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[530] ヒイラギの詩
Name: キロール
Date: 2004/12/23 03:17
 
吹けよ 吹けよ 冬の風 お前はそんなに惨くはない。
 
アシュタロスの反乱からおよそ100年。
デタントは順調に進み、神・魔族も極少数ながら人界に生きるものがいる。
元々デタントに反対していた魔族たちがはぐれ魔族として人界を荒らすこともあるために魔族と神族の中から治安維持戦力が人界に派遣されている。
世界は問題を抱えながらも平和な時間を作り上げていた。
 
ただ一人を除いて。
                   ・
                   ・
                   ・
「出て行け、ですか。」
 
「あぁ、その通りだ。」
 
フランスの小さな山村の村長が額に汗をかきながらそう切り出してた。
村長が応対しているのは体のところどころを黒い外骨格に身を包ん男、はぐれ魔族だった。
 
「約定を違えたつもりはありませんが。」
 
7年前、魔族がこの村に住み始めた。
最もこの魔族は村の外に小さな小屋を作ってそこに住み、村と交流を持つことは少なかったのだが。
一日の大半は小屋の中で暮らし、晴れた日の夕方になると村の外れの丘に座って詩を歌う。
小屋の外には小さな墓を作り、そこに夏の間は山から一輪の花を摘んできては供えていた。
それが魔族の7年間だった。
 
「確かにあんたは約束を守っているよ。確かにあんたはこの村に来て7年間村へ危害を加えなかった。だが、あんたの約束の中にはこの村をほかのはぐれ魔族や魔獣から守るということが含まれていたはずだ。しかしどうだ、確かにあんたが来る前までは頻繁に魔獣に襲われていたこの村もこれまで一度も襲撃にあっていない。もう危機は去ったと感じている。そうなると村の中にあんたというはぐれ魔族がいることこそ村にとって不安の種なんだ。」
 
「・・・確か、出て行くように言われればすぐに出て行くのも約束のうちでしたね。俺は約束を守りますよ。だからこの部屋を囲んでいる人たちを下がらせても危害は加えたりはしませんから。」
 
村長は額の汗をさらに多くする。暴れられたときのことを考えてG・Sをやとったのがばれていたからだ。
 
「ただ、ひとつだけお願いを聞いてもらえませんでしょうか?」
 
「なんだね?」
 
村長は内心の不安をごまかすように威厳をこめて聞き返す。
声が上ずっていて聞いている魔族は苦笑を返すが。
 
「あと一時間もすれば日が沈みます。俺はこの七年間村の外れの丘から夕日を眺めるのを日課にしてきたので日が沈みきるまでそこに滞在することを許可願えないでしょうか。」
 
「あぁいいだろう。ただし、日が沈んだらすぐに出て行ってくれ。」
 
「わかりました。」
 
魔族が一礼して部屋を出て行くと村長は安心したように椅子にへたり込んだ。
                   ・
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                   ・
 
咬んでもそんなに痛くはない お前の牙は 眼に見えないから。
 
いつものように丘に座り、いつものように夕日を眺める。
口から紡がれるのはいつもの詩。
 
「兄ちゃん。」
 
魔族が振り返るとそこには村の子供達が立っている。
 
「村を出て行くって本当なの?」
 
「あぁ、そういう約束だったからね。」
 
村の大人達とは違い、子供達は魔族とも少なからず親交があったらしい。
最も、大人たちに禁じられていたからおおっぴらに会うことはなかったし、魔族自身それを理由に会おうとはしていなかったのだが。
 
「これ・・・。」
 
少女が小さな花束を渡す。
カンパヌラ・コクレアリフォリア。この辺りではありふれた花で、魔族が夏の間毎日摘んでいた花でもある。
 
「ありがとう。」
 
夕日の照り返しで魔族の目元が僅かに光っていた。
 
「お礼にこれをあげるよ。でも俺からもらったことがばれたら大人達に棄てられてしまうかもしれないから村のどこかに隠しておくといい。」
 
魔族が子供達の代表の少年、村長の孫に小さなガラス球のようなものを渡した。
六色が混ざり合い虹色のそれには複雑な文様が描かれていた。
 
「もうすぐ日が沈みきってしまう。暗くならないうちにおうちにお帰り。俺は太陽が沈んだら出て行くから、これでお別れだ。」
 
魔族は子供達を帰すと、日が沈みきるまで歌い続けていた。
                   ・
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凍てよ 凍てよ 冬の空 お前が刺しても 傷は浅いが。
 
魔族が去って、3日目の朝方だった。
 
「うわぁぁぁ!」
 
村の外の畑を見に行った農夫の一人が血まみれになって村に駆け込んできた。
 
「どうした!」
 
「魔獣だ、魔獣が来たぞ。」
 
「何!」
 
農夫が逃げてきた方向から数匹の狼の姿をした魔獣が農夫の後を追うようにに走ってくる。
それは7年前までこの村を時折襲っていた魔獣であった。
 
恐慌をきたし逃げ惑う村人。
 
魔獣たちが村に入り込もうとしたとき、突如虹色の光がその侵入を阻んだ。
村の中央に生える木から虹色の光が零れると、それはそっくりと村全体を覆いつくす。
魔獣たちがどれだけ侵入を試みようとしても、光が村を守り通した。
 
「ちくしょう!何だこの光は。あの魔族がいなくなって安心して人間を食えると思っていたのに。」
 
村人達はわけもわからない事態に呆然と見守るほかはなかった。
                   ・
                   ・
                   ・
 
水を凍てさす力はあるが お前の針は 鋭くはない。
 
「反応があったのはあの村か。」
 
「間違いないのね~。今でもバシバシ反応があるもの。」
 
「ここまでくれば流石にわかる。・・・あれは魔獣か?」
 
「大変です。すぐに向かいましょう。」
 
5人の人影が空を飛んでいた。
魔族が住んでいた村に急接近すると村を取り囲む魔獣をあっという間に蹴散らした。
虹色の光はこの5人には反応しなかった。
 
「私は治安維持部隊のワルキューレ大尉だ。その他ジークフリード少尉、神族の小竜姫、ヒャクメ、それとオカルトGメンのピエトロだ。村の代表に聴きたいことがある。」
 
ピートがオカルトGメンの手帳を見せて身分の証を立てた。
 
「私が村長です。」
 
村長がおっかなびっくり前に進み出てきた。
 
「この村に魔族が来なかっただろうか?」
 
「はい、7年前から3日前までこの村にはぐれ魔族が住み着いていましたが。何かあったんでしょうか?危険な魔族だったのでしょうか?」
 
「いや、そうではない。・・・どこにいったか心当たりはあるか?」
 
「いえ、まったく。・・・しかしはぐれ魔族を追い出して村が平和になると思ったのになんだってこんなことに。それにさっきの光は一体?」
 
村長の言葉を聴いて5人のうちの何人かが悔しそうに拳を握り締めた。
 
「じいちゃん。これだよ。」
 
村長の孫が小さな球をもってきた。
それは先ほどの光と同じ虹色の光を放っていた。
 
「なんだ?それは。」
 
「魔族の兄ちゃんがお礼にってくれたんだ。」
 
「棄てろ!そんなもの。」
 
「ちょっと待ってほしいのね~。」
 
ヒャクメが村長を押しとどめる。
 
「ちょっとそれを見せてほしいのね~。」
 
球を受け取るとそれを観察する。
 
「凄いのね~。ひとつの文珠の中に6文字も入っている。それに周囲の地脈を吸って充電できるようになってるのね~。これなら充電時間によって力の大小はあるけど、半永久的に作動することができる。」
 
「危険なものではないのですか?」
 
「この文珠に刻み込まれた文字は【外/敵/進/入/阻/止】この村に敵意を持ったものは入ってこれないように結界が作動するようになっています。込められた力から察するに中級以下の魔族ではよっぽど連続して侵入を試みない限り村に入ってこれないようになっています。」
 
小竜姫が村人には読めない漢字の意味を教える。
 
「・・・そういえばさっきの魔獣、魔族がいなくなったおかげで村が襲えるって言ってたぞ。」
 
魔獣に襲われた農夫を手当てしていた村人がそう漏らした。
 
「・・・そんな、あの魔族はそんなこと一言も。」
 
頭を抱える村長。
 
「その魔族が7年間、この村で何をしていたか教えてもらえないだろうか?」
 
ワルキューレの言葉に村長の孫が答える。
 
「魔族の兄ちゃんは普段は家から出てこなかったよ。でも、俺たちが森で道に迷ったときや怪我をしたときは兄ちゃんが助けに来てくれたんだ。」
 
村の大人達は知らなかった。
魔族の名前を口に出すだけで叱りつけられたから子供達は家で魔族の名前を口にしなかったから。
 
「夏の間は山に花を摘みに行ってたけどね。この球もお別れのときにその花をあげたお礼にもらったんだ。ほら、この花だよ。」
 
カンパヌラ・コクレアリフォリア、和名は蛍袋。
 
「それと、毎日夕方になると丘の上で夕日を見ながら詩を歌っていたんだ。」
 
「詩?」
 
「うん。こんな詩。」
 
少年が歌いだす。
その詩を聞くと、小竜姫は泣き崩れ、ヒャクメが介抱する。
そのヒャクメも涙を流し、ワルキューレの握り締めた拳からはポタポタと血が流れていた。
ジークフリードとピートの顔からも後悔の顔色が色濃く滲み出ていた。
                   ・
                   ・
                   ・
アシュタロスの反乱から1年。ベスパとパピリオが相次いで急逝した。それと同時に大戦の英雄、横島忠夫が体に取り込んだ魔族因子が急激に活発化し、横島忠夫は神族でも魔族でも、人間でもない魔人へと変貌していった。
神界、魔界の共同研究班から横島忠夫に関する研究結果が出たのもそのころで、提出された研究結果の中には横島忠夫に関する危険性が書き連ねてあった。
曰く、横島忠夫は人間の成長能力をもったまま魔人化しており、この先も生きている限りどんどん強くなり続けていくということ。
そしてアシュタロスを文珠で【模】した結果、10年以内にアシュタロスと同じく環境不適合を犯し世界をひっくり返そうとする存在になってしまう可能性が極めて高いということだ。
それを受けて、神・魔界の最高指導者は横島忠夫を捕らえる決定をした。
それが末端に伝達されたときには抹殺命令に変わっていた。
人間界にもそのことは伝えられ、G・S協会やオカルトGメンからも追われることになってしまった。
かつての仲間達もそれぞれに複雑な理由があったとはいえ、誰一人横島を手助けするものはいない。
脅迫されたり、強要されたりと抹殺作戦に参加させられるものはいてもだ。
横島忠夫は、最愛の女性と引き換えに助けた世界から見捨てられた。
 
10年たっても横島忠夫は逃げ続けた。
20年たっても、だ。
そのころになるとおかしいと思いはじめるものが出始めた。
これまで何度となく戦闘になったにもかかわらず、神族にも、魔族にも、人間にも死者はおろか重傷者すら出なかったからだ。
横島忠夫はとっくにアシュタロスと同じものになっているはずなのに、だ。
それから数年後、おかしく思って別の研究班を発足して横島忠夫に関する調査を秘密裏にやり直したところ、研究班の調査報告が一部の強硬派によって捏造されたものであること、ベスパとパピリオの延命措置が見せ掛けだけのものだったことが判明した。
すぐに関係者は捕らえられ、横島忠夫の指名手配も解かれ、必死の捜索がされた。
しかし時はすでに遅すぎた。
どれほどヒャクメや他の神・魔族が霊視しても横島忠夫を見つけることはできなくなっていた。
すでに死したるかつての仲間は死ぬまで捜索と後悔をし続け、死せぬものもまた、後悔と捜索を続ける。
見捨てたことが罪ならば、許されないことが罰だった。
誰も傷つけないように必死に逃げるもの。
逃げなくてもいいことを伝え、謝るために追うもの。
誰もが望まない鬼ごっこは、誰も望まぬままに続いていく。
横島忠夫の冬が終わるまで。
無類のお人よしの彼が、もう一度他人を信用する気になるその日まで。
 
吹けよ 吹けよ 冬の風
お前はそんなに 惨くはない
恩を忘れる 人間ほどには
咬んでもそんなに 痛くはない
お前の牙は 眼に見えないから
お前の息は 荒いけど・・・
ヤッコラサと歌おう ヒイラギは緑よ
友情は見せかけ 恋すりゃ馬鹿見る
されば ヤッコラサの ヒイラギさまよ
さてもこの世は 楽しゅうござる
凍てよ 凍てよ 冬の空
お前が刺しても 傷は浅いが
忘恩の痛手は 骨までしみる
水を凍てさす 力はあるが
お前の針は 鋭くはない
友の裏切りに 比べたら・・・
ヤッコラサと歌おう ヒイラギは緑よ
友情は見せかけ 恋すりゃ馬鹿見る
されば ヤッコラサの ヒイラギさまよ
さてもこの世は 楽しゅうござる
                   ・
                   ・
                   ・
あとがき
文の最後に書かれている詩はシェイクスピアのヒイラギの詩を和訳したもの、だったはずです^^;
中学か高校のときに書いた半オリジナルの駄作(^^;)に使用しているのを見つけたため、むりやりG・S美神SSの短編にでっち上げてみました^^
短い奴も難しいですね^^;
この作品の横島はちょっと世の中に拗ねてます。まぁかつての仲間が本気ではなかったことには気がついていたんでその程度で済んでますし、ベスパ、パピリオについてはまだ知らされていないので暴走したりもしてないですね。
逆にかつての仲間達は横島が本気でなかったことに気がついている。ということに気がついてないので後悔しまくりですね。
なお、『よこしまなる者』のキャラとは何にも関係ないですので。
 
追伸 私がシェイクスピアに造詣があるということは欠片もないです。
ですので知識もないし、この詩の解釈もわかりません^^;



[530] Re:ヒイラギの詩
Name: キロール
Date: 2005/07/22 00:47
   ひびわれた鐘
                   ・
                   ・
                   ・
悲しくもまた楽しく耳を傾けるのは、冬の夜、
震えつつ煙る炎のかたわらで、……
霧のなかに鐘の歌が響くにつれ、
ともに込み上げてくる、遠い過去の面影。……
                   ・
                   ・
 もう二度とこの地に足を踏み入れることはないと思っていた。
しばらく住んでいたところを追い出され、放浪していくうちのほんの気まぐれだった。
最早この国に来ても迷惑をかけるものもいなかろうと。
 
生まれ故郷とはいえもう百年近くも足を踏み入れていなければ風景も変わる。
人一人通らぬ真冬の夜の教会の墓地で、一人の魔族が墓地の前に佇む。
その肩は小さく震えていた。
教会の鐘がしめやかに鳴り響く中、魔族は呟く。
 
「母さん。父さん。……ただいま」
                   ・
                   ・
幸福者、あの強靭な喉をもつ鐘は、
老いさらばえても、機敏で、溌剌として、
信心深いその大声を実直にわたらせる。……
いわば、天幕の下、夜警に立つ老兵のように!
                   ・
                   ・
 魔族がその場を立ち去ろうとしたとき、一人の老神父が魔族に声をかけてきた。
 
「すいません。すぐに立ち去りますから」
 
「かまいませんよ。確かにここは神の家ですが、静かに死者を偲ぶ方が魔族とはいえ悪い方とは思えませんから」
 
老神父は魔族と肩を並べるようにたつ。
魔族ももう一度墓に向き直った。
 
「この墓の中に眠る方のお知り合いですか?」
 
「……」
 
「……もし、この墓の前に魔族の方が立つことがあれば渡してもらいたいものがあると、この墓に眠る男性が遺言を残しておられます。先々代が固く約束を交わしたらしく、この教会の神父は毎日それを持ち歩いているんですよ。受け取っていただけますかな?」
 
老神父は魔族の手のひらに二つのビー玉のような珠を渡して見せる。
その珠にはこの国の言葉で【伝】という文字が刻まれていた。
                    ・
                    ・
けれどわが魂はひびわれて……。気鬱なとき、
歌声を、夜の冷気にみなぎらそうとしても、
ああ、しばしばその声は、かすれてしまう。……

                    ・
                    ・
 魔族は誰一人邪魔の入らない空間で、その珠の力を解放する。
それは百年近く前の出来事をあたかも今目の前で起きているかのようなリアリティーをもって魔族に伝えた。
 
「よう、馬鹿息子! 元気か? 俺は元気だ」
 
懐かしい笑顔。
だが魔族はその目が真っ赤に充血していることを、頬が半ばこけているのを見逃さなかった。
 
「お前が失踪してから十年がたったぞ。そろそろお前は馬鹿息子から世界を儚むオオバカやろうに変わっているころらしいが世間にはお前のことは知らされていないから静かなもんだ。ま、俺たち夫婦には煩い監視がついているがな。今度思い切りぶん殴ってやろうかと考えているところだが、ま、今日はそんなことはどうでもいいやな。母さんがお前にどうしても伝えなきゃなんないことがあるって言うんでな。お前の残した文珠をこうして使っているわけだ」
 
男、横島大樹はビデオを操作した。
その映像の中には彼の妻、横島百合子がベッドの上で憔悴した様子で寝ているのがわかった。
それは紛れも泣く百合子であったが、年のわりに若々しかった肌には深く皺が刻まれ、髪には多くの白髪が混ざっていた。
大樹の姿はほとんど変化がないのに一気に老け込んだ様子がわかる。
 
「……忠夫、見ている? あなたがまだ捕まったとも殺されたとも聞いていないから母さんは安心しているわ。……ひどい話よね? あなたは悪いことなんか何もしてない、むしろ世界を救ったって言うのに殺せだなんて。……ごめんな、忠夫。かんにん。お前が苦しんでいるって言うのにお母ちゃんお前に何にもしてやれんのや。もうお前を抱きしめてやることも、ご飯作ったげることも、お帰りって言うたることももうでけんのや。忠夫、かんにんしてや」
 
ビデオの中の母が笑顔で、涙をぼろぼろとこぼしてそう繰り返し謝り続ける。
大樹は居たたまれなくなった様にビデオを切った。
 
「……今のビデオがこれを写している3日前のもの。……今朝方母さんが息をひきとったよ。死因は良くわからん。医者の奴は小難しい病名をつけていたが、……早い話が生命力が枯渇してしまったらしい。すごいんだぞ? 何しろあの母さんが『さっさと病気を治さんと浮気をするぞ』って俺が言ったのに『あなたは寂しがりやだからね。早くいい女を見つけて』なんていうんだぜ? 俺は天変地異の前触れかと思ったくらいだ。ま、母さんのお墨付きもあることだしこれからは羽を伸ばすとするさ。来年にはお前の弟か妹がダース単位でいるかもしれんからよろしく。で、だ。お前に実は頼みがあるんだが、もしお前が人を殺すことに何の抵抗も持たなくなったようなら真っ先に殺してもらいたい男がいるんだ。なに、簡単なことだ。そいつは家族は何があっても守るって誓っていたくせに子供の窮地に気づかず、最愛の妻の支えにもなれず、子供を助ける力ももてなかった大馬鹿野郎だ。もし、この映像を見たのがお前が変わっちまう前だったらよろしく頼むよ」
 
一つ目の文珠はそこで終わっていた。
魔族は血と、涙に濡れ震える手で、もうひとつの文珠も解放した。
 
「……母さんが死んでから4年がたったよ」
 
文珠はそこから始まっていた。
ベッドの上に腰掛けている大樹もまた、すでに色濃く死相が出ていた。
 
「おかしな話だよな。もうお前はとっくに環境不適合ってやつを起こしてろくでなしの化け物に変わっているはずだって言うのに。世界はこんなにも平和だ。んでだ。どうも母さんが俺を呼んでいるらしいんで俺もちぃっとそっちに顔を出してくるからよ。……弟も妹も作らんかった。向こうで母さんにしばかれるのもいやだったからな。これでお前は天涯孤独って言うわけだ。だからよ、もし世界を滅ぼしたくなったら気兼ねする必要はない。ドーンとやれ! ……ま、少しでもその気がないんだったらやめとけ。この文珠のことは唐巣神父に任せたから多分お前があの教会にくれば届くだろう。……それじゃあ最後になるから、一言だけ言っておくぞ。……忠夫、すまん」
 
文珠はそこで切れた。
                   ・
                   ・
あたかも、血の湖のほとり、屍の山のもと、
見捨てられた負傷兵の、身動きもならずに、
しぼりだす、最後の鈍い喘ぎのように!
                   ・
                   ・
「あ、あぁあ、ヴァアアアアアァアア! 何で、何でなんだよ! どうして俺のやることはいつもいつも間に合わないんだよ! 何で、何で父さんと母さんが生きている間に帰らなかったんだよ! 父さんも、母さんも俺のことを信じてくれていたって言うのに。待っていてくれていたのに」
 
身じろぎもしないまま嗚咽はいつまでもいつまでも続く。
涙などとうに枯れ果てていたと思ったがそれは思い上がりだった。
迷惑をかけたくなかったなどということは最早世迷いごとだった。
それでも、それでも感謝をしよう。
この文珠を残してくれた唐巣神父とその後継者たちに。
この島国に足を運んだ気まぐれに。
                   ・
                   ・
悲しくもまた楽しく耳を傾けるのは、冬の夜、
    
震えつつ煙る炎のかたわらで、……

霧のなかに鐘の歌が響くにつれ、

ともに込み上げてくる、遠い過去の面影。……


幸福者、あの強靭な喉をもつ鐘は、
             
老いさらばえても、機敏で、溌剌として、

信心深いその大声を実直にわたらせる。……

いわば、天幕の下、夜警に立つ老兵のように!
 

けれどわが魂はひびわれて……。気鬱なとき、

歌声を、夜の冷気にみなぎらそうとしても、

ああ、しばしばその声は、かすれてしまう。……


あたかも、血の湖のほとり、屍の山のもと、

見捨てられた負傷兵の、身動きもならずに、
         
しぼりだす、最後の鈍い喘ぎのように!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪あとがき≫
 続編を書くかどうか迷っていました。
今でも迷っています。
正味、ヒイラギの詩よりうまく書けた自身もないというのがしょうねです。
一応今回はボードレールのひびわれた鐘をモチーフにしてみました。
前にも書きましたが私は詩歌に詳しいわけではありませんのである意味書き逃げです^^;



[530] Re[2]:ヒイラギの詩
Name: キロール
Date: 2005/11/22 01:53
   母の記憶
                   ・
                   ・
                   ・
長い間、私は、ほこりにまみれた白日の世界を歩きました。
あなたの姿からすっかり見放されて、自分だけを頼りにして。
                   ・
                   ・
 無残。
まるで芋虫のように横たわる姿を見てそれ以外の言葉が出てこようか?
なまじその少女に溌剌とした輝きがあったからこそそれはより強くなる。
容赦なく照らし続ける太陽と、砂漠の熱砂の中砂埃にまみれた少女。
その右手と両足は鋭利な刃物によって切り取られ、今しもその命の灯火は消えようとしている。
そこに近寄る足音。
少女が止めを刺しに来たのかと見上げるとそこには逆光の中見知らぬ魔族が立っていた。
 
「……今、治す」
 
そういって近寄った魔族に少女は叫んだ。
 
「やめろ! あたしの傷を癒すな!」
                   ・
                   ・
いま私はかずかずの目あてに欺かれ、
異国で休息しています。
思い出のかおりに包まれ、
昔のころの客になって。
                   ・
                   ・
 パチパチとはぜる焚き火に照らされながら一組の男女が向かい合っていた。
だがそこに甘い雰囲気など微塵もない。
少女の視線にはある種の侮蔑がこめられているし、魔族の男の下にあるそれは諦観だった。
少女の両足と右手には痛々しく包帯が巻かれ、そこが欠損していることがはっきりとわかる。
魔族の格好もまた、砂塵に塗れたヨレヨレの姿でまるで何ヶ月も休まずに歩き続けた旅人のようだった。
 
「……治療をしてくれたこと、食事を提供してくれたことには感謝する。あたしは八尋。神界側の治安維持部隊の韋駄天族よ」
 
「俺は、」
 
「名乗らなくていいわ。確かに恩義は感じているけどはぐれ魔族なんかと馴れ合いたくはないの」
 
「そう」
 
困ったような微笑を浮かべるだけの男。
少女は苦しそうに息を乱しながらそれでもきっぱりと言ってのけた。
 
6度目の峠を越え落ち着いたころ、八尋はいぶかしげに男に尋ねた。
 
「あんたははぐれ魔族なんだろう? 何であたしの看病なんかする? 治安維持部隊に届出のない魔族、はぐれ魔族はそれだけで部隊に強制連行。取調べを受けるのは知らないとは言わせないぞ」
 
「それにはぐれ魔族というだけでも罪状になるんだよね?」
 
「それを知っててなぜだ?」
 
「……俺もそれを知っているから今まで逃げ回りながら隠れ住んでいたんだけど……もうどうでもよくなっちゃったんだよ。……本当に、もうどうでもいいんだ」
 
そういった男の顔にあるのは諦観と自嘲の微笑みだった。
 
「だからやりたいようにしているだけだよ。八尋さんに今ここで殺されても、もうどうでもいいことだし」
 
その表情をどういえば良いのだろうか?
諦観ほど浅くなく、絶望ほど闇はたたえておらず、虚無というほど虚ろではない。
言葉を作るなら無望。
絶たれたわけでもなく、捨てただけでもなく、最初から望みなど何も持っていないかのように。
男の表情を表現するならそんな表情だった。
少女が毒気を抜かれるほどに。
男はその後も辛抱強く少女の看病を続け、少しずつではあるが少女は彼に心を開いていった。
 
「今のあたしにはやらねばならないことがある。……だが、治安維持部隊の一員としてはぐれ魔族を見逃すわけにもいかない」
 
「でも何をするにしてもその体では難しいのではないかな? どうしてその傷を治してはいけないんだい?」
 
「奴、韋駄天族の面汚し、九兵衛を追っている。奴は天界の宝物庫から吸魄刀を盗み出したんだ。吸魄刀で切り殺されればその力を吸収されてしまう。切られただけならまだもとの体との繋がりが残されているから吸収は免れるものの、切り殺されてしまったり切られた傷を癒してしまえば元の体とのつながりは失われ、切られた部位の力を吸収されてしまう。……奴は2柱の韋駄天を切り殺し、韋駄天族3柱分の超スピードを手に入れたばかりか超加速の使い手でもある。私の傷を癒してしまえば更なるスピードを奴に持たせることになる」
 
「……手伝うよ」
 
「これは韋駄天族の問題だ。それに奴は父上の、八兵衛の仇。あたしがこの手で引導を渡す!」
 
男は八尋に背を向けてしゃがみこんだ。
 
「足の代わりくらいだったら問題ないだろう?」
                   ・
                   ・
世間がすっかり見捨ててしまった悲しい時にも、
あなただけは居残って、
私に、
失った楽園のたよりを伝えてくれます。
                   ・
                   ・
 「ギャハハハハ! 遅い奴は死ね!」
 
深夜、町は破壊され、オカルトGメンの職員らしき死体、治安維持部隊の神族、魔族らしき死体。
町には死体があふれていた。
町の中心で馬鹿笑いをしているのは鬼。
もはや神であったころの名残など微塵も残さず血濡れの白刃をだらりと下げた鬼が破壊を撒き散らしていた。
 
「九兵衛! 韋駄天の面汚し目!」
 
「ギャハハハハハ! 八尋生きていたか。それにしてもいい格好だな、おい」
 
襤褸襤褸の姿をした魔族に背負われた八尋を見て馬鹿笑いをする九兵衛。
 
「五月蝿い! 父と皆の仇、必ずとって見せる」
 
「ジャアやって見せろよ!」
 
九兵衛が霊波砲を放つ。
八尋はかわすことは出来ぬが代わりに魔族が身を盾にして八尋を庇った。
 
「……よく見知っているわけではなかったが、全然変わらないな。いや、前よりひどくなってる」
 
背中に背負われた八尋だけがその呟きを聞いて取れた。
 
どれだけ時間がたっただろうか?
八尋の放つ霊波砲は掠りもせず、九兵衛の放つ霊波砲は全て命中している。
八尋は泣きたくなるのを堪えてそれでも懸命に霊波砲を撃った。
一方の九兵衛も最初のうちは八尋をからかって楽しんでいたが徐々に焦れてきた。
何故なら、八尋が無傷だから。
全ての攻撃はあの襤褸魔族が身代わりになっていた。
何人もの治安維持部隊を殺して強力になったはずの自分の霊力を持っても、いまだあの魔族が平然と立っているからだ。
 
「そろそろ飽きた! とっととくたばれ」
 
九兵衛はいままで温存していた吸魄刀を使った。
超加速は使わなかった。
それでも反応できるはずがない。
何しろ韋駄天3柱分のスピードなのだから。
舞う鮮血。
だけど、魔族が負ったのはかすり傷だった。
 
「……八尋さん。あなたの脚の代わりになるよ」
 
背負われていた八尋は気がつかない。
無望の瞳に、今は少しだけ光が宿っていたことを。
魔族は七色に光る不可思議な珠を作り出した。
 
【鳩/摩/羅/天/超/加/速】
 
鳩摩羅天は韋駄天の別称ではあるが同時に鬼族あがりの韋駄天とは一線を隔す。
ヒンドゥーの最高神シヴァの息子にして軍神、カールティケーヤ。
またの名を魔王尊の名を冠した超加速は九兵衛のそれを上回る。
吸魄刀を蹴り飛ばし、地面に組み伏せた。
 
「そんな馬鹿な! 俺より速いだと!」
 
八尋も魔族の速度に驚いていたがそれ以上にやらなくてはならないことを忘れなかった。
 
「九兵衛! 御仏の慈悲は無限なれど、貴様は今一度六道輪廻の輪に戻りて魂の修行を一から積みなおすことを慈悲と知れ!」
 
八尋の一撃は九兵衛を輪廻の輪に叩き返した。
                   ・
                   ・
私がもう神様を忘れたことをあなたはとっくに許してくださいました。
暗やみの谷から私はついにあなたのもとへ帰ります。
                   ・
                   ・
 夜が明けた。
朝焼けの中砂漠に立つ男女。
八尋と魔族。
八尋は吸魄刀を抱いている。
右手と両脚は【再/生】されている。
 
「礼を言います。貴方のお陰で父の、皆の仇をとることが出来ました。体のほうも癒していただいて」
 
八尋は魔族に頭を下げる。
 
「礼なんて必要ないよ」
 
「……それと失礼しました。はぐれ魔族なんかと一緒にしてしまって。貴方がボロボロの姿をしていたものだからつい誤解してしまいました」
 
「え!? おれは」
 
「黙って! ……それと、名乗らないでください。貴方は自分ではぐれ魔族だとは言っていない。証拠もない。でも貴方ほどの力の持ち主だったら名前を聞けば私は貴方の素性を知ることになるでしょう。名前を聞けば法の番人として貴方を捕まえなくてはならないかもしれません。ですから、それ以上は言わないでください。それと、ここでお別れです。一緒にいてうっかり知ってしまうといけませんから。本当にどうもありがとうございました」
 
八尋は精一杯頭を下げて謝意を表した。
 
「……それと、私は法の番人です。ですから本当はこんなことは絶対言ってはいけないことです。だから一回だけ、言います。……あなたは、きっと悪くはない。私は心からそう思います」
 
その言葉を聞いたとき、魔族の様子は激変した。
一瞬キョトンとした顔をして、次に驚愕を浮かべ、最後に八尋にしがみついて泣き出した。
 
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか!?」
 
「ずっと、ずっと誰かにそう言って欲しかった。誰かに許して欲しかった。ずっと、ずっと……」
 
八尋には事情はわからない。
ただすがりついて泣く魔族を少し困った表情を浮かべながらも母のような慈愛で包み込んだ。
 
しばらくの後泣き止んだ魔族は眼を真っ赤に腫らしながらも照れくさそうにしていた。
その瞳は無望ではない。
はっきりと強い輝きがともっていた。
 
「落ち着きましたか?」
 
「うん。ありがとう八尋さん」
 
八尋は優しく微笑む。
 
「やっと、やっと帰る決心がついた。それでどうなるかはわからないけど、きっとそれでいいんだと思う。ほんとうに、ありがとう」
 
魔族、横島忠夫はもう一度頭を下げると八尋とは反対の方向に飛んでいく。
東へ、東へと。
                   ・
                   ・
長い間、私は、ほこりにまみれた白日の世界を歩きました。
あなたの姿からすっかり見放されて、自分だけを頼りにして。
 
いま私はかずかずの目あてに欺かれ、
異国で休息しています。
思い出のかおりに包まれ、
昔のころの客になって。
 
世間がすっかり見捨ててしまった悲しい時にも、
あなただけは居残って、
私に、
失った楽園のたよりを伝えてくれます。
 
私がもう神様を忘れたことをあなたはとっくに許してくださいました。
暗やみの谷から私はついにあなたのもとへ帰ります。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪あとがき≫
 とても遅くなりましたが続編です。
蛇足かどうかは悩んでいますが、それ以上に詩との連結がうまく言っているかどうかいまいち自信がもてないものを出すべきかどうかでも悩みました。
このシリーズに関してはずっと悩みっぱなしです。
今回はヘルマン=ヘッセの母の記憶をモチーフにしてみました。
果たして皆様の納得していただく作品に仕上がっていますことやら。
 
毎度毎度言っておりますが私は文学に造詣はありませんのでこの詩の本当の意味を理解しているわけではございませんので悪しからず^^;



[530] Re[3]:ヒイラギの詩
Name: キロール
Date: 2006/03/21 01:15
 東風の歌
                   ・
                   ・
                   ・
あのそよぎは、なにをいみするのかしら。
東風がうれしいたよりを運んでくれるのかしら。
 
 「いい、風ですね。」
車椅子の上で微笑む老婆は気持ちよさそうに微笑んだ。
彼女の自慢だった、大好きな母と姉譲りの亜麻色の髪は真っ白に変わり、かつては珠のようと評された肌には深いしわが刻まれていた。
ただ、それでも彼女はこう評されるだろう。
美しいと。
 
「そうは思わない? 雪ちゃん」
 
「ヒノメさん。もういい加減その呼び方はやめてくださいよ」
 
車椅子を押す青年、弓忠雪は苦笑しながらもそう言い返した。
 
「ごめんなさいね。フフフ、もう私がオシメを変えていたころの赤ん坊じゃなかったんですものね」
 
老婆、ヒノメは微笑み、青年は頭を掻いた。
老婆の名は美神ヒノメ。
彼に関わった人間で、未だ天に召されることなく彼を待ち続ける【少女】。
青年の名は弓忠雪。
彼の親友にして、恋人を人質に取られ彼を追う追っ手の一人に成りながらも彼を逃がすために奔走し、愛妻かおりと若くして死別し、娘が一人立ちできるようになるまで育て上げた後は残る人生の全てを彼を見つけ出すために費やした伊達雪之丞の孫にあたる。
                   ・
                   ・
風の翼のさわやかな羽ばたきは、
ふかい胸のいたみをひやします。
                   ・
                   ・
風切る音と共に二人の魔族が舞い降りてきた。
 
「すまない、遅れたか?」
 
「いいえ、私たちが少し早く来すぎたみたいです。他の方々もまだ到着していませんよ」
 
舞い降りたのは治安維持部隊のワルキューレ大尉。
そして、その弟のジークフリード少尉だった。
 
彼らは大切な人。
親友であり、戦友であり、朋友であり、盟友である大切な仲間。
だけどあまり共にいることはない。
何故なら、そのたびに心が痛むから。
ただ一つ一つのパズルのピースであるならそこに違和感はない。
一つ二つが重なってもそれは同じ。
だけどピースが集まり、一つの絵が出来上がろうとするとどうしてもそこに存在しない一つの大きなピースを意識させられる。
どうあっても完成しない絵の隙間はひどく空虚で心が寒くなる。
だから普段はあまり顔をあわせなかった。
                   ・
                   ・
風は、愛撫するように砂塵をもてあそび、
軽い小さなかたまりにしてまいあげ、
たのしくむらがる羽虫たちを、
安全なぶどう棚へおいやります。
                   ・
                   ・
一人、また一人と人影は増えていった。
妙神山の管理人こと小竜姫。
その友人で神界の調査官のヒャクメ。
オカルトGメンに所属しているピエトロ=ド=ブラドー。
かつてはヨーロッパの魔王と恐れられたドクター=カオス。
彼の愛娘にしてきわめて優秀な助手のマリア。
今なお帰らぬ級友を一人教室の片隅で待ち続ける付喪神の愛子。
すでに途絶えた花戸の家から開放された後も現世に留まり続ける福の神、貧。
そして美神の名を持つ最後の一人、美神ヒノメ。
かつての彼を知り、今なお待ち続け、探し続けるものたち。
 
タイガー寅吉と一文字魔理の娘に当たるタイガー美津と、その子忠志。
西条輝彦と魔鈴めぐみの息子、西条和忠。
氷室キヌの養子で、氷室神社の宮司を勤める氷室忠男。
六道冥子と鬼道政樹の孫娘、六道冥奈。
そして弓忠雪。
彼を(心情的には)裏切った者達のその後の哀しみと悔恨を知り、彼らの遺志を継ぐものたち。
彼らは揃ってかつてピエトロが暮らしていた教会、後にアトウンハウスと名づけられた教会へと入っていった。
裏手の墓地にまわり、横島大樹と、百合子の墓の裏にひっそりと建つ大きな墓碑の前に並んだ。
その碑には名前は刻まれていない。
しかし、唐巣神父の手で文が刻まれた。
『かつて私たちが犯した罪を残すためにこの碑を残す。私は神父であるが、この罪だけは神に懺悔を求めない。むしのいい話だが、ただ、彼の幸福を願う』
この碑には志半ばで天寿を迎えてしまった者たちの遺髪が一房ずつ、埋められている。
全員が揃うことはめったにないが、彼らは時折ここに訪れてある者は後悔を再確認し、ある者は決意を新たにした。
彼が住んでいたアパートはすでに無く、東京タワーも技術の革新から電波塔としての意味を失い、老朽化から観光名所としての意味以上に危険性が高まりすでに撤去されていた。
彼の痕跡を残す場所はもう、美神ヒノメの住む、渋鯖人口幽霊一号の宿る洋館と、ここだけになっていた。
                   ・
                   ・
太陽の灼熱をこころよくやわらげ、
わたくしの熱い頬をひやし、
野や丘の上に、かがやくぶどうに、
ただよいながら、接吻します。
                   ・
                   ・
黙祷をささげ続ける皆の背後から足音が聞こえた。
振り返るとかつて彼らの前から姿を消した二人の女性がそこに立っていた。
 
「……お久しぶりでござる」
 
「……ホント、久しぶりだわ。特に会いたかったわけじゃないけど」
 
「シロさん、タマモさん、お久しぶり」
 
ただ、ヒノメだけが柔和に彼らに対し声をかけた。
彼を直接知るものたちはわずかに懺悔の表情を濃くしていた。
 
犬塚シロは横島忠夫の抹殺指令に猛然と反発をした。
いや、反発したのは皆も同じ。
ただ彼女はそれを貫き通した。
他の者達が最愛の家族や恋人を人質に協力させられたり、何も出来ずにいる中で彼女だけは猛然と噛み付き、猛り、批難した。
他の者達の事情を知り、理解し、己が無力を痛感してそれでもなお反発し続けていた。
理性で理解できていたからといって抑えられる感情ではなかったからだ。
やがて彼女は美神除霊事務所を辞して里に帰った。
人狼と人間との交流は完全に絶たれ、それ以来人狼の里の結界が開くことは無かった。
侍の心を知る人狼達も怒っていたのだ。
 
タマモはもっと簡潔で、容赦が無かった。
ただ一枚の書置きを残し、それ以外の痕跡を残さず事務所から出て行った。
 
『やっぱり人間は信用できない』
 
ただ一言の断罪を残して。
理由も何もなく、結果だけを彼女は見た。
皆は彼を裏切ったのだと。
 
「その匂いはヒノメ殿でござるな?」
 
「そのようね」
 
二人も少し態度を和らげる。
あの時赤ん坊だったヒノメにまでは不信を向けるつもりは無いようだ。
それでも彼女達の人間不信、神族、魔族を含めるそれは根深いものだったが。
 
「はい。本当にお久しぶりです」
 
「……私たちのこと、覚えているの?」
 
「おぼろげながらですけど、赤ん坊のころに遊んでいただいた記憶は残っております。……良かった。天に召される前にあなた方にもう一度あえて」
 
「本当はもうここには来るつもりは無かったんだけどね」
 
「拙者もでござる」
 
「まだ、姉や皆のことを恨んでおいでですか?」
 
「別に、元々人間には期待していなかったし。……あいつ以外には」
 
「拙者は……事情は理解しているつもりでござるが、こちらに来てしまえば先生との思い出が多すぎて……。拙者も馬鹿でござったな。こちらに残って先生を探し続けたほうがどれだけ良かったか。結局それを出来なかった拙者も皆と同じでござる。あの時は本当にすまなかったでござる」
 
シロは小竜姫たちに頭を下げた。
 
小竜姫たちはそれを押しとどめる。
 
「今日は本当にいい日ですね。こうして皆さんともう一度集まることが出来て」
 
ヒノメは車椅子の上で微笑みながら静かに涙した。
                   ・
                   ・
そして、かぜのしずかなささやきはわたくしに、
あのかたの千のあいさつを運んでくれます。
日が暮れて、この丘が暗くなる前に、
千の接吻が、私にあいさつしてくれましょう。
                   ・
                   ・
「今でも後悔しています。彼に霊能力を目覚めさせるきっかけを作ったこと、アシュタロスの決戦で何も出来なかったこと、ルシオラさんのことで悲しんでいる横島さんに何も出来なかったこと、パピリオのこと、横島さんの抹殺命令のときに拘束され何も出来なかったこと。本当であれば私はここに来る資格など無いのかもしれません」
 
「それを言うならぱわたしなんてもっとひどいのね~。パピリオやベスパの延命措置について詳しく調べれば気がついていたかもしれないのね」
 
「……私は昔、横島に対して戦士失格だと言ったことがあった。だが戦士失格だったのはむしろ私のほうだ。私は命令をただ守ることしか出来ない兵士に過ぎなかった。ヒノメが誘ってくれなかったら私がこの戦士の碑の前に立とうとは思わなかった」
 
一人、また一人と後悔の言葉を呟く。
 
「拙者も、人里に出てくるつもりはござらんかったが、今日は、今日だけはここに来ないと後悔する様な気がしたんでござる。きてよかったのかもしれないでござるな。これも先生のお導きでござろう」
 
「私も別に来るつもりじゃなかったんだけどさ、今日はあいつの百回忌だし一度くらいは来てみようかと」
 
「先生は死んだわけじゃないでござる!」
 
「いつまで待っても来ぬ人と、死んだ人とは同じこと。人間にしては上手いこといったものだわ」
 
今日、これだけの人数が集まったのは半分は必然。
美神ヒノメは自分の死期を悟ったためにもう一度ここで思い出のある人たちと会うことを願い、それに応えてくれたこと。
もう半分は偶然。
シロやタマモのようになんとなくここに足を運んだもの。
まるで何かに導かれたかのように。
 
さぁっと風が吹いた。
まるでわだかまりやしこりを解きほぐし、どこかへ運んでいっていくように。
 
「さぁ、皆さん。移動しましょうか? そろそろ日が暮れます。にぃにが一番大切にしていた時間ですもの。一番大切にしていたあの場所へ」
                   ・
                   ・
では、東風よ、お前は先に行くがいい。
おまえの友達や、悲しむ人たちのために。
あそこ、高い城壁が夕日に輝くところで、
まもなく、私は最愛の人に会いましょう。
                   ・
                   ・
東京タワー跡地。
今ではそこにかつてのタワーを遥かに超える高層のビルディングが建てられていた。
そこに一人の魔物が佇んでいた。
いや、魔人。
横島忠夫はそこで頭を抱えていた。
 
「帰る決心をしたのはいいけどいまさらどの面下げてかればいいっちゅうねん。て言うか俺の指名手配ってもう解除されてんの? んなわきゃねえよなぁ」
 
拗ねるのをやめた彼は以前の彼を取り戻していた。
三つ子の魂百までというが118年では百とあまり変化は無いらしい。
 
「みんな怒ってるよなぁ。生きてる奴もいるだろうし、皆が本気じゃなかったのはわかるからいきなり攻撃されたり捕縛されたりはしないと思うけど。すっげー迷惑かけるだろうし。あぁ、でもこれ以上会わないで後悔するのもなぁ」
 
もう半日もこの調子だ。
 
一陣の風が吹いて彼はつられたように顔を上げる。
太陽が西に傾き、陽の光は赤みを帯びてきていた。
 
「……昼と夜の狭間の時間。世界が一番美しくて、最も儚い一瞬。……人間も同じか」
 
彼は両の手で自分の顔を叩く。
 
「会って、それから決める。行き当たりばったりは俺の十八番だ」
 
長い逃亡生活の間にみにつけていた気配を察知する力も、自分の力を隠す能力も今の彼には効果を及ぼさなかった。
彼の声が思いのほか大きかったことも。
わずかながら彼の魔力が外に漏れていたことも。
大勢の人間の気配にも彼は気がつかなかった。
                   ・
                   ・
あぁ、ただ、あのかたの息だけが私に、
まことの心のしらせを与えてくれます。
愛の息吹と、さわやかな命は、
ただ、あのかたの口から与えられるのですから。
                   ・
                   ・
ドアが勢いよく開かれた。
ようやく彼は気がつく。
突然の来訪に動転した彼。
彼の存在に驚愕する彼女達。
それでも彼はどうにか一言告げることが出来た。
 
「あの、え~と。その、ただいま?」
 
優しい春風の中、おぼろげな記憶と寸分たがわぬその姿に、車椅子の【少女】は今日何度目かになる涙で頬を濡らした。
 
あのそよぎは、なにをいみするのかしら。
東風がうれしいたよりを運んでくれるのかしら。
風の翼のさわやかな羽ばたきは、
ふかい胸のいたみをひやします。
 
風は、愛撫するように砂塵をもてあそび、
軽い小さなかたまりにしてまいあげ、
たのしくむらがる羽虫たちを、
安全なぶどう棚へおいやります。
 
太陽の灼熱をこころよくやわらげ、
わたくしの熱い頬をひやし、
野や丘の上に、かがやくぶどうに、
ただよいながら、接吻します。
 
そして、かぜのしずかなささやきはわたくしに、
あのかたの千のあいさつを運んでくれます。
日が暮れて、この丘が暗くなる前に、
千の接吻が、私にあいさつしてくれましょう。
 
では、東風よ、お前は先に行くがいい。
おまえの友達や、悲しむ人たちのために。
あそこ、高い城壁が夕日に輝くところで、
まもなく、私は最愛の人に会いましょう。
 
あぁ、ただ、あのかたの息だけが私に、
まことの心のしらせを与えてくれます。
愛の息吹と、さわやかな命は、
ただ、あのかたの口から与えられるのですから。
                   ・
                   ・
冬の風が吹きすさび、ヒイラギの葉を鳴らす厳しい冬。
夜ともなれば鐘の音も冷気に震えよう。
全てに見捨てられたように思えても遠き日の母の記憶のように温かく見守る存在があれば。
東風は春の便りを運んでくれる。
春は出会いと別れの季節。
魔族の黒い手の中で、【少女】は静かに息を引き取った。
魔族と再会して一週間にも満たない時間であったが、
安らかに微笑む【少女】の死に顔は美しかった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪あとがき≫
 毎度のように遅くなりましたが続編です。
思いつきと蛇足で構成されたこの話も今回で完全に終了となります。
一応私の作品としては初の完結となるのですが、このシリーズに関しては悩みが本当につきません。
【ヒイラギの詩】で完結としたほうが良かったのではないか?
文章の構成はこれで本当に良かったのか?
そもそも蛇足と思いつつ作品を公開するのは正しいことなのか?
SSを公開する人間としてはこのようなことを考えたとしても書くのはどうかと思いましたが正直な気持ちです。
そんな私の思いとは別に、この作品に関しては温かい感想が皆さんから寄せられ感謝の言葉もありません。
そのお陰でこの作品もひとつの完全な区切りとして完結を迎えられました。本当に感謝の言葉もございません。
最終話は意図して今までと少し違う趣で書かせていただいたので期待はずれかもしれませんが、今の私にはこうせざるをえませんでした。
つくづく自分の至らなさを感じます。
今回の詩はゲーテの東風の歌です。
文学に造詣のない私ですが最後ということでかの巨匠の作品にこだわって作ってみました。
シェイクスピア→ボードレール→ヘッセ→ゲーテ
……罰当たりこの上ないですね^^;
それではこれを呼んでくださった皆様方。
最後になりますが本当に私の正直な気持ちです。
どうもありがとうございました。


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