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[12590] 【完結】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- (冥夜エンドAfter、悠陽ルート)
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/11/07 22:17
Muv-Luv
Unlimited
-円環の欠片-


これは、ありえたかもしれない一篇の物語。



2003年7月、御剣冥夜と香月夕呼、社霞らを乗せた移民船団がバーナード星系を目指し、地球を後にした。
それに伴い、国連軍横浜基地は移民船団への物資・人員の打ち上げ拠点としての役割を終え、その規模を縮小する。
日本から供出されていた人員も少なくない数が帝国軍や政府、各研究機関に復帰することになった。
そうして帝国に復帰した彼らは、米国の狗、という国連に対するレッテルに直面する。
研究者は碌な予算も与えられずに飼い殺しにされ、軍人であれば最前線に送られたのだ。

その帰還組の中には白銀武ら元207B訓練部隊の面々も含まれていた。
しかし彼女らの後ろ盾達は最前線送りを認めず、4人は帝都守備隊に配属されることになる。
そう、香月夕呼という強力なバックボーンを失った白銀武を除いた、榊千鶴、珠瀬壬姫、彩峰慧、鎧衣美琴の4人である。
彼女達4人と別れた武は、他の元・横浜基地所属の衛士達と共に、甲21号目標に対する第一防衛ラインに配属された。
それは異様な部隊だった。近代化改装の施されていないF-4J撃震と帰還組衛士からなる、最もハイヴに近い場所を守備する部隊。
その意味するところはただ一つ。

『死ね』

太平洋戦争の頃から、日本の軍の陰湿な部分は変わっていなかった。
上官の命令に従い、何も知らずに二二六事件に参加した一般兵士らにしたように。
敵地で撃墜されながらも、万難排し生還した戦闘機パイロット達にしたように。
世界最大の戦艦、武蔵の沈没後にその乗組員達にしたように。

そして配備から半月と置かずに、佐渡島ハイヴから旅団規模のBETAが襲来した。
彼らは、戦った。彼らを見捨てた祖国への憤りを胸に抱きつつも、生きる為に。隣に立つ戦友を守る為に。
みすぼらしい最前線の仮設基地で彼らを待つ、同じ元・横浜基地所属のCPや整備兵らを守る為に。
しかし支援砲撃もない中、旧式の装備で排除できるほど、否、生き残れるほどBETAは甘くない。
1人、また1人と欠けていき、補給もままならない中で銃弾が尽きると更にそれは加速する。
そしてBETAの津波が去った後に立っていた戦術機は、たった1機のみだった。
変態とまで言わしめたその機動をもってして、白銀武はただ一人、生き残ったのだ。



全滅したと思われた、第一防衛ラインの衛士の帰還。
当初は温かく迎えた帝国軍であったが、武の所属部隊を知ると途端に冷淡になった。
初陣であったにも拘らず、ただ一人生き残れたのは逃げたからに違いないと主張する青年将校まで現れる始末だった。
更に悪いことに、その話を耳にした基地指令は、碌に捜査もせずに武を敵前逃亡の疑いで逮捕、投獄してしまう。
後になって事実を知った指令は引っ込みがつかず、証拠探し、もとい証拠作りとして彼の乗機のボイスレコーダと操縦ログの徹底的な精査を行い、粗捜しをする。
その結果わかったのは、ボイスレコーダからはBETA上陸直後に錯乱した彼が一騎駆けを行い、結果的にそれが陽動として当初は有効に機能していたこと。
しかし多少引き付けた所で大勢に影響はなく、もっとも危険な囮であった筈の彼を残し、全滅してしまったこと。
そして操縦ログからは、異様なまでに多い無駄な入力と、光線級を恐れぬかのような跳躍の多用。

捜査の結果は、接敵直後の一騎駆けを軍令違反としての5日間の独房入り。
これが白銀武の正式な罪状となった。
敵前逃亡のままであれば銃殺であることを考えれば、無罪判決に等しい。
なにせその決定が下ったのが彼の投獄から5日目であり、決定と同時に釈放されたのだから。
投獄した人間たちの経歴に傷をつけないために、白銀武のそれに汚点がひとつ、書き加えられたのだ。


独房から出た武を、懐かしい人物が待っていた。
神宮寺まりも中尉。彼女は富士教導隊からの迎えだった。
富士教導隊を取りまとめる大隊長は、かつての部下が参加した武の操縦ログ調査の結果を聞き、先日復帰したまりもから武の人物像や腕前を聞き出していた。
その結果、彼に並々ならぬ興味を抱き、所属先部隊の消滅により、事実上無所属となっていた彼を引き取ったのだ。
武が無事釈放されたのは、この隊長の働きかけが何よりも大きかった。

富士駐屯地。教導隊の本拠地に着いて、最初に武が案内されたのは一つの作戦会議室だった。
そこで待ち構えていた軍人達の視線を受け、たじろぐ武だったが、まりもに促されて着任の挨拶を行う。
駐屯地指令は返礼もそこそこに同席する富士教導隊の大隊長および中隊長を軽く紹介する。
一通りの紹介が終わったあと、大隊長は先日の戦闘について武に質問を始めた。
その特異な機動、無意味にしか見えない動作中の入力について。
質疑はいつしか教導隊の技官も混じえての議論となる。武は幾度も繰り返し、言葉を変えて己の機動概念を語った。
繰り返し聞くことにより、その概念は既存のそれとはまったくもって異質であることを彼らは理解する。

それまでの平面的な機動に跳躍という縦の動きを加えた、三次元機動という新たな概念。
実戦証明のされたその新たな機動概念に加え、武の欲する画期的な機能の有用性もまた彼らを興奮させた。
入力待ちをなくす為の先行入力。
不意打ちに対応するためのキャンセル。
操作を簡略化し、衛士への負担を下げるコンボ。

これを受けてOSの試験的な改造が決定された。


教導隊はその名のとおり、兵士を教え導く部隊だ。その為、新らしい戦術を、新しい機動概念を常に求め続けているのだ。
それらを実現する為の予算と権限を多少なりとも保持していた。
その限られた範囲内での試験であったために、比較的容易であった先行入力と、先行入力限定のキャンセルが組み込まれた。
シミュレータに続いて行われた実機での試験でもそのOSは良好な結果を残し、技術廠での本格的な開発が開始される。
武はまりもと共にテストパイロットしてOSの開発に参加、提唱者として計画を牽引していった。
しかし順調に推移していた開発はやがてひとつの壁にぶつかる。
それはOSの肥大化に伴う演算能力不足からくる、応答性の低下。
即応性を求めた新OSにとって致命的な欠陥だった。
米国製の最新型CPUを使用しても処理が間に合わず、計画は頓挫したかに思われた。
だが、それは技術廠内部で冷や飯を食っていた、元・横浜基地所属の技官たちによって解決される。

『量子電導脳』

かつて香月夕呼が探求し、完成には至らなかったモノ。
しかしそれはこの時点でも米国製の最新型CPUを遥かに上回る演算処理能力を持ち、何より新OSの欲する並列処理能力に長けていた。
冷遇されていた元・横浜基地所属の技官達は新OSが行き詰ったと見るや、彼らの持つ技術を売り込んだのだ。
そしてG元素が使えないにも拘らず、極めて短期間のうちに新OS用に再設計し、完成させたみせた。
ソフトウェアとハードウェアが揃い、開発開始からわずか半年で新OSは完成する。
試製〇四式基幹算譜という名を与えられたそれは、富士教導隊において試験されることが決定していた。

教導隊での試験運用開始においても武とまりもの元・国連軍というレッテルは一部から感情的な反感を買うが、彼らはその新たな力を持って反感をねじ伏せる。
教導隊のトップガン達はその力を身を持って知り、以降は三次元機動の習得に励んだ。


2004年6月、武が教導隊に来てもうすぐ1年が過ぎようとした頃、佐渡島から再び大規模な侵攻が開始された。
越後山脈に隠れる形で厚木基地から飛び立った武ら富士教導隊1個大隊は群馬県水上町で降下、NOEで第一防衛ラインの援護に向かう。
崩壊寸前だった防衛ラインは彼らの参戦によって持ち直し、小型種こそ取りこぼしたものの中型種や大型種はほぼ水際で食い止めて見せた。
国連軍からの出戻り部隊が壊滅し、最終防衛ラインまで達した、あの1年前の侵攻に勝るとも劣らぬ数であったにも拘らず、第一防衛ラインは耐え切って見せたのだ。
その原動力は富士教導隊であり、彼らが用いた新たな機動にあることは誰の目にも明らかであった。
こうして実戦証明を終えた試製〇四式基幹算譜は現場の衛士達からの絶大な支持を持って、〇四式基幹算譜と名を改め正式採用された。


それからわずか半月後、フェイズ4に達していた甲26号目標エヴェンスクハイヴが攻略される。
バビロン作戦がついに動き始めたのだ。
G弾を用いたハイヴの攻略は横浜同様の重力異常を発生させる。
それは帝国内部に一刻の猶予もないことを知らしめ、〇四式基幹算譜導入の追い風となった。
急ピッチで帝国軍の戦術機への〇四式基幹算譜の搭載と、それを操縦する衛士に三次元機動の普及が進められる中、斯衛軍にもそれらを普及すべく武に出向命令が下る。
そこで政威大将軍たる煌武院 悠陽に拝謁した武は前日教え込まれた作法も忘れ、ただ立ち尽くし、かつて愛した女性の名を呟く。

冥夜、と。

悠陽は、御剣冥夜とよく似たその顔にやさしい笑みを湛えて彼を迎えた。
まりもの機転でその場をしのいだ武は、悠陽たっての希望で行われた個人的な教導の場において悠陽と冥夜、二人の関係を知ることになる。
そして1ヶ月の出向期間の間、武と悠陽はその仲を深めた。
また、武はこの期間に斯衛軍独特の、長刀を軸とした近接戦での機動を学び、三次元機動をより高みへと昇華させた。



2004年12月、帝国軍の全戦術機の〇四式基幹算譜への換装と全衛士の習熟訓練の完了を持って、1つの作戦が発動される。
甲21号作戦。
佐渡島奪還作戦であるそれは、帝国軍が主体となって通常戦力で行われることになっていたが、それが頓挫した場合はすぐに国連の名の下に、G弾が使用される事になっていた。
富士教導隊はその腕を買われ、ハイヴ突入部隊として選抜した一個中隊を出すこととなる。その中には武の名もあった。

そして甲21号作戦は状況を開始する。
戦艦の艦砲射撃と海神の強襲上陸、それに続いて上陸した機甲師団が電磁投射砲を持って、地上のBETAを一掃する。
〇四式電磁投射砲。試製九九式電磁投射砲から5年。
それだけの歳月を掛けて完成したそれの圧倒的な火力こそが、〇四式基幹算譜と共に独力でのハイヴ攻略を帝国軍に決意させたものだった。
それは期待通りの戦果を挙げ、やがて地上陽動は十分と判断されると同時にハイヴ突入が開始される。
しかし全突入部隊が地下茎に侵攻を開始してから時置かずして、想定外の大深度から圧倒的多数のBETAが奇襲をしかける。
これを受け状況は混乱し、戦線は崩壊しかけるも、総予備として控えていた斯衛軍の参戦をもって戦線の維持に成功、地上陽動部隊は想定外のBETA急襲を凌ぎきった。

地上部隊への急襲と時同じくして、武ら突入部隊もまた、ドリフトを埋め尽くすほどのBETAの急襲をうける。
幾つもの突入部隊が力及ばず全滅する中、武たち富士教導隊選抜中隊もまた、全身全霊を持って対処することになる。
電磁投射砲の一点集中砲火でBETAの津波に穴を穿ち、そこへ無反動砲でS-11を投射。S-11にセットされた遅延信管は数多のBETAの中に埋もれながらも正常に作動し、津波の如く押し寄せるBETAの大群を中から吹き飛ばす。
それによって抉じ開けられた隙間を強行突破、中隊は数を減らしながらも反応炉フロアへと向かう。
その後も〇四式電磁投射砲の打撃力とS-11の破壊力、〇四式基幹算譜の機動力と仲間の挺身を以って前進を続け、富士教導隊選抜中隊は、実にその半数を反応炉フロアに到達させることに成功する。
かくして、遂に甲21号目標、佐渡島ハイヴの反応炉は破壊された。

武たち突入部隊はメインシャフトを通って地上に帰還、オープンチャンネルで反応炉破壊成功の知らせを全軍に伝えるが、そこには喜びを分かち合う者はいなかった。
反応炉を失ったBETAは帝都方面を目指して侵攻を開始しており、それの対応に皆追われていたのだ。
燃料、弾薬をほぼ使い果たしていた富士教導隊選抜中隊の面々もまた、補給後すぐに防衛戦に参加する。
しかし武はその中にいなかった。
彼の乗機たる不知火弐型は地上に出るだけの燃料がなく、反応炉フロアに置いて来ていたのだ。

戦術機母艦で臍をかむ武の下に月詠 真那が訪れる。
再会の挨拶もそこそこに、彼女は武に渡すものがあるので付いて来いと言う。
辿り着いた場所で彼を待っていたのは、紫の武御雷だった。
彼の帝国軍への転属に伴い斯衛軍に、悠陽の元に返されたはずのそれは再び彼の前に現れた。
月詠は悠陽の言葉を伝える。これは冥夜から武への贈り物だ。だから、返すと。
その言葉を武は喜ぶが、紫の機体に乗ることは帝国軍で1年を過ごし、その意味と重さを知った彼を躊躇させる。
その彼に月詠は頭を下げる。
この国を、殿下を守ってほしいと。冥夜様の気持ちを無駄にしないでほしいと。
突然のことに戸惑いを隠せぬ武だったが、白の3人組にまで頭を下げられるに至り、心を決める。
冥夜と悠陽の想いを、月詠らの願いを武は力強く頷いて受け取った。



新潟は混乱の極致にあった。
佐渡島から文字通り飛んで戻って来る機甲部隊が逐次戦闘に加わっていった為、防衛線の崩壊こそ防がれていたものの、今までにない圧倒的物量に押し潰されるのは時間の問題だった。
指揮系統は混乱し、それ故に支援砲撃は誤射を恐れてできない。
急速に拡大する損害に衛士達の心に絶望の色が広がり始めたとき、紫の武御雷が僅か4機の供を連れて現れた。
破竹の勢いでBETAを狩る5機の武御雷。そしてオープンチャンネルで流される悠陽からの激励の言葉。
音声のみであった為にそれは将軍自らの出撃と受け止められ、士気は弥が上にも高揚する。

衛士らは折れかかった心を再度奮い立たせ、立ち向かう。
弾薬が尽きれば長刀で。長刀が折れればナイフで、それも折れればただ機動のみを持ってBETAを引き付け、そして燃料が尽きる頃には密集したBETAの中に突入し、S-11を持ってして自決する。
管制官たちも声よ嗄れよとばかりに言葉の限りを尽くし、時には指揮所の中を駆け回って指揮系統を立て直していく。
そして戦艦内の司令部でも作戦が早急に立て直され、なし崩し的に始まった防衛戦はその形を整えていく。
指揮系統の回復とともに支援砲撃が始まる。補給を終えた戦艦からの艦砲射撃もまた、再開される。
最終的には甲21号作戦に参加した斯衛軍が補給を終えてその総力を持って参戦し、更には第2次防衛ラインの機甲師団が、その防衛ラインを押し上げて半数の戦術機を派遣するに至り、ついに本土の防衛はなされた。

戦闘が終わったとき、参加した部隊の平均損耗率は実に7割を超えており、その損害はあまりにも大きかった。
しかし、帝国軍は、帝国民は歓喜した。その血を代価として、失われた国土を取り返したのだから。
そして武は反応炉を破壊した英雄の1人として帰還する。もはや彼に対する、蔑みの言葉はなかった。彼を、蔑視する者はいなかった。




■後書き■

ここまで御読み頂き、ありがとうございます。
牛歩です。名前のとおり、執筆速度が牛です。
このSSを書こうと思い立ったのが2年位前なのですが、書くに当たってプロットを書いておこうと思ったら。。。
はい、書き終わるまで2年が経ってました。
書いているうちにプロットが何時の間にか粗筋レベルになり、1500行以上になってしまうという何とも間抜けな結果に。。。
その間の自分の執筆速度を鑑みると、SSとして書き上げるなど不可能だと判断しました。
なので、このままHDDの肥やしにするよりは、誰かに見てもらいたい!と思いまして、チラシの裏に投稿させて頂きました。
200行程度を目安に、もう一度だけ校正してから切りの良い所で順次投稿させて頂きます。

粗雑な粗筋ですが、最後まで宜しくお願いします。



[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第02話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/10/10 16:47
佐渡島ハイヴ攻略の興奮冷めやらぬ中、政威大将軍煌武院 悠陽主催の戦勝祝賀会が開かれる。そこには武の姿もあった。
悠陽から直接労いの言葉を貰い、以前の反省を生かし礼節に則った振る舞いをする若き英雄の姿は、人々に好意的に受け止められる。
そして祝賀会の後、個人的に呼ばれた武は悠陽の私室で、再度の労いの言葉と共に、一つの褒賞を貰う。
その褒賞は、悠陽。彼女は驚きのあまり硬直する武の前で帯を解きながら、囁く。
良くぞかの地を解放してくれました。あなたの働きが無くば、此度の勝利は無かったでしょう。
その御礼に、この身を下賜しましょう、と。
突然のことに武は、そういったことは愛する者同士が、等と言ってうろたえるばかりだったが、それなら問題ありませぬ、と笑顔の悠陽に却下されてしまう。
共に過ごしたあの1月以来、私は武様をお慕いしております故に、と。

何を言われたのか咄嗟に理解できなかった武は再度硬直するも、ふと正気に戻り、そこで気づいてしまった。
僅かに震える肩と膝。肌を晒す羞恥に仄かに朱の注した頬。そしていつもどおりの強気な瞳の目尻に、僅かに滲む涙と不安。
自分の思いが受け入れられるかという不安。
そこには今まで武の見てきた将軍としての悠陽ではなく、1人の男を思い焦がれる、1人の女としての悠陽がいた。
それに気づいたとき、武もまた、悠陽に自分の思いを曝け出した。
俺は冥夜が好きだ。今でも愛している。その思いはこれからも消えることはないだろう。
だが、今は同じ位に悠陽をいとおしく思っている。二股になってしまうが、許してくれるか?と。
それに対し、私が愛したのは、愛してしまったのは冥夜を愛する武だ、と悠陽は返し彼の胸で泣いた。



翌朝、武は悠陽からこれからの話を聞いた。
武が武御雷に乗ったことは記録に残らず、軍部に流れている悠陽自らの搭乗が公式な記録となること。
それを持って得られる軍部と国民からの更なる支持を持って将軍の権威を回復し、彼女がこれからは政治の表舞台に立つ。
彼女がその始めにやることは、米国の推進するバビロン計画からの離脱。
大日本帝国は甲21号作戦で実証された、通常戦力によるハイヴ攻略を国是とするのだと。
世界にこれ以上、横浜のような不毛の地を増やさぬために。
BETAに蹂躙された大地を取り戻すために。
佐渡島ハイヴ攻略の英雄としての力を貸して欲しい。
私の横に立って、公私共に一緒に歩いて欲しい。

悠陽のその願いを、英雄というのは柄ではないけどと、ばつの悪そうな顔をしながらも、武は快諾した。

そうして穏やかな雰囲気の流れる部屋に月詠真耶が慌てた様子で闖入する。
部屋の惨状、主にベットの…に硬直する彼女であったが、事態を把握すると直ぐに何も見ていないかのように目を伏せて告げる。
BETAが大深度地下を掘削しながら侵攻中。目標は恐らく、国連軍横浜基地こと、旧横浜ハイヴ。


甲21号作戦とそれに続く本土防衛戦により、第一防衛ラインは壊滅。同様に少なからぬ被害を出した第2防衛ラインの部隊共々、再編中であった。
そして斯衛軍もまた、本土防衛戦の(彼らの誤解だが)悠陽出撃後に形振り構わず戦力を投入した為に損害が大きく、即応戦力に乏しい。
現状万全の状態で動けるのは帝都守備隊だけだった。しかし彼らもまた、帝都の守備というその存在意義ゆえに動けない。
帝国に出来るのは、横須賀海軍基地への帰途にあった戦艦を急行させる事だけだった。
だが、彼らに残された弾薬もまた、心もとないものであった。

横浜基地には、かつての1/3以下に減った兵力しかない。
しかし、甲21号作戦の失敗に備え、国連軍に臨時編入されていた米国軍が帰国を前に一時的に滞在していた。
彼らは本国からの命令ゆえに先の甲21号作戦と本土防衛戦には一切参加していなかったが、滞在する国連軍基地の危機とあらば戦わざるを得ない。
何より米国本土は日曜の早朝であったこともあり、偶然にも政治的判断に基づく命令を下す高級指揮官がペンタゴンに居なかったのが横浜に幸いした。
血気盛んな米国軍の指揮官は、防衛戦への全面的な協力を約束する。


かくして横浜基地防衛戦は開始された。
当初の予想通り、旧町田からBETAが地上に現れる。
それに対して地海双方から砲撃が行われるが、備蓄弾薬をほぼ使い果たしていた帝国軍はBETAを殲滅しきるだけの砲撃を継続できない。
少なくない数のBETAが砲煙弾雨を突破し、横浜に向かう。そして米国機甲師団との間に戦端が開かれる。
先の作戦に参加していなかった米国軍と国連横浜基地には十分な弾薬が残されていた為、こちらでは支援砲撃が有効に活用されていたが、地下からの急襲により自走砲部隊が全滅、さらに挟撃された米国軍は混乱をきたし、多大な損害を出して壊走する。
事ここに至り、BETAが帝都に向かうことはないと判断した悠陽は帝都守備隊と第2防衛ラインから抽出した戦力を動かす。
これによって町田から出現したBETAは塞き止められ、横浜に向かうことは出来なくなった。
しかしこの頃には町田でのBETA出現率は大幅に低下、その主力は直接横浜で地上にその姿を現すようになっていたが、帝国軍は減少したとはいえ継続して現れるBETAに足止めされ、横浜に向かうことが出来なかった。


横浜基地はその頃、この世の地獄と化していた。
地上はほぼ制圧され、地下への進入もまた許していた。
基地内部で行われる機械化歩兵と小型種との戦い。
整備兵が搭乗した、整備中だった戦術機と中型種との戦い。
そのどちらもが圧倒的な物量に押し潰され、食われていく。
もはや陥落は時間の問題であることは、誰の目にも明らかであった。
しかし、それでもなお。人々は、抵抗を止めない。諦めない。

懸命に指揮をとる国連軍横浜基地指令ラダビノットの元に、米国大統領からの通信が入る。
それは、一つの提案だった。その内容は、横浜基地の一時廃棄と、G弾によるBETA殲滅。
横浜ハイヴの再建を防ぐためにはそれしか手はないと。
損耗している帝国に横浜を守る力はなく、米国にも国連にも今、横浜防衛戦に間に合う位置にまとまった戦力はないと。
軌道降下兵団の投入をラダビノットは要請するが、大統領はそれを却下する。
彼らは攻勢の軍であり、防衛戦には投入できない。何より彼らを下ろせば、突入殻で君らと共に少なくない数のBETAを生き埋めにすることになる。
同様に軌道上からの爆撃は地下施設を根こそぎ掘り起こすだろうが大深度地下に達したBETAを駆逐することは出来ず、どちらも彼らに分厚い大地という城壁を与えるだけだ。
よって許可できないと告げる。
今ならまだ残された戦力を持ってすれば、BETAの侵攻方向とは逆の南側から脱出できるだろうという大統領の言葉に、ラダビノットは遂にG弾の使用を認める。
しかし『認める』という言葉を、大統領はどこか場違いな優しい笑みで嗜める。
私は君に同意を求めたり、ましてや命令している訳ではない。国連に参加する一国の長として、有効な作戦を提案しているだけだ、と。
その言葉の意味を解したラダビノットは苦虫を噛み潰したような表情で押し黙るが、やがて苦渋の決断を下す。

『Please,,,,,,,Please,Mr.President...!』

その言葉に大統領は満足げに頷くと、国連軍横浜基地司令からの要請を、米国は受諾すると答えた。


第二次明星作戦発令。
その報に帝国政府首脳陣は硬直する。
作戦内容は極めて単純だった。
発令から2時間後に軌道上よりG弾を投下、半径5km圏内の生命を殲滅する。
その後に戦術機母艦に退避できた国連(米国)軍残存兵力を再編し、横浜基地を奪還するという作戦。

榊首相は米国に対し即座に抗議と共に作戦の撤回を要請するが、大統領の返答は冷酷なものだった。
これは米国の作戦ではないし、米国が国連に要請したものでもない。
今もなお横浜基地で指揮を執る、国連軍横浜基地司令パウル ラダビノット少将からの要請なのだと。
帝国がG弾を使用せずにハイヴを攻略するという快挙を成し遂げたことを、合衆国を代表して祝したい。
それは人類にとって新たなる一歩であったが、しかしその代償はあまりに大きい。大きすぎた。
直後の本土防衛戦、BETA反攻第一波こそ退けられたが、そこで帝国の戦力は底を尽いた。
そして今回の横浜防衛戦、BETA反攻第二波では帝国は戦力を僅かしか供出することは出来ず、その代わりに血を流しているのは国連軍と、それに一時的に協力していた我が合衆国の軍だ。
それでも守りきることは出来ず、陥落しようとしている。
所詮G弾を使用しないハイヴ攻略など夢物語に過ぎなかった。
人は、G弾を持って地球を奪還する。
これは合衆国の意思ではない。国連の、世界の意思なのだと。

交渉は決裂した。
第二次明星作戦は余人の思いを置いて進行する。
安全圏として設定された半径10km圏外に、各軍は撤退を開始する。
帝国軍は、再び日本の国土でG弾が使用されることに無念の涙を流しながら。
米国軍は、今回の激戦を生き残れたことを神に感謝しながら。
国連軍は、自分達の基地を、拠所を蹂躙するBETAに呪詛の言葉を吐きながら。

そして発令から2時間後、予定通りG弾は衛星軌道上より投下され、横浜の地は再び、光をも飲み込む暗黒の洗礼を受ける。
その闇は、BETAとそれに抗った人々を、有象無象の区別なくその異常潮汐力をもって引き千切り押し潰して塵芥と化して殺し尽くす。
その黒く禍々しい巨大な球体を、悠陽は帝都城から見つめていた。
武は旧町田市での一戦の後、撤退した多摩川防衛線において、数多の将兵と共に見つめていた。
その光景に帝国に住まう人々と共に彼らもまた、涙した。



この一連の出来事は通常兵器のみでのハイヴ攻略の難しさと、G弾の対ハイヴ兵器としての優秀性を世界に喧伝する結果となった。
多少の減退はあるものの、大地を透過して大深度地下までその力を届けるG弾は、その後に残される重力異常にさえ目を瞑れば至高の兵器だった。

再度国内でG弾が使用されることを防げなかった責任を取って榊首相は辞任、大日本帝国は政威大将軍煌武院悠陽の元、徴兵年齢の更なる引き下げを持って軍の再建を急ぐこととなる。
それに対し米国は、横浜で少なくない犠牲を出したにも拘らず3ヵ月後にはフェイズ6に達していたリヨンハイヴを攻略し、その力を世界に示した。

軍の再編にあたり、武は戦術機の基本動作マニュアルの作成と教官の育成を行う事となる。
徴兵年齢の引き下げによって大量に入った訓練兵は、半年間の基礎訓練の後に戦術機の教習に入る。
それまでに、〇四式基幹算譜を前提にしたカリキュラムを組み上げて欲しいと、悠陽から頼まれたのだ。
ここで教導隊で培った経験と人脈が役に立った。何せ教導隊は現役兵に更なる教育を施す教官集団なのだから。
また、このとき彼は懐かしい面々と再会することになる。榊千鶴、珠瀬壬姫、彩峰慧、鎧衣美琴。
彼女たちは教官候補生として彼の元に配属されたのだ。

武は再会を喜んだが、彼女たちに敬礼され、敬語を使われることに困惑する。
教導隊で〇四式基幹算譜を開発するという実績を上げ、更にはハイヴを攻め落として先日2度目の昇進をした白銀武大尉。
帝都守備隊として常に後方に位置し、町田における戦闘で初陣を遂げたばかりの4人の新任中尉。
僅か1年半の間に、彼らの間には決して浅くはない溝が出来ていたのだ。
一抹の寂しさを感じながらも、この世界で3年半の軍歴をもつにいたり、階級の重さを理解していた武はそれを受け入れた。

しかし就任初日の職務時間後には、親睦を深めると言って彼女達や他の教官候補生と生来の軽い乗りで接し、元の階級や軍歴、出撃回数に出自といった様々なしがらみから生じ始めていた垣根をうまく取り払ってみせる。
そうして彼は勤務時間外はアバウトにいこう、という空気を作り上げてしまい、風紀にうるさい千鶴もこうなっては何も言えなかった。
その後、武は教導隊の仲間たちの手を借り、また時には教官候補生から教えられ、試行錯誤を繰り返してマニュアルを、カリキュラムを組み上げていく。

そんな忙しなくも充実した日々が過ぎる中、武は追悼慰霊式に参列することになる。
甲21号作戦から横浜防衛戦までの一連の戦闘で犠牲となった人々の冥福を祈る、その式典に向かう道中において、武は凶弾に倒れた。
かつて武に対し、敵前逃亡の濡れ衣を着せた男に彼は撃たれたのだ。



[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第03話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/10/10 17:43
その男はかつて自分の言葉から投獄された元国連兵のことなどすっかり忘れ、一帝国軍人として職務に励んでいた。
彼に最初の転機が訪れたのは半年前のこと。〇四式基幹算譜の正式採用と前後して閉職に回されてしまったのだ。
栄達の道が閉ざされたことにやりきれぬものを感じるも、それでも彼は新たな職務を忠実にこなした。

二度目の転機が訪れたのは、第二次明星作戦後だった。
軍の再建が始まろうとした矢先に、彼だけが予備役への編入を言い渡されたのだ。
激しい口調で詰問する彼に対し、上官は上からの命令としか答えない。
翌日には僅かな退職金と私物と共に駐屯地を追い出され、彼は途方に暮れてしまう。
BETAの東進によって親類縁者を全て失っていた彼には、行く宛も頼る相手も残されてはいなかった。
職を探そうにも、徴兵年齢を引き下げてまで軍の再建が急がれる時期に、五体満足で予備役へ編入された者を雇おうとするものはいない。
軍で何かやらかしたに違いないという色眼鏡。口の悪い者からは売国奴とまで呼ばれる始末。彼が身を持ち崩すのに、たいして時間はかからなかった。

そうして彼が行き着いた場末の酒場で泥酔し、夢と現の狭間を漂っていたときのことだ。それを見つけた。見つけて、しまった。
その店の片隅に置かれたTVに映っていたのは、悠陽から勲章を授与される武の姿。
優しい笑みを湛えた殿下が、その男の挙げた成果を湛え、今までの尽力への感謝の御言葉をかける姿。
戦術機に新たな命を吹き込んだ〇四式基幹算譜を発案したその見識を褒め、ハイヴを攻め落としたその武を讃える。
殿下が口を閉ざしたあともアナウンサーが続ける美辞麗句の数々を、彼は受け入れられない。信じられない。

―――彼こそは、帝国軍人の白眉。夷を狩る銀の御剣。帝国の武神。

嘘だ、嘘だ。

帝国にその身を捧げ続けた俺が軍を追われ、罵られて避けずまれ、こんな所で安酒を飲むことしか出来ずにいるのに、あの裏切り者が、米国に尻尾を振った屑が、麗しき殿下から勲章を賜っている?

何故?何故だ!?

人々の心無い仕打ちに荒み、酒精に濁った心は疑問に、憤怒に、嫉妬に、やがて怨嗟に塗り潰される。

あいつさえ、あいつさえいなければ!
あぁ、そうか貴様か!貴様が俺を帝国軍から追い出したんだな!?

彼は絶叫し、取り乱す。
そんな彼に優しく声をかけてきた男に、彼は胸のうちを全て吐き出し。
翌日自宅で目覚めた彼は、軍において長年愛用した拳銃が卓袱台の上に置かれているのを見つけることとなる。






武が撃たれる数日前。米国ミクロソフト社が戦術機の画期的な新OSを開発したと発表する。
その名はXM3。それは動作の先行入力とキャンセル、更にはパターン認識と集積による機動の最適化を行うという、〇四式基幹算譜と瓜二つのものだった。
米国国防省も時同じくしてXM3の正式採用を発表する。
更には流出したXM3の実験データを基にしたコピーであるとして、〇四式基幹算譜を独力開発したとする大日本帝国を非難する声明を発表する。

これに対し帝国は激怒するが、国力が疲弊しきっている現状では、強気に出ることが出来ない。
軍の再建に伴い大量配備する予定の不知火弐型の生産には米国製の部品が欠かせぬし、また戦費調達の為の対米債務も嵩んでいる。
そういった弱みに付け込み、米国はあまりにも傲慢な2つの要求を突きつける。
1つ目は〇四式基幹算譜を破棄し、XM3を採用してライセンス料を払えということ。
2つ目は賠償金を請求しない代わりとして、電磁投射砲を譲渡しろということ。それも実物だけでなく、生産ラインを米国に移設しろという。


始まる日米交渉。
それは一方的な米国の通告から始まり、それを何とか撤回させようと帝国交渉団が言葉巧みに交渉する場だった。
だが圧倒的な軍事力という背景を持つ米国が譲歩するはずもなく、場は膠着状態に陥る。
それを打開すべく、交渉団長として参加していた榊是親元首相は、XM3の開発の経緯と経過、今後の扱いについて質問する。
それに対し、米国交渉団の団長ラムズフェルドは予め用意してあったシナリオを返した。
XM3の開発は当初F-22ラプターの開発計画に含まれていたが、開発費の高騰によりOSの新規開発は中止された。
その後F-22の開発計画から切り離し別途開発予算を獲得、2003年からテスト運用を開始し、今回実用化に至ったのがXM3なのだと。
そしてXM3の搭載を持ってF-22は真の戦域支配戦術機として完成するのだと、ラムズフェルドは話を統括した。
事実、F-22開発計画の中からOSの新規開発が外され、既製品の小規模な改修に留まっているのは周知の事実だった。

その後も榊はXM3が〇四式基幹算譜のコピーだという言質をとろうとするが、都合の悪い部分は軍事機密で逃げられてしまうとあって、決定打を得られない。
そんな中、交渉団の随伴員が慌てた様子で榊の元に駆け寄り、耳打ちする。
白銀武大尉、暴漢に撃たれ重態。
その知らせにまず榊が硬直し、更にそれを聞いた帝国交渉団の団員たちは動揺する。

自国の軍人崩れに算譜推進の旗印をもう折らせるとは、仕事が速いですな榊さん?

その言葉に疑惑の視線が榊に集まる。
それを受けてなお榊はラムズフェルドを睨み付けると、何も語らずに退室した。
こうして日米交渉一日目は終わった。


控え室に戻った榊は交渉団員からの疑惑を一喝して晴らし、少し1人にして欲しいと、交渉会場のホテルに用意された自室に引き上げた。
人払いをしたはずの部屋に入ると、そこでは1人の男が待っていた。
榊はそれに驚いた様子も見せずに、室内では帽子を取れとその男、鎧衣左近に注意する。
それは失礼、と言いながら帽子を取った鎧衣は、幾つかまったく関係のない話をした後に、榊に再度窘められてようやく米国の思惑について報告を始めた。
XM3は間違いなく〇四式基幹算譜のコピーであるが、ハードは量子電導脳を元に米国が独自に設計、製造したものである。
ソフトは半年前の〇四式基幹算譜正式採用時の、最適化の完了していないF-15J陽炎Ver.をF-22向けに改修したものであるが、CPUにはG元素を、常温超伝導体であるG9を使っているので、処理速度が圧倒的に速いのだと。
ハードウェアの差から総合性能では負けており、それを持ってコピーゆえの劣化と言われる可能性も高い。
ただし、XM3を使用した米国の戦術機パイロットたちはCPUの高速化に伴う反応速度の向上に満足してしまっており、コンボどころか先行入力とキャンセルすらまともに使いこなせていない。
それでも従来より飛躍的に性能が向上したのは確かであり、米国では衛士も研究者も全員が満足してるという。
また、三次元機動などまったく理解しておらず、近接戦闘を好む連中のクレイジーな操縦方法としか思っていないというのだ。
物が手に入っており、その性能に満足している現状では新OSは完全に言いがかりであり、日本を交渉の席に座らせるためのブラフだ、と。
もっとも、今までは各国が戦術機を独自開発しようと、基本特許、基本技術を抑えている米国には多大なパテント収入があった。
その一角である戦術機のOSが、〇四式基幹算譜によって崩されようとしていることが彼らにとって面白くなかったのも確かでしょうな、とも鎧衣は付け加えた。

中長距離からの銃砲撃戦を主眼においている米国としては電磁投射砲は喉から手が出るほど欲しく、今回の二つの大きな目的の一つはこれなのだと鎧衣は告げる。
電磁投射砲の開発に米国は行き詰っている。
一部の部品の製造に特殊な技術と設備が必要なうえ、職人芸に頼る部分が多々あった為に米国は自力開発(模造)と独自規格化(類似特許の取得)を諦め、帝国から正々堂々、奪い取りにかかったのだと。
これには世界の富と技術を米国に集中させ、BETA大戦における後方供給地(世界の工場)たらんとする米国の世界戦略が根幹にあるのだという。
もう一つの目的は?という榊からの問いかけに、鎧衣はすぐには答えない。そしてしばし睨み合った後、鎧衣は口を開いた。

白銀武の抹殺。

今後彼を旗印に、反G弾の風潮が強まることへの危惧。
ハイヴ攻略後のBETA駆除に失敗したとはいえ、通常兵器のみでハイヴを攻略した事実は消えない。
G弾関連の企業と親密な関係にある米国現政権にとって、時間がかかっても一つずつ、通常兵器で落としていこうという戦略は、到底受け入れられないのだ。
しかも反G弾の旗印となる英雄殿が他国の人間であり、イエローモンキーだというのが面白くない。
更にそのJAPが画期的な新OSを提唱し、開発したという事実が気に食わないという、感情的な理由も見え隠れしているという。
他国の英雄など邪魔なだけだ。汚名を被せ、歴史の闇の葬ってしまえ、という訳だ。
しかもこれには日本国内においても彼を煙たく思っている帝国軍の上層部、大本営も一枚咬んでいると言う。

日本人の特徴とでも言うべきか、慣習による人事の硬直は、国家存亡の時にあっても帝国軍を内から蝕んでいた。
人事の慣習化は組織から大胆さを失わせ、将校達は作戦が失敗しても馴れ合いでその責任と問題を揉み消し、次の作戦に生かさない。
そういった兆候が帝国軍内部には見られ始めていた。
更にそういった者達や、そうなろうとしている者達は、自分達が一歩々々積み重ねてきた、積み重ねるだろう階梯を踏まずに一気に躍り出る才傑を煙たがり、潰しにかかる。
その対象は若き英雄、白銀武であり、また若くして政威大将軍という大日本帝国の頂点に立っている煌武院悠陽だった。
結果、武はその命を狙われることとなり、5年前に齢16にして政威大将軍となった悠陽は実権を奪われたのだ。

志半ばで死してこそ汝、真の英雄たらん。さすれば煌武院の小娘と共に、祭り上げてやろう。

それが帝国軍大本営の思惑だった。

その報告を聞いて、榊は新たな方針を決めた。



翌日、交渉開始前の会談の場にて、白々しくも武の容態を心配するかのように聞いてきたラムズフェルドに榊は愚痴を溢す。
あんな男、死ねば良いのに、と。
虚を突かれて反応できないラムズフェルドに対し、榊は続ける。
曰く、白銀武が元々は香月夕呼の色小姓であり、彼女を誑しこんで横浜基地の、榊の娘のいた訓練小隊に潜り込んだ。
そこで訓練小隊の5人をも誑しこんで好き放題やっていたのだと。
それを知った彼は、娘がそんな男に引っかかったことに臍を噛んだ。
帝国軍にその白銀や娘が転属になり、嬉々として引き離したが結局娘に泣きつかれ、仕方なく転属命令を出したらBETA襲来で有耶無耶になって、いつの間にか第一防衛ライン唯1人の生還者になってしまった。
そのせいで富士教導隊に白銀は目をつけられて祭り上げられてしまい、同じ部隊になれなかった娘に嫌われてしまう。
しかもあろうことか、白銀は自分が御輿になったのをいいことに、斯衛軍への出向を買って出ると、そこで麗しき将軍殿下にまで手をつけるという暴挙に出た。
恋愛沙汰に免疫のない殿下が簡単に篭絡されて白銀を伴侶に、と言い出すにいたり、彼をそれに相応しい英雄に祭り上げなくてはならなくなった。
お陰で彼は佐渡島では後詰にいたにも拘らずハイヴ攻略の英雄に祭り上げられた。
その後の本土防衛戦では危機に陥った白銀のいる部隊を助ける為、お忍びで付いて行った殿下が出撃してしまう始末。
あんな男、死ねば良いのに、ともう一度言って、榊は更に愚痴を続けた。

千鶴が絶交状態であった父、是親のいる首相官邸へ帝国軍復帰後に肩を怒らせて3年ぶりの帰宅をしたのは事実であったし、彼女が武に好意を持っていたのもまた事実だった。
ただし、帰宅は自分の、自分たちの帝都守備隊への配属について抗議する為だったし、武への想いも一方通行のままだ。
しかしその娘の想いも、更には主君である悠陽の想いまでも利用して武を貶す事で、榊は彼の保身を図った。
肩を落としなおも愚痴を続ける榊に対し、ラムズフェルドは最初は形式的に慰めていたが、同じ娘をもつ親として共感するところが大きかったのだろう、その態度は徐々に軟化、親身なものになっていった。

その後の交渉では榊が電磁投射砲の技術供与を匂わせつつ、甲20号目標、鉄源ハイヴの脅威と帝国軍の現状、帝国の財政状況から死ぬ死ぬ詐欺の如き恥知らずな脅迫まで行ってみせ、更に裏では親馬鹿な発言をして白銀武という男の重要性をラムズフェルドの、ひいては米国中枢の中で急降下させた。
その結果、日米交渉は以下の様に纏まった。

XM3と〇四式基幹算譜はよく似たコンセプトの元に開発されている為に特性が似たものに仕上がっているが全く別のものであり、米国国防省の行った抗議は悲しい行き違いの結果であるので撤回する。
大日本帝国は電磁投射砲の輸出は米国に対し優先的に行い、またその技術を米国に供与し、更に改良発展させるために共同研究を行う。
共同研究の成果は両国で共有するものとする。


この結果、帝国は軍再建の当てにしていた〇四式基幹算譜と電磁投射砲による収入が大幅に減ることに肩を落とす。
〇四式基幹算譜は最大の顧客になるはずだった米国には売れなくなったし、その他の国々も同条件では米国製と日本製ではどちらを採るかは明白だ。
総合的な性能で負けている以上、安くする位しか日本に打てる手はなく、それでもどれだけ売れるか怪しい。
電磁投射砲もライセンス生産ではなく、技術供与になってしまった為に米国からはパテント収入が得られぬし、これまた米国製と競合することになって他国には高く売れない。
米国製の電磁投射砲の製造開始には早くとも1年はかかるし、国内配備を優先するだろうから輸出の開始ともなると2年か3年はかかるはずだ。
それまでにどれだけ売れるかが勝負だと、帝国の、特に通産省と大蔵省の官僚達は気を引き締めた。






一方、日本国内では白銀武大尉倒れる、の報は瞬く間に全国に広まっていた。
何せ彼は、慰霊式の式典会場である日本武道館に着いたところを襲われたのだから。
当然そこにはマスコミが山のようにおり、政府が緘口令を引くよりも号外が配られるほうが早かった。
一度出てしまった情報は隠しようがなく、事件の全容は調査の進展と共に世間にも明かされていった。
撃ったのは帝国軍予備役の男で、その動機は極論すれば逆恨みだった。
そして更に捜査が進むに連れ、帝国軍の恥部が明らかにされる。いや、されてしまう。
ある報道機関によって帝国軍が白銀武を含む、国連軍からの出戻り組に行った所業が明らかにされたのだ。
兵員の不足に悩む中でなお、後方部隊であるはずの整備兵や衛生兵、育成にコストのかかるCP将校と衛士を見殺しにした帝国軍を、人々は声高に非難し始めた。
その後は他の報道機関も続き、不正を暴き立てる。
国連軍の出戻り組を死に追いやった防衛戦のあと、唯一の生き残りとなった武が不当に逮捕されたことも公表された。
もちろん、その原因の一端を今回の襲撃事件の犯人が担い、更には捜査もせず逮捕し、罪をでっち上げた基地指令がいたことも。
その基地指令が白銀武の栄達を知り、誤認逮捕の責任を襲撃犯の男に擦り付けようと左遷し、更には予備役へ編入したことも。

人々の間に、帝国への不信感が募る。
更にそれを後押しするように、先の横浜防衛戦の情報がリークされる。

帝国軍の支援も碌に受けられず、それでも帝都に近い横浜にハイヴを再建させてなるものかと国連軍は奮闘するも、数の暴力には抗うこと敵わず、基地内部に侵入を許したこと。
彼らはなおも必死の抵抗を続けたが全滅は必至であり、それ故に国連軍横浜基地パウル・ラダビノッド少将はG弾の使用を決意したのであろうことが。
第二次明星作戦の発令後も彼らは残された僅かな兵力を駆使し、直接戦闘能力を持たない後方要員の少なくない数を脱出させた。
そして、ラダビノッドとその配下の将兵達は英霊となった。
その彼が、最後の通信で残した言葉が、その後の帝国の方針にも影響を与える。

『地球を、頼む。』

その最後の通信記録を聞いて、帝国民は理解する。
彼らは決して、米国の狗などではなかったのだと。
国の枠を超え、世界を、地球を守ろうとしていたのだと。
それに対し、帝国軍のなんと浅ましいことか、と人々が思い始めるのにさして時間はかからなかった。



武の運び込まれた城内庁病院へ駆けつけた悠陽は、治療を終えた武を見舞った。
彼は腹部に2発、腕に1発の銃弾を受けたがいずれも貫通するか掠めただけであり、運良く重要な臓器や血管に損傷はなかった。
その無事を泣いて喜ぶ悠陽を武は茶化すが、それを悠陽は涙を流したまま怒る。本当に、心配したのだと。
その地位ゆえに式典を中座することも出来ず、武の身を案じ続けたが為に慰霊の祈りも心籠らぬ、形だけのものになってしまったと武を責める。
こんな様では政威大将軍失格です、と悠陽は肩を落として自嘲する。
その言葉にそんなに心配しかけたか?という武の問いに、悠陽は肯いて答え、言葉を続ける。
横浜防衛線を控えての慌しさの中、碌な挨拶もせずに別れてから3ヶ月が経った。
顔を合わせることも出来ず、また文の一筆も頂けず寂しかったのだと。
武様に新任教官の教導をお願いしてお忙しくしたのは私ですのにね、と儚く笑う悠陽の顔を見て、武は一つの決意をする。
そんなに俺に会いたかったのか、という武の問いに悠陽はすぐに肯定の言葉を返す。
悠陽は俺のこと、愛してくれているのか、と続けての問いかけに、悠陽は愛しております、と返した。
うん、そうか。それじゃあ、結婚しよう。
その言葉に悠陽は目を見開き、硬直する。
結婚しよう、ともう一度武が言うと悠陽は一度は止まった涙を再度流し、武の胸に顔を埋めた。
武の胸で泣く悠陽から色好い返事を貰った武は、これでもう寂しい思いはさせないからな、とその髪を撫でる。
その言葉に悠陽は更に武の上着を濡らした。

一通り泣いてすっきりした悠陽はそのまま武に身を任せ、髪を撫でる武の指の感触を楽しんでいた。
しかしそれも長くは続かず、ノックの音に破られる。
廊下から時間を告げる真耶の声に悠陽は顔を上げると、また来ますねと武に告げて病室を後にした。
病室を後にした悠陽は、今回の事件の裏には米国と共に帝国軍大本営も絡んでいることを真耶から聞くと、これを奇貨として帝国軍の抜本的改革を断行し、軍の実権を取り戻すことを決意する。
その為の第一歩として、武は意識不明の重態であると発表するよう、真耶に指示を出した。


それから1ヶ月。その間に悠陽は帰国した鎧衣左近を通じて情報省を使い、情報を小出しにして世論操作を行う。
そして機が熟すまでの間、毎日のように武を見舞い、逢瀬を重ねた。
もっともこれには榊のラムズフェルドへの愚痴の裏付けを米国情報部に取らせるという意図と共に、悠陽と鎧衣の情報交換の場として丁度よかったことや、調査した帝国軍内部の実情を纏めた資料の置き場にも武の病室は適当だった、という事情があった。
こうして再生医療のお陰もあって翌週には完治していた武は、諸々の事情により1ヶ月間入院することになる。

意識不明の重態ということになっている武は手紙を出すことも出来ず、新規カリキュラム作成という職務が滞ることを憂慮するが、通い妻と化した悠陽から状況を聞いて安堵する。
武と共に〇四式基幹算譜を作った教導隊の面々や技術者まで巻き込み、三次元機動をより分かり易く理論立てて再構築しているのだという。
悠陽が持ってきたマニュアルの下書きは武の直感的で感覚的な説明が多かった今までのそれとは違い、理詰めで構築されたマニュアルとなっており、武にとっても分かり易かった。
俺がいない方が良い物が出来そうだと凹む武だったが、人には得手不得手がありますゆえ、と悠陽に窘められて苦笑する。
そして武がいたからこそ〇四式基幹算譜ができ、三次元機動という概念が生まれた。
それを彼らに教えたのは武であり、その教え子たる彼らの出した成果がこのマニュアルだ。
後は彼らが何を成し遂げるか、それを見守りましょうと諭されるにいたって、武は安心して入院生活という名の久しぶりの休暇を楽しむことにした。
彼の入院の真相を知らず、マニュアル作りに一念発起していた面々には可哀想な話ではあったが。


そうして武の襲撃から一ヶ月が経った2005年4月。
世論操作の結果も十分に出ていた。
国連は米国の狗だという認識はだいぶ緩和できたし、横浜防衛線におけるラダビノットの言葉のお陰で寧ろ好感を持つ人々が増えた。
これには鉄源ハイヴさえ攻略できればBETA大戦の主戦場は海外に移るので、それまでに国際機関である国連との痼りを取り除いておきたいという意図があった。
その頃には順調に行けば帝国軍は再建が済んでいるだろうし、国連の旗を帝国もまた利用するだろうという皮算用があったのだ。
最も主目的は別にあり、現在帝国軍において実権を握る大本営に対し、国民の不信を集めることにあった。
元国連軍軍人に対する仕打ちや武の誤認逮捕、更には横浜防衛線では当初兵を動かさず、悠陽の勅命があって初めて町田にわずかな数を派遣したという事実は、国民に大本営への不信感を抱かせるのに十分だった。
だが老獪な大本営の面々に対し決定的な証拠を押させることが出来ず、それ故に悠陽は行動に移れない。

しかし転機は突然訪れる。
慰問先の帝国軍の軍病院において、帝都守備隊の沙霧尚哉大尉から受け取った軍内部の不正を告発する血判状には、横浜基地縮小にあたり返還される人員の扱いを巡る大本営の議事録や、彼らの署名の入った実際の命令書といった、闇に葬られたと思われていた書類の隠し場所が記されていたのだ。
それらを手に入れた悠陽は行動に移る。
武は悠陽の勅令を手に一ヶ月ぶりに病院から出ると、その足で拘束されていた沙霧を開放し、血判状に名を連ねていた戦略研究会の面々を招集する。
そして彼らを率いて陸軍省と海軍省を制圧、大本営の面々のほか、それに加担していた者達を拘束しにかかる。
帝都で戦術機まで持ち出しての大捕物に、今回の一件に関与していない帝国軍帝都守備隊や近衛軍の部隊が反応し、不穏な空気が帝都を覆う。
しかし紫の武御雷を駆る武が勅令による行動であると喧伝すると、彼らは矛を収め、静観に徹した。
勅命の証として、武は武御雷を持ち出したのだ。その効果は絶大だった。
なにせ帝国軍と近衛軍は、大本営から出されたクーデター発生の一報と賊軍討伐の命令を完全に無視したのだから。
かくして帝国軍を牛耳っていた大本営は解体され、その構成員たちは軍事法廷に送られた。
そして軍の中枢にいた者達の半数近くが予備役編入か左遷されるに至り、帝国軍は刷新され、組織の大規模な再編が断行されたのだ。


榊元首相の辞任で戻った政務の実権に加え、軍務の実権もまた政威大将軍の元に戻った。
国民から帝国への不信も大本営という分かりやすい黒幕が政威大将軍の勅令で排除されたことにより、払拭された。
そして実権を完全に取り戻し、帝国を掌握した悠陽は佐渡島ハイヴ攻略以降、実情にそぐわなくなっていた防衛ラインを再編、京都に鎮守府を設置して九州及び中国地方で鉄源ハイヴから襲来するであろうBETAを迎撃することを発表する。
それに伴い、京都以東の退避勧告の解除と復興の開始もまた宣言される。
更にはハイヴ攻略の英雄と政威大将軍の婚約を発表するに到り、帝国はそれまでの憂さを晴らすように祝賀ムードに包まれた。




[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第04話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/11/07 22:55
政威大将軍煌武院悠陽の元、御前会議が開かれる。
そこには軍人達だけではなく、各省庁の代表達の姿もあった。
議題は今後の国防と復興の方針について。
京都鎮守府を拠点とし、西日本でBETAを迎撃することは既に規定事項であり、特に異論もなく可決される。
上陸の予想される九州北部沿岸および山口県北西部沿岸において戦艦による艦砲射撃で漸減し、電磁投射砲の斉射で殲滅する。
例え数が多かろうと、電磁投射砲の斉射と後退、支援砲撃を繰り返し、更にはS11弾頭の地雷を駆使し、北九州-京都間約500kmを使って殺しつくす算段だった。

もう一方の復興に関しては大いに揉めた。
復興と一言で言っても、実際に行うべきことは多岐にわたり、それには莫大な予算を必要とする。
工業地帯の復興や鉄道、電気、ガス、水道、更には医療施設といったインフラの整備。
それに必要十分な予算を確保出来ぬ事は明白であった為に、何を優先するかで大いに揉めたのだ。
装備品を京都鎮守府の近くで調達できることもあり、帝国軍代表は重工業の多い中京工業地帯の復興と鉄道網の整備を優先するよう、主張する。
それに対し、内務省は鹿島臨海工業地帯で軍需物資の生産は足りており、それを運ぶ鉄道網といったインフラや、人口回復の為にも福祉を優先すべきと主張する。
その両者を勘案し、大蔵省の代表は鉄道網の復旧を優先するのは決定事項としても、中京工業地帯の復興と福祉の充実、予算的にどちらかしか不可能であると告げる。
鹿島だけでは弾薬の供給も満足に出来ぬのは甲21号作戦及び第二次明星作戦より明白であり、中京工業地帯の復興なくしては国防が成り立たぬと主張する斯衛軍代表。
短期的な視点より、長期的な視線に立っての福祉の充実を、人口の回復を行わなければ、いずれその弾薬を作る為の税金を納める国民が、使う兵士が居なくなると内務省や厚生省の代表達は反論する。

話が平行線になり始めた時、悠陽の横で所在なさげにしていた武が口を開く。
予算が足りないなら、他の歳出を抑えて回せばいい。
何を分かりきった事を、という目で睨まれて武はわずかに口元を引きつらせるが、武は防衛費を削減して工業地帯の復興に一時的に回すことを提案する。
当然、防衛線を維持できぬと帝国軍、斯衛軍の両代表は反発するが、それに対する案も武は用意していた。
EUや大東亜連合、何ならソ連でも良い。電磁投射砲の対BETA試射場として北九州を開放する。
もちろん弾代や燃料代から戦術機まで、全てあちら持ち。
向こうとしては最新装備がどこまでBETAに通用するか試せるし、帝国の運用ノウハウも実地で習得することが出来る。
こちらとしてはBETAを撃退できる上、電磁投射砲を売り込むまたとないチャンスに出来る。

試験運用だけでは半年から1年程度で帰ってしまう。その後はどうするのかという斯衛軍代表からの問いかけに、武はそれも考えてあると返す。
オーストラリアやニュージーランドといった、後方に位置する国家の軍を、国連軍として受け入れるのだと。
彼らはBETA大戦において兵を積極的に出していないことから、前線各国から度々責められている。
それらの国々は後方国家から食料を購入している以上、今まで大きな声にならなかったが、今後もそうとは限らない。
現在人類はBETAに対し攻勢に出ており、米国は先日リヨンハイヴを攻略した。
今後、前線国家が国土を回復するにつれ食糧の輸出量は減少し、国際的地位が下落することは明白だ。
かといってむやみに自国の国民の血を流すのは早々受け入れられるものではない。
だから帝国が安全な戦場を提供するのだと。
遠距離から電磁投射砲を撃ち、危険が迫ったら遠慮なく撤退して構わないという条件で彼らを受け入れ、北九州の防衛を任せようというのだ。

武の案に帝国軍代表は、帝国は帝国軍が独力で守る、守れると怒りを顕にする。
しかし大蔵省代表は歳出の削減になると諸手を挙げて賛成し、外務省代表もオーストラリアやニュージーランドも乗ってくるだろうと賛成の意を表する。
斯衛軍代表もまた、面子だけに拘っては横浜の二の舞となりかねぬ、と消極的賛成。
横浜は二度のG弾使用により、爆心地より3km圏内への12時間以上の滞在を禁止された、死の大地と化していた。
草木も生えず、鳥も獣も近寄らない。第二次明星作戦終了後、横浜に進駐した米軍もまた、身体障害者を量産して早々に退散していた。
その横浜を例に出されると帝国軍代表も黙るしかなく、武の案は受け入れられた。

こうして御前会議は以下の結論を出した。

復興において優先されるのは、まず第一に鉄道網を中心とした各種インフラの復旧、次いで人口増加のための福祉制度の拡充。
そして重工業を中心とした中京工業地帯の復興となった。
ただし中京工業地帯の復興は国連軍受け入れによって浮いた防衛費により始め、復興が軌道に乗り次第、生産する兵器等の輸出による税収に移行するものとされた。

会議の後、悠陽と共に私室に戻った武は大きな溜息をつき、会議前に悠陽から頼まれた役割を果たせたことに安堵した。
今回の御前会議にて焦点になるであろう箇所を、悠陽は会議前から把握していた。
その為、武を引っ張り出してその対策を提案させることで、彼が己の伴侶に相応しい見識を持っているように演出したのだ。
その期待に答えてみせた武を、悠陽は満面の笑みで褒め煽てるのだった。






各国首脳に対し、大日本帝国政威大将軍煌武院悠陽より、電磁投射砲試射会の招待状が送られる。
それに対し各国首脳は日本の現状を正確に把握しており、戦術機の派遣の条件を色々と付けようとした。
が、派遣する戦術機の数と条件で電磁投射砲の販売順序と販売数を決めると暗に言われては日本の出した条件で派遣するしかなかった。
もっとも、そんな首脳陣の思惑など与り知らぬ現場の衛士達は喜び勇んで駆けつけたのだが。
なにせ弾代や燃料代といった実費さえ負担すれば、最新兵器である電磁投射砲を好きなだけ撃たせてくれるというのだ。
しかもそこで要望を出せば、可能な限りカスタマイズし、後々の輸出時には各国仕様として反映したものを製造、販売してくれるという。
更にはBETAが攻めてきた場合、帝国軍の防衛線を下げてまで実戦試験を優先的に実施してくれるという。
これには各軍のトップガンたちは舌なめずりした。
彼らの中には帝国の意図を理解している者もいたが、電磁投射砲でBETAを薙ぎ払うという誘惑には勝てなかったのだ。

かくして近場は極東連合や統一中華戦線、ソビエトから。遠くはEUやアフリカ連合まで。
珍しい所ではイギリスの斯衛軍や、ヴァチカンの衛兵部隊など。
世界各国の軍の所有する、新旧全ての戦術機がわずか10日で、集合地点とされた大分に到着する。
旧式の機体はアフリカ連合等のF-4から、最新のものでは米国のF-22までが一同に揃った風景は、壮観なるものであった。
今回の電磁投射砲試射会において、講師の一人としてその風景を見ていた篁唯依大尉は、かつての国連軍ユーコン基地を思い出していた。

各国は旧大分市や旧別府市といった別府湾湾岸の各所に仮設基地を構え、電磁投射砲の試験を開始する。
帝国の電磁投射砲は帝国軍で使用しているF-4J撃震やF-15J陽炎、そして不知火にしか対応していなかったため、まずは各国の機体とのマッチングが行われた。
言語の壁や仕様の違いから作業は難航したものの、翌週には試射の準備が整い、各々が指定された演習場で試射を開始した。
そして4ヶ月が過ぎ、各軍の要求を元に電磁投射砲の改良が進む中、遂に鉄源ハイヴのBETAは東進を開始した。



当初の想定通り玄界灘から上陸を始めたBETAに対し、各軍派遣部隊は電磁投射砲を持って迎撃にあたる。
その圧倒的な制圧力に現場の衛士達のみならず、後方の整備士やCP達も興奮を隠せない。
しかしそんな中、BETAが響灘東部、下関の北にある福江からも上陸を開始したという報告が入る。

その知らせを受けた帝国軍からの要請により、米国のF-22が急行、その後を帝国軍の不知火やいくつかの国の機体が続く。
同じ第3世代機である不知火やタイフーンを瞬く間に引き離していくF-22の巡航速度に、玄界灘に残った各軍の衛士らは羨望の視線を送るが、すぐに前を向きなおした。
戦術機の数が半減した分、彼らのノルマは確実に増加したのだから。

戦術機の半減は電磁投射砲の半減と同義であり、制圧力の半減を意味する。
時間と共にBETAと機甲部隊との距離は近づいていき、補給のタイミングはシビアになっていく。
当初から撤退許可が下りていることもあり、トルコ共和国陸軍ドーゥル大尉は後退のタイミングを計るが、運悪く貸与されている電磁投射砲のうちの一門が動作不良を起こしてしまう。
均衡が崩れ、開いた穴を目指し殺到するBETA。
それを阻止すべく、ドーゥルは他の電磁投射砲を持つ機体に援護射撃を指示しようとするが、逆に援護射撃を禁ずる指示を出すことになる。
何故ならば、その射線上には複数の友軍部隊がいたのだから。
電磁投射砲は威力が高過ぎ、友軍まで吹き飛ばしてしまう。
そのため突撃砲や滑空砲での援護に入るが、元々トルコ軍派遣部隊は少数である為、防ぎきれない。
後退のタイミングを誤ったことを悔い、部下の、自らの戦死も覚悟したドーゥルであったが、そこに帝国軍機甲部隊が救援に入る。
九死に一生を得て一息つくドーゥルの元に、篁唯依から通信が入った。
ドーゥルの部隊を助けたのは、彼女の部隊だったのだ。
再会を喜ぶ言葉を交換した後、唯依は自分達が殿を務めるので後退するよう、ドーゥルに進言する。
彼女の部隊が電磁投射砲を持っていないのを確認しているドーゥルは共に後退するように説得するが、唯依は微笑んでそれを辞退する。
死ぬ気か、と怒りを顕にするドーゥルに対し、唯依は不敵な笑みを浮かべて告げる。
帝国が佐渡島ハイヴを落としたもうひとつの原動力、三次元機動の、〇四式基幹算譜の力を舐めないで頂きたい、と。
ドーゥルは嵩張る電磁投射砲を装備した機体は小回りが利かず、接近戦に向かないことは理解していたし、彼女の部下達の尋常ならざる動きも一目見て理解した。
そして唯依の不敵に哂う眼を今一度睨むと、ドーゥルは彼女の言葉を信じて頷き、後退した。


それはその後、防衛線を構成する各地で見られた光景だった。
弾幕が薄くなったことから距離を詰められ、再度距離をとるべく後退する派遣部隊と、逆に前に出てそれを援護する帝国の部隊。
当初からの取り決めとはいえ、派遣部隊の面々は帝国軍を盾に後退することに後ろ髪を引かれ、振り向いたときに見た光景に刮目することとなる。
そこにあったのは不知火やF-15J陽炎が不可思議な機動を持ってBETAを翻弄し、圧倒する姿。
もちろん普通の突撃砲や長刀を持っての戦闘だ。倒しているBETAの数など高が知れており、ゆっくりと後退している為に同時接敵数は増加の一途を辿っている。
なのに、堕ちない。中らない。
跳んで、撃って、駆けて、斬って、また跳んで。
一箇所に留まらず、常に動きながらの攻撃。正に攻防一体。
その動きに、衛士であるならば注目せずにはいられない。
そして疑問に思わずにはいられない。
何故、あのタイミングで回避できる?何故、跳ぶことが出来る?
その疑問は防衛線終了後、帝国軍衛士らにぶつけられる事になる。


戦闘終了後、帰還した大分仮設基地で、派遣部隊の面々から鬼気迫る勢いで迫られた帝国軍衛士を代表して沙霧は答えた。
〇四式基幹算譜を持ってすれば、誰にでもあの動きが可能なのだと。
〇四式基幹算譜を正しく使いこなせば、支援砲撃と電磁投射砲によって漸減されたBETAなど、恐れるに足らぬと。
派遣部隊の衛士達はそれを聞いて、帝国軍の衛士達をシミュレータ室に連れ込むと次々と対戦を挑んでは完敗していく。
しかし、負けた彼らは、心底嬉しくてたまらないといったように笑っていた。
この新OSがあれば、BETAに殺される仲間が激減すると。
そしてなにより、電磁投射砲と〇四式基幹算譜を持ってすれば、通常兵力のみでハイヴを攻略できると、派遣部隊の誰もが考えた。
しかしその淡い希望は、後からシミュレータ室に来た米国軍の衛士、アルフレッド・ウォーケンによって否定される。
電磁投射砲が普及すれば、防衛線が破られることはなくなるだろうが、ハイヴ攻略は違う。
フェイズ4のハイヴを一つ落とすだけで帝国軍は壊滅、しかも反応炉破壊後のBETAを処分しきれず、最終的には横浜でG弾を使用している。
また、反応炉を破壊した部隊の戦術機の中には燃料を使い果たし、未帰還となった機もあるという。
それはより大規模であり、進攻距離の長くなるフェイズ5以上のハイヴにおいては、戦闘機動を行いつつ反応炉に到達することが事実上不可能であることを意味していた。
ウォーケンに話を振られた沙霧は、苦い顔でその言葉を肯定する。
確かに電磁投射砲と〇四式基幹算譜を以ってして帝国は佐渡島ハイヴを攻略したが、その攻略戦から続く一連の戦いにおいて、帝国軍は壊滅的打撃を被り、G弾の使用を止めれらなかった。
それゆえ、軍の再建の為に徴兵年齢は16歳まで引き下げられてしまったのだと。

先程までの熱気は去り、シミュレータ室に重い空気が流れる。
それを打ち破るようにウォーケンは胸を張って宣言する。
だが、心配する必要はない。人類にはG弾がある。
その力を持ってすれば、少ない犠牲でハイヴを落とせることは、フェイズ6に達していたリヨンハイヴ攻略で証明されていると。
それにアフリカや中南米、オセアニア各国の衛士らが同調したことで、室内は一応の活気を取り戻す。
しかしEUや中東の衛士らは、取り戻した自らの故郷が異常重力地帯と化してしまうことを思うと、表情に苦いものが混じることを禁じえなかった。


派遣部隊から新OSの報告を受けた各国、各軍上層部は〇四式基幹算譜に興味を示す。
ハイヴ攻略は厳しいものの、戦術機の運動性を高めることで、その帰還率が飛躍的に向上するという謳い文句は本物であったという派遣部隊からの報告が彼らを動かした。
XM3の盗作疑惑もあり、これまで積極的に帝国に問い合わせていなかった彼らも、現場からの強烈な要請を受けて帝国に対し、新たな接触を試みる。
この問い合わせの山に、帝国の官僚たちは歓喜した。
盗作疑惑のおかげで海外には売れないものと諦めていた〇四式基幹算譜が売れる目処がついたのだから。

だが、ここで帝国はすぐには各国に対し〇四式基幹算譜を提供しなかった。
〇四式基幹算譜を提供する代わりに、大分に国連軍の基地を設置して兵器実験場にすることを提案したのだ。
もちろん鉄源ハイヴから侵攻してくるBETA迎撃もまた、この基地の重要な任務となる。
当初は後方国家に提案するつもりであった、多国籍軍を国連軍として受け入れるというカードを、帝国はここで切った。
BETAとの実戦試験もできるという条件は、かつてのエヴェンスクハイヴとユーコン基地の関係に近い。
そのため各軍としても受け入れやすく、また戦力提供量に応じた〇四式基幹算譜の値引きという条件もまた、魅力的だった。
こうして2005年9月、別府湾沿岸の各国駐屯地を一括する形で極東国連軍大分基地は誕生した。
もっとも、それは連絡事務所となっていた旧大分市市庁舎に国連旗がたなびく様になっただけのものではあったが。

大日本帝国首脳部は電磁投射砲と〇四式基幹算譜の販売での外貨獲得に目処がつき、また国連基地の大分への誘致に成功したことで帝国軍再建に幾分の時間的余裕を手に入れたことで、やっと一息つくことができたのだった。



[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第05話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/10/12 01:48
2005年9月。
半年間の基礎訓練を終え、総戦技評価演習を合格した訓練兵達の戦術機訓練が開始される。
訓練開始に当たり激励の演説を行った武は、訓練兵たちのがっしりとした体格と、黒々と日焼けした様子に驚く。
副官に確認すると、彼らは基礎体力作りの一環として復興現場での作業に加わっていたのだという。
財政の逼迫している帝国は、基礎体力作りとしてグラウンドを走ることで消費される体力さえも惜しみ、土木作業に従事させることで彼らを錬成したのだ。
重機をあえて使わず、ツルハシや一輪車、スコップを使って人力のみで道路や堤防を彼らは修理し、復旧させてきた。
その作業は小隊単位で毎日の進捗が競われ、それによって彼らはチームワークの重要性と、創意工夫で作業効率を上げることを理解していた。
そしてまた、その作業を通じ触れ合った地域住民達からの感謝の言葉は、彼らの訓練や作業へ取り組む意識をより向上させていた。
志願制ではなく、徴兵制であるが故の士気の低さを懸念していた武は、それが杞憂であったことを喜んだ。


戦術機訓練の開始に伴い、榊千鶴ら教官候補生は晴れて正式な教官、軍曹として各地の訓練校に散っていった。
それを見送った武は彼らとは異なり、少佐へと昇進して技術廠へとその任地を移す。
そこで巌谷榮二中佐らの出迎えを受けた武は、新型戦術機の開発に参画することになる。

不知火は実戦配備から11年が経過し、大規模改装によって性能向上を果たした弐型は米国製部品の採用もあって高価格化が著しかった。
また、最初に実戦配備された壱型甲と比べると、弐型は壱型丙ほどではないにしろ燃費が悪い。
甲21号作戦からなし崩し的に始まった本土防衛線において、補給もままならず燃料が尽きた多くの戦術機が犠牲となった戦訓は、連続稼働時間の、継戦時間の大幅な向上を求めていた。
そして継戦時間の向上はハイヴ4以上のより大規模なハイヴ攻略においても求められるものでもあった。
大日本帝国は、BETAとの長き戦いに疲弊してなお、未だ通常戦力によるハイヴ攻略を諦めていなかったのだ。
それ故に帝国は、安価で燃費が良く、不知火弐型と同等かそれに準ずる機動力を持つ機体を求め、少なくない予算を搾り出しての新型機の開発を決意。
甲21号作戦以前の新型機構想を一旦白紙化し、開発に取り掛かっていたのだ。

その新型機は継戦時間延長の為に機関部の低燃費・省エネルギー化を推し進め、機体重量に関しては炭素繊維強化複合材による一体成型だけではなく、BETAの死骸をも利用することで大幅な軽量化を図っていた。
BETAの死骸、特に突撃級の殻や要撃級の爪は、人には再現出来ないレベルで硬度と靱性のバランスが取れているうえ、軽い。
帝国はその加工方法の研究にはかねてより力を入れており、その成果が新型機に採用されることになったのだ。
それにも拘らず目標とする航続距離と継戦時間には未だ程遠く、開発陣は頭を抱えていた。

そこにテストパイロットとして参加した武は、かつての平和な世界の創作物を参考にして新たなアイデアを披露する。
足の裏へキャタピラを取り付け、跳躍ユニットを使用しない高速機動を実現しようというのだ。
跳躍ユニットで飛ぶよりは巡航速度では大幅に劣るものの圧倒的に燃費が良く、また足で走るよりも脚部間接への負担が圧倒的に少ないうえ、走るよりは高速移動が可能になる。
そのアイデアは、即座に採用された。
しかし脚部にキャタピラを取り付けるという発想は斬新ではあったものの、新機軸ゆえの技術的な諸問題と部品点数の増大を齎す。
また足の裏に重量物が追加されたことによって機体バランスが大きく変わり、機体そのものも再設計と多くの追加試験の実施を余儀なくされる。
新戦術機『蜃気楼』の開発は、技術者達の阿鼻叫喚、興奮喚起のプロジェクトX的な混沌の坩堝と化して、進行する。



脚部キャタピラの開発が難航したことにより、手の空いてしまった武の元に神宮寺まりもからの救援要請が入る。
戦術機訓練の開始から早3ヶ月、訓練兵達の操縦技術の向上が当初の想定よりも目覚しく、手に負えなくなり始めているという。
旧OSを知らぬ訓練兵達は、3次元機動という機動概念や先行入力、キャンセルにコンボといった〇四式基幹算譜の能力を十二分に吸収、発揮し、古い機動概念を本能的な部分で捨て切れずにいる教官の度肝を抜くことも珍しくないのだという。
教官との技術的な差が狭まっていることは訓練兵達も理解しており、一部が天狗になり始めているのだと。
その対象は教導用ビデオで模範機動を披露した武にも及び、ハイヴ攻略の英雄もたいした事はないと嘯く輩まで出る始末だと溜息混じりに打ち明ける。
これには武もカチンときた。教本に則った、御行儀正しい機動の場面しか配布されず、元々不満に思っていたのだ。
それでは一つ、本物の3次元機動を教育してやりましょう。
そう言って武がニヤリと笑うと、まりももまた、口元を歪めて頷いた。

翌日。稀代のエースパイロットである白銀武少佐が訓練兵の腕前を試しに来るという知らせが、訓練兵達に通知される。
その知らせは、彼らを奮起させる。憧れの英雄に会えると泣き出す女子と、英雄に挑めると眼を輝かせる男子。そして英雄を倒し、実力を示す時が来たと血気逸る者。
それぞれの思いを胸に、彼らはその日を待ち侘びた。

そして2週間後。武は訓練校を訪れる。
送迎車から降りた武は、熱烈な歓迎の中で校長に迎えられ、威風堂々と演習場へと向かう。
こういった対応は月詠 真那の教育の賜物だった。車から降りた瞬間の喚声に内心ビビっていたのは、彼しか知らない秘密である。

演習場では、観覧席に着いた武の前で、前座として6機編成の訓練小隊単位での演習が披露される。
そこで披露された吹雪の機動は、確かにまりも達教官よりも3次元機動や〇四式基幹算譜の特徴を生かしたものだった。
しかし、武には不満だった。動きが御上品過ぎるのだ。
所詮は雛か、という思いをまったく隠さない武の様子に、白髪の混じり始めた校長は緊張を隠せない。
そして演習が終わった時、武は立ち上がって拍手をしたあと、壇上のマイクに向かう。
3次元機動を3ヶ月という短期間で、よくぞここまで収めた。だが、小さく纏まり過ぎだ。俺が本物の3次元機動を見せてやる。
そう言って武は不敵に哂って見せた。

6機の吹雪と、1機の撃震が対峙する。
普通であれば、圧倒的な戦力差。だが、その模擬戦は撃震の圧勝で終わる。
引退の決定した旧式機であるにも拘らず、撃震は縦横無尽の機動を以ってして6機の吹雪を翻弄し、各個撃破して見せたのだ。
そのあまりの機動の違いに、天狗になっていた訓練兵達は愕然として沈黙する。
訓練兵達の動きは喩えるならば清流。教本に則った模範的な動きから逸脱するものではなかった。次の動きを予め入力し、想定外の状況になればキャンセルして次の動作を入れるだけでしかない。
それに対し、武の動きは嵐であった。先行入力とキャンセルの途絶えることのない繰り返し。長めの動作を連続して入力しようと、その手足は更にその次の、次の次の動作を入力し、そして惜しみなく取り消す。
それによって暴風の如く荒々しく駆け抜け、僅かな隙を見つけては模擬弾の豪雨を叩き付ける。隙がなければ弾雨を以って作り出し、稲妻の如き斬撃を叩き込む。
中遠距離戦では廃墟の合間を三角跳びを繰り返して、銃撃の的を縛らせない。的を絞り当てようとして足が止まれば、逆にそこを狙い撃つ。
近接戦になれば、袈裟切りにしようとした吹雪の斬撃は逆袈裟で弾かれ、ワンテンポ遅れて後方から切りかかった1機は、半回転した撃震と鍔迫り合いとなる。
そこを最初の1機が切ろうとすれば、背部の可動兵装担架システムにマウントされていた突撃砲によって、ペイントされる。鍔迫り合いしていた機体もバランスを崩されて青く塗られ、6機の吹雪は沈黙した。

機体性能に因らぬ、操縦技術の差による機動性の差を持って、武は訓練兵達を圧倒したのだ。
天狗になっていた訓練兵達も、一線の衛士との力の差をこうも見せ付けられては、呆然とするしかない。
そこに武からオープンチャンネルでの放送が入る。
小隊単位では相手にならん。貴様らまとめてかかって来い!教官諸君、ヒヨッコ共に一つ、本物の衛士の力を見せてやろうじゃないか!?
その声に、場は熱り立つ。
かくして訓練兵対教官+1の大演習が始まる。
そこでは訓練兵達が日頃の成果を存分に発揮して教官達を翻弄する姿と、逆に教官達が絶妙な連携を以ってそれを撃破する姿が各所で見られた。
日頃から恨み辛みの溜まっていた担当教官を追い詰めたと思ったら、実はそれこそが囮であり、逆に強襲され全滅する訓練小隊。
後方からの援護に徹していたところを、前線を浸透、突破していた教官達に急襲され全滅する訓練小隊。
目まぐるしく変わる戦況に思考が追いつかず、部隊間の連携を乱した所を各個撃破されていく訓練小隊。
そして、白銀武少佐率いる元207B訓練小隊の面々に正面から挑み、その圧倒的な実力差に屈した訓練小隊。
その演習は5対1という圧倒的な差がありながら、少数である教官達の圧勝に終わった。

私達が戦ってきた戦場は常に物量で圧倒されてきた。それ故に、彼我戦力差5倍など我等にとって楽な方だ。
諸君が2ヵ月後に向かう戦場もまた、同様である。残された時間は少ない。今日の経験を生かし、腕を磨け。
そう言い残し、武は帰って行った。
それを見送る訓練兵達にもはや慢心はなく、3ヶ月前、戦術機訓練が始まった頃の熱意が蘇っていた。



それから3ヶ月の間、武は各地の訓練校を回って同様の起爆剤を投与して回った。
昼は訓練校周りするか、偶に技術廠に顔を出し、夜は悠陽と寛ぐ日々が続いた。
そして、2006年3月末日。最初の3次元機動を前提としたカリキュラムを終えた衛士達が、訓練行程を終える。
彼らは帝国軍再建という期待をその身に受け、各地の部隊に配属されていった。
その配属を手薬煉引いて待ち侘びていた先任衛士達は、その実力に驚愕する。
新任達各個の操縦技術が優れているのは当初から伝え聞いていた先任達であったが、それを踏まえた上での連携の見事さ、そして何より泥臭さに舌を巻く。
武の洗礼は、当時訓練兵だった彼らに個人技術の未熟さを教え込むと同時に、本物の衛士の、本物の連携がどういったものかを見せ付け、肌で実感させていたのだ。
そのため彼らは教官達を質問攻めにし、自らに足りぬ物を貪欲に吸収して来た。
その結果、彼らは配属された各任地で、その技量と心意気を高く評価される。
彼らはその道を示した男に肖り、白銀の子供達、プラチナム・チルドレンと呼ばれることになる。
なお、シルバーではなくプラチナであるのは、その希少価値と掛けての意図した誤訳であった。




2006年7月。
ハタンガハイヴがG弾によって攻略されてしばらくたった頃、脚部キャタピラの試作品完成の知らせが武の元に届く。
訓練兵への洗礼に、再び各地の訓練校を回っていた武が喜び勇んで技術廠に駆け込むと、そこには試製脚部キャタピラを装備した不知火が待っていた。
武は早く駆け回りたい気持ちを必死で堪えながら、試製脚部キャタピラの10日かけての実機試験と調整を終えた。
そして、遂に実走試験を迎える。そこで武は整地で100km、不整地でも70kmという、当初の想定(整地70km/不整地50km)を大幅に上回る良好な結果を叩き出す。
これにはローラーブレードを参考に、キャタピラを動かしながら走る、といった武の更なるアイディアが大きく影響していた。
技術者達は、腰を落としてキャタピラのみで走行することしか考えていなかったのだ。
その結果に喜んだのも束の間、当初の想定以上の負荷と速度にキャタピラは耐えきれず破損し、武の乗った不知火は派手にコケて大破、関係者を大いに慌てさせる事になる。
このこともあって正式採用後も機体各部への負荷を鑑み、平時においてはキャタピラのみでの走行が推奨されることになるのは余談である。

そうして武の参画から丁度1年後の2006年9月、不知火を改造した実験機ではない、最初の試作機が完成する。
その機体は脚部キャタピラという新機軸の採用により、当初の要求仕様を大きく上回る航続距離と機動性を実現していた。
また背部の2基に加え、各肩に2基ずつ、計6基装備された可動兵装担架システムは、兵装面での継戦時間を大きく引き伸ばした。
そして一体成型を多用し、BETAの殻をも使用した機体は、可動兵装担架システムの増加とキャタピラという新機軸の追加にも拘らず、全体としては部品点数を僅かに減らし、メンテナンス性において元々良好であった不知火と同等なレベルを維持していた。


その後更に半年間をかけて行われた各種試験によって不備の洗い出しと改良が加えられた機体は、ついに実戦試験に投入される。
2007年2月の福岡において、4機の試製蜃気楼は国連軍、いや世界各地からの派遣部隊という世界の眼が見つめる中で、その圧倒的な性能を示す。
脚部キャタピラによる機動性の大幅な向上と、航続距離の延長に加え、可動兵装担架システム増設による継戦時間の延長、限定的ながら火力の増強(可動兵装担架システムに装備した銃器は稼動範囲が限定されるものの、射撃が可能)は、世界に衝撃を与える。
また、この戦闘に際し、米国軍衛士の友軍誤射により片足を失った1機がそのまましばらく戦闘を継続、後続部隊に引き継ぎを済ませてから、他の試製蜃気楼と共に悠々と帰還したことも派遣部隊の面々を驚愕させた。
それまで、脚部を破損した戦術機は跳躍ユニットでの移動しか不可能となり、戦線から離脱する以外になかったのだ。
もし跳躍ユニットも損傷していれば、機体は破棄し、衛士は僚機に回収して貰う事になり、運が悪ければそのまま戦死するしかない致命的な損傷だった。
それが片足さえ残っていれば戦闘を継続することも出来るし、単独での帰還も可能になる。
これによって帰還率がまた大きく向上するであろうことに、各国の衛士らは素直に喜び、本国にその画期的なアイディアの報告を上げた。
かくして大日本帝国の開発した新型戦術機、蜃気楼は〇四式基幹算譜によって実現された柔軟な機動を前提として設計され、脚部キャタピラを標準装備した最初の第4世代戦術機として華々しくデビューした。



F-4EJ撃震とその派生機である瑞鶴を全機退役、一部を残し中古として売り払った上、不知火の輸出も始めていた(F-15J陽炎はライセンス契約の都合上、中古であっても輸出できなかった)大日本帝国は、輸出用不知火へのオプションとして脚部キャタピラと肩部追加可動兵装担架システム(各肩1基)を追加する。
それに対し、極東連合や中東連合の加盟国のような、生産設備を持たず、既に日本製戦術機を導入し始めていた国々からは受注済みの機体の仕様変更と、購入済みの機体の改装に関する問い合わせが多数寄せられる。
それ以外の今まで試験的に少数購入していた国々や、自前の生産設備を持つ国々からも脚部キャタピラの購入やライセンス生産に関して問い合わせが来るに到り、メーカーや関係各省庁の面々は嬉しい悲鳴を上げることになる。
甲21号作戦において主力となった不知火はそのコストパフォーマンスの良さもあって評価は元々高く、売り上げは好調であった。
それに加えて最初の第4世代戦術機の開発によって日本の戦術機の評価は鰻登りであった。


2007年3月、蜃気楼の開発データをフィードバックした不知火が大分国連基地に納入される。
脚部キャタピラと肩部追加可動兵装担架システムを取り付けられた以外に従来機との違いはなかったものの、その機体は便宜上、不知火参型甲(壱型ベース)または参型乙(弐型ベース)と呼ばれることになる。
壱型は総合性能では弐型に劣るものの、配備開始から13年を経て向上した信頼性と、高いコストパフォーマンスから、財政状況の厳しい前線各国によく売れていた。
これには戦術機の生産現場を見た武が、曖昧な記憶の中からトヨタの生産方式に関する記憶を掘り起こし、それを元に巌谷らがその生産方法を模造し、導入したことにより生産コストが大幅に低下したという裏事情もあった。
これにより、人件費の安さ(BETA大戦は第2次大戦からの帝国の復興を助長してくれたが、BETAの東進によってバブルは到来しなかった)と為替相場(帝国はBETAの本土上陸の少し前から貿易赤字に陥っており、この世界での円は安い)と相まって日本の戦術機の価格は安かった。
なにせ一部にしか高価な米国製部品を使っていない不知火弐型は米国純正のF-15よりも安かったうえ、安価な日本製部品しか使っていない壱型はそれより更に安く、米国純正F-16の最新モデルとほぼ同価だったのだ。
勿論、不知火よりも更に安い吹雪の実戦仕様機もまた、アフリカ諸国を中心に好評だった。


不知火参型の機体情報はほとんどが公開されており、他国の衛士であっても所属団体を通して申請すれば、簡単な講習の後に乗ることが出来た。
帝国は大分国連軍基地を、日本の兵器展示場として大いに活用していたのだ。
その結果、不知火参型は世界各地から大量の注文を受け、大量増産に踏み切ることになる。
これは中京工業地帯の復興を大いに後押しし、我々の世界の朝鮮戦争による特需と同様に、日本の工業力を当初の予定を大きく上回る勢いで回復させることになる。
それに伴って求められる労働力は、未だ帰還の目処の立たない関西以西の避難民達に職を与えた。
しかし国土復興にも労働力が必要とされていた為に労働力の不足が社会問題化する。
これは海外に難民として流出した日本人達の帰国を後押しし、また国内に残った者達との軋轢を抑えた。
人間は物事が充実していると、過去の事は案外簡単に水に流せるようだった。

この日本の好景気は戦術機や電磁投射砲といった兵器や、被服や医療品といった軍需物資の輸出によって支えられており、自らの得意分野と被る米国に苛立ちを覚えさせるが、具体的な行動には移させなかった。
これには榊の死ぬ死ぬ詐欺紛いの脅迫に米国側がドン引き、極東絶対防衛ラインの担い手である日本が破綻しては不味いという思惑もあった。
北の将軍様の不在は、米国に死ぬ死ぬ詐欺への耐性を与えていなかった。
もっとも、鉄源ハイヴをG弾で攻略しないという、日本への嫌がらせは忘れなかったが。





■後書き■

ボクの考えた新型戦術機、登場です。
オリジナル要素は極力避けようとしたのですが、話の流れからどうしても出さざるを得なくなった代物です。
脚部キャタピラは、ナデシコのエステバリスや、コードギアスのナイトメアフレームとかをイメージしてください。

感想、ありがとうございます。
面白い、と言って頂けると、今までポチポチと暇を見つけては書いてきた甲斐があった、と嬉しく思います。
後3回で完結しますので、最後まで楽しんで頂けると幸いです。



[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第06話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/10/17 21:52
2007年6月、新型戦術機『蜃気楼』の正式配備が始まる。
それと時同じくして、武と悠陽の婚姻の儀が盛大に執り行われた。
これによって白銀武は煌武院家の人間となり、以後は煌武院武と名乗ることになる。
そして彼は軍の階級とは別に、官位と職を手に入れる。

正二位 征夷大将軍。

正二位。その位階が従一位である悠陽に一歩及ばず負けているあたり、尻に引かれている現状を見事に表していると、近しい者達は頷いた。
そして彼らにさして親しくない者達は、その生まれ故に、当然のものと納得した。
征夷大将軍。夷敵、BETAを征する者。それは煌武院武がこれからも軍に在り続ける事を表していた。
その響きに武は頬を引き攣らせながらも、軍人のみならず帝国臣民を鼓舞した。



その興奮も冷めやらぬ2007年7月、米国を主体とした国連軍は甲11号目標ブダペストハイヴを攻略する。
フェイズ6に達しようとしていたこのハイヴ攻略戦で、彼らは手痛い反撃を食らう。
G弾投下後も当初の想定を大きく上回るBETAが生き延びていたことから、2個師団が壊滅し、残りの1個師団もまた壊滅寸前という大損害を被ったのだ。

2004年7月の甲26号目標エヴェンスクハイヴの攻略から始まり、2005年3月の甲12号目標リヨンハイヴ、2005年8月の甲24号目標ハタンガハイヴ、2006年2月の甲17号目標マンダレーハイヴ、2006年7月の甲8号目標ロギニエミハイヴ、2007年2月の甲16号目標重慶ハイヴと、半年に1つのハイヴを攻略してきたバビロン作戦は、2007年7月の甲11号目標ブダペストハイヴ攻略と共に岐路に立たされた。

事態を重く見た米国は、ブダペストハイヴの徹底的な調査を行う。
その結果、ハイヴ周辺の大気中にはG弾の原料であるグレイ・イレブンの反応を抑制する、新たなG元素が微量ながら含まれていたことが判明する。
AG11(Anti Glay 11)と名付けられたその新元素は、米国上層部を戦慄させた。G弾が無効化される。その悪夢が実現しようとしているのだから。
この事態に対応すべく、ホワイトハウスはハイヴ攻略計画の前倒しの検討を開始する。
G弾が完全に無効化される前に、より強力なG弾でAG11に対応できるうちに、BETAを根絶やしにせねばならない。
それはBETA大戦後の世界において、アメリカが主導権を握る為にも必要なことだった。
しかし、それは経済的な理由から否定される。
ハイヴ攻略にかかる戦費に加え、攻略したハイヴを横浜同様に防衛拠点とするための基地建設と、その防衛の為の進駐軍の戦費の負担は、あまりにも大きかったのだ。
更にはバーナード星系へと移民船団を送り出したことによる、莫大な出費の皺寄せもまた、大きかった。

残された17箇所のハイヴのうち、実に10箇所がフェイズ5以上であることも、計画の前倒しを難しくしていた。
G弾の効果が十分に発揮されないままに攻略部隊を投入すれば、武器弾薬だけではなく、戦術機や衛士の損耗も膨れ上がることは、先日の甲11号目標ブダペストハイヴ攻略で実証済みだ。
損耗した攻略部隊を再編し、ハイヴ攻略に必要な弾薬を再度備蓄するのには、やはり半年の間隔が必要だった。

ハイヴ攻略の間隔を縮める事が困難であると知ったホワイトハウスの面々は、外周部から行っていたハイヴ攻略の順序を修正する。
G弾が通用するうちに、大きいものから潰すことにしたのだ。
そうなれば、甲1号目標喀什(カシュガル)ハイヴが次の攻略対象となる。
だが、軍は敵陣の奥深くに孤立することを嫌い、また全ての部隊、物資を宇宙から送る作戦になることが、経済的な理由から官僚達に敬遠された。
そのため、喀什ハイヴへの陸路を確保すべく、その南に位置する甲13号目標ボパールハイヴを2008年冬に、西南西に位置する甲2号目標マシュハドハイヴを2008年夏に攻略することを決定する。
そして甲1号目標喀什ハイヴを2009年冬に攻略することが、当面のアメリカ合衆国の指針となった。



一方、米国以外の国々もまた、G弾が無効化される可能性が高まったことに戦慄する。
彼らは独自に、或いは共同でG弾が無効化された後の戦術を練ることとなる。
そうなると、必然的に注目を浴びるのは、唯一通常兵器のみでの反応炉破壊を成し遂げた国、日本であった。
だが、この頃の日本は軍の再建途中であった為、まとまった部隊を海外に派遣できるだけの余裕は無かった。
また帝国軍に配備の始まったばかりの最新鋭機、蜃気楼すら1/4は輸出せねばならないほどに経済的にも追い詰められていたのだ。
日本は大分国連軍基地を通じての戦術の研究や兵器の共同開発には積極的ではあったものの、海外派兵には極めて消極的であった。


そんな中、ヨーロッパ防衛の最前線国家、トルコにおいて、最古にして最新の戦術機が発表される。
機体名は、支援戦術機F-4E 2020。
それはF-4Eの腕を取り払って電磁投射砲を直付けし、巨大なバックパックを背負わせた機体だった。
バックパックの中身は、補助発動機(電磁投射砲2門を運用するには、F-4Eの主機は出力不足だった)と、大量の弾丸。
幾度もの近代化改装で軽量化されてきた機体は、両腕を切り落として更なる軽量化を図っていたが、2門の電磁投射砲と巨大なバックパックによって、原型機よりも重くなっていた。
その為に跳躍ユニットによる飛行は非常手段とされ、通常時の移動は脚部キャタピラに限定されてしまう。
汎用性と機動性。今まで戦術機が評価されてきた理由であるそれらを捨てた巨人は、機動性に優れた後継機達の支援や、防衛戦での活躍が期待されていた。
唯でさえ旧式化し、見劣りする機動性が更に低下していようと、戦術機である。
自走砲よりは機動性に優れ、2門の電磁投射砲は支援砲撃と同等か、それ以上の戦果を期待できる。
横浜基地防衛戦以来、BETAは地下から支援砲撃部隊を叩く事を幾度と無く繰り返していた。
その対抗策として強力な火力を手に入れ、始まりの巨人は蘇ったのだ。

『ターミネーター』
そう呼ばれることになるこの機体は、部隊配備後まもなく発生したアンカラ防衛戦で期待通りの戦果を挙げる。
電磁投射砲の斉射によってBETAを近づけず、その砲火を潜り抜けて接近したBETAは、通常装備の戦術機が排除する。
地下からの襲撃も感知した時点で匍匐飛行で回避、地上に現れたところを、電磁投射砲下部に取り付けられたS11弾頭擲弾筒で殲滅する。
この活躍によって、支援戦術機は新たな砲兵としての地位を確立した。


世界がF-4の、旧式戦術機の再生に沸く中、それを苦々しく思う国が一カ国だけあった。
アメリカ合衆国。かの国の描く戦中戦後の世界戦略において、支援戦術機という代物は厄介だった。
その圧倒的な火力は、G弾の有効性が疑われる中、通常兵器でのハイヴ攻略を夢見る人間達を炊きつけてしまう。
戦後になれば、予想される各地での紛争に武力介入するべく、対戦術機戦を意識して作られた戦域支配戦術機F-22に、火力による面制圧という力技で対抗されかねない。
それはG弾に関連した利権から甘い汁を啜るホワイトハウスの住人達だけでなく、ペンタゴンの生粋の軍人達にとっても避けたい事態だった。

そのターミネータの開発には、日本が影に日向に協力していたことが、彼らの機嫌を更に悪くする。
新装備を安く、見境無く世界中に販売するかの国は、BETA大戦における兵站工場を自認し、世界の富を集約して潤っていたアメリカにとって、眼の上のたんこぶと化し始めていた。
アメリカの開発した第3世代戦術機、F-22はその価格と世界戦略ゆえに輸出できない。
高価なF-22を補助する廉価版にして、各国へと輸出するはずであったF-35は、開発が難航している間に現れたXM-3や脚部キャタピラといった新基軸によって再設計に追い込まれてしまい、それによって現在も高価格化が進行中である。
そうしてアメリカが足踏みしている間にも、日本は第4世代機を標榜する蜃気楼を開発してしまう。
更にはアメリカは自国軍への配備が一段落ついた事から、2007年になって自国製の電磁投射砲の輸出を始めようとしたが、製造コストから来る価格差により、日本製電磁投射砲の前に苦戦を強いられていた。
その電磁投射砲に加え、唯一の第四世代機である蜃気楼まで惜しみなく輸出する日本は、アメリカにとって商売上の、世界戦略上の敵となり始めていた。
もっとも、それも富の一極集中によって米国製製品が高価になりすぎたことが原因であったのだが。







そして迎えた翌2008年。
米国は改訂されたバビロン作戦を進め、甲13号目標ボパールハイヴを3月に、甲2号目標マシュハドハイヴは少し遅れて9月に攻略する。
この2つのハイヴ攻略時もAG11は確認されたものの、米国は従来の3倍の火力を以って制圧した。
もちろん、一箇所にそれだけの暴威を叩き付ければ、横浜同様の死の大地と化してしまう。
その為、多数の小型G弾による面制圧で地表から表層にかけてのBETAとAG11を排除し、その後に従来型のG弾を投下して大深度地下のBETAを排除するという手順が踏まれた。
これにより米国は、甲11号目標ブダペストハイヴ攻略以前と同様の、少ない犠牲で二つのハイヴを落とすことに成功する。


それに対し、日本はただひたすらに国力の回復に腐心していた。
戦術機を武器弾薬を被服医療食料を、あらゆる戦略物資を生産しては前線各国に輸出し、外貨を稼ぐ。
調理器具から雑貨小物、服飾まであらゆる民生物資を生産しては後方各国に輸出し、外貨を稼ぐ。
そうして取得した外貨でまた鉄鉱石や原油といった原料を輸入し、加工し輸出する。
その形振り構わぬ経済攻勢で、日本は当初の予定を上回る速度で経済の建て直しに成功していた。
それにより国土の再興もまた急ピッチに進み、また再建を急ぐ帝国軍も機材の補充・更新を大幅に前倒して実施することが出来たのだった。


その他の前線各国では、日本製の安価な戦術機や武器弾薬が供給されたことによって、質量共にその戦力を増強していた。
各地の防衛線は押し上げられ、より強固な防衛線が構築されていく。
また、〇四式基幹算譜と脚部キャタピラ導入による生存率の向上は、今まで得ることの出来なかった様々な戦訓をもたらした。
それによって衛士の質は上がり、更なる生存率の向上に繋がるという好循環が生じ、それは彼らに一つの思いを抱かせた。
そう、それは、G弾なしでのハイヴ攻略。
しかしその思いは、後方の政治家達の賛同を得られずにいた。
現場の衛士達は日本製の物資が行き渡ったことで戦線を押し上げられたと信じているが、後方の政治家達はそれにもまして米国から供される各種援助に依存していることを痛感していたのだ。
それ故に、米国の意向に逆らうことが出来ない。
唯でさえ、各種物資の調達先を米国から日本に切り替えることで、その機嫌を損ねている。
その上で更に米国の戦略に異議を唱えるような真似を、国を預かる彼らに出来よう筈もなかった。



年は移り変わり、翌2009年。
米国は甲1号目標カシュガルハイヴ攻略に向け、カシュガルから南に200kmの地点に前進基地を設営すべく、苦心していた。
ハイヴ攻略の為の前進基地ともなれば、当然ハイヴに近接する為、襲撃を受ける。
その規模は並大抵のものではなく、今年になってフェイズ7に達してしまっただけのことはあった。
また、甲2号目標マシュハドハイヴ跡に建設された、マシュハド基地防衛も困難を極めた。
甲1号目標喀什ハイヴ、甲3号目標ウラリスクハイヴ、甲9号目標アンバールハイヴに東西北の3方向を囲われたマシュハド基地は、度重なる襲撃を、大量の血と油を対価に跳ね除けていた。

その予想以上のBETAの抵抗に米国は辟易していた。
それは2008年末になって周辺各国に対し、マシュハド基地と前進基地の防衛、補給線維持への協力を要請するほどであった。
甲13号目標ボパールハイヴならインド軍、甲1号目標喀什ハイヴなら統一中華戦線といった、現地軍以外に対し米国が協力要請を出したのはこれが初の事態であった。
参加するならこれまでどおりの支援を。しないなら支援を削減するという米国に対し、Noと言える国はなかった。

この作戦に協力した国の中には、日本も含まれていた。
佐渡島ハイヴ攻略から僅か2年で急速に減少を始めた食料輸入と、それとは逆に増加する一方の民生品の輸出によって、日米貿易の貿易収支は逆転していた。
また帝国軍の再建が一段落ついたこともあり、そろそろ国際貢献をしたらどうか、という米国の意向に反することは出来なかったのだった。



そして、2009年3月、カシュガルハイヴ攻略戦が開始される。



[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 第07話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/10/12 01:51
2009年3月、カシュガルハイヴ攻略戦が開始される。
小型G弾で表層付近のBETAとAG11を排除すると、理論上の安全限界の威力を持ったG弾が投下された。
これをもってフェイズ7に達した地上最大のハイヴの、その最深部まで薙ぎ払う。
その後にハイヴを制圧するというのが、大まかな作戦内容だった。

重金属雲を発生させた後、衛星軌道上より投下された無数の小型G弾はその威力を遺憾なく発揮し、地表付近のBETAを薙ぎ払った。
そして、次弾が投下される。
カシュガルの地に出現した史上最大の黒い太陽は、それを眼にすることとなった各国の軍人達を畏怖させた。
爆風と土煙が落ち着くのを待ち、米国と統一中華戦線(自国領であることから参加。東トルキスタンは漢民族の避難が優先された為、他の民族は9割方死に絶え、戦時下であることもあって独立運動はまったく行われていない)からなる国連軍は、人類史上初めてオリジナルハイヴへと足を踏み入れた。

突入部隊が地下1000mに達したその時。それは、起きた。
突然の大振動と共に、大深度地下からBETAの大群が押し寄せ、突入部隊に襲い掛かったのだ。
電磁投射砲をいくら撃ち込もうと、仲間の死骸を後ろから押し出し、死の津波となって押し寄せるBETAに、抵抗むなしく突入部隊は全滅する。
BETAの津波はなおも止まらず、地上へと押し寄せた。
振動からそれを予期していた米国陸軍は、電磁投射砲の斉射を持ってそれを迎え撃つ。
しかし、それでもBETAは止まらない。
地下からの奇襲で混戦状態に持ち込まれたならともかく、未だ距離を保っている状態でBETAの前進を止められないことに、衛士達は焦りを隠せなかった。
そして彼らは、それを見つける。

それは突撃級より一回り大きく。
突撃級より前面の傾斜角緩やかな、厚い多層構造の装甲殻を持ち。
内に1体の小型種を搭載する。
それは後に、重突撃級と呼ばれることになる新型BETAだった。

その殻はモース硬度15以上の装甲を幾枚も割らせることで、電磁投射砲から放たれたアルミニウム合金製の弾頭の持つ莫大な運動量を相殺させ。
その突撃級より緩やかな傾斜角で弾道を僅かに逸らしてしまう。
貫通したとしてもその運動量を著しく減退させた弾丸は、次の重突撃級に容易く弾かれるのだった。
また、例え死してもその装甲殻の山は堡塁として機能し、後続のBETAへの被害を最小化させてしまっていた。

要撃級も突撃級も要塞級も光線級も重光線級も、有象無象の区別なく等しく薙ぎ払ってきた電磁投射砲は、ここに来て突撃砲同様の銃器へとその価値を下げてしまった。
それを成した新型BETAは、更にレーザーを照射しながら突撃するという戦術に出た。
彼らは、その体内に小型種を一体潜ませており、それは当然、航空戦力の天敵たる光線級であった。
彼らは前進する重突撃級の中から、その装甲殻に僅かに開いた銃眼からレーザー照射を行い、電磁投射砲の弾幕に対抗した。
その光は対峙する衛士達を絶望の淵に追い込み、その命を手折っていく。

混乱をきたしながらも必死の抵抗を継続する地上部隊に対し、BETAは攻勢を緩めない。
地上部隊後方の、それまで誰も気付かなかった隠しゲートから、BETAの大群が出現する。
そのBETAは二手に分かれ、その一方が地上部隊を挟撃する。
挟撃された地上部隊は撤退を試みるも、二手に別れたもう一方、今までにない大規模進攻の目標とされた前進基地の守備隊にそれを支援する余力はなく。
ハイヴ攻略部隊は自力での脱出に成功した僅か7名を残し、BETAの津波の中に消えていった。




前進基地は新型BETAも加わっての大進攻を前に、残存戦力では防衛は不可能と判断され、早々に破棄が決定される。
しかし撤退するにしても、最低限持ち出したいデータや機材というものがあり。
足の遅い各種車両が撤退する時間を稼ぐ必要があった。

この撤退戦には、補給作戦に従事していた世界各国の部隊も参加していた。
新型BETA出現の報告から、彼らは急場の対策として要所々々に戦術機サイズの巨大な塹壕を掘っていた。
そこに支援戦術機ターミネータを配置することで対抗しようとしたのだ。
更にはBETAの通り道になるであろう箇所には地雷の代用品として、S11が埋められた。
そしてそれらは、一定の成果を挙げた。

新型BETAは突撃級よりは僅かに遅く、それ以外のBETAより遥かに早かった為、電磁投射砲の天敵である新型を狙って埋設したS11を起爆することが可能だった。
また、ハイヴ周辺の平野部と違い、山岳部であることから射線が遮られ、レーザー照射を受け難かったことも幸いした。
支援戦術機部隊は、地雷原を突破した新型BETAや光線級に対し、塹壕に篭ってレーザーと電磁投射砲を撃合い。
近接されれば戦術機部隊が混戦に持ち込んで時間を稼ぎ、その間に支援戦術機部隊は次の塹壕まで後退すると、今度は戦術機の撤退を支援戦術機が支援する。
その繰り返しで彼らは時間を稼ぎ出すことに成功、カシュガルハイヴから南南西500kmのチラス基地までの撤退に成功する。
それに対し、BETAは破棄され無人となった前進基地を無視し、そのまま南下を継続、緊迫する国連チラス基地から東に約150kmのスカルデゥを通過して、更に南下を続けた。

この時点でBETAの最終目標は国連軍ボパール基地、つまりはボパールハイヴ跡であると推測された。
そして、同様の事態が世界各地で発生していた。
国連軍マシュハド基地、甲2号目標マシュハドハイヴ跡には、甲1号目標カシュガルハイヴ攻略部隊を殲滅したBETA群が増強された上で侵攻を開始する。
更には甲3号目標ウラリスクハイヴ、甲9号目標アンバールハイヴからもBETAの大群がマシュハド基地へと侵攻を開始した。
他にも、国連軍ロギニエミ基地、甲8号目標ロギニエミハイヴ跡には甲4号目標ヴェリスクハイヴから。
国連軍ブダペスト基地、甲11号目標ブダペストハイヴ跡には甲5号目標ミンスクハイヴから。
国連軍リヨン基地、甲12号目標リヨンハイヴ跡には同じく甲5号目標ミンスクハイヴから。
国連軍重慶基地、甲16号目標重慶ハイヴ跡には甲14号目標敦煌ハイヴから。
国連軍マンダレー基地、甲17号目標マンダレーハイヴ跡には同じく甲14号目標敦煌ハイヴから。
異常重力地帯と化した国連軍横浜基地跡、甲22号目標横浜ハイヴ跡には甲20号目標鉄源ハイヴから。
国連軍ハタンガ基地、甲24号目標ハタンガハイヴ跡には甲10号目標ノギンスクハイヴから。
国連軍エヴェンスク基地、甲26号目標エヴェンスクハイヴ跡には甲25号目標ヴェルホヤンスクハイヴから、BETAは同時に侵攻を開始していた。

BETAの世界同時侵攻。BETAによるハイヴ奪還作戦に、世界は戦慄した。







国連軍ボパール基地は、必死の防衛戦を展開した。
しかし、その抵抗むなしく最後にはG弾による自爆を決行、多くのBETAを道連れにしたものの、G弾の有効範囲外にいたBETAも未だ多く。ボパールは再びBETAの手に落ちた。
このとき、基地内部に侵入した小型種に反応炉破壊用に設置したS11への導線が切断され、反応炉の破壊に失敗。
甲13号目標ボバールハイヴは奪還され、再建されることとなる。


国連軍マシュハド基地は、東西北3方同時侵攻というその圧倒的物量の前に、早々に基地の破棄を決定していた。
反応炉をいつでも破壊できるようにS11を配置し、また自爆用のG弾も用意されていた。
その上で新型BETAのデータを取得すべく、また少しでも多くのBETAを間引くべく、ある程度防衛戦を行った後に撤退戦に移行することが決定されていた。
しかし、その作戦は失敗に終わる。
甲9号目標アンバールハイヴから侵攻したBETA群が、先んじて撤退を開始していた各種車両群とその護衛の戦術機に反応し、半数を基地南側に回して来たのだ。
これにより先行した部隊は全滅、マシュハド基地は重包囲下に置かれることとなり、僅かな衛士が脱出に成功した以外は、基地指令以下多くの将兵が基地とその命運を共にした。
反応炉破壊用に設置されたS11は正常に作動したものの、反応炉の強度が想定より高かったことから完全破壊に失敗してしまう。
再度S11を設置する為に戦術機を反応炉フロアに急行させるも、彼らはメインシャフトを雨のように降り注ぐBETAに邪魔され到達することが出来ず。
甲2号目標マシュハドハイヴは奪還され、再建されることとなる。


国連軍ロギニエミ基地はカナダからの増援を受け入れ、戦力を増強した上で防衛戦に臨んだが、抵抗むなしく基地内部に侵入され、陥落寸前まで追い詰められる。
しかし基地内部への進入を許した時点でロギニエミ基地指令は反応炉の破壊を決断、BETA到達前に反応炉を破壊する。
反応炉が破壊されると同時にBETAは撤退を開始、ロギニエミ基地は辛うじて防衛に成功した。


国連軍ブダペスト基地もまた、防衛戦を展開したものの、陥落。
反応炉破壊に失敗したことから甲11号目標ブダペストハイヴは奪還され、再建されることとなる。


国連軍リヨン基地は、英国と米国からの大規模な増援を受け、最大規模の防衛戦を展開、BETAの撃退に成功する。
英国は海峡を挟んだ地に再びハイヴが建設されることを恐れた為、可能な限りの増援を送っていた。
それは米国も同様であり、東海岸の部隊を過剰なほどに送りつけていた。


国連軍重慶基地では、統一中華戦線が核地雷まで使用して防衛戦を展開した。
しかし核さえも、津波の如く押し寄せるBETAの前には蟷螂の斧に等しく。
最後には反応炉ブロックで水爆を使用、侵攻したBETAごとハイヴを根こそぎ吹飛ばすという荒業を以って、撃退に成功する。


国連軍マンダレー基地もまた、防衛戦を展開したものの、陥落。
反応炉破壊に失敗したことから甲17号目標マンダレーハイヴは奪還され、再建されることとなる。


国連軍横浜基地跡へと向かうBETAには、国連軍大分基地と帝国軍京都鎮守府が対応した。
大分基地は玄界灘で戦艦部隊とともに上陸してくるBETAを迎撃する。
ただし、彼らは基地開設当初の取り決め通り、BETAが一定以上上陸し、継戦は甚大な被害をもたらすと判断された時点で撤退。
以降、一部の国連軍部隊がゲリラ戦を展開したものの、防衛戦は帝国軍が単独であたる事となった。
帝国軍はかつての侵攻経路上に病的なまでにS11弾頭の地雷を設置しており、これによって新型BETAをも下から屠っていった。
しかしそれだけでは圧倒的な数を誇るBETAに対処できるはずもなく。
他にも瀬戸内海には多数の護衛艦や砲艦を浮かべており、それらの小型艦船は大小様々な島々の陰に隠れて執拗なまでの砲撃を行い、BETAの暫減に努めた。
戦術機や支援戦術機で構成された機甲師団もまた、侵攻するBETAの頭を押させつつ戦線を後退させていく。
そして京都鎮守府から来た迎撃部隊と合流すると、姫路において遂に攻勢に転じた。
支援戦術機の砲火の元、蜃気楼が、不知火参型がBETAに肉薄する。
重突撃級もまた、突撃級同様後方は無防備であることがここまでの戦いで判明していた。
その為彼らは混戦に持ち込むことで、重突撃級の搭載する光線級のレーザーを撃ち難くさせ、そのうえで後ろから屠っていった。
従来のBETAに対してであれば、白銀武に鍛えられた帝国軍にとって混戦は十八番と言って良く。
予め部隊を幾つかに分け、補給のタイミングに気をつければ十分に対応可能であった。
かくして帝国軍は明石まで押し込まれたものの、BETAの撃退に成功する。


国連軍ハタンガ基地は極地にあり、その厳しい環境が防衛戦を困難なものとしていた。
折り悪くその日の天候は強烈な吹雪であり、屋外での戦術機の運用を困難なものにしていた。
その為、予め設置していた核地雷を使い切るとすぐに基地内部での迎撃戦となり、後は数の暴力にただ押し流されるだけであった。
その勢いは凄まじく、自爆どころか反応炉の破壊すら人類には許されず。
その日、ハタンガ基地に居た人間は老若男女の区別なく、等しくその生を終えた。
甲24号目標ハタンガハイヴは奪還され、再建されることとなる。


国連軍エヴェンスク基地は、米国本土に近かったことから米国も防衛の為に増援を派遣していた。
しかしアラスカにいた部隊は1/3がカシュガル攻略戦に派遣されており、その穴を埋める部隊は派遣されていなかった。
その為リヨンほど重厚な防衛線を構築することは叶わなかったが、彼らは基地へのBETA侵入を許しながらも辛うじて防衛に成功。
甲26号目標エヴェンスクハイヴの再建は阻止された。




反攻に転じたBETAの力に、世界は慄いた。
1999年の明星作戦による横浜ハイヴ攻略後、10年掛けて攻略した11箇所のハイヴのうち、実に5箇所が奪還されてしまったのだ。
水爆で根こそぎ吹飛ばした重慶や、反応炉を破壊したロギニエミを含めれば、7箇所が攻略されたことになる。
その事実はバビロン作戦を主導してきた米国の威信を失墜させるに十分なものだった。
一連のハイヴ跡防衛戦において、米国は海外派遣兵力の実に7割以上を喪失、その軍事力を著しく減退させた。



■後書き■

ボクの考えた新型BETA、登場です。
第一次世界大戦における、戦車の登場をイメージしています。
電磁投射砲の実戦投入後だと、AG11と併せてこの位しないと、BETAが攻勢に転じるのは不可能だと思いましたので。。。

次回で最終回です。切りのいい所がないので300行オーバーです。
エピローグに当たる部分がどうにも納得いかないので、もう少し弄ってから投稿させて頂きます。

≪追記≫
10/11中に上げるつもりが、未だ修正終わらず。。。
すみません、最終話は10/12夜に投稿させて頂きます。



[12590] 【ネタ】Muv-Luv Unlimited -円環の欠片- 最終話
Name: 牛歩◆42d60b86 ID:27c2e476
Date: 2009/11/14 21:39
世界が絶望に染まる中、国連総会が緊急招集される。
議題は当然、今後の対BETA戦略について。
重い空気の中始まった国連総会において、米国代表は残ったハイヴ跡の防備を固め、時間を稼ぐしかないと消極案を出すに留めた。
しかし時間を稼いでどうするのだ、というのが各国の思いだった。
米国はいい。世界各地からの難民を市民権を餌に徴兵し、戦術機を増産すれば1年程度で質はともかく数は揃えられる。
それに対し前線各国は軍事費用を賄う為、あらゆるものを担保に米国や後方各国に莫大な借金を重ねていた。
国家破産。
その言葉が前線各国代表の頭をよぎも、それは後方国家の代表達の無償援助表明により、回避された。
前線各国が崩壊すれば、BETAの侵攻を堰き止めるものがなくなり、自国が矢面に立たざるを得なくなることを、後方各国の代表達は理解していた。
だが、BETAの地球侵攻から36年。
前線各国は人的資源も枯渇し始め、大日本帝国のように徴兵年齢を16歳以上まで引き下げる国家もあった。
彼らまでも磨り潰したら、それ以上の引き下げはあまりにも無謀だ。

継戦限界は、近い。

それは誰も口にしなかったが、各国代表の共通認識だった。
通夜のように暗く重い空気に議場が沈む中、それまで無言を通していた日本代表が口を開いた。
その発言内容に、世界は驚愕する。
甲1号目標カシュガルハイヴに対し、再度攻略戦を仕掛けるというのだ。

曰く、先のハイヴ攻略戦と、その後のボパールとマシュハドへの反攻に伴い、BETAの数は著しく減少していると推定される。
曰く、ハイヴから南南西500kmの国連軍チラス基地は未だ健在であり、そこに備蓄された物資を活用すれば短期間で準備は整う。
曰く、すぐに反攻せねば、チラス基地とそこまでの補給線はBETAの前に後退を余儀なくされ、人類は再びインド洋に叩き落される。
曰く、これ以上カシュガルハイヴが成長すれば、通常兵器での攻略は不可能となる。
曰く、佐渡島のように反応炉が破壊されたハイヴはBETAにとって無価値であり、奪還に動くことはない。

日本は唯一通常兵器でのハイヴ攻略という実績を持ち、更には先日のBETA反攻においても独力でそれを跳ね除けていた。
その日本代表の発言に、米国代表は色めき立つ。
日本の最新鋭機、蜃気楼を以ってしても途中で発生する戦闘を考えれば、反応炉まで到達するには弾も燃料も足りない。
また、ハイヴ内に侵入した部隊はBETAの反攻開始と同時に、瞬く間に全滅している。
つまりは、通常兵器でのカシュガルハイヴ攻略など不可能なのだと。
それに対し、日本代表は反論する。
弾と油は、戦術機で構成した輜重部隊を同伴することで対応する。
ハイヴへの進入者に対し、BETAが雪崩をうって襲い掛かることなど帝国軍では既に知られていることであり、その対策も既に出来ているのだと。

その後も続く日本代表と米国代表のやり取りに、各国代表は日本が本気であることを知る。
そして、佐渡島ハイヴを攻略した者、征夷大将軍たる煌武院武が陣頭指揮を執るという発言に、作戦成功の可能性を見出した。
かくして大日本帝国主導の下、第2次カシュガルハイヴ攻略作戦は可決された。

作戦名は、『桜花作戦』。






桜花作戦に向け、世界各国各軍から派遣された軍人達は前進基地に戻った。
それに対し、BETAは不気味なまでの沈黙を守り、ハイヴ内のBETAが大幅に減じていることを人々に確信させた。
BETAが沈黙している間に、国連軍チラス基地に残された物資は急ピッチで前進基地へと送られていく。
またヒマラヤ山脈の影に隠れることで航空機が使用出来たことから、アフリカ大陸からカラチを経由し、大量の物資と人員が空輸され。
海路で運び込まれた物資と人員がやはりカラチに陸揚げされ、陸路前進基地へと送られた。

この作戦に投入される国連軍は、作戦を主導し、その全戦力の実に半数を投入した日本帝国ですら全体の1割というほど、数多の国々が多数の戦力を供出していた。
言語の違い、習慣の違い、思想の違いから来る軋轢は多々発生したものの、地上部隊の指揮官に任じられた沙霧は、国連軍大分基地所属の人員に仲介させることで収めていた。
このような事態は予め予想されていた為、沙霧は各国に断った上で大分基地から大量の人員を引き連れてきていたのだ。
とはいえ、彼らが祖国への想い故にその眼を濁らせ、大局を、世界情勢を見極めきれずに利害関係を生み、衝突する様を沙霧は苦々しい思いで見ていた。
将軍に実権を取り戻す為、かつてクーデターさえ計画した自身と彼らの姿が重なってしまうのだ。
若気の至り、というにはあまりに大事ではあったが、それ故に彼らの思考を理解できる沙霧もまた、折衝役として大いに活躍したのだった。

そして先の攻略戦から僅か2週間後、国連軍は全ての準備を完了した。






一方、その頃の日本では。
煌武院武は自らが選抜した突入部隊を率い、最後の調整を行っていた。
征夷大将軍となった彼がハイヴに潜ることに対し、反対する者は多かった。
しかし、この状況下で日本が世界を率いるには、自身が先頭に立ち、ハイヴに挑むしかないと言って武は耳を貸さない。
武の妻にして政威大将軍たる悠陽もまた、彼を止めなかったことから、引き止める声は徐々に消えていった。

出撃の前日。
武と悠陽は二人で桜の蕾の下を歩いていた。
お互い、無言。
ここ数日は共に仕事に追われ、碌に顔も逢わせられなかったにも係らず、お互いがそこに居るというだけで良かった。
やがて、桜並木が終わる。
そこで始めて武は悠陽と向かい合う。

じゃあ、ちょっとカシュガル堕として来るわ。

武は軽くそう言って笑い。

はい。この子と共に、お帰りをお待ちしております。

悠陽は大きくなった腹に手を添えて、そう返した。
それに対し武は頷いて返すと、背を向けて桜並木を抜けた先で待つ迎えの車に乗り込んだ。

翌日、悠陽の演説に見送られ、武達突入部隊を乗せたHSSTは蒼穹の空へと旅立った。





かくして桜花作戦は状況を開始する。
前進基地から出撃した戦術機や支援戦術機、各種車両はカシュガルハイヴ目指し進軍を開始する。
それに反応し、数多のBETAが迎え撃つが、山岳部で一時進軍を停止した国連軍は支援戦術機部隊と支援砲撃部隊で迎え撃つ。
山岳部故にレーザーの斜線は遮られ、また直射しか出来ない電磁投射砲もそれなりに制限を受ける。
それに対し、通常の砲弾は曲射が可能だ。それ故に複数箇所で重金属雲を発生させると、そこをキルゾーンとして作戦に参加する全砲撃部隊は山を楯にして砲撃を開始した。
多くのBETAがその砲撃により屠られていくが、それでも生き延びるBETAは多い。
それに対し、支援戦術機が弾幕を張って迎え撃つ。しかし彼らは前面のBETAではなく、斜め前方に向かい、斉射する。
それは、重突撃級対策だった。重突撃級は正面からの射撃には強く、電磁投射砲の弾を逸らして退ける事すら可能だ。
しかしそれは前面に限ってのことだった。重量の問題からか、側面の装甲殻の厚さと傾斜角は突撃級とそう変わらないことが、先の大侵攻において得られた死骸から判明していた。
それ故に正面からの撃ち合いを避けたのだ。
十全でないとはいえ、電磁投射砲はBETAに対しその有効性を取り戻し、その力を持って迎撃に現れたBETAを退けたのだった。

再び進軍を開始した国連軍は平野部へと進出、遂にカシュガルハイヴの、禍々しきモニュメントをその視界に納める。
その黒き塔の下にいるあ号標的、地球上最大の反応炉を破壊すべく、彼らは決意を新たに歩みを進めた。
その彼らを、再びBETAが迎え撃つ。未だモニュメントまでは100km以上あるにも拘らず、ハイヴの地下茎はここまで達しているのだ。
それに対し、散開した戦術機と支援戦術機は電磁投射砲で戦線を構築し、その後ろから支援砲撃部隊が面制圧で一定区画毎に吹飛ばす。
それによって国連軍は部隊を前進させようとするが、半径100km以上の地下茎は伊達ではなく。電磁投射砲の射程外からも出現するBETAによって、進むことが出来なかった。
航宙爆撃の支援を受け、戦線は維持されていたものの、作戦司令部は地上からの侵攻を断念、地上部隊は陽動と暫減に勤めた。
そして、陽動が十分に機能したと判断するや、遂に作戦を第2段階に移行する。
即ち、軌道降下兵団、宇宙からのハイヴ突入部隊の投入。
今まで以上の密度の航宙爆撃が行われ、一時的に地表のBETAが一掃されると、彼らは降下を開始した。






さあ行くぞ、兄弟。
その少し前、宇宙空間上の国連軍衛士らに激励の言葉を送った武は、帝国軍及び斯衛軍から選抜された部隊のみに通信を絞って、そう告げた。
兄弟、ですか?と若い衛士が、思わず返した。
そうだ。貴様らは、私の後ろを、私の切り開いた道を歩む子に非ず。私の横に立ち、私と共に新たな道を、勝利への道を共に切り開く兄弟だ!
満願成就の時は来た。今日、この日を持って我ら人類は甲一号目標、オリジナルハイヴを攻め落とす。地球を我ら人類の手に奪還するのだ!
プラチナム・ブラザーズに告げる!これより我ら、あ号標的に向かって、進軍を開始する!!
それを聞いた彼らは、決意を新たに敬礼を返す。士気は天井知らずに跳ね上がり、兄弟達の眼には獰猛な輝きが燈っていく。
それを確認し、武もまた獰猛な笑みを口元に浮かべると、通信回線を再び全軍に繋げた。
全部隊に告げる。桜花作戦第2段階、状況を開始せよ!


降下部隊は、航宙爆撃で地上のBETAが一掃された僅かな隙を突き、地上に降り立つ。
反応炉破壊部隊1中隊に対し、戦術機のみで構成された輜重部隊2中隊が同伴するという、3中隊からなる大隊で、数多のBETAが待ち受ける魔窟へと挑む。
それぞれが割り振られたシャフトへと突入していく。目指すは、あ号標的の破壊のみ。

武の率いる、蜃気楼(斯衛軍仕様。帝国軍の物とは装甲形状と塗装が違う)で構成された部隊もまた、突入を開始する。
脚部キャタピラで縦横無尽に、壁や天井をも走り抜け、或いはスラスターを噴かしてBETAの頭上を飛び越えていく。
穿つBETAはその進路を阻む者のみであり、撃つ弾丸を最小限に抑え、消耗を防ぎながら前進する。
しかしシャフトを埋め尽くす津波となって押し寄せてくれば、逃げ場はない。
それが後方からであれば、S11でシャフトを崩落させてBETAの進路を塞ぎ、更にはBETA側に崩落が収まってから起爆するよう、タイマーを設定したS11を複数設置することで、シャフトを銃身、崩落箇所を銃底に見立て、吹飛ばすことで対応できた。
前方からBETAが雪崩を打って押し寄せてきた時は、前進するためには崩落させる訳にもいかない以上、排除するしかない。
その対応策は、佐渡島ハイヴ攻略時に既に出来上がっていた。即ち電磁投射砲で穴を穿ち、そこにS11を打ち込んで吹飛ばす。それを突破口が開くまで繰り返したのだ。
幾度かは崩落させた地点まで押し込まれ、泡や全滅か?という場面もあったものの、そこまで後退すればシャフトを銃身と見立て、吹飛ばすことも可能だった。
この時は戦術機もまた爆風に曝されてしまうが、重突撃級の死骸を楯とすることで彼らは難を逃れていた。

そうして予想される道程を半ばまで来たホールで、武達はその歩みを止めた。
反応炉破壊部隊と輜重部隊の半数が、輜重部隊の残り半数から武器弾薬と燃料の補給を受ける為、進軍を一時停止したのだ。
手付かずの増槽からの補給だけでなく、内蔵タンクの燃料までをも給し、更には当初の想定以上にS11を消費していた為、自決用のそれまでをも渡し、彼らはあ号標的の破壊をこれから先に進む仲間に託した。
そして補給が終わると、敬礼を交して彼らは別れた。
彼らがここで脱落することは、当初から予定されていたことだった。

脱落した彼らにも、容赦なくBETAは襲い掛かる。それに対し、彼らは内蔵タンクの底に僅かに残された燃料を燃やしきって抵抗する。
弾薬は全て、仲間に託した。彼らに残されたのは、耐久値の理論限界を超えた07式近接戦用長刀や07式近接戦用短刀のみ。
それでも彼らは仲間の後を追わせはしないと、残燃料の警告をOFFにしてBETAに挑む。
しかしすぐに1機、また1機と燃料が尽きた巨人はその動きを停止していく。
停止した戦術機は戦車級に食われ、要撃級に吹飛ばされ、突撃級に弾き飛ばされ、要塞級に溶かされていく。
しかし彼らは、その中には居なかった。停止すると同時にベイルアウトし、機械化歩兵装甲でなお足掻いていたのだ。
だがその必死の抵抗もBETAの物量に抗えるものではなく。武達と別れて30分とせず、彼らは全滅した。


残り1/4まで来た時点で再度の補給を行い、残りの輜重部隊と別れた反応炉破壊部隊は、遂にメインホールに到達する。
佐渡島ハイヴにも同様の空間があったことから、その存在は予想されていたものの、そのあまりに広大な地下空間に彼らは絶句する。
しかしすぐに彼らは気を引き締めると、止まった足を再度進めた。
その広大な地下空間を進む蜃気楼の前を、BETAはその圧倒的物量を持って塞ぐ。
それに対し、武達は僅かな穴を抉じ開け、強行突破し後ろに回ると、メインホールを崩落させて後背の憂いを絶つ。
そうして前進した彼らの前を壁が塞ぐ。後に門級と呼ばれることになる新型BETAは、それと知らぬ武達にとっては行き止まりにしか見えなかった。
足を止めた彼らに、更なる新型BETA、後に母艦級と呼ばれることになる大型BETAが奇襲をかける。
至近距離に出現した母艦級から出現するBETAと混戦になったものの、元々混戦を十八番にする武達斯衛軍はその初撃を持ち堪える。
しかし行き詰った現状が、ここまでの進軍で蓄積した疲労を自覚させる。それにより集中力を切らした者が一人、堕ちる。
1機減れば残された者の負担は増え、また精神(ココロ)を削る。1機、また1機と蜃気楼がBETAの津波の中に沈んでいく。
そんな中、音紋解析からその先が反応炉ブロックに繋がる事を察した武達は、門級の障壁の一枚の根元へと電磁投射砲の集中砲火を放ち、破壊することで突破口を開き、死地を脱したのだった。

先を急ぐ彼らの前に再度門級が立ち塞がるも、同様に1枚の障壁を根元から折ることで、遂に10機の蜃気楼があ号標的フロアに到達する。
フロアの中心に聳え立つあ号標的を最大望遠で確認した武は、S11を設置すべく前進しようとするが、あ号標的から放たれた触手に阻止されてしまう。
電磁投射砲で迎え撃つも、触手の先端部は突撃級の殻や要撃級の爪と同じ素材らしく、僅かな動きで絶妙な傾斜角を持たせて弾道を逸らされてしまう。
突撃砲で迎え撃とうにもそれほどの太さがなく、また常に素早く蠢く触手に当てるのは容易ではなく。近接戦で切捨てるのが精一杯だった。
防戦一方に追い込まれる武達だったが、更には後方での異音に振り向けば、門級が残された5枚の障壁を開いていた。
後方からのBETA追撃を防いでいた小隊から、メインホールからBETAが押し寄せて来ているとの報告を受けた武は崩落と時間差爆破を指示しようとするも、S11の残弾数はそれを許さなかった。
崩落だけさせて何とか時間を稼いだ武だったが、残弾、残燃料ともに心細くなり始めており、進退窮まったとの思いを拭えない。


打開の糸口が掴めず手詰まり感が漂う中、一機の蜃気楼がその腹部を触手に貫かれた。
触手はその機体を軽々と持ち上げるとあ号標的の方へと引き寄せる。
一瞬呆気にとられたものの武は救出を命じ、部下もそれに答えて動く。
しかしそれは捕獲された蜃気楼からの銃撃によって阻まれてしまう。
驚く武達に対し、捕われた衛士から通信が入る。
あ号標的からハッキングを受けており、機体制御が奪われていっている、と。
ハッキングによる出鱈目な銃撃はその弾道が読めず、武達を惑わせる。
被弾した一機が片足を膝からもがれ、体勢を立て直そうと動きが鈍ったところを触手に襲われて爆発四散する。
ある機体は片腕を失い、またある機体は頭部に直撃を受け、メインカメラを損傷する。
その状況においてなお、今助けてやる、脱出は出来ないのか?と叫ぶ武に対し、捕われた部下は不可能だと返す。
自身もまた侵食されており、指一つまともに動かせないのだと。
殺して下さい。そう懇願する姿に武は最後の一歩を踏み出せず、苦悶する。
そして彼が決断を下せぬ間に、捕われた蜃気楼は全弾撃ち尽くしてその動きを止めた。
救出のチャンスかと思ったのも束の間、耳障りな警告音が鳴り響く。
それは、S11による自爆を知らせる警告音だった。
それと同時に蜃気楼を捕らえていた触手が武達へと襲い掛かる。
心のどこか冷めた部分で事態を冷静に把握した武は、ここに来て遂に捕われの蜃気楼へとその銃口を向け、引金を引いた。
ありがとうございます、殿下。
撃って下さい。討って下さい。殺して下さい。と半狂乱に叫んでいた衛士は、最後にそう微笑んで逝った。


S11の爆風が過ぎ去ると、感傷に浸るまもなく、煙の中から触手が襲い掛かる。
視界を遮られている状況の拙さに、武はまずは煙の中から脱するべく、右側へと転進しようとするが、それもまた触手に妨害される。
その妨害を潜り抜け、5機まで減った部下を率いて煙を脱したその時、右側の門級の障壁が吹飛んだ。
そこから現れたのは、帝国軍カラーの6機と斯衛軍の黄の蜃気楼の他、途中で合流したであろう各国の戦術機だった。

榊大尉以下6名、煌武院殿下の指揮下に入ります、と敬礼する榊千鶴少佐。
あれ?一番乗りは取られちゃったかー、と能天気に呟く鎧衣美琴中尉。
ん、そう言って崩れた敬礼をする彩峰慧大尉。
た、武さん?あ、いえ、こ、煌武院殿下、お、御久しぶりであります!と慌てて敬礼する珠瀬壬姫大尉。
委員長、美琴、綾峰、たま、良い所に来た!と思わずガッツポーズをする征夷大将軍、煌武院武。

篁大尉、煌武院殿下の指揮下に入りますと、篁唯依大尉。
我が中隊は私を残し、全滅しましたと、彼女は続けた。
そうか。貴様をここまで送り届けた彼らの挺身に感謝する、と武は緩んだ表情を引き締めると、一転して真面目に返す。

そして各国の衛士達が武と言葉を交し、指揮下に入っていく中、F-22Cに乗ったユウヤ・ブリッジス米国陸軍大尉は指揮下に入ることを拒否し、協力すると伝える。
先に合流した時にも一悶着起こしていたこともあり、榊千鶴は米国に対して抱く隔意もあって眉を顰め、篁唯依はもう少し言葉を選べ、この馬鹿、と頭を抱えた。
それに対し、米国の桜花作戦参加条件を知る武は、歯に衣着せぬユウヤに眉を顰めながらも、好きにしろ、とだけ答えた。




桜花作戦実施にあたり、日本は米国に対し様々な便宜を図っていた。
国連軍チラス基地は米国主体の基地であったし、そこにある物資も殆どが米国の物だった。
桜花作戦はその物資を利用することを前提にしていたし、また海外派遣兵力の7割以上を喪失したとはいえ、未だ世界最大の戦力を有する米国が不参加を表明するだけで、頓挫するのだ。

その為、日本はF-22B(F-22AにXM-3を搭載し、脚部キャタピラの追加に伴い下半身を中心に再設計した機体)より航続距離の長い蜃気楼の提供や、北側からのハイヴ突入といった条件を米国に提案していた。
蜃気楼に対し、F-22Bは推力や最大巡航速度で上回っていたものの燃費が悪く、あ号標的到達には補給が2回多く必要だった。
その分、燃料を運ぶ為の燃料が、弾薬を運ぶ為の弾薬が、それらを運ぶ為の戦術機がより多く必要となってしまう。
その為、部隊が大規模になってしまい、より多くのBETAを惹きつけてしまう危険性が憂慮されたのだ。
また北側からのハイヴ突入は、地上陽動はハイヴ南側で実施する為、BETA出現率がもっとも低くなることが予想された。
その最も条件がいい突入経路を米国に譲る、つまりはあ号標的破壊の手柄を米国に譲ると言ったのだ。

それに対し、米国は自国の部隊が他国の指揮下に入らない独立行動権と、蜃気楼の装甲をF-22の物に換装しF-22Cとすることを要求した。
彼らにしてみれば、世界最大最強の米国の軍人が、脆弱な他国の軍人(消耗品)の下に付くなど許せることではない。
そして世界の工場たる米国の軍隊が他国製の戦術機を表立って堂々と使うなど、それこそ国家の面子にかけて認める訳にはいかないのだ。

独立行動権に関しては、ハイヴ突入後に米国部隊は独自の作戦行動を行う、と日本が作戦参加各国を説得することで同意したものの、蜃気楼の改造には難色を示した。
先のオリジナルハイヴ攻略戦から僅か2週間後に作戦を開始する為には、改装する人手と時間が足りず、また機体変更に伴う習熟訓練の時間も不足することが予測された。
渋る日本政府とメーカーに対し、米国は他国の倍額で買うと言って度肝を抜いた。
戦争特需に沸いているとはいえ、鉄源ハイヴ攻略とその後の西日本復興を控えている日本にとって、それは余りにも美味し過ぎる話だった。

上層部の思惑に引っ掻き回された現場は、正しく修羅場だった。
エンジニア達は先の西日本防衛戦にてメーカー修理となった多数の戦術機を桜花作戦までに修理するだけでなく、新品の蜃気楼200機の装甲をF-22の物に換装し、その為に狂った機体各部のバランス調整に四苦八苦する羽目になる。
また、同様に米国陸軍の衛士達は、設計思想からして異なる日本製戦術機の扱いに四苦八苦しながらも、かつて不知火弐型のテストパイロットを務めたユウヤが先頭に立って習熟に勤めた。
こうして極めて短い時間で造られた、政略色の強い戦術機がF-22Cだった。




攻めあぐねいていた武達にとって、援軍はありがたかった。
榊達にも対応する為だろう、武達に向かってくる触手の数は半減していた。
初めて相対するあ号標的からの攻撃に、千鶴の率いてきた混成中隊は苦戦を強いられるも、武からの助言を受けて態勢を立て直す。
態勢が整うと、武は斯衛から3機を選抜し、自らを加えた4機で切り込むといい、他の機体にはその援護を命じた。
榊はその危険な役割を武が担うことに反対するが、武は機体制御で自らを超える者がいないことを挙げ、榊の意見を却下した。
そして、彼らは反撃に移る。武の駆る紫の蜃気楼に選ばれた白白黄3機の蜃気楼が続き、その後ろを仲間達がバックアップする。
更には突入する4機の後ろに、F-22Cが続いた。
武からの叱責に、ユウヤは4機より5機の方が確実だと反論し、またアンタの指揮下に入った覚えはない、と言って取り合わなかった。
武は舌打ち一つでユウヤのことは忘れ、前だけを向いた。
襲い掛かる触手を跳んで避け、潜って避け、太刀で切り落とす。点と線で押し寄せる触手に、銃器は大して有効ではなかった。
しかし後方からの支援は、切込部隊へと四方から殺到する触手の何割かを打ち落としていた。
更には、壬姫の電磁投射砲による狙撃は、進路を阻害する触手や、死角から襲い掛かろうとする触手を狙い打っていた。
それでも尚、襲い来る触手は圧倒的であり、遂には白の蜃気楼が主機を穿たれ、爆散する。
それに続き、やはり白の蜃気楼が胸部を穿たれ、衛士は即死し、機体を乗っ取られてしまう。
だがその機体は、後方より援護射撃を行っていた赤の蜃気楼、月詠真那によって撃ち抜かれ、爆散した。
驚く武に対し真那は、部下の亡骸をBETA如きに穢させはしません。殿下はただ前だけを見ていてください、と告げた。

紫の蜃気楼に、黄の蜃気楼とF-22Cが続き、あ号標的へと迫る。
残り1/3程度まで近づいた時だった。黄の蜃気楼が脛に一撃を貰い、片足を失った。
また、それを庇う様に動いたF-22Cも機体を横殴りに跳ねられ、機体各部に損傷を負ってしまう。
黄の蜃気楼の衛士、篁唯依はF-22Cの衛士、ユウヤ・ブリッジスに対し、何故自分を見捨てて進まなかったのか、と叱責するが、ユウヤは唯依を見捨てることは出来なかったとだけ答えた。
それを見ていた武は、共に戦う仲間を見捨てぬ心意気を褒め、機体の損傷した部下と共に援護してくれるよう、ユウヤに依頼した。
ユウヤはそれを受け入れると、唯依と共に損傷した機体を騙しながら、その場に留まり、尚も進む紫の蜃気楼の援護に勤めた。

紫の蜃気楼は、共に進む仲間がいなくなった事で、その動きをより先鋭化させていた。
後続の部下と合わせる必要も、気遣う必要もない。唯己の腕だけを持って、進むのみ。いや、後方から支援してくれる仲間を信じて、切り込むだけだ。

Go Ahead.

ただ前だけを見て、突き進む。迫り来る触手を切捨て、キャタピラを唸らせて駆け巡り、跳躍ユニットを噴かして飛び。
迫り来る触手をも足場として蹴飛ばし、或いはその上を走り抜け。
その背後を狙う不届き者は、世界随一のスナイパーが、仲間が打ち払ってくれる。
我が背後に憂いなし。故に、唯前進あるのみ。
そして、遂にはあ号標的、反応炉に紫の蜃気楼は達する。
その瞬間、あ号標的はその半球状の上部構造体から無数の触手を放ち、飽和攻撃を仕掛けた。
視界を埋め尽くし、壁の如く押し寄せる触手を、武は下に潜り込む事で回避する。
そして素早く吸着式のS-11を幾つかその下部に放り投げ、貼り付けると、襲い来る触手を掻い潜り、反転して距離をとった。
その30秒後。武が安全距離に達するよりも僅かに早く。S-11のカウントは0となり、その内に秘めた破壊力を如何なく開放した。
閃光と、爆音。そして、煙の晴れた先には、あ号標的の姿はなかった。

やった、のか?

誰かの呟いた声が響く。
それに答えるように、地響きが鳴り響く。
それは、BETAが最寄のハイヴへと移動し始めたことを表していた。
誰ともなく、歓声が沸き上がる。涙を拭う事もせず、ただ喜びを分かち合う。誰もが、笑っていた。

その中で、ユウヤは唯依と笑い合いながら、先程の戦闘のことを考えていた。
最後に煌武院武が見せた機動。あれは、自分達とは次元の違う物だった。
あれこそが本当の3次元機動。全ての衛士が目指すべき物なのだろう。
今日、それをこの眼で見れた俺は運が良かった。あの機動を己の物としたとき、俺は更に強くなれる!
そう思うと、ユウヤは血が滾るのを抑えられなかった。そして思考は、今日の作戦に移る。
今回の作戦では日本製戦術機の操縦経験から抜擢されたが、日系人であることから主侵攻ルートから外された。
だがそのお陰で、唯依や日本軍と合流することができ、米国人として唯1人、反応炉フロアに達することが出来た。
G弾が無効化され、また通常兵器でのオリジナルハイヴ攻略がなされた以上、米国は戦略の大きな転換を迫られることは明白だ。
そうなればF-22C、いや蜃気楼と同じコンセプトの新たな戦術機の開発がスタートすることだろう。
その計画が始まれば、反応炉フロアに到達した俺は、必ずテストパイロットとしてその開発に参画することになるだろう。
衛士としてより高みに上る為の道筋を見つけ、また未だ見ぬ新型戦術機に思いを馳せ、ユウヤは有頂天だった。
そう、その横で唯依が、コイツまた戦術機のことばっかり考えて、私のこと忘れている・・・。と非難めいた視線を向けていることに気付かぬほどに。






武達は電磁投射砲で反応炉フロアの天蓋を吹飛ばすと、メインシャフトを通って地表付近まで上昇、モニュメントを内側から穿って地上へと出た。
その途端、ありとあらゆる回線から、あらゆる言語で賞賛の言葉が送られてきた。
ハイヴの南側に布陣した地上陽動部隊は、再建された甲13号目標ボパールハイヴへと落ち延びるBETAの対応に四苦八苦しながらも、武達へと賛辞の言葉を送ってきた。

BETAは、当初の予想通り、四方のハイヴへと落ち延びていった。
南側へと向かったBETA達は地上陽動部隊が山岳部まで後退しながらも暫減に勤め、最終的には航宙爆撃をも駆使し、その全てを駆り尽くした。
航宙艦隊は全弾撃ち尽し、地上陽動部隊も残弾は各機の手持ちだけと言う辛勝に、人類はBETAの圧倒的な物量に改めて脅威を覚えた。
甲1号目標カシュガルハイヴは、2週間前に攻略部隊を撃滅した後、甲2号目標マシュハドハイヴと甲13号目標ボパールハイヴに大部隊を送り、ハイヴを再建している。
更にはそれから2週間後の今回の作戦においても、反応炉破壊までの間に地上及び地下茎内において大量のBETAを駆逐していたのだ。
その中を生き延びたBETAの1/4を駆逐しただけで、この決戦の為に人類が用意した弾薬は底を付いてしまったのだから、物量の差は圧倒的であった。
桜花作戦を早急に実施していなければ、カシュガルハイヴを落とすことは出来なかった。それが、人類の偽らざる思いだった。


カシュガルハイヴは攻略後に徹底的に調査され、地下茎の内壁にAG11が含まれていたことが判明する。
それによりG弾が放つ異常潮汐力を中和し、内部のBETAを保護していたことが確認されたのだ。
その後に攻め落としたハイヴにおいても同様であったことから、G弾によるハイヴ攻略という戦略は破棄された。
また、AG11が異常潮汐力を中和することが確認されたことから、地下茎の内壁からAG11を抽出し、異常重力地帯に散布することで命息づく大地へと再生することが検討された。
その後それは実行に移され、カシュガル攻略から10年が経つ頃には横浜も立ち入り制限が解除され、復興が始まる事となる。
国連軍横浜基地跡には帝国軍の基地や衛士訓練校が立てられ、街も嘗ての賑わいを取り戻していった。






2009年3月末日。
桜舞散る帝都に、煌武院武とその配下が、あ号標的破壊を成し遂げた英雄達が凱旋した。
輸送機から降りる彼らを、多くの将兵が一部の隙もない見事な敬礼で出迎え。その後ろでは報道陣のフラッシュが瞬いていた。
そして、帝都城に戻った武を、桜花作戦に向かう彼を見送った桜並木の下で、悠陽は出迎えた。

ただいま、悠陽。
お帰りなさいませ、武様。

桜吹雪の元、2人は見詰め合い、唇を交わした。






―――それから30年の時が流れた。






オリジナルハイヴ攻略戦で確認された重突撃級や母艦級、門級以降、新型のBETAは確認されず、またBETAが新たな戦術を駆使することもなくなった。
それに対し、人類は兵器と戦略、戦術を常に進化させ、地球上のハイヴを全て攻略し、母なる大地を取り戻していた。
そしてこの日、BETA大戦は新たな局面を迎える。月奪還作戦が、遂に始動したのだ。

しかし、その作戦に煌武院武は参加していなかった。
重金属雲が漂う戦場を流離い、また異常重力地帯である国連軍横浜基地に所属していた事実は、彼の身を大いに蝕んでいたのだ。
病床に伏せた彼は、妻子に対して語りかけていた。

 俺は、俺達は、人類は地球を取り戻した。
 次は月だが、残念ながら俺にはもう時間がないようだ。我が子らよ、あとは任せて良いな?

彼の子供達が、銘々の口から承諾の言葉を返すと、それを聞いた武は満足げに微笑んだ。
そして悠陽を呼ぶと、その頬を撫でて眼を瞑った。

 ああ、もう思い残すことはない。
 悠陽、少し休んだら、またあの桜を2人で見に行こう――――――――――――。

はい、という返事を返し、悠陽は一筋の涙と共に悲しみを押し込んで微笑み、愛しい夫の手をとってその最期を看取った。



唐突であるが、この物語はここで終わる。
何故ならば、因果導体たる煌武院武、いや白銀武は鑑純夏に辿り着けなかったのだから。
この世界は白銀武の死を以って破棄され、再び2001年10月22日に巻き戻される。
白銀武が御剣冥夜を愛し、煌武院悠陽と結ばれ、地球上からBETAを駆逐したと言う事実は虚数空間に棄却された。
彼は全ての知識と経験を失い、再びかつての自室からリスタートするのだ。
そう、これは、一人の少女の純粋な願いによって、打ち砕かれた物語。
彼女に辿り着くことが出来なかった、幾億万の物語の一篇。
かくして人は、彼が彼女に辿り着くその時まで、閉じた円環の中で無限の勝利と敗北を繰り返す。




■後書き■

私が書きたかったSSの粗筋は、以上です。
書こうとした切欠は、どこかでunlimitedの冥夜エンドでは人類は敗北しており、武は純夏同様に脳髄だけになっている、という公式(?)設定を知ったことです。
それを知った時、いやいや、人類が逆転勝利を収めている可能性だってあるだろう、と憤ったことが始まりでした。
後はunlimitedとAlternativeのどちらにも悠陽エンドがなかったので、それならば俺が書いてやろう、などというおこがましい思いもありました。
それから2年位経ってしまいましたが、恥ずかしながらも人目に晒せる程度には形に出来て、取りあえずは満足しました。

10/10土曜に一度は書き終わり、順次切りの良い所で投稿し始めたのですが、一日経って見直すと、あ号標的戦からの流れがどうも気に入らず、結局書き直してしまいました。
そうしたら、最後の最後で、ユウヤ君が変なフラグを立ててくれました。※
深くは考えていませんが、地上のハイヴ根絶から月面侵攻までの間に、彼が何らかのトリガを引き、日米戦争が起きていたかもです。
トータルイクリプスは公式HP上の粗筋やキャラクター紹介でしか知らないので、人物像が違ったらご容赦ください。

※)10/18修正でこのフラグは削除されました。

話が途中でぶれるといけないと思ってプロットを書き始めましたが、ユウヤ以外にも米国がパワフル過ぎて思いきり脱線、日本も巻き込んで人類滅亡エンドに逝ってしまって書き直したり。。。
沙霧が大怪我した後に8割方擬体化したら、オレンジ卿というか恋愛原子核化して思い切り話をぶち壊してくれて、大幅に書き直したり。。。
当初は考えていなかった要素が後からどんどん出てきて、プロットの大切さを実感しました。
・・・そういう要素がないようにしようとしたら、徐々に記述が細かくなり、何時の間にやら粗筋になってしまいましたが。。。


粗筋ではなく、小説としてちゃんとした物が読みたい!という多数の声を頂け、嬉しく思います。
ですが1話の後書きで書きましたとおり、私の執筆速度はめちゃくちゃ遅いです。
また、仕事が忙しい時期だと、半年ぐらい執筆がストップしたりします。
今回は病気療養で長期休暇をとったお陰(?)で、一気に完結できた次第です。
これがなければ、後半年一年はかかっていた事でしょう。
そういう訳で、申し訳ないですが小説版は皆さんの心の中で、想像し、妄想し、具現化し、執筆して下さい(アレ?)。

最後に、没ネタのオマケです。


■没ネタ■

・OPは207B訓練小隊4人娘(榊、綾峰、珠瀬、鎧衣)でマクロスFのライオン。EDは冥夜&悠陽で同じくマクロスFのトライアングラー。笑顔の二人の前で正座する武付き。
→SSにOPとEDはいらないと後から気付く馬鹿な牛が一頭。

・日米交渉の折、米国が〇四式基幹算譜をコピーした証拠をマスコミを通じて米国国民に流し、民意を味方につけて優位な条件を引き出す。
→戦時下の米国国民は、『強いアメリカ』にYes!ということで、必要悪として認めてしまう。
 日米交渉は決裂し、日本ジリ貧ルート。G弾無効化後も日本が動けず、シナリオの建て直しが出来ず大幅に書き直し。

・武から結婚しないかと持ちかけられ、彼の胸に抱きついた悠陽が計画通りと新世界の神スマイル。
→悠陽殿下は黒くない!・・・よね?

・第2次明星作戦で武がもう1人出現。
→夕呼先生がいないと説明役がいない&出てくる必要性がまったくなかったので却下。
 2人目が純夏を助けたりする展開も考えたが、ループが終わってAlternative本編と繋がらなくなってしまうので没。
 そもそも夕呼先生がいないと純夏が脳髄のままで、話が進まないし。

・第2次明星作戦後の異常重力地帯に放置されて、純夏死亡。
→純夏が死んだら観測者が居なくなって強制的にループするんじゃないだろうか?ということで没。多分、青い液体がBETAの超科学で守ってくれた筈。
 オルタOPの(第1次)明星作戦の場面でも、地下茎内がG弾によって破壊されていたにも拘らず、純夏達捕虜の捕われたカプセル(?)は無事だったから問題なし!
 それに夕呼先生と霞がバーナード星系に行ってしまったので、純夏のことを知っている人間がおらず話に絡められない。

・沙霧が全身を8割方擬体化して、オレンジ化。
→悠陽にGetされた武に代わり、沙霧が主人公(恋愛原子核)になってしまったので没。
 クーデター騒ぎで示した将軍家への絶対的な忠誠から月詠従姉妹と接近し、大分基地では帝国軍と斯衛軍の代表として唯依と反発したり接近したり。
 その後の鉄源ハイヴの間引き作戦で、上級指揮官の不足から新任の教え子を引き連れて参加していたまりもちゃんを庇って大怪我して入院(オレンジ化)、それが原因でまりもちゃんが沙霧を気にし始めたところで、唯依がまりもちゃんを罵ってみたり。
 大分基地にその頃になってやってきたユウヤと三角関係でギスギスしてみたり。
 回復後の試製蜃気楼の御披露目で、ユウヤから後ろ弾食らってみたり。
 8割方擬体化したことから人類初の戦術機との神経接続実験の被験者となり、その実験を通じ蜃気楼を改造した専用機をGetしてしまったり。
 あ号標的を前に苦戦する武達の助太刀に参上。温存していたS11弾頭の短距離ミサイルで忠義の嵐。
 触手を薙ぎ払った後に単機切り込み、返り討ちにあったと思ったら追加装備をパージ、あ号標的を討ち取ちゃったり。
 色々暴れてくれたので、自重することにした。ラスボスを倒すのは、やっぱり主人公だと思いますから。
 変わりに大英帝国辺境伯ジェレミア卿を出したら、王子様王女様の為にとやっぱり大暴れしてくれたのでこちらも自重。

・桜花作戦の地上陽動部隊として、日露共同開発の蜃気楼ベース試作複座型支援戦術機で紅の姉妹が大暴れ。
→機体名をホノカグツチにしようとしたら、ギャグのような外伝で既に使われていたので萎えた。本筋に関係のない余談なので没に。
・桜花作戦の地上陽動部隊として、日露共(ryの後部座席で、まりもちゃんがガンナー兼指揮官として連隊の指揮をとる。前部座席で機体を操縦する元教え子の技量を見て、世代交代を実感、引退を決意する。
→乗機自体が没になったし、脳内まりもちゃんからの抗議により、没。


以上、没ネタでした。
ここまで御付き合い頂き、ありがとうございました。



■修正■
ユウヤはヤンキー(不良)で戦術機が大好きな武、といったキャラだから違和感を感じる。という指摘を受け、ユウヤ関連の記述を修正しました。
違和感、ヘイト臭が消えていればいいのですが。。。

■修正2■
没ネタを修正したいと思いますので、一旦削除させて頂きました。


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