは俺の所為だ………だから俺はその分も生きて、生きて生きて生き抜いて……皆が出来なかった事を成し遂げる。


ハイヴの排除、BETAを斃す、皆を生きて帰らせる……そして、純夏を守る。


―――――そう、俺が心で誓っていた時だった。
何時の間にか霞が隣で食事しているのはまぁ気にしていない。しかし、何か言いたげだけど迷ってる感じだ。


そんな事を思いつつもしんみりとしている俺の横。霞とその人で俺を挟む様に反対のそこに居た人物が非常に気になっていた。


「(どんだけ喰うんだよこの人ッ!?)」


テーブルにはレバニラ、ほうれん草シチュー、ラーメンが置かれている。
そして、割れた卵がある所からして牛丼を凄い勢いで掻っ込んでいる人の存在だ……しかも、かなり喰うのが早い。

顔はどんぶりで隠れているが大雑把に伸びた無精髭からして独房にでも入れられていたのであろうか?
階級章は大尉、ウィングマークもあるので衛士だろう。


「あの、白銀さん」

「霞?どうしたんだ?」

「その、クラウスさんは―――「ごっそーさん!」……あ」


霞が何かを言おうとしたけど隣に遮られる。
俺はその少し呆けた霞の視線を辿る………そこにはだ。



「あー……血が足りねェ」

「あの、それで普通は済まないですし……よく食べましたね」

「あのなエレナ、流石に合成オートミールは拷問なんだが……」

「………………ハァァァァア!?」


そこには……仮面を着けていないドゥ中尉が頬に米粒を着けたまま、マクタビッシュ少尉と呑気に会話をしている姿があった。


「な、なななななんでっ!?先生は死んだって……!」

「おお、白銀か!……雰囲気が違いすぎて気付かなかったぞ」

「あの、質問に答えてはおくれませんか!?」


少し俺は混乱気味に言うとドゥ中尉……いや、大尉が顎に手をやって髭を弄る。
そして、歯を「キランッ」と輝かせながら俺を見て言った。


「今の私はクラウス・バーラット大尉だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「それって…………ああッ!『そういう事』なのか!?」


つまり、死んだのは『ジョン・ドゥ』で『クラウス・バーラット』は死んでいないってのか!?超展開ってレベルじゃねーぞ!
というか気付けよ俺!隣ですっげー元気に飯を掻っ込んでるじゃねーか!!

両手を使って子供みてーに……ん?“両手”…?


「………あの、一つ良いですか?」

「ン?」

「左手、凄く快調そうですけど……普通、生体義肢だったら二週間は動きません……よね?」

「ああ、飯食って寝たら生えた」

「生えたっ!?」

「あのな……傷の処置をしたのは博士だぜ?」

「何ですかその『後は分かるな?』な顔はッ!?」


俺が頭を抱えると苦笑したバーラット大尉が俺の肩を掴む。
そして、しっかりと目を見て言われた。


「白銀ッ!」

「ッ!!」



「俺は生きてる………生きているんだ……」


そう言って何かを思い出す様に目を閉じ、数分後には席を立って食堂を出て行ってしまった。
俺は、その背中に何処か寒い気配を感じつつ……目の前の鯖味噌攻略へと思考を変えたのだった。



 ◇



「……ッァァァァァァア!!!」


目が覚めた瞬間、鈍い痛みが体の内部から奔った様な痛みにもがく。
感覚的に左腕は肩口からスッパリと無い。それに包帯も蓑虫の如く巻かれているので本当に何も出来ない。
ただ、呼吸だけは酸素マスクのお陰でしっかりと出来ているみたいだった。


「…………痛ェ」


病室、そこに置かれた時計は14時を指してる。何日も寝てたという感覚は無い。
脳や思考は意外とクリアだ。長い間寝ていたら暫らくは行動不能なのは確実……少なくとも、二日か三日程度だと思う。

そうして、ボウッと天井を眺めていると扉が開く音と共に靴が床を叩く音が近づいてくる。
そして、視線を少し傾けると腕を組んだ香月博士が居た。


「あれだけの出血しといて、一日で目を覚ますのね?」

「一日ですか……あ、俺の状態を聞いてもいいですか?」

「左腕部を肩口より喪失、兵士級に殴られた事で一部の内臓の縫合痕より再出血、それと地面へ叩き付けられた際に額を少し切ったわね」

「うへぇ……毎度ながら、悪運だけは世界一ですよ」


カラカラと喉を震わせながら笑い、咳する。
今の状態で咳は正直に言ってシャレになってなかったが、それをイラついた様子で見ていた博士はスッと瞳を閉じ、口を開く。


「……先ず第一に、まりもを助けてくれてありがとう……親友なのよ」

「いえ、俺の勝手です…………一つ聞きたいんですけど、どうして小型種が?」

「BETAを開放するゲートが故障で開放、そして冬眠状態だった小型種が覚醒し、逃走………ゲートの点検はその30分前にもやっていたんだけどね」


椅子へと腰を下ろした博士が足を組む。暫らく、沈黙が続くとこう切り出していた。


「―――アンタは後方へ送るわ。故郷のアメリカで最高の条件で生活の保証もしてあげる」

「………へ?や、あの俺……元気ですよ?」


行き成りそんな事を言った博士に俺は残った右腕をクルクルと回して抗議する。
それを見た博士は小さく息を吐き、俺に何枚かの書類を渡した。


「そのカルテに書いてる通り、『左腕の損傷が酷すぎて生体義肢を移植しても上手くは動かせない』……それが専門家の見解よ」

「………衛士は廃業、という事ですか?」

「それ以前に兵士として廃業よ」


腕が無い以上、確かに衛士どころか歩兵も無理だ。軍は戦えない人間を養うほど余裕は無い。
………当然だ。


「00ユニットも完成した今じゃ私の計画は既に成ったわ」

「………そう、ですね」

「………やり残した事があるのなら、その思いを発散する仕事………そうね、孤児院でも開きなさい。教官の仕事してたんだし、教える事と子供は好きでしょう?」


孤児院か……小麦でも育てながらのんびり、も夢だったけどそれも悪くない。







――――――――けど、それはまだだ。



「―――博士、00ユニット……〈カガミ スミカ〉の体を構築した応用で腕を何とかして貰えませんかね?」

「……ッ!」

「00ユニット、機械の体に人間の意識を宿らせる。記憶とかそういったのも全て………つまり、限りなく人間の動きが出来る腕だって出来ますよね?」

「……ええ」

「なら、何とか出来ませんか?……俺、やりたい事がありますから」

「…………自殺志願者に、自殺の手段を与える気は無いわ」


2枚目の書類を捲る。俺の体を指して書かれる「要注意」やら「要検査」等の文字の数々。
その文字の羅列を読むのを諦め、俺はその書類をクシャクシャに丸める。ンなもん、知った事か。


「と、言う事で腕プリーズ」

「アンタね……!」

「うぐぅぇ!?」


博士が胸ぐらを掴み、寝ていた俺の体を持ち上げる。
そして額が当たるほどに顔が接近、凄味がある眼力が俺の目を見据える。それに、俺も少しだけ顔を引き締めた。


「アンタ、何でそんなに怪我するか不思議と思わない?」

「そりゃ、俺が無茶するから……」

「いいえ、私の観点から見ればそうとは思えない………アンタ、『この世界の未来をを映画の様に見た』って言ったわよね?」

「え、ええ……一応、ある程度の結末は……」




「じゃあ聞くわ!その映画に、『アンタ』は居た?」

「………ッ!」

「居なかったのね?―――――これは仮説、あくまで可能性だけど良く聞きなさい」


俺はそれに頷く………頷く事しか、出来ない。


「A-01……『映画』では死者は?」

「……新潟でも出ますし、鳴海も本来は明星作戦で死んでいます。トライアルでも神宮寺軍曹、それにA-01からまた欠員が……」

「そう………アンタは本来の映画のシナリオからすれば異物なの、存在しない筈よね?」

「まぁ、物語には介入してませんでしたね」

「そう、そしてアンタが一人を助けたとする。その人間が、『映画では死ぬ存在』だったら?でも生きてる……それって矛盾でしょう?」

「…………」

「つまり、アンタは死ぬ筈の人間の分も死んでいるって事よ。例えるなら………修正力、とでも言おうかしら。それとも、人体の異物を吐き出す本能かしら」

「俺は生きてます」

「それは偶然、運だけで生き残ってるの。確率時空一の悪運、もはやソレは世界を変えるレベルよ………案外、00ユニットの候補としては最高かもね」

「あはは……それはお断りします」

「でも、その運でも体に蓄積しているダメージは軽減できないわ……アンタ、さっきは適当にカルテを丸めたけど内容は『廃人一歩手前』って書いてあるのよ?」

「了解しました。じゃあ、腕をお願いします」

「……………話を聞いていなかったのかしら、私はアンタに暗に「休め」と言っているのだけど?」

「いえ、後3回だけ戦術機に乗れれば良いんです!それだけ過ぎれば、俺は入院でも何でもしますんで!」


お願いします、そう言って頭を下げる。
それに博士はカルテを少し眺め、立ち上がった。


「………明日、手術をするわ」

「……ッ!ありがとう御座います!!」

「けど、3回だけよ?私は自分の都合で居なくなるのは納得できるけど振り回されて『ハイさようなら』は私の収まりが着かないの」

「はい、ちゃんとその後は休ませて貰いますって……3回、約束ですよ?」

「はいはい、3回だけよ?」

「……じゃ、少し寝ます」

「そう……お休みなさいね~」

「ええ………3回、か……悪いですね、博士……あと3回で全てが終わりますよ」



そう、3回だけ体が“持て”ばいいのだ。
そんな思考をしている自分に馬鹿だなぁ、とか思いつつ……博士に聞こえない様に呟いた。


「―――――休むのは、死んでからで良いですよ」



ジクリッ……と内蔵が痛んだ。






後書き
やばい方向に覚悟を決めちゃってる気がするが何とも無いぜ!……だと良いなぁ。



[20384] 【AL閑話】男なら、誰かのために強く在れ
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/09/02 20:34
【2001年12月24日 『戦術機母艦 国東』甲板】



あれから、暫らくの日々が過ぎていた。
俺が出来たのはA-01との顔合わせ、甲21号作戦、横浜襲撃の対応策の提出、そして俺に新しく着けられた義手の調整。

それが済んだらエレナと揃ってA-01ホルス分隊として連携の確認。
簡易的な処置だが元から独立した遊撃戦力として存在するのが俺とエレナだ。問題は無い……多分だ。

ああ、そうそう。
エレナと言えばやっと再会できたんだよな……やり取りは今まで通りで記憶にすら残ってないがな。


「………フゥー」


輸送艦の甲板、衛士強化装備を纏った上に羽織っているジャケットでも顔に掛かる風の冷たさを誤魔化す様に煙草を燻らせる。
コーヒーモドキを飲んでも良いが、飲むと俺は寝つきが頗る悪くなる。

故に、俺は少し高ぶっている気持ちを抑えようとしていた。


「………時間の流れ、はえーよなぁ……」


クーデター、トライアル、そして甲21号攻略作戦。
怒涛と言うのが正しいこの時間の早さに文句を呟きながら煙を星空へ向けて吐き出す。

キチッと小さく機械音を響かせた左腕を擦り、博士に告げられた事を思い返す。



―――世界の修正力、『死』という情報の因果集積体、確率時空一の悪運。



びっくりボディどころか文字通り人外に近いこの俺という有り方は酷く不安定で、限界に達するのはどのタイミングなのかは分からない。
ただ、正直に言えば長くは無い……それだけは分かっていた。


「そういや、廃人手前だっけ………今までの無茶のツケかね?」


指でデコピンする様にフィルターを飛ばす。
赤い火種が海へ落ち、波間に消えるのを見届けた後にもう一本取り出した。


「………フゥ」


傷が癒えぬ前に更なる傷、それを何度も繰り返した結果がガタの来たこの体。
自業自得なのだが少しだけ思う。

色々な人の笑顔、生き残った喜び。何の取り柄も無かった大学生だった俺が手にした、手にする事が出来た大切な思い。
平和な日常という世界じゃ持てない経験を……存在意義を貰えた。

怖い事もあったし、悲しい事もあった。
でも、それ以上に充実していた………いや、充実という言葉は違うな。


俺が壊れそうになっても救ってくれる仲間が出来た、慕ってくれる部下・教え子が持てた、傲慢でも世界を変える事が少し出来た。
だから後悔はしない、出来ない。思いの上に立つ人間は前を見るしか出来ないから。
それは今、遠くで何かを話している白銀も同じだ。

アイツはある意味、世界の中心に最も近い奴だ。主人公、って言うのが正しいんだろう。
その主人公である白銀の思いが、行動が、アイツの強さが………あの結果を生み出す最良の結果だというのなら。

アイツの抗い抜き、得られた結果が少しの勝利と多くの仲間の死だと言うのなら……俺は認めない。

オルタネイティブ(代案)が無いのなら新しく作る。
それでも、誰かが死ぬのは運命だとしたら………俺はその運命にも抗うだろう。


「かっこつけてンなァ俺………白銀」


今、何時の間にか孝之と一緒に座って何かを話している白銀に少しだけ視線を送り、俺は艦内へと戻る。
そして、小さく口を開き……呟いた。





「お前は世界を救え」







――――――俺は、お前が取り零す命を拾い切ってやる。



 ◇



佐渡島ハイヴ攻略作戦、甲21号作戦を控えたちょっとした一時。
俺は思考をクリアにする為に甲板に出て、柏木や伊隅大尉と言葉を交わしてから少し経った時だった。


「よ、白銀……寝れねェのか?」

「鳴海中尉……はい、ちょっとだけ」

「そっか……俺もだ」


片手に酒瓶を下げたA-01突撃前衛長を務める鳴海中尉が笑って俺の横に腰掛ける。
クラウスさんを除くとヴァルキリーズで唯一の男性衛士だったこの人に俺はかなり気に入られてよく互いに鍛え合った。

だが、普段の面倒見の良い男の姿は今は無く、呷る様に酒を飲む姿には余裕は感じれない。
俺は、つい聞いていた。


「……中尉、実戦が怖いですか?」

「………ああ、怖いよ」


怖いのは当たり前、今更なこの質問に俺は緊張しているのだなぁと思う。
恐怖心を無くした兵士は機械、もしくは何らかの教えに染まり切った狂信者だ。

兵士は、戦士は恐怖を力へと変える。その戦士の強さはその変換が如何に出来るか……それで決まるのだと思う。


「……俺さ、本当は甲22号攻略作戦で死んでる身なんだ」


ポツリ、と呟く様に言って酒を喉に流し込む中尉の言葉を待つ。


「親友が死んで、半分自暴自棄にBETAに突っ込んでいって……で、クラウスに助けられた」

「……あの人、色々な所に居ますよね」

「ああ、“激戦区にその姿あり”だ」


二人揃って笑う。
あの人は、昔から変わってないのだと。


「でさ……遥と水月に再会できて、色々あって……今は佐渡島へ向かっている。人類の反撃に、参加している」

「……はい」


そこで、鳴海中尉が言葉を区切る。その瞳に見える意思には……少し、俺と似ている物がある。
それに鳴海中尉も気付いたのか、特に何も言わず俺に拳を向けた。



「―――白銀、あの子を……皆を」

「ええ、皆を……純夏を」




『護る』



コツンッと合わせられる俺と鳴海中尉の拳と拳。
水平線の先には俺達が向かう佐渡島の地が……人類の反撃が始まる。






――――そして、夜明け。
決戦の火蓋を切る様に砲撃音が戦場へ響き渡り―――――空が、光条で覆いつくされた。


『往くぞっ!ヴァルキリーズ!!全機、続けー!!』

『『『了解ッ!!』』』


『ホルス01よりホルス02、準備は良いか?』

『ホルス02、何時でも何処でも!』





「じゃ、行こうか」





後書き
短い・展開速い・加速する死亡フラグ。
次回は佐渡島ハイヴ攻略です。皆大好きなあの人登場。



[20384] 【AL第12話前編】戦士達の佐渡島
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/09/03 22:05
【2001年12月25日 日本 佐渡島】



蒼と白、佐渡島に広がる空模様にも見える2機のEF-2000がA-01隊員が乗る16機の不知火の先頭を突き進む。
上陸までのこの数分、海軍として戦っていた俺が何度も経験する死と生の淵だ。


『跳躍ユニットが…!う、うわぁぁぁぁぁぁあ!?』

『母さん……母さッ』

『駄目だ、沈んでいく………これが、私の最期だと言うのかっ!?』


混線する通信、前を見据えながらもその“最期の声”を少しでも聞いておく。
本当に怖いのは忘れられる事、だから……名前の分からない誰かであっても、

光線級の狙撃、それで管制ユニットを焼き貫かれた1機の撃震が錐揉み回転しながらA-01の進路上にフラフラと迷い込む。
それを俺は、少しの黙祷と共に撃震を撃ち落す。

搭乗衛士は既に生きていない……だけど、思う。

あの撃震の衛士もこの作戦を前にして自分が他を巻き込んで犠牲を出したいとも思うとは思えないから…。
だが、飛行する不知火数機に迷いにも似た動きを俺は見逃さない。


「―――――迷うなッ!接岸するまでが今最大の勝負だぞッ!!貴様らは何時からBETAとの戦争で余裕を持てるベテランになったんだ!?」

『―――――っ!!』

「死にたくなければ前を見ろッ!俺たちを含む後続の本隊を上陸させる為に盾になっている者の思いを軽視するんじゃないっ!!」


……そして、目標の上陸地点を確認。滑り込む様に着地する。
周囲にBETAの姿は死骸しかない。大破したA-6から流れ出たオイルとBETAの体液が流れ込んで海がどす黒く染まる。

ここからが……本番だ。


『うおおおおおおおおおおおおおッ!!』


地底より飛び出る形で湧き上がるBETA群へと俺が突撃砲を向けた瞬間、白銀の咆哮と共にBETAの出鼻を挫く様に36㎜が叩き込まれる。
その不知火の動きに迷いや恐怖は無い。あるのは……覚悟だろうか?

人間、変わる時は豹変するモンだ。


『わお、やるぅ』

『おいおいおい!白銀に見せ場を取られるんじゃねェぞ!!』

『分かってるわよ、孝之!』



宗像中尉の囃す様な声と、A-01最強の突撃前衛コンビがそれに感化された様に牙を剥き出す。
とりあえず、BETA達は暫らくご愁傷様だなぁとか思いつつ俺も突撃砲をBETAへと向ける。

ま、可哀そうとも思わないけどな。


「しっかし……やっぱり良いな、タイフーンは」


目の前の戦車級の波を飛び越え、停滞していた突撃級を足場に抜ける。
そして乱射、そんなちょこまかと動き回りながらBETAを駆除し、エレナが立ち止まったまま4門の突撃砲を撃ちまくっている場所に戻る。

相変わらずの弾幕、EF-2000の運用思想である機動砲撃戦に最も適応しているのはエレナなんじゃとも思う。
そう思いつつもリロードしていると、通信がエレナから繋がった。


『そういや、何時の間にか乗機がそれになってましたよね』

「ああ、芯が太くて柔軟な帝国軍機よりはやっぱ鋭利でキッチリと固めた欧州軍機の方が違和感が無い」

『帝国軍機はサムライで、欧州軍機は重騎士って感じですからねー』

『そこぉ!話して無いで戦いなさい!』


のほほんとした空間、そこに速瀬中尉が怒鳴り声を上げて乱入する。
………なんか、エレナ“さん”が「チッ」とかって舌打ちをした気がするけど気のせいだろう。


「(ま、少しでも楽できるならそれで良いか……)」


俺は、数日前の事をゆっくりと思い出す。
あれは、博士に呼ばれて飯もそこそこに慌てて食堂を出た時だったな……。




 ◇


【2001年12月20日 国連軍横浜基地】



「………わ~お」

「ふふん……どう?」


俺はハンガーに固定される1機の戦術機を見上げ、ちょっとした感嘆の声を漏らす。
博士へ甲21号攻略戦の詳細、及び横浜襲撃という事実を提供し、暫らくして格納庫へ呼ばれて今だ。

俺の隣には悪戯な笑みを浮かべた博士がおり、視線の先には帝国カラーに染められた……EF-2000があった。


「アンタのF-4JX、ガタが来てたし借り物なの。帝国にはデータも着けてやったからコレ位は貰わないとやってられないわよねぇー」

「まさに外道」


俺は無意識にそう言うと眉を少し顰める博士の横を移動し、EF-2000の足に触れる。
まぁ、不知火も良いなぁと思ってたけど搭乗時間で言えばこの機体は300時間を超えている。下手な機体より戦える筈だろう。


「で、今はXM3の換装中なんだけど……オーダー、ある?」

「じゃ、色を空色で」

「はいはい」


苦笑する博士に俺も小さく笑みを零し、EF-2000……タイフーンを見上げる。
今は、どう機体があろうが無かろうが関係ない。俺が戦闘で取れる手段の幅が少し広がった……それだけだ。


「ま、あと3回だけだが……頼むぜ、相棒」


取りあえず、世話になった益荒男を洗えなかった分もコイツを洗ってやろうとか思いつつ俺はハンガーを出る。
あと数日後には、コイツで戦場を駆け巡っているのだろうな……と、思いながら。



 ◇



「あー……まさに外道って無意識に言っちゃったんだっけ」

『なんの話してんですか!?』

「白銀、良いから後ろも見ろ」


白銀の不知火の前に飛び出し、ブレードを振り下ろす。
背後に迫っていた要撃級を2体、返し刀で斬ると白銀は慌てた様に少しだけポジションを変えた。


「ちゃんと把握してないと死ぬぞ、ヒヨっ子」

『りょ、了解!…………なんか、少しキャラ変わってるような…』

『大尉は真面目な時は真面目ですよ、白銀少尉』

「……エレナ、後で梅干な」

『嫌ですよ!?アレってあのマナンダル少尉が泣くくらい痛いんですよ!?』

「当たり前だ馬鹿野郎。全国のお母さんが子供の説教に使う伝家の宝刀だぞ」

『少なくとも、私は悪戯したってあんなのはやられた覚えはありません!!』


騒がしくも順調所か快進撃といった具合でBETAを屠り、突き進み続けるA-01。
今回、俺達の任務はA-02、XG-70b『凄乃皇・弐型』の砲撃地点の確保、そしてハイヴ内に残存する総数20万のBETA駆除だ。

博士には細かな状況を伝えており、『00ユニットによるリーディングの結果』という事でBETA総数が20万と判明した事になっている筈だ。
帝国軍も20万というBETAの軍勢が本土へ攻め込んだ場合は防衛が厳しいと判断した上での今回の作戦は以下だ。


【第1段階】
国連宇宙総軍の装甲駆逐艦隊による対レーザー弾での軌道爆撃を開始。
敵の迎撃と同時に帝国連合艦隊第2戦隊が対レーザー弾による長距離飽和攻撃を行い、二次迎撃による重金属の発生を合図に全艦隊による面制圧。

【第2段階】
帝国連合艦隊第2戦隊が真野湾へ突入、艦砲射撃にて旧八幡~旧高野・旧坊ヶ浦一体を面制圧。同時に帝国海軍第17戦術機甲戦隊が上陸し、雪の高浜から橋頭堡を確保。
続いてウィスキー部隊を順次揚陸して戦線を維持しつつ旧沢根へ西進、敵増援を引き付ける。

【第3段階】
両津湾沖に展開した国連太平洋艦隊と帝国連合艦隊第3戦隊が制圧砲撃を開始。
同時に帝国海軍第4戦術機甲戦隊が旧大野を確保。
続いてエコー部隊を順次揚陸。先行部隊が戦線を構築し、主力は北上して旧羽吉からタダラ峰跡を経由し旧鷲崎を目指す


ここまでは正史と同じだ。
だが、ここからはかなりの食い違いが出てくる。


第4段階
A-02によるハイヴへ向けての順次砲撃によるBETA間引き、総数18万を超えた瞬間に軌道上を周回中の第6軌道降下兵団が再突入を開始、降着したのち「甲21号目標」内部へ突入。
第4層への到達を確認後、ウィスキー部隊を順次投入「甲21号目標」の占領を目指す。
その際、A-02はハイヴ内に残存するBETAを引き着ける為に陽動を開始、ハイヴ攻略部隊の支援を目的とし行動する。
突入部隊が成功した場合はA-01及びA-02はハイヴに進入し情報収集に当たる。
突入部隊が失敗した場合はA-02の攻撃によりハイヴと周辺BETAを無力化し、その後ウィスキー部隊が突入し残存BETAを掃討、A-01及びA-02は情報収集に当たる


……これが以上だ。
この作戦の為に白銀の記憶に対するリーディングブロックも博士にして貰った。
それに、第6軌道降下兵団やウィスキー部隊などの余計な被害が押さえれる筈だ。

犠牲が出ない、なんて贅沢は言えない。
俺が届く範囲はこの手に持つ突撃砲の射程範囲で精一杯だ。それ以上は、作戦という行動指針を変えなければ駄目だ。


「あー……ウジャウジャとぉ!!」


だから俺は俺の戦場を今は戦い続ける。
今、洋上で指揮する者を動かせる博士には博士の戦場があるのだと……皆が、戦っているのだと。


そう、俺が思っていた時だった。




『速瀬中尉ッ!陽動を志願しますッ―――――――オレにやらせてください!』




――――そう、混線した中でも響く様な……白銀の声が聞こえたのは……。






続く
スーパー武ちゃんタイム、はっじまっるよ~!



[20384] 【AL第12話中編】戦士達の佐渡島
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/09/04 22:11

【武ちゃん無双推奨BGM:栗林みな実≪United force≫】




『速瀬中尉ッ!陽動を志願しますッ―――――――オレにやらせてください!』

『―――なにぃ!?』

『―――ッ!?』




『あ、なんかデジャブ』


白銀の言葉に全員が驚き………序でにエレナが何か呟くのを無視し、俺は戦域マップを表示する。
何時の間にか要塞級が壁を作るかの様に並び、その奥には光線属種が多数存在する。A-02の脅威となる存在だ……狩っておきたいのは俺もそうだ。


『オレが引きつけますから、一気に突破してくださいッ!』

『まさかそなた……あの時の事をまだ……』

『無理よ!この状況じゃ孤立しちゃうッ!』


御剣の呟き、そして涼宮のこの状況の危険性を理解していないのかと言いたげに声を荒げての反論。
だが、俺には特に何も言えない。

原作と同じ展開だからじゃない―――――白銀の、強い意志を感じれたからだ。


『―――涼宮。あの時のお前の質問……オレの答えを今、見せてやる』

『え……!?』

『それと……マクタビッシュ少尉!――――オレ、まだガキですけど……これが、オレなりの覚悟ですッ!』

『白銀少尉……』


白銀の覚悟……この世界で生き抜く覚悟か、戦い続ける覚悟か……それとも、もっと別の……過酷な物なのか。
俺には分からない……けど、それが強い物というのは分かる。


『―――――良いのね?あんたが孤立しても光線級の撃破を優先するわよ』

『―――――大丈夫です、訓練以上にやれますよ』


だから、それを感じれたであろう速瀬中尉がそう聞く声には何処か柔らかい物が混じっていた。
鳴海が今、伊隅大尉達の露払いをしている間の簡易的な隊長だが本来、速瀬水月は隊長としても十分に才能を有す人間だ。

人の変化、それに過敏に反応できるその才能が「白銀なら出来る」……そう告げているのだろう。



「――――良いじゃないか、やらせてやれ」


だから、俺はそう口にしていた。
一部より強い視線が突き刺さるが、それに俺は何の反応もしない。


『ですがッ!最小行動単位はエレメントです、私も志願します!』

『却下する』

「駄目だ――――――白銀ェ!男を見せてみろ!!」

『了解ッ!!』


その瞬間、白銀の不知火が長刀を抜き跳躍ユニットを使用して爆発的な加速と共にBETAの群れへ突入する。
白銀の不知火を覆い隠すほどの要撃級、そして赤い波となって動く地面と化した計測不能な数の戦車級。

レーダー上に映る白銀機の光点を埋め尽くさんと包囲網を狭めて行き、そして視認できないほどに囲まれていく。


『―――白銀機、23体の要塞級に囲まれていますッ!』

『―――ッ!』

『…………!!』

『その他、要撃級48ッ!戦車級は……計測不能ッ!』

『……白銀……ッ!』


絶望的な数値、物量、そして攻撃を今も受けているであろう白銀に悲痛な声が洩れる。
だが、その声はたった一瞬で変わった。


「―――――来るぞ」





『中尉!……敵の損耗率が……加速度的に……ッ!』


鬼神……一言で今の白銀を表すのならこの言葉以外に何が合うのだろうか。
戦術機という存在を、不知火という機体の限界を全て振り切った速さで縦横無尽にBETAを切裂くその姿は新人衛士とは思えない覇気に満ちている。

俺もエレナも……A-01の誰もが息を飲み込む。
声が、息が詰まるほどの戦意を撒き散らしてBETAをかく乱し続ける白銀の強さに……意思に。


『……す、凄い……ッ!』

『あいつ……!?』


要塞級2体の溶解液を噴射するウィップを回避、その間に詰め寄った要撃級の一撃をまるで分かっていたかの様に側転しながら離脱する。
そして、要塞級の横を通り過ぎるその一瞬で頭を切り落とした白銀の叫びが……響き渡る。


『やってみろ…………やってみろッ!オレを殺せるなら殺してみろッ!!オレは世界を変えるんだッ!もう、誰も失いたくないんだッ!!』

「………」

『オレはッ………オレはッ―――――――!!』







『絶対に失わないって―――――――――全部“護る”って決めたんだァぁぁあああああああ!!!!』







「―――――よく言った白銀ぇッ!!」



その瞬間、強固に閉じられていた要塞級の壁が開く。
速瀬中尉が率いて抜ける瞬間、俺は白銀が【嵐の尖兵:ストーム・バンガード】と化して暴風を撒き散らすBETAの渦に飛込み、要塞級のウィップを発する尾を切り捨てる。

そして、背中合わせで包囲するBETAに背後を向けない様にして声を交し合った。


「楽しそうだな白銀、俺も混ぜてもらおうか!」

『バーラット大尉!?』

「クラウスで良い!―――で、お客さんはお待ちなんだがどうする?」


互いにブレードを構え、目の前のBETAを見据えて軽口を叩く俺に少しだけ白銀が苦笑する。
BETAの包囲は完璧、おまけに得物は互いにブレードのみ……そんな状況だが、何の恐ろしさも無い様に白銀は吼えた。


『じゃ、全滅させて皆に追いつきますか?』

「ハッ………上等!!」




『楽しむのは良いが……任務の最中という事を忘れるな白銀、バーラット大尉』


BETAの躍り掛かろうとした瞬間、そんな通信と共にBETAの一部が血煙となって突破される。
そこには2機の不知火……伊隅大尉と孝之の機体が存在した。


「伊隅大尉………お預け、だな」

『そういう事だ……まぁ、これからもそんな機会は幾らでもある』

「そりゃ同感」


ニヤリと笑う伊隅大尉に俺も笑い返す。
――――ただ、ここから先はA-02によるBETA殲滅シークエンスに突入する。俺たちの出番は……あまり無いと信じたい。




 ◇




『いやぁー、こんなにBETAが吹っ飛ぶ光景ってのも爽快ねー』

『まぁ、佐渡島にこれだけのBETAが存在したというのも恐ろしい事ですがね……』

「これで、4回目の砲撃が終了……次で予定数か?」


BETAをハイヴから引き出し、A-02の砲撃によって殲滅。
その間、警戒はしているが半休憩状態となったA-01は今の間に推進剤や弾薬を搭載しながら不慮の事態に備える。

………白銀の記憶をリーディングした際に起こった鑑の暴走も無い。これなら、行ける筈だ。


『BETAが門より再度出現ッ!推定固体数……4万!これで予想される最後のBETAです!』

『よし!A-02の砲撃に備えろッ!』


―――――そして、放たれる砲撃はBETAを消滅させる。
これでBETA撃破個体数は約21万となった………特に何事も無く……これで終わりだ。

俺がそんな呆気ない終わりについ呆けていると雲を引き裂き、空からこの戦いの終わりを告げる為の部隊がハイヴへと到達した。


『オービット・ダイバーズのお出ましだ!ハイヴ制圧まで待機しろ』

「さっさと決めちまいな、チキンダイバーズ!!」

『ち、チキンダイバーズ?』

「ン?知らないのか白銀?アイツら……第6軌道降下兵団は俺の知る限りじゃ今回が3回目のダイブでな……チキンダイバーズってのは―――」


ダイバーズのF-15EがBETAの存在しない地表へと降り立ち、5回の砲撃によって抉られたハイヴモニュメント直下に存在する反応炉へ繋がる縦穴へと飛び込んでいく。



―――――そして、時間にして一時間もしない内に一本の通信が入った。




『デカイ穴のお陰で―――――全機、欠ける事なく反応炉へ到達ッ!世界記録だッ!!畜生ッ――――――たまんねェ!!!』






「「「「「「「「う――――――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」」」」」」」」



一瞬の静寂と共に、佐渡島全域から叫び声が上がる。
涙する者、腰が抜けた者、包帯から血を滲ませ、ベットに寝た状態で拳を強く握る者――――その誰もが、勝利に沸きあがる。


『やった……やったよッ!茜ちゃん!!』

『多恵……うん、うんッ…!』

『………ッ!』

『まったく………だが、貴様等の気持ちは理解できる』


勝利にA-01の戦乙女も歓喜の声を上げ、その身が生身であれば抱き合って人類の勝利を祝福する勢いで声を上げる。
それに、俺とエレナも少しの疲労と多くの充実感に満たされていた。






―――――――――その通信を聞くまでは。




『――――アクイラ01よりHQ、残存していたBETAを追撃中………反撃して来ないが移動速度が速い』

『此方、哨戒中のゴースト隊だ。こっちもBETAを追撃中……これは――――地上へ向かっているのか!?』

『ザウバー01よりHQ、反応炉へS-11の設置が完了した!最悪、何時でも破壊できるぞ!!………しかし妙だな、BETAは反応炉の確保を諦めたのか?』


「………全機、振動計に意識を向けておけ」

『ホルス01……?』


嫌な予感がした。
経験上、俺が嫌な予感がする時は大抵が最悪の事態を呼ぶ………そして、


『レザール01よりHQ!B、BETAが集結して同ポイントへと向かっている!推定個体数は2万!出現予測ポイントは――――』

『伊隅大尉!振動計のメーターが……!』




その予感は―――――――現実となる。



『出現予測ポイントは―――――――新型ハイヴ攻略兵器が展開する一帯だッ!!』


その瞬間、地表が爆ぜる様に……温泉を噴出す間欠泉の様にBETAが噴き上がる。
背筋に氷柱を刺し込まれた様な寒気と共に全員が声を失う。だが、俺と伊隅大尉は誰よりも早く意識を復帰させていた。


『全機散開!A-02の砲撃まで時間を稼げ!!』

『了解ッ!!』


沸き上がるBETAへと全員が突撃砲を向け、弾をバラ撒きながらかく乱を続ける。
数にして1万、だがちょっとした小谷となっているこの戦場ではあっと言う間にBETAが地表の土を覆い隠していく。

この狭い戦場で………18機の戦術機では余りにも無力だった。


《HQよりヴァルキリーズへ!撤退を開始して下さい!A-02の冷却ユニットに異常発生―――――砲撃不能です!!》

『―――――了解ッ!損傷が激しい者から離脱しろ!ここは私が受け持つッ!!』

『伊隅大尉ッ!』

『鳴海!貴様はヴァルキリーズの全員を艦へ連れて帰れ!これは命令だッ!!』

『駄目ですッ!後方にもBETA出現、光線属種多数!完全に挟まれましたッ!!』


HQからのA-02故障の通信、距離を詰めるBETA、乱れ始める戦列……そして、挟み撃ちに合う俺達。
光線級に押さえられた空へは逃げる事も叶わない。


『A-02への光線照射多数ッ!このままでは―――――ッ!』

『なんだってんだよ……そんなにオレ達の勝ちが気に食わないってのかよぉぉぉぉおおお!!』

「白銀ッ!無闇に突っ込む――『バーラット大尉!!』―――なぁッ!?」


下から爆発する様に飛び出したBETAに機体が吹っ飛ばされ、バランスを崩して尻餅を着く様な形になる。
そして、その一瞬で腕を振り上げる要撃級に意識が凍結する。

不味い、動け動け動け……そう脳は理解していてもそれを腕の動きに命令として伝えるラグ……戦術機の動きとして反映されるまでのラグには遅すぎた。


「あ」

終わったと理解した瞬間、言葉が零れる。
そして、要撃級の腕が俺が乗るタイフーンの管制ユニット目掛けて振り下ろされ―――――その要撃級の顔の中心に、一つの風穴が開いた。


「そ、狙撃…ッ!?珠瀬か!」

『ち、違います!』


なら誰が……そう思った瞬間に、マップ上にBETAがすし詰め状態になっている後方へと突入する友軍の姿が一瞬だけ映る。
俺は、その2機の戦術機が存在する事を意味する光点に異様な迫力を感じていた。

――――あれだけのBETAの中を通り過ぎるにしては速すぎるその速度に、血煙が吹き上がる光景に…。


『伊隅大尉ッ!後方よりBETAを突破した友軍を示す2つの光点が有り得ない速度で接近して来ます―――!その内の1機は……帝国の不知火!?』


そして、BETAの壁を無理矢理に引き裂いたであろう2機の戦術機。
その機体をBETAの体液に染め……俺達の元へと到達する。


『何故、この機体がこの戦場に……ッ!?』


誰かの呟きが聞こえたと同時に、俺は『烈士』と銘打たれた不知火に並ぶ濃緑色の戦術機を視界に納め、目を見開く。
その右肩の装甲には、俺が僅かの間だけ所属していた……米軍所属機を示す白い星のマークが描かれている。


「F-22A……ラプター!?」


そして、俺の呟きが引き金だった様に……通信が繋がった。







『国連軍指揮官に告ぐ。私は帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉』

『同じく告げる。此方は、米軍陸軍第66戦術機甲大隊所属のアルフレッド・ウォーケン少佐だ』



不知火が長刀を振り抜き、ラプターが機体を少し前倒しにして全ての突撃砲を展開させる。
そして同時に台詞、言葉が重なった。





――――――――後は任せろ、と……。








続く
今回の話が書いてて一番楽しかったのは内緒。
というか土曜日も仕事って嫌だね。



[20384] 【AL第12話後編】戦士達の佐渡島
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/09/05 18:33

――――――――それは異様な光景だった。


『ヒートリーダーよりハンター01!戦域に到達、サムライも一緒だ!』

『沙霧大尉!先行し過ぎです!!』


本来は銃を、剣を交えていたであろう帝国の戦術機と米国の戦術機が互いをカバーし合う様に戦域に突入し、BETAを屠っていく。
そんな、何処か夢の様な光景だが……そんなのはどうでも良い。

俺達の目の前にはBETAという共通の敵が居て、そしてそれを滅ぼす為に戦っている。
この戦場で………それ以上の理由は必要ない。


「……ホルス01よりハンター01、先程の狙撃は貴方か?助かった――――――感謝している」

『ハンター01よりホルス01。バーラット大尉、私のF-15を破壊した分にツケておくぞ………久し振りだな』

『バーラット大尉、知り合い……ですか?』


通信が繋がったウォーケンは小さく微笑み、旧交を温める様な言葉を発する。
それに対し、白銀も気になったのか聞いてきたが………


「………スマン、会った事ってあったか?忘れる筈が無いんだけど(原作プレイ済み的に)」

『なぁ!?貴様、所属する隊は違えど同期であった私にあんな事をしでかして忘れたとでも言うのか!?』

「ちょっと待て、思い出す………あれ?」


………正直、俺は覚えていなかった。
会ってたら忘れないんだろうけど……え、本当に会った事ってあったか……!?

そんな風に俺が真面目に考えていると額に青筋を浮かべたウォーケンが口端をヒクヒクとさせながら額を指で叩き、口を開いた。


『き、貴様……実機演習で不調だった貴様のイーグルの代わりに貸した私のイーグルを破壊したのを忘れたのか!?』



【ウォーケン回想中】


米国では徴兵制を採用していない。それ故に私を含めた殆どの者が大学を卒業してから軍に入るなどしている。
そして、衛士訓練校入隊式から存在感があったのがクラウス・バーラットという男だった。

今から12年前……当時15歳という若さで入隊してきた少年と言っても差し支えない風貌は非常に目立っていた。
私も、当時はこんな子供が軍の教練に着いて来れるのか……そう思ってたが最低限の、本当に最低クラスの成績で何とか演習をクリアしたのは驚きながらも小さく祝福していた。


だが、そこからがこの子供の恐ろしい所だった。


シミュレーターでは戦術機をあっさりと操縦する、実機演習で遊びの心算だった教官をナイフのみで撃墜する、何機も戦術機をスクラップにするetcetc。
悪行というより未だに半ば伝説としてあの訓練校に語り継がれているという事実が恐ろしい出来事ばかりだ。

………だが、命令違反で国連軍へ永久出向扱いになったのは……まぁ、驚いたな。


【回想終了】



『どうだ、ここまで言われれば流石に思い出したか!?』

「………ああ!すっかり忘れてたッ!」

『そりゃ流石に酷ぇぞ!?』

『鳴海中尉!前、前ぇー!!』

『ってうぉおおお!?危なっ!普通に死ぬかと思った!?』

「孝之、少し五月蝿い」

『………………俺、泣いていいよな?』


孝之が静かになった所で回想を続ける。
そういや、成績優秀者にF-15が回されて………無茶してF-15の整備が長引いたから一度借りたんだったな。で、また無茶やって墜落してアボンッ!だった筈だ。
12年前だから普通に忘れてたぜ。

とまぁ俺がそんな風に懐かしい思い出に浸っていると呆れた様子でウォーケンが溜め息を吐く。
………因みに、ちゃんと補足しておくが現在は戦闘中である。


『――――貴様も、問題さえ無ければ今頃はラプターの衛士に……いや、無理だな。貴様は訓練兵の頃から米軍の戦術機運用にまったく適していなかった』

「ステゴロが基本なんでな(キリッ」

『ふざけるなよ貴様!?』

「まぁ落着け………で、真面目な話だが―――――なんで米軍が此処に居る?」


現状、F-15EやF-22Aといった世界全域を見ても最高クラスの戦術機が揃い、助けられている状況でこんな話もアレだが一番気になる事だ。
本来はこの戦場に居る筈の無い米軍の存在。変わった歴史の関係上、まったく意図が読めないので俺はそう聞いていたのだが………


『ま、まぁ…な……これには、非常に政治的で高度な問題が付属していてだな……』


……顔色が何というか……疲れた顔になっている。
例えるのなら、無理難題を押し付けられた係長みたいな感じだ。


『………12・5、そこで発覚した我が国の工作問題がこの戦場に居る原因の一つだ』

「つまり……沙霧大尉のデモか?俺の情報網じゃ米軍もそれなりに絡んでいるらしいな」

『うむ。合衆国による極東の最前線で行ったクーデターの助長と自演……あの事件が大規模に発展していれば日本のBETA防衛網に大きなしこりを残すほどの問題だ』

「ま、日本がそれで落ちたら確実に叩かれるな……事実、この佐渡島には20万を超えるBETAが存在している………大規模な侵攻準備と俺は思っている」

『ああ、良く分かっている。我々はこの件に関連しているとみなされ、処分の協議中という事で本国へ帰還することすら叶わなかった………そこに、名誉挽回としてこの戦場が与えられたのだ』



…………ふむ、つまりだ。



「―――――トカゲの尻尾切りじゃね?」

『それを言うなッ!』

「悪い……しかし、命令をされた側にもそれだけの責任が負わされるっつーのは………随分と重い処分だな」

『ああ……なんでも、鶴の一声があったと噂されている―――――米国に対し、そこまで強気に出れる人間が居るとは……』


…………なんだろ、すっごく覚えがあるよ。





「へくちっ!」

「大丈夫ですか博士?」

「ええ……誰か、噂でもしてるのかしら?」





「ま、まぁ……災難だったな」

『――――――――いや、だが私はこれで良いとも思っている』

「……?」


本気で同情する俺にウォーケンは小さく言う。
新たに36㎜弾を装填した突撃砲を構え、BETAを正確に狙い撃ちながら俺はウォーケンの言葉に少しだけ耳を貸した。


『本来であれば、途中で合流する形になっている沙霧大尉とも我等は銃火を交えていたであろう……だが、今は共に並んで戦場に立っている』

『BETAに距離を詰められて無様な体を晒していた故に手を出しただけだ………最も、我等は考える事は同じ』

『そうだ。国は違えど、国に忠誠を尽くし、人類共通の敵であるBETAを相手にこの命を使える………衛士になった甲斐があるという物だろう?』

「………まぁ、な」

『―――――こう言うのもアレだが……』


チキッとラプターの関節が音を鳴らし、沙霧大尉に接近していた戦車級を瞬間的に駆除する。
そして、膝のナイフシースよりナイフを抜刀。接近していた要撃級を薙ぐ様に切り裂き……その濃緑色の機体を不気味な色に染め上げる。

だが、それに醜さは無くて……むしろ、何処か喜んでいる様にも見える。








『――――――このラプターも……戦術機のオイルに塗れて汚れるよりずっと輝いてる様に私は見える』


そう呟き、微笑みを零すウォーケンに俺は適当に髪を掻いてそっぽを向く。




なんというかだな…………かっこいいじゃねぇか。



「―――――で、沙霧大尉殿はどういった理由で?」

『……貴官がマクタビッシュ少尉の言う上官か』

「………ン?知り合い?―――――どういう事だエレナ」

『あ、あははっー…………じ、実は………』


何々?色々とあって本当に色々とあって化学反応とか核分裂とかそんなチャチなモンじゃ断じてねェー!な展開によって潰れた12・5事件の要因とも成ったのがエレナ?
へー、ほー、ふーん。


「―――――エレナ・マクタビッシュ」

『ひゃ、ひゃいっ!!』








「気に入った、家に来て俺の娘(霞)とファッ○していいぞ」

『私に百合のケはありませんよぅ!』

『おや、お姉さんが気持ち良い事を教えて上げようと思ってたんだがな……』

『美冴さん、それは基地に帰ってからで良いじゃありませんか』

『ふふっ……そうだな、祷子』

『なんか私がロックオンされてる!!』


「で、沙霧大尉は如何なる理由でこの戦域に?」

『無視しないでくださーい!?』

『あ、ああ……我等は件のデモの贖罪としてこの戦場に殿下が立たせて下さった』


12・5で沙霧大尉達が起こした事は大なり小なりの軍の麻痺を招いた。
そこで、色々と不満な意見が吹き上がった訳なのだが………殿下の采配に全てが任される事になったそうだ。

それが……BETAとの戦いにおいて勝利し、護る事。
つまり、今までの様に帝都を護れ……暗にそう言っているような物だな。


『此度の新型ハイヴ攻略兵器……その威力、そして人類の刃をしかと目に焼き付けた……それを守る事が―――――護る事に繋がるのであれば……』





『この命、惜しむ事すら億劫と感じる……ッ!』






「―――――オーライ、なら派手に暴れるとすっか」




3機で構成される即席の突入陣形、野郎ばっかでむさ苦しいなぁとか思いつつもこの編成を見てふと俺は苦笑しつつ話しかけた。


「ヒュー♪こんな光景、アラスカでだって見れないな」

『同感だ』

『ふん……来るぞ』


EF-2000、F-22A、TYPE-94という世界的に覚えの高い第三世代機が互いに背中を合わせて包囲を始めるBETAへ向けて突撃砲を構え、或いはブレードを構える。
「どうしてこうなった!」な気持ちはあるが………まぁ、良いだろう。


「OK……Let's party!!Ya-!Ha-!」


―――――色々と………顔が笑うのが止まらねェんだからなぁ!!!























『ああ、大尉の暴走がッ!!誰か、誰か手綱を握ってー!?』




 ◇


【イギリス 某所】



「――――様!ご報告があります!」

「……なんでしょう?」

「ハッ!帝国軍及び国連軍によるハイヴ:21攻略が成功しました!現在、駐留軍を配置する為の準備を始めているとの情報です!」

「そう、ですか……では、祝辞を送らねばなりませんね?」

「はい!それでは、直ぐに送付の準備を……」




「いえ、私が帝国に赴きます………ちょっとした、用事もありますしね?」






次回、【強襲】へ続く。


後書き
もう無理



[20384] 【AL第13話前編】強襲――――もとい、わりとヒマなお姫様の一日『来訪編』
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/09/06 19:11

【12月26日 夕刻】



「いやー……やっぱり勝って呑む酒は良いなぁ!」

「それに料理も美味しいですー」

「あの、クラウスさん……これって天然食材ですよね?一体どうやって……」


横浜基地PX。
その一角を占領して祝杯を上げるA-01の面々は思い思いに楽しみながら京塚曹長仕込の料理に舌鼓を打つ。

そんな中、今回の料理に使用された食材は全てが天然食材だ。少なくとも、国連軍に所属している間は口にする機会など無い物ばかり。
それ故にこの食材の数々を持って来た俺に白銀が代表して訪ねてくる。

俺は、それに大して「フフン♪」と鼻で笑ってから説明を開始した。


「ハンター01、つまりはウォーケン少佐の船から貰ってきた。アメリカは自然食の供給が100%だ……勿論、軍もな」


A-02防衛は支援砲撃や連携が高密度に行われていたお陰もあってか早急に決着が着いた。
そして、あの場に居た全員と文字通り戦友となった俺はウォーケンの船にちょっと頼み込んで食料の提供をして貰ったのだ。

まぁ、貸しが増えたが………天然オレンジジュースを飲んでウサ耳をピコピコと動かしている霞を見れればそんなのも気にならなくなるって物だ。


「はいっ!タケルちゃん、あ~ん!」

「ばっ!?純夏!皆が見てるっつーの!!」


とまぁ、そんな中でも目立つのがさっきから悪い空気を醸し出している白銀と鑑だ。
なんというか………無自覚でシ○ジ君のATフ○ールド以上に強固なラヴ(ラ“ブ”じゃなくてラ“ヴ”である)・フィールドを発生させている。

まぁ、後でイジりまくれば良いかと思い俺は料理を口に入れる。
すると、隣でなんか倒れていたエレナが少し反応した。


「ん……はぅ……んぁ………あぁ………」

「さっさと……と言うかいい加減に起きろ」

「きゃんっ!?」


人の太股に頭を乗っけて寝てるだけで迷惑だってのになんか指を軽く噛んで悶え始めたエレナにチョップを斜め45度の角度から入れて叩き起こす。
まったく、酒が駄目なのに飲もうとするエレナを止める為に梅干の刑を実行したのだが―――――気絶するとは……軟弱者め。


「う、うう………酷いですぅ!せっかく、あと少しだったのに!!」

「ナニがあと少しだったんだこの馬鹿………ほれ、水だ」

「うぐっ……そ、それは……」


ナニなんじゃねーの?とかほざいた孝之に右アッパーを御馳走して俺は酒を喉に通す。
まったく、子供も居るんだっつーのに……酔っ払いは自重せんから困るよな………なぁ、諸君?






「ふぅー………―――――――よし、脱ぐか」

「ちょっと待ったぁぁぁああああ!!!」

「大尉も酔っ払っているじゃないですかー!?」

「大丈夫、読者サービス読者サービス」

「なに意味が分からんこと言ってんスか!?」









「よし、なら白銀も脱ごう、なッ!」

「『なッ!』じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇえええええぇえええええッ!!」



 ◇


【2001年12月27日 横浜基地滑走路脇】



「…………記憶がねェな」


ウィスキーの瓶を抱いて外で寝ていたという状況を不思議に思いつつ俺は身体を起こす。
12月という気候を考えれば冗談抜きに死んでも不思議じゃない環境下で起床した俺はゆっくりと煙草を吹かしつつ脳内をハッキリとさせる。

こんな風にのんびりしてるが時期的に横浜襲撃近い…………が、その辺は抜かりない。

帝国には予想以上に佐渡島のBETA個体数が存在していた事もあり、佐渡島及び横浜周辺にBETAによるハイヴ奪還を阻止する為に部隊を派遣して貰っている。
横浜周辺には帝国陸軍の二個連隊規模が展開し、洋上には一部の艦隊も待機していると聞いた。

横浜基地の部隊配備状況を合わせてを考えれば少なくとも……正史と同程度であれば犠牲は半分以下になる筈だろう。
対策を取っても犠牲が出ない、というのは理想論。少なからず割り切るしかないんだろうが……割り切れんよなぁ。


「あー………寒ッ」


垂れて来た鼻水を啜り、完全に固まった関節をバキバキと鳴らしながら解していく。
その時、頭上を帝国軍のヘリ部隊がフライパスして行き、それに続く様に色鮮やかな武御雷の一個中隊が同じく過ぎ去る。

俺は頬を撫でる冷たい風に少し目を細め、先頭を飛ぶ赤い武御雷の自然な動きに少しの感嘆の声を漏らして基地内へと戻ってシャワーを浴びる。
そして、時間的には昼食を摂る為に食堂へ向かうと見覚えのある面々が食事を摂っていた。

まぁ、ぶっちゃければA-01の207隊組だ。


「よう、ここ良いか?」

「あ、クラウスさん……あの、大丈夫……ですよね?」

「あン?どういう事だ?」

「あ、いえ……覚えてないならそれで良いんです……ええ、それで良いんですよ」


何故か顔を逸らす白銀。俺が他の面々に顔を向けると同じく逸らされる。
………え、もしかして俺が外で寝てたのと関連性あり?

聞きたくても全部顔を逸らされるので少し寂しく飯を喰ってたのだが………自分が何をしたのかも分からないのが怖くて味が分からんのよね。


「………ああ、そういや白銀。この基地に確か斯衛が来てたよな?あれとは別の斯衛の一個中隊が滑走路に着陸してたんだが……なんか知らんか?」

「月詠さ…じゃなくて第19独立警護小隊の事ですか?それ以外の斯衛……誰かの護衛ですかね?」

「あー……可能性はあるな。仮にも、人類二度目の勝利だし各国のお偉いさんも祝辞程度は送るだろーしな………もしくは博士関係かね?」

「そこまでは分かりませんけど……その客がこの基地に用事があるのは確かですね」

「だなぁ……」


俺は食事をかっ込み、食後にコーヒーモドキを飲みながら少し考えを回す。
ま、特に関係ないと結論を出して2杯目のコーヒーモドキを飲んで気付く。俺より早起きしてる筈のエレナが食堂では見かけないのだ。

現在の時間的に考えてそろそろ食堂に居ても不思議では無いのに珍しいモンだな……そう思い、再度コーヒーに口を着けて……


「な、なんで貴女がー!?あの時に出会ったのも偶然なのに、なんで日本に!?」

「あら、子犬ちゃんじゃない―――――未だにあの人の傍にコバンザメみたいにくっ付いてるの?」

「ブッ―――!?」


なんか聞き覚えのある声に………コーヒーを霧状に噴く事となった。
………え、あの声って―――――マジで?



 ◇



「ブッ―――!?」

「クラウスさん!?大丈夫ですかッ!」


いきなりコーヒーを噴き出し、咽せて下を向いたまま咳をするクラウスさんの背中をたまが擦る中、俺は声を掛ける。
食堂の入り口に居るであろうマクタビッシュ少尉ともう一人の女性の声を聞いた瞬間だったので俺はその方角に視線を向けるが死角になっていて姿が見えるのはマクタビッシュ少尉だけだ。


「あら、この声……そう、ここに居るのね」

「き、昨日から行方不明だったのになんでこんなタイミングで……」

「―――――」


俺は、頭を抱えて食堂に入ってくるマクタビッシュ少尉と共に入ってくる女性に一瞬だけ見惚れる。

国連軍の制服では無い―――――何処か斯衛の雰囲気に似たダークブルーの……例えるのなら騎士服を着た女性だ。
容姿はルビーみたいな赤い瞳と夕日みたいなオレンジ色のロングストレートに少し鋭さがある瞳。何処かは宗像中尉に近い物がある気がする。

そう、一言で言うなら高潔さを持ったクールビューティー。これが適切な表現だろう。


「きれーな人ですー……」

「……タケルちゃん、鼻の下が伸びてる……」

「す、純夏!?そ、そんな事は無いぞ!?だからその左を仕舞え!」

「―――――む、こっちに来たぞ」


冥夜が呟くと俺達は席から立ち上がって敬礼する。先任少尉でもあるマクタビッシュ少尉にしたのもあるし、この女性の身分も不明だからだ。
そうしていると、その人は俺達が敬礼するのにしっかりと敬礼を返し……未だに下を向いたままのクラウスさんを見て腕を組む。

そして、小さく微笑んでから口を開いた。


「クラウス・バーラット……下を向いてないで私に顔を見せなさい」

「――――――クラウス・バーラット?人違いですよ、私はジョン・ドゥという名も無き一衛士でありまして……」

「あ、その仮面……!」

「まさか、あのドゥ中尉の正体がバーラット大尉だったなんて……ッ!」

「たまに美琴、それってツッコミ待ちなんだよな……?――――――そうなんだよな!?」


何時の間にかあの仮面を着けたクラウスさんがシラを切ろうとし、たまと美琴が驚きの声を上げる。
…………俺、気のせいかツッコミばっかりしてる気がするんだけど。

そんな独白に俺が頭を抱えてる間にその女性はクラウスさんと距離を詰め、あっと言う間に仮面を取る。
クラウスさんとこの女性は知り合いみたいだけど、仮面の下にあった大きな傷跡は知らなかったのか目を丸くした後に小さく微笑んだ。


「――――――もう、私がそんな傷で貴方を嫌いになると思う?―――――隠すなんて……私と貴方の仲でしょう?」

「そんな意味で着けてたんじゃないんだけどなー」

「う、うぅぅぅぅぅぅー!!」

「エレナさん、少し落着いて!なんか凄く怖い顔してるよ!?」

「あの、バーラット大尉………この方は何方でしょうか?国連軍人では無いのでは分かるのですが……」

「あー榊、この方はだな……」

「いえ、クラウス。私が自分で名乗ります……私はクリスティーナ・アレクサンドラ・エリザベスと言います。クリスで良いわ……よろしく、若き衛士の皆さん」


そう言ってまた微笑むクリスさん。
俺は純夏からの視線の厳しさに顔を引き締めていたが他の皆は少し顔を赤くして頭を下げている……………訂正、マクタビッシュ少尉は色々と凄い気配だ。

それを見ていたクラウスさんは何処か諦めた様に溜め息を吐き、現在では最高の破壊力を持った言葉を続けた。







「因みに、イギリス王位継承権第4位――――――――言わんでも分かるだろうが、本物の姫様でもある」







『『『『『――――――――――え、えぇぇぇぇぇぇええええええええ!!?』』』』』









後編に続くんじゃよ。



[20384] 登場人物&各種装備設定集(クリスティーナ追加&F-4JX、一部も改定)
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:c0435dd8
Date: 2010/11/02 21:05
『各種設定集』


【名前:クラウス・バーラット】

【性別:男性】

【年齢:28歳】

【階級:大尉】

【所属:国連太平洋第11方面軍横浜基地】

【所属部隊:NFCA計画(Navy fighter adjacent combat ability addition plan)主席開発衛士 →A-01 ホルス小隊長】

【経歴:米陸軍第62戦術機甲連隊(1988~同年)→国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地(1988~1990)→国連海軍地中海戦隊(1990~1993)→国連軍インド洋方面第8軍・テルクダラム海軍基地(1993~1996)→国連軍北極海方面第6軍・セベロクリリスク海軍基地(1996~1998)→国連軍大西洋方面第1軍・モン・サン・ミシェル要塞(1998~2000)→国連太平洋方面第3軍アメリカ合衆国アラスカ州・ユーコン陸軍基地(2000~)→国連太平洋第11方面軍横浜基地(2001~)】

【所持資格:大隊指揮官 戦技教官】

【乗機:F-18/EX⇒F-4JX⇒EF-2000】

【ポジション:突撃前衛】

【特筆事項】
・アメリカ合衆国陸軍より国連海軍へ転属。(理由はあれど)上官にも歯向かう態度から兵士としては扱い難い、言い換えれば命令を聞くだけの機械にならない兵士でもある。
・射撃重視である米軍の教練を受けているがブレードによる近接戦を好む傾向があり、近接戦では優秀な成績を持つ西ドイツ軍衛士や日本帝国軍衛士、ソ連軍衛士とも十二分に渡り合えるのでは?とも評価されている。
・欧州方面でもかの“七英雄”には及ばないものの名は広く広まっており、機体のパーソナルカラーを許されている数少ない衛士でもある。
・世界有数の機体姿勢制御技術と戦術眼を保有しており、“大空から戦況を見渡しているかの様だ”といった比喩をされ、それ以来エジプト神話の天空と太陽の神である“ホルス”の名を自身が率いる部隊に冠し、UNマークに重なる様に『ホルスの眼』を現代風に再デザインした物を部隊章としている。
・友軍救出率が異様に高く、救出された兵士の中にはイギリス王室の第三王女も居り、その功績によって英国王よりメリット勲章を受勲されている。



【名前:エレナ・マクタビッシュ】

【性別:女性】

【年齢:17歳】

【階級:少尉】

【所属:国連太平洋第11方面軍横浜基地】

【所属部隊:A-01 ホルス小隊】

【経歴:国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地(1999~2000)→国連太平洋方面第3軍アメリカ合衆国アラスカ州・ユーコン陸軍基地(2000~)→国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地→国連太平洋第11方面軍横浜基地(2001~)】

【所持資格:小隊指揮官】

【乗機:EF-2000】

【ポジション:強襲掃討】

【特筆事項】
・イギリス王国出身。任官して2年目だが既に10回を超える対BETA戦を生き残っている準エース。
・国連軍へ仕官した理由は『世界が見てみたい』らしく、イギリス軍には仕官しなかった。
・兄がSAS所属(ただし機密の為に真偽は不明)であり、兄の教練の賜物か生身での近接戦とライフルの取り扱いにも優れる。
・見た目の幼さながら苛烈な戦いを行う様は(主に)整備班からの人気は高い。
・酔うと抱き付き癖が発生する。
・メインヒロイン(病)
・クラウスのソ連での撃墜から一時期、ドーバーで某色黒な少佐に鍛えられたが本編に関連性なし。



【名前:クリスティーナ・アレクサンドラ・エリザベス】

【性別:女性】

【年齢:22歳】

【階級:大尉】

【所属:イギリス王室近衛騎士団】

【所属部隊:第二近衛騎士大隊・ブランデッシュ中隊長】

【経歴:イギリス王室近衛騎士団(1997~2001)】

【所持資格:中隊指揮官】

【乗機:EF-2000カスタム】

【ポジション:迎撃後衛】

【特筆事項】
本物のロイヤル・ファミリーの一員でお姫様であるが王権や政治の全てに興味は無く、人々を守る為に軍人の道を選んだ。
現在はイギリス王室及び王国民を守護する近衛騎士団、その戦術機部隊の一員として任務に着いているが何らかの都合によっては国の代表として赴く事もある。
特技は料理、フェンシング。好きな物は人々の笑顔という正にパーフェクトな人。
因みにソフトS、兄が一人、姉が二人居る。



【名前:おやっさん(本名不明)】

【性別:男性】

【年齢:47歳】

【階級:曹長】

【所属:不明】

【所属部隊:不明】

【経歴:イギリス軍・ポーツマス海軍基地(1974~1980)国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地(1980~2000)→国連太平洋方面第3軍アメリカ合衆国アラスカ州・ユーコン陸軍基地(2000~)】

【所持資格:1級整備資格】

【ポジション:無し】

【特筆事項】
・1974年、全ての戦術機の母とも言うべき傑作機である『F-4』シリーズから通して様々な戦術機に触れてきた文字通り戦術機の生き字引。
・その整備技術は多くの損傷機をロールアウト仕立ての様に整備するとまで言われた。
・1980年、戦術機整備の技術を買われ国連軍へと転属。現在に至る。
・欧州連合軍が開発したEF-2000の整備スタッフとしてECTSF計画に国連軍より派遣され(正確に言えば英軍からの帰属命令)従事、その際の縁で各国に独自の情報網を持っている(らしい)。
・イギリス出身であるがコーヒーを好む。


【名前:ジョン・ドゥ】
横浜基地に出没していた仮面の男。
その正体は不明であり、何時の間にか姿を消していた事もあって噂に根強く残っている。

………ジョン・ドゥ―――――いったい何者なんだ……。



『装備』

・国連欧州方面軍機【F-18/EX:ワスプ】
1999年11月、NFCA計画が発足。2000年4月よりアラスカ州ユーコン陸軍基地により計画は実動開始。
《概要》
・国連欧州方面海軍より欧州奪還への架け橋を掛ける第一陣としてBETA支配地域に侵攻する海軍機の改修プランによって設計・改修された機体である。
・ベースとなった機体はF-18/E。この機体選定にはF-14やF-16が候補に挙がっており、大いに議論が交わされる事となった。
・F-14は大型機である為、機体設計の段階から多くの余剰があり、改修するには最も優れていたが近接戦能力の低さと維持費の高さを理由に不採用。
・F-16は3機の中で最も安価であり、高い運動性を誇っていた事で優位に状況を進めていたが海軍衛士のF-16運用率の低さが致命的であったが為に見送られた。
・改修計画で浮上した問題は『近接戦能力の強化』が主に取り上げられた。ベース機であるF-18/EはF-18の強化改修型であったが、元が米軍機だった為か近接戦闘能力の不足が指摘、現場の衛士の希望も多かったのでその案をメインに進められる事になった。
・改修ポイントは『大型化した肩部サイドスラスター』『機体各所に設けられたブレードベーン』『OBLの採用』『各種センサー強化』『腰部スラスターの追加』『近接戦を念頭に置いたフレーム及び関節の強化&電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエータ)の緩衝張力強化』など、総合的に近接格闘能力においてF-15Eを上回る性能となった。
・改修計画には昨年開発された先行量産型EF-2000のノウハウが非常に参考になり、多くの点で生かされる事となる。
・一部にはEF-2000とF-18/EXの類似性から“EF-2000の安価版”と言われたり、参考となったEF-2000 Tyhoon(台風)に類してか“sea breeze(海風)”の愛称が付けられている。
・尚、改修の際に参考としてイギリス軍や欧州連合軍が運用するEF-2000とフランス軍のラファールの2機がホルス試験小隊へ引き渡されている。現在もホルス小隊が保有しているが騎乗衛士は存在しない。


《F-4JX『益荒男』》
帝国軍が新型OS【EXAM】対応型として開発した試作型戦術機。
試作ではあるがF-4シリーズから脈々と受け継がれる剛性は世界でもトップクラスである。
そして新開発の軽量装甲、本来は武御雷C型に搭載される高出力主機によって凄まじいパワーと速度を誇る。
このパワーは近接戦でも発揮され、元の重装甲なF-4の質量も相成ってか高い近接性能を誇る。
だが、ベースが第一世代機故の欠点か対G性能は低い。
慣れれば十分に許容範囲であるが、初乗りでは暫らく慣れるまで時間を要するであろう。


・国連軍正式採用ライフル【TAR-21】
国連軍で正式に採用されているブルパップ方式アサルトライフル。(門兵,sが持ってた銃である)
合成樹脂(センサテック)をストックにし、内部機関部品はアルミ合金とセンサテックが多く使用されて構成されているため、非常に軽量である。
カラーはUNブルーで統一されている。

・国連軍正式採用拳銃【H&K USP】
国連軍で正式に採用されているドイツH&K社製拳銃。
香月博士が白銀に向けていた拳銃でもある。(P8という9mm×19弾を使用するタイプ)

・クラウス個人装備その1【コルト・ガバメント】
M1911の名で知られる45ACP弾を使用する拳銃である。
アメリカ軍ではべレッタM92Fに次いで使用者が多く、また、愛用者も数多い。
クラウスの持つガバメントは彼の祖父から授けられた物であり、老朽化の為か外装の一部を残して部品交換が行われている。
普段はクラウスの懐に仕舞われている。

・クラウス個人装備その2【FN P90】
アサルトライフル並みの貫通力を誇る5.7x28mm弾を使用するサブマシンガン。
非常にコンパクトであり、装弾数も50発と多い。
クラウスが8回目のベイルアウト時、強化外骨格が使用できず兵士級相手に死に掛けた事で自腹で購入した。
普段は彼の乗る戦術機の管制ユニット内に仕舞われている。
ソ連での撃墜で行方不明、冥福を祈ります。


・エレナ個人装備その1【M4カービン】
M4A1の名で知られるアメリカ軍正式採用ライフル。
多くのアクセサリーパーツを持つ事で非常に凡庸性が高く、様々な特殊部隊で使用されている。
因みにだが彼女の個人兵装であり、兄からの贈り物でもある。
普段は専用のケースに入れられて彼女の部屋の隅に置かれている。(因みにアクセサリーはフルセットである)
時折、エレナが何処か恍惚とした表情で整備をしている姿が見れるそうな…。




[20384] 【AL第13話後編】強襲――――もとい、わりとヒマなお姫様の一日『回顧編』
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:9df06a39
Date: 2010/09/09 17:52




――――そう、アレは絶望的な戦いだった。
今から3年前。私は長きに渡って訓練した結果もあり、優秀な戦績を残しながら英軍の一端の衛士として戦っていた。

ただ、その驕りが行けなかったのだろうか……私の所属する中隊は、私が突出した為に敵陣に深く突入してしまっていた。


『クリスティーナ様ッ!我等が血路を開きます!その間に離脱を!!』

「なッ!?ですが、それでは皆さんが!」

『我等も精鋭!この程度は朝飯前です!』

『後で追いつきます!………ケニー、小隊を率いてエスコートだ!丁重に、紳士としてな!』

『了解ッ!さぁ、早く!!』

「勝手に――――」


距離を詰めてくるBETA、笑顔で私を逃がそうとする隊の仲間達。
私がそれに反論の声を上げたその瞬間、私達が空へ逃げるのを阻止する様に周囲を覆っていた光線級が一斉に空へ向けてレーザー照射を開始する。

そして、私が空を見上げた先に見えたのは………片腕を失ったF-18が縦横無尽にレーザー照射を回避し続け、突撃砲でBETAを駆逐する光景だった。


BETA大戦が始まって以来、人類が奪われた自由の証でもある空。
戦いが始まってから長い時間が経過しているのもあり、夕日を背にして空を舞い続けるソレはどこか非現実的な光景を私に連想させる。

だが、これが現実である事を意味するかの様に通信が繋がる。
何処か優しさのある男の声だ。


『―――そこの英軍、レーザーは俺が引き受ける!今の内に低空を飛んで退避しろ!!』

『りょ、了解した!武運を祈る!!』

『なァに、分の悪い賭けは嫌いじゃないさ』

「待って!貴方の名前を教えて!!」


私は、思わずそう聞いていた。



『―――――クラウス、クラウス・バーラットだ』



 ◇



「私と彼の出会いがそれだったわ……」

『『『『『おおおおぉ~!!』』』』』

「クラウスさん、こんなに回想ではかっこいいのに嘘みたいだろ?昨日、「わっしゃー!」とか酔っ払って叫んでたんだぜ?」

「何か言ったか白銀」

「いえ、何も」


俺は、何時の間にか人気の無くなったPXで興じられる《昔話withクリス》の内容をしっかりと聞きながら腕を組む。
なんというか、公開処刑なのだが相手が相手だしエレナの様に手が出せないのだ……下手したら国際問題だしな。

それを分かってるのか、それとも無自覚なのか知らんがまだまだ笑顔で話を続けるクリスの言葉に皆は一々驚きの声を上げてたりしている。
………心臓に悪いね。


「そう、あの時から私とクラウスは運命で出会い……そしてそれが宿命となったわ!そう、正に私と貴方は結ばれる運命にあるッ!」

「随分と一方的な運命もあったモンですねー」

「い、異議あり!異議ありです!!大尉との付き合いは私の方が長いですッ!」

「……話聞いてよ」

「五月蝿いわね駄犬。キャンキャン吼えるんじゃないわ―――――それに、人との繋がりは年月じゃない」

「うぐぅ!?」

「……………霞、こっち来なさい。お手玉でもしようか」

「……はい」


正論に引きつつも目を逸らさないエレナに少しSな気配を発するクリス。
俺はそれにキリキリと痛む胃を誤魔化す様に少し冷めた合成玉露をゆっくりと啜る。昨日の酒のお陰であんまり調子は良くないのだ。

それを知って知らずか、彩峰に慰められるエレナを横目にまた昔話を続けているクリスの話に耳を澄ました。




 ◇




「撃墜―――――されたですって……っ!?報告を!」

「ハッ!我等の撤退後、戦域から離れる最中に1機の戦術機を庇った際に……ですが、負傷しつつも帰還しているようです」


あの戦いから3日が過ぎた頃、せめて礼を言いたいとあの衛士……クラウス・バーラットを探していた私はその報告を聞いた瞬間に青ざめる。
撃墜……私達を撤退させる為に墜とされたのか………そう思い、訪ねると少しだけ安心できる内容が帰ってきた。


「そう………それにしても、空中であんなにも見事にレーザーを回避する―――――私達の乗るEF-2000ですらあそこまでは不可能ね」


ふと、少しだけ安心した後にあの空中機動を思い返す。先行量産されたEF-2000という我が英国を代表する戦術機はレーザーの回避能力を重視した設計となっている。
それ故、回避については自信があったのだが……あんな曲芸染みた動きでレーザーを回避する存在を見ると我々の動きが児戯に見えてしまう。


「ええ、あの衛士ですが元米軍所属で現在は国連軍大西洋方面第1軍・モン・サン・ミシェル要塞に所属する戦術機教官です……我等と戦場で出会った際は臨時編入されていたとの事」

「―――――クラウス・バーラット……経歴は?」

「此方を……我々も少々、眼を疑いましたよ」


報告書と書かれた書類に書かれる悪行……もとい、始末の数々。
この内容だけで真面目を信条として生きている人間が見たら卒倒すること請け負いなほどにトラブルに困っていない人間だ。



―――――――だが、面白い。


「では……礼を言いに会いにいきましょうか」

「なっ!?クリスティーナ様!貴女様が行かれずとも……クリスティーナ様ー!?」





そして私は病院に向かい、入院しているという部屋へ向かえばそこには姿形も無い。
それ故に病院内をウロウロしながら探し、そうしてる間に中庭へ着いた。この病院は元々は旧来の古城を改修した物で中庭と言っても広大だ。

私がそんな昔から残る風景を見つつ、ベンチに腰を降ろして休憩をしていると足元に何かが当たる感覚。
見れば、少々傷が目立つがまだ十分に使えるであろうバスケットボールとその前でどうしたら良いか分からない様な顔をした少年の姿がある。


「――――はい、気をつけてね?」

「うん!ありがとーお姉ちゃん!」


私はボールを拾い、小さく笑って少年にボールを渡す。
ボールを受け取った少年は気持ちのいい笑顔で私に笑い返し、この少年の友達であろう子供達が呼ぶ声に返事をして輪に返っていく。

そんな、平和な景色――――私が守りたい笑顔は色々な所にあるな……そう思い、頬を撫でる風に少し目を閉じると少年たちの歓声が聞こえた。

その声の元に目を向ける。
そこには、バスケットボールのゴールにぶら下がっていた男が地面に飛び降りる瞬間だ。そしてその周りを少年たちが囲み、色々と声を掛けている。


「……あら?あの男は……」


入院患者が着ている薄いブルーの服に身を包んだ男。右目には眼帯、額には包帯といった風体だがその動きに淀みは無い。
そして、非常に見覚えが……いや、探している顔だった。


「すっげー!ダンクだダンク!」

「おっさん、他にも何か出来る!?」

「はっはっは、本場だからな!1on1で勝ったらアイスでも奢ってやろう!――――――あとそこの糞ガキ、おっさんで合ってるが肉体はおにーさんだ」


探していた人物、クラウス・バーラットが子供達に混じってバスケに興じている。
声を掛ければ直ぐにでも話せるのだが、子供達と楽しそうに遊ぶあの顔を見ると声を掛けるのは少し無粋だ。

そして、大体一時間。あの男は子供達へのバスケ指導をしつつも完封勝利を果たしていた。


「ちくしょー、おっさん強いなー!」

「こちとら現役の衛士だぞ馬鹿野郎、リーチも基礎体力も違うわい………さて、手を出せ坊主ども」

『?』

「んーっと…………こんだけあればアイス以外にも何か食えるな?」

「お、お金!?え、でも俺達勝てなかったし……」

「気にするな、おっさんの奢りだ」


男…クラウス・バーラットが羽織っていたジャケットから取り出した財布から抜き取った紙幣を何枚か子供達へ渡すと近くに居た少年の頭をグリグリと撫でる。
そして、礼を言って去って行く子供達に笑顔で手を振って別れを告げると此方を向く。

そして、ゆっくりと私に近寄り……ベンチに腰掛け、煙草を咥えた。


「あ、煙草失礼」

「貴方ね………私の顔を忘れたのかしら?」

「………?」


呑気に私に向かって片手をシュッと挙げて煙草に火を着けようとするクラウスを制止する様に声を掛ける。
それに対し、何処か首を捻るこの男に少しの苛立ちを感じる。

自慢じゃ無いが自分の容姿はそれなりに良いと思っている。
特に、オレンジに輝くこの髪は一番の自慢だし姉に似て整った美しい顔をしていると言われている……それでも、この男は反応すらせず首を傾げている。

なんというか、女としてのプライドが傷つくのだ。


「……先日の新型機の中隊、光線級の囮になったのは貴方でしょう?」

「―――――ああ、あの時の嬢ちゃんか。元気そうだな」

「……貴方もね」

「いや、俺の場合はモツがはみ出ちゃう怪我だったから元気では無い」

「なら休みなさいッ!」

「だが断る」


………経歴の酷い理由の一片が分かった気がするわね。
私が一人で納得していると幸せそうに煙草を吸い始めるクラウス。少しだけイラッとしたがこっちは礼を言いに来たのだ……怒っては駄目、常に淑女たれ、だ。


「……私達が助かったのは貴方のお陰です――――感謝します」

「ああ……生きてりゃなんとでもなるからな、一個しか無い命を大事にしろよ?」

「それは貴方もね………一つ聞いて良い?」


ふと、私はお互いが座るベンチの幅を詰めて肩を寄せる。
不思議……と言うより、何処か掴めないこの男に興味が沸いた。


「ン?」

「貴方、怪我が酷いのにどうして子供達と遊んでたの?そんな大怪我だったら普通は休むわ」

「まぁ……うん、そうだな」

「なら、どうして?」


私がそう問う。すると、煙草の火種を潰してから煙を吐いたクラウスは少し遠い目をし……小さく呟く。


「―――――あの子供達も、この戦況じゃ何れはBETAとの戦いに駆り出される」

「…………ええ、そうね」

「子供はさ……笑って、泣いて、球追っかけて、喧嘩して、別れて……そうやって成長していくのに―――――――今じゃそれも許されなくなりつつある」


聞けば、彼はあのソビエトの大地から帰還したばかりらしい。
そして多くの幼い少年少女達を鍛え上げ……戦場へと送り出す人間になった。

彼は……クラウスはその子供達が生き残れる様に出来る限りの戦い方を叩き込み―――――――そして、遊んだ。
少しでも子供で居れる様にと思いを込めて…………全員がBDUと野戦ブーツ、腰に拳銃を備え付けている矛盾な格好で。


「偽善だ偽善、“あの世界の感性”を少しも捨て切れないクソッたれな………馬鹿だよ」


「何言ってんだろ俺…」そう呟いて煙草をまた咥えるクラウスに私は少し複雑な視線を送る。
彼がどう感じたのかは私には分からない……ただ、それは彼にとって地獄だったのだろう。

でなきゃ、無理をしてでも何かを救おうとする姿勢は見せない筈だ………一種の贖罪なのだろうか?
私は思わず、彼の手を取っていた。


「貴方がそんな風に無茶をしても、抱え込んでも喜ぶ人は居ないわ!悲しむ人も居るでしょう!?」

「居ない居ない、家族は全員死んだ」

「あ、ごめんなさい……」

「気にすんなよ嬢ちゃん………つーか、何で俺はペラペラと身上なんか喋ってんだろな……悪かったな」

「あ……」


私が握っていた彼の手から外され、ベンチを立ち上がる。
そのまま小さく笑って去って行くクラウスの背中が寂しそうで………でも、手を伸ばす事しか私は出来ない。



そしてその夜、私は彼の経歴を暫し眺め………一つの案を思いつき、家族との食事の際にその案をどうにか出来ないかと言ってみるのだった。






「マジか…………」

「面を上げなさい、クラウス・バーラット」


そして翌週のイギリス軍総司令部には国連軍正装を身に纏い、胸には今まで彼が戦い評価されて得てきた勲章が輝くクラウスの姿があった。
そして今日、この中に一つの勲章が足される。

私を……英国王室の人間を救った功績及び今までの挺身に対しての物……でも、それは建前だ。
私にも少しの意味を持ったその証を……私が代表して彼へと着ける勲章を持っていく。

今まで頭を垂れ、そして顔を上げたクラウスの表情は困惑に満ちている。少し、嗜虐心がそそられたが今はそんな場合じゃない。


「はい、これでOK……ふふっ、似合ってるわよ?」

「嬢ちゃ……ではなく、クリスティーナ王女……」

「クリスで良いわ――――――――クラウス、私は貴方を縛る」

「…………おいおいクリスさん、とても王族の口からは聞いちゃいけねェ台詞が聞こえた気がするんだが?」


私が胸に輝く勲章に小さく微笑み、それを写す為にカメラマンがシャッターを切る。
そんな光の奔流の中で小さく、隣に立つクラウスに声を囁く。







――――――私は貴方の不幸を、怪我を、悲しみを……悲しむ人になると。







後書き
あれ、エレナさんよりヒロインっぽくないか?



[20384] 【AL閑話2】守りたい笑顔
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/09/26 15:45





『ヘンリーが喰われたッ!ジャクソン、カバーしろ!!』

『ああ畜生ッ!アイツはガキが生まれたばっかなのによォ!』

『悲しむのは後でしろ!!俺を殺す気かテメェ!?』

『…………了解!!』


地面を砕き、粉塵を上げて動き回る仲間達。その誰もがこの戦線を持たせようと足掻き続ける。


霞む意識が鋭い痛みで冴える。
見ると、包帯を手にした一人の女性衛士が俺に向かって声をかけている。

鼓膜が破れたのか、何を言ってるか分からないが俺を元気つけようとしてるのだろうか?





そこで、俺は思い出す。これは、俺が昔に経験した記憶だと。




『死に…たくない……!嫌、だ………』

『大丈夫ですよ、クラウス少尉!必ず助けますから!』


血だらけで、情けなく涙を流す11年前の“俺”がうわ言に様に「死にたくない」と繰り返し続ける。
むき出しになった管制ユニット、そして脚部が溶解し損失したF-4は要塞級の鞭と溶解液にやられたのを示している。

そんな俺を助けようとしてくれた仲間が………“壊滅”した戦場の記憶だ。


「(あれ?なんか、こっから先が靄がかってるような……)」


俺の意識が覚めてきたのか、徐々に白く塗りつぶされていく光景を見ようと目を凝らす。
夢の中の景色は、俺と同時期に配属されたまだ幼い少女である衛士が俺の体を支える様に持とうとして…………





―――――その少女の腕を、人では有り得ない『赤い腕』が引き上げていく光景が最後に映った。





「……………………ッッッ!!!」


その瞬間、俺は声にならない叫び声を上げて布団を跳ね飛ばす。
全身は流れる様に出た汗でぐっしょりと濡れ、鏡で見た顔色は死人みたいになっている。

軍医に見れれば一発で医務室への連行確定であろうその顔色を俺は忘れる様に冷水で顔を洗う。



忘れたい、忘れたくない何かを洗い流すように何回も。






「………冷て」




 ◇




「………はぁ」


“世界の修正力”ってのがこの後に起こるであろう横浜基地襲撃の可能性を予期している中、俺は深夜に一人でPXへと向かっていた。
あの夢を見て眠れないってのもあったし、少し体が冷えてたのもある。
だから、温かいお茶でも飲んで落着こうと思ったのだ。


「実戦も近いってのに、あんな夢を見るとはねぇ……」


夢の内容……今は、記憶に封印が掛けられたように思い出せないが最悪なのは分かる。
防衛本能みたいのが自分を守るために忘れようとしてるのかも知れない。

つまりは、それだけの事が必要なほどにショッキングな記憶なんだろう。


………ああ、畜生。だから何で作戦の前にこういう夢を見るんだろう。

正直に言おう。今まで、戦いの前に昔の夢を見ると碌な出来事が無いんだよ!


「はぁ………」


ふと、振り返る。
今まで色々と好き勝手やってきた結果、少しは犠牲は減ったと思う。その結果、この横浜を切り抜ければ現状で出せる最高の戦力であ号攻略へと行ける。

佐渡島で損失する筈だったXG-70bも無事だったし、自立制御で作戦に投入すれば囮くらいにはなるだろう。そこは博士に任せる事になるだろう。

あとは、機体の問題だけど神宮寺軍曹が佐渡島に参戦しなかったのは『機体調達』の為らしい。
新品だろうとなんだろうと、神宮寺軍曹が調整をすればその教え子であるA-01の隊員は問題なく扱えるだろう。そこも俺が博士に要請しておいた物だ。

桜花作戦に使用するのが不知火であっても、今度は約4個小隊規模での突入だ。
原作の御剣たち5名の吶喊とは違い、隊としての連携が十分に組めるはず………だと思う。何しろ何が起こるか予想も出来ないのだ。姫さんの襲来も含めて。


「はぁ………」


何度も吐いている溜め息にも疲れが滲む。限界は近いと実感してるが、疲労で倒れるのもありそうだ。
………そもそも、前から思うが俺がやってる事は個人が背負うには重すぎる。まぁ、それでも俺がやると選んだ道なのだが。


「はぁ………ん?」


そんなこんなでPXへと到着。熱い合成緑茶を手にガラッとしたPXを見渡す。
座る席を探す予定だったのだが、見覚えのある人間が何かブツブツと言いつつ下を向いているのが目に入った。


「………エレナ、何をしてるんだ?」

「大尉……?……………だいい゛~ッ!!」

「ちょおまっ!?何で泣くの!?てか酒くさっ!?」


どうやら飲んでたらしいエレナが突っかかってくるのを足蹴にも出来ず、俺は頭を掻く事しか出来ない。
というか、何で飲んでたのかも予想が出来ん。何かあったのか、そうで無いのか……。


「で、何があったんだ?……ああ、もうほら!顔がぐしゃぐしゃだぞ?」

「う、ううっ……だって、らってぇ!」

「はいはい、動かない」


ハンカチで顔を拭き、アルコールの所為か呂律の回らない相棒に俺は逃げ出したくなるも何とかそれを自制する。
作戦前だってのにこんな状況で放置したらどうなるのか分かったモンじゃない………………俺は保育園の先生かよ。


「だって、だって……大尉が悪いんじゃないですかー!?」

「いきなりキレるなよ!?キレる十代かお前はっ!あと何で俺が悪者なの!?」

「十代ですよ!ピチピチです!……じゃなくて!大尉がそんな無意識か狙ってるのか分からないくらいに好意を振りまくからじゃないですか!!」

「はぁぁぁ!?」

「そうですよ、世界中の戦場で戦うたびに新しい女の人と……兎も角!大尉は悪い子ですッ!!」

「なぁエレナ、ちょっと落着こう、な?」


俺はお前が言ってる事が分からないよ。いやホント。
それに、これだけですっごく疲れたからもう寝たいし。


「大体ですね、大尉は私の事を軽視しすぎです!実力行使に移れば大尉なんてものの5秒で………………」

「…………ど、どうした?」

「………………ぐぅー…」

「………ね、寝やがったコイツ…!」


騒ぐだけ騒ぎ、疲れたら寝る!という子供みたいな行動をするエレナに俺は思わず頭を抱える。
ねぇ、この子って本当にエレナ?酔ってたとはいえ、普段の状態から逸脱しすぎじゃねえか?


「はぁ………どっこいしょっと」

「んみゅぅ……Zzz…」

「気楽だなオイ………はぁー…」


動けない人間を背負うようにエレナを背負い、えっちらほっちらと地下の居住区を目指す。
流石に放置するのはちょっと可哀そうだ。それに、風邪で寝込むなんて事態があっても困る。


「ったく、手間が掛かる相棒だぜ……」


エレナに割り当てられている部屋を空け、ゆっくりとベットにエレナを寝かせる。
少々だけ酒臭いが、その寝顔は年相応の穏やかさが残っている………まったく。


「すまねぇな、相棒」


エレナの頭をグリグリと撫でるとくすぐったそうな声を漏らす。それにちょっとだけ笑みが零れる。
2年という付き合い、何時の間にか肩を並べるのが普通に感じるほどに親しくなっていたまだ幼い少女に感謝と謝罪を俺は呟く。

巻き込んでスマナイ、戦いをさせてスマナイ、こんな俺につき合わせてスマナイ。

色々と謝る事はあるけど、今はそれは置いておこう。
俺が答えを出すのは全てに決着をつけてからだ………最も、限界が来てる俺にどれだけの時間があるか、だが。


「………ああ、そっか」


そこで、俺がエレナに関して少しだけ気にしてた理由に気付く。
俺が失ってしまった昔の仲間に似ているんだ………守れなかった、仲間に。


「重ねて見ると………うん、そっくりだな」


普段から口五月蝿くて、何処かお姉さんっぽい様でそうじゃない。
今思えば、エレナみたいな奴だった………うん、というかエレナより強烈だったな。


「…………」

「う、ん………」

「――――ったく、気楽な奴だ」


俺は小さく呟き、部屋を後にする。
色々とあるけど、俺がやる事は変わらない。戦って、勝つ………それだけだ。


「うっし……寝るかー」


そうとすれば、何より睡眠だ。疲れて戦えないなんてのはまったく笑えない。
だから、今の俺の仕事は休む事だ。


「さて、と……BETAが来るとしたら明日………さっさと、寝よ、う……」


睡魔に身を任せ、意識を沈める。
やれるだけはやった、後はどう転ぶか………それは不明だけど……。


「――――せめて、笑って終わりたいもんだぜ…………」





―――――――最後は、笑顔で終わりたい。
そう願いつつ、俺は意識を落とす…………そして、これより半日後の事だ。



付近に展開していた帝国軍部隊によりBETAの地底からの移動を確認、横浜基地はそれに対して全部隊を展開、徹底抗戦の意思を見せる。。
接敵まであと2時間……俺は、戦場に立つ。






笑って、全てを終わらせるために。








後書き
過去編フラグ構築と横浜防衛戦始動。
そろそろ終わりが見えてます。



[20384] 【AL第14話前編】Save
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/09/30 08:09


―――――この戦いを一言で言うのなら、人類の圧倒的な虐殺と言えた。


帝国陸軍が保有する第三世代戦術機である『不知火』は存在しないが、最強の第二世代機と言われるF-15、その日本帝国バージョンであるF-15J『陽炎』。
そして、耐久年数に問題が出始めているが未だ人類の主力を担うF-4J『撃震』で構成された二個連隊。

それに加え、国連軍横浜基地が保有する約250機の戦術機部隊の半数がその戦場へと居る。

更には東京湾沖に展開していた帝国・国連艦隊の支援砲撃もある。
現状、多くても2000体程度で出現するBETAに向けるにしては過剰な戦力とも言える数の火砲が向いていた。



「………ここまでワンサイドゲームだと、失笑モンだな」

『反応炉はもう停止されてるし、BETA達は目標を失ったも同然ですからね……』


既に横浜基地に存在する反応炉は涼宮中尉を中心とした部隊が派遣され、反応炉は停止している。
何で涼宮中尉が、とも思うが反応炉なんて専門性が必要で尚且つ機密の塊みたいな存在にはやはり博士の手の内の者を送るのが一番という判断なんだろう。

原作だと、確か博士が行こうとしてたしな。


『………あの、クラウスさん』

「ん?どうした白銀」

『顔、すっげぇ険しいですけど……何か気になる事でもあるんですか?』


横浜基地第二演習場……そこに部隊を展開するA-01の面々の中に居た俺は白銀の言葉に顔を触る。
確かに、しかめっ面といった感じの顔をしていそうな感触だ。これだと、顔の傷も相成ってどうにも人相が悪かっただろう。


「………姫さんがな」

『ああー…』


俺が考えていた本当の事を言う訳にも行かず、それっぽい言葉で返すと白銀が俺の呟きに納得した様な表情をする。
………あの姫さん、BETA襲撃だから避難を進められたのに、

「戦術機の余剰機と衛士強化装備を持て!」

とか言って出撃しようとするんだよね。
言いたくないが、馬鹿じゃないか?今は護衛部隊の人と一緒に司令部で大人しくしてると思うけどさ。

えっと確か……プライス少佐だっけ?額に青筋浮かべて説教してたなそういや。


『あはは……でも、それがあの人の在り方なんじゃないですか?』

「………だろうな、どこぞの腹ペコ騎士王みてーに戦場に立つの好きだし」

『は、腹ペコ騎士王?』

「気にするな」


基地の上空をMLRS部隊から発射されたであろう無数のミサイルが雲を引いて過ぎ去っていくのを見送る。
光線級が確認されていないこの戦場では空からの面制圧が100%機能している。

それらでBETAが殲滅され……なるべく、基地内部の防衛を担当する俺達の出番が無い事を祈るしか出来ない。
基地の防衛には戦術機は一個連隊規模しか存在していないのだ。博士曰く、『対応策はある』らしいが心配になる。

……まぁ、原作とは違って配備できるだけの部隊を配備しているし佐渡島攻略で相当数のBETAを殲滅している筈だ。


「………HQ、佐渡島の様子はどうなっている?」

『こちらHQ、佐渡島ハイヴ防衛部隊からは“異常無し”の報告が入っている』

「ホルス01了解……つーことは、やっぱ本命は横浜なのか?」

『かもな、俺がBETAだったら行動不能になる前に近場の佐渡島ハイヴの奪還を目指すけどな……』

『まぁ、佐渡島には最精鋭部隊が駐留している……私達は私達の任務を遂行するだけだ』


破壊ではなく、制圧された佐渡島ハイヴ。
そのハイヴ防衛には国連軍から対BETA戦の最精鋭であり、佐渡島攻略に参戦したダイバーズが帝国軍部隊の編成が完了するまでの補強戦力として残っている。

ダイバーズが運用するF-15/Eは第二世代機ではアルゴス試験小隊が運用してたアクティブ・イーグルを除けば世界最強の第二世代機だろう。
少なくとも、砲戦に限れば不知火や武御雷以上の性能を有してる機体だ。

そして、それを操る衛士はその誰もがエースと言われた者ばかり、A-01の面々でも真正面からやり合えば苦戦は必死だ。
以前、一度だけダイバーズへの転属の話が俺にあった際に佐渡へ突入した第六軌道降下兵団の“生き残り”の面子と模擬戦をした事がある。

結果は5回やって2勝3敗、真正面から撃ち合いだと先ず勝てない。事実、俺が負けた内の2回は近距離戦を封じられたのが敗因だ。
………いや、あれは完全に気迫で負けてたな。あの時は部隊の再編で人員確保に衛士自らが動く様な異常事態だったし、仲間も大勢死んだばかりだって聞いた。


「………そういや、オービットダイブって減速時に常時8Gは掛かるらしいけど俺、大丈夫かな……」


うん、ガタがある体じゃかなり無謀かも知れない。着地したけど戦闘不能って笑えないぞ、いやマジで。






「………踊り食いは嫌だなぁ」

『『『何を言ってるの!?』』』

「気にするな」



 ◇



【国連軍横浜基地 中央司令部】



「……博士、君の部隊は随分と暇な様だな」

「ええ……ですが、彼女達が守るポジションを鑑みればこれ位の方が良いと思いますわ」

「確かに、あの様な会話を出来るのは彼女達の元にBETAが到達していなからだが……」


横浜基地司令、パウル・ラダビノット准将と香月博士は戦況を見つめつつ言葉を交わす。
現在の戦況は人類優勢、お互いをカバーし合う様に帝国と国連の戦車・戦術機が入り乱れつつBETAを殲滅していく。

支援砲撃の密度も上々……いや、むしろ佐渡での歴史的大勝利の熱が冷めずに戦う者の火付けになっているのかも知れない。


「……これなら、基地内部だけでも良いから出させてくれても良かったのに」

「姫」

「分かってるわよ、少佐」


………ただ、問題なのは後ろで不機嫌そうにしている英国王女だろうか?
手元で常に持ち歩いているであろう衛士強化装備の個人データが入っているUSBメモリを弄んでいる。

常在戦場、それは結構だがここは国連軍だ。怪我でも負わせば責任問題になるのは必至だろう。
それをここに居る全員が理解しているからこそ止めたのだ。

今は髭が特徴的でブーニーハットを被った中年の佐官が横に付いて目を光らせているが、隙さえあればそのまま出撃しそうだ。


「………揺れるわね」


横浜基地から発射されたミサイルの反動なのか、鈍い轟音と振動が司令部へと届く。
最も怖いのはこの音と振動がBETAが発する物に変わった時だ。それまではこの基地に安全を告げる鐘みたいな物だ。

そんな振動に包まれる司令部に続々と入る状況報告の通信に無線、そして補給や支援砲撃の要請など……オペレーターはそれを聞き逃さずに対処していく。


補給コンテナを抱えて基地から飛び立つヘリ、傷ついて帰還してきた戦術機に群がる整備員、己の出番が無い事を祈る機械化歩兵。
負傷者を励ます衛生兵、胸で十字を切る者、額から血を流しつつも再度出撃しようとする者。


その誰もが生きる為に戦い、そして最大限の力を注いでいく。
それは、人として出せる最大限の“意地”や“願い”なのだろう。佐渡島で見せたように、「人間は負けない」という証明に対して…。


だが、その際に一本の通信内容が司令部へと告げられた。


「基地司令!基地北西を警戒していたジョーカー小隊より少数のBETAを撃破!個体数3、防衛網を突破した固体と予想されます!」

「うむ、少数ではあるが抜けたBETAも存在するか……各員に通達、警戒を厳にせよ!」

「了解。HQより全ユニットへ、防衛ラインを少数のBETAが突破している。警戒を厳にせよ。繰り返す―――」


現戦場とは大きく離れた北西方面でのBETAの確認報告。
BETAの移動速度は戦術機とは比較にならないが速い……それ故に、誰もそこまで気にしなかったのだろう。

いや、警戒度を上げたのだからそれに間違いは無い。



ただ、一言で言うのなら。



                   『あまりにも予想外の出来事であったのだ』




その直後、司令部へ「突如、佐渡島及び新潟へBETAが出現した」という通信と共に直下型の地震が発生したかの様な衝撃が走る。

揺れの直後、事態を把握しようとした者は砂嵐となったモニターを切り替え、又は復旧して状況を掴み……そして絶句する。




―――嘗て、この地がBETAの支配にあった名残とも言えるメインシャフトの直下。
反応炉付近の地面から出てきた『巨大な口』に。


「……こちら、HQ……」


オペレーターの一人がインカムを力なく取り、通信を繋げる。
その瞳には、その『口』から続々と吐き出されるBETAに向けられ……絶望したかの様に呟いた。



「基地直下より、未確認種BETA出現……BETAを、続々と吐き出してます……!」



 ◇



機体がオートでバランスを取った瞬間、基地が揺れる。
A-01の不知火で作業していた歩兵達が大きくバランスを崩し、一部の建物は亀裂が走って窓ガラスが粉砕するほどの衝撃。


「な、なんだ!?」

『ちょ、ちょっと!どっかでS-11の連鎖爆発でもあったの!?』

『HQ!今の衝撃は一体何だ!?状況を知らせろ!』


俺は勿論、A-01の面々もその顔を強張らせて状況の確認に急ぐ。
それは周辺の部隊も同じ様で、無線や通信が混線している。特に俺が混乱している、この出来事は完璧にイレギュラーなのだ。


『……こちら、HQ……』


そして、その混乱の原因を告げる様に司令部からの力ない声が響く。


『基地直下より、未確認種BETA出現……BETAを、続々と吐き出してます……!』

「なっ――――!?」

『更に、基地外周全域にBETA出現を確認!全機、急行せよ!!』


BETA出現の通信と共に鳴り響くコード991。
基地直下から、BETAを吐き出すBETA……俺は、その存在を知っている。

母艦級……BETAの輸送を行える、本来ならば桜花作戦で突入したオリジナルハイヴで初めて確認される筈の個体が、この足元に存在する。


『い、伊隅大尉!』

『全員、落ち着けぇ!!香月副司令、A-01は只今より基地内部へ突入します!』

『―――――伊隅、BETA総数は約3000……30分、持ちこたえなさい。その間に他の部隊も向かわせるわ』

『了解……ですが、全て倒してしまっても良いのでしょう?』


周辺部隊が基地外周に出現したBETAの駆除に向かう中、A-01は基地内部への突入を開始する。
指示もないこの行動だが、博士と通信した際には博士へ向け、額にうっすらと汗を浮かべた伊隅大尉が口の端を吊り上げて問う。

閉所での3000ものBETAとの戦闘……月詠中尉たちを含めても20機という数でそれらを相手にする必要がある。
どう考えても強がりのそれに……俺は歯を食い縛る事しか出来ない。


『ええ、許可よ――――基地の被害は考えず自由に、最悪は反応炉の破壊も許可するわ』

『了解、全員!聞いたな!?』


伊隅大尉の問い掛けに返って来る全員の「了解!」の声。
俺もそれに返答し、煙草を手でもみ消す。



これが本番だと腹に据えて………基地内部へと続くシャッターが今、開く。




 ◇



「BETA、反応炉へと繋がる防壁へ光線照射開始!数は少ないですが、5分から10分で破られます!!」

「佐渡島より入電、“BETA襲撃は少数、反応炉は無事”との事です!!」

「新潟方面も同文!ただ、増援の予定であった帝国軍第265戦術機甲連隊は帝都防衛の為に転進!」


「よもや、この様な事態になろうとは……っ!」

「ラダビノット司令、我々の相手はその様な物です……これは、BETAが取った陽動と心理的な作戦でしょうね」

「作戦、ですと!?」

「ええ、基地から引き離す為の陽動戦力、直下からの奇襲と同時に全方位からの襲撃で防衛部隊を削る……そして各地で少数ながらも奇襲、その結果が増援の停止です」


机を力の限りで殴り、声を上げるラダビノットに博士の冷静な見解が告げられる。
それを聞いていたクリスは組んでいた足を崩し、不機嫌そうに言う。

画面に写るBETAに向け、その目には「生意気な」という侮蔑が込められている。そして、苛立ちも含んだ言葉が発せられた。


「あら、犬畜生以下にしては小賢しいマネをするものね?」

「姫、私もそれは十分に分かりますが御自制を」


王女という立場にしては荒すぎる言葉にブーニーハットの少佐は窘める様に小声で忠告する。
夕呼は、「ストレスでハゲそうね」と場違いな事をふと思ったが口にはしない。それより、今はこの状況をどう乗り切るかが重要なのだ。

そう思っていると、クリスの言葉にふと気づいた。


「分かってるわよ少佐……香月博士、そう言えば涼宮中尉は?あの人は今、反応炉の制御室に居る筈よ」

「分かっています……どう?」

「何度もコールしてますが駄目です!回線をやられたのか、通信が繋がりません!」

「っ!警備兵を向かわせて!涼宮を保護した後に脱出させなさい!」

「お待ちなさい、香月博士」


その言葉に、思わず舌打つ。
BETAが出現したのは反応炉制御室の傍だ。小型種BETAが侵入している可能性は十分に考えられる。

それ故に、緊急として内線で部隊を召集させるがクリスからの言葉に振り返る。
振り返った先には、心底嫌そうな顔をしたブーニーハットの少佐の姿があった。


「じゃ、プライス少佐……お願いね♪」

「了解……とんだ災難だ」


プライス少佐が持っていた無線へと口を近づけ、少しの溜めを持ってして声にする。

「Call of Duty」

“兵役呼集”の意味を持つ、その言葉を。
そして、その言葉が発せられた1分後には武装を整えた兵士達が勢揃いする。

その手に各自が銃器を携えて。


「プライス、アンタの分だ」

「ああ……老体を酷使するモンじゃないぞ、ソープ」

「肝に銘じておく」

「準備は良いかしら、栄えある英国紳士の皆様?」


上着を脱ぎ去り、ベストを装着したプライス少佐を見届けたクリスが小さく笑んで問う。
その言葉に、屈強な男達が整列して声を揃えて答えた。


『Yes Ma'am!』

「よろしい……博士、基地の警備兵と比べてこっちは専門家よ……何かあるかしら?」

「いえ、無いわ………涼宮を頼むわ」

「ええ、勿論。不可能を可能にするのがプロフェッショナルの筈よね、少佐?」


その問いに、プライスは苦笑を持って返す。
BETAが侵入した施設への潜入とターゲットの救出……今まで、こんな任務は経験した筈がある訳ない。

だが、今から文字通り死地へと赴く隊員の顔には薄い笑みすら浮かんでいる。
そして、それはプライスも同じだった。


「これは手厳しい……では諸君」








「勇敢な戦乙女の母を救いに行こうか」



これも、もう一つの戦い。






次回に続くんじゃよ。



[20384] 【AL第14話後編】Save
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/02 20:39



地下からの奇襲はBETAが用いる手段としてはありふれた物だ。
それ故に人類は対策をし、今まで立ち向かってきた。

だが、その地下からの奇襲の為の“陽動”と足止め……それは、BETAが取った作戦である。
その衝撃は大きい物だ……そして、その奇襲を成立させた高速で移動する未確認超大型BETAの存在も……基地には絶望の雰囲気が漂う要因だ。


『A-01、メインシャフトゲート前へ到達!Aブロック及びBブロックを開放します!』


そんな中、基地内部へと侵入したA-01がメインシャフト前の障壁に到達したのが告げられる。
そして、突入用にと隔壁が開放されたが……そこでA-01の動きは止まった。


「HQ、光線級の個体予想数は?」

『こちらHQ、光線級は全部で21体確認されている』

『このシャフトじゃ、レーザーを回避すれば内壁か味方かに確実に衝突します…………同時に突入は3機といった所でしょうか』

『だろうな……HQ、メインシャフトには90番格納庫を含んだ地下施設への荷物運搬用の橋があった筈だ、それを光線級の照射を遮る盾にする。全て伸ばしてくれ』

『HQ了解』


地下に溜まったBETA……その中でも厄介な光線級という砲台に守られた逃げ場の無い閉所。
光線級を避けて通るには数少なく突入、そして光線級を排除して他の隊員と合流するのが現状では最も成功率が高いと言える。

ただ、成功率が良いだけで……突入する第一陣が行う事は『直線において光線級による狙撃を回避し、そして何千ものBETAの溜まりへと突入する』という事だ。
運が悪ければ壁に衝突して文字通りバラバラ……支援砲撃も無いこの状況で、それは危険すぎた。


『……突入は突撃前衛が担当します!宜しいですか、伊隅大尉』

『了解した、鳴海……死ぬな』

『はい―――――白銀、クラウス………行けるな?』


そんな中、俺と白銀の名前が呼ばれる。奇しくも男三人組だが、理由は分かる。
白銀はA-01最高の機動力を誇る衛士であり、そしてその実力は佐渡島でBETAに囲まれた際にも十分に発揮している。
そして、白銀は今回の様な「無謀」に向いている。逆境であればそれだけ力を発揮するのが白銀だ。

そして俺は海軍として敵地への突入が任務であり、日常だ。
その経験を買って……だと思う。それに加え、俺のEF-2000は密集地帯での戦闘に特化してるとも言える戦術機だ。
これからの戦闘を考えれば相性も抜群だろう。



とまぁ、冷静に考えればこうなんだが……芸人としてそれはつまらないだろう?


「成るほど、『突っ込むのは男の仕事』って訳か?このエロガッパめ」

『ぶっ!てめ、クラウス!?』

『アンタ!こんな時になんて事を言うのよ!?』

『最悪ですね大尉、いや本当に』


A-01全員からブーイングを受ける俺。
だって、シリアスとか嫌いなんだよ!……前回では絶望感があった?知らんがな。


『はぁ……じゃあ行くぜ白銀、クラウス』

『勿論です、楽勝ですよ!』

「了解、後で奢りな」

『ちょっ!?階級はクラウスの方が上だろ!そっちが奢れって!』

「馬鹿野郎!俺の金だって無限じゃねーんだよ!!全部飲み代に消えたわ!!」

『……最悪です』

『………漫才しとらんでさっさと行かんかぁー!!!』


やべぇ!伊隅大尉が何か某カエル軍曹っぽい声でキレた!?


『『「行って来ます!!」』』


何故か危険を感じ、一気に突入する俺達。
そのまま着々と下降し、しっかりと閉じられた障壁を確認すると機体の姿勢を揃える。

この先は二重になっている障壁であり、そしてその下はBETAの支配下にある。
つまり、俺達は“なんちゃってダイバーズ”な訳だ。


『第二、第三隔壁を同時開放します!光線級の照射角が最も少ない箇所です!』

『了解!壁にぶつけてでも良いから初撃を回避しろ!その隙に全て狩るぞ!!』

『了解!全部俺が頂きますよ?』

「言うねぇ、白銀!」


タイミングを揃え、エアブレーキングによる減速。
小さく開いた隔壁の隙間を抜け………その瞬間、警報が鳴り響く。


『ーッ!!』


孝之のくぐもった声が耳に届いた瞬間、レーザー照射の初期照準が定められたのを機体が告げてくる。
白銀は上手く貨物運搬用の橋に機体を隠したが、ポジション的に俺と孝之は隠れる事が出来ない。

そして、レーザーが発射されようとする瞬間に俺達は同時に行動を起こしていた。


『耐えろよ、不知火ぃ!!』

「耐えろよ、俺の体!!」


孝之の操る不知火が跳躍ユニットと脚を用いて、壁を蹴って左右に機体を強制的に振る。
浅くレーザーが掠ったが、対レーザー蒸散塗膜がそれに耐え切る。

俺も似た様に回避するが、脚部ダメージが一瞬でイエローゾーンに変化する。異常とも言える負荷が掛かったんだ、当然だ。
多分、孝之も似た状況だろうが……戦闘継続は可能だ。


『ヴァルキリー16、フォックス3!』

『ヴァルキリー02、フォックス3!』

「ホルス01、フォックス2!」


数少ない光線級と、排除する際の障害を撃ち殺していく。
元々の個体数が少ない事もあって殲滅はあっさりと終わるが、足場が他のBETAによって完全に奪われていた。


「畜生!密集して仲間同士で押し合い圧し合いしてやがる!」

『S-11でもぶっこめば終わるんだがな!!』

『駄目です!涼宮中尉はハイヴの制御室に居るんですよ!?近すぎます!』

『分かってる!HQ!施設破壊許可があるんならS-11を起爆させる!!制御室の涼宮中尉は!?』


着々と降りてきたA-01の面々と合流し、今も湧き上がるBETAの侵攻を逸らそうと円陣を組んで突撃砲を撃ちまくる。
足の踏み場も無い、というのが現状だが少しの間なら「持つ」……それ故に急かしてしまう。

弾とて無限じゃない……このペースじゃ到底持たない。
だから、さっさと撤退するなり何なりがしたいのだ。退けないとは分かっていてても、だ。


『こちらHQ!涼宮中尉には救出部隊が向かってます!生死の確認後、離脱を開始します!』

『早くしてくれよ!?』

『うるさいわよ鳴海!伊隅!さっきの30分は無し、涼宮の離脱後にS-11を起爆させなさい』

『副司令……了解!全員、聞いたな!涼宮の離脱まで持たせろ、良いな!?』


全員の了解の声が響き、反応炉へ繋がる障壁を破壊しようとするBETAや俺たちに向かってくるBETAを排除し続ける。
佐渡島以上の地獄に、空笑いが出そうになるがそれを飲み込む。


「急いでくれよ……!」




 ◇




「不幸だ……」


まだ年若い青年はそう言葉にして洩らす。
戦術機適正は無かったから地獄の様な選抜テストを抜け、ようやくSASに配属された。

そして、何度かの任務を経験してイギリス王女の護衛という大役を果たす部隊へと配属されたのに……


「ローチ!さっさと撃ちやがれ!!」

「後方より兵士級3、闘士級1!」


………何でBETAとガチンコの殺し合いに参加してるのー!?


「ソープ!ローチとスミスを連れて道を開け!――――行けッ!!」

「了解!ローチ、来いっ!!」

「ふ、不幸だぁー!!!」


そう叫んでしまうが、まぁそれは納得してほしい。
俺だってこんな事になるなんて予想していなかったんだ……いや、本当にな。


「ったく、数だけは多いぜ!」

「ギャズ!帰りの分も考えておけ!」

「了解―――こいつでも食ってな!」


ギャズ中尉が通算3個目の手榴弾をピッチャーよろしく放り投げ、兵士級の口内へと入れる。
そしてくぐもった爆発音と共に弾けるBETAを通り抜け……途中で戦い、力尽きたであろう国連軍兵士の遺体に胸で十字を切る。

遺体を回収する時間は無い。
故にマクタビッシュ大尉がドックタグを引きちぎる様に回収し、この兵士が持っていたであろう血濡れのTAR-21ライフルを手に取る。

それの弾倉を引き抜き、残弾やフレームに歪みが無いかを確認して……小さく告げた。


「こいつは借りるぞ……来い、ローチ」

「……Yes Sir!」


冗談じゃない。あんな風になって堪るか……その気持ちを生存本能と勇気に変えて突き進む。
走り、時には止まり、邪魔となるBETAを排除し……そうしていると目的地の制御室前へと到達していた。


「ローチ、開けろ」

「了解」


硬く閉じられた扉に耳を添えたマクタビッシュ大尉が小さく頷き、ロックされている際の扉のパスワードを入力する。
すると、エアーが抜けた様な音と共に扉が開く。

中から、物音が聞こえた。


「きゅ、救助……か?」

「ああ、そうだ……生存者は何人だ?」

「9人だ……それも半分は重傷だ」


薄く暗い部屋、そこからヌッと体を出した黒人の国連軍兵士が安堵に声を洩らす。
その後ろには同じくライフルを携えたアジア系の兵士も居る。目が慣れてきた制御室内には、応急処置がされた兵士たちが座り込んでいた。


「……了解、さっさと脱出しよう」

「了解であります!涼宮中尉!」

「はい!あ、これ三角巾みたいに吊り下げに使って下さい」


アジア系兵士の声に負傷者の手当てをしていた涼宮が包帯を細く裂いた制服で紐を作りながら此方へと来る。
それを、途中で腕を押さえていた兵士に渡しこちらへと来た。


「初めまして、涼宮中尉。積もる話もありますがさっさとここから逃げましょうか?」

「了解です、よろしくお願いしますね?」

「ええ、勿論……プライス、生存者を確保、これより撤退する」

『あー……ソープ?こちらは問題が発生した』


脱出地点を確保しているであろうプライス少佐に通信を送るマクタビッシュ大尉の顔色が曇る。
その内容は聞こえないが、苛立たしげに足を揺すっている所からして“相当な問題”なんだろう。

やがて、通信は終わり溜息を吐いたマクタビッシュ大尉はこう告げた。




「………篭城決定だ」









【次回予告】

終わる筈の戦いは延長戦へと突入していく。
あまりの物量に追い詰められ始めるA-01、そして逃げる手段が“何か”に閉ざされた救出部隊。
この戦いの終わりに何があるのか?



―――――そして、白き百合はその身を紅く咲かせる。






                             アカイアカイ、血ノ華ヲ




次回
「守れた物、守れなかった者」



[20384] 【AL第15話】守れた物、守れなかった者
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/07 19:02


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2001年12月28日――14:31:19
国連軍太平洋方面第11軍横浜基地 反応炉制御室
Gary ・“Roach”・Sanderson軍曹
SAS第22連隊
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「……マクタビッシュ大尉、篭城とはどういう事ですか?」


涼宮中尉がこの場に存在する全員に共通する疑問を問い掛ける。
それに、少し顔を顰めた大尉はどうしようかと悩んだ様な顔をし……こう告げた。


「………戦車級がこの通路に入り込んだ」

「「「ッ!?」」」


戦車級……“衛士を最も食い殺したBETA”としてその名が知られている小型種。
歩兵でも十分に対応できるBETAなのだが……それは、「12.7mm弾クラスの銃弾を撃てる機関銃」という条件が付属する。

現在、俺達が装備するM4やG36Cといった銃が使用する5.56mmでは戦車級相手には力不足、豆鉄砲だ。
かと言って、有効手段となりうる物……手榴弾・C4・グレネード弾は極少量のみ……やれなくは無いかも知れないが、失敗すればアウトになる。


「今、プライス達が対抗策を取りに行っている……それまでの辛抱だな」

「取り合えず、その入り込んだ戦車級が俺達の所に来ないのを祈るしか無いって訳ですね?」

「そういう事だ、信心深いのなら祈ったらどうだ?」

「冗談言わないで下さいよ大尉」


銃の簡易メンテナンス、そして空弾倉へ銃弾の補給を済ませつつ気配を潜める。
例の戦車級は脱出地点に存在するらしいが、他のBETAがまだ徘徊している場合もある。

そう思い、全員が直ぐに動ける体勢で固まっていたのだが……響き渡る戦術機の36mmチェーンガンの音に全員が反応した。


「……まさか、あのBETAの中に突っ込んだ部隊が居るのか?」

「う、嘘でしょう!?あんな閉所で3000を超えるBETAですよ!?しかも未だに数が増えてるってのに!!」

「声を落とせ!」

「まさか……皆っ!」


メインシャフト直下より出現したBETA……その中に突入したのは涼宮中尉の知る部隊なのか声を上げる。
そして、少し考える様な仕草をして……何かを思いついたのか、その顔を青くした。


「マクタビッシュ大尉、恐らくですが現在戦闘中の部隊はその全機がS-11を搭載しています」

「……何だと?」

「S-11!?戦術核クラスの兵器だぞ!!……まさか」

「はい、マクタビッシュ大尉。司令部より最低限の情報は掴んでますね?」

「ああ、この基地の真下からBETAが今も沸いているって位はな」

「はい。恐らく、そのBETAが沸く原因ごとBETAを駆除するには……S-11の使用する可能性が高いかと思われます」


冷静な判断……とは言えないが、可能性だけでそれだけの先を見通す涼宮中尉に全員が感心する。
事前に装備などの知識もあっただろうが、それでも十分だ。


「それだと、ここの通路に爆風が雪崩れ込みます……戦車級が侵入できる穴があるんですからね」

「だろうな……そのS-11を装備している部隊も何時まで持つか不明、しかし脱出するにも戦車級の存在がある……」


そう言うと全員が黙り、思考を巡らせる。
何か、何か無いか……そう思い、周囲を見渡して……にやっとマクタビッシュ大尉が笑みを浮かべたのが目に入った。


………あれだ。昔、ミッションで屋根を移動中に俺だけ落下した時と同じ位に嫌な予感がする。


「全員、良く聞け。持っているC4と手榴弾を全て渡せ」


そう言った大尉に渡す物を渡すと、ポケットから出したテープで何かを作り始める。
ビリッ、ビーというテープを伸ばしたりする音が響く中、完成した“ソレ”を「どうだ?」とでも言いたげな顔をしていた。


「さて、対“戦車”兵器は完成した訳なのだが……ローチ?」

「な、ナンデセウ?」

「お前、足は速かったよな?特に逃げ足だ」


かなり良い笑顔でそう聞いてくる大尉に俺は必死の形相で首を横に振る。
間違いない、絶対にナニカサレル……そう目が物語っている!あとスミス、十字を切るな!あと涼宮中尉も苦しげな顔をしないで下さい!!

俺が本当に泣きそうになりながら周囲に助けを求めると黒人とアジア系の伍長,sが良い笑顔でサムズアップ。
それが引き金だったように、マクタビッシュ大尉が笑顔で俺の肩を掴んだ。


「心配するな、ローチ。“ただの鬼ごっこ”だ…………ああ、両親への手紙は俺が書いておこう」

「書くなぁぁぁぁあああ!!!――――ああもう畜生!やってやらぁ!!」


本当に泣く俺を無視し、緊急離脱して戦車級の対抗手段を確保しに行ったであろうプライス少佐に無線を繋げる。
……そして、行動が開始された。


………ああ、俺の役目?それはな……





「鬼さんこちら、手の鳴る方……ってぎゃあああああ!?来るな!こっち来るなぁぁああ!!?」


……負傷者の脱出する時間を稼ぐ囮だよ!戦車級相手にな!!


「幾らその戦車級が負傷してるからってこれは無いだろぉ!?」


最低限の武装のみを装備した軽装でのデス・ランニングに毒づきながら兎に角は逃げる。
戦車級は本来なら最大時速80㎞/hという俊敏性を誇る……だが、左右3本の足の内の片側2本を喪失し、この閉所で身動きも取り難い。
脅威であるのには変わりが無いが……こちとら人としての限界近くまで鍛えてるんだ、簡単にヤられて堪るか!


―――――チッ。


「ひぃぃぃぃ!?掠った!何かがケツに掠ったぁぁぁぁああ!!?」


………まぁ、そんな決意も後ろから迫る脅威に対してはケツだけにクソの役にも立ちそうに無かったが。
そんな俺に、今では極上の美女の誘惑の言葉より素晴らしい声が肩に括り付けた無線より響き渡った。


『ローチ!上出来だ、戻って来い!!GOGOGOッ!!』

「やっとですか!?遅いですよッ!!」

『ぼやくな!後で上等なスコッチでも奢ってやる!!』

「そりゃ楽しみです!!」


最も無駄なく角を曲がるとプライス少佐、マクタビッシュ大尉を含めた3人がそれぞれ銃を構えている。
そして、脱出地点である梯子の傍には一本の降下用ロープが垂れていた。


「―――そういう事ですか!?」

「そういう事だ!!」

「例のブツを使う!――――いらっしゃいませお客様!」


俺はすがり付く様に俺はリグを繋ぎ、戦車級への銃撃を停止したプライス少佐達も脱出の準備を進める。
そして、大尉が作成した「対戦車兵器」を振り回し……勢いよく戦車級の口へと投げ込み……スイッチを取った。


「当店では、C4を潤沢に使ったスペシャルな肉団子しかありません……てなぁ!!」


その瞬間、後ろ腰に付けていたSPIEリグに強烈な力が掛かって体が引き上げられ……そして、下から強烈な爆風が吹き上がってくる。
マクタビッシュ大尉特製の棘付き爆弾が直撃したであろう戦車級は今頃、ズタズタになっているだろう。

まさか、破損した内壁や空調のパイプを使用して巨大な手榴弾を作るなんて誰が予想できるだろうか?



そう思いつつも、軽装故に背中が擦れる事で発生する摩擦熱に悲鳴を上げながら………ようやく、明るい世界に戻る事が出来たのだった。




 ◇




「ああもう、クソッたれ!!」


殺しても殺しても減らないBETAに悪態を吐きつつ、最後の36mm弾倉を突撃砲に装填する。
傍目で確認したA-01の面々が乗る不知火は既に元の色が分からないほどにBETAの体液に染まり、見た目からして酷い状況になっている。

それ以上に、機体ダメージは既にスクラップ寸前のダメージだろう。
事実、浅く攻撃を受けた者も居れば、戦車級に機体を齧られた者も居る。だが、BETAを進ませる訳には行かないのだ。

………この状況で死者が未だに出ていないのはBETAが反応炉を目指しているのと数の多さ故に動きを阻害しているからだろう。
奇しくも、この地獄の様な物量が有利に働いてるようだ。


『HQ!まだなのか!?流石に限界だ!!』

『此方HQ!救出部隊より反応炉制御室確保、涼宮中尉の無事を確認しました!ですが、通路内に戦車級が侵入、脱出が困難になっています!!』

『なんですって!?』

『現在、救出部隊隊長の方が武装を……降下用ロープと機械化歩兵ですか?………了解しました!』

「どうでも良いが、早くしろ!―――ホルス01、全弾消耗!!」


今まで梅雨払いを続けてくれた突撃砲をBETAへ投げつけ、ブレードを抜いて斬り込む。
同じく白銀に孝之、速瀬らも弾が完全に尽きたのか長刀を手に続いていく。月詠中尉の武御雷もその中に加わっていた。


『まだか……っ!――――まだなのか!?』


既に泥沼化しつつある戦線、抑えきれぬBETAの物量に焦りの声が響き渡る。
後衛からの支援射撃すら無くなり始める……最後方で支援射撃を続けていた珠瀬が長刀を手にするまで追い詰められている。

俺は一度大きく退き、もう一本のブレードをエレナへ渡す。


「突っ込むぞ!!」

『了解です!』


要撃級をブレードを薙ぎ払い、飛び掛ってきた戦車級をEF-2000の腕の刃で引き裂き、間抜けに動きを止めた突撃級を後ろから踏みつけてズタズタにする。
ブレードの切れ味が徐々に悪化していく中、衰えないBETAの波に機体が飲まれんばかりにうねる。

そしてあと一歩、あと少しと念じる様に呟いていき――――――そして、一本の通信が入った。


『救出部隊の離脱成功!周辺に展開していた基地要員も退避完了しました!!』

『――――風間、珠瀬、柏木!S-11セット!爆破の指向性を基地直下に一つ、地表に二つ合わせろ!!他は全力でBETAを近づけるな!!』

『『『了解!!』』』

『HQ!S-11設置後に離脱する!隔壁は爆発の衝撃を上に逃がさない様に合わせて閉め始めろ!タイミングは此方で指示する!!』

『HQ了解!』


S-11を設置する間だけ守れればそれで良い……そのつもりで駄々を捏ねる子供みたいに暴れ回る。
既に棍棒になったブレードを破棄、ナイフだけになるが……これで終わりだ。


『伊隅大尉!セット完了しました!』

『了解した!タイマーは40でセット!――――全機、退避しろ!!』


その瞬間、全員の機体の跳躍ユニットが点火し、一気に機体を持ち上げる。
閉まる二重障壁を越え、上へ上へと機体を押し上げて距離を少しでも離していく。

逃げ場の無くなったエネルギーは今も俺達が飛び上がっていくメインシャフトを埋め尽くす可能性がある。
あの二重の障壁で抑え切れれば良いが……流石にS-11クラスの爆破に耐えれるとは保障できない。


『爆発まで20!』

『急げ!止まれば巻き込まれるぞ!!』


甲高い跳躍ユニットの音が響き渡る。
最大出力で推進剤を燃やして速度に変え、一気に抜けていく。


――――――そして、突入ポイントとなった中央集積所へと飛び込み、隔壁が閉じられる。
その瞬間、鈍い衝撃が基地を揺らし……





―――――――――それと連鎖したかの様に、エレナの乗るEF-2000が小爆発し、頭を殴られた人間の様に踏鞴を踏む。



「―――ッ」

『マクタビッシュ少尉!?不味い!跳躍ユニットが破損して燃料が漏れたのか!?』

『御剣!跳躍ユニットを機体から切り離せ!!まだ、燃料は――――』


伊隅大尉の言葉を区切る様に再度爆発する跳躍ユニット。
その爆発は機体本体にも及んでおり……機体が鈍い音を上げて――――





―――――――大きく、残響する音を残しながら崩れた。




「エレ、ナ……」


宗像中尉の不知火がEF-2000に取り付き、彩峰が身を翻して管制ユニットの中へと飛び込んでいく。
そして、10秒もしない時間の内にエレナを運び出していた。


『嘘……』

『医療班、重傷者発生!緊急だ!!』


普段から自慢にしていた金色の髪が赤く染め上がっている。
頭部、出血量からしてかなりの負傷の筈だ。

そして、その顔は前髪に隠れて伺えないが………それが余計に俺を駆り立てた。





「――――――――エレナァァァァァァァァア!!!!」





後には、半壊した白いEF-2000が残るのみ。
その機体の純白の装甲に斑点の様に染まった赤い色が………これを現実だと教えた。






次回へ続く



[20384] 【AL第16話】たった一つの想い
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/07 19:11

【2001年12月29日 横浜基地BF19 香月研究室】




「一先ず、お疲れ様ね」

「ええ……で、今回の襲撃の件ですけど…」

「……結論的に言えば、最下層ブロックへの進入を許した結果になったわね――――貴方の言った映画の内容の通りに」


博士は、「ま、反応炉もXG-70dも何とか無事だったけどねー」と言いながらソファーへと身を任せてそう言う。
俺は既に手馴れた様にコーヒーを入れ、そして差し出す。


「あらありがとう……で、そんな世間話をしに来た訳じゃ無いんでしょ?」

「話は早い方が宜しいって訳で………鑑からの情報漏洩の件です」

「それね……それは流石に防げなかったわね。00ユニットを存在させるには反応炉でのODL浄化作業が必須だししょうがないのよ」

「ええ、じゃなきゃ“犠牲”を出してまで反応炉を守った意味がありません」


コーヒーを一口啜り、俺はゆっくりと残り数本となった葉巻の一本を取り出して火を着ける。
横浜基地防衛自体は犠牲も少なく終わった。結果では人類の勝利、これが次の『決戦』で少しでも士気を上げる要因になればいい。

そして、俺が言う『決戦』が……博士の口から、呟く様に零れた。


「各ハイヴの頂点、甲1号目標……カシュガル。まさか、こんなにも早く行動に移す必要が出るとは思わなかったわ」

「ま、ある程度は準備してて正解でしたよ……機体調達の方は?」

「コネをフルに使った結果がこの後に届くわ……ま、組み上げに機体の慣らしもしなきゃならないから色々と“オマケ”も居るけど」

「オマケ……ですか?」

「そうよ……あら、ちょうど来たみたいね――――じゃあ、後は頼むわね?」

「……?」


何かを含んだその言葉に俺は疑問を持ちつつも、博士の部屋から出て地上へと向かう。
地上にある滑走路には何機ものAn-225輸送機にC-5輸送機が存在し、そのガイドに地上員が走り回っている。

その輸送機の殆どは国連軍が保有する機体だというのは分かるのだが……いかんせん、多い。
俺がそう思い、邪魔にならないように輸送機に背中を向けて移動しようとすると……何かが走ってくる音が聞こえた。


「ん?なん―――――ぐふぅぁ!?」

「ひっさしぶりだなクラウス!!」


背中に直撃した強烈な衝撃に俺の悲鳴を上げていた体が叫び声を上げる。
俺は痛みにゴロゴロと転がってる事しか出来なかったが……何とか視界に襲撃者を収め……固まった。


「あっはっは!生きてるとは思ってたけど元気だな!」

「あらあら」

「急に元気になるんだなぁお前」

「まったくだ」

「だ、黙れよ!お前ら!!」


予想……というか予想すら出来なかった懐かしい面々に俺は小さく口を開き……名前を呼ぶ。


「ユウヤ」

「よう」

「ステラ」

「久しぶりね」

「VG」

「よ、元気そうじゃねーの」

「………チョビ」

「おいこらクラウスてめぇ!!」


アラスカに居る筈のアルゴス試験小隊の面子が、横浜に居る。
それだけで混乱していたのだが……その後ろから此方へと歩いてきたもう一人の存在に俺は声を上げた。


「じ、神宮寺軍曹!?」

「今は“少佐”だ、バーラット大尉」


少佐の階級章を着けた……何だか疲れた様な顔をした神宮寺少佐がそこに居た。
そういや、機体調達はもう何日も前から言ってあったけど……まさか。


「………ユウヤ、お前ってもしかして弐型の扱い方を教えに来たのか?」

「ご名答……無茶苦茶だろ?」

「そうそう!本来は予備機の筈のパーツも組み上げられてんだぜ?それで言い渡されたのは『機体の移譲』命令!ふざけてんじゃねェの!?」


……試験運用する機体は実働機の他にもう一機分のパーツが揃えられている。
大規模な事故が発生し、機体が損傷・廃棄しても試験を続けられる様に……なのだがなぁ。

博士、それだからってどうやって弐型なんて最新鋭の機体を手に入れたんですか……?


「あ、あの人は、まだ完成すらしてない戦術機を……」

「現状でも不知火以上の性能だ……調整するのもヴィンセントだし、心配すんなよ」

「そこは心配してねェけどさ……その、アラスカは色々とあったんだろ?」

「そうね、色々とあったわね」


話だと、大規模なテロが発生したとか俺は聞いてる。
ここに居る面子からして、無事だったみたいだが………あんまり詳しくは聞かない方が良いな。


「……ま、良いか」

「そーそー!で、あの金髪は?いっつも一緒に居た……えっと…」

「エレナの嬢ちゃんだろ?」


笑顔でそう問うタリサに反して、俺の顔は固まっている。
あいつは……



「……エレナは――――――」




 ◇



A-01隊員が揃うブリーフィングルームは普段の空気は無かった。
その誰もが顔を強張らせ、作戦内容を告げている香月博士を注目していた。


「カシュガル……攻略……!」

「そうよ……そこで、A-01を各隊に分けるわ……まりも」

「了解しました、香月副司令………では、部隊分け及び装備の受領を行う」


【A小隊】
隊長:神宮寺 まりも「不知火弐型」
彩峰 慧 「武御雷」
榊 千鶴「武御雷」
宗像 美冴「武御雷」
柏木 晴子「武御雷」

【B小隊】
隊長:鳴海 孝之「不知火弐型」
白銀 武「不知火弐型」
涼宮 茜「武御雷」
御剣 冥夜 「武御雷」

【C小隊】
隊長:伊隅 みちる「武御雷」
速瀬 水月「武御雷」
高原 舞「武御雷」
麻倉 静香「武御雷」
築地 多恵「武御雷」

【D小隊:XG-70d直衛】
隊長:クラウス・バーラット「EF-2000」
珠瀬 壬姫「武御雷」
鎧衣 美琴 「武御雷」
風間 祷子「武御雷」

【XG-70d搭乗員】
涼宮 遙 :操縦
鑑 純夏 :機関制御
社 霞:戦域管制


「―――――以上だ」

「質問――――この大量の武御雷はどの様に手にしたんでしょうか?」

「……博士曰く、『機体が余ってた』との事だ。それ以上は聞くな、問うな」

「は、はぁ……」


またやったのか、あの人……そんな空気がブリーフィングルームに満ちる。多分だが、月詠さんとか王女護衛とかの機体なんだろう。
とまぁ、その空気は晴れる事は無く会議は終わる。弐型を受領した者はユウヤ達が待つブリーフィングルームへと向かっていった。

ここから先は、各々が機体を手懐ける必要性がある。
細かい事は博士が全て段取りをしてくれる………衛士である俺達は、最大限の力を発揮できる様にするだけだ。


「……クラウスさん」

「霞?どうした、涼宮中尉は……ああ、XG-70dの操縦訓練があるか。ピアティフ中尉にでも管制の仕方を教えて貰うか?」


そう思いつつ、俺も機体の調整に行こうと部屋を出ようとすると背中に掛かった霞の声に立ち止まる。
霞がXG-70dの搭乗員に立候補した瞬間、全員から驚きの声が上がったのは耳に今も残っている。

……全員が反対する中でも、霞の意思は揺るぐ事は無かったが。

まぁ、そんな事もあり少し気にしてしまう。
そして、普段と同じ表情の霞が……俺へ向けて言った。


「クラウスさん………エレナさんの所に行って上げて下さい」

「―――――」




「エレナさん、待ってます」



 ◇




結果で言うのなら……俺は霞から逃げた。
エレナは今、眠っている。昏睡状態ってのが正しい状況なんだろう……頭部を強く打ち付けたのが原因だ。


「………」


エレナのEF-2000が爆発した理由は、跳躍ユニットに「36mmが被弾」した事で跳躍ユニットが損傷。排熱が上手く行われなかった。
どうやら、S-11を装備していない機体が自爆する様な状況になっていたらしい。
だが、推進剤が漏れていたお陰で爆発の規模も被害も少なくエレナも死ななかった。

あんなBETAの地獄でそんな細かな事に気が向かなかっただろうし、被弾だってその状況下だ。
白銀達の機体も被弾してるのは少なくはなかった………不幸な事故なんだろう。

まぁつまり、最悪に最悪が重なって……そしてちょっとの幸運がエレナの命を繋いだってとこだろう。


「………クソッ」

「――――あら、随分と荒れてるのね?」


苛立たしげに地面に転がっていた石を蹴り飛ばす。
蹴った石は大きく飛んで行き、少なく残っていた雑木林に入り込んで見えなくなる。

それを見届け、場所を変えようと思い振り返ると……クリスが居た。


「………クリスティーナ王女」

「クリスで良いと言ってるでしょう?………まったく、子犬ちゃんが重傷って聞いたから落ち込んでると思ってたわ」

「………ッ」


全てを見透かしてそうな目に俺は何故かイラつきが走る。
この感情は八つ当たりに近い筈なのに……何故か、何故か抑えれない。


「あの爆発は“事故”だったの、“仕方がない”わ」

「………」

「クラウス・バーラット……貴方がどう思おうがそれは事実よ」

「……分かってますよ」


ああ、イラつく。何だ、言いたい事があるのならさっさと言えってんだ。
そんな俺を見ていたクリスは小さく笑んでるのを止め……溜め息と共に呟いた。


「………情けない男」

「――――ッ!」


その瞬間、俺の中にある“何か”が切れた音を俺は聞いた……気がする。
気がついたら、普段は見せない様な程に機敏な動きで……クリスを組み伏せていた。


「ーッ!………あら、自尊心だけはしっかりと働いてるのね?」

「黙れ」

「黙らないわよ、ムキになって怖い顔をする貴方が面白いんだもの」

「黙れと言った」

「あら怖い、私ってば貴方の慰み者にされちゃうのかしら?」


飄々とした態度を取り続けるクリスに俺は舌打ちをし、立ち上がる。
これ以上、下らない事に時間を費やしたくないし、費やす時間も無い。

だから、俺は足早にその場を去ろうとして……その背中に掛けられた言葉に気づかないフリをした。
……何の否定も出来なかったから。



「全部、背負ってる気になってるのね」という言葉から。




………だから、俺はまた逃げる。
分かってるからこそ、それを理解してるからこそ逃げる。

全部背負ってる気……その通りだ。俺は、やれるのは自分だけと思い込んで好き勝手に行動する。

そうさ、これは只の自己満足だ。この世界のくそったれな結末を、自分なりに何とかしようと足掻いた結果がエレナの重傷という結果。
本来なら、負う筈も無かったであろう怪我で……生死の境を彷徨っている。

俺は、このA-01という舞台にエレナを巻き込んだ俺は!……アイツを守る義務があるのに………結局は守れなかった。

自己満足?身勝手?―――――ああ、そうだろうさ。その通り、俺の行動は全て自己満足から来てるんだ、ご名答って奴だよ。
あの結末を知る俺には何かが出来ると信じて、何かをしようと努力して、結果を得ようと渇望して!………そして、ここまでやってきたんだ。


言うのなら、俺は周り全てを利用してるみたいなモンだ。
この基地の皆、戦う仲間の思い、博士の苦悩も…………エレナが持つ俺に対しての感情も……全てを利用してた。


そんな俺が……


「アイツに、ノコノコとツラ下げて行ける訳がねェじゃねぇか……ッ!!」


たった一つの思いすら……「守る」って事を貫く事すら出来ない俺には、アイツに合わせる顔は無い。





――――――――だから、だから必ず……そうさ、必ずだ。


《推奨BGM:KOKIA「たった一つの想い」》



「バーラット大尉!大尉の機体の修繕が完了しました!」

「了解……今まで、助かったよ」

「い、いえ!明日の出撃、御武運を!!」

「ああ、世話になったよ」



――――――――必ず……俺が目的としてきた、「守る」を貫き通すから……。


「だから、あと少しだけ―――――」









そして、翌日。
横浜基地より白い尾を引く様に空へと上がっていくシャトル。
それを見送る者達は祈っていく。



―――――人類の勝利を。


―――――戦乙女の生還を。




―――――そして……






                                        笑顔の終焉を








2002年1月1日。
帝国名称【あ号標的】の破壊を目的とした全世界を巻き込む一大反抗作戦、『桜花作戦』が決行される。



その時まで……あと、幾ばくかの時が残っていた。






次回、「全てに終わりを」






[20384] 【AL第17話】全てに終わりを
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/10 09:49


――――先のBETA襲撃により、我が横浜基地はあわや壊滅という所まで追い込まれた


機体の最終調整を済ませ、シャトルへと乗り込んでその時を待っていると通信回路から聞き覚えのある声が響く。
この声は……ラダビノッド司令の声だ。
鼓舞の、そして暫しの別れの演説なのだろうか。


――――しかし、我らは諦めずに抗った。だが、それでも多くの命と貴重な装備が失われ、隣に立っていた戦友を失ってしまった者も居るだろう

――――だが・・・・・・見渡してみるがいい
――――この死せる大地に在っても尚、逞しく花咲かせし正門の桜のごとく、 そびえ立つ我等が寄る辺を


そうだ。基地は……俺達の家は、守れたんだ。


――――傍らに立つ戦友を見るがいい。 この危局に際して尚、その眼に激しく燃え立つ気焔を
――――我等を突き動かすものは何か。 疲れの癒えぬ我等が何故再び立つのか!


演説に力が、まるで魂から話す様に迫力のある声が……耳に届く。


――――それは、全身全霊を捧げ絶望に立ち向かう事こそが、生ある者に課せられた責務であり、 人類の勝利に殉じた輩への礼儀であると心得ているからに他ならない!



――――大地に眠る者達の声を聞け
――――海に果てた者達の声を聞け
――――空に散った者達の声を聞け


無念だったろう、悔しかっただろう……過去に、今の人類を守る為に散っていった者達を思う。


――――彼らの悲願に報いる刻が来た!


そうだ、これが、負け続けていた人類の反撃の狼煙となる。


――――そして今、若者達が旅立つ
――――鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ


俺達の背中には何万、何十万、何百万何千万もの人々の思いを背負わなくちゃいけない。


――――歴史が彼等に脚光を浴びせる事が無くとも……我等は、刻みつけよう
――――名を明かす事すら許されぬ彼等の高潔を、我等の魂に刻み付けるのだ


だから、「英雄」となんて呼ばれなくて良い。それなら、誰だって「英雄」になれる。
“英雄”(ヒーロー)ってのは、自らの意思でもって世界を良くしようと戦う人々の事を言うからだ。


――――旅立つ若者たちよ
――――諸君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな
――――諸君を戦場に送り出す我等の無能を許すな


だから、俺達は幾万もの英雄の一人として……戦うだけだ。


――――願わくば、諸君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を


その言葉と共に、カウントダウンが間も無くゼロへと向かっていく。
ここからじゃ周囲は見えないけど、弐型を届けてくれて扱い方を授けてくれたユウヤ達も、京塚のおばちゃんに基地の皆も……香月博士も見ているんだろう。


「己のために戦うということは、全世界を敵に回すこともあるということ……か」


発射30秒前……ふと、頭に浮かび上がった何かで聞いた事のあるフレーズを呟き、俺は顔を笑みの形にする。
上等だ―――世界っていう物語が、本当の結末ってのを望むんなら……


「―――真っ正面から、食い千切ってやる」


その瞬間、体を押し潰す様な加速が体に掛かる。
それに歯を食い縛って耐え続け……どれだけの時間が経過したのか、気がつけば……押さえ付けられる様な重さを感じなくなっっていた。


「……多分、宇宙空間に抜けたかな」


痛む体を少しだけ動かし、間接を解しつつ機体チェックを行う。
結果は地上での最終点検の時のまま、各部異常なし、武装も問題なし……後は待つだけだろう。


『宇宙へようこそ、此方は国連宇宙総軍第三艦隊。貴官らのエスコートを任命された……短い間だが、お手柔らかに頼む』

『これはご丁寧に……短き時ではありますが、よろしくお願いいたします』

『おお、これはお美しい声だ。この作戦が終わった暁には、我が祖国ご自慢のウォッカでも如何かな?』

『それは素晴らしい提案ですね……では、全てが終わった際に』

『ええ、こちらも喜んで……では、通信終了』


XG-70dを中継して繋がった通信に神宮時少佐が応答する。
通信相手は第三艦隊旗艦『ネウストラシムイ』艦長だろう。


「………」


俺は、この作戦の始まりを知っているしこの場に存在する駆逐艦乗りの終焉も知っている。
だけど……それを口にしても、俺には止める権利は無い。

これは、駆逐艦乗りとしての彼らの戦いだ。俺たちを届ける……輸送屋としての一世一代の大勝負。
衛士が戦場で戦術機を駆ってBETAを殺す様に、駆逐艦乗りは運ぶべき存在を運ぶのがその存在意義なのだから。

そう、俺が思いつつゆったりとした面持ちで狭い戦術機の管制ユニット内壁を見つめる。
途中に、気を利かせてくれたのか入ってきた映像……宇宙から見る地球の青さに少しの笑みを浮かべて……そして、通信が入った。


『これより、最終ブリーフィングを開始する』



 ◇


《推奨BGM:Taja「時空のたもと」》


地表で、一瞬だけ光が奔ったのが見える。
多分、アレは陸路で侵攻していたXG-70bの砲撃なんだろう……作戦でもそうなっている。

無事だったXG-70bを外部制御で操作し、大規模な攻撃と共に一点集中して陽動を開始させる。
それに加えて、XG-70bの砲撃より少し前から通常弾による軌道間爆撃が投下されている。

本来なら、迎撃されるであろう砲弾だがXG-70bが大きな囮になってくれた。故に、通常砲弾でも十分なBETAの減少が確認できていた。


『XG-70bの第二射!SW115付近のBETAの移動を確認しました!』

『―――AL弾投下!及び、ハイヴ突入部隊の大気圏突入を開始する!』


そして、俺の乗る再突入殻も……地表を目指して降下していく。
今、俺が降下していく中でも……爆撃を終えた駆逐艦が、ハイヴ突入部隊の生存率を高める為に先行しているだろう。


「………そろそろ、か…」


再突入殻という盾に守られながらも、体を潰そうとするGに歯を食い縛る。
高度はどんどん落ちていき、その度に地球の重力に引かれてるのか体への負荷が増していく……そして、その時が来た。


「――――――ッ!!」


共に降下する国連ダイバーから聞いていた通りの、急激な減速と共に掛かるG。
常時8Gという、健全な肉体を持つ者でも苦痛を強いる物を兎に角、耐え続ける。


「―――――ぁ―――!!」


無意識に、両腕で腹部を押し込む。少しだけ掛かるGが軽くなった様な気がするが……あまり、関係は無かった。
意識がブラックアウトしそうなのか、黒く塗り潰される視界を唇を噛み切った痛みで目覚めさせ……そして、フッとGが消失した。


『カプセル開放――――地獄へようこそ!!』


視界が晴れる。
先行していた国連ダイバーから祝福の声が響き……地面へ降り立つ。目の前には、死んだBETAを乗り越えて殺到するBETAの山。

文字通り、この地球という星が地獄とも言える様になった全ての始まりの地へ。


『ヴァルキリー01より各隊へ告げる!フォーメーションは崩すな!あくまで、本命であるXG-70dへ向かうBETAを減らす陽動として動け!』

『『『了解!』』』

『バーラット大尉!XG-70dを宜しくお願いします!』

「―――――了解、存分に暴れて来い……嫁さんを待たすんじゃねぇぞ?」

『……ッ!了解です!』

「OK……なら、俺も行くかね」


俺は、鼻と口から漏れる様に出た血液をタオルで拭って前を見据える。
遠くには今も陽動を派手に続けるXG-70b、俺の後ろにはSW115へ突入を開始するXG-70dの姿。

これと同じく、世界各地でも陽動作戦が実施されているのだろう……。


―――ソ連でも
「やれやれ、まったくどうして……波乱な年明けとなったな――――大隊戦友諸君!聞こえるか!!」

『『『はい!同志中佐!!』』』

「大変ご機嫌な事に、我々は人類の反抗作戦の最前線に居る……これが示すのは何だ?」

『『『我等の力を示せ、そう告げているものであります!!』』』

「よろしい――――諸君、ジャールの名の通り、近づく虫は全て焼き払え!!」

『『『Ураааааааа!!』』』



―――欧州でも
「我々はリヨンハイヴに侵攻する…… だが、それすら陽動にすぎない」

『『『……』』』

「―――――本作戦の目標はオリジナルハイヴ……人類はこの戦いに全てを懸ける!!!」

『『『Yes Ma'am!』』』
                     マーチ
「横隊を組めェ!―――――全機、行進!」



―――半島でも
「彩峰閣下……私は、この地に戻って参りました……」

「沙霧大尉、皆が言葉を待っています」

「ああ………諸君!無能であった私に付き合わせて済まなかった!」

『『『………』』』

「我等に退く道は無い、道は全て切り開くのだ!―――――皆の命、私が預かる」

『『『おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』』』



インドでも、イタリアでも、アフリカでも……世界各地の何処であってもその命を燃やし尽くさんばかりに人が戦っている。
だから、俺達には諦めるのも無理だと嘆くのも出来ない……いや、やれないんだ。


「最初から、全開フルスロットルだ……」


XG-70dの2700mm電磁投射砲が、派手にBETAを吹っ飛ばした穴に戦術機達が競う様に飛び込んでいく。
俺もそれに続く様に飛び込んでいく………薄く暗い、ハイヴへと。






次回、最終回です。



[20384] 【最終話前編】桜ノ花
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/14 21:23

「不気味、だな」


やけに静かな……いや、静か過ぎるハイヴの中を進みながら言葉をオレは呟く。
BETAは、確かに多く存在している……だが、地表で派手に暴れているであろうXG-70bやハイヴ内へ侵入して破壊を撒き散らすXG-70dに多くが排除されていた。

本来は喪失していた筈の2700mm、120mm電磁投射砲の存在もかなりの威力を発揮しており、友軍部隊もそれなりに存在する。
これだけで、3~4万程度のBETAが一挙に攻めてきたとしてもその多くを排除できる。

討ち漏らしは俺達みたいな戦術機部隊が担当し、兎に角はXG-70dへと近づけない様にしている。
……そう、上手く行き過ぎているんだ。

そう、俺が警戒をしながら進み続けると、第53層広間44に到着する。
ここで、陽動に動いている他A-01部隊と合流する予定なのだが……今まで、戦ってきたBETAが少ない分が不安でもある。

俺がBETAなら、ここで仕掛ける。


『一番乗り~……じゃ、 無いか』

「孝之か……全員、無事か?」

『ああ、俺と涼宮の機体のS-11を突破口を開くために使ったけど、全員無事だ』

『そっちも、皆無事みたいですね』

「お前も元気そうだな白銀……お前は少し、鑑の傍に居てやれ」

『……ッ!了解です!』


白銀が元気よく返事したのに小さく微笑み、俺は続いてきた二個中隊のF-15E―――国連宇宙総軍所属、第三軌道降下兵団―――と通信を繋げる。
総勢19機……この地獄でXM3を搭載すらしていない機体で5機しか失っていないのは驚きに値する。

―――でも、彼らは戦友を失っている……いや、彼らだけじゃない。地上でも、世界中でも同じだ。
だから、俺は何も言わない。
謝れば多くの犠牲を無駄にするから。

俺は、ここまで来てくれた事への感謝の言葉を小さく呟いて……前を見据えた。


「―――さて、後は神宮寺少佐に伊隅大尉の隊か………心配するだけ損かもな」

『大尉、補給用コンテナを敷設しておきましょう……ここから先は何があるか予測も出来ません故』

『そうだな……よし、御剣少尉と珠瀬少尉、涼宮少尉と鎧衣少尉でエレメントを組んで前方警戒、風間少尉は白銀機の傍に待機して後方を』

「ダイバーズは前方、謎の障壁の周辺へS-11を設置、この通路をこじ開ける。俺と孝之はコンテナを出す……いいか?」

『『『了解!』』』

『うっし……じゃぁ、ちゃちゃっと運ぶぜ?』

「分かってるっつーの」


凄乃皇に積まれているコンテナからえっちらほっちらとコンテナを運び出し、設置していく。
今の所、弾薬と推進剤を消費したくらいだが……油断は出来ない。
孝之が言った言葉に、S-11を使用して突破とあったが……そうする必要性があるほどに緊迫した状況に追い込まれたのだろう。

それに、のんびりと弾の補充を出来るのもこれが最初で最後だ。
それ以前に、のんびりと出来てるだけ幸せなのかも知れないが。


「………ん?」

『お、レーダーに反応……皆無事か!』

『ああ、無事だよ鳴海中尉。しかし、早いな?流石は突撃前衛長を中心としたチームと凄乃皇と言った所か』

『神宮寺少佐、伊隅大尉!』

『再会の感動は後だ……各機、消費の激しい者から補給にかかれ』


どの機体も、BETAの体液に濡れて汚れていたりするが欠ける事も無く揃っているのに安堵し、警戒に混ざる。
少しだけであっても休めるのは有り難かった。


「ふぅ……」

『……おい、顔色が悪いが……大丈夫か?』

「あン?気にすんなよ、自分の心配だけしてな」

『だからってなぁ………っておい、鼻血…』

「…………溜まってるのかな、死にそうな場所に居るし……男の本能全開?」

『…………お前なぁ…』


隣に立つ孝之と会話を交わしながら、体の力を抜く。
あまり、深呼吸はしない。深呼吸しすぎると、痛みがぶり返す。

鼻血を指摘された際も、なるべく上手く返せたと思う。孝之は呆れた様子で通信を切ってしまった位だ。
いや、実際は自分でも体の状況が分からないのだが。


「………ああ、やばい。泣きたいぞ畜生」


傷が開いてるんじゃないか?とも勘違いで思うほどに痛みが通る自分の腹部に泣きつつ、思う。

―――帰ったら、絶対に入院しよう。

……というか、正直に言うとかなり不味い。
何が不味いかって、まだ痛みを感じれてるけど若干、痛みが無くなって来てるのが更に不味い。
誰だよ、こんな体調で出撃させる奴。


「………はぁー……駄目だ、ふざけても全く楽にならん」


妙な虚しさ、それを誤魔化す様に煙草を吸う。
ピリッとした舌への刺激が、何処か落ち着きをくれた。

そうしていると、通信が少し騒がしくなる。恐らく、全員が準備を終えたんだろう。


『ヴァルキリー01より全機、補給作業が完了した。ヴェクター01、そちらは?』

『こちらヴェクター01、こっちもS-11の設置が完了している。何時でも派手な花火を上げれるぜ』

『了解したヴェクター01、A-01隊があ号目標攻略ルートを先行して進む……BETAの姿が未だに現れていない。その点を留意してくれ』

『ヴェクター01了解、後ろは意地でも防ぎ切ってやる……だから、反応炉を頼む』

『……ああ、任せろ。直ぐに終わらせる』


A-01と共に降下したダイバーズ指揮官のヴェクター01の頼もしい言葉に神宮寺少佐が頷く。
あ号へと繋がる通路は、原作で鎧衣と珠瀬が文字通り命を賭してこじ開けた障壁の先にある。

この障壁を開ける“脳”には高圧電流が流れる事はもう分かりきっている……故に、S-11に指向性を持たせ、爆破する。


『総員、対ショック態勢!………起爆しろ!』

『Yes Ma'am!』


そして、鈍い衝撃と閃光。
十分距離を取っていたのに振動する機体に悪態を漏らしつつ、カメラで周囲を確認する。

見れば、あ号へと続く障壁がゆっくりと、開いていた。


『この先に、あ号が……』

『ああ、ここで全てを……全てを、終わらせるぞ!』


珠瀬の呟きの声と、神宮寺少佐の発破に全員が武器を構える。
そのまま跳躍ユニットへ点火し、突入しようとした瞬間――――突き上げる様な衝撃。

そして、響き渡る警報の音。


『広間横が崩落!横浜で確認された新種のBETAです…!さらに、あ号へ通じるルート正面からも、BETAが…!』

『このままじゃ囲まれるぞ!』

『XG-70dの荷電粒子砲に電磁投射砲は使えん!充電に時間がかかり過ぎる!VLSは!?』

『一帯のBETAを殲滅するには少なすぎます!!』

『BETA総数……28万!?なお上昇中!』


温存部隊による総攻撃……作戦として名づけるならこうだろう。
まさに天晴れ、そう思うような総力戦をBETAが仕掛けてくる事に驚きと驚愕、そして焦りが生まれる。

進む為にはあ号への道のりに沸くBETAへXG-70dの通常火器を全て向けなければならないだろう。
だが、それでは後方から迫り来る母艦級を相手できない……詰まったのだ。

その中で、神宮寺少佐が指示を下す前に……ダイバーズのF-15Eが動いた。


『―――――A-01!ケツは俺達が抑える!デカブツの攻撃は突破に使用しろ!!』


F-15EがBETAの中へと突入してかき乱す。無謀だ、止めろ……そう言う前に二つの光点がBETAの光点に飲み込まれて消失する。
そして、その直後に奔る衝撃と閃光が二つ。

さっきも味わった、S-11の爆発が生み出す物だった。


『………ッ!全機、突入せよ!!』

『VLS全基開放!―――発射!』


その瞬間、神宮寺少佐の突入命令とXG-70dの操縦をする涼宮中尉のVLS発射の声が重なる。
ミサイルは白煙を引き……進路をこじ開けた。

            アシタ          ミライ
『さぁ行け!行って未来を―――人類の明日を切り開け…ッ!!』


ダイバーズの隊長機であるヴェクター01の声に、全員が歯を食い縛ってあ号へと向かって進んでいく。
無言で敬礼……そして、俺は背部兵装担架から引き抜いたブレードをヴェクター01へと渡した。


「――――ありがとう」

『ハッ!それなら――――俺らを犬死にするんじゃねェぞ?』

「ああ――――幸運を……また会おう」

『……そっちもな、あと40年は待ってるぜ』


それを最後に、俺はA-01に続いて突入する。
犠牲が出る……分かってる事なのに避けられない事に苛立ちで拳を握り締めながら……あ号を目指して、突き進む。



最後に見えたのは……戦車級を機体に貼り付けたヴェクター01が、ブレードを振るいながら母艦級の口へと……突っ込んでいく姿。





鈍い、S-11の爆発の衝撃が……彼の最後を――――伝えてくれた。



 ◇


さぁ、これで希望の種は先へと向かった。
それを見送る事が出来て、幸せかも知れない。


「はっ……まったく、何があるかも分からないのに、もう勝った気分ってのも良いモンだな」


あの男が渡したブレードを、軽く振って前を見据える。
目の前には、何万ものBETA……部隊の何人かがS-11と共にBETAを巻き込んで行ったが……俺の周囲に集まった8機の機体じゃ勝てる訳が無い。

だから、もう決めていた。


「ヴェクター01より戦友達へ……勝利の祝杯は神様の膝元で挙げる――――異論は?」

『ヴェクター02、異論無し』

『もう皆、腹括ってますよ隊長!』

『あの世で可愛い天使ちゃんに接待されるのも良いかもな!』

『バーカ、てめーは地獄だよ』

『ンだとぉ!?』

「分かった分かった………またな、戦友」


敬礼して通信を切る。
そして、そこから始まる一方的な嬲り殺し……それを受けてさえも、最後は皆がBETAを巻き込んで死んで行く。

8人から6人、5人、3人……そして、俺一人に。


「な、てめぇ!あの可愛い子ちゃんの後は追っ駆けさせねぇぞ!?」


A-01の彼女達を追おうとする、でかい新型BETAへと俺は追いすがって真正面に立つ。
機体に戦車級が張り付き、齧っているのか異音が響き渡るが……もう、これで御仕舞いにしよう。


「ヘイヘイヘイ!お口の大きなお嬢さん!熱いキッスは如何かなぁ!!」


新型BETAの口へ飛び込み……俺は、S-11の起爆スイッチへと拳を叩き付ける。
最後には、笑って中指を突きたてながら。




「――――ざまァみろ」



嘲りの言葉と共に……白い閃光が、辺り一面に満ち……そこには、あ号へと続く道を封じる蓋の様に死んだ母艦級BETAが残されていた。




後編へ



[20384] 【最終話後編】桜ノ花
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/16 20:54



『畜生……ッ畜生!畜生、畜生ちくしょうチクショウッ…!―――――……チクショォォォォォオ!!!』

『白銀さん……』 (タケルちゃん……)


ダイバーズの光点が完全に消滅した事に白銀のやり場の無い叫びが木霊する。
ただ、それで少しは落ち着いたのか……その顔には強い意志が宿っていた。


『――――絶対に……勝つぞッ!』

『『『………ッ!』』』

「ああ、悲しむのも……嘆くのも後に回せ―――――ご到着だ」


大きく開いた大広間。
その中央に鎮座するあ号目標……オリジナルハイヴに、全員が息を呑む。

その禍々しさと異様とも言える形状に、嫌悪を顕わにする。


『涼宮、荷電粒子砲は?』

『あと二分でチャージ完了です!』

「二分も、大人しくしてくれそうには無いけどな……」


あ号の触手が少し伸び、戦闘体勢を整えると同時に俺は最後のブレードを抜く。
それと同時に、孝之、速瀬中尉、白銀、彩峰、御剣、伊隅大尉、神宮寺少佐も長刀を抜き……ほぼ、同時に動き出した。


『全機、荷電粒子砲のチャージ完了まであ号の攻撃を近づけるな!』


その言葉と共に、幾十にもなって襲い掛かる触手を角度をずらす様に切り払う。
あ号の手数は多い……だが、後衛を務める球瀬らの的確な射撃が一瞬の隙を生み出していく。

そして、御剣に白銀、神宮寺少佐に速瀬中尉……そして孝之。
全員がお互いの背を守る様に剣を振り、斬り続ける。


『畜生ッ!数が多い……冥夜!!』

『なっ!武!?』

『ぐぁぁああああ!?』


その中、白銀の叫びと共に御剣が乗る武御雷が横殴りの様に突き飛ばされる。
そして、後ろから迫っていたあ号の触手が、白銀の機体を貫いた。


『白銀!?』

「白銀ッ!?――――離しやがれテメェぇぇぇえ!!」


近くに居た俺と御剣が、白銀の不知火弐型を貫いた触手を切り裂いてあ号の拘束から開放する。
ただ、機体は腕が完全にもがれている。足で蹴る訳にもいかない、戦闘継続は不可能だ。


「白銀、機体を破棄しろ!!白銀をXG-70dへ!!」

『な、俺はまだ!』

『無理をするでない武!』

「そういう事だ!それに、鑑はお前を守りたがってるんだ!傍で無事って事を教えてやれ!!」


耐久値がレッドゾ―ンになり、欠け始めたブレードに悪態を吐き、白銀が乗っていた弐型の腕が持っていた長刀を取る。
触手を切り飛ばしながら、白銀が鎧衣の機体に連れて行かれ、XG-70dへと到達するのをサブカメラで確認。

それに、もう間も無く荷電粒子砲のチャージも完了する。その後は、その引き金さえ引けば全部が終わる。
皆の機体はボロボロだけど、ダイバーズや地上で勝利の為に戦う戦士達の犠牲は出たけど……人類の未来へと繋がる、勝利へと。



だけど、その時の俺は失念していた。物事は、全てが順調に終わる事が無いって事を。



『荷電粒子砲のチャージ完了!全機、射線軸より退避して下さい!』

『『了解!』』

「了か……ッ!?」


返事をしようとした瞬間……咽る様に、口から吐き出される血。
そして、その行動によって生み出された大きな隙……それを、見逃す筈の無い敵の存在。

鈍い衝撃が二回、機体へ通る。
その瞬間から制御を失う機体に、“やられた”と理解できた。


『クラウスさん!?』


管制室へと到達したのか、白銀の声と霞の声が重なる。
それに、一抹の安心を覚えながら……S-11起爆のボタンを力一杯叩く……だが、起爆しない。


「ったく、制御系を抑えるのが早いっつーの……」


………俺の乗るEF-2000を貫いた触手に、そう呟く。
皆は助けようとしてくれたみたいだが……あ号の傍まで連れて来られている。
それを分かってるからこそ、S-11を起爆しようとしたんだが……一矢報いる事も、許されないらしい。


「………撃て」


まだ通信が繋がっているのを願ってそう告げる。
息を呑む声が小さく聞こえた所からして繋がっているんだろう。



だからもう一度言う。
それで、全てが終わるんだから。



「撃て」






《推奨BGM:宇多田ヒカル「誰かの願いが叶うころ」》



『撃て』


あ号目標から延びる触手に完全に捕らえられたクラウスさんから通信が入る。
もう、荷電粒子砲のチャージは殆ど終了している………何時でも、撃てる。


「でも……でもッ!」

『全機!あ号目標に捕らえられたバーラット大尉を救出する!』

「神宮寺少佐!!」


鳴海中尉、速瀬中尉、冥夜、彩峰……そしてまりもちゃんの機体も長刀を構え、一気に突撃していく。

宗像中尉を中心とした後衛組みはXG-70を守る様に構え、狙撃で支援する。
そんな現状で出来る完璧に近い陣形も……抉る様に、クラウスさんのEF-2000を貫く触手に全員が固まった。


『グゥッ……!?』

「大尉!?」

『は、はははっ……BETAは学ぶってか?俺は人質らしいぜ?』

「白銀少尉!バーラット大尉のバイタルが異常数値を……ッ!」


ノイズが交じり始める通信に俺は強化装備で体温調整されている筈なのに汗が流れ始める。
制御が奪われ、もがく様に抵抗していたEF-2000はだらりとその腕を下げ………



跳ね上げる様に構えられた突撃砲が、照準を着けたかも疑わしい速さで放たれた。


『回避ッ!』

『うわぁあぁぁ!?』

『鎧衣!?』


放たれた120㎜が、美琴の武御雷の脚部を貫く。
その一瞬の隙、その一瞬の隙で再度放たれた120㎜と36㎜がA-01へと……皆に、襲い掛かる。

でも、直ぐに砲撃は止んだ。
あ号に制御を支配されている筈のEF-2000の右腕が、突撃砲を持つ左腕を押さえていたから。


『撃……てッ!――――撃て!』

「―――――ッ!!」


突撃砲を持つ腕を引き千切り、捨てるとまたあ号に貫かれる。
まるで、「抵抗するな」と言う様に……飼い犬に躾をするかの様な適当さに、俺は歯が砕けんばかりに食い縛る。

俺達を行かせる為に散っていったダイバーズの人達も、地上で戦う皆も……勝利を望んでいる。
それが分かってる、分かってるのに……俺は言い表せない感情に歯を食い縛った。


「……涼宮中尉、俺に撃たせて…下さい」

「白銀少尉……」


………俺は、セーフティーを解除。トリガーに指を掛ける。
だけど………腕が石になったみたいに固まって………引き金を引けない。

そして、その間にもA-01の皆の機体は息を吹き返した様なあ号の攻撃に傷ついていく。
撃てば終わるのに………撃てない。

そんな俺にイラついた様にクラウスさんが叫び声を上げた。


『さっさと撃てッ!S-11も発動しねェんだよ!――――――――俺に仲間を殺させるんじゃねェ!!』

「クラウスさん………」

『あン?管制ユニットにまで触手が入って来てんだ………触手プレイなんて、俺はそんな趣味ねェんだからさっさとしろ』

「クラウスさん……ッ!」

『なんだぁ!?通信が繋がってる内に言いたい事を言いやがれッ!!』




「―――今まで、ありがとう御座いましたッ!」




『………おう』


煙草を咥え、ライターを探しているクラウスさんに……俺は敬礼する。
それに対しクラウスさんもようやく見つけたのかライターで煙草に火を着け、ゆっくりと煙を吐き出して緩く敬礼を返す。

そして、視線を落として……ゆっくりと目を閉じた。


『ったく、最期の一本くらい……のんびりと吸わせ――――――』


その瞬間……用済みとばかりにあ号の触手がクラウスさんのタイフーンを滅多刺しにした光景に俺は………トリガーを壊れんばかりに引く。
放たれた荷電粒子砲が……光の奔流が全てを飲み込み―――その範囲に存在した物を跡形も無く消し飛ばす。

俺はその奔流の中に消し飛ぶあ号と“何か”がの爆発した光を目に焼き付け、見届ける。
何故か、涙は出なかった。


「あ号目標の……消失を、確認しました」

『そうか………全機、機体破棄の後にXG-70dへ乗り込め……脱出する』


神宮寺少佐の命令と共に、皆が無言でXG-70dへと乗り込み、脱出の為に用意された連絡艇に乗る。
今も昏睡するマクタビッシュ少尉と、荷電粒子砲の光に消えたクラウスさんが座る筈だった……二つの空席を残して。


「………そんな顔をするな、散っていった者達への無礼になる」


伊隅大尉の言葉に全員が頷く。
でも、何処か呆然とした中、横浜基地の滑走路へと機体がタイヤを鳴らしながら着陸する。
窓の外には出迎えの国連将兵が盛大に手を、帽子を……笑いながら、泣きながら、喜びながら振っていた。



――――なら、胸を張ろう。
それが、生き残った者の……務めなのだから。



「………そうだ、純夏…!」


呆然としていて気づかなかったけどアイツだって俺達と戦ってくれたんだ。
だから、アイツも一緒にこの艇から降りて……そしたら、一緒に笑おう。





だから、だから、だから――――――――目を開けてくれよ……純夏。




次回
エピローグ




[20384] 【エピローグ】もう一つの未来
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/10/18 23:47
【2001年1月17日早朝 横浜基地 白銀武自室】



――――桜花作戦からもう二週間が経過。
その間、A-01の皆や俺にも色々な出来事があった。



先ず、マクタビッシュ少尉が目覚めて、俺達を迎えてくれた事だ。
俺達が宇宙に上がる頃にはもう意識が少しあったらしい。

皆は再会を喜んでいたけど……シャトルからクラウスさんが降りてこない事で全てを悟った。
あの時の、何処か寂しさを交えた笑顔は……一生忘れない。世界中の人が戦い、仲間・友人・恋人を失った桜花作戦。
その中で生き残った俺は……こんな風に泣く人が居るって事を、忘れない。

基地の皆や、国連や報道機関の記者達は“英雄”ってA-01の事を言うけど……皆はそう思ってはないだろう。
いや、英雄と呼ばれるのを誇りにしては居ても、だ。こんな、血の上に立つ称号なんかが欲しいと思えない。

――――今の俺の夢や目的は、“英雄”って呼ばれる人間が出ない世界だ。
悲劇とも言える犠牲が出たり、劣勢に苦しむ陣営を鼓舞するのに最高の標となる“英雄”の存在が必要の無い世界。

果てしなく遠い理想なんだろうけど……もう、泣いている人を見たくないから……だから、俺はそれを目指す。




――――この世界に残った俺には、何かが出来る気がするから―――――





あと、加えるのなら夕呼先生の事と月詠さんの事だろう。

先生は、どうやら作戦内容の改竄を行ったらしくMPに捕らえられた。
本当は米軍部隊もオリジナルハイヴへ突入する予定だったのだが、それは叶わなかった。

まぁ、当然だろう。
この作戦は国連軍のみで動くのを前提としている。各国の関係に余計なしこりを残さない為だ。
それを避ける為に先生は動いたみたいだけど、それが捕らえられる結果になったみたいだ。

………まぁ、翌日にはあっさりと戻ってきていたのだが。

先生曰く、
――――やーね、私がそんな事を予測できてないとでも思ってんの?ホント、鑑サマサマよねぇ~♪
……との事だ。

どうせ、あの人だから弱みか何かでも握ってるんだろう。
桜花作戦成功に伴う第四計画の成功。それは先生の発言力に絶対性を持たせた。

その先生が、だ。某国の第四計画妨害の証拠を世界中に配信する結果になれば……言うまでも無いだろう。
結論、先生に逆らったら地獄が温く感じる……そういう事だ。

『あんなんだから、女狐とか言われるのよね……』という、まりもちゃんの疲れた様な呟きが耳に新しいのはご愛嬌だ。


そして、月詠さん達だ。
武御雷の無断貸与、その事について斯衛で言及されていた。

帝国斯衛軍第19独立警護小隊とクリスティーナ王女の護衛を任された帝国斯衛軍第16大隊。
その両隊衛士はその誰もが厳しい処分を課せられる筈だったが、それに待ったを掛けた人が多く存在した。

一人は、政威大将軍・煌武院悠陽殿下。もう一人はイギリス第三王女・クリスティーナ王女。
他にも、斯衛の青を纏った五摂家の一つである斑鳩家の次期当主や月詠さんと同じ赤の斯衛服を纏った紅蓮少将などだ。

殿下にイギリス王女、斯衛でも殿下に近く高位に位置する五摂家の次期当主。
そして半ば伝説扱い(らしい)の紅蓮少将の一声もあった事で何とか無罪を勝ち取れていた。

一部じゃ良くは思われないだろうけど……あの人たちが無事に居られるなら嬉しいと思っている。



「ふぅ……」


俺は軽く背伸びをし、固まった筋肉を解す様に四肢を揺らす。ちょっと、ここ数日間を振り返ると疲労しか思い出せないのは何と悲しい事だろうか。
連日の報道陣の取材や各国代表との会見、それで疲弊した体を癒そうにも気になる事が多すぎている。

世界は、まだ混乱の中にある。
桜花作戦で犠牲となった人達の総確認や甲1号……オリジナルハイヴの完全制圧まで何日も掛かっていた。

国連軍及び米軍が保有する戦略軌道軍の温存部隊による反応炉を消失したオリジナルハイヴの完全制圧。
XG-70dの回収やい号目標の確保を目的とし、500を超える戦術機が投入されていた。

残存BETAも居たみたいだが、成功している。ただ、XG-70dの周囲に乗り捨てられたA-01の戦術機の数が足りないというのはあった。
戦車級の確認をした部隊も居るから多分だが食われたんだろう。
ちょっとの間でも相棒だった機体の最後を思うと少しだけ悲しく思った。


「………はぁ」

そう、少しの溜め息を漏らして俺が座る椅子の背もたれに体を預ける。
最近、ちょっと溜め息が多くなった気がして、そんな年じゃないのに……とも思う。

―――その内、白湯でも啜りだしそうだ。

そう思うと、一気に爺臭くなった気がする。
そう、ちょっと冗談にもなってない事を考えているとドアをノックする音が三回。

俺は、扉を開ける前に時間を確認。
時間的には前もって時間を合わせていた人物なんだろうが、アイツが几帳面にドアをノックすると思うと少しだけ笑える光景が目に浮かんだ。


「た~け~る~ちゃ~ん!!開けてよー!!」

「分かった分かった――――純夏」


俺は、ドアを開いてその人物……純夏を部屋に入れる。
国連軍の正装を身に纏い、手には制帽。これから行われる、桜花作戦で散っていった者達への慰霊式典へ参加する為の格好だ。
勿論、俺も“中尉”の階級章が着けられた制服を着ている。


「あ、タケルちゃん!ネクタイ曲がってる!これから、真面目にしなきゃ行けないんだから駄目だよ~?」

「あ、悪ぃな純夏…」


純夏がネクタイを直すのを俺は受け入れる。
それに満足そうに笑む純夏に……俺は聞いていた。


「純夏、体…大丈夫……か?」

「うん!先生が“調整”してくれたから……大丈夫だよ、タケルちゃん」

「そっか……あ、純夏!お前、調整じゃなくて治療だろ?」

「あ、うん……ごめんね、タケルちゃん」


純夏の体の事が気になった俺はつい聞き、そして少しだけ怒る。
以前はOOユニットと呼ばれていても……今の純夏は人間だ。それを否定するのは、俺と……クラウスさんが許さない。

そこで、クラウスさんの名前が出てきた事で振り返る。
あれは、桜花作戦が成功して……横浜に戻ってきた直後の事だった、と。



 ◇



「純夏ッ………!!」


胸に、俺が作ったサンタウサギを抱いて……眠る様に動かない純夏を俺は抱きしめる。
俺を少し離れた所で見守る皆は、何も言わない。理解しているんだろう……純夏が、どうなったのか。


「目、開けてくれよ………折角、帰って来れたんだぜ?」

「白銀……」


俺は、目から溢れる涙が流れ落ちる事も気にせずに純夏を抱きしめる。
肩に優しく置かれるまりもちゃんの手が、何も言わずに俺の……失った事への悲しみを、請け負おうとしてくれる気がした。


「我慢しなくて良いわ、白銀―――――泣きなさい、精一杯」

「――――す、みか………うっ…あ、あぁ………―――――――純夏ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」







「タケルちゃんうるさい!」

「ポパイッ!?」


その瞬間だ。
鈍い衝撃と共に俺を吹っ飛ばす純夏のどりるみるきぃぱんちの鋭い一撃に俺は床に蹲る。
衛士強化装備すら完全に通し切るその威力が、どりるみるきぃの恐ろしさを物語って……って違う!!


「純夏!?」

「あ、タケルちゃんおはよー!」

「あ、うんお早う……って、え、えぇ…!?」


混乱の極みに達する俺に、霞が近づいて耳元で囁く。

―――話は後で香月博士が。

とりあえず、頷く。流石に少し混乱しているのが自分でも分かっているからだ。


「純夏さんは、ここで待ってて下さい……ピアティフ中尉が、後で来ますから」

「うん、分かったよ霞ちゃん……じゃ、タケルちゃん、またね~!」

「あ、ああ……また、な…」


A-01の皆の視線を感じつつ、俺は頭を搔きながら誤魔化す様に笑うと全員が溜め息を吐く。
ま、そんな事もあって、京塚のおばちゃんに背中を何回も叩かれながら食事をして……俺は、先生の部屋に向かった。


「お疲れ様、白銀」

「先生……あの、純夏はどうなってたんですか?」


俺は先生の問い掛ける。
何で純夏があんな風になっていたのか……他にも気になる事はあるけど、それが優先だった。

それに対して、先生は何処か適当な感じでコーヒーを啜りながら足を組み直す。
そして何処か疲れた様に、俺へ説明してくれた。


「ああ、鑑?あれは一種の気絶みたいな物よ」

「気絶……ですか?」

「そう、気絶。鑑に異常とも言える膨大な負荷が掛かると自動的にシャットダウンして自己を守る様にセットしてたの……何があったかは、こっちで検証するわ」

「安全装置……みたいな物ですか?」

「そう言うのが正しいかしらね……ま、そういう事よ」


そう言って、会話を締め切った先生がまたコーヒーを啜る。
色々と聞きたい事もあるけど……先生も忙しいんだろう。だから、俺が出て行こうと椅子から立ち上がった瞬間、茶色い封筒を渡された。


「これは……」

「―――――クラウス・バーラットから、アンタへよ」

「ッ!」

「ご丁寧に、最後の贈り物のつもりなのかしらね?あの馬鹿は……」


俺は、そう言って苦笑する先生から視線を手紙に移す。
あの人の手紙……皆が書いた遺書とは違う、俺個人に送られた手紙。
こんな手紙があるって事は、あの人が伝えたい事があったって事だ。だから、それ相応の……“何か”が、ある。

それを俺は覚悟し、小さく唾を飲み込んで……手紙を開いた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
白銀へ

こんな風に言うのもアレだが、俺は守りたいモノは守れたと思っている。
だから、後はお前が守れ。
鑑も、207の皆も、A-01の戦友たちも、そしてこの街も。
全部守りきって…何時か、最高に幸せで見てるだけで笑える世界へと戻っていけ。
おじさんからのお願いはそれくらいだな。

では、鑑とお幸せに。

PS
エレナが起きたら、「スマン」とだけ伝えてくれ。押し付けて悪いな。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……」


あの人らしい、適当に書いた様な短い文。
それに、少しだけ笑みを浮かべて……手紙を仕舞う。

守れ――――あの人がそう言わずとも、俺は守る…守ってやる!
純夏を、冥夜を、委員長に彩峰、たまに美琴も伊隅大尉達も、霞に先生、京塚のおばちゃん、この基地、この街、この国、この世界を……!


「……先生、純夏の体をお願いします」

「はいはい、出来る限りはやって上げるわよ……さ、もう戻りなさい、英雄さん?」

「……俺は、英雄じゃないですよ。背中を誰かに支えられてここまで来た…半人前なんですから」

「あらそう?ま、世界はアンタ達を英雄として迎えるわ……その名に見合う働きと言動に縛られるのを、覚悟しときなさい」


その言葉を最後に、俺は部屋を出て行く。
事実、俺達A-01は英雄として持ち上げられた。特に、あ号を撃つ事になった俺はXM3の事もあってか名前が広がる結果になっていた。

――――こんなの、望んでいる訳じゃ無いのに。


「タケルちゃん!お疲れ様!」

「ああ、純夏……」


―――――でも、だ。
俺は、この世界で生きている。
純夏を抱締める事が出来る。


「た、タケルちゃん……どうして、泣いてるの?」

「……悪ぃ、純夏――――もう少し、このままに居させてくれ」

「………うん――――泣き虫だなぁ、タケルちゃんって」


だから今は泣こう。
あの人が、この戦いで散っていった人達が望むのが皆が笑える世界なら――――今だけ、涙を流そう。
それ以外で、俺が涙を流すのは喜びの時だけ……悲しみの涙は、これで最後だ。



それが、今の俺に出来る最大の報いだと思うから。




 ◇


【2001年1月17日夕刻 横浜基地正門 桜並木】



夕暮れに沈む横浜基地。
私は正門を抜けて桜並木へと歩いていく。

基地へと着陸するのか、上空をラインディングしていく輸送機。
その轟音にでも惹かれて来たのか、突風とも言える真冬の風に身を縮こませていた。


「あ、エレナさん!」

「たまちゃん、抱っこしていい?暖かそうだから」

「だ、抱締めながら言わないで下さい~!」


桜花作戦で発生した戦死者に対する慰霊式典を終えた横浜基地。
未だに騒がしい基地から私とA-01の全員は外へと出ていた。桜並木で……隊内のお別れ。


「桜花作戦で散っていった、全ての英霊に対し……敬礼!」


神宮寺少佐の号令の下、全員が敬礼をする。
皆、思う人はそれぞれだろう。私は……大尉を思う。

何処か飄々としてて、ふざけてて……でも、何かを夢見てた人。
そんなガラじゃないのに、未来とか守りたいとか……壮大な物を思っていた。

もし、それが桜花作戦とかの事だとすると……やっぱり、謎ばっかりだ。


「………さて、じゃあ皆さん、今までありがとう御座いました」

「そうか、少尉は欧州に戻るんだな?」

「はい、まだ若いから無理だと思いますけど……教官資格、取ってみようと思ってます」

「そう……先輩から、って訳じゃ無いのけれど……頑張って、貴女は良い教官になるわ」

「ありがとう御座います!神宮寺少佐!」


皆から一言ずつ声を掛けられ、速瀬中尉に髪をクシャクシャとされて……笑ってたのに、涙が溢れ出る。
やっぱり、駄目だった。何度も頑張って耐えようとしたけど……悲しみがまだ満ちていた。

自分を悲劇のヒロイン~なんて思う気も無い。
というか、ヒロインにすら成れてなかった気がする。



――――――だからせめて、せめてだ。


「思いを、伝えておけば良かったなぁ……」


そう、ちょっとの後悔を含めた声色で……ポツリと、呟いた。






「―――――何のだ?」



《推奨BGM:森口博子「もうひとつの未来」》



その、質問の声に全員が振り返る。
ありえない、そんな馬鹿な……そう思いつつも、目の前に居る車椅子に乗った人物に……呆然とする。


「たい、い……」

「よう、目が覚めたって聞いて安心したぜ」


普段と変わりない、のんびりとした声で返事を返す大尉の姿に力なく地面へ座り込む。
私が、完全に混乱して思考を停止している中で……復活したA-01の皆が悲鳴とも歓声とも言えぬ声を上げた。


「お、おまおまおまままままー!?」

「うるせーぞ孝之、あと指差すな」

「お、お化けですー!」

「足はあるぞ」

「か、荷電粒子砲で撃たれてなんで生きてるのよ!?」

「クラウスさんにも謎なんですよねぇ」

「い、何時の間に横浜に!」

「さっきの輸送機で」


質問の嵐に、何処か困った風に答える大尉。
その姿に、力ない笑いが口から漏れて……思わず叫んだ。


「だ、誰か説明を―――!!」



「なら、説明して上げるわ!」


「「「香月博士!?」」」


いきなり現れた香月博士に、全員がまた声を上げる。
何故か、「待ってました!」といった感じにノッているが気のせいだと思う。


「なぜ、この馬鹿が無事だったのか……それは…」

「「「そ、それは……?」」」

「ラザフォードフィールドによる防御で、守られたからよー!!」

「「「な、なんだってー!?」」」

「ノリいいな、珠瀬に鎧衣に鑑」


驚愕の声を上げ、リアクションを取る三人に呆れた顔をする大尉。
他の皆も驚いていたみたいだが、私と同じく呆けていた白銀君がその手に厚紙を幾重にも折りたたんだ何かで思いっきり純夏ちゃんの頭を叩く。

スパーン!と爽快感ある良い音が響き渡る。後で大尉用に貰おうと心に決めつつ、会話に耳を傾けた。


「あいたー!?な、何するのさタケルちゃん!」

「ラザフォードフィールド操作してたのは純夏じゃねーか!何で言わないんだよ!?」

「だ、だってだってだって!今の今まで忘れてたんだもん!!」

「(因みに、鑑が気絶してたのも荷電粒子砲を防いだ際の過剰な負荷なのよねー)……で、そこから先はアンタが説明しなさい」

「へいへい……で、助かったは良いがもう皆脱出した後でな、仕方がねぇから破棄されてた不知火に乗って脱出して米軍に回収された……で、今に至る」


タバコを咥えてライターを取り出した瞬間、霞ちゃんにライターを没収されて顔を顰める大尉はそう言う。
ツッコミ所満載とかそんな馬鹿な……とか、そんなモンじゃ無い、もっとありえない何かだ。

だから、その事を問い詰めようと少し身を乗り出し……大尉が、私の頭に手を置く。
何処か力が足りないけど……髪をワシャワシャとされた。


「や、やめて下さい!子供みたいに……!」

「いや、癖みたいな感じでさ………ただいま、エレナ」


怒ろうとしたのに、“ただいま”の言葉で怒りの声を飲み込む。
ああもう、相変わらず―――――大尉はズルい。

言いたい事も、文句もある。だけど、今はこれだけ言おう。




―――――お帰りなさい、って……。







蛇足すぎる「もう一つの未来」
【ぶっちゃけおまけのバッドエンドver】



米軍及び国連軍ダイバーズによるオリジナルハイヴの全構造物の制圧作戦。
A-01部隊によるあ号目標の破壊が完了していたが残存固体は未だに多い。

それは、い号と称される目標を守る部隊なんだろうが……勝利に沸く人類には、弱ったBETAはただの獲物だった。


『ブルーリーダーより各機、もう間も無く英雄殿のお顔を窺いに向かうが、紳士としての準備はどうかな?』

『こちらブルー02、シャンパンはありますよ』

『上等だブルー02、英雄を支えた相棒達も、暗く地下深いこの場所から早く出してやろう』


そして、大広間へと到達した全員が小さく口笛を吹く。
鎮座したXG-70dを守るかの様に立つA-01隊員が乗っていた戦術機の数々、まさに戦乙女が自らの主神を守るかの様な光景だ。

それが、ハイヴ内という人類には未知の世界が生み出す神秘さによって増してもいた。


『これが、あ号を撃った兵器か………周辺を散策しろ、そして区画制圧だ』

『了解だボス…………おい、あ号の傍に転がってるの戦術機の上半分じゃないか?』

『……調べろ』

『Yes Sir………って、おいおい…!?』


ナイフで管制ユニットをこじ開けたブルー02の息を呑む声と小さな驚愕の声が響く。
その驚愕の内容を少し予測ができつつ……俺は問う。


『どうした、報告しろ!』

『人だ……死んでるがな』

『死んでる?』

『ああ、米神に一発だ……なんだよこの身体、全身の血管が浮き上がってるみてーに……あと、』

『なんだ……?』




『――――笑ってるよ、満足そうに…』




クラウスBETA侵食自決END。
他にも荷電粒子砲で蒸発とか帰還後死亡とかもあったんだけど、HAPPYEND的に自重しようかなぁと。



[20384] 【The Day After】Let the story live on in your heart
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/11/05 00:14
―――アナタの中で、この物語が終わらないように―――



【2003年4月30日】



「軍曹、手紙が届いてます」

「ご苦労様です少尉。差出人は誰かね………白銀?」


検印済みの判子が押された一通の封筒、そこに書かれた「白銀武」の名前に一抹の懐かしさを覚えつつ名前を呟く。
……そして、視線に気付く。
手紙を届けてくれた少尉の目が、その名前を聞いた瞬間から輝いていたのを。


「バーラット軍曹……その、白銀とはあの“英雄”の……?」

「ん、そうだ……戦友だ」

「やはり!……あ、いえ、では失礼します」

「どうもー………随分とグローバルな名前になったモンだな」


懐かしさを覚えながら、手紙の文面をゆったりと眺める。
これは、長かったと言うべきなのか……むしろ遅かったと言うべきなのか。
分からないが、めでたいのに変わりは無いだろう。


「そっか、アイツら………」


封筒に入っていた二枚のチケット、そして幸せそうに微笑む白銀と鑑の写真。
それを胸ポケットに入れ、ゆっくりと煙草を吸いながら呟いた。



「―――結婚、するのか……」




 ◇



日本帝国内に存在するとある教会の一室、そこで純白のタキシードを着た俺は落ち着けないこの気持ちを晴らす様にウロウロしていた。
それを、何処か呆れた顔で見る鳴海大尉はスーツを着ている。

男同士、戦友としての祝福とこんな風に落ち着かないであろう俺の様子を見に来てくれたんだろう。
ありがたい……だが、やっぱり落ち着かないのだ。


「あのなぁ、白銀……ちょっとは落ち着けって」

「わ、分かってます!え、ええと、指輪もあるし俺は落ち着いてる…大丈夫、大丈夫……」

「いや、本当に少し落ち着けって!お前、すっげぇ汗だぞ!?」


鳴海大尉が肩を掴んで揺さぶるのに俺はガクガクと頷く。
俺は分かってる、分かってるんだ!だから揺さぶるのはぁぁぁ!?


「白銀、始まるぞ」


そう、俺は口から魂を吐き出さんとしていると伊隅大尉の声が聞こえる。
始まる……その言葉に、本当に心臓が止まりそうになったが、ゆっくりと息を吸って落ち着いた。


「……ったく、本番になった瞬間から落ち着いた顔になりやがって……うっし!行って来い!!」

「ハイ!」


背中を押す様に叩かれたのに俺は返事をし、古びた教会を進む。
席には、元A-01の全員にピアティフ中尉に京塚のおばちゃん、欧州から駆け付けてくれたマクタビッシュ少尉の姿もあった。


「(あれ?クラウスさんは……?)」


バージンロードを進んでいき、ステンドガラスを背にした神父様の傍に行くまで周囲を見渡す。
皆は小さく声を掛け、声援を送ってくれている……だけど、クラウスさんの姿が列席の中には存在しなかった。


「任務でもあったのかな……ま、しょうがないか………は?」


少し残念に思いつつも神父様の前に辿り着く。
逆光とステンドガラスの輝きで見えなかった神父様の顔も見え……固まった。


「どうしたのかな?白銀武さん?」

「な、なんで―――――なんで、クラウスさんが神父してンすか!?」


見覚えのある顔に、少しだけ薄くなった顔の傷。どこからどう見てもクラウスさんだ。

そのクラウスさんが、だ。黒塗りの神父服に胸に十字架を提げた格好で神父として俺の前に居るのだ。
驚きというか、正直驚くのも忘れて呆けそうになってしまった。

そんな俺の顔色から察したのか、頬を掻きながら口を開く。


「ああ、神父を出来る奴が居なかったからな……代役だ」

「それってクラウスさんも同じなんじゃ……」

「モン・サン・ミシェルで一応は学んでるさ。神様を信じる気は無いが、祈るだけならタダだしな」

「仮とはいえ神父の言葉じゃねぇ!」

「まぁ、少なくとも懐にタバコと拳銃を入れてる神父は居ないだろうさ……おっと?」

「本当に何してんですか……あ」


小声で、そう話しているとドアの開く音と共に色めき立つ声が響く。
それに、俺はゆっくりと振り返る。

夕呼先生にエスコートされ、ベールガールとして霞を連れた……ウエディングドレス姿の、純夏が居た。


「………ッ!」

「ほれ、しっかりとしろ!」


小声で、本当に囁かれるみたいにクラウスさんの喝が入る。
それに、鳴海大尉もコッチヘ向けて親指を突き出して、小さくウィンク。ちょっとだけ、落ち着けた。


「(え?神父さんってバーラットさんなの?)……!」

「(そ、そうみたいだぜ)……」

「では、始めましょう――――白銀武さん」

「ッ!は、はい!!」


目で純夏と会話を交わしていると、クラウスさんの瞳が閉じられる。
そして、唐突に名前を呼ばれ、思わず上ずった声で答えた。


「貴方は、鑑純夏さんを妻とすることを望みますか?」

「―――――はい!望みます!!」

「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも……夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います!」


小さく笑み、満足そうに頷く。
そして、その視線を純夏に向けた。


「鑑純夏さん。貴女は、白銀武さんを夫とすることを望みますか?」

「望みます!」

「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも……妻として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」

「はい!絶対に誓います!」


純夏の、力いっぱいの叫びに大きく頷き、そして俺は少し震える手で純夏の指に指輪をはめる。
それを見届けたクラウスさんは、何処か自分も嬉しそうの笑って告げた。


「では、誓いのキスを」


そこで、ちょっとだけ意識が途切れた気がする。覚えているのは唇に感じた柔らかさと皆のニヤつく視線、それに赤くなった純夏。
その全てを見届けたクラウスさんは、大仰に手を広げた。


「私はお二人の結婚が成立したことを宣言いたします。二人が、今私たち一同の前で交わされた誓約を神が固めてくださり、祝福で満たしてくださいますように」


皆が、その言葉に拍手を返し、俺と純夏に祝福の声を掛けてくれる。
それに満足したかの様にクラウスさんがニヤリと笑い……俺たちは、バージンロードを歩き出した。


「タケルちゃん………ありがとうね、私を奥さんにしてくれて……」

「俺も……ありがとうな、俺の奥さんになってくれて」


皆が外に移動し、教会の扉が開かれる。
そして、視線の先には……かなりイイ笑顔をした、鳴海大尉とクラウスさんが居た……その手に何か握って。







「「ヒャッハー!祝福だー!!」」

「いてててて!?」


孝之と並び、ライスシャワーを白銀に集中して叩き込む。
それを見ていた彩峰らもニヤリと笑い、同じく叩きつける様に投げつけていた………むしろ、音からして散弾の着弾音化してるが。


「た、タケルちゃーん!?」

「す、純夏……ガクッ」

「「何やっとるかー!!」」


俺と孝之両名の頭部に突き抜ける衝撃。後ろを見れば、ハリセンを持ったエレナと手をゴキゴキと鳴らす速瀬の姿。
そんな二人に、逃げるのは不可能と判断した俺と孝之は現在、正座して反省中ですハイ。


「もう!駄目ですよ、ちゃんと祝福して上げないと!」

「エレナ、これは男の祝福の仕方であって……」

「言い訳しない!」

「ハイ!」


―――エレナ・マクタビッシュ。
桜花作戦後、欧州へ俺と揃って異動。中尉への昇進と共に国連海軍第279ストラトス中隊長を務める。
もう完全に所属が違うというのに、相変わらずうるさい説教役を務めている。


「わ、悪かったって水月!遥も、茜もスマン!」
「「「反省する!(なさい!)」」」


―――鳴海孝之。
A-01解散後、日本帝国軍内に存在する富士教導隊へと入隊。
速瀬と共に帝国最強の突撃前衛として猛威を振るっているが……相変わらずな様子である。

―――速瀬水月。
同じく鳴海と共に富士教導隊へと所属している。恋の決着は未だに着かず。

―――涼宮遥。
オペレーターとして富士教導隊へと所属。同じく決着は未定だが最近、茜が参入して焦っている。

―――涼宮茜。
富士教導隊に所属。若さ故の活発さにファン多し、だが孝之争奪戦に参戦している為にそれを知らず。


「おやおや……次は私達かな?祷子」

「あら、美冴さんったら」


―――宗像美冴。
国連軍所属のXM3教導員として世界各国を風間と共に巡り、教導を行っている。最近、国連軍の広報ポスターにその姿を晒した。

―――風間涛子。
同じく国連軍所属、宗像と共に世界を巡りつつ教導を行っている。バイオリンの名手としても名が広まりつつある。


「いやー、本当に変わらないねー」

「茜ちゃん……」

「……空気だね、なんか」

「………空気だね」


―――柏木晴子。
帝都防衛部隊に所属、自身の弟と妹を護るために毎日の研鑽を積んでいる。

―――築地多恵。
佐渡島ハイヴ防衛部隊に所属する。最近、「アカネ」という名前の猫を飼い出したらしい。

―――高原舞。
佐渡島ハイヴ防衛部隊に所属、釣りが趣味になって来たらしい。
おかずが増えるよ!

―――麻倉静香。
同じく、佐渡島ハイヴ防衛部隊へと所属。看護師の勉強を始めたらしい。


「まったく、少しは落着きを持って欲しい物だが……」

「伊隅、貴女が隊長だったのがそういう部隊だった……そういう事よ?」


―――伊隅みちる。
富士教導隊最強部隊、マッドドック隊のNO2として帝国軍へ所属。文字通り、狂犬の子供として恐れられている。

―――神宮寺まりも。
富士教導隊へ復隊、現在はマッドドック隊を率い甲20号作戦では反応炉制圧の立役者として国内外に名を広げた。


「まったく、タケルにしても皆にしても……祝う心は必要だと思うぞ?」

「つい…」

「ええ、なんかムカついちゃってついよ」

「でも、タケルも大変だったねー」

「純夏さん、キレイですー!」


―――御剣冥夜。
斯衛の赤、御剣の人間として斯衛軍へと所属。
殿下との関係は良好であり、私的なお茶会に呼ばれる仲である。

―――彩峰慧。
帝都守備第1戦術機甲連隊に所属する。
焼きそばパンを世界中に広めるのが目的らしい。

―――榊千鶴。
国連軍に所属し、XM3の教導員として世界を巡る。父親との確執は少しずつ取れ始めている。
近年、政治家の勉強を始めた。

―――鎧衣美琴。
アジア奪還へ向け、帝国軍内で行われている湿地帯での戦術機運用試験を担当している。
その豊富な知識はこれからに役立つだろう。因みに、某グルカの少女とは戦友。

―――珠瀬壬姫。
極東最高峰の狙撃手として帝国軍の兵器開発局で新開発中の新型狙撃銃(噂ではレールガンの改良品らしい)のテストパイロットに選ばれている。
相変わらず小さい。


「ふふっ、因果を超えた愛……面白い物を見せてくれるわね~」

「純夏さん……」


―――香月夕呼。
そのまま国連軍横浜基地へと所属。ハイヴ調査を含めた複数のプロジェクトを指揮している。

―――社霞。
香月博士の傍で副官として勤める。自身の姉妹とも会え、海も皆で行く事が出来た。


「あー……悪い、純夏!遅くなった!」

「もー、遅いよタケルちゃん!」


―――白銀武。
国連軍横浜基地所属、魔女の片腕という異名とプラチナ・コードの名前で世界へ名を広げた。本日、めでたい事に結婚。

―――鑑純夏……改め、白銀純夏。
白銀武の幼馴染という情報以外残さず、ただの女性として祝福される。
本人曰く、「確率時空一の幸せ者」


「じゃあ、ブーケ投げるよー!」


その鑑の言葉に、女性陣が色めき立つ。
女性という者は何処でも変わりなく、皆がブーケを欲しがっている様である。

そして、鑑が思い切り振りかぶり……高く高く、放り投げた。


「いっけー!!」




―――クラウス・バーラット。
桜花作戦後、欧州へと帰還。1年の入院・療養生活を送った後に軍へと復帰。
実戦部隊として前線で活動するのは後遺症の影響が大きいとされ、教官職を専門とする。
………本人曰く、「まだ死ねない」とのこと。




 ◇




【2004年4月】



『―――ス……ホル…1……ホルス01!間もなく作戦開始時刻です!』

「んー………了解、だ」


随分と懐かしい夢を見た。
鑑と白銀の結婚式からもう一年近くが過ぎ、起きれば空母に格納された戦術機の中だ。


「ったく、ポンコツを引っ張り出すなっての」


桜花作戦までに負った怪我の後遺症が響き、常時前線任務を行える体じゃ無くなった。
だから完全に訓練教官になったというのに……俺は特例としてこの作戦に参加している。

欧州奪還作戦―――その為の橋頭堡を確保するという任務を実行する部隊だ。


小さく悪態を吐きながら機体の最終チェックを行い、それが完了したのを報告。すると。鈍い振動と共にせり上がる床に俺の乗る機体が押し上げられる。
艦内のハンガーで作業をしていたおやっさんが俺に向けて親指を立て、俺もそれに答える様に見えないけれども親指を立てた。


『You have controll』

「I have controll」


灰色の壁から青い空、そして彼方に見えるユーラシア……ヨーロッパの大地。それに向けて、今から突き進む。
欧州奪還作戦、【Operation:Last Dance】と名づけられた作戦の第一陣として、戦火に包まれるあの場所へと。


『バーラット少佐、マクタビッシュ中尉。御武運を』

「了解、全員へ通達事項だ。天然モノのスコッチにウィスキー、ビールにワインが俺の自室に眠っている……これの意味が分かるな?」

『皆で空っぽにするまで飲みますよー』

『『『了解!』』』

「ハッハッハ!その意気だ!」


笑い声があがり、そして俺は小さく微笑んで視線を先へ向ける。
さぁ、そろそろ時間だ。


『我等が故郷へ、全力で―――!』


飛び立つ為の推力を得る様に跳躍ユニットが甲高い音を立て始め、俺は機体の膝を前折りにする。
そして誰かが呟いたか、無線に混戦したその言葉にゆっくりと瞳を閉じる。


「カウント、3!」


舌で唇なぞる様にして湿らせる。


「2!」


操縦桿を握る手をゆっくりと開き、再度握る。


「1!」


目を開き、心が落着いた状態で小さく笑む。


「―――GO!」


黄色いジャケットを着たカタパルトオフィサーのGOサインが放たれ、空色と純白に染められた2機のEF-2000が油圧作動したカタパルトで射出される。
グッと重いGが掛かり、そして消えて体が羽になったかの様な感覚。そして爆発的な加速を伴って我先にと大地を目指していく。


「アローヘッド・ワンだ!遅れるな!」


国連・イギリス・アメリカ海兵隊が開いた血路へとスライディングする様に着地。
そのままブレードを引き抜いて目の前の要撃級を跳ね飛ばす様に斬り捨てる。

要撃級が崩れ落ち……その奥には、未だに終わりが見えない無数のBETA。
膝を軽く落とし、俺とエレナを矢の先端に見立てた陣形で各機が連携を組み、突入体勢に入る。


そして、俺は大声を上げて叫ぶ。
俺はここに居る……戦っていると、世界に伝えるみたいに。


「―――往くぞッ!」





青く澄み通る青空の下、空と同じ色をした鋼鉄の機人が舞い踊る

その傍らには空に寄り添う雲の様に、白き乙女が合わせて舞い続ける



多分、これも一つの……






                             あいとゆうきの、おとぎばなし……かな?




【EDテーマ:飯田舞《キミの隣で…》】




[20384] 【外伝その1】意外と喧嘩ってのは意地と意地のぶつかり合い
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/11/05 00:17



カツン、と杖が平らに伸ばされた滑走路を叩く。
大きく深呼吸。肺に取り込んだ懐かしい空気をゆっくりと吐き出し、空を見上げた。


「空が青いねぇ…」


基地の警備部隊であろう二機のF-16が飛び去っていくのを見送り、荷物を背負い直す。
背後では、荷物を抱えたエレナが慌ててC-130から降りて来て……あ、頭から転んだ。


「う、ううぅ……痛いですぅ」

「ドジは直らないんだな、お前…」

「うぐっ…」


口を不満そうに閉じたエレナに苦笑し、向かいからやってきたジープに目をやる。
あれが迎えの車だろう。
これから着任の挨拶をしなければならないのだ。

日本とは何処か違う寒さを持つこの土地に、コートの襟を首に寄せつつ……呟いた。
F-18/EXの開発期間も含め、2年近く離れていたこの大地の名前を。


「久しぶりだなぁ……欧州も」


2002年、3月。
俺は、何処か懐かしい景色のある国へと戻っていた。



 ◇


【2002年3月 国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地】


「はぁ……本当に疲れたなぁ」

「大尉、溜め息を吐くと幸せが尽きちゃいますよ?」

「……あのな、俺の階級は“軍曹”だ……分かったか?マクタビッシュ“中尉”」


俺の羽織るジャケットの階級章を指差し、そしてエレナの階級章を指差す。
先ほど、着任挨拶に向かった際に基地司令から俺とエレナの両名に正式な任務が課せられた。

エレナは新設される戦術機中隊の指揮、俺は訓練教官として訓練兵の指導だ。

今まで、俺が指導する場合は戦術機課程に進んだ者ばかりだったが今回は違う。
1から鍛え上げ、総合を突破させ、そして戦術機操縦を完全に付きっ切りとなって行う。

今までは実戦部隊からの一時的な派遣なだけで、任務があれば訓練兵を他の教官に任せる事になるのもあった。
それを考えると、じっくりと鍛え上げれるってのは丁度いいかも知れない。
体も、正直に言えばあまり良くは無いが短時間なら戦術機にも乗れる。
今も突いている支えである杖も不要になるだろうし、後はどこまで自分の体を取り戻せるかが問題だろう。


「ま、お前も立派に部下が持つ立場になったんだから胸を張るんだな」

「わ、分かってますよ!」


部下を、自分の隊を持つ事への緊張なのかはたまた別な物なのか、何処か元気の無いエレナに思わず吹き出す。
そんな俺に何処か不満そうな顔をして、手元の紅茶を飲むエレナ。
ドーバーの食堂の一角で小休憩をしているが、此方を伺う基地要員の視線には何かが籠っている気がする。


「……そういや、俺の軍葬とかやってたな…」

「多分、顔はかなり広まってますよ?」

「……勘弁してくれ」


スカーフェイス+杖+軍葬が行われた筈の人間なんて、目立たない方がおかしいだろいやマジで。
頭を抱える俺に、何処か満足そうに笑みを顔に浮かべるエレナが妬ましい。
畜生、香月博士が各国に対応してくれてはみたいだけど兵士個人個人までは説得も説明もできんわな。

そんな事を思いつつ溜め息を吐く俺に一際笑みが深くなるエレナ……コイツ、なんか色んな意味で強くなってねーか?

とまぁ、俺がそんな風に思っていると少しだけ食堂内の空気が変わる。
少しだけピリッとした、何処かムカつく空気をうっとおしくも思いながらコーヒーモドキを啜る。
そうしていると、俺の対面に座っていたエレナが立ち上がって敬礼をしていた。
俺とエレナの座る方角へ佐官クラスの人間でも視察に来てるんだろうかと思い、俺も立ち上がって敬礼し……固まった。


「死んだと聞いてたが、流石にしぶといな」

「テメェ……」

「だ、駄目ですって大尉!お、お久しぶりであります!アイヒベルガー少佐!」

西ドイツ陸軍陸軍第44戦術機甲大隊大隊長。七英雄、“黒き狼王”ことヴィルフリート・アイヒベルガー。
人嫌いにあまりならない俺が嫌うという、稀有な男だ。

後ろに部下なのか三人のフライトバッチを着けたドイツ系と思わしき少女達と副官のファーレンホルスト中尉が後に続いている。
それを横目に、俺は即効で敬礼を解いて不機嫌さをありありと前面に押し出す。
俺の目の前に立つアイヒベルガーは小さく鼻を鳴らしているが、それに俺の不満は募るばかりだ。


「で、何の用だブルスト野郎。飯ならアッチだ、芋でも食ってな」

「な、貴様っ…!?」


俺が指でキッチンの方を指差し、そう言うと深いワインレッドの大きなリボンを頭に着けた少女が反応する。
エレナが少し大人びたらこうなるのかもな、とか思いつつ睨むその少女を無視する。
すると、その少女が身を乗り出そうとするが……アイヒベルガーが手を少女の前に伸ばして制止した。


「よせ、フォイルナー……ヤンキー、ありがたい事に私とお前が国連欧州方面軍司令部より召集が掛かった」

「チッ……何だ?二人仲良く飛んでオリーブの枝でも捧げろってのか?」


何時ぞや、ユーコンの酒場でタリサがACTVとSu-37の仲良しお散歩にボヤいていたのを思い出し、そう問う。
だが、その問いに口の端を歪める様に笑んだソイツの顔に……嫌な予感が警告音を鳴らすのが分かった。


「そのまさか、だ」

「はぁ!?テメェがそんなのに出るタマじゃねーだろうが!」

「我が祖国からの名誉ある任務だ、断る理由はあるまい?もっとも、貴様が相手と思うと聊か不快だがな……なぁ?英雄殿?」

「Fuck……」


広報任務……ああ、確かに桜花作戦でオリジナルハイヴ突入部隊員とかの“七英雄”だったら良い広告塔だろうよ。
俺が入院してた間に、白銀らが取材が多いとか言ってたが今はその意味が身にしみて分かりそうだ。


「チッ……ああ分かったよ、行けばいいんだろ……じゃあなエレナ、次に会うのは晩飯だろうよ」

「ジークリンデ、三人を纏めておけ……昼食は向こうで取る事になりそうだ」

「おいふざけんな、お偉いさんとならまだしもテメェと仲良くメシを食う気はねーぞ」

「私も、礼儀のなってないヤンキーとは御免だ」


お互いを罵りながら食堂を出て行く。
ったく、帰ってきて早々に嫌な奴と出会うとは……桜花作戦で一生分の幸運を使い果たしたんじゃねぇかコレ?



 ◇


「な、なんなんですかあの無礼な男はぁ!?」

「落ち着くんだイルフリーデ……まぁ、無礼だというのは納得だが」

「い、今にも殴り合いそうでしたけど……あれが、桜花作戦でオリジナルハイヴに潜られた方なんですか?」


上から、イルフリーデ・ヘルガローゼ・ルナテレジアの順で言葉を発する。
食堂内も、あの二人が消えた事で少しずつ普段通りの様相を戻しつつあるが、少しだけ騒がしさはある。
恐らくは先程のやりとりが今一番のニュースなのだ。


「あ、はい!バーラットたい…じゃなくて軍曹は桜花作戦においてハイヴ突入部隊の一人でした」

「マクタビッシュさんの言う通りよ。あと、あの二人の間にはちょっとだけ問題があるのよ……バーラット軍曹も良い人よ?いえ、良い人すぎるから対立してるのね」

「ファーレンホルスト中尉っ!納得できる説明をお願い出来ますか!?」


鼻息荒いイルフリーデの問いかけに少し困った顔をしたジークリンデ・ファーレンホルストはエレナを横目で見る。
エレナ自体も気にしているのか、視線で問い掛けているのを確認し……諦めた様に、何処か艶っぽく溜め息を吐いた。


「じゃあ、教えてあげるけど……マクタビッシュ中尉には辛い思い出よ?」

「私に…ですか?」

「……2000年の7月、仏連合旅団合同大規模間引き作戦の裏側で起こった衛士訓練大隊の壊滅……数少ない生き残りのアナタなら、事情は分かるでしょう?」


ジークリンデの問い掛けに、エレナは顔を歪ませる。
クラウスが率いて前線の援護を任された新人部隊の数少ない生き残りである自分を襲った地獄は、まだその脳内に焼き付いていた。

殺しても殺しても沸き上がるBETA、着々と過ぎていく時間、死の8分を超えても止まらない敵、叫び声を上げて食われていく仲間。
その声が、まだ耳にこびり付いている様に思えてならなかった。


「私達が合同の間引き作戦に参加している最中にドーバーへBETAが攻め入ったのは聞いてましたが……」

「エレナちゃん、大丈夫?」


ヘルガローゼの呟きと、少し震えていたエレナの肩に手を置くルナテレジア。
気を利かせた給仕長が持ってきてくれた紅茶で少しだけ休息を取り、また話を続けた。


「その時、即応部隊でありドーバー最強の守りの要であるツェルベス大隊の代わりとなる部隊が基地に到着していたわ。それが、当時大尉だったバーラット軍曹の隊よ」

「では、マクタビッシュ中尉の教官であったというのは……」

「そう、彼は一時的に訓練兵に戦術機の操縦を教える教官として、即応部隊の空き時間を利用しながら参加していたの」


もう一匹の地獄の番犬として、本来の守り手たるツェルベスの住居の守りを任されたのがクラウスだと言う。
それを知らなかったのか、エレナも驚いた様に目を見開いていたが次第に納得した様に頷いた。

当時、クラウス・バーラットの所属はドーバーとは遠く離れたモン・サン・ミシェル要塞だ。
それがどうしてドーバーに居たのか……その理由が判明し、理解できたのかエレナは再度頷いた。


「バーラット軍曹は後遺症が残る今は不明だけど、昔はアイヒベルガー少佐と肩を並べるほどの戦術機操縦技能があったのよ?」

「あ、あの無礼な男が少佐とッ!?」

「ええ、最初はトリッキーすぎる動きで撹乱されてアッサリよ。今は7:3から8:2で少佐かしら……まぁ、彼の事だから後遺症の残る相手と決する事は無いでしょう」


「信じられない」というよりは「信じたくない」といった風に声を上げるイルフリーデ。
恋愛感情が有る無いに関わらず、自身の上官を侮辱する相手には彼女の気質からして許せないのだろう。
そして、そんな無礼な男が自身の敬愛する上官……自分では勝つのは不可能と思える相手と肩を並べるほどの実力を持っている事に。

エレナも少しの期間だけアイヒベルガーに(何故か)鍛えられたが……その時点で、遥かに上の存在であると感じていた。
恐らく、自分が知る世界有数の精鋭部隊であるA-01や対人戦を重視した某国の特殊部隊が操る戦術機でも犠牲無しには墜とせないだろう。


そう、例えるのなら……クラウスが「巧い」に対し、アイヒベルガーは「圧倒的」なのだ。


「続けますよ?…バーラット軍曹の隊は海軍でも最精鋭と言われてて、BETAとの実戦で生き残り続けた者ばかりで構成されていた……海軍は、その部隊の損耗を恐れた」

「一時期とはいえ、即応部隊としてドーバーに所属しているというのに…ですか?」

「ええ、モン・サン・ミシェルは欧州奪還を狙う最精鋭の集い……国連海軍からすれば損失は最低限にしなければならない。でも、BETAは待ってくれないわ」

「そんな悠長なッ!」

「そう、それで白羽の矢が……いえ、即応部隊と共に他部隊が出動する時間稼ぎの生け贄になったのが壊滅した訓練兵の部隊なのよ。運悪く、実弾演習の最中だったわ」


その後、部隊司令よりクラウスに告げられた昇進の話は“生け贄”と共に送り出した事に対しての口止め料も含められていた。
だが、怒りを顕わにしていた本人の手によって顔の整形手術を行われたのは当然の報いなのかも知れない。

結果的に言えばクラウスはエレナを含む生き残った新人衛士と伝手で集めた衛士による中隊を組んでいた。
その後は元の部隊に戻る事は無かったし、司令部もその事を追求しなかったし、出来なかったのもある。
何せ、当時のクラウスは触れれば爆発する不安定な状態であったのが明白だったからだ。

だが、規律という制限が設けられた軍隊という社会ではクラウスの存在と行動は問題視されていた。
その結果が、文字通り「扱いに困った」司令部の判断によってアラスカのユーコンへと送られる事になったというのが事の顛末だ。

つまり、「火傷する前に火を遠ざけてしまえばいい」……そんな考えがあったのかも知れない。
クラウスという男は問題児であり扱いにくいが、戦術機乗りとしては優秀であったが故に取れた手段だろう。


「「「……」」」


イルフリーデ・ヘルガローゼ・ルナテレジアも思わず沈黙する。
彼女たち軍人にとって従うべき命令を下す司令部……軍の上層部を信用できなくなる可能性を秘めたこの話に何も言えない。
それは、規律を重んじるドイツ軍人であるが故に尚更だ。

これだけの情報を何で知っているのか、というのは野暮な質問だろう。
黒き狼王の傍らに立つ事が許された白き狼、その地獄の番犬の片首を担う彼女は謎の多い女性でもあるからだ。


「でも――――何故、アイヒベルガー少佐とバーラット軍曹はあそこまでお互いに噛み付き合っているのでしょうか…?」


ルナテレジアは最もな疑問を口に出す。
確かに、今までの話の中ではツェルベス大隊の代わりにクラウスの部隊が一時的に即応部隊となり、その片手間で指導していた訓練兵がBETA侵攻によって壊滅したという内容だ。
その結果に至るまでに上層部の考えやクラウスによる暴行事件もあったが……「クラウスとアイヒベルガーの不仲に至った」肝心の理由が明かされていないのだ。

話の一部にはクラウスとアイヒベルガーが戦術機の腕前を互いに競った事を思わせる言葉も存在していた。
ワザワザ嫌いな相手と好んで訓練する筈も無い。そう思ったからこそ、ルナテレジアはそう聞いたのだが……


「それなのだけど……はぁ…」

「「「「……」」」」

と、またも何処か色気のある深い溜め息をファーレンホルストは吐くだけだった。
三人娘―――訂正、エレナを入れて四人娘という『女三人寄ればなんとやら』を一名ほど増やした状態の少女達は視線で何処か催促してる様にも思える。

いや、もうこのメンバー内で最も年齢が低いであろうエレナでも19歳なのだから少女では無く女なんだろうが……そこは本当に野暮な問題なので省略だ。

兎も角、だ。
彼女達からすれば今は不完全燃焼みたいなもの、もっと詳しく知りたいのだろう。
具体的には謎に包まれた上官である男の過去とかを。


「アイヒベルガー少佐はバーラット軍曹に言ったの、『死者に囚われれば死ぬだけだ』と…軍曹は、『囚われてない、俺は俺の責任を果たすだけだ』って」

「……」

「そこから、盛大な口喧嘩よ。私はアイヒベルガー少佐の傍で待機してたから話を聞いたのだけど……お互いに譲れないのね」


過去を背負い過ぎるなと言うアイヒベルガー。
全て背負い続けると言うクラウス。

どちらの主張も一長一短……いや、正当性がある。
過去を振り切れないのは弱さにもなれば強さにもなる……そして、背負う事は強さになればまた逆に弱さにもなりうる。

そんな、ちょっとの価値観の違いが二人の関係を悪化させるスパイスの役割をした。
だから、お互いが譲り合わないし話し合おうとしないから……まるで子供の喧嘩みたいな状態になってしまったのだろう。


「男ってのは本当に馬鹿ね……特に意地っ張り同士の喧嘩は仲直りが大変なのよ?」


つまりは、そういう事なんだろう。
そこでファーレンホルストは話を切る。もうこれ以上は語る事は無いと言う様にのんびりと紅茶のカップを傾ける。

今頃、あの二人はどうしているのか……そんな事を思い浮かべながら。





【一方その頃、男二人】


「テメー上等だ!表に出やがれッ!!」

「フンッ、後遺症の残っている貴様が私の相手を勤められるのか?大体、お前は生身での格闘訓練は最悪だと前に話していただろうが」

「譲れないモンがあるんだよ!男の子にはなァァァ!!」

「だから貴様は餓鬼だと言っている!どこまで理想論と過去しか見んのだ!」

「未来だって見てるわい!俺のあり方みてーなんだから仕方がねーだろが!!」

「それが何度貴様を殺しかけたか分かって言っているのか!?自己犠牲を打算なしに行うなど気でも触れて……」

「テメーに心配されるほど落ちぶれとらんわ!!」

「誰がお前の身を心配するか!巻き込まれる人間の不幸を嘆いているだけだ!」

「ぐ、ぐぐぐ……!」

「……ッ」


お互い、子供みたいな喧嘩をしていたのであったとさ。




あとがき
過去話&欧州編への取っ掛かりついでにユーロフロントの皆様もゲスト出演。
訓練部隊壊滅は【閑話過去話】彼と彼女の流儀を参照。

本当は黒き狼王(EF-2000)VSホルスの目(F-18/EX)のガチ勝負も書きたかったけど断念。



[20384] 【欧州物語その1】とある軍曹(サージェント)と訓練兵(ひよっこ達)
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/11/30 20:56


【2003年3月27日 イギリス・国連軍共同墓地】



この季節は何かと変わり目、節目という意味合いが大きくある季節だ。
ユーラシア大陸を間に挟んだイギリスと同じ島国である日本では“桜”という淡いピンク色の花がもう間もなく木に纏わる様に咲き誇ると聞いた事がある。
満開に咲き誇る桜の花は見る者その全てを魅了し、また見たいと思わせる程の花の様だ。

それに加え、桜の花の名を冠した人類の一大反抗作戦―――『桜花作戦』
現状の人類の未来を繋ぐこの作戦の名は一般にも広く知れ渡っている。それを考えると、桜の花のネームバリューは最高と言える。

「……よしっ」

私は祈る様に胸に置いていた手をゆっくりと降ろし、気合を入れる様に小さく自分の頬を叩く。
今の自分が着る国連軍衛士訓練校生が身に纏う制服を着ている以上、無様にもボゥとしてる訳にはいかない。
私が目の前に立つ像とその傍らに立つ慰霊碑には桜花作戦で散っていった兵士達の慰霊の言葉が刻まれている。
あまりにも膨大な数に昇った戦死者…その全てを見るには基地の専用PCから閲覧が必要な程に多く存在していた。

その中には、私の最後の肉親であった兄の名前も存在している。

「兄さん……」


―――兄は優秀な衛士だった。
それは国連軍最精鋭が集う軌道降下兵団――オービット・ダイバーズ――の中で一つの部隊を率いていた事からも納得できると思う。
……そんな自慢な兄も、『花が散りやすい』と有名な桜の花と同じ様に桜花作戦で散っていった。

「英雄、か…」

【桜花作戦】……オリジナルハイヴ攻略を目的とした全人類の総力戦。
そのオリジナルハイヴ攻略部隊を率いていたA-01指揮官である神宮寺まりも少佐は国連軍広報官や世界中の国々から飛んできた記者達にこう答えていた。

『オリジナルハイヴへと繋がる道が開いた瞬間、何十万ものBETAの奇襲の中でダイバーズの衛士達が道を切り開てくれた』
『彼らが居なければ、あの場所で全滅していた可能性は考えるまでも無い』

その結果か、慰霊碑には兄の名前を筆頭にA-01を守り抜いた者達の名前がしっかりと刻まれている。
他にも亡くなった方は存在しているが、これだけでも誇れるものだと私は思う。
……いや、そう思わないと今も悲しみに暮れてしまいそうなだけなのかも知れない。

そこまでゆっくりと考えて、私は慰霊碑に背を向けて墓地を出るために歩き出す。
今日は来月から私も訓練校に入るというのを伝える為に来たのだ。
報告が済んだのなら帰って少しでも訓練に着いていける様に体を鍛えよう……そう思うと、少しだけ小走り気味になっていた。

「よーしっ!頑張るぞー!!」

気合を入れる様に声を上げ、また小走りから本格的に走り出す。
明日、明後日、明々後日、もしくは来年……その先に何が起こるのかは分からない。
だけど、元気だけが取り柄みたいなのが私だ。
だから、元気じゃない私は私じゃない……そう思うから、とにかく空元気でもいいから声を上げながら……私は墓地を出て行った。



途中、顔を大きく横切った傷痕と咥えタバコが特徴的な男の人が献花用の花束を買っているのを横目に見ながら。



 ◇



さて、ふと思うのだがどうして『責任者』と呼ばれる人間の話は長いか疑問に思った事は無いだろうか?
私がまだ小学生の頃の先生…特に校長先生なんかの話は長かった印象が強い。
それは軍でも同じなのか、それとも先程からこの長い長い演説に飽き飽きとしていた。
基地司令自身が自己の演説に酔っているのかは不明だが、既に入隊の誓いは済んだというのに今も話は終わらない。

「(暇だなぁ…)」

演説を続ける基地司令の話を右耳から左耳に通り抜ける様に聞き流しつつ、周囲に並ぶ人物を眺める。
私と同じく今期入隊した訓練兵は緊張しているのかしっかりと演説を聴いているようだ。
私自身は兄の部隊に遊びに行った経験もあるので軍隊特有の緊張感には慣れているつもりだからこんな態度なんだろう。

まぁ、そこは置いておこう。
これから半年間に渡って一緒に汗水垂らして競い合い、協力し合う大事な友達であり“戦友”だ。
相性とかの問題もあるとは思うけど仲良くやれると信じている。
とりあえず、現状の問題は……

「(どんな人が私たちの教官になるのかな~)」

そう、それが気になっているのだ。
本来はこの入隊式の場に居るであろう私たちを訓練するであろう階級……つまりは軍曹の人物が存在していない。
基地司令の秘書官を中心とした尉官しかこの場に存在してないからその事は分かるのだ。

だからこそ気になっている。
もしかすると後で紹介されるのかも知れないが教官として、自分が鍛える訓練兵の入隊式にすら出ないのはどうなのかと思ってしまうのだ。
そうこう思いながら欠伸をかみ殺し、基地司令へと視線を向ける。
そろそろ話が終わりそうな感じがしたからだ。

「――――以上で私の話を終わりにする。諸君らの入隊を歓迎しよう!」

「基地司令に敬礼!」

ビンゴ―――心の中でそう呟いて姿勢を正す。
人の顔を見てある程度の行動を予想できるこの特技も鈍ってはいないみたいだ。
そんな風な事を考えつつ小さく笑みを浮かべて敬礼。
お世話になります…そう思いながら敬礼を解除すると秘書官らしき人がマイクを手に取っていた。

「それでは全員、第4ブリーフィングルームへと移動してください。担当教官からの班分けの発表と小隊長任命が行われます」

その待ちに待っていた通達に全員が色めき立つ。
先ず間違いなく“担当教官”の存在に対しての淡い期待なのだろうが……その期待は基本的に破られるものなのだ。
私の知る“軍曹”と呼ばれる人間とは総じて『さぁ死ぬまで走れ!足を止めるのならいっそ死ね!!』な人種ばかりだ。

これはあくまでも厳しく…それこそ教官を訓練兵が憎む程に厳しく罵倒し、その肉体と精神を極限にまで追い込むのが教官の醍醐味と言っていい。
これが、甘ったれた餓鬼を一人前の“殺し屋(ソルジャー)”へと変えていくのだ。
その昔、アメリカ製の映画で米国の対外国派遣部隊の中心となる海兵隊、その中で教官を務めていた軍曹みたいなシゴキがあるのだろう。
訓練兵の中に狂ってしまった人が居たが、そんなのがこの仲間たちより出ない事を祈るしかない。

「―――あんな歌、歌うのかな…」

ランニング中に合唱していた歌の歌詞を思い出して少しだけ顔が赤くなる。
自分で言うのも本当にアレなのだが……私とてまだ乙女なのだ。流石にその手の事は知識として知っているし言葉の意味も分かる。
ただ、軍隊とは言えどそんな内容を大声で高らかに歌うなんて……

「……おい、大丈夫か?」

自分の中に浮かんだ考えに「いやんいやん」と思わず体をくねらせてしまうと隣にいた私と同期の男性が声を掛けてくる。
そう言えば、他の隊員とまだ話もしてないな…と思った私はその声をかけてきた方を向くが……視界には茶色の髪の毛しか写っていなかった。

「……えっと…」

首の角度を下へやや修正。
そうするとようやく人の顔が私の視界に入ってくる。
何処か強気っぽい感じのする男だ。短パンとか似合いそうである。

「……何歳?」

「ぶっ殺すぞテメェ!?」

男――いや少年?――が顔を赤くして叫び声を上げる。
声もしっかりと聞くと、変声期を迎えてないような高さがあった。

……待て、いや本当に待ってくれ。
私の身長は160cm、女性としては平均的な身長であろう……なのに、視線の高さが確実に私より低いこの少年の背は何cmなのだ?
それに顔立ちも非常に幼く見える、いわゆる童顔という奴だ。
この場に居る人間は各国から全員が志願して国連軍に入っている、それで考えれば年齢は最低でも16歳の筈……だよね?

「いやっはっは~……ゴメンナサイ」

「謝るんじゃねェよ畜生っ…!!」

遠くを見るようにして謝ると何か泣きそうな声で怒りを露にする少年。
ちょっとだけ慈愛を込めて頭を撫でると思いっきり払われる。まったく、レディの扱いがまるでなってない。

「で、非常に愉快なコントは終わりかな?」

「「―――――ッ!!!」」

私と少年の会話が一段落ついた所で背後より掛けられる声に二人して固まる。
そして、壊れたブリキのおもちゃみたいにゆっくりと首を後ろに回すと……非常にイイ笑顔をした“軍曹”の階級である人が腕を組んでいた。

(え、うそ、本当に?――――こ、これはかなり拙い…っ!?)

「あ、ああああのこれはっ!?」

顔を真っ青にした私と慌てた様子で何かを言おうとして声にならない声を発する少年。
この状況下で言い訳はかなり下策なのだがそれを静止するのは混乱と焦りに思考を完全に割かれた今の私には無理そうだ。
そして、私の考えが纏まらない間に名も知らぬ傷顔(スカーフェイス)の軍曹は口を開いた。

「―――アレン・サーシェス訓練兵」

「はいっ!!」

「しっかりと貴様の名前と顔は覚えた、分かったなリトルボーイ?」

「Sir yes sir!」

少年―――アレンは最敬礼をして背筋を更にピンッと伸ばす。
完全に目を着けられたアレンの顔からは如何にも不健康そうな汗が流れ落ち、見てるだけで体調不良なんじゃないか?と疑いを持ちそうだ。
そして、軍曹の視線が私へと向いた。

「ニーナ・エルトゥール訓練兵も随分と余裕のようだな?目をかけておいてやる」

「Sir thank you sir!」

「いい返事だ…………エルトゥール、か…」

「……?」

何か考えるような顔つきになり、小さく言葉を呟く軍曹に少しの疑念が浮かぶ。
しかし、それは本当に一瞬だけであって直ぐにも疑問を含んでいた顔は見えなくなっている。
そして傷顔の軍曹は教壇に移動し、ゆっくりと口を開いた。

「さて、とある2名に少々の時間を割かれたが……初めに自己紹介をしよう。クラウス・バーラットだ、君たちを預かる立場になった」

『とある2名』という皮肉に申し訳なさを感じて顔が歪むが軍曹が名乗った『クラウス・バーラット』という名に私を含めた多くが反応する。
クラウス・バーラット……大々的にその姿を世界に晒したA-01部隊の中に名前のみだが残されていたその名は有名だ。

私は桜花作戦以降、長期の入院生活を送っているとは軍から配布される民間向けの広報誌で知ってはいた。
だが、そんな人物が自分たちの教官になるとはお天道様でも思いつくはずは無いだろう。
というか、流石に予想外すぎて私も呆けてしまっている位だ。

「まぁ、悪評なりなんなりと聞いた事がある者も居るだろうがそんなのは貴様らを鍛え上げるのに関係はせん。それだけは心しておけ」

かの“XM3発案者”である『白銀武』や“魔女”『香月夕呼』というビックネームには及ばないが彼が生み出したその逸話は多く知られている。
彼を指して言われる言葉は数多く……数多すぎるほどに存在している。
それが近年、やっとと言うかなんというか……ようやく呼び名が定着したらしい。

【どんなに不可能な状況であっても、人が無力な環境であっても人の生き死にの法則を曲げて生き残る男】
それを“世界”に当てはめて例える。
香月夕呼博士による命名、『世界に喧嘩を売った男』だ。

(うーん……どうにも過大評価というか、非現実めいてる気が……)

36人の訓練兵の視線を一身に受けながら小隊長任命を始める軍曹の姿を見てニーナはそう思う。
撃墜という状況、そしてBETAが支配する戦場で生き残るなんて所詮は運だと思っている。
私はその運に…それこそ“神の加護”とも言えるような運に生かされているのだろう……そう思うのだ。
(少なくとも“普通の人間”はG弾に巻き込まれるとか荷電粒子砲で焼かれるとかされて生きてる訳は無いのだが、彼女がその事を知るのはまだ先の事だ)

(だとしても……)

バーラット軍曹の事を見つめる彼女の瞳には興味とは違う別の色が入っていた。
クラウス・バーラット……桜花作戦においてオリジナルハイヴへと突入し、奇跡の生還を果たした男。
彼ならば……兄の最後を詳しく知っているであろうとニーナは思っている。
オリジナルハイヴへと突入し、最後の最後まで人類の勝利のためにA-01の進む道を開く為に戦った兄とその仲間たちの最後を。



国連軍第3軌道降下兵団・ヴェクター中隊の最後を。



「―――ゥール、エル――ル、……ニーナ・エルトゥール!」

「はひっ!?」

大きな声で名前を強く呼ばれ、声を上げて立ち上がるがその反動で舌を噛んでしまってちょっと涙目になる。
そして声の方角へと視線を向ければ、「私、不機嫌です!」な気配を滲み出すバーラット軍曹の姿がそこにはあった。

「エルトゥール、仮にも上官の呼び掛けを何度も無視するのはどうかと思うが?」

「も、申し訳ございません!何用で御座いましょうか!?」

呆れたように溜め息を吐くバーラット軍曹に慌てて頭を下げる。
そうだ、いくら考えを回らせていたとはいえ私は正式に軍属の人間になったのだ。
これがもし命令や任務の説明だとすれば、そしてそれを聞かなかったが原因で自分を、仲間を巻き込む可能性を生むのなら……そう思うと自分のミスに嫌気が差す。

「まったく……エルトゥール、貴様をC中隊・第一小隊小隊長に任命する」

「はい、了解です……」

そんな、慌てていた私の姿に小さく笑みを零してから残りの小隊長の任命を続ける軍曹。
その反面、私はちょっと落ち込み気味である。
だが、軍曹が続けていった言葉に私は落ち込んでいたのが嘘みたいにテンションが上がっていた。

「―――以上が小隊長となる、細かい振り分けは訓練初日から行うぞ……さて、これから親睦を深めるためにメシでも食ってから基地施設を案内する―――戦術機ハンガーもな?」

(戦術機……っ!!)


一瞬、室内にざわめきが起こる。
戦術機…それは私たち訓練兵にとっては一種の憧れに近い存在だ。それを早くから拝めるとあればこれ以上に嬉しい事は無い。
皆もそれは同じで……特に、隣のアレン少年(もう少年って呼ぼう)なんかは本当の子供みたいに目を輝かせている。

「よし、俺に着いて来い!」

「「「「Yes sir!!」」」」

全員の返事を受け、移動を開始するバーラット軍曹に皆が続く。
そこから先は皆で食事をし、そしてハンガーでは様々な戦術機を見上げ、管制ユニットに乗り込む事も出来た。
皆はとても楽しそうな顔をしていたし、私もこの時間を楽しんでいた………だけど、ここで気づくべきだったんだと翌日に思い知る。





無邪気に笑ったりしている私たちを見て、非常に寒気のする笑顔を浮かべている男の事を。



次回に続く?

クラウスさん軍曹編、2004年の『オペレーション:ラストダンス』まで教官をしていた際の教え子視点。


ニーナ・エルトゥール
桜花作戦で散ったダイバーズのヴィクター01の妹、16歳のドイツ人。
ヘアバンドが特徴(ビジュアルすら出てないけどね!)

アレン・サーシェス。
ドイツ系アメリカ人、ショタフェイスだけど16歳。
短パンが似合いそうな顔らしい(真冬でも半ズボンって小学校によく居たよね)



[20384] 俺の部下がこんなに○○○○なわけがない!
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/12/18 16:52


(朝のコーヒーの香りは格別だ…)


執務室に届けられた朝食を平らげ、ホッと一息吐いたタイミングを見計らったように届いたコーヒーの香りを嗅いだ基地司令官の男はそう心で呟く。
毎朝、男の秘書官である女性が淹れてくれる一杯のコーヒー。
合成コーヒーという、何処か泥水めいたソレも彼女が淹れてくれれば本物のコーヒーと遜色ないように感じる程に美味いと思える。
一日の始まりと活力、その両方を意味するコーヒーの香りを堪能した男は何処か壊れそうな物を触れるようにそっと口へとカップを近づける。

「―――うん、美味い」

熱い液体が口・喉・胃と流れ、そして体へ満ちる。
こうもコーヒーが美味いと思える瞬間は男がまだ司令官と呼ばれる階級ではなく、新米少尉だった頃以来だ。
冬の寒空の下、初めて持った部下と飲んだ決して美味いとは言えない大雑把なコーヒー。
BETA大戦最初期、まだ重金属雲に汚染される前の星が綺麗に見えた故郷の夜空と厳しい寒さ、それに肩を並べる戦友という存在がそんなコーヒーを何倍も美味くしてくれた。

(……私も、随分と老いたものだ)

ふと、小さな笑みが零れ出る。
昔を懐かしむなど、老人の証拠ではないか。

「……中尉、もう一杯―――いや、二人分お願いできるか?」

『了解いたしました、お届けに上がります』

カップの底に残ったコーヒーを飲み干し、通信を秘書室で職務を全うしているであろう生真面目な彼女に入れてお代りを頼む。
ちょっとした待ち時間は24時間営業中の基地を窓から眺めていればすぐに過ぎる。
ふと、窓ガラスが揺れたかと思えば一機の戦術機が軽快な機動を見せながら飛び回っているのが目に入る。
昨夜提出された整備班からの報告書には機体補充と試運転の実施が通達されていた。
恐らくはその中の一機だろう……そう当りをつけて空を飛び回る戦術機を目で追いかけ続ける。
そんな待ち時間も、執務室のドアから響く小さなノック音によって終わりを告げた。

「閣下、コーヒーのお代りを持って参りました」

「ああ、開いているよ」

「失礼いたします……あの、お二人分のご用意を致しましたが……」

無機質な、軍の備品らしさを前面に押し出したシンプルなデザインのトレーに乗せられたカップが二つ。
カップの中身は注文通り、湯気を発する淹れ立てのコーヒー。
さらには砂糖とミルクの入った入れ物が乗っている。
それらを運んで来た彼女はクリッとした目をぱちくりとさせ、視線を部屋に巡らせている。

「どうしたのかね?」

「い、いえ!お二人分と聞いてましたので来訪客の方でも来たのかと思いまして……」

「ああ……まぁ君も掛けたまえ―――そのコーヒーは君用だ」

「わ、私でありますか!?」

「そうだ、コーヒーは嫌いかね?」

「い、いえ…好き、ですが……」

「そうだと思ったよ」

少しだけ慌てた様子の彼女に『衛士となる』と夢を語っていた時のような孫を見る気分になる。
私はソファーへ座り、彼女を促す。
ちょっとだけ、本当に少しだけ迷った素振りを見せたが私の対になるように席へ着いた。

「なに、ちょっとだけ老婆心が働いたようなものだ……遠慮しないでリラックスしてくれ」

「は、はぁ…」

カップを手に取り、コーヒーに口をつける。
中尉は砂糖とミルクを入れ、小さく笑んでから私に続いてコーヒーを飲む。
何処かゆったりとした、何とも言えぬ空気が満ちる。
一週間後にはBETA間引き作戦が実行され、その準備に基地の全員が奔走する中でこの場所のみが時間が遅い。

そんな、不思議な空気を堪能するかのようにもう一度カップに口を付け……その直後、基地を揺らすような轟音とそれに続く爆音が響いた。
その衝撃で噴出す&気管に入る熱々のコーヒーは不幸としか言えない。

「ぶふぅっ!?アツ、あっつー!?」

「閣下!?大丈夫ですか!!」

駆け寄りタオルを差し出す中尉。
それを受け取り、咳き込みながらも窓へと取り付き、何が発生したか見極めようとして目を細める。
未だ衰えぬ視力は基地滑走路で炎上、爆発する一機の戦術機とちょっと離れた場所で立つ一人の衛士の姿を捉えていた。

「中尉、双眼鏡を!」

「た、只今!」

部屋に置かれた双眼鏡を指差し、受け取って覗き込む。
おぼろげにしか見えなかった戦術機の機種と、衛士の顔が見える。
そして、それを確認した男はゆっくりと双眼鏡を下ろした。

「か、閣下……?」

中尉が震える男に声を掛ける。
男が醸し出す叩き上げ特有の空気がちょっとだけ怖いのか、涙目で震える顔が年甲斐もなく可愛らしいとかそんなのは全て忘れる。

今は、これだけは言わなきゃならないのだ。



「またあの馬鹿か―――!!」



 ◇



「あー、死ぬかと思った」



片手を後頭部に当てた衛士強化装備をその身に纏った男が何処かのんびりとした口調で悪びれずにそう告げる。
そんな、平和そうな…何処か何も考えてなさそうなのほほんとした男の背後で響く爆発音。
男の背後では一機の戦術機がまるで空へ手を伸ばすようにその右手腕を突き上げた状態で陥没した地面へと鎮座し、盛大に炎を上げて燃えていた。

「いっやー、まさかCPUがフリーズするとは思わなかった!お陰で墜落だ墜落!!」

大きく口を開け、何処か他人事のような態度で男は盛大に笑いながら怪我一つ存在しない自分の体を誇らしげに押し出してまた笑う。
その背後では、戦術機の消火作業をする地上誘導員や衛士、MPに整備兵も含めた連合部隊の叫び声をBGMとして周囲に響くが知らんぷり。
そして、そんな男の前に乱れた髪と少しだけ赤く腫れた目元をした少女はプルプルと震え、今まで地面を見ていたその瞳を男へと向けた。



「なんで私の戦術機をぶっ壊しちゃうんですか大尉ぃぃぃぃぃい!!!」


咆哮、叫び、絶叫、悲鳴。
それらが入り混じったような悲痛さと怒りに満ち溢れた少女の叫び声が男、クラウス・バーラットへと叩き付けられる。
その後ろでは今も無残に燃え盛る戦術機が少女、エレナ・マクタビッシュの怒りを援護するかのように大きく炎を上げていた。

「まだ乗ってないんですよ!?新品のF-18Eですよ!?何してるんですか!?」

涙目で、本日から御目出度く彼女の専用機として宛がわれた“F-18Eらしき何か”を指差してエレナは叫ぶ。
今まで彼女の乗機はF-18Eより一つ手前のバージョンであるF-18だ。
それ故に、今までの乗機の上位互換機という事と自身の慕う上官と同じ機種だっただけに彼女の喜びは有頂天に達していたに違いないだろう。
ただ、そんな幻想は慕っている上官であるクラウス・バーラットに物の見事にぶち壊されたのだ。

「作戦前だから最終調整を任せた私の間違いでした……っ!」

キッとクラウスを睨み付けるエレナが怒るのもまぁ当然と言えるだろう。
『完成された戦術機のCPUフリーズ』なんてこと自体が『例外』であるのだ。
「どれだけ無茶苦茶なコマンド入力したんだ」と、整備員から常日頃怒鳴られているクラウスを除いて普通は発生しないだろう。

それに、エレナは『例外』であるクラウスの無茶苦茶ぶりを知る彼女は「機体の操縦は加減して下さい」と伝えてあるからこそ、それを裏切られた衝撃もある。
そんな、当然とも言える怒りを向けられている張本人であるクラウスは何処か遠くを見るような目で燃え盛る“戦術機だったモノ”を見て、口を開いた。



「―――フリーズとは関心しませんな、最近の戦術機は惰弱で困る」



「「「「―――――ふっざけんなぁぁぁぁぁ!!!」」」」

「大尉が乗ってる機体と同じですよー!!」

「耳にキィーンと来るから大声だすなよ!?」

周辺で消火作業に勤しんでいた全員とエレナが口を揃えて腕を組んで顎に手を添えたポーズのクラウスへ叫ぶ。
流石に怒りが限界を超えた彼らの叫びは波紋のように広がる。
だが、クラウスが耳を押さえて叫び返した言葉にまたもや全員の思考が一致する。


―――――この野郎、一片たりとも全く反省してねぇ。


そんな空気を一身に浴びせられているクラウスも流石にちょっとは、本当にちょっとは気にしたのか顔色を曇らせていた。

「反省文で済みませんよコレ!?どうするんですか!?」

「いやマジどーすっかなー、っべーマジっべーわ」

「うわぁ…なんか凄くムカつく」

「いやさ、エレナよ。何がやばいって――――普通は事故で片付くんだろうけどさ、主犯が俺だろ?」

クラウスが親指で自分の胸を二回ほど叩き、無駄にある説得力でそう告げる。
そうだ、この『全自動始末書製造機&上官の胃腸ブレイカー』たるクラウス・バーラットは“そういう男”だ。
本当に事故であっても疑いを厳しく掛けられるという存在、キング・オブ・問題児。

『騒動の中心にクラウスあり』

こんな不名誉極まりない……それこそ昔からずっと所属先で何故か定着するフレーズすらあるくらいだ。
それをクラウスの部下であり被害者という、現状では最も理解しているであろうエレナが納得したような生暖かい視線をクラウスに送っていた。

「ああー……」

「納得すんなよイジけんぞテメェ」

「むしろイジけて大人しくなって下さい―――まぁ、一週間くらい営倉に入ってればその熱も冷めるのでは?」

にべも無い毒を吐くエレナ。
それにクラウスはガクッと頭を垂れてヤンキー座りで髪をグシャグシャにかき混ぜる。
どうにも、エレナが彼の空気に慣れた所為か妙に可愛げが無くなって来ているとでも思っているのだろう。
クラウスの視線が『最近、妙にツンツンしてやがる』と雄弁に物語る。
ただ、最低限の良識は存在しているのか「女の子の日なのか?」とは口に出さないだけマシだろう。
何気に、致命的なまでに空気が読めないのがクラウスなのだから。

「しっかしどすっかね~」

「どすっかねーじゃないですよ……って煙草!!」

「まぁこの一本だけ吸わせろ。冗談抜きというかほぼ間違いなく営倉かも知れねぇんだから」

クラウスがそう呟きながら地面に胡坐を組んで座り込み、煙草を咥える。
火は目の前に転がっていた戦術機の残骸の残り火から、熱に顔を顰めつつ近づけ大きく一吸いし―――大きく咽る。
どうやら燃料の風味が存分に残ってたらしく、顰めてた顔を更に顰めつつ煙草をもみ消す。
そしてもう一本取り出し、今度は整備員から借りたライターで火を吐けようすると、エレナが咥えていた煙草をを取り上げた。

「おい……」

「この一本だけ、その約束の筈でしょう?」

「ふふん!」とか「どうだ!」とでも言いたげな顔に若干小さ…じゃなくて控えめな胸を張り、ふんぞり返るエレナ。
それを見たクラウスは煙草のパックを覗き込む。
残りの煙草の残量はタイミング悪く0、つまりはエレナの持つ煙草が最後の一本だという事に他ならないのだ。

それを理解したクラウスはのっそりと立ち上がり、エレナの正面に立つ。
そして、ゆっくりとエレナの両肩にその手を置き、ガッチリとロックした。

「ふぇ!?た、たたた大尉!?」

「エレナ、俺の目を見てよく聞け」

傍から見ればMK5(マジでキスする5秒前)という状況を知ってか知らずか、ちょっぴり真剣な雰囲気と顔でエレナの瞳を覗き込むクラウス。
狙ってるのか、それとも本当に真剣なのかは不明だがエレナの顔が真っ赤に染まり、良い感じに頭が茹だってそうな感じである。
そして、その真剣な表情のまま、クラウスが口を開いた。

「好きなんだ!いや、愛してると言ってもいい!ともかく、俺には必要な存在なんだっ!!」

「――――ッ!」

そう叫んだクラウスにエレナが林檎色に変わる。
先ずクラウスの言葉が足りてないのは確実だろう。

「好きなんだ(煙草が)!いや、(煙草を)愛してると言ってもいい!ともかく、俺には必要な存在なんだっ(ニコチン中毒な意味で)!!」

恐らくはこんな意味なんだろう。
まぁ真正面からそんな言葉を真剣な顔(見る人が見れば非常に残念な顔)で言われれば判断力が鈍るのも当然かも知れない。
普段のエレナだったら落ち着けているだろうが『愛機爆散・疲労増加』とちょっとだけ頭に昇った血がこの判断を生んだのだろう。
まぁそれは置いておいて、周囲の人間はそんな二人を面白い物を見るかのように見ているのだが。

「―――いいか?」

「は、はいっ…!」

緊張に染まった顔のままギュッと瞳を閉じ、少しだけ上を向くエレナ。
手から零れ落ち、煙草はもう無い手は胸で組まれてフルフルと震える。
だが、幾ら待っても彼女が望む展開は来ないだろう。
クラウスはクラウスで、エレナが落とした煙草を拾って幸せそうに、本当に幸せそうに煙草を吹かしているのだから。

そして、その煙草の匂いはエレナにも届いてる訳で。

「……………」

「ん?どーしたーエレ……ナ?」

「総員退避ぃ!」とか「何してんだあのアホー!?」とか口々に叫んで周辺で様子を探っていた者達が逃げ出す。
ここがドラ○ンボールの世界なら崩壊直前のナ○ック星の如く大地が震えているだろう。
そして、流石のアホもそれには気づいたのか、額に汗を浮かべつつ逃げようもないこの状況に固まっていた。

「あ、あのー……エレナさん?」

遠くから見ていた者達が無言で「何とかしろ」とクラウスに満場一致で告げ、口端を引きつらせながらクラウスが声を掛ける。
肉弾戦ではクラウスはエレナに勝てないと承知してるが故に腰が引けてるが仕方が無いだろう。
少なくとも、逃げるのは許されそうにない状況なのは確かだ。
それを悟ったのか、クラウスも意を決してエレナの顔を覗き込もうとして……その瞬間、ペタンと力なくエレナの足が力を失う。

所謂、女の子座りという格好になったエレナは顔を上げてクラウスを見つめる。
10秒だろうか、それとも一分だろうか……見つめ合っていたクラウスとエレナだが、エレナの変化にその全てが終わりを告げた。

「………ック、ヒック……――――うぇぇええええん!!!」

「(泣いたー!?)え、エレナ?」

「うるさいです馬鹿大尉!私の期待を返せー!!」

「ちょっと待て圧し掛かるなマウント取るな!?おいばかやめろっ!?冷静になれエレナ!それがお前のキャラか!?」

「うるさいうるさいうるさいうるさーい!!責任、取ってくださいよぅ!!!」

「何の責任だド阿呆!?というか首に抱きつくな苦しい、死ぬっ!死ぬっー!!」

心底くだらない、とでも言いたげにギャラリーは去っていく。
クラウスはクラウスで救助を求めたりしてるが知り合いからは中指を突き立てられ、返される救援依頼。

どうしてこうなったか―――それすら分かってない人間がこんな局面に言うのはたった一言だけだろう。






「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇえ!!!」



ちなみに後日。
コーヒー好きとして有名な基地司令官より『アラスカ送り』というありがたーい任務を頂く事になるのは……まぁ、そう遠くない未来である。



あとがき
エレナさん分が足りないと私のゴーストが囁いていた。
時期はユーコンへの出立前というか原因。



[20384] 【欧州物語その2】とある軍曹(サージェント)と訓練兵(ひよっこ達)
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2010/12/31 01:43
拝啓
天国のお父様、お母様、兄さん。
私、もう死んじゃうかも知れません。



「このクズ共がっ!愉快にケツ振りながら走るんじゃない!!」

『『『Sir yes sir!!』』』

イギリスでも未だに広大な自然を残すザ・ケアンゴームズにバーラット軍曹の声が響き渡る。
その広大な敷地の一部に新設された国連軍ニュートンモア基地では新兵訓練が開始されてまだ一週間という期間しか経過していない。
だが、その一週間で私たちは着実に追い込まれていった。

先ず一つ、私たち第305訓練大隊の訓練兵を鍛え上げる任務を授けられたクラウス・バーラット教官。
私達と出会った初日、その日はしっかりと“手加減”されていたのが今ならよく分かる。
鉄拳制裁、言葉攻め、妥協や怠慢を許さず、そして少しでも私たちを追い込める要素があれば理不尽に思ってしまう程に罵倒する。
教官としては最も適していて最高、訓練兵からすれば最も避けたい最悪なパターンの人間だ。

「足を止めるなアレン・サーシェス!!パパとママの愛情が足りないのか!?ガッツを見せろ、ガッツをだ!」

「さ、Sir yes sir!」

「声が小さいぞ!どうした?その体に見合った声がそれかチビ助!!そうじゃないなら叫んでみろ!!」

「Sir yes sir!!」

「よし、返事だけは立派だ!GO!!」

ペースがガクリと落ちたアレンにバーラット軍曹が呼び止めて額をぶつけて言い放つ。
そして叫ぶように返事をして再度加速するアレン君を見送り、バーラット軍曹は今も走り続ける私たちに大声を張り上げた。

「さぁさぁ走れ!!戦場では走れなくなった奴から死んでいく!走れないのは体力が無い、気力が無いからだ!気力と疲労は絶望的な状況で諦めを生み出す!分かったか!!」

『『『Sir yes sir!』』』

「声が小さいぞクソ野郎ども!!玉は着いてるだろうもっと声出せ!てめぇらイ○ポか!?そうじゃないなら喉切り裂いてそっから声張り出せ!!」

『『『Sir yes sir!!!』』』

「俺は差別なんてしない、全て平等に見てやる!テメェらが俺を睨もうが憎もうが殺してやろうと思おうがだ、そんなのは全てのBETAに劣るカスみてぇなモンだ!」

『『『Sir yes sir!!!』』』

「つまり、今の貴様らはBETA以下だ!家族に友人を無情にもぶっ殺して回ったBETA以下だ!!それが認められぇってんなら結果で見せろ!分かったか!?」

『『『Sir yes sir!!!!』』』

皆が皆、顔を歪めて声を張り上げる。
中にはバーラット教官を睨みつける者もいるが、それも無駄だと分かったのか前を向いてまた走り出す。
心身共に疲労はピークに達しつつある中、私は聞こえないように悪態を吐いていた。

「私にゃタマは着いてませんっての…!」

「お、女がそれを言うなこのバ…ゲホッ!ゲホゲッホ!!」

荒い息の中で叫んだアレンが咳き込む。
隣で走っている同じ班のチームメイトでもある彼は体力に不安があるらしい。
それはバーラット軍曹も十分に見抜いており、今も集中して目を掛けているし班長でもある私にも注意を割く様にと言われた位だ。
背中を叩き、何とかペースを落とさないようにと走り続けさせるしかないだろう。
ただ、正直に言えば力の及ばない仲間をそんな風に気にかける余裕すら皆が失いつつある。

走り始めたのは明け方、確か集合が5時くらいだった。
そこから慣れない訓練で“壊れないように”固まった体を長々と準備運動を済ませ、そして朝食を抜いてのランニング

「………よし、20分休憩だ!その後は座学とミーティングを行う、各班長は班員を纏めておけ」

「きゅ、休憩?―――や、やっと休める……」

遠くから国連軍の制服を着た少尉が来るのを見たバーラット軍曹は時計を覗き込み、暫く顎に手をやってからバーラット軍曹が休憩の合図を出す。
ようやく休憩が許され、皆が用意されていたミネラルウォーターのボトルへと群がっていく。
その中で一人、心の奥底から搾り出すように私は呟いた。

「あー……死んじゃう…」

水を飲むより呼吸を整えようと体を地面へと投げ出す。
湿気を程よく含んだ冷たい雑草で覆われた地面は思いの外、自分の体を優しく包んでくれる。
ああ、瞳を閉じればこのままゆっくりと眠りに着けそうな気がする。

「エルトゥール訓練兵」

「サーイエッサァー!?」

軍曹の声に跳ね起き、敬礼をする。
何かもう染み付いちゃってる気がしなくもない動きだが気のせいだろう、気のせいであってほしい。
そんな私を呆れたような顔をして私を見るバーラット軍曹は腕を組んで口を開いた。

「……元気だな、まだ走るか?」

「いえいえいえいえいえ!?もう許して下さい!これ以上走っても悪化するだけで何の得もありません!?」

「いやなに、俺だけは汗まみれで死にそうな顔をするお前を見てて楽しいだろう?」

「―――――っ」

煙草を美味そうに吸うバーラット軍曹の口から発せられた言葉で固まる。
いや待ってほしい。今さっきまで走って、ようやく得た休憩なのだ。
ようやく息を整え、肉体の疲労を少しでも取り除こうと思っていたのに「走れ」とは絶望以外の他でもない。
いや、走れと本当に“命じられれば”走らなければいけないのだが。

「さて、どれくらいが適切か………」

走らせる距離をワザワザと聞こえるように呟きながら軍曹が頭を捻る。
そして暫くの沈黙。
その間の私の顔色の七変化が面白いのか、どう見ても顔が愉悦で染まっている。

「は、ははははは……」

バーラット軍曹が手紙を受け取りに少しだけ離れると空笑いが口から零れ出る。
周囲の皆は何処か哀れんだ目で見ており、どう見ても『ご愁傷様でした!』な感じの空気を醸し出している。
……いや待て、待ってほしい。
私って変に返事をしたけれどそれが走る理由になるのだろうか?

「……なるんだろうなー」

そこまで言って、軍曹が小走りで此方へ来るのを見つつ半分くらい自棄になり呟く。
多分だが、私の目はハイライトが消え、打ち揚げられた魚の目みたいに死んでいるだろう。本当に絶望してるんだから。
だが、言い渡されるであろう『絶望のランニング10キロ』などは全く告げられず、目の前にはミネラルウォーターの入ったボトルが差し出されているだけだった。

「……へ?」

「へ?じゃない。水だ、水分補給をしっかりとしておけ……倒れられても困るんだ」

そっぽを向き、私に水のボトルを押し付けるバーラット教官。
何なのだろう、普段は鬼みたいに厳しいのにこの妙な優しさは。

(あ、嵐の前の静けさじゃなければいいんですけど……)

周りの皆もこの様変わり用に恐怖している。
先ほど来訪した少尉から手紙を受け取っていたが、それがまず原因なんだろう。
一転してご機嫌にさせるほどの手紙、その中身は一体なんだというのだろうか……?

「ふふんふ~ん♪」

(は、鼻歌まで歌ってる!?な、何?そんなに“楽しみ”な事を見つけたの!?)

「あ、あの教官!何か良い事でもあったのでしょうか!!」

妙にご機嫌なバーラット軍曹の様子に凍りつく空気。
そんな空気の中で訓練兵(確かフランス出身のパトリシアちゃんだ)の少女が手を上げて問い掛ける。
何処か小動物みたいな雰囲気を持つ彼女は訓練兵の中では気が小さいと言われてる。
なのにどうして、こう無駄な時に勇気があるのだろうか?

恐らくはそんな思いが全員に共通しているだろう。
そして、その問いを掛けられた軍曹は小さく、何処か悪戯小僧を連想させる笑みを浮かべて答えてくれた。

「今度、友人が結婚するんだ……いや、戦友と言った方が関係としては正しいか?」

「そ、そうですか!おめでとう御座います!!」

「おう、ちゃんと伝えておくさ………そうだ、良い事を思いついた」

ニィっと口元を歪め、笑みの形を作るバーラット軍曹。
なんか、「私に良い考えがある」とか言って皆を集めるように指示を下しているが何を思いついたのだろう。
少なくとも、その“良い考え”の対象は悲惨な目に会うのは確定的に明らかだと思う。
そんな私の心配を他所に、面白い事を思いついたような顔でバーラット軍曹は集合した私達に向かって口を開いた。



「この中でA-01隊員のサインが欲しい奴はいるか?」




因みに、近い未来に必死かつ丁寧に何十枚ものサインを書く某新郎。
そしてそれを見て苦笑しながら何枚かのサインを書くA-01隊員の姿が教会の礼拝堂に居たとか居ないとか。



 ◇



バーラット軍曹が日本へ結婚式の参加をし、大量のサイン色紙と共に帰ってきて1ヶ月過ぎた6月初頭。
つまりは訓練開始から約2ヶ月が経過したある日の事だ。
流石に私たちも成長しているらしく、訓練にはそれなりに体が慣れ、成熟を促すように飛ばされていた罵倒も少なくなって来ていた。

最近ではマーシャルアーツ(軍隊格闘)から銃器の取り扱いも始まり、『兵士の育成』といった風な訓練が多い。
バーラット軍曹自体は体に障害が残されいるので肉体での格闘訓練は見ていないがその手に持たれたクリップボードには何かを常に書き込んでいる。
一度だけ報告書の提出に教官の部屋へ出頭した際に傍目で見たが、既に訓練兵全員の戦術機のポジションの適正を出しつつあった。

例えば、私は射撃の成績が訓練兵でも高い方だが身のこなしが軽い程度で格闘自体はまぁ普通だ。
これだけなら『強襲掃討』のポジションが向いていそうだがそこにプラスして『視野が非常に広い、全体を見回せる冷静さ、小隊長向き』などが補足されている。
それらを踏まえてなのか、『迎撃後衛』のポジションに赤色で二重丸が書かれてあった。

個人的に現状の情報だけで既にポジションを決定しているのは性急すぎると思う。
『演習』だってまだのひよっこが私たちだ、戦術機に乗れるかも不明なのだ。
それに、考えたくもない可能性なのだが今後は“欠員”が出る可能性だってある。

(でも、軍曹はそこまで考えていないだろうなぁ……)

そう考えると、性急なのか…それとも私たちが全員が戦術機課程に到ると核心しているのかのどっちかだろう。
ちょっと褒められているというか、期待されているようで恥ずかしい気もする。

そんな風に、まだ薄暗い空を見上げながら遠くから此方へ向かって歩いてくるバーラット軍曹を見ながら考える。
梅雨始まり特有の湿った空気が最大限に発揮される森林の中。
私たちは全員が揃って整列していた。


「さて諸君、お早う!!」

ブーニーハットに森林迷彩という格好のバーラット軍曹が未だ朝を迎えず静かな森林の入り口で声を張り上げる。
その声に鳥が何羽か驚き、空へ飛び立つ。
そして、未だに眠っている寝ぼすけな鳥達を叩き起こすように全員が息を一吸い、揃えて声を張り上げた。

『『『お早う御座います!!』』』

「はいお早う。さて、先日に連絡した通りだが今回は貴様らには楽しい楽しいハイキングをして貰おうと思っている」

突如として起こされ、パニックとかした名も知らぬ鳥が出すパニックの声をBGMに、本当に楽しそうに“ハイキング”を強調して盛大に言っているバーラット軍曹。
ただ、その軽い口調に反して私達の格好はどう見てもアホみたいに重い行軍装備のそれである。
つまり「森林という足場の悪い地形を踏破しろ」という意味だ。
正直に言えば楽しくも何とも無いのが本音である。
まぁ延々とグラウンドを走らされるよりは何倍もマシなのだが。

「この森は半径30k㎡、今の地点から20キロ先にある直径4キロほどの湖が貴様らのゴールとなる」

各自一枚ずつ持たされた地図と同じものを開いてバーラット軍曹が細かな確認。
それを全員が聞き漏らさないように脳へと刻んでいく。
細かな説明の中にはこの森に生息する危険な生物と対処法や緊急時に生存するための方法も存在している。

これらが意味するのは“死者が出る可能性がある”ということ。
それを肯定するようにSOSと同時にリタイアを告げる赤色の発炎筒と連絡用の無線が配られているのだ。

「エルトゥール、受け取れ」

「はい!」

「サーシェス……じゃなくて豆も受け取れ」

「豆!?じゃなくてはいっ!!」

教官が予備も含めた2本の発炎筒と携帯無線機を差し出すのを受け取る。
隣で豆呼ばわりされたアレンが不機嫌そうに通信機を弄ってるけど……まぁいつもの事だろう。
とりあえず、頭を撫でるが跳ね除けられたので手持ち無沙汰気味にプラプラと手を振っていると荷物のチェックが終わったのか教官達が言葉を交わすのが見えた。

この森林突破は各自が自由にしていいと言われている。
つまりは単独でサッサと行ってもいいし、バディやチームを組んで行ってもいい。
『身体能力に自信がある者は単独、助け合いが必要な者はチームで』なのだが、軍曹曰く“ハイキング”はそこまで情報が明かされていない。

ただゴールタイムを計るのか、それともこの森に隠された“何か”に対して行動するのか。
そんな風な“目的”が見えない以上は『注意しつつ迅速に』が最適なんだろう。
そう行動指標を脳内で立てていると、荷物を背負うように命令される。
そして、荷物を背負い立った私達に対して軍曹は意味あり気っぽい顔をしながら……ゆっくりと口を開いた。

「……さて、これから出発となるが……この森には“妖精”が出るとされているのは知っているか?」

『妖精』……古くからイギリスにはそういった『オカルト』と言われる類の話は山ほど存在している。
その中には“妖精”だって勿論だが存在している。
だが、この訓練開始の直前にそう言われてもピンとは来ない。
そして、皆も“妖精”という単語に首を傾げたり顔を見合わせたりし、「分からない」と言いたげに皆が軍曹へ顔を向けていた。

「いや、昔から噂になっているんだがこういう森には居るそうだぞ?過去には迷子になった訓練兵が救助されたとかって話もある」

苦笑しつつ答える軍曹は茶目っ気を出すように小さくウィンク。
そして、時計を覗き込み……号令をかけた。

「全員出発!後で会おう!!」

その言葉を掛け、リトルバードと呼ばれる小型のヘリに乗り込んで去っていくバーラット軍曹。
それを見送った訓練兵はそれぞれが動き出す。
私も、私がまとめ役をする小隊メンバーと一緒に出発する。
それから2時間が経過、その間は皆が思い思いに話しつつの進軍だ。
付近に注意しつつも、確かにハイキングっぽい感じはしていた。


だが、それは突如として終わりを告げた――――森に響く悲鳴と、無線から入り込む声に。


『あー、あー、テステス―――クラウス・バーラットだ。たった今、A中隊のラスティがリタイアした』

「「「「ッ!?」」」」

突然のリタイア宣告とリタイアした訓練兵の名前、その両方に私を含めた小隊の全員が驚きを露にする。
ラスティは身体能力だけで言えば訓練兵の中でトップ、特にナイフを使用する訓練じゃ専門の教官すら圧倒した腕の持ち主だ。
格闘のセンスはバーラット軍曹だって認めているのは周知だろう。

そのラスティがリタイアだ。
『何があった』、ではなく『何が発生したか』……それが問題になる。
さっきの悲鳴だって、冷静になって思えばラスティの声だったような気がする。

『まぁ、ラスティはこっちで保護しているから問題ないぞー。安心して続行しろ……ああ、最後に一つだけ』

ゆっくりと、ハンドサインで身を低くするように指示を出す。
私が脳内に浮かべた最悪の予想、その予想が当たっていれば……これは“訓練”ではなく、実戦のつもりで掛かる必要性が出る。
そして、予想を肯定するかのように最後の言葉を残し、通信が切れた。

『――――ま、妖精さんのお世話にならないようになー…以上、通信終了』

「……あの、最悪の予想が当たってそうなのですが言ってもいいでしょーか?」

無言の皆が小さく頷く。
分かっているけど、口に出したくない……そんな感じなのだろう。私だって考えたくもないけどほぼ確実だろう。
だから、ハッキリと言ってやった。



「――――この森の中には“狩人”がいます。多分、ギリースーツを着て森に同化したのが何人も……」



そこから先は、思い出したくもない出来事が連発しました。


―――犬が盛大に吠えながら追っかけて来たり(アレンのズボンが奪われました、取り返しましたが)

―――何か踏んだと思ったらいきなり足首を捕まれたり(思わず側頭部に蹴りを入れちゃいました、「ふ、不幸だ…」とか言って気絶しちゃったので発光信号で救助を呼んでおく)

―――「よう、大将」とか聞こえたらアレンが消えてたり(その2分後、アレンのリタイア通知が来たので猛ダッシュで逃走)


……とまぁ、本当に色々とあった訳で……走り続けているといつの間にか集合地点へと到達していた。
正直、時間の経過すら気付かないくらいだったからどれだけの時間を走ってたかは不明。
ただ、一言だけ言わせて貰うのなら、だ。
地形最悪の森林走破20キロとか普通じゃ無理な訳で、文字通り『火事場の馬鹿力』を出し切った私や同じく逃げてきたであろう皆の顔は気力すら感じられない。
……つまりは死んだ魚みたいな顔をしていた。

(私も、少し休みたい……)

とりあえず、報告だけはしないといけない。
一応は小隊で行動してた際でも小隊長だしリタイアしたアレンの行方だって気になる。
だから、その全てを知るであろうバーラット軍曹を探しつつ周辺を散策する。
目に見える限りでは野戦用テントが立ち並んでいるが人は少ない。
唯一、ヘリの傍でパイロットが計器をチェックしているのが目に見える程度だった。

「あの、中尉殿。バーラット軍曹を探しているのですが…何処に居られるかご存知でありましょうか?」

「軍曹か?軍曹は湖の傍にあるキッチンに居る」

「ありがとうございます!(キッチン?)」

パイロットの中尉から教えて貰った通りに湖へと足を運び、そしてキッチンへ。
何故かキッチンの方向から罵声と叫び声、悲鳴が聞こえるのは気のせいと信じながらも足は進めるとようやくキッチンとなっているであろうテントを見つけた。
……ただ、そこに広がる光景にはちょっとした眩暈を覚えそうだ。

「あの、バーラット軍曹……?」

「そう、そうだ!タマネギを切り続けろ、交代しつつな……ん?エルトゥールもゴールしたのか?おめでとう」

「あ、ありがとうございます……何してるのですか?」

見覚えのある顔達が……正確に言えば、リタイア通知を受けていた訓練兵達が涙を流しながらタマネギやら人参やらを刻んでいる。
そんな彼らを指揮するバーラット軍曹の“格好”に呆然としつつ、何故か力なく私は聞く。

国連軍の野戦BDUは良いだろう、私達も同じものを着ているしこの場に相応しい格好だ。
ただ、その上に更に来ている『ひよこマークの入ったエプロン』は何なのだろうか?

少なくとも、この“ひよこエプロン”を選んでいる軍曹の姿は悪いが想像できない。
あと、さっきから軍曹がかき混ぜている鍋からするスパイシーな香りの茶色いシチュー(?)も妙な家庭っぽさを感じさせた。

「何って、昼飯の準備だぞ?ユーコン経由で天然モンが結構楽に手に入ったから期待しておけよ?」

「はぁ、そうですか…」

……うん、ハッキリと言おう。
私にはこの人が色々な意味で理解できない。あと、理解したら負けなんだというのも分かった気がする。
この人は本当に…ほんとーに何を考えて生きているのだろうか?
全ての行動が唐突すぎて展開が読めないというか、むしろそれが持ち味とでも言うのか…。
とりあえず、「この人の部下になったら大変だろうなー」と現在進行形で部下…というか訓練兵な私は再度実感する。



―――――本当に、常識が通じない人だ……ってね。


PS
あの茶色いシチュー、カルェーラァァィイスッ(こんな発音でした)は非常に美味しく頂きました。
料理も出来るんですね、軍曹。




[20384] 【本当は】 白銀武の消失(!?) 【正月用だったのに】
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2011/01/25 18:25

……
………
……………
………………
……………………




『白銀ッ!!』

青白く光る巨大な空間。
その中央に、まるで王座に座す王の如く傲慢に存在するあ号目標―――オリジナルハイヴと名付けられた【敵】に、一筋の蒼き流星が突き進んでいく。
A-01連隊―――今は一個中隊規模に減った精鋭、その中でも唯一の“部外者”と言える立場の男の声だと気付いた白銀はその流星を呆然とした表情で見送っていた。

『何を呆然としているっ!彼女の為に戦うと―――守ると!そう言ったのは君の筈だ!!』

白銀が座する決戦兵器【凄乃皇・四型】の内部に、回線を共有するA-01の耳に、その叫びが響き渡る。
叫び声を上げた男―――クラウスの乗るEF-2000はブレードを手に凄乃皇・四型へと迫るあ号の触手を縦横無尽に切り捨て、弾いて行く。
だが、その代償はあまりにも大きすぎる。
それを示すように白銀の耳に、クラウスのバイタルデータがハッキリと示す異常数値を報告する悲痛な声と、クラウスを呼ぶ銀色の少女の叫び声が響き渡る。

だが、そんな状況であっても白銀の脳内には走馬灯のように記憶が映像として甦っていた。
クラウスの叫びと共に脳裏に浮かんだ、“彼女”との短くても記憶に残る愛し合った確かな日々が。
そして、何時かの戦いで窮地に達した際に叫んだ誓いを。


【絶対に失わないって――――――全て守るって決めたんだ】


そうだ、確かに白銀はそう誓った。
失うことは怖いことだと、そしてその恐怖を味あわせたくないと…失うことが極普通である世界では、それが何よりも怖いから。

『ぐぅっっ!!―――死ねるかよ…まだ俺はッ!アイツらに答えを出してねぇんだよぉぉぉおおお!!!』


作戦前夜、互いに誓いあった男の叫びが、


『まだだ、まだ戦えるっ!』

『行くわよっっ!!!』

『絶対に、絶対に負けない…っ!』


共に衛士となるべく、競い合い、協力しあった戦友達が、


『我々とてもう引けない…ここまで、何人もの屍を乗り越えて来たんだ…!』

『これ以上、アンタ達にくれてやる命も仲間も無いって訳よ!!』

『だから、ここで終わりにしよう……全てっ!』


先任のA-01を率いてきた上官と戦友が……全員が心の内を曝け出すように声を上げる。
自分が自分であるために、捨てれない思いと感情を吐露するように。


―――そして、白銀の所属する基地で空を見上げ、待っているであろう愛する“彼女”も祈る。
白銀と、白銀が守りたいと言った仲間の無事を。


「タケルちゃん…!」


――――そうだ。
白銀が【守る】と誓うように、皆にもそれぞれ誓う信念や思いがある。
その形が違うだけで、それは全人類が持っている確かなモノだ。

あ号目標と相対するA-01。
その隊員の進むべき道を切り開く為…地上で、宇宙で、そして先程も共に降下したダイバーズ達を失った。

多くの戦士達がその身を戦火で焦す。
そして、その戦場には、戦士達の矜持のみが残っていく。
幾千、幾万ものBETAに踏み付けられ、原型すら残さずとも、それだけは決して壊せない。

【想い】を壊せるのは、決してBETAが行使する力じゃない―――!!


――――でも、そんな人類の思いすらも砕くのがBETAであると…俺は知っている。
それを肯定するかのように叫ばれるA-01部隊の損耗率。
機体を捨てて脱出していく戦友達は全員が満身創痍…そして、脱出していく者達が増える一方でその分、苛烈を極めるあ号の攻撃。

あ号を殺し切れるであろう荷電粒子砲はまだその充電を終えず、その間にあ号を阻む攻撃できる手段は……


『白銀武ッ!!』


存在、した。


「クラウスさん!?」

凄乃皇の正面モニターに写る蒼いEF-2000。
今まで凄乃皇に迫り来る触手を弾き続けていた男が、口元を血で赤黒く染め、あ号へと機体を飛翔させる。


ただ、一直線に。
全てを置いて行くように。

――――この先に行くのは、自分だけで良いと言うように。


『未来への水先案内人は、このクラウス・バーラットが引き受けたッ!』

クラウスの叫び声と共に、【緊急】として凄乃皇へと知らされた情報。

あ号へと進むEF-2000がS-11の自爆シークエンスを作動させたこと。
そして、跳躍ユニットが過負荷によってオーバーロードをしているということ。


それで、誰でも分かり得るクラウスの選択を……白銀は理解した。


『これは、死ではない!』


くぐもった声が響く。
EF-2000が、今までの戦闘で負い続けてきたダメージを晒すように空中分解を続ける中で……クラウスの叫びが、響き渡る。
その声には何が―――どんなモノが篭っているのだろうか?

モニターに写るクラウスの顔は、死相に彩られているが何処か晴やかだった。


『人類が、生きる為の……!!』

最後の言葉を遮るように大きく吐血した直後―――二重の閃光があ号の直前で炸裂する。
それが、一人の男が成し得た最後の抵抗なのだろう。
彼の…クラウスの機体は、あ号によって支配下に置かれる寸前だったのだ。


悲痛な声を上げた銀色の少女が意味するのは、ソレだった。


そして、崩壊した機体の残骸がキラキラと……まるで、その身を風と同化させていくように何処かへと運ばれていく。

そこに残ったのは二つだけ。


人類全ての借りを返すかのようにあ号へと突き刺された、原型を残さないほどに融解したブレード。
そして、人類の勝利へと繋がる時間を。


「荷電粒子砲、チャージ完了……」

「――――――」


管制官である少女が告げる声と共に、時間が停止する。
目を見開いた白銀は瞬きもせずにそのまま固まり続けていた。

ただ、その顔は覚悟を決めた男の顔だった―――。





そして、それから五分ほど経過した後に……“クラウス”が口を開いた。


「エレナ、そろそろ再生してくれないか?映画【A-01~Operation:cherry blossoms~】」

ポリポリと、夜間配置組みが時間を潰すのに使用する衛士待機室に響くポップコーンを齧る音。
その音源であるクラウスがリモコンを持ったまま頭を抑えるエレナにそう告げる。
そう、先程まで流れていたのは国連軍が製作したプロパガンダ映画である。

一部の情報 ―――例えば、00ユニットの存在が伏せられ、鑑純夏は白銀の帰りを願う幼馴染という設定――― は晒されていない。
だが、『楽しませる』という目的を持った映画でもあるこの作品には様々な要素が盛り込まれていると言って過言ではないだろう。

それが、先程流れたクラウス・バーラットの特攻自爆である。
まぁ事実、クラウスは自爆しようとしていたのだから嘘ではない。
ただ、その過程と結果が変化しただけなのだ。

だが、それでもツッコミが必要な場合もあるのも事実なのだが。

「いやいやいや!どう見てもさっきのシーンで大尉死んじゃってますよね!?S-11で自爆してましたよね!?」

「ああ、あれって生き残ってるぞ?跳躍ユニットの爆発で管制ユニットごと機体外に放り出されたとかって設定らしい」

「へ!?」

「そしてラスト、A-01が乗るシャトルが脱出した穴から差し込む太陽の光、そこに吸い込まれるように一機の不知火弐型がゆっくりと昇って行く…というエンドだ」

「も、もう何が何だか……」

リモコンを放り投げ、頭を抱えるエレナを尻目に映画の再生を開始するクラウス。
楽しんでいるようで何よりだが、まぁ色々と滅茶苦茶な映画である。
A-01の部隊員が監修としてこの映画を見た際は【呆然】の一言がピッタリな顔ばかりだったのは記憶に新しかったりする。

とまあ、そんな事もあったが特に今後に関係はないだろう。
あくまでこの映画は娯楽を主成分として構成されたモノなのだ。
どうせ見るのなら、楽しんだ方がお得だと言えるだろう。
……まぁ、エレナ自身はどうにも楽しめなかったようだが。

「……お、そろそろカウントダウンか?」

映画のEDを見終え、ふと腕時計を覗くと時刻は夜の11時57分。
“今日の日付”からすれば、まさにナイスタイミングとも言える時間だろう。

「ほーれエレナ、そろそろ時間だぞ~」

「あ、もうそんな時間ですか……一年って、早いですね」

気を取り直したようにポットからお湯を出し、エレナがお茶を淹れ始める。
現在時刻、2004年12月31日の11時58分。
つまりは年の瀬である。

そして残りの秒数を数える間も無く、桜花作戦が今から【3年前】に行われた日になった。


「えー……明けましておめでとう御座います」

「あ はっぴー にゅー いやー(A happy new year)………何で日本語なんですか?」

「気にするな……という訳で、ホレ」

エレナに日本帝国製の小さめでカラフルな封筒を渡す。
それを興味深げに眺めたエレナは封筒を開き、中身に入っていた100ドル札をピンッと伸ばす。
そして、視線を100ドルに向けたままの状態で口を開いた。

「………何ですか、これ?」

「何って…100ドル札?」

「それくらい知ってますよ!?というか何時までボケ倒すんですか!?」

「無論、死ぬまで(キリッ」

「い、一度死んで直らないかなぁこの性格………あ、やっぱり死んだら嫌です…」

自身で何かの結論を出したエレナは小さく頷き、ちょっと困ったように100ドル札を見る。
そして聞こうとしていた事を思い出したのか、のんびりと茶を啜るクラウスへと顔を向けた。

「あの、これってどうして貰えたんですか?」

「ん?―――ああ、これは日本の文化で“お年玉”という奴だ。日本の文化だぞ?」

「日本の事が相変わらず好きですね、本当に……それでですね、お年玉ってどんな物なんです?お金を上げるのが文化なんですか?」

「ああ、新年の祝いとして『大人が子供に』送ったりするな。他にも物品だったり菓子だったりもするぞ?」

「ほぅほぅ、新年のお祝いに大人が子供に……ん?」

「どうした?」

一秒、二秒…十秒。
いや、一分かも知れない時間の中でエレナが眉を寄せて黙りこくる。
その間、クラウスは手馴れた様子で二杯目のお茶をカップへと注ぎ、それをゆっくりと呷り―――――


「――――わ、私はもう20歳ですよぅ!!!」

「ゲェッフ!?」

エレナの叫び声で、咽た。

「ゲッホ、ゲホゲッホゴホッ!?――――こ、殺す気か!?ビックリしたじゃねーか!!?」

「こ、子供扱いするのが悪いんじゃないですか!私は大人のオ・ン・ナ!ですよ!?」

「………えー?」

「そこで視線を胸に向けるなー!うわぁーん!?」

仮眠ベットに飛び込み、枕に顔を押し付けてメソメソと泣き始めるエレナ。
それに対しクラウスは非常に面倒そうな顔をしつつ溜め息を一つ。
後で枕のシーツを変えておかないといけないな、と予定表に新たに予定を書き込み、そろそろエレナを諌めようと椅子から腰を上げたその時だった。

「―――ん?電話…?」

待機室直通の古めかしい子機が鳴り響く。
少なくとも緊急発進(スクランブル)ではないだろう。仮にそうだとしたら、警報が鳴り響き、緊急放送が入る筈だ。
多分だが、待機組みの誰かを呼び出すコールだろう。

基本的に通信室や司令部といった場所から回される電話だったり呼び出しだったりと色々あるのだが、どれであっても空気を変えるにはどありがたいタイミングだ。
小走りで子機を確保、通話ボタンを押し込み、片手で引いてきた椅子の温もりが消えぬ前に腰掛ける。

「はいはい、ちょっと待ってくれっと……衛士待機室のクラウス・バーラット、何かありました?」

『夜分遅くに申し訳ありません、バーラット少佐でありますか?こちらは通信本部です。少佐にプライベート・コールが入ったのでご連絡に参りました』

「了解……で、相手の名前は?」

『はい、国連第十一軍・極東方面軍横浜基地所属の白銀武大尉であります』

「白銀か……そりゃまた、有名人だな……―――了解した、白銀大尉には「少し待って欲しい」とだけ伝えてくれ、直ぐに行く。エレナ、少し席を外すぞ」

電話を切り、放り投げられてあったフライトジャケットを引っつかんで待機室を出る。
現在時刻は午前0時30分。
予定では他部隊との交代は一時間半後の午前2時の筈なので白銀との通信を終えたら自室に戻るつもりで行動した方がいいだろう。

そんな事を思いつつ歩いていれば通信施設へと到着する。
ID照合を済ませ、個々に区切られて用意されている通信機の前に立ち、管制官が通信を経由してくれるのを待つこと数秒。
通信画面に、懐かしい顔が映った。

「明けましておめでとう、白銀。時差からして…そっちじゃ朝飯終わりくらいか?」

『クラウスさん……』

先ずは軽いジョブ、といった感じで白銀に軽く言葉を掛ける。
白銀のことだ、『あ、どうも!明けましておめでとう御座います』とでも返ってくると思ったのだが……何か、白銀が異様に暗かった。
雰囲気としてはアレだ、『失業したけどその事実を家族に言えず、一人寂しく公園で弁当食うおっさん』とそっくりだ。

とまぁ、そんなオーラを撒き散らす白銀に流石のクラウスも何かを察したようである。
ちょっとだけ音階を低くした声で白銀に問い掛けた。

「………ど、どうした?おじさんが相談に乗るぞ?ん?」

『…………た…』

聞き取れないくらいの小声で何か呟いた直後、少しだけ下に俯いていた白銀が顔を上げる。
そして、クラウスと顔を合わせた瞬間―――ブワッと、目から涙が溢れ出した。

「し、白銀!?お前そんなキャラじゃないだろ!?どうしたんだ白銀ッ!答えろ!!」

『う、ううっ……す、スンマセン………あの、実は――――』


そして、白銀の口から語られた言葉。
その直後に発生したエレナの……いや、エレナだけでなく、恐らくは世界規模で起こっていたであろう現象に……俺は、立ち向かう事になる。




―――――白銀武を、守る為に。




中編に続く。
あと序盤の某映画なのはついやってしまった。

※以下より補足。

【今回の時間軸】
2004年12月31日から2005年1月1日。

【現在のクラウスがいる国と理由】
フランス、欧州奪還作戦に従軍中。
イタリア半島方面に進出予定。

【任務】
教官職を傍らに行っている。
任務は後続に続く揚陸艇の上陸地点確保“のみ”(肉体的な理由)



[20384] 【外伝中編】白銀武の消失
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2011/01/25 21:38
【2005年1月2日 国連軍横浜基地PX】



「………」

「………」


普段は多くの基地要因達の憩いの場でもあるPX。
そのPXに隣接された食堂の一角を占拠し、向かい合って座るのは二人の男。

一人は、薄っすらと伸びていた無精ひげを剃ったのか、何処か雰囲気が鋭い方向で変わった傷顔の男―――クラウス・バーラット。
もう一人は、まだ何処かに少年特有の幼さを残してはいるが、その肩に輝く“大尉”の階級が示す以上の存在感を醸し出す青年―――白銀武。

その両者が共に所属する基地が誇るであろうエース同士が向かい合い、難しい顔をしながら座っている。
2001年の12月28日、横浜基地を襲ったBETAの襲撃で殉職した兵士達の補充要員を除けば、多くはこの二人を知っている面々だ。
そんな二人を何処か懐かしそうな目で見てはいるが、二人の間にある雰囲気はそんな懐かしさを意味なくさせていた。

それは、二人を良く知る人物である食堂のおばちゃんこと、京塚曹長でもこの二人に声を掛けられないでいることからも理解できる状況だった。


「……」

「……」


長い、長い―――動くものが彼らの目の前に置かれた湯気を立ち上らせるマグカップ程度にしか思えないほどに動きが止まっている。
そんな無言の渦の中をもがいていたクラウスは、耳を二回ほど穿ってからゆっくりと…口を開いた。


「……白銀、もう一度だけ言って貰ってもいいか?純夏の嬢ちゃんと、何があった?」

「………!」


クラウスが、最初と同じ質問を問い掛ける。
今から十分前、再会した二人の会話は先のクラウスの言葉で止まったままだ。
それ故に、促すような優しい口調ではあるが……偽ることを許さない、と暗に告げてもいた。

そして、この二人の対話に際してただ一つ、言えることはある。

クラウスも、イタリア方面への進出予定が決定されている中で白銀の元へと参じたのにはそれ相応の理由があるのだ。


「………白銀。昨日、お前の通信が終わった後にエレナと少しだけ話した時だ」

「……はい」


クラウスが懐から煙草を取り出し、ゆっくりとした手つきで火を点して口を開く。
白銀にも煙草を差し出すと、少しだけ躊躇った様子ではあったが受け取るだけは受け取る。

ただ、扱いに困ったように手元で弄ぶのを傍目に見つつ、ゆっくりと煙を吐き出してクラウスは言葉を続けた。


「【昨日の電話越しの話】の時点じゃ、俺もここまで気にはしてなかった。配置交代の時間潰しのつもりでエレナにその内容を話してたくらいだしな」

「……でも、クラウスさんが日本へ来た理由が……」

「ああ、そうだ――――お前の話を終わった直後のエレナがこう言った。【白銀って、誰ですか?】ってな」

「……っ!?」


その言葉に、白銀の顔が歪む。
何らかの接点でもあったのか、少なくともエレナが忘れる筈のない名前であり、存在である白銀。
その名前を忘れる……ど忘れにしてはあまりにも不自然に、まるで本当に“知らなかった”ように出された言葉。

それは、【原作】を知るクラウス故に到った“可能性”を感じさせるには十分だった。


「ああ心配するな、今はしっかりと思い出してるさ…―――まぁ、それも何時まで持つか……だがな」

「……前にも…“元の世界でもあった出来事”がコッチでも………ッ!」

「……(元の世界……逃げ帰った時のことか…)」


本人は聞こえないように呟いているつもりであろう白銀の呟きに原作のかの風景を思い浮かべる。
ただ、それと比較すると今回は若干だが毛色が違う。

元の世界では“白銀武は存在していた”。
それ故に、白銀と接する者の接し方は他人行儀になった程度であったが……まだ“白銀という存在を知っている”状態だった。

だが、この世界では白銀は“存在しない人間”だ。
いや、正確な意味で言うのなら、この世界に本来いた白銀を知る者は居ない…ということだろう。
かつてのBETAによる横浜壊滅で、この世界に本来存在した白銀を知る者は例外である【純夏】を除いて死亡したのだろう。

それから考えると……“白銀武という異物がこの世界から吐き出されようとしている”。
そのように考えるのが、普通なんだろうか?


元の世界とこの世界の白銀武。
同じ白銀(ハード)でも、中身(ソフト)は完全に別物なのだから。


……そこまで想定して、クラウスは思考を振り払う。
あくまでこれは自身の考えだ。確証もなければ考えも無茶苦茶、本当の意味で素人の考え、だ。

だから、今は情報が必要だった。


「……で、何があった?俺は、【純夏の嬢ちゃんと大喧嘩した】、としか聞いてないんだ……嬢ちゃんと喧嘩して、“何があった?”」

「……えっと、今思えばすっげぇ下らない理由なんですけど……」

「はいはい、良いから説明しろって」

「は、はい!実は…………怒りません、よね?」

「……これ以上、時間を無駄にするのなら怒るが?」


時間的にも、スケジュール的にもクラウスが横浜に滞在できるのは二日から三日。
問題が問題なので更に滞在するのだって、香月博士にお願いすればなんとかなるだろう。
だが……あまり、野暮に首を突っ込むのもアレだと思う自分だっている。

所詮は夫婦の問題。
それは、夫婦で解決するのが最もなのだ………ただ、ちょっと世界規模なだけではあるが。

そんな世界規模の夫婦喧嘩の中心である白銀はクラウスの『怒らない』発言をしっかりとその耳で聞いた白銀は、ちょっとだけホッとした様子になる。

そして、軽くなった口から言葉が告げられた。


「うっす!実は、『トンカツは醤油かソースか』で喧嘩しました!!」

「白銀ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!」

「どわーっ!?やっぱ怒ったー!?」

「当たり前だド阿呆!何そんな下らんというか不毛な喧嘩で世界レベルの現象起こしてるんだテメェ!?」

クラウスが白銀の胸倉を掴み、思い切り怒鳴る。
まぁ、それも分からなくはないだろう。

トンカツにかける味付けの嗜好の違いで発生する世界規模の情報・記憶の改竄という異常事態。
シリアスなのかそうじゃないのかとで分けるのなら……ギャグにしか思えないだろう。
トンカツで変わる世界なんて、どんなぶっ飛んだ料理漫画だ……いや、料理漫画じゃないが。


「そ、その文句は純夏に言って下さいよ!?」

「うるせぇ馬鹿野郎!『人の所為にするな』って偉大な教えをママにお腹の中に忘れてんのか!?だからお前は阿呆なのだッ!」

「り、理不尽すぎる………あ」

「ん?どうした、白が―――」


言葉を言い切る前にムンズッと掴まれる後頭部。
少し長めの爪が頭皮に食い込み、予想以上の痛みを発しているが……クラウスは特には気にしない。

どうやら、懐かしいお方のご登場という訳だ。
少なくとも、クラウスの知る中にはこの基地でこんな子供っぽいことをするのは一人しかいない。


「……お久しぶりであります、香月“司令”……いえ、博士の方がよろしいですかな?」

「はいはい、アンタも変わらないわねー」


振り返れば、やはり予想通りの人物がそこにいた。

髪が全体的に長くなった以外は何も変わらない白衣の女性、香月夕呼がアイアンクロウしていた手を離す。
その顔に浮かぶのは『不敵』という言葉がピッタリと合う不遜な笑み。
ただ、その笑みに含まれる感情には何処か柔らかいモノが籠められていた。

香月夕呼准将。
桜花作戦より3年後の今、役職は横浜基地司令となっており、現在は横浜地下で変わらず稼働中であるハイヴ研究の総責任者となっていた。

日本帝国はかつてはBETA戦線との最前線ではあったが、今は半島方面へと戦線が押し上げられている。
それ故に、準後方国家となった日本では一部の国連軍基地の規模を縮小し、前線へと人員・戦力を回しているのだ。

その結果、この基地の前司令官であるラダビノット准将は少将へと昇格し、転属。
今現在はかつての古巣であるインド戦線にてその手腕を振るっているそうだ。


「私もいます」

「おお、霞もか!ちょっと大きくなったし、髪型も変えたのか?あ、あとこれはお年玉な」

「ありがとうございます……白銀さん、没収です」


そんな、香月司令……いや、博士の後ろに続いていた社霞の姿にこれまたクラウスの表情が懐かしさに緩む。
一見すると、背が大きく伸び、少しだけ幼さが抜けたようにも見える。恐らくは中学生になったくらいの年齢であろう。
あのウサ耳ヘッドギアは外され、ツインテールはポニーテールに変更、そして服装も国連軍C型軍装の上に白衣という香月博士スタイルだ。
そして、昔懐かしいエレナ直伝(?)の煙草没収を白銀に行ってるのも思い出としても良いものだ。


(うん、孫を持った爺さんの気分ってのはこんな感じなのかなー)


霞もあと4~5年もすればアラスカのあの姉妹と同じように美しく、可愛らしくなるだろう。
どっちかと言えば、霞はイーニァ嬢ちゃん似だが人の成長ってのは分からないもんである。

もしかすると、もしかするとだ。
目も冴えるようなスタイルの美人さんに育つ可能性だって無きにもあらずなのだ。
人の進化の可能性を見せるかも知れないのだ!


「うんうん、おじさん嬉しいよ、ちゃんと大きくなってくれて………白銀、悪い虫は“排除”しろよ」

「ええ、勿論です」

「…身長も、少し伸びました」

「はいはい、親バカ二人が騒いでるっていうから様子を見に来たんだけど……」


互いにしっかりと握手し合うクラウスと白銀を呆れた目で見る博士。
さっきまでクラウスは白銀に罵声を浴びせてたというのにコロコロと変わる奴である。
まぁ、そんなクラウス節とでも言うべき物には慣れているのか、二回ほど両手を鳴らし、二人を注目させた。


「二人とも、聞かれたら聞いた奴を“消さなきゃ”いけないお話をするから、来なさい」

「恐ろしいことで……で、もし俺が漏らせば?」

「アンタでも消すわよ、もし暴露するのなら、ね。もしくは首輪でも着けて地下に飼ってあげる」

「………お口にチャックっと」


チャックを閉じるジェスチャーをするクラウスに小さく笑む霞と苦笑する夕呼。
そして、白銀に視線をやると目的地へと向けて歩いていく。

クラウスも白銀も、両方が一時期は頻繁に通う事となった、BF19階行きの道を。



 ◇



「す、純夏が見つかったんですか!?」

「ええ、今は私が用意しておいた部屋に居るわ」


開口一番に叫ばれる白銀の咆哮に博士は面倒そうに目を細め、そう告げる。
地下19階に存在する香月博士の私室は昔と比べて何の変化もない。
そんなことを思いつつ、霞が全員に淹れてくれたコーヒーをのん気に啜るクラウス。

彼は彼で、色々ともう面倒になっていた。
たかがトンカツでこんな事態になっているのだ、もっと重大な事態を予期していた彼からすれば肩透かしもいい所だろう。
クラウスという男は面白いことは好きだが、面倒なことは大嫌いである。

要約すると、『夫婦喧嘩に俺を巻き込むな』だ。
そもそも、白銀だってクラウスに連絡をしなければクラウスだって関わる気にならなかった(かも知れない)。

まぁ、自分から突っ込んで行ってるので彼がそう言っても説得力は皆無だ。
……まぁ、だからこそ大人しくコーヒーを飲んでいるのでもあるが。


「純夏…!」

「はいストップ。白銀、今のアンタがあの子に会ったら、アンタはこの世界から消えるわよ」

「ッ…!」

(……予想通り、かねぇ?)


香月博士の制止に、白銀が固まる。
そして夕呼は、絡みついた紐を解くように白銀へ段階ごとに分けて説明をした。

白銀は純夏という糸によってこの世界に繋ぎ止められていること。
純夏が白銀を『不要』と思えば、白銀はこの世界に寄る辺を無くすこと。
そして、今は喧嘩したことで情緒不安定であること(エレナのド忘れや世界的な情報改竄モドキはこれが原因らしい)。

その事実を、香月夕呼という人物からしっかりと語られる。
白銀も、それに聞き入り、先程までとは違う空気を纏い始めていた……。




「ただし、原因はトンカツである」

「茶々入れないで下さいよ!?というか分かってますよそれは!!!」

「半分くらい……というか、殆んど部外者なんだからあんまり雰囲気壊さないようにしてくれるかしら?」

「……どうぞ、クラウスさん。煙草、吸って待ってて下さい」

「………あれ?俺っていらない子?」


白銀、夕呼、霞の順番でクラウスに対して言葉が返される。
霞に至っては妙に優しげな表情で白銀から奪った煙草のプレゼント付きである。

そう、まるで母親が腹を空かせる子供に対し、『味見』としておかずを与えるような優しさで。
もっと分かりやすくいえば『はいはい、これ上げるから待っててね?』な感じである。
地味にひでぇ。

それを理解したクラウスはクラウスで落ち込んでたりする。
そして白銀も、クラウスに対してのツッコミが最後の力だったように項垂れていた。

その中で、項垂れる二人の男達を見て溜め息を吐いていた夕呼が、口を開いた。


「辛気臭いわねー……で、白銀、アンタはどうするの?アンタが消えないようにするのは、白銀純夏がアンタを欲しがる必要があるんだけど?」

「ほ、欲しがる…ですか……でも、今は……」

「そう、あの子はアンタと会うのを拒絶してるわ……それには時間が必要だけど、白銀」

「はい…」

「アンタには時間が無いわ……そうね、このままの状態が続いて……三日でアンタは消えるわね、多分」

「!!」


消えるまで三日……二人の仲が元通りにならなければ、そこで白銀は消え、恐らくだが元の世界へと還っていく。
それを考えれば、早急に二人の仲を元に戻すことが必要だが……人の心は脆く、繊細だ。
下手に触れれば壊れ、傷が付く。

そんな心を癒せるのは当事者と時間だけだろう。
第三者は、癒すための補助くらいしかやれることは無いのだ。


「ま、暫らく待機にしておくから、ゆっくりと考えなさい白銀。頭を冷やすって意味も含めて、ね…」

「……分かりました、先生……失礼しました…」


白銀が、少しフラフラとしながら部屋を出て行くのを見届け、クラウスは組んでいた足を崩す。
そして、温くなったコーヒーに口を付けた夕呼がしかめっ面を作っている中で、口を開いた。


「……………さて、どうしますかねぇ、博士?」

「あら、帰らないの?アンタの方も、作戦が近いのでしょう?」

「ま、こっちもあの二人の幸せを願っている立場な者ですんでね……博士も、理由はあれど、そうでしょう?」

「……ま、中途半端に関わった分は責任取るわよ」

「ツンデレ乙」

「何か言ったかしら?妙にムカっと来たんだけど」

「いえいえ、とんでもない」

「まったく……」


二人揃って、苦笑が顔から零れ出る。
お互い、考えてることは同じであると思うと妙に可笑しいものである。

まぁ二人とも、面倒だの個人の問題だの口では言っているが……結局の所、存外甘いようであった。


「でも、本当にどうすればいいのかしら?私は結婚してる訳じゃ無いから夫婦の機微なんて蚊帳の外よ?」

「それは俺もですよ博士……でもまぁ、部外者にやれることはお膳立てと……」

「舞台作り、くらいかしらね……大体、手っ取り早い話だと白銀純夏を白銀武に惚れ直させるだけだけど、それが出来るのならまりもだって結婚できるわよねぇ?」

「白銀はベースが朴念仁ですから……そんなのが一発で惚れ直すような歯の浮く台詞やサプライズを演出できる訳もありませんですよねぇ?」


前途多難、という文字を目の前にした二人は揃って溜め息を吐き、コーヒーを飲み干す。
クラウスの力でも、夕呼の力でも…白銀の力でさえ決定的な要素とはならないのだ。


ならば、どうする?


白銀は自身が消えるってのもあるし、トンカツなんかで喧嘩したのも大人気ないと思っているだろう。
一時の恥だろうと何だろうと、純夏に謝るのだってまぁ普通にやるだろう。その裏に潜む真意に気付かなければ、通じる手段だ。
だがそれじゃ意味がないし、ギクシャクした空気は種火のように残る筈だ。

だからこそ、完全な解決をしなければならない。
もし、安易な解決の仕方で解決すれば……例えて言うのなら、見えない爆弾を抱えたような状態になるだけだ。

それ故に、頭を悩ませていた二人ではある。
だが、それから暫しの時間がかかり……何か思いついたように、クラウスの表情が変わった。


「―――――博士の権限、俺と白銀に共通したこと、そして最後に白銀の本心を純夏嬢に……博士、一つ提案が」

「何かあるの?少なくとも、アタシの権限でなら基地施設は自由に動かせるわ。でも、全てを一気に解決、ってのは思いつかないんだけど?」

「いえいえ、非常にシンプルですよ?2機の戦術機と模擬戦兵装、それと、個室へと2機の通信内容を回せる通信機さえあれば、ね…」

「……アンタ、何をする気?」


半目でクラウスを見る夕呼。
それに対し、クラウスは小さく笑みを浮かべながら言い放った。



「古来より、女の取り合いってのは男同士の殴り合いで解決するモンですよ?」




後書き
まどか☆マギカ見たらトラウマが蘇ったんだぜ\(^o^)/



[20384] 【外伝後編】白銀武の消失【副題:白銀VSクラウス】
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2011/02/03 00:00
「ハァ…ハァ………ッ」

額から流れ出た汗が頬を伝い、その形を変えることなく顎先へと達し、床へと落ちる。
自分が身に纏う衛士強化装備には体温調節機能が備わってる筈なのに、まるで苦しむ病人にように汗を流し続ける。
自身が……白銀武が今現在、存在する戦術機の管制ユニット内という閉鎖空間。
部外者の助けは無く、また操縦桿を離して汗を拭うことも出来ない。

それは何故か?
それは、白銀の機体が存在する旧市街地通りの道に相対するもう1機の戦術機の存在が居るからこそだった。

白銀武が乗る肩部装甲に描かれた黄色いリボンマークが特徴的なF-15Eの改造機。
それと相対する日本帝国カラーの灰黒と黒銀色に塗られた見覚えがあるようで見知らぬ戦術機。

そのそれぞれが長刀、大型ナイフと装備を分け、相対していた。

「…………ッ」

『…………』

白銀も、その相手も何も喋らない。
ただ、合わせたように戦術機の腕が上がったり下がったり、脚を進ませたり引かせたりと……互いに一瞬の隙を狙い続ける。

白銀の脳内には今は混乱しかない。
どうしてこうなってしまった―――そう思うしかない。
そう思うと、声が聞こえた。

『………もはや、演技や演出などどうでも良い。これだけ聞かせろ白銀武。お前は、あの子を幸せに出来るのか?』

「出来る出来ないじゃありません……幸せにします、絶対にッ!!」

『………そうか』

通信機から聞き慣れた男の優しげな声が通信よりまた響き、連動するように男が乗る機体の持つナイフが揺られる。
“殺し合い”が始まってから優しげな声での初めての会話だ、とか思う。

だけど、その優しげな声に含まれているのは何かが違う、
何時も口を開けば軽口ばかり、安心感を与えたいのか素なのかよく分からないあの人の声色には普段の軽さは無い。
いや、正確に言うのならば、声に変化は無いが篭められた感情が伝わる……そう言うべきなんだろうか。

『……これで終わりにしよう』

「……ッ! 望むところです…!」

男がそう告げる。
それと同時に鈍く光る大振りのナイフをゆっくりと構え直し、跳躍ユニットや機体各所に設けられたスラスターユニットが推力を吐き出し続ける。
燃焼する推進剤の燐光が機体の装甲を照らし、辺りに青白い光を撒き散らし、そして空へと昇っていく。

白銀の機体も、それに対しあまりにも自然に思えるほどにゆっくりと長刀を構え直す。
構えは待ち、ただ向かってくる相手を真正面から叩っ斬るだけを考えたその型は示現流の蜻蛉の構え酷似していた。

奇しくも、互いの獲物に最も適した戦闘方法を二人は取っていた。

男は、白銀がその太刀を振り下ろす前に懐に入りナイフを突き刺す。
白銀は、向かってくる男を払い落とすように叩き斬る。


後は、タイミングの問題だけ。


『………』

「………」

そして、この二人の決着を告げる為の鐘の役割を果たしたのは――――――


『タケルちゃんッ!!!―――さんッ!!』


――――通信機越しに叫ばれる、二人の名前。


『………ッ!!』

「――――うぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッ!!!」

その瞬間―――両者が動く。
吹き上げた噴射光を置き去るように、ナイフを構えた機体が突貫。
それと同じく、白銀の裂帛の気合と同時にF-15Eカスタムが長刀を振り下ろす。

互いが必殺の一撃を放ったその時……この決闘の終止符を告げる鐘となった彼女は呆然とし、腰を抜かしたように地面へと座り込んでいた。



 ◇

【2005年1月5日】


白銀武は自室でゆっくりと瞳を開け、ボウッとした目で天井を見つめる。
次に手のひらを見つめてから閉じて開いて、しっかりと自分の体が自分であると認識する。
そしてベッドから起き上がり、周囲の景色を見てからようやく安堵の溜め息を漏らしていた。

(良かった、まだ俺はこの世界に存在している……)

香月夕呼、クラウス・バーラットとの対面と会話から丁度3回目の朝。
昨日…3日でも大した進歩は無く、自分でも泣く泣く床に就いたのはよく覚えていた。

理由は、昨日は夕呼ともクラウスとも出会う機会は無かったからだ。
ただ一人、全てを知っているであろう霞は何も告げずに純夏の元へと消え、仕方が無く自分の率いる中隊の部下と訓練しようと思えばシミュレーターは貸切だ。
じゃあ、自分の機体でも見に行こうと思えば何らかの作業中で進入禁止エリアになっていて……やること成すこと、尽くを潰されていた。

ただでさえ白銀に残されている時間は少なく、また曖昧な存在だ。
何かをしていないと落ち着かないし、落ち着けないというのもあったがこれはあんまりだ……少なくとも、白銀はそう感じていた。

4日も同じく、貸切のシミュレーターに進入禁止な格納庫、見かけない夕呼とクラウス。
一人寂しく、自室で閉じこもっていた記憶がある。というか、昨日の出来事だし忘れる訳が無い。

「……はぁ」

そんな、二日間の記憶を思い出し、それを振り払うように部屋に備え付けられた洗面所の蛇口を捻る。
冷たい冷水で顔を洗い、そして歯磨きと着替えを済ませて部屋を出る。

現在時刻は朝の6時。
よほどの事でも無い限りは多くの基地要員達が起き始める時間帯だが、まだ多少は早い。
だから朝食を早めに済まそうと足を食堂へと向けて歩いて行き、到着すればまばらにしか居ない列へと並ぶ。
そして、あっさりと自分の番が来たので食堂のおばちゃん……京塚曹長へと注文をしようと、白銀が口を開いた瞬間だった。

「おばちゃん、合成納豆定食をひと「おや、見ない顔だね?新しく来た人かい?」―――――ッッ!?」

何一つ変わらない、変っていない京塚の口から白銀に向かって帰ってきた言葉。
その言葉が意味する物に、白銀の思考が停止する。


今、目の前で鼻歌混じりに朝食を用意してくれているおばちゃんは何て言った?


(わす、れてる………!)

「はいよ、大尉さん!いっぱい食べるんだよ!」

「は、はいっ……」

何の準備も、何の覚悟も無い中で直面した現実。
この世界の白銀にとっても母とも思える人から忘れられたショックは白銀には大き過ぎた。

そして、それを如実に表すように…白銀の顔からは何かが抜けていた。
意識が薄れてるというより、生気が抜けているという方が正しいであろう。

それでも、鍛え上げられた軍人としての雰囲気は崩さず、食事の乗ったトレイを持ち上げ、席へと早急に移動する。
冷静でなかろうと、慌てたり悲しめば状況がひっくり返される訳じゃない。
だからこそ、白銀は早く食事を済ませて夕呼の元へと行く必要があると判断していた。

現状で白銀の状態を最も把握しているのは夕呼なのだろう。
少なくとも、白銀にとってもそれなりに長い付き合いになっている恩師の能力は知っているつもりだ。
それが、万能でないことも勿論知っているが…。

「(やっぱ、先生に頼るしか無いか…) ご馳走様!」

一気に口に詰め込み、最後に味噌汁で“よく分からない物体”と化した合成納豆定食を流し込み、そして食器類を下げたその足で小走り気味に走り出す。
ただ、『少しでも早く、少しでも時間短縮をしよう』という内面の焦りが滲み出ているのか、何時の間にか全力疾走と化していた。
しかしそれは、三つ目の曲がり角を曲がり切る直前に、強制的に止められる結果に相成った。

「白銀大尉!ちょうど良い所で会えました。 緊急の連絡が入っています!」

「ぴ、ピアティフ中尉!?もしかして、俺のことを覚えてるんですか!?」

「は、はぁ?それは勿論ですが……」

一言で言うのならば、秘書という雰囲気を纏った白銀も良く知る女性、ピアティフが白銀を認識していることで思わず尋ねる。
ハッキリと言えば異様な様子にしか見えないだろう。

そして、呼び止めた相手にいきなり『自分を知ってるのか?』と尋ねられたピアティフの表情にはありありと困惑が浮かんでいた。
その顔に、白銀は『やっちまった!』という思いを隠しつつも冷静に考えていた。

(忘れられてるってのはやっぱ、個人差みたいのがあるのか……?)

京塚は白銀を忘れ、ピアティフは白銀を覚えている。
薬の効き目みたいな個人差……そう思えればまだ気が楽なのだけれど、この誤差が“白銀の存在が不安定である”という状況を表している。
……そう思うと、妙に説得力がある気がして陰鬱であった。

「そ、そうですか!変なことを聞いてスイマセン!……それであのー、緊急の連絡ってのは?」

「はい、香月司令より第12格納庫への出頭命令です。その際、衛士強化装備を装着しての合流となってます」

「第12格納庫って俺の部隊がメインで使ってる……分かりました、ありがとう御座います!」

軽く敬礼し、駆け出す。
目指す場所はハンガー脇に存在する更衣室だ。
そこで時間を掛けずに一気に着替え、微妙に苦しさを感じるような衛士強化装備のズレを修正しながら第12格納庫へと繋がる通路を歩いていく。

少しだけ乱れた呼吸を整えるのもあるし、強化装備に備えられている生命維持装置や体調管理システムの起動した感覚を確かめる為でもあった。
そして体調管理システムのお陰か、体温調整がされて薄っすらと浮かび上がっていた汗も気にならなくなっている。
それを確認し、最後に一回だけ飛び跳ねて小さく呟いた。

「うっし、全部OK」

チェック終了。
それを自分でも確認した後は肩や手首を回しながらも歩き続ける。
思えば、言われるままに衛士強化装備を纏って呼び出された格納庫へと向かっているが何をするのだろうか?

少なくとも確実に分かることが一つだけ、先ず間違いなく戦術機に乗るのだろう。
そのための衛士強化装備、そのためのハンガー集合だ。
だが、今の白銀の状況に対しての手段にしてはどうにも要領を得なかった。

白銀を呼び出したのは基地司令、つまりは夕呼だ。
頼りっぱなしで情けなく思うが、現状では彼女が動くとなると何らかの対策をしてくれたのか?と思ってしまっていた。
それ故に、どうにも肩透かしにしか思えないのだ。

(ま、会えばとりあえずは状況把握できるかな……ん?)

そう思った時だった。
妙にスゥッとする特徴的な匂いが鼻腔に感じられた。

よく格納庫で嗅ぐ塗料の匂い。
それが、第12格納庫の入り口から漏れ出ている。
その匂いに、多少顔を顰めながらも白銀は入り口のドアへと手を掛けていた。

「……換気、し忘れてるってのはねーよな……? ……うっし!先生!!ここに俺を呼んで何を―――――……へ?」

ドアを開放した瞬間、照明の明かりが何かを反射したのか、白い光が目を焼き、そしてそれが直ぐに収まる。
そして、白銀が夕呼の名前を呼びながら目を開き……絶句した。

本来ならば、そこには今の白銀の愛機であるUNブルーに塗られたF-15Eが鎮座している筈だ。
オルタ4は成功に終わり、A-01連隊が解散された今では日本帝国が国連に、正確に言うのならば夕呼に『不知火』等の純国産機第三世代機を送る義理は無い。
そして夕呼自体も集るように日本帝国に要求するつもりも無かった。

それに、今は一国一城……とは少し違うが、極東方面最大の基地の司令であり、オルタ4を成功に導いた文字通りの【聖母】だ。
そんな彼女へと手出し出来得る勢力は限られ、そしてその対策を忘れる筈も無かった。
それ故に、盛大な私兵を抱える必要性も無かったと言えるだろう。
現状、この横浜基地の全てが彼女の保有する戦力だからだ。

そんな夕呼の元に、白銀は国連軍…限定的に言えば、夕呼の傍へと残り続けていた。
そして、そんな白銀に現状で与えられる最高の機体がF-15Eだった。
何故、F-15Eなのか……と言われればどうにも面倒になる話だ。

現状の横浜基地へは、国家からの派遣という形で機体が送られていない。
オルタ4を支えたA-01部隊とて、(オルタ4に関連する都合以外)のその多くは日本帝国からの派遣部隊だ。
かつて行われていた訓練兵の育成は過酷な任務で消耗する人員の補充の一環であった。

そんな状況下で良い例としては帝国斯衛軍所属であり、今は国連軍へと派遣されて武御雷を運用している【独立北方中隊】という部隊がいる。
武御雷の機体色もUNブルーに染められており、衛士の所属だって国連軍である。
そんな部隊が武御雷を運用できるのは【斯衛軍】というバックヤードのお陰なのだ。

そんなバックヤードに囚われていない数少ない機体がF-4、F-15などの機体であり、現状の国連軍の戦力の大多数を占めている。
その中で、白銀の実力に見合うだけの底力があり、運用できる戦術機がF-15Eであっただけなのだ。
……例外として、ユーラシア大陸の方では国連軍所属であってもEF-2000等の第三世代機を運用している者は居るには居るのだが…。

とまぁ、ひとまずそれは置いといて、だ。
そんな経緯もあり、白銀用に完全カスタムされた【専用(ここ、男の子にとって重要である)F-15E】を大層気に入っていたが故に、目に映ったF-15E改の状態は衝撃であった。

そう、そんなまさか……。



「は、白銀色ォぉぉぉおおおおお!?」



そう、白銀のF-15Eの機体カラーリングがUNブルーから白銀色へと変更されていたのだ。
それに、肩にはハッキリと色残る黄色いリボンマーク(どっちかと言うとメビウスリングだろう)のエンブレムが輝いている。
先日まで何ら変らないUNブルーだったのに、今はデモンストレーター機でも見ないような派手化粧だ。

そこで、白銀がハッとする。
先日までの格納庫封鎖はこの作業を行っていたのだろうと、あまり時間も掛からずに辿り着いていた。

「煩いわねー白銀、少し声を小さくできないのかしら?」

「せ、先生!?こ、これってどういうことっスか!?」

「あーはいはい、落ち着きなさい白銀。面倒だから直球で言うけど、この機体でアンタには模擬戦闘をして貰うわ」

詰め寄った白銀は、気だるげにそう告げる夕呼に目を丸くする。
『模擬戦?俺が?』と目が存外に語り、それを見た夕呼も少しだけ落ち着かせるように咳払いをし、白銀を注目させた。

「一応だけど、この模擬戦もアンタがこの世界に残り続ける手段の一つよ」

「……どういうことですか?」

理解が出来ないと言いたげに眉を顰める。
模擬戦がこの世界へと残る手段になる……それは、どういうことなのだろうか?

「アンタの戦いを世界中に配信するわ、衛士の紹介入りでね……つまり、アンタの名前をリアルタイムで世界中に流すのよ」

「そ、それで俺の名前を映像を見た人達に刻む……ってことですか?」

「そ、白銀をこの世界に縛っているのは白銀を本当の意味で知り、求めてるあの子だけ……だから、白銀を求める存在をこの世界中に作るのよ」

「そ、そうですか……それ、上手く行くんですか?」

良く分かったような、分からないような。
そんな顔を白銀はするが、この作戦を実行に移そうとしてるのが夕呼だと思い直し、期待を込めてそう尋ねる。
だが、夕呼の顔には白銀に期待させる色は無かった。

「ま、可能性は限りなくゼロでしょうねー」

「……ッ!」

「でも、やらないよりはまだ可能性があるわよ?どうするの?やる?やらない?」

その問いに、白銀が出せる答えは一つしか存在していない。
ただ、ゆっくりと頷くだけだった。
その白銀の答えに、夕呼は小さく笑んだ。

「そ……なら早く乗りなさい。相手はもう待機してるわ」

「了解!」

白銀がリフトを利用し、戦術機の管制ユニットへと乗り込んだのを確認した夕呼は目を細め、ハンガーの外を見る。
恐らく、多分…その視線の先に存在するであろうもう一人の決め手になり得る男の存在を信じるように。

「さ、後は任せたわよ……?」



 ◇



「外部電源より切り替え及び主機運転開始、主電源接続、OS:EXAM3起動開始…」

シートへと座した白銀は手馴れたように戦術機の始動シークエンスを開始する。
そして、F-15Eの内側から響く主機の低くも響き渡って来る音に耳を傾けつつ網膜投影に写るチェックリストを消化し、小さく笑んだ。

(よし、いきなり色が変ってビックリだろうけど、相変わらずだなぁ相棒?)

整備員と言葉のやりとりを交わし、ヘッドセットの固定をしっかりと確認。
そして、主機から供給される数値が基準値を超えた所で、白銀は唇を薄く舐め、起動を続けていく。

「オートバランサー、アビオニクス、FCS共に異常なし……出します!」

『了解です大尉!リフト退け、誘導員配置にかかれ!さぁさぁ別嬪さんのお披露目だぞ!!』

通信機越しに聞こえてくる整備班長の声を聞き、苦笑しつつも“別嬪さんになった相棒”の管制ユニットを閉じる。
ヘッドセットと外部カメラを接続、網膜投影による視界の不良も無い。
後はそのまま待機、誘導員の信号を待ってそのままシートに腰を深く落とし、機体が奏でるテンポの良い振動に身を預ける。

「………」

考えることは、この後に行われるであろう模擬戦の事だった。
現状では相手が不明だが、白銀にはある程度の予想が出来ていた。

この基地で白銀武と1on1で十分に闘えるであろう技量を持つ、一人の男の背中が白銀には見えている。
今から四年前……白銀が負けたままに終わった、あの男との再対決を。

(……あれから俺は、強くなった……と思う)

白銀は自身の掌を見つめ、それを強く握り直す。
以前は喰らいつくことしか出来なかった自分に今の自分……あの男に残る後遺症はもう理由にならない。
ただ言えるのは、これは男のプライドの問題だ。

(今度は、勝つ……あの人に―――クラウスさんに!)

『進路クリア…どうぞ!』

「――――了解ッ!」

全関節ロック解除、操縦桿をゆっくりと前に押し出す。
連動するように機体の脚が前へと進み、それと同時に芯へと響く振動に心頼もしさを感じながら滑走路へ。
この機体が格納庫から姿を現した瞬間、周囲の警備兵や哨戒部隊の戦術機の動きが目に見えて動揺したように見えた気がした。

(ま、そりゃそうだよな……)

この横浜基地で現状ではこれだけ目立つカラーリングはそうは無いだろう。
白銀は、A-01がまだ存続してた頃をふと思い出す。
月詠真那達の赤と白の武御雷にエレナ・マクタビッシュの白いEF-2000、ジョン・ドゥもといクラウス・バーラットが一時期乗っていたF-4JXの黒も目立っていた。
まさか、今になってそんな妙に目立つ立場になるとは思ってもいなかったのだ。

「ははっ……こりゃ、少し慣れないな………ん?」

回線がオープンで固定されているのか、周辺部隊の通信が耳に入ってくる。
白銀自身も交わされている会話には苦笑するしかなかったが、その中のどの衛士が呟いたのかは不明だが、聞き逃せない一言が耳に入っていた。

『おいおい、さっきの【重武装の新型】に続いて、今度は曲芸(サーカス)機かよ?』

(………重武装の新型?)

初めて聞く単語を白銀の耳が拾う。
この呟きを漏らした相手は何事も無しに呟いたんだろうが、白銀にとっては捨て切れない単語であった。
それにどうにも、会話の雰囲気からしてこの基地に元から配備されている機体の感じでは無さそうだ。

現状、白銀に予測出来得る範囲での可能性では……自分がこれから戦うであろう機体だろう。
少なくとも、相手となる衛士をまだ仮定ではあるがクラウス・バーラットと白銀は定めているのだ。
そして、あのクラウスが乗るとすれば、だ。
先ず一般的な機体で来るとは思わないほうが良いだろう。 そういう風に、白銀の“直感”が告げていた。

(こりゃ何をしてくるか分からないかな……)

機体を進め、跳躍ユニットの試運転を開始しつつそんな事を思う。
跳躍ユニットの排気等のチェックをしていた地上班のOKサインに対し、F-15Eの手に持つ突撃砲を軽く上げて答える。
そしてそのまま待機しつつ一分後、HQより通信が繋がった。

《HQよりヴァルキリー01、当基地からの飛行許可が下りました、発進タイミングをヴァルキリー01へ譲渡します》

「了解」

HQからの発進許可と目的地のマップが表示される。
場所は、未だ復興の始まらない旧白稜居住区域。 現在は基地の演習場と化している廃墟。

さぁ、行こう。
直ぐにでも行こう。

そう騒ぐ心臓に落ち着くように命令し、大きく息を吸い込む。
餓鬼っぽい、遠足前の少年のような気持ちを押さえて息を吐き出し…操縦桿を力強く握り直した。

「――――ヴァルキリー01、白銀武、出ます!」

そして、地面から白銀色の戦術機が一気に青い空へと飛び立つ。
浮き上がる直前の不安定なブレを跳躍ユニットが吐き出す推力で押さえ込み、そのまま一気に空へ。
そうすれば、空が近い場所になるというのを白銀は知っていた。

《ヴァルキリー01の飛行を確認しました。演習区域へと進入して下さい》

「ヴァルキリー01了解。HQ、模擬戦の開始時刻は?」

機体の高度を落とし、NOEへと移行してから尋ねる。
片目で確認しているマップには間も無く演習予定の区画ラインが描かれており、そこにあと少しで接触するであろうタイミングだ。
現在時刻は午前9時59分、配置に着くのも含めて考えれば10時30分であろう―――そう、当たりを着けていた。

《演習予定時刻ですか?それは――――》

管制官のマイクから書類を捲る音が聞こえる。
そして、その捲る音声が消えたと同時にその内容を読み上げようと管制官の口が開いた瞬間――――白銀の耳に、寝耳に水に近い警告音が響き渡った。

「ミサイルロック!?」

地面へと機体を降ろそうとしていたその手と足を咄嗟に動かし、ビル郡の間にある旧道を噴射地表面滑走(サーフェイシング)でホバリングするように突き進む。
白煙を引いて飛来してきたミサイルの数は確認できるだけで10発以上―――明らかにミサイルコンテナに搭載された全てのミサイルを迷い無く撃ち切っている。

だが、その多くはビルという簡易防壁に阻まれて白銀へと到達する物は無かった。
まるで小手調べのような感覚だ。

「……それで、演習開始時刻は?」

《―――は、はい!開始時刻は午前10時となってます!!相手は、クラウス・バーラット少佐です!!》

「……なーるほど」

目の端で捉えたミサイル発射地点の予測地点をマップに登録し、現在時刻を確認する。
午前10時1分になったばかり……なるほど、つまりはそういう事だ。

「何でもアリってか?……上っ等だ!!」

年上だろうが関係ねぇ、クラウスのあのスカした顔をぶん殴るつもりでやってやる。
そう心に刻み込んだ白銀は索敵センサー類を全て最大にしながら機体を進める。

全てのセンサー類を全力で使用すれば機体の行動可能時間は減るが敵はただ一人、何の遠慮も要らない。
さっきのミサイルもクラウスが全開で使用していたセンサーを用いて白銀の機体を捉えたのだろう。
白銀も、先ほどのミサイルによる“歓迎”は部分部分の狙いが甘く感じていた。

「もうちょっと、引き込んでからのが良いんだけどな……」

ビルを背に、腕だけ乗り出すように突撃砲を進行ルートの先へと向け、警戒する。
極力、音は出さないようにとしてはいるが戦術機の巨体が動けば騒音はそれなりに発生する。
最大で使用中のレーダーにも映らないクラウスの機体は恐らく、待ち伏せ(アンブッシュ)しているだろう。

機影は半壊したビルの合間に入って隠せばいい。
それに主機も切っているだろう。 熱源探知も通用しないのが良い証拠だ。

「……」

神経を尖らし、鋭く薄く、360度全てに広げる。
奇襲か、狙撃か、それともトラップか……対人戦闘という状況に限られた手段で攻撃を仕掛けて来るかも知れない。
だが、“分からない”という恐怖は感じない。

ただ、クラウスという男が白銀を全力で潰しに来ているのが理解できる。
白銀にはそれが嬉しく感じていた。
嘗ては僅かながらでも及ばなかった相手に、今は持てる全ての戦術と作戦で対処されている……それはむしろ、誇りにすら思えるのだ。

「さて、と……ミサイルの発射地点はこの辺りなんだけど……」

そして、それから暫くの時間が経過し、目的の場所へと到達した白銀は呟きを放つ。
“誘い込みに乗った”のだ、もうこの範囲は相手のテリトリーであり、敵地だ。
先程のミサイルは囮、クラウスが現在居る居場所を伝えるメッセージだと感じていた。
つまり、本番はこれから……それを白銀も理解している。

そして、それならば乗ってやろう……そんな思いも、白銀には有った。

「二次元で見えないってなら……三次元で見るだけだ!」

その言葉と共に、白銀の乗るF-15Eカスタムが空へと飛び立つ。
ビルの屋上と地面が同じように見えるまで機体を上昇、まるで衛星写真のように市街地をその目に映し出す。
直ぐに破棄されたであろうミサイルコンテナも発見できた……そして、屋上が半壊したその隙間から薄っすらと見える戦術機のシルエットを、白銀は完全に捉えていた。

「そこっ!!」

一気にダイブし、ペイント弾が装填された突撃砲を機体直上から照準する。
だが、近距離で派手に動いたが故にクラウスも白銀の存在を感知していた。
36mmペイント弾が飛来する直前、半壊したビルの内壁をこじ開けるように飛び出し、半壊のビルを全壊のビルへと変えて…白銀の視界へと“ソレ”は躍り出た。

「何だアレ…第一世代機…?」

線は細く見えるが、そのシルエットは非常にズングリとしている。
ビルの倒壊によって盛大に生み出された土煙が機体の全容を覆い隠していてよく掴めないが、どうにも時代錯誤にも見える機体。

その機体が此方を見る。
始めて見る機体のカメラアイが薄く発光、白銀を認識したようにも見えた白銀は予測した相手の動きを脳内でトレースし、それに最適な機動をさせていた。
白銀は降下する機体を深くフォークのように機体を落としながらロールさせる。
そのタイミングは、此方へと向けて発射されたペイント弾の雨を回避するには十分な距離を生み出す。

そして、F-15Eカスタムが地面へと着地すると同時に、両者が左右へと円を描くように分れた。

「……ッ!」

ペイント弾を互いが撃ち合う中、白銀は大きく距離を開く。
それは、ようやく全容が見えた機体に対する判断の時間も必要だった。

(何だよアレ…!)

機体を大きく覆う、未塗装の装甲板。
部分部分には塗装がされているが、どう見ても不恰好に見えてしまう。
ズングリとした風体もあってか、どうにも不細工に見えてしまう機体だった。

だが、その図体にはどうにも見合わない機動力がソレには存在していた。
機体重量とて見た目に沿ってそれなりなのだろう。 なのに喰らい付いて来る瞬発的な加速度は異常とも思える。
そう、何かに似ているとすれば……かつて戦ったF-4JXによく似ている雰囲気が存在していた。

(あの機体の再改修機…?いや、そんなのを考えるのは後で良い!)

追い込むようにペイント弾を撃ち込み、進路を限定させる。
ただでさえ狭い市街地、その中で避けるとなれば限界は存在する、それまで追い込みきれば必ず大きな隙が生み出せる筈だ。
だからこそ、決して引かずにコンマの修正をしながら射撃を続けていく。

だからこそ生み出せたのだろうか。
クラウスの乗る未確認機の肩が浅くビルへと突っ込み、そこが基点となったように慣性の法則を再現する。
基点で抑えられた機体は、慣性によって一瞬だけ動きを封じられ……白銀にとって最大の好機となった。

「そこっ!!」

連射されていたペイント弾がクラウスの機体へと喰らい付き、黄色い斑点を生み出す。
ただ、そのままクラウスの機体はスモークを撒き散らしてビルの中へと無理やり突っ込んでしまい、それ以上の追撃は成らない。
しかし、白銀にも確認できた被弾箇所は胸部から左半身の多くを巻き込んでいる。 普通なら、もうこれで終わりの合図が来るであろう。


その機体が、普通ならば。


「―――ッ!!」

警告音が鳴り響き、行動しようとした瞬間には遅かった。
レーダー阻害の能力が含まれていた白煙を引き裂いて“ペイント弾の塗料にまったく染められていない”戦術機が一気に視界一杯に満たされる。
突撃砲を向けようとすれば敵機の空いた腕で銃口を空へ向けて外され、その瞬間に突き抜けるような衝撃が白銀の体を揺さぶっていた。

「っ……!な、何が―――」

口内を切ったのか、口の中に広がる鉄の味を感じつつ視界を開き、目を見張る。
視界一杯に、突撃砲の銃口が広がっている。
それが意味するのを理解するのに、白銀は少しの時間を要していたが、直ぐにどういう状況かは理解できていた。

組み伏せられ、管制ユニット部へとクラウス機の持つ銃口が押し当てられているのだ。
柔道でいう寝技みたいなものだろう、と何処か呆然とする頭で白銀は答えを出していた。

そこまで考え、ようやく気付く。
相手の、クラウスの乗る機体の外見が変化している事に。

そして、その視界の端に転がるペイント弾の塗料が着いた装甲が転がっている事に。
それを見て、白銀はパズルが組み上がった音を聞いた気がした。

「あ、アーマー!?そんなのありかよ、ンなもん!?」

あのでっぷりとした姿で気付かないのも問題な気もするが今はそう力なく言うしかない。
今見れば、あのアーマーを着込む為なのか角が多く、従来の戦術機とはどうにも大きく変わっている造型を見直す。
白銀の乗る白銀色のF-15Eカスタムに相対するような黒銀と灰色の戦術機。
赤いカメラアイの色と相成って無言の迫力を秘めているソレは銃口を下ろす。

その動きに、『負けた』という実感が白銀に沸き上がっていた。
悔しさもある、納得できないのもある。
だけど、相手は持てる手段の全てを持って相手してくれた…そう思い、通信を繋げる。

「クラウスさん、今日はありがとう―――」

しかし、その感謝の言葉は言い切らずに終わる。
鳴り響く警報と表示される警告。
それが示す物を理解する前に、地面へ寝ている状態の機体を跳ね上げるようにしてクラウスの機体と距離を離した。

『……チッ』

「な、何をするんですか!?」

聞こえてきた舌打ちに白銀は思わず叫ぶ。
白銀の機体が元々存在した場所には空振りに終わった大型ナイフがあり、白銀の機体に記される情報にはそのナイフは模擬兵装ではなく、【実刀】と表示されている。
更には、響き渡る警告が意味するのはIFFが訓練用から実戦仕様へと変更され、敵としてクラウスの機体が表示されている。


それが意味するのは、一つだった。


「(俺を…殺そうとした…ッ!?) クッ……!」

機体の跳躍ユニットに火を点し、一気に距離を開こうとする。
だが、クラウスの機体はそれに追従してくる。
現在、白銀の乗る機体が持つ兵装は全てが模擬兵装だ。 だからこそ、既に意味の無い突撃砲を投げ捨てて長刀を抜く。
模擬刀であってもまだ十分に打ち合えるだけの強度は存在している。

だからこそ、迎え打つ。
何故、クラウスが実戦装備で此方を攻撃してくるのかを。

「何をするんですか!?」

『……君の本気を見たい、というのが理由の一つだ』

「そんなっ!?」

あまりにも突然で、あまりにも理由が見えないが故に叫ぶ。
もう“おふざけ”のレベルを超えた実戦という名の殺し合い。
そうなる理由が掴めない白銀にとっては、“本当の実力が見たい”というのは理由になっていない。
大きく振るわれたナイフを弾き、バックステップで距離を開こうとしながら通信機へと叫び声を上げていた。

「それが理由じゃない筈です!!何故、どうして…『女の取り合いだよ、白銀』 ――――ッ!?」

通常のナイフより巨大な、山刀のようなデザインのナイフと刃の無い長刀とが火花を散らして打ち合い続ける。
だが、クラウスの言葉に動揺したその瞬間、距離が詰められる。
所謂、鍔迫り合いの形へと至ったことで、白銀は理解できない心情を叫ぶ為に口を開いた。

「女の取り合いって何ですか!?そんなの、俺は…」

『いや、確かに君は私から奪った! 私が恋した“鑑純夏”を!!』

「なッ――――!?」

クラウスの口から告げられたその言葉に、白銀は固まる……だが、戦術機を操る腕だけは変わらない。
大きく長刀を合わせるように振り、クラウスの機体が持つナイフを弾き飛ばす。
だが、その瞬間にはクラウス機の持つ刃の着いた長刀が翻していた。

『愛した者の、彼女の幸せを願うのが男の在り方だ!それを貴様は、下らないことで悲しませた!!』

「そんなの…ッ!」

『言い訳するか白銀!その結果が消えようとしている貴様だろうが!!』

「それは……そうですが!」

叩き着けるように、型も何もあった物じゃない長刀を捌き続けていた白銀の機体が持つ長刀が限界を向かえ、半ば程で断ち切られる。
残った柄の部分を反射的に投げ付け、白銀は機体を大きく下がらせ、クラウスの機体が持っていた大型ナイフを拾い上げた。

『私ならば彼女に全てを奉げよう!嗜好も、感情も、自身の体もな!!』

「……そんなのは絶対に違うッ!!それは人と人との関係なんかじゃない!!」

『だが、純夏という存在が求める声だ!!彼女の求める声に答えれなかったその結果、残照の如きか細さで世界にしがみ付く今の君がそれを言うのか!?』

浅く、深く…白銀の機体に装甲を削った傷跡が生まれ始める。
白銀も、防御や時間切れで終わらせるのは既に捨てている。 確実にその前に殺されると実感していたからだ。
だからこそ、相手の攻撃能力である腕を破壊しようともがき続ける。
混乱の極みに至った今、全てを常で判断できる気は無かった。

「そんなの……人と人は意見が違うから人なんです!当たり前でしょう!?」

白銀は、何故か催眠術に掛かったような気持ちで良く分からない事を口に出し続ける。
ただ、それを語ろうとすると、クラウスからの攻撃が緩んだ気がした。

「ぶつかり合うのもある、分かり合えないこともある!でも、それが人の関係なんです!確かに、俺は純夏と喧嘩しました!でも、それは夫婦でなら当たり前じゃないですか!!」

叫び、ナイフを叩き着ける。
互いに獲物が手から飛び跳ね、白銀は長刀を、クラウスはもう一振りのナイフを取り出し、そして打ち合う。
まるで、今度は逆の映像のように繰り返しながら、白銀の言葉は続いていた。

「嗜好の違いも人と人の違いだ!それで意見がぶつかり合うのは普通なんですよ!それに、俺は純夏を愛してます!!だから貴方には絶対に譲らない!絶対に!!」

『――――それなら、何故直ぐに彼女を抱き締めてそう言わなかった!意見が違うのは当たり前だと!それが夫婦で、人だと!!』

「ッ!!」

お互いが距離を離し、ナイフと長刀をそれぞれが構えて仁王立つ。
動かなくなった二人は、言葉だけを交わしていた。

『もはや、演技や演出などどうでも良い。これだけ聞かせろ白銀武!お前はあの子を幸せに出来るのか?』

「出来る出来ないじゃありません……幸せにします、絶対にッ!!」

『………そうか』

何処か嬉しそうなその言葉と共に、お互いの動きが完全に止まる。
次に動く時はどちらかが動かなくなる時、それを理解してるからこそ、動かない。

『……これで終わりにしよう』

「……ッ! 望むところです…!」

お互いが終わりを意味する言葉を理解し合う。
後は、この終わりを告げる鐘の存在が必要なだけ。

そして、それは……。


『タケルちゃんッ!!!クラウスさんッ!!』



――――通信機越しに叫ばれる、二人の名前。



『………ッ!!』

「――――うぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッ!!!」

その瞬間―――両者が動く。
吹き上げた噴射光を置き去るように、ナイフを構えた機体が突貫。
それと同じく、白銀の裂帛の気合と同時にF-15Eカスタムが長刀を振り下ろす。

交差する影と影。
互いが必殺の一撃を放ったその時……この決闘の終止符を告げる鐘となった純夏は呆然とし、腰を抜かしたように地面へと座り込んでいた。



 ◇


【同日 国連軍横浜基地地下19階 香月夕呼私室】



「「ぜ、全部演技ぃぃぃぃぃいいいいい!?」」

目を丸くした武と純夏の叫びが木霊する。
それに対し、【今回の事態の半分を担った】夕呼は面倒そうに「そう」とだけ答え、また驚きの声を上げようとする二人を制止していた。

「大体ねー白銀?アンタ、クラウスの馬鹿の三文芝居に騙されてるんじゃないわよ……まぁ、良い感じに騙されてくれてたんだけどね?」

「いや、確かにあの気持ちは正直なもんですけど……もっとこう、手段ってのが…」

「そ、そうだそうだー!」

「あるのかしら?このバカカップル、略してバカップルね」

「「う……」」

意気消沈した二人の“白銀”を見て、夕呼は愉快そうに笑う。
あの決闘は、両者の戦術機が強制停止という形で終わりを迎えていた。
結局、目的としては話を聞こうとしない純夏に武の思いや夫婦としての何かを少しでも伝われば、とでも夕呼は思ってたようだ。

それが、だ。
脅しの為にのみ装備していた筈の実戦兵器での殺し合いもとい決闘へと発展した。
それを演出したのが、今は医務室でスコポラミン(酔い止め)の過剰摂取で胃洗浄&説教を喰らっているだろうクラウスだった。

「全く……あの馬鹿、やりすぎって言葉を知らないのかしら……ねぇ、白銀?」

「は、はははははっ……」

そう言われると、今の武には反論する術は無い。
ただ言えるのは、これだけだろう。

「あの、本当にスンマセンでした……」
「あの、夕呼先生……御免なさい!」

「はいはい、もう良いから戻りなさい。そろそろ昼食の時間でしょう?」

言葉が微妙に被った武と純夏は互いに顔を見合わせ、苦笑する。
そしてまた二人揃って頭を下げ、肩を並べて食堂へと歩く。
そ肩と肩の距離は、前よりもちょっと近い気がする。

「こらタケル!純夏ちゃんと喧嘩したって聞いたよ!こんな良い娘と喧嘩なんて……男として罰当たりだねぇ!」

「京塚のおばちゃん……大丈夫です!俺と純夏はもうラブラブなんで!で、今日のお勧めを二つお願いします!」

「も、もうタケルちゃんってば!」

「おやおや、喧嘩ってのは嘘みたいだったねぇ……あいよ、今日のお勧めお待たせ!」

嬉しそうに微笑む京塚のおばちゃんが二人前の料理を二人の前に出す。
それを見て、二人は揃って「あ…」という呟きを溢していた。
二人の前にあるのは、トンカツ定食だった。

「………ソースも、美味しいよな?」

「……お醤油も、だね!」

白銀がソース、純夏が醤油をトンカツへと掛けて笑い合う。
そして、揃って席を探していると二人の視線がまたもや揃って止まっていた。
今回の事態の原因の半分たる人物が胃を抑えながら食事をしているのが目に入ったからだ。


「………ああ、二人ともか?仲が良さそうなこって……」


ちなみに、クラウスのトンカツにはポン酢が掛けられてた。



〈終わり〉


後書き
今回が一番文章量があった気がする。
あと白銀VSクラウスの個人的に流したBGMは【機動戦士ガンダムUCよりBGM《MOBILE SUIT 》】

【補足】
クラウスの乗っていた戦術機は吹雪をベースにF-4JX益荒男、TYPE-04不知火弐型の開発データを盛り込み、再設計された実験機。
外見的な見た目は『デルタプラス』というのを脳内で妄想中。

あとクラウスの中の人(前世な意味で)は純夏萌え



[20384] 【過去編】それでも、生きる
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2011/02/22 15:42
【1988年11月18日】



『大丈夫ですよ、バーラット少尉!直ぐに隊長達が救援に来ますから!』


(俺に、“守れる力”があれば……)


『近くにBETAの反応……?少尉、私は迎撃に出ますからそのまま静かにしてて下さい……直ぐに帰って来ますね?』


(あの時に……伸ばせない手を伸ばせたら……)


『あははっ、機体の腕がやられちゃいました……あ!でもちゃーんとBETAは排除しましたから大丈夫!』


(そうだ……誰でも、何でも良い……)


『だから、安心して寝て下さい……必ず、助け出しますから!』


(彼女を―――俺が初めて守りたいと思った人を、だレか守っテ……)


『せ、戦車級!?まさかあの時の撃ち漏らし……!いけない、少尉はそのままそこに居て下さい少尉!私がコイツを――――』


(ダレ、カ………)



『――――大丈夫、お姉さんが守りますから!』



 ◇



【1988年11月9日】



「何というか……不幸だ…」

先日、配属となったばかり遥か遠き故郷の部隊舎を思い出しつつ目の前のテント群を見て思わず俺はボヤく。
周りのMPやら警備員はそんな俺を見つつはいるが、特に気にした風にもせずに掛け声を上げながら周囲を走り回り、それぞれが己の仕事を行っていく。
その中じゃ、自分がどれだけ小さな存在なのだろうか?まだそれは分からないが、気に留めるような存在では無いのだけは理解できていた。

「えっと……司令部はコッチか?」

そんな中、俺ことクラウス・バーラット(16歳)は非常に面倒臭そうにと思いつつ、数少ない持ち物が入ったリュックを背負い直して気合を入れる。
そのまま、空いた片手でポケットに突っ込んであった簡易的な地図を持ち、テント群へと足を踏み出す。

俺が乗ってきた輸送機からこのキャンプ場まで運んでくれた案内役の軍曹が無い時間で仕上げてくれたこの地図。
大雑把かつ走り書きだがまだあるだけマシだ、目立つ物標は書かれてるし、それなりに理解しやすく目印もある。
とりあえずは現在位置を把握できていた。

「……ったく、視線が面倒だ」

俺はまた面倒そうに吐き捨て、サッサと歩く。
案内役の軍曹もそうだったが、全体的に俺を見る目が少しだけ変にも感じていた。
それは、俺がまだ見た目上は年若い少年ってのもあるだろうし、それ以上に今着てる服装も問題なのかも知れない。

「せめて国連のBDUだったらな……ま、ここの司令官殿に会うんなら制服が向いてるかも知れないけど」

米陸軍制服に少尉を示す階級章、それと共に胸には衛士を意味するウイングマーク。
そのどれもが今の俺には似合わないモノなんだろう。
冷静に考えれば、米軍だって基本的に徴兵制を採用してない分、米国人の年若い……十代の兵士は数少ない。
士官ともなればその数は更に減少するだろう。

あくまで米軍に入る若者は、『刑務所に入るか海兵隊に入るか』な奴ばっかだ。
そんな、言い方は悪いが粗暴な人間が士官になる為にと、訓練校に入るとは思えない。
それに士官組みになれるであろう若者だって、好き好んで“肉体系”である米軍に入ろうとは思わない。俺ならどっかの会社に入るのを選ぶさ。

加えて、入るとしてもしっかりとした学を修めてから入隊……そんなのが多いと思う。
それは、俺が入隊した訓練校には大学や短大の卒業者が多かったことからもハッキリしてると思う。
……中には、『戦術機の衛士だった』なんていう肩書きを欲するようなのも居たが。

「はぁ……金さえあれば、俺ものんびりと暮らせたんだけどなぁ……」

事故死した“この世界”の両親を思う。
あくまで一般的だった家庭にそんな財産が存在する訳ない。だからこそ、金が必要でなく入れる軍へと足を進めたのだ。
そうじゃなかったら今頃は土地でも買って、トウモロコシやら牛やらニワトリやらを育ててのんびりと暮らしてるに違いないだろう。

まぁそれはそれ、これはこれ、今は今、だ。
別段、軍に入ったのも後悔はしてない。お陰で戦術機に乗れると言うものだ。

「……ここが、司令部ね…」

そんな思いをまぁ心内で復唱しつつ、現状に際して混乱している自分を落ち着かせる。
司令官である中将閣下は好々爺みたいに俺を見てはくれたが、周りからは好意的な視線をあまり感じれない。

あれか?やはり米軍か、アメリカ軍人ってのがイケねーってのか?
まぁ正確には物珍しさが先立ってはいるんだろうけど。

……とまぁ、そんな事を思いつつ、司令官殿との会合を終える。
後は、案内役の女性中尉殿(何かコッチを見る目が妙に怪しかった)に案内されて国連軍C型軍装とBDUやブーツの一式を受け取る。
それに着替えると、名実ともに国連軍少尉、クラウス・バーラットが生まれたと言える。

「ま、米軍からの派遣ってのが頭に付くんだけどな……」

どうでも良いか、と切り捨てて欠伸を一つ。
今の俺は司令部施設の前でのんびりとヤンキー座りで俺は迎えを待っていた。
まぁつまり、俺が所属する部隊の隊員が俺を回収に来るのを待っているってのが現状なんだろう。
一応、基地の所属はイギリスが誇る地獄の門、ドーバー基地だが俺はそこからの派遣部隊入り、今居る土地はフランスのノルマンディーだ。

実質上の欧州撤退戦の砦。
それに史実でも有名なノルマンディーという土地だというのも相成って、どうにも多くの血が流れるとしか思えないのが現状の思いだ。
国連を仲介に、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・スペイン軍等を中心とし、ユーラシア大陸西部国家がフランスへと残存した軍を集結させている。
遥か遠く、故郷をBETAに蹂躙された数多くの国軍兵士が、この砦を守ろうとしている。

それを鑑みると強ち『多くの血が流れる』という表現も間違ってはいないだろう。
最も、その流れ出る血は人の血かBETAの血がで大いに分かれるのではあるが…。

「………チッ」

その流れ出る血は俺のも含むかも知れない――――そんな考えを思い浮かべ、破棄する。
仮定であっても、そう考えればそれが現実になる……それだけ人類は追い詰められているのだ。
そう思えば、それが現実になってしまうかも知れない。

それに、俺は死ぬ気は毛頭ない。
サッサとそれなりにBETAと実戦を経験し、『大陸帰り』としてアメリカへと帰還する。それはそれで名誉なことだろう。
BETAとの戦争だってちょっとしたゲームの感覚で済ませれば良いんだ、運よくこの駐屯地は一応は後方に当たる。
それらを思えば、生きて故郷へと帰るのはそうは難しいことじゃないはずだ。

「ハハッ、楽勝じゃねーか」

小さく笑み、俺は遅い迎えにイラつく心を落ち着かせて思う。
そうだ、俺が死ぬ訳無い……生きて故郷アメリカに帰る、そう決めたのだ。
そうだ、こんな地獄で死んでたまるか……そう思っていると、何やら悲鳴が遠くから響いてきた。それに車のクラクションもだ。

「はいはーい!どいてどいて~!」

音の発生源の目を細め、数百メートル先から爆走してくる一台のジープに目を細め、耳を済ませるとうっすらと聞こえる声。
妙に暴れる車体を押さえつけるように車のハンドルを握るのはまだ若そうに見える女の子だろう。声からしてもそうしか思えない。
その女の子が操る車は俺の方角目掛けて真っ直ぐ向かってきて……え?

「あ」

「あ」

ドンッ、という軽快な音を響かせ、俺を轢いた。地味に呟きが重なった気がしなくもない。
ん?ぶつかった衝撃?ああ、それはもう見事なまでに人身事故レベルの勢いだろうさ!

「ひでぶ!たわば!あべし!うわらば!ちにゃ!?」

地面を跳ねるごとに、俺の口から世紀末な断末魔が零れ出る。
グルングルンと回り続ける視界の端に写った一瞬の景色には『うわやっべぇ』な顔をした女の子の姿。
それに向けて思い切り中指を突きたてようとするとまた衝撃、今度は別の車に轢かれたみたいである。

……うん、まぁ取り合えず自己紹介だけしとこう、何か戦う前に死にそうだし。



「あ、オレ転生者っす」



そんな、混乱した頭の中で考え抜いた台詞を呟いた直後、俺は背中から見事に地面へと落下する。
背中の荷物が盾になってくれたのか、不思議と怪我はしてなかったのが救いだろう。
………俺、マジで生きてるよね?ゾンビとかじゃないよね?

「首が180度回ってるとか無いよな!?何か視界がグラグラしてて不安なんですけどー!?」

「い、生きてますか!?……って、無傷!?」

脳が揺れたのか、ガクガクと生まれたばかりの小鹿のように足腰を震えさせつつも叫ぶ。
OK、冷静になるんだ俺。今は現状の把握を急ぐんだ……把握も何も、車に跳ね飛ばされただけだな、うん。
そして、俺に駆け寄ってくる女の子は下手人第一号って訳だ……今死ね!すぐ死ね!骨まで砕けろぉ!!

「テメェこのクソ女!殺す気かああ゛ン!?犯した後バラして埋めンぞ!?」

「うっわ、何か妙に物騒な物言いなことで……」

「轢き殺されそうになった人間がその犯人に対して良い感情抱くと思ってんのかよ!?」

俺が半泣きでそう叫ぶと、何やら悲痛そうな顔をする加害者(もう女の子扱いはしない)。
……おい何だその涙、お前が悪いんだろーがああ?……え?何か周囲の目が非常に痛いんですが?
特にそこのイタリア野郎、何見てんだオイ。

「……はいはい、無傷だったし、落ち着いたからもうそんな顔しないで下さいよ……」

とりあえず、周囲の視線が何か痛いから俺はそう言うとパァっと顔を輝かす加害者。
べ、別に許した訳じゃ無いんだからね!勘違いしないでよ!

「……うん、セルフツンデレは無いわー…」

「ツンデレ?」

「気にするな………で、貴女が自分の迎えでありますか?」

そこまでで今までの空気を切り捨て、しっかりと敬礼をし、そう尋ねる。
先程までは俺が被害者ってのもあったし、俺が冷静じゃなかったのもあるから色々と言ったがもうそれは引き摺らない。
それを加害者……じゃなくて迎えの少尉も察したのか、しっかりと敬礼を返し、小さく笑んだ。

「はい、バーラット少尉ですね?私は国連海軍第887戦術機甲中隊所属のセレーネ・ヴァレンタイン少尉であります」

「は、自分は米陸軍第62戦術機甲連隊より派遣されたクラウス・バーラット少尉であります………国連“海”軍?」

「あれ、米“陸”軍……?」

お互いがお互い、何やら微妙に誤差のある自己紹介に目をぱちくりとする。
俺は陸軍で彼女は海軍?あれ?

「あれ……?」

「いやいやいや、何で首傾げてるんですか?先立って連絡が来てる筈なのですが……」

「え?……あれー?」

何やら本当に『分からない』といった風に頭を傾げる彼女に俺は思わず肩が落ちる。
現状ではどうにも解決に至るのは無理、そう思ってサッサと次へと行動を移した方が良いだろう。

「ヴァレンタイン少尉、部隊の元へ行きましょう。隊の責任者である隊長であれば詳細を知っている可能性があります」

「そ、そうですね!では、助手席に乗って下さい!」

俺の助言にヴァレンタイン少尉が『合点が行った』とでも言いたげに元気良く声を上げて俺の腕を引いてジープへと連れて行く。
それに俺も従いつつ、助手席へと腰を降ろす。
そして、彼女がジープのエンジンを始動した瞬間に思い出す。



――――……コイツ、さっき車を暴走させてなかったか?



「おっし!何はともあれ、急ぐに越したことは無いですね!」

「ヴァ、ヴァレンタイン少尉!ちょっと待ったああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………―――――」

ガオンとエンジンの咆哮が響いたと同時に、改造でもしてんのか知らないがホイルスピンをさせてジープがロケットスタート。
その加速に、俺の口から出た叫び声がドップラー効果のように響いては尾を引いて消えていく。

待て、待ってくれ少尉。
明らかにこれは基地内部を、しかもこんな整備もされてないような悪路を走る速度じゃない。
そう言いたくても口を開けば舌を確実に噛む、それくらい揺れている。

しかもシートベルトを締めてなかった所為でジープが段差を超えるごとに衝撃でケツが浮く!
アレだ、ガキの頃にジェットコースター乗ってたら安全バーから下へズリ落ちた感覚と少し似てる。
踏ん張らないと体がどっかに吹っ飛びそうなのだ、いやマジで。当時、アレは事故だろ!?と思ったもんだ。

そんなことを思い出しつつ(走馬灯とも言えるんじゃね?)、俺が意識をどこかへ飛ばすのを防いでいると視界の端にハンドルを握る少尉が入る。
……何で頬を紅潮とさせてるんデスか?

「うーん……快☆感!」

(最悪だこの女ー!?)

アクセルを更に踏みながらそんなふざけたことを抜かす馬鹿女に思わず顔を青くして反論したくなる俺を誰が責めるだろうか?
ハリウッド映画じゃあるまいし、スタントシーン染みたドライブを俺は求めていない!
俺が心でそう何度も繰り返して叫び続けると後輪を滑らせるようにジープが停車する。

だが、車は止まっても車内でシェイクされていた俺が止まれる訳が無い。
慣性の法則という素晴らしくもクソッタレな物によって俺の顔は見事にフロントガラスに叩き付けられた。

「は、鼻が……!」

「へ?どうしたんですか?」

(本気で埋めるぞこのクソアマ!?)

おい何で素の反応してんだよ!さっきの見ただろ!?
鼻っ面をめっちゃくっちゃ打ったんだぞ!?……あ、鼻血が出てきた、ティッシュティッシュ。

「ここがウチの部隊が使用してるテントです。 隊長、新しく配属されたバーラット少尉をお連れしましたー!」

「はぁ……失礼します……」

サッサとテント内へと入っていくヴァレンタイン少尉に恨みを込めた視線を送るが無視され、テントへ入っていく彼女に付いていく。
テントのサイズからして恐らくは2~30人は入れそうな広さはあったが、そこに居るのはたった4人だけ。
その内の一人が『此方へ来い』と言うように片手を挙げるのが俺の視界に映った。

「セレーネ!」

「隊長!バーラット少尉を連れて来まし―――『お前はまた暴走したのかこの馬鹿女!!』 痛い!?」

ヴァレンタイン少尉が呼ばれた子犬のように『隊長』と言った人物に駆け寄るとつむじ目掛けて拳骨が落とされる。
それに内心で喜びつつ、俺の仇を討ってくれた隊長の前へと立ち、敬礼した。

「本日より国連海軍第887戦術機甲中隊へと配属されましたクラウス・バーラット少尉であります」

「887中隊を纏めてるジム・マルティネスだ。 地獄へようこそ、バーラット少尉」

がっしりとした体と豊かなヒゲが特徴的な男が手を差し出してくる。
それを俺はしっかりと握り返し、頭を下げる。
俺が頭を上げるとマルティネス隊長は視線を横に座っていた男たちへと向ける。
視線で合図を受けた男たちも合点が行ったのか、それとも前もって話してあったのか、それは不明だがそれぞれ自己紹介を始めた。

「セドリック・ジャクソンだ。 マルティネスとは訓練校からの同期で副隊長をしている」

「俺はヘンリー・マッケンジーだ。 よろしく少年」

「ジャン・ブルーノ、仲良くしようぜ?」

ジャクソン、マッケンジー、ブルーノの順でそれぞれが思い思いの挨拶を告げてくる。
それに俺はしっかりと答えるように、息を吸い込み、口を開いた。

「はっ!弱卒でありますがよろしくお願いします!」

俺の敬礼に全員が揃って返礼し、そのしっかりとした返礼に俺も少しだけ緊張は解ける。
ヴァレンタイン少尉は未だに頭を抑えて地面と睨めっこ状態だがこの5人の纏う雰囲気からして、それなりに過ごし易そうだ。
ただ、この場に存在しない他の隊員はどうだか分からないが……。

「マルティネス隊長、質問があるのですがよろしいでしょうか?」

「ん?何か気になるのか?」

「はい、他の隊員は今は任務に従事してるのですか?後でまた挨拶をしないといけませんし……」

そう、軽く尋ねると顔を見合わせる5人。
『俺は変なことでも言ったのか……?』…そう思っていると、非常に簡単そうに俺に教えてくれた。

「バーラット少尉……ウチの隊は“これで全員”だ」

「………!」

苦笑しながらそう俺へと告げるマルティネス隊長。
その顔にあるのは特にこれといった感情は篭ってなく、ただただ事実を告げているだけだ。
そのまま、俺が少し目を見開いているとブルーノ少尉が組んでいた足を崩し、面倒そうに口を開いた。

「この部隊はとっくの昔に一度壊滅してな、第一防衛ラインから部隊再編集のために今居るココ、第三防衛ラインまで下がらされたんだよ」

前は第887“大隊”だったんだぜ?……そう告げ、ブルーノ少尉はまた足を組み直す。
機嫌が悪そうに言う顔は、思い出したくも無い記憶を思い出したからなのか歪んでいる。
周りも、それに口出しはしない。
ただ、未だに現実から何処か遠ざかっている俺を静かに見ているだけだった。

そして俺も、意識は凍っていた。
大隊規模、36人の衛士からなる部隊が今はたったの5名しか生き残っていない。
致死率は約88%、現実を直視すると、俺はBETAとの実戦ってのを舐めていた……そう実感する。

マルティネス隊長が最初に俺へと言った言葉、『地獄へようこそ』はジョークでも何でも無いのだ。
原作知識も、こういった場合には何も役には立たない……そう、言わずと教えられた気がした。

「……しっかし、一つ聞いていいかバーラット少尉」

「………は、はい?す、すいません、ぼーっとしてました」

「いや、少尉に聞きたいことがあったんだが……良いか?」

マルティネス隊長が心配そうに俺を見て、その脇に控えていた副隊長のジャクソン中尉が俺にボトルの水を渡してくれる。
それに俺は礼を言ってから一気に飲み干し、少し呼吸を落ち着かせる。
俺の後ろではショックによる俺の嘔吐や過呼吸に備えていたのかビニール袋を持っていたヴァレンタイン少尉がオロオロとしている。
多分、彼女も“自分の体験談”からその備えをしてたんだろうけど、精神年齢じゃ三十台後半である俺の小さなプライドが何とかソレを押し止めてくれていた。

「……ありがとうございます、ジャクソン中尉……隊長、何でありますか?」

「いや、少尉の経歴を見たんだが……訓練校の戦術機課程では既にF-15、イーグルを預けられる腕前を持っていたようだな?」

「ヒュー♪訓練兵時代から“最強”と名高いイーグルファイターね……」

「米軍でもまだ全軍配備は完了していないし、欧州じゃ殆ど第二世代機が存在しないからな……訓練兵時代からそんな機体を当てられるなんて十分にエリートコースじゃないか」

マルティネス隊長が持っている俺の経歴書を見てそう告げると、ブルーノ少尉の囃すような言葉とマッケンジー少尉の驚きが篭った言葉が出る。
確かに、訓練兵時代は色々と問題を起こしてはいた俺だが無駄に戦術機の操縦技能は高かった。
多分、このオルタネイティブという物語の主役である白銀と同じように、俺も現実ではそういったロボット系のゲームはかなりやり込んでいた。
それが関係してるのもあるし、この体の戦術機適正が高かったのもあると思う。

イーグルも、一部の訓練兵に割り当てられたのだって当時は不思議に思った。
今思えばアレは【青田買い】ってのもある気がする。

訓練兵時代から第二世代機に順応させ、更にその中から今現在も開発が進んでいるだろう第三世代機……YF-22とYF-23のテストパイロットを選出する。
俺は原作の知識もあるから、今の米軍では関係者しか知らないであろう極秘事項であるYF-22やYF-23のことも多少は知っている。
それらの“可能性”を踏まえての、限りなく妄想に近い予測だ。

1991年にF-22が正式採用されたがG弾の実用化によってF-22懐疑論が出て、大幅な予算削減があったのはしっかりと公式で出ている。
だとすれば、F-22が正式採用されるまで一年間、YF-22とYF-23のトライアルがあったから恐らくは1990年にはもう既に開始しているのだろう。
それを踏まえると、1989年くらいにはYF-22、23のプロトタイプは出来上がっていたはずだ。

そしてYF-22、23の両機が持つ最大の特徴は後に【戦域支配戦術機】と呼ばれるに値する圧倒的な性能。
それを実証するには、経験の浅い新人衛士を乗せて数多の古参衛士を圧倒する……正式採用される要因にそれくらいのインパクトは必要なはずだ。
実際、本当かどうかは不明だが現実の戦闘機としてのF-22にこんな話がある。

『新人パイロットが搭乗したF-22一機に対して熟練パイロットが乗ったF-15四機が模擬戦を行い、F-15は抵抗すら出来ず圧倒された』

それを思うと、何だかこの予想も間違ってはいない気がしなくもない。
1998年の春に訓練校を卒業した訓練兵を選抜し、その中からYF-22、23の衛士を選抜して集中的な教育を行い、1990年よりトライアル……こう思うと、妙に“ありそう”だ。

(そうすると、近接格闘の成績だけはトップだった俺はYF-23のテストパイロットに成れたかもしれねーのか……どうでもいいけど)

あくまで妄想、予測の域だ。期待するのだって馬鹿らしい。
俺はこの無駄に張り巡らせた思考の渦を振り払い、何やら戦術機談義に興じている隊長たちを見る。

俺がまだ完全に落ち着いていないのもあったのだろう。
だからこそ、少し待っていてくれている隊長たちに感謝しつつ、俺は小さく咳をする。
すると、隊長たちの会話が止まってまた先程までの質問の空気が出来ていた。

「おおっと、すまんすまん。 で、訓練兵時代にイーグルを預けられて卒業……前の部隊、第62戦術機甲連隊からたった一週間で俺の部隊に、か……」

「どう考えても厄介払いですよね……何かあったんですか?それに、テントに来る前に気にしてた何で陸軍なのに海軍に配属されてるのかも気になりますし……」

俺の経歴を呟くように読みつつ、難しい顔をする隊長と無邪気に俺が欧州へと来ることになった理由を尋ねてくるヴァレンタイン少尉。
周りは『直球で聞いたなー』みたいな顔をしてる。
隊長は経歴に書かれているであろう『上官への暴行によって隊からの追放』の文章を読んだのか、少しだけ顔が怖い……まぁ、俺も思い出したくはないんだけどな…。

「………以前の連隊長、ホモでして……俺のケツ…何故か執拗にまで狙ってきてまして……」

「「「oh………」」」

俺の力ない独白を聞いたジャクソン中尉、マッケンジー少尉、ブルーノ少尉が青い顔で同じように言葉を漏らす。
俺を見るその目は同情に満ち溢れて、同情の視線が向けられている。
………あれ、何だろう?何か目から汗が出てきたよ?

「それで、報告書提出に行った際に部屋に連れ込まれて、襲われそうに……グスッ…だから、思わず顔を……ヒック……」

「もういい!俺が悪かった!だからもうそれ以上言うな……!!」

「少尉、私の胸を貸して上げますから……少しだけ泣いても良いんですよ…?」

悲痛な声で俺の言葉を遮る隊長に聖母のような微笑みで俺の頭を抱き締めるヴァレンタイン少尉。
おいやめろ、本格的に泣きたくなってくるから。

「だ、大丈夫です……あの、俺の予測なんですけど……俺を海軍に送ったのは地味な嫌がらせだと思います……任務上、死の八分を超えるのも難しいですし……」

「ま、まぁそうだろうな……海軍の任務は要約すれば【橋頭堡の確保】だ……A-6部隊と並んで最前線任務だからな」

「ホモの上官が居る地獄から逃げたら今も今で地獄だな、バーラット少尉……呪われてるんじゃないか?」

「ブルーノ少尉、冗談でも笑えないです」

やめてくれマジで。
今日もだけど昔から“不運”と“踊っ”ちまってんだから。
正直言うと冗談になってないです。

俺が空笑いでそう嘆いていると隊長は空気を変えるように比較的大きく『よし!』と声を上げる。
それに、全員が注目する中で小さく笑んで口を開いた。

「バーラット少尉の着任を歓迎して今日は飲むぞ!俺の奢りだ、遠慮するな!」

それから、未だにBETAの侵攻がギリギリのところで及んでいないノルマンディーの街へと繰り出した俺たち6人は基地の兵士たち行き着けの酒場で少ないながらも酒を楽しんだ。
俺も、体はまだ未成年だけど少しだけ飲んで騒ぐ、一分一秒を楽しむように。
皆の話も、聞いてみるだけで楽しいものだった。

マルティネス隊長とジャクソン中尉はアメリカ人で、以前は海兵隊の所属だったけど欧州に残り続けて戦っているってこと。
マッケンジー少尉はイギリスに奥さんが居て、この間に子供が生まれたって嬉しそうに写真を見せてくれたこと。
ブルーノ少尉はイタリア出身で、今までに色んな出会いを経験してきたってこと。
ヴァレンタイン少尉は俺が配属される二日前にこの部隊に来て、しかも俺より年下にしか見えないけど実戦経験もある20歳のお姉さんだったり。

思い出を刻むように、皆で色々な話をした。
俺も、何でか分からないけど必死に色々な話をしていた。


故郷のこと、絶対に生き残って笑い続けること、そのウチ故郷に帰って農業でもしようと思ってること。


皆は『まだ16歳なのに人生設計を立てすぎだ』と笑う。
俺も『それもそうだ』と笑う。
でも、夢を見るってことは良いことだと……全員がそう言ってくれた。



そんな、短いけどしっかりとした“思い出”を、俺は思い出していた。



 ◇



【1988年11月18日】


『ヘンリーが喰われたッ!ジャクソン、カバーしろ!!』

『ああ…畜生ッ!アイツはガキが生まれたばっかなのによォ!!』

『悲しむのは後でしろ!!俺を殺す気かテメェ!?』

半壊したF-4、その管制ユニット内に雑音交じりの通信が耳へと届く。
何で俺はこんな状況になっている?誰か、教えてくれ……そう言いたくても口が開かなかった。

(……ヴァレン、タイン少尉……?)

うっすらと開けた瞳には、管制ユニットを切り裂いている大きな裂創の隙間に工具を差し込んで管制ユニットをこじ開けようとしているヴァレンタイン少尉の姿。
それを見た瞬間、思い出した。

俺たちが所属する第三防衛ラインへとBETAの侵攻を許していること。
BETAの圧力に押され、隊長たちと分断されたこと。
俺が突破口を開こうと無茶な機動制御を行った所為でフリーズした機体が要撃級BETAにタコ殴りにされたこと。

そして、俺の左腕がタコ殴りにされた際に変形した内壁に挟まれたのか、千切れたように既に無いこと。

その痛みいう単語で表せない苦痛と出血で、今まで意識を喪失していたんだろう。
足元にはモルヒネや止血剤が転がっているところからして、唯一無事な右手で出来るだけの応急処置はした……そんなところだろうか。

『急げセレーネ!こっちはもう持たない!!』

「分かってます!あと少し……!」

額に汗を浮かべ、こじ開ける為の工具へと満身の力を込めて足掻くヴァレンタイン少尉に俺は口を開く。
『俺を放って逃げろ』とか、『死にたくない』とか……何を言ったのか分からないし、実際に声に出せたのかも怪しいと思う。
ただ、口をパクパクと動かしていただろう俺に少尉は笑って俺に声を飛ばす。

『頑張れ』とか、『もうすぐだ』とか……そんな、自分も危険なのに安心させるようなことばかりを俺に言って来る。
機体の外じゃ、隊長たちがボロボロになったF-4を使って時間を稼いでいる。
中隊は6人で、俺とヴァレンタイン少尉の二人が戦ってないのに今は3機しかいなくて、暫らくしたら動いているのは2機になり、次は1機……そして、銃撃の音が無くなった。
俺たちを守っていた、その音が。

「開いた……!バーラット少尉、早く脱出しましょう!」

ヴァレンタイン少尉が目から涙を流しながら、少なからず開いた隙間へと入って俺の残った右腕を持って体を支えた。
ただ、その支えは直ぐに無くなる。


少尉を、彼女の片腕を掴む“赤い腕”。
それが、目を見開いたヴァレンタイン少尉を外へと引き摺り出したから。


「いぎっ!?……あぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!!!」


叫び声が聞こえる。

泣き声が聞こえる。

何かを噛み砕く音が大きく聞こえる。

ナニかを引き千切る音が聞こえる。


俺はそれを、聞きたくないのに聞かされる。
『そんな音を聞きたくない』と、気がつかない内に流れ出る涙をそのままに、俺は叫んでいた。



……それから、暫らく時間が経った。
俺の望み通り、今は叫び声も、泣き声も、何かを噛み砕く音も、ナニかを引き千切る音も、聞こえなくなった。
変わりに聞こえるのは、ガリガリと、機体へ響き渡る鉄の削れる音だけ。

ただそれも、以前から聞き慣れた音が……跳躍ユニットと36mmが放たれる音と共に無くなっていた。
視界に映ったのは、一機のF-18。

それが、米軍が派遣した第三防衛ライン所属部隊の支援部隊の内の一機だと知ったのはその一週間後、入院していた病院で目が覚めてから。



部隊の生き残りは、俺だけと知ったのもその時だった。



『アメリカへ戻るのなら手を貸す』

俺を助けてくれたF-18に乗っていた海兵隊の少佐が見舞いに来た時にそう言った。
この人はマルティネス隊長とジャクソン中尉の上官だったらしい。俺がユーラシア送りになった事情も知って尚、俺にそう言ってくれた。

……だけど、俺はそれを断っていた。
理由なんて無い。本当に無意識に近い感覚で、この土地から離れるのを拒絶していた。
少佐は、何も言わずに拒絶する俺を見て目を瞑った。


『あいつらも、本国の帰還命令を無視して国連に残り続けていたが、海兵隊の誇りだけは捨てなかった……』


そう呟いた少佐は、何かを思い出すように、言い聞かせるように俺へと教える。

『海兵隊員は許可なく死ぬことを許されない』
『海兵隊員は仲間を絶対に見捨てない』

隊長たちが、皆が貫いた誓いの一つ『仲間を絶対に見捨てない』の結果が俺だと。
だから、お前は許可なく死ぬな……そう言って、少佐は帰っていった。




……それから、戦場へと復帰した俺は戦い続けていた。




撃墜されても、意地でも生き残ってまた出撃してBETAを殺し続けて、いつ死ぬかも分からない毎日を過ごし続ける。
それで良いと思う自分が居たのも事実だ。

……ただ、1993年の欧州からの全面撤退を完了させた後、俺は迷い込むように一つの道を見つけていた。
【訓練教官資格】…それを得る機会に恵まれ、本当に何で取ったのか分からないけど何時の間にか資格を有していた。



それで、今の俺が居る。
“転生者”クラウス・バーラットは一度壊れて、新しく生まれた“ただのクラウス・バーラット”がそこに生まれた。

それが、この世界で俺が本当に生まれた日なんだろう。
前世でもなく、この世界のクラウス・バーラットとしてでもなく、【俺】という存在の在り方が。





 ◇



【2005年12月25日 イタリア ティレニア海 ローマ沖】



今から3ヶ月前、南イタリア方面から海軍による強襲を行い、陸軍部隊がその隙にナポリ周辺を完全制圧した。
その際も、俺はその戦場へと参戦していた。

「バーラット隊長、ホルス大隊衛士35名集合いたしました」

「了解した、マクタビッシュ中尉……さて、と…」

そしてまた、戦場へと俺たちは行く。
海を行く空母の甲板に並ぶ、俺が預かる35人の衛士たちは俺を真っ直ぐと見て、俺の言葉を待つ。
さっきまでは部下の手前、固い口調だったエレナも今はバレないように片目を閉じ、合図をしてきた……やれやれ。
俺が味方の鼓舞ってのはガラじゃないのに。

「―――――国連海軍に所属する最精鋭の総員に告ぐ!」

声を張り上げる。
思った以上に、声が広がった。

「俺たちは生まれも、人種も、性別も、故郷もそれぞれが違う……だが、今は同じ目的を持って共に行動し、共に戦う仲間たちだ」

国連軍という環境上、様々な人種が揃う……でも、俺たちは一緒だ。
俺たちがやることは、ただ一つだけ。

「今回はイタリアの完全開放を目的とした戦場だ。イタリアを祖国に持つ者は弔い合戦でもあり、故郷を取り戻す戦いでもある」

何人かの、イタリアを故郷に持つ衛士が小さく頷くのが目に入る。
彼ら、彼女らにとってこれは大きな意味を持つ戦いだ……ただ、俺は続ける。
そう、この戦いは……

「……しかし、この戦いが最後ではない!未だBETAに支配された故郷を持つ全ての隊員の故郷を開放してこそ、この部隊の終わりだ!」

その言葉に、意味を含ませて俺は言う。
全員の故郷を取り戻してこそ、俺たちの戦いが終わりだと。




だから……だから絶対に…………






「――――――死ぬなよ……!」









後書き
一人称の練習とクラウスの過去とクラウスの今のあり方の始まりとイタリア開放な話。
いつぞやの閑話の夢で出た過去フラグ回収完了。



[20384] 【過去編サイドストーリー】貴方の隣へ
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2011/02/25 22:43



私の上官はかなり変人だ。
それはあの人を知る多くの人達が保障する所であり、本人も自分のことを『変人』だと認めているのもある。

ただ、その上官のことを私は何でか好きになっていた。
過去に地獄の戦場を共に生き残った故につり橋効果なのか、それとも人間性に惹かれたのか。

そのどっちかは分からない。
私だって、いつ好きになったかも本当に不明なのだ。

「はぁ………何で好きになったんだろ……」

何十人もの愉快そうに騒ぐ声に、私は溜め息を吐いては憂鬱な思考に落ちる。
幸い、私の口から零れ出た呟きを聞く人間は居ない……と言うか、そもそも私の周囲に人は居なかった。
『何で居なかったか』と問われれば、この騒ぎの大本に多くの人間が集まっているからだろう。

「一番クラウス!脱ぎます!!」

「ギャハハハハッ!隊長に続け野郎ども!!」

「「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」


「………うん、本当に何で好きになったんだろう!」

酔っているのか、キャンプファイアーの前に立って上半身裸になってポーズを決めている我がホルス大隊の男衛士とその他に呆れた溜息を一つ。
周りを囲む多くの女性衛士は叫び声を上げたり、笑ったりしてるけど明らかに冷静さは欠いているだろう。
全員が、アルコール摂取を行って酔っ払っているのだから……私を除いて、さっきから『エレナちゃんも飲もー?』とか『中尉~!』とか何人か呼んでたが無視である。

私はホルス大隊の最後の砦、部隊長であるバーラット隊長の女房役のエレナ・マクタビッシュなのだ。
私が酔っ払ってはどうする!………隊長が酔っているから飲んでないだけでもあるけどね。

「あー……明日は部隊の機能、完全停止だなぁ……」

……まぁ、今日だけは怒らないつもりだ。
折角の勝利の美酒、という奴なのだから。


「―――――イタリア開放、か。 やっぱり、昔と比べると実感が沸かないな……」


そう、今から10時間ほど前にイタリアは“開放”された。
元からハイヴが存在していないイタリアの地は、一定数のBETAを殲滅さえすれば後は楽なものだった。
それも、ハンガリーに存在していた【No11:ブタペストハイヴ】の殲滅がほぼ同時に完了しているからだろう。

最も近くに残存していたブタペストハイヴという“巣”を失ったBETAは、ただ逃げ惑うしか無かったのだ。
お陰で、バーラット隊長の出撃前の演説の通り、誰も欠けることなく全員が生き残っている。

「…………」

――――それなのに、私の心はあまり晴れてはいない。
お酒を飲んでいないのも、この心の状態で飲めばどんな影響を及ぼすか分からないからでもあった。

「ホルス大隊機、小破機3、中破機1……中破機はバーラット隊長機、原因は味方部隊戦術機を要撃級BETAの攻撃から“庇った”ことによる片腕の湾曲……」

最後に『負傷者0』と呟いて、バーラット隊長を見る。
脱いだことで露わになる体中の傷痕、ウチの隊員は見慣れてはいるけど、そのどれもが重傷であった筈の怪我ばかり。

それが意味するのは、何度も死の危機に瀕したという事実。
見る者が見れば、その体が表す歴戦という頼もしさを感じるかも知れない。
だけど、私にはその傷を見るとどうにも悲しさが湧き出てしまう。

「………死ぬのが、怖くないのかな……?」

味方機を庇った際、機体を前に押し出していたあの速さ。
あれは『戸惑う』とか『躊躇』とか、『死ぬ』という可能性を考える前に……そんな物が存在すらしていない速さだった。


それが私には怖く感じる。
あの時、ソビエトの大地で聞かされた『あの人のKIA』のような事が、またあるかも知れないという恐怖に。
あの時、A-01部隊の皆の前で荷電粒子砲の光に消えたように。

いつか、そのまま何処かへ行ってしまうんじゃないかっていう思いが……。

そして、もし……もしだ。
私があの人と本当の意味で隣に……副官でもなく、部下でもなく、相棒でもなく……そのどれでもなく、あの人の隣に立てる日が来たら……。



―――――そんな、苦労するけど幸せな日々で、あの人を喪失うことになれば………。



「………ッ!」

思わず、自分の腕で肩を抱く。
考えてしまった……考えてしまったのだ。
あの人だって無敵では無いことを……不死身と言われても、何度も死に掛けていることを。


そして、そうなったとしても……きっと後悔せず、笑って死ぬであろうあの人の顔を。


「それは、嫌……いや………」

多分、それが私には耐えられないだろう。
それが、あの人へ思いを打ち明けることへの“歯止め”になっている……かも知れない。

ああ、そうだ。
認めよう。私は、私はそうなるのが………



【推奨BGM:田中理恵『Freesia』】




「―――――怖いよ……」


少しだけ涙が浮かぶ。
慌ててそれをハンカチで拭う。
ハンカチは、前の誕生日にあの人から送られた物だと思うとまた涙が滲んで来た気がする。

こんな思いをするのなら、いっそのこと告白して振られてしまえばどんなに楽なんだろうか?
それはそれで悲しいけど、ショックだって少しはマシなのかも知れない。

ただ、それが出来ないのも今の私なんだろう。
その答えを聞くのだって、怖くて怖くて駄目なのだから。


「臆病者だ、私……」


私はあの人の背中を、歩いた後を追うだけしか出来てない。
あの人の隣で共に戦場へと降り立っても、互いに信頼し合っても、その距離は殆んど変わりはしない。

だから、こんなに辛い。
だから、こんなに怖い。

「………」

そんなことを考えながら、暫らく膝を抱えたまま俯く。
今の時間帯が夜だってこともあるから、このまま気配を鎮めておけば誰も気づかないだろう。
だから、今は少しだけ一人で居たい……そう思っていた。



「隣、いいかい?」



ふと、背後へと近づく足音と共にやたらと渋い、深みのある声が私の背中へと掛けられる。
聞きなれないその声に、少し気だるげに振り返り……即座に固まった。

背後に居た男が着ている【アメリカ海兵隊】将校服の胸に輝く数多くの勲章と“准将”の階級章。
それだけで、今の私が声を失うには十分な衝撃だった。

「静かに、向こうは楽しそうなのに無粋だろう?」

腰を上げ、声を上げて敬礼しようとすると小さく笑んで口元に一本の指を当てる准将。
それに、私の顔へ少しだけ困ったような表情が浮かぶと、それを見て苦笑していた准将は何処かへと目を向ける。
視線の先には、今も隊員たちに囲まれてやけに熱い歌詞の歌を歌っているバーラット隊長へと向けられていた。

「………あの時の坊主が随分と面白くなったもんだ」

「バーラット隊長とのお知り合い、ですか?」

懐かしさを含んだその言葉。
その言葉が聞こえた瞬間、反射的にそう尋ねていた。
ただ、そのいきなりの言葉が失礼だと直ぐに謝罪している私もいた。
しかし、気にしていない様子で准将は笑って答えてくれた。

「ああ、謝らなくていい……そうだな、長くても10分くらいの出会いだった……互いに言葉も、名前も交わしてないがな」

『今から16年くらい前だな、いや17年前だたか?』……そう言って、また懐かしげに笑みを浮かべている。
そんなに昔だとすれば、バーラット隊長の年齢はまだ16歳頃だろう。
過去に聞いた昔話が真実だとすれば、その頃にBETAとの実戦に出ていた筈だ。

「………興味あり気な顔をしてるな、中尉」

「……いえ、私の上官は見ての通りの人なので過去はあまり……」

「気にしない……か?」

「………」

見透かしたように、准将は笑う。
顔には出してないけど、見透かされているようにしか思えない。
次に口を開いた准将は、こう言ったのだから。



「アイツが何かを救おうとするその根源………知りたくは無いか?」



そう聞いてきた准将は、何も言えずに固まる私へ言う。
初めての実戦で戦友、所属していた基地を失い、自身の目の前で仲間がBETAに食い殺されたこと。
そしてその際、自分は怯え、泣き、許しを請うことしか出来ていなかったこと。

それが、恐らくだが深層心理の奥底に刻まれている……一種のPTSDだろうと、准将はそう言っていた。
だからこそ、バーラット隊長は自分を安く見る……他者を、何かを救うのに対して自分の身を危険に晒すのだと。

「異常なまでの生存能力が無かったらとっくに死んでるだろうさ……アイツの経歴、調べるとどの戦場も酷いもんだ」

「………」

目の前で仲間を喰われた……それが本当なら、確かに衝撃的だろう。
でも、そこまで……そうにまで一人の人間に作用する何かがあったと、そう私は何故か思っていた。
確証なんて何も無い、何かが。

そう、考えるだけでは分からないその【確証】。
それは、准将の口から零れ出るように、本当に無意識で零れ出たように……呟かれていた。



「そりゃ、“初恋”だろう相手が目の前で喰われれば狂いもする、か……」



『初恋』――――その言葉に、私は「ああ…」と納得していた。
何時読んだか忘れたが、国連の広報誌に女性衛士の初恋ランキングみたいなのが掲載されていた時、上位に【新任衛士の時の上官】とあった気がした。
私も、同じような境遇なのだから可能性はあるかも知れない。
准将も、あくまで可能性としてで口から零れ出たんだと思う。

でも、それでも……准将が知らないあの人の……隊長の一面を私は良く知っている。
誰かとどんなに親しくなっても、それは恋愛感情までへと行かないってことを。
そうで無きゃ、忌まわしき第三王女や過去数々の出会いを全て無視する訳が無い……隊長の年齢だって、もう結婚して子供が居ても良い頃合いだ。

過去に、『故郷に帰って農業でもしたい』と呟いてたが、それだって怪しい。
だって、あの人は本当なら、名誉除隊をしてもお釣りが出るほどの怪我を何度だってしてるのだから……!

「――――隊長は、何度も死ぬような戦場へと首を突っ込んできました……」

「………」

私は独白する。
准将は、それを静かに聞いていた。

「あの人は、戦場では頼ってくれるけど……死にに行くような時だけは誰も連れて行かないんです……全部、一人で片付けようとします」

「……それが、アイツなりの“守る”なんだろうさ………俺たち衛士は、戦術機っていう力を借りたって射程内の人間しか救えない」

だったら、連れて来なければ良い……そう言う准将。
その言葉は、過去に隊長も言っていた気がするし、それを実践もしている。
……だからこそ、あの人は傷つくのだ。

「だとしたら……私は、あの人の隣には………」

「立てばいいじゃないか」

立てない、立っちゃいけない……そう続けようとした途端に、准将は『立て』と言った。
そして、私の腕を指差し、口を開いた。

「お前の手は何のためにある?………アイツが死地に飛び込んでいくのなら、お前がそれを助けれるようになってしまえば良いんだろ?」

ニヤリ、と笑んでそう言う准将は何処までも真面目にそう言う。
准将は、それに続いて言った。



『お前だけで無理なら、34人の戦友と助けに行けばいい』と。



「……!」

「この部隊の隊員たちは、よっぽどの事が無い限りは付き合ってくれるだろうさ」

愉快そうに、本当に愉快そうに大きく笑い声を上げて私の隣から離れていく。
そんな准将の背中に、私は敬礼をして口を開いていた。

「ありがとうございます!!」

「………ああ、あの手の馬鹿はしっかりと着いていかないと追いてかれるぞ?」

「……はい、身を持って知ってますから!」


置いてかれる……それなら、一つの名案があった。
置いていかれるのなら、抱き締めて張り付いてしまえば良いのだから。


「………ああ、お嬢ちゃん。 アイツに伝えといてくれ!」

「何でしょうか?」

そんな事を思っていた私に苦笑していた准将が迎えのジープに乗り込んでから私へと声を掛ける。
それに、私も近寄ってからしっかりと聞こうとすると、何処か嬉しそうに准将は笑いながら言っていた。






「あの馬鹿野郎に、『嘗ての教えの二つを今までよく守り抜いた、これからも両方とも守り切れ』と、お節介な少佐だった男が言っていた……そう伝えといてくれ」





後書き
過去編後のエレナ視点練習、出てきた准将は過去の少佐殿。
今現在はアメリカのユーラシア奪還作戦に従事している海兵隊の指揮官の一人な設定。

あと作中BGMの『Freesia(フリージア)』の花言葉は複数あって「無邪気」「清香」「慈愛」「親愛の情」「期待」「純潔」「 あこがれ」「あどけなさ」など多彩。
花言葉の一部と歌の歌詞がエレナにどこかピッタリだったからこれ書いた、反省しない。



[20384] 【番外編前編】In the snow of time
Name: ブシドー◆fddcbbd2 ID:10f8d4d5
Date: 2011/04/03 08:27



クラウス・バーラットは変人である。






いや、むしろ人として何処かズレていると言っても過言では無いだろう。
定められたルールには逆らい、従うべき物事に反感を示し、気に食わない命令であれば無視し、自らの意思で行動する。
軍隊という組織を構成する部品の一つである軍人としては許されないことだ。

だが、そんな彼でも、命令に従うことはちゃんとある。
命令に筋が通ってたり、情報がしっかりと通達された上での判断だったり――――友軍の危機を知らせる物だったり。
そんな前条件が入るのならば、彼は迷わず死地であっても機体を駆って突き進んでいく。
そこが単純でもあり、個人のルールとでも言うべき、しっかりとした“個の考え”を持つ男でもある。




だが過去に、その単純な部分を大いに利用され、共に肩と轡を並べ、支えあった戦友や自身が生き残らせるために鍛え上げていた教え子の殆どを失ったこともあった。




だからこそ、彼は人を信頼しない。
ただそれは、信頼に値すると見定めれば自身が向けれる最大級の信頼を寄せるという意味でもある。
そんな彼が信頼する人間は、意外なことにそれなりに多い。



彼が背中を預ける相棒であり戦友、エレナ・マクタビッシュ。

『民の剣』という在り方を貫く戦姫、クリスティーナ・A(アレクサンドラ)・エリザベス

目的の為ならば手段を選ばない優しい魔女、香月夕呼。

互いに守りたい人を守り抜こうと誓い合った、鳴海孝之。

その手に彼女の手を捕まえさせたいとクラウスが心より思った若き戦士、白銀武。


それ以外にも多く存在する、信頼できるエース達。
西へ東へ、北はソ連から南はインドと正直に言ってかなり幅広いと言えるだろう。


人は、彼を指してこう呼ぶ。
「彼は間違いなく、エースである」と……。






――――エースには複数の形がある。







自身を遮る全てを薙ぎ払う『力』を求める者。





己が己であるために、自らに課したルールを貫き通す事こそが『プライド』である者。





戦場に立つ戦友の為に持てる全てを出し切り、多くの兵士達の導き手となる事が出来る『才能』を持つ者。







―――――だが彼は、そのどれでも無かった。





 ◇



【2006年1月1日 イギリス倫敦】



どの時代、どの国、どの職業においても『勝利』とは喜ぶべき出来事である。
基本的に人は何かに『勝つ』という行為に対し、快感を得る傾向があるのは先ず間違いない。

例として、登山家がとある山を踏破したとしよう。
その登山家は、誰が何と言おうと、山と自然の猛威に身一つで挑み、勝利した勝者だ。
有名な登山家が言った、「そこに山があるから」という言葉がある。
あれは、目の前にある山を制覇したという喜びを知っているからこその言葉だろう。

そして、勝利とくれば騒ぎたくなるのが人の性という存在だ。
少なくとも、これから行われるモノは、勝利の喜びを分かち合うという目的を達成するのに最も適している手段であった。


「ほぇ~……」

「こりゃまた、“エース”の見本市状態だなぁ……」


残念ながら、薄暗い雲空の下に広がる数多の戦術機を見つめながらクラウスはそう言葉を漏らす。
彼の副官であるエレナもまた、その光景に際しては感嘆を含ませた言葉しか漏らせないでいる。

彼と彼女は、英国は倫敦で開かれる西欧州諸国開放を祝うパーティーの警備部隊に参加している。
その他にも、パーティーの本来の目的として4年前に行われた桜花作戦で散った命への鎮魂の意を発するというのもある。
そんなパーティーと慰霊が行われる舞台へと、クラウスとエレナは進んでいた。
二人が乗る車の車窓からは、警備に参加する警備部隊の機体が勢揃っているのが目に映っていた。


「ドイツ、イタリア、スペイン、イギリス、フランス……欧州各国の部隊が勢揃いですね……」

「みたいだな………げっ、“黄金の魔女”……!?」

「“祝福の鐘”、“魔剣”に“守護の盾”に“ローランの歌”………過剰な警備すぎませんか?」


クラウスの苦々しさと懐かしさを含んだ呟きに続き、エレナも驚きを持って“異名”を続けて言う。
そう、今この場所―――イギリス倫敦―――に配備されている部隊のどれもが、欧州の地10年以上も名を馳せたエース部隊ばかりであった。
しかもエレナが良く知るような有名どころばかりだ。
ただ、クラウスの口から零れ出た言葉の色は、何処か嫌気すら篭っていたが。


「ほぇ~……凄いなぁ…」


エレナが憧れの視線向けながら、景色に流れては消えていくそれぞれのエース部隊機を見る。
どの部隊も、欧州撤退戦を経験し、部隊を存続し続け、生き残ってきた猛者ばかりだ。
“基地”のエースなんてレベルでは無く、“国家”のエースと呼ばれるような実力を持つ部隊が集合したと言えるであろう。
これで警備部隊なのだから、パーティーへと集まる人物たちの重要度も相応と言える。
そんなエレナを横目で見たクラウスは、苦笑しつつ、自分も景色へと目を向けて口を開いた。


「良くもまぁ、これだけの人員を集めたと言えるよ」

「ですよね……」


呆れたようなクラウスの声とエレナの肯定の声に、二人を運ぶハンヴィーの運転手が少し反応したのが見える。
どうやら、この場に居る他の部隊も同じ意見を持っているようだ。
それが分かったからこそ、愚痴のように続けて口を開いた。


「どいつもこいつも、俺以上の化け物ばかりだ……エレナならまだ良い勝負か?」

「……怪我の影響ですか?」
              サイノウ
「それもあるが、純粋な地力の差だ。本当の意味で天才な奴らだからな……言うなら、白銀が10年ほど戦場での経験を積んだようなもんさ」


一通り、配備部隊機を眺めたクラウスの言葉にエレナが頷く。
確かに、国家のエースと比べるとホルス大隊は―――ネームバリューでは負けてはいないが―――どうにも型落ちに思える。
実際に模擬戦を行ったとしても早々勝てる相手では無い……それこそ、相手はクラウスの知るA-01クラスの衛士のバーゲンセールだ。

クラウス自らが率いるホルス大隊は良くも悪くも、対BETA戦特化型のみが集結している。
まぁそれは戦術機の本懐と言っても過言では無いので問題は無い。
ただ、警備部隊という今の戦場と、その指揮官の才能ではクラウスは底辺に位置する。
クラウス自身、対人戦なんてドックファイト位しかやれない。
どう頑張って率いても中隊までが彼の器だ。
エレナの補助が無ければ、ホルス隊を大隊規模で運用できないのだ。


「はぁ………帰りたい……」

「が、頑張りましょう?何も無ければ管制ユニットで煙草吸ってるだけで終わりますから!」

「それで終わらないと思うがな……」


胃の辺りを押さえるクラウスに、珍しく煙草を許容したエレナが励ます。
この後、そんな面々と顔を合わせ、ホルス大隊長として挨拶やらを交わすことになっているクラウスが哀れに見えたのだろう。

実際問題、庶民であり楽天家かつ堅苦しいの大嫌いなのがクラウスだと、エレナは知っている。
その証拠に「規律?何それおいしいの?」と言わんばかりな態度だし、そんな性格じゃこの後の会議で疲れるだろう…と、配慮してエレナはそう言っていたのだ。
だが、その配慮にどこか遠い目をしつつ、クラウスは何かを言おうか言わまいかで悩んでいるようにも見れた。

そして、諦めたのか大きく息を吐き捨て、声を発しようと息を吸い込む。
本来ならばこの後、クラウスの口から言葉が告げられたのだろうが、その前に目的地である警備本部へと車は至っていた。
そのため、クラウスはエレナに言葉をかけるタイミングを失ってしまっていた。


「あ、着きました……諦めて行きましょう?遅刻はイケませんし!」

「あのな?黙ってたが、俺が帰りたいって言ってるのは今集まってる部隊長の全員と俺……」

「失礼します!」

「聞いてねぇ!?」


パーティー会場となっている敷地内の一角にある、警備本部と化した離れの扉を、エレナはクラウスの手を引きながら潜る。
その為か、中で思い思いに待機していた者達が視線を向け、一部はニヤリと小さく口元を歪めたり笑顔になったり。
クラウスもそれが見えたが故に、非常に面倒そうに顔を顰めていた。


「ようベイビー!また会えて嬉しいぜバーラット!!」

「クラウスちゃん久し振り~!」

「何年振りかだな……ま、今日は宜しく頼む」

「サー・バーラット、お久し振りです」

「えぇい!肩を抱くな!それと抱き着くな!!」


様々な機材が設置された一室の中、カップを片手に会話をしていた4人の衛士がクラウスを見て、それぞれ声を掛け、内の2人は絡んで来る。
クラウスは、それに揉まれながらもそれぞれに返事を返し、また旧友と出会ったように笑みを交わす。
4人の衛士強化装備に刻まれてあるエンブレムはここに来るまでに見たエース部隊の物と一致している。
だとすれば、この場に居る4人の衛士全員がそれぞれの隊の指揮官なのだろう。
それがクラウスにそれぞれが絡んでいるその姿は、エレナにも少々予想外な光景であった。


「あ、あの隊長……皆さんとお知り合い……ですか?」


エレナが遠慮がちにそう尋ねると、クラウスは蛸のように口をクラウスの頬へと伸ばしていた女性を大雑把に押しのけ、エレナに向き直る。
その容赦の無さにエレナの頬も引き攣るが、クラウスは全くと言って気にしてないような面持ちでエレナへ言葉を返していた。


「ん?ああ、昔のな……そうだ、紹介しよう。エレナ・マクタビッシュ、俺の女房役をやって貰ってる」

「にょ、にょにょにょ女房!?………あ、そういう意味ですか……」


クラウスのいきなりの言葉に一人ではしゃぎ、意味が理解できたのか即座に落ち込むエレナ。
何気にへたれ道を爆進中の彼女であるが、その事実を彼女は意外と分かってなかったりする。
だが、そんな落ち込む彼女を見る目は全員、変化していた。

驚きを持って見る者、見極めるように目を細める者、ガーン!という擬音を背後に浮かべる者、哀れみの視線を向ける者。
それぞれが別々の反応を見せる中で、哀れみの視線を向けていた男―――フェデリコがクラウスへと近づく。
そして、ポンッと片手をクラウスの肩に置き、口を開いた。


「バーラット、お前また被害者を……」

「……どういう意味だ?フェデリコ中佐殿?」


スペイン訛りが強い英語で話しつつ、クラウスに呆れた視線を向ける褐色肌の男にクラウスは睨み返す。
それも嫌みったらしく“中佐”の階級も主張しながらの言葉だ。

そしてその目は、存分に『喧嘩売ってんのか?』と物語っている。
いや、むしろもう買う気で居るような目つきと視線の飛ばし方だ。
その視線を受けたフェデリコは、視線を鼻で笑うように飛ばし、言葉を続けた。


「まんまの意味だ馬鹿野郎。お得意の変態プレイを可愛らしい彼女に付き合わせてんだろ!?」

「変っ…!?」


白状しろやコラ、とニヤつきながら尋ねるフェデリコ。
ここで誤解が無いように補足しておくが、フェデリコの言う『変態プレイ』とは性的な意味では無く、クラウスの戦術機機動を示す物だ。
決して、性的な意味では無い。
繰り返す。決して、性癖な意味では無いのだ。


「それはXM3が広まった今じゃ普通だろうが……」

「それ以前に付き合わされた身にもなれって俺は言ってんだよ」


睨み合いに発展する中、エレナがオロオロとしながら両者の顔を左右に首を振って窺う。
これがクラウスのみであれば、長年の付き合い故に軽く抑えも効くのだが、フェデリコの階級は中佐、エレナより三つも上だ。
だからこそ、どうにも口を挟めなかったが……挨拶をしてきた四人の内、唯一の女性が口を開いた。


「酷い……クラウスちゃん、昔は(深夜にまで連携訓練を)嫌がる私を一晩中ずっと付き合わせたのに!」

「お前は何を言っているんだ」


イタリア軍衛士装備に包まれた自分の体を抱きしめ、とんでもない事を言って顔を伏せる女性……アレッシアにクラウスが呆れた声を漏らす。
彼女の長い銀髪を毛先で纏めた髪留めの鈴がチリンチリンと鳴り響いているが、それは悲しみの嗚咽で揺れているのだろう。
良く聞けば、啜り泣く声も聞こえてきていた。
……もっと良く聞けば、小さく笑いが漏れているのも聞こえるが。


「………隊長?」


まぁ、そんなのが何気に動揺しているエレナに聞き取れる訳も無く、錆びた人形のような動きでクラウスへと視線を向ける。
エレナとて、クラウスにも“そういった”話があるのはまぁ……知っている。
男なのだし、仕方が無いとも言えるだろう。

だがしかし、それは全部が過去の出来事と化しているのが問題なのだ。
近年じゃ『枯れてる』とか『負傷の影響で不能』とか『女なんか片っ端から取って食ってたから飽きた』とか『うほっ、いい男(!?)』などetcetc。
信憑性がありそうなのから明らかに嘘だと分かる噂を多く持つのがクラウスだ。
エレナにとって、過去はOKでも今じゃ駄目ってのは納得いかない問題であった。

女として、何より女としてだ。
だがクラウスは、エレナが怒っていると勘違いしているのか、変な汗を掻きながら言い訳を始めていた。


「待て、信じるなエレナ。コイツは非常に面白おかしい性格をしててだな…!」

「グスン、もうお嫁に行けないよぅ」

「黙ってろ!大体テメェは子持ちだろうが!」

「子持ち女性との禁断の関係……クラウスちゃんおっとなぁ~♪」

「だぁぁぁ!!何だよコイツはもう!」

「よし、殺そう……!」


瞳のハイライトが消え、フラフラとしながらクラウスににじり寄るエレナ。
クラウスはクラウスで、見苦しいくらいに必死にあれこれと弁明を彼女にしているが即座に狭い部屋内を逃げ出そうとし、エレナからヘッドロックを受ける。
それを見ていたフランス軍衛士装備とイギリス軍衛士装備をそれぞれ纏っていた男はその光景を見たままに、口を開いた。


「……嫁さんに浮気を誤魔化すような感じだな」

「サー・バーラット、言い訳は見苦しいかと」

「言い訳じゃねーよ!!大体なぁ、アレッシアを見ろ!『てへぺろ』してんじゃねーか!?」

「でも本当に私と一晩過ごしたことが……」

「聞こえない!俺には何も聞こえない!!」


震える手でアレッシアを指差し、吼えるクラウス。
その先には、クスクスと笑いながらクラウスとエレナのやり取りを見守っていたアレッシアの姿があった。
それを見ていたエレナは、小さく息を吐き、まるで子供に説教するような声で、クラウスへと愚痴を言っていた。



クラウスからしたら理不尽にも感じるだろうが……まぁ、『乙女心は複雑なのだ』とだけ言っておこう。






「……どうやら、今回は隊長の言う通りみたいですけど、そんな風に見られる行為を何回もする隊長が悪いんですからね?」

「ごめんなさい………」

「それと……少佐殿、旧交があるとは言え、あまりからかわれるのは如何なものかと……」

「あははっ、クラウスちゃんの副官さんはしっかりさんだねー?」

「お前が原因だろうが……ああ、そうだ。息子さんは元気か?前にいきなり手紙が送られて驚いたぞ?」

「うん!今11歳になったんだよ!パパに似てかっこよく育ってきてるよ~?」

「……ん?11歳?あの戦場の後に今の旦那になってる恋人でも出来たのか……?」

「え?私、結婚してないよ?」



「「「「「………え?」」」」」




 ◇




「―――それで隊長、皆さんとはお知り合いのようですが……どういったご関係ですか?」





湯気を立てるマグカップの中身を暫らく眺めていたエレナがクラウスにそう問い掛ける。
クラウスはクラウスで、“何らかが原因で出来た”額の擦り傷に、アレッシアが絆創膏を張ってたりするのから解放されたのか、エレナの近くの椅子へと腰を下ろす。
そして、ちょっとだけ恨みがましくエレナを見ながら、口を開いた。


「関係ってもなぁ……全員、93年のEU圏完全撤退時に最終ラインの北欧戦線で同じ部隊で戦ってたんだ」

「同じ部隊、ですか?でも皆さんの所属は……」


エレナが横目でチラッとだけ4人を見る。
イタリア、イギリス、フランス、スペイン……それぞれが別の国軍に所属しているのは分かっていることだ。
だとすれば、何処かの軍がこの面々を纏めたという事になるだろう……そう、適当に当たりを付ける。
そして、その考えを肯定するかのような言葉が、クラウスの口から聞かされた。


「――――あの頃はどの軍に所属してるか、なんかは無意味なもんさ……秩序を失った隊から死んでいったからな」


クラウスがそう、吐き捨てるように告げる。
1993年……エレナが訓練兵時代、座学で学んだ中に『EU総撤退戦』という戦いがあった場所だな……と一人思う。
その頃のクラウスは確か地中海を中心として活動し、部隊支援・側面からの遊撃に特化していたという地中海戦隊に参加していた頃だ。

それが何で北欧に……その疑問の声を、エレナは口に出さない。
『EU撤退戦』の名の通り、あれは敗走だったのだ。
その当時の軍の状況は予想すら出来ない……恐らく、混乱に混乱を重ねたような状況だったんだろう。
それは、二人の会話を聞いていたフェデリコが肯定することで、確信に変わった。


「あん時はお偉いさんも混乱の極みでな、情報が混ざりまくってたから現場指揮官が各国軍を纏めて連合軍と化してたんだ。……あ、俺はスペイン海軍のフェデリコ・サントレスだ」

「僕はイギリス王家近衛、アスカロン大隊を預かるアーサー・ブラッドレーです」

「フランス、ローラン大隊デュランダル中隊のセドリック・アルベール」

「イタリアのカンパネラ中隊のアレッシア・ベルモンドさんですよー!ちなみにクラウスちゃんの……いやん☆」

「は、はい!私は国連海軍ホルス戦術機甲大隊所属のエレナ・マクタビッシュであります!皆様の武勇、聞き及んでおります!!」


フェデリコに続き、何処か中性的な容姿を持つ白髪の青年、感情の読めない目をした金髪の青年、やけに子供っぽい女性がそれぞれ名前と部隊名を告げる。
それにエレナは、硬くなった自分の声を自覚しつつハッキリと答える。
さっきまではクラウスと普段通りのやり取りをしてたが、冷静に考えれば目の前に立つ4人の前でソレを行っていたのだ。
その事を考えると、やはり縮こまりたくなった。

そんな事を思っていると、助け舟を出すようにクラウスが呆れた溜息を漏らす。
そして、ニコニコと笑んでいるアレッシアへと照準を定めたのか、1拍置き、口を開いた。


「いやん☆じゃねーよ三十路、年考えろ」

「まだ私20代だよ!?」

「ギリギリ、でな」


コーヒーモドキを啜りながらそう言うクラウスにアレッシアが何やら文句を言う。
その所為か、また騒がしくなり、エレナの雰囲気も変わるが周りに抑えられて何とか落ち着く。
アレッシアとクラウスの会話という口喧嘩も、アレッシアの見た目の若さと雰囲気故に、微笑ましさが先出ていた。

まぁ二人とも子供っぽいからだろう……そうエレナは結論付けた。
それを知ってか知らずか、引っ付いてくるアレッシアを迷惑そうに相手していたクラウスは仕切り直すようにまた咳をする。
今までの空気はここで終わりだ……そう言いたげな咳だった。


「ま、昔話も良いけどよ……“あの人”はまだ来ないのか?」


クラウスがそう口にする。
クラウスの言う“あの人”には、エレナを除く全員が心当たりがあるのかそれぞれ顔色が変化する。
あまり好意的な表情をしない者も居れば、懐かしそうに目を細める者も居る。
その反応からして、エレナは予想に基づいた答えを口から出した。


「あの、それって西ドイツ陸軍のゴルド隊の方ですか……?」

「そういや、エレナは本部に来る途中でゴルド隊機を見てたな……ああ、そうだよ」

「欧州撤退で大混乱の戦場で、俺たちみてーな“アクの強い”連中を現場で纏めてたのがあの人さ……っと、噂をすれば、だぜ?」


全員が佇まいを正し、立ち上がる。
クラウスまでも普段は見せないような顔で背筋を伸ばしているのに、エレナは驚くしかない。

そして、同時に思う。
クラウスやフェデリコという歴戦の戦士にそうまでさせるのが、“黄金の魔女”と恐れられる存在であるのを。
そうエレナが思った瞬間、扉が開かれていた。




「おやおや、随分と懐かしい小僧に小娘が勢ぞろいと来たな」




低いが良く響き渡る、覇気すら感じる冷たい女性の声。
黒い、嘗ての武装親衛隊の制服を連想させるような西ドイツ軍服に、肩掛けのコートが風も無いのに大きく揺れる。
その軍服の黒に映えるように輝く金色の髪が、更に毅然とした態度を増加させていた。


「敬礼!」


フェデリコが代表してそう合図をし、全員が一糸乱れずに敬礼をする。
タイミングが合い過ぎているためか、エレナは少しだけ遅れたが女性は気にした様子も無く敬礼を眺める。
そして彼女が敬礼を返し手に、サッと促すように手を振り、敬礼を降ろすと全員が合わせて敬礼を下げる。
それを見た彼女は、満足そうに口を開いた。


「うむ、総員揃っているな?クラウス、椅子を用意しろ」

「イエス、マム」


クラウスにそう命じ、コートをアレッシアに渡した女性はゆっくりと腰を下ろす。
佐官クラスの人間を顎で使うような振る舞いをする彼女だが、エレナにはその姿が自然に見えていた。
そうだ、この雰囲気をエレナは知っている。

“横浜の魔女”と呼ばれる、あの女性。
世界各国の外交のプロフェッショナルを真正面から叩き潰し、己に有利な条件を引き出す、引き出させる魔女。
それと同じような、若しくはそれ以上とも言えるオーラとでも言うべきものを纏っているのを、目の前の女性からも感じれたのだ。
そして、エレナの直感に近い予測は正解していた。





彼女の名前はブリュンヒルデ・フォン・ローゼンバーグ准将。
今、各国が誇るエースを数多く育て上げた魔女が、数多くの荒くれ者をその下に従わせた女傑が、欧州の大陸で最後まで戦いを続けた英雄の一人が……今、ここに居た。





「さて……この顔ぶれが揃うのも彼是12年ぶりとなるか?……あの時は、最年長でも20ほどの若造ばかりだったのにな……」


椅子へと腰を降ろし、スラッと伸びた足を組み、同時に腕を組んだ彼女は全員の顔を見回して顔に小さな笑みを浮かべる。
ニヤッと、笑ってはいるが、何処か寒さを感じさせる笑みに全員が背筋を伸ばしたまま、言葉を待つように耳を傾ける。
それを見たブリュンヒルデは、何処か面白くなさそうに口を開いた。


「どうした?フェデリコ、クラウス。昔は良く突っかかってきたというに……ホレ、旧交を温める序でにかかって来ないのか?」


今なら、抱擁ついでに絞め落としてやる―――そう、ニヤニヤと笑いながら、ブリュンヒルデは二人に言う。
その瞳は何処か爬虫類……特に蛇を連想させる。
それもとんでもなくデカイ大蛇だ。
それに加えて、彼女の口から出た“抱擁”という言葉も、『絞め落とす宣言』が加わって危険すぎる響きを持っていた。
……そっちのケがある人間なら、むしろご褒美です!という野暮なツッコミは置いといて。

クラウスとフェデリコはお互いに顔を見合わせ、溜め息を一つ。
無言でジャンケンをし、クラウスが小さくガッツポーズ、フェデリコが諦めたような溜め息をまた一つ。
どうやら、発言の順番を決めていたようである。


「――――俺だって命は惜しい」

「不死身不死身と言われてるますがね、昔に貴女へ歯向かって生き残った自分が本当に不死身に思う」

「……失礼だな貴様ら。いや、むしろそんな事を言えるだけ成長したのを“母”として喜べば良いのか?」


二人の容赦ない言葉に、頬を少しだけヒクつかせるブリュンヒルデ。
エレナも内心、「さっきまで敬語がだったのに…」とか思ってはいるが口にはしない。
多分、無礼講と言う奴なんだろう……そう思い、部屋の隅で目立たないようにしておく。

エレナを除いた全員が佐官クラスの会話に混じるのもアレだし、“旧交”と言ったように、久々であろう会話に口を挟むのも無粋だ。
自分は空気が読める良い子なのだ!………いや、彼女の上官が空気を全く読まないから読む必要性があるだけなのだが。
これが現代社会ならばストレスでハゲるレベルだろう。
エレナ自身はこの行為を一種の保護欲的な物に変換して悦に入ってたりするので、まぁストレスとはほぼ無縁だった。

そんな彼女はさておいて、だ。
ブリュンヒルデの言葉を受けた面々は、それぞれ顔を見合わせ、そしてまた好き勝手に話し始めていた。


「母と言うか、どっちかと言えば“魔女の使い魔”でしたよね?」

「むしろ魔女が掻き混ぜる大釜の中身の原材料では?」

「もうお説教はこりごりだよぉ……」


上からアーサー、セドリック、アレッシアの順に口を開く。
いかにもな英国紳士といった雰囲気を纏うアーサーからそんな言葉が出ることにエレナは驚くが、それを聞いたクラウスとフェデリコが笑うのを見て思う。

『ああ、この二人に影響されたんだろうな……』と。

しかも、それを圧倒的なまでの威圧感を放つブリュンヒルデの前で行えるだけ、エレナには驚きだ。
そしてその意見はブリュンヒルデも同じなのか、何やら呆れたようにクラウスらを見ていた。


「……アレッシアを除いて、貴様らは随分と小生意気に成長したものだな……?」

「鍛えられましたからね、他ならぬ貴女に」

「私は?私はー?」


アーサーが笑みを浮かべそう言うと、ブリュンヒルデはつまらなそうに短く鼻を鳴らす。
そこにアレッシアがまったく空気を読まない発言をして場をかき回すのだから始末に終えなかった。
ほぼ同時に、ブリュンヒルデとクラウスが口を開いた。


「貴様は進歩が無さ過ぎだ」

「お前は本当に進歩してないよな」

「酷いよ!?クラウスちゃんのエッチ!スケベ!無責任ー!!」

「何で俺だけ罵るんだよ!?つーか最後の何だ!?」


これで何度目になるか分からない騒ぎが発生し、フェデリコやアーサー、セドリックがそれぞれ笑みを浮かべる。
エレナは置いてけぼり気味だが、ハッとしたかのように二人の取っ組み合いの仲裁に掛かっていく。
そんな、平和すぎる光景を見たブリュンヒルデは何処か呆れたように……小さく、優しげな笑みを一瞬だけ浮かべた。


「まったく………ん?」


ふと、ブリュンヒルデは古いガラスで仕切られた窓から外を眺める。
その瞳の先には、灰色の空からゆっくりと降りてくる雪があった。

クラウスらも、ブリュンヒルデが向ける視線の先にある物に気づいたのか、灰色の空を見上げる。
エレナが小さく「雪だ…」と呟くのがやけに響き渡り、そして急に静かになる。
そして、一分ほど経過しただろうか……?




クラウスは、思い出すようにゆっくりと、口を開いた。









「そういえばあの時も、こんな雪の降る寒い日だったな……」








後編に続く


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