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[1127] マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第76話から
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/07/31 17:51
2005年7月20日以降某日……リビア油田基地




 最前線の油田基地に着任して約1ヶ月。第4世代戦術機と新兵器のお披露目、データ収集を兼ねた戦線援護は良好
だった。
 他の基地への援護も幾つか行なった結果、第4世代戦術機の性能は万人が認める所となり、EFF展開シールドの有用性も広く知れ渡った。
 玲奈の話では、アフリカ政府が両兵器の有用性を認めるに至り、現在マレーシアで進められている第1次製造計画に全面的に協力することとなったそうだ。それに伴うように新兵器の量産、電磁加熱砲の更なる研究も進められることとなるだろう。
 第1次製造計画で製造される第4世代戦術機には、今まで武達と日本地下基地に所属している衛士達がデータを蓄積した新型OS【XM4ver0.1】が搭載される。これは、第4世代戦術機搭載の【高性能AI】と【新型高性能CPU】に対応させた専用新型OSであり、XM3の第4世代戦術機対応型OSである。
 武達の第4世代戦術機には、このプロトタイプのver0.0が搭載されている。プロトタイプと言っても、焔や玲奈がこまめに最適化して更新しているので、性能的にはver0.1と変わりはない……いや、むしろ優秀な位だ。
 この様に、オーストラリア政府を中心とした同盟と、アフリカ大陸同盟の2大同盟の後押しを受けて、新たな戦力の開発や生産は着々と進んでいたのだった。
 そして今……世界を大きく揺り動かす事となる新たな動きが始まろうとしていた。




 「すまない、待たせてしまったか?」
 「いいえ、早急な用事という事でもありませんので問題ありません」
 午後の合同訓練が終わった時、武達一同は玲奈の呼び出しを言付けされたのだが、近接戦闘を教えていた月詠と御無、そしてアイビス大尉と共に機動戦闘の研究を行なっていた武は、追加の教えを乞われたので訓練時間を延長することなり、柏木・響・ヒュレイカに遅れること、呼び出された格納庫に到着したのであった。勿論緊急の呼び出しならば、直ぐに向かっていただろうが。
 「どうぞ此方へ」という玲奈の先導の元、武達3人も歩き始める。向かっている場所からして、目的地は自分達の乗機の場所だろうと思われた。
 暫らく歩き、その予想に違い無く、自らの乗機である戦術機が視界に入ってくる。
 だが、その戦術機の様相が昨日までとは違っていた。
 「あれは……爪ですか?」
 「爪もそうだけど……脚部に付いているのは何だ? また新装備か?」
 御無の乗機である霧風には、腕の先に爪状の物が付いていた。手首から肘までの間の中程――補助碗の下辺りから拳の先までが籠手のような物に覆われている。手首部分からはナックルガードの様な形状になっており、手首の動きと同調し動きを阻害しなさそうな設計だ。そしてその拳を覆うナックルガード状の物から3本の鉤爪を模した爪(鳥類の鉤爪を真っ直ぐにしたような形状)が伸びている。
 脚部の物は全ての第4世代戦術機に装備されていた。
 踵の後ろから人間で言う脹脛部分までを覆うようにその機械が占めているが、奇妙なことに取り付けられていると言うよりは、填め込まれているといった風に見受けられた。脚の中に、その機械の3分の1程が減り込んでいるか感じだった。
 「爪の方は分かりかねるが、これは脚部用の小型推進装置か」
 「小型推進装置? …………ああ、あれか! 第4世代戦術機の!」
 月詠の言葉に引っ掛かりを覚え、暫らく記憶を漁っていた武が納得した声を上げる。
 「はい、そうです」
 「しかしあれは、装置の小型化に伴う強度不足、出力不足で初期搭載が見送られた装備ではなかったのか?」
 「そうだよな。ハードポイントだけ作っておいて、後付するって言ってたけど、もう出来たのか?」
 第4世代戦術機脚部の膝下後ろ側には、将来的に小型推進装置を取り付ける時の為に、予めレール形式の填め込みスリットが設けられている。今迄、武達の機体のその部分には、そこを埋める形で生体金属が填め込まれていたのだ。
 「こんなにも早期の完成は、第4世代戦術機の配備を希望するオーストラリア政府の全面的協力と、アフリカ政府の強いバックアップが在ったからこそです。今だ改良するべき点はありますが、使用には問題ないという事で今回、この新型兵器のパイルバンカーと共に送られてきました」
 それから玲奈に資料を渡されて説明が始まった。
 小型推進装置は、脚部――踵の後ろ側に、下から填め込む形で装備され、足の裏から噴射する事によって戦術機の瞬発的な機動補助や、空中での加速補助・姿勢制御補助に使用される。
 運用思想を考慮して、継続力より瞬発力を重視して造られている為に、瞬間噴射力は高いが、持続力はそれ程無い。
 勿論エネルギー変換噴射式だ。脚に填め込む形となるので、脚の強度維持の為にも固定式になる。
 更なる強度増加、出力増加、小型化の為に研究は継続されていて、将来を見越し、胸部や肩部にも装備できるようにすることが目標なのだそうだ。
 空中で使う場合、ブーストとの併用などを行なうと機動は更に複雑になりそうだったが、その分選択肢が増えるのは有り難かった。特に、主脚移動時の後ろへの緊急回避が素早く行なえるようになるのは大きな強みであると言えよう。
 爪の方は、パイルバンカーだそうだ。
 至近打撃力の増加を目的に、パイロン・補助碗、近接戦闘長刀などの手での保持武器との同時使用を可能として製造されたもので、装備すると拳から手首の上部分までを覆い、拳を覆うナックルガード部分から爪を模した3本並んだパイルバンカーが飛び出る形となる。
 爪部分内部(先端の歪曲している部分)には普段は閉じられている特殊弾発射口が設けられており、敵の内部に突き刺さった時トリガースイッチを入れると、特殊な爆裂弾を刺さった箇所に送り込む。その爆裂弾は、遅延爆発または遠隔操作で爆発し、敵内部をズタズタに破砕する。先端部分より電撃を送り込む事も可能らしい。
 手の上部を覆うナックルガード部分はかなり強度に作ってあり、敵の攻撃を受け流す分には十分問題なく、更に爪の内側は刃物の様になっており、そのまま斬り付けて使用することも可能だ。
 普段や武器を交換する時などは、爪は邪魔にならないように内部に格納してあり、普通はその状態から打ち出し、爪を出した状態からでも打ち出す事が可能な2段射出形式。
 近接戦闘長刀や突撃機関砲と同時使用可能という所で、意外に使えそうな兵器だった。
 「しかし随分趣味に走った武器ですねぇ。」
 「こんな外見でも作動効率などは十分に突き詰めているのですが」
 「いや……それにしたって趣味に走りすぎだろ? ア○トア○○ンだぞ、アル○○アイゼ○! 博士も良くやるよなぁ」
 武はしきりに感心している。向こうの世界のロボット関係の話をした時に色々話題に出したものだったが、まさか実際にその一部を作ってくるとは……今は昔程ではないが、それでも熱き興奮が身を擡げてくる。
 しかし、武の感想は少し外れていた。なぜならばこれは――
 「ア○ト○○ゼンが何かはよく解りませんが……これは元々甕速火用の武装として開発された物です」
 「甕速火? ならばこれの開発元は?」
 「大空寺財閥の兵器部門です」
 大空寺、日本最大の兵器メーカーだ。今は日本軍と共にアラスカに本社がある。
 「でしたら、こんな趣味に走った武装を設計する者なんて1人しか該当しませんわ」
 御無が気を抜かしてその名を思い出す。それ即ち、名前は一応伏せるが……
 「大空寺の一人娘か」
 「ですわね……」
 会った事のある月詠と御無が、その人物を思い出して呆れ果てる。頭の中で高笑の幻聴が響いてきそうだった。
 「倉庫に保管されていたのを主任が発見して改造したそうです。何でもステークだけでは足りないと、電撃攻撃も可能にしたとか……白銀少佐?」
 (やっぱり趣味に走ってる。絶対趣味に走ってる……)
 ステーク云々発言に思いっ切りずっこけた武。趣味に趣味と改良を上乗せして、趣味と機能性が両立した完璧な兵器として改造するとは……技術屋の改造魂を再度垣間見た瞬間であった。
 因みに、兵器の開発はこれで一旦打ち止めらしい。後は、良いアイディアが浮かばない限りは現行の兵器を改良進化させていく事になるそうだ。これからは、戦術機の量産や改造、後他に何かやることが色々あると聞いた。


 極簡単な兵器の説明が終る。最初に資料を渡された武達はそれを見ながら説明を受けていた、詳しい説明は貰った資料を吟味すれば良いだろう。玲奈の話では、既にシミュレーターにデータを入れてあるらしいので、3人は早速訓練しようと格納庫を後にしようとした。
 「月詠中佐、武少佐、御2人は済みませんがもう少しお付き合いください」
 「俺達だけ?」
 ……が、玲奈に呼び止められる。武は自分と月詠だけが呼び止められたことに首を傾げるが、月詠は至ってた泰然な態度で構えていた。この辺、2人の軍経験・性格の差が如実に出ている。
 「それではわたくしは此処で失礼します。皆も行って始めていると思いますので、先にシミュレーターを試させて戴きます」
 「解った、終わり次第私も行こう」
 「柏木達に後から行くって伝えておいて下さい」
 「承りました。では」
 元将軍家お抱え忍者集団の末裔で、現在でも情報部の重鎮として存在する御無家。その第3子であり、自らも厳しい訓練を受けたことのある御無は、何かの事情を嗅ぎ取ったのか、呼び止められ、足を止めた武と月詠に対し、詮索する事無く頭を下げて立ち去った。武の何の気無しの軽い頼みにも、嫌な顔1つ見せずに態々返事を返して行くのが彼女らしい。
 「此処では不味い話ですので、私の研究室へ。此方です」
  促す玲奈に付いて歩く。
 「そんなに不味い話なんですか?」
 「ええ。紙媒体の文書を、主任が新兵器のパーツに隠匿して送ってきました」
 「目録仕込みの暗号文か。あれはあやつの極親しい人物か、信頼している人物しか知らぬからな」
 「暗号文?」
 「焔主任が独自に開発した特殊暗号文です。主に目録や仕様書に紛れ込ませて使用する場合が多いですね」
 「それっぽくて恰好良いからという下らん理由で面白半分に作った暗号文だと言うが完成度は高い。仕組み自体は極簡単なので今度お前にも教えてやる」
 つまり、新兵器の中に文書を密閉しておいたという事だ。
 今の所、第4世代戦術機の兵器を扱うのは玲奈だけなので、他の者が触る心配も無い。
 文書も密閉した場所に隠してあるから、パーツを分解してみないと何処にあるかは解らなく、暗号文が解読できなければ酷い手間だ。そもそも、だれも兵器の中に機密文書を隠すなど予想しないだろう。兵器に密封して輸送するなんて盲点も良い所だ。
 (なんつーか、機密が見つからないのは良いことなんだが……凄く理不尽な気がするのは何故だろう?)
 武の感想もある意味当たり前なのだが、焔と付き合う場合それを気にしてはいけない。月詠は既に達観してしまっているし、玲奈は……恋は盲目状態だ。要するに武も開き直れ。

 そんなこんなで研究室に到着する。
 研究室と行っても、焔の時と同じ、格納庫付きの倉庫を改造しただけの所だ。焔信奉者の玲奈は、住む所も焔に似せている――という訳ではなく、結局同じ様な人種は同じ様な事を行なうのである……という良い見本であった。
 しかし焔と違い、机の上は綺麗に片付いている。几帳面な性格に見える玲奈。始めてこの机を見た時、焔の机と対比して「この辺は流石に違うな~」と武は感心していた。……が、それを信じることなかれ、実は引き出しの中はカオスなのだ。
 焔は机の上は汚く引き出しは整理整頓、玲奈は机は綺麗で引き出しはカオス……何とも言えない師弟である。
 閑話休題それは置いといて
 机の前に立った玲奈は、机から機密文書を取り出すのかと思いきや、懐より機密文書を取り出して2人に手渡した。どうやら紛失等を恐れて自分で所持していたらしい。
 「どうぞ」
 「確かに受け取った」
 「有難う御座います」
 形式的に挨拶を返す。
 受け取った文書は厚みが殆んど無く30ページあれば良い程の分量で、中身をざっと見れば見た事のある字……焔の手書きをコピーした物だった。用心の為にコンピューターを使わなかったのだろう、凄い念の入れようだ。武と月詠も、その尋常でない気の使い方に、この機密文書に相当の重要度が有る事を予想して唾を飲み込む。
 そして2人は、その機密文書をじっくりと読み始めた――。
  
 暫らく読み薦め…… 
 「…………これは! EUとの同盟締結!」
 「なるほどな。今までオーストラリア近海の同盟とアフリカ大陸同盟は暗黙の了解のうちに同盟を結んでいたが、今回EUを加えて正式な同盟を締結しようというのか。3大同盟が手を結べば、アメリカに匹敵する程の勢力となろう」
 「でもアフリカはヨーロッパ……特にEUの中心でもあるイギリスやフランスとは物凄く仲が悪かったんじゃ?」
 武の知識どおり、アフリカとヨーロッパは、植民地支配、それから発生した植民地戦争・アフリカ分割、第1次世界大戦と、仲が大変宜しくない。特にアフリカのヨーロッパに対する確執は多く、互いの心象は最悪とまで言って良い位だった。武の居た世界では、十字軍遠征でも見られるように、イスラム教とキリスト教という宗教上の対立も凄かった。
 武の居た世界では……と言うのは、この世界では意外なことに、BETA大戦が始まってからは宗教上の酷い対立が
表立って無いのだ。武の知っている知識感覚で行くと、困った時の神頼み……昔の日本人が南無阿弥陀仏に縋った様に、酷い現実に対して宗教に傾倒する人々が増えそうなものなのだが、それが無い。
 その大きな訳は、意識操作と宗教の使い方だ。
 宗教に傾倒させ縋らせるより、宗教を利用して人民の意識操作をする方が政府にとって都合が良かったのである。つまり「一丸となってBETA殲滅に協力せよ、神は見ておられる」など、そう言う都合の良いような事を広め、人民の心に刷り込んだのだ。
 その結果、人々は宗教に縋るより、生き残る事に活力を向ける事となった。宗教という物は依然存在するが、人々は現状を踏まえて、生きる努力の方に意識を向けざるを得なかったのである。この世界の宗教とは縋るものではなく、心の支えにするものなのだ。日本ではそれが、天皇であり征夷大将軍であり、英国では国教会と女王陛下、そしてアフリカではイスラム教なのだ。
 「今の状況で仲が悪い云々言っている場合ではないと理解したのだろう。EUは工業大国も多い、アフリカの資源を今以上に咽から手が出る程に切望していようし、マレーシアが製造する焔が開発した新技術も欲しいだろう。アメリカへの牽制もあるかも知れないが……。なんにしてもだ、昔は昔、今だ確執はあれど、今を生きる者達が過去の諍いを払拭し、手結ぶのは何とも喜ばしいことだ」
 「そうだな。うっしゃ! これでやっと一丸となってBETAを駆逐できるぜ!」
 月詠の言う事は半分以上当っていた、EU政府はアメリカに対抗するように独自の戦術機開発を今まで行なってきたが、近年その開発研究が打ち止めとなってしまっていたのだ。その中で、マレーシアと日本軍が新しい技術を次々と開発してきている。アフリカの資源も今以上に確実に手に入れたい状況に当って、EUは(特に中心のイギリス・フランスが)とうとうアフリカと和解する道を選んだのだった。
 今の世界の状況を鑑みれば、結果的にこの同盟は非常に大きな力となる事は確実だ。現在世界に残っている中で大きな力を持つ同盟が、3つ同盟する。3本の矢の逸話ではないが、その力は相当なものに成るだろう。武の喜びようも頷けようというものだ。
 だが、今回の同盟締結はそうすんなりとは行かないようだった。
 「喜びに水を差すようで恐縮ですが、今回の同盟締結は唯の式典ではありません」
 「唯の式典ではない? 同盟締結以外に何かあるというのか?」
 「詳しくは続きをお読み下されば解ります」
 常と変わらぬ玲奈の言葉に、武と月詠は若干の不審と不安を覚えながらも機密文書の続きを熟読する。
 そして、そこに書かれていたのは驚愕以上の衝撃を与えるに足る内容であった。




 この時より4日後、2005年7月24日――世界を揺るがす事となる大きな事件が起こる事となる。そして世界は其処を契機にBETAへの一大反攻作戦を開始していくのであった。






注……世界情勢や国家・宗教の考え方などは現実を元にしていますが作者自身の独自の考え方です。



[1127] Re:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第77話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/07/31 17:51
2005年……7月24日、モロッコ・ラバド中央基地




 「使節団到着まで後20分です」
 オペレーターの1人がスケジュールを確認し、規定に則り機械的に報告を告げる。
 作戦室の中の緊張が、若干上がったような雰囲気が武には感じられた。
 モロッコ・ラバド、大西洋海岸付近に存在するラバド中央基地、その作戦室に武達、第28遊撃小隊は存在していた。周囲にはラバド基地指令兼ラバド統括司令官、各種オペレーター達が席に付いて機械を操作している。電気が付いている中でもやや薄暗い印象を思わせる作戦室の中、オペレーター達が操作する機械の明滅と作動音が部屋中を満たしていた。
 「でも同盟締結の調印式に王女殿下がいらっしゃるなんて凄いですね」
 「それだけ重要な調印式だって事だ。巷じゃこの同盟が締結したら一大反攻計画が組まれるって言う噂まで出回ってるくらいだ。EUも、この3大同盟の締結には期待を掛けているんだろうさ」
 調印式はカメルーンに存在するアフリカ同盟中央基地――事実上、アフリカ戦線を統括するアフリカ最大の中央基地で行なわれることとなる。
 そして、その調印式で調印するEU側からの代表者が、現イギリス女王の長女であるクレア王女であった。
 同盟締結に賛同し、中心となってEU各国に根回ししたのがイギリスなので、イギリスが代表で調印式に出てくるのは至極当然の帰結だった。
 日本と同じで、この世界は向こうの世界と違う歴史を辿った所為でイギリス王の権限が強く、グレートブリテンを中心とする王制統治制度が未だに根付いている。勿論の事、立憲君主制で議会も存在するのだが、イギリスを含め幾つかの国の女王である彼女の威光と権力は強く、絶対君主制に近い発言力を持ち合わせているのだ。女王が長足る英国国教会の権限もそれなりに強い。
 ただし、普通の政治の仕組みなどは武の居た世界と大差は無い。王が国の事を無視して権力を振りかざす事も無い。そんな事をすれば民が反発するのは目に見えていて、王も其処まで考え無しではないからだ。歴代の王曰く、「王の権力は、国の為にこそ存在するもの」、王はこの不文律を胸に国を統治している。
 イギリスの辿ってきた歴史含め、この辺はかなり複雑なので「王の権限がそれなりに強い」と思っていてくれればよい。
 そういう訳で、イギリスの者が代表として調印式に出る事になったのだが、当初は他の者が来る予定だったのに、王女自らが行くと名乗り出たのだ。自らも戦術機に乗って戦場を駆けるという常識はずれな性格をしている王女は、国の大事に腰を落ち着けてなどいられなかったらしい。
 特にこの調印式は――
 とにかく、彼女はその役目を自ら買って出て、女王も自分の娘にその大役を託したのだった。

 「事前の説明では、焔博士も同盟締結に一役買っていて、その伝で私達が王女殿下の直衛に選ばれたって話だったけど……」
 「どうした晴子?」
 「いや……気のせいかな?」
 「???」
 「「「………………」」」
 響が浮かれて使節団の到着を待ち望む中、柏木はどこか遠くを見るように呟く。その呟きに戸惑いを見出したヒュレイカが柏木に疑問を投げかけた。
 柏木は少し考え、頭の中に浮かんだ答えを振り払う。自分の勘は無視できないが、心配のしすぎだと……そう思い込んで。
 響はそんな2人の様子に不思議がって首を傾げた。
 そして、その傍らでは無言の3人が佇んでいた。
 御無は終始何かを考えるような表情をして佇んでいる、時折響達の話にも加わっていたがその心は何処か別の所へ行っていた。謀略が横行する世界に身を浸したことがある彼女は、恐らく何かの「臭い」を嗅ぎ取っていたのだろう。
 そして月詠と武は終始硬い表情でモニターとレーダーを睨む様に見ていた。時折基地指令と二言三言言葉を交わしていた時は元の表情に戻っていたが、それが終わるとまた硬い表情に戻っていく。武と月詠はこれから起こりうる「何か」を知っていたのだ。

 そしてその時は訪れた――

 「使節団到着まで後10分……えっなにっ!」
 オペレーターが発した突然の驚愕の声。
 「どうした?」
 「待ってください今!」
 基地指令の確認を促す声が上がる。作戦司令室はオペレーター達の行動で俄に喧騒に包まれる。
 「大変です、使節団の乗った輸送機が何者かに攻撃されたようです!」
 「輸送機は!?」
 「幸い殿下の乗った輸送機は無事なようですが……っ再度の攻撃! 駄目です残りの機体も攻撃を受けたようです。推進機関破壊、輸送機は滑空しつつ緊急着陸を行なう模様!」
 「輸送機攻撃地点周囲に戦術機の反応あり! 所属不明です」
 「EUとの同盟反対派の仕業か!」
 「輸送機使節団より入電、『我等これより戦術機にて脱出、王女殿下の護衛を行ないつつ逃走に入る。援護を御願いされたし』以上です」
 オペレータと基地司令の声が錯綜する。作戦司令室は先程の静寂とは一転、蜂の巣を突付いた様な騒ぎとなって行く。
 「やっぱり来たか?」
 「やっぱりって何ですか?」
 事態の推移に戸惑っていた響が、事情を把握していそうなヒュレイカに詰め寄る。
 「アフリカ大陸北側はBETAの進攻で大打撃を受けた所為で力に対する欲求が強く、更に闘争精神横行なイスラム過激派なども多い。アメリカは強大な国、現在は需要と供給の関係で成り立っているし、過激派はヨーロッパに対する大敵思想の塊だ――要するにEU同盟反対派、アメリカ同盟賛成派(現状維持派)が多数居るってことさ。因みに南部は穏健派――EU同盟賛成派、アメリカ同盟反対派が多い。此処は思いっきり反対派の領土だからね、王女の訪問は奴等にとっては絶好の機会ってことさ」
 アフリカとアメリカの中は決して善くは無い。現在も、アメリカは援助を盾に資源を対価以上にせしめている。
だか、援助を受けられるのは事実で、今の所問題は出ていない為に、強大なアメリカと正式に条約を交わそうとする者、現状維持を唱える者は多いのだ。反対派の者にとって、アメリカよりもヨーロッパ諸国の犯して来た所業の方が余程に許せないのだ。
 逆に穏健派は、体面やプライドよりも現状を鑑みた者達だ。自国に籠り、世界の派遣を虎視眈々と狙いながら力を蓄えるアメリカより、同じ様な境遇の国々と力を合わせる事を選んだ。勿論の事、過去の柵やら心情の問題やら色々在ったのだが、その辺は双方の和解で折り合いを付けた……決して生易しい事ではなかったが――
 「じゃあ今攻撃してるのって……」
 「同盟反対派の連中だな」
 「不味いじゃないですか!」
 「そりゃ不味いさ、王女が反対派に捕まったら色々問題山積みだ」
 「今直ぐ助けに行かないと!」
 「まあまあ響ちゃん、落ち着いて落ち着いて。物事には順序や機会って物が在るんだ、此処で無闇やたらに出撃しても無駄が多くなるだけで良い事なんか何も無いよ」
 焦って助けに行くことを主張する響を柏木が諭すように嗜める。本人の顔も少し固く流石に不味いとは思っていたようだが、其処は冷静な柏木、同様を極力表に出さずに落ち着いて事態の推移を観察していた。
 そこへ基地指令がやってくる。
 事態の緊急性にも関わらず、彼の顔は常の様に落ち着いていた。武と月詠の前に立ち、直立不動の姿勢で命令を送る。
 「済まないが諸君、王女殿下の護衛に向かってくれ」
 「元々それが私達の任務です、護衛に向かう事に依存はありません」
 基地指令の言葉に了解の意を示す月詠。司令の頼むような物言いは階級的にはラバド統括司令官の役職にもある基地司令のほうが高いのだが、月詠達は焔旗下の特別特殊部隊と言う事になっており、此処にも協力者という名目で赴任しているので、基地指令のほうが気を使ったのだろう。
 「やった、これで王女殿下の援護に行ける!」
 司令お墨付きの命令を貰って喜ぶ響、だが司令の命令は響の思惑を超えたものだった。
 「いや、君達に向かって欲しいのはジャディード基地だ」
 「ジャディード? 王女殿下の援護じゃないんですか!?」
 「なるほど……囮か」
 「ヒュレイカ大尉! 囮って!?」
 「つまりね響ちゃん、今撃墜された輸送機は囮で、本物の王女殿下は別のルートでジャディード基地に向かってるって事だよ」
 王女殿下の援護ではなくジャディード基地へ向かえという基地司令の命に、戸惑いと不審と怒りを程よく混ぜたような反応を返していた響が、ヒュレイカの発した言葉に過激に反応する。
 そんな響を、柏木は説明を加えながら先程と同じ様に嗜めた。気分は猛獣使いだ、しょうがない妹のような響の行動に、口元が僅かに歪んでしまっていた。
 響は優秀な衛士で、長く訓練を受けてきた身は、軍人としての素質なら武などより高い。この位の事は、少し考えれば解る様な物だったが、最近どうも子供化が進んできているようで、思考より感情が優先している。武に出会って接し続けている事で、昔の性格が現れ出てきたのかもしれない。
 「そのとおりだよ諸君。今撃墜された輸送機は反対派を警戒した囮で、本物の王女殿下はジャディード基地に到着する。君達は直ちに出発してジャディード基地に向かっている殿下と合流してくれ」
 「了解致した。第28遊撃小隊は直ちに出撃、ジャディード基地へ向かい王女殿下と合流する」
 「うむ、頼んだぞ」
 基地司令の命に敬礼を返す月詠。他の者も同様に敬礼を返した。先程から終始無言だった武も、月詠の1歩後ろで隙無く敬礼を返していた。
 そして武達は再度敬礼を交わし、作戦室を後にした。

◇◇◇
格納庫

 「うっわー!」
 「あれって……」
 格納庫に飛び込んで響と柏木が発した第一声がこれだった。その目は、格納庫に待機していた皆の戦術機に向けられている。
 この基地に到着した時は確かにノーマル状態だったのに、数時間経った今は針鼠と言っても良い位の重装備となっていた。
 付けれる所に付けられるだけの武装。04式近接戦闘長刀、05式突撃機関砲、EEF展開シールド、烈風、各種増設ラックにマガジン多数、御無機の霧風には爪型パイルバンカー。
 更に両肩には、円盤の様な形状をしたものが上に迫り出した、何かの機械が取り付けてあった。
 驚く者を尻目に、月詠は格納庫内で指示を飛ばしていた玲奈に駆け寄る。
 「玲奈殿、出撃は可能か?」
 「たった今最終点検が終わりました。反対派による妨害工作の心配ありません。直ぐにでも出撃可能です」
 「了解した。無理をさせたようで済まないな」
 「いえ……皆様方こそ、御武運を」
 玲奈の激励を受けて皆は自らの機体へ搭乗した。
 機体は既にアクティブの状態だったので、月詠は直ぐ様に機体を発進させ、皆もそれに続いたのだった。

◇◇◇
???に向かって進行中
 
 「それで、説明してくれるんだろ?」
 ラバド基地を飛び立って数10分。皆は暫らくの間無言で戦術機を飛ばしていた。
 その胸の内は色々複雑だったろう。今回の事は不可解な事や突然の出来事が多すぎたからだ。
 そして、その中でも極平静に対処していた2人に対して、皆の心中を代弁するかのように、まず最初にヒュレイカが話を切り出した。
 「やはり解るか……」
 「解らいでか、不可解な事が多すぎる」
 そう……今回の事情、不可解なことが多すぎるのだ。
 「まず使節団の到着地点だ。そもそも、何故態々反対派の巣窟であるモロッコにする? 多少遠回りになるが南アフリカ側から直接カメルーンに向かえば事足りる筈なのに」
 「それに私達の配置だね。到着地点が解っているなら、最初から其処に待機していれば良かったのに何故態々ラバド基地に待機しているのか?」
 「あと今の進路もです。ジャディード基地への進路とはかなりずれて進んでいる、後で進路修正するにしても絶対変です」
 「情報漏洩の高さもそうですわね。こんな重要な式典の情報が漏れすぎています、幾らなんでもこの漏洩率の高さは可笑し過ぎますわ。考えられるとしたら……」
 「誰かが意図的に漏らしているとしか考えられない……ってね」
 「あっ! あともう1つ大きな理由があります!!」
 「そういえばあったね」
 「ええ、ありましたわね」
 「そうそう、それが1番の理由かもね」
 皆が口を揃えて言うその訳は……月詠もそんな理由があったのかと、思わず興味心身だったが、繰り出された言葉は、
 「「「「「何時も煩い(騒がしい)武(さん・少佐)が静かだったから!」」」」 
 実にしょーもない理由だった。
 だが月詠は思いっきり納得してしまった。先程の様な事態に当って、武が静かに見ていると言うのは、余程の訳が無ければ在り得ない事だと……それこそ起こることを知っている位でなければ。
 「確かにそうだな。今度から気を付けなければ」
 「って真那! …………ううう、どうせ俺は騒がしいですよ」
 一時は反論しようとした武であったが、月詠の「何か異論はあるのか?」視線に屈服した。過去の所業を顧みてみれば、反論の余地はミリ単位程も無かったからである。
 顔を伏せて哀愁漂わせている武を尻目に会話は進んで行く……
 「皆の言うとおりだ。今回の調印式はそれはそれで本物だが、その式典を……いや、王女殿下を囮にした同盟反対派、武装過激派の洗い出し、同時にアメリカの強硬派も誘い出す。焔が企画立案し、政府の全面協力の下に作戦が準備発動された。実は既にU各国に対しての根回しは終わっており、この調印式は文字通り世界に同盟を表明する為の形式的なもの――それ以上に今後の憂いをなくす為の一大作戦の様相が強いのだ」
 「ちょっと待ってください月詠中佐、王女殿下を囮にですか!? 幾らなんでも非常識じゃ……」
 「使節団の責任者を囮にする事は、元々の計画として既にイギリス政府と同意済みだった。最初は別の人物が責任者の役目を担うことになっていたのだが、王女殿下が今作戦の重要性を鑑みて、より確実に奴等を釣る為に、自らが囮となることを王女殿下に上申されたのだ――そして、女王陛下はその意思を汲み取り許可を下した。つまり今回の事、王女殿下は覚悟の上で自らを囮としたのだ、国の為に自己の危険を顧みずな」
 「それは……何とも勇敢な王女様だね」
 「クレア王女は歴戦の衛士としても有名です。戦術機を駆り自ら戦場に出向く彼女の気性からすれば、今回の出来事は当然の帰結でしょう」
 「囮の事は解った……で、態々そんな一大計画を敢行する位だ、当然何か裏があるんだろう?」
 軽い口調ながらヒュレイカが鋭く切り込む、御無も柏木も響も目が笑ってはいない。月詠はその眼光を受けながら更に続きを語る。
 「3同盟が成った暁には、同盟全ての力を結集したBETAに対する一大反攻計画が開始される事となる。詳しい内容は私もまだ知らされてはいないが、数年越しの相当に大きな作戦計画のようだ」
 「つまり、そんな大きな作戦の中に獅子身中の虫を飼っておくわけには行かないってことだね?」
 「然り、我等一丸となって敵に相対することを念頭に入れた大作戦、さすれば作戦の成功率も上がるだろう。ならば今此処で多少のリスクを背負おうとも、後顧の憂いを絶っておくのが望ましい」
 「囮を使うのは今一賛成できねえけど、この作戦が成功すれば、後は3同盟の力を合わせて全力でBETAを相手取れる。なら、やってやるだけさ!」
 握りこぶしを掲げ、力強く宣言するのは復活した武。彼は囮を使うのには余り賛成できなかったし、人間同士の争いにも心から賛成は出来ない、それでもこの作戦の後に来る一大反攻計画を想い、無理矢理にでも気持ちを納得させようとしていた。武ももう、この世界に来たばかりの時のような初心な人間ではない、時にはどうしようもないほどに非常な手段が必要だという事も理屈では解っているのだ。ただ……解ってはいても心が全て納得できる訳ではなく、少なからない葛藤に苦しんでいる。
 武はこの宣言で今一度気合を入れ、自らの目の前に横たわる陰鬱な暗雲を振り払い、守るべきものの為に、未来の為に戦うことを己の心に刻み込んだのだった。

 此処で1度纏めよう。つまり、全容はこうだ……
 今の膠着した地球の現状を憂いた焔。
 バビロン作戦で投下したG弾でハイヴが損傷した為に、一時的にBETAの進攻率が落ちていたが、最近その進攻率が回復の兆しにある……いや、明らかに回復してきている。
 焔も当然、時期をも見据えてこの事を予測していた。第4世代戦術機含め新兵器を、それこそ暇など無い様に次々と急ぎ開発してきたのは、多分にこの事態に対向する為だった。
 新兵器の開発で少しでも人類のBETAに対する有利度を引き上げようとした焔。だが、敵も新型BETAの投入などで人類に対する新たな対応を取り始めてきた。それでこそ数の暴力は厄介なのに、これで将来的に質まで上がったのでは堪ったものではない。
 では、人類がBETAに対抗する為には後何が必要か? 
 こと此処に至って焔が考えたものが……それこそ目の前に存在したのに、殆んどの者が目を背け、僅かばかりの挑戦者も失敗してきた力――即ち『団結力』である。
 BETAが数の暴力で襲ってくるなら、人類も団結して相手に対処すればよい。1+1=2、10+10=20、100+100=200……それこそ小学生でも解る自明の理だ。
 だがその自明の理が、今まで実現する事は無かった。
 何故か…………政治的柵だ。
 人の数だけ想いがあり、人が形作るコミュニィティはそれぞれに様々な主義思想を抱えている。
 例え同盟を結ぼうとしても、互いの立場や要求に足並みが揃った事は――1時的には存在したが、恒久的に続く事は無かったのである。 
 しかしながら、現状それでは済まなくなってきた。
 このまま消耗戦が続き、BETAとの戦いが横這い状態で続いていけば、何時か……そう遠くない内に地球上の人類が滅亡する事は火を見るよりも明らかな予想――いや、確信だった。
 焔はまず、友好的繋がりがあったマレーシアにその現状を説明した。そして其処からアフリカ大陸に繋ぎを作り、新兵器と共に武達を送り込み、BETAに対抗する手段――作戦が成功するに足る確率が存在することを実証して信用を勝ち取ったのだ。
 そしてそれから、損得勘定や人間としての情、裏工作等ありとあらゆる手段を駆使して3つの同盟を説得した。 マレーシアを仲介にしてアフリカとEUの中を取り持ったのは、それこそ筆舌に尽くしがたい苦労の連続だった。 勿論の事、これらの事を焔1人で成し遂げた訳でもない。当初は焔と協力者数人だけだったが、次第に焔と同じ様に現状を憂いていた者達も協力し始め、同盟賛成派は急速に膨れ上がっていったのだった。
 中でも、イギリス王女が同盟に全面的に賛成して、積極的に各国を説得してくれた事が大きかった。女王と英国国教会の協力が無ければ、一大反攻計画どころか、今だ同盟も締結できてはいなかっただろう。
 とにもかくにも、様々な人々の思想や願いが集まって、3大同盟は設立したのである。
 その後、同盟設立の説得の際にも議題に上げた、一大反攻計画の準備が始められようとしたのだが、その前に非常に厄介な問題が存在していたのだ。
 それ即ち異分子――つまり、アフリカの同盟反対派とイスラム過激派である。彼等の存在は、作戦時において獅子身中の虫と成り得る、EUとの共同作戦を行なうとなれば尚更だ。
 更にアメリカの動向も気になった。アフリカの資源を切望するアメリカにしてみれば、今回の同盟は武力・勢力的にも、今後の資源輸出入にも大きな影響を受ける事となるからだ。同盟を行なった3つの同盟の規模を合わせるとアメリカに匹敵する、常に世界のトップに君臨していたいアメリカからしてみれば、その存在は非常に厄介極まりないだろう。
 資源もそうだ。アフリカに援助して見返りとして(見返りとは言い難いが)資源を受け取っているアメリカ。これまでEUとアフリカの中が悪かった為に両者の相互流通は少なかったのだが、3国同盟が成り立てば、EUは全面的にアフリカに援助するだろう。今までアメリカが行なっていた援助が、マレーシアとEUに成り代わられるのだ。そうなればアメリカの援助する枠は極端に減り、当然資源の見返りも無くなる、そうなればアメリカは、正規の手段で正当以上の労力を掛けて資源を手に入れなければならなくなるのだ。
 同盟締結時、それ以後と、アメリカが何かちょっかいを掛けてくる可能性は非常に高い。
 焔は考えた……そして思いついた。ならば最初に全ての膿を出し切って綺麗に掃除し、後顧の憂いを絶ち切ってしまおうと。リスクはあるが、一大反攻計画の最中に予測不可能な事を行なわれるより、最初からある程度コントロールして事を起こさせた方が余程良い。反対派と過激派を誘い出し一網打尽にする事で、獅子身中の虫を殲滅させる。アメリカの方は、政治的手段や強攻策を取ってくる前に過激派を焚き付けて此方を襲撃させ、逆に責任を追及する。それだけでは確実に抑える事は不可能だろうが、有利な交渉材料にはなる。アメリカに話し合いの場を設けさせ、妥協点を取り決め、少なくとも相互不可侵の条約を取り付ける。
 これが、同盟設立と囮作戦が立案された全容だ。
 その後、囮作戦の細かな作戦内容が秘密裏の内に計画された。
 裏で確りと根回しされている為に、イギリスの調印式出席の代表者を誘拐するくらいでは、この同盟は揺らがないのだが、『この調印式で同盟を締結します』という情報を振り撒き、如何にも調印式が同盟締結にとって重大な式典であるかのように思わせた。
 この作戦は、第1段階として、反対派やアメリカ過激派が襲ってくれなければ意味が無い。あからさまに過ぎるが挑発的に誘ってみたり、さり気無く襲いやすいよう、直ぐに援護・殲滅に駆けつけられるよう……とにかく色々鋭意工夫して各隊の配置を行なった――勿論の事、反対派や過激派の所在地を極力探った上でだ。偽情報を流して敵を煽ったり、誘導したりもした。
 そして最後に、イギリスのクレア王女が、女王の下に寄越されたこの囮作戦の最終作戦案を見て、作戦の重要性と将来への希望の光を見出し、敵を確実に全て燻り出す為に、自分という極上の餌を囮として差し出すことを決心し、女王へ上申したのだ。
 第1王女のクレア王女の身分は、囮としては最高級の極上の獲物。裏工作の成果もあり、蜜に群がる蜂や蟻の如く、反対派はこぞって彼女の身を確保しようと襲ってくるのは確実、其処を一網打尽にすればよい。反対派は賛成派に比べて圧倒的小数、アメリカ過激派を多めに見ても、制圧はそうそう苦にはならないだろう。
 女王はそれらを鑑みて、王女に使節団代表――即ち囮となる事を命令したのであった。
 以上が事のあらましの全貌だ。
 そして今、この調印式使節団襲撃が始まったのであった。

 「それで今は、その王女様の下へ向かっているって訳かい」
 「でも、おかしいですよ。さっきも言いましたけどこの進路じゃ……」
 ジャディードには向かっていない、少なくとも今現在は大幅に進路がずれていた。更に言えば、低空を這うように飛行している、基地も町も避けるように飛んでいる。
 「実の所、ジャディード基地もフェイクだ」
 その発言に、事情を知っている武以外の皆は「ええっ」という表情を顔に表したが、直ぐに何かを悟ったように考え始め、やがて納得したように頷いた。
 「2重の罠って訳か」
 「いや、3重だ」
 「3重ですか?」
 「ラバドの時は態と情報を流した。敵はそれに釣られて襲撃をしたが奴等も馬鹿ではない、直ぐに偽者だと気付くだろう。その時点でジャディード基地の情報も然りげ無く奴等に気付かせる」
 「それで敵をシャディードに誘導するって訳だね」
 「シャディードで敵を倒しながら時間稼ぎを行なう。程度の良い所で基地は陥落することになっており、やつらは基地の情報端末から、本当の到着地点であるアガディール基地の事を知るだろう」
 「そして、今度こそ本物と思い、一斉攻撃を仕掛ける……しかしそれもフェイクなんですわね」
 「そうだ、本当の本命は西サハラとの境界、タルファーヤ付近に到着する予定だ、我々はその地点までこのまま直行する。直接目視し辛いルートを飛行しており、強力なレーダージャマーも装備している、衛星も此方が押さえているので到着まで見つかる心配はほぼ無いと言って良いだろう」
 「この肩の装置ってレーダージャマーだったんだ」
 何時の間にか稼働していた肩の装置に疑問を持っていた響だったが、これで謎が解決した。
 「我々がラバド基地に配置されたのは、囮としての役割が大きい。この計画に焔が大きく関わっているのは周知の事実だ、ならば焔直属の特殊部隊という事になっている強力な部隊である我々が、王女の護衛に付くだろうという事は誰にでも予想が付くことであろう」
 「それなのに、最初から其処に私達が居ないんじゃ、現実味が無いって事か」
 「然り、ラバド基地にも反対派の者は存在した。奴等は我々が発進した事を確認した筈、その我々が墜落した輸送機に向かおうとせずに忽然と姿を消したら何を思うか? それと同時にジャディードが本当の目標地点だと知った時の反対派の出す結論は」
 「第28遊撃小隊はジャディード基地に向かった――ジャディード基地こそが本命だ……」
 納得したように静かに呟くのはヒュレイカ。
「実の所、反対派がその事を疑おうと、何をどう思い込もうと変わりは無い。本物の王女殿下の到着場所を知っている者は、焔・私・武・イギリス女王陛下、他数名……全部で10名も居ない、情報が途中で漏れる事はまず無いと言って良いので、反対派は結局シャディードとアガディールに向かうしか道は無いのだ」
 「その間に私達は王女殿下の元に急行して合流するっていう事だね」
 「奴等がアガティール基地もフェイクだと気付くのと、我々が王女殿下と合流するのはほぼ同時刻だろうと予測されている」
 そして合流後の対応も、双方と取り決めてある。その対応方と、以後の自分達の動きを説明する。
 「焔から衛星通信含む、全部隊の通信・暗号コードを受け取っているので、敵の動きは此方で把握できる、それを参考にして今説明した通りの行動を取りながら安全圏であるカメルーンにまで到着するのが我々の任務だ。王女殿下も承知して下さっているとはいえ、安全に行ける所をして自ら危険を背負うこの作戦……だが我々はやり遂げねばならん。それと、反対派の制圧は直ぐに済むだろうが、残党の処理は時間が掛かると思われる、そやつらに殿下を狙われてはかなわぬからカメルーンに到着するまでは気を抜くな」
 潜伏している敵を全て誘い出し捕捉する。後は大部隊で制圧して行けば、反対派と過激派は直ぐに一網打尽に出来るだろう。ただ奴等はゴキブリの様にしぶとい、それに中には歴戦の部隊も存在するだろう。そんな奴等が起死回生とばかりに王女殿下を狙わないとも限らない。だからこそ武達は、王女殿下を賛成派の本拠地であるカメルーンに最後まで確実に送り届けることが必要なのだ。カメルーンならば、反対派に襲われる心配は無い。
 「万が一俺達が失敗して、王女殿下が反対派の手に渡った時の対策もとってあるって焔博士は言ってたけど……その場合、今後の計画に重大な支障が出るそうだ。俺は反攻作戦でBETAを駆逐することに全力を懸けたい、こんなにも大勢の皆が一丸となれる機会なんて、今後一切無い……いや、今が最後のチャンスかもしれない! だからこそ何としても王女殿下を無事に送り届けて、この作戦を成功させる――」
 月詠の説明が終わり、その余韻に続いての武の言葉。切実なる武の願いは、今の皆の心境そのままだったのかもしれない。
 月詠も……ヒュレイカも……御無も……柏木も……響も……BETAをこの地球から駆逐したい願いは皆同じだ。この後に控える一大反攻作戦、今回の作戦はその反攻作戦を実現させる為の大きな前哨、皆は武の想いの中に、自らの心の内を投影させたのだった。
 その誓いを胸に、彼等は王女殿下の下へ急ぐのだった。 



[1127] Re[2]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第78話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 15:28
2005年……7月24日、モロッコ




 武達はあれから数時間、タルファーヤ付近目掛け戦術機を飛ばし続けた。
 第4世代戦術機はスーパークルーズ状態の水平噴射跳躍ホライゾナルブースト(第4世代の場合既に飛翔だが)で時速550km/h以上のスピードを維持できる。循環エンジンの出力とエネルギー保持量、生体金属の軽さがあれば、更に出力(スピード)を上げることも可能だが、搭乗者に掛かるGや、噴射装置の耐久度、エネルギー変換効率などを考慮すれば、この位のスピードが妥当な最高維持スピードだった。
 ラバドからタルファーヤまではかなりの距離が存在する。見つかり難いルートを選んで通っているので直線に進むという訳にもいかず、スピードを更に落としていたため余計に時間が掛かっていたが、着実に目標地点に接近していたのだった。


 「アガディール基地が陥落したか……」
 先程より、様々な情報が錯綜する通信に耳を傾けていた月詠が若干苦い顔で言った。事前に焔に教わっていた通信コードと、特性の暗号通信解析装置を駆使して反対派の通信を傍受していたのだが、つい今しがたにその情報が、広大なネットワークを席巻するように飛び交った。予定より敵の展開が早い、それというのも、完全に潜伏していた反対派と過激派が意外に多かったからだった。モロッコだけでこの数……、これでは他の国に潜伏している反対派の数も予想を上回るだろう。戦力対比は此方の方が圧倒的に上なので、制圧する分には何も問題ないのだが、それ以前の作戦の是非が心配だった。反撃のタイミングがあるので、それまでは敵の動きが早くても妨害できないのもその原因の1つだ。
 心配は多々ある……が、心配しても始まらないのも事実。一瞬沈鬱になったその場だったが、その中で武はそれを良しとしなかった。彼はこの作戦当初から思う所あり、かなり精神的に不安定になっていたが、それでもこの作戦は絶対に成功させたかった。未来を切り開く為にこの作戦から始まる一連の計画を絶対に成功させようと心に誓っていた。そう……もしそれで――――-してしまっても。
 だから武は思い決意し奮起した。皆に決意を練り隠した軽い笑いを浮かべながら言う、「もしピンチになっても、未来の為に戦っている同盟賛成派やみんなの力と願いがあれば絶対に切り抜けられる!」と。
 みんなという中には勿論自分達第28遊撃小隊も入っているのだろう。通信越しに皆を見つめる武の瞳には、諦めや絶望の陰りなど微塵も見えはしない。其処に映るのは、ただただ純粋な未来を信じ、その未来を掴み取る為に戦おうとする武士もののふの如き情熱。
 熱く気高く青臭く……その瞳に広がる意志の炎に根拠や説得力などまるで存在しなかった。でも、それでもそれは、人が……未来を掴み取る為に命を賭して戦う者が忘れてはならない希望の光だった。
 月詠は、その武の瞳を眩しそうに見詰める。任務に際して鋭くなっていた目が自然と優しく垂れ下がり、引き結んだ唇を優しく解きほぐすように頬の筋肉が緩む。
 冥夜様や慧殿は、きっと武のこんな所に惹かれたのだろうと改めて思う、そして自らも……。青臭く根拠の無い、それでいて説得力のある言葉は、何時も何時も自分を、周りの皆を納得させてしまう。迸り、溢れ出る想いの丈は現実の無慈悲を塗りつぶし、不可逆の可能性さえ否定してしまう奇跡の力を持ち合わせているのだ。
 だが、其処まで思い至った月詠は、いや――と再度考え直した、それは奇跡などでは無いと……。
 (ふふ……そうか、私も忘れていたのか)
 月詠は自嘲する。自分も何時しか忘れていたのだ、武の持つ、迸る灼熱の太陽の輝きを彷彿とさせる熱い感情、願い、希望、そして自らが真に望む未来の形。
 自分は国に仕える事に信念と意義を見出していた。自国の為に奉仕し、自国を守る為に戦う事に命を賭けて来た。それが悪かったとは今も思わない、己は己の思うままに、それが最善の道と信じて戦ってきたのだから。
 だが、何時しか自分は最初の頃に抱いた理想を忘れていた……。己は、同じ志を、願いを持つ悠陽殿下に惹かれたのだ。悠陽様が征夷大将軍である事とは関係無く彼女の心義に惚れた、そして殿下に仕え、未来を掴む為の戦いを共に歩もうと、殿下の御手伝いをして日本と言う国を未来へと歩ませようと決意したのだ。
 その目指す先とは即ち『誰もが平和に暮らせる未来』――当時の情勢下にあって、国の事を優先しなければならない状況にあって、それが理想論なのは言うまでも無く解っていた。だがしかし、それでも自分はその未来を見てみたかった、悠陽殿下が――BETAの恐怖に喘ぐ全ての人々が、潜在的に心の内に抱える未来への希望を形にしたかった。
 今でも日本の事を、悠陽殿下の事を忘れぬ日は無い。国を思う気持ちも、国を立て直したい思いも健在だ。だが月詠は今一度思う。あのクーデター事件の時確かに己は感じた、己が――悠陽殿下が愛を注ぐ日本の姿が揺らいでいたことを。権利や教義に縛られて、間違った方向性に進みつつあった国の姿を。そしてそれを憂いながらも、国の指針に従う事しか出来なかった自分を……理不尽な命に際して、もどかしき思いを抱えて、自己を律して任務に望むだけだった己を――。自分が守りたかった自国の姿は、目指すべき未来の形はなんだったのか? 
 今自らは思う、己が守りたかったのは民であり其処に住む人々だった筈だと。国を守る為に民を守るので無い、民を幸せにする為に国を守るのだ。まず民が在って国が存在する、人の居ない土地に国が栄えようか?
 そして、悠陽殿下がそれを知っていたからこそ、己のこの身を帝国の礎として捧げようと誓ったのだ。
 月詠は其処まで思い至り、一度自嘲混じりの苦笑を口元に浮かべる。
 昔なら、こんなにも明確な答えは、教義や帝国の教えに外れるような答えは出せはしなかっただろう、あの時は日本と言う国を守る使命が在った、そして自国の未来の為に己を律し、使命に殉ずる覚悟があった。だが、今は日本と言う国は、日本と言う土地で機能していない。勿論日本の民は存在しているが、そちらは征夷大将軍代行に任せておけば良い、あやつならば自分より余程上手く民を纏められる、ならば自分は……。
 (今は柵を全て捨て去ろう、地球を――人々を守る為にBETAを殲滅する事に全力を尽くそう。国の再建は真貴が、いや……必ずや悠陽殿下が御戻りあそばされ、以前よりも素晴らしい日本と言う国を再建して下さる。私はその露払いを行なおう。例え幾重の困難が立ちふさがろうとて、武が居れば、仲間達が居れば、最後まで諦めない強き意志が有れば――そして、地球を守りたいという大勢の人々が集まれば……人類は決してBETAに屈したりはしない、諦めたりはしない)
 それは理想だ……物事はそう上手くは運ばない、これから先の未来には煉獄の炎の中を突き進むような酷く困難な現実が必ずや、どのような形であれ何時か何処かで立ち塞がるだろう。
 だが月詠は、それすらも振り払い突き進もうと、心の内に固く深くその決意を掘り込んだ。昔の現実主義者だった己ならば絶対に夢想しないようなその想い。だが己は変ったのだ、そして今は――今は――
 知らずに手を握り締めていて、その食い込む爪の痛みに思考の海から這い上がる。
 「もう直ぐ目標地点だ、急ごうぜ」
 寸で武の威勢の良い声が、未だ亡羊然とした頭に響き渡った。
 その言葉を契機に意識がクリアになる。まだ雑然としている高揚感を伴う感情は、未整理のまま頭の隅に追いやった。今は1つ自覚して決意しただけで十分だったから。
 最後に一瞬、名残惜しげに今一度己を振り返り頬を緩ます。そして次の瞬間には何時もの月詠に戻った。思考モードを作戦指揮官のそれに持って行き、張り詰めた緊張感を擬似的に意識上に浮上させ、凛とする。
 「解っている。唯、行き成り接近するのは不味い、レーダー捕捉限界地点で1度停止し通信を送る」
 「「「「「了解」」」」」
 軽快な返答が一同より。
 そして未だ見ぬ、王女殿下の事を思い思いに想像しつつ、武達はすぐ側に迫った合流地点目掛けてそのまま進み行く。
 ――月詠は進みながら先程の思考を反芻して想う、自分は相当に武に毒されたらしいと……だがそれも良い、その変化は存外に心地良かった。それが悪いことだとは思えない自分がいた。新しい自分を発見し、それを肯定できたことが嬉しかった。未だ未熟な己は、きっとまだまだ成長して行ける。完璧な人間など存在し得ない、なればこそ己のこの身は生きる限り、善も悪も、起き得る全ての事情を受け止めて成長して行くのだ――


◇◇◇
タルファーヤ付近の海岸近く

 『こちらムルーヤ隊。王女の姿は見えず、そちらはどうだ?』
 『こちらも同様だ、そもそも敵の撤退が早すぎる!』
 『兵も少なすぎる、無人機械ばかりだった。放っている情報関連も半数が絶たれている、謀られたか――』
 『こちらレリス隊…………』
 各機体とリンクさせた傍受通信から聞こえてくる荒々しい声。現在反対派の間では王女捜索で様々な情報が入り乱れている、それらの通信を聞きながら全員は戦術機を飛ばす。
 やがて目標地点座標の至近まで到達した。
 スピードを緩め通常飛翔に入った矢先に、最大望遠レンジのレーダーに戦術機群の反応が映る。皆は其処から少し進んだ先――通信範囲距離に入る所で、先頭を飛んでいた月詠に続いて次々とその場に降下して一時停止した。
 間を置かずに相手からの特殊通信。月詠は事前に取り決めていた特殊回線コードを使用して相手に特殊通信を繋ぎ返事を返す。
 『こちら王立国教騎士団・女王近衛隊、私は今使節団責任者のシーナ・マーシス少佐だ。貴殿等の官姓名を述べよ、警告に従わずにそれ以上の接近を侵す場合、敵対意思ありと見なして即刻排除する』
 『こちら日本軍所属、鳳焔博士直属、第28遊撃小隊、隊長の月詠真那中佐だ。暗号コードを送る、確認を』
 事前に渡してあった特殊回線が繋がった時点で相手の正体は解ったも同然なのだがこれも形式、万が一の事態という事もあるので、相手の名乗りに対し此方も名乗りを返す。更に厳重に、互いの確認の為に取り決めてあった特殊暗号コードを送る。因みに、月詠が名乗った肩書きは作戦の為に急遽作ったもので、部隊名が第28遊撃小隊のままなのは、そのネームバリューを消さない為である、有名なら有名のままでいた方が何かと都合が良い。書類上は『遊撃特殊部隊』となっているが、『焔博士直属遊撃特殊部隊』などは上層部での会議か、余程特殊な時しか使わないので、普段は第28遊撃小隊で通しているのだ。後、厚木ハイヴ攻略戦で使われた作戦コードであるフェンリル小隊という呼称としても有名で、以後の作戦コードもフェンリルで通している。
 『官姓名、暗号コード確認した。第28遊撃小隊の方々、合流を歓迎する』
 『了解した、これより合流する』
 相手に向かっていた特殊通信を部隊内通信に切り替える。
 「という訳だ、これより前進して合流する」
 「いよいよ御姫様との御対面ですね」
 「はしゃぐのは良いが、相手は一国の王女、くれぐれも無礼が無いようにせよ。……特に武、貴様は」
 響に注いでいた目線を細めながら、つつつ……と武の方に移動させる。細目寄り目のその一睨みは、武の事を思いっ切り疑って掛かっていた。
 「って俺かよ!」
 その理不尽な疑いに突っ込みを入れるが、武の反論は黙殺されていく。まあこれも今まで普段の行いが招いた結果だろう。誰も擁護に出ない時点でそれは確定しているのだ。
 「武なら王女殿下相手でもタメ口話しそうだかにね。気を付けないと不敬罪だよ~」
 「国教騎士団は女王崇拝が激しいですからね、勿論の事王女にも気を配らねばなりません」
 「そういう訳だ。悠陽殿下はお許しあそばされたが、他国の王族は同じようには行かんぞ、くれぐれも注意しておけ」
 遣り取りを交わしながら低高度跳躍で接近。やがて戦術機の望遠でその姿が確認できる場所へと移った。

 そしてそれを望遠で目視する――
 「あれが……王立国教騎士団」
 響が魅せられたように呟く。映った戦術機群は、どれもがシルバーホワイト(白銀)――日の光に輝き煌く新雪のような白銀色を基準にした機体だった、所々に金のラインや模様が入り、それが更に太陽の煌きを如実に反射し、その機体を荘厳な雰囲気に仕立て上げている。日本の戦術機が鎧武者だとしたら、その様相は西洋の甲冑の騎士、威風堂々と佇む戦術機群は武御雷とは別の意味で、見るものの心を痺れ震えさせ、圧倒させた。
 ヒュレイカがその戦術機を目にしながら、呆けたような響に説明を行なう。
 「そう、あれが王立国教騎士団専用機、F-35だ。しかもあれは女王近衛隊専用機のカリバーンだね、標準機のロンゴミアントは見たことがあったけどカリバーンを見るのは私も初めてだ」
 「凄ぇな、さすが親衛隊機、威厳があるっつぅか迫力があるっつぅか。武御雷を彷彿とさせるよな」
 ヒュレイカも武も初めて見る戦術機に興味心身だ。
 「しかもあれ、あの中央の戦術機。機体色に黄金色が混じっていて、盾の意匠の上に銀色の王冠と聖剣が画かれているマークは」
 「ブレトワルダ(覇王)ですわね。王女専用機、女王専用機、薔薇の騎士専用機の6機しか製造されていない殆んど幻と言っても良い程の高性能な希少機。目の前の機体は、あの機体色、マークから見て、王女殿下専用機に間違いありませんわ」
 柏木と御無も、滅多に見ることが出来ない物凄く珍しい戦術機を見て興味深く観察している。

 【王立国教騎士団】とは、イギリス王室と英国国教会を守護するロイヤルガードの集団(16個大隊+予備群)だ。(軍隊の様相を呈しているが、その実女王直属の戦闘集団。普通の軍隊とはその在り方が少し異なる)
 選び抜かれたエリートで構成される集団で、日本における斯衛隊の様なものである。唯、国の警備が確りしている現在、王室警護の必要性は余り無いので、最低限の王室警護要員以外は国の警備や腕を磨く為、民衆へのアピールの為などで戦場に出て戦っている。基本的に4個大隊ずつで1つのグループだ。
 その上に位置するのが【(王立国教騎士団)女王近衛隊】である。特に、女王と王女を守護する為に編成された集団(4個大隊)で、王立国教騎士団の中から選び抜かれた精鋭中の精鋭で編成される。また、選抜には強さだけではなく、騎士としての人格も重視されるのだ。普段警護に詰めているのは1個大隊で、残り3個大隊は外に出て戦うのが常。基本的に1個大隊で1つのグループ。
 そして最後、頂点に【(王立国教騎士団女王近衛隊)薔薇の騎士(4騎士)】が君臨する。
 一騎当千の実力と良き人格を併せ持つ人物に任せられる位で、それぞれに国花である薔薇の名を冠した称号が与えられている、女王側近中の側近。
 階級は大佐クラスだが、女王の信任を授かり、女王近衛隊及び国教騎士団の配下軍勢を自由に動かせる権限がある。王立国教騎士団、近衛隊はそれぞれ薔薇の色を冠したグループに分かれており(軍隊上にそのような仕分けは無い、飽く迄も伝統的な暗黙のシステム)伝統的に、その頂点が薔薇の騎士なのだ。
 勿論国教騎士団にはそれぞれの隊に隊長は存在し、普通の軍隊と同じ様に機能している。薔薇の騎士が自由に兵を動かせるのは女王から直接の信任を受けていて、兵もそれを承知しているからであるが、彼等が軍規を乱す様に悪戯にその権利を使用する事は絶対に在り得ない……だから余程の事が無い限りは通常の軍として纏まっている。
 基本的には前任者が後任者を、旗下の近衛大隊より選び育てる。前任者の役職委譲と女王陛下の称号下賜の宣言により次の薔薇の騎士が決定するのだ。

 これが王立国教騎士団という組織だ。現在の王が女王なので女性だけという決まりごとはあるが、日本の斯衛隊と違い完全な実力主義となっている。一昔前は入隊に制限が在ったのだが、現在の王女はものの判る人物で、現状を鑑みて何よりも実力を優先させた。その為に現在は、生まれや育ちに関わらず、厳しい選抜試験を抜ければ誰でも騎士団に入れるようになっていた。(それでも有色人種は無理だったのだが……)
 騎士団は定員を増やす事は無い、予備の者達――即ち補欠は存在するが、正規隊員になるには別の者を蹴落として成り代わらなくてはならない。卑怯な行いは即酷く罰せられる為、皆は真剣に腕を磨き挑戦する……その結果騎士団のレベルは急激に上がって行った。 
 特に女王近衛隊の強兵ぶりは群を抜いている。気を抜けば、半年ごとに行なわれる選抜試験で即引き摺り下ろされる。特に下位の者は、上位クラスの者が推薦者を挑戦させる臨時選抜試験が何時起こるか分からない為に、それこそ自らの腕を磨くために必死だ。また、それにも関わらずに仲間同士での連帯感が強い。この辺は、国を守る意志、騎士としての心構えの賜物なのだろう。(実際に、選抜試験で衛士の入れ替えが起こる事はそうそう多くない)
 軍としてはかなり変則的だが、1つの軍としては恐らく世界最強の集団、それが王立国教騎士団なのである。

 そして、その王立国教騎士団専用機。
 第3世代戦術機【F-35】
 このF-35は、米軍の使っているF-35ペレグリーと同じ機体だ。いや……元は同じ機体だった、と言った方が良いだろう。
 F-35という戦術機は元々、次期高性能戦術機開発計画によって、開発費の出資の割合に応じて影響力を与えるという方法で国際共同開発として友好国に参加を呼びかけることで更なる負担軽減を図った、アメリカ軍が元となって発案・実行した共同開発戦術機であった。
 とはいえそれは表向きの建前で、実態は全然異なっている。
 ラファール以後、次期戦術機開発に行き詰まり、次世代戦術機開発も頓挫したEU軍は、戦術機開発に頭を悩ませていた。そこで、新たな戦術機獲得の為に、イギリスは共同開発にあたって多くの資金援助と技術提供を行なったが、行なった代価に反してアメリカ側は 色々な理由を付けて機密を独占した。
 それに憤慨したイギリス政府は、情報部を駆使し秘密裏に8割以上出来上がっていた機体設計図等を極秘に入手して共同開発から手を引き、独自にF-35を完成させたのだ。
 当然アメリカ政府からの関与、糾弾などがあったが、見た目含め20%以上は全く別の戦術機なので白を切り通した。アメリカ政府も資金援助等を受けていた手前、イギリスは強い発言力を持っていることになっていて、世間に『機密を持ち去られた』などとは公表できなく、結局そのまま放置されたのだった。
 もともと、ステルス保持の万能機として製作されていたものを騎士風の外観に改造した。ラプターと似たコンセプトの開発系機体だった為に、完成する機体は高いステルス性を持っている予定だったが、イギリス政府はステルス性を撤廃、未完成だった残りの20%部分を余す所無く使いつつ、自国のノウハウを駆使して、更なる性能アップの改造を施した。その為、機体の基本性能は米軍が配備しているF-35より上となったのである。
 
 王立国教騎士団はこのF-35を専用機としているのだが、上に行く程に改造度――つまり性能、そして名称も違う。改造分コストが掛かっているのだが、腕に見合った戦術機……強兵には良い武器をという姿勢は多分に成果を上げている。この戦術機の性能も、騎士団の強さの1つだ。
 通常の騎士団員が搭乗する機体【F-35 ロンゴミアント】これが標準機。
 その名称はアーサー王が振るったとされる白き聖槍『ロンゴミアント』から。機体色もメタリックホワイトとシルバーホワイト。性能は機動力以外はラプター以上で、現在の機体は背面3ラックを採用している。標準的に近接戦闘長刀を装備していて、盾の意匠の上に画かれた獅子、その上に赤い十字が交わった紋章を機体に描いている。
 日本の戦術機が鎧武者なら、こちらは西洋の甲冑騎士。曲線流麗な外観を備え、接近戦闘も考慮して製造されている機体だ。
 そして【F-35 カリバーン】
 F-35を更に改造しカスタムした王立国教騎士団女王近衛隊専用機。その名称はアーサー王伝説の選定の剣にちなみ『女王陛下が選定した人物』という意匠で下賜される機体。これに乗る事は正しく選定され、剣を賜った人物という意味合いがある。盾の意匠の上に画かれた獅子、その上に黄金の剣(カリバーン)が入った紋章を機体に描いていて、機体色はシルバーホワイトに黄金のラインやマークが入っている。性能は青い武御雷と同等以上。
 最後が【F-35 カリバーン ブレトワルダ(覇王)】
 薔薇の騎士及び、女王陛下・王女殿下の専用機体。F-35を製造段階からコスト度外視でカスタムしながら、各人に合わせ製造した究極の一品物戦術機。現在ブレトワルダは6機しか存在していない。焔が手ずから製作した、月詠の赤い武御雷と同等の性能を発揮する。
 機体色は、カリバーンを基本に薔薇の騎士は各人の賜った薔薇の色。王女殿下の機体は黄金色が3分の1程混じっている。女王陛下の物は白銀と黄金色が2対1で混じっている。
 薔薇の騎士は、盾の意匠の上に画かれた獅子、その上にそれぞれの薔薇の紋章と黄金の剣が描かれている。
 王女の機体は、盾の意匠の上に画かれた獅子、その上に銀色の王冠と聖剣。
 女王の機体は、盾の意匠の上に画かれた獅子、その上に金色の王冠と聖剣が描かれている。
 ブレトワルダは世界でたった6機しか存在しない、しかも滅多に外には出てこなかった幻の機体だ。2人が珍しく興奮するのも無理はないだろう。
 そして皆はそのまま接近し、使節団一行と合流を果たしたのだった。

◇◇◇
戦術機から降りて

 王女は戦術機外で、数名の部下に護衛されながら待機していた。反対派の動向も、まだアガディール基地近辺を捜索していて当面は大丈夫そうだったので、1度生身で会いたいという事で待っていたらしく、武達は1度戦術機から降りる事となった。直ぐにでも出発したいと言う思いも在るには在ったが……どちらにしてもクレア王女に渡すものがあり、他の要因も存在し、尚且つ今の状況ならば15分位の遅延は十分に許容範囲内なので結局それを容認した、手早く済ます事を約束して。
 月詠が最後に警備に付く事になった近衛隊の衛士に、反対派の傍受通信をリンクさせてから最後に飛び降りる。
 そのまま皆は王女殿下一行の前に並び立つ。
 武の目から見た王女殿下は、一言で言えば『高貴で美しい人』だった。銀色寄りの金髪という何とも変わった感じを醸し出す髪の色をしていて、目の色も抜ける様な青い色をしている。顔は黄金比率でメリハリが利いていて綺麗だったが、その表情全体に優しさが漂い、硬質的になりがちな綺麗さを『美しい』という表現に変えていた。
 (でも……なんつーか、違和感?があるんだよな?)
 しかし、月詠や冥夜、慧の誰とも違うその美しい顔に見惚れながらも、武は何処かで奇妙な印象を感じていた。その感覚の謎は直ぐに解けることになるのだったが……
 中央に居た王女が優雅な動作で1歩前に出る。その動きを武道の心得のある者が注意して見れば、洗練された優雅さを醸し出している中に、隙の無い動作の片鱗が窺えた。どうやら優秀な戦術機乗りという噂は眉唾物ではないらしい、不自然にならない程に洗練されたしなやかな筋肉の動きと言うものは、一朝一夕で身に付くものではないからだ、この王女は明らかに実戦を想定した訓練を――それもかなりの研鑽を積んでいると武達は確信した。
 「イギリス女王陛下の名代で、同盟締結調印式イギリス代表として参りました、クレアと申します。名声名高い、第28遊撃小隊の皆様方と御会いする事が出来て、誠に光栄の至りで御座います。」
 礼儀作法の教本に載っているお手本のような基本の形だが、それでいて誰にも真似できない洗練された妙を醸し出す美しい御辞儀をして顔を上げる。更に親愛の情を示してか、そのたおやかな印象を受ける、一見すると華奢なだけにしか見えない白魚のような手を差し出してきた。
 「第28遊撃小隊所属、隊長の月詠真那中佐、作戦コードはフェンリル01であります。この度は王女殿下に拝謁でき光栄の至り、宜しく御願い申し上げます。されど1つ御言葉を上申することをお許し下さい。我等の名声は決して我等だけのものには非ず、偉大なる先達の礎の上に、多くの戦友の助力と死力を尽くした戦いあってこそで御座います。その御言葉は、命さえも武器として燃やし尽くし散っていった、偉大なる英霊の御霊にこそお与え下さい」
 自己紹介し王女の手を握り返す。直ぐに手を離した月詠は、その場で深く一礼して思いの口上を述べた。
 その言葉を受けて、クレア王女はふんわりと慈愛深い笑みを浮かべる。
 「貴女は噂通りの方のようですね。私とて戦場では戦術機を駆る衛士、あの戦いの事は良く存じております。貴女様が仰られている事が異論無き事実と言う事も承知、偉大なる彼等に万感の感謝を捧げる事になんの異論がありましょうか。
それでも……それでも貴女方の行なった功績は人類の希望と成り得たのです。今私が此処に――女王陛下が同盟に賛同したのも、人類の勝利という未来を垣間見せてくださった、貴女方の戦いの結果が念頭にあってこそなのです。全ては貴女達の勝利から幕を開けました、なればこそ私は今此処で、貴女達全員に惜しみない感謝を捧げましょう」
 ゆったりと紡がれる歌は耳に心地良く響く。その歌を聴いた皆は思い感じ入る、『自分達の……礎となり散って行った者達の死は無駄では無かった』と、彼等の築いた土台は、今その上に大きな希望と言う名の建物を建設し始めようとしていたのだ。
 全員は深く一礼した。王女のみならず、礎となった多くの者達に向かって――
 それから皆の自己紹介が続いていく。
 最後に武の番となった。
 「第28遊撃小隊所属、白銀武少佐です、作戦コードはフェンリル02。どうぞ宜しく御願いします」
 月詠の注意もあってか、無難に挨拶を終えるが、その武をクレア王女が何やらじっと見詰めていた。
 (う……な、なんだ? 何も不味いことやってないよな、そうだよな?)
 穴の開く程に突き刺さる視線に、外見は平静を装いながらも、心の中では脂汗だらだらのしどろもどろ状態で狼狽する武。自分が何かヘマをやったかと、数秒前の行動を反芻してみるが別に問題は無い……と思わず自問自答してしまう。
 此処で今一度思い出して欲しいのだが、武はこの世界では『超有名人』なのだ。
 功績としては、戦術機機動の革新と呼ばれる、XM3の考案と開発協力(という事になっている)。そのXM3を使用した自由機動型3次元戦闘術(変態機動やゲーム風操縦……所謂今までの姿勢維持機動に対する、武の姿勢制御を態と崩す事を連続で行なうような機動と空中機動が正式にこう呼ばれるようになった)。新型ブーストの考案。月詠共々、第4世代戦術機と新型兵器のアイディア含む開発協力(という事になっている)。戦績としては、世界初の反応炉破壊実行者として……一般人にも末端兵士にも上層部にも、とにかく超が3つ付く程に有名なのである。
 武が感じていたのは、その有名人をまじまじと観察しているクレア王女の視線だった。
 「貴方が白銀武少佐ですか……。人類が今でも対等以上にBETAと渡り合っていられる大きな要因の1つを作り出した御仁。貴方は人類の戦いにとても大きな救済の波紋を投げかけて下さいました。王女として、1人の衛士として、貴方様に最大限の感謝を送ります」
 「あ……いえ、いいですよそんなこと! XM3だって俺は提案しただけで実際作ったのは香月博士ですし、新型ブーストも第4世代戦術機も同じ様なものですから」
 深々と御辞儀をするクレア王女に狼狽する。幾ら武でも、一国の王女に其処まで感謝されるのは恐縮だ、それに周囲には彼女の護衛も控えている、周りの反応が少し色々怖かった。
 「いえ、例えそれが真実だとしても、考案したという事実は変わりません。XM3の存在は、それだけの価値と重要性が伴うのですから。私も始めて自らの戦術機にXM3(XM3は新型CPUとセット搭載される)を搭載した時は驚愕と、それ以上の興奮と喜びに胸が打ち震えました。あの時の私の気持ちをなんと例えましょうか……今までの戦術機が発条仕掛けかと思えた位です。XM3が世界各地の戦術機に実装配備されてからの戦死率の低さもその功績を物語っておりましょう。世界中の衛士やその家族、守られるべき人々は、皆貴方に感謝しているのです」
 王女は告げる。
 これは紛うこと無き事実だ。XM3実装配備後の死亡率は最近では年々低下の一途を辿っている。
 ベテランの強化もそうだが、もともとベテランだった衛士の実力が底上げされた事により、新人への負担が減った事も大きな要因だ。XM3以外にも、それらの要因が合わさって新人の死亡率が減り、そのまま習熟していく者が多くなる。死亡率が低くなってくれば衛士の数は増えて戦線は厚くなっていく。更に余裕が出てくれば新人衛士の訓練期間も増え、初期習熟度は上がり、経験者のフォローで死亡者も更に減る。
 つまり良い循環で衛士が増えているのだ。
 『死の8分』と恐れられた時間帯は既に過去のものとなっている。これらの事実をして、XM3の発案者に感謝以下の言葉など掛けられようものか――
 武は其処の所を余り実感してはいなかった。
 自分の事を過大評価しすぎだと、王女が真摯な態度で下された感謝に気恥ずかしくなり、そっぽを向いてぶっきらぼうに答えを返しまった。何時もの調子で……思いっきり素で。
 「ああ、いや……そんなに感謝してくれなくてもいいって、元々最初は俺が戦術機の動作に満足できなくて提案してみたもんだからさぁ。あれが世界中で使われていて、それで皆が喜んでくれれば、BETAとの戦いが有利になっているなら、俺としてはその事が凄ぇ嬉しいんだ。まあ、王女様がそう思っていてくれてるのも凄く嬉しいけどな」
 手を大げさに振って、自分には過ぎたものだと思い込んでいる多大な感謝を否定した後に、握りこぶしを胸の前に溜め込んで嬉しさを表現する。礼儀も何もあったもんじゃない、飾らない態度の何時もの武であった。
 その後ろでは、月詠が顔に手を当てて項垂れている。どんよりと『やってしまった』オーラをひしひしと振り撒いていた、この後に来る厄介ごとが目に浮かんでいよう。他の者の反応も苦笑してるか呆れているかだ。こういう所で如何にもな反応を返してしまう武が――どうしようもなく武らしくて、怒る気も無く呆れ苦笑し納得してしまった。
 だが他はそうは行かない、周囲の護衛の騎士団員の気配が濃くなる。武の態度を不敬的だと捉えたか……
 「くっくっくっくっ……」
 「???」
 だが、その静寂し、色々な意味での張り詰めた空気が漂う空間を引き裂いたのは……
 「ふ……ふふふふっ、あははははははっ……」
 「王女……殿下?」
 次第に声を上げるクレア王女に対し、月詠が困惑した様で声を掛けるが、それでも止まらない。
 「あーはっはっはっ! くくくくく、ははははは……」
 「あの……殿下?」
 もう『馬鹿笑い』と形容するに相応しい程の笑い声を上げる王女に、武は恐る恐る声を掛けた。そんな武に対して、クレア王女は笑いながら、腰を折り曲げてケタケタと痙攣する体を必死な様子で動かし武に向かい合った。
 「いやいや、貴方も噂通りの人みたいだな。くははははは、良かった良かった、このまま堅苦しいままだったら如何しようかと思ってしまったよ。此方からはボロを出すなとしつこく注意されていたが、そちらが崩したんならまあいいだろう……そうだよな? これからは共に戦う仲間同士、戦場では堅苦しいのは無しだよな?」
 武の肩をバンバン叩いて良かったと言うクレア王女。先程までの威厳や神秘的な雰囲気は何処へやら……。強引な理論展開を力ずくで納得させようとする気迫――特に、最後のそうだよな? は、有無を言わさぬ強制力をその片鱗に窺わせていた。
 「あ……まあ……な」
 「うん、話の解る御仁で結構。じゃあもう堅苦しいのは終わりって事にしてくれ、これから私は戦場に出る時の衛士の姿勢で行くからな」
 武は呆然としたまま、事態も把握できずにクレア王女の気迫に押されて首を縦に振る。その後ろでは、月詠達もその余りと言えば余りの変化に呆然としてしまっていた、無理も無い。
 当事者のクレア王女の護衛達――得に、1歩後ろで控えていたシーナ少佐は顔どころか頭を抱えそうな位だったた。
 そして更にクレア王女の暴走? は続く。 



[1127] Re[3]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第79話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 15:29
2005年……7月24日、タルファーヤ付近・海岸沿い




 「あの……王女殿下?」
 「何だ白銀少佐」
 「その、そちらの性格が本性ですか」
 皆より1歩前に出で相対していると言う事で――というより抑え切れない疑問から、皆の気持ちを代弁するように武がクレア王女に質問する。その際、言葉は一応丁寧語に戻ってはいたが、質問の内容が何気に失礼なことまでは頭が回っていない。
 「まあ、地の性格と言うならばそうだ。但し、先程の性格も私の一面でもある。別に取り繕っている訳ではなく、王女としての私、衛士としての私、要するにどちらともが私の一面であり、本性でもあるのだ。此方の方が気が楽だし、性に合っている事は否めないがな」
 そこで、ふと何かに気付いて顔を上げた。
 「それと白銀少佐、先程も言った様に我々は今後共に戦う事となる戦友、公の場ならともかく、こういう時は度が過ぎる程に堅苦しいのは無しとしようではないか。殿下は堅苦しいので、私の事はクレア王女と呼んでくれて構わない、その代わり私も白銀中佐の事を武中佐と呼ばせてもらおう。初対面にもかかわらず、私は存外に少佐の事が気に入ってしまったようだ。貴方方の部隊には白銀性が2人いるので丁度良い」
 皆が呆然としている間に、次々と物事を決定して言ってしまうクレア王女。その強引さや馴れ馴れしさは生来のものなのかは解らなかったが、偉い人にありがちな雰囲気がまるで無い。どうやら素でやっているらしく、不思議と嫌な気がまるで起きない。結局皆はそのまま強引さに押し切られてしまった。命令よりも、提案や嘆願の方が性質が悪い事の良い見本だろう。
 そしてまた理解した、クレア王女は他人を巻き込む才能に関しては、少なからず武と同類の人間だと。そこら辺の性格に対しての、周囲の者の苦労が想像できてしまう月詠達であった。

 そして、堅苦しい雰囲気が砕けた? 所で、クレア王女の目は次の所へ向かっていく。
 「資料で見てはいたが……あれが第4世代戦術機か。騎士風のF-35カリバーンも良いが、鎧武者風の戦術機も中々に風情が在って良いな。しかも爪型のパイルバンカーに攻防一体兵器の烈風……ああ、早く乗ってみたい。この作戦が終わったら本国に戻る時、技術交換の代価と性能を知ってもらう為に全種何機か渡してくれると聞いているが……」
 6機4種類の第4世代戦術機を見上げるクレア王女の目は、玩具を貰った子供の様にきらきらと輝いている。その口調は熱に浮かされたように夢見心地で、頭の中が未だ見ぬ未来の情景に旅立ってしまったかの様だった。
 そんなクレア王女に益々困惑してしまう武達。アッチの世界に旅立ってしまったかのような王女に声を掛ける気が引けて、常に後ろに追従していたシーナ少佐の方に、問う様な視線を向けた。
 そのシーナ少佐は、2対6人の視線を受けて1回諦めたように項垂れると、辛うじて聞こえるような声でボソリと説明を開始する。
 「実は……王女殿下は、戦術機に目が無いんです。それこそ、世界中の戦術機の特徴を事細かに説明できるくらいに……」
 仕方がありませんという風に、力無く首を振るシーナ少佐の姿は哀愁が漏れ漂っている。その姿は全てを諦め達観した者のそれだった。王女の趣味に表立ってけちを付ける訳にはいかないので、過去それと無く諌めはしたのだろうが、奮戦空しく失敗に終った……と、そんな粗筋がありありと想像出来てしまう。
 皆の間に、あはははは、と乾いた笑いが空しく響いたような虚脱感だけが残った。


 その後、時間も差し迫っているという事で早々に趣味? を切り上げたクレア王女は、再度武達と『真面目に』話し合いを始めた。
 「ではクレア王女、当初の予定通りこのまま私達に御同行願います」
 「了解した。私はどうすれば良い?」
 「少しお待ちを……」
 月詠の言葉に被さる様に後ろから声が掛かる。
 「持ってきたよ」
 やってきたのは柏木だ。手に持っているのは第4世代戦術機用の05式衛士強化装備、どうやら1度場を離れて取りに上がっていたらしい。その強化装備をクレア王女に手渡す。
 強化装備を受け取ったクレア王女は、それを持って1度輸送機の中に入る。
 零式型は初めてだろうが、05式は従来の衛士強化装備より皮膜が少し厚い位で、外観構造上は大した違いが無いので問題は無い、案の定着替えは直ぐに終わったようで、極短時間で戻って来た。その際に、着心地などを確かめているのか、彼方此方を動かしつつ此方に歩み寄る。
 「見た目はともかく、着心地は殆んど従来の物と変わらないな。まあ今は良いか、詳しい事は帰ってからじっくりと調べることにしよう……それで?」
 「クレア王女は、柏木大尉の機体に搭乗して頂きます。少し手狭でありますが、2人乗りに備えて多少手を入れてありますので……」
 月詠が其処まで言った所で、遮るようにクレア王女が言う。
 「乗り心地はとやかく言わん。先程も言った様に私は衛士でもあり、緊急時に1人我が儘を言うのは戦士として相応しいとも思わん、多少の不便は承知の上だ。それよりも、」
 其処で柏木に向き合う。
 「柏木大尉に迷惑を掛ける方が私としては心苦しい、が今はこれが最善の策、どの道選択肢は無い。……という事で柏木大尉、道中迷惑を掛けるが宜しく頼む」
 「いえ、此方も任務ですので其処は気にしないで下さい」
 そのまま、柏木との幾つかの遣り取りを交し合った。

***

 「ではシーナ少佐、私のブレトワルダを頼む。囮という苛酷で危険な任務を他人に任せることは実に心苦しい事だが」
 渋面と苦悩を表に出しながらシーナに向き合うクレア王女に、シーナ少佐は見事な敬礼を返しながら、それでいて何処か和らいだ表情で言葉を返す。
 「いえ、我々は常に国の為に全力を掛けて戦うのが己の使命と心得ています。この大役を任される事に何の不服が在りましょうか。我等王立国教騎士団女王近衛隊一同、喜んでこの大役を仰せつかり、見事成し遂げて見せましょう」
 「そうか、では……いや……」
 クレア王女は何か――きっと労わりか励ましの言葉だろう――を言いかけ言葉を飲み込む。1秒、2秒、少し黙祷した後の彼女の顔つきは、為政者――王女のそれだった。
 「王立国教騎士団女王近衛隊一同。これより貴女達は、ブレトワルダを筆頭に囮となりて敵を惹き付け誘い出しなさい。次期赤薔薇候補筆頭、シーナ・マーシス少佐は、我が愛機であるブレトワルダに搭乗し王女の姿を敵方に晒しめよ。機体は幾ら壊れても構いません、危険な任務ですが、無事の成功と生還を願っています」
 王女の口調と衛士の時の口調が入り混じった命令、その様は戦場に立つ戦女神アテナ
を彷彿とさせ、同時に為政者としての義務と覚悟をも感じさせた。命令と言う形で人を使い、全ての積を、命を背負う業をその肉体に籠める。
 近衛隊員皆は一同に膝を付いて頭を垂れ、騎士の礼を行なう。
 王女は王女だから慕われているのではない、王女に足る器量を持つからこそ皆が皆、彼女に未来の女王の姿を見出し傅く。そして王女たる義務を背負う彼女は、その責任を自らの戒めとして覚悟を決めるのだ。
 そして、その後も作戦は続いていく。




◇◇◇
西サハラ砂漠沿い

 クレア王女を柏木機に乗せた武達は、そのまま大陸を南下していた。
 このまま、西サハラ、モーリタニア、マリを通過してブルキナファン、ベナン、ナイジェリアと抜けていく。人の制圧圏とBETAの制圧圏の交わる所を通れば両者に見つかる心配も極力避けられるからだ。
 輸送機を使うのも基地に寄るのも危険が大きいので、第4世代戦術機で抜けてしまうというのが今回の作戦だった。戦術機で大陸を横断するなぞ、今までの常識では誰も考えつかないだろう盲点だからだ。
 第4世代戦術機の詳しいスペックを知るものがいたらその限りではないが……今の所、アフリカ大陸では詳細スペックは限られた者にしか伝わっていないので、輸送機などを使うよりは余程安全性が高い。
 武達は現在、クレア王女とレーダー探査の事を考慮して、Gがきつくない程度のCF飛行(ほぼ一定の対気速度で、障害物や地面に沿うように高度を変化させる)を行なっていた。
 機器による航法指示とオートパイロットにより、飛行は自動で行なわれるので操縦はある意味楽な為、周囲警戒もオートに設定し――それでも注意は怠ってはいないが――他のメンバーと思い思いに言葉を交し合っていたのだった。
 その中でクレア王女は……
 「それで柏木中尉、第4世代戦術機の事を詳しく教えて欲しい。私は表面的なスペックしか知らないからな、実際の搭乗者からの言葉は何よりの情報に勝るので、差し支えなければ是非教えてくれ」
 初めて乗った第4世代戦術機の事に興味心身だった。尻尾が在ったら思いっ切り左右に振られていただろうと言う位に得体の知れない興奮と熱気が窺えた。
 武が見たら「オタクだよな~」などと思ったかもしれないが、オタクもマニアと言う言葉も使われだしたのは80年代、この世界では存在しない言葉だ。
 柏木はその子供のようなクレア王女に苦笑して――彼女は弟達の面倒見が良かったので、それと重ねたのだろうか、それとも適応能力が良いのか――既に砕けた口調で説明を行なう。因みにクレア王女は現在20歳、武が現在22歳・今年23歳なので、武と柏木の3つ年下という事になる。
 「構わないよ、ええと……じゃあまず操縦系統からいこうか。第4世代戦術機は、従来の戦術機からの転換者が直ぐに対応できるように、従来の操縦系統に+αする形で操縦系が作られているんだ。従来の戦術機と同じ操縦方法を行ないながら、徐々に増えた操縦系に対応していけるから、今までの操縦法を残して対応しやすいのが利点だね。そして第4世代戦術機の操縦は『手動』と『目』と『思考制御』の3つを組み合わせて行なうものなんだ」
 「………………」
 柏木は、ウィンドゥの幾つかにマニュアルや解説部分を表示しながら説明をする。クレア王女はそれを見ながら真剣な表情で聞いていた。柏木も、もう1度小さく唇を吊り上げて微笑してから説明を続ける。  
 「手動は、コンソールや操縦桿を動かして操縦する方法。これは従来の戦術機と一緒、幾らか操縦系が増えているし、特に操縦桿は補助碗やパイロンを動かす為の操作スイッチなどが増えたから結構複雑になっているけど問題は無いと思う。他にも色々絡む要素があるけど、其処は乗らないと解らないからね」
 「目は主に照準。基本は第3世代戦術機の操縦と同じで、網膜の動きに合わせて目標を追尾、補足するアイリンクシステム。後、網膜投射だけではなく、脳内に擬似的な視覚情報や聴覚情報を送信してその情報をリンク、更にその情報を受けて脳内が処理した情報も再度取り込んで活用しているから、それ自体がより高度なシステムになっているね。
 射撃は主腕を操作してのマニュアル照準も可能だけど、戦闘経験を積む事が出来るAIに火気管制を任せての射撃が標準。目で相手を追う事でより正確な追尾射撃を可能とする。敵が複数居る場合は、AIに脅威度などの判断を任せるか、目で見て選択して、思考でターゲットロックするなど複数の方法がある。状況によって色々使い分けるといいよ。他にも目の役割は多岐に亘るんだけど、これも乗らないと実感できないからね。
 1つ言える事は、第4世代戦術機は人間の肉体同様に、『視る』事や『考えること』などによって動作が始まる。これは思考制御にも絡んでくる事なんだけど、とにかく見て操縦する事は、第4世代戦術機にとって基本の形なんだ」
 つまり、第3世代戦術機のアイリンクシステムをより高度にしたもの。更にそれを、経験蓄積するAIと思考制御で補助して、より強力なものとしている。
 「最後に思考制御。思考制御の『思考』は、搭乗者とAI両方の『思考』の意味があって、その両方による思考での操縦及び操縦補助、機体制御の事を言うんだ。衛士強化装備によってAIと直結される操縦者は、思考して、『こう動きたい、こう飛びたい、こう回避したい』などというイメージを頭の中に描くことにより機体を制御することができるようになったんだ。人間の『動きたい』という思考や意志の流れは、電気信号となって、大脳から身体へと伝達される。この電気信号が発せられる時に同時に発生するのが脳波。つまり、人間が動く場合や、動きたい意志を体に伝える場合、必ず電気信号や一定パターンの脳波が発生している、それを分析、解析すれば、どう動かしたいのかという意志や肉体の動きを確認できることになる。そして『動きたい』という曖昧なイメージを、実際の機動に無理なく反映させるのが【AI】の役目なんだ。(量子伝導脳の技術を応用して作られた)高性能AIは、操縦者の思考を補正する機能を持つ。新技術が可能にした驚異的な伝達効率や処理能力が、蓄積した操縦者の思考を解析して最適化していく。操縦者の発する『こう動きたい』という意志・イメージを受け入れて、実際の機動を行わせるのが【AI】。その際【AI】は、『こう動きたい』という曖昧で大雑把な指令を、適当な形に補正して明確化しなくてはならない。開発した新しい【AI】は、そのイメージを補正して、過去の最適化した履歴と照らし合わせて、最もその場に合った命令を実行するんだ。勿論の事限界はあるけどね。だからさっき言った様に、『視る』事で状況を良く把握して、より確実で詳細なイメージや命令を送らなければならない。更にそれを手動操縦の入力コマンドで補助したり、直接命令を下す」
 「………………」
 「例えば搭乗者が『前進』という1つのコマンドを実行するとき、AIが最適化してから蓄積した過去の経験などを参考にして、更に現在の状況や、操縦者のリアルタイムの思考や肉体の電気信号、操縦者が行なっている手動操縦などを統合して、『前進』という大雑把な動作だけでなく、その速度、軌道、タイミングなど、現在の状況に対応するに足る、必要な要素全てに関する指令を統合して実行する。それこそが思考制御というシステムなんだ。まあこれは例えで、さっきも言った様にAIの処理にも限界があるから、手動操縦による補助などを加えながらできるだけ詳細なイメージを送るのが理想なんだけどね。『前進』の場合は前進だけではなく、右前方の建物を目標地点に走って……右の敵2体を左から突撃機関砲通常弾でハーフトリガーなんてね。慣れて来るとより詳細な情報を一瞬で頭の中に想い描けるようになってくる。この辺も、実際に搭乗して慣れて行くしかないかな……後は自己の肉体の把握と経験則などによるイメージ次第だね」
 大事なのは『視て』把握して、冷静に状況を分析することだ。『視る』とは即ち『調査』、網膜の情報だけでなく、あらゆる情報を把握しつつ、その状況に最も際した行動で適当に対処する。そして、それらの技術は経験によって培われていく。第4世代戦術機に乗って戦術機のAIを自己に合わせ強化しつつ、経験を磨いて行けるのだ。 第4世代戦術機の操縦形態の特性上、生身での訓練も疎かにしてはいけない。
 「この思考制御が第4世代戦術機を最強足らしめている要因の1つであり、その圧倒的な機動性と運動性を制御し、有効に活用する為にはなくてはならない頭脳でありシステム。そして戦闘や情報蓄積などを繰り返す事で、操縦者と機械との限りない『一体化』が実現してくる。衛士強化装備を介して脳神経ニューロンから伝わり変換された思考や、肉体から発せられる電気信号が、戦術機のAIに取り込まれて行き、統合・最適化されて「命令」として実行される、そしてその全てをパターンとして蓄積していくんだ。特に、第4世代戦術機がその機能を最も顕著に発揮するのが白兵戦闘だよ。1度行なったモーションパターンを記録して蓄積していくから、操縦者が次にその動きを行う時、簡略的な操作と、動作を脳内で描くだけでその動きが可能になる。(武達が、生身の格闘能力を鍛えているのは、体を動かすイメージを掴む為でもある)つまり、第4世代戦術機と言うのは、乗って戦えば戦う程に強くなっていく機体だって事だよ。その代わりに専用機仕様になってしまうけど、自身の成長に合わせて強化マニュアルに沿って改造段階を上げていく事も出来るし……まあ、強さを得る為には何かしらの犠牲を払わなくちゃならないって事だね」
 何時の間にか少しお姉さん口調になっていた柏木、もともとのカラッとした性格もあっただろうが、彼女も相当に武の影響を受けているようだった。
 長い説明が終わり、クレア王女は……
 「凄い……。乗れば乗る程に強くなっていく戦術機とは」
 絶句しながら感動していた。
 その目は、ウィンドゥに表示された情報に釘付けだった。
 スペック表などは見て知っていたらしいが、AIの事などの内部機構の事は詳しく知らなかったらしく、第4世代戦術機の詳細データに食い入るように見入っていた。
 XM3(第4世代戦術機の場合はXM4)のコンボ・キャンセル・先行入力と、この思考制御を組み合わせれば、戦術機のコマンド入力はより簡略化され、それに反して戦術機自体の動きは多彩になっていく。これが……第4世代戦術機が量産されたら――
 「焔博士が協力を願い出たのも頷ける。今後の計画も含め、これが3同盟の力を合わせて量産されれば、BETAに打ち勝つのも夢物語ではない……」
 思わず零れた言葉は、心からの喜びであり願いだった。実は彼女もEFFレーザー防御装甲の凄さに目が行っていたのだが、第4世代戦術機の真価は機体そのものの性能と言って良い、その事実を今此処で改めて実感したのであった。
 その後ウィンドゥを眺めていたクレア王女がふと声を上げる。
 「烈風とパイルバンカーは霧風の専用装備という訳ではないのか。そういえば武少佐と月詠中佐が搭乗している武雷神も烈風を装備しているな」
 その何とは無しの疑問に答えたのは御無だった。
 「烈風は元々、近接戦闘を重視して製造された霧風用の白兵用兵器だったのですが、武少佐を含む他のテストパイロットの方々が使った折に意外と好評でして、そのまま通常装備として量産されるに至った次第ですわ。
 パイルバンカーの方は最初から全戦術機が使える仕様でありました、第4世代だけでなく第3世代戦術機でも問題無く使用できます」
 「ふむ……。脚部シースの高周波震動ナイフに腕部シースの04式近接戦闘短刀、烈風にパイルバンカー。第4世代戦術機は白兵戦闘用武器が豊富だな」
 「それはやはりハイヴへの突入を考慮しているからでしょう。第4世代戦術機は元々、ハイヴ攻略を念頭に入れて作製された戦術機でもありますし。厚木ハイヴへ突入した経験やデータを元に皆が実感したことですが、ハイヴ内では近接白兵武器の有無が明暗を分ける場合が多々あります。例えナイフ1本でも多く武器を持って行きたい、その1本が、命を長らえさせ、更なる戦闘をも撤退をも可能とする命綱となりうるのです」
 そして付け加えるように
 「それと、霧風は白兵戦を重視する機体という事でして、腰部後ろにブレードトンファーの替わりに、増設型の2連ナイフシースを装備することも可能です」
 腰部後ろには普通、増設マガジンラックが装備されるが、霧風は大体其処に白兵戦武器を装備している。
 (これは後の事なのだが……。ブレードトンファーは使いこなせば確かに強力な武器だが、熟練者意外には使い勝手が悪く大変不好評だった。従って霧風の腰部後ろには、2連ナイフシースを装備する者が圧倒的多数となる。第2期量産時にはブレードトンファー自体の生産が取り止めになり、2連ナイフシースだけが付属装備として生産されるようになった。更に後には、霧風以外の戦術機も稀に装備するようになる。)
 状況によって様々に違うが、実際にハイヴ内で多数のエクウスペディスなどに囲まれれば、ナイフ1本など焼け石に水の場合が多い、だがそれでもやはり、ナイフ1本は貴重なのだ。それは、武器があれば少しでも戦い続けられるからだ。ハイヴに突入した衛士の心構えは『反応炉への到達』、そしてそれが無理な者は『仲間の援護』へと切り替わる。例え1体でも多く、1秒でも長く敵を引き付けて置けば、それだけ仲間の作戦成功率は高くなる。
 元より、ハイヴに突入した衛士に引き返す心積もりなどある筈が無かろう。彼等の目標は反応炉唯1つなのだ。撤退するのも、『体勢を整える為に撤退する』のであって、逃げる気など微塵も無い。彼等は死んで役に立たなくなる事を回避する為にこそ、命を惜しみながら戦い続けるのだ。
 「白兵武器か……私達も近接長刀を扱っている故に、その重要度は解る」
 クレア王女は納得したように頷いた。
 と其処に響の疑問の声が響く。
 「そういえば、王立国教騎士団って04式近接戦闘長刀を使ってるんですか?」
 先程見たF-35カリバーンもブレトワルダも、04式近接戦闘長刀を装備していたのを思い出す。
 「昔は片手両手兼用の西洋刀――所謂ハンド・アンド・ア・ハーフ・ソード……背中に背負うからバスタードソードと言っても良いか(因みに、バスタードソードのバスタードは『破壊』では無い。片手、両手で扱い、切る、突くと西洋剣の集合体の様な剣なので『混血』の意味での『私生児』のバスタードである。あと、背中に背負わなければバスタードソードとは言わない)……が使われていたのだが、近年日本の長刀に変えられたのだ。格好や体裁に拘るより、機能を優先した結果だな。実際、扱いには独特の手法があり最初は使い難かったが、慣れて来ればこれ程に素晴らしい剣は無い。刀は、切れ味ならば正に世界最高の剣だ」
 西洋刀はどちらかと言えば叩き潰すように扱う剣だ。切れ味を上げる為に刃を薄くしてみたりしたが、それをやると強度が下がって実用に耐えなくなってしまった。だったら最初から『斬る』事を目指して研鑽を積み重ねて来た剣を使おうと言う事で、日本の近接戦闘長刀が採用されたのだ。


 その後も色々な質問が飛び交い続ける。
 
 「白銀少佐と月詠中佐の武雷神は同じ特別仕様だが、個人調整の他に違いは在るのか?」
 「いや……別に無いが……」
 だが、その月詠の回答を遮るように武の不敵な声が響いた。
 「ふふふふふ、真那。甘い甘い。実は在るんだなこれが!」
 含み笑いを浮かべて嬉しそうに言う武は少し不気味だったが、聞いた皆は驚愕する。互いの乗機のスペックは皆知っている、そして武と月詠の機体は個人特性に関係するもの意外は全く同じ仕様の筈だった。なのに違う所があるとは……
 「何! 私は聞いてないぞ武」
 「ふふふ、真那が知らないのも無理は無い。これはつい最近実装された新兵器なのだからな」
 驚愕する月詠に対して、<ふはははは>、とでも表現できそうな自身満々さで言い切る武。今日は何処かしら元気が無かったが、それを吹き飛ばすかのように本人完全に面白がっていた。
 「それってどんな装備なんだい?」
 「いえいえヒュレイカ大尉、それは教えられません。秘密兵器は秘密だからこそ秘密兵器なのですから」
 好奇心に任せて聞くヒュレイカに、武は立てた指と首をを左右に振って得意満面といった感じでのたまう。言葉が明らかに気取っていた。
 それを見た皆の反応が、
 (だめだこいつ……)
 思いっきり正直な感想だった。この状態の武は何を言っても無駄無駄、経験からそう思った。
 武はその白けた風な皆の顔を見て、流石に遣り過ぎたかと少し反省したのか……ちょっと視線を逸らしながら言い訳染みた説明を加える。
 「まあ、実際には俺らの訓練とかを見て考え付いたっていう焔博士のお遊びと、俺が色々意見して造った、趣味の塊みたいなもんだけどな。所詮隠し武器、威力も数も余り無いし……秘密兵器って程じゃないぜ」
 ……結局、その武の言葉を止めに、追求は終わった。「焔と武のお遊び」の件で、まともな兵器ではないと想像したのだろうか? どうせ帰って玲奈にでも聞けば解ること、これ以上心労を煩うのは遠慮したかったのだろう。クレア王女も空気を読んだのか、それ以上の追求は無かった。寧ろ積極的に話を逸らしていく。 
 その後も話し合いは続きつつ、戦術機は飛翔を続ける。



[1127] Re[4]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第80話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 15:31
2005年……7月24日、西サハラ




 一通りの戦術機関連の話が終わった後に、柏木からの質問が出る。
 「あの……今度はこっちから質問しても良いかな?」
 「あ……ああ、別に構わないが」
 武の性格に慣れていないクレア王女は、早々に立ち直った月詠達と違い、つい今しがたの遣り取りの衝撃から未だに戻ってきていなかった。柏木の質問に慌てて頭を打ち振って思考を正常に戻し答える。
 「一大反攻計画の事なんだけど、具体的にはどんな計画か知ってるかな?」
 既に、というか随分前から友人感覚で話をしている柏木、クレア王女も最初に構わないと言っていたので問題無いのかもしれないが……ある意味武の同類に近い柏木、やはり凄い御仁なのかもしれない。
 「あ! それは、私も知りたいです」
 ついでにとばかりに、先程から横で聞いていた響もその事に関して聞きたいと意思表示する。
 「私も詳しくは知らん。ただ、最初の方の計画だけは聞いているので、其処だけ話そう」
 クレア王女は一呼吸置いてから、ゆっくりと説明を開始する。
 「最初の段階は、エジプト北北東、大陸間がもっとも狭まるシナイ半島との接続地点に防衛線を構築、短期間で防衛拠点基地を作り上げる。後に防衛線を広げシナイ半島からのBETA流入を完全に遮断、更に紅海沿いにも防衛線を構築。陸と海、両方からのBETA流入を遮断した後に、第4世代戦術機の習熟や衛士の育成をも兼ねてアフリカ大陸のBETAを一掃、アフリカ大陸全土を全て人類の手に取り戻す。そしてアフリカ中央部に眠る資源を採掘しつつ、それを利用して兵器の量産を行い、次の作戦――ハイヴ攻略作戦に備えるという事らしい」
 「マリ、ニジェール、チャドなど、現在のBETA支配域には、まだまだ多大な資源が埋まっていますからね。大陸攻略の足掛かりともなる防衛基地を建設し、資源を確保すると共に後顧の憂いを絶つ、中々に壮大な作戦ですわね」
 「でもそれって、凄っげぇ期間が掛からねぇか?」
 「恐らくな。資源を確保しつつ戦力の補充・教育まで入れるとなると1年以上は確実だろう」
 その月詠の見解にクレア王女は同意する。
 「その通りだ。焔博士が女王陛下に伝えた計画書には見積もりで1年5ヶ月程度(17ヶ月)とあったらしい。それ以外は私でも知りえない機密扱いだったので詳細は解らないが」
 現状マレーシア戦線の方は、XM3と艦隊援護の力もあり落ち着いていて、破られる心配は早々無い。攻めに徹する為に、後顧の憂いを絶ち、ついでに資源摂取と戦力の増加を行う為の作戦――3同盟の力を集結させ、アフリカ大陸を全て人類の手に取り戻す。然る後にハイヴ攻略を行なうのが計画第1段階辺りの全容だ。
 実はこの反攻計画の構想は以前から存在したのだが、補給線の維持や戦力の確保など諸々の問題点の為に実現しえないでいた。今回、3同盟の力をあわせる事により計画実行が可能として可決されたのだった。失敗のリスクはあるが、各同盟も努力を惜しむ事は無いだろう故に成功の見積もりは高い。もっともそれ以前に、このまま現状を続けてもジリ損だという事を理解していて、それを打破するしか道は無いことも解っているのだろう
 「更に、その防衛線に造られる防衛基地には、試験的に最新型のエネルギー炉が設置される」
 「最新型エネルギー炉?」
 ニヤリと表現できるような笑いを浮かべて言ったクレア王女に、響はキョトンとした様に聞き返す。その顔を見て満足したのか、彼女は子供が秘密を打ち明けるような様相を浮かべて言い放った。
 「核融合炉だ」
 「核融……合炉……」
 その言葉の意味が浸透する中で、誰かも知れない驚愕のため息が漏れ出た。
 「嘘っだって……」
 そして驚愕も。
 その訳は――
 「そう、皆も知っているとは思うが、核融合炉は……少なくとも当分の間は実現不可能な装置として認識されてきた。特に我々EUの間ではだ」
 EU軍の次期戦術機開発計画、その要は核融合炉――つまりは、核融合炉搭載の戦術機を作り上げる事だった。だが、その計画は結局成功しなかった。
 一応最初に述べておくと、核融合炉は放射能汚染の心配は極めて低い。よく「核分裂」や現在の原子力発電所と同様の、プルトニウムを燃料として核分裂を行なう「高速増殖炉」と混同する人がいるが全く違うものだ。
 核融合の方がエネルギー発生率が格段に大きいが、核融合の初期発生に必要なエネルギーが膨大なことや技術的な難しさと合わせて実現化への道は遠かった。
 「知っての通り、核融合炉の燃料は水素、特に重水素(普通の水素の2倍の重さの水素)が使われる。その燃料である重水素は海の中に無尽蔵にあり、その分離には化学反応の反応速度の差を利用しエネルギーはほとんど必要ない。初代の核融合炉では三重水素も使われる場合があるが、リチウムから核融合炉の中で自己生産し、これも海の中には無尽蔵にある。ウランやプルトニウムなどの核拡散問題も無く、発生する中性子の処理さえ工夫すれば放射性廃棄物のレベルは大きく下げられ、暴走事故なども本質的には起きない。つまり、安全、低コスト、燃料無尽蔵、それでいて発生するエネルギーは膨大……正に次世代を担う夢のエネルギー機関と言われていた」
 「しかし、EU軍は核融合炉搭載どころか、それを作り上げる事さえ出来なかった」
 ヒュレイカの言葉を受けて、クレア王女が目を瞑ってやや上向く。
 「そうだ、最も大きな問題、核であるプラズマの維持がどうしても出来なかった。核融合の要であるプラズマを収容する容器がその高温で腐食し破壊される、この現象の他にも様々な問題が多々存在した。そして結局、そのまま実験は失敗の内に終わり、現在の技術では核融合炉の製造は不可能とされた」
 「けれど成功したのか?」
 「ああ、焔博士の協力によって。もっともその後の実験や実現には、極秘ながら他の多くの者が関わっているが。彼女に今までの資料を渡した所、何とかなりそうだと言われた時には、EUの技術陣は軒並み顎が外れそうな顔をしていたと聞いた。そしてその後、様々な実験を繰り返しやっと実用化目処が立ったと言うわけだ。戦術機に乗せるくらいの小型にするのはまだまだ無理だが、基地の主電源にする分には十分らしい」
 「結局どういう原理で成功させたんですか?」
 しみじみと言うクレア王女に、響が興味津々に訪ねる。
 「私も専門ではないので詳しくは解らないが……正式には磁気ミラー衝撃核融合炉という名称で、これはレールガンの研究を応用したものだそうだ。元々レールガンは焔博士が戦術機用に開発していたのは皆も知っているな、もっとも電力の問題で電磁加熱砲に切り替えられたが。とにかく、レールガンは砲弾と電極の摩擦が大きな技術的問題となっていた、焔博士はこれを改善する為に、砲弾を押し出すプラズマとは別に、電極そのものも磁場で閉じ込めたプラズマを使用することで非役的な改善を試みようとしたのだ。そして砲弾も磁場による誘導電流で瞬時にプラズマ化する物質の開発も促進された。これらの技術的な背景が、磁気ミラー衝撃核融合炉には使われているらしい」
 そこで一息吐く。
 「詳しい原理は解らないが、重水素が封入されたベレットに強力な磁場を当てて誘導電流を生じさせ、ペレットの表面をプラズマで覆わせる。更に磁場によるプラズマ加熱を行い、爆縮を生じさせ、高温高密度の状態を形成させ核融合を引き起こす。そして超伝導コイル群――超伝導磁石が核融合プラズマを内部に押し留め、磁気ミラーを形成する事によって閉じ込める事が可能となるらしい。核融合発電を行ないつつ、磁気ミラーによってプラズマの固定化・安定化を行ないつつ流出を防止。ペレット射出装置を除けば、超伝導コイル群しかなく、すべてのプロセスを超伝導コイルの内側で行なうために稼動部分が存在せず、エンジンの信頼性の向上にもなるそうだ」
 「それは凄いですわね!」
 「戦術機に搭載できりゃ凄ぇパワーアップになるんじゃねぇか?」
 クレア王女が話す情報の凄さに興奮する武だが、王女はその興奮を諌める風に、己も少々落胆の意を示しながら首を横に振った。
 「残念だが武少佐、先程も言った様に戦術機搭載可能クラスにまでの小型化は当分無理だそうだ。この核融合炉は超電磁コイルが必要不可欠。戦術機に搭載するには、常温より上の一定温度以上での超伝導の技術と、コイル小型化の技術、戦術機の機動にも耐えうるくらいのミラーとプラズマの安定化が必要不可欠だ。焔博士曰く、どんな努力を傾けても最短で後5年以上の研究をしないと戦術機搭載までは到達できないだろうと言っていた。最大の労力を傾けて5年だと言うからには、BETAとの戦いもある我々にとって、実現化には恐らく10年は掛かろう」
 少し陰りを帯びた面持ちで話を締めくくるクレア王女に対し、その気持ちを慮るようにヒュレイカが態と明るい声で場を繋げる。そしてそれに続くように柏木が。こういう時は部隊のムード調整役である2人の存在が心強かった。
 「結局そう上手くは行かないって事さ、焔もそれを見越して循環エンジンを作り上げたんだろ。実用化の見込みがあるんだったら最初から核融合炉を作っていただろうしな」
 「まあ、基地のエネルギー原として実用化に漕ぎ着けただけでも良しとしなくちゃ。それに核融合エネルギーがあれば、BETAを倒した後の地球再建の際にも安心だしね」
 そう、海に近い防衛線は、核融合炉を主動力機関とする場合、水素を切らさない限り事実上エネルギーは無限となる。今まで電力の問題で実用配備できなかった兵器も設置可能となるかもしれない。
 だが、柏木が言った一言は、更なる衝撃を皆にもたらした。
 地球再建――今の段階ではまだまだ夢物語と同等の言葉だ。しかしながら、この問題は今まで大きく議論されてきた。
 『この疲弊した地球をどうやって再建するか?』
 既にBETAの侵攻以前に、地球の枯渇問題は議論されてきた。それなのに、BETAの襲来により更に地球は加速度的に疲弊の一途を辿っている。このままでは、地球をBETAの手から取り戻しても人類の未来に光明は見出せないだろう事は高い確率で予測が付いた。バーナード惑星への移住計画は、BETAの手から逃れるだけではなく、地球に代わる新天地を求めての要素も大きかったのだ。
 1度得た利便性を捨て去る事は大いなる覚悟と労力を伴う、化石燃料などを主軸に扱う人類の文明はエネルギーの恩恵無しに生活する事は不可能、人類は利便性を追求した文明を捨て去ることを容認することが難しい。
 だが核融合炉が本格的に始動すれば、少なくともエネルギーの問題は解決する。化石燃料に依存している部分の問題はあったが、少なくともエネルギーがあれば最低限の生活は維持できるだろう。
 皆の心に少しだけ明るい希望の光が灯る。それはまだ夢想に過ぎない、深遠に揺蕩う蛍の光のような儚さだったが、少なくとも地球再建への希望の道は確実に存在するのだ。
 皆は改めて心に誓う、未来への道を繋げることを――今は儚いこの可能性を必ずや現実のものとしようと。其処に辿り着くまでの道のりは遠く険しいだろうが、希望という目指すべき未来の道標が確かに其処に存在するのだ……なれば自分達はその場所に辿り着く為に今以上に命を賭して戦えるのだから――

***
 
 その後更に数十分飛び続けた時に新たな動きが起きる。
 通信機から聞こえ出てくる声が更に錯綜する中、そこだけを切り取ったかのような鮮明さでその通信が耳に聞こえてくる。
 『こちらフェネック隊、使節団一行を捕捉した。カリバーン12機にブレトワルダを確認。一行は西サハラ沿岸をモーリタニア方面へ向かって南下中、至急応援を』
 『こちらリオデオロ隊。モロッコの方に大部分の兵を回していた為に、その付近は兵が手薄だ。集結と追撃を急がせるが恐らく時間が掛かる、お前らは距離を離して追撃しろ。南方面に潜伏している同志達が出撃するので、彼等の動きに合わせて此方も臨機応変に対処する……何だ、どうした?』
 『リオデオロ隊! 此方トゥアレグ隊、現在軍の攻撃を受けている。敵の構成は機甲部隊多数に戦術機1個大隊。当初はもう1個大隊いたが、そちらは此方を無視して南下して行った。敵戦術機の構成は此方と同じミラージュ系統が主だが戦力の差が違いすぎる、至急応援を』
 『1個大隊は場所から推測して、使節団を援護する為に向かっている部隊か……。付近の部隊は集結して対処しろ、少しでも敵を食い止めろ! その他にも援護に向かっている部隊が存在する筈だ、此方で指示した追撃部隊以外はその部隊を探し出して足止めしろ、何としても合流させるな!』
 情報が入り混じり錯綜する。その中で、リオデオロ隊という部隊を中心として、戦術機部隊が着々と追撃の手を伸ばしていた。
 今回の作戦に置いて、この段階での賛成派の部隊展開は完全なものではない。情報を欺瞞し、反対派に怪しまれないように適度に戦力を出しつつ、一斉反旗の機会を狙っている。今の段階は、近衛隊を囮にしながら情報操作等を行い、大多数の反対派を燻り出すという所だ。逃げ続ける近衛隊は増槽も装備しており、事前に隠匿して置いた補給物資をも活用して行動を続ける手筈になっている。
 だが、その作戦に際しては、近衛隊に多大な危険が圧し掛かる事となる。 
 「近衛隊の皆さんは大丈夫なんですか?」
 交錯する通信にその事を思い浮かべ不安を誘われたのか、響がクレア王女に恐る恐るといった風情で聞く。
 その言葉を聞いたクレア王女は、その顔に面白いことを聞いたかのような笑みを浮かばせた。大胆不敵さを体現するかのような力強い笑みには、心配の欠片など1つも浮かんではいない。彼女は、聖なる誓いを表した選定の剣をその身に下賜された聖騎士達の実力を、微塵も疑ってなどいなかった。
 「確かに心配する心はある。だがな響中尉、私は彼女等の無事を疑ってはいない。王立国教騎士団女王近衛隊の機体にカリバーンという聖剣の名が与えられているのは、その名を背負うだけの価値が存在するからだ。女王近衛隊に選りすぐられる人物に疑うべき実力の者などあろう筈が無い」
 瑣末な煩わしさを切り捨てるようにはっきりきっぱり、朗々と紡がれる文句に偽りは無い。彼女は本当に、一片の欠片も無く近衛隊の実力を疑っていなかったのだった。その近衛隊の実力は、この作戦の最中に浮き彫りにされ、万人に知れ渡ることになるのだが……今は未だ、秘めた刃は鞘の中で眠りに付いている。

***
 そして更に南下し……  
 
 最初にそれに気付いたのはヒュレイカだった。
 その時武達はモーリタニアに差し掛かり、地形の起伏が更になくなりつつある地形上を進んでいた。直ぐ向こうは砂漠地帯となっており、近くにはBETA侵攻を監視する前線基地が存在する場所。この前線基地は賛成派が多数おり、それ以前にそもそも武達の作戦は極秘であったので、注意は払っていたが何も問題なく通過できるとは皆が思っていたところだった。
 だが……
 「何かヤバイ、気を付けろ!」
 ヒュレイカは基地の近辺に差し掛かった時に、神経がささくれ立つ様なチリチリとした焦燥感を感じた。この怖気を誘う、不快で、陰湿を形としたような謂われ無い感覚は覚えがあった。この感覚を信じ、素直に従ってきたお陰で自分は今まで生きているといっても過言ではない。幾多の地獄の戦場を渡り歩き、生き延びてきたヒュレイカの感は既に勘の域ではなく、蓄積により研磨された経験は、既に未来予測を彷彿とさせる超感覚の域にまで達していた。
 ヒュレイカの言葉を飲み込むか飲み込まないかのタイミングで、『ミサイル!』という柏木の声と共に接近警報が耳に響いた。がなりたてる警報に遅れる事無く網膜に状況が情報表示される。
 前方……何処からか撃ち放たれたかは不明だが、幾多のミサイル群が接近してくる。随分遠くから放たれた様で、まだ距離は十二分に開いていたが、此方もスピードが乗っていたので相対的に接近スピードが恐ろしく速い。
 空と陸の間を汚す白煙を振り撒きながら、何者かもしれない悪意の意志を乗せた狂気の兵器群が此方に突き進んでくる中、武達は瞬時にそのミサイル群を、すれ違い様に迎撃と回避を織り交ぜて捌こうとした。
 たが此処でもヒュレイカの感は冴え渡る。心が訴える<迎撃するな>と、恐ろしいまでに心を埋め尽くす否定の意思、滑りを帯びた汚泥の様に纏わり付く汚らしい悪意の波動がミサイル群から発せられているような気がして、吐き気を催す程の危機感がその身を襲う。
 更に心は訴える、あれは迎撃しては……接近するのも不味いと――
 「接近するな! 距離を取れっ!」
 柏木の声とミサイル接近警報に交わるよう、瞬時に発せられた新たな警告。激を飛ばしながらヒュレイカが張り上げる怒声にも近い声、それに瞬時に反応できたのは、やはり経験と信頼故だろう。武達はヒュレイカの言葉に一瞬の躊躇も見せずに従った。理屈や訳など聞かなくとも良い、ヒュレイカが「危険だ」と言ったなら間違いなく危険なのだ。
 最初の柏木の声からコンマ数瞬、今の警告の声の時点で既に接触まで数瞬秒という所で緊急回避。操縦桿操作に加えつつ、回避の軌道を意思として思考に乗せる。機体が横に倒れつつ飛翔装置も作動し位置を変え、推力偏向ノズルと方向転換用補助ブーストも全開になり、物理法則の許す限りに命一杯の機動を駆使し機体が進行方向を変える。その動作に合わせて圧縮水素併燃加速噴射を実行し緊急離脱を敢行。
 一定の水素圧を溜め込んで爆発的な水素併燃を行うオーヴァーブーストは、向きを変えつつあった機体を強引に最大加速以上のスピードへ持っていく。既にミサイルは機体に接触しそうな程の至近距離に接近していたが、互いの間隔を強引に抉じ開け広げていく。
 だが、その結果を得る為に少なからず代償もあった。
 唯でさえ無茶苦茶な加速を行なう水素併燃加速を強引な緊急方向転換と併用したのだ、05式衛士強化装備の耐G 能力は従来型の1.5倍以上。そして更に、機体側に施された様々な要素でGを軽減しているとはいえそれも限界がある為に、操縦者に掛かったGは並大抵のものではない。武達はそれでも経験がある為にまだ良かったが、未経験だったクレア王女は堪ったものではなかった。
 「っっっく―――」
 自身が歴戦の勇士という風評に違わず、一連の事態やヒュレイカの言葉で瞬時に状況を見て取って緊急回避行動への心構えは作っていたが、襲ってきた衝撃が予想以上だった。
 プレス機で腹の上を圧迫されるような重圧感が圧し掛かってくる。血液が瞬時に沸騰したように体全体が灼熱となり、現実感が瞬く間にブラックアウトしていった。
 だがクレア王女はそれに屈しなかった、此処で気絶したらそれこそ恥だ。自分の矜持やプライドの為ではない、勿論の事それもあるが、多くは仲間の為、部下の為――自分が上に立って戦ってきた王立国教騎士団全体の名誉の為にも、自分は常に威風堂々と、遜色無い為政者であらねばならない。王立国教騎士団は王女の道楽に付き合って付き従ってくれているのではない、彼女が仕えるに足る騎士だからこそ戦っている……自分は常にそれを証明し続けなくてはならないのだから。
 6機の第4世代戦術機は瞬く間にミサイル群から距離を取った。恐らく接触寸前の所で起爆スイッチが入ったのだろう、瞬間ミサイル群が虚空に大輪の花を散らす。爆発自体の威力は低かったが、あのままあの場所に居たら、一瞬でも回避が遅れたら……間違いなくあの爆発に巻き込まれていただろう。
 「くはっ――! はぁはぁはぁ」
 「大丈夫? もう一度行くかもしれないけど……」
 地表に着地して周囲を警戒する中、柏木がクレア王女の身を気遣う。衛士としての彼女の覚悟を知っている柏木は必要以上の過剰な心配はしないが、それでもあの加速のきつさは身に染みているので心配してしまう。現に、慣れている自分でも今の緊急回避は随分ときつかった。更に、状況からしてもう一度位は今の様な回避の必要性もありえる可能性がある。
 「大……丈夫・だ。はぁはぁくっっ……ふぅ。くっ、それにしても凄いリヒート出力だな」
 それでもクレア王女は気丈に振る舞った。明らかに大変そうだったが其処は見て見ぬふり、柏木はその強がりな態度に苦笑しつつ周囲の警戒に戻る。
 「今のは、電子破壊兵器の一種だな。クレア王女を捕獲する為に此方の動きを止めたかったのだろうが」
 電子破壊兵器は、過電圧などを掛けて電子機器を破壊、もしくは機能不能にする兵器だ。王女を生け捕りにしたいので、捕獲しやすい様に戦術機の動きを止めたかったのだろう。
 「少なくとも敵は此方を幾らか知っているようですわね、今の一撃は効果範囲を狭めた代わりに威力を増したものでしたから」
 「此方を待ち伏せしていたと言う事は、情報が漏れていたという事だろう。現状が解らないのでは迂闊に逃走にも移れぬか……」
 敵は此方の情報を持っている。待ち伏せしていた事、威力の高い電子破壊兵器を使ったという事でその確信が持てた。
 第4世代戦術機はAI保護や他の要因もあり、第3世代戦術機より対電子防御が優れている。効果範囲が広い従来の電子破壊兵器では効果が薄いか無効化可能だろう。だが、今回敵が使ってきたのは効果範囲も狭く、破壊作用も一瞬だが、その代わりに密度が高くなって威力が数倍に増した物だった。あの威力をまともに喰らえば、第4世代戦術機でさえ少なくとも一時的な機能不全に陥っただろう。そうなれば戦術機を制圧する事は容易く、王女を極簡単に生け捕りにできる。
 「そうこう言っている内に来たぜ、団体さんのお出ましだ、どうする?」
 広範囲レーダーに所属アンノウンの戦術機反応多数が表示される。その数1個大隊以上、此方の5倍以上存在する。
 月詠は状況に対処する術を思案したが、その答えを出す前に驚愕の声が通信に響いた。



 
追記
Mirage (ミラージュ)
第3世代戦術機
最初のミラージュは厳密に言えば第2.5世代戦術機
91年製造

 EU軍が、第3世代戦術機開発に伴い、その前哨――試作機・開発実験機として研究・製作された。主にEU中心メンバーであるフランスが主体となって開発された初の国産第3世代戦術機。
 他の戦術機よりやや小型の機体な事と、コクピット正面の胸装甲の形状が、鳥類の嘴の様な流線型に近くなっているのが特徴。
 試作実験機として製造された割にはバランスが取れた中々優秀な機体で、後の第3世代戦術機が製造配備されるまでに量産された機種。
 正式配備は92年。
 安定性の高さと意外な程のバランスの良さ故に人気が高く、その後正式版として【ミラージュ95】が製造された。
 長く使われた古き良き機体だったので愛好者が多く、新型の第3世代戦術機が出てきても乗り続ける人物が多数し、改良機を望む声が多かった。
 その為、要望に答えて新技術を取り込み改良され、その改良後継機である【ミラージュ2000】が配備されている。
 根強い人気を持ち、ミラージュ2000は現在の所、EF-2000タイフーンや後継機のラファール等より大分搭乗者が多い。実質的な現EU軍の主力戦術機。アフリカ戦線にも多数が配備されている。
 改造といっても、バランスを崩さない為に、新技術を盛り込んだ事以外は、システム周りを重点的にいじった程で、全体的な造りは当初から余り変わっていなく、機体性能の向上も限界がある。その為、改良されてるとはいえ性能的にはラファールなどより劣る。……がしかし、同系統の機体の中で培われ積み重ねられてきた技術と信頼性は高く、多くの衛士の意見を取り入れて改良された戦術機の安定性や操縦性はその性能差を補って余りある程のもの。
 総合性能的には不知火と同等。
 基本カラーはホワイト。
 尚、脚部後方に小型ブーストが存在する。噴射剤を使うので多用は出来ないが、この小型ブーストがミラージュの戦術の幅を広げ、機体の実力を底上げしている。第4世代戦術機の脚部取り付け型の小型ブーストもこれを参考にしている。



[1127] Re[5]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第81話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 15:32
2005年……7月24日、モーリタニア




 聞こえてきたのは、柏木機の中で迫り来る戦術機群のデータを確認したクレア王女の声。
 送られてくる衛星からのデータを解析したAIは、そのデータを元にしてライブラリ内より一致する戦術機情報を導き出す。その結果を見た故の驚愕の声だった。
 「あれはミラージュ、ラファール! それに……そんなまさかっ!! ライトニング!」
 隠し切れない驚愕の声を上げ、一瞬呆然となるクレア王女。だがしかし、次の瞬間にはその事実をまごうこと無き現実として受け入れた――受け入れたが、それ故にその怒りを抑え切れはしなかった。
 「やはりっ! やはり通じていたか! 権利と見栄に縋り、過去の栄光を我が物と錯覚する貴族気取りの愚か者どもめっ!」
 彼女の激昂と憤怒は苛烈を極める。それは憂うべき予想が現実のものとなった事が原因だった。
 ミラージュはアフリカ戦線に多数配備されている第3世代の主力戦術機だ。EF-2000タイフーンやラファールも数は少ないが同様にアフリカ戦線に配備されている。だがしかし、ライトニングだけは別だ。
 【ライトニング】(Lightning)、90年製造配備の第2世代戦術機、基本色は青、所々に稲妻を表す黄色のギザギサ模様やラインが入っている、その名の通り疾風迅雷を目標に開発された戦術機である。その性能はF15E-ストライクイーグルを凌駕しており、機動性も第3世代戦術機に匹敵するほどだ。但し、この戦術機はその性能追求の弊害故にとんでもない暴れ馬、要するに操縦がとんでもなくピーキーで人を選ぶ熟練者用の機体となってしまっている。更にコストも高い。
 万人向けでない機体だったので生産数もそれ程多くは無く、EU軍だけにしか配備されていない機体なのだ。(それ故に、万人が認める『最強』の第2世代戦術機は、誰もが容易く扱えるF15E-ストライクイーグルと認知されている)
 つまり、敵にライトニングが混じっていると言う事はその敵はEU軍だと言う事だ。何処かの軍が偽装している可能性も否めないが、進行ルートに待ち伏せされていた事を鑑みれば、相当に高位の地位か権限を持つ者が関わっていると言っても良い。かなり上級の地位があれば計画の全容はともかくとして、今回の作戦の進行ルート位の情報なら教えられているだろう――といっても、女王とクレア王女を除けばその候補はEU内で10人に満たないだろうが……。
 EUやイギリス軍の情報部は決して無能ではない。EUにも同盟反対派は存在し、その中でも自己の利権を護る為に強攻策に出ようとする者は多々存在しており、それを余す事無く取り押さえてきたのだ。
 だが、その監視の目を潜り抜ける程の力を持つ者が存在した。余程に高位の権力保持者の裏切り。これだけの部隊を1度に動かせ――ライトニングを筆頭としてEU軍の戦術機で構成された部隊――つまりはEU関係者で、相当高位の位と権限を持つ者がこの裏切りの糸を引いていると言う訳だ。それも規模と手際から言って、政府関係者だけでなく高位の軍関係者も仲間内にいるのだろう事は確実だった。
 そしてそれらはアフリカとの同盟を良しとしない者だ。恐らく、アメリカとの同盟締結を推しながら、陰で利権を自らの物と出来るように、後ろ暗いパイプを繋いでいた者達。
 「っ…………」
 ギリギリと歯軋りが鳴る。色々な感情が渦巻いて思考を掻き乱す。怒りもあったが、それ以上に情けなさが先に立った。この大事な時に大局が見えない愚か者に対して。一丸となろうとしている者達を嘲笑うかのように、自らの利権欲しさ――強欲の為に裏切る人間の馬鹿さ加減に。自分の国の高い地位に、これ程の愚者が我が物顔で腰を据えている事が許せなく、恥ずかしかった。
 隠蔽もしないで堂々とライトニングの姿を晒しているのは、何でも自分の思う通りになると驕っているのだろうか?
 「逃げるのは無理そうだね」
 ヒュレイカがポソリと呟く。
 第4世代戦術機の方が速く、乱戦になる前、今から逃げに徹すれば振り切れるだろうが……それも無理そうだった。
 「緊急回避!」
 誰かの言葉か確かめる間も無く、先程と同じ様な事を繰り返す。落ちてきた電子破壊型ミサイルを今度は幾分余裕を持って緊急回避。2回目のミサイル群も外れに終わったが、その間に戦術機部隊に詰められる。敵はソフトキルを諦めて完全にハードキル(物理的な機能破壊)に切り替えてきたようだ。
 「王女殿下の乗機が特定されるのを防ぐ為に陣形は取るな、各個に連携を取りながら迎撃しろ」
 敵は極力王女殿下を生け捕りにしたい筈、クレア王女の乗機が特定されなければ、それだけ相手の攻撃にも躊躇や甘さが生まれるだろう。乗機の性能はともかくとして、相手との数は対比で言えば此方が圧倒的に不利、出来うる限りの可能な対処はしておきたかった。
 そして交戦の意志を示すように、月詠の判断とAIにより、敵機ナンバーが振り分けられる。
 「無茶言ってくれるなあ、まあいいけどね」
 「バンデットインレンジ、04エンゲージオフェンシヴ……」
 柏木の軽口紛いのぼやきと、御無の冷静な報告をスタートに戦闘が始まった。

◇◇◇

 敵は1個小隊編成で纏まっているようで、柏木機に最初に向かってきたのは4機の戦術機だった。後方から更に第2陣が追い上げてきている、その差は数秒、第1陣の会敵から間を置かずして第2陣が襲ってくる算段だろうが……。
 第1陣の4機はひし形の4機編隊ダイヤモンドで接近しつつ、柏木機から幾らか距離のある地点で、先頭の機を中心に半円形に移り変わるように機動し柏木機を取り囲もうとする。
 互いに激しく機動していながらも、相手の先の行動を読んで素早く包囲網を作ろうとするその手際は錬度が高い証拠だった。勿論の事、柏木はされるがままに態と包囲網を作らせたのだが。
 だから柏木の心は、外側からでは不利にしか見えないような状況の中でも、風の無い水面の如く極平静に静まり返っていた。
 「05エンゲージオフェンシヴ」
 書かれていたメモを抑揚無く読み上げるような平坦さで小さく口に出しながら操作。右に回り込もうとする戦術機の1機、ライトニングに視線を集中しながら、ターゲッティングの意思を想い描く。同時に操縦桿とコンソールを操作し、右主腕に保持した05式突撃機関砲を動かす。
 敵方向に向けて大雑把に動かされた突撃機関砲は、AIの自動照準により敵をポイントした後、細かい誤差修正を行なう。そこで柏木は更に『其処で動くな』と命令を下す。すると今まで多少上下左右にぶれていた照準がピタリと止まる。
 いや……それは『そう見えている』だけだ。
 実際には敵ライトニングは突撃機関砲の銃口を必死で外そうと、回り込む動きを取りながら緊急回避行動を行なっている。だが、それでも射撃軸線が敵の中央から全く外れないのだ。柏木が敵の動きを予測し見切り、AIの蓄積経験と機体性能がその完璧な追従を可能にしている。互いが激しく動いてさえ、柏木が目で捕捉している限り、機体を無理に動かさなければ軸線は外れなかった。
 「フォックス3――バンディット6スプラッシュ」
 静かに呟かれる言葉と共に、右操縦桿の保持兵装用の――現在は05式電磁突撃機関砲用に設定した――トリガーを半分引き絞る。対戦術機戦闘を考慮して、今回装備している突撃機関砲の初期装填弾は全て甲殻弾にしてある。
 撃ち出された15発の36㎜甲殻弾は、空気を引き裂く奔流の軌跡を見せる事も無く、瞬く間に、実に呆気なく敵機であるライトニングのコクピット部分に着弾し貫通した。相対速度などまるで無視したかのような見事な着弾予測を披露した射撃、反動を押し込んでの片手での妙技は第4世代戦術機と柏木両者の腕が有ってこそ。
 コクピット内部を蹂躙した弾丸は、操縦者である内部の衛士を即死させたのは間違いない。
 敵が半円に包囲網を取り始めてから此処まで2秒も経っていない、正に一瞬の出来事だった。
 この結果に驚いたのは、視界を自由に把握させてもらっていた、同乗のクレア王女だった。網膜投射だけではなく、得た情報を擬似的な電気信号に変換して脳内へ直接送信する第4世代戦術機のシステムにとって(外の景色とコクピット内部が同時に視界に入れられたり、その情報の度合いを調節できるのはこのため)、視界情報をもう1人に送信する事は容易く、今もコクピット内部を見ながら、同時に外の攻防を見ていた。
 今の射撃は照準サークルや側距カーソルも出していなかった。それでいながら瞬時に行なわれた正確無比な照準、そして追従。ライトニングは第2世代戦術機といえども、機動性能は吹雪と同等のスペックは持っている。更にその特性故に、乗っているのは総じて操縦が上手い衛士だ。それをいとも簡単無造作に、飛び回る羽虫を叩き落とすが如くに撃ち抜いたのだ。
 先頃第4世代戦術機の説明を詳しく聞いてその性能を知ったが、聞くだけの事と実際に見てみるのでは、やはりその実感の度合いが違った……というか実際に見ても容易には現実を受け入れきれない。だが、クレア王女はこの後『信じられん』という言葉を心の中で連発する破目となる。
 
 右側のライトニングを撃破した直後に緊急回避行動。左前方下に向かって地面を蹴り飛ばすのと同時、跳躍装置を左側やや斜め下に向かって一瞬最大噴射する。機体が正面やや上を向いたまま大きく右後ろ側に飛ぶのと同期するように、暴虐なる破壊の礫が今の今まで居た場所に存在する残像を貫き、その姿を陽炎が終焉するが如くに導いた。
 通り過ぎた火線は左と中央からの2つ。意識化で確認する間もなく地面を蹴りつけ機体を右斜め後方へ跳躍させた。その際脚部補助ブーストを噴射し更に加速する。
 友軍機が呆気なく撃破された事にも関わらずに、半包囲を形成した残りの2機が柏木機に向かって射撃を行なったのだ。コクピットを外しての射撃にも関わらず、その攻撃には迷いなど一欠けらも存在しなかった。
 そして、ダイヤモンド後方に居た戦術機が撃破されたライトニングの穴をカバーするように――実際援護かカバーの為に控えていたのだろう――右側に移動し、先の2機に一瞬遅れて射撃を行なった。
 ――最初の包囲が失敗しても、カバーの機体による攻撃を交えた時間差攻撃を繰り出す――その連携は見事の一言に尽きた、滅多な相手でなければ今の連携攻撃で既に片が付いていただろう。
 だが相手は第4世代戦術機に乗った柏木。機体性能に加えて、個人の力量も相手を上回る。特に、射撃重視の柏木の戦闘スタイルとしては意外だが、3次元機動のセンスで言えば武、月詠に次いで部隊の№3を誇るのだ。
 柏木は後方跳躍による回避機動の最中にも、先程と同様の要領で右主腕の05式電磁突撃機関砲をポイントし、破壊の意志をトリガーに乗せて引き絞る。撃ち出された36㎜弾は再度吸い込まれるように、後から右側にカバーに入った敵戦術機を撃ち抜き、地表に佇むオブジェへと作り変えた。
 そして左足で地面に着地、瞬間――右足で地面を蹴り、左足を軸にして機体を円周機動で左側に向かって動かす。同時「フォックス3」の声と共に両腰に下ろした04式突撃機関砲2門を掃射し、その火線で左側に存在した2機の戦術機を薙ぎ払う。
 結果咲き誇るのは、爆炎による大輪。36㎜甲殻弾は耐熱対弾装甲を貫き、続いて内部構造を貫通し、戦術機の高出力主機エンジンを破壊し尽くした。
 「バンディット8スプラッシュ」
 しかし倒したのは1機。円周軌道を取って右から左側に薙ぎ払われた弾雨の中、左側に位置を取っていた最後の1機だけは、一瞬のタイムラグがあった為に辛くも離脱に成功していたのだ。
 円周軌道の結果、柏木機の姿勢は崩れ側面を向いている――と、その敵の目には映ったのだろう。絶好の好機とばかりに、緊急回避行動後を取った直後の空中での不安定な姿勢のままに、手に保持した04式突撃機関砲の銃口を柏木の乗る業炎に向けようとして……
 自覚の無いままに、この世を構成する芥の塵と成り果てた。
 後ろからその鋼鉄の肉体を貫いたのは、他の仲間を屠った物と同様の36㎜甲殻弾。だがしかし、その破壊の奔流が放たれたのは、柏木の乗る業炎とはまた別の狩猟者が持つ凶器からだった。
 「――バンディット7スプラッシュ」
 平時に聞けば可愛いとされる、まだ幼さが垣間見える高い声。その声が、極力抑えられ、低く重低音の雰囲気を醸し出すように柏木の耳に聞こえた。
 彼女は朝霧のお陰で光を見るようになった。そしてこの頃は、武や皆との心からの交流や新兵器による余裕もあり、失われた子供時代を取り戻すかのような明るさを見せていた。
 しかし、それでも彼女の心の根底にあるのはBETAに対する飽くなき憎悪と復讐心なのだ。BETAとの戦闘中、表面上普通に見えるのは、朝霧による献身的な治療のお陰と本人の努力もあって、それを完璧に制御する術を身に付けただけに過ぎない。
 見様によっては一番無害に見えるが、その実彼女は殺す事に――自分を邪魔する者を、自分の仲間を傷付けるものに対して容赦しないのだ。
 「有難ね、響ちゃん」
 第28遊撃小隊の皆は、共に幾多の激戦を潜り抜けてきた戦友、互いの戦い方――癖や考えは熟知している。例え各個に戦っていても、その実連携は成り立っていると言っても過言ではない。あまつさえ普段エレメントを組み戦い方を教えている響、互いの呼吸は計るまでも無く知っている。
 戦いの合い間、自分が相手取っている敵機への攻撃のついでに柏木を援護した響は、画面上で目線だけの挨拶を向けつつそのまま残りの敵機への対処を継続した。それを見届けた柏木も半笑いを浮かべる。
 「相変わらずだね響ちゃんは……。さて、次に行こうか」 
 大気を震わす爆音と衝撃に掻き消されるように紡がれる破壊の証明。最初から此処までの一連の間は10秒にも至っていない。電光石火と言うに相応しい攻防と決着を背景に、柏木は次に襲い来る敵機――後ろから迫り来る第2陣に向かい合ったのだった。

◇◇◇

 クレア王女は茫然自失の体でそれを目撃していた。
 一連の行動にか? 確かに脅威的な力量を体現した攻防だったが、クレア王女自身は第3世代戦術機でも同様に……とは言えないが、今と同じ状況に際しても勝利できる自身はあった。力量云々はハイブ攻略を成し遂げた部隊と言う事で、それなりに予想していたのでそれはこの際置いておく。
 問題は第4世代戦術機、柏木が今の攻防で行なった操作の少なさだった。柏木は恐ろしく簡略的な操作で複雑な動作を行なっていた。今の攻防を第3世代戦術機で再現する場合、必要な操作手順は20とすると、第4世代戦術機が取った操作手順は僅か10にも満たなかった。
 (これがAIによる思考制御。第4世代戦術機を最強足らしめている主軸な要因か……)
 循環エンジンの出力、生体金属による軽量化と動作のスムーズ化、そしてXM4……AIと思考制御による操縦の簡略化と、それにも関わらずの機体動作の複雑繊細化がその全てを取り纏め、第4世代戦術機を『最強』の戦術機足らしめている。
 操作が少ないと言う事は、対応速度が上がる――従来と同じ時間内で、与えられる命令が増える言う事だ。対応速度が上がれば取り得る手順が増える事となり、その増えた手順に対応できる出力とスピードが第4世代戦術機には存在する。
 考えてみれば恐ろしい戦術機だ。第3世代戦術機に比べ出力、スピード共に上。その上更に手数も上。そして操縦者の戦闘記録を取り込み最適化しながら成長して行く。
 クレア王女は、第4世代戦術機が操縦者と共に最終的に行き着く先を夢想し、生唾を飲み込むのだった。

 そして更に、柏木機に第2陣が襲い掛かってくるが、その時クレア王女の目は正面で戦っていた御無が操る霧風の動向を追っていた。 
 御無も第1陣4機を柏木同様に屠ったようだった。
 そして更に御無の操る霧風に新たな敵機が押し寄せていた。自分達が援護をする間も無い程に瞬く間にやられた友軍を見て、その脅威度認識を引き上げ認識を改めたのか、相手は傍から見ても柏木を襲った第1陣とは雰囲気が違った。
 御無の霧風に向かうはミラージュだけで構成された2小隊、1機相手に8機、流石に相手が悪かろうとクレア王女が心配した時……御無はその内の1個小隊の形成する輪の中に向かって自ら飛び込んでいく。 
 「まさか」と思った、態々不利になる敵の中心地点に飛び込んで行こうとは! クレア王女の驚愕と不安をそのままに、相手は飛び込んできた御無を格好の獲物と狙い撃つ。
 だが、御無は確固たる勝算があって飛び込んだのだ。
 普通囲まれれば囲まれた方が圧倒的に不利になるが、十字砲火に狙われた御無は、まるでワルツを踊るかのような優雅にも見える動作でその射撃を回避して反撃を繰り出した。
 左主腕のパイロンにマウントした05式突撃機関砲、背面の2つの可動式パイロンに装備した04式突撃機関砲で前面と後方に向かい射撃、その射撃に合わせて――ついでに敵の追従射撃を回避しながら――機体を回転させ周囲を36㎜甲殻弾で薙ぎ払う。
 普通ならば目標を囲んでいるという事は有利な状況だ。だがこの場合、その囲んでいるという状況が不利に働いた――と言っても、囲んだ際の十字砲火を避けられる事は今まで無かったようで、敵もその辺は余り考慮していなかったに違いない――少しずれてはいたが、ほぼ中心より周囲に向かって掃射された破壊の奔流は、囲んでいた4機の戦術機2機を行動不能にし、1機をエネルギーの塊へと姿を変えさせた。
 1機は辛うじて回避した様だったが、その機体に向かって御無の乗る霧風が、雷光の化身の如く刹那に接近する。
 相手の左横で急停止しながら右手でその肩を掴む、そして肩を重りとして利用、右手をそのまま手前に引きながら右足を軸にして急速右旋回、左手パイロンに装備した05式電磁突撃機関砲の銃口を相手の背中に押し付ける。
 籠るマズルフラッシュと同時にコクピットが撃ち抜かれる。零距離で吐き出された36㎜甲殻弾は、情けも容赦も無く背面装甲を貫き、操縦者を血袋の肉片に変えた後に前面装甲を後ろから貫いた。
 あっけなく終わった第2陣の内の1個小隊。御無は8機に囲まれる前に、自ら片方の小隊に飛び込んで一気に殲滅してしまったのだ。
 普通ならばこんな無茶苦茶な事はやらない。余程の無謀な馬鹿でなければこんな事は……だが御無は、純粋に自分の腕と機体性能を信じていたのだ。自分ならば、第4世代戦術機に乗った自分ならば可能な事だと。それは絶対的な経験に裏打ちされた確かな確信だった。
 そして更に御無の攻撃は続く。
 撃ち抜いた敵機を横目にブースト点火、圧縮水素併燃加速噴射を一瞬だけ開放する。初速を得る為に起爆剤の要領で使ったそれは、狙い通り――と言っても経験済みであるからして確信を持って行ったのだが――爆発的な加速を作り出し、そのまま通常のブーストを使い、此方に方向転換して接近しつつあったもう一方の小隊へ向けて轟音を後方に突貫した。
 先頭を走っていたミラージュ2000は擦れ違い様に弾雨の洗礼を受けた。きっと自覚の無いままに天へと昇っただろう事は想像に難くない。
 そして方向転換しながら勢いを殺し、後方を走っていた機体の直ぐ後ろに着地した。
 其処を狙う銃撃の嵐、恐らく他の小隊からの攻撃だろう。他の敵は他の仲間が抑えるが、この混戦の中ではその抑えも万全ではない。第一、幾らか撃破したとはいえ、まだ数に差がある。
 だが御無は、その攻撃を予期していた様に回避……回避と言っても、それは同時に攻撃への初動だった。前方へブースト加速を利用した跳躍による急速接近、噴射剤の制限が無いからこそ無制限で使用可能な第4世代戦術機お得意のブースト高速機動。
 走りすぎた恰好となり、慌てたように勢いを殺し方向転換しようとしていた3機の敵機、その最後尾のミラージュ2000の背中へ向けて飛び込んだ。
 右腕を下から抉り込むように背中――コクピットがある場所目掛けて叩き込む。その手を覆う、籠手に近い形状のカバー先端に付いているナックル状の部分より、鋭利に飛び出す爪を模した合成金属の塊。
 嫌に耳に残る金属が擦れ軋み潰れる音が鳴り響き、3本の爪がコクピット背面に無残に突き刺さった。
 御無はまるで躊躇無く操縦桿に設定したパイルバンカー用のトリガーを引く。金属を押し潰し突き破った爪型の凶器が、その操作により更にもう一度、更に深く打ち出される。2段式パイルバンカー。戦術機背面に突き刺さった爪は、内部の機器を見事に蹂躙したのだ。
 だがそれで終わりではない。御無は更に1つのスイッチを押す。
 戦術機内部に突き刺さった爪の歪曲部分が開き、そこから各爪一発ずつ、ライフル弾の形状を模した物体が撃ち出される。御無は発射確認後に急速離脱、戦術機背面から爪を抜き取りつつ背後に跳躍した。
 そして着地するかしないかのタイミングで爆発音。先程戦術機内部へ『置いてきた』物が爆発したのだった。
 置いてきたのは爆裂弾、突撃機関砲の特殊弾として使われる36㎜爆裂弾より少々威力は低いが――その効果は覿面、内部で炸裂した爆発のエネルギーは、戦術機コクピットをずたずたにし炎上させ、操縦者の身を炭素の塊へと作り変えたのだ。
 そして残りの2機が逆上したように射撃を見舞ってくるがこれも難なく回避。その射撃の直後右側にいたミラージュ2000が閃光に飲み込まれた。
 「バンディット21スプラッシュ」
 クレア王女の耳にもヒュレイカの声が聞こえた。今の射撃は間違いなく彼女だろう。
 そして小隊最後の1機となった。
 だがそこで――
 「――っ、接近警報!」
 「前方より戦術機反応多数、照合確認――これは! F-22Aラプター、F-35ペレグリー……アメリカ軍だ!」
 響の声に続き、ヒュレイカの警告。
 前方、先程電子破壊ミサイルが放たれた方角より接近してくる戦術機部隊を確認。その構成はまごうこと無きアメリカ軍の陣容だった。
 クレア王女はその部隊を見て『やはり』と思った。EUの裏切り行為。利権に絡むのは相手が居なくてはならない、この場合それはアメリカだ。裏切り者はアメリカとのパイプを繋いでいた者、そして類は友を呼ぶ、同質は集まる、状況から鑑みても相手であるアメリカの方も同じ穴の狢が絡んでいるのは最早自明の理。
 王女は臍を噛む。高官が裏切っていた時点でアメリカが繋がってくるのは予想が付いたが、まさか此処でアメリカ強硬派が出でくるとは思わなかった。両者はかなり深い所で繋がっていたのだろう。その思想を理解する事は……推測することも難しいが、此処で両者が襲ってきた事は事実なのだから。なぜ1度に攻撃しなかったかは相手の都合とやはり謎だが。
 「いけるかい、響ちゃん?」
 「問題ありません。EU軍残り10数機、即効で倒してから迎え撃ちます」
 「おぉおぉ、頼もしいねぇ。じゃあ一丁やるかい」
 EU軍の残敵は残り10機と僅か、先程までのペースで行けばアメリカ軍が射程内に接近するまでには全て打ち倒せる事は確実。響達は、迫り来る新たな脅威にも怯む事無く気合を入れなおす。
 「では行きましょうか」
 御無が突撃機関砲を構えながら宣言し……
 「武!!」
 その時、月詠の焦りを含んだ切羽な声が各戦術機内に響き渡ったのだった。



[1127] Re[6]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第82話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 18:01
2005年……7月24日、モーリタニア




 時はほんの少しだけ巻き戻る。

 迫りくる敵軍に対している月詠。
 数の差は存在したが、この敵を相手取る事に、月詠は不安を覚える事はほとんど無かったと言って良い。
 それは、相手の動きが解り易かった――言い換えれば、戦術機乗りとしては熟練者だが、強さと言う点では『そこそこ』位の腕しか持っていなかったからだ。
 月詠の見解では恐らく出撃回数10数回以上、個人の技量よりもチームワークを寄り重視する戦い方だと見た。
 戦術機の操作には慣れている、BETAとの戦いでは多少不利となっても問題無い腕前だ。
 しかし自分たちが相手にする分には問題が無い。
 そして更に、相手には圧倒的に対戦術機戦闘の経験が無い。月詠達は近接戦闘長刀の訓練を行なうこともあって毎日の様に対戦術機戦闘を繰り返しているが、この相手からはその気配が感じられない。全く訓練していないと言う事は無いだろうが、恐らく対BETA戦闘の方を重視してきたのだろうが……この相手は非常に戦い易かった。
 月詠達の様な達人級が人間を相手にする場合、戦い易いか戦い難いかの両極端しか存在しない。
 それは人間が意思と言うものを持っているからだ。
 例え戦術機に乗っていても、端々の動作や、空気中を媒介する雰囲気の様な物、長年の経験に際する説明できない『何か』で相手の意思と言うものは伝わってくる。それは殺意だったり、恐怖心だったり様々だ。月詠達のような達人級の腕を持つ者は、その『意思』を感じ取って戦っている。(勿論相手の動作も視ているが)
 例えば相手の実力がそれなりしかない場合、その意思は読み易い。
 それは意思と動きが直結しているからだ。相手の『意志』がそのまま動きに繋がる為に、自己が読んで感じるままに相手が攻撃してくる。最初からある程度感じられる動作は酷く読み易いのは当然の結果だ。
 今相手にしているEU軍は此方に当て嵌まる。
 だが逆に、相手の実力が達人級の場合、その意思が逆に戦いを難しくさせる。
 人は陰謀策謀を張り巡らす。戦いにおけるそれは所謂『駆け引き』だ。
 『戦闘の駆け引き』達人級の衛士はこれを実に上手く使いこなす。フェイントや意志を織り込んだ端々の動きは、目を惑わし神経を擦り減らせる。そしてそれにも増しての豊富な戦闘経験を上乗せし、非常に厄介な相手と成り果てるのだ。
 月詠やヒュレイカは此方だ。彼女らは豊富な戦闘経験で動きを予測し、僅かな動作で相手を幻惑し、そして一級品である操縦能力を持って相手の隙を撃ち貫く。
 両者の実力差は歴然、だから月詠は楽観はしてはいなかったが、心配は皆無だったのだ。

 EU軍は月詠相手には油断も何も無く、最初から2個小隊が総力を挙げて襲い掛かってきた。
 良くも悪くも有名人――相手もまさかこの機体に王女殿下を乗せてはいまいと高を括っていたのか――撃破しても構わないような勢いだった。
 しかし月詠はその全ての攻撃を捌きつつ、確実に敵機を撃破していった。その様は正しく一騎当千、この言葉が是程に似合う衛士は僅かしか存在しない。
 (連携は中々に優秀だが……やはり脆い)
 5機目を撃破した所で1度相手が距離を取る、此方も仕切りなおしを兼ねて1度後方へ距離を取った。
 そこで何故かふと気になって自らの相棒の方をじっくりと見やる。
 だが……だが其処で目にした光景は、正に目を疑うようなものだった。 
 
 「なにっ!」
 思わず驚愕の声を上げてしまう。それ程に月詠は驚愕した。
 武の乗る漆黒の武雷神の周囲には敵戦術機が8機。そう、未だに8機。たったの1機も撃破していない――。武の腕を知る月詠に取って、これは正に異常ならざる事態だった。
 その時武の戦術機が腕を上げる。照準される突撃機関砲の銃口、それは敵に向かい綺麗な一直線の射線軸を構成する。
 (中る!)
 傍から見ている月詠さえもが確信する射線軌道。放たれたら最後、その軌道を辿り、36㎜甲殻弾は確実に敵を食い破っただろう。だがその射線軸は、弾が放たれる瞬間に、自らの主腕の動きによってずらされた。
 (なっ!)
 再度の驚愕。その驚愕の最中、ずらされた射線軸をなぞる様に、発射された36㎜甲殻弾は敵の脇すれすれを後方へ向かって飛んでゆく。
 「何をやっているあの馬鹿者はっ!!」
 呆れさえも通り越したる憤怒、今が戦闘中で無ければコンソールに両手を叩き付けている所だ――いや、その場に行って武を殴り倒す。
 物騒な事を考えつつ武の機体をウィンドゥに映し視界に入れながら、とりあえず襲い来る残り3機の殲滅を開始した。
 
 そして月詠が8機全てを撃破した時――それでも未だ、武は1機も撃破できていなかった。損傷を負わせた戦術機は何機か存在したが、致命的な損傷を与えた敵機は存在しない。
 全ては先程見た時と同じだ。照準しても、撃つ瞬間自分で射線軸をずらしてしまう。
 そう、全てが万事その繰り返しだった。決して相手が回避しているのではない、『自分で銃口を相手から外している』のだ。そして接近戦も行なわない、烈風も使わない、近接戦闘長刀も抜く気配が無い。
 (まさか……あやつ…………)
 その思いは琴線に触れた、自分は何か重大なことを見落としている。
 それは……それは……それは何だ!
 「――っ、接近警報!」
 其処ではっと意識を断ち切る、警告音と並んでの響の声。それに続いてのヒュレイカの声。
 (アメリカ軍、不味い……)
 原因は不明だが、敵を倒せない現状このままでは武が不味い。アメリカ軍が流入してくれば、武はこのまま押し潰される可能性が大きい。
 「武!!」
 月詠は紅の武雷神を駆る。ブースト全開で一気に武が相手取っている8機へ向かって接近する。
 「ヒュレイカ、そちらを頼む。EU群の残敵を掃討しアメリカ軍への対処を」
 言いながら最初の1機目を撃ち倒し、2機目を擦れ違い様に撃ち倒し武機の前に立ち塞がる。ヒュレイカ達の事は信用している、あちらは大丈夫だろう。自分は残りを相手取りながら、武に通信を繋ぐ。
 「武、何をしている貴様!」
 怒声一喝、凄まじい気迫を乗せて――それでいながら、分かる人にしか判らない、相手を心配する気持ちが十二分に籠められた言葉が発せられる。月詠にとって、今の武の状態は心配でもあり、憤怒の対象でもあり、不可解でもあった。
 そして通信に映った武の顔は――
 「真那……」
 泣きそうであり、悔しそうであり、それでいて驚愕を顔に浮かべ、更に弱々しいが決意の表情も見て取れた。
 そして武は告白する。月詠の顔を見て、何かが外れたのか、一気に自らの内に籠る感情を吐露した。
 「駄目だ。決心したのに……地球を守るためにって、冥夜や慧や子供達の為にって……決意を固めた筈なのに。撃てない……俺には撃つ事が出来ない。どうしてもコクピットを狙えない、戦術機を撃てない……人を……人を傷つけるのが、殺すのが怖い……。撃っても撃っても外しちまう……俺は……っっ」
 その激情と共に吐き出される言葉に、月詠は深い悔恨と己の不甲斐無さ、浅はかさを思い知った。
 (そうだ……こやつは……武は……)
 何故それに思い至らなかったのか? 
 兆候はあったのに、武がこの作戦の話を聞いてから沈んでいたのは――クーデター事件の時と同じ、人間同士で戦う事に抵抗があるのだと思っていた。それは間違いないだろう、だが根はもっと深い所に在ったのだ。自らを奮い立たせていたのは何故か? 周囲に発破を掛けていたのも、それによって自らを奮い立たせる為ではなかったか?
 武は殺人を犯したことが無い。クーデター事件の時も結局1機も撃破していなかった事を自分は知っている。
 そして月詠は武が元々この世界の住人では無い事を知っている。向こうの世界の話を聞いた時に、向こうの世界に行った時に、あちらの世界の日本人が、殺人という行為に酷い禁忌を抱いている事も聞いていた。
 そうだ、自分は知っていた、知っていた筈なのだ。
 (それなのに……それなのに…………)
 其処に思い至らなかった。自らの常識を常として、武の抱いていた不安に気付きもしなかった。自分は武の秘密を知っていたというのに。
 (私は……私はどうすれば……)
 3、4機目の敵機を撃ち倒しながらも必死で考えを巡らす。
 昔の自分ならば「甘ったれるな!」と一喝していたか、「自分の信念を貫く為にも戦い通せ」と諭していたかのどちらかだろう。
 だが今は、今の自分は……
 確かに武に向けて戦い通せと諭したい気持ちは多々存在する。だがそれ以上に武に殺させたくないと思ってしまう自分も存在するのだ。
 月詠真那は白銀武を愛している。在るがままの彼が好きなのだ。そしてそれは冥夜も慧も同じことだろう。
 だが、今此処で彼に人を殺させる事は、その在るがままを歪めてしまわないかと恐怖してしまう。
 自分も初めて人の命を手に掛けた時の事を覚えている、中々に強烈な思い出だが、あの時は国の為だとか、悠陽様の為という気持ちが勝り、後に引くような罪悪感や気持ち悪さは残らなかった。しかし武は違うだろう、自分にとっての初めてと、武にとっての初めてはその重みが違う。自分には想像し得ないその重圧の陰りが、武を歪めてはしないかと――武の心を傷つけてはしまわないかと恐怖してしまうのだ。
 5機目を撃破し、そして6機目に差し掛かる。
 月詠は顔を上げて武と目を合わせる。
 「武……お前は下がれ」
 「だけど真那!」
 「私には真にそなたの気持ちは解らぬ。そしてそなたにそれを強要する勇気も資格も無い……。だから武、それはそなたが決めよ、そなたが決心し自身で決断を下せ」
 「真那……」
 「突き放すような酷い言い方の様だが私には決められぬ、私はそなたにそれを強要することが出来ぬ。私は……私はそなたが選び取った道を支えよう、そなたの取る道に際してそなたの側に立ち全力で支えよう。だから……だから…………」
 泣きそうな程に切なる願いと想いを持って自らの感情を吐露する月詠。彼女は武に人を殺せと命令する事が出来なかった……軍人失格と言っても良い程の失態だった。
 それでも彼女はその道を選び取った、そして武の判断に全てを任せることにした。幾ら考えても、結局の所この問題は武自身が解決するしか道は無い。個人の心の内など、況してや向こうの世界で生きてきた武の気持ちなど
だれも理解する事は不可能なのだから。
 だがしかし、月詠はその回答の責を放棄したりはしない。武がどの様な道を選ぼうとも、全力でそれを支えようと……   
 7機目、最後の8機目を撃破する。
 その時にはその他のEU軍は全て殲滅し終わり、アメリカ軍の1群がすぐ側まで迫っていた。
 ヒュレイカ達がその戦術機群に向けて120㎜滑腔砲から榴弾を撃ち放っている。
 月詠は自らもアメリカ軍に相対するが如く機体を武機の前に走らす。
 そして武に向かって――――
 その直後、アメリカ軍との戦闘が始まったのだった。

◇◇◇

 「くそっ、何で俺は……何で……!」
 武は一旦戦術機を下がらせた後に、自らの手を激情のままに空いている所へ叩きつける。
 決心した積もりだった、平和を切り開く為ならばどんな事でも成し遂げる決意を下した筈だった。
 何回も何回も自問自答して……悩んで……挫けそうな心を決心と言う名の心の鎧で練り固めて、その外側を冥夜や慧の為に地球を守ろうという思いで縛りつけた。真那と共に未来を切り開く為に戦い抜こうと決意した。
 それなのに……それなのに……
 (撃てなかった、俺は撃てなかった)
 突撃機関砲を向けて照準を付ける、射撃軸を敵機と合わせ追従を完璧にする。其処まですれば後はトリガーを引けばほぼ間違いなく命中する。自らトリガーを引かなくても、思考の中で引き金を引くイメージを強く発するだけでも良い、極論すれば全てをAIに任せても射撃は一応可能なのだ。
 それなのに中らない、いや……中てることが出来ない。
 AIの能力は完璧に近い、その結果は正直だ。相手が特別な回避行動を取らないあの状況で、AIの補正が存在するのに中らないのは、故障しているという可能性を除外すれば――そんな事はまず無いだろうが――即ち『自分で照準を外している』事しか理由が無い。
 最後の方は完全にAIの自動照準に任せていた、それなのに1発もコクピットに命中しなかった。AIの自動照準で命中しないのは即ち、発射の瞬間、無意識に思考で「命中の拒否」を強くイメージしているのだろう。要するに無自覚の、深層意識化での拒否だ。思考制御での命令はAIの自立行動よりも優先順位が上に来るのでこういう結果になる。
 要するに武は、コクピットを撃つ事が出来ない、人を殺すのが、傷つけるのが怖いのだ。エンジンだけを狙うのも不可、行動不能にするには各部を破壊しなければならず、撃つことに躊躇いを持った銃を使ってのあの数相手では不可能に近い。気持ち的に今の武は戦闘力ががた落ちしている。
 目の前では仲間達がアメリカ軍との戦闘を開始した。
 「くそぉっ! 俺は……何で撃てない!!」
 『撃つ』という覚悟、『殺す』という覚悟は既に出来ている。これは何度もの自問自答や思考回帰を繰り返して出した結論だった。
 だがこれも所詮は建前だけのものだったのか? 
 上っ面を塗り固めただけの薄っぺらい覚悟だったのか?
 (違う……違う違う違う! 俺は決めたはずだ、この手で人の命を手に掛けようとも構わないと。戦い続け戦い抜き、何時か必ず平和な地球を取り戻してみせると。冥夜や慧や真那と、そして子供達と平和に暮らせる未来を築こうと)
 あらん限りの力で奥歯を噛み締める中、軋みが脳内に響き亘る。
 目の前では相変わらず戦闘が続いていた。数の差もあるがアメリカ軍は流石に強力で、月詠達を随分と苦戦させていた。やられるまでは行かないが、梃子摺っている――下手をしたら損傷を負うかもしれないシビアさを持っていた。
 その中でも月詠の奮戦ぶりは顕著だった。武の幾らか前方に陣取り、自らに群がってくる敵と、武の方に抜けようとする敵を全て撃ち落としていた。
 だが、多勢に無勢。その奮戦の限界を超えて敵が月詠の防衛線を抜けてきた。
 戦わない武の機体を故障したと思ったのか、王女殿下が乗っているかも知れないと考えたのか……とにかく数機の戦術機が武を囲もうと機動する。
 「武!」
 月詠の焦りを帯びた声が聞こえたが、彼女も自らに群がる敵を相手にするのに忙しいようで此方に向かってこれる気配さえ無い。
 武は迫り来る敵機に気を引き締める。
 そして同時に自分が凄く情けなく思えた。あれだけの決意を固め勢い込んで望んだのに、結局は何も出来やしない。挙句に、守りたい筈の恋人に護われる始末。これでは、このままでは自分は唯の役立たずではないか?
 「畜生っちくしょうっっ!」
 向かってくる敵機に向けて、右手に保持した05式電磁突撃機関砲から36㎜甲殻弾を斉射――中らない。
 半包囲しようとする、右翼に回り込む機体に向けて掃射――外れ。
 左後ろに回りこもうとする機体に向けて、左パイロンに装備した05式電磁突撃機関砲のトリガーフルオート――命中弾無し。
 外れ外れ外れ――コクピットへの命中弾は1発も無い。ならばと手足を狙ってみるがそれも殆んど回避される始末。中てる事に恐怖した弾は最早純粋な凶器足りえない。
 「みんなが! 真那が戦ってるってのに。くしょう、中れ中れ中れ、中れよっ!」
 既に怒りや情けなさは懇願の域にまで成り下がり武を苛み続ける。どんなに思っても中らない射撃の中で武はとうとう自分自身の思いの至らなさに、不甲斐無さにぶち切れた。
 「火気管制AI補助オールカット! 射撃モードをノーマルへ、マニュアル照準機動、照準サークルオン、側距カーソルオン、射撃照準モードを精密射撃へ移行」
 火気管制へ対するAIを含めたコンピューター補助の殆んどが外される。そして最低限の補助と自立行動以外をカットした状態であるマニュアル照準へ。照準サークル、側距カーソルが視界内に表示され、更に精密射撃モードに移行する。
 これは所謂マニュアル照準での射撃だ、主腕の動きから手首の動き、銃口の向きや敵機の追従、普段コンピューターが自動的に行なうかまたは補助してくれる所を全て自分で操作して行なう。
 柏木などは、遠距離射撃の時に感覚をダイレクトに伝え感じる為にマニュアル照準を好んで使うが、それも邪魔になるオート操作の一部を外す程度で此処まで見事に全部外す事はない。現在はほぼ完全なる『マニュアル』照準射撃の状態だった。
 武は敵機からの回避行動を続けながら必要な操作を続ける。ほぼ完全なるマニュアル状態から、今から自分が行なう事に干渉できない所をオート操作に戻す。その場所は多くはなかったが、それでも幾らかましになった。
 武は射撃が苦手と言う訳ではない、遠距離射撃は少し苦手だが中距離までは上級クラスの腕前を持っている。そして柏木の教えで、簡単なマニュアル照準の操作も一通り完璧だ。
 第4世代戦術機の機体能力があれば、3分の1オートのマニュアル照準でも十分中てられる。
 つまりは、心が無意識に否定して銃口を逸らすならば、思考制御が介入できないマニュアル照準で、己の決心を固めつつ確実に撃ち抜く――という作戦だ。
 武は自分を囲む3機の戦術機、その中の1機に的を絞る。
 (今からこいつを殺す……俺が撃ち殺す……)
 心の中で、念仏の様に何度もその言葉を唱える。それはまるで、神様に懺悔するような祈りの懇願にも聞こえた。
 主碗を操作し構えを取る、腕の反動を押さえる為に左手を添えての腰溜めだ。更に照準サークル中央に敵機を置き、側距カーソルで距離を測る。
 (静まれ……静まれよ)
 既に心臓の鼓動は爆発寸前のうねりを帯びて自身の肉体を打ち鳴らす。
 照準完了……其処で一瞬の停滞が生まれた。
 周囲全てがスローになるというあの現象だ。武は不思議な気分を持ちつつ、その状態内で極普通に思考を行ない続けていた。
 後は余計な操作をしなければ、手元の操縦桿のトリガーを引くだけの状態。それで弾は発射され、相手のコクピットに命中する。それは即ち相手の死だ。
 一瞬、目の前で戦っている仲間達や月詠を見て、「このまま殺さなくても戦いは終わるのではないか?」「自分が殺さなくても良いのではないか?」と思った。
 だがぶんぶんと首を振ってその魅惑的な考えを否定する(実際は振っていなかったが)。此処で逃げたら何か大切なものを取り落としてしまうと……仲間達と共にこの世界で胸を張って生きて行く資格が無くなってしまうと……何故かそう確信できてしまったのだ。
 己は逃げない、此処で逃げてはならないと。既に自分はこの世界で生きていくと……骨を埋めると誓った……
だから――      
 「うおおおおおぉぉっっ!!!」
 気合一閃、全ての勇気と激情と怒りと願いと悲しさを籠めて――トリガーを引き絞った。
 重低音の籠る連続音と共に空虚に現れ出でては散っていく十字の光、その光は散っていく命を洗礼しているかのようで……。撃ち出された36㎜甲殻弾は、無慈悲に、情け容赦なく、一切の停滞と抵抗を見せる事無く、目標だった戦術機のコクピットを撃ち貫いた。
 即死……間違いなく操縦者は即死。きっとコクピット内を蹂躙した36㎜甲殻弾でズタズタに引き裂かれ、肉体はバラバラになり、血糊を撒き散らし――
 「うっ――」
 自らが成した現実を上手く飲み込めず、ぼうとした空虚な思考に陥っていた武は、自己の成した結果の成果を其処まで自動的に考えた所で――やっと現実を飲み込み、吐き気を催した。
 だが堪える、まだ終わってはいない。此処で沈んだら先程の行為までが、全ての行動や決意が無駄になる。今時分が奪った命さえ。
 「火気管制復帰、AI思考制御をノーマルへ!」
 1度覚悟を決めたなら後は大丈夫な筈、そう言い聞かせながらAI思考制御を全て元に戻す。もしまだ躊躇いがあるのなら――もう一度外すだけだ。
 半ば勢いと激情のままに行動する。そうしなければ心が罪悪感やらなにやらで引き千切れそうだった。
 左手パイロンに装備した05式突撃機関砲を敵機に向けて照準。照準カーソルは出したまま。構わない。敵機がカーソル中央に納まった瞬間にワントリガーフルオート。
 命中。爆散。
 死死死死……俺が殺した、殺した――くそっ、だからどうした!
 込み上げてくる「色々な何か」を押し戻しそれでも行動する。
 最後の1機、後1機。
 武は右手に保持していた05式突撃機関砲を左手で右手パイロンに装着しなおした後、右手で背中中央パイロンより04式近接戦闘長刀を引き抜いた。
 何故態々近接戦闘長刀を引き抜いたのか? 何故かは解らなかったが、この時武の心は、近接戦闘長刀で『直接人間を叩き斬れ』と訴えていた。或いはこれは、武が自己に科した戒めなのかもしれない。銃撃ではなく、直接人間を斬る事でその業を、より一層その魂に刻みつけようとしていたのかもしれない。
 抜く動作のままにブースト点火で初速を得る。脚部補助ブーストで更なる加速を得ながらの急速接近、引き抜いた動作の途中で左手で柄を掴み、そのまま両手の力で右上から左下に向かい袈裟懸けに振り下ろす。
 一閃、残光の陰りも鮮やかに敵戦術機は袈裟懸けに斬り裂かれ、そのまま斜めに崩れ落ちた。
 「ぐっうぅっ――」
 武は再度呻きを漏らす。片手で口を覆い、込み上げる嘔吐感を無理矢理に飲み込み体の中に押し戻す。
 はっきりと感じた肉を裂く手応え。
 鮮やかな瞬閃の為に近接戦闘長刀に血糊は付着していない。しかし確かに――間違い無く自分は人間の体を袈裟懸けに両断した。その命の灯火を、自らのこの手で奪い去ったのだ。
 操縦桿越しにその手応えが伝わってきた、戦術機と一体となっていた自分は、間違い無くあのおぞましい感触をこの手で、この肉体で感じたのだ。
 戦闘が集束する中で武は崩れ落ちる。周囲への警戒を怠るほどには腑抜けはしなかったが、これ以上の心への負担は胸が張り裂け壊れそうだった。

 この日、2005年7月24日、22年の人生の中で白銀武は始めて人の命を手に掛けたのだった。そしてこの日が……白銀武が真に向こうの世界と決別し、この世界の住人としての心を固めた最初の日だったのかもしれない。



[1127] Re[7]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第83話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 18:04
2005年……7月24日・夜、マリ・ニジェール川近辺




 あれから後、EU群とアメリカ軍を殲滅した第28遊撃小隊はBETA支配地域である内陸部に進路を取った。
 当初の予定と違う進路を取ったのには幾つかの理由があった。
 戦闘によって武と月詠機のレーダージャマーが破損した事。
 情報が漏れていた為に、この先の進路、中継地点に定めていた補給物資隠匿箇所などで待ち伏せされている可能性が高いこと。
 今回の戦闘で十中八九反対派に存在が露見したこと。メインだとは思われないだろうが、追撃を仕掛けられたり動向を探られる可能性が多々存在した。
 他の理由も諸々に存在したが、そんな訳があって進路を変更したのだ。
 弾薬の補給が不可能になるのは問題だが、予備は一応まだ保持している。エンジンエネルギーも十分持ち、補填剤を持ってきているので此方も問題無い。
 そして第4世代戦術機の性能なら、BETA支配地域を抜くだけならば十分可能だからだ。
 危険とリスクはあるが、今の状況で当初のルートを行くよりは余程安全性がある。
 そして、それより何よりの問題は武の状態だった。
 あの場は切り抜けたが、これ以上連続での対人戦闘は恐らく不可能だろうと確信でき、武の為にも対人戦闘は回避せねばならなかったからだ。よって対人戦闘を避けるためにBETA支配地域の大陸横断経路を行くことに相成った。




 あの戦闘後、月詠は直ぐ様既存ルートを行く予定を破棄し、内陸部へ進路を取ることを決定。それを全員に伝え、衛星回線で証拠回収部隊の派遣を要請してから移動を開始した。
 武は反応は薄かったが、なんとか自力で追従できた。道中はオート操縦に任せながら、一切の通信拒否を通していたが。
 部隊の皆は、月詠の説明など無くとも流石にその状況を察したようで、皆一様に沈鬱な雰囲気を醸し出していた。道中数時間、各員の打ち合わせ以外は殆んど無言のままに時は進んで行ったのだった。
 そして夜。
 モーリタニアを抜けてマリに突入した武達は、9ヶ国に跨がる流域を持つ大河であるニジェール川、その支流の1つに場所を定めて野営を行なっていた。

◇◇◇

 地理的には迎撃に向いた場所に陣取り、4機の戦術機を周囲に膝立ちで待機させる。最も怖いのは遠距離からのレーザー照射攻撃なので、EFFレーザー防御シールドを構えさせ、レーザーの初期低出力照射を感知したらオートで防御する設定にしておく。勿論の事、遠距離操縦のリンクも常時確保。
 残りの2機は立膝を利用して簡易式のテントを構築するのに利用する。
 第4世代戦術機開発時、何故かついでに色々とオプションで作られたキットがあり、サバイバル道具一式もその1つであった。
 このテントは戦術機の膝などに引っ掛けて組み立てることが可能で(木やビルの残骸などを利用することも可能)戦術機の主機エンジンエネルギーに冷暖房完備という優れもの。不定形タイプのテントで、戦術機を利用すれば組み立ても楽々簡単、回収は自動巻取りで一瞬。普段はボックスに収めて装甲の後ろや背面に設置……どうしてこんな物を作ったのかは押して知るべしの便利な物。
 とにかく、テントなどを設置して簡易の野営地を作り上げた。

 皆が落ち着いた頃合を見計らって武が乗機である武雷神から降りてくる。
 武の武雷神は月詠の遠隔操作により、立膝となってテントを構築していた。後もう1機は柏木の業炎である。
 その機体から降りた武は、1人闇の向こうへ向かう。幽鬼が彷徨うようにふらふらと覚束無げに歩いて行く様は不安を駆り立てるが、目には意志の光が灯しいていたので皆は必要以上に心配はしなかった。自らも直面した事があるこの問題は、自己の中で折り合いを付けて答えを導き出すしかないことを、皆解っていたから。
 それに何より――
 「皆、済まないが……」
 ちらちらと武の消えた闇に向けつつ此方を窺う月詠の表情は、戦士の面影は微塵も見えず、迷子になった子供や父母を求める幼子を彷彿とさせた。一応断りを入れているが、そんな手順を踏む間も惜しんで今にも飛び出したいという様子が見え隠れしている。
 ――いやいや、これは恋に一喜一憂する女の顔だね。ふふ……いいねえ、恋する乙女は――
 普段の凛々しい様相を掻き消すその態度に、ヒュレイカは心の中で苦笑する。月詠よりも1歳年上なだけだが、そっち方面も含め、色々人生経験豊富で、既に老成や達観の様な域に差し掛かっている彼女からして見れば、今の月詠の態度は可愛くて仕方が無かった。自分が無くしてしまった少女然とした初心さを懐かしむ気持ちさえある。
 「ああ、良いって良いって、行っといで。此処は大丈夫だから」
 ひらひらと手を振って軽く返事を返す。内面の思考を微塵も表に出さない態度がまた見事だった。
 それに続くように他の皆も返事を返す。
 月詠はそれを聞いた後に再度礼をすると、そのまま駆け足で武の消えた闇の中へ消えていった。

 それを見送った皆は、1度顔を見合わせてから全員揃って微笑する。普段の月詠からは想像も出来ない程の『乙女オーラ』を発していた彼女が可愛くて面白くて仕方がなかったからだ。
 「いやいや、武も罪作りな男だねぇ、あんなに良い女なのに三股掛けるなんて」
 「なにっ! 武少佐は三股なのか?」
 「あはは。言い方はあれだけど、それは間違い無いよ」
 親しみを込めて、態と揶揄するような感じで言うヒュレイカの言葉に、事情を知らないクレア王女が言葉の意味そのままを汲んで反応し、それを柏木が笑いながら若干訂正しつつ肯定する。
 その言葉の意を少し黙考したクレア王女は、ふむと1つ頷き納得。
 「まあ……一夫多妻制度が正式に認められているから問題ないだろうが。」
 「以前に武さんに窺った所では(全員で無理矢理聞き出したとも言う)最初の御2人は互いに納得して付き合ってるものと聞きましたわ」
 「なるほどな。ん……最初の2人? では月詠中佐はどうなのだ?」
 「最初の2人と面識はあるらしいけど、彼女達は月詠中佐と武少佐が付き合ってるのは知らないみたいです」
 「それは……2人と付き合っていて尚、隠れて月詠中佐と付き合ってると?」
 「あはははははは、違う違う。最初の2人は移民船団に参加したんだ、武と月詠中佐が付き合いだしたのはその後だから教えたくても教えられないんだよ。まあ……武のことだから、もし彼女達が居ても包み隠さず報告すると思うけど」
 柏木達は、冥夜と慧と武の関係、そして3人の月詠との関係や、移民船団関係の経緯、武と月詠との関係を『包み隠さず』話し合う。女3人寄れば姦しいと言うが、5人も揃えばその効果は相乗される。特に恋愛関係の話は、女性衛士にとって最大の娯楽と言って良い、他人の禁忌に抵触しない程度のプライバシーなら暴露は当たり前だ。他人の恋路は蜜の味――。
 武の事が心配には心配だか、そちらは必要以上に気にしても仕方が無いし、何よりも月詠が居れば問題無いと確信できた。皆は心の奥底で武の事を秘めるように案じながら、明るく振る舞い続ける。
 
***

 暫らくして、皆で簡易的な食事を済ませた後で御無とヒュレイカが哨戒に向かった。AI反応や遠隔操縦が可能と言っても、万が一を考えれば実際に搭乗して待機するのが望ましい。臨機応変さでは人間に勝るものは無いからだ。
 武と月詠がこの場を離れている現在は特に注意が必要でもあり、哨戒の練達者でもあるヒュレイカと、気配察知能力と夜間戦闘が得意の御無が自らその役を買って出た。
 レーダーやセンサーがあるのに人間の能力が関係するのか疑問に思うかも知れないが、人間が持つ能力を馬鹿にしてはならない、研磨され蓄積されてきた能力や経験は、時に機械の力を凌駕するもの――機械が発達しても、人間の力と言うものを疎かにしてならない。
 残りの3人、柏木、響、クレア王女は、戦術機の下で輪を作る。火を起こせないので、キットに内蔵されてるハロゲンヒーターの様な光源兼熱量発生装置(電源は戦術機から。腰部接続ラインを引き出して使用)を囲んでいた。
 「はい、2人とも。熱いから気を付けてね」
 簡易コンロをも兼ねる熱量発生装置で、付属の容器を使って湯を沸かし、合成コーヒーを作る柏木。哨戒に向かった2人に届けた後で、自分達の分を配る。
 響とクレア王女は若干注意し、礼を言いながらコップ状の容器を受け取った。
 「済まない、在り難く頂くとしよう」
 「有難う御座います柏木大尉」
 全体的に熱帯気候のマリ、ステップ気候が強いこの辺りは、この季節の夜間寒いと言う事は無いのだが、それでも緊張し疲れた体に掌を伝って温かさが染み渡る。全員は在り難く合成コーヒーに口を付けた。 
 「美味い……。これは通常の合成コーヒーではないな?」
 「ほんと、美味しいですこれ」
 一口二口飲んだ後で、2人はほうと溜息混じりの感嘆を口に出し、手に持つ容器に波を作る黒色の液体を、さめざめと評価した。そして訪ねるように柏木を見詰める。
 「これは私物だよ。横浜基地PX名人物、京塚おばちゃんの特製コーヒー。実はコーヒーには拘りがあってね、以前にこっそりレシピを教えて貰ったんだ。後緑茶の方もついでに。
 武もこの味が忘れられないらしくっててね、コーヒーと緑茶併せて時々持って行くよ。因みに緑茶は月詠さん用」
 合成コーヒーも合成緑茶(玉露他)も、不味くは無いが余り上等な味と言う物でも無い。だが、京塚のおばちゃんはそれを一工夫して、まるで魔法の様に美味しくしていた。そして柏木は、普段飲む合成コーヒにもその味を求めて、当人に教えを請うたのである。
 コーヒーの話を筆頭にして、過去の話が広がって行く。昔を懐かしみながら、横浜基地時代の事を思い出すように語る柏木の話に、2人はへえと聞き入っていく。
 響はその頃の様子を簡略的に聞いてはいたが詳細は知らなかったし、クレア王女は国以外で過ごした事は殆んど無いので、他の国の話に珍しそうに聞き入っていた。
 
 そして、その話も終わりに差し掛かった時に、クレア王女からとんでもない言葉が飛び出す。
 「柏木大尉も、武少佐の事が好きなんだな」
 突拍子も無く放たれた言葉に、その場が一瞬停滞するが、柏木は流石に余裕を持ってそれを流そうとした。
 「さあ? どうだろうね~」
 しかし、チャンスとばかりにそのスウェーを引き戻す者が1人。
 「そういえば、其処の所がはっきりとしてませんでしたね柏木さん。出来ればキリキリと吐いて頂きましょうか?」
 既に口調はいけいけの軽い暴走モード、軍事行動中は官位付けする呼称がさん付けになっているし。
 こうなった時の響の情熱的なしつこさを傍から見てきた柏木は、微笑と苦笑を張り付かせて最後の言い逃れとばかりにかクレア王女に向かって質問。
 「どうしてそう思ったのかな?」
 しかしそれに対する回答は明瞭。
 「武少佐の事を話す時の貴女の様相を見ていれば、大体は推察できる」
 その言葉を放ち受けつつ、無言で互いに目を見詰め合ってた両者。暫らくして柏木は「ふふふふふふふ」と含み笑いを発しだした。
 (う~ん。本心は隠しきれない? やっぱりそうなの……かな?)
 本人は完全に隠匿していた積もりだったに、何時の間にか表情に滲み出ていた好意の事をして笑う。柏木自身は武の事を好ましいと思ってはいたが、恋愛の対象に考える事は今まで無かった。無かったのだが……。どうやら自分の予想以上に、本心では武の事を好きだったらしい。他人に指摘されて気付くとは自分もまだまだだと思う柏木晴子22歳。
 「まあ、確かに好意は持っているかな。でも武には3人も恋人が居るし、私はそうそう情熱的になれるタイプの人間じゃないからね。将来武以上に好ましい男性に出会う可能性も無きにしも非ずだし、当分は今のままで保留かな?」
 見破られたならしょうがないと、今の気持ちを正直に吐露する。この気持ちは嘘偽無い本心だった。響もクレア王女も、それが解ったのかコクコクと頷いて納得する。
 したが好奇心は抑えられず、響の質問がクリィティカル。
 「じゃあ、もし将来好ましい男性が現れないまま、武さんの事がもっと好きになったらどうするんですか」
 人は総じてIFの質問が大好き、響も例には漏れなかった。
 そして、それに対する柏木の回答は、トドメの驚愕を呼び込んだ。
 「う~ん、そうだねぇ~。恋人の地位は無理でも、子供位は欲しいかな?」
 ………………その場に静寂が立ち込める。クレア王女はともかくとして、響の脳内にその情報が伝わり理解を示すまでには実に10秒の時間を要した。
 「こここここここ……子供ぉぉ~おおお!」
 驚愕絶叫する響と絶句するクレア王女を尻目に、柏木は合成コーヒーを咽の奥に流し込んで人心地。ふぅと吐き出す吐息がやけに感無量な感じを醸し出す実にマイペースなほのぼのさんだ。自分の発言が巻き起こすだろう大旋風を此処まで客観的に見ていられるその度量はやはり大物か? 遂には慌てる響に対してフォローを差し出す。
 「だ……ちょ……ま……こ……」
 「ほらほら慌てない慌てない、落ち着いて深呼吸して」
 響を諭しながら合わせて深呼吸。す~は~す~は~と2人の規則正しい呼吸音が響いて…… 
 「だーーー!! ちっが~~う! そうじゃなくてぇ……柏木大尉、子供ってどういう事ですか!?」
 「どういう事って……精子だけ貰って人工授精で。実は、将来の夢が子育てすることなんだよね私」
 あっけらかんと喋る柏木に、響は既に茫然自失の体を晒していた。
 男性が少ない今の世、人工授精で子供を授かる事は決して少ない例では無い。無いが……自分の身近な人がそれをやるとなると、しかも武の子供って――響は完全に混乱中。
 「それだったら実際にその……付き合って子供を授からせて貰った方が良いのではないか?」
 傍で聞いていたクレア王女は、若干顔を赤らめつつ進言してみる。特別な事情があるならともかく、本人が居るのだから実際に頼んでみてはと?
 「う~ん、将来の事は置いとくとして、今は別段それで構わないんだよね。武は鈍感くんだし、私はあまりそう言う事に熱心になれない性質だし。あ……でも、子供の為にも父親は必要かな? そうなると認知してもらわなければならないし……幾らか会わせてあげないと教育上問題だし。 どうなのかな?」
 「そんなこと私に聞かないで下さい!!」
 うんうん考えていた柏木は、ついと横を向いて自分を呆然と眺めていた響に質問。そこで響の突っ込み1発が盛大に入ったのだった。
 この夜、この問題の決着は終ぞ着かなかった。……と言うか、今着いてもしょうがない問題だし。
 将来的に柏木の選択がどうなるかは未だ不明である。
 しかし男性の少ない現在、柏木の選択は十分現実的で日常に近い事からして……まあその結果は将来のお楽しみだ。
 ただ1つ言える事は――白銀武の貞操と生命に幸があらんことを。
  
追伸
  
 「じゃあ逆に響ちゃんは武のことどう思ってるのかな? 以前とは違ってこの頃は何かと一線引いているような感じだから」
 「確かに以前は武さんとお兄ちゃんを混同していたんですけど、武さんが月詠さんと付き合うようになってから段々と気持ちの整理が着いてきたって言うか……自分自身武さんの事を、お兄ちゃんとは全く別の個人として認識できるなってきたんですよ」
 「ふ~ん? じゃあ、そのお兄ちゃんとはまた別に好きなんだ?」
 「好きって言うか……良く解らないんですけどね、お兄ちゃんとは比べられないって言うか、また別の……って何言わせるんですか!」
 「あはははは、まあいいけどね。いやあ、武はモテモテだねぇ」
 「柏木大尉! そんなんじゃあません! もう……」
 
 そして姦しい夜は更けていく……。



[1127] Re[8]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第83.5話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 18:04
2005年……7月24日・夜、マリ・ニジェール川近辺




 夜道を走る月詠の足取りは淀みが無く、武が辿ったと思わしき道筋を駆け抜けていく。
 夜空には欠けた月。欠けていて尚煌々と輝き続ける月光が、人気の無い深遠の世界を淡い光で映し出す。その月光の光に照らされた道筋を、月詠は獣の様に直走った。
 そして直ぐに――元々そう時間も置かずに、歩く武を追いかけたので――武の姿を視認する。
 ニジェール川の支流のそのまた支流である小さな流れの淵に膝を付いた武は、己の手を一心不乱に水で洗い続けながら、時折思い出したように嗚咽を漏らす。その様は、殺人を初めて犯した兵士の典型的な初期症状であった。
 あったが、月詠にその痛々しき姿を亡羊と見守っていられる筈も無く、静かにその後姿目掛け近付いて行く。
 近付く程に、武の蒼白な顔が月光の中に浮かび上がり、その痛々しさを月詠の心の芯に刻み付ける。今此処で自らが武に施せる救済は慰めと労わりだけ。その事実に、力無い己の存在を思うと、心の奥が張り裂けそうに疼くこの気持ちに顔を歪ませながら、月詠は武の背中に覆いかぶさった。
 両腕を両肩の上から通し首の前へ、真綿を包むように優しくふんわり掻き抱き、体重を掛けすぎないように注意しながら武の背中に自身の前身を優しく密着させる。
 その瞬間に武の身はびくりと大きく痙攣するが、その挙動を最後に今まで行なっていた全ての行動を取り止め静止した。
 そのまま無言の時が過ぎる。
 お互いの体温や心臓の鼓動が混じり合う。原初の海で2人揃って情熱的なダンスを踊っているかのような激しくも優しい熱き一体感。普段体を重ねている時にも感じる、快楽と快感と至福を入り混ぜた様なこの酷く陶酔する感覚は、武の磨耗しつつあった現実感や酷い悪寒を侵食し取り除き、その心の内を暖かな優しさの光で満たしていった。
 やがて、武が身じろぐ。その水に濡れた手を、自分を掻き抱く月詠の手に愛しそうに添える。
 「一応決心は付いていたんだ」
 突然に言葉が紡がれるが、月詠は軽く眉根を動かしただけで後はまた動かない。全て武の思うがままに感情を吐露しろとでも言っているかのように、武の体を守る様に包み込んでいる。以心伝心か、武もそれを解っているかのようにそのままの姿勢で話を続ける。
 「ただ、それが予想以上に応えたもんでな。人の命を手に掛ける事は重い事だと認識してはいたけど、正直俺にとって此処までその禁忌が歯止めを掛けることには予想が付かなかった。結構俺も常識人だったって事かな……」
 静かに紡がれる言葉は、月詠の耳に入る以外、闇の奥底に溶け消えて行く。至極軽い調子で紡がれる言葉だが、月詠はその言葉に含まれる武の葛藤や悲しみを緊々と感じていた。
 だが彼女は動かない。武は既に答えを決めてしまっている、ならば後は彼自身が納得するしかない。他人が当事者の出している答えを曲げる事は難しく、第一してはならない事だ。自身に出来る事は、武を見守り励ます事だけだ。
 「今の俺の中には禁忌に対する拒絶反応が渦巻いて居て、それが俺の心を責め苛む。だけど、それ以上に晴れ晴れとした心も感じている。この世界で生きていくと誓った俺の心。けど今まで俺には、やっぱり何処かで元の世界に対する心残りが在ったんだ。それが今回の事で綺麗さっぱり無くなっちまった。向こうの世界での禁忌を犯したから戻れないって言うんじゃなくて。そうだな……覚悟が決まったって言ったら良いのか、人を殺して覚悟って言うのもなんだけどな……情けないなぁ俺って」
 そんな情けない事を言う武に対してクスリと笑みが浮かぶが、その笑みも直ぐに消える。武は確かに答えを出したかもしれない……だが、彼が人を殺した事で未だ傷ついている事には変りは無いのだから。
 「無理をするな武」
 耳元で静かに告げる。
 「えっ」という返事にも満たない声が聞こえたが、構わずそのまま行動に移す。
 首の前で組んだ腕にやおら力を込めて引き倒し、そのまま自身の膝の上に頭を乗せる。支流の直ぐ脇に広がる、草で覆われた柔らかい土の上に正座する恰好となった月詠の膝の上に、武の頭がすっぽりと納まった。
 瞬く間に成された早業に武も戸惑いを隠せないようで、手をわたわたと動かしていたが、月詠がその髪を優しく梳き始めると、母の膝に甘える子供の様に大人しくなってしまった。
 月詠はそのまま武の耳元に顔を寄せ、美声に乗せた囁きを紡ぐ。
 「無理をするな、泣きたいならば泣けばよい。今此処で聞いているのは私だけ、何もかもかなぐり捨ててただ心のままに自らの感情を吐き出してみろ。我慢して強がるのも良いが、私の前では正直な気持ちを見せてくれ武」
 その優しい囁きに、今まで抑えてきた感情が決壊する。
 最初は籠るように、そして段々と大きな声で、更には辺りを憚らない盛大な泣き声を挙げて、唯心のままに涙を
流し続ける。月詠はそんな武の頭を撫でながら、唯優しく彼を見下ろし見守り続け、武は慈愛の聖母然とした月詠に縋り付き、今此処で全ての悲しみを絞りだすかのように泣き続けたのだった。

***

 あれから数十分、武が泣き止んでからも暫らくは、月詠は武の心をその身で癒すかのように、優しく包み込んでいた。闇の中に浮かぶ、月に照らされた聖域に浮かぶその情景は、天上の様相を描いた1枚の絵画の様で、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 それからやはり数分、月詠が身動ぎした武に対し口を開く。
 「今日の戦いで、恐らく我々の存在は露見した。敵も馬鹿ではない。今日一日もあれば、使節団が囮である事に気付くだろう、恐らく衛星の掌握も一部は奪い返される。そして、その情報を持って勢力が疲弊し追い詰められた反対派や過激派が取る手段は唯1つ」
 「王女殿下の奪取か……」
 「然り。この状況に至ってはほぼ意味の無い行為だが、追い詰められた者は残された僅かな可能性に縋りつく、それがより強固な信念を持つ者達ならば確実に。敵も背水の構えで事に望むだろうことは難くない、恐らくナイジェリアの砂漠で決死の覚悟を持って我々を待ち構えているだろう。捕捉されないという楽観視は避けるべきだ……だから武……」
 心配そうに自らの顔を覗き込む月詠に向かって、武は心配無いと伝える様に優しく微笑んだ。
 「大丈夫だ真那。俺は戦える、戦い抜いて見せるさ」
 恐らくは虚勢に近いだろうが、それを隠すように力強く紡がれる言葉に、月詠はただ「そうか」と言葉を返すだけだった。
 武の未だ不安定な心に対する心配事は多々ある。しかし今はこれ以上の言葉は要らなかった。2人の間には、その言葉だけでも十分以上の理解が存在する。
 そして2人だけの時は過ぎ去って行く。



[1127] Re[9]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第84話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/21 18:05
2005年……7月25日午後、ナイジェリア・カメルーン国境付近




 24日から翌日、仲間達は普段と同じ様に武の事を扱った。その方が本人も気が楽だろうし、今の時点では本人の心の内だけの問題なので。武もその雰囲気を受けてか、昨日の事があったからか、まだ少し暗い雰囲気を漂わせていたが、皆の形無き心遣いを有りがたがり、無理矢理気味に普段と同様の体を見せていたのだった。
 そのまま朝早くに飛び立った一行は、情報が露見した現在、既に制限を掛けても意味が無いので十二分に衛星を活用しながら、BETA反応を回避しつつカメルーンへ向かった。
 第4世代戦術機に幾らスピードと持続力があるといっても、主機エンジンや跳躍飛翔装置の耐久力、搭乗者のGへの耐性が関係してくるので、スピードを調整しつつ休憩を挟みながら進む。
 そして25日午後になって、カメルーンの国境付近に到達したのであったが……昨日の懸念どおり、待ち伏せしていた残存部隊に捕捉されたのであった。

◇◇◇

 『クワラより再度ラゴス隊へ! 捜索中の部隊を捕捉し交戦中、至急応援を』
 『今向かっている、あと5分程で到着する!』
 『早くしてくれ、プラトー隊も壊滅しちまった。こいつら強すぎる。カメルーンから制圧部隊も出てきてるんだ、急げ!』
 カメルーン方面への移動を続けながら、第1陣・第2陣を殲滅した後に、援軍として来た第3陣を現在相手にしている。既に片方の中隊規模の部隊は殲滅済みで、もう一方の中隊規模を相手取っていた。
 「ちっ、しつこいやつらだな」
 「恐らく回せるだけの残存兵力を私達の捜索に当てていたのだろう。この様子では八方に散って我々を捜索していた敵が更に集まってくるぞ」
 ヒュレイカのぼやき愚痴に月詠が状況を鑑みつつ予測を漏らす。
 スピードを頼みにカメルーンへ一気に抜ける手も在ったが敵も必死、玉砕覚悟で突っ込まれては堪ったものでは無いので安全策を取り敵を撃破していく――逃亡より撃破の方が安全と言うのも中々に変な事情だが。
 武達の乗る第4世代戦術機に掛かれば敵の脅威度は低いがそれでも数が揃うと厄介、敵を捕捉次第各個撃破の要領で殲滅しつつカメルーンへ向けて機体を進めていた。
 「弾は足りるかね?」
 「結構持ってきたんですけどね。節約すれば足りるんじゃないですか? ヒュレイカ大尉なんか態と主機エンジン外して敵機を撃破して、その敵機からマガジン巻き上げていますからね。いざとなったら我々も同じ様な事すれば?」
 「私はまだまだ大丈夫ですわね」
 「御無大尉は近接戦闘で白兵ばかりやっているからでしょう」
 各々結構余裕があるようで、迫り来る敵機を次々と撃破して行く。錬度にも差があったが、更にそれに上乗せして機体性能に差がありすぎる為に、敵部隊はまるで風に吹かれた紙細工の様にばったばったと撃ち倒れてしまう。
 「武、大丈夫か?」
 「ああ……大丈夫だ。問題ねぇよ」
 そんな中、武も戦闘に参加して、他の者には劣るが確実に敵機を砂漠の塵芥へ返していた。
 本人の意識や感覚は明瞭としていたが、やはり顔色は優れない。
 (戦闘能力が軒並み低下しているな――直撃を避けて襲ってくる反対派相手なら問題無い……か、此方でフォローすれば良いだろう)「解った、無理はするな」
 「ああ、有難な真那。心配掛けちまって」
 「良い。そなたの支えになれている事は私にとって存外に嬉しい」
 お互いに数瞬見詰め合ってからふっと口をにやめて微笑する。月詠からしてみればまだまだ武の事が心配ではあったが、彼が心を決め自力で戦っている以上は必要以上に手出しし干渉する積もりは無い。己は唯、支えるように寄り添うだけで――
 「お2人さん、以心伝心は結構だけどイチャイチャするのは戦闘が終わってからにしないとね」
 「柏木大尉、それを言うなら『帰ってから』です」
 ……と突然に通信ウィンドゥが開き鋭い突っ込みが入る。良い雰囲気だった2人はその言葉で傍と我に帰り、赤面しつつ互いの視線を大仰に逸らす。――逸らすが既に、皆は2人を苦笑して見詰めていたのだった、合掌。
 第28遊撃小隊はこの作戦に際して、相手方による通信の傍受を避ける為に第4世代戦術機標準搭載の新型光通信システムを使って通信を交わしていたが、もしこの通信が相手側に筒抜けだったならば、相手は烈火の如く怒り狂っただろう事は想像に難くない。
 自己の理念を貫く為に決死の思いの中死に物狂いで戦っているのに、武達は呑気に(戦闘は真面目にやってはいるが)色恋話に花を咲かせたり――必死に戦っている反対派が無性に哀れに思えてしまう。
 兎にも角にも、武達は第3陣を殲滅、そのまま前進を続ける。
 「カメルーンからも部隊が出ている筈だが。それにしては敵の数が多い」
 「使節団を囮に随分な数の敵を殲滅した筈ですが、難を逃れた敵や潜伏し続けた敵もそれなりに居たのでしょう。現在もモーリタニアなどではその掃討に全力を掲げている筈です」
 「その難を逃れた内の1部が起死回生を狙い此方に来たって言う訳だね、カメルーンの方も国境付近から掃討を開始してるんじゃないかな?……と、言ってる側から捉えたよ」
 柏木の言葉と同時、各戦術機の通信に新たな通信が入る。どうやら他戦術機よりも優れた業炎のセンサー類が国境線で戦闘している敵部隊の通信を捉えたようだ。
 『此方アナンブラ隊、カメルーンの制圧部隊が上がってきている、このままでは突破されるのも時間の問題だ、
王女殿下の確保を急いでくれ……何だどうした!?』
 『アナンブラ隊、何があった? おいっ』
 『くっ――、敵機が2機我々を突破してそちらに向かった。気を付けろ、あの機体は……』
 「前方より敵機確認、数12・1個中隊」
 通信に意識を傾けていた矢先、ヒュレイカの声でそちらに意識を戻す。どうやら新たな敵のようで、自らも前方より接近するミラージュ2000を確認する。通信の方は、とりあえず国境線にカメルーンの部隊が展開しているのが確認できただけでも良い。
 「中隊規模とて気を抜くな、行くぞ!」
 月詠の号令一閃、今日幾度目かの戦闘を、今までの行程を繰り返すかの様に敵機撃破へと向かう。

***

 第4陣を殲滅して、これで倒した戦術機は結構な数に上る。使節団を囮にした掃討戦の被害から予測し、国境線でカメルーン部隊を相手取っている敵の数を考慮に入れれば、恐らくそろそろ戦力が尽きるだろう。此方も弾薬が後少ししか残っていなかったが、このまま乗り切れるだろうと心持ち安堵する。最後まで気を抜けないが――
 「待って、前方より新たな戦術機反応2機を確認」
 敵が2機増えたくらいでは大事無い、皆はその通信を聞いても至極落ち着いていた。だが、柏木の戸惑いを見て取りそれをいぶかしむ。
 「あれ……これって――友軍反応?」
 「なに、友軍!? もしや先程敵陣を突破したとか言う2機か?」
 「ちょっとまって……最大望遠の拡大映像出すよ」
 驚愕する皆に、業炎が捉えた、その2機の望遠映像を回す。そこに映った機体を見た皆……特にクレア王女の驚愕値は一気に最高潮に達しした。
 「ブレトワルダ!!」
 そこに映るのは見間違えようも無い、この地上で6機しか存在しないF-35カリバーン・ブレトワルダが2機。その機体色は白銀・純白に黄金のライン。もう1機が白銀・紫に黄金のライン。そして、それぞれの機体に刻まれる白薔薇と紫薔薇の意匠をした紋章。
 「薔薇の4騎士が2人、なんとも豪勢なお出迎えだね」
 ヒュレイカの揶揄めいた感心する声にハッと我を取り戻すクレア王女。
 「何であの2人がこんな所に!? 柏木大尉、済まないが通信を繋いでくれ……特殊回線コードで――――」
 柏木に迫るかのような剣幕で頼み込み、通信コードを繋げてもらうようにする。柏木は紡がれるコード――恐らく騎士団内での特殊通信コードだろう――を発し、前方の2機に通信を繋ぐ。
 そして通信画面が開いた瞬間、クレア王女は大声でその機体の操縦者に食って掛かった。 
 「スターニア! シルヴァーナ! お前達何でこんな所に!?」
 通信越しに映ったのは2人の女性。
 1人は絹のようなさらさらの、角度によっては金色の照り返しが見える薄茶色の髪を持つ女性。年の頃は恐らく20代前半位、欧米人種の特色の1つでもある白磁のような肌と顔を持つが、その顔は見ようによってはアジア系の様相も呈している。鋭い目付きながら、第一印象で悪戯猫を思わせるその表情や雰囲気は、彼女の内面をそのまま表していると言ってもよかった。呼ばれた順番から言って、彼女がスターニアと言う女性だろう。
 そしてもう1人は、ややくすみを帯びた銀髪に、ギリシャ人系の顔の作りを持つ、同じく20代前半位の年齢の人物だった。彼女の第一印象を端的に表すなら『面倒臭そう』である。百歩譲っても『物憂げな表情』としか言えない彼女の様相は、本当にこの人物が一騎当千の薔薇の騎士かと疑問を感じさせた。
 『はは、国の外で会うのは初めてだねぇクレアちゃん、元気してたかい? お堅いシーナちゃんを護衛に付けたって聞いたもんだから、私はクレアちゃんがストレスで爆発してないか心配で心配で。日々天に祈りを捧げながら、シーナちゃんの胃袋の心配をしてしまったよ』
 「スターニア!! 私はそんな事を聞いてるんじゃなくて! って、私は癇癪も起こさないし胃袋に穴開けられる程の問題児でもない!」
 『はいはい、解りました解りました。来たのは勿論女王陛下の命令に決まってるって』
 『スターニア…………不謹慎。王女殿下、我等女王陛下からの命令、式典参加……護衛もセットで』
 交わされる遣り取りに武達が思う事は――
 (軽い、軽すぎる……)
 この遣り取りだけで、3人の普段の関係や立ち位置が解ってしまうのは何故だろうか? と言うか、女王近衛隊の頂点ともなれば、厳格で実直な、女王陛下に忠義を尽くす敬虔なる騎士の姿……という皆の想像の斜め上を行っている。クレア王女然り、この2人の薔薇の騎士然り、女王近衛隊にはこんなのしかいないのだろうか? と皆が思ってしまったのも、ある意味仕方が無いのかもしれない。
 一応忠告しておくが、この3人が特別なのであって、他の団員は至ってまともな人物達である。

 とりあえずの説明で、彼女達は女王陛下の命令で式典の参加とその間のクレア王女の護衛として派遣されたという事が確認できた。同盟するに当たって共同作戦なども増えてくるので、顔見世の意味も兼ねて、後式典の後にある第4世代戦術機などの新兵器関連の説明会への参加も込みであるらしい。
 『では改めて。王立国教騎士団女王近衛隊薔薇の騎士、スターニア・クロムウェル大佐、25歳。白薔薇の名を賜った者だ、以後宜しく頼むね』
 何処までも飄々とした感じを崩さない、猫のような人物――身に纏う雰囲気や、しなやかな体重移動、筋肉の動きまでもが猫科の動物を連想させる。薔薇の騎士の地位を賜る程の人物なのだから芯は在るのだろうが、それを全くと言っていい程に感じさせないのは良いのか悪いのか。
 そして、更にスターニアが次の言葉を述べようとする時、ヒュレイカが突然に声を掛ける。
 「なるほど、あんたが噂の剣王妃か」……と。
 『剣王妃』――その名は『剣にその身を捧げ伴侶となった高貴なる女性』の意味で付けられた。
 剣は男を暗示するので、王妃と言うのは彼女の地位と剣の腕の高みに絡めての表現だろう。剣にその身を捧げたような素晴らしき剣術の腕前、剣を伴侶とする者……などの意味合いがある。 
 彼女は王立国教騎士団が近接戦闘長刀に日本刀を採用しようと決定した時期に、クレア王女が連れて来た人物。
 当時EU軍の一般の戦術機部隊に所属していたスターニア。王女殿下は身分を隠しながら偶々彼女と仲良くなり、彼女が見せた神技とも言える剣の技と戦術機戦闘の強さに魅入られて、無理矢理気味に王立国教騎士団に連れて来たらしい。
 当時、王立国教騎士団は日本刀の採用で、近接戦闘長刀の扱いに長けた人物を探していたからこれは都合が良かった……良かったのだが、1つ大きな問題が存在した。
 それは彼女――スターニアが日本人とフランス人のハーフだという事である。
 近年の改革で、実力者ならば入団資格ができた王立国教騎士団であったが、それでもアジア系の血が入った人物が入団した例は皆無だった。それが故に、彼女の持つアジア系の血が問題となったのだ。
 もし彼女の実力と人格に問題があったのなら、幾ら王女殿下の推薦でも拒否するのは簡単だったのかもしれない。知れないが……スターニアはミラージュ95でラファールに乗った王立国教騎士団員をどんどんと薙ぎ倒して行ってしまった。挙句には、当時正式配備前だったF-35ロンゴミアントに乗った女王近衛隊の衛士までをも倒してしまったのである。
 そして更に極めつけは、面白がった当時の白薔薇の騎士が同じミラージュ95に乗って対戦を仕掛けたことだ。結果スターニアは負けたが、近接戦闘では白薔薇を超えた壮絶なる勝負と相成り、その実力を皆の目に知らしめた。 その後結局他の薔薇の騎士とも対戦する事になり、紆余曲折の末、薔薇の騎士と王女殿下の満場一致で彼女は推薦され、女王陛下もそれを許可したのであった。その後に白薔薇の後釜とされたのだ。
 そして(身分を隠していたが)友人でもあり、推薦者でもある王女殿下自身が下した、彼女の実力を博した名が『剣王妃』なのである。
 『いやいや。私の剣なんか日本に住んでいた時に習った程度で後は我流。腕には自身があるけど、王女殿下直々の立派な名前を貰う訳には……。』
 「スターニア……お前もしかして未だ根に持っているのか?」
 『いえいえ何の事で御座いましょうか? 可愛い妹分が是非に付いてきてくれというから行ってみれば、其処は何故か騎士団本拠地で、私を推挙するから戦えとか言うし。無理だとか言っても、私は王女だから多少の無茶は効くとか言われるし。何時の間にか他の薔薇の騎士とも戦わされて、挙句にはその薔薇の騎士に任命されるし』
 つらつらと挙げ連ねる罪状?に流石のクレア王女も、その事は悪いとは思っているのか、渋々といった体を取って謝罪を述べていく。
 どうやら彼女達の間柄は、王女と騎士という関係と並行して、姉貴分と妹分での親友というようである。

 そして次の人物の自己紹介に移る。
 『王立国教騎士団女王近衛隊薔薇の騎士、シルヴァーナ・ヨーワース大佐、年は……本当は秘密にしたいけど言わないと怒られそうだからとりあえず25歳と言う事にしといて……取りあえずって言っても本当だから。後、紫薔薇の騎士やってます……宜しく』
 のっそりと――スピードは特に遅くは無いのだが、何故かのっそりと感じてしまう挨拶をするシルヴァーナ大佐。動作は極普通なのに、この滲み出る倦怠感は何なのだろうか?
 (因みに、『紫薔薇の騎士』は語呂が悪いが、武達は基本的に英語で話しているので、発音的には『パープルローズナイト』となっており、武達はそんな事を感じていない)
 そして問題は……
 (読めない……ある意味、慧よりも中身が読めない……)
 その不思議空間を醸し出す、雰囲気と動作と言動である。
 武なんかは彩峰の不思議ワンダー空間で慣れている筈なのだが、その彼を持ってしても彼女の事を読むことが不可能だった。月詠なんかは特に――
 こんなんで本当に薔薇の騎士――いや、それ以前に戦術機戦闘をして大丈夫なのか? とさえ皆が思ってしまったのも仕方が無いのかもしれないが、其処はそれ、態々薔薇の騎士に任命される位だから腕も人格も確かだ。――必ずしも人格の良さと、性格やキャラクター性の良さは比例しないが――
 そこでクレア王女が、フォロー?を入れたのか、彼女の腕前について解説する。
 「シルヴァーナ大佐はこう見えても、操縦の繊細さに掛けては国教騎士団一だ、何時もの様子からは想像も出来ないがな」
 一寸苦笑しつつ続ける。
 「シルヴァーナ大佐は戦闘に関してだけは動作が機敏になってね。実は凄い槍術の使い手で、戦術機での獲物も槍を使っている。そう言えば察しは付くだろうが、槍は武器としての動作が複雑だ、彼女の繊細な操縦技術は正に芸術の如く神業だよ」
 そして急に話を振る。
 「武少佐……」
 「え……俺?」
 「昨日私がXM3の事を有り難いと喜んだと言ったが、実は私以上に狂喜乱舞せんばかりに喜んだのが彼女だよ。彼女が行なっていた複雑な操縦が、コンボ機能のお陰で随分と簡略化されたからな。余りにも気に入ってしまって、自分で自分の槍術用コンボを特別に組んだくらいだ」
 シルヴァーナの装備する槍は、どちらかと言うと反りが無い薙刀風の形状をしていて、石突の部分にもひし形状の突起が付いている。(現在使用している槍の柄は、特殊な配合で作った生体金属を使っている)戦場での磨耗を考えて、刃の部分が取り付け式となっており、棒状の柄の部分と分離する。だから戦場では、予備の刃だけを括り付けておけば良いので、結果的に近接戦闘長刀よりも沢山刃を保持できる。
 しかし、戦術機で槍を武器として使う者は彼女しかいない。
 まず、槍を武器として扱うには熟練した腕が必要だからだ。剣ならばある程度の訓練でそこそこ程度は使えるように成るが、槍は突く事以外はそうも行かない。
 扱うのにほぼ絶対に両手を使用するのも問題がある。
 そして一番の問題が、戦術機で槍を扱う場合の操作の複雑さだ。
 XM3無しで槍を扱う場合、長刀を扱う行程の倍以上の操作行程を要する。槍の様な生身でも扱い難い武器を使用する事も考えれば、長刀を装備してその行程分他の操作に回したほうが余程有意義なのだ。
 シルヴァーナはそれを踏まえながら、あえて槍を武器として使ってきた。何故か?――自分は槍のほうが強いからである。彼女の操縦技術の巧みさや繊細さも相俟って可能となった事であった。
 勿論、それでも彼女はコンピューターの操縦系統をいじったりと、色々苦労していたが……。
 しかし、其処に天恵の様に現れたのが、件のXM3である。
 コンボを使えば、今まで何行程にも亘って行なってきた操作が1つ2つで可能となってしまう。更に先行入力とキャンセルを組み合わせれば、先の動作を綿密に予測してから操作を繰り出さなければならなかった入力が、より簡単となった。XM3のお陰で、戦術機に乗っての彼女の槍術は更に冴え渡ったのだ。
 シルヴァーナ大佐は、恐らく彼女にしては真剣な表情で武を見詰め、頭を下げる。
 『武少佐……感謝多々、有難う御座いますです』
 「え……いや……。あはははは……」
 なんだが微妙に噛み合ってない挨拶者と受け手であった。



[1127] Re[10]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第85話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/22 06:53
2005年……7月25日午後、ナイジェリア・カメルーン国境付近




 雲1つ無い快晴の空の下、未だBETAにも侵食されていないこの辺りは、広大な熱帯草原であるサバナが広がっている。現在地は高温多湿の熱帯雨林気候との境目付近で、其処が雨季に入った事もあり、風も土も湿り気を帯びて、生暖かさとサバナ方面からの乾いた風が入り混じる、至極不安定な気候となっていた。
 しかし鋼鉄の箱に閉じこもる衛士達にそんな事は感じられない。彼等は計器などによって外の様子を間接的に知るだけで、自ら外に出ない限りはその感覚を感じたりは不可能。
 今も此処で、自然の営みを感じる事も無く、唯命の遣り取りを交わす鋼鉄の巨人達が存在していた。

◇◇◇

 『敵さん丁度2手に分かれているようだね。私が右、あんたが左……で良いかい?』
 『承知、私は敵の選り好みはしない。立ち塞がるものは……槍の錆にしたいけど、この刃は錆びないから無理ね』
 『はいはい、言いたい事は解ったから。じゃ行くよ。暴悪たる我等が王女殿下のリクエスト通りに……』
 『女王近衛隊、薔薇の騎士の実力……篤と御覧あれ』
 微妙にふざけているようにも見える様相で、彼女達2人は戦術機を駆り、前方より襲来する1個小隊・4機の戦術機を相手取る為に向かっていた。
 と言うのも、話の途中で前方より接近警報が響き渡ったのだが、何を思ったのかクレア王女が「此処は是非に女王近衛隊薔薇の騎士の実力を披露する」と張り切って、2人に命令――脅迫紛いの――を下したのであった。恐らく……2人の余りにも余りな様相に、此処で強さを示しておかなければ近衛隊の面目丸潰れだとでも思ったのではないだろうか。この2人、普段は全然一騎当千の衛士に見えないし。
 2人は外面状渋々しながらも、仕方がないなぁというような雰囲気を浮かべてその任に及んだ。言ってる事や態度は兎も角として、2人ともクレア王女の事が可愛くて仕方が無いらしく、その表情は苦り混じりの微笑を浮かべている。
 そしてそのまま、若干距離を取って2手に分かれ進攻していた敵機目掛けて突き進んだ。
 最初に仕掛けたのはシルヴァーナ大佐だった。
 先程までの気だるい雰囲気からは想像も付かないほどの機敏なジグザグ移動で敵を揺さぶり撹乱しなから接近する。通信画面に映る表情だけは相変わらずだったが、相手の射撃がまるで追いついていない。
 そのまま滑るように半円を描きつつ、回り込みながら相手の左側へ。相手が対応しきれずに旋回を遅らせた隙を付いて横っ飛び、右足で着地し円周運動をしつつ、そのまま先頭のミラージュ2000に向けて槍を下から先端を上にして持ち上げ、そのまま刺突に入った。
 攻撃の瞬間だけ真面目に鋭くなるシルヴァーナ大佐の表情、それそのままに攻撃も鋭く、残光一閃――戦術機コクピットを打ち貫く。
 次いで淀み無く槍を引き抜き、まるで槍に付着した血糊を振り払うかの様に後方に打ち払いつつ、頭上に持ち上げた。 
 そして頭上大回転――槍の中心を持ち替えながら1回、2回と振り回す――この戦闘では非常に意味の無い行動だが、恐らく彼女なりのアピール、パフォーマンスなのだろうか? 確かにこの操作はXM3があっても非常に難易度が高い操作だと解る、普通の衛士がやれと言われて咄嗟に出来るような操作ではないが……まあ、武達は感心していたのでウケを取ることには成功していたが。
 そのまま2回転目で残りの1機に寄って、3回転目が終了した時点で遠心力の赴くままに頭上から刃を振り下ろし止めを刺した。
 途中に奇妙なパフォーマンスはあったが、実に見事な立ち回り。武達は十二分に彼女の実力を知った。

 そして、ほぼ同時にその横では――
 
 シルヴァーナ大佐より一寸遅れて敵に迫ったスターニア大佐、彼女の行動は最初からパフォーマンス精神全開だった。
 まず最初、距離がある時点で先頭の敵に向かい04式突撃機関砲を点射し、敵が装備していた突撃機関砲を全て破壊した。そうなれば敵は唯一残った近接戦闘長刀を手にするしか道は残っておらず、事実その通りの行動を取り、後方に居る仲間の援護を受けながらスターニア機に襲い掛かった。
 右上段からの振り下ろしという典型的な斬撃。
 スターニアは当初、04式近接戦闘長刀を抜刀術をする時の様に左の腰溜めに構えていた。襲い来る敵機に対しつつ、右手を静かに動かし柄に添える。そのまま引き抜けば彼女の勝利だというのに――余裕を持って敵機の剣線を読んでいた彼女ならば、間違い無くそれが可能だっただろう――何故か彼女は一瞬溜めを作り、一拍の空域を置く。
 そして遂に敵の近接戦闘長刀がスターニア機を射程に捉え、振り下ろしの軌道落下を開始した。
 だが、其処で彼女は動く。
 敵が何処とも知れない『範囲』に突入した瞬間に添えるだけだった手で柄を持ち、敵が剣を振り下ろし始めるその刹那の時を見切り――抜刀一閃、近接戦闘長刀を振り上げて斬り裂く。その斬り裂いた敵機を盾にしながら回り込み、もう1機も流れるような流麗な動作で胴体を輪切りにしてしまった。
 生身の体と違うので、戦術機での近接戦闘長刀の速度は、機体性能と操縦能力に左右される。スターニアが搭乗するブレトワルダは最新鋭機の上に、ワンオフ改造・改良が施されているので性能的にはミラージュ2000とは比べ物にならないのだが、それ以上に操縦技術に圧倒的な差があった。
 月詠や武、ヒュレイカが見ても、今の剣技や足運びは見事だった。まるで生身の体と戦術機が一体化したかのような――いや、それ以上に流麗に見えたのは……。
 「後の先か……」
 「しかも、かなりの我流が混じってはいるが、基礎は恐らく馬庭念流……」
 「樋口又七郎定次の七分三分の見切りですわね」
 月詠や御無が唸るように言うのに対し、武や響、クレア王女などは疑問の声を上げる。
 「馬庭念流って、何ですか?」
 「それがスターニアの剣技なのですか? 本人も詳しくは知らないようなので出来れば教えてくれれば」
 ……というリクエストがあったので、2人が合流した後、移動を再開しながら即席の講座が始まった。

 「馬庭念流とは、樋口又七郎定次という人物によって天正19年に創始された、「後の先」の攻撃を得意としている流派だ。「後の先」とは相手の出方を見て、これを捌いたり後に技を繰り出すことより、自分の技を「反撃」に近い形で繰り出す事を言う。
 唯「後の先」は、完璧な護りのあとに攻撃に転じる技術」といえるが、完璧を望むのは難しい問題もある。早く動きすぎると相手は攻撃の軌道修正が効き、かと言って引き付け過ぎると攻撃をまともに食うことになりかねない。つまり「後の先」の攻撃が成功するか否かは、自分がいつ動くかにかかっており、その見切りが重要な技術として位置付けられている。
 馬庭念流は「剣は身を護り、人を助くるために使うもの」という理念の元に「護身の剣」として発展した、先に攻撃を仕掛けることはなく、護りの後に攻勢に転じる「後手必勝」の剣を使う流派だ。まあ、スターニア大佐の技は相当に我流が入っているようで、其処は守ってはいないようだが……BETAと戦うに先に攻撃を仕掛けるなとも
言えんからその辺は構わないだろうが」
 次いで御無が説明を引き継ぐ。
 「敵の攻撃を見切る時期について「念流兵法心得」の中には「当流に脱けという業あり、その脱の業は七分三分と知るべし、敵七分討ちだす所へ我三分なる体中剣(正眼)の正直にて、敵の太刀の右方に進めば自然に脱けることも得・・」と記されています。このことについて、樋口定広宗家は次のように語っていまして「相手の攻撃が始まって、こちらに届くまでを十と考えた場合、六分の所で動けば、相手の攻撃は変化が可能である。八分では一歩間違えば間に合わない。三分残った時点で対処すれば相手の攻撃は付いて来ることが出来ない。後手を以って勝つには、相手の攻撃をどこまで我慢できるかが重要になるが、その目安が"七分三分"なのである」と。
 更に馬庭念流では、見切った後の素早い動きの溜めの基木となる立ち方にも七分三分という理念は活かされており、中腰になった態勢で重心は常に後ろ足に七分、前足に三分かけられています。こうした立ち方ならば、前進する際にも重心の操作をするロスタイムがなくなり、後ろ足を強く踏むだけで滑らかに前に出ることが出来ます。
 「後の先」は言って見れば「守主攻従」でありましょう。守りが主というと、ややもすれば、攻撃主体よりヤワな感じを抱きかねませんが、守ることは攻めることよりも実際には難しい。
 守ると言っても背水の陣で守るのではなく、攻撃の中の守りであるのです。いうなれば「積極的守り」であり、これには攻撃と同等か、それ以上の勇気と強い精神力、そして技量が必要になります。そうでなければ、最初の一撃で先ず倒される。「後の先」は強者なればこそ使える技法であるのです」
 両者の説明に、皆はなるほどと納得する。
 スターニア大佐の剣技が流麗に、まるで踊っているかのような姿を見せるのは、相手の動きに合わせて動いているからなのかと。
 迫り来る攻撃を七分三分で見切り、反撃を繰り出す。彼女の戦闘能力を鑑みれば、その動作に余裕が見受けられ、相手の動きに合わせて踊っているかのように見えるのは当然なのかもしれない。
 其処でヒュレイカが忠告の様に告げる。
 「因みに、聞いているといとも易々と思えるが。後の先は結構高度で危険な技だよ。余程の腕が無いと逆に危険だ。うまく決まれば綺麗な技だが、一歩拍子を間違うと、己が斬られることになるからね。
 覚悟が出来ている者でなくては後の先は出来ない。未練や逡巡、そして恐怖があれば、一瞬躊躇うことがよくあって、それだけで、後の先はやられてしまう。感心するのは良いけど、安易にやるもんじゃないよ」
 相手に先に攻撃させて、その攻撃の前に身を晒さなければならないのだからそれも至極当然だろう。迫り来る攻撃に脅え戸惑い判断を誤れば、それだけで終わりなのだから……。
 まあ、それを平然とこなすスターニア大佐の神経は、表情に似合わず色々と凄いのかもしれない。
 『へえ、私の剣技ってそんなんなんだ? 習ってただけで、由来とかそんなんはどうでも良かったからね。ふ~ん、守りの剣かぁ……それで積極攻撃系の技が無かったのか。まあ、我流で攻撃術色々取り込んだからいいけどね』
 横から当人のスターニア大佐も口を挟んでくる。本人も自身の習った剣術の事を知らなかったようで、物珍しそうに解説を聞いていた。
 
***

 4機の敵機を薔薇の騎士が撃破した後、順当に国境目掛け移動を続けていたのだが……其処で後方より再度新たな敵を捕捉する。
 月詠はその敵の姿を見て……
 「王女殿下、済みませんがスターニア大佐かシルヴァーナ大佐の機体に乗り移って先に向かってください。国境まで後数百㎞、カメルーンの部隊も出てきている現在、既に合流には問題ないでしょう」
 突然の月詠の言葉に些か面食らったクレア王女だったが、その真剣な表情を見て何かを悟ったのか1つ頷くとそれを了承した。
 「解りました、スターニア!」
 『はいはいっと』
 「そちらに移ります、用意を」
 『了解しました、我等が姫よ』
 呼ばれたスターニアも若干?ふざけてはいたが、その雰囲気を感じ取ったのか表情が硬い。
 その後瞬く間に移乗を開始し、クレア王女はスターニア機に乗り移った。そして直ぐ様に、2人は機体を全力稼働に持っていく。
 『第28遊撃小隊の皆様方、今までの護衛、誠に有難う御座いました。私は先に行かねばなりませぬが、調印式の場で再度御会いできる事を切に願っております。……どうか御武運を――』
 離れ行く戦術機の中、皆に向かって半王女風に一時の別れの挨拶をするクレア王女。彼女も何かを悟ったのか神妙な顔付だ。自分を先に行かせることの意味を解っているのだろう。
 薔薇の騎士の2人も軽く挨拶する。
 『王女殿下の護衛は確かに引き継いだ、女王陛下に賜りし選定の剣に掛けて必ずや無事に送り届けよう』
 『再見を必ず。先に行って待っている』
 その言葉を最後にクレア王女達は地平線の向こうへ飛び去って行った。

 武達は時速数十㎞程度に緩やかに前進を続け、その更に後方より新たな敵が迫ってくる。
 月詠は再度その敵機の姿を拡大する。
 砂漠色のデザート迷彩のミラージュ2000、そして吹き荒ぶ砂塵の中に佇む魔人の姿を模した部隊マーク、その2つが示すのは――
 「黄砂の魔人……」
 「全く、最後の最後、一番の大取りで、最高に厄介な相手が来るとはね」
 月詠が唸るように呟き、ヒュレイカが参ったとぼやく。
 『黄砂の魔人』世界中で有名な部隊の名を幾つか挙げろと言われたならば、誰もが必ずと言って良い程絶対に名前を挙げる有名部隊。
 平均年齢40代、部隊員全てが20年以上戦い続けているというベテラン中の大ベテラン部隊であり、結成当初から現在までその部隊構成員が代わっていないと言う、世界最古の戦術機部隊でもある。
 減った部隊員を補充する事も無く戦い続け、当初大隊だった人数は現在22人になっている。しかしながらその強さは以前変わらず、40代の年齢にも関わらずにアフリカ大陸最強部隊の座を不動のものとしているのだ。
 「厄介ですわね。第4世代戦術機の性能があれば、滅多な事で遅れを取る事は無いとは思いますが、相手は老獪なる歴戦のつわもの、決して油断は出来ません」
 「私も10年以上戦い続けているが……その私から見て、戦歴10年を越えるやつは総じて相手にはしたくない程に厄介極まりない腕を持っている。しかもそれが部隊単位丸ごとだからね。……いいか、皆絶対に気を抜くんじゃないよ、例え第4世代戦術機に乗っていようとも少しでも気を抜けば喰われるからね」
 「でも……、そんなに強い部隊の人ならば何とか説得できないものなのでしょうか?」
 おずおずと進言する響に、ヒュレイカは無情に首を振る。
 「いや、黄砂の魔人は反欧米派の筆頭とも言える者達。彼等は国を愛するが為に大航海時代の奴隷貿易から端を発したアフリカ分割に非常に憤りを感じ、それをした欧米諸国を快く思っていない。しかも隊長はサラーフ・アッディーンの直系の子孫であるユーブヌという人物――彼等がEUとの同盟に賛同することなんて絶対にありえない」
 「十字軍を壊滅させたエルサレム奪回の英雄、武闘派の中の武闘派――彼が立てた政策等はともかくとして、行なった聖戦(ジハード)はイスラムの一部の者の心に根付いているでしょう。そんな彼等にとってEUとの同盟は絶対に許容できないもの、歴史的な出来事に根付いた思想というものは往々にして覆せないものなのです」
 そう……彼等がEUとの同盟に賛同する確率は皆無、ならばその部隊は同盟にとって邪魔にしかならない。つまりどうあっても、彼等を倒すしか道は無いという事だ。
 (だが、問題は……)
 戦闘の覚悟は出来ている、避けて通れぬ道ならば突き進むしかない。自分達の腕と第4世代戦術機の性能があれば、10年以上の経験の差と数の差は覆せると信じていた。
 しかし……その中で、今唯1つの気がかりは――
 「武、問題は無いか?」
 「ああ、大丈夫だ……やれる!」
 月詠の気遣わしげな質問に、力強く答える武。だが、それが表面的な繕いだということを月詠は解っていた。今日1日、武の戦闘能力は精彩を欠き、何時もの半分近くしか出ていない。昨日の事が未だ心に深く根付き、その気持ちを抑圧しているのが、月詠には一目で理解できた。
 しかしながら既に敵は目の前、この任務を完遂させる為にも、この敵は倒さなければならない。予想される敵の強さからして恐らく援護も満足に出来ないだろう。ならば武1人で戦い抜いてもらうしかない。
 「私から言う事は1つだ。『死ぬな、生き残れ』這い蹲ってでも生き残ってくれ」
 「ああ、解った。死ぬ気は無い、恰好悪くても生き残ってみせるさ」
 お互い戦術機の中、交わす肉体は無いが、心が確りと混じり合う。武は、その温もりの中で自らの未来を思う。自分が関わってきた、約束してきた、誓った者達の為にも……此処で死ぬわけにはいかないと――
 自分の目標はBETAを地球上から殲滅させ、自分の愛したものが自由気儘に暮らせる平和な世界を築く事なのだから。
 「こんな所で負けてたまるかよっ!!」
 気合一閃、白銀武は迫り来る敵機群に向けて、戦術機を駆るのだった。



[1127] Re[11]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第86話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/22 06:53
2005年……7月25日午後、ナイジェリア・カメルーン国境付近




 黄砂の魔人の構成人数は22人、乗機は全てミラージュ2000。彼等はミラージュ92から乗り続けている為に、その操縦技術と相俟って、戦術機との一体感は相当なものだろう。そして機体は恐らく、特別機仕様に改造してあるのは確実。ミラージュ2000と言えども他の最新鋭機と同等と思っても差し支えない性能を持っているだろう。
 それら22機の戦術機が武達第28遊撃小隊に牙を剥く。
 各個撃破を狙ってくるかとも思ったが、敵はフライト(小隊編成)を組んで各戦術機に襲い掛かって来た。
 ヒュレイカに4機、御無に4機、柏木に4機、響に4機、月詠に対してはその腕を警戒したのか5機の敵が、そして武には――
 「1機……だって!?」
 武に向かってきたのは唯の1機、他の仲間は皆大勢で襲い掛かったのに、武にはたったの1機。
 しかしその1機は……
 「隊長機かっ!」
 01のマーク、他の機体には無い特徴的なマーキングを施したそれは、恐らく隊長機。瞬く雷光のようなスピードで接近して来たその機体は、04式突撃機関砲を武の機体目掛けて発射した。
 「くっ……」
 当然回避、幾ら相手の戦闘経験が上でも、第4世代戦術機のスピードには敵わない。そう思いながら数瞬のブースト噴射で小刻みな跳躍を繰り返し距離を取ろうとしたのだが……敵機は第3世代戦術機とは思えないスピードを出して、武の機体に追いすがってきた。
 「なっ、速い!」
 驚愕する間もあればこそ、敵の追従しながらの射撃が武の乗る武雷神を襲う。幾らか慌ててしまったが、AI思考制御の方が危険を自動的に感知、搭乗者の『回避しなければやばい』の思考を読み取りつつ、このままでは危険と判断し、搭乗者の命令実行・入力を待たずに自動的な回避と反撃を行なった。
 後方に大きく跳躍し距離を取る武雷神、だが敵は、やはり風を裂くような驚愕のスピードで、攻撃を回避しながら追従してくる。
 改造してあると行っても、明らかにこれは通常の第3世代戦術機が普通に出せるスピードではない。
 (と言う事は……生体金属換装機か!!)
 第4世代戦術機の量産と共に計画に上がっている、従来機の改良と合わせての生体金属への換装。04式吹雪、不知火、武御雷がその候補に上がっており、その他にも候補があって、幾つか試験的に改良を施したと焔が言っていたが……
 (まさか自分が相手取る事になるなんてな)
 最高の実力部隊ならば、最新鋭機を回されたり、装備が優遇されるのも道理だろう。実験が終わったのを回してもらったのか、開発機関等がデータ取りを頼んだのかは知らないが――今回の戦いで敵対するのは確実な部隊なのだから、その辺りは事前に何とかしておいて欲しかったと思ってしまうのは我が儘なのだろうか? まあ、計画を秘匿する為にはそんな事安易にはできなかったのだろうが。
 やられてばかりはいられないと此方からも射撃を繰り出すが当たらない。敵は此方の動きを察知して、射線を向ける一瞬前には既に回避行動に移っている。自分が仕掛ける側ならば良いが、動きを読まれる事は非常に戦い難い事この上ない。その機体越しにも滲み出るのが解る、オーラのようにも視認できそうな相手の気のプレッシャーが、戦歴20年以上のベテランだと言う事を嫌がおうにも感じさせていた。
 そして再度の追従接近。武はこれを再度捌こうとして、
 『温いわ!』
 外からのマルチウェーブ通信。周囲に向けて制限無く発信される通信波は、回線を閉じないか聞こうとしない限り、抵抗無く拾え聞こえる。
 「これは……隊長気からか!?」
 突然に発信された敵隊長機からの通信に戸惑いながらも、反撃を行なう。
 だが――
 『温いと言っている若造が! そんな気の乗らない攻撃で私が倒せるか!!』
 再度の大声と共に、それも回避された。敵機は、次いで攻撃を仕掛けてくる。
 『ワシの目に狂いは無い、やはり貴様が一番御し易いわ! その曇り濁った半端な心で戦いに立つとは笑止千万、貴様如きワシ1人で十分。ワシの仲間が貴様の仲間を抑えている内に、まずは貴様から血祭りに挙げてやろう」
 活力の乗った大声と共に、更に激しさを増す攻撃。武は精神をじりじりと圧されながら、かろうじてそれを捌いて行く。

***
◇◇◇

 (不味い……気力で負けている。このままでは押し切られるぞ!) 
 比較的武の近くで、5機の敵を相手取っていた月詠が、その攻防の様子を見て焦燥を浮かべる。
 助けに行きたい……だが……。
 『あの坊やを助けに行きたそうだが此処は通せないよ。私らは足止めが第1条件。ユーブヌがあの坊やを倒すまであんたを縛り付けときゃそれで良いんだから』
 02の番号を持つ恐らく副官の機体、その搭乗者が月詠に声を掛ける。
 月詠は歯噛みする。敵の作戦を見誤った。相手を侮った積もりは無かったが、まさか戦う前に此方の問題点を見抜かれるとは。今の所なんとか持っているようだが、このままでは何れ……。
 敵は確実に此方の弱点、不調である武の状態を見抜き、それを的確に突いて来ている。
 恐らく敵は、第4世代戦術機の性能を知っているのだろう。月詠達に相対している敵機は撃破では無く、副官が言っている様に足止めと時間稼ぎが第一条件のようだ。此方と距離を取りながら、素晴らしい連携で自分を檻から抜け出させない。相手が近付けば此方が撃破できる、だが無理をして囲みを突破したりしようとすれば、逆に此方が隙を突かれて喰われる確率が上がるだろう。一進一退、迂闊には積極的行動に移れない状態に陥っていた。
 そして、敵はその間に、一番弱っている武を撃破する。数が1機減れば其処から均衡が崩れやすくなる、弱点を狙うのは定石の手段だ。最弱の駒に最高の駒、相手の機体は動きから見て恐らく生体金属換装機、第4世代戦術機との機体性能差は覆せないが、今の不安定な武にとっては、その底上げされた性能分も十二分に危険な要素だった。
 今の状態では、武は何れ押し切られる。
 月詠は、相手の攻撃を捌きながらもこの状況を打開する手段を模索、その方法は――
 1・自分が囲みを突破して援護に向かう。
 2・仲間の行動に期待する。
 3・敵機を撃破してから援護に向かう。
 4・武が隊長機を撃破する。
 このどれかしかない。
 1はリスクが高すぎる。後ろからの追撃も考慮しなければならないし、それ以前にこの囲みを無事に突破できるとも思えない……よって却下。
 2は問題外だ。仲間達も同じ様な状況、此方は自分でやるしかない……よって却下。
 3は一応可能な条件だ。但し時間が掛かる、リスクも低く無い、今の状況では建設的な意見ではない。
 4は、とりあえず1番の可能性だ。現状問題になっているのは武の心の中であり、その問題に整理が着き、武が復帰できれば隊長とも互角以上に戦えるだろう。唯、それには当人の心という途轍もない不確定な要素に頼らなければならないが。
 だから条件として5。4と3の複合で、とりあえず少しでも良いから武を復活させ時間を稼いでもらい、自分達が敵機を撃破する……という案が妥当だろう。心配ではあったが、武ならば大丈夫だと己を信じて――
 月詠は戦いの中で、一時心の中に己を沈める。
 想うのは武の事、彼の心を想い、少しでも彼の心を解ろうとする。そしてそれと同時に、自らの心の内をも浮き彫りにさせ、伝えたい事を確固たる形に表していく。
 (武……私の心を――想いを――)
 戦場に紡がれるのは、血に濡れる屍か、溢れ出る情熱の杓流か――

◇◇◇
少し時は戻り……

 『落ちろ若造!』
 急速接近され、至近距離で突撃機関砲を向けられる。腰部突撃機関砲の射撃軸線から逃れながらの円周状の機動を取られた為に、腰部と合わせて左主腕での行動も到底間に合わない。晒される銃口が確かに自機を捕捉した事を受けて、武の危機感は最大級の警鐘を鳴り響かせる。
 (射撃は無理、ならばぁ)
 やや内側に折り曲げていた右主腕を、そのまま払い除ける様に右横上に打ち払う。主腕だけならば到底届かない距離だったろうが、右手には05式電磁突撃機関砲を保持している、その分の長さが意図した攻撃を可能とさせた。
 激突する、武が打ち払い上げた05式電磁突撃機関砲と、ユーブヌが構えていた04式突撃機関砲。下からの激突エネルギーを受けたユーブヌが保持していた04式突撃機関砲の銃口は照準を外し、一寸遅れて36㎜の弾丸を、上に向かう軌道をとりつつ吐き出した。
 「おおおおぉぉぉ!」
 そして更に武の追撃の一手。幾ら気力で押されているとはいえ武が搭乗しているのは第4世代戦術機、第3世代戦術機よりも操縦行程を少なくしながらより複雑な動作が可能。その性能分、コンマ数瞬のタイミングとそれに付随する機体の動きが、この場合武の方が1歩抜きん出ていた。
 横上に打ち払って伸びきった主腕をそのまま一寸下にやってから、U字軌道で方向転換し――打ち上がっていた相手の持つ04式突撃機関砲に、再度自らの保持する05式電磁突撃機関砲を斜め右下から思い切り叩きつける。
 先程より続いた2度目の強い衝撃にとうとう耐えられなくなったのか、部品を撒き散らしながら崩壊する互いの保持する突撃機関砲、両者の獲物は放物線を描きながら何処とも知れずに弾け飛んだ。
 「ぉぉぉおおお!」
 だがそれで武の攻撃は終わりではない、先程の気合の咆哮は未だ続いている。必死な様相で遮二無二なって相手を見据えていた。
 だがはっきりいって、今の武には全然余裕が無い。この一手も半ば勢い任せで押していて、微妙なバランスの上に成り立った攻勢に過ぎない。今此処で決めなければという強固な姿勢が、武の目を曇らせていた。
 左主腕のパイロンに装備した05式電磁突撃機関砲を相手に向けようとする。この至近距離、照準は不要、唯トリガーを引いてフルオート射撃を見舞えば事足りる――そう思いつつトリガーを……
 しかし、此処で全身に警鐘が鳴り響いた。武も激戦を潜り抜けてきた歴戦の衛士、例え半ば我を忘れかかっていても身に刻み込んで来た本能が、危険の接近を最大限に警告し、武に無意識の行動を取らせた。
 相手に向けられようとしていた主腕が、捻りを加えながら胴体に向けて引かれる。丁度右胸辺りに左手が甲を真上に向けて置かれた配置だ。そして、その動作を追いかけるようにして、鋭い残光が今まで左主腕が通ってきた道筋を真上から両断した。
 『ちいっ!』
 ユーブヌの舌打ちが聞こえた。見れば相手が右手に保持しているのは04式近接戦闘長刀、どうやら一瞬の判断、身に刻まれた戦闘本能のお陰で一難を避けえたらしい。代償としてパイロンに装備していた05式電磁突撃機関砲を両断されてしまったが……主腕が無傷なのは行幸だった。
 (くっ危なかったか……凄ぇ思い切りが良い、戦歴20年以上ってのは伊達じゃないな)
 後から思えば、2度目の激突の時に随分簡単に突撃機関砲が飛んで行ったのは、相手が既に突撃機関砲を手放すことを決意していたからだと推測できる。
 恐らく、インパクトの時点で既に突撃機関砲を捨て、次の行動に移っていたのだ。右手を後ろに回して04式近接戦闘長刀を引き抜き、そのまま攻撃に転じようとした。しかし、第4世代戦術機の――武の行動が余りにも早かったので、胴体への攻撃を中止して、左主腕への攻撃へとスイッチした……と、こんな所だろう。
 相手は再度距離を取る。その間に武も距離を開けつつ、背面左パイロンより04式突撃機関砲を外して左手に保持した。そして背面右パイロンに装備した04式突撃機関砲よりマガジンを取り出して、左手に保持した方へ装填する。調子の低さも相俟ってこれまでに無駄弾を撃ち過ぎた為、弾が殆んど残っていないのが痛かった。
 其処で、距離を取ったユーブヌより再度通信が掛かる。武は通信波長を相手に合わせ、映像通信を開いた。
 相手は40代後半近い白髭混じりの黒髭を薄く生やした男性、典型的なアラビア人種。互いに目が合い、自らが戦う人物を注意深く観察する。
 そんな内で相手側が此方に語りかけてきた。
 『中々どうして、粘るではないか若造。機体性能の恩恵があれども、此処まで粘れば一端の衛士よ。その気力の低迷は頂けんが、ハイヴを落としたのは伊達では無いと言う事か』
 かっかっかっという面白そうな笑いを含んだ言葉。当初は此方を路傍の石の如く見ていたようが、今の攻防でその見解を改めたようだった。相手は最初から全力だったので、実力的には変化無いだろうが。
 武はそれを聞きながら、背面中央パイロンより04式近接戦闘長刀を抜き放つ。そして自らも通信で言葉を返す。
 「何であんたらはこんな事をする、人類同士で戦う事に何の意味があるって言うんだ!」
 『意味? 意味など無い。ワシ等は唯、ワシ等の理念に従って行動しているのみ。イスラームの戦士の末裔として、欧米諸国に苦渋を舐めさせられた祖国――我等が先祖が受けた苦難の道の為にも、断じて欧米諸国との同盟などは認められんのだ!!』
 「そんな……そんな昔の、歴史上の出来事が! 今の世の中より大切だっていうのかよ! 力を合わせてBETAと戦い、地球を開放することよりも大切だって言うのかっ!!」
 『吼えるな若造が! 己の心の内さえ御しえぬ、自らの信念さえ打ち貫けぬ者がワシ等の行動に口を出す資格なぞ微塵も無い。平和を求める心は確かにワシ等にも存在する、だがそれ以上にワシ等には曲げられぬ信念が存在するのだ。過去より綿々と継がれて来たこの一族の思い、貴様如きに語られる謂れがあって堪るものかぁ!』
 再度接近してくるユーブヌの搭乗するミラージュ2000に向けて、右腰部突撃機関砲より36㎜をフルオート斉射。
相手が回避した所にタイミングを見計らって左手の05式突撃機関砲を向けて此方も一斉射する。
 だが、相手は空中で姿勢を変えて回避した。改造ブーストで機体姿勢を動かしつつ足を斜め下に向けて噴射、一寸忘れていたが、ミラージュにも脚部補助ブーストが存在しているのだ。
 「弾切れかっ」
 背面右パイロンに装備した04式突撃機関砲の残弾表示が0を数えた。予備のマガジンも零、後は手持ちの一門のみ。戦いには邪魔なので、背面パイロンより突撃機関砲を切り離し、パイロンを背面に戻す。
 相手は更に右から回り込んで来る。両手に04式近接戦闘長刀を保持、遠距離能力は皆無だが、今の状態の武より、圧倒的に白兵戦闘能力は上だった。
 迫り来るユーブヌの気迫に飲まれ、堪らずに機体を後退させる武。しかしながら、気迫に飲み込まれたその動きに常日頃の精彩さは見られず――まるでそれが当然の如くに、至極簡単に追いつかれてしまう。
 『戦いの最中に逡巡を見せるとは愚かな! やはり貴様には人を語る資格や無し。そのまま屍を晒すことも無く、亡羊の塵と成り果てるが良いわ!』
 「う……うあああぁぁぁ!!」
 振り下ろされる左手の近接戦闘長刀を、咄嗟に自らが保持する右手の近接戦闘長刀で受け止める。今度も第4世代戦術機の性能に助けられる形となった。
 だが相手は2刀、間を置かずに右からの命を刈り取る意志を持った斬光が薙ぎ払うように腰部目掛けて襲ってくる。
 この半混乱し、恐慌に陥った状況。右腕が封じられているとはいえその他は問題なく動き、機体に余裕は残っている。しかしその斬撃を回避する意志が武には欠けていて-――
 『貰ったぁ!』
 これで決まりだ……とユーブヌが思った瞬間――しかし運命の女神は……いや、武にとっての女神がその命を繋いだ。
 「武!!!」
 ただ一言、されど一言。
 通信回線に乗せ全周囲に向かって放たれた言葉。
 願い・祈り・信頼・焦燥・不安・悲しみ、そして友情と愛――万感の想いと感情を込めて放たれた言葉は、空気に溶け入り染み渡るようにその場を席巻し、そのまま武の心を塗り尽くし混ぜ合わさり侵食する。
 されど一言――だがその一言こそが、混乱し恐怖に侵食された武の心の暗雲を振り払ったのだ。
 月詠の心に満たされた自身の心が、正常なる理性を取り戻す。心の問題は、未だ解決する道が見つからないが、生きる気力と判断力は何時もの武へと戻って行く。
 だが状況は最悪、近接戦闘長刀の刃は後数瞬で搭乗機である武雷神の腰部やや上に到達してしまうだろう。しかし――しかしながら、武雷神の左手には未だ兵器が存在する。この状況を凌げるだけの兵器が。
 迫り来る刃に向けて下げていた左手を持ち上げ、その軌道上にそのまま左手を叩きつけた。
 『何ぃ!』
 鈍い激突音と擦れる様な音と共に、ユーブヌの驚愕の声が響き渡った。確実に決まったかとさえ思えた攻撃を防げたのは、月詠の魂を揺さぶる叫び。そして、左手補助腕に装備した、多目的装甲兵器『烈風』
 国境に近付いた時に対戦術機に備え、EFFレーザー防御シールドを外して右腕に装備していた烈風を付け替えていたのが幸いした。
 しかし攻撃を防いだ烈風も無傷とはいかない。複合甲殻合成金属で出来ている烈風だが、04式近接戦闘長刀も甲殻で出来ている。矛盾の逸話ではないが、似た素材の物が互いに打ち合えば両方傷つくのは道理。手を入れてあり厚みがある分烈風の方が丈夫だが、それでも近接戦闘長刀の刃が装甲にめり込んでいた。
 『くっ、しゃらくさいわぁ!』 
 一瞬戸惑ったようだが、ユーブヌは直ぐに次の行動に移ってきた。迫り合い状態だった左手の近接戦闘長刀を引き戻し、そのまま武機の左主腕目掛けて振り下ろしたのだ。
 「切り離しパージ
 補助腕より烈風を切り離す。思考制御なので別に音声入力と言う訳ではないが、思考をより鮮明化して強い意志を媒介させる為には声に出した方がやりやすく、緊急時や気合を入れると、咄嗟に声に出てしまうことが多いのだ。
 左主腕を手前に引く、しかし今度も主腕自体は無事だったのだが、保持していた突撃機関砲を真っ2つにされた。これで、装備していた兵器で残るのは右手に持つ04式近接戦闘長刀のみ――然らば後は白兵戦闘で斬りあって勝負を付けるしかない。
 だが……その前にもう一手。
 タイミングを計ってその場より飛び退る。
 ユーブヌも何かを感じたのか、武と同タイミングで後ろに跳び退った。
 その一瞬後、今まで居た地点で吹き上がる灼熱の炎。辺り一面を1000℃クラスの高温の炎が、一瞬の内に嘗め尽くし蹂躙する。
 烈風裏面に装備されている熱焼夷手榴弾。パージする時、ついでに無線でスイッチを入れておいたのだ。相手を巻き込めるとまでは期待していなかったが、近接戦闘長刀を1本使用不能に出来たのは大きい。
 これで1対1、近接戦闘長刀1本勝負。
 腰を落として構えを取る、距離はあったが相手も同様に構えを取った。
 『よもや此処までやるとは思わなかったぞ若造が。その迷いを抱えた体たらくで良くぞ此処まで戦い抜いたな』
 「ぐっ……」
 ユーブヌの言葉に、自身の定まらない心の内に対し歯噛みする。だが、表面上は――戦いに懸ける姿勢や心は落ち着いた。そうだ――真那の為にも負けられない、冥夜や慧との約束の為にも……。
 そう考えると、じわじわと身を焦がしていた焦燥感が静かに引いた、体の芯には未だ不快な迷いが燻ってはいたが、冷静な判断力が少しは戻ってくる。自分を落ち着かせる為にも深呼吸を1つ……そして目の前の強敵に眼光を見据えた。
 『ほう、良い顔になったではないか、未だに不安定なのは変わらぬようだがな。なるほど、女の声で心を決めたか?』
 「悪いかよチクショウ」
 揶揄されたと思って半ば投げ遣り気味にぼやいてみせるが、相手からは予想に反した言葉が返ってくる。
 『いいや、悪くない、悪くないぞ若造。先程の顔よりも、今の貴様のほうが余程ましな顔をしておる。惚れた女の為に命を惜しむ、戦い抜くことを誓う――その行為に何の恥があろうや。戦いに懸ける信念、己が掲げる理想……人其々に持つその思いは、自らがが生きる為に掲げる願いであり戦う意味。人が生を望む為に守りたいその想い、愛の為に――守る為に生き足掻こうとする貴様の姿は一端の戦士のそれよ!』
 相手の口が綻ぶ、今までの何処か侮るような視線が完全に立ち消えた。残るは完全なる必滅の意志。相手は武を戦士として、最大級の敵として定めたようだ。
 『行くぞ若造! 生きたいのならば足掻いてみせよ』
 距離を詰めながら踏み込んでくる敵機。
 武は裂帛の斬撃を躱し、受け止め、反撃する。
 互角――気力で負けている分、機体性能で勝ってる為に互角。相手は押し続け、武は防御に傾倒するばかりだが。
 武は、迷いを覚える言葉を激情を、叩き付けるかのように、訴えるかのように、自らに言い聞かせるように相手に――自分に向かって吐き出し続ける。
 「俺は……真那だけじゃない、冥夜も慧も、そして皆も、愛する人や好きな人全てを守りたい。平和な世界を――未来を創って生きたいんだ!!」
 『笑止。信念とは自己を支えるもの、そして信念があればこそ正義と悪という対極の徒が生まれ出のだ。ワシ等にはワシ等の信念がある。それが例え人から、今の大局から悪と罵られようとも、ワシ等は唯それを貫き通すのみ。そんなワシ等のような者達が大挙するこの世界で、貴様の望みが叶うものか!』
 「それでも……それでも俺は……。愛する者を守りたい、その愛する者を幸せにする為に地球も守りたい!!」
 『その為に力で悪を押さえつけるのか? 従わぬものを力で排除し、己に逆らうものを、理念に従わぬものを悪と断じて捌き捨てるのか!?』
 「違う! 俺は守る為に戦う! 攻めるのが戦いじゃない、支配する為に戦うのでもない」
 『それを信じろというのか? いや、それは理想だ、甘ったれた戯言だ! やはり貴様には覚悟が足りん。貴様の理想や信念には己の掲げる夢しかないでは無いかぁ!!』
 これで何回目か……刃と刃が激突する。だが今回はそれまでと違った、激昂したユーブヌは今まで付き合っていた武との遣り取りに見切りを着けて勝負に出る。
 激突した刃のベクトルを上手く逸らして刃を下に滑らせる、そしてそのまま相手の刃下に絡ませるように潜り込ませ一気に自分の方向の真上に向かって近接戦闘長刀を跳ね上げた。
 「なっ!」
 キン――という硬質な金属音に近い音と、武の驚愕の声が重なる。武の持っていた近接戦闘長刀は跳ね上げられ、その手から消えていた。気付いた半瞬後には、既に相手の頭上を舞って後方に回転していく。
 『はあああぁ!!』
 そしてその好機を逃がすはずも無く、頭上からの打ち下ろし。これで終わりだとばかりの、示現流の二の太刀要らずの攻撃を彷彿とさせる斬撃。
 しかし武は一瞬驚いたものの、直ぐ様に状況に反応、目は確りとその太刀筋を見据えていた。近接戦闘長刀を飛ばされるシチュエーションは、月詠や御無との訓練で既に体験済み――というか訓練し始めの頃は結構飛ばされた。勿論の事試合がそれで終わる筈も無く、必然的にそういう場面での対処法は幾つも体に覚え込んでいた。
 構えたままの恰好で前方にあった両主腕をそのままクロスさせるように引き戻す。右手は左へ、左手は右へ、そして其処で、ナイフシースを開放して飛び出した柄を掴み取った。
 そのまま真上――頭上に向かってクロスした主腕を開くように開放させる。
 落ちてくる刃に、クロス状態となった近接戦闘短刀の刃が絡まり、耳障りな金属音を響かせた。
 『ぬっぐっ……、おおおぉぉぉ』
 「やらせるかぁあぁぁ!」
 受け止められた刃を押し切ろうと近接戦闘長刀に体重を乗せてくる相手に対し、武はクロスさせて受け止めた近接戦闘短刀2本の内、右の短刀の柄をそのまま上に引き上げつつ左の短刀をやや右にずらして対処。
 結果、相手の刃に加えられた下方向への力のベクトルは、斜め下を向いた恰好になった刃の上を滑るようにして
開放される。
 左に流れる相手の腕、そして胴体。その隙を逃がさずに引き戻しておいた左手の短刀を、相手に向かって叩きつけた。
 しかし相手であるユーブヌもさるもの。流れた機体を無理矢理に回転させ、その遠心力を利用した下からの左肘の攻撃で左手を打ち据え、自らの機体に迫っていた近接戦闘短刀を逸らし、次いでの右腕での追撃も長刀の柄で弾き飛ばす。一歩間違えば跳ね飛ばそうとした機体の方が切り裂かれる危険な業だったが、その戦歴に違わぬ巧みな機体操作だった。
 両者はそのまま壮絶な接近戦に移る。

◇◇◇

 先程は流石に不味いと焦った。今も対等に戦っているようには見えるが、それは本能的な反応や経験で蓄積された反射行動で凌いでいるのであって、何時もの武の実力を知る月詠からして見れば相当に技の切れが無い。戦闘能力全般もそう落ちてはいないが、自身の迷いが操縦にも如実に反映され、動きに逡巡や迷いが窺えた。
 『ちっ、粘るねぇあの若者』
 副官の愚痴が聞こえてくる。月詠は至極冷静に攻防を繰り返しながらそれを効いていた。すると副官が窺うような目で此方に話を振ってくる。
 『あんたは随分冷静だが、あの若者が心配じゃないのかい、さっきの様子じゃ恋人なんだろう?』
 若干面白そうに聞いてくる彼女に月詠は不敵混じりに微笑んだ。それを見て副官が訝しげに顔を歪める。
 「私は隊長であるからして、私情に走って無闇にリスクのある行動や、取れる選択肢が存在する中で態々無謀な賭けにでる事は仲間の命を預かる手前許されん事だ」
 まず最初にそう言葉に出した。しかし、それに次いで更なる言葉を紡ぐ。
 「先程もできれば武を助けに行きたかった……だが、私は武を信じた、武ならば絶対に大丈夫だと――武の夢や願いは、真実、夢や願いに違いない。しかし武はそれを貫き通そうとしている、私はそんな武の眩しさに憬れ惹かれたのだ。今はその信念が揺らいでいるが、武ならば必ずや信念を貫き生き抜くだろうと」
 『はっ、いいねぇ若い者は情熱が溢れてて。しかし現実は厳しいもんだよ、現にあの若者は未だ持っているとはいえ押されてる。あんた等も動けない。このままあの若者が殺られちまえば、後は……』
 しかし月詠は副官の言葉を最後まで正確に聞いてはいなかった。なぜならば終わったからだ、そして見えてきた――月詠達はただ無闇に攻防を繰り返してきたのではない。
 そして相手は知らなかった、第4世代戦術機の性能の凄さを知ってはいても、中身の凄さは正確には知らなかったのだ。
 先程から何回も繰り返した回避行動、専念するだけだったそれに新たな動きを加えて――直後爆音が響いた。
 『なにっ!!』
 突然に撃破された友軍機を凝視して副官が驚愕の声を上げる。そして物凄い憤怒と探りを入れる詰問の表情浮かべて月詠の表情をウィンドゥ越しに睨みつけ咆哮した。
 『貴様ぁ何をした!?』
 「撃破しただけだ」
 だがそれに対し月詠は冷静に答えを返す。本当に唯撃破しただけだった、補助腕から烈風を相手に投擲してセンサーとカメラを潰し、一瞬動きが止まった瞬間に射撃で撃ち抜いただけ。
 『撃破しただけだと、馬鹿な!?』
 「第4世代戦術機は戦闘中も常に情報を蓄積している。相手の情報を詳細に解析してそれを操縦者に渡すだけならず、過去の戦歴データ等と照らし合わせての戦術解析も可能。逃げ回っていた間にデータは十分に取らせてもらった、既に私にはお前達の動きが『視える』ぞ」
 幾ら戦術データを解析したからといっても、それは飽く迄も予測でしかないので過信は出来ない。しかしながら、其処に表示されていく相手の膨大なデータを含めたその情報があれば、月詠には十分だったのだ。
 そして何処か他の地点でも同じ様な戦術機の爆発音が幾つか巻き起こる。
 「さあ、反撃の時間だ」
 月詠達は今までの鬱憤を晴らすかのように、積極的攻勢に転じたのだった。

◇◇◇

 一方武とユーブヌの戦いは続く。
 ユーブヌは仲間が撃破されたのを知ったが取り乱す事は無かった。既に彼等は死を受け入れている、この場所に来たのも結局は己等の信念を貫き通す為で、生き延びる心算は毛頭無い。
 彼等にしても時代の動きは解っている。此処で自分達が王女殿下を確保したとしても、既にEUとの同盟は止められないであろう事も、そして自分達がそれを許容できないであろう事も――なればこそ、彼等は最後まで自らの信念を貫き通し戦場に散ることを選び取った。
 そして、今ユーブヌは色々な意味で高ぶっていた。
 この若者、最初は迷いに満たされた軟弱者だと思っていたが、中々どうして粘り続け、彼を面白がらせた。若者が迷いを持ちながらも掲げる、青臭く夢物語に近い理想に呆れと憤怒を覚えながら、それでも彼はこの戦いに、何か高揚感を感じてしまっていたのだ。それが故に彼は武の情けなさに憤る。
 『貴様の夢の為に他者を断罪するのか!? 己と意見が違うだけでそれを悪として排斥するのか!?』
 「違う……違う違う違う! 俺はっ……俺はっ!!」
 『何を惑う、それが貴様の望みだろう? 己の信念も持たずに夢を貫き通す心算だったか!? 覚悟も無いのに理想を掲げたのか!? 何かを得る為には何かを捨て、何かを許容しなければならない……貴様のにはその覚悟があるのか? 貴様の思いは何処にある!?』
 剣撃に乗せて叩きつけられてくる激情と言葉に、武は戸惑い気後れる。解らなくなってしまっていた、自分の願いははっきりしているのに、それが本当に正しいのか、それで良いのか。
 昨日からの一連の出来事で、人を殺し、相容れない他者を排斥してまで己の夢を貫き通して――その上で平和を目指すなんて本当に正しいのかどうか?
 迷い戸惑い葛藤し苦しむ。今の武の心は様々な疑問や感情が雑多に混じり合い、自らを責め苛んでいく。
 攻防が続く中、武の心の剣は、徐々にその強度を落とし、鋼の芯を磨り減らしていく。このままでは折れるのも時間の問題であった。
 『終われ若造。そんな軟弱な思想ならばこれから先生きては行けぬ、何時かではなく此処でワシが引導を渡してくれるわ』
 激しくなる攻撃に武の防御が押され始める。正に絶体絶命だった。

 だが奇跡は起こる。
 いや、起こされたのだ。
 通信回線から聞こえてきた声。
 「武! そなたの信念は人の言葉程度で揺らぐ程に浅はかなものだったのか!? 冥夜様や慧殿を送り出した貴様が抱いた理想が……悠陽殿下に語った夢は嘘であったのか!? 私と誓った約束、未来を勝ち取る為に戦い抜くと言うのはお前の戯言か!? 答えろ武!!」
 「真……那……」
 その剣幕に、亡羊となっていた己の心に小さな火が灯る。
 そして、その火を燃え盛らせるかの様に新たな追い風が吹く。
 種火から燃え上がった小さな意志の力が、ユーブヌの剣戟を押し戻し、僅かに後退可能な隙を作り上げた。当然それを逃がさず距離を取る。
 その間にも事態は動き続けた。
 「どんなに悔やもうと過去を変える事はできない――――いや、その時の真実を自分の中で変えてはならない。だが、悔やみ後悔の海に飲まれようとも、其処から這い上がり未来を変えていける。過去や今を後悔するのならば、同じ過ちを繰り返さないように、これからを変える努力をするべきさ、あんたはまだまだ全然変えていないだろう?」
 「その時に正しいと思っても、間違った道を選んでしまうことはあります。そんな時は悔やみ後悔しなさい。しかしそれは一時。悲しみを糧としながらそれを受け入れ、自らの選んできた道を、これから歩む道を信じなさい。自分の抱いた気持ちの在り方を――理想を――信念を――その想いに間違いがなければ、共感してくれる仲間や人々が居れば――例えその道の一端が血に塗れようとも、必ず誇れる未来が訪れる筈です」
 「ヒュレイカ大尉……御無大尉……」
  繋がるは信頼……
 「正しいか間違っているかの評価や判断は、後から第三者が決めるものだよ。だって、真の結果は後になってからしか解らないんだからだから。その時代の当事者は唯、我武者羅に精一杯生きるだけ、時代を考えるのではなく感じて生きていかなきゃ。例え未来に破滅しか存在して無くても、自らが戦い選び取ったそれと、傍観するだけだったそれには大きな違いがある。未来で後悔をしない為にも、今私達は精一杯生き抜かなきゃね」
 「自分達の誤りを認めるのは恐いです。でも、それじゃあ駄目。自分達がやってきた事に、選び取ってきた過去に目を背けちゃ駄目なんです。前に進むためには、後悔や恐怖を乗り越えることも必要なんです。過去の自分の所業や、抱いた恐怖から目を背けて忘れようとしても、前に進むことは出来ない。自らの過ちを認めることを拒絶するのは、唯逃げているだけです!」
 「柏木……響……」
 支えるは友情……
 見えなくとも繋がった絆は全てを超越して武の心深くに届く。
 各々が抱く、希望を想う願いによって紡がれる。未来へと続く想いの軌跡が、その心で描き始められようとしていた。
 それは、 想いを繋げる事で現れた"奇蹟"という輝き。
 武の心の炎が燃え上がり活力を取り戻す。
 そして、更なる起爆剤が最後に放り込まれる。
 「武、そなたもクーデター事件で知ったであろう。正義は人の数だけ存在し悪もまた等しく存在する、正義の中にも悪があり悪の中にも正義がある。この世に完全に正しきもの、悪であるものなぞ存在せぬ、自己が掲げる正しき思いは正義であり悪でもあるのだ。正義も悪も、所詮突き詰めれば屁理屈にしか過ぎない。だが、その屁理屈を貫き通す事こそが人の信念。
 武! なればこそ貫き通せ、そなたが掲げる理想を――願いを――そなたが目指す未来を――!!
 そなたの心が折れそうになったなら私が支えてやる。疲れたならば私が癒してやる。共に血に塗れることも辞さぬ。それでも困難に挫けそうになったら仲間を頼れば良い、そなたは決して1人では無いのだ。
 そして何時か――何時かそなたが想い描く理想の未来に皆で辿り着こうぞ、武!!」
 人の想いが奇跡を起こしたならば、愛は何を起こすのか?
 武の心に満ちたのは希望だった。
 愛する者や仲間からの想いが武の心に希望の火を灯す。
 (そうだ……俺は……)
 武は自らの想いを取り戻す。
 願いを信じ、信念を掲げ、未来を心に思い描く。
 心が戻った瞬間だった。揺れ動き、歪み喘いでいた武の心は真なる姿を取り戻す。
 いや――それは以前よりも余程に立派なものであった。
 武の機動が精細さを取り戻し、やっとの事で真の戦闘能力を取り戻した。
 だが、しかし――
 「なっ!!」
 皮肉にも武が心を取り戻したその数瞬後に、近接戦闘短刀の刀身が硬質な破壊音を立てて折れ飛んだ。
 ユーブヌの激しい攻撃で耐久限界が来ていたのだろう。
 そして、同じ様にもう一本も使っていた事からして……。
 「くっ限界か!!」
 チャンスとばかりに激しくなった敵の猛攻にとうとうもう一本が折れ飛び、その勢いのまま近接戦闘長刀を薙ぎ払われたのを避けた為、体勢を崩す。
 (やば……!!)
 『今度こそ貰ったわ!!』
 其処を狙い、今度こそ止めを刺さんと、敵が剣を振り上げる。
 タイミング的に途轍もなく不味かった。
 膝が折れ、体制が崩れている為に回避は間に合わない、左腕は弾き飛ばされ、右腕は腰部にあり、逸らすのも難しい……とにかく全ての行動に時間が足りない。
 (あと一瞬……半瞬だけでも時間が稼げれば!)
 しかし現実は無常、敵の近接戦闘長刀は振り上げられそして……




 皆の自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした――。 



[1127] Re[12]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第87話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/08/31 15:57
2005年……7月25日午後、ナイジェリア・カメルーン国境付近




 人間は死の瞬間、周囲の世界が途轍もなくゆっくりと感じる状態になるらしいとは聞いていたが、正に今、自分のこの状態がそうなのか? と、武は緩慢と振り上げられようとしているユーブヌ機の近接戦闘長刀を、至極冷静な目で見ながら、そんな疑問を感じていた。
 100分の1秒単……それよりも尚遅い速度の相手――今正に自分を殺そうとしている相手の正面で、こんなことを考えている余裕に思わず心の中で唸ってしまうほどだ。
 しかしながら、それは意識下での事、実際の動きには何も反映されない。
 相手は遅々として行動を進めているが、自分の手も足も殆どと言ってよい程に動かない。その緩慢な自分の動作に焦りを覚え、懸命に動かそうと、操縦桿を握る腕に力を込めようとするが、それも全くと言って良い程に、実際の動作には反映されない。
 (くそっ……こんな所で死ねるかよっ!)
 武はやはり心の中で叫ぶ。
 (俺は皆の心に答えなきゃならない……)
 先ほど受け取った仲間たちの心。
 (俺は冥夜と慧、子供たちの為にも地球を平和にしたい……)
 送り出した愛しい人の為に。
 (俺を信じ、共に未来への道を歩んでくれると言ってくれた真那の為にも……)
 共に背中を預け合う、愛する者の為に。
 (そして俺の掲げた理想――自らの志を貫き通し、願いを実現させるためにも!)
 自ら口に出した未来への希望。その重さを背負いながら、願いを真実にする事を。
 思い出すのは何時かの言葉。
 『道を指し示そうとするする者は、背負うべき責務の重さから逃げてはならないのです』
 (悠陽殿下、今やっと貴女の言った言葉の意味が理解できました。願いを掲げて、それを実現させようとするだけじゃ駄目なんだ……志を貫き通す為には、それを成す為に巻き込む、周囲の事情までをも背負っていかなければならない。全てを背負うなんて出来はしない……けど、俺は俺のできる範囲で、その責任を背負い続ける! 起こる事情から、生じた結果から目を離すことなどしない! 俺は……もう逃げたりはしない、恐怖に飲まれたりはしない!!)
 武は真なる決意を固めた。そして尚更に今の状況を覆そうと足掻く。
 そしてその時、それを後押しするかのように、皆の自分を呼ぶ声が耳に聞こえた。
 (そうだ、負ける訳にはいかねぇ!)
 皆の声を受けて、武は動かない操縦桿を更に強く握り……


 突然にコクピット内の空気が変わった。


 春風が充満する草花咲き誇る草原のような……その雰囲気の中に、優しいながらも鮮烈さを醸し出す涼風が吹雪く。
 それを感じた武は、これは夢幻かと目を見開き驚嘆する。
 だが、夢幻ではない。いや……ある意味夢幻だったのかもしれない、だって……其処には……
 突然に武の手に被せられる、暖かい温もり。
 操縦桿の上から、武の手を真綿を包むかのように優しく、それでいて操縦桿に縫い付けるが如く力強く握りこんだ。
 (良く言った武。成長したなお前……)
 顔の横で聞こえたその声は……
 操縦桿が動く。あれ程に押しても引いても動かなかった物が、いとも簡単に滑るように動く。
 (武、あの時言った私の言葉、お前の志に託す。世界を――人類を救ってくれ)
 武の目から涙が零れる。横には誰も居ない、気配さえしない。これは己の幻視か幻聴か……極限の生存本能が見せた刹那の夢かもしれない。でも武にはそれが確固として感じられた。確かに、今其処に存在するその想いに……その温もりを、そして自らの手を包み込むその感触が……。
 (あんたって人は……あんたって人は……)
 死して尚、自分達の道を切り開いてくれたのに、まだ助けてくれると言うのか? まだ自分達を見守っていてくれたと言うのか……。
 (これで最後だよ、お前も響も十分成長したしな。だから後は任せる、死人は素直に死んどくさ……。だからほら、頑張れよ)
 武は歯を食いしばる。ここまで後押しされて負けてなどいられない。
 操縦桿に力を込めて……動く、動いた、動かせる!
 この遅延する数秒の中で、自分も眼前の敵と同じように動ける!
 ならばやることは1つ。
 武は、被された手と共に、力強く操縦桿とコンソールに手を走らせ、思考能力を全開にした。

◇◇◇

 「武」と叫びを上げた直後、振り下ろされる刃に合わせるように、武の戦術機『武雷神』が動く。
 しかし、月詠達の目から見て、その状況は最悪に近かった。
 既にぎりぎりのラインも突破してしまっている。もう少し前ならともかく、このタイミングでは腕が上がりきる前に叩き斬られる。例え辛うじて腕が届いたとしても、逸らすのも無理だろう、勢いの違いから上げた手が吹き飛ばされるのは目に見えていた。
 だが、現実は予想に反した。
 振り上げられた武雷神の右主腕は、月詠達の予想を裏切って、ユーブヌ機が搭乗するミラージュ2000の主腕――振り下ろされようとする左主腕、その肘関節部分の内側に掌底でもって叩き付けられる。
 そして、その掌底での攻撃を受けたユーブヌ機は、大げさな程に左側に体制を崩し、少なく無い隙を作ったのだ。
 「「なっ……」」
 驚愕の声は2人、月詠と御無。
 月詠の声は、振り上げられたそのスピードに対してだった。あの程度の掌底で、相手が体勢を崩した事は疑問だったが、事情を知らないものよりも知っている方により驚愕した。
 武の武雷神が叩き出した、脅威の運動能力。その正体が月詠には解った、あれは制御装置を外したのだ。
 制御装置リミッター……戦術機は、機体制御のほぼ全てをコンピューターで統制している、真っ直ぐに立っていられるのも、各種モーターやアクチュエーターを制御しているのもコンピューターだ。
 そして、戦術機の有り余る力を制御して、それを効率良く使えるようにするのもコンピューターの役目だ。
 戦術機――特に第4世代戦術機の能力は、既に人間が普通に乗れる限界を超えてしまっている。更に、主機エンジン出力も強大だ。制御装置無しで戦術機に乗れば、あっと言う間にコクピットの中でシェークされてしまう。更に、機体に想定以上となる過度の負荷が掛かり、機体疲労度も加速度的に溜まって行く。
 良く、リミッターを外して一時的に強力となる演出が描かれる事があるが、戦術機の制御装置を外せば、戦う以前の問題で、操縦席に座っている事さえ難しくなるし、機体の動きも出力過多でめちゃくちゃとなる。
 大体、多数のBETAを相手取る戦術機にとって、制御装置を外すメリットなんてまるで無い。戦術機は、長く確実に戦えるのが理想なのだから。
 まあ……こういう訳があって、戦術機の制御装置を外すなんて事はだれもやらない。だから月詠は、それを躊躇無く使って、見事に制御して見せた武に驚愕したのだ。(後から聞いたら……制御装置を切ったのは上半身だけだったらしいが)

 御無の驚愕は、その技に対してだった。
 武が今やって見せた技、それは武には使える筈が無い技。
 自分は確かに、武達に御無の闘技を教えている。しかし、御無には基本的に剣術にも無手にも技が無い。あらゆる闘技を取り込んできた、実戦派の御無には、型はあっても技は少なかった。もともと臨機応変さが求められた戦いを繰り返してきた御無の一族にとって、それは必然なのかもしれない。
 BETAとの戦いも、その臨機応変さが必要、だから武達には技を教えていない。そもそも、技とは磨いて昇華してこそ有効に使えるのであって、生半可な技は逆効果にしかならない。
 しかし、武は技を使った。しかも、あの技は自分のオリジナル。
 カウンターの一種で、攻撃してくる相手の肘の内側の『ある場所』に、一定の法則に則って打撃を加えれば、相手の体に反作用以上の衝撃を加えられ、隙を作れるという……技としては至極単純に見えるが、その実かなり難易度が高い技だ。
 『ある場所』と『一定の法則』と言っているが、これが相手の動きで逐次変わってくるのが最大の難易点で、しかもカウンターの為に余計に出し辛い、完璧なる人体と技の知識が無いと、この『技』は不可能。
 この技を知っている御無の一族以外で使えるのは、直接教えた1名――即ち、鮎川千尋のみ。そして、この技を戦術機でも使えるように研究したのは、自分と千尋の2人。
 だから御無は驚愕した、武がその技を使った事に。
 そして確信した、千尋が其処に居る事に……。
 
◇◇◇

 事態は更に流動する。体勢を崩したユーブヌ機、チャンスとばかりに武は次の行動に出た。
 傍らの温もりは既に消え去った……寂しさは多分にあったが、それに拘る事はしない。
 (死んだヒトに何時までも助けてもらってちゃ……)
 思いを託されたのだ、自分は!
 「……情けねぇよなぁ!」
 叫ぶ……叫びながら攻める。
 『ぐぅおおぉぉぉ!』
 そして、相手も流石に歴戦の衛士、瞬時に体勢を立て直そうとしていた。崩れた体勢のままに、跳ねられた左腕を引き戻し、同様に跳ね飛んだ右腕が持つ近接戦闘長刀の峰に押し付け、その押し殺された刃の速度を加速させようとしている。
 武はそれを見ながら冷静だった。先ほどまでの焦りは微塵も無い。今は唯、明鏡止水の如くに操縦を続ける。自分は勝てると信じて……。
 脚部ナイフシースを開放する。其処に収められているのは高周波震動ナイフ。高振動粒子で形成された刃により、接触する物質を分子レベルで分離する事で切断する攻撃力を持つが、刀身の寿命が少ないという欠点を持つ短刀。甲殻ブレードの方が使い勝手が良いので余り使われないが、今の場面では正に最高の武器だった。
 相手の腕を打ち払った状態だった右腕を下ろし左足から逆手で、左手で右足から順手で抜き出し、持った瞬間に高振動発生スイッチを入れて、前に足を踏み出した。
 『なっ! 馬鹿なぁあああぁぁ!』
 ユーブヌの驚愕の声が響く。
 彼は決して油断してはいなかった、しかしながら、やはり常識に囚われていたのかもしれない。教えられた知識は染み込み根付く、第3世代戦術機の常識で考えていたユーブヌは『内臓武器は近接戦闘短刀2本』と、何処かで考えてしまっていたのだ。
 左のナイフが右肩先上部に刺突され、右のナイフが首の付け根に横から叩き込まれる。
 火花を拭くミラージュ2000。武はその瞬間ブーストを全開にし、突き立てた2つの刃を支点に、敵機の頭上を前方に一回点しながら飛んだ。そして、敵機後方へ着地後にナイフを格納、飛ばされた04式近接戦闘長刀を回収し、構えを取った。
 「ユーブヌ!」
 副長達がユーブヌの危機に、そちらに向かおうとするが、それを月詠達が遮る。
 「武の邪魔はさせぬ」
 先程とは立場が逆になった副長達と月詠達。彼女達の戦いも、最終局面を迎えようとしていた。




 ユーブヌ機は向きを変えて、武の武雷神と対峙していた。
 武機は、先程の掌低で右手マニピュレーターが少し壊れていたが、それも軽微で問題は無かった。しかし、ユーブヌ機は中破以上の損傷度だろう。中空に、火花が散る音と、不快な作動音が鳴り響いている。
 左主腕は肩先上部が抉り取られ、腕が動くのが奇跡的だという状態だった。首の付け根部分は、見た目には大した事は無さそうだったが、傷口内部は首に集中していた内部機構――コード類が切断され、視界やセンサー系統にエラーが多発していた。
 「ぬううぅぅ。油断したわ……ワシもまだまだ未熟ということか、まさか内臓短刀がもう1組あろうとは」
 それでもユーブヌは戦意を失ってはいなかった。右手に、今にも機能停止しそうな左手を添えて近接戦闘長刀を構える。そして、通信越しにも武と対峙した。
 「吹っ切ったか若造よ? お主の答えは見つかったのか」
 「ああ……見つかったよ」
 自己のピンチだというのに、ユーブヌの態度は変わらない。彼の顔は笑んでいた、武の事を見つめて、この上ない笑みを浮かべていた。
 武は一旦目を伏せ、深く深呼吸する。思い出す過去の色々な事――そして今の戦いで起こった事を。この手に今もはっきりと残る温もりが、耳に聞こえた託された言葉が……それ以外の様々なものが――武を後押しする。
 「やっぱり俺の願いは変わらない、志は折れたりはしない! 俺はこの世界が好きなんだ……信頼する戦友が、愛する人が暮らす地球――戻るべき故郷。俺にはこの世界に縁るべき故郷が無かった、でも此処が……、今だからこそ言える……。愛する人達が故郷とする、この地球こそが俺の守るべき場所!
 だから俺は負けねぇ、負けてなるものかよ! 難しい理由なんかいらねぇ……負けられねぇから戦い続け、足掻き続け、志を貫き通すんだよ!!」
 単純な……それでいて壮大な志。武はそれを貫き通す事を誓った、世界を平和にしたいと言い切った。難しいことは解らない、その方法も見えてはいない。
 けれども仲間がいる、愛する人がいる、地球を故郷とする人々がいる……それだけで、それだけで武の戦う理由は十分だった。
 『くっくっくっ、くあっはっはっはっ。言い切ったか若造。そうか……貴様はあくまでもその志を貫くか……』
 「その先に煉獄の困難が待ち構えようとも、俺は戦い抜いて見せるさ」
 『そうか……ならば私を倒していけ! 私のような頑固者達は、この先生きては行けぬ……既にこの身は、我が意志は不退転、老兵はただ去るのみよ!』
 その時、周辺レーダーに移った敵機マーカーの反応が全てロストした。どうやら、仲間達の方でも決着が付いたらしい。
 『皆、良く戦ってくれた……我等の志を貫き通してくれた……。ワシも直ぐに行こうぞ』
 浅く目を伏せ仲間を悼んだユーブヌだったが、それも一瞬、次の瞬間には裂帛の気合を持って武に殺気を向けた。
 武もそれに答えるように構える。
 既に説得などという事は考えに無い。信念の重さを、真の意味で知った今の武には、目の前の男が決して引くことはありえないと解っていた。それは、武自身が己の信念を曲げることは無いと誓ったからこそだ。
 武は距離を測りながら、御無の教えを思い出す。
 『技というものは基本的には教えません。けれども1つだけ、自分が一番得意な攻撃を磨きなさい。貴方が、貴方の一番得意な攻撃を、貴方だけの『技』に昇華させなさい。幾つもの技を覚えるよりも、唯1つを究極にしてこそ。それが最強足りえ、その技こそが命を救う僅差の可能性を引き寄せるのです。そう……
 2機の戦術機が動く。
 勝負は一瞬で決まった。
 (唯一撃、それが全てを打ち倒す!!)
 武の攻撃は単純明快だった。
 右斜め上から左斜め下への斬り下ろし、唯それだけ。しかし、それは武にとって『究極の一』だった。
 背面パイロンから抜き取りざまに攻撃に移れること、単純で一番威力が乗せやすく、それ故に出しやすい……だからこそ、武はこの斬撃を『技』として昇華させることを選んだ。
 踏み込みざまの一撃。同じく攻撃に移っていたユーブヌ機は、それで袈裟懸けに一刀両断された。
 擦れ違い駆け抜けた背後での爆発音。呆気ない幕切れ……これまで辿って来た激闘に比べれば実に呆気ない幕切れだった。
 武は強張った体を弛緩させ、シートに背を預ける。
 (死したる盟友の魂、英霊となりて我が内に宿りその志を共に果たすだろう……か。鮎川大尉……いや、中佐か、貴女の思い、確かに俺が受け継ぎました。今度はゆっくりと見ていてください、何時か俺達が地球を平和にするのを――貴女が目指した未来を作る所を)
 「武!」
 深く瞑った目の奥で、愛しい人の声が聞こえてくる。そして、その後ろからは仲間達の声が……。
 武は微笑を浮かべながら、薄れ行く意識の中でその声を聞いたのだった。




 その後武は、眠ったままオート機動で国境線の基地まで運ばれ、そこからカメルーン中央基地へ輸送された。
 そして翌日2005年7月26日、同盟調印式典が無事に開始されたのであった。



[1127] Re[13]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第88話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/02 12:28
2005年……7月25日午後、カメルーン中央基地




 事件から明けて翌日、同盟式典は滞りなく開始された。
 AU(アフリカ連合)とEU(欧州統合体)そしてオセアニア連合と東南アジア(戦線がマレーシアにある為に、暫定的にマレーシア連合と呼ばれる)の、3つの大きな力を持つ国々の同盟調印式典だ。
 しかしながらこれは建前で、実際には4国同盟になる。
 そのあと1国とは、日本帝国だ。この同盟式典にも、征夷大将軍代行の代行(ややこしい……)が参加している。
 現在日本は、カナダやアラスカなどを主軸に移住しているので、表立って同盟を結ぶとアメリカとの軋轢が酷くなる事が懸念された。その為に、表立っては中立を保つことにしたのである。裏では確りと手を結んでいるが……。この辺、既にアメリカにはばれているかとは思うのだが、その辺りは大人と政治の事情ということだろう。征夷大将軍代行本人が来ていないのも、それが原因のようだ。(中継は行っていると思うが……)
 まあとにかく、午前中の内に調印も含めて、式典は極平穏のうちに終了した。
 そして午後には、焔による兵器説明会が始まっていた。

◇◇◇

 「……と言う事で、第4世代戦術機はTSF-TYPE94『不知火』を基にした戦術機です。もっとも、新技術と各機体の運用思想の為に、外見からして随分変化していますが……」
 「また、武雷神は武御雷の後継機の位置付けではありますが、武御雷も不知火の派生系なので、大本は不知火を基にしているといっても過言ではありません。外見的に全く異なる様相を見せる、武雷神と他3機の第4世代戦術機が、共通のパーツを多数含んでいるのはこの為です。この部品の共通化が、各機整備のローテーションや……」
 「第4世代戦術機は、運用思想は違えど、基本的にどの機体の能力も同等です。武雷神が飛び抜けて強いのは、最初からエース仕様としてカスタムした状態で量産されているからであり、他3機も改造次第では武雷神と同等、それ以上に強力にすることが可能です。勿論の事、武雷神の更なる改造も可能であります。この改造の段階で、先程の内部機構や部品の共通化の仕様が生きてくるのです。整備マニュアルと合わせて、基本的なものから複雑なものまでを網羅した改造マニュアルがあり、衛士の強さの段階に合わせて機体を改造して行く事により……」
 焔の第4世代戦術機についての説明が進んでいく。流石にこんな場所でいつもの口調は出さないのか、余所行きの口調で喋っていた。
 その焔の説明を、各国の代表らしき人達は、手元の資料をちらちらと見ながら食い入るように聞き入っている。
 第4世代戦術機の詳細なスペックは今日初めて正式公開される。その力の噂を聞いていた者達にとっては、製作者本人の説明会は聞き逃せないもののようだ。
 それに、午後の説明会は参加自由なようで、見れば同盟に関係ない国の者達もちらほらと見受けられた。その辺の此方の思想がどうなっているかは解らないが、おそらく第4世代戦術機などを餌に協力を取り付けられればという事なのだろう。
 そして、焔の説明は兵器の方に移っていく。

***
 
 「戦術機の主力兵装は36㎜突撃機関砲(36㎜チェーンガン)と言うのは皆様方ご存知のとおり。そして、第4世代戦術機は、この突撃機関砲を効果的に運用する為の工夫が多数採られています」
 スクリーンが切り替わる。映っているのは叢雲だ。
 「まず、従来の第3世代戦術機と同じく、背面パイロンに装着した突撃機関砲を腰部から出して攻撃する方法があります。しかし従来の戦術機と違い、パイロンの可動範囲が増えている分、その動作の自由度が上がっています。また、04式、05式突撃機関砲とパイロンとの着脱が一瞬で行え、パイロンへの装着形態も工夫が凝らされています」
 パイロンを下ろした時に、腰部から突き出る銃身の箇所にスクリーンが切り替わる。
 「この様に、腰部前面に出る突撃機関砲の銃身が極力少ないようになっている為、戦術機の主腕等の動きを阻害しません。つまり、この状態でも円滑な接近戦や機動戦が可能となっています。従来の戦術機では、パイロン可動時に引っ掛かってしまうために、この形態が採れませんでしたが、先程の可動式背面パイロンの採用により可能となりました」
 またスクリーンが切り替わる、今度は腰部の拡大で、腰部補助腕が映っていた。
 「また、銃身の出が少なくなったことで起こる、照準のブレなどは、この腰部補助腕で補正しています。この腰部補助腕が銃身先端近くの部分と結合され、先端の固定や補正を行うことで、結果的に命中率を高めています。尚、突撃機関砲の銃口を背面へ向けての攻撃も勿論可能です」
 そしてスクリーンが最初の叢雲の全体像に戻る。
 「ハイヴ攻略戦を念頭に置いている第4世代戦術機の背面中央パイロンは、基本的に近接戦闘長刀をマウントします。つまり、これによって両主腕、両腰部からの4門での突撃機関砲の制圧射撃形態と、近接戦闘長刀を装備して白兵戦を行いながら、腰部突撃機関砲で敵を牽制可能な白兵機動戦闘とも言える戦闘形態などへの自由な切り替えが可能となり……」

そのまま話が続いて行く……。

 「それでは皆様これを御覧下さい」
 スクリーンの絵が移り変わる。そこに映ったのは2種類の兵器、突撃機関砲を細身にして短くしたような、長方形型に近い形の銃器だった。
 「これは突撃機関砲を2つに分けて、コンパクトさを追求した兵器です。機関砲のみの物と、滑腔砲のみの2種類があります。主に前衛戦闘を行う戦術機用に作られた兵装で、腕部パイロンに装備して使用します」
 主腕の小指側に作られた半格納式パイロン部分の絵に移り変わる。
 「今までは、このパイロン部分に突撃機関砲を装備していましたが、その大きさが前衛戦闘を行う際の邪魔な要素となっていました。その為、要望に副うように考慮した結果、突撃機関砲を2つに分けるという結論に達しました。
 片方は36㎜と特殊弾を切り替えて運用可能で、滑腔砲の方も従来と同様です。コンパクトさを追求した為に、装弾数は少ないですが、この用に増設弾層の装着で補うことが可能です」
 その兵器は、パイロンに装着すると、腕の下部に張り付くような状態で装備される事となる。肘から手までよりも少々大きかったが、突撃機関砲を装備するよりは使い勝手が良さそうだった。さらにL字型になるような形――腕の内側に張り付くように増設弾層も装備可能なようだ。

 「先程の事を踏まえて考えれば、徹底的な制圧射撃を考えるならば、腰部、主腕、腕部パイロンの6門での突撃機関砲斉射が可能となります。この用に、突撃機関砲の装備形態の幅が増えた事により……」
 「尚、現在開発中の電磁過熱砲を肩に装備して……」

 この調子で焔の説明会は午後いっぱい続けられたのだった。

◇◇◇
夜……祝賀会会場

 式典と説明会も無事に終了し、夜には祝賀会が開かれた。祝賀会とは言っても、御偉方は情報交換等に余念が無く、此処も一応政治の場であることは間違いなかった。
 第28遊撃部隊の皆も、色々な所に挨拶回りを繰り返していたが、基本的に政治関係の話にはノータッチなので早々に離脱し、各自好き好きに過ごしている。

 武と月詠は、会場の隅の方で御偉方の様を眺めていた。月詠が目線で指し示しながら説明をして、それを武が肯き聞いている。月詠が武に、各国著名人や情勢関係の解説をしているのだ。知識量は既に膨大な武ではあったが、こういう時事的な情報や、教科書・本等に載っていない情報には疎い為、出来るだけ情報を覚えていた。
 現在の2人の服装は、月詠、武共に帝国軍の礼式軍装だ(月詠は斯衛軍の)。武の所属は国連軍のままなのだが、焔が傘下の部隊として帝国軍に組み込んでしまっている為にこの様な扱いとなっている。因みに、アラスカに居るA-01部隊や207部隊も同様に帝国軍に組み込まれている。普通ならこんな措置は罷り通らないのだろうが、焔や帝国側からの根回しなど、色々な手を使ってそれを行ってしまっていた。今の帝国軍にとって、優秀な衛士は1人でも惜しいからでもある。
 因みにこの世界、大東亜連合軍は崩壊してしまっている。中国・朝鮮半島・シベリア東部・東南アジア等が独自の軍事展開を見せたからだ。(極東国連軍は存在している)

 そんな2人の傍に近づく人影……
 「やあ、お2人さん」
 「王女殿下。御挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
 「構わんよ、此方も忙しかったしな」
 話しかけてきたクレア王女殿下は気さくに笑って言った。月詠と武は、居住まいを正して軽く頭を下げる。
 当初、――王女と言うくらいだからこういう場面ではドレスかな?――と武は思っていたのだが、予想に反して彼女の服装は軍服のそれだった。軍服と言っても、白地をメインに、金や銀の装飾が華美に、それでいながら目立ち過ぎない絶妙な程度に飾られている荘厳な服であった。つい先日見た近衛隊の制服とは違っているので、恐らく女王近衛隊の礼服か、王女専用の礼服なのだろう。
 彼女はふと会場を眺めて言った。
 「同盟調印も成功したし、近衛隊の皆も全員無事だった……誠に嬉しい限りだ。あなた達には改めて御礼を言いたい。あの過酷な任務を成功させて貰い、感謝の言葉も無い」
 顔を戻した後、深く頭を下げるクレア王女。
 「いえ、あれは我々にとっても是非に必要だった事であり、我等が奮闘するのは当然の事であります。感謝の念は有り難く頂戴致しますが、身に余る感謝を受ける謂れはありませぬ。どうか御顔を御上げ下さい。今は共に、この成功を喜び、祝いましょう」
 2人は顔を上げて互いに笑い合った。
 それを横で見ていた武は、驚愕と関心を同時にしていた。
 今までの月詠だったら、クレア王女の感謝を辞退して押し問答になるかもという場面だったのだが、武の予想に反して月詠はその感謝を素直に受け入れた、身に余る云々は月詠らしいが……。
 武は、その月詠の変化が嬉しかった。彼女は基本的には優しい性格なのを、色々なものの為に抑圧し自制して生きてきた感が否めない。実際に月詠と深く付き合うようになってからは、過去の出来事も含め、その念が多大に存在していた。
 だが、今になってその使命感で形作った頑強な鎧が剥がれてきていた。勿論のこと、本質的な部分――責任感や物事に対する真剣身は変化してはいない。なんと言うか……考え方が柔軟になったと言うか……余裕が出てきたのだ。昔の切羽詰ったような堅苦しさが無くなり、女性本来の柔らかい雰囲気が時折見られるようになった。
 良い変化だな……と武は密かに安堵し、喜び笑うのだった。
 そんな時、王女が傍らに控えていた女性から透明に近い液体が入ったグラスを2つ受け取って武と月詠に促す。2人は素直にそれを受け取った。そしてクレア王女もグラスを1つ受け取る。グラスを渡した女性は、キャスター付きの台座を置いてそのまま去っていった。
 「他の皆には既に挨拶と合わせて配ってきたから、彼方達2人で最後だ。遠慮なく飲んでくれ」
 そう言って乾杯を促す。断る謂れも無いので、2人は素直に乾杯に応じ、グラスに口を付けた。
 「これは……!」
 「美味い……!」
 喉に落ちた液体が体内を焼く、しかしその熱さは心地よく肉体を火照らせる。そして、舌には上品でまろやかな味が広がり、後味さえもが気品さを醸し出していた。
 これは間違いなく純正品物だ、しかも上物の部類に入る。
 クレア王女はしてやったりといった風情でにやりと笑みを浮かべる。
 「どうだ、67年物の白ワインだ。最上級クラスの純正品だぞ」
 「「67年!?」」
 2人は驚愕する。67年と言えば丁度……
 「サクロボスコ事件、BETA大戦始まりの年か」
 「そうだ、態々蔵から引っ張り出して持ってきた。もう少し前の年のも在ったんだが……何故かこれが目に留まってしまってな。……まあ深い意味は無い、祝いの品だ、遠慮無く飲んでくれ」
 そう言って自分のグラスに口を付けるが、2人は――武はともかくとして、月詠までもが気後れしてしまった。
 この時代にこのクラスの純正品となると、一体どの位の価値があるのか……このグラス一杯だけでも10万単位以上の値段が付きそうで怖かった。
 そんな2人に、クレア王女は笑って言う。
 「2人とも、これは私が陛下に頼んで下賜してもらった祝いの品だ。それに開封してしまったから、どっちにしろ飲んで貰わなければ捨てるしかなくなってしまう。気にする事は無い、遠慮なく頂いてくれ」
 そう言われては仕方が無い、受け取った物を突っ返すのも、謝礼を無下にするのも失礼なので、2人は有り難くその一杯に舌鼓を打ったのだった。
 
 そして幾つかの会話を繰り返す。 

 「私達は明日此処を発ち本国に帰還する。その後は軍の再編だな、シナイ半島との接続地点に作られる防衛線へ出向させる部隊や人員を編成しなければならないからな」
 シナイ半島との接続地点に作られる防衛線では、嘗て無い激戦が予想されている。更に、最初は何も無い所へ基地を建設しなければならないので、それらを守ることや、補給線の確保等、問題が山積みだ。
 だから最初は、各国の強豪部隊が集結される手筈になっている。本国の守りもあるので、そうそう多くと言う訳には行かないが、かなりの部隊が集結するようだ。
 EUは、EU軍の他にも、同盟締結を推進したイギリスが王立国教騎士団を2大隊、女王近衛隊も1部派遣するという大判振る舞いだ。マレーシアからもアフリカからも強豪部隊が送られて来るし、日本も帝国軍の他に斯衛軍を2大隊派遣するそうだ。 因みに、A-01部隊は現在アラスカ防衛線の主力となっているので此方には来れない。アラスカでも混合キメラ級の出現率が増加しだしたようで、それらに被害を抑えて対抗するには、第4世代戦術機に搭乗しているA-01部隊は外せない――と言う事だそうだ。
 作戦内容の詳細は今後逐次発表されるようだが、武達は事前に少しだけ内容を聞いていたので、それを知っていた。
 「各国連合軍か……凄ぇよなぁ……」
 「違う国同士の軍が一同するのだ、最初は問題も多々存在するだろう。そうそう喜んでばかりはいられぬぞ」
 「それでもやっぱり凄ぇよ! やっと力を合わせて戦っていけるんだ、少しくらいの障害なんて跳ね除けてやる」
 夢見る少年のように力強く宣言する武の様は、見ていて何処か頼もしかった。少し前の武ではこうは感じられなかっただろう。
 「ふふふふ……頼もしいな武少佐は。貴方が言うと、本当にどうにかなってしまうと、何故か確信するような安堵感が生まれてしまう、不思議だな」
 クレア王女も感じたそれは、武の変化の賜物だった。もともと何故か人を惹きつける人物である武だったが、先日の戦いで迷いを振り切って、自らの志を確固たるものにした武は、その印象が前よりも格段に違っていた。
 武自身が持つ、子供のような部分は健在だが、そこに見られた『軽さ』や『薄っぺらさ』が消えてなくなっている。軽く感じられる言動にも、何処か芯の所で、その言葉に対する責任のあり方が見え隠れしていた。
 もっとも……普通のお馬鹿な言動等はその限りでは無いが……。
 「そうだな……貴様もそろそろ、指揮官としての勉強を始めるべきだな」
 「……て、俺が? 指揮官!?」
 「貴様の階級は少佐だろう、普通ならば部隊を率いていてもよい階級だ。各国の軍も集結する事も踏まえれば、これ以後何があるかは判らん、ともすれば貴様が部隊を纏めなければならなくなる場面も出て来るやも知れん、そんな時に何も出来ませんでは話にならぬぞ。階級に求められるのは戦う事だけではないのだから」
 「う……それは……ハイ」
 月詠の言葉に素直に頷く武。呼称が『貴様』になっているのは上官モードに入っている証拠だ、こういう時は逆らわない方が良い。……と言うか、言っている事は尤もだし、武もその辺は理解している。出来の良し悪しはともかくとして、覚えないよりは覚えておいた方が良い、出来る時に出来る事をやって置くのが、良い運命を手繰り寄せる秘訣だ。
 「上官とは部下の命を預かるものだ、そこには多大な重圧と責任が付き纏う。解っているかとは思うが、その辺を確り心に刻み付けろ。1人で戦うのとは訳が違うのだからな」
 「…………」
 「大丈夫だよ月詠中佐。武少佐ならば、きっと立派な指揮官になれるだろう」
 武に心構えを説く月詠。しかしその横から、クレア王女が微笑を浮かべて言う。その言葉に、月詠はクレア王女の方に顔を若干顰めながら向けた。
 「王女殿下。何を根拠にそんな……」
 しかし、そんな月詠に対し、彼女は笑って言い返した。
 「くくく……それは貴女が一番良く解っているだろう月詠中佐」
 「なっ……な……!」
 その切り替えしに、月詠の顔は羞恥に染まった。つまりは図星と言うことだろう。何だかんだ厳しい事を述べてはいても、武ならばきっと大丈夫だと心の中では確信していたのだ。
 「???……どうしたんだ2人とも?」
 そして一番女心と状況が解っていない鈍感君が、御馬鹿にも2人に声を掛けた。
 こういう時に、恋愛経験値が無い人がどういう行動を取るかと言うと……。
 「ええい、何でもない! いいか武、私は手加減しないからな! 絶対に貴様を一端以上の指揮官に育ててやる!!」
 逆切れです。
 訳が分からずひびっている武を尻目に、クレア王女はくつくつと笑いを浮かべるのであった。








 少し後書きです。
 前回87話の最後は結構アッサリ終わりましたが、くどく行くよりはあれで良いと思っています。
 武の心情や言葉の遣り取りも、もう少し複雑に、色々とやろうかとは思ったのですが、武の思考は単純明快の方が良いと思いああ致しました。だって武だし……。
 この話を読んでから以前の話を読むと、武が如何に軽い事を言っているかが理解できると……良いな~~。そういう風に意図して書いてきたんですけどね……。決心したと見えて真実決心できていない以前、そして今回やっと……ていう雰囲気が物語を通して伝われば幸いです。
 
 しかし……以前の文はほんと勢いだけで書いていましたので、赤面多発です。間違いは多いは、設定が変なのは多いは、物語上出さなくていい物はむやみやたらに出すわ……自分が書いた文ですので愛着はあるんですけどね。もし以前と後半で違う設定になってたとしても御容赦を……基本的に後半の方が正解です。
 前半は殆ど設定ノートの設定をそのまま使っていましたからね……。
 
 そして88話
 大東亜連合は……これがあるとそもそもこのSSが成立しなくなってしまうので、潰れています。御免なさいこの辺深く考えていませんでした。



[1127] Re[14]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第89話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/12 07:49
2005年……7月26日午後、カメルーン中央基地




焔研究室

 武は月詠と御無の3人で、カメルーン中央基地へ臨時に置かれた焔の研究室を訪問した。
 御無は鉤爪式パイルバンカーの報告の為に。報告書は上げてあるが、焔は使った本人からの話を聞きたがるタイプの研究者なので、その話をしにきた。月詠と武も似たような理由で、先日の戦いの報告である。
 研究室のインターホンを押して、「入っていいぞ」の言葉の後に扉を開けた武の第一声が……。
 「げっ!」
 「ほほう……久しぶりに会ったというのに、第一声が「げっ!」か。君も大概に失礼な男だな、旧友との再会を喜び合おうと言う気概はないのかね?」
 「何時から俺とあんたが旧友になったんです、旧知の間違いでしょう旧知の……。それで、なんでこんな所に居るんです鎧衣左近課長?」
 「ふむ、何故私が此処に居るか? それはお届け物配達と、そのついでにもう1つのお届け物の発送完了報告だよ」
 研究室の中、焔の対面に立っていた人物は、帝国情報省外務二課 鎧衣左近課長であった。彼は12・5クーデター事件以後、その役職を剥奪されていたが、オルタネイティブ5発動後、何時の間にか再度情報省に舞い戻っていた。武は、移民船乗船パスを探していた時に連絡を取っていたが、それ以後は今日まで1度も会ってはいなかった。
 「お久しぶりです鎧衣課長」
 苦い表情をする武の横で、月詠が鎧衣課長に対して敬礼する。彼女は城内省斯衛軍所属だったし、煌武院悠陽とも深い係わりがあったので、何処かで知り合った間柄なのだろう。
 「本当に久しぶりだね月詠……今は中佐だったかな。君が殿下に付いて宇宙に上がらなかったのは結構予想外だったよ。それに……」
 顔をその横に向ける。
 「いやぁ久しぶりだねぇ可憐ちゃん。綺麗になっちゃって。おじさん嬉しいよ」
 「可憐ちゃんは止めて下さい鎧衣のおじさま……いえ、鎧衣課長。もう子供ではないのですから」
 「いやいや、年を取ると年甲斐も無く感傷的になってしまって……。可憐ちゃんが情報省に来てくれれば、その成長も見ていられたのに」
 「それは嫌味ですか、遠回しな嫌味ですね」
 破顔から拗ねた顔へのコンボで言う鎧衣課長に対し、御無大尉は喧嘩腰……というか、武と同様その一挙動を注視している。彼女の家は代々暗殺者の家系だった、と言うことは、当然今の家系の所属は情報関連なのだろう。つまりは、鎧衣課長とも深い付き合いだと……。
 その2人の言い合いを、月詠は取り合えず様子を見守って、武は自分への被害を避ける為に静観、焔は面白そうに見ていた。
 「本当に、上の3人が凄く優秀なのでね。可憐ちゃんには是非に外務課、せめて情報省には入って欲しかったのに……君が衛士になるって聞いた時はおじさんがっかりだったよ。家の人も止めたんだろうに」
 鎧衣課長は悲しそうな演技をして言う。
 「確かに私にはそちらの方面の才能はありましたが、所詮兄上や姉上には敵いません。私が勝っていたのは戦闘能力だけです、それに性格的に合わない事もありましたし」
 御無可憐は兄1人、姉2人と3人の兄弟姉を持つ。祖父は引退したとはいえ未だに多大な影響力を持っているし、両親は情報省の重鎮、兄もそっち方面でかなりの役職に就いている。姉2人はバリバリの実働部隊(工作など)勤務だ。御無の家は、情報関連では無視できない影響力を持っている。
 実は先日の王女襲撃事件でも、アメリカの衛星を欺瞞していたのは姉2人を筆頭とした実働部隊だし、事件前後の情報収集や交渉等も御無が先陣に立って行っていた。焔が御無の事で(勿論無断で)コネを使い捲ったのである。
 まあ、衛星の方は焔が提供した新技術があってこそだったのだが。これは、量子伝導脳の技術――戦術機AIを作った技術から作られた、ハッキング装置である。従来の装置の何倍もの性能を誇り、実際数時間はアメリカ側を騙し通せていた……仕掛けた御無の技術もあってのことだが。(勿論のこと、この装置の事は機密である)
 「それで、幼馴染の千尋ちゃんと一緒に衛士かね。まあその結果は今が証明しているか……千尋ちゃんの事は残念だったね」
 「ええ……でも彼女の志は多くの者が引き継いでいてくれています、だから私はこれからも戦い続けますわ」
 「そうか……ならば君の勧誘は諦めよう。……という事で白銀武」
 「って今度は俺!」
 行き成りあっさりと矛先を変えられ狼狽する武。もう少しくらい説得を粘っても良いんじゃないデスカ……とか心の中で思っちゃったりなんかしちゃったのは御無大尉の手前秘密だ!
 そんな武を尻目に、鎧衣課長の目線は、武とその横で佇む月詠の間を行き来する。そしておもむろに、何かを納得するかのように大きく頷いた。
 「なるほどなるほど、そうかそうか……これは孫の顔を見るのが遅くなってしまうかな?」
 「って孫ぉ!」
 「いや……せめてウェディングドレスだけでも……」
 「何故にウェディングドレス!?」
 普通は白無垢じゃ……ではなくて!
 「うむ……我が娘はあれで中々一途で寛容的だからな、例え4号さんでも万事OKだよ白銀武」
 「4号ってなんですか、4号って!?」
 「はて? 違ったかな……。おお、なるほど!」
 少し考えた後で、胸の前で納得したという風に、ポンッと手を合わせる。
 「4号よりも多いのか。ハーレム万歳……なんともお盛んなことだな白銀武。だが余り多いと流石に娘が不憫だ、せめて9号以内には収めてほしいなぁ親として、はっはっはっは」
 「「鎧衣課長!!!」」
 そこに武と月詠のユニゾンショット、羞恥と焦りが入り混じった突っ込みが決まった。
 「何言ってんすか鎧衣課長! 俺と美琴はそんな関係じゃありませんって。ハーレムなんかも作りませんし、第一に9人も当ては無いですから!!」
 「そうです鎧衣課長。武は確かに無自覚で普通以上に鈍感な男ですが、女性との付き合いに対しては誠実です。冥夜様と慧殿を心から愛し大切にしている武が、9人もの女性と同時に付き合うなどという芸当が可能なはずはありません! 確かに……柏木大尉との仲は最近怪しいが……」
 必死に否定する武と、それに続くように武の事を語る月詠……ポロリと本音が出てしまっているが。
 鎧衣課長の後ろでは、焔が腹を抱えて笑っていた。彼女は、1人では無い時点で、3人でも9人でも余り変わらない気がしていた。武は確かに『誠実』な男だが、『誠実』に複数の女性を大切に出来る、悪い意味での女性泣かせだ。 それに、心当たりがある残り6人(7人)の事が、同じ女として色々不憫に思えてしまった。
 因みに、鎧衣課長が言った9人とは、冥夜、慧、月詠、美琴、タマ、委員長、柏木、後は響か茜か悠陽だと推測するべし。彼が、これらを知っていて、9人という微妙な数字を出したかは不明だが……。
 「真那、柏木は関係ないだろ柏木は!」
 「確かに今は関係ないが、将来的観測では……」
 ……とそこで、今度は月詠と武の言い合いが勃発してしまう。鎧衣課長はそれを満足げな――それでいて妙に生暖かい目で見詰めていた。なんだが縁側の好々爺を彷彿とさせる。
 そしてその表情のままに焔に顔を向け。
 「では焔博士、私はこれで。後の経過は連絡員を通してお知らせしますので」
 「いずれ機会があればまた会おう可憐ちゃん、そこの御夫婦2人によろしく。はっはっはっはっ……」
 次いで御無に別れの挨拶を告げると、抑揚の無い妙に演技臭い笑いをドップラー効果で後引かせながら、そのまま扉を開けて部屋の外へ消えていった。
 言い合っていた2人は流石にそれに気付いたが、もう後の祭りだった。毒気を抜かれて追う気力も無い。
 焔はともかく、御無と武・月詠は、結局最後まで振り回されっぱなしだった。

***

 ……で、気を取り直すまでに暫く経ち。(それと併せて報告を終了させて)
 武は、ふと先程疑問に思った事を焔に切り出した。
 「なあ博士、さっき鎧衣課長が言っていた『お届け物』ってなんなんだ? 1つは此処に届けられたみたいだし」
 その武の質問に、月詠と御無も無言で焔に回答を促す。それを見た焔は、少々眉根を寄せて考え込んでから何かを納得したように頷き、「まあいいか」という感じで喋り始めた。
 「どちらも今回の計画に必要なものだよ。特に片方は……」
 「計画に必要……て、兵器ですか?」
 「ああ。1つは今、アメリカから日本に向けて輸送されている。此方はハイヴ攻略用の大型戦略機動兵器だ――まあ大げさに言えば『戦略航空機動要塞』とも言えるな」
 「航空機動要塞……」
 「戦略機動兵器……ですか?」
 「それはもしや、あの……!?」
 武と月詠が、現物が上手く想像できず不可思議に首を捻る横で、御無がはっとしたように顔を焔に向けた。何か心当たりがあったらしい。
 しかし焔は、そんな3人に首を振って先を封じ。
 「これは此処まで、後の情報はいずれまたな」
 何か事情があるのか、先を暈して曖昧の内に話を締めた。
 この時3人は機密的な問題でもあるのかと突っ込まなかったが、実はその理由が「カッコイイ和名が決まっていなかったから」だと知ったらどうなっていただろうか?
 それはさておき、次の話へ移る。
 「そしてもう1つ、此処に届けられた物が……G弾が3発だ」
 「G弾!?」
 その言葉に驚愕した武が焔に詰め寄る。
 「ちょっ、ちょっと待って下さい博士! G弾って……まさかハイヴに落とすんですか?」
 「それ以外に何の使い道がある」
 「で……でもG弾を使うなんてっ!」
 「あのな武、今度の計画では敵の目と鼻の先に近い所に防衛線を構築しなければならない、しかも何も無い状態からだ。作戦の成功率を高める為にも、味方の損耗率を下げるためにも、最も近い所にあるハイヴにダメージを与えておきたいのは当然だろう。ハイヴがダメージを受ければ、一時的にでもBETAの進軍率は落ちる、更にハイヴ成長の妨げも可能だ。使える手を使わない手は無い」
 「そういうことじゃなくて! じゃあなんで厚木ハイヴ攻略戦ではG段を使わなかったんですか!?」
 淡々と答える焔に、武は半ば激昂する。武とて成長し、以前の青いばかりの無知な青年ではない、G弾の有用性も熟知しているし戦略的な意味合いでの必要性も理解しているので、使われる事に忌避や躊躇いはあってもそれが必要ならば否定は無かった。
 唯、無理をしてでも手に入れられるのならば、使用可能ならば、どうして厚木で使わなかったのかと……。
 しかし武は、その辺りの政治的な意味合いが良く解っていなかった。
 「落ち着け武。厚木ハイヴではG弾を使用しなかったのではない、『使用するのが不可能だった』のだ」
 月詠の鋭い言葉に、武は目を大きく開けてその顔を凝視する。
 「地球の未来を憂いて訴えを起こし、バビロン作戦によるG弾の無差別集中投下をハイヴのみの精密集中投下に切り替えさせたのは悠陽殿下であらせられる。そしてその案に、我等が帝国臣民はほぼ万人が賛成した。その日本人が、日本に出来たハイヴを攻略するのにG弾を使用したらどんな事になると思っている?」
 武もそうそう馬鹿ではない、その言葉ではっとそれに気付いた。
 「上層部も多くがバーナード星系へ旅立ったとはいえ、各国のG弾信奉者は未だ根強く残っています。あの時私達がG弾を使用したら、悠陽殿下の志に賛同して下さった他国の人々の心は離れて行き、最悪の展開では、押さえがなくなった各国のG弾信奉者達が勢いを取り戻し、G弾の使用を独自に行ってしまう状態になっていたかもしれません」
 「あの当時は、確かに交渉しだいではG弾を手に入れられただろうが、使う以前に受け取る事さえ不味かった。だが、今回は状況が違う。新型戦術機や新型兵器により、地球奪還計画が現実味を帯びて、各国が計画に好意的、少なくとも静観姿勢だ。必要な事として既に、防衛線構築の為にG弾を使う事はそれらの国が了承済み……つまりは大手を振って使用できる状態って訳だ」
 「武、解っているかとは思うが、厚木での勝利が無ければ、今この状況は無かった。彼の地で散っていった者達の死を無駄だとは思うな。今G弾が半ば公認で使用できるのも、あの勝利があればこそなのだから。それに、あそこで戦った日本衛士は、悠陽殿下のその志を解った上で戦場に立った者達――G弾などは、例え使用可能だったとしてもそれを拒否しただろう。そして、マレーシア戦線の衛士達も自らの意志で戦いを選び散って行った。覚悟を決めて戦場に立った衛士の事を哀れみ憂うのは、侮辱と偽善でしかない」
 解っている……最初の説明だけでもそれ位は解る。厚木では――日本にG弾を落とす訳にはいかなかった事が……。
 月詠の言う事も尤も、武はぐっと拳を握り締め唇を噛み締めた。
 (そうだ……俺は選び取った筈だ。こういう感情とも折り合いを付けて、なんとかしなけりゃな)
 「悪いみんな……。俺って馬鹿だよな」
 自分の顔を上げて、3人の顔を順番に見渡しながら落ち込み気味に言う。
 「構わない、そういう所があってこその武だ」
 そんな武に、月詠は彼の肩に手を掛けながら目を覗き込み、優しく諭すように微笑するのだった。

 焔は、それらの様子を眺めてはいたが、問題が片付いたと見ると途端に話を再開しだした。ほっとくと、クーラーを掛けているのに、この部屋の温度が無駄に上昇しそうだったから。
 「まあバビロン作戦の折り、G弾の事はBETAに伝わってしまっているだろうからな。或いは既に対策が取られているかもしれんが、今回の攻撃はそれを確認する意味合いもある。と言っても確率的にはほぼ100%対策を取らているとは思うがな……今回はそういう時の為の対策も立ててある」
 G弾の攻撃力は、既にBETAに伝わっている筈である。ならば、脅威度の格付けによる光線レーザー属の撃墜優先順位が変わってしまい、G弾を優先的に迎撃してくるだろう。
 「艦隊砲撃を行うのはヴァルキューレ艦隊とアフリカ連合艦隊、光線レーザー属対策の為に戦術機部隊も幾つかレーザーシールドを装備して待機する」
 「あの……」
 「なんだ白銀?」
 「明星作戦じゃあG弾2発で攻略できたんすよねぇ。だったらイスラエルハイヴもそのまま攻略できるんじゃないですか?」
 その質問に、焔は首を振る。
 「横浜ハイヴは分類で行けばフェイズ2、成長比率でいえばフェイズ3だ。だが、イスラエルハイヴはフェイズ4を越え、既にフェイズ5に差し掛かっている、横浜ハイヴと同等に考える訳にはいかん。それにな、G弾が3発綺麗に決まればそれでも望みはあるが、さっき行ったとおり、1発か……下手をすれば2発は撃ち落されるだろう、そのまま攻略するのは無謀だよ」
 武はふ~んと頷いた。もともと思い付きで言ってみただけなので、さしたる拘りは無かった。
 「計画発動は8月1日、以後準備が完了しだいこの攻撃を行い、それを合図に補給線の構築や防御陣の構築、戦術機部隊の展開など本格的な行動が始まる。そこからは激戦に次ぐ激戦の日々が始まるぞ。地理的に好条件とはいえ、何と言ってもハイヴに近い所へ防御陣を構築するのだからな、しかも最初は何も無い所へ……。お前達には期待してるぞ」
 研究室に焔の激励の声が響いた。
 そして、それを聞いた武・月詠・御無の3人も一層の覚悟をその身に刻むのだった。


 以前からも秘密裏に進められていた計画の準備はほぼ終了し、発動は直ぐ側まで迫っている。
 人類の一大反攻計画が、もう直ぐ始まろうとしている……。




◇◇◇
 因みに、今回のアメリカとの交渉の真相はこうだ。
 最初は、過激派襲撃の件で交渉のテーブルに着く。この件だけでも交渉は可能かもしれないが、それなりの実りにはそれなりの見返りが必要……という事で、此処からが交渉の本番だった。
 まずは、生体金属の現時点で最高な物の製造法データ、そしてEFF展開シールドの製造方法。これだけで、戦略兵器と隠匿していたG弾の譲渡は決まった。
 後は言葉巧みな誘導、『同盟軍がBETA殲滅を一手に引き受けてくれればアメリカが過剰に疲弊する事も無くなり、計画が成功するにしても失敗するにしてもアメリカ側の有利性があると』を遠回しに示唆、次いで『BETA殲滅に何も手を貸さなかったのでは体面的に不利となるので、最低限の援助と戦力は出したほうが良い』と加え、最後に『どうせ戦力を出すなら、BETAを駆逐した方が都合が良い。作戦を成功させる為にも、適度な戦力放出と、反対派を抑えておくのが一番……』と言うような意味の事を、あの手この手で取り繕いながら伝えた。
 もちろん、アメリカ側も馬鹿ではないので、此方の思想は読めていただろう。しかし現状、この案には何も不利は無い。自国の力を維持したままでBETAを駆逐可能だし、もし同盟が計画遂行に失敗しても大きなリスクは無い。
 その他、資源の販売などの件も複雑に絡めて、結局アメリカ側は計画に、『積極的な協力はせずとも、一応協力はする。反対も行わずに、それらの派閥を抑える』という所で話は纏まった。
 取り合えず、シナイ半島の防衛線には、アフリカに居る派遣傭兵部隊を装備込みで全て送ることとなった。性格に難はあるが、腕は1級の4大隊に装備・整備士込みならば結構な戦力だろう。 



[1127] Re[15]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第90話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/12 07:49
2005年……7月26日午後、カメルーン中央基地、




 その日、武達第28遊撃部隊はブリーフィングルームで焔の手引きにより、彼ら――第2遊撃特殊部隊との顔合わせをしていた。
 その存在は、設立理由から含めて事前に聞いていたが、隊のメンバーを見た時に心の何処かで「やはり……」と納得もした。武と月詠は、部隊の事を聞いた時に何故かメンバー構成の一部に予想がついたのである。
 軽い顔合わせの挨拶の後に互いに整列して向かい合う、そしてお互いの自己紹介が始まった。
 まずは、真ん中に立っていた女性が1歩踏み出し、教本どおりの完璧な敬礼をした。
 「第2遊撃特殊部隊、隊長を務めます、七瀬凛(ななせ りん)少尉、日本人で現在19歳であります。個人では主に、月詠中佐に師事させて頂く事になりますので、どうぞ御指導の程を宜しくお願い申し上げます」
 その真摯な眼差しに曇りは見えない、月詠は一寸安堵し、彼女が真っ直ぐに成長した事を喜んだ。
 そして次は……
 日本人の女性だった。長い黒髪と黒目で、平均よりやや背が高いが典型的な日本美人だ。顔筋や目付きが少しきついのは、血筋よりは性格によるものだろう。彼女は、武と月詠を認めてからずっと、何かを抱える様相で2人を見詰めていた。その顔は何処かで見たことがあるような……記憶に引っかかっていて、武と月詠は内心首を傾げていた……。
 その彼女が敬礼して口を開く。
 「第2遊撃特殊部隊、副官を務めます、榎本香織(えのもと かおり)少尉であります」
 その言葉に、武と月詠2人の中の記憶と、彼女の顔が繋がった。
 「榎本……そうか! そなた榎本伊織(えのもと いおり)中尉の……」
 「はい、妹であります」
 月詠と武の脳裏に蘇る、榎本中尉の姿……そして最後。
 「そうか……貴殿の姉君は誠に立派な衛士であった。厚木ハイヴでの戦いも、彼女の命を賭した行動が無ければ、あの時の勝利は在り得なかったであろう」
 「ああ……凄ぇ人だった。衛士としても強かったし、日本人としての心構えも立派だった。あの戦いで、反応炉まで無事に到達できたのは、間違いなくあの人達のお陰だった」
 戦術機の通信記録の解析で、バイタル反応に細工がしてあったのは焔の手で確認されている。あの時の状況を踏まえれば、大体どういう経緯で自爆に至ったかは自然と理解できた。
 「そうですか…………有難う御座います……」
 榎本少尉は、2人の言葉を聞いて俯き言う。その言葉は心なしか震えていて……。
 姉の死の真相は聞かされていた、彼女が反応炉への道を切り開く為に、致命傷を負った体で突貫、自爆して敵を屠ったと……。聞いて姉の死を納得もしたが、理性はそれを拒絶していた。
 香織は現実主義者的な性格をしていて、武と月詠という事態の目撃者に話を聞くことで、それらの感情に折り合いと納得を付けたかったのである。今その願いが叶い、やっとのことで姉の死を納得できたのだ。
 彼女は見えない涙を振り切るように顔を振り上げ、再度敬礼に戻る。
 「日本人で19歳となります。七瀬少尉と同じくオールマイティーに戦いますが、どちらかというと接近戦が得意です。主にヒュレイカ大尉に師事する事になっていますので、御指導の程、宜しくお願い致します」
 顔付きどおりに、結構真面目な性格のようだ。七瀬凛が委員長(榊千鶴の事ではない)タイプだとしたら、榎本香織は風紀委員タイプだろう。
 次いでは、まだ少し子供臭さが抜け切らない青年――しかし、それでいて彼の雰囲気は、硬質な不屈の闘志を持つ事を伺わせた。
 「嶋煉矢(しま れんや)少尉です。日本人の現在18歳。個人では主に、白銀武少佐に師事する事になっています……よろしくお願いします」
 若干無愛想に言う彼の目も、また濁っては居なかった。狂犬のような危うさにも感じられる雰囲気を持ってはいるが、その強き意志を貫き通そうとする目の光が、その危うさを否定している。月詠は再度安堵し、武は「やっぱり生意気そうだよな」と感じていた。
 「ミラーナ・アルティ少尉と言います。人種はギリシャ系アメリカ人で、年齢は18歳です。えっと……射撃と情報統制が得意なので、主に後方支援を担当しています。なので……柏木大尉に師事させて貰う事になりました。あの……宜しくお願いします」
 深々と頭を下げるミラーナに、柏木は笑って宜しくと言う。以前よりは改善されているが、まだまだ恥ずかしがりやなのは治っていないようだ。
 「李・飛龍(りー・ふぇいろん)少尉と申す。人種は中国、年齢は20。格闘が得意なので、戦術機でも主に前衛接近戦を担当致します。御無大尉に師事する事と相成りましたので、宜しくの程をお願い申し上げます」
 次いでは長い黒髪を後ろで一纏めにした、背の高い黒目の中国人男性だった。顔も体も隙が見えず、いかにも武道家……という雰囲気を醸し出している。どうやらこの部隊で最年長らしい。
 「ライラ・アルティーツアって言います。階級は少尉で17歳、ロシア系にアジアの血がミックスされちゃってます。中距離の射撃戦が得意なので、響中尉と柏木大尉に師事する事になりました。どうぞ宜しくお願いします!」
 やたらと元気でノリが軽いので、月詠は少し頭を抱えたが、結局直ぐに立ち直った。この辺の立ち直りが早いのはやはり武と焔の所為なのか……? まあとにかく、響と柏木が無難に挨拶を交わしていた。
 
 以上6名が第2遊撃特殊部隊――未だ未成熟だが――として集められたメンバーだった。見れば解ると思うが、第28遊撃部隊のメンバー構成に似通っている。これはやはり、そういう風に意図して集めたのだろう。
 皆は自己紹介の後お互いに、少しの時間雑談をして親睦を深めていたが、焔の一言でその空気は綺麗に吹き飛んだ。
 曰く「シミュレーターの準備ができたぞ」……と。
 第2遊撃特殊部隊のメンバーの体に興奮の色が宿る。その変化を、月詠達は見逃さなかった。この時を待っていたと言うばかり、血気盛んにシミュレーションルームに向かって駆けていくその姿を後ろから見守っていた全員は……。
 「おやおや、最近の若い者は元気が良いねぇ」
 「あれは血気盛んっていうんだよ。……まっ、青いのは確かに微笑ましいけどね」
 「それにしてもヒュレイカさん、私達もまだ十分若いですわよ」
 やれやれと言った風情でその後姿を見送っていた。血気盛んで挑戦心溢れる後輩達の若さが、まだ自分達が同じ様な感情に満ち溢れていた懐かしい昔を思い起こさせたらしい。肌に手を当てながらしみじみと言う御無の言葉に、皆は自分達の初心だった頃を思い出しながら、同時に自分達もまだまだ擦れてはいないと笑い合う。
 「ははは、そういえばそうだな」
 「そうっすよ大尉。まあ、それでも一応年長者、一丁格の違いを見せてやりますか」
 「そんなことを言って足元を掬われないようにしろ、武」
 「そうですよ武少佐。訓練じゃ何時ーも調子に乗って撃破されるんだから」
 「真那! 響も……。俺は何時も撃破されてねぇ、偶にだ偶に!」
 賑やかな言葉の応酬を繰り返しながら、武達は先に行った七瀬達を追ってシミュレーションルームへと歩を進めたのだった。

◇◇◇
シミュレーションルーム

 第4世代戦術機は、従来の戦術機とは操縦方法が異なる為に、シミュレーターも第4世代戦術機専用の物を使わなければならない。操縦系の基は同じなので従来型でも可能なことは可能なのだが、やはり専用の物の方が良い。
 また、経験を積む事で強くなる第4世代戦術機は、シミュレーターと機体を繋いで経験した事を機体にフィードバックさせるのだが、その手間や後での調整の手間を嫌い、乗機に直接乗り込んでシミュレーションを行う衛士も多々居る。
 此処、カメルーン中央基地には、第一次以降の量産を見越して、既に第4世代戦術機用のシミュレーターが複数設置されていた。

 そしてそこの制御室では今……屍累々と言った風情で、第2遊撃特殊部隊のメンバー5人が打ち崩れていた。
 月詠達は制御室にある大型スクリーンを見て、現在行われている戦いを眺めている。
 「やはりまだまだだな……」
 「そりゃ仕方ないって、一般という定義では既に一人前以上だけど、それ以上となると錬度も経験も不十分だからね。その為に私達が教えるんじゃないか」
 月詠の呟きに、ヒュレイカが肩を竦めて唇を引き上げた。その笑いは如何にも楽しそうで仕方が無い、良い玩具を見つけた幼子のようだ。
 実際これまで、チーム戦、個人戦を対戦者パターン、シチュエーションを変えて幾度も繰り返したのだが、若い者達は1度も武達に……というか、一撃も与えられなかったのである。
 現在もスクリーンの中では煉矢少尉が搭乗する武雷神と不知火が戦っているが、終始不知火の方が優勢だった。傍目には手数が多く、攻勢に出ている武雷神の方が優勢に見えるが、見る者が見れば、受けに回っている不知火の方が逆に攻めていると解る。
 ところで、戦っているのは武雷神と不知火……そう、武が搭乗しているのは第3世代戦術機『不知火』である。不知火とは言っても、強化第3世代戦術機製作案によって製作された強化型不知火の先行試作型だが。
 不知火はF-15J『陽炎』のライセンス生産で得た技術蓄積を基にして作られた、日本国産の戦術機である。アメリカのFシリーズは、積み上げられた技術により、信頼性とバランスの良さを併せ持つ強力な戦術機となっているが、不知火もまた、派生系にも関わらずに負けず劣らずの性能を叩き出している戦術機だ。
 94年という、日本にとって激動の時に製作された為か、その性能――機体特性は接近戦をする事を前提として作られている。遭遇戦・市街戦・山林戦、そしてハイヴ攻略……そんな事を意識して製作されたのか、それとも日本古来から根付く侍的な感情か、とにかく不知火は接近戦――特に白兵戦寄りの戦術機だ。
 勿論の事、極端に寄っている訳ではない。戦術機の基本能力を100とすれば、アメリカ産戦術機が100+射撃10で、不知火が100+格闘10という程度だ。だから普通に戦闘する分には何も問題は無い。そんな事は、100以上の力をだせる熟練衛士が気にすることだ。
 因みに焔は不知火の製作にも関わってはいるが、彼女は最終段階付近で接近戦寄り気味だった機体バランスを修正しただけで、その他ほぼ全ては日本の技術陣が作り上げた。
 武が現在搭乗している強化型『不知火』――05式不知火は、第4世代戦術機と同様の補助腕とパイロン増設を採用、金属を生体金属に、跳躍装置は改造強化型、そしてコクピット部分にEFFレーザー防御装甲を装備して、それを維持するための増設バッテリーを機体内に組み込んでいる。機体の外観は、カウンターウェイトの割合が変化した為に肩部・腰部装甲が薄く軽くなった位で、殆ど従来の不知火と変わりは無い。但し機体重量値が大幅に変化しているのに加え、内面も従来の不知火とは随分異なっている。尚製作するに当たっては、叢雲のデータがほぼそのまま使用可能だったのでそう難しい事ではなかった。
 因みに、性能は従来型の不知火より飛躍的にアップしているが、主機エンジンは従来型のままで、新型AIと思考制御を司るシステム群も搭載していないので、第4世代戦術機より性能は格段に劣る。
 筈なのだが……。
 「あっ……決まったみたいですわ」
 「これで連続10敗……良く続くねぇ」
 「顔からして負けず嫌いそうですもんね」
 御無、柏木、響のコメント通り、煉矢少尉10回目の敗北だった。勿論今まで一撃も与えられていない。
 其処でとうとう諦めが付いたのか、勝負を切り上げて2人が制御室に入ってきた。
 「お疲れさん、ほいっ」
 「よっと、サンキュー」
 最初に入ってきた武に柏木が、備え付けの冷蔵庫から取り出したのであろう合成スポーツドリンクを投げ渡す。武は嬉しげにそれを受け取り口を付けた。横では月詠が、無意識にか若干渋い顔をしている……すわ女の戦いか?
 「く……そ……勝てない……と言うか掠りもしない……。しかも少佐……なんだってそんなに……平気なんですか……?」
 それらの光景を横に、座り込む5人の側に同じようにへたり込む煉矢少尉。息も絶え絶えの中、上目使いに武をねめつけて詰問する。武はその目線を平然と受け止めて、なんでもないように言った。
 「何でって、そりゃあ鍛え方と実戦経験の違いだろ。後は俺、最低限しか動いてないしな」 
 「武が受けに回っていると見えるのは、必要最低限の動きしかしていないからだ。武雷神と不知火の性能差は明らかなのに煉矢少尉が太刀打ち不可能なのは、動きに無駄が多い事にも原因が多々存在する」
 「それに、まだまだ機体に振り回されているな、動きに無駄が多いのもそれが大きな原因だよ」
 「後はとにかく経験ですわね、動きに逡巡が見え隠れしています。結成して間もないから仕方が無いのかもしれませんが、仲間との連携も不十分でした」
 武達の助言や注意を受けて、七瀬少尉等は座り込んだまま人形のようにかくかくと頷いていた。焔の手で専用強化された第4世代戦術機に搭乗した全員が、第3世代戦術機に搭乗する武達に完全敗北したのだ、恐らく……単純なスペックだけを見てもかなりの性能差があるであろう上での敗北、あまりの負けっぷりに最早逆らう気概も無い。
 (今回の戦いでも解るが、武達は第3世代戦術機での訓練も欠かさずに行っている。第4世代戦術機が壊れた時や整備の時、不測の事態に備えて、どんな戦術機でも確実に乗りこなす腕前を常に養って置かなければ、一流の衛士とは言えないからだ)
 ……と其処へ、途中から何処かへ消えていた焔が颯爽と戻ってくる。
 「予想通り綺麗さっぱり敗北したか新人達よ。うむうむ、では私が君達を、更なる敗北のどん底へ叩き落してあげようじゃあないか」
 不吉な笑いを浮かべながら、これまた洒落にならない事をのたまう焔。こういう時、この人の本質の一側面が垣間見える。
 「そちらの準備は良いか―?」
 「一応完了しました、後は微調整だけです」
 焔が通信機に向かって話しかけた後、スクリーンに浮かんだ映像通信画面には……
 「アイビス大尉!?」
 「武少佐、みんな……どうもこんにちは」
 「って何でこんな所に?」
 「ええと……所用で此方に来てたんだけど、焔博士に捕まって……」
 歯切れ悪く言うアイビス大尉に、一同が焔の方を見る。その焔はそ知らぬ顔をして目を逸らしていた。
 (きっと有無を言わさず強引に連れて来たんだろうな)
 呆れが募るが、焔がそれらを吹き飛ばすかのように高い声を上げたので、結局有耶無耶になる。
 「では新人達よ、システム調整の間休憩として、その後にこのアイビス大尉と各自1対1で戦って貰う。解ったな?」
 「えっと……其処にいらっしゃるアイビス大尉とおっしゃる方と……ですか?」
 「そうだ、白銀達とばかりじゃ比較対照にならんだろうからな。彼女は衛士の中では一級品の腕前を持つが、不知火に乗るのは今日が初めて……お前達でももしかしたら勝てる「かも」しれんぞ」
 その挑発的な物言いに、流石に七瀬少尉等もカチンときた。そうまで言われてはプライドが許さない。いくらベテランだからって、自分達も結構な実戦をこなし、一所懸命に訓練に励んできたのだ……此処は負ける事は許されない。
 ……とまあ、燃えた。冷静さは保ったままに、静かに沸々と闘志を滾らせた。
 その横では武とアイビスの話が進む。
 アイビス大尉と武は、気の合う戦友として非常に仲が良い。大尉は3次元空間戦闘を好み、銃器による一点集中射撃での一撃離脱戦法を得意とする。銃器を使っての接近離脱という非常に珍しい戦い方をするアイビスは、武と共同で、空間機動の研究を行っていた。その過程で、彼女の力は飛躍的に向上しだしている。
 とても稀有な才能を持ち、空間理論に斬新な発想と理解を見せている。今の所、武の変態機動が理論的に理解できるのは、恐らく彼女だけだろう。因みに月詠は、元々衛士としては殆ど完成してしまっていたので、その従来型の理論を一度崩して3次元機動を組み込んだ。そして、武と背中を合わせて戦っている内に体の方で武の機動と合わせ、その特殊な機動を実感し、完璧にして行った。(そもそも武の機動は臨機応変型なので、操縦に囚われる箇所以外に、パターンというものが殆ど無い)
 現在武の機動をもっとも近い形で再現可能なのは、月詠とアイビス、そして元207訓練小隊のメンバー、次点で柏木と響くらいだ。後は第28遊撃部隊の残りメンバー、次点でヴァルキリーズと言った所か。
 実際世界中のシミュレーターには、元207訓練小隊が武の機動データを参考にしたように、第28遊撃部隊各員の実戦データが第3・4世代戦術機共にインプットされているが、武の機動データや実戦データを参考にするものは非常に少ない。武の機動は元々の下地がゲームだ、考え方からして根本から異質であり、この世界で育った者には理解し難いのだろう。
 「大丈夫か……不知火に乗るのは――てか、生体金属を使用した機体は初めてだろ?」
 「まあね。けど、さっき調整の為に乗ってみたけど中々良い機体だよ。確かに出力関係で大きな差異が出ているけどそれも大丈夫」
 「そうか……ならいいか。取り合えず頑張れよ」
 「新人達に負けるつもりは無いよ」
 アイビスは強気に笑い掛け、武もそれに答えて笑いを浮かべるのだった。

 そして数十分後、戦いは始まる。
 結果は………………七瀬少尉達の全敗だった。
 やはり結局、1発も与えることが出来ずに全敗してしまった。焔が言ったとおり、最早敗北感のどん底、塩の柱となって風に吹かれて行きそうな様相だ。
 其処へ、焔がそれらを睥睨しながら。
 「ま……これが現実だよ。今の君達と上級のベテランでは、これだけの戦闘能力の差があるってことだ」
 「博士……トドメ刺して如何すんですか」
 流石に可哀相になって、武が哀れみを込めて言うが……言われた焔はなんのその、全然気にしてはいない。
 「なに……獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とすって言うからな。ほら……この位の年のやつは、ほっとくと増長するか勘違いするだろ? ここら辺で自分の実力を省見れば、悔しさを発条ばね
により高みを目指せるってことさ。はっはっはっは!」
 得意そうに高笑いを上げる焔。七瀬少尉達は同年代の衛士達よりは格段に強い、だからこそ選抜され第2遊撃特殊部隊として養成される事が決まったのだ。しかしながら、その実力はまだまだ未熟。第4世代戦術機に搭乗してフェイズ3級のハイヴ最下層まで到達できる程の実力を発揮したが、それは半分以上機体性能に頼った所が大きいのだ。
 今回の戦いは、まずその事実を実感させる事を目的としていた。武達が態々第3世代戦術機で相手をしたのも、焔のその意図があったからこそだ。武達だけならまだしも、他の超一流ベテラン衛士にさえ実力が届いていない……これだけの盛大な実力差を思い知らされれば、嫌がおうにもその実力差、自分達の未熟さを思い知るだろうと。
 そして焔の試みは、見事成功したのだった。
 武達その辺、焔が意図した目的を理解していたのだが――やはりその心の50%位は『面白いから』が理由だろう、きっとそうだろう……と武はジト目で笑う様を見詰めていた。
 「言いたい事も遣りたかった事も理解できますが……何故こんなに不条理に感じるのでしょう?」
 「ま……まあ……。確かに自分の実力を知る事は良いこと……だよね?」
 「みんな……元気を出して。未だ先はあるんだから……」
 御無と柏木は目を合わせ、互いに答えの出ない質問をして、響は必死に七瀬少尉達を慰めようとする。
 その横では月詠が頭を抱えて、
 (どうして私はこんなのと親友の間柄なのだろうか??)
 人生の不条理と人間的係わり合いについて、果ての無い脳内自問自答を繰り返していた。

 それから以後……結局は焔の思い描いたとおり、七瀬少尉達はより一層の血と汗と涙とその他色々なものを訓練と実戦に注ぎ込むようになった。人間失うものが無ければ、後は後ろを見ずに突っ走るだけだ……。
 何時の日か、彼らが一人前以上に成る日も遠くないのかも…………しれない?



[1127] Re[16]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第91話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/26 01:31
2005年……7月27日午後、カメルーン中央基地、ブリーフィングルーム




 その日、第28遊撃部隊のメンバー全員はブリーフィングルームへ集合していた。計画の発動が正式に決まったので、以後の流れを含め、計画の大体の全容を説明すると聞いて。
 この情報は現在の所上位の機密レベルを含む為、第2遊撃特殊部隊のメンバーには教えられないと言う。武達は焔直属と言う事で、知ることが出来る機密レベルがかなり高くなっている、実際に普通の衛士では知らされていない事など、多くの機密情報を知らされていた。
 今回も計画に先んじて、全体の大まかな流れを説明して置くらしかった。

 「では説明を開始する。質問は基本的に何処かで纏めて受け付けるからな、話の途中でどうしても何か聞きたかったら手を上げろ」
 スクリーンを背景に、伸縮式の指し棒を持って言った。白衣と小さな丸眼鏡が何時もの如くの雰囲気を醸し出している。
 その焔がプロジェクターを操作して、スクリーンにマレーシア周辺とアフリカ大陸の地図の映像を映した。
 「作戦の第1段階は聞いているかとは思うが、アフリカ大陸奪回と、並行して戦力を蓄える事だ。エジプト北北東、大陸間がもっとも狭まるシナイ半島との接続地点に防衛線を構築し、短期間で防衛拠点基地を作り上げる。後に基地を建設しつつ防衛線を広げ、シナイ半島からのBETA流入を完全に遮断して、更に紅海沿いにも防衛線を構築。陸と海、両方からのBETA流入を遮断した後に、第4世代戦術機の習熟や衛士の育成をも兼ねてアフリカ大陸のBETAを一掃、アフリカ大陸全土を全て人類の手に取り戻す。更にその前段階として、イラクとシリアの境に存在する甲09号フェイズ5ハイヴにG弾を投下し、その戦力を削る」
 スクリーンに仮定の防衛線などが描かれていく。
 「計画発動は8月1日、それからハイヴ攻略戦まで、1年5ヶ月(17ヶ月)の期間を予定している。尚、これはあくまでも予定であり、場合によっては延長もあり得る。そして、計画名は『エスペランサ計画』と名付けられた」
 「はいっ!」
 「なんだね響中尉?」
 ……とそこで、響が元気良く手を上げた。焔は何処かの教授のように、厳かにそれを指名する。両者共に結構填まっている。
 「『希望』と言う意味はピッタリだから解るんですけど、なんでスペイン語なんですか?」
 その尤もな質問に、焔は頷いて答える。
 「うむ。エスペランサは元々ポルトガル語のキリシタン用語でな、希望の他に望徳と言う意味もあって……というのは関係なくて」
 「おい焔!」
 「まてまて真那、冗談だ冗談。実は別に深い意味は無いんだよ、単に語呂が良くて意味も良かった――意味から語呂を辿ったって言った方が良いかな? それに、英語でもマレー語でも日本語でも無いからな、贔屓にも見られんだろ」
 その答えに皆はなるほど……とは納得はしなかったが、まあ良いかとも思った。別に作戦名に拘りは無い、響も意味も良い言葉だから別に良いだろうと。
 「それじゃ続けるぞ」
 スクリーンに映る地図に、仮定の建設物等が配置されていく。
 「防衛線の完全構築と並行して、アフリカ大陸奪回を開始、それと共に採掘施設の建設を開始する。以後、BETAの駆逐を完了させ、防衛線で敵を遮断しながら、資源採掘施設建設、そしてその資源を使って戦力の増強備蓄を繰り返す。勿論、人員の育成もだ」
 そして、地図に幾つもの建設物が増える。
 「アフリカ大陸奪回完了と併せて、アメリカにも資源を譲渡し、見返りに戦力……特に宇宙戦力の協力を取り付ける――この辺は既に交渉済みだ。反攻準備完了後、もし甲17号ハイヴがフェイズ5に達していないようなら、更なる戦力増強をしながらそれを待つ。そして、ミャンマーの甲17号ハイヴがフェイズ5として成熟した時点で、エスペランサ計画は第2段階へ入る」
 ミャンマーの甲17号フェイズ4ハイヴが映される。
 「此処からがBETAへの反攻の本番だ、まず此処、現在はフェイズ4だが、フェイズ5になった甲17号ハイヴを攻略する。その際に、攻略の鍵となるのがこの……」
 スクリーンが切り替わり、1つの巨大な兵器らしきものが映る。
 「戦略航空機動要塞【XG-70b凄乃皇(すさのお)弐型】だ」
 「これが……」
 「凄乃皇……」
 武達の口から、感嘆・期待・戸惑いを混ぜた溜息が吐き出される。外観的に凄そうだが、期待通りに頼りになるか考えあぐねている感じだ。
 そこで、焔の解説が始まった。
 XG-70は、1970年にスタートした米軍のHI-MARF計画で、米ロックウィード社が開発した戦略航空機動要塞である。このスクリーンに映っているのは、XG-70b──試作2号機だと言う。焔が趣味全開で名付けたコードネームは、凄乃皇弐型。全高で戦術機のおよそ七倍という大きさを誇る、かなり巨大な兵器だ。
 単独での敵支配地域の制圧、又は、ハイヴ最深部まで侵攻し、限られた戦力、短い時間でハイヴを破壊するというオーダーを叶える、正に夢の兵器だ。
 搭載されたムアコック・レヒテ型抗重力機関から発生する重力場──ラザフォード場で、BETAのあらゆる攻撃を無力化し、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した荷電粒子砲を使用してハイヴを攻撃し、攻略する。
 しかしながら、計画は87年に頓挫してしまった。
 元々有人兵器として設計されたのだが、人間が搭乗出来ない兵器となってしまったのだ。
 XG-70の機動には重力制御が行われる。コックピットにはラザフォード場を展開して、操縦者を急激な慣性の変化から隔離する方法を採用した。だが、高機動時の荷電粒子砲運用を想定したテストで、搭乗したテストパイロットが全員死亡という、酷い結果となってしまった。
 荷電粒子砲は光学兵器ではなく、粒子を撃ち出す兵器なので、発射時に反動が発生する。その反動を打ち消す為に機体底部と後方にラザフォード場を幾つか発生させるのだが、その多重干渉の影響を消す事が出来ずに、巻き込まれたのだ。
 更に、その他の実験でも諸々の不備が発見された。
 これを受けて、仕方なく無人化しての自動制御で運用する事にしたのだが、状況判断をコンピューターに任せて運用した事で、状況に対する瞬時の細かい対応が不可能となり、結果、期待された性能を発揮出来なくなった。
 因みに、ムアコック・レヒテ機関──ML機関のスピンオフ技術からG弾が開発された。
 そしてXG-70のML機関の燃料になるのはグレイ・イレブン。グレイ・ナイン等と同じく、BETA由来の人類未発見元素である。
 「アメリカから譲り受けたこれは未だに欠陥機の域を出ないが、私とて確証があったから譲り受けた。1年半掛けて、最強の機動兵器に完成させてやる」
 焔は力強く言う。その様は科学者の使命感と言うよりは、人間としての、希望を目指す意志の熱意。それがひしひしと伝わってくる。 
 武達もその様相に、拳を強く握り、固唾を呑んで話に聞き入って行く。
 そしてまた、甲17号ハイヴの写真に戻る。
 「このXG-70b凄乃皇弐型の力も使って、甲17号ハイヴを攻略する。その際、ML機関の燃料ともなるG元素の確保と、その精製場所――『アトリエ』の調査を行う。フェイズ5として成熟するまで待ったのは、このアトリエの調査の為だ。尚、この辺の詳しい事は、その時に逐次説明する」
 そして次は、イラク/甲09号ハイヴが映る。
 「次いではこのイラク/甲09号フェイズ4ハイヴ、この辺からは全て大雑把な予定だ。その時に近くならなければ、状況がどうなっているかはっきりと解らないからな。此処も凄乃皇弐型の力を使って攻略する」
 そして次に映されたのは、香港だ。
 「ここから計画は第3段階となる。まずは此処、甲13号ハイヴの攻略。そして此処の攻略には……」
 更に新たな映像が入る、其処には……
 「これは……凄乃皇?」
 「でも違う……また別の」
 その声に、焔は頷いた。
 「そうだ、XG-70d凄乃皇四型。弐型でハイヴ攻略を行う傍ら、得られたデータを基にこの四型を改良して行く。そしてより最強の兵器として完成させる。この四型のテストを兼ねて、インド/ニューデリーに存在する甲13号フェイズ5ハイヴを攻略する。またその際、空いている期間を活用し、弐型は全力で改造を受ける事となる」
 四型でハイヴ攻略を行う傍ら、その間に弐型を大改造する訳だ。
 そして、更にスクリーンが切り替わり、次いでは大陸中央付近が映る。
 「そして次がオリジナルハイヴ攻略の前哨戦……。オリジナルハイヴ――喀什(カシュガル)ハイヴの左方に位置する場所に存在する、地球で2番目に出来、そして2番目の規模を誇る、イラン/セムナーン州(オスターン)の甲02号フェイズ5ハイヴの攻略だ。ここはかなりの激戦になるだろう。だが、オリジナルハイヴからの敵増援を考慮して、迅速に攻め落とさねばならん……。一応オリジナルハイヴ攻略作戦をも見越して、凄乃皇四型のハイヴ突入による攻略を予定している。これは、オリジナルハイヴ攻略戦で、凄乃皇が突入しなければならない事態に陥った時の為の予行演習的な意味合いと、凄乃皇の火力とラザフォード場によって、迅速にハイヴを攻略する為だ。また、攻略後はハイヴのアトリエで再度G元素の回収を行う。更に余裕があったら、オリジナルハイヴ周辺に存在する甲03、14号ハイヴも潰す」
 そして、今度スクリーンに映るのは――
 「次いでが、計画第4段階――オリジナルハイヴ攻略戦だ。此処を全兵力を持って攻略。そして攻略後は計画第5段階……残ったハイヴを順次潰して行く」
 その壮大な計画案に、皆驚きと戸惑いで声が出ない、暫くじっくりと今聞いた内容を吟味する。
 と其処で、武が手を上げた。
 「なんだ白銀?」
 「あの……、アフリカ奪回後の戦力の充実した時に、一気にオリジナルハイヴを攻略した方が早くていいんじゃないですか? 凄乃皇も2機とも投入しちゃって……」
 それに対し焔は、ふむ……と頷き、逆に武に問いかけた。
 「白銀、お前がそう思った根拠は何だ?」
 「え……以前に博士が、オリジナルハイヴにはBETAを統率する存在――仮称として『上位存在』が居る筈だって言ってたからで……」
 「では白銀、その上位存在を倒したら、BETAの活動が止まったり、弱体化したりするのか?」
 「え……と……解りません」
 「そうだ、上位存在が居たとして――いる可能性は随分高いが――それを倒した後に、BETAがどうなるかは誰にも解らない。もしかしたら、他のハイヴのBETAが新しい上位存在になるかもしれないし、新しく生まれる可能性もある。BETAに対しての我々人類が知り得た知識は驚くほど少ない、オルタネイティブ3までで解った事で予想を立てるしかないのだからな」
 オルタネイティブ3で行われた生体研究の結果、人類が導き出した仮設――ハイヴ間の戦術情報伝播モデルは、「ある個体が収集した情報が、約19日間でそのハイヴの全個体に行き渡ると、同一派生系に属する全てのハイヴに即時伝播する」となっている。
 その構造を簡単に説明すると、各ハイヴに独立した作戦立案機能と指揮命令系統があり、それらが緩やかに統合される複合ピラミッド型と言う事になる。
 つまりは、一番上――この場合はオリジナルハイヴを潰しても、その直ぐ下の階級のハイヴが指揮命令系統を引き継ぐ可能性が有り得ると言うのだ。
 ハイヴが行っているのは、作戦立案から指揮命令、情報伝達と支配下個体群の運用管理と目されている。これだけの事をハイヴが行っていると思われるているのだ、ハイヴ自体が大きな1つのBETAだと言われているのも、あながち眉唾物ではないと思われている。
 また、各ハイヴが独自の作戦行動を行えるのならば、オリジナルハイヴという頂点を潰した場合、ハイヴが各個に行動する事も予想される。
 焔の見解では、ハイヴ全体が行動を決定付けているのではなく、恐らく反応炉自体が一種のBETAだと推測している。BETAとは言っても、意思的なものではなく、コンピューター的な物かも知れないが……。つまりは、反応炉はエネルギー生成機関であると同時に指揮官の役目を果たし、そして尚且つ、同一派生系のハイヴ間で情報を遣り取りする通信システムの役割も果たしているのではないかと推測したのだ。もっとも現状それは予想でしかなく、その通信方法や原理は全く不明なのだが。
 それを上記の考えに当て嵌めれば、19日間でハイヴ全体に行き渡った情報が、反応炉を通してそのハイヴの同一派生系のハイヴに伝達されるという事になる。
 「と言うことは焔、つまりはオリジナルハイヴだけを潰しても、BETAにとって痛手にはならないと言う事か?」
 「そこが解らないのさ。可能性で言えば50:50――つまり結局は「やって見なくちゃ解らない」、だからこそのさっきの攻略順だ。一気にオリジナルハイヴを攻略するには、他のハイヴを抑える為など、大きな被害を見込まなければならない。だが、オリジナルハイヴ攻略後も、BETAが以前と同じように活動する可能性が――下手をすれば、各ハイヴが独自の行動を取り始める危険性さえある、そこを疲弊した戦力で抑え切るのは難しくなるだろう」
 「だからこそ確実にハイヴを1つずつ攻略して行き、ある程度周囲戦力を削った所でオリジナルハイヴ攻略に入るという訳ですか」
 「正解だ。蓄えた戦力も無限では無い、だったらこの時点でオリジナルハイヴを攻略して、50:50の可能性に賭けてみる。それでBETAが弱まれば良し、変化が無くても、戦線を維持できる最低限の戦力は残る筈だ。後はまた戦力を回復させて、凄乃皇で順次ハイヴを攻略していけば良い」

 その作戦案には皆が納得した。突き詰めれば色々問題はあるかもしれないが、これはこれで確実な作戦だから。
 しかし、この作戦案には決定的に欠けている要素が存在する。勿論皆はそれが解っていた、そして焔も……。
 「それで……もう1つの作戦案、BETAが対策をとって来た場合はどうなるのかな?」
 その事を柏木が焔に尋ねる。
 『BETAの人類への対策』……BETAとて無策で戦っている訳ではない、新しい作戦や兵器には、新しい対策を仕掛けてくる。上記に述べた戦術情報伝播モデルにもある通り、情報を手に入れたBETAがハイヴに戻ると、その情報はハイヴ間で共有されることになる。つまりは、1度使った戦法などは、対策が取られる可能性がある――と言う事だ。防衛戦を行っている間はともかくとして、凄乃皇を使ったハイヴ攻略に出た時点で、BETAがそれに対する何らかの対抗措置を取ってくる可能性は否定できるものではない。
 もっとも、過去の例から鑑みれば、その対策も結構大雑把な物が多いが……それでも数の暴力にそれが上乗せされれば、馬鹿にできない脅威になる事は間違いないのだ。
 「その場合は臨機応変……としか言い様が無い、BETAがどんな対抗手段をとってくるか皆目検討も付かないからな。BETAの新戦法、人類のそれに対する対処方法、対処効率――あらゆる要素を考慮して、逐次対策案を立てる必要性がある。凄乃皇と蓄えた力を合わせれば、少しくらいは力押しでも戦える算段だ。だが、もし……もしもBETAへの対処が事実上不可能になると予測されたり、被害の拡大が見込まれたら、最後の手段として、その時点でのオリジナルハイヴ攻略を敢行する。もっともこれは一か八かの賭けだ、先程も言ったように、オリジナルハイヴ攻略でBETAが弱まる可能性は50:50――弱まれば成功だが、そのままなら、オリジナルハイヴ攻略戦の被害を抱えたまま、BETAに対処しなければならなくなる。まあこの場合は、何もしないでも疲弊していくだけだからな、嫌でもオリジナルハイヴ攻略に踏み切るしか手はいさ」
 焔の言葉に、皆が難しい顔になる。

 つまり焔は、オリジナルハイヴに上位存在らしきものがいるとほぼ確信していたが、それを倒しても、各ハイヴが独自に活動を始めたり、他のハイヴに同じような上位存在が生まれて、それが新たに他ハイヴを統率する指揮官ユニットになることを懸念していたのだ。
 これらの考えは、現時点で一番可能性が高い情報――BETAの指揮系統が複合ピラミッド型だと仮定して考えを進めている。
 無理をしてオリジナルハイヴを攻略しても、上記のような事が起これば、それは結果的にハイヴを1つ潰しただけで、それ以後もBETAの脅威は変わらず続くことになる。多大な損害を受けた状態で、それらBETA群に対抗しなければならなくなってしまう為に、安全策――確実な方法で各ハイヴを順次攻略していく作戦を選び取った。 
 可能な限り、各個撃破でハイヴを攻略していく作戦。オリジナルハイヴ周辺のハイヴを出来る限り一掃してから、オリジナルハイヴを攻略するという手段。
 もしBETAに情報が渡り――各ハイヴに情報が持ち帰られ、それを解析して対策を立てられたり、BETAが新しい戦術を投入してきて、それらに対処困難になってきたら、即座に作戦案の転換を考慮。
 被害が甚大になり始めたり、BETAへの対処が事実上不可能になる兆しが出始めたら、即時作戦をオリジナルハイヴ攻略作戦へ移す算段だ。但し、上記でも述べているように、攻略途中時点でのオリジナルハイヴ攻略は、ハイリスクハイリターン……一か八かの賭けに近い。もしオリジナルハイヴ攻略で、存在すると予測される上位存在を倒し、BETAの活動が鈍くなりでもしたら良いが、BETAの動きが変わらなかったら、オリジナルハイヴ攻略戦で疲弊した戦力を引きずって、残りのBETA群と戦わなければならない事になってしまう。
 この場合、最悪時の最終案としてG弾の集中運用も考えられている。
 バビロン作戦で殆どのG弾を使い切ってしまったが、(各国が隠匿しているものは別に考えて、今回使われるG弾もアメリカが隠匿していた物だった)少なくとも甲17号ハイヴの攻略で、グレイ・イレブンを手に入れる目算がある。
 だが、G弾の集中運用は本当に最後の手段だ。
 フェイズ6のオリジナルハイヴを完全破壊するのに必要と目されるG弾の数は、およそ100発以上。集中運用するとして、反応炉だけを破壊するにしても50発以上のG弾が必要と予想されている。掻き集めるにしてもそこまでのG弾の数は無いし、使用した事での地球への影響力も計りし得ない。
 ……という事で、現状はエスペランサ計画の通り、ハイヴを順次攻略していく作戦が取られる事となったのである。
 
 これで大まかな説明は終わりだ。
 武達は焔に質問しながら、再度現状で決まっている計画の細部を聞いていく。
 その身に、大いなる期待と不安を抱きながら、それでも人類の勝利を夢見て……希望を現実のものとしようと、心の中で誓うのだった。

 そして、2005年8月1日……地球奪回を目的とした大反攻作戦として、エスペランサ計画が始動する。



[1127] Re[17]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第91.5話 間章
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/26 01:32
2005年8月1日~2007年8月1日




 エスペランサ計画発動後、甲09号ハイヴへのG弾投下は、2発が投下に成功。
 深刻な痛手を与える程ではなかったが、それでも与えたダメージは少なくなかった。
 そしてそれを合図に、シナイ半島との接続地点に防衛線を構築を開始、防衛拠点の構築と、基地の建設に着手し始めた。

 基地建設の間も、防衛線構築後も、そこは激戦に次ぐ激戦の連続だった。
 海からの艦隊砲撃、各国戦術機部隊、そして最前線を守る選びぬかれた各国精鋭部隊……戦いは来る日も来る日も続く。
 勿論の事、第28遊撃部隊も連日出撃し八面六腑の活躍を見せ、第2遊撃特殊部隊も着実に強く成長して行った。

 この間に、武達は実に多くの人達と係わり合い、知り合いになった。アメリカ派遣傭兵部隊、王立国教騎士団、女王近衛隊、薔薇の4騎士の残り2人、帝国斯衛軍、AU(アフリカ連合)軍精鋭部隊、EU(欧州統合体)軍精鋭部隊……実に多くの衛士達がこの最前線に配属された。(特別な精鋭部隊などはローテーションで入れ替わっていた)

 そしてその間、アフリカ大陸ではBETAの駆逐と資源採掘施設の建築が着々と続いていく。第4世代戦術機部隊によるBETA駆逐は、被害を殆ど出さないで行われ、採掘施設も次々と作られていった。
 オセアニア連合と東南アジアでの第4世代戦術機、新型第3世代戦術機の量産や、従来機の改造も問題無く行われ、衛士の教育も余裕を持って行われる、更にはEUの方でも第4世代戦術機の生産が始まった。
 この頃になると、循環再生反応エンジンの生産が焔直属の技師にも行えるようになり、少数ではあるが日本以外での循環再生反応エンジン生産工場も増える事となる。
 
 BETAの方は、新型BETAが普通に出現して来るようになったくらいで、目立った変化は見受けられなかった。この辺の静けさが不気味ではあったが、当面は現状を維持できるという事で、その辺りは放って置かれた。
 勿論の事警戒は続けられ、それと同時に各種新型BETAに対する対策案も練られていく事となる。

 そして2006年12月1日、1年4ヶ月(16ヶ月)が経過した時には、資源採掘施設の結構な数の建設及びBETAの駆逐をほぼ完了した。
 しかし、現状維持が比較的容易だった為に、甲17号ハイヴの更なる成熟を待つことと併せ、資源の更なる採掘と、戦力の増加・備蓄を続ける事が決定した。
 その後2007年に肩部用及び携帯運用型の電磁加熱砲も完成する。

 それから更に8ヵ月後、計画発動より2年、人類は攻めてくるBETAを迎撃する事と、各ハイヴの個体数間引きに専念し、殆ど被害を出す事も無く時が過ぎて行った。時折空恐ろしくなる程順調に事態は進み、反攻準備ほぼ終了、2007年8月1日を持ってエスペランサ計画は第2段階へと移る事が決定する。
 BETAの動向が変化しないのが不気味ではあったが、人類はその不安を吹き飛ばすほどの希望に、胸が満ち溢れていた。
 そして、その希望を抱いたまま、人類反攻作戦――ハイヴ攻略作戦が始まる。








 行き成り2年も飛んじゃいます。この2年の間にも、色々な戦いや出会いがあるのですが、そこら辺を書いていくとそれこそ終わらなくなってしまうので。
 当初はもう少し飛び飛びで行く予定だったのに、此処に来るまでがここまで長くなったのは計算外でした。これもキャラが暴走したとでも言うのでしょうか……。
 以前から飛ぶ飛ぶ言っていましたが、此処からはほんとに結構飛びます。今回2年、後は各ハイヴ攻略戦を跨ぎ、数ヶ月単位で……その間の話も書きたいんですがね、気が向いたり、重要な話などは書くと思いますが……。
 余りしつこく書くのもあれですしね……その辺は読者様の好みか……。
 というか私の方の都合も多々あるので……その辺は御免なさい。

***

感謝の言葉
 読者の皆様方、どれ位の方が閲覧して下さっているかは判りませんが、何時も読んで下さり誠に有難う御座います。
 初めて書くというのに長編SSに挑んだ私が、分類としては色物系に入るであろうこの話を続けて行けるのは、第一に皆様の応援があればこそです。オルタ全盛期の時代に、あえてアンリミ以後の設定で書こうという物好きですからね。
 
 私は『Story Editor』で話を書いているのですが、この話の時点で換算してみたら。
 設定ノートから書き起こしている設定資料集が、現在607KB、約23000字。そして、本編の方が1,501KB、約684000字でした。後書きや空白で多少誤差が在るとはいえ、684000とは豪い数字です、400字詰め原稿用紙換算すれば1710枚……中学の時に読書感想文で3枚埋めるのに唸っていたあの頃からすれば信じられない数字です。
 感想を下さる読者様方に感謝致します。
 これからも、応援し続けてくれれば幸いです。まだまだ若輩ですが、こちらもそれに答えるだけの作品を書き続けたいと思いますので。

 過去に感想を下さった・読んでいて下さる全ての読者様に感謝を捧げつつ。



[1127] Re[18]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第92話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/27 19:46
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦




◇◇◇
ベンガル湾内
帝国連合艦隊
戦術機母艦【蒼龍】

 「もう直ぐ作戦開始か……」
 戦術機母艦の中、発進スタンバイが完了した武雷神の中で、武はシートに背を預けそのまま上を振り仰いだ。
 計画発動から今まで実に色々な事があった。苦労も多かったが、逆に喜びも多々存在した。その中を無事に戦ってこれたのは、激動する日々の中で常に自分を保ち得てこれたのは……傍らに常に頼もしい仲間が居たから、そして頼りになる戦友達が――何よりも愛しい人が……。
 冥夜と慧の事を忘れた事は無い、2人の事は今でも変わらず愛し想っているし、未だ見ぬ子供達の事も大切に想っている。しかし、3年近くも常に共に背を預け戦い続けた人の事も、比べられない程に大切であった。
 「我ながら結構いい加減だよな……冥夜、慧」
 苦笑いを浮かべて手元の皆琉神威と手首に巻いた黒いリストバンドを撫で触る。この2つは彼女達の代わりに何時も共に在った存在、根拠は無いのだがどんな時でも自分を守っていてくれているようで、例え戦術機の中に居ても手放せない存在だった。
 『作戦開始15分前です、各員は作戦内容の最終確認をお願いします。尚……』
 その時、オープンチャンネル内に通信が入る。エルファ・エルトゥール大尉――防衛基地でも武達他の戦域管制を担当してくれていた彼女、今回はHQ(ヘッドクオーター)で司令部付きの情報統制を行う。今回の作戦でも同じく、遊撃特殊部隊の戦域管制の役目も果たすと言うので、事前に顔を逢わせ挨拶をしていた。
 その声の余韻を聞きながらつい数十時間前の事を思い出していた武の耳に、別種の官能をくすぐる美しく透明感のある声が耳に入る。硬質で力強い意志を感じさせるその声は、武以外の者が聞けば甘やかな感とは無縁と思われるだろうが、その声の奥底に含まれる本質と、その声が自らの腕の中で奏でる艶やかな嬌声を知る武にとっては、彼女の声全てが何よりも極上の調べに感じられた。
 「武、準備は完了したか?」
 「真那。ああ、オールオッケーだぜ、問題無い」
 「そうか……。今回の戦い、最早言うことは無いだろう、後は万感を辞して事に当たるのみ」
 「そうだな、人類の力……思い知らせてやろうぜ!」
 月詠の声が己を後押しするように感じられるのは、月詠自身その会話で己を鼓舞しているからだろう。抑えきれない興奮と情熱が、互いの会話を介して煮えたぎる闘志へと変換される。この戦いに賭ける意気込みは誰もが同じ様なものだ、何せ人類の半分以上とも言われる力を結集した連合軍が行うハイヴ攻略戦。特に先鋒は、連合軍内でも精兵を集めた部隊が大多数だ。これに興奮を覚えずして何とするのか――特に今回は、不安要素に備え確実性を増す為と兵士達や民衆に向けて戦いを示す為に、多くの戦力を投入している。
 ……互いにその興奮の余韻に浸っているところに、今度は焔から部隊全体に通信が入った。
 「さて諸君、とうとう待ちに待った作戦開始の時間だ。此処まで2年という時を費やしたが、費やした時間に見合うだけの成果は上げられたと確信している。今日はそれを指し示す日、BETAどもに思い知らせる日だ、皆全力で暴れてきて欲しい」
 そこで一旦言葉を切る。焔自身も少しだけ興奮の色が隠せないようだ。普段冷静に見えながらも、芯は熱く滾るものを持っている彼女だ、武達と同じくこの戦いに際して色々な思い入れがあるのだろう。
 「作戦の詳細は覚えたな。軌道宇宙艦隊と戦艦の砲撃制圧後に、海軍部隊と揚陸艇部隊が旧バングラデシュに位置する海岸線からNWエリアに揚陸し橋頭堡を確保。後に戦術機甲部隊が揚陸を開始しNWエリアを一時制圧、幾つかの部隊がそこで戦線を構築する。その際に空挺輸送された戦術機部隊が強襲降下を行い、その降下部隊と他の部隊は、そのままWエリアに進攻・展開し戦線を確保。Wエリアへの部隊展開終了後、次はNEエリアに軌道降下兵団が降下、そのまま部隊を展開し、Wエリアの部隊と協力してNEエリアにも部隊を展開する」
 今回は陽動が目的なので、軌道降下兵団はハイヴに突入しないで、そのまま部隊展開して戦いに入る。
 「敵の大部分がWエリア方面(北側)に寄ったら、次いで西側に残っている敵を艦隊砲撃で排除しつつ、旧シットウェー辺りの海岸線を帝国海軍第15戦術機甲戦隊とアフリカ連合軍第10・11戦術機甲戦隊が制圧後に戦術機部隊を揚陸させる。お前達はこの時に出撃してもらうからな。
 Sエリア方面(南側)に上陸した戦術機部隊は、光線レーザー属の撃破を最優先にしてもらう。お前達には詳しく説明したが、凄乃皇がレーザー照射を受けると、ML機関に負荷が掛かり、それだけ稼働時間等に不安が出てくる。一応対策は十分に取ってはあるが念のためだ、虎の子の荷電粒子砲の発射回数確保の為にも、不安要素を取り去る為にも、凄乃皇へのレーザー照射は確実に阻止しろ、勿論他のBETAも近づけさせるな」
 この2年間の焔の改良によって、XG-70b凄乃皇弐型は実用段階まで漕ぎ着けることが出来た。
 最大の問題だったラザフォード場の多重干渉問題は解決したので、有人にするという案もあったのだが、操作の複雑性と多人数での連携問題などがあって、結局は無人機として運用する事となった。
 コクピット部分に、戦術機に搭載されているAIの強力版である学習済みコンピューターを6台、クラスター方式で互いの機能を補い合う様に調整して設置してある。このコンピューター制御と、人による遠隔制御を合わせて操縦しているのだ。
 優秀なコンピューター6台と人による遠隔制御で、より柔軟な対応が可能となり、荷電粒子砲発射直後などの電波障害時にも、予め設定しておいた独自の行動を円滑に行える性能を持つに至っている。
 また、更なる改良で、当初は無かった兵装やジェネレーター、逐電装置なども幾つか増設装備している。これらは、緊急時での近接防御の必要性や、ムアコック・レヒテ機関に対する負荷対策の為に増設された。
 「Sエリア方面の光線レーザー属を一掃した後に、先程確保した揚陸地点から凄乃皇弐型を進攻させる。凄乃皇が陸地に入ったら、先行で敵の掃討を行っていた直衛部隊を筆頭に帝国軍戦術機甲連隊を確保、そのまま国連軍第8戦術機甲師団とマレーシア連合軍戦術機甲2個連隊が射撃地点が周囲の護衛に入り、前面の敵を排除しつつ凄乃皇と共に進攻する。
 様々な実験で、BETAの特殊物質反応に対する反応優先度の格付けが高いと証明されている。グレイ・イレブンを動力源として使用しそれらの波動を放出する、凄乃皇のムアコック・レヒテ機関にも引き寄せられるだろう。その予想が外れたとしても、飛行する機体に超高性能コンピューターが6台、撃破優先度の格付け条件からして、陽動に掛かっていたBETA群も間違いなく凄乃皇に引き寄せられる筈だ。向かってくるであろう敵を凄乃皇の射線軸上に納めて一気に殲滅する」
 荷電粒子は発射後直ぐに拡散してしまうので、限界まで収束したとしても射程は限られてしまう。しかし、その欠点を補って余りある程に強力な兵器だ。G弾と違って直線にしか撃てない為に、使い勝手と言う面では難物かもしれないが、上手くすれば数十万のBETAを一気に殲滅できる威力を誇っている。
 「……と、すまん呼ばれている……それ以外も大丈夫だな。作戦開始後は逐次連絡できるか判らん、最初に言った通り、お前達には独自に動く裁量権と、私の権限で他の部隊を自由に動かせる権限を与えてある。これはお前達を信用しての判断だがくれぐれも無茶な事はするなよ、あくまでも緊急時の時の為だからな。……まっ、真那がいるから問題は無いだろうが、白銀……お前は注意しろよ」
 「なんで俺だけ注意するんですか……」
 「ふふ……。この2年で指揮官の心得を叩き込んだが、指揮能力はともかくとして態度が全然指揮官らしくならぬからな、心配にもなるだろう」
 ジト目で焔を見る武に、月詠が横から笑いを含んだ声で言う。武はこの2年間で、月詠や他の者から指揮官としての能力を徹底的に叩き込まされた、そのお陰で優秀と言うに足る程の指揮官能力を手に入れたのだが……いかんせん基が白銀武、堅苦しいのが嫌いで馴れ馴れしいわ、それが原因で威厳は感じられないわで、全然指揮官らしく無い。 焔は武の実力を解っているくせに、わざとそれを指摘して、揶揄してみせたのだ。
 「2人ともひでぇ……どうせ俺は指揮官らしく無いですよ」
 「はははは、まあ精進しな白銀。おっと、じゃあ私はこれで失礼する、頼むぞ2人とも」
 最後に軽く敬礼して通信は切れた。一瞬そこに静寂が訪れる。外部音声を遮断している戦術機の中は、通信を繋がなければ内部の音しか聞こえない。アイドリング状態で低く唸る主機エンジンの音が心を震わせていた。
 武はその静寂に浸った空気を吸い込むように軽く顎を上げて深呼吸する。薄く目を瞑り、様々な想いを反芻している武に、再度月詠の声が掛かった。
 「作戦開始まで後8分……我々人類が真に反撃に出る時だ」
 「ああ……勝とうぜ真那。此処まで来たんだ、これから先、例えどんな事があろうとも突き進もうぜ」
 「ふ……その言葉、2年前にも同じ様な事を聞いたぞ」
 「あれっ、そうだっけか?」
 首を傾げて昔を思い返す武を見て、月詠は微笑む。初志貫徹の心とでも言うのか、武の戦う姿勢は変わらない。勿論の事、内包する思いは日々成長している、それでも本質的な所は変わらないのだ。見方によっては愚直にも見えかねない姿勢だったが、月詠は、その志を貫き通そうとする眩しいまでの武の強さが好きだった。
 「まあ良い、私もお前に最後まで付き合ってやる。私達は最高の戦友だろう」
 「有難な真那……俺の背中、頼んだぜ」
 「ああ、任せておけ」
 2人の関係は現在恋人同士だが、それ以上に『無二の戦友』と言う間柄でその関係は結ばれている。戦友としての絆がより深いのは、冥夜やと慧の手前、月詠自身がとても深い深層域で、後ほんの一歩を踏み出せない事に起因しているのかもしれないが。
 とにかくこの3年、常に片時も離れずに過ごし、全ての戦場で背中を預け戦ってきた。
 3年も一緒に居ればお互いの深い所まで見えて来て、理解を深め合ったり、逆に酷い喧嘩をしたりもした。それでも今此処まで戦ってこれたのは、やはり互いを信頼しているから……共に命を預け合って戦う事は、魂を共有する事――それは時に、言葉を使って語り合う事よりもお互いが解り合える瞬間なのだから。
 それを繰り返してきた武と月詠の絆はとても強固なものとなっていたのだ。

 そのまま互いの目線が絡み合い、そこに和やかな雰囲気が広がって……。
 「はいはい、イチャイチャするのはそこまで。続きは作戦が終わって帰ってからお願いね」
 突然に柏木の映ったウィンドウディスプレイが乱入した。その顔は面白味を多分に含んだ笑いを浮かべている。恐らく前から静観していたのだろう。良いタイミングで乱入してきたのも狙っていたようだ。
 「柏木、そちらはもう良いのか?」
 「……で、あいつらの様子は?」
 しかし、月詠も武もこの2年で成長している。人間は、慣れて学習する生き物、様々な揶揄に身を晒され続ければ、流石に対応も出来るようになると言うものだ。満足な切り返しは性格上不可能だったが、極力気にしないで――ようするに無視して切り返すというテクニックを身に付けるに至った。唯、無視とは言ってもそれは表面上で内面では一応恥ずかしいのだ、顔や声はキリッとしているが、頬が若干赤味を帯びているのが良い証拠である。
 2人のその切り返しも最近は何時もの事なので、柏木は反応されなくても気にしなかったが。
 「七瀬ちゃん達は少し緊張気味だね、反応炉攻略部隊の先鋒を担うから無理ないと思うけど」
 「2年間の激戦を潜り抜けてきたあいつらの力なら大丈夫さ」
 「そうですわね。七瀬さん達は既に一流です、そう心配する事もないでしょう」
 柏木に続き、ヒュレイカと御無も通信を繋ぐ。彼女達には第2遊撃特殊部隊の方の様子を見てもらっていた。今回のバンコクハイヴ攻略戦では七瀬少尉達が先鋒となって反応炉攻略を行う手筈となっているので、それを気負ったり緊張していないか心配だったのだが……話を聞く分には問題は無いらしい。彼女達も2年の激戦と月詠達の猛特訓を受けて、既に一流の仲間入りを果たしていた。(月詠やヒュレイカに言わせればまだまだ甘いらしいが)
 「でも私達は大変だよね~」
 「あらあら響さん、大丈夫ですよ。もし通信が繋がらなくても、大抵の事はコンピューターの方にインプットしてありますから」
 「でもアトリエに突入するのは初めてなんですよ、中がどうなっているかも解らないし……」
 「響、その為に我々はこの半年、それらに関係する知識を叩き込まれてきたのだろう」
 「そうだよな……我ながら良く理解できたと思ったよ実際……」
 「あはははは、武は確認テストで赤点ばっかりだったからね」
 憮然とした表情でこの半年を振り返り溜息を吐く武に対し、柏木も武の辿った勉強漬けの日々を思い出しながら笑い出す。武達の甲17号ハイヴでの目標は、BETAの特殊物質精製プラント『アトリエ』である。凄乃皇の動力源であるG元素――グレイ・イレブンの確保は戦闘後でも可能だが、稼動状態にあるアトリエの調査チャンスは少ない。G元素の研究を推し進める為に、なんとしても成功させなければならない任務だ。今回のハイヴ攻略も、G元素を大量に獲得する為に態々ハイヴの成熟を待ち、尚且つ撃ち上げ周期を割り出してその寸前――特殊物質が多く溜まっているであろう時期を狙って攻略戦を仕掛けている。
 武達が別途にアトリエに突入するのは、アトリエが反応炉付近に存在するので反応炉爆破の余波で破壊されてしまわないかと懸念するのが1つ、もう1つは、アトリエの稼動状態時でのデータを取る為である。動力源である反応炉が破壊されればアトリエの機能は停止してしまう、なので反応炉破壊の前にアトリエに突入しデータを取る……というのが今回の武達の目的なのだ。
 また、厚木ハイヴ跡を研究して判明した事だが、反応炉付近の下層では通信が繋がり難くなったり途絶してしまう。今回は中継点も設ける事になっているし、埋め込み型の簡易中継装置や戦術機側の通信装置関係の強化など色々な対策を施しているが、どうやら下層のハイヴ外壁自体に通信を阻害する要素があるらしく、それでも不安の色は拭えなかった。
 それで焔は、以前からそれらを見越し念の為の措置として、武達にアトリエ調査に必要になりそうな知識を叩き込んだのである。多分に専門的な知識を多く含むので全て完璧にとまでは流石に行かないが、それでも調査に必要になりそうな位の知識を覚え込ませた。武達は実戦と訓練と教育の激務の合間に、これを覚えこんだのだ。武曰く、「実戦の方が何倍もマシ」と言わしめた恐怖の勉強時間だったそうである……合掌。
 因みに、甲17号ハイヴの構造情報は、厚木ハイヴで使われた地中音響探査装置を改造した物を使って調査した。多重反射音を調査し、そこから導き出した解析結果なので確実とは言えないが、それなりの信憑性を持っているのは確かだ。情報は少しでも貴重なので無いよりは在った方が良い。
 「まあ今となっては良い思い出だな。今日が本番、もしも通信が繋がらなかった時は俺の実力を見せてやるぜ」
 「へえ~、言うねぇ武、じゃあ本番では期待しとこうかな」
 「ああ、大いに期待しろ」
 2人は顔を見合わせて笑った、そしてそれを周囲で見る仲間達も苦笑している。
 気負いは無い、武達にとってこの戦いは1つの通過点に過ぎないのだから……こんな所で立ち止まる訳にはいかないと、負ける事など考えてもいなかったのだった。
 
***

 『HQ(ヘッドクォーター)より全部隊へ通達。作戦開始時刻となりました、これよりミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦を開始します。国連宇宙総軍及びアメリカ宇宙軍による、装甲駆逐艦からの軌道爆撃を開始、各艦隊は突入弾の第1次着弾に合わせAL砲弾の長距離飽和攻撃を開始して下さい』
 エルファの合図と共に、作戦が開始される。第1陣は宇宙総軍と戦艦による、対レーザー弾頭弾とAL砲弾の飽和攻撃だ。衛星軌道から降り注ぐ機動爆撃――極超音速の対レーザー弾頭弾を光線レーザー属が迎撃している隙と照射インターバルの時を狙い、艦隊からの飽和攻撃を仕掛ける。もし仮に、艦隊の攻撃を優先迎撃されても、機動爆撃の方が重金属雲に守られ敵に突き刺さる、2段構えの攻撃だ。
 重金属雲の発生展開を確認したら、宇宙軍は軌道爆撃戦艦による反復軌道爆撃を行い多目的運搬弾頭による面制圧、戦艦は各種砲弾による艦砲射撃と拡散弾頭搭載のロケットミサイル攻撃で地表のBETAを一掃する。
 その様は正に圧巻だ、初めてハイヴ攻略に参加する衛士達はその怒涛の攻撃に目を見張る様子だった。
 
◇◇◇
ベンガル湾内
作戦旗艦ヴァルキューレ

 「フェイズ1、順調に進行中です。地表展開中のBETA殲滅率75%確認、依然砲撃を続行中」
 激しく鳴り響く機会音と他の通信士の声の中、エルファの声が涼やかに響く。騒音の中でも何故かはっきりと聞こえる彼女のやや高めの声は、通信士として何よりも得がたい才能だ。
 「溜まっていた鬱憤を一気に吐き出したようだな。まあ……砲弾やらミサイルやらを腹一杯に溜め込んでいたのは事実だが」
 「久々の出番で張り切ってるんだろう。今回は勝てる可能性が高い事を皆知らされている、やる気にもなるだろうよ」
 「ふん……建前上可能性とは言っているが、余程の事が無ければほぼ確実に勝利できるさ。まあ、もしもの時は頼むがな、総指揮官どの」
 「ちっ……、戦艦乗りの砲弾屋は砲弾撃ってるだけで満足なのに何で私が総指揮官なんだ?」
 「腐るな腐るな、陸海軍の合同演習でも総合戦術シミュレーションでも無敗を誇る戦略家の癖に。それにお前は、ハイヴ攻略戦経験者だろう。適切な人材配置ってやつだよ」
 今回の作戦では、ハイヴ攻略戦経験者であるアリーシャが総指揮官に任命されている。本人は渋ったのだが、焔他数名にゴリ押しされ、渋々了承した次第だ。とは言っても、推薦される位で本人の指揮能力は高い。海だけではなく陸も空の戦力も十二分に活用できる指揮官は少ないだろう。
 後は乗艦の事もある。
 ヴァルキューレは特殊な戦艦で、元々実験目的の試験艦として製造された艦をアリーシャが気に入って、政府の許可の元で手を入れて旗艦にしてしまったのだ。因みに本当の旗艦はヴォータンの方で、名称が高神であるオーディンとなっているのがそれを窺わせる。
 彼女は性格は破天荒に近かったが、真面目で優秀な指揮官だった。その彼女が、他に類を見ない強引さでヴァルキューレの旗艦改造を願い出た――それ程にこの艦が気に入ったのだろう。当時アメリカに勧誘されていて他にも引く手数多だったアリーシャに対し、政府もその願いを強く断れなかったようだ。元々、更なる改造を施して前線配置する予定もあったので、そのまま改造を許可した次第だ。
 特殊試験戦艦と言う位で、その造りは独特なものとなっており、特に艦橋の造りはSFに出てくる宇宙戦艦のようで、艦長シートが中央にあり、その周囲に各種シートが広がって行くという特殊な形状をしている。今回の作戦に際して、凄乃皇の管制指揮所設置も含め、それらに手を入れて更にHQとして最適な造りに改造していた。

 「地表展開中のBETA殲滅率95%確認」
 それから暫くして再度エルファの報告が響く、地表展開中のBETAがほぼ一掃された。
 「よし、作戦をフェイズ2へ移す。アフリカ連合艦隊と極東国連艦隊を特出させ旧バングラデシュ海岸線付近を集中して面制圧。同時海岸線よりマレーシア連合海軍第3・第4戦術機甲戦隊及び国連海軍第2・第5戦術機甲戦隊が強襲揚陸し橋頭堡を確保。次いで極東国連軍第1戦術機甲個兵団及び国連軍第2戦術機甲兵団を揚陸、NWエリア海岸線付近の残敵を一掃しつつ戦線を構築させろ。
 戦線構築に併せてアフリカ連合軍第2戦術機甲兵団と帝国軍戦術機甲2個連隊、及びマレーシア連合軍第1・第2・第3戦術機甲師団も順次揚陸開始。EU軍第3・第4戦術機甲師団も今の内に強襲降下を行わせろ」
 海岸線に橋頭堡を確保した後、各部隊を順次揚陸させる。まずは国連部隊が揚陸してNWエリア海岸線側を一時制圧し戦線を構築、安全を確保した後に残り部隊を順次揚陸させる。その間、地表制圧で一時的に光線レーザー属が一掃された今を狙って、飛行輸送されて来たEU軍の強襲降下も行う。
 今回の戦いは参加する戦術機の数が膨大で、それに応じて戦術機母艦や揚陸艇の数も多くなる。更には輸送艦や補給艦、戦艦などもベンガル湾内に犇めき合う。後方配置される艦はいいが、進入口は限られてくるので前面に出る場合は混雑することが懸念されたのだ。なので、一部の部隊は飛行輸送と軌道降下での強襲降下で戦場に降り立つ事が決まった。飛行部隊がレーザー照射による攻撃を受けることも懸念されたが、面制圧時直後に援護を加え、戦場後方に降下すれば危険は少ないとされ、低空進入での即時降下・即時離脱での輸送が可決された。輸送機であるムリヤは、各国のものをより集めたものである。
 尚今回のハイヴ攻略戦は、凄乃皇の荷電粒子砲への陽動を主軸にした機動戦が主軸になる為に、足の遅い機甲部隊は参加していない。機甲部隊は内陸での戦いに備えて温存しておきたい事、戦艦が多いこと、戦術機部隊が多い事などが理由である。

 その後は、ゲートから新たなBETAが這い出してくるが、艦隊砲撃によって現在のところ地表にはそれほど多くのBETAが存在しない。揚陸後進攻を開始した各部隊は、艦隊砲撃の援護を受けながら被害無しでEエリアに戦線を構築し終える。
 更に後、Wエリアに戦線を構えた部隊以外は、NEエリアに進攻を開始する、同時……
 「国連宇宙軍第4軌道降下師団及びアメリカ軍第2降下師団(324)戦闘区域NEエリアに降着します。降着後NEエリアの敵を掃討しながら戦線を構築する予定です」
 軌道上を周回待機中であった宇宙軍から降下兵団が降着、そのままNEエリアの敵を掃討しながら戦線を構築させた。



[1127] Re[19]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第93話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/14 20:09
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦




 飽和攻撃による面制圧で地表のBETA個体数が10%以内に落ち込んでいた為に、旧バングラデシュ海岸線からの強襲揚陸は問題無く迅速に成功した。
 その後の戦術機部隊の上陸も殆ど被害無く成功。BETAが散逸的に襲ってきたがそれも問題無く殲滅し、付近のゲートから這い出てくるBETAも戦艦砲撃による集中砲火で蓋をした。
 そして揚陸と併せてEU軍も戦場後方に強襲降下を開始。輸送機であるムリヤが3機撃墜されたが、戦術機部隊は被害無く全て無事降下を終了する。
 これらの戦果は圧倒的な戦艦砲撃による援護の賜物でもあったが、それ以上に戦術機の性能、レーザー防御シールド、衛士の能力、そしてこの戦いに賭ける皆の心意気の結束力故であった。

◇◇◇
旧マグウェ管区跡
マレーシア連合軍第1戦術機甲師団

 『撃て撃て撃てぇー怯むなぁ! 我等が祖国を取り戻す為の一戦、その戦いで我等が遅れを取って何するものぞ。我等が祖国の上から憎きBETAどもの巣を排除するこの戦。我等に後を託して死んでいった先人達の為にも、身命を賭して戦い抜け!』
 『アルフヘイム大隊了解した。我等が心の内は皆1つよ!』
 『ミズガルズ大隊同じく』
 東部方面の戦術機隊の役目は囮となる事が第一なので、モニュメントが屹立するハイヴ中央付近よりやや離れた場所に戦線を構築して敵を迎撃していた。
 迫り来るBETA群に向けて各種射撃を繰り返す戦術機師団。膨大な砲弾援護に加え、戦術機や兵器の性能、それに伴う損耗率の低さも相俟って叩き出される嘗て無い人類の攻勢に、今や彼らの血気は最高潮に達している。 
 『ヘルヘイム1よりアースガルズ1へ。NW45ゲートより要撃グラップラー級200体、左翼10時方向より進攻中』
 『――アースガルズ1からヘルヘイム1へ。そいつは不味いからお前らにくれてやる。有り難く平らげろ』
 『ヘルヘイム1了解。腹を壊さない程度に料理して平らげる』
 ヘルヘイム大隊が10時方向に部隊を迎撃展開させていく。
 『ニヴルヘイム1よりアースガルズ1へ。NW41エリアより光線レーザー属接近、数凡そ70。どうする、砲撃援護の要請をするか?』
 『いらん、我等が蹂躙する。アースガルズ1よりシールド保持の各機、シールド構え。フィールド展開して突貫後蹂躙する、続けえぇぇ!』
 EFFレーザー防御シールドを構えた戦術機郡が、接近しつつあった光線レーザー属目掛けて突貫を開始する。幾らか距離が開いていたので光線レーザー属群もレーザー照射を行ってくるが、展開したフィールドでそれを防御。そして戦術機群はそのレーザー照射を押し切る形でそのまま前進接近、群れの中に飛び込み狩りを開始した。

◇◇◇
ベンガル湾内
作戦旗艦ヴァルキューレ

 「NW69ゲートより出現したレーザー級70、殲滅を確認」
 NWエリア方面の戦域管制を行っているオペレーターからの報告を受けて、戦域図でもそれを見ていた2人は薄く笑った。
 「マレーシア連合軍は張り切ってるね。ローテーションを組んでいるとは言っても、最初からあんな調子で最後まで持つのか疑問に思ってしまう程だな」
 「マレーシア連合軍の半数以上はユーラシア大陸に住んでいた人々。それに第1戦術機甲師団の連中はこのミャンマー周辺国の出身者が多い。彼等がこの戦いで張り切るのも無理は無いと言うことだろう」
 「それにしたって興奮しすぎだろうが。部隊指揮官であるアースガルズ1自らが陣形を飛び出して突貫するなぞ……気持ちはまあ分からないでもないが、熱くなり過ぎだな」
 「ふふふ、実害が出ていないのだ、まあその辺は多めに見てやれ。奴等とて一端の衛士、暫く経てば冷静に戻るだろう」 
 ユーラシア大陸出身者が大半を占めるマレーシア連合軍を筆頭に、やはりユーラシア大陸出身者が混じる国連軍及び極東国連軍の猛攻は凄まじかった。この後数時間の戦いを控えているというのに、ボルテージが上がり過ぎて飛ぶ鳥を落とす以上の勢いだ。
 まあそれも無理は無いのかも知れない。彼等にとってこの大地は祖国であり故郷。BETAに追われて逃げ出した当時の無念は、世代を超えても忘れ切れない程の悔しさを根付かせていたのだ。
 その大地を――故郷を取り戻す為の戦い。今回の戦いでは、ハイヴを攻略後に調査の為周辺を制圧する位で、その他の地域の制圧は行われないが、それでもハイヴを無くす事には大きな意味がある。
 そしてこの戦いが成功すれば、また新たなハイヴを攻略して、新たな土地を解放できる。
 この戦いは彼等にとってとても意味のある戦い、そしてその後の戦いを控えている、他の国の者達にとっても重要な戦いなのだ。
 また、これらの奮闘の原因の1つに、被害の少なさも関係している。
 豊富な戦艦砲撃による援護も重要な要素だが、それ以上に兵器の力、戦術機の性能、衛士の能力が上げられる。
 2年間の間に蓄積されたのは、戦力だけではない。その戦力を使う人間の訓練期間――即ち能力の上昇も重要なファクターだ。
 XM3の習熟――それこそがこの2年間で培われた大きな力だった。この2年で、武の目指した理想の機動は、そっくりそのままとまでは行かなかったが、広く一般にも浸透した。軍の教科書や操縦マニュアルが書き換えられ、既に世に出た衛士達もが武達のデータを基に再度の勉強や訓練を行う。それら2年前以前に行われた事が、今になって大きな実を結んでいる。戦術機は最早以前とは違い、ある程度の制限付きとはいえ、自由自在に動くマシーンだった。
 そして、それらを助勢する強力な兵器群、機体を擁護するレーザーシールドと装甲……兵器もともかくとして、レーザーを一時的にでも無力化できるシールドの存在は、衛士の戦法を激変させた。
 レーザー照射個体に向かっての突撃……昔の衛士達が聞いたら、ある意味正気を疑うような戦法だ。だがそれも、フィールド展開したシールドを構えてなら可能になる。補修できるとはいえ、それは戦闘中即時に可能なものではない、しからば防御制限のあるシールドを有効に使うには早期の撃破が一番……ということで考案、普及していった戦法だった。
 因みにこの戦法、考え出したというか一番初めに行ったのは武である。幾らシールドがあるとはいえ、レーザーに突っ込むというこの世界の非常識を上塗りするような非常識を行うのは、やはり発想が普通ではない証拠――違う世界、しいてはゲーム的思考というやつなのか?

 「戦術機部隊の全体損耗率、3%以下を維持。南部方面のBETA個体数減少。ゲートよりのBETA出現率も大幅に低下した模様。更に揚陸地点への補給地点の仮説を終了。部隊展開と戦線の構築、及びBETAへの陽動は成功です」
 「ではこれより作戦をフェイズ4へ移行する。マレーシア連合艦隊と帝国連合艦隊を特出させ、旧シットウェー跡付近の海岸線一帯を面制圧、後に帝国海軍第15戦術機甲戦隊及びアフリカ連合海軍第10・11戦術機甲戦隊に強襲揚陸を開始させろ」
 「了解」『――HQより全部隊へ通達、これより作戦をフェイズ4へ移行します。繰り返す、作戦をフェイズ4に移行。北部陽動部隊は現状維持のまま戦闘を続行して下さい。
 引き続きマレーシア連合艦隊、帝国連合艦隊各艦へ通達。当初の予定通り艦隊を前進させ、旧シットウェー跡付近海岸線一帯の面制圧を開始して下さい。繰り返す、旧シットウェー跡付近一帯の面制圧を開始して下さい』
 エルファの通達により、作戦はフェイズ4に移行。
 行われるのは最初の揚陸と同じような行程。
 戦艦砲撃によるAL砲弾と通常砲弾、各種弾頭搭載のロケットミサイルが海岸線一帯に降り注ぐ。陽動で唯でさえ少なくなっていたBETA群が、その攻撃で一時的に一掃され始める。

◇◇◇
ベンガル湾内
帝国連合艦隊
戦術機母艦【蒼龍】

 「北部方面の攻撃開始もやっとか……待つだけってのも結構焦れるよなぁ」
 「彼等には彼等の、我等には我等の役目がある、控えて力を蓄えておくのも兵法の1つだ。上陸すれば嫌でも戦い詰めになる、今は大人しくしていろ」
 フェイズ5に成長した甲17号ハイヴの地下茎構造スタブ水平到達半径は約51㎞に及ぶ、フェイズ5規模の水平到達半径は30㎞程と認識されているので、それに照らし合わせれば大きい方だといえるだろう。
 上陸から戦術機部隊を展開させるまでにも1時間以上の時間を必要とした。その間、武達も含めた南部から上陸する手筈の部隊は、ずっと戦況を見守りながらの待機状態……仲間が戦っている中でじっと待機しているのは意外と神経を使うものだ。
 武も月詠の言うことは身に沁みて解ってはいるのだが、生来の性格と大きな戦場の空気故に、その辺の心が興奮し、焦れていた。
 「いや解ってるんだけどな、こう……うずうずしてくるんだよ」
 「まったく、貴様は何時になっても……」
 「はははっ。まっ解らなくも無いけどね、自制しててもそんな気分になるのは皆同じさ。ねえ、響ちゃん?」
 「なんで私に振るんですか柏木大尉!?」
 憮然とした表情で返事を返す響に、柏木は何時もお得意の半笑いの表情だ。
 「いやいや、響ちゃんが待ち切れずに苛々と貧乏揺すりしてるなんてことはないよね……と」
 「ふふふふふ、響さんも武さんと同じですね」
 火に油を注ぐような行為を平然とのたまう柏木に加え、更に其処へ無意識に天然ガスを招き入れる音無。その結果は火を見るより明らかで……。
 「ウガーー!! か・し・わ・ぎ・大尉ーーー!!!」
 切れて爆発する響を見て、逆に心を和まされる武。若者達の相手をしていたヒュレイカも、その大声を聞いて口を歪ませた。
 その時――
 「ん……秘匿通信?」
 微笑を浮かべていたところ、武と月詠の2人に機密レベル最高度の秘匿通信が入る。2人は行き成りの事態にも慌てはしなかったが、若干の緊張を込めて表示されたその言葉を見詰めていた。
 やがて直ぐに通信が開く。
 「2人とも少し良いか?」
 「焔……何だ、緊急事態か?」
 「いや、そうじゃない。少し……お前らだけには話しておきたくてな」
 「俺達にだけ?」
 緊急事態という訳ではないのに、神妙な顔をして話す焔に、訝しげな表情を募らせる武と月詠。その2人に向かって、次いで紡がれた言葉に、疑問は更に深まった。最高レベルの秘匿通信を使ってまで話す事とは何事だろうと?
 「私が立案したエスペランサ計画……実はこの計画の成功率は余りにも低いのだ」
 「「!!」」
 その衝撃の一言に、2人の顔が抑えきれない驚愕に歪む。
 「成功率が低いって……」
 「今は順調だが、今後失敗する可能性が高いと言うことか?」
 「……まあ取り合えず、一番最初の難関は乗り越えたんで、最悪の事態になることは免れたが……」
 「一番最悪って……どういうことですか!?」 
 焦り訴える武。順調だと思われてた作戦の成否に、行き成り暗雲を投げ入れられたのだ、焦りが募るのも当然だろう。
 焔は、一旦呼吸を置くと神妙な顔をして語りだした。
 「元々この計画は、不明瞭な情報を元に、不確実な予想を立て、懸念が残る中で実行された、途轍もなく博打要素が高い計画だった。最初に言ってはおくが、博打と言っても、あの時点では一番人類が勝利する確立が高かった作戦だ。各国政府の者達には、如何にも勝率が高い完璧な作戦の様に誤魔化してあるが、計画の中心となる極少数の人物達はこれら全ての事情を承知した上で計画に賛同している。
 まあ、博打要素が高いといっても、それはBETAの動向に関してであって、人類が取るべき手段としては最高の計画だ。あのまま人類が済し崩しに疲弊して行くよりは、例え博打要素を含んではいても、一斉反攻に出るべきだと意見がほぼ一致した。当時の現状のままで行けば、そうそう何回も、大規模な反攻作戦は行えないと、皆解っていたのだろうからな」
 そのまま焔は話を続ける。
 「この計画で一番の問題となるのが、BETAの動向だ。BETAが此方の戦術を学習して対策を取られると、それだけ計画に支障が出てくる。一番最悪のパターンとしては、最初の準備が整わない、アフリカ大陸奪回と戦力増強の時点で高度な対応を取られる事だったが、そこは何とか乗り越えられた。
 取り合えず最初の準備は万態に整い、これで何時計画が破綻しても、博打に打って出る戦力と、最低限の防衛を行えるのだからな」
 「ちょっと待って下さい、何時計画が破綻してもって……」
 「そうだ。察しの通りこのエスペランサ計画は、最初のアフリカ大陸奪回以降は、何時か計画が破綻する事を前提に計画されている。BETAが此方の戦術に対応し始めるまで破壊できるだけハイヴを破壊し、最後にオリジナルハイヴ破壊という大博打に出る」
 「そんな無茶な! じゃあ、もしオリジナルハイヴを破壊してもBETAの動向が弱まらなかったら……」
 「その時はしょうがない……。残りの戦力で徹底抗戦にでるだけさ。例えG弾を使ったとしてもな――」
 焔は達観したように目を伏せる。そんな焔に向かって、武は食って掛かる。
 「例えG弾を使ったとして、人類の戦術に対応しだしたBETAを相手に総力戦で勝てるんですか!?」
 「武!!」
 半ば激昂し、通信越しに詰め寄らんばかりになっている武に向かって、肌を刺す鋭い言葉が飛んだ。武は、ハッとなって正気に戻る。   
 「真……那……」
 「お前とて解っていよう。各国首脳陣も、この計画が現状で取り得る最善の手だと納得したからこそ、発動に同意し協力した。人類にとり最大最善の好機は、恐らく今の時期が最後。例え博打交じりであったとしても、最も勝率の高い計画に、未だ残る人類の余力を注ぎ込み、勝利への道を掛けるしか手は無かった。
 それともお前は、人類の残りの余力を、生き延びる事を引き伸ばす為に使った方が良かったというのか?」
 「いいや違う…………。わりぃ……浮かれていた所に行き成り言われたんで混乱しちまった。そうだよな……例え博打交じりでも、あの当時から比べりゃ破格な好条件だもんな。人類の半分は力を合わせているし、ハイヴも幾つか攻略できる。上手くすりゃオリジナルハイヴも攻略できるし、それでBETAも弱体化するかもしれない……これ以上完璧を求めるのは贅沢ってもんだよな……」
 この世に完璧なものなど存在しない。どんなに完璧そうな計画でも、必ず何処かに綻びが存在する。
 ほんの以前までは対処療法的な対応しか取れなかった人類が、これだけの反攻を行えるまでに至った。エスペランサ計画が、人類を勝利に導く希望の光だと言う人物も多い。実際武も、そんな風なことを感じていた。
 だが実際には、この計画にも綻びがある。以前を思えば、これ以上を望むのは贅沢に過ぎるかもしれないが、やはり何処かで完璧を望む心を捨てきれないのだ。
 だが武は、その思いを振り切って現実を見る。過酷な現実を知る武は夢や夢想に溺れたりはしない。より良い未来を自らの手に掴む為には、自らが努力しなくてはならないことをこの世界に来て十二分に知り得たから。
 「俺達が出来るのは、今この時を精一杯戦い抜くことだけか……」
 「そうだな、BETAの動向や確率の問題に、我々が関与できる事は無い。ならば我等は、命続く限り戦い続けるのみ。例えどのような事態に陥ろうと、抗い続けようぞ」
 不透明なる未来……。だが、例えどのような事態になろうとも精一杯戦い抜こうと誓い合う2人だった。
 そんな2人を脇目に、焔は考える。
 (ま……最悪中の最悪の事態には多分ならんだろうからな)
 最悪中の最悪の事態とは、BETAがG元素を兵器に転用する事だ。G元素に関しては人類よりも詳しいBETAが、G元素を兵器に転用したら恐ろしい事になりかねない。
 しかし焔は、その心配は低いと予想している。
 数々の実験で、BETAがG元素を使用した反応に何よりも優先して強い反応を示す事が解った。そして、BETAが宇宙に打ち上げているものは、G元素を含む特殊物質だと予想する。
 BETAの反応優先順位の一番上にG元素が来ている事と、打ち上げの事実を合わせれば、BETAはG元素を含む特殊物質の材料やそのものを収集・精製し、それを何処かに運ぶ事を最優先最重要目的としていると考えられるのだ。また、ハイヴ建築に使われている事も解っているし、それ以外にも重要な用途があるだろうと考えられている。
 ……だとすれば、そんな優先順位が高い物質を、態々兵器に転用して消費する可能性は少ない。余程切羽詰ればその限りでは無いだろうが、当面は安全であろうと考える。
 楽観といえば楽観だが、凄乃皇を使わなければ勝てる確立は少ないので、やはり使うしか道は無い。
 取りあえずは、今回のフェイズ5ハイヴの調査でもっと詳しい事を調べなければ解らない。
 それ以外は、心もとないが、運を天に任せるしか道は無いのが現状……完璧と思える作戦の裏は、随分と綱渡りなのだから。
 焔とて完璧なる真実を追究する科学者、このような確率と運に任せた不鮮明な計画を、人類の救いの一手として推し進めるのは大変に不本意なのだ。
 だがしかし、これしか手が無いのもまた事実。オルタネイティブ4の実態を予測している焔からすれば、その手段を何とかして活用したいものだったが、横浜基地は既に無く、社霞程の強力なESP能力者も既に存在していない。
 ならば後は、現状で可能な手段を推し進めるしか道は無い。この計画が恐らく最後のチャンス……今の人類に残された余力は、余りにも少ないのだから――。 

***
数十分後

 『HQより帝国海軍第15戦術機甲戦隊及びアフリカ連合海軍第10・11戦術機甲戦隊、揚陸を開始して下さい。繰り返す、揚陸を開始して下さい』
 戦艦砲撃の面制圧で海岸線一帯のBETAが一掃された後に、海軍による揚陸作戦が開始される。A-6イントルーダー と、その帝国軍仕様の81式強襲歩行攻撃機【海神】(わだつみ)が、潜水母艦を離脱後に橋頭堡を確保するべく旧シットウェー跡付近海岸線の一部分を制圧して行く。東部方面への囮に加えて、面制圧によってBETAを一掃していた事もあり、そう大した時間も掛からない内に橋頭堡が確保された。
 『ドルフィン1よりHQ――揚陸地点を確保、繰り返す、揚陸地点確保!』

 「迅速だな……2年間シナイ半島防衛線の海域を守って来たのは伊達ではないという事か。――よし、我々も出るぞ。リフト上げろ、出撃準備!」
 月詠の命に従って、戦術機格納箇所下面のリフトが上がって行き、戦術機がその巨体を甲板上に晒しだす。
 各戦術機母艦は上陸の為に、海軍の跡に続いて陸地に接近していた。橋頭堡の確保も済んだので、自身等も出撃に備え迅速に準備を進める。戦術機が揚陸する場合、戦術機母艦で陸地に接近する時が一番危険なので注意は怠れない。
 「若人達、準備は良いか? いよいよ本番だが、戦闘自体は規模以外何時もと変化は無い、何時もの如く力を出せば大丈夫さ」
 「分かっています。チームを乱す事無く冷静に……ですね」
 「それで当面は十分さ、後は其処から臨機応変に戦って行けばいい」
 「了解しました。……行くわよ、みんな」
 ヒュレイカの言葉に、最後の心構えを己に叩き込む七瀬凛。そして発した隊長としての彼女の言葉に答え、部下である皆もそれに同調するように返事を返した。
 
 『クラブ1よりHQ――SW55ゲートを中心として光線レーザー属多数出現、支援要請請う! 敵はポイントSW-44-39を通過中、支援頼む!』
 『――HQ了解、全力射撃を行いますので……』
 『ホエール1よりHQ――S53のゲートからも光線レーザー属多数出現中! 支援砲撃を――』
 『戦術機母艦【鳳翔】敵のレーザー照射を受けています!』
 『各戦術機緊急発進、第2照射が来るまでに大至急発進させろ!』
 『マレーシア連合第1、第2艦隊、SW-44-40の光線レーザー属に向けて砲撃続行中』
 『くそっ……全力砲撃の後で砲弾装填が間に合わん!』
 普通はローテーションを組んで隙が出ないようにして砲撃を繰り返すのだが、部隊揚陸時に関しては一時的に敵の存在率を0に近くする為に全力砲撃を行う。勿論の事、それでも万が一に備えて予備砲撃隊を置いておくのだが……今回はBETAがまるでそれを狙ったかのように、全力射撃後の隙を突いて光線レーザー属を多数繰り出してきたのだ。
 『他部隊からも援護砲撃を回してもらえ! 着弾までの被害は目を瞑るしかないが……』
 『南部方面揚陸艦隊は現在揚陸地点に向けて最大戦速で進行中――』
 『第2照射来ます! 各艦艦載機は緊急発進の用意を!』
 SW55ゲートからの光線レーザー属群は予備に控えていた艦隊からの砲撃で何とか足止め出来てはいるが、S53のゲートから出現した光線レーザー属群は殆ど足止め出来てはいなかった。
 「戦術機部隊各員に通達、これより緊急発進を行う! 発進後は各隊の判断でレーザー照射をシールドで防御し、戦術機母艦の被害を防げ。後の戦いの為にも此処で被害を大きくする訳にはいかん、各員の健闘を祈る」
 上陸時に戦術機がレーザー照射をシールドで防ぐ……これも新たに考案された戦法だ。実際に東部方面の上陸時は、この方法で被害を減らせている。後の戦いの為にも、戦術機母艦を含め戦力を極力保ちたい人類にとっては有効な戦法だった。
 「全機発進せよ! HQ――フェンリル1発進する」
 『了解、御武運を』
 「よしっ、続け!」
 「七瀬、遅れるなよ」
 「解っています。HQ――ガルム1、続いて発進します」
 月詠の号令一閃、陸地目指して突撃して行く第28遊撃部隊。その後に、第2遊撃特殊部隊……コールサイン【ガルム】が戦術機母艦蒼龍の甲板より次々と飛び出す。そして、その2部隊の後を追うように、幾つもの戦術機部隊が陸地を目指し――または甲板上でレーザーシールドを構えて待機し始めた。

◇◇◇
ベンガル湾内
作戦旗艦ヴァルキューレ

 「出現した光線レーザー属の殲滅を確認。戦術機部隊の被害無し。揚陸艦隊被害は、戦術機母艦の轟沈4、大破7です」
 「北部方面と被害は同等だが、規模から比較すれば南部方面の被害の方が多くなるな」
 「それでも轟沈が4艦というのは今までに無い快挙だ。上陸に際して総沈没数10艦以内とは十分に誇っても良い数字だぞ」
 「確かにそうだがな……。まだまだ序の口、これで喜んでは居られんさ」
 戦域図に顔を向けながらの会話だったので、アリーシャには前方に陣取る焔の表情は窺えなかったが、彼女には焔が若干興奮しているように思えた。
 ……それが何故かと言うと何の事は無い、自分も何時の間にか武者震いを起こしていたからだ。
 この戦い、万全の構えを取っただけあって、過去の戦いとは一線を化す。厚木ハイヴ攻略戦に参加して、ハイヴの堅固なる牙城としての力を十二分に知っていたアリーシャにとっては、それが余計に強く感じられたのだ。そして、自分がそう思っているのなら、焔もそう思っているだろうと……過去ハイヴ攻略戦を共に戦った者としての根拠の無い共感だった。
 「南側方面に上陸した戦術機部隊が敵の掃討を開始しました」
 「続いて上陸地点への補給拠点構築を開始……」
 「NWフィールド上陸地点に帝国斯衛軍第13・15大隊が上陸。以後控えの部隊として待機します」
 現状、人類は優勢であった。



[1127] Re[20]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第94話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/27 19:48
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦




南部方面
フェンリル部隊
 
 「前方2時の方向に重光線レーザー級40補足したぜ」
 「11時方向より要塞フォート級も10体くるよ」
 『ガルム1、要塞フォート級は任せる』
 『了解。ガルム隊要塞フォート級へ向かいます。行くわよ!』
 『『『『『了解!』』』』』
 命令を受諾した七瀬少尉達が離れていく中、武達も眼前の敵に対応する。
 『フェンリル05、フォックス2』
 『フェンリル06、フォックス2』
 命令が無くとも、柏木と響が自己の判断で肩部電磁加熱砲より榴弾を発射。組んでから既に3年以上……お互いの考えている事は既に阿吽の呼吸で解っている。
 「フィールド展開、吶喊!」
 月詠の号令一閃、シールドを構えた武達が重光線レーザー級マグヌスルクスに向かって突き進む、4発の榴弾を最初に叩き込まれた集団に、結束力など望むべくも無い。結局何時もの如く、碌な反撃も受けずに蹂躙は成功した。人類の、ここ最近の対光線レーザー属戦略は、ほぼ完璧に機能している。
 『フェンリル02、フォックス1』
 『フェンリル03、フォックス1』
 射撃で、斬撃での蹂躙。敵中へ突貫し、レーザー照射を封じたマグヌスルクスを1分も経たない内に殲滅させた。その直ぐ後に、七瀬少尉からも連絡が入る。
 『こちらガルム01、要塞フォート級殲滅完了です』
 『フェンリル01了解』
 「さて……どうする?」
 「そろそろ残弾が厳しくなってきたからね、早めに補給に入った方が良いんじゃないかい」
 「10時の方向600m先に未開封の補給コンテナ群がありますわ」
 「それに少し休憩を取った方が良いと思うぜ。俺達はともかく、七瀬達が心配だ。まだまだ先は長いんだからな」
 ヒュレイカの意見を促すような質問に答えた3人の意見に、月詠はふむと黙考した――が直ぐに考えが纏まったらしい。
 「それも至言だな……」『よし、これより補給に向かう。到着後、順次補給を完了してから10分間の小休止だ――行くぞ』
 
***

 柏木は、戦術機背面のパイロンに装備した砲弾装填装置付きの弾薬ケースを腰部に下ろす。ケースの下部を開けて、そこから空になった砲弾袋を取り出してから、其処に新たな砲弾が詰まった砲弾袋を挿入した。
 肩部の電磁加熱砲は、砲身の前面への迫り出しを少なくする為に、稼動部を含め全体の半分程度が後方に迫り出す
 形で装備される。丁度自律誘導弾システムと同じような按配だ。勿論の事、作りもそれに適するように作られている。
 そして、弾薬はパイロンへ専用の弾薬ケースを装備する。この弾薬ケース内部には10発入りの砲弾を詰めた袋(袋といっても作りは確りしていて、曲がったりはしない)を装填する事が可能だ。弾薬ケースは2種類存在し、横2列と縦2列の40発の物、横2列と縦3列の60発の物がある。これらは装備の仕方の幅を広げるための措置で、例えば機動に重きを置く場合は、電磁加熱砲1門に、40発の弾薬ケースを1つ装備すれば良いし、迎撃砲台として運用する場合は電磁加熱砲2門に60発の弾薬ケースを2つ装備する……という按配だ。
 また、弾薬ラック上部に存在する、電磁過熱砲へ接続し、其処へ弾を装填するシステムによる弾の供給を左右で切り替える事と、内部へ詰めた砲弾の種類で、弾の撃ち分けも可能としている。
 純粋に滑腔砲として使う場合、砲身等の事を考慮しなければ途切れることの無い連続砲撃も可能という優れものだ。但し、砲弾を多く積むために機体が重くなることや、両肩の砲を同時に撃つ場合、反動の為に命中力が下がる事などを考慮しなければならない。

 『くそっ……倒しても倒しても切りが無い』
 『ほ~ん~と~でぇ~すぅ~。うじゃうじゃと出てきます~』
 横では先に補給を追えた煉矢とライラが愚痴を零していた。初めてのハイヴ戦、湯水のように湧き出てくるBETA群にやきもきしているのだろう。人間目に見えて効果が無いと、それを疑いたくなるものだ。
 『あなた達! まだ始まったばかりでしょう。もう少しシャキッとしなさい』
 『……そうですよ煉矢君。目に見えてないですが効果はちゃんと出ている筈です、頑張りましょう』
 『………………』
 しかしそれを、香織が叱り飛ばしミラーナが諭す。飛龍は1人傍観役に徹する。そこへ七瀬少尉が……
 『全員戦闘糧食と飲料の補給は迅速に。10分取っているとはいえ、何が起こるか解らない。時間は貴重よ……取れる内にパッパッとやって頂戴』
 愚痴り役と嗜め役と、傍観及び仲裁……そして纏め役と、実に良く出来たパーティー構成だ。
 
 その内に武達の補給も完了した様で、全員全周警戒のまま一時休息に入る。
 5分間も目を瞑って体を休めれば、火照った体を冷まし休ませる事が可能……これも長い戦いの間に培った技であった。
 『HQより南部方面各員へ通達。南部方面の光線レーザー属殲滅を確認、これより射撃地点の確保及び、SWエリアからの進攻ルート上の敵殲滅を開始して下さい。尚、射撃地点の確保は直衛部隊を筆頭に……』
 新たな命令を持って、小休止後に武達も行動に出る。
 「各方面の損耗率、低いみたいだね。まったく……あの当時からすれば夢のようだよ」
 「今回参加している部隊の多くは、第3世代戦術機か第4世代戦術機でありますから。特に南部方面の帝国軍とマレーシア軍は、その構成全てが第4世代戦術機です。損耗率の低さも頷けますわ」
 ヒュレイカは参戦年齢が低い為、若いながらユーラシア大陸でのハイヴ突入戦にも参加した事のある古参衛士だ。あの当時の酷い戦場の状況を肌で知る者として、1世代目の戦術機である撃震に搭乗していた者として……今のこの状況の変化を、かなり強く実感していたのだろう。
 実際全体の損耗率は低い、戦術機部隊のみの損耗率は4%を超えていない状況が続いている。また、破壊された機体からは殆どの衛士がベイルアウトしている為に、人的被害はそれよりも低い。更に脱出した衛士は海岸線の仮説補給基地まで後退し、其処で新たな機体を受け取って再度戦場に復帰している状況だ。
 「我等も負けてはいられんぞ。これより射撃地点の確保に向かう、行くぞ!」
 「――了解!」
 小休止が終わり、皆は新たなステージへ向かって行く。

***
Sエリア
射撃開始地点付近

 『フォックス3――バンディット9スプラッシュ!』
 『フォックス2――バンディット14スプラッシュ!』
 「敵部隊殲滅完了」『10時方向に突撃デストロイヤー級の一団を確認』
 『ガルム隊、迂回して回り込め。俺達は正面から行く!』
 『――了解』
 射撃開始地点付近の敵を順次一掃して行く武達、BETAはゲートから次々と這い出てくるので実質切りが無いのだが、やらないよりはやる方がマシだ。作戦に対する不安要素は少しでも排除しておきたい。
 「この辺は一掃したね」
 「ああ、次は射撃開始地点直下付近を中心にして南西側もだ。行けるか柏木?」
 「まだまだ問題無いよ」
 補給の途中、武の挑発に対しにやりと笑う柏木。月詠とは別の意味でこの2人もまた、意思の通った戦友であった。
 そして更なる戦いへと足を踏み出そうとしたその時、ふと通信の1つが聞こえてきた。その声は懐かしくもあり、聞き覚えのある声で……。
 『いーやっほーー!! 久々の大舞台、暴れるわよーー!』
 武と柏木はその叫び声を聞いて顔を見合わせる。
 「この声……」
 「速瀬大尉……!?」
 「そういえば凄乃皇の直衛部隊が何処の部隊か聞いていなかったな~」と心の中で思い返す白銀武。今日までアトリエ攻略の事で頭が一杯で、其処まで気が回っていなかった。武に知らせて来ない所を見ると、恐らく月詠も同様だろう。
 大丈夫だと気負いは無かった筈なのだが、そんなに大事な事を聞き逃していたとは……意外とプレッシャー掛かっていたのかなぁと思う武であった。まあ、焔がそれを知らせなかったのはきっと何時もの病気だろう。悪戯病。
 「懐かしいな……1年位前に通信で話して以来だからな」
 「生身では3年近く会っていないよ。あの時からね……」
 「そういえばそうだよなぁ……」
 2人は昔を懐かしむ。1年程前に通信越しで話した事があったが、実際には3年程会ってはいない。あの時の別れが、まさかこんなに長くなるとは夢にも思わなかった。
 「まっ、この戦いが終わればゆっくり会えるさ。だから気合入れようぜ柏木!」
 「そうだね。皆に会う為にも無事に勝利しないとね」
 この戦いが終われば会える時間もあるだろう……と武と柏木は考える。懐かしき面々に会う為にも、より一層気合を入れる2人であった。
 
◇◇◇
凄乃皇弐型、射撃地点直下
ヴァルキリーズ

 「いーやっほーー!! 久々の大舞台、暴れるわよーー!」
 「さっきから暴れまくってるじゃないか……」
 「速瀬、久々の晴れ舞台で浮かれるのは良いがフォーメーションは乱すなよ」
 「はいはい、解ってますって隊長どの」
 伊隅の命令通り、射撃地点直下に侵入した速瀬大尉は、宗像大尉の突っ込みも気にせず邁進する程に浮かれまくってはいたが、自分の役目は忘れてはいなかった。籠もったエネルギーを発散させつつ、自然にフォーメーションを組んで、実に鮮やかに敵を屠って行く。極自然に此処までのフォーメーションを取れる部隊錬度を叩き出すのは流石という事だろう。
 通称伊隅ヴァルキリーズ、個人戦闘力はともかくとして、部隊連携力は第28遊撃部隊に遅れを取ってはいない。今やアラスカ戦線でも屈指の実力部隊として知られる彼女等も、この戦いに参加していた。 
 「9時の方向、距離2000、混合キメラ級が中隊規模で接近中です!」
 「――珠瀬、風間、電磁加熱砲榴弾射撃。着弾と同時に制圧射撃を行い、残った敵は何時もの如く殲滅!」
 「「了解!」」
 珠瀬・風間が搭乗する業炎が装備した、両肩の電磁過熱砲より放たれる榴弾数発が敵に撃ち込まれる。次いで、数を減らし、隊列を乱した混合キメラ級への、突撃機関砲による制圧射撃。そして、その弾雨を掻い潜って来た残敵をコンビネーションで屠って行く。
 出現した当初は難敵と恐れられていた混合キメラ級だが、今では対処法が確立されている。手強いのは相変わらずで、接近されると対処し辛いのだが、其処さえ気を付ければ問題無い相手となっている。 もっともヴァルキリーズクラスの部隊にとっては、例え接近されても平気なようだが。
 ――そしてそのヴァルキリーズの中、たった1機で混合キメラ級を屠って行く者が1人。赤を主体とした機体色の武雷神は、恐ろしい程の剣裁きを持って煩雑な戦場の中を駆け巡っていた。
 向かって来る混合キメラ級を、ある個体は正面から、ある個体は脚部ブーストなどを活用して横に回り込みつつ斬り倒す……正に疾風迅雷を体現したような様相である。
 「相変わらず流石というしか無いわね」
 「ほんとだよね、ボク達も随分強くなったと思うけど……」
 「あそこまでの実力に到達するにはまだまだだわ」
 「ホントですね~。タマも頑張らないと……」
 その様相を見て感心する者達……内元207訓練小隊の者は、戦いの合間に感嘆していた。
 彼女達3人も、この3年間でかなりの実力を得ている。武から学び取った3次元機動、個人が持っていた特出型の才能、そして秘めていた潜在能力の発露……今では元からのヴァルキリーズの面々にも劣らない程の腕前を誇っていた。個人の適正や得手不得手もあるので、一概に実力の程を決定付けられるものではないが、恐らく伊隅と速瀬以外での平均値は同等だろう。
 しかし、その彼女達から見ても彼女――朝霧楓少佐の腕前は飛び抜けていた。
 五摂家に近く連なる身分の高い家系出身者で元教導体出身、一時は帝国斯衛軍の教導も務めていた実績もある。余り表に出てこない人物なので、その存在はそれ程有名ではないが、知る人は知る実力者の1人である。そんな彼女が何故遊撃部隊などに居たかと言うと、実は見合い話の件で実家と喧嘩になり、そのまま飛び出した(逃げ出した)のが原因らしい……実にどうでも良い話だが。
 とにかくその腕前は超一流……現在の武や月詠クラスと比べても遜色無い腕前だろう。
 敵殲滅が終わった後、その朝霧に伊隅が声を掛ける。
 「朝霧少佐、本当に私が隊長で宜しいので?」
 今回の戦い、ヴァルキリーズは凄乃皇の直衛を担当する事になったのだが、前衛の少なさを補う為に、朝霧楓少佐が臨時編入されている。彼女は真貴の補佐兼教導部隊の纏め役で、現在は月詠の代わりに第一守護大隊隊長を務めているのだが、第4世代戦術機を受け取った当時は同機体を所持しているのがヴァルキリーズだけだったので、彼女達に混じって訓練をこなす事が多々あった。今でもその名残として――自身の錬度を高める為に彼女達と共同で訓練する事がある為、連携は上々だ。
 それらの縁で今回、正式な将軍代行命令もあってヴァルキリーズの臨時編入隊員として参加したのである。
 その為、普段は涼宮茜中尉が状況に応じて強襲前衛ストライクバンガードを務めているが、今回彼女は強襲掃討ガン・スイーパーに徹し、朝霧少佐が強襲前衛ストライクバンガードの位置に入っている。
 伊隅少佐が質問したのは、朝霧少佐の方が先任で、尚且つ身分的にも経験的にも上を行っているからだった。軍隊の律に則れば、朝霧少佐が部隊指揮を取る方が理に適っていると……しかし、朝霧少佐はそれを微笑して否定した。
 「伊隅少佐。この部隊は貴女が率い、貴女が育ててきた部隊であり、皆さんは、貴女を信じ、貴女を慕っているからこそ迷い無く戦える……ヴァルキリーズの強さは、部隊自体が究極の1だからこそ。頭を挿げ替えて、体が今まで通りに動きましょうか? 将軍代行もそれが解っていたからこそ、私を部隊員として編入したのでしょう。貴女は今まで通り戦い続けなさい……伊隅の名を冠する戦乙女の部隊を率いて。――それとも、可愛い部下達の面倒を見切れなくて私に泣きつくのか?」
 優しげな雰囲気で諭すその声、それはヴァルキリーズという部隊を心から賞賛する想いが込められていた。そして最後に放たれる、高圧的で相手を見下す様な声――それには幾らかの笑いが含まれている。わざと相手を詰り貶める発言をする事で、逆に発破を掛ける、軍隊での常套手段だ。
 伊隅少佐もそれを理解し発言する。
 「はっ、いいえ少佐! 我が愛する部下達は何者にも代えがたい宝であります。この部隊に所属する限り、例え墓を立てる事でさえも、私がきっちりと始末を付ける次第です」
 「よし。では現在、指揮を取るべき人物は誰だ?」
 「私であります!」
 「では私の役割は何だ?」
 「部隊の一員として、勝利する為に戦う事であります!」
 「この部隊の名称は何だ?」
 「伊隅ヴァルキリーズであります!!」
 「よし。……という事で良いな」
 段々と声が大きくなった後、最後にまた優しげな声に戻る。その時には、相手であった伊隅少佐も顔に笑いを浮かべ、納得した表情をしていた。
 しかしその反面、周りの人……元207部隊と風間中尉は引いている。彼女達は優しい神宮司教官に育てられたので、こういう古きから伝わる軍隊式の遣り取りを知らない所為だろう。あまりの気迫に呆然気味になってしまっていた。
 「あ~あ~、みんな引いちゃってるわ」
 「仕方ない、神宮司教官の鬼軍曹っぷりは私達の代で潰えたからね」
 そして、そんな遣り取りを日常的に経験していた速瀬と宗像は、呆然となった皆を見て苦笑していた。
 『ヴァルキリー・マムより各機――SWエリア進攻ルートの敵掃討完了及び、射撃地点の制圧確保を確認。これよりA-02が戦場へ進攻を開始します』
 『HQより各員に通達します――これよりA-02がSWエリア制圧海岸線より上陸を開始。作戦はフェイズ5に移行――繰り返す、作戦はフェイズ5へ。各部隊はBETAの動向に注意を払って下さい……』






注*
*部隊構成員が少ない為、構成はあくまでも目安。場合によっては臨機応変に動く。
*第4世代戦術機は基本的に多目的追加装甲を装備しない。(機動性や機体防御力の高さ等により)
*ヴァルキリーズと朝霧少佐の乗機能力は、どれも同等。(焔特性、スペシャル個人カスタム)

特殊任務部隊A-01
ヴァルキリーズ
CP将校……涼宮遥大尉
01……伊隅みちる少佐:迎撃後衛(ガン・インターセプター)武雷神(黒)
02……速瀬水月大尉:突撃前衛(ストーム・バンガード)霧風
03……宗像美冴大尉:迎撃後衛(ガン・インターセプター)叢雲
04……風間梼子先任中尉:制圧支援(ブラスト・ガード)業炎
05……涼宮茜中尉:強襲掃討(ガン・スイーパー)叢雲

06……榊千鶴中尉:打撃支援(ラッシュガード)叢雲
07……珠瀬千姫中尉:砲撃支援(インパクトガード)業炎
08……鎧衣美琴中尉:強襲掃討(ガンスイーパー)叢雲

臨時編入
09……朝霧楓少佐:強襲前衛(ストライク・バンガード)武雷神(赤)

*先頭の者が隊長
A分隊……01、02、05
B分隊……09、03、04
C分隊……06、07、08

A小隊……01、02、03、04
B小隊……06、05、07、08、(09) 



[1127] Re[21]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第95話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/26 18:43
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦




◇◇◇
ベンガル湾内
作戦旗艦ヴァルキューレ

 「SW-24-19の敵殲滅を確認、光線レーザー属の影、ありません」
 「マレーシア連合軍戦術機甲2個連隊、A-02進攻路の敵掃討を完了。制圧待機に入り、A-02進攻時の両翼掃討を担当します」
 「涼宮大尉、ヴァルキリーズは?」
 「射撃地点の敵掃討終了を確認、以後制圧地点確保に努めます」
 「よし――焔」
 アリーシャは各方面からの報告を聞き、頃合かと焔に意見を振る。その焔は、不適な顔で言った。
 「良い塩梅だな――では、凄乃皇弐型を発進させる」『各員、スタンバイは完了しているな?』
 別室に設えた、凄乃皇制御室に通信を繋ぎ確認を取る。その返事は「問題無し」だ。何時もは戦いに加われずに歯痒い思いを抱いていた研究員やオペレーターなどは、自分が実戦に直接関係できるとあって、各員の士気は高い。
 『よし、ではML(ムアコック・レヒテ)機関機動――凄乃皇弐型、発進!』
 『A-02発進します――各艦は当初のマニュアルに則り……』
 『ML機関、正常稼動中。出力安定、重力制御機関安定作動……』
 艦隊の後ろ側に曳航されていた、凄乃皇弐型が起動する。ML機関に火を入れられた凄乃皇弐型は、安定した飛行を行いながら、上陸地点へ向かって進攻していく。
 一応此処で、一般の兵達にも知らされている凄乃皇の説明を簡単にして置く……
 以前にも説明した通り、凄乃皇弐型は、ムアコック・レヒテ型抗重力機関から発生する重力場でBETAのレーザーを無効化し、重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用した、荷電粒子砲による攻撃でハイヴを殲滅する。
 姿勢制御と機動は、型抗重力機関によって形成される『ラザフォード場(フィールド)』と呼ばれる重力場によって制御され、このラザフォード場が重力偏重によって機体をも守っている。逆に言えば、戦術機もこのフィールドに触れないように気を付けなければならない。
 発射される荷電粒子砲は一種の運動エネルギー兵器で、イオン化した微細粒子を、電気的、磁気的に加速と収束を繰り返して撃ち出す事で、標的を熱と衝撃で破壊する仕組みである。
 射出されたイオン流が射線上の空気と衝突することで、可視光線を含む大量の電磁波が撒き散らされる。そして、電荷を持ったイオンが高速移動することで、射線周囲の一定範囲に強力な磁界が発生する。つまり、射線軸に隣接する一定の範囲は、とんでもない出力の電子レンジと同じ状態となるので、戦術機も搭乗する人間も近付くのは大変危険だと言う事だ。
 また、荷電粒子砲発射時は機体より後ろに居れば安全だが、発射時の反動を打ち消す為に、かなり大きいラザフォード場が機体真後ろに発生するので、その地点は危険区域となる。
 以上が、一般の兵達にも説明されている内容だ。
 進攻する雄大な様を見ていた各艦の艦長や乗員たちは、説明を受けた新兵器の雄々しきその勇姿に、抑えきれない大きな期待を抱くのであった。

 『ヴァルキリー・マムより各機――SWエリアの敵掃討完了及び、射撃地点の制圧確保を確認。これよりA-02が戦場へ進攻を開始します』
 『HQより各員に通達します――これよりA-02がSWエリア制圧海岸線より上陸を開始。作戦はフェイズ5に移行――繰り返す、作戦はフェイズ5へ。各部隊はBETAの動向に注意を払って下さい。A-02上陸後、SWエリア方面の各隊は、当初の予定通り、A-02の防衛に入って下さい』
 『南部方面を担当している砲撃艦隊は、光線レーザー属の出現に注意を払え。進攻方面のゲート制圧も抜かるなよ』
 一通り命令を下したアリーシャは、シートに身を預け戦況を見詰める。そして戦況図を見詰め何度か無言で目線を動かしたかと思うと、エルファに命令を出す。
 「SWエリア海岸線で待機している、王立国教騎士団第8・第10大隊と女王近衛隊第3大隊を、A-02進攻に併せて前線に移動させろ」
 海岸線では幾つかの控えの部隊が待機している。これらの部隊は、緊急時等に投入する為に配置された部隊だ。人類が優勢になるだろうとはいえ何が起こるか解らない、余力のあり強力な部隊を遊軍として配置しておくのは当然の事だ。
 凄乃皇の戦域進入に伴って、BETAがどのような反応をしてくるか解らない為、もしもの時に備え待機していた王立国教騎士団を移動させる。
 
◇◇◇
南部方面
フェンリル部隊

 『フェンリル06、フォックス1』
 05式突撃機関砲から撃ち出される36㎜爆裂弾の一斉射は、迫り来ていた潜伏ピット・フォール級群の肉体に着弾し、その内部で破裂する。爆発の余波を煽り受け、表層で焼却し切らなかった嫌らしい色彩をした肉片と体液が飛び散り、撃った本人である響が搭乗する、叢雲の前方に撒き散らされた。
 「うえ~、相変わらず気持ち悪い~」
 「確かに、生理的嫌悪感は拭えないよね」
 「そうですよね柏木大尉! ああ……我慢は出来るんですけど、やっぱり苦手な物は苦手なんです~」
 敵がやられる様を見ていた響は、嫌悪感に身を震わせる。戦士として我慢する事は出来るのだが、やはり苦手な物は苦手だった。特にそれが超巨大で、尚且つ撃破した時に体液や肉片を撒き散らす様なんかはもう……。
 「お前って、ゴキブリは平気なんだよな。なんで蜘蛛は苦手なんだ……そう言えば蟷螂もあんまり好きじゃないって言うし」
 そんな風に身を震わせる響に対し疑問の声を上げるのは武。以前の騒動で判った事だが、彼女はゴキブリは全然平気らしかった……なのに蜘蛛や蟷螂が苦手なのはこれ如何に?
 「お姉ちゃんが嫌いだったんですよ。蜘蛛はお姉ちゃんに引き摺られて私も元々大嫌いだったんですけど、蟷螂は……」
 「蟷螂は……?」
 「お兄ちゃんが私達に蟷螂の卵を悪戯で……」
 「あ、あー……いい、大体解ったから」
 嫌なことを思い出そうとする表情で語る響の話を途中まで聞いて、武はその後の展開が読めてしまった。なるほど全ての元凶はこの世界の自分かと――例え世界が違っても同一人物、思考回路は似ていたらしい。
 向こうの世界でも、子供の頃に同じ様な悪戯をした記憶が存在した。
 「ま……まあ頑張れ。ほ……ほら、新しい敵が来たぞ!」
 「う~~」
 自分がやった訳ではないのだが、同じ様な事をした記憶がある為に微妙な罪悪感に蝕まれ、誤魔化す様に敵の接近報告を促す。それを響は、頬を膨らませ憮然とした表情で睨んでいるのだった。

◇◇◇
凄乃皇弐型、射撃地点直下
ヴァルキリーズ

 『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー各機。A-02は現在、旧ヤンゴン管区下ビルマ跡を東北東へ進攻中。それに際し、北部方面のBETA群が転進を開始、A-02のML機関に引き寄せられている模様。BETA群の増加に注意しつつ、射撃地点の確保に尽力されたし。尚、これ以降ヴルキューレ艦隊が射撃地点の支援砲撃に専念――ゲートから出現するBETAへの対策に、ゲート封鎖砲撃を頻繁に行うので注意されたし。支援砲撃要請は逐次受け付けるのでお気軽に……との伝言事です』
 「太っ腹な総指揮官さんだ。同じ戦乙女の名を冠する者として感謝しなきゃね」
 「射撃地点確保の為に艦隊を1つ丸ごと使うなんて、確かに太っ腹ね」
 「それだけ凄乃皇が期待されてるって事だよね。ボク達も頑張らなきゃ!」
 射撃地点確保は最優先されなければならない。宗像大尉や委員長が言ったように、艦隊1つを支援砲撃に回すのは大袈裟に過ぎるかもしれないが、美琴が言っている事も間違いではないのだ。
 BETAが転進してきている現在、ゲートからの増援――出現個体数も多くなることは確実となる為、用心に用心を重ねる。
 「よし、各員流入してくるBETAどもを片っ端から撃破して行くぞ!」
 「――了解!」
 伊隅の号令に従い、各員は警戒態勢を取るが……
 「振動……?」
 誰とも無しに声を上げる。
 戦術機には振動を消去するスウェイキャンセラーが装備されているのだが、第4世代戦術機乗りはそれを弱めている事が多い。発案……と言うか最初に行ったのはやはり武で、「振動が無いと、どうもタイミングを掴み辛い」と言うのが理由だった。元々振動などの体感を売りにするバルジャーノンに慣れていた所為もあったのだろうが、武は振動でタイミングを取っている節が結構多い。関節の軋みや、着地の振動具合などだ。その為、臨場感というか、生の情報を肌で感じる為にスウェイキャンセラーを弱めてしまっている。因みに、完全に切ってしまわないのは、操縦の邪魔になる大きな振動をカットする為、振動が操縦の邪魔になれば元も子もないからだ。
 感じた振動はどんどん大きくなる。振動センサーが大きく反応し、やがて弱めたスウェイキャンセラーが作動するまでに至る。
 「地中からの振動反応確認!」
 「――この固有振動は!」
 「――音紋照合確認、BETAです!」
 茜中尉が声を上げ、続いて探査能力の高い業炎に乗る風間中尉とタマが音源を確認し声を張り上げる。
 「――センサー測定限界……識別フィルタに掛けられない密度です!」
 「ってことは6万以上!」
 従来型の第3世代戦術機のセンサー測定限界は4万だが、第4世代戦術機のセンサーは6万までを同時識別できる。
 そのセンサーが測定限界という事は、振動発生源が6万以上あると言うこと。タマの報告に速瀬大尉が思わず声を荒げてしまうのも頷けてしまう。
 そんな皆を叱咤鼓舞するが如く、伊隅隊長の命令が響き渡る。
 「各機、迎撃準備、分隊ごとに背中合わせになり全周警戒!」
  
◇◇◇
ベンガル湾内
作戦旗艦ヴァルキューレ

 「SWエリア地下より、大規模な振動を感知。振動発生数計測不能!」
 『HQよりA-02護衛部隊に通達。コード991、コード991!』
 「くっ……地下を掘り進んでくるとはな――新たな対応をされる事は予想されていた事態だが、実際にやられると脅威だな」
 「ああ……、バンコクハイヴの地下茎構造スタブ水平到達半径は約51㎞、ゲートだけではなく、その全ての場所からBETAが出現するとなれば……」
 交錯する報告の中、BETAの新たな戦法に歯噛みするアリーシャと焔。BETAが地下を掘り進んで何処からでも出現するとなれば、ゲートだけに注意を払うわけには行かなくなる。地下茎構造スタブの到達半径全てから、BETAが出現する可能性があるのだ。
 「――ちっ……王立国教騎士団を戦線に投入させろ!」
 「既に移動を開始しています!」
 『射撃地点付近にBETA群、地下より出現。数6万以上!』
 「ヴァルキリーズ応戦開始。ヴァルキューレ艦隊各艦、全力支援砲撃開始しました!」
 その時、更に報告が入る。
 「A-02後方地下に、更なるBETA固有振動計測。振動発生数多数……その数6万を超えています!」
 『きゃあああぁぁ!!』
 『うわああぁ、来るなっ来るなーー!』
 『ぎゃぁあああ!!』
 『くそっ、各隊円周陣形を崩すな! 撃ちまくれぇ!!』
 突如響き渡り錯綜する、阿鼻叫喚と命令の声。直下からの奇襲に、国連軍第8師団はその一部を食い破られる。各隊長が果敢にも部隊を纏めようと必死になってはいるが、突然の奇襲による混乱で、それもままなっていなかった。
 「国連太平洋艦隊とEU連合艦隊の一部をSWエリア支援に切り替えさせろ」
 「――ですがそれでは北部方面の援護が薄く……」
 「構わん、ここでSWエリアの状況を崩す訳にはいかん。それに北部のBETA群も西部に反転している」
 「了解――」
 アリーシャは頷くオペレーターの1人から、エルファや遥に視線を移す。
 「王立国教騎士団は?」
 「駄目です。移動中ですが、出現したBETAが道を塞いで進行が困難です!」
 「射撃地点付近地下からの後続に光線レーザー属を多数確認、他の部隊はそちらの対応で……」
 「く……やつら、まだこんなに光線レーザー属を温存していたのか」
 焔が忌々しげに呟く眼前、戦域図の中に光線レーザー属の反応光点が増大していく。他の部隊は、そちらの対応に手一杯で国連軍の助けにまで手が割けそうに無い。
 アリーシャは、交戦中の国連軍第8師団に直接通信を繋ぐ。
 『第8師団! 戦線の維持は放棄して構わない、部隊を纏めて後退させろ、被害を抑える事に専念しろ!』
 その命令に、各部隊長達の一部は至近の衛士を纏めて後退戦へ移ろうと準備を始める。しかしそれでも、大部分が混乱している中での動きは遅々として進まなかった。
 それらを戦況図で見て手詰まりか……そう思いかけたとき――。
 「大気圏より再突入殻リエントリーシェルの突入を確認。数145、降下してきます!」
 「なにっ!!」
 「馬鹿なっ!!」
 エルファの報告に思わず耳を疑うアリーシャと焔。報告したエルファ当人も若干の困惑顔だ。
 今回の作戦で、再突入殻リエントリーシェルの突入は1度しか行われないことになっている。ならば今降下してきているのは……
 「何処の部隊だ……予定には無いぞ?」
 「反応は?」
 「――来ていません、所属部隊不明。SWエリア――第8師団交戦地付近に降着する模様」
 その間にも再突入殻リエントリーシェルはどんどん高度を下げて地表に近付いてきている。そしてとうとう分離が始まる。
 「再突入殻リエントリーシェル分離」 
 『HQよりSWエリアで交戦中の各隊に通達――再突入殻リエントリーシェル落着の衝撃と破片に備えよ。繰り返す、衝撃と破片に注意せよ』
 「データリンク繋がりました、照合終了……これは――!!」
 あるオペレーターの驚愕の声、それと同じくして、分離後に露になったその機体群が最大望遠で映し出され、オペレーター2人の声が重なった。
 「「カリバーン、武雷神!!」」
 「照合終了。降下部隊は、帝国斯衛軍第一・第二守護大隊及び、王立国教騎士団女王近衛隊第1・第4大隊と判明。――尚、征夷大将軍代行とイギリス王女殿下の機体反応も確認」
 「なんだと!」
 焔が驚くように、情報が映されたディスプレイを凝視する。其処には確かに、2人の機体反応が表示されていた。それを確認するや否や、自分が持っている通信機でダイレクトに通信を繋ぐ。
 通信画面に、自信に満ちた表情をした壮年男性の姿が映し出された。
 『真貴! 貴様こんな所に何しに来た!』
 『何をしに? 帝国の衛士が……いや、それ以前に世界中の衛士達が力を募らせるこの場――私が部隊を率いてやってくる目的など1つしかないではないか』
 『それ位は解ってる、だがお前は将軍代行だろう。その身に掛かる重さを知らぬ訳ではあるまい』
 『無論承知の上だ――私とてその辺の分別は弁えている。だがな焔、私が安全な場所で事態を傍観している男ではない事をお前は十分に知っているだろう』
 笑いながら言うその真貴の発言に、焔が半分納得し、半分呆れ果てる。自己の重要性を知りながらも、尚引かないで同じ立場に立とうとする誠実なるその心。時には思慮が足りないとも言われかねないその行為だが、彼はその辺のリスクを全て承知して動いているのだから始末が悪い。まあ――その高潔で、万人を平等と考えられる心を持ち、尚且つ計算高い裏の顔をも有する……だからこそ、将軍代行に任じられたのだが。
 『再突入殻リエントリーシェル落着します――各員は衝撃と破片に注意せよ。繰り返す、衝撃と破片に備えよ』
 話の途中で、再突入殻リエントリーシェルの落着が始まる。空に広がる重金属雲を切り裂いて、灼熱に染まった弾丸は、第8師団を蹂躙していたBETA群の後方へ突き刺さっていく。
 爆砕する地面と、吹き飛ばされるBETA群。落着の振動と衝撃と破片は、第8師団に襲い掛かっていたBETA群を一時的に混乱に陥れた。
 そしてその隙を逃す衛士達ではない。例え混乱の中にあっても、冷静に状況を見定めながら指揮を執っていた部隊長達は、すかさず混乱した部隊を纏めに掛かる。
 その間にも焔と真貴の会話は続いていた。
 『それに――私と同じ考えの人物がもう1人いたようだ』
 『衛星軌道上で鉢合わせしてな、どうせならばと御一緒させて頂いた。……久方ぶりだな焔博士』
 真貴が移るディスプレイの横に、新たに移された顔――イギリス王女クレアは、久方ぶりに再会した焔に、嬉しげに挨拶を行った。
 この2人――2人が2人とも同じ様な理由で宇宙に上がり、其処でお互い鉢合わせした。そして目的の一致を知って、共に降下してきたという訳だ。類は友を呼ぶと言うが、正しく至言だろう。
 そんな遣り取りの中で、真貴達も地表に降着する。
 武雷神、カリバーン、ブレトワルダの各機が、爆砕の衝撃で穴の開いたBETA群の中へ降り立った。
 降り立つ以前――空中から既に攻撃を始めていた各衛士達。精鋭中の精鋭が集まるこの部隊が、有象無象のBETA群に止められる筈も無く、周囲のBETAは次々と撃破されていく。
 『さあ、命令をアリーシャ総指揮官殿。今此処で我々は、衛士としての役割を果たすのみ。例え祖国から離れようとも、日の国の民が抱く武士の魂は潰えることあたはず。今此処で、我等の力を篤と示そうぞ――さあ、存分に使われよ』
 『我々王立国教騎士団も同様です――地球の為に戦う事こそが、牽いては我が祖国の為と成り得る。なれば私達は今此処でその力を奮い示しましょう。さあ……命令を』
 胸を張り、威風堂々と紡がれるその言葉。命令を受ける身としては些か態度が大きい感も拭えないが、その中には熱き……熱き想いが込められており、アリーシャ達はその意志に心打たれた。
 『くっくっくっくっ……いいね、馬鹿なやつは大好きだ。しかも掛け値なしの大馬鹿は特にな……。良いだろう、せっかく許可を貰ったんだから、馬車馬の如く扱き使ってやる。お偉いさんを扱き使う機会なんて、滅多に無いからな!』
 楽しげな笑い顔から心機一転、その表情が優秀なる指揮官のそれに切り替わる。
 『帝国斯衛軍第一・第二守護大隊!』
 『『『はっ!』』』
 『1部隊ずつに分かれ両翼を楔一型アローヘッド・ワンで突破、第8師団とBETA群との接触面に平面機動挟撃フラットシザースを仕掛け、両軍を分断せよ!』
 『承った』『承りました』
 『王立国教騎士団女王近衛隊第1・第4大隊!』
 『『『はっ!』』』
 『鶴翼陣フォ-メーション・ウィングで敵を後方から圧迫、敵の注意を惹きつつ片っ端から撃破しろ!』
 『『『了解』』』
 両部隊は早速フォーメーションを取って、与えられた命令を実行していく。
 『敵分断がある程度成されたら、精密支援砲撃を敢行する。弾着に注意しつつ敵分断殲滅を続行――完全分断後に制圧砲撃と合わせ敵を殲滅!』
 『『了解』』
 命令を受諾した両部隊は恐ろしいスピードで陣形を構築し、眼前のBETA群に襲い掛かっていった。



[1127] Re[22]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第96話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/27 19:49
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦




◇◇◇
SWエリア、旧ヤンゴン管区下ビルマ跡

 国連軍第8戦術機甲師団に襲い掛かっていた膨大な数のBETA群の後ろから、疾風怒濤の様相で襲い掛かる王立国教騎士団女王近衛隊。
 集中砲撃で数が減っているとはいえ、BETA群は未だ万単位で存在する。しかしそれにもかかわらず、2大隊プラス1機の75機の戦術機群は、鶴翼陣を取りつつ敵と相対し、反対に押し込む勢いだ。
 見敵必殺――数の差に怯みもせず、とにかく目に付くBETAを片っ端から撃破していくその戦闘能力は、選定された剣の名目に相応しかった。
 
 「はあああぁぁっ!」
 裂帛の気合と合わせて舞うは、黄金の煌めきを随所に交えた白銀の騎士。展開する部隊の中央付近に身を構え、雲霞の如く押し寄せるBETA群を撃破し続けていた。
 王立国教騎士団の戦術機――外見は元のままだが、中身は第4世代戦術機と成り代わっている。騎士の外観は騎士団の象徴でもあるので、武雷神の外部装甲を取り替え、その分のバランスを調整したのがこれらの機体だ。
 性能も、元々の機体と同じ様相になっており、通常の第4世代戦術機に例えればロンゴミアントは改造機、カリバーンが高改造機という所だ。そしてブレトワルダは、焔が手を入れ監修した専用機仕様となっている。
 第4世代戦術機に乗り換え、王立国教騎士団の戦闘能力はますますグレードが上がっていた。
 「王女殿下! 張り切るのは良いのですが、御身の重要性も考慮して下さいませ」
 敵を屠り続ける機体に向かって、新たな1機が近寄ってくる。隣に立って、恐ろしい程美しく素早い剣技を繰り出すその機体は、白銀の煌きの随所に、目も覚めるような鮮烈な赤を交えた機体であった。
 「その位理解してるよソーニャ、無理はしていない。そもそも、偉大な4人の師に鍛えられているこの私が、この程度で如何にかなると本当に思っているのか?」
 「それは……思ってはいませんが……」
 女王近衛隊第1大隊隊長にして赤薔薇の騎士、ソーニャ・ルウェリン大佐(28歳)は、線の細いその表情を歪めた。彼女とて、クレア王女が自己の重要性を理解し、分別を弁えている事を十分理解している。そして、彼女が自身を持つその腕前も――。
 何より、クレア王女を心身共に鍛え育てて来たのは、自分達薔薇の騎士4人なのだ。我が子同然に愛しみ、彼女の全てを信頼し誇りに思っている。この程度で如何にかなるなどとは、微塵も思っていない――それは世間で言う親の贔屓目というやつだろう……まあ、だからこそ同時に心配でもあるのだが。
 「そうだろう、ならば心配するな。なに……大丈夫だ、私には優秀な仲間達が大勢いる。最高級の騎士もついているしな」
 クレア王女は、ソーニャのそんな葛藤を解ったかのように彼女を見詰め不適に言った。
 そのセリフを聞いて、ソーニャの顔が綻ぶ。4騎士筆頭と目される腕前を持つが、背も低い部類で線も細い為に、一見すると華奢な様に見えがちな人物……だが、彼女は間違い無く包容力溢れる女性であり、歴戦の勇姿だった。彼女が王女を見詰める目には、積み上げられた年月の重みが濃縮されており、その慈しみを込めた暖かな眼光を直視したクレア王女は何もかもを見透かされた気分になり、気恥ずかしげにそっぽを向いてしまった。
 「……援軍が来た。スターニアが……」
 王女がソーニャから目を逸らした時、彼女の機体の隣へ、長槍を振り回す紫を交えたブレトワルダが飛び込んでくる。
 そしてそれに続くように通信が繋がった。
 「いやいや……こんな異郷の地で薔薇の騎士が3人も集うとは感慨深いものがあるね。女王陛下の守護はいいのかい?」
 「女王陛下の許可は貰っています。この状況下で滅多な事は起こらないでしょうし、向こうには他の騎士達もいますから」
 「それに……ベアトリスも一応……」
 「ああ……ベアトリスが留守番してるのか。まあ妥当かな、子供の世話もあるしね」
 薔薇の騎士最後の1人、女王近衛隊第2大隊隊長、ベアトリス・ウィンザーは現在34歳で子持ちの女性だ。夫は既に戦死している為、周囲の協力の元で子供を育てている。子供がいる為に、基本的には本拠地に常駐していて、防衛基地に派遣された事も1度しかなかった。
 「そう言う事だ。さて……援軍も来たことだ、もう少し派手に暴れよう」
 「敵部隊反転中……注意を引く事には成功……」
 クレア王女達の奮戦によって、第8師団を襲おうと前に動いていたBETA群の半数近くが反転しつつあった。
 しかし囮の役目を果たしているとはいえ、暴れる機会を得た彼女達がそれだけで満足するはずも無い。スターニアが引き連れて来た3大隊も加わり、騎士達の突撃は止まらない――。

◇◇◇
凄乃皇弐型、射撃地点直下
ヴァルキリーズ
援軍降下時~

 「将軍代行!! ……くっ、私をヴァルキリーズに付けたのはこの為の布石ですね」
 降着した守護隊と御剣真貴の反応を見て、朝霧少佐は何かに納得し臍を噛んだ。
 ヴァルキリーズへ随行してのハイヴ攻略戦参加命令を受け、価値ある戦いに参戦できることを喜び感謝してはいたが……まさかこんな裏があろうとは思わなんだ。将軍代行の歯止め役も兼ねている補佐の1人である自分……ぶっちゃけ彼に真っ向から意見を述べて諌められるのは自分だけなのだ。他の者では強引で話術巧みな彼に言い切られるので、何時しかそれが朝霧の役目になっていたのだが……自分を先に戦いに参加させておき、後から参戦してくるとは。
 「まったく……仕方ない御人だ」
 呆れたように呟くが、既に起こってしまった事は仕方ない。
 (守護隊――神代、巴、戎美も付いていますし……大丈夫だと思いましょう)
 優秀な護り役達の事を思へば、そうそう滅多な事は起こるまいと考える。真貴自身にしても超一流の腕前を持つので、憂いはするが厭う程でもない。
 悩ましげな吐息を一寸吐き出した後に、朝霧は気持ちを切り替えて戦闘に集中して行くのだった。

 「各機――敵の数が多い、分隊単位で対処しろ!」
 敵が煩雑に入り乱れる現状、纏まって動くのは得策ではないと判断し、分隊単位での行動に移る。3機連携での3分隊連携は、犇きあいながら襲い来るBETA群の隙間を縫って、次々と撃破を繰り返していく。
 『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ。北部方面で反転した敵の進行速度を考慮し、A-02の進攻航程に変更は無し、予測到達時間までに射撃地点の再制圧を完了せよ。尚、更なる支援砲撃を送るので注意されたしのこと』
 「無茶を言ってくれるわね」
 「ほんとよね、この数の敵を時間までに殲滅しろだなんて」
 「それだけ信頼されてるってことさ。私達は信頼には戦果で答えないとね」
 「おっ、良い事言うわね宗像。その通りよみんな――私達ヴァルキリーズの力を存分に見せ付けるチャンス、目一杯派手に暴れるわよぉ!」
 広義的に見ればピンチの状態なのだが、興奮する速瀬大尉にとって今は、絶好のシチュエーションだった。彼女はこの程度の事での気後れなど寸分も無い、逆に今こそが活躍の時と逆に張り切っている。そしてそれは、愚痴を言った千鶴や茜を含め、部隊全体の総意であった。
 「速瀬の言うとおりだ。帝国軍とマレーシア連合軍は後続で出現してくる光線レーザー属の相手を優先している為に当分此方に回ってこられない。待機中だったハイヴ突入部隊が援軍の為に此方に向かっているが、それまでは私達だけで奮戦するぞ」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」
 力強い意志と共に、たった9機での更なる戦いが続けられる。

***
◇◇◇
凄乃皇弐型、射撃地点直下

 「07、フォックス2」
 「05――バンディットスプラッシュ!」
 コンピューターが標的にナンバーを振る間も無い程に敵が押し寄せてくる中、ヴァルキリーズ各員はとにかく片っ端から敵を撃破して行く。
 武器を幾つ使い潰したかも解らない。支援砲撃要請で多目的運搬弾頭による補給コンテナ投下を行ってもらい、その武器をも活用して戦い続けていく。
 「4時方向より、狩猟者ハンター級200接近!」
 「C分隊、任せる!」
 「「「了解!」」」
 「8時方向からも、混合キメラ級来ます。数90」
 「くっ、いい加減切りが無い……」
 「どうした茜、もう降参かなぁ?」
 愚痴を漏らした茜中尉に向かって、速瀬大尉が揶揄するよう気楽気に喋る。しかし、顔は笑ってはいるが目が笑ってはいない。幾ら強気でも、この状況下にあっては流石に真剣に成らざるを得ないのだ。
 ヴァルキリーズが幾ら強くても、雲霞の如く押し寄せるBETA群を切りも無く相手にしていては、段々と疲れが溜まってくるのは必然。数の暴力は、歴然たる実力差をも覆すもの。
 「もう少しの辛抱だ、あと10分もすればハイヴ突入部隊が此方に到着する。光線レーザー属の出現率も減っているので、そちらを相手取っている部隊も時期に此方へ回ってくるだろう。ここが踏ん張り所だぞ」
 段々と焦燥し始めている部隊員を元気付かせるように、伊隅も明るい調子を取って発言する。地下から現れたBETA群も集中的な支援砲撃で、既に1万程度に数が減っていた。援軍も向かってきている現状、厳しいのは後少しの辛抱だと。
 「ヴァルキリーズ各機、我等の力を示せ! 後10分、此処を死守するぞ!!」
 「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」
 積み上げられたBETAの死骸をバリケードに上手く利用し、BETAの突撃を分断妨害しつつ戦っていく。BETAの中で特に厄介なのは、機動力と攻撃力の高い混合キメラ級と殲滅ジェノサイダー級だ。数自体は従来型BETAよりも少ないので、その2種の突撃と連携を妨害するだけでかなり戦い易くなる。
 しかしながら、それでも余裕がなくなってきた。ゲートの封鎖砲撃を行っている筈なのに、BETAの総数が増大してきている。砲撃などで分散していたBETA郡が、凄乃皇の進路上である地点目掛けて集結しているらしく、一時的に存在密度が上がってきているらしい。
 「伊隅隊長! BETAが集結してきています!」
 「耐えろ! 我々が此処でBETAの注意を惹かなければ、進攻中のA-02へ向かう敵の数が増大する!」
 そうなれば、部隊か砲撃を他の場所から割り振らなければならなくなる。現状で安定している戦局を崩す事態にはしたくは無い。なにより、自分達の弱音でそれを起こすなど。
 「でも、敵の数が多すぎるよっ」
 「弱音を吐くんじゃない! 後少し……意地を見せろ!」
 「あっ……速瀬大尉っ!!」
 美琴の悲鳴に近い声に速瀬大尉が叱咤激励を飛ばしたその時、千姫の悲鳴に近い警告が響き渡る。
 障害物となった突撃デストロイヤー級の死骸の向こう側から、殲滅ジェノサイダー級が4体、羽を広げて空中から踊りかかってきた。
 「ちいぃっ!」
 咄嗟に突撃機関砲を向けて斉射する。
 速瀬とて決して油断していた訳ではない、しかし蓄積した疲労は如何ともし難く、敵発見に続く初動の遅れとそれに続くコンマ数瞬秒の反応の低下は、致命的な一瞬を生み出した。
 先頭にいた2体に通常弾である劣化ウラン弾を撃ち込み、惰性で踊りかかってきた片方の1体を右腕に握った04式近接戦闘長刀で薙ぎ払う。そのまま右腕を引き戻し、パイロンに装備した36㎜機関砲で残りの2体を撃ち落そうとするが……。
 (不味った……)
 折り重なっていた為に、前方の1体が盾になって後方のもう1体を殺しきれなかった、左腕に保持した05式突撃機関砲を再度発射しようとするが、間に合うかは微妙だ。例え間に合っても惰性で攻撃される可能性もある。
 しかしそれでも速瀬水月は諦めない、こんな所でヘマをする心算は毛頭無かった。
 周囲の者は自己の対応もあり、一瞬の攻防に手を出す暇も無い。
 両者が激突しかけたその時……
 漆黒の雷神が躍り込んできた――。
 今正に、速瀬機に飛びかかろうとする殲滅ジェノサイダー級の真横に、円盤状の物体が高速で突き刺さる。体勢を崩され空中で吹き飛ばされたその個体は、飛び込んできた漆黒の機体に一刀両断され死に果てた。
 「なっ……!」
 「えっ……!」
 そのまま、投げ飛ばした烈風を回収しながら着地する機体を、戦いながらもやや呆気に取られ見詰める面々。余りの激戦にレーダーを見る暇もなく戦っていたので、予定に無かった突然の友軍到着に驚きを隠せなかった。
 しかし敵は彼等の戸惑いを待ってはくれない。新たなBETAが次々と押し寄せる。
 速瀬も体勢を立て直し、迫り来る殲滅ジェノサイダー級への対応を再開した。
 その速瀬機の後ろを護るように戦い始める漆黒の機体――武雷神。恐ろしいまでの技量に速瀬が感嘆している中、その機体から通信が繋がった。
 「どうしたんすか速瀬大尉、らしくないじゃないですか?」
 「白銀!!」
 「武さん!」「白銀!」「武!」
 驚愕する速瀬大尉に続き、元207――榊千鶴、珠瀬千姫、鎧衣美琴の驚愕の声も響き渡る。
 「よっ……久しぶりだなみんな」
 そんな皆に向かって、武は久しぶりという感は全く見せず、お気軽に返事を返してみせる。
 その相変わらずである変わらない武に、3人は懐かしさに泣き笑いの表情で相好を崩す。
 なんと言っても約3年ぶりの再会、あの一時の別れと思い別行動を取った時から、実にそれだけの年月が流れたのだ。感傷に浸る事も仕方が無いのであろう……。
 しかし、忘れてはならないが此処は戦場。
 「まあ……積もる話は色々あるけどな、今は戦いに専念しようぜ。この戦いが終わったら、護衛任務の合間に飽きる程語り尽くせるからな」
 その武の言葉で3人も我を取り戻すように頷き返事を返す。ハイヴ攻略後には内部調査が行われる、ヴァルキリーズも、今の言葉からして恐らく武も調査団の護衛として参加する筈だ。哨戒任務と任務外時間には余暇があるので、語り尽くす時間は存分にある。だからこそ、今は再開の喜びに浸るより、衛士としての任務を果たすのが第一。
 武は戦いながら、隊長各である2人に新たに通信を繋ぐ。
 「伊隅少佐、お久しぶりです。それに朝霧少佐も、怪我が無事に治って何よりです――朝霧少佐がヴァルキリーズに参加しているなんて思いもしませんでしたよ」
 「本当に久々だな白銀」
 「ふふ……私も久方ぶりに会えて嬉しいです。他の者も元気ですか?」
 「ええ、皆後から来ます。……っと、伊隅少佐、隊長に代わり報告します。第28遊撃部隊、唯今よりヴァルキリーズの援護に入ります。共にA-02射撃開始までに、この地点を制圧死守しましょう」
 「ヴァルキリーズ了解した。貴殿達の援護に厚く感謝する」
 お互いに再開を噛み締めあう3人。朝霧とは鮎川の事など色々と語り尽くしたい事もあったが、両者心得ている風にそれも今は一時後に回す。そして伊隅少佐に、わざと形式ばった口調で援護の旨伝える武。
 その言は、言内に「派手に暴れてやりましょう」という暗喩を多大に含んでいた。
 伊隅もそれが解ったのか、半苦笑を混じえ隠した真面目な表情で敬礼を返すのだった。 



[1127] Re[23]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第97話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/27 19:50
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


◇◇◇
凄乃皇弐型、射撃地点直下

 (戦い易い……相当腕を上げたわね、白銀)
 一時の2機連携エレメント。速瀬水月は、飛び込んで来た武と一時背中を合わせ戦っていた。
 その最中で感じたのは、自身の動き易さ――戦い易さ。武が無理無く自分に合わせてくれているので、淀みや停滞なく思う通りの行動がとれるのだ。
 そして更に大きな要因が、絶対的な安心感。武の戦闘能力や技量もそうだが、不可思議にも感じる大きな『何か』――オーラの様なものが、限りない確信を生み出していく。彼に背中を預けていれば、絶対に安心だと言う……前方だけに集中していれば、それだけで事足りる様な――
 (ダメダメダメッ! 何考えてるの私の馬鹿)
 速瀬は首を振って、浮かんできた考えを打ち消した。
 危なかった、戦闘中に恍惚としてしまうなど……。
 しかしそれ程に、今の白銀武は頼もしかった。再開したばかりだが、技量はともかく放つ感じが絶対的に昔と違う。心・技・体の全てにおいて成長した事を言外に窺わせる、圧倒的な存在感を放っていた。性格は余り変わって無さそうだが……。
 殲滅ジェノサイダー級の残りを平らげた後、弾層が残り少ないのを見て白銀に言う。
 「白銀、弾層補給に行くから後お願い」
 「了解、此処はどうします?」
 「C分隊カバーに入れ、空いた所は各分隊間連携で対処しろ!」
 「「「了解!」」」「了解」
 都合が良かったのか態々気を回したかは不明だが、伊隅隊長の粋な命令によって、C分隊の3人が武の元に集まる。
 「白銀……行けるわね?」
 「おおよ! 元207小隊……久々のチーム結集だぜ!」
 「それも、パワーアップしたね」
 「行きましょう、武さん!」
 2名欠けてはいるが、元207小隊が一時結成される。そのまま分隊は、群がってくる小型種を撃ち払いながら、2時方向より進攻してくる小隊規模の大型BETA群を指標する。
 「どうする委員長?」
 「そうね……こんなのはどうかしら?」
 疑問も何も無く、指揮官は榊千鶴が担当する。そして彼女は、聞かれた答えに一瞬の黙考をもって答えを出した。コクピット内ディスプレイに示されたフォーメーションと簡易説明に、武達が見聞き入る。
 「おお……堅実かと思いきや、委員長も意外と過激になったな」
 「そりゃ毎日色々あったから、私だって成長しているわよ。この作戦も、確実性があっての提案よ」
 「ああ、俺も幾らか勉強したしそれ位は解る……。鎧衣とタマもいいか?」
 「ボクは何でもOKだよ」
 「タマも千鶴さんの作戦なら……武さんもいますし」
 直ぐ様、作戦に対する全員の了解は得られた。千鶴は、久し振りだから態々確認を取ってみたのだが、皆の皆に対する信頼は、これっぽっちも薄れてはいなかった。それを確認して、皆の顔は綻んだ。
 「よっしゃ。207小隊、行くぜ!」
 「解ったわ!」「はいっ!」「OKだよ!」
 4人は、3年前当時のノリをもって突っ込んで行く。
 最初に行動したのはタマ。業炎が両肩に装備する電磁過熱砲から、迫り来るBETA集団に向かって榴弾を撃ち放つ。
 「ヴァルキリー07、フォックス2!」
 その放たれた榴弾は、集団の中に飛び込み爆散。爆発と破片によって乱れ広がった場所に、武が斬り込み蹂躙を開始する。
 飛び込み様に袈裟懸け一刀、返す刀で更に一刀。そして主腕を返し上げた状態で腰部突撃機関砲を前面斉射し薙ぎ払う。
 そこへ、両側から飛び掛ってくる殲滅ジェノサイダー級と混合キメラ級。
 「やらせないよっ!」
 しかし、武の後続に続いた美琴による射撃が見舞われその2体も撃ち倒される。
 「白銀、10時方向開けるわ!」
 「了解! タマっ頼むぜ」
 「――行きます!」
 そして次々と敵を屠って行く4人。
 委員長がその判断能力を駆使して最良の道を開き、そこに武が斬り込み、美琴が援護に続く、そしてその工程をタマの攻撃でカバーする。お互いの得意分野を生かした、進撃し続ける事を主とした攻撃型の陣形。
 だがこれは、逆を言えば止まると危険な陣形だ。陣形とは得てしてそういうものだが、互いの行動を相互補完する事を前提として組み立てられている為に、4人の誰の行動が滞っても危険率が跳ね上がる――互いの能力を信頼し、迷いが無いからこそ行える……そんな攻撃方法。
 「邪魔ぁ……委員長!」
 「フォックス1!」
 しかし武達4人は、そんな危険を感じもせず、水を得た魚の様に突き進み蹂躙する。
 委員長が射撃で開いた穴に突っ込みつつ、武が進攻上にいた殲滅ジェノサイダー級を、爪を出したパイルバンカーで殴り飛ばし、更にそのままパイロンへ装備した36㎜機関砲で前面を薙ぎ払う。そしてその背面を護る、美琴の射撃が振りまかれ――連携に次ぐ突撃で、瞬く間に60体近く存在した、小隊規模の大型BETA群を喰らい尽くした。 
 「うっしゃ!」
 「ほんと……相当腕を上げたみたいね白銀」
 敵を掃討した後、ガッツポーズを決める武に、悔しさを表層に出ない所に練りこみながら感心したように言う委員長。実際、自分達が武の動きに付いて行けなくて、武が3人の動きに合わせて行動していた。自分達も相当に強くなった自身はあったが、武の成長はそれを遥かに超えていた。
 しかし武は、相変わらずなんでもないかのように笑って言う。
 「いやいや、委員長達の実力も相当なもんだぜ。俺の周りには凄ぇ奴等が沢山居たけど、それに負けず劣らずの実力だよ。正に世界トップレベルってやつだ」
 「そうかな~、そう言われると嬉しいけど……でもやっぱり武は凄いよ!」
 「そうですよ! 武さんはやっぱり凄いです!」
 「ふふふ……でも、そんな白銀に褒められるのは、悪い気はしないわね」
 白銀武の周囲に集った衛士は、正しくトップレベル。そんなレベルの衛士達と肩を並べて戦ってきた武が見てとっても、委員長達の能力は引けを取っていなかった。
 そして委員長達も、武の能力を最高級として感じた。自分達はあそこまでの位階には辿り着いていない――が、その場所に居る武からの賞賛は、素直に嬉しかった。自分達が少し届かなくても、武が認めてくれている位置に存在するという事に。
 実際……今まで結構不安だったのだ。
 厚木ハイヴ攻略戦こっち、武達の活躍や噂話は良く耳に入ってくる。そんな中、仲間として信頼を結んだ自分達が置いていかれたら如何しようかと……。同部隊内で凌ぎを削ったライバルとしての対抗心もあり、そんな気に駆られ、武の噂に煽られ励まされるように、一所懸命に努力を次ぎ込んできた。そうしてその成果が実り、未だ武と対等な位置に居ると証明されたのだ。嬉しくない筈が無い。
 「おやおや~、生意気言っちゃって。先輩を差し置いてトップレベルとはどういう了見ですかぁ~」
 「そうよ千鶴! 私だって負けていないんだからね!」
 ……とそこで横槍が入る。速瀬は先輩としてのプライドを擽られ、茜は同門である榊達との対抗心から……。同等に戦場を駆け抜け、共に切磋琢磨してきた彼女等からしてみればの意見だ。
 「勿論大尉達の実力もトップレベルと言って遜色無いですよ。流麗たるオーロラが輝き広がる中、アラスカ雪原に舞い踊る戦乙女――こっちまで噂が届いてますよ、伊隅ヴァルキリーズの活躍は」
 「それはそれは……光栄だね」
 「ですが……その微妙に恥ずかしいフレーズは誰が付けたのでしょうか?」
 苦笑する宗像大尉と首を傾げ言う風間中尉に、横から涼宮中尉がぼそっと。
 「そのフレーズ、前に速瀬大尉が広報の人に喋ってた……」
 全員の目が速瀬大尉に集まる。
 「いやぁ……はは……。だってこう……箔を付けないと……。謳い文句は大事よねぇ~」
 「ほほう……貴様は何時から部隊広報の面倒まで見る事になったのだ、私に断りも無く?」
 「え……いや、えーと……私達の様な綺麗所が活躍すれば、人気も出るし士気も高まるかな~~なんて……ダメ?」
 「帰ったら覚えておけ。地獄の訓練メニューと懲罰を与えてやる」
 「あああ……御免なさい伊隅隊長、出来心だったんです~」
 戦闘しながら目を逸らすという、微妙に器用な事をやりながら、伊隅の質問を誤魔化そうと必死に言い訳する速瀬水月。しかしながら、やはりと言うか何と言うか、言い訳は通らずに撃沈。必死の懇願も虚しく、帰還後の懲罰が決定してしまった。

 今の遣り取りも含め、全員の気持ちが和らぐ。
 先程までは切羽詰った状態で、今尚激戦の中に身を置いているのに……。
 切っ掛けは白銀武だ。彼が来ただけで、マイナスに傾いていた感情や士気が回復し、場の空気を和らげ盛り上げていく。戦闘能力も見るべきものだが、こんな風に――無意識にでも……場の空気を盛り上げる事が出来る能力こそが、白銀武の大きな魅力の1つなのかもしれない。

 『武』
 「お……真那」
 そこで、部隊内通信に新たな通信が繋がる。
 武は、月詠の登場に幾らか顔を綻ばした。
 しかしながら、今の遣り取りは様々な問題を引き起こす。
 「……武?」
 「……真那?」
 ボソッとした呟きが複数、聞こえない様に聞こえた。
 武と月詠の階級を含め、第28遊撃部隊の構成は有名で周知の事実だ。
 とすれば武は部下で、月詠中佐と呼ぶのが正しい。仲が良いとするにしても、白銀・月詠と呼び合うのが妥当だろう。……それを名前呼び捨てとは!
 いや……それで無くとも女性は勘が鋭い――と言うか他人の色恋沙汰には敏感だ、色々な意味で。もう、アンテナとか触覚とか宇宙意思とか乙女レーダーとか、果ては毒電波まで……と言うのは流石に無いかもしれないが……まあとにかく、色々な方法を使ってそれを感じてくる。
 この時の2人の遣り取りは、その敏感な乙女勘(感でも良し)の琴線に触れたのだった。
 しかし当の武本人は、自分の知らない所でデンジャーでダンガーな事態が進行している事も知らず、月詠との話を続ける。
 「みんなは如何した?」
 『ガルム隊は此方に向かって来る要塞フォート級の殲滅に向かった。皆は残りの敵の殲滅だ。私だけ一足先にやってきた……あと40秒も掛からず到着する』
 「解った、データリンクを更新するぜ。伊隅少佐、俺は原隊に復帰します」
 「了解した。ヴァルキリーズ各分隊、一時集結しろ。一旦陣形を整えて、援軍到着後に動くぞ!」
 「「「「「「「「了解!」」」」」」」」
 命令を出した後に、伊隅は月詠に顔を向ける。
 「ではお願いします月詠中佐」
 『承った。他の援軍到着までの約5分間……共に身命を賭し、全力で戦い抜こう』
 ヴァルキリーズが集結する。武の登場で下がり気味だった士気は上昇したが、蓄積した疲労は気分で幾らか誤魔化せても、休み無くしては完全に無くせはしない。援軍到着を機に、分散しての確固対応を取りやめ、互いを相互補助する受けの戦法に切り替える。
 数十秒後の集結が完了したその時、戦場へ月詠が突入してきた。
 武はその月詠に合わせ、機体を側に寄せ動かす。
 「敵は選り取り見取りだ……どう料理する?」
 「ヴァルキリーズの援護が第一だ。陣形死角から近付く敵を殺るぞ」
 「了解。該当するやつをとにかく蹂躙すればいいんだな」
 「エレメントは崩すなよ」
 「今更っ、行くぜ!」
 次の瞬間から、敵集団に飛び込んだ漆黒と真紅の鬼神による、疾風迅雷の嵐が吹き荒れた。
 ヴァルキリーズは、そこで世界最高峰のエレメントを見る事となる。
 武、月詠個人の力も凄い……それこそ自分達より1つ抜きん出るように。元207の3人は、別れた時の武の実力と、クーデター事件当時の月詠の実力を知っていたが、その当時も凄いと思っていたのに、今現在の2人の戦闘能力は、その当時からして雲泥の差があるのだ。
 そして、その2人が組むエレメント。阿吽の呼吸と言うものがあるが、2人の機動・運動はそれさえも超越してしまっているように感じられた。
 通常のエレメントは、データリンクでお互いの状況を確認しつつ戦う。それが幾らか気心や信頼の置ける相手だと、共に戦ってきた経験などからその行動を導き出して戦う。
 しかし、この2人の動きは、コンマ0.5秒の淀みも無い。お互い、常時テレパシーで繋がってるのではないかと疑う程の完璧な連携を行っている。
 迷いが無いのだ……。まるで、相手の背中は自分の背中だとでも言うように――自分の命の半分を、相手側に任せていれば大丈夫だという様に。無防備な筈の背中を晒しても気にしないのは、相手が必ず守ってくれるからだと――
 魂を共有する事を誓い合った2人――魂の半分を、相手と共有する事で得た絆。例え背中越しでも感じられる、お互いとの意思の疎通が、この完璧で流麗足るエレメントを生み出している。
 その疾風迅雷の如く猛撃する様は、正に武に猛る雷の神。武雷神の名称の由来が、2人の戦う様から取られ名付けられたという話も頷けようと言うものだ。
 「これは……私もうかうかとしていられませんね。若い者に置いていかれるなど」
 「同感です。嘗ての部下に実力で抜かれるなど、今の部下達に示しが付きません」
 朝霧と伊隅は、2人の戦う様を見詰めながら呟くように言った。
 朝霧楓は、現在でも全ての教導隊の頂点に立ちその辣腕を振るっている。日本帝国軍アラスカ戦線での教導隊頂点と言う事は、実質彼女が1番の実力者という事だ。(御剣真貴は同等と言うことにして) 
 その彼女からして、武の実力は自分と同等――月詠に至ってはそれ以上と見た。そして、朝霧に後少し及ばない伊隅は2人共が自分以上だと……。
 だが彼女達は、その事実を放置したりはしない。今敵わないのなら追いつけば良いのだ、抜かされたままでいるなんて、自らの矜持とプライドと、積み上げてきた自負が許さない。2人とも努力家で完璧主義者の感がある為に、その思いも一押しだった。
 勿論の事、2人の実力を目の当たりにした他の面々も……。

 そして、武と月詠の暴虐ともいえる蹂躙が始まって僅か1分、第28遊撃部隊残りのメンバーも戦場に突入してきた。
 「よし、援軍到達まで残り4分、食い尽くせるだけ食い尽くすぞ!」
 「ヴァルキリーズ各機、休憩は終わりだ。援護が来たからといって怠ける事は許さん、隣に無様な様を見せるなよ!」
 月詠と伊隅、両隊長の激励の下、2部隊共同による更なる蹂躙殲滅が開始される……。

◇◇◇
ベンガル湾内
作戦旗艦ヴァルキューレ

 「射撃開始地点の再制圧を行っていたヴァルキリーズにフェンリル隊が合流、共に射撃地点確保を開始しました」
 「援護に向かうハイヴ突入部隊、目標エリア到達まで約240秒。帝国軍第21戦術機甲連隊及びマレーシア連合軍戦術機甲2個連隊、光線レーザー属の殲滅をほぼ終了しました」
 「では、帝国軍第21戦術機甲連隊を射撃開始地点の制圧援護に向かわせろ。マレーシア連合軍戦術機甲2個連隊は、引き続き光線レーザー属への警戒と、射撃開始エリアに新たに流入するBETA群の阻止」
 「了解――」『――HQより帝国軍第21……』
 慌しい時が過ぎ去って、アリーシャはやっと人心地吐いた。
 地下からのBETA襲撃からこっち、戦況図と戦域図を見詰めながら細かな命令を繰り返していたので、流石に疲れが溜まってしまった。
 国連軍第8師団は、援軍として投入した帝国斯衛軍守護隊と王立国教騎士団の尽力によって脱出が完了し、現在は後方で再編中だ。襲っていたBETA群は制圧砲撃により数を減らし、現在は先の両軍が掃討している。
 「エルファ、第8師団の被害は判ったか?」
 「はい――撃破151、大破27です」
 「178、半数以上か……死者は?」
 エルファは、その言葉に含まれる意を汲み取って、細かく報告した。
 「撃破された機体で、ベイルアウトできた者は僅か12人です。残りの139人は戦死しました」
 「139――あの乱戦の中で、12人も脱出できたと喜ぶべきか、12人しか脱出できなかったと嘆くべきか……」
 憂い悩むアリーシャの横から、凄乃皇の進攻を監視していた焔が言葉を掛ける。
 「一昔前だったら、師団ごと殲滅されているところだ。一度にではないとはいえ、6万のBETA群の奇襲を受けて146機も残った事を僥倖と思うべきだろうよ」
 「そうか……そうかもしれんな。だが、失った命が多々ある事は事実。散っていった衛士達の弔いはしなければならん!」
 「そういうことだな。――後少しだ、後20分もすれば最初の一撃が決まる。人類の反撃の狼煙、盛大に撃ち放ってやろうさ」
 焔の力強い笑みを伴った眼光が、屹立するモニュメントの映像を睨みつける。
 A-02――凄乃皇弐型の射撃地点到達まで後20分。
 人類最大の攻撃が始まろうとしていた。



[1127] Re[24]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第98話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/27 19:50
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


 戦況を見詰める者にとって、戦場で機体を駆る者達にとって、時間とはどのように感じられるのであろうか。
 激戦の中に置けば、時間などを気にする間も無く、瞬く間に過ぎていくようにも思えるだろうし、逆に酷く長い時間として焦れもするだろう。
 時間とは、その時々の状況や、当事者の気の持ち方により、酷く感じ方が違うもの。
 同じ時の中に感じる異なる時間帯――その中で様々に生まれた人々の思いを収束させ、凄乃皇は射撃開始地点へと到達する――。

◇◇◇

 「射撃開始地点の制圧は依然続行中。エリア内のBETA群掃討もほぼ終了した模様」
 『HQより、当該エリア周辺各機。ゲート及び地下からの光線レーザー属出現に注意せよ。繰り返す、ゲート及び……』
 「王立国教騎士団及び帝国斯衛軍守護隊、後方に出現したBETA群の掃討を完了。以後A-02に追従します」
 「敵集団を追撃してきた、北部方面軍の射線上及び被害想定地域からの退避を確認――北部方面から反転してきたBETA群はハイヴ周辺へ集結、更に前進してきます」
 『HQより通達――A-02が当該エリアに到達する、砲撃開始までの防衛を強化せよ! 繰り返す……』
 『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ――A-02は現在、砲撃準備態勢で最終コースを進攻中! 他部隊と協力して最終防衛の任に当たれ。その後、砲撃開始90秒前に被害想定地域から退去せよ!』

 「いよいよか……」
 アリーシャと焔……その他様々な者が見詰める中、凄乃皇弐型は射撃開始エリアへ進入して行く。
 凄乃皇弐型の砲撃中は、底面と後方以外のラザフォード場は形成されないので、特に前面の光線レーザー属掃討を徹底して行っていたのだが、それも含め当該エリア内の再制圧はこの20分間の内に完璧に終了し、周辺一帯の封鎖及びゲート監視も問題無く続行中、憂慮すべき事柄は何も無い。
 それでも、先の地中からの奇襲もあり憂いは存在したのだが、その悩みが杞憂だとでも言うかのように、凄乃皇弐型は何事も無く、射撃開始地点まで到達した。

 「これが凄乃皇弐型……。実物の迫力は凄ぇな」
 それを直下で見上げる武達は、凄乃皇弐型のその威容に感嘆の心を上げていた。凄乃皇は、日本の地下基地から直接此方に遣って来たので、シナイ半島の防衛基地から直接来た武達もその姿を直接見るのは初めてであったのだ。
 ヴァルキリーズの面々も映像や資料として見知ってはいたが、実際に機体が稼動しているのを見るとその感嘆も一押しなのだろう、表情にその気持ちが色濃く反映されていた。
 「全機、A-02に見入るのはいいが、全周警戒は怠るな。発射は1発だけではない、ラザフォード場があるとはいえなるべく攻撃は阻止せねばならん。ML機関に負担を掛ければ、荷電粒子砲の威力や照射回数の低下にも繋がる。今後の為にも気を抜いている暇は無いぞ」
 連続砲撃を続ける場合は再発射までの4分間、機体底面以外のラザフォード場が消滅するが、今回は連続砲撃は行わないので、エネルギーをラザフォード場の方に回し、フィールドを発生させられる。
 『HQより全軍に通達。A-02が発射体勢に入る、前面に位置する友軍は直ちに退避せよ。繰り返す、前面に位置する友軍は直ちに退避せよ!』
 「来たぞ! 総員即時反転、楔形弐陣で全速離脱!」
 「我々も退くぞ! ガルム隊続け!」
 上ばかり見上げる隊員に伊隅の叱咤が飛ぶが、それに被さるよう、HQからの通信が入り、総員は凄乃皇前方より退避を開始する。匍匐飛行を続けてきた凄乃皇弐型のその威容は目前、巨大さからすれば、既に直上と言っても過言ではない位置だった。

 「よし……頼むぞ焔」
 「了解だ。歴史的一撃――BETAどもに存分にくれてやろう」
 焔の号令の下、凄乃皇弐型が荷電粒子砲発射シーケンスに移行する。
 『HQより全軍に通達、これよりA-02は発射シーケンスに移行する』
 「空間座標固定、射撃体勢維持、ML機関全力稼動中――臨界まで後90秒!」
 「重力制御に問題無し!」
 「ML機関、正常稼動中――臨界まで後40秒!」
 『HQより全軍――各機対衝撃閃光防御体勢維持、荷電粒子砲発射まで後30秒!』
 「機体前面のラザフォード場消失、発射スタンバイオールグリーン!」
 「人類最高の一撃、食らわせてやれ! 荷電粒子砲……発射!!」
 「了解――荷電粒子砲発射します!」
 『砲撃開始――砲撃を開始する!』
 
 凄乃皇前面のラザフォード場が消失し、機体前面に存在する巨大な発射口が開口して行く。その開口部内に白熱の火が灯り、やがてそれが押し溢れるかのように開口部内を満たし、同時に放電現象の様なものが起こりつつ光を撒き散らし始め……そして――
 灼熱を纏った閃光の雷が、射線上のBETA群を飲み込み吹き飛ばしながらハイヴを直撃する……。
 眼前を染める発光の後に続く、巨大な炸裂音と爆発――巻き起こる轟音と粉塵と地響き。
 放った当事者――焔以外の者は、威力の程を説明されていた者でさえ、その強大なる威力に目を見張り呆然とするかの如くだ。

 「す……げぇ……」
 「これは……話以上の威力だな」
 戦術機内で、それを目撃していた武と月詠の両者もそれは同じだった。
 閃光防御で光線を幾らかカットしていてさえ、目の前を満たした光――そして吹き荒れた衝撃。射線上及び被害想定地域に存在した、恐らく数十万単位で存在しただろうBETA群反応が、全て消失している。
 当事者達以外には、一番詳しく説明を受けている2人でさえこれだったのだから、他の者の反応は押して知るべしだろう。
 やがてハイヴ周辺の煙が晴れてくる。武達はそこで、驚愕も冷め遣らぬ内に新たなる衝撃に驚愕することとなった。
 「見てあれ……!」
 「地表構造物モニュメントが……」
 「無い……嘘……」
 「吹っ飛んだ……?」
 ヴァルキリーズから誰とも知れない呟きが漏れ聞こえる。
 ハイヴ中心に屹立し、700m近い大きさを誇っていた頑強な地表構造物モニュメントが、基部を残して消滅していた。それを見とめた皆のその様は茫然自失、思わず自分の頬を抓りそうなくらいの驚愕だ。
 誰もが言葉を失った。中継を見ていた世界中の衛士さえもが……。恐らく今日と言う日は、BETA大戦が始まって以来で、世界中が一番静かになった日であろう。
 しかしその静寂も一時、やがて動きが出る。
 最初に動いたのは、やはりと言うか白銀武だった。
 「ううぅぅぅおおぉぉっっしゃぁあぁぁーーー!!」
 拳を振り上げてから胸元に引き戻しながら、盛大に喜び絶叫する。
 この世界に来て、数々の出来事を辿ってきた白銀武にとって、既にクーデター事件当時の迷いは無い。まだたった数年しかこの世界を生きてはいないが、その数年間で培い濃縮した思い出がある武にとって、ここは既に掛け替えの無い故郷なのだ。
 武の箍が外れたようなその声は、その世界で生きてきた間溜め込んできた様々な思い……その全てを込めるような――そんな声だった。
 その喜びの叫声は、データリンク通信に乗って響き渡り、皆の心に浸透する。
 そして、武の叫びを中心として、衛士達の諸手を上げての喜びと興奮の叫びが、世界中の大空の下に響き渡り広がった。
 あるものは感涙に咽び、ある者は失った者を思い出し嘆き喜ぶ……眼前の情景を見た衛士達は、その殆ど全ての者が涙を流し咽び泣いた。
 この世界で苦渋を舐め、絶望感に浸されてきた者達。厚木ハイヴ攻略を経、更に近年、XM3や第4世代戦術機の出現で人類の力が増してきても、深く根付いた絶望感は容易には拭えなかった。
 しかし、ハイヴの象徴でもある地表構造物モニュメント――それも、フェイズ5ハイヴの700m近くもある巨大な地表構造物モニュメントが一撃の下で崩れ去り消滅したのだ。
 存在時間などが思いに比例するとは言わないが、5年近くしかこの世界に存在しない武でさえあの喜びようなのだ。生涯全てをこの世界で暮らしている人々の、その喜びのほどはどれ程のものになろうか?
 BETAの巣であるハイヴ、その象徴である地表構造物モニュメントの崩壊……人類は今回の攻撃で、その胸の中、熱く猛る希望の光を再燃させたのだ。
 『諸君! 君達は今喜びと興奮に浸っているだろう。斯く言う私も喜びの涙が溢れ、興奮に胸が張り裂けそうだ。だが諸君、まだ戦闘は終わってはいない! 凄乃皇弐型の荷電粒子砲発射回数は最低8発……後最低7発も撃てるのだ! 後7発、後7回この光景を再現可能……それだけのBETAを消し飛ばす事が可能なのだ! 今までの恨み辛みを晴らせ、人類の力を示せ! BETAを駆逐し、そして我等が故郷を! 地球を! その手に取り戻せ!!』
 喜びに咽ぶ衛士達を煽るように、焔の演説が響き渡る。そして、その意図したとおりに衛士達は反応した。
 そうだ――これで終わりではない、これが始まり……人類の反攻の始まりなのだ。
 衛士達は、再燃させた希望の光を胸に、戦術機を駆り始める。絶望の未来を希望の未来に作り変えるために――

 「済まなかったな、本来はあんたの役目だったのに」
 「いいさ……、膳立てしたお前の方が説得力がある。それに恥ずかしいが、私も感動して直ぐには動けなかったのさ」
 少しだけ済まなさそうに謝罪する焔に、アリーシャは若干苦味を乗せた笑い顔で言う。
 両者は、そんな相手が面白かったのか、顔を見合わせて苦笑した。
 「それで……A-02は?」
 「当初の作戦通り、後方に退避してからML機関を落とす。その後は、再度の砲撃開始まで防衛部隊に護衛させ待機だ」
 「私の役目は、再砲撃までの部隊統制とBETAの誘導……はっ、腕が鳴るねぇ」
 「指揮官は嫌じゃなかったのか?」
 「どちらかと言うと、砲弾撃ってるだけの方が性に合ってるってだけさ。それに――あんなもの目の前で見せられちゃあねぇ」
 凄乃皇弐型は、砲撃終了後速やかに退避を開始し、以後は後方でML機関を落として待機する。
 4分のインターバルを置けば荷電粒子砲の連続砲撃も可能なのだが、ハイヴ破壊よりもBETA殲滅に重きを置いた作戦を取っている。今回はアトリエ調査部隊も存在するので、BETA個体数を減らしておいて損は無い。
 このまま陽動を掛けつつ戦いを続け、地表のBETA存在密度が再度飽和状態に近くなったらML機関を起動――ML機関に引き寄せられるBETAを誘導しつつ、最大効果のあるタイミングを作り出し砲撃を放つ。この工程を繰り返し、BETAを殲滅していく。
 アリーシャは、その過程を思い笑みを浮かべていたが、やがてその笑いを収め顔を引き締めながら命令を下す。
 「今の内に全艦隊の弾薬補給を開始しろ。それと、湾内後方で待機中の戦術機母艦及び艦載戦術機隊に通達。A-02の第2砲撃終了後に上陸を開始させるので、今は静かに待機――あんな映像見た後には、出たくてうずうずしてるんだろうが、もう少し大人しくしておけと伝えておけ」
 
◇◇◇
凄乃皇弐型、射撃地点跡

 焔の演説で我を取り戻した皆。現在は地表のBETA存在数も少ないので、新たな命令も無く、自主的に行動するような機会も無かった。
 今の所凄乃皇弐型の防衛は、ハイヴ突入部隊と再編した国連軍第8師団が担当している。武達は、どのような命令が来ても即時対応可能なように、全員で補給を開始していた。
 「そっれにしても、凄いわ荷電粒子砲のあの威力! 思わず鳥肌が立っちゃったくらいよ。凄い攻撃力って説明に色々不安はあったんだけど、あんなの見ちゃったらもう……そんなの一瞬で吹き飛んじゃったわ!」
 「確かに……凄乃皇のあの攻撃力があれば、今後のハイヴ攻略の見通しも明るいわね」
 飲料水片手にかんらかんらと笑顔を浮かべる速瀬は、ご機嫌の絶頂、その他戦闘糧食等で肉体の渇きを潤わしている面々も勿論同様だ。普段冷静に物事を考えられる榊千鶴も、一時の興奮に飲まれ若干思考が正常に働いていないのか、マイナス面を度外視して未来を想像していた。
 それら浮かれる面々を見詰める伊隅も、今は感動に浸っている彼女達の好きなようにさせていた。彼女とて浮かれる気持ちは、十二分に存在する。油断は禁物なのは重々承知だが、今この時、一時の感動と喜びに浸る位は、自分にも部下達にも容認しようと……そんな風に思っていた。
 だが、衛士達も早々浮かれているばかりではない。喜びが過ぎ去った後では、当然これからの事態に対する不安も出てくる。特に、熟達した者達に比べ、まだ若い者達は、武達やヴァルキリーズの様に、自己の自信に任せた勝利への可能性を追求する心を持ちえる所までは行けず、湧き上がる不安にその身を浸らせ始めていた。
 「本当に凄かったわよね、でもBETAの総数はまだまだ……気は抜けない」
 「甲17号ハイヴのBETA予測総数値は膨大……凄乃皇8回の砲撃をもってしても、全滅させるには到底至れない。確かに気は抜けないわね」
 先に補給を済ませ、全周警戒を行っていたガルム隊の七瀬少尉と榎本少尉が、その不安を表すように口にする。
 フェイズ4ハイヴなら、凄乃皇弐型の攻撃があれば殆どのBETAを殲滅できたのだろうが、甲17号フェイズ5ハイヴの予測BETA総数値からすれば、荷電粒子砲の砲撃で数を削っても、依然として総数が多いことには変わりないので、不安が擡げてくることも、ある意味仕方の無いことかも知れない。
 「だが……俺達は戦うしか道は無い……。BETAの脅威が物量だということは先刻承知のこと、ならば我等はその物量を超える強さを指し示し、勝利への道を切り開くことこそが使命であり、目的」
 「覚悟は既に出来ている。例え数十万のBETAの中へでも、俺は躊躇せずに飛び込んでやる! そして必ず……」
 「煉矢君……。うん、そうだね……私も絶対付いていくよ――」
 「あ~らら、みんな真面目じめだよね~。そんな重苦しいこと考えてないで、気楽に行けばいいのにさー。その場における現象ってのは如何にもならないもんっしょ。私達に出来るのは、常に全力を尽くしてより良い未来を掴み取ることだけ――だったら無駄なこと考えないで、常に全力ぜんか~い! これが一番っしょ」
 いっえ~い! と手を振り上げるライラに、ガルム隊の皆の目が集まる。その目は羨ましそうというか、呆れているというか……。相変わらずな彼女に、何時もの如く溜息が出た。
 「はあ……。ほんとにライラって……」
 「人生前向き悩み無しで良いわね」
 「あ、ひっど~い。私だって悩みはあるのよ悩みは!」
 溜息混じりの2人の発言に、ライラは胸を張ってぷんすかと頬を膨らます。小動物のような愛くるしさに反して、その豊満で巨大な胸がアンバランスさを醸し出していた。そして彼女はその胸を2人に強調する様にして言う。
 「まず背が低い事でしょう、せめて160は欲しいのに。後はこの胸! 女として大きいのはいいんだけど、大きすぎて肩が凝るわ凝るわ……まあ、隊長達にはあまり縁の無い悩みでしょうけど。特に榎本副隊長には」
 外野で見ていた3人は、その発言の瞬間、空気がピシリと凍った事を理解した。
 暗黙の了解というやつで、榎本香織少尉に【貧乳】又は【ナイチチ】は禁句中の禁句だ。ライラは特上、ミラーナが上物、凛が並の上と、高い部隊平均値を香織1人で下げまくっている。
 何でも出来た憧れの姉……その姉に少しでも近付きたかった香織。しかし勉強などはともかく、幾ら努力しても姉も大きかったその胸には到底敵わない……香織のコンプレックスは、姉へと近付きたかった憧れの思いもあって、非常にヘビィなのだ。
 そんなしょ~もない理由でとか言うこと無かれ、彼女自身にとっては非常に重要な問題である。
 その問題点をこの上なく思いっきり扱き下ろされた香織。彼女の沸点は、一気にマックスを通り越し爆発し……今此処に、男にとっては冷汗ものの、史上最低な罵倒の応酬が始まったのだった。

 「……まっ、明るい雰囲気になったから良いのかね?」
 「喧嘩するほど仲が良いとも言いますしね。意図してやったものでは無いでしょうが、ライラさんのお陰で不安も拭い去られましょう」
 ガルム隊の様子を覗き見遣っていたヒュレイカは、肩を竦める。悩みすぎて深みに入るようだったら手を入れようかと思っていたが、あの調子では必要ないだろう。同じ様に覗き見ていた御無も、未だ続く罵詈雑言の応酬を聞きながらクスクスと笑っていた。
 「フェイズ5クラスともなると、BETAの総数は飛躍的に跳ね上がる。若者達が不安になるのも頷けるけどね」
 「ああ……だが、人類の戦力も向上している。戦術機数千機分の戦火を1度に叩き出せる凄乃皇も存在する現状、例えフェイズ5クラスのハイヴであろうとも、攻略するのは夢物語ではない。――実際今我々は、その夢想だにするしかなかった現実に向かって、着々と歩を進めているのだからな」
 若者達の不安を思う心に、やれやれと溜息を吐く様にするヒュレイカ。そんな彼女に同調する月詠。
 月詠の言った事を例えで示してみると。あくまで例えだが、1時間で戦術機1機が平均200体のBETAを倒すとすると……撃破されていく戦術機分を差し引いて行くとしても、総戦力は5000強。ローテーションを組んで戦っているから全てが常時参戦する訳ではないので、1500引いて3500、それで3500機×200体=70万体。これに第4世代戦術機の戦闘能力差分と戦艦の砲撃も加わるので、1時間のBETA撃破数は実に100万近くに上る。
 戦術機と戦艦で応戦し続け、敵の出現総数がそれに追いつかなくなってきたら荷電粒子砲で纏めて薙ぎ払う――そしてまた戦術機と戦艦で応戦する。この繰り返しが現在の人類の戦術だ。
 これだけやっても、フェイズ5クラスのハイヴに存在するBETA総数には依然として届かない。しかし、後方には援軍も数千規模で控えており、衛士達の士気も高い。そしてなにより、反応炉さえ破壊してしまえば、甲17号ハイヴでの戦闘は人類の勝利も同然なのだ。
 だから武や月詠達は暗雲とする不安に身を沈めたりはしない。今目の前には、BETA大戦が始まって以来人類が夢想した、大勝利への道が開けているのだから。
 「それにしても……。朝霧少佐殿が直々に部隊に集めただけあって、元第28遊撃部隊隊員の力、流石に飛びぬけているわね。それにエルネス大尉も……。何より柏木よ柏木! 何時の間にか私を追い抜いているし、あ~悔しい! 絶っ……体に追いついてやるわ!」
 その時、思い出したように突然、速瀬大尉が語気を荒に地団駄を踏むように体を揺すって豪語した。
 今まで聞いてきた世評、そしてシミュレーターでの仮想データでしか知らなかった第28遊撃部隊の実際の戦闘――自身を上回る実力を直視し、プライドに火が点いたらしい。
 武と柏木の2人。離れた当時はまだまだ速瀬の方が強かった。しかし今では、総合的に追い抜かれている。
 速瀬は、自分でも昔よりは随分成長したと自負している。実際、柏木との総合的実力は僅差だと思う。だが、武には完全に追い抜かれたと自覚する。だからこそ、とても悔しいのだ。
 まあ実際には、機体性能の分もあるのだが。武達の機体は、ちょくちょく焔が手を入れているので常に最新最高バージョンへと改良されて行く。その為に、基と合わせて改造値も飛び抜けている機体なのだ。
 「そうだよね~、柏木さんも凄く強くなってるもんね、ビックリだよ!」
 「私も晴子に負けないようにって一生懸命訓練してきたけど……どうやったらそんなに強くなるのよ晴子?」
 「いやぁ、どうやってって言ってもね……。周りが凄い人達ばかりだから、追い付こう付いていこうと必死だったからじゃないかな? 私の周りには、ほんと凄い人が大勢居たからね。今でも私より凄い人は結構居て、その人達にに追いつこうと必死なんだ」
 「げっ……。今のあんたより凄い人がそんなに居るの?」
 「居る居る、それこそ武クラスの人が結構。総合能力で言えば、月詠中佐と同等の人も何人か居るよ」
 茜の、聞きたいけど聞きたくない様な……な感じの恐る恐るな質問に、柏木は苦笑しながら、その人物達を思い出すようにして答えた。
 例えば刀剣術は、最強クラス――それも戦闘タイプが違う人が4人いる。
 攻撃的剣術の月詠に守勢的剣術のスターニア、数百年に渡り研鑽してきた実用的剣術を使う御無と臨機応変と型破りを象徴するヒュレイカ。4人ともに武より上の剣術レベルを持ち、武や柏木などは彼らに剣術や格闘術を教えて貰っている。
 勿論、その他にも何かに特出して秀でた衛士や、総合的に秀でた衛士は沢山存在した。
 武は機動力で、柏木は戦場把握と合わせた射撃が得意だが、それ以外の分野で2人を凌ぐ衛士は結構多い。
 「嘘ッッ! って言うか、今の白銀より強い人が何人も居るの!?」
 「あちゃ~。こりゃ、目指すハードルは高いわね」
 「ふふふ……だからこそ燃えるんだろう?」
 「そりゃそうよ宗像、諦める気は毛頭無いわ! ヴァルキリーズの突撃隊長の名に賭けて、絶対に伸し上がってやるんだから!」
 「突撃隊長は関係無いと思いますけど……」
 後ろで、日本海の荒波がザッパ~ンとしている光景を幻視させる速瀬大尉の啖呵。そこはかとなく突っ込みが入ったが、それを気にしない程に、彼女の誓いは固かった。
 数で圧倒してくるBETAに必要な対抗能力は、まず第一に集団戦能力。そういう意味で言えば、ヴァルキリーズの集団戦闘能力は、恐らくトップレベルだろう。
 しかしながら、現状でヴァルキリーズメンバーの個人能力を凌ぐ者は比較的存在する。
 (機体性能と対戦条件は同等にするとして)月詠・武もそうだが、女王近衛隊薔薇の4騎士などは、総合能力で月詠と同等、武を上回っている。ヒュレイカ・御無も、機動関係以外は武より少し上だ。スキルビッツァやリアネイラの2人も、総合能力なら伊隅レベル、条件次第では凌ぐだろう。他にも、このレベルに存在した衛士は何人か存在している。
 陳腐な言葉だが、世界は広い。武も柏木も、この2年の間、防衛基地に派遣されてくる歴戦の衛士達の腕を目の当たりにして、それを十二分に実感したのだ。
 だからこそ武達はより一層努力した。自分達がその高みに登って行く為に……力が全てとは思わないが、大切なものを守りたいが為に、少しでも強い力を得る為に。
 ヴァルキリーズのメンバーもその時の武達と同じく、大切なものを守る為の力を得る為に、更なる高みへ至ろうと、固い決心をその胸に込めるのだった。



[1127] Re[25]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第99話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/09/30 17:33
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


 凄乃皇弐型の第1砲撃から数時間が経過した。
 2度目の荷電粒子砲発射の後に、後続として控えていた戦術機甲部隊が上陸し、更なる戦線を展開。初期上陸部隊の約半数が休んでいる間に、3度目の発射を成功させる。
 その後は、各部隊によるローテーションを組んだ波状戦法によって、衛士達に休息を取らせながら戦闘を継続。それでも疲れは蓄積されては行くものの、士気の高さも相俟って、損耗率を極力低く保ったままの戦闘が続けられた。
 凄乃皇の荷電粒子砲発射も問題無く継続され、つい先程6度目の発射が終了する。
 そして武達は、当初の予定通り、6度目の発射を合図に後退を開始。後方にて長い休息と、ハイヴ突入の為の準備と最終確認を行っていた。

◇◇◇
後方仮設補給地点

 「怪しいわね……」
 「怪しいよね……」
 「怪しいですね……」
 通信越しに映る眼前の光景を見詰めていた3人は、ポツリと呟く。
 「………………」
 「………………」
 「………………」
 そしてまた無言で見詰め続け……。
 「やっぱり怪しいわね……」
 「うん、怪しすぎるよね……」
 「すっごく、怪しいですねー……」
 再度その事実を確認するように、やはりポツリと呟く。
 目の前に映るのは、武と月詠の2人。ハイヴ突入作戦に向けての準備中、2人で軽い打ち合わせをしていたらしいのだが、何時の間にか軽口での話し合いとなっている。
 未だ戦闘は続き、周囲に緊張感溢れる中、2人が醸し出す雰囲気はそこだけを別の空間へと変えているように思えてならない。武はともかく月詠も、戦闘時とは違ってその雑多な表情の中、3人にも判る位にそこはかとない嬉しさが見え隠れしていた。
 3人は、そんな2人の様子を盗み見聞きしながら、秘匿回線で密談を交わしている。
 「あの2人、仲良さ過ぎだよね~。同じ部隊って理由だけじゃ納得できない位だよ」
 「仮に特別気が合ったとしても、それだけじゃあの雰囲気は説明できないわね」
 「やっぱり……2人とも特別な関係なのでしょうか?」
 「「「………………」」」
 直接的な言葉を避けた言い回しでありながら核心を突くタマの言葉に、3人は重苦しい雰囲気で顔を見合わせる。
 「あ……あっでも! でも武さんは、冥夜さんと慧さんの事を大切に想っていたし、やっぱり違いますよ、ね……ね!」
 「う~ん、判んないよ。男の人の想いと体は別物だって言うしね。武だって長いことしてないと……」
 「ちょっと……そういう生臭い言い方はやめて!」
 「そうですよ! 武さんに限ってそんなことは…………多分ありません!」
 「説得力無いわよ珠瀬……でもまあ、その意見には私も賛成だけど。白銀は、あれで結構、恋愛に関しては真面目な男なのよね」
 「鈍感だけどね」
 美琴の一言に、皆揃って昔を思い出し苦笑う。武の鈍感に、当時の自分達はどれ程振り回されたか。秘めた想いを告げる事は結局無かったが、武の優柔不断さや八方美人さにはやきもきさせられたものだ。
 その武が、月詠に特別優しげな雰囲気を傾けているという事は……
 「ということはやっぱり……」
 「そういう関係なんでしょうね……」
 「けど~相手は月詠中佐ですよ? 冥夜さんの事をあんなに大切に想っていた月詠中佐が、冥夜さんと付き合ってた武さんとそういう関係になるなんて……」
 言外にありえないというタマ。3人はそれに納得し、ではどういうことだ? と言った感じで唸る。
 「想いが募れば抑えきれない心もあるってことだよ。どんな人物でも、本気で好きになったら想いを忍ぶことは苦痛になる。あの2人は、特に色々事情があったからね。恋は曲者、恋は思案の外、恋は盲目、恋ひ余る、そして、恋は魔法……昔から言われているように、常識や理性では測りきれないのが恋ってものじゃないのかな?」
 ――とそこへ、急に割り込んでくる通信。3人は呆気に取られた表情で開いたウィンドゥ画面を凝視する。
 「柏木さん!」「柏木大尉!」「晴子さん!」
 「ははは……大尉は止してよ、堅苦しいのは苦手だしね」
 「っ……そうじゃなくて! 何で秘匿回線に割り込んでこられるのよ?」
 「ああ、それは上位者権限だよ。私達の権限は最上級クラスの物が与えられているからね。後は、第4世代戦術機製作者、焔博士直伝の裏テクって所かな」
 「ええ~、そんなのがあるの! ねえねえ、ボクにも教えてくれる?」
 「あはははは……一応機密情報だけど、ヴァルキリーズの皆なら別に構わないんじゃないかな。武も知っているから、彼に教えて貰うと良いよ」
 「ちょっと柏木! 鎧衣も、もう……」
 好奇心旺盛に、手を上げ振って明るく頼む美琴に受け答えする柏木。そんな2人を見て呆れる千鶴だが、彼女自身もちょっぴり興味があったので、疚しい心ゆえに強くは言えない――後で白銀に教えて貰おう――と密かに心に誓った。
 「あの……それじゃ柏木さん。やっぱり武さんと月詠中佐は――」
 その中で、1人思案に明け暮れていた千姫が話を当初のものへ引き戻した。脱線していた2人の思考も、それで瞬時に元の案件の事へシフトしてくる。2人は、千姫が提示した質問に、柏木がどう答えるかと固唾を呑んで見守った。
 静寂が――唾を飲み込む音が大きく一度響いたくらいの、短い静寂だったが――広がる。
 柏木は、神妙な表情で自分を凝視する3人に対して気負う風も無く、極淡々とその返事を返す。
 「うん、付き合ってるよ。――と言うより凄く愛し合ってるね。所謂相思相愛……エレメントを見ても解るけど、凄く深い所で解り合ってる間柄だよ」
 「やっぱり、そうなんですか……」
 目に見えて気持ちが落ち込む千姫や2人。武が冥夜と慧と深く愛し合っていたのを見ていた3人にしてみれば、その事実は至極複雑な事情だったからだ。
 そんな3人を見た柏木は、「仕方ない」というような感じの表情を浮かべながら、諭すように――心に染み渡らせるような語感を持って語りだした。
 「何を考えているのかは解るけど、心配は無いと思うよ。武は、今でも御剣と彩峰の事を愛し続けているからね」
 「え……それ本当! 柏木さん!?」
 「本当だよ。私だって横浜基地で、武と2人の事を見て知っていたからね、武の気持ちが、あの当時と変わらない事くらいはわかるよ」
 「じゃあ……、何で武さんは月詠中佐と恋人同士になったんでしょうか?」
 「そこに関しては、2人に聞いてみないと本当の事は解らないよ。でも、月詠中佐は、武が好きな事や、武と付き合う事に凄く悩んでいたから、きっと色々悩んで悩み抜いて、それでも今の答えを出したんだと思うよ。武だって、御剣と彩峰の事を今でも愛しているのは変わっていない、それでも武が月詠中佐の事を愛しているということは、それだけの決心を固めたということなんじゃないかな」
 そうだ……白銀は、人を弄んだり、一時の感情で傷つけたりするような男ではない。彼が納得して付き合っているということは、それなりの理由と想いがあったからこそなんだろう――
 そんな風に納得し、3人は溜息を吐く。
 「はぁ……。まったく白銀は仕方ないわね、節操がないんだから……」
 「武さんですもんね~」
 「ほんとだよ……冥夜さんと慧さんが帰ってきたら、なんて言う心算なんだか……」
 美琴の何気なく出した一言で、3人は今気付いた様にハッと顔を見合わせた。
 「……修羅場ね」
 「……修羅場だよね」
 「修羅場ですね~」
 その場面を思い、ガクガクブルブルと体を震わす。悪鬼羅刹の如くの2人と、血溜まりに沈み込む襤褸雑巾の様になった武の姿を幻視した……。
 「た……武……。大……丈夫だよね?」
 「き……きっと、ふ……2人とも、付き合うには何か理由があったんですよ。それを説明すれば、冥夜さんと慧さんも……」
 「でも、その理由ってなに? さっき柏木が言ったみたいに、唯の恋慕の情だけだったら……」
 「「「……………………」」」
 「問い詰めましょう」
 「うん……それが一番だね」
 「つ……月詠中佐にも、き……聞いておかないと……」
 「そうね……2人一緒に聞きましょう。元207部隊の仲間として、御剣と彩峰の親友として、私達には聞く義務があるわ!」
 力強く宣言する千鶴。彩峰が親友と、何時もは気恥ずかしくて言えない本音が何気に出ていることからして、結構意気込んでいるらしい。半分は使命感で、半分は好奇心と言った所か?
 3人は、戦闘が終わったら、絶対に2人に問い詰めようと心に誓うのだった。
 (因みに柏木も、それを聞こうと、静かにほくそ笑むのだった)

***
 
 『HQより全軍へ通達――BETAの地表存在数増加に伴い、これより荷電粒子砲の第7砲撃過程に移行します。全軍は従来通り、指揮に従いBETAの誘導を開始して下さい。尚、当初に定められた通り、第7砲撃後、突入部隊がハイヴ内へ突入を開始します。それに伴い変更される作戦方式についても大きな変更は無いですが、若干の修正と臨機応変な対応がなされる可能性も見込まれます。各部隊隊長及び各員は留意しておくよう注意して置いてください』
 指揮所からの通信が全軍へ響き渡る。
 エルファは、余裕がある時などは、命令口調ではなく懇願に近い口調で通信をする。当初は叩き上げできた彼女の癖でもあったのだが、今では意識してそれを使っている。自身の声の質が齎す効果を自覚している為、それを上手く活用する術としてだ。実際、彼女の通信は兵達に好評で、その美しい風貌も相俟って、この作戦後はマレーシア連合の兵だけではなく、全軍の間でアイドルに対するが如きの隠れファンが増える事となる。

 通信を受け、武達突入部隊は休んでいた肉体に気を入れ直した。
 再度機体の最終チェックを行い、問題無い事を確認する。
 今回は、ハイヴ内最下層近辺のアトリエで、最低15分程は調査を行う予定となっている。湯水の様に敵増援が湧き出てくるハイヴ内、しかも下層付近での足を止めての防衛戦だ。第4世代戦術機と言えども、下手をしたら即数の暴力に飲み込まれてしまう。装備・準備は、過剰なくらいが丁度良いだろう。
 武達はその間調査に専念するので、直接防衛戦闘に参加する訳ではないが、それでも装備弾薬は満載しておく。同行するアトリエ調査部隊の数機が調査機材などを運搬するので、対処能力が下がる彼等の護衛など、やることは多い。
 最後にもう一度、予備弾倉や、肩に装備した散布式銃弾砲のチェックをしていると……
 「わー、凄い!」
 「はわ~、綺麗ですね~」
 美琴とタマの感嘆する声が耳に入ってくる。何事かと、今までチェック項目を表示していたディスプレイから目を上げた武が目撃したのは、突入部隊周囲に次々と降り立つ純白の騎士達だった。
 快晴たる青空の下、燦々と降り注ぐ光の粒子を照り返し輝く、白銀の装甲と金色のアクセント。その殆どの機体が、BETAの返り血に濡れ土埃に塗れているのに、荘厳さは損なわれては無く、寧ろ壮絶なる戦いの痕跡が、騎士を象徴する機体に強靭たる趣を与え、その風貌を更に引き立たせていた。
 「あれが……王立国教騎士団……」
 降り立った機体群の威風堂々としたその様に、千鶴もヴァルキリーズの面々も、息を飲み込むように見入る。武御雷や武雷神とはまた違う趣を持つ、ロンゴミアントやカリバーン、『世界最強の戦闘集団』――正に、そう言われる者達が駆るに相応しい機体の威容が、目に付いて離れなかった。
 その集団の中で、一際目立つ数機の戦術機。白銀に赤、白、紫の彩を1色ずつ加える戦術機の中央に、黄金色を交えた白銀の機体が立っていた。
 位置的には周囲の戦術機に守られているようだが、その機体が放つ異様なオーラに、見るもの全てが違う陣容を見る。あれは率いる者だと……部下を従え、道を示すものだと……。そんな風に感じられる、確固たる寄る辺ない根拠が、あの機体からは発せられている。
 そして、その機体が、武と月詠の機体に目を向けた。
 「武少佐、月詠中佐……久し振りだな」
 「王女殿下……お久し振りで御座います」
 「ほんとに久し振り。2年振りだな」
 「ああ、あの事件から2年……。私にとっては苦労や困難の連続で、長いようで短かくも感じられる時間だった」
 機体が目を向けるのに合わせるよう、繋がれた通信。懐かしき人物との再開に、両者共に相好を崩す。あの事件が終わってから約2年間、3人は一度も顔を合わす事は無かったからだ。
 彼女は1度も防衛基地にはやってこなかった。勿論本人は防衛に参加したかっただろう、彼女の気質からしてその想像は間違いではないと確信できる。
 しかし、彼女には大事な役目があった。ある意味、戦いよりも重大で困難な役目が。相好を崩しながらも、しみじみと過ぎ去った激動の2年間を思い返す彼女の様相が、辿ってきた道程の程を表していた。
 「王女殿下が、同盟間や諸外国間の軋轢を押さえたり調停に走ってくれていたお陰で、この2年間何事も無く準備が進められてきたんだ。殿下は大変だったんだろうけど、俺達は凄っげぇ感謝しているんだぜ」
 「殿下は止せ。それに武少佐なら、戦場やプライベートなら呼び捨てでも構わん、貴方には並々ならぬ恩もあることだし、何より私が気に入ってしまったからな。まあ……それはそれとして、調停は何も私1人で行った訳ではない。将来の女王としての勉強の意味合いも含め、病床の女王陛下に代わり私が全権を務めさせてもらったが、政治に関しても人としても、まだまだ若輩である私がそうそう事を上手く運べる筈も無い。優秀な側近や、部下達が居てくれたからこその成果だよ。それに、調停に走っていたのは我が国だけでは無い、同盟に参加した諸外国――その全ての方々が協力してくれたからこそだ。私1人が行える事など、高が知れている。私はまだ、母様……いや、女王陛下の手腕に追い付こうと必死なのだから……」
 イギリス現女王は病魔に犯されている。病床に就くことになったのはここ2年辺りなのだが、移民船団に参加しなかったのも、当時から病気を押していたからだと噂されている。なのでここ2年間は、同盟中心国として、クレア王女が諸外国間を飛び回り、各方面の軋轢を解きほぐしていたのだ。
 「いやいや、それでもクレア王女は凄げぇよ。正直、政治の世界は俺には良く解んねぇけど、各国の意見を纏めるのが大変だって言う事くらいは大体解る。それを2年間も遣り通しているんだから尊敬するぜ」
 「信用に足る人物だからこそ、誰もが王女殿下の下に集い惜しみなく力を発揮する。この2年の平和は、皆様方の協力の賜物でもあり、確かに王女殿下が紡ぎだした成果でもあると私は思います。武の言うとおり、私達は皆貴女様を含め、皆様方に感謝しております」
 「そうか……そう言って頂けると有り難い。皆の協力に報いるためにも、この戦い、絶対に勝たねばならんな。私達は突入部隊の露払いと、第10層までの中継基地確保を命ぜられた」
 「そうですか。では突入までの護衛、お頼み申し上げます」
 「承知した。王立国教騎士団の名に賭けて、掠り傷も付けさせはしない」
 「ははっ、世界最強の戦闘集団が護衛とは心強いぜ」
 お互いに、見えない握手を交わすように、相手を信頼し合う。
 両者は、互いの強さを肌で知っている。各人の役目に専念する為に、余計になる事は完全に相手に任せても大丈夫だと確信している。相手に信を置き、身を任せることこそが最大の評価の証だとでも言うように、両者は判断を下したのだった。

***

 それから数十分後、荷電粒子砲の第7射が発射された。
 眩いばかりの破壊を撒き散らす光跡は、今までの砲撃と同じく、地表BETA群を軒並み薙ぎ倒し塵芥に還元させる。
 ハイヴ中央に聳え立っていた地表構造物モニュメントは既に跡形も無く、その場所には巨大なクレーターが穿たれ広がっていた。
 『HQより北部突入部隊――突入を開始せよ、突入を開始せよ!』
 「よし、とうとうこの時が来た。我々は囮部隊だが、ハイヴに突入するという事実は変わらない。厚木での借り、今こそ此処で晴らそうぞ――全軍突撃! 続けぇぇ!!」
 荷電粒子砲の一撃によってBETAが一掃された地表を、突入部隊第一陣が駆け抜けていく。
 第一陣、北部方面突入部隊の役目は囮である。南部方面から突入する部隊の負担を少しでも減らす為に、北部ハイヴ内を駆け抜け続ける。突入し、内部を蹂躙しながら10層付近で反転し地表に戻り、補給してから再度突入する。
 構成は全て第4世代戦術機、搭乗するは、厚木ハイヴ攻略戦を生き残った猛者を再編成した部隊だ。
 ファフニール大隊、ニーズヘッグ連隊、スキールニル大隊の3隊……厚木ハイヴという地獄の戦場を行き抜いた彼等の気概や技量は、既に他の衛士から群を抜いている。特に、ファフニール、ニーズヘッグに属する帝国軍衛士は、
厚木ハイヴ戦後に東京の地下基地に所属し、第4世代戦術機や新兵器のテストパイロットとして過ごしてきた。
 第4世代戦術機乗りとしては、テストタイプから乗り続け、武達に次いでその造詣が深い。技量も恐らく、帝国斯衛軍の精鋭部隊と同等クラスに匹敵しているだろう。
 彼等はハイヴ内の恐怖をこの上なく知っている。そして、ハイヴ内という戦場も、その身に刻み付けている。だからこそ、彼等は再度の突入を行うのだ。
 厚木で散っていった戦友の敵を取るために、彼等が築いた証を立てる為に。彼等が居たからこそ、今の自分達が在り、彼等の命を燃やした勇気ある行動があったからこそ、今の勝利への道筋が存在するのだ。
 自分達は、戦う事によって、勝利する事によって彼等の死を……勇気ある戦いを誇らしく語り継ぐ。それこそが、彼らに対する最大の供養なのだから。
 ……そして北部突入部隊は、人生で2度目のハイヴ突入を果たしたのだった。



[1127] Re[26]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第100話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/02 15:13
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


 白銀の旋風を纏った一団が、流れ出た血に濡れた戦場を突き抜ける。
 武達、アトリエ調査部隊である突入部隊第2陣と、反応炉破壊部隊である第2遊撃特殊部隊の突入部隊第3陣は、ハイヴの中央付近――中央より約15㎞南部地点のゲートから突入を開始する。
 ハイヴの中は真っ直ぐな道程ではない為に、直上が必ずしも良いとは限らない。事前に得られたデータを元に検討した結果、その地点からならほぼ一直線に、両目標地点に到達できると予測され、その地点からの突入と相成った。
 第7砲撃の効果も引き始め、新たなるBETA群が地表に続々と出現してくる中、露払いの王立国教騎士団を先頭に武達は突き進み、とうとう目標地点を視認した。
 『HQより南部突入部隊全機――多目的運搬弾頭により補給コンテナが着弾する。繰り返す、補給コンテナが着弾する。各員はコンテナの確保に当たれ!』
 「プリンセス了解――ナイト8、ナイト10、コンテナ回収を命ずる。回収後は突入地点に集結せよ!」
 「ナイト8了解」「ナイト10了解」
 目標地点近辺に、戦艦から発射された多目的運搬弾頭が着弾する。ゲート確保、及び中継地点確保部隊の為の補給コンテナだ。クレア王女の命令によって、各隊が先行し補給コンテナを回収し始める。
 その間に、突入部隊は突入地点に到着。突入口の警戒に女王近衛隊第3大隊ホワイト・ローズを置き、女王近衛隊第1大隊レッド・ローズ女王近衛隊第4大隊パープル・ローズ。更に、後方を護衛して来たアメリカ派遣傭兵部隊2大隊が加わる。
 突入部隊を捉えたのであろう敵が周囲から集まってきている。艦砲支援によってある程度周辺のBETAは倒せてはいるが、それでも砲撃を潜り抜けてくる敵は結構な数に上り、息吐く暇もない。南部方面第1陣である武達は、迅速に集結と準備を進めていた。
 「此方フェンリル、準備完了――そちらはどうだ?」
 「こちらヴァルキリーズ、全機問題無し。何時でも突入可能であります」
 「ブラッディも全機問題ねぇ、何時でもOKだぜ」
 「スカーレット準備良し。例えジュデッカにでも行ってやるよ」
 第2突入部隊の総指揮官という位置付けとなっている月詠の質問に、威勢良く答えていく面々。アトリエ調査部隊はフェンリル、ヴァルキリーズに加え、アメリカ派遣傭兵部隊の2大隊という少数精鋭だ。
 ブラッディ隊――今回の作戦に際して、リアネイラの隊にスカーレットという呼称が定められた。本人名付けで――は、第4世代戦術機部隊の中では精鋭中の精鋭で、武達との連携も1番長い為、今回の突入部隊に選ばれた。本人達も突入には大変乗り気で、士気は高い。
 先程も出たが、傭兵部隊の残り2大隊は地表で突入口の確保を担当する。残りの1大隊は、もしもの時の為に、防衛基地で待機警戒中だ。
 全部隊からの返事を受け、いざ突入と号令を上げようとする月詠。その時、空中から新たな部隊が次々と突入ゲート付近に降り立つ。
 「蒼い武雷神……真貴か!」
 「久し振りだな真那。積もる話もあるが、生憎と再開の挨拶をしている暇も無さそうだ。此処は我等も協力して事に当たろう。お前達は全力で任務を遂行して来い」
 次々と降り立つ武雷神の中、蒼い武雷神からの通信。そしてその蒼い機体に続くように降り立とうとする、白い3機の武雷神。
 「「「「真那様!」」」
 「神代、巴雪、戎美――お前達も……」
 3人が降り立つ地点の目の前に居た要塞フォート級グラヴィス。噴射跳躍装置を水平噴射跳躍ホライゾナルブーストに切り替え、その敵を指標する。
 「ここは我等が引き受けます~」
 振るわれ薙ぎ払われた尾節に対し、片側の噴射装置の出力を大きくして急速ターンで掻い潜りながら、戎美が擦れ違い様に突撃機関砲の爆裂弾を叩き込む。
 「真那様は後顧を気にせずに……」
 尾節が根元から吹き飛ぶ様を尻目に、今度は神代が近接戦闘長刀で脚部の付け根を切り裂き。
 「任務を御果たし下さいませ!」
 最後に巴雪が、斬り裂いた傷口に120㎜滑腔砲から発射させた成形炸薬弾を叩き込み、内部を燃焼させる。
 3機は見事な連携を披露してから地表に降り立ち、また新たな敵を指標して駆けて行く。
 「すまない、感謝を……。――突入部隊、行くぞ! 多くの将兵の尽力を無駄にしない為にも、何としても任務を成功させる。続けぇ!!」
 月詠は、それらを見届けると一瞬瞑目し、心からの感謝の念を吐露する。だが、次の瞬間にはその感情を振り払い、心が猛るままに荒ぶる声を張り上げた。それに続くよう、皆も鬨の声を上げ、大気を振るわせる。
 『フェンリル1よりHQ――第2突入部隊、これより突入を開始する!』
 『HQ了解――御武運を』
 月詠機と白銀機を先頭に、後続が次々と突入ゲートに飛び込んでいく。
 従来までは死地への旅路であったゲート突入だが、今はそうではない。彼等は作戦の成功と、自らの生還の希望を掲げ、暗き冥府を髣髴とさせる、怪物達の巣へと身を躍らせたのだった。

***

 『こちらホワイトローズ1、HQ聞こえるか? HQ――?』
 『こちらHQ――通信問題ありません。感度は良好です』
 『第10層までの制圧と、各層への中継機の設置及び兵站路の確立は完了した。現在補給コンテナを運び込んで、歓迎パーティーの準備中だ。北部方面の誘導が上手く行っているのか、敵の攻撃は散発的、今の所大規模な戦闘は制圧時以外には無い』
 『――HQ了解です。……第2突入部隊への通信、中継可能ですか?』
 『一寸待て……ソーニャ?』
 『――今繋がりました、中継します』
 『……ちらフェンリル1、聞こえるか?』
 『こちらHQ――感度良し、問題ありません』
 『了解した。現在地下凡そ1100m地点、第36層S-32-39の縦坑シャフトを通過中、後少しで37層S-24広間ホールに到達する』
 その通信を聞いたスターニア、ソーニャ以下、王立国教騎士団の衛士は流石と感心する。突入からまだ14分しか経っていないのに、既にそこまで進攻している。
 ハイヴ内での進攻は、攻撃を最低限に、BETAの後続が追い付けない速度で進軍するのがセオリーだ。敵が膨大に湧き出てくるハイヴ内で、足を止めて戦うのは無謀の一言。敵を倒しても、それはその場凌ぎの対処療法となり、結局弾切れの憂き目と遭う。
 ハイヴ内での戦闘継続可能時間は凡そ90分と言われている。もっとも、ハイヴの等級が上がればその限りではないだろうが……。とにかく、それを思えば進軍速度は速いほうが良い、だからこそハイヴ内での行動は『如何に敵を躱わしつつ、進軍できるか』……つまり機動力こそが重要となる。
 そして、武のXM3を活用した3次元機動こそが、取るべき行動の答えであり、第4世代戦術機こそが、その機動を最大限に発揮できる道具なのだ。
 ある意味両者を極めている武の機動力は、他者から抜きん出ている。今も下層では、部隊の先頭に立ち、道を切り開き指し示しているだろう。勿論の事、それに追従していく面々の凄さも、忘れてはならない。
 『解りました――第3突入部隊聞こえますか?』
 『はい、聞こえます』
 『5分後に突入を開始して下さい。突入後はデータリンクを密にし、第2突入部隊の動向に注意をお願いします』
 『ガルム1了解しました。中継機の埋設を増やして対処します』
 第2突入部隊の役目は調査なので、20分~30分程の間を取ってから、第3突入部隊――反応炉破壊部隊を突入させる。第10層までは確保してあるので、その分を差し引いての数字だ。
 また、甲17号ハイヴの最大深度は約1800m、存在層が地下46層で、反応炉が存在するのが地下約1500m、42層付近、アトリエは40層付近に存在する。厚木ハイヴに比べれば大きさは段違いで、深度も深い。下層域では壁の性質の為に通信が遮断される事もあり、厚木ハイヴの時と同様通信が途絶されると予測された。
 その為に開発されたのが、埋め込み型の小型中継装置だ。
 これは、BETAがハイヴ内壁を傷つけない事を利用して作られた、ハイヴの内壁に埋め込む形を取った小型中継機である。専門の銃のような装置で中継機を発射し、内壁に埋め込む。撃たれた中継機は、ハイヴ内壁にめり込み、頭の送受信部分だけを少し出した状態となるのだ。これならば、BETAに破壊される事も無いだろうと考案され、今回の戦いで、今現在実際に電波を中継している。
 一番の問題は、発射と埋め込みに対する、機構と隠匿性を重視した為に問題となった、装置の小ささによる出力不足だったのだが、それは装置の精度と数で補っている。出力精度に重きを割り振った為に、その分1機の寿命は凡そ60分程度と低いが、そのお陰か順調に機能しているようだった。
 
***
◇◇◇
第2突入部隊――突入より19分経過
目標地点

 「見えた、あれが入り口か!」
 「柏木大尉、迎撃インターセプト級の反応は?」
 「無いよ、それどころかBETA反応が一切無い」
 「流石にBETAの最重要施設って所かしら、ドキドキするわね」
 「風間、珠瀬、付近の地形を再スキャンしろ。調査した初期データとの差異があったら、逐次報告」
 「「了解!」」
 「こちらブラッディ1。俺達は手前の広間ホールで防衛線を構築する、装置を持った機体は内部で装置を下ろした後に戦線に参加させるぞ」
 「フェンリル1了解、これよりアトリエに突入する」
 「なるべく迅速に頼むよ」
 「分かってますよ、リアネイラ少佐!」
 武機と月詠機を先頭に、フェンリル隊とヴァルキリーズ。そして調査機器を持った傭兵部隊の機体が数機、アトリエに突入した。
 BETA特殊物質精製プラント――通称アトリエ。人類が初めて踏み込む、未知の空間。事前に焔から、内部の構造予想を説明されてはいたが、実際に内部を見てみると驚く。
 武達の目に留まる機材らしきものはガラス性の容器のようなが複数在るのみで、後は殆どが生体部品とでも言うような――機械らしくは無いものだった。
 ヴァルキリーズの面々も、機材を持った傭兵部隊の数人も、内部を目にして驚いている。事前に説明されていなければ、武達も戸惑い驚愕しただろう。
 「ねえ……あれ!」
 その中で響が、目を見張りながら唯一目に留まったガラス性の容器の様なものを指差す。中には、焔に見本として見せられた物や、その見本の中には無かった物が大量に納められていた。
 「あれが……特殊物質ですか」
 「しかもG元素だけで目算1.5……いや、2t以上はあるか」
 装置を受け取りながら、それを見た御無とヒュレイカも、目を見張る。
 ガラスに似た容器群の内部には、特殊物質らしきものが満載されていた。G元素だけでも2t以上……まさしく大量だ。これだけの量があれば、今後の凄乃皇の行動に何の支障も制限も設けなくて良くなる。G元素の研究にも幾らか使えるだろう。1tも在れば良い方だと思われていたので、この結果は大変に嬉しい誤算だった。
 『焔……焔、聞こえるか!』
 『……こちら焔、感度は悪いが何とか聞こえるよ。新型の埋め込み型中継機は上手く機能しているらしい』
 『そうか、こっちも朗報だ。アトリエで容器に収められた特殊物質を大量に確認した、G元素だけでも目算2t以上は存在する』
 『2t!――それは確かに朗報だ。しかも容器に収められてるとは……打ち上げ直前の時期を狙ったのは正解だったな。それで調査は?』
 『現在準備中だ……よし、完了した』
 受け取った機材の入ったケースを開封し、中から装置を取り出す。戦術機の主腕や背面パイロンに装備して、繊細仕事に適したモードに移行する。
 機体操作を、搭乗者の思考を主体として行われる半自律モードへ移行。マニュピレーターを直接操作する、アームコントローラーを腕に装着し、戦術機の指を繊細操作できるようにして準備完了だ。後は、主腕以外の機体操作は半オートでやってくれる為に、調査に専念できる。コンソールを操作する時は、アームコントローラーのスイッチを切って、装着したまま打ち込めば良い。
 武達全員は焔の指示に従って調査を開始。同時、第3突入部隊が、ゲートより突入を開始した。

***

 「ああもう! 分かってたけど切りが無い」
 茜が舌打ちしながら愚痴を零す。解ってはいたが、周囲から次々と新手が押し寄せてくる。味方機が多いので、そう梃子摺るではないが、鬱陶しいことこの上ない。
 武達が調査に専念している間、残りは全て防衛任務に当たっていた。
 アトリエがある場所は袋小路状になっているので、入り口が1つしかなく、地下茎構造スタブからの分岐も無い。その為、1つ前の広間ホールで防衛線を敷いている。
 「珠瀬、銃弾砲の残弾は?」
 「あと250……まだ大丈夫です榊さん」
 両手に保持した05式電磁支援突撃機関砲を、データリンクによって指標された敵目掛けて撃ち放っていく千姫は、網膜隅に表示されている残弾数を確認しながら答える。それを受けた千鶴は、余裕のある数字に一先ず息を撫で下ろした。
 「そう……それは何よりだわ」
 「ショットシェルも良いけど、やっぱり銃弾砲の方が便利だしね」
 美琴も、銃弾砲の残弾がまだ余裕があることに一安心する。
 散布式銃弾砲のネックは、パック式の弾形態を取っているための弾数の少なさだったのだが、後期及び改良型の銃弾砲は、電磁加熱砲と共に作られた装填機構付きの背面弾薬ケースを使える仕組みとなっている。(この弾薬ケース、36㎜弾や120㎜砲弾も運搬だけならば可能)
 珠瀬と風間機の保持武器は05式支援突撃機関砲一丁で、両肩には電磁加熱砲と散布式銃弾砲、そして背面弾薬ケース(大)を2つと中央背面パイロンに予備の05式を装備して、その他のパイロンや補助腕には全て弾薬ラックを装備している。これは攻撃力より、的確で持続可能な援護攻撃能力を取った結果だ。
 他の友軍機も、各機1つは背面弾薬ケースを装備しており、中には勿論、36㎜弾や120㎜弾を満載して来た。今回は持久戦となるので、腰部射撃等による攻撃力増加より、携行弾数の増加を取った為だ。もう片方の背面パイロンには、各自の好みで様々な装備が選ばれている。
 背面弾薬ケースや外付け型の弾薬ラックを含めたフル装備は、機体重量の増加や、動作の妨げなどの問題を引き起こす。その為に、第3世代戦術機でもこの形態は採用されなかったのだが、戦術機が第4世代となりパワーアップしたことで、この形態もほぼ問題無く――衛士の力量に関係してくるが、そもそも第4世代戦術機に乗るのは熟練衛士なので問題は無い――取られる様になった。
 そもそも第4世代戦術機とは、ハイヴ攻略を前提にした――つまりは、現在の状態をも含めて想定して作られた戦術機なので、問題がある筈が無い。
 因みに、旧世代型でフル装備を試した所、撃震や陽炎ではまともに動けなく、不知火でも苦労した。フル装備で普通に動けるのは、第4世代戦術機。辛うじて、強化改造(生体金属や新型モーターに換装)した第3世代戦術機と言った所だろう。
 「中隊規模来たぜ!」
 「こちらブラッディ2、データを回します」
 そして、更にまた新たな敵が押し寄せてくる。
 指標された大型敵にはナンバーが振られ、それが各機体へと割り振られていく。これは、使用する弾を制限する為の方法だ。1つの敵に攻撃が集中して、弾が無駄にならないようにする為――各機は、ハーフトリガーやパースト射撃で、無駄弾を使わないよう、確実に、迅速に敵を屠って行くのだ。
 敵が広間ホール入り口に押し寄せ、広がり出た瞬間、幾つかの機体が噴射跳躍し、空中から狙撃を開始する。それに合わせ、地上で入り口に狙いを付けていた機体も射撃を開始、敵を撃ち倒していく。
 「ブラッディ、クリア」
 「スカーレット、クリア」
 「ヴァルキリーズ、クリア……残敵零」
 「零は良いけど、また溜まったわね……」
 敵を全て倒した所で、速瀬がうへぇと顔を顰めた。そんな彼女に構わず、伊隅は素早く命令を下す。
 「全機、死骸を退けるぞ。ルイタウラの甲殻はバリケードに加えておけ」
 「やれやれ……ハイヴの中でこんなことやらされるとはね」
 「宗像――真面目にやらんか!」
 「はいはい……まったく人使いが荒い」
 「仕方ないですよ、退かさないと死体で前が埋まっちゃいますから」
 「ほんとよね。撃っていると、死骸で段々射線が取り難くなってくるわ」
 「このままBETAの死骸で、広間ホールが埋まっちゃったりしてね」
 「その前に入り口が塞がって出られなくなりますわね」
 広間ホールに散らばる、BETAの死骸死骸死骸……。10分以上も此処でBETAを狩り続けていたのだから、その量も頷けよう。余りにも死骸の数が多く、射線や入り口を塞ぐ事態となってしまう為、皆は定期的に死骸を後方などへ退けているのだ。
 「!?」
 その時、機体のレーダーが新たな反応をキャッチする。
 素早く反応を読み上げた榊は、得られた情報に対し危機感を抱き、大声で報告を下した。
 「新たな敵反応、連隊規模です! ……っ更に後続多数、現段階では計測不能!」
 「おやおやー、敵さんとうとう本格的に私達を潰しに来たかなぁ?」
 「そのようですね。まあ、これだけ暴れればそれも致し方ありませんが」
 「はっ……あんたらピンチを前にして気楽でいいねぇ、気が合いそうだよ。流石は白銀の戦友、類は友を呼ぶってやつかい」
 速瀬や朝霧は、自信故か性格故か、この状況下でも冷静だ、軽口を吐く余裕さえある。そんな2人に共感したリアネイラも、自身も乗せるように軽口での賞賛を吐き出した。
 そのとんでもない言葉に、皆が微妙に引きつる。褒められた事は良いのだが、武と一緒にされたことが……。まあしかし、似たもの同士だというのは、ある意味……ある意味至言かもしれないが。
 「類は友を呼ぶって……」
 「……白銀と一緒にされるのは凄く不満だわ」
 「へえ~~、茜がそれを言うんだ?」
 「「「!?」」」
 「柏木!」「柏木さん!」「晴子!」
 「何だか賑やかで良いね。私達は除け者かな?」
 突然に通信を繋いできた柏木は相変わらずで、笑顔が変わらない。驚愕に驚く面々を尻目に、実にのんびりとしている。
 「よっみんな、待たせたな」
 「白銀、調査は終わったのか?」
 「ええ、キッチリ終了させました。いやぁ、一所懸命に勉強した甲斐がありましたよ」
 「そうだな。結局焔との通信は確保できてはいたが、学習していたお陰で調査時間を短縮させられた」
 「あの地獄の勉強時間が無駄にならなくて良かったですよ~」
 「どんな知識でも、学べばそれは血となり肉となる」
 「まさに至言……ですわね」
 口々に言葉を述べながら、武達が広間ホールへと飛び込んでくる。
 調査時において当初の懸念は無く、焔との通信は問題無く通じた。しかし、学んだ事が無駄になった訳ではない。一々細かい指示を仰がなくても良かったので、調査時間が短縮され、調査量や調査精度が向上した。やはり、備えあれば憂い無しというのは……少し違うが、まあ至言だろう。
 運んできた調査機材はそのまま放置し、特殊物質も後から回収すれば良いので、武達は調査の為に除装した武器を再装備しているだけだ。
 データリンクで即座に状況を確認した月詠は、素早く全体を把握する。
 「状況は確認している。問題は?」
 「こちらは、問題ありません」
 「俺達も全機問題ねぇ」
 「こっちも大丈夫だよ」
 「よし、ではこれより脱出を開始する。突入時と同様、我々が先頭に立ち、ヴァルキリー、ブラッディ、スカーレットと続く。帰りは後を考える必要は無い、最低限の弾薬を残して、好きなだけ撃ち倒せ!」
 後は脱出だけ、地上に戻れば弾薬は補給可能なので、最低限の弾を残し、BETAの掃討に全力を尽くす。命令を受けた全員は、鬱憤を晴らせる機会を得て、盛大に喜び勇んだ。
 「よっしゃ、じゃあ行くぜ!」
 帰りの道程も、先陣を切るのは白銀武。その後ろをピッタリと月詠が追従する。
 2人を先頭に、アトリエ調査部隊は役目を終え、地上に舞い戻っていく。






 今回のボツネタ……
 尾節が根元から吹き飛ぶ様を尻目に、今度は神代が近接戦闘長刀で脚部の付け根を切り裂き。
 「任務を御果たし下さいませ!」
 最後に巴雪が、120㎜滑腔砲から発射させた成形炸薬弾を叩き込み、内部を燃焼させた。
 これぞ、スーパー無現鬼道流絶技!【噴射気流殺】……向こうの世界ではD組チームワークの前に敗退した筈の技が、此方の世界では完璧な技として存在したのだ!



[1127] Re[27]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第101話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/03 19:54
2007年……11月1日、ミャンマー/甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


 第3突入豚――反応炉攻略部隊は、第2遊撃特殊部隊6機、ベーオウルフ大隊、ヘイムダル連隊で構成されている。ベーオウルフ、ヘイムダルは、やはり厚木ハイヴ攻略戦で生き残った衛士達を再編成した部隊で、両部隊ともその腕は精鋭中の精鋭、日本人衛士はファフニールやニーズヘッグの生き残りと共に、第4世代戦術機のテストパイロットも務めていた。
 特に新編成されたベーオウルフ大隊に属する、元ベーオウルフ隊の生き残り28名の帝国軍衛士は。各個の能力も突き抜けていて、今や王立国教騎士団女王近衛隊に並び追い越す勢いだ。彼らベーオウルフ隊の生き残りは、厚木ハイヴ戦時、最下層までの決死の吶喊を敢行し、その地獄の中で生き延びた衛士。彼等の強さや使命感の在り方、その後の成長の程も伺えようというものだ。
 だが、今回の甲17号ハイヴでの反応炉攻略部隊の先鋒を担うのは、第2遊撃特殊部隊の6人となっている。
 これは主に、マレーシア戦線(オーストラリア政府)の意向や、若い衛士達に発破を掛けるため――というのが理由だ。
 当初、この意見には大多数の反対意見が上ったのだが、第28遊撃部隊衛士の賛同――特に月詠と武の賛同が、賛成を取り付けた。
 2人が『第2遊撃特殊部隊の実力なら問題無い』と太鼓判を押した為、月詠を信頼している御剣真貴以下、一部の日本帝国政府員が賛同。更に武の同意に、クレア王女以下、女王近衛隊薔薇の騎士やその他、武に関わった事のある衛士達も賛同し……それを皮切りに、その他の者達も結構な数が賛同し始めた。
 世界初の反応炉攻略を成し遂げ、防衛基地でも八面六腑の活躍を見せる2人――特に、XM3や、様々な発明に関わっている(と発表されている)武の発言は、本人が意識しないところで、多くの者達を動かす力があったのだ。
 武達が、まだ余裕があったのに地上に引き返したのもこの為である。元々、アトリエ調査での疲弊具合が未知数になる所から、より完璧な手段として第3突入部隊を結成したので、彼らを信頼している武達は無理をすることも無いと思ったのだろう。
 勿論の事その考えは、第2遊撃特殊部隊の者達に何かあった時の為にと後続に付けられた、厚木ハイヴ攻略戦で生き残った猛者達の事も考慮してのことであるが。
 
◇◇◇
第2遊撃特殊部隊
地下第37層
 
 「第37層S-34縦坑シャフトを通過! 第38層S-33横坑ドリフトへ、このままS-31広間ホールまで突っ切る!」
 「「「「「了解!」」」」」
 ガルム隊のメンバーは、至極順調にハイヴ最下層に向けて進攻を行っていた。ハイヴに突入するのは初めての経験だが、新型のシミュレーターで散々に鍛え上げている――いや……口から思わず魂がはみ出てしまう程、無茶苦茶ハードに鍛えさせられた。その甲斐あってか、肉体や機体が恐ろしい程完璧に、思った通りに動いてくれる。
 闇の中で所狭しと動き回るBETAの群れの中に、面白い程容易く空白の間隙が発見できる。後は其処へ、機体を滑り込ませ駆け抜ければ良く、攻撃も必要最低限しか行う必要が無い。七瀬達は、武達に及ばないながらも、自分達もが驚く程のスピードで、ハイヴ内を駆け抜ける。
 「!?……この反応は!」
 その時、ミラーナが搭乗する業炎の索敵センサーが、前方の広間ホールに居る敵の陰を捉えた。その敵の中に、注意するべき反応を認め、隊長とメンバーに報告を入れる。
 「前方S-31広間ホール迎撃インターセプト級、中隊規模です!」
 「数凡そ100……結構居るわね。全機、シミュレーターで訓練した通り、飛び込んで迅速に殲滅する!」
 ハイヴ内に潜って、初めての迎撃インターセプト級との遭遇。シミュレーターでみっちり対策を立ててある為に戸惑いは無いが、初めての実敵との遭遇という事で、憂いはある。だが、七瀬少尉は隊長として、その心を忘却の彼方へと捨て出した。自分は隊長として、この隊を率いる責任がある、萎縮などしている場合ではないと、心を引き締めた。
 しかし其処で、隊の1人の心理グラフが乱れているのを認める。
 「香織、心理グラフが乱れているわ。気持ちは分かるけど落ち着いて」
 榎本香織……彼女が何故心を乱すのか、その原因は解りすぎる程に解っている。初のシミュレーター訓練での時も、大した取り乱しようだった。実敵に遭遇した今、その心の荒れようも頷けようという訳だ。
 だが、今は実戦――しかも、ハイヴ最下層へ向けての行軍の最中だ。彼女1人の心の乱れが、部隊全体の危機を呼び起こす可能性もある。勿論の事それは彼女とて承知ではいるだろう……だからこそ彼女は隊長として、厳しくも優しく彼女に呼び掛けるのだから。
 「解っている……落ち着いているわ……。大丈夫よ、私は大丈夫……仇を取って、怨み辛みを晴らそうなんて思ってはしないわ」
 (そう……私は大丈夫。心のままに此処で数匹奴等を倒して何になるの。姉さんが託した事、姉さん達の礎が在って完成した第4世代戦術機……。それに乗って、私は姉さんの志を継ぐの……だから――)
 だからこそ自分は大丈夫。今この時は、自分が搭乗するこの機体は、姉を含めた様々な人の礎が在って現実となったもの。なればこそ自分は繋ぐのだ、彼女達の意志を自己の肉体に繋げ乗せ、未来に向かって進み続ける。それこそが、彼等達の心に答える、最大の謝辞であり、供養なのだから。
 操縦桿コントロールスティックを握り込み直し、大きく深呼吸する。広間ホール入り口は目の前……大丈夫、私は落ち着いている。先を睨みつけながら、強固な意志を心に刻み付け、行動に備えた。
 「見えた! ミラーナ、ライラ! 榴弾撃ち込め、俺と飛龍が先陣を切る!」
 「任せたわ2人共!」
 「了解……。04、フォックス2!」
 「りょうか~い。06、フォックス2!」
 ミラーナ、ライラ機が両肩に装備した電磁過熱砲から、電磁加熱されて速力を大幅に増した榴弾が撃ち出される。
 電磁加熱された砲弾は、自律誘導弾よりも飛距離があるので、実際はフォックス2では無いのだが、まあ其処はややこしくないように統一している。
 初速と加速度を増した砲弾が、迎撃インターセプト級に迎撃する間も与えず、集団の中に飛び込み爆砕する。撒き散らされた破片が、集団中央に穴を開け、隊列を乱させた。
 「吶喊!」
 「行く……」
 そしてその隙を狙うように、煉矢が搭乗する武雷神と、飛龍が搭乗する霧風が、圧縮水素併燃加速による水平噴射跳躍ホライゾナルブーストで、圧倒的スピードを持って広間ホール入り口へ向かい突撃を開始。
 直ぐ様に目前に迫る広間ホール入り口。暴力的な加速圧に歯を食い縛って耐えながら、その場所を睨み続ける両者。そして、其処に交差する瞬間を狙って強引に機体の向きを変えつつ、入り口の淵の部分となる壁を蹴り放った。
 加速の乗った直進から強引に向きを変えたことで、更に激烈と襲い掛かる重加速圧。だが、それを跳ね除けるように操縦桿コントロールスティックを操作し、噴射装置とスラスターの向きをも変える。広間ホール内に飛び込んだ2機は、上空でクロスとなる軌道を取りながら、迎撃インターセプト級の後ろ側に回り込む形となり、そのまま後ろを取った2人は、加速によって軋む体に鞭打ちながら、突撃機関砲の弾を目標群に向けてばら撒き始めた。
 その時点でやっと、迎撃インターセプト級が、飛び込んできた2機に反応する。BETAが持つ指標優先順位の格付けに則り、後ろに方向転換して2機を補足しようと動き出したのだ。
 だが、その2機は囮。後ろを向こうとした迎撃インターセプト級群に、更なる電磁加熱砲撃が見舞われる。幾つかの敵を貫通して行くAPFSDS弾、そしてその弾に追従するように、凛の武雷神と、香織の叢雲が、全力射撃をしながら飛び込んできた。
 「胸部の開閉に注意して全力攻撃! 他の敵は極力構わず食い尽くせ!」
 後から来たミラーナの業炎と、ライラの叢雲も加わり、周囲から全力射撃を加え一気に撃ち倒す。BETAは同士討ちをしないという鉄則は迎撃インターセプト級にも通用するので、群れの中に飛び込めばニードルでの攻撃も封じる事が可能なのだが、迎撃インターセプト級は西洋剣状の先端が付いた尾節を振り回して攻撃してくるので、集団の中に近付くのは懸命ではない。
 ニードルも、広い場所ならば、注意していれば回避可能なので、全力射撃で一気に倒した方が効率も良く安全なのだ。
 後続もいる為に、全ての迎撃インターセプト級を撃ち倒し、七瀬少尉達は、更なる下層へと歩を進めるのだった。

***
地下約1500m、第42層
主広間メインホール

 主広間メインホールに飛び込んだ七瀬少尉達は、その中を見回して内部を確認する。
 広い空間に、自分達が入ってきた場所を含め、4つの大きな入り口。そして中央に、青白く光り輝く大きな物体――反応炉。初めて実際に目の当たりにする現実の光景に、喉が大きく上下に蠕動した。
 しかし凛は、思考の片隅で、こうやって見ると、改めて厚木ハイヴは特殊なケースだったんだと実感する。
 厚木ハイヴは、最大深度が850m程度でありながら、地下が約34層も存在した。地下層の数え方は広間ホールの数を基準としている。つまり、厚木ハイヴには犇くばかりの広間ホールが存在していたのだ。
 焔が厚木ハイヴの存在BETA数を多めに予想していたのもこのデータを元にしたのだったが、その予想よりも遥かに存在個体数は多く、当初の想定を上回る苦しい戦いとなってしまった。
 そして極めつけは、主広間メインホールの構造だ。
 厚木ハイヴの主広間メインホールは、入り口が2つしかなく、更に天井に大きな穴が開いて露天しており、ベントと繋がっていた。
 横浜ハイヴや佐渡島ハイヴとの差異の謎は様々に議論され、色々な予想案が出たのだが、一番有力な説は『反応炉の移送作業の途中だったのではないか?』というものだ。
 BETAがどのようにして反応炉を下層へ移送しているのかは謎だが、『下の部屋をある程度作った所で、穴を開けて其処から反応炉を下に運び込んだ所だった』そう考えれば、天井に穴が開いていたことも、入り口が2つしかなかった事も説明が付く。……まあ、これはあくまでも推測でしかないのだが。ただ単に、たまたまそういう特殊な造りのハイヴだったのかもしれない事も、なきにしもあらずなのだから。
 凛は、そんな考えを一瞬頭に上らせたが、直ぐにその考えを振り払う。――今は任務に集中しなくては。
 一瞬の停滞を打ち破り、機体を反応炉に進め始める。そこで、後続の友軍機が入り口に到着した。
 『こちらベーオウルフ1。これより我等後続部隊は主広間メインホール入り口から流入してくる敵の排除に当たる。迅速に事を済ませろ』
 「ガルム1了解。宜しくお願いします」
 後続部隊は、4つの入り口に向けて分散して行く。彼等は基本的に、ガルム隊が失敗するか救援を求めない限り支援は控える事になっているが、このような場面では既にそれも無しだろうと判断したらしい。第一、既に目標地点にガルム隊の力だけで到達しているので、『若者の力を示す』という目標は達成されているからだ。
 「……あの、どうしましたか?」
 そんな中、ベーオウルフ1が何時までも通信を切らないので不安になって、凛が作業を継続しながら恐る恐る尋ねる。すると彼は、いや……と首を振ってから、凛の目を見て静かに語りだした。
 『月詠中佐や白銀少佐が認めたとはいえ、若い君達に対して不安や不信感は存在した。知っての通り、私達はハイヴという地獄の戦場で生き残った衛士だからな。だが君達は、見事に一機も欠ける事無く、最下層まで辿り着いた。その腕は賞賛に値すると思ってな』
 「それは……。私達は……この隊の隊員は、誰もが重い過去を背負っています、その時に誓った意志を貫き通そうと、皆が必死なのです。だからこそ、私達は強く在れるのだと思っています。強くならなければならなかったのです」
 自分は兄を失った。そして、兄の望んだ平和を実現しようと心に誓った。
 香織は姉を失った。姉が築いた礎を、姉が望んだ未来を実現する為に、更にそれを築き上げようと心に誓った。
 煉矢は恋人だったのであろう少女を失った。彼女の残した最後の願いを叶える為に戦っている。
 ミラーナは一番の親友を失った。その親友の最後の願いを聞いた者として、煉矢と共に戦おうと誓った。
 飛龍は、家族を失い、衛士だった恋人も失った。だからこそ、BETAを駆逐する事が今の全てなのだ。
 ライラの事は詳しく知らないが、過去に大きな何かがあったらしい。どんな心境でそうしているかは知らないが、態と明るく陽気に振舞っている事を知っている。何処までが作った性格かは知らないが、彼女は本当は、言動に反して頭が良く慎重なタイプだ。
 衛士という者は、いや……この世界に生きる者は大なり小なりそんな思いを抱えて生きている。自分達だけが重き過去を背負っていると溺れ浸る事は緩慢だと思う。だがそれでも――それだからこそ私達は、より強くこの思いを抱えて強く在りたかったのだ。だってそれこそが、心が欠けてしまった私達の空虚な心の隙間を埋められる、生きる為の原動力となったのだから。
 死んだ者を哀して生きるのは、報われなく悲しい生き方だ、其処には心の救済も、命猛る未来も無い。欠けた心に、過去という幻影たる思い出の理想郷を填め込んで、唯惰性のまま、嘗て存在した夢となった時間に溺れながら生きるのだ。それは、現実を忘れるために麻薬に溺れる中毒者に等しい。
 だが、死んだ者を愛し、その人の為に、託されたものの為に生きる事はまた違う。
 死者に拘る不毛さは其処には無い。彼等が託した願い、希望、未来……それらを譲り受け、その思いを心に刻み付け、光溢れる未来を目指して生きること。愛した者が死んだ事により、病んで欠けた心を埋める、愛した者が残し・託した思いの全て……それはやはり、不毛な慰めや誤魔化しなのかもしれないが、生きる意志としての力は、紛う事無き現実なのだ。
 『そうか……確かその隊には、榎本少佐の妹君も所属していたな……。あの厚木ハイヴでの勝利、そして今我々が搭乗する第4世代戦術機……。彼の地で未来を託し逝った勇士達の為にも、我々は更に強く在らねばならん……そういうことだろうな』
 だからこそ、彼等はその今を――現実を生きる為に、未来を目指して戦う。それこそが、礎となって散っていった者達が望むことだと――彼等の死を意味のあるものにする事だと信じて。
 厚木ハイヴでの勝利、そしてそれに続く今という瞬間、未来へ続く道。彼の言葉を聞いた凛は思う、自分達は更なる勝利を手繰り寄せる為に、更に強くならなければと。
 「そうですね、私達は立ち止まってはいられない……」
 「凛! 強度計測終わったわよ」
 彼の言葉に、更なる決意の心が湧き上がる中、作業をしていた香織から報告が入る。凛は、作業の手を進めながら表示されたデータを眺め、それを確認した。
 「分かった……すいません大尉、通信終わります――どうも有難う御座いました」
 『いや、構わん……君達のような若者が居るなら、まだ未来は光に満ちているだろうと私も思えてくるからな。今のその気持ちを大切にしたまえ。例えどのような苦難や絶望が襲い掛かろうとも、今君が抱くその心がある限り、人は諦める事無く戦い続けることが可能なのだから』
 その言葉を最後に通信が切れる。凛は、今の言葉を深く胸に刻み込んだ。
 基地では接点が無いので、中々話す機会が無い人であったが、このような人達が自分達の側で共に戦い続けていて、これからも共に戦い続けていられるのかと思うと、何だが無性に嬉しかった。
 その心を胸にしまいながら、凛は得られたデータを確認し終わる。
 「やはり強度が上がっているわね」
 「ええ、最低でも従来の反応炉より25%は上がっているわ。S-13の連結1組だけじゃ破壊は無理ね」
 凛達の任務には、反応炉破壊の前に、反応炉の簡単な調査も含まれた。それは、厚木ハイヴ攻略戦時のデータによって、反応炉に何らかの対策が施されているかもしれない可能性が高かった為だ。
 そして案の定、予想通りに反応炉の強化が成されていた。この強度では、破壊はより困難になるだろう。
 「S-11のセットは?」
 「5つ終了しました。あの……強度計算によれば、5つでも破壊可能ですけど……念の為にもう1つセットして置いた方が……」
 S-13の連結爆発は、S-11を3個纏めた分より少し弱い程度の破壊力に相当する。しかしその分製作は困難なので、オリジナルハイヴ攻略戦に移行した時の為にも、温存する方針で行く事にした。なので今回は、全機がS-11装備だ。
 凛は、ミラーナの提案について少し考えたが、直ぐ様に答えを出す。
 「いえ、爆発が大きくなって、アトリエの方に響くのが心配よ。ここは焔博士の示したデータを信じましょう。やるわ、タイマーセットして」
 「もうやっている。4、3、2、1、0……カウント360秒」
 煉矢の言葉に続いて、各戦術機のモニターの端に、360の文字が光り、明滅しながらの減少を開始する。タイマーが起動した証拠だ。それを確認した凛は直ちに通信を開き、味方にその事実を伝え広げた。
 『こちらガルム1――反応炉にS-11設置完了、S-11設置完了! カウント340、これより撤退を開始する!!』

◇◇◇
 その後、反応炉は無事に破壊され、第3突入部隊は無事に脱出してきた。
 反応炉の破壊と共に、BETA群は反転を始め、周辺のハイヴへ向けて逃走を開始。
 同盟軍は、BETAが逃走を開始した直後、凄乃皇の8発目の荷電粒子砲で、地表に存在した大部分の敵一掃。その後の隙を狙って、戦術機甲部隊が逃走方面に回りこみ、ハイヴから這い出てくるBETA群を待ち構えた。
 一度逃走に移ったBETAは、碌な反撃を行わず、部隊は出てくるBETAを駆れるだけ駆り続ける。そして人類は、BETA大戦始まって以来の記録的な敵撃破数を歴史に記したのだった。
 
 甲17号・フェイズ5ハイヴ攻略戦は、人類の記録的大勝利で幕を閉じた。
 この勝利を胸に、人々は明日への希望を再燃させる事となる。
 そしてこれより数十ヶ月、人類の快進撃が続くのであった。  



[1127] Re[28]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第102話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/05 14:41
2007年……11月1日、甲17号ハイヴ攻略戦後


 掃討戦も終わり、日が傾こうかという夕暮れ入り時、陸地にほぼ横付けされた、戦術機母艦蒼龍へと機体を預けた武達。機体整備が完了する翌日までの自由時間を貰っていたので、武は課せられた命令も無く、そのまま陸へと降りた所だった。
 甲17号攻略戦に参加した半数以上の部隊は帰還したが、ハイヴ調査に関わる者達は、そのままこの近辺で待機したり、周囲を警戒したり、機体を整備していたりする。
 現在は明日からのハイヴ調査に備え、シフトを組みながら、ハイヴ内の残存BETA掃討や周囲警戒などが行われているのだ。
 また、凄乃皇弐型は玲奈が付き添い、シナイ半島にある防衛基地へ運搬中。焔は、得られたデータの分析に忙しい。
 そして武達は、明日の調査で焔と共に護衛として潜る事になっている為、現在は機体整備と休養が割り振られたという訳だ。
 何日か調査で逗留する為に、海岸線沿い近くに結構立派な仮設宿舎が建てられている。まあ其処を使えるのは、ある程度の地位や役割を持つ者に限られるのだが――武達は焔直属という事で、其処を使うことになっている。
 そんなこともあり、戦術機母艦から地上に降りた武であったが、その時武は、向こうから大きな声を張り上げ手をぶんぶん振りながら、勢い良く駆けて来る懐かしい仲間の姿を認めた。
 「た~け~る~さぁ~ん~!」
 「タ~ケ~ルぅ~~~!」
 既に良い年――武と同じ年なので24歳――の筈なのに、恥ずかしげも無く大声を張り上げてやってくるその様は、相変わらずだな……と大きな苦笑を誘う。2人の後ろでも、やや足早に此方に向かってくる委員長が、『まったくもう……』とでも言いたげな表情で、顔を掌で覆って大きな溜息を吐いていた。
 凄い勢いで近付いてくる2人。すわこのまま特攻か? と一瞬軽く身構えるように体に力を入れ掛けるが、それは杞憂だったようで、武の目前で2人は急停止する。やはり年月は人を成長させるらしく、流石にそこいら辺の分別は付いたらしい。昔なら突貫一直線だったろう。
 「よっ2人共、生身じゃ3年振りだな。なんつーか、見違えたか?」
 やはり軽く挨拶しながら、武は2人をまじまじと見詰め言った。その言葉自体は本心からのものだったのだが、如何せん最後が疑問系な所がやはり白銀武だ。美琴と千姫は肩透かしを食らったように、それでいながら嬉しそうに、その武の言葉に答えた。
 「んも~、3年ぶりに相対して、初めての言葉がそれ? 相変わらずだね武は」
 「そうですね~、武さんは相変わらずですね~」
 顔を見合わせながら、やれやれとする2人に、武も更に憮然とする。笑いをその顔に載せながら。
 「おいおい、綺麗になったって褒めてんだぜ、少しは喜べよ2人とも」
 実際2人とも、見違えるように綺麗になっていた。髪型など、基本的な外観は別れた当時となんら変化は無いのだが、纏っている雰囲気や気質が、少女から女性へと変質している。なにより、当時には無かった女性特有のものとしての艶が、その在り方を激変させていた。
 武は2人ではなく、その後ろに近付いてきた人物に訊ねる。
 「そうだよな委員長?」
 だが、その問いを受けた千鶴は、それには答えずに、逆に質問を返す。
 「ちょっと白銀、やっぱり私は未だ委員長なの?」
 「だってなあ……それが一番シックリ来るし。嫌だったら、『榊』って呼び方に替えるか?」
 「……ごめん、委員長でいいわ」
 武の疑問に、額に手を当てて首を振り否定する。武に『榊』と呼ばれるのは、ハッキリ言って違和感バリバリだった。だが武は、それに逆らうが如く、昔の様に悪乗りを開始する。最近は鳴りを潜めていたこれらの行為だが、やはり3人と居ると当時の感覚が蘇って来るのだろうか?
 「いや、遠慮するな『榊』。俺も何時までも委員長じゃ、他にも示しが付かないと思っていたんだ。これからは、『榊』と呼ぶことにするぜ。良いよな『榊』隊長殿」
 「気持ち悪くて鳥肌が立つから止めて下さらない、白銀少佐。貴方のような立派で功績ある優秀な御方に、私如きが意見を述べるのは大変に心苦しいのですが、その呼び方を止めて下さらないと私……」
 「ゴメンナサイ、オレガワルカッタデス」
 「解れば宜しい」
 しかし委員長も、伊達に武の相手をしていた訳ではなかった。からかいには、それ相応の反撃を……武の『榊』攻撃に対し、千鶴の『上官への丁寧口調』攻撃でネチネチと――ねめつけ、見下すような底冷えする声で言われた武は、あっという間に降参を上げた。
 「くそっ、成長したな委員長。まさか反論では無くカウンターでくるとは……」
 「ふふふ……何時までもお堅いままじゃないのよ。私だって色々成長してるんだから」
 「はははっ流石は委員長だな。でも……」
 「何……?」
 「お堅いって……自分で自覚していたんだな」
 その場に沈黙が落ちる。武達の間に、風がヒュルリラ~と駆け抜けていった。
 やべぇ、地雷を踏んだか? と武の顔に冷汗が落ちるが……
 「はははははは……もうっ、やっぱり武って最高だよ!」
 「あははははは、美……美琴さん、笑っちゃ駄目ですよ、にゃはははははは……」
 「はぁっ…………ほんとうに白銀は……」
 爆笑する2人に、溜息を付く千鶴。笑う2人はともかく、千鶴に際しては此処は怒る所ではあるが、余りにも昔と変わらなさすぎる武のその様相に、『やっぱり白銀は白銀か……』と呆れ果てるばかりだった。
 「ふぅ……まあいいわ。それよりも白銀」
 目の前の千鶴は、すっと右手を差し出す。一瞬惚けたようにその手を見詰めた武であったが、直ぐ様に意味を察し、その手を握り返した。そして、美琴と千姫の2人も、心得たようにその上から右手を重ね合わせる。
 「3年振りですね……」
 「うん、元国連軍横浜基地207小隊、久々の集結だね」
 「そうね……私が言うのもなんだけど、やっぱり白銀が居ないと207とは言えないわ」
 「ははっ、委員長にそう言って貰えるとは光栄だな」
 4人は、顔を見合わせて笑い合うと、重ね合わせた手を解いた。
 「でも、御剣さんと彩峰さんが居ないのは、やっぱり寂しいですね……」
 「何を言ってるんだたま、2人はちゃんと此処に居るぞ」
 「えっ!!」
 手を解いた直後に千姫が寂しそうにポツリと呟く。彼女は、此処に冥夜と彩峰の姿が無い事を、仕方ないとは思いつつも寂しがったのだ。しかしその呟きに、思いもよらない返答が返ってくる。
 信じられないその言葉に、千姫を含めた美琴と千鶴の2人も、目を見開いて武を見詰めた。
 「ほら、これだ」
 そんな視線の中、そう言って武が皆に示したのは……
 「皆琉神威……」
 「それに、彩峰さんが作ったリストバンド」
 腰に挿した、冥夜から託された皆琉神威。手首に装着した、慧がチョーカーを利用して作ってくれたリストバンド。
 その2つを見詰めるみんなに、武は語り掛ける。
 「これだけじゃないぜ――冥夜と慧が託した願いは、みんなの心にも受け継がれている筈だ。あいつら2人は、地球を離れる寸前まで、皆の安全や健闘を願い、人類の光ある未来を信じていた。きっと今も、新たな惑星ほしで、俺達の事を心配してくれている。
 そう……あいつら2人の託した心は、俺たちと共に有る。例えどんなに離れていても、俺達207小隊は何時でも1つ、最高の仲間だろ?」
 「白銀……」
 「武さん……」
 「武……」
 武の言葉に3人は胸を打たれ、心に感涙の涙を咽び流した。
 2人が託した様々なもの――自分達は、確かにそれを心の中に感じられる。例えどんなに離れていても、時が経っても、信じられる友情や信頼。それなりに長い年月の中で、色褪せはしないが胸の奥に仕舞って置かれるに至ったそれらの感情が、武の言葉で一気に燃焼し始めたのだ。
 そして4人は語り合う……今までのことを、冥夜や慧に聞かせるようにと――。

***

 「そういえば……」
 あの後、4人はそのまま話を続けながら、仮設宿舎の武の部屋までやってきて、そのまま暫く話を続けていたのだが、一段落した時、急に思い出したように武が疑問を述べた。
 「ヴァルキリーズのみんなは如何したんだ?」
 委員長達3人も含めヴァルキリーズもこの後、ハイヴの調査に連日参加する予定なので、この仮設宿舎に泊まる筈だ、だから委員長達と一緒だと武は思っていたのだが、先程は姿が見えなかった。
 「特別用事は無かった筈だから、多分気を利かせてくれたんじゃないかしら?」
 「伊隅少佐だけはそのまま本部に報告に行ったんですけどねー」
 「そうか、感謝しなくちゃな……」
 「そういえば、武の隊の人達は如何したの?」
 「ああ、真那は本部――と言うか、焔博士への報告だな。その後、帝国軍の人達にも会うって言っていた。御無大尉と響は、朝霧少佐に会う為に真那に同行している。ヒュレイカ大尉も、朝霧少佐に挨拶して、その後、知り合いの衛士達に会いに行くって言っていた。柏木は、ヴァルキリーズのみんなのところだと思うぜ?」
 様々な人達が此処に集ったのだ、この機会に久々の挨拶を交わそうと言う訳だ。武も後で、朝霧少佐やヴァルキリーズのメンバーに会いに行こう……と思っていると――。
 「武……」「んっ?」
 美琴に『ガシッ』と右腕を掴まれた。それはもう、一寸やそっとでは放さないぞという程強固に。
 腕を胸にがっしりと抱え込まれているのだが、美琴よ――相変わらず胸は成長してないな……と、本人が聞いたら『ほんの少しは大きくなっているんだからね』とささやかな反論をされそうな感想が頭に浮かんだ。
 「武さん……」「おっ?」
 そして、美琴の胸板への感想も冷め遣らぬうちに、次はたまに『わしっ』と左腕を掴まれた。たまよ――背は美琴に負けてるが、胸はお前が勝ってるぞ……と、相変わらずしょ~もない感想が浮かんだが。
 (はて、この状況はなんでせうか? 説明プリーズ)
 この状況へ対する湧き上がる疑問に、胸のことは捨て置いて、前に立っていた筈の委員長を見てみるが……。
 「さあ白銀、今から此処は治外法権よ。私達の質問に、キリキリ答えて貰いましょうかキリキリと」
 こわ~いこわ~いお姉さんが居ました。
 恐らく皆、今の武の真那発言で、聞くべき疑問を明確に思い出したのだろうが、そんなことは分からない武は、狼狽するばかりだ。
 「な……なんだ、落ち着け委員長、訳が解らんぞ? 一体全体これはなん「シャ~ラップ!! 白銀……ネタは上がっているのよ」
 「ネ……ネタ?」
 激しく疑問に思ったが、その答えは両脇から返ってきた。
 「武……月詠中佐との関係、説明してくれるよね?」
 「お互い名前で呼び合う位ですもんね~、きっととっても仲が良いんですよね~」
 その言葉を聞いた武の顔面に、冷汗と脂汗がダラダラと垂れる。ってか怖い、2人とも表情と声は笑っているが、その内側に怨念もかくやと言う程のヤバさが籠もっていた。
 「え、え~と……な、なんのことかな? 俺と真那は命を預けあった戦友で、だからこそお互いを無二の親友として名前で……「白銀……」
 とりあえず誤魔化そうとしてみるが、途中で遮られた。委員長、俯いて影を背負ったフフフ笑いは怖いぞ!
 その委員長が、ゆら~りと顔を上げ、武の目を見据えて言う。
 「誤魔化そうとしてもしても駄目よ! ネタは上がっているって行ったでしょ、此方には有益な情報提供者が居たんですからね」
 「じょっ、情報提供者って……」
 武の足掻きにトドメを刺す様に、三人が揃って――
 「武さんと月詠中佐はラブラブで目で会話できる程って……」
 「お互い相思相愛で、基地内一のカップルなんだって……」
 「肉体関係なんか当然で、一緒の部屋で過ごしていると……」
 「「「柏木さんが「言ってました」「言ってたよ」「証言してくれたわ」
 「か……柏木ぃ~~~!!!」
 薄々分かってはいたが、改めて言われるとやはりとか思ってしまう。うう……あいつは絶対にこうなると解って喋ってるんだ。何時も何時も爆弾を投げ込んで攪拌させるんだよ。
 「事実も分かった事で、じゃあ白銀……懇切丁寧に説明して貰いましょか?」
 委員長が迫ってくる。ヤバイ……このままでは色々ヤバイ。心がエマージェンシーを掻き鳴らす。真那との仲を話すのはやぶさかではない、何時かは話そうと思っていたことだ。
 しかし……しかし今は駄目だ。この状態で話すことは、武自身の命が危ない!
 ここで取る手段は1つ、即ち――
 「あ……」「「「「え……」」」
 軍隊経験――訓練での弊害というやつか、武が注意を促すように目線と声と闘気を投げかけると、3人は一斉に其方の方向に視線を向け、臨戦態勢を取りかけてしまった。此処は室内で安全だと解ってはいても、染み付いた危機察知能力と、仲間への信頼と連携力が、その行動を取らせてしまう。まさに一流の戦士だからこそ引っ掛かる、巧妙な意識の逸らし方だった。
 美琴と千姫の腕の力が抜ける、武はそれを感じた瞬間に一気に腕を抜き、そのまま逃走行動へと移った。
 目指すは部屋の入り口。委員長の後方になるが、彼女は意識を此方に戻したばかり、数瞬の差で駆け抜けられる筈だ。例え腕を取られても振り解く……後はドアを蹴り開けてそのままトンズラするだけだぜ!
 (俺の勝ちだ、逃げ切れる!)
 そう確信して、委員長の横を通り過ぎようとする。その委員長が、腕を伸ばしてくるのを視認したが、先の考え通りそのまま振り切ってやると……
 「アレ?」
 景色が回転している、何でだ、如何してだ? なんでこんなことになってる?
 満足に思考する間もなく、盛大な音を立てて床に叩きつけられた。強打した背中や腰がギシギシ言っている。この時点になって、ようやく状況を把握。委員長に投げられた――回転させられ、背中から床に叩きつけられたのだと理解する。
 いや……理解はした。だが思考が現実に付いて行けない、解っているのに頭がその可能性はないと事実を否定していた。
 此方を、眉間をピクピクさせながら見下ろす委員長を見上げながら、やはり信じられないと改めて思う。
 しかし事実は事実、武が今喰らった技は、間違い無く――
 「スペース・トルネード・アヤミネ(S.T.A)……馬鹿な、何故委員長が慧の必殺技を……」
 「ふふ……完成度は60%も行かないけどね。白銀……あなた私と彩峰の関係を知っているでしょう」
 「そうか……委員長と彩峰はライバル、模擬格闘戦の回数も多い。お互いの手の内は知り尽くしてるってことか」
 「この技は受けるのや捌くのが大変で、対策を練る為にじっくり研究したわ。その内に私も真似事くらいならできるようにね……」
 そうか……技の名前を付けたのは武だが、技としてはそれ以前にも普段の格闘でも使っている筈で、委員長が知っていたとしても不思議ではない。しかしまさか、慧の必殺技を委員長が使ってくるとは。
 「まあそれはそれとして、観念したかしら白銀」
 「そうですね~、もう逃げられませんよ~~」
 「もし今度逃げようとしたら、手足の関節外しちゃうよ」
 痛みはそう大したこと無かったので、動こうと思えば動けるのだが、上3方から襲い掛かってくる怖気を誘う重圧と恐怖に、体が縮こまってしまっている。
 だめだ……最早逃げ場は無い、最後のチャンスも逃した今となっては、唯々この後の無事を祈るばかりだ。
 武は最後に、僅かばかりの希望と願いを込めて、懇願の一言を言い放つ。
 「お……お手柔らかにお願いします」
 それに関しての返答と、その後の武の運命は……まあ碌な事にはならなかったと言っておこう。
 その後は取り合えず、死ぬ程の目にはあったが、月詠との仲は納得してもらえたようだ。ヴァルキリーズの皆にも散々からかわれ、月詠本人をも巻き込んだ騒動になった……らしいが。



[1127] Re[29]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第103話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/12 10:29
2007年……11月2日、甲17号ハイヴ攻略戦翌日


 「くっ、速え!」
 障害物で視界を塞ぎながら巧妙に接近してきた蒼い機体が、04式近接戦闘長刀を振り抜き襲い掛かってくる。低高度噴射跳躍ブーストジャンブを利用した空中からの回転モーメントを乗せたその一撃を、培われた経験と感で逸早く察知した武は、寸前に保持していた05式電磁突撃機関砲を放棄し、自らも右手に保持した近接戦闘長刀の柄に左手を添えて迎え打った。
 そのまま1、2、3合――逆袈裟懸け、水平薙ぎ払い、左上段打ち下ろしと刃を合わせて凌ぎ、次いで隙を見て襲い掛かってくる、左腕でのパイルバンカー攻撃を左補助腕に装備した烈風で打ち払った。
 その後更に攻防が続く中、時折相手の攻撃の後の隙を見て此方も同様に反撃の手を出すが、それも自分が防御した時と同様、全てが完璧に防がれていく。
 「真那の言った通り、白兵戦闘能力は並みじゃねぇか……」
 ステージは極在り来たりな廃墟跡、障害物はそれなりに多いが豊富にあるという訳ではない。先程までの、障害物を巧みに利用したミドルレンジ及びクロスレンジの攻防では、僅かに此方へ分が在ったが、相手もそれを感じたのか、やや強引に密着状態を保つ白兵戦闘に持ち込んできた。
 クーデター事件当時は月詠を凌ぎ、現在も朝霧少佐と同等以上の腕を持つと聞いたが……それは間違い無いようで、白兵能力は、月詠とほぼ互角の域だった。相手も己の能力に自信があるからこそ、強引にでもこの状態に持ってきたのだろう。
 「離れられないか。いや――やっぱり此処は引けねぇか、真っ向から勝負して勝たなきゃなぁ……」
 迫り攻撃を繰り返す、目前の蒼い武雷神を見据える。
 そのコクピットに搭乗する男……征夷大将軍代行、御剣真貴。
 冥夜の従兄にして、月詠の親友であり、訓練生時代の同僚、そして――。
 今回の戦いは、武の強さを知りたいと言う相手の要望だったが、武自身それだけが理由の全てでは無い事を察していた。
 事前の会談に際して言ったセリフの中で、相手は月詠と自分の関係を認めてくれている。冥夜の事に関しても感謝の言葉を貰った……しかし、それだからこそのこの勝負なのだろう。
 真貴は月詠や冥夜の事を疑ってはいない、彼女達が選んだ男ならと……しかし心の内で納得出来かねない事、確かめて見なければ収まらない迷いや葛藤というものも存在するのだ。だがそれ以前に、彼自身が持つそれらの感情と言うものが存在もする。それらは、兄貴分として、1人の男として、そして1人の人間としての、どうにも不明瞭であやふやで――また、男として抱くのは当たり前すぎる感情だった。
 武には彼の感情の奥底の詳細までは解らない。しかし引いてはならないこと……相手に対して、自信の持つ心の内を、全てぶつけなければならない事を、直感として解っていた。
 この勝負は男と男が、お互いを認め合う為に、自己を諭すために、旨に渦巻く鬱憤や激情をぶつけ合う――そんな勝負なのだから。

 なんでこんな事になったかと言うと、成るべくして成ったとしか言えないだろう。
 ハイヴ内の調査は午後からなので、午前一杯は間が開いた。朝食を取った武は、ヴァルキリーズの面々(207の3人もヴァルキリーズに編入されているので、ヴァルキリーズで括る)と談笑をしていたのだが、其処へ月詠と朝霧が来訪。武に、将軍代行が会いたいと言っている旨を継げ、武がそれに同行した。
 月詠と朝霧少佐の立会いの下、将軍代行と相対する。
 最初は、簡単な自己紹介から始まって、12.5事件での出来事や、XM3や第4世代戦術機に関しての謝辞を述べられた。武と同様、真貴本人も堅苦しい事に拘らない性格なので謝辞もしつこい物とならず、お互い形式ばってはいても、気楽な感じで話は進んでいった。
 そして話が冥夜の事に及ぶに至り、彼女が自らの幸せを掴んだこと、それを武が与えてくれた事などに関して、心からの礼を込めた話となり、やがて話は締めくくられた。
 傍から見れば、両者共に益のあった会談に思えた。武も真貴も、真は同じ様な心を持つ人物――それは両者共に感じる所があったのだろう、2人は意気投合したように見え、会談後半には年来の友であるかのように砕けていた。
 武はともかく、元々真貴自も傍系で、まつりごとの時はともかく、普段は砕けて過ごしていた人物。故に、彼が武の気安い態度に対して不遜と感じる事も無く、逆に自らも久々に普通に話すことが出来、武の事を唯の1人の男として好ましく思えたのだろう。
 そしてそのまま、会談は終了と言う所で、真貴からの提案が出る。
 即ち、『シミュレーターで勝負しないかと』
 この時点で、真貴が何を考えていたのかは、真に他人には解らない。
 此処に居る2人が思ったのは、純粋に武の実力に興味があったのかも知れないし、冥夜が想いを掛けた人物を気に入ったのかもしれない――と言う事だ。
 真貴の月詠に対する秘めた想いを明確に知っていたのは、月詠の母親と、焔だけしか存在しない。今此処に居る月詠本人と朝霧少佐の2人は、真貴の誠の心の内を知り得る事は無い。
 月詠の恋人となった武への感情――勝負を切り出した真貴が、この感情をどのように含んでその提案をしたのかは、彼本人にしか知る事ではなかった。
 まあ……実機では無く、シミュレーターで勝負を持ちかけたこと、そしてその後の勝負の様相で、その辺りの心情も少しは察することが可能なのかもしれないが。
 彼本人は責任ある清廉実直な人物。この時点で、月詠に対する自己の想いや、武へ対する複雑な感情などには、既に何らかの――ある程度の折り合いが着いていたのだろう。
 しかしそれだからこそ、その出した答えに『何らか』の決着を着けたいが為、武に対して勝負を持ち掛けたのかも知れない。

 そして現在……05式突撃機関砲1門と04式近接戦闘長刀1本、そして烈風1つと両パイルバンカー、内蔵短刀2本という装備からの勝負が続いていた。
 筐体が無い為に、現在は実機のコクピットユニットを使ってのシミュレーションを行っている。
 真貴達は再突入殻リエントリーシェルで降下してきたので、帰還は空いたを利用してのものとなる。
 収容の為に陸地近くまで来ていたその母艦に機体を収容した後、データリンクで繋いでの勝負となった。
 両機共に、エンジンの火は落ちては無く、点検修理前と修理後の慣らし前の機体の為、気兼ねすることも無い。
 そして始まった勝負――最初は、障害物を利用しての撃ち合いから始まった
 機動力を主軸に据えた射撃戦は武の方に分があった、これはXM4(XM3、第4世代戦術機専用型OSを略してXM4と呼んでいる)を活用した3次元戦闘を得意とする武を相手にすれば当然の事だろう。戦域把握や戦術能力が特出している柏木のような人物ならいざ知らず、1対1――ましてや障害物がある場所での撃ち合いに際し、初見で武に敵う衛士は少ない。互いの能力が拮抗していれば尚更だ。
 真貴も例に漏れず、武の動きに翻弄された。
 だが彼も一角の傑物、機動戦闘で敵わないと見ると、直ぐさまに自己の得意な接近戦へシフトして来る。障害物を利用し、やや強引にでも接近し白兵戦闘に持ち込んできたという訳だ。
 拮抗する攻防――武はその戦いの内に、真貴の思想を感じた。
 それは勝負をする者の共感とでも言うのか、それとも会談の時に何らかの感ずるものを真貴の中に見たのか……或いは、同じ女に想いを寄せた者同士の、『何か』なのか――
 「逃げちゃならねぇよ……なっ!」
 右肩口を狙い下ろしてきた刃に、刃を打ち合わす。電子映像で形成されたフィールドの中で、戦闘長刀の刃が、リアルに近い太陽の光を照り返し、眩く煌いているのが、メインカメラ眼前に見て取れた。
 拮抗する力同士の中で、刃同士の鍔迫り合いを続けながら相手の隙を窺いつつ力を込める。
 操縦桿コントロールスティックとフットペダルをじりじりと押し込むごとに、主脚と主腕がギシギシと歪な音を立てるのが、装甲越しに感じられる。
 武はオールラウンダーだが、どちらかと言えば射撃戦――クロスレンジでの射撃戦闘が得意だ。白兵戦闘も得意と言えるが、現在での強い方を選べと言われれば射撃となる。
 勿論、武の強みは、機動力を生かした3次元戦闘なので、その状態でのクロスレンジなら、射撃でも白兵でも他を凌ぐ程に強い。
 しかし、衛士の力はそれだけではなく、総合能力が物を言う場合も多々在るのだ。
 同級能力者クラスだとミドルレンジやロングレンジでは一歩劣ることも多い。特に白兵で密着されると、地力の差が浮き出てくる。
 良い例が、総合で同等の能力を持つ、御無大尉との勝負だ。
 射撃を主体としたミドルレンジでの勝負なら、殆ど武が勝つ。クロスレンジの勝負や白兵戦闘でも、機動力を生かせば5分5分に持っていける。
 しかし、至近距離での戦闘――密着された状態での白兵になると配色が濃厚となる。限定的な空間戦闘も負けが多い。
 要するに、運動能力等で差があるのだ。まあ、反応は出来ているし、必ずしも動きが追いついていないと言う訳でもないので、その差は微々たる物――もっとも、その微々たる差が、勝負に明暗を分けているのもまた事実だが。
 真貴と武の力は拮抗していて、真貴は刀を使った白兵戦闘を得意としている……。武は数合の打ち合いで、この密着した状態では、自身の不利は否めないと感じ取っていた。
 自身の持つポテンシャルは十二分に把握済しているし、相手の力量も違わずに図ることが可能……。
 しかし――しかしそれでも、武は真っ向勝負から引く気は無かった。
 これは意地だ、つまらない嫉妬と見得、そして自身の覚悟の程だ。
 此処で逃げる訳には行かないと、ひしひしと心が訴えている。
 合理も常識も何もかもを投げ捨てて、唯この男に真っ向から相対して勝ちたいと、心が訴えてくる。
 冥夜の恋人として……真那の恋人として認めて貰いたいと――それを相手に示すが如く。
 ……だが、それよりも何よりもの一番の理由は、唯の嫉妬だ。この男が真那の幼馴染だという事実。真那が語る昔の思い出――彼女が浮かべる、昔を思う懐かしそうな表情。
 武とて、全てを手に入れることが出来ないのは解っている。仕方の無いこと、許容しなければならないこと、どうにも出来ないことが存在することを、しかしそれでも思ってしまうのだ……。
 浅ましい嫉妬、叶わない過去を振り返る遣る瀬無き思い。
 自分が年下であるという現実……知り得ない時間。
 武は、真那と幼馴染だった彼を、訓練生時代という青春を共に過ごしてきた男を――武の知らない真那を知っている男が羨ましく妬ましかった。
 真那を愛するが為に、彼女をの全てを知りたいと思う――独占したいと思う……。それは、男という生き物が、愛を通じ合わせた女性に抱く、普遍的な我が侭な想いなのかもしれない。
 しかしそれは叶わない。時間は既に過ぎ去ったもので、巻き戻すことは……今が今である為に、過去を改竄することは叶わないのだ。
 だからこそ今此処で、武は激情に身を任す。折り合いを付けるために、自身の感情を吐き出し、その浅ましき後悔や嫉妬に折り合いを付ける為に――力の限り戦うのだ。
 それはきっと、真貴も同じなのかもしれない。いや……同じような感情を抱えて相対する者同士だからこそ、何処かでそれを感じ取っているのだろう。
 この勝負は、男と男の、嫉妬に狂った唯の感情のぶつけ合いだと――。
 お互い引き返せないことは承知している、如何にもならないことは承知している、納得しなければならないことを理解している。しかし許容できない感情も、理不尽に思ってしまう感情も、やりきれない想いも存在するのだ。
 自己が抱える全ての薄汚なく浅ましき感情の膿を、此処で吐き出す。心の底で、憎み羨み羨望してしまう、その相手に対して、自らの思い全てを激情に乗せて叩き出す。
 「うおおおぉぉぉ!」
 「はあああぁぁぁ!」
 何合目かの打ち合い。既に技術や型を意識すること無く、激情に乗せるままに力をぶつけ続ける。それでも剣術の様相を維持しているのは、長年の鍛錬で染み付かせた技術の賜物だろう。
 飽きる程無く打ち続け、押し合い引き合う。永遠にも続くかと思われた打ち合いだが、先の言葉通り、白兵戦闘能力での地力が響いてきて、武が段々と押され始めた。
 しかし武は引かない。剣は引けども、機体を前に力強く押し出し、引く姿勢を見せはしない。やがて刃を弾かれ、打ち合いに負けた長刀が晴れ渡る空を背に舞っても、武は引くことをせず押し続けた。
 「ああああぁぁぁ!」
 意気を声に乗せ咆哮し、気合を込めた力を顕現させる。
 左から、やや掬い上げるように薙ぎ払われ襲い掛かってくる斬撃に対し、烈風の盾部分を叩きつけ打ち止める。装甲殻表面に刃がずるりと減り込み挟み止まるのを、鋭敏な感覚で装甲越しに感じ取った武は、上げた呼気を引き摺ったまま、主腕を真下に打ち払った。
 金属が引き連れ軋む音が響いたかと思うと、次の瞬間には大きな破壊音が響き渡り、挟み込んだ刃をそのままに、補助腕を巻き込んで烈風が地面を滑っていく。
 それを確認もせずに、武は一瞬体勢を崩した目の前の標的目掛けて、チャンスとばかりに打ち払った左主腕をボディープローの要領で引き戻し打ち出した。
 狙うはコクピット――しかし、先程の再現だとでも言うのか、今度は真貴の武雷神が装備する烈風が、その軌道を妨害する。矛盾の古事通り、先程の刃との衝突と同様、相打つ烈風とパイルバンカー。真貴は武が行ったように左主腕を打ち払い、突き刺さった爪と烈風を補助腕ごと弾き飛ばした。
 そしてその隙を縫う様、今度は右主腕でのストレート。放たれたそれは一筋の弾丸の如くコクピットを狙い突き進むが、それを見逃す武でもない、動きに合わせる様、神業的な所業を持って、右フックの要領でその右ストレートを迎撃。
 破壊されるパイルバンカー。しかし武機の右腕パイルバンカーも唯では済まない、しかも追い討ちを掛ける様に、掬い上げる左のボディーブローが襲い掛かってきた。
 最早この時点で両者の意志は思考を追い越していた。考えるより先に体が動く……その通りに、染み付かせた反射と積み上げた技術が肉体を操作し、相手を倒せと行動する。この勝負に掛ける、両者の思考思想も相俟ってその行動は、引く事を知らない意地と無茶の塊と成ってはいたが……。
 破砕音が虚空に響き解け消える。
 掬い上げられた左主腕と打ち下ろされた右主腕が、両機体の中間地点で、見事に相打ちとなっていた。パイルバンカーの爪状の刃と刃が互いの手先に減り込み、指にまで達したそれが腕先の破壊を引き起こしている。
 まさに今の状態……両者一歩も譲らない意地の張り合いの様を象徴しているかのような相打ちだった。
 「ふ……ふふふふふふふっ!」
 「はっ……ははははははは!」
 その状態のまま、互いが互いの顔を見詰め笑い合う。その表情は晴れやかで楽しげで、この勝負が始まった本質からすれば、その表情はまるで場違いの様に思える程。両者はお互いに笑みを表情に乗せたまま、秘匿回線を開いた。
 「楽しいな……存外に楽しすぎる」
 「ああ……あんた強ええよ、むしゃくしゃしてるのが如何でもよくなっちまう程だ」
 「気が合うな。私も楽しすぎて、今の蟠りが如何でもよくなってしまいそうだ」
 「ははっ……。けど……そういう訳にもいかねぇよなぁ」
 「ああ、決着は着けねばならん。勝負にも、この思いにも」
 「そうだよな、着けねぇとならねぇよな」
 「ふふふ、お互い気が合うな。もし……私達が同僚だったら、親友になっていたかもしれんな」
 「それは嬉しいが、俺は出来れば御免だぜ。真那とあんたとの三角関係になっちまうのは目に見えてるって」
 「くははははっ、それもそうか……女の趣味まで気が合うとは、難儀な友人だな。いや……それでこそ気が合うのか?」
 「さあな? でもお互い趣味は良いと思うぜ、真那は最高の女性だからな……あ、もちろん冥夜と慧もだけど」
 「くくくく……私の前で臆面も無く惚気るか、しかも堂々と2人共に最高だと。人の心に平気で塩を塗りこむその気概、中々に勇壮だな白銀少佐。真那の言った通り、お前は存外に面白い性格のようだ」
 「面白いって――どんな話してるんだ真那……?」
 「くくっ、まさか真那が、人の事をあんな風に話す時が来るとは……。――正直、私は貴様が羨ましい」
 武を見詰める真貴の表情が真剣になる。昨日の再開時、白銀武の事を話す時の真那の表情を思い出せば、真那の事を良く知る真貴にとって彼女の想いはそれだけで容易に窺い知る事ができた。
 「今更言っても詮無い事だがな、私は彼女の事が好きだった。共に育ち、共に学び、共に衛士となった……その後、私は帝国斯衛軍に入り、彼女は同じ斯衛ながら、悠陽の護衛と歩む道は違ったが、お互い抱え目指すものは同様だったのだ。だからこそ何時の日か、この想いを伝え、共に歩まんと思っていたのだが……。知っての通り、私は将軍代行などと、身分に似合わん大層な役目を賜ってしまった……いや、やはり詮無いな。それ以前にも、想いを伝える機会はあったのだ。そこで気持ちを伝えなかった――伝えられなかった私に、今をとやかく言う資格なぞ何処にもありはしないか……」
 長く共に歩んできたのに、色々な事を言い訳にして、理由にして、想いを伝える事が出来なかった。自らの想いを伝えた訳でもないのに、現状を嘆き相手を羨む事など、唯の八つ当たりでしかない。
 だが……この胸の内で燻る、如何ともしがたい感情を、如何にかしたいが為に――。
 「白銀武……。この私の彼女に対する想い。今此処で、全てお前に叩き付けよう。それが私の想いのけじめだ!」
 「上等! 俺だって色々燻ってんだ、真っ向から受けて立ってやるぜ!」
 両者の咆哮混じりの宣言を合図に、打ち合わせた主腕が離れる。そして……最早技術云々を無視した、彼等だけの心の張り合いが始まったのだった。

◇◇◇

 機体外、大型の出力ディスプレイにシミュレーションの映像を繋いで見学していた月詠と朝霧の2人は、その無茶苦茶な勝負に対し、最早言葉を失っていた。
 足を止めての殴り合い。
 コクピットへの直撃だけは避けてはいるが、後は殆ど攻撃一辺倒で、技術の欠片も見られない、まるで子供の喧嘩だった。
 砕け散る装甲や、飛び散る破片が、現実の様相さながらに空中を舞い周囲に散らばって行く。
 従来のシミュレーションから大幅に改造された今のシミュレーションは、細かい所までをリアルに再現する。新型シミュレーター筐体とプログラムを作った焔だが、彼女の趣味と遊び心で、無駄に思えるくらいの拘りをそれらに傾け注いでいた。そのお陰で、プレイする者も、外で見る者も、臨場感は抜群だった。
 「あの2人……いったい何をやっている!」
 その勝負を見て激昂し、同時に困惑する月詠。隣では、朝霧も勝負を見詰め顔を顰めている。
 最初は真面目な真剣勝負だったのに、今では唯の殴りあいだ。
 月詠は、憤慨しつつ、勝負を止めようと通信装置に手を伸ばすが……  
 「おーおー、やってるやってる!」
 「焔!」
 何時の間にやってきたのか、ひょいと後ろから覗き込んできた焔。彼女はスクリーンに映された、眼前に繰り広げられる泥沼の殴り合いを見て、ニヤリと面白そうに含み笑う。
 「焔、この2人……」
 「構うな構うな、遣らせておけ」
 「しかし……!」
 「男には避けて通れない道筋、譲れない一線ってものがあるのさ。あの2人は今、自身の中に蟠る激情をぶつけあっている、それを邪魔するのは野暮ってもんさ。大人しく見守ってやんな、少なくとも原因の一端はあんたにあるんだから」
 「私に……だと?」
 焔の言葉を聞いて、疑問を浮かべる月詠。当然か……彼女は真貴が自分に向ける恋慕の想いを知らない。この勝負が、2人にとってどんな意味を持つかなど、察することは叶わない。
 その一方で、朝霧はその意味を理解した。彼女は真貴と月詠の関係を知っている、今の言葉と繰り広げられている勝負の意味を鑑みれば、自ずと答えも導き出せよう。
 あの2人が持つ腕前からしてみれば、当初の目的――相手の能力は最初の撃ち合いと数合の斬り合いで確認できた筈。それ以後は、唯の私闘に等しい勝負。
 (まったく……将軍代行も、白銀少佐も困った人達ですね)
 溜息を吐き、再度勝負を見遣る。熾烈な殴り合いは、まだ継続しており、既に両機は見るも無残な様相だ。ディスプレイ隅に表示された、パラメーター表示を見てみれば、その殆どが真っ赤に染まっているのが確認できた。恐らくコクピット内では、緊急を告げるアラートが鳴り響いているだろう。
 シミュレーター上とは言え、そんな状態でも――機能は大幅に落ちてるとはいえ、一応動いてはいる武雷神の頑丈さと機体ポテンシャルに感心も浮かんできてしまう。
 「お……決まるか?」
 コクピット内の様相等を思い浮かべていた朝霧の耳に、焔の声が届く。急いで視線を中央に戻すその先に、互いのコクピットを右主腕で打ち抜く、両者の機体が確認できた。
 刹那の後に、響き渡る圧壊音。その音は戦場で聞く音に等しく、耳に生々しく残り染み渡った。
 「相打ちかっ?」
 「いや……白銀の勝ちのようだ」
 ディスプレイに移る両者の姿は角度的に相打ちに見えたが、コンピューターが告げる結果は、『勝者、白銀武』と表示されている。焔がコンソールを弄ると、別の角度から映し出された両者の右主腕の先が見えた。武機の主腕は、見事に真貴機のコクピットに減り込み圧壊させていたが、真貴機の主腕は、武機のコクピットに減り込み陥没させただけで止まっている。ぎりぎりで武の勝利と言った所だろう。
 「白銀の勝ちか。切り捨てる者と掴み取る者、思いのベクトルの違いが、そのまま勝負の明暗を分けたか。やれやれ、愛されてるねぇ真那」
 「焔?……何を言って――」
 「いいっていいって、気にしなさんな。あんたが今更気にしても、如何にもならないことさ。それよりもほら、勝利者の所に行ってやれ。それに、真貴もこのまま帰還するんだから、別れの挨拶もあるだろう」
 言葉を煙に巻き、促す焔にやや釈然としながらも、月詠が2人の機体の方へ向かっていく。長い付き合いの中で、こういう態度を取る時の焔が何を言っても口を割らないことは承知していたので、後ろ髪を引かれながらも無理やり疑問をしまい込んで。
 その月詠の後姿を見詰めながら、焔はそっと……苦笑して呟く。
 「ほんとに、罪作りな女だよあんたは」……と。



[1127] Re[30]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第104話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/17 21:28
2007年……11月15日、シナイ半島第1防衛基地


 甲17号ハイヴ調査は2週間の長さに渡り、武達が去った現在でも、調査・研究は続いている。
 反応炉を破壊したとはいえ、内部施設や構造はほぼそのまま現存したまま、内部は焔曰く『宝の山』だそうで、 内部構造や組織構造の研究に、アトリエやBETAクローン生産施設・生体培養施設と思われる施設の研究など、調べる事に事欠かなく、当分は付きっ切りになると思われるそうだ。
 その為、安全を確保した甲17号ハイヴ跡の防衛を、マレーシア戦線からの増援に引き継いだ後、武達は早々にシナイ半島の防衛基地に帰還した。
 
 シナイ半島には、現在幾つかの防衛拠点となる基地が建設されている。
 最初に建設された、武達も所属する第1防衛基地。此処は飛び抜けて最大の規模を誇り、施設や戦力も最高だ。
 従来の進行路から割り出した、最もBETA通過率の高い進路上――シナイ半島上部、アラビア半島からアカバ湾(ターラー付近)を渡り、ティーフ上部付近を通過、カルアト・アルジュンディーからスエズを経由し、スエズ運河を渡る道筋――スエズ跡の対岸に当たる場所に基地を構えている。
 そして2番目の規模を誇る第2防衛基地は、2番目の通過率を誇る、カルアト・アルジュンディーからシャットを経由してスエズ運河を渡る進路上に建設されており、そのターラーとスエズ跡対岸の基地の間を補うよう、幾つかの防衛基地が建設されているのだ。
 また、シナイ半島下部半面には、旧約聖書のモーゼで有名なシナイ山が聳え立っているので、其方からのBETA進行は極端に少なく、余り心配することは無い。例え進攻があっても、湾内と海岸線の部隊で十分対処可能だった。

◇◇◇

 「伊隅少佐!」
 「白銀、月詠中佐」
 「数日振りですね、まさかこんなに早くの再会になるとは思いませんでしたよ」
 格納庫の入り口で、目当ての人物の1人を認めた武は、足早に近付き挨拶を掛ける。その後ろから歩を乱さず近付いてきた月詠も、再会を祝して互いに一礼を送る。
 帰ってきてから色々とバタバタしていたが、その喧騒も収まった矢先、ヴァルキリーズがこの基地の所属となる旨が伝えられたのだ。
 アラスカ戦線も戦力が充実し、戦力の要の1つとして活躍してきたヴァルキリーズが抜けても支障はなくなってきている。その為、ヴァルキリーズを此方の基地に移籍させることが、焔の以前からの梃子入りもあって決まった。
 これからの作戦で、ヴァルキリーズは武達と同様、作戦の中核を担う事が多くなる。
 そしてこの基地は、防衛の要としてもあるが、ハイヴ攻略作戦で中核を担う部隊や、攻略作戦に関わる様々な物が多々存在する。
 要するに、訓練や連絡、その他雑多諸々の部分を含め、この基地に居た方が都合が良いと言う事だ。
 「兆候は前々から在ったのだが、こんなに早く移籍が決まるとは、私も驚愕したからな。どうやら、甲17号作戦の攻略成功もあって、渋っていた上の方が揃って掌を返したらしい。これからも日本人部隊の活躍を期待しているのだろう」
 「ヴァルキリーズは広報としても存在感ありますからね、美人揃いの部隊が活躍するのは望む所ってやつですか」
 「まさかそれだけでが理由ではないだろうがな……まあ私達は、後方の思想に関係なく、唯力の限り戦うだけだ」
 「それもそうですか……。そういえば、他のみんなは?」
 「もうそろそろ来るだろう……「あっ! 武さんだ~」……来たようだ」
 尋ねた武の質問に答えた伊隅の声を遮る様に、千姫の陽気な声が聞こえた。見れば格納庫奥より、ヴァルキリーズメンバー全員が此方に向かって歩いてくる所だった。
 「よう、数日振り」
 「本当だね、まさかこんなに早く再会できなんて、嬉しいよ、武」
 「へへ~、これからは一緒の基地ですね。宜しくです武さん!」
 「おうっ。宜しくなたま、美琴、それに委員長も」
 「ええ……部隊は違うけど、これからも頼むわ白銀」
 「ははっ任せとけって」
 武と元207の3人が、思わぬ早期の再開を喜び合う。所属する部隊は違うが、これから何時も近くに居るとなれば、その喜びも一押しだった。
 「おやおや白銀ぇ、私達の事は無視ですかぁ?」
 「まさか……速瀬大尉も他のみんなも、大歓迎ですよ」
 「その他大勢で括られたのはなんか心外だけど……まあ取りあえずは宜しく白銀」
 態と捻た物言いをして、ユーモア振りまく速瀬大尉と、憮然とする茜を筆頭に、他のメンバーも挨拶を返す。月詠も混じって、再会の挨拶は滞りなく進んだ。
 そしてそのまま、雑談を繰り広げる。話題は主に、この基地の事だった。
 「やー、さっき格納庫を見て思ったけど、この基地凄いわ。半数以上が第4世代戦術機で、第3世代も05式不知火かミラージュ2006のどちらか。格納庫1つを全部新世代機で固めてあるなんて流石、きっと他の格納庫も同様でしょ?」
 第4世代戦術機は強力だが、数が揃っていない。現在も続々と生産が続けられているが、主力戦力とまでは言えない状態であり、新型の強化型第3世代戦術機、不知火とミラージュも、主に破棄された機体を利用して造られているので、数が揃っていない。速瀬大尉が感心するのも頷ける話だ。
 因みに、現在前線での主力は第3世代が中核をなしている。これは生産数の他にも、EFFレーザーシールドの存在などが大きい。従来の第1、第2世代も未だ多く現役で活躍しているが、前線よりは後方基地や施設、都市周辺の防衛線警備に回される事が多く、前線に出ている戦術機は多くない。
 「ええ、この基地は、BETAの流入を食い止める最前線基地にして、ハイヴ攻略作戦の中核ともなる前線基地ですからね。戦術機も含め、防衛設備も何もかもが最高ですよ。それに、甲17号以後は凄乃皇もこの基地に移動して、名実共にエスペランサ計画要の基地となっていますしね」
 最前線に重要な施設や戦力を集中させることは一見危険と思われるが、最強戦力と最新の防衛設備を誇る此処は、後方の基地より安全度が高い。敵の襲撃も多いが、戦力を一極集中している為何をするにしても力を入れやすく、逆に防衛しやすいのだ。
 「アフリカのBETAが一掃されたことで、そこに掛かっていた諸々の要素殆どが、この防衛線に一極集中する事が可能となった。計画の第一期中盤以降、この基地の力は増強され続けているという訳だ」
 「へぇ、それで……。最前線にも関わらず、この基地の大きさと設備の充実さは、少し見ただけでも凄いと感じてたからね」 
 「色々と増築を繰り返して、既にアフリカ最大の基地となってますからね。あ……あとこの基地、実は横浜基地を元にして造られてるんですよ」
 「横浜基地を?」
 「ええ。……と言うよりも、ハイヴ構造を元にした基地って所です。凄乃皇の格納施設や核融合炉の設置場所、それらや他の様々に関する、実験施設の数々、大規模な地下構造が必要となる基地でしたからね。この基地、ハイヴの建設技術を取り入れて造られてるので、地下8階層まで存在する所もあるんですよ」
 「ふ~ん、凄いんだ」
 「茜もそう思う? それだけの基地、造るのは大変だったでしょうね」
 武の解説に感心する茜に、遥もふわりと微笑みかけ同意する。これだけの基地を、最前線で造る手間を考えればその考えも浮かんでこよう。
 「大変なのは違いなかったがな。全くの初めての試みと言う訳ではなかったので、建設が計画性を持って滞り無く進んだのは行幸だった。もっとも、その思惑が在ったので、基地の建設にも踏み切ったのだろうが」
 「え……どういう事でしょうか? この基地の他にも、ハイヴを元にした基地が建設されているのですか?」
 頭を捻る千鶴。聞きながらも頭の中で、該当する基地をピックアップしているのだろうが、見付からずに表情を困惑させている。武はその様を面白がりながら、答えを示しす。
 「ははっ委員長、それは隠し基地だよ。東京地下に建設された、地下基地」
 「それって……あの?」
 「ああそうだぜ。東京地下に大規模な空間を建設するから、万が一にも崩れない様に、ハイヴ構造と建設技術をふんだんに活用・応用したらしい。あの地下基地には、戦力や工場の他に、研究所や遺伝子保存施設もあるからな」
 「遺伝子保存施設、日本にも存在したの!?」
 BETA大戦中期、死滅する動植物の存在を憂いた者達が存在した。このままでは、例え人類が勝利しても、未来には殆ど何も残らなくなってしまう。動植物の卵や種子、遺伝子などを保存し、未来での地球再建に備えるべきだと……。
 しかしその意見には、難色を示す者が多かった。
 確かにそれは道理だが、人類が押されている現状、そのようなものに力を傾けている余裕は無いと。実際、施設の建設や遺伝子の採取には、膨大な労力が掛かると見積もられていたのだ。
 それで結局、施設の建設は各国の判断に任される事になり、明確に建設に着手したのはEUの数国とアメリカしか存在しなかった。
 その施設が、日本にも存在したとは、驚愕の事実だった。
 「大々的には行われなかったが、各種研究機関などが遺伝子などの採取を続けていたらしい。地下基地建設の時に、他の研究所と合わせて、付随する施設や研究所と共に保存施設を造り上げたようだ」
 「えっ、それじゃあ、地球の姿を元に戻せるってことですか!?」
 「完全にとは言えないがな……それでもかなりの数、再生可能なようだ。焔がEUの施設から保存目録を受け取って照合してみた結果、判明した事だから間違いは無い」
 「わぁ~、凄いですね。地球を再生することが出来るなんて!」
 「確かにな、だが喜ぶのは早い。それもこれも、我々がBETAをこの地球上から駆逐してこそだ」
 月詠が戒めるように述べるが、新たな希望を聞いた皆の心は輝き燃えていた。地球再建への希望が更に存在した事は、我が事の様に嬉しくてたまらない。失った動植物を、ある程度とはいえ再生できると聞けば、喜びも一押しだった。
 「そうと聞けば、これからの作戦余計に気合が入るわ。一丁やってやろうじゃない!」
 「速瀬、浮かれすぎだ。だが、幸先の良い事実である事は確かだな。目指すべき未来への指標が存在する事は、明確な意志や力を呼び起こす。それに、これからの作戦で我々がこなす役割が、如何に重要な意味を持つか、改めて実感できただろう」
 「ええ、絶対に失敗は出来ませんわね」
 「失敗できないのなんて今更だし、当然ですよね」
 「私も直接は無理でも、みんなを支えて頑張るわ」
 伊隅の活を込めた声に、風間中尉、茜中尉、遥大尉達も続く。これからの作戦が持つ意味や、齎される未来を知覚し、改めての決意を込める一同であった。
 「おやまあ。賑やかにやってるじゃないかいみんな!」
 武と月詠が、それら一同を見て微笑みを浮かべていたその時、背中側から声が掛かる。その声は、武にとっては馴染みのある、とても懐かしい声だった。
 驚き振り向いて、その人物を視界に納める。
 「おばちゃん!」
 「おやおや、暫く見ない内に良い男になっちゃってまあ! 映像や写真より、やっぱり本物の方が良い男だね。どうだい、元気してたかい?」
 「元気なのは当たり前ですよ。けど良い男って……」
 「あんたの活躍は有名だからね。帝国軍内でも人気があるんだよ。それに、それ以外の活躍も千鶴ちゃん達から色々聞いてるよ、色男振りは良いけど、女を悲しませるような事をするんじゃないよ!」
 「痛てっ痛てっ……色男振りって。委員長達、一体どんなこと話してるんだ」
 背中をばしばしと叩かれ言われた内容に、皆を横目でねめつけてみるが、当該の3人は微妙に目を逸らして何処吹く風だ。その横では速瀬大尉なんかもあからさまににやけてるし!
 憮然とする武のその動作の間を縫うように、今度は月詠が挨拶を掛ける。
 「お久し振りです京塚曹長」
 「あんたも久し振りだね月詠中佐……今幸せかい?」
 「ええ、この上なく。色々と思う事はありますが、後悔はありません」
 「そうかいそうかい、それなら2人とも安心だよ。いいかい、お互い後悔だけはするんじゃないよ、胸を張れる恥じない想いがあれば、あの2人も納得してくれるってもんさ」
 月詠が武への想いを自覚してから、互いに言葉を交わすことは無かった筈だが、流石に培ってきた経験故か、京塚曹長の持って生まれた能力か――彼女は月詠の心に巣食う、拭い去れない葛藤を見抜いたようだった。
 質問する言葉に、慈愛の表情を持って答えた月詠。その月詠が述べた「色々と思うところ」が、含む意味を見抜いた彼女は、迷う月詠に向かい、活を入れるように激励の言葉を告げる。それを聞いた月詠は、僅かばかりでも心の葛藤に整理が付いたのか……未だ若干の陰を持つながらも、晴れ渡る笑顔で礼を述べたのだった。
 「御啓発、痛み入ります。迷う心は未だ晴れませんが、その言葉を胸に刻み、歩んで行きたいと思う所存です」
 「なぁに、良いってことさ。あんたも確りしなよ、この色男!」
 「あ痛っ、痛いっておばちゃん。全く……解ってるってそれくらい」
 先頃、委員長達3人と、嫌と言う程その手に関わる話を交わしたのだ。
 自己の想いや真那に関する想い、そして冥夜と慧への感情……それらは2人で共有し、考えていかなければならない事だと――。
 苦笑いしつつも、自信を持った瞳で返事を返した武を、満足げに見遣った京塚曹長。そして彼女は、ニッと何時もの笑顔を見せ、豪快に言った。
 「まあ、今日から私もこの基地の一員さ。困った事があったら、何時でも相談に乗るよ」
 「一員って、おばちゃんが?」
 「そうだよ。何でも調理人が不足してるって事で、急遽呼ばれたんだけどね……」
 「我々の希望する調理人を連れてきても構わないと言われたので、隊員満場一致の可決で、御同行頂いた」
 「美味い料理は、何よりもの安息剤……う~ん、この命令を出した人はそこんとこ解ってるねぇ」
 おばちゃんの説明に続き、伊隅少佐と速瀬大尉が補足する様に答える。そしてそれを聞いた武と月詠の2人は、恐らくこの命令を出しただろう人物のことを想って呆れる。
 (どうして調理人を態々アラスカからって……こんな事するのは1人しかいないか)
 (焔……だな……)
 (博士意外に変なとこ拘るからなぁ……横浜基地の時と合わせる為に、ヴァルキリーズと一緒に呼んだのか?)
 (焔自身が結構な美食家な事もある。以前に京塚曹長の話はしているので……恐らく理由は両方だろう)
 (どうしてこう、権力を無駄な事に使うんだか)
 (仕方が無い……全部ひっくるめてのあやつ。気分転換に突飛な事を思い付き実行する行動も、焔という人格の一部を形成しているからな)
 小声でぼそぼそと話し、答えを結論付ける。まあ、結果は何時もの事だが……。
 (でもまっ、今回は結果良い事だしな。おばちゃんとこれから一緒ってのも嬉しいからな)
 (あやつの突拍子も無い行動も、偶には良い結果に傾くという訳か)
 しかし、今回の行動はプラスに働いてるので、結果的には喜ばしい。
 「なに話してるの武?」
 「いや……色々とな。世の中には寛容にならなければ生き辛い現実ってものもあるのさ……」
 「ふ~ん、そうなんだ。大変なんだね」
 「そうなんだ、大変なんだよ、お前達も時期に解るって」
 哀愁漂わす武に対し、美琴は不思議そうな顔をするばかりだったが、それに対し、お前もいつか解る時が来るよ、と武は近い未来で必ず現実になるであろう事を、重々しく語るのだった。
 そして、月詠が視線を戻し、改めて居住まいを正す。
 「ともあれ、京塚曹長、以後宜しくお願い致します」
 「俺達も忙しい時はPXの食事で済ますからな……という事で宜しく頼むぜおばちゃん」
 「事情は聞いているっていったろう。気兼ねしないで何時でもおいで」
 おばちゃんの明朗な声に、武と月詠は心が和む。
 ヴァルキリーズや京塚曹長……新しい仲間が加わり、これからの未来をより明るくさせる。それを思い、心を和ませる2人であった。

◇◇◇
 
 再会の挨拶後、京塚曹長と別れ一行は司令長官室へ出頭。着任の挨拶を述べた後、簡単な基地の案内を済ませ、各種手続きも行う。
 その後は各部屋へ解散となったが、伊隅だけは詳細な基地の把握に努めたいとの事で、武が案内を申し出、基地各所の説明を行っていた。彼女と話を交えながら……。
 「以前の再会時では言えなかったからな……改めて礼を言おう。我々に、鳳博士が直に製造した、第4世代戦術機の特別カスタム機を回してくれたこともだ」
 「それは……。あれは確かに俺の頼みもありましたけど、それだけじゃないですよ。オルタネィティブ計画直轄――その中でも最後まで生き残っていた優秀な部隊に、将来への投資をしたって博士が言ってましたよ。そうじゃなかったら、幾らなんでも特注仕様の第4世代戦術機を、8機も送ったりはしませんって。あれは純粋に、ヴァルキリーズの皆の腕が評価され、期待されてたってことですよ。伊隅少佐も、その辺は解ってますでしょう」
 「ふ……確かにな。データを取るという瞑目だけならば、通常機でもよかった筈だ。特注仕様のカスタム機が部隊員全てに送られてきている時点で、我々に課せられた、何れ下されるであろう使命が大きい事は承知していた。部隊の皆も、何処となくそれを感じていたのだろう。だからこそ、私が課す、常より激しい特訓にも文句を言わずに付いてきてくれたのだと思う。……まあ、それだけが理由では無いだろうがな」
 「速瀬大尉や茜なんて負けず嫌いですからね。みんな、未来の為に努力を惜しまず戦っているだろうし……。けど、それよりも何よりも、伊隅少佐が信頼されているからこそだと俺は思いますよ。一人一人が伊隅少佐を信頼し、隣の戦友の為に自らを鍛え、纏まって行く――だからヴァルキリーズは強いんですよ。強い部隊っていうのは、得てしてそういうものだと、俺は色々見てきましたからね」
 「ふふ……なるほど。戦闘能力だけではなく、内面も随分と成長しているな。様々な戦場を見て、様々な体験をしたのだろう。ひよっこだった頃のお前が懐かしく感じるな」
 「あの頃の俺と比べるのは勘弁して下さいよ、正直自分でも思い出すのは恥ずかしいんですから」
 「自分の過去とは得てしてそういうものだ。だが、その過去が在るからこそ、今が存在する。過去の自分を否定することは、今の自分を否定する事と同義。過去を認め、それを直視してこそ正しき人間の成長があるのだと私は思う。そういう意味では、お前は自分を正しく見詰め直したようだな」
 「……過去の自分が言っていた言葉には、内実が籠もっていなかった。意志の無い言葉は薄っぺらい戯言で、それは信念ではなく唯の夢想でしかない。様々な人の、命を掛けた最後の瞬間を見てきて、それが解ったんです。
 そして俺には、どうしても叶えたい願いがあった。それはとても小さな願いなのかもしれない、けどそれをかなえる為には途轍もなく大きな事をしなければならない。だから俺は、その願いを叶える為に、今迷い無く前に進めるんですよ」
 武の願いとは即ち『心から愛する女性と、子供達の幸福な未来』、真那、冥夜、慧、そして子供達が、幸福に暮らせる平和な未来を作りたいと言うこと。仲間達の事も、勿論同様に思っているが、何よりも優先されるのはその願い。
 そして、その願いを現実にする為には、この地球の安全――BETAの完全なる駆逐が条件だ。
 たった数人を幸福にしたいが為に、世界を救いたいと願うこと。たった数人を幸福にさせるのさえ難しいことだというのに、その願いの何と大それた事だろう。
 だが、武は心に願う。そして、過去の自分を塗り直す様に、今の自分の願いを未来へ向かい描いていく。
 それこそが、唯一絶対の信念だと心に誓って――
 (まあそこで、優先順位は落ちるが、仲間達の幸福な未来をも思ってしまうのは、やはり武らしいのだが)



[1127] Re[31]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第105話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/30 22:29
2008年2月1日……イラク/甲09号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


 晴れ渡る晴天を翳り尽くすかのように、黒々しい粒子が雲となりて、広大なる空に満ちる大気を侵食し汚していく。そして、その暗雲を切り裂き突撃していく、数える事を忌避させるが如くの、砲弾の数。地表に存在する敵――特に光線レーザー属の多くは、飽和状態で突撃してくる凶器の弾雨によって、その個体の多くが粉砕され数を減らしていった。
 甲09号ハイヴ――シリア、ヨルダン、イラクの国境が集まる地点の、イラク国内側に存在するフェイズ5規模のハイヴである。
 バビロン作戦及びエスペランサ計画初期の作戦による、G弾の投下によって成長を妨げられていた甲09号ハイヴであるが、現在の等級はフェイズ5に達し、BETAの内包存在数は多く脅威なのは変わり無い。
 しかしそれでも、甲17号ハイヴを落とした実績のある人類の気勢は高く、今回の攻略作戦、恐怖に震える者は居れど、怖気づき後込みする者は、1人として存在しなかった。


 地中海から上陸した戦術機甲部隊は、同じく地中海に陣取った艦隊より放たれる艦砲射撃の援護を受けつつ、着実に前進を進め、目標地点までの前進を成功させると、其処に戦線を構築――涙型の陣を築いた。
 そして、陣の構築と共に凄乃皇弐型が発進し、敵側からは後方に位置する、萎まった形状である後ろ側から進入し、陣形の中央で、戦術機甲部隊に守られながら、荷電粒子砲の発射体勢に入る。
 今回の作戦は、甲17号とは違い、速攻勝負の形を取った。
 凄乃皇の有用性は証明され憂いは無く、ハイヴ調査も行う必要は既に無い。ハイヴ内構造の事前探査も、食い違いが極力少ないと確認できたし、第4世代戦術機で最下層まで到達可能なことも実証された。
 だから今回は、突入部隊による早期の反応炉破壊という作戦を取ったのだ。
 セオリー通りの初期飽和攻撃で、地表のBETAを一掃。この時点での突入開始も考えられたが、突入部隊の航続距離の多さによる、危険度増加により却下された。
 一掃後に、甲17号時と同様に揚陸を行い、戦術機甲部隊を上陸させる。
 部隊を一点集中し、戦術機甲部隊で戦線を押し上げ、ハイヴとの距離を詰める。其処に凄乃皇を突入させ、荷電粒子砲で地表BETAを一掃――その隙を縫って、突入部隊がハイヴ内へ突入する段取りだ。
 発射体勢に入った凄乃皇弐型前面より、戦術機甲部隊が退避していく。その隙を縫うように、BETA群が押し寄せてくるが、両翼後方よりの攻撃と、戦艦からの支援砲撃がその進攻を阻止する。
 凄乃皇弐型は、前面より押し寄せる敵軍を目前に据えたまま、着々と発射体勢を整えていく。
 味方の誰もが、その様を固唾を呑んで見詰め、引き起こされるだろう破壊の嵐に胸躍られ高揚していたその時……
 「!!!――っ警報」
 耳障りな警報音が響き渡る。人類が聞き続けてきた、忌まわしい災厄を告げる音。旗艦ヴァルキューレ艦橋内部に、切迫したオペレーター達やアリーシャの声が錯綜する。
 「レーザー照射警報、等級5!」
 「SW-54-44に21体確認!」
 「制圧砲撃!」
 「既に砲撃準備開始して……駄目です、間に合いません!!」
 「ちぃぃっ」
 アリーシャは舌打ちしつつ、照射体勢に入っているであろう光点を睨みつける。念入りな集中飽和制圧砲撃を繰り返し、地表に存在する光線レーザー属は全て潰してあったのだが、やはり当初の懸念通りに、ゲートから新たな個体が這い出して来たようだ。
 焔から、少しくらいの照射ならば受けても大丈夫だとは聞いてはいたが、光線レーザー属が放つレーザーの威力は、兵士ならば誰もが知るもの、アリーシャやオペレーターが切迫するのも無理はない。
 しかし、アリーシャの横に立つ焔は、それら一連の様相を見詰めながら不適に笑っていた。彼女は、凄乃皇の特性を十分に理解していたので、今回の結果がどうなるかは解っている。凄乃皇は、ラザフォード場が消え去る発射の瞬間を狙われない限りは安全。不謹慎ながらも、科学者という人種が存在的に持つ気質として、その結果が出、皆が驚愕するのが密かに楽しみであったのだ。
 次の瞬間、虚空に21の光の軌跡が後を引く。戦場に居る者は、焔以外皆、それを口惜しげに見遣った……が、次の瞬間には、驚愕がその表情を覆い尽くした。
 放たれた光の奔流は、凄乃皇に到達する事無く、その周囲で弾け拡散する。
 光覚を刺激するような光の瞬きとその現実に、一瞬目を奪われた皆であったが、次の瞬間には凄乃皇の無事とその力強さに、新たなる喜びと喝采を送り出していた。
 「は……じいた」
 「え……A-02被害無し、砲撃準備続行中」
 艦橋でも、アリーシャ達が驚愕と安堵を表情に浮かべていた。EFFレーザー防御が存在するので、焔の『大丈夫』発言は信用していたのだが、実際に見ていない状態で撃たれると、流石に冷や冷やした。オペレーター達も、衝撃が残る中で、忠実に職務を実行し続ける。
 「敵、第2射来ます!」
 「砲撃は!?」
 「着弾まであと12秒、第2射には間に合いません!」
 「敵照射、来ます!」
 そして、敵の第2照射が開始される。しかしそれも、先程と同様、凄乃皇弐型が発するラザフォード場によって、全て防がれていく。
 戦場の兵達はそれを見て、益々士気を募らせていった。
 「あれがラザフォード場か」
 「うっひょ~~、すっごいわねぇ」
 陣後方中央――味方に守られる形で追従してきた武達も、データリンクで送られてくる映像でその様を目撃し、興奮に体を震わせていた。
 「最高の防御力と攻撃力を兼ね備えた航空機動要塞ってのは、伊達じゃないね」
 宗像が感心を表して言う。
 戦略航空機動要塞は、ハイヴ攻略に必要な兵力を大幅に削減する……というのが、製作当初に掲げていた歌い文句であったが、それを体現するが如くの様相だ。
 砲撃時に無防備になる欠点があるが、それは何とでも対処可能だし、荷電粒子砲の破壊力と対比すれば些細な事――現に、今現在その欠点を埋める為に、艦隊からの全力支援砲撃が行われていた。
 この後の突入援護を行う艦隊――ヴァルキューレ艦隊以外の全戦艦隊による、ゲートを徹底的に封鎖する制圧砲撃。
 普段は装填・換装・補給のローテーションを組んで行っている為継続的に行える砲撃だが、こんな砲撃を続ければ、あっという間に砲弾が尽きる。しかし、荷電粒子砲を放てばその後、敵が存在しない空白の時間が生まれる。敵が直ぐに這い出てくるにしても時間的余裕は十分にあり、補給などはその時に行えば良い。なので今は兎に角、凄乃皇弐型が無防備になる数十秒を耐え抜けば良いのだ。
 艦隊は、数十秒しか継続不可能な全力制圧砲撃で、荷電粒子砲の発射完了まで凄乃皇弐型の防衛を完遂させた。
 そして放たれる、光華を体現せし、破壊の閃光。
 光暈でさえもが目を焼くほどにまぶしいその光の槍は、甲17号攻略戦の時をなぞるかのように、地表に存在するBETA群を薙ぎ払い殲滅し、聳え立つ地表構造物モニュメントを一撃の元に破壊させた。
 響き渡る轟音と、巻き上がる粉塵の中、皆の喜び勇む咆哮や叫声が戦場に木霊する。既に2度目となった地表構造物モニュメントの崩壊だが、ハイヴの象徴が崩れ去る様は、積年の内に積もり積もった人類の平和という世界を求める心を縛る頸木を破壊し、恐怖と絶望を振り払うもの。それは抑圧された人類にとって、失われたものを取り戻そうとする心を振りかざす1つとして、高々数回の行為では収まらない事であったのだ。
 だが、その喜びの中にあっても、心静かに決意を固める者達が存在する。
 数は14――14の人と機体は、課せられた使命を果たす為、一陣の疾風と化そうとしていた。
 「全機発進する、遅れるな!」
 「目標はW22ゲート。脇目も振らず突っ走れ!」
 《《了解!!》》
 月詠と伊隅の発破を含んだ号令に、残り全員の了解の声が返る。そして次の瞬間、未だ地表に充満する粉塵を切り裂いて、14の戦術機が飛翔を開始した。
 「突入部隊全機発進、目標地点に向かい進攻を開始」
 「ヴァルキューレ艦隊全艦、支援砲撃スタンバイ。這い出てきた光線レーザー属を補足したら、命令を待たずに制圧せよ!」
 オペレーターの声と戦域図でその様を確認したアリーシャは、直ぐ様に控えていた旗下艦隊に命令を下す。
 ヴァルキューレ艦隊は世界最高峰の砲撃艦隊と言われているが、それはなにもアリーシャの指揮能力や読みの鋭さだけで成り立っている訳ではない。艦長1人1人が、その命令を忠実に実行するだけの、飛び抜けた能力があるからこその名声だ。
 各艦長の指揮能力、判断力、精密砲撃能力は水準を越えており、艦長間の意思疎通――各艦の連携能力も高い。緊急の時はアリーシャが細かい命令を下さずとも、最良の行動を行ってくれると信じていての命令だった。
 そして、その命令の間にも、突入部隊のゲート目掛けての突撃は続いて行く。
 地表は殆ど平らに均されてしまっているので、障害物などは望むべくも無く、低空を飛行しているとはいえレーザーに補足され易い。
 しかし皆は怯む事など無い。レーザー防御シールドを保持し、レーザー防御装甲を備えていることも勿論の事だが、それ以上に第4世代戦術機の性能と、自分達の腕を信じていた。
 それに、跳躍装置を全開に、最高速近くまで達した第4世代戦術機の水平噴射跳躍ホライゾナルブーストでの飛翔は並みのスピードではなく、目標地点のゲートまでは、殆ど時間が掛からない事もある。BETAが地表から一掃されたこの瞬間を狙えば、レーザー照射を受ける確率も大幅に減るだろう事は想像に難くなかった。
 「イヤッホー! 無人の野を駆けるって言うのは気持ちいいもんだわ」
 「地表付近を這ってて味気ないけど、正に天駆ける戦乙女達って所ね」
 「それは私も同感だけど茜、異物が1人紛れ込んでいる時点で戦乙女達とは括れないわ」
 「武は男性だからね」
 「男の人は乙女とは言えませんね~」
 「く、くくく……武少佐が乙女、くくくくく……」
 最高速を維持する戦術機の中では、流石に最新の耐Gシステムでも消しきれない圧力が断続的に搭乗者に襲い掛かってはいたが、既に慣れてしまっている面々には苦痛に感じる程では無かった。
 照射される確率が低い状態でも流石に油断はしていないが、其処は歴戦の衛士として緊張は無い。例え決死行の途中でも、繰り出される会話は日常的に軽い位であった。
 響など、態々言わなくても解っている事を丁寧に述べた壬姫の言葉に想像を刺激され、脳内で武の乙女姿を思い描き笑い伏してしまった。流石に操縦桿を無闇に動かすことは無かったが、両手で操縦桿を握り締めたままの状態で、体を折り曲げてピクピク震えているのは、色々と言いたい事がある光景だ。空中での姿勢制御が半オートになっていて良かった所だろう。
 それからも、武は茜等に憮然として言い返し、月詠や伊隅も横目で仕方ないと嘆息していた。
 ハイヴ突入という決死行。その前段階における、ゲートへの到達までの短い時間。困難に分類される行動ながら、持ち前の気概において数分間のその時間の中で気を落ち着けられていた武達。
 しかし、戦場の常として、平和な時間は長くは続かない。
 フェイズ5という規模を持つハイヴは、早々簡単には道を空けることは無かったのだ。
 「っレーザー照射警報! 等級3」
 「W26ゲートより光線レーザー属出現、等級5へ!」
 「光線レーザー級26、重光線レーザー級8体です!」
 一番初めに声を上げたのは、偶々索敵に集中していた風間中尉だった。次いで柏木が敵出現地点を割り出し、危険度の推移を告げる声に被さり、壬姫が個体数を報告する。
 敵感知能力には一日の長がある面々の半ば声が被った報告は部隊員に正確に伝わり、皆の危機感は一気に最高潮に達すた。笑いに震えていた響も一気に体を起こし、各種状況を表したディスプレイ群に目を走らせる。目尻に浮かんでいた涙が真剣な表情にそぐわなかったが……。
 武が個体数を確認した時には、敵も照射準備を終えたところで、伊隅が注意を促す。
 「照射元34か!」
 「照射来るぞ! 全機備えろ!」
 「来るぞ!」
 「各機、シールド構え! 乱数回避!!」
 ヒュレイカの声に被るように、月詠の緊迫を含んだ大声が響き渡る。
 瞬間、放たれる34の閃光が、低高度を高速で飛翔する14の戦術機目掛けて迸った。
 武達突入部隊は機体が発する照射警告を元に、保持していた小型タイプのEFFレーザー防御シールドを構える。そして、スラスターやサイド噴射、機体加重移動での方向転換を巧みに使いつつ、機体を追従する動きを見せる光線の全てを、掠りもせずに見事に回避しきってみせた。
 各機が装備しているEFFレーザー防御シールドは、小型のタイプではあったが、武達の腕ならばレーザーを防ぐ事になんら問題は無い。ゲートまでの距離は、後少しということもあり、回避より確実な防御を取った方が無難に思われるだろう。
 しかし、戦場ではどんな不測の事態が起こるかは未知数だ。温存可能なものは温存し、起こる可能性が低かろうとも最悪の事態に備えて置くのが、一流の衛士であり、生き残る秘訣の1つである。そして武達には、レーザーを回避可能な腕前があるのだから、シールドを温存し、回避という手段を取るのは当然の事だ。
 「被害は!?」
 「零です、被害無し。全機健在!」
 『敵、第2照射の準備に入っています!』
 「第2射、照射されました!」
 艦橋の者達も、それを確認し、次いでの第2照射回避も確認した。
 『敵、更に第3照射の準備に入りました』
 『いや、着弾の方が早い。突入部隊、構わず突貫しろ!』
 『制圧砲撃着弾まで後7秒!』
 敵の捕捉と同時、何時でも発射可能なように砲撃準備を整えていたヴァルキューレ艦隊各艦は、命令通りに直ぐ様
敵を指標し、全艦揃っての精密集中砲撃を開始した。
 幾ら砲撃準備を整えていたとはいえ、砲撃までのスピードは流石と言うしかなかった。正に世界一の面目躍如杜言った所だ。
 距離が離れているため、それでも着弾に時間が掛かったが、敵に第3照射を行わせないスピードは見事。再度突撃飛翔を継続し続ける武達が通過する横で砲撃が着弾し、照射元は全て殲滅された。
 そして丁度そのタイミングで目標地点が見えてくる。
 「突入開始地点を確認。距離2500です!」
 「後少しだ、気を抜くな!」
 御無と伊隅の声に、皆は無言の肯定を返す。
 突入開始地点に進入を行う一瞬こそが一番危険度が高い為、そしてそれ以後は決死の行軍が続く為に、皆の表情は先程より硬い。
 そしてそのまま何事も無く、突入地点まで到達した。
 「全機反転全力噴射ブースト・リバース!!」
 月詠の声が上がるまでもなく、全機がタイミングを見計らったかのように、急減速を行う。
 水平噴射跳躍ホライゾナルブーストを行っている跳躍装置ユニットを一旦停止し、直ぐ様機体前面に反転させる。
 主脚が開いていると、跳躍装置ユニットを機体前面に持って来ることは不可能なので、主脚を内側で揃えた状態にして腰部を内側に向かって曲げる。その体勢を取れば、跳躍装置ユニットが主脚に妨害されることなく前面に移行でき、更に機体を腰部で折り曲げることで、前面に持ってきても稼動限界の関係で60度程度しか曲げられない跳躍装置ユニットを、ほぼ90度――水平状態に持っていけるのだ。
 一瞬の内に180度反転――機体前面で、進行方向に噴射口を向けた状態で水平に構えられた跳躍装置ユニットを、全力稼動させる。
 吐き出される噴射炎。第4世代戦術機用の新型跳躍装置ユニットは、エネルギーを変換して推進力に変換するシステムを採用しているが、緊急時などに爆発的な推力を得る為や、圧縮水素併燃噴射加速の為に、幾許かは推進剤を積んでいる。今回は、それをも同時に燃焼させて、莫大な推力を得たのだ。
 前面への全力噴射によって、今まで進行してきた方向と正反対の力を掛けられ、機体が急制動する。一瞬、空中で停滞し、無防備な状態を作り出すことになったが、皆は直ぐ様に跳躍装置ユニットを操作して、その状態から脱した。
 「全機、突入!」
 空中で巧みに姿勢を変えた全機は、そのまま突入口――ゲートへと飛び込んで行く。EFFレーザー防御シールド裏面に取り付けておいた05式突撃機関砲を取り外し、既に無用となったシールドをそのまま投げ捨てつつ、突入部隊全機は、ゲートの奥底へ消えて行くのだった。



[1127] Re[32]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第106話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/10/30 22:27
2008年2月1日……イラク/甲09号・フェイズ5ハイヴ攻略戦


 G弾の投下を受けた分、他の同規模のハイヴより幾分弱体化気味だとはいえ、BETAの存在数が元々多いこともあり、個体数が少ないとは微塵も感じられない。現に戦術機のセンサーは、殆ど常時、感知限界に近いかそれ以上のBETA反応を捉え続けていた。そんな中を、ゲートより突入を果たした、フェンリルとヴァルキリーズの2部隊は、正に疾風迅雷を体現するが如く、途轍もない短時間で主広間メインホールに到達してみせた。
 一昔前の現実を肌で知っているヒュレイカはこの現実に、「10年前とは雲泥の差だね」と、静かに呟きを漏らしていた程だ。確かに10年前程は、数百単位の戦術機が突入しても、半分も行ければ行幸な程であった。それは、ほんの数年前でも変わらないことだったが。
 僅か14機で、主広間メインホールまで到達できる事が可能になった要因は様々に存在する。
 第4世代戦術機の性能は勿論の事だろう。過去、未だ未熟だった七瀬中尉達が、シミュレーターとはいえ厚木ハイヴ最下層まで到達できた位なのだから、熟練衛士が駆る第4世代戦術機の性能はそれこそ突き抜けている。これを作り上げた焔は、各方面から絶賛されたものだ。もっとも、焔自身にしてみれば、この評価は過分に過ぎると思っているらしい。
 焔自身が語ったことだが――結局、新しい技術というのは、積み重ねの繰り返しの上に成り立つものであり、過去のノウハウがあってこそ、第4世代戦術機は完成したのだと。
 焔が蓄えている技術も、過去があったからこそ持ち得るものであり、彼女はその辺を驕って考えたりはしていない。だからこそ過去の全てを大切にしてそれを取り入れ、現代式に活用していくことで基盤を築いてきた。
 第4世代戦術機も、武の世界の技術やBETAの技術をふんだんに活用しているが、基にあるのはこの世界で培われてきた技術の集大成であり、結局は人類全ての成果だと焔は思っている。もっとも、自分が凄い事は否定しないそうだが……。
 だが、それ以上に大きいのは、XM3――新型OSと、それに付随する新戦法だ。これは最早、語るまでもないことだろう。
 これの存在が、戦術機の性能や戦術を劇的に変化させ、結果その戦闘能力は飛躍的に高まった。
 例として、武達や他の熟練衛士達が、XM3完全対応型の最新式の撃震(既に第1、第2世代の生産は終了しているので、存在する中での最新式)で、シミュレーターでのフェイズ3クラスのハイヴ攻略を可能としている。
 これらの他にも、様々な要因が、現在の人類の強さの根幹なのだ。
 そして更に、近年衛士の力を高めている大きな要因が、もう1つ存在する。それは、シミュレーターの進化だ。
 第4世代戦術機用シミュレーターを作った際に、焔が新しいシステムとプログラムを組んだのだ。このプログラムは、焔が武の居た世界のゲームを参考に仕上げたもので、実用性溢れる作りとなっている。
 まず難易度設定が、初級(訓練兵用)、下級、中級、上級、熟練上級として分けられ、その中でも更に5段階の等級に分けられている。
 そして、戦場パターンや状況パターンも大幅に増え、内容にバリエーションが齎された。
 更に、『Unintentional emergency』アンインテンショナル エマージェンシー(無作為な緊急事態)と言うプログラムも作られている。
 このプログラムをONにすると、難易度と等級及び、プログラム自体に設定する発生率に応じて、ステージ上に無作為に緊急事態を生成する。これは、緊急時の対処行動の訓練及び、訓練に緊張感を養う事を狙って作られたものだ。
 他にも、ハイヴの構造をランダムで組み替えるプログラムなどがある。現在のハイヴの構造情報が100%完璧には解析不可能なので、道が違っていた場合の訓練や判断力底上げに役立つ。
 対戦や操縦トレース用に、武達第28遊撃部隊全員の操縦記録や、仮想対戦プログラムなんかも入っていたりする。
 これだけでもかなりのものだが、焔が作った中には、更に凶悪なプログラムがある。
 それは『BETA戦術プログラム』である。
 その名の通り、BETAに戦術行動を取らせるプログラムだ。
 これは、焔が危惧している、何れ来るであろう『BETAの進化』に対応できるようにと作ったものだ。
 BETAが進化した後で、対処を取り始めても、その時には被害が膨大になってしまうだあろう。ならば、最初から対策を立てておけばよいということで作り上げた。
 このプログラムが作られたことで、衛士達はBETAが戦術を使ってきた時の恐ろしさを実感し、より一層の訓練を行う様になって、焔の狙い通り、将来への布石と、衛士の実力底上げが成されたのだ。
 後は勿論の事、従来のシミュレーターにも対応しているし、従来のシミュレーターに存在したプログラムも使用することが可能だ。(第4世代戦術機の出現に当たって、初期は第4世代戦術機専用シミュレーターが作られていたが、それでは効率が悪いというので、従来型のシミュレーターを改造して使える様にもした)
 これらシミュレーターの進化によって、衛士達の実力は着々と底上げされており、現在に至っているのだ。
 (因みに、難易度の熟練上級は、『無茶苦茶レベル』とも呼ばれ、『Unintentional emergency』や『BETA戦術プログラム』を設定すると、強制的に高レベル設定となる。武達でも、その両方をONにするとレベル4をプレイして70%の確率で全滅する程の難しさだ) 
 
◇◇◇
主広間メインホール

 「それでは任せたぞ」
 「しっかりやんなさいよ白銀」
 「解ってますって。速瀬大尉達も、護衛の方頼みますよ」
 「了解了解。地味な仕事はあんたに任せて、私は派手に暴れてるわ。その間に、ちゃっちゃと済ませてきなさい」
 伊隅、速瀬と会話しつつ、両者からS-11を受け取る。その横では武と同様に、月詠と響の搭乗する機体が、他の者よりS-11を2発ずつ受け取っていた。
 「では行って来ます」
 「なるべく急いでくれ、余裕はあるが、帰還の事も考えれば、万が一の事態が起こることも想定に入れておきたい」
 「いや、伊隅少佐……流石にシミュレーションでのようなことは、滅多に起こらないかと。……まあでも、急げって事は同感ですので、なるべく早く仕掛けてきますよ」
 伊隅の言葉に、シミュレーターでの訓練が蘇る。
 熟練上級での、『Unintentional emergency』アンインテンショナル エマージェンシーは、設定にも寄るが、物凄い過酷な状況を頻繁に作り出す。
 2万、4万規模の援軍は当たり前で、挟み込まれたり、地下から襲撃されたりと、気を抜く暇が無い。斬り合いの時に長刀が突然折れたり、掃討している時に突撃機関砲が故障したりと、此方側の不具合も演出する。更には、稼動中に突然、主腕や主脚が故障したり、跳躍中に噴射装置が爆発したりと、戦闘中現実に起こったら真っ青もののトラブルなども様々に起こるのだ。
 こんな状況で衛士達は気が抜けるはずも無く、訓練に身は入るわ、油断は無くなるわ、即応性は向上するわ、トラブルに強くなるわ、etc.etc. 兎に角、衛士達は逞しく成長しているのだ。
 まあ、現実ではこんな事態は滅多に起こらないであろうが……戦場に『絶対』という言葉は無い。万が一の時の為にも、未来での選択肢を増やす為も、武は伊隅の言葉に同意したのだった。
 2つの手に確りとS-11を握らせ、反応炉へ向かって機体を駆る。自らの役目は、味方が押し寄せるBETAを押さえている間に、S-11を反応炉へ設置すること。同様の役目を負った、月詠と響も数瞬遅れ、武の後を追う形で反応炉へと機体を進め始めた。
 入り口から中央の反応炉までは、そう距離は無い。途中、元々内部に存在したBETAに襲われることもあったが、腰部突撃機関砲での攻撃と回避運動、更には柏木・壬姫・風間による、正確無比な援護射撃によって、問題無く反応炉に到達した。
 戦術機に搭乗していても、見上げる程に大きな反応炉の存在は相変わらずの威容で、やはり何処と無く神経を擽る感じを齎す。不快感か威圧感か……それがどういう感情から来るものかは煩雑として判断は出来ないが、兎に角神経に触れるものが感じられるのだ。
 「やっぱり如何見ても、蜜に群がるカブトムシとかクワガタだよなぁアレ」
 「その意見には否定せぬがな……」
 前回――厚木ハイヴの反応炉でも思ったことだが、改めてそう思ってしまった。反応炉の威容と、感じる不快感で肌を粟立てつつも、思ってしまった事は抑えること叶わず、今回は以前に比べれば大分余裕があったこともあり、口に出して言ってみる。
 意見を求めた訳ではなかったのだが、月詠も少なからずそう思ってはいたのか、武と同様、装備する武器で反応炉に取り付くBETAを駆逐する傍ら、呆れながらも答えを返してきた。月詠からみても、BETAが反応炉に取り付く様は、そのように見えて仕方が無いのであろう。
 「武少佐は兎も角、月詠中佐まで……。まあ、見えると言うか、それ以外に見えないと言うべきか。私もその意見には同感です」
 3者は同じ様な意見を持ちつつ、その感想を抱いた元凶である目の前のBETA群を、全て掃討し尽くした。途中幾らか、周囲からの攻撃があったが、それは仲間からの援護射撃で沈黙している。
 「掃討完了だ、S-11のセットに入るぞ。今回は周囲への影響を考えなくて良いので、確実な数をセットする」
 「現在手元にある9発全てですね、了解しました」
 攻略後の調査は行うが、完全なサンプルは甲17号に多く存在しているので、戦闘時に起こる破壊での影響は今回考えなくても良い事になっている。反応炉へのS-11設置も、前回は威力の程を考慮して設置されたが、今回は確実に吹っ飛ばす様に、多めに設置するのだ。
 6機から受け取った6発と、乗機である3機が持つ3発。合計9発全てのS-11を全て、反応炉の円周に添う様に設置していく。周囲では、他のメンバーが、流入してくるBETAを確実に押し留め、武達は一切の妨害も受けず、迅速に設置を完了させていった。
 「よし、これで最後の1つ」
 武は、仲間から受け取った2発を仕掛け終わり、自機から取り出したS-11のセットも終了させた。
 「此方も終了した」
 「私も完了させました」
 見れば、武から見て左右で作業を進めていた2人も、丁度同じ様に作業を終えていた。
 「簡単でしたね、もう少し梃子摺るかと思ったんですが?」
 「シミュレーターの方が難しすぎるんだよ、実際はこんなもんだって」
 「今は……だがな。将来的にあれと同様になる可能性は否定できない、それだからこそ、焔はあのシミュレーションを作ったのだ。楽観視しすぎて気を抜けば、将来のその時において確実な死がまっているぞ」
 現在のシミュレーションの難しさは、将来的なBETAの進化を見越して、焔が設定したもの。そのお陰で現在のBETAは手応えが薄く感じるのだ。今回も、普段から過酷なシミュレーションを繰り返している響からしてみれば、簡単という訳では無かったが、実に呆気なく感じられてしまったのだ。
 「了解。以後も将来に備え、日々精進を続けます」
 「ふふ、その意気を忘れるな。武、タイマーの方は?」
 「問題ないぜ。スイッチを入れた後、きっかり5分で爆発する」
 「よし。伊隅少佐、設置終了した、これより合流する」
 「了解しました、此方も集結を開始します」
 月詠の通信を受けた伊隅は、武達が合流後、一気に脱出を図る準備として、主広間メインホール入り口に散って敵の流入を食い止めていたヴァルキリーズを集結させる。ヒュレイカ、御無、柏木の3人も、同様に集結を開始した。
 それを確認するまでも無く、月詠と響も、ヴァルキリーズと合流するべく機体を駆らせようとしたのだが……。
 
 月詠が伊隅と通信を行っている時、念の為として最後のタイマーのチェックをした武は、それを終えて機体を稼動させようとした。
 しかし、その時に何かが頭に引っ掛かる。
 肉声や痛みなど物理的な干渉ではなく、儚い、虚ろ、曖昧という言葉を思い起こさせるような感覚。何か心の琴線に触れる、既視感デジャ‐ビュとでも言えるような、不思議な感覚が。
 (なんだ……?)
 思わず、頭を振り返してしまう――と思っていたが、実際には機体ごと反応炉へ振り返っていた。心で思っていた以上に、この事態に体が反応している事に不思議を覚えつつも、やはりそれ以上に心は反応炉へと引き寄せられた。
 (なんだこの感覚?)
 じくじくと心に浸透していく、正体が掴めない曖昧な干渉。それは物理的干渉を引き起こしてはいなく、あくまでも感覚的なものだとは理解できていたが。
 干渉してくるそれは、遣る瀬無さ、怒り、悲しみ、絶望……それら様々な人間的な感情を含みながらも、それ以上に無機質さも同在している。その不可思議な感覚は、ファントムペインの様に体を蝕みつつ、武の体を侵食していく。
 (反応炉……が、呼んでいる……のか?)
 まさかとは思いつつも、しかし頭の中に干渉してくる感覚は現実として感じられる。
 これは自分の妄想か。最近はハイヴ攻略前で、体調管理を心掛けていたよな? と思い返しながら、疲れてるって事は無いよな……と、幻聴の類を否定してみる。
 干渉は、明らかに感じるのだ。物理的なものでは無く、曖昧と言うに等しいのだが、確かに感じられる。
 不可思議な感覚を抱く中、夢見心地な――まるで酒や快楽に酔ったような、茫洋とした意識で、自分の腕を反応炉に伸ばす。その行動をしたら、まるで何かを掴めるとでも言うかのように。
 そして、先程と同様、武の意志が現実の行動にまで影響を及ぼすに至ったのか、その行動の意志が思考制御で伝達され、戦術機の動作にも影響を与える。
 コクピットの中で、反応炉に向かい右手を差し伸ばした武と同様、武雷神の右主腕もが、薄く明滅する反応炉に向かって差し伸ばされたのだ。
 反応炉に、武雷神の右手が添えられる。
 武はその時、茫洋とした意識の中で、戦術機の腕を通し、感じるはずも無い反応炉の鼓動と、その先に存在する、自分に干渉してきた『何か』の意志を、確かに感じていた。
 そしてそのまま、その不可思議な意識に飲まれるかのように、瞳から意志の光が消えて……
 「武少佐! なにやってるんですか!!」
 意識が霧の様に霞む中、その濃霧を割って入った大声に、正気を取り戻した。
 「あれ……、俺は一体何を」
 「何をじゃありません、何やってるかはこっちが聞きたいくらいです。集結は完了しています、急いでください。BETAが迫ってるんです!」
 「あ……ああ、了解」
 切羽詰った響の声に、状況を確認してみれば、少し向こうでヴァルキリーズやフェンリル隊の皆が、既に集結を終えていた。そして、出入り口から次々と流入してくるBETAが、此方目指して迫ってきている。
 何故か意識が飛んでいたようだが、状況から見てそれも短い間らしい。致命的な遅れでないことに安堵を覚えつつ、合流するために機体を駆った。
 「すまん、遅れた」
 「言い訳は後だ、突破するぞ」
 「タイマー起動。残り300秒!」
 「全機全速離脱、一気に地上へ向かって突破する。遅れたやつは置いていくぞ」
 《《了解!》》
 武が合流した一同は、その武への追及も後に、一気に地上への脱出を開始する。
 そして一同は、やはり問題無く、地上への生還を果たしたのだった。

◇◇◇
掃討戦後

 反応炉を破壊した後、逃走するBETAを殲滅するべく一大掃討戦が行われた。
 甲17号の時と同じく、逃げるBETA群に多大な損失を与えた人類は、ハイヴ攻略という事実と合わせ、その功績を称え合い、皆が喜びを噛み締めていた。
 だが、その中にあって、憂いを表情に表すものが1人。月詠は、先の不可思議な行動の事もあり、その人物に向かって、問い質すように声を掛けた。
 「武……」
 「ああ、真那か」
 「覇気が無いな、先程の不可思議な行動といい、一体如何したのだ?」
 感情が揺れ動いてはいたが、バイタルは正常値だった。あの時、武は一体如何したというのか? 多少の恫喝を含めながらも、武自身それを理解し反省しているだろうと、大部分を心配する感情で包み問い質す。
 「それが、よく覚えていないんだよ」
 「覚えていない?」
 「ああ、なんか不思議な感覚を感じた所までは覚えてるんだが、それ以後の事は霞が掛かったように。自分のやった事は把握してるんだけど、なんでそんなことをやったのかは……」
 首を捻る武。この時武は、反応炉で感じた不可思議な干渉の事は、すっぽりと忘れてしまっていた。覚えているのは、反応炉が自分を呼んだ様な事、そして自分の意識が曖昧になり、変な行動を取ったこと。
 それを聞いて月詠は、難しい顔をして考え込む。
 「まさかBETAからの干渉か。やつらが、人類にコンタクトしてきたと?」
 「さあ……、その時の感覚がすっぽり抜け落ちちまってるんだよなぁ」
 「焔の仮設では、反応炉はエネルギー炉と同時に、通信装置のようなものも兼任している可能性が高いと言う、だとすれば干渉してきたのは、他のハイヴに存在するBETAか、又は……」
 「上位存在ってやつか……」
 その言葉で、2人の間に沈黙が落ちる。
 如何せん曖昧な事実ではあったが、武が反応炉を介して、なんらかの干渉を受けた事は事実なのだ。だとすれば、その干渉を掛けてきた存在とは……
 「武、この事は誰にも喋るな。取り合えず、焔に話すのが先決だ。私達では判断がつきかねない」
 「そうだな、他の皆にも口止め頼んどく。それにしても、BETA側からの干渉か……」
 「焔が言っていた、BETAの進化……どうやら、今以上に気を入れなければならないようだな」
 沸き返る兵士達を見渡しながら、月詠は呟く。
 BETAが人類に興味を持ったという事は、BETAが人類を観察している事……。それが事実かは分からないが、兎に角も、焔が予測した未来が、現実に近付いたということなのだろう。
 将来にやってくるであろう、その時を見据え、武と月詠は勝利の中で唯2人、未来にたちこめる暗雲を幻視するのであった。



[1127] Re[33]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第107話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/11 09:06
2008年2月2日……シナイ半島第1防衛基地


 (ここは……どこだ?)
 暗黒が望洋と広がる世界の中、その中心でたゆたう己の体。見回してみれば、際限無く続いていそうな暗黒の深遠が、四方八方全ての方位に向かって続いている。
 それらを確認しながらも武は、その考えを否定した。
 周囲が漆黒にまみれているが故に、際限無く続いているかは不明。もしかしたら、直ぐ先では行き止まりなのかもしれない。ならば、今存在する此処が、世界の中心である可能性も又否定されるのだ。
 (まあ……如何でもいいけどな。それよりも……)
 頭に浮かんだ、詮無い考えを振り払う。些細な意味も満たせないことよりも、此処が何処で、何故自分が此処にいるかを考えなければ。
 (確か、甲09号ハイヴ攻略戦が終わって、それから帰還したんだよな。G元素の回収とかは他の部隊がやるからって。基地に着いて、それから京塚のおばちゃん所で飯食って風呂入って、それから……)
 何時もの通り、布団に入ったのだ。だが、それから後の記憶が無い。とすれば、此処は?
 (夢の中か? って言うかそうだよな。浮かんでる時点で物理法則無視してるし。そもそも、何かされそうになったなら絶対解るよな、真那だって隣で寝てたんだし)
 そう結論付ければ、後は気楽だった。夢の中で、夢を夢として知覚するのは始めての感覚だったが、これはこれで中々興味深い経験だったので、暫く周囲を観察してみる。
 しかし、この空間は絶対の闇が広がるばかりで、結局は何も収穫は無かった。やや拍子抜けしていた武であったが、その時その耳に何かの音が聞こえてきた。
 「……」
 「なんだ?」
 耳を澄ましてみる。最初は極小さい音だったのだが、それは段々と明瞭に――此方に近付いてくるかのようだった。
 「………………」
 段々とハッキリとしてくるその音は、どうやら誰かの声であるようだった。無意味な御無の羅列ではなく、整然とした音声の塊として感じられる。その声が、どんどんと近付いてくるのだ。武はその声を聞き取ろうと、更に集中して耳を凝らす。
 「…………見捨てた!」
 「っ!!」
 そして初めて、明瞭な意味のある声として聞こえた一言。それは、憎悪に塗れた、憤怒を叩きつけるが如くの裂帛の言葉であった。そしてその声は、驚愕する武を尻目に、更に明瞭として、耳に聞こえてくる。
 「お前は…………見捨てた!!」
 いや……武には解ってしまった。その声は、無意味に放たれているものではなく、間違いなく指向性を持って――此方に向かって放たれている。
 向けられている憎悪が、己の体にビリビリと叩き付けられてくるのが感じられる。ヘドロのように纏わり着いてくる、不快な感情。お前という二人称が、自分を指していることは、最早間違いは無い。
 「何を、何をだ! 俺が一体何を見捨てたって言うんだ!」
 思わず大声で聞き返していた。怨まれるにも、何が原因でこんなにも怨まれるのかが解らない。自分が一体何をしたのか、ハッキリとさせる為に。
 返答が帰ってくるかは解らなかったが、武のネガティブに考えていた予想に反して、その返答は直ぐ様に帰ってきた。衝撃を孕む言葉となって。
 「お前は、純夏を見捨てた! 助けようとしなかった!!」
 ガツンとした衝撃が、心の芯までも打ち揺らした。純夏……何故、何故此処で純夏が出てくる。一体全体何故?
 その言葉が混乱を呼び覚ます。『見捨てた?』『助けようとしなかった?』違う、だって純夏は……。
 「俺が純夏を見捨てたって!? 馬鹿な。俺がこの世界に来た時には、純夏はもう死んでいた筈、何で俺が純夏を見捨てた事になるんだ!」
 最早其処が、己の夢の中であるという考えは微塵も無かった。この声が、何故か心を揺らし、自身に焦りと悔恨を呼び覚ます。武は、必死になってその声と対話を交した。
 「真実とは、目に見えることが全てじゃあない。真実とは、己で確認してこそ、確実な真実となりえる。お前はその情報が、確かな真実だと確信できるのか!!」
 「それは……」
 純夏が死んでいるという情報は、夕呼から聞いたもので、武自身が確認したことではない。そうだ……自身は他人の言葉を鵜呑みにしただけ。それに、夕呼先生がしてきた事を省みれば、情報の隠匿など当たり前すぎる。
 「まさか……そんな」
 「お前は助けられる筈だった純夏を放って、他の女に現を抜かしていた。俺はそれが許せない、純夏が悲しみや孤独に泣いている時に、幸せそうに過ごしていたお前が許せない。そして、純夏が死んだ今尚、愛する女と想いを交し合い、のうのうと生きている事が我慢できない」
 「……っ」
 先の言葉に則れば、純夏が生きていたという情報も、また未知なる情報で、それが真実かは分からない。しかし、もしそれが真実だったら……。
 だが、それは最早『もしも』の事なのだ。自分は純夏以外を愛し、その女性と生きていく事を選び取った。そして武にとって、それが今の真実であり現実なのだ。
 その時……武がその事を心に思ったのと合わせる様、急速に世界が薄れて行く。周囲の暗黒が霞み、自身の姿も意識も薄れて行く。聞こえてくる罵倒や糾弾の声も薄れ、彼方の世界に沈んで行く。
 そして自分は、様々な葛藤を抱えたまま、その世界から弾き出されたのだった。

◇◇◇
基地内……自室

 「うわああぁぁぁぁぁ!!」
 感情が迸るままに、布団を跳ね除けて飛び起きる。意識が急に覚醒していく中で周囲を見渡せば、其処は間違いなく自分の部屋だった。
 「ハアッハアッハアッ、此処は……部屋か。アレは……夢?」
 荒い呼吸を繰り返し、激しく動悸する心と体を整える。アレは本当に唯の夢だったのか? 余りにもリアルで、武の心を突いたその夢に、疑問や恐怖という感情が、刻々と湧き上がってくる。
 その雑多な感情を振り払い、己の心を静めようとする武に対し、心配げな――優しさと憂いを含んだ、感情に揺れた声が掛かった。
 「大丈夫か武。凄い声を出して飛び起きたから、一体何事かと思ったぞ。それに……この汗」
 隣に寝ていた月詠が、布団から起きて寄り添うように隣に座る。肩を撫でて背中に回ったその腕が、汗で濡れた服を触っているのが感じられた。
 その聞きなれた美しい声と、背中を撫でる月詠の手の感触に、荒れ狂っていた感情が急速に沈んで行く。感情が揺れて弱気になっていた武は、その月詠の体に、甘えるように静かに寄り添いながら、今の夢の内容を話して聞かせた。
 「なるほど……」
 話を聞いた月詠も、その夢の内容を静かに考える。
 彼女自身、現在武の恋人として、更には、向こうの世界でとはいえ、鑑純夏と会っているので、思うことは色々とある。この世界で、鑑純夏が生きていたというならば、それは人事ではない。
 「城内省のデータベースでは、白銀武と鑑純夏は、死体が未発見だが、死亡扱いとなっている。そして、焔の情報でも、鑑純夏の事に関しては、それ以上の情報が出てこなかった。ならば、その情報が真実ということか、それ以上の秘匿が掛かっているということだ」
 焔は、オルタネイティブ4の実態をある程度知っていたが、00ユニットの素体が鑑純夏だということは知らなかった。その情報は最高機密に属し、知っている者はほんの数人程度しか存在しない。なので、機密レベルがどうこう以前に、そもそも機密として存在していない情報なのだ。例え調べても、出てくることは無い。なので、鑑純夏は、間違い無く『死亡』としか扱われていない。
 「真実を確実に知るのは夕呼先生だけか。でも先生は宇宙の彼方……。焔博士が探して分からないんじゃ、やっぱり如何にもならないか」
 「そうだな。そもそも、その夢だ。夢は所詮夢、鑑純夏が生きているというのも、その夢の中での言葉に過ぎない。余り気にしなくとも良いと、私は思うのだが」
 「まあ……な、それは解ってるんだけどな。あの夢はこう、何て言うか……普通の夢とは感じが違っていて、妙に心に訴えるって言うか、リアリティがあるって言うか――兎に角、色々気になっちまうんだよ」
 呼気を盛大に吐き出しながら嘆息する武。意気消沈するその姿は、普段の活発で、自由気ままに振舞う彼の姿からして見れば、信じられないほどにギャップがある。近年見せなかった落ち込みようからすれば、その衝撃は想像を絶するものであったに違いない。
 月詠は、鑑純夏が武にとって、未だにそのような存在なのかと再確認するに至り、少しだけ心を揺らしながらも、武を宥める様に声を掛けた。 
 「鑑純夏という人物は、お前にとって特別な存在だ。この世界に彼女が存在しないことが、見えない心の不安となって鬱積してきているのかもしれん。特に今は、全体的に快調な日々を過ごせている。その中で、当たり前に居た人物が存在しないことが、お前の心のバランスに、何かしらの影響を与えている可能性もある」
 「そうかなぁ……純夏が居なかったのは、確かにショックだったけどなぁ。けど、もう数年も経つんだぜ? 愛する女も居て、向こうの世界の純夏に別れを告げて……それでもまだ気になっているなんて――」
 「お前の心の内は私には解らない。それに、人の心の機微は千差万別で、推し量ることも不可能。原因が解らない以上、解決する為には、その心に背を正して、向き合っていくしかないのかもしれんな」
 結局、原因が解らないのだから、出来ることは限られている。月詠は武を支え、武はその心と向き合っていくしか方法は無いのだ。
 「そうか……そうだよな。有り難な、真那。取り合えず、色々考えてみる」
 「1人で抱え込むなよ、私は何時でも相談に乗るし、側で支えてやる」
 「ははっ、なんてったって恋人同士だもんな」
 「馬鹿、お前の秘密を知っているからだ……」
 深刻な表情から一転。陰が残る表情ながら、おどけた様に恥ずかしい事を言う武。からかいには慣れたが、それでも恥ずかしいのは変わらない月詠は、武の反対方向に体を向けて、そのままベットに横になる。そして暫くして、武もその横に体を横たえるのだった。

◇◇◇ 
2008年2月9日

 あれから一週間。
 武の悪夢は未だに続いていた。とはいっても、連続したのは最初の2日だけで、次からは1日置きになり、現在はその夢の内容も曖昧になってきているということだが。
 「反応炉との接触で、深層意識下の想いが呼び起こされ表面化し、何らかの反応を起こしたのかもしれんな。夢は見た者の将来に対する希望・願望を指すか、これから起き得る危機を知らせる信号とも言われるが、今回のケースはそのどちらでもない。寧ろ、夢を見る理由としての定義が有力だな」
 「夢を見る理由?」
 悪夢は治まってきてはいるが、夢の内容が内容の為、消沈気味の武に対し憂う気持ちもあって、ハイヴ調査から帰還した焔に相談に来た月詠。
 その事を詳しく聞いた焔は、少し考えた後に、やや難しい顔をして話を始めた。
 「夢を見る理由というのは、詳しくは証明されていない。唯、存在意義を定めようとする説に置いて、『無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象』『必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象』というものがある。今回の白銀のケースは、後者に分類されるだろう。鑑純夏の情報は、あいつにとっては無意味な物ではないからな」
 「それは同感だ。武の中では、鑑純夏とは色々な意味で特別な存在だからな」
 「その事実を踏まえて、今の状況から推測すれば、この世界に馴染んできた白銀――今の生活に少なからない充足を覚え、過去を過去の世界として捉えるようになった白銀自信が、鑑純夏という存在を思い起こさせるために、自分で自分自身を責めているという考えが浮かび上がる」
 「それは……。武が見ている悪夢が、自分自身で起こしたものだと?」
 「本人は意識していないだろうがな。こういうものは、大抵深層意識下の無意識領域で起こる事情だ。白銀自身、既に過去は過去として割り切っている。しかし、鑑純夏の事だけは、武の深い所にある心が忘れる事を許さない。この世界に、鑑純夏が存在しないということも、その思いに拍車をかけているんだろう。それがどんなに大切な人の思い出でも、存在しない人物の思い出は次第に風化していってしまうからな。しかも武には、愛すべき人が居て、戦友達もいる、戦う日々も存在する。押し出し方式という訳では無いが、過去より現在を生きる白銀にとって、過去は既に過去としか認識されないから尚更だ」
 「過去となってく思い出を現在に引き戻す為に、深層意識が過去と成り行くその思い出の人物を夢として引き出す。それも悪夢として……。武は、そんなにも鑑純夏のことが忘れられないのか?」
 糾弾――悪し様に罵られる事は、想像以上に武の心を揺らがせた。元々、純夏の事に対する思いがあった武にとって、それは必然な事だろう。
 「忘れられないというのは、少し違うな。まあ……あんまり気にするな。今の考えだって、現在で解っている情報から推し量った、唯の予想でしかない。反応炉との接触で起こった、別の何かの要因かもしれないし、或いは本当に唯なんとなく見た夢という可能性もある。悪夢は所詮悪夢でしかない。今はショックで精神に影響をきたしているが、あいつも一端の戦士だ。時期に、思いを振り切って立ち直るだろうさ。それにあいつはこの世界で生きて行くと誓っていて、その理由には他ならぬお前達の存在も大きい。科学者が精神論を薦めるのは何だが、こういう時こそ、側に居て支えてやるのが恋人の役目だろう」
 真面目な顔から一転してニヤリとした笑みを浮かべる焔。だが、その目は真面目で、数年来の親友を心配し励ます、優しさが溢れていた。
 「普段の無意識の行動は万年夫婦の貫禄を醸し出している癖に、意識的な行動となるとお前は今一消極的すぎていかん。こういう時は、もっと積極的になれ」
 「せっ……積極的!?」
 焔の強気な発言に、体を引き気味にして、月詠は顔を赤く染める。
 そんな彼女に対して、焔は畳み掛けるように、月詠を後押しするような言葉を放つ。
 「そうだ。そもそも、お前がそんな曖昧な態度でいるから、過去の女なんかに好い顔をされるんだ。丁度いい機会だ、もっと積極的になって白銀を誘惑しろ……いや、誘惑は流石に無理そうだから、せめてもう一押ししろ」
 最初は心からの発言だったのだが、二言目には既に暴走しているのが焔らしい。
 付き合っていた訳ではないので純夏は過去の女ではないのだが、それに近かったのも事実なので、その事はまあ良いだろう。
 しかし、その後の誘惑云々は、確実に暴走している。
 「万年夫婦のお前達に足りないのは、迸る程に熱い情熱パッションだ」……とでも言うような押せ押せ発言は、既に最初の趣旨を確実に無視していた。 
 焔にとって、他人の恋愛は――特に親友の恋愛は、最大の面白事である。自身が恋愛に走れない性格なのも相俟って、その感情も一押しだ。
 純粋な気持ちも含んでいるには含んでいるのだが、暴走した部分は傍迷惑なことこの上ない。
 結局この後、焔に詰め寄られた月詠は、その追及を躱すのに四苦八苦するのだった。

 その後、武と月詠の仲は相変わらずの万年夫婦状態だったが、両者が僅かながら積極的になったとかならないとか……。



[1127] Re[34]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第108話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/11 09:05
2008年2月12日……シナイ半島第1防衛基地、焔研究室


 甲09号ハイヴ攻略戦から10日経ち、何かと頭を悩ませていた悪夢も殆ど薄れ、問題は解決しようとしていた。月詠が何故か、以前よりほんの少し積極的に接してくることや、武の不調を敏感に感じ取った仲間達――特に、207組や、柏木が、然りげ無くフォローしてくれたお陰でもある。
 ほぼ不調を脱した武は、何かを吹っ切るように訓練に打ち込み。そして今、毎週1回定期的に行っているレポートの提出の為に、焔の研究室に出向いたのだった。
 レポート提出は、自身の感想や、シミュレーターで採取したデータ等を元に作成するもので、絶対の義務ではないが、衛士達の様子や、戦術機の調子、訓練で行った事情全般のさらなる改良点や問題点を探るためなど、焔が一部の衛士に頼んで出して貰っているものだ。
 技術は今だ完璧なものではなく、ひょんな所から、問題点や新しい改良点が見つかることもある。長い目で見た時の戦術機の微妙な変化なども観察でき、焔曰く重宝するデータらしい。こういう微小な積み重ねが、焔の知識の発展を支えているのは想像に難くないことなどで、頼まれた衛士も、命令以上にその役目を確りとこなしているのだった。

 研究室に入った武は、その研究室の中に、焔以外の人物を認める。
 「どうもこんにちはエルファ大尉。こんな所に来るなんて珍しいですね?」
 以前、エルトゥール大尉と言ったらエルファで構いませんと言われたので、エルファ大尉と呼んでいる。武の感では、見た目企業戦士系OLで、氷の才女と言うに相応しい風貌なのだが、意外と情緒溢れる人物で接しやすい。
 「ええ、少し報告がありまして。別の用事もありましたので、態々博士に御足労願うよりは、私が序に寄ったほうが早いと思いましたので」
 「お前達に関する報告だ。先日の反応炉破壊の功績で、1階級昇進が正式に決まったらしい」
 「昇進……ですか?」
 「以前からの功績もあったからな、お前達は言わずもがな、ヴァルキリーズもアラスカで十二分に活躍しているし、昇進は当然の事だろう」
 武達はシナイ半島基地での過酷な防衛戦で、ヴァルキリーズはアラスカで奮闘し続け、そして甲17号ハイヴでの活躍と、甲09号ハイヴ反応炉の破壊。その戦果は、十分に昇進するに足るものだ。
 「白銀少佐方の現在の所属は、特例として帝国軍に移っていますので、昇進は帝国軍からの任命になります。唯、これは国連軍の方でも同意している事ですので、双方の意見は一致しており、問題はありません」
 「お前達は既に、反応炉破壊を行なうハイヴ攻略の要部隊として同盟に認知されている。帝国としては、国の栄誉や外聞として、その活躍に見合った地位を、と言う事だろう。国連軍の方も、明確な戦果を挙げたお前達に対する昇進を反対したとなったら外聞も悪いし、戦っている衛士達の不信も募るからな」
 焔の言葉に、武は喜びよりも困った感を表情に乗せる。
 「う~ん、昇進は嬉しいんだけどなんか複雑だな。それって結局、国同士の駆け引きってのも大きいんでしょう」
 「はは、腐るな腐るな。誰が見ても、お前達の戦果は文句無しで評価されるものだ。そもそも、その功績が無ければ駆け引きも何もする以前の問題だからな。そういう事は国に任せて、お前達は素直に昇進を喜んでおけ」
 「そうですね、私からもおめでとうを言わせて頂きます。白銀少佐方の活躍は、どこの国でも、どんな衛士からも注目されていますから。少佐方の活躍が認められるということは、それがそのまま人類の勝利への一歩として受け止められることでしょう」
 背中に添え木でも差し込んでいるように姿勢を崩さなかった彼女が嬉しげに微笑むと、その上体が若干動く。肩下辺りで自然に流される、赤色が強い金髪がさらりとゆれ、蛍光の光を反射する様は、その普段は見せない微笑と相俟って非常に印象的だった。
 武はその様に見惚れながら、しかしそれを慌てて振り払うように言い繕う。
 隠れファンクラブが出来るくらいで、エルファ大尉は美人なんだからこれは男としてしょうがないことで、決して浮気とかそういう事ではなく、偶には別系統の知的美人に見惚れても良いじゃないか……と、心の中で支離滅裂気味な言い訳になってない言い訳をしながら。
 「人類の勝利って大げさな……。幾ら俺達が個人的に優れてても、結局出来ることなんて限られてるのに」
 「それでも、人は戦いの中に英雄を求めたがるもんさ。英雄ってのは所詮偶像に過ぎない、それは英雄ってものが結果から祭り上げられるものだからだ。神話的な英雄以外で多大な功績を挙げた者が英雄とされるのは、国家が民衆を扇動する為の偶像として祭り上げたりする事や、民衆が絶望的な今を打開する為に、自己の拠り所や目標として認知する事が多い。今の人類にとって、お前達はその両方に当てはまるのさ。多少盛り返しているとはいえ、人類の状況が悪いことは依然変わり無い。国の方も、潜在的にお前達に期待しているからこそ、色々と便宜を図るのだろうよ」
 「それは喜んでいいんだか、迷惑だと嘆くべきか。まあ、階級が上がって権限が増すことは良い事なんですけどねぇ」
 「因みに、次に行われる甲13号と、その後の甲02号ハイヴの攻略が成功すれば、もう1階級昇進させることも決定している」
 「げっ、それってほんとですか!?」
 やや大袈裟に驚愕してエルファの方を見ると、彼女は静かに頷きながら、淀み無く述べた。
 「ええ、現時点では帝国内々の決定ですが、焔博士が根回ししていますので同盟軍全体からは積極的な賛同の声が上がり、国連軍もこれに同意する姿勢です。凄乃皇の存在があるとはいえ、特に甲02号ハイヴの反応炉破壊を成し遂げれば、それだけの功績は当然だとの見解ですので」
 「階級の大安売りだな。ってか、そんなにポンポン昇進しても良いんですか?」
 「功績に見合う階級を与えるのは当然だしな。少し強引な手段を使ったのは確かだが、お前達に求める役割を思えばそれ位の無茶は通しても構わないと私は思っている。一流の人格者や戦士が、上の所為で腕を振るえなかったことなど歴史上に無数に存在するからな。お前達に掛かる柵は極力取り除き、自由に戦い易くさせるのは当然のことさ」
 「今でも博士直属の特殊部隊って事で、色々無茶が通ってますけどね……」
 「それでも、正式な階級が付くことは大きなメリットだ。後々、アメリカなど同盟軍以外の軍隊と行動を共にする時、階級が高いというのは強みだろ」
 現在同盟軍に参加している国の中で焔の特権は高く、対面的に友好な国連軍などでも融通が利く。だが、同盟に参加していない国々、ソビエト軍やアメリカ軍などではその特権も利き難いので、同時に本人達の階級が高い方が、寄り都合が良い。
 「それもそうですね。まあ、素直に喜んでおきますか」
 「そうしておけ。ま……所詮今の段階では皮算用に過ぎないから、後の方は実現するか解らんがな」
 納得したように頷く武の横で、焔がぼやく。
 未来に対する見通しは、それこそ不確定だ。反応炉破壊を失敗する可能性も少なからず存在し、それ以前にBETAの反撃が始まる可能性も大きい。そうなれば、ハイヴ攻略戦の予定も潰れるだろうし、以後は全く不確定な未来が広がる事になる。
 勿論そんな事は起こらない方が良い。焔もそれを願っているからこそ、そんな未来の為に根回しを進めた。不確定要素に頼らなければならない現状に歯噛みしつつ、それでも死力を尽くして戦い続けるしか道は残されていないのだから。

◇◇◇
ブリーフィングルーム前廊下

 あれから2人と幾らかの話を続けた後、研究室を退出した武は廊下をぶらぶらと歩いていた。
 合同訓練を予定している以外の時間は、基本的に部隊か個人の裁量で訓練を行っている。とはいっても、施設の使用時間の割り振りや、訓練メニューのこなし方、普段の生活のリズムなどで、毎日の行動は大雑把に決まってはいるが。 
 それに当て嵌めれば、武達の間では現在は自由時間に相当する。自主的な訓練に励む場合もあるが、未だ発展の余地があるとはいえ既に熟練の域に達している武達は、そう我武者羅な訓練は行わない為、大抵は自由時間を満喫する。
 不調が祟ったお陰で、普段は皆で纏めて提出する筈のレポートを提出していなかった武は、訓練終了後にそれを届けに行っていたのだ。
 ……で、現在残った自由時間を如何しようか考えながら、当て所も無く歩いていた。
 (う~ん、バスケットやフットサルは人数集めなきゃならないからめんどくせぇし、委員長達は七瀬達となんかやるって言ってたし、他のメンバーも居所が不確定だしなぁ。部屋に帰って読書でもするかぁ……それとも誰か見つけて将棋かチェスでも指すかなぁ)
 色々と考えるのだが、結局良い考えが浮かばない。即決する場合、皆と別れる時に決めてしまえば、返事も直ぐ聞けるので楽なのだが、タイミングを逃すと行動に踏み切るのが難しい。因みに、バスケットに誘ってくるのは主に柏木だ、肌に合っているらしく、本人滅茶苦茶強い。そういえば向こうの世界では元バスケ部だったよな~とか、些細な事で世界の共通点を見つけてしまう武であった。
 「ん~~…………ん?」
 ふらふらと探す気も少ない中、それでも何かの拍子に何かを見つけるのを期待して歩いていた武の耳に、微かに変わった音が聞こえてきた。
 いや、変わった音と言っても耳慣れない音ではない、それでも基地の中で聞こえてくるには珍しい音だったので、余計に不思議に思った。
 「楽器の音……だよな? しかも幾つか混じってるし。ハーモニカと……後はなんだ?」
 極々小さい音だったが、それは楽器の演奏音だった。ハーモニカの音は知っていたので、それは聞き分けられたのだが、後の3つは、ヴァイオリンっぽい音と、多分笛だろうと当たりを付ける。
 耳を澄ませばその――多分4種類の楽器の音は、見事な旋律となって聞こえてきた。武の知っている曲ではなかったが、音の重奏が耳に残り、最近まで不快に喘いでいた心の中を洗い流されていくようで心地良い。
 武はその音に惹かれ、物珍しさも手伝って、セイレーンの歌に引き寄せられる哀れな犠牲者の様に、音の出所を探し、その音が聞こえてくる方向へ近付いていった。そして突き止めたその場所は――
 「ブリーフィングルーム……」
 基地内に幾つかあるブリーフィングルームの1つだった。内部が防音構造になっているのだが、目の前の扉が僅かに開いていた為に、音が微かに漏れてきている。基本的に閉めたのに勝手に開くことは先ず無いので、扉の故障か単なる閉め忘れだろう。
 そんな事を思いながら、武は若干の緊張をもってその扉を開ける。
 途端に何対かの視線の圧力を喰らったが、威圧感までで殺気等は含まれていなかった為に流した。そして見回してみれば、内には4人の人影。そのうちの1人が、肩に構えていたヴァイオリンを下ろしながら、武に声を掛ける。
 「あら、白銀少佐。如何したんですか?」
 相変わらずのおっとりした静けさを崩さない風間中尉は、其処に居るだけで空気が清涼となる感じがする。あれで早食いは反則だよなぁとも思いながら、武は今し方入ってきた扉を指して説明した。
 「いえ、廊下を歩いていたら演奏している音が聞こえたので。扉が少し開いていた所為で、音が漏れ聞こえたんですよ」
 「扉が?」
 風間中尉とその他3人の視線が1人に集まる。その人物は、大変申し訳無さそうに、頭を下げた。
 「す……すいません。最後に入ったのは私ですから……」
 「いえ、別に構いません。聞かれて困るものでも無いですし」
 「そうだよ、気にするな気にするな。勝手に入ってきた武が悪い」
 「あっ、ひでぇ。勝手にって、気になったんだからしょうがないって」
 笛のような物を持つミラーナが恐縮する中、ハーモニカを持つヒュレイカが武をからかう。その横では、ディアーネ大尉が、風間中尉のとは形状の違うヴァイオリンを下げていた。
 話を聞いてみれば、全員が楽器演奏の趣味を持つ者と判明してから、ちょくちょくと演奏会を開いているらしい。ブリーフィングルームは普段は使われなく、音が響き通る構造で設計されていて、尚且つ防音なので、格好の演奏場所なんだそうだ。
 風間中尉が持っているのは、ヴィオラ・ダ・ブラッチョという物で、肩と腕で支えて演奏する小型の擦弦楽器。ヴィオール属と呼ばれている楽器で、先程武はヴァイオリンと思ったが、細かく分類すればヴァイオリン属とは特徴が違うらしい。
 小型の楽器が、華奢な感じがする風間中尉と実に良くマッチしている。構える様を見た武は、この人がこの楽器を持っているのは、何よりも相応しいとさえ思ってしまった程だった。
 そして、ディアーネ大尉が持つのがヴァイオリンらしい。やや華奢な体格ながら、どこぞの有能秘書を彷彿とさせる雰囲気を持つ彼女がそれを持つと、持っているのが当然と思える位の嵌り具合だった。
 ヒュレイカ大尉は、以前から知っていたが、スライド式のクロマティック・ハーモニカを持っている。これは戦友から譲り受けた、今では形見と成った品で、戦場で荒む心を静めるのに重宝したと言う。既に9年以上も吹き続けている為に、その腕は筆舌にし難く、彼女の隠れた才能の1つだ。
 ミラーナ中尉が持つのは、フルートだった。軍に入る時に母親から譲り受けた物で、他の3人程演奏が上手くないとは本人談なのだが、武が後に聞いた限りでは、その腕は標準以上だと思えた。
 説明を聞いた武は、ふんふんと感心したように皆を見渡す。
 「ふ~ん、でもヒュレイカ大尉以外は、みんな『らしい』よな」
 「らしい……なんだそれは?」
 「だって、風間中尉は言わずもがな、ディアーネ大尉も物静かなタイプだし、ミラーナ中尉は控えめで大人しいしっ痛ぇ!」
 拳骨一発、ヒュレイカにガツンと喰らい頭を抑える武。
 「ほう……すると私は、楽器の演奏を嗜むようには見えないと?」
 「い、いや。だって現にこうやって……ゴメンナサイ、タイイノエンソウハスバラシイデス」
 切り裂くような眼光にひびった武は、すごすごと敗北を認めた。地雷があると解っていて踏む馬鹿はいない。
 ヒュレイカは、そんな武を見て、溜息を吐く様に言った。
 「外見からの憶測ならばともかく、ディアーネはストレス発散できてるんだからな、それも十分、優雅な理由とは言えんだろう」
 「え……」
 ビックリしてディアーネ大尉の方を見れば。
 「ふふふふふ。あの糞馬鹿隊長が、毎回毎回毎回毎回それこそ毎回毎回、問題ばっかり起こしてくれやがりますから、私はその対応と後始末に追われて、心休まる暇が少ないんですよ」
 「え……?」
 少し壊れ気味のディアーネ大尉を指差しながら、ヒュレイカ達の方に顔を向けてアホ面を晒してみる。皆は、悟ったように説明してくれた。
 「あいつにとって、楽器を演奏するのは心をリフレッシュする行為らしい」
 「けど、言っている程に隊長さんの事を嫌っている訳では無いのですけど……」
 「あの2人の関係は、好きな子を困らせる悪ガキと、その悪ガキに振り回されながらも、心の底では相手にされて喜んでいる女の子ってとこだな」
 「2人とも両想いなんですけどね、素直な性格じゃありませんから……。演奏を聴けば、大尉が言う程怒っていないのは明白ですし……」
 「え゛……!?」
 どうもディアーネ大尉は、今までの見解の上を行く、見た目よりも難儀な性格のお人らしい。一見優秀で非の打ち所が無い様に見える彼女が、何故性格に問題のある人物達が集められた派遣傭兵部隊に入れられたのかが、以前よりも良く解った武であった。

 それでその後、武は結局その場に居座り、時間内で4人の合同演奏を心行くまで堪能した。
 音楽なんて、昔だったら聞いた途端に寝に入ってしまうようなものであったが、今はその音色が心を安らげ心地良い。最近の出来事で荒んだ心が洗い流されていく様で、武は我を忘れて聴き惚れてしまっていた。
 音楽というものが人類の中で発達していった訳が、十分過ぎる程に感じられ、武はらしくも無く感動に震えたのだった。それは、4人の技量が高かったと言うのもあるだろう。
 それ以後、この合同演奏を聴きに、武その他の姿が見受けられるようになった。尚、楽器演奏が可能な月詠やスターニア大佐等が参加する機会も出来たとかで。
 戦いが続く中、一時の心休まる時間を満喫する衛士達が居るのだった。



[1127] Re[35]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第109話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/03 21:45
2008年3月中句……フランス、EU軍間引き作戦。


 3月中区。EU軍を中心とした、イギリス本土周辺のBETA個体数間引き作戦が行われることとなった。
 現在EU軍の本拠地となっているイギリス周辺には、囲むように甲05、08、11、12号と、4つのハイヴが存在し気が抜けない状況だ。特に元ダンケルク付近からはイギリス本土が近いので、そこからのBETA進撃が多く、ドーヴァ絶対防衛線は激戦を繰り広げている。他にも、ユーラシア大陸側の本土海岸線に存在する、ポーツマス、プリマスを初めとする防衛線等も、ドーヴァ程ではないが同等の様相だ。
 どのハイヴも厄介だが、特に甲12号・リヨンハイヴが一番の問題とされている。
 ここはイギリス本土にも近いのは当然なのだが、アフリカ本土にも近い。スペインのジブラルタル海峡を挟めばモロッコは直ぐ其処で、そこからのBETA進撃も悩みの種なのだ。
 そして、これは差し迫った脅威ではないがアメリカ本土東岸まで、凡そ5500キロメートルと意外と近いことが挙げられる。米国が初期に欧州戦線を支援した主な理由として、このリヨンハイヴの存在は大きかった。
 BETAのイギリス本土やアフリカ本土への襲撃過多で、エスペランサ計画に支障が出ることも懸念され、同盟軍内の支援による定期的な間引き作戦が行われているのだ。
 一部から、戦力を集めるならばそのままリヨンハイヴの攻略に踏み切れば良いのでは? との声も上がったが、エスペランサ計画のスケジュールは既に組まれているので、それを崩すのは得策ではないと判断された。
 現時点での計画の最大目標は、あくまでもオリジナルハイヴ攻略で、計画遂行の為の備蓄分を切り崩すのは問題だと、各国が行っている間引き作戦で出た余剰物資等を掻き集め、EU軍の間引き作戦が行われているのだった。

◇◇◇
フランス、ベルギー国境付近

 「こちらフェンリル02、敵集団殲滅完了。データリンクの更新を願う」
 「了解、データリンク更新します。エリアG-6-22で、逸れた機体が戦闘を行っていますので、至急援護お願いします」
 「了解しました。01は?」
 「先程のエマージェンシーを発した機体と合流し、後退を支援しています。02は、報告した部隊の支援をしながら後退し、合流してください」
 「02了解。部隊支援をしながら後退を行います。通信終了――」
 現在の武の位置は、リールとダンゲルグの間、ダンケルク寄りの場所にいた。
 この間引き作戦では、衛士達の大規模実戦訓練も目的に含まれていて、もう少し前線のリール付近では、それなりに戦闘慣れした衛士達が戦闘を行っている。そして、上陸地点であるダンケルクを補給基地と定めたその周囲では、実戦経験半年から1年前後の衛士達が、ベテランに守られつつも懸命に戦闘を行っていた。
 武達は客将の身分ということもあり、まだまだ一般になりかけの衛士達の援護を担当している。
 前線では、大規模戦闘は未経験でも、それなりに実戦慣れした衛士達が戦っていて、更には王立国教騎士団を初めとするEU軍の強豪衛士達も戦っているので、武達が行く程でもない。
 逆にリール付近では、ベルギー側から進攻してくる敵に対して、未だ未熟の域を抜け切れない衛士達等が戦闘を行っている。彼等は小隊4編成の中隊規模で纏まって行動しており、その中の1小隊がベテラン部隊で構成され、その部隊の支援を受けながら戦闘を行っていた。
 支援部隊は、大規模な敵攻勢を食い止めるベテラン部隊と、各部隊を支援する衛士に分かれ、武達の役目は支援の方、何らかの要因で中隊から逸れてしまった衛士達を援護することだった。
 効率を図る為にエレメント単位で行動し、現在までに幾人もの衛士達を後退させたり、部隊に合流させたりと活躍している。
 先程、中隊から逸れてしまった1小隊を援護してたのだが、その最中に1機で孤立しているというエマージェンシーコールを受け、近くに部隊が居なかった為に、月詠が単独で救出に向かっていた。
 2機編成エレメントを崩すのは問題があったが、両方は放っておけなかったので直ぐ様に決断して行動。敵の攻撃も散発的なので、注意を怠らず、積極的な戦闘を行わずに合流する事を念頭に置いて。
 武は敵殲滅後、援護した部隊に同行して、月詠と合流する為に後退しようと思っていたのだが、エルファとの通信で、後退ついでの支援要請を受けて、その場所に向かっていく。
 「マーカー確認、距離3400。囲まれてないから未だ大丈夫そうだけど、急がねぇとな」
 戦闘を行っている2つのマーカーと、その周辺のBETA反応。内の1機がどうやら意外と実力のある人物らしく、巧みに囲まれるのを避けて後退を続けているが、それでも急いだ方が良いだろうと機体を飛ばす。
 レーザー属は、戦艦の制圧砲撃が最優先で潰してくれるので、被照射危険地帯警報の等級は3級と4級の間程度。第4世代戦術機と武の腕ならば、匍匐飛行NOEは十分に可能な域だ。
 高速で近付き、同時通信を飛ばす。
 『こちらフェンリル02、援護に入るからデータリンク繋げ』
 『りょ、了解。グリマルディ07、データリンク繋ぎます』
 怯えを含んだ男の声であったが、データリンクは問題無く繋がれた。機体損傷などは無く、両機共に健在なのは幸いだ。しかし、片方――巧みに戦闘を行っている方は、01の表示がなされている。01ということは隊長機なのだが、隊長が逸れたのか? と疑問に思ってしまった。
 ……と、その疑問に答える様なタイミングで、01からの通信が入る。凛とした、未だ少女の域を抜け切らない女性の表情は、若干の焦りを浮かべていたが、恐怖を抑制して戦闘に集中していた。データリンクで送られて来る情報から見ても、どうやら相当な実力者のようだった。
 「こちらグリマルディ01。援護感謝いたします」
 「割って入るから、そのまま後退を継続しろ」
 了解の声を聞くまでも無く、そのまま2機を追撃していた敵集団に横から強襲を掛ける。
 先ずは、集団後方より2機を目指して駆けていた混合キメラ級数体を、左主腕に保持する、突撃機関砲から放つ36㎜の斉射で沈めつつ、飛び込んで更に残りを長刀で斬り伏せる。
 01の彼女は、同世代周囲よりも抜きん出た実力を発揮しているが、武からみれば未だ未熟。この状況で混合キメラ級数体に襲い掛かられたら、少なからない被害が出る可能性が高かった。同じ理由で、殲滅ジェノサイダー級も掃討する。
 幸い個体数は混合キメラ級と同じく少なかったので、後退を続けながら問題無く全滅させられた。
 データリンクで、2機が体勢を立て直したのを確認した後、武も敵集団から飛び出して合流する。
 「01、07、大丈夫か?」
 「07っ、問題ありません」
 「01問題無し。戦闘続行に支障はありません」
 「よし、なら後退を続けるぞ。残弾も問題無いみたいだしな」
 支援を行っている武は、機動力と持続力を重視した装備を取っている。腕に装備するのは05式突撃機関砲と、04式近接戦闘長刀だけで、背面パイロンには予備の近接戦闘長刀と弾薬ケース1つ、それに小型EFFレーザー防御シールド。
 新人達は往々にして弾薬を無駄遣いし易いので、残り少なかったら分ける為にとの事もあり弾薬ケースを装備しているのだが、データリンクで送られてくる残弾情報を見れば、彼女達はその心配は無さそうだった。
 (あれ新型のミラージュだもんな、弾薬ケース装備しているし)
 データによれば01は、ジャンヌ・デ・カルヴァンと言う女性少尉で、生体金属製の新型ミラージュに搭乗していた。
 衛士達の死亡率を低くする為に、新人には第3世代を回しているのだが、生体金属換装型、しかも新型に搭乗しているとは、余程の実力者なのだろう。そういう人物には、将来の成長を期待して最新型を回す傾向が強いのだが、それも飛び抜けた実力があればこそで、彼女の実力の程を窺わせた。
 彼女が部隊と分かれたのは、孤立してしまった07を援護していて、そのまま分断されてしまったらしい。一時的な敵の増大でベテラン達も対応に追われ、対処が出来なかったそうだ。粘っていれば支援が来るのは解っていたので、無理に原隊と合流しようとはせずに後退を続けていたと言う。
 もう1人の07は、ラファールに搭乗している。こちらは相応の実力しか持ってないようで、やや怯えの色が強い。そして、武に対してあからさまな尊敬の眼差しを向けてくるのが、少しくすぐったかった。
 武の武雷神は、艶のある漆黒に、肩の武の文字と腰部装甲の雷神の文字と、見れば1発で解る特徴を持っている。彼も自分を助けてくれた人物がどんな衛士か解って尊敬の目を向けてくるのだろう。
 01がそういう表情を見せないのは、余程に戦闘に集中しているか、或いは自制しているか、はたまた興味が無いのか……。別に尊敬を受ける事に興味は無いので、逆にやり易く、武は気楽だった。
 制圧砲撃を行っているとは言っても、2人の搭乗するのは第3世代。レーザー防御シールドも装甲も装備していなく、尚且つ腕も足りないので、高度を取るのは最終手段。地道な後退を続け、後方に向かって行く。
 
 「くそ、敵の追撃が激しいな……」
 幾らか後退を続けのだが、敵の追撃が多くなっている。どうやら国境より新たな部隊が進撃して来たらしい。
 01は、武が所々フォローすれば単独なら問題無い腕前なのだが、問題は07だ。腕前は同世代間では悪くは無いのだろうが、如何せん未熟で、この半混戦の状態では武が多くのフォローしなければならない。
 07式多目的追加装甲を装備している為に、防御力に重点を置いた戦い方をさせているので損傷は無いのだが、敵が多くなればそれも崩れ去るだろう。
 「こちらフェンリル02、エルファ大尉聞こえますか?」
 「こちらCP、感度良好です」
 「すみませんが支援要請します。敵の攻勢が激しくなっているので出来れば早急に」
 「了解――――」
 「こちらアリーシャ。30秒後に一斉砲撃を行う、今の位置に合わせるから遅滞行動に入れ、着弾カウント送る」
 ヴァルキューレに乗艦している、フェンリル隊CP将校を兼任しているエルファ大尉に送った支援要請は、直ぐ様アリーシャに回されたようだ。着弾までのカウント表示が送られてきて、視界隅に表示された。
 「現状を維持したまま微速後退ッ、特出してきた敵前衛に注意を払えよ。着弾時に一気に離脱するからそれまで粘れ!」
 「「了解!」」
 武は07の後方を守るように敵を屠り続ける。
 その07は、07式多目的追加装甲で打ち掛かってくる敵を殴り倒し防御しながら、的確な射撃で敵を撃ち倒している。武が背中を守っている為に前面に集中でき、元々それなりにあった実力を十分引き出せている。
 07式多目的追加装甲は、リアクティブアーマーを廃し、表層を甲殻装甲で覆い、衝撃吸収に優れた積層構造を採用しているので、防御でもそのまま敵を殴りつける攻撃でも重宝する。要撃グラップラー級の前腕の一撃も、数十回防御可能な優れものだ。
 「はあああぁぁっ!」
 そして01は、時折武のフォローを受ける場面もあれど、奮闘している。
 鎌を振り上げた殲滅ジェノサイダー級に長刀を叩き付け、体勢を崩した隙に左からの36㎜斉射を見舞う。そしてすかさずその銃口を掃射軌道に切り替え、倒した敵の後方から飛び掛ってきた狩猟者ハンター級数体を薙ぎ払った。
 武は思わず感心してしまう。殲滅ジェノサイダー級や混合キメラ級と戦うのは――特に白兵戦は難しい。それを乱戦の中で冷静にやってのけているのだから、その能力の同年代からの飛び抜けようは想像以上だ。
 援護の為にもその戦いを気にしつつ戦闘を続け、やがてカウントが0になった。
 相変わらずの正確無比な精密砲撃は、後方から差し迫っていた敵集団を飲み込み撃滅する。飛び散る肉片と装甲片、そして赤黒い血が撒き散らされ、それが更なる爆発で吹き飛ばされて行く。超至近距離での弾着は、何時見ても見る者を圧倒させる破壊を振りまく。
 そして同時に制圧砲撃も行われたのか、一時的に被照射危険地帯警報の等級が5に移る。武がこの時を逃すはずも無く、一機に後退するべく跳躍装置に火を入れた。
 「01、07、低高度連続跳躍!」
 武の叫びに反応が一瞬遅れるも、事前に後退の旨告げられていた2人は、直ぐ様理解し行動に移る。  
  主脚での踏み切りと同時、跳躍跳躍装置から噴射炎が伸び、爆発的な推力を持って機体を空に飛ばす。そしてその一瞬後、空に舞い上がる2機の機体を追うように、何時の間にか小型レーザー防御シールドを補助腕に装備させた武の武雷神も、低高度の空に舞い上がった。
 砲撃が続く間に数回の低高度連続跳躍で、着弾地点から距離を取る。レーザー照射を警戒していた武ではあったが、幸い照射は1度も無く、随分な距離が取れた。
 だが、敵の戦闘区域流入が予想以上に多く、爆炎を抜けてきたBETAが存在した。それと併せ、横からも小集団が襲ってくる。撤退進路上の横面に当たる一帯にも弾幕を這ってくれていたのだが、弾幕の地点より此方側は、武達の撤退の為に継続砲撃が不可能で、幾らか殺し切れない個体が存在したのだ。
 「白銀中佐、で、突撃デストロイヤー級が!」
 「横からも来ます、半小隊規模4!」
 「ちっ、お前達は後退を続けろ、俺が殿で囮となる」
 「しかしそれでは!」
 カルヴァン少尉が戸惑う様に語気を高める。やはり冷静に振舞っていても、こういう所では戦闘経験の少なさ故に慌ててしまうのか。
 「敵の最優先目標は俺の機体となっている筈、囮には十分だ。それにハッキリ言っちまうが、1人の方が戦い易い。お前達がいると足手纏いだ」
 「くっ……。解りました、後退継続します」
 カルヴァン少尉は、悔しそうにしながらも後退を決断する。07は兎も角として、最新型の第3世代に搭乗している自分でも、機体性能、操縦能力共に、白銀に劣り過ぎているのは明白。驕るわけでは無いが、目標の為に同世代よりも何倍もの努力を積み重ね、腕には自身があったのだが、それも目の前の人物――世界的に有名な、英雄とも言われる人物の半分に届けば良い方だ。
 01と07が後退を継続する前で、武の武雷神が後退を止め、その地点を中心とした機動に移る、すると周囲のBETA群は引き寄せられるように、目標を武の機体へと定め攻撃を開始した。
 その様に歯噛みしつつ、それでも何も出来ない事を自覚する自身の視界の隅に移るマーカー。カルヴァン少尉は、此方に向けて物凄い勢いで突撃してくる、フェンリル01の表示を見てらしくも無く安堵してしまった。
 「聞いていたぞ、足手纏いなどと口にするとは貴様も随分と偉くなったな武」
 「ははは、いやー、これも年の功ってやつですよ」
 月詠の急な接近にも驚くことは無かった。そもそもエルファが此方の状況を見ているので、暫くしたら援護が来るのは確信していた。そして、自分の帰還が遅ければ、彼女が絶対駆けつけて来てくれるという事も。
 「抜かせ。グリマルディ01、07」
 「「はっ!」」
 月詠の声に、07だけではなく、今度はカルヴァン少尉も緊張してしまう。
 「後方より2個中隊が上がってくるから合流せよ、留まるか後退するかは其方で選べ」
 「「了解!」」
 月詠の機体はそのまま頭上を飛び越え、武の武雷神の側――敵集団の中に飛び込んだ。
 カルヴァン少尉は後退を続けながら、其処に自身が目指すものの究極の形の1つを見て、感動した。
 「凄い……」
 彼女は子供の時から王立国教騎士団に憧れていた。憧れといってもミーハーな物ではなく、国の為に女王陛下の剣となって民を守る彼女達の姿に、何時か自分も、そんな風に強くなりたいと思ったのだ。
 王立国教騎士団に入る為に、人一倍努力し続けた。そして、騎士団御膝元の軍学校に入隊することが出来、其処で近衛隊――そして、薔薇の4騎士の戦いを見た。その戦いを見て彼女は、その力強さに感動し、騎士団に入るだけでは無く、近衛隊に入り、何時か自分も、絶対彼女達の強さまで上り詰めようと心に誓った。
 今目の前で戦うのは、その時に見た薔薇の4騎士そのものだった。だがあの時とは違い、今この目に映るのは、実戦での強さ。人類の敵であるBETAを相手に、一騎当千の腕を振るう究極に位置する衛士の姿なのだ。
 彼女はその姿を目に焼き付けながら思う、何時か――何時か絶対に、自分もあそこまで上り詰めようと。そして、自らの愛する人や国を守れる存在になろうと。

 その後カルヴァン少尉達は、後方からやってきた部隊と合流し、敵掃討を継続。後に後退し、補給を受けた後に、原隊に合流して最後まで獅子奮迅の戦いを見せた。
 そして間引き作戦も、死者数名が出たものの、今回もほぼ成功を収めたのだった。



[1127] Re[36]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第110話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/11 09:10
2008年4月12日……シナイ半島第1防衛基地


 インド(ニューデリー)/甲13号・フェイズ5ハイヴ攻略戦が4月22日に行われることが決定し、武達はその作戦に備えて最後の追い込みを掛けていた。
 甲13号ハイヴ攻略戦では、凄乃皇弐型に変わり【XG-70d 凄乃皇四型】が参戦する。試験稼動は済ませてあるが、実戦での使用具合などを見極める為だ。凄乃皇弐型はその間、得られたデータを元に改造を受けることとなる。
 四型は基本的な所は弐型と変わらないが、更なる武装強化や装置の強化がなされていて、全体が一回り大きくなっている。弐型と違い、此方は完全にフェイズ5クラス以上のハイヴ突入を意識した作りとなっていて、その様はより凶悪に、そして優美に洗練されていた。
 四型は次の甲13号攻略戦では、ハイヴ突入は無しで、弐型と同じく荷電粒子砲の発射でハイヴを攻撃する。
 そして、武達突入部隊はその射撃の後を狙い、軌道降下による突撃でハイヴに突入するのだ。
 これらの作戦は、甲13号ハイヴ攻略は元より、次の甲02号ハイヴ攻略戦を見据えている。甲02号は、その番号から察せられる通り、地球で2番目に出来たハイヴ……その規模もオリジナルハイヴよりは劣るが、地球で2番目に大きい。
 激戦が予想され、突入も容易ではないだろうとの事で、凄乃皇弐型での地上攻撃に加え、凄乃皇四型を先頭にしての、軌道降下によるハイヴ突入が行われる予定だ。今回の凄乃皇四型の実戦投入も、突入部隊の軌道降下も、それを見据え、実戦として経験する為の作戦であった。 

◇◇◇
第1食堂
 「ぐわ~、疲れた疲れた。シミュレーションとはいえ、軌道降下は神経使うよな」
 「レーザー照射とか、色々気を使わないとならないからね。でも、降下する事自体は楽しいよね」
 「楽しいってお前……いや、お前に普通の感性を求めるのは無理だったな」
 「……? 変な武」
 相変わらずの美琴のぶっ飛んだ感性に、呆れ果てる武。軌道降下のどこら辺が楽しいのか詳しく聞いてみたい所だが、きっと絶対間違い無く、凄い答えが返ってきそうなので、その好奇心は永久に心の底無し沼に沈めておく。
 再突入殻リエントリーシェルによる、軌道降下訓練の本日分スケジュールを全て消化したので、少し早かったが食堂までやってきた武達。
 第1食堂は基地前方(敵が襲ってくる方向を前方としている)に存在するので、必然的に衛士や整備士の利用が多くなる。彼等は、日々の予定等によって活動が不規則になるので、場合によっては昼前から混む場合もあるのだが、今は室内の人影は疎らだった。
 癖みたいなもので、室内を見回して状況把握を行う武。右から左へと隈無く走破するその視線の中で、席の1つに良く見知った人物を見つけた。
 「おっ、スキルじゃねぇか」
 「おっ、武か。珍しく早いな」
 「そういうお前こそ俺達より早いじゃねぇか」
 「いやなに、訓練メニューが速く終わったもんでな。そっちは?」
 「こっちも同じだよ同じ……」
 スキルピッツァは、男性の中では一番気の合う親友なので、互いに雰囲気は軽い。軽口を交わしながら、武は彼の前の席の椅子を引いて腰を下ろす。向こうでは月詠達とリアネイラ達が談笑して花を咲かせている。
 そのまま、武達は束の間話し込んだ、良く顔を合わすが離れている時も多い為、戦闘訓練や日常の事など、話す事は尽きることが無い。女性陣の方からも、時折笑い声が聞こえてくる。
 其処からまた、暫くすると女性陣の中から幾人かが此方にやってきた。椅子を引いて、周囲の席に座り込み、話を振ってくる。武の横には月詠が座るものだが、彼女は未だ向こうで話を続けていたので、1つ席を空けて柏木が隣へ座った。
 そして、その談笑の中でスキルピッツァが話題を振る。彼は、向こうで談笑を続ける月詠の方を一瞥してから、武に向かってニヤリと不気味に笑ってみせた。
 「う~む。月詠大佐、また色気が増したなあ」
 「ぶっ!」
 そのセリフに、武は「何を言うんだ」と言う表情でスキルビッツァを見遣る。
 「いやなに、以前から特上の美人で、女性としての色香とかも含めて好い女だったんだけどな。最近の大佐は、色香が増したと言うか、艶が出てきたと言うか……女性としての殻を脱ぎ捨てて成熟したって感じだな」
 決して卑猥な感情で言っている訳では無いのだろうが、言ってる事が言ってる事だ。しかし、それは武も最近感じてきた事なので、否定はしない。
 「あー、確かにそうなんだよな……。艶が出てきたってか、あれはもう妖艶とか蠱惑的って言っても過言じゃない。ちょっとした仕草で理性が飛びそうになって困るんだよなぁ」
 「女の成熟は27歳って言うからね。それで言えば、あいつはそろそろ成熟し切った頃だろうからね」
 「それを言うなら、ヒュレイカ少佐だって同じでしょうが。貴女はどうなんですか?」
 老化防止薬のお陰で外見上は年を取らないが、内面は成長すると焔から説明を受けている。同じ様に成長しているならば、29歳になったヒュレイカも、月詠と同様の状態になっていたって良い筈だろうと思ったのだが……
 「私か? 私は普通だよ」
 その答えに何故と疑問を浮かべる武に、苦笑して教えてやる。
 「武、女っていうのは恋していると磨かれていくもの、女が飛び抜けて綺麗になっていくのは、大抵男が原因さ。私と真那の違いは其処って訳だよ」
 くつくつと笑うヒュレイカの言葉に、武は真っ赤になってしまう。想いを通わす女性が、自分が関わった為に綺麗になって行ったと言われて、嬉しくないはずが無い。
 「でも本当に変わったよね。体付きも引き締まっているのは変わらないけど、肉感的になっているし」
 柏木も、談笑を交わしている月詠を眺めしみじみと言う。
 「この基地の男達の中で、月詠大佐の人気はエルトゥール大尉と並んでトップだったが、これで益々人気が出るのは確実だな。武~、暗がりに気を付けろよ、嫉妬に狂った男達が、思い余って襲撃してくるかもよ?」
 「下手したら刺されるね。こう、ブスッと」
 「か~し~わ~ぎ~」
 襲撃云々は未だ可能性はあるが、流石に刺される事は皆無だろう。其処を解ってて態々からかってくる柏木に、武はジト目を向けるが、本人は何処吹く風だ。
 「でも、白銀武のハーレムを羨む会の人達は本当にやるかもね」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 美琴の一言で、見事に時が止まった。ええ、そりゃあもう見事にビシッと。自己の投下した話題の衝撃性を気にせずに、ニコニコマイペースに笑っている本人を抜かせば。
 武の首がギギギギギ……と動く。心なしか体がピクピク震えている。
 「み、美琴……。俺の聞き違い出なければ今――」
 「え……白銀武のハーレム撲滅委員会のこと?」
 「さっきと言ってる事違うじゃねぇか! ってか危険度がそこはかとなく盛大にグレードアップしてるし!」
 「一応突っ込んでおくが武、日本語が変だぞ」
 ヒュレイカが律儀に突っ込みを入れるが、そんなこと今の武には気にする暇も無い。
 「えー同じ様なものでしょ。2つとも活動内容は知らないけど」
 「2つかよ、別々の組織か!」
 「月詠大佐に柏木少佐に響大尉、そして榊大尉に珠瀬大尉に鎧衣大尉……ざっと見ただけで6人だからな」
 「アイビス大尉とか他の部隊の女性からも人気があるからね」
 「傍から見ればハーレムだな確かに」
 スキルピッツァが指折り数え上げ、柏木がそれに付け加える。彼女達が全員白銀に好意を抱いている事は、傍から見れば結構解るので、ヒュレイカの言う通り周りから見ればハーレム状態だ。
 「それもこれも、武が八方美人だからな」
 「違いない、本命が居るのにけしからんやつだ」
 「もう少し女心を解ってくれると嬉しいんだけどね」
 3人でフウと溜息を吐く。
 結局、全ての元凶は武の所為なんだから、自分で何とかしろと言うのが、3人の結論だった。 



[1127] Re[37]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第111話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/17 13:05
2008年4月23……シナイ半島第1防衛基地


 インド(ニューデリー)/甲13号・フェイズ5ハイヴ攻略戦は、ほぼ完璧と言って良い程の成功を収めた。
 損害は幾らかあれど、それも前回の甲09号ハイヴ攻略戦での被害を少し上回る程度で、痛手にはなり得無いもの。そして、肝心の凄乃皇四型の実戦稼動も、問題と言うよりは、少し改善を施せばより良くなる箇所が見付かった程度で、他はほぼ問題が発見されなかった。
 武達、第28遊撃部隊とA-01部隊は、作戦終了後にそのまま基地に帰還し就寝。翌日も、作戦後の疲れを取る為に1日が完全休養となる。
 そして夜、ハイヴ攻略成功を祝う軽い宴が、第1食堂で開かれることとなった。

◇◇◇
第1食堂

 基地司令等の承認を取り、夕食後の食堂を借り切って行われる宴。例によって豪華な物は出せねど、そこは京塚曹長の工夫と奮闘によって、普段より質の良い料理が並べられる事となった。
 「じゃ、乾杯しましょう」
 「そうだな、内輪だけだから、堅苦しい事は無しだ。作戦の成功を祝って、第28遊撃部隊とヴァルキリーズの奮闘と栄誉を称えて――乾杯」
 《《乾杯》》
 速瀬の催促に、一応主催者である焔が乾杯の音頭を取る。全員は乾杯の声を発した後に、その手に持つグラスに湛えられた合成酒を、喉の奥に流し込んだ。
 合成酒は全て特殊配合されていて、飲んでも酔いは軽く、専用の薬を飲めば一気にそれも飛ぶがそれでも酒は酒、流し込まれた液体が喉を焼き、体の奥を熱く火照らす。
 この面々は、普段酒を飲まない者が大半だが、それでも嗜む程には飲めるので、各々はその味に舌鼓を打ってから、並べられた料理に手を伸ばしたのだった。
 その宴の中、一塊になっていた元207メンバー組み。彼等も、ハイヴ攻略の喜びを再度噛み締めながら、この宴を楽しんでいた。
 「それにしても、甲09号、13号と、予想以上に順調に攻略できたわね」
 「被害も予想以上に少なかったからな。相変わらず弾だけは沢山使ったけど」
 「それはしょうがないですよ武さん」
 千姫が半笑いの表情で言う。豊富な砲弾援護や、惜しげも無く弾をばら撒いたからこそのこの勝利だ、それを思えば弾の消費の多さは仕方が無いだろう。
 実際弾の消費量は多い。被害が少ないので、部隊の立て直しは比較的すぐに終わるのだが、弾が補給できないので、ハイヴ攻略作戦には数ヶ月の間が開いてしまう程だ。もっともこれには、弾以外にも色々理由はあるのだが。
 「次の甲02号ハイヴ攻略戦までも、結構間が空くって言うからね~」
 「今日の朝、焔博士に聞いたところによると、次の攻略戦は9月だそうよ」
 「9月っ! ってぇことは5ヶ月も間が空くのか?」
 焔の言葉なら嘘では無いのだろうが、流石に武も皆も驚愕する。
 その、5ヶ月は空き過ぎじゃないか? という表情で見詰める皆に3人に対して、千鶴はその日の朝に焔に聞いた事を、皆に対して説明し始めた。
 「弾の補給。もしもの時の為の、更なる弾の備蓄。凄乃皇弐型の改造に、四型の改良……これらもあるけど、一番の理由は、戦力の増加だそうよ。どうやら、今回のハイヴ攻略成功を見て、ソビエト軍を始めとした幾つかの国が同盟に協力する事になったみたい」
 「協力……ですか?」
 「なるほどな、ここらで積極的に協力しておかなけりゃ、色々面子が立たないってことか」
 考えている千姫の答えを述べるように、武が言う。
 今までは積極的に関わらない態度を取って来たが、この状況で同盟軍が甲02号ハイヴを落とし、更に次々とハイヴを潰していったら、それに関わらなかった自分達の立場が色々不味くなると考えたのだろう。それに、同盟軍内ではある程度、情報や技術の相互補助や研究、提供等を行っているので、その恩恵も受けられる。
 「新たな勢力の参戦と、それに合わせた戦力の増強――現在習熟中の部隊も含め、第4世代戦術機部隊を更に増強して、戦力の底上げを図るのが目的みたい。それに、次の甲02号攻略は、軌道降下からの強行突入作戦よ。その為に今現在、各国では宇宙戦力の増強に努めている。これらが完了するのが、凡そ5ヵ月後」
 「地球で2番目に出来たハイヴですから、準備を入念にしてるんですよね」
 「うん……絶対厳しい戦いになるだろうからね」
 3人が、話しながら沈鬱な表情になる。地球で2番目に造られた――それは即ち、地球で2番目に大きなハイヴと言うことだ。当然、BETA総数も含め全体の規模は大きく、今までのハイヴよりも激戦が予想される。負ける心算は毛頭無いが、今から考えても憂鬱になってしまうのは仕方が無いことなのかもしれない。
 「あーあー。たまも美琴も委員長も、今はそんなこと考えるな。どうせその日が近付きゃ嫌でも考えちまうんだから、今ぐらいパーっと楽しもうぜ。今は勝った喜びに浸る時だろう」
 だが、そんな3人を、武は明るく励ます。
 確かに武の言う通り、今は楽しむ時だろう。憂鬱になるのは何時でも出来る、今は皆と、この一時を楽しもうと――。
 3人は顔を見合わせてくすりと笑い合い、次いで武の方を見て笑顔を浮かべたのだった。
 そして4人の間に、和やかな雰囲気が立ち込めたその時……。
 「月詠さん!」
 「真那!」
 プラスチックの容器が落下して、床に叩きつけられる音と、それに続いての玲奈と焔の焦りを含んだ声が、食堂内に響き渡った。
 耳に聞こえた音と叫ばれた名前から、武は電光石火の速さで体の向きを変える。その目に映った光景は、落ちた食器と驚愕する面々、そして床に蹲る、愛する人の姿だった。
 「真那!」
 状況把握と同時に、飛び出すように月詠に駆け寄る。既に両脇にしゃがんでいた玲奈と焔を避けて正面にしゃがみ込んでから、「どうした?」と言葉を掛けてみるが、本人は口を押さえたまま苦しそうにしている。答えを求めるように、両横をちらりと見れば、焔は真剣な表情をして月詠の様子を調べようとしていて、玲奈は逆に、不味いという様に顔を歪めていた。
 その武の前で、月詠の体が揺れる。口を覆った表情が苦しそうに歪むのを見て焦る武だったが、その武を跳ね除けるように、玲奈が月詠の腕を取り、食堂に備え連れられている水道の下まで走った。
 「心配ありませんから、白銀中佐は其処で待っていて下さい!」
 武も続いて駆け出そうとしたが、玲奈の言葉に足を止める。心配なのは当たり前だが、玲奈の言葉の強さに行くのが躊躇われたのだ。口を押さえていた事から、女性にとっては男性に見せるのは憚られる行為を行うのだろう事も予測して――流石にそれ位の気遣いはあった。
 だがそれ故に、武の思考は、月詠の不調の原因を冷静に考えてしまう。そして、今回の症状に思い至る例が、ハッキリと頭に浮かぶのだ。まさかと思い、やっぱり他の原因かとも思ってしまうが、可能性としてそれを思い浮かべてしまって仕方が無い、救いを求める様に横を見れば、焔も絶妙に歪んだ表情をして、月詠の消えたカウンタの向こうを凝視していた。
 周囲に沈黙が落ちる……。皆も女性として、当然可能性の1つとして其処に思い至ったのか、実に何とも言えない雰囲気を醸し出していた。これが病気だったら不味いが、もう1つの可能性でも色々と言うか、もっと不味いかもしれない――皆は、薄氷が張った様に緊張した空間を壊す事を恐れるように、事態を見守るのだった。
 そして、その空間へ姿を現した玲奈。彼女は、皆の予想を裏切る事無く――或いは裏切って、衝撃的な一言を述べたのだった。
 「心配ありません、唯のつわりです。料理の匂いに触発されただけですので、暫くすれば収まります」
 「ちょっとまて玲奈、それは!」
 「待て焔」
 玲奈に詰め寄ろうとする焔に、カウンタの向こうから出てきた月詠が声を掛ける。表情に陰があったが、玲奈の言う通り、深刻な問題は無さそうであった。
 「定期健診の結果を誤魔化してもらうように頼んだのは私だ、玲奈主任の責任ではない」
 月詠達は第4世代戦術機乗りとしてや、老化防止薬を使っている為等で、1ヶ月に1回の定期健診を玲奈が担当して行っている。つまり、玲奈は月詠の妊娠には気付いていた訳で、焔に上げる報告書を誤魔化していた事になるのだ。
 「っ……それは分かった。で、今どの位だ?」
 「12週から13週の辺りです」
 「13週! お前よく……
 「ぎゃおーーーーーーーーー!!」
 ……と、13週の言葉で脳内が現実を認識したのか、武が再起動を果たした。その大声に、周囲も我を取り戻す。唯、口を出すのを憚られる状態なので、皆事態を静観する構えだ。
 「ま・ま・ま・本気マジで!?」
 「久し振りの白銀語ね……」
 武が驚愕と困惑と何か色々入り混じった表情で、月詠に問いかける。後ろで何か聞こえたが、そんなのは無視だ。
 「『マジ』がどういう意味かは知らぬが、恐らく聞きたいだろう事は解る。全て本当の事だ」
 その冷静な態度で返ってきた答えに、武は驚愕よりも半ば怒りが勝った。
 「ちょっと待て真那、お前そんな体で戦術機に乗っていたのか?」
 幾ら耐G機能が優れているとは言っても、それでもGが掛かることには変わりない。武達は体を鍛えているからとはいっても、妊娠している状態で搭乗するのは問題だ。それに何より、母体よりも胎児に負担が掛かる。
 「戦闘では加減できないが、健康面では玲奈主任にも協力してもらい十分に気を使っていた。それに、もし流れていたらいたで、それが運命だと私は思っていたのだ」
 「な……馬鹿やろう、なんで俺に相談しなかった。それは俺の子供でもあるだろう!?」
 妊娠自体はすんなりと受け入れられた。若干の戸惑いもあったが、素直に嬉しいと思ったのだ。冥夜と慧の時で慣れていたというのもあるだろうが、愛する人が自らの子供を身篭っていると知って浮かぶのは喜びだけであった。だが、それ故に月詠の取った行動には怒りもあった。
 その武の怒りに、月詠は神妙な表情で頷き言った。
 「色々理由はある。先ず第一に作戦への影響だ。数週間しかないのに、行き成り編成を変更する訳にも行くまい。3ヶ月ならば体調は通常時と変わらないので、この作戦だけは遣り通す事にしたのだ」
 それはそうだろう。個人の勝手で作戦を曲げて貰うなどは余り宜しくない、焔などはそうは言わないだろうが、軍隊として、場合によっては下ろせとさえも言われる可能性もある。
 「それに、私自身の迷いもあった。冥夜様や彩峰殿に対する葛藤や、私自身の気持ちの問題――何より、今後の事だ。もし子供を産むとなったら、甲02号攻略作戦には参加不可能になるであろうし、その後にも色々と問題を抱える事になる。今回の作戦終了までには気持ちを固める心算だったが、結局私は決められなかった。どうすれば良いのか迷い続け、ならばいっその事、戦闘で流れてしまったらそれで言い訳も立つのではないかとさえ思ってしまったのだ」
 「馬鹿やろう、その命は真那だけのものじゃないだろ、俺とお前との子供じゃねぇか。1人で答えなんか出そうとするなよ、そう言う時こそ俺に相談してくれよ。お前が気にしてる事だってそうだ、冥夜も慧もきっと祝福してくれる、あいつらはそういうやつだ、此処に居ても、一緒になって喜んでくれた筈さ。それに、出てくる問題も、2人でなら解決する道が見付かるって。真那はどうなんだ、産みたいのかどっちでも良いのか?」
 月詠の表情が歪む。張り詰めていた感情が、決壊したダムから押し出される流水の様に、一気にその心を浸食し溢れさせ、明確な心として現れ出でる。
 「産みたい……産みたいに決まっているだろう! お前との子供だ、愛しくない筈が無い。だが……私は衛士としての義務を放り出すなど出来ない。甲02号攻略作戦を――BETAとの戦いを!」
 感情の激流を露にする月詠。その心の内は、産みたいという感情と衛士としての責任が鎌首を擡げ、双方押し合い続けている。恐らく、ずっとこの葛藤で悩んでいたのだろう。責任の強い月詠故に、武にも周囲にも言い出せず自身で決着を着けようとしていたのか?
 月詠の言葉が、周囲の者の心に浸透し、その心の内を窺わせる。女ならば、戦士ならば誰もが共感してしまいそうなその想い。彼女の気持ちが分かる故に、その言葉は重く感じられた。
 だが、それでもその言葉に答える者が、この場所には存在したのだ。
 「お言葉ですが月大佐、私は産んでも宜しいかと思います」
 「伊隅中佐?」
 月詠、そして武を含め、その場にいた全員が、言葉を発した伊隅に注目した。彼女はその視線を受けながらも、臆さずに話を続ける。
 「こういう言い方は問題があるのかもしれませんが……衛士1人の力では出来る事に限界があります。勿論月詠大佐の能力は私達の上を行っていますが、それでも今の我々にとって、大佐の力は必ずしも必要なものではありません。我々も日々努力して、力を付けています。例え月詠大佐が抜けようとも、見事甲02号ハイヴの反応炉を破壊して見せましょう」
 伊隅の喋る内容に、最初は唖然としていた皆であったが、それでも言葉の内に言いたい事を直ぐに読み取った。あるものは苦笑しながら、あるものは笑顔を浮かべながら、それぞれがそれぞれの理由を述べ始める。
 「そうよねぇ~。月詠大佐ばかりに活躍を横取りされるのも問題だし、偶には私が目立ちたいわ。だから遠慮無く休んでいて下さいよ」
 「あの……水月は、月詠大佐の所為で暴れ足り無くて力が有り余っているので、偶には全開で暴れたいんだと思います」
 「姉さん……その理由は流石にどうかと」
 速瀬が豪快に笑い、遥が天然でとんでもない理由を述べ、それに茜が呆れて突っ込む。
 「そうですわね、真那さんが居なくとも、その分は皆でフォローすれば良いのですし」
 「七瀬達も、最近は更に実力を付けているからな」
 「武中佐の後ろは私が守るので、安心して下さいね」
 御無、ヒュレイカが無難な意見を述べ、響が含みのある笑いを浮かべる。
 「勿論、私達も大佐の抜けた穴を埋めるよう全力で戦います」
 「壬姫も頑張ります!」
 「今から楽しみだね、男の子かな、女の子かな?」
 「女の子で武に似てたら不幸だよね」
 千鶴と壬姫が奮闘する旨を誓い、美琴は既に、産む事前提で子供の事を楽しみにしている。そしてそれは柏木も同様だった。
 「まあ、私達は私達に出来る事をするだけです。月詠大佐も、少しくらい休んでいても構わないんではないでしょうか」
 「大佐の活躍は、万人が認める所ですから。少し位戦線を離れても、誰も文句は言いませんよ」
 最後に、宗像と風間が述べて締めくくる。
 「みんな……」
 武は、若干遠回しながら、優しく祝福してくれる皆の心遣いに感激する。そして月詠も、皆の厚意に、武以上の感謝の念を持って礼を述べた。
 だが、それでも月詠の表情は晴れなかった。何時始まるかもしれないBETAの反攻――焔の説明を聞いている武と月詠の2人は、皆以上にその事を危険視していた。既に計画発動から随分な時が経つ、今は未だ顕著な変化は現れていないが、その時が何れ来てしまうことを知っているのだ。
 このまま子供を産む事を選択したら、その時に、自分が動けない可能性が高い。月詠は、甲02号の事も含め、それらの事を憂い、迷いを抱えていた。皆の行為は嬉しかったが、それでも葛藤は残ってしまったのだ。
 皆の言葉を受け、嬉しい顔をするも逡巡が抜け切らない月詠の表情の中に、その事を認めた武。月詠ま性格からして、またパートナーとして正確にその辺の事を読み取った武は、じっくりと諭す様、月詠に自身の思いの全てをぶつける。
 自身が真那を愛している事。愛の証でもある子供が欲しいこと。そして何より、そんな子供を殺すことなんて、自分にも月詠にも出来ないだろう事……その真摯な説得を受けた月詠は、未だ葛藤を抱えながらも、子供を産む事を了承した。
 そして、その返事をした時点で巻き起こった皆の祝福に湛えられながら、月詠は武に縋り付き、喜びに泣き続けたのだった。

***

 「しかしそれにしても不思議だ」
 喜びに沸いた喧騒も収まった時分、焔は月詠を見ながら唐突に言った。その一言を側で聞いていた武は、首を傾げ尋ねてみる。
 「何がですか?」
 「いや、真那に処方していた経口避妊薬は、体調変化を極力起こさせない作りの為に、避妊率は確かに100%では無い……無いのだが、それでも元にした薬の避妊率は98%、私が処方したのは、実に99.2%の避妊率を誇る、実質は100%と変わらないのだが――」
 「0.08%の確率を手繰り寄せたって事だね、やっぱり2人の愛の力かな? 相性が最高な証拠だね」
 「2人は絶対運命で結ばれたラブラブ同士ってことですか~。いよっ憎いね御2人さん」
 (絶対運命って……何処かで聞いたことある言葉だな)「柏木も速瀬少佐もからかわないで下さいよ」
 武と同様、側で焔の一言を聞いていた2人が、その事実を知って、にやにやと面白がりながら武をからかう。
 武はその2人の何時もの悪乗りに辟易して突き放すようにするが、それで彼女らが止まる筈も無い。だから武は、話題を変えてその場を逃げる事を選択した。
 「そういえば真那、子供って男と女のどっちだ?」
 話題を変えるために咄嗟に放った言葉だったが、その質問は存外に良い質問だと心の中で思う。性別で、生まれてくる子供をどうこうする訳ではないが、知り得るならば早めに知っておきたい。世の中には、産まれてくるまで楽しみにしておきたいという人物も居るが、武は早めに知りたいタイプの人だった。冥夜と慧の子供は、結局男か女か判らないままだったので、その反動かどうかしらないが、余計に知りたいという感情が鎌首を擡げていた。
 その質問に答えたのは、先程の焔から始まった一連の遣り取りに照れていた月詠ではなく、その隣に立っていた事実を詳しく知る玲奈の方だった。
 「月詠さんの子供の性別は、男の子と女の子の両方ですよ」
 「両方?」
 「おい、それは!」
 玲奈の言葉の意味を、直ぐ様飲み込めずに尋ね返してしまう武。横で聞いていた焔は直ぐに解ったのだろう。玲奈は、1つ頷き更に答える。 
 「ええ、信じ難いことですが、二卵性の異性双生児です」
 「二卵性「嘘っ!!」
 知り得た事実に驚愕の声を上げようとした武だったが、その驚愕を上塗りするかのように、更に大きな驚愕の声が周囲に響き渡った。武含め、その場の全員の視線が、その声が発せられた方に向かう。
 「嘘……うそだ……」
 其処には、この世の終わりを見たかのような絶望に彩られた、真っ青な表情で震え立ち竦む響の姿があった。彼女は、うわ言の様に述べている通り、『信じられない』とでも言う様に月詠と玲奈の方を凝視している。
 「嘘ですよね、玲奈さん! 双子なんて、そんな……そんなこと!」
 「お、おいっ、響!」
 玲奈に飛びついて、縋り付いて叫ぶ響。その様は、普段の響からすれば信じられない慌てふためき様だった。武は、玲奈の体に強固に縋り付く響を後ろから羽交い絞めにして引き剥がそうとする。
 「落ち着け響! 何してんだよ、おいっ!!」
 信じられないような力を発する響を、強引に引き剥がし正気付けようとする。暫く正気を無くしていたように暴れていた響だったが、武やその他メンバーの呼びかけによって、その瞳に理性の色を取り戻していった。
 「あ……私、なんで……?」
 「正気に戻ったか響」
 「武……お兄ちゃん?」
 未だ虚ろながらも、正気に戻った響。彼女は『信じられない』とでも言うような驚愕の表情をその顔に貼り付け、薄ぼんやりと辺りを見回す。そんな響に、武は刺激しないように、静かに問いかける。
 「お前、何であんな事をしたんだ?」
 「あんな事? だって私、子供が双子って聞いて……。あれ、何で私こんな事したんだろ? だって子供が生まれてくるのは女の子の筈……なのかな? えっと……」
 要領を得ない言葉に、武や周囲の顔が歪む。その中で、特に焔の表情は、響のその様子を凝視しながら真剣に何かを考え込んでいた。武は、響が心配になって、更に声を掛け続ける。
 「おい、大丈夫か響。昨日の疲れが抜け切ってないんじゃないか?」
 「ううん、違う……。でも、私なんであんな事を?」
 「それはこっちが聞きたいぜ」
 「うん、そうだよね……」
 武はその遣り取りに、埒が明かないと焔の方に顔を向けるが、焔は静かに顔を左右に振った。彼女も理由が解らないようだ。武は困惑して如何しようかと思案したが、その時横から、月詠の落ち着いた声が響きに掛けられた。
 「響大尉、自分が何をやったのかは覚えてはいるか?」
 「え……あ、はい、覚えています。でもその時は、何かガラスの向こうから自分の体を見ているみたいで、自分で自分が何をやっているんだろう……という感じで」
 「認識はしていたが、体の主導権は無かったということか?」
 「えっと。『体を動かしている』っていう認識はあったんですけど……」
 「ふむ……焔?」
 「駄目だ、やはりさっぱり解らん。本人が無意識だったんなら兎も角、意識が曖昧ながら存在していて、錯乱していたのかも判断が難しい。様子を見るしかないな」
 お手上げだ、と肩を竦める焔。彼女と本人に理由が解らないのでは、武達もどうしようもない。
 「他の要因が有るにしても、精神的な疲れが溜まっているのかもしれん、原因が解らない現状、早めに休んでゆっくりしていな」
 「そうだな、俺もそれがいいと思う。真那」
 「解っている。響大尉、暫くは自主訓練だけで良いから、ゆっくりと静養しなさい」
 「はい……解りました」
 結局、原因が解らないのでそれしか対処方法が見出せなかった。この日響は食事を終わった後に眠り、そして次の日にはいつもの様に調子を取り戻した。
 その後数日間は様子を見たのだが、結局今日の様な様相を見せる事も無く、日々を無事に過ごしていく事になる。結局、今日響が陥った突然の恐慌は、理由が解らずに日々の生活の中にその記憶を埋もらせていくのであった。



[1127] Re[38]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第112話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/17 13:10
2008年5月……シナイ半島第1防衛基地


▽▽▽
5月2日

 月詠の妊娠が発覚してから一週間と少し、あれから焔などは様々に奔走し、色々な対処を取った。月詠の事に関しては又別に述べるとして……部隊としての武達の身の振り方は、妥当なものと決まる。
 即ち、一時的なヴァルキリーズへの編入である。伊隅を部隊長としたヴァルキリーズに、一時的に第28遊撃部隊を取り込むのである。
 双方相当な実力者達であることに加え、ヴァルキリーズが此方に来てからというもの、訓練や実戦を殆ど共にしていた両部隊員の連携は相当なものとなっているので問題は無い。両部隊員も快くその案に同意した。次の甲02号攻略戦では協同での突入となるので、どちらにしても変わりは無いこともある。
 響が3日程で完全復帰してからは、微細な合わせやフォーメーションの確認など、まず部隊間の調子を完全に合わせることから始め、連携の練達向上に努めていた。
 
◇◇◇

 その日武は、午前中の自主訓練を、グラウンドでの訓練に当てていた。基本的な体力維持の運動から始め、体力増強や格闘訓練などをこなしていく。同様の訓練を行っていた他部隊の者達とも競い合い協力しながら、自己で定めた時間一杯に訓練をこなし終わった武は、汗まみれの体を照り付ける日の下に晒しながら、基地内を目指し歩き始めた。
 「やけに音が響いてくるな」
 歩きながら、ぼやく様に1人愚痴る。訓練の間中、基地後方より騒音が聞こえていたのだが、その時は余り気にならなかった。しかし、訓練が終わって体を落ち着けてみると、結構耳障りに聞こえてくる。
 「また増設工事でもしてるんだろうなきっと」
 この基地は、最初の基地部分が造られてから今まで、増設工事を繰り返し、拡大し続けている。取りあえずの防衛線として急遽造られた最初の基地は小さかったが、其処で敵を防ぐ傍ら、防衛拠点として相応しくなるように増設し続けて来たのだ。
 計画要の基地でも、凄乃皇の格納基地でもある此処は、同盟各国等から戦力が集められる為に、更に大きく成り続け、現在では世界最大の基地に成りつつある。各国が大体3個大隊ずつ、戦術機甲部隊と整備士などの随伴要員を送ってくるので、戦力も人員も充実していて、機甲部隊や航空部隊等も、アフリカ内陸で戦っていた部隊をほぼ掻き集め、更に各国からの提供もあり其方も充実している。基地の規模は、既に横浜基地の4倍近いと言うからその規模も頷けよう。(因みに、基地は当初から増設する事を念頭に建設されていたので、その辺の兼ね合いに不備は少ない)
 建設当初からこの基地に居た武は、それこそ年がら年中増設工事の音を聞き続けていて、もはやこんな音は馴染み深すぎていた、その為、暫く音のする方を見詰めていたが直ぐに気持ちを切り替え、まあ何時もの事かと思い再度歩き出す。
 その時、背後から物凄い勢いで何かが飛び掛ってきた。
 「た・け・る・中~佐~~」
 ダダダダダダ! とでも擬態語表現できそうな駆け足で、盛大な地を蹴る音を響かせて接近してきたその人物――響は、勢いのままに足を踏み切って空中に踊り出で、慣性が赴くまま直進し、武の背中目掛けてダイブをかました。
 あまりの勢いに、鍛えている体を持ってしても勢いが殺しきれなく、『ぐおっ』と言いながら前方に少し体を揺らす。飛び掛ってきた張本人の響は、そのまま武の肩から前方に腕を回して、おんぶされている子供のような格好で、武の背中の上に自身の体を預けていた。身長差があるので、響の足が地面に付かずぷらぷらと揺れていて、傍から見れば父親の背中に縋り付く子供の様にも見えた。
 「響かこのっ、盛大にアタックかましやがって。降りろ恥ずかしい、周りの皆がみてるじゃねーか!」
 「ぶーぶー、良いじゃんケチ、少しくらいー」
 「少しかって、この頃毎日こんな事して。一体どうしたってんだ響?」
 「どうしたって?」
 「こういうのは卒業したんじゃなかったのかよ?」
 出会って暫くしてからは、お兄ちゃんの代わりというか、武をそんな風に見て接していた響。その後、付き合って行く内に、『お兄ちゃん』よりも身近な『お兄ちゃん』として武を慕うようになった。しかし、武が月詠と付き合うようになってからは距離を置くようになり、武に好意を寄せるながらも一歩引いた付き合いをするようになった。
 しかし……
 「う~ん、自分でも不思議なんですけど、何故か急にこう……また甘えたくなりまして」
 「変、お前絶っ対変! 一週間前から急に態度変えやがって。あの錯乱……あの時、どっか頭がいかれたんじゃねぇのか!?」
 響が態度を急に変えたのは、あの錯乱から数日休んできて、本格的に復帰したその時からだった。原因といえば、あの謎の錯乱しか思い付かない。どういう理屈でそうなったかは解らないが、響の武に対するスタンスが、昔の様相に戻ってしまったのは確かだった。
 「まあ、自分でも少しはっちゃけ過ぎかとは思うんですが……問題ありません」
 「問題あるだろ、主に俺が! てかお前、もう21歳だろ、年を考えて行動しろよ」
 「むう……親しい人に甘えるのに年齢は関係ありませんよ~」
 響が武にじゃれ付くのは、恋愛感情というよりは、子供が父親に甘えているようなものだ。女としての感情も或いはあるのかもしれないが、父子関係っぽいというのは自他共に共通する見立てだ。
 だから、月詠などは響が武にじゃれ付いても基本的に何も言わない。逆にその2人の様子を見て、父子を見詰める母親の様に優しげな顔をする。実際に微笑ましいのだろう、周囲も2人の遣り取りに少なからずそう思っているし。
 武は、じゃれ付いて離れない響を仕方ないと容認して――結局何時も強く出られずに強引に押し切られる――背中に背負ったまま、基地へと歩を進めるのを再開した。周囲から好奇の視線が突き刺さってくるのがひしひしと感じられたが、この頃は何時もの事となり皆に知れ渡っているので、今更慌ててもしょうがなく、泰然とした態度で視線を無視する。
 「そういえば向こうを見てましたけど、工事の事が気になっているんですか?」
 歩いている途中、背中から響が武に質問を掛ける。どうやら先程、基地後方に視線を向けていたのを目撃していたようだ。
 「いや、気になってるって程じゃねぇけどな」
 「……武中佐もこの頃口調が砕けてきてるよね」
 「…………ほっとけ」
 軽く否定した事には納得したのか、後ろからふ~んという含み声が聞こえ、その後に、ぽつりと呟くように言われる。
 口調が砕けてきている事は確かに否定できない。武ももういい歳なので、普段は普通の言葉を使い、周囲の状況に合わせて言葉を使い分けていた。しかしこの頃は、昔の口調に戻ってきてしまっている時が多い。特に、207部隊の皆や響と共に居る時は、ほぼそのままだ。
 響に年の事を言った手前、自分の口調の事が結構恥ずかしかったのでそっぽを向く。直そうかとも思ったが、これが自分の持ち味かとも思い直し、結局そのままでいる武ではあった。
 「私はその口調の武中佐も好きですから好いけど。――あの工事、今度来るソビエト軍の人達の為だって博士が言ってましたよ」
 「ソビエト軍? ああそうか、作戦に参加するだけじゃなくて、この基地にも来るのか」
 「此方はそこまでしなくていいって言ったみたいなんですけど、先方がどうしてもってことで。博士も基地司令も、寄越すなら受け取っておけ――て言ったんだって」
 「ソビエト政府も、今まで参加してなかったから、体裁とかその辺を慮ったのか。まあ、そういう思想は抜きにして、衛士としては戦力が増えるのは嬉しいことだよな」
 「でも、またごたごたが出てきますよ絶対」
 「その辺はしょうがないって。国が違えば思想が違う、思想が違えば人の考えも違う――人の思いは千差万別、皆が皆、普通に仲良くなれるって事は在り得ないからな……悲しいけど」
 憂いを湛えながらも、武は心の内で思う。
 昔と違い、今は現実を知ってしまった。何もかもが上手く行く筈が無いとは身に沁みて知ってしまっている。だが、それでも――それでも人を信じたいと思う。それは甘い考えなのは解ってはいるのだが、心の奥底では――
 「そうですね。でも、付き合ってれば上手くやっていけるようになりますって。今この基地に居るみんなも、最初は喧嘩ばっかりだったのに、今は結構上手くやれて居るじゃないですか、前向きに行きましょう前向きに!」
 突然に後ろから掛かる響の声。此方を励まそうとしてくれたのか、やけにテンションが高いその声は、内容の事実と共に、武の心の迷いを、綺麗に洗い流す。
 そうだ――そうだよな、やる前から考えて落ち込んでたって何にもならないよな。
 響の言葉で、新たに前進する力を得る。自分が1人では無い事を、自覚させられるこんな瞬間が――仲間の存在を嬉しく思うこんな瞬間が、とても幸福に思える武であった。
 
 「……で、結局何時まで背中におぶさってるんだよ?」
 「え……? んーよしっ、シャワールームまでGo!」
 「Goじゃねぇだろ……解ったよ、行けばいいんだろ行けば」
 「あ、女子用ルームの前までで良いから、中に入っちゃ駄目ですよ」
 「当たり前だ!!」
 結局懇願には逆らえず、シャワールーム前まで響を背負っていった武。響の変化の原因は解らないが、これからも色々苦労しそうな予感がひしひしと圧し掛かってきたのだった。


▽▽▽
5月18日

 新しい、武と月詠の部屋。月詠の妊娠に際して問題となったものの1つに、月詠の衛士としての能力の維持がある。妊娠期間が進めば、それだけ体を動かすのも大変になり、体力の維持等が難しくなるからだ。
 その解決策として、焔は様々な手を打った。
 まず部屋を自分と玲奈の実験室兼自室の側――使っていなかった広い部屋に定めた。そして部隊の皆の協力を得て其処を改装し住めるようにする。元々下地は確りしていたのでそれは簡単だった。
 そして使ってなかった器具や廃棄された物品を利用して、妊婦専用のトレーニング器具をこしらえる。これも焔監督の下、皆の協力を得て作る。そして部屋に設置した。
 此処までは、少し職権を使いはしたが、全て焔の責任の範疇なので、月詠も素直に礼を述べただけだった。部屋も元々物置同然だったし、器具もほぼ廃棄用品などを利用している。エネルギーに関しても、現状ほぼ無限に近いから余り気にする事は無い。
 唯その後、焔が機械装置をも持ち込む段階になると、『流石にそこまでして貰う訳には』と遠慮する事になる。
 筋肉維持薬や、傷病兵等の為に考案された、関節と筋肉の機能維持の方法があるが、それも完璧ではない。だから焔は、月詠の肉体維持の為に、電気刺激等を利用した方法で、戦闘訓練をしているのと同様の肉体を保とうとしたのだ。だがそこまで行くと、個人で受けるには大きすぎる恩恵になっしまう。幾ら月詠が、反応炉破壊を成した衛士でも、子供を産みたいというのは彼女自身の我が侭なので、そんな待遇を受ける訳には行かないと言った。
 それに対し焔は、「この処置は色々な実験の為でもある、丁度披見体が欲しかったところだから、お前の体の維持も出来て一石二鳥だ」とのたまった。
 つまりは人体実験だ。人体実験と言うと恐ろしげに聞こえるが、危険は無い。要するに、好意だけでは無く、実験の意味もあるのだから素直に受けろ……と、そう言う訳だ。まあ、「披見体が欲しかった」とか、言っている事は多分事実なのだろうが、その中の大部分が好意なのは、周囲にはバレバレであったが。
 それで結局、月詠はその人体実験(対外的には)も受ける事となった。
 そして後は、シミュレーターである。此方は、プログラムを作ったのが焔であったので少し手を加えるだけで事足りた。Gや衝撃関係を全て排除したプログラムで、衛士強化装備も必要無いようにして、操縦感を維持する為にだけ搭乗する。ディスクに入れたプログラムを、シミュレーターに読み込ませれば勝手に設定するようにしたので、どの筐体でも使用可能だった。
 この様に、皆の尽力によって僅か一週間足らずの間に全ての準備は整い、月詠は生活を、妊娠を意識したものへと切り替えて行く。
 そして、手を打っていたもう1つの手段が、今日到着したのだった。

◇◇◇
武・月詠の部屋

 「………………」
 「………………」
 「………………」
 3者は無言でそれぞれを見遣っている。
 此方には月詠と武自身、そしてその向かいには、既に老齢の域に居る女性が1人。伏せた瞳で表情は窺えないが、背筋を真っ直ぐに伸ばしたその様相は、違和感無く着こなしている藍色を基に構成された着物と相俟って、硬質で清涼な雰囲気を醸し出していた。生憎此処は畳では無い為椅子だったが、正座していたら更に雰囲気が出ていただろう。彼女は最初の挨拶から此処まで、ずっとこの調子だった。
 「あの……母上」
 何時までもこの調子では進展が無いと思ったのか、月詠が静かに声を掛ける。その声を聞いて、目の前の女性は静かに目を開いて月詠を見た。
 月詠の母親――今目の前に居る老域の女性は、月詠の実母であった。
 妊娠中の月詠の世話を含め、子供を産んだ後にどうするかの問題として、月詠は自身の母親に助けを求める事にした。妊娠経験もあり、子供の事もよく知っている。血縁者なので気安いし、少なくとも子育てに関して他人に大きな迷惑を掛けられないから……。全ての要因を考えると、その案が一番だと考えたのだ。
 焔が関わっている輸送に便乗させ手紙を届けてもらい、ありのままを報告した。迷惑を掛けるのは解ってはいたが、生まれて初めて、どうしてもこの我が侭だけは貫きたかったのだ。
 そして今、自身の母親は目の前に居る。此処に来るのも、輸送に便乗させてもらって来たのであろうし、大変だっただろう。それだけでも、頭が下がる想いだった。
 「既に手紙で、概要は承知しています。此処に来るまでに、迎えに来てくれた焔さんにも詳しい話をお聞きしました。だから詳しい説明は要りません。私は後、貴方方の気持ちを聞きたいのです」
 「気持ち……ですか?」
 「ええそうです、白銀殿と仰いましたか。聞けば貴方には他にも意中の方がいるとの事、それでも我が娘の事を思ってくれているのか、真那は白銀殿の事をどう思っているのか。それに、子供を産むことに関して、将来の事に関して、衛士としての責務についての見解……私は、貴方方の口から直接、それを聞きたいのです」
 豊富に存在する白髪を揺らしもせずに、鋭い眼光で武の目を見詰めてくる。その様は、貫禄十分で、出身に違わない。衛士として死の気配を感じた事のある武の神経を持ってしても、震えるほどの気迫を持っていた。
 だが、それに押される武ではない。月詠を愛しているということに関しては、真実偽りの無い想いだ。それは、恥じることでも、隠すことでも、尻込みする想いでもない。だから武は、彼女のその眼光を目を逸らさずに見返し、力強く自らの想いを語り尽くし始めた。勿論、その横に存在した月詠も同様に、自らの想いを曝け出す。
 月詠の母親――月詠 久遠(つくよみ くおん)は、2人が語るその話を静かに聞き付けたのだった。そして、武と月詠が全てを語り終えると、深く頷き言った。
 「解りました。子供の事に関しては、私が責任を持って協力しましょう」
 「母上?」
 母の言葉に、一番驚いたのは月詠だった。信じられない事を聞いたとでもいう様な月詠の様相を見て、久遠は目を細めるようにして尋ねた。
 「何を驚く事があるのです?」
 「いえ……まさかこんなにも簡単に、承知頂けるとは思わなかったので」
 自分が色々無茶を言っているのは解っていた。それに自分の母親からは、男に現を抜かすなと聞かされてきたので、今の自分があっさり認めてもらえたことが余計に信じられなかったのだ。そんな月詠の態度から彼女の内心を察してか、久遠は静かに語りだした。
 「色恋に溺れた末での余迷い事ならば私も聞きはしませぬが、先程の話から、貴方達2人は全てを真剣に考え、それでもこの道を選び取ったのだと解りました。既に私の手を離れたお前が、自らの道を選び歩んでいくのならば、それは全てお前の責任です。――もし余りにも駄目なようならば、此処で目を覚まさせようかとも思っていましたが、そんな心配も杞憂でしたようですし、今更私が口を挟む事は必要無いでしょう。だから私は、険しい道と知りつつも、尚それを貫くお前を、親として手助けしましょう。先程は私の手を離れたとは言いましたが、お前が私の子供である事は変わり無く、そして親とは何時でも子供に頼られたく思い、そして子供を助けたいとおもっているのですよ」
 「母上……」
 久遠は、感動する月詠から目線を外し、今度は武の方に視線を向ける。武は、その視線を真っ向から受け止めて、一言一句聞き逃さないよう真剣に意識を集中させた。
 「白銀殿。親馬鹿と言われますでしょうが、国の事を真剣に思い、立派に振舞う我が娘の姿は、私にとっての大きな宝でした。ですが、国の事を思う余り女の幸せを気にしないその様に、心配になった事もしばしばです。そんな娘に、女の幸せを与えていただいて――感謝の言葉もありません」
 武に向かって頭を下げる久遠。その様に、武は物凄く慌ててしまう。
 「な……久遠さん、頭を上げてください。どちらかというと、感謝するのは俺の方です。俺は、真那から色々な事を学びました、助けて貰った事も沢山ありますし、何時も支えて貰うのは俺の方です。だから――」
 「それは違う武。私だって数え切れない程に助けを受け、支えて貰ってきた。一方的な依存ではない、私達は2人で支え合って、此処まで歩んできたのだろう」
 反論した武の言葉を上塗り、月詠が更なる意見を述べる。
 その言葉を聞いた久遠は、優しげな表情を浮かべて2人を見詰めた。
 「なるほど、我が娘は、良い伴侶を得たようですね――。白銀殿、貴方達の嘆願、喜んで受けさせて頂きます。我が娘の幸せを手助けする事は、母親にとって無常の喜びです。どうか宜しくお願い致します」
 「は……はい。此方こそ、宜しくお願いします!」
 「母上……有り難う御座います」
 久遠が頭を下げるのに続いて、武と月詠も頭を下げる。3人は、それぞれがそれぞれに向かって、最大級の感謝の念を送ったのだった。

 こうして月詠の母親は、数人の供を連れ添って、この基地に居付くことになる。自らの最愛の娘を手助けし、その幸せを見守る為に。
 (因みに、武の正体は月詠の母親にも秘密である。武が有名になる以前、武の戸籍は、この世界の白銀武の戸籍に上書きさせてある。行方不明状態で死亡断定されていた白銀武の情報を、過去に戻って発見されたと改竄してあるので、殆どの者はだれも不審に思っては居ない。この真相を知っているのは、改竄した焔だけだが、改竄に当たって少し無理を通したので、幾らか不審に思っている者は居るだろう)



[1127] Re[39]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第113話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/17 13:16
2008年9月21日……イラン・セムナーン州(オスターン)/甲02号フェイズ5ハイヴ攻略戦


 甲02号ハイヴは、世界で2番目に建設されたハイヴであり、その規模も、オリジナルハイヴに次いで大きい。そして、このハイヴは内陸部に存在し、艦砲射撃も届かなく、地理的に攻め難い。
 だが、同じ様に攻め難いオリジナルハイヴに、地上戦力を攻め易くする為にも、敵の拠点を潰して少しでも増援を少なくする為にも、この甲02号ハイヴは何としても落としておきたかったのだ。
 そして発動される、甲02号ハイヴ攻略作戦。この作戦は、、補給線の維持や進軍の問題、被害過多だった場合、次の作戦へ支障が出ること――等を鑑みて、軌道降下による強襲突入一本に絞る事となる。
 援護も陽動も存在しない、凄乃皇四型と、たった13機の戦術機による突入作戦。世界で2番目の強大さを誇るハイヴに挑むには、無謀にも思えるこの作戦だったが、作戦に望む当事者達は、この作戦を必ず成功させられる事を信じて疑ってはいなかった。

◇◇◇
地球周回軌道上

 「これが……地球」
 凄乃皇四型が捉えた映像とリンクされ、戦術機内に送られてくる映像。武達の機体は再突入殻リエントリーシェルに格納されているので直接外は見えないが、その映像が克明に地球の姿を映し出してくれる。
 「凄え……なんて綺麗なんだ」
 向こうの世界でも衛星写真を見た事があるが、カメラ越しでも実際に自分の目で見るそれは、臨場感や迫力が全く違う。BETAの侵攻の為だろう、昔武が見た写真に比べれば、ユーラシア大陸一帯が不毛になってしまっている所が多かったが、それでも――それでも、地球は途轍もなく美しかった。
 「………………」
 胸を埋め尽くす万感の思い。この光景を見て、心が優しくなっていくのが感じられる。この美しい世界を――母なる故郷を、絶対に守り通したいと、理屈抜きに思えてくる。
 (みんなも絶対にそう思ってるよな)
 今頃同じ映像を見ているだろう皆も、絶対に自分と似たような心境だと確信する。
 そして……
 (帰ったら、絶対真那にも見せてやろう)
 今此処に居ない愛しい人――自分が帰るべき場所で、帰りを待ち望んでくれている人。失敗する事など微塵も考える事は無く、自然に帰る事を思える白銀武の姿が其処に在った。
 『――こちら、第3艦隊旗艦ネウストラシムイ。これより、突入を開始する』
 ――来たか! 艦隊気よりの音声通信が繋がる。作戦開始の時間だ。
 これより以前、既に先行していた国連とアメリカの宇宙軍部隊が行動を開始している。この部隊は通常のハイヴ攻略戦時と同じく、駆逐艦からの軌道爆撃と、低軌道を行く爆撃戦艦からの反復軌道爆撃を行い、地上を面制圧するのと同時に、重金属雲を発生させておくのだ。
 『軌道爆撃による面制圧によって、地表のレーザー級個体数は低下している。重金属雲も予定通りの濃度で展開中だ。作戦はこのまま続行。これより、再突入を開始し、再突入殻リエントリーシェルの降下軌道投入に入る』
 作戦開始とともに、第3艦隊が動き始める。
 爆撃装備の第1、第2戦隊が再突入軌道を420秒先行し、その後続に同装備の第3、第4艦隊が続く。そしてその後続にA-04――凄乃皇四型が続き、更に後方に、A-01部隊を輸送する第5戦隊各艦が続く陣形だ。
 一番無防備になる再突入時に際して、ラザフォード場でレーザー照射から突入部隊を守る。対レーザー防御を完璧とする為の陣形だった。
 先行する全ての艦隊が、再突入回路に突入して後、AL弾を分離し離脱していく。これらの艦は、A-04着地地点に新たに出現してきた敵の掃討。そして、残り数艦が先行し、A-04と第5艦隊が続く。
 「A-04、データリンク正常。軌道制御は艦隊と完全に連動中だ。ヴァルキリーズ各機、下で会おう、ヘマをするなよ」
 《《了解!》》
 今回の作戦、凄乃皇四型は全てオートで動くようになっているが、臨機応変さや緊急時の為に、全ての機体へデータリンクがなされ、更に自由に動かす事も可能となっている。唯、それでは混乱してしまう為に、四型を動かすのは
伊隅を筆頭に、各小隊長と決めてある。
 『電離層を突破、第5艦隊各艦再突入殻リエントリーシェル分離。頼んだぞヴァルキリーズ、絶対に反応炉を破壊してくれ!』
 ネウストラシムイ艦長を始め、再突入殻リエントリーシェルを分離した駆逐艦からも、様々な声が掛かる。ヴァルキリーズの面々は、自分達にこれだけの期待が掛かっているのだと思うと、より一層身が引き締まる思いがして、今まで以上に、絶対に作戦を成功させようと心の中で思った。
 突入降下機動を、凄乃皇四型を先頭に、その後ろに隠れるように再突入殻リエントリーシェルが続いていく。ムアコック・レヒテ機関が全開となり、ラザフォード場が形成され厚い防壁が展開された凄乃皇四型の後方は、降下する戦術機を守る安全地帯と化す。
 だが、その安全地帯を脅かすが如く、攻撃が襲い掛かる。
 「ちっ、レーザー照射来たか!」
 面制圧後で、更に重金属雲が発生していると入っても、やはり完全には防ぎきれない。凄乃皇に掛かるレーザー照射数を少しでも減らす為に、このタイミングに合わせて着弾するように仕向けた拡散弾頭搭載型の中距離ミサイルが撃ち込まれている筈だが、それにも関わらず数条のレーザー光線が、凄乃皇四型のラザフォード場に接触して散っていく。
 (次元境界面が不安定化してきてる。持ってくれよ……)
 蓄電装置一杯まで電力を溜めてあり、更に機関を全開にしているので、相当に持つとは聞いているが、それでも心配には変わりない。減衰しているとはいっても、レーザー照射の数は武が思っていた以上に多かったからだ。
 (後420秒……400、380)
 不安に思う内にもどんどん地表が近付いてきている。やがてそれは、外殻の分離高度に達する。
 「全機、再突入殻リエントリーシェル分離!」
 分離予定高度ピッタリで伊隅の通信が聞こえ、武達も同時に分離命令を実行する。機体を包んでいた外殻が剥がれ落ち、武達の姿は、閃光が飛び交い暗雲が立ち込める戦場の、真っ只中に晒される事となった。
 戦術機が捉えた直接の映像が映りだす。周囲の状況の凄さに、速瀬少佐が感心したように口笛を吹き言った。
 「ヒュー! 壮観壮観。何処を見ても敵ばかり」
 「ラザフォード場が無かったら一瞬で蒸発してるね」
 速瀬と宗像の言葉を聞くまでも無く、周囲には敵敵敵、そしてレーザーの嵐。ラザフォード場と重金属雲が無かったら、一瞬での死は難くない。
 「地表まで距離2500。このまま目標のゲートに突入するぞ、全機警戒を怠るな!」
 「A-04の機関出力曲線が不安定になってきてる!」
 「大丈夫よ茜、まだ持つわ!」
 「距離1500、機関出力は最大維持を続行中。S-51ゲート補足したよ!」
 地表がどんどんと近付いてくる中、目標ゲートに向かって更に向きを調整する。突入進攻ルートは、全て横坑ドリフトの直径が230メートル前後の場所を選んであるので、凄乃皇四型の巨体でも確実に通過可能だ。
 閃光飛び交う空を引き裂いて、暗黒が口を開く奈落の深遠に、人類の決戦兵器と13の勇者達は、その身を沈めて行くのだった。
 
 ハイヴニ突入したことでレーザーが途切れた瞬間より、急減速して機体を緩急させる。このゲートから続く縦坑シャフトは、下まで距離があるのが解っていたので、その間を利用しての減速だ。
 「レーザー照射途切れました。A-04機関出力曲線、定常域へ回復中。出力安定域へ移行、蓄電装置への蓄電開始」
 「ML機関の出力を下げた方が良いんじゃないかな? 最大出力を続けて負荷が掛かり続けてたし。まだまだ先は長いんだから、こういう所で温存しないと」
 「そうだな……蓄電装置への蓄電は後回しにしても良いか」
 榊が報告した内容に、柏木の提案が入る。それを聞いた伊隅は、1つ考えてその案を採用した。敵が少ない現状の内に、酷使したML機関を少しでも休めておこうと言う訳だ。
 その内に、縦坑シャフト下面に近付く。だが、入り口に近い為か、広間ホールに続く下の通路には数千規模のBETAが犇いている。
 「あれは薙ぎ払った方が効率がいいね、ちまちまやってたら弾の無駄だ。こういう時に弾を惜しまないのも、長生きする秘訣の1つだよ」
 ヒュレイカのその言葉に、ニッと顔を見合わせる幾人かの面々。派手なのは歓迎する所だ。
 「爆発後、A-04を中心に進軍を開始する、遅れるな!」
 《《了解!》》
 凄乃皇四型に装備されている、36基の発射筒を持つ多目的VLSの内、数基がオープンされ、搭載されたミサイルを撃ち出していく。選択された弾頭は、散弾式広域制圧弾頭。地面や壁に犇めいていたBETA群を、根こそぎ蹂躙していく。暗黒の中に咲いた苛烈な烈火は、目を焼き敵を焼き、鮮やかな破壊の爪痕をハイヴに残す。
 敵が薙ぎ払われ、多くの臓腑や肉片の残骸が撒き散らされた道を、凄乃皇四型とヴァルキリーズが進む。
 「私、宗像、風間のA小隊は、A-04右翼後方を守る。速瀬、涼宮、柏木のB小隊は左翼後方を守れ」
 「「「了解!」」」
 「ヒュレイカ、御無、響のC小隊は右翼前方。榊、白銀、珠瀬、鎧衣のD小隊は左翼前方を守れ」
 「「「了解!」」」「「「了解!」」」
 「但し、フォーメーションは臨機応変に動かせ。データリンクを密にし、敵襲撃の度合いに合わせて、各隊隊長の判断で対処しろ。無理だと思ったら、即時に救援を求めるか、A-04の攻撃を使え」
 《《了解!》》
 凄乃皇四型を中央に、4つの小隊が陣を組み疾走する。
 小隊分けは、役割的に纏まった分け方ではなく、各小隊バランス良く配置してある。凄乃皇四型を中心に四方に別れて戦う事になるので、各小隊の戦力の均一化を図った為だ。唯厳密には、相性も考慮して分けてあるので、少し偏っている面もある。
 進軍はセオリー通り、敵を振り切って駆け抜けて行く速攻の形だ。幾ら凄乃皇四型が強力でも、武装には限りもあるし、激しく戦えばML機関の負担も蓄積してくる。だから、敵が迫ってくる前に予定侵攻ルートを次々と突破する。
 そのまま暫くは何事も無く前進は進んだ。散発的な敵襲撃はあったが、それも全て撃ち倒していき、10階層以上を進む。だが、そこでとうとう大規模な敵の妨害に直面することになった。
 「ヴァルキリー13より各機――前方に突撃デストロイヤー級の一団を確認、大隊規模が接近してきます、距離凡そ800。更にその後方の、第13層S-44広間ホールにも敵多数!」
 「こちらヴァルキリー5――後方の縦坑シャフトからも敵が次々と降りてきます。上の階層から、移動行動中と思われる大規模な振動と音紋を感知していて……このままでは追いつかれるのも時間の問題です」
 「了解した、進軍を速めるぞ。――C小隊とD小隊は一時先行して突撃デストロイヤー級を殲滅しろ、殲滅後は前方を警戒しつつそのまま合流、全周警戒と音紋探査を怠るなよ。私を含む後方部隊は、後方警戒を続けつつA-04と共にこのまま進軍する」
 《了解》《了解》
 この場所から前方の広間ホールまでは一本道、甲17号の時と同じくBETAが壁を掘って来る可能性も否定できなかったが、その場合は音紋で逸早く察知できる。だから、横からの襲撃もそれ程心配する訳でもないので、前衛部隊を先行させ、早期に敵を潰す。
 C小隊・D小隊の7機が凄乃皇四型を離れて行き、横坑ドリフトを前方に進む。移動を開始して直ぐにその全機に通信が入った。
 「こちらヴァルキリー6、電磁速射砲レールガンを撃ち込むわ。オート回避が設定してあるけど、一応射線に注意して!」
 言葉と同時、各員の戦術機に電磁速射砲の発射警報及び、射線が示される。マニュアル回避も可能だが、敵が居ないこの状況ではその必要も無いので、戦域情報から弾き出されたコンピュータが設定するオート回避に任せる。
 各機が横に回避した一瞬後、中央付近の空間に蟠る空気を、弾き飛ばすように通過していく高速の物体。凄乃皇四型に装備された、120mm電磁速射砲レールガン8門から発射された弾だ。毎分30~40発以上発射可能なその弾は突撃デストロイヤー級の装甲殻も貫通できる威力を持っている。前衛指揮官を任された千鶴が、彼女の判断で撃ったのだった。
 小隊指揮官は4人存在するが、部隊単位での全体総指揮と後衛部隊を伊隅が、全体補助と前衛部隊の指揮を千鶴が担当している。細かな取り決めや、反対に臨機応変さも存在するが、大体通常はこれが基本となっていた。
 撃ち放たれた数十発の弾丸は、そのまま突撃デストロイヤー級に突き刺さり、密集状態での突撃してきた集団を蹂躙した。スペック通りの性能を叩き出し、装甲殻を正面から貫通して行く。
 各員は、その弾丸の軌跡を追うように、乱れた敵集団に接近し、攻撃を開始した。
 「よっしゃ行くぜ! ヴァルキリー9、エンゲージオフェンシヴ」 
 突撃を乱され、隊列が詰まった突撃デストロイヤー級の集団は、ヴァルキリーズの様な一流衛士にとっては、陸に上がった魚を捕まえるのに等しい位の獲物だ。特に此処は横坑ドリフト内と言っても、平均直径が230m前後ある広大な空間、レーザー照射の危険性が無い分、余計にやり易い。
 頓挫した集団の先頭――派手に穴が開いた敵の死骸を飛び越え、空中に身を躍らす。そのまま敵集団上を飛び越えつつ前回転し、機体の頭を下に向けて、敵後方に機体前面を正対させる形を取る。其処に見えるのは、突撃デストロイヤー級の弱点、柔らかい背中側の肉がどうぞ撃って下さいとばかりに並べられている。先頭集団が頓挫した為に、後方から進攻してきた敵が前方の個体に追突して、全体が押し競饅頭のような状態となっているのだ。個体群が犇めき、方向転換も儘ならないらしい。
 「選り取り見取りだぜ、フォックス1!」
 指標するまでも無く、撃てば当たるという状態だ。照準選択はFCSに任せて、両腕で保持した05式突撃機関砲を掃射していく。両側では、同じ様に飛び上がった数機の仲間達が、同じ様に36㎜の弾丸をばら撒いていた。
 残弾数のカウンターが凄い勢いで減っていくが、それに比例するように敵の生体反応も消えていく。敵集団後方に抜けたときには、400体近く存在した突撃デストロイヤー級は50体程度まで数を減らしていた。まあ、残弾も0になっていたが。
 敵集団後方に抜けた各機は、跳躍装置ユニットと荷重移動を巧みに使い、そのまま機体を半回転させて、両足で着地した。そして着地後直ぐに、兵装を取り替える。
 旧型の各戦術機では、兵装選択や給弾を一々指示しなければならなくて、戦う衛士にとって煩わしかったが、第4世代戦術機はそれら殆どの事を、思考制御と連動させてAIが自動で取り行ってくれる。
 例えば、給弾も兵装選択も、思考するだけでオートで行われるし、その他、情報のレベル分け等も、搭乗衛士が行った過去の情報や現在の状況から、ある程度自動で行ってくれる。
 しかも、36㎜弾倉のオートリロードは、新しい給弾方式を採用しているので、片手だけで3秒程度あれば交換可能であり、武器を背面パイロンに装着する時間も短縮されている。機体性能だけではなく、様々な所が寄り良くなるように進化しているのだ。(尚、新しいオートリロード方法や、システム面等で改善できる箇所は、旧世代型にも反映されている)
 勿論、これらの操作は、緊急時等や必要な時はマニュアルでも行える。熟練者の場合、マニュアルを主体にしてやった方が早い場合も多い。
 余裕が無い時は惜しむ事無く放棄を選ぶが、今は大分余裕があり、この先も未だ長いので、念の為に武器は温存しておきたい。だから弾倉を取り替えた後、背面左のパイロンに36㎜弾が切れた05式突撃機関砲を填め戻した。そして、中央の背面パイロンから04式近接戦闘長刀をオート任せで抜き放ちながら、改めてセンサーを見遣る。
 空中で確認した為に着地後直ぐに長刀に持ち替えたのだが、前方の広間ホールから来たのだろう新たなBETA群の反応が存在する。BETA音文照合の識別フィルタによれば、要撃グラップラー級と殲滅ジェノサイダー級の混戦軍が小隊規模と言った所だ。
 「突撃デストロイヤー級の生き残りは始末したわよ」
 確認が終了した所で、千鶴からの通信が入る。
 千鶴、千姫、美琴の3人は、射撃重視の装備の事もあってか、先程の派手な攻撃には参加していなく、無難に回り込んでいた。弾を使っていなかったので、武達が給弾している最中に、突撃デストロイヤー級の生き残りを始末していたのである。
 全員が、前方から来る新たな敵に意識を移す。
 「合流しますか千鶴さん?」
 「私は殲滅しながら後続を待った方が良いと思いますけど……」
 「ボクも賛成だよ。後続を待っていたら、次々敵が増えちゃうと思うよ」
 「――解ったわ、響大尉の案を採用しましょう。どうせA-04も直ぐ来るでしょうから」
 方針を決めたらば、全機は直ぐ様疾走を開始し、5秒にも満たない間に会敵した。
 「この敵群を倒しても、直ぐに後続が来るでしょう。どうします?」
 「伊隅中佐に連絡して、方針を決めたわ。S-44広間ホールでS-11を爆発させ、その爆発を利用して一気に駆け抜けるわよ」
 「ええっ! 大丈夫なんですか千鶴さん!?」
 千鶴の言葉に、千姫がビックリして目を見張った。S-11の爆発力は並ではない事を知っている。幾ら広間ホールの広さがあるといっても、地下建造物の中で爆発させて大丈夫なのかと思ったのだ。だが、そんな千姫にひょうきんを装った声が掛かった。
 「はははっ、大丈夫だよたま、ハイヴの内壁は結構丈夫に出来ているからな。爆発した場所は崩れるけど、その周囲まで一緒に崩れるような構造はしていねえよ」
 地下数百メートルの構造を支えているハイヴの構造は、少しの力が加わった位では崩れない。それは各ハイヴの調査でも証明されていて、今回の作戦プランはその強度データを基に導き出している。
 「そういうことさ。さあ、来たよ」
 「全機、A-04の後方に入れ!」
 ヒュレイカの盛大な声に繋げたかのように、伊隅の声が響き渡った。既にA-04の後ろに追従していた後衛部隊を見習うように、前衛部隊も後方に入っていく。その中で、1機だけA-04の後方横に待機していた機体が居た。
 「ふっふっふっふっ……。こういう派手な事は、私にお任せってね!」
 不適に笑い喜色を露にするのは、速瀬水月その人である。派手な事が中々に好きなこの御人は、与えられた役目を最大限に楽しんでいた。A-04の前進に合わせながら機体を走らせ、搭乗機である霧風が握り下げたS-11を盛大に振りかぶる。
 「行っけええぇ~~~!!」
 力いっぱい放り投げられたS-11は、物凄いスピードで広間ホール中央へ向かって突き進む。速瀬はそれを認める事もせず、直ぐ様自機を、A-04の後ろに滑り込ませた。
 一瞬後、盛大に吹き上がる爆炎と、撒き散らされる破壊の力。S-11の爆発は、広間ホール中央から放射状に、存在したBETA群を殲滅させる。ヴァルキリーズの面々は、全開で展開されたラザフォード場の後ろでその爆発の威力を見遣った。
 「間近で見ると凄いねぇ」
 「ええ、私達の搭乗している戦術機に、このような爆弾が搭載されていると、改めて実感しますわ」
 S-11の威力の程は知ってはいても、こんなにも至近距離でその爆発を見たのは初めてだ。宗像を始め皆は、改めてその威力に感心を抱く。そして、自らの搭乗機にもその爆弾が搭載されているのを思うと、恐怖と安心が同時に押し寄せてきて複雑な思いだった。
 それを破り去るが如く、千鶴の報告の声が上がる。
 「BETA個体群の約8割を撃破!」
 「今の内に突破するぞ!」
 《《了解!》》
 凄乃皇四型はラザフォード場を全開にしたまま突き進み、その後ろにヴァルキリーズの面々が続く。
 爆発で開いた道は、旧約聖書で書かれるモーゼの十戒を思わせた。だが、それと違うのは道が固定されていないこと。凄乃皇四型目掛けて、隅の方に居て損傷が軽かったBETA群が襲い来る。しかしながら、その多くは武達の射撃で沈み、運良く抜けてきた個体も、ラザフォード場の前に阻まれていった。
 そして、凄乃皇四型とヴァルキリーズの面々は、広間ホールを抜け、横坑ドリフトに入っていったのだった。

特殊任務部隊A-01

01……伊隅 みちる中佐(武雷神)
02……速瀬 水月少佐(霧風)
03……宗像 美冴少佐(叢雲)
04……風間 梼子大尉(業炎)
05……涼宮 茜大尉(叢雲)

06……榊千 鶴大尉(叢雲)
07……珠瀬 千姫大尉(業炎)
08……鎧衣 美琴大尉(叢雲)
09……白銀 武中佐(武雷神)
10……ヒュレイカ エルネス少佐(叢雲)
11……御無 可憐少佐(霧風)
12……柏木 晴子少佐(業炎)
13……白銀 響大尉(叢雲)

小隊編成
A小隊……伊隅、宗像、風間
B小隊……速瀬、涼宮、柏木
C小隊……ヒュレイカ、御無、響
D小隊……榊、白銀、珠瀬、鎧衣



[1127] Re[40]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第114話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/17 13:21
2008年9月21日……イラン・セムナーン州(オスターン)/甲02号フェイズ5ハイヴ攻略戦


 凄乃皇四型に施された強化。それは、弐型で得られたデータを基に、その機体をより完璧に仕上げることだった。その中には、勿論武装面や出力面も含まれる。
 まず、ハイヴ突入仕様として、2700mm電磁速射砲レールガン2門が取り外された。この装備は、使用状況のシミュレーションで効果的な運用法が見出せなかったのである。威力と使用効率と弾の大きさが割に合っていない――ハイヴの中は狭く、こんな巨大な弾を使ってもある一定以上の効果は望めない。それに、荷電粒子砲を装備している現状、それで代用可能と判断された。だったら、その部分に他の物を積んだ方が良しとされたのだ。
 まず正式に装備されたのが数機の蓄電装置だ。これは巡航時等の重力制御の際に放出される余剰電力を溜めて置く為のもので、荷電粒子砲の発射や、ラザフォード場の展開時の、ML機関への負担を考えて搭載された。2700㎜電磁速射砲レールガンが存在した部分に搭載されている。
 後は、余剰スペースに可能な限り、随伴戦術機用として特殊仕様に作り上げた兵装格納コンテナを設置、弾薬の搭載、S-11・S-12の搭載を施した。
 山程の武器弾薬を搭載し、そしてラザフォード場を張ってハイヴを行く――正に戦略航空機動要塞の名に相応しい兵器となり、凄乃皇四型はヴァルキリーズと共にハイヴを攻略する。

◇◇◇
地下第43層、深度約1900m地点

 「高低差で言えば残り後50m足らず。なのに周囲は敵ばかりで、前進は出来ず……とはね」
 「流石にそう簡単には通してくれないっ……てね」
 宗像の言葉を受け、眼前に迫ってきた要撃グラップラー級を斬り倒しながら、速瀬が同意する様に愚痴を述べる。
 残り後1層。数百メートル先の縦坑シャフトを降りれば主広間メインホールは直ぐそこだというのに、この広間ホールで足止めを喰らっていた。
 どうやら敵もそれなりに学習したらしく、追い掛けて来るのではなく、先回りして待ち伏せしていたようだ。広間ホール向こうの横坑ドリフトにある分岐路から、敵がどんどん此処へやってきている。第43層S-4広間ホール内に飛び込んで暫く、ヴァルキリーズは未だ其処を突破できないでいた。
 「不味いよ、後方の敵が追いついてきたみたい!」
 「伊隅中佐、通過して来た横坑ドリフトに設置しておいたプローブに感あり、上階層より繋がる縦坑シャフトより敵連隊規模反応を捉えました。――っその後方にも更に多数の音文を確認。このままでは10分もあれば追いつかれてしまいます!」
 美琴と茜の報告に併せ送られてきたデータをみれば、確かに後方よりBETAの大群が押し寄せてきていた。このままでは後10分強あれば確実に此処までやってくるだろう。そうなれば、広間ホール内部で前後から挟まれて絶体絶命のピンチに陥ってしまう。
 伊隅含め、皆はこの状況をどうにかする術を、敵を屠りつつ考えていたが、今の今まで良い案は浮かばなかった。いや――数名は何かの策を考え着いていたようだが、その策の検証に時間が掛かっていたのだ。
 今までは、それなりにスムーズに進軍できていたので、弾薬その他の余裕は未だあった。
 この甲02号ハイヴは内陸に存在した為に、今までの音響による構造探査が完璧には行かなかった。しかし、積み上げてきた経験により、それでも何とか構造予測を完璧に近づけた。その甲斐あってか、現在までの行軍では的中率85%以上を誇っていて、残り15%の差異も、綿密なルートスキャンと構造把握により、間違いは最低限に抑えられていた。数回の回り道等をする事になったが、ほぼ最短距離を進んで来れた為に、未だ弾には余裕があるのだ。
 しかし、どの道敵が飽和状態となれば、弾薬が幾ら在っても、BETAの物量に押し切られてしまうだろう。つまりは愚図愚図している時間は無いのだ。
 この状況を打開する為に、先程から何かを計算していた千鶴が意見を述べる。
 「伊隅中佐、背後の縦坑シャフトを破壊しましょう」
 「やはりその案が妥当か……」
 「計算によれば、理論上は十分可能だよ」
 千鶴の意見に答えを返したのは、作戦を提案された伊隅と、後は柏木の2人だった。3人が3人とも先程から何か考えていたのだが、考え尽く所は皆一緒だったらしい。全員が同じ様な作戦を考えていたようだった。
 「縦坑シャフトを破壊する? 後続を断って、それから前面突破するのか?」
 3人の言葉から作戦内容を推測した武が疑問を上げ聞いてみるが、否定したのはヒュレイカだった。
 「いや、上層の構造は、この広間ホールに続く前と後ろの縦坑シャフトが、横坑ドリフトで一直線で繋がっている。後ろを破壊するだけなら、後ろに回る分の敵全てが前面に集中してしまうだろう」
 「じゃあどうするってんだ?」
 「最後まで話を聞きなさい白銀。縦坑シャフトを破壊すると同時に、前面も塞ぐのよ」
 「荷電粒子砲でね」
 「荷電粒子砲で!?」
 千鶴と柏木のその言葉に、武やその他話を聞いていた面々は驚いて見せるが、この案を考え付いた3人は至極平静だ、どうやら本当に、作戦は可能だと考えているらしい。驚愕を露にする武その他に、噛み砕くよう説明を開始する。
 「このままでは後続と前面から押し寄せる敵に挟まれて終わりだ。それにどちらか片方の道を塞いでも、もう片方に敵が集まり、結局は物量に押される可能性がある。だから、両方の道を一気に潰し、その間に後方の分岐点から別の道を行き、そこから下層を目指す」
 後方より降りてきた縦坑シャフト横坑ドリフトに繋がっているが、その繋がっている地点は二股となっており、片方は武達が降りてきた縦坑シャフト、片方は同階層の別の広間ホールへと繋がっている。伊隅は、前後の敵が迫ってくる道を潰し、その間に別の道を行こうと言っているのだ。――未だ疑問はあったが、取りあえずは最後まで話を聞く姿勢を取り、続きを聞く。
 「それでは具体的な作戦を説明する。まず我々が降りてきた縦坑シャフトに、S-11を2発設置する。設置地点は既に算出してある――この2箇所だ」
 BETAとの戦闘を繰り広げる中、ディスプレイに設置地点が表示される。詳しい理由は解らないが、とりあえず此処だと解れば問題無い。
 「設置作業と同時に荷電粒子砲の発射体制を整え、設置完了後先ずは荷電粒子砲で前面の広間ホール及び横坑ドリフトを破壊。その後に、ラザフォード場を展開させてから縦坑シャフトを破壊する。破壊のタイミングを揃えるのは、先程言った通り、敵の偏りを防ぐ為だ。縦坑シャフト破壊が完了したら、A-04を反転させ後方横坑ドリフトの分岐を行き、その先のS-5広間ホールに進む。其処で、S-11弾頭搭載の硬隔貫通誘導弾頭弾バンカーバスターを地面に撃ち込み、下層横坑ドリフトへと穴を開け、道を繋げる。後はそこから下層へ進み、主広間メインホールへと進軍する。以上が作戦の内容だ」
 図式とアイコンを使った説明が終わり、その考えが皆の頭に浸透するのを待つかのように、一瞬の静寂が横たわった。白銀自身もその意図に乗じるように、今の作戦を反芻する。
 なるほど――もし上手く行くのならば、作戦としては完璧だと思う。まあ、作戦立案と頭の良さに定評のある3人が考え付いたのだから、恐らく大丈夫だろう。後方の横坑ドリフトからも敵は来ているが
今は未だ押さえられない程では無いし、S-5広間ホール方面にも敵が回っていない。S-5広間ホールの真下に横坑ドリフトが通っていて、その横坑ドリフトはほぼ一直線に主広間メインホールへ続く横坑ドリフトに続いているので、降りてから後方を塞いでしまえばほぼ安全に反応炉まで到達可能だろう。
 武含め、皆の顔に理解の色が広がったのを見遣り、伊隅が続きを話し始めた。
 「では役割分担だ。S-11の設置は……」
 「ボクがやります!」
 「ではもう1つは私がやろう」
 立候補したのは美琴とヒュレイカだった。美琴は工作関係全般は得意中の得意であり、ヒュレイカもその戦歴上、多数の工作任務をおこなった経験がある。人選としては恐らく一番だろう。伊隅もその辺を直ぐに納得し、了承した。
 「解った、では設置は2人に頼む。それと設置補助と直接の護衛に、作戦を提案した榊と柏木が就け、2人なら細かい所まで指示できるだろう。残りの護衛は、同小隊の者に任せる。此方の敵は、残った人員が相手をする」
 《《了解》》
 「では作戦開始だ。必ず成功させるぞ、良いな」
 《《了解!》》
 威勢の良い了解の声と共に、それぞれの役目を果たすべく皆が行動に移る。作戦説明で2分程度使ってしまっているので、残りは後8分程度だ。
 護衛任務を帯びた武達は先ず先行し、横坑ドリフト内の敵を殲滅しつつ設置箇所を確保する。
 先ず最初に、凄乃皇四型に設置してある兵装コンテナより、ミサイルコンテナを取り出した。肩に装備しなくても手に持ったまま使えるようにしたもので、制圧式拡散弾頭を搭載した高威力の自律誘導弾を4×2発発射可能にした兵装だ。これは自律誘導弾発射システムをハイヴ内用に改造した兵装で、正にこの様な場面で使用するのを前提に搭載されている。搭載数は多くは無いが、小回りを利かせつつ狙った場所の敵を一気に薙ぎ払えるので使い勝手は中々良い。手場合はに保持する場合は両手が塞がれるが、どうせ直ぐに使い切って捨ててしまうので、そのハンデも無いも同然だ。
 今回も武は、コンテナを取り出して地面に降り立ったその瞬間に、前面の横坑ドリフト目掛けて全ミサイルを撃ち放った。広範囲を薙ぎ払う為に作られた自律誘導弾は、8発全てが次々と横坑ドリフト内部で爆発して行き、破壊の奔流を振りまいていく。そしてその衝撃が収まるのを待たずに、更なる自律誘導弾が飛んで行き、今破壊を振りまいた場所の更に奥目掛けて着弾して行った。武と同様に、数名の者が自律誘導弾を放ったようだ。
 武はその間にも、無用になったミサイルコンテナを放棄する傍ら、凄乃皇四型に命令を出す。本体への命令ではなく、設置された兵装コンテナへの命令だ。兵装コンテナへの命令は本体とは別系統になっており、武達が指示すればオートでやってくれるようになっている。武の指示を受けた凄乃皇四型は、該当箇所のラザフォード場を動かし、指示があった兵装コンテナから05式突撃機関砲と36㎜弾層を、外側へ向かってスライドさせた。武は素早く近寄って、その補給品を掻っ攫うように受け取る。この兵装コンテナに備わったシステムも、兵装を直ぐに受け取り易くする為に焔や玲奈が作り出したものである。一々コンテナ内部を探らなくて良い分、時間を短縮可能だ。
 「こちらヴァルキリー8。準備完了したよ。これより設置に向かうから護衛よろしくね」
 「こちらヴァルキリー10.こちらも準備完了だ、これより当該地点に向かう」
 武が準備完了したのと同じく、設置作業をする2人もS-11を取り出すなどの準備を完了させたらしい。
 「じゃあ突っ込むぜ、エスコートは任せておけ」
 武を先頭に、工作任務とその護衛任務を帯びた全機が、横坑ドリフトに突入する。内部は先のミサイル攻撃で、殆どの敵が吹き飛んで居た為に、容易に当該地点まで辿り着けた。
 「俺と御無少佐で先行して大型を始末するから、響とたまは抜けた敵を片付けてくれ」
 「解りました武さん」「解ったよ武中佐」
 「委員長達は……」
 「解っているわ白銀、安心して暴れてきなさい」
 「そうそう、時間は無いんだから急がないと!」
 2人の軽口に、笑みを返す。後方を任せられる安心感が高ければ、自身も気兼ね無く全力を出せて、有り難い。そういう意味では、やはりこの仲間達は最高だ。
 武は御無少佐を伴ってそのまま縦坑シャフトの上へ消えていった。その後ろに、響と千姫も続いて行く。
 敵を食い止めるのは彼らに任せ、工作を行う者達はそれに専念するよう意識を集中した。
 「千鶴さん、設置はどうする?」
 「そうね……爆裂弾で穴を穿って、そこにスパイクを打ち込みましょう」
 「それだけだと爆発時の初期衝撃で爆弾がずれることがある。装甲の応急補修フォームで固定もしておいた方が良い」
 過去の経験からか、ヒュレイカが意見を述べる。受けた千鶴の方も、その意見を直ぐに採用した。経験者の意見は実証していない理論よりも勝るものだ。
 「解ったわ、それで行きましょう」
 「「了解」」
 方針が決まれば後は作業をするだけだ。2人は早速設置に取り掛かった。千鶴と柏木の2人は、時折細かい指示を与えながらも、周囲を警戒し続ける。時折分岐の向こうや縦坑シャフトから敵が現れたが、それも極少数で問題無く撃ち倒していく。そして2分もしない内に、設置は完了した。普通なら倍程度の時間は掛かるだろうに、2人の工作能力は並外れているらしい。この場合は嬉しい限りだが。
 「白銀、設置完了したわ、全機後退よ!」
 「ヴァルキリー9了解――随分早かったな2人とも?」
 「まあ、これ位はね」
 「年の功っていうやつさ」
 武の言葉に、美琴は照れながら、ヒュレイカは達観したように返事を返した。
 「こちらヴァルキリー13――プローブの設置完了、後退を開始します」
 「よし、行くか」
 暫くして、縦坑シャフトより4機が下りてくる。工作部隊と合流し、戦術機8機は伊隅達の所まで後退を開始した。
 
 一方伊隅達広間ホール入り口に陣取る5人は、押し寄せる敵郡を懸命に押し返していた。凄乃皇四型の武装とラザフォード場を巧みに使い、数の差を埋めて戦っている。
 「ええいっ、突撃デストロイヤー級が邪魔すぎる!」
 溜まりに堪った癇癪を爆発させ、茜は正面から押し寄せる突撃デストロイヤー級を睨みつける。正面からの攻撃が効き難いので、その突撃に陣形を乱され、更に倒した敵の装甲殻が障害物となって積み重なっていくのだ、動きが単調なので強くは無いのだが、この状況での厄介さでは大型種の中でも上位に入るだろう。
 「伊隅中佐、装甲殻もそうですが、敵の流入量も増大しています、一度一気に吹き飛ばしましょう」
 「――そうだな。よし風間、S-12を準備しろ」
 「ヴァルキリー4、了解しました。S-12準備します」
 命令を受けた風間大尉が、凄乃皇四型からS-12を取り出し始める。その間残りの隊員は、前面より少しずつ後退を始めた。やがて風間がS-12を携えて、凄乃皇四型の横に位置取る。
 「よし、投擲と同時に一気にA-04後方まで後退、ラザフォード場を展開する、容易はいいな」
 「「「「了解」」」」
 「4・3・2・1・投擲します!」
 「全機後退!」
 風間の投擲と同時、脚部噴射から始まる、跳躍装置ユニットでの低高度跳躍で一気に後方へと下がる。その頭上をS-12が飛んでいくのと、ラザフォ―ド場が展開されるのは、ほぼ同時であった。
 「各機、対衝撃閃光防御!」
 言われるまでも無く、着地と同時に爆発に備える。瞬間、白熱が世界の色を消した。そして、一瞬遅れて衝撃が周囲に吹き荒れる。S-11程ではないが、それでも至近で爆発したS-12の威力は、中々に大きかった。
 「清掃完了――綺麗さっぱり吹き飛んだわね」
 数瞬前まで眼前一帯を覆うばかりにぶちまけられていた死骸や臓物、装甲殻が、ほぼ綺麗さっぱりと吹き飛んでいる。そして此方に向かって押し寄せて来ていた敵の大部分もが、その爆発に飲まれ消し飛ばされていた。
 「こちらヴァルキリー6――設置完了しました、現在其方に向かっています」
 ……と、そのタイミングを狙ったかのように、千鶴から通信が入る。それを受けた伊隅は、丁度良いとばかりの笑みを見せ、全機へと命令を放った。
 「丁度良いタイミングだ。このままA-04を前進させ荷電粒子砲を発射する。全機はA-04の援護をしつつ発射に備えろ」
 《《了解》》
 言葉とに並行して操作をしたのだろう、凄乃皇四型が、敵が消し飛んで一時的に空白地帯となった前面に進んで行く。ヴァルキリーズの面々は、凄乃皇四型の斜め後ろ部分に付きつつ、新たに流入してくる敵部隊の排除を始めた。広間ホールに飛び込んできた、工作を行って来た部隊の皆も、それに加わる。
 既に電力を溜め、何時でも発射できるように用意を整えていた凄乃皇四型は、前進と合わせて発射体勢を取り、広間ホール中央付近に辿り着く頃には、発射準備を整えていた。
 そして、荷電粒子砲が発射される。
 低出力ながらも、恐ろしい程の破壊力を持つ、荷電粒子の奔流は、空気を飲み込み爆砕を繰り返し、その前面に存在した全ての物や空間を飲み込んでいったのだった。



[1127] Re[41]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第115話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/17 13:26
2008年9月21日……イラン・セムナーン州(オスターン)/甲02号フェイズ5ハイヴ攻略戦


◇◇◇
地下第43層、深度約1900m地点

 堅牢という意味では、かなりの丈夫さを誇るハイヴ内壁が、音を立てて崩れ落ちて行く。低出力ながらも、荷電粒子砲の直撃を受けた横坑ドリフトは、その破壊の奔流に抗える筈も無く、崩れ落ち、周囲から押し寄せる瓦解した内部構造物に埋め立てられていった。勿論の事、広間ホール含め、その場に存在した全てのBETAは消し飛んでしまっている。後には唯、崩れ埋まった残骸の山しか残らない。
 ヴァルキリーズの面々は、声も無くその光景に見入っていた。
 しかしその間にも、行動命令を設定された凄乃皇四型は忠実にその命令を守り、その場での反転――180度の方向転換を完了させていた。流石に周囲の事情まで放り出す程には惚けていなかったのだろう、ヴァルキリーズの面々も、その時点で視線を外し、凄乃皇四型の後方に入り込む。
 次にやる事は既に承知の事。千鶴は、全機がラザフォード場の後ろに入った時点で、仕掛けたS-11の起爆装置を起動させた。
 再度巻き起こる爆音と粉塵。起動した2発のS-11は、その破壊力を期待した通りに振りまいて、縦坑シャフトを完全に崩壊させ封鎖した。千鶴や柏木の計算が完璧だったのだろう、側に存在した横坑ドリフトが、揺らいだ様相は微塵も無かった。この辺は流石である。
 「よし、全機前進。S-5広間ホールまで一気に抜けるぞ」
 《《了解》》
 道を塞いだといっても、ハイヴ内の各経路はどこかで繋がっているので、安心は出来ない。早々に前進して、目標地点を目指すのが得策だ。ヴァルキリーズの面々も、全力で移動を開始し、極短時間でS-5広間ホールまで到達した。そしてそこで、再度S-11を使って広間ホール内の敵を消し飛ばし、地面に向かって硬隔貫通誘導弾頭弾バンカーバスターを数発撃ち込んだ。
 そしてこの時も、3人が計算した通りに、地面に大穴が開き、下層の横坑ドリフトに繋がった。ヴァルキリーズの面々は当初の作戦通りに、その横坑ドリフトを通って、主広間メインホールまでの到達を完遂させたのだった。

◇◇◇
甲02号ハイヴ、主広間メインホール

 反応炉の破壊は直ぐに終わった。今回は凄乃皇四型という兵器が存在したので、主広間メインホールに入ったその瞬間に、最大兵装である荷電粒子砲の全力攻撃で、一気に跡形も無く反応炉を破壊したのだ。出力最大の荷電粒子砲の一撃は、反応炉を消し飛ばし、その向こう側の物質という物質を抉り飛ばしてから収束した。
 「あーーー。凄い衝撃だったわ」
 未だ巻き起こった粉塵が納まらない中で、体勢が崩れ気味だった機体を立て直しながら、速瀬が呆れたようにぼやく。最大出力の荷電粒子砲発射を、安全地帯とはいえ至近距離で体感したのだから、堪ったものではない衝撃を受けたのだろう。他の面々も、同じ様な様相だ。
 その中で、千姫と美琴が嬉しげに喜びの声を上げる。
 「でも、反応炉は破壊できました」
 「作戦成功だね!」
 ハイヴ攻略戦の最大目標である反応炉を破壊したのだから作戦は大成功だ。その喜びは、2人だけのものではない。しかし、未だやる事は残っており、喜ぶのも良いが、気を抜き過ぎてはいけない。
 「そうね。でも、まだ終わりじゃないわよ」
 「遠足は家に帰るまでが遠足だって言うしな」
 「遠足か……随分と壮絶な遠足だったけどな」
 「違い無いですわね……」
 気は抜けないとはいえ、余裕がある為か、今回の戦いを冗談交じりに言ってみせる、武やヒュレイカ、御無――彼等の顔も、幾分かは柔らかくなっていた。成功させる自信があったとはいえ、たった13機でのハイヴ突入は、流石に思うところがあったのだろう、彼等の顔を何時も以上に強張らせていたのだが、その緊張も、作戦目標の破壊で吹き飛んでしまったらしく、何時もの様相を取り戻していた。そしてそれは、彼等だけではなく、全てのメンバーが同様だった。
 「よし、これより撤収を開始する。全機後退しろ、硬隔貫通誘導弾頭弾バンカーバスターで天井に穴を開ける」
 落下物で機体が押し潰されるのを防ぐ為に、全機が更に後退した後、数発の硬隔貫通誘導弾頭弾バンカーバスターが天井に向かって撃ち込まれた。そして、その数発のミサイルによって、主広間メインホール天井が崩落し、上層に繋がる。その場所からは、ベントが丸見えとなっていた。
 地表構造物モニュメントが傾斜している為に空は見えないのだが、その先に光があると知っていれば、それを見る心も弾んだ、もう後は此処から上って行くだけだ。残りの硬隔貫通誘導弾頭弾バンカーバスター地表構造物モニュメント内部に撃ち込んで、地上付近に穴を穿ち、其処から脱出する――そしてヴァルキリーズは、見事1機も欠ける事無く、甲02号ハイヴの反応炉破壊を成し遂げ、脱出を果たしたのだった。

◇◇◇
 地表に出たヴァルキリーズは、撤退していく敵軍目掛けて、凄乃皇四型の荷電粒子砲を片っ端から撃ち放ち続け、更に残った弾薬の殆どをばら撒いてから、基地への帰還を開始した。
 そして、基地に帰還したヴァルキリーズを待ち受けていたのは、皆の歓待の嵐だった。世界で2番目の規模を誇る甲02号ハイヴを、凄乃皇四型と13機の戦術機で攻略し、損害無しで帰還したのだからこの歓迎の程も頷けよう。衛星観測や通信により、反応炉の消失は既に周知の事とはいえ、当事者達を前にしての喜びはまた、その趣の強さが違う。彼等が無事に帰ってきたという現実こそが、完全なる作戦の成功という紛う事なき事実を皆に感じさせたのだ。
 その中で武は、戦術機を降りてから、唯一方を目指していた。上から見た時に、その方向に彼女の姿を認めた為だ。勿論武にも歓待を向けてくる人達が大勢居たが、この基地に居る者はその殆どが武の事情を知っているので道を塞ぐ事はしないし、無理に留める事もしない。だから武は、激しい歓待を受けつつもゆっくりと外に向かって歩き続けることができ、やがて人々の輪の外に抜け出て、彼女と相対した。
 「無事に帰ってきたぜ」
 「ああ、無事でなによりだ」
 飾る事も報告することも無い、言葉少ない挨拶であったが、2人にとってこの一言は、万感の想いを乗せた何よりもの温かさを秘めた言葉であった。
 2人はそれが当然であるように極自然に抱き合って、相手を想う心を一身に伝える様な、優しげな口付けを交わす。互いが持つ性格的に、普段人前ではこんな事はしないのだが、この時は何故かそうすることが自然なように、心が体を動かしていた。
 武の腕の中に、月詠の体が納まる。後一週間と少しで臨月に入る月詠のお腹は、既にはちきれそうな程に膨らみ張っている。この中に、子供が2人も入っているのだから、この大きさも当たり前かと、その存在を自らの体で感じながら想う。しかし逆に、この中に子供が2人も入っていることが、未だに信じ切れそうも無い自分が居る事を考えてもしまい、男というものは難儀だよなぁ……とつくづく思ってもしまうのだ。
 唇を静かに放し、暫くお互いの目を見詰めていると、月詠が静かに語りだした。
 「最近、子供がお腹を良く蹴るのだ」
 「そうなのか?」
 「ああ、以前よりも盛んに蹴ってくる。しかも、示し合わせたように2人共が同じタイミングで元気に蹴ってくるので、痛みも2倍だ」
 「それは……元気な子供だな」
 「ああ、まったく誰に似たのだか……。早く外に出せと催促しているように感じられてな、このままでは武が3人に増えてしまわないかと今から心配だ。せめて、女の子の方はおしとやかに生まれてきて欲しい」
 「ぶふっ」
 「なんだ……何を笑う?」
 生まれてくる子供の性格を、生真面目な顔で真剣に悩む月詠を見ながら、武は思わず噴出してしまう。その反応に対し月詠は、真剣に悩んでいることに対し何を笑うと、憮然とした表情で質問を投げかけるが、武には月詠の言葉が壺に嵌まってしまったようで、可笑しさが拭えないようだった。
 「だって……子供は両親の遺伝を半分ずつ受け継ぐものだろう。性格面で俺の遺伝子が強くなっても、真那の遺伝子が強くなっても、おしとやかな女の子は生まれてこないんじゃ……」
 勿論遺伝に左右される所もあるが、人格形成の大部分は育って行く環境によって成り立つので、必ずしもこの言葉は正解では無い。武本人もその辺の事位は重々承知していて、更に月詠の女性らしい面も知ってはいるのだが――自分達2人の血を引いている子供に、おしとやかさを求めるのは無理があるのではと感じてしまう。絶対に行動派にパラメーターが傾いた子供が生まれて来ると、何故か今から確信してしまえた。そして月詠も、何処かでそれを感じてはいたのか、微妙に目を彷徨わせるようにしてから、取り繕うように言った。
 「それは、まあ……おしとやかとまでは言わないが、普通に生まれてきてくれれば……」
 「そうだよな。何事も普通が一番だよな」
 「ああそうだな……しかしお前が言うと説得力が無い」
 「そうか?」
 「そうだ」
 「「ふふ……ふふふふふふ」」
 嬉しかった。お互いが目を合わせて、こんな風に笑えることが、とても嬉しく幸せだった。
 背後では、基地の人間達の歓声が未だ絶えずに続いている。その嬌声も含め、今のこの温もり、現実――その全てが在ることが、とてもとても幸福で、貴重な事と思えたのだ。
 時は移ろい回っていく、それが幸せな時間でも、過酷な現実でも。
 そう――世界は回り続けているのだ。 
 運命という歯車を回す事で、世界という機械を動かしていく。それは誰にも、止める事は出来ないのだから。



[1127] Re[42]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第116話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/17 13:32
2008年10月20……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 男というものは、意外と何も出来ないものなんだと思い返し、少し自己嫌悪と反省の気持ちに陥った時には、殆ど全てが終わっていた。陣痛から始まり慌てて連絡し、走ってきた焔含め女性人に弾き飛ばされて隅に追いやられ、おろおろと何か出来ないかと言えば邪魔だから大人しくしていなさいと怒鳴られて、何時の間にか着替えさせられてお産の現場に立ち会わされ、その様相に大丈夫かと心配していれば手を握って声を掛けてあげなさいと言われその通りにして――つまりは、あれよあれよと思っている内に全てが終わっていたのである。
 ……で現在、病室の中、目の前に産まれたばかりの子供が2人。産まれたときにも見てはいたのだろうが、正直あの時の事は現実味に乏しいというか、ぶっちゃけ混乱しすぎて良く覚えていなかった。
 今現在、落ち着いた心で、改めて目の前の子供――自分の子供2人を見詰める。
 生まれたばかりの子供は猿の様だと良く聞くが、自分の子供はそんなこと無いよなと思ってしまう。小さくてぷにぷにしていて、とても可愛く、愛しく感じられる。もっとも、それの半分以上は親の欲目や愛情から来るもので、他の男がこの子供を見たら、やはり猿の様だと言ったのかもしれない。
 「大丈夫だったか?」
 「ああ、大変だったがもう心配は無い」
 先程見たこともあって、目の前で上半部を上げた病人用のベットに腰掛けた月詠に心配げに声を掛けてみるが、彼女は笑って言った。やってきた焔に手伝って貰い体を起こした彼女は、玲奈に手渡された子供の1人を抱きながら、優しげな様相を見せている。一枚の絵画のようなその情景は、題名を付けるまでも無く、万人の頭にその単語を浮かび上がらせるだろう。実際武も、彼女の今の様相を見て、そう思ってしまっている。
 因みに武も抱かせて貰ってみたが、少しだけ堪能した後直ぐ様元に戻してしまっている。こういう所で、やはり男は度胸が無いのかと思ってもしまう武だった。まあ武にとっては、生まれたばかりの子供は小さすぎるのだ。
 「それで……どういう名前を付けたんだ?」
 子供の名前は、月詠に任せることにした武。冥夜と彩峰の時も名前を付けていなかったので、彼女達任せの状態であるし、自身も名前を付ける事に拘りは無かったから、月詠に任せたのだ。どうでも良いのではなく、月詠ならばきっと良い名前を付けてくれると確信していた。
 「色々考えたのだがな……。結局、子供達に対して最初に思った事を、そのまま名前として付ける事にした」
 「最初に思った事?」
 「男の子の方は『優(ゆう)』、女の子の方は『愛(あい)』だ」
 「優に愛か……シンプルだけど好い名前だな」
 「今の自分達には戦うしか道は無いが、その自分達が戦い築く礎を基に、今よりも平和となった未来を生きて貰いたいが為に……平和な世界を築いて行って貰いたいが為に。男の子の方は、戦う事だけでは無く、武の中にも優しさを兼ね備えた人物になってくれるように。女の子の方は、愛を育み大切にする人物になってくれるようにと……。優しさと愛――冥夜様や悠陽殿下に向ける感情以外では、元々私には余り必要なかったものだ。だが、私はお前にその2つを与えて貰った。愛と優しさで自身を満たし、他人に寄り添い支え合うことが、想いを交し合うことが、とても素晴らしいものだと教えて貰った。お前がこの感情を私に与えてくれたように様に、私達の子供が、何時か誰かにこんな素晴らしい感情を与えられる様な人物に育って欲しいと……子供を産もうと思った時に、そんな風に考えた。だから、その想いをそのまま子供達の名前としたのだ」
 武の目を見詰めて、そんな事を話す月詠を、武は愛しくて愛しくて――思わず涙を流してしまう程に嬉しかった。月詠がそんなにも自分を愛していてくれているということに。自分が、そんなにも月詠を支えてあげられていたのかということに。助けて貰っていたばかりでは無く、お互いに助け合って生きてきた――武は、今再度、その事実を実感した。そして、これからもそうで在り続けたいと思った。
 「ははは、大げさだな――でも、そんな風に想っていてくれていたのは、正直嬉しい。そうか、優しさと愛か……良い子に育ってくれるといいな」
 「当たり前だ、絶対に良い子に育つだろう。お前は兎も角、私の子供だぞ?」
 「あ……それはひでぇ」
 「「………………ふふふふふ」」
 暫く見詰め合ってから、お互いに笑い出す。何だか暫く前にも同じ様な会話を交わした事を思い出し、思わず笑ってしまった。些細なことだったか、そんな事がとても嬉しかった。
 月詠は腕に抱く我が子の存在を感じて思う。子の子供の為にも、決して自分は諦めはしないと。武と共に、仲間達と共に、地球からBETAを駆逐するその時まで、身命を賭して戦い抜いて見せようと。そしてそれは、武にとっても同様の思いだった。


一方その脇では……

 「こいつら絶対に、私達の存在を無視しているな」
 「といいますか、眼中に無いのではありませんか?」
 「幸せすぎて周りが見えないというやつか」
 「ふふふ……もう少しこのまま2人にさせてあげましょう」
 「だな……外の連中ももう少し待たせておこうか」
 「馬に蹴られたくは無いですからね」
 「本当に……。まあ良かったな真那」
 「ふふ……博士は本当に素直じゃありませんね」
 「私はあいつの悪友だからな」
 「はいはい――(一番の親友だから照れくさいんですよね)」
 「何だその顔は?」
 「いいえ――何でもありませんよ」
 玲奈は、自分の師匠の人柄をよく把握していたので、彼女が親しい人には結構天邪鬼な態度を取るということも知っていた。今だってその顔が緩んでいるのを見て、彼女が月詠大佐の事を、本当に大切に想っているのが解った。 焔が、幸せそうな月詠を見て、自らも幸福に感じるのと同じく、自身もそんな師匠を見て幸せを感じる。――ああ、幸せとはこうやって連鎖していくものなのかと――玲奈は、今時分が感じている幸せが、他の皆さんにも伝わりますようにと……とても幸福な気分で願うのだった。
 因みに、月詠が冥夜と彩峰の事を慮ったので、籍は入れなかったし、式の様なものも行わなかった。月詠の母とも相談して、子供はとりあえず月詠の性で育てられることとなった。



[1127] Re[38]:外伝……ある若者の憂鬱
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/20 15:13
2008年5月……アラスカ某所


◇◇◇
 「ふう……」
 一息吐きながら、今まで訓練を行っていたシミュレーターから出てくる若者。見た目20代前半……まだ10代でも通用しそうな、若々しさが溢れている青年だった。
 肩上辺りで揃える事無く流している髪を手で振り払い、汗で張り付いていた部分に風を送る。顔は未だに少年らしさが残ってはいるが、その瞳は強い意志に溢れ、綺麗に整っていた。だが、恐らく女の人好かれるだろうその甘いマスクには、そこはかとない憂いや哀愁が漂っている。
 彼はその雰囲気のまま歩き続け、やがてシミュレータールームに併設されている部屋に入る。制御室に直結しているこの部屋は、検討や休憩を行う場所で、休憩しながら幾つかのスクリーンを使って戦闘を検討したりできる所だ。検討ならば、操縦を追体験できるのでシミュレーターの中での方が良いのだが、彼は今休憩を欲していた。
 近くのパネルを操作し、ある映像を呼び出す。彼は室内の保管所からドリンクを取り出して、映像を映し出したスクリーンの近くの席に座る。ドリンクに時折口を付けながら、彼は疲れた表情を崩す事無く、その映像を眺めていた。
 「はあ~~」
 やがて、体の底から押し出すような盛大な溜息を吐きながら、上半身ごと首をガクンと前に折り倒す。
 「駄目だ……」
 出てきた言葉はただ一言。一体何が駄目なのかと言うのかは解らないが、本人にとってそれは途轍もない悩みのようで、彼の憂いと哀愁はそれが原因だろう。目の前のスクリーンに映っている映像を見ていたことから、恐らく原因はそれと窺えた。
 青年はそのまま顔をうな垂れ続けていたが、その後ろに忍び寄る影があった。影は、青年の側に忍び寄り、その背中を射程に収めた瞬間に、見事な早業で飛び掛る。正に熟練の技と言って差し支えなかった。
 「ハ~ル~~、な・に・を・落ち込んでいるんだぁ~い?」
 「ぐはっ!」
 青年――飛び掛った青年の言葉で言えば、ハルと言う青年は、体全体で背中に圧し掛かられた衝撃で、体を更に前に倒す。しかし途中で引き戻されたので、倒れるまでは行かなかった。圧し掛かった青年が、自分が背もたれにぶつからないように、ハルの体を途中で引き戻したようだ。その青年は、痛みと混乱に喘ぐハルを尻目に、背中に圧し掛かったまま、ハルが見ていたスクリーンに目を移す。
 「おやハル君、君はまた姉君の戦闘映像を見ていたのかい。う~ん、憧れると同時に、それは目指すべき目標であり、眼前に立ち塞がる超えられない大きな壁――君は色々難儀だねぇ~」
 「大きなお世話だ信也(しんや)! さっさと離れろこのっ! 何時も何時も抱き付いてきて」
 やっと思考が正常に戻ったハルは、忌々しげに信也という青年を振り払おうとするが、彼の態度は何処吹く風だ。飛び掛る仕草の熟練具合といい、きっと何時もこうなのだろう。
 「ノンノン、それは駄目だ親友よ。ハルは凛々しいくせに可愛いという、究極の希少種ハイブリットなんだから、私は君を可愛がらなければならないのだよ。だから離れてやらない」
 「どういう理屈だこのヤロウ! あとハルはやめろと何時も言っているだろう!」
 「あら……信也と同じ意見と言うのは非常に不愉快だけど、その意見にだけは賛成ね。ハル坊の可愛さと格好よさの複合は、日常の泥濘と汚濁に汚染されてしまう私のこの瞳の穢れを、綺麗に洗い流してくれるのだから」
 最後我が侭全開の信也の言葉に、大いに怒るハル。しかし、その後ろから、更なる不条理が襲い掛かった。恐る恐る後ろを振り向くハルと、嫌そうに振り向く信也。其処には、お嬢様が居た。
 お嬢様――それ以外の言葉が見付からない。今時縦ロールは反則だろう……とハルは出会った当初から思っていた、これで彼女が日本人で黒髪ではなく金髪だったら完璧だったとも。実際、信也が呼ぶ彼女のあだ名はお嬢だ。聞いた話では、外交官一族の娘で、どう育て方を間違ったのか、中途半端に西洋風になってしまったとか……。彼女の姿は衛士強化装備なのだが、それが更に彼女という存在の違和感を増強していた。
 「瑞希(みずき)……同じ年なんだから、坊はやめてくれ。後、ハルもやめろ」
 ハルは哀愁の度合いを更に深めながら、疲れたように言う。だが、彼女は何処吹く風な態度を崩さない。
 「ほほほほほ、私はあなたのお姉様に対抗しなくてはならないので、この呼び方は譲れませんわ。このブラコン!」
 「瑞希ちゃん、それじゃハル君が可哀相だよ」
 ブラコンと強調する瑞希は、正に愛憎入り混じりだ。そんな彼女を後ろから注意する小さな影、部隊1番の良心である彼女だったが、彼女の一言も、結果的にハルを苦しめる。
 「美奈……お前まで俺をハルと呼ぶのか――」
 「え・え! あ・ごめんなさいっ!」
 「もういいよ……ハルでいいよ――」
 今まで本名で読んでくれていた、最後の良心にまでハルと呼ばれた彼は、失意のどん底に陥ってしまったのだった。

***
 暫くしてやっと立ち直ったハル。彼の周りには、先程まで彼と一緒にシミュレーターで訓練していた4人が好きな席に座っていた。この4人は、全員が訓練生時代からの同期同チームで、実戦に出るようになった現在も同小隊に所属している。小隊長のハルを筆頭に、全員がかなりの実力者であり、同期の間では飛び抜けた実力を誇っていて、その実力故に、戦術機も強化型不知火が回されていた。
 「しっかし相変わらずだなハルは」
 「何が?」
 「貴方がお姉様を気にしすぎということですわ」
 瑞希に言葉に、ハルは苦虫を噛み潰す。ハルが強くなったのは、姉に憧れ、それに負けないようにと努力した為だ。周囲のチームメイトもそんなハルに引きずられ、現在の強さがある。しかし、姉の存在は、同時にハルの上にプレッシャーとして圧し掛かってもいた。
 「まあ仕方ないよな。厚木ハイヴ攻略戦で、反応炉攻略の本命部隊として参加したのを皮切りに、アフリカでの同盟事件や、シナイ半島防衛線での奮闘の数々」
 「甲17号ハイヴでのアトリエ攻略に、甲09号と甲17号の反応炉破壊」
 「新型兵器開発にも関わっていますからね……。これだけの功績、悔しいですけどわたくしも尊敬してしまいますわ」
 「英雄の御1人ですからね。そんな人がお姉さんなハル君は、周囲の目が気になってしまっても仕方ないですよねー?」
 皆の言葉に、再度憂鬱な気分に陥るハル。そうなのだ……彼の姉は英雄と呼ばれる衛士の1人なのだ。そんな立派すぎる人を姉に持ったハルの気は重たい。
 もちろん、姉の事は大好きだ。衛士としても尊敬しているし、その功績も胸を張って自慢したい位誇らしい。しかしその反面、姉の弟だと言うことで、周囲から掛けられる無意識な期待が煩わしくも感じてしまう。
 最初は姉に憧れ、姉さんの様に成りたいと、唯ひたすらに努力した。だが、次第に結果が出て、人より優秀となってくると、周囲が注目しだす。『あの――の弟なのだから』……明確に口にされたことは無いが、周囲の視線は無言の期待を孕み、ハルにプレッシャーを与えてくる。だから彼は憂鬱なのだ。
 また、それと併せて、自分の実力が到底姉に及ばないということもある。自分は随分強くなった心算なのに――実際同期はおろか、実戦経験豊富な衛士にも匹敵する――勝てないのだ。シミュレーターに内蔵されている姉のデータと比べてみれば、その実力差は歴然としすぎている。
 ハル自身の戦闘スタイルは姉とは違うので、目指すべき目標としているのは、姉とは違う人物なのだが、弟として姉に追いつきたい。しかし、その目標は未だ遠いところにあった。ハルは訓練が終わる度、子供の時の様に、姉に 
優しく微笑まれている幻を見る。その姉が『まだまだだね……』と言っているようで、彼は非常に悔しかった。
 彼がハル坊やハルと呼ばれるのを嫌がるのは、姉にそう呼ばれていたので、呼ばれると姉を思い出し、未だ子供扱いされていると感じてしまうからだ。もっとも、瑞希と信也はそれを知っていて、態と呼んでいるのだが……。
 「あっあっあっ、でも、ハル君だけじゃないですよね・ね」
 再度ず~んと沈んでしまったハルを気にしてか、美奈が新しい話題を振る。ハルを励ます為かは解らないが、他の2人もその話に食いついてきた。
 「そういえば、ハルと同じ境遇の人物がもう1人居たよな。確か俺達よりも上の……」
 「伊隅あきら中尉ですわ。彼女はヴァルキリーズ隊長の伊隅みちる少佐の妹、確かにハル坊と同じ様な立場の人ですわね」
 「彼女も、以前から比べれば凄い腕前になった~って先輩から聞きましたよぉ。きっとハル君と同じで、お姉さん目指して頑張ってるんですね」
 「う~ん。英雄な姉を持つのも大変だなあ」
 信也は万感の想いを籠めて、しみじみと頷くのだった。

 「おっ……いたいたお前ら、探したぜ」
 そんな時突然、部屋の入り口から声が掛かる。全員が振り向いて見ると、其処には作業着風の服を着た、強靭な肉体を持つ20代中盤辺りだろう成年が存在した。かれは豪快気味な笑みを見せて、ハル達を見詰めている。
 「剛田先輩……どうしたんですか?」
 「どうしたって、用があるから探していたに決まってるじゃないか」
 消沈気味のハルの言葉を吹き飛ばすかのように豪快に言う彼は、剛田 城二大尉といって、帝国軍戦術機甲中隊を率いる中隊長である。第4世代戦術機の霧風を駆る彼の腕は、斯衛軍衛士と比べても遜色無い程と言われているが、同時にその性格の奇抜さでも有名であった。しかし、彼は戦闘能力と同様、指揮能力も優れていて、途轍もなく優秀な衛士な事は事実……彼が指揮官としてまともな思考を有している事は、大いなる謎の1つとされていた。
 「用って、何ですか先輩?」
 信也も疑問に思い質問する。因みに彼らが剛田の事を先輩と呼ぶのは、訓練時代から色々係わり合いがあり、剛田の世話になってきたからだ。
 「うむ、実は今度、少佐に昇進することになってな」
 「うわ~、おめでとう御座います」
 剛田の言葉を聞いて、すかさず美奈が謝辞を述べる。剛田は、それを聞いて嬉しそうに返事を返した。
 「おう、ありがとな美奈……とと、それでだな、少佐に昇進するに当たって、率いる部隊が中隊から大隊になるんだわ。で、1中隊は人事部の方の指定なんだが、後3小隊は空いている所から好きに集めて良いって言われたんだ。それで、お前達を誘いに来た」
 「私達を……ですか?」
 「お前ら前の中隊が解散してから再編されてないだろ、腕も良いし気心も知れてるし丁度良いと思ってな」
 「うわ~、それ良いですね。行きましょうよみんな!」
 美奈が喜びはしゃぐ。普通ならば指揮官を自由に決められない彼らにしてみれば、今回の事は渡りに船だ。気心も知れていて、尚且つ優秀な指揮官となれば、否定する要素も無い。
 「そうですね……ではお願いします」
 「うっし、お前らが居れば心強いぜ。なんてったって最強のルーキーと呼ばれていたからな」
 「ははっ……。こちらも剛田先輩なら、ハルの事も気にしませんからね」
 英雄の弟と言われるハルだが、剛田はそんな事は気にしないので気が楽だ。それに彼は、今後も色々な意味で心配は無い。別の意味で鬱陶しい事もあるが……。
 「そうですわね、剛田先輩の憧れの人はヴァルキリーズ所属ですから」
 「でもハルのお姉さんも元ヴァルキリーズ所属なんだよね、しかも……」
 「あっ、馬鹿!」
 美奈達の迂闊な言葉に、ハルは頭を抱える。そしてその言葉を聞いた剛田は案の定、暴走を開始した。
 「そうっ、我が愛しのマイっスイィーットラバァーァァァのっ茜さん! ああっ、なんて空前絶後の可愛らしさを持ちながらもあんなに輝かしくて凛々しいのだろう? あの瞳に、この俺のロンリーハートはドロドロさ」
 彼は恋の事になると、普段から微妙に可笑しい言動が最高に変になる。
 「ハルっっ、お前を部隊に入れるのはその実力あってのことなのだがぁぁぁぁあっ、実はお前に取り入ってからお前のお姉さん経由で茜さんに近付こう何て事も思っちゃったりなんかしてしまったりしなかったりあるいは確信犯なんてことなんだからそういう事で宜しく!」
 「結局俺を利用するってことでしょうが!」
 こうなった剛田先輩に何を言っても無駄な事は解っているのだが、つい言ってしまう。なんかもう色々に、姉の存在がその肩に圧し掛かってきた……そうだ、すべては姉ちゃんの所為なんだ――。
 ハルはそう思った。後に彼の友人の信也は言う……これがハルの反抗期の始まりだったのだと。
 「はっはっはっ……それじゃこれから宜しくなーハル。俺は人事部に報告してくるぜ、ちゃんと登録名簿にハルって登録しておくからなーーーー」
 剛田は脱兎の如く掛けて行く。その後姿を見やって、ハルは叫ぶ……魂の叫びを――

 「俺の名前は、『柏木 晴輝(はるき)』だーーーーー!」

 彼の憂鬱は終わらない。



[1127] Re[43]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第117話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/26 14:04
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 「それで、使い心地はどうだった?」
 回転椅子の向きを変え、此方に向き直りながら博士は聞いてくる。ボールペンをぷらぷらと手で玩びながら質問する彼女の表情は、真剣さが入り混じりながらも、新しい玩具を試した友人にその面白さを聞いてみた――という風な塩梅だ。自分が作り出したもの、作り出すものに対する彼女の姿勢は相変わらずで、それ故に武は、思わず苦笑してしまった。
 「取り回しに苦労しました」
 「それはしょうがない。あのタイプはまだ出来立て同然で手探り状態だ、それを改善する為のデータ取りなんだから、苦労してデータを取ってもらわないとね」
 苦笑しながら正直に報告した言葉に、焔は苦虫を噛み潰したが如く、口を曲げて薄く笑う。しかし直ぐに、まあそれは今後の課題か……と小さく呟きながら、何かを納得するように小さく頷いた。好奇心と、探究心と、失敗を糧に出来る能力。焔という人物が天才と呼ばれる所以は多々あるが、その1つの要因として、彼女が決して慢心せず、妥協しない事が挙げられるだろう。
 武は、長い間彼女と付き合い続け、その在り方や本質を知っている。彼女は自身が言う通り、決して天才の人では無い。その実績は、気の遠くなる程の、努力の積み重ねの上に成り立っているのだ。随分前に博士自身から聞いた、彼女の心の内を思い出す。自分が寝ている時間さえ、新しい技術を作り出す機会を潰しているのではないかと、怯え苦しんでいるというあの時の告白……。あの時に武は悟ったのだ、焔という人物は、その陽気でさっぱりとした、茶目っ気のある本来のものだろう性格の裏で、途轍もない情熱を燃やし続けている。
 彼女の事を発明好きと揶揄するものも存在する。それは確かに間違っていない。発明というのは、彼女自身の趣味であり生きがいだ。しかし、その生きがいに彼女は自身の全てを傾けている。それが、彼女の戦いなのだ。後方で安穏としているなどとは、間違っても言えない。365日頭脳を動かし続け、少しでも良い案を思い付けば、睡眠時間を削ってまで実験に当てる――果てしない実験を繰り返す……。
 武達が焔の開発する物に、絶対の信頼を置いているのは、それだけの信頼を傾けられるこそなのだ。研究者としてだけではなく、現場で使うもの達の視点で作り、そして彼女自身が納得するまで実験を繰り返してから、初めて使用試験に持って行く――衛士としてではない。だが、焔は武達にとって、掛け替えの無い戦友なのだ。
 「やはり、スタンダードタイプよりも発射弾数が少ないのがネックだと思います。プラズマ形成と発射両方に電力を振っているので、当然といえば当然ですが、それを改善しない事には――」
 「合わせて装置の更なる小型化――言うまでも無いですけどね。戦場で武器を扱う衛士としては、威力や磨耗率の事を気にするよりも、使い安さが一番重要ですから。もっとも、スタンダードタイプの方も実戦で使って満足できるかと聞かれたら、まだまだと言う所ですけどね」
 武が少しだけ昔を思い返していたその後ろから、一緒に実験に参加していた2人の意見も聞こえてきた。
 アイビス少佐とスターニア大佐。昨日、自主訓練を一緒に行っていた所、焔に声を掛けられての今日の実験となった。だから人選がこのメンバーなのは、全くの偶然である。
 実験した兵器とは、戦術機装備型の試作電磁加速胞――所謂レールガン。実はレールガンは、研究と実験も兼ねて、幾つかのバリエーションが試作案として上がっていて、今日試射を行なったのは、その内の最後に製作されたタイプである。
 兵器開発には他にも、次世代兵器案として、『ビーム兵器』『小型荷電粒子砲』などが上がっているが、様々な問題から、レールガンの開発が最優先されている。
 レールガン運用には、磁界を発生させるために大量の電力を必要とする為、効率が悪いと今まで実用化は見送られていたが、最近、循環再生エンジンにも使われている、エネルギーを転換することで電力を得る、エネルギー転換システムの小型独立化に成功したので、正式に、実用化に向けての運びとなった。
 エネルギー転換の基礎理論は、既に1999年時には実用化に至っていて、事実、その技術を使って試作電磁投射胞も作られていた。しかし、オルタネイティブ計画のごたごたや、運用面での問題が完全に解消できずに、そのままお蔵入りとなっていた。それを、焔が受け継いだのだ。
 循環再生エンジン内で使われているエネルギー転換は、99年時に使われていた物よりも効率が良く、発生エネルギーも大きい為に、焔は当初からそれを利用しようと考えていた。しかし、作った本人が言うのは何だが、そのシステムは循環再生エンジン内で動く事を前提としており、中々に独立化と小型化が進まず、最近やっとそれに成功し、レールガンに組み込める様になった。大電力を必要とするレールガンが、戦場での実用に叶える弾数を撃てるようになったのだ。
 現在試作されているのは、データ収集の意味合いと、製造工程から試射も含めての問題点の洗い出しである。より多くのデータを取る為に、試作バリエーションとしては3つあり、意味は同じだが、区別する為にそれぞれで名称も分けてある。
 まずはノーマルの『電磁速射砲』
 余計な機能の付加や改造は行なわず、ただ発射システムの効率化と、本体の小型化に努めたスタンダートタイプ。99式より一回りコンパクトになっている。それでも、毎分800発以上の連射が可能で、突撃級の装甲殻をも貫通する威力を持つ。基本的に、サイドグリップや後ろ上方のグリップ等を持ち、両手で保持して運用するが、銃身後方に付いている器具で戦術機の肩部分に固定すれば、制限はあるが片手での運用も可能だ。取り回しが比較的簡単で、使い易い。
 欠点としては、小型化を優先したのでレールの長さがある程度しかなく、一定以上の加速に持って行けないこと。レールの摩擦と弾体との電気抵抗、耐熱温度によっての、レールの劣化が激しい事が上げられる。
 次に、砲台タイプの『電磁加速砲』
 本体がかなり巨大な、保持するより地面に置いて運用するタイプである。理論上、レールガンが打ち出す弾体の最大速度は、相対論的制約で光速度が上限となるが、その制約内ならば発射速度は入力した電流の量に正比例する為、威力を得るならばそれに見合った任意の電流を入力してやれば良い。だから、加速するレールの長さを大きくし、大電流を籠められるようにした。因みにこのタイプは、大電流を必要とする為に基地外での戦術機による運用は度外視されている、データ取りの為の完全な実験試作型である。凄乃皇に搭載されているレールガンは、分類すればこのタイプである。
 最後が、武達が試射していた、『電磁投射砲』
 焔が最終的に実戦配備しようとしているのはこれである。
 レールの摩擦劣化や排熱効率等を考慮して、実体弾ではなくプラズマ弾を投射する方法を採用している。レールガンの構造を、砲弾を押し出すプラズマとは別に、電極そのものへも磁場で閉じ込めたプラズマを活用することで非役的な改善を試み、これにより砲弾も、磁場による誘導電流で瞬時にプラズマ化する物質を開発し採用したのだ。
 ただ、全体の小型化には幾らか成功しているが、未だにその大きさは問題であり、更には消費電力も激しい。今の段階なら、もう少し小型化に成功しても、スタンダードタイプと一長一短であろう。
 この3つの試作バージョンのデータを基に、実戦配備型のレールガンを作り出していくのだ。

 それら報告を受けた焔も、その辺の事は先刻承知なのだろう、落胆もせずに頷いた。
 「やはり小型化が最優先、次に消費電力か。解決方法も色々あるにはあるんだが、それぞれに大きな問題点もあるからな……」
 「でも現状、突撃機関砲と電磁加熱砲があれば十分ではないのですか?」
 「アイビス少佐の言うことは正しいが、それが何時までも続くとは限らない。出来る内に出来る事をやっておいた方が、もしもの時に取れる選択肢が増え、それが生存の道に繋がると私は思っている」
 「そう……そうですね。すいません、軽率でした」
 焔の言葉に、心を戒められたアイビス。最近戦闘が単調すぎて、楽観視してしまっていたのかと、大いに反省した、現状で甘えてしまうなど、愚の骨頂ではないか……と。
 そんなアイビスの様相を見て、焔は思わず以前の同盟上層部との会議を思い出し、舌打ちしてしまう。
 彼女には不気味に思えてならないのだ、BETAが今の今まで、反撃らしい反撃を繰り出してこない事に。彼女の推測では、もう少し以前にBETAの反撃が始まると睨んでいた。そして、それを切っ掛けにしてオリジナルハイヴ攻略に一気に踏み切る……というのが予定だったのだが、BETAの反撃が無いお陰で、政府は戦勝気分での日和見に陥ってしまっている。
 勝っている反面、これは不味い事態だ。今の勝利は綱渡りの上に成り立っているのであり、BETAの脅威は依然として拭い去れていないのに。
 人間の悪癖として上位に上げられるものに『慣れ』がある。特に、何かの出来事をやりきった人間は、後は其処から平行線で進んで行くか、下っていく者が大半だ。平行線を進む者が即ち『慣れ』てしまった者で、彼らは困難などと言う山を上りきった瞬間は、達成感に満たされ喜び満足しているのだが、やがてその状態が当たり前となって文句を言い始める。自分が登る前は其処は最高の場所だった筈なのに、自分がその場所に辿り着き其処に順応してしまうと、もっと良い待遇を求めてしまうのだ。そして其処に留まった大半の人物は、やがてその場所で不平不満を繰り返すだけになり、折角上った山を下って行く羽目になる。これが人間が陥る『堕落』の大半を占めている。
 勿論の事、新たな山を見つけ出し、其処に挑戦を始める者も存在する。彼らは、自己の前に新たな目標を見据え、其処に向かって更に挑戦を繰り返すのだ。
 今の人類政府の大半は、自分達が幾らか山に登った為に、BETAという大敵が同じ目線に落ち込んだように見えてしまっていて山に上る気が無い。それは、堕落という罠に陥る一歩手前の危険な所だ。
 焔は思う、人間というものは、過去に囚われてはならないと、栄光に縋ってはならないと――人は止まり続けたら腐ってしまう、過去に想いを馳せて戻ろうとするなど論外だ。1つをこなしたら、更に次の目標を見つけそれに向かって進んで行く、それこそが人類という生物を、真の意味で…………
 いや……。焔はそこで首を振った。こんな事を今考えてもどうにもならないと、それは結局一人一人の心構えの問題なのだから。――とにかく、意識を目の前に戻す。
 「まあ、改良点の洗い出しはすんだからな。3人共すまなかったな」
 「いえ、実機での訓練も同時に出来たので渡りに船でしたよ」
 「丁度新しい機動を考え付いた所でしたから」
 焔の礼に、武とアイビスは笑って答える。取り回しのテスト時に機動訓練も行えたので、割いた時間と労力は無駄ではなかった。
 「けど機体に、負荷が掛かりすぎたけどね」
 「「う……」」
 「あんな重いもの無茶苦茶に振り回すから。……まあそれは、一緒になってやった私もだけど」
 はははは、とスターニアが笑い、2人も釣られて笑ってしまった。重量がある電磁投射砲を調子に乗って振り回しすぎて、機体の一部に負荷が掛かりすぎてしまったのだ。
 現在彼らの乗機は、部品を交換中である。生体金属で出来た部品は、再生機に入れれば劣化した部分を再生してくれるし、専用部品以外は規格を統一化してあるので、他の機体の部品が流用できて便利だ。普通は1つの機体で3つも同部品があれば、交換には困らない。もっとも、武達の機体は特注部品を使っているので、この基地以外となると予備が少ないが。
 「この基地になら、特注機のパーツも豊富に揃っているから問題ない。現在部品を交換中だ。安全確認の為の試験稼動を併せても、一時間もしない内に出撃可能だよ」
 「そりゃ安心だ、今直ぐ敵が襲ってきても問題無いな」
 「違いない、ははははははは!」
 「2人とも、不謹慎だ……」
 武の冗談に、スターニアが声を上げて笑う。2人の様相に苦笑するアイビスは、それを嗜めようと声を上げ掛けるが、その声を引き裂き上塗るかのように、盛大な警報が鳴り響いた。
 「第3級警戒態勢発令警報……?」
 鳴り響く警報に、4人の体と表情が瞬時に引き締まる。第3級警戒は、基地警戒レベルの最大限への引き上げと、警戒要員以外の全要員の即時戦闘に備えた室内待機だ。これは滅多な事では発令されない、大概は第2級へ直ぐに移行するか、2級から始まるからだ。だから武達も、普段より警戒レベルが低いのに無駄に緊張してしまっていた。
 そんな武達の横、焔のデスク上の電話が突然に鳴った。焔は瞬時にその受話器を取り上げる。
 〈ピピピピピ「はい、こちら焔…………なにっ!? 解った、直ぐに向かう」
 暫く話を聞いていた焔の表情が、突然更に険しくなった。表情が一層の真剣身を増して、纏う雰囲気が荒々しく揺れ動く。彼女は受話器を置くと直ぐに立ち上がり、白衣を翻しながら言った。
 「お前達も来い、第1司令室だ」
 「俺達もですか?」
 「超一級を通り越した不味い事態だ。私が想定していた最悪の事態を、更に上回る最悪さだよ。状況に関しての、衛士達から見た意見も聞きたいので、付いて来てくれ」
 焔の最悪と語る表情と言葉に、3人の態度が更に険を帯び、大人しく頷いて、焔の後に付く。焔が最悪という事態が、彼らには思い付く事が出来なかったのだ。こうなれば一刻も早く情報を得たいと、焔に続く形となって、無言で駆け出した。
 
◇◇◇
第1司令室(地上)

 「状況は!」
 司令室に飛び込むなり、焔は大声で声を上げた。中に居た司令長官のアフマドは、それを咎める事も無く一瞥しただけで、オペレーター席に座ったエルファに頷く。司令長官のアフマドは本来の発音ではアフマドゥと言い、未だ40代ながらアフリカでも有数の能力を持つ司令官で、焔が是非にと引き抜いてきた人物だ。浅黒い肌をしていて、髪に白髪が混じり始めているが、未だ頑強な肉体を持ち、その瞳は強い意志を持っている。
 周囲は喧騒に包まれていて慌しかったが、彼が的確に指示を出していたお陰か、混乱とまでは行って居なかった。そしてそれは、エルファ少佐や涼宮遥少佐の活躍も大きかった。彼女達は今までの功績もありオペレーターとしては異例ながら、少佐に昇進している。つまりはそれ程に、優秀だということで、こんな状況では頼もしい。
 アフマド司令に促されたエルファは、その不思議に透き通るような声を響かせて、状況の報告を開始した。 



[1127] Re[44]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第118話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/21 23:04
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
第1司令室

 「本日1603時、アメリカ南海岸沖を訓練の為に潜行していた、ロサンゼルス級原子力潜水艦アレキサンドリアが、BETAの振動を感知。そのまま震源の調査に移り、後1618時、メキシコ国境沿いにある海岸線から約40㎞地点の海底より、這い出してきたBETA群の第1陣を発見、その直後に、同地点からの数万規模のBETA出現を確認した模様」
 「数万……!」
 焔の後ろで3人が息を飲んだが、エルファは構わずに続けて行く。
 「情報は直ぐ様伝達され、衛星探査も交えた調査によって、1641時の時点で、BETA総数約6万と推定。掻き集められるだけの部隊を沿岸防衛に投入するも、その凄まじい数の勢いによって一部が突破され、1718時にはメキシコ国境沿いの海岸に、敵第1陣の上陸を許す事態となっています。現在は海岸線に絶対防衛線を敷き、総力を上げて応戦中とのこと。現1724時点でのBETA総数は、撃破した分を差し引いて、推定約9万以上が観測されています。尚、敵軍総数は現在も増大中」
 「きゅ……9万!?」
 苦い顔をして聞く焔の後ろで、またもや3人が驚愕に息を飲んだ。BETAの編成で9万といえば2個軍団規模だ、ハイヴ防衛の際ならともかく、攻勢時においてBETA群が、何らかの目的を持った軍団を1度にそんな数動かした例は、BETA大戦史上1度も無い。しかもまだ増えているという。
 「西海岸に9万以上――ということは、甲26号の個体群か。しかし上陸場所がメキシコ国境沿いだと? 陸続きのアラスカ地域があるのに、態々海底を掘ってきたのか……いや、合衆国本土を直接狙ったのか? しかし、概算5000㎞以上の距離を補給無しで移動してエネルギーが足りる筈は……自滅覚悟の特攻か?」
 焔は与えられた情報を処理する為に自己思案に入った。情報端末の1つを借り受け、エルファから回される処理された情報を頭に叩き込みながら、現状を把握して行く。そして暫く何かを考えていたようだったが、その思考は早々に中断されてしまった。
 「最外縁部の警戒網に感あり! 当基地へ進攻中のBETA群を補足」
 「衛星探査中――情報来ました……感知敵軍総数、約3万!」
 「くっ、防衛基準態勢1デフコン1を発令しろ!」
 オペレーター達が得られた情報を処理し上げた声を知覚したアフマド司令は、直ちに命令を発した。3万という数も、また普段以上に多い。そして司令は、この状況に際してBETAの攻勢が、絶対にそれではすまない事も感じていた。勿論、側で聞いていた武達3人も。第1級警戒態勢デフコン1が発令されたのだが、3人の機体は後数十分は100%まではいかないので、焔の許可の下此処に残っている。勿論同部隊員には連絡したし、何かあれば直ぐに駆け出して行ける。
 「この状況で3万か……悪い予感がひしひしとするね」
 「同感ですよスターニア大佐。絶対に倍はいますね、きっと」
 「6万なら、この基地と艦砲射撃でなんとかなるか……」
 BETAの攻勢に予測を立てる3人。武が言うように6万ならば、幾らかの損害を覚悟しなければならないが、この基地の全部隊と、スエズ湾に展開する筈のヴァルキューレ艦隊で何とかなる数だ。そして要請すれば、他の基地からも応援が駆けつけてくれる――だから大丈夫と思いたかったのだが……。
 武が感じている悪い予感を肯定するように、焔が無常な予測を口にした。
 「いや、恐らく状況から見て、BETAの一斉攻勢の可能性が高い、この基地へ来るBETAの数も、9万以上を覚悟した方が良いだろう。他の基地からの援軍も来れる余裕があるかどうか――シナイ半島に存在する基地は、ほぼ確実に襲われるだろうし、最悪の場合アフリカや他の国の本土も恐らく……」
 一斉攻撃ならば、アメリカだけでなく、アフリカやイギリス等も無差別に襲われるかもしれない、そうなれば、此方に援軍を回す余裕は無くなってしまう。
 「けど、この基地には凄乃皇があるから……「第2及び第3、第4防衛基地警戒網が、それぞれの当該基地に向かう2万規模のBETA進攻を確認!」
 「距離がありますが、何れは……」
 そして更に入る状況報告。涼宮少佐の示したデータによって、悪い予感が現実となった事を皆は知る。これでは他の防衛基地の戦力を回せない。
 「くそっ――航空支援部隊の装備を、対地兵装に換装しろ、ナパームと制圧拡散弾頭の搭載も許可する。地上機甲戦力全機を基地最後方に下げ、弾薬物資も後方に移送、急げよ!」
 「敵、最外縁の第1次地雷原に接近中――距離2000!」
 装備の指示を出すアフマド司令の声に続いて響き渡ったエルファの声に、場が更なる緊張を孕んだ。基地の遥か前方には、BETA進攻率が多い所を狙って、扇状の弧を描くように埋設された、大規模な地雷原地帯が5層に渡って存在する。その最外縁の地雷原の1つに向かって、眼前のボードスクリーン上に表示されている敵を示すアイコン群が、真っ直ぐに突き進んで行くのが見て取れた。
 「これでどの位数を減らしてくれるか?」
 「過去の経験からいけば、5層で1万程度はいくと思うけど……」
 スターニアとアイビスが期待するように呟くが、反して表情には脂汗が浮いている。そしてそれは武も同様だった。培ってきた経験という警報装置が、心の中で最大限に鳴り響いている。明確な根拠など無いに等しいが、今回の攻撃は何か『やばい』のだ。
 「敵先頭集団、距離1000……900……80……!!」
 普段冷静なエルファも、漂う重圧を感じ取っているのか、声に揺らぎが見え隠れしていた。しかしそれを捻じ伏せて冷静にカウントを取り始めていたのだが、途中大きく表情を乱してしまう。常に無い徒ならぬ様相に、アフマド司令が声を張り上げた。
 「どうした!?」
 「て……敵先頭集団、減速!!」
 「な……なに!?」
 「突撃デストロイヤー級が……減速して行き……距離600付近で完全停止!!」
 張り上げた報告の声は、悲鳴といっても差し支えない程だった。そしてそれを聞いた基地司令を筆頭とした周囲の反応も。しかしエルファはさすがというか、其処から気持ちを立て直し、動揺する心を無理やり押さえ込みながら報告を続ける。
 「後続の混合キメラ級も停止……更にその後続も減速を――」
 「一体どういうことだ!?」
 「待ってくださいこれは! ――っ後続より小型種が先行して来ます、小型種に減速の兆候は認められず!」
 「ば……馬鹿な!」
 基地司令の動揺に答えたのは、涼宮少佐の報告だった。しかしそれも、更なる混乱を巻き起こす。今回進攻してくるBETAの行動は、明らかに何時もとは違う。
 そんな混乱の中、逸早く立ち直り、この事態を理解したのはやはり焔だった。彼女にはこの事態がどういうことか、凡そ見当は付いた――いや、付いていた……と言った方が良いか。
 「アリーシャ大将に通達――スエズ湾に展開中のヴァルキューレ艦隊全艦の砲撃を開始せよと、今の内に出来るだけ数を減らす」
 「しかし、レーザー級が……」
 「それは多分大丈夫だ、AL砲弾以外を使って数を減らせと伝えろ!」
 オペレーターの反論にも、何かの根拠があるのか強引に押し切った。焔はエスペランサ計画の要の人物で、その知識も考慮され、ほぼ全ての権限を有している。戦術に関しては及ばない為に、基地の防衛は基地司令に任せてはいるが、戦略級の行動――このシナイ半島防衛線一帯での権限は、全て彼女にあった。
 そして、オペレーターが命令を報告する傍ら、涼宮少佐が事態を見やって直通のラインを引いてそれを繋げる。
 「何か凄い事になってるじゃないか。現在砲撃準備続行中だよ、後10分で開始できる」
 「アリーシャ、緊急事態だから用件だけ伝える。シナイ半島防衛線に所属する全艦と全海兵戦力をお前の貴下に配置する、お前は海兵戦力を使って艦隊と補給部隊を防衛しながら、第1防衛基地の支援砲撃に務めろ」
 「本気か……第2から第4防衛基地は?」
 「支援砲撃は全て此処に回す」
 「なっ……焔博士!」
 無常にも言い放った焔に、驚愕したのは通信越しに対峙していたアリーシャではなく、アイビスやオペレーター達だった。他の基地にも敵が迫っているのに、援護を回さないと言ったのだ。基地に存在する者の命の価値を貶めるような、容赦無い発言に、驚愕や憤りを覚えるのは当然かもしれない。
 しかし焔は考えを変えなかった。彼女には既に、犠牲をも厭わない一貫した信念が存在したのだ。
 「敵の本命は間違い無く此処――そして凄乃皇だ、それをやらせる訳には行かない。恐らく今回の攻撃は、総力戦を飛び越して死力戦になるぞ」
 「あの――A-04は使えないんですか?」
 アイビスが先程から思っていた疑問をおずおずと進言する。基地指令も焔も武も、何も言わなかったのでこちらも言わなかったのだが、凄乃皇四型の力があれば敵軍を薙ぎ払えるのではないかと……しかし、事情を知る数名――焔や武、そしてエルファなどは苦虫を噛み潰したような表情を崩さない。
 「無理だ、凄乃皇四型は使えない」
 「え!?」
 焔が言った言葉に、アイビス他の事情を知らない者達の思考は一瞬止まってしまった。博士は一体何を言っているのだろうかと……。
 「現在分解整備中だ、全力で組み立てても、最低限発進可能になるまでに4時間以上は掛かる」
 「分……解……整備?」
 「1月に1度、ML機関の試験稼動と実験後に行われるたった数時間の完全分解整備……その時間を狙ったかのようにこの基地が襲われたのは、果たして偶然なのかどうか?」
 いや、偶然だとしたら出来すぎている。弐型の方は現在、甲13号ハイヴ跡に建設されている新しい基地の防衛に回されているので此処には無い……それは此方の都合だから未だ良い。しかし、たった数時間というデッドゾーンにピンポイントでBETAが狙いを定めてくるとは――
 「地雷原の位置は戦闘で収集可能だから解るが、基地内でも限られた人物しか知らない此方の情報を、どうやってBETAが知ったのか……」
 「そんな……」
 「この基地には凄乃皇本体だけでは無く、その関連施設や部品も幾らか存在する。この状況でそれらを守る為には、支援砲撃の集中は必須だ……見てみろ」
 焔がスクリーンに顔を振るのと同時、こんな時でも硬質さと不思議な響を失わない、エルファの通る声が上がった。
 「小型種、地雷原に突入!」
 所々に建てられている監視塔からの拡大映像が映し出されていたのだが、その映像の中では、愚直に地雷原に突入して爆散して行く小型種の姿が窺えた。しかし、BETAが吹き飛ぶ映像に反して皆の気分は最悪だった。映った小型種の中には、戦車タンク級が欠片も見えない、ということは――。
 「戦闘能力の低い兵士ソルジャー級と闘士ウォーリアー級を、地雷の掃討に使ったのか……?」
 現実を直視して尚、それを否定したい事もある、たとえそれが一級の衛士でもだ。震える声でスターニアが焔に聞くが、焔は肯定の返事しか返さない。
 「これで間違いないだろう、今回のBETAは恐らく、以前の個体群とは別物の強さを誇っているぞ」
 そうだ、武達は焔が作ったプログラムでそれを体感している。BETA自体の能力は底上げされないが、数を揃えて連携されると、厄介極まりないのだ。
 「それが、9万体以上……」
 焔が憂いていた事態が、最悪の形で姿を表したのだ。
 「まさか、BETAが力を溜めての一斉攻撃を放ってくるとは、しかも此方の最大の隙を狙ってな――楽観視はしていなかったのだがな、既存概念に囚われすぎたか、それともBETAの能力が此方の想定以上に優秀だったのか」
 「博士! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
 「敵大型種群、進攻再会!」
 「全艦砲撃開始! 撃ち捲れぇぇ!!」
 事態は次々に進行して行く。アリーシャは既に地雷原がほぼ無用なものと判断し、砲撃を開始し始めた。そして敵は、目の前に出来た安全な道を突き進み始める。この分では残りの地雷原も同じ様に通過されるだろう。
 最早引く事は能わず、唯死力を尽くして戦うしか道は無い。
 「司令……防衛基準態勢SデフコンSの発令を」
 「やはりそれが得策か……」
 焔も司令も同じ事を考えていたようで、意見は直ぐに統一され、特級警戒態勢デフコンSが直ぐ様に発令された。
 『防衛基準態勢SデフコンS』――この基地は、焔が設計に関わった基地であり、つまり計画の一部として、このような事態になった時の事も想定して作られている。
 基地の内部には、内部戦闘になった時の事を想定し戦術機が通過可能な箇所が多く作られていて、隔壁の数も異常に多い。更に基地の至る所に各種兵装が備わっていて、中にはS-12が存在していたりもする。(勿論保管は万全で、数ヶ月単位で点検をしている) 特殊兵装用の電源も至る所に存在し、天井付近に撤退・移動用に作った通路まで存在する念の入れようだ。
 防衛基準態勢SデフコンSとは、これら基地の総力を使い敵を撃退するということだ。つまりは基地を壊すこと――敵に侵入される事を前提にしているので、発令されること事態がやばい状況だと言っているようなものとなる。
 基地の一般要員は、敵の進行速度とこの基地の一般要員の数を考えれば、避難する事は時間的に不可能なので、最下防衛施設の第8層に非難となり、司令部も第8層に存在する第2司令室に移る。この第8層には、核融合炉とそれ関係の施設が存在し、第7層と併せて研究施設も存在する。しかし有事は一級の防衛施設となり、8層に至る道も4箇所しかないので、防衛がし易い。非戦闘要員を地下防衛施設に集結させ、基地全ての武装使用許可と破壊許可を出す――これが防衛基準態勢SデフコンSなのだ。
 通達を受けた基地の中が慌しく動き始める。司令や焔達は、BETAの動向に中止しながら、基地の迎撃体勢が整うのを見守った。
 そんな中、焔を名指しの直通通信が入る。それが良く見知った人からだった為に、エルファは直ぐに通信を焔に回した。
 その姿を見て、焔も武も一瞬驚愕に顔を染めた。映像に映ったのは、衛士強化装備に身を包んだ月詠の姿だった。
 「なんだ、見ないと思ったら、武も其処に居たのか」
 「な――真那、何で衛士強化装備を!?」
 画面に映る月詠に、迫る様に顔を近づけた武を鬱陶しそうに一瞥し、月詠はなんでもないことの様に言った。
 「今回の戦い、私も出撃する」
 「大丈夫なのか、出産からまだ2ヶ月も経っていないぞ」 
 「お前のお陰で、筋肉の退行は最低限ですんでいたのでな。それにこの2ヶ月程で、落ちた勘も取り戻している。実戦で試してはいないが、実機訓練でもシミュレーターでも問題は出なかったので大丈夫だろう。それに……戦力を遊ばせておく余裕など無い筈だ」
 存在する事は知っていたが発令される事はなかった防衛基準態勢SデフコンSが発令されたので、状況説明を詳しく受けなくても、現状が悪いのは既に周知の事だ、そして尚且つ、月詠は分解整備の事も知っているので、事態をより重く見て態々出てきたのだろう。
 「自分達の基地は自分達で守る――それに此処には、私の母も居るし、愛しい子供達だっているのだから」
 そう言って微笑んだ月詠の表情は慈愛に塗れながらも揺ぎ無く、強い意志と決意の力を秘めていたのが、その場の誰にも感じられた。これが、子供を愛する母親の顔かと、誰もが納得してしまう。武も焔も、理屈や理由以前の問題で、月詠のこの表情を見て全てに納得してしまった。
 「解った解った……じゃあ第28遊撃部隊は、現時点を持って部隊として復帰だ」
 「配置はどうする?」
 「お前達の部隊名の通り、戦術レベルでの行動はお前達の判断に一任する、遊撃部隊として好きに暴れてくれ。但し、今日行わせた私の実験の所為で、白銀の機体が未だ整備中だ。だから、白銀の参戦は遅れる事となる」
 「武が……解った、では次の命令を待つ」 
 一瞬驚いたような表情をしたが、直ぐに納得したのか軽く頷いた。そんな月詠に、武は努めて明るい表情を掛け、気楽な感じで言った。
 「頼むぜ、準備が整ったら直ぐに参戦するから」
 「ああ、待っているぞ」
 こんな時でも『らしさ』を失わない、何時も自分を支えてくれる武の態度に、月詠は最後にそう微笑みを返してから通信を切ったのだった。
 その後、全部署の配置と非難が終了した後に、指令部も地下に移る事となる。そして武達3人は、機体が直ったらすぐに出撃可能な様にと、自らの乗機の元に向かうのだった。



[1127] Re[45]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第119話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/21 22:57
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
専用格納庫
 
 「それでは、現状を説明する」
 戦術機のコクピット内部に、通信越しに伝わる伊隅の声が響く。あれから数十分、武は未だ整備途中の戦術機に搭乗して、時を待っていた。
 焔の行う様々な実験にも対応できる専用格納庫には、焔直属となっているヴァルキリーズとフェンリル、ガルム部隊の戦術機が揃い、全員がその中で待機済みだ。現在はブリーフィングを行っていて、取りあえずは同じ行動を取る予定なので――フェンリル隊が部隊として復帰したのはつい先程なので――武達も纏めて伊隅の説明を聞いていた。
 因みに、今日焔に頼まれて実験を行ったスターニアのカリバーン・ブレトワルダとアイビスの叢雲も、この格納庫で武の機体と同様、急ピッチで作業が進められている。彼らも戦術機の中で、自分の部隊とブリーフィングを行っているだろう。
 「………………」
 既に粗方の説明は受けていた全員は無言だった。状況は余談を許さなく、流石の彼女達も軽口を叩く気概が沸いてこない。
 「東より進攻してきた敵軍は、1736時に最外縁部の地雷原に接触するも、これを巧妙な手口を使い、最低限の損害で無力化したことは周知の通りだ。事態を重く見た焔博士の指示によって、シナイ半島所属の全戦艦の火力を集中し、この敵への間接飽和攻撃を開始。それにより、敵軍が第3次地雷原に接触した所で8割以上を殲滅できたのだが……」
 戦域図の中、殲滅した敵軍の後ろに更なる敵マーカーが表示される。
 「後続より更に3万規模のBETA軍が現れた。現在全艦隊は、この敵軍に向けて全力砲撃中だ。しかし、既に第5――最終の地雷原前方にまで到達されている。敵軍の規模は1万程にまで減っているが、後続より更に2万程度の軍団が確認されているので、此処も直に突破されるだろう。そうなれば、基地は目と鼻の先だ」
 「参ったね、既に8万体か」
 「そうだ宗像、既に8万だ。現在の残り個体数は約3万――恐らく1万は防衛線にまで到達するだろう。もっとも、敵の全軍がそれだけとは到底思えないがな」
 つまりは、更に敵軍は増えるということだ。
 「基地の警戒態勢は既に万全な状態だ。地上機甲戦力4個師団と航空戦力2個連隊は、対地用装備で基地後方にて待機中。地上機甲戦力は全機支援部隊として砲撃陣地を構築完了済みだ。基地の防衛設備の方も問題は出ていない」
 長年この基地に居るので、基地随所の情報は既に叩き込んである。広い基地だが、戦術機からの情報も衛士をカバーしてくれるだろう。
 「この基地に存在している戦術機甲部隊の総数は、我々ヴァルキリーズと遊撃2部隊を抜かし、29個大隊1064機、予備機も含めれば1300機に達する。しかも、その半数以上が第4世代戦術機という世界最強の軍団だ」
 「改めて聞くと多いですね……」
 千姫がほ~っと呟く。そんな彼女を見て、ヒュレイカや御無が感慨深く頷いた。
 「最初は私達を含めて200機程しか居なかったんだけどね」
 「日を追い年月が過ぎる毎に、こんなにも巨大な基地に成長していたのです」
 最初の基地は、基地とも言えないようなものから始まり、そこから段々と発展していった。現在では、各国の戦術機部隊が集まる、世界でも最高峰の規模を誇る基地となっているのだ。
 「この数は我々にとっては強みだ。しかしこの戦力を持ってしても、焔博士が言う通り、今回の戦いは恐らく厳しいものとなるだろう。……皆、死力を尽くして戦い抜け――だが、死ぬなよ」
 《《了解!》》
 そうだ、こんな所で死ぬ心算は無い。絶対に守り抜いて、生き抜いてみせると皆は心の中で誓った。
 「基地前方には既に防衛部隊が展開中だ。戦艦隊による面制圧を抜けてきた敵を、第5地雷原後方で迎え撃つ。第1防衛線を構築しているのは、ソビエト陸軍3個大隊。その直ぐ後方で、国連軍3個大隊が第2防衛線を構築している。この2つの防衛戦線は、第1・第2と分かれてはいるが同じ役割を果たすので、実質同防衛線だと考えて良い」
 マーカーが示される。第5地雷原と基地までの間はそんなに離れてはいないが、そこに6個大隊216機もの戦術機が配置されている。
 「基地の外縁には、前方を取り囲むようにAU軍4個大隊を第3防衛線として、EU軍3個大隊を第4防衛線として配置する。尚、第3防衛線のAU軍は、状況によっては前方の第1・第2防衛線を手助けすることとなる」
 基地の直ぐ前方を取り囲むように、7個大隊252機を示すマーカーが並ぶ、EU軍が配置されている所は、既に基地の敷地内となっていた。第1から第4までを併せて468機、半数近くの戦術機を使って、正面からの敵を受け止めようという配置だ。基地の前面は要塞化もされているので、もちろん其処に存在する兵器群も活用する。
 「ヘイムダル連隊を含むマレーシア連合軍、全144機は、基地北側の演習場及び実験場に展開し警戒待機。同じく帝国軍ベーオウルフ、ファフニールの2大隊と王立国教騎士団2個大隊は、基地南側の第1から第4滑走路に展開して警戒待機。極東国連軍2個大隊は、基地後方に展開している地上機甲戦力の護衛とする」
 この第1防衛基地は、最初期に構築された東側を基点に、西側に向かって増築を繰り返されていて、東側を前方、西側を後方として楕円に近い長方形型の敷地となっている。基地東側には防衛設備が集中し、各種施設や地下施設群も此方に集中しており、基地の中枢は真ん中よりやや東側に集中していると言って良いだろう。逆に基地後方には、兵舎など重要度が低い施設や、地上機甲部隊の格納庫などが存在している。
 「残りの精鋭部隊は状況に応じて各所に投入される。帝国斯衛軍2個大隊、女王近衛隊第3・第4大隊、アメリカ派遣傭兵部隊ブラッディ、スカーレット大隊、そして我々ヴァルキリーズと、遊撃特殊部隊フェンリル、ガルム、これらの部隊は隊長権限での遊撃行動が許されている、戦線の弱い箇所や重要防衛拠点の死守――仕事は山ほどあるぞ」
 「上等、やってやろうじゃないの!」
 「大規模な混戦になるのは確実だ、戦闘中は部隊行動より小隊単位での行動を重視しろ。場合によっては小隊単位も崩れる可能性があるが、最低でも2機連携エレメントは崩すなよ、乱戦の中で背中を晒すのは自殺行為に近いからな」
 《《了解》》
 数万規模のBETA群と数百単位の戦術機が入り乱れて戦うことになる。しかもそこに、砲弾やミサイルでの援護も加わるのだ、幾ら友軍の攻撃でも色々気を付けなければならない。
 「我々が守るのは、1に凄乃皇四型とそれに付随する施設、2に核融合炉と基地要員、3に基地施設だ。しかし今回の場合、基地施設の損傷の度合いは無視して構わない、そんな事を考慮している暇など、恐らく無いだろうからな。凄乃皇四型は、地下第7層の専用格納庫で現在急ピッチで組み立てを継続中――技術者達はぎりぎりまで作業を続けると言っているが、恐らく間に合わないだろう。この第7層専用格納庫が、最終防衛ラインだ」
 凄乃皇四型は、玲奈主任を筆頭とした技術者達が避難せずに作業を続行しているが、組み上げるだけで精一杯だろう。戦闘行動どころか、移動するのも多分不可能だ。
 「一般要員が非難している第8層地下研究施設群は、非常時に緊急のシェルターとなり、防衛設備として使える様になっている。これは同階層にある核融合炉施設も同様で、両者を同時に守ることが可能な作りだ。よって、核融合炉と基地要員の防衛態勢は共通のものとなる。
 また第8層は、地上から続くメインシャフトに直結していなく、その入り口は4箇所しか存在しない。これは守り易く作った為ではあるが、逆を言えば此処を突破されれば終わりということだ。特に、メインシャフトから続く通路の先にある、東側の大ゲートに注意を払え」
 第8層研究施設は、シェルターとしての役目も持たせてある為に、その構造上メインシャフトに直結していない。しかも4箇所の入り口の内、2箇所に続く通路は、人間クラスの大きさしか通れなくなっており、小型種BETAでは隔壁を破る事は不可能だ。だからレーザー級が入り込まない限り、2箇所を守るだけで事足りる。
 「次に装備関連の説明をする――とは言っても、基地内の兵装格納箇所と補給コンテナの設置場所は知っていて当然だがな。その他の随所には、現在工兵隊が補給コンテナを設置中だ、戦闘中にも多目的運搬弾頭で戦場にばら撒くから、上手く活用しろ。勿論、落ちている装備も有効に使え、使えない装備は戦術機の方で弾くので、安心して拾って使える。それと――基地破壊の許可と全兵機使用許可も下りている」
 「全兵器……ということは」
 確かめるように聞き返した千鶴の言葉に、伊隅は力強く頷いた。
 「そうだ、S-11、S-12の使用許可も下りている、もしもの時は躊躇無く活用しろ――任務概要は以上だ、何か質問は?」
 「伊隅大佐、私から宜しいですか」
 「構いません月詠大佐、お願いします」
 質問が無いか皆の顔を見回す伊隅に対し、月詠が声を掛ける。伊隅は勿論快諾して、発言の場を譲った。月詠は、皆の顔を一巡しながら一泊を数え、静かに発言する。
 「この基地は横浜基地を参考にして造られているのは周知の通りだ。それは何も構造を真似ただけではなく、その構成素材も同様のものを使っている。つまりは、この基地は人造の擬似ハイヴと言って良い」
 その言葉に何人かの表情が変わる、どうやらヴァルキリーズやガルム隊のメンバーの何人かは、この事実を知らなかったらしい。
 「しかもこの基地は、東京地下基地の構造も取り入れている。つまりは基地周辺地下からの直接の攻撃は無い、注意するのはカバーできていない表層部だけとなる」
 「ということは、敵が狙ってくるのはゲートって訳ですか……」
 「まず第一に、ゲートを死守する事を考える……」
 「そういうことだな嶋、七瀬。特に重要なのは、東側のメインゲート、北側のA・Bゲート、南側の第1から第4滑走路へ続くCからFゲート、そして西側のG・Hゲートだ」
 「こうして聞くと多いな……」
 武は基地の全体図を見ながらそう思った。基地が大きい為にゲートも多い、普段なら気にならない――逆に少なくて不便に思った時さえあったのだが、こういう事態になって守る場合になると、多く感じてしまう。
 「よし、通達は以上だ。丁度敵がやってきたぞ」
 伊隅の言葉に、視線が戦域図に向かう、そこに表示されたデータ上では今正に、敵の大群が第5地雷原を突破し、基地へと進攻を開始した所であった。

◇◇◇
第1防衛線
 
 「ちっ……嫌な感じだね」
 部隊展開を終え敵を待ち構えながらも、マイヤ・フィリポヴナ・バラシコーワ――マイヤ中佐は、嫌な空気を感じ取ってイライラとしていた。
 グレーに近い銀色の髪を短く刈っている彼女は、その頑強な体格もあって、非常に強気な性格をしている。ただ、顔は美人で、剛毅だが温かみもあるので、男っぽいとは言われていない。
 アラスカ戦線で戦っていた彼女は、政府の指名によって突然に転属となり、派遣部隊としてこの防衛基地の所属となった。気性の激しい彼女は当初、どうして優秀な自分が左遷されたんだ! と喚き散らして始末に終えなかったのだが、此方の基地に配属となり第4世代戦術機の叢雲を乗機として与えられると、180度意見を翻した。それに、アラスカの基地に比べれば、此方の基地の方が設備も待遇も格段に良いので、逆に帰りたくなくなったくらいだ。
 「隊長、迎撃準備完了しました」
 「そうかい。まっ、此処は私も気に入ってるんだ、一丁気合入れるかね」
 「飯は美味いし、施設も自由に使えますし、皆も良いやつらばかりですからね」
 今まで居た基地は、悪くは無いのだが良くも無く、標準的な場所であった。しかし、此方は先ず飯が美味い、そして、核融合炉等がある関係で、施設に関してもあまり制限が無い、この2つだけでも待遇は雲泥だ。それに、皆が使命感とか統一感に溢れている所為か、基地全体の雰囲気が良いのだ。勿論、色々な人種民族が集まっているので、争いやいざこざも頻繁に起こるが、それを差し引いても此処は居心地が良い。
 「そういうことだ。さあ、敵さんのお出ましだよ!」
 だからマイヤ達は、此処を守る。此処は既に、自分達の家も同然なのだから。
 
 戦艦からの間接飽和攻撃による面制圧の音が、段々と此方に近付いてくる。そしてその音に追い立てられるように、BETAの大群が此方に迫ってきていた。
 『HQより、第1防衛ライン所属の全機に通達――戦艦隊が行っている面征圧は、敵先頭集団が第5地雷原を抜けた瞬間に、間接支援砲撃に切り替わる、戦艦搭乗のオペレーターに直通ラインを繋ぐので、支援要請は各大隊長の判断で直接要請せよ』
 『казуарクワッサリー1了解』
 「こちらクワッサリー8。敵先頭集団捕捉――距離1000!」
 「さあ……行くぞお前達!」
 《《了解!》》
 敵集団はお得意の集団突撃戦術で、此方に向かって突撃してきている。マイヤ他、2人の大隊長は、その集団を受け止めるべく、電磁加熱砲や自律誘導弾、甲殻弾による全力掃討射撃で迎え撃った。
 突撃デストロイヤー級の集団突撃は確かに脅威だが、その先頭を崩してやると存外に脆い。頓挫した前方の個体に、後続が次々とぶつかり始め、集団全体が密集し動きが取れなくなるのだ。すると後続の個体群は、この集団を回避するように迂回しだすので部隊がばらばらになる。そしてばらばらになった敵は、そのまま無造作に前進を繰り返すので、何時もならゆっくりと後退しながら段々と討ち取って行くのだが……
 「全機、距離300を保ったまま微速後退、撃ち続けろ! ……ちっ集結が早すぎる、やはり以前とは違う」
 今回襲撃してきたBETAは、焔の読み通り、過去のBETAとは一線を化している、ばらばらになった集団が迅速に集結を開始していた、まるで何かに導かれるかのように――集団が意志を持っているかのように……。
 「隊長っ、こいつら何時もと違うぜ」
 「んなこた解ってるよ、とにかく撃ち捲れ、前面の弾幕を絶やすな!」
 「たっ隊長!」
  愚痴を言う部下を一括した直後、部下の1人がおずおずといった感じで――それでいて切羽詰ったように進言してきた。マイヤは表情を引き締めて、その部下に聞き返す。
 「どうした!?」
 「変です……」
 「変なのは解っている!!」
 BETAが何時もと違うのは解ってる……と思ったのだが、彼が言いたかったのはまた別のことだったようで、思いの他力強く切り返してきた。
 「違います! 感知している振動波形に変なデータが入って来ているんです」
 「変な波形……これか? 確かにこれは、BETAでも砲撃の音でもない……」
 報告を受けたマイヤは、確かに見たことも無い波形を不審に思い、該当及び類似振動波形を検索する――そして直ぐに、コンピューターはその情報を弾き出した。
 「甲17号攻略戦、大深度地下よりのBETA浮上音……地中よりの襲撃っっやばい!!」
 読み上げた情報を理解したマイヤは、最悪の事態が進行している事を悟った。見れば、振動計の数値は既に振り切れてしまっている、これは明らかに射撃振動や砲撃による振動だけでは無い。
 「全機全周警戒……いや、後退だ、全機後退しろっ!!」
 しかしその命令は、一足遅かったのだった……。



[1127] Re[46]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第120話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/11/23 14:50
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
第1防衛線

 まるで、マイヤが上げた叫びを待っていたかのようなタイミングで、地面が爆砕した。それは恐らくただの錯覚だったのだろうが、驚愕と悔しさに塗れた表情でBETAの出現を見ることとなったマイヤにとっては、その襲撃を掛けて来たBETA群が、まるで此方を嘲笑っているかのように感じられて仕方が無かった。
 爆砕音と同時に、間欠泉の様に吹き上がった土砂が空中を舞い、周囲に撒き散っていく、そしてその土砂に続くかのように、大きな穴を開けた地面の下から、湧き出る流水の如く、次々とBETAが這い出してくる。
 「たっ隊長ぉ!」
 「全機固まれ、ひびってないで撃て撃て撃て!」
 襲撃の直前ではあったが、事前に情報を得ていた事もあり、歴戦の士であったマイヤは直ぐ様に立ち直り周囲に向かって射撃を開始したのだが、思いもしなかった奇襲を受けたソビエト陸軍衛士達は、その衝撃から瞬時に立ち直る事は不可能だった。ほんの数瞬の停滞ではあったがそれは致命的な隙を生んでしまい、至近距離に出現したBETA群に瞬く間に包囲接近され集中攻撃を受けてしまう。この最初の奇襲だけで、第1防衛線全体の5分の1の戦術機が、一気に破壊されてしまった。
 「マルクッ、ホッジッ! 畜生……糞ったれ、応戦しろ、立て直せ!」
 「C小隊囲まれました、周囲一面敵だらけです!」
 「混合キメラ級……要塞フォート級も出現しています!」
 「こちらリェーフ(ライオン)1、現在応戦中たが被害が広がっている、既に8機やられた!」
 「こちらサバーカ(犬)1、此方も対応に手一杯で応援に行けそうも無い。くそぉ、敵が多すぎる!」
 この基地に派遣される衛士は、誰もが熟練クラスの腕を持つ、あまりの衝撃に奇襲は許したが、最初の衝撃からなんとか自らの気を持ち直し、隊長の叱咤激励を気付け薬にして、直ぐに果敢な反撃に移っていった。だが、地面に開いた穴からは、要撃グラップラー級を先頭にしてBETAが途切れる事無く這い出し続け、どんどん周囲を囲まれていく。やがては要塞フォート級までもが姿を現し始め、包囲されながらも果敢に反撃を続けていた戦術機群は、刻々と数を減らしていっていた。

◇◇◇
地下第8層……第2発司令室

 「BETA坑よりの敵出現止まりません、出現個体数既に2000を突破しました」
 「国連軍全機、 ソビエト陸軍の救援に向かっていますが、敵に阻まれ、分断された友軍に合流できません!」
 「ソビエト陸軍第25大隊被害甚大、半数が撃破されました!」
 「第8、第31大隊共に後退しつつ応戦中、第1防衛線の維持は不可能です!」
 第1防衛線が奇襲を受けた直後、アフマド司令は直ぐ様、第2防衛線の国連軍全機を救援に向かわせる指示を出したのだが、次々と出現する敵の数に阻まれて、救援は未だ到達できないでいた。
 「やられたな……地下からの攻撃には注意を払っていたが、まさかこんな手で来るとは――」
 「自らの移動音と砲撃音を隠れ蓑にしながら、同時に地下を掘り進んで行く部隊……」
 「地上を進攻して来たBETA群は囮だな。数万のBETAを餌にして此方に砲撃をさせ、その砲撃音をも利用して本命部隊を気付かれないように地下進攻させる――どうせ減らされるなら上手く活用し効率良くとは、なんともまあ豪快で思い切ったもんだ、数が豊富なBETAならではの贅沢な作戦だな」
 「作戦か……」
 焔と会話しながら、アフマドは目を細めて眼前の戦況データを見詰め、重々しく溜息を吐いた。焔も、忌々しさを練りこんだ厳しい表情を崩さなかった。この事態は、恐れていたことだが、それは解っていて待ち構えていた筈だったのだ――しかし現状、人類は裏を掻かれ、対応は後手後手に回ってしまっている。
 「そうだ、作戦だ。これはもう立派な作戦だ――とうとう恐れていたことが現実となったな」
 「此処に来てのこの行動。今まで何の反応も無かったのは……」
 「人類の情報を収集してたのか、対策を立てていたのか、準備が完璧になるまで待っていたのか――恐らくこの全てだろうな」
 焔は舌打ちしながら、通信越しのアリーシャに声を掛けた。通信越しで忙しそうに命令を繰り返していた彼女の目線だけが此方を向き、焔の姿を捉え言う。
 「アリーシャ」
 「解っている」
 最初の遣り取りはこれだけだった。周囲で聞いていた者は殆ど何の事か意味が解らなかったが、司令やエルファ、涼宮少佐などは、大体何の事か理解したようで、気配に緊張を孕みだした。
 「流石、先読みの魔女の二つ名は伊達じゃないな」
 焔は、自分でもアリーシャが事を察しているだろうと思ってはいたが、一応確認の為に話を振ってみたのだ。そして、返ってきた返事を受け、彼女がやはり何もかもを理解していた事に改めて感心する。
 「茶化すな……既に装填は完了済みだ」
 「全て任せるぞ、損害を抑えられるかどうかは、全てお前と旗下の艦隊次第だ」
 「ああ、解っている。世界一と言われる我々の砲撃――存分にあいつらにくれてやる」
 そう言い放った後で、アリーシャは焔から目線を外した。何時もの飄々とした雰囲気は綺麗に消え去り、途方も無く真剣な表情となる。その視線は鷹の様に鋭くなり、眼前に展開される全ての情報の間で、忙しなく移動を繰り返していた、恐らく全ての情報を頭の中に叩き込み、其処から未来予測を行っているのだろう。
 アリーシャは細かい指示を繰り返しながら照準等の微調整を続け、やがてゆっくりと手を掲げた。そして、やはり眼前の情報群から目を逸らさず見詰め続け、唐突にその腕を大声とともに振り払う。
 「全艦、AL砲弾全力砲撃!!」
 その号令の直後、今まで温存されていた、対レーザー用の砲弾とロケットが、全力で戦艦より撃ち放たれていた。
 
◇◇◇
第1防衛線

 「――っ隊長、BETA坑より……BETA坑よりレーザー級が!!」
 「50……100……150……どんどん増えていきます!」
 状況は最悪だったが、此処に来て更に最悪の一途を辿っていた。
 「ええい糞っ! 全機BETAを盾に動け、跳躍無しでも後退は続けろ!」
 包囲してきた敵軍から、射撃と機動によってなんとか距離を取ったマイヤ達は、隙を見つつ行う跳躍によって大幅な後退を成していたのだが、レーザー属の出現によってそれも不可能にされてしまう。しかも制空権を奪われただけではなく、これで戦場の危険度も格段に跳ね上がってしまう、最悪もいい所だ。
 「もう少しで第2防衛線の連中と合流できるってのに……」
 跳躍で距離を稼いだお陰で、後ろより此方に向かってきていた国連軍との合流は後少しだったのだ。後1回でも大きな跳躍をすれば、間に犇めく敵を飛び越えて合流できたのに――と、口惜しさにぎりりと唇を噛んだ。後は地道に後退していくしかないが、その場合損害がどれ程増えるか考えると、途轍もなくクソッタレな気分になってしまったのだが……。
 突然にそれは起きた。レーザー属群が出現し、展開を始めた正にその時その瞬間を狙ったように――いや、これは間違いなく『狙って』の攻撃、それが一斉に降り注いだのだ。
 展開途中だったレーザー属群は、戦術機部隊に照準を付ける間もなく、空中へとレーザーを放つ事となった。その攻撃は、出現と展開と相手の攻撃のタイミングを読んだかのような、正に絶妙極まりない正確無比な攻撃であり、戦術機に向けられる筈だったレーザー攻撃を、ほぼ完璧に防ぐ事となった。
 これこそ正に、先程アリーシャが準備し撃ち放った攻撃だった。焔もアリーシャも、此処でレーザー属が出現する事は解っていたのだ。混戦にならない状態でレーザー属を展開できる場面は此処にしか無いので、此処のBETA坑からレーザー属が出現して来るだろう事は、BETAが戦術を使っているというのなら当然に予測が出来たのだ。
 だから焔もアリーシャも、此処でレーザー属群の攻撃を何としても抑えたかった。レーザー属を展開させて好き放題させれば、加速度的に被害は増えていくだろうから――。
 恐ろしい精度を持った情報統合と、培ってきた経験と勘による絶妙なタイミングでの攻撃は、正にドンピシャで着弾を開始し、レーザー照射による攻撃を殆ど封じ込めたのだ。
 「制圧砲撃か……流石アリーシャ大将、絶妙な腕前だ――全機、今の内に噴射跳躍ブーストジャンブで一気に後退、国連軍と合流するぞ!」
 「な……本気ですか隊長、レーザー級がいるんですぜ!」
 「このまま後退を続けたら、合流までに損害が増すばかりだ、此処は一気に後退する」
 「ですが……」
 「戦艦隊の制圧砲撃が続いている今が絶好の機会だ、上手くすれば最小限の被害で行ける――死中に活ありと言うだろうが!」
 マイヤが言っている意味は本来の意味とは微妙に違っていて、要するに、今は危険地帯にこそ活路があると言いたいのだろう。レーザー属の殆どが戦艦からの制圧砲撃に対応している現在、それは上手い手かもしれない。良くすれば、一気に後退できるだろう。しかし逆に、レーザー属が砲弾よりも、跳躍して後退する戦術機を優先して狙ってくる可能性もあるが――そこは賭けだ。
 「ええい、こうなりゃ賭けだ、成せば成れ!」
 「無茶は承知の上だ、全機跳躍後退!」
 取れる手段の内では最も無茶苦茶な方法だったが、戦艦砲撃の確実さを上乗せして考えれば、上手く行く可能性の高い案だったので、皆は隊長と友軍艦隊を信じて、照射警報溢れる夜空に身を躍らせた。
 普通ならばこの瞬間に、機体のレーザー感知警報が鳴り響く筈なのだが、今回は読み通りに何の反応も無かった、どうやら制圧砲撃は完璧にレーザー属種を食い止めているらしい。
 生き残った第1防衛線所属の全機はそのまま後方に無事着地し、救援に向かってきていた国連軍と合流して体勢を立て直したのだった。

◇◇◇
第2防衛線

 「オラオラオラ、さっきのお返しだぜぇ」
 「仲間の仇だ、ぶっ飛べよ!」
 第1防衛線所属だった戦術機隊の生き残りは、第2防衛線の国連軍と合流してBETAへの反撃に移っていた。もともと腕は良く、焔が作ったBETA戦術プログラムを行っていた為に、一旦体勢を整えれば大群相手でも互角以上に戦えていた。基地前面のトーチカや、地上機甲戦力の援護射撃もあり、戦況は段々と人類に傾いてきていて――
 その時、戦場の端に位置していた国連軍第33大隊の側で、新たな土砂と土煙が舞った。
 「こちらインディア6、新しい穴を確認したぜ」
 「こちらも確認した、要撃グラップラー級と……要塞フォート級も少し出てきたようだ、向かってくるぞ!」
 「第3中隊迎え撃て!」
 《了解!》
 大隊の内1中隊が、新たに出現した敵軍に対応するべく攻撃を開始した。
 「距離が近いうえに敵が多い、気を付けろ」
 「接近されるぞ、全機近接戦闘を行う場合、小隊連携を崩すな!」
 思ったよりも近くに出現した敵群は、直ぐに此方に向かって襲い掛かってきた、戦術機中隊はその敵群を、集中させた掃討射撃で薙ぎ払っていく。多数の36㎜弾を受けた要撃グラップラー級は次々に血の海に沈んで言ったが、やがてその弾幕を越えて数体の個体が中隊に迫ってくる。
 「おっとやらせねぇよ。インディア14――バンデッドスプラッシュ!」
 だが、中隊の中の1人が急所に弾を叩き込み沈黙させた。
 「へっへっへっ、ザマァミロよ」
 彼は得意げにその死体を眺めてから、前方に意識を戻すが――
 「ボークス、危ない!」
 「なっ、なにぃ!」
 「くっ、おおおおぉ!」
 倒したはずの要撃グラップラー級が突然に起き上がり攻撃を仕掛けてきたのだ、その攻撃は隣にいた友軍の斉射攻撃で阻まれ、敵は今度こそ絶命したが。
 「てめぇ、なにやってやがる。ちゃんとトドメをさせっ!」
 「わ、わりぃ。でもおかしいな……確かに急所に叩き込んだはずなのに?」
 友軍の叱咤に謝りつつも、彼は首を傾げる。自分は確かに何時もの通り、急所に弾を叩き込んだ筈なのに――
 しかしその時、その悩みを吹き飛ばすかのような事態が巻き起こった。迫ってきた要塞フォート級を相手にし始めた仲間より、大隊長に緊急の通信があったのだ。
 「たっ隊長!」
 「どうした?」
 「甲殻弾が……甲殻弾が効きません!」
 「なにぃ!?」
 「この要塞フォート級の装甲、甲殻弾が通らな……ギャー!!」
 「24――ハイマン!」
 通信してきたインディア24のマーカーが消滅する。その周囲で戦っていた者達からも、次々と戸惑いと焦りを含んだ通信が入ってきた。
 「な……なんだこいつら」
 「どうした、どうしたんだ!?」
 「要塞フォート級が……要撃グラップラー級と一緒に!」
 「尾節の攻撃が1度に来て……避けた所で要撃グラップラー級が――」
 「糞っこいつらしぶとい……なんでこんなにしぶといんだ!?」
 あちこちで混乱が起きていた。要塞フォート級の装甲に甲殻弾が効かないのを始め、要撃グラップラー級の急所に弾を叩き込んでも沈黙しない、更には常に無い連携で戦術機を攻撃し始めている。
 「ちくしょう、回り込まれた、挟まれて……うぁあ~……」
 「ヘンリー、畜生、挟撃しての同時攻撃だと!」
 「隊長……こいつら生命力や防御力だけではなく、攻撃力も……強化型不知火の連層装甲が一撃で――」
 最早大隊長は悟った、何が起きているか……BETAに何が起こったのか――。
 「インディア1よりHQ、インディア1よりHQに緊急連絡! 現在BETAと交戦するも、その強さは従来と一線を化し苦戦中、姿形の明確な差異は確認できねど、これらBETAを強化型BETAと認識――繰り返す、強化型らしきBETAと交戦中! 全部隊へと通達を……敵の中に強化型が存在しているぞ!」 



[1127] Re[47]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第121話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/01 09:03
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
第2発司令室

 『ちくしょうっ、このやろう!』
 『隊長! 要塞フォート級や潜伏ピット・フォール級の装甲は、集弾させれば何とか甲殻弾が通ります。ですが、突撃デストロイヤー級の装甲殻は……』
 『落ち着いて対処しろ! 相手の連携は厄介だが、問題は数の多さだけで対処できない程では無い錬度だ、此方も連携して当たれ! 突撃デストロイヤー級も後ろが弱点なのは変わっていない!』
 『隊長、穴からまた出てきました!』
 『弾幕を絶やすなよ、接近戦を行う場合は間接部や柔らかい所に狙って叩き込め、そこなら通常弾でも十分に通る』
 司令室の中では、様々な情報や通信が飛び交う。その中で、焔とアフマド司令は険しい表情を崩さずに、現状を見据え事態を噛み締めていた。
 「強化型か……人類への反攻をこの時期まで見合わせたのは、これを作っていたからか?」
 「それだけじゃないだろうがな、今まで年単位での時間が存在したんだ、戦術行動と組織的な行動を取るようになったことだけでは終わらないとは思うが……まあ、BETAの行動だから一概に在り得ないとは言えんが。――それにしても、最初に進攻して来たBETA群と、第1防衛線で襲撃を掛けて来たBETA群が織的行動を取っていないのは一体何故だ? 襲撃してきたBETA全体では戦術的行動を取っているのに、組織的行動を取り始めたのは第2防衛線に出現した敵群から……一体何故態々そんな行動を取る?」
 これだけの準備時間があったなら、どういう手段で知識を覚え込ませているかは知れないが、此処に襲撃してくるBETA全てに知識を覚えこませる事は十分に可能だろう、それなのに最初の敵群は組織的行動を取っていない、だが、襲撃してきたBETA全体では戦術行動を取っている――第1防衛線で出現したBETA群が、戦術行動を行っているのに、組織的行動を行わないのは何故か?
 焔がそんな事を考えていた時、エルファからの報告が入った。
 「焔博士、先程から通信が不安定になっています」
 「通信が……?」
 「はい、強化型BETAが出現した頃からです、特に強化型出現地点周辺での電波障害は深刻です。今は中継器や基地内装置でのブースト、レーザー通信等で補助していますが、それが無ければ電波通信が阻害されていたでしょう」
 その報告を聞いた瞬間、焔はエルファが準備良く表示させたデータに噛り付くように飛びついた。先程よりも更に真顔となり、頭をフル回転させながら何かを思案し始める。
 「付近のデータは?」
 「現在あらゆる方法を使って調査していますが……未だ原因は特定不能です」
 「通信障害か……電波……電磁波……強化型の出現地点……」
 エルファの報告と、次々に更新されて行くデータを参照しながら、ぶつぶつと呟き考える焔。その間も戦況は刻々と変化していき、司令室の喧騒は止まらなかったが、彼女の周囲だけは、ぽっかりと穴が開いた様に静寂の場が蟠っている様だった。
 「ソビエト陸軍第25大隊被害甚大です、第31大隊も被害多数」
 「国連軍第23大隊被害増大中、支援を求めています」
 「被害の少ない国連軍第22、33大隊を殿に、全機後退してEU軍と合流させろ。ソビエト陸軍第25、31大隊は、部隊統合させてメインゲートの守備に当たらせろ! 第23大隊の支援には、航空支援部隊を回せ!」
 「ですが、光線レーザー属種が……」
 「艦隊制圧砲撃の精度を信じろ……今の状況では多少の被害も止むを得ん。他部隊は奇襲の第2陣に備えて動かせんからな」
 「了解、航空支援部隊回します」
 アフマド司令は、第2防衛線の被害が広がっていく中でも、基地周辺に配置した部隊を動かそうとはしなかった――動かす訳には行かなかった。BETAが戦術を使っていると仮定すれば、この攻撃も陽動の可能性が大きい。もっとも、規模からすればこれも立派な正面攻撃の1つかも知れないが……とにかく、焔もアフマドも、基地至近へと襲撃を掛ける本命たる部隊が存在することを確信していたのだ。
 故に、直接の支援は航空隊を回した。光線レーザー属種が存在するこの状況下で、航空支援部隊を飛ばすというのは通常なら無謀の極みに近いが、今は艦隊が途切れることの無い制圧攻撃を持続させている。多少の被害は覚悟しなければならないだろうが、それでも部隊を遊ばせておく訳には行かないのだ。
 その時、涼宮少佐が入電された更なる悪い報告を読み上げた。
 「各国近海で、BETAとの戦闘が始まりました! 侵攻路から、臨海部の基地を目指していると推定――敵の侵攻箇所が膨大で、此方には援護をまわす余裕がないとのことです」
 「く、陽動と攻撃がセットになった一斉攻撃とは……性質が悪い」
 「戦術レベルではなく、既にこれは戦略レベルだな。果たしてこれは偶然なのか、狙ってやっているのか……」
 各国に攻撃を仕掛ける事で、戦力を其処に貼り付けさせておく――もし各国が援軍を送る事を優先したら、戦力の少なくなった基地郡や施設・都市を破壊でき、援軍を送らなくてもある程度の被害は与えられ、尚且つこの基地と凄乃皇を破壊できると言う訳だ。
 焔は状況を素早く脳内で計算し、迷う事無く何かを決断した。そのまま涼宮少佐の耳元に囁き掛ける。
 「国連軍――に通信を、――を頼むと伝えてくれ」
 「ですが、それは――の為の――」
 「かまわん、此処が落とされたらそれも意味を無くして――」
 「了解しました。『――――
 涼宮少佐に何かの通信を頼んだ焔は、彼女が交信を開始したのを確認すると、再度データに集中しだした。そしてそのまま、喧騒と命令が飛び交い続け、幾許なの時間が過ぎていくのだった。

◇◇◇
専用格納庫

 刻々と移り変わってゆく戦況を見詰めつつ、ヴァルキリーズと遊撃特殊部隊の面々は、歯噛みしながら待機を行っていた。自分達の役目は基地周辺戦闘での遊撃援護――解ってはいるのだが、味方が次々とやられていくのを見ているのは、色々な意味で忍耐が必要だった。
 だが、その忍耐も、涼宮少佐の通信でたちどころに吹き飛ぶ事になる。
 『ヴァルキリー・マムより、ヴァルキリーズ、フェンリル、ガルムへ。演習場及び滑走路外周にBETA坑が構築され、敵の侵攻が開始されました。基地敷地内にBETA進入、各隊は直ちに出撃し、応戦を開始して下さい』
 リンクされたデータに視線を送れば、確かに基地北部の演習場と南部滑走路の外周より、敵の反応が次々と増大していた、司令や焔が懸念していた通り、恐らくこれが敵の第3陣――基地攻略の為の本隊だろう。待っていましたとばかりに、皆の纏う空気が戦闘モードへ移り変わる。
 「よし、我々も出るぞ」
 「どちらに行きます?」
 宗像の質問に、命令を発した伊隅は淀む事無く言い放った。
 「滑走路側だ、シャトルゲートも含め、あちら側にはゲートが多いからな、敵も恐らくそちらを重点的に狙ってくるだろう。もっとも、こちらもそれを考慮して精鋭を置いているがな……」
 「今の状況では、1機でも数がほしいと言う事ですわね」
 「ああ、我々は遊撃行動に専念して弱い所を補助して行く。それと、もしもの時は直ぐに北部への援護に向かうぞ」
 「敵が裏をかいて、演習場側に戦力を集中する可能性もあるから……ですね」
 「ボク達は、とにかく臨機応変にって事だね」
 刻々と移り変わる戦場では、常にその場に合った対応が求められる。今回のような混戦の場合は、特にその傾向が強くなるだろう、その場の判断が、数刻先の未来を大幅に左右する可能性もあるのだ。故に、隊長のみならず、隊員一人一人の判断も重要になってくる。
 「では我々は演習場側に向かう、七瀬中尉達はヴァルキリーズに付いて滑走路側に向かえ」
 「了解しました、ガルム隊はヴァルキリーズに付いて滑走路側に向かいます」
 月詠達や七瀬達も、最初に向かうべき場所を定めた。そして、ヴァルキリーズとガルム隊は、早々に格納庫を後にして出撃して行った。月詠達も出撃準備は整っていたのだが、最後に一言挨拶を交わした為に、一寸出撃が遅れたのだ。
 「では私達も出撃する。武、お前は機体は完璧にしてから出撃して来い」
 「お見通しか……解った、もう少し我慢しとく」
 武の機体は、現在の状態でも出撃は可能だった、だが完璧ではない。月詠は、その状態で武が出撃をしないように釘を刺したのだ。何時もならば武も、万全を満たして出撃する所だが、この状況でしかも月詠の体調は完璧ではないのだ、心配にもなってしまうのは仕方が無い。しかし、当の本人に釘を刺されてしまってはしょうがない。
 「大丈夫だとは思うけど、気を付けろよ」
 「そんな事も言っていられぬ状況だとは思うがな……生き抜いて見せるさ、子供達の為にもな」
 言葉を交している最中に、月詠達も出撃して行った。武はその最中にも言葉を交しながら、月詠の瞳を見詰めていた。自分が付いていけないというのは、意外に焦るものだと思う反面、真那ならば大丈夫だと思える自分が居る。どこからそんな根拠が浮かび上がってくるのかはあやふやだったが、そう思えたのだ。
 やがて月詠達のマーカーが、戦闘区域に侵入して行く。武は、息を吐きそれを見詰めながら、静かに出撃準備が整うのを待つのだった。

◇◇◇
基地南部方面……第1滑走路
 
 滑走路付近での戦いは、混戦の具合を深めつつ熾烈さを増していた。
 数に勝るBETAは、その勢いをもって突撃を開始し、友軍部隊に切り込んできたが、こちらはそれらを上手く捌いて、対等以上の戦いに持ち込んでいた。南部方面に配置された戦術機大隊は全てが精鋭中の精鋭、構成は全てが第4世代戦術機となる部隊、敵が連携を取ってきても、こちらも連携を崩さずに対処して行く――BETAの思想がどういうものかは真に解らないが、もし奴等が南部ゲートからの電撃的突入を企てていたのだとしたら、その企みは失敗に終わったと言って良いだろう。
 奴等の初期一斉突撃は見事に阻まれ、現在はゲートを巡った混戦状態へとなっていたのだから。

 夜の帳が空間を覆い尽くしていく中、人口の光がその闇を裂くように照らし出されていく。だが生まれいずる闇は全て払えるはずも無く、陰に飲まれる箇所もまた多い。しかしそんな場所にあっても、戦術機が放つ噴射炎とマズルフラッシュの光が尽きる事無く闇を照らし出していた。
 「せえええぃ!」
 袈裟懸けに振り下ろす近接戦闘長刀の刃が、要撃グラップラー級の肉に食い込んでいく。毎度の事ながら、機械越しにもぞぶりとした感触が感じ取れる様なのは、果たして自分の経験故か第4世代戦術機の性能の高さ故か……もっもともその感覚があるお陰で、戦闘の感触が掴み易いので文句は無いが。
 「くっ、硬い……これが強化型!」
 会敵した時は通常の敵と変わりないと思っていたのだが、斬り付けた刃の通りが思った以上に重かった。斬り抜けない程ではないが、この抵抗は予想外で一瞬気が散ってしまう。
 「速瀬!」
 横から意識に浸透してきた隊長の声を知覚するまでも無く、水月は躊躇せずに長刀を手放した。脚部噴射装置を利用した背後への跳躍を行い、一瞬の内にその場を離脱する。回避を行った水月の乗機である霧風の眼前で、要撃グラップラー級の前腕2本が風を切って振り下ろされるのが知覚できた。
 「あっぶなー」
 確かに今までのBETAとは違うと、水月は身をもってそれを実感した。あの一瞬の隙を狙うような、しかも左右からの同時攻撃とは。強化型も厄介だが、この戦術行動の方がもっと厄介だ。行動が甘いのが唯一の救いだが、それも数の暴力の前には余りアドバンテージにはなっていないような……
 「「中佐!」」
 とかなんとか一瞬で考えつつ、着地行動に入ろうかというその瞬間、其処を狙ったように要塞フォート級の触手が左右から襲ってきた。千鶴と美琴の声が聞こえた瞬間、余りの事態に、考えるよりも先に体が行動した――AIが、思考から緊急事態を感知して、体の反射行動を助けるように動いた。
 「っ!!」
 左腕パイロンに装備していた36㎜機関砲が火を噴き、左から迫ってきた触手をズタズタに引き裂く。しかし対応できた行動はそれまてで、右を向いている時間も体勢を立て直している時間も無く……
 <パァン>とでも表現できそうに、迫っていた触手が寸前で吹き飛んだ。見れば、業炎が此方に突撃機関砲の銃口を向けている。
 「油断しすぎですよ速瀬中佐、今までの敵とは違うんですから」
 「いやぁ、御免御免。気を抜いてた訳じゃないけど、確かにちょっと舐めていたわ」
 普段控えめな珠瀬が怒るのは妙な迫力があり、速瀬は殊勝に謝罪した。実際手は抜いていなかったし、気も抜いていなかったが、今までの感覚が抜け切っていなかったらしい。
 「速瀬、貴様は帰ったら、地獄の訓練メニュー1週間フルコースを課してやる、楽しみにしていろ」
 「うへぇ」
 伊隅に加えられた手厳しい厳罰に閉口しながら、水月は再度気を引き締め直し、敵と対峙し始めた。

◇◇◇
第4滑走路

 『こちらガルム1、カバーに入ります』
 『ファフニール1了解。左翼から来る敵を減らしてくれ、強化型に気を付けろ!』
 「全機、突っ込むわよ。敵の先頭を崩して突撃を抑える。毎度の通り、幾らか暴れたら速やかに離脱するわよ!」
 《《了解》》
 ヴァルキリーズに付いて滑走路側に来たガルム隊は現在、もっとも西側に存在する第4滑走路付近にて戦闘を行っていた。先程から、防衛線を構築している各大隊に突っ込んでくる敵群の勢いを殺す事に専念している。たった6機で出来る事は限られていたが、その限られた戦力で効率良く敵の足止めを行い、最大限の友軍援護を行っているのを見れば、既にこの隊が一流以上だと、誰もが思うだろう。
 突撃デストロイヤー級を先頭に、ファフニール大隊へと向かって突撃を掛けていたBETA集団に横合いから襲い掛かったガルム隊は、そのまま肉を食い破って蹂躙を開始した。
 後ろから襲い掛かられた突撃デストロイヤー級は一溜まりも無く、36㎜の掃射を受けて次々と血の海へ沈んでいき、瞬く間に数を減らしていった。第1の目的は、この突撃デストロイヤー級の先頭集団を潰す事なので、その数を減らす事は最優先に行う。
 「後続が来るぞ。かなりの混戦集団だ、注意しろ」
 そして次に行うのが、更なる後続を掻き乱すことだ。敵集団の足並みを崩せば、それだけ後ろの味方達が戦い易くなる。
 飛龍が注意した通り、見れば今回の集団はかなりの混戦群だった。要撃グラップラー級は数が少なく、逆に動物型や混合キメラ級が多い。こういう風に混戦していると、動きが読み辛く戦い難いので、余計に注意が必要なのだ。
 「楔一型アローヘッド・ワンで敵集団に突っ込み、そのまま後ろへ駆け抜ける、ハイヴ突撃の要領よ。抜けた後はそのまま敵集団後方から襲撃を開始し、折を見て離脱するわ――何か意見は?」
 「なははははっ、素的に過激だね! ライラちゃんは賛成だよ」
 「七瀬の事は信用してるさ、七瀬が行けるって言うんなら行けるんだろ」
 「そうね、今の私達ならば十分に可能ね」
 全員の視線が交差し、自信に満ちた表情で頷く。幾らかの敵と戦い、強化型とも戦闘したが、決して対応できない強さではない――勿論それは、第4世代戦術機であればこそだが。
 「行くわ、突撃!」
 凛の武雷神を先頭に、6の戦術機が敵集団を引き裂いていく。進攻上に姿を現す敵を、片っ端から撃って斬って捨てて行くその電撃的な突撃戦法は、ハイヴ突入訓練で培われた感覚そのままを活用して行われる、正に突撃形態の1つの究極形だった。躊躇いも迷いも無く、ただ一心に前に進む事だけを考えるこの戦法は、完成された部隊連携が行われない限りは、ただの無謀な特攻に成り下がる危険が多い、それを完璧かつ迅速に行う彼等の腕前は、やはり一流以上なのだろう。
 「もう少しで抜けるぞ!」
 「煉矢君、前!」
 突撃を続け、もう少しで後方に抜けるかという時に、煉矢の進行上を数体の潜伏ピット・フォール級の巨体が阻んだ。女郎蜘蛛型(そう呼ぶのは日本人だけで、普通は足長蜘蛛型と呼ばれる)と土蜘蛛型が混在している集団で、数は20体近く居た。
 接敵までは数瞬、煉矢は近接戦闘長刀と突撃機関砲を構え突撃した、その後方に香織と飛龍が続く。
 左右から風を切るような音が聞こえ、前方に存在した女郎蜘蛛型数体に穴が穿たれて行くのが見えた、恐らくミラーナ・凛・ライラの3人だろう。この距離では、糸を多用する女郎蜘蛛型の方が厄介な敵となり得るので、妥当な判断だ。
 煉矢はそう思いながら、36㎜甲殻弾を放ちつつ敵に肉薄した。土蜘蛛型は体部分が大きく、足は短いが太い――小回りと、連続性のある短距離瞬発移動を行う、接近戦では厄介なBETAだ。その巨体での体当たりや、太い足や爪での攻撃がある為に、本来なら近付かない方が良いのだが、突撃を行っている現状そんな訳にも行かない。横に行くか前に行くか、高度を取るかしかないのだが――煉矢達は迷う事無く前進突破を選んだ。
 立ちはだかる眼前の土蜘蛛型に、36㎜の斉射を見舞う。外見からでは通常型か強化型か判断が付かないので、とにかく満遍無く叩き込んで確実に絶命させておかなければ危険な為だ。
 「右!」
 「左!」
 更にその後方から迫ってきた2体を知覚し、対応を取る。白銀大佐と月詠大佐の様に、以心伝心とは行かないので声を上げて後方の榎本と分担を確認する。思考に乗せれば、戦術機AIがそれを読み取って相手の方に情報を送ってくれるのだが(実際にもう送受信されている)、声を上げて確認した方が確実だし、意思が伝わっていると確認もできて何かと安心だ。
 振り上げられた敵の足を掻い潜るように回避して、そのまま長刀を跳ね上げた。血風が舞い肉片が飛ぶのを尻目に、横を通過しながら返す刃で斜め上から刃を入れて、右から左へと引き裂く、柔らかい部分だけを狙ったので間違い無く致命傷の筈だ。抵抗が大きかったから強化型だろうが、それでも此処までダメージを与えれば殺せる事は確認している。横を見れば、榎本も同じように敵の体を引き裂いていた。
 「流石」
 「当然」
 言葉少なにお互いの腕を褒め称えあいながら、更に後方の敵に取り掛かっていき、やがて2人を先頭に、ガルム隊は敵集団を後方に抜けた。
 そして凛達は、機体をそのまま反転させ、今抜けてきた敵集団へ向かって後方から襲撃を開始し始める。

 「おかしいな……?」
 暫く攻撃を続けていたガルム隊だが、その中で煉矢がポツリと呟いた。その呟きを聞き咎めたのか、他のメンバーもそれに同意するように頷く。
 「確かに変だわね、敵の動きが乱れているわ」
 「これでは、今までのBETAと変わらない。何故行き成り従来の動きに戻ったの……?」
 香織や凛が疑問を述べたように、BETA集団の動きが乱れていた。乱れたと言うよりは、統率を失って従来の動きに戻った、と言った方が良いか。戦闘中に態々統率を乱すメリットは無いので、これはBETAの動きにしても不可解すぎる。
 「動きが変になりだしたのは、多分先程の突撃の時からです」
 「とすると、あの時に何かがあったーて言う事ね」
 「ええ、その可能性は大きいです。少し待って下さい、データを集めて参照してみます」
 ミラーナが一旦後方に退避して、戦闘情報を参照し始めた。他の仲間達は、敵を攻撃しつつ、ミラーナ機を守るように動く。暫くして情報が纏まったようで、ミラーナはデータから顔を上げて、若干戸惑い気味に語り始めた。
 「変です……BETAの動きが乱れているのは此処だけです」
 「此処だけ?」
 凛の怪訝な言葉に、ミラーナは慌てて言葉を付け足した。
 「あ、えっと、統率行動を取っているBETAの中で、この集団だけってことです。でも、他の場所でも数回、これと同じような現象が起きたという報告もあって……」
 その言葉に、凛と香織の表情が劇的に変化した。何かの考えに思い至り、驚愕に表情を染める。
 「それは……まさか!」
 「ミラーナ、急いで焔博士に報告して! 多分、考えが間違っていなければ――」
 「あっ、はいっ!」『――ガルム4よりHQへ、ガルム4よりHQへ緊急連絡! 至急焔博士へと――』
 凛と香織が思い付いた予想は、2人共が同一のものだった。もしもそれが確かだとすれば、色々な意味で今までのBETAに対する常識を覆す事となるのだ……。予想が外れてほしいと思う反面、それが間違いないとも予測できてしまう2人は、固唾を飲みながら戦いを続けて行くのだった。



[1127] Re[48]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第122話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/07 08:25
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
第2発司令室

 様々な喧騒が錯綜と室内を飛び交う中、焔は集められて来るBETAに関する報告を閲覧し熟考していたのだが、ガルム隊からもたらされた報告を聞くに至って、とうとう自らが立てた予測を確信するに至った。
 「指揮系統を構築してきたか――」
 「指揮系統?」
 「ああ、恐らく今回襲ってきたBETA集団には指揮系統が存在する。やつらが今までと違い、個体単位で戦術的な行動を取っているのはそれが原因だろう」
 「まさか! そんなことが――」
 衝撃的な事を聞いて、抑えきれない驚愕を露にするアフマド司令。周囲では、同様に焔の言葉を聞いた数名も、彼と同じ様な反応を見せていた。それもしょうがないのかもしれない、それが事実ならば、既存概念を吹き飛ばすだけでは飽き足らない、正に人類にとって最悪の事態が起こっているということだ。
 焔は、皆の反応を予測していたのだろう、「そうだろうな……」と、私も同意見だよとでも言うかのように、静かに頷いた。
 「最初に断っておくが今回のこの考えは、現在までに得られた情報を基にして打ち立てた仮説に過ぎない。もっとも、大雑把な概要は合っていると思うが……とにかく、正確な情報はもっと念入りに調べてみないと判別不可能だ、今回の私の説明も、殆どが推測から出した物だということを念頭に置いといてくれ」
 その場で周囲を視線で軽く一巡し、皆が納得したような所で、では要点だけを纏めて……と説明を開始する。
 「出現したBETAの内、戦術行動を取っているのは第2陣と第3陣、最初に地上を進行してきたBETA群は戦術行動を取っていなかった。両群での違いは、強化型BETAの存在、そして謎の電波障害だ――このことと後述で述べることから、強化型の中にBETAを統率する個体が存在すると考えられる、仮にそのBETAを『指揮官型』と呼称しよう。そしてこれを見ろ、戦況の移り変わりに際して、特定のBETA群の動きを表したものだ」
 送られてきたデータを基に作り上げられた、戦況の動きを表した戦域図映像。その中で、普段赤で示される敵シンボルが青で示されている集団が1つ。焔は、ボードスクリーン上でその集団のアイコンを動かしつつ説明を行う。
 「この集団は突撃デストロイヤー級と要撃グラップラー級で構成されていたが、友軍が突撃した時点をもって要撃グラップラー級が統率を失った。そしてその後、突撃デストロイヤー級が未だ秩序を保っているのに対し、要撃グラップラー級は従来のBETAと同じく無秩序な動きを行い始め、ばらばらに行動していく事となる。この分散した集団――A群とB群はそれぞれが集団で動いて行き、共に近くの友軍と戦っていたBETA群に近付く事となった。その際、A群が近くにいた小規模の群れ、B群は大きな群れに近付いたのだが、A群が再び戦術行動を取り始めたのに対し、B群は戦術行動を取らないままだった。そして更にこの後、A群を取り込んだ集団が戦闘によって再度数を減らしていくと、ある時点をもって取り込んだA群を含めて、全ての個体が統率を失っていったのが確認された。しかし、B群が近付いた集団は数が減っても統率を保ち続け、やがて近くで無秩序に動いていた元B群を取り込んで、再度数を増やした。だがその集団の中でも、今度は混合キメラ級や要塞フォート級が統率を失い始めた……」
 戦域図の動きを追っていた焔の視線が皆の方を向く
 「今の事から予測して、つまり現在のBETAの組織形態は、種族毎にその群れを統率する指揮官型が存在し、その指揮官型が数百体規模のBETAを傘下に置いているということになる、通常型を傘下に置いて統率する事も可能なようだ。群れを統率する指揮官型が倒されれば傘下に置かれていた集団は統率を失うが、その集団が再度別の指揮官型の傘下に収まる事も可能なようで、その条件は恐らく個体数と距離。指揮官型の傘下に置いている個体数が傘下に配置可能な最大数よりも少なく、尚且つその指揮範囲エリアに収まっていれば、別の指揮官型の傘下に置かれていない個体を自分の傘下に入れる事が可能なのだろう。恐らく何らかの方法で――多分人類が未だ知らない電波のようなもので通信していると思われ、強化型の近くで起こっている電磁干渉は、このBETAの通信が原因と思われる。後は全体規模の戦略行動についてだが、こちらは不明だ、今の所はな」
 その焔の説明に、アフマド司令は顔を硬くして言う。
 「つまりは、BETAも人間と同じく、組織概念を導入してきたということか」
 「確実にとは言えんが、今の予測は8割方は正解だろう、だから恐らくはな。もっとも、今のやつらの動きを見れば、それはとても洗練されているとはいえんが」
 「それでも、やつらが組織形態を構築して来たことは問題だ! 洗練されていない今の状態でも、数の暴力がこれだけの脅威となって押し寄せてきている。これで将来的に、やつらが完璧な組織形態を作り上げ、洗練された戦術行動を取ってきたら――」
 その先は言いたくも無かった。そうなったら、人類の敗北は高い確率で確実なものとなってしまう事は確実だからだ。数万規模のBETA集団が一致洗練された戦術行動を取ったら、悪夢以外のなにものでもない。焔もそれを思ったのだろう、一瞬沈鬱な表情を見せた。彼女にしても、自身が予測していた未来の中ではこの状況は最悪の部類で、先の見通しが暗くなってしまう事は仕方が無かったのだ。
 しかし彼女は、その思考を強靭な心によって断ち切り、一時的に封印する。将来的にどうなるにしても、何かをするにしても取り敢えずは――
 「不安なのは私も同じだが、何にしても今を乗り切らねば全ては始まらない……今はこの戦いに集中しよう」
 「ああ、そうだな――」
 アフマドも焔の言葉に納得し、心を侵食する不安を押さえ込み『今』に心を据えた。その表情には先程までの戸惑いや不安は一欠けらも見えず、戦況を睨み付けるその鋭い目付きは、古今東西に名立たる軍将を彷彿とさせる程だ。
 「指揮官型BETAを識別する方法は無いのか?」
 「無いな。というよりも、現状では従来型と強化型の見分けさえ付いていない。上がってきた報告や映像を検分してみたが、私から見ても違いは判らなかった」
 「むぅ……指揮官型が判別できれば、と思ったのだが」
 指揮官型が判別できれば、それを優先的に潰して相手の統率を乱すという戦法も使えたのだが。焔は唸るアフマドの横で、これも生存本能や戦闘思考に基づく擬態の一種なのかと勘繰りもしてしまった。木の葉を隠すなら森の中と言う様に、指揮官型を隠すなら膨大なBETAの中とでも言うのだろうか――
 「司令、ソビエト陸軍と国連軍全機の後退が完了致しました、現在メインゲート前に集結し再編中です。第3防衛ラインに展開中のAU軍とEU軍は、基地前面のトーチカを利用しつつ戦闘を続行中――ですが、敵の物量に押され徐々に後退を余儀なくされています」
 「現在工作兵が、最終防衛ラインに出来うる限りの火気を配置して陣地を強化中」
 「王立国教騎士団女王近衛隊、EU軍と合流し応戦を開始」
 基地前面には、敵の侵攻に備えたトーチカが存在している。基地がまだ小さく、戦力が乏しかった頃には十二分に活躍していたものだが、最近は基地寸前までBETAに攻め込まれる事も無く、毎月の定期点検時位しか稼動する事は無かった。しかし今は、それらトーチカが重要な役割を果たし、敵の進攻を抑える大きな助けとなっている。
 また、トーチカ群のもっとも後方には、最終防衛ライン――最も初期に構築された基地前面を覆う、今は最大級となっている防御陣地が存在し、其処には大量の火気が設置されている。
 「航空支援部隊を全て回せ、敵の進攻を1秒でも遅らせろ。代わり、演習場と滑走路方面には車両部隊の支援を集中させろ。大ゲート以外の、ゲート充填封鎖状況はどうなっている?」
 「ほぼ完了しています」
 「よし、ならば準備は万全か」
 この基地は人造ハイヴと言えるが、実験の結果、BETAが完璧にハイヴと認識しないと言う事も分かっている。基地周辺の地中を覆う外壁は、陥落させたハイヴの物をそのまま使っているので良いが、建造物は生体金属のような混ぜ物なので優先率は極端に低いが攻撃されてしまうのだ。大ゲートを充填封鎖してしまえば、BETAはより破壊し易い基地外壁を破壊し始めるだろう。ならば大ゲートの耐久値はそのままに、敵を其処に集中させた方が都合が良い。基地外壁のあちこちに穴を開けられ侵入路を作られたのでは、数に劣る此方が圧倒的に不利になるのは否めなくなる。
 「先行して準備できる事は全て行った、後は臨機応変に対応して行くだけか……」
 充填封鎖が完了した時点で、一時状況が膠着した。今まで慌ただし過ぎ、矢継ぎ早に命令と思考を繰り返し続けていたアフマドは、此処で一時状況を纏め、情報を最新の物にしようと各種データを参照し始める。やがて被害状況の項目に目を留めた彼は、唸るように呟いた。
 「やはり第3世代戦術機の被害が多いか……この状況にあって、性能差が如実に現れているな」
  第4世代戦術機の性能は散々説明してきた通りで、対BETA戦闘――即ち「対複数戦闘能力」を追求した戦術機だ。機体の軽さ、出力強化、関節稼働は元より、その真髄は搭載AIによる操縦の簡略化及び、機体動作の複雑化。更には、そのAIによるシステム面の強化も際立っている。
 操縦以外のコマンドが、今までの様に一々操作しなくとも思考するだけで可能になって、戦闘に集中し易くなったのもそうだが、もっと重要なのは情報処理能力の飛躍的な向上だ。情報伝達、情報統制、情報抽出等々や、データリンク性能の向上は、操縦者に戦場の情報を事細かに伝達し、その情報や操縦者の思考との連動が、火気管制や機体制御を瞬時に行っていく――情報量が増えることになるが、操縦の簡略化とAIの性能でそれも打ち消されているので、結局はそれも足枷にはならない。
 機体構成素材は同じでも、10の出力で1秒の内に10の情報を得られ6回コマンドを入力可能な機体と、7の出力で5の情報を得られ3回コマンド入力可能な機体を比べたら、どちらが優秀かは一目瞭然だろう。
 数の暴力に押される乱戦の中、統率されたBETA群を相手にするに至って、その性能差が被害という現実として浮き彫りとなってきたのだ。
 逆を言えば、第4世代戦術機の能力はそれだけ優秀ということだが……
 (この基地に配備されていたのが第3世代戦術機だけだったらと思うとぞっとするな)
 もし――という言葉は現実的で好きではないアフマドだったが、そんな事をふと思ってしまい、心の中で壮絶に苦笑してしまった。それは大きな矛盾だ。第4世代戦術機がなければ、そもそも今の状況が存在しない。
 ――それ以上考えたら堂々巡りに陥ってしまうので、彼は馬鹿な考えを打ち切った。そして、再度気合を入れ直し、極短時間入り浸っていた思考の海から這い上がって、指揮を執り始めた。

◇◇◇

 小集団の1つを屠ったフェンリル隊は、次の獲物を定める。
 『ヘイムダル連隊、左翼部隊のカバーに入る。前面から突撃して来る混合キメラ級の足を止めるぞ』
 『リーグ1了解。射線は此方で調節するので、存分に暴れてくれ!』
 迎撃陣形を構築している友軍からの了解の返信を受け取った月詠は、躊躇せずに指標した敵集団へ向かい突撃を開始した。後方より、ヘイムダル連隊から絶え間無く放たれる火砲の弾丸が此方に向かって発射されているが、あちらが気にするなと言ったのだからそれを信用して脅えることも無い。厚木ハイヴ攻略戦という死線を共に戦い抜き、今まで共に闘って来た彼等の実力を、月詠達はこの上も無く信用していた。
 「先頭を倒して足を止める!」
 言い放ち様に、地面を鳴り響かせて迫り来る混合キメラ級の先頭集団の足を狙い撃つ。月詠よりやや後方を進んでいた柏木達も、月詠の言葉から瞬時に意図を察して、同時に弾を放っていた。
 放たれた弾丸その全てが、吸い込まれるように相手の足に着弾する。装甲殻に覆われていない部分を狙い撃った甲殻弾は、その威力を減んじさせる事も無く、足の肉片をこそぎ落とし骨を砕き、その醜悪な足を破壊した。破裂するように足を千切り飛ばされた混合キメラ級は、前進の勢いをそのまま、堪らず姿勢を崩して前方へと体を投げ出すように横転し、更に後続の個体も横転した個体に足を取られて横転・頓挫して行く。
 BETAが統率された行動を取ってはいても、全ての行動において何処か鈍い所がある。その鈍さが、この状況においては唯一の救いだろう。従来の戦法が普通に通用するのが助かっている。
 「05――フォックス1!」
 「06――フォックス1!」
 すかさずに、横転した敵目掛けて2人が放った銃弾が雨霰と降り注ぎ、止めを刺していく。次いで月詠達も含め、後方から迫ってくる敵軍への掃討射撃を行うが、混合キメラ級の勢いは止まらずに、積み重なる屍を乗り越え、前方の味方を盾としながら、数体が弾幕の嵐を抜けて距離を詰めてきた。
 「やらせん!」
 左手に保持していた突撃機関砲を投げ捨てながら、月詠は近接戦闘長刀を両手で保持して構える。
 突進してきた1体を右に避けながら、左肩より刃を入れて袈裟懸け斬り。そのまま刃を抉って刀身を横に向け、水平に薙いだ。それを皮切りに連斬――何体かを斬殺した所で、長刀が耐久限界によって折れ飛ぶが、構わずに短刀を抜き放つ。
 「はあぁぁあ!」
 相手の腕による攻撃を掻い潜り、素早く横に回りこんで斬り伏せて行くその様は、何時にもまして力強く激情的だった。過去の戦いにおいて、彼女が此処まで闘気を剥き出しにしたのは無い。
 混合キメラ級は、人間と同じく自由に動く2本の腕と、前面全てを覆う甲殻の所為で、短刀では戦い難い相手なのだが、そんな事を忘れさせる凄まじい気迫だった。
 「真那、下がれ! 可憐!」
 「承知!」
 危険すぎる戦い方だったが、彼女の技量ならば問題無い、それはヒュレイカも御無も解っていた。しかし現在の彼女は本調子とは言えないのだ。
 「意気込むのは良いけど先はまだあるんだ、無理をすると途中でへたるよ」
 射撃と合わせた斬り込みで、月詠の横に並んだ両機は、彼女をサポートする様に動き出す。
 「そうだな……少し意気込みすぎたか」
 「あんたが気構えを乱すなんて珍しいね、やっぱりそれも母性ってやつかい?」
 「そうだな――そうかもしれないな」
 やはり『守りたい』という気持ちが強くなってしまっていたのか。その気持ちが、無意識に戦闘での気迫として出てしまっていたのか。
 「やはり母親に成りますと、女性は変わるものなのですね」
 可憐の言葉がストンと心に落ち、ああそうなのかと納得する自分がいた。そうだ――自分は何よりも、愛する人と愛する者を守りたいのだ。
 「これでは武のことを笑えんな……」
 思わずふふと含み笑いをしてしまう。何年か前は、武の言葉を理想と決め付け、自分は国の為に命を捧げる心算だったのに、それが今では――あるいは武と過ごして来た日々の中で、段々と毒されてきたのではないかと――そう思い苦笑してしまった。
 「ちょっと皆さん、激闘しながら暢気にくっちゃべんないで下さい! これ以上は抑えられませんよ~」
 通信越しに、響の怒声と続いて泣き声が聞こえて来る。月詠達を援護するように制圧掃射を行って来た彼女と柏木だったが、その弾幕を受けながらも敵の進攻は止まらず、見れば後方からの敵流入量が更に増えている。3人は、直ぐに其処から飛び退いて、響達と機体を並べての掃討射撃に移った。
 「さっきから急に敵軍の数が増え始めた、どうやら後続が到着したみたいで、孔からどんどん湧き出て来ているよ」
 「滑走路方面はどうなっている?」
 「変わらないよ。向こうも手一杯で、援軍を求めるのは無理、支援砲撃も一杯一杯」
 「出現率が更に増えていますよ、このままじゃ押し切られます、どうします!?」
 戦域図の中、演習場方面のBETA坑が開いた基地外周部は、既にBETAの反応で埋め尽くされている。響が焦りを含ませた声で言うのも当然だろう。
 それに対し月詠は、何かを考え何かを言おうとした。しかし丁度其処へ、外部隊から通信が入る。
 『フェンリル隊、其処から後退しろ、S-11を使う!』
 「S-11――使うのか」
 告げられた内容は短かったが、受けた衝撃は大きかった。だが、もうこの際それしか手は無いだろうと納得する自分も存在していた。既に四の五の言っていられる状況ではなくなっている、とにもかくにも、今は勝利の事だけを考えなければ。
 『爆発と同時に、全機一時ゲート前まで後退して下さい。戦艦からの支援砲撃を行います』
 『それは有り難い。準備良いか、カウント行くぞ!』
 「全機後退、ゲート前まで後退するぞ!」
 《《了解》》
 カウント10が刻まれ、月詠達は急いで後退を行った。やがてそのカウントが減っていき、0を刻む。
 「行くぞぉぉ、喰らえぇ!」
 「そらよぉ、消し飛んじまいな!」
 演習場方面に展開していた戦術機部隊の中から、幾つかのS-11が投擲された。それは風を切って飛んで行き、演習場の中間部分を飛び越して外周に近い所へ――其処に落ちるか落ちないかの所で、起爆する。
 そして、戦術核にも匹敵する威力を持つS-11の爆発は、演習場に展開していた大半のBETAを消し飛ばした。正に一網打尽と言った所だ。だが、それでBETAが怯むかと言うと、奴等にそんな気は微塵も無く、爆発の後にぽっかりと空いた空間を埋めるように、爆炎と粉塵を掻き分けて更なる後続が迫り来る。しかし、それらの個体には戦艦から放たれた砲撃が振り注ぎ、後から後から前進して来る敵を次々と吹き飛ばして行った。
 レーザー級と、地上から進攻してくる後続を抑えていた戦艦隊は忙しいはずなのだが、それにも拘らず砲撃の幾つかを此方に割り振ってくれたのは正直有り難かった。友軍の至近や乱戦の所は狙えないが、戦艦の火力は大きな助けとなる。
 「取り敢えず、一旦はなんとかなったかな?」
 「だと良いけどね……」
 砲撃を抜けて来る個体は多かったが、先程に比べれば余程にやり易かった。掃討射撃を行いながらも、これで一時は凌いだかと安堵したい所だったが、BETAの物量は並ではない、恐らく直ぐに、また数が増えていくだろう。それを思って口に出したヒュレイカだったが、次の瞬間――その言葉は、更に悪い方向で現実のものとなったのだ。
 「どうやら……そうも行きませんようですわね」
 「あちゃー、この状況で来るかね?」
 「この状況だからこそ来るのだろう、敵が弱った所を最強の精兵で打ち破るのは、古来からの常套手段――忌々しい事だが、この統率されたBETAがその戦法を使ってきたとて、なんら不思議ではない」
 BETA坑付近に新たな敵軍反応、その反応の多くは、Nnknown・過去に該当無し――つまりは未確認の個体だった。
 「一難去ってまた一難……狙ってやってるのなら、これで最後にしてほしいよ」
 柏木の愚痴混じりの言葉に、皆は心の中で大きく頷き、そして前方を見据える。



[1127] Re[49]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第123話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/14 00:26
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇

 新たに現れた正体不明の敵Nnknownは、豪雨のように降り注ぐ弾幕のカーテンの向こうで動かない。直接視認できる訳ではないが、動きが無いその様は、まるで肉食獣が息を潜め、獲物に踊りかかるタイミングを見計らっているかのように感じられてしまう。そして、その予想は大体当たっているのだろう――Nnknownの表示を見詰める衛士達の殆ど誰もがそう思いながら、気持ち半ばに、未知の恐怖を押さえつけようと内心で奮闘していた。
 しかし、そうであっても状況と言うものは刻々と移り変わっていく。支援砲撃は何時までも続く事は無く、落下してくる弾幕には、既に当初の勢いは無い。衛士達は徐々に、気持ちを押さえ付け、または折り合いを付けて、新たな敵に対する備えを始めだした。そして当然ながら、月詠達も早々に対策を取ろうとしていた。
 「柏木中佐、姿を確認できないか?」
 「駄目だね、演習場外周のカメラは全部死んでる、砲撃が収まらない限りは向こうを確認しようがないよ」
 「そうか……やはり望遠で捉えるしか方法が無いか」
 先ずは何よりも、相手の姿を確認する事が先決だ。外観で内面が完全に解るとは言えないが、それでもある程度の予測は立てられる。だからこそ、基地に設置されている複数のカメラが使えないかと思ったのだが、戦闘によって相手が存在する付近のカメラは全損してしまっていた。目視しようにも、土煙と爆炎で、完全に向こうとの視界が遮られてしまっていた。
 「事前資料無しで相手と当たるのは厳しいですね」
 「私達が、初めての会敵って事ですからね。どんな姿かも分からない……」
 ごくりと喉を鳴らす響。怯む訳ではないが、肌が粟立つような未知への不安はある。『知らない』ということは、想像以上の精神的重圧を感じさせるものだ。
 「これがほんとの『初体験』ってやつだね」
 「ひ、ヒュレイカ中佐ぁ! そ、その言い方は――確かに間違ってはいないけれど、でもやっぱり初体験は……。せめて『しょたいけん』じゃなくて『はつたいけん』て発音して……」
 「いや、響ちゃん。それってどっちも意味同じ」
 「では、未体験ではどうでしょうか?」
 ……………………重圧を感じさせる筈なのだが、それを跳ね除ける気概を、既に彼等は持っているようだ。
 そんなこんなで、弾雨を抜けて来る敵軍を射撃で押し止めながら、正体不明の敵Nnknownの動向に注意を払い続ける。やがて火力が衰え始めた頃、敵が存在する前方では無く、此方の陣地で新たな動きが出た。レーダーが、月詠達に接近してくる友軍機の反応を捉えたのだ。
 「伊隅大佐、滑走路方面は宜しいので?」
 「向こうは国教騎士団と斯衛軍の奮闘で、ゲート防衛に関しては問題がありません。此方の敵出現量が増大したので、ガルム隊を残して援護に駆けつけたのですが――どうやら、良い判断だったようで自分でも驚いています」
 月詠達の横に伊隅機が並ぶ。通信越しに聞こえてくる声は、その内容に反して硬く、その目は爆炎と土煙の向こうを鋭く睨み付けていた。
 「皆さん、補給コンテナを持ってきました。各種取り揃えましたので、活用してください」
 その後ろから、やや遅れて到着してきた他の隊員達。護衛をしていた2名以外の者が、補給コンテナを保持していた。
 「お、そりゃあ有り難い。しかし、本当に色々持ってきたねぇ」
 「何が有効になるか分からないからね、取り合えず持てるだけ持って来よ」
 「皆さん、補給を早く! 砲撃終了まで、もう余り時間がありません!」
 珠瀬に言われるまでも無く、月詠達は補給コンテナ内部から武器弾薬を補充し始める。その間にも、落ちてくる砲弾の雨はその勢いを弱めて行き、見れば相手側もそれを悟ったのか、動きが俄かに激しくなっていた。
 「来るぞ、全機備えろ!」
 『真那!』
 伊隅の緊迫を孕んだ声に被さる様に、月詠の機体へと通信が繋がる。
 緊張が、弓弦を引き絞るように張り詰めたこの瞬間だというのに、月詠はその声を聞いて、心に暖かいものが満ちたのを感じた。目の前が光に満ち溢れるように感じた自分の心を省みて、どうやら自己分析以上に気を張っていたと思い知る。
 『武……』
 『此方はもう直ぐ出撃可能だ。そっちは……色々やばいみたいだな』
 『なに、どんな困難が眼前に立ち塞がろうとも、我等はそれを超えて行く、今までも、そしてこれからも――そうだろう』
 にやりと笑った月詠に、一瞬きょとんとした表情で間抜け顔を晒した武は、次の瞬間盛大に吹き出した。
 『く……ははははは、真那がそんなこというなんて――』
 『私とて変わる、特にお前と一緒にいればな』
 『くくくっ、そうか……そうだよな。それに、守るものが増えちまった俺達は、余計に負けられねぇからな』
 小さくて、1人ではまだ何も出来ない小さな命。しかしその命の価値は、自分達にとって何よりも重い。
 『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ、フェンリルへ――砲撃終了まで30秒を切りました、全機正体不明の敵Nnknownの襲撃に備えて下さい。――みんな、気を付けて』
 涼宮少佐の通信と同時に、砲撃終了までのカウントが表示される。後25秒……
 『まだ体が万全じゃないんだ、無理するなとは言わねぇけど気を付けろよ……』
 『ああ。私とて死にたくは無いからな』
 最後に、言って無駄とは解っていても、気を付けろと述べてしまう武。この状況でその言葉が気休め程度にしかならないのは、言った本人も言われた本人も解ってはいたが、それでもその心使いがこそばゆかった。
 『大丈夫です。もしもの時は、私がお助けしますから』
 『はいはい……分かった分かった。もしもの時は頼むぜ』
 『ぶう……本気にしてませんね』
 この頃何を考えているのか、武と出会った当時の如くに態度が戻っている響は、武だけではなく何故か月詠にも親愛の情を示すようになった。それは友情や、年上のお姉さんに対するようなものではなく、もっと家族的な……まるで実の母親に対するかのような態度で、月詠本人のみならず、周囲の者や、何故か本人自身も戸惑っている。
 だから彼女がこんな事を口にしても、武は何時もの事と深く取り合わずに、さらっと流した。
 『それじゃ通信終わる――直ぐに合流するのは無理だけど……』
 『大丈夫だと言った筈だ。私に心を裂いてくれるのは嬉しいが、お前は自分の戦いを――』
 『解ったよ。じゃあ、また後でな』
 ぷつんと通信が切れる。月詠はほんの暫くその場所を見詰めた後に、視界の隅を確認した。カウントは残り数秒も無い。そう――とうとう正体不明の敵Nnknownの攻撃が開始されるのだ。

◇◇◇
  
 最初に『それ』と遭遇したのは、中央に位置していたホルン大隊だった。爆炎の隙間から、此方に駆けて来る姿を捉え、初めて『それ』を視認する。
 「狼……か?」
 最初はただの黒い塊にしか見えなかった。この闇の中、黒と言う色は中々に視認し辛い。基地各所から放たれるライトだけでは、やや遠方の敵が満足に姿が把握できず、AIがサーモグラフィーで捉えた映像を横に並べるにいたって、やっとその全容が把握できた。そしてその情報と捉えた情報を元に、AIが曖昧な映像を補完する。
 そうして映った姿は狼だった。姿形は狩猟者ハンター級そっくり。しかし決定的に違うのは、その大きさと、体全体を覆う黒い物体――全ての個体が12m~15m級の巨体を持ち、顔に光る赤い器官以外は、ほぼ全てが黒い何かに覆われていた。
 「呆けるな! とにかく撃て! 狩猟者ハンター級ならば素早い筈だ、掃射しろ!」
 その姿に釘付けになっていた者達は、隊長の激を受けて我を取り戻した様に発砲を開始した。敵は未知でも、BETAには変わりは無い。姿形も狩猟者ハンター級に似ていると言う事で、近付けても碌な事にはならないのは確実なのだ。
 しかし、撃った者達は次の瞬間、有り得ざる現実を恐怖としてその身に感じる事となった。
 此方に駆けてくる黒い狼に着弾した36㎜弾は、甲殻弾も通常弾も、その事如くが弾かれたのだ。
 「な……なにぃ!」
 「もう1度だ、もう1回撃て!」
 すかさず第2掃射が放たれたが、その攻撃も殆どが防がれた。ある程度の敵は倒れていくのだが、その割合は群れ全体の中では圧倒的に少ない。体表を覆う黒い何かに、着弾した36㎜が尽く阻まれて行くのだ。
 そうこうしている内に、相手は此方に肉薄して来る。どうやら襲撃スピードは狩猟者ハンター級と変わらないようで、とにかく素早い。
 「総員着剣!」
 隊長の声に激発されるまでも無く、部隊前方に位置していた衛士の1人は、飛び掛ってきた黒い狼型BETAに、抜き放った長刀をそのまま叩き付けた。しかし、刃はその肉体を裂く事は出来ず、やはり表面の黒い何かに遮られる。インパクトの瞬間、金属と金属を叩き合わせて打ち鳴らしたような硬質な音を立てた両物質、衛士はその様に驚きはしたが、そのまま力で押し切ろうと刀身に力を籠めたのだ。しかし、相手が身動ぎすると、その黒い何かも波打つように動き、刃が接している部分も斜めに波打つように動いた。結果、刀身に加えられた力のままに、刃は黒い何かの上を横滑りしていってしまい、刀は相手の体表上で滑りつつ、そのまま振り抜かれてしまったのだ。
 「これは、甲殻……うああああ!」
 狩猟者ハンター級としての性質は変わりないのか、そのまま数体に飛び掛られた戦術機は、力任せに引き倒されてしまった。大きく裂けた口も変わらずに、その内部には鋭い歯が無数に並んでいる。エクウスペディスと違い、噛み潰す為の歯ではなく、切り裂く為の歯だが、その脅威は同等に恐ろしい。狼が獲物を貪るのと同様、四方から次々と噛み裂き、裂いた物質を丸呑みにして行った黒い狼達は、瞬く間に戦術機1体をただの残骸に変えてしまった。
 「黒い装甲、やっかいな……」
 隊長は唇を噛んだ。隊員は果敢に応戦しているが、効果は余り上がっていない。あの黒い装甲に阻まれてしまうのだ。後退しつつ射撃で牽制して凌いでいるが、その間にも何人かが犠牲になって行く。
 近くで見ると、黒――と言うよりは、灰褐色か暗い灰色をしている体表。その構成物質が何かは解らないが、36㎜がまるで通らない。
 「隊長! こいつら全身が黒い鎧で覆われています、弾が通りません!」
 「く……、全身甲殻に覆われていてこの素早さ、一体あの黒い物質は何なんだ!?」
 甲殻に覆われていたBETAは、その甲殻が無い場所が弱点だったのだ。現に突撃デストロイヤー級は後ろ側がまるで無防備な種族――しかしこの黒い鎧は、狼の全身を覆っているのだ。しかも、それでいて素早い。狩猟者ハンター級よりは幾らか俊敏さが劣ってはいるが、前身が36mmや甲殻長刀を弾く鎧に覆われていて、此処まで動けると言うのは大きな謎だ、関節までもが黒い鎧で覆われていると言うのに。
 「マブリ! ちっ、おのれぇぇ!」
 また1人、仲間が引き倒された。助けを求めながらも果敢に応戦する仲間を助けようと、隊長自身も弾を放ち続けるが、それも殆ど効果は無い。黒い鎧は、鉄壁の防御を持って狼型のBETAを守っており、やつらは此方の攻撃を殆ど無視しているような始末だ。
 「ちっ、くそったれぇぇ!」
 『どきなさい――』
 『どいたどいたぁ!』
 せめてベイルアウトを……と、隊長は長刀を抜き放って、仲間を助ける為に決死の突貫を掛け様としたが、その一瞬前に、眼前に踊りこんだ機体があった。
 恐ら噴射跳躍ブーストジャンブで飛び込んできたのであろう両機体は、両足で着地した後、その慣性を殺さずに、前方へ勢いよく飛び込んだ。そのまま空中でその勢いを利用し、腰部と連動する回転モーメントを付けて主腕を振り抜く。その一連の動作は素早く苛烈ながら、逆に流水が淀み無く流れるように緩やかにも感じてしまう――正に一寸の無駄も無い、思わず見とれてしまう様な動きだった。
 そしてその2機の戦術機――霧風が持っていた短刀は、仲間を引き倒していた黒い狼を一体ずつ、見事に仕留める。首の付け根を狙った短刀の刃は、ほんの少しの抵抗が認められたが、その後はまるでバターを斬るかのように潜り込んでいったのだ。
 「12! 17! マブリを回収しろ」
 呆けていたのも半瞬、隊長は直ぐ様に命令を発し、仲間を回収する命令を出す。刃をそのまま横に掻っ捌いた霧風2機は、その間にも旋風が巻き起こるが如く、飛び掛ってくる黒い狼達を次々と2本の短刀で倒していった。
 しかし数十匹目を斬り裂いた瞬間に、1機が手に持っていた短刀の刃が根元から折れ飛ぶ。一瞬冷やりとする隊長ではあったが、次の瞬間にはその心配も吹き飛ぶ事になった。
 霧風に飛び掛ってきた2体の黒い狼達が、突然に吹き飛んだのだ。そしてそれに続くように、地上に居た狼達も次々と頭部が爆砕されて行く。あれだけ撃っても与えられた被害は少なかったのに、恐らく爆裂弾であろうこの攻撃は――やや後ろの地点で、突撃機関砲を両手で保持し構えている2体の業炎の所属が、確認しなくても解る様で、途轍もなく心強く感じてしまう。
 『弱点は頭部の赤い部分です、そこに集弾させて下さい』
 『あるいは口の中! 大口開けて飛び掛かって来た所を、慌てず撃ち抜く――結構勇気が居るけど、お互いをフォローしてればそう難しいことじゃないよ!』
 『白兵戦闘が得意な者は、前衛で敵を食い止める役目を。震動ナイフならば効き目があります』
 『良く動く敵に翻弄されない! 前衛と後衛の連携を密に、迎撃に徹しなさい!』
 速瀬機も、短刀が1本折れ飛び、腰部2連ナイフシースから新しい短刀を取り出している。恐らく事前に甲殻短刀と取り替えてきたのだろう。その間に飛び掛ってくる敵は、珠瀬や柏木の援護や、補助腕に装備した烈風で叩き落して行く。たった4人の参戦で、先程までの劣勢が翻ってしまった。
 これが彼女達の力か……と思いながら、御無達のアドバイスを聞いた隊長は、すかさずにその内容を飲み込んで、部下達に命令を出し始める。戦女神に激励されたら、男としては奮闘しない訳には行かない。
 「全員聞いたな――損傷が大きい機体は一旦引き、補給物資と併せて高周波ブレードをありったけ持って来い! 帰還後は、損傷が酷い機体は後方よりの援護に徹し、それ以外は戦線に戻れ! その他の機体は、此処で敵を食い止めるぞ。役割分担は各自の判断で行い、仲間のフォローを忘れるな!」
 短刀を抜き放つ機体、後方に向かう機体、突撃機関砲を構える機体――各々が、各々の役目を自ら定め、戦いの火蓋を握り持つ。高々と掲げるのものは、勝利への近いか、仲間への弔いか――戦乙女たる女神の戦いに奮い立たされ戦士達は息を吹き返し、再度死力を尽くして戦い始めたのだ。



[1127] Re[49]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ 第124話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/19 23:13
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇

 刃を振るいながら感じる、自分と機体が一体となったような感覚。第3世代戦術機では味わえない、第4世代だけに許された領域。だが、今の第4世代戦術機から感じるのはその一体感だけではない。人が、『動』という動作を真髄まで極めた領域を再現するのを、機械が補助してくれるのだ。
 XM4.ver4――これは、今までのXMシリーズとは違い、内容を飛躍的に向上させた物だ。内容的にはXM4だけの能力では無く、寧ろ機体全てに手を入れなければならないのだが、その処置の結果が動きに反映されて来るので、纏めてこう呼ばれている。
 今までのXMシリーズの集大成を基に、AIが蓄積してきた情報と掛け合わせ、最強の動きを再現できるようにしたもの。これが、焔が最終的に求めていた、『本来の第4世代戦術機の姿』――即ち完成系の1つの形である。
 戦術機は人間の動きを再現可能だ。第4世代戦術機の場合は特に細かな動きまで再現可能で、その動きは、人間の操縦と思考から、AIが蓄積した情報を掛け合わせて弾き出している。
 焔は、ならばこの人間が命令として下した『動き』の動作を、戦術機側が再現する事に加え、更に強化できないかと考えた。
 古来人間には、『達人』と呼ばれる者達が存在する。それは些細なものから、大仰なものまで様々だ。例えば600㎞を3日で走破した人物や、一抱えもある大木を引き抜いた人物などの逸話が残っている。
 また、目が見えなくなった人物の感覚が肥大したり、水の匂いを嗅ぎ分けたりする、超人的な人物も存在する。
 焔はこれらを、脳の意識と、肉体の使い方の2面で捉え考えた。
 肉体の使い方でいえば、現代人よりも、昔の人の方が肉体の使い方がより達人的だった。例えば、歩き方にしてもそうだ。昔の庶民は、上半身を固定した『ナンバ歩き』という歩法を使っていて、訓練しなければ走る事ができなかった。『走る』ということができたのは飛脚か武士位で、現代人からしてみれば信じられない事だが『走る』ということは、それだけで高等能力だったのだ。現代の腰を捻った反動で歩く歩法は、明治以降に伝わった軍隊式から広まったもので、現代人が着物を上手く着れないのは、この『ナンバ歩き』では無い為である。
 しかし、ナンバ歩きで走る事は難しいのだが、突き詰め極めれば現代の歩法よりずっと効率が良い。飛脚などは、この能力を真髄まで高めた為に、達人の動きが可能となっていったのだ。今の現代人の動きは、達人的な動きを、誰でも使えるように合理的にして行ったもの――つまり焔は、昔に存在した『玄人』の動きを戦術機側で補強し、その動きを再現しようと考えたのだ。
 そして、意識的な行動。
 これは説明が複雑になるので省くが、要するに武術で言う『動きの質的な転換』の応用である。内的感覚の知覚や、それにも関わってくる脳の働きをAIが蓄積して、操縦者が物事を考える電気信号の段階で読み取って補助する。そしてそれを『最適な動き』として、他の動きと関連させながら保存していくのだ。
 人間が無意識に動けるように小脳に組み込まれている、オートの動き。この反射的なオートの動きを、自由度の高い『マニュアル的な動き』として作り出していく。システムが働く感覚としては、自分の動きを俯瞰して観察するような感じだ。リアルタイムな自分の動きというものは、自分が一番良く理解できる。どこに無駄があり、どうすればもっと速く、力強くなるかは、自分が一番良く解る。勿論これは、オート動作だけに働くものではなく、全身の動きに作用させ、最適な動きを作り出す事も可能。
 この2つが組み合わさり、1つの『動作の形』として出来上がれば、昔の達人のように、1つの動作の間に全身各部を同時並列で動かす事も可能になる。
 これこそが、『完全な自由動作』――第4世代戦術機の完成形の1つである。
 もっとも、これは飽くまでも『究極の形』であって、実際は此処まで都合良くは行かないが。戦術機が司るのは、飽くまでも『助け』であって、性能を引き出せるかどうかは、操縦者に依存してしまうからだ。50%は、XM4.ver4の力だけでも可能だが(もっとも、それだけでも十分に凄いが)、それ以上は操縦者の能力向上が必須なのである。
 (因みに、性能向上にあたってAIシステムも肥大化しているので、戦術機内部構造のダウンサイジングが進んでいるが、その分、増大したAIシステムが場所を取っている)

 この『動作』の再現に大いに貢献したのが、御無であった。
 彼女の家は、古来から続く業と技を、絶やす事無く受け継いでいる家で、彼女自身もその『わざ』を、多数修めている。それらの本格的な『わざ』は、開発の大きな助けとなったのだ。そしてまた、出会った当初より、彼女に教えを受けている第28遊撃部隊の者達も、開発に関わっている。
 現代の衛士達も、意識的に上記のような『わざ』を教えられているが、それは完璧ではない。何年もかかって到達可能な極みに辿り着けない者が多いからだ。だから、完璧たる動きを基にして基礎を作り、それを戦術機にインプットさせる。衛士の足りない部分を戦術機が補って、少しでも完璧な『達人級』の動きとして行くのだ。

 そして現在、御無はそのシステムを最大限に利用して、戦術機を己の手足の様に動かしていた。
 動きの『補助』と言ったが、達人級の業を繰り出せる人物にしてみれば、そのシステムは自身の動きと完璧に連動するもので、同調に際して、機体との一体感がより完全に感じられる。
 コクピット内部から感じられる戦術機の脈動は、まるで生きているかのようなそれだ。オイルは流れる血と混じり合い、肉と金属が溶け出して広がっていく。大海原に真水をコップ1杯零したが如く、自身が溶け広がっていくようなそれは最初、狂わんばかりの快感と恐怖をもたらしたものだ。
 しかし慣れてしまえば、これ程に素晴らしいものは無い。操縦桿コントロールスティックを握る手に、既に自身の意識は無く、感覚的には腕が主腕となったかのようだ。勿論それは錯覚的なもので、実際には操縦桿を動かして操縦しているのだが、意識的に『操縦桿を動かしている』より、『主腕を動かしている』と感じられてしまう程、一体感が強いのだ。そしてそれは、フットペダルを踏む足も、それ以外の部分でも同様だ。
 生身であった時に修めた技の数々は、ほぼ無意識レベルで繰り出せるまでに昇華させて来た。そして戦術機に乗るようになってからは、その技を戦術機でも繰り出せるように試行錯誤してきたものだ。だが、今のこの機体は、生身の技そのままが、ほぼ無意識レベルで繰り出せるのだ。
 無意識レベルで行うには、最初に数回その動作を行って、戦術機側に動作を覚えさせなければならないが、その手間を惜しむ程ではない。それに、自分の今までの動作を蓄積しているので、操縦を細かにすれば初回でも十分に、戦術機側が動きを最適に補完してくれる。
 第4世代戦術機に乗った自分は、滅多な事ではやられはしない――それが、御無可憐という女性が抱く、自信と確信だった。

 「ちっ、また折れたっ。こいつら、鬱陶しいのよ!」
 御無の横で同じ様に旋風を巻き起こし、敵を屠り続けていた速瀬機が、もう何本目かもしれない振動ブレードを放り捨てた。振動ナイフは、硬い物にも刃が通る高威力の武器だが、その構造と使う用途上、耐久限界が低い。ある程度上手く使えば耐久限界も伸びるのだが、この緊急時にそんな事まで気を回せず、彼女達2人も含め敵の攻撃を白兵で抑えていた者達は、合計してもう何本消費したか、数えるのが面倒な位となっていた。
 「この黒い狼型BETA。確かにこの装甲は厄介ですが、意外と簡単に倒せたので、最初は御し易いと思いましたが――」
 「こいつらだけなら、確かに厄介じゃないのよ――こいつらだけなら!」
 御無と速瀬達が最初に遭遇した時、確かに黒い装甲に攻撃が聞かない事は若干驚愕はしたが、そこは歴戦を潜り抜けてきた者達。直ぐに冷静な目で観察して、弱点を見抜いた。
 先ずは露出している、BETA特有の赤い器官が目に付いた、狩猟者ハンター級も同じく其処を急所の1つとしていたからだ。黒い装甲で覆われた狼型BETAは、従来の狩猟者ハンター級と違って、赤い器官が本物の狼の様に付いて狙い難かったが、それでも集弾させれば十分対処可能だった。それに、巨体になった分、敏捷性が幾らか失われていたのも幸いだった。
 後は口の中だ。集団となって口を開けて襲い掛かってくる敵に、カウンターで弾を撃ち込むのはかなりの危険性を伴う行為だったが、それでも仲間と連携すれば十分に可能な事だった。迎撃に専念すれば相手の狙いも読み易く、仲間もフォローし易い――この様に、見掛けと特性に反して、確かに手強いが、意外と厄介な敵ではなかったと思っていたのだ。
 少し前までは――。
 「速瀬! 横から要撃グラップラー級が接近してきているぞ!」
 「こっちは手一杯です隊長! 宗像、風間!?」
 「駄目だ、こっちも手を抜いたら崩される!」
 「俺達がカバーする。ヴァルキリーズはそのまま黒い狩猟者ハンター級を抑えてくれ!」
 「了解、任せたわよ!」
 黒い狩猟者ハンター級を相手にしだしてから数十分、部隊は其処に釘付けとなってしまっていた。いや――段々と後退させられているといった方が正しいだろう。黒い狩猟者ハンター級が襲い掛かってきた場所を基点に、戦術機部隊が其処に集結し守っているが、じりじりと後方に後退を余儀なくされている。
 その主な原因は、やはり新型の黒い狼型BETAであった。
 「こいつらは、自分達の種族だけで戦闘能力を発揮するタイプでは無い……」
 「他の種族との共同襲撃において、もっともその戦闘能力――いえ、特性を発揮させる相手ですね」
 伊隅や千鶴らは、早々にこの新型BETAの存在意義を悟った。
 このBETAの全身装甲は、他のBETAと共同で襲撃を行う時に、もっともその特性が発揮される。つまりこいつらは、自らが優れた集団攻撃兵器であると同時に、大型BETAに従属する攻撃補助兵器でもあるのだ。
 素早いその動きは、他の大型BETAに先んじて集団攻撃を繰り出す。その襲撃自体も脅威だが、問題はその装甲が、後ろから来るBETAの盾になる役目も果たしているということだ。黒いBETA自体が脅威な為に、最初にこいつらを倒す事に集中しなくてはならない。しかも安易に撃っても弾が弾かれてしまうので、他の敵と纏めて、掃射で倒す事も難しい。たとえ掃射しても、その装甲が大半の弾を阻んでしまうから、後ろにも届き難いのだ。
 そして更に、混戦になるともっと厄介な敵となる。
 弱点が極少ない為、咄嗟に倒し難く、そして更に巧みな連携も使う。もともと狩猟者ハンター級は、本能的な能力として狩猟的な集団戦能力を備えていたので、指揮官型が加わった事により、それがより洗練されたのだろう。自らの体の特性を熟知して、それが己が役目とされているのか意識的に、他のBETAに放たれた銃弾の前に飛び込んで弾を弾く事さえする。正に生きた盾――攻撃能力を持った、死を恐れない盾なのだ。
 3体が殺される間に、残りの1体が攻撃する。4体が殺される間に、他の種類のBETAが攻撃を加える。彼等は使い捨ての道具であり、僅か1体の攻撃を届かせる為に躊躇無く死んで行く。そんな数の暴力を効果的に使った戦法を、装甲や集団連携を織り交ぜる事で更に効果的にする、途轍もなく厄介な敵であった。
 「焔に感謝しよう――振動ナイフがなかったら、余計に対処し辛かった所だ」
 「それに、烈風やパイルバンカーにもね」
 甲殻ブレードが好まれる中、焔が脚部に振動ナイフを格納させるのに拘ったのは、正にこういう時を想定してのものだったが、それが実際に役に立っている。ヒュレイカはその時、科学者お決まりの台詞を言っている焔を想像してしまい、月詠の言った言葉に、思わず苦笑して同意してしまった。歯を剥き出して飛び掛ってくる敵を咄嗟に打ち払うのに、シールドと一体になった烈風や、ナックルガードが付いているパイルバンカーは大いに役に立っている。それに振動ナイフは、至近距離でも相手を倒せる貴重な手段だ。
 「でも、振動ナイフにも限りがあるんだ、大事にしないとならないよね」
 「まあね、最初にちょっと使い過ぎたからね……」
 言った通り、現在は甲殻ブレードの方が好まれている。焔が計画を纏める基地として、振動ブレードのストックも他の基地とは比べ物にならない程に多いのだが、それでも限りはある。真水が地面から染み出てくるように出現してくる敵を前に、安易に消費し続けていたらたちまちの内にそれも消費してしまうのは確実だ。
 最初は此方の迎撃体制が整わなかった為に、相手の勢いを殺そうと2刀を振り回していた御無や速瀬達も、現在は突撃機関砲を片手に、振動ナイフを使うのは最低限にして敵を倒している。
 「何か……変だな……?」
 その時、ヒュレイカは妙な気配を感じ取った。それは気配と言うか、本人に言わせれば『臭い』の様なものだ。彼女自身が培って完成させた、特殊能力と言っても良い位の感覚――お決まりの危険察知能力だ。
 BETAの動きが従来と違うのはもう既に承知の事だ。だから変なのは当たり前なのだが、これらの動きに何かしらの作為的な『臭い』を感じてしまった。
 (BETAが作為的……そんな馬鹿な。しかしでも、いや――)
 そんな馬鹿なと、一笑に付したい衝動にも駆られたが、しかし直ぐに思い直す。だってやつらは、既にその手段を取っているではないか。
 それに気付き、改めて現状を確認してみて、ヒュレイカは愕然とした衝撃をその身に焼き付けられた。誰も気付かなかったのか――こんな簡単な事に気付かなかったのか。月詠や、伊隅や、柏木、司令や焔でさえ!
 BETAは既にその手段を行っている、自分達はそれを知っている筈なのに、身を持って体験した筈なのに、しかしそれでも今まで気付けなかった。これは、その身に刻まれたやつらへの油断――定着してしまった常識なのか? いや、恐らくは、私達自身も、新型という新たなる脅威に、意識の大半を持っていかれていたのかもしれない。しかも奴等は、意図的に向こうの戦力を減らして行って、私達に錯覚めいた感覚を起こさせている。人間に当て嵌めて考えてみれば、それは実に単純な戦法だというのに気付けなかったのは、それも大きな原因の1つだ。やつらは其処まで、人間の心理まで計算していたのか!?
 「誰か、第4演習場付近の防御を固めろ、急いでだ! 此方に戦力が寄り過ぎて、手薄になり過ぎているぞ!!」
 力の限り声を張り上げるが、果たしてそれが可能かどうかは、自分でも疑問だった。現状此方を押さえ込むので手一杯なのに、向こうに割く戦力を捻出するのは難しい。
 ヒュレイカの言葉で、月詠や伊隅もはっとしたようにその危険性に気付くが、既に事は成った後だった。
 西寄りの第4演習場の外れ、其処にはBETAも少なかったのだが、広域戦域図の上に、ぽつりとその光点が点った。人類が知る中では、もっとも忌まわしく、厄介に思っているBETA。そのBETAの出現を表す警報が、戦術機内に響き渡り、危険度を表す等級が一気にレッドゾーンにまで達した。
 「光線レーザー級! そんな、何でよ!!」
 「1、2、3、4……どんどん増えています!」
 茜と千姫の言葉にも、驚愕と若干の焦りの色が隠せない。BETA坑から出現したのではない、行き成り『其処』に現れたのだ。しかも、戦場の遥かに端の端に。
 『直前まで、周囲に混合キメラ級の反応あり!』
 『12体確認している。最低24体は居るぞ!』
 その答えは、遥と焔がもたらした。皆はそう言えばと思い出す、混合キメラ級がそういうことができるということを。
 「こっちは本命と同時に囮って訳、やられたわ」
 「でも此処から離れる訳には行きませんわ!」
 向こうの戦力は既に1個大隊しか残っていない、しかも相手は戦場の遥か端。更に悪い事に、要塞フォート級や突撃デストロイヤー級の群れが、まるで射線を遮る様に動いている。此方は完全に後手だ。レーザーシールドも格納はしてあるが、今は用意してはいない。
 『敵、照射体制に入りました!』
 『BETA坑より、敵軍出現!』
 24の照射が一斉に放たれたら、隔壁は直ぐに破られるだろう。そして大半の戦術機が第1・第2演習場方面に釘付けにされている内に、別の一群に其処から進入を果たされるであろう。
 『北部Aゲートを一時開放する。マレーシア連合軍第36大隊は、基地内からBゲートへ回り込んで、侵入して来る敵の迎撃に当たれ!』
 アフマド司令の下した判断は迅速だった。命令途中にも後ろでゲートが開いて行く。この状況でゲートを開く命令を出すとは、度胸があるのかこちらを信頼してくれているのか――とにかくも、命令を受けた第36大隊は、即座にゲートの奥へと姿を消して行く。
 『照射開始されました。ゲート完全融解まで、後31秒』
 『隔壁は!?』
 『全て下ろしています。合わせて31秒です!』
 ゲート自体もかなりの防御能力を持つが、その後ろに更にもう数枚頑丈な隔壁が存在する。しかしそれを下ろして
いても、31秒しか持たない。光線レーザー級24体の集中照射は、融点を軽く超えてしまう程の熱量を孕んでいる。
 『呼ばれなくても御登場~っとぉ!』
 『こんな時にふざけないで下さい――皆さま、此処は私達が引き受けます』
 『あんたらは向こうの手助けを、行きな!』
 戦闘を続けながら、歯噛みしつつその様を見ていた皆の耳に、こんな時でも相変わらずな声が飛び込んできた。メインゲート付近で戦っていた筈の派遣傭兵部隊の面々が賭け付けてきてくれたらしい。掛け声は本当にふざけ気味だが、その実力は周知の事――この状況にあって、とても頼もしい援軍だ。ヴァルキリーズ、フェンリル隊は、後を譲って迷わず飛び出した。スキルビッツァ達は、精鋭が2大隊――個人の実力の上では劣るが、総合火力や制圧力で言えば、13人の特殊部隊よりは遥かに上だ。
 『ゲート完全溶解まで、後13秒!』
 最早敵の侵入を許す事は避けられない。月詠達の役目は、先ず第一に光線レーザー級の殲滅、そして少しでも多くの敵を屠る事だった。



[1127] Re[39]:序章(修正)  41、42、42.5話再録
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/19 23:32
序章
◇◇◇

「まだ、蒼穹に輝いている……」

 冥夜は、暗き深淵の中に星が瞬く空間を視界に収めながら、その中に浮かぶ、青い色彩で彩られた美しく輝く星を見詰めて呟いた。
 人気の無い展望室の中、その場の静寂が、自らの肉体に侵食したように、冥夜はじっと動かない。青く輝く星を見詰める彼女のその眼差しにも心の中にも、複雑な思いが雑多にとぐろを巻くが如くに、渦巻き果てる事は無かった。 思いを、希望を託され地球を離れて、既に5年以上が過ぎた。いつも心に思うのは地球に残った愛する人、そして自分が守らねばならないと思っていた人々の事。
 BETAに侵食されつつも、まだ十分に美しい惑星を見る度に『自分はこんな事でいいのであろうか? 己が出来る事は無いのか?』と、心に浮かぶそんな葛藤が、冥夜を苛んでいた。
 
 オルタネイティブ5により、移民船団が地球を離れて5年が過ぎた。バーナード星へ移民した人類は確実に勢力を増やし、安定した生活を手に入れるまでに至っていた。
 
 『お前達と俺の子供が生きていればそれが俺の生きた証になる』
 あの美しい惑星を見るたびにその言葉が心に浮かび涙を誘う、あの日の選択を、別れを後悔してはいない。後悔は何も生み出さないことを知っているからだ。しかし愛しい人に会いたいという気持ちは日々心に募ってくる。
 「武……」
 思考が愛しい人を思い出し、知らず名前を呟いてしまう。愛しく思うその者の姿は、未だに鮮明に思い出せる。腕に抱かれる時のその温もりも、耳に心地良く感じた声でさえ――。しかし、思いに沈んでいた冥夜はそこで、意識を現実へと浮上させた。背後より近づく気配に気付いたからだ。いや、気配は消しているのだがこちらも剣術を嗜んだ身、相手の気配遮断能力も中々のものだったが、よく知っている気配なので察知は容易であった。
 蒼く輝く惑星を見上げて見詰めながら、後ろに迫る人物に声を掛ける。
 「慧……、私がお主の気配を察知できんと思っておるのか?」
 「…………残念……」
 全然残念に思っていないような声に、相変わらずだなと口の端に皺を寄せながらも、その場で振り向いてその人物に目を向ける。
 「ん………」
 右手だけを上に挙げ、言葉少なに挨拶をするのは「彩峰 慧」。共に同じ男を愛し、同じ様に子供を授かり、その男に強引に説得され移民船団に乗せられた、盟友であり、ある意味ライバルでもある女性である。

 「久しぶり……白銀婦人」
 「何を言う、毎日のように戦術機の操縦訓練で会っているであろうに。それに白銀婦人はお主もであろう、慧」
 白々しく軽口を飛ばす慧に、此方も素っ気無い態度で反論する。
 此処では「白銀」と名乗っている冥夜。オルタネイティブ5発動の折、日本政府により双子の妹である冥夜は色々と問題ある人物とされ地球に残されることが決まっていたのだが、冥夜の姉悠陽はこれに反発していた。しかし逆に、自分の立場が足枷となって、決定が覆せなかったのだ。
 冥夜はそれを知っていた。武によって移民船に搭乗したのだが、そういうこともあって、自身の出自を隠すため御剣という名と帝家という身分を隠し、「白銀」を名乗っているのだ。
 慧が「白銀」を名乗っているのは冥夜に対する対抗意識と、やはり愛しい人を思っての事らしい。彩峰慧という人物は、見た目の割りに純情だ。
 2人は現在同じ立場であり、共に白銀を名乗っているので、友人としての親しみを込めて互いを名前で呼び合うようになってもいる。

 「それで、一体なんの用なのだ。戦術機の訓練なら、今日は午後からの約束であったであろう?」
 『戦術機の訓練』……冥夜と慧は、何時か必ず地球に帰ると誓っている、その時の為に訓練は欠かしていない。自分達は、徒でさえ実戦を離れてしまうのだ。それに、地球に残る人たちが今も戦っているのだろう事を思うと、否応ない尚早にかわれて、何時も限界以上に過酷な訓練を行なってしまう事も多かった。
 訓練以外でも、大抵はお決まりのパターンなので、今回も心の底では気楽に思っていたのだが、今回は冥夜の斜め上を行く回答が、慧の口から飛び出て来た。
 「違う……、香月博士から迎えが来た。御剣と一緒に来いって……」
 「香月博士が!?」
 容易には信じられない人名を己が耳が聞き取った事に、冥夜は思わず聞き返してしまう。香月博士が移民船に搭乗していること自体は、他の情報を密かに探った時に確認していたが、その彼女がいきなり自分を呼び出す訳が解らなかった。彼女が自分を呼び出す事は、双方にとって少なからないリスクが伴う事を、博士は知っているだろうに。この呼び出しが、唯の昔語りであるものか――冥夜は直ぐ様に、彼女が自分を呼び出す可能性を推測し始めた。
 「そう、とにかく大至急と……」
 しかし、一瞬考え込んでみたが、自らが辿り着ける可能性は少なく、そのどれもに信憑性が欠けていた。今の自分には、隠した身分の他は何も無く、政治に関わる可能性も少ない。
 ならば後は、香月博士自身が個人的に呼び出しているということだろう。
 香月博士とは7年間会っていない。オルタネイティブ5が発動した後「MX3」搭載の不知火が彼女名義で207小隊に届けられた事を最後に全く音沙汰がなくなっていた。今は移民船団で、博士として働く役職にあることを知っていたが、これまで双方に何も接触は無かったのだ。
 その彼女が今になって自分達を呼び出すのだ、これは恐らく何か重要な用件があるのは確実。博士は無駄なことは極力しない主義、やはり歓談であるとは思えない。
 「分かった、同行しよう」
 一瞬子供のことが頭をよぎったが、このまま訓練に移ろうと予定していたので、現在は託児所に預けているのを思い出す。長時間でなければ余り心配はないだろう。慧の子供も同様に。
 結論付けた後は、唯行動するのみ。迷いや不安はかなぐり捨て、きっぱりと言い切った冥夜に、慧は笑みを浮かべて頷いた。
 「じゃ……行こう……。外に迎えが待っている」
 極力音を立てる事も無く、猫のようにしなやかに歩く慧に付いて歩きながら冥夜は心中で『何かが動き出していく』そんな確固たる予感を感じていた。
 待っていた車に乗り込む、運転席には冥夜達よりは幾分年上の女性が座っていた。そのまま展望室から離れ車が走る。ハイウェイで中央行政区に移動した後は、どこかの道をひたすらに走り続けた。

 車が走る中で冥夜は、中央行政府の国ごとに纏まって建てられた各国の建物を見て「こんなところに来てまで領土争いを行なうのか」とも思ったが、逆にそれは仕方のないことかもしれないとも思ってしまった。確固たる寄る辺がないと人は生きてはいけない、冥夜自身も自分の生まれた「日本」という国を人を愛しているのだから……。

 やがて、行政区の外れの外れに到着し、そこから地下に潜って行く。下車の後に、幾分か歩きエレベーターに乗った。そして降りた先の扉の向こうに居たのは、間違いなく香月博士その人であった。
 その人は、冥夜が入ってくると彼女に目を向けて、極なんでもないように言葉を掛けて来た。
 「久しぶりね。御剣……それに彩峰……」
 7年振りだと言うのに相変わらずな態度、本当に7年振りかと、こちらが疑ってしまう程に普通だ。しかし冥夜は、香月博士のその態度に、彼女の変わりなさを確信し安堵して、昔の通りに敬礼した。横に並んだ慧もそれに続く。
 「お久しぶりです、香月博士」
 「お久しぶりです……」
 「そうね……あれからもう、7年が経っている。あなた達も成長したじゃないの、昔から見れば見違えたわよ」
 「実を言うと、私自身がその変化に戸惑っていた位です。ですが、昔の私を知る博士がそうおっしゃって下さるのなら、私は確かに変われているのでしょう」
 「私は逆に年を取って黄昏てるっていうのに、若いって良いわねぇ」
 彼女は既に、上官ではない。しかし、冥夜も慧も、彼女に対する尊敬の態度だけは崩さなかった。しかしその中でも、過去共に戦ったという連帯感に近いものが繋がっていた。思想や手段に違いはあっても、彼女達が目指したものは同室であり、そういう意味では皆が戦友だったのだ。
 「大丈夫大丈夫……博士も十分若いまま。それに私達も、四捨五入すれば30歳」
 「まあ……気休めに受け取っておくわ」
 皆、変わった所も、成長した所も、そして変わっていない所も存在する。彩峰慧の場合、武が言う「彩峰節」は今だ変わらず健在である。もっとも、子供を持ったことで一匹狼的な性格は随分と也を潜めていたが。近所に住んでいて戦術機の訓練でも一緒である、お互いの子供も仲が良い。
 
 3人は集まった一時に気分が高揚していた。しかしその中にあっても、夕呼は感情に流される事が無い。そしてそれは、この雰囲気を感じ取り、また予測していた2人も同様であった。
 「香月博士それで――」「冥夜……」
 再開の挨拶も終わり、それでは本題は何かと聞きかけた冥夜の声に被さるように、突然横合いから声を掛けられる。その声を聞き、その人物を連想し、そしてその姿を認め、今度こそ冥夜は驚愕した。信じられない声が聞こえ、幻かと思える姿がそこに存在したのだ。思わず目を瞬かせその人物を凝視する。
 「あ……姉う……、殿下なぜ!?」
 思わず自分の心のままに声を上げそうになったが、慌てて言い直す。それを見て殿下――「煌武院 悠陽」は寂しげな顔をしたが、それを取り繕うように隠し、静かに声を発した。
 「ここの研究所を支援していますのが、私と他数人の人物なのです。今回は、香月博士より内密の通達を受け、忍び参りました。」
 その言葉に続き、不適な笑みを浮かべながら香月博士が説明する。
 「ここの研究所は、各国の有志が集まって出来た場所なのよ。地球脱出以来、常に地球の心配をしている者、人類の未来を憂いている者、愛する国や人々を助けたいという者。そんな様々な人々が、国や思想を超えて一致団結して地球救済を目指す為の組織。殿下はここの創設者の1人でもあり、最大の出資者でもあるのよ。」
 香月博士の説明に冥夜と彩峰は思わず涙を浮かべかけた、残してきた者たちのため戦う決意をした者達がいることが純粋に嬉しかった。そんな2人を見て、夕呼は肩を竦める。
 「地球救済を掲げる影の組織なんて、三文芝居のネタにもならないわ。しかも私自身がそこの総責任者っていうんだから、笑い話にもならないわね」
 「香月博士、私は貴女を信用して――」
 「ああいえ、違います殿下。私自身、この役目を与えて下さった事は、大いに感謝しています」
 「私の心が捻くれ過ぎてるだけなのです。今一度、がむしゃらに事を成し遂げようとする熱い自分の気持ちを、冷静な私自身が恥ずかしがっているだけです」
 否定しながらも、彼女はやはりその態度を崩さない。しかしそれでも、彼女は礼に頭を下げた。それだけに、この機会を与えてくれた悠陽に
感謝しているということだ。
 「殿下……。ありがとうございます」
 そしてそれを見た2人も、諸共に悠陽に頭を下げた。
 それを受けて、悠陽はそれを押し止め「私達のために戦っている人々を助けたい」と言い切る。頭を上げることはしなかったが、それは2人も同じ思いであった。
 地球脱出以来愛しい人や残してきた人々のことを思わない日は無かったから。

 「それで香月博士、私達を呼んだ訳とは?」
 事が終わると、冥夜は改めて香月博士に向き直り、話を振った。夕呼は、それじゃ本題に入りましょ……と、前置きも何もかもを省き、結論から話し始める。
 「実は以前、地球からの微弱な情報通信の断片を受信したのよ。そしてそれを正確に受け取り確認するために、私達は無人の観測機兼星間宇宙船実験機を製作して地球に向けて放った。その観測船がつい先日帰還して、地球の情報を持ち帰ったの」
 ふてぶてしい態度を取りながらも、何処か嬉しさを隠しきれない微笑を浮かべて話す香月博士の言葉に、冥夜は心が逸った。地球の情報――武は、人類は今だに抵抗を続けているのであろうか? 横目で見ると彩峰も落ち着きが無くなっている。悠陽は流石に、表面上は落ち着いて続きを促したが。
 「まずはこの映像を見てみなさい、場所は日本、皇居近郊よ」
 その言葉と共に映し出された映像は、2機の戦術機。漆黒と真紅の、背中合わせで75式近接戦闘長刀に類似した刀を構える、優美さと頑強な雄々しさを備えた機体であった。
 「「「武……御雷?」」」
 3人の声が籠る。その機体は、細部は武御雷の様相を残しながらも、全くの別の形の機体であったからだ。
 武御雷と同じようなフォルムながら、本体自体は全体的に纏まっている印象を受ける。装甲の形状なども異なっていて、主腕の手甲が無くなり、その場所にはパイロンらしきものが付いていた。左主腕の其処には、盾のような物が装着されている。
 頭部後方の角のようなアンテナも4本になっているし、腰部・肩部の装甲も形状が違っている。更に、背面パイロンが3本あり、跳躍装置の形状も違っていた。長刀に始まり、保持している武器も既存のものとは形状が違う。
 「第4世代戦術機、武雷神(ぶらいしん)と言うそうよ」
 「武雷神……ですか」
 「そう、不知火系列の機体で、実質的な武御雷の後継機。因みに名称の『武雷神』は、そのまま「タケミカヅチ」と読めるわ、先代旧事本紀で言うタケミカヅチの表記の1つから取ったんでしょうね」
 香月博士の注釈が入る。そこで悠陽は疑問をぶつけた。
 「この映像……、これらのデータはどうやって発信されていたのでしょうか?」
 「これらデータを寄越したのは私の悪友、悠陽様もご存知の帝国斯衛軍第一技術開発室長の『鳳 焔(おおとり ほむら)です」
 香月博士が坦々と説明する。
 「焔博士が?」疑問の声を上げながらも悠陽は安堵していた、彼女は自分にとっても得がたい友人でありもう一人の人物と共に3人身分は違えどお互いを友人だと思っていた。2人とも移民船に乗る権利を捨てて地球に残ったので、とても心配していたのである。
 「衛星からこちらの座標に向けて、あらゆる通信波を使用して情報を送信するようにしてあった。機械工学に関しては私以上の頭脳――流石としか言えないわね」
 笑って答える。冥夜と彩峰は、心の中で天才の香月博士に凄いと言わせるのはどんな頭脳の持ち主だろうか? と思わず逞しい想像をしてしまった。
 「そして、その情報を回収した観測船が持ち帰った中に入っていた、地球上のリアルタイム映像の1つが今の映像よ。御剣、彩峰、殿下、この2機に乗っているのは、3人が良く知る人物だったわ」
 その言葉と共に理解した、そして涙が溢れてきた。漆黒の武御雷に似た戦術機を見た時からこれが武ではないかと、訳も確信も無く何故か思っていたのだが、香月博士に聞くに聞けなくて逡巡していたのだ。しかし、その言葉で確信した。『生きていた』生きていてくれた。冥夜は最早言葉もなく涙を流していた、隣にいた彩峰も同じように嗚咽を堪えて泣いていた。
 彼の言葉や数々の思い出が蘇える。唐突に心に浮かぶ願望、この惑星に来て極力考えないようにしていた思い。『会いたい』ただその思いだけが心を占めていった。
 悠陽はそんな二人を優しい目で見ながら、もう1つの赤い戦術機に眼を向けた。
 「2機ということは、あの真紅の戦術機に乗っているのは月詠ですか」
 香月博士に目を向ける。彼女の個人的な知り合いで真紅の戦術機に乗っているのは月詠真那しかいない。月詠は焔と並んで悠陽が友人と言える人物で、3人は随分古い知り合いである。その声には、友人の無事を喜ぶ響きがあった。
 「そう――月詠真那、そして白銀武の2人。現在、人類の中でもトップレベルの腕を持ち、色々と活躍しているらしいわ。そして、2人が所属する部隊は、人類史上初めてフェイズ3規模のハイブ破壊を成し遂げたそうよ。反応炉を直接破壊したのがあの2人」
 「な…、ハイヴの破壊ですか」
 珍しくも冥夜が勢い声を上げる。人類史上G弾使用以外でのハイブの攻略は成功例がなかった。それを、あの2人が成し遂げたというのかと。歓喜と驚愕が、溢れる様に湧き上がって来る。
 「その後も、さっきの第4世代戦術機の性能もあり、数個のハイヴを攻略したそうよ。武雷神とは、2人の戦いぶりを表す噂話から取ったと言うけど、『武に猛る雷の神』の意味を持つなんて、正に丁度良い名前ね」
 焔の口から紡ぎ出される事実に、冥夜達は声も出ない程に驚愕の顔を崩せなかった。信じられない事の連続だ、持つか持たないかと考えていたのに、まさか逆にハイヴを破壊しているとは――。
 「焔の専門は機械工学と戦術機、それに関しては私より天才よ。そして彼女の考案した新技術と第4世代の戦術機、進化した新しいXM3、対レーザー装甲や新兵器の数々。白銀と月詠が焔と合流したのはまさに行幸と言うしか無いわね」
 博士が話す地球の様相に、3人は心が震え希望の光を見出す「人類はまだ敗北してはいない」と。
 しかし其処で、夕呼は若干繭を潜めた。
 「この様に、つい最近まで、人類は少なくとも対等以上にBETAと戦っていたそうよ。けれども、少し前にBETAが対応を変えてきて、現在人類は徐々に追い込まれ始めている。現在、焔が対策を練っているけど、いずれ目処が付いたら、オリジナルハイヴ攻略に踏み切ると記してあったわ」
 夕呼はそのまま顔を動かし、悠陽と目線を正面から合わせる。
 「殿下、私は様々な要因から、地球を奪還するにはこのオリジナルハイヴ攻略作戦が、最後の機会になると結論付けました。この作戦が失敗に終われば、地球の戦力は極端に削られ、例え我々が介入しても勝利は難しくなります。それに――使えるかどうかは行って確かめて見なければ判りませんが、私の持つ一手が、戦局を幾らか有利に持っていけるかもしれません。オリジナルハイヴ攻略作戦に間に合うかは賭けですが、私の意地を賭けても最速で、地球まで到達させてみます」
 既存の航法では、地球まで2年は掛かる。しかし、彼女が珍しくも『意地』に賭けて誓ったのだ。そして悠陽自身も、地球の者達を手助けしたかった。
 「……解りました、地球で戦っている人々のため、なんとしても計画を可決させましょう」
 悠陽は、決意を込めた眼差しで答えた。
 そしてそれを受けて、夕呼は晴れやかに笑ったのだ。彼女にしても、籠もる想いが存在したのだろう。
 「御剣、彩峰、勿論あなた達も地球に向かってもらうわよ。来るなといっても無理やり付いてこようとするでしょうから最初からポストは開けといたわ、2人とも中佐待遇で」
 その言葉に2人は目を見張る。
 「中佐……ですか? 最終任官は少尉ですからそれに比べたら地位が高すぎるのでは?」
 冥夜が思わず口にすると……。
 「いいのよ、あなた達2人の戦術機特性は最高値、毎日毎日2人で戦術機の操縦訓練やってるのはシュミレーターのデータも含めて調査済みよ。それに白銀と月詠の現在の階級は大佐、ただ権限的にはもっと高いけど――向こうでのごたごたがあった時の為にも、階級は高い方がいいわよ」 
 その言葉に、2人は少し考えたがその任官を受け入れた。やはりなんといっても軍隊だ、権限が高いに越したことはない。
 「第4世代戦術機――特にこの「武雷神」はスペック的にはバケモノよ。しかもこの2人の武雷神は、焔が手ずから作り出した、ワンオフの超高性能機――白銀達の操縦に機体が反応できなくなる度に改良されてきた、常に技術の最先端を籠められた機体。普通の衛士が乗ったら、それこそ手に負えない性能を誇っているわ」
 香月博士の説明に言葉を失う。まさかそんなに凄い機体とは……。
 「量産型でも、武雷神自体は初期段階で他の第4世代戦術機と一線を化すエース仕様、乗りこなせるのはそれなり以上の腕前がないとダメよ。御剣……彩峰……、あんたたち2人には最終的に、白銀搭乗クラスの性能を持つ「武雷神」を乗りこなしてもらうわ」
 冥夜と慧は、武と月詠の機体写真に目を向ける。地球で戦っている仲間が乗りこなしている機体、この戦術機は武達の戦いの軌跡が作り上げたもの。自分達が乗りこなせずして、共に肩を並べて戦う資格があろうとは到底思えない。彼等は今も地球で戦い続け、腕を上げているのだろうから。2人は『なんとしても乗りこなしてみせよう』と心に誓った。
 「これから準備に掛けるのは約1年。現在まりもが地球行きを志願した衛士の指導をおこなっているから、あなた達もそれに参加して準備を入念に整えなさい。第4世代戦術機のシミュレーターも直ぐに回すわ。地球への航程は私が何とかする、あなた達はとにかく、ひたすらに力を付けなさい」
 「神宮司教官も参加するのですか?」
 珍しく彩峰が疑問を口にする、彼女もこの計画に興奮を隠せないのであろう。
 「ええ、それに社もオペレーターということで参加するわ、まあ役職的にはあなた達2人の子供の子守ね」
 香月博士は苦笑しながら答える、『社霞』彼女の名前を聞くのも久しい、元気でいるのであろうかと思いを馳せるがすぐ会えるだろうと思考を打ち切る。
 最愛の人に会うため自分達の戦いが始まる。
 冥夜は慧を見た、彼女も冥夜を見詰めた。2人の視線が交差する。どちらも思いは同じ――2人の思考は、地球で戦っている愛しい男との別れの時に思いを馳せていた。


 そして物語は2003年、移民船団出発の一ヶ月前に遡る。
41
2004年12月16日……クアランプール基地

 あれから約1ヶ月、その間にも色々あった。
 まず11月25日に「モグラ君」での厚木ハイヴのデータ取得が完了した、音響探査なので内部構造までは分からないが厚木ハイヴの全容は判明した、これでヴォールク・データと合わせての厚木ハイヴのシミュレーションが作成できるようになった。

 そして11月27日、どうやったかは分からないがオーストラリア政府が厚木ハイヴ攻略の全面的支援を行なう事を確定させたようだ。
 恐らく新兵器の事をちらつかせたのだろう、ここの政府の高官は未来の事を見据えている……と焔博士が満足げに話していたのを聞いた。
 う~む、流石夕呼先生の友人をやっているだけの事はある、凄いお人よ……

 11月28日、厚木ハイヴシミュレーションが完成した、厚木ハイヴは(全て約)
 地表構造物(モニュメント)150m
 地下茎構造(スタブ)水平到達半径6㎞
 縦抗(シャフト)最大深度850m
 主縦坑(メインシャフト)の最大直径150m
 横坑(ドリフト)の最大直径85m
 広間(ホール)地下約34層(重複している所もあるので、最短距離で34層)
 でフェイズ3を過ぎ現在も成長しているらしい。
 また孔(ベント)は開いている。
 その他の特徴として建設に力を入れているからなのか周辺の破壊状態がフェイズ2よりも低くなっている事が挙げられるな。
 そしてその日に俺達は1回目の攻略を試みた、しかし援護率100%で19層までしか到達できなかった。焔博士の言によれば本番は従来より変則的な戦略編成になるだろうからなるべく援護率が少ない状態で最下層に辿り着ける様になれとのお達しだった。
 
 12月6日には、新型爆弾S-12とS-13が完成した。
 S-12(エス トゥエルブ) はS-11の3分の1程の威力の高性能爆薬で、S-11よりそれなりに量産が可能らしくハイヴ攻略戦に出撃する全ての戦術機に搭載できる様に生産するらしい。
 S-13(エス サーティン)はS-11と同威力だが、2本連結することにより内部の化学薬品反応などによる相乗効果で凄まじいまでの破壊力を得る事が出来る、しかし重量と大きさの関係で1本しか積めないので相乗効果を得るには取り出してから他の機体のものと合わせて使わなければならないみたいだ。あと生産もS-11より難しい様だ。
 その為このS-13は俺達を含めた主力突入部隊……つまりもっとも反応炉に到達できそうな部隊に絞って少数が装備される事となるらしい。
 そしてこの日には援護率100%で最下層まで到達できるようになった。
 またこの頃にはマレーシア戦線の衛士の間でこの厚木ハイヴのシミュレーションに挑戦するのが日々の特訓の1つに盛り込まれるようになっていた。
 内部の様相などはヴォールク・データを基にしているとはいえ完全なハイヴのシミュレーションというのは将来の為にも良い特訓場になるんだろう。
 基地間でシミュレーターの情報連結もできるので他の基地の部隊との合同攻略なども行なわれているようだ、俺達もウォーカー大尉や榎本中尉達と一緒に攻略に挑戦した事がある。

 12月14日には、日本人作戦参加者1687人、マレーシア戦線から遠隔操作支援部隊1512人の計3199人の参加が決定し、この日から厚木ハイヴ攻略戦の準備が始められる事となった。
 作戦決行は1月の終盤になるだろうと博士が言っていた。

 そして……

 シミュレーション、厚木ハイヴ地下第30層 援護率50%
 
 「残り4層、3日前は此処で潰されましたけど。」
 「今回はまだ行けよう、しかしそれも皆の犠牲があっての事。」
 「そうですね、みんなの為にも今日こそは最下層まで到達しましょう。」
 ここに来るまでに既に他の全員が脱落している、武達も機体は五体満足だが既に残弾のストックがない、5門の突撃機関砲と戦闘長刀、そして両肩の散布式銃弾砲という装備が最後の命綱だ。
 そして31層の広間(ホール)に到達する。
 「とにかく突っ切るぞ、一々敵を倒していたら切りが無い。」
 「解ってますよ、行きましょう!」
 2人はスピードを緩めずに広間に突っ込む、データで構造は分かっているので迷わず出口…下層への道に突き進む。前面に群がる戦車級エクウスペディスを散布式銃弾砲から吐き出す広域散布の歩兵用突撃銃弾で薙ぎ払いながら小刻みなブーストの跳躍で大型の敵を飛び越えて出口を目指す。
 この時点(補給線の切れた最下層への突撃)では少しくらいの敵を倒しても効果がないのでとにかく前に進む事だけを考える、特に広間では大型種は殆んどブーストの跳躍で飛び越え回避できるので進行の邪魔になるのは大体小型種のエクウスペディスだけで、弾ももっぱらこいつ等だけに使用する。
 31層を抜け横坑(ドリフト)へ
 「突っ切ります!」
 「承知!」
 武と月詠は止まらない。新型ブーストを使いこなす彼らに「真下」という概念は既に無いのか、上下左右の壁を蹴り進み空中で方向転換し更に壁を蹴って進み……既存の「真っ直ぐ進む」という概念は最早欠片も見られない。
 何回ものハイヴ攻略シミュレーションで武達は補給が切れて後続がなくなった場合「最下層突入部隊は敵を倒すのは無駄だ」という事を見出していた。敵は後から後から湧いて出てくる、一々敵を倒していても時間のロスでありその時間で新たなる敵の増援を招くだけ……ならばとにかく進む事、それのみを突き詰める事にした。
 ホールでは大型種をほぼ全く相手にしない、狭いため今まで敵を相手にせざるをえなかった横抗でさえも必要時意外殆んど敵を相手にしない。
 それは武達の超人的な空間移動能力だからこそできる事であった。
 第33層の横坑で武機の右肩の散布式銃弾砲の弾が切れ背面の04式突撃機関砲の銃身が焼き付いた。前面モニターに映るウェポン状態を表す簡易表示、腰部選択兵装の突撃機関砲銃身部分は少し前に焼き付き注意のレッドマーク表示になっていたがついに点滅して耳障りな警告音と共に「銃身焼き付き」が画面に映し出された。
 それでも止まらない、月詠と武は更に突き進む。
 そしてとうとう最下層へ到達、そのまま反応炉に到着した。
 「白銀、私が敵を引き付ける。お前は反応炉の破壊を」
 月詠が自機からS-13を取り出して武に手渡す
 「解りました、ご無事で!」
 S-13を受け取った武は反応炉に突き進む、月詠は敵を引き付けながら機関砲を撃つ。
 そこで急に武から通信が入る。
 しかも秘匿回線だ、ログにも残らない。
 「月詠さん。」
 「なんだ?」
 「今日俺の22歳の誕生日なんですよ。」
 「はぁ?」
 月詠にしては珍しく面食らう。シミュレーションとはいえこんな戦いの場で何を突然言い出すのか?という驚きだ。
 そんな月詠を尻目に武は続きを話す
 「これが終わったら月詠さんの時みたく一緒に祈ってくれませんか。」
 戦いながらも飄々と話す武に月詠は怒りより眩暈を覚える。
 「貴様この様な時にそんな事を……」
 「いやぁ、急に思い出しちゃったもんで。」
 「貴様は常識という言葉を知っているのであろうな。」
 「まあまあ。……で、どうですか?」
 屈託ない武の返答に月詠はもう達観したように諦めた。
 (白銀武……、こやつのこのマイペースな性格は死ぬまで治らぬのであろうな……)
 一応言っておくが2人は共に激戦の最中だ……武は反応炉に突き進み月詠は敵を引き付けている、だが両者の戦術機コクピット内は果てし無く平和な空気が漂っている。
 「解った……ハア……(私もこやつに毒されたものだ)、正し先にこの任務を成功させるぞ。」
 「了解!よっしゃ最後の仕上げだ、行くぜ!!」
 一躍元気になって突き進む武であった。
 そうして今回のシミュレーションは反応炉破壊成功で幕を閉じた。
 
 その後の一幕……

 武の部屋で月詠の手料理を食べながら
 
 「そういえば……」
 「どうしたんですか?」
 逡巡する月詠に武は先を促す。
 「いや、詳しい事は聞かないとは言ったが……。そなたが死亡した「白銀武」で無いとしたら両親はどうしているのかと思い至ってな。」
 その質問に武は目を瞑り暫し過去を顧みる、そんな武に月詠はやや慌てて言う。
 「いや、詮無き事を聞いたか……」
 「いえ、詳しくは言えませんが両親は生きてますよ。多分もう会えませんけど……」
 「会えない?……いや…言えんのか。だが共に御健在ならば僥倖だ。」
 「ええ、両親や友人にはもう会えませんけどそれだけは俺も安心しています(特に此方の世界に来てからは……平和っていうのはありがたい事だと痛感したもんな……)。それに今は仲間が居ますから……」
 武の過去を思い返す微笑に月詠は何故か胸が締め付けられる様な感じがした、しかし次の「仲間」という言葉が耳に残る、それは自分と白銀の……
 「207やA-01、それに第28遊撃部隊、色々な仲間が出来ました、それに知り合いも……、昔の自分からはとても想像できませんよ。
 それに……昔は後悔もあったけど今はこんな人生で良かったと思っています、こんなとんでもない世界で大変な状況だけど俺は今この世界が大好きです……だからこの世界を、人を、愛する者を守るために戦いたい、努力したい。」
 月詠には武の過去は分からない……しかし「この世界が大好き」という武の一言にとてつもなく大きな意味が籠められているのを感じていた。
 クーデター事件の時とは違う、ここに居る白銀武は最早あの時とは別人に成りつつある。
 
 そう……白銀武は既にこの世界の住人なのだ。

 (ならば共に戦おう、この身が尽き果てるまで世界の為、愛する者の為に。)
 武の決意に月詠はその想いを固めるのだった。
42
2004年12月29日…クアランプール基地

 12月24日に生体金属が完成したとオーストラリアの中央研究所に呼ばれた、完成したとは言っても未だ試作段階だそうだ。機能的には何の問題も無いのだがまだ生成コストが掛かり過ぎるし戦術機への換装や整備の為のノウハウが全然出来ていない、取り合えず俺達の機体7機分だけは生成したというのでデータ取りの意味を含めて俺達の機体を生体金属に換装させると言って来た。
 その間に俺達は今回の作戦に参加する色々な人と引き合わされた。
 この時にエルファ大尉にも始めて生身で出合った。
 そしてハイヴ攻略艦隊総指揮官のアリーシャ・フォン・ビューロー大将とも会わされた。
 最初に出会った時、俺達はとても驚いた。
 「どうした?女が総指揮官でビックリしたのかい。」
 と不敵に笑って言われた時に俺は思わず頷いてしまったくらいだ。
 ドイツ系を主体とした混血の彼女はシルバーの髪が映えてとても美しい女性だった、しかし焔博士曰く彼女は艦隊指揮……特に砲撃の天才らしい。
 先を読んで砲撃するのが未来を読んでいるのが如く神業的で「命令いらず」とまで言われていたらしい、アメリカ軍からも引き抜きがありオーストラリア政府は彼女の腕と部下からの人望を惜しみ26歳(現在28歳)の若さで1艦隊の指揮官を任せる様になったと言う。
 彼女と焔博士はとても気が合ったようで一発で友人となったらしいが……類は友を呼ぶというのかどうか知らないがアリーシャ大将も博士に負けず劣らず唯我独尊なお人の様だった。
 
 そして5日後の30日、俺達の機体の生体金属への換装が終了した。

 研究室郊外の実験用演習地で……
 
 「見た目には全然かわってませんね?」
 「う~ん、確かにね。でも気配というか雰囲気がかわったかな?」
 「確かに……、金属には無い生暖かいようなプレッシャーを感じる。」
 武と柏木が首を捻る横でヒュレイカが並んだ機体を見上げる。
 見た目は変わっていない、しかし感じが違っていた。前の金属だけで出来ていた時も様々な「感じ」があったが、今回のこの感じはそれとは違うそう……
 「躍動感?それとも生命の鼓動ってやつかい。」
 「生きてるのではなく「生物的な特徴を備えている」だそうですが……」
 「でも核細胞はあるんですよね?」
 鮎川、御無、響が更に独り言の様に意見を述べる。
 「生きているか生きてないか、その境界線は曖昧だよね。」
 「生命の定義か……、この細胞も基はBETAから採取したものを研究して出来たもの、正直生きていると言われれば不快だ、されどそれも止むなしか。」
 「柏木、月詠、言ったろうが、これは「機械」だ、生物的特徴を備えたただのパーツだよ。お前らは小難しい事考えんでもいい、別に細胞が戦術機を乗っ取って反乱する訳でもないし……」
 「博士っ!怖い事言わないでくださいよぉ。」
 (なまじ知識が有る分リアルに想像できちまうよ、こぇ~~)
 響はそれを想像したのか嫌がる声を上げる、そして武は向うの世界でそんな内容のアニメや映画を見ていたせいで至極リアルにその場面が想像できてしまった。(デビル戦術機?いや生体だから参号機?)
 
 そんな2人を尻目に焔は搭乗を促す。
 「ホレホレ、早く乗れ乗れ。私はお前らの驚く顔が早く見たいのだ。」
 「博士それ悪趣味~~~」
 「ふふふ、響ちゃん。これは科学者の特権なのだよ!」
 「嫌な特権ですね。」
 「あははは、まっ解らなくも無いけどね。」
 「柏木……」
 「白銀、こういう輩は相手にするだけ疲れるぞ。」
 武の後ろから言う月詠に武は振り向いて相手の肩に手を置いてジッと目を見詰めた。
 「な…なんだ……。」
 その真摯な目にややうろたえる月詠。だが武は首を振りつつ哀れみ同情する様な声で言った。 「苦労してますね月詠さんも……」
 「大きなお世話だ!」
 思わず強く言い返してしまう月詠、次の瞬間ハッと正気に返って取り繕ったが。
 「ぎゃははははは、白銀に言われちゃお仕舞いだね!」
 「ええい、貴様が全ての元凶だろうが!」
 馬鹿笑いし始めた焔に怒って突っ込む月詠、周りの皆もそんな2人の姿につられて笑っていた。
 (月詠さんも大分砕けて来たよなぁ)
 一緒に笑いながらそんな事を思う、表面上色々な重圧から開放されたからなのか、みんなとの絆が深まって来たからなのか幼馴染の焔が居るからか……その全てか。月詠は最近衛士としての心構えの下に押し込めた本心を覗かせるようになって来た。 
 武はその事が本心を曝け出せる程に月詠と信頼し合える様に成ったと実感できてとても嬉しかった。

 そんなこんなで武達は戦術機に搭乗した。

 「うっし、じゃあいくぜっ!!」
 気合一閃、搭乗した武は早速機体を稼動させた。レバーを押し倒し一気に前に駆けようとしたが……
 「うおおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉ!!!」
 予想もしなかった手応えの軽さとスピードに機体をつんのめらせた、手足をあっちゃこっちゃに動かしながら超人的な機体制御を行い危うい所で転倒は免れたが、その様は傍から見てると下手な踊りを踊っている様でとても滑稽だった。
 「白銀……、機体重量が軽くなっていると言っただろうが。普通最初に様子くらい見るだろう、バカかお前は。」
 シレッとした焔の無情なる一言。
 「軽いったって限度がありますよ、スゲェ軽くなってんじゃないっすか!!」
 「へえ~、そんなに軽いの?」
 「おお、もう軽い軽い! 普通の感覚でやってたらこけるって。」
 柏木の声に怒ってるのか喜んで興奮してるのかよく分からない説明をする武。
 「焔、どれ位軽くなっている。」
 「う~~ん、エンジンはそのままだから……3分の2…?位かな……」
 「「「「「「「3分の2!!!」」」」」」」
 月詠の簡潔な質問に首を捻って曖昧な答えを返す焔、しかしその答えは皆を驚愕させるには十分だった。
 (3分の2って……メチャクチャ軽くなってるじゃないかよ!)
 数字の上ではそうも感じないかも知れないが戦術機は重い、t(トン)クラスの重量の3分の1と言うのは随分な重量でありそれが削減された言うのだから驚きも大きい。
 さっきつんのめった事も頷ける、何時もの感覚でやっていたら間違いなく失敗する。
 「そ……そんなに軽くなってるんですか!!!」
 響が叫ぶ、自分の機体の腕を動かして具合を確かめながら。
 「鉄と人間の肉では肉の方が軽いだろう、それと一緒だ。」
 説明とは言えない様な簡潔な説明だが言いたい事は解った、同じ容積なら鉄より肉の方が軽いと言う事だろう。
 「一応重量変化によるバランスも考慮に入れて調整してあるが……、不具合が有るかも知れんので此処でデータを取って更に調整する。まあ好きな様に動かしてみてその凄さを実感しろ、そして私を崇め奉りたまえ。アッハッハッハッ!」
 1人天狗になっている博士、皆はそれを見て「またか……」と呆れていたがこんな凄い発明をされてしまうとそれも容認してしまえる。
 まずは慎重に動かす、歩く事から始め段々と走ったりジャンプしたりと動きを激しくする。
 「動きが滑らかですわね。」
 「関節の駆動がスムーズになっている、今までの金属が引っかかるような抵抗が無いね。」
 格闘の型を試していた御無と鮎川が驚きをあらわにする。これは生体金属特有の柔性と弾力性による副次的な効果である。

 「動きも軽いです、ポンポン跳べますよ!」
 「それに駆動系に負担が掛かっていない、機体重量の削減で高度からの着地時に掛かる関節への負担が軽減され次の動作への繋ぎもスムーズになっている。」
 響とヒュレイカは跳躍を試している。軽量化で関節への負担が減った、更に生体金属の特性である柔性と弾力性のお陰で力のベクトルを逃がしやすくなった事も影響して高度からの着地の際に従来の戦術機に在った機体が沈み込むような動作……あの「ガシャコン」という音を立てる動作……関節保護の動作が非常に軽減されている。

 「なるほどね、あらゆる面での衝撃吸収能力が上がっている。柔性、弾力性による動作のスムーズ化も見逃せない効果だね、動きがより人間に近くなってきたんじゃないかな。」
 「しかし元々の目的は整備の簡略化を目指しただけであり後は副次的な効果と言うのだからな。されど我々乗っている側の衛士としてはその副次的効果の方がありがたいというのは皮肉なものか。」
 「この際細かい事はいいじゃないか、とにかく戦術機が大幅にパワーアップしたんだから。」
 「まっ、白銀の言うとおりだね。乗ってる身としては効果があれば十分以上だよ。」
 「貴様の頭は気楽で良いな、まあ確かに我ら衛士は効果があればそれでいいが……。」
 話をしながらも様々な機動を試していく、焔はそれを横目に測定の為の計器類をじっと睨んで時折自分のノートパソコンに何か打ち込んでいる。
 一通りの機動を試し動きに慣れて来た武はブーストジャンプを行なってみる、さっきの失敗を考慮して軽く跳躍噴射してみるが……。
 「ブワッ!」とした浮遊感の後機体は何時もの調子で飛び上がる……、そう「いつもの」調子だ、軽く噴射しているのに通常時の噴射と同じ様に飛んでいる。
 武は恐る恐る全力噴射に移行する、……と
 「うっ……、おおおぉぉおおぉぉぉ……!!!」
 機体が前進飛行する寸前に一瞬強いGが体に掛かりその後恐ろしい勢いでぶっ飛んでいく、慣れればそうでもない速度だろうが行き成りだと流石にビックリした様である。
 「おーおー、速い速い。」
 「概算1.5倍は出ているはずですが……」
 「焔、重力制御はどうなっている?」
 「対G性能なら上げといた、一応大丈夫なはずさ。」
 一応と言う所が心配だったが、まあ焔の事だ大丈夫だろうと月詠は上空に視線を戻す、向こうまで飛んでいった白銀の武御雷は様々な空中機動を試しながら此方に戻って来る。
 (この力があれば生存率も上がるであろうか……)
 月詠は近く行なわれるハイヴ攻略戦に心を馳せる、月詠自身もハイヴ攻略戦に参加する事は初めてだ、明朝作戦にも参加はしていたがそれもお飾りの様なものだった。
 しかし今回は違う、ハイヴの内部に侵攻……そう、其処はもうBETAの国、巣そのものなのだ。そんな所に突入すれば生きて帰れる保証は無い。
 しかし……
 (あやつとなら出来る……、何故かそんな気にさせてくれる。)
 白銀武、特徴は多々あるがそれでも幾多の衛士の1人に過ぎない筈、しかし何故かそなたと共に戦っていれば大丈夫だと思えてしまう自分がいる。
 冥夜様もそんな安心感を求めてそなたに想いを注いだのだろうか……。
 武と冥夜の関係を思う時何故か心苦しくなる月詠、その明確に自覚できない心の内は果たして如何様な想いが渦巻いているのか……。
 それまいまだ知りえない未知なる想いを抱える月詠。
 だが物語りは続いて行く。

 その日の夜焔から発表があった。

 厚木ハイヴ攻略戦は2005年1月24日に決定。
 それは偶然なのか意図したのか……
 オルタネイティブⅤ発動と移民船団出発……同日の決行であった。
42.5
2005年1月23日……日本近海、作戦旗艦:特殊戦艦ヴァルキューレ
 今回は焔の説明だけです。

 焔が今回の作戦説明を行なう為ブリーフィングルームのスクリーンの前に第28遊撃部隊全員が座っている。
 一応作戦説明は事前に何回か受けていたが第28遊撃部隊は最下層到達の確率が一番高くまたそれを期待されている部隊なので、作戦前に立案者の焔自身が最終調整した詳しい作戦を説明するのだと言う。
 
  まずは準備段階だ。マレーシアから日本は遠いので一端大島とその近海に全戦力を集結させる。補給砲弾もそこに置いておき、戦術機部隊も全機そこで待機する。

 フェイズ1は戦艦による絨毯爆撃だ、地表敵戦力の80%以上を殲滅させる、今回は降下兵団が使えないのでとにかく砲弾・ミサイルを大量に持って来ていて運用する戦艦もアリーシャ旗下の艦隊以外を掻き集めて来た。
 特にALMによるレーザー級の殲滅は最優先で行なう、一端ほぼ0%まで減らしそれ以後もALM専用艦でハイヴから出て来るレーザー級を殲滅する。

 レーザー級が一端殆んど殲滅されたらフェイズ2に移行する。
 まず降下式の質量投下爆撃でハイヴのより内側へ侵入路を作り出す。再突入殻ほどの運動エネルギーは得られないので爆薬も併用する。この発射機構は既に大島に設置してある。
 そして通常弾頭によるハイヴ周辺の砲撃で出てくる敵の殲滅をしつつ補給物資が入ったコンテナを打ち上げ戦場にばら撒く。
 大島からの戦術機隊の海上移動も行ない始める、敵が足止めされている間に戦術機母艦を足場にしつつ本州に上陸、補給後をしつつ指定地点に集結する。
 この時にA-6イントルーダー専用潜水艦を改造した潜水艦で潜水したまま陸地付近まで行き、そこから補給物資を撃ち出す。日本人部隊はこの補給物資の運搬も担当する
 
 終結が完了したらフェイズ3に移行する、フェイズ3は伊勢原市方面から囮の遠隔操作部隊を送り出す。これは事前に説明したとおり、第3世代戦術機の採用で不要になって保管されていた取り潰される前だった旧世代の戦術機だ。
 伊勢原市方面に陣取ったマレーシア戦線の戦術機が直接操作する、操作システムはシミュレーターを応用したもので自機の操作システムと連動できるので乗っているのと同じ様な感覚で遠隔操作できるので存分に囮をやってもらう。

 囮部隊が敵を十分引き付けたらフェイズ4に入る、日本人部隊が相模原市方面より接近し突入部隊はハイヴ潜入地点へ、その他の部隊はその周囲を防衛する。なおもしもレーザー級の生き残りがいた時の為に先頭を行く部隊の何機かには試作鏡面装甲を施した改造多目的増加装甲を装備させる。

 ハイヴ突入地点に集結したらフェイズ5だ、突入路確保部隊が突入し第15層までの道を確保、補給線を構築する。その間突入部隊は補給をすませてから突入を開始する。その他の部隊は周辺の防衛を継続。

 第15層確保時点でフェイズ6に移行、突入路確保部隊は補給線維持部隊として機能させ、突入部隊が15層より下へ突入を開始。

 損傷率50%(850機)突破時点でフェイズ7に移行する、損耗が激しい部隊は補給線の維持、それ以外は囮となり突入部隊を援護するため全部隊ハイヴに突入する。

 そして損傷率80%(400機)を突破した場合フェイズ8へ移行、補給線の維持を放棄し全部隊突入を開始する。
 最後フェイズ9は反応炉破壊後、全部隊脱出を開始。その後戦艦による新型のミサイル型坑道破壊爆弾をベント内に撃ち落とし、ハイヴの横抗を全て焼き尽くす。
 残った戦力でBETAの地上戦力を殲滅させ作戦終了だ。
 
 なおもしもの時の為S-12はマレーシア戦線の戦術機にも全機搭載してある。そして戦術機に搭載してある自決用の爆薬は仲間の遠隔操作からでもスイッチを入れられるように設定できる。
 遠隔操作スイッチをオープンにするかは各自の自由だ、オープンにしなければ自分でスイッチを入れない限り爆発はしない事をよく頭に入れておけ。
 このS-12はホールを3分の1は確実に吹き飛ばせる威力がある事も頭に入れて置けよ。
 
 以上だ、それから今回の編成も載せておく。
 なお今回の作戦に参加する部隊はこの作戦の為に便宜上組まれたものである。
 細かい指揮は各隊に委ねられる。

作戦旗艦
特殊戦艦:ヴァルキューレ 艦隊指揮官:アリーシャ大将
同乗 作戦総指揮官(便宜上、この作戦の発案者なので)・鳳焔
同乗 情報統括官及び第28遊撃部隊CP将校、エルファ・エルトゥール大尉

アリーシャ旗下艦隊
第1艦隊・戦艦×5
第1艦隊旗艦・ブリュンヒルデ
ゲルヒルデ
オルトリンデ
ヴァルトラウテ
シュヴェルトラウテ

アリーシャ旗下艦隊
第2艦隊・戦艦×5
第2艦隊旗艦・ヴォータン
ヘルムヴィーゲ
ジークルーネ
グリムゲルデ
ロスヴァイセ

第3艦隊・戦艦×5
旗艦・スクルド 
スケグル 
フリスト
ヒルド  
ゲンドゥル

第4艦隊・戦艦×5
旗艦・レギンレイヴ
ゲイレルル
ランドグリーズ
ラーズグリーズ 
エルルーン

第5艦隊
特殊改造戦艦×5(補給物資コンテナ射出、ミサイル型坑道破壊爆弾射出)
旗艦・ミスティルテイン
グリンブルスティ
フレズベルク
ヘルヴォル
スルーズ

第5、6艦隊
戦術機母艦×10(作戦時は足場用)

第6、7艦隊
補給艦×10(砲弾補給用)

潜水補給艦×5
(潜水したまま陸地付近まで行き、そこから補給物資を撃ち出す。A-6イントルーダー専用潜水艦を改造した潜水艦)

戦術機甲部隊

日本人1687 マレーシア戦線1188…2875
遠隔操作無人機1188  全機(4063)


日本人部隊

第1突入部隊(第28遊撃部隊)(7機)
武御雷:フェンリル01・月詠 真那
武御雷:フェンリル02・白銀 武
不知火:フェンリル03・鮎川 千尋
不知火:フェンリル04・御無 可憐
不知火:フェンリル05・柏木 晴子
不知火:フェンリル06・ヒュレイカ エルネス
甕速火:フェンリル07・白銀 響


第2~30突入部隊(348機)
戦術機甲中隊(12)×29
共通呼称:ベーオウルフ

(共通呼称:中隊ナンバー:個人ナンバーで言う)
ベーオウルフ1411なら
(突入部隊)ベーオウルフ、第14中隊のナンバー11という意味

第1~30突入路確保部隊(360機)
(突入路確保後は補給線維持部隊として機能)
戦術機甲中隊(12)×30
共通呼称:ファフニール

第1~9戦術機甲連隊(972)
戦術機甲連隊(108)×9
共通呼称:ニーズヘッグ


(マレーシア戦線は囮だけが参加、遠隔操縦者は後方待機)

マレーシア戦線(1188)(1188)……計2376機
第10~17戦術機機甲連隊(864)(遠隔操作戦術機864機)
戦術機甲連隊(108)×7……遠隔操作戦術機(108)
共通呼称:ヘイムダル

第1~2戦術機甲師団(324)(遠隔操作戦術機324)
戦術機甲師団(324)……(遠隔操作戦術機324)   
共通呼称:スキールニル


 第1投稿はインターミッションです、
 設定とか結構無茶苦茶です、攻略作戦非常識てすかね……?
 母艦の上を渡って行くのは元ネタがあります、せっかく戦術機なんだからこんなのもいいかと……
 ちなみに名称は完全に私の趣味です。全部解った人がいたら凄いです。あとアリーシャのファミリーネームも……、ヒントはドイツ人。


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