佐渡島ハイヴ攻略の興奮冷めやらぬ中、政威大将軍煌武院 悠陽主催の戦勝祝賀会が開かれる。そこには武の姿もあった。
悠陽から直接労いの言葉を貰い、以前の反省を生かし礼節に則った振る舞いをする若き英雄の姿は、人々に好意的に受け止められる。
そして祝賀会の後、個人的に呼ばれた武は悠陽の私室で、再度の労いの言葉と共に、一つの褒賞を貰う。
その褒賞は、悠陽。彼女は驚きのあまり硬直する武の前で帯を解きながら、囁く。
良くぞかの地を解放してくれました。あなたの働きが無くば、此度の勝利は無かったでしょう。
その御礼に、この身を下賜しましょう、と。
突然のことに武は、そういったことは愛する者同士が、等と言ってうろたえるばかりだったが、それなら問題ありませぬ、と笑顔の悠陽に却下されてしまう。
共に過ごしたあの1月以来、私は武様をお慕いしております故に、と。
何を言われたのか咄嗟に理解できなかった武は再度硬直するも、ふと正気に戻り、そこで気づいてしまった。
僅かに震える肩と膝。肌を晒す羞恥に仄かに朱の注した頬。そしていつもどおりの強気な瞳の目尻に、僅かに滲む涙と不安。
自分の思いが受け入れられるかという不安。
そこには今まで武の見てきた将軍としての悠陽ではなく、1人の男を思い焦がれる、1人の女としての悠陽がいた。
それに気づいたとき、武もまた、悠陽に自分の思いを曝け出した。
俺は冥夜が好きだ。今でも愛している。その思いはこれからも消えることはないだろう。
だが、今は同じ位に悠陽をいとおしく思っている。二股になってしまうが、許してくれるか?と。
それに対し、私が愛したのは、愛してしまったのは冥夜を愛する武だ、と悠陽は返し彼の胸で泣いた。
翌朝、武は悠陽からこれからの話を聞いた。
武が武御雷に乗ったことは記録に残らず、軍部に流れている悠陽自らの搭乗が公式な記録となること。
それを持って得られる軍部と国民からの更なる支持を持って将軍の権威を回復し、彼女がこれからは政治の表舞台に立つ。
彼女がその始めにやることは、米国の推進するバビロン計画からの離脱。
大日本帝国は甲21号作戦で実証された、通常戦力によるハイヴ攻略を国是とするのだと。
世界にこれ以上、横浜のような不毛の地を増やさぬために。
BETAに蹂躙された大地を取り戻すために。
佐渡島ハイヴ攻略の英雄としての力を貸して欲しい。
私の横に立って、公私共に一緒に歩いて欲しい。
悠陽のその願いを、英雄というのは柄ではないけどと、ばつの悪そうな顔をしながらも、武は快諾した。
そうして穏やかな雰囲気の流れる部屋に月詠真耶が慌てた様子で闖入する。
部屋の惨状、主にベットの…に硬直する彼女であったが、事態を把握すると直ぐに何も見ていないかのように目を伏せて告げる。
BETAが大深度地下を掘削しながら侵攻中。目標は恐らく、国連軍横浜基地こと、旧横浜ハイヴ。
甲21号作戦とそれに続く本土防衛戦により、第一防衛ラインは壊滅。同様に少なからぬ被害を出した第2防衛ラインの部隊共々、再編中であった。
そして斯衛軍もまた、本土防衛戦の(彼らの誤解だが)悠陽出撃後に形振り構わず戦力を投入した為に損害が大きく、即応戦力に乏しい。
現状万全の状態で動けるのは帝都守備隊だけだった。しかし彼らもまた、帝都の守備というその存在意義ゆえに動けない。
帝国に出来るのは、横須賀海軍基地への帰途にあった戦艦を急行させる事だけだった。
だが、彼らに残された弾薬もまた、心もとないものであった。
横浜基地には、かつての1/3以下に減った兵力しかない。
しかし、甲21号作戦の失敗に備え、国連軍に臨時編入されていた米国軍が帰国を前に一時的に滞在していた。
彼らは本国からの命令ゆえに先の甲21号作戦と本土防衛戦には一切参加していなかったが、滞在する国連軍基地の危機とあらば戦わざるを得ない。
何より米国本土は日曜の早朝であったこともあり、偶然にも政治的判断に基づく命令を下す高級指揮官がペンタゴンに居なかったのが横浜に幸いした。
血気盛んな米国軍の指揮官は、防衛戦への全面的な協力を約束する。
かくして横浜基地防衛戦は開始された。
当初の予想通り、旧町田からBETAが地上に現れる。
それに対して地海双方から砲撃が行われるが、備蓄弾薬をほぼ使い果たしていた帝国軍はBETAを殲滅しきるだけの砲撃を継続できない。
少なくない数のBETAが砲煙弾雨を突破し、横浜に向かう。そして米国機甲師団との間に戦端が開かれる。
先の作戦に参加していなかった米国軍と国連横浜基地には十分な弾薬が残されていた為、こちらでは支援砲撃が有効に活用されていたが、地下からの急襲により自走砲部隊が全滅、さらに挟撃された米国軍は混乱をきたし、多大な損害を出して壊走する。
事ここに至り、BETAが帝都に向かうことはないと判断した悠陽は帝都守備隊と第2防衛ラインから抽出した戦力を動かす。
これによって町田から出現したBETAは塞き止められ、横浜に向かうことは出来なくなった。
しかしこの頃には町田でのBETA出現率は大幅に低下、その主力は直接横浜で地上にその姿を現すようになっていたが、帝国軍は減少したとはいえ継続して現れるBETAに足止めされ、横浜に向かうことが出来なかった。
横浜基地はその頃、この世の地獄と化していた。
地上はほぼ制圧され、地下への進入もまた許していた。
基地内部で行われる機械化歩兵と小型種との戦い。
整備兵が搭乗した、整備中だった戦術機と中型種との戦い。
そのどちらもが圧倒的な物量に押し潰され、食われていく。
もはや陥落は時間の問題であることは、誰の目にも明らかであった。
しかし、それでもなお。人々は、抵抗を止めない。諦めない。
懸命に指揮をとる国連軍横浜基地指令ラダビノットの元に、米国大統領からの通信が入る。
それは、一つの提案だった。その内容は、横浜基地の一時廃棄と、G弾によるBETA殲滅。
横浜ハイヴの再建を防ぐためにはそれしか手はないと。
損耗している帝国に横浜を守る力はなく、米国にも国連にも今、横浜防衛戦に間に合う位置にまとまった戦力はないと。
軌道降下兵団の投入をラダビノットは要請するが、大統領はそれを却下する。
彼らは攻勢の軍であり、防衛戦には投入できない。何より彼らを下ろせば、突入殻で君らと共に少なくない数のBETAを生き埋めにすることになる。
同様に軌道上からの爆撃は地下施設を根こそぎ掘り起こすだろうが大深度地下に達したBETAを駆逐することは出来ず、どちらも彼らに分厚い大地という城壁を与えるだけだ。
よって許可できないと告げる。
今ならまだ残された戦力を持ってすれば、BETAの侵攻方向とは逆の南側から脱出できるだろうという大統領の言葉に、ラダビノットは遂にG弾の使用を認める。
しかし『認める』という言葉を、大統領はどこか場違いな優しい笑みで嗜める。
私は君に同意を求めたり、ましてや命令している訳ではない。国連に参加する一国の長として、有効な作戦を提案しているだけだ、と。
その言葉の意味を解したラダビノットは苦虫を噛み潰したような表情で押し黙るが、やがて苦渋の決断を下す。
『Please,,,,,,,Please,Mr.President...!』
その言葉に大統領は満足げに頷くと、国連軍横浜基地司令からの要請を、米国は受諾すると答えた。
第二次明星作戦発令。
その報に帝国政府首脳陣は硬直する。
作戦内容は極めて単純だった。
発令から2時間後に軌道上よりG弾を投下、半径5km圏内の生命を殲滅する。
その後に戦術機母艦に退避できた国連(米国)軍残存兵力を再編し、横浜基地を奪還するという作戦。
榊首相は米国に対し即座に抗議と共に作戦の撤回を要請するが、大統領の返答は冷酷なものだった。
これは米国の作戦ではないし、米国が国連に要請したものでもない。
今もなお横浜基地で指揮を執る、国連軍横浜基地司令パウル ラダビノット少将からの要請なのだと。
帝国がG弾を使用せずにハイヴを攻略するという快挙を成し遂げたことを、合衆国を代表して祝したい。
それは人類にとって新たなる一歩であったが、しかしその代償はあまりに大きい。大きすぎた。
直後の本土防衛戦、BETA反攻第一波こそ退けられたが、そこで帝国の戦力は底を尽いた。
そして今回の横浜防衛戦、BETA反攻第二波では帝国は戦力を僅かしか供出することは出来ず、その代わりに血を流しているのは国連軍と、それに一時的に協力していた我が合衆国の軍だ。
それでも守りきることは出来ず、陥落しようとしている。
所詮G弾を使用しないハイヴ攻略など夢物語に過ぎなかった。
人は、G弾を持って地球を奪還する。
これは合衆国の意思ではない。国連の、世界の意思なのだと。
交渉は決裂した。
第二次明星作戦は余人の思いを置いて進行する。
安全圏として設定された半径10km圏外に、各軍は撤退を開始する。
帝国軍は、再び日本の国土でG弾が使用されることに無念の涙を流しながら。
米国軍は、今回の激戦を生き残れたことを神に感謝しながら。
国連軍は、自分達の基地を、拠所を蹂躙するBETAに呪詛の言葉を吐きながら。
そして発令から2時間後、予定通りG弾は衛星軌道上より投下され、横浜の地は再び、光をも飲み込む暗黒の洗礼を受ける。
その闇は、BETAとそれに抗った人々を、有象無象の区別なくその異常潮汐力をもって引き千切り押し潰して塵芥と化して殺し尽くす。
その黒く禍々しい巨大な球体を、悠陽は帝都城から見つめていた。
武は旧町田市での一戦の後、撤退した多摩川防衛線において、数多の将兵と共に見つめていた。
その光景に帝国に住まう人々と共に彼らもまた、涙した。
この一連の出来事は通常兵器のみでのハイヴ攻略の難しさと、G弾の対ハイヴ兵器としての優秀性を世界に喧伝する結果となった。
多少の減退はあるものの、大地を透過して大深度地下までその力を届けるG弾は、その後に残される重力異常にさえ目を瞑れば至高の兵器だった。
再度国内でG弾が使用されることを防げなかった責任を取って榊首相は辞任、大日本帝国は政威大将軍煌武院悠陽の元、徴兵年齢の更なる引き下げを持って軍の再建を急ぐこととなる。
それに対し米国は、横浜で少なくない犠牲を出したにも拘らず3ヵ月後にはフェイズ6に達していたリヨンハイヴを攻略し、その力を世界に示した。
軍の再編にあたり、武は戦術機の基本動作マニュアルの作成と教官の育成を行う事となる。
徴兵年齢の引き下げによって大量に入った訓練兵は、半年間の基礎訓練の後に戦術機の教習に入る。
それまでに、〇四式基幹算譜を前提にしたカリキュラムを組み上げて欲しいと、悠陽から頼まれたのだ。
ここで教導隊で培った経験と人脈が役に立った。何せ教導隊は現役兵に更なる教育を施す教官集団なのだから。
また、このとき彼は懐かしい面々と再会することになる。榊千鶴、珠瀬壬姫、彩峰慧、鎧衣美琴。
彼女たちは教官候補生として彼の元に配属されたのだ。
武は再会を喜んだが、彼女たちに敬礼され、敬語を使われることに困惑する。
教導隊で〇四式基幹算譜を開発するという実績を上げ、更にはハイヴを攻め落として先日2度目の昇進をした白銀武大尉。
帝都守備隊として常に後方に位置し、町田における戦闘で初陣を遂げたばかりの4人の新任中尉。
僅か1年半の間に、彼らの間には決して浅くはない溝が出来ていたのだ。
一抹の寂しさを感じながらも、この世界で3年半の軍歴をもつにいたり、階級の重さを理解していた武はそれを受け入れた。
しかし就任初日の職務時間後には、親睦を深めると言って彼女達や他の教官候補生と生来の軽い乗りで接し、元の階級や軍歴、出撃回数に出自といった様々なしがらみから生じ始めていた垣根をうまく取り払ってみせる。
そうして彼は勤務時間外はアバウトにいこう、という空気を作り上げてしまい、風紀にうるさい千鶴もこうなっては何も言えなかった。
その後、武は教導隊の仲間たちの手を借り、また時には教官候補生から教えられ、試行錯誤を繰り返してマニュアルを、カリキュラムを組み上げていく。
そんな忙しなくも充実した日々が過ぎる中、武は追悼慰霊式に参列することになる。
甲21号作戦から横浜防衛戦までの一連の戦闘で犠牲となった人々の冥福を祈る、その式典に向かう道中において、武は凶弾に倒れた。
かつて武に対し、敵前逃亡の濡れ衣を着せた男に彼は撃たれたのだ。