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[16089] Muv-Luv Alternative モテない男の声を聞け!!【オリ主・現実憑依】
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/08/21 00:36
 Muv-Luv Alternative モテない男の声を聞け!!【オリ主・現実憑依】




 何だかネタがパッと浮かんだので書いてしまいました。

 タイトルどおりの話です。

 オリ主物ですので今回は1人称に挑戦してみましたが正直難しいです。

 というよりノリで書いてたらヒドイ文章になってしまいました。

 突発的に浮かんだネタなので時系列とか若干ずれてたり、色々穴だらけで突っ込みどころのある作品ですが、読んでいただけたらとありがたいです。





5/18 超不定期予定ですが新章投稿してみたりします。



[16089] 第1話 Muv-Luv Alternative モテない男の愚痴を聞け!!
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/02/02 21:46
プロローグ





 ――ここはマブラヴ・オルタネイティヴとはまたほんのわずかに違った可能性を秘めた平行世界。

 人類とBETAとの永きに渡る戦いの歴史……についてはこれといった差異は無く、1973年の中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下して以来、BETA大戦は苛烈を極めていた。

 度重なる敗戦。

 蹂躙される国土。

 男達は真っ先に戦場へと向かい大地に沈み、海に果て、空に散っていった。

 女性までもが徴兵対象とされ戦場に駆り出される頃には世界の人口は十数億人にまで減少しており、特に男性の数の減少はより顕著であった。

 人類滅亡を回避するため当然と言えば当然に世界的に認められた制度が『一夫多妻制度』。

 ……だがこの制度には大きな落とし穴があった。

 いや誰もが気付いてはいたのだが敢えて見てみないフリをしていたのだ。

 そしてそんなマブラヴの平行世界にやってきてしまった現実憑依主人公は『一夫多妻制度』などがこの世界にあるとはつゆ知らずに暴走しつづける。

 現実世界では何の特徴も無いモテないこの男の暴走がまさかBETA大戦にかつて無いほどの影響を与える事になろうとは……この世界の人類は知る由も無かった。

 これはそんなモテない男のモテない男によるモテない男のための『あいもゆうきもなにもないものがたり』である。











第1話 Muv-Luv Alternative モテない男の愚痴を聞け!!





 オレがマブラヴの世界に来てから1ヶ月の時が経った。

 初めてこの世界にやって来た時の過程は正直言うと覚えていない。

 きっと例によって例のごとくトラックに轢かれたか何かテンプレ乙的な事があってこの世界に来たのだと思う。

 まぁ残念ながらその後、神様とか出てきてチート能力あげるよとかそんなアフターサービスは一切なかったんだけどね。

 はぁ……、というかむしろ神様の悪意すら感じるよ本当。

 それまで普通に生活し、普通に勉強やらスポーツに励み、そこそこの大学を卒業して社会人になったオレはまぁ『年齢=彼女いない暦=童貞』の所謂ごくごく普通の日本人であったと思う。

 …………普通といったら普通である。

 断固としてッ! いや絶対ッ!!

 オレを育ててくれた両親もいたって平凡。

 金持ちでもなければ貧乏でもない、ちゃんと国に税金を納めてる善良な日本国民であった。

 まぁその普通を維持するのにもとんでもない苦労が必要だという事は、社会人になって嫌と言うほど理解したが。

 少々真面目すぎて頑固な所があったオレの親父に口うるさいお袋。

 2人とも苦労してオレを育ててくれたんだな。

 それを考えるとオレとしては何としてでも元の世界に帰りたい。

 突然息子がいなくなってしまったであろう現実を突きつけられた両親の事を考えると、正直申し訳ない気持ちで一杯になる。

 どうやったら元の世界に帰れるのだろうか?

 原作のマブラヴの主人公、白銀武が元の世界に戻るには鑑純夏を00ユニットとして蘇らせ『あ号標的』を撃破した事により因果の流れから開放されたわけだ。

 じゃあ自分の場合は?

 武と同じように『あ号標的』を破壊すれば元の世界に帰れるのだろうか?

 確証はないが可能性としてはあると思う。

 だが簡単に『あ号標的』撃破できるわけがないし、そもそもオレには戦う事なんてできない。

 というかオレには『あ号標的』を破壊できない。

 こちとら平和な世界の日本人。

 人様に刃物を向けた事もないどころか殴り合いの喧嘩も小学校以来した事もない。

 白銀武のようにバルジャーノンに嵌まってたみたいに対戦型のゲームもあんまり得意じゃなかったし……。

 よく学校帰りに行ったゲーセンで友人からカモにされてたっけ。

 ほぼ毎回1プレイするごとに消えていく100円玉が高校生の頃のオレには痛かったんだよなあ。

 その時はアルバイトもしてなかったし。

 しかも今となってはかれこれ10年近くゲーセンに行ってない。

 RPGとかなら良くやったんだけどやっぱり対戦ゲームは苦手だ。

 付け加えて言うと軍記物などの歴史資料とかも読みあさった経歴もないんで戦略とかの知識もなければ、ガンダムなどのロボットアニメも新たな戦術機の概念を生み出せるほど見てたわけでもない……。

 くそう。こんな事ならもっとロボットアニメを見ておくんだった。

 歴史は無理! 勉強したけど苦手科目だったから理系の大学選んだくらいだし。

 テスト勉強の大半を歴史に注いで平均点に全然満たない成績を取った時、オレは歴史を捨て科目にしたのだ。

 まぁこれも今では良い思い出だが、ここにきて現実の世界で今まで培ってきたオレの経歴はマブラヴの世界では全く役に立ちそうもない事に気付く。

 なんてこったッ!! ちくしょう!

 ……いっそ自殺してみるか?

 そうすれば夢オチでしたなんて事もありうるかもしれない。

 いや、でも無理だよな。普通に考えて。

 そもそも自殺なんてしたくないし、仮にやってみたとしても本当にあの世に行ってお終わりの可能性がある。

 はぁ……本当どうしようこの状況。

 戦略知識はないわ、新しい戦術機を生み出す事もできないわ。

 運動もね? 別に苦手じゃなかったけど軍隊レベルの訓練なんて受けた事もないし……。

 たぶん衛士としての才能もないと思う。

 遊園地の絶叫系は平気な方だったが対戦ゲームが先も述べたとおり苦手だったからなぁ……正直微妙だ。

 あとは他のアドバンテージと言ったらやっぱり原作の知識くらいか……。

 とは言ってマブラヴの細かい設定含め全部の内容覚えてるわけじゃないしなぁ。

 そもそも人間1人の力には限度がある。

 原作の知識を完璧に覚えていたとしても、いきなり現れた身元不明な現実来訪者であるオレにそんな大それた事ができるとは思えない。

 とは言え考えるだけなら無駄ではないか。

 はたしてどんな作戦がベストだろう?

 オレは原作の知識を覚えている限り振り絞ってみる。

 出来る出来ないではなく、とにかく最も効率的なBETAの駆逐方法はないものか?

 たしかBETAって箒型の指揮系統だったはず……。

 つまりは『あ号標的』を倒せば人類に戦況がとても有利になるという事だ。

 だったら初っ端からオリジナルハイヴに向けてALM(対レーザー弾頭弾)を打ち込んで、後はG弾、G弾、G弾……。

 統率者のいなくなったその後は、オルタネイティヴ4をじっくり進めるなり、オルタネイティヴ5で一気に蹴散らすなり好きな方法を取ればいい。

 これで何とかなりそうかな?

 ……アレ? いけるか?

 いやいや……理屈では行けるかもしれないが中国を初めとした諸外国がそれを許さないか。

 マブラヴの世界で最も厄介なのがそういった人間同士の確執だったと記憶している。

 それに本当にBETAが箒型の指揮系統だって事を上の人間に証明しなくちゃいけないし、一般人のオレの言う事なんて信用されないだろう。

 だが……うん! オルタネイティヴ5が発動した時の保険としてこの情報は香月夕呼あたりに流しておこう。

 彼女ほどの地位にある人間の言う事なら他のお偉い方も信じると思うし。

 一番の問題はオルタネイティヴ4の最高責任者である彼女が絶対に首を縦に振らない事だな。

 ……やっぱ無理か?

 ゲームの世界で現実は厳しいというのもどうかと思うが、やっぱり現実は厳しいようだ。

 だがまぁそんな事を今のオレが考える必要なんて全くないんだけどね。

 ちょっとねぇ、実は今すんごいトラブルに巻き込まれてるのよオレ。

 だから今の作戦も例え実現可能でも全くもって無駄以外の何物でもない。

 まぁその件については後で説明するからもうちょっとオレの愚痴に付き合ってくれ。

 ……え~とだ。

 後は他にオレに残されたアドバンテージはないか?

 大学での専門知識……これも微妙だ。

 オレの卒業した大学の学科は機械工学科だったわけだが就職先はそれとは全く関係ない業界の営業職に就いたから、卒業と同時に大学で習った知識は忘却の彼方へと捨てたので全く覚えていない。

 忘れるのは得意なんだよねオレ……。

 え? 何で大学の学科と関係ない業界に入ったのかって?

 うるさいな。不景気だったんだよ。

 職業を選んでる余裕がなかったんだよ。

 書類だけなら一体どれだけの会社に送ったのかすら覚えていない。

 最初はね? 大卒としてのまぁプライドみたいなもん持ってたんだけどさ、片っ端から面接どころか書類選考まで落とされてそんなものボロボロにされたわけだ。

 それでもう何処でも良い。

 とりあえず正社員にさえなれればと言う感じで何とか入ったのが今の会社だ。

 まぁそんな理由で入った会社だから職場環境は推して知るべし。

 それでも今はとにかく正社員と言う履歴を残して後数年……景気が回復して転職しやすくなったら即効やめて別の会社へ行ってやる!

 履歴書に正社員と書けるだけで全然違うからね。

 今に見てろよと! いつもの様に心の中で愚痴りながら疲れた足取りでフラフラと夜道を帰宅してたらトラックに跳ね飛ばされた……んだと思う。

 何か泣けてきたな。

 おまけに死後の世界はマブラヴでしたと。

 ハァ……週1の休暇で唯一現実を忘れられるひと時がパソコンゲームだったんだけど、まさかその世界に行く羽目になるとは……。

 いやまぁこの作品は無茶苦茶嵌ったけどね?

 素直に面白かった。

 ネットとかで話題になった理由が良くわかったよ。

 冥夜が散った所なんて泣けたし。

 オレが何かを見て泣いたのはこれが初めてだったりするんだからマブラヴはすごい作品なんじゃないかと思う。

 というより最近涙もろくなってきたのかな?

 昔は泣けるという噂のドラマを見てもなんか台詞が嘘くさくって、どうしても感情移入できなくてさ。

「こんな台詞言う人間現実にいね~よ」みたいな冷めた感情があったというか……。

 そんなどこか冷めた所のあるオレが初めて泣けた話がマブラヴだったりするわけだこれが。

 あぁ今更いうのも何かもしれないが、オレの転生した世界は、マブラヴの世界の中で一番現実から来訪してはいけない『オルタ』の世界だ。

 ハァ……よりによって何でオルタなんだよ。

 エクストラ、もしくはオルタードフェイブルの世界ならまだ両親の事を思ってもここまで帰りたいなんて思わなかっただろう。

 何だかんだで平和でギャグな世界を堪能していたと思うし。

 あっ! もしかしたらオルタじゃなくアンリミテッドの方かもしれない!

 ……どっちにしても駄目じゃん。

 何かへこんだ。

 ちくしょうハズレだハズレ! 大ハズレだッ!

 マブラヴ・オルタネイティヴ……『Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race』だっけか? 人類に敵対的な地球外起源種であるBETAと人類の存亡をかけた『あいとゆうきのおとぎばなし』。

 いやね? そりゃあゲームとしてプレイする分には良いですよ?

 でも現実来訪は本当に勘弁してほしい。

 もちろんオレだってA-01とか大好きだったし冥夜とか純夏とか助かって欲しかったなあって気持ちはありましたよ?

 でもね? 実際来訪してみて自分で動いて彼女達を救いたいとかどうなのかとか聞かれたら答えは『No』です。

 ぶっちゃけそこまで優しい人間じゃないわけだオレは。

 だって自分の命の方が大事だもん。

 でも否が応でもオレは彼女達と関わっていくんだろうな。

 何故ならオレはマブラヴの『ある重要なキャラ』に憑依してしまったのだから。

 間違いなく原作のキャラクター達と会う機会があるだろう。

 本当に嫌になる。

 いや彼女達と会って交流を持って、それなりに感情移入していければオレだって命がけで彼女達を救いたいと思うようになるだろうさ……多分。

 だがそれは絶対にないと断言できる。

 それはオレが憑依してしまったキャラクターの立場上、彼女達と出会うのはまだ先の話で、原作でも武達と会うことができたのはほんの少ししかなかったと記憶しているからだ。

 そんなわけでこれから横浜基地に行って207B分隊と交友を持って、辛くもあり楽しい訓練を共有することもできないわけだ。

 ……はぁ本当にまいった。

 まだ207B分隊と一緒に訓練できればもしかしたら原作キャラの誰かと恋仲になれてハッピーってな感じになれたかも知れないのに。

 あれ? でも今って2001年10月22日なのかな? ちょっと日付を確認する術がないのでわからん。

 マブラヴの世界って言えば2001年10月22日だから何となくそう思い込んでたが、原作より過去かもしれないし、未来かもしれない。

 そもそも白銀武はこの世界にやってくるのかな? オレと言う人間がすでに憑依と言う形で現実来訪してしまっている以上、この世界は原作のマブラヴの世界ではない事は確かなはず。

 ん~まぁ良いや。その内わかる時が来るだろう。

 問題はオレがこれからどうするかだよな。こっちの方が重要だ。

 まったくもってどうしたものか?

 ……オレはこの世界に来た日の事を思い出す。

 気がついたら知らない天井。

 外に出たら壊れた撃震と植生が失われた大地によりここがマブラヴの世界と予測。

 自分の顔がマブラヴの主人公こと白銀武であった……!

 なんて感じでは全くなかったわけで……。

 よりによってコイツに憑依してしまうとは全く持って運が無い。

 はぁ……不幸だ……。

 どこぞの恋愛原子核をもったとある主人公と同じ台詞を言おうとするものの声を発する事ができない。

 今のオレはちょっとしゃべる事自体ができないんでね。

 健康だった5体満足だった頃の自分の体が懐かしい。

 そう、あいにくとオレがこの世界にきた時は自分の体は5体満足ではなかったのである。

 オレが目覚めた時、そこはBETAの巣窟ことハイヴの中だった。

 薄暗くも幻想的な蒼い燐光に加えハイヴ内で創造主である珪素生命体から受けた命令を忠実に守り、資源を発掘し母星へと送るという作業を行い続けているBETAの姿。

 全くあの時はびびったね。

 もちろん『びびった』なんてそんな軽い言葉では表現が生温いのは分かっているが、こうでも言わないととてもじゃないがやってられない。

 だってあんな化物が起きたら目の前にいるわけよ?

 武はエクストラでいきなり冥夜が隣りで寝ててびびッてたけどその比じゃないってマジで。

 人類に敵対的な地球外起源種が起きたら目の前にいただなんて下手したらショック死してもおかしくない。

 いやまぁ正確に言えば目の前にいたって表現は不適切なんだけどさ。

 さっき説明したようにオレは話す事ができないし、『目』なんてないんだもの。

 もっと言うなら視覚以外に、聴覚、嗅覚、味覚に触覚。

 所謂人間にとっての五感と言う物が全て欠如しているのだ。

 もちろん両手両足という人間が生活する上で必要なものもありません。

 完全に身動き取れない状態でそれでも外の様子が理解できるは自分でも不思議な感覚だがとりあえずはもう馴れた。

 これがさっき言ったオレが巻き込まれたトラブルって訳だ

 もうだいたいオレがマブラヴのどのキャラに憑依したか想像つくよな?

 気がついたらハイヴの中。

 そして五感の全てが失われたこの状況。

 そうオレはマブラヴにおいて最も重要なキャラクター、『あ号標的』に憑依していたのだった。

 ……本当……どうしよう?



[16089] 第2話 Muv-Luv Alternative モテない男の嘆きを聞け!!
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/10/20 23:40
第2話 Muv-Luv Alternative モテない男の嘆きを聞け!!





 毎日毎日、BETAに穴を掘らせることだけがオレの仕事だ。

 穴を掘れば、それだけハイヴが広がる。オレは喜んで、BETAに反応炉のステーキを食わせてやる。

 ステーキのために掘らせるのかって?……それも違うよ。

 あっ、すいませんちょっと現実逃避してました。

 この世界で全人類における今1番ぶっ殺したい奴ランキングでダントツ1位に輝いてる『あ号標的』です。

 正確に言えば『あ号標的』に憑依してしまった人間です。以後お見知りおきください。

 チ○コの形してますがどうか嫌わないでください。

 いやホントに……。

 つーか全く持って身動きできないこの状況ははっきり言ってつまらない。

 オマケに毎日毎日BETAと顔合わせなんかしたくないって話だよ。

 全くもって最悪だ。

 あ~~そう言えば自己紹介というか自分の名前を紹介してなかったかな。

 『常に目標を定めて、これを為せ』と言う願いを込められて付けられたオレの名前は標為(ひょうい)、苗字は吾郷(あごう)でフルネームは吾郷 標為(あごう ひょうい)だ。

 ……ちくしょう名前だ! 絶対名前が悪かったんだ!

 せめて白銀 標為だったらいやそれは贅沢か……もういっそTSでも構いません!!

 御剣 標為でも社 標為でも神宮司 標為でも何でも良いからせめて人間に生まれたかった!

 そうすりゃ心は男、体は女として一生同性愛者もしくは独身を貫いて生きていきます!!

 えッ? 女として白銀武のチ○コを受け入れないのかって?

 ヤダよ。気持ち悪い。マジで死ぬ。

 いやむしろ殺す。

 オレは女性が好きな健全な男子ですから!

『……存在から上位存在に情報№875347891を転送。……存在に危険をもたらす重大災害への対処方法を要求』

 ちょっと自分の世界に入ってたオレを現実に引き戻したのはBETAの中で最も優秀な重光線級ことマグヌス・ルクスだ。

 でっかい体に1つだけ設けられたレーザー照射器官。

 こいつらは資源打ち出しや岩盤溶解作業をせっせと効率良く行ってくれるため非常に使い勝手が良い。

 そのかわり他の存在より反応炉のエネルギーを与えなくてはいけない高給取りなんだけどね。

 って違う違う!! 人類にとって最もやっかいな敵の間違いだ。

 ……いかんな思考パターンが『あ号標的』と同じになってきている気がしないでもない。

 フム、どれどれ?

 オレはマグヌス・ルクスから受け取った情報に目を通す。

 オレのいる場所はオリジナルハイヴだがマグヌス・ルクスが情報を送って来た場所はボパールハイヴだ。

 まぁ反応炉というパソコンを使ってメールのやりとりをしていると考えてくれれば良い。

 オレはBETAの中でも上位の存在、『あ号標的』だから当然ながらBETAとコミュニケーションを取る事ができるのだ。

『重大災害……認識。対処方法……検討。……上位の存在による対処案№875347892を作成。……重大災害への有効性を要確認。……上位の存在から存在へ情報を転送する』

 あぁッ! BETAの言語(?)を人間の言葉に訳しづらい!!

 次からはもっと噛み砕いた言いまわしにするか?

 今のやりとりは分かりやすく言うと、人間が私達に攻撃してきました。その中で厄介な陽動作戦がありました。どうしたら良いですか?

 そんな問いに対して、その陽動には乗らないようにしてください。有効かどうかボパールハイヴで数日間検討してみてください。

 と……まぁこんな感じだ。

 本当ならもっと高度な指示を与えればいいんだろうけどさ、BETAって馬鹿だからあまり難しい指示すると知恵熱おこすわけよ。

 こんな内容の問い合わせが全世界20を超えるハイヴから毎日1000件、他の内容も含めると何万件近くオレの所に来るのは勘弁してほしい。

 まぁBETA由来のメインコンピューターである『あ号標的』の処理能力をもってすれば、こんなもの同時並行で一気にこなせるから良いんだけどさ。

 ……そういえば元人間であるオレがBETAに人類に対して不利な指示を与えている事に対して疑問を思う人がいるかもしれないな。

 元人間なんだからBETAにとっとと地球撤退、ついでに月と火星からも撤退するように指示しろよと思われるかもしれないが、そうは問屋がおろさない。

 何故ならオレは『あ号標的』だからだ。

 オレ……って言うかBETA全ての最上命令は資源を回収して母星に送ること、これに尽きる。

 例え台風が来ようが雷が落ちようが、36mmの劣化ウラン弾の雨が降り注ごうが資源を回収し続けないければならない。

 生命のいる星では資源回収は禁止されてるんだけどさ。

 創造主の馬鹿が珪素生命体以外は宇宙に命なんてありえねぇ、なんてプログラムをオレ達に植え付けちゃったもんだから人類を生命体として認識できないわけよ。

 これはもう本当にどうしようもない。

 努力とか根性とかそれでどうこうできる話じゃない。

 分かりやすい例を上げてみようか?

 例えば『魚に転生した人間』がいたとしよう。

 じゃあ『その元人間の魚』は地上で生活できますか? って考えたら無理でしょ?

 それと同じで、出来ない物は出来ない。

 いやオレだって一応は努力はしたんだよ?

 BETAに人間は生命体だって説明したんだけどさ。

 あいつら創造主が白というものはカラスでも白という存在だからマジで。

 かく言うオレも地球から撤退しようとする命令を出そうとしたんだけど、何故かオレの中のDNA……いや創造主のクソッタレが埋め込んだプログラムか? それが邪魔をして撤退命令出せないようにするのよ。

 まぁつまりオレには『あ号標的』として適切な命令しかBETAに出せないようになっているわけだ。

 この制限は正直厄介だ。

 BETAに意味もなく自殺しろとも言えないわけである。統率者として。

 そういうわけですまんな人類。

 オレは君達を救ってあげる事はできそうもない。

 というかこの世界の人類からはますます敵視されていっているのだがどうしよう?

 いや、どうしようもクソもないけどさ。

 だがこれでも可能な限り人間に有利な事もしてたりするのよ?

 例えば原作でBETAが純夏にやってた人体実験とかのアレ……。

 アレは全面的に中止させた。

 自分の中での道徳としてってのもあるが、考えてみて欲しい。

 毎日送られてくる人体実験のグロ画像を見続けなくちゃいけないこっちの立場ってもんを。

 BETAが純夏にやっていた事なんて実際は氷山の一角にすぎなかったって訳だ。

 実際に行われていたBETAの人体実験の内容はアレをはるかに超えていた。

 あぁ気分悪いッ!!

 思い出したらムカムカしてきた。

 ハァ……とオレは心の中で溜息を吐く。

『……存在から上位の存在に報告。……依頼の情報№875348003を転送』

 っと、またBETAがオレに情報を送ってきた。

 オレの頭の中でこの世界の人間生活の様子が映しだされる。

 おぉ来た来た。これが今のオレの唯一の楽しみだったりする。

 えッ? これは何かって?

 これはまぁ平たく言うと人間観察ってやつです。人間としてずっと生きてきたオレにとってやっぱりずっと穴倉生活って言うのは辛いんだよね。

 で……見つけた娯楽がこれ。

 外のBETAが持ってきた人間の生活の様子を眺める事なのである。

 ちなみにこの情報を持ってこさせるためにオレは新たなBETAを生み出した。

 名前を付けるなら『植物級』って感じかな?

 種みたいな物を他のBETAに地面に埋めさせて、そこからニョキニョキと高さ10Kmくらいに育つ。

 その先端の所にカメラのようなレンズ器官をもうけて、そこから映像と音声をキャッチするのである。

 ちなみにこのレンズ器官は光線級の照射器官を応用して作った。

 光線級は地平線から顔を覗かせた瞬間、正確無比にレーザーで目標物を打ち落とす狙撃能力を持つ。

 それを応用したのだ。

 BETAは視覚や聴覚に頼らないが、その気になればそれを持ったBETAを作り出す事なんてオレにとっては造作もない事だ。

 あとはその情報を人間で言うBETAにとっての視覚や聴覚のような物に変換すればちょっとした映画鑑賞のような感じで楽しむことが出来るのである。

 まぁそんな感じで人間の生活の場面を見る事で人間の時の記憶を忘れないようにしているという訳だ。

 あぁ…………。オレ自身を改造できれば人間の五感を取り戻して色んな事ができるのにねぇ。

 そう。他のBETAと違ってオレは進化する事ができない。

 ほら『あ号標的』って人間でいう脳。機械でいうとメインコンピューターだから改造するって事は難しいらしいのだ。

 まぁその辺はいいや。

 さてさて、今日の映像は何かな?

 受け取った情報から読み取れる映像は食事の風景。

 これはどこかの基地のPXの様子だろうか?

 所狭しと満席状態の食堂には軍服を着た人間達で溢れかえっている。

 お盆にのっているのはテンコ盛りの白いご飯、湯気を立てた味噌汁。

 きつい訓練に耐えられるように配慮されたカロリーたっぷりの豚肉の生姜焼き。

 どれもこれも旨そうである。

 あぁけどこの世界では合成食ってヤツを食べてるんだっけ?

 不味いという噂だがとてもそうは見えない。

 まぁどっちにしろ食ったことがないオレにはわからないか。

 ……というか腹は減らないが人間としての食事が恋しい。

 ラーメン食いたいな。

 近所に香ばしい煮干の匂いが効いた魚介系のラーメンを出す店によく通ったものだ。

 でも今の気分だったら腹にガッツリ来る豚骨醤油味かな?

 あの濃厚で複雑な味わいのスープはたまらない。

『…………ん?』

 食事の映像を見ていたオレは声なき声を発する。

 まただ……またこの光景だ。

 人間をずっと観察していたオレは以前からある事に気付いていた。

 いやね? 気付いていたんだけどあえて気付かない振りしてたのよ。

 もしかしたらオレの勘違いかもしれないし。

 だが……やっぱりそうなのか?

 オレの視界にうつる映像は一見するとごくごく普通の、とある1組の食事風景。

 サングラスを掛けた男性が1人に他の4人は全員女性。

 会話の内容も訓練が疲れただとか、誰々の戦術機の機動が大分上手くなっただとか、とりわけ軍の中では珍しくない物だ。

 だがオレにはわかる! BETAのトップであり人智を超えた『あ号標的』の観察力を持っているオレには!!

 4人の女……あれは絶対目の前の男に恋をしている!!

 口元のわずかな綻びや手の動きその他諸々から来る一挙一動が全て恋する女性のそれだ!!

 しかも全員かわいい……。

 だが別にこれは今回だけの話ではなく、世界中いたる所で行われている。

 そしてこれにはもう1つある絶対的な法則があるようだ。

 例えばここに男が5人、女が10人いたとしよう。

 この場合女性は5人の男に均等に2人ずつ惚れるという事にはならない。

 だいたい1人の男性もしくは2人の男性に集中して女が持っていかれるという現象がおきるのだ。

 この世界の人類はBETAと戦っているためまず真っ先に男が徴兵の対象となった。

 そのため男性の数は女性の数に比べて圧倒的に少ない。

 だが、だからと言って所謂『モテない男』がモテるようになったという事はない。

 わかりやすく……はっきり言うと。

 モテる男は超絶なまでにモテるようになったが、モテない男は現状モテないままである。

 付け加えて言っておくとこの世界の女性の美人率は異常なまでに高い。

 当然だ。だってマブラヴの世界なんだもん。

 つまりアレですか? ハーレム……ハーレムですか? ハーレムなんですか?

 むぐぐぐッ……!

 うがああぁぁーーーー!! なんてこった! ちくしょう!

 オレは世界でもっとも女性から嫌われてる存在『あ号標的』……。

 かたやモテキャラ……モテ男……イケメン……?

 呼び名なんぞどうでもいいが奴らはハーレムを形成している……。

 なるほどねぇ……。

 これが『陰』に生まれたついた存在の『陽』のに対する嫉妬心と言うわけか……。

 ……フフッ! 

 ……アハハハッ!! 

 ……アーーハッハッハッハッ!!!!

 なんか……オレの心の中で切れた音が聞こえた気がする。

『上位の存在より他の全存在に告ぐ。……既存の重大的災害駆除の内容を変更。以下の新たな情報を転送する』

 オレは『あ号標的』として全BETAに新たな命令を下す。

 確かにオレには『あ号標的』としてしか行動できないという制限がある。

 それ故に全人類を……正確には違うが攻撃するなという命令をBETAに下すことは出来ない。

 だが攻撃する優先順位を変え、またその1部を攻撃対象から外す事くらいは出来るのだ。

 今までは人を乗せたコンピューター、つまりは戦術機が最も高い優先順位だったが、オレと言う人間が憑依した今、『あ号標的』として下す命令は自然とこうなる。



 災害における最重要駆除対象……『イケメン』


 災害における駆除対象外……『美女、美少女(幼女)』



 イケメンを優先的に攻撃して美女達は生かす。

 これでモテない男達にもチャンスが行くはずッ!!

 何てこった。今初めて気付いた。

 どうやらオレはイケメンの敵であり、彼らを駆逐するためにマブラヴの世界にやって来たようだ。

 きっと何億人と言うモテない男共の怨念がオレを因果導体にしてしまったのだろう。

 何だそうか! そういう事だったのか!

 よし任せろ! お前達の無念はオレが引き継いだ!

 この大いなる野望を成功させるための祝勝祈願として何かピッタリな台詞はないものか?

 えぇと……アレだ!!

『そして僕は新世界の神となる』

 うん! これでよしッ! 完璧だ!!



[16089] 第3話 Muv-Luv Alternative モテない男の嗚咽を聞け!!
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/02/02 22:17
第3話 Muv-Luv Alternative モテない男の嗚咽を聞け!!





 ……あぁ……ちくしょう。

 結論から言います。負けました。

 イケメン強いです。いや決して強くはないですが倒せませんでした。

 あっはっはっはっはっ!!

 負けだ負けッ! 完敗だちくしょう!!

 一応言っておくとBETAの第1目標は人類を殲滅する事じゃない。

 あくまで資源の発掘が1番の目標だ。

 だからBETAの方から人類を殺す事を目標に進軍するという事はない。

 資源を発掘する計画のために移動して、その過程で邪魔な人類を駆除しているというわけだ。

 まぁ人類からすれば結局は同じ事かもしれないけどね。

 ……で、このあいだ大々的なBETAの大移動を行ったのである。

 東へ東へとBETAを移動させた所、行き着いた場所は広い海。

 一面に広がる青い海は人間だったらその身で泳ぎきる事など到底不可能。

 大自然の前では人間はちっぽけで無力な存在だ。

 だがBETAならば話は変わってくる。

 月でも火星でも何処であろうと資源を採掘できるのがBETAという機械だ。

 こいつらにとって水中などはちょっと動きにくいだけの障害物に過ぎない。

 その信じられないタフネスさはこうして見ると改めて実感する。

 何せ酸素を必要としない。

 暑さ寒さも感じない。

 水圧すら物ともせずにひたすら海底を歩かせて辿り着いた新たな大地。

 BETAが今まで侵攻した事のない場所だったのだろう。

 緑豊かで自然と人間の生活が融合した美しい国であった。

 そこで人類との衝突が起きた。

 あれは多分歴史に残る戦いではなかろうか?

 オレはその時の光景を思い出す。

 地球外起源種BETAと地球内起源種である人類との壮絶な戦いを。

 何の感情も持たずに突っ込んでくるBETAに対して、人類側の士気の高さは尊くすらあった。

 人間ってあそこまで魂というものを燃やす事が出来るんだなぁとある意味感動し、また羨ましくすらあった。

 平和な世界から来訪したオレにはそういった経験なかったから……。

 だがそれでも非情なのがマブラヴの世界。

 人類の尊厳など一切踏み拉かれBETAに蹂躙されるのがこの世界の人類の運命!!

 ……のはずだったんだけどその戦いに勝っちゃったわけだ『人類側』が。

 いやぁ~このあいだ出した『美女は生かす。イケメン殺す』という作戦が不味かった。

 BETAって基本的に物量を活かした特攻が主体なわけだが、オレが下した作戦のせいで変な足の引っ張り合いをしたとでも言おうか?

 BETAの特攻が上手く機能しなくなってしまったのである。

 BETAの対人感知スキルはイケメンを混戦状態の中、的確に見つけ出し優先的に特攻をかます。

 だがここに大きな落とし穴があった。

 オレは忘れていたのだ。

 イケメンの周りには常に美女がいるという事を!!

 最低でも2人が両脇に、多いときには12人の美女がイケメン中心にサークル・ワンを形成していた。

 あっはっはっはっはっ…………!!

 ふざけんな! なんだそれは反則だろ!?

 最優先の駆除の対象の前に張られる駆除対象外による美女バリヤー。

 イケメンだけに許される固有スキルである。

 おかげでBETAは特攻していいのか悪いのか指揮系統が無茶苦茶混乱していた。

 素人が適当にプログラミングを組んでも正しくコンピューターシステムが機能しないように、感情に任せて組んだオレの命令は穴だらけであったという事だ。

 もちろんイケメンだって美女に守られているだけの存在ではない。

 人類が繰り出す近代兵器、特に戦術機と呼ばれる人類の刃はBETA戦においてとてつもない猛威を振るう。

 オレのいた世界では実用にはまだまだ未来の技術である完全に二足歩行のロボット。

 耐レーザー塗膜を鈍く反射させ陣形を組む巨大な人影はさながら神話の時代の鉄巨人のようで、BETAと戦うその姿は実際にそれと比較しても色あせる事はないだろう。

 そうつまりは英雄……モテモテ……イケメン。

 つまりイケメンって言うのはどうやら衛士である事が殆どのようだ。

 ……それは良いんだけどさ、思うにイケメンって美女の前だと戦闘力アップしてないか?

 まぁ女の前でカッコつけたいと言う気持ちは分かるけどさ。

 なんか引き立て役になってしまったこっちとしてはムカつくんですけど。

 イライラを抑えるために心の中でオレは大きく深呼吸する。

 オレは今、BETAから送られてきた先日の戦いの情報を眺めている。

 すでにいくつも同じような映像を見てきたわけだが、はたして次の情報はどんなものだろうか?

 ちょっとした期待を持ちながらもオレは意識を集中させる。

 頭の中に一気に情報が流れ、まるで幽体離脱したかのような感覚と共にオレは戦場の中に降り立った……。









『うわあぁぁぁーーーー!!』

 新米の女衛士なのだろう。

 初めて見た地球外からの侵略者に恐慌状態に陥り、声を荒げながら張る弾幕があらぬ方向に飛び交う。

 BETAの体は巨大だ。

 どんなに銃の扱いが下手でも戦術機を持ってすれば当てるだけなら割と容易である。

 だが当てるだけではBETAは止まらない。

 こいつ等は機械だ。

 機械で言う所の破壊、生命体で言う所の死を与えてやらなければ構わず動き続ける。

『落ち着けシルバー6!!』

 パニくる新米衛士の戦術機の横を掠め、一発の銃声と共に放たれた120mmの弾丸が突撃級の装甲角を粉砕する。

『は、はいぃ……』

 後方から援護射撃をした男の声に新米の女衛士は涙声だ。

 赤いショートな髪に淡い水色の瞳。

 年齢的には多分この部隊の中で一番若く、どこか小動物っぽい感じのする女性だ。

 う~む、かわいい……。

 いやオレは決してサドではないけど泣いてる女の子はこう……守りたくなるじゃん?

 特にちょっと弱い感じのする女の子はさ。

『アハハッ! どうしたの? 初陣で漏らしちゃった?』

『ちょッ! な……そ、そんなわけないじゃないですか! 変な言いがかりは止めてください!!』

 ある意味軍人らしい下品な先輩のジョークに顔を赤くしてムキになって女衛士は否定する。

 ……って言うか漏らしたのか?

『でも気付いているか? どんな無様な形であろうとも貴様はちゃんと『死の8分』を乗り越えたんだぞ?』

『えッ?』

 ……あぁ、そう言えば『死の8分』なんて設定あったなぁ。

 衛士が初めてBETAと相対した時における平均生存時間だっけか。

 どんなに優秀な衛士でもBETAと初めて顔を合わせたときには実力を出せずに8分以内で死を向かえる事があるらしい。

 確かマブラヴでも武が初陣の時に苦労してたっけ。

 横浜基地のトライアルでBETAが突如現れて、すっかり錯乱状態に陥りペイント弾でBETAに立ち向かっていったのだ。

 その後のまりもちゃんのイベントは正直トラウマだったが。

『そ~いうことッ! おめでとう! そして地獄へようこそ!!』

 先輩らしき女衛士が新人である後輩に対して明るい口調で歓迎の意を表しながらも近くにいた要撃級を長刀で切り裂く。

 ――すごいッ!!

 要撃級のドロッとした鮮血がシャワーとなり、自然が残った緑豊かな大地を赤く染める。

 そのあまりに殺し慣れている手際は彼女が幾多の死線を乗り越えてきた証であり、またオレとは違う世界の人種であるという事を証明している。

 今の要撃級でとりあえず周辺にBETAは駆逐されたらしく、幸運にもこの隊には死傷者は出なかったようだ。

 それに対して皆純粋に嬉しいのだろう。

 黒塗りの戦術機から笑い声が聞こえる。

 何だかんだで初陣の女衛士の事を皆気にかけていたようだ。

 でもまぁ今回この新米衛士は別にパニックになろうがなるまいが生き残れたんだけどね。

 だってBETAに対して美女には可能な限り攻撃しないように命令してあるからさ。

 よっぽど下手を打たない限り死ぬことはないよ。

 これもひとえにオレのお陰だな! うん!

 今回の戦いはこちら側が負けちゃったけどこういった可愛い子が助かったなら別にいいか?

『はい! これもひとえに中佐のお陰です!!』

『は?』

『は?』

『はぁ?』

 はあぁぁぁ? あッこれはオレの台詞ね。

 えへへと顔を赤くしながら笑う新米衛士の言葉にオレと他の女性の間の抜けた声が重なる。

 ム、ムカつく! い、いやかわいいけどムカつく!!

 中佐と呼ばれた人間は先程支援砲撃をして新米衛士を救った男だ。

 さっきまでの和やかな空気が一瞬にして冷めた。

『中~佐~? 一体どういう事ですか?』

『わたくしも是非その件についてお伺いしたい物ですわ』

 恨みがましそうな別の声……1人はハキハキした物言いの女性の声で、もう1人は丁寧なお嬢様的な感じのする口調だ。

 つーか『中佐』以外にさっきから男の声聞かないぞ?

 どうやらこの『中佐』と呼ばれる男はこの部隊の唯一の男性であり、周りの女性(全員美人)から好意を寄せられている存在らしい。

 つまり『イケメン』。オレの敵と言うわけだ。

『別に特別な事などしていない。初陣に向けて不安を感じているようだったからカウンセリングを進めただけだ。……まぁ余計なお世話だったかもしれないがな』

『そんな事ありません! 中佐がカウンセリングを進めてくれなければ私は今頃どうなっていた事か!!』

 強くキッパリとした口調で断言する新米女衛士。

 いや……いやいやちょっと待て!!

 数分前の自分の事を思い出してみなさいって!

 無茶苦茶パニックってたじゃん! 代わりにオレが断言してあげるけど、中佐のアドバイス全然役に立ってないよ!?

『……ふ~~ん、中佐は新人にはとってもお優しいんですねぇ』

『あのなぁ貴様ら。部下の面倒は上官の勤めだろう』

 そんな棘の有る言い回しにも中佐と呼ばれた男は溜息まじりにサラリと流す。

 ケェッ! ……随分と手馴れた事ですね。恋愛絡みの女性の嫉妬は日常茶飯事ですか?

『HQよりシルバー隊! これより作戦は第2段階へ移行する。繰り返すこれより作戦は第2段階へ移行』

『『『『『『――――ッ!!』』』』』』

 HQの通信によりまた隊に緊張感が走る。

 ……作戦の第2段階?

 フム、一体どんな作戦なんだろう?

 オレはBETAから受けとった映像の視点を調整する。

 するとどうだろう? 地上からの視点のはずなのにまるで将棋の盤上を上から捉えているかのように戦場全体が一気に見渡せる。

 ……相変わらずすごいなBETAの技術は。

 視覚に頼っていないからこそ、こういった風に映し出す事ができるのだ。

 こうして見るとBETAの……最近覚えたが軍用語で2個師団(約2万)の数が陽動により一箇所に集中させられつつある。

 なるほどねぇ。これを一気に支援砲撃で殲滅しようというのか?

 軍略の知識がなくてもそれくらいの事はオレにも理解できる。

『――HQよりシルバー1、艦隊の全力砲撃開始は約20分後』

 やっぱりそうか。

 うん。少しずつだがこういった作戦の類がわかってきたぞ。

……でも大丈夫か?

『なおシルバー隊はポイントNNE-22-31に向かい1個小隊(約40)の光線級を殲滅せよ』

『『『『『『――了解ッ!!』』』』』』

 ん……、まぁそうだろうなぁ支援砲撃をするにはこっちの光線級を始末しなくちゃいけないからな。

 ……でも残念だったね。

『『『『『『――ッ!!』』』』』』

 溢れかえる土砂と共に大隊規模(約500)のBETAが出現する。

 ちょっとわからなかったかな? BETAの中には地下を掘り進む役割の種類がいてね。

 体内に大量のBETAを内蔵して運搬するだけでなく、当然そのBETAが通った事によりできた巨大トンネルを他のBETAが徘徊してたりするわけだ。

 丁度この真下に3時間ほど前に形成された巨大トンネルがあったわけだけど、500体程度の数でしか来なかったから振動も少なくって気付かなかったでしょ?

『くっ、仕方無い……全機楔弐型(アローヘッド・ツー)! 一気に駆け抜ける! 遅れるなよ!』

 戦況を一瞬で分析し部下に大声で命令を下す。

 BETAの群れに特攻をかます事はどれだけ危険な事かいうまでも無い。

 だが部下である彼女達の顔に怯えの色は一切見られない。

『了解です! 中佐!!』(元気娘)

『…………中佐についていきます』(クーデレ)

『中佐の後方はお任せをください』(お嬢様)

『私だって……が、がんばります。見ててください中佐!』(癒し系)

『し、死んだら許さないんですからね中佐!!』(ツンデレ)

 ……死んでください中佐(オレ)

 思わず本音が漏れてしまったオレをよそにシルバー隊はBETAの群れに突っ込む。

 モテモテであるイケメン中佐とクールな感じの美人衛士をツートップにした矢尻のような陣形が地球侵略者共の軍勢を切り裂いていく。

 光線級までの道のりを最短距離で、直線で一気に突き進む。

 部隊長である中佐が前衛を張るとは珍しい。

 シルバー隊は中衛、後衛を得意としている人物達で固められているのか、それともイケメン中佐の接近戦とやらがズバ抜けているのか、それは分からないがこっちとしても好都合だ。

 何せ男である中佐が後ろに引っ込んでいたら今のBETAは何も出来ないからだ。

 美女バリヤーを展開されてはBETAは頭を垂れて道を空けるしかないのである。

 だが、これなら殺れる!

 行けBETA共!! イケメンをこの世から駆逐するのだ!!

『どけッ!! 雑魚がぁぁぁーーーー!!』

 イ、イケメン超強えぇ……。

 渾身の力で振りぬかれた横薙ぎの一振りが10体の戦車級を蹴散らす。

『さすが中佐!!』

『…………カッコイイ//////』

 ぐおぉぉぉぉーーーーー!!!!

 ちくしょう何をやってるBETA共!!

 数はこっちの方が上なんだ! 物量で押しつぶせぇ!!

 すっかり三流の悪役の台詞を吐きながら勝敗が分かっている過去の映像に向かって、オレは全力でBETAを応援する。

『遅いッ!! とっとと消えろこの下等生物ッ!!』

 だがそんなオレの応援とは逆に、イケメン中佐は次々とBETAを切り裂き、あるいは弾丸で撃ち砕き完全に無双状態である。

 そんな勇姿にすっかり美女達は参ってしまっているようだ。

 BETAを倒しながらもどこかで中佐の姿を視線で追っている。

 本来BETAの戦いではそんな余裕がない事を彼女達は気付いているのだろうか?

 いや、気付いていないだろう。

「ステキ!! 中佐//////」とか思ってるに違いない。

 違う!! 違うんだよぉ!! 中佐の動きが凄いんじゃないんだよ!!

 いや凄いかもしれないけど原因はそっちじゃないんだって!!

 何かBETAの動きがトロくさいんだよ!

 戦術機より弱いとは言えBETA本来の動きはもっと機敏のはずなのに、今のBETAはまるでノロマな亀だ。

 ……あぁそうか美女か……混戦状態で美女が横にいるから本気の動きが取れないのか……下手したら巻き添えにしちゃうから……。

 これは美女バリヤーならぬ美女結界ッ!!

 BETAの戦闘力を10分の1に下げますかそうですか。

 つまりオレのせいですね。ごめんなさい。

 くそう! プレイヤーの時はマブラヴ主人公の白銀武の事をカッコイイと思っていたが、敵対するとモテキャラがここまでムカつくとは!!

 つーかさっきから中佐の本名がわからねぇ!!

 貴様何者だ! 名を名乗れーーッ!!

 そんなオレの声を天が聞き取ったのかどうか分からないがイケメン中佐が大声で自分の名前を叫んだ。

『やってみろBETA共! オレを殺せるならやってみろ! 帝国本土防衛軍の白銀影行が貴様らの相手だッ!!』

 武の親父じゃねぇかッ!!

 アンタこんな所で何やってるんだよ!?

 ……いやBETAと戦ってるのか?

 でもオレには浮気現場を目撃したようにしか見えないんですけど!?

 何てこった! さすがにEXで冥夜と武の「不純異性交遊許可証」にサインしただけの事はある。

 つーか中佐って言ったらかなり偉いよね? よく分からんけど大尉である伊隅みちるが中隊(12機)任せられてたなら最低でも大隊規模(36機)くらいは任されているはず。

 下手したら連隊規模(108機)?

 さすがに部下全員美女って事はないよな? いやいやないない!

 ……だが武の親父なら! いやしかしッ!!

 いかん美女12人でサークル・ワンなんてもんじゃない。

 恋愛原子核の持ち主はこの世界の美女を食い尽くす!

 こいつはここで仕留めねば駄目だッ!!

『よしッ!! ここはオレが引き受ける! 貴様らは全員光線級に向かえ!』

『『『『――了解ッ!!』』』』

 手応えからして自分1人でも大丈夫だと判断したのだろう。

 よっしゃ!! ナイス判断ミスッ!!

 美女が横から消えればこっちの物だ。BETAの本来の動き見せてくれるわ!

『02!! 貴様も早く行かぬか』

『……1人じゃこの数は無理ですよ中佐。それに最少単位は二機連携です。わたしも御一緒します』

 うわあぁぁぁぁーーー!! ちくしょう! 何で行かないんだよぉ!

 お前がそこにいたらBETAが本気だせないじゃないかあ。

 一緒にBETAの群れに残ったのは02と呼ばれた女性。

 コールナンバーからして恐らく副隊長なのだろう。

 サラリとした長い黒髪に切れ長な瞳はクールな女剣士と言った感じで、言うまでもなく美人であり、胸もデカイ。

『02! だがしかしッ!!』

『早くBETAの群れを抜けられましたので、光線級はあの4人だけで十分間に合います。命令違反は覚悟の上!! 後でどのような厳罰も受けますのでお側にいさせてください中佐!!』

『……くっ! 何故だ02!? 何故そこまで……』

 ホント何~故~だぁ~~ッ!!

 マブラヴって軍の戒律とかめっちゃ厳しくなかったっけ!?

 あれか? オレが変なことやったから『風が吹けば桶屋が儲かる』の理屈で何かどっかに影響が出たのか?

 それともこう言った動きをしてたキャラも中には居たって事か?

 ともかく桃色の波動が甘ったるくてウゼェーー!!

『……わ、わたしは……わたしは中佐の事を……愛しているのです!! 失いたくない……例えこの身に変えても……ですからどうか!!』

『…………02』

 ゴフッ!!(吐血)

 ああああぁぁーーーーーッッ!!

 ぎゃがががぐおぉぉぉええぇぇぇぇーーーーーー!!!

 ゲホッ! ゴホッ! ウオェ! ち、ちくしょう……!

 な、なんだってんだ! なんでいきなり愛の告白なんか!

 あぁそうか……きっと何かオレの知らない『あいとゆうきのおとぎばなし』が……って知るかよそんな事!!

『わかった……だが命令違反は命令違反。罰は与えねばならない。……だからこの戦いが終ったら……オレの部屋へ来い!!』

『ッ!! ……………………はい(ポッ』

 死ね!!

 氏ね!!

 SHINE!!

 死んで転生して駄目押しにもう1回死んでください!!

 あぁもう神様どうか私にノートを授けてください!

 黒くて名前を書くと人が死ぬヤツを!

 本当怒りで自分がどうにかなりそうですッ!!

 何なら寿命半分と死神の目を交換しますからお願いします!

 つーかアンタ奥さんいるだろう!? 何堂々と浮気してるんだ!? 泣くぞ武のヤツ!

 いやアイツも人の事言えないけどさあ!

 オレの触手が数十本、怒りに任せ四方八方に振り回される。

 ラザフォードフィールドをも突破する固い鏃のような先端が反応炉の置いてある大広間の壁、床、天井を傷つける。

 本来BETAがハイヴを傷つける事はありえないのだがオレの怒りが本能を凌駕したのだ。

 くそッ! 負けた……ッ!

 戦いだけでなく何か根本的なものに負けた気がする!!

 いやいや待て待て!?

 白銀影行だと? ちょっと待てよ?

 ……これは!? BETA戦に勝利した事により大陸中至る所で振られている祝勝の国旗は日の丸の旗!?

 あぁ!! 思い出した!!

 つまりこれはアレか!? 原作でもあったBETAの日本を侵攻したアレか?

 たしか北九州から侵攻したBETAが1週間で九州・中国・四国地方を制圧し犠牲者3600万を生み出したアレだ。

 その後横浜ハイヴが建設されて、明星作戦でG弾の使用によりこれの奪還に成功。

 脳髄になった鑑純夏を発見した所からマブラヴ・オルタネイティヴはスタートするんだ。

 ってことはつまり……歴史変えちまったな。

 武も純夏も全然無事じゃん。何だよついうっかり原作キャラ救っちまったぜ!!

 つーかどうすんだよオルタネイティヴ4。

 あッ! それ以前にBETAに人体実験止めさせてたからどっちにしろ成功しないんだった。

 ……いや! いやいやこれで良い!

 そう! これはまさに計画通り(嘘)!

 例えオルタネイティヴ5を発動させようと確かG弾ではBETAには勝てないという設定だったはず。

 この世界でG弾が使われるにしても、まず間違いなくオリジナルハイヴ以外の所で使用されるだろう。

 そうしたら即効で対策立ててG弾を無効化してやる。

 フフ……フッフッフ……。

 オレの中で黒い笑みがこぼれる。

 そうだよ! すっかり忘れていた。

 確かに今回は変なバグが発生してしまってBETAが上手く機動しなくなってしまったが何の事はない。

 ようはそれに変わる物を作ればいいのだ。

 例えば原作でもあったようにBETAが単純な陽動作戦を仕掛けるだけでも人類にとって十分脅威になる。

 あの程度の戦略なら今のオレでも十分立てられる。

 尚且つ原作には登場しなかった新種のBETAだって生み出すことだって出来るのだ!

 いける! いけるぞ!! 見てろよイケメン共!!

 オルタ4もオルタ5もこの世界では通用しない。

 尚且つ今後はBETAが戦いに作戦を用いるようにするし、新種のBETAだってどんどん追加してやる。

 フフフ……。

 今回の戦いでの屈辱、10倍にして返してくれるわ!!

 よっしゃ! よっしゃあ!!

 これはもう決まりだね!

 うん! 俄然やる気出て来たッ!

 半ば勝利を確信したオレは心の中で右手の人差し指を映像に突きつける。

 やっぱり最後は決めゼリフで締めなくちゃいけない!

『勝ったッ! Muv-Luv Alternative モテない男の声を聞け!! 完!!』

 よしッ! 今度こそ完璧だ!!



[16089] 最終話 Muv-Luv Alternative モテない男の最後の声を聞け!!
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/02/03 23:43
最終話 Muv-Luv Alternative モテない男の最後の声を聞け!!




 あわッ!

 あわわわわわわ…………ッ!

 やばい! やばいです!

 今猛烈にやばい事になってます。

 ちょっと時間がないんで簡潔にここ数ヶ月間の話をまとめさせてもらいます。

 あの日本侵攻から今日までの間、BETAと人類は一進一退の戦いを繰り返してきた。

 オレの作った植物級のBETAにレーザー照射器官を設けてみたり、陽動作戦を試してみたりした事は人類にとってとてつもない脅威になったようだ。

 だがそれでも『イケメン殺す、美女は生かす作戦』が足を引っ張りまくっていたせいで現状は昔とさほど変わらなかった。

 そして日本侵攻からいくら経ったある日、米国がG弾を大陸で使用したのだ。

 まぁそれは良い。

 こっちとしてもそんな事はお見通しだったので即効対策を立ててやったから今のオレにはG弾は通用しない。

 もちろんG弾で取り戻したハイヴにも人間の脳髄なんてものは無いのでオルタネイティヴ4も完成しないだろう。

 全ては順調……そう思っていた時に人類は起死回生の逆転の一手を打ってきたのだ。

 それはG弾を超える新型兵器を作った訳でもなければ、奇跡的に00ユニットを生み出してきた訳でもない。

 もっと恐ろしい悪魔のような作戦であった。

 くそッ! この外道共めッ!

 やつら……オリジナルハイヴの突入部隊に……美女だけの編成チームをあてて来やがった!!

 うわあぁぁ! 気付かれた!!

 美女を攻撃しないように命令していた事に気付かれた!!

 そりゃあ確かに戦場での男女の死亡率に差はできていたさ。

 こと美女に当たっては死亡率は0に近い。

 でもまさか気付くなんて!

 頭の固い上の人間ならBETAが美女を殺さないようになったなんて思いもしないだろう。

 ……と思ってたが甘かった!

 人類トップの頭脳を見くびってた!

 そりゃあそうだ!

 オレなんかが知能戦で勝てる訳が無い。

 現実来訪の原作知識持ち合わせてるとは言えこちとら凡人。

 向こうは世界最高峰。

 こっちが1手考えている間にすでに10手先は思いついているような奴らの集団である。

 あ号標的の頭脳を持ち合わせていても戦略にかけては向こうの方が何枚も上手だ。

 いや戦略も何もこっちは何もやらなければ勝てたのに、オレが余計な事をしたせいで一気に形成は逆転してしまった!!

 くっ! まずいッ!!

 一体何時、何処の戦いで気付いたのか分からないがきっと人類はそのデータを分析していたに違いない。

 そう言えばここ数ヶ月の突入作戦では妙に手ごたえ無かったと言うか、ある程度の時間突入したらとっとと撤退していた気がする。

 普通なら反応炉まで片道切符覚悟で突っ込んで行くはずなのにそう言った感じは見られなかった。

 そして確信を得たのだろう。BETAは美女を殺さないと!

 オレのどうでもいい分析を他所に美女の突入部隊がどんどんこちらに向かってくる。

 年齢層も幼女から熟女まで、とにかく100人に聞けば100人が美人だと首を縦に振るような女性ばかりだ。

 うわ~~嬉しいなッ!

 世界中の美女がオレを狙ってくれるなんて男冥利に尽きるよ~~!

 ……何て冗談言ってる場合じゃない!!

 嬉しいけど全然嬉しくない!

 マジで洒落にならないぞこれ!?

 と言うより何で幼女まで突入部隊に加わってるんだよ!

 明らかに徴兵対象年齢から外れてるだろ!?

 アレか? 人類の存亡を掛けた戦いの前ではそんな事は些細な事ってわけか?

 このクサレ外道がッ!

 くそう! BETA共! 物量を活かしてバリケードを張れ!

 やつらの侵入をこれ以上許すなぁ!!

 反応炉から伝わるオレの命令を聞いたのかBETAが次々と折り重なり合い道を塞ぐ。

 主縦坑(メインシャフト)には門級が堅く閉ざしているしこれで美女達は遠回りしなくてはならない。

 良し!! この間に陣形を立て直す!

 どうすればいいのか策を思案しようとしたその矢先、オリジナルハイヴのいたる所で爆発が起きた事を感知する。

 …………あ、BETAが一辺に吹き飛ばされた。

 何ィッ!? 何だあの威力は!?

 G弾ほどではないにしろ探知したその威力は核兵器をも上回る。

 映し出されたハイヴ内に進入した戦術機が手に持っているものは……爆弾?

 あッ! アレか! S-11だっけか? 戦術機に組み込まれた自決装置。

 それを手榴弾のように改良して各機それぞれ幾つか持ってきているようだ。

 1機の戦術機に対して1個だけのS-11を通常兵器に改良して大量に持ってくるとは人類の本気の具合が見て取れる。

 くそ! もちろんBETAも完全に美女を攻撃しないというわけではない。

 自分達に降りかかる火の粉に対して振り払うことくらいはする。

 だがそれでも本来の実力から比べてたら弱い! 弱すぎる!

 なッ――!!

 突然の出来事に思わず驚愕の声なき声を張り上げる。

 オリジナルハイヴにいたBETA達が一斉に外に出ようとしているのだ。

 待て貴様らッ! 一体どこに行く!?

 オリジナルハイヴの外に映し出される荒れ果てたユーラシア大陸の光景。

 そこでBETAと人類の壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 BETAの攻撃速度も本来の物となり、10万近いBETAが津波のように人類に襲いかかる。

 その激しさはハイヴ内の戦いとは比較にならない。

 一体何故!?

 何が起きているんだ?

 BETAの動きが取り戻しているその理由は何だ……?

 ……これは!? 地上で戦っている人間は…………全員……男!?

 よ、陽動部隊は男だけで編成し、突入部隊は美女だけで編成しただとぉ!?

 くそッ! あぁそりゃそうだ。

 BETAの優先順位に気付いたら誰だってそうするな。

 まったくもって実に理に叶ってるじゃないか!

 どうやら人類はBETAの最優先の攻撃対象は男ではなくイケメン限定であった事には気付かなかったようだがそんな事は関係ない。

 どうするどうする?

 迫りくる戦術機の群れ……。

 崩壊しつつあるハイヴの内壁……。

 ハイヴが揺れるごとにオレは恐怖に震える。

 一際大きいズウゥゥンという破壊の音が大広間に響き渡った。

 敵はもう直ぐそこまで来ているようだ。

 このだだっ広い大広間が世界で自分は1人きりなのだという事を実感させる。

 ――ッ!!

 また1回大きくハイヴが揺れる。

 ――はッ!!

 さらにもう1回、揺れの間隔はどんどん短くなっていっているようだ。


 ――はッ……!!

 ――はッは…………!!

 ――はははははははははははは……ッッ!!!!

 あ~~……ちくしょう…………うぜぇ……。

 もうどうでもいいや。

 今までオレの口調が妙に軽い事が気になっていた人がいたかも知れない。

 いい年こいた大人とは思えない口調に違和感を感じてた人もいただろう。

 だってしょうがないじゃないか。

 元人間だったのに、気がついたらこんな姿になってたら誰だって落ち込むだろ?

 シリアスになんてやってられるか!!

 ふざけた調子でこれは夢かもしれないと思っていなかったらオレの精神が持たなかったんだよ!!

 美女は殺さないなんて自分勝手だがギリギリの所で自分の良心と言う物を維持できていたのはそのためだ。

 いや……八つ当たりでイケメン殺すなんて走った時点でとっくにオレの精神は壊れてたのかもしれないな。

 だが……もういい……もういいや。

 こうなったら美女も殺そう。

 いやせっかく集ってくれた美女軍団だ。

 殺すんじゃなくて生け捕りにして×××板直行な鬼畜コースに走ってやる。

 こっちの戦力差は歴然。

 BETAをその気にさせれば形成はあっという間に逆転できるのだ。

 覚悟しろ人類共ッ!!

『――――ッ!!!!』

 自暴自棄になりかけ人類にとって破滅を意味する命令をBETAに下そうとした瞬間、大広間が破壊された激しく響く振動がオレに最後の1手を止めさせた。

 何事かと注意を向けたはるか前方には崩れた壁と土煙。

 そしてそれを切り払うかのようにし現れるのは2機の戦術機ッ!!

『『やあぁぁぁぁぁーーーー!!』』

 2機の戦術機はオレの姿を確認した途端に怒りの声を上げる。

 先手必勝とばかりに手に持つのは黒光りする87式突撃砲。

 殺意の篭った弾丸をオレに見舞おうと容赦なく引き金を引く。

 ――だが甘いッ!!

 この世界で『あ号標的』のデータが知られていないから当然かも知れないが、オレはこれでも結構強いのだ。

 それだけ離れた距離から撃ってもオレは仕留められない。

 触手の先端を傘のように開き、盾として戦術機の攻撃を防ぐ。

 触手の先端から伝わる衝撃ッ!!

 120mmの弾丸で盾が吹き飛ばされるがオレはお構いなしに2機の戦術機に向かって10本近い触手を突っ込ませる。

『たあぁぁぁぁーーーーッ!』

『――させんぞッ!!』

 1機は噴射跳躍で上にかわし、もう1機は74式近接長刀でオレの触手を迎え撃つ!

 前方と上空にオレは触手を2方向に分散しなければならない。

 上空の戦術機は跳躍ユニットを右へ左へと操り、鳥のように空中を自由に翔ける。

 前方の戦術機も近接戦闘の動きが冴え渡る。

 オレの十数本を触手に恐れもせずに的確に長刀を振るう。

『――その……程度かあぁぁぁぁぁッ!!』

 その程度はそっちだッ!!

 オレは戦術機に特攻させた触手を急停止させ、長刀の一撃をかわす!!

 フェイントってヤツである。

『なッ――ッ?』

 オレを単純な機械だと思うなッ!

 目標を失った長刀が空を切り、戦術機が大きくバランスを崩す。

 そらここだッ!!

 がら空きになった右側に触手を叩き込む!!

 右の上腕部と脚部をオレの鏃のような触手の先端が貫き、粉砕させた。

『ぐっ……あぁぁぁぁーーーー!!』

 そのまま大広間の壁に背中から倒れこむ戦術機から女性の悲鳴が上がる。

『――――ッッ!!!!』

 仲間がやられた事により動揺したのだろう。

 上空に飛んでいた戦術機にも一瞬の隙ができた。

 貴様も地面で寝てろッ!!

『『きゃあぁぁぁぁーーーーーーッ』』

 飛んでいた戦術機の右脚部に触手を巻きつけ、そのまま地面に叩きつける。

 堅い地面と戦術機の装甲がぶつかり、大広間にひびく大音響ッ!!

 更に追い討ちをかけ、2本の触手が戦術機の胸部を貫く。

 オレの触手がまるで植物の根のように戦術機を侵食し、コントロールを奪い取った。

『――ああああああああああぁぁっ!?』

 殺しはしない。

 この戦いが終ったらまず貴様らから生贄第1号にしてやるッ!

『――霞ちゃんッ!! 御剣さんッ!!』

 へ?

 霞……?

 御剣……?

 突然の事にすっかり我を忘れていた人類に対するオレのどす黒い憎悪の炎が一気に鎮火される。

 ……こりゃ驚いた。

 目の前の戦術機に乗ってる女性は、鑑純夏、社霞、御剣冥夜。

 マブラヴを代表するメインヒロインの3人だった。

 純夏と霞は複合機の戦術機に乗り、冥夜はもう片方の1人乗りの戦術機に乗っていたようだ。

 どちらも原作では見られない戦術機である。

 ……何て機体だろう? わからん。

『鑑ッ!! 無事かッ!?』

『わたしは大丈夫! それより霞ちゃんがッ! それに機体のコントロールも!』

 ガチャガチャと操縦桿を動かす純夏の焦りの声が聞こえる。

『――そうか…………』

『――――ッ!?』

 何かの覚悟を決めたような淡白な冥夜の一言。

 自分の機体に何かしたようだ。

『――ちょっと待って御剣さんッ!! 一体何の真似ッ!?』

『――見ての通りだ。主脚を失った今、最早この手しかなかろう』

 そうかなるほど……S-11の自決装置を作動したのか。

『――推進剤の残量も、もう心許ないのでな。跳べるうちに――なッ!?』

 あぁ悪いね。

 原作ではカッコイイシーンなんだけど、悪いが巻き込まれる気はサラサラないんだ。

 オレは冥夜の乗っている戦術機に触手を1本突き刺す。

 攻撃するためではない。

 えぇっと……確かここかな?

 戦術機の股間の所に……っとあった。

『……そ、そんなッ!?』

 オレは触手を器用に使いS-11を取り出し、そのままハイヴの横坑の中へと投げ捨てる。

 そんなオレの行動が以外だったのだろう。

 冥夜と純夏は呆けたようにオレの方を凝視している。

 フム……しかし困った。

 先程までの憎悪に支配されていた状態と打って変わって、オレの心は冷静さを取り戻していた。

 突然の原作キャラの邂逅に正直どうしたら良いのか分からない。

『霞ちゃん! しっかりして!』

 戦術機の中で純夏が霞に呼びかけているようだ。

『……照合、霞……認識』

『『えッ?』』

 突然意味不明の言葉をしゃべり出した霞に対して純夏と冥夜が驚きの声を上げる。

 ……あ、霞とリンクが繋がった。

 どうやら原作どおり『あ号標的』との会話イベントが発生したようである。

『どうしちゃったの霞ちゃん!?』

『霞……認識、鑑……認識、御剣……認識、上位の存在は記録を持っている、質疑の内容を転送せよ』

『『――――!』』

 霞を通してオレが話していると理解したのだろう。

 純夏と冥夜の喉を鳴らす音が聞こえた。

 というか原作よりずっとスムーズに会話ができる。

 元人間なオレなんだから当然と言えば当然か。

『……何者……だ……?』

『………………固有の上位存在であり……個ではない』

 あぁ本当にBETAの口調って疲れるな。

 人間でいた時こんな口調で話した事ないから全く持って大変だ。

『……貴様は上位存在なのか?』

『肯定する。貴様……認識』

 認識も何も人間の言葉理解できるんだから、こっちとしてはもっと意味のある質問をしてもらいたいものだ。

 こちとら人間と会話するのは久しぶりすぎるのだ。

 ましてや原作の3大ヒロインなら尚更である。

 さぁッ! カモンッ!

『……おまえは何の目的で地球に来た!?』

 その憎悪の篭った純夏の赤い瞳。

 うぅ、まさか原作キャラにこんな目で見られることになろうとは……。

 くそう……。

 こんな事なら思い切って人類の美女全てを捕獲してハーレムでも形成しておけば良かった。

『上位存在の目的は人類の美女全てを捕獲してハーレムを形成……』

 ちょっと霞さん!?

 何勝手に人の心を覗いて通訳してるのかな!?

 しかもとんでもない誤訳してくれてやがりましたよこの子は!?

『……人類の美女全てを……』

『捕獲してハーレム…………??』

 あ……やべ……地雷踏んだ。

 なんか2機の戦術機がカタカタ揺れてるような気がする。

 ESP能力を持っていないオレでも彼女らが明らかに怒りで震えてるのが判る。

『………………人類をッ…………なめるな……ッ…………』

 冥夜がかろうじて声を絞り出す。

 だがそれは静かで深い……、まるで噴火する前のマグマのようだ。

『――人間をなめるなぁぁぁぁぁっ!!』

 ぎゃあぁぁぁぁぁッ!!

 そこでその名言いうか普通ッ!?

 右手と右足を失ったバランスの悪い戦術機が怒りの咆哮と共に跳躍ユニットに火を灯し、オレに突っ込んでくる。

 左手に持った長刀をぶん投げるがそれは全くオレとは見当違いな方向に行く。

 いや、これは違う。

 武器を投げたのではなく投げ捨てたのだ!

 空になった左手に持っているのはS-11型改良手榴弾?

 ――やばいッ!!

『くあぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!』

 オレの触手が1手早く冥夜の戦術機の左手を吹き飛ばすが、S-11型手榴弾が3個宙に舞う。

 手榴弾は噴射跳躍の勢いに乗りオレの方向飛んでくるが甘いッ!!

 そんなものでやられるかッ!

 触手を器用に使い、先程と同じ要領で手榴弾をキャッチしてまたハイヴ内の通路に投げ捨てる。

『今だッ!! 鑑ッ!!』

『――――了解ッ!!』

 何ッ!?

 冥夜の声でオレは純夏の方に注意を向ける。

 するとそこにはオレの触手のコントロールから逃れていた純夏の戦術機が立っていた。

 なッ!! さっきの長刀は投げ捨てたのではなくて純夏の機体に突き刺していたオレの触手を切り裂くためだったのか!?

 ここに来て触覚……痛覚が無いのが災いした!

 純夏は戦術機の身長くらいはあろうかと言う巨大な銃身をオレに向けていた。

 ……なんだアレ? 人類の新兵器か?

 そう言えば大陸のどこかのハイヴがG弾で取り返されたんだっけ。

 それにより歴史に影響が出て武器の開発時期が変わっちまったのか?

 その正体は……荷電粒子砲? 電磁投射砲? それともレーザー砲?

 やばい! その正体がオレには分からないがとにかくやばい!

 だが純夏がオレに向ける銃口に灯る今でも解き放たれんとする青白い輝きを見てオレは悟った。

 あぁ……間に合わない。

 これはもう駄目だ。

 チェックメイトだと。

 あ……あぁ……せめて人間として……マブラヴの世界に来たかった……。

 そんなオレの心など届くはずもなく無情に放たれる人類の怒り鉄槌。

 膨大な熱量を帯びた輝きは視覚をもたないオレにも眩しく感じ、それはまるであの世の扉へと通じるゲートのようであった。

 ぐッ……うわあぁぁぁぁぁーーーーッッ!!

 ち……ちくしょう…………!!

 モテたかった……モテ……たかった…………な………………。











 ――ここはマブラヴ・オルタネイティヴとはまたほんのわずかに違った可能性を秘めた平行世界。

 人類とBETAとの永きに渡る戦いの歴史……についてはこれといった差異は無く、1973年の中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下して以来、BETA大戦は苛烈を極めていた。

 度重なる敗戦。

 蹂躙される国土。

 男達は真っ先に戦場へと向かい大地に沈み、海に果て、空に散っていった。

 女性までもが徴兵対象とされ戦場に駆り出される頃には世界の人口は十数億人にまで減少しており、特に男性の数の減少はより顕著であった。

 人類滅亡を回避するため当然と言えば当然に世界的に認められた制度が『一夫多妻制度』。

 ……だがこの制度には大きな落とし穴があった。

 いや誰もが気付いてはいたのだが敢えて見てみないフリをしていたのだ。

 そしてそんなマブラヴの平行世界にやってきてしまった現実憑依主人公は『一夫多妻制度』などがこの世界にあるとはつゆ知らずに暴走しつづける。

 現実世界では何の特徴も無いモテないこの男の暴走がまさかBETA大戦にかつて無いほどの影響を与える事になろうとは……この世界の人類は知る由も無かった。

 これはそんなモテない男のモテない男によるモテない男のための『あいもゆうきもなにもないものがたり』である。



[16089] エピローグ Muv-Luv Alternative モテない男の……プロローグ?
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/02/10 01:02
エピローグ Muv-Luv Alternative モテない男の……プロローグ?





「うわぁぁぁぁぁーーーー! 猫のうんこ踏んだッ!!」

 雲がかった青空の下、オレは絶叫を上げて起き上がる。

 ……へ?

 ……あれ? 猫のうんこは?

 じゃなくって一体ここはどこだ?

 いきなり見覚えない場所にいる自分の現状が分からず辺りを見渡す。

 え、え~~と……何が起きたんだっけ?

 思い出される自分の記憶。

 確かマブラヴの世界で『あ号標的』なんて言うラスボスに憑依してしまって、現実を受けいれられなかったオレは自暴自棄に『美女は生かすイケメン殺す』なんて言う馬鹿な作戦を実行してしまったのだ。

 まぁ結局その作戦は物の見事に失敗に終ったわけだが。

 いやぁ本当に馬鹿な事をしたもんだ、あらゆる意味で……。

 人類が勝ったという意味ではこれで良かった様な気もするが、その一方で自分の野望が成就できなかった事は残念だったような、何だか複雑な気分だ。

 ついちょっと前の話なのにまるで夢であったような感覚。

 自分でも言うのも何だが壮絶な経験を味わった直後なのに平然としているのは別にオレが特別な人間だからと言うわけではない。

 世の中には2種類の人間がいて、こういった経験をした直後に感情が一気に押し寄せるタイプと、後からじっくり押し寄せてくるタイプの2種類がいるのだ。

 そしてオレは後者のタイプの人間であったと言うだけの話で、恐らくこれからしばらくは眠れない夜が続くのだろう。

 まぁその時はその時で今は置いておくとしよう。

「……で、ここはどこだ?」

 声に出してみても誰も答えてくれるわけでもない。

 そこはまるで昔博物館で見た戦争の被災地の跡のようだった。

 何処もかしこもボロボロの建造物。

 人の出入りが無くなったために自然に風化したのではなく、明らかに何かしらの暴力が通った痕跡が残っている。

 地面に転がる瓦礫の山が歩きにくい事この上ない。

 爆発物か何かで吹き飛ばされたのだろうか?

 壊れた建物から剥き出しになった黒く焼け焦げた鉄筋が高熱な何かに晒された事を物語っている。

「どこなんだろう……全く見当がつかん……」

 口では敢えてそう言いって見たものの、実は内心ここが何処だか検討がついている。

 マブラヴのあ号標的として木っ端微塵に吹き飛ばされて気がついたらこんな廃墟…………。

 ありきたり過ぎる展開が脳裏に浮かぶが頭でそれを否定する。

「…………柊……」

 何となく見上げた駅の跡地。

 空襲爆撃に晒されたかの如くボロボロで僅かに分かる駅名は1文字だけ。

 だがそれでもハッキリとここの場所が何処なのかを指し示していた。

 やっぱりそうなのか?

 認めたくは無いがここはマブラヴ・オルタネイティヴの世界……。

 という事はつまり……!

「よっしゃあぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」

 オレは天に向かってガッツポーズを取る。

 そう! ガッツポーズである。

 今のオレには両手両足、人間としての五感全てが揃っていた。

 原作キャラに憑依したわけではない。

 本能として分かる、これは自分の体だ!

 吾郷標為の体である。

 何てことだ! きっと心優しい神様があの時のオレの願いを叶えてくれたのだろう。

 人間としてマブラヴの世界に来たかったというオレの願いを聞き届けてくれたのだ!

 ありがとう神様! アンタ最高だッ!!

「――何て言うわけねぇだろ! ふざけんなコラァーーーーー!!!!」

 八つ当たり気味に地面に転がっていたヒビの入った瓦礫を思いっきり蹴っ飛ばす。

 痛ッ!! ちくしょう!

 思ったよりずっと硬かった! ちくしょうッ!!

 右足のつま先を押さえて擦るがそのままバランスを崩して尻餅をつく。

 うわぁぁぁぁ~~! やっちまったぁ~~~~!!

 あの時人間としてマブラヴの世界に行きたいって思わないで、元の世界に帰りたいって思っていれば本当に帰れてたかも知れないのにぃ!!

 頭を抱えるオレの叫びに呼応するかのように、大陸からの冷たい空気を運ぶ北風が、廃墟となった柊町に一層強く吹く。

「うおッ! つーか寒い! 寒いぞ! 何だこの地味な嫌がらせは!?」

 両腕を擦りながら身を縮こませ寒さに耐えるオレの格好はノーネクタイの半袖ワイシャツに、風通しの良い夏用のスラックス。

 俗に言うクールビズと言うやつだ。

 そう言えば死ぬ直前のオレって確かこんな格好だった。

 CSR(企業の社会的責任)としてか、唯の光熱費削減が目的なのかそれは分からないが、あのクソ暑い夏の炎天下の中得意先を背広姿で訪問しなくても良くなった事は、オレにとってもありがたい事だったがまさかこんな事になるとは自分の運のなさに泣けてくる。

「――おい、ちょっとあんた」

 寒さに震えるオレの背後から突然男の声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには1人の青年がいた。

 その顔は余りに見覚えがありすぎてオレは一瞬息を飲む。

 これと言って特徴のない顔立ちなのはパソコンゲームの主人公の宿命か?

 髪の色は純夏のように赤毛でもなく、ましてや壬姫のようにピンクでもないオレの世界でもごくごくありふれた茶色の髪。

 髪型もワックスやジェルで固めたわけでもなく、自然のままに降ろした感じで何処の学校でも校則に引っかからない実に優等生な髪型だ。

 唯一特徴的と言えば、少なくてもオレは現実では見たことの無い真っ白な詰襟の学ランがそうと言えばそうの目の前の男こそ、我らがマブラヴの主人公、白銀武その人であった。

 つまり……。

「イケメン!! …………敵だッ!!」

「へ?」

 怨みは無いが問答無用でオレは武に殴りかかる。

 大人気ないと分かっているがオレのこれまでの経歴を知っている人ならば、これは仕方がない事だと分かっていただけるだろう。

「あれ?」

 しかし次の瞬間フワリと宙に舞うような感覚。

 視界一杯に広がる青い空と、それと同時に襲ってきた背中への衝撃によりオレは武に投げ飛ばされたのだと気付く。

 オ、オルタの武ちゃんかよ……。

「くそ……イケメン超強えぇ…………」

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫かあんた!?」

 思わずぶん投げてしまった事に焦る武の声が気絶する間際のオレの耳に僅かに残る。

 かくしてオレはマブラヴの世界に降り立った。

 平々凡々のオレがこの狂った世界で一体何の活躍ができるのか?

 いやそんな事より果たしてモテる事が出来るのか?

 ……などと言うトンチンカンな事を考えていたオレだったが、この時はまだ自分自身に大きな変化が2つ起きていた事に気付いていなかった。

 1つ目は白銀武がループする際に自分の能力を継承していたように、オレも『あ号標的』の知識を継承していたと言う事。

 そして2つ目。オレを跡形もなく消し飛ばした純夏の1撃は間違いなくオレの心の奥底に人類への憎悪と言う形でくっきりとその痕跡を残していたと言う事であった。

 これが果たしてこの世界にどんな影響を与えるのか、あるいは全く与えないのか……それはまた別の話である……。








あとがき

 あまりに主人公が可哀想だったんでエピローグを追加しました。

 蛇足になったかも知れませんが。

 自分もまだまだ甘いな。
















……ボツネタ





「イケメン!! …………敵だッ!!」

「へ?」

 怨みは無いが問答無用でオレは武に殴りかかる。

 大人気ないと分かっているがオレのこれまでの経歴を知っている人ならば、これは仕方がない事だと分かっていただけるだろう。

「あれ?」

 しかし次の瞬間フワリと宙に舞うような感覚。

 視界一杯に広がる青い空と、それと同時に襲ってきた背中への衝撃によりオレは武に投げ飛ばされたのだと気付く。

 オ、オルタの武ちゃんかよ……。

「くそ……イケメン超強えぇ…………」

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫かあんた!?」

 思わずぶん投げてしまった事に焦る武の声が気絶する間際のオレの耳に僅かに残る。

「あ~あ……まさか召喚に失敗したとは言え、いきなりマスターに殴りかかってくるなんて。こんなんで聖杯戦争勝てんのかよ……つーか弱いしこのサーヴァント」

 ……へ? 聖杯戦争? マブラヴの世界じゃないの?
 








 ――聖杯戦争。

 それはあらゆる願いを叶えると言われる伝説の聖杯を奪い合う、7人のマスターによる殺し合いである。

 マスターは己のサーヴァントを従え自らの力を証明しなくてはならない。

 サーヴァントとは別名『英霊』……過去、現在、未来、あるいは歴史上、空想上を問わず偉業を成し遂げた人間の事である。

 偉業を成し遂げた彼らは死後崇め奉られ、人の身でありながら精霊の域に達する。

 それを使役する事ができる聖杯戦争がいかに大掛かりな儀式か容易に想像つくだろう。

 ……そして今回、1人の男が英霊として召喚された。

 男は嘗てごくごく普通な一般人だった。

 それがひょんな事から運命のいたずらに巻き込まれ、多くの男達の代弁者として前を立って歩く事となる。

 結果はこの男の敗北……だがこれにより間違いなくこの男は世界の危機を救ったのだ。

 もっともこの男の功績など誰も知るはずもなく誰も崇める事もなく男は死んだ……はずだったが、見る人は見ていた。

 人々の想いは彼を英霊の座へと押し上げ再び彼の願いを成就させるチャンスを与えたのだ!!

 この男の願い。

 それはすなわち…………。









次回!! 『モテない男の聖杯戦争inマブラヴ』



【真名】吾郷 憑依(あごう ひょうい)
【マスター】白銀 武(しろがね たける)
【クラス】非モテキャラ

【ステータス】
筋力:最近筋トレしてない     戦略知識:素人、歴史オンチ
耐久:最近内臓脂肪が……    衛士レベル:対戦ゲームのカモ
敏捷:最近運動してない      不運:果てしなく

【クラススキル】
 非恋愛原子核:EX
 恋愛要素と対になる物を引き寄せる。モテない。とにかくモテない。


【宝具】
 美女は生かすイケメン殺す:C
 概念武装。美女は生かすイケメン殺す。それ以上でもそれ以下でもない。







あとがき
 すいません。適当ぶっこきました。続きません。



[16089] 新章1話 モテない男の1日目
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/12/25 17:31
新章1話 モテない男の1日目





 もしアニメやゲーム、漫画の世界に行けたなら?

 そんな空想をした事がある人は多いだろう。

 子供時代に毎日ゲームや漫画、アニメ三昧で親から勉強しなさいと叱られた経験を持つ人も多いはずだ。

 世の中にある作品の溢れんばかりの総数から見て、それだけこの分野における需要が求められている事が容易に想像できる。

 特に『美少女キャラ』を主流とした『萌え』に対する経済効果が注目されており、これが新たなビジネスに繋がるのではないかと大真面目にニュースで取り立たされたりする。

 ニュースキャスターが淡々とした口調で報道する様はちょっと笑えるが、美少女キャラを使った町おこしで900億円の売り上げを叩き出したなどと言う例もあるから決して馬鹿にはできない。

 と、なれば最初に挙げたようにそう言った世界に虜になった人たちが、2次元の世界に行ってみたいと思うようになっても何ら可笑しい話ではない。

 それは例えて言うなら野球好きな少年がプロ野球選手に憧れるのと同様、ごくごく自然な流れなのである。

 もっとも野球選手になりたいと思うのと、二次元の世界に行きたいと思うのとでは文字通り次元が違う話だ。

 野球選手ならば果てしない努力と才能等が必要とされるが、それでもまだ現実味を帯びている。

 だが残念ながら現実から漫画やゲームの世界に行きたいと言う憧れを叶えた者は人類史上1人も存在しない。

 このあまりにも非現実的な憧れ……いや、だからこそ2次元の世界にはある種の魔性的な魅力があるのだろうか?

 アニメなんか……等と非現実的なものを卑下する大人ですら『死後の世界はあると思うか?』と問われれば決して否定できないだろうし、『死後の世界はあってほしいか?』という質問に対しては大抵の大人は肯定の意を示すはずだ。

 どんなに現実を直視したところでやっぱり非現実的な物に対する憧れは捨てきれないのが人間と言うものなのである。

 さて、話は変わってここに1人の男がいる。

 名を吾郷標為(あごう ひょうい)。信じられない事にこの男は現実からゲームの世界に入り込むという本来絶対ありえない確率を引き当ててしまった男である。

 しかもそのありえない現実来訪を1度ならず2度も経験しているという稀有な存在である。

 人類の憧れである2次元の世界にやってきてしまったら有頂天になり、思う存分その世界を堪能するだろうが、残念ながら最初の世界はこの男に対して甘くはなかった。

 彼の訪れた世界は『マブラヴ・オルタネイティヴ』。

 地球外起源種、BETAとの戦いによりこの世界の人類は滅亡に瀕しており、とてもではないが平和な世界を満喫できる余裕など全く無い。

 いやそれだけならばまだ良かった。

 平和ではない壮絶な戦いの世界でこそ生まれる友情もあれば愛もあるだろう。

 出会いもあれば別れもあるだろうし、悲しみもあれば喜びもあったかもしれない。

 結果は死亡することになっても、太く短く吾郷という男の人生を燃焼させる事ができたならば、『マブラヴ・オルタネイティヴ』の世界を堪能したと言えるだろう。

 ところがどっこいこの男、マブラヴにおけるラスボス且つ死亡フラグの『あ号標的』に憑依してしまったのである。

 これでは愛もなければ、勇気も希望も何も無い。

 悪役として開き直って、いっそ人類を自分の欲望だけで滅亡に追い込む事もできたのだが、残念ながらそこまで悪役に徹しきれず結果は見事にバットエンド。

 と言うよりこの男、悪役に徹するという発想すら思い浮かんでいなかった。

 お人好しと言うか間抜けと言うか、俗に言う貧乏くじを引きやすい人間であったと言えよう。

 何はともあれ、あ号標的が死んだという意味ではその世界の人類からすればハッピーエンドであるが、吾郷からすれば間違いなくバットエンドであった。

 あまりに理不尽な死を迎えた彼であったが、天はこの男を見捨てていなかった。

 運良く(運悪く?)2度目の世界では人間として再びマブラヴの世界にやって来る事ができたのである。

 ならば今度こそはと思い直すはずである。

 平和な世界は満喫できなくても折角やって来たマブラヴ・オルタネイティヴの世界。

 原作にどんどん介入してストーリーも自分好みに変え、あわよくばヒロインと仲良くなり恋仲にッ! いやいっそハーレム展開をッ!

……と、仮に助平心丸出しで欲望と言うドス黒い感情に忠実に身を任せたとしても、それは何らおかしい事ではない。

 そのはずなのだが。

「はぁ……クソダルイ……」

 初っ端からこの男、やる気ゲージゼロの状態でスタートを切っていた。

 ゴロッと寝返りを打つ吾郷の背中に折り畳み式の腰掛けとも言えぬ、プラスチック製の板のひんやりとした感触が残る。

「くそ……頭いてぇ……」

 誰もいないのを良い事に吾郷は内心の愚痴を言葉として外に出す。

 今彼のいる場所は国連太平洋方面第11軍、国連横浜基地の営倉の中だ。

 自分のいた世界に比べて初秋にしてはこの営倉は肌寒い。

 周りを石造りの壁に囲まれている上、日の光も入らないためひんやりとした空気がまるで冷蔵庫の中のようだ。

 その寒さに与えられたフライトジャケットだけで耐える。

 自分がこの世界に来訪した時は真夏のクールビズな格好だったわけだから、そう言った意味ではこの防寒具はありがたいが、それに感謝して良いのか、それとも何も悪い事はしていないのにこの扱いは何だと怒るべきなのか?

 寝る時には毛布か何か上にかけるものを持って来てくれるという事だが、出来れば今すぐにでも持ってきて欲しい所だ。

「おのれイケメンめ……何だこの扱いの差は……。差別だ……モテる男とモテない男の差別だ。差別……そうだそうに違いない」

 最初の世界では何度口にしたか分からないイケメンに対する怨嗟の言葉を口にする。

 思い返す数時間前の話。

 いきなりこの世界にやって来た自分は、マブラヴの主人公こと白銀武に遭遇してつい殴りかかってしまったのだ。

 まぁそれについては悪いとも思っていないし後悔もしていない。

 だが結果は見事に返り討ち。

 半分意識が目覚めた時には横浜基地の正門前であった。

『オルタネイティヴ5……やばいんじゃないですか!?』

 原作通りの台詞で武が夕呼に意味深な言葉を吐き注意を引く。

 薄ぼんやりとした吾郷の視界には眉をしかめた香月夕呼と、武の言葉の意味が分からず頭に『?』マークを浮かべる東洋系と黒人系の門番兵の2人。

『ごめんなさい……彼、あたしの知り合いよ。連れて行っていいわね?』

 しばし黙考した後、夕呼は武の言葉を放置できないものと判断したのだろう。

 イケシャアシャアと体の良い嘘をつき、白銀武を横浜基地に招き入れる。

『はぁ……』

 夕呼の言葉に納得できないものがあるのか東洋系の男が曖昧な返事を打ちながらも命令に従う。

『それでは……この男はどうしますか?』

 黒人の男が吾郷を肩に担ぎ夕呼に問う。

 意識は取り戻していたが吾郷は気絶したふりをしながら自分に置かれた状況を整理する。

 どうやら自分はあの後、白銀武に担がれてここまで来たらしい。

 それについて吾郷は素直に感動する。

 何だよ。いきなり殴りかかってきた人間を捨てておかないで連れてくるなんて……こいつ思ったより良い奴じゃないか。

 さっきは殴ろうとして悪かったかな? などと考えていると、夕呼がチラリと目を向けて門番に言う。

『とりあえず営倉にぶち込んでおいて。尋問等の検査は後でちゃんとやっておくように』

『『――は! 了解いたしました』』

『シロガネタケル? あなたもそれで良いわね』

『まぁ……しょうがないですね』

 武はちらりと吾郷の方を見て何か言いたそうな表情をしたが、直ぐに夕呼の言葉に同意を示す。

 かくして武は現在夕呼と面会を果たし、吾郷は営倉に放り込まれることとなったのである。

「うが~~!!」

 すっかりやる気を失った吾郷は頭と両膝を抱え込み、団子虫のように丸まった状態で腰掛の上でふてくされる。

 外から見るとまるで大きなサナギが腰掛の上に乗っかっているかのようだ。

 ……いい年こいた大人がハッキリ言って不気味である。

 別に吾郷としてもさっきの武の行動が間違っていたなどとは思わない。

 自分だってきっと逆の立場なら同じ事をするだろう。

 だがだからと言って、それで納得できるかと言えば別問題である。

 片やVIP待遇、片や営倉行きではその扱いの差に不満を覚えるのは当然の事と言えよう。

「……もう良いよ。きっと皆のタケルちゃんが頑張って人類救ってくれるだろうから、オレはのんびりその時までここで待機してるさ……。むしろオレが変な介入をしたらそれこそより悪い未来に行き着くかもしれないし……」

 ダメ人間モードに突入した吾郷が狭い腰掛の上で器用に2回3回と寝返りを打つ。

 この後に数時間にも及ぶ尋問及び検査が控えていると思うと欝になってくる。

 面倒くさい、かったるい、ダルイ……。

 ラーメン食いたい。酒が飲みたい。元の世界に帰ってインターネットやりたい。

 これならまだ会社のムカつく上司にいびられてた方がマシだ。

 いやごめん、やっぱりそれは無い。

 あ~、元の現実の世界に帰る手立てが無いなら、別の並行世界に行くってのも有りだなあ。

 年収1千万超えの職種について、美人な彼女をゲットした勝ち組の人生を歩んでいる……そんな並行世界に行けたら良いのに……。

 などと糞の役にも立たない現実逃避した事ばかりを先程からずっと考えている。

 もし彼がこのマブラヴの世界に今回初めて来たのであれば、もっとやる気を出していた可能性は十分あった。

 マブラヴの世界では人類が絶滅の危機に瀕しているのだから、自分だけ何処か安全な所に隠れていようなどという都合の良い我侭は許されない。

 どうせ何処にいても死亡フラグが満載なのであれば、原作キャラと協力しながらより良い未来を作っていこうするのが自然な流れだ。

 例えこのような仕打ちを受けてもヒロイン達と交流を持てる事を考えたら、こんな物は一時の苦労に過ぎない。

 だが残念ながら彼はトリップ2回目の経験者。

 それも1回目の時にマブラヴ世界の全人類の敵として消し飛ばされた存在であるため、本人は気付いていないがそこまでして人類を、はてはヒロインを助けたいなどと言う気持ちはさらさら無くなっていた。

「……まぁとは言ってもいつまでも不貞腐れてはいられないか」

 やる気は出ないがとりあえずは現実を直視する事をようやく決めた吾郷は、やれやれと気だるげな声を上げながら重い体を引きおこす。

 このまま寝転がっていれば白銀武が『あ号標的』を倒してくれると思うが、まず自分だけが数ヶ月も何もしないで営倉暮らしを満喫する事など土台無理な話である。

 まず間違いなく自分も何らかの形でBETA戦争に駆り出されるだろう。

 付け加えて、もし仮に営倉暮らしを満喫できたとしても確か原作のイベントではBETAが横浜基地に襲撃して来た事があったはず。

 小型級のBETAが押し寄せてくるか、それともここが崩れ去るかは分からないがともかくその時にここに居ては無事では済まない。

 現実来訪して数ヶ月何もしないで引き篭もってそのまま死亡するなんて間抜けにもほどがある。

「くそ……白銀武に殴りかかったのは失敗だったな」

 武に横浜基地に担ぎ込まれた事により自分の選択の幅が狭まってしまった。

 半ば強制的に国連軍の兵士として働く事となりそうだ。

 吾郷はトータル・イクリプス等は読んでいないため、マブラヴの世界はオルタの範囲でしか知らない。

 そのため他の国の情勢は知識として持っていないが、それでも例えば日本帝国に所属すると言う選択肢もあったはずである。

「ん~~、まずはどうやったら元の世界に帰れるかだよな。やっぱり」

 腕組みしてみた物のハッキリ言ってそれほど深いことを考えているわけではない。

「とりあえず前の世界ではあ号標的、というかオレが死亡したらこの世界に来たわけだから目標は打倒あ号標的か?」

 正直どうしたら良いのか分からないので適当に目標を定める。

 この世界の人類からすれば『打倒あ号標的』は、最大の目標であると同時に半ば夢物語に近い。

 だが原作知識のある吾郷からすれば話は違ってくる。

 自分を気絶させた白銀武は間違いなく軍事経験を積んでいた。

 つまり、人類敗北のアンリミテッドの武ではなくオルタの武ちゃんな訳である。

「って事はだ。オレは何もしなくてもあ号標的は武達が勝手にやっつけてくれるって訳だ、うん」

 となれば自分の取るべき行動は決まっている。

「いかに戦わないでのらりくらりと数ヶ月間生き残る事ができるかだよな」

 ……自分の身の振り方を考えて10秒で吾郷は我が身の保身に走った。

 この世界で必死にBETAと戦っている人類からすればあまりに身勝手、あまりに臆病と非難されるだろうがこれが現実来訪した男の行動である。

「できればPXで皿洗いでもして過ごせれば良いんだけど……あ~~戦いたくねぇ! 戦いたくねえよ!!」

 誰もいない営倉で1人吾郷は頭を抱えながらじたばたと無駄な思考に耽る。

 暗く寒い営倉の中で吾郷の声が響きわたる。

 彼がこの世界で戦い抜こうという覚悟を持つのは一体いつの事か?

少なくともまだまだずっと先の話になりそうである。









 さてさて、営倉で吾郷がろくでも無い事を考えていた時、検査を終えた武が夕呼と相対していた。

「ループによるループ……面白い事になったわね……」

 話を一通り聞き終えた夕呼が武に突きつけていた銃口を降ろす。

 とりあえず説得に成功して武は安堵の息を漏らす。

 この距離で夕呼の腕じゃ弾が当てられないという事はわかっているものの、それでも万が一がある。

 毎回毎回銃口を突きつけられるこちらの身にもなって欲しい。

「えぇ。オルタネイティヴ4が失敗した世界では人類の敗北しか残されていない。一方オルタネイティヴ4が成功した世界では『あ号標的』の撃破の成功にまで漕ぎ着けます」

「あ号標的を?」

「はい……もっとも撃破できる可能性は低いので今回も必ず成功するとは限りませんが」

 奥歯を噛み締め、震える拳を強く握る。

 俯き加減の武の表情から、あ号標的の破壊がどれだけ困難なのかを容易に推測する事ができる。

 ここで1つ訂正が入る。

 吾郷はこの世界の武の事をマブラヴ・オルタネイティヴの白銀武だと思い込んでいたが実は違う。

 今ここにいる白銀武はマブラヴ・オルタネイティヴのイフのエンドを向かえた存在。

 元の世界に帰らずBETAのいる世界を戦い抜き、また何度もループを繰り返してきたスーパーな武ちゃんなのである。

 今までの並行世界における最高階級は准将、軍団規模(3万以上)のBETAを単騎で蹴散らした事もあると言う何とも無茶な設定ぶり。

 正にこの世界におけるチートキャラと言えるだろう。

 だがそんな彼でもフェイズ6であるオリジナルハイヴの攻略、ひいては『あ号標的』の撃破は困難極める。

 未来知識と卓越した技能を持ったスーパーな武ちゃんが、世界に介入しまくって戦術機のパワーアップ等を行った最高の状態でも成功確率は良くて五分五分。

 純夏を初め、自分の仲間であるA-01を全員救った事は1度もない。

 ……本当に様々な方法を試した。

 ある時は帝国側に着き、ある時はオルタネイティヴ5側にも着いてみた。

 何度も試してみた結果、結局1番最初の方法どおり横浜基地に行き、夕呼の元でオルタネイティヴ4を完成させる事に協力する方法が一番効率の良い方法だと武は悟った。

「夕呼先生。……提案があります」

「……言って御覧なさい」

 腕を組んだ状態で立ちふさがる自分が超えなくてはならない香月夕呼という第1の難関。

 自分が因果律導体による未来の並行世界から来た存在である事を、夕呼に信じさせる事はさほど難しくは無い。

 ゲームガイを持ってくるも良し、霞に調べさせてはどうですかと言っても良し。

 先程の対話で後者の台詞を言った時、夕呼のポーカーフェイスが一瞬崩れたのはいつもの並行世界と同じであった。

 夕呼側についた際の最初の行動は、武の機動を最大限に活かせるXM3をいち早く完成させる事と、A-01ならびに207B分隊を自分が鍛えて戦力の強化の2点である。

 これは可能ならば早ければ早いほど良い。

 衛士としての実力を見せれば夕呼は自分を優秀な手駒として見てくれ、教導官の資格とそれなりに高い地位をオマケで付けてくれる事が多かった。

 とっとと夕呼から信頼を得たいところだが、さて今回はどうなるだろうか?

 ここまではテンプレ乙……もとい初手の段階におけるいつも通りの行動パターンである。

 本題はむしろここからだ。

 自分には他にやる事がまだ沢山あるのだから、こんな所でつまずいてはいられない。

 より良い未来を成し遂げるためには、今までのループの世界とさらに違った行動を取らなければならない。

 1つ気になると言えばこの横浜基地に来る前に拾った男。

 自分の背負い投げに対して受身も取れないほどの素人。

 ハッキリって弱い。弱すぎる。

 ……だがそれが逆に不気味だ。

 そんな男がいったい何故、廃墟となった柊町周辺をうろついていたと言うのか?

 頭によぎった疑問点を武はとりあえず保留し、目の前の夕呼にXM3の開発と自分が教導官になることのメリットの説明に集中する。

 一通りの説明が終った後、数秒の間を空けながら夕呼が口を開いた。

「ふ~ん。いいわよ」

「えッ!?」

「あら何? XM3とやらの開発と教導官としての資格でしょ? その手続きをして欲しかったんじゃないの?」

「い、いやそう何ですが……で、ではよろしくお願いします」

 あっさりと了承した夕呼の返事に逆に武は面食らう。

 何? 何だこれは?

 この違和感。

 本来喜ぶべきはずの事なのに、武の中で不気味なざわめきが起きる。

 あまりにも上手く行き過ぎだ。

 香月夕呼という女性を武は良く知っている。

 彼女は自他共に認める天才であり、それ故にそう簡単に人を信用しようとはしない。

 いや、そもそもいきなり未来の並行世界からやってきました。などと言う夢物語にしか聞こえない言葉をすぐさま信じる人間がいると言うのか?

確かに今この会話を、人の心を読み取れるESP能力を持った社霞が聞いているのだろうから、それなりの信憑性はあったのだろう。

 だがそれだけで彼女が本当に信じてくれるだろうか?

 いやない、断じてない。

 何か……何かが引っかかる。

 この背中にべったりとまとわりつくような黒い不安……。

 その正体に武が気付くのは、もう少し後の話である。



[16089] 新章2話 モテない男に出番なし!
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/07/30 20:20
新章2話 モテない男に出番なし!




「…………さて、どうしたものかしらね?」

 白銀武が部屋から出て行ってから1時間ほど経過した。

 香月夕呼は何をするでもなしにデスクチェアの背もたれに寄りかかりながら煩雑に散らかった部屋を眺める。

 床に積み上げられているファイル。

 その中に納まっている資料は全て人類の未来を背負った貴重なものであり、彼女がこれまで積み上げてきた努力の結晶である。

 だがその積み上げを吹き飛ばす事件が今朝起きた。

 突然未来の並行世界からやってきたという男、胡散臭い話だが行き詰った研究の気晴らしにでもなるかと思ったらその正体はとんでもない情報源の塊だった。

 まさに天からの恵みというべきか?

 何気なしに開けてみたら大判小判に金銀財宝がぎっしり詰まった宝箱を突然手に入れた気分だ。

 この天からの恵みをどう活かすかが今後の人類の未来を決める鍵となるであろうという事を夕呼は予感していた。

 既に冷め切ったコーヒーを夕呼は一口くちに含む。

 この世界では贅沢品にあたる天然のコーヒーの香りと深い苦味が口の中に広がり疲れた頭をクリアにしてくれる感じがした。

 そう……金銀財宝にあたる情報を手に入れたからといって浮かれてばかりはいられない。

 武から得た情報は何も宝と呼べるものばかりではないのだ。

 中には世界を破滅に追いやるであろう危険な爆弾も含まれていた。

 だが香月夕呼はこの爆弾を安全な倉庫に隠しておくつもりは無い。

 慎重に、しかし大胆に来るべき時がきたらこれをも使用していく腹積もりだ。

「まずは最初にやるべきことは……」

 もう1口コーヒーを飲みながら夕呼はパソコンの電源を入れる。

 あれから夕呼は武から00ユニットの理論を手に入れる方法を教わった。

 BETAのいない平和な世界で物理教師をしている自分からその理論を手に入れてくるのだという。

 電源の入ったパソコン画面に自分の不機嫌な顔が反射して映し出されている。

 まったく舐めた話だと夕呼は思う。

 自分がこれだけ頭を悩ませていると言うのに、生活環境が違う命の危険が全く無い並行世界の自分は詰まらないゲームをやっていたら突然閃くというのだから。

 物理学者として、研究者として、オルタネイティヴ4の最高責任者として同じ自分に負けたというのは少々悔しい気持ちもあるにはあるが、彼女はそれを感情の外に置き、自分のなすべき事について考える。

 香月夕呼とはそういう女性だ。

 自分のくだらない感情を捨てきれず目の前の利益を掴み損なうというミスは決してしない。

 必要とあれば何であろうと容赦なく切り捨てるし、自分の魂を悪魔に売り渡すような契約であろうと平然と行う。

「さしあたっての問題はODLの浄化装置か……」

 本当ならばすぐにでも00ユニットを作りたいところだがそれは駄目だという。

 00ユニットの量子伝導脳を冷却、浄化する装置はBETA由来物質であるODLを用いているため、この設備は横浜基地奥深くにある反応炉と繋がっている。

 これが非常に問題らしい。武の話では反応炉はBETAのエネルギーを供給しているだけでなく情報伝達の媒体にもなっているために、00ユニットが稼動したら最後、あ号標的が00ユニットから人類の情報を一気に収集してしまうというのだ。

 この問題を解決するまでは00ユニットは動かすべきではないとは武のアドバイスである。

 初めて00ユニットが完成した世界では、それゆえに急遽桜花作戦を実行せねばならなく、またその作戦の後には00ユニットとなった鑑純夏は自らその機能を停止させたという。

 たしかに00ユニットがBETAに情報を流さなければ、桜花作戦後も準備を整えて行えるから成功の確率はより高くなる。

 だが武のアドバイスは意図の裏には恐らく人類により良い未来を、という他にも鑑純夏を助けたいという方が強くあるのだろう。

「なんともまぁ甘ったれた英雄さんだ事……」

 ループを合わせた武の年齢は自分より上らしいのだがそういった甘さが抜けきれない所は彼の長所とすべきか短所とするべきなのか?

 夕呼は口の端に笑みを浮かべる。

「面白いじゃない……」

 ODLの浄化装置の問題については武曰く自分なら解決できるという。

 何回もループしているならその解決策の公式ごと暗記してきてくれれば良いのにと思うが、さすがにそこまでは上手くはいかないらしい。

 コーヒーカップを机の上に置き、パソコンに向かおうとした時、突然自分の部屋の電話がなる。

 電話に表示されたナンバーから相手は社霞からだと認識できた。

「……もしもし、どうしたの社?」

 さぁこれからだと言う時に出鼻を挫かれて夕呼は少々不機嫌な声を出してしまう。

 だが夕呼の助手を任されるほど優秀でオルタネイティヴ4の計画には欠かせない存在である彼女からの電話は夕呼としても出ないわけにはいかない。

「――ッ! 何ですって? 『カガミスミカ』が目覚めた!? ……そう、一瞬だけ? 今はまた眠ってる状態に……? えぇ……分かったわ。私もすぐにそっちに向かうから」

 霞からの連絡を受け、夕呼は受話器を本体に置く。

「フフ……くっくっく…………あーーーーはっはっはっはッ!!」

 突如彼女は笑い出す。

 黒い影が見えるその笑い声。

 彼女を良く知るものが見たら、彼女が今何を考えて、何をしようとしているのか手に取るように分かるだろう。

「まさか来訪した初日にこの世界に変化をもたらすなんて……! これも因果導体の力というわけなの? 面白い! 面白いわ! 白銀武!」

 突如吹いた神風が自分の背中を後押しし、一気に目的地まで辿り着くことができるかのような奇跡!

 神などこれっぽっちも信じていない香月夕呼だがこのときばかりは神に感謝したい。

 この向こうから転がりこんできた圧倒的までの幸運。他の人間ならばいざ知らず自分は必ず物にしてみせよう!

 例え後の歴史において自分が魔女と評されようと、外道と下げずまれとも構わない。

 BETAを滅ぼせるのであればこの首を喜んで処刑台に乗せようではないか。

 自分の手は既に血にまみれている。

 ならばいっそう体の隅々まで、――否、魂まで穢れてみせよう。

 これが自分の選んだ最良の未来を掴み取るための選択なのだから……。












「……以上をもって午前の訓練を終了とする! ――解散ッ!!」

「「「「「「――ありがとうございました!!」」」」」」

 次の日、夕呼の配慮でA-01部隊の指導官に着いた武は早速彼女達を訓練することとなった。

 とは言っても今回の目的は訓練ではなく、どちらかというと武がどれだけ使えるかを目的とした試験に近い。

 これも度重なる並行世界においてはいつもの事、ヴォールグデータでのハイヴ攻略かヴァルキリーズとの模擬戦が定番なのだが今回は後者の方であった。

 時間の無駄だから全員いっぺんにかかって来いといった武の挑発に、副隊長の水月がふざけんじゃないわよと顔を真っ赤にさせて先陣を切って、結局全員勝ち抜いてしまうといういつものお約束、通称『ヴァルキリーズフルボッコイベント』をテンプレ通り進めて今にいたる。

「じゃあ、改めて紹介するわね? 今日からアンタ達の教官を務める白銀武『少佐』よ。見ての通り戦術機の機動は化物だからみんなどんどんコイツの技術を吸収するように」

「「「「「「……了解しました!!」」」」」」

 夕呼の言葉に伊隅ヴァルキリーズが声をそろえる。

 どうやら夕呼の試験結果で自分は『少佐』という事になったらしい。

 少佐と言えばまぁ悪くない。ループでいうとごくごく平均的な結果といえるだろう。

 自分の階級がどのようになるかは実は若干のずれがあるらしい事を武はループより学んでいた。

 ちなみにこの階級の基準は派手に勝ちを収めれば収めるほど高くなる。

 平たく言うとヴァルキリーズをフルボッコすればするほど夕呼から好評を得られて階級が上がるという仕組みだ。

 いつだったか度重なるループにちょっと疲れていた時、『ずっと俺のターン』と叫びながら無限コンボでボコボコにしたら『大佐』の階級をゲットすることができた。

 もっともその後自分のあだ名が『TAKERU』になってヴァルキリーズとの人間関係がちょっとギクシャクしてすっかり冷え切ってしまう羽目になってしまったが。

 何事もやりすぎは良くないという事である。

「茜! 白銀少佐の記録持ってきて! これからPXで打ち合わせするわよ! 午後の訓練で少佐をギャフンと言わせてやるんだから!」

「は、はい! 分かりました!」

 涼宮茜が水月の言葉に従いロッカールームとは逆の方向に走りだす。

 それにしてもわざわざ大声で宣戦布告するとは相変わらず水月の性格は分かりやすい。

 彼女から発せられるリベンジの炎がメラメラと燃え、水月の周りだけ陽炎ができているかのようだ。

「あ、茜ちゃ~ん待ってよ~~」

 水月の後ろに付いてく茜……の後ろをついて行くのは築地多恵。

 彼女はどこの並行世界においても茜の近くにいるような気がするのだが、その理由は未だに武は見つけることはできていない。

(つーか、いつものみんなより何か強くないか……?)

 昼食に向かっていく自分の仲間の後ろ姿を見ながら武はさっきの模擬戦を思い出す。

 伊隅ヴァルキリーズを全員勝ち抜きすることができた武であったが、内心は穏やかではなかった。

 先ほどの模擬戦、いつもと違いひやりとさせられるシーンがいくつもあったのだ。

 それは単純に彼女らの戦闘技術がいつもより高いというだけではない。どちらかと言うと彼女達の気迫や集中力がいつも違うという感じだった。

 ただの模擬戦でもこちらに伝わってくるあの鬼気迫る気迫は、嘗てどこかのループの世界で武は体験したことがある。

 ……あれは一体いつの事だったか?

 割と最初のころの世界だったと思うのだがいまいち思い出せない。

 ループの全ての記憶を武は覚えているわけではなく、ところどころ虫食い状態なのだ。

「白銀少佐! よろしければ一緒にお昼に行きませんか?」

「私もお願いしたく思います。先の模擬戦における機動、この御剣冥夜感服いたしました。ぜひご指導願えればと存じます」

「……早く行かないと焼きそばなくなっちゃいますし急ぎましょう」

「あ、あぁ分かった……一緒に行こう」

 親しげに声を掛けられ武は我に変える。

 で?……何でこいつらがここにいるんだ?

 目の前にいるのは自分にとってもっとも付き合いの古い同期の仲間である御剣冥夜、榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、鎧衣美琴。

 この5人が正規の国連軍衛士の強化装備をその身に纏いながら既にここにいたのだ。

 本来彼女達はここにいないはず。

 1回目の総合戦闘技術演習に落ち、訓練兵である207B分隊として神宮寺まりも軍曹の下で指導を受けているはずなのだ。

 だがそれでもここにいるという事実……。

 これは武からすれば異常事態。

 明確な食い違い……。

 考えられる理由はただ1つ……!

(……まいった、イレギュラーの世界かよ)

 彼女達が今ここにいるという現実を直視した武は1つの結論に達した。

 いや……たまにあるのだ。いわゆるイレギュラーの世界というやつが。

 何度も何度もループを経験している白銀武だが、20回に1回か、30回に1回か、ともかく基本的な時間軸と異なる世界に飛ばされることがあるのだ。

 ある時は毎回飛ばされる2001年10月22日ではなくもっとずっと前の時代であったり、またある時は自分以外の異世界からの来訪者とも出会ったりと、それはもう本当に自分の知る世界とはまるで違う。

(……くそ、厄介だな)

 いきなりの誤算。

 苛立ちを紛らわせるかのように衛士の強化装備に身を包んだ武はプロテクターで覆われた足で地面を蹴った。

 コンクリートで覆われた格納庫に武の足音が響き、高い天井がその音を反響させる。

 武がイレギュラーの世界を厄介と認識しているその理由。

それは歴史が自分の知識どおりに動いて行かない事だ。

 つまりは未来知識を生かした行動を取れないのである。

 ……いやそれだけなら良いのだが、いつもの世界では正しい選択がイレギュラーの世界の世界では最悪の結果を生む場合があるのだ。

 かつて飛ばされたイレギュラーの世界でこういう事が起きた。

 狭霧達によるクーデター事件を阻止しようと煌武院悠陽に協力を仰ごうとした時の事。

 基本軸の世界ではその行動によりクーデターを未然に防ぐことができたので、武はいつもと同じように行動した。

ところがそのイレギュラーの世界では本来正しいはずの行動が全て裏目裏目……!!

 なんとその世界において悠陽はクーデター推奨派だったというとんでもない誤差があったのだ!

 五摂家の復権を望み、今こそ日本人は自分達の旗本において真に一丸となるべきと考えていた悠陽は狭霧達の行動を支持していた。

 自分が良かれと思った武のクーデター阻止という行動は悠陽からすれば邪魔以外の何物でなく見事に失敗!

 そして何故か最後は自分までもクーデターに協力する事となって冥夜達と敵対してしまうという最悪の結果に辿り着いてしまったのである。

 まぁこれは極端な例だがつまりはそういうことだ。

 ループを経験したスーパーな武の最大の武器はチートな戦術機の腕前ではなく並行世界から得た知識にあった。

 これが封じられてしまうのは正直かなり痛い。

 だがここでふと、武は目の前の冥夜たちに視線を向ける。

 自分の前を歩き、笑顔で談笑する5人の少女。

 自分の中で声が聞こえる気がした。『この程度の事で音を上げるのか?』と。

 それは別の並行世界に住む白銀武からのメッセージだろうか?

 ……そう! その通りだ!

 たとえどのような世界に飛ばされようとも武が諦めることなどありえない。

 白銀武とはそういう男だ。

 いや、数々の並行世界での経験が武をそういう風に育てたというべきか?

 潜り抜けてきた死線の数々。

 未来が予想できないからと言ってそれが何だというのか?

 本来未来とはそういうものだ。

 予想がつかないからこそ人はより良い未来を掴もうと努力するのだ。

 ならば自分のやるべきことはいつもと変らない。

 死力を尽くして任務に当たれという伊隅ヴァルキリーズの教えに従うまでの事……!!

 それで駄目だったら潔く死のうではないか。

 それにイレギュラーの世界は何も悲観的なことばかりではない。

 イレギュラー世界に発生した特有の誤差はうまく利用すれば逆に強力な武器になるのだ。

 例えば2001年10月22日以前に飛ばされた場合、それだけ長い間の準備期間を設けることができるし、また自分以外の並行世界の来訪者と遭遇した場合には、彼らと協力関係を結べばより多くの仲間を救うことができる。

 今回のイレギュラーの発端……。

 それはどこだったかと武は自分の記憶を探る。

(あの男か……)

 武の中で横浜基地に行く途中で拾ってきた男の顔が浮かびあがる。

 通常の世界ではありえない遭遇。

 思えばあれが最初のイレギュラーだった。

 これまでの経験上あの男が異世界の来訪者である可能性は十分にある。

 異世界からの来訪者と遭遇するイレギュラー世界の場合、その来訪者をよく観察しておく必要がある。

 本来起こる歴史のズレ、誤差、亀裂はその人物を基点として発生するからだ。

「とりあえずは夕呼先生にこの事を伝えておくか……俺が取るべき行動はそれからだな」

 自分がとるべき行動を決めた武は同期の元207B分隊の後を追う。

 願わくば今回生じたイレギュラーの突端が自分にとってのプラスになることを祈りながら……。









 一方そのころ吾郷は……。

「あれ? 俺の出番はこれでお終り?」

 営倉の中でずっと放置されていた……。



[16089] 新章3話 モテない男の対面
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/08/21 01:17
新章3話 モテない男の対面





 子供の頃から吾郷はとにかく目立たない存在だった。

 自慢できるほど勉強ができたわけでも、スポーツができたわけでもない。

 かといって逆に成績が悪かったわけでもなければ運動音痴でもなかった。

 校則もごく普通に守っていたし、授業もたまに居眠りしてしまうことはあったが基本的には真面目に受けていた。

 教師からすれば手間がかからない楽な生徒。学生時代の同級生に吾郷のことを聞けば「そんな奴いたっけ?」という反応かもしくは「あぁいたなそんな奴」という2つのパターンが返ってくるだろう。

 そういった意味ではもうちょっと人間関係に積極的に取り組み、自分というものをアピールすべきなのかもしれない。

 小学校の通信簿によくこう書かれていたものだ。「吾郷君はもっと積極性を持ちましょう」と……。

 だが吾郷はどうにもそう言う事が苦手で、且つ自分のこの性格を受け入れいていた。

 中学の頃の吾郷は「できれば目立ちたくない」、「面倒なことはごめんだ」、「自分はクラスの空気キャラで良い」と考えていた。

 そんな事だから中学の修学旅行ではトイレ休憩の際にバスに置いていかれたりするのだ。

 同じ班の友達ですら自分がいないことに気付かなかったのはさすがにショックで、その時ばかりはもう少し自分の性格を見直したほうが良いのではないかと真剣に考えたが、結局は変らなかった。

 常にたくさんの友達と一緒にいるよりかは、ある程度の距離感があるほうが吾郷にとっては気が楽なのである。

 物事に対してサボりもせず、かと言ってがむしゃらに頑張るわけでもない。

 良い意味でも悪い意味でも目立つことの無いどこにでもいる一般人。

 それが吾郷標為という男だった。

 学校行事である文化祭、体育祭も適当に準備を手伝い、適当に参加して、のらりくらりと3年間高校生活をおくっていたら卒業アルバムに自分の学生生活の様子をうつした写真が1枚も無かったのにはビックリしたものだ。

 そんな性格の吾郷であったが営倉に放り込まれて3日目、さすがに色々と不安になってきた。

(何なんだこれ……さすがにまずいんじゃないのか?)

 今日も昨日と同じく放置されたままの吾郷は片足を組みながら簡易式の腰掛に座りながら現状を見つめ直す。

 いくら自分が1人でいることの慣れていると言っても、部屋でまったり過ごすのと営倉で過ごすのとではまるで違うのである。

 無機質な硬い壁に鉄格子。

 冷たい寒空の空気が身にしみる営倉の中では1日の時間が何倍も長く感じられる。

 おまけに何故自分がここまで放置されているのかまるで分からない。

 確かに自分は不審者だ。

 しかし尋問されればある程度正直に話して身の潔白を証明する所存である。

 ……というより既に1日目の尋問ではそうした。

 さすがに自分が並行世界で「あ号標的」だったなんて事は言わなかったが、自分の名前や元の世界の住所は正直に話してある。

 だが尋問があったのはその1日目だけ。

 あとの2、3日では見事に放置を食らっている。

 結果を待つ身としてはこの時間が非常に辛く、どんどん精神が磨り減っていく。

 子供の頃より培ってきた自分の固有スキル『気配遮断(EX)』が知らず知らずのうちに発動したのだろうか?

 あるいは1日目の尋問で何か自分がやらかしてしまったのか?

 社霞のリーディングによって自分が『あ号標的』の情報を持っているという事がばれている可能性もあると思うが、だったら尚のこと放置するだろうか?

 それともただ単に忘れられただけなのだろうか?

 人間はミスをする……。これは絶対だ。たとえ厳しい軍であってもミスというものは必ず起きる。

 たとえば1日目の尋問結果がたまたま香月夕呼に届いていないとか、あるいは届いていてもたまたま夕呼がまだ結果を見ていないとか、ともかく可能性は限りなく0に近いがそういった可能性はたしかにある。

 ……と自分に都合のいい言い訳を考えている吾郷であるが、やっぱり本当のところを言うと不安で仕方が無い。

 もしかしたら! いやだがしかし! と何度も何度も同じような思考が頭を巡り、その度に気分が滅入ったり楽観的になったりとを繰り返している。

 ここに入れられた最初の日は営倉で数ヶ月間放り込まれたままで、人類があ号標的を撃破することを待つのもありかと思っていたがそれは無理だと吾郷は判断した。

 この黒くモヤモヤした異物が胃の中に広がるような不快感。

 吐き気がこみ上げ、頭痛がする。

 人間の体に戻ったことにより感じる、このどこか懐かしい最悪に鬱な気分はあれだ……またあの厳しいノルマと長時間労働を余儀なくされる自分の会社に向かわなくてはいけないのかと言う休み明けの朝の心境に似ている。

 はっきり言って精神がもたない。

(というより誰かと会話がしたいな……)

 吾郷が営倉の周りをキョロキョロ見渡す。

 この男がここまで会話に飢えるとは本当に珍しいことだが、それも致し方ない。

 何故なら吾郷があ号標的であった時より数えて1年以上、この男が誰かと接した機会といえば、純夏たちに殺された時、この世界で転生して武に投飛ばされた時、そして3日前の尋問を受けた時だけである。

 ……まともなコミュニケーションは1つもないのだから。

「あ~~ちょっとすいません……」

「何だ?」

 思い切って鉄格子越しに自分を見張る看守2名に吾郷は声を掛けてみた。

 吾郷の呼びかけに答えて2人の男がこちらを振り返り、じろっとこっちを見る。

 片方はおそらく自分と同じ日本人。

 もう1人は黒人でどこの国の出身なのかは分からない。

 2人ともボロボロの防寒ジャケットを羽織り、自分より遥かにガタイがしっかりしている。

「あ、いや……」

 人付き合いが苦手な吾郷は見知らぬごつい男達に睨まれ、声のトーンを1ランク下げる。

「何だ? 用があるならはっきり言わんか?」

「す、すいません……!!」

 軍人の迫力にびびりっていきなり謝った。

 実にヘタレな小市民である。

「……あの……自分ここに入ってかれこれ3日経つじゃないですか? それで何の音沙汰もないからどうしたのかなぁって」

「知らん! 結果が出るまで大人しくしていろ」

 黒人の男の方が一言ばっさり切り捨てる。

「う、じゃあ俺と一緒にこの横浜基地に来た男の方はどうなりましたか?」

「……ん? 誰だそいつは?」

「ひょっとしてあれじゃないか? 最近新しくこの基地に派遣されてきたって言う……」

「あぁ、あの期待の天才衛士か……」

 吾郷を置いてあれとかなんとか抽象的な表現で看守2人はやりとりしている。

 どうやら白銀武の存在はこの基地でも噂が広まっているようだ。

「何だ……それだったら一緒に来た俺だって身の潔白が証明できたって事でここから出してもらえないですかね?」

「いや、そう言うわけにはいかんだろ?」

「まぁ普通に考えて無理だな。諦めろ」

 どさくさに紛れて出ようとする吾郷の言葉に2人は呆れた表情を浮かべため息を吐く。

「ハァ、何てことだ。どうせあれだ……。武のやつは今頃冥夜とか霞とか可愛い女の子達と和気あいあいやっているに違いない! くそ……イケメンとの格差が身にしみるな……」

「何だかよく分からんが、まぁその……元気出せ」

 吾郷が武の名前を出したことはお互い知り合いなのだろうと勘違いした看守は慰めにもならない慰めをする。

 ちなみに吾郷の予想した武の現状はズバリ的中していたことは言うまでもない。

「ところで今言ったイケメンってどういう意味だ?」

 吾郷の言葉が気になったのか黒人の看守が尋ねる。

「イケメンって言うのは……いけてる面(メン)、つまりは顔の良い男、そこから転じて常に女が周りに群がっているようなモテる男の事です。ちなみに俺はBETA、イケメン、ゴキブリの順でこの世から消えてもいいと思っています」

「おいおい……」

「いやまぁ、確かにモテる男が腹立たしい気持ちはよく分かるが」

 2人の看守は吾郷の独自理論に半分同意しつつも苦笑を浮かべる。

 強面ながらも警戒心が若干解けた2人の看守の表情を見て、吾郷はこのまま上手くいけば彼らと世間話ができるのではないかと思った。

 さて? どうしたものか?

 何か話題はと思考を巡らすと、前回の世界での話などはどうかという考えが浮かんだ。

 ちょうどイケメンの話題が上がったのだからタイミング的にはちょうど良いだろう。

「実は俺、一時期いろんな国の基地の様子を見てたことがあったんですけど、どの基地にも必ずイケメンって言う生き物が存在することに気付いたんですよ」

「……あぁッ! 言われてみれば確かにいるな!」

「分かる分かる!」

 看守2人は笑いながら大きく頷く。

 その様子を見て吾郷はホッとする。

 良かった。どうやら上手く話しに食いついて来てくれたらしい。

 人と会話するというのはこういう事を言うのだと吾郷にとっては懐かしく、会話が弾んだ事が素直に嬉しく思えた。

「そこで俺はとんでもない事に気がついちゃいましてね」

「ほほう? とんでもない事とな?」

「興味深いな。教えろよ」

 看守2人がニヤリと笑みを浮かべる。

 彼らも監視の任務が退屈だったらしい。ここには自分達しかいないのでこれ幸いと彼らもすっかり話しに乗って姿勢を崩す。

 吾郷も調子に乗って腕を組み勿体つけてみる。

「この世界ってBETA大戦で男が戦場に先にかり出されたから、男の数の方が女の数より少ないじゃないですか?」

「……あぁ、確かにその通りだな」

 看守が頷く。

 女性の徴兵が決定された時代になっても、男性の方が優先的に戦場に行くことは変らない。

「それなら全ての男性が結婚しても女性が余る計算なんだから、この世の男は引く手あまたになってもおかしくないと思いませんか?」

「ん~~理屈ではそうだが実際はそんなことはないぞ? 俺も独身だし」

「そう! その通り! そこですよ!」

「な、何がだ?」

 予想通りの返事をもらった吾郷は膝を叩き、看守の言葉を指摘した。

 ちょっと小さい声だった男が突然大きな声を出したものだから、看守は驚いて上半身を仰け反りながらも吾郷に聞き返す。

「本当なら全ての男に恋人ないし嫁がいてもおかしくないこのご時世、そうならない理由はただ1つ! ……イケメンが全部女を独占しているからです!」

「ぐはッ!!」

「い、言われてみれば確かに……!!」

 吾郷の言葉に彼らも思いっきり心当たりがあるのか胸に手を当て心臓の発作が起きたかのように苦しむ。

 できれば気付かないでいたかった真実に気付いてしまったことは彼らに相当なダメージを与えてしまったようだ。

「ここだけの話、俺はイケメン撲滅運動なるものを行ったことがあるんですけど……結果は見事に失敗しまして……」

 大きくため息をつく吾郷。

 イケメン撲滅運動とは当然前の世界で行ったBETAを操っての『美人は生かすイケメン殺す作戦』のことだ。

 さすがの吾郷もこれに関しては本当のことは言えない。

 というか言いたくない。

 情けなくて恥ずかしすぎる。

「ハハハッ!! 何だよ随分面白そうなことやってたんだなお前さん!」

「その場所にいれば間違いなく俺も参加してたなぁ!」

「まぁ結局全世界の美女から袋叩きにあってその運動は終わりましたがね。イケメンを敵に回すという事は美女を敵に回すという事と同義らしいです」

 こうして営倉の小さな窓枠から外の青空を眺めていると思い出す。

 全世界の美女たちが自分を殺すためにオリジナルハイヴに突っ込んできたあの時を……。

 自分がもしイケメンだったらあそこから話は急展開して、世界中の美女が自分の物になったという究極的ハーレムエンドを迎えることができたのだろうか?

 今となっては空し過ぎる妄想。

 何だか泣けてきた。

「あぁ……ちくしょう。そうだろうなぁ! そうだろうともさ!」

「イケメンはいつもそうだ!!」

 袖を涙でぬらす男3人。

 イケメンでない男にとって吾郷の話は不思議と同意させる何かがあったようである。

「うんうん! 俺はあんたの事が気に入ったぞ! ここから出たら仲良くやろうや。俺の名前はイーゴウ・エイムズって言うんだ。イゴウと呼んでくれ!」

「イゴウ?」

 黒人の男の名前を聞いて思わず聞き返す。

 自分がアゴウと来てイゴウとは……。

 まさか隣の男はウゴウとか言うんじゃないだろうか?

「俺の名前は宇豪 周一(うごう しゅういち)だ。まぁよろしく頼むよ。何、お前さんならすぐここから出られるさ。尋問にも正直に答えてるんだろ?」

 ……ウゴウだった。

 アゴウ、イゴウ、ウゴウ……良いのだろうかこれで? そんな疑問を感じつつも吾郷は2人に挨拶を交わす。

「こちらこそその時はよろしくお願いします。ちなみに俺の名前は吾郷標為です」

 鉄格子がイゴウと宇豪の間にあるが、どうやらこのままいけば上手く解放されそうだ。

 マブラヴの世界に来て不安だったが、仲良くしようと言ってくれる人たちと出会えたのはラッキーである。

 しかし同時にそんな人たちに本当の事を言えないのは悪い気がした。

 もっともこれは仕方が無いといえよう。まさかマブラヴという世界に現実来訪してきましたなどと言うわけにもいかないのだから。

 まぁ言っても信じられないか、頭がおかしいと思われるかだろうが、どちらにせよ折角築けた交友関係を壊すことになりかねない。

 洗いざらい全部本当の事を言って、彼らのリアクションはどんなものか見てみたいたいという悪戯心もあるが、これまでの人生で可能な限り空気キャラでいようと心がけてきた吾郷はこの手のトラブルを避けることに長けているので、これは自分の胸のうちに秘めておこうと心に決めた。

 それに並行世界からやって来たという意味では「白銀武と似た理由」というのは嘘ではない……かなり苦しい言い訳ですいませんと吾郷は目の前の男2人に心の中で手を合わせながら謝る。

「しっかしイケメンかぁ。言われてみれば本当にこの世界の女はイケメンに取られている気がするよなぁ。……ハァ」

 嫌なことを思い出したのかイゴウが大きくため息を吐く。

「……やっぱりそうなんですか?」

「そうも何も……! よし! こうなったら聞いてくれ!」

「は、はぁ…………?」

 イゴウは石造りの地べたに座り指先で固い床を叩き、一緒に座れという合図をだす。

 一体何の話だろうと思いながらも吾郷と、もう1人の看守である宇豪もそれに習い胡坐をかく。

 冷たくてごつごつした地面は座り心地が悪いが男3人が鉄格子を挟んで円を組む。

「俺は今でこそ怪我の影響でこの基地で歩兵をやっているけど、これでも昔はユーラシアの最前線にいた時があってな。あれはちょうど俺が20歳の時だったから今から10年前の話か……」

「え? 10年前で20歳?」

「なんだ? それがどうかしたか?」

「いや……俺と同じ年だったんだなぁって」

 戦争を潜り抜けてきたためか彼らの眉間には深い皺があり、口は真一文字に結ばれ、栄養不足のためか頬が浮き出ている。

 さらに鍛え抜かれた体格があいまって、そこから発せられる雰囲気から自分より年上だと思っていたのだ。

「じゃあ俺と同じで30歳か……」

「ちなみに俺もコイツと年齢が同じだからな。せっかく同い年と分かったんだから別に敬語使わなくっていいぞ?」

「そうですか? ……じゃなくって、では遠慮なく」

 敬語使わなくて良いと言われた直後に敬語を使ってしまう吾郷にイゴウと宇豪は苦笑する。

「むしろ俺としてはあんたの方がもうちょっと年齢がいってると思っていたんだがな」

「う……俺って結構ふけて見えるんだ……職場がブラックだったからかなぁ?」

 一方彼らからすれば逆に吾郷の顔つきが年上に見えたらしい。

 平和な世界……といっても毎日深夜までのきつい仕事に、嫌な上司。安い給料に加えて長引く不況は一向に将来の安定の兆しが見えなく、毎日が無気力に感じていた吾郷の表情は常に疲れが溜まっていて生気が無い。

「いや悪かった。話の腰を折っちゃったね」

「あぁ別に良いよ……えっとどこまで話したっけ?」

「20歳の時はユーラシアで戦っていたって所まで」

「あぁそうだった。当時はまだ宇宙戦力を投入しての戦略が確立してなくって、軌道爆撃とか何やらそう言ったものがなかった時代だから衛士の損耗も激しくてな」

「へぇ、なるほど……」

 イゴウの話に調子を合わせるように吾郷は相槌を打つ。

 人類にとって最も厄介な光線級のBETA。これに対抗するために作られた対レーザー弾頭弾(ALM)のもっとも効率の良く運用する方法が軌道爆撃である。

 レーザーを著しく減退させることができる重金属雲も一定濃度を満たしていなければ意味がない。

 光線級を封じ込める方法がない時代の戦場がどれほど過酷なものか、それは想像の遥か上を行くものなのだろう。

「BETAとドンパチやらなきゃならん最前線ってやつはそれはもう地獄でな。ひどい有様だった……。常にどこからか血のにおいが漂ってさ。手足が千切れてるやつが固い地べたに寝かされてうわ言のように「痛い痛い」って言うわけよ」

「……それはキツイな」

 その話を聞いて吾郷は眉をひそめて俯く。

 吾郷も元の世界で戦争に関する話は聞いてきた。

 博物館やらテレビやら戦争に行ったことのある親戚の話を聞いたりして戦争の悲惨については一応知識として持っている。

 だがそれでもここまで重く受け止めることは無かった。

 それはやはり吾郷が今まで戦争というものを体験してこなかったからであろう。

 自分と同じ年齢の人間からそういう話が出てくることが妙に生々しく感じられた。

「そういった最前線ではな。戦い以外の時間ではみんな心の安定を保つために色々とやるわけだ。音楽やったり、詩を書いてみたり、まぁそういった気晴らしをな……」

「なるほど……」

「その中でも人間関係、特に男女の関係なんて一番分かりやすくて強烈なものってのは分かるだろ?」

「確かにその通りだろうね」

 吾郷は頷く。

 恋人が戦場でできればそれは確かに大きな心の支えとなるだろう。

 戦場では男女は風呂もトイレも共同。そのため羞恥心をなくすための強化装備がどうこうという設定があったと思うが、だからといって恋愛感情が全く発生しないことはありえない。

 むしろなんだかんだ言って恋人同士に発展することが多いのではないだろうか?

 昔どっかで聞いたことがある。

 確か『吊り橋効果』だったか?

 緊張感、恐怖心が芽生える状況でそばにいる異性を見ると、その相手がより魅力的に感じるとかそんな話だ。

「でもあいにく当時の俺にはそういう心底惚れた女って言うのがいなくてさ……。あぁ、もちろん恋人は欲しいと思っていたけどそういう出会いがなかったって言うかな?」

「いやそれだけイゴウが戦線で頑張ってたって事だろ?」

 隣にいた宇豪がフォローを入れる。

「ありがとよ。そんな俺だったが、ある日突然来たわけだ。女神と出会いの瞬間ってやつが!」

「女神とはまた……」

「……うるさいな。しょうがないだろ? 所謂一目惚れって奴だったんだから」

「一目惚れ……あるんだ実際」

 漫画やアニメなどの世界では見かけるが、そんな経験をした人間は自分だけでなく現実の世界にいた知り合いからも聞いたことがない吾郷にはまるで想像ができない。

「あぁ。良く雷に撃たれたような衝撃っていうけど、比喩でもなんでもなくて本当に呼吸と心臓が止まるかもっていうあの感覚は今でもはっきり覚えているよ」

「へぇ、正直うらやましいな……。俺もそんな体験してみたいもんだよ。この年で言うのも何だけどさ」

「……で、お前の女神様ってのはどんな人だったんだ? 俺も初めて聞いたぞ?」

 宇豪が続きを促す。

 やはりこう言った青臭い話というのは気になるものだ。

「ソ連の方から赴任してきた上官なんだけど凄腕の衛士でさ。淡いブロンドの髪に、こうスラッと背が高い綺麗な人でよ。氷の刃みたいに冷たく鋭い雰囲気を常に放っていてBETAを容赦なく切り裂き、部下にはもっと容赦ない訓練を与える……。いつも無表情でいることから『鉄仮面』というあだ名で呼ばれてたなぁ」

「……それ、女神じゃなくって魔王の間違いじゃないか?」

「るっせ! 俺にとっては女神だったんだよ」

「あ~そう……なのか? ……悪かった……なぁ?」

 人の好みは色々ある。吾郷は想い人を馬鹿にするような発言をしてしまったことに対して頭を下げた。

 確かに漫画やアニメの世界でそういった女性キャラは存在する。

 あれだ……冷たい仮面の下に垣間見える素の表情にギャップ萌えとか、俺が彼女を笑顔に変えて見せるぜ! とかそんな感じの男心をくすぐる中々に人気の高いタイプのキャラクターだ。

 それがマブラヴでとなればさぞ美人であったに違いない。

「それで? お前はどうしたんだ?」

 宇豪も続きを催促する。

「そりゃあもちろんアピールしたよ! 基地に戻った時は食事に誘ったり、実技訓練の時とかも彼女に良いところ見せたかったから普段の訓練にも何倍も力を入れてさ。おかげでこれでも衛士の中では結構な実力だったんだぜ?」

「へぇ! 何だよ何だよ! やるじゃん! 素直にすごいと思うよそれは!」

 そのひた向きな姿勢に吾郷は感心する。

 自分は正直今まで惚れた女のために……といった理由でがんばったためしは無い。

 一体どんな心境なのか吾郷には想像もつかなく、またちょっとうらやましい。

「ありがとうよ。まぁ鉄仮面なんてあだ名が付いている通り、彼女のガードは硬くてな。アピールしても中々乗ってくれなかったわけだ」

「そうか……」

 その言葉を聞いて吾郷は気分が暗くなる。それだけ頑張っても相手が心を開いてくれなかったら自分ならどうなのだろうか?

 自分なら諦めるのだろうか? いや、しかし諦めきれないほど惚れてしまったならば、やはりアピールし続けるのだろうか?

「そして彼女にアピールして1年と半年! ついに俺にもチャンスが来たわけだ!」

「お! そうなのか?」

「あぁ! 俺の努力が身を結んだのか、食事の誘いに彼女がOKしてくれてさ!」

「おぉ! キターー! 何だよ何だよ! それでどうなったんだよ!」

 吾郷も思わず身を乗り出して続きを促す。

「その時の俺の心境といったら正に天にも昇る気持ちってやつでさ! 分かるか?」

 OKを貰った時の事を思い出したのだろう。

 黒人の看守は本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。

だが、次の瞬間にひとつ大きなため息を吐き、とたんにその顔を曇らせる。

「そんな時……あいつが現れたんだ…………」

「あいつ? BETAか?」

「違う! 食事の約束をしたその日の午後、忘れもしないやたらと暑いあの日……1人の衛士が新しく入ってきてな」

 拳をブルブル震わせ奥歯をかみ締めるその表情から本当に辛そうな様子が伺える。

「俺よりも年下の、男としては背の低い……大体160cmくらいだったかな? 顔も女みたいな奴でさ。正直俺も一瞬男か女か分からんかった。……で、着任の挨拶の時あいつは笑って彼女にこう言ったんだ「よろしくお願いします! 大尉殿!(ニコッ)」って」

「………………まさか」

「あぁ、次の瞬間彼女は顔を真っ赤にして「はうっ///(ポッ)」って言ってな。鉄の仮面が砕けた瞬間だった……そのあと当然食事はキャンセルになってそれから3ヵ月後、彼女は妊娠して軍を辞めていきましたとさ」

「「…………酷すぎる(´・ω・`)」」

 あまりに悲しい過去を聞いて吾郷と宇豪が涙する。

 やはりマブラヴ・オルタネイティヴの世界というのは色んな意味で残酷な世界なのだろうか?

 自分のこれまでの努力の全てがイケメンの固有スキル『ニコポ』で吹き飛ばされた時の心境を想像すると涙を禁じえない。

「まぁ、そんな感じでふられた情けない男がここにいるって訳さ」

「いや情けなくはないだろう!!」

「あぁ! 男の視点から言わせてもらうとお前の方がよっぽどいい男さ!」

 自嘲気味に笑うイゴウに吾郷と宇豪が立ち上がって力説する。

 特に吾郷からすればイゴウの事を否定することなど断じてできない。

 女性にアピールをしたことすらないヘタレな自分からすれば、イゴウの行動は眩しく見えるくらいだ。

 彼の行動に比べたら自分の『美女は生かすイケメン殺す作戦』は何とくだらないことか!

 いやまぁ何と比べてもくだらない作戦であることには違いはないのだが……。

「うおぉぉぉぉッ! そう言ってくれるのはお前たちだけだ!」

 感極まったのかイゴウが大声を上げる。

「よしでは次! せっかくだから俺の話も聞いてくれ!」

 今度は宇豪が手を上げる。

 どうやら彼にも失恋経験があるらしい。

 このまま勢いに乗ってスッキリさせたいのだろう。

「お、おう! 何? 聞かせてよ」

「あぁ、あれは6年前のこと……」

 昔を懐かしむように天井を見上げる男の表情は何とも言えない複雑な感情が見て取れた。

「その頃は喀什のBETAが本格的な東進をしていた時期で大陸の東部は激戦区でさ。日本の立場としてもBETAの危機が近いうちにやってくると予想できていたから、次々と軍を大陸に派遣していたんだ。……俺もその中の派遣軍の1人でさ」

「あぁ確かにそうだったな」

 イゴウが宇豪の言葉に頷く。

「ちょうど日本でも女性の徴兵制度が見直されて、未婚の18歳以上の女性も戦地に駆り出される時代に入ったわけだけど……」

「………………へぇ」

 なるほどそんな事があったのかと吾郷はこの世界の歴史に詳しくないのでとりあえず黙って聞いていた。

 吾郷はマブラヴに嵌ってはいたが原作以外の知識は皆無なのである。

「あの時は悔しかったなぁ。女まで戦地に活かせざるを得なくさせちまったことが。……俺たち男がもっとがんばってたら。とかそんな事を思っていたもんだ」

 当時の日本でもやはり宇豪のような考えを持つ男はたくさんいたのだろう。

 だがそうでもしなければ戦線を維持できなかった現状を考えると、この決断は本当に苦渋の選択だったのだと予想ができる。

「女性の中でも色々いてさ。男勝りに、自分だってBETAと戦えるって息巻いてた奴もいたけど、ほとんどの女は初めて向かわなくてはいけない戦場に不安の色を隠せない様子だったよ。……その中で俺はある女衛士と知り合ったわけでさ」

「なるほど。その女衛士がお前の惚れた相手と言うわけか?」

「あぁ、あいにく俺の場合は一目惚れじゃなかったけどな。年は俺より6歳若くってまだ衛士になり立てでね。背も女の中でも小柄のほうだったと思う。それも相まってか右も左も分からないって感じの様子が危なっかしくってさ、まぁだから俺が面倒を見てやろうと思ったわけ」

「へぇ……お兄ちゃんだな」

 吾郷が茶化す。

 話を聞くとその女性は何となく子供っぽい印象を受ける。

 所謂ロリキャラ……? マブラヴで言うところの珠瀬壬姫のような感じではなかろうか?

 きっと例によって例のごとくマブラヴの世界の人間なんだからすごく可愛かったに違いない。

「ハハッ。まぁ俺には昔妹がいたからな。もしかしたら無意識の内に重ねていたのかもしれないな」

「昔……?」

「病でな……俺が14歳の時に……」

「悪い…………」

 ちょっと無神経なことを言ってしまったかと吾郷は頭を下げる。

「いや良いさ。この御時世じゃそんなに珍しいことじゃないし」

 逆にこちらに気を使うように宇豪は手を横に振り話を続ける。

「あいつに惚れたのはいつの頃だったのかな……? 正直言うと何が切っ掛けってわけじゃなくって本当に気が付いたらって感じだったな。最初はまだまだ半人前で基地の演習でも良く味方の足を引っ張っていて、その度に落ち込んでいたから励ましていたもんだ」

「なるほど……優しいじゃないか」

 確かに半人前という立場は辛いものだ。

 吾郷も新入社員の時に苦労した事を良く覚えている。

 最も自分の場合は職場の先輩に何の説明もなく「これやっといて」と言われて放置されて、その後「使えないなお前ッ!」というありがたい罵声を浴びせられていたが。

「あいつも俺を頼ってくれてさ。こうして振り返ってみるとあの時はいつも一緒にいた気がするよ」

「何だよ完全に脈ありじゃないかそれ?」

「というより半分もう付き合っているって言えるんじゃないか?」

 吾郷もイゴウも話を聞いてどうしてこいつが振られたのだろうと疑問に思う。

 喧嘩でもしたのだろうか?

 しかしよっぽどの大喧嘩でもない限り、縁が切れるとは思えなかった。

「はは……俺も当時そんな風に思っていたんだけどなぁ。……で、ある日あいつが重たい書類を山ほど抱えていてヨロヨロ歩いていたから。まぁ例によって手伝ってやったわけだ」

「うんうん」

「俺が代わりに書類を全部もってやって一緒に上官の部屋まで歩いていたときに、バッタリとある男と鉢合わせしてさ」

「ある男……?」

 吾郷は眉をしかめる。

 何故だかとてつもなく嫌な予感がした。

「あぁ、そいつは新しく赴任してきた凄腕という噂の衛士でよ。並んで歩いてる俺のほうには声も掛けずに、「大尉の部屋に何か用?」って感じであいつの方に声を掛けてきてさ。まぁあいつも「……はい。頼まれた書類をお持ちしましたので見ていただきたいと」ってな感じで受け答えていたわけだ」

「……その後どうなったの?」

「そしたらあの野郎はいきなり初対面の女に対して頭撫でてこう言ったんだ「そっか、がんばってよ(ナデナデ)」。……次の瞬間彼女は顔を真っ赤にして「はうっ///(ポッ)」って言ってさ。それから3ヵ月後、あいつは妊娠して軍を辞めていきましたとさ」

「「…………酷すぎる(´・ω・`)」」

 あまりに悲しい過去を聞いて吾郷とイゴウが涙する。

 やはりマブラヴ・オルタネイティヴの世界というのは色んな意味で残酷な世界なのだろうか?

 自分のこれまでの努力の全てがイケメンの固有スキル『ナデポ』で吹き飛ばされた時の心境を想像すると涙を禁じえない。

「まぁ、そんな感じでふられた情けない男がここにいるって訳さ」

「いやお前は情けなくない!! 断じて情けなくなんかないぞ!」

「そうさお前はがんばった! だいたいなんだそのイケメンの行動は! もし俺が初対面の女の頭撫でたら変質者と思われるぞ!!」

「うおぉぉぉぉッ! そう言ってくれるのはお前たちだけだ!」

 宇豪が感極まったのか大声を上げる。

 吾郷はニコポナデポで想い人を寝取られた2人が可哀想になってきた。

 それと同時に嫌な予感がした。

 もしかしたら『モテない』という設定が付属された男は何をやってもモテないという法則がマブラヴの世界ではあるのではないか?

 たまに漫画とかでいるじゃないか。女性にアプローチしまくって振られることでキャラクターを保つギャグキャラという奴が。

 そしてそれは自分にも適用されるのではないか……?

 既にモテモテイケメンの恋愛原子核である白銀武に遭遇してしまっている自分は、今後武と比較されるようなポジションに着くのでは?

 もしそうだとしたら……。

「シャレにならん」

 自分が惚れた女がとことん寝取られる……そんな展開がある気がしてならない吾郷であった。









 モテない男同士の友情を育んだ後の深夜の営倉。

 時計の針は1時を回りイゴウも宇豪も自分の部屋に帰っていった。

 1人きりになった吾郷は考える。

 モテない男は何をやっても駄目……。

 キャラクターとしての圧倒的な格差。

 イゴウ、宇豪の昔話を聞いて、吾郷はますます人類に協力していきたいと言う気持ちが消え失せてしまった。

「くそぉ……どうやったら戦わないで済むかなぁ……」

 後2ヶ月ちょっと、2ヶ月ちょっとであ号標的が破壊されるのだ。

 あ号標的が破壊された瞬間元の世界に帰れる可能性がある吾郷としては、その間は何としてでも戦いたくない。

 PXに就職させてもらえるのが自分としてはベストなのだが、あの香月夕呼が許してくれるだろうか?

「だいたいこっちは戦いの素人だって言うのに……」

 そう呟いた瞬間、ある策が吾郷の頭をよぎった。

「……ん? いや待てよ? ……もしかしたらこれは上手くいくんじゃないか?」

 吾郷はハッとしたように腕を組み思考を巡らす。

 そう、自分は戦いの素人。

 よくよく考えればいきなり正規兵にされる事はないはずだ。

 順当に考えれば訓練兵、そして総合戦闘技術評価演習をクリアした後に衛士になるだろう。

 ならば……。

「落ちればいいんじゃないか総合戦闘技術評価演習に……」

 確か原作でも207B分隊は1度その試験に落ちている。

 そして再試験を受ける半年の間訓練兵になることを余儀なくされたのだ。

 そう半年!

 2ヶ月の期間を十分クリアできるではないか!

 正に妙案! 起死回生の一手!

「いける……いけるぞ!」

 自分は戦わなくて済む!!

 目の前にできた光明に思わず拳をグッと握り締める。

 試験開始1秒で即効ギブアップ宣言して……。

「いやいやそれは不味い。落ち着け自分」

 慌ててはいけない。

 美味しい儲け話があったからといって直ぐに飛びついてはいけない。

 それが後で手痛い損害として帰ってくる場合があることを吾郷は社会経験上知っている。

 こういう時は1度冷静になる必要がある。

 同じ試験を受けるであろうチームメイトから袋叩きにされるような最低な作戦を吾郷はいったん振り払う。

 チームメイトの事はどうでもいい(←最低な男)。

 そんな事をしたら衛士になる意思はないとみなされて歩兵、もしくは戦車隊などに飛ばされる可能性がある。

 そうしたら戦場。

 BETA蠢く地獄行き確定である。

「ぐわッ! それはいかん! 最悪だ!!」

 吾郷は頭を抱える。

 だが方向性自体は間違っていない。

 つまりは総合戦闘技術評価演習を一生懸命受ける『フリ』をすればいいのだ。

 と、なれば時間切れのタイムアップで不合格になるのが一番望ましい。

 それにあの試験は自分1人が不合格になってもチーム全員が連帯責任で不合格になるというシステムではなかったはず。

 つまりは誰にも迷惑をかけなくて済む。

 これが一番堅実な作戦ではないだろうか?

「いける……いけるぞ! うん! よしっ! 完璧だ!!」

「何が完璧なのかしら? あ号標的さん?」

「ぎゃああああああああッ!!!!」

 ガッツポーズして立ち上がった吾郷の目の前には不適な笑みを浮かべたこの基地の副司令、香月夕呼が立っていた……。







あとがき

 色々やってしまった気がしないでもない(汗




◆短すぎるオリキャラ紹介

 イーゴウ・エイムズ:吾郷の友人。30歳。昔想い人をイケメンにニコポでNTRされた経験をもつ。イメージはマブラヴ・オルタネイティヴの門番(黒人の方)

 宇豪周一:吾郷の友人。30歳。昔想い人をイケメンにナデポでNTRされた経験をもつ。イメージはマブラヴ・オルタネイティヴの門番(日本人の方)



[16089] 新章4話 モテない男が訪れた世界
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:ff510f2b
Date: 2010/10/20 23:47
新章4話 モテない男が訪れた世界





「……あ…………あ……うぅ……」

 突如自分の目の前に現れた香月夕呼を目の前にして、吾郷は壊れたぜんまい式時計のように動こうにも動けないでいた。

「フフッ」

 その様子を見てしてやったりと夕呼は意地の悪い笑みを浮かべる。

 なるほど魔女と呼ばれるわけだ。

 女狐と呼ばれるわけだ。

 獲物を物色するかのように口の端を上げながらねめつけるその視線からは、さてどうしてくれようかという意地の悪い様子が見て取れた。

 白銀武から夕呼は先日吾郷がこの世界のもう1つのイレギュラーであるという可能性を聞き、とりあえず霞にリーディングさせてみたのだが、その結果は彼女の予想を遥かに上回っていた。

 あ号標的……人類の宿敵であるBETAの中でもオリジナルハイヴに1体しかいないとされる頂点の存在、それが生まれ変わってわざわざこの横浜基地に来てくれるとは自分は何と幸運か!

 正確に言うならあ号標的に憑依した元人間らしいが、そのことは夕呼からすればどうでもいい事だ。

 なぜなら目の前の男は人類が何十年として調べたにも関わらず、ほとんどその生態を知ることができていないBETAの全ての情報を握っているのだから!!

(あぁ駄目だ……。笑いが止まらない……)

 夕呼は口元に手を当てて吾郷から顔を背けた。

 常にポーカーフェイスを用いて相手に自分の心境を悟らせない面の皮が厚い彼女だが、思わず湧き上がってしまう笑みを抑えることができない。

 それほどまでに夕呼の気分は高揚していた。

「ふふ……さて、まずは挨拶でもしましょうかしらね。ようこそあ号標的さん。わたくしはここ国連太平洋方面第11軍・横浜基地の副司令を勤める香月夕呼と申します。此度はお忙しい中わざわざお越しくださいましてまことにありがとうございます。横浜基地はあなたを心より歓迎いたしますわ」

 どこで覚えたのかあたかも西洋の貴族が挨拶をするかのようなその仕草は、ただの一礼に過ぎないにも関わらず気品に満ちていたが、その中にはたっぷりと皮肉が込められており、まさに慇懃無礼といった態度だ。

「や……あ、ハハ…………ど、どうも」

 一方吾郷は夕呼とは対照的に、気品の欠片も無い、何ともへたれたうだつが上がらないサラリーマンのような愛想笑いを浮かべて挨拶を返す。

 だが今の吾郷の心境を考えればそれも致し方ない事だろう。

 驚きのあまり腰掛からずり落ちた吾郷は立ち上がる事もできず、自分に不意打ちを喰らわせた夕呼の顔を直視しながら必死に混乱した頭で状況を整理する。

 吾郷とてまったく予想していなかったわけではない。

 この基地にはESP能力者である霞がいることはマブラヴをプレイした知識があるのだから、夕呼に自分のこれまでの経緯を知られることはおかしくないとは思っていた。

 思っていたのだが……いざその現実に直面すると考えが纏まらない。

 落ち着け自分! と言い聞かせて乾いた喉を1度鳴らす。

 まずは相手の様子を観察して様子を探ろう。

 目の前の女性の名前は香月夕呼。

 マブラヴにおけるメインキャラの1人で、ある意味一番活躍していた女性である。

 白銀武の元の世界では白稜柊学園の物理教師、この世界では横浜基地の副司令でオルタネイティヴ4の最高責任者。

 白銀武も彼女に対してその天才的な頭脳を信頼していたのか色んな所で助力を請うていた。

 吾郷がいた現実世界では本来有り得無い色鮮やかな紫色の髪と瞳は全く違和感なく、顔には染みはおろかホクロ1つない。

 恐ろしい程に均整の取れた外見はさすがにマブラヴの世界と言うべきか、夕呼はその顔に笑みを浮かべながら真っ直ぐ自分に好奇心の目を向けてくる。

(……うッ!! や、やばい……!!)

 途端に吾郷は自分の体から汗が吹き出るような感覚に襲われた。

 体温は上昇し、心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。

 気付くのがいまさらだったが香月夕呼は超絶なまでに美人であった。

 ここまでの美人な人間は芸能界でもそうはいまい。

 香月夕呼は物理学者であり、毎日オルタネイティヴ4の研究にいそしみ超多忙だ。

 それ故彼女は美容を気にする余裕のある生活など送っていないはずである。

 エステはおろかスポーツもしなければ、カロリー計算した食事を取ることもない。

 おまけに研究を成功させなくてはならないと言うプレッシャーや睡眠不足。

 美容に関してマイナス要素盛りだくさんの生活を送っている……にも関わらず結果はご覧の通り、髪は艶やか、肌は綺麗で抜群のプロポーションを誇る美人とくるのだから、美容やおしゃれに気を使い、胡散臭いテレビのダイエット方法に振り回される現実の女性からすれば反則なことこの上ない。

「ハハ……」

 顔を真っ赤にしながら目線を斜め右下45度に逸らし、ごまかすように笑いながらボサボサの髪の毛を掻く。

 吾郷がもてない理由は色々あるが、その中の1つに女性にアプローチできないというものがある。

 別に吾郷は対人恐怖症ではない。

 職場で同僚の女性社員に話しかけられても、仕事に関する話ならば普通に対応することができる。

 ……が! 相手を異性として見ると途端に駄目!

 これまで気になる女性はいた事はあるが告白なんてした事がない。

 というよりそういった行為からずっと吾郷は逃げてきた。

 もてるもてない以前にスタートラインにすら立てていないのだ。

 食事に行こうとか遊びに行こうとか気になる女性にアプローチする事から逃げ続け、その内何とかなるさと自分に都合のいい言い訳をして結局何とかならずに今に至る。

 そんなヘタレで女性への免疫ゼロの吾郷からすればマブラヴの美人キャラで通っている香月夕呼の顔はまぶし過ぎて直視できない。

 ……全く自分が嫌になる。

 この年になって未だに女性とまともに会話できないなんて情けない!

 もっと若いうちから勢いに任せて玉砕覚悟で告白すればよかったなぁ、とまたまた自分に体裁の良い言い訳しながらウジウジと悩み続けさらに自信をなくす。

 まさに典型的なマイナス思考型の人間と言えよう。

 この悩み過ぎる姿勢もまた吾郷が女性からもてない1つの原因であったりする。

 自分は駄目な人間だと自虐的なマイナスオーラは女性をさらに敬遠させて、また自信を無くすと言う以下エンドレスの負の連鎖!

 もう少し気楽に構えれば良いのだが、こと恋愛に関してはそう簡単に割り切れないのが吾郷という男であった。

「…………名前」

「……えっ!?」

 夕呼が発した単語にマイナス思考回路に没頭していた吾郷は再び顔を上げて反応する。

「お名前、教えてくださるかしら?」

 吾郷とは違い夕呼は落ち着き払った態度だ。

 聞きたいことは山ほどあるが混乱している吾郷の気持ちを落ち着かせるために簡単な質問から入ってきた。

 もっとも彼女としては目の前の男は自分にあ号標的であるという事がばれてしまったから混乱しているのだろうと思っていたりする。

 まさか自分に見惚れているなどとは天才の彼女と言えども考えもつかない事であった。

「え、えぇっと……あの……その、吾郷標為といいます。……ど、どどどうも」

 しどろもどろになりながら吾郷はペコリと夕呼に軽く頭を下げる。

「はいどうぞよろしく。こちらとしてはあなたが素直に協力してさえくれれば危害を加えるつもりはないから安心なさい。もっと楽に、話し方もそんなに畏まらなくていいわよ。あなたの方が年上なんだし」

「そ、そっすか……わ、分かりました」

 タメ口で良いと言われても吾郷は敬語のまま返事をする。

 元々吾郷は初対面の人間に対していきなり心を開くタイプではない。最初のほうは敬語を使い、相手との間に壁を作り、そこからゆっくり仲良くなっていくタイプなのである。

 イゴウや宇豪の時は誰か仲間が欲しいという気持ちがあったから吾郷なりに頑張ったのだが、基本は初対面の相手にはこんな感じである。

 まして彼女いない暦=年齢の吾郷がどうして初っ端から女性である夕呼に対して馴れ馴れしい態度を取ることができようか?

「まぁいいわ……で、確認させてもらうけど。本当の本当に貴方はあ号標的で良いのかしら?」

 吾郷の態度にちょっと思う所があったがスルーして、夕呼は念のためもう1度確認をとってきた。

 霞のリーディングを信じていないわけではないが幾らなんでも眉唾すぎる。

 まずは本人の口から直接事実を聞きたいと思ったのだ。

「一応……元は人間でしたけど、何があったかあ号標的に憑依してしまい、それから人類に叩きのめされてまた元の人間の姿に戻って此処に至るって感じです」

「人類に……叩きのめされた!?」

「えぇ。まぁ……」

 前の世界の桜花作戦を思い出したのか欝な気分になりながらも吾郷は首を縦に振る。

「つまりはあなたは人類に負けたって事?」

「う……恥ずかしながら」

「教えなさい! 人類はどうやってあなた……あ号標的を倒したと言うの!?」

「え? え?」

 急に口調が強くなった夕呼の剣幕に押され吾郷は口ごもる。

 しかしこれは夕呼からすれば当然の話だ。

 この世界の人類において打倒あ号標的はまさに悲願。

 何十年間、何十億という人類が犠牲になりながらも未だに攻略の糸口すら見つからない難攻不落の要塞、オリジナルハイヴを吾郷が前にいた世界の人類は落としたと言うのだから。

「……いや、その」

「答えて!!」

 言って夕呼は懐から真っ黒な拳銃を取り出して銃口を吾郷に突きつける。

 その表情は、まるでその口引き裂いてでも吐かせてやると言わんばかりだ。

「ちょ! お、落ち着いて。 言う! 言いますから!!」

 吾郷は両手を前に出し、夕呼に落ち着くように言う。

 こっちは鉄格子で狭い檻の中に閉じ込められているのだから逃げ場が無い。

 圧倒的に不利なこの状況で、素人がこの距離から銃を撃っても当たりませんよなどと余裕をかませるほど吾郷の肝は据わっていないのである。

「……なら早く言いなさい」

 吾郷に突きつけた銃口を下ろし、夕呼は静かな口調で言うも態度がどこか落ち着かない。

 イライラを抑えていると言った様子だ。

 おかしいな? 夕呼先生っていきなり銃口を人に突きつけるタイプだったか?

 あぁでも武の尋問の時もそうだったっけ?

 などと若干夕呼の行動に違和感を覚えつつも吾郷は額に吹き出た冷や汗を袖で拭い、腰掛に座りなおす。

 ギシリと軋む腰掛の安っぽい音が重苦しい雰囲気の営倉に耳障りだ。

「まぁ……でも役には立ちませんよ? 前の世界で人類が勝ったのは俺がBETAに人類に対して攻撃中止命令を出して、その隙を突いて一気にオリジナルハイヴに人類が攻め入ってきたって言うのが理由ですから」

 『美女は生かすイケメン殺す作戦』については黙っておこうと吾郷は思った。

 ちょっとそれを暴露するのは恥ずかしすぎるから。

 嘘は言っていないだろう……一応、と自分を納得させる。

「ふ~ん、なるほどね。あなたちょっともう1回あ号標的に憑依する事できないの?」

「いや、無理に決まってるでしょ」

 いきなりとんでもない事を言い出す夕呼に吾郷が突っ込みを入れる。

「って言うか今更だけど良いんですか? あ号標的との会話って自分で言うのもなんですがかなりの機密事項だと思うんですが? もし他の誰かに聞かれたら……」

 正直自分があ号標的だったという事は誰にも言いたくない。

 夕呼ならそこら辺は割り切ってくれるだろうが、他の人間がこの事実を知ったら自分はどうなるのか? 間違いなく理不尽な差別を受けるだろう。

 付け加えて自分との会話は夕呼にとって何かしらの有益な情報をもたらす筈だ。

 だが夕呼の部屋で尋問するならばまだしも、こんな音が反響しまくる営倉の中でトップシークレットな話をしても良いのだろうか? 監視カメラなどから尋問の記録などが盗まれでもしたら大変なことになるだろう。

 恐らく相手があ号標的ならば鉄格子を挟んで会話をしたほうが安全だという配慮なのだろうが大丈夫だろうかと吾郷は思う。

「……あなたが考え付く事をあたしが気付かないとでも思うの? 安心して、私の権限でここでの会話は他の誰にも監視させていないわ」

 ちょっと棘のある言い方だが成る程それもそうかと吾郷は納得する。

 香月夕呼ほどの人物がそんなくだらないミスをするはずが無い。

「……あっと悪いわね。今あたし嘘ついたわ。社、あんたもこっちに来なさい」

(え? ……霞!?)

 突然夕呼の口から出てきた名前に吾郷は反応する。

 どうやら監視はいないと言いつつ霞に尋問の内容の信憑性をESP能力で調べさせようとしていたらしい。

 だがそれを止めて突如霞を吾郷の前に出そうと考えたのには理由がある。

 ここ数日吾郷を調べて分かったことがいくつかある。

 目の前の男はあ号標的である前は元人間であったらしいのだが、その人間時代の記憶は霞のESP能力ですら読み取る事ができなかった。

 今現在面と向かっての思考は読み取ることはできるのだ。

 だが人間時代の記憶となると、よっぽど心理的に深いところにその記憶が隠されているのか、前世のさらに前の世界の記憶だから読み取りにくいのか、はたまた2次元の世界の住人である霞には3次元の世界にある吾郷の記憶は現実の壁と言うやつに阻まれているためそれを乗り越える事ができないとか何とかとんでも理論があるのか、とにもかくにも吾郷が人間時代どこで何をしていたのか、どんな生活を送っていたのか一切不明なのであった。

 いくら調べても分からないという現象は学者である夕呼にとって知的好奇心が刺激されたが、ここ数日吾郷を観察していたある時、本当に小さな独り言だったが直接本人が口にしたのだ。

 霞にばれたらどうしよう? とか今頃武の奴は……とかそんな事を。

 営倉に放り込まれてよっぽど精神が参っていたのか、ただ単にこの男が迂闊で馬鹿で危機感がないのか、ともかくそれは吾郷の正体を掴む有益な情報であった。

 何故吾郷が霞や武の事を知っているのか?

 夕呼は吾郷は人間時代のここでない並行世界では武や霞と知り合いなのであろうと踏んだ。

 漏らした独り言からも吾郷は霞がESP能力を有していることを知っていると推測できる。

 ならば隠すよりかは目の前に霞を出させて、嘘をついても無駄だと言うプレッシャーを与えた方が効果的だろう。

 夕呼の声に答えて入り口の方にある階段から足音が近づいてくる。

 ウサギのカチューシャが付いたあのシルエットは間違いなく霞である。

(おいおいマジかよ。香月夕呼に続いて社霞にまで会えるなんて、……ヤバイなこれ!)

 完璧にミーハーな根性丸出しで吾郷は俄然テンションが上がった。

 社霞……マブラヴをプレイした者なら誰でも知っているメインヒロインの1人だ。

 殺伐としたマブラヴの世界における癒し系でウサギ耳が特徴のロリキャラで、その人気はマブラヴのキャラクターランキングでも上位に食い込み、当然吾郷としても大好きなキャラの1人である。

 参ったねこりゃ。生の霞なんて見てしまったらどうなるんだろう俺?

 やばいなーどうしよう! 俺ロリコンの扉開いちゃうかも!

 などとくだらない事を考えながらワクテカして正座で待機している吾郷の前にヒョコッと霞が姿を現した。

 無表情であまり感情を表に出さない霞だったが吾郷に向けるその視線は、どこか残念な人間を見るような目だ。

 ESP能力を有している彼女は当然今の吾郷の駄目な思考も読み取っていたのである。

「……初めまして吾郷さん」

「――――ッ!!」

 吾郷は息を呑む。

 生で見た霞はそれはそれはとても可愛かった。

 小動物を思わせるような愛らしさと、マシュマロの様に白く柔らかそうな肌……。

 冗談半分で吾郷は危惧したが、マブラヴ大好きな現実男がもし吾郷と同じ立場になったら、果てしなきロリコン街道を邁進していただろう。

 だが!!

 この時吾郷を襲った感情はそんな変態に染まった桃色な感情とはまるで違うものであった……!!











 ――『上位存在の目的は人類の美女全てを捕獲してハーレムを形成……』

 ――ちょっと霞さん!?

 ――何勝手に人の心を覗いて通訳してるのかな!?

 ――しかもとんでもない誤訳してくれてやがりましたよこの子は!?



 ――あぁ……間に合わない。

 ――これはもう駄目だ。

 ――あ……あぁ……せめて人間として……マブラヴの世界に来たかった……。


「ああああああぁぁーーーー!!!! ぐ……!! がっ……い、痛い痛い! あ、頭が……!!」

 突然吾郷は頭を抑えてうずくまる!

 霞の顔を見た瞬間に思い出したくもないあの時の映像が……オリジナルハイヴに人類が攻め入ってきた時の記憶が鮮明に蘇ってきたのだ。

 やめろやめろ! やめてくれ! 助けてくれ! 殺さないでくれ! お願いだ! 頼むから! 頼むからどうか命だけは!

 ちくしょうあの時はよくも! よくも俺を殺してくれたな! 許さねぇ! 絶対に……!!

「――ッ!!」

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 突然の事態に霞と夕呼が戸惑う。

 特に相手の思考が読める霞にとっては堪らない。

 今まで読めていた吾郷の心が黒い嵐が吹き荒れるかの様に乱れ、憎悪と怒り、脅えと哀しみといった感情で塗りつぶされていく。

「……うぐ! く、くそ!!」

 頭痛と込み上げてくる吐き気に歯を食いしばりながら耐え、吾郷は左手でこめかみを押さえながら霞を睨みつける。

「く……!! か、霞! 俺から……俺から離れろ!! とっとと! 早く!!」

 やばい! この感情はやばい!

 心的外傷の発作を起こしながらも吾郷は自分をどこか冷静に見つめていた。

 憎しみに刈られた殺人者の気持ちなど今まで共感することも無かったが、恐らくこういう感じなのだろう。

 あふれ出そうになる殺意の感情を必死で抑える。

 はっきり言ってシャレにならない。

 これといった目立つことのない人生を送ってきた吾郷だが、人から後ろ指をさされるような人生だけは送ってきてはいないつもりだった。

 人殺しはいけない事……。

 平和な日本で親や学校などからあたり前のように言われてきた吾郷にとっての道徳観念がギリギリのところで踏みとどまらせていた。

「社!!」

「……はい」

 夕呼の命令で霞は1度吾郷の方を見て、すぐに駆け足で営倉から出て行く。

 霞の足音が離れていくのを自分の耳で聞き取ると少しずつ自分の感情が落ち着いてくるのを感じた。

「…………ハァ」

 汗でビッショリと濡れた自分のシャツが気持ち悪い。

 壁に寄りかかりながら吾郷はボォッと焦点の合わない目で天井を見上げる。

「……大丈夫?」

 夕呼が吾郷に声を掛けてきた。

「あぁ……うん……大丈夫。もう大丈夫です」

 体が気だるいが夕呼の質問に吾郷が答える。

「いったい社とあんた、何があったの?」

「……あ号標的としていた時、俺に止めを刺した人間の1人なんですよ霞は」

「そう……、1人って事はあと他には?」

「他は……御剣冥夜と鑑純夏……この2人です」

 喉が渇いてしょうがない。

 一気に疲れて吾郷は途切れ途切れに答える。

「なるほどね。自分を殺した人間を目の前にしたらさっきの様な症状が出ても無理もないか」

 納得したように夕呼は頷く。

 とは言えこれは仕方あるまい。まさか霞と吾郷にそんな因縁があったとは誰も思わないだろう。

 吾郷本人ですら自分がそんな発作が出るとは思いもしなかった。

 だが後日、夕呼は吾郷と霞をいきなり会わせてしまった事を悔やむことになる。

 この日を境に吾郷が霞のESP能力の有効射程範囲はいると、心の中に黒い霧のようなものが掛かり、思考を読むことができなくなってしい夕呼からすれば有利なカードが1枚無駄になってしまったのだから。

「霞には悪いことしちゃったな……」

 さっきの霞に対する態度を振り返って吾郷が呟く。

 冷静に考えると霞が吾郷を殺したことは人類側からすれば当然の事だ。

 そして、だからと言って吾郷が霞を許せないと思うのもまた当然の事である。

 今回の件は誰が悪いと言うわけではない。

 だがそうは言っても、この営倉から出て行く時の霞は悲しそうな顔をしていた。

 この世界の霞は前の世界の霞とは別人なのだ。この世界の霞に当たるのは八つ当たりと言えよう。

 改まって見ると吾郷は何だか申し訳ない気がしてきた。

「今度……霞に謝らないと」

「そうね。ただそれはあんたのトラウマを治してからになさい。何だったら優秀な脳外科を紹介するわよ?」

「……よろしくお願いします」

 吾郷は頭を下げた。

 正直こう言った精神的な相談をするのはちょっと恥ずかしいという気持ちはある。

 ただ今回の事を見ればそんな事は言ってはいられまい。

「じゃあ疲れてる所悪いけど、こっちも当初の目的どおりあんたに質問させてもらうわよ?」

「あぁそう言えば。……了解です」

 ちょっとごたついて忘れていたが、夕呼が此処に来たのは吾郷に色々と質問したいことがあったからである。

「まず……BETAの目的は何?」

「BETAの目的は資源を発掘して母星へと送る。これだけですよ」

「資源発掘……」

 夕呼は吾郷の言葉を繰り返す。

 この情報は白銀から聞いていたがやはり本当だったようだ。

 BETAは人類のことを発掘作業における災害としか思っていないなどと全く持ってふざけた話である。

「じゃあ次、あなた達にそれをやらせていたのは誰なの?」

「一応俺はもう人間なんですから、あなた達と言わないでBETAと言って欲しいんですけど。……で、質問の答えを言うと創造主と呼ばれる珪素生命体がそうです」

「珪素生命体ね……。それってどんな姿をしてるの?」

「どんな……と言われても説明はしにくいですね。地球上の生物とは全く違った形してるんで何とも表現しずらいし、変な姿としか」

 深海生物とか太古の時代には変った姿形をした生物が地球にもいたが、吾郷はそこまでの知識は持っていないので答える事ができない。

「まぁ仮に人類が宇宙に行って珪素生命体と出くわしても、変った物体だなぁって感じで生き物とは認識できないかもしれませんね。ちょうどBETAが人類を見るのと同じように」

「成る程ね。BETAが人類をどう見ているのか何となくイメージができたわ。じゃあ次にあ号標的の視点から考えてどうやったらBETAを駆逐できると思う?」

 夕呼は徐々に自分の知りたい内容の深いところまで聞いていく。

 此処からがいよいよ本番である。

「ん~~、まず先に言っておきますとBETAは生命体は絶対に殺しませんし、生命がある星で資源の発掘は禁止されています。ところが奴らは珪素生命体しか生命と認めないようにできてますので、人類を生命と認識することは無理です。俺があ号標的の時、さんざん手下のBETAにそう指示して地球から出ようとしたのですがそれを行う事はできませんでしたから」

「……そう、それは残念ね。BETAに人類を生命体と認識させられればBETA大戦は終結するという事なのに」

 そう言って夕呼は肩を落とす。

 物事を損得勘定で切り捨てられる夕呼でも、こう言った反応は武と同じである。

 彼女もまた人間なのだ。

「でも言い換えれば珪素生命体を人工的に作り出せれば、奴らすぐにでも撤退していきますよ? できませんか? バイオテクノロジーか何かで」

「本当!? ……なるほどね。確かにいい案だけど、それは難しいわね」

「難しい……ですか」

「えぇ、科学的にもちろん難しいって言うのもあるけど、なにより人類には時間がないから」

 そう、あと10年もしない内に人類は滅びるとされているのだ。

 時間さえあれば珪素生命体を作り出すことは可能かもしれない。

 だがそんな未知の領域を残り僅かな時間で完成させられるかは正直かなり厳しいだろう。

「でも、そうね。それは今後人類がやるべき研究目標の1つとして上に申告しておくわ」

 夕呼は吾郷の案を聞き入れる事にした。

 武の話ではオルタネイティヴ4を完成させてオリジナルハイヴを落とせば人類は30年近く生きながらえると言う。

 それだけの時間があれば人工的に珪素生命体を作る事はできるかもしれない。

 もし本当にBETAが吾郷の言うとおり珪素生命体の存在を確認した瞬間に地球から出てってくれるならこれをやらない手はない。

「あと他にはない?」

「他には……あぁそうだ。BETAを倒したいならオリジナルハイヴから潰した方が良いですよ? BETAの指揮系統はあ号標的をトップに置いた箒型なんで他のハイヴをいくら潰しても意味ありませんから」

「なんですって!?」

 それは夕呼にとって初耳である。

 武もその事は知ってはいたが夕呼に後で教えようと思っていたのだ。

「と、言うわけで俺のお勧めとしてはまずオリジナルハイヴをG弾使って吹き飛ばす。この際にちゃんとあ号標的と反応炉は確実に消しておくこと。これが生きている限りハイヴは何度でも再生しますから。他のハイヴはオルタネイティヴ4を完成させてからゆっくりと片付けていくのがベストだと思いますが」

「却下」

 今度は先ほどとは違い、速攻で吾郷の案を否決する。

 有無も言わせないといった口調である。

「えぇ! 何で!?」

「あたしとしてもあなたのやり方は良い方法だと思うわよ? ただそれはあくまで理想的な方法であって、世の中はそう上手くいかないのよ。G弾を使ってオリジナルハイヴを落とせば、他のハイヴにまで人類は必ずG弾を使用するわ」

 というよりオルタネイティヴ5は短期間で一気に地球上全てのハイヴをG弾で消し飛ばす作戦だ。

 何度もループしまくった武の話によればオルタネイティヴ5が執行されると津波などの天変地異に見舞われ、大陸は海に没するという。

 人類に与えられたものは塩の大地のみ。

 それだけの犠牲を払ってもBETAの全てを殲滅することはできないと言う話だ。

 吾郷の言うとおりオリジナルハイヴだけを落とすだけにG弾を使用するなら、天変地異はまだ起きないかもしれない。

 だが、そうなるとどうであろうか?

 人類は横浜ハイヴ、オリジナルハイヴをG弾を使用することによって落とすことに成功したという前例を2つも作ってしまう事となる。

 これは逆に言うと人類はG弾なしにハイヴを落とすことは不可能だという事に等しい。

 事実いままでフェイズ4はおろかフェイズ2のハイヴですら人類は攻略できていないのだから。

 となれば自然とオルタネイティヴ5決行の人類敗北のバッドエンドに直行することとなる事が予想されるであろう。

「あぁそうだ。そういえばさっき言ってたBETAの母星はどこにあるか分かる?」

「母星……?」

 夕呼が話題を突然変えてきた。

 その質問には別に深い意味はないだろう。仮にBETAの母星が分かったからといって人類にはどうすることもできない。

 質問というのは重要なものから何の変哲もない小話的なものまで織り交ぜていくのが効果的である。

 だがその何でもない質問に対して吾郷は答えに詰まった。

 あ号標的だった頃は簡単に把握できていた場所だが今の自分は人間なのだ。

 同じようにいくだろうか?

 一応駄目元で自分の中の記憶を探っていく。

「……おぉッ!! すごい! 俺すごい!! 分かる! 分かりますよ!!」

 思わず吾郷は歓喜の声を上げる。

 何と自分の中にあ号標的の知識がきっちり残っていたのだ。

 これはありがたい! 自分の役割というかマブラヴの中で相当優位なポジションに着けるのではないか?

 いわゆる技術改革で俺スゲーみたいな奴である。

 吾郷の中で少しだけやる気ゲージが上がった。

「へぇ! どこ? 教えなさいよ」

 夕呼も興味があるのだろう。

 身を乗り出して吾郷に尋ねる。

「あっちです!!」

 自信満々に吾郷は人差し指を上に向ける。

「……どこ?」

 夕呼が顔をしかめる。そりゃあ上の方向……宇宙の方向にBETAの母星があるのは当然だろう。

 夕呼が聞きたかったのはそういう事ではないのだが。

「いやだからあっちですって。この指の先を真っ直ぐに辿っていけばBETAの母星に突き当たります」

「はぁ……?」

 とんでもない事を言い出す吾郷に夕呼が顔をしかめる。

 ここで1つ重要なポイントがある。

 吾郷は確かにあ号標的としての知識は持っているが、悲しいことに吾郷は人間としては天才でもなく、ましてや科学者でもないごく普通の一般人。

 学生時代は理系に進んでいたが不景気により職種など選ぶ余裕がなかったから技術職には就けず、自分の学科とは無関係の業界に就職してしまった。

 そのため彼の中ではその手の知識はもはや忘却の彼方だ。

 せいぜい覚えていると言ったら小学校の頃にやった理科の実験で、電池を直列で繋ぐと豆電球がとても明るくなるくらいなものである。

 故に母星が具体的にどの方角にどれぐらいの距離にあるのか、あ号標的の知識を人間の学者が理解できるように変換できないのだ。

 例えばオリオン座やさそり座、これらの正座の名前は多くの人間が知っているだろうがそれが何億光年離れているのか? 天文学上何と呼ばれている場所にあるのか答えられる人間は少ないだろう。

 それと同じである。

「じゃあ次、あ号標的の知識があるならBETA由来の物質、G元素とか作れない? それか反応炉そのものでもいいわ。なんだったら人工的にBETAを作ったりはできない?」

 嫌な予感がしつつも夕呼は一番吾郷に聞きたかった質問をしてみる。

 あ号標的の知識を持っているなら、その知識で対BETAの新兵器を作れないか?

 G元素を作って資源問題を解決しても良いし、光線級を超える新種のBETAを生み出してくれても良い。

 そんな事を期待していたのだ。

「う~んとですね……できなくはないですよ? あ号標的と同じ体があれば……」

「そんな物人類が持ってるわけないでしょ!」

 夕呼は突っ込みを入れる。

 とは言えそんな事を言われても吾郷としてはどうしようもない。

 この世界において人類史上初めてBETA由来の物質を発見したロスアラモス研究所のウィリアム・グレイ博士ですら、カナダに落ちたBETAのユニットを調べて見つけたわけで、ゼロから作り出したわけではない。

 BETA由来の科学を自由自在に人類の科学に置き換えるには香月夕呼以上の、いや下手をしたらもっと……世界中の科学者の知識を総動員するくらいの頭脳が必要なのである。

 こ、この男使えない……!!

 夕呼の中で吾郷の評価が大幅に下がりつつも、いや待てまだそう断ずるには早計すぎる。と自分を落ち着かせる。

 何だかんだ言ってもあ号標的の知識を持っていることは大きなメリットになるはずだ。

 技術職でなくてもこの男の使い道はいくらでもあるはずである……多分。

「あ~あ……残念ねぇ吾郷さん?」

「う……何がですか?」

「もし技術開発に貢献できるなら、この体、抱かせても良いくらいに思っていたのに」

「え、えぇぇぇぇ!? いや、その……」

 とてつもなく嬉しい申し出なのだが女性に対して免疫ゼロな吾郷はサラリとかわす事もできない。

 一気に頭の中が沸点まで上昇して思考がパンクしそうである。

「フフ、冗談よ冗談」

「あ……うぅ……ちくしょう俺は負け犬だ」

 今度は落ち込んだ。

 夕呼から見ると反応がいちいち面白い。

 この男が今後なんの役に立つかはまだ分からないが少なくとも自分のからかう対象としては役に立ちそうだ。

「じゃあ最後に、吾郷さんの方から何か他に有益な情報はない?」

「他に何か…………」

 吾郷は考える。今の尋問において自分があまり夕呼の中でいい評価は得られなかったという事は雰囲気から読み取っていた。

 このままでは何となく悔しい。

 ここは一発逆転で、良い情報を夕呼に与えれば自分への好感度がアップする事を狙う。

 そうすればもしかしたらさっきの冗談を本当にしてくれるかも……いや、それはこの際置いておこう。

 何かないか?

 考えろ! 考えるんだ自分!!

 脳細胞を活発化させて脳内の伝道物質をフルに生成させるんだ!!

 香月夕呼が思わず飛んで喜びそうな情報は……!!

 情報は! 情報は……!!

「あ、あ、あああ号標的はでっかいチ〇コの形してます!!」

 ――パンッ!

「危ねぇッ!!」

「……痛ぅ! 悪いわね思わず引き金ひいてしまったわ」

 腕を押さえてうずくまった夕呼の手には先ほど懐にしまった拳銃が握られていた。

 0点どころかマイナスの答えをほざいた吾郷に向かって夕呼が発砲したのだ。

(全く……早いところ何とかしないとね。こっちにはもう時間がないんだから)

 拳銃を再び懐にしまいこみ、夕呼は吾郷に対して内心呟く。

 痺れた手のひらを夕呼はじっと見つめる。

 赤く腫れた親指の付け根を隠すように右手を白衣のポケットに捻じ込み、夕呼はその場を無言で後にした。

「あ、あれ~? 香月さん? 夕呼さ~ん? 俺ここから出して貰えるんですよね? ちょっとー! もしも~し!?」

 吾郷の質問に答えるものは誰もいなかった……。











 一方その頃この世界のもう1人の主人公、白銀武はJIVES(ジャイブス)によるシミュレート訓練を行っていた。

 統合仮想情報演習システムと呼ばれるこの装置を使っての仮想訓練は現在、衛士訓練において最も有益とされる。

 着弾はおろか破片や爆風など戦闘中に起きるあらゆる物理現象を再現可能で、さらにはBETAの外見や行動パターンも完璧に再現可能と来ているのだから何とも凄まじい。

 だがそれでもやはり実戦には及ばないと言うのは、初陣を経験した衛士にとっての共通認識である。

 武もそれについては同感だ。

 実体を伴ったBETAの軍団による圧力は、とてもではないがこの装置では再現不可能である。

 何度もループを行ってきたTAKERUにとっては、最早このシミュレート訓練は飽きるほどやったゲームと言ってもいい。

 シミュレートによるBETA撃破数の最高記録は53万!

 もうお前1人でハイヴ落としに行けよ。と突っ込みたくなるような無茶苦茶な記録である。

 そんなTAKERUだったが彼の表情は今まさに驚愕に満ちていた。

『……マジか? こいつら!?』

 自分に突っ込んでくる要撃級の切り裂き、宙に舞ったモース硬度15以上の前腕を掴んで武器にしようと思った武だが、即時跳躍ユニットを噴射させて不知火を後退させる。

 自分の攻撃直後の一瞬の硬直状態を狙って赤い鬼蜘蛛のような戦車級が10体、武に襲いかかってきた。

『ざけんな!!』

 両肩に備え付けられた可動兵装担架システムを巧みに操り、36mmをお見舞いしてやる。

 きっちり10発で10体の戦車級が肉片と体液を散らして只の骸と化す!

『白銀少佐! 4時の方角に大隊規模の要撃級!』

『了解!!』

 オペレーターを務めるのは神宮司まりも軍曹である。

 まりもの声に反応して武は突撃砲を要撃級へと向ける。

『――――ッ!!』

 武の行動に合わせてか要撃級は前腕を使って体を覆った。要するに『防御体制』に入ったのだ。

 ダイヤモンドよりも硬いその両腕で体を隠せば、突撃級とまではいかないまでもかなりの防御力を有する事ができよう。

 BETAは圧倒的な物量もさることながら、生命力もずば抜けている。

 少々の手傷を負ったくらいでは倒れてはくれないため、確実に急所に当てて仕留めなくてはならない。

 無駄撃ちによる弾切れは即死に繋がる危険性があるからだ。

 だが目の前の要撃級の様に防御体制を取られてしまってはどうしようもない。

 ガードをこじ開けて致命傷を与えるのにどうしても時間と弾数が必要とされる。

 今までのBETAはこんな事はしなかった。

 突撃戦法だけが無能なBETAに許された唯一の戦い方である。

 それがこのように防御体制を作って無駄撃ちを誘うような行動を取ってくることは……。

『白銀武を……なめるんじゃねぇ!!』

 武の咆哮とともに突撃砲が火を噴く。

 放たれた36mmの劣化ウラン弾が吸い込まれるように要撃級に吸い込まれていき、その巨体を吹き飛ばした。

「…………すごい」

 思わずまりもの呟いた声が聞こえた。

 両手でガードしたとしても要撃級のゴツイ腕ではどうしても隙間が出来る。

 その隙間を狙って武は弾丸を撃ち込んだのだ。

 でたらめな射撃能力である。

『――――クッ!!』

 間髪要れず赤い字幕の『レーザー照射警報』の文字とアラーム音がコックピット内に現れる。

『ッたく!! 少しは休ませろ!!』

 レーザーの最大出力になるまでの僅かな時間に武は不知火を操り、足元に転がっている戦車級をレーザーの照射上に放り投げ、光線級の攻撃を無効化させた。

 BETAの特性上味方を誤射しないという絶対的な法則を利用してのレーザー回避は、衛士の間でも広く使われている。

『なッ! くそッ!』

 再び今度は別方向からレーザー照射警報!

 同じように回避を試みては、また別の方向からレーザー照射警報が来る。

『しつけぇ! ふざけんな!』

 スロットルペダルと操縦桿を操り縦横無尽な立体機動を持ってレーザーをかわす。

 光速で打ち出されるレーザーをかわすなど物理的に不可能だが、TAKERUならそれが可能なのだ。

『……よし! 回避しきれたか?』

 執拗に迫ってくるレーザー照射に武は安堵の息を漏らす。

 すると今度は戦術機のセンサーが音紋をキャッチした。

『くそ! 何がどうなってやがるんだ!』

 まさかさっきのレーザー照射は自分をここまで誘導するための物だったのか?

 ……間違いない!

 こいつ等、この世界のBETAは……間違いなく『戦術』を用いてきている!!

 地面がめくり上がり大量の土砂とともに現れたBETAの姿!!

『……此処に来て『新種』かよ。上等だ! 一匹も逃がさねぇ!!』

 武の前に現れたBETAはこれまでのループした世界でも見たことがない姿をしていた。

 一見するとタコのような形をしており、色は青黒く、大きさは戦車級と同じくらいといったところか?

 武は不知火の前腕に装着されたナイフシースから短刀を取り出し何の躊躇いもなく切り裂く。

『駄目です! 少佐! そいつの体液を浴びては!!』

『何!?』

 まりもの声に反応して武はとっさに回避行動を試みるも、左脚部に新型のどす黒い体液が掛かってしまう。

 変化が起きたのはそれから僅か数秒後。

『…………足が!』

 見ると不知火の左脚部が無骨なギプスを巻きつけられたかのようになっていた。

 先ほどの新型の体液が空気に触れた途端かさぶたが固まるかのように硬質化したのだ。

 液体は戦術機の間接部分にまで浸透したのだろう。

 これでは動かしようがない。

 その青白い輝きを放ったまま固まった物体は、ハイヴ内の内壁を思わせる。

(こいつら普段ハイヴの補修工事でもしてやがるのか?)

 ありうる話だ。

 発掘現場における仕事は何も資源を掘るだけではない。

 落盤などが起きないように常に壁の強度を一定水準に保つこともまた重要な仕事と言えるだろう。

 そんな事を一瞬考えた武を好機とばかりにBETAが襲い掛かる。

 人間でも片方の足にギプスを巻かれては素早く動く事は出来ない。

 だが……!

『甘い!!』

 武は跳躍ユニットの出力を絶妙に調整しながらあたかも2本足で立っているかのような動きを見せてBETAの猛攻をかわす。

 かつて並行世界の戦場において片足を光線級に吹き飛ばされたときに編み出した技である。

 ――いける! まだ戦える!

 そう考えたとき再びレーザー照射警報の文字!

 どこだ? 周囲を見渡すが現在は混戦状態で自分はBETAに囲まれている。

 光線級が自分を打つときは必ずBETAが道をあけるはずなのだがそれが見当たらない。

『少佐! 8時の方角より『高角60』から鉄塔レーザー級が狙っています!』

『――なッ!!』

 まりもの声に反応して武は後ろの方角、ついで上空を見上げた。

 最初から気にはなっていた。

 今回のシミュレーションは大陸における19番目のハイヴ、ブラゴエスチェンスクハイヴ周辺のBETA掃討戦。

 本来BETAに平らにならされている大地にモニュメント以外の高く天を貫かんばかりの建造物がいくつかそびえ立っていた。

 ――否!!

 その正体はBETAであった。

 表面を突撃級と同じ固い殻で覆い、その高さは母艦級の全長よりさらに長く、10kmに及ぶ。

 まさに巨大な鉄塔と呼ぶに相応しいだろう。

 最初は何かあるかと思い注意を払っていたが、戦闘開始からずっと沈黙を守ってきたので武は他の目の前のBETAに集中せざるを得なかったのだ。

 だが、ここに来てついにこの規格外のBETAが動き出した。

 ……その正体は!!

『おい……ふざけろ……』

 さすがの武も声を失う。

 戦術機の望遠カメラが捕らえたその映像。

 遥か上空に輝くのは従来の光線級のそれと同じレーザーの照射器官だ。

 その数ざっと見積もって軽く100は下らない。

 これだけの高度から打ち下ろされるわけだから、なるほど地上のBETAはわざわざ道を空ける必要はあるまい。

『……くそ……今回の世界は随分ときつそうだな』

 鉄塔光線級と呼ばれたBETAの放つ光に包まれ武は呟く

『……白銀機、完全消滅。これにより統合仮想情報演習を終了いたします』

 真っ暗になった筐体の中にまりもの案内を聞きながら、武はこの世界の現状をようやく理解した。

 幾多の可能性を秘めた並行世界。

 因果導体となった武が何度もループを重ね、スーパーな武ちゃんとなった世界があるのなら、逆にスーパーなBETAが存在する世界もまたあるはずである。

 香月夕呼が最初の面会であっさりと武の言った事を信じた理由は、藁にもすがりたいと言う気持ちがあったから。

 冥夜たち207-B分隊がこの時期にもう正規の衛士となっていた理由も、戦える人間をあまらせておくほど人類に余裕はなかったから。

 A-01が他の並行世界の彼女達より危機迫るような気迫に武がどこか身に覚えがあったのも当然。あれはオルタネイティヴ5が発動した後の人類の姿と同じである。

 つまりはこの世界の人類は……。

 人類滅亡に王手を掛けていたのだった……!!







 あとがき

 すいません。自分は霞が好きです。
 が、吾郷との因縁を考えるとどうしてもこうならざるを得ませんでした。
 吾郷にはそう簡単に霞と仲良くさせてあげない。

 あと自分は天邪鬼のようです。
 前作でBETAフルボッコもの書いたので今回はこんな感じの話も書きたいとおもってしまいました。

 オリBETAのアイディアをもっと考えねば。



[16089] 新章5話 モテない男の影響
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:ff510f2b
Date: 2010/12/28 00:55
新章5話 モテない男の影響





 時計の時刻はすでに深夜の2時を回り、消灯時間はとうに過ぎた深夜の横浜基地。

 その一角のとあるブリーフィングルームに白銀武少佐と神宮司まりも軍曹がいた。

 ノートパソコンから配線で繋がれた投影機が白いスクリーンにBETAの姿を映し出す。

 投影機はもう随分と昔から使われているのだろう。本体の中にホコリでも詰まっているんじゃなかろうかと思わせる起動音が妙にうるさい。

「ではこれよりBETAの説明に入ります」

 まりもがスクリーンとパソコンを交互に見ながらマウスを操作する。その様子はさながらプレゼンを行うキャリアウーマンのようで中々さまになっている。

 ビシッと決めた軍服姿のまりもの表情が若干緊張してるように見えた。

 目の前にいる少年は白銀武。

 若干17歳にして少佐という肩書きを持つあきらかに他とは類を異とする衛士である。

 最初はまりもも訝しげに思っていたがそれも今では納得だ。

 先ほどのJIVESの訓練による結果を見れば彼が少佐と呼ばれるのも頷けようというもの。

 XM3と呼ばれる新システムをダウンロードさせた武の機動はこれまでの自分の戦術機概念を根底から覆してしまった。

 対BETA戦において航空機とは違い、空中でも立体機動を可能として編み出された兵器が戦術機だというのに、武のあの機動を見た後では自分が今まで操っていた機動は立体機動だったとはとてもではないが言えない。

 さらに言うならこのXM3の開発にも目の前の少年が関わっていると言う。

 卓越した技能に加えXM3を生み出す発想力。どれもが素晴らしい1流の能力と言えよう。

 だがまりもはさらに武の別の部分を評価していた。

 あのJIVES訓練を計10回、撃破されてはまた挑みの繰り返しで20時間。

 自分を含む3人のオペレーターがローテーションで受け持ち武の訓練に付き合い、なおかつそれでも足りないと今こうしてBETAの情報を自分に教えてくれと懇願してきた。

 鍛錬に対する集中力がすさまじい。

 技術だけでなく精神的なものまで目の前の少年は兼ね備えていたのである。

 彼は一体何者なのか? と、まりもは武に対して尊敬の念と共に興味を抱かざるを得なかった。

 もちろん疑問は残る。あれほどの戦闘技術を有していながら新種のBETAを知らないとはどうにもおかしい。

 しかし夕呼からは自分の知っていることは全部教えてやるように命令されている。

 それに階級が上とは言え彼は本来自分より年下だ。

 教師を志していた自分として年下の相談を受けるのは悪い気がしない。

「こちらは整備(メンテ)級。2000年、つまり昨年の6月にボパールハイヴ周辺で観測されたのが初めです」

 最初表示されたのは武の動きを封じて来たBETA。

 体が青黒く、そしてわずかに発光している体の色は頭脳級BETAである反応炉を思い出させる。

 発見された年は随分最近の事だなと武は顎に手を当てる。

 もしかしたら『新種』は近年発見されたばかりなのではないかと武はあたりを付けた。

 それは十分ありえる話だ。そもそもあんなBETAが数十年も昔から出現していたのなら人類はとっくに滅びているだろう。

「全長4.2mと戦車級とほぼ同じサイズ。気をつけるべきは奴らの体液。奴らの体から出ると硬化するその性質は戦術機を初めとした近代兵器が浴びてしまうと、致命的な機動力の低下を受けることとなります。また攻撃方法も口からこの硬化粘液を利用した物のみになります。ただし幸いにも戦闘力としてはそれほど高くはなく戦術機を持ってすれば用意に蹴散らせることが出来るレベルですので、奴らが突如目の前に現れたとしても慌てず距離をとって迎撃することが重要です」

 まりもの説明に武は数時間前の訓練の事を思い出す。

 機動力を奪う事に特化したBETA。特に自分のように圧倒的な運動量をもって相手を翻弄するタイプの衛士にはこのBETAは注意しなくてはならない。

 まったく面倒くさい相手だ。死んだ後にこそ本領を発揮するなど、どこのホラー映画のキャラだというのか。

 今度からこいつの事は敬意を込めて『粘着野郎』と呼ぶことにしよう内心武は心に決めた。

「このBETAは今までのBETAと違い、相手を撃破することよりも味方に有利な戦況を作り出す役目を持った存在である事から、現時点においてBETAが戦略を用いてきていることは疑いの余地はありません」

 武は頷く。

 味方を支援するタイプは確かに今まで武が経験してきた並行世界でもいなかったタイプのBETAだ。

 BETAは光線級であれ突撃級であれ、敵を発見→撃破の図式が成り立つ単純な行動しか取ることはなかった。

 そこに現れた支援型のBETA。奴らがとる戦術がまだまだ児戯に等しいものだとしても、奴らの攻撃手段のバリエーションが増えることがどれだけ恐ろしい事か武は知っている。

「また余談ですがこのBETAの体液が固まった物質は、ハイヴ内の内壁と同じ物質であることが確認されています。それゆえにこのBETAはハイヴの壁の建築や補修を行っていたものであると考えられています」

「あぁ、やっぱりそうなのか? 自分もこいつの体液をくらった時にそう思ったが……」

 BETAの目的は資源発掘。

 そのため地下に篭って延々と作業を続けており、それぞれのBETAがそれぞれの役割を担っている。

 光線級が硬い岩盤を溶かすのが目的とされたり、母艦級がハイヴ内の坑道を拡大および他のBETAの運搬を目的としているのなら、この整備級は母艦級が掘った穴を補強するのが仕事なのだろう。

 ちょうど自動車や家屋に塗料をぬりつけて錆びなどの劣化防止や外装を強化させるのに似ている。

「なるほど……ふと思ったのだが、こいつの体液がハイヴ並みの強度なら捕獲して上手いこと利用すれば戦術機の耐レーザー塗料とか作れないか?」

 ハイヴ内ではS-11を爆発させてもビクともしない。

 そんな強度をもたせられる塗料なら重光線級のレーザーを数秒と言わず、何十分と持たせる事ができるかもしれない。

「さすがです白銀少佐。おっしゃる様にこのBETAの体液を利用して新しい耐レーザー塗料の開発が推し進められています。……ですが現状は開発困難のようです」

「それは何故?」

「まず、第1に我々はこの物質を人工的に作る事はできない。となればこのBETAを捕獲せざるを得ないわけですが、その作業は命がけという事が上げられます」

 なるほど、と武はまりもの言葉に納得した。

 別の並行世界でBETA捕獲作戦に携わったA-01部隊が実際命を落している。

「次にこのBETA1体から取れる体液は戦術機を1機塗るのに全く足りません。だいたい戦術機1機作るのに対して20体分の整備級が必要とされており、それだけのBETAを捕獲するのに3人の衛士が命を落す計算となります」

「……それは確かに割に合わないな」

 1機の戦術機を作るのに、3人の衛士が命を落していては話しにならない。

 せっかく出来た戦術機も乗り手である衛士がいなければ只の大きなオブジェとなってしまうのだ。

「最後にやはりと言うか、このBETAの体液は未知の物質であるためその乾燥・硬質化のメカニズム分かっておりません。つまりは未だに保存方法が見つからない状況にあります」

「……ん? さっきのシミュレーションでは空気に触れたら硬質化したわけだから、何かの液体に保存しておくとかでは駄目なのか?」

「はい。それが例え空気中であれ水中であれ、真空の中であろうとも整備級のBETAから外に出た体液は『数秒』で硬質化されてしまいます」

 普通の塗料は溶剤が自然蒸発して乾燥するタイプや、別の硬化剤や触媒を混ぜることにより重合反応を起こし固まるものがあるが、そのどれもが乾燥するまで数十分から数時間かかる。

 一見早く乾燥する塗料は性能が良いように思えるが、数秒でかたまる塗料など不良品以外なにものでもない。

 考えてみると良い。塗料缶の蓋を開けたら数秒でダイヤモンドのように硬くなっている塗料などどう塗れば良いというのか?

「なるほど……だがあの鉄塔光線級のようなものが存在するなら、何とかしたい所ではあるな」

「はい。光線級はハイヴ内ではレーザーを照射しない。ならばハイヴと同じ材質の塗料をぬればそもそも奴らの照射対象にすらならない可能性すらありますし」

 まぁさすがにこれは甘すぎる希望ですが。とまりもは言葉を続けながらリモコンを操作し画面を切り替える。

「続いて先ほど白銀少佐もおっしゃった鉄塔光線級。最大のもので全高は10kmと今まで発見されたBETAの中で郡を抜いて巨大な新種です。底面の直径は200m。円錐形をしており、その外皮は突撃級の装甲殻と同じ強度を誇っています」

「鉄塔光線級……」

 最大という言い回しからどうやら同じ鉄塔光線級でも大きさに差があるらしいが、それでも他のBETAと比べたら規格外のサイズである。

 自分が知る中で最大の母艦級の5倍以上の大きさもある。

「神宮司軍曹。こいつを倒す手段はあるのか?」

「……あくまで理論上ですが、あまりにも縦に長すぎるアンバランスな造形から120mm砲弾などの集中砲火で根元に上手く傷を負わせられれば、後は自重で崩れるとされています。……が、今まででそれを行えた者は存在しません」

「そうか……」

 まりもの言葉に武は苦虫を噛み潰した表情になる。

 他の光線級ならばレーザー照射器官を潰せば無力化できる。だがこいつの場合は照射器官が高度10000m上空に存在するのだ。とてもではないが通常の兵装では届くまい。

 また集中砲火といってもあの外装だ。

 10発や20発打ち込んだとしても微動だにしないだろう。

 何百発という砲弾を撃ち込むにしても鉄塔光線級の足元には物量が自慢のBETAの群れがひしめいているのだ。

 はっきり言って鉄塔光線級だけに構ってる余裕はあるまい。

 他に有効な方法といったらS-11を根元にセットして爆破することぐらいだろうか?

「神宮司軍曹。こいつの照射器官は全部でいくつある?」

「現在確認されているオリジナルハイヴ周辺に存在する最大の鉄塔光線級は、推定2000を近い照射器官を持っているとされています」

「……お手上げだな」

 上空から降り注ぐ2000を超える光線の雨。

 たとえ自分の機動をもってしても振り切ることなどできはしまい。

 実際さっきのシミュレーション訓練で自分は一度もこいつの攻撃を避ける事は出来なかった。

 つまりこいつが攻撃してきたらその時点で詰みである。

「ですが白銀少佐? この鉄塔光線級は欠点がないわけではないのですよ?」

「何……?」

 下を向いていた武はまりもの意外な言葉に顔を上げる。

「はい。今までこのBETAによって撃墜された人間は年間どれくらいだと思いますか?」

 その質問の仕方はまりもが嘗て自分に『死の8分』を説明してきた状況を思い出させる。

 あの時も8分と言う予想を超える返答に驚いたものだ。

 年間……1年間にこのBETAにより命を落した人間の総数。

 1番多く人類を食い殺している戦車級なら民間人も含め年間1億に迫る数だろう。

 まりもの口調から恐らく自分の予想外の返答なのだろうが……。

「んっ……そうだな……10万くらいか?」

「512人です」

「512!?」

 それは少ない……。

 少なすぎる。

 こちらからすれば手がつけようのないくらいの化物なのに、その被害数は平和な日本における道路交通事故による年間死亡者数(約5000人)にも全く及ばない数だとは。

 武の驚いた表情にまりもは満足そうに頷き説明を続ける。

「はい。白銀少佐、例えば重光線級の地平線までの照射可能距離を良く考えてみてください。おかしいと思いませんか?」

「重光線級の地平線までの照射可能距離? ……確か16kmだったな? それがどうかしたのか?」

 地球は球体の形をしている。そのため地平線の向こう側に隠れてしまえば直線軌道しか描けないBETAの光線はまず当たることがない。

 当たる場合は地平線の向こうから顔を覗かせた場合。つまりは航空機が高度500mなどで低空飛行している場合である。

 この場合はさらに射程距離が伸びて航空機は重光線級の100km以内に近づく事すらできない。

 だが空を飛ばない高さ0m……の生き物はさすがにいないので、例えば蟻などの生き物を重光線級が打ち抜こうとした場合の最大射程距離は16kmである。

「はい。重光線級ですら地平線までの照射距離は16km、これに対して鉄塔光線級の射程距離は800km……」

「800km!?」

 でたらめな数字である。

 その距離はだいたい東京から北海道までを結ぶ距離だ。

「えぇ、つまりは佐渡島ハイヴにいる鉄塔光線級は『日本にいる人間をその気になれば何時でも撃てる』というわけです」

「――ッ!!」

 まりものあまりに恐ろしい言葉に武は言葉を失う。

 確かにその通りだ。佐渡島からこの横浜基地までの距離は約300km。

 余裕で鉄塔光線級の射程に収まる。

 つまり今この瞬間に撃ち殺されてもおかしくはないということだ。

 佐渡島にいる鉄塔光線級の射程範囲外といったら日本では九州と北海道の端っこくらいしかないのではないか?

「どういう事だ? 何故鉄塔光線級は攻撃を仕掛けて来ない?」

「それをこれから説明いたします。まず鉄塔光線級はその性質上積極的にレーザー照射する事はありません」

「性質上?」

 武が眉をひそめてまりもに問い返す。

 言われて見ればシミュレーション訓練でも鉄塔光線級は初めの内は沈黙を守っていた。

 まぁ確かに積極的にレーザー照射されたらこちらも命はないのだからその点はありがたいのかも知れないが。

「はい鉄塔光線級はその名の通り建造物のように全く動く事ができないBETAです。つまりはハイヴに戻って燃料補給をすることができません。1度全てのエネルギーを使い切ったら最後、その鉄塔光線級の寿命は尽きます」

「寿命が尽きる?……つまり鉄塔光線級は『使い捨てのBETA』という事か?」

「そのとおりです。順を追って説明します。こちらの画像をご覧ください」

 まりもが手にしたリモコンを操作して、別の画像を映し出す。

 何やら黒い球体のようなものが描かれている。

 横に書かれたデータを見ると大きさはどうやら直径1.2mの球体らしい。

「……それは?」

「鉄塔光線級の種です」

「種!?」

「正確に言えば我々人類が認識する『種』ではないのでしょうが……。まぁそれはさておき、この鉄塔光線級の種を他のBETAが地面に置いていく様子が軌道衛星によって確認されています。地面に置かれた種は数時間後には発芽、そしてそのままどんどん上に伸びていき、およそ半年で10kmの鉄塔光線級に成長します」

 なるほどと武は頷く。

 最初の説明で『最大の鉄塔光線級』という言い回しをしていたのには、そういった理由があったのかと納得する。

 鉄塔光線級の照射器官は2000。

 1体で2000体分の重光線級という計算ではなく、1体で2000発の重光線級並みのレーザーを撃てると考えるのであれば確かにまだ話が違ってくるかもしれない。

「成長しきった鉄塔光線級は基本一切何もしません。それは自分がエネルギーを補給する術を持っていないから、なるべくエネルギーの消費を抑えているのだろうと言うのが今の学会での有力な説となっています。そして1度レーザー照射をし、全てのエネルギーを失ったら徐々にその姿を変え、約1ヵ月後に再び種の姿に戻り他のBETAに回収されハイヴに戻って行くという流れになっています」

「鉄塔光線級は植物のような存在というわけか……。では鉄塔光線級は何を照射対象としているんだ?」

 世界に一体どれくらいの鉄塔光線級がいるのかは武には分からないが、それでも年間512人しか人類の命を奪っていないのでは、そもそもこのBETAが存在する意味がない。

 まぁBETAの行動が人間の理屈に合わない事など良くあることなのだが。

「では続きましてそれを説明いたします。今までの話だと白銀少佐はこいつをウドの大木のような存在と思われたかもしれません。ですが最後まで聞いていただけるとこの鉄塔光線級がどれほど人類にとって脅威になっているか分かっていただけると思います」

 まりもの真剣な目を見て、やはりそんなに甘くはないらしいと武は悟った。

「まず鉄塔光線級が人類を攻撃する場合。1つ目はハイヴ攻略の軌道降下兵団……これが鉄塔光線級に当たる軌道で落ちてきた場合です」

 軌道降下兵団とはハイヴ突入の先陣をきる部隊である。

 高度500kmの地球周回低軌道から命がけのダイブを行う彼らの生存率は2割を切るとされている。

 軌道降下兵団が乗り込む『空飛ぶ棺桶』と呼ばれる再突入殻は高度40kmの時点でマッハ7にも及ぶ。

 そんなものが直撃すればさしもの鉄塔光線級といえども1撃で沈むだろう。

「鉄塔光線級に当たる場合? ……確かに撃墜しなくては自分が死ぬわけだからそれは分かるが、他の突入部隊はどうしているんだ? 撃墜しなければ軌道降下部隊はハイヴに突入し放題じゃないか?」 

「無視してます」

「無視?」

「はい。先ほども説明したように鉄塔光線級は人類を第1の照射対象とはしていません。突入部隊の迎撃はこれまで通り他の光線級が行っております」

「つまりは鉄塔光線級からすれば突入部隊は『直接手を下すまでもない相手』ってわけか。……くそっ! ……舐めやがって!!」

 武は力まかせに机を思いっきり叩く。

 確かに他の並行世界でも突入部隊がハイヴを攻略できた事などないのだから、迎撃は他の光線級に任せるのは理に適っているのかもしれない。

 だが武はそんな鉄塔光線級の行動が気に食わなかった。

 BETAの思考回路なんぞ分からない。

別に舐めてるわけではないのかもしれないが命がけ突っ込んでくる相手に対して応戦すらしないで無視を決め込むなど武の中で許せるものではなかった。

「私もそう思います」

 まりもも武の言葉に同意するように頷く。

「じゃあ何故鉄塔光線級はオレに攻撃を仕掛けてきた? JIVESでそう設定されているという事は奴らが地上にいる人間を攻撃することもあるという事なのだろう?」

「はい、白銀少佐の仰られるように鉄塔光線級はごくマレですが地上の混戦状態において攻撃を仕掛けてくることがあります。それでも年間で撃破された衛士の数は60前後です」

「わからないな。鉄塔光線級に撃破された衛士達は何故攻撃されたんだ? 何か奴らの気に障るような事をしたのか?」

 武は頭を抱える。こう言った『ワケのわからない』行動をとるのはBETAの専売特許みたいなものだから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが、それだとこちらとしても対処のしようがない。

「学者たちもその問いに大いに悩んでいたのですが、つい3ヶ月ほど前、鉄塔光線級の攻撃を受けた衛士達にある共通点が見つかりました」

「――見つかったのか!?」

 これは意外だった。

 正直この手の話はBETAの気まぐれで片付けられる事が多かったからだ。

「えぇ、撃破された衛士達は皆が凄腕の実力者たちばかりでした。それも基地内においてトップクラス、部隊の中心となれるような所謂エースと呼ばれるような……。どんなに逆境の戦場においてもこの人がいれば勝てる。そう思わせる人間だけを狙い撃つ鉄塔光線級は別名『エースキラー』と呼ばれています」

 部隊の中心となる人物がいなくなる……。

 それはどれだけ残酷な事なのだろうか?

 戦場を経験してきたベテランの衛士は仲間の死に対して涙を流したりはしない。

 むしろ誇り高く語りついでやる事が最大の供養となると考えているからだ。

 だがだからと言って今まで隣にいた仲間が死んで『おぉ○○よ。死んでしまうとは情けない』などという感じで割り切っているわけではない。

 衛士とて人間。仲間が殉職すれば当然悲しいし、特にチームの中心となれるような器の人間を失う事は意味が大きい。

 主柱を失ったことによりチームの連携が崩れ一気に瓦解、さらにそこから連鎖して他のチームにも波紋が広がり戦局が一気に変るという事もありうるのだ。

「ちなみに先のJIVESではそれを考慮してBETA撃破数が個人で3000を超えたら鉄塔光線級が攻撃を仕掛けてくるように設定されています」

「なるほど……じゃあオレが鉄塔光線級の攻撃対象になったのはむしろ光栄というべき事なのかもな。奴らに『敵』として認識してもらえたってわけだから」

 皮肉を込めて肩をすくめる武だったが、その視線は鉄塔光線級の映像に注がれていた。『こいつは戦場で会ったら必ず殺す』と、あたかもそう言っているようである。

「では鉄塔光線級は人類以外の何を照射対象としているのかと言えば、まず1つはBETA戦に置ける制圧攻撃に使用される対レーザー弾頭弾やミサイルなどの兵器です。しかしこれらも基本は他の光線級がまず最初に迎撃することとなっているようです。もっともそれが人類にとってはさらに厄介な事となっているのですが……」

「厄介な事? 最初に他の光線級がレーザー照射を行い、鉄塔光線級がレーザー照射を行うのはその後という事がか?」

 積極的に攻撃してこない事の何が問題なのかと武は問い返す。

「はい。我々が制圧攻撃を仕掛ける際にまず最初に行う攻撃は何ですか?」

「言わずと知れた対レーザー弾頭弾、ALMによる重金属雲の発生だろう?」

 航空兵器を無力化したBETAのレーザーを対抗するためにあみ出されたALMは、BETAの性質を逆手にとった防御兵器と言っていい。

 光線級に打ち落とされる事によって重金属雲を発生させ、BETAのレーザー出力を減衰、その間に面制圧を行うという流れだ。

 むしろ武としてはALMが『打ち落とされない』場合が厄介である。

 その場合は確かに通常兵器としてALMはBETAに損害を与えるが重金属雲は発生しないため、次の面制圧に繋がらないのだ。

 BETAがそういった行動を取った事があるのはオルタネイティヴ4が完成して、00ユニットから人類の情報が漏れた時の世界の話である。

 だがしかしこの世界のBETAは戦略を持っているにも関わらずALMを打ち落として来ると言う。

 それはむしろ僥倖なのではないか?

 だが武の考えは次のまりもの言葉を聞くことで一気に覆る。

「白銀少佐、良く考えて見て下さい。重金属雲の発生する高度は100~500m、それに対して鉄塔光線級の高さは10kmあるという事を」

「――――あッ!!」

 成る程そういう事かと武は納得した。

 ……確かにこれはまりもが言うとおり厄介だ。

 つまり他の光線級と違って鉄塔光線級に『重金属雲は効かない』のだ。

 高度500m付近に発生した重金属雲。今まではそこから一斉砲撃を行っていたが、この世界ではあたかも雲の上にその頂を持つエベレストのように鉄塔光線級が顔を覗かせている。

 これでは面制圧の作戦は成り立たない。

 重金属雲が役に立たないBETAがいるなら他の光線級とて気にせずALMを打ち落とせると言うものである。

「ん? 待てよ? 鉄塔光線級からすればわざわざミサイルの迎撃をするよりかは発射母機を撃破したほうが楽じゃないか?」

 鉄塔光線級の高度、射程距離をもってすれば重金属雲が発生しようがしまいが戦艦や戦車を撃破したほうがよっぽど早い。

 わざわざ飛んでくるミサイルを1発1発打ち落とすよりずっと楽であろう。

「その理由は先ほどの鉄塔光線級は人類を基本攻撃しないという理由に帰結します。あくまでやつらが地上の人間を攻撃するのは『エース級の衛士』に限定されているようです」

「戦艦や戦車なども鉄塔光線級からすれば取るに足らない相手と言うわけか。……気に入らないな」

 これまでどおりの戦術でハイヴに近づけるのはありがたいことなのかもしれない。

 他の光線級同様、鉄塔光線級が射程内に近づけさせないような行動を取ってきたら一方的な虐殺になるであろう。

 ……が、やっぱり気に入らない思うのはいたし方がないと言えよう。

「では最後に鉄塔光線級が第1照射対象としているものの説明をいたします。……もしそれが例えば今この瞬間、横浜基地にあるとしたら鉄塔光線級は容赦なく佐渡島から攻撃してきます」

「――ッ!!」

 まりもの言葉に武は生唾を飲みこんだ。

 つまり鉄塔光線級はソレが目的として作られたBETAという事だ。

「……その第1照射対象とは何だ?」

「G弾です」

「な……ッ!! G弾!? いや、だが……しかし!!」

 予想外の解答に武は激しく動揺する。

 対G弾のために作られたBETA……そんな存在は武ですら知らない。

「1999年8月5日、明星作戦において2発のG弾により人類は初めてBETAからハイヴ奪還に成功しました」

 動揺する武を無視してまりもは説明を続ける。

「日本人としては複雑な心境はあったものの、人類全体はこの実績に歓喜に震えました。……しかしそれからおよそ半年後の2000年2月18日、鉄塔光線級の出現を切っ掛けに整備級などの新種、さらにはBETAの行動が単純突撃戦法から陽動など戦略的行動を取るように進化し、人類は更なる地獄に足を踏み入れる事となりました」

 まりもの表情が曇る。

 BETAに対して絶対的な兵器が無くなってしまった事、強化されたBETAは彼女だけでなく全人類に絶望を叩きつけたのだろう。

「……G弾は迎撃不能な兵器。搭載されたML(ムアコック・レヒテ)機関により超臨界前にもラザフォード場を展開することができ、これによりBETAの光線だけなく人類の他の兵器ですら無効化してしまいます」

「……あぁ、その通りだ」

 G弾同様にML機関を内蔵した凄乃皇・弐型や四型はラザフォード場を展開している限り無敵である。

 G弾はその状態で超音速で突っ込んでくるのだ。防ぎようがないはずである。

「だからこそ奴らは最も有効な方法でG弾を無力化してきました。すなわち『発射される前に破壊』する。鉄塔光線級の馬鹿げたサイズはそのためにあります」

「そういうことか。……ようやく合点がいったよ」

 武は唇をかみ締める。

 いくら無敵のG弾と言えどもラザフォード場を展開される前に撃破されてはどうしようもない。

 陸、海では800km内には近づけず、空ならばその距離はさら伸びるだろう。

「呆れるくらいに単純で力押しの作戦ですが奴らの戦法は理に適っています。……G弾にも弱点があり、その1つに射程距離の長さがあります」

「……射程距離?」

「はい。G弾は物によっては5000km以上の射程を持つ弾道ミサイルのそれと比較して遥かに射程距離が短い。大和型戦艦の46cm45口径砲を利用しても50kmに届きません」

「何故G弾は射程距離がそんなにも短い? 何なら弾道ミサイルの弾頭として用いられないのか?」

 この世界の人類の科学力ならばその程度のことはわけもないだろうと武は質問を返す。

「理屈上は可能なのですが、それをするにはG弾の別の弱点が大きな障害となります」

「別の弱点?」

「エネルギー消費と制御の困難性です。G弾はラザフォード場を展開することが出来て初めてその真価を発揮できる兵器。しかしこのラザフォード場は希少なグレイ11を大量に消費し、さらには制御が指数関数的に困難になっていきます」

 指数関数……つまり10倍の出力を有しようものなら10乗に制御困難になるという事だ。

 当然距離が長くなれば長くなるほどラザフォード場を展開し続ける時間がなる。

 大量のグレイ11を消費して途中で空中分解してしまったでは話にならない。

 言われて見ればその通りだ。G弾より圧倒的にML機関の制御が困難な凄乃皇は00ユニットの演算能力があって初めて動かす事が可能なのだ。

 まさかG弾1つ1つに00ユニット並みのコンピューターを取り付けるわけにも行くまい。

 宇宙空間からの軌道爆撃をしようにも結果は同じ。

 BETAが攻撃を仕掛けてくる高度60kmの時点では水平距離は1000km、ラザフォード場を展開するには距離がありすぎる。

 軌道爆撃は重金属雲をばら撒いた後に行うのが有効なのだが『鉄塔光線級に重金属雲は効かない』。

「そうか……」

 武は天井を見上げる。

 つまりこの世界はすでにオルタネイティヴ5は失敗に終わっているのだ……。

「………………」

 武は目を瞑り自分の幼馴染に思いを馳せる。

 鑑純夏のことだ。

 彼女は今どうしているのだろうか?

 この世界に来て武はまだ純夏に会わせてもらっていない。

 これは本来異常な事だ。

 だがそれも納得した。人類を取り巻く状況がこれほど違うのだ。

 恐らくなにか理由があるのだろう。

 戦略を用いてくるBETAのいる世界、脳髄にされる絶望的状況よりさらに悪い状態になっていないだろうか?

 脳髄、それより最悪な状態は……死?

 例えどのような状態でもせめて生きていてくれと、まだ会えぬ幼馴染の安否を武は気遣うのだった。









 ――同時刻、横浜基地の別の部屋で吾郷は眠りについていた。

 ようやく開放された営倉から与えられた部屋。

 簡易なベットは硬かったが吾郷は泥のように眠った。

 この硬さと冷たさ、どこか懐かしい自分が住んでいた1K6畳のボロアパートで使っていた煎餅布団を思い出させる。

 吾郷は夢を見ていた。

 数日前の……懐かしい時の記憶の夢だ。

 暗い暗い地の底で、今日も吾郷はBETAに資源の採掘を命じる。

 醜い醜いその姿は人間のものではない。

 自分の周りで蠢く宇宙からの侵略者と同様、人類から忌み嫌われているBETAの姿だ。

 上位の存在、あ号標的。

 夢……そうこれは夢だ。

 自分は今夢を見ている。

 夢と分かりつつ吾郷は意識を覚醒させる。

 自分は一体いつの頃の夢を見ているのだろう?

『……!?』

 疑問に思う吾郷の脳裏にある映像が送られてくる。

 黒い空間の歪みが地表にいたBETA……のみならずハイヴ、さらには大陸の一部までもろとも消し飛ばす。

『あぁ、そうか……。これはあの時の映像か』

 五次元効果爆弾。通称『G弾』と呼ばれる人類の切り札の1つが使用された時の記憶である。

 吾郷があ号標的だった世界では日本はBETAの侵攻から逃れられる事が出来た。

 そのためこのG弾は横浜ハイヴではなく別の場所で使用されたものである。

 使用されたG弾の数は2発。

 これは横浜ハイヴの時と同じ数のものだ。

『さて、それじゃまぁ早速G弾の対策に移るとしますかね』

 吾郷はマブラヴの原作知識からG弾が使用されるという事がわかっていたため、その時と同じようにG弾を無効化する方法を考える事にした。

 自分のアホな『美女は生かすイケメン殺す作戦』により今のBETAは、他の並行世界のそれと比較してあまりに弱すぎる。

 そのため情けない話こちらの方が今現在は不利な状況だ。

 だが、ここで吾郷が人間としての臨機応変さを見せたらどうなるか?

 吾郷がその気になれば新種のBETAを作成させることはもちろん、素人ながらも戦略をBETAに持たせる事ができる。

 そうすれば再びこちら側が有利となろう。

 当然G弾だってわざわざまともに喰らってやるつもりは毛頭ない。

 G弾はBETA由来の物質を使用した兵器である。

 そのためこちらの知識を持ってすれば、例えばハイヴ内にG弾が開放された際に生じる極大化されたラザフォード場の重力偏差を無効化する機能をハイヴ内に設けるなど、何らかの対抗策があるはずである。

『ふふふ……うん、よし! 完璧だ!!』

 頼みの綱のG弾が全く効かなくなったとしたら人類はどんな顔をするだろうか?

 吾郷は内心ほくそ笑みながらあ号標的としての知識をフル稼働させていく。

 たまに吾郷は無意識の内に『うん、よし! 完璧だ!!』と口ずさむ。

 これはこの男の一種の癖である。

 それは別にいい。

 人間1つや2つ何かしらの癖は持っているものだから、それ自体はどうという事はない。

 だが問題のなのは、この台詞を言うとき吾郷にとって負けフラグが立っているのだ。

 その的中率はある意味予知能力と言っても過言ではない。

 この台詞を吐いた後では例えばテストで名前を書き忘れてたり、次の日インフルエンザにかかったりなど、ともかく碌なことが起きない。

『………………』

 G弾対策を考えてから既に1時間が経過した。

 あ号標的の吾郷は、内心猛烈にあせっていた。

『……オイオイ嘘だろ? 勘弁してくれよ』

 ――無理!

 ――無理でございます!

 ――G弾を無効化できる方法はございません!!

 それが吾郷が導き出した答えであった。

『あっれれぇ~? おっかしいぞ~~? 確かマブラヴ・アンリミテッドのオルタネイティヴ5が発動した世界では人類はBETAに負けたんじゃなかったか? てっきりBETAが対G弾の『何か』を生み出したと予想してたんだけど、これじゃあどう足掻いたってG弾防げんぞ? くそ! これじゃあ『オレにG弾は通用しない(キリッ』って言えないじゃないか!!』

 などと予想が外れまくって涙目になりそうな吾郷だったがそれも致し方ないこと。

 吾郷はオルタクロニクルズをプレイした事がないので、オルタネイティヴ5が発動した後の世界を知らないのだ。

 バーナード星系に一握りの人類が逃れた後のG弾による総攻撃は、ユーラシア大陸ごとBETAのハイヴを全て吹き飛ばした。

 そしてその後に人類に訪れた世界は平和な世界ではなく、大海崩、通信障害に塩の大陸などの過酷な世界であった。

 この死の星と成り果てた地球と共に歩む事となった人類に追い討ちを掛けるかのように、BETAが再び地中から姿を現す。

 そう、G弾全てを注ぎこんでもBETAを殲滅するには至らなかったのだ。

 これによって人類は滅びの道へと歩んで行く事となるわけだが、1つ言える事はとにもかくにもBETAにG弾はメチャクチャ効くという事である。

 少なくとも現時点において吾郷にG弾を防ぐ手段は見つからなかった。

 00ユニット専用機であるXG-70b凄乃皇・弐型と同じML機関を持ち、重レーザー級の照射を無効化するラザフォード場を展開しながら突っ込んでくるのだからBETAだけでなく、人類ですら迎撃不能の兵器。

 こちらで出来る対応策といったら、せいぜいG弾の効果の及ばないさらに地下深い場所に大広間を移すくらいである。

 レーザーの集中照射を行うことで若干起爆を早められるかもしれないが、ほとんど焼け石に水だろう。そもそも人類とてG弾投入前にハイヴ付近の光線級の掃討、ならびに重金属雲を用いるなどの対策くらいは取って来る筈だ。

『あぁ! くそう。俺にG弾が作れればまた話は違ってくるのに……!!』

 現時点で1番確実なG弾の迎撃方法は同じG弾を用いるしかないという解答は導き出せたのだが、残念ながら吾郷にはG弾を作ることは出来なかった。

 何故ならG弾はあくまで『人類の科学』により生み出された兵器だからである。

 確かに原料となるグレイ11はこちらに唸るほどあるが、火薬すら作り方のわからない吾郷の科学知識では到底G弾を作ることはできないのである。

 そう考えると、00ユニットを利用して人類の知識を吸収しようとしていた原作であるマブラヴ・オルタネイティヴのあ号標的の行動はそれは恐ろしいものである。

 夕呼が確か懸念していたはずだ。人類の化学兵器をBETAが生み出してくるかもしれないと。

 そしてあ号標的となった吾郷の立場から言えばそれは可能であると断言できる。

『ぐわぁー!! くそッ! しくじった! 00ユニット生み出せる状況に持っていくべきだったかなぁ?』

 もし自分が00ユニットの知識を吸収できれば『戦術機級』のBETAとか作るのに!!

 安易と言うなかれ。

 良いじゃないか。かっこいいじゃないか。多分自分以外の人間だってあ号標的に憑依したら同じようなBETAを作るはずさ!!

 などと無い物ねだりする吾郷は我に返る。

『って今は問題はそっちじゃない!! どうすっかなG弾対策?』

 こちらから迎撃不能、自分にはG弾を作れないとなればあとは人類にG弾を使用させないようにするしかないのだが……。

『……ん? 待てよ? ひょっとしたらいけるんじゃないか?』

 この時吾郷に衝撃が走った。

 それはさながらロマサガのキャラが新技を覚えた時の状況に等しい。

『フフッ! 来た……!! 行けるぞ!』

 そう、G弾が迎撃不可能なら『発射される前に破壊』してしまえばいいのである。

 幸い自分はすでに植物級(吾郷命名)という成長すると高さ10kmまで育つ人類観察用のBETAを生み出している。

 その頂上に他の光線級と同じようにレーザー照射器官を設けてやればその射程距離は……。

『良くわかんないが、きっとすんげぇ距離になるだろう!!』

 あ号標的の知識がある癖して計算がめんどくさかった吾郷はアバウトな答えを導き出した。

 恋愛に関しては色々悩む癖して、こういうところでは吾郷は大雑把な性格をしているのだ。

『植物級の全高は10km、これなら重金属雲の影響も受けまい。でもこいつ等動けないからエネルギー節約しなくちゃいけないからなー。基本の攻撃は今までどおり他の光線級に任せよう。植物級の照射対象はあくまでG弾が第1……次に面制圧攻撃とか人類が仕掛けたら他の光線級をサポートするくらいは援護射撃させてやるか? 後は……あぁ! そうだこれは忘れてはいけない!』

 大切なことを思い出したように吾郷は更なる追加命令を植物級に与えていく。

『イケメン!! こいつらはちゃんと攻撃しないと! まぁ、あくまで植物級は対G弾に専念させたいからこれは最後だな。植物級の周辺で戦闘が行われている時限定って感じにしておこう』

 気に入らないイケメンだが常に狙い撃ちしてたら植物級のエネルギーはあっという間に底を尽いてしまう。

『ん~、いや!! もっとエネルギー節約させておく必要があるか?』

 対G弾に備えるだけでなく、植物級は対制圧攻撃の迎撃にも補助的ながら参加するのだ。

 吾郷としてはもう少しだけ対人間には節約した方が良い様な気がした。

 衛士以外の戦術機母艦や戦車、歩兵などの他の兵士は捨ておいて大丈夫だろう。この世界のイケメンというのは戦場の花形である衛士に限られているのだ。

『よし! ではこうしよう! 地上で戦っている衛士。周りの女がイケメンの勇士を見て『かっこいい///』とか『素敵///』とか好感度アップしたような台詞をほざいたら植物級のチョッピング・ライト(打ち下ろしの光線)をお見舞いしてやろう』

 このまま生還したら奴らは間違いなくベッド・インするに違いない。

 そんな事はとてもじゃないがモテない男の代表格である自分としては許容できない。

 植物級の高さなら例え混戦状態でも容赦なくレーザー照射を行うことが出来る。

 『奴のチンコ打ち抜け!』とばかりに集中砲火を浴びせてやればひとたまりもあるまい。

 普段から女が両手に余るようなリア充な生活を送っているのだ。

 彼らが戦場においてくらい、この程度のハンディキャップを背負うのはむしろ当然と言えよう!

『よし! 植物級の役割はこれくらいにして後は他に新たなBETA生み出したり、戦術を叩き込む必要があるな。……あぁ、あとハイヴの内壁の整備しいてるBETAも戦場に送り出しておくかついでに! あいつの体液をくらえば戦術機は無力化するだろうし即戦力だ! うはは~~! 何か楽しくなってきた! うん、よし! 完璧だ!!』

 などと上機嫌な吾郷だったが話は旧章の『最終話 Muv-Luv Alternative モテない男の最後の声を聞け!!』に戻ることとなる。



[16089] 新章6話 モテない男とモテる男の再会 【修正】
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:ff510f2b
Date: 2011/04/23 03:50
新章6話 モテない男とモテる男の再会




「う~~、寒いッ!! くそっ、変な時間に目が覚めちゃったな……」

 夢を見た気がする……。

 とても重要な夢だった気がする……。

 どんな内容だったかまるで思い出せないが、それが気になった吾郷は不思議と二度寝することが出来ず基地内をうろついていた。

 太陽がまだ東の地平線から顔を出さない時間帯。

 体をさすっても気休めにもならない寒さは骨の髄を凍らせるようだ。

 日が昇ればもう少し暖かくなるのだろうが、これが10月の気温とはとても信じられない。

 10月といえばちょうど秋真っ盛りの時期。

 暑すぎず寒すぎずで過ごしやすい季節のはずである。

 だがこの世界では秋は終わりを告げ、冬が始まろうとしていた。

 BETAにより平らにされてしまったユーラシア大陸では、本来冬に発生するシベリア気団がこの時期にもう形成され、それが日本海を渡り凍てついた空気を横浜基地まで運んでくるのである。

 武が元いた世界では通称地獄坂と呼ばれた英霊が眠る桜並木を北風が駆け上り、窓ガラスを乱暴に揺らす。

 その音が現実世界の自分の世界とは違うものだと吾郷に自覚させる。

 揺れる窓ガラスにそっと吾郷は手を触れてみる。

「うおっ……。こりゃ外はもっと寒そうだな」

 風が強ければ体感温度はさらに低く感じることだろう。

 外からは薄暗い演習所で規律の取れた掛け声と駆け足の音が聞こえてくる。

 どうやら横浜基地の兵士たちが演習場のトラックをジョギングしているらしい。

 走っている人数はそれほど多くない。

 恐らく自主トレをしているのだろう。

 こんなに朝早くから大変だ。

 きっと現実世界の自分の国でも、自衛隊の人たちは毎日厳しい訓練をしているに違いない。

 自衛隊の皆さんいつもご苦労様です。と心の中で頭を下げながら吾郷は廊下を歩いていく。

「ふぁ~~あ、さてさてPXはどこかな?」

 欠伸を噛み殺しながら、起きていてもすることがない吾郷はPXを目指していた。

 所々明かりのついた部屋はあるようだが廊下はまだ真っ暗で人通りも少ない。恐らくまだ開店時間には早いだろうと思うが歩を進める。

「ん~~、見つからんなぁ」

 だがPXへの行き方が分からない事に吾郷は先ほどから歩いているものの、それらしい場所にたどり着けないでいた。

 PXであったかいお茶でも貰ってから便所にいってもう1度寝ようかと思ったが吾郷は諦めて自分の部屋に戻ることにした。

「…………ん?」

 ふと自分が進む方角から、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。

 いったい誰だろうと吾郷は頭の中で候補者を思い浮かべたが、見た方が早いだろうと足早に声のする方角へと向かう。

「……あッ!! あれは!!」

 廊下の角を右に曲がった所でその人物を見ることができ、吾郷は思わず大声を上げそうになってしまったが慌てて口を押さえる。

「まりもちゃん! ……まりもちゃんじゃないか!!」

 小声だが興奮を隠しきれない様子で吾郷はその人物の名前を呼ぶ。

 声に聞き覚えのあるのは当然だ。

 マブラヴの中での登場人物である彼女こそ武たちの恩師こと、神宮司まりも軍曹その人であった。

「しかし素晴らしい集中力ですね。少佐」

 どうやらもう1人まりも以外に人がいるようだが光の加減で影になっているため、姿を視認することは出来ない。

 一体誰だと疑問に思う吾郷であったがすぐさま意識はまりもの方に向き、もう1人の方は意識から除外する。

「……しっかし可愛い人だよなまりもちゃんって」

 マブラヴの世界ではまりもはよく男に振られ続けているらしいが、吾郷からすれば信じられない。

 フワフワした柔らかそうな髪に、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるプロポーション。

 十分に美人に分類であろう顔立ちに加え、ころころ笑うその表情は彼女のやさしさがにじみ出ている気がする。

「付け加えてまりもちゃんって、彼氏に弁当とかかいがいしく作るタイプだって香月さんが言ってたよな」

 あれはどの辺だったろうか?

 マブラヴのエクストラで料理対決前あたりに夕呼がそんなことを言ってた気がする。

 彼女の手作り弁当とは何と甘美な響きだろう!?

 まさに男の夢と言えよう。

 現実世界でも弁当を作ってくれる女性はもちろんいるが、逆に言うと作ってくれない女性も確かに存在する。

 吾郷は思い出す。

 新婚ホヤホヤの同僚の昼飯が毎日コンビニのおにぎりだった事を!!

 世知辛い平成の世の中を知っている吾郷としては美人で優しくって家庭的……まさにまりもちゃんは男が嫁さんにしたいタイプの女性だろうと真剣に思う。

 酒癖が悪くて飲むと絡んでくるところがあるらしいが、それくらい吾郷に限らずマブラヴプレイヤーの男性諸君ならむしろウエルカムのはずだ。

「こ、これはもしかしてまりもちゃんと知り合いになれるチャンスじゃないか?」

 幸運にも営倉から出れた翌日にマブラヴの原作キャラに出会う事が出来たのだ。

 ここで声を掛けない手はない。

 ……だが!!

「一体どうやって声を掛ければいいんだろう?」

 女性をデートに誘ったこともない吾郷はそれができない男だった。

 何の用もないのに声を掛けたら変な奴と思われないか?

 どうする? おはようございますの挨拶程度では絶対知り合いになる事なんて出来ないぞ?

 などといつものような駄目思考におちいる。

 これが白銀武ならごくごく自然に声を掛ける事ができ、ついでにフラグも立てることが出来るのだろう。

「そうだ!! ……PXへの行き方を教えてもらうついでに食事でも」

 悪くない発想を思いついた吾郷だったがここでふと窓に映った自分の顔を見る。

「う……、ハハッ……ハ」

 吾郷は髪の毛を掻き、窓ガラスに映る自分の顔を見て苦笑した。

「こりゃあ無理だな……。いかにも不景気でございますって感じがプンプンって漂ってるもんなぁ」

 目の下に隈ができた疲れた表情。

 おまけに30歳という年で既に白髪が混じっている。

 ブラック企業での激務の日々……。

 元の現実世界で会社の仕事が辛くてこうなったのだ。

 こんな自分がヒロイン達と出会ってもきっとフラグなんて立たないだろうと吾郷は自嘲気味に笑う。

「どうしようかな? 諦めるか?」

 ここで今までの人生どおり180度方向転換して、元来た道を戻ればどれだけ楽だろうか。

「だが……諦めるのか吾郷標為」

 吾郷は自分自身に言い聞かせた。

 自分は1回どころか2回も死んでいる。

 2回死んで生まれ変わって、また女性と縁のない人生を送るつもりなのかと自分の心の中の奥底に眠る本心が奮い立たせる。

 マブラヴファンの吾郷としては当然の事ながら女性キャラと仲良くしたいのである。

 だが1つ気になる点がある。

 前回営倉で吾郷は社霞を初めて見たときPTSD(心的外傷後のストレス障害)を発生させてしまった。

 また同じような発作を神宮司まりもの前でも起こしてしまったら……?

「いや!! 大丈夫!! 大丈夫のはずだ!!」

 自己分析するところ、自分は女性恐怖症になったわけではない。

 そうだとしたら香月夕呼と出会った時点で同様の発作を起こしていたはずだからだ。

 恐らくあ号標的だった前の世界で、自分を殺した人間、『鑑純夏』『御剣冥夜』『社霞』の3人に対して発作が出てしまうのだろう。

 マブラヴの中で人気ランキングベスト3に入っていてもおかしくないヒロインにPTSDって酷すぎないか? と自分の運の無さを激しく呪う吾郷であった。

 だが、こうしてPTSDだのなんだのと理由をくっ付けているのは何のことはない。

 要するに逃げる言い訳をしたいだけなのである。

 そんな事では絶対にマブラヴの女性キャラ達とフラグを立てることはおろか、知り合いになる事すらもできまい。

「……よし!! 行くか!!」

 それでは駄目だと意を決して吾郷はまりもに1歩近づく。

 ただそれだけの行為なのに汗が吹き出て血の流れが一気に速くなる。

「……フゥ、冷静に考えろオレ。ヒロイン達はどうせ白銀武に夢中になるに決まっている。恋愛原子核に勝とうなんざおこがましい話さ」

 悔し紛れに吐き出す言葉は自分の本心とは真逆のものだと吾郷は気付かずまりもの方を見る。

 誰に言われるまでもなく自分が一番よく分かっている。

 自分に必要なのはともかく経験だと。

 成功失敗は二の次だ。

 ともかく女性に声を掛けるその第一歩こそが自分には必要な事なのだ。

「と、ともかくアレだ……まずはPXへの行き方を教えてもらおう」

 さらに吾郷はまりもに向かって2歩近づく。

 一緒に食事しようと誘うのは無理でもそれくらいはできるはずだ。

 簡単な事だ。

 自分はここに来たばかりで道が分からないので、すいませんが案内してもらえませんか? とかそういう風に言えばいいだけの事である。

 さらに3歩・4歩と近づき吾郷とまりもの距離は直ぐそこだ。

 ヘタレ吾郷30歳!! 今こそ勇気を振り絞る時!!

 自分から動かなければ彼女を作る事など一生できないだろう。

 普通に考えて女性の方から声を掛けてくることなんて絶対にないのだから!!

「あ、あの……!!」

「白銀少佐。よろしければ一緒に食事に行きませんか?」

「あぁ構わんぞ」

「だあぁぁぁーーー!! ちくしょうイケメンめぇ~~!!」

 盛大に吾郷はヘッドスライディングをかました。

「キャッ!」

「な、なんだ~~?」

 神宮司まりもと……白銀武はいきなり自分達のそばですっころんだ男に対してキョトンと間の抜けた声を上げる。

「「「………………」」」

 気まずい空気が3人の間で流れる。

 やがてすっころんだ吾郷は何事もなかったかのようにスクッと立ち上がり、武とまりもの方を振り向く。

「おぉっと!! いかんなぁ! 床が汚れてたので思わず体でモップがけしちゃったよ!! でもやっぱり掃除するならちゃんとした道具を持ってこないとね! そんなわけで私はこれにて失礼!」

 わけの分からない言い訳をしながら吾郷は右手を振り、武たちに向けて立ち去ろうとする。

 相手は突然の出来事でパニックになっているはずなので、このような言い訳も十分通用するのである。

「……ちょっと待て」

 が、それが通じるのは普通の一般人での話。

 対BETA戦の訓練を積んでいる衛士にはこの程度の不意打ちは通用しない。

 いわんやループしまくった武をやである。

「…………な、なにか?」

 ちちぃ!! 面倒くさい事になったと内心思いつつ吾郷は武のほうを向く。

「やっぱりあの時の人か……、3日前いや4日前か? 横浜基地にオレが来る途中で拾った人だな?」

「う……どーも。あの時はお世話になりました」

 おかげでこっちは営倉暮らしでしたよと皮肉を続けようとしたが、吾郷はその言葉を飲み込む。

 これでも30歳の社会人。

 余計な一言が自分の不利益を生む事がある事を吾郷とて実体験で理解しているのだ。

「……………………」

 そんな吾郷に武はだまって視線を送る。

 目つき、顔つき、距離感。どうも相手は自分を警戒しているらしい。

 自分に警戒しているという事は逆を言えば何か心にやましいところがあるのだろう。

 今までループしてきた中でたまに現れる事のあったイレギュラーな介入者。

 スーパーなBETAがこの世界で発生している原因は間違いなくこの男にあると、今までの経験に基づく勘がそう告げていた。

「少々話がある。かまわないか?」

「…………遠慮しときます」

「――――なっ!! 貴様!!」

 キッパリとした拒絶の言葉に怒りの言葉をあらわにしたのは武の隣にいたまりもの方であった。

 少佐である武に対して吾郷が取った行動は軍規に反するものであったからだ。

 だが吾郷としてはこれは当然の反応。

 ここで武と会話したら、なし崩し的に物語の中心に飛び込む事となろう。

 この世界をマブラヴ・オルタネイティヴと思い込んでいる吾郷は、自分は何もしないで武たちにオリジナルハイヴを潰してもらったほうが都合が良いのである。

「いいんだ。神宮司軍曹」

「しかし白銀少佐!!」

「軍曹……」

「……はっ! 失礼いたしました」

 吾郷に対して何か言おうとしたまりもが武に制される。

 憮然とした表情をしつつもまりもは一歩さがり武の後ろで両手を後ろに組み、待機の姿勢をとる。

「失礼した。自分はここ、国連太平洋方面第11軍・横浜基地に所属する白銀武だ。彼女は横浜基地衛士訓練学校の教導官をされている神宮司まりも軍曹だ。すまないが貴官の所属部署と名前を教えていただけないか?」

「……吾郷標為と言います。よろしくお願いします」

「「吾郷標為!?」」

「な、なにか?」

 自分の名前を聞いて驚いた様子の武とまりもに対して吾郷は目を細めて聞き返す。

「いや、すまない。何というか少々すごい名前だなと驚いただけだ」

「すごい名前……ですか?」

 吾郷はわけが分からず頭に疑問符を浮かべるが、吾郷標為という名前を聞いて真っ先に武達の頭に思い浮かんだのは『あ号標的』という言葉であった。

 吾郷標為、あ号に憑依、つまりはあ号標的……。

 何を馬鹿な、幾らなんでもそれはあまりに突飛な話だと、目の前の男とあ号標的を重ねた事は失礼であろうと武は謝罪する。

 ……まぁ本当はビンゴなのだが。

「で、先ほどの続きなのだが……」

「いや、だからそれはさっき遠慮すると言ったでしょ。……と言うより君、年上に対して随分な口の聞き方じゃないか? 営業の世界で顧客に対してそんな態度とったら門前払いだよ?」

 ちょっと不機嫌に吾郷は武に言う。

 まぁ確かに高校生の中には目上の人間に対して口の聞き方を知らない人もいるが、武の場合はタメ口どころか自分に対してまるで上司のような口調である。

 吾郷標為(30)、白銀武(17)干支が1周する以上の年の差がある人間にそんな態度を取られるのはやはり気に入らないのだ。

 ちなみに武の階級が少佐という事に、ある程度の軍事知識を持っていれば違和感を覚えるだろうが、吾郷はその知識が皆無に等しいのでまるで気付かないでいた。

「軍では年の差は関係ない。階級が全て物を言う。軍とはそういうところだからな」

「ん? 軍? ……あぁそういう事か」

 武の言葉を反復する吾郷は納得がいったように両の手を打つ。

「悪いけどオレは軍人じゃないんだよ。この格好は営倉にぶち込まれた時に支給された防寒着でね」

 すっかり忘れていたが吾郷は今、国連軍から支給されたジャケットを上から羽織っている。

 パッと見た感じ軍の関係者と見られるだろう。

 しかもその服には何の階級章もついていないので下っ端と見られて当然である。

「あ~~、何だそうだったんですか。すいません。失礼しました」

「いや、オレも誤解していたようだしお互い様って事で」

 武の口調がガラリと変る。

 軍人、白銀武少佐のものから、年相応の白銀武(17)のものに切り替えたのだ。

 香月夕呼は堅苦しい口調は意味が無いと言っていたが、武はそうではないと考えている。

 何度もループして未だに納得いく未来を掴めていないのは、自分がどこかに甘えを持っているからだと武はあるループの世界で思った。

 必要なのは軍人としての自分。高校生の甘ったれた自分はこのBETA大戦の世界では邪魔でしかない。

 もし上手い具合に公私を簡単に切り替えられれば問題なかったのだが、武は夕呼ほど小器用な性格はしていなかったため、軍人として振舞う時は歩き方から食事のとり方、もちろん口調を含める平時での行動全てをガチガチの軍人に塗り固めて有事に備えていたのである。

「……白銀少佐//////(ポッ」

 そんな武に対してまりもは頬を赤く染める。

今まで歴戦の軍人の顔をしていた武の表情が年相応のものに変ったことにより、所謂ギャップ萌えを感じたのだ。

「……白銀少佐(イラッ☆」

 吾郷のこめかみに青筋が立つ。

 恋愛原子核がフラグを立てた瞬間を目の当たりにして、脊髄反射的にイケメン氏ねと思ってしまったのだ。

「まぁそういう訳だからオレはこれで失礼させてもらうよ。まぁ香月博士から了承を取ったならオレの事を話しても良いから」

「誰の了承を取るって?」

「「――夕呼(先生)!?」」

「あ、香月さんおはようございます」

 ちょうど良いタイミングで現れたの夕呼に武にまりも、吾郷が振り向く。

「おはよう。いやぁ見事に振られてたわね。何もしないで振られてたわね。即効振られてたわね吾郷さん」

「あごッ!!」

 吾郷の頭の上に16tの重りがドスンと落ちる。

 あたかもマブラヴ・エクストラ夕呼にからかわれるまりものように。

「み、見てたんでか香月さん。フ、フフ……悲しきかな、どうやらオレはギャグキャラ要員のようで何をやっても報われないらしいです」

「ギャグキャラ? あんたも白銀と同様変な言葉を使うのねぇ。まぁいいわ。白銀にまりも改めて紹介するわね。こっちは今度A-01部隊に就任する予定の吾郷標為氏よ階級は……中尉で良いかしらね?」

「「ちょ、ちょっと待ってください!!」」

 同時にハモッたのは武と吾郷であった。

 互いに顔を見合わせた武と吾郷であったが、吾郷は武に対して先に言いたい事をいうように促す。

「夕呼先生。すいませんがオレにもこの人の履歴を教えてはもらえませんか?」

「却下よ。白銀、あきらめなさい」

「…………!!」

 二の句を告げさせない夕呼の言葉に、口を真一文字に結んだ武だがその表情はまだ諦めてはいないようであった。

 吾郷としては夕呼がこういうだろうとは計算どおりで、これでとりあえず自分があ号標的だとばれずに済んだ事に胸を撫で下ろす。

 だが武とて馬鹿ではない。

 夕呼の言葉、それに先ほどの吾郷の自身の正体を隠す言動、逆に言い換えれば、『自分はこの世界のイレギュラー』だと告白しているのも同義である。

 恐らく何か重要な情報を握っているのは間違いないのであろうが、今この時点ではこれ以上深く追求する事は不可能であろう。

 今は諦める。だがその正体は必ず追求すると心に誓いながらも武は後ろに下がった。

「で? 吾郷さんの方は何が聞きたいのかしら?」

 武の憮然とした表情を見ていた夕呼だったが、今度は吾郷の方を向く。

 その表情には何やら笑みを浮かべている。

 恐らく吾郷がこれから質問する事はとっくに予想がついているのだろう。

 それを知った上で敢えて吾郷の口から言わせようとするのは彼女の性格か?

「いや、A-01部隊に配属されるって聞こえたんですが、オレの聞き間違いですよね?」

「いえ? 聞き間違いじゃなくってキッカリハッキリそう言ったわよ?」

「訓練兵ではなく?」

「訓練兵ではなくて私直属の正規部隊のA-01よ?」

「…………ド素人ですよ?」

 吾郷の言葉に夕呼はニッコリと微笑む。

 その笑顔は綺麗なものであったが、何やら黒いオーラが滲み出ているようで吾郷は警戒心を抱かずにはいられない。

「ちょっと来なさい」

 夕呼は吾郷に近づき片手を引っ張る。

 武とまりもから少し離れ、吾郷に耳を貸すように指で軽くジェスチャーをする。

 武とまりもが訝しげにこちらを見ている事を気にしつつも吾郷は夕呼に言われたままに、姿勢を低くし夕呼の身長に合わせる形で屈む。

 美人である夕呼の顔が近かづきドキッとしてしまうが、次の言葉に吾郷は凍りついた。

「…………逃がさないわよ?」

「そそ、それはどういう意味ですか?」

「訓練兵としてずっと戦場に出ないつもりなんでしょうが、そうはいかないんだから」

「うぐッ!!」

 まさに図星を突かれて吾郷は言葉に詰まる。

 営倉で閉じ込められている間に必死こいて考えた、自分が訓練兵としてノラリクラリとしている間に武たちにオリジナルハイヴをぶっ潰してもらおうという完璧な作戦が初手から狂ってしまった。

「け、けどですね……本当にオレって軍人としての訓練なんて受けたこと無いですから足手まといですよ?」

「その点は心配要らないわ。まりも、ちょっとこっちに来なさい」

 武の隣にいたまりもを夕呼が手招きして呼ぶ。

 上司の会話に口を挟まないよう待機していたまりもは、夕呼と吾郷の方へ歩を進め右手で敬礼する。

「はっ!! お呼びですか副司令」

「吾郷さんの教育指導はあんたに任せるわ。付け加えてまりもにもA-01部隊に少佐として所属してもらうから」

「――ッ!! はっ! 了解いたしました」

「まりも? A-01に所属したんだから堅苦しい口調は抜きにしなさいよ? 吾郷さんもまりもを外見で判断しないほうが良いわよ。彼女厳しいから」

「う……わ、わかりました。じゃあ神宮司教官……あれもう少佐ですかね? とにかくよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく頼む! ビシバシしごいてやるから覚悟しておけ」

 口調は既に教官モード。

 口元にSッ気の含んだ笑みを浮かべている。

 あぁ確かこの人って『狂犬』の異名をもつ鬼教官だったっけという思い出したくも無い原作知識を思い出す。

 だがまぁ大丈夫だろうと吾郷は楽観的に自分に言い聞かせた。

 厳しいといってもまりもの場合は愛情のある厳しさだ。

 入社当時に「これやっといて」の一言だけで仕事を渡して放置プレイに走った先輩に比べれば遥かにマシと言えるだろう。

「よし……大丈夫。耐えられるはずだ……多分」

 軍人としての仕事という未知の領域に不安を覚えつつも、その不安を消し飛ばすように吾郷は小声で自分に言い聞かせる。

 それが聞こえたのか、夕呼が吾郷の顔を覗きこむ。

「まぁ安心なさい。あなたの任務については他のメンバーとは違う任務をさせるつもりだから」

「はぁ、違う任務ですか?」

 吾郷は原作知識をフル稼働させる。

 原作でのA-01の仕事は確かBETA捕獲に、クーデター鎮圧戦、トライアルのBETA強襲防衛戦、佐渡島攻略戦、横浜基地防衛戦、そして桜花作戦だったか?

 まぁそれらに参加しないで済むなら自分にとってもありがたいが、一体何をさせるつもりなのか非常に気になる。

「そ。あなたが命がけで手に入れてきた知識をわたしは無駄にする気はないからね」

「あぁ……あれですか?」

 営倉で聞かれたあ号標的としての知識。

 確かにすごいとは思うのだが人間の知識として変換できない吾郷にとっては微妙に価値が薄れていた存在である。

「そうよ。自信を持ちなさい」

「うわッ!!??」

 吾郷が素っ頓狂な声を上げた。

 夕呼が吾郷の手を両手でギュッと握り、視線を真っ直ぐに向けてきたからである。

「吾郷さん。あなたのその知識は人類にとっての切り札となるはずなんだから」

「え、ええぇ~~~?? そ、そそそうですかね?」

 いきなり美人に手を握られた事により、吾郷は顔を赤くしながら空いた手で自分の髪を掻きしどろもどろになりながら答える。

「えぇ、だからわたしに力を貸してちょうだい」

「そ、そっか~~。 じゃじゃ、じゃあ……オレがんばっちゃいましょうかね~~」

 完全に鼻の下を伸ばしながらやる気ゲージをマックスにさせた吾郷を見て武とまりもは「「あぁ騙されてるな。この人」」と可哀想な人間を見るような眼差しを送る。

「ところで吾郷中尉が命がけで手に入れてきた知識って何ですか?」

 どさくさに紛れて吾郷の正体を探る事を諦めていなかった武が尋ねる。

「フフフ……秘密」

((……気になる))

 やはりそんな事では情報を漏らす夕呼ではなかったが、その上機嫌な様子から恐らく相当な情報なのだろうと武とまりもは察しがついた。

「さて、と。吾郷さん? まだ朝食は取っていないのよね?」

「あ、は、はい……ッ!!」

 他人から見て恥ずかしくなるくらいテンションが上がった吾郷に対して夕呼は満足そうに頷き言葉を続ける。

「そうちょうど良かったわ。ちょっとこれから付き合って欲しいだけど良いかしら?」

「了解です!」

 ものすごい元気な返事。

 これはひょっとして夕呼とフラグが立ってしまったかと吾郷は上機嫌だ。

 よし! がんばろう!

 打倒BETA!! 打倒あ号標的!!

 今なら変な電波飛ばしてオリジナルハイヴのあ号標的を操れる気さえする。

 実に悲しいくらい単純な生き物であった。

「香月さん付き合ってって事は……そそ、その一緒に朝食でもって事ですかね?」

「ううん。健康診断するから付いて来て」

 そう言って手を吾郷から放し、夕呼は何も無かったようにさっさと出口に向かって歩き出した。

 そのそっけない態度。

 あれ? 何?

 さっきまでの熱視線は何だったの?

 ひょっとして……勘違い?

「ん、どうしたの? 早くきなさい」

「(´・ω・`)ワカリマシタ」

 立ち尽くす吾郷の左肩を白銀武が、右肩を神宮司まりもがポンと叩く。

「……あんたは良くがんばったよ」

「……えぇ、とても勇敢だったわ」

「あぁ優しい言葉が逆に心に沁みる……」

 なんだろうか?

 この努力が報われない虚しい感じは。

 悲しいからじゃない。

 きっと吹き付ける風が秋の終わりを告げているからだ。

 ……と、そんな木枯らしの音がうるさかった横浜基地における明け方の話であった。









 さて、というわけでやってきた横浜基地の病院棟。

 日本でも有数の規模を誇るのこの横浜基地には貴重な医療機器が揃えた病院が存在するのだ。

 もっともその規模は現実世界の総合病院に比べたらはるかに小さい。

 ひび割れた外壁には再塗装される事なく、ギリギリの強度を保っているといった感じであり清潔感より不気味さを漂わせている。

「よく来たわね夕呼。そちらが予約のあった吾郷さん?」

 夕呼に引き連れられて病院の受付にてくわえタバコをした女性が立っていた。

「えぇ姉さん。こちら今度A-01に所属することになった吾郷標為さんよ。吾郷さん、こっちはわたしの姉で、ここの主治医をしている香月モトコよ」

「あ、どうもよろしく。吾郷標為といいます。香月さんのお姉さん……ですか?」

『君が望む永遠』を知らない吾郷は、マジかよ夕呼先生に姉なんていたんだ! ヒャッホー!! マブラヴの世界に来てラッキー!! などとアホな事を考えながら挨拶をする。

 ちなみに香月モトコが君望で勤めている病院の名前は『欅(けやき)総合病院』だが、BETAとの戦いにより欅町は吹き飛んでおり、この世界では横浜基地内の病院に勤めているのだ。

「えぇ、こちらこそよろしく吾郷さん。今日はよろしくお願いしますね」

 病院でタバコって良いのか? と思いつつ戦時中なら許されるのかと適当な理由をくっつけ自己完結しながら夕呼とモトコを見比べる。

 白衣にアップした髪の色は夕呼と同じ色。

 顔立ちも確かに良く似ている気がする。

 ただしモトコの方が夕呼に比べると穏やかな感じがする。

 それは姉だからか、もしくは医者と言う職業柄そういう雰囲気があるのか、はたまたその両方なのか。

 ともかく妹は国連軍の副司令で、姉は総合病院の主治医とは優秀な姉妹である。

「あぁそうだ。姉さん、彼ちょっとPTSDの症状が見られるから良ければ健康診断のついでに見てやってね」

「ん?」

 吾郷が夕呼の方を向く。

「以前言わなかったかしら? 優秀な脳外科紹介するって。姉さんの専門はソッチの方よ」

「あぁ、そういえば……」

 確かにそういう約束をした記憶がある。

 霞と初めて顔を合わせた直後の話だ。

「わかったわ夕呼。それと面会に行くには私も付き添うから。後ろの彼も……えぇっと白銀武君だっけ?」

「はい了解しました。……夕呼先生、面会って誰のですか? 美琴のやつですか?」

 武が問う。

 そう、吾郷の健康診断のついでに夕呼が武に合わせたい人間がいるからとこの病院に連れてきたのだ。

 この時期に入院している人間といったら、確かラペリングの訓練で怪我をした鎧衣美琴だけのはずである。

 だが美琴の見舞いなど、今までのループでも起きた事のないイベントだ。

 若干の違和感を武は覚えていた。

「ま、黙ってついてきなさい」

 口数少なく夕呼が武の質問に返答する。

 その口ぶりからあまり言いたくない内容のようである。

「じゃあ吾郷さん。先に身長体重から測定しましょうか? 天川さん彼をよろしく」

「はい! ではでは吾郷さんこちらに付いてきてください!」

 モトコに呼ばれて1人の看護士がチョコチョコとやってきた。

「あ、あぁえっと、どうもよろしくお願いします」

 言って吾郷はペコリとお辞儀をする。

「天川さんは『天川 蛍』って言います。今日はどうぞよろしくお願いしますね!!」

 元気があるが随分ちっちゃい看護士さんである。

 彼女もまた『君が望む永遠』の登場人物だ。

「こちらこそ。じゃあちょっと行ってきます」

「がんばってね~~」

 夕呼が吾郷に向かって軽く手を振る。

 吾郷と蛍の姿が見えなくなったのを確認して武のほうに振り返る。

「さて、では私達も行きましょうか。姉さんよろしく」

「えぇ、白銀君も私について来て」

「あ、はい……わかりました」

 夕呼とモトコは吾郷たちとは逆の方向に歩いていく。

 ひたすら真っ直ぐに歩き、渡りの廊下を越えて別棟に。

 そこからエレベータに乗り、押された場所は最上階。

 一番端っこの一番上……そこはどこか他の病棟とは隔離されたような場所であった。

 さっきまでいた受付けの場所に比べると小奇麗な雰囲気がある。

 やがて立ち止まったとある病室そこの表札を武は見た。

「――――なっ!!」

 武は思わず大声を上げそうになった。

 ループしまくってBETA戦に慣れ、大抵のことでは驚かなくなった武であったがこの時ばかりは初陣の衛士のように足が振るえ、呼吸が乱れる。

「そ、そんな……夕呼先生……まさか、まさかここにいるのって…………」

 声が震える。

 涙がこぼれそうになる。

「えぇ、そうよ……紹介するわね『シロガネタケル』」

 夕呼が病室のドアを開く。

 個室のベットの上では1人、赤毛の少女が静かに眠っていた。

「明星作戦において横浜ハイヴ内で発見された生存者……鑑 純夏よ」



※最初投稿した時、君望の欅総合病院に行ったという話しにしていましたが、マブラヴの中で美琴が入院していた病院は横浜基地にあり、また欅町には病院はないと明言されていたのでその辺を修正しました。
申し訳ありません。



[16089] 新章7話 モテない男の役割とポジション
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:fcf27995
Date: 2011/04/23 09:35
※前回の話で君望の欅総合病院に行ったという話しにしていましたが、マブラヴの中で美琴が入院していた病院は横浜基地にあり、また欅町には病院はないと明言されていたのでその辺を修正しました。
申し訳ありません。




新章7話 モテない男の役割とポジション




「純……夏…………?」

 白銀武は立ち尽くした。

 安らかに眠るその少女、自分の幼馴染である鑑純夏を目の前にして時が止まったように立ち尽くさずにはいられなかった。……。

 何故? どうして?

 嬉しさと同時に浮かび上がる疑問が、白銀武を出口無き思考の複雑な迷路の中にいざなう。

「夕呼先生……これは一体…………?」

 確かにこの世界では脳髄状態の『鑑純夏』に武は会う事はできなかった。

 それはずっと疑問に思っていた。

 スーパーなBETAが存在するこの世界での彼女の不在。

 最悪すでに純夏はもう亡くなっているという事すら覚悟していたのだ。

「1999年8月5日に始まった『明星作戦』――」

「…………え……?」

 夕呼の言葉に武は現実に引き戻される。

「いわゆる大東亜連合軍による本州島奪還作戦は、2発のG弾によって、人類の勝利で終わった」

「……知っています」

 武自身は明星作戦を見たわけではないが、情報としてはしっかり記憶されている。

 2発のG弾。

 そしてこの世界ではこの作戦の後に新型のBETAが出現したという事も。

「ハイヴ内のBETAを殲滅するために突入した部隊が見つけたのは……青白く光る無数の柱……、その中にいたのよ。恐らく捕虜になっていたと思われる人間たちが眠るようにね……」

「眠るように……」

 という事はこの世界のBETAは捕虜をバラバラにする事は無かったという事か?

 一体何故……?

「夕呼先生、それで純夏以外の生存者は?」

 脳髄状態でなければ他の捕虜も生き残っている可能性もあるだろうと、武は夕呼に視線をおくるが、夕呼は首を横に振る。

「残念ながら何百といた捕虜のうち、生存していたのは彼女だけよ」

「そう……ですか……」

 脳髄だけだろうが何だろうが結局のところ生き残ったのは純夏だけという現実に、武は喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない。

「鑑純夏を蘇生させるため私は姉さんに連絡。この基地に様々な設備がごった返しているのはそのためなのよ?」

「なるほど。と、いう事はモトコさんは……」

「えぇ、姉さんもオルタネイティヴ4の関係者だから安心なさい」

「わかりました」

 軍事機密のためオルタネイティヴ4のことは、たとえ夕呼の姉であろうとしゃべることはできないと思っていたがそういう事なら安心である。

「先生……。それで純夏の容態はどうなんですか?」

「どうも何も、もう目は覚めたわよ?」

「………………は? ほ、本当ですか?」

 あっさりと言い放つ夕呼の言葉に武は目を点にした。

 改めて純夏の様子を見てみる。

 なるほど確かに顔色も良く、呼吸も安定している。

「……もっとも彼女の精神はまだまだ安定していないわ。彼女が目覚めたのはちょうどあなたが横浜基地に来た日よ。これもあなたが引き寄せた因果ってやつなのかしらね?」

「白銀君……だったわね? あなた彼女と幼馴染なんでしょ? 声を掛けてあげてあげなさい」

 モトコが武の肩に手を置く。

「は、はい……!!」

 振り返る武の表情は涙で濡れていた。

 今まで何度も仲間の死を見続けてきた武だが、死んだと思っていた仲間が生き残っていたという経験はほとんどと言っていいほど無い。

 武は純夏の手を握る。

 柔らかく暖かい彼女の手からは命の源泉たる血の流れを感じ取る事が出来た。

「…………純夏。オレだ……武だ。本当に良く生きててくれたな。いつもいつもオレはお前を助ける事ができなくて……すまなかった」

 純夏の手を握りながらこぼれるのは懺悔の言葉。

 BETAが侵攻して来たときどうして自分はループして来れなかったのか。

 どうして捕虜の純夏を助けだすことが出来なかったのか。

 自分でも無茶な事を言っていると思う。だが、今こうして生きている純夏を前にして武は仕方がなかったではとてもではないが済ますことは出来なかった。

「もう大丈夫だから。……オレがこの世界を救って見せるから!! BETAはオレが全て……!!」

「………………殺してやる」

「え?」

 武が顔を上げる。

「皆……殺しに…………してやる」

「純…………夏……?」

 茫然自失の武の目の前で純夏が目を覚まし、ゆっくりとその上体を起こす。

 しかしその表情。

 赤毛の前髪から除く瞳には自我の存在が感じられない。

「あ、あぁ…………」

 うめき声が純夏の口から漏れ、両手で自分の体を抱え込むような姿勢で蹲る。

 水色の入院服の袖を引き千切らんばかりに握り締め、純夏の体が震えだす。

「殺す……殺す…………殺す!! …………殺すッ!!!!」

 語尾が徐々に強くなる。

 黒い怨嗟の感情と赤いマグマのような怒りの感情が内側から溢れ出るようだ。

「う、あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!BETA――!! 殺す!! 殺してやるぅ!! 」

「純夏ッ!!」

 暴れる純夏によりベットのシートがめくれる。

「―――ッ!!」

 ここで武は初めて気がついた。

 両足を縛る3条の太いベルトが純夏をベットに固定しているという事を。

「……へぇ、まさか一発で反応するなんてね」

「夕呼、嬉しそうな反応をしないの。鎮静剤を打つけど良いわね?」

 夕呼が興味深そうに声を上げたのに対して、モトコは純夏を押さえつけるスタッフを呼ぶために彼女の枕元にあるナースコールボタンを押そうとする。

「待って姉さん。白銀? この状態の鑑に何か話しかけてみなさい。どう反応するか見てみたいわ」

「………………ッ」

 モトコが非難の声を上げそうになるが唇をかみ締める。

 ここら辺は姉妹と言えど研究者と医者の違いによるものだといえよう。

 モトコにとって純夏は大切な患者であるが、夕呼にとってはオルタネイティヴ4の実験の対象なのだ。

 人道的という意味ではモトコの方が正しい。だが、『この世界』では夕呼の判断の方が正しい。

「いいんですモトコ先生、離れていてください」

 武もそのあたりのことはよく理解している。

 モトコと夕呼に少し離れるように言い、純夏の様子を伺う。

「あ、あぁぁ……い、いやあ……」

 この状態、00ユニットの時となんら変らない。

 と、いう事はこの純夏もBETAによる『あの実験』を受けたのだろう。

 ……くやしい。

 くやしすぎて涙が出てくる。

「くそぉ……!!」

 しかしそれでも幾多の世界を回ってきた白銀武。

 自分の無力感に浸って蹲ってはいられない。

 純夏は今完全に切れた状態だ。正面から迂闊に近づけば自分とて無事ではすまない。

 暴れまわる純夏の一瞬の隙を突き、武は横から純夏を両手で羽交い絞めにする。

「イヤッ!! イヤァアアッ!! 離してぇ!」

「…………くっ!!」

 すごい力だ!! あやうくロックした武の腕がほどけそうになる!

 こんな細腕、それも寝たきりだった人間にこんな力がある事が信じられない。

 火事場の馬鹿力。

 脳のリミッターが外れた人間の力とはそれほどまでに凄まじいものなのだ。

「うあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッ!」

「――――純夏!! オレだ! 武だッ! わからないのか!」

「………………あ」

 武の声に反応したのか純夏が途端に力が抜けたかのように大人しくなり、糸の切れた人形のように気を失う。

「ふふふ、なるほどね。やっぱり鑑純夏にとってアンタは特別な存在みたいね。……あら? 泣いているの? 白銀少佐?」

「茶化さないでくださいよ。これでも本当にギリギリのところを必死で堪えているんですから仕方ないでしょう?」

 何度ループしても根本的なこの涙もろい性格は直らないのだろう。

 武は腹の中からこみ上げてくる嗚咽を堪えながら夕呼に問う。

「それで……夕呼先生、純夏は元に戻るんですか?」

「私よりそれは姉さんの領分ね。……どうかしら姉さん? いま見たところの感想は」

「そうね、関係が深い人間の声に昏睡状態の人間が反応するという例は、無いわけではないけど、あそこまでハッキリとした形で出るのは珍しいわね」

「それじゃあ……!!」

「えぇ、断定はできないけど彼女が自我を取り戻す日はそう遠くはないかもしれないわね。もっともあなたの助けもいるでしょうけど」

 武にとってはまさに不幸中の幸いの情報であった。

 さらに言えば純夏の治療を手助けできるのは武だけではない。

 ESP能力をやどした霞もいる。

 彼女の思考を読み取るリーディングや、思考を送信するプロジェクションはきっと純夏の治療に大きな助けとなるだろう。

 ほっと胸を撫で下ろした武。

 だが次の瞬間、武の胸の内に警鐘が鳴った。

「――――ッ!!」

 胸が締め付けられる。

 嫌な予感、とてつもなく嫌な予感がした。

 若造の頃の自分ならば、「純夏が無事だった! 良かった良かった!」で済ませていただろうが自分は違う!!

 ――純夏が無事?

 ――だから一体どうしたというのだ?

「夕呼先生……純夏……純夏を00ユニットするんですか?」

 夕呼とモトコ、2人の表情が一瞬だけ変わる。

「えぇ、そのつもりよ?」

 何の詫び入れもなしに夕呼は飄々とした態度で質問に答えた。

「ま、待ってください…………!!」

 純夏を00ユニットにしないでください。そう武は続けようとしたが言葉が出てこなかった。

 00ユニットは人類の希望だ。これが完成しなければ勝利は無い。たとえ自分の大切な人間が助かっていたと言えどもそれを邪魔する事は絶対に許されない。

「……もう良いわ白銀。今日の面会はこれでお終いよ。アンタの仕事に戻りなさい」

 苦悶の表情を浮かべる武の様子から心中を察する事が出来た夕呼だが、それでも彼女は自分の歩みを止めることなどしない。

 冷酷に、ただオルタネイティヴ4の責任者としての職務真っ当する事が彼女の信念なのである。

「わかりました。…………純夏のことをよろしくお願いします」

 この程度の選択は何度も迫られた。

 人類を救うため冥夜をあ号標的もろとも電磁投射砲で吹き飛ばした事がある。

 BETAに住処を追われたにもかかわらず、故郷から離れようとしない難民を容赦なく麻酔銃で眠らせたこともある。

 この程度……この程度のことは…………!!

「……く!」

 頭を下げる武から涙が零れた。

 無理なのだ! 数字の端数を切り捨てるように人々を切り捨てることは武にはできない

 深々と夕呼とモトコに頭を下げて退室しようとした武に夕呼が声を掛ける。

「白銀」

「……はい?」

「安心なさい。鑑純夏の事、悪いようにはしないから」

「……………………」

 もう1度だけ頭を下げ武は部屋を出て行く。

 扉が閉まり、静寂が訪れた病室でモトコは窓を開け、加えていたタバコから吸い出した紫煙を吐き出した。

「…………健気な若者ね。あの子の期待に答えて、何とかこの娘を助けてあげたいという気持ちはあるのだけど」

 病室の天井に漂うタバコの煙を眺めながらモトコは考える。

 00ユニット。幼馴染がその候補者とは確かにあの少年にとって気の毒な事だろう。

 だがこの世界には例え00ユニットならなくとも怪我が治れば再び戦場に行かなければならないのだ。

 命を助けるために自分は医者をやっているのか、それとも戦場に新たな命を散らすために人の命を一時的に延ばしているだけなのか?

 時々モトコは自分の事がわからなくなる。

「できればこのまま眠っていてもらいたい……なんていうのは医者として失格かしらね」

「…………そうね」

「どうしたの? 夕呼?」

 携帯していた灰皿にタバコの灰を落とし、モトコは夕呼を見た。

「いいえ、なんでもないわ姉さん」

 口数の少ない返答。

 夕呼が昔から何か隠し事をしているときの癖である。

 天才であるが故にこの世界の未来を背負って立つ自分の妹は今何を考えているのか?

「……夕呼? ちょっとコーヒーでも飲みましょうか? 合成ものだけど」

 モトコは何も効かずにタバコの火を消し、夕呼に声を掛ける。

「あら何? 横浜基地の副司令に偽物を飲ませようというの?」

「えぇ、偽物を飲むついでに隠し事も飲み込んじゃいなさい」

「そ、……ではありがたくいただこうかしら?」

 姉の気遣いに感謝しながら夕呼は席を立つ。

 部屋の扉に手を掛け、一度夕呼は振り返りいまだ眠り続ける純夏を見る。

 ……BETAに捕まりその上で帰還を果たした人間。

 その情報が自分達の手元に届いたときは驚喜したものだ。

 白銀武からの情報によれば、この世界以外の並行世界では鑑純夏はBETAに捕まり、脳と脊髄だけにされシリンダーの中で保管された状態で見つかるという。

 なるほど、確かにそれに比べればこの世界の鑑純夏は『運が良かった』のだろう。

 だが、今となってはそれを果たしてそう単純に喜んで良いものだろうか?

 何故BETAは純夏を解体しなかったのか?

 こう言っては何だが人間の尊厳など一切考慮せずバラバラに解体した方が、たしかにBETAらしいやり方だ。

 武の情報とこの世界の差異点を聞き夕呼の頭に浮かんだのはもちろん吾郷のことである。

 あの男の存在を知っていれば馬鹿でも気付く。

 この世界がこうなってしまったのはあの男に原因があると。

 吾郷は言っていた。自分が死んだのは『BETAに人間を攻撃するのを止めさせたから』だと。

 もしそれが理由で鑑純夏が脳髄にされなかったのなら確かに僥倖と言える。

 BETAが人類を攻撃するのを躊躇してくれるようになってくれたらどれだけありがたい事か。

 ……だが夕呼はどうしてもその方向に考えを持っていく事が出来なかった。

 ある種の予感、胸騒ぎがしたのである。

 あの男とて自分の事を全て話したわけではあるまい。

 ESP能力なんぞ無くとも夕呼は幾多の修羅場を潜ってきた人間だ。

 ある程度の予想はつく。

 あの男は恨んだはずだ。

 憎んだはずだ。嫉妬したはずだ。

 何故自分だけが、なぜ自分だけがあ号標的にならなければならない。

 何故? 何故?

 人類が滅亡の危機に瀕しているというのにまるで他人事のようなあの態度。

 表面は平常を装っていても一体どれほどの黒い感情を腹の中に溜め込んでいるのだろうか?

 そしてもしその感情がこの世界に影響を及ぼしているとしたら?

 この世界のBETAがあえて鑑純夏をバラバラにしないで実験をしたとしたら?

 たどり着くその理由とは?

「最悪ね…………」

 夕呼の呟いた声は溶けて消える。

 病棟の窓から覗くG弾で吹き飛ばされた横浜の大地。その遥か先の地平線には不吉を象徴する黒い影が天を貫いていた……。









「ハァ~~~~~~~~~~~~~~ッ」

 吾郷はため息を吐いてた。

 健康診断が終わった。

 それはいい、胃の検査で飲んだバリウムが腹に溜まっている感じがするがそれはいい。

 精神疾患の検査のためと言われ心理テストとかやたらと時間が掛かったがそれも別にいい。

 太陽が西に沈みつつある時間、吾郷は横浜基地の屋上に来ていた。

 気分は実に最悪である。

「お前は一体何者だ……?」

 静かに、しかしはっきりとした口調で白銀武は吾郷の前に立ちはだかっていた。

 夕方の屋上というシチュなら女の子からの告白と相場が決まっているのに、一体なにが悲しくて野郎と一緒にこんな場所にいなくてはならないのか?

 長い健康診断が終わったと思ったら見計らったかのように武が吾郷を待ち構えていたのだ。

 たった一言、「ちょっと屋上に来い」と、ドラマで不良が言いそうな台詞をまさかこの年で聞くことになろうとは……。

だがその眼光。

 けっしてシャレが通じる雰囲気ではない武のプレッシャーに負けて、吾郷は引きずられるような形で武に着いてきてしまったのだ。

「もう一度言うぞ。お前は一体何者だ……?」

「『need to know』って、俺のことに関しては香月さんから言われていなかったっけ? その質問をするのは命令違反って奴になるんじゃない?」

 武がどんなに凄もうと、すでに上司である香月夕呼から口止めの命令が出ているのだから吾郷には答える義理も義務もなければまたその気も無い。

 だが武としても引く気はない。

 夕呼に命令されたとは言え、これほどまでのイレギュラー世界における正体不明の男のことをこれ以上野放しにできないと考えたのだ。

「命令違反は覚悟の上。何だったらこの後ちゃんと罰則を受けても構わないと俺は思っている」

「おいおい……何だ? 何でそこまでオレの正体を気にかけるの?」

 吾郷は驚く。なにこの自信に満ちた武ちゃんは? オルタの武ってまだまだ精神的にガキ臭さが残っていて色々悩み苦しみながら成長する主人公じゃなかったっけ? と、そんな風に懸念の視線を送る吾郷に武はさらに言葉を続ける。

「あんたはこの世界にとってイレギュラーだからさ」

「え――――ッ!!」

 武の言葉に吾郷は言葉を飲み込む。

 いや、確かに自分はイレギュラー。それは事実だし自覚している。

 問題なのは何故それを白銀武が知っているのか?

 マブラヴ……ゲームの世界の住人が現実世界の来訪者である自分をはっきり異物だとどうして認識できるものなのか?

「まずはオレの事を話そう。オレは白銀武。因果律にとらわれ、未来の世界からやってきた男だ」

「あ、そう…………ですか」

 いきなり小細工抜きの直球で武は責めてきた。

 武は『いつもの世界』ではこの事を夕呼や霞、それと純夏以外には絶対話さない。

 言ったところで誰も信じないからだ。

 だが『イレギュラーの世界』では話は別。

 今までのループの経験上、何故かイレギュラーの人物達も自分と同じ別世界からのループした人間なのだ。

 十中八九自分のいう事を素直に信じる。

「あぁ、1度目は人類敗北の世界、2度目はあ号標的を撃破した世界。……その後は一体どれだけの世界を渡ったかな?」

 オルタネイティヴなどのキーワードは伏せて武は吾郷の出方を伺う。
 
「へぇ……そ、そうなの?」

 恐らくこれが精一杯なのだろう。

 適当に相槌を打つような吾郷のリアクション。

 よほど自分の言った事が衝撃的だったのだろう。

 目を皿のようにして額に汗を大量に掻いている。

 ――確信。

 やはり目の前の男はループ経験者だ。

 いかにも図星ですという吾郷の表情から確信を得た武はさらなる追い込みをかける。

「確かに夕呼先生は天才だ。あの人があんたの正体を探るなと言うからには『今は言うべきときじゃない』と判断しているだろう。……昔の、ガキ臭かった頃のオレなら先生のいう事を鵜呑みにしてその通り動いていただろうさ。だが今のオレは違う……!!」

「な、何が……?」

「オレは度重なるループにより経験をつんできた。そして学んだ事がある。夕呼先生は確かに天才だが所詮はやはり人間。時にはその判断を間違えることだってある。あの人は知らないのさ、イレギュラーがどれだけ世界に異変をもたらすかを」

「おいおい異変って……ちょっとそれは大げさじゃないか?」

 感情むき出しでこちらにプレッシャーを与えてくる武に、吾郷は落ち着くようになだめる。

「そうか……? ならアレを見ろ! アレを見てもお前はまだそんな事が言えるかのか?」

 武が突然指を空の彼方へとさす。

 つられて吾郷もその先を追っていく。

 果たしてその先には…………?

「な、なんじゃありゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」

 吾郷の絶叫が病院の屋上に響き渡った。

 武の指差すはるか先の地平線。

 そこから伸びる黒い影。

 ここから何百kmと離れているため太さはシャーペンの芯のように細いが、その圧倒的な高さの故はっきりと視認することが出来た。

 その正体……!!

 この世界では『鉄塔光線級』と呼ばれ、吾郷が『植物級』と名づけたスーパーなBETAの内の1つであった……!!

「あ、あわわわわわ……」

 鉄塔光線級。

 高さ10kmのこの化物が見渡せる景色全てが射程内そのレーザー射程距離は実に800km!!

 圧倒的な射程距離はこの佐渡島からこの横浜基地も余裕で範囲内に収める。

 が、それは言い換えれば射程内にいる人間からもこのBETAを見ることができる事を意味する!!

「あのBETAの名前は鉄塔光線級。最大で10kmまで育つ対G弾用のBETAで………………」

 武の説明が続くが吾郷の耳には最早はいらない。

 その視線は鉄塔光線級に釘付けとなっていた。

 武にいちいち説明されなくても見た瞬間に直感的に分かってしまった。

 あれは自分が作ったBETAであると!!

 あれ……何? 何なの?

 ここはオルタの世界じゃないの?

 っていうか何度もループした武ちゃん?

 何ですかそれ?

 あまりの事に頭の中がパニックになる。

「……これがオレが夕呼先生の命令を破ってまで、あんたにしつこく問いただす理由だ。この世界は異常すぎる。頼む! 答えてくれ。あんたはあのBETAの正体を知っているんじゃないか?」

 威圧的な態度から一変して武は誠心誠意をもって頭を下げる。

 うっ! と、言葉に詰まる吾郷。

 武の言いたい事、言い分は良く分かった。

 本当なら教えてやりたい。

 だが!

 言えない! 言える訳が無い!!

 素直に教えたらどうなるか? 自分の正体があ号標的だったなんて教えたらどうなるのか?

 都合よく「オレはお前の仲間だ! 信じるぜ!!」などと武が言ってくれて見事に和解成立。「オレ達の冒険はこれからだ! ――完!!」という風に行くだろうか?

「…………ないな」

 あまりに都合の良い考えを吾郷は振り払う。

 マブラヴの世界は悲しい事に人類同士が滅亡に瀕してなお互いに協力できない世界だ。

 おそらく自分の正体が知れれば、世界中全ての人類から敵意の対象となるだろう。

 そこから繋がる差別。想像するに恐ろしい。

「すまないがオレはあのBETAの事は何も知らない。正直BETAがあんなに巨大なものだったなんて想像もしてなくってさ」

「そうか……」

 吾郷の言葉になにやら考えるように姿勢を取ったが、やがて諦めるように武は大きくため息を吐く。

「悪かったな。余計な時間を取らせた。オレはこれからもう1回純夏の見舞いに行く事にするから。じゃあな」

「え? 純夏ってあの鑑純夏か?」

 意外な名前に思わず吾郷は問い返す。

 きびすを返し昇降口に向かおうとしていた武の足がピタリと止まる。

「あぁ、あの鑑純夏だ。…………で? 何であんたは純夏の苗字を知っているんだ?」

「げ…………」

 失言!

 いや、武がそうなるよう誘導したのだ。

 口を割らない相手に対して突如別の話題を振り、そこから矛盾点を突きつける。

 尋問における常套手段である。

「やっぱあんたオレ達の事知ってるんじゃないか! 吐けコラァ!!」

「あ痛たたたたぁぁーーーーー!!」

 軍事経験を積んでいる武と一般人の吾郷とではその実力は雲泥の差!

 あっという間に背中に回り込まれ肘を締め上げられる。

「さぁ大人しく言え! オレや純夏の知っていることの理由は何だ!?」

「くぅ……!!」

 もはや決定的な証拠をつかまれ言い逃れができない!

 どうする!? どうするっ!? どうするっっ!?

 吾郷は考える。

 1、とにかくごまかし通せ!

 2、意地でもごまかし通せ!!

 3、死んでもごまかし通せ!!!

 4、ああもうごまかし通せ!!!!

 5、とにかく意地でも死んでもああもうごまかし通せ!!!!!

「わかった……白銀、おまえにだけは本当のことを言うよ……」

 観念したような吾郷の言葉を聞き、どっかでやった事のあるようなやり取りだと思いつつも武は腕のロックを外す。

 決められた肘をさすりながら吾郷は武に言う。

「まったく、しょうがないな。お前さんの方から思い出してくれるのをずっと待っていたんだけど……どうしても思い出せないか? 俺の事が?」

「――ッ!! やっぱりオレはお前と知り合いなのか?」

 吾郷の言葉に武は目を見開く。

 今から吐くのは当然嘘の内容である。

 凡人である吾郷には夕呼のように『嘘ではないが真実でもない』という高等な口先技術は持っていない。

 実の事を言うと吾郷は、もし武に自分の正体を問いただされたらこう答えようとあらかじめ考えていたのだ。

 それは昨日今日の話ではない。

 かつて自分があ号標的であった頃の話、毎日毎日BETAに指示をだすだけの仕事に嫌気がさしていた吾郷は色々な妄想にふけって現実逃避することが多かった。

 その中で、もし自分がマブラヴの世界に人間の体で行った場合、武にどう言い訳するかという風に考えた事があった。

 自分はマブラヴというゲームをやった事があり、この世界はゲームの中の作り話だ……というのはかなり危険な解答だ。

 真実ではあるのだが逆に絶対信じてもらえないだろう。

 そこで吾郷は考えた。

 嘘ではあるが、リアリティのある言い訳を!!

「オレはBETAのいない平和な世界……そこでお前のクラスメイトだった男だ!!」

「な、なにぃぃぃぃーーーーー!! …………って嘘つけぇ!! 明らかにオレと年齢ちがうじゃねぇか!!」

 驚愕はしたものの直ぐに持ちなおして武は人差し指を吾郷に突きつける。

 武も伊達に何十年とループしてきた訳ではない。

 あっさりオレオレ詐欺に騙されるほど馬鹿ではないのだ。

 だが吾郷はそんな武を軽く流しさらに説明を続ける。

「物理教師の香月先生がいつも提唱していなかったか? 『因果律量子論』について。幾多の可能性を秘めた並行世界なら、例えば30歳の白銀武がこの世界に飛ばされるって事もあるんじゃないか? ……オレの場合はそれが起きたってだけの話だ」

「なッ! い、因果律量子論……確かに夕呼先生の理論だ。それを知っているとなると、なるほど確かに……ありえるな……!!」

 マブラヴをプレイしていた事による原作知識は、武からすればまるで平和な世界からの知識に見え、それが確たる証拠となるのだ。

 まぁ実は嘘っぱちなのだが。

「う~~ん、成る程ねぇ……」

 腕を組みながら納得する武に対して吾郷は「おぉッ! 信じた! 便利な言葉だな因果律量子論!!」などとちょっと悪戯が成功して得意気である。

 しかし武は腕を組みながらも顔を上げる。

「でもさ、悪いけどオレお前みたいな奴クラスにいたって記憶ないんだけど?」

 どうやらまだ100%信じているわけではないらしい。

 が、その表情からは自分に対する警戒心が完全に抜け切った様子だ。

 あと少し、あと少しで誤魔化しきることができるだろう。

 さっきは追い詰められたが、今度はこちらのターンである。

「酷いな。……まぁ、オレはクラスでも目立たない存在だったからね。っていうかお前が逆に目立ちすぎだったんだって。担任を『まりもちゃん』って呼んでたのお前くらいじゃなかったっけ?」

 また平和な世界の原作知識を武に披露してみせる。

「う! いや、それは……なぁ? 若気の至りっていうかさ」

 甘ったれだった頃の自分を指摘され、武は口ごもる。

 ちょっと過去の自分の姿を思い出すのは恥ずかしいものだ。

「まぁ、お前は香月先生曰く恋愛原子核でクラスの中心だったからなぁ。女とフラグ立てるたびに『おおおおーーーーー!?』とか『何ィーー! またしても白銀ェーー!?』とか言ってたのがオレだ」

「あぁっ! た、確かにそんな台詞は聞いたことがある気がする……!!」

「……逆に質問するけど、お前って自分のクラスの男の名前覚えてるか?」

「え?」

「鑑純夏や委員長とかの女子じゃないぞ? 男のクラスメート、覚えてるか?」

 吾郷の質問に武は唸る。

「え、えぇっとだな…………」

 尊人と言おうとしたが武はやめた。

 美琴はすでに自分の中で女として定着している。

 彼女を抱いた事だってある。

 今更男扱いするのは何か違う気がした。

「あ、あれ? えっとだな……」

「……思い出せないか? ほらいたじゃん。霞や悠陽が転校してきた時入れ替わった佐藤や田中とか」

 とりあえず日本でポピュラーな苗字を上げとけばいいだろうと吾郷は適当に名前を挙げる。

「あ、あぁ! いたな! うんうん思い出した!!」

 明らかに知ったかぶりをした様子だったが吾郷は敢えて突っ込まないで内心ほくそ笑んだ。

 思った通り所詮はモテモテのイケメン主人公!

 立ち絵のない男キャラの事なんぞ覚えてはいまいという吾郷の予想は大当たりであった。

「……って、ちょっと待てよ?」

 武が止まる。

「ん? 何だ? どうした?」

「オレの世界では霞も殿下もいなかったぞ?」

「――――ッ!!」

 やばい墓穴掘った! あれはオルタのエンド世界のオルタードフェイブルの世界だった!

 しかし一瞬あせった吾郷だったがすぐさま切り返す。

「全ては因果律量子論で説明が付く!!」

「そっか、なるほどなぁ」

 ……納得した。

 本当に便利な言葉である『因果律量子論』。

 これから困ったときはこの言葉でゴリ押ししようと吾郷は考える。

 どうやら武はすっかり自分の言った嘘を信じたらしい。

 内心「うん! 良し! 完璧だ!」とガッツポーズする吾郷だったが、この時まだ気付いていない。

 武がオルタネイティヴ4の理論を回収するためにBETAいない世界に行くことがあるという事を!!

「でだ、鑑純夏がこの病院にいるのか?」

 何とか誤魔化せてホッと息をついた吾郷は話題を変える。

「あ、あぁ。お前も並行世界でクラスメートだったなら見舞いに行くか?」

「いや、遠慮しておくよ。今は30歳の自分が行っても彼女が混乱するだけだろうし」

 というか彼女にあったらPTSDを発生させて最悪純夏を殴りかねない。

 下手なトラブル御免こうむる。

 触らぬ神に祟りなしという奴である。

「まぁ、確かにそうかもな。……悪かったなお前の事を疑ったりして」

「いやいや、あとこの事は他言しないでくれよ」

「あぁ、それは当然だ。オレが因果導体だって事もすまないが言わないでくれよ」

 吾郷は頷き、武はその様子を確認して屋上を出て行く。

 主人公の白銀武からのしつこい追求をかわせて吾郷としてはようやく心が落ち着く事ができた。

 この世界はマブラヴオルタの世界ではなかったが、武はこれから主人公として色々と奮起してくれる事だろう。

「がんばれ主人公。オレも影ながら応援してるぞ脇役として……」

 実にやる気の無い無責任な台詞を吐き、吾郷はクルリと後ろを向く。

 見えるのは地平線にそびえ立つ鉄塔光線級のBETA。

「……まぁ今度タイミングを見てあの植物級の倒し方でも教えてやるか? 倒し方さえ分かれば何てことの無いザコだからなぁ」

 そう言って吾郷は欠伸をしながら体を伸ばす。

 何だか今日は1日中気を張り続けて疲れた。

 とっととメシを喰って部屋に帰ろう。

 そして明日からまた適当にがんばろう。

 完璧な駄目人間の思考回路。

 実にやる気の無い吾郷だが、自分の情報がどれだけ価値があるものなのか、この男はまだ気がついていない……。









 ――その夜、香月夕呼の元に1冊の資料が届いた。

 受け取った資料をざっと目を通し、夕呼は満足そうに笑う。

「ありがとう姉さん。助かったわ。……えぇ、…………えぇ分かっているわ。それじゃあおやすみなさい」

 そう言って夕呼は電話の受話器を置いてもう1度資料、いやモトコから受け取った吾郷の健康診断用紙をパラパラと捲る。

 だがその厚さ、とても健康診断の用紙には見えない。

「良かったわね。白銀、鑑純夏を00ユニットにしない方法が見つかったわよ?」

 思わず1人ごとを言ってしまうほど夕呼は上機嫌な様子であった。

 00ユニット。

 炭素系生命体を生命として認識しないBETAと唯一コンタクトを取り得る、非炭素系擬似生命体。

 その役割はBETAの弱点、社会構造、侵略目的等を探るための諜報活動。

 今までは夕呼もそれが目的で純夏を、いや00ユニットを作ろうとしていた。

 だが……それだけではこの世界では足りない。

 スーパーなBETAが蔓延るこの世界では足りない!!

 武の話では初めてオルタネイティヴ4が完成した世界でも、あ号標的を打倒できたのは様々な犠牲の上でようやく起こす事のできた奇跡だったという。

 それならばどうやって『ただの00ユニット』でこの世界を救おうというのか!?

 あの明星作戦以降より更なる進化を遂げたスーパーなBETAに、もはや人類に太刀打ちする手段がない。

 G弾も駄目で戦術機も駄目。

 10年以内と言われていた人類の滅亡までの時間は今ではさらに短くなってしまっただろう。

 はたしてそれは2年か3年か?

と、なればこの世界を救うには諜報員の役割をする00ユニットではなく、更なる上の『兵器』が必要なのだ。

「フフ…………フフフフフ……!! ……あなたがあ号標的の知識を全て持っていると知ったときの私の喜びは分からないでしょうね?」

 悪魔のような笑みがこぼれる。

 この絶望に閉ざされた世界にだがしかし夕呼は1つの光明を見出す事に成功した。

 蜘蛛の糸のようにか細いが確かな希望!!

以前、白銀武は自分に言っていた。

 00ユニットを作るとあ号標的に人類の知識が奪われてしまう危険性があると!

人類とBETAの科学力の両方を併せ持って生み出される戦術機並みのBETA!

 しかし逆にそれはこうも言えないだろうか?

 あ号標的が00ユニットの知識を吸収してそれが可能ならば、00ユニットがあ号標的の知識を吸収しても同様のことが可能なのだ。

 吾郷が人類の科学に疎いなら話しは簡単だ。

 人類全ての知識を納められる体をくれてやればいい。

 この世界にスーパーなBETAがいるのなら話は簡単だ。

 人類はそれを上回るチートなBETAを作ればいい。

「フフ、逃がさないわよ……絶対に……絶対に!! ……あ号標的さん?」

 夕呼の手元の用紙は実は健康診断の結果ではない。

 もっともっと重要な秘蔵の切り札と言って良い。

 その内容の中身を見て、夕呼は満足そうに笑うのであった…………。




◆◇診断結果◆◇

氏名:吾郷標為(あごう ひょうい)

性別:男

年齢:30歳

身長:173cm

体重:63kg

00ユニット適正ランク:SSS


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