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[541] よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/10/19 00:35
 ≪美智恵≫
 「ドクター、彼女たちが言っていたことは」
 
部屋の外に出てはいたが声は聞こえていた。
冥子ちゃんに近づいた以上、先生が横島君についての過去は徹底的に調査をしていた。
そして横島君は私たちと出会って以来、大切な人を亡くしたりはしていない。
少なくとも、マリアが口にしたような事実はないはずだ。
 
「真実だよ。私は横島との協力の約束をする際、横島の過去を映像としてすべて見せてもらった。対価として私が若返るための時間を用意してな。言っておくがこの件について私から話すことは何もない」
 
ドクターは神算鬼謀の持ち主だが、身内にそれを使う性格ではない。
必要性がなければの話ではあるが。
言わぬというのなら言わぬのであろうし、その必要はないと判断しているのだろう。
 
存在しないはずの過去。
それにひとつだけ私は心当たりがある。
 
「……時間移動者?……いいえ、ちがうわね」
 
同じ能力を持つ自分だからこそ出てくる答え。
だが私はそれをすぐに否定した。
時間を移動してもそこに存在は残る。横島君が二人存在したという記録はない。
 
「予知能力者では過去のことにはならないし~、わからないわね~」
 
「精神のみの時間移動……駄目ね。横島君のあの性格は子供のころからのようだし、まさか子供のころまで精神を逆行させるなんて危険な真似なんかしない……わよね?」
 
下手をうてば記憶を失い二度と戻れなくなる。
……だが、横島君ならやりかねないのではないだろうか?
駄目ね。断定するには決め手が少なすぎる。
 
「……横島君のことは一時保留にしておきましょう~。それよりも横島君は目を覚ましてくれるかしら~」 
「フン。あやつは私の親友だぞ? いつまでも私の愛娘たちを悲しめなんぞするものか」
 
カオスが自信満々に言ってのけた。
ヨーロッパの魔王とまで呼ばれた錬金術師が理論を伴わずにではなく信頼する人間。
本当にどうにかしてしまいそうだからすごいわ。
 
そして翌日、本当に横島君は目を覚ました。
もっとも、更なる問題をはらんではいたのだが。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪テレサ≫
 部屋に残された私たち二人。
姉さんは体を小刻みに振るわせ続けている。
私はたまらず姉さんを背中から抱きしめた。
 
「姉さん、ごめんなさい」
 
「……テレサ?」
 
姉さんの顔を見ることができずにそのままの体勢で言葉をつむぐ。
 
「ひどいことを言ってごめんなさい。私は姉さんがうらやましかった。ただ純粋に横島さんのことを心配して飛び出すことができた姉さんが。私にはできなかった。それが横島さんを傷つけると『計算してしまった』私には。私は姉さんほど心を持っていないから」
 
「テレサ。それ・違います。テレサ・心を・持ってます。横島さんを傷つけたくない。それ、テレサの心です。テレサは、少しだけ・マリアより先を考えただけです」
 
姉さんの暖かい手で頭を撫でられ、私は泣いた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪美智恵≫
 「記憶喪失……ですか?」
 
「はぁ、どうもそうみたいっす」
 
ベッドの上で戸惑ったような表情を見せる横島君。
心なしか口調も変わってない?
 
「うむ。医学的な問題は見受けられない。恐らくは心因性のものであるから時間が解決してくれると思う」 
仕方ないのかもしれない。
しかし院長先生が出て行った後、横島君と二言三言会話をした後で事件は起こった。
 
「横島さんの意識が戻ったって本当なのだ~?」
 
部屋に飛び込んできたのはジルちゃん。他にも小竜姫さまやヒャクメさま。ワルキューレ大尉いやジークフリード少尉、リリシアさん。
 
「あ、あ、あぁああああ!」
 
横島君が突然の絶叫。
その表情は恐怖にひきつりジルちゃんたちを見ていた。
 
横島君の腕からは不思議な形をした霊波刀が……あれは声帯?
 
「まずい!」
 
ほんの一瞬、心に衝撃がはしる。
ドクターカオスが文珠ににた物を投げ私たちを取り囲む障壁がなければあの悲痛に食われていた。
横島君の力が暴走している!?
 
『慟哭の声は届かない。  (寒風はただ平野に吹き)
 悲しみの声は届かない。  (あまねく命を枯らして奪う)
 もはや誰にもこの声は届かない。  (一人立ち尽くす者の声は)
 だから俺は悲しめ痛む。  (聞くものもなく風に砕かれる)
 悲痛は心を凍てつかせ、  (全ては哀しみの前に凍りつく)
 そこに全ての意味は失われる。  (愛も、未来も、魂さ…)』
 
突如として陰から飛び出したゼクウさまが文珠を投げつけ、その中に霊波刀が捕らえられた。
続いてユリンちゃんが横島君に咥えていた文珠を首のふりだけで投げつける。
それを受けて眠る横島君。
 
一方、いきなり横島君に攻撃をされそうになりショックを受ける神族、魔族の面々。
 
「一度ここから出るんだ。詳しい説明は私のほうからする」
 
ドクターにうながされ、ベッドに一人眠る横島君を残し部屋を出て行った。
とりわけショックを受けているジルちゃんをリリシアさんが慰めていた。



[541] Re:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/10/27 00:02
 ≪カオス≫
 ヤレヤレ、困ったことになったな。
中途半端に記憶喪失なんぞになりおって。
……流石に今の状況、多少の説明をせねばなるまいか。
 
「こうなってしまった以上、多少なりとも説明がなければおさまるまい? 少しだけ横島のことを話すとしようか。ただし、横島が望まぬことを本人の承諾もなく吹聴するのは私としても本意ではない。質問は受け付けないことと、横島を良く知るもの意外にこの話を伝えないこと。この二つの条件をのむなら教えるが?」
 
ジルはまだショックから立ち直れないようだ。
いや、神、魔族の連中は信じられぬといった面持ちか。
無理もない。
あの横島が自分達に致死性の攻撃をいきなり繰り出したのだからな。
ワルキューレなどはこちらに殺気すら向けている。
 
とりあえず異論を挟むものはいないし、気は進まぬが話すとするか。
 
「あやつが日ごろ、神、魔族の事を嫌い、もしくは好きになれないと公言しているのは知っておるな? それには理由がある。マリアが自失して洩らしたとおり、あいつは最愛の女性を、親友を、大切な人をことごとく失った。横島からそれを奪っていったのは神族と魔族だ。横島の存在を疎ましく思った魔族と、横島を存在悪とした神族の手によって横島はそれらをみな奪われた。そう、咎人横島忠夫の罪状は存在すること。科せられた罰は横島忠夫と最愛の女の魂の消滅。それを防ごうとした者達もことごとく殺された」
 
「ちょっと待ってほしいのね! そんな記録はどこにも……」
 
「質問は受け付けぬといったぞ? ともかくだ。横島の中には神、魔族に対する不信感、恐怖、憎悪、他にも様々な暗い感情がひしめいておる。しかし、あやつは種族で垣根を作らず良くも悪くも個人を見る性質の持ち主だ。ゆえにこれまではお前さんたちを神族、魔族の括りではなく個人として信頼していたがゆえに友情が成立しておった。それに必要以上に強い意志の持ち主でもあるしな。しかしその両方が記憶喪失……記憶の再生障害によっておぬしらのことを忘れ、どうやら意志のほうも弱かったころに戻っておるようだ。おぬし等の神気、魔力に反応して暗い感情に心が触発され、霊力が暴走したのだろう」
 
「……そんな、そんなはずないのだ。だって神様は」
 
「古今東西を問わず、神話の中で罪も無く神の都合で殺される生命があったこと、知らぬとは言わさぬぞ? 紅海に呑みこまれたエジプト兵はみな殺されねばならぬほどに罪深かったのか? ノアの箱舟に乗った動物達は一番いずつだったな。人間は罪深かったとされているがそれ以外の動物達も罪深かったのかね? ソドムとゴモラの町はどうだ? エイブラハムの妻が振り返ったことは塩にされるほどのことだったか? ……すまぬな。ただ、横島の身に起きたことを知ってそのセリフは私には許すことはできなんだ」
 
「……私達は一体どうすればいいんでしょうか?」
 
「好きにするがいいさ」
 
私の言葉にうつむいていた小竜姫は意外そうに顔を上げる。
 
「確かに、今の状態で横島に神気、魔力を感じさせるのは【ドクター】としてはとめさせたいところではあるな。だが、正直この私の頭脳をもってしても横島の傷は計り知れぬ。なにが功を奏するかも皆目見当がつかんのでな。お前さんらに任せるよ」
 
……流石に、これだけでは哀れか。
 
「横島はお前さん達を大切な仲間だと感じている。たとえ今はそのことを思いだせんとしてもだ。それだけは間違いないこと。……ふむ。あまり不用意な行動をして傷つかんでくれ。お前さんらが傷つけば横島はさらに傷つく。私もお前さんらの仲間として傷ついてはほしくないしな」
 
さて、どうやら横島が逆行してきた人間であるということは説明せんで済んだようだな。
殺された横島の大切な仲間達が自分たちであったと知ったらどうなのであろうな。
 
場合によっては横島と……ヤレヤレ、しんどい話だ。
とはいえ準備を怠っては目を覚ます前に殺されてしまうだろうしな。
マリアとテレサを残して自分の研究室へと帰っていく。



[541] Re[2]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/02 17:10
 ≪かおり≫
 「雪之丞、お兄様が入院されてるって本当なの!?」
 
稽古をつけにきてくれた雪之丞とタイガーさんに開口一番そのことを尋ねる。
 
「おキヌちゃんからでも聞いたのか?……あぁ。記憶喪失なんだがちょっと訳ありでな。見舞いに行っても覚えてねえと思うぜ」
 
「だったら、私達の修行に付き合ってくれなくても……傍についてあげたほうがいいんじゃなくって?」
 
「そうだぜ、タイガー。先生なんだろう?」
 
雪之丞は、いえ、氷室さんもタイガーさんもどこか沈んだような表情をしていた。
 
「俺、馬鹿だからよ。師匠のことを何でも出来るスゲエ人だと思ってた。……んなわきゃねえんだよな。俺だって死ぬ気で修行して、師匠が引っ張りあげてくれてやっとこ今程度の実力になれた」
 
「いや、あんたらの実力で今程度なんていわれるとあたいたちの立場がないんだけど」
 
一文字さん。もう少し空気を読んでくださらないかしら。
……まぁ、私も同じことを考えてはいましたけど。
 
「だけど違ったんだ。師匠は無敵でも万能でもねえし、昔から強かった訳でもない。大切なものをいっぱいなくして、足掻いて、今の場所に立ってるって」
 
「わっしも、同じですジャア。横島さんにはとてもお世話になっておりましたケン。じゃけど横島さんのことをわっしは何にも知らなかったんですジャア」
 
「でもよ。それでも俺達は師匠のことを信じている。……もうどうしょうもねえくれえにしんじちまえるんだわ」
 
「ですケン、わっしも、雪之丞さんも今までどおりの生活をすることにしたんジャア」
 
「……だけど、次はねえ! もし次があるようなら絶対止めてみせる」
 
雪之丞はどこか遠くを見ながら真剣な眼差しを作った。
…………!
見とれてなんかいませんわよ!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪美智恵≫
 「……ものすごい話でしたわね」
 
六道家の一室。
そこで私と六道先生、唐巣先生はドクターの話を分析するために集まった。
 
「そうね~。何かあるとは思ってはいたけど~」
 
「はい。初めて彼とであったときのことを思い出しました。……横島君は大切な人を失ったからこそああいった忠告をしてくれていたんですね」
 
「そうだったわね~」
 
「しかしどういうことなんだろうね。私はドクターのいっていたような事件には心当たりがない。ドクターがこの期に及んで嘘をついているとは思えないが」
 
「私もないわね~。正直言って六道の情報網にかからずにそんな事件があったとは思えないわ~。第一、私と横島君が初めてあった時は横島君はまだ15歳だったんですもの~。そんなことがあったとはとてもじゃないけど思えないわね~」
 
「だけど、横島君が時折見せる深い闇。それを説明するためにはドクターの説明は納得できるものだ。……横島君が令子君たちを守る姿もね」
 
「最初は私や令子と同じ時間移動能力かと思いました。そのために魔族に狙われたのだと。でも、横島君の存在は子供のころから記録に残されていますし、10歳を境にある種の転換期を迎えてはいますが、そこで入れ替わったとも思えません。第一横島夫妻がそれを見過ごすとも思えませんし」
 
「時間移動能力はありえないのかい?」
 
「時間移動能力はあまり大きな変革は出来ないんですよ。世界の修正能力は思いのほか強いんです。歴史に大きくかかわらない変更なら出来ますけど。無論、私の時間移動能力と別種の時間移動能力であれば話は別ですけど、ただ、時間移動能力者の私がいた状態で横島君がそれを隠す理由があったか? というと少し疑問です」
 
「つまり~、横島君が秘密にしていることはもっと別の何かだというわけね~?」
 
「はい。……仮説ではありますが例えば横島君は横島忠夫ではありますがこの世界の横島君ではない……と、考えるのはいかがでしょうか?」
 
「少し話が飛びすぎではないかね?」
 
「はい。私もそうであるとは思っていません。平行宇宙は理論上存在するかもしれないというだけで、実際に行き来が出来るどころか、情報すら得ることは出来ないのですから。仮に、そんなことが可能であるとすればこの世界の世界そのものか神・魔の最高指導者クラスの力の持ち主でないと不可能でしょう。そして世界に大きな変革をもたらしかねないそのようなまねを許すとは思えませんし」
 
「でも~、いったい横島君はいつどこで大切な人を亡くしてしまったのか、……疑問だけが残されてしまうわね~」
 
「そうですね。でも、僕達がやらなくてはならないことはもうすでに決まっています。そうは思いませんか?」
 
唐巣神父が私達にうながす。
 
「そうね~。これ以上横島君が大切な人を亡くして苦しまないように私達で出来ることをしてあげましょう~」
 
「ええ。横島君の大切な人たちは私達にとってもみんなかわいい子供達ですから」
 
「おや、僕には美智恵君や六道女史も横島君の大切な人だと思えますが?」
 
し、神父?
 
「あらあら~」
 
いや、六道先生、何でそんなにうれしそうなんです?
顔まで赤らめて。
 
……あきらめるしかないか。
だってもう、横島君にどれだけ不信感を持っても結局信じちゃうんだから。



[541] Re[3]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/02 17:14
 ≪ジーク≫
 「姉さん。荒れすぎだよ」
 
魔界の軍本部、そこの演習場に姉さんの姿はあった。
周囲には死屍累々と言った状態で兵が倒れている。
皆、姉さんの訓練という名のしごきの前に倒れた哀れな兵達だ。
もっとも、魔界正規軍の中でもこんな真似が出来るのは現場クラスの尉官では姉さんくらいなものだろう。
 
「貴様、大尉と呼ばんか!」
 
……仕方ないか。
 
「ハッ! 失礼いたしました。ワルキューレ大尉」
 
一瞬、姉さんの硬い表情が弱く崩れた。
後悔するぐらいなら言わなければいいのに。
……横島さんとの付き合いで生まれた変化だな。うん。
 
「大尉に内密な話があります。どうかお人払いを」
 
「……いや、我々が場所を変えよう」
 
姉さんは倒れている兵達に向き直った。
 
「……今日は一人の脱落者も出さずに良くがんばった。明日のヒトサンマルマルまで休暇を申請しておく。ゆっくり体を休めるといい」
 
兵達からあからさまに安堵の色が見えた。
喜びも見える。
……姉さんはやはり変わった。もちろんいい意味で。
 
姉さんの私室に入っていく。
花が飾られていた。
魔界のどこでも見られるような名もない野草ではあるが魔界の植物にしては珍しく毒性の少ない花。
以前では考えられないことだ。
 
「姉さん」
 
ボクが姉さんと呼ぶとわずかに喜色が見えた。
 
「横島さんのことだけど、魔界のデータバンクには一切情報がなかった。裏も、裏の裏も探してみたけどね」
 
暗に、ハッキングを匂わせる。
 
「……お前はよく平気でいられるな」
 
「……誇りがあるから」
 
「誇りだと?」
 
「横島さんの友達だという誇り。横島さんはあれほど神・魔を嫌っている。でもボクと彼は友人だ。……今は思い出せないのかもしれなけどそれでも変わらない。驕りかもしれないけどそれはすごく特別なことだと思う。それがボクの誇り。そして驕り。今のボクでは横島さんの手助けにはならないからね」
 
「……フフ、確かにその通りだったな。下らんことに時を浪費しているときではなかった。ジーク、訓練をするから少し付き合ってくれ。グラムを使ってもかまわん」
 
「了解、姉さん」
 
……姉さんは大丈夫なようだな。……向こうは大丈夫かな?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ヒャクメ≫
 「白娘姫、……ごめんなさい、今だけは姉さまと呼ばせて。……姉さま、私は横島さんと出会って強くなりました。そう思っていました。でも、今は弱くなったような気がします」
 
今の小竜姫は横島さんに殺されそうになったことで弱ってるのね~。
でも、小竜姫は大丈夫。
必ず立ち直る。
親友だからわかるのね~。
 
……むしろ、問題なのは私のほうなのね~。
……好奇心がいつか私を苦しめることはわかっていたけど。
 
アシュタロスの造反。
蛍の化身の死。
何もなかったように取り繕った日常。
時の癒しと結婚。
そして破局。
【荒神】としての日々。
最終戦争と滅び行く世界。
 
映像だけであったから助かったのだろう。
ドクター・カオスの記憶から読み取った横島さんの過去は想像を絶するものだった。
もし、横島さんの記憶から直接情報を得ていたら私は狂死していたかもしれないのね。
……私は何の力にもなれなかった。
アシュたロスの子供達には捕まりペットにされていた。
ルシオラさんが死んだときには何も出来なかった。
横島さんが苦しんでいるときにそばにいれなかった。
時が横島さんを癒し、立ち直るときにも何の手助けも出来なかった。
破局のとき、私はあっさりとレリエルに切り殺された。
【荒神】が生まれたころには私はもうどこにも存在しなかった。
何の力にも手助けも出来なかった。
それが情けないのね。
 
あの時、ドクター・カオスの記憶を覗いたときに取り乱さなかったのは自分でも賞賛に値すると思うのね。
だけど……。
 
「……ヒャクメ、ちょっといいか?」
 
ビクッと反応する。
背後に斉天大聖老師がいたからだ。
 
老師は踵をかえすと自室に入っていった。
私もその後について行くしかない……。
 
「……さて、ヒャクメよ。おぬし、横島の過去を知ったな?」
 
疑問系ではあるがそれは断定だった。
恐らくあれほどの秘密を知ったらただでは済まされない。
下級神にすぎない私が世界の崩壊の未来など知っていいはずもないのね。
 
「横島の過去を知っておるのは神族ではわしと白龍、横島の眷属の是空。それに最高指導者くらいか。魔族でも最高指導者とオーディンくらいなものかのう」
 
知ってる。
 
「……わしらは、あれがおこらんように動いている。横島の動きに比べれば微々たる物だがな。おぬしも思うように動くといい」
 
「……罰はないのね?」
 
「アレを知る。それだけで十分すぎる罰じゃわい」
 
老師は私の頭を撫でる。
それに伴い堪えてきたものが止め処なく溢れてきた。
それは涙になって流れていく。
流されているだけでは何も出来ないというのなら私も動くのね。
動いて、足掻いて、あんなことを起こさせない。
私は非力だけど私には情報をえる能力があるのね。
だから、だから……。



[541] Re[4]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/07 02:36
 ≪リリシア≫
 アンニュイってこういうことを言うのかしら。
自分の経営するお店の事務所でぼんやりと窓の外に降る雨を見つめていた。
お店の女の子達とおしゃべりするのは楽しい。
私が淫魔だと知っても普通におしゃべりしてくれるいい娘達ばかりだし。
今目の前でジルがないている。
当然かもしれない。
あれほどなついていた横島にアレを向けられたのだから。
 
この子、私が神に逆らって魔王と成り果てた女の娘で上級魔族だってこと忘れているのかしら?
一応私は純粋なキリスト教系の結構大物な悪魔なんだけど?
そのへんどう思ってるの? セラフの分霊の君は?
そりゃ、横島についでつきあいは長いけどさ。
こんなに無防備な姿をさらけ出してくれちゃって。
ジルの柔らかい金髪を撫でながら溜息をついた。
 
確かに目の前で、それも天使に泣かれるのは……いや、かわいい女の子に泣かれるのは堪えるけど私が沈んでいるのはそんなことが理由じゃない。
昨夜見た夢のせいだ。
 
……私は淫魔だ。
でも、それだけじゃない。
すべての夢魔の女王リリスの最初の娘、夢魔の第一王女。
最上級の夢魔でもあるのだ。
よって、夢を媒介に他人の心に入り込むことなどお手の物を通り越してお家芸といえる。
今まで得た情報から直接横島の心の中に入り込むのは危険だと判断した私は視覚と聴覚のみをつなげることにした。
のぞくまでもなく夢の、悪夢の中身は横島の過去だった。
私は夢の中で横島忠夫を追体験した。
 
後悔した。
決して開けてはいけないパンドラの箱というのがあるというのならきっとアレがそうなのだろう。
私は開けずに外から覗き込んだだけだから壊れずにすんだが開けていたらどうなっていたことか。
例え魔族であっても世界の終焉なんて見るものじゃない。
特に享楽主義者の私達淫魔は他の魔族と違って神と魔のバランスをひっくり返そうなんてつゆほどにも思っちゃいないのだから。
あぁ、認めるしかない。
ゼクウは神族であったし悪夢であったから壊れずに神族に戻るだけですんだかもしれないが、もとより魔族の私はどうなるだろうか?
夢魔が悪夢に殺されては洒落にならない。
恐ろしいのは横島はこれを、これのほかに感触や匂い、思いが込められ実際自身が体験してよく知っているものを毎日毎日悪夢として見続けている。
それどころか横島が誰かの悪意、罪、悲しみ、憎しみを肩代わりするたびにそれは酷くなっていくというのに横島忠夫は私の見る限り正気だった。
いや、アレこそが本当の狂気というものなのか?
あぁ、なるほどこれを糧にしているのであればあの霊波刀の非常識さも頷ける。
非常識でないはずがない。存在そのものが常識を超えてるのだから。
私の魅了の魔眼が通じなかったのも当然だろう。
そんなものの入り込む余地などアノ悪夢の前に残されているものか。
横島が誰にも手をつけない理由もわかった。
失うのが怖いんだ。
一度全部失くしているから。
それでも孤独を受け入れられなかったひどく脆弱な心。
脆弱だけどそれを受け入れ恐怖におびえながら守る決意を持つ強い心。
あぁ、なんて厄介。
ただ、傍観者としてひとつわかったことは横島とアシュタロス。
世界を破壊したものと世界を改変しようとするものはこの舞台でも主役だ。
 
……さて問題だ。
私はこんな舞台からとっとと抜け出したいと感じている。
私もこの舞台の主役に躍り出たいと考えている。
私は傍観者としての脇役の地位に甘んじたいと願っている。
どれも本当、どれも偽り。
……当たり前だ。いくらなんでも話のスケールが大きすぎる。
 
「……横島さん」
 
いつの間にかジルは眠ってしまっていたようだ。
夢に魘されながら横島のことを考えている。
 
「今、あんたが聞いているかどうかわかんないけどとりあえず言っといてあげる。この子がこんな悲しい目にあってるのはあんたの責任なんだからね、ガブリエル。……下らないこと考えたらこっちにも考えがあるんだから」
 
ジルが少しでも魘されないように抱きしめる。
 
あぁ、なんて無様なこと。
仮にも上級魔族のこのあたしが、天使の子供にほだされて方針を決定するなんて。
 
「ね~むれ~、ね~むれ~、は~は~のを~手~に~♪」
 
まったく、酔狂なのは母親譲りかしらね。
夢魔が子守唄? 洒落にもならないわ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ガブリエル≫
 ……私のせい?
あの悪魔……いえ、リリシアさんは何を知っているのでしょう?
 
……堕落、なのでしょうか。
魔族の言葉で今後の方針を考え直すのは。
危険かもしれませんがもう少し様子を見たほうがいいのかもしれません。
もし本当にアレの原因が私だとしたら……以前横島さんが言ってましたわね。
 
『……1000人の罪のない人間を殺せば1001人の罪のない人間が助けられるとしたらどうだ? 100人の人間を見捨てれば10000人の人間が救えるとしたら? 10人の命が100000人の代わりになるとしたら? 世界を滅ぼすかもしれない力を持った、たった一人の人間を君はどうする?』
 
……横島さんは神族に切り捨てられてしまった人間なのでしょうか?
でもなぜに私を名指しなのでしょう?
ここ1400年、人間界に直接干渉したことはありませんのに。
その前なんて2000年前ですし。
 
……あの子達には内緒にしておきましょうね。
今回はとても大切なことを学びましたし。
リリシアさんのような方がいるのであればデタントは有意義なものになるはずですから。
あの子達、ミカエルやメタトロンの説得に参りませんと。
お父様の命ではなく、私達の意思としてデタントを成就させるために。



[541] Re[5]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/11 02:18
 ≪美衣≫
 「こら美味い。こら美味い!」
 
横島さんは記憶をなくしてからこちら、入院をしていましたが身体的な異常はありませんでしたし、あまりベッドを占領して他の入院患者の方に迷惑をかけるのもあれだからとこのほど退院をされました。
白井総合病院は今では珍しい患者のために出来ることは何でもするというスタンスの病院だから。
だって、現代医療を至高としているにもかかわらず必要とあれば患者さんのために病院がG・Sを雇い、院長自ら状況説明をしているような病院ですもの。
 
ともあれ、退院した横島さんの面倒は事務員の愛子さんと私がみることになりました。
 
……あれから、ジルさんもリリシアさんも事務所には現れません。
五月さんも若干とはいえ神気を持っているので遠慮してもらっています。
私達妖怪に関しては横島さんは過度の反応を示さない、今までのように私達が妖怪であることを忘れているような態度で接してくる。
いえ、むしろ今まで以上に親しいというか、横島さん自身が以前より歳相応の雰囲気になって、落ち着いた感じではなくどこか軽い調子で私達とおしゃべりに興じてくるのでうれしくはありますが、このまま横島さんが戻られないのではないかと思うとやはり不安です。
ケイやヒノメちゃんは今まで以上に横島さんにかまってもらえるからご機嫌ですが、隣にジルちゃんがいないのがどこか寂しそう。
でも私はこれでよかったと思っている。
戦ってばかりいる横島さんにも休息は必要だから。
普段はまともに休息を取らない人だから。
 
「いやぁ、美味かった。美衣さん料理が上手っすね」
 
「あら、化け猫ですもの。他のお料理ならいざ知らず魚料理ならこれでも一家言ありますわ」
 
「ちょっと横島さん。私には何も言ってくれないわけ?」
 
「ごめんごめん。愛子が作ってくれた味噌汁もうまいって」
 
「男の人に真心を込めて作ったお味噌汁をおいしいって言ってもらう喜び、あぁ、青春ね」
 
愛子さんは感極まったかという感じで涙を流しながら青春を謳歌しています。
……その青春は少し偏ってはいませんこと?
 
「ところで横島さん。記憶のほうはどうなの?」
 
「ん~、さっぱり」
 
あまりダイレクトに聞くものではないんですけどね。
幸い、横島さんは目覚めた当初のことには記憶があいまいだったようですけど。
 
ケイとヒノメちゃんがいないときにそれは起こった。
それはとても幸運だった。
愛子さんと横島さんが他愛もない話に興じていたときにそれは起こった。
それはとても不幸なことだった。
闇は突然舞い降りた。
闇の発生主、横島さんは何も言わずに窓から飛び出す。
私と愛子さんは震える体を自分の腕で抱きしめる。
ただ、漠然と理解した。
横島さんの短すぎる休息は突然終わったことを。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 「エミ、冥子、大丈夫?」
 
「今のところはね。あたし達が三人がかりで倒せないってことはあいつ、相当高位の魔族、多分ワルキューレクラスなワケ」
 
「令子ちゃんは大丈夫~?」
 
また巻き込んだ。
除霊中突如乗り込んできた魔族のために除霊は中止。
対象だった悪霊は魔族の気に当てられてそいつの配下に成り下がった。
濃密な魔力は東京中の悪霊たちを呼び集め、巨大な霊団、横島さんが六道で祓ったそれを凌ぐ霊団となってこちらに襲い掛かる。
これに魔族が加わっていたら私達はとっくに殺されていただろうが。
フルーレティと名乗った悪魔は思い出したかのように時折雹を降らせるだけで後は私達が霊団相手に苦戦するのを楽しんでみているだけだった。
もっとも、その雹はグレープフルーツ大で、当たればそれだけで戦闘力を奪われかねないのだが。
 
「この霊団さえなければ撤退できるのに~」
 
横島さんからもらった文珠があるから戦略的撤退はたやすい。
けど今逃げたら被害がとんでもないことになりそうだし。
魔族は派手な行動ができなくともこの霊団だけでとんでもないことになる。
 
だけど、そこに闇が舞い降りた。
 
「……誰だ? 俺からまた奪おうとする奴は」
 
闇の名前は横島忠夫。
今もっとも会いたくて、顔を合わせ辛かった人の名前。
絶対の守護者ではなく、絶対の殲滅者がそこには立っていた。



[541] Re[6]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/12 01:07
 ≪エミ≫
 まずいワケ。
幸い、カオスの作った指輪をはめているみたいだから何かがもれてきているわけではないけど不吉な予感は抑えられない。
 
だって、目の前の悪魔なんかよりも遥かに不吉なのだから。
 
「カカカカカ、また獲物が舞い込んできたわ。美神令子を捕獲するために来たがこうも獲物が多いと少し遊んでみたくなるのが人情。そうは思わんか?」
 
万単位の悪霊が忠にぃに襲いかかる。
やめて。逃げて。
あたしはそう思わずにいられなかった。
けどその思いは届かない。
悪霊たちに憐憫すら感じる。
 
悪霊たちに飲み込まれた忠にぃ。
そこから、水の中に落ちた墨汁が真水を侵食するかのように黒い炎が広がった。
黒い炎は悪霊を燃料にして燃え広がり、わずかに正気を残し逃げ惑い始めた悪霊にも次々飛び火して飲み込んでいく。
それは一方的な虐殺だった。
確かに、悪霊は他者を殺してでも自分の苦しみを和らげようとする連中だから滅ぼされても文句は言えないと思う。
でも、あれはない。
抵抗も出来ず、一方的に滅ぼされていく。
あぁ、こんな仕事をしている以上まっとうな死に方は出来ないかもしれない。
でもあんな殺され方はしたくない。
死ぬなら人間らしい死に方をしたいものだ。
あんなふうに、物のように壊されたくはない。
 
いけない。
混乱していたらしい。
黒い炎はその役目を終え消滅し、その中央に黒い鱗模様の帯のタトゥーの入った忠にぃは泰然とその場に立っていた。
一歩も動いてはいない。
頭では理解していた。
忠にぃがG・Sの仕事に殺戮という手段を用いればどれほど効率が良いか。
効率?
なんと吐き気のする言葉だろうか?
何かを殺すというときに表現をする言葉としてこれほど怖い言葉はない。
 
「てめえ、何もんだ!」
 
フルーレティと名乗った魔族は理解の出来ない事態に混乱をきたしたみたいなワケ。
当然だ。あんなこと人間が出来ることではないのだから。
正気の人間はあんな真似はできはしないのだから。
人間が持つことの出来る力ではないのだから。
 
「……」
 
忠にぃは答えない。
ただ能面のような瞳で見つめるだけだった。
 
「ふざけるな! 人間風情が」
 
私達をいたぶっていたときとは違う。
それよりも遥かに大きく数も多い雹の豪雨が忠にぃを襲った。
だが、忠にぃの持つ霊波刀から燃え立つ黒い炎はそれが忠にぃに触れる前に燃やし尽くした。
 
よしんば黒い炎を掻い潜ったとしても果たして効果があるのだろうか?
あの状態の忠にぃは大気圏突入を果たしても無傷だったというのに。
 
「……この化け物が!」
 
フルーレティに先ほどの余裕はない。
 
「……」
 
忠にぃは能面の表情を変えない。
 
泰然と立っていた忠にぃが突如動いた。
動いたのだろう。
気がついたらフルーレティの正面に立っていた。
あたしの目には何も映らなかったワケ。
 
「な……」
 
『もう、誰もいない。 (悲しみに終わる白き世界)』
 
どこからか聞こえた『悲しみに終わる白き世界』という声と共に【慟哭の声】がつきたてられ、氷の悪魔、フルーレティは真っ白く凍りつき次の瞬間砕け散った。
 
万単位の悪霊も、人界に現れる中では最上位に近い魔族も、殺戮を手段とした忠にぃの前ではただの一撃で倒されてしまう。
忠にぃはいったい何を失くして、ここまでの力を求めたのだろう。
                   ・
                   ・
 悪いことは続くものだ。
 
「美神令子、大丈夫か!」
 
何の因果か今、この場に現れてはいけないものたちが顔をそろえてしまった。
小竜姫、ワルキューレ、ジーク、リリシア、ジル、五月。
恐らく私たちの救援に来てくれたのだろう。
なんと間の悪い。
時間が凍りつく。
能面のような顔の忠にぃがゆっくりとそちらを向いた。



[541] Re[7]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/12 01:07
 ≪令子≫
 暴風のように動き出す横島さん。手にはあの黒い炎がまとわりつき真っ直ぐにジルちゃんに向かって突き進んだ。
虚を疲れて動けなくなる私達。
小竜姫さまとワルキューレ、ジークが迎撃しようとするが間に合わない。
ジルちゃんも動けない。
涙を瞳にいっぱいにためて、動くことは出来なかった。
動いたのは二人。
五月がジルちゃんを抱きしめるように庇い、リリシアはその二人を背中に庇った。
 
それだけで、止まった。
横島さんは頭を抱えて蹲る。
いったい何がおきたの?
 
「こっちなのね~」
 
ヒャクメさまが飛んできた。
後ろにはカオス、雪之丞、タイガー、ピート、鬼道さん、西条さん。
どうやらヒャクメ様がここに連れてきたらしい。
 
「今の横島さんは神族、魔族に対する攻撃性が高まってるのね。だから小竜姫たちは下がって彼らに任せるのね。……横島さんはどうしたのね?」
 
「わかりません。リリシアさんと五月さんがジルちゃんを庇ったとたんに苦しみだしました」
 
カオスがその有様を一瞥すると一人納得がいったようだ。
 
「リリシアが西洋文化圏で助かったな」
 
「どういうこと?」
 
「日本の母は子供の命を最優先に五月のようにわが子を抱きしめて守る。運命共同体を構築する小集団で生活をすることの多かった日本人は同じ範囲での集団内では助け合い精神が強く伝統的に命さえ助かれば子供が生きていける可能性が他国より高かったからな。逆にその可能性が低い西洋文化圏では伝統的に母親はわが子を背中に庇い共に生きようとする。子供だけを残しても苦しめるだけだと知っておるからな。どちらがより良いかなどとは論議するつもりもないし、風習の違い程度の話だが、自分の命を顧みずに他人だけを守ろうとする大馬鹿者にとってはリリシアの行動は害毒なのであろうさ。自分も他者も生き残ろうとっするその姿勢が」
 
とにかく、横島さんが弱っている隙に小竜姫様たちは遠くに離された。
下手に捕獲を開始するとかえって危険と判断されたからだ。
代わりにこちらの準備を万全にする。
あまり遠くへ離さないのは文珠で【転/移】されたらもう防ぐ手段が存在しないから目に届く範囲のほうがやりやすいということだから。
 
「さっきいったみたいに横島さんは神族と魔族に対して攻撃性が高められている反面、人間や妖怪相手に一定以上の力は恐らく振るわないのね。だから収まるまでどうにか横島さんを封じ込めてほしいのね。計算では2時間。2時間耐え切れば横島さんの暴走は収まるはずなのね」
 
どこから計算された数字なのかはわからないがヒャクメさまは仮にも神界の調査官。何かしら根拠のある数字なのだろう。
あの状態の横島さんを相手に2時間? 絶望的な数字に思えるのは気のせい?
 
「令子ちゃんたちは下がっていて」
 
西条さんが突然そんなことを言ってきた。
 
「そんな、私達も」
 
「横島君が正気になったときに令子ちゃんたちに怪我を負わせたとわかればまた塞ぎこんでしまうからね」
 
西条さんはウインクをして見せた。
 
「それに僕も横島君の友達でありたいんだよ。僕だけじゃなくここにいるみんなもね。たまには男の面子というものを立ててくれたまえ」
 
「……大丈夫なの?」
 
「勝つのは難しいじゃろうな。横島の奴は【絶望の総身】まで発動させておるし。とはいえ封じ込めるだけであれば【ヨーロッパの魔王】の名にかけてどうにかして見せるわ」
 
「へへへ、師匠とガチか。武者震いがしやがるぜ」
 
「余裕ですの~雪之丞さん。わっしはもう緊張して緊張して」
 
「鬼道さん。この中で唯一横島さんと戦ったことのある経験者としてどうですか?」
 
「あれも訓練みたいなものやからなぁ。正直厳しいとこやけど、まちがった方向に進む友達を力ずくでもとめるっちゅうんが友情いうもんやろう? ピート君は大丈夫なん? 君だけは妙神山で修行をしていないやろう?」
 
「強くなる手段はそれだけじゃありませんから」
 
「もっともやな」
 
不思議なことに皆楽しそうだった。
 
「と、まぁこういうわけだ。……最終ラインを頼むよ」
 
西条さんは言う。
全ては横島さんを苦しめないために。
男同士の友情か。
そういえば横島さん、雪之丞やタイガーとも師弟関係のもかかわらず仕事中と修行中を除けば友達のように接してたっけ。
少しうらやましいかも。
状況が状況だというのに私はそんなことを考えていた。
とりあえず今私に出来るのはショックを受けているジルちゃんを少しでも慰めることくらいね。
 
……そして、横島さんが虚ろな顔を再び上げた。



[541] Re[8]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/19 19:50
 ≪雪之丞≫
 「良いか? 接近戦は厳禁だ。横島の霊波刀はどれも必殺。遠距離でも霊波砲やサイキックソーサー、無形霊波刀、伍の型。離れていても凶悪な技は多いが定型霊波刀を食らうよりは幾分ましなはずだ。それと攻撃よりも足止めに集中しろ。足止めできるのであれば攻撃せんでもいい。無駄に終わってしまうのだからな」
 
攻撃が無駄に終わる?
あの黒い炎に燃やされるか虚無にのまれりゃそれも当然か。
恐怖に跳ね返されるかもしれないし。
やり辛い。
 
師匠は俺達のほうを見ていない。
ジルの方を見ている。
気にいらねえ。
 
「そういうのはわっしの得意分野ですジャア!」
 
「タイガー君。少し時間を稼いでくれたまえ。僕の用意は少し時間がかかる」
 
「任せてくんシャイ!」
 
「ボクも行きます!」
 
タイガーとピートが真っ先に仕掛ける。
タイガーは獣人化をさらに進めてもはや完全な虎になるまで集中を高めた。
ピートは自分の体を無数の蝙蝠に変える。
二人のこのパターンははじめて見た。
 
「GRAAAAAA!」
 
虎の咆哮と共に師匠の周囲から白く輝く、恐らく銀で出来た針が針山地獄のように師匠に襲い掛かる。
師匠の無形式がモデルなんだろうがこれが本当に幻覚なのか?
 
ピートが変じた蝙蝠は師匠のもとに飛んでいくと何匹かの蝙蝠が突然爆ぜた。
やられたのかと思ったがどうも様子がおかしい。
爆ぜた蝙蝠は師匠に赤い液体、血液を撒き散らした。
蝙蝠はやがて集まって再びピートの姿をとる。
 
「血よ! わが意に従いて拘束せしめよ」
 
ピートの血が蠢き師匠を拘束するように動く。
恐らく物理的な拘束力もあるのだろう。
 
「……タイガー! 俺の術も騙してくれよ」
 
血の拘束、針の拘束に合わせて雷を放った。
タイガーの銀は俺の術も見事に騙し、銀の針に沿うように雷が纏わりついた。
 
「援護するで!」
 
これまた万本単位の針が師匠に向かって飛来する。
針は容赦なく師匠の体に降り注いだ。
 
「AMEN!」
 
「カアッ!」
 
止めとばかりにピートの神術とカオスの魔力波が師匠に襲い掛かるが師匠は無傷のままゆっくりとジルのほうに歩き出す。
 
ジルはその姿にピクゥと震える。
……気にいらねえ!
 
西条の旦那はさっきから黙っていたが急に何かを唱えだした。
 
「我は法の番人にして弱者を守る力たらんとするものなり。なれど我は猟犬にあらず。我、猟犬の爪と牙を差し出す代わりに、弱者を守る絶対なる壁とならんことを誓う……」
 
旦那の霊力の質が変わったように感じる。
 
旦那は懐から銃を出し剣を抜く。
だが、いつものそれではない。
 
「コルト・シングルアクションアーミーに刃を潰した七星剣。いつものジャスティスと銃はどうしたん?」
 
「今の僕では使えないんだよ。いや、銃の方は問題ないが攻撃的な霊力を完全に封印してしまっていてね。ジャスティスも鈍らと変わらない」
 
「どういうことや?」
 
「攻撃せずとも戦いに勝つ方法はあるってことさ。僕はICPOの捜査官だよ?」
 
旦那は師匠に向かって銃を発射する。
弾丸は師匠には当たらず直前ではじけた。
弾から物理的にありえないほどの鎖が飛び出し師匠を拘束する。
さらに旦那が銃を発射するたびに拘束する鎖は増えて撃ちつくすころには師匠を埋め尽くすほどになった。
 
「弾の一発一発が下級魔族であれば捕らえることが可能な結界で出来ている。6射あれば中級魔族も取り押さえられるはずだ」
 
「西条、お前は結界師なのか?」
 
「僕の前世は陰陽師、とりわけ結界と禁術に長けていたらしい。斉天大聖老子との修行後に得た力は結界と封印術。僕はさらに自分の攻撃的な霊力を封じることでさらにその力を特化させた。コルト社製のシングルアクション・アーミー。通称ピースメイカー。鬼道君のウィンチェスター1866同様まだ銃に魔力があった西部開拓時代の名品なら僕の結界を弾丸にして撃ちだすことも可能だった」
 
「……ふむ。その為に護国の剣で霊力をカバーしておるのか。して、おぬしはあの鎖のほかに何種類の封印術と結界術を使える?」
 
「まだ何種類か用意できますが、いくら横島君でも地力では中級神族には及ばないはず」
 
「阿呆! 横島は非常識が服を着てあるいとる様な男だぞ。今の横島は即死させる以外にとめる手立てはないわ。わしらが出来るのは時間稼ぎのみ」
 
カオスは師匠の太極文珠を手にする。
あれを使うつもりか!?
 
ベキッという音がした。
鎖の球から腕が伸びる。
腕は鎖を千切り、毟り取り、掻き壊し鎖は見る見る小さくなり無傷の師匠の姿が現れた。
その視線の先にいるのはやはり……。
気にいらねえ。気にいらねえ!
 
カオスが太極文珠を投げつける。
大気圏に突入した怒露目を封じ込めた結界ですら時間稼ぎにしかならなかった。
 
「今の横島に同じ攻撃は二度と効かん! 何でもいいから別の周囲の攻撃に切り替えよ」
 
カオスの言葉どおり、なぜか師匠には同じ攻撃はよけるでも守るでもなく、効果がなかった。
俺も霊波砲、雷、音波、突風、炎、可能な限りの攻撃をかますし、他のみんなも同じだ。
初見ではあったがピートの血液を使った術はどれも俺の術と同程度の凶悪さを持っていてそのバリエーションも豊富だったがやがて底を尽き、タイガーの幻覚ももはや届かない。鬼道の針とライフル弾が功を奏したのも最初だけで、豊富な術でかく乱していたが術を使いすぎて札が尽きた。旦那の結界術、封印術も二回目は目くらましにもならなかった。ただ硬いだけの結界を銃弾としたりしても結果は同じ。
俺達が攻め疲れてなお、師匠は無傷のままジルのほうを見てる。
気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 
 
「てめえ! 何様のつもりだ!」
 
俺は魔装術を纏うと真っ直ぐに師匠に突っ込んだ。
 
「ばか者! やめるんだ雪之丞」
 
カオスの声が聞こえるが躊躇はしない。
 
「あんたが、あんたがいつもずっと遠いところを見続けていたことくらい知っている! だけどなぁ、今この瞬間くらいこっちを向いて俺達のことを良く見やがれ!」
 
師匠が俺に向けて黒い腕、とんでもない斥力を持った恐怖の腕を向ける。
良くて吹き飛ばされ、悪くすれば握りつぶされてそれで終わり。
だけど今の俺は止まらない。
右腕にありったけの霊力を込めると師匠に愚直なストレートを伸ばす。
 
大きく吹っ飛ばされる。
 
俺に殴られた師匠が。



[541] Re[9]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/19 21:34
 ≪カオス≫
 誰もが雪之丞が吹き飛ばされる。
悪くすれば握りつぶされることを想像しただろう。
だが現実は違う。
殴り飛ばされたのは横島のほうだった。
あの時、確かに【恐怖の腕】は働いていた。
だからこそ雪之丞を含め皆が硬直している。
 
……ひとつの仮説が生まれた。
その仮説はひどく甘美で私の心を侵食していく。
私はその誘惑に負けた。
なに、勝算はある。
いざとなれば横島から預かっている文珠を使ってどうにかして見せるさ。
 
私はゆっくりと横島に歩み寄る。
横島の手には【憎悪の瞳】が。
……まずいな。即死系か。
いや、ためらう必要はない。
私は歩みを止めない。
 
黒い炎は私を嘗めるように包み込んだ。
だが私は思考も歩みも止めることなく進んでいく。
なぜなら憎悪の炎は一切私を傷つけてはいないからだ。
 
「ふふふふ。ハハハハハハ!」
 
私は喜びのあまり哄笑した。
馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 
馬鹿なのは横島と、その馬鹿さ加減を理解しきれていなかったこの私だ。
 
「ジル、こちらに来るといい」
 
リリシアとヒャクメが止めようとするが私は畳み掛けるように言った。
……リリシア、そして恐らくヒャクメも横島の過去を知ったな。
……まぁいい。
 
「横島のことを信じたいのであれば来るといい」
 
その言葉にリリシアとヒャクメの拘束は一瞬弱まり、ジルは意を決したようにこちらにやってくる。
 
ジルに向かって【慟哭の声】が放たれる。
氷と音の多重攻撃はジルを傷つけなかった。
 
ジルが歩を進めるたびに【憤怒の頭蓋】が、【虚無の脚】が、【憎悪の瞳】がジルに襲い掛かるがジルに一切の被害はない。
横島は能面のような表情から恐怖にかられたような表情に変わり最後にただジルを近寄らせないためだけに【恐怖の腕】をもって最大の斥力を発生させた。
斥力によって弾かれた空気は暴風となって吹き荒れる。
ジルにはなんら影響を与えないまま。
 
とうとうジルは横島のもとにたどり着き、抱きついた。
横島はジルを殴り飛ばす……素振りを見せたがそうすることも出来ずに振り上げた拳は解かれジルの頭の上に優しくおかれるのが精一杯だった。
 
やはりだ。
私はつかつかと横島の元に歩み寄る。
【恐怖の腕】が私にも向けられるが、そよ風すら起こらない。
 
「拒絶……出来るはずがないよなぁ。ここにいるのはお前が狂おしいほどに、いや狂ってなお捜し求めていた者達なのだからなぁ」
 
私は横島の胸倉を掴む。
 
「いい加減に戻ってこんか横島! お前が守りたかったものは、お前が守りたいものはここにある!」
 
横島の瞳に恐怖のおびえではなく、能面の闇ではなく、知性と理性の輝きがよみがえるのを感じる。
 
「……痛いよ、カオス」
 
「当たり前だ! 散々心配かけさせよって」
 
皆が横島に駆け寄ってくる。
男どもからはとりあえず一発ずつ殴られていた。
 
「横島……謝るなよ。誰もお前にそんなことをしてほしいわけではないからな」
 
「……あぁ、みんな、ありがとう」
 
横島精一杯の謝意。
それで十分。
 
横島は雪之丞に向き直る。
 
「さっきの一発、今迄で一番効いたよ」
 
「今度は師匠が正気の時にぶち込んでやる」
 
横島は苦笑しながら抱きつくジルの頭を撫で続ける。
                   ・
                   ・
 横島の帰還パーティーの最中、私は美神美智恵や西条、鬼道、六道冥華や小竜姫、ワルキューレ、リリシアに呼び出された。
 
「ふむ。説明を求めるかね?」
 
「えぇ。いったいどういうことだったか教えていただけないでしょうか?」
 
「別にたいしたことではない。……横島にとっては無意識の底から我らに仇なすという心を持ち合わせていなかったがゆえに、横島の悪心を糧に生まれる異形の霊波刀は我らに効果を及ぼさなかった。大切なことは忘れぬ。つまりはそういうことだ」
 
「……嘘よ。そんなはずはないわ。だって横島は、それにジルは」
 
リリシア、やはり知っておるな。
 
「それが横島にとっては弱点ともいえるな。心を許すのに立場や時間は意味を成さず、一度心を許せばどこまでも無防備。敵対することになっても……それは変わらぬ。だからこそ私は横島を信用しているし、傍で支えるものが必要だと思っている」
 
「……馬鹿ね」
 
リリシアはそれだけ言うとパーティーに戻っていく。
 
横島の膝にはジルがべったりと張り付き、その両脇をマリアとテレサが固めている。
 
横島の過去について尋ねるものはいなかった。
恐らく怖かったのだろう。せっかく帰ってきた横島がまたどこかへ行ってしまうのを。
                   ・
                   ・
 パーティーが終わったあと一人待ち人を待つ。
 
「お待たせしてしまいましたかな?」
 
「なに、約束もしていないのに来てもらったんだ。それだけで十分だよ」
 
待ち人、ゼクウと心見はやってきた。
 
「……おかしい、とは思っておったよ。横島のこの事態におぬしらが最低限しか表に出てこなかったのだからな。私達では横島の記憶を正確に再現できぬゆえ、文珠による強制回復も諦めておったが、横島の眷属、式神であるお前たちであればかのうだったのではないか?」
 
「かなりの確立で可能だったでしょうな。ですが我らはマスターの現状を理解してもらうためにあえて事態を静観しておりました。……我らの目的とマスターの目的は最終段階で食い違いますゆえ謀るような真似をしてしまいました」
 
私とゼクウはにらみ合う。
 
「……よくぞヨーロッパの魔王とその友を掌の上で踊らせたものだな。ほめてやる」
 
私は背を向けた。
 
「それだけですか?」
 
「十分だよ。横島とお前達の食い違い、これだけ情報が集まれば私には十分だよ。何か必要があれば声をかけるがいい。私もお前達に協力をしよう」
 
まったく、横島の馬鹿め。お前がそんなんだからフォローを入れるほうが苦労するのだ。
お前の思い通りにはさせんからな。



[541] Re[10]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/11/28 00:15
 ≪横島≫
 いまの俺の近況は休日のパパをやっています。
記憶を取り戻したのはいいけど共同経営者の3人から連名で一ヶ月間除霊と鍛錬の禁止をおおせつかったせいだ。
俺のことを心配してくれているのがわかったからおとなしくその指示に従った。
なのでふってわいた休日を記憶喪失中に迷惑をかけた人のために使おうとしたのだが……。
ジル、ケイ、タマモ、シロ、五月を伴って三泊四日シドニーデジャヴーランド旅行に向かう。
子供たち以上にはしゃぐ五月の姿は普段が普段なだけに何度見ても新鮮だ。
美智恵さん、冥華さんのショッピングにつきあう。
いろいろな意味で心臓に悪くなるショッピングだ。
雪之丞とタイガーとは弓さん、一文字さんとの修行に付き合った。
もっとも、修行には参加せずオブザーバーとして立ち会っただけだったが。
雪之丞とタイガーはメキメキ力をつけている。
特に雪之丞は純粋な人間としては最強クラスだと贔屓目なしでそう思う。
教え方にはイロイロ問題が残るが……これは俺のせいか?
ピートとはブラドー島まで行って伯爵とワインを酌み交わした。
ブラドー島では日本人の姿を見かけた。
不思議に思って尋ねてみると、この島の周囲は長いこと海上も瘴気で覆われ人間の目に触れていなかったために漁場があらされていないうえに本マグロの通り道があったらしく、イタリア本土の漁師がいまだあまり近寄らない中、宗教的にチャランポランな日本人は逞しくマグロ目当てに商談をもちかけてきているらしい。
鬼道や西条とも酒を飲みに行った。
お互い忙しいがそれでもたまにはいいものだ。
カオス、マリア、テレサ。
ある意味一番世話になった三人とは特に何もしなかった。
二日間、実験という名目でカオスの家に泊まりに行ったくらいだ。
他の皆ともそれぞれ時間を作って会いに行ったりした。
天竜が休暇をとって見舞いに来てくれたり(10歳くらいの姿になっていた)、寿老人が見舞いにきて酒を飲んでいったりと普段会うことの出来ない奴らと会えた。
折角なので残りの時間は普段会えないみんなに会いに行くことにした。
人狼の里を訪ねたり、自分が保護した妖怪に会いに行ったり。
リレイションハイツに今住んでいるのは五月、ジル、リリシア、愛子、おキヌちゃん、小鳩ちゃん一家、美衣さんとケイ、雪之丞とタイガーといった事務所の関係者のほかにジェームス伝次郎、セイレーン、ミーア。
後はリリシアの同族でリリシアの妹だというメアリーとユリ。
渋谷でバーを営む化け狸の貉松五郎、麻美父娘や、古着屋を営む小袖の手の大島紬さん。文机の付喪神で古本屋の葉乃文子さん。100キロ婆の芦屋百江さん。
人間の世界に隠れ住んでいた妖怪たちもこのマンションの話を聞きつけて移り住んできた。
彼らとは日常的に会うことが出来るので俺が会いに行こうとしているのは俺の保有する山と島(俺が死んだ場合は妙神山で管理してもらうことになっているが)で暮らす妖怪たちだった。
                   ・
                   ・
 「横島か、久しいな」
 
「ああ、しばらく。変わりはないか? 猪笹王」
 
この山に住む妖怪の長老格、体高が3mを超える猪の妖怪である猪笹王に全体のことを尋ねる。
 
「この間越してきた鴉天狗や木の葉天狗も大分なれたようだし、その前に越してきた河童の一族も喜んでおるよ。人間の手の加わらぬ山や川は少ないからな。花魄や小豆洗いとも仲が良くなったようだ。山童も相撲を取る相手が増えたといっておったしな。最近は棲霊や木霊が新たに生まれてきておる。ちょっとした霊山になってきておるのかも知れぬな」
 
「人間とのトラブルは?」
 
「たまに山菜採りや茸取りの連中が迷い込んでくるが、害意のある連中は入ってきてはおらぬし人間のせいで住処を追われることもないから安心して暮らしている。……わしにとって人間は未だに好きにはなれぬが……お前には感謝をしている」
 
「食料とかは大丈夫なのか? これだけの大所帯になっては山の恵みも底をつくのではないか?」
 
「確かにな。まだ表面化するほど深刻ではないがこれ以上増えるとまずいことになるかも知れぬ」
 
「……周辺の山の買収も考えないといけないかもしれないな」
 
「何、わしらはもともと山や水の精。贅沢さえ言わねば山の気を吸って生きていくことも出来よう」
 
「うん。だが何か問題がおきるようなら教えて欲しい。可能な限りこちらでも手を打つから」
 
「河童一族も胡瓜の栽培に着手しておるし何から何までお前の世話になるわけにも行くまい」
 
一族を殺され、住処を奪われた猪笹王はいまだ人間に対して警戒心を緩めない。
それは俺に対してもなのだろう。
そして残念なことにそれは現段階では正しいことだ。
 
山の妖怪たちにそれぞれ挨拶に行ってその日は天狗や河童達と酒を飲んで雑魚寝をした。
次に来るときはタイガーと恐山をつれてくる約束をして。
                   ・
                   ・
 翌日は島に来ていた。この島周辺の妖怪をまとめているのは幽霊船の船長。
 
「ふむ。なかなか良いワインだ。礼を言うぞ」
 
船長のヴィスコムは片方しかない腕で優雅にワインを傾ける。
船員達は幽霊だったり骸骨だったりだが船長だけは青白い肌をしているとはいえ擬似的な肉体を有していた。
 
「変わったことはないか?」
 
「蜃の吐き出す幻のお陰で人間の船がこの近辺を通ることは少ないからな。大海原を自由に駆け回っていたころのような自由はないが相応に平和に暮らしている。磯女も静かに暮らしておるよ。付近に牛鬼が住み着こうとしたがあんまり海を荒らすものだからね……今頃彼はどうしているやら」
 
クスリと笑うヴィスコム。かなり強力な妖怪のはずなのだがこの幽霊船長の敵ではなかったか。
 
「世の中は神秘で満ちている。そうは思わないかね? 例えば幽霊船長の私とG・Sの君がこうしてワインを酌み交わしているのもひとつの神秘だ」
 
「相変わらず気障な言い方だなぁ」
 
「海の男というのはロマンチストなのだよ。さて、近況ということだったがセイレーンの紹介できた人魚のお嬢さんや海座頭も穏やかに暮らすことが出来て満足をしているよ。もう少し水がきれいであればさらに良かったのだろうがね」
 
「うん。沖縄のほうにでも島を買った方がいいのかな?」
 
「島を買うならエーゲ海にしたまえ。あの海はいいぞ」
 
「いや、俺は日本人だし。外海に出たいんだったらこんどはブラドー島まで行ってみるか? あそこなら幽霊船が停泊しても問題ないだろうし」
 
「吸血鬼の島か。それもいいかも知れんな。久しぶりにヨーロッパの海も」
 
「伯爵にはその旨を手紙で送っておくよ」
 
「うむ。礼の代わりといっては何だが秘蔵のワインをあけようではないか」
 
「幽霊船の秘蔵のワイン。貴重な品物ではないのか?」
 
俺が問うとヴィスコムははなで笑った。
 
「海の男は明日のことなど気にはしない。明日を気にして今を楽しむことを忘れるものは海の男などではないよ。何しろ板一枚外側は地獄への片道切符なのだからね」
 
ヴィスコムは秘蔵といっていたワインを惜しげもなくあけ、俺が持ち込んだワインやラム、日本酒で人魚や磯女、海座頭、蜃を呼んで朝日が昇るまで楽しんだ。
 
酔っ払って眠る俺の枕元にヴィスコムがやって来て呟いた。
 
「礼を言うよ。何度でもな。我々がまた港に停泊できるなんて思わなかった。海を自由に駆け回るのも必要だが、港に停泊できてこそ我々は船乗りなのだから」
 
寝たふりをし聞かぬようにする。
ヴィスコムも時間に苦しめられたものの一人だから。
彼の船はとても古く、その船体に書かれた船の名前もかすれて読めなくなっている。
それでも時折その名を書き直していたようでかろうじて最後に書いたであろうそれを読み取ることが出来た。
【Flying Dutchman】
 
一月という時間はことのほか短いのかもしれない。



[541] Re[11]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/12/23 00:06
 ≪横島≫
 一ヶ月の休暇もそろそろ終わろうというころ、俺は貉さんが経営するバー。【Rabbit's nest】に誘われていた。
 
カランと入り口のベルが音を立てる。今日は定休日だと聞いていたが中には老若男女様々な人が思い思いに杯を交わしている。
 
『横島、気がついておるか?』
 
心見、いや、この状態なら心眼か。
心眼がおれに軽く注意を喚起してきた。
 
『恨まれる覚えは……あるな』
 
俺が思考すると心眼はヤレヤレと嘆息してそれっきり何も言ってこなかった。
【Rabbit's nest】にいる客は全て妖怪のようだったから。
 
「大家さん、いらっしゃい」
 
好々爺の笑みで迎え入れてくれる貉さん。
普段の和装も似合ってはいるがバーテンダースタイルも年季が入っていてどうにいっている。
 
「何をおつくりしましょうか?」
 
「そこのマッカランで水割りをお願いします」
 
「大家さん、奢って!」
 
「コラ! 麻美」
 
裏表のない麻美ちゃんの言い方に苦笑しつつも貉さんに麻美ちゃんの分の酒を頼んだ。
 
「ラッキー! お父さん、私は〆張鶴頂戴!」
 
麻美ちゃんは日本酒党のようだ。
 
麻美ちゃんや貉さんと談笑しつつ、麻美ちゃんが一升空けて二升目に入ろうとして貉さんに怒られたころ……麻美ちゃんは全くの素面だ。
美神の女以外でこれほどの剛の者がいようとは……世界は広いな。
そう、麻美ちゃんと某三代目大泥棒について熱く語り合っていたころに貉さんが突然俺に対して頭を下げてきた。
 
「大家さん。私は貴方に謝らなくてはいけないことがあるんだ。この通りだ」
 
何のことやらわからずとにかく貉さんに頭を上げさせる俺。
 
「実を言うと私達はずっと大家さんのことを監視していたんだ」
 
「大家さんが本当に、ううん、どこまで本気で妖怪との共存を考えているか。私達がリレイションハイツに住み始めたのはそれを見極めることが理由なんだ」
 
麻美ちゃんのほうはどこまでも楽しそうだった。
 
「だけど大家さんはどこまでも本気だった。だとすればこれほど失礼なことはないだろう?」
 
「そうか……安心した。恨まれていると思っていたからな」
 
「私たちが恨む?」
 
俺の呟きに今度は貉さん達がいぶかしそうに尋ねた。
 
「人間の都合で住みかを奪われ、俺の都合で住処を捨てさせてるんだ。俺がやっていることは最低限の保障に過ぎない。恨まれても仕方ないだろう?」
 
俺が発言すると、『何言ってんだ? こいつ』的な空気が流れる。
俺、なんか変なこと言ったか?
 
「大家さん。少し自分のことを低く見すぎだと誰かに言われたことはないかい?」
 
「そうだよ。それにね。私達は理性も知性もあるしことばも交わせるから説得も可能だけど基本的には弱肉強食なんだよ? 妖怪同士のいざこざって殆どの場合が力技での解決に頼ってるんだもの。そりゃ、住処を追われた妖怪に関してはいろいろと言い分もあるけど少なくとも大家さんみたいなことは同じ妖怪同士のあたし達にも出来ないんだよ。少なくとも大家さんに保護されたりあたし達みたいに人間と好意的な付き合いを望む妖怪にとっては大家さんを嫌う理由なんてないと思うよ」
 
そうなのか?
 
「昔話なんかでも妖怪同士の諍いはたいていの場合殺し合いで決着がつくだろう? ましてや人間の大家さんが気に病むことではないんだよ」
 
貉さんと話をしていると一人の和装の美女が移動してきて俺の隣に腰をかけた。
 
「はじめまして。私は鏡の付喪神、雲外鏡の加々美霧香といいます。」
 
「はじめまして」
 
「ご存知かと思いますが雲外鏡は1000年の年を重ねた鏡の付喪神。ものを映すことに関しては神々にも遅れはとらないと自負しております。失礼を重々承知で貴方の心を写しとろうとしたのですが……貴方のことを映すことは出来ませんでした」
 
頭を下げる霧香さんにジェスチャーで頭を上げさせて先に進めさせる。
 
「ですがただひとつだけわかったことがあります。貴方の魂は私に近い、少なく見積もっても数百年のときを経ているはずです」
 
周囲が少しざわめく中真っ直ぐに霧香さんの顔を見る。
霧香さんも真っ直ぐにこちらを見返してきた。
嘆息。
誤魔化しはききそうもない。
 
「確かに、俺は輪廻転生の輪に戻ることなく俺として転生をしている。この魂は転生の輪に戻っていないから俺もはっきりとは覚えていないが数百年は今生にあるということだろうな。幾度となく死は体験しているが……そういう意味では俺は人間ではないのかもしれない。いや、間違いなくまっとうな人間ではないな」
 
正直に答えるとは思わなかったのか、霧香さんは驚いたような表情を浮かべる。
 
「貴方は……正直に答えていただけるとは思いませんでした」
 
「ん、誤魔化せそうもなかったし。それに俺が信用できるかどうか探るために監視してたんだろ? 信用されるためにはまず信用しなければいけないと思う」
 
「……私のような存在には耳の痛い話ですわね。重ね重ね貴方の心を勝手にのぞこうとしたことを謝罪させていただきます」
 
「己や仲間の身の安全を守るために自分が使える能力を使う。……確かに普通の人間同士ならフェアじゃあないが、今回の場合は仕方ないでしょう? G・Sと妖怪なんですから」
 
「……少しお人よしすぎないかしら?」
 
かも知れないな。
 
「……さて、話はずれましたが大家さん。折り入って頼みたいことがあるんだが」
 
要点をまとめると、貉さんはとある組織のまとめ役なのだという。
【Rabbit's nest】バーと同じ名前のこの組織は人間世界に混ざって暮らす妖怪たちの相互支援組織なのだという。
人間の都市の中には巧妙に隠れてかなりの数の妖怪がまぎれて暮らしている。貉さんにきいたところおおよそ0・01%程度なのだそうだがそれでも東京には1000を超える妖怪が隠れ住んでるという。いることは知っていたがそれほどの数とはしらなかった。
そうした妖怪には人間に悪意を持って隠れ住むもの(一部の吸血妖怪など)の他にも人間に依存するタイプの妖怪(垢舐めなど)や人間に良い印象を持っている妖怪(付喪神など)も多く存在して、貉さんたちは後者のタイプの集まりだという。
こういう組織は良いもの、悪いものを合わせて結構な数があるとのことだ。
社会に認知されていない妖怪が人間にまぎれて生活するための犯罪行為(戸籍の偽造)などもしているが殆どの活動は相互補助と、人間世界で妖怪があまりにも派手に暴れまわると自分達も住みにくくなるし、同じ妖怪が力のない一般市民に被害を与えるのが心苦しいために内々に処理……麻美ちゃんが先ほど言っていたような行為をしているらしい。俺が実数よりも少なく見ていたのは妖怪の中で自浄作用があったためか。
貉さんは妖怪の相互補助組織である【Rabbit's nest】とうちの間で協力関係を結びたいらしい。
人間の世界に紛れ込むにあたり、人間の組織(うち)と協力関係を取れるのは貉さん達にとっても魅力的な話なのだそうだ。堂々と妖怪であることをカミングアウトして暮らせる場所はいまのところリレイションハイツくらいだし、元食人鬼女であるミーアがそのことを明かしたまま就職できたというのは貉さんたちにも驚きだったらしい。その為に必要なG・Sの保証もうちには実績があることだし、他のG・S事務所では唐巣神父のところくらいでしか保証など殆どしないだろう。(デメリットが高いくせにメリットが皆無だからだ)それに人里で暮らしにくい妖怪には島も山も提供する。
貉さんが行うのは情報と戦力の提供。
一見こちらにばかり負担がかかる話のようだったが俺はこの話に飛びついた。
同じ妖怪の説得があれば妖怪を殺さないですむ可能性が高くなると思ったからだ。
それならばシロやタマモ、あるいは美衣さん達でも良いかと思えるかもしれないが(名目上)俺が保護している妖怪の言葉と独立独歩生きてきた妖怪の言葉では当然相手のとらえ方が違うはずだ。
そのことを告げるとなぜかその場にいた全ての妖怪から呆れられた。
……なんでだ?



[541] Re[12]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2005/12/23 00:08
 ≪横島≫
 「横島卿、よくイラシてくださいました」
 
キャラット王女自ら港に出迎えに来てくれていた。
ザンス王国には直通の空港はない。
最寄の国まで飛行機で飛び、そこから帆船に乗って揺られること十数時間。
大西洋に浮かぶ島国、ザンス王国への唯一の公的ルートだ。
もっとも、大型ではないとはいえ一般的な船舶はないわけではないしそちらのほうが早くはあるのだがそちらは名目上タブーに触れる非合法なルートらしい。
実際、今現在活動は大分抑えられたとはいえ原理主義者のテロリストに狙われるケースも多かったと聞くし。
 
「お久しぶりです、キャラット王女」
 
この国における略式の礼でキャラット王女に挨拶をする。
まぁ、ザンス国人の衆人環視の中握手(タブー)するわけにもいかないし。
 
俺は大使館経由でザンス王国(実質的にはキャラット王女らしい)の依頼を受けてこの国に入った。
ただし、俺の隣にいるのはいつものメンバーではなく【Rabbit's nest】のメンバーだった。
                   ・
                   ・
 「大家さん。おりいって頼みたいことがあるんだが」
 
貉さんがうちの事務所に顔を出したのは一ヶ月の休養期間も終わって二ヶ月がすぎたころだった。
 
「うちのメンバーではないんだが、知り合いの妖怪が狙われていたんだ」
 
【Rabbit's nest】とは何度か情報交換を行って事務所のメンバーとも気安い。(もともと顔見知りだし)
しかし持ってきた依頼に問題があった。
 
「……貉さん。悪いがその依頼を受けることは出来ない」
 
貉さんが持ってきた依頼はある妖怪の組織を止める手伝いをすることだった。
しかしその組織というのが問題であって。
 
「何でだ? 師匠。妖怪の傭兵団なんてあったらまずいことになるんじゃないのか?」
 
まずいなんてものじゃない。
だが、それでも今雪之丞たちと軍人を戦わせるわけにはいかない。
 
俺はそばにいたワルキューレに率直な意見を求めた。
 
「ワルキューレ、正直に言ってくれ。俺達が軍事訓練を受けた軍人、もしくはテロリストと戦闘行動になった場合どうなる?」
 
「戦って勝つのはお前らだが先に殺されるのもお前達だ」
 
想像通りの答えだった。
 
「お前達、人間を殺せるか?」
 
誰も答えない。
 
「倒すことは出来ても殺すことは出来ないだろう? 覚悟してもためらいは残るはずだ。だが軍人にとっては殺すことにためらいはない。お前達の一瞬の躊躇のうちに殺される。テロリストなら殺すことに喜びすら見出すだろうさ。そんな連中と殺し合いになったらこの中の誰かは確実に殺される。……妖怪の傭兵だけを戦力として考える奴はいまい。雇い主の下には必ず人間の軍人かそれに類する連中がいるはずだ。そんな連中を相手には出来ない」
 
貉さんのほうに向き直った。
 
「それが貉さんの依頼を断る理由です」
 
俺は貉さんに頭を下げた。
貉さんは好々爺の笑みを浮かべて了承してくれた。
雪之丞たちも納得できないといった表情を浮かべるが俺の真剣な調子のためか表立って反対はしない。
                   ・
                   ・
 「なぜ、あんなことを?」
 
ザンス王国へと向かう船の中で貉さんが聞いてきた。
この船に乗っているのは貉さん親子に加々美さん。鴉天狗の八咫琢磨さん。幼龍の巽流人君。化け土竜の野呂圭吾さん。それから件の襲われていたというカメラの付喪神の宿木来夏さんと彼女の所属する組織の麒麟(!?)の転生体だという壌黄凛さん。
 
「あの時言ったとおりですよ。うちの所員に人間同士の殺し合い、それも軍人を相手にさせるわけにはいかない。戦う覚悟は出来ていますし、殺すことも可能でしょうが戦場はそれほど甘いものではありませんので」
 
詭弁だな。
戦場というものを嫌というほど知っている俺があいつらをそこにおいておきたくなかった。
エゴとも言うか。
 
ザンス王国の原理主義テロ組織が外部から傭兵を雇い、大々的なクーデターを計画しているという情報が入り、少なからず知り合っていた俺の元にキャラット姫から相談が持ちかけられた。
あれ以来国は少しずつ経済的に上向いていき、王室の人気は上がり逆に抵抗勢力は縮小傾向にあったという。
ザンスの原理主義者たちは機械は使わず異国の人間を信用しない。
しかし、追い立てられた連中は一つの詭弁を持って最後の抵抗を試みた。
機械でもなく異国人でもない妖怪を雇い入れて。
即ち【Rabbit's nest】から持ちかけられた依頼と対を成していたのだ。
だが俺は皆を巻き込まぬために貉さんの依頼を断った。
そしてザンスからの依頼は俺を名指しであった(俺は一応ザンスの精霊騎士の資格があったため他国のものとはいえ比較的受け入れやすかったため)ことを理由に一人でザンスまで行ってくるといい、そのことを貉さんに教え結局同行することになったのだ。
 
「しかし君だって同じだろう」
 
「俺は大丈夫ですよ。戦場は嫌というほど経験がありますし、もう何十億と殺してますから」
 
笑顔と共に貉さんの追及を断ち切った。
さて、忙しくなりそうだな。
                   ・
                   ・
 中書き
 最近めっきり投稿も遅くなり(^^;)特にRe〔11〕があまりにもなんだかなぁという文章だったため、書き直してみました。……他の話も書き直し必要だろうという突っ込みは禁止の方向でお願いします^^;
かれこれこの話を書き始めて一年が経過していますがこれまでお付き合いいただいている皆様方。誠に感謝しております。
ラストまで今しばらくかかりそうですがなにとぞこれからも生暖かく見守ってやってください。m(--)m



[541] Re:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/01/01 22:30
 横島忠夫
 霊圧 1600M
王冠のチャクラを開き半神と化している人間で元神族(分類としては国津神、破壊神、邪神、魔神、守護神、戦神、死神の特徴を持っているので第二者の立場によって呼び方が異なる。あえて言えばやはり荒神というのが正式なのかもしれない)。下級神並の霊力と文珠、異形の霊波刀という異能を持ち、上級の神・魔すら滅ぼす手段を持ち合わせる。……が、肉体は人間であるために殺す手段はあっても実際に殺しあって勝てるかといえば疑問符がつく。(不意をつかれてしまえば人間や悪霊にだって殺される可能性がある)過去の体験から殆どの悪影響をもたらす精神攻撃は無効。しかし愛情、友情等に脆い面を持つ。
 
霊波刀定型式漆の型、絶望の総身
力の根源=絶望 二次的な源=執念 力の顕現=学習+進化
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。横島の腕から飛び出す漆黒の鱗を持った帯状のものが横島の体に螺旋に巻きつき刺青のような姿になった形態。単独で攻撃能力を持たない状態だがこの能力は【荒神】横島忠夫の持っていた能力の劣化版。自分が食らった攻撃を学習し、対策を学習し、攻撃法を学習し、それらを打破、応用できるように進化していく。ちなみに、六種の異形の霊波刀はすでに学習済み。
 
文珠奥の型、太極文珠
実は極めて大きな霊力を込めてはいるが実質的には双文珠と変わらない。ただし、込められる文字は常に【陰/陽】【光/闇】【熱/冷】等、対になっている。太極とは世界の縮図であり世界は太極によって構成されているならば、太極が揃っていればそこに一つの世界が構成される。そういった意味合いを押付け対象を中心に小世界を構成し中に閉じ込める一種の封印術。小さいとはいえ一つの完成された世界なので脱出は困難。しかし世界の中に別の完成された世界が存在するという矛盾からその世界は長くは持たずに霊力が尽きると崩壊を起こし、世界の崩壊に巻き込まれた対象はその世界の中で一緒に滅びる。宇宙の卵の簡易版のようなもの。ただし世界を飛び越える能力の持ち主や、込められた霊力を大幅に上回るような存在には無効。
 
文珠???????
まだ作中に登場していないために詳細は作中で。ただし、横島が究極の魔体と対決する際の切り札と考えている。
                   ・
                   ・
 事務所のメンバー
霊圧的には大きな変化はなし。
単純戦闘能力で言えば雪之丞が頭一つ以上抜けているが、G・Sとしてならまだまだ令子達のほうが上。タイガーが半歩譲っているもののその能力からG・Sとしてなら雪之丞を超えている。シロ、タマモは原作より実力は上だがタイガーよりさらに下回る。おキヌは原作より強くなってはいるがあくまでネクロマンシーがメインなので原作の美神にもまだ及ばず(弓と結構いい勝負が出来るくらい)。
                   ・
                   ・
 ピエトロ=ド=ブラドー
 霊圧280M
吸血鬼としての能力を積極的に開発していったために霊圧(魔力)が大きく跳ね上がっている。それを押さえ込むように神聖力も上がって地力では横島をのぞけば他を大きく引き離している。これまでの吸血鬼の能力の他に血を媒介にした術を行使できるようになった。精神的にまだもろい部分があるため実力を発揮できないこともあるが最強吸血鬼の父からその辺も徐々に学習中。
 
鮮血魔術
血を媒介にした魔術で血と魔力をブレンドして大きな力を発することがかのう。使い方は多岐にわたるが血を固形化したり加熱したりすることが多い。
                   ・
                   ・
 鬼道政樹
 霊圧 95M
能力よりも戦術で勝機を得るタイプ。1対1の戦闘に限れば登場する人間では横島に次ぐ。(能力的には雪之丞の方が上である。また、マリア、テレサなどのサポートがあればカオスには劣る)苦労性のためか人を見る目が高く相手の特徴を把握するのが上手い。ただし全体的に攻撃能力が(登場人物たちの中では)弱めのために攻撃が効くかどうかがかなり重要なファクターになってくる。
 
夜叉丸
鬼道家に古くから伝わる式神。単純なパワーなら十二神将単体には勝り、人型をしているために戦術的な運用が容易(その分使い手がヘボだと弱体化しやすい)。
 
式針
カオス特製のエクトプラズムを原料にした針。硬いのと数が多いのが取り柄という単純なものだがその単純さが鬼道の戦術とマッチして驚く効果を生み出す。自我を持つほどではないが意思があり、単純な命令に従う。また、複数集めて強力にすることもかのう。
 
ウィンチェスター1866
銃身の潰してある銃だが火薬さえあれば呪いの弾丸を吐き出す。呪いの弾丸は霊的防御を希薄にするが、それ以外はおおむね銀の弾丸と変わらない。
 
その他の術
母体が鬼道であったため、陰陽術の他に鬼道、呪禁道、禁術、道術にも素養があり、基本的な術は使用できる。
                   ・
                   ・
 西条輝彦
 霊圧95M
全ての能力がハイレベルにまとまったタイプ。悪く言えば器用貧乏だったが……。
 
聖剣ジャスティス
西条が持つ聖剣。名前の通り破邪属性の剣で、伝説的な剣(横島のアロンダイト等)とは比べるまでもないが、市販のオカルトアイテムよりは有効。
 
七星剣
刃が潰してあり、武器としては青銅製の棒と変わりないが、護国の剣として名高い剣の一振りは結界術や封印術のサポートとして力を発揮する。剣として使用するわけではないので鞘から抜いた後は構えず地面に刺すなりして用いることも可能。
 
結界術・封印術
西条の攻撃的な霊力を封印することで様々な結界を張ることが出来る。しかし使い方によっては結界で相手の体を分断したり、わざと攻撃性の強い結界を相手に触れるように張ることで攻撃に転用も可能。
 
コルト・シングルアクション・アーミー
通称ピースメイカー。まだ銃に魔力のあった、西部開拓時代の名銃で、西条が作り出した結界を銃弾として使用できる。ただ硬いだけの結界でも元が結界であるため霊体等にも効果を及ぼすし、特性を持った結界なら効果を着弾点に及ぼさせることも出来る。



[541] Re[2]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/01/01 22:35
 ユリン
横島の使い魔。元々はゲルマン神話の主神、オーディンの使い魔、フギンとムニンの子の為に使い魔としての能力は破格。分裂、巨大化、縮小化、霊視などを行い、見たものをそのまま横島に送ることがかのう。横島曰く温厚で思慮深い性格。ただし横島と親友のノワールの身に何かが起きると激怒する。ちなみに雌。横島の霊力を糧に育ったため、横島の負の感情に触れても壊れない。
 
 ゼクウ
横島の眷属。元々は天界の楽神であると同時に護法の武神、天竜八部の緊那羅族有数の武人であるが、血に狂ってしまったために堕天して夢魔ナイトメアとして生きてきた。横島の悪夢に入り込んでしまったために耐え切れずに再び神族に戻った。しかし神界には戻らず(横島ほどではないが神族に不信感を抱いたため)横島の眷属神として横島に仕える。剣術をメインに霊波砲やシタールによる音波攻撃を得意としている。性格は落ち着いていて冷静。横島の意を汲み協力をするが最終的には横島の望みとゼクウの望みは食い違うらしい。
 
 心眼=心見
小竜姫が竜気を吹き込むことによって生まれた擬似人格を持った心眼。今はカオスが生み出したエクトプラズムの体に意識を移すことで式神となっている。外見は幼い少女。攻撃能力はないが、ヒャクメには劣るものの霊視にかけてはかなりのもので、持ち主の霊視を助けることも出来る。ちなみに時代劇と落語ファン。
 
 リリシア
最初のリリム。つまるところのアダムとリリスの娘で全ての人間の異母姉に当たる。そういう理由から人間好きで、きわめて高位の淫魔でありながら人間を吸い殺した経験はない。一応上級の魔族で一対一の戦闘にはあまり向かないが召喚魔法をはじめ多くの魔術を扱えるのでそれ相応の戦闘能力はあるが基本的に平和主義者(快楽主義者)母親である魔王リリスと唯一対等に話すことの出来る娘。
 
 平将門
別名相馬小次郎将門で、神田明神に祀られている国津神。関東平野の守護神。死霊の王とも呼ばれ江戸時代に強い力を持ったが、元々が朝敵だったために明治維新の折に霊格を下げさせられた。とはいえ、未だに関東の陰の王であることには変わりない。
 
 五月
滝夜叉姫と呼ばれた鬼女。藤原俵太に討たれた父の無念を晴らすために鬼となって朝廷に反旗を翻した将門の姫。術も使えるが武術のほうが得意。近接戦闘技術だけなら小竜姫に匹敵する。長刀も得意なのだが鬼になってからは力に耐えられる長刀がないために専ら徒手空拳で戦っている。武人気質で女性としての経験値は低くそういった話は苦手。普段はクールなくせにデジャブーランドに行くと子供のようにはしゃぎだす。
 
 ジル
本名ジーブリエール。大天使ガブリエルの分霊の中で唯一個性を持った存在。本体と同じく真理の剣を扱える。性格は純粋で邪気のないお子様。横島と、なぜかリリシアに懐いている。戦闘能力は攻撃力のみ非常に高いが、戦闘向きの性格ではないことと、技量やリーチはさほどではないためあまり戦闘には出ない。普段は六道の非常勤講師と横島除霊事務所の特別顧問をしつつ、唐巣神父の教会に行ったりしている。
 
 アモン
かつてエジプトの主神であった魔族。ソロモン王72柱の悪魔の一人で地獄の侯爵。アシュタロスの側近の地位を捨てて、魔界の正規軍に編入した。(階級は大佐)魔族の中では人間よりで、恩のある雪之丞に惜しみなく力をかしている。現在は正規軍として忙しい日々を送りつつも愛娘と幸せに暮らしている。戦闘能力は多岐にわたりそのいずれも強力。
 
 オーディン
かつてゲルマン神話の主神であった戦神。現在は魔界正規軍の将軍の一人でワルキューレ、ジークフリードの父。過去の世界で【荒神】横島忠夫に協力していた。
 
 白龍
龍神王で天竜の父親。小竜姫とも血縁がある。仏教系の護法神の纏め役の一人で玄奘三蔵法師の乗馬であったこともあり斉天大聖とはそのころからの仲。過去の世界で【荒神】横島忠夫に協力していた。
 
 平教経
平氏随一の武将であったが一の谷で死亡。平家の怨霊の旗頭になっていたが横島との合戦の末成仏。
 
 ラプラス
パンドラの箱から唯一表に出なかったといわれる災厄、予知の悪魔。実際にはパンドラの箱の製作者で人類創造の神の一柱、巨神プロメテウス。
 
 メアリー
アモンの実の娘で魔族と人間のハーフ。魔界でアモンの秘書のようなことをしている。
 
 シルビア
シルキーの少女。リリシアの友人だったが現在は思いを遂げ天に召されている。
 
 リエルグ
ラームジェルグ。スコットランドの有名な悪霊で武人としての死を求めていた。横島と戦い満足のうちに天に召される。
 
 マブ
アイルランドの妖精女王で現在は閉ざされた妖精界に住む。信仰さえあれば神々の中に名を連ねるくらいの力はあり、妖精の力が衰えた今においても大きな力を持つ。悪戯好きで普段はピクシーの姿をとっている。
 
 ガブリエル
セラフの一人でユダヤ教、キリスト教、イスラム教のいずれから見ても重要な役割を持つ天使。本来は両性の天使たちの中で唯一の女性体(最近は女性として描かれる天使も増えてきてはいるが)。
 
 イーリス
ギリシャ神話の伝令神。虹の化身でその涙は嫉妬に狂った女神ヘラすら鎮めて見せた。
 
 ハルピュイア
ゼウスの命で魔におとされた風の女神。
 
 エレナ=デールズ
ネイティブアメリカンで自治区の対外交渉役だった女性。大学を出ていて主に同じモンゴロイドの東洋について研究をしていた。アパッチ族の出身で自分達の部族の歴史に誇りを持っている。聡明で物静かな性格だが戦士としての強い意志も受け継いでいる。
 
 ニルチッイ
ネイティブアメリカン自治区の纏め役の一人でネズパース族という部族の生き残りを自称しているアパッチ族の族長。弓の名手でいまだ戦士として現役の女傑。本人の言うとおりであればすでに100歳を超えているはずなのだが……。アルゴンキン族の秘法であるマニトゥの宿る石の守り手であり巫女をしている。
 
 在原業平
平安時代に六歌仙、三十六歌仙に選ばれた歌の名手。結構な人誑しで横島があっさりと友達と呼べるくらいの関係になるまで時間を要さなかった。後の子孫が六道家の先祖となる。
 
 伊達小雪
雪之丞の母親で死後も雪之丞を求めて地縛霊と化していた。狂っていても殺人だけは犯さず、雪之丞に出会えたことで満足して成仏。
 
 六道冥菜
六道の禁を破り悪霊化したためにその力を六道女学院を守る結界の一部として封印されてしまった。無邪気な邪気を横島に吸収されたお陰で成仏。
 
 猪笹王
かつて製鉄のために山を削られ、それに怒って人間に罰を与えた山の神。しかし、一族は人間に殺され自分は封印をされてしまっていた。開発で封印されていた祠が崩され現世に戻ってきたが自分を復活させたのがまたも山を削る行為だったと知り怒ることすら止めてしまった。山に居座り続ける猪の妖怪の除霊を引き受けた横島が理由を知り、土下座して自分の所有する山に移り住んでくれるように願いでた。自分を殺すだけの実力があると見て取った相手が土下座をして信じられぬこと(妖怪のために山を開放していること)を言うのと、人狼や大妖狐を連れているのを見て山に移り住んだ。信仰さえ集めれば再び山の神(それも高位の)になれるくらいの大妖怪(死津喪比女よりも上)
 
 ヴィスコム
かつて復活祭の日に出航したために神(もしくは悪魔)に呪いをかけられ永遠に港にたどり着くことが出来なくなった船、さまよえるオランダ人号の船長。幽霊船としては世界最強級。日本近海に出没したときに横島が乗り込んで事情を聞き、【解/呪】した。横島に恩義を感じているのでおとなしく横島の所有する島近海に停泊をしてそれなりに楽しんでいる。
 
 貉松五郎
化け狸の中ではかなりの実力者で江戸時代から江戸に住んでいる。【Rabbit's nest】という妖怪の相互支援組織の纏め役で化けることに関しては(現段階では)タマモ以上。外見は初老の紳士。
 
 貉麻美
松五郎の実の娘で外見は十代前半だが大正時代から生きている。(外見のせいか性格や言動は子供っぽい)化けることはまだ苦手で人間にしか化けられない。
 
 加々美霧香
平安時代から生きる加々美の化身で雲外鏡。ヒャクメほど多岐にはわたっていないがそれでも一部の霊視能力は彼女に匹敵する。二十代半ばくらいの外見の落ち着いた美女。
 
 八咫琢磨
鴉天狗の中では高位の存在。風を操る。目つきの鋭い30代前半の男性。
 
 巽流人
龍族の中では幼く、力も弱い(とはいっても龍なので通常の妖怪より強い)龍神ではなく地上の竜王の血族で人間時は大学生くらいの外見。水と雷を操る。
 
 野呂圭吾
化け土竜で、土を操る。太陽光が苦手で40代半ばの太目の男性の外見をしている。
 
 宿木来夏
カメラの付喪神で火を操れる。20代前半の外見。
 
 壌黄凛
麒麟の転生体で完全に力を取り戻してはいないもののヒーリングが得意。20歳くらいの外見で趣味は機械いじり。



[541] Re[13]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/01/02 01:07
 ≪麻美≫
 う~ん。歓迎されてないなぁ。視線の半分は嫌悪。残りは忌避か。
 
王宮に案内されてみたはいいけど視線がこれじゃあくつろげないや。
お父さんたちは結構なれてるみたいだし大家さんもぜんぜん気にしている様子がないけど。
コラコラ君たち! 悪口を言うならせめて隠れてから言いなさい。あ、でもそれも陰口をきかれてるみたいで気分悪いかも。
 
「お久しぶりです」
 
一人の男の人が大家さんの前に出てきて頭を下げた。
 
「あなたは……ジャコフさん」
 
「覚えていてくださいましたか。その節は本当にお世話になりました。あの時のことを今思うと熱病にでもおかされていたような気分です。あなたが荒療治ででも私の目を覚ましてくれなかったらと思うと……とてもおろかな真似をしていました。あの時は恨んでもいましたが今はとても感謝しています」
 
「今はどうしているのです?」
 
「王女様のとりなしで減刑を許された。精霊騎士の座は剥奪されたがそれは仕方のないこと。今は王女様付きの下男として少しでも王家の役に立てればと思っています。それもこれも貴方の配慮があればこそと大使と王女から聞かされています。本当にありがとうございました」
 
どうやら知り合いみたい。
 
「だったらジャコフさん。あなたに手伝ってもらいたいことがあるんですが」
 
「私に出来ることであればなんでも言ってください。でも、先に記念式典を行ってからです」
 
「記念式典?」
 
私が横合いから口を出したがジャコフさんはにこりと微笑む。……この人、いい人だ。
 
「横島さんのですよ。外国の方で初めて正式に精霊騎士に認定されるその式典です」
 
え~と……精霊騎士って何?
 
「……厚意はありがたいが、外国人の俺が精霊騎士に取り立てられるのは連中の攻撃対象にされるんじゃないのか? ……それが狙いか?」
 
ジャコフさんは申し訳なさそうに頷いた。
 
「元々横島さんを精霊騎士に取り立てようとする話は王女と国王陛下の間で出ていました。しかし、テロリストのことを考えて極秘裏に授与する予定でしたが私が正式に、いえ、大々的な式典にするように進言させてもらいました」
 
大家さんはすまなそうな顔をしているジャコフさんにニィッと笑って見せるとその肩をポンポンと叩いた。
 
「やっぱりあなたに協力してもらう必要がありそうだ。助かりますよ」
 
ジャコフさんは安心したような顔をした。
 
「そういっていただければ」
 
……。
私は隣にいた流人君に小声でたずねる。
 
「ねぇ、どういうこと?」
 
「さぁ、俺にもさっぱり」
 
そんな私達にお父さんが助け舟を出してくれた。
 
「つまり、あのジャコフさんは大家さんを囮にしたんだよ。排他的な原理主義者にとったら外国人が伝統ある精霊騎士になるなんて許せるようなことではないからね」
 
「じゃ、じゃあ何で大家さんはジャコフさんをほめてるの?」
 
「私達にとって一番不利なのは相手の動きがつかめないということだからね。相手が行動を起こすとわかれば対処の使用があるというものさ。だから大家さんは相手の動きを制限したジャコフさんの手腕をほめているのさ」
 
「もし仮に、手出しをしてこなければ来ないで相手の動きを予測する材料になるわ。だって、相手にとってはクーデターの方が本命なわけだし。……どんな組織にだって先走る人はいるでしょうしもし捕らえられれば良い情報源になるわ」
 
なんとなくわかったようなわからないような。
 
「……でもさ、自分を囮にされたってのに笑顔でそれを評価する大家さんってかなりの変人?」
 
私のセリフに大家さんを含めた皆がなんともいえない表情を見せた。
 
「麻美ちゃん。そういうことははっきりとは言わないものよ」
 
「いや、霧香さん。全然フォローになってないです」
 
なんとも情けなそうな顔になる大家さん。
 
「あら。フォローする気なんてありませんもの。私は自分を大事にしない人は好きじゃありませんから」
 
「霧香さん……きつい」
 
面白そうに笑う霧香さんとガックリと肩を落とす大家さん。
大家さんは急にまじめな顔になる。
 
「実際のところ、外国人の俺が精霊騎士に認定されるのはどうかと思うんだが」
 
「いえ、むしろ認定されないほうが問題あります。精霊獣はザンスのオカルトの秘奥。あなたならそれを封じる手段もあるかと思いますがそれをされてはオカルト先進国ザンスの面子にかかわります。ましてやそれをなしたのがただの外国人であったのならなおさら……。姫様の精霊獣を用いたときのことは話に聞いています。あなたは諸侯が納得するだけの実力を示せば後はこちらで如何様にでもさせていただきます」
 
「……ジャコフさん。あなたがただの下男というのは嘘でしょう?」
 
「イエイエ、ワタシドコニデモイルイタッテフツウノゲナンネ」
 
「なぜ急に片言になる! 目を背ける! いきなり口笛を吹き出す!」
 
「ちょっとした冗談です。先ほどの質問に対してはノーコメントの方向で。それでは横島卿。記念式典のためにザンスの正装に着替えていただきますのでこちらへどうぞ。お付きの方々……申し訳ありませんが王国ははいまだ排他的な勢力の力も強いものですから公式には横島卿のお付きの方々ということになっております。皆様には別室で用意がございますのでご一緒にこちらへ」
 
ん~。事前情報がないからいまいちよくわかんないなぁ。あとで大家さんに聞いてみよっと。
                   ・
                   ・
                   ・
 新年明けましておめでとうございます。今年もおつきあいのほどをよろしくお願いいたします。



[541] Re[14]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/01/23 00:33
 ≪貉≫
 ふむ。ザンス王国のことは話には聞いていたが大家さんがまさかそこの精霊騎士に選ばれるとは……大家さんはいったいどういう交友を持っているのか気になるところだね。
 
「……それで、どうかな?」
 
私は隣の霧香君に周囲に漏れない程度の声で尋ねる。
 
「3名ですね。横島さんも気がついているようです。霊気の糸みたいなものを伸ばして絡み付けていますから。……器用ですね。私でも強く集中しないと見ることが出来ませんわ」
 
やはり小声で返ってきた。どうやらこちらからは手出ししなくてもいいのかな?
 
儀式は滞りなく進む。私達も大家さんの従者として参加を許されてはいるが……なるほど。
流石はオカルト先進国のザンスと言ったところか。
何人かは私達の正体がばれているのか必要以上に警戒されているね。
しかし、国全体が濃密な霊気を帯びているな。
これがこの地に宿る精霊石の力か? 魔都、東京にも勝るとも劣らないほどの龍脈の宿る地に精霊石から発せられる清浄な気か。雑霊や生半な悪霊では入り込む隙もない。……これでバランスが取れているのだから精霊石が産出される土壌以上に奇跡的な偶然だね。
 
「横島卿。ここに汝を新たなる精霊騎士に任命し、精霊獣石を与える」
 
「謹んで拝命いたします。……我、この身がザンスにあるときは精霊の力を借りて大地の守護者たらんとし、この身がザンスに無き時もザンスの危急とあらばこの地に舞い戻りて刃とも盾ともならんことを誓います」
 
国王は鷹揚に頷いた。
 
「横島卿には日本にてわがザンスと日本の友好のために勤めてもらおう」
 
「拝命いたします。なれど、精霊獣石はザンスの秘奥なれば、私が精霊獣石に触れるのは国王の特別な命がない限りザンス国内だけとさせていただきたく存じます」
 
「卿の配慮、嬉しく思う」
 
「はは」
 
ここまでは事前に定めた通りのやり取り。
しかしあれだね、なかなかどうして大家さんも様になってる。普段の気さくさが嘘みたいだ。
 
「横島卿、精霊獣召喚の儀式を」
 
テロリストがうご……かない。糸に縛られ口もふさがれている。
精霊獣石というのも取り上げられているようだ。
しかし、最初から注目していたからわかるようなものの、これだけの数の霊能力者を欺くほどのわずかな霊気だけで完全に動きを止めてしまうのか。
 
「我、精霊王に願い奉る。我は精霊と共に歩み、戦うことを誓う者也。精霊よ、彼方より此方の石に宿りて我に力を貸し与えたまえ」
 
うわっと!
こいつは強力だね。下手すればそれだけで殺されるんじゃないかという霊気。
いや、霊体なら確実に吹き飛ばされるか浄化されるかしていたな。
よく見れば大家さんが壁になってくれているのか。
主に霧香君と麻美に対して。
うんレディーファーストは大切だね。でも、出来れば老人にももう少し優しくして欲しいんだが。
 
爆発するような霊気が収まるとそこには戦装束を纏った一人の男性が大家さんに向かって臣従のポーズをとっていた。
 
突然周囲がざわめく。
いや、王や王女すら動揺を見せた。
 
「英雄の精霊獣、主の下知により参上いたしました」
 
精霊獣がしゃべったことにより動揺はさらに広がった。
周囲から時折シャルムと言う声が聞こえる。
 
「……どういうことだ?」
 
「精霊の中には……かつて草であったもの、虫であったもの、獣であったもの、鳥であったもの、魚であったもの、そして人であったものがおります。この身はただの精霊を宿す石でありましたが、主の強き霊気に引かれかつて人であったものが核となりこのような姿をとったしだい」
 
「生前の名は?」
 
「シャルム」
 
「精霊騎士の始祖、国譲りのシャルムか?」
 
「御意」
 
「なれば最初で最後の命令を下す。英雄の精霊獣シャルム。汝はこれより我が従僕ではなく、我が友としてザンスの守護者としてあらんことを願う。……シャルムはザンスの宝だ。私が粗末に扱えるわけもないからな」
 
シャルムは臣従の構えを解くと大家さんの前に立ち握手を交わした。
 
その姿に今度は王をはじめとした皆がシャルムに対して頭をたれた。
シャルムは王の下に歩み寄るとその頭の位置まで顔を近づける。
 
「今世の王よ頭を上げられよ。ここにいるほかの者達も頭をたれる必要はない。この身は過去の遺物。そして精霊騎士、横島忠夫の友である以上の価値はないのだから」
 
「しかし……本来であればこの国はあなた様のもの」
 
「血塗れたものに安寧たる国を作る力なし。あの時の気持ち、言葉に嘘偽りはないと今でも思う。我が友にして賢哲であったツリョウとその子孫達が今でもザンスを残してくれたことを見て本当にそう思う」
 
シャルムの言葉に王達はいっそう頭を下げた。
大家さんは……おや、あの三人の束縛を解いたのか。
三人は逃げるようにこの場を離れていく。
さて、大家さんはいったい何を考えているのかな?



[541] Re[15]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/01/23 00:31
 ≪麻美≫
 大家さんはあの式典を鎮めて以来王様の許可を取ってひたすら書庫にこもっていた。
お父さんや霧香さん達は街に聞き込みにいったりしてるというのに。
 
「ねぇ、大家さん。聞き込みとか行かなくていいの?」
 
ユリンと遊ぶのも退屈した私はゼクウさん、心見ちゃんと一緒に資料を読み漁っている大家さんに声をかけた。
 
「ザンスに来てから随分とカラスの数が多いなぁって思わなかった?」
 
「え、そういえばよく見かけるけど」
 
「あれの半分はユリンの分身だよ。こうしていてもユリンが必要な情報を集めてきてくれている」
 
ユリンは一声、カァと鳴いて胸を張った。
 
「ユリンはワタリガラスだからねぇ。元々からすという鳥はニュージーランドと南極以外には分布しているし、ワタリガラスは北半球ならどこにいてもそれほどおかしくはないからねぇ」
 
「ちょ、ちょっと大家さん。この国にいるカラスの半分っていったい何羽いるのよ」
 
大家さんはユリンに対して首を傾げて見せた。
ユリンも大家さんに対して首を傾げて見せる。
なんか可愛い。
 
「多分3万羽くらいだって」
 
訂正。あんまし可愛くないかも。
って、そんなに分岐できる鳥なんて妖怪でもめったにいないわよ。
【黒い鳩】だってせいぜい数百羽だったのに。
 
「ユリンの両親は元々オーディン神の使い魔だからねぇ」
 
「……わたし、ユリンと喧嘩したら絶対勝てそうもないわ」
 
「ユリンは温厚で温和だから喧嘩になんかならないよ。ねぇ」
 
ユリンはクワと鳴いて大家さんに頭をこすり付ける。
続いて私に向かっても頭を摺り寄せてきた。
ウ……やっぱりかわいいかも。
 
突然ドアが開いてシャルムさんが入ってきた。
 
「いやぁ、参りました。ザンス王から国の役職についてくれないかと頼まれて断るのに苦労しました」
 
あったころの荘厳さはなく、むしろどこか抜けたような調子でシャルムさんが入ってきた。
 
「ついてやればよかったじゃないか」
 
「勘弁してくださいよ。横島卿」
 
国譲りの英雄シャルム。確かこんな話だった。
 
今から数百年昔、大航海時代といわれる時代は大西洋に浮かぶ小さな島国でしかなかった当時のザンス(このころは明確な国はなく、小さな部族単位の集団が島のあちこちに点在していたという)にも押し寄せてきた。
侵略者達の行いはよそと大きくは変わらなかった。
最初は友好的に、そして徐々に支配者へと変貌していき、宗教、文化を蹂躙していった。
通常であればザンスも他の植民地のような末路をたどっていただろう。
そこに出現したのが英雄と呼ばれた男、シャルム。
類稀なる霊力を持ったシャルムはキリスト教に禁じられたザンスの宗教に基づき、精霊の王と会談。
精霊石の秘密と、精霊獣石の秘奥を教えられたシャルムは各部族の族長達を鼓舞し、自ら右腕と称した賢者、ツリョウと共に長い戦いのうちに侵略者達と、侵略者に追従した部族を追い払った。
ツリョウは再び侵略されぬよう、確固たる国の基盤を作ることを献策し、シャルムもそれを認めたがその国の王になったのはシャルムではなくツリョウであった。
シャルムは『血塗れたものに安寧たる国を作る力なし』と言い残していずこかへと去っていったという。
ツリョウは『いずれこの国はあるべきものに返還する』と叫んでシャルムを見送ったという。
 
「そういえばさ、どうしてシャルムは王様になるのやめたわけ?」
 
私はなんでもなしに疑問をぶつけてみた。
 
「話せば長くなるんだが……実は私は馬鹿だったんだよ」
 
あっけらかんと笑うシャルムさんに私は頭痛を覚えた。
 
「幼馴染のツリョウのお陰で戦の合間は襤褸を出さずにすんだが統治なんぞしてみろ、いずれ襤褸が出てしまうじゃないか。それでなくとも馬鹿が統治する国なんぞろくでもないに決まっている。まぁ、ツリョウが何とかしてくれたと思うがあいつばかりに負担をかけるのもどうかと思ったしな。いや、ツリョウの奴は運動は全然駄目だったが頭だけはよかったからなぁ」
 
「……なんか、伝説のありがたみとかそういったものが一気にふきとびそうな話ね」
 
「横島卿の故郷の言葉で事実は小説より奇なりってね。いや、けだし名言だなぁ」
 
「……で、シャルムさんはどうしたの?」
 
「ザンスに残っていたらツリョウの邪魔になるだろうし、大西洋をカヌーに乗って渡って旅をしていたよ。国の名前は知らないがひどく広い場所で嫁さんを娶って、そこでも侵略者と戦って。銃で撃たれてのたれ死んでしまったよ」
 
まるで他人事のように言う。
 
「それでよかったの?」
 
「ん、私は私のやりたいようにやって、生きたいように生きて、できる限りのことをやって死んだわけだから特に心残りはなかったなぁ。ま、もとより畳の上で死ねるとは思っていなかったし、強いて言えばザンスの行く末を自分の目で確認してみたかったけどそれも精霊獣になった今見ることが出来たわけだし。あ、無責任とか言ってくれるなよ? 俺はただ、侵略してきた連中が気に入らないから戦ったわけだし、ただの一回だってザンスの民のために戦うなんて言ったことはないぞ。俺は俺のために戦ったわけで、ザンスの皆も自分のために戦って、その旗印として都合が良かったのが俺だったんだから。だから私の責任は私たちの勝利で戦いを終えたところで終わっていると思う。あ~でももう少し奥さんと新婚生活を楽しみたかったなぁ。かわいい娘だったのに」
 
うわ、この英雄とことん俗っぽい。
 
「あの娘と鎌倉か京都の小道でも歩いてみたかったなぁ。高いところが好きだったから清水寺や長谷寺の舞台から見下ろす紅葉なんて最高のシチュエーションだったろうに」
 
「中途半端に俗っぽいなぁ。っていうか、さっきからなんでそんなことを知っているのよ!」
 
「横島卿に精霊獣として召喚された後、現世の常識がないと困るだろうからと教えてもらったのだ」
 
これでもう馬鹿じゃないぞと胸を張った。
うぅうっ。
 
「どうした、麻美ちゃん」
 
頭を抱え込んだ私に書類から視線をはずした大家さんが駆け寄る。
うぅ、いい人だなぁ。
 
「(英雄という言葉に少しでも憧れを持った)乙女心の返却プリーズ」
 
いや、本当に悪い人(英雄)じゃあないと思うけどもう少し神秘的でもいいじゃないかと思う。



[541] Re[16]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/02/01 02:10
 ≪麻美≫
 おっと、そういえば今は大家さんを問い詰めてたんだっけ。
 
「それで大家さんは聞き込みをユリンちゃんに任せてどんな調べものをしているの?」
 
「この国の歴史とか風習とかタブーとか。メインは宗教だけどね」
 
「何でそんなものを?」
 
大家さんは書物から目を離してウ~ンと宙を見つめた。
 
「麻美ちゃんは世界中で取り締まられているのにどうしてテロリストがいなくならないと思う?」
 
「テロリストをかくまう組織があるから?」
 
なんとなくニュースで聞いたことのある話を解答に出す。
 
「30点ってとこかな」
 
大家さんは本格的に私に付き合ってくれる気になったのかお茶を用意してきてくれた。
勿論貴重な資料を汚さないように本から少しはなれたテーブルに用意している。
 
「じゃあ答えは?」
 
「テロリストが正義の味方だからさ」
 
大家さんのセリフに一瞬呆ける。
 
「それはないでしょう? だってテロリストって言ったら悪者の代名詞じゃない」
 
特撮とか、アニメとか、特撮とか。
 
「まぁ、俺たち日本人にはあまりなじみがないからねぇ。昔はそれでもいたことはいたんだけど……。テロリストというのは自分の主義主張を武力によって押し通そうとする集団だ。……こう考えると国家とテロリストの差なんて紙一重だな。まぁいいや。通常人間が三人揃えば派閥ができるといわれるくらい人間の主義主張は異なる。それ自体はそれほど悪くはないんだが、大集団のほうが小集団を権力で潰そうとするときに軋轢が起こり、武力行使になったりする。それの規模の大きいものがテロ行為だし、それを行う集団がテロ組織だね」
 
ここまではいいかな? と大家さん。
私もそれに頷いて返す。
 
「その主義主張がそのほか大勢、国だったり世界だったりに認められれば……まぁこの辺には情報操作だとか国家の利益の思惑とか絡んでくるから一概には言えないけどテロリストと呼ばれることもないんだけど。圧倒的多数がその行為を悪だと断じた場合、もしくは対抗勢力のほうが正しいと断じた場合テロリストと呼ばれるわけだ。しかしその他大勢の集団に認められなかった場合だって彼らにも主義主張はある。で、その主義主張を認める集団からしてみればテロリストは正義の味方なのさ。そういった集団はテロリストをかくまうし、その集団の中からテロリストの第二世代、第三世代が生まれてくるからテロリストは消えることがない」
 
う~ん、いまいちわかんないなぁ。
 
「……巨大な悪の集団に少数の勇者が武器を手に立ち上がった。彼らは例え仲間が死んだとしても決して諦めない。自分達の信じる正義を守るために今日も戦い続ける! って、言ったら少しはわかるかな?」
 
あ、それならわかる。典型的なシチュエーション。
 
「彼らが小集団の中とはいえ、正義の味方であるなら協力者は必ず現れる。それも逆境であれば逆境であるほどある種のヒロイズムが刺激されていっそ熱狂的といえるほどにね。とりわけ、敵対する大集団に問題が多ければ多いほどそれは顕著になる」
 
う~ん、困るなぁ。特撮とかアニメ大好きなのにこんな話を聞いたら素直に楽しめなくなるじゃない。ま、フィクションとノンフィクションは違うからやっぱり楽しむけど。
 
「それじゃあ第二問。テロリストを根絶するためにはどうすればいいと思う?」
 
え? さっきの条件から考えると根絶って難しいよね?
私が悩んでいると大家さんはヒントと書かれたカードをどこからともなく取り出した。
 
……いや、いつの間に用意したのこんなもの。
三枚のカードを伏せておかれたのでその真ん中のカードを開くとそこには阿修羅と書かれていた。
 
「阿修羅って神様を知っているかな?」
 
「戦いの神様でしょ?」
 
「うんでももとは正義の神だったんだ。正義の神だった阿修羅の娘と神々の王インドラが結婚することになって当然阿修羅も喜んだんだけどインドラは奔放な神で……婚前交渉をしちまったんだな。正義の神は娘を辱められたと激怒して、神々の王と正義の神は戦争になった。ま、いくら正義の神とはいえ神々の王には勝てず、それでも不屈の闘志で長い長い戦争を行っていた。ま、長く戦っていれば勝つこともあれば負けることもある。インドラが敗走するときに足元に虫がいたんだ。インドラは関係のないものを巻き込むわけにはいかないと進路を変えたが勝ちをはやった阿修羅はその虫を踏み潰してインドラを追った。ま、紆余曲折はイロイロあるんだけど阿修羅が修羅道、戦いを繰り返すだけの亡者に成り下がったのはこのあたりからだ。後々護法と引き換えに戦いの神に返り咲くんだけどね」
 
う~ん、似ているといえば似ているのかな?
 
「でも、テロリストが関係のない人たちを巻き込むのって日常茶飯事じゃん」
 
「そうだね。もうテロリストと呼ばれる集団は自分達の正義しか視野に入っていないから他者の犠牲を日常茶飯事としている。ひどいものになると自分達に同調しないものはみんな悪と断じたり、異民族、異教徒はみんな悪にされたりするから出来るだけ残酷な手段で悪を殺して自分達の主義に対する信望を表そうとする集団もあったりするくらいだ。……そういう連中からは正義をうばってやればいい。正義もなく、大義もなく、他者に犠牲を強いるだけの亡者についていく連中なんていないだろう? そうなれば連中は生きるために必要なものを暴力で奪い取るようになる……。あとは悪循環さ。自然に淘汰される。もっとも、それまで自分達がしていたことを全否定されるわけだからそれについていけずいっそう意固地に自分達の正義を声高に主張し他者を排斥するだろうし、そうなると被害も馬鹿にならないからそうなる前に根絶やしにするけど。いうなれば予防接種みたいなものかね? 第二第三のテロリスト世代を生み出さないための」
 
大家さんはニヤリと笑う。
 
「俺はね。正義の味方とか秩序の守護者とか、声高に自称する連中が大嫌いなんだ」
 
「……大家さん実は性格歪んでる?」
 
私がそう尋ねると大家さんは面白そうに笑った。
もっとも、大嫌いといったときの表情は本気の瞳をしていて怖いくらいだったけど。
 
「否定はしないよ。ま、シャルムがいてくれるし後は大芝居をうつ準備というかその前段階の調査だね。まぁ、実際に精霊王にお伺いも立てなきゃいけないし。そのときは貉さん達にも協力してもらいたいな。四大も揃っていることだし、凛さんなんて本物の聖獣だし」
 
あたしは大家さんの計画を聞いてケラケラ笑い転げた。



[541] Re[17]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/02/01 02:06
 ≪来夏≫
 戦場の空気は知っている。
私は戦場カメラマンの手の中で多くの戦場を肌で感じてきたから。
この国の空気は戦場のそれとは違う。
けど嫌な空気はプンプンしている。
それはひどく排他的で、こうして街を歩いているだけでも彼らの視線はこちらに突き刺さってくる。
ただの一般市民の視線だ。
この国は他者を認めてこなかったからか一見安定しているように見えてひどく脆い。
砂上の楼閣というか、温室の中の花というか。
もしかしたら彼らも本能的にわかっているのかもしれない。
だからこそ外からの刺激に対して極端に敵意を持つ。
同じ島国でも外から恩恵をもたらされた日本と、外から侵略されたザンスの違いというところか。
この空気ではテロリストの支援者も相当数に上るんじゃないだろうか。
 
まぁ、それはこの際かまわない。
この追い立てられるような感触は何だろう?
殺気とも違う。
とにかく嫌なものが目の前にいるような……、天敵のような存在の気配というか。
 
……嫌な汗を感じながらもタイミングを計る。
幸い、周囲に人影はなし。
3・2・1
予想された狙撃のタイミングにあわせて身体を前方に投げ出す。
 
シ~ン。
 
何も起こんない。
もしかして、今の私ものすごく馬鹿みたい?
でも確かに狙撃の気配が。
警戒しながらそちらのほうの様子を伺うと鴉がそこに群がっていた。
確か横島さんの使い魔のユリン。
 
「自分の身を囮にするのはあまりよろしくはないかと」
 
気配も無いのにいきなり声をかけられとっさに妖怪としての姿、銀色のメタリックな裸体にフィルムを巻きつけたような姿をとる。
そこには男性が立っていた。
 
「いやはや、驚かしてしまったようですな。某です」
 
男性はその顔を馬のものに変える。
横島さんの眷属のゼクウ様。
 
「スナイパーの方はユリンが抑えておりますゆえすぐに確保に向かいましょうか」
 
流石に本物の神様だけあってその力はそこが知れない。巽くんは竜王の血縁だから成体になれば神族に近いポテンシャルを持つそうだけど今は私たちとほぼ同等、妖怪としてはかなり上等な部類だけどゼクウ様とはかなり隔たりがある。
多分あのユリンちゃんとほぼ同等なくらい。
それに加えて霧香さんに匹敵する見鬼の持ち主の心見ちゃん。
 
「……ねぇ、横島さんに私たちの手助けって必要だったの?」
 
ゼクウさまは少し考えるしぐさを見せて。
 
「この問題を力押しで解決するつもりであれば必要なかったと思います。こういっては何ですが、こと、オカルトに関することであればマスターやその周囲にいるものたち以上の戦力を人間界で集めるのは難しいでしょう。マスター自信が神魔に匹敵する力をお持ちですし、僭越ながら武闘派の神族の中では人間界にいる神の中では某が最高位に当たるはず。……まぁ、斉天大聖老子のような例外はおりますが。それ以外にも某と同様、最高位の神魔で小竜姫殿、ワルキューレ殿、ジークフリード殿、将門殿はマスターの後援に当たりますし、武闘派以外であれば夢魔の王女、リリシア殿やジル殿といった高位の存在もおりますれば。さらには五月殿、雪之丞といった戦闘力に秀でたものもおりますし」
 
無茶苦茶だ。
その気になればこの国に巣くうテロリストどころか、この国そのものを滅ぼせるじゃないの。
 
「それゆえ、マスターはこの国の問題について力押しで解決する気はないのでしょう。その為に皆様のお力添えが必要だったのだと存じます。マスターは不必要に他者を巻き込むことを嫌いますれば。より多くの人を巻き込まぬために皆様を巻き込んだと考えるべきでしょうな」
 
それは……どういう意味だろう?
                   ・
                   ・
 ≪リチャード≫
 「キルロイさん。アジトを変えますよ」
 
最前線の兵士という名の妖怪、キルロイに私はそう提案した。
 
「どうしたというのだ? リチャード」
 
「スナイパーが鴉に襲われました。私にはあれが鴉の妖怪なのか、一般の鴉を操っているのか理解できませんがこの国には鴉が多すぎる。そうした鴉を使える能力の持ち主がいる以上、地上のアジトは不利が過ぎます」
 
キルロイは少し考え込む様子を見せてすぐに決断した。
忙しく動き始める傭兵溶解から見つからぬように私は外に出た。
 
「……あれが、横島忠夫の式神、ユリンですか。流石にお強い。……ですが、少々ワタリガラスの数が多すぎですね。ワタリガラスはユリンと思っていればよいでしょう」
 
私は片手を天に向かって差し出す。
 
「噂では神すら従えるというSランクのG・S横島忠夫。果たしてどれほどの間掌中にて躍らせられますでしょうかねぇ」
 
すでにこの掌の中にはザンスと、解放戦線と、傭兵妖怪が踊っている。
さてさて、ステージの上で踊ってくれるよいダンサーだといいのですがねぇ。



[541] Re[18]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/02/19 19:37
 ≪エミ≫
 忠にぃが私たちの誰も連れて行かずにザンスに旅立った後から事務所の様子がおかしい。
例年だったら皆で集まるクリスマスも今年は行わない。
まぁ、忠にぃはプレゼントを残してから行ったし、雪之丞たちは雪之丞たちでそれぞれ祝うみたいだし。
……おかしいのは雪之丞と令子、冥子の三人か。
……雪之丞のほうはピートかカオスにでも頼めば何とかなるかもしれないから私がどうにか二人をなだめないとね。
とはいえ、どうやってなだめたらいいものかしら……。
 
「……ねぇ~、エミちゃん~。私たちって~、そんなに頼りないのかしら~?」
 
「そんなことはないと思うワケ。そりゃあ、忠にぃは別格が過ぎると思うけど」
 
「じゃあ、何で横島さんはいつもいつも、大切な時に私たちを頼ってくれないのよ!」
 
「……今回の件に限っては私にはわかるワケ。人を殺すことをなんとも思わない連中が相手で、もしかしたら人を殺さなくちゃいけないかもしれないから……。オタク達には私が昔殺し屋だったって話したことがあったでしょう?」
 
私の言葉に二人は一瞬表情を強張らせ、次いで真剣な面持ちでうなづいた。
 
「あの時は……何度手を洗っても自分の手が真っ赤に染まってる幻覚にさいなまれたワケ。おかしいでしょう? 片棒を担いでいたとはいえ私が殺したワケでもないし、ましてや呪殺で血なんかつく訳がないというのに」
 
うん。なんていうかこの子達の優しさにつけこむような手段は気がとがめるワケ。
 
「私だって儀式呪術をかけているときは基本的にオタクたちにも秘密にしているワケ。それはオタク達を信用していないワケじゃなくてオタクたち近寄って欲しくないことをしているから。呪術はオカルト(秘匿されるべき知識)の中でも最も暗い部分だから。忠にぃも私たちに近寄って欲しくないんだと思うワケ。人を殺すということに。私の予想では忠にぃは人か、それに近い存在を殺したことがあるワケ」
 
令子も、冥子までその可能性に思い至っていたらしく、少し陰のある表情を見せた。
 
それでも私の心中には余裕があった。
 
「……ま、しゃあないか」
 
「そうねぇ。……お兄ちゃんだしねえ」
 
忠にぃが隠し事をしているのは今に始まったことじゃないし、いまさらその程度のことで揺らぐほど、忠にぃが積み上げてきたものは軽くない。
いや、少し違うか。
私たちが積み上げてきたものだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「シャルム、こっちでいいのか?」
 
「あぁ間違いないよ、横島卿。この先にかつて私が精霊王と約定を交わした場所がある。いや、懐かしいなぁ」
 
シャルムはザンス王家が秘匿していた禁足地の中にズカズカと入り込むシャルム。
まぁ、俺もそれに続いているわけだが。
 
「この先で偶然見つけたんですな。いや、精霊のお導きという奴か」
 
カラカラと笑うシャルム。
今まで俺の周りにはいなかったタイプだな。
 
シャルムの案内に任せて禁足地の最奥、精霊王の宿る座とザンス王家で呼ばれている巨大精霊石の前にたどり着く。
 
強い力を感じるが神気に近いな。日本で言う八百万の神に近い存在か。
ザンスの儀式までは流石に学びきれなかったがこれなら代用できるだろう。
俺は八百万の神々に呼びかける礼賛の儀式を行う。
 
目的はひとつ。精霊王にどうしても確かめなければならないことがあったからだ。



[541] Re[19]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/03/03 03:18
 ≪横島≫
 精霊王に今回の件で一番重要な懸案に対する確認も取れた。
後はザンス原理主義組織と傭兵妖怪たちへの対処なんだが……。
 
キャラット王女と精霊騎士の主だった人間を集めて作戦会議を行っている最中。
精霊騎士たちとの軋轢を懸念していたのだが、精霊騎士の間で俺はなぜか英雄視されていて(裏であの大使の暗躍があったらしい。それでも本当なら何らかのシコリが残るはずなのだが俺の精霊獣がシャルムで俺が彼を従僕扱いしなかったことによってしこりは解消され、以前からあった英雄としての風聞を強化することになった)少なくとも精霊騎士の間では俺や俺が連れてきた皆が窮屈な思いをすることはなかった。
 
「それで町に動きは?」
 
……侵入者がいるな。それも気配を消すんじゃなくて周囲に同化させる様な奴が。
というかこいつは人間か? 霊的な能力の形跡は殆ど感じられないのにここまで気配を遮断しているなんて。
俺も心見がいなければ気がつかなかったかもな。
きっとこいつは化け物だ。
 
「特にはないな。静かなものだ」
 
「街の雰囲気はギスギスしていたけどね」
 
気がついているのは霧香さんくらいかな……。
 
「なぁ、俺としては12月25日に行われる精霊奉還の儀式が怪しいと思うんだがどう思う?」
 
「そうカモシれません。精霊奉還のギシキはザンスでもモットも重要な儀式デス」
 
そう。国中の意識が精霊奉還の儀式に向かう。
襲撃にはもってこいだが、俺が利用するにもまたもってこいなのだ。
問題はそれまでに傭兵妖怪たちをどうにかできないかということ。
 
……今の状況では動かないか。
 
軍議ともいえない軍議が終わり、キャラット王女と精霊騎士たちが退席した数瞬後、周囲から滲み出すように彼はその気配をあらわにした。
身に纏っていたザンス製であろう霊波迷彩服を脱ぎ捨てたあとには年齢不詳の白衣を着た線の細い男性が立っていた。
 
「いやぁ、気を使っていただいて申し訳ありませんね」
 
彼は第一声にそうのたまった。
 
霧香さんと俺以外があっけに取られている間に彼は極々自然に空席になった椅子のひとつに腰掛けた。
 
「はじめまして。リチャード=ロウと今は名乗っているものです」
 
彼は名刺を出してきた。
 
「Richard=Roe(訴訟上で用いられる被告人の仮名。日本で言う少年Aのようなものか?)偽名であることを隠そうともしないんだな」
 
「それが本名だった時期もあったんですよ。もっとも、血雨のリチャードというあだ名のほうが通りが良かったんですけど」
 
「血雨のリチャード……キラーフリーク(殺人嗜好者)リチャード中尉……」
 
「知ってるの?」
 
麻美ちゃんの言葉に来夏さんが頷く。
 
「私の知る限り最悪の軍人よ。作戦目的のためなら民間人を巻き込むこともいとわないし、行った作戦行動のほとんどで敵兵を皆殺しにしている」
 
「キラーフリークですか。……より格調高くジェノサイドアーティスト(殺戮の芸術家)と呼んで欲しいものですね……。冗談ですよ。面白くなかったですか?」
 
リチャードはニコニコと人好きのする笑みを絶やさずにそう言った。
そんなリチャードを来夏さんが睨みつける。
 
「それで、わざわざこちらの本拠地まで乗り込んできていったい何のようだ?」
 
リチャードは懐からそれを取り出した。
 
「はい。降参します」
 
彼は白旗をヒラヒラとはためかせて微笑む。
 
「どういうつもりよ」
 
来夏さんはいまだ睨みつけたままリチャードに問う。
 
「自分が絶対に勝てない相手に負けないためにはどうすればいいと思います? 戦わないことですよ。私の命の保障がいただけるのなら必要な情報をお渡ししますよ」



[541] Re[20]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/03/09 21:37
 ≪ピート≫
 雪之丞、まだ機嫌が悪いみたいだな。
せっかく今日はクリスマスイヴだというのに。
いや、キリスト教徒でもない雪之丞に主の生誕を祝うことを強要する気はないけどそんな顰め面で会ったら弓さんたちがかわいそうじゃないか。
 
「雪之丞、まだ横島さんにおいていかれたことを気にしているのか?」
 
「そんなんじゃねえよ!」
 
嘘だ。非常に気にしている。
全身から不機嫌オーラを放出しているから子供は泣き出すしヤクザまでがコソコソと回れ右してるじゃないか。
 
ヤレヤレ。
 
「僕は横島さんが雪之丞や美神さんたちを連れて行かなかったのは正解だと思うよ」
 
今にも掴みかかりそうな雰囲気の雪之丞。いや、実際に掴みかかってこなかったあたりに成長の跡が見られるな。
 
「そりゃどういう意味だ!」
 
「だって雪之丞は戦闘は出来ても戦争は出来ないだろう? 僕たちの知り合いの中で戦争が出来そうな人間といったら……横島さんとドクターくらいかな。美智恵さんは微妙なところだけど。僕は御免被りたいしね」
 
さらに立ち上る不機嫌オーラにタイガーが慌てている。
ゴメン、タイガー。
 
「僕の実年齢、知っているよね? その間に何回戦争を見てきたと思う? 僕はブラドー島にこもっていただけじゃなくて島に必要なものを調達するために島の外に頻繁に出ていたから何回か巻き込まれたことがあるよ。特にイタリアはカトリックの総本山があるし、世界大戦にも参戦していたからね。嫌になるくらい戦争は目の当たりにしているよ」
 
本当は見たくはなかったけど戦争中だって島の物資が不足すれば出て行かざるをえないからな。
あの小さな島じゃあ完全な自給自足は出来なかったし。
 
「戦争の悲惨さをここで語っても無意味だから語らない。だけど戦争にかかわっていくうちに人間はどんどん壊れていくんだ。極々普通の人たちが平気で他人を殺せるようになるくらい。横島さんは戦争を起こさせないためにザンスに行って、被害を最小に食い止めようとはするでしょうが、きっと戦闘になるでしょうね。いや、戦争かな? 僕は雪之丞に戦争に関わって欲しくはない」
 
チッと舌打ちをして踵をかえす雪之丞。
雪之丞、それじゃあただのチンピラだよ?
 
「……わかってんだよ。師匠が俺のためにこっちに残したって事くらい。だから腹が立っているんだ。俺はいつまであの人に守られていればいい? 俺は強くなった、そりゃぁ師匠にはまだおよばねえよ。だからいまだ師匠に認められねえ程度の実力しか得ていない自分に腹が立つんだ!」
 
主よ。どうやら僕は親友の成長にすら気がつかぬほど目が曇っていたようです。
 
「タイガー、一発殴ってくんねえか。そうやって気分転換でもしねえとかおりにあったら不機嫌にさせちまうからな」
 
タイガーの手加減なしの拳を受けてふきとぶ雪之丞。
 
その後、僕、雪之丞、タイガー、おキヌちゃん、弓さん、一文字さんでクリスマスパーティーを魔鈴さんのお店で始めた。
 
パーティーの間は雪之丞もタイガーも不機嫌さを表に出さず、特定の相手のいない僕とおキヌちゃんは不器用なカップルたちを温かな瞳で見守った。
 
ところが何のひょうしでか魔鈴さんに注意されていたというのに一文字さんが窓の外に出てしまい、最終的に全員が窓の外に出た僕たちはサンタクロースと雪だるま、わけのわからない植物のようなものに襲われたが、
 
「右手に炎、左手に雷、翼より暴風」
 
今まで単独でしか行使しなかった能力を同時展開してきた。
 
「すごいじゃないか雪之丞」
 
「いや、まだ駄目だ。今のままじゃあ同時展開すると霊力が三分割以下になっちまう。師匠みてえに全部を100%の威力で放てる様にならないと完成とはいえない」
 
「いや、あたしらから見ると三種類の霊能力を同時に制御しているだけでも十分人間離れしてるんだけど」
 
「フンガー!」
 
「……タイガーさんはモルゲンステルンの雨ですの? ……あんなのどう対処すればいいのよ」
 
その後僕の放った鮮血魔術もなぜか、(まるで横島さんについていけなかったことのストレスをあからさまに相手にぶつけようとしている雪之丞やタイガーのように)通常以上の威力でもって襲い掛かってきた植物もどきを焼き払った。
その後種明かしをされた僕たちはもはや食べられないほど蹂躙されたクリスマスケーキを前にニコリと微笑みながら青筋を浮かべる魔鈴さんに平謝りに謝った。
まぁ、それをのぞけばいいクリスマスイヴだったかな。



[541] Re[21]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/03/09 21:38
 ≪横島≫
 「解せないな。命の保障が欲しい。俺と敵対したくないというのなら俺の前に姿を現さずにさっさとザンスから出て行けばよかっただろう?」
 
俺の言葉にリチャードは困ったような微笑を浮かべた。
 
「いやいや、冷静ですねぇ。もう少し怒りをあらわにしてくれるか考えなしの単細胞なら扱いやすかったのに」
 
ヤレヤレと肩をすくめて見せる。
来夏さんの視線が三割増で凶悪になった。
 
「ま、確かに命の保障だけを目的にするなら横島さんがおっしゃった通りなんですがあいにく、まだ私の目的が達成されたかどうかを未確認でしてね。それを確認するまではザンスから離れられないし横島さんに情報をお渡しするのも私の目的達成のための一手でして」
 
「あなたの目的っていったい何なのよ」
 
リチャードは人差し指を一本、上に向けていった。
 
「それは秘密です」
 
「それで信用されると思っているのか?」
 
「されないでしょうね。私は私の知る情報をここで一方的に語るだけですよ。その内容は虚実であれ、真実であれ、あなた方は何らかのアクションを起こすしかないと思いますから。あ、誓って言いますけど私がこれから洩らす情報は真実ですよ。まぁ、碌なプライドは持ち合わせていませんし、誓うものといえば家に飾ってある十字架とコーランと仏壇と神棚とリンガと玉皇上帝の姿絵と孔子像くらいですかね?」
 
ニヤリとリチャードは笑う。
 
「消去法はご存知ですか? 必ず正しい答えが導き出せる便利な手段です。もっとも、その為にはあらゆる可能性を想定しうる想像力と分析力が必要なんですが。私がここにいるのはその消去法で導き出した結果なんですよ。あいにく、横島さんのことはある程度事前調査をしていましたがあなた方の能力のようなものまでは判断できませんでしたから正確には消去法というわけではないのかもしれませんが……。私にとって不都合だったのはいきなり殺される可能性。横島さんの性格を判断すればその可能性は低いと思いましたが、その一点だけでした。それ以外であればあなた方に接触するのは私にとってメリットはあってもデメリットは少ない。そう判断しました。仮に、【Rabbit's nest】のメンバーの中に嘘を見破る能力や、心を読み取る能力の持ち主がいたとすれば私の目的を秘匿することは出来なくなるかもしれませんが……それならそれで問題はありませんし」
 
「俺のことを調査した……と、言ったな?」
 
「【Rabbit's nest】のメンバーと関わりあいがあるとは知っていたのでもしかしたら出てくるかもしれないと思ってました。いえ、どちらかといえば横島さんが来てくれた方が好都合でしたのでそれなりに……」
 
「……つまりは、私たちをここに呼び寄せたのは君ということかね?」
 
貉さんの問いにリチャードは微笑む。
 
「私のハッカーとしての技術は十人並みですけど、ネット上に都合がいい情報を流すことくらいは出来ますよ。キルロイさん達に対抗する戦力も欲しかったことですし。まぁそれ以外にもこの国の諜報機関、ジャコフさんがそこの実質的なリーダーのようですけどそこに情報を流したり、いざとなったら横島除霊事務所にダミーの依頼を流そうかとも思ったんですけど。いやぁ、来ていただけてよかった」
 
「……あんたは俺に何をさせたいんだ?」
 
「キルロイさんたちとこの国の原理主義者の連中が生み出す被害を極力出さないで鎮めてもらいたい。そんなとこですかねぇ」
 
「あなたは向こうの味方じゃなかったの?」
 
「連中にキルロイさんたちを紹介したのは確かに私ですけど、まぁ、どちらかといえば利用しあう関係ですかね?」
 
……。
 
「答えて。あなたにとって人を殺すことって何なの?」
 
来夏さんが強い調子で問う。
 
「腕を伸ばして物を取るとか、水を飲むためにコップに水を汲むとか、そういう行為と同じですよ。特に楽しいわけでもないし、多少面倒ではありますが特別厭うことではありません。まぁ、いうなれば作業ですかね?」
 
来夏さんの拳がリチャードを捕らえた。
その身体が半ば以上妖怪化しているためにかなりの威力があったようでリチャードはまともに食らって壁まで吹き飛んだ。
 
……身体が無意識に避けようとしたのを無理やり踏ん張ってわざと食らったな。
受身も重傷を負わないための最低限にとどめている。
 
「あなたには人の痛みがわからないの!」
 
「……他人の痛みを理解できる存在なんてこの世界にはありませんよ。だから人は生きていける」
 
もう一度殴ろうとする来夏さんを八咫さんと流人君が止める。
 
リチャードは恐らくかなり痛むであろう頬をさすりながらも微笑を絶やさない。
 
「私はあなたみたいな人間大嫌いよ!」
 
「それは残念。私はあなたみたいなヒト、好きですよ。まぁ、好みで言えば横島さんが一番好きな部類ですかねえ」
 
「何で大家さんにそんなにこだわるのさ?」
 
「興味があったからですかね? 今では好意を感じていますけど。どことなく、私に近い人種かと想像していましたけどあってみてよくわかりました。横島さんと私はかなり近い人間であると」
 
「大家さんとあんたはこれっぽっちも似ていないよ」
 
ジト目。いや、完全に睨んでいる麻美ちゃんの視線を笑顔で返すリチャード。
 
「そうかもしれませんねえ」
 
「……巽君、八咫さん、ここで彼の見張りを。残りのメンバーで彼の処遇を相談するから」
 
武闘派の流人くんと八咫さんなら逃がすこともないだろう。もっとも、逃げないとは思ってはいるが。
 
「さて、どう思います?」
 
「信用できないわよあんな奴!」
 
来夏さん、少し感情的になりすぎている。
 
「私は……彼の差し出す情報を信じてもいいと思うわ」
 
やはり、援護を出したのは霧香さんだった。
 
「彼の心の中はひどく平板で私にも完全には思考を読み取れなかったけど、彼の思考形態や感情の起伏にとても似ている人間を私は知っている」
 
「……俺ですね?」
 
確かめるように問う俺に霧香さんは頷く。
 
「俺も同じ印象を受けました。彼と俺の思考形態はひどく似ているようです。少なくとも俺ならこの場で嘘はつかない。真実の全てを意図的に話さなかったり、誤解を招かせる表現を使ったりはするかもしれませんが」
 
「少なくとも、今まで彼が語った事柄に嘘はないわ。この国の混乱を最小限に抑えたいというのも本当」
 
来夏さんがテーブルをバンッ! と力任せに叩く。
 
「私は信用できない! 目的を達成するためにつみもない一般市民を巻き込んで橋を爆破をするような奴を!」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リチャード≫
 来夏さんの絶叫は壁を通してこちらまで聞こえた。
 
「これじゃあ場所を移動した意味がないな」
 
鴉天狗の八咫さんが煙草に火をつけながら呟いた。
無作法かと思ったのかこちらに一本差し出し勧めてくる。
 
「せっかくですけど私も歳でして、体力が落ちるようなものはやらないんですよ。お気持ちだけいただいておきます」
 
八咫さんはゆっくり紫煙を吐き出して自前であろう携帯灰皿に灰を落とした。
 
「そうは見えないが?」
 
「これでもベトナム戦争にも参加しているんですよ。まぁ、非公式の少年兵でしたけど。ちなみに私が最初に人間を殺したのはそのときです」
 
「非常識な話だ」
 
「ベトコンにも少年ゲリラはいっぱいいましたよ。それに発展途上国のスラムに行けばその認識を改まります。食べ物はなくても麻薬があって、教科書はないけど拳銃はある。男はギャングになり、女は売春婦になるしか生きていく手段がない。……結構ざらにありますよ、そんな場所は」
 
「まぁ、大昔の日本でも子供が落ち武者を大人に混じって殺しているのを見たことがある。いつになっても、どこに行っても人間というのは変わらんな」
 
「その割には親人間派の妖怪なんですね」
 
「人間の一部は大嫌いだし、大多数はどうでもいいといえばどうでも良い。でも、それでも期待を込めてしまうような人間にもたくさんあってきた。だからなんだろうな」
 
煙草を一本もみ消して次の煙草に火をつける。
 
「なぁ、さっき来夏さんが言っていたのは本当なのか?」
 
巽さんの疑問に正直に答えた。
 
「本当ですね。来夏さんがいていたこともやりましたし、それ以外にも一般人を巻き込んだ作戦というのはそれこそかなりの数を行っています。……どれもこれも非公式ですけど」
 
辰巳さんが露骨に顔を顰める。
きっと彼は素直にいいヒトなんだろう。
 
「……横島さんが羨ましいです。もっとも、憐憫も感じますけど。きっとあの力を得る過程でいろんなものを失って、守りきれなかったんでしょうね」
 
それは確信。
何故なら横島さんと私は……。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪松五郎≫
 第二次世界大戦。
関東大震災。
目下新しい記憶はこの二件にとどめているが、私はこれまで何度も普通の人間が鬼になった姿を見てきた。
身体も、あり方も変わらずただ心だけが鬼になっていく様を。
 
「……いずれにせよ、彼の情報を聞くのが先決だ。その除法如何によって彼の処遇を決めれば良いだろう。恥ずかしながらさっきの彼の気配に私は全く気がつかなかった。大家さんは気がついていたみたいだが……。このまま敵か味方かわからないような状態で放っておくのは彼の能力は危険すぎる。正面きってであれば対処も出来ようが、後方、例えばザンス王家なんかを狙われでもすれば厄介だし、捕らえておくことも難しかろう。恐らくそれをするためにはこちらの戦力を大きく裂かなければならないからな。かといって殺すのもどうかと思うし」
 
「俺も同意見だ。来夏さんには悪いが彼を味方に引き入れて近くで監視を行うほうが幾分マシだと思う。先ほどの言葉が嘘ではないとすれば命の保障さえすれば周囲の被害を最小にとどめるために協力をしてくれるようだからな。彼の最終目的が何なのかわからないのはやや不気味だが」
 
大家さんは消極的なのか積極的なのかはわからないが賛成。
来夏さんは積極的反対。
麻美も消極的な反対だったが。
 
「ん~、私はかまわないと思う」
 
沈黙を守っていた凛は賛成した。
 
「彼からは邪悪さとかそういうのは一切感じられなかった。無論人を殺すことを作業としか考えていなかったからって言う考えも否定できないけど、少なくとも今回に関しては私たちが手綱を取れば信用しても良いんじゃないかな?」
 
流石は聖獣というところか。
 
「私も賛成ですな。あいにく私には人の心や感情を読み取るすべはありませんが、観察眼は職業柄鍛えてあります。上手く言葉に出来ませんが、彼は根本的に悪人ではないと思います。これまでの行為のことは知りませんが」
 
野呂教授(大学の考古学教授)も賛成に回って彼の処遇は味方に引き入れることに決定された。



[541] Re[22]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/04/05 23:27
 ≪横島≫
 「……わかったわ。監視、という意味も込みなら一緒に行動してもいい」
 
来夏さんは不承不承といった感じで頷いた。
 
「……来夏さん。俺にはリチャードを取り巻くものが見える。霊能力を持たない人間でなければ数分で発狂死してしまうのではないかと思うほどの怨霊が彼の周囲に取り巻いているよ。だけど彼の周りには一人一人が恐ろしく強力な守護霊が十数人もつき従い、彼を怨霊から守っている。通常一人につく守護霊は一人だし、悪徳ばかりをつんでは守護霊は弱体化するというのが一般的だ。……よほど強くリチャードを守ろうと守護霊たちが思っていない限りそれはありえない」
 
本当に、彼が俺と同じ思考形態をしていたというのであれば彼には絶対的な価値観があって、それを守るために周囲のあらゆるものを利用しようとしたのだろうと思う。
彼を取り巻く怨霊はそのために巻き込んだ人々の怨念。
彼を守ろうとしている守護霊は多分、彼が守ろうとした人たちなのではなかろうか?
俺は皆を守るための行動をまず考え、それから周囲の被害を考える。
皆を守れることを最優先に考え、周囲の被害を最小限にする。
俺にはそれが出来たが彼には出来なかった。
俺と彼の差なんか力の強弱に過ぎないのではなかろうか。
 
「それから、彼からは眩暈がするほど強力な呪詛の気配がするわ。蠱毒、犬蠱に近いものだと思うけどはっきりとしない。たぶん同類の私も知らない呪詛よ。よく生きているわ、本当に」
 
釈然としていない来夏さんと麻美ちゃんだが、俺たちはもとの部屋に戻った。
 
「やあ、それは助かります。信じてもらえない可能性を考えて42種類ほど対策を考えていたのですけどそれを使わずにすんで」
 
リチャードはお気楽そうにそういってのけたが、とどのつまりはこの計画に彼は非常に綿密な作戦を練っていたということだ。
 
「さて、それじゃあ彼らの計画ですが」
 
リチャードの情報は詳細だった。原理主義者とキルロイたちはすれ違いがあるらしく、精霊奉還の儀式を前後して個別に進攻してくるらしい。
 
「原理主義者に関してはシャルムさんもいますし、横島さんがイロイロ手を打つみたいですから」
 
本当に油断ならないな。
 
リチャードはキルロイたちの進攻ルートや戦力も詳細に調べ上げ、迎撃ポイントも示唆してきた。
 
「進攻ルートは二つ、戦力の多いほうは皆さんに当たってもらおうかと思います」
 
「ちょっと待ってよ。こっちのルートから進攻してくる連中はどうするつもり?」
 
「そっちは私が相手にします。監視役さえいてくれれば後は私が対処しますから」
 
「……霊能力を持たずに妖怪と戦うつもりか?」
 
「元々、あなた方が来てくださらなかった場合、キルロイさんたちの相手は私がやろうと思っていましたのでご心配なく。なに、オカルトアイテムさえあれば何とかなりますよ。それでは失礼」
 
リチャードは連絡方法を教えると堂々とドアから出て行った。
まぁ、彼が捕まるとは思えないが。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リチャード≫
 ザンスに来てから使っているアジトに戻るとパーツを取り出した。
ザンスで手に入るものを分解して、組み立てて、自分が持ち込んだ爆発物と組み合わせる。中に精霊石と護符を混ぜ込んで市販のものより幾分無骨であるが対戦車地雷が完成する。
次いでばらばらに分解して持ってきたKar98kを組み立てると念入りに調整する。
大戦前の古い銃だが、ライフル弾としては最高威力の7.92mm×57弾を使用するために持ち込んだ。
弾薬は7.92mm×57を徹甲弾使用にしたものを用意した。
そこで手を止め、シャワーを浴びることにした。
 
シャワーを浴びながら自分の身体を見る。
無駄な贅肉も、筋肉すらそぎ落とした身体はよく言えばマラソン選手の身体に似ていなくもない。
戦場で生き延びるために持久力と、非力な子供でしかなかった自分が相手を殺すために相手を圧倒するスピードを手に入れるために作り上げたからだ。
思わず苦笑する。
ホラー映画に出てくる魔女の持つ人形のように傷だらけの体。
銃創、刺傷、火傷、もはや消えることもない痣。よくもまぁこれだけついたものだ。
きっと横島さんの身体もこうなのだろう。
もっと酷いかもしれない。
 
横島さんのことを思うと嬉しいやら情けないやら複雑な心境になる。
横島さんと私では同じものを目指していても方法が大きく異なる。
私はキルロイさんたちを呼び寄せ、原理主義者たちの不協和音を大きくした。
横島さんはシャルムさんを呼び出し、ザンス王家の力を増大させた。
前者は戦争を煽り立て、後者は戦争の意味をなくす。
同じものを目指してどうして請うまで結果も経緯も違ってしまうのか。
沈んでいてもしょうがない。
シャワーを終えると服をはおり、アルミニウムの皿の上に腕を置き、手動ポンプ式の献血機を自分の腕に刺し、皿の上に血を抜き取っていく。
必要な分だけ血がたまるとその皿に火薬部分が血にぬれないように7.92mm×57弾を浸す。
 
「キルロイさん。申し訳ありませんけど私のためにあなたたちを潰します」
 
決して良い軍人にはなれそうもない戦争狂。
いずれにしても今のうちに潰しておきます。



[541] Re[23]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/04/27 00:19
 ≪横島≫
 ザンス王国の首都の中心地、当然ここにもホテルのような近代的な宿泊施設はないものの、当然宿泊施設は存在する。その中でも最高ランクに分類されるやどの一室にリチャードはいた。警備も十分施されたその宿は地方の町の市長や、部族長が首都に訪れたときに使われる宿のため、警備も厳重に行われている。特に精霊奉還の儀式が近いため、通常よりも遥かに厳しい警備がなされ、一応国賓扱いの俺も入るために何度か精霊技術を用いた道具にチェックをされた。
 
ドアをノックすると聞きなれぬ声で、入室の許可が下りた。
 
俺が入るとそこには見慣れぬザンス男性が立っている。
どこからどう見てもザンス人だが、彼の周囲を取り巻く存在がそれがリチャードであることを示していた。
 
「よく化けたものだな?」
 
「なに、変装技術も私みたいな存在には必要不可欠な技術でして」
 
照れたように微笑むリチャード。
特に監視のような存在がないところを見るとここの警備員やジャコフたちすら見事に欺いているということか。何か特殊なオカルトアイテムを使っているのか彼を取り巻く怨霊や、守護霊たちも希薄で俺の目でも意識していないと欺かれそうだ。
 
「……冗談かと思っていたが本当だったんだな」
 
部屋のあちこちに、世界中の宗教の宗教的なシンボルが飾られていた。
 
「これだけ揃えばあなたが殺した人々や、かつてのあなたの仲間の冥福を祈るには十分なのかもしれないな。何を信仰していたとしてもたいていの宗教は揃っているから」
 
「……私がそんなに殊勝な人間に見えますか?」
 
そのことにはそれ以上触れない。
 
「変装には自信があったんですが横島さんには通用しなかったようですね。それとも監視でもされていましたか?」
 
彼の影からユリンが飛び出す。
 
「……やはりあなたにはかないそうにない」
 
リチャードは苦笑して見せた。
 
「それで来訪の目的は何ですかね? 本来であれば歓迎したいところですがなにぶん準備がイロイロとありまして」
 
「あなたの本当の目的を聞きたい」
 
しばし見詰め合うと彼はさらに苦笑して見せた。
 
「……いいですよ。横島さんにだけは知ってもらいたいですから」
 
リチャードはゆっくりと自分の目的を語りだした。
                   ・
                   ・
 精霊奉還の儀式が近づき、城内もあわただしくなってきた。
リチャードの情報によればキルロイたちが動くのは三日後。
リチャードの目的を聞いた俺は彼に対して積極的な協力こそしないものの、彼のすることに対してそれを止めるということをやめた。
俺にはその資格はないし、感情的な部分では理解できてしまったからだ。
 
精霊奉還の儀式に先駆けて、国賓が来訪する。
と、言っても鎖国政策をとって来たザンスにとって国賓というのはアメリカ先住民達くらいなもの。
俺たちは例外だ。
ザンス王家の護衛もかねて港に行くと見覚えのある人たちが船から下りてきた。
 
「お久しぶりです、国王陛下」
 
「ニルチッイ殿もお変わりないようで何より」
 
ネイティヴアメリカンたちのまとめ役の一人、ニルチッイさん。エレナさんの姿も見える。
 
ニルチッイさんが俺たちに気がついたようだ。
 
「横島さん、どうしてあなたがここに?」
 
「俺も呼ばれたんですよ」
 
城に戻る間、俺とニルチッイさんをはじめとしたネイティヴアメリカンの皆や、キャラット王女を交え、談笑をしていた。
いつの間にか麻美ちゃんや霧香さんも混じっている。
……流人くんはエレナさんを口説いていたようだ。
 
城に戻った後、事件は起こった。
 
「おぉ、横島卿。ご無事で何より」
 
いや、戦いに行ったわけでもないのにそのセリフはおかしくないか? シャルム。
 
シャルムの姿を見た瞬間、ニルチッイは一瞬驚愕に固まり、シャルムの元で跪き頭をたれた。
 
「お初にお目にかかります。私の名前はニルチッイ」
 
「ニル……チッイ?」
 
突然のことに固まるシャルムだが彼女の名前に反応を示した。
 
「異邦の英雄、シャルムさま。あなたの妻、初代ニルチッイ様より伝言を預かっています。『風のニルチッイは今でもあなたとの約束を守っています』……と」
 
ニルチッイさんとシャルムの話を総合するとこうだ。
カヌーで大西洋を渡ったシャルムはアメリカ大陸に渡った。
漂流中、消耗していたシャルムはネズパース族に拾われ、そこでネズパース族の娘、ニルチッイを妻に娶り生活をしていたが、白人達の侵略は彼らの部族にも及び、シャルムは絶望的な戦いの殿を務めた。
シャルムの活躍とネズパース族の男達の奮戦により女性と子供だけは逃げ延び、アパッチ族に拾われたのだという。
 
そのときの誓いの言葉が
 
『例えどのような形であろうと必ず帰ってくる。だからお前も必ず生きろ』
 
『風のニルチッイはいつまでもあなたの帰りを待っています』
 
ニルチッイの子孫は代々子供にニルチッイの名と、初代の伝言を受け継いできたらしい。
しかし、ニルチッイさんは若い頃、初代ニルチッイと同じような出会いと別れをしたために子供を残すことなく本来であれば今代でその伝言も意味をなくすところだったという。
 
「なかなか女殺しだな、シャルム」
 
「いやいや、横島卿には負けますよ。心見殿の話によると卿の周りにはなんに……」
 
睨んでシャルムを黙らせる。
 
シャルムは意地の悪い笑みを浮かべると堪えた様子もなく、それでもそれ以上言葉をつむぐのをやめた。
 
「でも、私の我侭で初代様の遺志を私の代で失わせてしまうところでした。横島さん。前回のことといい、本当に感謝の言葉もありません」
 
「……いや、そうでもないみたいですよ」
 
俺は海のほうを見る。
皆もつられてそちらを見上げた。
俺の視線の先には雷光が、いや、一羽の鳥が本物の雷光と見まごうばかりの速度で飛来してくる。
サンダーバードだ。
手に双文珠を生成すると【人/化】と込めた。
予想通り、サンダーバードはシャルムに真っ直ぐ突っ込んでいく。
人前で文珠を使うことは避けていたが今回は……情にほだされたか。
文珠をサンダーバードに解放するとネイティヴアメリカンの民族衣装を身に纏った少女がそのままの勢いでシャルムに抱きついた。
それをたたらを踏みつつも受け止めるシャルム。
 
「シャルム様。お帰りをお待ちしていました。……ずっと、ずっと」
 
泣きじゃくる少女を黙って抱きしめるシャルム。
それ以上は無粋かと視線をはずした。
祖霊となっても待ち続けるか……。
文珠では制限時間があるし……何とかしてあげたいものだな。
ずっと昔の仲間を思い出す。
今の仲間も勿論大切だけど彼らとは同一人物だけど別人だ。
最近殺伐としていたせいか、妙に感傷的になり涙を流してしまった。



[541] Re[24]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/04/27 00:20
 ≪リチャード≫
 遠くからでもわかる戦車のキャタピラが軋む音。
未だ香らぬ硝煙の匂いや、血の匂いがたちこめる時、ここは懐かしき我が故郷(戦場)に変わるだろうか。
咽返るような緑の香りがしない代わりに、砂塵の匂い。
息をするにも苦労するような湿度がない代わりに、守る木陰もなく太陽光が容赦なくその猛威を振るう。
同じなのはただ暑いということ。
それでも麗しき我が故郷(戦場)には違いない。 
もっとも、この故郷は偽者ですけれども。
 
「妖怪戦車の数が三体、確かに向こうより数は少ないけどこちらも戦力は少ないわ。本当にどうにかなるの?」
 
こちら側に来たのは見張り役の来夏さんと霧香さん。戦力としては来夏さんも含めて後は野呂さんか。
対してあちら側は単体でも強力な妖怪戦車に、恐らくその中に乗っているであろう傭兵妖怪たち。
だけど。
 
「マァ妖怪戦車は強力ではありますよ。でも彼らは妖怪と化したことで戦車としての弱点と共に生物としての弱点も手に入れてしまった。それに迎撃ポイントも悪くないし、武器もある。情報もある。何より、ただの戦争狂(フリーク)が元とはいえ職業軍人(プロフェッショナル)に適うわけないでしょう?」
 
「相手は妖怪なのよ?」
 
「武器を持たぬ人が鮫やライオンに勝てると思いますか?」
 
私の突然の質問に女性陣二人は答えられなかった。
 
「鮫なら陸上で、獅子なら水中で戦えば自滅を待つだけで勝てるやも知れませんね。ハイ」
 
流石は土竜の妖怪。ある意味局地戦のエキスパートか。
 
「そのとおり。確かに人間では水中の鮫や平地の獅子には勝てません。ですけどそれなら鮫を地上に、獅子なら水中に引きずり込めば良い。そしてこの場所は彼らにとって陸上の鮫、水中の獅子と同じような場所。に、なりうる場所でして。それに今は武器も持っています。あなた方が思うほど無謀でもないんですよ」
 
周囲三キロほどには住人はいない。
この場所はかつて町があり、なだらかな石畳の街道がゆったりとしたカーブと上り坂を形作る。
事前に野呂さんに頼んで不自然でない程度に大地を所々盛り上げてもらって通り道を作った。
私たちはそこから1kmほどはなれた小さな丘の上。
だけどこここそが戦車にとっての鬼門。
もっとも、フリーク程度では気がつかないでしょうけど。
                   ・
                   ・
 待つこと1時間と少し。
三体の戦車が街道を走ってくる。
Kar98kを取り出し、構える。
 
「対戦車ライフル。でもそんなものじゃあ妖怪戦車の装甲を貫けないわよ」
 
「別に少しだけ装甲に傷がつけばいいだけですから」
 
戦車が目的のポイントについた瞬間、私のライフルが火を噴いた。
目標は土の通り道に隠された大きな樽。
過たずそれに穴を開けた。
樽は破壊され、中に入っていた液体は土の通り道を通り街道を浸していく。
戦車がその地点に差し掛かったとき、キャタピラは空転を始め、坂道を自重に任せて滑り落ちていった。
そして滑り落ちて街道から外れた先には対戦車地雷が歓迎している。
その隙に弾を込めなおした私は妖怪戦車の薄い上部装甲を狙って特性のライフル弾を撃ち込んだ。
いくら薄いとはいえ戦車の、それも妖怪化してさらに頑強になった装甲を貫くことは出来ない。
だけど傷がついたらそこから毒は回る。
ただの戦車であれば毒など意味はない。
妖怪戦車にも普通の毒は意味を成さないかもしれない。
だけれどもこの毒は呪詛だ。生物であれば恐らく効果はあるだろう。
妖怪戦車は妖怪になったがためにこの弱点を得てしまったというわけだ。
動かなくなった妖怪戦車から出てきた妖怪たちにも弾を打ち込みその場に動くものはいなくなった。
 
「さて、こちらは片がついたようだし横島さんたちの救援に行きましょうか。あまり意味はないと思いますが」
 
「あなた、いったい何をしたの?」
 
あまりに一方的な戦いともいえない行為であったためか、来夏さんが尋ねてきた。
 
「石畳の上に石鹸水を流すとキャタピラは空転して動けなくなるんですよ。妖怪戦車もキャタピラで動いていますからね。滑り落ちた先に対戦車地雷、札や精霊石を仕込んだものを配して足を止め、止めに毒を仕込んだ対戦車ライフルの弾を撃ち込んだわけです。まぁ、毒そのものを流し込んだわけではないですから多分生きているでしょう。もっとも、当分は動けないと思いますけど」
 
「妖怪戦車にも効く毒って」
 
「蠱毒ですよ。人蠱。いえ、兵蠱とでも言いますかね」
 
それだけ言うと私はさっさと動き出した。



[541] Re[25]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/05/11 02:39
 ≪来夏≫
 「前言撤回をしてもよろしいでしょうか? 水中の鮫や平地の獅子を相手にしても圧倒できる人間というのも存在するみたいです」
 
リチャードのそんな言葉も耳に入らない。
そこはもはや戦場ではなかった。
多くの妖怪が倒れ、地に伏していた。
妖怪戦車は横倒しにされ、砲塔がへしゃげていた。
ゼロ戦型の妖怪は翼が折れ、空を飛ぶことが出来ない。
松五郎さんたちも呆然と横島さんのほうを見てる。
恐らく横島さんがこの戦場を収めたのだろう。
 
「……この化け物め!」
 
まだ息があるらしいキルロイがそう横島さんを罵った。
 
「そうだな。……化け物は言葉どおり化けるもの。そして化けたものだ。お前達妖怪はそういう風に生まれてきたのだから化けたものではないが、俺みたいな存在は人間の存在から逸脱してしまい、人間以外のものに化けてしまった存在。そういう意味ではお前達よりも化け物という蔑称はお似合いなのかもしれない。」
 
横島さんが自嘲して見せた。
 
「ねぇ、もうやめなよ」
 
かなたちゃんが不用意にキルロイに近づいた。
キルロイの唇がゆがむ。
 
直後に爆発が起きた。
爆発したのはキルロイ。
かなたちゃんが巻き込まれ……。
地面にどさりと何かが落ちる音。
煙がはれた先にはかなたちゃんと、かなたちゃんを庇って倒れ伏した横島さんの姿があった。
 
私たちが横島さんに駆け寄ろうとするとそれを一括する大声。
 
「触るな!」
 
リチャードだった。
殺気がにじみ出るその声に一瞬であったがそこにいる皆が止まった。
その一瞬の間にリチャードは横島さんのもとに駆け寄ると手元にポーチを取り出した。
中に入っているのはメスや縫合糸、脱脂綿や包帯、いくつかの薬品。
 
「大声を出してすいません。ですが爆発に巻き込まれた人間をむやみに動かすことは危険なんです」
 
「あ、私ヒーリングできるから手伝う」
 
手さばきを見る限り、プロのそれを思わせるリチャードに横島さんのことは任せた。
かなたちゃんは恐怖にカタカタと震え、それを霧香さんが抱きしめて慰める。
 
「……だから自分を大事にしない人は嫌いなのよ。周りがどれだけ心配してもお構いなしに危険なことに飛び込んでいくんだから」
 
私も同じ気持ちだ。
数日間しか一緒にいなかったが彼の存在感は数年を思わせる密度で私たちの中に入り込んできた。
仲間意識もある。
彼は人間だけど。
 
視線を彼のほうに向ける。
鬼気すら感じる真剣な視線でリチャードが診察をしている。
あれほど嫌悪感を抱いていた相手なのに、今リチャードにその気持ちを抱けないでいる。
誰かを救おうと真剣な人間を、仲間を救おうと真剣な人間を嫌悪できないでいる。
 
「診察終了しました。……信じられないことに気を失っているだけです」
 
リチャードの言葉に霧香さんの手の中にいるかなたちゃんがへなへなと座り込んだ。
 
「さてと、キルロイさん。いきてますね?」
 
言葉は疑問形だが実質断定してキルロイの元に歩み寄る。
 
「貴様が……裏切っていたのか」
 
「もとより、あなたの仲間になった覚えはありませんよ。……さて、申し訳ありませんがあなたを生かしておくと危険そうなのでここで死んでもらいます」
 
リチャードは自分の手首を持っていたメスで切った。
途端にあふれる鮮血。
 
「戦場という密閉空間で、敵も味方もなく毒ガスにさいなまれ、殺し合い、ただ一人生き残った私は形式的に蠱毒の蠱たちと同じ境遇に陥ったため、私に流れる血は呪を帯びました。一般的に動物のほうが恨みが強いといわれますが人間以上に怨嗟を残す生物はいないでしょう? 戦場で裏切られ、死んでしまった兵士たちの恨みのこもった血、これもあなたの好きな戦争の生み出した結果です。……地獄で会いましょう、キルロイさん」

手首から流れ落ちる血がキルロイに降りかかる。
キルロイの負った傷口から進入したのであろうそれは確実にキルロイの生命を奪っていき、殺した。
手首を紐で縛って止血をするとリチャードは困ったような微笑を見せた。
 
「他の方々は血に浸した弾丸を撃ち込んだだけですから死んではいないと思いますよ」
 
なんともいえない空気が漂う。
そんな空気をぶち壊したのは横島さんだった。
 
「あ~、死ぬかと思った」
 
何事もなかったかのように横島さんはむっくりと起き上がった。



[541] Re[26]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/05/11 02:40
 ≪霧香≫
 「これより、」精霊奉還の儀を始める」
 
ザンス国王の厳かな宣言と共に儀式は始まった。
しかし私の心はここにあらず昨日の横島さんのセリフがよぎる。
                   ・
                   ・
 「あ~、死ぬかと思った」
 
横島さんは何事もなかったかのようにむっくりと起き上がると、やっぱり何事もなかったかのようにあっさり立ち上がり身体についた埃や煤を叩き落とした。
 
皆が駆け寄り口々に叱責する。
それは無茶をする横島さんにこれ以上無茶をしないで欲しいという思い。
心配をかけないで欲しいという願い。
そしてかなたちゃんを助けてくれたことに対する感謝の気持ちのこもった言葉だったが横島さんはのうのうと言ってのけた。
 
「俺は死なないよ」
 
と。
 
激怒する皆。
 
「ふざけないで! あなたはどんなに強くたって人間なのよ。私たちなんかと比べたらすぐに死んじゃう人間なの!」
 
私自身彼の言葉に怒りを覚えたのだろう。
人間を馬鹿にするつもりはないがそんなことばが口から零れた。
 
「……昔ね、俺に命をくれた女(ヒト)がいたんだ」
 
横島さんは訥々とそんなことを語りだした。
 
「そのヒトは死に掛けていた俺に自分の命を明け渡すことで俺の命をつなぎとめてくれた。その代わりに死んじゃったけどね。……とても、悲しかった。助けてくれたことには勿論感謝している。でも、やっぱり悲しかった。俺はそのヒトを助けることが出来なかった。それどころかそのヒトを見捨ててしまった。……だから俺は死なない。誰かを庇って死んだりはしない。俺を大切に思ってくれる人たちが俺のことを忘れない限り。……それにかなたちゃんは優しいから、俺が死んだくらいでも悲しむだろう?」
 
横島さんはそう微笑んだ。
                   ・
                   ・
 はっきり言って戯言だ。
死なないといって本当に死なない人間なんていない。
だけど納得させられてしまった。
彼の瞳には問答無用の説得力があったから。
 
式が佳境に入ったとき、異変が起きた。
突如王宮の野外式場に巨大な火柱がおきたから。
それとほぼ同時に水柱、土の柱、竜巻が式場を取り囲むようにおきた。
突然の異変に動揺する出席者。動揺しながらもSPたちは精霊獣石を構える。
動揺していないのは私の隣にいる横島さんと式神ケント紙に横島さんが何か細工をして本物そっくりに変化させた仲間たち。
あの火柱、水柱、土の柱、竜巻はそれぞれ来夏ちゃん、流人君、野呂さん、琢磨君が作り出したものだから。
 
「慌てるな! 精霊王御降臨の予兆だ」
 
肩にサンダーバードを乗せたシャルムさんが素面で大嘘をついた。
もっとも、本物の精霊王にあった者の言葉なので疑う余地は(真実を知らないものには)ない。
 
空にまばゆい光が(リチャードの用意した閃光弾)発したかと思うとそこには立派な四足獣に乗った光り輝く男性が従者を従えてそこにあった。
四足獣は凛ちゃんの本来の姿、聖獣麒麟。光り輝く男性とその従者は松五郎さんとかなたちゃんが変化した姿だった。
 
シャルムさんが跪き、他のものがそれに倣った。
 
「精霊王、此度の御降臨はいかなる由ありてのものでしょうか?」
 
「シャルムか。主が再び現世に戻ったと聞いたのでな」
 
「そうでございましたか。……精霊王、私はこの折に御身に尋ねたいことがあります」
 
「申せ」
 
「かつて私は御身の協力を得る代わりに、精霊を奉じ、土を、風を、火を、水を汚さぬ誓いを立てました。なれど時は移ろい、人も移ろい今の世にそれを守り続けることが本当に正しいことなのかどうか」
 
「シャルムよ、主は誤解をしている。我は精霊を奉じ、自然のままに生きよと申したのだ。人が文明を手にし、他国と関わり合うことが自然であるのならどうしてそれを禁じられようか? 主ら人間もまた自然の一部なのだからな。大地の精霊が許す限りは大地を汚すことを許そう。風の精霊が許す限りは空を汚すことを許そう。火の精霊が許す限りは火を利用することを許そう。水の精霊が許す限りは水を汚すことを許そう。もし、その限度を超えて土を、風を、火を、水を汚すことがあればその罰も受けようが全てを否定することもない。ザンスが精霊を奉じ、その加護を求める限り我は主との約定を守りザンスとザンス王家を守護せしことを誓う。人の子らよ、あるがままに生きよ。精霊の許す限りにおいてな」
 
火が天に昇り、水もそれに倣った。土と風が空を覆い、それがはれたときには精霊王とその従者は忽然と姿を消した。
 
その後は大変だった。
精霊奉還の儀式に精霊王(偽)が現れたのだからしょうがない。
ちなみに、精霊王が語った内容は横島さんが実際に精霊王にあって内容を確認したことなので精霊たちの怒りをかう心配もない。
 
「さてと、これで連中の正義は完全に絶たれた。何しろ精霊王直々に許されたんだから」
 
そう言った横島さんの顔は悪戯が成功した子供のそれだった。



[541] Re[27]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/05/15 22:39
 ≪横島≫
 この部屋には死があふれている。
獣の牙で殺されたもの、全身の骨を砕かれ殺されたもの、剣に貫かれたもの、炎で焼かれたもの。
その中でただ一人生きているものがいる。
死者達が横たわる中で自然体で立つ男。
細身の身体を真白いスーツを着て立つ白人男性。
リチャード=ロウだった。
 
「やぁ、遅かったですね。もう全部終わったあとですよ」
 
にっこりと微笑む表情に邪気はない。
 
「あなたが、これをやったの?」
 
「そうともいえますね。題して『英雄達の挽歌』それとも『正義失墜』……いやいや、センスがありませんね(殺戮の)芸術家失格かな?」
 
険悪になりそうな空気を俺が来夏さんの肩を掴むことで止めた。
 
「わざわざ偽悪的になることもなかろう?」
 
「やだなぁ、横島さん。私がこれまでしてきたことを考えたら……私以上の極悪人はそうはいませんよ」
 
「今お前の目の前にひとりいるよ。……お前は何もしなかった。だからこうなった。違うか?」
 
「ん~。ですが私がキルロイさんたちを招かねばこの結果は起こらなかったわけで、だとすればこの結果は私が起こしたものといっても過言じゃないんじゃないでしょうか?」
 
「それじゃあ聞くぞ。どうしてこうなった?」
 
「火種の周りに可燃物をばら撒いて、新鮮な空気を送ったら後は全て燃やし尽くすまで炎が燃える。……元々、火種はあったんですよ。ですけど彼らは無駄に結束が固かったせいでその火は燻るばかりで引火を起こすことはなかった。例え周囲に油をまこうが火薬をおこうが爆弾を落とそうがね。だから私は彼らの中にキルロイさんという異物を紛れ込ませた。異物が交じり合えばおのずと結束はもろくなる。そこに風が吹いた。古の英雄、シャルムの登場は脆くなった結束の隙間をさらにこじ開け解きほぐしました。そして紛れ込んだ異物、キルロイさんが消滅したところですぐに結束が戻ることはない。それどころか一度広がった疑心暗鬼という隙間は火種をどんどん大きくしていって、とどめに精霊王によって王家が許されたという爆弾は彼らの行動理念を根底から覆した。爆弾は火種に引火し、油やらガソリンを巻き込んで自分達を跡形もなく燃やし尽くすまでその火が消えることはなかった。もし、私が風通しをよくしなければ爆弾が落とされてももしかしたら引火しなかったかも知れない。けど自滅するしかないところまでお膳立てが整えたから何もせず精霊獣石で互いに殺しあう、自滅する様をただ見ていただけです」
 
「お前の目的は果たされたわけだ」
 
「ええ。感謝しています。横島さんが来てくれなかったらザンスという国に飛び火するほど大きな火事を起こさなければいけませんでしたから。……私はザンス王家を肯定的に持ち上げることではなく、彼らを否定的に引き摺り下ろすことで彼らから義を奪うつもりでしたから」
 
リチャードはそれ以上何も言わずこの場所から歩み去っていった。
ただ間違いなく言えることは、ザンスから原理主義テロリストは自滅という形で根絶された。
この先よほどのことがない限り、ザンスに原理主義テロリストが生まれることはないだろう。
義を奪われた挙句、こんな惨めな最後を迎えたのだから。
                   ・
                   ・
 あれから三日、俺たちは再び船上の人となる。
ザンスという国は混乱していたが、内患が解消された今はゆっくりと健常な国へと発展していくことになるだろう。そうなって欲しい。
キャラット王女や国王からは公式、非公式にザンスに残って欲しいという要請があったがそれを丁重にお断りしてシャルムだけをザンスに残すと俺は親善大使という肩書きだけを貰ってザンスを後にした。
リチャードはあれ以来、姿を現さない。
                   ・
                   ・
 「……いいですよ。横島さんにだけは知ってもらいたいですから」
 
リチャードは訥々と語りだした。
 
「私は傭兵部隊の隊長に戦場で拾われました。何の力も持たない私をベトナム戦争のひどい戦場の中で守りながら戦うのは無謀なことだったでしょうがそれでも足手まといの私を守ってくれた。私にとっては彼らは大切な家族でした。……彼らの足手まといにならないよう、手助けが出来るように貪欲に戦争技術を学んでいくうちにベトナム戦争は終結。その頃には半人前ながら私は傭兵になっていました。……戦場を渡り歩くうちに家族の数は減っていく。だから私は何でもしました。少しでも家族の生存確率が上がるなら民間人だろうが敵兵だろうが容赦なく殺してね。……でも、所詮は子供の浅知恵でしたね。そうすることで敵を作っていたことに私は気がつかなかった。敵からはもとより味方からも恐れられて、最終的には味方に裏切られ部隊は全滅。マスタードガスに追われ、敵兵に追われ、対ガス装備をつけた味方にも追われ、生き延びたのは私だけでした。結局、私の行動が家族を全滅させてしまったんです。私も完全に無事だったわけではありませんが」
 
リチャードは服を少しまくって見せるとそこには無残な火傷の跡がある。
おそらく、マスタードガスが衣服にでも付着したからなのだろう。
 
「……復讐か?」
 
「10年位かかりましたねえ。全員を惨殺するのには。……軽蔑しますか?」
 
「いや……。きっと俺も同じことをする」
 
いや、俺は同じことをしたんだ。
 
「まぁ、その間に裏の世界でもかなり有名になってしまいましてね。軍人時代に作ってしまった敵と、復讐に駆り立てられて裏の世界を這いずり回っている間に作ってしまった敵、『血雨のリチャード』の名前を狙う阿呆どもとか。ま、ともかく敵が多いんですよ、私って」
 
リチャードは困ったものですといって肩をすくめて見せた。
 
「話は少し変わりますが、私にも友人はいるんですよ。復讐を終えて抜け殻になった私にまた生きる力を与えてくれた友人が。そのうち二人は正面から戦えば私と同レベルですがそれ以外は素人に怪我はえた程度。残りは戦闘能力皆無のお嬢さんたちでして。私を殺すために私の友人を狙う連中がいるんですよ」
 
リチャードは笑顔を絶やさない。それでも冷たい炎とでも形容するようなくらい感情は伝わってくるが。
 
「私は万能じゃありません。どんなに走っても100m走るのに10秒はかかってしまいます。どんなに手を伸ばしても1m先のものに手を触れるのが限度。たとえこの身を盾にしても人一人庇えるかどうか。……だから私は恐怖を用いて彼らを守ります。私と彼らに手を出した人間を完膚なきまでに破滅させて、誰も手を出す気が起きなくなるくらいに」
 
「今回もそれが原因か?」
 
「日本に続いてザンス国王がアメリカに外交に訪れたときに原理主義者達によるテロがおきました。誰にとっても不幸だったのは私の友人がそれに巻き込まれたことです」
 
なんてわがままで傲慢な理由なんだろう。
……だからリチャードと俺は似ているんだ。
 
「私は、自分より強い人が好きなんですよ。私の友人も皆私より強い人ばかりです。心が。でも、殺しあって絶対に勝てないと思った人はあなたが初めてですよ、横島さん」
 
リチャードは笑顔が表情のベース……と、言うよりそれ以外の表情は見せたことがない。
だけどそのときの微笑みは、本心からの微笑みに見えた。
                   ・
                   ・
 「あれ、お兄さん何こんなところでたそがれちゃってんの?」
 
空港で何の気なしにリチャードとの会話を回想していたら見知らぬ女性の声がした。
そちらを振り向くと典型的な欧米人種の女性が立っていた。
 
「そんなくらい顔は似合わないぞ♪ ほら、スマイルスマイル」
 
「……おまえ、リチャードか?」
 
「イヤ~ン。ジェーン=ドゥよ。ジェーンって呼んで♪」
 
「被告人の次は(ジェーン・ドゥ=)身元不明の女性死体か。というか何しに来た?」
 
「やぁねぇ。お世話になったからお見送りに来たに決まってるじゃない♪」
 
松五郎さんたちはあまりのことに呆然としている。
いや、俺も守護霊がいなければ見分けがつかないんじゃないか? と、いうくらい見事な女性っぷりだ。
 
「今回はみんなのお陰で助かっちゃった♪ ありがとね」
 
周りが呆然としている間にジェーンは言いたいことだけ言って人ごみに紛れていった。別れ際に俺にだけ耳打ちをして。
 
「もしよければ、次に会うことがあれば私のことはヨハンと呼んでください。ヨハン=ケレブロス。私の友人は私のことをそう呼びますから」
 
血雨のリチャードじゃなく、銀の雨のヨハンか。あいつ、偽名をつける才能ないんじゃないか?
 
ふと見ると、かなたちゃんが頭を抱えている。
 
「どうしたの、かなたちゃん」
 
「大家さん。ちょっとほっといて。いま、女としてのプライドとか化け狸としてのプライドとかに折り合いつけてるところだから」
 
まぁ、容姿でいけば絶世の美女に化けてたからなぁ。
 
程なくして、折り合いをつけたらしいかなたちゃんは一言だけ洩らした。
 
「人間って、狸以上に化けるひともいるんだね」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ヨハン≫
 私の友人が入院している病院に足を運ぶ。
 
「お加減はいかがですか?」
 
「あ、先生。もう戻ってこれたんですか?」
 
「はい。すみませんでしたね。あなたたちが大変だったというのに急な派遣依頼が来てしまいまして」
 
彼女達は私の正体を知らない。
私の表向きの職業、医者であると言うことを信じて疑っていない。
 
「主治医の先生に退院後のケアについて相談してきますからゆっくり養生なさってくださいね」
 
彼女達の治療後の経過を見て安心する。
これなら遠くないうちに退院できるだろう。
 
病室を後にした私を私の正体を知る友人。
彼女達の恋人である男性二人が追ってきた。
 
「大丈夫だったか?」
 
「えぇ、予定通り全滅させてきました」
 
「すまない。お前にばかり手を汚させて」
 
私はニコリと微笑む。
 
「駄目ですよ。あなたたちの手はあんなにきれいなお嬢さんを抱くためにあるんですから血で汚したりしたら。私の血まみれの手はそのためにあるのだから」
 
私は幸せです。
だって友人がいるのですから。
そうは思いませんか? 横島さん。



[541] Re[28]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/05/15 22:32
 ≪リリシア≫
 繁華街を深夜と呼べる時間に歩くのは久しぶりだ。
お店の女の子達との忘年会のため本日はお休み。女の子達とお酒を飲んでほろ酔い気分のとき、あいつを見つけた。
 
「横島、どうしたのこんなところで」
 
「あれ~、リリシアやんか」
 
関西弁? それにものすごく酒臭い。
珍しい。泥酔してるんだ。
 
足元のおぼつかない横島をタクシーに乗せると横島の家ではなく自分の部屋に連れ込んだ。
 
「まったく、どうしたのよそんなになるまで呑んで」
 
「えぇやんか。二十歳過ぎたら少年漫画の主人公やってお酒がのめるんやど」
 
横島の酔いが抜けないのでしばらくは取り留めのないことを話していた。
 
「だいたいねぇ、あれだけ周りに美女を侍らしといて誰にも手をつけてないなんて健康な成人男性にあるまじき行為よ。犯罪よ」
 
「あのなぁ」
 
「年上、年下、幼馴染、巨乳、美乳、貧乳、ロリ、未亡人、ワイルド、清純、ツンデレ、鬼娘、猫耳、器物娘、悪魔っ子、魔女っ子、血のつながらない妹、子供のときから育て上げた美少女、アンドロイド、男の夢が集約されているじゃない」
 
「えらい狭い範囲の男の夢やなぁ。否定はせんけど」
 
「……まさか、眼鏡娘じゃないと萌えないとか?」
 
「ちゃうわ!」
 
「……まさか、そんな、男の本懐、ハーレムを実現させるためにまだまだ美少女を集める気? だめよ。いくらあなたでも今いるメンバーだけでも枯れ果てちゃうというのに……恐ろしい子」
 
私が両頬に手を当ててイヤイヤしてみせると横島は脱力した。
 
だんだんと酔いがさめてきたのか横島が標準語に戻っていったのを確認して本題に戻った。
 
「それで、どうして泥酔してたの」
 
「ん~、気持ちのリセットというか……ザンスで俺そっくりな奴がいたんだ。容姿じゃなくて思考ルーチンって言うか」
 
「へ~、あなたのほかにも自虐、自嘲、自己嫌悪の三拍子揃った人間っていたんだ」
 
私の言葉に肩を落とす横島。
 
「リリシア、俺の過去についてどこまで知ってる?」
 

 
世間話でもするような調子の問いだが私はどきりとした。
 
「もしかしてバレバレ?」
 
「あの一件以来、意識的にか無意識にかはわからないけど時々俺からジルを庇うようなしぐさ見せてたからなぁ。リリシアは最高位の夢魔だし。……大丈夫だったか?」
 
何で覗き見した相手の心配してるのよこの馬鹿は。
 
「視覚だけつなげただけだから大丈夫よ」
 
「そうか……思考ルーチンが似ているというのは自分の親しい誰かのためなら自分の知らない人間を見殺しに出来るってとこだよ。確実に被害が出るとわかっててもルシオラたちが生まれてくるのを待ってるんだから。わかるだろう? 平安時代に行ったときにうまく立ち回ればアシュタロスの反乱を未然に防げたということは?」
 
横島は自嘲の笑みを浮かべた。
 
「そのかわり、あなたは自分の手の届く範囲、いいえ、無理してでも、手の届かないような場所にいる人さえ守ろうとしているんでしょう?」
 
「どうかな? 確かにこれまでは余裕があったから出来る限りのことはしたと思う。けど、余裕がなくなれば多分俺はあいつと同じことをする」
 
「……で、あなたはどうする気なの?」
 
「どうも。いまさらやめるわけにもいかないし。元々さ、この世界に来たのだってもう一度皆に会いたかっただけで他の連中なんてどうでもいいんだ。そうじゃなきゃ、ラグナロクの引き金になんかならなかったって言うの……なんか急に眠くなった。わるい、このまま寝させ……」
 
横島はそのまま眠りへとおちていった。
 
手にしたグラスの中のグレープフルーツジュースを一口飲む。
 
「心にもないこと言っちゃって。本当にどうでもいいと思ってるんならあんな必死になって全部を守ろうとなんかしないって言うのよ。神・魔の最高指導者だって全知全能じゃあないこの世界でいったい何様のつもりよ」
 
毛布を上にかけてそれから頬に軽くキスをする。
横島の夢に干渉するために。
ま、今日くらいは悪夢にさいなまれず安眠しなさい。
……て、いうかこんな美人の部屋で二人っきりなのに何にもしないで寝る? ふつー。
しかも淫魔の部屋で熟睡しちゃって。
あんたに会ってから淫魔としてのプライドズタズタだわ。
そんなことを考えているのに口元は自然に微笑んでいた。
 
「とはいえ、いくらなんでも陰気が濃すぎるか。あの娘に相談してみようかな」
 
翌朝、次の日曜日にあって欲しい人がいると告げると横島は詳細も聞かずに承諾した。



[541] Re[29]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/05/25 05:22
 ≪五月≫
 それを見たのは偶然だった。
明け方、リリシアの部屋から出て来る横島の姿。
それが何を意味することかは俺でもわかる。
気がついたら俺は身を隠していた。
鼓動が激しくなる。
 
別に何がどうおかしいというわけではない。
横島とて男だし、リリシアは俺から見ても女としての魅力にあふれている。
容姿だけじゃない。性格もややもすると悪戯好きな部分が眼に入るがそれとて彼女の魅力のひとつであろうし、包容力もある。数年前に他のサキュバスやリリムと一緒に魔界で花嫁修業というものをしたらしく家事炊事、育児もこなせるらしい。
魔界で花嫁修業、それも淫魔の花嫁修業と聞いて、当初は激しくめまいを覚えたものだがその技能が彼女の女性としての魅力をより完成された形で築き上げたのは間違いない。
俺の感覚では、だが。
それに引き換え俺はどうだ。
容姿は……一応いいほうに分類されるらしい。
ヒトであった頃からそう言われていたが戦の鬼になってからはそうしたものに意味を見出せなかったし、敵対するものからは鬼と呼ばれ続けていたから正直わからん。
性格はお世辞にもいいほうではないだろう。
戦うことにしか興味を見出せないものがいいはずはない。
いや、デジャヴーランドは別だ。
奴らが作る完璧な夢とやらは鬼の俺にも夢を見せてくれるらしい。
一応戦場食は作れるがそれ以外の家事などやったことすらないが正直俺に出来るとは思えない。
なるほど、俺は女の形をした鬼なのだ。
父が死んだとき願ったとおりの存在に過ぎない。
すなわち、父を殺した敵を屠るためだけの存在。
私は鬼だが元が人間であるがゆえに鬼族とは違う。
人から生まれる鬼とは『心を一つに染めてしまった者』
比喩表現に~の鬼という言葉があるがつまるところはそういうものだ。
安達が原の鬼婆は『忠義の鬼』。
彼女は娘を食らったから鬼になったのではなく、忠節を誓う姫のために見ず知らずの娘を殺すことを厭わなかった瞬間から鬼婆だったのだ。
道成寺の清姫は『悋気の鬼』。
安珍の裏切りに憤り、蛇身と化した清は鬼の姿になったから鬼なのではなく、安珍を自分だけのものにしようと考えた瞬間から女の鬼になった。
土蜘蛛は『復讐の鬼』
朝廷に虐げられて追い落とされた先住民が朝廷に対する怒りに身を焦がし蜘蛛へと化生した姿。
いや、朝廷に対する怒りが鬼へと変じさせる例は土蜘蛛や俺の他にも戸隠の紅葉、飛騨の両面宿儺、大江山の酒呑童子や茨木童子をはじめ多くの鬼が生まれている。
女の悋気が生み出した鬼なら御息所(ミヤスドコロ)や磐之媛命(イワテ)、般若。
だが、今の俺は違う。
心を一つに染め切れていない。
それもあいつに出会ってからだ。
横島忠夫。
最初あったときには力も振るえぬ臆病者かと思ったが、その実、振るうべきときのみにその力を振るうことが出来る、そして最後まで力を振るわずにいられる真の強者だった。
そしてその強さに慢心することなく今でも更なる高みを目指している。
会った当初、横島との組み手は横島が一本取る間に10本は取れた。
だが、今ではおおよそ五分。近いうちに俺が負け越すであろう。
そう、横島忠夫。
あいつが俺の心に入り込んでからは戦しか知らないはずの俺の心は他のものに塗り替えられていった。
そう、満たされたのだ。
幾たび戦場を駆け抜けようと、充足感を感じようと、決して満たされたことのない俺が。
ただ何もない日々の生活で満たされた。
横島の一挙手一投足が俺の心を満たしていった。
だが、今はひどく空虚だ。
俺の心に穴が開いたような。
クソッ。これではまるで女の鬼じゃないか。
イヤダ! 俺は女の鬼にはなりたくない。
女の鬼になってしまえば横島の役に立てない。
戦の鬼でなければ横島の隣で拳を振るえない。
それどころか横島を巻き込んで清姫のように……。
どうすればいい?
穴の開いた俺の心の中に侵食していく悋気をどうすればいい?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リリシア≫
 「それで、私のところに来たというわけ? 当事者の私のところに」
 
「……そうだ。俺は戦の鬼で、生前は坂東武者の中で暮らしていたから正直今の俺の状態がわからない。ただ、俺の知り合いの中で一番『女』なのはお前だから」
 
あぁ、なんて彼女はきれいなんだろう。
 
「俺はどうすればいい?」
 
この子は戦うことしか知らなかった。
ゆえにほかの事に関してはひどく純粋で無垢なのだ。
日常について語る子供のように好奇心に満ちた瞳、横島について語るときの上気した、恥ずかしそうな顔、そして自分の中に生まれた嫉妬に、まるで闇を恐れる子供のような不安な顔。
あぁ、なんて純粋な存在なのだろう。
だから……。
 
『壊してしまいたい』
『純粋で穢れないものを踏みにじりたい』
『何もかも、滅ぼしてしまいたい』
 
私の魔族の本能がそう命じる。
 
「五月ちゃん。私の話を聞いて」
 
ごめんね、横島。
そして私は長い長い物語を語りだした。
【荒神】横島忠夫の物語を。
                   ・
                   ・
 「……それがあいつの秘密」
 
「そうよ。最後まで何一つ救いのない物語。竜神王やオーディンが介入しなければもう少し救いがあったかもね。中途半端な救いはかえって残酷ですもの。あのまま壊れてしまえばきっとそれ以上苦しまずにすんだのに」
 
そうなれば横島が世界を滅ぼして終わり。
壊れてしまえば傷つかなかったのに、壊れきれぬまま傷だけを増やしていって、そしてまたここに帰ってきた。
 
五月は涙で腫らした瞳を隠すこともない。
この子はもうきっと戦の鬼なんかじゃない。
女で戦の鬼なんだ。
と、いうよりこの子の話って初恋に思い悩む少女そのままじゃない。
 
「私も反則で知ったようなものだし、他の皆には内緒にしといてあげて。それとあの日は何にもなかったわ。こんないい女の前で寝てただけ。……きっと、あいつは誰も愛せないんじゃないかな。全部が終わるまでは。二度も最愛の人を殺してるんですものね。だからあいつをモノにするのはアシュタロスの馬鹿の一件が終わるまでお預けよ。そのときはライバルだからね」
 
私は五月の頭を抱きしめる。
 
「あなたは間違っちゃいない。それでいいのよ。戦の鬼なのも、女の子なのも、全部あなたなんだから。あなたが横島のことを大切にしている限りあなたは横島の味方よ」
 
数分間、そのままにしていたがゆっくりと五月が顔を上げる。
 
「……リリシア、礼を言う。だけど俺は戦の鬼だ。この戦も負けるつもりはない」
 
「上等♪ 男相手の戦で淫魔が遅れをとるわけには行かないわね」
 
魔族の本能、少し黙ってなさい!
この子達はそんな下らぬ本能ごときが汚していいほど安くはないの。
だって、私は全ての淫魔とヒトから生まれた存在の【姉】なんだから。
もっとも、かわいい妹相手でも譲れないものはあるけどね。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪五月≫
 横島の過去を聞いてひどく納得がいった。
なるほど、ならばあの力と、その力を振るわぬ姿勢に納得できる。
そして、ほんの少しだけ優越感を感じた。
俺は、横島の思いをわずかなりとはいえ共感できる。
横島のあり方は【鬼】だ。
何もかもを奪われ、心をひとつに染たるモノ。
復讐という悪意だけを糧に、這いずり回った愚か者。
ことのスケールは違えど俺と同じなのだ。
勿論俺と横島は違う。
横島は鬼と化しても守ることを捨てなかった。
そして横島は変わった。変わらなかった。
己が鬼、そして神であることを知りながら人として生きている。
鬼も変われる。
変わっても戦える。
その事実だけが嬉しかった。
俺は横島のそばで拳を振るう。
悲しみを、悲しみだけで終わらせないよう足掻くあの男のために拳を振るえる。
悲しみを一部とはいえ共感できる。
横島の、役に立てる。
 
そう思った瞬間私の身体は走り出す。
ぐずぐずしている暇はない。
あの男は高みに行く。
なら、俺もその高みに追いつかなければ行かないから。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リリシア≫
 「ほんと、恋する乙女全開の表情しちゃって、かわいいわ」
 
手元には神楽の本がある。
演目は滝夜叉姫。
五月の物語。
勿論、後世に作り替えられた話なのだろうからそっくりそのままというわけでもないだろう。
けれど。
 
「横島の過去に押しつぶされず似た様な経験をしたあなたは横島にとって貴重な存在よ。ホント羨ましいというか」
 
まぁ、ライバルは強大であればあるほど奪いがいがあるってモノよね♪



[541] Re[30]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/06/11 03:22
 ≪横島≫
 「妖精、ですか?」
 
「はい。かつてはヨーロッパには多くいたようですが、キリスト教の普及以来どんどん数が減り、さらに産業革命で開発が加速してからは、絶滅したと考えられていました」
 
リリシアじゃないけどそう簡単に絶滅するタイプじゃないよなぁ、彼女達は。
どちらかというと人間達と戦ってまで人間界に留まる意味がなかったから妖精界に引っ込んだだけであって。
いや、マブが本気で人間界に敵対しなくて良かったと思うべきか。
 
「ところが……妖精はまだ生き残っていたのです」
 
いや、なんと言うかもったいぶっておっしゃってるけど一緒に酒飲んだ仲だしなぁ。
 
写真が提示されるがそこにはいつぞやの鈴女がふてくされて止り木に止まっていた。
前のときは美神さんへの求愛に失敗して結局環境省のこの人と協議の結果環境省に引き渡したんだっけ。
なんか三人で裏取引めいたことしてたけど。
 
「どこをどう旅してきたのか、日本国内で発見されたのです! あるいは世界で最後の貴重な一匹かもしれません。我々環境庁ではただちにこれを保護したのですが……」
 
「噛み付かれて、ひっかかれて逃げられたわけね」
 
「はい」
 
いや、令子ちゃん、そのくらいにしといてあげなよ。泣いてるし。
 
「しかし、妖精はもともと自然界の気が集まって生まれたものといいます。ゲージなどで保護した場合、すぐに弱って死んでしまう恐れがありますが」
 
「それはそうなのですが……あのようせいには重大な問題があって、すぐ放すわけにもいかないんです!」
 
「と、いいますと?」
 
「彼女は繁殖相手、とどのつまりは男を見つけるために」
 
「そ……それはまた……メルヘンとはほど遠い理由ね……」
 
「種の保存の法則だっけ? 仕方ないんじゃない? でも、否定はしないワケ」
 
「まぁ、それで妖怪の保護に実績のある横島さんの事務所に依頼に来たというわけです」
 
「そういう依頼でしたら確かに承りました。ただ、日本とヨーロッパではあまりにも生態系が違う。私の保有している山に保護するというのもひとつの解決策ではありますが、私としてはある程度の常識を教えた後ヨーロッパに帰すのが彼女にとってもベターだと判断しますが」
 
「その辺の判断は一任します」
 
もしかして責任転嫁のために押し付けられたか?
まぁ、俺としてはそのほうが好都合だけど。
 
環境省の役人が帰った後、ユリンに広域調査を頼むとすぐに彼女の居場所は判明した。周囲に人がいないのを確認して文珠で【転/移】する。
 
突然現れた俺に驚愕する鈴女。
そして逃げるそぶりも見せずに平伏した。
 
何でだ?
 
とにかく状況がつかめないので彼女に了解を取って事務所に来てもらう。
彼女は素直にそれに従った。
おかしいな? こんな性格じゃなかったと思ったんだけど。
                   ・
                   ・
 事務所に戻ってからも彼女はかしこまったままだった。
 
「え~と、君の名前は?」
 
「本名は人間には発音できませんから、でもこちらでは鈴女とよばれてました」
 
「いや、何でそんなに遜ってるんだ?」
 
「まさかこんな極東の島国で王様にお会いするとは夢にも思わず」
 
王様?
 
……あ!
 
「なんか思い当たることでもあるの? 横島さん」
 
「イギリスに留学したときアイルランドの妖精郷に行く機会があったんだがそこの女王のマブに妖精への支配権を渡されるって意味の蜂蜜酒を飲んだことがある」
 
「お兄ちゃんすご~い~」
 
「忠にぃは本当に何でも有りね」
 
思いっきり呆れられた。
 
「もしかして君はアイルランドの妖精なのかい?」
 
「いいえ、私はウェールズの妖精郷出身ですけど私みたいなただのフェアリーじゃあ他の妖精郷の王様も自分のところの王様も同じです」
 
「あぁ、そんなかしこまらなくてもいいよ。支配権貰ったって言ったって名目上のものだけだし。……それはそうと、妖精郷に住んでいたんならわざわざ人間界に繁殖相手を探しにいかなくてもよかったんじゃないか?」
 
「その、それが……ちょっと悪戯が過ぎて女王様を怒らせてしまいまして」
 
鈴女がこっそり俺に耳打ちする。
 
「あ~、結構有名だし、怒るよなぁ」
 
悪戯でオベロンを誘惑したらオベロンが本気にしてティターニアが激怒。
この二人の不倫劇は戯曲にもなってるくらいだし。
 
「で、気がついたら人間界のドイツに放り出されていたと」
 
「はい。仕方ないじゃないですか。人間界に住む物好きな妖精なんて探しても見つからないんですから」
 
「まぁ、確かに。もし、妖精界に帰れるなら帰ったほうが良いか?」
 
「はい。こっちじゃ仲間もいませんし、悪戯し放題なのは嬉しいですけど空気も悪いし」
 
「……全く無関係じゃないけどウェールズの妖精界には借りはあっても貸しはないから間を取り持てる自信はないし。フランスのヴィヴィアンかアイルランドのマブとなら話をつけてみるけど?」
 
「本当ですか! お願いします」
 
「令子ちゃん。確か差し迫った依頼で俺が必要な依頼ってなかったよね?」
 
「えぇ、私たちだけで十分手が足りるわ」
 
「それじゃあ俺はヨーロッパに出張してくるよ。リリシアに仲立ちを頼めば何とかなるだろ」
 
実際にはあのマブ相手だとどうなるかわからないけどな。
前回とは状況が大きく変わってるから予測もつかないし。



[541] Re[31]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/07/05 22:56
 ≪横島≫
 監視されてる。
 
当初は気がつかなかったが間違いない。
観察とは違う視線。
ひどく冷静な視線に時折さらされる。
監視者は鈴女。
 
とどのつまりは。
 
「……茶番か」
 
「どうしたんですか? 王様」
 
少しおびえたような視線でこちらを見る鈴女。
だけど気がついてみればその瞳の奥の冷静な部分がわかる。
なるほど、彼女は監視者としては一流に部類されるらしい。
 
「ここには君と俺の二人しか居ない。いい加減茶番はなしにしてもらったほうが精神衛生上いいのだけど?」
 
「何のことでしょう?」
 
『心見』
 
『うむ』
 
俺の合図で俺がつけてたバンダナの瞳が開く。
 
突如開いた瞳に怯える鈴女。
 
「こいつは心眼、名前の通り心を見る目だ。これ以上茶番を続けるなら……」
 
嘘だ。まぁ、読もうと思えば読めないこともないと思うが。
 
鈴女は観念したように諸手を上げた。
 
「ハイハイ、降参。だから心を読むのはやめてくれる? あまり愉快じゃないから」
 
「君は誰だ? 何の理由で俺に近づいた? あれだけ俺を監視していて偶然、は、ないだろう?」
 
「はぁ、私もヤキがまわったかしら。こんなにすぐにばれるなんて」
 
鈴女は頭を押さえつつ、ため息をついた。
 
「私はスコットランドの妖精界、ネヴァーランドの対人間界派遣員で、名前はあなたたちの言葉で訳すならティンカーベルよ」
 
一瞬言葉に固まった。
 
「……もう一度出身地と名前をプリーズ」
 
「何よ? ネヴァーランドのティンカーベルだけど?」
 
もう、ほとんど残っていなかった俺の童心がまたひとつ失われた気分になった。
ティンカーベルが変態レズ妖精だったなんて。
 
……そういえば今回令子ちゃんに言い寄らなかったな? 別人(?)
 
俺は持っていた仲間の写真を取り出して彼女に見せる。
その中でピートと令子ちゃんを指差し問い詰めた。
 
「どっちが好み?」
 
「何よいきなり。って言うか選ぶまでもないじゃない」
 
ティンカーベルはピートを指差した。
 
「おまえ、レズじゃなかったのか?」
 
「何人聞き悪いこといってるのよ! 私はノーマル。何が悲しくて同性愛なんてならなきゃいけないのよ」
 
「……いや、すまない。いろいろテンパってた」
 
セルフコントロール。何とか平常心を取り戻した。
 
「それで、いったい何が目的なんだ?」
 
「とりあえずは、アイルランドの妖精郷、コナハトに来てもらえるかしら?」
 
「君はスコットランドの妖精なんだろう?」
 
「詳しいことはマブに聞いてもらえる? 私じゃどこまで話していいかわからないし。ただ、今回はネヴァーランドやコナハトだけじゃない。ウェールズのアヴァロンやイングランドのフェアリーランドは勿論、ギリシャのニンフ、ロシアのヴォジャノーイとルサールカ、アルプスのエルフ、フランスの貴婦人達も一枚かんでるわ。だからここで嫌とは言って欲しくはないんだけど」
 
「その手に隠し持ってる浮気草の露を使わないと約束してくれれば行くのはかまわないけど?」
 
「ゲ、ばれた?」
 
やっぱりか。あっさり手札を出しすぎると思ったら。
 
まぁ、マブのところに行くならいきなり危害を加えられることもあるまい。……多分。
 
一抹の不安はあるものの、かつて訪れた妖精郷、コナハトを目指し、アイルランドへとむかう。



[541] Re[32]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/07/21 02:28
 ≪横島≫
 「あなた、本当に人間ですの?」
 
俺を出迎えたマブの第一声がそれだった。
 
「いや、第一声がいきなりそれか?」
 
「当たり前です。以前あったときは一応、古代の英雄に匹敵するとはいえ人間の範疇でしたのに、今のあなたの力は弱まりはしたとはいえかつては戦女神の一柱に数えられた私を超えているんじゃありませんこと?」
 
まぁ、確かにだいぶ前、チャクラを全て開いたときに人間ではなくなってしまったかもしれないけど。
 
「まぁ、これなら確かに中心であってもおかしくはありませんわね」
 
「中心?」
 
詳しい話は皆が集まっているところでしますわ。
 
マブが優雅にドレスを翻すと、そこはつい先程までの場所ではなく、大きな円卓に何人もの妖精たちが座る会議場のような場所にたどり着いた。
 
「コナハトが女王、クイーンメイブ。今回の議題の特異点たる人間、タダオ=ヨコシマをお招きしましたわ」
 
特異点?
ここにいる妖精たちは皆王、女王なのだろうか?
マブに匹敵しそうな妖精がちらほらいて、その皆が俺のほうを観察してくる。
 
「横島にも説明の必要がありますわね。あなたは便宜上とはいえコナハトの王の資格があるのですからどうぞおかけになって」
 
マブに勧められて椅子に腰掛けると一人の妖精が席を立った。
 
「さて、出席者は今なお眠り続けるアヴァロンの代表の代わりにマーリン殿が参加しておりますが、それ以外の出席者は正規の出席者が揃われたようですわね。此度の議長はフェアリーランドが女王、ティターニアが勤めさせていただきます。皆様よしなに」
 
あぁ、彼女が。
 
「さて、此度の会議にはコナハトの王として初めてこの会議に参加する人間がいらっしゃいますから簡単にこの会議の趣旨をご説明いたしますわね。我々妖精は人間の文明の発展以来、地上に住みやすい環境を失ってきました。もっとも、私達には本来の故郷である妖精郷がありますからわざわざ人間と争ってまで地上の郷にこだわる理由がありませんでしたから特に恨んでいるわけでもありませんのでその点はおきになさらずに。とはいえ、人間達を信用しているわけでもありませんので時折、人間界の監視を行ったり、妖精たちの予言者に妖精郷に対する脅威が現れないか予言させたりして情報収集を怠ったりはしていませんでしたが。そして、何か脅威があると判断されたときにこのような会議を行い、妖精界全体の意見をまとめるのです」
 
なるほど。
 
「さて、そして今回の会議なのですが。皆様ご存知の通り、妖精界の予言者たちが皆揃って、突如ある一定期間からの未来を予言できなくなってしまいました。現在わかっていることはこの一年のうち、それも数ヶ月のうちにナニカが起きるということ。そしてその中心にそこにおられますタダオ=ヨコシマがいるということです。本来であれば監視の妖精をつけて、事が終わるまで監視をさせるのですが、此度はタダオ=ヨコシマがコナハトの王でもあることからこの会議に召集し、状況を確認することにいたしました」
 
あ、なるほど。前回鈴女、ティンカーベルが人間界に紛れ込んだのは前回の中心であった美神さんを監視するためか。レズだったのは女性の美神さんにつきまとうための口実かなにかだろう。妖精独特の悪戯が混ざっている可能性も否定できないが。
何かしらかの魔法で環境省の役人を操っていたのかもしれない。
 
「さて、事情はわかりましたか? コナハトの王」
 
「えぇ、良くわかりました」
 
「この場は妖精界全体の命運を決める場です。故に偽証は許されません。もしあなたが知っていることがあるのなら余さずこの場にて証言なさってくださいな」
 
さて、どうするかな。
 
『横島、正直に告げたほうが良いと思うぞ。ここで話をこじらせてもデメリットしかあるまい』
 
心眼の言うとおりか。
 
「……荒唐無稽の話ですので、お聞かせするより実際に見てもらったほうが良いでしょう。ただし、この場で見た映像は決して外に洩らさないで下さい。私はここにいるマブや湖の貴婦人。アヴァロンの妖精郷にすむ妖精たちに借りがありますゆえに正直に私が持つ秘密の一端をお見せしますが、神・魔にも深く関わる上に極めて重大なことですゆえ場合によっては妖精郷と神・魔との関係がこじれる可能性があります。賢明なご判断を」
 
【映/像】の文珠を用いて俺は俺の知る過去の映像を映し出す。
 
それとは別に俺は別のことを考えていた。
あと数ヵ月後の未来が見えないということは、恐らく数ヵ月後には宇宙の卵が……。



[541] Re[33]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/07/25 00:07
 ≪横島≫
 文珠の映像を究極の魔体が倒れたところでストップさせる。
俺が見せた映像のあまりの内容に、会議場は騒然とし、互いに近くのものとひそひそと意見を交わしている。
 
「……俄かには信じられない話ですわね。こんなことが起こりうるとはとてもではないけど信用できませんわ」
 
真っ先に俺に質問を投げかけてきたのはマブだった。
 
「俺や、一部の神・魔族がこの未来を防ぐために動いているし、バタフライ効果でどんな食い違いが生まれてくるかもわからない。だけど、大まかな流れは変わらないと思う。魔神アシュタロスは魂の牢獄から逃れるために究極の魔体を作り、そしてもうすぐコスモプロセッサを完成させるはずだ。この世界を根本から作り変えられる可能性がある故に、予言者たちは未来を見ることが出来なくなっているのだろう」
 
「理論的にはそうかもしれません。……ですがひとつの疑問が残ります。なぜ、あなたはこれから起こることをこのような鮮明な映像として、知っているのですか?」
 
「それは……、それは、これが俺の経験した未来だからですよ。マブ」
 
「馬鹿な! 時間を逆行してきたとでも言うのか? そのような重大な歴史の改変を神々や世界が許すとは思えん」
 
「事情があったんですよ。世界が、神々が許すような事情が」
 
そうだな。こんな話しは普通であれば信じてくれるわけは無い。
俺から真実を告げて信じたのはカオスだけ。
他のものは自分の力で俺の記憶を覗いたからこそ信じたのだから。
 
「たとえ、あなたが人間であろうと、この場での偽証や黙秘は許されるものではありませんわ」
 
「俺が逆行を許された理由と、これから起こる未来。直接的な関係はありませんが?」
 
「あなたが未来から本当に来たかどうか、確証がえられなければ議論は前に進みません」
 
俺とマブの言い合いに子供の姿をした妖精、オベロン王が仲裁に入った。
 
「まぁまぁ、メイブ。この際彼の情報ソースなんてどうでも良いじゃないか。我々は与えられた情報を元に、妖精界にとって最も効率の良い防衛手段を考えれば良いだけの話なのだから」
 
オベロン王はニコリと笑い言い放った。
 
「確かに宇宙の卵といったか、世界を改変されてしまえば我々妖精界もただではすまないだろう。しかし、究極の魔体とやらが暴れたところで妖精郷への影響は少なかろう」
 
ちょっと待て、それは……
 
「美神令子、彼女がいなくなれば良い」
 
オベロン王が出した結論に他の妖精王、女王たちも口々に賛成の意を述べる。
 
……させない。
そんな真似はさせない。
 
「させません!」
 
俺の一言にいっせいに妖精たちが俺のほうを向く。
 
「令子ちゃんは俺が守ります。手出しはさせません」
 
「……その発言は、ここにいる皆を、ひいては妖精界の全てを敵に回す発言だぞ。撤回するならすぐにしたまえ!」
 
睨みつけてくるオベロン王。
俺は一度目を閉じ、心を落ち着けるとオベロン王の視線を真っ直ぐに受け止める。
 
「俺は、……俺は自分の目的を成すためなら愛した人をこの手で殺すことも、世界を滅ぼすことも出来る人間です。例えこの場にいる全ての妖精を敵に回しても、妖精界を滅ぼしても俺は令子ちゃんを守ってみせる」
 
……俺とオベロン王の睨み合いが続く。
 
十秒、いや一分くらい続いただろうか?
 
「……ぶ」
 
ぶ?
 
「ブワッハッハッハッハッハ!」
 
オベロン王が突然大爆笑をあげはじめた。 
それが伝染するように他の妖精たちも笑い声をあげはじめる。
 
「ウフフフフフフ、駄目じゃないのあなた、こんなにすぐにばらしちゃ」
 
「だって、だってお前、ワハハハハハハハ」
 
オベロン王は半ばまで宙に舞い上がると俺の肩をバシバシ叩いて爆笑を続ける。
 
笑い声の中、一人状況に取り残された俺は立ちつくすしかなかった。
 
何だ?
 
ひとしきり笑いが収まるのに、十分は要しただろうか?
オベロン王はまだ可笑しいのかしきりに笑いをかみ殺しながら今度は友好的な態度を示す。
 
「いや、試すような真似をして悪かった。君が信用のおける人間かわからなかったものでな。私たち妖精は正直な人間が好きだ。少なくともあの場で、己の心根を正直に明かせる男であれば信用はおけよう。趣味が悪かったのは自覚しているが、許されよ」
 
毒気を抜かれた俺はあいまいな笑みを返すことしか出来なかった。
それが可笑しいのかオベロン王はまたも笑い続ける。
 
「全くあなたったら。ウフフフフ、ごめんなさいね、コナハトの王。今日は疲れたでしょう。あなたが信用のできる人間だとわかったから明日、本当の会議にお招きいたしますわ。今宵は疲れたでしょうからお休みになって。部屋は人間が休める部屋を用意しておきましたから」
 
ティターニアに導かれ俺は別室に通された。
そこは簡素ながら十分に休養が取れる部屋で、ベッドもしっかり人間サイズだ。
 
「何でしたら夜伽も用意いたしましょうか? ニンフかリャナンシーでしたら人間のお相手でも十分」
 
「結構です!」
 
悪戯が成功したティターニアは笑顔で部屋を出て行った。
疲れていたのか、俺はすぐに眠くなっていった。
                   ・
                   ・
 「横島は眠ったかね?」
 
「えぇ、あの部屋は眠りの粉を自然に出す植物が飾ってありますからもう眠りに落ちている頃でしょう」
 
オベロン王の問いにティターニアが答えた。
 
「さてと、どうみる?」
 
「どう見るもこう見るも、内容はぶっ飛んでるけど信じるしかないんじゃないかなぁ。さっきの瞳、見たでしょう? あんな悲しそうな瞳をしながら嘘をつく人間なんかいないよ。うん。僕はあのお兄さん気に入っちゃったな。それに、妖精界を滅ぼしてでもって言うのも多分本気だよ。僕とネヴァーランドの妖精は彼に協力するよ」
 
「まぁ、味方にすれば心強く、敵にまわせば恐ろしいというのは良くわかったよ。あの男とにらみ合ったときは心臓が止まるかと思ったしな」
 
「戦力的に言って、妖精界を滅ぼすというのもあながち出来ないとは言い切れないわね。彼の弟子がゴグマゴグを圧倒するのを私は見てますし」
 
「私も以前、タラスクスに襲われたときに彼の異常なまでの戦闘能力を目の当たりにしています。そのときの恩もありますし、フランスの妖精郷は彼の援護に回りますわ」
 
「魔術師殿。魔術師殿はどう見ますか?」
 
「ワシか? ……ワシはあやつが嫌いじゃ。出来ることなら協力なぞしたくは無い。関わりあうのもごめんじゃ。まぁ、妖精界全体の意向とあれば従うがの」
 
マーリンの一言に会場が静まり返った。
 
「皆の話を聞いてますます思ったわい。あやつは人の心を壊す化け物よ。あやつは己の身を顧みない。そのくせたやすく他人の心の中に土足で踏み入ってきおる。現に、おぬし達の心の中にもあやつは入ってきておろう? 土足で踏み入って、いつの間にやら心の中にあやつが住む場所が広がっていく。しかし、自分を顧みん奴は遠からず滅びるじゃろう。その時、あやつが住み着いた心の中はぽっかり穴が開いて修復することも出来ずに一生心に空洞を作って生きていく破目になる。もう一度言うぞ。あやつは人の心を壊す化け物よ。ワシはそういう化け物を、二人知っておる。かつて最高の王と呼ばれた化け物と、最高の騎士と呼ばれた化け物をな」
                   ・
                   ・
 「……化け物か。心配しなくても良いよ、そうそう長く居座るつもりは無いから」
 
与えられたベッドの上で【無/効】の文珠を握り締めながら、ユリンから送られてくる会話の内容を聞くのをやめた。
恐れていた令子ちゃん暗殺計画は恐らく無いだろうと結論づけたからだ。
 
魔術師マーリンも、あの未来で出会ったことがある。
彼の王、アーサー王は本当にイギリスの危機に際し、円卓の騎士とマーリンを伴って蘇ったからだ。
 
明日の状況次第では、何とかしなくちゃならんかもな。
 
俺はユリンに見張らせていた分身を消すように頼むと、文珠を消して眠りの粉の魔力で深い眠りへと落ちていった。



[541] Re[34]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/08/18 03:21
 ≪横島≫
 「おぉ、コナハトの王よ。よく眠れたかね?」
 
俺を見つけたオベロン王は柔和な微笑で俺を迎え入れてくれた。
 
「さて、皆も揃ったところですし会議を始めるとしましょう」
 
ティターニアの一声で会議が開催される。
 
「さて、来るべき魔神アシュタロスが起こす戦争を前に各々の妖精界がどのように動くつもりか、意見をまとめるとしましょうか」
 
「その前に、コナハトの王がどれだけ強いか見せてもらいたいものだな」
 
これまで意見を控えていたヴォジャノーイの王が俺を見やりながら言った。
 
「昨日見せてもらった映像ではコナハトの王がアシュタロスを倒したようだが、実際にこの眼で見て見なければ信じられん。それに妖精界は魔法において優れているが、神・魔族に比べれば戦闘能力で劣るからの」
 
「そうですわね。……誰か! アルスターに使いを」
 
ティターニアの一言で傍に控えていた妖精が退室する。
 
「コナハトの王。失礼ですけれども、一戦私達の前でその力を示してくださいな。あなたが戦う姿を見たものはこの中でもヴィヴィアン様だけですから。あなたには妖精界最強の騎士と戦ってもらい、その力を示していただきたいのです」
 
「わかりました」
 
アルスター。というと相手はセタンタか。
 
移動をし、程なく、二人の武装した妖精が広場のような場所にやってきた。
まるで女性のような美しい面差しながら今の俺(183cm)を超える長身で、無表情に銛の様な槍を携えた騎士と、同じく槍を携えながら柔和そうな笑みをたたえる騎士がこちらを見やる。
 
「王たちの招聘にク=ホリン。推参した」
 
「同じくタム=リン。参りました。」
 
「お久しぶりですわね。早速ですけどク=ホリン。あなたを妖精界最強の騎士としてここにいるコナハトの王と、しあってもらいたいのです」
 
ク=ホリンは何もいわず槍を構えた。
 
「ちょっと待ってください王よ。彼の者は人間ではありませんか! それにコナハトは」
 
止めようとするタム=リンをメイヴが説き伏せた。
 
「わかっております。ですが、ヨコシマは強いですわ。恐らくこのばにいる誰よりも」
 
その一言がいい終わらぬうちに、ク=ホリンが槍を突き出してきた。
攻撃ではない。
その槍、ゲイボルグに俺が霊波刀を合わせた瞬間、試合は始まった。
 
ク=ホリンのゲイボルグが狙い過たず俺の眉間、咽頭、心臓、鳩尾、肝臓を狙いまるで五本の槍が同時に繰り出されたかのようなスピードで放たれた。
 
「って、あいさつ代わりが五段突きかい!」
 
そのこと如くを霊波刀を分岐させ、あるいはサイキック・シールドを展開させて防いだ。
が、うっすらとわき腹に血が滲む。
霊波刀も、サイキック・シールドも明らかに力負けしている。
霊波刀は受け流すことも可能だから何とか凌げたが、サイキック・シールドは回転させていたにもかかわらず、力負けして貫かれた。
幸い、穂先をそらすことには成功したからかすり傷ですんだが、あと少し、サイキック・シールドの防御力が劣っていれば、もしくは回転させていなかったらと思うとゾッとする。
侮っていたわけじゃないがこいつ、斉天大聖老師ほどでないにしても、小竜姫様並に強い。
 
霊力を込めれば何とか凌げるだけの防御力、強度を作れるが、その隙を与えてくれないほどに速い。
恐らく、超加速を使っていない小竜姫様以上だ。
何度となく打ち合うが、その度に小さいとはいえ傷を作るのはこちらだ。
文珠は使えない。
発動前に突かれるのがおちだ。
定形型霊波刀は威力がありすぎる。
それに、俺自身、こいつとの戦いをアレに頼らず終わらせたいと願っている。
こいつの、ク=ホリンの協力を仰ぎたいんだ。
 
霊波砲を収束もさせずに拡散させて無理やり距離を稼ぐと一振りの剣を取り出す。
 
「流石は最強騎士の槍。生半可な霊波刀じゃあ相手にもならんか。だけど、最強騎士の武器なら俺も持ってるよ」
 
アロンダイトを構えた瞬間、ク=ホリンの表情が変わった。
口が大きく裂け、髪は逆立ちその一本一本から血が滴っている。
ルーン魔術で自分の身体能力を上げると、まるで野生の獣のように、否。それ以上のスピードで俺に殺到した。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪タム=リン≫
 羨ましい。
素直にそう思った。
王たちは久しく見なかった神代の戦いともいえる二人の一騎打ちにあるものは興奮し、あるものは恐怖の色すら見せる。
クーが、あの表情を出すということは本気になった証。
私との試合では出すことなく私の敗北だった。
クーが神速の槍を見舞うと、コナハトの王はそれを流水を思わせる動きでかわし、武器の短さを生かして近距離戦へともつれ込ませる。
槍と、剣だけではない。
拳や蹴りが互いに相手の体を捕らえる。
そうせざるをえないほど、二人の技量は接近しているということだ。
 
「クイーンメイヴ。あなたのかつての望み、叶うかもしれませんよ」
 
「どういうことですの?」
 
「クーのあんな嬉しそうな姿を見るのは同僚になってずいぶん長いときを一緒にすごしてきましたが初めてです。おそらく、フェルグス殿が死んでから初めてなのではないでしょうか」
 
「……私だけのものにならない男なんて興味ありませんわ」
 
「マーリン殿は複雑そうな表情ですね」
 
「ふん。あやつが持っているのはアロンダイトではないか。かの荷車の騎士の持ち物だぞ」
 
「なるほど。望郷の思いですか」
 
「たわけ!」
 
口ではそういってますが、その視線はあなたの心情を雄弁に物語っていますよ。魔術師殿。
 
さて、これほどの戦いももったいないですがもう終わりですね。
今度ばかりはクーも分が悪そうだ。
何か重いものを背負っているようなコナハトの王と、背負うべきものをなくしたクーではね。



[541] Re[35]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/09/03 04:46
 ≪マーリン≫
 ク=ホリンは突く。
圧倒的なスピードで。
点と点を結ぶ最短経路は直線である。
それを体現するが如く、突きと引き戻しを機械的な正確さで繰り出し続ける。
一方のヨコシマは流れる。
まるで終わりと始まりの全てを見通しているかのような動きで。
点と点の間をあえて曲線で動く。
ク=ホリンのように動きの終わりと始まりが明確ではなく、攻撃の終わりが次の攻撃のための起こりになっているためにク=ホリンのスピードを前にしても風に舞い遊ぶ木の葉のように決して動きに逆らわず、決して遅れずにかわし、流し、時に反撃をしていた。
その二人の姿に、私はかつて苦楽を共にした二人の姿を幻視してしまう。
王よ。ランスロットよ。
お前達のいない世界はどうしてこんなにも色あせるのか。
どうして、ヨコシマのいる世界が強い色彩を帯びているように見えるのか。
だから儂はヨコシマを認めたくはない。
ニュミエに囚われ、王の助けたりえなかった儂は。
王と同じ輝きを放つ存在を認めたくはない。
王の帰還を待ち続けて1000年を越える時間をただ一人過ごしてきた儂には。
王と同じ輝きを放ち、儂と同じ虚無を湛えるヨコシマの存在は認められない。
だから他の妖精たちが見守る戦いから一人目をそらした。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ク=ホリン≫
 いつ以来だろう。
俺がまともに槍を振るえたのは。
フェルグスの叔父貴が死んで以来、まともに俺は槍を振るえなかったのではないだろうか。
叔父貴が死んで以来、まともに俺の相手が出来るものはいなくなった。
残ったのは策略と、弱兵ばかり。
そして俺は策にからめとられ、魔術で敗退した。
妖精の騎士になってからも戦場でたぎりを感じなくなって久しい。
だが、今の俺はこれまでないくらい熱く滾っている。
自然と、唇が笑みの形を作った。
大きく槍で薙ぐとそのままバックステップ。
距離を稼ぐとそのまま槍を構える。
 
「楽しいなぁ、コナハトの王」
 
「ヤレヤレ、なんで俺の周りにはこうバトルマニアが多いかねえ。ま、否定はしないけど」
 
コナハトの王は剣を頭上に掲げると苦笑しながらこちらを見る。
 
「せっかくの心躍る戦い、長く続けていたくもあるが……この戦い、わが最高の一撃を持って華を添える」
 
「これじゃあ試合じゃなくて死合だな。困ったものだ」
 
剣に異常とも思えるほどの力が注ぎ込まれるのが判る。
並大抵の剣ではアレに耐え切れまい。
コナハトの王は俺よりも強い。
だが俺は、最高の一撃をもってそれに挑むのみ。
自らに力を表す『太陽』のルーンを用い、
 
「行け!」
 
俺が投擲したゲイボルグは心臓めがけて放たれた。
ゲイボルグの穂先が無数の鏃となって殺到する。
 
「アァアアアアア!」
 
コナハトの王は上段に構えた剣を振り下ろす。
同時に全身からゲイボルグの鏃にも負けぬほどの数の剣が伸び、四方八方からゲイボルグを止めんと襲い掛かる。
その技が、剣が、神代の時代から破られたことのない必殺の一投を防ぎきった。
 
地へと落ちるゲイボルグ。
 
「俺の負けです。コナハトの王」
 
「……それ、やめてもらえるか? マブに支配権を渡されたといっても名目上だけのものだったし」
 
「そうなのか? ……あなたが王であればわが槍と忠誠を捧げようと思ったのだが。……ならば誓約(ゲッシュ)を。わが槍はこの先何があろうとも汝が敵に振るわれよう」
 
「いいのか? ケルトにとってゲッシュは神聖なものだろう。ましてお前の死因は」
 
「あぁ、そこのメイヴに突かれて謀殺された。だからこそ、真正面から俺の槍を受け、叩き伏せたあなたに俺の槍を役立てて欲しい」
 
これほど清々しい気分は久しぶりだ。
ならばこそ。こちらが望むところというもの。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 あの後はてんやわんやの大騒ぎだった。
まぁ、妖精たちが令子ちゃんのことを狙わないと確証はもてたし、ク=ホリンという知己も出来たことは収穫だった。
俺とゼクウで即興の演奏を行い。
妖精たちが舞い踊る姿は楽しかったが。
ティターニアに言い寄られて伝説の夫婦喧嘩が俺の前で行われたのには参った。
まぁいいさ。
ここを去る前に。
最後に、この妖精界でやっておかなければならないことがある。
 
「……それで、何のようだね。コナハトの王よ」
 
俺の前で不機嫌そうな顔を隠そうともせずに魔術師。マーリンが問う。
 
「これを」
 
一つの文珠をマーリンに渡す。
 
「これは? ……話には聞いたことがある。文珠。何故これを持っている」
 
マーリンの表情が驚愕に変わった。
この間【映/像】を使ったときは見せないようにしていたが。
まぁ、知っているなら話は早い。
 
「出所に関しては詮索無用にお願いします。……この文珠には俺の記憶が映像として残されています。……あなたの王が再び現世に舞い戻ったときの記憶が」
 
マーリンの表情が凍りつく。
 
「もしもあなたが王に会う覚悟があるのなら、使ってみてください。あるいはあなたの王が目覚めるやも知れません」
 
そういい残すとマーリンに背を向けた。
 
「待て! ヨコシマ。王が復活したなら、アーサーが再びこの世に現れたのなら。ブリテンはどうなった!」
 
歩を止める。
顔だけをマーリンに向けて答えた。
 
「伝承どおり、あなたの王はブリテンの危機に際して復活し、ブリテンを守るために戦い抜きました。再び死を迎えるまで。そしてアーサー王が二度目の死を迎えたとき、ブリテンもまた運命を共にしています」
 
遠い過去の記憶。
あの雄雄しかった王の最後の記憶は鮮明に残っている。
最後まで国を愛し続けた王の最後を。
 
マーリンはもう何も問わなかった。
俺ももう振り返ることをせずに妖精郷を後にする。



[541] Re[36]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/09/03 04:40
 ≪タマモ≫
 「何こんなところでウンウンうなってるのよ?」
 
今日は美神たちは除霊に出かけている。
本来であれば横島除霊事務所きっての武闘派の雪之丞や、シロも参加するところだが今回は冥子と一緒に緊急時への対処用にお留守番。
冥子は水を使って一見すれば遊んでいるかのような訓練の真っ最中。
庭が水で出来たサファリパークになっていた。
 
「ん、タマモでござるか。拙者は以前答えられなかった宿題について考えていたんでござる」
 
「宿題?」
 
「そうでござる。以前、犬飼殿、いや、妖刀八房と相対することになったときに一つの宿題を出されたんでござる。結局、拙者はその答えを出すことが出来ずに次善の策を持って相対したわけなんでござるが」
 
そう言って、シロは自分の切り札の霊波刀。
抜刀のできる霊波刀を出して見せる。
 
「んで、宿題って何よ?」
 
「妖刀八房を越える、自分にとって最強の霊波刀を作り出すことでござる」
 
妖刀八房って言ったらアレよね?
一度切れば八回切れるって言うやつ。
 
「あんたにとって最強ってどんなイメージなの?」
 
「それは先生に決まってござろう?」
 
うわ、即答。
それも何の疑問も持たない感じに。
 
「まぁ、師匠は最強ではないと思うが、一番身近で強いのといったらダントツで師匠だろうな」
 
雪之丞も苦笑してる。
 
「で、そういう雪之丞は何悩んでんの?」
 
「ん、あぁ。……なぁ、タマモ。俺は強いか?」
 
「強いんじゃないの。人間としたら規格外なくらいに。じゃなきゃあたしやシロの面目丸つぶれじゃない。幼年体とはいえ最高クラスの大妖怪よ。あたし達」
 
まだ一度も勝てないんだから。
っていうか、ここの事務所は異常すぎ!
……所長がアレだものねぇ。
 
「俺もな。強くなったと思う。それこそ師匠に出会う前じゃあ想像も出来なかったくらいに強くなった。けどまだ全然とどかねえんだ。ガキの頃は見えた師匠の背中が今じゃ全然見えやしない。こんなんじゃいつまでたっても師匠に追いつくどころか、背中すら守れねえ!」
 
雪之丞は悔しそうに、呻くように言葉を吐き出した。
 
「拙者もこのままでは先生の期待を裏切ってしまうことになるでござる」
 
シロもまたしゅんとして考え込んでる
 
「そんなに~、焦って考えちゃダメよ~」
 
いきなり声をかけられたかと思ったら残っていた冥子がニコニコ微笑みながらやってきた。
そしてエイ~! と、シロと雪之丞の背中に抱きつく。
あ、雪之丞の顔が赤くなった。
 
「大切な答えは~、すぐに出しちゃダメなのよ~。ちゃんと~、しっかりいっぱい考えて答えを出すの~。いっぱい考えて出した答えは~例え間違ってたとしても無駄じゃあないんだから~」
 
冥子は不思議と安心できる声で雪之丞達を諭す。
 
「……冥子姉、おれ、ちょっと修行してくる。何かあったら携帯に連絡入れてくれ。五分で戻る」
 
そう言うと雪之丞は窓から飛んでいった。
 
「拙者も負けてはおれんでござる。冥子殿。拙者も素振りをしてくるでござる」
 
シロも雪之丞に負けない勢いで走り出していった。
 
「見事なものねえ。あなたの一言で二人とも迷いが吹っ切れたみたい」
 
「だって~、私はみんなのお姉ちゃんだもの~」
 
冥子は満面の笑顔で私の頭を撫でてくる。
もう! そんな顔されたらやめろっていえないじゃないの。
……あたし、九尾の狐なのよ?
 
……ホントにここの連中は。
……居心地が良いわ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪キーやん≫
 「これで一区切りといったところでしょうか?」
 
「そうやなぁ。月神族、妖怪たちに、精霊王国ザンス、妖精。地上で神族や魔族に曲がりなりにも対抗できる戦力との縁はふかまったっちゅうワケやな。横島のもつ縁にまで干渉して」
 
「仕方ないでしょう。……私たちは横島さんの意思の力を甘く見すぎていたのですから」
 
「恨まれとるのは知っとったハズなんやけどなぁ」
 
記憶を失って初めて見せた神族、魔族への怨嗟。
あまりにも普段の横島さんが表に出さないが故に、私たちはその根の深さを見誤っていた。
そう、私たちは恨まれてしかるべきだったというのに。
 
「ま、なんにしても当初の予定やった、神族、魔族の精鋭部隊を秘密裏に人間界に送る案は大幅に修正が必要やな」
 
「そうですね。戦闘に秀でた神、魔族は多かれ少なかれ人間を蔑視している。いや、相手にもしてないというべきでしょうか。逆に人間に慈しみを感じている神は殆どが生活神。戦闘力はあまりありませんからね。例外といえばそちらのアモン大佐くらいでしょうか」
 
「あぁ。あいつはメンバーに入れる予定や。そっちかて、七福、とりわけ死神のあいつがえろう、横島に肩入れているみたいやないか」
 
「彼の起源は横島さんの友達ですからねえ。……まぁ、幸い七福もいればあの娘もいます。冥界のチャンネルが閉じてもある程度の干渉は可能でしょう」
 
「せやな。どう少なく見積もってもアモンの奴と七福、それにキーやんの娘がおれば最低でもルシオラ達は押さえ込んでおつりが来る。……歴史道理に進めばやけどな。いや、進むんやろうな」
 
「やはり?」
 
「アシュタロスにかました妨害工作は成功しとった。横島が手駒をバンバン減らしとったし、どう考えてもあと5年は稼げる……はずやったんやけどな。ここに来てアシュタロスの動きがまるで辻褄を合わせるかみたいに急速にすすんどる。作戦の結構予定は予想では、歴史どおりや」
 
まるで世界に踊らされているような気分です。
こちらの世界は横島さんの味方ではないのでしょうか?
己の無力が嫌になりますね。



[541] Re[37]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/09/19 22:50
 ≪横島≫
 リリシアに呼ばれてリリシアの部屋に向かった矢先、部屋の中から五月のただならぬ声が聞こえた。
 
「ば、馬鹿、やめろ。放せ!」
 
何事かと思い、リリシアの部屋のドアを開けるとそこにはリリシアと見慣れぬ女性。そして五月がいた。
フリルがたっぷりついて、白と黒を基調としたかわいらしい服。
所謂ゴスロリを着た五月が。
日本人形を思わせる五月だが、こういう洋装をするとまるきりビスクドールだな。
 
「よく似合ってるな」
 
俺が賞賛の声を上げる。すると共に大騒ぎしていた五月は硬直した。
 
「ウ……」
 
嫌な予感。
 
「うわぁあああ! 見るなぁ!」
 
手加減など微塵にも感じさせない、アスファルトを貫く五月の拳が眼前に迫るのを感じながら漠然と呟いた。
 
「どうして訓練や実戦のときは楽にかわせそうなテレフォンパンチもこういう場面では避けられないんだろうなぁ。これが宇宙意思と言うものか?」
 
呟く余裕があるならかわせそうなものなのになぁ。
 
どうにか軸をずらすことだけは宇宙意思も許してくれたのか成功する。
が、そのせいで意識を失うことも出来ずに死ぬほど痛い。
 
手すりを突き破ってマンションの三階から落下しながら受身をとろうとしたが、体が上手く動かないので地面に【柔】の文珠を使ってどうにか墜落すると、何事もなかったかのようにリリシアの部屋に戻った。
手すりの修理、いくらかかるかなぁ。
 
「あ、おかえり~」
 
「本当に大丈夫だったんですね」
 
リリシアはいつもどうりの様子、見知らぬ女性は驚いたように俺のほうを見ながら迎え入れてくれた。
五月は顔を真っ赤にしながらいつもならしない女の子座りでペタンと床に座り込みながら呟いていた。
 
「うぅ、横島に見られた」
 
「とりあえず紹介するわね。この娘は私の友達で東雲龍華ちゃん。吉原のナンバー1泡姫よ」
 
「東雲龍華です。よろしく。あ、ごめんなさいね、お店の名刺しか持ち合わせていなくて」
 
まぁ、確かに五月やリリシアと並んでも見劣りしない美人だな。
俺も事務所の名刺を渡すとき、指先がふれあいその瞬間、ピクンと彼女の体が震えた。
 
「どうしました?」
 
この感覚……。
陰気が霧散した?
 
「なんでもないですわ。ごめんなさいね」
 
「それで、何があったんだ?」
 
「だって、せっかく五月って可愛いのにいつも巫女服か着流しじゃない。お礼に何でも言うこと聞くって言うからから思い切り可愛い服着てもらおうと思って」
 
「イロイロ突っ込みどころはあるけど……どれだけ着せたんだ?」
 
「何でそう思うの?」
 
「お前が一着や二着で済ませるとは思えないから」
 
「そんなこという人は嫌いです」
 
「……とりあえず突っ込むぞ? そのショートカットのかつらとショールはいつの間に着替えた? そもそも意味はあるのか?」
 
「これ、お店で使ってた昔のイメクラ用の衣装で某有名PCゲームのヒロインの一人なんだけど」
 
「知らん!」
 
「わ、びっくり」
 
「その青い髪と無駄にスカートの短い制服、奇妙なカエルのぬいぐるみはなんだ?」
 
「ケロピー」
 
「……とりあえず、話が進まないからもうやめてくれ」
 
「了解。で、五月に着せた洋服はまだほんの30着くらいよ」
 
……女の子(?)にとってはこれは普通なのか?
 
「で、横島が来るって言ったら脱ぐって大騒ぎだったわけ。前にプールに行った時、サラシと越中で泳ごうとしてたのに可笑しいわよねえ」
 
リリシアはご機嫌なのを隠さずに言った。
 
「こ、こんな服着ているのをみられるくらいなら全裸を見られたほうがよっぽどマシだ!」
 
「そんなものか?」
 
「さぁ、私はどっちも平気だし」
 
ケラケラ笑うリリシアに頭痛を覚える。
 
その後は嫌がる五月を無理やり街に連れ出し4人で楽しいときを過ごした。
が、違和感を覚える。
それは時を長く過ごすと共に確信に変わった。
だから帰り際に問うた。
 
「あなたが現代の陰の巫女なんですね?」
 
と。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リリシア≫
 「あら、やっぱりばれちゃったみたいね」
 
「本当。話には聞いていたけど不思議な方ですわね」
 
現代の陰の巫女、東雲龍華は驚いたように言った。
 
その昔、吉原は江戸城の鬼門にあった。
江戸の鬼門は浅草寺、寛永寺のラインで守られていたが、防ぐだけでは陰気は溜まる一方。
その陰気を散らす役目をおっていたのが陰の巫女達。
即ち、吉原の花魁だったという。
日本最古の職業は売春婦だ。
それは歩き巫女と呼ばれる巫女達が行っていた。
巫女達の役割はその地に溜まった陰気を祓い、また、閉塞的な村々に新しい血を呼び込むこと。
その流れを汲むのが花魁たち。
花魁たちは男に溜まった陰気を祓い、鬼門に溜まった陰気を祓い、関東平野が死霊の王、平将門の御霊を慰めていたという。
男主体の社会が形成されるまでは売春は神聖な儀式であったということは世界各地でザラに見る話だがこの国でもそうだ。
そして、吉原は場所を移され、遊郭がなくなり、それでも形を変え、その血脈は残っていた。
それが東雲龍華。
訳知りの人たちには龍華花魁と呼ばれるこの女性だった。
彼女は淫魔である私を監視するために私に近づいた。
まぁ、私に悪意がないことを知ってからは良い友達だけど。
 
「あの方に触れて分かりました。私では彼に抱かれた途端、彼の持つ陰気に押しつぶされ、慰めることも出来ずに壊れてしまうでしょうね」
 
龍華は悔しそうに、そして悲しそうに呟いた。
 
「あぁ、それについては龍華には悪いけど最初から期待してなかった。アレは神族や魔族ですら壊されるほどの陰気だから。龍華が稀代の巫女でも祓うのは無理だと思う。ただ、少しでも気が紛れればと思ってね。あいつ、最近陰気溜めすぎだから」
 
「うふふ、本当に、こうして話しているとあなたが悪魔だということを忘れてしまいそうですわね」
 
「あら、私は飛び切り上等の悪魔よ。でもね、姉って生き物は弟や妹に弱いのよ。ついつい守ってあげたくなっちゃう。特に出来の悪い子ほどね」
 
今度は、あのいとおしいくらい馬鹿な弟から誰も奪わせやしない。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪朧≫
 最近、月神族の間で実に視聴率98%を記録する番組がある。
ちなみに、残りの2%は警備部隊の当直だ。
こういう時は、迦具夜姫様付きの女官でよかったと思う。
だって、大型モニターの最前列で鑑賞する姫様の隣に優先的に座れるんだもの。
神無も姫様の警護を名目に反対側の隣に座ってるんだけど。
 
わっかの中で吼える老人の映像、カオスヴィジュアルという地球の映画会社のオープニングをごっちゃにしたような(ものだという)オープニングの後に始まるのは横島さん達を主人公にした冒険活劇。
姫様がテレサさんにあなた方のことを詳しく知りたいと言う条件の下、週に3回送られてくる2時間映像。
美神令子主演『金と共に去りぬ』、横島エミ主演『カースプランか?』、六道冥子主演『メイコの休日』伊達雪之丞主演『魔装リックス』などなど。いずれも大好評だ。映像自体は合成されたものだが、内容は実話、脚色なしというふれこみだ。
内容が内容だけに、その一点には疑問の声も上がるが、実際彼らとであった私には信じることが出来る。
ちなみに最も多く配信され、人気も高いのは横島さん主演の話だ。
 
「く、……火浣布など持たずとも横島さんならOKでしたのに」
 
横島さんの傍に美女が寄るたびに姫様はそんなことを呟く。
 
「神無、調整は完璧ですね?」
 
「勿論です。姫様」
 
「彼女達のコールが出たら即座に発射します。常に準備は万端にしておきなさい」
 
「は!」
 
あぁ、警備員、技術員全員真剣な表情で頷いている。
こりゃ、月神族揃って横島さんたちのシンパね。
だって、女官達も皆そうだもの。私も含めて。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪アシュタロス≫
 「……いよいよだな」
 
頭上に聳え立つ、コスモプロセッサを見上げて思う。
私は悪魔だ。
例え、私がどうあろうとも私は純然たる悪。
いまさら、何を迷うというのだ。
 
「……ルシオラ、ベスパ、パピリオ。手はずどおりに」
 
「はい」
 
私は足掻いてみせる。
自分と同じものを踏みにじったとしても。
自分の娘達を贄にしたとしても……。



[541] Re[38]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/09/19 22:54
 ≪雪之丞≫
 いい加減、デートの一回くらい誘えとミカ姉やエミ姉に言われて誘ってはみたが……どうすりゃ良いんだ?
 
「まさか雪之丞のほうから誘ってくれるとは思いませんでしたわ。あなた、こういうことに疎そうだから」
 
言葉とは裏腹に顔が少し赤い。
やばい、……可愛い!
クッ、どうすりゃいい。
あいにくと圧倒的な経験不足だ。
上映している映画はラスト・ワイルドにマラソン橋の愛、インタビュー・ウィズ・ブラドー。
 
「何がみたい?」
 
「雪之丞にお任せしますわ」
 
偵察失敗。なんてこった。
 
まて、こういうときこそ冷静になって彼我の戦力差と、所持している情報を検索しなおすんだ。
彼我の戦力差。
圧倒的に俺の経験不足。かおりに関しては不明。
……いかん。圧倒的(敗北)じゃないか我が軍は。
 
……そういえばおきぬちゃんがかおりはヴェルレーヌの詩が好きだといっていたな。
あの妙にまだるっこしくて甘ったるい奴。
……ということは恋愛ものか?
 
俺は黙ってマラソン橋の愛の方に向かう。
 
よし! 心なしかかおりの足音がはずんでる。
 
途端に巨大な霊圧の気配を探知。
何かしくじったか?
 
って違う。方向はかおりからじゃねえし、質も強さも桁違いだ。
俺はかおりにかけよると背中にかおりを庇う。
 
「なんですの、このすさまじい霊圧は」
 
視線のほうにはまるで道化師のような服を着たガキ。
 
「人間じゃなさそうね」
 
「俺たちに用があるみたいだぜ! 気をつけろ」
 
「こわくないでちゅよー。すぐおわるから!」
 
ガキがなにか道具をこちらに飛ばしてきた。
なんかしらねえがアレはやばい。
 
咄嗟に魔装術を出すとその道具を叩き落す。
 
「む、輪具が一つ無駄になっちゃったじゃないでちゅか。おしおきでちゅ」
 
軽い感じで霊波砲を撃ってきたが大砲か!
 
師匠じこみのサイキック・シールドに角度をつけて上空にそらすように防ぐ。
こいつ、単純なパワーだけなら師匠以上じゃねえか。
 
防がれたのを見てさらに不機嫌な顔をするガキ。
 
「なーにやってんのさ、パピリオ」
 
「勝手に集合場所を動いたらダメじゃない」
 
「ベスパちゃん。ルシオラちゃん」
 
ガキと同レベル、下手すりゃそれ以上の女が二人。
 
「霊力が強めな奴がいたんで調べてみようと思ったんでちゅけど、男のほうが生意気にも抵抗するんでちゅ」
 
「ふ……ん」
 
「なるほど?」
 
「かおり、わるい。映画はまた今度誘う」
 
かおりを横抱きに抱え上げると眼くらましに、サイキック・シールドを相手に投げつけ、破裂させた。
サイキック・猫騙しなんていう格好の悪い名前を師匠がつけてたのが、効果は十分だ。
 
「ちょ、ちょっと、雪之丞。私も」
 
「ダメだ。連中、俺よりも数倍強い。ここじゃあ、街に与える被害がデカすぎる。みろ、もう追いついてきた」
 
振り返らなくても分かる。スピードもこっちより上だ。
 
どうにか、人気のない東京湾に浮かぶ無人島まで逃げ延びたが。
 
「もう鬼ごっこは終わりでちゅか?」
 
「手前ら何もんだ」
 
「あら、そういう時は自分から名乗るものよ、ボク」
 
「もう良いからさっさと帰っちまおうぜ! そんな簡単に見つかるなら苦労しないって」
 
「あら、メフィストの生まれ変わりは日本にいる可能性が高いんでしょ? このままアシュタロス様のところに連れ帰れば手間がはぶけるじゃない」
 
「ルシオラって仕事熱心だねー。クソマジメなんだから……」
 
「ペチャパイで性的魅力に欠けるから、その分マジメにならざるえないんでちゅー」
 
メフィスト!? まさかこいつら、ミカ姉を!
 
「ぺ……ペチャ……あなたの胸でそういうこというの!?」
 
「パピリオの胸には未来があるんでちゅ! ルシオラちゃんみたく、もう終わってないんでちゅ!」
 
「よしなよ……!」
 
か、軽い。
だけどそうとなりゃ先手必勝だ。
右手に炎、左手に雷。
 
放った攻撃は連中に命中した。
 
が。
 
「へぇ、二種類の霊力を同時に操ったんだ」
 
「しかも今の攻撃、200M近くはあったね」
 
くそったれ。
その後はひたすら守りに徹しただけだった。
あのやばそうなわっかは完全に迎撃し、それ以外は守りに徹する。
時たま一番でかい女、ベスパと言ったか。
ベスパが近接戦を挑んでくるがパワーはあるが技術は師匠や五月には達していない。
だが、俺は満身創痍だった。
かおりに行く攻撃は可能な限りサイキック・シールドでそらし、それが間に合わないようなら体で守ったからだ。
 
「あぁ、もうホントしつこいったらありゃしない。殺さない程度にちんたら攻撃するのも飽きちゃった」
 
「生意気でちゅ。ここで殺しちゃわないでちゅか?」
 
「……」
 
ルシオラとか言う女がじっとこちらを見る。
 
「……なんか興がそがれちゃった。演算機を使って確率が高いのから潰していきましょう。元々男に転生するより女に転生している確率のほうが高いんだし」
 
「それもそうだね。はやいところかえってシャワーでも浴びたいし」
 
「む、それもそうでちゅね。ペットたちがお腹を減らしているでちゅ」
 
パピリオとかいうガキが置き土産においていった馬鹿でかい霊波砲からかおりを守りきったところで意識は闇に沈んでいった。
 



[541] Re[39]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/09/29 01:03
 ≪横島≫
 時の流れは移ろい、人も移ろい、心も移ろう。
だが、その移ろうことを嫌うものがいる。
運命。
そしてその運命を司るのがきっと、宇宙意思。
馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿だ。
そんなもんに真っ向から逆らおうなんて愚者の極まりだ。
だがそれでも運命は変わる。
変えられる。
時に些細な違いが大きな違いを生み出すことがある。
神族が、魔族たちが干渉することもあろう。
だが、今回は違う。
たった一人の意志が運命を変えた。
それは宇宙意志にとっては取るに足らない運命だったのかもしれない。
いくらでも修正が可能な運命だったのかもしれない。
でも重要なのはそこではない。
伊達雪之丞。
かつての親友と同じ名前、同じ容姿、同じ魂、そしてきわめて酷似した性格を持つ我が誇るべき教え子は運命に打ち勝った。
それが、とても誇らしい。
 
「いや、お前も大概タフだなぁ」
 
「面目ねえ」
 
「馬鹿、褒めてるんだ」
 
「それで、何があったの?」
 
「いきなり攻撃してきやがったんだ。わけのわからない道具、やばそうなんで叩き落したから効果の程はわかんねえけどそれを使って何かしようとしてやがった。……ただ、メフィストの生まれ変わり、ミカ姉を探していた」
 
「……とうとう追いついてきたのね。アシュタロス」
 
「とにかく注意してくれ。出来ることなら師匠の傍から離れないでくれ。連中、大真面目に強い。たぶん師匠でもなけりゃ勝ち目はねえ。やった感じ、パワーだけならゼクウの旦那以上だ。もっとも、接近戦の腕前は俺と同程度しかねえがな。とはいえあのパワーは厄介だ。師匠か老師でもなきゃ守りきれねえ。俺もこの程度の傷すぐ治して復帰するから」
 
「すぐ治してって、全治3ヶ月の骨折までしてるんだぞ」
 
「そうよ、雪之丞。私を庇って大怪我してしまったんですもの。今は安静になさって」
 
「……雪之丞」
 
「悪い。師匠。……畜生、ザマぁねえ」
 
俺はゆっくりと雪之丞の頭を撫でた。
 
「お前は、守りきったじゃないか。自分より遥かに強い相手から、数に勝る相手から、何一つ犠牲にすることなく守りきった。本当に強いということはそういうことだと俺は思ってる。……雪之丞、俺はお前を尊敬するよ」
 
一瞬何を言われたのか分からないといった表情だったが、次の瞬間誇らしげな笑みに変わった。
 
「今のお前なら一週間もしないうちに治せるはずだ。治ったら頼むぞ、頼りにしている」
 
「お、おう。三日で治す」
 
早速、チャクラを開いて傷の修復に当て始めた雪之丞に苦笑しつつ令子ちゃんたちを伴って事務所に戻った。
これ以上ここに留まるのは無粋だろう。
ルシオラ達が現れなかったことを気に止めながらもその先の展開に頭をめぐらせる。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ヒャクメ≫
 精神を集中する。
大丈夫、私の目から逃れられるものはないのね。
ましてや事前に情報があるのだもの。
老師に願い出て、千里眼様や、順風耳様の下で修行した私の心眼なら必ず見つけて見せるのね。
奪われた核ミサイル、究極の魔体の存在。その二つがあれば美神さんの抹殺命令は回避できる。
横島さんの憂いを一つでもはらしてあげることが出来るのね。
でも、それは当初の目的に過ぎない。
私の本当の目的は反デタント派の神族や魔族を割り出すことなのね。
絶対、絶対に許さないのね。
横島さんを殺した連中を。
横島さんのことを汚物のように言った連中を。
アレ以来私は真面目に仕事に取り組むようになった。
アレ以来、覗き見をやめた。
私の提出した証拠を周りに信頼させるために。
それはとても危険なことだということは分かってるのね。
戦う力を持たない私が多くの神族や魔族を敵にまわすということだから。
だけど今はためらわないのね。
私が死んでも横島さんは泣いてくれるだろうけど。
そんな優しい彼のためなら頑張れるのね。



[541] Re[40]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/10/05 04:34
 ≪横島≫
 「敵は……メフィストの霊波を頼りに転生先を割り出してくる可能性が強いわけだな?」
 
「そうなのね。まず敵は神界や魔界の地上における拠点を潰し、人間界とのチャンネルを閉じ、神・魔の力を奪った後にメフィストの転生を捕らえるつもりなのね。神・魔の混成部隊による討伐隊が派遣されたけれども……全滅してしまったのね。神・魔界はそれぞれの拠点に緊急警報を通達。……ですがすでに76の拠点は潰されてしまっているのね。事態を重く見た神・魔界は異例の速さで戦力を人界に派遣したのね~。それと同時にオカルトGメンを通じて各国政府機関に通達したのね」
 
「ヒャクメさまのおっしゃるとおり、我々オカルトGメンはその内容を各国の政府に通達しました。同時に、アシュタロスが保有する戦力。究極の魔体、逆天号と呼ばれる空中機動兵鬼、そして、某国から奪取したと思わしき核ミサイル搭載型の潜水艦。今頃各国政府は大慌てね。でも、ヒャクメさま、本当に感謝しています。頭の固い老人達には究極の魔体や逆天号のことは理解できなくても、核ミサイルについては理解できたみたい。令子を殺すという手段をとれば核による報復行動の可能性が考慮されるといったら蒼い顔をしていたわ」
 
ヒャクメが俺たちを招集してアシュタロスと神・魔族の情報を教えてくれる。
前回に比べれば大分マシな状況だ。
少なくとも、人間が敵に回る可能性は低くなった。
もっとも、完全になくなったと考えるほど甘い状況ではないが。
アシュタロスについて見逃してもらおうと考える国や個人がいないとは思えないからな。
あぁ、前回の俺ははたから見ればそういう状況だったわけか。
心の中で苦笑する。
しかし、この分だとヒャクメも俺のこと、知ってるみたいだな。
 
「それで今後のアクションは?」
 
「令子を守りつつ、敵のでかたを見るしかないわね。ヒャクメさまの情報は有効だったけど、こちらが動くにはまだ、条件が悪すぎるわ」
 
「……その件で一つ私から提案がある」
 
事態を静観していたカオスが声を上げた。
 
「敵が演算機、どれほどの精度のものかは分からんがそういったものを用いる以上、嬢ちゃんの中に魂の結晶があるのはいかにもまずい。言っては悪いが、嬢ちゃんの力じゃあ相手が少々悪すぎるでな」
 
「しかし、魂の結晶は令子の魂と同化しています」
 
「なに、やりようなんていうのはいくらでもあるのさ。同化しているとはいえ所詮は異物。取り除くことは不可能ではない」
 
「どうするつもりなのね?」
 
「魂というのはいってみれば情報の塊だ。過去の経験、記憶、ありかたなんぞは表に出ないだけでその中から消失したわけではない。例えそれが転生前のものだとしてもな。なれば今一度、魂より記憶を呼び覚まし、メフィストを一時的に表に出してやれば良い。魔族の魂からであれば異物たる魂の結晶を抜き取ることは可能であろうよ」
 
「……敵はまず優先的に令子を狙ってくる。そこの目的のものがなければかなりの時間稼ぎは出来るわね」
 
「アシュタロスが神・魔界のチャンネルを閉じるにしても無限ではないのね。時間がたてば有利にことが運ぶ可能性は高いのね」
 
「捨て鉢になって強硬手段を出してくる可能性も否定は出来ない。が、確かに現時点では有効かもしれないな」
 
俺は令子ちゃんのほうを見る。
 
「令子ちゃんはどうしたい?」
 
「え?」
 
「今の魂の結晶の持ち主は令子ちゃんだ。俺は令子ちゃんの自由意志に任せたい」
 
「いいんですか? 世界の命運までかかってるのに私の自由意志なんかに任せちゃって」
 
不安そうに尋ねる令子ちゃんに俺は笑顔で答えた。
 
「普通はよくないんだろうな。でもね、誰かの思惑で運命が決められる。俺はそういうのは大嫌いなんだ。だから令子ちゃんにゆだねる。そしてその決断に対して責任を持つ」
 
令子ちゃんは一度俯いて、そして笑顔を俺に向けた。
 
「私は美神の女よ。だから絶対に逃げない! だから、魂の結晶は横島さんが持っていて。私は負けないし、横島さんのことも守りきって見せるから。私は逃げるんじゃなくて、連中を罠にはめてやるのよ」
 
そういって笑った令子ちゃんの笑顔は、俺を守るといった笑顔は、美神さんの笑顔ではなく、令子の、あの日、俺という人間が終わったあの日、横島令子になるはずだったあの人が、最後に見せてくれた笑顔と重なって……。
知らないうちに彼女を抱きしめていた。
 
「ちょ、ちょっと横島さん」
 
涙は出なかった。
出さなかった。
 
「ご、ゴメン。……少しでてくる」
 
顔を真っ赤にした令子ちゃんを放して外にでた。
あぁ、なんて情けない。
彼女は令子ちゃんであって、令子じゃないって分かっているはずなのに。
部屋を出るとき、すれ違いざまにヒャクメに礼を言うと庭まで駆け出した。
                   ・
                   ・
 庭に出てすぐにエミがやってきた。
 
「どうした?」
 
「どうしたじゃないワケ。ホラ」
 
エミは着ていたジャケットの片側を広げてみせる。
 
「泣きたいときに泣かないのは馬鹿者がすることだって教えてくれたのは忠にぃなワケ」
 
あぁ、そうだったな。
 
「俺、馬鹿者だからさ」
 
俺がそういうとエミはヤレヤレと苦笑しながら近寄ると俺の頭を強引にその豊かな胸の谷間に埋めさせた。
 
「女の胸が前に出っ張ってんのは、泣きたいときに泣けない馬鹿な男の泣き顔を隠すためにあるワケ」
 
「……初めて聞いたぞ?」
 
「たった今、私がそう決めたワケ」
 
不恰好に胸に顔をうずめて見上げる俺にニィッと笑って見せた。
 
「どうせ、なきたい理由なんて教えてくれないんでしょ」
 
「……ゴメンな。悪い兄貴で」
 
「それでも、自慢の兄貴なワケ」
 
俺はエミの優しさが嬉しくて、暖かさが嬉しくて、間近に聞こえる心臓の鼓動が嬉しくて、久しぶりに涙を流した。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ヒャクメ≫
 横島さんに礼を言われた。
多分私が彼の過去を知った上での行動だと見抜かれていたのね。
でも、これはきっと知らないのね。
私が数多くの神・魔を謀殺したことは……。
 
人界にいる反デタント派を調べ上げた私は老師にお願いして彼らを討伐隊として派遣することを願い出たのね。
もとより、デタントを嫌う神族は魔族の世界など認めないし、魔族は魔族で反デタント派は戦いたい連中が多かったので嬉々として参加したのね。
私の目論見どうりに。
討伐隊が全滅すると知っていたから……。
これで、人界の反デタント派は一掃されたのね。
だけど怖かったのね。
今まで誰かを自分の意思で殺そうとしたことはなかったから。
討伐隊は必ず結成されるし、討伐隊が全滅することはほとんど確定事項なのね。
だから私は反デタント派を送り込んで実質の被害を減らし、邪魔な連中を排除した。
一番合理的な方法で、連中は敵なのに。
……振り返ると彼らがいるようで怖かった。
自分の手が血まみれのような気がして怖かった。
未来を知ることがこんなに怖いなんて知らなかった。
だからこそ、私よりもずっと前からこの怖さと戦ってきた横島さんを畏怖し、より良い未来を作り出そうとする横島さんを尊敬したのね。
……連中を、彼らを殺したのは私の罪。
私の業。
怖い。
けど……私は戦えるのね。
横島さんが笑っていられる未来を作るためなら。
怖くて、震えて、泣き叫んだって私は戦える。
そして彼の前では笑っていられる。
どんな悲しみにも負けない強くて脆い横島さんがそこにいるなら。



[541] Re[41]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/10/30 01:06
 ≪横島≫
 令子ちゃんから取り出した魂の結晶を弄りながら今後の展開を考えた。
絶対に成さなければならないことは三つもある。
一つは仲間から誰一人死者を出さないこと。
これは他の何を除いたとしても絶対に譲れない。
その次がルシオラ、ベスパ、パピリオの今後の安全の確保。
俺がいる間は絶対に守りきって見せる。死なせないのは当然のこと、彼女達も俺が守りたい人だから。
問題は俺がいなくなった後のことだ。元々アシュタロス陣営であるし、寝返らせるのは今回俺がパピリオのペットにされるつもりが無いので接点が少なすぎる。
そして俺は、ルシオラと恋人にはなれないだろう。
この間の瞬間まで、令子ちゃんと令子を重ねてみることが出来なかったように、あのルシオラと今のルシオラを重ねてみることは出来ないと思うから。
それは良いことだと思う。
彼女達は同じ容姿と魂を持っていたとしても別人なのだから同じと考えることはこれ以上ない侮辱だ。
だが、矛盾するようだがその思いが、どうしても消すことが出来ない線引きを行ってしまう。
重ねてみないようにするが故に、別人としては扱えない。
どうしても意識をしてしまうのだ。
そうやって意識すること自体が彼女達を同一と見ることとさほど変わりないとは理解しているのだが……。
何れにしろ、消える俺が彼女と恋人になれるはずが無い。
ともかく、俺がいるうちに布石をうっておかなければならない。
そして三番目に、究極の魔体を出現させ、それを打倒しなければならない。
俺からすれば重要度は3番目でも、この世界にとってはこれが最重要課題になってくる。
ただ、アシュタロスを打倒するだけではいけない。
それをやってしまえば神・魔族の反デタント派の連中にとっては全面戦争を行わせる格好の引き金になる。
だから究極の魔体の出現は譲れない。
上の三つより優先順位は落ちるが、これから起こる争乱の犠牲者は減らさなければいけない。
ユリンは決戦のときにも残して、防衛に当たらせる。
だが、今のユリンの限界はおよそ10万羽、並みの妖怪や、悪霊程度ならともかく、魔族クラスになると下級のものでも10数羽、それ以上になると物量で押す消耗戦を覚悟しなければ相手にならない。
フェンリルを相手にしたときは2万羽ほどの分身が囮になってようやく倒せたのだから。
前回出現した奴らの予測数は魔族がおよそ1000、妖怪が数千、悪霊にいたっては数百万から数千万。
これがオカルトGメンが出した予測数。あまりにも数が多すぎて正確な値が算出できなかったということもあるが、オカルトGメンの目の届く範囲内の数であるということも考えれば実際にはそれの数倍はいたんじゃないだろうか?
殆どが無秩序に暴れていたおかげと、G・Sたちの奮戦、そして比較的短時間で消えたため被害は規模を考えれば奇跡的といえるほどに少なかったが世界規模で見ればどれほどの人間が殺されたことか……。
なにしろ、おキヌちゃんが東京に出てきたときの騒ぎで東京中の悪霊が集まったとはいえ数万。人口から換算した単純計算で日本中の悪霊の総数は数十万。今回は復活した悪霊となるのだからその数はほぼ無尽蔵といっても良いだろう。いや、悪霊となりうるだけの知性をもった生命が誕生してから今日までの死者の総数を超えることだけは無いだろうが、そんな天文学的数字は無尽蔵とかわりが無い。無論その全てが復活なんてことはないだろうがユリンだけでは手が回らないのは間違いない。
そこから生まれる犠牲は俺のエゴが生み出した犠牲だ。
 
「やっぱり俺は皆が言うような良い人じゃあないな」
 
ルシオラたちに会いたいだけで、どれほどの犠牲を生み出すか分からない状況に持ち込もうとしているんだから。
 
そう思うと吹っ切れた。
【転/移】の文珠と共にかつての記憶にある場所へと飛ぶ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪アシュタロス≫
 「!?……お前は、横島忠夫!」
 
南極基地の私室で、逆転号にエネルギーを供給する前の最後の休息をとろうとしたところで一人の男がソファに腰掛手を振っていた。
 
「あ、俺のことは知ってたんだ。それじゃあ自己紹介はいらないな」
 
「こちらの作戦をことごとく潰されていった原因を調査したところ、その全てから貴様の名前が出てきたよ。神・魔族の拠点も後ひとつで全て潰し終える。そうなれば目下最大の障害がお前だ。嫌でも覚えるさ」
 
「魔界の六大魔王に、随分と買いかぶられたものだな」
 
横島忠夫は頬をポリポリと掻きながらどこかすっとぼけた調子でそんなことを言ってきた。
 
「それで、此度の来訪はいかなる用件でのことかな? 招かれざる客人よ」
 
「あぁ、取引に来た」
 
「ほう。こちらが満足するようなものを持ってるとでも?」
 
横島は小さな珠を二つ、こちらに放ってよこした。
 
「手付けだ。使い方は分かるよな?」
 
「これは、文珠か?」
 
【記/憶】【映/像】と文字の入った文珠のようなものを渡された。
私の記憶の中には文珠の存在はあるが、二つ文字の入った文珠は存在しない。
……この男、あるいは神・魔族以上に障害になるのかもしない。
これほどたやすく見せた以上、これすら切り札ではあるまい。
 
「その中に俺の記憶が映像化されて残っている。話はそれを見たあとだ」
 
初見のものではあるが危険は無いと判断した私は横島の記憶を映像としてみることになった。
それは力を持たない人間が私と戦い、打倒し、私の望みがかなえられた記憶。
私の娘が人間に恋をし、姉妹で殺しあった記憶。
そして私が滅びた後に起こった戦いの記憶。
私はそれをつぶさに検分し、偽りでないことを理解した。
 
「……それで、どういった取引かな? 【荒神】横島忠夫よ」
 
「コスモプロセッサを使用して世界の改変を行うのをやめて欲しい。アレを使われるとどうなるか俺にも予測がつかなくなるからな。そして、決着は究極の魔体を持ってつけて欲しい。それから、ルシオラ達のテンコマンドワードの解除を。……それと、できることなら今回の大戦で起こる被害を最小限に食い止めて欲しい」
 
「一つ目、二つ目の条件はのめる。いかに力があるとはいえ、このときの私はたかだか人間相手に遅れをとったのだからな。獅子が蟻に敗れたようなものだ。相手が蟻でもミジンコでも変わりあるまい。恐らく、ここでお前を殺したとしても宇宙意思が何らかの形で妨害し、世界の改変が成功する可能性は無いのだろうからな。そして、コスモプロセッサを使えない以上、究極の魔体を使う以外に私に残された手段は無い。して、お前からの見返りは?」
 
「あんたの悲願、俺が叶えてやる」
 
横島忠夫は真っ直ぐに私を見て断言した。
 
「……三つ目の条件まではのもう。だが、四つ目まではのめないな。お前に叶えてもらえずとも、究極の魔体を使えば我が望みは叶うのだからな」
 
「いろいろ踏みにじることになるぞ?」
 
「もとより覚悟の上だ」
 
「……そうか」
 
「……一つ問うぞ? お前は私を恨んでいないのか?」
 
「……一時期は恨んだ。だが今はそうでもない。むしろ共感すら感じている。……多分、俺とお前は似たもの同士なんだろ?」
 
世界を改変しようとするものと、実際に破滅の引き金となったものか。
だが、己の意思でそれをなそうとした私と、周りの意思でそうなってしまったお前では立場が違おう。
 
「……まぁいい。私が己の望みを叶えるために。そしてお前が本当に私の望みを叶えられるのかを確かめるためにも全面対決は避けられまい。ルシオラ達が任務に失敗すれば私の魔力を持ってコスモプロセッサを起動させる。魂の結晶が無ければ世界を改変することは出来ないだろうが、殉教者達の復活程度なら今から調整すれば出来る。目標はお前の住む日本。布告なき戦闘はせずにおいてやる」
 
「了解した。戦線の拡大化の阻止と、準備が出来るだけ前よりましか。それじゃあ次会うときは戦場で」
 
「また会おう。【荒神】横島忠夫。招かれざる客人ではあったが久方ぶりに楽しめたよ」
 
「また会おう。【魔王】アシュタロス。楽しかったよ。次に会うときは戦場で」
 
横島が消えた後、彼の記憶をシミュレートする。
【荒神】横島忠夫が見せた能力は認識、適応、進化、復活。生物の持つ能力を極限まで高めてモノだ。
自分のおかれている状況を正確に認識し、その状況に適応し、打破できるまでに進化をする。
この能力は下等な生物であればあるほど、例えばウイルスや細菌、単細胞生物などに顕著に見受けられる能力だが、高等な生物になるほどその勢いは失われる。
だが、【荒神】は進化しきるまで幾たび殺されようとも復活を遂げた。
これではいかなる存在であれ、最終的な敗北は必至だ。
究極の魔体であれ、いずれは敗れ去るだろう。
なにしろ、亜空間に追放されても舞い戻ってくるのだ。平行宇宙理論を用いたバリアも恐らく意味をなくし、攻撃に適応されてしまえばなすすべは無くなる。
私の発想からは出てこなかったが、アレこそが究極の一つの形だ。
だが、横島忠夫はいまだ【荒神】に至っていない。
それでも。
 
「究極の一つの形に至った男……期待してしまうのは研究者としての性か。それとも同じように消えることを望むがゆえか」
 
共感というのだろうか。
私はあの男もまた自らの消滅を願っていることに気がついた。
自分という存在に耐え切れなくなった男が、もう一人のために願いを叶えると言う。
……良いだろう。ならば私もお前の望みを極力叶えてやるのが筋というものであろう。
私は計画に若干の修正を施すために机に向かった。



[541] Re[42]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/11/09 04:07
 ≪アシュタロス≫
 「……まだ拠点の全てを潰せず、メフィストの生まれ変わりも見つけられぬのか」
 
「申し訳ありません。アシュ様」
 
土偶羅魔偶羅、ルシオラ、ベスパ、パピリオが跪き、私の言葉を待っている。
 
「……時間が無いのは知っているはずだろう! 三日以内に最後の拠点、妙神山を落とせ。それと平行してメフィストの生まれ変わりを捕らえよ」
 
「し、しかしアシュタロス様。妙神山の方はともかく、メフィストの生まれ変わりについてはまだ手がかりも……」
 
「馬鹿者! お前達がのんびりやっている間に私のほうで目星をつけておいたわ」
 
映像機に美神令子の姿が映し出される。
 
「これがメフィストの生まれ変わりだ。……ルシオラ、ベスパ、パピリオ。前へ」
 
私の言葉に我が最愛の三人の娘達が我が前に立つ。
 
私は彼女達の頭に手を置くとテンコマンドワードを書き換える。
 
「テンコマンドワードを書き換えた。いや。全てデリートしたというべきだな。代わりの命令は一つ。三日以内に妙神山を落とし、一週間以内に美神令子っを捕縛できなかった場合私に関する記憶をすべて消去する」
 
「そんな、アシュ様!」
 
「一週間以内にそれがなされなければ作戦を強制的に次のフェイズに移行せざるをえない。その時に役に立たない部下は足手まといなだけだ」
 
私はそうきって捨てると……最愛の娘達との最後の邂逅を終えた。
横島、娘達のことは頼む。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪小竜姫≫
 「我らの興亡はこの一戦にあり!」
 
神・魔界の拠点はことごとく潰され、もはやこの妙神山を残すのみ。
 
「小竜姫、だめなのね~。相手の断末魔砲の威力のほうがこちらの兵装をはるかに上回ってるのね~」
 
ヒャクメは最近神がかったかのように(実際神族なのだが)敵であるアシュタロス陣営の戦力の情報を得、今は全滅してしまった攻勢部隊の出陣を止め、その全滅をもって彼女の情報が正しかったことを示した。(自信が無かったからなのか、その引止めはあまりにも弱く、かえって煽っているようにも見えたが)そして今もみなの士気を落とさないために臨時的に司令官のような立場にある私にだけそういった。
こういった気遣いも以前の彼女には見られなかったものだ。
 
「あなたの情報を疑うわけではないわ。でも、神・魔族の拠点は残すところここ一つだけなの。ここが落とされれば神・魔界からの増援も送られず、全ての冥界チャンネルを閉じられた私たちは徐々に力を失い敗北は必死。ならば妙神山は何に変えても死守しなければならないの。老師の不在は痛いけれど、管理人としてもここを落とされるわけにはいかないわ」
 
私が断言するとヒャクメは悲しそうに私を見つめた。
 
「ヒャクメ、あなたは横島さんの元に。ここにいたってはあなたの情報収集能力は私たちよりも横島さんにこそ価値があるでしょう」
 
「小竜姫、死ぬつもりなのね?」
 
「まさか。私は武神小竜姫ですよ。確かに死兵は強いけど後が続かないもの。戦いでは最後まで希望を捨てないものが最終的には勝つのよ」
 
「だったら私も残ってるのね」
 
「ヒャクメ……」
 
「小竜姫は頭に血が上りやすいから後ろに誰かいないとすぐに突っ込んで行っちゃうのね~」
 
「コラ、ヒャクメ!」
 
最初は小声だったのだがいつの間にか大声になっていたのだろう。
みなの周りから笑い声が漏れる。
 
全くもう。
 
けど、これは良い兆候よね。
悲壮感がなくなってるもの。
 
「……小竜姫、後5分で来るのね」
 
「分かりました。すぐに迎撃の準備を」
 
「それには及ばんよ」
 
奥の間から現れたのは斉天大聖老師その人だった。
 
「ここの武装ではヒャクメの言う通りちと歯がたたん。かといってワシが出て行ってはここいら一体が焦土と化してやはり冥界のチャンネルは失われるだろう。そうなってはワシがアシュタロスとやりあえるのは一週間かそこらかの。それを過ぎればワシはアシュタロスに止めをさせんほど弱体化してしまうじゃろう。じゃが、ここ、妙神山には小竜姫、お前も知らん装備がある」
 
「私も知らない装備?」
 
「妙神山主たるワシがここにいる限り、外からの侵入を完全に遮断する結界よ。最も、それを使ってしまえばワシはこの妙神山から離れることはできんし、この妙神山から外にうってでることも出来なくなるがな」
 
「しかしそれでは」
 
「ここ、妙神山の外にも妙神山は存在するじゃろう? そこへの行き来は自由よ。何しろあそこも妙神山じゃからの」
 
老師はにやりと笑って見せると門を開いた。
妙神山の外にある妙神山。
妙神山東京出張所である横島さんの事務所へと。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 正式に対アシュタロスに対する説明が持たれた。
ただ前回はなし崩し的に行われたのだが、今回はなぜか首相官邸でアシモト首相の前で行われた。
この場にいるのは美智恵さん、西条の他に、うちの事務所の面々、冥華さん。唐巣神父とピート、それからG・S協会のお偉方。それからアシモト首相に警視総監、防衛庁長官をはじめとした高級官僚たちだ。
 
「……以上で報告は終わりです。オカルトGメンは日本国政府、ならびに日本G・S協会に対し協力を要請します」
 
会議場がざわめく。俺たちとアシモト首相だけが落ち着いたままだった。
 
「横島君。あなたの協力が必要なんだけど」
 
俺はそう言った美智恵さんに一枚の紙を差し出した。
 
「……横島君。あなた、これがどういうことだか分かってるの?」
 
俺が差し出した紙は契約書。
俺が普段事務所で使っているもの。
即ち、妖怪や魔族に対する生殺与奪を俺に任ずるという誓約書。
 
「この誓約書が通らないのであれば俺は協力する気は無い」
 
「横島君!」
 
美智恵さんが氷の仮面を被りこちらを睨みつけるが俺はそれを受け止める。
 
「いい、横島君。オカルトGメンはICPOの下部組織よ。オカルトがらみであれば逮捕権だってあるわ」
 
「言われるまでも無い……投獄なり、G・S免許の剥奪なりご随意に。ただし、俺は協力しない」
 
そう言い切った俺に周り、オカルト関係者からいっそうのざわめきが起こる。
自惚れでもなんでもなく、日本における霊能力者の中で魔族と対等に渡り合えるのは美智恵さんと西条を除けばその殆どがうちの事務所の人間。その中でも俺が最強の札であるからだ。
 
「そこまでだ」
 
俺と美智恵さんの睨みあいはアシモト首相の一言で遮られた。
美智恵さんは他の人間には分からないようにほっと一息ため息をついた。
 
「……今朝、宮内庁を通して天皇陛下から一つの要請が私の元に届けられた。内容を要約すれば横島君にこの問題に対する日本国政府、並びに日本GS協会の全権限を委ねて欲しいということだ。そういう神託を受けられたらしい。勿論それに強制力も何も無いがね。だが、私はそれを認めようと思う。日本国政府、並びに日本G・S協会とオカルトGメン日本支部の全権限を横島君に委譲する」
 
これは想定外の異常事態だ。
個人に日本の全権限を委譲するだって!?
 
「しかし首相。オカルトGメンは国際組織の……」
 
アシモト首相は十数枚の書類を差し出す。
 
「それについても問題はないだろう。今日一日だけで横島君に対する人物照会の依頼がこれだけ寄せられたよ。中国、インド、韓国、イタリア、イスラエル、パレスチナ、イギリス、ロシアそれこそ世界各国からね。皆その国の国教や、その国の多勢を占める宗教の宗主からせっつかれたらしい。明日にはもっと増えるかもしれないな」
 
アシモト首相が苦笑してみせる。
 
「わが国と同じだよ。各宗教の宗主がこぞって日本で巨大な魔との戦いがあり、人類の存亡はそれにかかっている。それを打倒するのは【横島忠夫】ただひとり。彼に協力すべしと神託が降りた。政教分離とはいえ宗教の影響力は計り知れないからね。政治家だってそりゃ躍起になる。下手すれば暴動ものだからな」
 
なるほど、神族の差し金か。
いや、キーやんが俺が動きやすいように取り計らってくれたのだろう。
 
「これだけの国が動けばICPOも認めざるをえないだろう? それにここで彼を投獄してしまったら……私は次の選挙で落選してしまう」
 
アシモト首相が冗談めかして言った。
 
「その誓約文が彼の条件だというのなら日本国首相としてのもうじゃないか。横島君。受けてくれるね?」
 
「……大任ですね。ですが、その誓約書さえ守っていただけるなら私は如何様にも戦いましょう」
 
やるべきことは増えたな。だが、前よりも条件は随分良い。
……なら、やってやるさ。
一人で戦うよりも被害をずっと減らせるんだからな。



[541] Re[43]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2006/12/08 04:07
 ≪ルシオラ≫
 一体何発の断末魔砲を撃ち込んだことだろう。
だというのに妙神山は未だ変わらぬ姿を保ち続けている。
 
「くそ! もう一発だ」
 
ベスパが苛立たしげに断末魔砲の発射ボタンを押そうとする手を押しとどめた。
 
「ルシオラ」
 
「無駄よ。これ以上やっても。多分あの結界を張っているのは闘勝戦仏斉天大聖ハヌマンに間違いないわ。あの猿は元は花果山の岩より生まれた岩猿。山にこもっている限り山の加護があるわ。今は無駄なことに時間を浪費するよりももう一つの目的、美神令子の捕獲に全力を注ぎましょう」
 
「チクショウ! パピリオ、美神令子の居場所はわかるか?」
 
「え~と、……海の上にいまちゅね。南鳥島沖の日本の領海ギリギリのとこでちゅ」
 
「……理由が分からないわね。私たちが美神令子を狙っているという情報がもれているのなら誘うとも取れなくは無いけど」
 
「どうでも良いだろうそんなこと。時間が無いんだ」
 
どこか釈然としないものを感じつつも逆天号に移動の指示を出した。
                   ・
                   ・
                   ・
 【横島】
 神々+魔族VS俺の構造が出来上がっている。
いや、うちの事務所の皆は俺の味方についているし、神族の中にも小竜姫様や七福神、将門公のようにこちらよりの中立の神族や、ワルキューレやジーク、アモン大佐等の魔族がいる。月神族は中継で会議に参加しているがこちらは全面的にこちらの方についてくれている。
理由は、妙神山から来た地上駐在の神・魔族と、妙神山経由で送られてきた神族、魔族の増援部隊に対し、アシモト首相に突きつけたのと同じ条件と、こちらの指示に従ってもらうようにつきつけたからだ。
魔族側はアモン大佐(本来ならこちらに来れるような魔格の持ち主ではないのだが、ごく最近来界している上に子供をなしていたがためにこちら側との結びつきが強く魔族側の司令官としてこちらに来ることが出来た)が司令官であるため正規軍で構成された魔族の軍は表立って異を述べないが心情的には神族と変わらないものが多いだろう。神族側からすれば人間達は自分達に全面協力するのが当然と考えていたらしく、そこに俺が条件を突きつけたために一部の高圧的な神族がいきりたち、それを良識派の神族がどうにか宥めている感じだ。
魔族側の司令官がアモン大佐なのはサっちゃんのおかげか。神族側に頭が固い連中が少ないのもキーやんの方で手を尽くしてくれたようだがそれでも全部というわけにはいかないか。
 
「貴様! 人間風情が我らに従えというか」
 
今にも剣を抜きそうな神族の急先鋒はアレス。
アシュタロスにばれない様にするためか、現在主流の唯一神教系、仏教系、ヒンドゥー教系の神・魔族の数は少なく、いや、増援部隊ではなく、元々地上に駐在していた天使の数は意外にも多かった。それも、神の代弁者としての人々に罰を与える旧い天使ではなく、人々に救いをもたらすための天使が。(大雑把な見分け方をすれば旧約聖書などに登場する天使は人外の姿をしたものも多く、人間型をしていてもガブリエルを除けば中性であるし、人間とは思えない神々しさがある。対し、新しい天使は羽と光輪を除けば人間と変わらないし、性別がハッキリしている)まぁ、キーやんが手を回してくれたのか控えめながらこちらよりか? だが、どういうわけか女性型の天使ばかりだ。
ともかく、アシュタロスに隠して用意されていたのがティターン神族やダヌー神族を中心にした混成軍だが、元々神々が人間を支配していた時代の神だ。俺の申し出に我慢できないのも分かるがこれは譲れない。
 
「あなた方が種として人間以上の力を持っていることは認めましょう。だがここは人間界で、その力で無為に暴れられたら、市街地で暴れられたらどれほどの人命が損なわれると思っておいでか?」
 
「そんなこと」
 
アレスは鼻で笑った。
 
「大事の前の小事ではないか」
 
……駄目だ。
記憶が甦る。
俺は人間の代表としてここにいるというのに。
黒い感情が止められない。
 
「なるほど。流石は暴虐の神だ。その短慮、同じく戦の神である女神にただの一度も勝利することが無かったことがよく伺える」
 
俺はきっと嘲笑していたのだろう。
アレスの顔は真っ赤に染まり剣を振るった。
俺の右腕が切り飛ばされ、俺自身は衝撃で吹き飛ばされる。
雪之丞が真っ先に、それに殆ど遅れず令子ちゃんたちが俺を守ろうと俺の下に来るがそれを左手で制する。
 
「カオス」
 
名前を呼んだだけでカオスには俺の意図が分かったのだろう。
みなの前に障壁を作る。
カオスが作ってくれた指輪の生み出す障壁を俺を中心にではなく、対象を中心に生み出すための装置。
これでみなの心を壊すことは無い。
 
「幾たび敗北しても何も学ばず、暴虐をつくしては虐げられたものの絶望を知らぬ。たいした戦神だ」
 
俺の侮蔑に怒り心頭のアレスは人間など軽く消滅できるほどの霊波砲を放つ。
が、その前に俺は光に包まれた。
これは封印のための結界か。
 
「アレス! 貴公はこの人間を消滅させる気か」
 
「邪魔をするなブリギッド!」
 
「ふざけるな。確かにこの者は神を神とも思わぬ物言いではあったが、元は貴公が人の犠牲を小事と言い切ったからではないか!」
 
彼女はいい人みたいだな。この封印は俺を封じるために張られたのではなく俺を守ってくれたのか。
少々心苦しいな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ブリギッド≫
 バキン。
まずその音がした。
アレスと向かい合っていたにもかかわらず、その音を無視できなかった私は振り返り、信じられぬものをみた。
私がかけた封印の壁から腕が生えていたのだ。
バキン。
もう一つ腕が生えてきた。
腕は力任せに壁をはがしにかかるとまるで石膏のように壁が剥がれ落ちていく。
あれは、即興ではあるが戦いの女神である私が施した最高の封印。
それが脆くも崩れ去り、アレスを侮辱した男。横島忠夫が何事もなかったかのように両の腕を使って壁を破壊していった。
アレスに切り落とされた腕は元の通り生えていて、全身に黒い鱗を持った蛇のような模様が浮かび上がっている。
壁が全て取り払われた時、私の心に衝撃が走った。
なんだ、この感情は?
悲しみでもない。怒りでもない。暗く沈んだこの感情。全身に沸き起こる不快感。
 
「絶望を……教えてあげるよ」
 
横島はそういうとゆっくりとアレスの元に歩み寄る。
 
この感情が絶望なのか?
この暗く、冷たい感情が。
 
「あぁああ!」
 
半狂乱になったアレスが霊波砲を放つ。
千切れ跳ぶ右足。
だが横島は地に伏さない。
そしてなくなった右足が見る間に生えてきた。
もう一度霊波砲を放つが、今度はその霊波砲が横島を傷つけることは無かった。
歩みは止まらない。
どれほどアレスが霊波砲を放っても横島はまるで傷つくことなく前進をやめない。
まるで悪夢だ。
そして至近距離。
アレスが放った突きは確実に横島の心臓めがけて放たれ、胸に当たって止まった。
 
「絶望したかね? じゃあ、次は恐怖だ」
 
横島の右腕が巨大な爬虫類、否。
龍の右腕にかわると、不思議と理解できた。
あの右腕はアレスを殺せると。
だが、誰も動けない。
いや、一柱だけが動いた。
 
「ほれ、横島殿。その辺にしといたらどうじゃ?」
 
寿老人が持っていた杖でポンポンと横島の肩を叩いて諌める。
 
「……寿老人。あなたは俺の味方だと言ってなかったか?」
 
「あぁ、勿論横島殿の味方じゃよ。だからこそ止めるのじゃないか。だって、横島殿。おぬし自分が泣いているのにも気がついておらんじゃろう?」
 
寿老人に指摘されるまで気がつかなかった。
横島は涙を流していた。
龍の腕が消え、全身の模様が消えると空気は嘘の様に軽くなった。
横島は切り落とされた右腕から指輪をはずすと新しい右腕にはめなおす。
 
横島がこちらに歩み寄ってきた。
先程の絶望と恐怖は無い。
それでも体が強張ることを禁じえない私に横島は深々と頭を下げた。
 
「ありがとうございました。俺を守ろうとしてくれて」
 
「え、いや。貴公には要らぬ世話だったようだが」
 
戸惑う私に、横島は笑顔を見せる。
 
「それでも、ありがとうございました」
 
毒気が抜かれたように呆ける。
横島は儚げな、それでいてとても良い笑顔で私に礼を言う。
 
「……アモン大佐。人間界における神・魔の拠点を潰した魔族は我々人間の手で捕らえましょう。それが成ったならば彼女達の処遇はこちらで決めさせていただきたい」
 
「お待ちください、横島さん。我ら月神族の力、是非ともお役立てください」
 
「いいだろう。かの魔族たちを人間と月神族の力だけで捕らえたならば我ら魔界正規軍はお前の指揮下に入る。もとより、月神族はそうでもない限り我らへの魔力の供給をきるだろうから他に選択肢は無いだろうしな」
 
「その通りです。我ら月神族は我らの恩人たる横島様達がいるからこそ協力しているのですから」
 
異を唱えられる者はいなかった。
 
「小竜姫殿。横島殿はどういう人間なのかでしょう?」
 
私は神族で最も横島殿に近しいであろう小竜姫殿に尋ねる。
 
「みていれば分かりますよ。これから横島さんが何をするか。ただ、信用できる人です」
 
私はかの人物がどういう存在なのか分からない。
ただ、あの涙と笑顔が酷く印象に残った。



[541] Re[44]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/01/04 00:41
 ≪横島≫
 ニミッツ級原子力空母。
アシモト首相と美智恵さんを通してアメリカ海軍より借り受けた原子力空母と、その護衛に『たかなみ型汎用護衛艦』を中心にした海上自衛隊の護衛艦隊と、もともとニミッツに随行していた米軍の護衛艦隊を引き連れた大規模な艦隊は周囲に影響を与えにくく、かつ、日本の領海内の南鳥島沖を目指して進む。
その間にも急ピッチでニミッツの巨大魔方陣を中心としたオカルト兵装の最終調整は進められていた。
 
「準備は磐石な用じゃのう、横島殿」
 
寿老人が俺の肩を杖でポンポンと叩きながらそう言った。
周囲には誰もいないので前から疑念に思っていたことを問いただすのにはちょうど良いか。
 
「寿老人さま、あなたはどうして俺たちの味方をしてくれる?」
 
「決まっているじゃろう。友達だからじゃよ」
 
「それです。私はあなたにお会いしたのは宝船の一件が初めてのはず。なのにどうして」
 
俺がそういうと寿老人は面白そうに笑った。
 
「あれほど忘れるなよと言うたのに忘れてしもうたか。ま、無理もなかろうて。横島殿は少しも変わらないというのにワシも初めて会った時は確信がもてなかった。それに引き換えワシは老いたしなぁ。だが、約束は果たされたぞい。神と成ってもまた会えたんじゃからな」
 
寿老人の台詞に、俺はとある一つの仮説を思い出した。
七福神に対するオカルト上の仮説。
あの時、寿老人は自分達はオリジナルか? との問いに笑ってオリジナルだと答えた。
点は全てつながり一つの解を導き出す線となる。
 
「また、会えるとは思ってもいなかった」
 
「ワシもじゃよ。横島殿。横島殿と別れてから、この姿に封じられてこれまであまり良いことは無かったが、横島殿に再び会えただけで全て帳尻が合うわい」
 
寿老人は呪老人として言葉をつむぐが最後の笑顔は何時か見たあの笑顔だった。
 
「おいおい、一人で話してないで私たちも混ぜてくれよ」
 
他の七福神を代表してか、福禄寿が声をかけてきた。
 
「こうしてまともにお話をするのは初めてですね。法師。十二神将の件ではお世話になりました」
 
「たいしたことはなかったよ」
 
そう笑顔で返す法師。
 
七福神の皆と歓談している俺たちと、それを興味深そうに、あるいは恐怖に怯えた瞳で見つめる神・魔達。
 
「ところでお前さんは外の手伝いに行かなくてもいいんかの?」
 
「そうですね。俺は最後の詰めとしてここに残りますよ。大丈夫、あいつらならやってくれます。いえ、そのくらいはやってもらわないと」
 
「中々スパルタじゃのう」
 
「強くなくても生きていける。そんな優しい世界に皆がいつまでもいられれば……いて欲しい。無駄に終わるならこれほどうれしいことはない」
 
見つめる視線の先に仲間がいる。
涙が一筋流れた。
 
嫌だなぁ、もうすぐ終わりだと思うと涙腺が弱くなっているみたいだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 「ねぇ~、令子ちゃ~ん」
 
準備も終わり、後はあの三人がやってくるのを待つばかりというところで冥子が口を開いた。
 
「あの三人を~、捕まえるだけにしましょうね~」
 
いつものようにのんびりとした様子だが付き合いも長い親友だから極めて真剣にそ言っているのが分かった。
 
「どうしたのよいきなり。そりゃあ、無闇に殺したいわけじゃないけどさ」
 
いつの間にか集まってきた皆も半ばいぶかしんで冥子の言葉を待つ。
 
「だって~、お兄ちゃんがすご~く悲しむと思うもの~」
 
横島さんが悲しむ。
確かに横島さんは助けられる命はいつだって助けようとしていたから。
だけど冥子はそれ以上の理由を付け足した。
 
「お兄ちゃんが~、お月様から落ちてきた時のこと覚えてる~?」
 
月から落ちたおにいちゃん。そう言うとなんだかとってもメルヒェン。
いや、そうじゃなくてあの時のことは洒落にならないくらい深刻な事態だった。
 
「あの時~、私たちの名前を呼んだ後にこういってたわ~。ルシオラ、ベスパ、パピリオって~。それってあの子達の名前でしょう~?」
 
どうしてかは分からないけど~、お兄ちゃんにとっては私たちと同じくらい大事にしている人だと思うの~。と続いた言葉を半分聞き流す。
確かにあの時、横島さんはあの三人の名前を呼んだ。
何故かは分からない。
どうしてあの三人を知っていたかは分からない。
ただ、あの三人を大事に思っていることだけは分かった。
 
「……なぁ、いまから作戦の微調整って出来るか?」
 
大怪我を負わされた雪之丞が一番にママに問うた。
 
「あのね、作戦って言うのは簡単に微調整できるもんじゃないのよ」
 
でも即座に否定しないのは、頭の中でその方法を考えているから。
 
「テレサ・航行不能以上の被害を与えない・ポイントの算出を・お願いします」
 
「分かったわ。姉さんは出力調整のほうをお願い」
 
「こっちの呪いは使えないワケ。やっぱり吸収形の呪いをメインにするしかないか」
 
「それやったら僕の針と組み合わせへんか? 僕の針やったら宙に舞わすよりも効果的やとおもうで」
 
「逮捕なら僕に任せておいてくれたまえ」
 
「もう、西条君まで勝手なこと言って。いいわ。このまま勝手に動かれるよりはどうにか作戦のほうを微調整します」
 
呆れたように呟くママも、口元に浮かんだ安堵を隠しきれていない。
何を苦しんで、何を悲しんで、何があったかは教えてくれないけど。
横島さんを悲しませたくないのは皆同じ気持ちだから。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ルシオラ≫
 逆天号のモニターに空母とそこに描かれた巨大な魔法陣。そして、その中央に二人の人間の女。
一人がターゲットの女に間違いない。
相手は逆天号の姿を認めるや否や、いっせいに護衛艦隊から砲撃を開始。
通常兵器が聞くはずもないと高をくくっていたが砲撃は少なからず逆天号に衝撃を与えた。
どうやら銀か、オカルト処理をした弾頭を使っているらしい。
だが、逆天号の装甲を考えれば豆鉄砲のようなものだ。
しかし、その豆鉄砲に気をとられたがために別にあった高エネルギーの発見が遅れた。
慌ててそちらに断末魔砲を向けるが、相手の発射のほうが早く逆天号は断末魔砲に匹敵する砲撃を受け航行不能に陥ってしまった。幸い、艦橋は運良く外れたらしくみんなは無事だが今回はひくわけには行かない。
 
「畜生! 舐めやがって」
 
「ベスパ、あまり感情的にならないで。パピリオ、私たちも出るわよ」
 
「分かったでちゅ」
 
土偶羅様を脱出ポットに入れると揃って外に飛び出す。
が、
 
「空母が、3隻?」
 
モニターで見た原子力空母は一隻、しかし眼前には3隻の原子力空母がある。
そして空がいきなり暗くなった。
あからさまな幻術。
そして護衛艦隊から酷く明るく輝く炎が幾つも灯され周囲を明るくする。
だめ、これじゃあ眷属が使えない。
完璧に罠にはめられた。
上空からの断末魔砲に匹敵する砲撃と、艦隊からの砲撃で分断された私たちは仕方なく三隻の空母に分かれて目標の確保に向かった。
 
 ≪雪之丞≫
 艦砲射撃が一斉に放たれる中、マリアとテレサが上空に飛び立つ。
 
「テレサ・お願い・します」
 
二人の会話が無駄にリアルタイムで流れてくる。
マリア、テレサ組。俺、ピート、西条の旦那に唐巣神父組。美神親子組。エミ姉ぇ、冥子姉ぇ、鬼道の旦那、シロタマコンビ組。これらがそれぞれ何を言っているのかがリアルタイムに分かるし全て艦橋に映像付で分かるようになっている。艦橋で大掛かりな幻影を作っているタイガーの力なのだがこの無駄極まりない付随効果は全て艦橋のお姫様のためにある。
いいのか? 美智恵さん。滅茶苦茶公私混同なきがするんだが。
 
「あなたに、力を」
 
迦具夜姫もなんだかんだいってのりのりだ。
月からアンテナ兵鬼ヒドラを介してカオス製の中継衛星を経て月の魔力がマリア、テレサの持つL字型のアンテナに魔力が送られる。……カオスも相当楽しそうに悪乗りしてたな。
 
「マイクロウェーブ、来ましたわ」
 
マイクロウェーブじゃないだろ。
 
「マジカル・サテライトキャノン(衛星魔力砲)・発射」
 
イロイロふざけちゃいるが、威力は大マジ。
逆天号とかいう兵鬼の航行制御部分を一気に消し飛ばした。
そのまま艦砲射撃とマリアたちの砲撃で分断すると一体がこっちに飛んでくる。
 
「銃身が・焼け付くまで・撃ちつくします」
 
「姉さん、それ作品が違うわよ」
 
ありゃあ、ルシオラって言うやつか。
どこから仕入れてきたのかはしらねえが、あいつは幻術と麻酔、それから光を操る蛍の魔族だと師匠が言っていた。
俺が合図するまでも無く、ピートは霧化してチャンスをうかがう。
……はぁ、やらなきゃいけねえんだろうな。泣かれるのも嫌だがミカ姉が怖い。
 
「デーモニック・ブレストバーンー」
 
ワザワザ出しにくい胸から炎を纏わせた霊波砲を放って口火を切る。
むしろ顔から火が出そうだ。
 
「こっちは偽者」
 
「気がついたって遅え!」
 
魔装術を展開。
このまま殴りかかったところで勝てやしないが俺はおとり。
 
「デーモニック・サンダー・ブレイク」
 
……諦めよう。考えたら負けだ。
相手の攻撃を避けることに第一重点を置いての空中戦。
距離を置いて幻術を使おうとすると甲板に出ている自衛官と西条の旦那が射撃をしてそれを押しとどめる。
後は旦那が足止めして、ピートが決めるだけなんだが……。
確かにスピードもパワーも俺が相手になるような相手じゃあない。
けどな、
 
「動きが稚拙なんだよ!」
 
師匠や小竜姫、五月に比べりゃ何でもねえ。
 
「な、当たらない。何で?」
 
「後ろに守んなきゃいけねえ奴がいなきゃあなぁ、素人むき出しの動きじゃああ速かろうが強かろうが負けねえ!」
 
不意を突いて頭を掴むとそこに銃弾のように収束した霊波砲をマシンガンのように放つ。
 
それを喰らって甲板へと落ちるルシオラ。
 
「なんで、立てない」
 
「俺の霊波砲なんざ、お前らにしたらでこピン喰らったようなもんかも知れねえが、あんだけ喰らえば脳が揺れて立てなくなんだよ。こちとら自分よか強い連中ばっか相手にしてんだ。舐めんじゃねえ」
 
「おいおい、僕達の役目を残しといてくれよ。これを投げつける予定なんだから」
 
ガラス板のような結界を持った西条の旦那がぼやく。
旦那は人型決戦兵器の弐号機だったな。
 
「そうですよ。せっかくドクター・カオスの捕獲装置も凝ってもらったんですから」
 
そういいつつトリケロス型の捕獲装置でルシオラを捕獲するピートはミラコロ付ガンダム役。
お前ら相当ノリノリだったんだな。
 
「わりい、ま、他のところの応援行こうぜ」
 
「いや、その必要はなさそうだ」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 「ふざけやがって! 死ねえ」
 
真っ直ぐ突っ込んでくるベスパ相手にママと二人で神通棍を構える。
 
「ねぇ、ママ。本当にやるの?」
 
耳元ではやけっぱちな声でデーモニック・ブレストバーンと叫ぶ雪之丞の声が響く。
 
「まぁまぁ、それより来るわよ」
 
まぁ、しゃあないか。
 
「マ、……お母様、アレをやるわ」
 
「えぇ、良くってよ」
 
うわ、ママも相当ノリノリ。
 
「スーパー」
 
「稲妻」
 
「「神通棍」」
 
出会い頭にママと同時に、原子力空母の電力を全て霊力に変換した神通棍を喰らったベスパはその予想外の威力をまともに喰らって吹き飛ぶ。
急所ははずしているから生きているはず。
 
「捕縛結界装置、始動」
 
あらかじめ、カオスが施した結界装置は艦全体を覆うように広がると、倒れたままベスパは立ち上がれない。
それでも悪態をつきながら何とか立とうとするベスパにカオス特性麻酔薬の詰まった麻酔銃で撃たれて沈黙した。
 
耳元でカース・ファンネル。とか、私たちの野生を~、見せてやるわ~。とか、我が霊波刀に断てぬもの無しでござる。とか、分身殺法フォックスシャドーとか聞こえているから大丈夫よね。
うぅ、恥ずかしい。
けどしゃあないか。可愛いし。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪おキヌ≫
 唖然とした神・魔族の皆さん。
いえ、七福神様達やヒャクメ様、アモン大佐は腹を抱えて笑い転げてますし、小竜姫様やワルキューレさんたちは少しいたたまれなそうな様子です。
そして、大好きな横島にぃににだきかかえられたヒノメちゃん。主だったメンバーがこちらなため安全のために連れてこられた彼女は手を叩いて喜んでます。
 
美神ヒノメちゃん。何気に美神家や、横島除霊事務所で絶大な決定権を持つ(というよりみんなして甘やかしている)彼女は最近ロボットアニメがお気に入りです。



[541] Re[45]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/01/25 01:45
 ≪横島≫
 警戒していた無差別破壊もなく、俺が止めに入るまでもなくルシオラたちを生かして捕らえてくれた。
おかげで、逆天号から飛び出す脱出ポットを捕まえ、逆天号自身と中で飼っていたパピリオのペットたちを救出する時間が取れた。
逆天号を空母の傍に停泊させ、脱出ポットに乗っていた土偶羅魔偶羅を艦橋の一室に案内する。
艦橋にいた多くの神・魔を前にしてもあまり慌てたそぶりはない。
前回の時は割と情けない姿というか、妙にシンパシーを感じるキャラだっただけに少々意外ではあったのだが。
 
「責任者と話がしたい」
 
開口一番そう言った土偶羅に名乗り出る。
 
「人間の責任者は俺だ。魔族はアモン大佐で、神族側の代表はまだ決まっていなが、暫定的に人間界における最高責任者、闘勝戦仏斉天大聖の代理の小竜姫さまが纏めている」
 
「お久しぶりですな、アモン侯爵」
 
「あぁ、久しぶりだ土偶羅殿。いまの私は侯爵ではない。魔界正規軍の特務大佐で、君たちからすれば裏切り者かな」
 
「例えこちら側の陣営に残っていたとしても、大佐は此度の計画からははずされていたでしょうからな。……司法取引がしたいのだが」
 
「内容は?」
 
この場はアモン大佐に任せて事態を静観する。
 
「私は今回の計画の中で演算装置の心臓部が命を与えられて生み出された魔族だ。故に、今回のアシュタロス様の計画を余すことなく、正確に知っている。お前達からの質問はアシュタロス様の名に誓って全て余すことなく答えよう。その代わり、お前達が捕らえた三人のことを助けてもらいたい」
 
「……主の名に誓った言葉を疑うわけではないがお前は確か、恐怖公に逆らえないように生み出されたのではなかったか?」
 
「その通りだがこの件に関しては、アシュタロス様からの許可を得ている。そこの横島忠夫が調査どおりの人間であれば受け入れられるだろう、ともな」
 
土偶羅の視線を受けて俺は静かに頷いた。
 
「あの娘達も私同様、アシュタロス様に逆らうことが出来ぬように霊体ゲノムに監視ウイルスが組み込まれている。が、今回失敗をすればアシュタロス様に関する全記憶が失われるように書き換えられた。あの娘達には時間の猶予が与えられると説明されていたが、今回の失敗を機にアシュタロス様は大幅な作戦の変更を考えられていたからな。ここで私が作戦の全容を語ったところでもはや止める手段はない。私自身、もはやアシュタロス様には無用なのだろう」
 
「それでは聞くぞ、この先恐怖公はどういう手段を用いる?」
 
「元々、アシュタロス様は究極の魔体という決戦兵鬼を自らの体と化し、そのエネルギー源として魂の結晶を欲していたが600年前からは宇宙処理装置(コスモプロセッサ)の起動エネルギーに使うつもりであった。コスモプロセッサはその名の通り、宇宙の改変処理を行うための装置。完成されていないが故に無限の可能性を秘めた別宇宙、宇宙の卵に干渉し、変質させた別宇宙の構成をこちらの世界と入れ替えることによって部分的にせよ宇宙の構成を完全に組み替える装置。この装置を使えばアシュタロス様を絶対の王とする新しい宇宙の創造も可能であったはずだ。が、理由は私にも教えられはしなかったが、アシュタロス様は今回の作戦を最後にコスモプロセッサによる宇宙の改変から撤退し、一度は廃案となった究極の魔体による三界への侵攻作戦に切り替えられた。もっとも、魂の結晶が無い以上、その作戦は半ばで活動エネルギーが切れたアシュタロス様の敗北と決まったいるがな。まぁ、少なくとも人間界全体と、天界か魔界の半分くらいは焦土に出来るかもしれないが」
 
アシュタロスの計画の壮大さ、そして凶悪さに一同言葉を失う中で、一人アモン大佐は冷静に質問を続ける。
 
「失敗すると分かっている作戦をなぜ続ける?」
 
「アシュタロス様の目的は自らを絶対の創造主とする完全なる世界の創造、もしくはアシュタロス様自身の完全なる消滅だからだ。どちらにしろアシュタロス様の目的は叶う。アシュタロス様はただ、己の完全勝利を捨てただけだ」
 
アモン大佐は目を瞑り、静かにその言葉の意味を吟味する。
 
「……恐怖公、いや、アシュタロス公は優しすぎたのだな。自らが他者を踏みにじる立場に永遠にい続けることに耐え切れぬくらい。……恐らく公は例え計画が成功したとしても自らが滅ぼした世界を思い苦しみ続けたであろうし、そのことにすら気がついていただろうに」
 
間違いないだろうな。
大して優しくも無い俺ですら……。
 
「優しい存在こそ、堕ちたときの反動は大きい。……横島、お前は堕ちるなよ」
 
アモン大佐の視線に視線で返す。
だけど俺はそんなに優しい奴じゃないですよ。
それに……もう堕ちている。
 
「それで、その究極の魔体のスペックは? 弱点はあるのか? 現在の所在はどこにある?」
 
「基本スペックは全身のほぼ全てを覆う一方通行の別宇宙。空間をゆがめて外部からの干渉を全て別宇宙に逃すことで例え主神クラスの攻撃でも傷つくことはなく、自身の攻撃はほぼ100%、実際には97.89%の威力を保持したまま外部に干渉できる。攻撃能力は背中に背負った大砲が主武器。おおよそで断末魔砲の31倍の威力を持つ霊波砲を撃つことが出来る。真下に撃てば地殻を突きぬけマントルに、あるいは地球の核に届くかもしれない。また、全身360度から主神級の霊波砲を1024門放つことができる。弱点は別宇宙へといざなう全身のバリアに小さな穴が開いていること。これは、全身を完全に覆ってしまえばこの宇宙との因縁が切れてしまい、完全に別宇宙の存在になってしまって干渉が出来なくなってしまうからだ。それに対する解決策はとうとう見つけられなかったが故に小さな穴という形でこの宇宙との因縁を繋ぐという応急の処置が施されている。場所は腰の後ろの部分。それから現在の所在だが、南極大陸の南緯82度、東経75度の到達不能極の異界空間にある……が、魔体の穴や現在の所在などはすでにアシュタロス様の手で変えられているだろうな」
 
「攻守共に絶望的だな。残存エネルギーでの稼働時間は?」
 
「およそ64時間。これはアシュタロス様の理性や心、知性といったものを全てエネルギーに変えれば75時間まで伸びるが、最も効率よく三界を破壊するためには少なくとも理性と知性を残す64時間という選択が適している。それと、コスモプロセッサも魂の結晶が無い以上この宇宙を改変することは出来ないが、かつての自分の部下を甦らせ、悪霊を味方につけることが出来よう。この場合、自らの部下およそ40軍団の魔族や、人間界に強い悪意を持つ妖怪、悪霊などが一気に襲い掛かることになるから人間界の攻略に対する消耗は少ない。人間界を滅ぼすことは出来ないかも知れぬが代わりに魔界か天界の何れかを完全に滅ぼすことが出来るかもしれない。この場合の稼働時間は39時間といったところか」
 
「……こりゃあ、白旗でも振るうか?」
 
おどけた様にアモン大佐が沈みこんだ場を和ませんと冗談を言ったがあまり効果は無い。
 
「ま、何通りかプランを考えちゃみたが、究極の魔体とやらを起動前に発見して無力状態で殲滅するか、空間ごと封印してみるとか、罠を張って異空間にでも放り出すか、さも無きゃ犠牲覚悟の遅延工作か。その辺しか咄嗟には思いつかないな。主神クラスとの戦闘を考慮しているのならば封印と異空間への追放は効果が無いかもしれないが……他に案がある者はいるか?」
 
誰も声が上がらない。

「相手が知性を残しているか、残していないかによって結果は変わるが案はある」
 
ただ一人手を上げた俺に対し、アモン大佐が続きをうながす。
 
「アモン大佐、失礼」
 
取り出した文珠に【模】の文字を入れるとアモン大佐を模倣する。
 
「見ての通りアモン大佐を模倣した」
 
プライベートな知識を覗かないうちに元に戻る。
 
「侯爵級の魔族であるアモン大佐と俺では地力が天と地ほどの差があるがそれでも模倣できる。力の過多によらずあくまで模倣するだけだからこそだろう。そのせいで、相手のダメージまで模倣してしまうからこの方法で戦うには一撃で相手をしとめた直後に解除するくらいしか使い道は無いが、恐らくアシュタロスにも有効だろう。模倣できるのは力と能力、そして知識。思考は流れてくるが主体は俺の思考だから仮に相手が理性を失っていても俺まで理性を失うことは無い。もしもアシュタロスが理性を残していればバリアの穴の位置は特定できる。理性を残していなければ……同じバリアを持つ俺が時間稼ぎをすれば何とか持つだろう。こちらは理性を失ってないんだからな。持続時間はおよそ30分。およそ150個の文珠と、変身の解けた一瞬をフォローしてくれる最低人数の護衛がいてくれれば俺が究極の魔体は何とかする」
 
俺の宣言はあまり好意的な反応は得られていない。
力の強弱がそのまま関係の強弱になる魔族はさほどではないがそれでも良い顔はされないだろうし、プライドの高い神族はプライドが傷つけられたようだし、生活神は本来守るべき人間が矢面に立つことをよしとはしない。
 
そんな中、一石は投じられた。
 
同席してはいたが話し合いには参加していなかったジルに突然の変化。
まばゆい光を放ちながらジルはその姿を変える。
一対だった翼は六対に、少女の姿は成熟した女性の姿に変わる。
かつて見たことのある、そして俺を殺し、俺が殺した大天使、熾天使ガブリエルの姿がそこにあった。
 
「此度のアシュタロスの造反において、神界の最高指導者、及び魔界の最高指導者の決定を伝えに参りました。以降、神族側の代表としてこの私、熾天使ガブリエルが務めさせていただきます。魔族側は引き続きアモン大佐が。そして此度の混成軍の総指揮官として、人間の代表、横島忠夫氏に就任を要請します」
 
「ハッハッハ、それは良い。何れにせよ究極の魔体を倒す案があるのは横島だけなようだからな。魔族正規部隊は横島殿の指揮下に入るぞ」
 
ガブリエルの声とアモン大佐の声明は周囲の混乱は拍車を掛けたが俺はそれ以上に気になることがある。
 
「ガブリエルさま、一つ聞かせていただきたい。……ジルはどうなった?」
 
ジルの存在を塗りつぶして降臨したのだったら俺は……。
 
俺のその質問をガブリエルさまは楽しそうに、そして嬉しそうな笑みで返した。
 
「私ならガブちゃんの中にいるのだ~」
 
ガブリエル様の口からまごうことなくジルの声が紡ぎ出された。
 
「ご安心なさってください。ジブリールは私の分霊ですがその存在に私を上書きしたわけではなく、ジブリールの体わ私が間借りしているだけですから。でも、元々がジブリールの体ですから私の本来の力を出すことは出来ませんけれども。それと、ジブリールのことを大事にしてくださってありがとうございます」
 
ガブリエルさまはそういって頭を下げた。
 
「忠にぃ、テレビ!」
 
管制室の外で待機していたエミが慌てた様子で入ってくる。
促されるままモニターにテレビの画面を映してもらうとそこにはアシュタロスが映っていた。
 
「……以上をもってこの私、魔神アシュタロスは神界、魔界、そしてこの人間界の三界全てに対し宣戦を布告する。最初のターゲットはこれまで悉く私の邪魔をしてくれたG・Sのいる日本だ。攻撃は一週間後、それまでせいぜい足掻くが良い」
 
アシュタロスは約束を守ってくれたか。
ならば俺も約束は守ろう。
 
「……神界、並びに魔界の最高指導者の決定を謹んで拝命します。この決定に不服な方は申し出てください」
 
見回してもあからさまに不服を申し出るものは無い。
 
「異論は無いみたいですね。ガブリエルさま、アモン大佐。聞いての通りアシュタロスはまず日本を攻めてきます。嘘は、……恐らく無いでしょう。仮に嘘だとしても全世界をカバーできる戦力も余裕もありません。あの宣戦布告を真実として動くしかないと思います。俺は神族の戦力、魔族の戦力を正確に把握していませんので日本を防衛する部隊と、究極の魔体に攻撃を仕掛ける攻勢部隊の組み分けをお願いします。注文をつけさせてもらうなら攻勢部隊は少人数で構いませんが、連携を重視してください」
 
「かしこまりました」
 
「心得た。そうなると人選はおのずと絞れてくるな」
 
「ヒャクメさまは情報部として究極の魔体の捜索、及び交戦状態になった際、各地に情報を送る司令部の役割をお願いします。神族、魔族にその手の技能に秀でた方がいらしたらその方と手分けをして」
 
「わかったのね」
 
その時、突如ではあるが予感がした。
それは確信へと変わり、気配を感じるまでになると俺は甲板のほうに向かった。
 
甲板に立っていたのは身の丈3m近い巨人。
赤銅色に焼けた肌をして、理知的な瞳を持った壮年の男。
その髭をたたえた口元に柔らかな笑みを湛えて彼は言った。
 
「やぁ、久しぶり、不可解さん」
 
「プロメテウス!」
 
【先に考える者】は静かな笑みのまま、その手をこちらに差し出した。



[541] Re[46]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/03/17 23:16
 ≪横島≫
 「やぁ、久しぶり、不可解さん」
 
そういって差し出された手を何の迷いも無く握り返した俺にプロメテウスは何とも言えない複雑な表情を作った。
 
「君は、少しは警戒するってことをしないのかい? あの部屋から出た私の【観る】力はそれこそあの時の比ではない。こうして傍によるだけでも君の心を読んでしまうかもしれないというのに、まして握手に応じるかね?」
 
「あぁ、そう言えばそうだったな。でも、友達にヒャクメさまがいるし今更といったら今更なんだが」
 
後ろから『ひどいのね~』という声が聞こえたので苦笑してみせる。
 
「それに俺は『不可解さん』だし」
 
「なるほど。まぁ、そのことは良い。私も君の手助けが出来るんじゃないかと思ってこの姿で出てきたよ」
 
出ようと思えばいつでも出られた。プロメテウスはそういって笑った。
 
「勿論だ。あなたの手助けがあれば被害はぐっと少なくなる」
 
俺がにやりと笑うと、プロメテウスも唇の端を持ち上げて笑った。
少しだけ、君のことが理解できたと前置きするプロメテウス。
 
「君は、人類史上稀に見る暴君だな。それに、悪人だ」
 
「あぁ、でも不思議とそうは思われない」
 
プロメテウスは俺の胸をトンと叩いた。
 
「誰かを守りたいという君の我侭、犠牲を出したくないという君の我侭、それを成し遂げようとする君の悪。それこそ私がいま望むことだ。だが、それを得るための犠牲が君自身に集約されるという悪を私の悪は許さない。悪とは、誰かの望みを押しのけてでも自分の望みを通すこと……」
 
「あなたがあなたの悪を押し通すなら押し通せば良い。幸せになりたい人は幸せになれば良い。幸せになるべき人は幸せになれば良い。でも、俺は自分で自分の地獄を歩む。自分の足で、自分の望みで」
 
「君は、自己嫌悪、自己否定、自己犠牲、自己満足、自己完結。君はそういったものに囚われ、自らの世界の中だけに経過を求める。なのに全ての結果を世界に還元する。自分の中の世界だけ生きる意味を見出しているはずなのに……やはり私には君が理解できない。……それが当然のことなのかもしれないが」
 
「まぁ、自分自身のことだって良くわからないのが人間だからね」
 
今度は俺がプロメテウスの胸をトンと叩く。
 
「俺とあなたの悪が合致しているいまはこのままで良いんじゃないですか? 袂を分かつときのことを考えても仕方ないですし」
 
「それもそうか」
 
プロメテウスに知られ、彼を迎え入れた。
でも、それでも良い。
俺の望みは妨げられないし、彼のおかげで被害は減る。
                   ・
                   ・
 「俺のこの手が光って唸る。お前を倒せと輝き叫ぶ。砕け、必殺、シャイニングフィンガー!」
 
「俺のこの手が真っ赤に燃える、勝利を掴めと轟き叫ぶ。爆熱、ゴッドフィンガー!」
 
二つがぶつかり合ってほぼ相殺されるが、それでもこちらのほうが押し勝ち相手の体制が崩れる。
 
「愛と怒りと哀しみの~、シャイニングフィンガーソード! 面、突き、胴ー!」
 
いや、実際には面だけなんだが。
ともあれ俺の霊波刀が雪之丞の頭髪に触れるか触れないかというところで寸止めし、勝負はついた。
 
大喜びをするのはヒノメちゃん。すっかり、ロボットアニメの真似事に味をしめたな。
それにパピリオ。
ルシオラとベスパは少し呆れたような表情でそれをみていた。
 
結局、あの三人は俺預かりとなった。
拠点の生き残りの神族、魔族はその決定を不服としたが理を説き、脅し、宥め、権力を行使し、根をまわし、この造反が終わるまでの間は俺が彼女たちを保護し、その後は神族、もしくは魔族のどちらかを本人達に選ばせて一定期間の竜神王、もしくはオーディンの保護観察の後に無罪放免となることを【確約】させた。
これで最低限、彼女達は終わったあとの世界で生きていける。
確約を得た以上結果は覆らないから。
 
三人を保護した俺は三人に経緯を全て話した。
三人の記憶に無いアシュタロスのことも含めて全て。
幸い、アシュタロスに関する記憶が無いせいかそれなりの葛藤はあったものの、自分の現状を受け入れてくれた。もっとも、ベスパだけはまだわだかまりを抱えているようだが。
 
そして俺は普段と変わらない生活をしている。
俺個人の準備はすでに15年近い時間を掛けて終了している。
宇宙意思の後押しもあるわけだし、9割方失敗は無いだろう。
残りの一割は、現時点で宇宙意思がアシュタロス以上に俺を異物と認識しないかどうかにかかっているわけだが。
今は彼女達の精神状態を少しでも改善するほうに当てたい。
そして本の数日間ではあるが、彼女達の存在を俺に刻んでおきたい。
                   ・
                   ・
 まぁ、だからといって人間代表、そして混成軍の総指揮官としての立場もあるわけだから、何もしないというわけにもいかない。
 
「……以上を持って、我々は魔神アシュタロスの宣戦布告を受け、戦争状態に突入することを宣言します。神族、魔族の援軍に合わせてわが国のゴーストスイーパー、及び自衛隊の全力を持ってこの状況を打破し、この困難を乗り切る所存です。国民の皆様は無用な混乱を避け、有事の際には自衛官の指示に……」
 
アシモト首相の演説は続く。
いまの俺はガブリエルさまやアモン大佐、美智恵さんと並んでそのTV中継の画面に映るのが役割。
だが、侵入者がいる。
霊波迷彩服を着込んでいるようだが二人発見しやすい人間がいる。
片方は見知った人間だ。
そしてその存在に感づければ、かつての教訓を生かし、それ以外の存在を感知する。
それに無機物の陰に隠れても、ユリンは生物の陰を見落とさない。
数は8人。
うち、一人は味方であると信じている。
任せよう。
 
アシモト首相の長い演説が終わり、TV放映が終わったその瞬間銃撃が起こる。
バタバタと倒れその姿を現す兵士。
アシモト首相にSPが駆け寄る。訓練されて入るが致命的に遅い。
敵で、俺たちがいなかったらアシモト首相は殺されていたぞ。
 
「やぁ、お久しぶりです」
 
姿を現し、SPたちに銃を向けられるがそんなものは気にも留めず俺にあいさつをする。
 
「ヨハン!」
 
「……その名で、呼んでくれるんですね」
 
ヨハンはほんのわずかに嬉しそうに微笑んだ。
 
「君の知り合いかね?」
 
「えぇ、仕事中に知り合った戦争のプロです」
 
「君の目的は? それにこの兵士たちは?」
 
「目的は就職活動ですかねぇ。彼らはどこぞのありとあらゆる戦争で自分達が主役でないと気がすまない、そのくせ負けると国民全体で落ち込む困ったチャンな国の、その中でもとりわけ独善的で思慮の浅い人間が独断ではなった兵士ですよ」
 
アシモト首相に一枚の紙切れを渡す。
銃口は完全に無視しているな。
 
「この襲撃を指示した人間の政敵へのホットラインです。そこを通せば同盟関係に罅をいれずに一方的に貸しを作れます」
 
「なぜこれを?」
 
「なに、サービスですよ。さて、実を言うと襲撃を計画しているのは一つではありませんでして、例えば他宗教に極めて狭量な宗教団体の中でもとりわけ強硬な一派、これは複数ありますねがここが一番強行かな? 他には、日本が戦争状態に入ることに無駄なまでに拒絶反応を起こすアジアの複数の国家ですとか、後、自分の宗派の教祖が例の神託を受けることが出来なかったインチキカルト教団なんかは悪魔の手先扱いですし、悪魔崇拝の一派とか、終末思想の一派とか、神族と魔族が共同戦線を張るのが気に入らない団体さんとか、この国にも自衛隊とか警視庁に顔が利く国粋主義者団体の一派なんかはわけのわからないG・Sなんて職種の人間が国を動かすのは気に入らないって思っているようですし、雑多取り混ぜてイロイロいますよ」
 
ヨハンは指折り数えて教えてくれた。
その内のいくつかは美智恵さんも把握していたが流石に餅は餅屋というところか。
後半はアシモト首相の顔色を悪くしたが。
 
「そこで相談なんですが、私を雇ってはくれませんか? 秘密裏に。ゴミ処理役が必要でしょうし」
 
進んで汚れ役を買うというヨハン。
 
「しかしそれくらいなら俺が」
 
ヨハンは俺の唇に人差し指を当てて黙らせた。
 
「あなたが汚れられる人だというのは分かりますよ。あなたは他人を汚すくらいなら進んで自分が汚れる人だ。だけど今のあなたは汚れちゃいけない。何故ならあなたは全ての人間の代表で、これから起こる祭り(戦い)の神輿(シンボル)なんですから。神族や魔族に任せてもいけないそれはあなたにも分かっているはずだ。人間の汚れを処理するのは人間の手で、どうせ処理するならすでに汚れきった手を使うほうが良い」
 
「……任せた」
 
俺がその一言を紡ぐとニコリと微笑んでその場を立ち去ろうとする。
 
「チョットまって、あなたはプロなのでしょう? 報酬の話もしないのはどういうわけか聞かせてちょうだい」
 
美智恵さんの問いに得心をえたヨハンは微笑を深める。
 
「まぁ、警戒するのは分かりますが後から吹っかけたり強請るつもりは無いですよ。横島さん達が負ければ私や私の友人も死ぬでしょうしね。それから、先程も言ったように横島さんは汚れてはいけないんですよ。これから汚れる私と関わりあってもいけない。例えば、横島さんから私に対して金銭報酬を払ったとなればその金の流れから私との関係を疑われる。間にダミーをどれだけ入れても蛇の道は蛇、嗅ぎつけるものは必ず出てきます。だからこその口約束。証拠も残らず、証人はこの場にいる人間だけ、それにアシモト首相を除けば白を切ろうと思えば切りとおせますし。……それに、横島さんが私のことをヨハンと呼んだ。リチャードでもジェーンでもなくヨハンと。……それで十分です」
 
そう言うとまるで掻き消えるようにヨハンは姿を消した。
気配を周囲と同化させるように発しながら(完全に気配を絶っては違和感が残る)手品のような鮮やかさで霊波迷彩服を着ただけなのだが、美知恵さんの目すら欺くか。
 
ここに来て、プロメテウスとヨハン。情報戦と暗闘。この局面になって俺が欲していた、二つの力が転がり込んできた。後は純粋な防衛能力。
とにかく戦える頭数が必要だ。
あてはある。
貉さん達の妖怪のネットワークと妖精界。
求めれば応えてくれる。
だが、それは何か違う。
何故なら、その戦いは全世界の命運を掛けた生き残るための戦いではなく、日本人を守るための戦いだからだ。
アシュタロスとの決戦に勝つために必要な戦力ではない。
故に、……力は借りない。
否が応でも巻き込まれるであろう貉さん達には情報を渡すが妖精界には知らせない。
この戦いに参戦しなければ死なない妖精たちを巻き込まないために。
 
「……とんだ人でなしだな」
 
「どうしたの? 横島君」
 
美智恵さんの言葉に笑顔で首を振ることで答えた。
人間の命と、人間でないものの命。
秤に掛けて釣り合ってしまう。
そんな価値観を持ってしまった俺は人でなしなのだろう。
その俺が人間の代表。
……おかしな話だ。
だがそれも後5日。
それで全部にケリはつく。



[541] Re[47]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/04/12 20:49
 ≪横島≫
 アシモト首相の開戦宣言と同時に行われた全世界に協力を求める声明に真っ先に答えてくれた国賓を迎えるため、成田空港へと足を運んだ。
それは近くのアジアの国ではなく、遠く大西洋から来てくれた。
 
「横島卿、オ久しブリです」
 
「キャラット王女、良くいらして下さいました」
 
「横島卿はザンスの親善大使、マシテ二度もザンスを救っテクダさった救国の英雄。その母国の窮地に駆けつけるのはオウゾクとして当然のことでございまショウ。我がザンスの精霊騎士100名。及び、ザンス王国王女キャラットと、ザンス王国永久客将、英雄の精霊獣シャルム、横島卿の貴下に加ワリます。ソレト、お婆様カラもカナラズ力になると伝言ヲ承りマシタ」
 
キャラット王女に礼を言うと、シャルムが前に出てきた。
 
「横島卿、久しぶりです」
 
「久しぶりだな、シャルム。ニルチッイさんとは仲良くやっているか?」
 
シャルムの肩にはニルチッイさんが止まっている。
チャーター便だからこそだな。もしかしたら飛行機といっしょに飛んできたのかもしれないが。
 
「もちろんですよ。今度の戦いが終わったら京都まで数百年越しの新婚旅行でもしようかと思っているところです」
 
相変わらずの俗っぽさに苦笑する。
 
「カオス、俺の友人に頼んで作ってもらったんだが」
 
カオス謹製の等身大ニルチッイさん(以前一度だけみた映像を文珠で再現して似せてもらった)エクトプラズムフィギュアを大型のスーツケースから取り出す。
……絵的にはまるで誘拐か死体遺棄みたいなのはこの際放っておく。
 
「ママー、あのお兄ちゃん大きいお人形さん持ってる~」
 
「シッ! 見ちゃダメよ。あれは『大きいお友達』と言ってとっても危険な生き物なの。近寄ったらダメよ」
 
……サングラスしてきてよかった。
って言うかシャルム、お前のために作ってもらったって言うのに腹を抱えて笑うな!
 
「……後頭部にある穴の中の止まり木にニルチッイさんが止まると……何か説明する気が失せた。危険は無いから止まってみてくれ。それとシャルム、いい加減笑うのやめい!」
 
シャルムに突っ込みを入れてるそばで、ニルチッイさんが止まり木に止まる。
ファイヤーオン!
 
……いかん、ヒノメちゃんの影響を受けたか。
だいたい、ニルチッイさんのどこが某偉大な勇者なんだ。
雪之丞と被るじゃないか。
……あ、サンダーなところか。
 
「すごい、まるで自分の体みたい」
 
ニルチッイさんが止まると後頭部の穴はスライド式のシャッターに閉じられ、髪に隠れるとまるっきり人間のように見える。
ニルチッイさんは自分の体の動きをチェックしながらエクトプラズムの体を動かす。
 
「俺の心見と同じように式神、東洋の術式で術者の使役する精霊獣のような存在をを作るのと同じような肉体を作ってもらったんですが、違和感はありませんか? 式神と違って術者がいないために少し大きめの人形になってしまいましたが」
 
「はい。感覚に大きな違和感はないと思います。なにぶん数百年ぶりのことなので人型の体を動かすことに多少の認識の違いはあるみたいですがこうして言葉もしゃべれますし。横島卿、感謝いたします」
 
「おぉ~! ニルチッイ」
 
ニルチッイさんに抱きつきキスの雨を降らそうとしたシャルムはニルチッイさんのショートアッパーに迎撃された」
 
「人前でそういうことしないで下さい。恥ずかしいです」
 
褐色の肌でも分かるくらい顔を赤くしたニルチッイさんとキャラット王女にお小言を言われるシャルムに苦笑しながらそれを見守った。
                   ・
                   ・
 【Rabbit's nest】は基本的に年中無休。
しかし、いまはClosedの看板と共に、一週間の休業の紙が張ってあった。
 
「マスター達ならいないわ。四国に行ったから」
 
声をかけてきたのは霧香さんだった。
 
「八咫君は京都、奈良、滋賀、長野、鳥取、香川、福岡を飛び回って愛宕山、鞍馬山、比良山、彦山、大山、秋葉山、飯綱山、白峯をまわっている。巽君は祖父を頼って竜宮に、他のメンバーもそれぞれなじみの妖怪たちの元へ向かったわ」
 
「そうですか」
 
「あなたは助けを求めにきたの? それとも」
 
「警告だ。俺は事件の中心にいる。一番情報を持っている。故に、逃げるにせよ、抗うにせよ情報は必要だろうと思ってな」
 
「どうして? どうしてあなたは私たちを頼ってくれないのよ! あなたが強いことは知っているけど……」
 
俺は霧香さんに力無く首を振ることで答えた。
 
「最近気がついた。いや、前から分かってたことなんだが目をそらしてたんだな。俺はものすごく弱いんだ」

俺は苦笑しながら霧香さんを見る。
 
「昔、俺が今ほどの力が無かった頃は誰かにいつも頼りっぱなしだった。頼って頼って、その結果……。……俺は弱い。もう一度誰かを頼ってそれを失えば二度と立ち上がれなくなるかもしれないくらいに。だから頼らないんじゃない。頼れないんだ」
 
「横島さん……。いいわ。情報を頂戴。私たちはただ私たちのなすべきことをするだけだから」
 
俺は霧香さんに知る全ての情報を渡すと、猪笹王、ヴィスコムに情報を託し、全ての準備を終える。 
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ルシオラ≫
 「ヨコチマ~今度は格闘ゲームで勝負でちゅ」
 
「ゲーム猿、もとい老師に鍛えられたこの俺に格闘ゲームで勝とうとは10年早いわ」
 
「うぬぬ~負けないでちゅよ!」
 
パピリオは口で言うほどの対抗心を持っているわけでもなく楽しそうに横島とゲームに興じている。
横島忠夫。
この家の主で、私たちの保護をしている人間。
とてもそうは見えないが、神、魔、人の混成軍の総指揮官であり、その中でも最強の戦士。
私たちはスピード、パワー、タフネス。そういった数値で表せる能力で言えば私たちは混成軍の中でもアモン大佐や、一種の憑依状態のために能力を出し切れないガブリエルに次ぐ位の力はあったし、眷属や幻術、麻酔、毒、リンプン、機械制御といった能力もある。逆天号という兵鬼もあった。
しかし、いくつもの神族や魔族の拠点を潰した私たちはもっとも脆弱なはずの人間に敗れた。
そのことは良い訳はしない。
ただ、思ったことは三界の中でもっとも戦いが上手いのは人間界なのではないだろうか? ということだった。
その中でも異色の彼は人間でありながら下級とはいえ神・魔に等しい能力を持ち、上級神・魔を打倒しうる力を持ち、そのくせ脆弱な人間に殺されうる存在。
私たちの所業を考えればどうあっても処分は免れない。
たとえ土偶羅様の司法取引があったとしてもだ。
だが、私たちは拘束もされずにここにいる。
記憶の混乱を起こしていた私たちにアシュタロス……様のことを教えてくれた。
それは悪意や憎悪に歪められないありのままの姿だったのだと思う。
現段階で私たちの今後の生活を彼が保障してくれている。
忙しいはずなのにこまめに顔を出して、それは警戒ではなく私たちを心配してのことだというのは容易に知れた。
パピリオはまるで本当の兄妹のようにすぐになつき、横島忠夫も本当の兄のようにパピリオに接している。
シロちゃん、タマモちゃん、ケイ君、ヒノメちゃんといった友達も出来た。
彼の親友だというドクターカオスの診断に寄れば1年間という寿命の制約も、命令違反による死の危険も取り払われているらしい。
未来に対する不安はない。
私たちを創造したというアシュタロスさまに関する記憶が無いのは少し悲しい気もするが、この先姉妹で仲良く暮らしていけるのならそれも我慢できる。
だけど不安は残る。
不安の元は私の隣で横島忠夫に複雑な視線を送る妹のベズパ。
このまま何も起こらねば良いのだけど。
                   ・
                   ・
 「やっぱり」
 
「ね、姉さん。どうしてここに」
 
木立の陰から現れた私を見つけて驚くベスパ。
 
「何となく、あなたが今夜出て行くような気がしたからよ。考え直して、ベスパ。私のことは良い。あなたについていってあげることも出来る。だけどパピリオはどうなるの? せっかく友達も出来たというのにここであなたに出て行かれたら」
 
「わかってる! 分かってるけど自分じゃ抑えきれないんだよ。あの方を独りにしちゃいけない。アシュとロス様の傍に誰もいないこの状況に耐え切れないんだ」
 
「考え直して! ベスパ」
 
「邪魔をしないでぇ!」
 
駆け寄ろうとする私に放たれるベスパの霊波砲。
それは私でも致命傷を負う威力があった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ベスパ≫
 とっさに放ってしまった霊波砲。
それは感情の昂りにまかせて全力に近いものだった。
 
「姉さん!」
 
光と土煙が立ち上るそこへ近づく。
今のは致命傷のはず。
私が姉さんを殺してしまった。
駆け寄る。
しかしその先には。
 
「3枚貫かれたか。流石」
 
横島忠夫が姉さんを霊力で生み出した盾で守っていた。
 
横島忠夫は盾を消すと私に近寄る。
身動きの取れなかった私の額をコツンと軽く小突く。
 
「気持ちは分かるがあまり逸るな。大切なものをなくしてからだと後悔も出来ないぞ」
 
「あ、あの、横島さん。このことは私の責任です。だからベスパとパピリオは」
 
「姉さん! 悪いのは私だ。横島忠夫、責任は私にある。私はどうなっても良いから、だから姉さんとパピリオは……」
 
詰め寄る私たちに横島忠夫は苦笑でかえした。
 
「理由は聞かないけど【姉妹喧嘩】はほどほどにな」
 
手をヒラヒラと振って歩み去る。
私が脱走することを知ったうえで待ち伏せ、ただの姉妹喧嘩ということで処理してくれるつもりらしい。
 
横島忠夫はふと足を止めた。
 
「アシュタロスの望みは教えたとおり自分という存在を抹消し、自分が永遠に死ぬことだ。けど、俺はあいつのことを嫌いになれないし、あいつが死ねば悲しむ奴が4人いる。だから俺はあいつの望みをあいつの願いとは違う形で叶えてやりたいと思っている。この戦いが終わるまで、俺を信じてまっていて欲しい」
 
少しだけ振り返って微笑むと、横島忠夫は家の中へと入っていった。
 
「ベスパ……」
 
「ゴメン。姉さん。謝ってすむことじゃないけど」
 
「そのことは良いわ」
 
「……うん。横島忠夫に借りが2つも出来ちゃったし、今は我慢するよ」
 
胸の中を駆け巡っていた狂おしいまでの激情は、今はすっかりと静まり返っていた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 事務所の中に入ると、バンダナから心見が実体化する。
 
「どうしたんだ? 心見」
 
「ほれ」
 
心見は自分の胸をポンポンと叩くジェスチャーをした後、片腕を広げて何かを待つしぐさをする。
 
意図をつかめぬ俺に苛立ったのか俺の腕を強引に引っ張ってかがませるとその薄い胸に俺の頭を抱きかかえた。
 
「おい、心見。どういうつもりだ?」
 
「兄者、相変わらず愚鈍だな」
 
何か酷いことをいわれる。
しかも心底呆れたような声で。
 
「横島エミ、お前の妹が言ったことを忘れたか? 女の胸が前に出っ張ってんのは、泣きたいときに泣けない馬鹿な男の泣き顔を隠すためにある、と」
 
「……隠れるほどの起伏がないぞ?」
 
「こんなナリに創造した兄者が悪い! ……まぁ、完全には隠れないが今はこれで我慢してくれ」
 
軽く小突かれた後、優しく後頭部を叩かれているうちに涙がこみ上げてきた。
 
「守れた。今度は守れた……」
 
心見は俺の涙が途絶えるまで、そのまま俺の頭をまるで母親のようにポンポンと叩き続けてくれた。
 
「あ~あ、こんな若い娘に泣かされちゃった」
 
「冥華殿の物真似か? 恐ろしいほど似てないぞ」
 
照れ隠しで場を濁そうとしたのが不満なのか心見はやや不満そうだ。
が、急にまるでチェシャ猫をどこか彷彿とさせる笑みを一瞬浮かべた。
まずい、危険な兆候だ。
 
「なるほど、やはりこの未成熟な青い果実の胸で泣くのはロリコンの兄者でも恥ずかしいか」
 
「チョット待て! なぜ急にそういう話になる。っていうか俺はロリコンじゃない!」
 
「何を言う。いつも私やジル殿、シロ殿、タマモ殿、ヒノメ殿を侍らせて悦んでいるではないか。今日もパピリオ殿と密室で幾度となくお楽しみであっただろう」
 
「侍らせてねえ! 悦ぶの字が違う! パピリオとはゲームをしただけだ!」
 
「空港でも『大きなお友達』とその本質を見抜かれておったではないか」
 
「だから俺にそういう危険な性癖はない!」
 
「……兄者の前世、高島殿が惚れろと命じたのは生後10日のメフィスト殿だったな」
 
そ、それは覆すことの出来ない事実だけど。
 
「兄者自身の初めての恋人も0歳のルシオラ殿であったな」
 
グ……。
 
「し、しかし結婚したのは年上の……」
 
「美神令子は確かに戸籍上年上であったが忘れたか? 一度アシュタロスに殺されて魂を宇宙の卵に放り込まれておったな。あの時点で美神令子はあの世界から完全に抹消されたわけだ。コスモプロセッサで復活したとはいえアレは厳密に言えば生まれ変わり。だとすれば結婚当時の年齢は2歳だな」
 
心見が可哀想なものを見る眼で俺を見つめる。
 
「お、俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないんだー!」
 
心見の視線に耐え切れなくなり、まるで昔に戻ったように喚きながら手近の木に頭をぶつける。
心見はそんな俺の肩に優しく手を置いた。
 
「兄者、安心するが良い。兄者が年齢一桁前半の女にしか発情できない筋金入りの真性ペド野郎でも心見は兄者の味方だ」
 
「ちっが~う!」
 
今日一番の絶叫は夜の闇に吸い込まれていった。



[541] Re[48]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/04/16 23:02
 ≪横島≫
 小笠原沖に究極の魔体が現れた。
同時に、日本各地で大規模な霊障、復活した魔族、悪霊の群が日本本土を覆い尽くす。
日本人の一部、裕福な家の人間は海外へ避難していたが多くは日本に残らざるを得なかった。
彼らは未知の恐怖に怯えながらも寄り添い励ましあう。
彼らを守るのは自衛隊。そして在日アメリカ軍。
いつぞやの内政干渉というべき襲撃を公表しない代わりに強力な協力を得た。
彼らは銀の弾丸や精霊石弾。幾ばくかの霊力の才能がある隊員には破魔札マシンガンで武装し、手榴弾の代わりに精霊石。
精霊石弾頭ミサイル搭載の装甲車やミサイル艦が配備され、捕縛結界搭載車もオカルトGメンから貸与されている。
大量に用意された精霊石は勿論、ザンス王国からの救援物資である。
日本は向こう百年はザンス王国に頭が上がらないな。
市民の防衛が自衛隊の役目なら積極的な攻勢部隊は霊能力者たちだ。
各国のオカルトGメン、ゴーストスイーパー協会の霊能力者は勿論、予備戦力として六道女学園の生徒のような修行中の霊能力者が補佐にまわる。
海外の各宗教団体から派遣された戦力。
ヴァチカンやロシア正教会から派遣されたエクソシスト。
プロテスタント各宗派の武装牧師。
中国や韓国からは道士や僧侶。
インドのバラモン。
イスラムのムスリム。
ユダヤのラビ。
チベットの密教僧。
東南アジアのモーピー。
アフリカの呪医。
各地の原始宗教を司る神官。
ザンスの精霊騎士。
人類史上最大の戦力をかき集めた霊能戦争。
それに十万のユリンと、神・魔の混成軍。
それでも総数は20万を下回る。
対して、敵の推定数は千万を超える。
その殆どが悪霊や雑霊に違いなく、装備面を考えればよほど強力なそれに運悪く当たらない限り畑違いの自衛隊や米軍兵士でもおいそれと敗れはしないだろう。
しかしそれはあくまで同数だった場合。
50倍以上の戦力差を埋めることは出来ようものか。
神・魔の混成軍にしても甦るであろう魔族は自分たちより多く、悪霊たちの殆どは彼らに傷一つ負わせることも出来ないだろうが、圧倒的数の暴力から力なき市民を守りきることは出来ないだろう。
出来ることは防衛拠点を絞り、進入経路を制限して守りきる。
もしくは各地の神社や寺、教会など清められた場所にさらに結界を敷き、その結界で時間を稼いでいるうちに核となる悪霊や魔族を遊撃して散らすか。
取れる手段は多くない。
美智恵さんを指揮官に置き、カオスが参謀、プロメテウスがもっとも起こりうる情報を予測し、ヒャクメさまが現在の情報を統括し、ユリンが伝える。
神族、魔族を遊撃部隊とし、甦った魔族や被害の多い地域を援護する。
美智恵さんとカオス、プロメテウスにかかる責任は大きく、ヒャクメさまもこの大霊障が終わるまで片時も休まる暇はないだろう。
 
一方、アシュタロスの元に向かう人数は少ない。
俺の他にはガブリエルさまとアモン大佐。
神族、魔族の代表の二柱。
それから令子ちゃんと雪之丞。
神族からは他に小竜姫さまと戦女神のブリギッドさま。
魔族からはワルキューレとジークフリード。
そして、ルシオラ、ベスパ、パピリオ。
究極の魔体に向かうのはわずかにこれだけ。
しかも三姉妹は非戦闘員。
僅か9人。
眷属であるゼクウと、式神の心見。
それを足しても11人。
海上自衛隊から輸送機を借り、目的地まではそれで向かう。
後ろ髪をひかれる思いはある。
だがそれでも決着をつけねばならない。
七福神に渡した【回/帰】の文珠。
五月に渡した【岩/融】の文珠。
事務所の皆に渡したありったけの文珠。
俺に出来る援護はそこまで。
そして俺は足止め用の文珠をいくつか是空に渡し、自身は切り札である文珠終の型である双文珠を持つだけ。
 
しかし。
 
「兄者、どうやら嵌められたらしい」
 
輸送機が小笠原諸島に入ったところで心見が人型になりそういった。
 
「聟島、西之島、母島。三つの島を使って結界が張られている。丁度バミューダートライアングルのような形にな」
 
「結界の種類は分かるか?」
 
「内部時間と外部時間の隔絶。簡単に言えば、妙神山の修行場とは逆に、内部の時間を遅くするものだ。この手の結界は結界の基幹を絶たねば解除は出来ぬ。結界の基幹までたどり着くのにどれほど時間がかかるやら」
 
「でしたら私が超加速で」
 
「無駄だな。小竜姫様。アシュタロスにはコスモプロセッサがある。魂の結晶がない以上この世界の改変などは出来ずともある程度の無理はきく」
 
「その通りだ」
 
俺たちの真ん中にアシュタロスが現れる。
 
攻撃を加えようとする皆を手で制した。
 
「我が娘達を連れてきたか」
 
「映像だけをよこしたか。いや、仮初の体に意識だけを移したか」
 
「そういうことだ」
 
「目的は?」
 
「興味、だよ。横島忠夫。お前という因子を廃した後でこの戦いがどういう帰結を辿るか酷く興味にかられた。故にこのような結界を張ってお前達の足止めをしているわけだ。この体を殺さぬ限り究極の魔体も動かぬ。今はしばし観戦といこうではないか」
 
アシュタロスが指を鳴らすと、日本中の映像がこの場に現れる。
 
「この映像が世界中のTVから放映されている。そこに希望の光が見えるか絶望に苛まれるかまでは分からないがね」
 
アシュタロスが俺の隣に座る。
 
俺は反対側にいたパピリオを抱き上げるとアシュタロスの膝上に座らせた。
 
「どういうつもりだ? 横島」
 
「最後にするつもりなんだろう? だったら肩肘を張るのも我慢をするのも止めて父親の温もりくらい教えてやれ。俺は兄貴分だから父親役は出来ないしな」
 
緊張と恐怖で硬くなるパピリオの頭の上にアシュタロスは優しく手を置いた。
何も語らぬが温もりは伝わる。
 
「あ……」
 
パピリオは何も言わずそのぬくもりに身を委ねる。
 
俺が少し身を離すと、アシュタロスの両脇にルシオラとベスパが座る。
 
「……横島は良くしてくれたか?」
 
「……はい。横島さんが庇ってくれなければ私たちは殺されていたでしょう」
 
「そうか。……無事で何よりだ」
 
「ハイ……お父様」
 
アシュタロスはベスパもルシオラもパピリオにも視線を送らない。
ただ温もりだけは伝わる。
 
「横島よ。お前無しで人間はこの局面を乗り切れると思うか?」
 
「信じている」
 
俺の言葉に納得をしたのか、アシュタロスはただ映像に眼をやった。
 
俺も、映像に目を向ける。



[541] Re[49]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/04/23 22:22
 ≪ゲソバルスキー≫
 「コスモプロセッサのおかげでどうにか復活を遂げましたか。すぐにでもあの男に復讐を果たしたいところですが正面から当たるのは避けるべきですね。人質をとっても無駄に終わってしまいますでしょうし。まぁあの男の身内を殺せば少しは溜飲も下がるでしょう」
 
あの男、横島忠夫。
その身内が死ねば……。
美神令子も悲しむ。
 
ならば、ならば俺の騎士道がとるべき道は一つ!
 
「あああぁ!」
 
大上段から振り下ろした大剣の一閃は僅かにかわされタコ禿の杖を握る右腕を切り落とすにとどまった。
 
「気でも違ったかゲソバルスキー!」
 
「正気だ。貴様に造られてこのかた一番まともだと言い切れるくらいにな!」
 
再度切りかかる俺の大剣が大剣に止められる。
俺とは別のゲソバルスキーの大剣によって止められる。
 
「あなたが私の脚の一本に過ぎないということを忘れましたか? ふむ。面白い趣向ですね。欠陥品はさっさと始末することにしましょう」
 
俺の剣を止めたゲソバルスキーの他に6体のゲソバルスキーが生み出された。
俺と同じゲソバルスキーを使って俺をなぶり殺しにするつもりだ。
下種のタコ禿が考えそうなことだが同じスペックだけに分が悪い。
 
だが、俺はこの期に及んで笑っていた。
 
「騎士として創造したあなたかこのような不忠を働くとは思いませんでしたよ」
 
嫌味に笑うタコ禿を俺は逆に嘲笑う。
 
「武士と違って騎士の鞍替えなんてそう珍しい話じゃないさ。同じ封建制度でも侍は主君に対して忠を尽くすが騎士は国に対し忠を尽くす。故に侍は二君に使えることを恥とするが騎士は違う。てめえのような下種のタコ禿を主とし、下種な黒騎士なんていう望まぬ封(生地=生命)を与えられたことに対する忠義よりも最高にいい女を主とし、己が望む封(死地=死に場所)をくれた上に俺の死を侍に例える名誉をくれた女に対する恩義に報いるほうが億万倍価値がある。この日本って国はその女、美神令子の故郷だ。てめえみたいな下種を野ばなしにゃあ出来ねえんだよ!」
 
「下らないですね。ゲソバルスキー達、その欠陥品をさっさと処分しなさい」
 
死して屍、拾うものなしってか。
タコ禿に向かう俺。
その俺を止める俺の分身たち。
 
「どけ! 同じスペックだからってなぁ。下種の操り人形なんぞに止められるわけにゃあいかねえんだよ!」
 
俺の体は俺と同じ姿の兄弟達に飲み込まれていった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪将門≫
 江戸総鎮守神田神社。通称神田明神。
関東一円の守護を任されしこの神社にも夥しい悪霊の群が襲い掛かる。
この神社を守る結界もいつまで持つかはわからない。
今は結界にかかる負荷を減らそうと人間の兵士や五月、それからおキヌが結界の外に出て奮戦しているが矢玉は何時か尽き、おキヌの霊力も長くは続くものではない。五月は武蔵坊が振るいし岩融の大薙刀を振るうが数の前にいずれは倒されるだろう。
そうなればこの神社に避難させている多くの氏子達も無事ではあるまい。
江戸総鎮守が落ちれば関東一円の霊的結界も要を失い瓦解してしまう。
そうなる前に手を打たねばな。
数に対するは数。
 
「宮司よ、この場は頼む」
 
「公はどちらへ?」
 
「なに、わしにしか出来ぬことをしにいくまでよ」
 
さて、いかに関東一円が死霊の王とはいえこの身に耐え切れるかどうか。
 
「将門公。私達もお供させてくださいませ」
 
宮司と話しているところに現れたのは何人もの黒い巫女装束の巫女を引き連れた赤い巫女だった。
 
「お前は? ……お前達は鎮魂の巫女、吉原の花魁か」
 
「はい。お初にお目にかかります。私は当代の陰の巫女を束ねさせていただいております東雲龍華ともうします」
 
「和魂のワシが会うのは初めてだったな。長きにわたりワシの荒魂を慰めてくれたこと嬉しく思う。……ワシがこれから何をするかわかって申しておるのか?」
 
龍華は真剣な面持ちで答える。
 
「将門公は関東一円の陰の王なればそのお助けをするのも穢れを慰撫するも我ら歩き巫女をその祖とする花魁の役目にございます」
 
陰の巫女の助力があればあるいは。
 
「ついてまいれ」
 
ワシの後ろを龍華を先頭に巫女達が静々とついてくる。
                   ・
                   ・
 死はどこにでもある。故に本来これはどこにでもあるものだろう。
だが事実としてこれはここにあり、ここ以外にも出雲にも、熊野にも、比婆山にも、京にも、奈良にも、日本中にこれはあり、それぞれ神社がこれを鎮めている。
どこにでもあるそれを現し、鎮めるために神社が置かれているのだろう。
神田神社もそうであるし、ワシが関東一円の死霊の王と呼ばれる由縁がここにある。
黄泉比良坂(よもつひらさか)。
そして千人所引磐石(ちびきのいわ)。
日の本の生と死を隔てる根幹であり、この世とあの世を繋ぐ場所。
この大岩をどかせばこの世とあの世の境は消え、死者が現世へと黄泉還る。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪美智恵≫
 ヒャクメさまのかき集める情報を元に作られた戦力分布図。
敵、霊団は主に都市部を攻撃しているので特に東京と大阪、名古屋の密度がとんでもないことになっている。東京は日本の首都であるし、大阪、名古屋は都市を守る結界、町を製作された時に作られたそれが東京や京都、奈良、あるいは京都に似せて作られた津和野町のような風水都市に比べても緩い。
三都だけで全体の5割近い。
だがそこにだけ戦力を集中するわけにも行かない。
各地方都市を襲う霊団にしても通常であれば特S級の霊障に違いない。
現状、プロメテウスさまの限りなく正解率の高い予言と、ヨーロッパの魔王とすら呼ばれたドクターカオスの頭脳。リアルタイムでもっとも正確な情報を集めるヒャクメさまと、それを各地へ即座に、霊波ジャミングや電波障害を無視して送ってくれるユリンちゃんの能力でどうにか大きな被害を出さずにいるけどそれもどう考えても手詰まり。
オカルト兵器や自衛隊の矢玉が尽きたところで戦況は悪化し、そのまま加速度的に状況は不利になる。
それが現状もっとも信憑性のある私の予測。
だけどそんなことでは諦めきれない。
 
「敵、霊団増加なのね~。周辺諸国の悪霊や妖怪が陰気を集めすぎた日本を目指して移動中。その数6134万とんで214。現在国内で暴れてる霊団と合流した場合、予測総数8623万4825±100なのね~」
 
ヒャクメ様は努めて冷静な、それでいていつもの間延びした口調で絶望的な、そして正確な情報を報告する。
 
対応策などない。
450倍近い戦力差をどうして埋められようものか。
それでもどうにか立て直そうとする私に天恵が下された。
 
「美智恵殿。10分後に全ての兵を下がらせたまえ。補給をしてもらう」
 
プロメテウスさまがその天恵をもたらした。
 
「そんなことをすればすぐにでも戦線が崩壊してしまうわ」
 
「大丈夫だ。何故ならもうすぐ増援が来る」
 
「どこから? それにチョットやそっとの増援じゃ焼け石に水よ」
 
「安心したまえ。個々の能力では若干劣るかもしれんが増援はおおよそ1億」
 
プロメテウス様は心底嬉しそうに微笑んだ。
 
「これだから愛しいのだ。ゼウスの命に逆らおうとも、永劫にも近い苦痛にさいなまれると知っていても人間に肩入れをすることを止められない」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪将門≫
 「小次郎、いかにお前が関東平野が死霊の王とはいえ一人で千人所引磐岩を動かすのはちぃっと無理があるんじゃないかのう」
 
ワシに声をかけたのは寿老人どのだった。
他の七福神も揃っている。
 
「その名が現すとおり、チョットやそっとじゃ引けんぞい」
 
「寿老人殿、福禄寿殿」
 
「横島殿に文珠を貰っての、何、使いどころは今しかなかろう」
 
【回/帰】と刻まれた文珠が光ると寿老人殿と福禄寿殿の姿がぶれる。
それは赤ら顔の柔和な老人であり、厳しい顔の老人であり、杓を持った憤怒尊であり、それらが入れ替わり立ち代りその姿に重なると最終的には狩衣を纏った青年と、袈裟を着た僧の姿をとった。
 
「この姿が一番しっくりくるな。寿老人は南極老人、北斗真君、閻魔王、泰山府君。その信仰により根源たる力は変われども、私の根源は在原業平。藤原氏を呪いながら生きた者であり、何より横島殿の友であることがわが誉れ」
 
「さて、小次郎殿。共に桓武帝の血をひきし宿縁にして我らもまた人の寿命を司る死の神にして冥府の王。我ら三人の力合わせれば千人所引磐岩といえども動かすことは容易いでしょう」
 
「在五中将、僧正遍照。伯叔父上たちの力をお貸しくだされ」
 
「もちろんだ」
 
在原業平伯叔父上と、僧正遍照伯叔父上の助力を得て、少しずつ千人所引磐岩が動き出す。
 
そしてついに黄泉への道が開かれた。



[541] Re[50]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/04/25 04:49
 ≪ミーア≫
 「オラ!」
 
あたしの拳の一撃で悪霊が存在できなくなり、消える。
あたしは六道ケミカル近くの寺の防衛にまわされたんだが、元々六道ケミカルは南部グループの建物を流用しているから他の六道グループの社屋と違って霊的に弱い。
だからまぁ、近くの寺に避難して、あたしは中に入れないもんだから外で警備してたんだがどうにもこの寺、ナリは立派だが生臭寺だったらしく、かなり脆かった。
普通だったら中に避難していた人間は大惨事のはずなんだが。
 
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
 
社長、横島大樹の某星で白金な幽体なみの拳が親玉格の悪霊をズタぼろにしていく。
あれは並みのG・Sじゃ払えないくらいの悪霊だと思ったんだがねえ。
 
他の悪霊にしても、
 
ギンッ!
 
副社長、横島百合子が一睨みしただけで悪霊は他のまっとうな避難民に近寄ることすら出来ず、あろうことかそれだけで消えちまうような連中もいる。
社長秘書の黒崎とか言う男も寺の防衛に回っている自衛隊員の合間を縫うように走り回り絶妙なタイミングで補給の弾薬を渡しているので自衛隊員は弾切れの心配なく銃を乱射している。
 
「まぁ、あいつの両親だってんだからまともじゃないのは判ってたけどあんたら本当に霊力のない素人なのかねえ」
 
どちらかというと人間止めちゃってるような気すらするけど。特に副社長。
霊的格闘の師範とか魔眼持ちの魔女って言われたほうが絶対納得いくのに。
 
ここら一体の悪霊が一時的に祓われたのを見計らって近くの別の寺に非難することになった。
幸い、六道ケミカルにはあたしの他にも何人か人外の社員がいたからできる芸当なのかもしれないけどその中でも一番の戦力は社長と副社長。
いや、副社長と社長だった。
まぁ、あいつの身内に関して野暮なツッコミを入れても仕様がないね。
                   ・
                   ・
                   ・
 時間は少し遡る。
横島所霊事務所においてこの一週間に姿を消したものが二人いた。
一人は愛子。
もう一人はタマモ。
皆それに気がついてはいたが探そうとはしなかった。
逃げたとは思わない。
ただ信じていた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪愛子≫
 「どうかお願いします」
 
私は目の前にいる幼女に土下座をして頼み込んだ。
 
「愛子お姉ちゃん。私たちが基本的に悪い妖怪だってちゃんと理解してるの?」
 
赤いスカートに白いブラウス、おかっぱ頭の少女であり、学校妖怪の中で最も知名度を持つ彼らのまとめ役。
花子さんだった。
花子さんだけではない。この場にいるのは。
ブキミちゃん、やみ子さん、おハルさん、れい子さん、ゆう子さん、ひとみお嬢さん、みよちゃん、やす子さん、みか子さん、お岩さん、よし子さん、三番目のリカちゃん、一郎さん、つよし君、太郎さん、次郎さん、糞かけばばぁ、痰壷ばばぁ、足売りばばぁ、メリーさん、赤マント、青マント、赤いちゃんちゃんこ、赤半纏、青半纏、赤い紙、仮死魔霊子、カシマさん、テケテケ、パタパタ、シャカシャカ、コトコト、カタカタ 、肘かけ女、ひじかけババア 、ひじ子さん 、足取り美奈子、森妃姫子、一寸ババァ、十二時ばばぁ、三ばばぁ、四時ばばぁ、五時ばばぁ、五時じじぃ、ヨダソ、紫ばばぁ、赤い紙青い紙、カミをくれの怪、メゾピアノ、眼の光るベートーベン、哂うモナリザ、歩き回る二宮尊徳、歩き回る校長像、動き回る石膏像、動く骨格標本、動く人体模型、ドリブラー、13階段の怪、異界に続く階段の怪、ムラサキ鏡、紫の亀、黄色いハンカチ、真夜中の合わせ鏡の怪、異界に続く鏡の怪、アギョウさん、トコトコ、校庭から伸びる手、体育館の首吊りロープ、プールで足を引っ張る手の怪、他にも私ですら知らない学校妖怪がそこにいた。
そして花子さんが言うとおり、その伝承の多くは学生を殺す、あるいは危害を加えたり、かつての私のように異界に引き込むもの。
学校妖怪の多くは生徒に危害を加える。
学校を愛する私にとってそれは認めたくない事実。
そして自分もかつてそうであったという紛れもない現実。
 
だけど、
 
「だけどあなたたちが学校から離れないのは学校が好きだからじゃないんですか!」
 
「……離れられないくらい学校を恨んでるっていう可能性は考えなかったのかな? そうだね、例えば私の伝承の一つだと、学校の先生に自慢の髪をトイレで切られて自殺しちゃったんだよ? 他にもイロイロ諸説はあるけどね。ここにいる皆は殆どそう。あなたみたいに生徒の愛情がこもった付喪神と違ってただ怖がられるだけの存在」
 
花子さんは瞳を緑色に光らせながら妖しく微笑む。
 
「私たちの怨嗟を受け止めてくれるなら手伝ってあげてもいいよ」
 
花子さんの手が私の首に伸びる。
 
「首絞め遊びして遊ばない?」
 
ここでイイエと答えれば彼女は手を出さない。
しかし協力も得られない。
けど、ハイと答えれば私は花子さんに縊り殺される。
だけど……。
 
「いいわ、遊びましょう」
 
途端に花子さんの手が見た目からは想像も出来ない力で私の首を絞める。
他にも髪を毟り取られ、足を切り落とされ、汚物をまかれ、わけのわからない異界に閉じ込められ、首には何本も刃がつきたてられた。耳にはひたすらピアノの音。
足は切り落とされるたびに生え、髪はむしられてもむしられても伸び、首に刺さる刃はいくらでも刺さり、首の骨は何度となく折られた。
メゾピアノの弾くピアノの音は喧しいだけで実害なかったけど。
 
「苦しい? 苦しいでしょう? あなたも私たちと同じになれば苦しみから解放されるわよ? 一緒に堕ちましょうよ」
 
耐え難い苦痛の中から花子さんの容姿に似あわない蠱惑的な甘い声で私を誘う。
楽になれる。
その甘い響きに堕ちそうになる心。
けど、その後の言葉が私の心を奮わせた。
 
「学校を恨めば楽になれるよ、愛子ちゃん」
 
学校を恨む。
それは私を大切に使ってくれた皆を、無理やり攫い偽りの学校に閉じ込めた私を笑って許してくれた高松君たちを、妖怪の私をクラスメートとして受け入れてくれた六道女学園の友達を、私に陽のあたる場所をくれた横島さん達を裏切ること。
……そんなの、青春の過ちじゃあ許されない。
私は学校が好き。
私は学校が好き。
私は学校が好き。
私は学校が……。
 
気がつけば苦痛は感じられなくなっていた。
 
私は……無傷?
 
「学校というのは一つの異界よ」
 
今まで私の首を絞めていたはずの花子さんが私に無邪気な笑みを見せる。
 
「校門という賽の神に閉ざされ、極一部を除けば子供しかいない仮想のネヴァーランド。故に悪意に染まりやすく、闇が淀みやすい。そこは陽気溢れる子供の世界だからこそ陰も出来やすい。私たちは悪意に侵され、淀みに浸り、噂という言霊に象られし彼らの恐怖の象徴。だけど同時に学校という存在に括られ学校の存在なく在ることの出来ない存在。恨みと愛情は物事の表裏であり、恨むと同時に私たちもまた学校を愛していた。けどあなたは違うわ。あなたは良いことも悪いことも含めて学校の全てを愛している。恨むことなく。学校という異界はそれに応えた。故に学校に属する存在は悪意を持ってあなたを傷つけられない。怨嗟や淀みに負けた私たちではね。おめでとう、あなたはたった今から私たちのリーダーよ。さしずめ夜の学校の生徒会長。何なりと命令するといいわ」
 
「命令……これは命令じゃなくてお願い。私の望みは今学校に通う生徒達を、かつて学校に通った生徒達を、これから学校に通う子供たちを助けて欲しい。どうか私のお願いを聞いて欲しい」
 
私は花子さんたちに頭を下げてお願いをした。
 
「いいの? 命令なら逆らわないけど、お願いなら聞くかどうかわからないわよ」
 
花子さんの問いに首を振る。
 
「私が生徒会長だというのなら私が出来るのは命令じゃない。学校をより良くして行く為の提案でありお願いよ」
 
「……そう、あなたはやはり横島所霊事務所の一員なのね」
 
「横島さんを知っているの?」
 
「彼に助けられた学校妖怪は多いわ。お願いだったら命令と違ってそれ以上のことをしてあげてもかまわないわよね? 知り合いの口裂け女や人面犬に声をかけてくるわ。同じ都市伝説のよしみで」
 
花子さんは艶然と微笑む。
私は試されていたのか。
……ありがとう、横島さん。
 
「それじゃあ私も知り合いのミミズバーガーと猫バーガー声を」
 
「それ役に立たないから」
 
メゾピアノの申し出は丁重に断った。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪タマモ≫
 栃木県那須郡那須町湯元。
二度と戻りたくはないと思ったこの地に私はいる。
この地は私の墓所にして、恨みの宿る場所。
だけどこの場所でしか出来ないこともある。
 
再生してから数年立っても私の記憶が戻らない理由を、力が戻らない理由をずっと探していた。
かつて三国(日本、中国、インド)に並ぶものなき大妖怪であったにも拘らず、今の私は並の妖狐より少し強い程度でしかない。
だから調べた。
幸い、時間も手段も豊富にあった。
そして気がついた。
今の私は不完全なままに再生した欠片に過ぎないということを。
そこで私はかつての力を取り戻すことを一時諦めていた。
自分とはいえ今の自分と異なるものを統合して今の自分でいられるとは思えなかったから。
だけど今私はここにいる。
美作国高田(岡山県真庭市勝山)、越後国高田(新潟県上越市)、安芸国高田(広島県安芸高田市)、豊後国高田(大分県豊後高田市)。
これらをまわってかつて玄翁和尚に砕かれた本物の殺生石の欠片を取り戻すために。
一つの欠片は女だった情の欠片。
一つの欠片は怨念だった魔の欠片。
一つの欠片は狐としての私という欠片。
その三つがそろって初めて金毛白面九尾狐は復活する。
私は、今度は諦めなかった。
あの男があまりにも馬鹿だから。
私の中の本能が告げる。
あの男は極上だ、至上だ、最上だ、強さという意味でその上を望むべくもなく、扱いやすさという意味でこれ以上なく、そして、私を愛してくれるということにおいて疑いはない。
だが少し脆すぎる。
自分以外を愛しすぎるあまり、自分の心や体が欠けるより、他者の命が欠けることによりダメージを負う。
故に、あの極上の獲物を逃さず、欠かさず私のものにするには力がいた。
だから失われた自分を取り戻す。
横島やカオスが言っていた言葉を信じて。
「大切なものは忘れない」
 
そして私は眠りについた。
 
魔に堕とされた私が言う。
 
「人間に復讐せよ!」
 
私はその言葉を受け止め、否定する。
 
「それは私の意思じゃないわ。私を魔に堕としめた人間が作り上げた虚像。私を堕としめた人間の思い通りになんかならないで。私たちが堕ちれば奴らの思い通りよ」
 
男を堕落させる妖婦の私が言う。
 
「男をたぶらかし、骨の髄までしゃぶりつくせばいいじゃない」
 
私はその言葉を受け止め、修正する。
 
「そんなことをしなくても応えてくれる男はいる。誑かされた男よりも、自分の意思で愛してくれる男のほうがずっと魅力的よ」
 
私であり、私でない二人に今まで横島や、横島の回りにいた人間達がわたしにくれたものを二人に見せる。
それはかつての私が魅了させた男達が差し出す宝物なんかよりずっと価値のある私の宝物。
その宝物を見る二人の瞳が輝く。
それはかつて私たちが求め止まなかったもの。
そしてとうとうかつての私が手に入れることが出来なかったもの。
その輝きに魅せられた二人は口々に文句を言う。
 
「「自分ばかりずるい」」
 
訳せばつまるところのこんなもの。
私が、私たちが望んだものがここにあるなら無理をする必要はない。
だから私は私たちに提案する。
 
「一緒に、生きましょう」
 
口々に文句を言うのは素直でない証拠。
彼女達も私なんだ。
そして意識は覚醒する。
 
「Solomon!! I have now returned! (ソロモンよ、私は帰ってきた)……不覚、私までヒノメの影響を受けるなんて」
 
ちょっと自己嫌悪に陥りながらも残る時間を三つに分かれてしまった魂の統合にあてる。
私が一人救えば横島の心はそれだけ欠けない。
その分の横島を貰ってしまったってそれは正当な取引というものだものね。
本来の力と姿を取り戻した私の微笑はそれだけで男を魅了する。
この場に男がいないのが僥倖だ。
 
「とりあえず目下の敵はリリシアね。悪女タイプの女は二人いらないわ。淫魔の王女? 上等よ。天狐、空狐にも匹敵する金毛白面九尾大妖狐の力、見せてやろうじゃないの」
 
それは何か違わない? と自分の中の自分が突っ込みを入れていた。



[541] Re[51]:よこしまなる者151話から
Name: キロール
Date: 2007/04/29 00:56
 ≪ゲソバルスキー≫
 「しぶといものですねぇ。勝ち目などあるはずもないというのに」
 
タコ禿は剣を杖の代わりにすることでどうにか倒れずにいる俺を見て呆れるように言う。
嬲殺しにされているおかげで身体に重大な欠損こそないが、血が足りねえ。
 
「うるせえ、こっから大逆転してやるから黙ってろ」
 
気合だけしか残っちゃいねえがそれでもどうにか両の足だけで立つと剣を大上段に構える。
 
「何を馬鹿なことを。そんな状態で私の人形を突破できるわけないでしょう。まして欠陥品のあなたが」
 
「突破できるさ」
 
「……馬鹿馬鹿しい。愚者の思考は私には理解できませんね」
 
馬鹿は十分承知だ!
 
「武士道とは信念に死ぬことと見つけたり。なれば騎士道とは、己が信念貫き通すことと見つけたり!」
 
ゲソバルスキー達を無視して、タコ禿だけを目指して突進する。
この剣で切る前に串刺しにされて俺は死ぬだろうが、死ぬ前に剣を投げてタコ禿と相打ち、せめて痛手を負わせる。
 
「これ以上付き合っていられませんね。処分しなさい」
 
鮮血が舞う。
 
7人のゲソバルスキーの剣は悉くタコ禿、ドクターヌルに突き立てられた。
 
「な、馬鹿な」
 
驚愕にひきつるタコ禿。
驚いたのはこっちも同じだが、千載一遇のチャンスを逃せない。
 
「喰らえタコ禿!」
 
驚愕に態勢を整えきれてなかったタコ禿は俺の剣で真っ二つにされた。
それと同時に満身創痍の俺は仰向けにぶっ倒れた。
 
その俺を覗き込むように取り囲む。ゲソバルスキー達。
 
「どうしてヌルを裏切った? ま、俺が言えた台詞じゃねえけどよ」
 
「俺たちもまた、下種であるより騎士でありたかったのだ」
 
「ま、その気持ちはわからねえでもない。というより分かりすぎるくらい分かるわ」
 
ちっ、もう目が霞んできやがった。
 
「俺たちはタコ禿の呪縛を破った兄上と違い、ヌルの分身という呪縛から逃れ切れていない。本体であるヌルが消えた以上遠からず消える。あんな奴に殉じるのはゴメンだ。だから兄上、俺たちも連れて行ってくれ」
 
声が聞こえたと思うと視界がハッキリし始めた。
だが、そこにゲソバルスキー、弟達の姿はない。
ゆっくりと立ち上がると自分の剣を拾い上げた。
体には傷一つない。
 
「せっかく騎士らしく死ねると思ったのに余計なことしやがって」
 
大きく伸びをすると剣を担ぎなおして歩き出す。 
 
「弟達の命を使って繋いだ命だ。もう少し騎士らしいことをしねえとな。我が麗しの主君の故郷いまだ窮地なり……か」
 
命があるなら戦おう。
この身のいっぺんでも動くのなら戦おう。
封はもうこれ以上無いというくらいもらっちまったんだ。かえさなかったら不忠の誹りを受けてしまう。
 
「騎士というのも因果なものだ」
 
この身は次の戦場を求めて行った。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪将門≫
 千人所引磐岩を動かすと真っ先に現れたのは小船で構成された船団だった。
 
「クカカカカカカ! 戦ノ無念ハ見事、見事晴ラサレハシタモノノ我ラハ武士。今一度、今一度戦場に出ラレルトハ望外ノ思イヨ」
 
揚羽紋を掲げた船団。
アレは平氏の船団か。
 
「私も出ようかしら」
 
弁財天殿が文珠を使うと一度は十二単を纏った美しい貴婦人の姿をとるが、すぐさま左手に弓・刀・斧・羂索、右手に箭・三股戟・独鈷杵・戦輪をもつ八臂の龍の下半身を持つ女神にへと姿を変える。
あの姿は水軍神、龍神としての旧い姿のサラスヴァティ。
サラスヴァティが光を放つと平氏の怨霊たちはかつての姿を取り戻した。
 
「オン・ソラサバタエイ・ソワカ! 我らが氏神、水軍神弁財天様の加護を受け、我らの無念を単騎ではらした横島忠夫の旗の元戦える。これ以上の戦が望めるものか! 平氏の益荒男よ。今こそ我らが力を見せる時ぞ」
 
サラスバティに誘われた平氏の船団は西へと飛んでいく。
そう言えば、平家の氏神は厳島神社に祀られし弁財天。
技芸学問の神としてではなく水軍の神としての弁財天であったか。
対する源氏は弁財天の神威を恐れ、日本最大の湖、琵琶湖の竹生島弁天を勧請して江ノ島に祀ったのが日本三大弁天の発祥だったか。
 
「やれやれ、平家にばかりいい格好はさせておけませんね。私たちも出ます。今こそ坂東武者の強さを知らしめる時ぞ!」
 
次いで現れたのは竜胆紋の武者。
それを率いしは大柄な僧兵を従えた青年。
彼らは南へと飛んでいく。
 
次に出てきたのは毘の旗印を掲げた一段だった。
 
「オン・ベイシュラマンダヤ・ソワカ! 見よ! かにおわすは我らが守護神、毘沙門天。我らに毘沙門天の加護ある限り負けはない」
 
「ワシはこのままのほうが良かろうな。小次郎殿、北陸の守りは任せられよ」
 
「行くぞ。兼継、慶次。毘沙門天の加護ぞある 」
 
「は、謙信公。この兼継、鬼籍に入ろうとも義のため尽くす所存」
 
「やれやれ、死んでもう一度戦場に立てるたあ粋だねえ。いっちょ大暴れしてやるか」
 
戦国武将の列は続く。
 
「やれやれ、あ奴は死んでも元気じゃのう」
 
「馬鹿は死っななっきゃ治らない~♪ 戦馬鹿は死んでも治らない~♪ ニャハン♪」
 
「御館様、謙信公に負けてはいられませんぞ」
 
「やれやれ、幸村。おことは死んでも硬いのう。ま、ワシも格好いいとみせちゃおうかな。ワッハッハッハ」
 
風林火山の旗印が過ぎた後には天下布武の旗印が続いた。
 
「信長様、わしらも負けてはおられませんなぁ」
 
「無価値……だが、たまにはそれも良かろう。猿、お前は自分の城を守りに行くが良い。安土へはお濃とお蘭がついてくれば良い」
 
信長は大黒天を一瞥すると西へと飛んでいく。
 
「第六天魔王信長、ここに降臨せん」
 
「お前様、私もついてくからね」
 
「秀吉様、兼継と幸村に東の守りを任せれば十分でしょう」
 
「よっしゃ、ワシらは今までどおり、皆が笑って暮らせる世を作るために頑張るんさ。孫市も手伝ってくれよ」
 
「やれやれ、ダチの頼みじゃ断れないな」
 
豊臣の後には島津が続く。
 
「まるで地獄のような風景じゃな。だが、地獄であるならこの戦場は鬼のもの。我らこそは鬼島津。豊久、今を生きるものたちに鬼の戦を見せてやろうではないか」
 
「はっ、叔父上」
 
「チェストオォオオ!」
 
「チェストーー!」
 
戦国武者達が続いた後には軍靴の行進が続いた。
軍靴の行進は二手に分かれて消えていく。
その後に続いたの様々な霊たち。
彼らは子孫を、かつて可愛がってくれた飼い主を守るためにそれぞれの場所へと飛んでいく。
さらにはかつて悪霊であったものたち。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リエルグ≫
 キルティングで出来た鎧下の上にチェインメイル。その上にブレストプレートを身につけ、グリーブ、ガントレットをつける。
騎馬がないためフルプレートは諦めて、やや軽装ではあるがこの感覚、懐かしく心地よい。
心は高揚し、思いは戦場にはせる。
 
「リエルグ様」
 
私の愛剣を捧げ持つシルビア。
そうだったな、忘れてはいけない。
騎士は戦いに己の価値を見出すかもしれない。
だがその全ては守るべきものを守るからこそ誉がそこにあるということを。
 
「シルビア、私は彼に受けた恩義をかえさなくてはならない」
 
「私もお供させてください」
 
「……そうだな、お前がいれば私は再び戦を求める悪霊にはなれない。後方の安全なところにいてくれ、お前を失えばまた私は悪霊に戻るだろうからな」
 
「ハイ、リエルグ様」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪将門≫
 一人のメイドを引き連れた西洋の騎士が鬨の声を上げ戦場へと疾走していく。
数多の獣の霊に囲まれた女童が空に舞う。
この世に未練を残し悪霊としえ祓われるか、魔に堕ちるか。
その二択しか突きつけられなかったものたちが不意に差し出された第三の選択肢。
この世の未練も、犯した罪さえ許され、心から冥福を祈ってくれる存在に見送られての昇天。
困窮の時に差し伸べられた手に人は恩義を忘れない。
永劫続く苦しみの中で差し出された手はどれほどの思いを生み出すものか。
彼ら全てではなくとも彼らの何割かは願った。
恩義に報いたいと。
平氏の怨霊然り、先程の西洋騎士然り、女童然り。
ただそれだけじゃあない。
かつて横島忠夫や氷室キヌに救われた怨霊、悪霊もまた然り。
黄泉比良坂から群雲の如く元悪霊たちが飛び出すのを境に黄泉比良坂から味方が出てくるのは止まる。
だがその奥底からまだ音は響く。
穢れを纏う女の声、戦装束の擦れ合う音。雷の轟音。
黄泉醜女、黄泉軍、八雷神。
伊邪那美神がかつて下した命令を忠実に守ろうとそれらはやってくる。
 
「ワシの出番ですかね」
 
大黒天殿が文珠を使用する。
その姿は神田明神に祀られている大穴牟遅神、平安時代の貴族、赤銅色の肌をした暴風神、青い肌の破壊神の姿を経て、手に武器を持った憤怒尊の姿をとる。
大黒天、大暗黒天、マハカーラ。
ヒンドゥーの三大神の一柱にして破壊神シヴァの憤怒の化身。
そして地獄の門を守る門番。
現れた門は応天門。
大貴族の伴氏が失脚する原因となった応天門の変の舞台にして伴氏が建立した氏の門。
七福神は同じく大貴族であり藤原氏に失脚させられた紀氏が作り出した大掛かりな御霊慰撫のために作り上げられたシステム。
その御霊は六歌仙。在原業平、僧正遍照、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主。
伴氏(大伴氏)に大伴黒主という貴族がいたという記録はないが、これは伴氏全体を慰撫するために作り上げられた仮想の人間と聞く。
何よりその名は伴の字に大黒主、大黒天とそれに同一視された大国主の名を混ぜたもの。
故に、この応天門は伴氏の氏の門にして地獄門。
その門番と、閻魔大王、泰山府君とも習合された南極老人として祀られし在原業平、僧正遍照両伯叔父上、それにワシであればこの門を守りきることも出来よう。
 
「わしらも手伝うぞい」
 
布袋殿と恵比寿殿も文珠を使う。
布袋殿は平安貴族の青年、弥勒菩薩の姿を経た後に審判の神ミスラへ、恵比寿殿は平安貴族の男性から蛭子神へと姿を変える。
布袋殿は紀氏、恵比寿殿は文屋康秀の御霊を祀られた神。
 
「ワシらはちょっくら御母堂様を説得してくる」
 
蛭子神は伊邪那美神が伊邪那岐神に先に声をかけたが為に生まれ流された忌み子。
逆に黄泉の大女神である今の伊邪那美神であれば話を聞く位してもらえるだろうし、善神と悪神を仲裁するミスラ神の取り成しがあれば実りある交渉が期待できる。
 
ならその交渉が終わるまでこの場を守りきればいい。
地上のことは地上に任せよう。
この黄泉比良坂を通らずに現れた多くの増援の存在を感知しながらワシは奥に広がる闇を睨みつける。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ヒャクメ≫
 神田神社から現れた援軍は一目散にかつて自分が守っていた土地に向かったのね。
でもその中に違う行動を取った一団もあった。
彼らは旧日本軍の兵士の霊なのね。
その一団はやがて二手に別れそれぞれ渋谷区と港区を目指し行進していったのね。
それと同時に、千代田区靖国神社からも同様に旧日本軍の兵士が現れ渋谷区、港区を目指していったのね。
                   ・
                   ・
 港区赤坂、乃木神社。
旧大日本帝国陸軍の兵士たちがこの神社の主祭神、乃木希典の前に整列をする。
対する主祭神、乃木希典将軍は激怒を持ってそれを迎えたのね。
 
「貴様らは悪だ! 大日本帝国陸軍の誇りを汚した屑だ! 大東亜共栄圏。耳障りはいい言葉だが西欧の殖民支配から亜細亜を救うといいながら貴様らがやってきたことは亜細亜各国を日本の植民地に仕立て上げただけではないか。例え上層部がどうであろうとも貴様ら一人一人が士道を忘れなければあのような惨状を作ることはなかったはずだ! 貴様らは保護すべき隣国の民を虐殺し、敬意を払うべき文化を廃絶し、人の尊厳を踏みにじり、祖国を敗戦に追いやった負け犬だ!」
 
乃木将軍の一喝を微動だにせず聞き入る兵士たち。
 
「異議があるというのなら見せてみろ! 貴様らが祖国を、この日の本を護りたかったという意思が真実であることをわしに示してみろ! 本物の鬼畜に蹂躙されようとしているこの国を護って見せろ!」
 
兵士たちは敬礼を持ってそれに応えたのね。
                   ・
                   ・
 渋谷区神宮前、東郷神社。
旧大日本帝国海軍の兵士たちはこの神社の主祭神、東郷平八郎の前に整列する。
対する主祭神、東郷平八郎は皇居のほうを向きながら静かに黙祷をささげる。
 
「言いたいこと、思うこと、皆それぞれあると思う。だが今一度祖国を護るために戦える誇り、ともに示さん」
 
こちらでも敬礼でもって兵士たちは応えるのね。
人間達と、かつて人間であった者達の戦力は整ったのね。
だけどそれだけじゃない。
この国にはもっとたくさんの力があることを私の目は見逃さないのね。



[541] Re[52]:よこしまなる者151話から
Name: キロール◆09f19d80 ID:4592abbf
Date: 2007/05/08 03:57
 ≪横島≫
 ただ守り、いや、守ることしかできずそれでも守りきれなかった圧倒的戦力差は覆り始め、攻勢に転じる場所すらあった。
                   ・
                   ・
 北海道。
最北極寒の地にして、ロシア方面から侵入を試みる悪霊、妖怪を防ぐための防衛の拠点。
そこを守るのは北海道駐屯の陸上自衛隊北部方面隊。及びロシア正教会から派遣されたエクソシスト。
自衛隊を中心にした防衛戦力は圧倒的な戦力差の前にずるずると後退せざるをえなかった。
そこに変化が起きたのは森の中から一羽の大きなシマフクロウが飛び立ってから。
シマフクロウは悪霊たちの姿を見るや一声大きく鳴く。
すると北海道中の森から、集落から、海から彼らが現れた。
シマフクロウ(コタンコルカムイ)は村の守り神。
カムイ達は人間の開発を嫌い身を潜めていると松五郎さんが言っていたが彼らは自分達の土地と北海道に住む人を守るために戦うことを選んでくれた。
オキクルミ(英雄の霊)、ワッカワシカムイ(水の霊)、ペトルンカムイ(川の霊)、キムンカムイ(山の神、熊の霊)、レプンカムイ(海の霊)、ユッコルカムイ(鹿の霊)、シトゥンペカムイ(黒狐の霊)、チェプコルカムイ(魚の霊)、ヌサコルカムイ(蛇の霊)、アユシニカムイ(病気を避ける霊)、ネウサラカムイ(話し相手の霊)、レプンシラッキ(アホウドリの霊)、キムンシラッキ(キツネの霊)、ホイヌサバカムイ(雨乞いの霊)、アペフチカムイ(火の神)、チェプカムイ(神の魚、鮭の霊)、シランパカムイ(樹木の霊)、エチリリクマッ(夫婦の霊)、チセコロカムイ(家の守護霊)、コロポックル(蕗の葉の霊)、ホロケウカムイ(狼の霊)カンナカムイ(雷の霊)、アパサムウンカムイ(狸の霊)、イモシュカムイ(大蓬の霊)、ウパシチロンヌプカムイ(オコジョの霊)カパッチリカムイ(大鷲の霊)、レプンリリカタイナウウクカムイ(鯨の霊)、カパプカムイ(蝙蝠の霊)、ヤトッタカムイ(鳶の霊)。
他にも様々なカムイが現れ、戦いを始める。
次の変化は将門公が千人所引磐岩を動かしてから。
守護霊たちが神社、仏閣の結界が壊れむき出しになった人間達を守るために戦い始めた。
彼らの存在、多くは肉親であったり、可愛がっていたペットが自分達を守ってくれている姿に人々は感謝と安堵を得る事が出来た。
そして北海道の最東端、ロシア方面からの防衛最前線を守る存在が現れた。
第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍、独立歩兵第282大隊であり、戦車第十一連隊、通称士魂部隊の兵士達だった。
彼らは終戦直後、千島列島の占守島に侵入してきたソ連軍から祖国を守るために戦い、ソ連軍との戦いにおいて唯一の勝利戦、それ以上にソ連軍の北海道進攻を防いだ功績を残す部隊であったが、停戦後(戦闘開始時点ですでに敗戦国であった日本に戦術的勝利はあっても戦略的には敗北が決まっていた)シベリアに抑留され、日本に帰ってこれた僅かな者達も戦後の反戦思想の中で白眼視されたという。
それでも彼らは鬼籍に入りなおも祖国を守るために現世に戻り来た。
俺は彼らに最大限の敬意を感じる。
                   ・
                   ・
 東北地方を守るのは自衛隊東北方面隊と三沢基地の米軍。
それからプロテスタント各宗派からの武装牧師。
比較的敵、味方ともに少なかったこの地域はかつての奥州の王、伊達政宗が率いる伊達、最上の連合軍が登場したことであっさりと趨勢を入れ替えた。
青葉神社に祀られる神でもあった伊達政宗は脇侍に片倉小十郎、留守政景を従え、悪霊たちを雲霞の如く切り払い、駆け抜ける。
 
「馬鹿目! 貴様らがごとき負け犬が数を頼みにしようと幾許たりとも恐ろしくはないわ。竜を喰らえると思い上がるならかかってくるがいい。この独眼竜が逆に食い散らしてくれるわ」
 
地の利を完全に理解している伊達政宗は一見蛮勇に任せて突撃を繰り返しているようで悪霊たちを分断し、自衛隊の守りが厚いところに誘いこみ、守りが薄いところには逆に囮となって誘き出し、伏兵を用いて挟撃し、散り散りになったところを各個に撃破していっている。
あと十年早く生まれていたら天下をとっていたという話も強ち与太話でもなさそうだ。
                   ・
                   ・
 北陸地方を守るのは北陸地方に駐屯する中部方面隊第10師団の一部と東部方面隊第12旅団。それにイスラム教徒たちだった。
東北地方についで被害の少ないこの地域はほぼ沈静化しているといっていい。
イスラム教徒たちの数が多く、自衛隊も二つの方面隊から派遣されてきたために戦闘域を狭くすることで作戦行動が迅速に行われることとなった。
さらに、新潟県には軍神の誉れ高き上杉謙信、石川県には前田利家が軍を率いたことによって優勢は決定付けられた。
越後の名軍師直江兼継、天下の大不便者前田慶次といった戦国時代を代表する家臣に加え、戦国最強とも言われた上杉軍団。さらには上杉謙信自身と彼らが大いに信仰していた毘沙門天直々の加護があるのだからその戦いぶりは天に昇ろうとする竜の如くといったところか。
 
「我が軍が是とするは【破邪顕聖】の四字。兼継、慶次、ゆくぞ」
 
「邪破りて聖きを顕す。全ては【義】なのですね」
 
「ま、難しい理屈はあとにしようや。喧嘩ってやつは勝っても負けても楽しいが、この戦は負けると後味が悪くなりそうだ」
 
攻勢に出るのが上杉家なら守勢を取るのは前田家。
前田利家には華々しい戦功こそ少なかったがそれは偏に織田信長の親衛隊に近い役割の赤母衣衆であったためであり、防衛線にはむしろ向いているといえた。
現に、北陸方面には人的被害はおろか、建物への被害も最小限にとどめられている。
                   ・
                   ・
 関東は神奈川以南、そして中部の静岡県東部を守るのは自衛隊第1師団の一部とアメリカ軍第7艦隊の一部、第5空母航空団、座間キャンプに米陸軍第1軍団が派遣され、仏教系、神道系G・Sの一部が積極的に攻勢に出る。
それに加えて源義経率いる源氏の郎党が防衛線を築いていた。
ここは東京以南の防衛の拠点として多くの戦力が割かれていたにもかかわらず劣勢にたたされている。
単純にこちらの戦力より敵方の戦力のほうが多かったためだ。
源氏が増援に現れていなかったら戦線は崩壊し、東京はさらに泥沼の苦戦に陥っていただろう。
その中でもひときわ異彩を放ち戦線の防衛に貢献しているのは源義経その人であり、彼を守る巨漢の僧兵弁慶。そしてこちらは源氏ではなく平氏なのだが鎌倉景政、通称鎌倉権五郎。
五月の時も思ったのだが、歌舞伎は侮れないな。
鎌倉権五郎が殆ど演目の【暫】と同じ格好だ。
                   ・
                   ・
 甲信越地方を守るのは自衛隊東部方面隊第12旅団の一部。それから山岳信仰系の宗派の術者や山伏、チベットから来てくれた密教僧達だ。
ここは圧倒的劣勢だった。
何故なら自衛隊が殆ど戦力外にされてしまったからだ。
その理由は死津喪比女。
彼女の花粉により近代兵器の殆どが無力化されてしまい、ユリンが消耗作戦で死津喪比女の注意をそらしているが、それ以外の悪霊、妖怪の数が多く自衛隊の防衛能力が低下している状態で、三都に次ぐ激戦地と化していた。
そこに現れたのが甲斐の虎、武田信玄と騎馬軍団だった。
 
「人は城、人は石垣、人は掘り、情けは味方、仇は敵なり。ワシの王道は夢半ばにして病におちたものの、今を生きるものたちに王道の道を指し示すのも悪くない。ワシの王道が今を生きる者たちの心に根ざせば王道が天下を取ったも同じこと。そうは思わんか? 幸村」
 
「はっ! 御館。王道の志、必ずや今を生きるものたちの心に残ることでしょう」
 
「幸村さま~、早く行かないと戦終わっちゃいますよ。こちらの負けで」
 
「はっはっは、そいつはいかんなぁ。さて、甲斐の虎の戦、始めるとしようかの」
 
「御館様、この幸村、額の六文銭とこの槍にかけて」
 
「うむ。幸村」
 
「はっ!」
 
「今日もワシは、格好良いよ」
 
「お、御館様」
 
「ほら、幸村様も呆けてないでお仕事お仕事♪」
 
武田騎馬軍団の戦闘能力と武田信玄の軍略は圧倒的な劣勢を覆すには至らぬものの、劣勢なりに膠着状態を作り上げることに成功していた。
                   ・
                   ・
 中部地方を守るのは中部方面隊第10師団とユダヤのラビ、インドのバラモン。
名古屋を中心に攻勢をかけてくる悪霊たち。
中部方面隊の多くを裂いたが為に生み出された均衡ではあるが、盛大に弾丸を吐き出し続けたが為に銃弾を大量に用意したとはいえそこは本来であれば使いどころの少ない銀や精霊石弾頭の銃弾の底は見え始めている。
 
「うぬらは、何を望む?」
 
織田信長はすぐに参戦することなく、眼下に犇く悪霊たちに問いかけた。
 
「信念、泰平、宿命。一切の観念より解き放たれなお妄執に己を捨てるうぬらは何を望む?」
 
その存在に気がついた悪霊が信長を喰らわんと襲い掛かる。
 
「……無価値」
 
交錯の一閃で切り払われる悪霊。
 
「うぬらの妄執、そこに価値があるというのであればこの信長に見せてみよ。無しというなら……殺すまでよ」
 
「地獄の果てまでついてきて、現世に戻ってもまた戦……けど、嫌いじゃないわ」
 
「信長様の敵……蘭が討ちます」
 
「かわいらしいことよ。お濃、お蘭、しかとついてまいれ」
 
魔王の軍勢は悪霊たちを巻き込み地獄の戦場を作り出していった。
しかし、地獄なのは戦場のみで、市街地の多くは敵の数に比すれば驚くほどに被害が少なかったことは明記しておく。
                   ・
                   ・
 近畿地方には東京に次ぐ戦力を配備されていた。
自衛隊の中部方面隊第3師団の多くと、近畿地方に本山を置く多くの仏教系G・Sや神道系のG・S。
そして京都には大掛かりな結界が張ってある。
しかしそこは魔都とも言われる京都であり、日本第2の商都大阪。
襲い掛かる悪霊の数も多く、悪霊よりも手ごわい妖怪の数も多くいた。
戦況はやや不利な状態で推移していたが、ここにも死の国よりの救援は訪れた。
 
「よっしゃ、わしらも参戦して泰平の世を守るんじゃ。ねねは安全な少し離れたところにいてくれ」
 
「私も一緒に行くよ、お前様。愛するお前様のためならいくらでも守ってあげるからね」
 
「ねね~、嬉しいぞ~。で、本音は?」
 
「あなたが今の子達と浮気しないか近くで見張るため……ってちがう! もう、何を言わせんのよ」
 
「秀吉様、おねね様。戦わないなら下がっていてください。普通に邪魔です」
 
「やれやれ、殿も苦労するね」
 
大阪を守るのが豊臣家なら、京都から滋賀にかけては浅井家が守っていた。
 
「市、そなたはもはや私の妻ではない。浅井の家ももはやない。そなたがこの戦場に出てくる必要はないはずだ。すぐに柴田殿の下に戻るのだ。柴田殿は無骨な方だが必ずそなたを守るだろう」
 
「いいえ、長政様。長政様はお優しいお方。例え浅井の家が無かったとしてもこの地に生きるものがいる限り自分の意思で、自分を殺して守ることを選ぶのでしょう。勝家様も私の夫。あの方も不器用で優しい方です。あの方はお兄様のために自分で考えることを止めました。私は……お兄様の妹として生きてきていつも詮なきことと諦めていました。そのためにお兄様の心も、お姉さまの優しさも、長政様のことでさえ本当に理解することは出来なかったのかもしれません。長政様、私は守られるでもなく、諦めるでもなく、私の意思で子々孫々たちの生きる今の世を守りたいのです。それに私は今でも長政様の妻のつもりです」
 
「市。……某も、市と誓った永久の愛の誓い、忘れたこともない」
 
二つの影が一つになり、数瞬の後に名残惜しそうにまた二つになった。
 
「某は義兄上に刀を向けるという不義を行い、結果市の愛にも背を向けることでを義も愛も失った。しかし人の世を守るという義、そして市の愛があればもはや某は何者にも負けぬ。市、しかと見届けてくれ」
 
「はい、長政様」
 
追記すれば、嫉妬にかられた悪霊たちはこぞって二人を狙うのだったが一定距離以上近寄ると途端にそこから近づけなくなっていた。
二人だけの世界は一種の結界なのだろうか?
                   ・
                   ・
 中国、四国地方を守るのは自衛隊第13旅団、第14旅団。米軍第1海兵航空団。
それから山陰は出雲神道、山陽は伊勢神道、四国には神道いざなぎ流や四国の密教僧。それに中国や朝鮮半島から道士や風水士がこの一体を守っていた。
京都に似せて作られたと地方都市が多く、京都ほどに怨念を溜め込んでいないこの地に京都を模して張られた四神の結界。出雲大社を筆頭に神社仏閣が多く並び、術士の数が多く、懸念されていた黄泉津比良坂からの黄泉の軍勢は神田神社で開かれたためにこちらに現れる様子もない。
そして海の守りをサラスヴァティに守られた能登守平教経率いる平氏の大船団が本土に近寄らせまいと奮戦しているためその数は少ない。
平氏の船団は一時期、釣瓶火やシャンシャン火、筬火、蓑火、不知火、遊火、遺念火、姥ヶ火、舞首などを従えた火車の襲撃により燃えやすい小船に乗った平氏の水軍は窮地に陥ったのだが、
 
「千早振る 神も見まさば 立騒ぎ 天の戸川の 桶口あけたまへ。理や 日の本ならば 照りもせめ さりとては又 天が下とは」
 
龍神の姿から十二単を纏った伝説の美女、龍神の生まれ変わりとも言われた世界三大美女の一人、小野小町。
その彼女が神仙苑で雨乞いの時に歌ったとされる和歌がこの二首。前者は小町集、後者は謡曲雨乞い小町で。いずれにしても、人の身でありながらその言霊で天地を動かした小野小町は水神、サラスヴァティとして祀られ神となった身。その言霊が天を動かすは道理、途端に振り出した豪雨のおかげで妖怪たちが死ぬわけではないが、船に火が燃え移ることも無く。船が転覆するほど降り続く前に平氏の怨霊、もはや御霊となった彼らは平教経の武勇もあって火車をはじめ多くの火妖を調伏していた。
 
「見よ! 我らの氏の神、水軍神弁才天の加護よ。かの源氏との戦に破れしはやつらにも弁才天の加護があったからにほかならぬ。なれば此度の戦は弁才天の加護ある我らに敗北は無いわ」
 
平氏一門の意気高く、中国、四国地方は今日本で一番安全な地域となっていた。
                   ・
                   ・
 九州、沖縄地方には自衛隊第4師団、第8師団、第1混成団、米軍第7艦隊の一部、第3海兵師団。
それからヴァチカンからのエクソシストたちや琉球神道の神主に、東南アジアのモーピー、各地の原始宗教の神官達。
この地にこれだけの戦力を置いたのは大陸方面からの進攻を恐れたためなのだが悪い予感は当たり、朝鮮半島や大陸から多くの悪霊や妖怪が流れ込み、日本全体で見ても3番目の激戦区となっていた。
そんな中でひときわ異彩を放つのは島津家と大友家の軍勢。
島津軍は島津義弘を総大将におき、伏兵をはじめとした多くの軍略と、島津義弘や東郷重位をはじめとした薩摩隼人の武勇をもって戦場を駆け巡った。
またそれに対抗するように、立花道雪率いる大友軍は、立花道雪が輿に乗って指揮をとり、娘の千代が最前線を任されていた。
 
「今を生きるものたちの多くは篭っておるばかり、戦うものも戦の仕方を知らぬと見える」
 
「伯父上!」
 
「泰平の世に安穏と暮らしているばかりのやつらが気に入らんのだ。ま、嫉妬だよ。気にするな豊久。せめて戦う気概がある連中に鬼の戦を教えてやるさ」
 
言うや否や、真っ直ぐに戦場に駆け出し、近寄る悪霊、魑魅魍魎の類を瞬く間に蹴散らしていく。
 
「ふん。戦場は島津とか言う戦屋の独壇場だな」
 
「だからといって島津ばかりに任せて良いというわけでもあるまい。かつての仇敵であることは間違いないが今この場限りにおいてやつらも同胞だ」
 
「……人が真摯に生きるためには何事にも囚われてはおられぬ、か」
 
「輿を義弘殿の元に寄せよ」
 
立花道雪の命により、輿が最前線の島津義弘の元に寄せられる。
 
「ほう、道雪殿。かつての決着でもつけに参られたか?」
 
「それはそれで心躍るものがあるが、今はそのような時でもあるまい。何、手を組まんかといいに来たまでよ大友と島津の兵、合わされば面白いと思わんか?」
 
「成るほど。博打だが、だからこそ面白い。良いだろう、わしは最前線にて大友の兵を借りる。道雪殿は全体の指揮を執ってもらおうか」
 
「ともに戦うのは不本意だが仕方ない。だが、私は戦屋などと馴れ合わんからな」
 
「そうか、それは仕方ないのう」
 
「だ、だが、それでは役目に支障がある。貴様が頼むなら親しくしてやってもいい」
 
「そうか、立花のお嬢は優しいのう」
 
「優しくなど無い! あ、あくまで支障が無いように仕方なく、だ」
 
「ふむ、千代の婿は島津からとるべきだったかもしれんな」
 
「父上!」
 
大友(実質的に立花)と島津が組むや否や、吸収は拮抗状態に趨勢を取り戻した。
その場その場において悪霊たちは駆逐されるのだがその都度別の場所から進入してくるための拮抗だった。
                   ・
                   ・
 東京、及び北関東を守るのは自衛隊第1師団の大半と、横田基地の米軍第5空軍。
それから日本ゴーストスイーパー協会のゴーストスイーパーの多くとオカルトGメン、ザンスの精霊騎士。
狭い地域に過多とも言える防衛網だが、それでも均衡、ややもすると劣勢に陥るほどに悪霊、妖怪、魔族の侵入を許していた。
東京は徳川幕府と怪僧とも言われた天海上人が作り上げた四神相応の地、南に東京湾、西に東海道があり、東は利根川の流れを変えて大河として据え置き、北には西にある富士山に負けぬように徳川家康を東照大権現として日光連山に祀り、山の格を高めた。
しかし、その結界はすでに破られている。
南の東京湾に臨海副都心が出来た為に南の平地(もしくは池や湖、湾のように波の少ない水地)が崩されたからだ。
東京湾から進入してくる悪霊たちに対して海上自衛隊が大掛かりな結界を張っていたが、それも物量に押されて破られてしまっている。
それでも均衡を保っていられるのは乃木希典率いる陸軍、徳川家康率いる武士達が合流したおかげである。
 
「天下泰平。その志という重き荷を背負い、歩み進んで勝ち取った平和。例えこの身が死んだとしても譲れるものではないよ」
 
「流石は我らが殿におわす」
 
「父上、稲もともに参ります」
 
「うむ。忠勝は徳川の守り神、頼むぞ。稲も自愛することだ。半蔵!」
 
「ここに」
 
「半蔵は撹乱を頼む。期待しておるぞ」
 
「御意」
 
日本第一の激戦区。建造物への被害は大きいものの、人的被害はかなり食い止められているのが救いだった。そして、日本が全体を通してある程度の均衡状態を保っていられるのは外海で進攻を防いでいる海上自衛隊や米国海軍、東郷平八郎率いる日本国海軍の働きが大きい。
だけどまだ足りない。
俺が残した策を発動するためにはもう少し趨勢をこちら側に引き寄せる必要があった。
そしてそれを実現させるかのように、捨てたはずのカードが戦場に現れたのだった。



[541] Re[53]:よこしまなる者151話から
Name: キロール◆09f19d80 ID:4592abbf
Date: 2007/07/22 22:12
 前書きというか中書き
 え~、書き始めてから最長の空白を迎えてしまいました。申し訳ございません。
実生活の方で最後の投稿よりこの二ヶ月で職場が二回変わり、職種も一回マイナーチェンジしておりまして、まぁ、同じ会社内のことではありますが^^;そのほかにもパソコンの故障が重なり長くほったらかしになってしまいました。待ってくださった奇特なお方、真に申し訳ありません。完結まで必ず突き進みますのでご勘弁の程をm(ーー)m
 
 ≪ニルチッイ≫
 夜の闇の中、中央に燃える炎の明かりだけがあたりをオレンジ色に照らし出す。
祭壇に祀られた三つの石に対し私たちの居住区だけでなく、私の願いを聞いてくれる全てのネイティブアメリカンを集めこの儀式を行っている。
山のマニトゥ、森のマニトゥ、川のマニトゥ。
彼らに対して礼賛を。
過去の先人達に敬意を。
今を生きる同胞達に慈しみを。
そして我らの恩人に加護を。
 
「海は大地を隔てるものではありません。海の底で大地はつながりこの地球という世界を作り上げています。大地あるところにマニトゥの力は必ずや届きましょう。我らが受けし恩、命と心の両方を守ってくださった横島さん達の心、彼らの同胞の命、守れずして私たちの誇りなどどこにありましょうや」
 
レイラインにのってマニトゥは必ずや彼らの守りとなってくれる。
そう信じてこの戦いが終わるまで私たちは儀式を続けましょう。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪美智恵≫
 東京の真ん中にいきなり巨人が現れた。
彼らは小蝿を追うかのように手を振り回すが、その手が触れただけで悪霊たちが消滅していく。
霊格が違いすぎるために起こる現象だが、彼らは一体何者なのだ?
敵だとすれば厄介すぎる。
 
「あれは、アルゴンキン族の偽神、マニトゥなのね」
 
「マニトゥ、自然そのものを神格化して、アルゴンキン族が人格を与えたネイティブアメリカンの守り神ですか?」
 
「ちょっと待って欲しいのね」
 
ヒャクメ様は情報収集網を広げているのかしばし黙考に入る。
 
「恐らく我らへの援護だろう。横島とネイティブアメリカンとの関係は良好だ。マニトゥとも関わっておったしな」
 
「その通りなのね。マニトゥ達はこちらの味方なのね。それも霊格だけではリリシアさんを除いてぶっちぎりなのね。多分人界で生まれた神だから冥界のチャンネルが殆ど閉じていてもパワーダウンしてないからだと思うのね」
 
「他にも出てくるぞ。学校からだな。いや、それだけじゃない。ゲートが開く。それに山から、川から、町から、海から、次々味方が現れる」
 
プロメテウス様の予言はこれ以上も無い吉報だった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪愛子≫
 寺社の結界が破られ無防備にされけ出された人たち。
彼らの守護霊が必死に守っているけどそれだけじゃあ足りない。
 
「お願い、守ってあげて」
 
「承知した、生徒会長殿」
 
生徒会長、彼らの中で私の呼び名はそれで定着しつつあった。
 
襲い掛かる悪霊の群に怯える少女。
その前にふわりとマントが舞った。
悪霊、そして低級の妖怪たちの首から突如として油彩用のペンチングナイフが突き刺さる。
私に横島さんや雪之丞君みたいな目があれば投げたものだとわかるのかもしれないけど私の目にはいきなり首に刺さったようにしか見えない。
飛び散る鮮血がまるでマントのように見えた。
 
「赤いマントは、いかがかな?」
 
そしてその両手には二本のペンチングナイフを握り、優雅にマントを翻す。
 
「恐怖に震えるがいい、人間どもよ。今宵は汝らの味方ではあるが我らは汝らの恐怖の象徴、さぁ、恐れおののくがいい」
 
赤マントはそう芝居がかった見得を切るのだが、
 
「か、かっこいい」
 
俗に言う吊橋効果っていうやつね。
プラス、自分のピンチに颯爽と現れて赤いマントを翻す礼服を着込んだ顔も一応美形に入る男性。
普段だったらノーサンキューないかれた格好かもしれないけどこうピンチの時はそれがかっこいいと映るのは仕方ないことかもしれない。
タキシード仮面さまという声が聞こえる。
 
青春ね、と私は視線をはずしてやるせない気持ちを誤魔化した。
どうも私はオタ系の青春とはそりが合わないらしい。
 
「惚れさせてどうするのよ」
 
チャチャを入れたのは花子さんだった。
花子さんは襲い掛かってくる妖怪をその小さな手で持ち上げる。
自身は宙に浮かんでいるので身長差は関係なし。
その小さな手は確実に妖怪の首を握り締める。
 
「首絞め遊びして遊ばない?」
 
花子さんが楽しげに問いかける先の妖怪の首からゴキリと硬いものが砕かれる音がした。
 
「さぁ、恐れなさい人間達」
 
花子さんは避難していた人間達にそう宣言するが。
 
「か、怪力幼女萌え」
 
と、ある意味でダメ人間の呟きを聞いてしまい、赤いスカートをつっていたサスペンダーがカクンと肩まで落ちていた。
 
「萌えさせてどうするね?」
 
「う、うるさいわね」
 
罵り合いながらも流石は学校妖怪の中でもっとも有名な二人だけあってその能力は高かった。
見えないほどの速さでペンチングナイフをふるう赤マントに、ヒラヒラと優雅に舞いながら次々と妖怪たちを縊り殺していく花子さん。
周りではテケテケや仮死魔霊子が脚をもぎ取り、森妃姫子が脚のない妖怪を引きずり殺し、どこからともなく吊り下がる13階段の首吊りロープが絞殺し、アギョウさんが食べて、二宮尊徳像は硬い体を生かして人間達の防衛をしていた。
いまや完全に自分と同類である学校妖怪たちの戦闘能力の高さにちょっとびっくり。
 
私も破魔札(直接触ると私にも痛いので手袋着用)を使って攻撃に参加。
現役六道女学院生は伊達じゃないわ。
 
「伊達に横島除霊事務所の事務はしていない!」
 
数分のうちに辺りの敵は一掃された。
 
途端に沸きあがる歓声。
私たちに向けられる感謝の声。
助けてくれてありがとうという声。
私はこの声を知っている。
いつも横島さんの事務所にいたからこの声を知っている。
けど、今まで学校の恐怖の体現を自称し、実際それを行ってきた彼らは知らない。
初めてなげかけられた言葉に戸惑っていた。
いい傾向だと思う。
投げかけられる言葉の意味を理解できたなら、彼らは学校の恐怖の体現として以外の生き方を見つけられるんじゃないか。
私はそうなる未来を望む。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪東郷平八郎≫
 今一度、三笠の上に立てようとはな。
海上自衛隊の艦隊とは別個に行動して海域の戦端を担ってはいるが海から来る妖が多すぎる。
 
「敵前にて回頭を行う上村、片岡両中将に伝達」
 
敵、悪霊の集団を前にかつての戦法をとる。
あの時は敵艦隊の有効射程距離や、自艦隊の足の速さを考えての決断だったが今回は敵の射程距離もばらばら、だが、あれだけの霊団を本土にあげるわけにも行くまい。
 
ターンを成功させたその時、進行方向に巨大な水柱が立った。
 
「イクチか!」
 
茨城県や九州に生息するアヤカシとも呼ばれる怪魚、イクチ。
頭が通過した場所を尾が通過するためには三日かかるという大魚が目の前を塞ぐ。
これではT字ターンは完成できず無防備な状態をさらすと思った矢先に救援が来た。
 
救援は一隻の帆船。
その帆船はイクチに集中砲火をかけ、海中に追いやるとそのまま悪霊集団に突き進み攻撃を仕掛ける。
その帆船に付き従うように人魚や海座頭、磯女、針女子といった日本の海の妖怪がイクチに止めを刺し、悪霊集団に攻撃を加える。
 
「全艦再度回頭。悪霊集団の側面につけ集中砲火、前方から現れた帆船と妖怪には攻撃を加えるな」
 
敵、悪霊集団は帆船の圧倒的な攻撃力に加え、側面からの集中砲火に耐え切れず散り散りになった所を妖怪たちに各個撃破された。
 
前方の帆船から手旗信号にて休戦の合図があり、こちらもそれに応えた。
帆船は幽霊船のようだが敵意はないと判断。
帆船から一人、こちらに飛んできた。
 
「高名な東郷提督と戦線をともに出来たとは光栄の極み。私は彷徨えるオランダ人号の船長、ヴィスコム」
 
「なるほど、伝説に名をとどめる幽霊船か。あれほどの強さも理解できる。しかしなぜ日の本を守ってくれる?」
 
「永遠という呪いを横島忠夫という霊能力者に解放してもらい、寄港地を提供された。この場にいる妖怪たちも誰に追われることなく安息の地を提供された妖怪たちだ。我が家を守るのに理由は必要あるまい?」
 
それにな、と付け加える。
 
「海の男は総じて義理堅いのだよ。貴公もそうであろう?」
 
ヴィスコムが唇の端を持ち上げて笑う。
 
「私は。一船の船長に過ぎない。以降は貴公の指揮下に入ろう。私のオランダ人号と海の妖怪、存分に使われよ」
 
私も生前を顧みても滅多にないくらい笑った。
なんと気持ちの良い男であろうか。
海の男として偉大な先達に敬意を表する。
                   ・
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 ≪美智恵≫
 各地から現れた増援に興奮していたのか、彼女の来訪に数瞬気がつけなかった。
突如現れた空間の穴にホルスターから精霊石銃を抜き放つ。
 
「随分手荒な歓迎ね。これが今のアッシャー界における増援への出迎えなのかしら?」
 
「あなたは?」
 
「先に名乗るのが礼儀でなくて? フフフ、そんな怖い顔しなくても大丈夫よ。今言ったとおり増援だから」
 
「私は美神美智恵。今回の戦役における迎撃部隊の指揮官よ。総指揮官は横島忠夫。これでいいかしら」
 
「よろしくてよ。私はアイルランドが妖精王国コナハトの女王マブ。コナハトの王、横島忠夫の祖国の救援に来た妖精部隊の取りまとめ役」
 
横島君が妖精の王?
 
「彼は人間のはずですが?」
 
私の戸惑いから出た言葉にマブは冷笑を持って応える。
 
「あれが人間? 悪い冗談だわ。人間の限界をはるかに超えて、かつては戦神であった妖精女王のこの私すら超える力を持つ存在が人間?」
 
「横島君は人間です。彼がそれを望み続ける限り」
 
マブはクスリと笑う。
……この女、
 
「な、何か空気が険悪なのね~」
 
「同じ女帝タイプだからな。気が合わんのだろう」
 
「そこ、黙る!」
 
勝手な批評を始めたドクターとヒャクメさまに普段は使わない命令口用で沈黙を促す。
 
「まぁ、横島が何であれ、私の振舞った赤い蜂蜜酒を飲んだらコナハトの王であることは変わりありませんわ」
 
「わかりました。それで救援ということですがあなたは向かわれないのですか?」
 
「横島が直に頭を下げにきたというのならともかく、そうでないなら私の手を煩わせるつもりはありませんわ。まぁ、人一倍張り切っている騎士がいますから私が出るまでもないでしょう」
 
マブがなにやら呪文を唱えると空に大きな穴が開く。
その穴からまるで赤い彗星のような勢いで一本の槍が飛び出した。
その槍から無数の鏃が飛び出し、悪霊集団を刺し穿つ。
次いで穴から飛び出したのは二人の騎士。
 
「ク=ホリンが一番槍を貰った」
 
「すでに乱戦で一番槍もないでしょう。タム=リン続きます」
 
二人の騎士の後にも続々と妖精たちが続いた。
スプリガン、デイーナ=シー、デュラハン、カーシー、ケットシー、フェアリー、ピクシー、ルサールカ、ニンフ、ヴォジャノーイ、カリアッハベーラ、プーカ、リャナンシー、そのほかにも多くの妖精が穴から飛び出していく。
 
「今度の王様は優しいね」
 
「そうそう、王様なのに私たちに命令しないもん。命令されるのっていや」
 
「だけど女王様が相変わらず厳しいからねぇ。コナハトの王の祖国を守れなかったらどんなに怒るかわかったもんじゃないものね」
 
「そうそう」
 
「ほら、無駄口叩いてるとコナハトの女王に怒られるよ」
 
「あ、ティンカーベルちゃん待ってよ」
 
妖精たちの群はやがて光の尾を撒いて日本中に飛んでいく。
 
「すごいのね~。ティターニアやオベロン、ピーターパンまでこっちに来てるのね。それにエインフェリア?」
 
「それはそうよ。横島は全ての妖精郷の王たちに認められたのだから妖精郷は全面的に協力してるわ。アヴァロンからは来ていないようですけれども。代わりといってはなんですけれども、エインフェリアを連れてきて差し上げましたわ」
 
全ての妖精郷から認められているって、横島君何をやったのよ。
私が頭を抱えていると、その中で一人淡々と自分の役目を果たしておられたプロメテウスさまが次の予言を詠んだ。
 
「とりあえず最後の増援だ。日本中の山々から、川から、海から、森から、地の底から、都市から、妖怪たちが現れる。これで数的不利や質的な不利は完全に覆った」
 
日本地図のなかに戦力分布を色分けし、主戦力を大駒として現していたのだが、敵の色、赤色に半ば以上埋められた日本地図は半分以上を味方の色、青色によって覆られ、悪路王、酒呑童子、大峰山の前鬼坊、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、鞍馬山僧正坊、白峯山相模坊、相模大山伯耆坊、英彦山豊前坊、九千坊、金長狸、彷徨えるオランダ人号、猪笹王、山のマニトゥ、河のマニトゥ、森のマニトゥ、金毛白面九尾大妖狐の大駒が加わる。
 
「あきれた。神・魔でもおいそれとは手が出せないクラスの妖怪がこんなに現れるなんて。八大天狗は殆ど神だし、鬼の王、河童の王、化け狸の王も神格化されている。それに偽神マニトゥに神仙級の大妖狐、現存する最古の幽霊船。天界か魔界にでも喧嘩売るつもり? 相手が可愛そうになってきましたわ」
 
それは貴女もでしょうと口から出るのを押さえた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪猪笹王≫
 わしが突進するたびに悪霊たちが飛び四散する。
下らぬ。
下らぬとわかってなおそれを繰り返した。
背に生えた熊笹を掴み、恐怖に堪える人間の子供がそこにいる限りは。
 
横島から仔細を聞いた時はどうもする気はなかった。
せいぜいねぐらの山を守るくらいだった。
山に住む河童一族や天狗たち、山童たちが山を降りて戦うと聞いた時も委細構うつもりはなかった。
だが聞こえてしまった。
山のふもとで泣く子供の声を。
親とはぐれたか、捨てられたかは分からないが子供ばかり三人で守護霊に守られながら悪霊たちにさらされ怯えていた。
その泣き声を聞いた時に昔滅ぼされた一族の、我が子のことを思い出し、自制が切れた。
わしは子供らを襲う悪霊どもを一気に蹴散らすとその背に子供を乗せた。
その後も執拗に襲い掛かる悪霊たち、中には高位のものもいていくらかは傷ついたものの子供たちは傷つけなかった。
かわりにわしが血を流したがな。
しかしそのうちわしではなく子供たちを狙ったほうが良いと感じたのか、執拗に子供たちが狙われ、その度にわしは血を流す。
 
突然の暴風、それはわしにではなく悪霊たちに向けられた。
 
「苦戦しておるようだな。人間の子を守るなどお前らしくもない」
 
知己の大天狗、鞍馬山僧正坊だった。
 
「子供の泣き声は耳から離れんのでな。断末魔の泣き声を聞きたくなかっただけだ」
 
クククと笑う僧正坊をにらみつける。
 
「この先に子供を捜す人間がいたのでわしも探してやってたところだ。今は配下の木葉天狗が守っている」
 
「山から出ようとしなかった貴様が珍しいことよな」
 
「なに、貴様を保護している横島忠夫、かのものの保護を受けた鴉天狗や次郎坊の眷属の鴉天狗、八咫とかいったか。そいつに絆された次郎坊がそいつに書状を持たせてきおった。まぁ、わしも他の大天狗や九尾、悪路王、酒呑童子、九千坊、金長狸が出てくるとは思わなかったがな」
 
「上級妖怪せいぞろいだな。八俣遠呂智は出てこんのか?」
 
「出てきたとしても敵じゃろうなぁ。ぬらりひょんも出てこんわ」
 
周囲の鴉天狗や木葉天狗が悪霊たちを蹴散らしているので軽口も出る。
 
「紅葉は出てこんが滝夜叉姫は中心になって戦っておる。鈴鹿御前もそのうち出てくるじゃろう」
 
「早太郎が出てくれば面白かろうに」
 
「早太郎は知らないが、人狼族は総出で出てきたぞ?」
 
「ほう、奴らもわしと同じで人間を嫌っておったはずだが?」
 
「一族の仲間を3度救われたらしい。父親と己を救われた人狼の若い娘が横島所霊事務所に属して修行していると八咫の坊やが言っておったよ。今の人狼族は限定的だが親人間派じゃ」
 
「自然を壊すだけの連中にご苦労なことだ」
 
「貴様とて同じであろう?」
 
「わしは……わしは子供の泣き声がうるさかったから出てきただけだ。出てきたついでに少しばかり横島に対する義理を果たすかもしれんがな」
 
「素直でないやつだ」
 
「喧しい!」
 
そうこうしているうちに人間の姿が眼に入った。
だが同時にそれに襲い掛かる3体の狒々も眼に入った。
木葉天狗では荷が勝ちすぎるか。
 
わしの突進で一体、僧正坊の大団扇で一体、後一体がどうしても間に合わぬ。
 
だがわしの鼻はそれを察知し、目の前の一体に集中する。
わしの牙は狒々の胴を貫き、僧正坊の大団扇が巻き起こした風は狒々をズタズタに切り裂いた。
残る一体は、山の茂みから現れた山犬(狼)、普通の山犬よりかなり大きく、体高で6尺(182cm)ほど、全長は2丈(606cm)程で、日本狼のおよそ4倍ほどの大きさか。
 
「早太郎も出てきおったか」
 
「狒々が復活したのを感じましたゆえ。僧正坊殿、猪笹王殿、久方ぶりにござる」
 
頭を下げる早太郎に応用に頷く僧正坊。
だがわしらが人間の言葉をしゃべっているのを聞いて、子供と再会し抱き合っていた親子の父親の呟きが聞こえる。
 
「もののけ姫? モロの君と乙事主は実在したのか?」
 
それを聞いた僧正坊は陣羽織が汚れるのも気にせずに転げまわって大笑いをしていた。
意味が良くわからないわしと早太郎は怪訝に顔を見合わせるばかりだった。



[541] Re[54]:よこしまなる者151話から
Name: キロール◆09f19d80 ID:0dee4b53
Date: 2007/09/25 22:07
 ≪横島≫
 「思ったより粘るな」
 
アシュタロスは感心したとでも言うように頷いた。
 
「よくやってくれている。本当なら究極の魔体を倒すことで戦線が崩れる前にどうにかしたかったのだが」
 
「なるほど。その割には落ち着いているようだが?」
 
「負けない。不思議とそう思えてくる」
 
「ふむ。だが気がついているかね? コスモプロセッサのスイッチはまだ入っているのだが」
 
「知ってるさ。今回は壊れなかったからな。例え魂の結晶がなくても究極の魔体なら世界を作り替えるほどには行かなくてもこの程度の歪みは起こせる」
 
「……ふむ、もう暫く静観といこうか」
                   ・
                   ・
 いま、日本を守っているものの多くは日本を守りたいと願い戦っている。
だがそうではない一団もいた。
即ち、自分達の教祖が託宣を受け、命ぜられるままに日本に来た各国の聖職者達だった。
とりわけ、唯一神教系の聖職者達は不満を持っていた。
アシュタロスを倒す。それは良い。
だが、なぜ悪魔と手を結び(彼らの一部の認識では東洋の神も悪魔に等しい)有色人種(この認識はキリスト教系の一部に見られた)の指示に従わねばいけないのか。
一方、多神教系の聖職者にはおおむね好意的な印象を抱かれた。
多数派のヒンドゥー系、仏教系、それより若干劣るが道教系の聖職者にとって、斉天大聖の直弟子にして名代(妙神山の出張所の所長)であり、龍神族の皇子の友人というだけで十分以上に尊敬される理由になるし、比較的日本に近い彼らには横島が過去に行ってきたことの多くが正確に伝わってきていたからだ。
その中で一点、しこりが残りそうなことといえば金毛白面九尾大妖狐の保護だが、斉天大聖の分身(心外身の術)自ら当時の九尾の狐に伝わっているような悪行を起こさせる意図はなく、当時の権力者が自ら行った行為であると説得され、その矛を収めた。心情的に納得できないものもいないではないが、それ以来何一つ問題になっていないのだからその燻火も小さくなる。
そして、少数の民族宗教系の神官たちからは大いに好意を寄せられていた。
ザンスの精霊騎士にとっては生きた英雄であり、古の英雄を再びこの世に呼び戻した恩人である。
そのほかの少数宗教の神官にとっても、大戦力を投入してきた世界宗教の指揮官達と同様に最大の礼をもって接する横島に好意を寄せたからだ。
歴史的に日本を嫌うものもいた。先述の理由で戦意の低いものもいた。
だが、天使と悪魔が共闘し、甦った死者(これとてキリスト教関係者にとっては十分なタブー)が戦列に加わり、妖怪が、妖精が増援に駆けつけるなど信じられない状況が続き、その価値観を崩していった。
呉越同舟。
価値観が崩れ、危機的状況に陥った時。
人間が本当に分かり合え、協力し合える時はそんな時なのかもしれない。
                   ・
                   ・
 老人は涙で頬を濡らしながらその光景を見ていた。

「私は、随分と長い夢を見ていたようだ」
 
「王よ、良くぞお戻りになられた」
 
「魔術師殿。貴公には苦労をかけたな。いや、そしてまたすぐに苦労をかけることになる」
 
「向かわれるのですね?」
 
「戦友の祖国が窮地なのだ。向かわねばなるまい。死せる騎士の理想郷(アヴァロン)にも負けぬ士の集う島へ」
 
王が宣言すると彼を取り囲む騎士たちが一様に臣下の礼をとった。
                   ・
                   ・
 大陸からわたってきた虎人の群の前に、一人の編み笠を被った着流しの男が立ちはだかる。
 
「その匂い、人狼か。邪魔をするな」
 
「人狼……か」
 
虎人の群のリーダーの問いかけに男はは編み笠を外し、自嘲の笑みを見せた。
その片目は色違いの義眼がはめ込まれている。
凶相ではあるが、その表情は自然と穏やかだった。
 
「狼の誇りを捨て、武士の魂を汚した俺は最早誇り高き人狼に在らず、武士にあらず、士道を踏み外したただの外道」
 
そして、外道法天と書かれた外套をはためかせると輿から太刀を抜いた。
 
「そして、オカルトGメンに飼われる犬畜生よ」
 
虎人たちに疾走し、太刀が一息にに12度振るわれ、96の斬撃が虎人の群を切り裂く。
如何に生命力に優れた虎人といえど急所を正確に、しかも3~5箇所切断されては即死を免れない。
 
「抜刀術、【烈風】如何に獣の肉体を有していても、心の弱さは表に出るもの。まぁ人のことは言えぬが」
 
男、犬飼ポチは編み笠を再び目深に被る。
 
「見事なものじゃな。抜刀からの十二連撃。人狼族の中でもそれが出来るのはおぬしだけじゃろう。そして、今度は八房を使いこなせている」
 
ポチは声をかけてきた人狼族の長老、犬川チャッピーに静かに、深く頭を下げた。
 
「まだ向ける顔が御座りませぬゆえ、笠越しの無礼をお許しくだされ。それと、火急の事態ゆえ人狼の至宝、今暫く借り受けます」
 
「……いつまでしょぼくれているつもりだ犬飼!」
 
犬塚ジロウは無理やり犬飼の網笠を外し、自分と同じ側の眼がないことに驚愕する。
 
「犬飼、その眼は」
 
「あぁ、自分で潰した。勘違いするなよ。この眼は贖罪を終え、今一度自分の原点に戻りし時に友と対等の立場でし合いたいだけだ」
 
犬飼は編み笠を取り返すと再び目深に被る。
ジロウはその顔に笑みを浮かべた。
編み笠の下から垣間見える犬養の口元も笑みが形作られた。
 
「次に見える時を楽しみにしているぞ、友よ」
 
「次ぎあう時は存分にし合おう。友よ」
 
犬飼は長老に再度礼をすると今度は振り返らずに彼らと違う道を歩み始める。ジロウも背中合わせに歩み始める。
 
今はまだ接近しただけで線は交わらない。
だがその線が再び交じり合い、まるで糸が編まれて綱となるように人狼を支える強い絆となることを予感させていた。
                   ・
                   ・
 「前衛部隊はそろそろ交代しなさ~い。中衛、後衛部隊は前衛の交代が終わるまでしっかり~」
 
「あたしと冥子、鬼道の3人でフォローするから安心するワケ」
 
「エミちゃん酷いわ~。おばさんのこと仲間はずれなんて~」
 
「あぁ、お母様泣かないで~」
 
エミが冥華さんの名前を呼ばなかったことに拗ねた冥華を冥子ちゃんが励まし、エミは自分の些細なミスに頭を抱え、苦労人の鬼道が仲裁に入った。
 
「まぁまぁ、理事長。理事長は僕らの中でも別格ですよって、エミさんも言葉に出すまでもなかったんやろ。生徒達も理事長がおるだけで安心してますし」
 
どうにもほんわかした雰囲気だが別に遊んでいるわけじゃない。
六道女学院の総力を挙げて、高等部はおろか、中等部の中でも比較的後衛向きの能力者、特に治癒能力者には志願を募った。
タマモと愛子はいないがオキヌちゃんは治癒と死霊術の二足草鞋で、シロは前衛を一度も交代せずに引っ張っている。
やっていることは臨海合宿の時と同じで結界を張り、前衛、中衛、後衛に分かれて押し寄せる霊団を撃破していく。冥華さん、冥子ちゃん、エミ、鬼道はそのフォローだ。
エミたちは個々で動いた方が効率は良い。他の霊能力者を圧倒する力がある。だが持たないのだ。いくら霊能力者の中では別格の能力と類希なスタミナがあるとはいえ霊圧なら五分以上でも霊力量は今そこいらを飛び回っている悪霊の親玉の方が高い。霊圧にしろ上位の妖怪はエミの数倍の霊圧を持っている。
ただ人間は戦い方が上手い。だからこそ数倍の霊圧を持つ相手と渡り合える。が、持久戦となったら話は別だ。
どれだけ効率よく倒そうともいずれは数に押される。
例外はあるが数には例え無勢でも数がいてこそ対抗できる。
故に、皆は六道の指揮を執る。
良き指揮官は兵の質ではなく、勢いで勝利に導くというのが兵法の考えだが皆はそれを実践してくれていた。
前衛を3交代で休ませ、中衛、後衛は2交代で長めの休みを与える。
 
「助太刀だ」
 
「皆大丈夫かしら」
 
「五月、リリシア、何かあったワケ?」
 
「プロメテウスが東京湾側からこちらに大攻勢を予見した。増援だ」
 
「まずいワケ。休ませながらといっても六道の子たちはもう限界なワケ」
 
「その為に私が来たんじゃない。北東方面の守りを妹達に任せて」
 
リリシアが自身ありげにウインクする。
これまで、リリシアは結界を張ったり後衛の護衛をしたりと面だって攻撃に参加することはなかったのでエミは首を傾げるが、リリシアは相手を傷つけるのを嫌っているだけであって、その攻撃能力は恐らく雪之丞に次ぐ、集団戦なら恐らくその上を行く。
伊達に魔王の娘ではないということだ。
 
「五月ちゃん。護衛、任せたわよ」
 
「良いだろう。俺もお前の本気を見てみたかったことだしな」
 
はるか前方に見える数万からなる悪霊集団を前に精神を集中させるリリシア。
普段は隠している蝙蝠の羽を広げると、少し宙に浮くくらいに飛び上がる。
 
「『聞け、我が声を。聞け、彼の者の名を。我が父は神の一つ児にして原初の人間アダム。母は魔界の六大魔王が一柱にして原初の女リリス。我こそは最初のリリムにして夜を総べし王女。全ての人間の異母姉なり。彼の者の名はアトラス。ティターン神族最強の戦士にして魔に堕とされし偉大なる巨人。古の時より天球を支え大地と夜を守りし者なり。我と彼の声に耳を傾けしもの、気高き天の精霊たちよ。夜の支配者と守護者がそろいし今このとき、その身を星に変え、我と彼の前に立ちふさがりし全ての夜の跳梁者どもに、そのこと如くを88の星宿に変え、我と彼と我らが守りし愛し児を守る鉄槌となり御降されんことを』」
 
リリシアの背後に巨人の幻影のようなものが現れると昼間なのに空に星座が瞬いた。
次の瞬間、88の星座を構成していた幾百もの星が流星となって迫り来る悪霊集団、妖怪集団に降り注ぐ。
万単位の集団の7割が消滅。残る3割にも甚大な被害を与え散り散りになっている。
 
「これならまだ持つワケ、ってリリシア」
 
五月にもたれかかるリリシアに声をかける。
 
「アハハ、ここにくるまで召喚魔術連発の上に異教の神クラスと星霊の二重召喚はさすがに応えちゃった。」
 
「むりもない。マルコキアスをはじめ、ケルベロス、がらがらどん、グリフォン、クエレブレ、ワイルドハントなんぞを連続して呼んでいるのだ」
 
「リリシアちゃんは~、奥で休んでいて頂戴~」
 
「そうや。ここまでやってもろうたんやから後は僕らで何とかするよって」
 
「六道の子も全員下がるワケ。この群が終わったらまたオタクらにも働いてもらうからしっかり休んでおくのよ」
 
「おばさんのセリフとった~」
 
このままでは生徒にも犠牲が出る。犠牲が出たらまだヒヨコの子供たちは戦えなくなると判断したからだ。
霊力は残り少ないが、それでも犠牲者を出さないために覚悟を決める。
残る数千単位の悪霊集団。
やがて統制を取り直したそれは勇んで襲い掛かってくるが、鬼道の針が横撃をかけて機先を制すると、エミが呪いをばら撒いて結界代わりにする。
枯渇の呪い。霊力、生き物であれば水分も一緒に吸い出す呪いは以前令子ちゃんに使った呪いの本来の姿ともいえるがエミが使える呪いの中でも最悪の種類にあたる。
本当は即死系の呪いも使えるが善良な呪術師としての矜持で解呪を覚えるために知ってはいるが使うことを自身で呪縛している。
この呪いも殺すことは可能だが、進入を諦めれば命まではとらない。
だがその呪いを数を頼みに悪霊たちが進入を試みる。
呪いが悪霊を吸い尽くすたびにエミは苦渋の表情を浮かべるがそれでも凛と立ち前方を見据える。
内側に侵入する悪霊を冥子ちゃんの十二神将と、冥華さんの猫将軍。
かつて俺がカオスに頼んで作ってもらった式神で仇名はマオちゃん。
それを使役し後ろに行かないように攻撃を加え、シロと五月がその直衛につく。
現状における最良の陣形だが、すでに疲弊した状態で相手に出来る数を超えている。
 
突如として攻撃側、即ち悪霊集団の陣形が乱れた。
別の霊集団が突っ込んだからだ。
規模は数百といったところだがその全てが動物霊、霊の中でも比較的強い霊たちの集団であることが分かる。
 
「何? 何がおきたんや」
 
「千早ふる~玉の御簾~巻き~上げて~神楽の声を~聞くぞ嬉しき~」
 
神楽歌が聞こえる。
歌の主を探すとそれは、鉾先鈴を両手に持って舞う少女だった。
 
「姉さん!」
 
彼女は冥華さんに微笑むと再び舞はじめる。
その鈴の音と、神楽歌に導かれるように動物霊は隊列を為し、悪霊集団に襲い掛かる。
 
「マオちゃん。もうちょっと頑張ってちょうだいな~。冥子も~、エミちゃんも~、鬼道くんも~、シロちゃんもがんばって~、ここは六道の徐霊場なんだから~」
 
「はい、お母様~」
 
「ま、ここまで頑張って美味しいところもってかれちゃあたまんないワケ」
 
「五月はんもまだ大丈夫やろか? 犬塚も無理するんやないで」
 
「私は六道とは関係ないんだがな。まぁいい」
 
「拙者もこの程度でへばったら後事を頼んでくれた先生に合わす顔がないでござる」
 
息を吹き返した皆ならここはもう大丈夫だ。
確信と共に別の映像を見やる。
                   ・
                   ・
 彼女は楚々と歩んでいた。
京都の中でも主戦場であるその場所を歩いているにもかかわらず、彼女の着ている十二単には汚れひとつなく、彼女が進むたびに争いは停まり、そして悪霊や妖怪が互いに争い始めた。
扇子で口元を隠し、鈴の音のような笑い声をあげるとそれは激化し、次第に主戦場から悪霊集団は互いに潰しあい消え去る。
彼女は呆けたG・Sたちに近寄ると今度は着物の汚れを気にせずに彼らの治療を始めた。
 
「あ、あなたは?」
 
顔を赤くしながらもこの中のリーダー格だったらしい神主が問う。
 
「金毛白面九尾大妖狐。この国では玉藻前 とよばれ、今生での名はタマモ」
 
その名を聞いてまだ戦う気力のあるG・S達が武器を構えるがタマモは面白そうに笑いこそすれ委細構う様子はなかった。
そのまま重傷者に近寄ると強力なヒーリングでその傷を復元していく。
 
「何で悪妖の貴様が我らの味方をする」
 
「私を悪妖ではないと信じてくれた男がいた。不利益を承知で私を守ってくれる男がいた。私が捜し求めていた強い男とその仲間達がいた。私の魅力にやられてじゃないのは少し癪だけどそれ以上に嬉しかった。その男が被害を少しでも少なくすることを望むのであれば、私の大嫌いな私を悪妖と決め付け駆り立てる人間を助けることも如何ほどの事でもないわ。武器を収めなさい。それを今向けるべきは私ではないはずよ」
 
絶対的な自信を持った妖艶な微笑みを前に武器を持った手を所在なげにするG・Sたちを神主は手で制した。
 
「……人は弱い。そして臆病だ。例えそれを眼にしたとしてもそれまで信じてきたものをおいそれとは変えられん」
 
「それで?」
 
「が、古臭い文献よりはいくらか信じられるかも知れぬな。横島忠夫殿であろう、その男は」
 
「良くわかったわね」
 
「その筋では有名な話だ。横島忠夫が金毛白面九尾大妖狐の転生体を引き取ったという話はな。その狐がかの六道女学園に通っているということも、横島忠夫の元でG・Sの手伝いをしているということも聞いている。そして今目の前にして邪気の欠片もない」
 
「ふ~ん。眼は腐ってないようね。耳も」
 
「私は晴明神社の神主だ。血も縁起に寄ればいくらかひいている。安倍保名の血を」
 
「そう。死んだら文句言っといて。あなたは間違っていたって」
 
タマモは興味ないように立ち上がった。
そのタマモに神主は深く頭を垂れた。
 
「京の地を守るのに力を貸して欲しい」
 
タマモはそれを興味なさげに見るが振り向いた口元は微笑んでいた。
 
「もとよりそのつもりよ。それが横島の願いだもの。神霊すらも脅かす九尾大妖狐の魅了から逃れられるのは今のところ一人だけよ」
 
タマモはにっこりと微笑むと再び歩き出した。
その歩く先々で悪霊や妖怪を魅了して同士討ちをさせていく。



[541] よこしまなる者208話
Name: キロール◆17d3264f ID:30d64cd8
Date: 2007/12/10 00:46
 【横島】
 「良い月だな」
 
男は残月を見上げながらそう呟いた。
男の遥か足元では喧騒が続いている。
それには構わずに月を見ていた。
 
「本当に良い月だ。多少、騒ぎたくなるのもわからんではないな。……だが、無粋が過ぎる」
 
彼の存在を見つけた霊団の一部が彼に殺到するがマントを一振りするだけでそれは薙ぎ払われた。
 
「伯爵、準備が整ったようだ」
 
男に、男と同じような格好をした別の男が声をかける。
 
「ありがとう伯爵。いや、公王と呼ぶべきかな? いずれにせよ、貴公が手を貸してくれるとは思わなかった」
 
男、ブラドー伯爵の言葉に男、ツェペシュ公王が苦笑で答える。
 
「教育してやろう。そう思ったまでだ。かつての夜の恐怖を。夜の支配者が誰であったのかを。人間にも、下で騒ぎ立てるはねっかえりどもにもな」
 
ブラドー伯爵はその伝を辿り、力ある吸血鬼に呼びかけていた。
太陽の光を克服し、魔族に匹敵する力を持った吸血鬼達は思惑は其々あれど、ブラドー伯爵に協力をした。
 
「ふむ。ではせいぜい教育してやるとしよう。かつてヨーロッパの夜の帝王、黒き死の悪夢と称されたこの余の力をな」
 
ブラドー伯爵は大地へと降り立った。
かつて自らの手で死を撒き散らしていた時のように。
今は、その暴威を振るう手の先に確かに命を守っていた。
                   ・ 
                   ・ 
 「あ~、ありゃダメだわ」
 
ゲソバルスキーは海から現れる霊団をみやり、そう嘆息をした。
千葉県の九十九里海岸。
数時間ほど前まではここは海から現れる霊団から関東を守る激戦区だった。
だが今そこにいるのは二人だけだった。
激戦に告ぐ激戦の果てにここに戦線を張ることは不可能となり、防衛戦を補給の容易な市街地にまで押し下げることが決定されたからだった。
今ここにいるのは二人の騎士。
黒騎士ゲソバルスキーと、元悪霊騎士リエルグだけだった。
 
「逃げたらどうだい? スコットランドの元悪霊があの霊団を相手に命を張る理由はねえだろ?」
 
ゲソバルスキーの問いかけにリエルグは首を横に振るう。
 
「騎士としての栄誉ある死を賜ったのだ。その恩に報いずして何が騎士か。それに、この後ろには何百年もの間私を信じ、待ってくれていたシルビアがいる。この身が朽ちようと、いや、一兵残さずこの場で屠り、帰らなければならない」
 
リエルグの言葉を聴いてゲソバルスキーは大笑いをする。
 
「何だ、あんたも女か」
 
リエルグがいぶかしむ様に問い返す。
 
「貴公もなのか?」
 
「あぁ、下種の俺を騎士として、武士として殺してくれた女がいる。すこぶるつきのイイ女だ。この国はその女の故郷だからよ。まもらねえワケにもいかんのさ」
 
「……貴公が下種……。私には貴公もまた誇り高き騎士であるように思えるのだが」
 
「あんがとよ。でもそうだとしたらますます譲れねえ。俺を騎士にしてくれたのはあの女、美神令子だからなぁ。……にしてもアレだ。無謀だ無茶だとわかっていても惚れた女が絡むと意地をとおさにゃなんねえんだから。男ってやつぁ悲しいね」
 
「あら、だから男は美しいのよ。あたしも守って欲しいわ」
 
ゲソバルスキーが空を見上げる。
 
「勘九郎」
 
「ハ~イ♪」
 
「お前も戻ってきたたのか」
 
「そうよ。雪之丞に会いにいこうと思ったんだけど海の上だって言うからこっちに来ちゃった」
 
ヒラヒラと手を振る勘九郎、そしてリエルグを一瞥すると、海岸に出る前に拾ったジン、タンカレーナンバーテンの蓋を開けると一気に3割程度飲み干した。
ぬるさに少し顔を顰めつつもそれをリエルグに渡す。
リエルグも残りの半分ほど飲み干すと勘九郎にその瓶を渡した。
 
「良い酒、良い戦友(とも)、良い女。下種の幕ひきにしちゃあ上等じゃねえか」
 
気合を入れなおすとゲソバルスキーは大剣を構える。
だがそこに無数の光が齎される。
光は間近に迫っていた霊団に横撃をかける。
 
「……おい、ありゃあ」
 
それは全ての騎士が知る存在であり、憧れであった。
黄金の剣を振るい、数多の騎士を従え最前線で戦うその姿。
 
「アーサー王」
 
リエルグが万感の思いを込めてその名を口にした。
アーサー王はその場の霊団を散らし、残敵の処理を任せるとアーサー王はゆっくりと3人の下に歩み寄る。
そして微笑んで一言。
 
「馬鹿だな」
 
快活な笑顔とともにそう言い放った。
 
「あれだけの霊団、たった3人でどうこうできるものでもなかろう。己の身を捨てて時間を稼ぐつもりであったか?」
 
「王よ。私は帰らねば成らぬ。故にそのような心積もりはなかった」
 
「応さ、端から勝つつもりのない戦いはもうするつもりはねえよ。ま、結果死ぬ公算が高いとは思っちゃいたがそれでも勝つつもりだった」
 
リエルグ、そしてゲソバルスキーの言葉にアーサー王は快活な笑いでかえした。
 
「それは失礼した。とはいえ貴公達も個での力で数に対抗するのは骨だろう。私とともに来ぬか? 死せる騎士の集う島、アヴァロンの騎士団に」
 
「マジかよ」
 
ゲソバルスキーは眼を見開き驚いた。
真の騎士のみが辿り付けると言われるアヴァロンに、それも騎士王アーサー自ら招聘されるという事実に。
騎士として最高の栄誉であり、騎士であることに自負を持ちながら自信がもてずにいたゲソバルスキーにとって最高の証だった。
対して、リエルグは一瞬顔を輝かせたものの、すぐに表情を硬くする。
 
「王よ。大変光栄な申し出ですが、私は悪霊に身を堕としたさい私を信じ待ってくれた女性がいます。彼女を残して王のところにまかることは出来ませぬ」
 
アーサー王はフッと笑みを零す。
 
「ならばその女性も連れてくるが良い。アヴァロンにそのような規則はないのだからな」
 
アーサー王はニンマリと微笑んでみせる。
                   ・
                   ・
 「よく持つものだ。数十倍の数を前によく持ちこたえている。抵抗するとは思っていたがここまでとはな」
 
「希望があれば戦える」
 
「では、絶望を与えよう」
 
アシュタロスが何をするかは読めている。
今倒された悪霊、妖怪、魔族の再度に渡る復活。
コスモプロセッサが壊されていない今であればこそ出来る芸当だ。
だが、読めているなら対策も取れる。
 
「アシュタロス。お前は前提条件を間違えたんだ。世界は善悪に二分化されるわけではない。まぁ、西洋文化圏のお前には幾分わかりづらいかもしれないがな」
 
俺の言葉に耳を傾けながらもアシュタロスは経緯を見守る体制に入った。
                   ・
                   ・
 現日本国首相、アシモト総理は俺からの依頼を果たすべく、静かに答えを待っていた。
東京の前身、江戸の中央に位置するこの場所で。
 
「横島忠夫。今代最良の霊能力者の願い、確かに聞き届けましょう。思い切った策を考えるものですね」
 
アシモト総理は平伏してそれに答える。
 
「かつて、私の父は神でした」
 
アシモト総理の対面に座る男性は静かにそう切り出した。
 
「そして、神としての最後の言霊を用いて自らをただの人間に戻されました。私もただの人間です。ですがかつては神子であった。この役目、私が行う神子としての最後の神事となるのでしょうね」
 
男性は柔和に微笑むと平伏する総理に宣言した。
 
「祭りを行います。全国の神社仏閣に宮内庁を通して通達してください。我が国で神代の頃より数えても最大の祭りを」
 
この国において最高の霊能者の血統を束ねる一族の皇の宣言に、アシモト総理は今一度平伏してそれに答えた。
                   ・
                   ・
 最初に動いたのは神田明神の宮司だった。
神輿が引っ張り出され、氏子達がそれを担ぎ、祭囃子が流れる。
時期外れの神田祭が執り行われたのだ。
それに呼応するようにすぐさま山王祭が、深川八幡祭りが執り行われる。
そこから波紋が広がるように、日本中の神社仏閣のうち、いまだ原形をとどめる全てが祭りを始めたのだ。
宮城県塩釜神社帆手祭り、茨城県東砂金神社、西砂金神社磯出大祭礼、神奈川県松原神社松原神社例大祭、神奈川県国津比古命神社北条祭、長野県諏訪大社御柱祭、山梨県諏訪神社、浅間神社吉田の火祭り、岐阜県日枝神社高山祭、岐阜県気多若宮神社古川祭、愛知県大縣神社豊年祭、京都府八坂神社祇園祭、京都府平安神宮時代祭、京都府賀茂御祖神社、賀茂別雷神社葵祭、大阪府天満宮天神祭、大阪府四天王寺愛染祭、大阪府住吉大社住吉祭、和歌山県熊野那智大社那智の火祭、和歌山県神倉神社御燈祭、奈良県春日大社春日若宮おん祭、兵庫県松原神社喧嘩祭り、岡山県西大寺裸祭、岡山県大隈神社、徳守神社、高野神社津山まつり、香川県稲積山高屋神社高屋祭り、香川県琴弾八幡宮琴弾八幡宮大祭、愛媛県土居太鼓祭り、佐賀県香橘神社、戸渡嶋神社トンテントン祭、長崎県諏訪神社長崎くんち、福岡県櫛田神社博多祇園山笠、熊本県八代神社妙見宮大祭、沖縄県清明祭。
有名無名問わず、日本中の神社仏閣から神輿が出され山車がだされ、祭囃子が流れ始める。
そして神輿は戦場と化した町を練り歩く。
威勢の良い掛け声、町中に流れる祭囃子の音に誘われるようにそれまで避難していた人間が一人、また一人とその輪の中に加わっていく。
それを止める声も当然としてあった。
 
「外は危険だ。すぐに安全なところに隠れていなさい」
 
自衛官の一人が神輿を担ごうとする男を静止する。
 
「わかってる。わかってんだよそんなことは。けど、体中の血が熱くなってもう収まりがつかねえんだよ。あんたは何にも感じねえのか」
 
男は制止を振り切って神輿を担ぎ始める。
 
「……わかってるさ。俺だって」
 
その自衛官は銃を構えるとその神輿を守るように併走をはじめた。
日本中でそのような光景が繰り返される。
                   ・
                   ・
「……彼らは何をしているのだ? 恐怖でトチ狂ったのか?」
 
アシュタロスが理解できないように問いかけてくる。
 
「祭だ。祀りでもある」
 
アシュタロスも、他の誰も未だに気がついていない。
悪霊に巻き込まれるように人間を襲っていた雑霊達が人間を守り始めたことに。
祭が最高潮に近づくにつれ、これまで人間を守ってきたもの達は己の力が増していることに気がついただろう。
これまで人間を襲っていたもの達は己の力が弱まったことに気がついただろう。
そして悪霊が消え、代わりに人間を守護する御霊に変わった頃にはアシュタロスも気がつき始めた。
決して消えるはずのない、無尽蔵に湧き出る悪霊、妖怪、魔族の数が眼に見えて減少していくことに。
 
「何がおきているのだ」
 
「言ったろ? 祭さ」
 
そして一体の妖怪が人間を守り始めたことを皮切りにそれまで人間を襲っていた妖怪が人間を守りだし、魔族が争うことをやめることによって日本を襲っていた大霊障は終焉した。
最も、祭りはまだ終わらない。
霊や妖怪、妖精なども混じり狂乱しながらも続けられていた。
 
何が起こったのかわからないのはアシュタロスだけではないようだ。
 
「師匠、どんな手品を使ったんだ?」
 
雪之丞の問いに俺は最後の授業をすることにした。
 
「祭りだよ。祀りでもある。最初にそういっただろう? ……日本には元々悪という概念はなかった。穢れという概念はあったけどな。絶対善が存在しない代わりに絶対悪も存在しない。全ては和魂と荒魂のバランスによって引き起こされる。なにしろ八百万の神々の国だからな。突き詰めれば生きている人間以外は全て神という概念で括られている。人を守る和魂を魂振りの儀式において増強させ、人に害をなす荒魂を魂鎮めの儀式で弱体化させる。御霊は知っているな? 悪霊を祀ることでその荒魂を鎮めて逆に自分たちを守ってくれるように行う儀式だ。祀ることによって全ての悪霊、妖怪、魔族を人を守る神々に席を並べる。祭とはそういうものさ」
 
俺がそう締めくくるとアシュタロスがふと笑い声をあげた。
 
「クク、まさか善悪の存在しない世界が存在するとはな。なるほど、あれではどれほどの魔族が、悪霊が押し寄せても無意味ということか。信仰されて神に祀り上げられてしまう。人間の信仰とはかくも恐ろしい呪であったとは思いもよらなかった」
 
ふいに、何かがよぎるような感覚を感じる。
 
「まさかあんな手でかわされるとは思わなかった。だが、それも私を倒さねば全ては徒労だ」
 
結界が解除されたか。
 
「喜ぶがいい、アシュタロス。お前の望みは漸く叶う」
 
アシュタロスはそれに何も言わずに消えたいった。
それ以上は俺も何も言わない。
ただ残された時間を全て費やして俺の大切な人達の姿を、声を脳裏に刻み付けていた。
 
今日は良い日だ。
俺の望みも、漸く叶う。



[541] よこしまなる者209話
Name: キロール◆17d3264f ID:41e70901
Date: 2007/12/19 02:09
 【???】
闇の中でもがいている私に光をくれた男がいた。
決して抜け出すことの出来ない深い闇の中にいた私を光の世界に拾い上げてくれた男がいた。
その男は私よりもずっと深い闇に囚われながら。
認めない。認められない。
横島が■■することを望んでいたとしても私はそれを認めない。
幸い、生まれ変わったばかりで体はまだできていないがそれでもこの祭りの魂振りのおかげで力は概ね戻っている。
ならば追いつける。
否。追いつくのだ。
そして私は空を飛んだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 【横島】
究極の魔体の姿がはっきりと見える。
俺は輸送機から飛び出すのを意識して最後に回した。
手には双文珠が握られている。
込められた文字は【不/動】。
俺はそれを解き放った。
他でもない。
仲間たちに向けて。
 
「な、体が。横島さんどういうつもりですか」
 
双文珠であればあの頃の俺でさえ、アシュタロスに髪の毛の先程とはいえ傷をおわせられた。
今の俺ならアモン大佐や本調子ではないガブリエルでも短時間拘束するくらいはできる。
 
ゼクウに双文珠を渡して拘束の維持を頼むと俺はありったけの気持ちを込めて言った。
 
「皆、ゴメン」
                   ・
                   ・
                   ・
 【小竜姫】
「皆、ゴメン」
 
そう言った横島さんの顔はどこか悲しそうで、それでいて満足そうな顔をしていた。
死に向かうものがそれに満足をしているような。
 
何を私は考えているのだ。
 
「横島さん。馬鹿なことをしてないですぐにこの文珠を解いてください」
 
「ゴメン」
 
横島さんはもう一度そういうと最後に皆を優しい瞳で一瞥するともう振り返らなかった。
 
「待たせたか? アシュタロス」
 
「そうさせたのは私だ。しかたあるまい。それよりもいいのか?」
 
「あぁ。漸く、俺とお前の願いはここに叶う。お前にとっては望みもしなかった形だろうけどな。その代わりそのコスモプロセッサは俺が貰う」
 
「どうやって? 一人でこの究極の魔体に立ち向かうというのかね?」
 
「あぁ、その為に俺はここにいる」
 
横島さんが1つの双文珠を取り出した。
書かれている文字は。
 
「文珠終の型、龍卵」
 
「ヤメテー!」
 
突如、別の場所から小さな女の子の制止する声が響く。
紫の髪をたなびかせた少女が真っ直ぐに横島さんの元に飛びよるとその服を掴んで涙目で横島さんを制止する。
 
「やめて、爸爸(パーパ)。私を独りにしないで。爸爸までいなくならないで」
 
「白娘姫か」
 
横島さんはお姉さま、いえ、白娘姫を優しく抱きしめる。
 
「君は独りなんかじゃないさ。俺がいなくても」
 
横島さんの手が輝くと、白娘姫はくたりとその場で動かなくなった。
すぐさまゼクウ殿が彼女を受け取りに横島さんの元による。
 
そして今度こそ、【龍/卵】と書かれた文珠は急激に膨張すると究極の魔体に匹敵する大きさで、横島さんを飲み込むように包み込む。
 
ピシリと音がする。
文珠が本当の卵のようにひび割れ、そこから黒い腕が飛び出してきた。
あれは恐怖の腕。
でも、いつぞやのような心への衝撃は訪れない。
 
「その腕は、恐怖から生まれた」
 
朗々と歌うような横島さんの声が響く。
 
ピシリとまた音がして卵に小さな孔が開くとそこから瞳が見えた。
 
「その瞳は憎悪にて彩られた」
 
また横島さんの声。
そしてひときわ大きな音がすると卵から龍の頭部がはみ出してくる。
 
「その頭蓋は憤怒によって作られ」
 
開けられた孔は広がりついには龍の頭部全てが晒された。
 
「その顎は狂気を貪り」
 
龍が産声を上げる。
 
「龍声は慟哭の響きを纏い」
 
蹴破るように脚が飛び出す。
 
「その脚は虚無に染まる」
 
そして【龍/卵】大きく震えると終には粉々に割れ、その全身が現れてしまった。
その姿は……。
 
「そしてその総身は、果てる事無き絶望で出来ていた」
 
それは巨大な龍だった。漆黒の体、燃えるような瞳。禍々しく、醜くも美しいその姿。
『宇宙を塞ぐもの』『遮るもの』神々の王インドラすら一度は下した旱魃の悪龍。ヴリトラ。
 
「まさか、あれは『嘲笑う殺人者』『恐るべき咬む者』『怒りに燃えてとぐろを巻くもの』ニーズヘッグ」
 
ワルキューレの言葉に耳を疑う。
 
「姉上。私にはあれはファフニールに見えますが」
 
それはジークさんの仇敵。私たちが見えいるものは違うのだろうか?
 
「私にはアポピスに見えるな。ブリジット殿は?」 
 
「クロウ・クルーワッハにしか見えませぬ」
 
「私にはサタンのように見えます」
 
何故同じものを見ているのに、違うものが見えているのだろうか?
 
「あぁ、あれは邪龍なのか。邪悪な龍ではなく邪悪の根源としての龍。故に我らの目には自身の神話上最悪の龍に見えるのか。恐らくゾロアスターの者が見ればアジ・ダハーカに見えるのだろう」
 
その邪龍の逆鱗の位置に横島さんが埋め込まれるように上半身をさらけ出していた。
横島さんは歌うように紡ぐ。
 
「なれどこの身は人間で、魂は作り出せぬ。故に、世界を滅ぼしたる者。世界で最も『よこしまなる者』の、【荒神】横島忠夫の穢れた魂を持って『よこしまなる龍』の魂と成そう」
 
「フフフフフ、ハハハハ。この究極の魔体に対抗するために人間の殻を捨てたか。それになんだその霊力量は。これは奇跡か。いや、これが貴様の歩んできた軌跡とでも言うのか」
 
「人の器のまま究極の魔体をねじ伏せるすべがなかったまでだ。勝つ方法はあってもな。【荒神】の力は俺の知る限り唯一それに匹敵しうる。究極の魔体といえど、世界で最も『よこしまなる者』の、『よこしまなる心』を糧に育ち生まれたこの『よこしまなる龍(もの)』。そう簡単には喰らえぬと思え」
 
言うや、龍は霞の様な物を身に纏いながら飛び立った。
その際、龍の右手が持つ巨大な龍玉が一つこの場に残される。
龍玉は【守/護】の文字が込められ光を放つ。
 
「これは文珠!?」
 
「それだけじゃない。あの龍を取り巻く霞のようなものも文珠だぞ」
 
そう、眼を凝らしてみるとそれは幾万もの文珠が龍の周りを飛び交い、霞のように見せているのがわかった。
 
アシュタロスが先に動いた。
究極の魔体の前身から幾百もの霊波砲が放たれる。
 
「あぁあああ!」
 
だがそれは龍の腕に弾かれ、足より放たれる波動に消され、龍声に凍りつき、眼からほとばしる炎に燃やされ、龍の体にたどり着くことさえ出来ない。
私たちが、例えアモン大佐でも放つことの出来ないであろう高出力の霊波砲であったのに。
 
「無駄だ、アシュタロス。弾幕程度で」
 
「その弾幕程度を防げる者がどれだけいると思うかね?」
 
龍の喉がひときわ膨らむと、龍声と共に凍てついた空気がアシュタロスに向かって放たれる。
だが、絶対零度の吹雪をもってしてもアシュタロスのバリアを突破することは叶わなかった。
 
「無駄だ。横島。絶対零度ごときで宇宙の壁を超えられるものかよ」
 
「互いに手詰まりか」
 
「そうでもない。こちらの準備は整った」
 
アシュタロス、究極の魔体の背中からはえた砲台にはいつしかエネルギーが充填されている。
その馬鹿馬鹿しいほどに巨大な魔力に戦慄する。
あれは例え神・魔の最高指導者といえど防げない。
 
その絶望的な一撃が放たれた。
 
横島さんは霞のような文珠に【守/護】の文字を込め、腕から放たれた斥力で弾き、足から放たれる波動でかき消そうとしたが無駄な足掻きに過ぎなかった。
圧倒的な火力はそれら全てをもってしても僅かに威力をそがれたものの、龍の左腕と胴の半ばまでを消し飛ばし、その衝撃で龍は、横島さんは吹き飛び、海中に没した。
 
「いやあああ!」
 
それが誰が発した叫びかわからない。
もしかしたら私かもしれない。
ただ、横島さんが殺される。
それが私の心を塗りつぶした。
                   ・
                   ・
                   ・
 【雪之丞】
「師匠! 畜生。何でうごかねえんだよ」
 
令子姉の絶叫を耳にしながらいまだ動けない自分が腹立たしい。
畜生! 何で、何で。
 
「皆様。ご安心を。これでマスターの勝ちは揺ぎ無いものとなりました」
 
ゼクウの旦那が静かにそう宣言する。
 
「あの一撃。あの一撃だけが唯一の懸念でありましたがマスターはまだ生きています。そして戦う力も残されています」
 
「なんでそんなに平然としているんだよ!」
 
「窮地。確かに窮地では御座いますが我がマスターが乗り切れぬ窮地では御座いません」
 
突如海面に水柱が立つとさっきは死に体だった師匠が悠然とそこに姿を現した。
 
「……流石は究極と冠するだけはあるか。だが、勝ったぞ」
 
「何を馬鹿なことを」
 
アシュタロスは再度、馬鹿でかい霊波砲をチャージすると師匠に向け発射する。
だが師匠はそれを平然と受け止めた。
 
「な、ただの一撃で学習したというのか」
 
「その通りだ。その攻撃はもう覚えた」
 
師匠はそのままアシュタロスに向けて飛ぶ。
アシュタロスも大砲や弾幕で応戦するがそのどれもが師匠を傷つけることは叶わなかった。
                   ・
                   ・
                   ・
 【横島】
【荒神】の時の能力。学習能力は同じ魂を用いるが故に今の俺にも受け継がれている。
唯一の懸念であった、一撃の下に殺されることさえ防げればこの体に同じ攻撃は効かない。
人間の身であればその一撃を受けきれなかった。
だが、その為に人を捨て、龍となったのだ。
後は、バリアを解除するだけだ。
俺は長い体でバリア越しにアシュタロスに巻きつく。
平行宇宙に通じるバリアも俺には通じない。
なぜなら、【荒神】であった頃に異空間や平行宇宙に飛ばされても帰還した経験をすでに学習済みであったからだ。
 
「横島! これが【荒神】横島忠夫の能力か」
 
「無限の学習能力。想像力が及ぶ範囲での究極など学習してしまえばどうということはない」
 
そして俺は喰らった。
コスモプロセッサを傷つけぬように丸呑みし、究極の魔体を喰らう。
 
「ククク、私の負けだ。【荒神】いや、横島忠夫。これで漸く私の望みも叶う。お前の言った通りにな」
 
「言ったはずだ。お前の望みは漸く叶う。お前が望むことすら捨てた形でな」
 
そして俺はアシュタロスを喰らった。
 
「押し付けられた【悪】がお前を苦しめるなら俺がそれを譲り受ける」
 
アシュタロスの【悪】が俺の中に進入してくる。
 
「お前の【悪】を受け取り、引き受け、肩代わりしよう。ならばお前に一遍の【悪】はなく、あるべき姿に戻るがいい」
 
俺の腹を突き破り1つの光が産みだされる。
その光はアシュター、イシス、アフロディーテ、アナト、アシュタルテの姿を辿り、やがてひとつの姿を得る。それはオリエントにおいて最も信仰された愛と美の女神にして大地母神イシュタル。
 
イシュタルは自身に何がおきたのかすらわからぬように呆けていた。
 
「アシュタロス、否。女神イシュタル。約定どおりお前の願いは、お前の真の願いである女神としての復権はここに叶えられた。もう、何も踏みにじらなくていい」
 
俺はイシュタルにそう声をかける。
きっと俺は笑っていたのだろう。
俺によく似た、だが俺とは違う古の神を心のそこより祝福をした。
そして天に向かって絶叫する。
 
「天の神々よ! ここに魔王アシュタロスは女神イシュタルとして復権し、代わりにこのよこしまなる龍(もの)が生まれ正邪のバランスは保たれる。俺の意志はまもなく消え、この龍は三界の全てを破壊せんと欲する悪として貴様らの前に立ちふさがるだろう。俺はこのよこしまなるものを生み出した責任をとりこの地にこの龍を封じよう。だが忘れるな。最後の審判の日、神々の黄昏の日、この世のありとあらゆる戒めが振り払われる日にはこの龍もまた再びこの世に破壊を撒き散らし三界の全てを蹂躙する。魔界の悪魔達。この龍はお前達に組する者ではない。お前達にとっても大敵と知れ。ハルマゲドンが一度起こればお前達もろとも全てを破壊する」
 
俺は宣言を終えると自らの体を石化した。
よこしまなる龍(もの)の力を使い石化したためにどれほど龍がこの石化を学習しようとも石化もまた進化し続けるが故にとかれることはない。
 
そして俺は自らの真の願いを叶えるべく、意識を閉ざし……た。



[541] よこしまなる者210話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2008/01/04 23:59
 【令子】
 町は未だにお祭騒ぎだ。
あれほどの大霊障を無事に生き延びたのだから無理もない。
だがこの部屋は一様に沈み、物音1つ立たない中、少女の泣き声だけが響いている。
部屋、横島除霊事務所の一室にはあの大戦での主だったものが集められていた。
 
「……報告書は読んだわ。けれどそれだけでは正直理解できない。横島君は一体何をしようとしているのかしら」
 
ママが停滞した場を動かすように言葉を発した。
その視線はゼクウ様と心見ちゃんを捕らえる。
おそらく、あの場で唯一全てを知るであろう二人。
 
「……爸爸もいなくなっちゃうんだ。爸爸も消えちゃうんだ」
 
泣きじゃくる白娘姫の発言に場が凍る。
 
「お、おい! そりゃどういうことだよ」
 
真っ先に雪之丞が白娘姫に詰め寄る。
 
「やめてください」
 
それを守るように小竜姫が白娘姫を抱きしめる。
 
「……すまねえ」
 
雪之丞も自分の非をわびる。
 
「正確に言うならばあやつは因果律を狂わそうとしている」
 
場をとりなすように発言するドクターカオス。だが、その発言は無視できない内容だった。
 
「ドクターはご存知なのですか?」
 
「知っているのではない。辿りついたのだ。……まぁ、今はそんなことはどうでもいい。美智恵、今この世界をどう思う」
 
「無事でよかった。そう思います」
 
ママは困惑しながらもそう答える。
ドクターはまるでなってない生徒に諭すように言葉を続けた。
 
「この大霊障においてはこれまであい争っていると思われた神族と魔族が共同にて事に当たった。人間の眼前でな。そして過去も、今も世界中で戦争を続けていたキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒も共に手を取り合った。世界中の宗教家が同一の目標に向かい共同で事を成したのは有史以来初めてのことだ。そして、妖精、妖怪、死者。そういった者たちですら人間の為に力を貸してくれた。アシュタロスは大地母神としてのイシュタルとして復権した。それが全てではないにせよ横島が歩んできた軌跡だ。そしてあの龍。究極の魔体すら退け、無限の成長を続ける悪龍が残された。ハルマゲドンに対するこれ以上のない抑止力としてな。……どうだ? 神族と魔族のデタントを強め、人間が自分達以外の種族、妖怪や妖精、害のない浮幽霊なんかと共に生きていくための土壌が出来ているとは思わんか? 無論、すぐにそうなるわけでもないし、この先拗れる可能性もある。だが、それでも一度は手を取り合ったという事実は残る。よほどのことがない限り以前よりは良い結果を生み出せる土壌は出来た。……横島の意図して作り上げた望みの半分だな」
 
そこでドクターは言葉を一度切った。
 
「この結果は先も言ったとおり横島が積み重ねた軌跡の上に成り立っている。……横島の望みのもう半分はこの結果を残して原因だけを消し去ること。過去から未来へと続く道筋を未来からの干渉によって過去を改ざんする。即ち因果律を狂わせるということだ」
 
ちょっと待ってよ。それって。
 
「つまり、この世界に横島忠夫という存在は初めから無かったことになる。それがあやつの望みだ」
 
がくんと視点が下に下がる。
私の膝が崩れ落ちたせいだ。
 
「……ふざけんな。そんなことが認められるかよ!」
 
「小僧。お前が認めようと認めなかろうと事実は変わらん。横島はその為に動き、今も自らの存在の痕跡を消そうとしているはずだ」
 
「そ、そんなこと出来るわけないワケ」
 
「現実を見つめろ。あやつには文珠という限定的ながら万能の霊能があり、無限の成長を続ける体があり、世界の改変すら可能とするコスモプロセッサを飲み込み、その動力としての魂の結晶さえ所持し、世界の現状を肯定しつつ1つの因子を抜き取るという限定的な改変のため世界の修正力は極小さい。それで尚出来ぬというか?」
 
今度はエミが崩れ落ちた。
 
「あやつはこの世界に自分が存在すること、いや、横島忠夫というものが三千世界の何れであれ存在したことすら許せないでいる。だが、私はあやつが、わが生涯の友がそうなることを許せない。意味はわかるな」

ドクターはニヤリと顔をゆがめる。
 
「あやつは世界の修正力かいまだこの世界に留まっている。私とゼクウ達はあやつの内部にもぐりこんで無理にでもあの龍から引きずり出すつもりだ。それがゼクウの立てた計画であり、私はその計画に乗った」
 
「某は元とはいえ夢魔ナイトメア。今現在はマスターの眷属。いえ、元眷属というべきですかな。某に対しても、心見殿やユリンに対してもマスターは龍になった瞬間に契約を切るとおっしゃっていましたから。何れにせよ、マスターの精神内部に入り込むことはなんら問題ありませぬ。……例えマスターより暇をいただこうと某にとって主と呼べる方はマスターお一人。マスターがただ死ぬというのであれば受け入れがたくともマスターの意を汲むつもりではありましたが、存在しなかったことにするなどという暴挙は例えマスターの意であれ受け入れられませぬ」
 
「私も同意だな。全く、あの根暗男ときたら。世話のかかる兄者だ」
 
「クワァ、クワア」
 
ユリンも同意するように頭を上下に振るう。
それじゃあ。
 
「横島を引きずり出す。この案に賛同する者は手を挙げよ」
 
刹那の間をおかず、この部屋にいる全員が手を上げた。
                   ・
                   ・
                   ・
 【カオス】
 以前横島に渡した指輪、ゼクウたちの目標を知った時から改良に改良を重ねたものの、それでも横島の内部にもぐってどれほど持つか。
横島が龍となりその体から悪しき心が漏れ出さなかった時に疑念は大きくなった。
思えば、横島は龍の卵をヨーロッパで手にしたときにこのシナリオを描いていたのだろう。
人間の器では脆すぎる。
【荒神】の器としても、アシュタロスの悪を全て肩代わりする器としても、究極の魔体の攻撃を受けて生き延びるためにも。
自ら死して神となっては【荒神】は世界に魂を括られて消滅する手段は封じられる。
その時、自らの霊力を根こそぎ奪おうとする龍の卵と出会い、あやつはその時から【龍/卵】の文珠を生成し自らの心から生まれる霊力を与え育ててきたのだろう。
龍神、小竜姫に力を与えられ、龍神皇子、天龍童子の仮初とはいえ臣下となり、蛇神、メドーサを腹の中に収め育て、龍神王に魂に細工され、幾度となく龍神のアイテムを身に纏った横島に龍の力は馴染み深いものであったおかげもあるだろうが。
そして、あの龍の体から心の残滓が漏れ出さないということは、あれは全て内面に収まっているということだ。前の指輪は漏れ出したものを防ぐので精一杯だったのだが、あやつの内にはいって無事ですむかどうか。
何しろ神族、魔族でさえ耐え切れぬ場所なのだから。
 
「よいか。指輪が用意できたのは12。道案内であるゼクウたちの他に私の他横島除霊事務所のメンバーに来てもらおう。故にエミ、美神、冥子、雪之丞、おキヌ、タイガー、シロ、タマモ。神族、魔族には私たちが入る道を維持してもらう必要がある」
 
メンバーから外れた者たちは悔しそうな顔をする。
もっと指輪が用意できれば小竜姫達にも来て欲しかったところなのだが今は仕方ない。
それに、下手にゼクウ以外の神族、魔族が中に入り込めば以前の拒絶反応のようなものがまた起こりうる可能性があるからしかたあるまい。
                   ・
                   ・
 小笠原諸島沖に新たに生まれた島、竜の成れの果ての上に私たちが立つ。
 
「不思議だ。実に不思議な気分だ」
 
苦笑しているプロメテウスに向き直るとプロメテウスは苦笑を深め答える。
 
「私はかつてエピメテウスに決して開けてはいけないと1つの箱を守らせた。後年、空けられパンドラの箱と呼ばれた箱を。この世の全ての悪と一欠けらの希望を閉じ込めた箱を守らせた私が、世界を滅ぼすほどの悪を開放する危険を犯しながら一欠けらの希望の為に道を開く手助けをする。何ともいえぬ気分だよ」
 
「ならばやめるか?」
 
「それこそまさかだ。この先私が滅亡を予見したとしてもあっさり覆しそうな希望を見捨てられるものか」
 
「なるほど。でははじめるとしようか。地獄の釜の蓋を開けてな」
 
私はマリア・テレサに後を頼む……確率は低いが神族、魔族の一部が干渉してくる可能性を考慮して後を頼むと悠然とゼクウの開けた穴、横島の精神内部に入り込む道に歩を進めた。



[541] よこしまなる者211話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2008/02/21 03:24
 【カオス】
「ふむ。まるで宝箱だな。プロメテウスではないが正にパンドラの箱か」
 
眼前に広がる巨大な壁、いや、巨大な箱の側面をそう感想を述べる。
そう、資金集めに海賊の真似事などをやっていた時によく見かけた宝箱そのものなつくりをしている。
違うのは全高で20mほどの巨大さがあるというところか。
これが横島の心の象徴。この形状にも何か意味があるのかもしれん。
そこに小さな門、恐らくここが入り口なのだろう。
 
彼女が消え
彼らも消え
皆が消え
誰も救えぬ手が生まれ
誰も救えぬ手に育ち
怯えるその手は拒絶する
我は汝を拒絶する
 
「これって」
 
美神が扉にかかれた文面を見つめ呟く。
 
「プロフェッサー=ヌルの罠に嵌められて横島さんが瀕死の重傷をおった時聞こえた声と同じ文面」
 
「あぁ、あの後、馬鹿でかい腕が出てきたんだ。ありゃあ龍の腕だったんだな」
 
美神に続いて雪之丞が洩らす。
 
「マスターの心は7層に別れた構造となっており、其々、件の霊波刀に対応するように恐怖、憎悪、憤怒、狂気、慟哭、虚無、絶望に対応する世界が存在します。我々は、マスターの心の内部にいるはずのマスターの本質というべきものを見つけ出し、説得するなり引き摺り出すなりしなくてはなりません。……某がマスターの心の内部を完全に理解できていればそのような手間はかからなかったのかもしれませぬが」
 
「まぁ、無理だろう。いかんせんこの中は一柱の神が支えるには少々重過ぎる」
 
「よいしょ~」
 
私たちがそんなことを話している間に扉は開けられた。
冥子の手によって。
 
「ちょ、ちょっと冥子」
 
「大丈夫よ~。だってお兄ちゃんなんですもの~」
 
冥子はニッコリ微笑みながらはっきりと言ってのけた。
そう、まるでピクニックにでも行くような軽い調子でそういってのけた。
強いな。
妄信でなし、狂信でなし、ただそれでも絶対にして絶大な信頼。
それは絆の強さであり、心の強さ。
 
「そうだな。心の中に入るのは少々不躾ではあるがこれもあの根暗男が悪いのだ。行くとしよう」
 
そう、恐れることなど何一つない。
冥子に続き歩を進め始める。
                   ・
                   ・
                   ・
 【冥子】
そこは~とても寂しい風景だったわ~。
一面に広がるのは白い砂漠だけで他には何もないもの~。
 
「ここは、マスターの恐怖の象徴。塩の砂漠です」
 
ゼクウさまが~そう言った時にその声が聞こえてきたわ~。
 
「やめろぉ。来るな。来るなぁあ!」
 
それは~、恐怖に怯えたお兄ちゃんの声。
誰も聞いたことがない声だったわ~。
 
シンダラちゃんを体内に顕現させて走るとすぐに、砂丘に隠れたそこにお兄ちゃんを見つけたわ~。
                   ・
                   ・
                   ・
 【美神】
声が聞こえると共に冥子が人外のスピードで走り出した。
シンダラを使ってるんだろうけど、物凄い勢いで走る冥子の姿はいつ見ても信じられない。
いや、現実逃避をしているところではなかった。
冥子の後を追って走ると冥子はふいに立ち止まった。
 
冥子の視線の先に横島さんがいた。
 
「やめろぉ。来るな。来るなぁあ!」
 
今まで見たこともない恐怖に怯える横島さん。
その声を聞いたことはない。
その表情を見たことはない。
横島さんはいつだって、どんな時だって立ち向かっていた。
そして、横島さんを怯えさせていたのはエミだった。
エミはゆっくりと横島さんに近寄り、横島さんに触れた瞬間、塩の彫像となり崩れ去った。
そして、横島さんは今まで以上に悲痛な絶叫を上げる。
 
「ヤメロォ! やめてくれ。俺に関わるな。俺の傍に来るな。俺のせいで消えないでくれよぉ!」
 
だが、その悲痛な叫びは届かない。
すぐに砂漠、塩漠から別の姿が現れる。
横島さんは無様に逃げ惑い、叫び、それでもその姿、冥子の姿から逃げられずに触れられ、塩像を前に絶叫を上げた。
                   ・
                   ・
                   ・
 【冥子】
お兄ちゃんが泣いてるの~。
傍に来ないでって泣いてるの~。
けど~、違うの~。
絶対に違うの~。
お兄ちゃんが~、傍に来ないでって泣くはずがないの~。
だって~、私に寂しいって教えてくれたのはお兄ちゃんだもの~。
寂しいって言葉の意味がわからないくらい一人ぼっちだった私と一緒にいてくれたお兄ちゃんがそんなこというはずがないの~。
エミちゃんや、レイコちゃんとお友達になれたのはお兄ちゃんのおかげだもの~。
私がいっぱいお友達が出来るようにしてくれたのはお兄ちゃんだもの~。
お兄ちゃんはきっと~、一人ぼっちが嫌だから泣いてるの~!
 
お兄ちゃんに走りよってギュッとするの~。
逃げようとするおにいちゃんを捕まえて背中からギュッてするの~。
 
「やめろ! 俺に関わるな。俺に触るな!」
 
ズキンって胸が痛いの~。
でも~、お兄ちゃんはもっと痛いの~。
                   ・
                   ・
                   ・
 【令子】
横島さんの背中に抱きついた冥子は震える横島さんを諭すように言葉を紡いだ。
 
「冥子は~、消えたりなんてしないの~。お兄ちゃんのそばにいるの~。だから~、お兄ちゃんもいなくなったりしちゃ嫌~なの~」
 
横島さんは肩を震わせて泣いていた。
もう恐怖に怯えて、ではないのがわかる。
冥子が消えなかったからだ。
 
泣きじゃくる横島さんを背中から抱きしめた冥子がまるで小さな女の子が父親にそうするように、頬に触れるだけのキスをした。
 
「お兄ちゃ~ん。大好きなの~」
 
横島さんは1つ嗚咽を洩らすと、淡い燐光を発しながらまるで幻が消えるようにその姿を消した。
冥子が何かを拾い上げると塩で出来た砂漠のような世界も掻き消え、目の前に入り口と同じような巨大な門が現れた。
 
その門には入り口と同じ文面が書かれているほかに小さな孔が1つ開けられている。
 
「双文珠ですな。【勇/気】と書かれておるようですが。恐らくあの孔にこれを入れるのでしょう。冥子殿」
 
「は~い」
 
ゼクウさまに促された冥子が門に近寄ると、門に書かれていた文面が変わる。
 
愛した女性を殺した
大切な仲間を巻き添えにした
そして世界を滅ぼした
この手は何一つ守りきれず
この手は救われることを望まない
もう誰一人、殺したくない
俺に関わって、死なないでくれ
 
それは、横島さんの心の吐露なのだろう。
理屈ではなく、心がそう告げていた。
けれど違う。
確かにこれは横島さんの心かもしれないけど、私の知る横島さんはこんなに弱くはない。
仮に、弱かったのだとしても諦めたりなんかはしないはずだ。
 
冥子が文珠を孔にはめ込む。
すると続きの文が現れ、そしてゆっくりと門が開いた。
 
けれどもし、俺にちっぽけでも勇気の欠片が残されているなら
諦められない
諦めたくない
孤独でもいい
同じ顔をした別人だって構わない
もう一度会いたい
今度は守りたい
それが叶えられれば俺は
最後くらい笑って胸を張れると思うから
 
ギリっと拳を握る。
最後?
認めない。
横島さんがそれを望んだのだとしても。
みんなが、何よりあたしが横島さんを必要としているんだから。
絶対諦めてやるものですか!
 
多分、それは他の皆も同じなのだろう。
この行為は横島さんの心の中を踏みにじる行為であることは理解できた。
けど、辞めるつもりは毛頭ない。
誰一人口を開かないまま私たちは次の門へと歩を進めていた。
                   ・
                   ・
                   ・
 【冥子】
皆が真剣な顔でいる中で~、私は一人だけ頬が緩んでたんじゃないかしら~。
あの時~、お兄ちゃんは私にだけ聞こえる声で教えてくれたんだもの~
 
『冥子ちゃん。あの時、初めて俺たちが出会ったあの時のことを思い返すと俺はあの時本当に嬉しかったんだ。俺は冥子ちゃんに幾度となく救われたんだ。失うことを恐れて人と関わろうとしなかった心を。もう一度皆と向き合う勇気を俺にくれた。ありがとう、冥子ちゃん』
 
私は~お兄ちゃんが大好きなの~。
だから絶対お兄ちゃんに帰ってきてもらうんだから~。



[541] よこしまなる者212話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2008/04/24 01:51
 【エミ】
そこにあったのはまたしても小さな門だったワケ。
まるでさっきの門と同じように見えるけど、扉の文面が違う。
 
葬送の人は列を成し
贖罪の人は列を成し
断罪求めて列を成し
手足を縛る鎖は自戒
鎖に繋がる錘は後悔
其身を焦す焔は破壊
列成す人の望は苦界
 
「順番に行くなら、ここは【憎悪の瞳】を象徴する世界なワケ?」
 
あたしの問いにゼクウさまは深く頷いた。
 
「その通りです。あの全てを燃やしつくさんとする煉獄の、いえ、終末の焔の源がここにはあります」
 
ゼクウさまの言葉に軽い眩暈を覚えた。
見た感じだけなら7つの霊波刀の中で一番攻撃能力のありそうな【憎悪の瞳】がここでは表層から2番目に過ぎないのだ。奥に行けば行くほど厄介になると決まったわけでもないが、その可能性は忠にぃの性格、厄介なものほど自分の内面に溜め込む性格を考えればそうなる予感がビシバシするワケ。
 
扉を開け放った眼前に広がる光景をなんと例えればいいのだろうか。
そう、焦熱地獄としかいえないような光景だった。
暑い。いや、熱いと言うべきなのだろうか。
紅い空と無限の荒野。
黒い焔をあげる溶岩の川。
溶岩を生み出す巨大な火口。
そしてその溶岩の川、流れる溶岩でできた道をただ黙々と歩き続ける長蛇の列があった。
列を成すのは西洋の葬儀で墓穴を掘る墓堀人夫の格好をした男達。
ただ、手枷、足枷が付けられ其々に重そうな錘を付けられた墓堀人夫達は、肩に棺引き摺るために鎖、真っ赤に焼けた鎖を担ぐように持って、黙々と溶岩の道を歩く。
足が溶岩に焼かれ溶け落ち、足が無くなると鎖を口で咥え両腕で這い摺り、棺を溶岩の源、火口まで運び終えると火口の縁に棺を安置し、そこで力尽き手も足も焼け溶かされた姿で火口に落ちていく。
その時目深に被った帽子が外れ、忠にぃの顔が現れる。
視界に収まる限り続く長蛇の列。
その全てが忠にぃの顔をしていた。
 
「う、うおぉぉぉぉおおお!」
 
突如、タイガーが咆哮した。
全身が虎と化すほど霊力を搾り出したタイガーは馬鹿らしいくらいに巨大な幻影を作り出した。
 
「ちょ、タイガー!」
 
私の制止も聞かずにタイガーは幻影を作り出すことを止めない。
鈍色に輝く鉄と思しき金属が巨大な火口を埋め、視界に入る限り続いていた溶岩の川さえ浸食した。
しかし、それでもなお忠にぃは燃え続け、火口に落ちる代わりにその骸を燃やし尽くすまで焔を上げていた。
                   ・
                   ・
                   ・
 【タイガー】
 わっしの精神感応は横島さんが教えてくれた通り出力の方に特化していて感受性は他の霊能力者に比べて少しいい程度しかないですジャー。
じゃけっど、今の横島さんを見たらわっしにも判る位極端な感情だけに支配されておりますケン。
 
『許さない。許さない。許されない。許されちゃいけない』
 
わっしには、わっしにはそれがどうしても我慢できまっせん。
わっしは、わっしは。
わっしはわっしの持てる全霊能力を振り絞って幻影を作り出したんジャー。
じゃけっど、横島さんの自身に向けられた憎悪はわっしの幻影程度で収まるものじゃなかったんジャー。
じゃから、わっしは。
いまだ燃えようとする横島さんの肩を掴んだんジャー。
 
横島さんを燃やしつくさんとする焔に触れてもわっしは火傷ひとつ負わないですケン。
何で、何でこんな状態でまでわっしらを傷つけられない優しい人が自分のこととなるとこうなってしまうんジャー。
 
「横島さん。もう止めてつかぁさい。わっしは、わっしは横島さんのそんな姿を見たくありませんケン。どうして横島さんは他人を許せる優しい人じゃのに自分のことは許せないんジャー」
 
わっしはわっしを傷つけないためにわっしが触れた箇所が燃えていないのを感じて、横島さんを抱きしめるように焔から守る。
 
「わっしは、わっしは見ての通りの体格ですケン、それに感情が昂ると虎に変わってしまいましたジャー。普通の人から見たらわっしは化け物みたいなものでっす。じゃけっど、横島さんの両親が、横島さんが、エミさんや事務所の皆はわっしを自然に認めてくれたんジャー。わっしがその時どれ程嬉しかったかわっしは言葉では言い尽くせまっせん。わっしがどれ程横島さんの懐の深さに救われたかわかりません。わっしだけじゃありませんケー。幽霊が、妖怪が、魔族が、忌み嫌われた者が横島さんにどれだけ救われてきたかわっしにはようわかります。自分の罪を横島さんに許されて、慰められて救われた者がどれだけいたか、わっしにはあん人たちの気持ちが理解できるんジャー」
 
今のわっしが居られるのは、受け入れてもらえるのは間違いなくあの時、ジャングルへ逃げたわっしを追いかけて手を差し伸べてくれた横島さんのお陰ですジャー。
じゃから、わっしは少しでも、ほんの少しでも横島さんに恩を返したいんでっす。
記憶も、思いも持って消えてしまうなんてあんまりジャー。
その時、わっしが横島さんの心の中に憎悪以外の物。憎悪の根源を見つけられたのは奇跡かもしれまっせん。
それは優しさであり、良心ジャった。
それが憎悪の根源となって焔を燃え広がらせているのが判りましたケン。
わっしは頭の出来がよくありませんケン、何でそれが核になっているのかはわかりまっせん。
じゃけっど、自分を傷つける優しさや良心なってもんは絶対に間違っているってことは判りますジャー。
 
わっしは、横島さんを解放すると、横島さんの前で土下座した。
 
「たのんます。この通りですケー、自分も許してやってつかぁさい。わっしは馬鹿ですケー、横島さんがなんで自分の対してそんななのかは判りまっせん。じゃけっど、わっしは横島さんのそんな姿は見たくありまっせん。どうか、どうか自分の心から逃げないで欲しいんジャー!」
 
コトンと軽い何かが落ちる音がしましたケンわっしが頭を上げたらそこにはもう横島さんはいませんでしたケン。
代わりに音の元、恐らく横島さんはさっきみたいに消えてしまったんジャー。
わっしはそれを拾う。
【甘/受】
そう力の込められた双文珠ですジャー。
わっしがそれを拾うと横島さんの心、残留思念のようなものを感じたんですケン。
 
『タイガー、お前がその力を持ったことにはきっと意味がある。もし意味がないならお前の手で作ってしまえばいい。お前にはそれが出来るんだ。お前みたいに気の優しい奴が受け入れられないなんてそんな馬鹿なことがあるもんか。だからもっと自信を持て。お前はもう張子の虎じゃないんだから』
 
わっしはそれを感じて溢れる涙が止まらんかったんジャー。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪カオス≫
号泣するタイガーから文珠を受け取る。
【甘/受】
甘んじて受け入れる。
自らの罪を受け入れ、前には進むがあくまで許す気は無いということか。
あの頑固者め。
まぁいい。
人と関わる【勇/気】を。
そして、己の罪、憎悪と向き合い否定するでなし【甘/受】するだけでも前進だろう。
私は文珠を持って扉に近寄る。
すると例によって扉の文面が変わった。
 
果てしなく憎悪に身を焦して
尽きることなき憎悪に溺れて
許すことも許されることも忘れていた
俺は許されちゃいけない
許されるわけがない
許せるはずもない
その先に続く道がないとしても
 
そして扉に文珠をはめ込むと続く文面が現れた。
 
その先に続く道がないとしても
行かなければならない
進まなければならない
罪に託けて立ち止まれない
道が無ければ切り開く
先が無ければ作り出す
贖罪は出来ずとも成せる事はある
成さねばならない
その為ならば受け入れよう
立ち止まることなど出来ないのだから
 
ふん。
あいつらしいな。
たまには立ち止まって、周りを見回す余裕を持てば良かったものを。
どうせ私や皆に、どれ程必要とされていたかも理解しようともしなかったんだろう。
立ち止まらずに前に進もうとも、私たちから逃げられるとは思わぬことだな。



[541] よこしまなる者213話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2008/08/24 05:05
 ≪シロ≫
拙者はずっと考えているでござる。
横島先生の心の中に入ってからずっと。

拙者は随分と前に先生に宿題をいただいていたでござる。
霊波刀をもって八房を越える。
結局、犬飼殿と相対した折にはその宿題を果たすことは出来ず、次善の手段にて犬養殿に対し、敗れた。
残心と言う武士にとっては初歩の初歩を忘れた拙者の負けでござった。
あれから大分時間が過ぎたでござる。
その間も拙者は先生に課せられた宿題を忘れたことなどは一時としてなかったでござるが、その宿題を果たすことは終ぞ叶わなかったでござる。
不肖の弟子でござる。
 
先生は、【恐怖の腕】【憎悪の瞳】【憤怒の頭蓋】【狂気の顎】【慟哭の声】【虚無の脚】【絶望の総身】七種類もの霊波刀を超越した霊波刀を自在に操る先生。
拙者と先生の間で何が違うのでござろう。
無論、拙者と先生の間には大きな隔たりがあるのは知っているでござる。
技量、器量、共に拙者のそれと先生では比べるべくもござらん。
ただ、本当に拙者にそれが出来ないのであれば先生は拙者にそんな宿題を出すことはなかったでござろう。
拙者にも出来るはずなのに拙者にはそれが出来ない。
全て拙者の不徳の致すところでござる。
 
拙者は先生の中で恐怖に触れ、憎悪を垣間見た。
アレが先生の霊波刀の源。
恐怖に怯える先生は拙者の知らない弱さがあった。
憎悪に染まる先生は拙者の知らない痛々しさがあった。
拙者は先生の強さばかりに目を囚われて、先生を見ていなかったんでござろうか。
いや、それで先生に幻滅するなんてことは一切ないでござる。
ただ、拙者は何か、大切な何かを目の当たりにして、その何かを見落としているような気分でござる。
 
「なに、ない頭絞って考えているのよ」
 
どこか小ばかにしたような、いや、アレは完全に馬鹿にしているでござるな。
タマモに向かって
 
「馬鹿じゃないもん!」
 
と、いつものやり取り。
最初の頃はわからなかったがこいつもこいつなりに仲間のことは気遣っているでござるな。
まぁ、その方法は解り憎くひねくれてはいるでござるが。
でもあの騒ぎの前にフラッと消えたかと思えば急に育って帰ってきたでござる。
少し寂しい……イヤイヤ、やりづらいでござる。
 
「拙者と先生、何が違うのかと思っていただけでござる」
 
拙者がそういうとタマモは呆れたように答えてくれた。
 
「多分あんたが思っているほど違わないわよ」
 
え?
 
「あいつはどこまでも人間臭いのよ。あんたが感じているほど絶対的な存在じゃない。ただ、あいつはほんの少しだけあんたの前にいる。その一歩だか半歩だかの差があんたと絶対的な差よ」
 
半歩だか一歩だかの差?
 
その怒りはどこへ向く
怒れる心はどこに向く
相手に向けても収まらず
自らに向けても収まらず
自己を焦す怒りの焔は
何れ全てへ飛び火する
怒りあれ。それしかないなら
破壊あれ。それしかないのだ
 
気がつけば目の前に扉があったでござる。
この中は恐らく【憤怒の頭蓋】の世界。
先の二つのように扉を開けると、そこはそう。
修羅界とはこのような場所を言うのでござろうか?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
鈍い音が響きわたる。
眼下にはクレーターが無数に開いた大地。
いや、クレーターは増殖し続けている。
 
「ここは、【憤怒の頭蓋】を象徴する世界。他者を失う【恐怖】から生まれた己に向けた【憎悪】。それすら行き場を失い外へとあふれ出す……」
 
呆然とした私たちの耳に破砕音と共にゼクウさまの声が聞こえる。
そこは、かつて町か何かの姿をしていたのだろう。
だが今目に映る姿は荒野。
かろうじて残った建物の残骸の欠片のようなものがそう感じさせるに過ぎなかった。
絨毯爆撃をされた町だとてもう少しは建造物が残るのではないだろうか。
だが、私たちを呆然とさせていたのはそれではない。
 
途絶えることのない破砕音。
その源は殴り合う横島さんだった。
 
眼下に広がる荒野の中で幾人もの横島さんが殴り合っていた。
いや、殴りあうと言うのは不適切かもしれない。
武術に精通した横島さんはただ力任せに自分以外の横島さんを殴りつけていた。
そこに防御や技は存在しない。
ただ殴りつけるだけ。
それだけで周囲の地形を変えるほどの威力の拳は対象を完全に殺し、大地にクレーターを作る。
その殆どが相打ち。
時折、先に攻撃を仕掛けた横島さんが残ることもあったがその拳は、腕から肩にかけてが使い物にならないほどに損傷をしている。
にも拘らず、その横島さんは無事な逆手で、そして損傷して使い物にならなくなったはずの手で別の横島さんに殴りかかり殺される。
 
延々と、延々とそれが続く。
どれだけ横島さんが死んでも、潰されても、何処からか横島さんが現れて殺し合いを続ける。
決して、決して終わらない。
 
ただ、怒りに身を任せた。
ただ、闘争に身を任せていた。
 
「ウオォオオオオオォオオオオオン!」
 
それを見ていることしか出来なかった私の耳に、狼の咆哮が響き渡る。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪シロ≫
違う、違うでござる。
先生は、拙者の知っている先生はこんなんじゃないでござる。
先生こそ誠の武士。
コレ、は先生じゃないでござる。
先生は、先生は。
 
気がついたら咆哮をあげ、先生の偽者の中に突っ込んでいったでござる。
 
先生は拙者に、拙者に誠の武士の姿をいつだって見せてくれていた。
怒れども、容赦する姿をいつだって拙者に示してくれた。
犬飼殿の時も然り、今回のアシュタロスのことも然り。
先生の大きな器に救われた妖怪の多さを拙者は知っているでござる。
ただ、怒りに身を任せて暴力を振るう先生は先生じゃないでござる!
 
「アァアア!」
 
拙者が渾身の霊力を振り絞り、霊波刀を作ると先生の偽者に斬りかかる。
しかし、霊波刀は容易く握りつぶされて蹴りの一発で拙者は鞠のように吹き飛ばされた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪タマモ≫
あの馬鹿。
怒りで前が見れなくなっているのはどっちよ。
シロの元に飛びながら狐火で牽制に入る。
って、少しは効きなさいよ。
これでも空狐に匹敵する今のあたしの狐火を無造作に振り払うな。
 
「タマモ」
 
この馬鹿。
 
「馬鹿犬! 良く見なさい。あんた、生きてるんでしょう!」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪シロ≫
タマモの叱責を受けて拙者は目の前に立ち込めていた霧が晴れる様な心持でござる。
拙者は生きている。
なぜか?
先生の一撃を受けて生きている。
人狼の拙者なれど、先生の強力無比な一撃をまともに喰らえば必死は必定。
怒りに我を忘れ、防御も出来なかった状態で先程の一撃を受けて生きていられるはずがない。
それでも拙者が生きているのは先生が手加減をしてくれたお陰。
あの状態でも拙者に対して手加減をしてくれた。
それも、痛みはあれど動きを妨げるほどでなく、後遺症になりそうもないあの一撃はいつも稽古の折に先生が拙者たちに繰り出す一撃そのもの。
まるで、怒りに我を忘れた拙者を叱責するような一撃でござる。
先生は、どんな状態でも先生でござった。
 
「プ、プププ、あははははははははは!」
 
突然笑い声をあげる拙者に狐火で先生を牽制していたタマモがギョッとしてこっちを向いた。
 
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。頭でも打った? 元から悪い頭がもっと悪くなったの?」
 
馬鹿にするような言葉を吐きながら、タマモの瞳は拙者を心配しているのがわかったでござる。
 
「厳しくも優しい、それも馬鹿らしくなるほど優しいでござるな。先生も、タマモも」
 
「ちょ、ちょっと何言ってんのよこんな状況で。本当に頭でも打った?」
 
タマモの憎まれ口はいつだって照れ隠しでござる。
優しいのは先生とタマモだけじゃない。令子殿も、エミ殿も、冥子殿も、雪之丞殿、タイガー殿も、おキヌ殿も、リリシア殿や五月殿、カオス殿、マリア殿、テレサ殿、ジル殿。
先生の周りは皆優しい御仁ばかりで拙者は誠に果報者。
先生の傍にいれば皆優しい気持ちになっていくのでござる。
拙者はその雰囲気が大好きで、まるで里にいた時のような心持でござった。
拙者はそれを守りたい。
先生がいなければ始まらんでござる。
この場にいる先生は偽者なんかではござらんかった。
ただ、怒りの感情が大きくなりすぎて他の感情が隠れてしまっているだけ。
 
拙者は立ち上がると、霊力を右手に集中させる。
拙者は、横島先生のあり方に憧れてござった。
守るべきものを守る。外側は強固な壁なれど、内にあるものには御母堂の如き慈しみで包み込む。
敵にも寛容で、慈悲深く、強いが故に安易に武を振るうことを戒めた先生のあり方は正に活人剣のあり方。
先程我を忘れて切りかかった拙者が振るいしは殺人刀のあり方。
【八房】に誑かされた犬飼殿となんら代わらぬ所業。
「『一人の悪に依りて、萬人苦しむ事あり。しかるに、一人の悪をころして萬人をいかす、是等誠に、人をころす刀は人をいかすつるぎなるべきにや』、『人をころす刀、却而人をいかすつるぎ也とは、夫れ亂れたる世には、故なき者多く死する也。亂れたる世を治めむ爲に、殺人刀を用ゐて、已に治まる時は、殺人刀即ち活人劔ならずや。こゝを以て名付くる所也』これぞ柳生石舟斎宗厳の教えなれど。先生は万人を苦しめる一悪を救うことで一悪も万人も救う道を拙者に見せてくれたでござる。あれぞ、活人剣の極み」
 
霊波刀が右手に生み出される。
しかし、その霊波刀は短く、朧気で、頼りない姿、まるで先生に出会った頃に作り出していた未熟な霊波刀の様なれど。
 
「心、明鏡止水にして。悪を憎んで人を憎まず。憎むべきは悪人ではなく悪心。悪心祓いて人を救うのが先生が示してくれた士道。なれば拙者の進むべき士道も同じ道でござる」
 
朧気な霊波刀は拙者の意を汲んでくれるはず。
タマモの肩に手を置いてタマモを止めると前へと進み出る。
 
「タマモ。かたじけのうござる。拙者はもう大丈夫ゆえ。……不肖の弟子なれど、先生が課してくださった宿題、漸く果たすことが出来たようでござる」
 
そんな拙者に向い先生は拳を振りかぶり、拙者を一撃で屠れるほどの一撃を繰り出してくる。
拙者の技量は先生には遠く及ばない。
なれど拙者は恐らく微笑みすら浮かべていた。
この拳は当たらない。
拳圧で前髪が乱れ、そのうち数本は千切れ飛んでござる。
なれど拙者に及ぶ前に拳はそれ、耳の脇を通り抜けて止まる。
拙者の短刀の如き短き霊波刀は吸い込まれるように先生の胸を貫いた。
霊波刀を通して、先生の行き場のない怒りが、やり場のない悔しさが拙者を押しつぶさんばかりに押し寄せるでござる。
なれど、拙者は押しつぶされることなく先生の優しさに包まれ、守られ倒れるように覆いかぶさってくる先生の体をしっかりと受け止めてござる。
右手の霊波刀を消すと、先生の体には傷一つござらんかった。
あの朧気な刀は肉体でなく心を斬る為の刀ゆえ。
拙者なりの活人剣の現われでござる。
 
「先生。拙者漸く先生の課して下さった宿題の答えが見つかったでござる。掟故でなく、教え故でなく、ただ心のあるがままに仲間を、友を、家族を守りたい。先生が示してくれた道。拙者の宿願を込めた霊波刀でゴザル」
 
拙者に足りず、先生にあった物は純粋な感情、いや、純粋な願いでござった。
武士としてのあり方を幼き頃から教わってきたつもりの拙者は誠の士道を理解せず、型にはまった考え方をして武士とはかくあらんと頭で考えていただけでござる。
なれど、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌何れも心よりわき出るもの。
士道とは万人の心にあって、拙者はそれを型に当てはめるばかりに見失ってござった。
 
先生は拙者にもたれかかったまま、ただ右手を拙者の頭に優しく乗せてくれたでござる。
拙者にだけ聞こえるような小さな声で囁いてくれた。
 
「先生! 大好きでござる♪」
 
拙者の尻尾はかつてないほどの勢いで振るわれていたでござる。
先生はそのまま淡い燐光と共に消え去り、前の二回同様双文珠が残されていた。
【仁/愛】
正に先生を表す言葉でござる。
前と同様に、門に近づくと門に書かれていた文面が変わる。
 
どうして殺した
なんで殺した
殺す理由がどこにある
俺がいけないのか?
俺に関わったからなのか?
巫戯けるな
俺に関わることが理由なら
貴様らだって例外じゃない
 
これが、先生のやり場のない怒りの吐露なのでござろうか?
誰かが先生の前で殺された。
拙者も犬飼殿に父上が斬られたと知ったときには怒りに我を忘れたでござる。
なれど、このままでは先生に修羅道は似つかわしくないでござる。
 
拙者が双文珠をはめ込むと門に書かれていた文面が変わる。
 
ちがう。
そうじゃない。
俺が求めていたものはそうじゃない。
ただ、愛していた。
愛したかった。
愛している。
本当にただそれだけだった。
どこで狂ってしまったんだろう。
どこで壊れてしまったんだろう。
愛していたいだけだったのに。
愛しているだけだったのに。
 
「随分機嫌がいいじゃない」
 
タマモがふいに声をかけてきた。
 
「タマモ。さっきはすまなかったでござる。お陰で目が醒めたでござるよ。かたじけない」
 
拙者が礼を言うとタマモはそっぽを向いた。
育っても素直でないところは変わらないでござるな。
少し安心したでござる。
 
「さっきのが横島の出した宿題に対するあんたなりの答えなのね」
 
「そうでござる。先生は拙者に最強のイメージをするようにおっしゃってたでござるが、拙者がイメージしたのは最強でなく最高のイメージ、先生が示してくれた士道を貫くための活人剣。人を斬らず心を斬るための霊波刀でござる」
 
「ふーん。もう名前は決めたの?」
 
「霊波刀【横島】でござる」
 
「ダサ! マンマじゃん」
 
「拙者にとって【最高】は先生でござるから仕方なかろう」
 
そういいながらも拙者は微笑んでいた。
 
『ありがとう。お前も俺には勿体無いくらいの最高の弟子だよ』
 
先生はあの時拙者だけに聞こえるようにそう言ってくれた。
拙者はその言葉に負けぬよう、今後とも精進するでござる。
拙者がもっと自分を誇れるよう、先生の弟子として恥ずかしくないと思えるようになった時、その時には先生に傍にいて欲しい。見ていて欲しいでござるよ。



お詫び
前回投稿より4月も間隔が開いてしまいました。
待っていてくださった方、投稿もない間感想を送ってくださった方、心よりお詫び申し上げます。
理由を列挙すれば私生活での仕事が忙しくそちらに追われていたこと。
4年に及ぶ長き投稿から、よこしまなる者の物語や文章を見失ってしまったこと。
感想に寄せられる厳しくも尤もな御指摘を受けて1話ごとの投稿に迷いが出たこと。
処女作の癖に予想以上の長編になってしまったプロットの甘さ。
物事の終了直前で手が止まってしまう自分の悪癖(RPGをやっていてもラストダンジョン手前でレベルマックスに近い状態で未クリアなゲームがどっさり^^;)
どれもこれも言い訳にしかなりませんがこの投稿を最後まで仕上げる気持ちは折れていません。
ここまで読んでくださった方々、どうか最後までお付き合いくださいますことをお詫びと共にお願い申し上げます。



[541] よこしまなる者214話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2008/10/18 01:38
 ≪是空≫
良きお仲間達だ。
これまでの道程を同道しながら常に考えていたことだが、誠にマスターは戦友に恵まれている。
某もマスターと、マスタのお仲間達と共に轡を並べ戦えたことに武神としての誉れを感じずにはいられない。マスターの内にある六道を半分既に乗り越えておられる。
しかし、残る三道はこれまでの三道より険しく、最後に控える一道は某すら、マスターの従属神であることを加味していても乗り越えられるかどうか。
だが、それをせねばマスターの消滅を座して待つのみ。
マスターとの絆を信じるより他はないのでしょう。
 
「お気をつけ下さい。これまでの三門はマスターの表層に近く、これより開く三門は、マスターの内面の秘奥、【絶望】に近いからこそこれまでのそれ以上に心を蝕まれましょう。ここで帰られるのが賢明やも知れません」
 
「ゼクウよ。無駄だよ。ここにいるのは横島忠夫の馬鹿さ加減を知りすぎている。とっくの昔に奴の馬鹿さが伝染してしまっている」
 
カオス殿のいう通りなのであろう。
だからこそ某は案じている。
この中の誰かが壊れてしまえばマスターの消滅は確定的になってしまうだろう。
だが、それでも期待してしまう。
1000年の絶望の中でも失わなかったマスターの希望の光。
儚くとも、儚くとも残されし灯火。
風前に消えるか、それともまた残るのか。
 
独り残される悲しみは
心をただただ喰いつくす
耐えることは敵わず
心は救いを求めた
悲しみから逃げ出した
故に心は狂気に満たされる
狂気とは忘却、忘却は救い
耐えることも敵わぬ悲しみは
狂気がもたらす忘却だけが救えるのだから
 
「……ここにあるのはマスターの狂気の源。【狂気の顎】の根源たる世界。ここで帰らぬというのであれば、お覚悟召されよ」
 
「……言うなればここより先は兄者の禁足地。兄者が仲間を失うことに恐怖を感じていたのは皆も知っていよう? 己に対し責め苦を向けていたことを知っている者もいよう。そして皆には見せなかったかも知れぬが、誠に救いようのない皆の敵に対して容赦のない怒りを他者に見せたこともある。だが、ここより先は兄者もひた隠しにしてきたモノだ。前の三道と同じに考えぬほうが良い」
 
だが某の言葉も、心見殿の忠告でも帰ろうという素振りを見せるものはいない。
……この門が試金石となろう。
この奥に踏み入れる資格が有るや否やの。
 
門が開く。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
真っ先に眼に入ったのは師匠だった。
これまでの師匠とは表情が違う。
憤怒に染まっているわけでも、恐怖に怯えているわけでも、能面のように無表情なわけでもない。
笑っている。
唇の端だけがやや持ち上がったかのような微笑。
アルカイックスマイルというんだったか。
いつも師匠が見せるような笑みとは違うが、それでも師匠は笑っていた。
空中に浮かぶ十字架に磔られたような格好で。
 
不意に、師匠の右手から緑白色の光が発せられる。
霊波刀だ。
だがその微笑と霊波刀があまりにも似つかわしくない。
そのままなんら気負う様子もなく、微笑を浮かべたままその右手を振り下ろした。
自分の右足に。
 
「ヒッ!」
 
誰の悲鳴かもわからない。
今まではやばい雰囲気、やばい状況での惨劇だから心構えもできていたが今度は違う。
まるで極自然の行為のように師匠が自傷行為を始めたから心構えも何もあったわけじゃなかった。
鮮血が舞い、溢れ出るがその微笑みは深まるばかりで痛痒すら感じていないかのように同じ行動を繰り返す。
すぐに脚がもげた。
脚は重力に引かれて落ちて行き、それを見つめていた俺はその光景に初めて気がつく。
細い手足、醜悪な顔、腹だけがボコンと突き出たそのあさましい姿。
餓鬼だ。
大勢の餓鬼が空から降ってくる師匠の血を啜り、肉を貪り、骨をしゃぶっている。
喰うものがなくなると餓鬼達は一斉に天、師匠に向かって金切り声のような泣き声を上げる。
師匠はそれに応じるように再び、霊波刀を振るい、血を撒き散らし、肉を刻み、骨を絶つ。
微笑を浮かべたまま。
それが繰り返され、終には残された霊波刀と頭部、そこをつなぐ右肩の僅かな筋肉も霊波刀で頭部が刺し貫かれることで地に落ち、餓鬼どもに貪り食われる。
師匠の全てを喰らい尽くした餓鬼どもは、それでも尚、あさましく、醜い泣き声をあげる。
それに応じる様に、空にはいつの間にかまるで先程の事が無かったかのように微笑を浮かべる師匠がそこにあった。
あとはその繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
血を撒き散らし、肉を刻み、骨を絶ち、喰われ、尽きる。
それが延々と繰り返す。
己を殺して食わせる。食われては己を殺す。
まるきり悪夢のように延々とそれが繰り返す。
ペタンと誰かが座り込んだ。
エミ姉だった。
エミ姉は頭を抱え込みながらイヤイヤをする子供のように首を振りながら小声でうわ言の様に繰り返す。
「……違う……私……違う…そんなんじゃない」
 
「……あれが、あれこそがマスターの狂気。生物は須らく自己の生存と、自己の子孫を残すことを本懐としております。なれどマスターは自己の生存を忌み、自らが何者かの糧となることを望み、その為に容易く己を傷つけ、躊躇無く己を殺す。他者を生かすためだけに生き、死ぬ」
 
それを聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になった。
ふざけるな!
気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ! 気にいらねえ!!
 
「クソが!」
 
一気に魔装術を纏うと宙に飛び出し炎と雷、風で餓鬼どもを薙ぎ払う。
悲鳴を上げながら逃げ惑う餓鬼。
だが、俺は容赦しない。認められなかった。
一匹残らず餓鬼どもを叩き潰すと霊波刀を振りかぶる師匠の霊波刀を掴んで止める。
 
狂え!
 
この霊波刀、ナリこそ違うが【狂気の顎】と同じか。
 
狂え!
 
けどなぁ、気にいらねえんだよ!
 
心が食いつぶされ、視界が真っ赤に染まる。
だが、俺はそれに抵抗することすら惜しんで目の前で笑みを浮かべる師匠の胸倉を掴んだ。
 
「お、俺はなぁ、あんたに施されたいんじゃねえ。……護られてえんじゃねえ、あんたの、あんたの隣に立ちたい。それができねならせめてあんたの背中を護れる様になりたい。それだけだってのに駄目なのかよ。俺にゃあそんなことの資格も無えってのかよ」
 
畜生、……意識が。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪カオス≫
魔装術が解け、落下する雪之丞はシンダラが拾い上げ、蹲るエミの隣に寝かされた。
私は少し離れた場所に立つと口元に手をやり思考に没頭する。
そんな私にゼクウが寄って来た。
 
「カオス殿はあちらに行かれなくてよろしいのですか?」
 
「ふん。まかり間違ってもあ奴らは横島の仲間。アレでどうなるとも思っておらん。まだ、な。訳知り顔のじじいがでしゃばるよりも自分達で答えを出したほうが良いこともあるさ」
 
そう、何だかんだいって加減されている。いや、押さえ込まれているというべきか。私の計算ではもっと酷い状況のはずだった。いくら指輪を改良したといっても、この中はこの程度の侵食で収まるはずは無い。だとすれば横島が意識的であれ、無意識であれ仲間を蝕むことをよしとせずに押さえ込んでいるからであろう。雪之丞がその証左だ。霊波刀を握ったときは肝を冷やしたが、それでもかろうじてとはいえ無事に済んでいる。
私は確認するようにゼクウに問いただす。
 
「ゼクウ。仏門に六道以外の道はあったか?」
 
私の言葉にゼクウは驚いたような表情を見せる。
 
「そこまで気がついておりましたか」
 
「フン。このヨーロッパの魔王を見縊るなよ。……尤も、私といえど気がついたのは今しがた。心見が三道などと洩らしてくれたお陰だがな」
 
最初の世界は目の前に現れる四苦八苦に晒され、もがく姿だった。次ぎの世界は見た目からして地獄そのもので罪を責めたてていた。その次は横島自身が修羅となり終始戦い、争う怒りに満ちた状況。そして今の世界がどれ程横島が施そうと飢えと渇きが収まることの無い世界。人道、地獄道、修羅道、餓鬼道と六道を踏襲しているように思えた。だが、横島の内面世界は7つ。数が合わない。
 
「残る世界は畜生道、天道、……そして外道でございます」
 
それを聞いて横島の横っ面を殴りたい衝動にかられた。
外道、または魔道、天狗道。
さして重要な知識ではないから記憶槽の奥にしまいこんでいたが思い出したよ。
六道を輪廻し、何れ仏尊に至る可能性を残す六道より外れたる者。
道を外したが故に極楽にも地獄にも至れぬ終わる事無き無間地獄。
そこまで自身が救われぬことを望むかよ。
一人よがりも大概にしろ!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
まるで瘧のように自身を抱きしめながら震えるエミ。
日にやけた肌の上からでも血の気が失せているのがわかる。
 
「エミ」
 
私が声を賭けると唇は震えたままで、それでも笑みの形を作って見せた。
 
「だ、大丈夫なワケ。ごめん、おたくらに心配かけて」
 
少しも大丈夫そうじゃない。
 
「令子、見えなかった? あの餓鬼、髪が長くて肌の黒い餓鬼じゃなかった?」
 
そんな目立つ餓鬼はいなかったはずだ。
今のエミは普通じゃない。
それにその特徴を現す者を私は一人しか知らない。
 
「どうしたって言うのよ」
 
「私は殺し屋だった。前にそういったよね? 両親を亡くし、帰る家を捨てて、未来に希望もなく、陽の当たらない暗い世界でただ誰かを殺すことの片棒を担ぐことでその日を生きてきた。……けど、今のあたしは違うワケ。血は繋がらなくても両親がいて、私を迎え入れてくれる温かい家があって、陽のあたる場所で誰かを護ることで生きていける。可愛い弟分も、後輩も、仲間も、親友も、何より忠にぃがいる。……全部、忠にぃがいたから、忠にぃが与えてくれたり、機会をくれたものばかり。なのに、私は何も返していない。さっきの餓鬼、見たワケ。あれ、私よ。施されるだけで何も返さない。与えられるだけの存在」
 
そこまで聞いて私は怒りを抑えきれずにエミの右頬を思い切りひっぱたいてやった。
 
「ふざけないで! ……あんただけじゃないでしょ。あんただけじゃないのよ。横島さん馬鹿だもの。いつだって、誰かの事を気にして自分のことはほったらかしでさ。でも、私はもっと馬鹿だ。何年も一緒にいて、何で気がつかないのよ。気がつくタイミングはいくらでもあったのよ? ううん。違う。私は気がついていたはず。けどそれを気に留めていなかった。横島さんなら大丈夫だろうって」
 
駄目。思考が支離滅裂になってきた。
一つ大きく息を吸い込むと思考を整理する。
横島さんはいつでも、誰にでも優しかった。例えそれが敵であったり、祓うべき悪霊や退治を依頼された妖怪であっても可能な限り、どんな無茶をしても手を差し伸べた。
例外は他の誰かを犠牲にして痛痒すら感じないような連中。
そして自分自身。
自身には全身が重症の跡が残るような修練を課し、他者の罪悪や苦しみを肩代わりすることを進んでやっていた。
あぁ、そうだ。物事の判断基準においていつだって自身を最下層に置いていたから、だから簡単に自分をスケープゴートにしていたんだ。
全てのものが自分より上位にあるから容易く自分を差し出せる。
私はそれを知っていた。
けれど、盲目的なまでに横島さんを信頼してしまっていたからその異常性に気がついていたにも拘らずそのことを考える行為を怠っていた。
無意識に、横島さんを貶めるような考えを拒否していたのかもしれない。
あぁ、もうワケわかんない。
頭を抱える私と、いまだへたり込むエミがフワリとしたものに包まれた。
 
「冥子」
 
「お兄ちゃ~んに、いっぱいいっぱいお返ししなくちゃいけないのは冥子も一緒よ~。だから~、絶対お兄ちゃんに帰ってきてもらうの~」
 
ニッコリ微笑む冥子に救われた気がした。
そうだ、私は、私たちはその為にここにいるんだもの。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪カオス≫
やれやれ、皆が横島の悪癖に気がついてしまった。
いや、今まで目を背けてたことに向き合ったというべきか。
気を失った雪之丞の隣に落ちている文珠を拾い上げる。
【済/度】
誰かを救う意味を持つ言葉。
それを手にした時、自身の明晰な頭脳が一つの疑問を呈してきた。
何故、横島は誰かを救えたのだ?
と。
横島の行いは確かに誰かを救うための行いを成している。
だが、それで救われるとは限らないのが人の世だ。
救うために横島が傷つけばそれに対し自責を念を覚える者がいる。
自らの悪を知り、自らの死を持って償おうとする者がいる。
好きな考えではないが、死を持ってのみ救われる者は確かに存在するのだ。
アシュタロス=イシュタルなどその典型ではないのか?
しかし、イシュタルはそれを受け入れていた。
横島は命を救い、心を救ってきた。
私の目から見ても横島に救われた者は命ばかりか心も救われていた。
ありえないほどに。
それがあまりにも不自然だ。
横島の行いは紛れも無く、狂いも無く、救われざる者まで救い上げた。
不可能なはずだ。
そう、不自然といえば横島自身反感を買うことが非常に少ない。
皆無というわけではないがああいう目立つタイプは反感を買うことが多いのではなかったか?
それに反してあやつにに好意を抱く者の圧倒的な多さ。
何かがおかしい。
結局、私は雪之丞が目を覚ますまで悩みぬいたにも拘らずその答えを得ることが出来なかった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
夢を見た。
今より遥かに弱い俺と、信じられないくらい未熟な師匠が肩を並べて戦っていた。
未熟で、弱い。
けどその夢の中で俺と師匠は確かに戦友だった。
夢の中の自分に嫉妬してもしょうがない。
そう思っても嫉妬せずにはいられなかった。
けど、それもすぐに晴れた。
師匠の目を見たからだ。
あの目を俺は知っている。
師匠がたまに俺に向けた目と同じだ。
そうだ。
俺は師匠より弱い。
けど、師匠は俺に重要な局面を任せてくれてはいなかったか?
俺がまだ今よりずっと弱い頃から師匠はいつも俺を信用してはくれなかっただろうか。
あの目は、師匠がそんな時に見せる目だ。
信頼の目。
そして、戦友を見る時の目。
俺の中にしこりの様に残っていた者は霧散した。
師匠はずっと前から俺を戦友として見てくれていた。
それが嬉しく、誇らしかった
                   ・
                   ・
目を覚ますと皆が俺を見下ろしていた。
とりあえずミカ姉ぇとエミ姉ぇに一発づつ小突かれ、目が真っ赤だったが何かあったのだろうか?
冥子姉ぇには抱きしめられた。
カオスに渡された文珠を門に近寄ると今までの通り文面が変わる。
 
皆殺されて、皆殺した。
もう判らなくなるほど死を見て来たというのに。
心は未だに悲鳴を上げ続ける。
俺は存在して良いのか?
こんなにも死を撒き散らし続ける俺は。
……俺は、誰かの贄となろう。
犠牲となる誰かの代わりとなろう。
自分を贄としている刹那だけは、
そこに存在理由がある気がするから。
 
むかつく。
けど、それを抑えて文珠をはめ込んだ。
 
なのに、それは違うと言う人がいる。
お前はここにいて良いのだと言う人がいる。
その人たちは否定する。
違う。そうではないと。
済度とは、救われるとはどういうことなのだろうか?
救われた。
俺は救われた。
なら俺は……どうすればそれを返せる?
 
わかんねえよ。
俺は頭悪いから。
救われたと思ってんならどうして消えなくちゃいけないんだよ。
なぁ、師匠。
俺を、俺を戦友だと思ってくれていたんならどうしてそれを教えてくれなかったんだ?



[541] よこしまなる者215話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2009/01/21 04:24
 ≪タマモ≫
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった』
 
そんな小説の一説すら思い起こさせるほどに劇的に世界の様相が変わった。
けれど、この世界は優しくはない。
白く、白く、凍てつく風とどこか遠くから聞こえる獣の遠吠え。
断末魔の声にも聞こえるその声がこの世界に生命があることを告げる。
それでも、その声を聞いていてなお、ここに生命があることを信じられぬような眼前の光景。
北極か南極か、あるいは氷河期の時代でもここよりは幾分優しい世界だったのではないだろうか?
肌を突き刺し、そこから進入して心臓すら凍らせてしまうのではなかろうかと錯覚させるような寒さ。
皮膚を、筋肉を凍らせ、砕いてしまうのではないかという暴虐な寒風。
 
そしてその世界は私にとっては酷く懐かしく。
 
背後を振り返ると一様に寒さに身を強張らせている。
シロや令子の様子が一番酷い。
逆に、比較的常態に近いのはカオスとおキヌちゃん。それでもいくらかきつそうにしている。
 
「大丈夫、じゃなさそうね」
 
私の問いかけに反応したのはシロだった。
 
「も、猛烈に寒いでござる。なんでタマモは平気なんでござるか?」
 
「そうね。この世界は私の故郷によく似ているからかしら。好んではいないけど故郷であることは変わりないわ。麗しくも、懐かしくも無いけど今となっては忌まわしくも心温まる我が故郷。私はこんな世界に生まれ、生き、友も、愛すべき人も得た」
 
『タマモはキタキツネでござったか』等と見当外れの納得をする私の親友にして愛すべきお馬鹿さんの台詞に苦笑を零す。
 
「馬鹿じゃないもん!」
 
「ちょ、いきなりどうしちゃったワケ」
 
「どこかで馬鹿にされた気がしたんでござる」
 
突然叫びだしたシロに目を白黒させるエミ。
勘がいいわね。
そして私は笑みを深める。
これでこそ。
これでこそ私の真実愛すべき第二の故郷。
暖かな陽だまり。
だからこそ、陽だまりに暖かな日差しをくれる太陽を無くしたくはない。
 
静かに門を見上げる。
寒風に砕かれること無くそこに姿を見せるそれに刻まれた文字。
横島の心の一部にして秘された言葉を読み上げる。
 
寒風はただ平野に吹き
あまねく命を枯らして奪う
一人立ち尽くす者の声は
聞くものもなく風に砕かれる
全ては哀しみの前に凍りつく
愛も、未来も、魂さえも
悲しみに終わる白き世界
 
その言葉を前に、私は自分が何をすべきかが理解できた。
 
私は尾を振るい狐火を作り出すと皆に向けて投げた。
 
「熱! ……くは無いでござるな」
 
「そうね~、とっても温かいわ~。タマモちゃ~ん、ありがと~」
 
私の狐火を受け取った瞬間反射的に熱いと言いかけたシロと火を飛ばした私を疑うことも無くその火を受け止めて礼を言う冥子。
そっか。私の火は温かいか。
 
「光栄だわ」
 
私は冥子に微笑むと十二単を翻して目的の場所に向かい歩き出した。
 
「ここは、私の故郷に似ているわ。だから解るの。あの泣いている声のする場所に横島はいる」
                   ・
                   ・
 果たして、それはそこにいた。
全身に傷を負いながらそれでも己の四肢で凍てつく大地の上に立つ獣。
日本狼に似てはいるが狼のそれではない巨躯と漆黒の毛皮。獣としか形容のできない生き物。
この白い世界にたった一つ残された獣。
例え、この世界に他の生物がいたとしてもソレは己とは別種の生き物である。
そんな心理状況が生み出したのであろう獣。
真実孤独を映し出す光景。
 
この獣を、この世界を私は知っている。
この獣は、この世界は横島と出会う前の私だ。
そして、この獣が横島だ。
 
身に纏っていた十二単を纏めて脱ぎ捨てる。
背後からどさりと重い者が倒れる音がした。
振り返るとタイガーぶっ倒れていた。
雪之丞はカオスに後ろを向かされカオス自身も紳士のたしなみとしてか背後を向いていたが雪之丞は耳がまっ赤になっているのがわかる。
青少年には刺激が強かったか。
成長した今なら令子やエミに負けてないスタイルだし、色気という点ではリリシアとだって張り合える。
 
「流石は天界や魔界にも名の通った金毛白面九尾大妖狐。キンナリーやアプサラスにも負けていませんな」
 
意外なのは普段紳士然としたゼクウが堂々と直視していることだったが理解できた。
緊那羅は元は半神半精霊の享楽的な者の多い楽神だものね。
 
「ちょっといってくるわね」
 
妖気も極力抑えて獣に近づく。
無防備に、ゆっくりと。
獣がその爪を、牙を振るえば今の妖気を押さえ全裸の私などひとたまりも無いのだろう。
けれども私はそのまま獣に近づいた。
獣が私に気がつき警戒を露にするがそれでも私は止まらない。
あと3歩。
獣が吼える。
あと1歩。
獣が爪を振り上げる。
 
私は獣に抱きつき、その毛皮に体を埋める。
獣の爪はとうとう振るわれなかった。
 
「寂しいのでしょう? 悲しいのでしょう? 独りでいるのは寂しいわ。独りに成るのは悲しいわ。ねぇ、横島」
 
獣、横島は喉の奥で唸るような声を上げる。
 
「愛していたから寂しいのでしょう? 愛しているから悲しいのでしょう? 私も同じだったから、だから少しかもしれないけど解る」
 
毛皮に包まれたその体を撫でる私。
愛しく、愛おしく。
                   ・
                   ・
 私が生まれたのはいつだったろうか?
少なくとも4000年以上は昔のはず。
人間の記述を信じるのなら紀元前2070年には既に九尾の妖狐として生きていたはずだ。
まだ、妖狐として若かったのだろう。
私はその時一つの過ちを犯した。
人間の妻になってしまったのだ。
偶然、人間の治水工事を覗いたとき、一人の人間に興味を惹かれてしまったのが過ちだった。
私は興味に惹かれるまま人間に化け、女嬌と名乗りその男に嫁いだ。
男の名前は文命。後年禹王と呼ばれた男。
黄帝の血を引く神の血筋であり、家庭を顧みない男ではあったが元より独立して生きる狐にとってはそれほど気にはならなかった。
温かくは無かったがそれでも、私が私としていられるその空気は嫌いではなかった。
その頃の私は今のように忌まれる事もなく、瑞獣として崇められていた。
けれども、それは間違いだったのだろう。
文命が死んで、私も国から消えたがその頃には私は孤高を愛しながら孤独ではいられぬ存在になってしまっていた。
1000年は耐えたが、眼前で助けるまもなく妲己という女性が殺されたのを見て、その時既に耐え切れなくなっていた私は彼女に化け帝辛、紂王の妻となった。
哀れな妲己の敵討ちに、少しだけ犯人達に制裁を加えたのは確かだ。
だが辛はソレを勘違いし、また、文命ほど強くなかった辛は私の魅力に骨抜きになってしまい、私を喜ばせるためにと炮烙等の惨殺を始めてしまった。
ソレを止められなかった私にも責はあったのだろう。
やがて国は滅ぼされ私は逃げ落ちた。
太公望の投げた宝剣によって重傷をおった私は弱り、人々が口にするような邪悪な魔性としての自分と、男を誑かす女性としての自分、そして本来の狐性としての自分に心が分かれてしまった。
弱った心が人間の想いや恨みによって影響を受けてしまったのだ。
かつて瑞獣であった私は傾国の魔物と呼ばれ、居場所を無くし天竺へと逃げ込んだが、そこでも班足太子が乱心をし、国許に逃げ帰れば今度は幽王が乱心した。
居場所を無くし遣唐使に紛れ倭へと逃げたが結局そこでも追われる破目になり、絶望して自ら石と化すことになった。
そう、私は絶望した。
私は孤独に絶望した。
周りに誰がいても、誰の傍にいても私は孤独だった。
誰も私を見ていない。
私の美貌に眼を奪われても私のことを見ていない。
見ているのは美貌だけ。
私の正体に気が付いたなら私のことを見ていない。
見ているのは魔性だけ。
誰も私を見ない。私は孤独だ。
私は孤高だ。誰か私を見てよ。
誰も私を見ない。私は孤独だ。
私は孤高だ。誰か私を見てよ。
誰も私を見ない。私は孤独だ。
私は孤高だ。誰か私を見てよ。
誰も私を見ない。私は孤独だ。
私は孤高だ。誰か私を見てよ。
だから私は絶望した。
私を真に愛してくれる者はいない。
美貌に眼を奪われてそれ以外のものは眼に映らない。
魔性に眼を奪われて私を理解しようとしてくれはしない。
孤独だ。
寒い。
心が凍てつく。
 
『俺は、横島忠夫だよ』
 
今にして思えばそれは奇跡のようなもので。
4000年という永い時の中で、決して現れなかった存在は唐突に私の前に現れた。
私を金毛白面九尾の狐と知っていながらその男は私を真摯に見つめていた。
魔性に惑わされず私を見てくれている。
幼生とはいえ九尾の狐の容姿を見てもその男はそれに心を奪われない。
美貌に惑わされず私を見てくれている。
私にとって横島は太陽のような存在に映った。
太陽の光が命を育む代わりに命を奪うように。
私の心に光を齎し孤高と孤独を奪っていった。
太陽の光が陽だまりを生むように、横島の周りは温かく心地の良い場所だった。
知っている。
私はソレがどれ程特別なことかを知っている。
知っている。
私が初めてデジャブーランドへ行った時、横島が国家権力を敵にまわして私を護ろうとしたことを今の私は知っている。
知っている。
この陽だまりの中なら誰もが私を見てくれている。
美貌も、魔性も、全部ひっくるめて私を見てくれている。
この陽だまりの中で私はタマモとして生きていられる。
この陽だまりを作る太陽が横島。
陽は何れ沈むのかもしれない。
人間は生きて100年と少し。
何れ別離も覚悟している。
けど、私はまだ陽だまりの中にいたいのだ。
                   ・
                   ・
私は獣、横島にだけ聞こえる小声で囁きかける。
 
「ねぇ、横島。4000年越しの初恋はあなたが奪っていった。足りぬというなら愛情も、いえ、心の全てをあなたに捧げても良い。だからお願い。私からあなたを奪わないで」
 
私の囁きを聞くと横島は一声大きく吠えると淡い光と文珠を残して消えてしまった。
 
「ちぇ、逃げられた。女から告白をさせておいて答えも出さずに逃げるなんて無粋が過ぎるわよ」
 
禹王にも成せず、如何なる王も、権力者達にも成すこともできなかったことを横島は簡単にやって見せた。
私のことを見て、惑わされず、化かされず、真っ直ぐに私を見てくれた。
もう少し早く出会えれば、私は素直に彼に甘えることもできただろう。
もう少し遅ければ、私は魔性か女性に狂わされていたかもしれない。
遅かった。けど間に合った。
全てはこれからだ。
私は横島を奪わせたりはしない。
 
十二単を今一度着なおすと、私は陽だまりに帰る。
 
「とんだチキンね。裸の美女を前にして逃げ出すなんて」
 
鶏なら狐に食べられるのが道理というものでしょうに。
 
手の中の文珠を転がしながら不平を洩らす。
 
『俺の知っているタマモは、意地っ張りで、でも寂しがりやな女の子。少しひねくれていても心の優しい女の子。俺はそれを知っているし、皆もそれに気がついている。だからタマモは幸せにならなくちゃ嘘だよ』
 
最後に発した小さな咆哮の意味はこんなところだ。
横島は私を見てくれている。
だったら気がついてもいいじゃない。
私が幸せになるのには何よりも横島が必要だってことくらい。
 
文珠には【決/意】と刻まれている。
この白銀の世界を打ち破る決意とはどのような決意なのだろうか。
知りたい。
横島の事なら何でも。
例えそれがどのような悪夢であろうとも私は知りたいと感じている。
あぁ、なんてことは無い。
私の美貌にも、魔性にも心を奪われない男に私はすっかり心を奪われてしまっているのだ。
だから私はきっと微笑んでいた。
                   ・
                   ・
 文珠を持って門に近寄ると今までどおり、文面が変わる。

慟哭の声は届かない。
悲しみの声は届かない。
もはや誰にもこの声は届かない。
だから俺は悲しめ痛む。
悲痛は心を凍てつかせ、
そこに全ての意味は失われる。
もう、誰もいない。
 
改めてこの白銀の世界が私にとって故郷の風景なのだと気がつく。
誰にも理解されることも無く。
誰にも振り返られる事も無く。
ただ自分と、他人だけの世界。
絶対的な孤独の心象風景がこの世界。
私にとって忌まわしき故郷であり、横島にとっても忌まわしき過去なのであろう。
 
文珠をはめ込むとやはり文面がかわる。
 
皆いなくなってしまった。
誰もいない。
もう、誰もいない。
けど、魂が流転するのであれば、
輪廻を廻るのであれば、
100年の後か、
1000年の後か、
帰ってくるかもしれない。
帰ってきて欲しい。
だから、せめて。
せめて帰ってくるこの場所を、
この場所を守りたい。
ここには思い出があって、
優しい記憶があって、
みんなが眠る場所だから。
 
門をくぐる時、私は一度振り返った。
白銀の世界。
真実孤独を知る者の心象世界。
けど、こんな世界は横島には似合わない。
私は幻術でこの世界を埋め尽くした。
暖かな陽の光と木漏れ日が織り成す陰影の中に生命の満ち溢れる風景。
横島にはこんな世界が似合っていると思う。
 
そこで、私は一つ悪戯を思いついた。
雲ひとつない晴天の空に慈雨の如く穏やかな雨の幻覚を付け加える。
私なりの決意表明と宣戦布告のようなものだ。
 
横島の心の中に【狐の嫁入り】を。



[541] よこしまなる者216話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2009/04/09 23:15
 ≪おキヌ≫
「えっ!?」
 
頭の中に静かな声、横島さんの声が響く。
 
夜空には、星は無く
大地には、光無く
虎鶫、闇に啼く
愛すべき、人は亡く
輩も、すでに亡く
骸等は、今日も哭く
守るべき、者は失く
分かち合う、人も失く
ただ独り、俺は泣く
慰める、者も無く
 
その声に気を取られた瞬間、周囲の景色が一変した。
漆黒。
いや、闇というものなのだろう。
ほんの眼と鼻の先を歩いていたエミさんの背中すら見えない。
完全なる無色。
永劫に続いているかのような闇。
自分の足元さえ見えない。
私は脚を動かす。
足元からの感触は無い。
けれど、落ちているときに感じる感覚も無い。
音も聞こえない。
歩こうとしても自分は本当に前に進んでいるのかがわからない。
手を伸ばしても、前を歩いていたはずのエミさん。
後ろを歩いていたはずのシロちゃんにも手が届かない。
 
「皆さん、どこですか?」
 
声を上げてもそれに返答する声は無い。
いや、本当に私は声を上げたのだろうか?
それすらも解らない。
だというのに。
私の心に不安や恐怖心は生まれなかった。
あるのは唯々安寧。
人間は闇を恐怖する。
だからこそ火を用い、電気を作り、夜の街を昼のように明るく灯す。
けれど同時に人は闇の中に安寧を見出す。
人が眠るのは夜の帳、それまで照らしていた光を消して闇の中で睡眠という安寧を
求める。
矛盾しているようでそれが人間というものだ。
この闇は恐怖心では無く安寧を齎す。
 
そう、久しぶりに。本当に久しぶりだがこの感覚は私にとって酷くなじみ深い。
氷室キヌではなく、ただのおキヌとして。
300年間過ごしてきた幽霊の感覚に近い。
尤も、あの頃はこのような安寧は無かった。
孤独と焦り。
けど、ここにはそれが無い。
 
「すごく、気持ち良い。このまま……」
 
そう。安らかで、静かで、すごく優しい気持ち。
幽霊時代、私が憧憬の眼差しで見つめていた。
お亡くなりになった方が天に召されていくときの穏やかな表情。
地縛霊だと勘違いしていた私はそれを羨ましく見つめていた。
今なら私もあんな風に、安らかに眠れそうな気がする。
このまま、眠・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
闇に溶けて消え去ろうとする私の意識の中で、横島さんが笑っていた。
それは、少し困ったような表情を浮かべて、それでも優しく、優しく微笑む横島さ
ん。
 
それすら安寧の闇に溶けていこうとしている。
 
イヤ!
 
幽霊だった私に優しくしてくれた横島さんが消える。
 
そんなのは嫌。
 
反魂の秘術の時、笑顔で送り出してくれた横島さんが消える。
 
そんなのは嫌。
 
鼠のネクロマンサーから庇ってくれた横島さんが消える。
 
そんなのは嫌。
 
お父さんがいて、お母さんがいて、早苗姉さんがいて、令子さんや、冥子さんや、
エミさんや、雪之丞さん、タイガーさん、カオスさん、弓さん、一文字さん、学校
のみんな、マンションの皆さん、浮遊霊のみんな、そして横島さん。
みんな大切な私の宝物。
だから嫌。
もっとみんなと一緒にいたい。
もっと、横島さんと一緒にいたい。
 
意識が急速に浮上する。
辺りを見回すと相変わらずの闇。
いいえ、私の体の大半が、手も足も、胴体の半分くらいまでが闇と同化してしまっ
ていた。
そこにある感覚も、動かしている感覚が無い。
 
ネクロマンサーの笛が使えなければ私の霊力なんて。
 
……あきらめちゃ駄目。
私はみんなみたいに強い霊力もないし、笛も札も無ければ殆どの霊力を使えない。
けど、私は音を媒介に霊力を通すことには慣れている。
多分、他のみんなも私と同じ状況になっていると思う。
慣れていない分私よりも状況が悪いかもしれないけど、この闇の中でも音が届け
ば、私の霊力が届けば情況が好転するかもしれない。
今はそれを信じる。
瞳を閉じて声を震わせる。
 
「この子の可愛さ限りない、山では木の数萱の数、尾花かるかや萩ききょう七草千
草の数よりも、大事なこの子がねんねする、星の数よりまだ可愛、ねんねやねんね
やおねんねやぁ、ねんねんころりやおころりやぁ♪」
 
困ったように笑う横島さん。
満面の笑顔の横島さん。
照れたように微笑む横島さん。
安堵の笑みを浮かべる横島さん。
優しく微笑む横島さん。
 
あぁ、どうして今まで気がつかなかったんだろう。
私の中はこんなにも横島さんでいっぱいだったなんて。
 
『ありがとう。おキヌちゃんの優しさに、俺はずっと救われたきた。だから、あり
がとう』
 
横島さんの声が聞こえたような気がした。
再び目をあけると、小さな部屋にみんなが倒れている光景だった。
 
「大丈夫ですか!」
 
私が声をかけるとゆっくりとみんなが起き上がる。
よかった。
 
「痛つ、……おキヌちゃんのおかげで助かったわ。おキヌちゃんの声が聞こえなか
ったらあのまま闇に同化しているところだったかも」
 
「少々、油断していたかもしれませぬな。マスターにとって、皆様方に仇なすこと
は出来ませぬ。それゆえ、今の今まで揃って無事でございましたが先程の闇は皆様
方に害なす意思ではなく、庇護の意思故あるいは皆様方をあのまま同化していたや
も知れませぬ」
 
「……私はソレが恐ろしいよ。あの意思は酷く平坦で、穏やかだった。これまでの
激しく、暗い感情であれば理解できる。なぜならそれは必然であるのだからな。横
島の身に何がおきたかを知っている私にはかくも穏やかで安息に満ちた精神状態で
いられることのほうが理解できぬし恐ろしい」
 
カオスさんの呟きがやけにはっきりと聞こえてきた。
私はいつの間にか握り締めていた文珠を見つめる。
【希/望】の文字が浮かぶ文珠は淡い光と共に消え去り、代わりにこの小さな部屋
の一角に新しい門が生まれる。
 
そこに希望は無くなった。
生命の灯火は無くなった。
その残滓だけが残された。
愛した人は殺されて。
友人達も殺されて。
悲しみだけが残された。
守りたいものは守れず。
共にあるものすら守れず。
俺だけが残された。
……もう、何も無い。
 
悲しい詩。
一体横島さんは何を見て、何を体感したのでしょうか?
けど、その詩には続きがある。
 
そこに住まう者のいなくなった大地は酷く静かで、
争う者すらいなくなった天は星だけが輝いていた。
静かだ。
俺はここにいる。
一欠けらの勇気はここにある。
もう一度会いたい。
甘受する意志はここにある。
先に進まねばならない。
仁愛はまだ消えていない。
愛している。唯只管に。
済度しなければならない。
原因は俺にあるなら。
決意は唯この胸に。
皆の帰るこの地を守らなくては。
それが俺の、唯一つの希望。
何も無くともこの希望だけは忘れない。
 
何かを噛み砕くような音がして振り返ると、歯を食いしばり門を睨みつけるカオス
さんがいた。
 
「どうしたのですか?」
 
「……嫌な予感がするのだ。不吉なのだよ。……気がついたものもいるかもしれな
いが、この心象世界は仏教の六道を踏襲している。第一層は四苦八苦に喘ぐ人道、
第二層は罪人を責めたてる地獄道、第三層は己を修羅と化した横島が争う修羅道、
第四層は与えることに飢え渇きもがく餓鬼道、第五層が孤独に晒されなすがままで
あった畜生道。そこに来てこのこれまでの詩と比べて肯定的な文面と安息にみちた
世界は不吉に他ならない。天道は六道の中で最も過酷な道であるとされているのは
絶頂にあればこそ、それを奪われ、堕ちることしか出来ぬが故にだ」
 
「大丈夫よ~。あと一つなんだもの~、絶対お兄ちゃんを連れ戻すんだから~」
 
「そうだぜ。師匠はここにもいなかったけど、次にいるんだろう? 絶対連れ戻し
て見せるさ」
 
みんなが門を目指し前を向く中、私一人が掌で顔を覆うカオスさんを見つめていた。
 
「……違うのだ。虚無の世界にあったのは希望。いわば本来ここがパンドラの奥底
のはず。にも拘らず門は続き道は続く。そして次ぎの世界は絶望の心象世界。希望
が絶たれた世界なのだぞ? 絶望に相対するはずの希望がここで既に用いられてい
るのはどういうことだ? まして、この先の道は魔道、天狗道、外道、一切の救済
がない世界。果たして有頂天に立っていたのは横島か? それとも私達なのか?」
 
その言葉に、私も不吉な予感を感じてしまいました。
その予感は、門に手をかけようとしてピタリとその動きを止めたゼクウさまをみて
嫌がおうにも大きくのしかかってきました。



[541] よこしまなる者217話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2009/10/14 03:57
 ≪カオス≫
ゼクウの動きがピタリと止まる。
先程までの嫌な予感が嫌が応にも増していく。
 
何か見落としがある。
一体何を見落としている?
思い出せ。
ここは横島の内面世界だ。
ならば答えは横島の普段の行動や思考形態から導き出されるはず。
横島は何を気にしていた?
何を考えていた?
 
酷く内罰的で、そのくせ他者には寛容であった。
何故、内罰的なのか。
何かしらのトラウマ、あるいは負い目があるからか。
これまでの六道は曲りなりにも答えをだしていたのではなかったのか?
ならば、……

 
動きが止まったゼクウに小首を傾げながら代わりに門を開けようとする冥子のてをゼクウが本気の速さで振り払った。
 
冥子はそれに驚きキョトンとした表情を見せる。
 
「……申し訳ありませぬ。ここまで来れれば充分です。後は某達にお任せください」
 
ゼクウのその言葉を理解し、押し問答になる前に私は手を大きく打ち鳴らして注目を集めた。
 
「正直に言ってもらおう。その扉の奥はワシらでは耐え切れぬのだな?」
 
台詞は疑問系。だが意味は断定だ。
 
「曲りなりにもここまでの道程において横島は解決、とまでは言わぬまでも何かしらかの結論を導き出していた。だが、その割には普段の横島は内罰的が過ぎる。解決できていない問題があり、その答えがこの奥というわけか。ま、予想はできるよ。この奥にあるものこそ横島の持つ絶望、即ち極少数の者しか知らぬ横島の過去があるというわけだ」
 
門を見上げる。
 
十の恐怖に震え拒絶していた
百の憎悪が身を焦し懺悔した
千の憤怒が無念を残していた
万の狂気に侵されて自責した
億の慟哭が心を占め諦観した
兆の虚無は全てを喪失させた
その何れをもってしても
その全てをもってしても
絶望に打ち勝つ事は出来ず
打ち勝つ事は出来なかった
 
恐怖、憎悪、憤怒、狂気、慟哭、虚無。
これらは全て横島の心の吐露であり、軌跡であった。
横島の過去を知る私はその過程を知っている。
だが、一体横島は【何に】絶望したというのだ?
無論、あ奴の過去は絶望するにたる理由がある。
だがしかしだ、私の見た過去を現すのであれば6つで足りる。
即ち、全てをなくし、殺し殺され続けた過去なれば虚無までで現されるのだ。
それに対して横島は何がしかの回答を出している。
ならば、横島は何に対して絶望したというのだ?
私が見落としているソレこそが横島を取り戻す重要な鍵になる。
 
私はゆっくり頭を振った。
 
「……耐え切れぬわけではありません。ここまでの道程で如何なることがあれ、マスターは皆様方を害さぬことは証明されてきました。だからこそ問題なのです。この門を開け、マスターが内にしまいこんでいた悪意が漏れ出したとしても皆様方は無事でございましょう。なれど行き場を失った悪意が外の無秩序に漏れ出してしまえば先の大霊障など問題にならぬほどの混乱が人界を覆いつくし、ソレが呼び水となってかつてマスターの体験した三界の崩壊に至る……」
 
「……パンドラの箱か。私たちにかの娘を嘲ることはできぬな。……何かがひっかかっておるのだ。横島の過去は【絶望】するに足りる。なれど横島はソレには絶望していないのだ。横島は【何】に対して絶望したというのだ? クソッ! 答えを得るための条件が揃っている感覚はある。……答えは目の前にあるのにそれに気がつけていない。ええい、忌々しい。己の無智を呪うのは随分と久方ぶりだ」
 
私の思考を手を打ち鳴らす音が妨げた。
 
「たいしたものです。知恵の実の祝福を最も受けた人間、ドクターカオス」
 
「せやな。ワイらも横島が過去に絶望したわけやないっちゅうことに気がついたんは最近の事や」
 
先程まで気配すらなかったというのに。
今はその圧倒的なまでの存在感でその場に二柱の存在が顕現していた。
 
ちぃっ、ここまで来て横槍が入るか。
 
「そう警戒する必要はありませんよ」
 
「横島だけをスケープゴートに仕立て上げるいう愚をわいらもゴメンさかいな」
 
「……どういうことかな? 二柱よ」
 
私としたことが一言口を利くだけでこれほどまでに精神力を必要とするとはな。
 
「ドクターカオス。あなたは横島の過去はどの程度まで見せられていますか?」
 
「私が見せられたのは横島がこちら側に至るまでの過程になる」
 
「そこまで知っておるんやったら野暮なことは言わんでもわかるやろ? わいらも知っとるさかいにな。
……正味の話しで横島にはワイらも負い目がある」
 
「ここで消えて欲しくはないんですよ」
 
二柱のうちの一柱が右手をゆっくり上げると、外にいたはずのマリア達が、マリア達だけでなく横島の両親を初め、横島とかかわりの深い者たちが集められていた。
 
「あなた方が中で体験したことは彼らも追体験の形で知らせていますから説明は結構です」
 
「これから見せるんはワシらの他には竜神王とオーディン、ハヌマーンしか知らされていない神族、魔族にとっても秘中の秘や、ま、他にも何柱か知っておる奴もいるけどな」
 
「その扉を開けるとして、中から漏れ出す【悪意】をどう処理する気だ?」
 
「それに関しては心配無用です。私たちが一時的にソレを受け止め、あなた方に追体験させた後はアッちゃんや大ちゃん、べーやんやルーちゃんが媒介して全ての神族、魔族を受け皿にする予定です」
 
「ホンマはわいらだけで受け止めよう思ったんやけどな。どう計算し直しても足らんかってん」
 
「すると、私たちは変圧器のような役割というところか」
 
横島の絶望は『私たち』は壊さない。一時的に圧力の下がった悪意を全ての神族、魔族を受け皿にすることで分散させる。横島の抱え込む【悪意】も一箇所に集まってこその災厄。分散させてしまえばあるいは……。
 
「安心してください。世界のバランスを崩す程の混乱は起きません」
 
「那由他の果てほども計算してんで、安心してくれてかまへんわ」
 
しかしこの違和感は何だ?
横島の事を知り得、協力をしてくれるところまではわかる。
だが、神族、魔族の双方が総出になってまで協力をするのだ?
……まぁいい、こちらに対する回答を導き出すための情報は恐らく揃っていまい。
理由、経過はどうであれ横島を取り戻す前の些事よ。
そこでふと、一つの可能性が頭をもたげる。
 
「外での準備は出来ているのかな?」
 
私がそう言うと二柱は一瞬顔を見合わせて、そして頷いた。
 
「天津神族に国津神族、オリンポス神族、ラー神族、プリギュアの大女神にも手を貸してもらってます」
 
「こっちもロキとその家族、ナベリウス、アーマンにしくじるように言うたったわ」
※作者注
 
「それは重畳。私たちも振り返らぬように気をつけよう」
 
さて、何れにせよこの扉を開く必要が出来たわけだ。
私は今度こそ、己の意思を確認すると扉に手をかけた。
 
 
 中書
……ほぼ半年振りです。いかがお過ごしでしたでしょうか?
私は筆が進まなかったり、仕事が忙しかったり、筆が進まなかったり、プロットが緩かったり、筆が進まなかったり、作品見直してたり、筆が進まなかったり、昔の文章で身悶えたり、筆が進まなかったり、新しいネタ思いついたり、筆が進まなかったり、新しく思いついたネタとプロットが上手くかみ合わなかったり、筆が進まなかったりでした。
すみません!(ジャンピング土下座)
い、一応筆が進まなかった部分は解決の方向に向かいましたのでここまで次回の更新はここまで遅くならないはずです。メイビー。
 
※作者注 有名な復活神話がある方々です。伊邪那岐の黄泉下り、大国主の蘇生、オルフェウスの冥界下り、ファラオ復活神話、キリストの復活の原型になったキュベレとアッティスの復活神話等。それに天宇受売命が外で踊っていました。これも太陽の復活神話ですので。ロキとその娘のヘルはバルドルの復活を邪魔した神で、ナベリウスは別名地獄の番犬ケルベロス、アーマンは死者の復活に適さぬ魂を食べる魔獣です。復活神話は失敗するものも多いのですが邪魔が入らねば成功する確率は高まります。横島の復活を神話になぞらえて成功させようとする試みを、神族、魔族の協力から読み取ったカオスがソレを示唆しました。



[541] よこしまなる者218話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2009/10/21 01:03
 ≪カオス≫
 「待って下さい」
 
扉に手をかけた私に対し、静止の声がかかった。
声をかけたのは横島の父大樹であった。
二柱に連れてこられたのであったな。
 
「初めまして。お噂は予てより馬鹿息子から伺っております。忠夫とエミの父の大樹と言います。こちらは家内の百合子です」
 
頭を下げる横島夫妻に対し私は一瞬考えあぐねるが、良い機会なのかもしれない。
 
「横島、いや、忠夫の友人のカオスだ。見知りおき願おう。……今回の事のあらましを問いたいのかね?」
 
私の問いかけに、大樹は真剣な面持ちで頷いた。
  
「忠夫は、十やそこらで男の顔をするようになった育てがいのない馬鹿息子でしたが、てめぇの命を粗末にする大馬鹿に育てた覚えはありません。ですが今回のことは……。私も私の力の及ぶ範囲で今回のことは裏も表も調べたし、ドクター達がここで経験したことも見せてもらった。私は、父親だというのに何で忠夫があれほど己を憎悪しているのかがわからない」
 
「……確かに、実の両親である貴方方に何も告げぬのは些か不誠実というものか。……ただ、横島が大切にし、敬愛する貴方方だからこそ私も言葉でどのように説明すればいいのか悩むところだ。答えは全て、この扉の奥にあるのだがな」
 
私は慎重に言葉を選んだ。
 
「まず、横島が貴方方に何も告げなかったのは横島にとって両親である貴方方だからこそ感じる負い目があったからだと私は思っている。恐らくソレは間違っていないだろう。貴方方がどのような信仰をしているかは知らないが、日本人であるなら前世、あるいは輪廻転生といった言葉は聞いたことがあると思う」
 
私の言葉に横島夫妻はゆっくり頷いた。
 
「優秀な霊能力者であれば幾人かは先天的、あるいは後天的に前世の記憶というものを持っている場合がある。そこの美神令子も後天的に前世の記憶を持っているし、タイガーは記憶こそないが先祖の能力を受け継いでいる。そしてまた、横島も先天的に前世の記憶を持っているのだ。いや、正確に言うのであれば記憶を所持したまま意図して横島忠夫としての生を受けた言うべきか。だからこそ、貴方方から本来の息子である横島忠夫を奪ったのではないかという負い目をあの馬鹿は感じていた。誤解して欲しくはないが、あの馬鹿も横島忠夫であることは間違いないのだ」
 
「どういう意味でしょうか?」
 
「美智恵、お前であれば以前横島の記憶が無くなった時に時間移動能力の可能性を考えたのではないか? そして、その可能性を歴史的的変革の有効性を根拠に否定したのではないか?」
 
「……はい。あるいは平行世界の横島君である可能性も考えましたが」
 
「ほう、そこまで考えが及んでおったか。少々見縊っておったようだ」
 
「……それじゃあ忠夫は」
 
「その通り。人間としての生を終えた平行世界の横島忠夫が時間を逆行し、この世界の横島忠夫に生まれ変わったのだ。記憶を残したままな。そこにいる二柱の助力があればさして難しい事ではなかったろうさ」
 
「なぜ、そんなことを?」
 
「それは横島に聞いてみなければ解らんよ。少なくとも絶望に満ちた前世を取り戻し幸せを謳歌するためでないのは確かだろうな」
 
「横島君は同じ時を繰り返しているというのですか?」
 
「ソレこそまさかだ。横島が10歳の誕生日、前世の記憶を取り戻したときを基点に歴史は大きく変わっているよ。横島が前回の歴史を歩んだこの時期、既にこの場にいるものの中で死んでいるものがいる」
 
私は意図してルシオラに視線を送らないようにした。
 
「死津喪比女の復活の折、パイパーの復活の折、あるいはおキヌの記憶が戻り東京に来た折の霊団事件で、八房の事件の折、あるいは今回のアシュタロスの造反で死傷する人間は今回の数十倍、数百倍はいたはずだったのだ。横島が保護してきた妖怪や霊も前回の歴史では須らく退治されていたろう。まぁ、可能性として歴史が変わったことによって前回死ななかったはずの者が今回の歴史で死んでいたケースもあるだろう。命を数で考えるのは少々無粋ではあるが、それでも現時点で考えれば前回に比べて遥かにマシであろう」
 
私は一息入れると改めて大樹に向き直った。
 
「車の運転はする方かね?」
 
突然の話題の転換に一瞬呆けながらも大樹は頷いた。
 
「え、えぇ」
 
「……例えばだ。貴方の運転で家族でドライブをして交通事故にあい、ただ独り生き残ってしまったとしたら?」
 
「……自分を許せないでしょうね」
 
「過去に戻ってやり直せるとしたら?」
 
「その日ドライブをするのを止めます。あるいは運転自体ができなくなるかもしれませんが」
 
理性的な判断だな。
つまりまだ想像が及んでいないということだ。
 
「……ソレは正常な判断だ。実際にその状況になってその判断が下せるというのであれば貴方は極めて理性的な人物なのだろう。……だが、想像したまえ。実際に最愛の家族の死の原因となったその状況下でこう思わずにいられるかね? 『自分さえいなければ』、と」
 
これで、私が何を言おうとしているか理解できたのか大樹は勿論、他の者もハッと顔を上げ、表情を曇らせる。
 
「……先程二柱が言っていたのを聞いていたろう? この扉の奥にあるのは神族・魔族にとっては秘中の秘だ。何しろ、神族・魔族が己の役割を放棄した記録であり、ただ一人の人間がそのツケを払わされた記憶なのだからな」
 
当事者でないとわかってはいても私の瞳には強い力が宿るのが判った。
その視線を受けても二柱は身じろぎもせず私の視線を真っ直ぐに受け止める。
 
「横島の記憶の中で、この場におる者の大半は神・魔に殺されている。横島の記憶の時間軸の中で遠からぬ未来にな。いや、それどころか1000年にも満たぬ時間のうちに人類の人口は現在の2%を下回り、神族・魔族も聖書級崩壊の中で横島に味方した龍神族やアース神族系の魔族は全滅。主要神族、魔族の一部を除いて主神級を含む多くの神・魔までが滅び去り宇宙そのものが死に始めた。【原因】が横島にあったわけではないが【起点】が横島であったことも事実。だからあやつは憎悪し続けておるのだよ。『自分さえいなければ』とな」
 
通常であれば私の言葉は信じられぬものであろう。
だが、見た限りにおいて不信感を得たものはいないようだ。
 
僅かな杞憂と共に大樹に視線を向けると何故だか大樹は微笑んでいた。
さりげなく、その右手がこの中で一番心理的なショックの大きかったであろうジルの頭の上に乗せられていた。
 
私の視線に気がついたのか微笑を苦笑に変える。
 
「こんな事態において不謹慎かもしれませんが。私は嬉しいんですよ。いえ、誇らしいんです。あの馬鹿息子、前世って言うやつではどうだったかは知りませんが、今度は護りきったんでしょう? どうあっても自分が護りたいものを。男として、それが羨ましくもあり父としてはそれが誇らしい。それに、よく子供は両親を選べず、両親も子供を選べないと言いますが、あの馬鹿は二度目も俺たちを両親に選んでくれた」
 
大樹は優しい微笑と共にそう言い放ったが、そこでニヤリと口元を歪める。
 
「だ・が、所詮は馬鹿息子だな。てめぇの存在を存在しなかったことにするだぁ。俺も甘く見られたもんだ。『たかがその程度』で俺が馬鹿で男とはいえ息子の事を無かった事にするわけはないだろうが。駄々こねる阿呆は十数年ぶりに拳骨くらわしてでも引き摺りだしてやらんとな」
 
大樹はぐるりと周りを見回す。
 
「第一、これだけ美女美少女に囲まれてだ。自分は消えるつもりつもりだったかどうかは知らんが一人にも手ぇだしてないなんてのは男としておかしい! その辺を再教育してやらんと……」
 
大樹が全てを言い終わらないうちにその姿が消えた。
 
 
いや、状況は判る。
隣にいた百合子に完璧なプロレス式の裏投げで後頭部を強かに打ち付けられた後、袈裟固めに固められていた。
それがあまりにも早く消えたように見えただけだった。
百合子の手には少し離れた位置にいたはずの小竜姫の神剣が握られていた。
突如、それも気がつかないうちに神剣を強奪された小竜姫は状況を把握できないのかオロオロしていた。
 
「再教育が必要なのは貴方の方じゃないのかしら?」
 
百合子は実にいい笑顔を浮かべる。通称殺す笑みというやつだ。
大樹は冷や汗をかきながらもどうにかまじめな顔を作り上げる。 
 
「話せばわかる!」
 
百合子はそれに対し笑みを深めるだけだ。
 
「問答無用」
 
夫婦の愛情表現が始まった。
飛び散る液体が緋色だろうが、硬いものを打ち付ける音に紛れて水音が混じるのも愛情表現なのだろう。
 
ここにいた一同は一部を除きドン引きするものが半数。残りの半分は顔を青くして凄惨な凶行現場、もとい夫婦の愛の営みを見守っている。
 
「あ、あの、助けなくちゃ死んじゃいますよ」
 
どうにかジルが助けようとするが、エミの手が優しくそれをおし留める。 
 
「大丈夫よ、ジルちゃん。いつもの事だから」
 
その言葉に五月唸り始める。
 
「なるほど。横島は体格の割りにやけにうたれ強いと思っていたが、これなら納得だな」
 
「あの動き、魔界正規軍の教官として招聘するべきだろうか?」
 
「止めてください姉上。兵が壊されます」
 
先程までとはうってかわっての狂態。
だが、先程までの重い空気を払拭し、みなの状態を平常に近いところまで回復させた。
流石は横島の父、そして両親と言うべきか。
何の覚悟もなくこの扉を開くよりは良いかと聞かせたが予想以上に気負わせてしまった。
 
何より、横島夫妻は極々自然に横島を自分の子供と受け止めている。
私の心配も杞憂となったわけだ。
 
「夫婦の愛の営みにチャチャを入れるのは無粋だが、その辺にしてはくれまいか? 独り者には目の毒でね。それに私も早くあの馬鹿をぶん殴ってやらないと気が済まんのだ」
 
「……そうでしたわね。私もあの子に折か……母親として教育してあげなければいけませんし。ほら、貴方。さっさと立ちなさい」
 
物言わぬピンク色の、モザイクをかけねば正視に堪えぬ物体は瞬きする間に元の姿に戻り百合子の肩を抱きエスコートするように扉に向かう。
 
大樹と横島はきっと魂よりももっと深いレベルで縁があるのだろう。前世の横島にそっくりだ。しかも回復する様子は誰の目にも留まってなかったのか、一同何が起こったのかわからない様子。……私以上に人間止めてないかね?



[541] よこしまなる者219話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2009/10/31 01:02
 ≪令子≫
 扉を開け中を覗き込む。
拍子抜けがするほどに、そこには普通の光景が広がっていた。
いや、個々に何故こんなものが? と言う意味では充分異常なのだが。
この場にいる人間が座れる位はある座席と大きなスクリーン。
壁紙が剥がれ、崩れた壁の中からコンクリートが剥き出しになっている。
座席はところどころ破れ、厚い埃がかぶっていた。
そして中央に古ぼけた映写機。
廃墟と化した古い古い映画館。
 
「座れ、と言うことだろうな。あるいは横島は自分の過去をここにいるものが見ることを許容したのかもしれん」
 
その言葉を受けて、私たちは座席の埃を払うとじっとスクリーンを凝視する。
それを待っていたかのように部屋の中が暗くなりカタカタカタと小さな音を立てて映写機が動き始めた。
 
セピア色の画面には子供、の顔。
 
「あれ、銀ちゃんと私やわ」
 
「ホンマや。多分小学校に入学して、初めて横っちとあったときやと思う」
 
例の映画から本格的な俳優としての道を歩き始めた銀一さん、現在新進気鋭の弁護士として業界内では有名な夏子さん。
二人とも忙しいはすなのだが、そんなことは関係ないとこの場に集まっている。
ちょっと羨ましい友情だ。
私とエミ、冥子も負けてないけどね。
 
女子のスカートめくりをして吊るし上げを喰らう横島さん。
悪戯をして百合子さんに折檻される横島さん。
大樹さんの乱交を告げ口しようとして刃物を突きつけられ脅迫される横島さん。
 
これが横島さんの過去?
なんかイメージが。
 
「僕、こんなの知らんで?」
 
「そうね。あの子はこんな悪戯なんてした覚えはないもの」
 
「た、多分こっちが前世の記憶なんだろう。私にもこんな記憶ないぞ。だから放してください」
 
骨がメキメキ音を立てる程に大樹さんの腕を握り締める……握り潰す百合子さんの事は全員スルーだ。
誰も籔をつついてヒュドラを出したくない。
 
そして、野良犬に夏子さんと一緒に追いかけられるところで映像が止まる。
 
カタカタカタと音がして映像が切り替わった。
今度はカラーの映像だ。
 
スカートめくりをして吊るし上げをしている女子に取り成しをしている横島さん。
満面の微笑で百合子さんに甘えている横島さん。
浮気をして折檻された大樹さんの治療を子供なりに頑張る横島さん。
 
少し泣き虫で感激屋な小さな横島さん。
私の知っている横島さんにはこちらの方がイメージに合う。
 
そして、野良犬に追いかけられる夏子さんを護るために血まみれになりながら殴りかかる横島さん。
肩に小さく鋭い痛みが奔る。
横島さんが感じている痛みを体感しているのだと思う。
それも恐らくこの場にいる人数で割られているのかさほどの痛みではないのが幸いだが。
だがそれ以上に
 
『護らなきゃ』
 
小さな横島さんの【想い】に心が押しつぶされそうになった。
これも人数割しているはずなのに。
 
カタカタカタ
カタカタカタ
カタカタカタ
 
場面は次々に入れ替わる。
その度に私たちは強い疲労と悲愴に襲われた。
10歳を境に、横島さんの道は大きく分かれていく。
セピア色の世界の横島さんは力もなく、覚悟もなく、それでも笑っていた。
カラーの世界の横島さんは力を持ち、覚悟を持ち、笑うことが殆どなかった。
そして、高校入学を境に道は完全に分かたれる。
 
セピア色の横島さんは今の私と殆ど同じくらいの年頃の『私』の身体目当てに美神除霊事務所の丁稚としてあるバイトをはじめた。
こちらの世界では私のほうが横島さんより幾分年上らしい。
カラーの横島さんは泣いている幼い冥子を見つけて、六道のG・Sとしての道を歩み始める。
歓喜が爆発する。
冥子の霊力を見つけたとき、泣いている冥子を見つけたとき、そして冥子の笑顔を見たとき、横島さんの歓喜が暴風の如く私たちに押し寄せた。
それと同時に、深い悔恨や己に向けた憎悪が私たちを打ちのめした。
 
そこからは酷かった。
 
セピア色の世界ではこの場にいる殆どが横島さんを殺しかけている。
無力な一般人を平気で危険な囮にしたり、常人なら死んでいるような折檻を繰り返す『私』。
ライバルだった『私』に対抗するために寿命を縮め、契約違反には契約神に命を奪わせる呪をかけた『エミ』。
悪意はないけれども度重なる暴走に巻き込んだ『冥子』
タイガーや雪之丞も戦いの中で殺しかけている。
ドクターは身体をのっとり、事故とはいえ時空消滅をさせかけた。
マリア・テレサも幾度となくその力で横島さんを殺しかけた。
西条さんも、鬼道さんもそうだし百合子さんや大樹さんの折檻も致死レベルだ。
果ては温厚なおキヌちゃんでさえ横島さんを殺そうとしている。
小竜姫様も、ワルキューレも修行、訓練の中で何度も横島さんを殺しかけている。
私の知っているヒャクメ様は戦闘能力こそないものの、その情報収集能力は非常に頼りになる存在だ。
でも、セピア色の世界のヒャクメ様は能力こそ変わらないはずなのに頼りにならず、悪く言えば無能を晒していた。その無能ゆえに幾度も『横島さん』や『私』は死にかけている。
敵であったゼクウ様『ナイトメア』や白娘姫『メドーサ』は言わずともがな。
向こうの『私』に殺意すら覚える。

「これが横島さんの絶望?」
 
「まさか。だとすれば私たちに会うたびにあれほどまでに歓喜するものか」
 
そう、カラーの横島さんは私たちに会うたびに歓喜し、深い慈愛の感情を発していた。
それと同じくらい自身への憎悪を深めてもいたのだが。
 
「え~い」
 
急に、冥子が私とエミに抱きついてきた。
 
「ちょ、冥子! 急にどうしたのよ」
 
冥子……泣いてる!?
 
「……あっちの『私』は~、と~っても寂しそうだわ~。でも~、私には令子ちゃ~んや~、エミちゃ~んがいるの~」
 
そうだ。向こうの『冥子』は力の制御が出来ないせいで『私』達からすら倦厭されている。
向こうの『私』は『ママ』が死んだと言う嘘の為にグレて素直になることのできない金の亡者になっていた。
『エミ』も長く殺し屋を続けていたせいか、とる手段がえげつないものだったし、家族の温もりを知らないようだった。
雪之丞も、タイガーも、ピートも、西条さんや鬼道さん、ドクターもマリアやテレサもここにいる殆どが『横島さん』を殺しかけていたのに、こちらでは救われている。
 
カラーの横島さんは私たちの知る横島さんだ。
けれども、知らないことが多すぎた。
横島さんは私たちの修行に対し最善の注意を払い、それでいて効率的な訓練を施してきてくれた。
けれども、それは自分には当てはまらなかった。
最高の効率だけを追い求め、一切の安全性を度外視した荒行を自分に施していく。
生身の受身だけで谷底に落ち、打たれ強さと受身の技術を習得した。
筋力を強めるためにわざと自分の身体を壊し、霊力で無理やり超回復を行う。
それを延々と繰り返す。
そして霊力が枯渇すると、わざと己の身を致死性の危険に晒して本能が呼び起こす霊力を絞りきる。
横島さんはそうやって無理やりにチャクラをこじ開けていった。
一応、ユリンに文珠を渡して本当に死ぬ事だけは避けていたようだが、それでもこの荒行を呆れるほどに毎日毎日繰り返してきていたのだ。
【龍/卵】の文珠を造ったその日までその荒行は続く。
以降は少しでも多くの霊力を【龍/卵】に食わせるために霊力を多く使うこれまでの荒行は止まった。
その代わりがゼクウさまや五月達との実戦そのものの戦闘訓練の日々だった。
全身に横島さんが感じていた何十分の一かの痛みが奔る。
それでもなお横島さんは焦り、己の弱さを嘆き、止まろうとはしなかった。
私たちにはおくびにもそんな姿を見せずに。
ただ独りであの究極の魔体を倒そうとする、アシュタロスすら救おうとする横島さんの姿だった。
 
自分に課す荒行の他にも私たちに見せない姿が多々あった。
私たちのフォローの為に影ながらパイパーとの戦いを見守る横島さん。
美衣さんの爪で貫かれながら美衣さんを説得した横島さん。
そして、雪之丞に友殺しをさせぬ為に試験管の中で生かされる勘九郎を殺す横島さん。
 
私たちはこんなにも横島さんに守られていた。
 
少しずつ、映像は今に近づいてアシュタロスの反乱に差し掛かる。
セピア色の世界とカラーの世界の流れは完全に異なっていた。
セピア色の世界では『横島さん』が囚われ、それを承知で『ママ』が断末魔砲を用いて撃ち落そうとした。
ママの顔色が悪い。
 
「あの状況の『私』なら確実にその方法を取っていたわね」
 
『横島さん』をペット扱いをしたり殺そうとしたりしたパピリオ。ベスパ、ルシオラの顔色も良くはなかった。
 
しかし、向こうでも人外に好かれやすい『横島さん』は次第に『ルシオラ』と心を通い合わせていった。
小さな事件が重なりはしたがほんのささやかな優しい日々。
 
そこにドクターが真剣な声で警告を発する。
 
「気をしっかり持てよ! ……最初の絶望が来る」
 
そう、それは古ぼけたお話の中に出てくるようなありふれた悲劇だった。



[541] よこしまなる者220話
Name: キロール◆17d3264f ID:925ce772
Date: 2009/12/02 03:14
 ≪ゼクウ≫
知っていることとはいえ、この先は某にもあまり気分のよくない話だ。
まぁ、元々人間の夢に巣くい想いを糧にしていたナイトメアでもあった某が言うのはどうかとも思うが。
それにしても、マスターは今何を考えているのだろうか。
皆様はきつそうにしておいでだが想像していたよりも圧力は低く、マスターが意図してこの映像を見せているのではないかと疑念がわく。
それとも、まだ他の何者かの干渉があるのだろうか?
 
徐々に過去の記憶が今の記憶より強く想起されていく。
それはルシオラ殿の最期に向かって顕著になり、セピア色であった過去の記憶が色身を帯び始め、これまで無音だった映像に音声がつきはじめた。
 
『下っぱ魔族はホレっぽいのよ。図体と知能の割に、経験が少なくてアンバランスなのね。子供と同じだわ』
 
『お前……優しすぎるよ』
 
『どうせ私たちすぐに消滅するんじゃない……!! だったら!! ホレた男と結ばれて終わるのも悪くはないわ!!』
 
『でもよ……! 死んでもいいくらい俺が好きなんて…… ひと晩とひきかえに、命を捨てるなんて…… そんな女、抱けるかよッ!! 俺にそんな値打ちなんかねえよッ!!』
 
『アシュタロスは……俺が倒す!!』
 
『必ず迎えにいくから……!! だから待っててくれ!』
 
『独りでなんて死なせないわ!! ヨコシマ!! 私も一緒に……!! 私……おまえが……』
 
『ベスパ……!! よくも……!! よくもヨコシマを……!!』
 
『た……助かった……おまえも無事だったんだな!? よかった……!!』
 
『あんっ(はぁと)そんなにしがみつかないで♪』
 
過去のマスターと過去のルシオラ殿の睦み合いを見るたびにルシオラ殿の顔がまるで林檎のように真っ赤になり頭から湯気のようなものまで出る始末。
本人も言ってましたが生まれたばかりの魔族は純情ですな。
これがキンナリーやアプサラスであれば……まぁ、言わぬが華ですか。
周囲の視線も羨ましむような、あるいは当てられたような視線をルシオラ殿に向けるので更にそれが顕著になります。
 
……本当にこのような生活が続いてくれさえすれば。
 
画面はとうとう、最初の慟哭のきっかけとなる場面。
ベスパ殿の一撃を身を挺して過去のマスターがルシオラ殿を護るために甘んじてくらう場面になりました。
 
『なんで助けになんか来たのよ、オッチョコチョイ!! 美神さんのところへ行けって言ったでしょ!?』
 
『私がやってきたことは全部おまえのためなのに……!! おまえがやられちゃったら、意味ないじゃない!!』
 
『!! 細胞がどんどん死んでいく……! ベスパの妖毒が回ってるんだわ! ……!! 感じる!! ヨコシマの霊体が……霊基構造が連鎖反応をおこして壊れていく……!! 霊力のない肉体はただの化学物質の集まりよ!! このままじゃ……目をあけて、ヨコシマ!! 霊力を上げるのよ!! 魂が……霊力がなくなったら生命も消えちゃう!! ヨコシマーー!! ……死なせない、どんなことをしてもよ……!! 生きてヨコシマ……!!』
 
ここにいる者は大半のものが霊能力や神族、魔族について造詣が深い。
故に、このときルシオラ殿の生命が消えかけていることを理解できているのだろう。
霊能力に疎いものでも周りの雰囲気からそれを察していた。
 
……アシュタロス殿からルシオラ殿が死んだ事を聞いて動揺するマスター。
マスターの内部にあったルシオラ殿の残滓もそれを肯定する。
 
しかし、悲しみにくれる間も許さずに状況は次々に変化していく。
次々に変化する状況がマスターの精神をかえって保たせた。
 
マスターの策略でコスモプロセッサの内部より魂の結晶体を奪い去り、膠着状態を作り出すことに成功した。
 
『ちらっとでも動けば……結晶を破壊するッ!!』
 
『悪い冗談だな。そいつを壊せば困るのは私だけではないぞ。ルシオラを……見捨てるのかね?』
 
『今すぐ返せば君とルシオラは生かしておいてやろうじゃないか。新世界のアダムとイヴにしてやろう。彼女は君のためにすべてを失ったのだろう? このまま死なせるのはひどすぎるとは思わんかね?』
 
『それをよこしたまえ! ルシオラを死なせたくはあるまい!?』
 
『恋人を犠牲にするのか!? 寝ざめが悪いぞ!』
 
マスターの動揺を誘うアシュタロス殿の言葉。
それは正に悪魔の誘惑であった。
 
『何を迷っているの!? 結晶を破壊すればアシュ様は一気に追いつめられるのよ!! 神魔族は復活し、アシュ様は力の大半を失う!!』
 
『ヨコシマ……! 私一人のために仲間と世界……すべてを犠牲になんかできないでしょ!?』
 
『でも……だからってルシオラを犠牲になんて……私の口からあんたに言えると思うのっ!?』
 
『……なんで……!! なんで俺がやんなきゃダメなんスか……!!』
 
『約束したじゃない、アシュ様を倒すって……! それとも……誰かほかの人にそれをやらせるつもり!? 自分の手を汚したくないから……』
 
この身は今でもマスターの従者のつもり。故に多分にマスター贔屓であることは自覚しておりますが、ただの高校生でしかなかったマスターには辛すぎる選択。
しかし、それにかけられた言葉は逃避と残酷なまでの正論でしかなかった。
いえ、美神殿は自身の意見を述べ、ルシオラ殿は己の全てを賭けていたのですから某が責めることなど出来ようハズもない。某はアシュタロス殿の尖兵として外野で暴れていることしかできていなかったのだから。
それでも、マスターはそれ以外の選択肢を選べなくなってしまった。
 
『……今、お前を倒すにはこれしかねえ……! どーせ後悔するなら……てめえがくたばってからだ!! アシュタロスーー!!』
 
思えば、この事件が今のマスターを作り上げた切欠。
恋人の命を糧に生き延び、その恋人を……マスターの主観で言うのであれば自分の手で殺した。
『ナイトメア』として生きてきて多くの人間の精神を殺した(こわした)経験上、ソレは人間が死ぬ(こわれる)理由としては充分な理由だった。
だが、この後もマスターは笑っていた。哂っていた。嗤っていた。
死ぬ(こわれる)事は許されず、壊れる(くるう)事も許されなかった。
何よりも己がソレを許さなかった。
 
『あいつは……ルシオラは……俺のことが好きだって……命も惜しくないって……なのに……!! 俺、あいつに何もしてやらなかった!! ヤリたいのヤリたくないのって……てめえのことばっかりで……!! 口先だけホレたのなんのって……最期には見殺しに……!!』
 
『俺には女のコを好きになる資格なんかなかった……!! なのに、あいつそんな俺のために……!! うわああああああッ……!!』
 
マスターに埋め込まれた一本目の楔、一本目の鎖。
楔はマスターを釘付け、鎖はマスターを縛る。
そして哀れな道化の仮面をつけて、愚かな道化劇に踊る。
それ以後のマスターはまるでルシオラ殿に出会う前のマスターを模していた。
変わることは己が許さず、哀れで愚かな道化。
マスターの内部を知るからこそ某の、否、某たちマスターの眷属、使い魔、式神である者たちの心は暗鬱とする。
仮面など被らねばよかったのだ。
仮面の下の傷口をさらけ出し、絶えぬ涙を表に出せばよかったのだ。
 
その傷も涙も、かの時代の美神殿の手によって止められる。
 
そして、他ならぬその美神殿を切欠として精神を壊される(ころされる)。
どれ程過去のマスターが傷つこうが、涙を流そうが、未だにマスターは【喪うことへの恐怖】の扉に手をかけただけなのだから。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪???≫
私は【喪うことへの恐怖】の扉に手をかけた。
先程まで、この場には横島を慕う者、横島を愛する者、そして横島が護りたいと願った者たちが集っていたが、今は誰もいない。
二柱の神、魔の王によって横島の中に誘われていったから。
私の存在を彼らにも、そして誰より横島に気取らせるわけにはいかない。
だからこそ、【横島】の護りを受けずに横島の抱える【喪うことへの恐怖】に耐えねばならなかった。
溢れる涙が零れ落ちぬよう天を見上げる。
 
見上げたソレは、『よこしまなる龍(もの)』は私にとって大母ティアマトのようで、ムシュフシュにも似ていた。ムシュマッへーやバシュム、キングーの様ですらある。
 
この龍は横島忠夫の墓標だ。
横島はああは言ったが、この龍が二度と目覚めることはないでしょう。
そして私はここを横島の墓標とすることを認めない。
 
「門番よ、門を開きなさいもし私を入れてくれないならば、戸を打ち破り、閂打ち壊します。死者を立ち上がらせ、生者より死者が増えるようにしてやります」

【恐怖】がいくらか和らいだ。
これなら耐えられる。
 
「7つの試練と、60の責苦、此度であれば乗り越えられえぬはずもありません」
 
私は古式に則って頭上の冠を扉に捧げると、ゆっくりと下っていった。


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