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[523] よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:19
 ≪横島≫
 早いもので三ヶ月という速成の映画作成は終了し、いよいよ試写会の運びとなった。
普通であればこんなに急遽映画を作っては配給もままならないはずなのだが、そこは六道の協力(六道家としての金を使わなくても、六道家が株を保有する企業の伝を使えば割り込ませることは可能だった。逆に言えば三ヶ月という工作期間があったのだから)のお陰でどうにか映画館も押さえ、日本映画にしては豊富にある広告宣伝費で認知も上げた。
今回は一般試写会に先駆けて出演者と著名人を集めたパーティー形式にしている。正式には出演者ではない魔鈴さんもお願いをして参加させてもらった。そしてそれがまるで当然のことのように冥華さんも参加していた。
 
試写会の席で元広監督がインタビューから始まった。
 
「この映画は映画監督元広克之としては大変遺憾な作品となった」
 
インタビューはそんな台詞から始る。
 
「この映画を主導したのはスポンサーであり、原案の横島氏と、協力をいただいたゴーストスイーパー、並びに出演してくださった人間ではない方々の協力があったからこそのものです。この映画は面白い。私の手柄ではないのが残念なくらいにね。この意味は実際にこの映画を見てくれたら理解してくれると思います。私はこの先映画人として、この作品を超えるものを撮ることを目的にしたいと思っています」
 
元広監督は真面目な顔でそういった。
 
「それと、この映画はアクションシーンを含むほとんどのシーン、およそ95%以上のシーンが実写で撮られています。信じられないでしょうがそのことを覚えておいてください」
 
そして、映画が始められる。
                   ・
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                   ・
              【踊るゴーストスイーパー THE MOVIE 2】
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                   ・
                   ・
 この映画はフィクションであり、実際に登場する人物・名称とは一切事実と関係ありません。
また、特定の個人、団体、異種族を攻撃することを目的とした作品でもありません。
登場する異種族のほとんどはストーリーに合わせるために種族的な変更はありますが、ほとんどが人類に友好的な本物の異種族が登場しており、彼らと協力をいただいたゴーストスイーパーの方々に深い感謝を捧げます。
                   ・
                   ・
                   ・
 いつものように、いや、対象が抵抗しなかっただけいつもより簡単に横山は悪霊の除霊を行った。
旧家のご令嬢が悪霊に取り付かれたというのを除霊に来たのだが、悪霊は横山の姿を見ると静かに、そして悲しそうにラヴソングを歌うだけだった。
 
「ユタカ、ユタカ、いやぁぁぁぁあ!」
 
除霊の終了後、両親を振り切り美鈴(セイレーン)が部屋の中に入ってきた。
そこにユタカ(ジェームス伝次郎)の姿がないことに気がつくと狂乱して横山に掴みかかる美鈴。
 
「返して! ユタカを返してよ!」
 
「え!? 貴女は悪霊に執りつかれていたんじゃ?」
 
「私はユタカを愛していたのよ! 例え死んで幽霊になったとしても。返して! ユタカを返してよ!」
 
部屋の中に入ってきた両親に再び取り押さえられる美鈴。
 
「娘にとりついていた悪霊を払っていただきありがとうございました」
 
丁重に、しかし有無を言わされない調子で家から追い出される横山。
釈然としないものを感じながらも事務所に戻って所長の和玖平八(微笑屋長介)に報告する。
遠田菫(浅津エリ)も交えて今日あったことについて疑問を漏らすのだが平八は『気にするな』と言うだけでそれ以上の質問は避けているようだった。
 
そして三日後、横山は美鈴がユタカの後を追い、自殺したことを知って強い衝撃を受ける。
まるで廃人か何かのようになって思い悩む横山。
頭の中では狂乱する美鈴の姿がリフレインする。
そして思い悩むあまり簡単な除霊にも失敗し、G・Sを辞めることを決意し平八にその旨を報告し、辞表の提出をする。
 
「……あの家にとって、ユタカという幽霊は娘をたぶらかす悪霊にすぎなかった。それをお前が除霊した。何を悩む必要がある?」
 
「ですが、……彼女が自殺をしたのは俺の責任です。俺が事前にもっと調べていれば」
 
「調べたところで変わらんさ」
 
「……所長」
 
「……横山。お前に暫く休暇をやる。……そうだな、一ヶ月くらいよく考えてみろ。もしそれで決意が変わらないようであれば……この辞表、受理してやる。お前の人生だ、止める権利はないがよく考えてから結論を出すといい」
 
黙礼をしてその場を辞する横山。
同僚の遠田が心配そうに平八に声をかける。
 
「横山君。大丈夫でしょうか?」
 
「さてな。こればかりは俺もどうにもできん。……この仕事を続けていれば何れぶつかる壁のようなものだ」
 
「所長!」
 
「騒ぐな! ……あいつにはいつかこんな日が来るのは判っていたんだ。……菫。お前はどうしてこの世界に入ってきた?」
 
「私ですか? 私は実家が代々霊能家の一族ですので」
 
「ま、この世界なら一番ポピュラーな理由なのかもな。他にも自分が持って生まれた才能を活かすためにこの世界に入った連中。金のためにこの世界に入った連中。強くなりたくてこの世界に足を踏み入れるもの。それ以外に生きる術を見出せなかったもの。他にもいろいろな理由でG・Sになる奴はいる。……あいつと俺はそのどれでもない理由でこの世界に入ってきた。【正義の味方】になりたかったんだよ。力を持たない人々を悪霊や邪悪な魔物から守れる存在。……笑っちまうだろう? この世界に入ったってそんなものになれるはずもないのに」
 
平八が自嘲する。
 
「……所長」
 
菫が気遣うように平八の背中に手をやった。
 
「昔、山の中でダム工事をする人間を襲う妖怪を除霊する仕事をしたことがある。ところが、その妖怪はその土地に人間達が住むより以前からその土地に住まう妖怪で、自分の棲家を守るために自分の領域を侵すものを追い払っていたに過ぎなかった。その妖怪にとって人間は自分の領域を侵す侵略者に他ならなかったわけだ。しかし人間にとってそのダムを作ることは必要なことだった。山の木を切りすぎたことが原因で治水能力が失われ、洪水が起こることが予想され洪水が起これば多くの人命が奪われるからな。……人間同士でさえ価値観や信じる神の相違で互いに殺しあうって言うのに、異種族であり、価値観の違う侵略者である人間を殺さずに追い払っていたその妖怪は決して邪悪な存在ではなかったのだろうさ。むしろ昔は山の神として祀られていた存在なのかもしれない。……だが俺は、その妖怪を除霊した。必要だったから、というのは言い訳にしか過ぎない。それ以来、俺は【正義の味方】を目指すのを止めた。その資格は失われたと思ったからな。……俺は今でも、力を持たない人間を守る存在だとは自負しているが決して【正義の味方】なんかではない」
 
平八は搾り出すようにそう呟いた。
 
「……今回の横山の件にしたってあいつに過失はない。一般人にとっては幽霊と悪霊の区分などないに等しい。幽霊を見れば気味悪がって除霊を依頼するし、それが自分達に害を及ぼせば悪霊だと判断する。あの家の両親にとってはユタカは紛れもなく娘を誑かし家の名に傷をつける悪霊だったのさ。……それは仕方のないことだ。ゴーストスイーパー協会からの情報が間違っていたのだってそのことでゴーストスイーパー協会を攻めることはできない。状況を説明するのはオカルト知識のない発見者の一般人なのだし、よほどのことがない限りオカルト知識を持った調査員を派遣することはできない。そんなことをすれば時間がかかりすぎて被害が広がってしまうかもしれないし、一般人にとってはただでさえ高い除霊費用が更に高騰してしまうからな。……俺たちは不確かな情報を元に正しい情報を推測し、正義だ悪だに関係なく依頼を達成するしかない。……邪悪じゃなかったとしても、殺し合いになる羽目になることはそれこそいくらでもあるんだ。そしてその善悪の判断なんて霊能力者であったとしてもできやしない」
 
「因果な商売ですよね」
 
「そうだな。……その馬鹿高い除霊費用だって赤字になることがしばしばだ。オカルトアイテムは高いからな。一千万の仕事に五千万の札を使わなければ殺されかねないなんて事だってありうる。悪霊に本当に悩まされていても除霊費用が払えなくてあきらめるしかない人間だって多いさ。だが、そんな状態でG・Sが動くのは難しいんだ。見捨てるような話であるが、何百万と赤字を出して、命を危険にさらすことを命じることなんかできないだろうよ」
 
「だからこそオカルトGメンみたいな組織ができるんですよね」
 
「まぁな。奴さんたちは俺たちにとっては商売敵だが、俺たちが手を差し伸べられない場所に代わりに手を差し伸べてくれているという意味では感謝をしているG・Sもいないじゃないさ。俺もその一人だ。……だが、奴さんたちも人材不足の勘は否めないな。一部は超一流のG・Sだが、全てのものがそうではない。むしろG・Sになれなかった者や、霊能力のない者の方が多いくらいだ。俺たちが数百万で請ける仕事に数千万のオカルトアイテムを投入することすらあり、その全てが税金によってまかなわれている。……ま、有意義な使い道ではあるがな。それにただでさえ一般の警察官よりも殉死しやすい職業だ。人命のことを考えれば致し方ないのかもしれないな」
 
「そうですね」
 
「些細な仕事でも命の危険は常にある。自分のミスで仲間や依頼者が死んでしまうかもしれない。……毎年二千人近い特殊能力者が集まるG・S資格試験の合格者はたったの32人。その内の半分は一年後にはG・Sを辞めている。半分は現実の厳しさに耐え切れず辞め、四分の一は再起不能の怪我を負い、残りは死んでいる。……そして毎年16名ずつは生き残っていたとしても、G・S全体の数はさほど増えない。一年持ったとしても数年で廃業に追い込まれるもの、赤字を出し続けて借金を背負い辞めていくもの、年齢を重ねた体が追いつかなくなってしまうもの、そして死んでしまうもの……儲かる商売のイメージは高いが、決して楽な商売じゃあないさ。……理想と現実のギャップに苛まれ、横山がG・Sを辞めてしまったとしてもその中の一人になっていくだけだ。あいつの命で、あいつの人生で、例えどんな結末を選んだとしても決して横山を責められない。むしろ、今の状態から快方に向かわないのであれば辞めていったほうがいいのかもしれない。……俺はあいつが死ぬところを見たくはないからな」
 
平八は苦いものを吐き出すようにタバコの煙を顔をしかめてはいた。
菫も沈痛な面持ちでため息をつく。
 
そこで場面は横山のほうに移る。



[523] Re:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:19
≪横島≫
 理想と現実のギャップに思い悩んだ横山は慣れない酒を飲み、フラフラになりながら道端で気を失うように眠りについた。
 
翌朝、気がつけば見知らぬ天井だった。
 
「眼が覚めましたか?」
 
心配そうに横山を覗きこむ美女(白麗)。
 
「え、君は? それに俺は……ここはどこなんだ?」
 
「はじめまして。私は月野舞夜といいます。ここは私の家であなたはうちの傍で倒れていたので部屋まで運ばせていただいたんです。救急車を呼ぼうかとも思ったのですが、泥酔しているだけだったようですから。あ、私は夜間病院の看護士で少し医療の心得があるものですから」
 
「すいません。ご迷惑をおかけしました。でも、舞夜さんが運んだって大の男一人重くはなかったんですか?」
 
「こう見えても力持ちなんですよ。看護士ってけっこう体力勝負なんですから」
 
力こぶを作る動作をしながら明るく微笑む。
横山はその笑みにひきよせられたかのように呆けるのだった。
 
「あ、俺は横山駿作と言います。ゴ、」
 
横山はゴーストスイーパーと言いかけて躊躇した。
 
「ご?」
 
「いや、何でもない。とにかく助けてくれてありがとう。……痛っ」
 
「二日酔いですね。お水を飲んで安静にしていてください」
 
舞夜は横山にレモンを浮かべた水を差し出した。
 
「すいません。これ飲んだら出て行きます。改めて御礼に来ますんで」
 
「御気になさらずにけっこうですよ。困っている時はお互い様ですから」
 
その場は別れた二人。
しかしそれまで少なからず心のよりどころとしていたゴーストスイーパーという職業に疑問を抱いてしまった横山にとって舞夜の笑顔は砂漠に水が吸い込まれていくように心の中に進入していた。
 
舞夜に惹かれていった横山。
舞夜も横山の純粋さ、幼さ、強さ、弱さ、(長い生命活動を続けてきた)彼女にはそういった姿が眩しく映り、横山が何か隠していること(と、一般人にしては強すぎる霊力)に気になりながらも徐々に彼に惹かれていった。
 
時間にすれば数日間。
東京のあちこちに二人で出かけた。
優しく、温かく、柔らかな交流が続く。
しかし二人の距離は一定以上に縮まらず、かといって離れない。
優しい時間がすぎていた。
ちなみに、白麗の名前が違っているのは撮影直前に知り合い(教え子)に同姓同名がいたことに気がついたからだったりする。
 
そして破局は突然訪れる。
 
「私たちを引き裂いたお前が! お前だけが幸せになれると思うな!」
 
海原美鈴が悪霊と化し、舞夜を人質にとって横山に美鈴が引きつれた悪霊(実際には見た目の柄の悪い低級霊)たちの攻撃が加わる。
 
「横山さん。私のことは良いから逃げて!」
 
しかし横山は人質と罪悪感のために抵抗すらできずに打ちのめされ、半ば失神状態になる。
そしてそれを見て覚悟を決める舞夜。
 
「……それ以上、それ以上横山さんを傷つけるな!」
 
舞夜の姿が変化し、(令子ちゃんと交代し)ほとばしる魔力(実際には霊力)が己を拘束していた悪霊を吹き飛ばした。
舞夜は漆黒のマント(カオスの発明品で簡単な飛行能力がある)に身を包んだ女吸血鬼、マイヤ=アルリシアとしての姿を現した。
 
「我が名はマイヤ。マイヤ=アルリシア。夜の眷属が王たる吸血鬼の私に悪霊風情が!」
 
怒りに燃えるマイヤの魔力は雷となりて(サンチラの能力)悪霊と美鈴を退けた。
 
「……ごめんなさい、横山。あなたがゴーストスイーパーだということには薄々気がついていました」
 
マイヤ(白麗)は動くことすらかなわぬ横山の体抱きしめいとおしげに頬を撫でる。
 
「それでも、それでも貴方と離れたくはなかった。……でももうお終いですね。ありがとう、横山。貴方と一緒にいられた時間は瞬くような間でしたが、私のこれまでの人の子の一生よりも遥かに長い生涯と比べても、はるかに貴い時間でした。さようなら、横山。ごめんなさい。」
 
マイヤは横山に唇を重ねると身体を蝙蝠に変えてその場を去っていった。
 
「……マイヤ、なんで?」
 
誰もいない深夜の公園で、横山の呟きだけが闇と雨に溶けていった。
                   ・
                   ・
マイヤが吸血鬼だったことを知り、前以上に塞ぎこむ横山。
気になっていた、否。恋心を抱いた相手が、自分がかつて日常的に命のやり取りをしているものと同じ存在であったからだ。
マイヤと別れた公園のベンチに座りながら苦悩し続ける横山。
 
「何か悩み事かね?」
 
かけられた声に顔を上げるとそこには人のよい笑みを浮かべた神父(唐巣神父)が立っていた。
 
「いきなり声をかけてすまなかったね。ただ、仕事柄悩んでいると声をかけずに入られない性分なんだよ。隣、いいかね?」
 
横山の了解を得て隣に座る神父。
 
「私の名前は苅田と言うんだ。よろしく」
 
「あ、俺は横山です」
 
神父は公園で遊んでいる子供達の姿に微笑みながら静かに横山が口を開くのを待った。
 
「……神父。神父は自分のあり方に、例えば自分が神父であると言うこと、神職に疑問を抱いたことはありますか?」
 
「私かい? あるよ」
 
こともなげに言い放つ神父。
それに驚いたような表情をする横山。
 
「目の前に苦しんでいる人がいるのに私は何もできずただ祈りを捧げることしかできなかったとき、そしてその祈りが無駄に終わった時、神父というあり方が己の行動を束縛する時、私だって己のあり方に疑問を抱いたさ。信仰に疑問を抱いたこともあった」
 
どこか遠くを見つめるような瞳で淡々とそう語る苅田。
 
「だったら何で! ……どうして神父を続けているんです?」
 
「神父という仕事がいいことだからかな?」
 
横山の方に向いて微笑む。
 
「子羊のすむこの世界に絶対善なんてものは存在しない。残念ながらね。私が信じる神だとて異教の徒から見れば絶対善の存在ではないでしょう。そしてはるか昔から人は信仰の名の下に多くの人の命を奪い合ってきた。そしてそれは悲しいことに今なお続いている。……でもね、神様を信じて、清く正しく生きることはきっといいことだよ。今ある世界の幸福に感謝し、悲しみに祈りを捧げ、そしてほんの少しでも誰かの力になれたとしたら、それはきっといいことなのだと私は信じている。だから私は神父なんだよ。……まぁ、少々おせっかいな性格ではあるがね」
 
そういって苦笑する神父。
 
「……私はこの公園を散歩のコースにしているし、すぐ傍の教会が私の教会だ。もし何か、私の力になれることがあったらいつでも訪ねてきてくれ」
 
神父はそういい残すとヨッコラセと立ち上がって散歩に戻っていった。
 
この辺の台詞は唐巣神父と相談をして作った台詞だ。
正直俺には聖職者の言う言葉はかけないからな。
 
そして場面は新しい人物を迎えて本筋に流れていく。



[523] Re[2]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:19
 ≪横島≫
 物語は移りゆく。
 
苅田神父との邂逅でほんの少しだけ気力を取り戻した横山は苅田神父の下に向かう途中逃げ惑う浮遊霊の少女達とそれを追うゴーストスイーパーの女性(エミ)。
 
「誰か、誰か助けて」
 
霊能力のない人間には幽霊の少女(おキヌちゃん)の声も姿も霊能力を持たない人間には届かない。
……霊能力を持たない人間には。
 
横山は少女達が無害そうなのと、あまりの真剣さ、そしてここ数週間の事件が頭をよぎり割って入る形になった。
 
「おたく、邪魔しないで!」
 
しかし横山が間に入ったことで追撃の足が止まり、浮遊霊の少女達はその間に逃げ去っていた。
歯噛みする女性。
しかしその顔にはわずかな安堵感が漂っている。
 
「彼女達は害のない浮遊霊のようだったが?」
 
「でも人外よ!……おたく、和玖除霊事務所の横山ね。G・Sのあんたが何で邪魔をするワケ?」
 
横山には答えられない。
それは横山の中ですら答えにならない感情だから。
 
「同業者が人の仕事を邪魔してだんまりなワケ?……まぁいいわ」
 
女性は名刺を差し出した。
 
「私はMurai Ghost Sweeper Officeの群井由美よ」
 
「あの、人外への攻撃性で有名な」
 
「そうよ。……興味があるなら訪ねていらっしゃい。力のある霊能力者は歓迎するわ」
 
「……一つ聞かせてくれ。何で無害なあの霊たちを除霊しようとした?」
 
「……人間と人外は分かり合えないわ。分かり合えないものは滅ぼしあうしかないでしょう? 自分が滅ぼされないために」
 
そういい残して由美はその場を去っていった。
横山に由美の言葉が突き刺さる。
そして立ち去る由美の右肩に小さな少女(心見)が立っていて、こちらに向かって頭を下げるのが見えた。
眼をこする横山。次の瞬間、その少女は消えていた。
 
「幽霊? いや、霊力は感じられなかった」
                   ・
                   ・
 『人間と人外は分かり合えないわ。分かり合えないものは滅ぼしあうしかないでしょう? 自分が滅ぼされないために』
 
頭に浮かぶのは由美の残した言葉。
心はまた千々に乱れる。
 
横山は心の平穏を求め、苅田神父の教会を訪ねる。
 
「やぁ、よく来たね」
 
横山を温かく迎え入れる苅田神父。
 
「……神父、今日は神父に話を聞いてもらいに来たんです」
 
「もちろんかまわないよ。それは私の仕事だからね。よければ懺悔のための部屋も用意するが?」
 
「いえ、何処でもかまいません」
 
「そうかい? ではお茶を用意しよう」
 
神父は庭先の小さなテーブルに横山を座らせると自分は一度部屋に戻って温かな紅茶を用意してきた。
 
「ちょうど近所の親切な方からクッキーをいただいてね。お茶請けにしよう」
 
神父はゆっくりと紅茶を淹れながら横山が話をし始めるのを待つ。
 
「……俺はゴーストスイーパーの資格を持っています」
 
横山はポツリと語りだした。
 
「先日俺は悪意も害意もない幽霊を除霊し、それが原因で一人の少女が自ら命を絶ち、悪霊にまでその身を堕としてしまいました。俺にその気がなかったとしても、一人の人間を破滅に導いたのは俺です。いえ、もしかしたら俺は気がついてないだけで今までにも同じようなことをしていたのかもしれない……」
 
「……」
 
「そのことで俺が追い詰められているときに、一人の女性と出会いました。彼女の名は舞夜。心優しく純真な女性でした。……ですが彼女は吸血鬼でした。……ゴーストスイーパーが命がけで戦い、除霊する対象です。……ですが、彼女は全てを知った上で俺を守るために正体を現し、俺を守ってくれました。……俺は今でも彼女に好意を抱いています。しかし、最近であったゴーストスイーパーがこう言っていました。『人間と人外は分かり合えないわ。分かり合えないものは滅ぼしあうしかないでしょう? 自分が滅ぼされないために』と」
 
「そうか。……少し落ち着きたまえ。君はいっぺんに色々なことがあって自分を見失ってしまっているようだ。だからこそ、他人の言葉に簡単に心を乱されてしまっている。そんな状態では私の言葉ですら毒にしかならないだろう。言ってみれば、憑き物にでも憑かれているようなものだ。君の心は君が思っている以上に繊細なようだからね」
 
淹れたお茶を横山に勧める神父。
そのお茶を見つめるだけで手をつけようとしない横山。
 
「そんな顔をしていちゃ駄目なのだ!」
 
急に横から声がかけられる。
横山が驚いてそちらを見ると座っている横山とほぼ同じ視線の位置に顔のある小さな金髪の女の子(ジル。翼なし)がそこに立っていた。
 
「やぁ、ジリエラ。よく来たね」
 
「おい~っす。苅田神父」
 
シュタッと右手を上げて元気に挨拶をするジリエラとそれを好々爺のような笑みで迎え入れる神父。
面を食らっている横山にジリエラが更に言葉を浴びせる。
 
「あんま思いつめた顔をしてもいいことなんて何もないのだ。いいことっていうのは笑っている人にやってくるのだからな~」
 
そういって顔をウニっと伸ばして見せるジリエラ。
そのあまりにも幼い仕種に思わず笑みを浮かべる横山。
 
「その調子なのだ。それじゃあ神父、今度は暇な時に遊びに来るのだ~。」
 
満足したような笑みを浮かべるとジリエラは来た時のように唐突に教会から走り去っていった。
 
「なんなんですか? 今の子は」
 
「あぁ、私の茶飲み友達だよ。時々教会に遊びに来るんだ。何処の子なのかは私も知らないがね。……しかし、女性と子供というのは実に偉大だな。そうは思わないかい?横山君」
 
「え!?」
 
「私がどれだけ言葉を尽くそうとも、君にその表情をさせるには長い時間を要しただろう。それをほんの二言三言で成し遂げてしまうのだからな。……今の君はいい表情をしているよ」
 
横山の表情から先ほどまでの思いつめたようなものが消えている。
 
「少し、私の話をしてもいいかな? 私もね、ゴーストスイーパーなんだ。そして私は正確に言えば神父ではない。すでに教会から破門されている身でね」
 
この辺のエピソードは唐巣神父から使用許可を得ている。
 
「昔除霊をしたときにローマカソリックの許可なく土着の宗教の術法を使ってしまってね。……未練がないかといえば嘘になるが、当時はあの方法しか私にはとれる手段がなかった。許可を求めている時間もなかった。そして教会が下した判断は妥当なものであったと思うし、私は自分がやったことには後悔はないよ。でも、それが絶対に正しかったかどうかと問われると答えはわからない。……神ならぬこの身だ。何が正しくて、何が悪いかなんて正確なところは結果が出た後だってわからないよ。でも、私たちはその限られた条件の中で精一杯生きていかなければならないんだ。君も、自分の後悔のないように生きるための答えを探すべきだ。もしそれが正しければいつか報われる日も来るだろうし、間違っていれば罰も受けるだろう。自分の思うように行動してみたまえ。……君が今まで除霊を行ったがために守られてきた笑顔も必ずあるはずだ。……もし、その吸血鬼のお嬢さんを愛しているというのなら探してみるのもいいだろう。いざとなったら結婚式だって取り持ってあげるよ? 神父であるならそれは許されないかもしれないが、私はすでに神父ではないのだからね」
 
不器用にウインクをしてみせる神父。
 
「……は、はい。……ありがとう……ございます」
 
横山が抱えるティーカップに波紋が生まれる。
横山は涙を流していた。
 
場面はMurai Ghost Sweeper Officeに移る。



[523] Re[3]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:20
≪横島≫
 「……ここが、Murai Ghost Sweeper Office。由美さんの事務所か」
 
横山は名刺に書かれていた住所をもとに群井の事務所を訪ねる。
Murai Ghost Sweeper Officeが何故人外に対してあれほどの攻撃性を見せるのかを知るためにだ。
作中ではMurai Ghost Sweeper Officeは新進のオフィスだがその実力、構成メンバーの質、数共に業界では有数の事務所にあたる。
実際問題、うちもそうなのだが事務所に三人以上のG・Sが所属している事務所というのはかなり稀有なのだ。
 
「あら、本当に来てくれたのね」
 
アポイントをとると由美が迎え入れてくれた。
 
「ヘッドハンティングに応じてくれるということかしら?」
 
「いや、……今日は話を聞きに来たんだ」
 
「そう。いいわ、兄さん、所長の群井慎二のもとに案内してあげる」
 
由美の後をついて事務所の中に歩を進めるとそこにはMurai Ghost Sweeper Officeに所属するG・Sがこちらを見やる。
 
「あそこにいるのがうちの所属のG・S青嶋(雪之丞)と宇尾(タイガー)よ。奥にいるのは正式にはうちの所員ではないのだけど協力者のドクトルロウとその娘さん達」
 
青嶋と宇尾が軽く会釈をする。
ドクトルロウ(カオス)は鷹揚に頷き、娘達(マリア・テレサ)は優雅に会釈をした。
 
「兄さんは奥にいるわ」
 
由美の後についていくと所長室に案内された。
……エミにしても、雪之丞、タイガーにしても代役の俳優を使っていない。唐巣神父もだ。……まさか俺も?
 
「ん、どうした? 由美」
 
俺もそのまま使われている……。
 
「和玖事務所の横山君よ。話は聞いているでしょう?」
 
「あぁ、君が。話は聞いているよ」
 
由美が席を外し、慎二(俺)はにこやかに……感想を出し辛いな。まぁ俺にできる限りの笑顔で横山を迎え入れた。
 
横山と慎二は最初はにこやかに談笑している。
息が合うらしく短い時間だったがまるで十年来の親友のようになるまでには支障がなかった。
 
「……じつは、貴方に聞きたいことがあって来たんです。……この事務所は人外に対する攻撃性で知られていますが何故なんでしょう? 何故そこまで人外を排斥するんでしょうか?」
 
「人外はね、危険なんだよ」
 
横山は少し悲しそうな顔をしてみせる。
 
「君は、警察官が怖いかな? 警察官は君を簡単に殺すことができる拳銃を携帯している。その気になればすれ違いざまに君を殺すことができるね。でも警察官を怖がる人間はいない。それは無意識に警察官が自分に危害を加えないと知っているからだ。……でも人外は違う。彼らは人間とは違う価値観を持ち、人間を簡単に殺す手段を持ち、霊能力者でなければ倒すことも、身をまもることも不可能だ。君だって、少なくとも自分に理解できない理由で殺されたり、大切な人を奪われたくはないだろう?」
 
「でも、言葉を解せるのなら判りあえる事も可能でしょう?」
 
「人間同士でさえ、同族どころか親子でさえくだらない理由で殺しあうこの世界でかい? それは……あまりにも楽観視というものだ。まして相手とは価値観も生きる時間も異なる異種族だ。……繰り返すが人外は危険なんだよ」
 
慎二の言葉に嘘はない。
だが、マイヤの存在を知る横山にはそれを了承することはできなかった。
俯く横山。
そして顔を上げた時、以前由美の傍らにいた少女が悲しい瞳で慎二を見つめていることに気がつく。
しかしそのことを慎二に伝えても慎二はそんなものはいないというし、自分の霊感にもひっかからない。
ただ、横山の目には悲しい瞳の少女が映っていた。
 
そのまま話は平行線をたどり、二人はお互いの存在に興味を惹かれ、好ましいと考えながらも人外に対する思いの違いから二人がそれ以上の接近をすることはなかった。
心残りがありながら事務所を後にする横山。
 
『ありがとう』
 
少女の声が聞こえた気がした。
                   ・
                   ・
「貴様、群井の事務所から出てきたな」
 
横山がMurai Ghost Sweeper Officeの帰り道、見知らぬ女性(五月)に声をかけられた。
普段はザンバラ髪というか無造作ヘアの五月も監督の意向できっちり髪をセットして出演しているのだがこれが元々可愛らしく可憐な容姿をしているために等身大の市松人形のような容姿になっていた。……まぁその口から紡がれる言葉はいつもどおりなのだが。
 
「あなたは?」
 
「霊能力者か……群井の仲間であるのなら覚悟してもらおう」
 
いきなり殴りかかってくる女性の拳を咄嗟にかわす。
 
女性の拳はアスファルトを叩き、それを砕いた。
この辺りは実際に五月にアスファルトを手加減して殴ってもらい撮った画像だ。
五月が本気で殴ればここまで派手にアスファルトが飛び散ったりしない。穴が開くだけだからな。
 
「な!?」
 
いきなりの攻撃と、そのあまりの威力に言葉をなくす横山。
 
「かわしたか。だが次でしとめる」
 
五月の手加減をした(本気でやったら銀ちゃんが殺されてしまうからな)動きを派手に、実際問題大きく避けなければ銀ちゃんじゃあ避けることはできないんだが。派手に避ける横山。
その動きの差は歴然で、横山の命はわけのわからぬままに殺されてしまいそうになるのだが、それを押しとどめる声がかけられる。
 
「止めて下さい! 多喜さん」
 
多喜(五月)を押しとどめたのは以前由美から逃げ惑っていた幽霊の少女だった。
 
「繭か」
 
「その人なんですよ。以前私を助けてくれたのは」
 
「なに? ……おい、人間。貴様は群井の部下じゃないのか?」
 
「あ、あぁ、そうだが」
 
いつでも自分を殺せそうな女性を前に緊張を隠せない横山。
しかしその瞳はすでに廃人の瞳ではなく、戦士の瞳に変わっていた。
敵わない。だがただでは済まさない。
それを決意ととるか、開き直りととるかは別にしてもだ。
 
「……誤解だったようだ。済まなかった。俺は鬼の多喜だ」
 
「何故あんたは群井さんの仲間を襲う?」
 
「群井は俺に、いや、俺たちにとって敵だからだ」
 
「確かに人外に対する異常な攻撃性で知られているが……」
 
「奴らがその程度ですむものか! ……貴様、真実……いや、現実を知る勇気はあるか?」
 
「現実?」
 
「繭を助けてくれた礼だ。貴様が望むなら群井が何をしてきたかを教えてやる」
 
踵を返し歩み去る多喜。
横山はその後についていった。
 
「……これから案内する場所は俺の親友が人間達の中に紛れ込んで、信用の置けるG・Sに頼み込んで用意してくれた隠れ家だ。他のG・Sども、特に群井たちには他言するな。もしそんなことをすれば繭の恩人だろうと貴様を殺す」
 
「……さっきから聞いていれば殺す殺すと物騒だな」
 
「そこに隠れている連中は戦闘能力がないものがほとんどだ。そいつらを守るためには多少乱暴でもそうする他にない。……俺は自身、強い自信はあるが他の連中を常に守ってやれるとは限らないからな」
 
それを聞いて横山はある意味で得心する。
 
「納得したのか? 珍しい人間だな」
 
「貴女ほどの戦士が自分の限界を認めて下した決断には敬意を払うべきでしょう?」
 
「……改めて詫びる。どうやら俺は余裕をなくしてしまっているらしい。……そんなことは何の言い訳にもならないが、誤解で貴様、……お前に対して拳を向けたことを謝罪しよう」
 
多喜は今までとは違いしっかりと横山の方に顔を向け頭を下げた。
これは鬼の価値観、戦士の価値観として多喜が横山を認めたことを表現したつもりなのだが観衆にはそれは伝わっているのだろうか?
 
横山が案内されたのは何の特徴もない雑居ビルだった。
しかし一歩中に入って横山が驚愕する。
 
「結界!? こんなに強力なのに外からはわからなかった」
 
「俺の親友が作った結界だからな。……ついて来い」
 
多喜の開いた扉の先にはかなりの数の浮遊霊(ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さん)や猫又の親子(美衣さんとケイ)、机から上半身を生やした少女(愛子)などが寄り添っていた。
本来ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんはカメラに映るほどには実体化されてないのだが、ジェームス伝次郎がステージに立つときのように精霊石で存在を一時的に強化をして固着化している。
 
「ここにいる連中は皆、群井に追われた連中がどうにか逃げ延びた者達だ。だが逃げ延びれなかったものも大勢いる。俺の一族も俺を残して群井に殺された。まだ戦う力のなかった子供たちまでな」
 
「私は美耶、この子はコウと言う猫又の親子です。山の中で静かに暮らしていたのですが、突然奴らがやってきて親子命からがら逃げたところをここの皆さんに救われました」
 
「私は学校の机から生まれた妖怪のメグミよ。私はただ学生達を見守っていたかっただけなのに妖怪だという理由だけで殺されそうになったわ」
 
みなが口々に自分達が置かれた境遇を語る。
誰もが人外という理由だけで群井たちに襲われていた。
 
「これも現実だ。この中にはむしろ人間を守ろうとしていたものもいるのに……だ」
 
横山はここで自分がここわずかな間に起きたことに思いをはせる。
己の無知蒙昧のために壊してしまったカップル。
そして死んでしまった少女。
彼女は己の命をかけるほどにあの幽霊を愛していた。
そしてマイヤとの出会いと別離。
群井達との邂逅と、目の前にいる人外達の嘆き。
 
横山はゆっくりと目を閉じる。
 
「俺は人間だから、群井さん達が言うこともわかる。……でも、あなた達の話を聞いてやっぱり心のどこかで何か違うと訴えかけて来るんだ。いや、その思い自身はもっと前から持っていた。……ある二人の女性が教えてくれた。……今の俺ならはっきりわかる。……俺は人外の、吸血鬼の女性を愛してしまった」
 
決意のような趣で言葉を紡ぐ横山。
 
「ちょっと待て、吸血鬼の女だと?……まさかお前、横山駿作なのか?」
 
「ん、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前は横山駿作だ。でも何故俺の名前を?」
 
「この結界を作った俺の親友の名前はマイヤ=アルリシアだ。まさかお前がマイヤの思い人であったとはな」
 
「俺が、マイヤの思い人?」
 
「……どうやらいらぬ事まで喋ってしまったようだな。許せ」
 
「そうか……俺は」
 
「お前に正体がばれてからマイヤは沈んでいる。会いにいってやってくれれば嬉しい」
 
「もちろんだ。俺も会いたい。会って、礼を言いたい。侘びを言いたい」
 
多喜が好意的な視線を向けるところに一人の浮遊霊が飛び込んできた。
 
「大変だ! マイヤちゃんの所に群井の奴が向かっている!」
 
息を呑む多喜と横山。



[523] Re[4]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:20
 ≪横島≫
 傷つき今にも倒れそうなマイヤとそれに対峙する慎二。
 
「何故なの? 何故貴方は私たちを狩ろうとするの?」
 
「別にお前そのものに恨みがあるわけではない。だが人間と人外は共存などできない。お前のように一見人間に協力的な人外は返って人間にとっては危険なんだ。人外への警戒心を薄れさせてしまう」
 
「そんな! 私たちはただ平和に暮らしたいだけなのに」
 
「……そうだな。お前達の生活圏を奪ったのも人間なら、俺のこれだとて八つ当たりに過ぎない。でも俺は、……俺は己を止めることはできないし、止めるつもりもない!」
 
慎二は剣(アロンダイトではなくゼクウの神剣を借りた)を構えるとマイヤの心臓に突き立てた。
 
ドアが吹き飛ぶように開けられると多喜が、遅れて横山が入ってくる。
多喜は慎二を警戒しながら、横山は一目散にマイヤに近寄る。
慎二は瞳を閉じて三人の会話が済むのを待っていた。
 
「マイヤ!」
 
「多喜、それに横山さん。何で? ……騙していてごめんなさいね、横山さん。でも、最期に貴方に会えて嬉しかった。多喜も早く逃げて。群井の力は異常よ。貴女でもかなわない……」
 
マイヤはそれだけ言うと事切れる。
後には僅かな灰が残るばかりだった。
 
「一応言っておくが、如何に吸血鬼とはいえ俺の剣で貫かれれば復活するのは不可能だ。故にその灰を棺桶に持っていっても無駄だぞ」
 
「あぁぁぁあぁ!」
 
神通棍を抜いて慎二に切りかかろうとする横山。
慎二はその一撃を受け流し手にした神剣で横山を打ち据えた。
その一撃で昏倒する横山。
 
「貴様ぁぁあ! 俺の一族に続き、親友までも手にかけるのか!」
 
「鬼? そうか、あの里の生き残りか。……済まなかったな。愛するものに先立たれるのは辛かっただろう? 今、同じ場所に送ってあげよう」
 
一種の優しさのようなものすら滲ませて慎二は言葉を放つ。
 
「ふざけるなぁ!」
 
慎二に向かって多喜が殴りかかる。
それは横山を相手にしたものよりも更に激しいものだった。
まぁ、相手が銀ちゃんじゃなく俺だって言うのが主な理由なのだが。
お互い魅せる戦闘などとは無縁な、どちらかといえば武骨な戦闘法を得意としているのだが言ってみれば総合格闘技(それも実際にそういう試合の映像よりもはるかに高度な)の映像を見ているようなものなので下手に魅せる戦いをするよりもその迫力は伝わるようだ。それに武骨とはいえ無駄のほとんどない五月の体術は結果的に舞に通じる洗練された動きに近いものがある。その容姿と組み合わさって十分に魅せることができるだろう。
実際に試写会場に訪れた観客から息を飲むような声や感嘆の声が上がっている。
某打撃系格闘大会の日本人チャンピオンが席から半ば身を乗り出してその攻防を見ていた。
 
純粋な武術的な腕前は俺よりも五月にまだ分がある。
こちらは剣を使っているが使い慣れた霊波刀やアロンダイトではないためにあまりそれを有効に使えず、映画にも関わらず大真面目に戦って映像を撮っているので徐々に慎二が押されていく。
そしてとうとう多喜の拳が慎二の腹を貫いた。
 
一瞬喜色を浮かべるがその表情はすぐさま驚愕に変わる。
腹を貫いた(映像を撮る時は特殊なオカルト的な効果を使っていると嘘をついているし、身内は五月しか撮影に立ち会っていないのだから五月以外は知らないが本当に五月の拳が俺の腹を貫いていた)その腕を慎二が掴み取ったからだ。
 
「……なかなか良い狂気だ。……だがな、その程度の狂気で……俺の狂気が止められるかぁ!」
 
慎二は多喜を抱きしめると手にした神剣で多喜の背中から自分のほうに向かって貫いた。(これには特殊効果というか俺の霊波刀とタイガーの精神感応を使っている。五月は自分も神剣でかまわないといっていたが流石に神剣で貫通はまずいということで納得してもらった。拳の方は貫通させなくてもよかったしな。出血は派手だが実際には皮膚の部分以外は極細くした霊波刀で貫通させているためそれほどの怪我ではないし怪我は文珠で完全に治した)
 
慎二は貫かれた腹を押さえながらよろよろと横山に近寄った。
 
「横山君、起きているかい? 身体は動かないかもしれないけど意識はあるんじゃないかな? 俺の剣は人外にはことの他効くが、その分人間は斬れないようにできている。……由美には悪いが、どうやら君と俺の運命という奴は一瞬だけ交じりあうだけだったらしい。残念だよ。……俺にとっての人外が、君にとっての俺とはね。……皮肉な話だ。もしも敵を討ちたいというのなら、彼女の故郷で会おう。俺は近々その島に攻撃を仕掛ける。……俺を止めるというのなら止めて見せてくれ」
 
慎二はそれだけ言うとその場を去っていった。
 
横山の傍にあの少女が残された。
 
「……ごめんなさい。それと勝手なお願いだけど、どうか慎二を止めて欲しい。慎二も、由美も何かを滅ぼす度に心を磨り減らしていっている」
 
「……君は、何者なんだ」
 
「……私は残留思念。故に波長の合うものにしか私の声は届かない。群井慎二と由美の縁者よ。……本当にごめんなさい。無理なお願いかもしれないけどどうか慎二を恨まないであげて欲しい。慎二がああなってしまった原因は私にあるのだから」
 
それだけ言うと少女の残留思念(心見)は消えてしまった。
 
そして横山は様子を見に来た美耶(美衣さん)と繭に助け出されるまで身体を動かすことはできなかった。
マイヤや多喜のことを思い涙を流すことしか。
                   ・
                   ・
 彼らの流儀で行われる鎮魂がしめやかに行われる
マイヤも多喜も彼らの中心であり、彼らの庇護者であった者たちであり、その席は悲しく沈んでいた。
横山もマイヤだった灰の入った骨壷を抱えてその席に加わった。
多喜の遺骸はすでに埋葬されている。
その席に一人の女性が駆けつけてきた。
 
「芳川さん」
 
「話は聞いたわ~。協会とオカルトGメンのほうには連絡を入れておいたから当分はここは安全よ~。だからここから出ないで欲しいの~」
 
人外たちを保護していたG・S、芳川多恵子だ。
多恵子は繭や美耶と二言三言会話した後横山のもとに来た。
 
「あなたがマイヤちゃんの~。私はみんなの保護をしているゴーストスイーパーの芳川多恵子です~。この度は~残念な結果になってしまいました~。あなたも一緒にマイヤちゃんや多喜ちゃんの冥福を祈ってあげてくださいね~」
 
間延びした声を直すことはできなかったがそれでも厳粛な空気だけは出すことができるようになった。
 
「貴女が、彼等を保護していたゴーストスイーパー?」
 
「そうよ~。折角お話ができるんですもの~。お互いに滅ぼしあうなんて悲しいじゃないの~。群井さんの考え方は違うようだけどね~」
 
横山は慎二が話していたことを芳川に伝えた。
 
「それは問題ね~。でも~、法的に彼等を拘束することは不可能ね~。マイヤちゃんは正式に私の庇護下に会ったわけではないし~、仮にあったとしても襲われたのでやむなく対処したなんていわれたらそれを否定できる証拠はないもの~」
 
除霊を行って、仮にそれが悪霊なんかじゃなくてもよほどのことがない限りはそれを罰する法律はない。
俺がアシモト首相に頼んだあの法律でもなければ。
 
「とにかくマイヤの故郷に危機を知らせないと。芳川さんはマイヤの故郷をご存知ですか?」
 
「知っているわよ~。でも知ってどうするのかしら~? 敵討ちがしたいというのなら容認できないわ~」
 
「どうしても、俺の手でマイヤの故郷を守りたいんです。俺の手で……。群井さんに復讐するつもりは……ありません。俺にはその資格はもうありませんから」
 
「……いいわ~。私ともう一人、ゴーストスイーパーを連れて一緒にマイヤちゃんの故郷のブラドー島に行きましょう~」
 
芳川は携帯電話を取り出すと誰かに連絡を入れて横山を空港へといざなった。
                   ・
                   ・
 空港に現れたのは苅田神父だった。
 
「苅田神父!?」
 
「話は聞かせてもらったよ。私も協力をさせてもらうよ」
 
「神父はいつも私のお手伝いをしてくれてるんですよ~」
 
「芳川君の考え方はゴーストスイーパーの中でも異端だからね。協力者は少ないが私も無闇に滅ぼしあうよりは戦わない方がずっといいと思うから彼女に協力をさせてもらっている」
 
「神父は、俺のことを知っていたんですか?」
 
「……いや、マイヤ君と面識がなかったではないが最近は会っていなかったからね。君のことも知らなかった」
 
そういって済まなそうに謝る神父。
 
「謝らないでください。神父は何も悪くはないのだから。……行きましょう」
 
一路機上の人となる。



[523] Re[5]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:21
 ≪横島≫
 「シニョリータ芳川、お久しぶりです」
 
イタリアの空港で三人を迎えたのは金髪の青年だった。
 
「お久しぶりですピエットさん~。紹介しますね~。こちらはゴーストスイーパーの苅田神父と横山君よ~。それで彼がマイヤちゃんのお兄さんで吸血鬼のピエットさん~」
 
「ピエットといいます。正式名称は違うのですが長いし覚えにくいのでピエットと呼んでください」
 
「苅田です。よろしく」
 
「横山です」
 
「……お二人とも、ボクが吸血鬼だと知っても態度を変えないんですね」
 
「おかしいかい?」
 
「珍しいですよ。大抵の人は僕が吸血鬼だとわかると忌避するか、ボクを殺そうとするかでしたから」
 
ピエット(ピート)は半分諦観の交じった笑顔を向ける。
 
横山は意を決したように素焼きのつぼをピエットに差し出した。
 
「連絡は受けてます。……お帰り、マイヤ」
 
マイヤの灰が詰められた壷を笑顔で受け取るピエット。
 
「……何で、何で笑っていられるんですか! マイヤさんが殺されたのに悲しくはないんですか!」
 
「……横山さん。ありがとうございます」
 
涙交じりにピエットを非難する横山にピエットは深々と頭を下げた。
 
「え!?」
 
「長く生きてきて、学んだことがいくつかあります。人間は容易く嘘をつく。でも、怒りにだけは嘘をつかない。……横山さんはマイヤのために本気で怒ってくれた。だからマイヤのことを本当に大切に思ってくれていたということがわかったんです。だから、ありがとう。……ボクはこれでも700年以上生きてきているんです。同族の中では比較的若い方ですけどね。700年の間にボクの父を含めて人間を殺める側に回った同族も、妹のように人間と親和を図ろうとした同族もいました。吸血鬼であることを隠して人間の中に暮らしたこともありました。それから人間と敵対した同族、親和を図ろうとした同族を問わず人間に滅ぼされる同族もね。……長く生きていればそれだけ別離も多く経験します。いつからか諦めてしまうようになったんです。人間に忌避されることも、親しい人との別離も。……だから、せめて死んでしまった者達が安心して神の身元にいけるように心安らかに送ることにしたんです。別離の悲しみは誰かに殺されるまで死ぬことのない不老のボク達には避けては通れない道ですから」
 
ピエットは胸元から銀の十字架を取り出すと黙祷した。
 
「だからと言って悲しくないわけではないんですよ。吸血鬼と言う理由だけで今まで誰一人人間から直接血を吸ってこなかった妹が殺されたことに対して怒りを覚えてもいます。でも、横山さんや皆さんは妹のために悲しんでくれている。怒ってくれている。ボク達の危機を知らせるためにわざわざイタリアまで来てくれている。……だから、ありがとうなんです」
 
「横山君。私たちと彼らでは生きてきた時間も、常識も違うんだ。抑えたまえ」
 
「すいませんでした。……自分ばかり悲しいものだと錯覚を起こしてしまって。そんなはずないのに」
 
「横山さん。妹は殺される前にあなたのことを手紙で母に残しているんですよ。妹が最後に、あなたのような人間に恋をすることができて本当によかったと思います。……すいません、貴方の気持ちも考えず」
 
「ピエットさん~、そろそろ行きましょうか~? ブラドー島までは遠いでしょう?」
 
「大丈夫ですよ。……確かにブラドー島は何もない島なのでこの後小型飛行機に乗りあえた後、更に船に乗り換えなければいけませんが今回は父親から使い魔を借りてきましたから」
 
「カー」
 
ピートの影から一匹の鴉(ユリン)が飛び出した。
 
「流石に人目のあるところだとまずいので海岸線まで移動しましょうか」
 
海岸線まで移動したあとピエットはユリンを巨大化させて驚く横山達をその背中に乗せてブラドー島まで飛び立つ。(イタリア政府の許可は取って撮影した)
                   ・
                   ・
 「余がブラドー伯爵だ。見知りおき願おうか」
 
ブラドー島の映像を二分間ほど流した後、場面はブラドーの居城、玉座の間に移る。
玉座に座るブラドー伯爵の傍らには美しい妃(リリシア)が控えている。
横山が伯爵に来訪の目的を教えた。
 
「……なるほど。マイヤを滅ぼしたものどもがこの島に来るか。時代が変わっても人間というものは変わらんな。……いや、少しは変化をしていると言うことか。……いずれにせよ礼を言おう。この島の住人は全て吸血鬼とヴァンパイア・ハーフだが、余の他に過去を含めて人間を襲い血を啜った者はいない。余とてもう700年は人の血を吸うてはいないがな。……そして戦う技術を持っているのも余と我が妻と、ピエットくらいのものだ。人間より優れた身体能力を持つとはいえ、不意をつかれてしまえば島民の被害は甚大であったろう」
 
「私はブラドーの妻でリーリエと申します。さぁ、皆さん。今日は慣れない飛行でお疲れでしょう? 部屋を用意しましたからそこでおやすみなさいな。吸血鬼の居城でも棺桶以外の睡眠設備はあるから安心なさって」
 
リーリエの案内で三人は奥の寝室に案内された。
 
「吸血鬼の居城と言ってもあまりおどろおどろしい雰囲気はないのですね」
 
「貴方は神父だから、いえ、普通の人間ならそう思っても仕方ないかしら。でも、さっきあの人が言ったとおり、この島の吸血鬼は人の血を吸わず、農業や漁業で生きる糧を得ているのよ。それがどういう意味かわかるでしょう?」
 
「太陽の光をものともしないということですか」
 
「夜のほうが調子がいいのは確かですけどね。ついでに言えばピエットや島民の一部はクリスチャンでもあるのよ。どう? 信じられるかしら」
 
常識的ではないな。
 
「我々は吸血鬼というものに大きな誤解があるようだね」
 
「あながちマチガイじゃない部分だってあるわよ。血を啜る吸血鬼があなた方にとって危険な存在だっていうことは間違いありませんもの」
 
リーリエは嫣然と微笑んだ。
                   ・
                   ・
画面は切り替わってそこは飛行機(VTOL)の中。特別性の飛行機には座席が並ぶのではなく個室が用意されている。
青嶋は筋肉トレーニングを、宇尾は瞑想を行い、ロウは女性(マリア)の頭部を外してチューニングを行っていた。
その個室の一室で群井は仮眠を取っていた。そこに群井の妹、由美が訪ねてくる。
 
 「兄さん」
 
「……由美か」
 
ベッドに横たわる上半身裸の群井の身体には大小さまざまな傷跡が刻まれていた。(霊気のコーティングで隠していた傷跡の一部を表に出した)その腹にはまだ新しい傷跡ができている。
 
「横山君のことはすまなかったな。おそらく彼が俺達の仲間になることはあるまい。……俺が横山君から大切なものを奪ってしまったのだからね」
 
群井は済まなそうに微笑んだ。
 
「横山君に惚れていたんだろう? 今からでも遅くない。由美、うちの事務所を辞めないか? そうすれば……少なくとも横山君と戦う理由はなくなる」
 
「兄さん!」
 
「由美が人外を滅ぼすたびに心をいためているのは知っている。そして、由美には俺や青嶋や宇尾のように人外を憎む理由はないはずだ」
 
「兄さん。もう止めて。……私は兄さんを独りにしないから」
 
「由美……。……俺は人外と倶に天を戴けない。全ての人外をこの地上から消し去るまで、きっと止まることはできない。でも、横山君になら止められても(殺されても)かまわないと思っているんだよ。その時、横山君を恨まないと誓ってくれないか? 憎悪の連鎖は必ず俺みたいな人間を作り出してしまう。俺みたいな愚か者をこれ以上作り出さないためにも……」
 
「兄さん。兄さんは横山に殺されるつもりなの?」
 
「まさか。俺はこの地上から全ての人外を消し去るまで止まれない。……止まらないさ」
 
群井はまっすぐに窓の外を見やる。画面はそこから映像を先延ばし、はるか先にブラドー島を映した。
戦いの時は刻一刻と近寄っている。
 
そのブラドー島の一角で、まっすぐにやってくる飛行機を悲しげに見つめる双眸があった。
その双眸の持ち主はまだ幼い少女、名はジリエラ。



[523] Re[6]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:21
 ≪横島≫
映像は再びブラドー島に戻る。
 
「皆さんの申し出は嬉しいのですが、これはボク達の問題です。マイヤの思い人や恩人達を危険な目にあわせるわけには行きません」
 
「何も私たちだって殺し合いがしたいわけじゃあないわ~。でも~、同じ人間同士なら戦わない方法も取れるんじゃないかしら~」
 
「それに、この島の人たちの大半は戦う力を持たないというじゃないか。その人たちを見捨てるわけには行かないよ」
 
「俺は、俺はもう一度群井さんと話がしてみたい。……それにマイヤの故郷を見捨てるわけにはいかない」
 
「皆さん……」
 
「ピエット、その辺にしておきなさい。同情でもなく、憐憫でもなく、自らの意思で戦いに赴こうとするものに過度の心配は失礼と言うものよ」
 
「しかし」
 
「横山、この剣を持っていけ。その棒切れよりは役に立つはずだ」
 
ブラドー伯爵が横山に一振りの剣(アロンダイト)を手渡した。
 
「この剣は?」
 
「かつて主君を裏切り、己の親友の弟を切り殺した騎士が持った剣よ。彼の騎士王をも凌ぐ武力の持ち主であった最強の騎士、湖の騎士ランスロットのな。それと我が使い魔を貸そう。娘を滅ぼしたものと話をするにはそのくらいの力は必要であろう?」
 
「……ありがとうございます」
 
「リーリエ、女子供の避難はすでに終わっているな?」
 
「えぇあなた」
 
「余の蝙蝠がこの島に向かってくるVTOL機を見つけた。戦いが始まるぞ」
 
ブラドー伯爵がマントを翻してそう宣言する。
                   ・
                   ・
 群井達の乗った飛行機は空中で停止してみせた。
正確にはヘリコプターのようにホバリングをしている。
そこから三人、由美、青嶋、宇尾、ロウの四人がアンドロイドの二人に抱えられて島に降り立った。
 
「……待ち構えられていたと言うことかしらね? 横山」
 
居並ぶ横山達を一瞥して由美がそう発する。
 
「……群井さんともう一度話がしたいんだ。そしてこんなことはもう停めてもらう」
 
「無理よ。兄さんは誰かが停めてくれるまで決して止まらない。そして私は兄さんを殺させるわけには行かない。……交渉の余地など最初からないわ」
 
「それでも……まかり通る!」
 
「どれ、余、自ら露払いをしてやるとしよう。横山、貴様は群井とか言う男のもとに行くがいい」
 
青嶋、宇尾が邪魔をしようとするがそれをリーリエとピエットが間に割って入る。ブラドー自身は由美を相手取ることにしたようだ。
 
「ふむ。少々狭いようだな。G・Sの諸君、少し場所を変えないかね?」
 
「……いいでしょう」
 
ロウは悠然と歩を進め場所を移動する。
 
そして皆から大分遠ざかったところ、皆の戦いがよく見える小高い丘の上で苅田神父と芳川に提案をしてきた。
 
「どうだね? ここはお互いこの戦いに手出しをしない休戦を結ばないか?」
 
「どういうつもりかしら~?」
 
「私は群井の協力者であって部下ではない。青嶋や宇尾のように人外に対して恨みもなければ由美のように群井の身を案じているわけでもない。私にとって群井、そして横山は興味深い観察対象で、研究対象だからな。その観察の邪魔はされたくないのだよ。……人間の意志がどれほどの力を発揮するか。興味深いとは思わないかね?」
 
「貴方が戦闘を停めるのは歓迎するが、横山君や皆の応援に向かわねばならないのでね」
 
アンドロイドの腕から機銃が発射されて苅田と芳川の間の地面を抉った。
 
「邪魔はされたくないといっただろう? 銀の弾丸は吸血鬼にも効くが人間を殺すことも造作もない。そしていかに霊能力を持っていたとしても防ぐのは難しいぞ? 我が娘達のセンサーは優秀だ。お前達がおかしなまねをしようとすればすぐにでも察知する。私としては無駄な殺戮は趣味ではないのだがね」
 
「くっ……」
 
「……信じるのだな。自らの仲間というものを」
 
ロウははるか上空の飛行機と、そこにまっすぐん向かう一羽の大鴉の背に乗った横山にまっすぐに注がれた。
                   ・
                   ・
 ブラドー伯爵と由美が相対していた。
 
「人間の娘よ。本当に余とやりあって勝てるつもりなのかね?」
 
「無理でしょうね。兄さんならいざ知らず、私では貴方の相手はつとまらなそう」
 
「ふむ。そこまでわかっていながら挑むか。人間とはつくづく奇妙な生き物だな。……一つ賭けをしないかね?」
 
「賭け……ですって?」
 
「我らの戦いの勝敗を、横山とお前の兄とやらの勝敗の結果にゆだねてみる気はあるかね?」
 
「……それで貴方にどんなメリットがあるというのよ? その気になれば簡単に私を殺せるあなたに」
 
「娘が愛した男の力を見ていたい。それが理由だ」
 
ブラドー伯爵もまた、自らの使い魔にのった横山に視線を送っていた。
                   ・
                   ・
 青嶋とリーリエが遠い間合いで睨み合う。
 
「貴方はなぜ、そこまで人外を憎むのかしら?」
 
「俺の母親は人外に殺された。理不尽な理由でな」
 
「……そう、かわいそうな坊や。ママの温もりが恋しいのね?……でも、娘を理不尽に殺された母親というのも悲しいのよ。貴方にそのことを教えてあげる」
 
「っらぁ!」
 
青嶋が十数個の霊波砲を放つ。
 
「『神に棄てられし哀れな機織女。その哀しみでわれらを包め!』アルケニー」
 
蜘蛛女の八つ足がその霊波砲を完全に防いだ。
 
「手荒い子ね。ならこういうのはどうかしら?『夜の使い、翼を持つ鼠、首狩しもの。その手に持ちし弔いの刀を我が敵に振るえ!』カマソッソ」
 
マヤ神話に伝わる冥界の蝙蝠を呼び出し青嶋を攻撃するが青嶋は魔装術を展開してその攻撃を防いだ。
 
「魔装術ですの?」
 
「あぁぁああぁあ!」
 
青嶋の叫びが音波砲となり岩を砕き、炎が大地を焦がし、風がリーリエを地面に釘づける
リーリエは負けじと龍の蛟、エジプトの魔獣アーマーン、火の妖精ジャック=オー=ランタンなどを呼び出し応戦した。
この映画の中で最も派手な戦闘がここに展開され観客の視線が奪われるのがわかる。
                   ・
                   ・
 ピエットは宇尾と相対していた。その近くにはスキやフォークを構えた島の男達が
「君は、純粋な人間ではないね?」
 
「わかりますカイノー」
 
宇尾が人虎の姿をとる。
 
「ワータイガー。何故それなのに人外を排斥する!?」
 
「ワッシの両親は普通の人間ジャー。だけど遠い祖先に人虎が交じっていたばかりにわっしは迫害され続けたんジャー。それを救い上げてくれたんが群井さんですケン。だからワッシはワッシみたいな者をこの先作らんためにも、人外と人が交わることのない世界が作りたいんジャー」
 
「ふざけるな! 君がこれまでどういう眼にあってきたかは知らない。けどな! そんな理由でボクの妹を奪ったというのか!? 問題があるのは僕らや君を迫害する人間じゃあないか!」
 
「ワッシは人間ジャー! ……だから人間の気持ちもわかりますケン」
 
「クッ……ボクたちが争う理由などないと言うのに」
 
「ワッシは群井さんのために、あんたは横山さんのために、それで理由になりませんカイノー?」
 
宇尾が先に仕掛けた。十字架と聖水を投げつける。
 
「無駄だよ。クリスチャンのボクには十字架も聖水も弱点足り得ない」
 
島民を庇うようにピエットがその攻撃を受ける。
 
「ク……」
 
「父と、子と、聖霊の名において命ずる。殺害の王子よ、退散せしめよ! アーメン!」
 
「本気で聖なるエネルギーを使えるのか!」
 
霊波攻撃をかわして肉弾戦に持ち込もうとする宇尾。
しかし霧化したピエットの前にそれをかわされてしまう。
十字架と聖水のために距離を開けていた島民達の接近に合わせていったん後ろに下がった。
 
「フンガー!」
 
通常の手段で攻撃ができないと知った宇尾は周囲を密林に変え(精神感応)長期戦に持ち込む。
 
「ボクが察知できない?」
 
「密林はワッシの領域ですケン。簡単には負けられませんケンノー」
 
密林に溶け込む虎と吸血鬼の戦いは相手の様子を伺う展開になった。
島民たちはジャングルから襲う虎の群れに向かい手にした農具を振るい続ける。
そして映像は最後の戦い、横山と群井に移った。



[523] Re[7]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:21
 ≪横島≫
 夕焼けに赤く染まる空。飛行機の上空まで鴉が登ったところで鴉がいきなり斬りつけられた。
横山はその翼の上に飛び降りるも鴉は地面へと落ちてしまう。
 
「……来たね、横山君。」
 
ホバリングしている飛行機の翼の上で神剣を持った慎二が横山を待ち受けていた。
 
「群井さん。考え直してくれませんか?」
 
「君は……俺が憎くないのかい?」
 
「……正直に言えばにくいです。でもそれ以上に悲しくて、悔しくて、不甲斐ないんです。……由美さんを俺のようにはしたくない。でも貴方は止めて見せる! マイヤが人間との共存を夢見たと言うのなら俺がそれを成し遂げる!」
 
「……君は、俺と同じだと思っていたよ。でも違った。君は俺よりもずっと強いんだな。……でも今更止まることはできない。どうしても止めると言うのなら殺して止めて見せろ!」
 
「群井さん!」
 
慎二は最早語らず手にした神剣で横山に切りかかる。
足場はホバリングしている飛行機の翼の上だというのに一切の躊躇もなく踏み込みきりつける。
横山はそれをすんでの所でアロンダイトで受け止めた。
 
「……いい剣だな。並みの霊剣や神通棍なら諸共切り捨てられたものを」
 
「群井さん」
 
「さぁ、かかって来い。君の次はあのドラキュリーナ(女吸血鬼)の家族を切り捨てねばならないのだから」
 
「させない!」
 
横山もまた聖霊石を目くらましに使い、アロンダイトで切りつける。
 
「そうだ。ソレでいい。……だが甘いぞ!」
 
慎二の周囲に煙が立ち昇るとその顔は馬のそれに(ゼクウ)変わる。
 
「……魔装術。悪魔と契約を交わしてその力で魂と肉体を同化させて霊力を物質化させる術。その術そのものは邪悪ではないが、一歩間違えれば自らを魔物に変えてしまう禁断の術。しかもその姿は、……群井さん、貴方!?」
 
「なかなか博識だな。……だが少し違う。俺の場合は自ら望んでこの身を魔物に貶めたのさ。限りある人間の寿命でこの地上から全ての人外を駆逐することは不可能だからね。この地上から全ての人外を葬り去った後、この身を殺せば俺の願いは成就される!」
 
「貴方、もう……」
 
「言っただろう? 俺はもう止まれない。止めるのなら殺して見せろと。何一つ守れぬこの身の行く末など無様に野たれ死ぬ以外に用意していないのさ」
 
ふと、慎二は赤い空を見やる。
 
「……世界が夕焼けに染まるこの時間、ある映画監督は世界が最も美しい時間だとこの時間だけで映画を撮り続けたこともあるそうだ。だが古来よりこの時間帯は魔と人が出会う時間。逢う魔ヶ時と呼ばれてきた。……世界の片隅のこの小さな島でのことだが、人外を滅ぼさんとする者と、人外を愛してしまった者。決着をつけるにふさわしいと思わんかね?」
 
「群井さん。何故そこまで……」
 
「俺の心はすでに殺されている。この身体は仇をとる……いや、八つ当たりをするためだけに生きているに過ぎない」
 
そこから先の戦闘は一方的なものとなった。
慎二が横山を斬りつけ、横山はアロンダイトでそれを受けるも受けきることができず、次々に新しい傷を作り出す。
そしてとうとう慎二の剣が横山の腹部を貫いた。
 
会場内から息を呑む声が聞こえる。
                   ・
                   ・
 小高い丘の上からは殺し合う様子がよく見て取れた。
異形の鎧を纏った青嶋がリーリエが呼び出す魔物と殺しあう様。
密林の中でピエットに時折襲いくる人虎と密林ごと虎を吹き飛ばそうとしているピエット、破壊される密林と再生される密林がビデオの早回しや巻き戻しを繰り返すような異様な戦闘。
そして虎に農具を振るい、吸血鬼に噛み付き爪で引き裂かんとする虎の殺し合い。
それを悲しそうに見つめる芳川と顔をしかめる苅田神父。ロウと髪の短いアンドロイド(マリア)はそれを無表情に見つめていた。
時折心配そうにはるか上空を見つめる二人と、何かの装置が作動しているのか上空の様子を観察し続ける髪の長いアンドロイド(テレサ)。
その間に一人の少女が割って入った。
 
「ジリエラ? 何故君がこんなところに……」
 
あまりの唐突な出現に疑問をぶつける苅田神父。しかしジリエラはそれに応えずに小さく呟く。
 
「……哀しいね」
 
ジリエラの呟きに一同の視線が集中した。
 
「哀しいよね」
 
「そうだね。自らを守るため、自らの意思のために暴力を振るって解決するしかないと言うのは哀しいことだ」
 
苅田神父の台詞にジリエラはかぶりを振るう。
 
「違うのだ! それも哀しいけどこれは違うのだ! ここにいるのは皆大切な人と静かに、平和に暮らしたい人たち、暮らしたかった人たちだけなのだ。それなのに、それだけなのに憎しみあって、殺しあわなきゃならないなんて絶対におかしいのだ! そんなの絶対に間違っているのだ!」
 
絶叫ともいえる叫び。
 
「……皆、皆哀しいだけなのだ。争う理由なんて本当は何処にもないのだ。哀しみで前が見えなくなっているからそれに気がつかないだけなのだ。……こんな事で殺し合いなんてしたら絶対に駄目なのだ」
 
ジリエラは着ていたコートを脱ぐと苅田神父達の元から離れた。
周囲に真白い羽が舞い、その姿を見て苅田神父は十字を切って神に祈る。
 
「……神よ……」
 
その視線の先には、一人の天使が翼をはためかせ空を舞っている。
 
その姿に会場から息を呑む声が聞こえるほどその姿は神々しい。(全くの本人ではないにしろ、彼女はセラフ・ガブリエルなのだからそれも当然だろう)
 
「……聞こえていますか? 私の声が。届いていますか? 私の祈りは……」
 
祈り、組まれたジリエラがその小さな手の中に虹色の宝石のようなもの(イリスの虹の涙)を奉げもつと、その宝石から黄昏時には本来起こらないはずの虹が生まれ、その光がブラドー島を覆いつくした。
これは映画で、映像にすぎないはずなのにそれでも何故か心が安らかになるような温かい光に包まれる。
 
「……ママ」
 
虹の光の中、青嶋の前には美しい女性の姿が現れた。
女性は青嶋のことを軽く抱擁する。
青嶋だけではない。その場にいる皆の周りに何かしらの事象が起こり、その場にいる全てのものが争うことを止めた。
あるものは歓喜の声を上げ、あるものは静かに涙を流した。
虹の涙は争う理由を失わせる。
その光はジリエラよりも更に上空、横山達にも届いていた。



[523] Re[8]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/25 22:25
 ≪横島≫
 あの少女、残留思念に姿を留めた少女は赤い海の中に倒れていた。
その前で赤く染まりながら呆けたように虚空を見つめ、無表情のまま涙を流し続ける少年(文珠で子供に戻った俺自身。銀ちゃんや監督には変身したマコラということにしてある)
幼馴染の少女を、名も知らぬ妖怪に目の前で殺された少年は潜在していた霊能力で自己防衛(惨殺)を果たす。
大好きだった少女と、それを殺し妖怪が命を散らしたその場所で、少年の心もまた命を散らしてしまった。
 
「……愛ちゃん……」
 
後悔と、悲しみと、苦痛だけを残して。
横山はそんな幻影を虹の光の中で見た。
                   ・
                   ・
 死。
もとより己とは実力が違い、さらには魔族化している慎二にと戦ってはその先にはそれしかない。
はずだった。
虹の光が下から上にも広がり上空の飛行機すらも包み込んだ。
 
「何だ? これは……」
 
止めを刺すことも忘れて虹の光に魅入る慎二。
そして品詞の横山の前には一人の女性が現れた。
 
「ま、マイヤ!?」
 
「……横山」
 
それ以上の言葉もなく見詰め合う二人。
刹那か、永劫かともつかぬ沈黙の後で二人の身体は重なり合った。
横山の体の中に消えていくようにマイヤの姿が溶けていった。
 
静かに眼を閉じ、ただ一筋だけ涙を流した横山は眼を見開き宣言した。
 
「群井さん。……貴方を、止めます」
 
「できるのかい? 君に」
 
「今の俺にはマイヤが力をかしてくれている。それに愛ちゃんにも、貴方を止めて欲しいと頼まれましたしね」 
 
その台詞にはじめて慎二が狼狽した。
 
その隙に横山が慎二に襲い掛かる。
 
そこからは俺とゼクウの八割がた本気の戦いとなった。
雪之丞程の派手さはないが、剣を結び、霊波砲が連射される。
文珠や超加速は使ってはいないが、俺とゼクウの戦い(お互い半ば以上殺気を出してやっている)は観客を圧倒するだけの迫力は出たようだ。
 
剣での戦闘はゼクウにはまだ敵わないが戦闘なら俺に分がある。
左腕に深手を負いながらも慎二を蹴り飛ばすことに成功した。
 
翼から落ちる慎二を半ば以上翼から身を乗り出して残された右腕一本で支える横山。
その右腕には慎二の左腕がしっかり握られている。
 
「横山君。無茶だ。その傷では君まで落ちてしまうぞ!」
 
人間の姿に戻った傷だらけの慎二は横山に向かって叫ぶ。
 
「大丈夫ですよ。マイヤが力を貸してくれる」
 
とはいっても一般人の銀ちゃんが片腕一本で俺の体を支えるのは演技じゃなくてもきついはずだ。
銀ちゃんには極細い霊波刀の糸で翼に括りつけてあるから落下の心配はないが俺にはそういう補助はつけていない。(地面に激突する前にユリンに拾い上げてもらうことになっている)
 
「いくらなんでもその傷じゃあ無理だ!」
 
横山は苦しそうに首を横に振るだけで聞かない。
 
「……この甘ちゃんが! 俺は君の恋人を殺した男なんだぞ!」
 
横山は応えない。
 
慎二はまるで憑き物が落ちたように表情を変えると残された右手に神剣を握りなおした。
 
「俺が言えたことではないのだが、一つだけ約束して欲しい。……君は、俺のようにはなるな」
 
「群井さん!」
 
慎二は神剣を振るい横山の顔が紅く染まる。
横山の左手に慎二の左手だけが残された。
 
虹の光の中、落下する慎二の前に一人の少女がが現れる。 
 
「愛……ちゃん」
 
「慎ちゃん、ごめんね。私が死んじゃったから慎ちゃんをずっと苦しめてきた。……これからはずっと一緒にいるから。たとえそこが地獄でもずっと一緒にいるから!」
 
少女に頭を抱きしめられた慎二は安らかな表情を浮かべる。その姿は徐々に小さくなり、かつて二人が一緒にいた子供のころの姿になると一際大きく光った虹の光の中に消えていった。
                   ・
                   ・
 顛末を見届けた横山は翼の上でとマイヤと対面していた。
 
「横山……ごめんなさい。それからありがとう」
 
「礼を言うのは俺のほうだよ。ありがとう、マイヤ。君にはいつも助けられっぱなしだ」
 
大怪我を負いながら、それでも精一杯の笑顔を作る横山。
二人とも気がついている。今ここに二人が出会えた奇跡がつかの間のものであると言うことを。
 
「マイヤ、君に出会えて本当によかった」
 
「私もよ。あなたに辛いことばかり押し付けてしまったのに」
 
「俺は、君に出会えたことは幸せだったと思っている。……別れは悲しかったけどね」
 
今度は、お互いが求めるように唇を重ねあった。
そして消えていく虹の光と共にマイヤの姿も消えうせた。
 
「……マイヤ」
 
気が抜けた横山は出血のために気を失った。
                   ・
                   ・
 気がつくとベッドの上だった。
 
「眼が覚めたの?」
 
「由美さん!?」
 
ベッドの傍で由美が横山の目覚めを待っていた。
 
「意識ははっきりしているようだから状況の説明をしておくわ。貴方はあの後出血のために意識を失い、医療設備のないブラドー島では治療ができないからヒーリングをかけつつ日本に空輸して手術を行ったわ。イタリアに運ばなかったのは命の危険はなさそうだったから。それくらい吸血鬼や苅田神父、芳川のヒーリングが強力だったってことね。時間的にはあれから三日が経過しているわ。貴方はその間心霊麻酔のために意識を失い続けていたわけね。どこか具合の悪いところはあるかしら?」
 
「……由美さん。群井さんのことなんですが……」
 
「死体は見つからなかったから表向きは除霊中の事故で行方不明ということになっているわ。……私もあの瞬間を見ているから。兄さんと愛姉さんが消えていくのを。……貴方には礼を言わなくてはね。ありがとう、兄さんを止めてくれて」
 
由美は少しさびしそうに笑った。
 
「兄さんも止めてもらいたかったのよ。これで兄さんもゆっくりと休むことができるわ。Murai Ghost Sweeper Officeは私が引き継いでこれからも活動していくことにした。……青嶋も、宇尾も人外を憎む理由を失ったからこれからは普通の除霊事務所としてね。ロウは貴方をここに運んでから姿を消したわ。予定とは違うがいいものを見せてもらった、ありがとうと言い残してね。和玖除霊事務所にも連絡を入れておいたからそのうち顔を見せるんじゃないかしら」
 
横山は再び意識がボヤけてきてそのまま眠るように意識を失った。
 
「横山、眠ったの?……大怪我だったものね。無理もないわ」
 
由美は目を閉じた横山に顔を近づけ唇を重ねようとするが直前でその位置を頬に移した。
 
「そこは……彼女の場所だったわね。でも、そのくらいは許してくれるでしょう?」
 
それだけ言うと由美は病室から出て行った。一度も振り返らずに。
                 ・
                 ・
 「ん、眼が覚めたか」
 
「和玖所長!?」
 
「Murai Ghost Sweeper Officeの新しい所長からお前の意識が戻ったと連絡を受けたからな。……休暇だって言うのに大した活躍だったそうじゃないか。苅田神父や芳川除霊事務所の所長からも連絡があったぞ。Murai Ghost Sweeper Officeからは正式な謝罪と損害賠償、慰謝料の支払いの申し出もな」
 
「それはいいですよ。……誰かが悪かったわけじゃあないんですから」
 
「そういうと思って謝罪と治療費だけは受けて後は断っておいたよ。……何があったかある程度は聞いているが、この先どうするつもりだ?」
 
「……俺は、ゴーストスイーパーを続けたいと思います。ゴーストスイーパーを続けて、人間と、それ以外の生き物が理解しあうための架け橋になりたいと思います」
 
「……辛い仕事だぞ? 心あるゴーストスイーパーなら一度くらいはその可能性を考え、そしてあきらめる。俺も失敗した一人だ」
 
「それでも俺はやりますよ。マイヤの望みであったし。……それに俺は横山、大阪府知事と同じ名前のゴーストスイーパー横山ですから」
 
満足そうな笑みを浮かべる和玖所長。
眼を逸らさずにまっすぐ前を向く横山の視線は力強いものだった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 映画はそこでエンディングを向かえる。
会場はシーンと静まり返っていた。
失敗してしまったかと俺が青くなりかけたところで今度は盛大な喝采が起こる。
どうやらこの映画は高い評価だったらしい。
 
「やったで~! 横っち」
 
俺の背中をバンバンと銀ちゃんが叩いた。
その後のことは俺はあまり覚えていない。
いろいろな人が俺に映画の評価や仕事の(G・Sとしてではなく映画人としての依頼だったり格闘関係者の依頼だったりだったが)打診をしてきたりもした。
それに無難に対応して、今回の映画で世話になった人たちに改めて御礼を言いに回っていったが返ってお礼を言われてしまうことが多かった。
 
「いい映画でしたよ。仕事の都合でお手伝いができなかったのが残念なくらいです」
 
魔鈴さんがそう言ってくれた。
それも嘘ではないのだろうが出演を断ったのは魔鈴さんが気を使ったからだと思っている。
ただでさえ理解され難い内容の映画に【魔女】の自分が関係することで悪評が立つのを恐れたから。
 
「魔鈴さんが作ってくれたロケ弁は本当に好評だったんですよ。それだけでも大助かりでしたよ」
 
「そういわれると料理人としては嬉しい限りです」
 
その代わり魔鈴さんは日本での撮影の間ロケ弁の仕出しを一手に引き受けてくれていた。突貫工事な映画製作で誰一人身体を壊すことなく撮影を終えられたのは愛子の時間のない空間と魔鈴さんのお弁当の影響は大きかったと思っている。
                   ・
                   ・
 試写パーティーも二次会に入り、今度は製作サイド中心のパーティーというか打ち上げに入った。
今度は美術係や大道具、メイクさんや照明、カメラマンさんのような裏方の方達にもスポンサーの意向という形で参加してもらっている。
普段表舞台に出ない彼らもどうか楽しんでもらいたいものだと思う。
俺の無茶を聞いてくれた皆へのせめてものお礼にだ。
 
元宏監督が人ごみから離れるのを見つけて俺は監督に近寄った。
 
「元宏監督」
 
「ん? 横島さんか。いい感触だったね。この分だとこの映画はヒットするぞ」
 
「一つだけ聞いていいですか? 何で俺達の部分で俳優を使わなかったんです? 演技の素人よりも本職を使った方が完成度は上がったでしょうに」
 
「完成度は……ね。でもそれじゃあ駄目だったんだよ。君達じゃなければあの本気の輝きは出てこない」
 
監督は断言した。
 
「確かに君達の演技はプロの眼から見れば素人に毛がはえた程度でしかなかったかもしれないけど、端々に出てくる本物の輝きは俳優で上書きして消してしまうにはあまりにも惜しかった。それでは理由になりませんかね?」
 
元宏監督はニコリと微笑む。
 
「いい映画になったと思いますよ。最初に言ったとおり、この先の目標となるべき映画です。映画監督としてこの映画に参加できた事、誇りに思います。ありがとう」
 
「素人の俺の意見を取り入れてこの映画を一つの作品として成り立たせてくれたのは監督のお陰です。これからは一観客として監督の作品を楽しみにしていますよ。ありがとうございました。貴方が監督で本当によかった」
 
俺は監督と熱い握手を交わす。
 
こうして長かった俺の映画への関わりもひとまずはここに終わった。
俺の目的のためには回り道だったかもしれないが、俺は決して無駄ではなかったと思っている。
                   ・
                   ・
 追伸
銀ちゃんと白麗はこの映画を機に俳優として大きく名を上げた。
今年の三大映画祭に、あるいはアカデミー賞の外国語映画部門にノミネートされるのではないかというありがたい評価をいただいた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪中書き≫
個人的に仕事が忙しい時期が続いたのと、まとめて投稿したかったこともあり投稿が二ヶ月近くできなかったことをここでお詫びいたします。
連載は今後も続けていく方針ですので見捨てないでやってくださいm(__)m
投稿のできない間も感想を下さったかたがたどうもありがとうございました。次回からはストーリーを本筋に戻す所存です。



[523] Re:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/26 22:38
キャラクター設定(104話現在)
 
名前  横島 忠夫 
所属  横島所霊事務所所長
資格  S級G・S資格 普通自動車・自動二輪・大型自動二輪運転免許
身長  183cm
年齢  22歳
霊圧  1200マイト
能力  霊力収束系万能型
                   ・
                   ・ 
霊波砲系能力
霊波砲
使用することは極めて稀だが一応撃つ事はできる。収束させたり弾丸形態にして打ち出すことも可能。
 
サイキック・ソーサー系能力
サイキック・ソーサー
全身の霊力を一点に集中させることにより霊的、物理的な盾を作り出し、防御する。それ自体が極めて高密度な霊気の塊であるのでぶつければ普通の霊波砲以上の威力があるが、同時に一部分を除く霊的防御力が極端に落ちるので諸刃の剣的な収束系では比較的単純な能力。ただし横島の場合基礎的な霊力値がすでに人間離れしているために全身の霊能力を盾に集中しなくても十分実用可能なレベルでの盾の生成が可能になっている。イメージングにより大きさ、形をある程度変更可能。
 
サイキック・ソーサー弐の型、連爆刃
作り出したサイキック・ソーサーを高速回転、及び遠隔制御することにより投擲武器としての能力を高めたもの。通常爆発によるダメージのみであったサイキック・ソーサーに切るという属性が加わり攻撃力が大幅に強化。以前のように途中で爆発させることも可能。更には高速回転で受け流すことにより、防御力自体も上昇している。
 
サイキック・ソーサー参の型、積層防壁
本来は一つでも十分な防御力を誇るサイキック・ソーサーを連続して作り出すことにより、サイキック・ソーサーが砕け散るほどの攻撃を防ぐ。高速回転の受け流し効果で相手の攻撃力を散らすことにより一方向からの攻撃かつ、十分な距離さえあれば理論上あらゆる攻撃を防ぐことができる。また砕かれた盾はそのまま爆発させて攻撃に転化させることも可能。
 
サイキック・ソーサー肆の型、殲滅防壁
ドーム型のシールドを二重に展開して自分の周囲を囲む。攻撃を受けた直後に外側のシールドを爆発させることで周囲を取り囲む敵をいっぺんに攻撃できる。
 
ハンズ・オブ・グローリー系能力
ハンズ・オブ・グローリー
横島が作る霊波刀の総称。一般的な霊波刀と違い元から霊剣形態と篭手形態をとっていたがイメージング訓練のお陰でほぼあらゆる形に変形可能。しかし、強度、切れ味と言う点では元の二つの形態が最も優れている。また、全身のあらゆる場所から伸ばすことが可能である。
 
霊波刀無形式、賽の監獄
本来は無形式は型ではないので名前は必要ないのだがこれは相手を閉じ込めるという一種の型をもつので唯一名前を持っている。無形の霊波刀で相手を取り囲み、拘束する。霊波刀は無数に分岐をすることで檻の形を取り、更には閉じ込めた相手の360度全てから攻撃を行ったりすることも可能な攻防合わせた技で使用頻度も高い。主に足の裏など死角から霊波刀を伸ばし、いつの間にか全身を取り囲んでいることが多いためよほど霊視が強くないと避けることは困難。
 
霊波刀定型式壱の型、恐怖の腕(かいな)
力の根源=恐怖  二次的な源=拒絶 力の顕現=斥力
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。爬虫類のような黒い巨大な腕が横島の腕に重なるように現れる。きわめて強い斥力が生まれ相手を弾き飛ばす。しかし一番恐ろしいのは相手を掴むことで全方向からかかる斥力に押し潰されてしまう。爪の部分からは極細い斥力を発生させソレで切断を図ることも可能。
 
霊波刀定型式弐の型、憎悪の瞳
力の根源=憎悪 二次的な源=破壊 力の顕現=炎
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。片手もちのブロードソード状の剣。剣の中央部に大きな瞳がついていてそこから黒い炎が纏わりつく。黒い炎は形あるもの、無いもの問わずあらゆるものを燃やし尽くそうとするために加減することで制御する必要がある。燃焼という形をとってはいるが、その能力は破壊と言う概念に近い。
 
霊波刀定型式参の型、憤怒の頭蓋(ずがい)
力の根源=憤怒 二次的な源=嫌悪 力の顕現=重力
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。巨大生物の頭蓋骨の形をしたハンマーで、ハンマーに掛かる重力を自在に制御できるために振り回すときは軽く、相手を殴るインパクトの瞬間だけ重力をかけることで大質量攻撃が可能。単純だがその分地味に怖い(能力を発揮するのが武器そのものに対してだけなので無効化されにくい)攻撃。
 
霊波刀定型式肆の型、狂気の顎(あぎと)
力の根源=狂気 二次的な源=犠牲 力の顕現=力
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。両腕がそれぞれ肉食生物の上顎と下顎に変わり、巨大な顎が相手を貪り喰らう。ある意味最も単純な肉弾攻撃ではあるが顎の力はきわめて強く、貪欲でおよそなんでも喰らい続ける。喰ったものが何処に行くかは不明。霊体、肉体でも関係なく喰らうことができる。
 
霊波刀定型式伍の型、慟哭の声
力の根源=慟哭 二次的な源=悲痛 力の顕現=凍結+音波
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。刀身に無数の風穴の開いている日本刀の形。刃を振るうのではなく刀の腹を振るい穴から風切り音を出す。刀身から飛び出した冷気が相手を凍りつかせ、後からやってくる音波砲が凍った相手を砕く。七種の霊波刀の中で唯一の飛び道具でカオスの指輪でも唯一防ぎきることができない。
 
霊波刀定型式陸の型、虚無の脚
力の根源=虚無 二次的な源=喪失 力の顕現=無
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。巨大な爬虫類の脚の形をして横島の脚に重なるように現れる。そこにあるのに存在しないので、それに触れたものもまた掻き消えて(虚無に食われて)しまう。それに触れた瞬間いなかったことにされるので攻撃にも防御にも使えるが、扱いにはきわめて慎重に行わないとタイセツなものまで失いかねない。
 
霊波刀定型式漆の型、???
力の根源=?? 二次的な源=?? 力の顕現=??
横島の負の感情を力の源にした七種の霊波刀の一つ。まだ作中に登場していないために詳細は作中で。ただし、七種の霊波刀の中でも頂点に立つ最も強力なものであることは確か。
 
文珠系能力
文珠初の型、単文殊
人間界では横島だけが作れるある種の神器。霊力の貯蓄、収束、開放の三つの才能がないと作ることができない。その実態は日常生活などで使わなかった霊力を収束させ、文字一文字で表せるキーワードと共に開放することで万能に近い能力を発揮する。通常自分の霊力の数倍程度の霊力をそこに収束させることができる。横島の場合は霊力量が人間離れしているので通常は数日間かけて収束するところを、ストックさせなくても自分の霊力以下の文珠であれば即座に生成可能。一般には収束形の奥義とも思われているが、開放する力と、自分の本来の数倍以上の霊力を貯蓄しておくキャパシティーも必要である。
 
文珠次の型、双文珠
三界でも横島だけの能力。通常一文字だけの文珠だが二文字込める事ができる様になって驚くほど応用力が増し、文字を強調、修飾したりすることができるようになったためにキーワードの解放する力やイメージも数段増して、その分威力も向上している。
 
文珠????????
まだ作中に登場していないために詳細は作中で。
 
文珠???????
まだ作中に登場していないために詳細は作中で。ただし、横島が究極の魔体と対決する際の切り札と考えている。



[523] Re[2]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/04/28 00:50
名前 美神 令子
所属 横島除霊事務所副所長
資格 S級G・S資格 普通自動車運転免許
身長 165cm
年齢 19歳
霊圧 145M
能力 神魔混合万能やや攻撃より型
                   ・
                   ・
神通鞭
神通棍に過負荷が掛かるほどの霊力をかける事により形状が棒状に保てなくなった状態で近距離だけでなく中距離から攻撃が可能。
 
時間逆行能力
美神の家に伝わる能力で、時間を任意に逆行することが可能。ただし電気エネルギーを身体に受けないとエネルギー不足で逆行できず、美智恵のように自在に転移先を決めるほどには至っていない。
 
霊力変換能力
これも美神の家に伝わる力と思われる。電気エネルギーを霊力に変換させる能力で主な使い手は母の美智恵だが、令子も時間逆行ができる以上その素養はあると思われる。
 
本人は時間逆行能力を除いて特に特殊な能力は持ち合わせていないがあらゆる道具と相性がよいために周囲の状況に応じて臨機応変な対応が取れるタイプ。自力が高いこともあり生存能力が高いタイプ。
                   ・
                   ・
                   ・
名前 横島 エミ
所属 横島除霊事務所副所長
資格 A級G・S資格 自動二輪・大型自動二輪運転免許
身長 163cm
年齢 19歳
霊圧 135M
能力 黒魔術系呪術型
                   ・
                   ・
霊体貫通波
零距離から放たれる発剄のような霊波砲の一種。
 
霊体撃滅波
自分を中心に全周囲に放たれる霊波砲の一種。強力、かつ効果範囲も広いがおよそ10秒間無防備な姿をさらして呪的な舞を舞う必要がある。
 
人型呪術結界
人型に呪いを仕掛けて自分や相手の周囲を舞わせることで相手に呪いをかける。込める呪いによって効果はさまざま。
 
黒魔術に限らず古今東西あらゆる呪いに精通しているが、専門が呪いの為後一歩のところでS級になれないでいるが実力的に令子や冥子に劣るわけではない。
                   ・
                   ・
                   ・
名前 六道 冥子
所属 横島除霊事務所副所長
資格 S級G・S資格
年齢 19歳
霊圧 150M
能力 陰陽道系式神使い型
                   ・
                   ・
影吸収
式神使いが影の中の亜空間に式神を収めておくことが多いのだが、冥子はその亜空間の中に式神以外のものを吸収することも可能。
 
式神12神将
クビラ
ネズミ型の式神で強い霊視能力の持ち主。
 
バサラ
ウシ型の式神で霊を吸い取り封印することが可能。
 
メキラ
トラ型の式神で短距離であれば瞬間転移をすることができる。
 
アンチラ
ウサギ型の式神で鋭い耳で相手を切り裂くことが可能。
 
アジラ
リュウ型の式神で炎を吐き、相手を石化させることもできる。
 
サンチラ
ヘビ型の式神で電撃攻撃が可能。
 
インダラ
ウマ型の式神で高速走行が可能。
 
ハイラ
ヒツジ型の式神で毛針による攻撃と、夢に入り込む能力
 
マコラ
サル型の式神で変身能力。
 
シンダラ
トリ型の式神で亜音速で飛行可能
 
ショウトラ
イヌ型の式神で病気を含むヒーリングが可能。
 
ビカラ
イノシシ型の式神で怪力の持ち主。
 
現在では暴走させずに12鬼同時制御も可能。自在に12鬼を操ることで霊能力者としては万能に近い。ただし、原作ほど出ないに白本人の身体能力はあまり高くはない。何も考えていないように見えて周囲を無意識にしっかり観察しているタイプ。



[523] Re[9]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/03 23:10
 ≪おキヌ≫
 今日は魔鈴さんのお店を借り切ってパーティーをしました。
参加者は事務所のメンバーやリレイションハイツの皆さんにご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんや石神さま。それから唐巣神父やピートさん、鬼道さん。忙しいはずの美智恵さんや西条さん、銀一さんまで集まってくださいました。
それから氷室神社の宮司さん一家。
皆私なんかのために集まってくださったんです。
 
山の神様のワンダーホーゲル部さんが地脈を多少なりとも制御できる一人前の土地神に成長されたのでとうとう私が反魂の法を受ける時が来たのでそのお祝いと言うことでのパーティーです。
 
皆さんが私なんかのために集まってくれています。
でも、私は・・・・・・。
 
「浮かぬ顔をしているな」
 
「カオスさん」
 
酒宴になってレストランをこっそり抜け出した私の後をカオスさんがついてきました。
 
「前にも……こんなこと、ありましたね」
 
「そうだな。そしてそういうときには君は他人にあまり話せない類の悩みを抱えている時だ。……優しいのはかまわんが余り一人で抱え込みすぎるのはよくないな。横島ではあるまいし」
 
「優しく、なんかありませんよ。私は。いつだって自分のことだけで手一杯で、今だって自分のために悩んでいるんですから」
 
「また、話してみるかね?」
 
「聞いてもらえますか?」
 
「うむ」
 
「……私、生前は戦災孤児でお寺のお世話になっていたんです。私も忘れていたことなんですけどね。和尚様、女華姫様、弟や妹達、大切な人たちのことなのに忘れてしまっていたんです」
 
「そのことは以前に説明したと思ったが?」
 
「……怖いんです」
 
「何がだね?」
 
「皆と死に別れてからの300年間ずっと孤独でした。体は氷の中に閉ざされて、魂は人気もない山の中に括られて。でも、横島さんが死津喪比女を除霊してくれてからは違いました。私の周りには横島さんや皆さんがいてくれました。傍にいなくても心がそばにあることを感じることができました。一人でいても寂しくはありませんでした。心が孤独ではありませんでしかたら。……皆さんのことを忘れてしまったとしても絶対に思い出します。でも、ひと時でも皆さんのことを忘れてしまうと考えたら、心が孤独になってしまうと考えたら、それが怖いんです」
 
「その気持ち、正確に君の思いを理解できているかはともかくとして推察はできるな。私とてマリア姫に出会う300年間は精神的孤独の中にいたのだから。基本的に負けず嫌いだった私は当時そんなことを考えもしなかったが……今なら理解もできるよ。ただ一人周囲と違っていた私は孤高を気取っているだけの孤独な小僧に過ぎなかったのだと言うことをね」
 
「……カオスさんも、横島さんも、皆さんも何で私なんかにこんなによくしてくれるんですか? 私なんか何のとりえもない幽霊なのに」
 
「とりえ……ねぇ。君の価値はおそらく君には理解できないのかもしれないな。まぁ、価値があるから、ないからという話でもないのだが」
 
私の価値?
 
「よく自分の周囲を見回すことだ。それとあまり自分を貶めるようなことは言わないほうがいい。君のことを大切に思っているものの心まで貶めることになるぞ? 何より私の周りにそういう馬鹿は一人でたくさんだ」
 
? 誰のことでしょうか?
 
「もう一度言うぞ。もう少し、自分の周りを見回してみるといい」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪???≫
 人間に気を許してはいけない。
人間を信用してはいけない。
いつか必ず裏切られるのだから。
 
……でも、ここは心地いい。
 
今日はおキヌちゃんのお別れ、……反魂の法を行うようだ。
 
私には関係ない。
確かに横島の次に私が世話になったのはおキヌちゃんかもしれないが、それでも私には関係ない。
私の本質とは本来孤高。
群れの中に紛れ込みこそすれ馴れ合うことは絶対にしない……はずだ。
 
「今日、おキヌちゃんが反魂の法を行い生き返る」
 
ここの中心にいる人間。
人間ばかりでなく妖怪や幽霊、神や悪魔でさえもその懐のうちに拒まない横島忠夫が私に話しかけてきた。
彼にとってはわたしもそのうちのひとつにすぎないのか?
だが確かにこいつの傍は心地よい。
 
「反魂の法は必ず成功する。……成功させる。だけど、おキヌちゃんがここに戻ってくるかどうかはわからない」
 
ピクリと体が反応してしまった。
私を上に乗せている横島にもそのことはわかったはずだがそのことには言及せずに言の葉を紡ぐ。
 
「記憶が蘇るかどうかは確証がないからな。無理やり呼び起こそうとしてもそれは300年間と言う一人の人間が本来許容することのない時間の情報だ。精神に何か障害が残らないとも限らないし、300年の孤独なんていう記憶など持たないほうがいいのかもしれない。……この考え方事態が俺のエゴだな。おキヌちゃんの心はおキヌちゃんだけのものなのだから。はっきりいえることはおキヌちゃんの記憶に関しては俺は干渉することはしないし、その結果おキヌちゃんがここに帰ってこなくなる可能性もあるということだ」
 
それがどうしたと言うのだ?
生まれて、育ったからには一人で生きていく。
それをしないのは独りで生きていくことができない時期と、子孫を残す時くらいのもの。
そんなことは当然ではないか。
 
当然だと言うのに何故私はこんなに苛立っている!?
 
「……どうするかはお前に任せるよ。……でも、何もせずに後々後悔することもあるかも知れん。やり直しのきかないことはこの世の中に案外少ないが、全てが元通りになる可能性は0だからな」
 
何が言いたい!
 
「もし、お前が気持ちをおキヌちゃんに伝えたいことがあるのなら、その機会は今日で永遠に失われるかもしれないと言うことだ」
 
体に衝撃が走る。
横島は泰然としている。
少なくとも口からでまかせを言っているとかそういうレベルじゃない。
こいつはもう知っているんだ。
 
ばれているとわかっているのに欺こうとするのは愚の骨頂か。
 
私は観念して人間に近い姿をとった。
 
「その姿で合うのも言葉を交わすのも初めてだな。今更なきもするが横島忠夫だ。よろしくな、金毛白面九尾の狐」
 
「私がすでに妖怪として目覚めているのにいつから気がついていた?」
 
こちらに握手を求めてくる……解せない。私はこいつが言うとおり金毛白面九尾の狐なのだというのに。
その手を無視するが横島はそのことを気にした様子もなかった。手も引っ込める様子もない。
 
「強いて言えば最初からだ。生き物は生れ落ちた瞬間から力の強弱はあるにせよ一人前に生きていくことができるように生まれてくる。まして個体としての絶対数の少ない妖怪であれば尚更だ。そうでないのは超未熟児状態でないと出産することができない人間くらいのものさ。そう疑って掛かれば君が妖気を隠していたのはすぐにわかった」
 
そう簡単にわかるものか!
私は幼いとはいえ化かす妖怪の極の一つたる妖弧の、その極である金毛白面九尾の狐なのよ!?
確かに前世の記憶は戻っておらず力も最盛期には程遠いがそれでも私が金毛白面九尾の狐であることは間違いない。
……だが、同時にこいつならやってのけるだろうと言う気もする。
 
「なら何で今まで何も言わなかったの? 今になってそんなことを言うの?」
 
「教えてくれないのは君がまだ俺たちを信頼してくれていないからだと思っていた。どれだけ言葉で信頼を勝ち得ようとしてもそれに意味はない。信頼は行動で示してはじめて得られるものだからな。……だけど、おキヌちゃんと永遠に会話を交わす機会が失われるかもしれないなら、そのことを教えないのはよくないと考えた。君はおキヌちゃんには多少心を開いていたようだから」
 
……認めよう。
私はおキヌちゃんに心を開きかけていた。
すでに人間でなかったと言うこともあるが、横島が仕事でいないときに私の世話をやいてくれていたのはおキヌちゃんだし、彼女は打算かれでも義務感からでもなくそれをやっていたために心地よかったからだ。
おそらく、横島忠夫の傍の次くらいに。
 
「私は、金毛白面九尾の狐なのだぞ!」
 
言外に三つの国を滅ぼしかけたものだと言ってのける。
私が望むと望まざると限らずそれは事実。
同時にいつでも逃げられる用意をしていた。
逃げ切れるとは思わないがおとなしく除霊されたくはない。
しかし横島は自嘲するように笑って見せただけだ。
 
「俺は、横島忠夫だよ」
 
ある種傲岸とも聞こえるその台詞にどんな思いが込められたかはわからない。
 
数瞬見つめあう。
そして私は自らの敗北を認め差し出され続けた横島の手を握り返した。
今の私ではこいつには敵わない。
それは強いものに庇護を求める妖孤としての性から導き出された結論なのかもしれないし、心地よさから離れたくなかったからかもしれない。
ただ、私は孤高を捨て庇護を求めてしまった事実に変わりはない。
横島は嬉しそうに笑って見せた。
邪気もなく、打算もない。
嬉しいから笑った。ただそれだけの微笑。
 
「おキヌちゃんのところにいくかい? 金毛白面九尾の狐?」
 
「タマモ」
 
私は言葉を放つ。
 
「封印される前にはそう呼ばれていた」
 
「よろしくな。タマモ」
 
私はそのまま横島に手をひかれる形で岩宿の中に入っていった。
横島の頭の上で寝そべっているのも気持ちがよかったが、手を繋いでいるのも気持ちがいい。
場違いにもそんなことを考えてしまった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪おキヌ≫
私が死んだ岩屋の奥に横島さんが手を引いて中学生くらいの少女を連れてきた。
見たことのない、少なくとも見たことがあれば忘れないような綺麗な顔立ちに特徴ある金髪のナインテールの髪形をした少女。
 
女の子は何か羞恥に耐えるように顔を真っ赤にしている。
この場にいる皆でそれを見守った。
 
「……ありがとう」
 
女の子は聞き取れるか聞き取れないかと言う小さな声でそう言った。
 
「おキヌちゃんが作ってくれたお稲荷さんは美味しかった。……おキヌちゃんが忘れても私は忘れないから」
 
「この子はあの子狐だよ。金毛白面九尾の狐。名前はタマモだ。おキヌちゃんにお礼が言いたくてこの姿になってくれたんだ」
 
横島さんがそういうとタマモちゃんは更に顔を赤くして俯いています。
私なんかのために……。
私は思わずタマモちゃんを抱きしめてしまいました。
 
ひとしきり抱きしめた後、月の配置が定まり、地脈が最高に高まり、山の神様の準備が整いました。
ひと時とはいえお別れのときです。
 
「忘れませんから! 絶対に思い出しますから!」
 
幽霊の私も涙を流せるのでしょうか?
頬に何かが伝う感触と共に私の意識は混濁していきます。
 
絶対に、絶対に忘れませんから。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪タマモ≫
 おキヌちゃんの反魂の法が成功して2ヶ月の時間がすぎた。
おキヌちゃんは300年という仮死状態のために衰弱していた体がようやく回復し、今日養い親になる氷室神社の両親の元に帰るらしい。
おキヌちゃんが病院から父親が運転する車に乗り込む様子を病院の喫茶室の窓際に陣取った皆が暖かく見守っている。
 
おキヌちゃんは私達のことを無意識に覚えているらしい。
私たちがいるときと同じ行動をとろうとして自分が何故そんなことをしようとしたのかを必死に考えようとしているとのことだ。
いずれ、おキヌちゃんは事務所に戻ってきてくれるのだろうか? 
 
私のほうは驚くほど変わらなかった。
いや、ケイやジル、ヒノメが今まで以上に私にかまうようになってきたことくらいか。
私が金毛白面九尾の狐だとカミングアウトしても何も変わらない。
ただここにある空間は心地いい。
 
感謝すべきなのだろう。
私が目覚めるのに力を貸してくれた人物が、目覚めた時に自分の眼前にいたのが横島だったということに。
ここでは追われる事もないから私はタマモでいられる。
横島は私に何も押し付けず自分の意思を尊重してくれるから私はタマモを保ち続けられる。
ここが、そしておそらくここだけが私がタマモでいられる場所なのだろう。
 
今日は横島は事務所で事務仕事をしている。
その右膝にはケイが、左膝にはヒノメが座り、左肩の上にはジルが座り、右肩にはユリンが止まり、首の周りには小竜姫が連れて来た白娘姫が巻きつき、私は頭の上に丸くなり温かな日差しの中でまどろんでいた。
 
ここは恨みにとらわれることなく私がタマモでいられる場所。
願わくばこの場でまた、おキヌちゃんの作ったお稲荷さんが食べられますように。



[523] Re[10]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/03 23:10
 ≪エミ≫
 「ようこそ横島除霊事務所の皆さん。南部グループリゾート開発部の茂流田です!」
 
「須狩です!」
 
匂うワケ。
もう大分たつけどこういった小悪党の匂いは殺し屋だったころかぎなれている。
 
「横島除霊事務所所長の横島です」
 
「副所長の美神です」
 
「同じく副所長の横島エミです」
 
「所員の伊達です」
 
南部グループ。
日本の多国籍企業の中では中堅どころ、主な取引国はアジアから中近東。
その中では一際黒い噂が多いところだ。
 
忠にぃはこの仕事を他の仕事に割り込ませて早期に乗り出した。
そして今連れているメンバー。
忠にぃが直接乗り出すだけでも残りのメンバー全員が出るより戦力が過多だというのに直接戦闘能力では忠にぃに次ぐ雪之丞と攻撃に関しては万能の令子。そして攻撃的後衛としての私。
明らかに戦闘を意識したメンバーに加えて事務所の中で比較的裏の事情、凄惨な現場に慣れている人選。
私はもとより、令子と雪之丞は攻撃的な性格からか比較的裏の人間からの依頼も受ける。
もちろん人道に反しない限りのうちでだ。
この段階で何かひしひしと嫌な予感を感じるワケ。
忠にぃは何か掴んでいるのか?
そう思ってみていると忠にぃは満面の営業スマイルだ。
普段なら忠にぃはあんなふうに作った笑顔は見せない。
やっぱりこの仕事、何かあるワケ……。
 
「わが社ではこの館をホテルに改装して自然環境をいかした高級リゾートを建設する予定です……」
 
茂流田の説明が続くが……やっぱりどこか胡散臭いワケ。
茂流田に示された写真は猟奇殺人犯も真っ青の代物。
……私はゴミをとる振りをして二人の服についた抜け毛を採取した。
忠にぃは気がついていたはずだが何も言わなかった。
 
「忌まわしき黄泉の使者よ! 何ゆえ生者に害をなすか! 我、美神令子自然の理と正義の名において命ずる! 退け悪霊!」
 
「ちっ! 続いては腐れ犬か」
 
窓をうちやぶって進入してきたゾンビドッグを私のブーメランと雪之丞の連続霊波砲であっさり撃退する。
 
「……おかしい、脈絡がなさすぎるわ。幽霊の次は犬のゾンビですって!?」
 
令子が疑問を口にする。
 
「ええ。それに殺意はビンビンだったけど恨みの念は希薄だったワケ。……前にコンプレックスが操っていた幽霊に似てなかった?」
 
「するってえとミカ姉もエミ姉も裏で操っている奴がいるっていうのか?」
 
「その可能性は否定できないわね」
 
「なんにせよ結論を出すのはもう少し後でもいいだろう? もう少し先に進んでみよう」
 
忠にぃは皆の外傷を確認すると先に進んだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪茂流田≫
 「第一波はやすやすと撃退されてしまったな」
 
「予想はしていましたが……何しろ日本でも最高ランクのG・S達ですからね。美神令子。古今東西あらゆるオカルトアイテムを使いこなし、どんな強敵にもひるまぬS級G・S。横島エミ。あらゆる呪術のエキスパートでその実力だけならS級に匹敵すると言われ、呪術だけでなく霊的戦闘までこなすA級G・S。伊達雪之丞。魔装術を使いこなし直接戦闘能力だけなら師を超えているとも噂されている霊的戦闘能力の申し子、ランクはいまだC級だけど戦闘に限れば間違いなくS級のG・S。そして横島忠夫。日本のオカルト業界を牛耳る六道家の鬼札とも呼ばれ、オカルト業界の中ではあらゆる分野でエキスパート。とりわけ世界でも珍しいネクロマンサーにして式神使い。霊的戦闘も強いという人間離れしたスキルを持つ世界でも1,2を争うG・Sにして目下我々にとって最も邪魔な存在」
 
「そうだ。こいつが余計な法案をごり押ししたせいで上層部が及び腰になりどれだけ開発に手間が掛かったか」
 
「横島の肝いりで作られた映画の存在も会社のイメージを損なうと上層部が及び腰になった原因でしたわね」
 
「全く我々を邪魔するためだけに存在するかのようだよ」
 
「優秀な協力者のお陰で何クールも開発が順調に進んだというのに」
 
「まぁいいさ。わが社が世界に先駆けて作った心霊兵器――その性能テストにはちょうどいい相手だと思わないか? 須狩」
 
「通常の軍隊相手には効果絶大だったけど――プロのG・Sには何処まで通用するかしらね? 楽しみだわ」
 
「そうだ。ぜひとも協力者の彼にも見学してもらおうじゃないか? あんな地下室で人形を相手にしていては彼も気が滅入るだろう?」
 
「そうね。呼んでくるわ」
 
須狩が手元の通信機を操作し彼を呼ぶ。
さぁ、続いての出し物を楽しもうじゃないか。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
「幽霊、ゾンビ犬の次は生き人形の群れ? 一体どうなってるのよこの館は」
 
「人工幽霊一号みたいに館自体に何かがついているとか?」
 
「それはないワケ。館自体からはおかしな霊気は感じないもの」
 
「そうね。それにさっきも言ったかもしれないけどこの館に出てくる化け物どもに節操がない上に何を目的にしているかがわからないもの」
 
「そういえば俺たちを殺そうとしているのは間違いねえが……目的があってって言う感じじゃねえな。単純に理性がねえだけかもしれないが」
 
そう。いくらなんでもこれはおかしすぎる。
 
「横島さん。状況が整理できるまでここで休憩を挟まない?」
 
「そうだな。……そのうち何かアクションを起こすだろう」
 
アクション?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪茂流田≫
 「おやおや、流石は霊能力者。勘が鋭いね。こうなったらトラップを発動させて無理やりにでも先に進ませるか」
 
「ちょっと待って。確かに雑魚はやられるだろうとは思っていたけど、あっさりやられすぎてサンプルにもならなかったわ。ここは戦力を分散させて対象を一人に絞ったほうが言いと思うの。それに……どの道誰も生かして返さないんですもの」
 
「よかろう。そうだな、サンプルは我々の邪魔ばかりしてくれた横島忠夫にやってもらうとしようか」
 
「それでは残りはトラップに嵌ってもらうとしましょう」
 
須狩がトラップのスイッチを入れると吊り天井が下がっていき、横島以外を落とし穴に落とすことに成功した。
あいにく落下ダメージは伊達が空を飛んだことで回避されてしまったがまぁなんとでもなる。
 
「やれやれ、私はあまり暇ではないのですがねえ」
 
「おや、協力者殿はあまり乗り気でないご様子。まぁ折角我々の研究結果が晴れの舞台を迎えているのですから温かく見守ろうじゃありませんか」
 
「スポンサーの意向とあらば仕方ありませんねえ」
 
あまり乗り気ではない様子だったがモニターに視線を送った瞬間にその表情は激変した。
 
「な、この女は!?」
 
視線の先には美神令子。



[523] Re[11]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/03 23:11
 ≪ヌル≫
 あの女、カオスと共にいた女。
何故ここにいる?
生まれ変わりだろうか?
人形を貸し出しはしましたが、カオスに復讐を果たすまではと魔界に直接連絡を取らなかったことが仇になりましたね。
……まぁいいでしょう。そうであろうとなかろうとあの顔が不快であることには変わりない。
ならば殺してしまえば……いえ、カオスを倒すために兵器の材料になってもらいましょうか。
私の人形をぶつければ問題ないでしょう。
 
「どうされましたかな? 協力者殿」
 
フン。人間風情が心霊兵器の完成が己の力と思い過信しおって。
所詮貴様が歩いている道などこの私が700年前歩いていた道にすぎんと言うのに。
 
「なに。あちらの三人をサンプルにしないと言うのであれば私の材料にしたいと思っただけですよ。ただの人間よりも優秀な霊能力者のほうが実験台としては面白いですからね」
 
「なるほど。確かに貴方の成功例から見ればそれは良くわかりますよ。いいでしょう、あの三体は好きに使ってください。……いえ、まずは横島君をおびき寄せるための人質になってもらいましょう。そのあとでご自由にお使いください」
 
「ではそうさせてもらうとしましょう。なに、私の人形を差し向ければ問題ないでしょう」
 
「プロフェッサーご自慢の人形ですか。何れわが社の英雄とテストをしていただきたいものですね」
 
フンッ……。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 「大丈夫か? ミカ姉、エミ姉」
 
「大丈夫よ。ありがとう雪之丞」
 
「ええ、結構な高さがあったからあんたが捕まえてくれなかったら危なかったワケ」
 
「しかしコリャ完全に嵌められたな」
 
「そうね。電気仕掛けの幽霊屋敷なんてあるはずないもの」
 
「……何か来る」
 
アモンと契約してからこの方鋭くなった耳に重いものを持った大勢が足音を忍ばせている。
 
隠し扉が開いて武装した人間、手に持っているのはMP5。
 
「二人とも、俺の後ろに。俺の魔装術なら9mmパラくらいならかなり凌げる」
 
魔装術を一気に展開。
 
「あら、凄いのねえ。銃弾を防げるなんて羨ましいわ。いったいどれほど高位の魔族と契約したのかしら?」
 
「勘九郎!!」
 
「ハ~イ♪ 雪之丞。ご機嫌いかが?」
 
チッ! 足音の方に気をとられて気配を消していた勘九郎に気がつけなかっただと!
 
「でも、アタシを相手にしながら後ろのお姉さん方を守れるなんて思い上がっているわけじゃないでしょう? 今すぐ命をとろうなんて考えていないから投降してくれないかしら?」
 
俺は何も言わず魔装術を解いた。
その俺たちを武装した連中が縛り上げる。
霊力のこもったロープで霊能力で切るのは難しい。
 
「あら、頭の方も少しは成長しているのね。てっきり頭に血を上らせて襲い掛かってくるかと思ったのに」
 
俺は無言で勘九郎を睨みつけた。
 
「ごめん、雪之丞。私たちが足手まといになっちゃって」
 
「気にしないでくれミカ姉。勘九郎が出てきた時点で俺一人でも対処は難しかった」
 
「あら、本当に成長しちゃって。……まぁいいわ。ヘンリー、ボビー、ジョー。連行して頂戴」
 
俺たちは地下に作られた塔の頂上付近の一室、茂流田と須狩、それから名前も知らない禿のいる部屋に案内される。
 
「プロフェッサー・ヌル!」
 
「ほう、私の名前を知っているところを見ると本当にあの時あったお嬢さんのようですね」
 
「くっ!」
 
「まぁその件については後でゆっくりと聞くことにしましょう」
 
「ちょっとあんたら! 魔族なんかと手を組んでどういうつもり!?」
 
「決まっているでしょう? 会社の利益と科学の発展のためですよ。ファウスト博士の例をとるわけではありませんがそのためなら悪魔と契約することなんてたいしたことではないでしょう?」
 
欲望丸出しの顔しやがって!
 
「君たちはわが社の新製品、心霊兵器の実験に横島君に付き合ってもらうための人質になってもらいますからおとなしくしていなさいね」
 
「心霊兵器なんて作ってどうするつもり?」
 
「この世界には核兵器が使えない場所というものがあるんですよ」
 
「……中近東ね?」
 
「その通り。今の世界ではあそこの石油の発掘ができなくなっては文明は停滞してしまいますからね。ですが周辺に環境破壊を起こさず、人間だけを殺せる心霊兵器が作れれば……どうなるかわかりますね?」
 
「……手前らみたいな屑にしてやる義理はねえが一つ忠告しといてやる。実験対称に師匠を選んだのが貴様らの敗因だぜ」
 
「そうね。その上人質なんて手段をとるなんて、最悪なワケ」
 
「ずいぶん余裕なのね。それとも開き直りなのかしら? 私たちはいつでもあなたたちを殺すことができるというのに」
 
「別に殺されたいわけじゃないけど。……でも、私たちがいなくなれば横島さんに枷はなくなるわ」
 
「おやおや、横島君はずいぶんとお弟子さんに信頼されているようだね」
 
「ですが横島は分身体とは言えアタシを殺しています」
 
「ほう、プロフェッサーご自慢の人形を。それはますます我らが英雄の相手として相応しい」
 
茂流田のやつが面白そうに笑い出す。
今のうちにせいぜい余裕ブッコイテロ!
 
ミカ姉達も文珠の用意をしているようだし、俺もいつでも魔装術が展開できるように準備しておく。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 以前は囚われた塔に挑むことになる。
 
『横島君。君にはわが社で開発した心霊兵器、人造英雄のテストをしてもらおう』
 
スピーカーから茂流田の声が響く。
俺の知っているものではないな。
 
「人造英雄?」
 
『霊体片を人工培養して人間の死体に植え付けたのさ。元は人造魔族を作ろうとしていたのだが優秀な協力者のお陰でより、商品にしやすい形に改良したのさ。ちなみに君に拒否権はない。君を信頼するお弟子さんたちを人質にとっているからね』
 
「……1階から順に上がっていけばいいのだな?」
 
「賢明な判断だね。それでは幸運を祈るよ」
 
ゼクウやユリンに協力を頼めば変な横槍が入りそうだな。
かといって人工的に作られたこの場所ではユリンの隠れ場所が少なすぎる。
俺自身の能力、特に文珠が記録に残るのも困る。
俺はアロンダイトだけで戦い抜くことにする。
 
『さて、1階を守る人工英雄はゲルマン神話から竜殺しの英雄、ジークフリートだ。竜の血を浴びて無敵の体を得た英雄。しかも彼には背中に弱点などない。さぁ、がんばりたまえ』
 
剣を構えた虚ろな人形。
それが人間以上のスピードで低い位置から切りかかってきた。
その肌はかなり硬質なようである。
 
一閃。
 
すれ違いざまに振るったアロンダイトは頭頂部から股間まで一気に切り裂き人工英雄ジークフリードは血のような体液を撒き散らしながら左右に分断された。
おそらく銃弾程度、あるいは戦車砲すら防ぎきる肌だったのかもしれない。
その体液を浴びながらも汚れることなく(霊力のシールドを体全体に極薄く張った)隠しているであろう監視カメラに向かってまっすぐに言い放つ。
 
「一つ忠告しておこう。本物のジークフリードはこんなにトロくも脆くもない」
 
それだけ言うと上階への階段を上っていく。



[523] Re[12]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/06 23:37
 ≪令子≫
 「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!! 我々の英雄が、私の最高傑作がそろいもそろって一撃だと! 【竜殺しの英雄】ジークフリートも、【オルレアンの聖女】ジャンヌダルクも、【美鬚公】関羽雲長も、【死を作る英雄】マウイも、【赤き竜の王】アーサーも、【奴隷王】スパルタカスも、【天馬騎士】ペルセウスも、【女神の栄光】ヘラクレスも!」
 
茂流田が荒れている。あれほど自信満々で出した心霊兵器が鎧袖一触に切り捨てられれば無理もないのかもしれない。
実際問題として妖怪レベルで考えれば英雄たちはかなりの力を持っていることは間違いない。
並みの一流G・Sでは苦戦は免れないだろう。
だが、相手が悪すぎる。
能力を抑えているとはいえ武神すら凌ぐ横島さんでは比較対照が悪すぎるのだ。
暫くぶりに本気で殺しに掛かっている横島さんを見て怖いというより綺麗と思える自分は壊れてしまっているのだろうか?
 
「どうするの茂流田、足止めにすらなっていないわよ!」
 
「英雄の材料にするはずだった妖怪や人造魔族がいただろう。あれを出して少しでも足止めさせろ! 対策を考える。いざとなったらこいつらを人質にして……」
 
見苦しい。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 人造英雄か。
商品化されれば厄介なことこの上ないか。
今のところは軍事利用しようとしているようだが、暗殺用に製造されればそれを防ぐことは恐ろしく難しい。
徹底的に潰さなければ。
 
次の部屋に入るとそこには一つの壷があった。
グーラーの入っていた壷だ。
俺が部屋に侵入した瞬間からグーラーが煙と共に現れる。
だが様子がおかしい。
 
「……人間? ……エサ!」
 
正気じゃない。
ひどく餓えている。
餓えに突き動かされたグーラーはただただ愚直におれにつかみかかってきた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 鮮血が舞った。
横島さんの肩口にグーラーが喰らいついている。
避けられなかったわけではない。
横島さんがグーラーに己の身を喰らわせているのだ。
骨が砕かれ、血が啜われ、肉を噛み千切られ。
私とエミが眼をそむける。
しかし生きながら喰らわれているというのに横島さん本人は眉一つ動かさずにむしろ愛おしむかのようにグーラーの頭を抑えていた。
 
ポトリと落ちる。
 
落ちたのは横島さんの右腕。
それを拾い一心不乱に喰らうグーラー。
横島さんは文珠を使わずにヒーリングで血止めだけを行い着ていた服を引き裂いて腕に巻いていた。
文珠を使わないのは記録に残させないためだろう。
 
「理解できませんねぇ。まぁいいでしょう。負傷したのであれば始末も容易いでしょう。勘九郎、言って始末をしてきさい」
 
「そうだ。須狩、ガルーダを出せ! あいつなら英雄にも劣らん」
 
怪我した状態で勘九郎にガルーダですって!?
流石にまずいか。
かといってヌルの前で下手な真似したらどんな魔法を使ってくるかわからない。
ヌルを唯一知っている私が視線でエミと雪之丞を牽制する。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪グーラー≫
 一体どれくらいぶりの食事だろうか?
恥も外聞もなく一心不乱に食らい続けている私に人間が優しく声をかけてくる。
 
「少しは落ち着いたか?」
 
おかしな人間だ。
喰らわれているというのに抵抗どころか身動き一つしない。
挙句この台詞……。
 
「餓えは……惨いよな。俺自身そこまで餓えたことは無いが、餓えのあまり毒のある実だと知りつつそれを喰らうものや、可愛がっていた自分の子供を殺して泣きながら食った親を見たことがある。……餓えは、惨いよな。どれほど力があろうと餓えの前では無力でしかないのだから」
 
どこか遠い目をしてそいつは呟くようにそういった。
だから私におとなしく食われたというのか!?
 
「あら、お久しぶりねぇ」
 
「勘九郎か。それに後ろにいるのはガルーダ……ずいぶんなお出迎えだな」
 
「英雄シリーズを一合で切り捨てるような人が相手ですもの。このくらい当然じゃない」
 
まずい。あの二人は中級魔族並みの力を持っている。
 
「……勘九郎、やり直せないのか?」
 
「無理よ! 私は全てを捨てて力を得たんですもの」
 
「……心見……そうか……」
 
人間が手にした剣を構える。
勘九郎と呼ばれた魔族は鬼面に変わり、ガルーダは奇妙な声を立てながら構えをとった。 
駄目だ! この人間殺される。
そう思った瞬間体が動いていた。
 
「さっさと逃げろ!」
 
人間の前に出て庇うように立つ私。
私なんかこいつらの前では一撃で滅びるというのに。
 
「あなたで足止めができると思って!」
 
飛び掛ってくる二体。
 
私の目の前で二体は細切れになった。
赤い線が無数にはしっている。
 
「霊波刀だ。触らない方が良い」
 
私の目に見えぬほどに細く、中級魔族すら切って見せる霊波刀は人間の発したものらしかった。
本当に、人間なのか?
 
「あちらに向かえばこの塔から出られる。避難しておいてくれ……それと、庇ってくれてありがとう」
 
人間はそのまま歩を進めていく。
 
「待ってくれ! お前、名前は?」
 
「横島忠夫だ。君は?」
 
「ミーアだ」
 
「そうか……聞きたいことはあるがいま少し急いでいるんだ。後で会おう」
 
今度は振り返らずに塔の上へと歩を進めていく。
おかしな人間だ。
だが、もう人間は食べられないかもしれない。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪エミ≫
 「どうするんだ!? ガルーダも、人形も、英雄すら一撃だと!」
 
「落ち着きなさい」
 
泡を食う茂流田と須狩を禿が押さえる。
 
「落ち着いていられるか! 貴様の人形とて倒されているんだぞ!」
 
「確かにあの強さは私にとっても意外でした。是非ともサンプルに欲しい。……だが彼は所詮人間なのですよ」
 
禿が野戦服を着た三人の方に視線を向けると三人がニヤリと笑う。
 
嫌な予感がするワケ。
 
忠にぃがこの部屋の入り口に手をかけた瞬間に扉が大爆発を起こした。
 
「いかに強かろうと、霊感が働こうと気配も殺気も意思も持たないものは避けられなかったようですね。力押ししかできない奴では所詮この程度ですよ」
 
得意げに語る禿の視線の先には爆薬によって吹き飛ばされ、力なく壁にもたれかかるズタボロの忠にぃがいた。
 
「た、忠にぃー!!」



[523] Re[13]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/12 01:18
 ≪令子≫
 横島さんが倒れるとすぐにゼクウさま、ユリン、心見が現れる。
 
しかしゼクウさまは横島さんに対して神剣を構え、ユリンは横島さんに対して威嚇をし、心見は横島さんを封じ込めるように文珠による結界を張った。
 
私たちも、ヌル達も咄嗟のことで反応ができていないうちに心見が私たちに向かって双文珠を投げた。
【防/御】【防/衛】【防/壁】【防/護】【守/備】【守/護】【結/界】【抵/抗】
およそ考えられる限りの強力な文珠による守護壁が作り上げられ私たちと、ついでとばかり茂流田達が包み込まれた。
 
「気をしっかりもたれよ! マスターの頚木が外れてしまう!」
 
ゼクウさまは何を言っているんだ?
いつもの様な余裕が声にない。
それどころか追い詰められたような緊迫感が漂っている。
 
私がそれを理解する前にその声は聞こえてきた。
 
『 愛した女性を殺した。  (彼女が消え)
  大切な仲間を巻き添えにした。  (彼らも消え)
  そして世界を滅ぼした。  (皆が消え)
  この手は何一つ守りきれず。  (誰をも救えぬ手が生まれ)
  この手は救われることを望まない。  (誰もが救えぬ手に育ち) 
  もう誰一人、殺したくない。  (怯えるその手は拒絶する)
  俺に関わって、死なないでくれ。  (我は汝を拒絶する) 』
 
『我は汝を拒絶する』
その声が聞こえた瞬間にグーラーに食われて欠損した横島さんの右肩から黒い影が湧き出てきた。
それは【恐怖の腕】と同じ、黒い爬虫類の手の姿をしている。
だがそれは根本的に何かが違った。
いや、本質は同じなのかもしれないが何かが違う。
だって、これほど強力な結界の中にいるのに初めて【狂気の顎】を前にした時以上の衝撃が私の心に襲い掛かってきているのだから。
 
頭の中はクリアなのだがその分襲いくる【恐怖】は気が狂ってしまいそうになるほどだ。
私自身があの時のままなら間違いなく壊れていただろう。
それほどに怖い。
体は正直で指一つ動かせない。
人間は恐怖を前にすると体が動かなくなるって本当だったのね。
呼吸すらままならない。
 
「あぁあああぁあ!」
 
ゼクウさまが神剣を携え、ユリンが嘴をつきたてんと腕に襲い掛かるがその動きが止まった。
ゼクウさまたちは前に進もうとしているのに押し戻されているようだ。
 
『我は汝を拒絶する』
 
「グフッ!」
 
ゼクウさまも、ユリンも、心見もまるで玩具のように吹き飛ばされた。
壁を突き破る威力で、それでもゼクウさまは辛うじて立とうとするが剣を杖にして踏ん張るのがやっとだ。
 
「うわぁあぁ!」
 
恐慌したヌルが腕に魔法を放つがそれすら捻じ曲げられて腕に当たることはない。
 
腕が恐ろしい勢いでヌルに向かい、ヌルを掴んだ。
 
「はなせぇぇ!」
 
『我は 汝を 拒絶する』
 
腕の中でヌルが四散した。
腕がまるで次の獲物を探すようにその指先をあちこちに向ける。
 
……眼が合ってしまった。
腕にあるはずのない眼が私の眼とあってしまったのを感じた。
私は漠然と理解する。
私はこのまま身動きすらとれずに潰されてしまうのだと。
死にたくないのに指先一つ恐怖によって動かすことができない。
 
死を覚悟させられた私を守るように淡く光る剣が格子状に腕を取り囲む。
 
「……霊波刀、無型式、……賽の……監獄」
 
生きも絶え絶えに、それでも視線は力強いままで腕を睨みつける横島さん。
腕が恐怖するのを私は感じた。
私を怯えさせているあの腕は、紛れもなく横島さんに恐怖を感じている。
そして敵意を持っている。
 
突風。
それと共に格子状の霊波刀が細切れになって吹き飛ばされた。
先ほどから攻撃をそらしている力が霊波刀と一緒に空気を外側に押し出したのだろう。
そしてヌルのとき以上のスピードで横島さんに迫り横島さんを同じようにつぶさんとする。
 
「文珠奥の型、太極文珠」
 
それは双文珠と同じ姿をしているが中に【光/闇】と刻まれていた。
横島さんを捕らえていた腕は逆にその文珠の中に捕らえられてしまう。
その中でどれほど腕が暴れようと文珠は腕を離さない。
そして文珠は突然腕ごと消滅した。
腕は黒い影になり再び横島さんの中に入り込むと横島さんは再び意識を手放したらしく地面に崩れ落ちた。
 
「……あれは、何だったんだ?」
 
いち早く体が動くようになった雪之丞が呟く。
それはおそらくエミも、当然私も持った疑問。
そしておそらくその答えはゼクウさま達が知っているのだろう。
 
「兄者、しっかりしろ!」
 
心見が文珠で欠損した腕と焼け爛れた全身を癒す間に私はゼクウさまの元に歩み寄る。
ゼクウさまも文珠で己の身を回復させたところのようだ。
 
「……【恐怖】で、まだよろしゅうございましたな。もしあれが、それ以外でしたら抵抗することすらできずに、マスターが目覚める時間すら稼げずに殺されていたでしょう……」
 
「クワァアー」
 
ユリンと会話を交わすゼクウさまにエミが詰め寄る。
 
「ゼクウさま、あれはいったいなんなの!? 忠にぃの身に何が起こっているワケ!」
 
ゼクウさまはどうした物かと思案していたが私達の真剣な視線の中で仕方なくといった感じで口を開いた。
 
「……知られたからには、黙っているわけには参りませぬな……アレがマスターの七種の霊波刀の力の根源の一つの一部。マスターの自失と、腕の欠損と、皆様が人質にとられたこと。いくつかの要因が重なり合って漏れ出してしまったものですが、アレはマスターがそのうちに抱え込んでいる恐怖そのものです」
 
あんなものが七つも横島さんの内にはあるの?
 
「……忠にぃはどうして何も教えてくれないの? 私はそんなに頼りない?」
 
「アレ、に関してはマスターは余人に相談のしようもないことでございます。なぜならばアレに耐えられるのは人間はおろか、神族、魔族のなかでもおりますまい。かく言う某も、マスターの眷属であるが故に壊れずに済んでいるというだけですからな。同様に使い魔のユリン殿も、式神の心見殿も壊れずに済みますが、そうでない方が触れれば容易く壊れてしまうでしょう。故にマスターは誰に相談もできずにいるのです。……それと皆様、申し訳ございませぬ」
 
えっ! という間もなかった。
ゼクウ様の手に握られていたのは【忘/却】と刻まれた双文珠。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ゼクウ≫
「マスター」
 
「……ゼクウか。すまない、俺はどれだけ眠っていた?」
 
「5分少々といったところですかな。……気は進まなかったのですが、皆様には忘れていただきました。皆様は一見まともそうでしたが明らかに恐怖症の兆候が見受けられましたし、あちらの五人は完全に壊れていましたからな。……皆様はともかく、彼らが社会復帰できるようになるのにはまだ時間がかかるでしょう。それと今、心見殿が監視装置を調べて文珠や恐怖の記録を改ざんしております。南部グループを潰すのに必要な記録集めもて発見されやすくしておく作業も平行に行っているのでもう暫くはオカルトGメンに通報できませぬな」
 
「かまわない。……俺はいろんなことにケリをつけてくるよ。……ゼクウ、ありがとう」
 
「この身はマスターの従僕でありますれば」
 
「従僕なんかじゃない。心強い戦友だよ」
 
主の力にすらなれぬこの身にはもったいなすぎる言葉ですな。
……しかし自虐の台詞が出てこなかったのはよい兆候です。
後はもう少し、マスターが未練を残してくれさえすれば。
この身はマスターの従僕。それ以外にこの身の在処はない。
そう思うのは某のエゴでございましょうか?



[523] Re[14]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/10 00:39
 ≪ミーア≫
 上で騒ぎがあったようだがあの人間は無傷で戻ってきたようだ。
しかし何か、雰囲気が暗い。
 
「すまない。待たせたな」
 
「いや、大して待ってはいない。上で騒ぎがあったようだね?」
 
「あぁ、たいしたことじゃない。この研究所を潰していただけだ」
 
研究所を潰すね。随分と容易く言うものだ。
いや、中級魔族を簡単に殺して見せるこの男なら本当に容易かったのかもしれない。
 
「ここで実験されていて、まだ自分の意思を持っている妖怪は解放されるように働きかけるつもりだが……」
 
「人食いのあたしまでかい?」
 
流石にそれは難しかろう。
最も、この人間に助けられた今とあっては生きた人間を食い殺すのは流石に気がひける。
もし逃げられたらどこか土葬の国に逃げてひっそりと暮らすしかないかしらね。
 
「そのことなんだが、これを食べてみてくれないか?」
 
横島が差し出したのは綺麗な木の実だった。
 
「私は人間の肉しか受け付けないよ」
 
それでもやけに横島が真剣な顔なので吐き出す覚悟でその木のみをむしりとって口に運んだ。
 
「え?」
 
やけに充足する。
美味しいと感じる。
そして理解できた。自分はこの実を食事として食べることができると。
 
「この木の実はいったい?」
 
「柘榴だ。よかった、グーラーにも釈迦の言霊は届いていたようだ」
 
「どういうことだい?」
 
「鬼子母神という親子の守り神がいる。元々はインドのハリティーと言う人間の子供を攫って食い殺す鬼女的な悪神だったが100人いる彼女の子供の末っ子を釈迦が隠して子を失う悲しみを教えられそれ以来親子の絆を守る神になった。しかしハリティーは人肉しか食べられない。そのとき釈迦はこういったんだ。『これからは人肉と同じ味の柘榴の実を食べればいい』 と。実際には柘榴の実と人肉の味が同じはずはないんだがそれでも釈迦ほどの仏尊が放った【言霊】だ。人食いには人肉の代わりに十分なりえるんだろうさ。……少なくとも、お前がこれからは人を食い殺す必要はなくなったわけだ」
 
……そうなのか? そうなのだな。
だが、腑に落ちない。
 
「私は人食いのグーラーだぞ? これまで何人の人間を食い殺したと思っている? なぜ、初めて会った私のためにその肉を差し出し、人食いを止める道を指し示す? お前にはそうする理由はないはずだ」
 
「もし、お前が俺の知る範囲内で人を食い殺したら俺は俺の責任のうちにお前を除霊するよ。……俺は、俺の道行きの前に立ちふさがるものを踏みにじらないわけには行かないから。……でも、踏みにじらないでいられるのであれば誰一人踏みにじりたくはない」
 
こいつの瞳、本気だ。
もし、こいつの知る範囲で人を食い殺せばこいつは私を除霊するだろう。
きっと、後悔をしながら。
こいつ……。
 
「……わかった。お前とは事を構えたくはないし、助けられた恩もあるからね。これからはこの柘榴とか言うやつの実を食って生きることにするさ」
 
「済まん」
 
横島は私に頭を下げる。本当におかしなやつだ。
だが、嫌な気分じゃないね。
 
「お前が生きていくのに必要な柘榴の実は俺が用意しよう。住処も俺が用意するところでよければ面倒を見る」
 
「いいのか? そこまでしてもらって」
 
「君の人生の一部を束縛させてもらう代償だと思ってくれればいいさ」
 
「……だけど、あんたに助けられてばっかりと言うのも癪だねえ。世話になるからその分私を使ってくれてかまわないよ」
 
「そうだな。何かあったときはよろしく頼む」
 
……はぁ、コリャこいつが死んでもこの先は死体すら食えないようになっているかもね。
まいったわ、これは。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 ゆっくりと、薄暗く長い廊下を歩く。
コツコツとリノリウムの床が足音を立て、俺の両脇には巨大な試験管がひたすら並んでいた。
夜目のきく俺にはそれの中に何が入っているかを見て取ることができた。
ここはヌルの研究所。
俺はオカルトGメンがここに入り込む前にヌルの研究を破壊するためにやってきている。
そして俺は最深部、並び立つ試験管の中では深く的小振りな試験管の前に立った。
 
その中に入っているのは老人とミイラの中間のような存在。
とても生きているように見えないのだが数分おきにあがる口からの気泡が辛うじて生命活動を続けている証となっていた。
 
「……君は、本当に全てを捨ててしまったんだな」
 
この試験管に入っているものの名は、いや、ここに並び立つ試験管の中に入っている者達の名は鎌田勘九郎と言った。
 
「君は本当に、雪之丞に勝つために全てを捨てたんだな。……なぜ、君がそこまで自分を追い込んだのか俺は知らない。どうしてそこまで力を求めたのか俺にはわからない。……だけど俺は君を殺すよ。君が生きていては、君のその姿を見ればきっと雪之丞はショックを受けると思うから。だから俺は、そのためだけに君を殺す」
 
この老人のような姿は霊機構造を無理やり抜き取り、魂のかけらを入れた入れ物に過ぎない。
クローンを作るためのオリジナルの細胞を残しておくためにただ生かされているだけの物体。
そしてここに並び立つ試験管の中の在りし日の姿の勘九郎達は希薄すぎる魂と、霊機構造をプログラムによって補正されたヌルの操り人形に過ぎない。自我があるように見えるのも勘九郎の性格をプログラミングしただけのこと。
 
「君達が悪いわけじゃない。そういう風に生まれたしまったからとはいえ、君たちが悪いわけじゃない。自我も意思もなかろうがそんなことは関係ない。俺は俺の目的のために、雪之丞の手で友達を殺させたくないが為に邪魔な君達の生命を踏みにじる」
 
俺はスイッチを入れて試験管の中を満たしていた液体を排出した。
それに伴い、オリジナルの勘九郎も、処理を施していなかった勘九郎のクローン達も崩れ去り、ただのカルシウムとアミノ酸の塊に成り果てた。
 
これで、すでに完成しているクローンの他に、新たなクローンが生まれてくる可能性は消滅した。
クローンの細胞からクローンを作ろうとしても細胞の劣化が激しすぎて不可能であろう。
だからこそオリジナルの勘九郎が生かされていたのだから。
……しかし。
 
「……せめて、せめて新たなる人生では人としての幸せを掴んでくれることを祈り願う」
 
作り出した文珠は【輪/廻】【転/生】
 
一切の業をここで振り払い、新たなる人生を願うために作り出した文珠。
しかしそれを為すための魂はすでに希薄。
霊機構造は不足。
例え業をここで全て振り払ったとしてもそもそも転生すること事態が不可能なのかもしれない。
それでも俺はそうすることしかできなかった。
これは俺のエゴのために殺した彼らに対する誤魔化しにすぎないのかもしれない。
 
それでも願いは変わらない。
せめて安らかな死を。
そして幸福な旅立ちを……。



[523] Re[15]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/27 23:06
 ≪横島≫
 南部グループにはオカルトGメンの捜査の後、警視庁も介入して株価は大暴落を起こした。
世間一般では妖怪たちを実験台にしたことよりも英雄の材料に死体を使われたことが騒がれたが、極一部で妖怪を実験台にしたことに対する抗議行動も起こったのは個人的には大変喜ばしいことだ。
警視庁が介入してすぐに南部グループ全体の不正や不祥事が謎の内部告発(世間一般には内部告発となっているが実際には……まぁ言わぬが華というやつだ)によって経営陣が軒並み後ろ手に錠をかけられることとなり事実上崩壊した。
この件に関しては六道家と親父達には多大な迷惑をかけたと感じている。
株価が最低に落ち込んだ南部グループを六道財閥が吸収合併して傘下におさめた。
その名が地に落ちた南部グループ傘下におさめることに何のメリットもなくデメリットしかないと六道グループの経営陣から非難の言葉が出たのだが冥華さんはそれでも俺の望みを聞いてくれた。
 
「何の罪もない南部グループの会社員とその家族の生活を踏みにじりたくはなかった」
 
そこで登場したのが親父だった。
 
「馬鹿息子は所詮馬鹿息子だからな。お前が後先考えず行動した時の後始末のことを六道さんと話し合っていたわけだ。一生敬えよ」
 
冗談めかして言っていたが親父は村枝商事を辞め、元南部グループの六道ケミカル社、社長に納まった。
これには更に六道経営陣から反発があったが、親父の他にも秘書に親父を追ってきたクロサキさん。
そして顧問にお袋がいる以上六道ケミカルの業績が上がらないはずはないと思う。
とはいえ俺のエゴのために皆に多大な迷惑をかけたことには変わりなく、そのことは心苦しく思う。
 
残念ながら南部グループに捕らえられた妖怪には最早ミーアとガルーダしか無事なものは(あの二人、とりわけガルーダを無事といっていいものかどうかはわからないが)いなく、全てが英雄の材料、もしくは英雄を試すために殺されてしまっていた。
その代わりにはならないが南部グループに妖怪を売り渡していた不法ブローカーとG・Sが逮捕され、しかるべき処置を受けさせることができた。
正直この事件で俺と美智恵さん、西条は人間の汚い部分を散々見せられる結果になったのだが嫌なことは続くものだ。
                   ・
                   ・
 今日の事務所には誰もいない。
俺とカオス。令子ちゃん、エミ、冥子ちゃん、それから俺が頼んで来てもらった唐巣神父に美智恵さんに西条は議事堂に出かけていた。
雪之丞とタイガー、ピート、五月、美衣さんはタマモ、ジル、ケイ、それからケイの小学校の友達を連れてデジャブーランドに行っていた。
 
「金毛白面九尾の狐を引き渡してもらいたいのだよ。横島君」
 
意外に冷静に、話を始める官房長官。
何処から情報が漏れたかは調査中だが国にタマモのことがばれてしまった。
それに対して俺のうつべき手は……。
周囲の取り巻き達を心見に観測させる。
 
「何故でしょうか官房長官?」
 
まずはとぼける。
 
「君も知っての通り、かつて中国とインド、そして日本に現れ行く先々で国家元首の病死やクーデター、大量虐殺が引き起こされた傾国の化け物だからだ。日本政府は国家の大事としてこれを排除せねばならん」
 
その言い分は頭にきたが表には出さない。
冥子ちゃんが不満そうに頬を膨らませているが令子ちゃんとエミがさりげなく抑えてくれてる。
 
「天竺は班足太子の御世の華陽夫人、唐土は殷国は紂王の御世の妲己、もしくは周国は幽王が御世の褒网。そして日本では鳥羽帝、もしくは関白藤原忠通が愛妾の玉藻の前のことですね」
 
「わかっているなら話は早いだろう?」
 
「ところがそうはいかないんですよ官房長官。確かに世間一般ではそういわれていますが史実にでは玉藻の前が調伏されたといわれる年から数年も立たないうちに鳥羽帝にしろ関白にしろ病死しているんです。安倍泰親あるいは保名に調伏されたにも拘らずです。クーデターにしろ、大量虐殺にしろ金毛白面九尾の狐とは無関係と見るのが最近の研究結果でしてね。妖狐は賢いが故に人間の、権力者の庇護を受けようとしますがその度に政変に巻き込まれああいう結果になった」
 
俺は美智恵さんに視線を飛ばすと美智恵さんがそれに対して援護をしてくれる。
 
「ふざけるな! 奴は傾国の魔物なのだぞ! さっさと引き渡せ!」
 
一人だけ温度差が違う男がいる。……こいつが元凶か?
 
「失礼ですが貴方は?」
 
「国土交通省国土計画局局長の今井だ」
 
そんなことも知らんのかという雰囲気。
 
「それでは今井さん。貴方は何の権限と法的根拠を持ってタマモを引き渡せとおっしゃっているのです?」
 
「何だと!」
 
「タマモを拘束する法的根拠は存在しないといっているんです。それがわかっているからこそ官房長官は協力要請という形をとっているんじゃありませんか?」
 
「奴は傾国の魔物なのだぞ!」
 
魔物は貴様だろうという台詞は表に出さずにあくまで紳士的に対応。
 
「先ほどの話の通り、金毛白面九尾の狐が傾国の妖怪であるという物的証拠はありませんね。よしんばあったとしても平安時代には日本国憲法は存在しないわけですし、当時の法律にあわせて罪を裁くといっても最早最終刑(極刑)をされた後でしょう? それに人間の中で生活をさせているので人間の法律を守らせていますが彼女は本来人間の法律で裁けはしないでしょう?」
 
「私は国家の安全のために害獣を駆除するといっているのだ!」
 
その言い分に怒りを表しそうになる三人を牽制して言い放つ。
 
「『元人間、及び人間外の知的生命体に対する人道的保障及び保護の関する法律。通称妖怪保護法案の第三条、対心霊現象特殊作業免許証保持者は元人間及び人間以外の知的生命体に対して安全と判断した場合に限りその全責任を持って保護をすることを認め、保護されたものの代わりに基本的人権に関する権限を行使することができる』 この法的根拠を持ってS級G・S横島忠夫の全権限を持って私の保護観察下のもと、タマモの安全を保障します」
 
「同じくS級G・S美神令子、タマモの安全を保障します」
 
「同じくA級G・S横島エミ、安全を保障するワケ」
 
「六道冥子も~、タマモちゃんがいい子だって知ってるわ~」
 
「S級G・S唐巣和宏、金毛白面九尾の狐の転生体、タマモ君が安全な妖怪であることを保障しましょう」
 
「私はG・Sとしての立場だけでなく、オカルトGメン日本支部の責任者として彼女が安全な妖怪であることを保障しましょう」
 
「同じくオカルトGメン現場責任者として彼女が害のない妖怪であると判断します」
 
「ヨーロッパの魔王ことこの私も安全であると保証してやろう」
 
「以上、8名のA級以上のG・Sが連盟で彼女が安全であると保障し、妖怪保護法案の摘要を求めます。我々の判断を覆すには複数名のS級G・Sを含む9名以上のA級G・Sの反対意見。もしくは上位組織であるオカルトGメン本部、日本G・S協会からの公式な裁定が必要となります」
 
これが表向きの俺の切り札。
これのためにザンス王家の事件の折に美衣さんたちに骨を折ってもらったのだから。
 
「……そうか。ただし、何かあったときは君の責任になることを忘れないでくれ」
 
「官房長官!?」
 
「そのときは俺がケリをつけます」
 
今井が色めき立つのを無視して挨拶を済ませると俺たちは事務所へと帰っていった。
ただ、俺と今井の影がぶつかり合った瞬間、俺の影からユリンが飛び出したのを誰が気づいただろうか?



[523] Re[16]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/14 00:57
 ≪美智恵≫
 「美智恵さん。司法取引しませんか?」
 
いきなり、それもあっけらかんと横島君が言ってきた。
 
「どうしたのいきなり?」
 
「今から俺がオカルト犯罪しますけど見逃してもらえません? その代わり同じ方法で三件までなら捜査協力しますから」
 
確かに横島君の捜査協力はありがたい。
文珠を自在に使う横島君を相手に迷宮入りする事件などまずない。
そしてそれを知っているからこそ横島君はオカルトGメンの逮捕に協力することはあっても捜査に協力をすることはほとんどしないのだ。
そして現在怒り心頭の横島君をあまり刺激しない方が良い。
……これは誤魔化しね。
 
「わかりました。ただしあまりにもその内容がひどすぎると判断した場合はすぐに止め、場合によっては逮捕しますからそのつもりで」
 
「先生!?」
 
「私たちに知らせずとも横島君はそれをできたはずよ。それを教えてくれたということは少なくともそれに答える必要があるわ」
 
詭弁ね。
 
「ありがとうございます。カオス」
 
「ほれ、用意はできておるぞご所望のエクトプラズム粘土だ」
 
カオスさんが青白い粘土のような物質を取り出す。
 
「こいつはエクトプラズムを用いた簡易式神生成道具だ。まぁ、式神ケント紙のようなものだな。最もあれより大分強力であるし、再利用も可能だから使い勝手は良いがな」
 
横島君はそれを人型に造ると手にした文珠を埋め込んだ。
それは【模】の文珠。
 
見る見るうちに人型はあの今井という男の姿に代わった。
 
「俺の質問に答えてもらおう」
 
「了解です。主」
 
式神が人語をしゃべっている!? 文珠の作用かエクトプラズム粘土の効果は知らないが簡易式神としての範疇を軽く超えている。
しかもこれは……。
 
「この後お前はどういう行動に出る?」
 
やはり。文珠によって相手の思考パターンや記憶を完全に汲み取り、霊力が支払われる限り主人に対して絶対忠誠の式神(本来式神は主人が弱みを見せればそれに付込み主人を殺そうとする場合もあるが、横島君や六道家ほどの能力を持てばその可能性は限りなく0に近い。少なくとも簡易式神がどうこうすることはないはず)のあり方と、主観の入らない客観的な意見として出てくる以上その情報は法的証拠にはならないがどこまでも真実に近いはず。
 
「九尾の狐は中国とインドの国を滅ぼした経緯がある。人脈を駆使してこの情報を歪めて伝えれば国に圧力をかけてくるだろう。そうすれば九尾の狐を殺すことなど容易いはずだ。フリーのG・Sを雇って調伏するのも良い。それで人間を傷つければそれを理由に殺すことができる」
 
確かに。少なくともインド、中国のG・S協会やオカルトGメン支部が圧力をかけてくるだけでも妖怪保護法案をひっくり返すことができる。
それに理由はどうあれ人間に手を出した妖怪をそれ以上保護することは難しい。
 
「何故九尾の狐を調伏することにこだわる?」
 
「私は国土開発に関して妖怪を除霊し、頓挫しそうになった計画を推し進めることで局長にまでなった。現在推し進めている那須の開発計画には殺生石の存在、九尾の狐の存在が邪魔だからだ」
 
なんて傲慢。
 
「……では、お前がこれまで行った妖怪が関係する開発計画について洗いざらい教えてくれ」
 
……式神の語る内容は正直気分が悪くなるものだった。
これはもう完全にオカルト犯罪じゃないの。
南部グループのときも胸が悪くなる内容だったけど質こそ違えたちの悪さでは同じようなものよ。
でも、眉一つ動かさずにその内容を聞く横島君のあまりの静かさに恐怖を感じる。
どれだけ怒っているのか想像もつかないわ。
ただでさえ横島君の逆鱗に触れるような内容なのに同様のことの矛先にすでに横島君の身内であるタマモちゃんに向けられていたんだもの。
 
「……最後に、不正でも犯罪でも何でも良い。今井が破滅するに十分な内容の悪事を洗いざらいしゃべってくれ」
 
……最悪ね。この国の官僚が腐っているのは知っていたけど今井はその中でも最悪の部類だわ。
しかしこの能力、法的根拠は皆無とはいえ犯罪捜査には便利すぎる能力だわ。
協力してもらうにしろこの方法が外部に漏れないようにしなくてはならないわね。
 
「……ご苦労だったな」
 
横島君が人型から文珠を抜き出すと人型はもとの粘土の人形に変わっていった。
途中で泣き始めていた冥子ちゃんの頭を撫でながら話を進める。
 
「俺はこれから中国とインドに対する対策をうってくるから。美智恵さんたちで今井を失脚させる手段を練っておいてもらえませんか? 注文をつけさせてもらうなら今井を周囲から孤立させた後失脚させるような」
 
怒っていても頭は冷静か。本当に敵に回せない子だわ。
 
「わかっているわ。政治家や官僚の敵意を買って横島君が保護している妖怪たちに累が及ばないようにでしょう? そちらは任せてもらってもかまわないわ。でも、はっきり言って中国やインドへの対策の方が厄介よ?」
 
「とっておきの伝がいるんで大丈夫ですよ。それではお任せします」
 
横島君が言うのだから大丈夫だと思うけど中国やインドのオカルト界に対するとっておきの伝?
 
横島君は泣き止まない冥子ちゃんの頭を抱きしめるように撫でると部屋を出て行った。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「ほう、つまり儂に九尾の狐の転生体の娘に手を出さぬよう意見を出して欲しいと」
 
「はい。老師であれば可能でしょう? インドにおいては風神ヴァーユの子にして猿王スグリーヴァの大臣。インドの三柱神(トリムルーティ)が一柱、豊穣神ヴィシュヌが化身、ラーマチャンドラの部下として羅刹王ラーヴァナに囚われたラクシュミーが化身、シータ姫を奪還せんと単身ラーヴァナの本拠、ランカー島(スリランカ)に潜入してラーヴァナと死闘をくる広げ、ラーマの弟ラクシュマナが怪我で倒れればカイラース山ごと薬草を運んできた英雄神。中国においては軍神、中壇元帥(那咤三太子)を退け、最強神、顕聖二郎真君(陽ゼン)と引き分け釈迦に封ぜられた後三蔵玄奘の弟子として天竺に渡り経文を得て闘戦勝仏となった貴方なら。インドと中国で人気のきわめて高い貴方の言葉を向こうのオカルト界も無視できるはずがない」
 
「ふむ。まぁ何処までいけるかはわからんがその件については引き受けよう。おぬしの大切な身内でもあることだしな」
 
「感謝します」
 
「なに、かまわんよ。それより小竜姫達にでもあってきてやれ。白娘姫も脱皮を繰り返して大分大きくなったぞ。人型に変われるようになるのも近いやも知れぬ」
 
「そうですか。帰る前に会っていきますよ。それでは老師」
 
老師に礼をして場を辞した。
その後小竜姫様たちにあって家路につく。
                   ・
                   ・
 「お帰りなさい横島君。方針は決まったわよ」
 
美智恵さんの立てたプランを見る。
これなら高級官僚とはいえ失脚させることはたやすかろうし、官房長官などの名前に泥をつけずにタマモに関してのことを一時保留にするくらいのことはできる。
流石美智恵さんだ。
ユリンの監視もあるし今井の手足はもいだようなものだ。
 
「流石ですね」
 
素直にそういった。
 
「内容が内容だから素直には喜べないけどアリガト」
 
確かに女性が褒められても喜べる内容ではないな。
 
「後は子供達に知られないようにしなくてはね。そのために皆をデジャブーランドに行かせたんでしょう?」
 
「ええ。子供のうちからあまり大人同士の汚い駆け引きを見せるものではないですしね。そんなものばかり見せてしまって俺みたいな歪んだ性格に育ってはいけませんし」
 
俺の台詞に一斉につっこみが入る。
 
「……しかし、南部グループのことといい、嫌な事件が続く。正直人間不信になりそうだよ」
 
西条が珍しく弱音のようなことを漏らす。
確かに令子ちゃんたちにも知らせなかった裏のことも西条は知っているからな。
 
「君は……嫌になったりはしないのかい?」
 
西条が俺を気遣うように聞いてくる。
 
「俺は……嫌になったりしないな」
 
「なぜだい?」
 
「どんなに汚く見えても世界は綺麗なんだよ」
 
カーテンを開けて外を眺める。
そこは見慣れた風景。
なんでもない日常。
だけど綺麗だ。
 
「世界は綺麗なんだよ。でも皆それに慣れてしまって気がつかなくなっているだけで」
 
「断言するね」
 
「知っているからな」
 
なくしてから初めて気がついた。
この世界が、あの世界がとても綺麗だったということを。
 
「それを知っていれば嫌になんてならないさ」
 
そんな暇はないからな。
 
窓の外に人影。
タマモ達が帰って来たようだ。
 
程なく事務所のドアが開かれかえってくるタマモ達。
 
「おかえり、どうだった?」
 
「もう最っ高! 人間ってこういう下らないことに関してはすごいわ」
 
満面の笑みのタマモ達。
俺は後ろの連中に振り返り笑って言った。
 
「な。世界はことのほか綺麗だろ?」
 
タマモ達は何のことかわからずきょとんとしているが大人達は彼女達の笑顔を見て頷いている。
もう二度と無くさない。
この美しい世界を。
そして願わくばこの綺麗な笑顔の子供達から綺麗な笑顔が奪われないように。
奪わせない。



[523] Re[17]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/19 13:53
 ≪横島≫
 タマモの事件から暫くは穏やかな時間が続いた。
アシュタロス側も動かなかったようか情報が集まってこない。
メドーサがいなくなった後の実行部隊はヌルだったのだろうか?
あれ以来人間側のゴタゴタに巻き込まれることもなかった。
冥華さんに話を聞いたところ裏で横島除霊事務所に変な気は起こすなという情報が流れているらしい。
確かに南部グループの開発部の連中は軒並み実刑判決だったし、今井はまだ裁判中だが最早味方はおらず見苦しくあがいているだけという感じだ。
……多国籍企業と高級官僚か……確かにあまり関わらない方がいいかもしれない。
しかし一年以上何もないということはその分暫く忙しくなるのではないか?
アシュタロスがコスモプロセッサを動かした西暦は来年に当たる。もちろん歴史が変化したことにより明日そうなるかもしれないし、再来年以降になるかもしれないがもうそう遠くはないだろう。
 
この一年でおキヌちゃんの記憶がもどることはなかった。
時折何かを思い出しかけているようなのだが今回は幽体が肉体から離れないようにカオス特性のお守りを早苗ちゃん経由で渡しているのできっかけがつかめなかったのかもしれない。
それならばそれでいい。前回は死ななかったが今回おキヌちゃんが霊団に襲われて生きて東京にたどり着ける保証は何処にもないのだから。
無論保険はつけているがそれでも必ずとはいえないし霊団が相手では周囲の被害が馬鹿にならない。
おキヌちゃんが幸せに暮らすことができればそれで良いと思ったほうがいいのかもしれない。
 
この一年で変化したことはイロイロある。
エミがS級、雪之丞がA級、タイガーはB級のG・Sとなった。
エミは元々実力だけなら先にS級の認可を受けていた令子ちゃんや冥子ちゃんと比べても決して劣らなかったのだが呪術師というのがネックとなって遅れてたが文句のつけようもない依頼達成数と達成率をたたき出し続けてきた結果ようやく認可が下りた。
雪之丞もA級、戦闘だけなら文句なくS級なのだがいかんせん思考が戦闘に偏りがちなので俺がS級認可の許可を要求していないというところだ。雪之丞にもそのことは伝えてあるしおそらくそのことは納得しているというより気にもしていないと思う。あいつの場合自分と自分の信頼する人間にさえ認められれば世間でどう思われようともかまわないと思っているきらいがある。そういう意味では世界が狭いのかもしれない。
タイガーもすでに世間で言えば一流の実力は持っているので後は精神的な強さをもてれば(それでも過去ほどひどくはないが)A級には届くだろう。タイガーはG・Sとしての完成度だけならああ見えて雪之丞より高い(平均してそれなり以上の成績を残せるタイプ)し、精神感応は使いこなせればあれほど使い勝手のいい能力も少ないからだ。
令子ちゃんと冥子ちゃんも相変わらず頑張っている。あいにくあれ以上チャクラはまだ開かないものの、雪之丞に負けまいと五月やゼクウを相手に戦闘を学んだ結果、強くとも素人であった前回とは違い基礎を身に着けただけで動きは格段によくなっている。千変万化な戦術を得意とする令子ちゃんに一部の戦法を教え込むのは返って危険だが基礎ならば決して邪魔にはならないはずだ。冥子ちゃんには少しずつだが汚い部分も見せるようにしてきた。いつかいつかと先延ばしにしてきたがもうあまり時間がないこととことを性急にはこんで失敗しないために少しずつ慣らし始めていく。そして思っていた以上に冥子ちゃんは強くなっていた。少しづつとはいえ人の汚さを垣間見ても持ち前の純粋さを失わないほどに。
カオス達は何か精神に働きかける機械の製作に取り掛かっているようだ。同時進行で冥界チャンネルが閉じられた時の対処法の研究を行っているようであまり熱心に除霊を行わないためにいまだにA級で足踏みをしているがカオスの場合自分に絶対の自身があるために他人の評価を気にしない。気にしなければならないほど今のカオスは孤独ではないしな。
ピートもA級G・Sになっていた。唐巣神父のところは仕事の密度があまり濃くはなかったのだが、あの映画以来苅田神父は実在する(実際映画の人格は唐巣神父をそのままもってきているわけだし)との噂が立ち世間での知名度が一気に上がったせいだ。知られれば神父は実力、経験、知識がそろって超がつく一流G・Sであるし、G・S界きっての人格者であるから依頼件数は鰻登りに上昇していった。それに伴いピートも除霊回数が増えた結果だ。以前とは違い神父も企業相手には(生活に困った方が相手のときはいっまでどおりだが)無茶な値引きをせず、報酬の大半を寄付金に回している。孤児院を開かないのかと聞いたら『いつ死ぬかもしれない仕事をしているからね』とのことだ。
映画といえば【踊るG・S】は某国際映画祭で優秀な成績、特に白麗はグランプリを受賞した。元広監督はノミネートされたもののそれを拒否し、銀ちゃんはノミネートこそされたもののあいにく受賞は逃してしまった。(俺達にもノミネートの話はあったのだが皆映画人ではないことを理由にエントリーしないでもらった)いずれにせよあの映画は三人の出世作となることができたようで目的の一つは達成できたようだ。
ブラドー島のほうは特に目立った変化はない。もちろん俺もあの島がいきなり世界から認められるなどとは思っていなかったがそれでも映画の関係から極一部のマスメディア(まるで戦場取材のような装備だったようだが)が島を訪れたりイタリア政府の役人が訪れたりと多少の変化はおきている。後はその変化が間違った方向に進まないように願うだけだ。(ブラドー伯爵は島のバンパイア・ハーフに基本的な人権をイタリア政府に認めさせる代わりにブラドー島の所有権を譲渡し、改めて自らの個人所有とするように買い求める方向で話を持っていっているらしい。今後は税金を納めねばならないが共存を望むのであれば必要なことなのだろう)
魔鈴さんのお店は相変わらず繁盛している。従業員は相変わらずノワールちユリンしかいないものの最早それが売りの一つになっているわけだし忙しいときは誰かしら手伝いに言っているので問題なかろう。
五月、ジル、リリシアには訪問者が増えた。とりわけキリスト教系の新興宗教がジルに接触を試みるのには辟易させられたものの概ねは好意的な接触のようであまり干渉しないようにしている。リリシアのお店はあの映画以来今まで以上の人気店になったとか。
鬼道は大学を卒業してそのまま六道女学院の教師に納まった。最も、着任早々の実技指導主任にして副業(G・Sに限る)も認められる破格の待遇ではあるのだが。鬼道もすでにA級G・Sの認可、実力的にはS級も依頼数さえこなせれば問題なく得られる実力を備えている。だからこその待遇だし、後は時間さえかければ鬼道家中興も問題ないはずだ。
妙神山もよい意味で変化のない日が続いている。時間を見つけては俺とゼクウ、雪之丞と五月が武術の稽古をつけに向かっているので以前ほど暇ではない模様。ワルキューレとジークも参加して時折総当りで武術だけの試合を行っている。優勝回数が一番多いのはゼクウで同数で小竜姫さまが並び、わずかに遅れてワルキューレ、五月。俺とジークは1回づつ優勝しただけにとどまっている。雪之丞の当初の目的は二回戦進出か。
老師とも修業をつけてもらっているがいまだにまともに勝てないでいる。……漆の型を使えばおそらく負けることはないと思うのだがあれを使って勝っても意味がないので使わない。ヒャクメにはお互いで霊的視覚で捕らえられないものに対しての対処法を学んでいるところだ。
 
そして、ある朝一報が届く。
氷室キヌ。つまりおキヌちゃんが突然の失踪をしたという連絡が入ったのだ。



[523] Re[18]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/25 01:58
 ≪おキヌ≫
 誰? 誰なの?
頭の中には私の知らない映像が断片的に流れ込んでくる。
私には確かに二年以上前の記憶がない。
でもこの映像は私とはきっと関係ない。
何しろ時代劇のような農村風景の記憶などあるはずがない。
そしてもう一つの風景。
こちらは現代のようで、一人の男性を中心に暖かな空間が広がる風景。
だけど私にはわからない。
こんな風景知らない。
覚えていない。
 
痛い。頭が痛い。
体が言うことを利かない。
ただ体は身に覚えのない記憶を求めて駅へと向かっていた。
怖い。
自分が自分じゃなくなる様で怖い。
手にした東京行きの切符を持って思う。
                   ・
                   ・
東京に来たからといって何かあてがあるわけでもない。
鈍く痛む頭を抑えながら夢遊病者のように街を歩くだけ。
見慣れたような、見慣れていないような奇妙な風景。
そしてそのうちまるで何かに呼ばれているような気がしてフラフラと路地裏へ、路地裏へと歩いていく。
 
どれほど歩いただろうか? 人気が全くない路地で私は正気に返る。
 
「ここは何処?」
 
もちろんこたえなど返ってこない。
 
いいえ、私の周囲にいきなり幽霊達が取り囲むように現れました。
そしてそんな中でもあまりに強力な視線をかんじそちらをみやると自分よりはるか足元から私を見上げる冷たく光る赤い眼が二つ。
 
「いやぁぁああぁ!」
 
助けて。
助けて。
 
いつも胸元にしていた珠のネックレスが淡い光を放ったが私は意識を失うことをやめられなかった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「……つまりおキヌちゃんは自分の足で東京に向かっていると? それも氷室さんの家に連絡もなく」
 
突然の電話。それはおキヌちゃんの失踪を知らせるものだった。
 
「はい。駅員さんがフラフラとした足取りで歩いていくのを見かけてくれていました」
 
「わかりました。こちらでも探してみ……」
 
突然頭の中に声が響く。
 
『……助けて……助けて』
 
間違いない。おキヌちゃんの声だ。
何故いきなり?
……考えている時ではないか。
幸いおおよその位置まで何故かはわからないがわかる。
何かのわなかもしれないが意図がわからないし捨て置くわけにもいかない。
 
「こちらで探して見つかり次第連絡をいれます」
 
そして体が強い力で引っ張られる感覚がする。
早々に電話を切り上げる。
念のために頭の中の声のことは伏せておいた。
そしてすぐさま頭の中に浮かんだ場所に向かって移動する。
自分を引っ張る力に抵抗せず受け入れると俺の体は強制転移を始めた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 「最近都内の悪霊たちが活性化している? ……確かに依頼は増えているようだけど」
 
「ああ。まだ情報公開はしていないがね」
 
西条さんと偶々街中で出会い世間話をしている中でその話題が上った。
 
「場所的には新宿などの繁華街が中心で今のところ被害は飲食店などに限られ人的被害も少ないが捨て置くわけにもいかないからね」
 
「悪霊の活性化……それもある程度目的があるようにも思える共通事項。死霊術師かしら?」
 
「予断はよくないがそのせんも十分に考えられるね。ただ、死霊術師だったとすれば目的がわからないな」
 
確かに。飲食店を襲って何かいいことがあるとは思えないし。
 
「死霊術師は正直厄介だからね。場合によっては横島君の力を借りることもあるかもしれないが……」
 
「頼りっきりになったら組織としてやっていけないからね」
 
「その通りだ。組織にとってモラルハザードは致命傷だからね。とはいえうちの隊員は装備面はともかく能力的に恵まれた隊員は非常に少ないから特殊なケースになるとどうもね」
 
まぁ、西条さんやママみたいにG・Sとしてやっていくだけの能力があってオカルトGメンに入隊する方が稀よね。
 
「とはいえ面子に拘って市民に犠牲を出すわけにもいかないからいざという時はよろしく頼むよ」
 
「もちろんよ」
 
突如西条さんの携帯が鳴り響く。
 
「僕だが……なに!? わかった。すぐ現場に向かう。君達は必要なお札量を計算してくれ」
 
「何があったの?」
 
「新宿で尋常じゃない霊団が観測されたらしい。僕はすぐ現場に向かわなければならない」
 
「私も一緒にいくわ」
 
「頼んだ」
 
西条さんの車に乗って新宿に向かう。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪おキヌ≫
 私の周りを何百という幽霊が取り囲んでいますがネックレスにつけられた珠、【守】という文字が浮かび上がった珠が光を放ち、その光が幽霊の侵入を阻んでくれています。
ですがその光はどんどん弱くなり、逆に幽霊達は増えるばかり。
そしてとうとう光が途切れてしまいます。
私が死を覚悟すると突如として体が抱きしめられ、いえ、これは守ってくれている?
 
「そうか。おキヌちゃんの霊力に反応して文珠が【助】に書き換えられて俺に届いたのか。……いきなりで信用してくれないかもしれないけど、助けに来たよ」
 
この人、私の名前を知っています。
そして男の人はネックレスについていた珠と同じ珠をかざすとそれが先ほどよりも強い光の壁となりました。
 
この男の人は頭の中の映像に出てきた男の人の笑顔で、……頭が痛い。
割れるように頭が痛い。
痛いのに何で心がこんなに安らぐのだろう?
何故心がこんなに恐怖を覚えているのだろう?
でもわかったことがある。
 
「周りの幽霊さん達にあまりひどいことしないでください。あの人たちは何か赤くて怖い目をした小さな生き物に操られているだけなんです」
 
何故だろう。
何でこんなに幽霊達の気持ちがわかるんだろう?
何でこの男の人がこの状況をどうにかできることに疑問を抱かないんだろう?
わからない。
頭が痛い。
 
「……やっぱり死霊術師の才能があるみたいだな」
 
え?
 
「安心して。ひどいことはしないよ」
 
男の人は笛を取り出してそれを奏で始めました。
聞いたことのある音色。
魂が揺さぶられる。
笛の音に反応して私たちを取り囲む幽霊達がまばらになっていく。
でも完全に消えたわけではない。
数を減らしたとはいえ微妙な均衡を保ち続けてしまいます。
でも消えた幽霊達は皆安らかな表情で天に召され、そうでないものたちは彼等を羨望の目で見上げる。
笛の音色と共に私の中でも今まであいまいになっていた記憶が次々に鮮明になっていった。
 
どうしてこの男人に見覚えがあるんだろう?
この男の人を知っているから。
横島忠夫さん。
誰よりも強く優しい人。
 
どうして横島さんの力を知っているのだろう?
ずっと見てきたから。
横島さんの後ろで。横で。そして上で。
 
どうしてこんなにも幽霊達の気持ちがわかるのだろう?
それは、……私が、……幽霊だったから!
私は300年前死津喪比女を封じるために死んだ幽霊だったから!
 
フラッシュバック。
今まで思い出せなかったことが怒涛の勢いで流れ出してくる。
 
「この笛の音色。横島君が来ているのか?」
 
この声、西条さんの声。
 
横島さんは笛を吹きながら文珠を作り出しました。
【道】
幽霊さんたちを押しのける形でトンネルができ、そこから真っ直ぐに西条さんと美神さんの元に続く道ができました。
私は横島さんの邪魔にならないように二人の元に駆けつけます。
 
「おキヌちゃん!? どうしてここに?」
 
「美神さん。西条さん。ネクロマンサーの笛を持っていませんか?」
 
「え!?」
 
「横島さんが私の我侭を聞いてくれて、私に死霊術師の才能があるらしくて、とにかく役に立ちたいんです!」
 
自分でもなにを言っているのかわからない。
 
「一応この事件についてからは持ち合わせているが……僕には使うことができなかったがね」
 
西条さんの手から半ばひったくるように笛を受け取るとそのまま笛を吹き始めます。
思いは幽霊だったころ。
寂しくて、哀しくて、でも横島さんたちが光をくれたこと。
その思いを込めて吹きます。
死霊術師の先生が言っていました。
霊の悲しみを知り、死の苦しみを知り、思いやる心こそがその極意と。
私は知っています。
だからこの笛は音を出してくれるはず。
 
~♪
 
出ました!
私の笛の音は横島さんの笛の音とは違う音ですがそれでも、だからこそ音は重なり合い、はもり、均衡していた幽霊への支配と開放の戦いは開放に向かい一気に加速していきます。
 
幽霊のカーテンが解けたとき、一匹のネズミが逃げ出そうとしていきました。
 
「あのネズミが幽霊を操っていたんです!」
 
横島さんの霊波刀と西条さんの拳銃がほとんど同時にネズミをしとめた瞬間、意識がブラックアウトしてしまいました。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 「それでおキヌちゃんの容態は?」
 
白井総合病院に運ばれたおキヌちゃんの周りにうちの事務所のメンバーや氷室神社の家族、そしておキヌちゃんと係わり合いを持つ皆が集まってきたわ。
 
「医学的にいえば問題はない。少々疲労がたまっているようだがじきに眼を覚ますだろう」
 
院長が出た後横島さんがドクターカオスに説明を求めます。
 
「カオス、どう見る?」
 
「情報が少なすぎるので予断になるのだが……おそらく不適合を起こしていたんじゃなかったのかと思う」
 
「……どういう意味だ?」
 
「きっかけがなく横島達のことを思い出すことができず、それでも深層意識は思い出したがっていたがそのまま一年も時間がたってしまっている間におキヌではなく氷室キヌとしての人格も形成されていたのだと思う。おキヌとしての記憶を取り戻すということは氷室キヌとしての人格を塗りつぶす形になりかねんから氷室キヌは一種の精神分裂症、もしくは夢遊病の症状を示しておキヌの記憶にひきづられるまま東京に出てきた。私の作ったお守りで結合を深めているとはいえ、強力な霊能力の割りに幽体と身体の結びつきの弱いところに目をつけられネズミの死霊術師に目をつけられたというところではないかな?」
 
「それで、キヌは大丈夫なのでしょうか?」
 
心配そうに尋ねる神主さん。
ドクターカオスは首を横に振るう。
 
「わからん。なにしろ三百年分の記憶だからな。最悪このまま眼を覚まさなかったり、精神が崩壊している可能性もないではない。眼を覚ましたとしてもそれがおキヌなのか、氷室キヌなのか、全く別の人格を形成してしまうのか」
 
「キヌ……」
 
神主さんはそれっきり黙ってしまいます。
早苗ちゃんやお母さんも心配そう。
 
それから十分くらいたっただろうか?
おキヌちゃんがうめいてから眼を覚ます。
 
「おキヌちゃん! わたすがわかるか?」
 
「早苗姉さん……父さんも母さんも心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
 
氷室一家がおキヌちゃんに抱きついて涙を流します。
一年ちょっとかもしれないけどしっかり家族しているんだ。良かった。
少なくとも氷室キヌとしての記憶はある模様。
 
ゆっくりとおキヌちゃんが私達のほうに向かう。
 
「横島さん。皆さん。遅くなっちゃいましたけどただいま戻りました」
 
おキヌちゃんでもあるんだ!
真っ先に冥子が氷室一家の中に入りおキヌちゃんに抱きついた。
 
窓の外から一気に大歓声。
見るといつのまにやらご近所浮遊霊親ぼく会の皆やジェームス伝次郎、石神なんかが集まってきていた。
その後はてんやわんやでおキヌちゃんの帰還を祝う宴すらここで開きかねない大騒ぎ。
ここは病院だっつうのに。
でもこれがおキヌちゃんなのよね。
 
「お帰りなさい。おキヌちゃん」
 
私もきっと会心の笑顔だったと思う。



[523] Re[19]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/27 22:52
 ≪横島≫
 夢というのは起きているときの経験を睡眠中に脳が記憶するためにフラッシュバックさせて起こるという。
一説に寄れば毎回これは行われていることで、何も夢を見たと記憶している時だけではないらしい。
つまりは夢を覚えているということはその分だけ印象深い経験を脳が再構成して作り上げた幻影だということだ。
最もこんなことを証明することはできない。
いや、カオスがその気になれば夢という一つの神秘は完全に解明されるのかもな。
そんなことはどうでもいいか。
 
俺は夢を毎日覚えている。
否。毎回代わり映えのない夢を見ていたということか。
睡眠をとれば毎回毎回前回の記憶をリフレインさせて夢に見ている。
そして毎回毎回大量の汗と共に、時として流れる血液と共に飛び起きて覚醒する。
覚醒していた。
もう10年以上続いていた毎朝の儀式。
最近になってその結末だけが変化していった。
夢の終わりに決まって毎回同じ、毎回違う誰かが現れる夢を見るのだ。
今日も同じ。
今日夢に現れたのはルシオラで、ルシオラが前回の記憶をかき消し塗りつぶす。
 
「横島!」
 
「ルシオラ……」
 
「違うでしょ! 貴方は苦しむために時を遡ったんじゃないんでしょう?」
 
ルシオラは俺に応えずに言葉を紡ぐ。
 
「神魔の最高指導者も貴方を苦しませるためにこの世界に送り出したんじゃないわ。貴方に幸せになってもらいたいから……。誰も貴方が苦しむことなんか望んでない。貴方は幸せにならなければいけないの。貴方に幸せになって欲しいの……」
 
意識が急激に浮上する。
 
「幸せになって……横島」
 
覚醒。
 
大量の寝汗も、時として残る血痕も変わらない。
変わったのは飛び起きることがなくなったのと、寝覚めが不快でなくなったこと。
 
いつも変わらない。
今日はルシオラだったが、毎日違う、前回の皆が誰か一人現れ言葉は違えど同じ内容の言葉を紡いでいく。
この夢は俺の記憶の再構成ではない。
俺の願望を脳が構成して作った夢でもない。
なぜならば、
 
「……ルシオラ、それは違うんだ。……俺は幸せなんだよ? 俺はもう、幸せなんだ」
 
誰に聞かせるわけでもなく言葉を紡ぐ。
それが最近の毎朝の日課。
                   ・
                   ・
「ふむ。大丈夫だろう」
 
カオスがそう言葉を紡いだ時には皆が安堵のため息をついた。
盛り上がったおキヌちゃんの帰還パーティー(ご近所浮遊霊親ぼく会主催……映画の出演料をここで使い果たす勢いだった。ジェームス伝次郎協賛。会場は横島除霊事務所)の翌日より、おキヌちゃんの精神鑑定をカオスが行った。
綻びを放っておいて後々それが傷口として開かないように。
おキヌちゃんは300年という幽霊としての時間と生前の十余年という長い時間で人格構成されており、それが今の人格のベースになっている。だけど今回は氷室キヌとして生きてきた時間も一年以上あり、すでに人格形成がなされていた。
同じものがベースになっていても環境が違えば得られる結果は当然違ってくる。
おキヌちゃんと氷室キヌは別人格といっても過言ではなかったのだ。
おキヌちゃんの人格基盤の方が強かったといえすでに存在している氷室キヌという人格を押し潰し続けていればやがてほころびが生まれるのがどうり。
精神分裂症はもとより、それ以外の精神疾患の温床になる可能性があった。
そこで後顧の憂いを払うためにカオスに頼んだわけだが。
 
「どうも人格形成の際に思い出そうとするおキヌの人格が端々で影響を与えていたらしいな。恐ろしいほど二つの人格の親和性が高い。お互いの存在を認め合っている今、それが分離を起こす可能性は低いだろう」
 
とりあえず一安心か。
 
「……とはいえ少し様子を見たほうがいいのは間違いないな。いかんせん身体の方と違って何処を切り取ればいいか、何処を補えばいいかなどというものではないから仕方あるまい。カウンセリングを続けることをお勧めするよ」
 
氷室夫妻もとりあえずは納得したようだ。……縁があるとはいえ血のつながりもない、300年も前の人間をこの夫婦は実の娘と同じように考えているのか。
 
「横島さん。少しよろしいでしょうか?」
 
宮司さん……道志さんが俺を呼ぶ。
道志さんに誘われるがまま廊下に出る俺。
 
「横島さん。このままキヌをここに置いてはもらえないでしょうか?」
 
意外なことを言い出す。
 
「キヌは私たちにとってすでに大事な家族です。……だからこそキヌは私たちに遠慮をしているのでしょう。キヌは本当はこの場所に帰りたいんですよ」
 
確かにそのそぶりはあった。
 
「いいんですか?」
 
「ええ。離れていても家族である自信はありますから」
 
そういう道志さんの顔は何の気負いもなく泰然としていた。
強いな。
 
「カウンセリングを理由にすればあの子に余計な気を使わせずにこの場所においておける。キヌをよろしく頼みます」
 
頭を下げる道志さんに俺も頭を下げた。
 
「お嬢さんをお預かりします」
 
話し合いの結果、暫くはカオスがカウンセリングを続けながら俺の下で死霊術師としての修行を行い、来年の4月(と、いっても後4ヶ月だが)から六道女学園の霊能科に通うことが決まった。
俺の弟子入り条件、チャクラに関しても元幽霊だったせいか微かにだが開きかけていた。
これはどちらかといえば肉体と幽体の結びつきが弱いことが原因で歓迎すべきことではないのでゆっくりと肉体と幽体の結びつきの方も改善していかねばならない。
 
「よろしくお願いします。横島さん」
 
この日、リレイションハイツの住人が一人増えた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪???≫
 「……ぐ……不覚」
 
死角をつかれたか。修業不足が悔やまれる。
右側に三度の深い傷。
とめどなく血が流れ、体温がみるみる下がっていくのがわかる。
いくらなんでもここからの回復は無理だ。
 
ジャリ
 
足音。
止めを刺しに来たか。
最早見ることも敵わぬ。
 
「間に合わなかった。……いや、ギリギリ間に合ったのか? いずれにしても凄い生命力だが……ここまで酷いと俺だけでは治せないな。生き残れるかどうかは半々、いや八割方は無理だ。生命力の強さにかけるしかないか……」
 
だれだ?
止めを刺しに来たのではないのか?
いかん。意識が途切れ……。



[523] Re[20]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/31 23:42
 ≪ポチ≫
 「な!?……」
 
拙者が八房に血を吸わせるために人を切ろうとしたところで思わぬ邪魔が入った。
八房を霊波刀で防いだのだ。
人間が拙者のたちを防いだのも驚きだが何よりも拙者は今の今までこの者の存在を気取れなかったのだ。
人狼の拙者が!
 
「うわぁああぁ!」
 
拙者が獲物としようとした男が恥じも外聞もなく逃げ出す。
いや、今はそんなことどうでもいい。
 
「貴様! 何奴」
 
「……俺が誰であろうと貴様には関係のないことだろう? え? 人斬り」
 
「……そうだな。確かに拙者には関係のないことでござった。あの男の代わりに八房の錆にしてくれる!」
 
拙者が必殺の気合を込めて八房を振るうとそれに応えて八度男を切りつける。
しかし。
 
「なんだと!?」
 
信じられないことに男の両手から八本の霊波刀が伸び拙者の八房の斬撃をことごとく防ぎきった。
 
「……一振りで八太刀切る刀か。珍しくはあるが最初から八振りの霊波刀で受ければ何の問題もない。さて、次は俺の番だ」
 
男の霊波刀がそれぞれ二本に分裂し、合計十六振りの霊波刀に化けて拙者に襲い掛かってくる。
拙者は八房でどうにかその全てを受け流すことができた。
 
「へぇ。良く二倍の霊波刀を受け流しきったな。なら次は更に倍だ」
 
信じられない数の霊波刀がタイミングをずらして一気呵成に襲い掛かってくる。
拙者は八房を用い、霊波刀を捌こうとするが巧みにタイミングをずらし、死角から、霊波刀の陰から、地面から伸びてきた霊波刀を避けきれず、人狼の身体能力をもってしても避けきれずたまらず後退するも取り囲まれた状態を離脱するために決して浅くはない傷を負う。
屈辱だ。
この男、拙者を弄んでいる。
そして事実今の状態では拙者を殺すことなど造作もないのだろう。
 
人間の動きが止まった。
何故だ? ん、この気配は。
 
「犬飼ー! 父の仇!」
 
シロか。
とはいえ今はシロを相手にしている場合ではないか。
そう思うと目の前の人間は明らかにシロの方に気をやっている。
勝機と見て八房を振ろうとするが、
 
ゾクリ
 
人間から放たれる殺気。
油断をしているわけではなかったということか。
幼いとはいえ人狼のシロは開いた距離を瞬く間に詰めて拙者達の間に入ってくる。
人間諸共切り捨てんと八房を振るうが人間の霊波刀は格子状の壁のように編みこまれ防がれた。
しかしそれは相手にとっても壁と同じ。
その隙に大きく背後に飛んで間合いを開ける。
傷は深い。
満月でなければすでに死んでいたかもしれない。
 
「……余計な邪魔が入った。仕切りなおしだ。拙者は貴様の匂いを覚えた。必ず狩ってやる」
 
「待て! 犬飼」
 
まずは傷を癒さなければ。
忌々しいが今の拙者ではあの人間を狩ることはできまい。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪シロ≫
 「それがしは犬神族の子、犬塚シロと申します」
 
「俺は横島。横島忠夫だ」
 
「横島さま、どうかそれがしを弟子にしてくださいっ!」
 
「ワケありのようだな……俺はあまり弟子は取れないが理由を聞いてから結論を出そう。ついておいで」
 
拙者は横島さまに連れられて横島様の城、事務所という場所に連れて行かれた。
 
「どうしたの? 横島君急に呼び出して?」
 
「すいませんお忙しいところを。今さっき辻斬りに会いました。人狼の辻斬りで妖刀を所持していたようです」
 
「な……よく知らせてくれたわ。それで被害者は?」
 
横島さまが呼び出したらしい女性、美智恵殿は顔を引き締めて内容を聞きにはいった。
 
「それ以前にどれだけ被害があったかはわからないが俺の目の前で襲われてた市民はうまく逃げ出せたと思う」
 
「そう……何にせよ礼を言うわ」
 
「詳しい事情はこの子が知っているようだ。シロ、説明を頼む」
 
「わかったでござる」
 
一族の恥部を外部にさらすことになるがこれも敵討ちのため……。
 
「それがしは犬神族が子、犬塚シロと申します。わけあって仇を追っておりますが敵は恐るべき妖刀の使い手、犬神族が秘宝【八房】を盗み出し人間に復讐をするために一族を出奔したのでござる」
 
「狼はもともと大神、もしくは犬神、真神、古くは狩猟神として人間の信仰を集めた神の血統だ。また獣人もインドのナラシンハ、ハワイのカマプアア、エジプトのアヌビス等の例もある通り神や悪魔と関連深い。獣人の種類は人狼の他にも中国の虎人や南米の豹人、ロシアの熊男をはじめ、鰐人、蛇人、人獅子など、その地方で最も恐ろしい生き物が人の姿をとるといわれている通り妖怪の中では極めて強い力を持っている。……人間が農耕に生活スタイルをシフトチェンジしたころから両者の関係は悪化して今では森を人間に伐採されたせいで吸血鬼族より数を減らしているため基本的に勇敢で誇り高く優しい人狼の一族の中には人間を深く恨んでいるものもいるという。時折人里で人を襲う人狼はそういう連中だそうだ」
 
「その通りでござる。仇、犬飼ポチもその一人、そして妖刀八房はかつて人狼族の天才鍛治師が一振りだけ作り上げた無敵の剣。一振りで八太刀の斬撃を放ち、霊波刀以外のありとあらゆる物質を断ち切りエネルギーを吸収するのでござる。そしてその吸収したエネルギーを用いて無敵の【狼王】に先祖がえりをして人間を皆殺しにする気なのでござる」
 
「だとしたら極めて由々しい事態よ。すぐに対策を練らないと」
 
「戦ってみた感じ確実に対処できそうなのは俺とゼクウくらいのものだな。身体能力的には五月もいけるが相性はあまりよくないし、後は魔装術を使える雪之丞ならいけるかもしれない。流石にあの身体能力は高いしタフだ。下手にちょっかいをかけると八房に斬られて相手のエネルギーを充填する手助けをしてしまうかもしれないから手を出すより逃げることを優先しておいた方が良い」
 
「厄介ね。鼻も利くだろうから罠にはめるのも一苦労だし」
 
「浅くは無い手傷を負わせたし、俺のことを標的と定めたようだからしばらくは被害は出ないと思うが……雪之丞、何かあったときはお前と五月が時間稼ぎをしてくれ。俺もすぐ駆けつける」
 
「師匠はどうするんだ?」
 
「俺は一度人狼の里に向かってみようと思う。情報が少なすぎるからな」
 
「横島さま、それがしは!」
 
「シロ、悪いが人間にとってもあまり余裕のある事態じゃあないんでな」
 
「……わかったでござる。元々は犬神族の問題でござるからな。拙者が人狼の里まで案内いたします」
 
「頼む。……その礼に霊波刀の修業くらいは手伝ってやるよ」
 
「本当でござるか!? 横島さま、いえ、先生!」
 
これで犬飼に仇をうつことが……。
 
「横島君お願いね。こっちでもできる限りの手段はこうじてみるわ」
 
「よろしく頼みます。……次の満月までには帰って来ますので」
 
拙者は先生を連れて人狼の里まで帰ったでござる。
長老の決定に逆らって里を飛び出したのが行いての不安でござるが。
 
道中は電車できたでござるが徒歩になってからも背中に大量のペ○ィグリーチャムを背負って拙者に送れずについてくる先生は本当に人間なんでござろうか?



[523] Re[3]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/05/31 21:15
(116話現在)
名前 伊達 雪之丞
所属 横島除霊事務所所員
資格 A級G・S資格
身長 176cm
年齢 18歳
霊圧 115M→195M
能力 霊力収束系攻撃型
                   ・
                   ・ 
霊波砲系能力
収束霊波砲
霊波砲を収束させて一点への攻撃力、貫通力を上げたもの。通常はこれを大量に放って弾幕状態にする。
 
銃弾型霊波砲
収束率を更に上げて半ば以上まで物質化した霊波砲。威力も高く弾速も速い。通常はこれをマシンガンのように連続発射する。
 
魔装術系能力
魔装術
アモンと契約を交わし霊力を己の鎧と化し人間以上の能力をしめす。契約主のアモンが非常に友好的なため通常より強力、かつ暴走の危険性はきわめて低い。また形状的に翼を有し、単独で飛行を行うことも可能。
 
熱光線型霊波砲
炎の侯爵であるアモンの能力を借り受け霊波砲に炎を纏わりつかせている。通常よりも更に強力かつ、二次的な使用法が可能。
 
暴風
風より生まれたアモンの力を借り受け翼より強力な風を生み出す。
 
落雷
風と炎を同時に使役し、空気中の静電気を集めて雷を作り出す。ただし現在習得中のため未だ未使用。
 
五感向上
五感が通常より高くなっている。とりわけ聴覚と視覚は野生の獣並み。
                   ・
                   ・
                   ・
名前 タイガー 寅吉
所属 横島除霊事務所所員
資格 B級G・S資格
身長 197cm
年齢 18歳
霊圧 85M
能力 精神感応系出力型
                   ・
                   ・
精神感応系能力
相手に幻覚を見せる。感覚をずらす。見えないものを見えるようにする。意思伝達を相互間で行うなど使い方はさまざま。後はそれをどう使いこなすかが問題となる能力。およそ精神感応系能力者としては超のつく一級のため使いこなせればサポート役として極めて優秀なのだが現段階では発想の方が追いついていない。更に突き詰めれば相手の精神を崩壊させるなどの攻撃に転用できるがタイガーの性格的にもそちらの能力は伸ばさないと事務所内で決めている。
                   ・
                   ・
                   ・
名前 ピエトロ ド ブラドー
所属 唐巣教会
資格 A級G・S資格
身長 180cm
年齢 700歳以上
霊圧 135M
能力 神術系カトリック型+魔術系吸血鬼能力
                   ・
                   ・
神術
未だ未熟(唐巣を基準に考えれば、だが)ながら攻撃転用は十分可能。世間一般のキリスト教系神術師としては標準以上の能力の持ち主。
 
霊波砲系能力
ダンピ-ルフラッシュ
収束の行われていない、逆に拡散傾向にある霊波砲だがその分広範囲攻撃は可能。地力が高いので十分実戦レベル。
 
吸血鬼系能力
バンパイアミスト
身体を霧と化す移動系、回避系の能力。人間二人までなら一緒に霧と化すことも可能。
 
魔眼
魅了の魔眼。強力だが本人は使いたがらないしまず使わない。
 
使い魔
蝙蝠を自分の使い魔として使用可能。ただし使用するのは一般的な蝙蝠のために偵察と牽制くらいにしかならない。
 
その他
怪力、不死性など一般的な吸血鬼の利点、欠点を受け継いでいるが本人はバンパイアハーフのため吸血には依存していない。
                   ・
                   ・
                   ・
名前 氷室 キヌ
所属 横島除霊事務所見習
資格 特になし
身長 161cm
年齢 15歳(300歳以上)
霊圧 70M
能力 死霊術師系能力+ヒーリング
                   ・
                   ・
死霊術師系能力
慰撫
霊を慰め悪意を忘れてもらう。同時にあの世への道を指し示し成仏を促す。成仏したがっている幽霊には効果覿面だが自分の意思を失っている相手には効果は薄い。
 
精神感応
笛の音を媒介に相手の精神に働きかけて身体の自由を奪う。ただしそれほど強力というわけではなく霊力をもっていればある程度抵抗、無効化が可能。
 
ヒーリング
軽い外傷なら治るし体力の回復も可能。ただし術者の体力も減るのでゲームの回復魔法のような使い方はできない。



[523] Re[21]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/01 23:44
 ≪横島≫
 人外のスピードで接近してきた二人の侍、人狼がシロを背負った俺に刀を突きつける。
 
「動くな人間。結界に近づいた時から監視していた」
 
知ってたよ。
 
「何者だ。シロに何をした」
 
「犬飼ポチのことで人狼の長老に会いに来た。案内してくれないか?」
 
「貴様、状況がわかっているのか?」
 
「何もできないだろう? 根っから侍のあんた達の場合俺が下手に逃げたり抵抗しようとしない限りは。無抵抗な相手を斬るのは武士の誇りが傷つくんじゃないか?」
 
「グ……」
 
「本当に話を聞きに来ただけなんだ。会わせて頂けないだろうか? それとシロは犬飼を追って人里まで出てきたところを保護した。今は眠っているだけだ」
 
「……わかった。案内しよう」
 
「おい!」
 
「礼には礼をだ。シロが世話になったのならその礼をするのが筋というもの。あのまま犬飼を追っていたなら間違いなくシロは犬飼に殺されていただろうからな」
 
「狼にとって仲間は家族。家族の絆は何よりも大事……だな。いいだろう人間。いや、客人。シロが世話になった礼だ。この里の中でおかしなまねをしない限り客人として迎え入れよう」
 
二人はあっさりと刀を引いた。
純朴というのか、駆け引きが得意なタイプではないな。
だからこそ信用できる。
                   ・
                   ・
 「シロが世話になり申したわしがこの里の長で犬川チャッピーと申します」
 
「横島忠夫です」
 
俺はシロと出会った後のことを長老に説明した。
 
「なるほどのう」
 
「申し訳ござらん長老。ですが拙者はどうしても父の仇を」
 
「みなまで言うな。わしも村の皆も気持ちはお前と一緒じゃ。故にお前を罰しようとは思わん。しかし村一番の剣の使い手だったお前の父、犬塚ジロウまでポチの凶刃に倒れ姿を消したのだ。……死体は見つからなかったがいかに人狼とはいえあの出血では生きてはいまい。己の屍を隠すために最後の力を振り絞ったのだろう。今となっては村の誰であれ八房を持つ犬飼には勝てん」
 
「先生なら勝てるでござる。拙者は先生が犬飼を相手取るのをしっかとこの目でみたでござるからな」
 
「何と!?」
 
「拙者は先生に修業をつけてもらい必ずや父の仇をとるでござる!」
 
「期限は来月までだ。それまでにものにならなければ俺がケリをつけるよ。……被害が出ないようにな」
 
「……わかったでござる。必ずや次の満月までに!」
 
「……しかしどうやって人間が八房を持った犬飼を?」
 
「人間には、いや。侍にはできないことも俺にはできるんですよ」
 
長老の許可をもらい早速シロの修行に入る。
最も、最初は座学なのだが。
興味があるのか長老(以前は名前を聞かなかったが流石にチャッピーとは呼びづらい)や人狼の若者達もやってくる。
 
「最初に確認しておきたいのだが……そんなに犬飼に復讐したいのか?」
 
「復讐なんかではないでござる。拙者は父の仇を、」
 
「変わらんよ。言葉でどう言い繕おうとやることは一緒だ」
 
「……先生も、止めるんでござるか?」
 
シロは裏切られたような顔をするが俺は首を横に振ることで応えた。
 
「復讐を止める権利など最早俺には無いし、復讐せずにはいられない気持ちというのも知っているしな」
 
俺にそんな権利は無いわな。
復讐のために世界を丸ごと巻き込んだ俺には……。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪チャッピー≫
 「復讐を止める権利など最早俺には無いし、復讐せずにはいられない気持ちというのも知っているしな」
 
この人間も何かに復讐した経験があるのか?
不思議な人間、横島殿はなおも言葉を続ける。
 
「だが、覚悟しておけ。……その先には、な~んも無いぞ?」
 
空虚だった。
 
「復讐を果たしたところで達成感もなければ、希望も無い。な~んにも無い。残らない。それだけは覚悟しておけ」
 
わしが、若衆が、シロが、横島殿の瞳のあまりの空虚さに言葉を失う。
 
「……年寄りの忠告だ。聞いておいて損は無い」
 
そう言う横島殿は人間の数倍の寿命を誇る人狼の長老のわしよりも更に老人のようだった。
 
「……まぁ頭の片隅にでも覚えておいてくれ。さて、八房についてだが」
 
空気が元に戻る。
 
「秘宝として奉ってきた人狼族には申し訳ないが……八房の霊剣、妖刀としての力は無敵とは程遠い。珍しく、極めて強力ではあるが最強とか無敵とかそういう形容できるほどの剣ではないというのが俺の感想だ」
 
一部の若衆が膝を立てるがわしはそれを押し留めた。
 
「『狼王』とはどんな存在であるか。これが俺の予想の範囲外を超えたのであれば今の言葉を撤回せざるをえないが。……神話上最強の狼といえば北欧のフェンリル。『狼王』とはフェンリルのことじゃないのか?」
 
「左様。ごぞんじでしたか」
 
「知り合いがあっち方面なんでね。……フェンリルは怪物だが一度は倒されている存在だ……まぁ今は八房の攻略法だからこの際フェンリルのことは考えなくともいいな。見たところ八房の霊剣としての格は蜘蛛切や鬼切丸、鬼丸国綱、童子切安綱、九字兼定、小烏丸太刀、小狐丸、雷切、数珠丸恒次、妙法村正、無銘月山、祢々切丸。人の世に伝わる霊剣、妖刀と比べて明らかに格上とは思えなかった。特殊な能力を備わっていたがそれについては攻略法はいくつか考え付いている」
 
「あの霊波刀でござるか?」
 
「ま、それも一つだな。八房が一度振るえば八度斬るというなら八振りを超える太刀で相手取ればいい」
 
驚いたことに横島殿の手から十三本の霊波刀が発生した。
しかもそれは伸びたり縮んだり更に分裂したり自在に動き回る上に一本一本が極めて強力であるのが見て取れる。
 
「だが、これはシロ、お前が扱うのは無理だ」
 
「何ででござるか!」
 
「お前にとって霊波刀、刀は何だ?」
 
「武士の魂でござる!」
 
わしらからすれば模範的な解答で即答するシロ。
しかし横島殿はくびを横に振るう。
 
「俺にとっては霊波刀は武器だし道具だよ。だからこういうマネもできるが、刀を魂と言い切る侍がこういう刀を強くイメージできるか? ……出せても良いところ二刀流が限界だと思うし、それでは八房には追いつかない」
 
確かに。わしらにはあの霊波刀はつくれんな。
侍としての矜持が邪魔をしよう。
そしてあれを作れる横島殿は八房を相手取ることも可能なのであろう。
 
「ではどうすればいいんでござるか?」
 
「少しは考えてみろ」
 
「……一太刀で八度同時に斬る」
 
「それは正解のようで大外れだ。それでは八房には勝てない」
 
「何故でござるか?」
 
「いいか? 犬飼も人狼だぞ? お前が八度同時に斬るのなら犬飼だって同じことができるだろう? だとすれば結局手数の差はどうしたって埋まらない。よしんば埋められたとしても今度は疲労の度合いが全然違う。長期戦になって負けるのはお前だよ」
 
道理じゃな。
 
「ではどうすればいいでござるか?」
 
「お前が八房に勝てる可能性があるとすれば最速の一撃か、最高の一振りかしかないだろうな……」
 
……なるほど。
ソレならば或いは八房に届くやもしれん。
感服するばかりよ。



[523] Re[22]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/04 20:07
 ≪横島≫
 場所を外に変えてシロに犬飼対策を教え込む。
 
「八房の特徴は一度振るえば八度斬る。そうだな?」
 
「ハイでござる」
 
「大切なポイントは『一度振るえば』と、言うところだ。いいか? 八房は八振りの太刀が存在するわけでもないしその使い手が八人いるわけでもない。振るうのは八房ただ一振り、使い手は犬飼ただ一人だ。……なら八房を攻略する一番単純な方法は犬飼が八房を振り切る前に倒せば持っているものが八房であろうと竹刀だろうとなんらかわりが無いということだ」
 
「なるほど。だから最速の一撃というわけでござるか」
 
「本当なら罠を張る、不意をつく、隙を作る。奇襲奇策も刀を振るわせないための手段に数えるんだが……シロに今から教え込んでも本来の資質からあまりにかけ離れているから無駄に終わるだろうしな」
 
「拙者は武士でござるから卑怯な真似はできないでござる」
 
「宮本武蔵なんかは結構そういう手段を得意にしていたがね。兵法と言い換えれば歴史上の剣豪、武将はそういう卑怯な手段を非難する立場にはいなかったと思うがね。……まぁどの道今から教え込んでも次の満月までには間に合わない。生兵法は怪我の元と言うしな。とにかく、今のシロにできるのは犬飼を越えるスピードで最初の一太刀を浴びせることに集中することだ」
 
シロは神妙な顔で頷く。
 
「それで、最高の一振り。……霊波刀で八房を超えろ」
 
「そんな、無理でござる」
 
即座に否定するシロの目の前で俺は『憎悪の瞳』を作り出した。
近くに落ちていた小石を拾い上げる途中に投げソレを斬りつける。
切りつけた瞬間石が黒い炎に包まれ燃えた。
物理学的な常識を一切無視して。
黒い炎に包まれた剣をシロが、人狼達が驚いた表情で見つめる。
 
「……これでもか?」
 
「それも……霊波刀なんでござるか?」
 
「特殊ではあるがな。大切なのはイメージだ。八房を超えるイメージと集中力を持ってすれば八房を超える霊波刀を作り出すことは不可能ではない。八房を超える霊波刀で八房ごと犬飼を叩き切る。それがもう一つの手段だ」
 
「しかし、八房を超えるイメージといわれても……」
 
……まぁついさっきまで無敵の剣と信じていたのだから無理も無いか。
荷物の中からアロンダイトを取り出すとシロに手渡した。
 
「それはアロンダイト。ブリテン最強の騎士と言われたサー・ランスロットの所持していた剣だ。知名度は低いがエクスカリバーに匹敵すると言われる剣。格で言えば八房を越えている」
 
「確かに。凄い力を感じるでござる」
 
「そいつが日本刀なら貸してやってもいいんだが使い慣れてない剣では実力は出せんしな。ゼクウ」
 
影の中からゼクウを呼び出す。
 
「某は緊那羅族がゼクウと申す。以後お見知りおきを」
 
突然の神族の出現に驚く人狼をとりあえず無視してゼクウから神剣を借りてシロに手渡す。
 
「ゼクウの剣も神剣。やはり使い慣れないだろうがイメージの手助けになるか?」
 
「ハイでござる。ゼクウ殿、剣をお返しするでござる」
 
「お役に立てれば幸いでございます」
 
「ゼクウは正統な剣術の使い手、俺の我流剣術よりも役に立つだろうから後で教わるといい。……最後にとっておきだ。これも剣で刀じゃないが、その在り方から侍とは相性がいいはず」
 
予てよりシロと会った時のために用意していた【模/造】の文珠を解放した。
それは全長2mを超えるの巨大な剣となってその役目を終える。
それが二振り。
 
「これは?」
 
「布都御魂剣、火之迦具土、十拳剣、天尾羽張、天羽々斬、天蠅斫剣。異称はたくさんあるが俺が知る限り日本神話上最強の剣だと思う。これに匹敵する武具は壇ノ浦に沈んだ本物の天叢雲剣か八洲を生み出した天之沼矛くらいか? この剣は古くは国生みの神、伊邪那岐命が所持し、火の神、迦具土神が伊邪那美命を焼き殺してしまった時にその首を落とし、黄泉の国に伊邪那美命を迎えに言って失敗した折に黄泉軍や黄泉醜女から身を守るのに使った剣でもある。時代は下って高天原から追い出された健速須佐之大神が八岐大蛇を調伏したのもこの剣なら、国譲りの際に建御雷神が用いたといわれる剣でもある。いわばこの剣は神殺しの剣であるわけだ。神武天皇の東征中に授けられたのもこの剣だ。さらにはこの剣には火の神迦具土神。古流剣術の開祖にして雷神、軍神の建御雷神。同じく軍神、武神、剣神で日本刀の産みの親とも言われる経津主神。岩と剣の祖神天尾羽張神。これだけの神々の分霊が宿る剣でもある。まぁ、ここに二振りあることからもわかるようにこの剣は複数あったらしくてここにある剣がそれであるかはわからないが、それらと並び称される剣ではあるわけだ」
 
このために鹿島神宮の宝物庫と石上神社の禁足地に忍び込んだのはやりすぎかと思うが……日本刀の開祖と古流剣術の開祖の剣。シロの役に立つと思うのだが……。
 
シロは二振りの剣に触れた瞬間手を引っ込めた。
 
「せ、拙者には過分の差料にござる。ですが先生。拙者、八房を越えるイメージ、必ずや作り出して見せるでござる」
 
まぁ、所詮は模造品。あまり長くは持たないだろうから犬飼との戦いで貸そうとは思わなかったが。
思った以上に復讐心で眼を腐らせていたわけではないのか。
普通、復讐心に囚われては強いもの強いものを求めていって、自分の分を超えるものを用いて自滅というのがパターンなのだがな。
 
「ゼクウ、シロに稽古をつんでやってくれ」
 
「わかり申した」
 
「ゼクウ殿、よろしくお願いするでござる」
 
里の若衆も口々に参加を申し出るとゼクウはそれを快諾する。
ゼクウも楽神であるが、八部衆の武神としての側面が強いからな。
 
村の若衆やシロが意識をゼクウに向けている間に俺は長老を離れた場所に導く。
 
「……これから話すことは、特にシロには内密にお願いしたいのですが……」
 
「どうしたというのじゃ?」
 
「つい先日、俺はこの近くで血まみれに倒れていた一人の人狼を保護しています」
 
「なんと!?」
 
「話の流れからして彼が犬塚ジロウなのでしょう。……ですが、彼の負った怪我はひどい。俺の知る限りの治療を施していますが助かる確率は……五分あればいい方かと」
 
「……」
 
「下手に希望を与えて駄目だった時にはその格差は大きい。くれぐれもシロには内密に」
 
「わかり申した。横島殿、何とお礼を申し上げてよいやら」
 
「礼はジロウさんが生還した時で結構です」
 
「それ以外のことも含めてです。礼を言います」
 
長老が深く俺に頭を下げた。
                   ・
                   ・
 ≪魔鈴≫
 「ごめんなさいね。魔鈴さん。お店もあるのに」
 
「いいんですよ、美智恵さん。人の役に立つ魔術を行使するのは白魔女のつとめですから。それに、月は魔女ともかかわりが深いんですよ。ボルボ=ヘカーテは月の女神ですから」
 
オカルトGメンが用意した空き地に巨大な魔法陣。
私はお店を休んで終始これの作成に取り組んでいた。
 
「横島君たちが人狼の里に行って三週間。ソロソロ戻ってくるころだと思うけど頼りきりというわけにも行かないからね。人狼の守護女神、月の女神アルテミスを呼び出すことができればかなり有利にことが運ぶはずよ」
 
「フ、なるほどな。確かに今の霊力の足らん拙者では脅威となるだろう」
 
茂みの奥から着物を着て刀を指した侍が一人。
 
「貴方が犬飼ポチね!」
 
「いかにも」
 
私に反応できない速度で犬飼の持つ刀が振るわれた。
斬られる。
そう思った瞬間。
 
「魔鈴ちゃん!」
 
「猫か。つまらぬことを」
 
ノワールが私を庇って凶刃をまともに浴びる。
お陰で私は左腕を浅く切られただけで済んだけど。
 
「ノワール!!」
 
「魔鈴ちゃん。……無事でよかったにゃあ」
 
ひどい傷。
 
「クワァアアアアァ!」
 
ユリンちゃんが犬飼に向かって飛翔していく。
 
「鴉?」
 
犬飼はそれすらも一刀で切り伏せた。
オカルトGメンが放った銀の弾丸もその刀ではじき返しオカルトGメンの皆さんや西条さんまで手傷をおってしまう。
 
「クッ! ……撤退します」
 
美智恵さんの放った精霊石を眼くらましに大急ぎでこの場を離れます。
 
「クックックック。これだけ霊力がそろえば狼王の復活も近い」
 
犬飼の台詞を後ろに聞きながら。
霊力をごっそり持っていかれて痛む腕を無視して両腕でノワールとユリンちゃんを抱えて逃げます。
……ノワール。ユリンちゃん、無事でいて。
 
安全な場所に逃げて必死のヒーリングを行いますがノワールの傷は芳しくなく、ユリンちゃんはそのまま息を引き取ってしまいました。
幸い、美智恵さんの撤退命令が早かったお陰で死者こそ出ませんでしたが完敗です。
魔法陣もおそらく壊されてしまったでしょう。
……ノワール、ユリンちゃん。
ごめんなさい。



[523] Re[23]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/05 21:48
 ≪横島≫
 「……ノワールの方はもう大丈夫だ。傷は文珠で塞いだし、しばらく安静にしていれば治るよ」
 
「本当ですか! ありがとうございます」
 
「クワァ~」
 
魔鈴さんがへたり込むように床に座り込んだ。
そして立ち上がるとノワールの看病に向かう。
ユリンは眠るノワールの枕元で心配そうに顔を覗き込んでいる。
 
「遅れてすいませんでした。魔鈴さんに預けていたユリンとは情報のやり取りを故意にカットしてあったためにユリンの分身が殺されるまで異変に気がつけずに」
 
「いいのよ。でも参ったわ。対策として用意していたアルテミス召喚の魔法陣は壊されてしまったし、オカルトGメンの怪我人も馬鹿にならないわ。西条君まで怪我をしてしまうし」
 
「犬飼対策はこちらのほうはボチボチうまくいっているんで任せてください」
 
「いつもすまないわね。……本当に」
 
本当に申し訳なさそうにしている美智恵さん。
……思うにこの美智恵さんは俺の知っていた美智恵さんほどには非情ではない。
いや、吹っ切れていないというとこか。
正義を信じ、勧善懲悪を夢見ていたころの名残があるというか。
自分を殺されたことにしなかった影響だろうか?
ありえるな。
 
「……はぁ、はぁ、はぁ、先生。ただいま到着したでござる」
 
思ったより三時間も早かったな。
……都市伝説を作ってなければいいんだが……200km/h少女とか。
 
「……横島君、その娘は?」
 
美智恵さんがシロの方を見て尋ねる。
 
「あぁ、シロですよ」
 
「え!?」
 
シロを見て眼をまん丸にする美智恵さん。
無理も無い。今のシロは外見年齢が令子ちゃんたちと同じくらい、俺が知っていたころのシロよりも更に大きくなっていたのだから。
 
「人狼は昼間は獣の姿になってしまうので修業がおぼつかず、精霊石を使おうと思ったんですが昔リリシアにもらった指輪のことを思い出したんで貸してみたらここまで成長しました。流石に古くは月の女神と同一視されたリリスの直系、リリシアの魔力を長年溜め込んでいただけはあるな」
 
唖然とした感じの美智恵さん。
やおら片手でこめかみを押さえて呟く。
 
「……横島君の所有するオカルトアイテムがどれだけ貴重かわかってる? 虹の女神の涙といい、アロンダイトといい、その指輪といい、文珠といい」
 
「つかわないほうがもったいないでしょう?」
 
「……そうかもしれないけど……まぁいいわ。それで、勝算はあるの?」
 
「全体的な強さで言えばいくら人狼とはいえそこまで急激には強くなりません。……ですが、犬飼対策はつませてきたつもりです。もしそれが駄目だった時は俺が相手をします」
 
「拙者は負けないでござる! 横島先生と是空師父の教えを無駄にはしないでござる」
 
「クワァア!」
 
ユリンが突然鳴く。
……。
 
「ユリン。お前の好きにするといい。その時は俺も協力する」
 
「クワ!」
 
ユリン……。
 
「とにかく、無責任な話だけど犬飼の件は横島君に一任するわ。正直これ以上隊員を投入しても状況を悪化させるだけだもの」
 
「そうですね。任せてください」
                   ・
                   ・
  
 今宵は満月。
犬飼がフェンリルに変るとすれば今日。
犬飼が破壊した魔法陣の跡にシロと俺。美智恵さん。うちの事務所のメンバー。そして魔鈴さん。人狼族の長老だ。
 
「ほぅ、長老まで来ているとは……見ない間に随分成長したじゃないか。シロ、その姿見違えたぞ」
 
「……犬飼。父の仇、今こそ討たせてもらう」
 
「貴様らの切り札はすでに破壊したぞ? それにそこの人間。八房は十分霊力を吸って輝きを増している。いつぞやのようにはいかん」
 
「先生は貴様ごときにたおせんでござる。それに貴様を倒すのは拙者の役目!」
 
「ほざけ! いくら成長しようともこれほど短期間に拙者と八房を倒せるほどに腕をあげられるものか!」
 
この一月、シロに激さぬ様に教え込んできた。未だ精神修養は甘いが今はまだ闘志をうちに抑えている。
 
犬飼は余裕なのか八房を抜き、片手でダランと握っている。
対し、シロは斜の構え(脇構え)に霊波刀を構える。
 
「何のつもりかは知らんが、霊波刀で斜の構えとは恐れいる」
 
確かに、普通であれば役に立たない。
 
「横島君。大丈夫なの?」
 
「俺はシロに八房を越える霊波刀を作ってもらおうとしたんですが……うまくいきませんでした。でも、犬飼対策としてはあれで十分かと」
 
美智恵さんが心配そうに尋ねることに正直に答えた。
 
「シロは生粋の侍ですからね。刀に刀ができること以上のことをさせるのはどうも無理があったみたいで」
 
「感謝するぞ、シロ。貴様の血を吸い、八房は更なる力を手に入れる。最強の狼王の力をな!」
 
「……拙者はきっと、この戦いで得る物は何もないんでござろうな」
 
シロが眼を閉じ、そして見開いたのを合図に双方が真っ直ぐ突っ込む。
 
シロの方が数段速い!
 
そのスピードに驚きつつも八房を振るおうとする犬飼。
……しかしそれよりも速く、シロが鯉口をきった!
 
ポトリと思いのほか軽い音がして、八房が犬飼の腕ごと落ちた。
シロは犬飼が八房を振るう前にその腕をたたっ切ることで無力化することに成功する。
 
そしてシロは鞘から抜き放った霊波刀を犬飼に突きつける。
その切っ先は小刻みに震えていた。
 
「……一体何がどうしたって言うの?」
 
令子ちゃんの目には見切れなかったらしい。
常人では見ることもかなわなかっただろうが。
 
「種明かしはG・Sだ。G・Sは霊力を用いることで瞬間的に常人離れした動きをすることが可能だろう? だからこそ妖怪なんかと渡り合えるんだが人狼達は優れた身体能力を持ち合わせていたからかえってそういう発想がなくってね。そのことを重点的に教え込んだら直線的にしか動けないものの、通常より数段更に早く動けるようになったよ。霊波刀の方も刀にできることなら問題なくてね。抜刀術にすれば防御は捨てざるをえないが更に速度は上がる。今のシロは直線的な動きだけなら人狼最速だろう」
 
俺は説明しながらもシロから眼を離さない。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪シロ≫
 拙者の眼前にはこちらを憎々しげな瞳で見つめる父の仇がいるでござる。
拙者があと少し、腕を動かせばにくき父の仇をうつことができる。
 
……なのに、手を動かすことができない。
 
「どうした! 早く殺せ! 狼王になる野望がたたれた今、おめおめと生き恥をさらすつもりはない」
 
犬飼が吼える。
しかし拙者の腕は動かない。
動かせない。
 
頭に思い浮かぶのは尊敬する先生のあの瞳。
何処までも空虚な洞穴のような光のない瞳。
……拙者は怖いのか?
己がああなってしまうのが。
 
……違う。
でも、先生の教えを無駄にはできない。
父の仇、自然と涙が出てくるが拙者は目を閉じ涙がこぼれないようにして霊波刀を下ろし犬飼に背を向けた。
 
「……罪を憎んで、……人を憎まず。で、ござる。」
 
先生の教えはこれでいいんだ。
今は亡き父も褒めてくれるに違いない。
里を抜けたとはいえ犬飼はかつての父の剣友。
それを殺したところで父が帰っては来ない。
 
「残心!」
 
先生の叱咤が拙者に届くころには腹に熱さが広がっていた。
拙者の腹から……霊波刀がはえていたでござる……。



[523] Re[24]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/07 20:34
 ≪横島≫
 「シロ! 貴様拙者を愚弄する気か!」
 
……そこまで堕ちたか。
 
俺は【転/移】して犬飼を思い切り殴りつけた。
 
「……犬飼。狼のルールを破った貴様は最早狼ではない。武士の情けを解さぬ貴様は武士でもない。ただの外道だ。外道は外道どうし、俺がケリをつけてやる」
 
「ほざけ! 狼王復活に必要な霊力はすでに溜まっているのだ」
 
八房を残された腕で拾い上げると犬飼は狼王フェンリルへと変身する。
その姿に圧倒される皆。いや、五月と雪乃丞は戦いたそうにしているが。
俺には今更怖い相手ではないが……。
 
「クワァアア!」
 
ユリンが俺の命令を待たずに影から飛び出す。
 
「……いいだろう。俺の霊力、好きに使え」
 
「クワ!」
 
ユリンは俺から霊力をたっぷり持っていって嘘偽りなく空を黒く埋めるほどの数の分身を作り出すといっせいにフェンリルに向かっていった。
一体一体はフェンリルの目から出される怪光線に焼かれ、喰われ、引き裂かれるがそんなことはお構いなしに次々と分身を生み出し決してその全体数は減らさない。
俺はその隙にシロを回収すると文珠で傷を塞ぎ、おキヌちゃんがヒーリングで体力の回復につとめる。
 
「何、一体何が起きているの?」
 
狼狽する皆。
ユリンのこんな姿を見たことがあるものはいないからな。
 
「ユリンは……俺の使い魔にはもったいないくらい心優しく温和で思慮深い。……でも今のユリンは怒っているんだよ。この世界でただ一人の大切な親友を斬られ、まるでゴミか何かのように言われたことを」
 
「ユリンちゃん……」
 
呟く魔鈴さん。
 
「大丈夫なの?」
 
尋ねる令子ちゃんに正直な感想を答える。
 
「ユリンは決して強いほうじゃない……単一であれば普通のG・Sでも倒しうるほどでしかないがいざ戦うとなれば恐ろしく厄介だぞ? 俺が戦っても負けはないにしろ、文珠を使わなければ相当手をやくし倒しきるのに時間がかかる。数って言うのはやっぱり暴力ということだな。……考えてもみろ、単独で戦っても並み以上の妖怪に匹敵する戦力の鴉が、霊力が供給される限り半永久的に増殖してくるんだぞ? 一気に殲滅する方法でもなければ相手にしたくないね」
 
話を聞いて少し顔を青くする一同。
ユリンのことを弱いと思ってはいなかったようだがそこまで始末に悪いとは思っていなかったんだろう。
 
「ついでに言えば数という利点を失うとはいえ貧弱な攻撃力を補う巨大化という手段も使えるし、それにどれだけ数がいようと結局は一羽な訳だから単独の意思の元に完璧に統制された戦術が使用できるし、あれだけの数がいたら核となる本体を見つけるのは難しいぞ? 石の影とかに本体を隠せば見つけるのは更に困難だろうしな。小型化すれば狙いをつけにくいだろうし……魔獣としての格はフェンリルの方が圧倒的に上かもしれないが、相性が悪すぎる。時間はかかるかもしれないがユリンは負けないよ」
 
そう。それにユリンは頭がいい。
フェンリルは狭間の神の子だけあって魔獣としては主神を殺しうるほどに破格の能力を秘めてはいるが、その強さは個体としての強さ。一対一では無類の強さを発揮できても集団戦でその力を発揮できる能力を少なくとも俺は知らない。体に寄生させている蚤だけではいかんせん力不足なのは否めない。
更に言えば犬飼=フェンリルはまだそこまでの力もない。先祖がえりをしてフェンリルになったとはいえオーディン殺しを為しえたフェンリルと犬飼は所詮別物なのだ。
そのことはユリンも理解しているし、ユリンが知っている戦術は精神的につながっている俺の持っているそれとなんら変わらない。
だから俺が得意にしている戦術は当然ユリンも得意にしているわけで。
 
それから十数分。実戦にしては長すぎるくらいの時間の後に空を覆いつくす黒い影は薄くなり、まばらになり、やがて消えていく。
後に残されたのは全身傷だらけながらも立ち続けるフェンリル。
別の意味で顔を青ざめさせる(特に魔鈴さん)一同に向かってフェンリルが宣言する。
 
「……手間取らせおって。だが、残るは貴様らだけだ!」
 
「犬飼。一つ忠告してやろう……残心だ」
 
フェンリルの腹から夥しい量の血が流れる。
原因は下から真っ直ぐに伸びた真っ黒い杭。
それは更に上に伸び、フェンリルを持ち上げ振り落とした。
そして地面にもんどりうって倒れたフェンリルに馬乗りになる鴉。ユリン。
 
「集団による包囲戦から死角、直下からの奇襲。順番は逆だが俺の得意戦術と同じだな。」
 
ユリンはフェンリルに匹敵するほど巨大化している。
いかにフェンリルといえど腹に大穴が開いた状況でこれを跳ね返すのは難しいだろう。
 
「ユリンちゃん強いのね~」
 
「ほんとだぜ何で今まであんまり戦わなかったんだ?」
 
「効率の問題だ。ユリンに霊力を貸すより自前の霊波刀や文珠のほうが幾分消耗が少ないんでな」
 
しかもユリンは優しい。
 
「……皮肉なものだな。かつてオーディンを殺したフェンリルの末裔が、オーディンの使い魔たる鴉の子供に敗れるか」
 
大勢は決定した。最早勝敗は動くまい。後はユリンが止めを刺すだけだ。
長老の顔が歪んでいる。
 
ユリンはフェンリルに止めを刺すことなく、元の大きさに戻ると俺の肩に止まる。
 
「ユリン?」
 
「カー!」
 
「……そうか。お前がそう決めたなら俺は何も言わない」
 
「なんですって?」
 
「自分より年下のシロが復讐を止めたのに自分がそれに身を委ねるわけにはいかない。それにノワールは生きているってさ」
 
頭を俺に摺り寄せるユリンの頬を指で撫でつつ空を見上げる。
 
「……どうやら間に合わなかったようだな」
 
空に浮かぶ二人、ワルキューレとジークフリードだ。
二人はそのまま地面に降りてくる。
 
「フェンリルの気配を感じたのだが別任務中で勝手に動くわけにもいかなかったのでな。大急ぎで軍の上層部に許可を貰ったのだが……すまない」
 
「遅くなりました。お怪我はありませんか?」
 
ワルキューレとジークの謝罪を受けると文珠を用意する。
アルテミスの役割が今回はワルキューレと言うわけなのだろう。
狩人の女神と魂の狩手の女神か。やはり皮肉なものだ。
用意した文珠は【分/霊】。
犬飼からフェンリルである部分を文珠で強制的に分けると、ワルキューレは元魂の狩手らしくフェンリル部分の魂だけを犬飼から抜き出す。
 
「すまないな。フェンリルの魂は私たちが魔界へと導こう。最も、我らが帰るべきアスガルドは最早存在はしないのだがな」
 
仇敵とはいえ神話時代の知己(の同一存在)とであったからか珍しく感傷的な言葉を放つ。
そのまま二人は魔界へのゲートへと飛び去っていった。
 
「……拙者は、負けたのか」
 
呆然とした感じの犬飼が起き上がり呟く。
そこには先ほどまでの鬼気はもう感じられなかった。
……犬飼はこんな男だったのか?
 
「秘宝八房を手にし、最強の狼王になったはずの拙者が……」
 
「それはぬしに迷いがあったからよ」
 
「……長老……」
 
「本来は剛剣の犬塚ジロウに対し、柔剣の犬飼ポチと言われたおぬしが八房を手にする前後から迷いを振り払うかの如く強引な剣を振るうようになった。……八房は妖刀、たぶらかされたのやもしれんな」
 
「……だが、人を恨んだのは拙者の心。八房を手にしたのは拙者の意思。剣友を切り殺したのは拙者の腕。……すべて克明に覚えているでござる。長老、この罪いかようにもお裁きくだされ」
 
「……里の掟を破り秘宝を奪った罪、何より里の仲間を傷つけた罪、許しがたい。……だからわしはお前に最も厳しい罰を与える。……死ぬことは許さん。それだけだ」
 
「……御意。拙者は里を出て、ジロウの菩提を弔って生きていきたいと思います」
 
無罪のように思えるかもしれないが、後悔を引きずって生きていくのは死ぬより辛い。そしてそれでも長老は犬飼に、里の仲間に生きてもらいたかったのだろう。そしてそれがわかっているからこそ犬飼もおとなしく従った。
  
おキヌちゃんにヒーリングを受けていたシロがゆっくりと起き上がった。
 
「犬飼……殿。里を離れる前に父の墓を参ってはもらえぬだろうか? 中身の無い形だけの墓でござるが。……生前、父上は犬飼殿のことを生涯の友と言っておりましたが故」
 
「……シロ、ジロウ、済まぬ」
 
シロ……成長したな。俺以上に。
犬飼……そうか。本当の犬飼は侍だったのだな。
 
侍ではない俺はこの場面に茶々を入れるとしよう。
【隠/蔽】の文珠で人狼にすら察知できぬほどに姿を隠していた人狼の姿を顕現させる。
 
その気配にいち早く気づいたシロが駆け寄り男にしがみつき泣きじゃくった。
 
「父上! 父上~!!」
 
外見はともかく、実年齢相応の行動をとるシロの泣き声が延々と響きわたった。



[523] Re[25]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/09 23:41
 ≪ジロウ≫
 身体は成長したようだが心はまだ幼い。
当然だな。実際にシロはまだ子供なのだから。
 
「済まぬな、シロ。心配をかけた」
 
「父上! ……でも、死んだのではないんでござるか?」
 
「犬飼に斬られ、拙者も死んだと思っていたのだがな。そこにいる横島殿に拾われ命拾いをしたのだ。横島殿、改めて礼を言い申す」
 
「ジロウ、良くぞ無事に戻った。……横島殿。このご恩、犬神族は決して忘れませぬ」
 
「先生! ありがとうございます」
 
土下座せんばかりの長老とシロを尻目に犬飼はこちらに背を向けて俯いていた。
 
「……犬飼」
 
「……済まぬ、犬塚。拙者はお前に合わせる顔がない」
 
犬飼。
拙者はお前が苦しんでいるのを知って、何もせずにいた。
行動を起こしたときにはすべて遅すぎた。
犬飼の苦しみは人狼すべての苦しみ。
犬飼はその苦しみに人一倍敏感すぎただけ。
拙者が殺されかけたのとて半分は拙者の未熟が起こした不始末。
 
「……犬飼。なればお前が再びこちらを向くことができるようになる日を……いつまでも待っているぞ。剣友よ」
 
「犬塚……まだ拙者を友と呼ぶか……感謝を」
 
犬飼はそのまま人間の女、亜麻色の髪の短い方に向かって歩く。
拙者に背を向けたまま。
 
「……あの時の現場指揮官はそこもとだな? 拙者の罪、如何様にでも裁かれよ」
 
「確かに、横島君のお陰で一般市民に被害はなかったとはいえ、オカルトGメンには多数の怪我人も出たことだし無罪放免というわけには行かないわね……長老殿。人間の法で裁かせてもらいますよ?」
 
「……いたしかたあるまい」
 
女性は落ちていた八房を拾い上げる。
 
「……少しは感じるけどさほど強力な精神支配というわけではないわね」
 
振るう。
しかしその斬撃は一撃。
 
「……私が剣士でないことを差し引いても……やはりこの剣は人狼のための剣というわけね。……それでは長老。この事件の原因であるこの妖刀八房はオカルトGメンで接収させていただきます。妖刀八房に操られていた犬飼ポチ氏については心神喪失状態であったことを考慮して事情聴取の後に釈放という形となるよう働きかけるつもりです。オカルト犯罪は一般犯罪と違って専門家が少ないからおそらくはその線で話が進むでしょう」
 
「な……拙者は!」
 
「犬飼さん。……奇麗事を言えば警察官というのは軍人とは違うわ。軍はこれ以上犯罪を起こさせないために犯罪者(戦争犯罪者)を殺すけど、警察は犯罪者を更正させるために存在するの。……すでに更正している相手を捕まえる意味なんてないのよ。でも、組織として存在している以上ある程度の上層部が納得する説明は必要になるから八房はGメンの危険物品保管庫に封印することになるわ」
 
「……よろしく、お頼み申す」
 
長老が女性に対して頭を下げる。
拙者も心から頭を下げた。
犬飼は静かに月を仰いでいた。
女性がなにやら小さな箱に声を出して何かを呼んでいると程なく彼女の部下のものと思わしき人物、腕を三角巾で吊った髪の長い男がやってきて犬飼を伴って去って行った。
 
「……ママ、あれでよかったの?」
 
「良くはないわよ。上層部や部下にどう説明したらいいものか。……でも、シロちゃんやユリンちゃんのあの姿を見せられた後じゃしょうがないじゃない。……でもまぁ、ベストでなかったにしろベターな判断だとは思うわ」
 
小声で話していたようだが人狼の里でも随一の耳のよさを誇る拙者の耳には届いていた。
 
「先生、お借りしていた指輪をお返しするでござるよ」
 
シロがはめていた指輪を返すとその姿は小さくなる。
が、それでも前の姿よりは幾分大きい。
およそ元服の折の年頃か?
 
「拙者は」
 
「月の関係の深い魔力のこもった指輪と、ヒーリングを受けた際、俺やおキヌちゃんの霊力を使って超回復をしたんだろうな。ジロウ殿の時も思ったが流石は人狼というところか」
 
「横島殿。迷惑ついでに一つ頼まれごとをしてくれんか?」
 
「どうしたのです? 長老」
 
「シロをな、このまま横島殿の下で弟子にしてもらえぬだろうか?」
 
「長老……」
 
「わしらも今のまま隠れ住むのがよいと思っていたわけではない。人間の繁栄はとどまることを知らぬ、何れは我らも……そう思っていた。だがな、森の悲鳴を聞いているとな……どうしてもわしらのほうから歩み寄ろうとは思えなんだ。犬飼はもとより、わしらの仲にも人間をうらむ気持ちは確かに存在する。この国はまだ良い。山がちなこともあり人の手の触れぬ森も残されている。だがな、大陸にいたはずの我らが同胞と連絡が取れなくなって久しい。森が、人の手による森へと変わり、我らが住める土地ではなくなってきたと最後の方の文には残されておった。おそらくはもう……。だが、今回のことでわしらの中にも今一度、人との関わりを見直すべきではないかという風潮が出てきた。わしらの里に一月もの長き間逗留し、シロや若衆を鍛えてくれた横島殿、ゼクウ殿のお陰でな。わしらの里で最も歳若く、人間に対する恨みの無いシロに人間の世界を見てもらい、わしらの今後の人との関わりがどうあるべきかを学んで欲しいのだ。……わしらでは人間の悪いところばかり眼がいってしまいそうだからのう」
 
「ジロウ殿……」
 
「拙者からもお頼み申す。これまでシロには相応に鍛え上げてきたつもりですがこの一月でシロは見違えました。親としてやはり甘えがあったのかもしれませぬ。あつかましい話ですが横島殿には引き続き、シロを立派な武士となるべく鍛え上げてやって欲しい次第」
 
「先生。これからもお願いするでござるよ」
 
「……俺は立派な武士からは最も遠い男だぞ?」
 
「そんなことはござらん! 先生は立派な武士にござる」
 
「違うといっているだろうに。……本当はチャクラを開くというのが俺の弟子入り条件なのだが一度教えた以上は仕方ないか。部屋はまだいくらでもあるから好きにするといい」
 
「わかったでござる」
 
「それではジロウ殿、長老、シロをお預かりします」
 
「シロをよろしく頼みます」
 
シロをそのまま横島殿に預け、長老と二人人狼の里に戻る。
 
「……長老、何を考えておいでか?」
 
「なに、人狼と人間の架け橋にシロがなってくれればよいとな。そう、例えば子をなすとか……ジロウ、お主は?」
 
「横島殿ほどの男を義息子と呼べればこれほどの僥倖は無いかと」
 
「「……」」
 
「少々幼すぎるのが問題とはいえ」
 
「何も行動しなければ進展はないですからな。周囲のお嬢さん方も魅力的ですがシロであれば立派に戦い抜いてくれるでしょう」
 
その後里に戻った拙者は皆から無事を喜ばれ、その日横島殿が持ってきたペティ○リーチャムを食い尽くすほどの宴会が行われた。
                   ・
                   ・
 酒に酔った拙者はあの場所にふらりと立ち寄った。
 
横島殿に救われた場所。
犬飼に斬られた場所。
 
「……犬飼よ。我が剣友よ。拙者はいつまでも待っている。だから必ず里に戻ってきてくれ」
 
幾分かけたとはいえ空に昇る月は限りなく真円に近く、拙者らに強い力を与えてくれている。
我らが守護女神の宿るといわれるその月に、切に祈る。
月は答えてくれぬが、犬飼はそれに応えてくれよう。
犬飼は我らが仲間、そして友なのだから。



[523] Re[26]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/12 00:39
 ≪令子≫
 「ねぇ、そういえばアレ、どうなったワケ?」
 
ソファーに寝そべりながらファッション誌を読みつつ気だるそうにエミが尋ねてくる。
冥子はなにやら涙をハンカチでぬぐいつつDVDを鑑賞中。
冥子の持ってきたDVDを皆で見るという話だったのだが正直冥子の持ってきたこのビデオは内容が良くわからない。
大阪府堺市深井水池町を舞台に野良犬達の愛と感動の地域密着型恋愛ドラマという話。
……この時点でもう監督は何がやりたいんだか。
まぁ、犬がいっぱいで可愛くはあるんだけど野良犬というには毛並みがよすぎるのよね。
マスチフとかドーベルマンとかジャーマンシェパードとか土佐犬とかやたらと立派な犬ばかりだし。
正直私とエミはだれている。
 
私たちは今でも六道家に居候している。
社会人になったことを契機に出て行こうともしたのだが冥子には泣かれるし、おば様は笑顔がやたらと怖いし。
それに屈したわけではないけどそこまで思ってくれているのならということでエミ共々今でもお世話になっているのだ。
住み心地はいいし、人生の三分の一はこの家で過ごしてきたのだから正直我が家に近い感慨もある。
 
「あれって何よ?」
 
エミは雑誌から眼を放してこちらの顔を覗き込む。
 
「ほら、おたくこの間プロポーズされてたじゃない」
 
自慢じゃないがこの手のことは結構多い。
正直顔とスタイルには自身があるし、G・Sとして結構知られているしね。
ま、それに関してはエミもそうだし、冥子なんか家のこともあって私以上なんだけど。
 
「あぁ、あの金持ちのボンボン」
 
「そ、確か成金だか持金だか?」
 
「金成木よ。資産だけなら六道に匹敵する大金持ちの」
 
「そう、それ」
 
「角が立たないように丁重にお断りしたわ」
 
「へぇ、もったいない。性格はちょっとくどかったけど顔は良かったし馬鹿みたいだから扱いやすそうだったじゃない。それにおたくお金すきでしょ?」
 
「人を守銭奴か金の亡者みたいに言わないでくれない? まぁ、お金がすきなのは否定しないけどさ」
 
「ふーん。じゃあ何で?」
 
「自分が怖がりだからって人の商売インチキ扱いするような男はお断りよ。……そういうあんたはどうなのよ」
 
「ん~、結構格好よくて資産もそこそこで性格も能力もイケてる奴とこの間デートしたワケ」
 
それは初耳。
 
「へ~、それでどうなったの?」
 
「結構いい雰囲気になったしこのままそいつと付き合うのもいいかなぁなんて少しは思ったんだけどさ、そいつ『僕は横島さんのためなら死んでもかまわない』なんて言い出してさ。しらけちゃって振ってきちゃったワケ」
 
「古臭いけど殺し文句のつもりだったんじゃない?」
 
「私駄目なのよ。『君のためなら死ねる』とか『世界を敵に回したって良い』とかってセリフ。……その台詞を有言実行しちゃいそうな男が身近にいるもんだからその台詞もそれ以前の台詞も一気に白々しく聞こえちゃってさ~。全部がウソに思えちゃうワケ」
 
あぁ、確かに横島さんならやりかねないわね。
 
「妹思いの兄を持つと大変ねぇ」
 
「結構な不幸よ? 忠兄ぃの個性が強すぎて他の男がつまらない男に思えるんだもの」
 
ま、横島さんを兄に持つとそんな感じかも。
 
「そういうおたくはまだ忠にぃの事を狙っているわけ?」
 
エミが放った直球にも冷静に対処する。
 
「横島さんのことは尊敬しているけど恋愛感情とは別物よ」
 
エミがニヤニヤ笑いながら鏡を取ってこちらに向けるとそこには茹蛸状態の私が映っていた。
私が視線をきつくして睨むとエミは笑みはそのままに両手を広げて降参を表す。
……フン!
 
「ま、個人的な感情は別にして応援するワケ。ま、捕まえられるもんなら捕まえてみろって言う気もするけど」
 
「なによ。個人的な感情って」
 
「おたくや冥子をお義姉さんなんて呼びたくないだけなワケ」
 
私だって呼ばれたくないわよ。
 
「ま、実際問題あんましウカウカしてらんないんじゃない? 魔鈴さんとかおキヌちゃんとか小鳩ちゃんとか明らかに好意を持っているし。人間以外も含めたら五月や小竜姫さま、ヒャクメ、愛子ちゃん、マリア、テレサ、ワルキューレ。リリシアや美衣さんなんかも結構怪しいし、シロやタマモ、ジルちゃんなんかももう少し育ったらわからないワケ。そういえば六道女学園なんかにも結構シンパは多かったわよね。ま、あの手のミーハーはあんまり相手にしないだろうけど」
 
ま、確かにね。
 
「そういうあんたはどうなのよ」
 
「あたし?」
 
「時々女の眼で横島さんを見てるわよ?」
 
「……私はいいわ。私じゃ忠にぃをささえきれないだろうし」
 
……エミは私の知らない横島さんを知っている。
 
「ま、私の場合恋愛対象にはできなくても一生隣にいられるしね。だったらほかにいい男を探した方がずっと建設的ってものなワケ」
 
兄妹か。そういうところは羨ましいわ。
 
「……正直な話、忠にぃを支えてくれる人だったら私は誰であろうとその人を応援するワケ。……令子、もし本気だったらヨロシク頼むワケ」
 
横島さんには私はおろか、エミにも明かさない秘密がいっぱいある。
それを知っていると思しいのは横島さんの使い魔、眷属、式神をのぞけばおそらくドクターカオスとマリア、テレサ位のものだろう。
まだ、私たちは対等の関係を結べないでいる。
 
……。
前途多難だわ。本当に。
 
そうこうしているうちにDVDは佳境に入っているらしく、足元に横たわるサルキーのクロス(雌)の前でグレートデンのベン(雄)が遠吠えをしてそのDVDは終わった。
本当に何を意味した作品だったんだろう?
それを見て泣いている冥子も冥子だったけど。
 
「……いいおはなしだったわ~」
 
本当なの?
 
「……その映画、なんて名前だったっけ?」
 
「やだぁ~令子ちゃん忘れちゃったの~?堺の中心で愛を吼えるじゃないの~」
 
どうでもいいわ。
 
「……ねぇ、冥子。おたく忠にぃのことすき?」
 
「うん。大好きよ~」
 
満面の笑顔で答える冥子。
でもこれでは恋愛だか友愛だか親愛だか敬愛だかすらわからない。
でもこういう素直さでは冥子にはとても敵わないわ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪冥子≫
 だって、今の私を作ってくれたのはおにいちゃんなんですもの~。
 
寂しかった私を寂しさから救ってくれたのがお兄ちゃんよ~。
でも、お兄ちゃんは今でも寂しいの~。
みんなが傍にいても寂しそうにしているときがあるのよ~。
皆お兄ちゃんが大好きなのに~、お兄ちゃんはいつも壁一枚隔てて独りぼっちなの~。
なぜなのかしら~?
お兄ちゃんは寂しいのが辛いっていうことを良く知っているはずなのに~。
一番近いところにいるドクターカオスにも~、いいえ~、ユリンちゃんや心見ちゃん、ゼクウさんにも薄い壁を一枚隔てているわ~。
お兄ちゃんは悲しくないのかしら~?
寂しいことは悲しいことなのに~。
ううん。お兄ちゃんはそのことを知っているから冥子のことを寂しさの海から救ってくれたんですもの~。
 
でもお兄ちゃんはいつも独りぼっち。
まるで知らない国から来た異邦人のように誰の傍にいても独りと同じ~。
寂しいわよね~?
悲しいわよね~?
……私じゃあ、お兄ちゃんの壁の中に入れないのかなぁ~?
 
「少し早いけど仕事に行きましょうか?」
 
エミちゃんがわざと明るい声で言ったわ~。
普通にお仕事に誘ってくれる二人、昔の、お兄ちゃんに会うまでの私だったらどうなのかしら~?
 
お兄ちゃんは優しくて~、強くて~、物知りで~、勇敢で~、暖かくて~。
お兄ちゃんは怖くて~、脆くて~、無知で~、怖がりで~、寂しくて~。
本当のお兄ちゃんは何処にいるのかしら~?
本当のお兄ちゃんは此処にいるのかしら~?
どうしてお兄ちゃんはいつもいつも何かがおきる時に先回りの行動をしているのかしら~?
冥子は頭が悪いからわからないわ~。
だから今日も私はお兄ちゃんにぎゅって抱きつくの~。
お兄ちゃんが少しでも寂しくないように~。
お兄ちゃんが少しでも怖くないように~。
お兄ちゃんが先回りしすぎてどこかに消えていかないように~。
少しでも何処でもなく此処に留めておけるように~。
今の私には~、それくらいしかできないんですもの~。



[523] Re[27]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/15 20:10
 ≪リリシア≫
 このところ人間界に入り浸っていて魔界に帰るのは随分久しぶりだ。
それがいけなかったのだろう。帰って早々呼び出されてしまいました。
 
私は城の玉座に腰掛けるこの城の主に向かい臣下の礼を持って対面する。
その主の本質は【妖】【魅】【媚】【美】【艶】【猥】【淫】であり、例えその姿が蛇身であり、牙があり、敵の血で全身が赤く染まってもそれに寸毫の衰えもない。なぜならそのどれもがこの女王の本質であり、何れをもってしてもこの女王を表しきることができないのだから。
 
「リリム族がリリシア、女王の御下命により馳せ参じました」
 
「……リリシア、いつも言っているでしょう?」
 
魔界を統べる王の一人が言葉を紡ぐ。ただそこにあるだけで、上級魔族の私すら気押されるほどの魔力の持ち主で、こと魔力においては魔界最高級の強さを誇る。正に王の力の持ち主。
 
「ママのことはママと呼びなさい!」
 
……性格と容姿がお子様ではなかったら、だが。
 
「そういうわけにもいかないでしょう」
 
「なによ~う。女王の命令に逆らう気?」
 
台詞はあれだが、上目遣いで口を尖らせて言っていては威厳も何もあったもんじゃない。
 
「わかったわよ。ママ。これでいいんでしょう?」
 
鷹揚に頷くママ。
でも満面の笑みを浮かべたお子様の姿じゃやっぱり威厳もへったくれもない。
 
「それでどうしたのよママ。いきなり呼び出して」
 
「だって~。リリシアちゃんが最近人間界にばっか入り浸っていて全然ママにかまってくれないんだもの」
 
しくじったわね。こんなことなら適当なところでガス抜きしとくんだった。
 
「ねぇ、ママ。いい加減元の姿に戻ったら? その姿だと性格まで幼児退行しちゃうんだから」
 
「いや!」
 
にべも無く言うママ。
 
「だってママって黄金比の女よ? 元の大きさに戻って黄金比が復活したらまた私の容姿を見て魅了に狂った雄の相手をしなきゃなんないじゃない。そりゃ嫌いじゃないけどいい加減飽きたわ。かといって無礼うちで殺すのも飽きたし」
 
「ママの魅了に耐えうる他の魔王のところに行けば?」
 
「それもパス! そんなの一番飽き飽きしてるわよう」
 
口を尖がらしてブーたれるママ。
 
「ねぇねぇリリシアちゃん。人間界はそんなに面白い?」
 
「それほどでもないわ」
 
いけない。何としてもママの興味を他に向けないと。
今のままじゃあなにしでかすかわからない。
しかしママはそんな私を嘲笑うかのように次の台詞をはいてしまう。
 
「ふ~ん。それなのにリリシアちゃんが人間界に入り浸っているって言うことは~……横島ってそんなに良い男なの?」
 
妹が淹れてくれたお茶を思わず噴出す。
 
「マ、ママ。何処からそんな名前が出てくるのかなぁ?」
 
「フッフッフ。ママを甘く見ちゃ駄目よ。リリシアちゃんのことは何でも知っているのだから。何てったってママはリリシアちゃんのママなんだもの」
 
薄い胸を張って勝ち誇るママ。
だめだわ。これは誤魔化せない。
 
「リリシアちゃんは魔族としては上級魔族ギリギリだけど淫魔としては……まぁやる気はあんま無いとはいえ最高級の力を持っているわよねぇ? 容姿もママに似て美人だし。どうして人間を落とすのにそんなに時間がかかっているのかしら? それともいい男に熟成するのを待っているのかしら?」
 
いけない。めちゃくちゃ興味をもたれてる。
 
「そんなたいした男じゃないわよ? ま、珍しくはあるけど」
 
なんでもないように、本当になんでもないように言い放つ。
こっちも上級魔族の端くれ。その程度の腹芸は造作もない。
……ママに通じるかどうかは微妙な線だけど。
 
「……ふ~ん。ま、偶にはママに会いに魔界に戻ってきてよね。他の娘達はママの前だと萎縮しちゃってつまらないんだから」
 
何とかごまかせた?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リリス≫
 な~んちゃって。
やっぱ母親としては娘の思い人をこの眼で確かめる義務があるわよね~。
うん。これは母親としての崇高なるお仕事なのだ。
 
人間界にいっても問題の起こらないギリギリ(リリシアちゃん並み)の魔力を持った分霊(今の自分と同じ、つまり8歳くらいの容姿)に自分の意識を送り込んで魔界にいたまま人間界で問題なく行動できるようにチャンネルを繋げる。
もうこれってデタントの罰則事項の裏道ギリギリって感じ?
でも、サっちゃんでもない限り私のこれを見破ることなんてできないだろうしかまわないわよね~?
だってこれって崇高なるお仕事のためだもん。
 
え~と、横島除霊事務所はっと。……あれね!
……へ~、リリシアちゃんのほかにも結構な魔力、神気、竜気、妖気、霊力。イロイロな力が感じられるわね。しかも人間界で感じられるものとしたら結構強力な。
適当な公園で観察をする。
魔力を少しだけ使って目立たないように結界を張るのでつまらない男どもにナンパをされることもない。
うっかり人間の男を食べたら一瞬で干からびちゃうもんね。
いくらこの容姿でも私の魅力に当てられちゃうばかな男って結構いるものね~。
 
……へ~、あの目つきの悪い坊やに力を貸してるのってアモンちゃんじゃないの。霊力も結構高いみたいだし。
あの人間が使役してる十二の獣も下級とはいえ魔族並みのポテンシャルを持ってるじゃない?
おどろいた。あの女、魔族にも届きそうな呪術の使い手じゃない。
……面白い魂の波動をした人間ね。霊力もかなりのものだし。
あれは、金毛白面九尾の狐の転生体? もう少しで上級の魔族に匹敵するかって言う大妖怪の。
あっちは人狼か。それも純粋血統の神の血を引く血族じゃないかしら。
あの鬼、すこぉしだけど神気も発してる。それにあの身の捌き、魔界でも最上級を除けばいいせんいくかも。
ドクターカオス。魔界でも名前くらいは聞いたことがあるわ。昔の旦那が食べた知恵の実の影響を最も受けた人間として。
……って、あれはガブリエルの分霊じゃないの! 何でこんなところにいるのよ!
 
……強力な霊能力者に化け猫。神父に魔女。ハーフバンパイアに虎人もどき。付喪神に浮遊霊に土地神。これは飽きないわ。
ちょっとリリシアちゃんがやってるお店っていうほうも覗きにいったけどリリシアちゃんが魅了を使った様子もないのに普通に人間がリリシアちゃんと接しているわね。話の内容からリリシアちゃんが魔族だって言うのを知ってるみたいだし。
……ママとしては嬉しいけどありえないわ。こんなこと。
 
……なんなの? この奇妙な空間は?
極々小さな限られた空間とはいえ、人間と、神と、魔族と、妖怪が何の隔たりもなく共存できる空間。
それはある種理想の空間。
つまりは実現するはずのない空間。
それが此処にあるというの?
 
私はそれを目の当たりにして混乱の極みにあった。
だからこそ接近に気がつけなかった。
 
「こんなところで何をしてるんだい?」
 
私の結界を突破して(簡単なものとはいえ魔王が張った結界を!?)そのお兄ちゃんはやってきた。
横島忠夫。
間違いない。
影の中から魔力と中級神族級の神気を感じるもの。
そんな奇妙な人間はそうはいない。
 
なんなのかしらこの違和感。
相手は人間のはずなのに何か別の大きなものを相手にしているような感覚。
……私は、この身体は力を大きくそぎ落とした分霊とはいえ魔王リリスなのよ!?
防衛反応として私は魅了の魔眼を使っていた。
私の本質は【妖】【魅】【媚】【美】【艶】【猥】【淫】。例え幼女の姿をしていてもそれは本来変わらない。
だから私の魅了を振り払える人間などいるはずがない。
舌を少し出して唇を舐める。
その仕種だけでも人間の男を欲情させる(この姿でも)には十分だ。
……だったのに。
 
「……魅了の魔眼か。しかも異常に強力な」
 
此処にいた。
何なの? 存在するはずのない空間に、存在するはずのない人間。
此処は一体何処なの?
 
お兄ちゃんの腕がこちらに伸びてくる。
まずいな。この身体は魔力は高いけど戦闘能力は低いのよ。
殺されたかな? 殺されるのは繋がってる分痛いのよね。
 
フワリとその手が頭を撫でた? 
え? え?
 
「君がこっちを荒らさない限り危害を加える気はないよ。それと、俺にその手の術は効かないんだ」
 
アレ? こんな幼稚なことなのに気持ちいい?
 
「どうしてこっちに迷い込んできたんだ?」
 
「た、退屈だったから」
 
アレ? 何でこの私がこんなに素直に答えてるの?
 
……このお兄ちゃん。何かがおかしい?
何か? 本当に何かわからないけど私以上の何かを抱えている?
私を越える何かを持っている?
たかが人間が、魔王であるこの私の……。
この私が見通すことができない闇を抱えている!?
 
「そうか、だったら……」
                   ・
                   ・
 ≪リリシア≫
 また呼び出された。
おかしい。こんなに立て続けにママに呼び出されることなんて無かったのに。
 
「リリシア。貴女に淫魔が女王として要請します。お兄ちゃ……横島忠夫を堕としなさい」
 
私はまたしても噴出す。
 
「何をいきなり。それにお兄ちゃんって!?」
 
「強制する気はないけどできるだけ頑張ってね。それと、堕としたらママとワケワケしましょうね」
 
満面の笑みのママの手にはロナルドドッグのヌイグルミ。
……頭痛いよう(泣きたい)。
 
「流石に元の姿の分霊を人間界に送れないものねぇ」
 
ママ、デタントの崩壊を起こす気なの?
本当に頭が痛い。
 
「リリシアちゃん。本当に堕とすつもりなら強くなりなさい。深く暗い闇に飲み込まれないほど強く」
 
え!?
ママが一瞬、本当に真剣な表情を見せた。
次の瞬間にはまたもとのお子様な表情に戻っていたけど。



[523] Re[28]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/15 20:55
 ≪シロ≫
 先生と朝の散歩。
今日は三浦半島まで足を伸ばしてついでに朝市で新鮮な魚を買ったでござる。
拙者は魚より肉の方が好きでござるので葉山牛を買ってもらったでござる。
タマモには帰りがけに鎌倉まで足を伸ばして有名な豆腐屋の油揚げを買って帰ったので問題ないでござろう。
正直狐とは性が合わないでござるが、拙者の方が新参者でござるし年上でござるから拙者の方が少し引いて接するべきなのでござろう。
性格は不一致でござるが、そうそう悪い奴でもないようでござるし同じ群れの一員としてリーダーである先生に迷惑かけぬよう仲良くするでござるよ。
魚は小鳩殿の家と美衣殿の家におすそ分けに行ったらとても喜ばれたでござる。
明日は銚子のほうの朝市に足を延ばしてみるでござるかな。
 
それにしても先生は凄いでござるよ。
人間なのに拙者の散歩に普通についてこれるのでござるから。
                   ・
                   ・
 拙者とタマモが集められたでござる。
拙者達の前には年老いた犬が葉山牛のステーキを食べているでござる。
 
「横島、その犬は何なの?」
 
「世界最高のG・S犬、マーロウだ。美智恵さんの伝でタマモとシロの特別講師として来て貰った」
 
犬っころが拙者の講師でござるか!
 
「先生! 拙者は先生に教えを請いたいでござる。それに犬なんかより狼のほうがずっと……」
 
「俺じゃあ動物特有の霊力の使い方を教えることはできないからな。それと、お前は馬鹿にするが世界最強の動物はいろいろな括りで考えられる。人間、ライオン、象、白熊そして訓練された犬も間違いなくその一つだ。犬は高度な訓練を行える数少ない生き物の一つだからな」
 
「狼が犬より劣るというんでござるか!」
 
いくらなんでもその侮辱はゆるせんでござる。
 
「生物として劣る、勝るなんていう発想そのものがおかしいといっている。仮にそれがあったとすればそれは生きている種と滅びた種くらいのものだ」
 
「……でも、霊的なポテンシャルに限ればただの犬より私やシロの方が上のはずよ……あぁ、そういうことね」
 
タマモが独りで納得したようなことを言うでござる。
 
「どういう意味でござるか?」
 
「少しは自分で考えなさい」
 
むぅ、ここはひとつ、歳上としての威厳を見せるでござるよ。
……駄目でござる。拙者は考えるのには向いてござらんよ。
 
「……さっきの横島の言葉の裏の意味。犬は高度な訓練が施せるから世界最強なのよ? 野生の狼や狐なら本能が邪魔してそれができないかもしれないけど、理性も持ち合わせている私やアンタならパワーポテンシャルの差をそのまま力の上下関係として示せるってこと」
 
「現段階では戦闘能力はともかく技術、経験、霊能の扱い方すべてにおいてマーロウの方が上だ。その部分を学んで欲しい。さて、訓練のお題はかくれんぼだ。俺が逃げるからマーロウと協力して俺の居場所を探し出すこと。範囲は東京二十三区内。それでははじめ」
 
先生がビー玉のようなもの、文珠というらしいでござるが、それを光らせるとものすごい速さで窓から飛び出して行ったでござる。
拙者の目でも残像を追うのが精一杯でござった。
 
「……あの横島とか言う人間、何もんだ?」
 
マーロウがイヌ科の言葉でこちらに尋ねてきたでござる。
 
「先生は先生でござるよ?」
 
「馬鹿! そんなこと聞きたいわけないじゃないの」
 
「馬鹿じゃないもん!」
 
「あの人間の魂から血の匂いがするんだわ」
 
血の匂いでござるか……先生も武士でござるからあるいは殺めていたりもするかも知れんでござるが。
 
「それもとんでもない数のな。俺の鼻が麻痺するくらいだ、万単位じゃ足りないだろうさ」
 
そんな馬鹿な! 先生からそんなに血の匂いがするわけないでござろう。
 
「いい加減なこと言うんじゃないでござるよ! だいたい匂いでそこまでわかるわけないでござろう」
 
「そういきり立つな狼のお嬢さん……まぁ、流石の俺でも匂いだけじゃあそこまで判断はできねえ。半分は勘だ。……だがただの勘じゃねえ。G・S犬の俺が生命の危険性をかぎわけるのに感じた勘だぜ? そういうときの直感を外すようじゃあ生き残れねえってのは半分野性のお前らならわかるだろうが? 俺の勘はそっちの狐のお嬢さんの魂からも血のにおいを感じるんだがね。それもおそらく万単位の」
 
「……正解よ。私は金毛白面九尾の狐の転生体。私が望むと、望まざると関わらず私の周りで起きた虐殺の血の匂いを感じたのであればそれ位、二次的なものを含めればその十倍くらいの血のにおいはしているでしょう」
 
「すまねえ。……何れにせよ、俺の鼻が麻痺するくらいの血の匂いのする人間。普通じゃねえ。だいたい、まだ子供とはいえ神族に連なる血統をもつ大妖怪の血族であるお前ら以上のポテンシャルを秘めた人間がゴロゴロしているってだけでも異常なのに、その中でもあの横島という人間の力は完全に格が違う」
 
「そうね。半ば神と化していた太公望ですら横島には敵わなかったと思う」
 
「先生は凄いんでござるよ」
 
拙者の台詞にマーロウとタマモが頭をおさえたでござる。
 
「……まぁ、下手に勘ぐるよりはマシなのかもしれないけど少しは思考というプロセスをはさみなさいよ」
 
「まぁ、俺自身即刻命の危険を感じる相手じゃあないが、本能だけで動いていたらただの狼とさしてかわらねえぜ?」
 
酷いでござるよ二人とも。
 
「……さて、ソロソロ奴さんも隠れ終わったころだろう。それじゃあかくれんぼを始めようじゃないか」
 
狩は狼のお家芸でござる。犬にも狐にも負けないでござるよ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪タマモ≫
 横島。結構えげつないわ。
横島の匂いをたどろうとすればあちこちから横島の匂いがするし、変なところに迷い込めば致死性ではないものの罠が仕掛けられていてこちらの進行を妨げてきた。
簡易式神を相手に私は狐火、シロは霊波刀を使いすぎて霊力が空になりかけている。
マーロウだけがまだまだ元気だ。
これはマーロウが何もしていなかったからじゃあない。
マーロウのペース配分が私たちよりうまかったということ。
 
「よう。大丈夫か? 殺す気はなかったみたいだが並み程度の妖怪と同レベルの奴との連戦だ。結構応えたろ?」
 
「拙者は大丈夫でござるよ!」
 
あんたずっと前衛やってたんだからそんなわけないでしょ!
 
「強がりも結構。気が萎えるよりは何ぼかましだし、追い詰められたときはそれも十分力になりえる。だが、自己分析だけはしっかりやっとけ。そっちの狐のお嬢さんも狼のお嬢さんのフォローで狐火を大分つかったろ?」
 
「そうなんでござるか?」
 
この辺も経験の差ということか。
 
「そんなことよりも今は横島を見つけることが先決でしょう?」
 
「そうだな。いい感じに霊力が空っぽになったとこだしもう一度匂いをたどって見ようや」
 
「駄目でござるよ。ここまで先生の匂いが充満していたら探そうにも。……霊気の匂いをたどるにもやっぱり二十三区内に散らばりすぎていてわからないでござる」
 
「馬鹿! 俺たちの霊能力は人間のそれとは違う。本能に基づいて力を発揮するんだ。てめえの霊能力が空に近づけば近づくほど生存本能が働いて他の霊力にゃあ敏感になってるはずだ」
 
言われてシロと二人でどうにか匂いをたどろうとする。
 
「……こっちでござる! こちらの霊力の方がほんの少しだけ新しいでござるよ!」
 
私にはわからない。
狩人としてはやっぱり狼にはかなわないか。
 
シロの案内で迷うことなく捜索を続けた。
だが。
 
「……駄目でござる。ここで一度霊力が途切れてしまっているでござるよ。すぐ近くまで来ていたという自信はあったんでござるが」
 
本当に消えている。
しかも場所はスタート地点のすぐ傍か。
 
「……なるほどね。狐と狼の師匠は狸ということか」
 
マーロウは察しがついたということ?
……すぐ近くまで来ているのに横島の匂いも霊力も感じない。
かくれんぼという訓練の性質上文珠なんかで完全に隠蔽するような手段はマダ使わないはず……。
そういうことか!
 
「こっちよ!」
 
シロを先導するつもりで先に進む。
目的地はスタート地点。
つまりは横島の事務所。
 
「……おかえり。意外に早かったな」
 
はたして横島は事務所の椅子に腰掛け事務仕事をしていた。
 
「やっぱりね。ここなら横島の匂いも霊力もしみこみすぎて、横島が中に隠れていても見つからないかもしれないって思ったけど」
 
「孫子の兵法の応用でな。いずれにしても合格だ。マーロウもお疲れ様」
 
マーロウは床に寝そべり大欠伸をしてそれに返した。
 
『たいした古だぬきだよ。このかくれんぼだけで基本的な霊力の使い方は全部見せる羽目になったんだからな』
 
イヌ科特有の言語でそうこぼしたマーロウ。
 
『狼のお嬢さんは追跡に、狐のお嬢さんは直感に優れている。半人前も二人揃えば俺以上の働きができるだろうさ。この古だぬきにもそう伝えてやれ』
 
シロが本当に一字一句変えずに横島に伝える。
本当に馬鹿犬なんだから。
今日は疲れたわ本当に。
 
十数分後、おキヌちゃん、小鳩ちゃん、魔鈴さん合作の肉料理、油揚げ料理が振舞われた。
……これって私たちが横島の予想以上に遅れて発見した場合は折角の料理が冷めてたってこと?
マーロウじゃないけど狸だわ。ほんと。



[523] Re[29]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/17 20:54
 ≪令子≫
 「つまり、私の護衛のためにわざわざ人界に降りてきたって言うの?」
 
「その通りだ美神令子。私も理由は詳しく教えられてはいないが魔族の中にお前を殺そうとする勢力の存在が確認された。ことを表立たせるわけにもいかないし、人界留学中の私とジークがお前の護衛を命令されたわけだ。デタントの存在がある以上人界で魔族と神族が表立って抗争するわけにはいかないから小竜姫達は妙神山にいるがな」
 
ワルキューレがこともなげに言う。
 
「期限はこちらで人界に紛れ込んだことが確認された三鬼を倒すまでに限られますがよろしくお願いします」
 
礼儀正しく接するジーク。
でもちょっと待て。
 
「それって私限定なわけ? ママやヒノメは関係なしに」
 
「その通りです。連中は時間移動能力者を危険視してお前達を探していたのではなく、時間移動能力者を手がかりにあなた、美神令子を探していたというのが我々情報部が得た結論です。実際問題あなたの存在が連中のリストにのって以来、魔族は時間逆行者探しをやめていました」
 
「南部グループの一件でプロフェッサー・ヌルと令子ちゃんが遭遇して以来だろう? 確かにアレ以降、監視も襲撃もなくなっていた」
 
「その通りだ。実際問題時間移動能力というのは高位の魔族にとってはさほど恐ろしい能力ではないからな。私程度の魔族であれば殺すことも可能だろうが、上級以上の魔族。例えばリリシア姫のような魔族であれば世界意思の修正が働くだろうし、これほどに大規模な反逆行動が取れるほどの相手であれば時間の復元能力が絶対に殺させはしない。時間移動能力は世界の、時間の流れを阻害しない程度のことしか変えられないのだ。まぁ、それでも十分に厄介な能力といえるかもしれんがな」
 
なんか複雑。
ママとヒノメがこれ以上狙われなくてもいいという事に安心する反面、巻き込んでしまったという負い目をかんじる。
 
「……でも、何で令子なワケ? 確かに優秀な霊能力者ではあるし、時間逆行能力者が特殊かつ、厄介な能力かもしれないけどそれだったら冥子や雪之丞、忠にぃの方が狙われてもおかしくないはずよ」
 
「そのことは魔界、神界で共に現在調査中だ。我々は軍人であるから軍務機密を教えてやることはできないが……神界になら口の軽い情報官がいるかもな」
 
これは……任務に忠実な軍人、ワルキューレとしては破格の厚遇なのだろう。
 
「……まぁ、人間界にもぐりこめる魔力量の持ち主はリリシア姫が、武闘派としては私や小竜姫、ゼクウ辺りが最高位に当たる。まぁ、斉天大聖老師のような例外中の例外もいないではないが。恐らくこの三鬼は私と同レベルを上限と見てかまわんだろう。相性の問題も残るが私とジーク、横島、ゼクウ、五月、ジルと揃っていれば負ける可能性は極端に低い。慢心せぬ程度に安心してもいい」
 
そりゃあ横島さんが護衛に回ってくれるのは心のそこから安心できるけど……。
 
「……いやよ!」
 
あぁ、言い切っちゃった。
ワルキューレが微妙に眼が点になってる。
 
「私は美神令子よ! いつまでも守られっぱなしじゃいられないの。私の命を狙う相手がいるというのなら自分の力でねじ伏せて見せるわ!」
 
「……美神令子、それはあまりにも危険だ。現実問題としてお前に私が倒せるとでも思うのか?」
 
「……ワルキューレ……令子ちゃんが決めたことだ。俺たちが口を挟むべきことじゃない」
 
「横島。お前はむざむざ美神令子を見殺しにする気か!」
 
「……令子ちゃんも戦士なんだよ。令子ちゃんは殺させはしない。でも、令子ちゃんが自分で立ち向かうと言っている以上はその意思を無碍にするのではなく、何とかしてかなえる方法を見つけるのが……先生としての俺の役目だ」
 
横島さん……ありがとう。
 
「……何か手はあるのだろうな?」
 
「即効でできる案としては一つしか思い当たらないがね」
 
横島さんは机から書類を取り出すとそこになにやら書きつけはじめる。
 
「……令子ちゃん。もし、自分の意思で戦い抜くという気があるのであれば、これを使うといい」
 
それは契約書だった。
妙神山の修業コースの中でも最も過酷なウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修業コース。
かつて横島さんが斉天大聖老師と死闘を繰り広げたあの修業の。
そういえばこの事務所は妙神山の東京出張所を兼ねていたんだっけ。
 
「知っての通り危険を伴う方法だが、今の状態でワルキューレクラスの魔族と渡り合うよりは多少は安全なはずだ」
 
「お兄ちゃん~。冥子にもそれ頂戴~」
 
冥子がいきなりそんなことを言ってきた。
 
「ちょ、ちょっと冥子。あんた自分が何を言っているのかわかってるの!」
 
「わかってないのは令子、あんたよ! そういうわけだから忠にぃ、私にもお願いね」
 
「あ、後二枚追加頼むわ」
 
「お願いしますジャー」
 
「了解だ」
 
あっさりと四枚の契約書を作る横島さん。
 
「横島さん!」
 
「魔族と戦うより、命がけの修業より令子ちゃんの窮地に何もできなくなることの方が怖かったんだろうよ。……誇って良いと思うぞ? 本当に危険の前に身をさらせる友人なんて希少種を持ってることを」
 
「ふむ。戦友という奴だな。そうであれば大事にするのだな」
 
ホント、みんな馬鹿なんだから。
 
「さて、最早鬼門の試しは必要ないはずだし修業が長いか短いかは霊力の柔軟性にもよるが恐らくは長くとも十分くらいで済む。門を開くから行って来るといい。最も、あまり時間をかけているようでは三鬼とも倒してしまうがな」
 
私たちはそのまま横島さんが作った門を通って妙神山へと赴く。
横島さんの隣に立てるためにもね。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ワルキューレ≫
 「正直、足手まといではないのか?」
 
「現段階をもってすれば間違いないね。かろうじて雪之丞が合格ライン、冥子ちゃんが補欠合格ってとこかな? だが時間もないことだしな」
 
「どういうことです?」
 
「先方がこれだけ直接的な手段を講じてきたということは最早相手の戦略は最終段階まで達した、もしくは手段を選んでられない状況にまで追い詰められたかのどちらかである可能性が高いだろう? 俺は戦略が最終段階に至ったと踏んでいる。まぁ勘でしかないがな。その場合必然的に令子ちゃんはその中心にいるし、他の連中もかかわりあいを持つことになるだろうさ。ならこのタイミングで強くなった方が結果的に危険は少ないと判断したし、あの子たちはワルキューレが思っている以上に強いよ。ある意味俺以上にね」
 
「そこまで言うのならこちらも相応に対応しよう。……私も彼らのことを戦士と認めていないわけではないからな」
 
人間を戦士と認める。
神代の時代以来のことだな。
それもこれもこの不思議な男のお陰なのだが。
 
「それで、三鬼についての情報はどれくらいあるんだ?」
 
「恥ずかしながらあまり情報が集まっていないんですよ。かなり巧妙に潜伏したらしく」
 
横島が突然入り口の方を見やる。
程なくして入り口のドアが開いて巫女服を着た鬼、五月が巨漢の男を引きずって入ってきた。
あの男は!
 
「おい、外でこちらの様子を伺っていた魔族を見つけたぞ! とりあえず殺さない程度にボコってひきずってきたが」
 
「こいつは魔界の指名手配犯、グラシャラボラス!」
 
ジークの言うとおりだ。
筋肉質な身体に皮のジャケットだけを羽織、サングラスで目を隠したこの魔族は武闘派で知られる魔界の指名手配犯。
私が戦えば苦戦せずに倒せるかもしれんが、確実に中級の実力を持つ魔族のはずだ。
そして恐らく人間界に紛れ込んだ三鬼のうちの一鬼。
 
「とりあえずで気絶するまで殴るなよ」
 
横島が困ったような笑顔をすると五月は顔を真っ赤にしてあせったように釈明をする。
 
「し、しかしだな。明らかにこの男は悪者顔だぞ! それにかなり怪しい様子で事務所の様子を伺おうとしていたし。そう、現場の判断と言うやつだ! 事件は現場で起きているんだ!」
 
……こういうことを私が思うのは変なのかもしれないが、可愛い。
いや、やってることは全然可愛くないはずなのに。
だって引きずるために握っていた脚を離さずに手をワタワタさせているものだからグラシャラボラスが凄いことに……。
 
「いや、実際お手柄だったよ。情報が少なくて相手の出方を待つしかなかったんだがお陰でこちらから攻勢をかけることができるよ」
 
「フ、フン。だったら最初から素直にそういえばいいものを」
 
「し、しかし良く無傷で倒せましたね。グラシャラボラスも中級魔族なのですが」
 
「こいつがお前らや親父と同格なのか? 悪い冗談だな。確かにパワーだけはあったがそれだけだったぞ?」
 
いや、そのパワーが魔族としても規格外だからなのだが。
 
「……合気か?」
 
「あぁ。この手のパワー馬鹿をいなすのには便利だからな」
 
「合気?」
 
初めて聞く名だ。
 
「ん? この国独特の武術体系の一派だ。まぁ、元をただせば大陸系なのかもしれんがな。相手の勢いや力を利用して攻撃に、あるいは関節技などに移行する技術の集大成の一つの形だな。今の世ではせいぜい護身術程度にしか考えられないことのほうが多いが、五月くらいの達人が使えば相手の攻撃以上の破壊力で返すこともできるだろうよ」
 
そういう技術もあるのか。
北欧系はどちらかと言うとパワーや武器に頼る傾向があったからな。
 
横島が尋問するために【醒】の文珠を作り出す。
が、いきなりその文珠の文字が【縛】に変わった。
 
グラシャラボラスの身体が爆ぜる。
中から現れたのはベルゼブル。
 
しかしそれも束の間横島の文珠によって束縛されてしまった。
 
「ググッ何だこれは! 畜生、放しやがれ!」
 
「こちらの聞きたい情報を正直に話してくれれば解放してやっても良いぞ? グラシャラボラスはお前が殺してしまったからな」
 
「ケッ! 誰が人間なんかの言うことを聞くか! あばよ」
 
ベルゼブルはあっさりと周囲を巻き込んで自爆をしてのけた。
最も、それは横島の文珠のお陰でこちらに被害は及ばなかったが。
 
「二鬼倒れたが三鬼目の情報も親玉の情報も判らずじまいか。こういう時は決まって相手が厄介なんだよな」
 
横島除霊事務所。相変わらず凄い手並みというか……。
確実に人間界最強の戦力が揃っているな。
後は一鬼。
任せきりというわけにはいかないな。



[523] Re[30]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/18 13:35
 ≪小竜姫≫
 「やれやれ、横島に東京出張所をやらせたのは間違いじゃったかのう? 老人をコキ使いおって」
 
そのわりには嬉しそうですね、老師。
 
「長い妙神山の歴史の中でも極最近まで誰一人挑むことのかなわなかった老師の修業を一気に五人が受けようというんですからね」
 
「全く。何を焦っているのやら」
 
「それでヒャクメ、何かわかったの?」
 
「わからないのね~。少なくとも表面上は美神さんに特筆する何かがあるわけではないのね~」
 
「ふむ……あるいは前世に何かあるのかも知れんな」
 
「前世、ですか?」
 
「うむ。和平推進派の魔族はワルキューレのこともありオーディン殿がかなり協力的に行動してくれているが、全ての情報をこちらにまわしてくれる訳ではないからな。独自に調べてみるのもいいのかも知れぬ、白龍の奴にでも相談してみてはどうだ?」
 
それも良いかもしれません。
 
「それに今まで中立を保っていた、というより一切興味を向けてこなかった魔王リリスもデタント推進派に推移しつつあるという話なのね~。反対派はかなり焦っているかもなのね~」
 
あの享楽的、もとい興味本位、もとい我が侭、……自由奔放な魔王リリスがですか? にわかには信じられませんが本当であったら朗報なのでしょうね。
 
「ところで老師、さっきから美神さんたち目を覚まさないんですけど大丈夫なんですか?」
 
「ん? 最後の方で雪之丞があんまりいい動きを見せたもんでの。……手加減を間違えてしもうた」
 
しもうたって……老師が手加減間違えたら私でも消滅しかねないのですが。
 
「……なに、命に別状はないよ」
 
老師、そういえばさっき持っていた文珠は何に使ったんですか?
エミさんの文珠の首飾りからひとつ抜け落ちているようですが。
 
老師がゴホンと咳払いをしてジト目の私とヒャクメから視線を逸らす。
 
「まぁ、五人揃って潜在能力にも目覚めたのだから問題あるまい。うむ。ないぞ」
 
いや、確かに命の危険を伴う修業ではあるのですが。
 
美神さんたちが目覚め始めて自分が得た能力について説明が終わったところでヒャクメが警戒をとばした。
 
「魔族がこちらにやってくるのね~。それもかなり強力な」
 
「もう来ちゃったのか。できればこの能力に慣れてからにして欲しかったんだけどね」
 
「ンな悠長なことを言ってたら師匠が全部かたつけちまうって」
 
あいも変わらず本当に楽しそうに戦場に赴こうとする雪之丞さん。
 
「私たちは余ほどのことがない限り人間界で魔族と戦闘を行うわけには参りません。ここは横島さんやワルキューレたちを待った方が」
 
「それじゃあ死ぬ思いしてここに修行をしに来た意味がないワケ」
 
「それじゃあ行って来ますね~」
 
「わっしも頑張りますケン」
 
教え子の成長を見守るのも師の役目……ですよね。
やはり横島さんたちを呼び寄せましょう。
                   ・
                   ・
 「へぇ。ターゲットの方からわざわざ表に出てくれるとは思わなかったよ」
 
憎げなる稚児の姿をしたソレが馬鹿にしたような態度で、こいつが魔族なのでしょう。
そいつが周りを見渡して、
 
「全員人間か。たかが人間が数をそろえたところで何ができるって言うんだい?」
 
「そのたかが人間を殺すためにわざわざ魔界くんだりから出てくる魔族くらいなら相手にできるわよ?」
 
うまい……のだろう。
あいにくこの手の手段は未だ苦手なのだがそれでも人間を見下している魔族への挑発としては十分な返し……だと思う。
駄目ですね。自分の苦手分野とはいえこの程度しか理解できないというのは。
 
少し自己嫌悪に陥っている間に口火が切られてしまったようだ。
 
「はじめたみたいだな」
 
「はい。横島さんは不安じゃないんですか?」
 
音も立てずに私の横まで来ていた。
まぁ、気配は感じていたから驚いたりはしないですけど。
 
「不安ですよ。今すぐ飛び出してあの魔族を引き裂いてやりたいくらい……でもそれをやったらいけないんですよね? 師としては」
 
あぁ、やっぱり横島さんも弱いんだ。そして強い。
 
「ワルキューレたちは周辺の警戒をしてくれないか? ベルゼブルがあっさり自爆したのが気になる。それとあの魔族は皆に任せて欲しい」
 
ベルゼブル。
蠅の王まで出張ってきていたのですね。
だとすればあの魔族も恐らくそれと同レベル。
つまりは私とほぼ同じランクにあることになる。
 
「了解した。だが、私の任務は美神令子の護衛だ。危ないと思ったらわって入るからな」 
 
「あぁ。その時は俺もわって入る……だから俺たちがいることは極力悟られないようにしてくれ。安心は慢心を呼ぶからな」
 
「わかりました。横島さんも先走りませんように」
 
ジークの言葉に横島さんが苦笑する。
よくよく見れば塀の手摺が握り締められすぎて変形していた。
やってることは怖いが何かほほえましい。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 デミアン。
俺の知る限りでアシュタロス陣営の尖兵の中では上位の能力の持ち主。
最も、アシュタロスほどの魔神の陣営としては元から所属している魔族が少ない。
前回もアモンのような存在はいなかった。
いたのはルシオラたちのようなアシュタロスに創られた者と、メドーサや菅原道真のような純粋な魔族でないもの。
そして人間で言う金で動きそうな連中ばかりだった。
裏切りを恐れてなのか? 古くからの部下を道連れにするのは忍びなかったのか?
アシュタロスならぬ俺には想像つかないがデミアンが令子ちゃんたちにとって強敵なのは間違いない。
戦闘能力ももちろんだが本体をいかに見つけるか? それがこの戦いを左右する。
 
初撃は雪之丞。
数は多いが何の変哲もない霊波砲を放つ。
距離が離れているうちに相手の能力を測ろうとしているのだろう。故に魔装術はまだ展開していない。
 
「子供にいきなりそんなものを撃つなんて、酷い奴だな。ま、無駄なことだけど」
 
いいんだよ。全く効果がないことを確認できただけでも。
ほら、冥子ちゃんがクビラを呼び出したし、エミとタイガーが何かしらか用意しはじめている。
 
「うおぉおおぉ!」
 
雪之丞がつっかけた。
デミアンは爬虫類型の頭を作り出して迎撃しようとするが即座に魔装術を身に纏った雪之丞は空中に飛び上がりかわすとそのまま急降下して頭を首の部分からへし折った。
 
「甘いんだよ」
 
雪乃丞の背後に生まれた子供の姿から強力な魔力砲で撃ち抜く。
そのつもりだったのだろうが。
 
「にゃろう!」
 
デミアンの予想を超えて雪之丞はピンピンしていた。
予想通り収束率を上げ、極意に届いた魔装術の堅牢な装甲と、意識的に張ったのであろうサイキック・ソーサーで背中をカバーしたお陰だ。
予想以上の攻撃力だったらどうすんだと突っ込みいれたいところだがその辺はガマン。
現にデミアンの思惑を挫いて隙ができた。
雪之丞の役割は囮。
相手の注意をひいて、攻撃を一身に受けて他の仲間のサポートをする。
そしてデミアンの注意がよそに向いたら魔族も殲滅しうる攻撃を飛ばす。
恐らくデミアンも囮と気がついているはずだが無視もできない一番厄介なタイプの囮だ。
 
「グルアオォオオォ!」
 
え? タイガーまでつっこんだ?
あの霊気の張り、あれはシロそっくり。
タイガーが雪之丞に気をとられていたデミアンにその爪をたてる。
引き裂かれるデミアン。
張子の虎の威力ではないぞ!?
 
「タイガーさんは老師との修業で古い血を自ら呼び戻しました。大陸における百獣の王、能力においても、神性においても人狼に勝るとも劣らない虎人としての力を」
 
人間離れした能力、容姿をしているからこそ人間であることに拘っていたタイガーがそれを抑えて古い血脈の力を求めたか。
お人よしのタイガーらしいな。
ん?
 
「小竜姫さま。もしかしてあの状態でも精神感応は?」
 
「もちろん使えますよ。それも以前より強力になって」
 
デミアンがタイガーに魔力砲を放つがタイガーが避けなくとも当たらない。
その隙をついた雪乃丞の攻撃にあせってタイガーから視線をそらした瞬間、タイガーが信じられないくらい馬鹿でかい剣、刃渡りだけで3mを超える大剣を作り出して振りかぶる。
 
斬った!
切れていない。
しかしデミアンはひるんでいる様子。
 
「金気に属する虎の特性か、金属だけは本物とたがわない幻覚を作り出せるようになったんですよ」
 
不足だった攻撃力を補って余りある虎人の能力と強化された幻術。
厄介に育ったものだな。
あれなら剣で斬って死ぬ相手なら幻覚に殺される。
 
雪之丞とタイガー。かつての親友の思いのほかの成長に目を見張ったが、驚きはそれだけですまなかった。



[523] Re[31]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/18 20:11
 ≪デミアン≫
 なんなんだこいつらは。
私の攻撃を喰らってもビクともしない人間に、こちらの攻撃が勝手に外れる人間だと? ふざけるのも大概にしろ!
 
「こっちも忘れてもらっちゃ困るワケ」
 
黒い人形がこちらに向かって飛んでくる。
式か使い魔か。
 
「そんなものを私が喰らうか!」
 
腕の一振りでその人形を破壊する。
が。
人型に触れたその箇所から肉が腐り落ちてくる。
 
「呪殺人形。触れたその先から呪いが蝕むワケ。本当はこの手の呪いはもう使いたくないけどあんたらは特別よ!」
 
まずい。
魔力で進行は遅らせているがこれは致死の呪い。魔族の私にすら届くほどの。
本体が汚染される前に肉の方を切り離す。
 
「なぜだ!? たかが人間の女ひとり殺すだけなのに何故こんなにもこの私が手間取っている!?」
 
「横島所霊事務所に手を出したのが運のつきってね」
 
ターゲットの女が鞭を構えてこちらに来る。
せめてこの女だけでも!
 
「雪之丞!」
 
「おう」
 
前後から強力な電流が私を襲う。
いかん。
これでは本体にダメージが及んでしまう。
仕方ない。
目立たぬように本体を分離しながら移動する。
屈辱だ。
この私が人間ごときに。
 
本体のほうに目をやった時に信じられないものを見た。
 
一番遠くで隠れていた人間がいつの間にか私の本体の前に移動していて、異様な大きさの岩を持ち上げしっかりと私の本体を見ていた。
 
「ヤメロォオオオ!」
 
「えい~」
 
岩は狙いたがわず私の本体を破……か……
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 デミアンは令子ちゃんたちに滅ぼされた。
……強くなったなぁ。
 
「エミのあれは呪いそのものを式の媒介にしてあるのかな?」
 
「はい。普通の式のように動かせますが、物理的接触をした瞬間に呪いが効果を及ぼします。あの人型にはエミさんの呪いと呪術アイテムがそっくりそのまま練りこまれていますし、直接相手に送り込むことができますから普通に呪いをとばすよりも数段強力です。効果は見てのとおり」
 
とはいえ目に見えている分効果を及ぼすだけなら無駄か?
いや。普通の式神か何かと誤解してくれれば攻撃を受けさせることができる。
ようは使い方次第。
 
「令子ちゃんのあれは電力を自分の霊力に変換したのかな?」
 
「同時に霊力を電力に変換もしているんですよ」
 
デミアンを通してくる雪之丞が放った電撃を自分の霊力に変えて、自分の霊力とまとめて電撃として再利用したわけか。
ひとたまりもないな。
これで以前美智恵さんが見せた空母まるごと霊力生成装置という戦法が令子ちゃんにも使えるようになったわけか。
だが、最後の冥子ちゃんのあれは?
いや、想像つくんだが想像したくないというか……。
 
「冥子さんは自分の影の中にいる式神の力を自分の肉体を通して顕現できるようになったんですよ。まぁ、肉体的な限界を霊力で補うのも限界がありますからもとの式神ほどの力は出ませんけどこれで冥子さんが無防備になる可能性は大分少なくなりました。余程式神達との親和性が高いのですね」
 
いや、まぁそうなんですけど。
……空飛ぶ冥子ちゃん。火をはく冥子ちゃん。放電する冥子ちゃん。100km/hくらいで走る冥子ちゃん。果ては悪霊を口から吸い込む冥子ちゃん。想像したくはないな。
眠りに誘う冥子ちゃんだけは容易に想像できるけど。
今回はクビラを表に出して霊視。本体が表に出たあとはメキラのテレポートとビカラの怪力を体内で発動させてケリをつけたわけか。
 
「まぁそれは余芸というか、本当は十二神将の融合というのが本来得た能力なんですが冥子さんがそれを使うのを嫌がったんです」
 
まぁ、冥子ちゃんなら嫌がるか。
 
ん?
 
「お邪魔虫が来たみたいだな。ユリン、手伝ってきてあげて。ドラウプニール! ドヴェルガー!」
 
お邪魔虫のことはワルキューレ達に任せて頑張った教え子達を迎えてやらないとな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ワルキューレ≫
 ベルゼブル。
しょうこりもなくクローンを、それも大量に送ってきおって!
 
「どけ! ワルキューレ。あのクソ生意気な人間を引き裂いてやる」
 
「貴様ごときじゃできんよ。それに貴様はここで朽ちる」
 
魔界に戻ったら早急に奴の本体を抑える必要があるな。
 
「ホザケ!」
 
とはいえこの数、スピードは厄介か。
こちらも縮小、分裂で対抗するが奴と違って長くは持たないし、最高速度、旋回能力共に奴のほうが上か。
ワルキューレ・リーダーが奴に殺される前にポイントに導ければいいのだが。
 
「クワ~!」
 
「何だこいつらは!」
 
ユリンか。
個々の能力では流石に劣るが今回みたいな時はユリンの数の力は頼りになる。
 
かなり一方的にこちらの数を減らされながらベルゼブルは敗走する私たちを一塊になって追いかけてきた。
 
チェックメイト!
 
「グフッ!」
 
地中から突き出された剣によってベルゼブル・クローンたちがことごとく貫かれた。
そして地中から姿を現すジーク。
 
「ご苦労だったな。ジークフリード少尉」
 
「はっ! 大尉」
 
「以上でミッションは終了。楽にしていい」
 
弟と軍人として接するのに苛立ちを感じる。
間違いなく横島達の影響だろうな。
 
「僕がファブニールを殺したときと同じ戦法だったからね。最も、蠅の体液なんか浴びたくはないけど」
 
私に対して軽口を叩けるか。
軍人としては問題ありだが……家族としては嬉しくあるな。
閣下……父上が私に敬語を使わせないようにするのもこういうことなのかもしれん。
いずれにせよ、今回のミッションは成功だ。
ジークを労い、ユリンに礼を言うと軍に報告をするために戦士達の集う妙神山へと飛んでいった。



[523] Re[32]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/23 20:45
 ≪横島≫
 「……と、いうわけで武戦闘派魔族たちが何故美神さんを狙うのかということを調査するために神界の上層部の命を受けて私が調査をしに来たのね~」
 
……来たか。
この件に関してはいろいろ考えたが制約が多すぎて二進も三進もいかなかった。
正直、出たとこ勝負な感がある。
 
「それで、老師のアドバイスもあって美神さんの前世を見せてもらいたいのね~」
 
「……しょうがないわね。正直気が進まないけどここまで皆を巻き込んじゃってるし。チャッチャと済ませちゃってね」
 
「OKなのね~」
 
例の鞄で令子ちゃんの前世を調べるヒャクメ。
その顔が曇る。
今回も、見えなかったのだろうか?
 
「美神さん。申し訳ないけどこの前世の記憶は皆に見てもらった方が良いと思うのね~」
 
え?
 
「……いいわ。見せてもらいましょう」
 
ヒャクメが鞄を使って見せた映像は俺が過去に実体験したものとそっくり同じだった。
俺とヒャクメがそこにいないことを除けば。
 
「つまり、私の前世が魔族で、そのとき偶然現れた時間移動能力を持つ私そっくりの女が現れたせいで命を狙われる羽目になった。そのために魔神アシュタロスのもつ魂の加工物質である結晶を自分の魂に取り込んだせいで、それを取り戻そうとするアシュタロスに命を狙われている。……音声がなかったけど概ねそういうことだったのね?」
 
「そうなのね~。ついでに言えば美神さんの前世、メフィストの傍にいた陰陽師は横島さんと西条さんの前世みたいなのね~」
 
それを聞くと令子ちゃんの顔に赤みがさす。
 
その後、皆はアシュタロスとも戦う決意を見せその場は終わった。
それはいい。
しかしこの過去の改変はなんなんだろうか?
キーやんやサっちゃんの差し金か?
 
……一度確かめた方がいいのかもしれないな。
他の面子が仕事に出払ってた後、愛子を残して一人部屋に戻ると文珠の複数同時展開。
かつて未来から来た俺のように文珠による時間逆行を行う。
それにしても何故、今回に限ってヒャクメは令子ちゃんの記憶を探れたのであろうか?
                   ・
                   ・
 平安京。
四神相応という強力すぎる結界と、それゆえに内部からの腐敗が外で浄化されることとなく魔都化した都市。
現代では南の鴨池が存在しないために、西の山陰道、山陽道等、大宰府へと続く道より東の東京、大阪に続く道の気が強いためにその結界は良い意味で崩れ去っているがこのころはまだ結界も陰気も全盛。以前は気がつかなかったが、度々はやり病や飢饉が襲うのもこれでは当然なのだろう。
同様に厳しい結界を張り巡らせた都市に江戸=東京が存在するが、あそこには悪霊、死霊の王である将門公が存在し、丑寅の方角では寛永寺、浅草寺のラインの他にも東叡山(上野公園にある小山だが、天海上人の言霊により、東の比叡山=東叡山とされた)上野東照宮(日光東照宮の他にもあちこちに家康を奉る東照宮は存在する。元々は浅草東照宮が消失したために建立されたもの。また、東照大権現=東から世界を見守る仏=薬師如来という変換説もある)などで厳しい結界が張られているだけでなく、吉原の遊女が陰気を外に流しだすという役目を担っていたために(娼婦と宗教の結びつきは世界各国で見られる。日本最古の商売と言われるものは娼婦であったというし、それは歩き巫女が行っていた)陰気がこもることも少なく、京都ほどに災害に見舞われることはなかった。
簡単に言えばそこかしこに餓鬼をはじめとした低級の妖怪や悪霊、死霊、怨霊が存在しているのだ。
 
「ユリン、メフィスト達を探してきてくれ」
 
ここでのミスは絶対後々まで響く。
とにかく慎重に行動しなければ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪高島≫
 言葉は最も初歩的な呪。
命名こそ最も簡単で最も強力な術式。
天皇は天照大神から連なる神の家系にして現人神。
俺たちからすれば常識。
でもそんなものは嘘っぱちだと思う。
言葉が力を持つのなら、命名が術式だというのなら、そしてソレを発したモノが現人神たる天皇であるのなら。
どうしてこの平安京にその力を発しない!?
 
物心ついたときは羅生門の外れに仲間である孤児と共に暮らしていた。
どうして俺が孤児になったかはわからない。
戦かもしれん。飢饉かもしれん。流行り病かもしれん。
盗賊に切り伏せられたか、魑魅魍魎にとって食われたか、あるいは生活苦から捨てたのか?
俺が孤児になった理由なぞ、思い当たりすぎてどれかはわからぬ。
それほどまでに平安京の都を少しはなれた場所では俺達のような子供が多かった。
いや、これは少し違うな。
俺たちほどまで育つ前に、もっと大多数のようにのたれ死ぬか、人買いに連れ去られる可能性のほうが高いか。
俺は運が良い。
盗みを行いながらどうにかその日を食いつないでいた。
正確な歳がわからぬが、おれが12,3になったころだろう。
そのころには仲間の孤児の顔ぶれは以前と全く変わっていた。
餓死した奴。病死した奴。盗みに失敗して殺された奴。人買いに攫われた奴。仲間割れをして殺された奴。
俺たちが死ぬ理由なぞ、掃いて捨てるほどにある。
それでも俺は生きていて、孤児達の頭目に納まっていた。
俺は運が良い。
だがそれも、俺達の住処が百鬼夜行の道行きにぶつかってしまって全滅することで終焉を迎えた。
一番大きかった俺が一番遠くまで逃げることができた。
百鬼夜行が仲間の孤児を殺すことを楽しんでいる間に夜明けが来て俺は助かった。
俺一人だけが生き残った。
俺は運が良い。
そして百鬼夜行に行き逢って、生きながらえた俺は不思議な力に目覚めた。
今ならわかる。百鬼夜行の陰気が俺の中の陰陽の平行を崩し、ずらした事で気が発露できるようになった。
そしてそれを義父、下級貴族の高島小木に見つけられて陰陽師としての道を歩むようになった。
公家は元々、氏神を奉り、血筋を強めることで都の霊的守護を纏める役目。
故に血縁というものは絶対で、そこに庶民が入っていける道理はない。
たった一つの例外、陰陽寮を除いて。
陰陽寮は唯一、庶民が宮廷で成り上がる可能性がある場所。
俺のような突如として力に目覚めたものを受け入れ、その力が強ければ公家の血縁の中に入れてもらえる、更に力が強ければ初代になれる可能性が少ないながら存在するからだ。
だがその可能性は限りなく低い。
陰陽寮には下級貴族の子や相続権を持たない二子以降の子らが多く所属している。
下級貴族の子、相続できぬ子にとっても陰陽寮は成り上がりの唯一の機会。
突如として目覚めた力よりも、血の統制を行っている彼らの方が総じて力は強い可能性が高い。
だが、養父は俺が一端の陰陽師となったころにコロリと病で死んでしまった。
本物の家族も続けざまに死に、俺だけが残された。
血縁を伝う呪いをかけられていたらしい。
故に血縁を持たぬ俺だけが生き残り、俺は高島氏を継ぎ貴族の末席に名を連ねられた。
俺は運が良い。
突如として力を手に入れたわりに、俺の力は強かった。
陰陽宗家、加茂氏の中にも俺以上に力を持ったものは当主くらいしかいなかったし、それ以外の家でも一人しか思い当たらない。
陰陽寮では珍しい上流貴族の西郷氏の嫡子。
ソリはあわないが何かと腐れ縁でその力は認めている。
俺が持たぬものをみな持っている男とも。
俺が持たぬもの。
家柄、血筋、美貌、金、そして愛情。
俺は愛したことなどない。
愛されたこともない。
利用し、利用されることが俺の人間関係のすべて。
寒い。
平安と術式をうたれたこの都に住んでいながら、心に平安なぞ訪れぬ。
心が寒い。
なればその埋め合わせに、せめて身体だけでも温もりを求めただけのこと。
それがどれほど悪いというのだ。
そしてその心が欲するままに、藤原氏縁の娘に手を出して捕まり死罪を言い渡された。
だがそれも、メフィストとかいう妖が乱入したことで逃げ出すことができた。
その後、わけのわからぬことが続くが今度もきっと何とかなるだろう。
俺は運が良いのだから。



[523] Re[33]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/06/24 00:17
 ≪横島≫
 ……何故だ?
何故ここに令子ちゃんが存在している?
 
ユリンに探しにいかせたらまず見つけたのはここには来ていないはずの令子ちゃんだった。
おかしい。
もし、天文学的な確立の末に偶然この場所に来たとしても今回、令子ちゃんがこの場所にとどまる理由はないはず。
俺が持たせている文珠で雷を起こせるはずだし、もし仮に帰りのイメージを正確にできないのだとすればもう少し慌てているはずだ。
自分の意思で来たにしたら令子ちゃんしか来ていないのもおかしい。
俺なら最低でも雪之丞はつけるはず。
そもそも、今回はわざわざ時間移動能力まで使って前世の自分にあう理由はないはずだ。
不審に思い物影に隠れながら監視をする。
 
『心見、わかるか?』
 
『そう急くな、横島。……あの魂、美神令子のものに相違ない。……いや、まてよ?』
 
『どうした?』
 
『いや、あの美神令子の背中に傷跡のようなものがあるのだ。いや、文字か? C、アルファベットのCと書かれている。……それにポケットの中に文珠とエクトプラズム粘土を忍ばせてあるな。……文珠には【模】と刻まれておるぞ?』
 
C? エクトプラズム粘土? 【模】の文珠?
 
……そういうことか!
 
俺はいったんこの場所を離れる。
ダレにも見咎められぬ場所へと。
 
「兄者、どうしたのだ?」
 
心見が人の形をとり、その口調がいつものそれに戻る。
 
「出て来い! そこにいるんだろう?」
 
はたして、俺の言葉に反応して人影がそこに現れた。
 
「安心したよ。まぁ、これだけヒントをちりばめていて理解できないというのならその正気を疑うがね」
 
第一声がいやみだ。
よっぽど俺が憎らしいのだな。
まぁ、俺も大嫌いだが。
 
「ご苦労なことだな。どれだけ他人の人生を弄べば気が済む!」
 
「自分も同じ事をやるのだろう?……効率が良いからな」
 
ク……。
 
「とっとと己のやる事をやってとっととくたばれ!」
 
「己のなすべきこともなさずに死ぬようなら俺がくびり殺してやる!」
 
不毛だな。
向こうもそう思ったのだろう。矛先も殺気もおさめる。
 
「……失敗するなよ」
 
「あぁ。ここで失敗するわけにはいかないからな」
 
俺は再び文珠を精製すると出発地点より大分前、南部グループとの事件直後の現代に戻る準備をする。
別れの言葉もなく、俺は俺とわかれた。
                   ・
                   ・
 現代に戻った俺はすぐさまカオスの研究室の向かう。
 
「どうしたのだ?」
 
「頼みがある。エクトプラズムで人形を作り加工をしてもらいたいんだ」
 
「いきなりだな。理由を言ってみろ」
 
俺はカオスに事情を説明した。
 
「なるほどな。確かに霊視をする場合は表面はあまり見ない。人間を相手にして材質が炭素であるか、それとも他の何かであるかまで気にするものは存在しない。有効かも知れんな。まぁ、やるからには徹底的に迷彩をするから半年後くらいにとりに来るといい」
 
……カオスが何か研究していると思ったら、まさか俺からの依頼だったとはな。
カオスにも迷惑をかけっぱなしか。
 
「だが、入れ物はともかく中身はどうするのだ? 無論培養する気なのだろうが、人間ではちょっとちぎって持ってくるなどというまねはできまい?」
 
「それについてもあてはある。培養の用意だけしておいてくれ……すまんな、ヌルの真似事なんかさせてしまって」
 
「まぁ正直あまり愉快ではないが、致し方なかろう。私が作ったオリジナルよりも、奴が作った生産物の方が今回に限っては有効だろうからな」
 
カオスと別れると今度は再び平安京へと移動を重ねる。
前回の移動よりもほんの数日だが早めに。
                   ・
                   ・
 生まれたての魔族には知識はあっても経験がない。
だから魔族ということに胡坐をかいて己の気を消すという行為を疎かにしやすい。
まぁ、何が言いたいのかといえば俺の腕の中に生まれたばかりの魔族が気を失ったかたちであるが存在しているということだ。
拉致同然、と、言うよりそのものなのだがどうしても必要な事項なのでここは我慢してもらおう。
今の段階なら彼女が失踪したとしてもそれを気に留めるものは少なかろう。
奴の手ごまはこの娘だけではないからな。
 
そのまま文珠で再び現代のカオスのとこまで戻り、魂をわずかに切り離すと文珠に【時/間】【移/動】【5/0】【0/年】【未/来】と、【模/倣】【持/続】【美/神】【令/子】という文字を込めて埋め込みを頼む。
平安時代の段階、究極の魔体もコスモプロセッサも存在しない今ならば……。
そういう考えも頭をよぎったが神・魔界のチャンネルを閉じたあの時とは違い、今のアシュタロスは魔界に帰ることも可能なのでそれをされると俺では追う方法がない。
あっても今度は魔界正規軍まで相手にしなければならないしな。
第一、確実にアシュタロスが倒せるとは限らない。
戦闘向けではないとはいえ、あのクラスの魔族では七種の霊波刀と文珠を併用すれば攻撃は届くかもしれないが、最初の一撃で倒せなければ脆弱な人間の肉体しか持たない俺ではどんどん不利になる。
攻撃にしたって届きはすれ、一撃必殺なんかはとても望めない。
老師との模擬戦で、そういうことは嫌というほど理解させられているからな。
第一、ここでアシュタロスを倒せてしまったら、俺の目的が達成させられない。
俺はもう一度、あの究極の魔体と相対しなければならないのだから。
同じ理由で文珠に込める文字を一万年とかにもできない。
 
……そしてカオスに後を任せて出来上がりの簡易(ここまでやるとあながち簡易でもないが)式神を受け取りに更に時間移動。

そして彼女、魔族メフィストをもといた場所に戻すと【忘】の文珠で記憶を消した。
 
肉体をエクトプラズムで作り上げ、その中に必要な文珠を内側に埋め込んで文珠の力で令子ちゃんの分身を作り上げる。
必要な魂は同じ魂の持ち主で、魂の切り離しが可能であるメフィストの魂を切り離し、南部グループとヌルが行ったようにそれを培養させて必要な分だけ作り、人工魂の製作者であるカオスが調整と迷彩を行う。
何かしらかの事故の理由にならないために混ざり気のない(魂の結晶を吸収していない)魂を利用している。
生まれたばかりの魂の方がその放つ力も強かろうしな。
最初から疑ってかかるのであるならともかく、そうでなければヒャクメでもオカルト的視覚でこれを見破るのは難しいだろう。(材質を調べられてしまえば即座にばれてしまうのだが)
これが、俺がヒャクメの映像で見たことの真実だったわけだ。
 
あとは、彼女から遠く離れた位置から隠れてことの成り行きを見守れば良い。



[523] Re[34]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/07/15 00:39
≪横島≫
 正直今回の一件は制限が多すぎて身動きが取れなかった。
最低限の前提条件は魂の結晶が奪われたアシュタロスを令子ちゃん(もしくはそれに極めて似た存在に)の能力で約500年後の未来に時間移動させなくてはならない。
これができなければ歴史の大筋は完璧に変わってしまう。
 
その次に、最低条件を満たした上で俺たちの実力を見せてはいけない。
前回の時はアシュタロスが人間をなめていてくれたおかげもあって対処のしようもあったが、アシュタロスが人間に対して対策をうってきてはこちらが不利すぎる。
 
最後に、令子ちゃんたちに俺が持っている情報を教えるわけには行かない。
これは今後、俺の身動きがとり難くなってしまうからだ。
平安京に来てしまえば今でさえおそらく不審に思われているだろうに、それが決定的になってしまう。
よって、ヒャクメにこちらに来てもらうわけにもいかない。
 
これらの条件を極力満たさなければならない上に、メフィストや菅原道真、アシュタロスの行動によってイベントが進行してしまうので誘導ができない。できるだけ俺の知る歴史にのっとった場面を作るということくらいしか俺にできることはないのだ。
 
そして生まれた筋書きは複雑なものなのだが正直これ以外の方法は見つからなかった。
メフィストを拉致して魂を少量切り離し、それを培養して擬似的な令子ちゃんの魂を作り出す。
それをカオス特製の簡易式神の中に封じ込めた。
時間移動能力は文珠を埋め込むことで代用し、さらには文珠を使って本物の令子ちゃんと見分けがつかないように、思考パターンが令子ちゃんに倣う様にしてやる。
こうして作り上げたのが道真に対する疑似餌としての式神令子ちゃんだ。
彼女に俺の記憶にある美神さんと同じ行動をとらせることによって歴史の流れが大きく逸脱しないように、さらには突発的なアクシデントに対処するために俺自身が平安京に残ることで完璧には程遠いものの(カオスの迷彩はかなりのものだがアシュタロスクラスのものでは見分けられないとも限らない。また、材質を調べられると一発で人間でないことがわかってしまう)なるべく俺の想定内にことが運ぶようにしてやる。
そこから先は臨機応変に対応してやるしかないか。
幸い、平安京は四神の結界が張られている上に魑魅魍魎が跋扈する魔都であるためにユリンを放っても以津摩天(イツマデ)なんかが空を舞っているのでそれに紛れて式神令子ちゃんの監視をさせられた。
そのお陰で遠くから目立たぬように道真がちょっかいをかけてくるのを待つことができる。
……そう、俺はここでは目立たぬほうが吉。
それなのだが……。
 
「……仕方ないか。見捨てるわけにもいかないしな」
 
手を伸ばせば助けられるのに手を伸ばさないのは俺が殺したのと同じこと。
たとえ吉でなくとも不正解とは限らないしな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪???≫
 何ということだ。帝より勅命を賜ったというにこのようなところで百鬼夜行に行き逢ってしまうとは。
道中病に倒れぬように手配した薬師如来の守り札を握り締めながら神仏の加護を願うがもはや死は免れないだろう。
現に侍従は私の目の前で鬼たちに食われてしまっている。
なりひら君絶体絶命大危険!
辞世の歌でも捻ろうかというときにそいつはやって来た。
 
「ゼクウ! 俺とユリンで対処するからその男の護衛を頼む」
 
「承知いたしました」
 
突然東より男が現れるやその影から無数の鴉と馬面の化け物が陰から飛び出し、驚いたことに鬼たちを退け始めたではないか。
馬面の男はこちらにやってくるや私を背後に守るように鬼たちに立ちはだかった。
 
「某の名は是空。これでも天竜八部が一部として名を連ねる緊那羅族が一柱。主の命にて必ずやお守り申し上げるゆえ安心して我が主に任せられるがよろしかろう」
 
何と!
仏尊の一柱であったか。
突如わいた幸運に感謝しつつ是空様の主と申された男のほうを見れば手に光を放つ剣を持ち次々と鬼たちを切り伏せていた。
見た目人のように見えるがこの方も御仏なのだろうか?
男はいつの間にか十二の獣の姿をした鬼を残すだけでほかの鬼たちを切り伏せていた。
 
男はその十二の鬼を斬らず、十二枚の札をとりだすとその中に封じ込めていた。
 
状況が落ち着いたのを見計らって私はその男に跪き礼を言ったが男は意外なことを言った。
 
「いや、ゼクウは確かに緊那羅だけど俺は人間ですからそのような態度は結構です。……身なりから察するに位の高い貴族なのでしょう?」
 
「なんと! 人の身で御仏を従者とするとは!? 役行者の生まれ変わりか!?」
 
「そういうのではありませんよ。俺は横島忠夫といいます」
 
横島殿は逆に私に礼をもって接してきたのでそれを押しとどめた。
例え横島殿が賎なる者でも命の恩人にはかわりないのだから。
 
「私は在原業平と申す」
 
「在原……桓武帝の血をひく大貴族ですね。歌人としても高名な」
 
知っているか。なれば少なからず教養のある身分のものに違いあるまい。
 
「フ……そうは言っても今の世は藤原の世。かつての大貴族であった大伴氏も今はもう……。先帝の信任厚かった菅原氏も先日大宰府の地で亡くなってしまった」
 
「……」
 
「いや、湿った話はよそう。それよりその十二枚の札は?」
 
「あれらの鬼は百鬼の中でも比較的温厚で人を殺さずとも生きていけるようでしたので良い式神になってくれるでしょう。いずれ彼らを従える術者がいてくれることを願って札に封じ込めました。どこかの寺にでも保管を頼むことにしますよ」
 
何と慈悲深い。
先ほどは否定しておられたがこの方はやはり御仏の使いかも知れぬ。
そうでなければこれほどの術者が名も知られておらぬわけがない。
東より現れたことといい、私の持っていた札といい、この方は薬師如来の御使いか化身やも知れぬ。
 
「それであれば私がその札を預かりましょう。親しきものに仏道に入ったものがおりますゆえ」
 
「それでは頼みます」
 
薬師如来の御使いから十二の獣の鬼を賜るか。何と恐れ多いことか。
うむ。これも御仏の巡り合わせ。
帝よりの勅命を果たすために横島殿の助力を頼もうか。
 
「横島殿。折り入って頼みごとがある。私と一緒に坂東の地に赴いてはもらえまいか?」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 さて、思いもかけぬ状況になったな。
在原業平が鬼に襲われ坂東の地に行く。時期や内容は微妙に異なるがまさかこれが伊勢物語の東くだりか? まさか俺でも知っているような有名人に会うとは思わなかったし、まさか見ず知らずの俺に旅の道連れを頼むとは思わなかった。ましてや業平を襲っていた百鬼夜行に六道家の十二神将達が混ざっていたなんて思いつくはずもない。殺すわけにもいかないのでとりあえず捕獲してしまったけどこれでよかったんだろうか? ……まぁ、六道家が安倍晴明の流れをくむと言うことだから初代様が生まれるのはもう少し未来の話しだし何とかなるのか?
 
「実は私は帝の勅命を受けてとあるものを……いや、信頼から真実を申せば帝と恋仲に会った月の神の使い。なよ竹のかぐや姫より帝が賜った不老不死の薬を皇祖神、此花咲耶比女が住まう霊山にて焚き上げるという役目を仰せつかったのですが、道行の護衛が百鬼夜行に食われてしまいました。この先もまたいかなる危険があるやも知れませぬ。かくなる上は道中の護衛に御仏すら従える横島殿に頼みたいと思うのです。御仏すら従える方ならよもや悪心を持つものではありますまい。いや、これこそまさに御仏の巡り合わせ」
 
あぁ、御伽草子の舞台もこのころか。
しかしまた随分と面倒なことになったな。
とにかく頭の中を整理しよう。
まず、俺の目的は変わらない。
つまりここで業平についていくことがマイナスとなるかプラスとなるか……か。
マイナス面は……直接俺が乗り出すのは最後の手段だし監視はユリンや心見に任せることができるからいざというときに助けに入るためにおきる(必ず文珠で【転/移】をしなければならないがために起こる)タイムラグと、歴史の流れに関わって歴史を変えてしまうかもしれないこと。
プラス面は平安の地で当座自分の居場所を確保できること。
……こうして考えればマイナス面のほうが若干上か。
とはいえ直接関係ないとはいえ不老不死の薬が誰かの手に渡ってしまえばそれはそれで歴史に大きな変化をもたらしてしまいそうだし。
 
「マスター、この際同行してはいかがですかな?」
 
不意にゼクウがそう提案して来た。
 
「ゼクウ?」
 
「この地にはアシュタロスがみえています。かの魔神とマスターが同じ京の地にあっては例えマスターが隠れていても何らかの理由で見つかってしまうやも知れませぬ。今回のように助けられる人間を見捨てられる方ではありませんからな。この地にあってそれを見られることのほうが危険性は高いかと」
 
グ……。
痛いところをついてくる。
確かに俺の目的だけを考えれば今回も在原業平を見捨てるべきだった。
だけど俺にはそれもできそうもないし、魑魅魍魎溢れる平安京では今回限りという可能性は低いか。
そして霊力を発露してはアシュタロスの関心を引く可能性も高い……。
 
とりあえず、伊勢物語の登場人物名に横島忠夫の名が残らぬことを祈り、(主人公といわれる業平の名も出てこない以上大丈夫かと思うが)俺と擬人化したゼクウが業平の護衛として坂東の地に赴くことになった。
ユリンと心見を京の地に残し。



[523] Re[35]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/07/22 00:45
 ≪横島≫
 業平を友と呼べるようになるのにさして時間はかからなかった。
さすがは平安を代表するプレイボーイ。たいした人たらしというところか?
 
京の都では前回とほぼ同じ様な(式神令子ちゃんが未来に変えることはなかったが)展開になりアシュタロ

スが未来へと送られ、高島が死んだ。
今回は京から離れた地にいたためか高島が俺の元にくることはなかった。
ただ、それでも俺の魂が高島だったころの記憶とでも言うのだろうか?
高島の死と同時に奇妙な思いと幸福感が俺を包み込む。
曰く、
 
「温かいな。これが俺の求めていた温もりというものなのか? 最後にこんないい女に出会い、愛せたんだ

。やはり俺は運がいい」
 
奇妙な嫉妬感を覚えた。
いや、羨ましかったのかもしれない。
業平の見ていないところで今日の都に戻り、心見とユリンを呼び戻し、道真公の怨霊には悪いが消えてもら

った。
いずれにせよ俺が平安時代にとどまる理由はもうなく、いまはただ業平を無事に富士山に送り届けるためだ

けにこの時代にとどまっている。
 
「かきつばた きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」
 
有名な歌が業平からとび出す。
妻、か……俺にとって妻といえば……結局俺は彼女を幸せにしてやることはできなかったな。
 
「忠夫……泣いているのか?」
 
業平に言われてはじめて気がつく。
高島の記憶に引っ張られたのかもしれない。
 
「……なるほど。名手の歌にこめられた言霊は鬼神をもなかしむると言われることはある」
 
「忠夫がそこまで感じ入ってくれるとは思わなかったよ。京に残してきた女性でもいるのか?」
 
「いや。……いないんだ。そういう業平こそいるんじゃないのか?」
 
業平は指折り数え始める。
……とりあえず十の指では足りないようだ。
流石は平安屈指のプレイボーイというところか?
 
「ところで、何でここにとどまっているんだ?」
 
「うむ。京で募った侍は百鬼夜行に殺されてしまったのでな。いくら忠夫と是空殿が護衛してくれていると

はいえ帝からの勅命なら万全を喫する必要がある。だが、これ以上京で侍を募っては目立ってしまうだろう

? 不老不死の妙薬を手に入れるためなら帝の勅命すら反する愚か者もでんとも限らん。そこで私と同じ桓

武帝の血をひく者が下総の地で鎮守府将軍をしている。その者に目立たぬように手勢を送ってもらうことに

したのさ。早馬で文を届けたのだが待ち合わせの場所がここでな」
 
正直必要はないと思うが侍がいなければ不死山(不死の山)が富士山(武士の富める山)にならないことだ

しな。
 
「しかしなぜ帝は不老不死の妙薬を燃やしてしまうといわれたのだろうな? それさえあれば朝廷も安泰だ

ろうに」
 
「素直にとるならなよ竹の姫のいない世界で不老不死を得るむなしさを理解したから。下種の勘繰りをする

なら帝の権力を今以上にするため……かな?」
 
「なぜだ? 帝が生きておられればそれこそ安泰であろう?」
 
「それをやるには藤原氏の権力が強すぎる。自分一代が不老不死を得ても子が成人すれば帝の座をいずれ子

々孫々に譲らぬわけにはいくまい? それをせねば藤原氏がどんな権謀術数を使って帝を追い落とすことか

想像つくだろう?」
 
「帝の子を立て今の帝に対して反旗を翻しかねんか」
 
「そういうことだ。業平も古事記や日本書紀の内容は知っているだろう?」
 
「当然知っているが」
 
「天孫邇邇芸命は大山津見神の娘、木花佐久夜毘売と石長比売と結婚したが、石長比売の醜さに一日で返し

てしまった。故に現人神である帝の権勢は花のように咲き誇るが岩のような長き時を生きることはかなわな

くなったという。……これから向かう霊峰は木花佐久夜毘売の住まう土地だぞ?」
 
「なるほど。花が長き時を生きるようになれば帝もまた、と、いうことか」

「時に花の散ることもあろうが木が生きていれば花もまた咲くだろう。なかなかどうして、大した呪だよ」
 
藤原氏、平氏、源氏、足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏、進駐軍。
権力を奪われ、いつ絶えてもおかしくはなかった血筋は俺の世界にもいきづいているのは案外この呪のせい

かもな。
                   ・
                   ・
 目的の人物が現れたのはそれより三日後だった。
侍の集団を率いた男が子供を抱いて前に出てきた。
 
「待たせたな。業平殿」
 
「おぉ、良持殿、良くぞ参られた。まさか自ら来ていただけるとはおもわなんだ」
 
「目立たぬように、という事であったゆえ昨年生まれた小次郎を伊勢に詣でる振りをしてきたので少し遅く

なってしまった。その方が文に書いてあった?」
 
「民間陰陽師をしております横島忠夫と申します」
 
「文によれば御仏の使いとか?」
 
「まさか。確かに是空は御仏の一柱ですが俺自身はただの巫覡にすぎませぬ」
 
「横島様を主として使えさせていただいているもので緊那羅族が一柱で是空と申します」
 
こちらが頭を下げると大慌てで頭を上げさせた。
俺はともかく是空に頭を下げさせるわけにはいかないとおもったのだろう。
……しかし縁というものは不思議なものだな。
平良持の子、小次郎。
長じて相馬小次郎将門。一般的には平将門。
まさか将門公とこんな場所でこんな形で出会うことになるとはおもわなかった。
公はまだよくわかっていないのかこちらをキョトンと見つめている。
 
その後の道中はあっけないくらい安全だった。
野盗もこれだけ侍が集えば襲ってもこないし、ゼクウがいれば魑魅魍魎のほうから逃げていく。
事件はいざ、富士山の山頂で不死の薬を燃やそうとしたときに起きた。
一陣の風が吹き、不死の薬が少しはなれたところで一人座っていた将門公、小次郎君に少量かかってしまっ

た。
慌てふためく大人たちを鎮めて霊視を試みる。
 
「……幸い吸い込んではいないようだな。多少の影響は残るかもしれないが、おそらく不老不死になったり

はしないだろう」
 
だが、満遍なく薬が体にかかっている。もしこの薬がジークフリードの竜の血のようなものであれば……将

門記によれば将門公は身の丈七尺、五体悉く鉄の不死身であったがこめかみだけが生身であったために俵藤

太に射殺されるという伝説がある。
 
……何れにせよこれ以上俺がかかわっていいことではないか。
麓まで戻ると俺は業平に別れを告げた。
 
「業平、俺はここで別れるとするよ」
 
「……わかった。惜しいが引き止めはすまい。お前と旅ができて本当にうれしかったよ」
 
「俺もだ」
 
「わするなよ ほどは雲ゐに なりぬとも そらゆく月の 巡りあふまで」
 
立ち去る俺に業平はそう歌を残してくれた。
わすれるなよ。身は天上の人となったとしても、空を行く月のように巡って再会するまで。
再会を願った歌だがもう業平と会うこともあるまい。
 
皆から見えなくなったところで現代へと戻る。
……僅かな期間とはいえ友だったものと別れるのはつらいものだな。
もし俺が業平と出会わなかった前の世界ではいったいどういうことが起こって歴史が作られたのかこればか

りはもはや調べようがない。
それともう一つ気になっていたことがあったので冥華さんに頼んで六道家の縁起を見せてもらった。
 
安倍晴明よりさらに時代が下ったころ、一人の童女が薬師如来の化身が残した十二の獣を従えた。
童女は薬師如来から取られた十二神将の名を持つ獣を従えると在原氏の強い庇護を受け陰陽博士の安倍家に

特別に教えを乞うことが許された。後に在原家の子と婚姻をし、六道家を興す。
 
……業平。俺たちはまた巡り合っているのかもしれないな。



[523] Re[36]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/07/28 15:10
 ≪ヒノメ≫
3がつ2か はれ 
きょうはみいママのおねがいでにいにのところにおつかいにいきました。
わんわんとこんこんといっしょにいきました。
にいにはやさしいからだいすきです。
 
「それじゃあヒノメちゃん、気をつけていってらっしゃい」
 
「は~い」
 
みいママはひぃのもう一人のママです。
みいママはネコさんで、ケイにぃもネコさんです。
だからひぃのナップサックもネコさんです。
 
「いってきまーす」
 
「……大丈夫かしら? 暴走しないといいんだけど」
                   ・
                   ・
 にぃにのおうちは歩いて10分くらいとみなが言ってます。
ひぃがあるくと30分くらいだとみいママが言ってました。
わんわんはひぃの周りをクルクル嬉しそうに走り回ってます。
でも、ひぃがわんわんと呼ぶと悲しそうにクーンとないてしまいます。
こんこんはひぃが道に迷いそうになるとひぃの服を引っ張って教えてくれます。
こんこんは頭がいいです。
 
「あ、あの……」
 
誰かに声をかけられたので振り返ったら誰もいませんでした。
とっても不思議です。
 
途中で時々大きな音がします。
町はにぎやかです。
 
何回か休憩をして、にぃにのおうちに着きました。
少し疲れました。
わんわんもこんこんも疲れたみたいです。
でも、にぃににお届け物をしなくてはいけないのでもう一がんばりです。
 
「ユウちゃ~ん。い~れ~て~!」
 
ひぃが声をかけるとおうちから声がします。
 
「ようこそ、ヒノメさん。なかへどうぞ」
 
ユウちゃんはにぃにがすんでいるおうちなんだそうです。
よくわかんないけどすごいです。
 
ユウちゃんに中に入れてもらったのでにぃにのところまでもうすぐです。
にぃにのところまで走っていきます。
 
ドアを開けるとにぃにがこちらを向いて微笑んでます。
ひぃは嬉しくなってにぃにの元に駆け寄ります。
ひぃを抱きとめお膝に抱えてくれるにぃに。
 
「ひぃがおっきくなったらにぃにをお婿さんにしてあげるね」
 
「……お嫁さんになるんじゃないんだ。流石は美智恵さんの娘だな」
 
にぃにはなんでか大きな汗をかいていました。
にぃには優しいから大好きです。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪乃丞≫
 はぁ~。何でこんなこと引き受けちまったんだろうな。
どんな化けもん相手にしても怖いと思ったこたぁねえが……。
 
「何で今日に限ってこんなに雑霊が多いのよ!」
 
「文句を言うより先に手を動かしなさい! 雪乃丞君も目立たないように早急に対処して!」
 
怖えよ、この二人。
                   ・
                   ・
 「ちょ、ちょっと待ってよママ。ヒノメはまだ3歳よ! 初めてのお使いなんて早すぎやしない?」
 
「ヒノメも美神家の女よ。強く、気高く、美しく、そしてタカビーにならなければいけないの。そのためには幼いころからしっかりと教育をしないとね。そのためにはママは鬼にも蛇にもなります!」
 
「……それで、何で俺が縛られてここにいるんだ?」
 
俺はあの時茶を飲んだら急に眠気が襲ってきて(おそらくは睡眠薬)気がついたら縛られて足元に転がされていた。
 
「……もちろん、ヒノメの安全には十分気をつけるわ。当日は私もヒノメのあとをつけるし、シロちゃんとタマモちゃんにもついていってもらうわ。でも、万一ヒノメが誘拐されそうになったり、ペドフィリアの魔の手が忍び寄ってきたとしても立場上警察に通報するくらいしかできないのよ。オカルトGメンも成果を挙げているとはいえまだ完全に軌道に乗ったわけではないし、シロちゃんとタマモちゃんは妖怪だから極力人間に害を与えないほうがいいわ」
 
「それと俺のこの状態とどんな因果関係があるっていうんだ?」
 
不意に振り返るとゴトリと重い音がして、俺の足元まで拳銃が転がってきた。
 
「……若者の感情に任せた暴走って最近じゃあよくある話よね?」
 
おい! ちょっと待て。
 
「大丈夫よ雪乃丞、安心して」
 
ミカ姉……。
 
「あなたは未成年だもの。罪はまだ軽いわ。それに保釈金だってすぐに支払ってあげるし最高の弁護士も用意してあげるから」
 
まずい。
ヒノメ可愛さにミカ姉まで壊れてる。
っていうかそれで済む問題か!?
 
結局、あまりにもこの二人に不安を覚えた俺は協力をすることにした。
 
……それが間違いだった。
                   ・
                   ・
 極短い距離だが俺たちのほかにもヒノメをつけまわす男がいた。
その男がヒノメに声をかけた瞬間隣で懐に手を伸ばす気配を感じ大慌てで魔装術を展開するとその男を拉致って路地裏に隠れた。
 
「……あなた、うちのヒノメに何をする気だったのかしら?」
 
「人の妹に手を出してただで済ませようって気じゃないでしょうね」
 
素人にその殺気はまずいって。
 
「ま、待ってくれ。俺はあんな小さい子が一人で歩いているからてっきり迷子かと思って声をかけようとしただけだ。文学と映画が好きな好青年でやましい気持ちなんてこれっぽっちもない!」
 
「……ねぇ、ちなみに好きな作家と映画を教えてくれない?」
 
「え? ……作家なら谷崎潤一郎とか、ルイス=キャロルとかジェームズ=バリーとか。映画だったらロリータとかレオンとか……」
 
「失せろ本物!」
 
ミカ姉の手加減のまったくない蹴りが男の顎に炸裂して男は昏倒した。
どうやら今のチョイスには何か重大な問題があったらしい。
 
その後もなぜか雑霊の小霊団やら何やらがヒノメにちょっかいを出そうとしているがそのたびにシロとタマモが必死に追い払っていた。
 
少しでもヒノメが傷ついたら命はない。
 
そんな予感を二匹の獣は本能で感じ取ったのかもしれない。
流石にそこまではこの二人もやらねえと思うが……多分。
 
そして追い払われた霊団は二人のストレス発散の標的とされた。
……もういやだ。
                   ・
                   ・
 「雪乃丞もシロもタマモも大分疲れているようだな?」
 
疲れたヒノメが眠るとミカ姉たちはヒノメを
 
「ヒノメ偉いわ~! それにもう可愛すぎ。流石ママの娘よ!」
 
「ちょっとママ! 私にも抱かせてよ!」
 
と、大騒ぎしながらヒノメを抱いて帰っていった。
誇らしそうにヒノメを撫でるその姿は微笑ましくもあるのだが……。
 
「……師匠、俺は別にヒノメの子守はそれほどいやじゃない。……だけどあの二人の子守だけはもう二度と勘弁」
 
「拙者もでござるよ」
 
「親ばかと姉馬鹿の相手はもううんざりよ」
 
「はははは」
 
師匠のむなしいから笑いだけが事務所内に響いた。
本当、もう勘弁してくれよ。
                   ・
                   ・

谷崎潤一郎 痴人の愛の著者
ルイス=キャロル 不思議の国のアリス、鏡の国のアリスの著者
ジェームズ=バリー ピーターパンの著者
なお、私に登場した作品およびそのファンを馬鹿にしたりする意図はまったくありません。



[523] Re[37]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/12 01:20
 ≪雪之丞≫
 何だ? 何なんだこの状況は?
それはなんてことない除霊のはずだった。
ただの地縛霊の除霊。
だがこの状況はどうだ?
 
「が、があぁぁああ!」
 
師匠が苦悶の声をあげうずくまる。
師匠の左肩から無数の穴の開いた霊波刀がのびる。
慟哭の声だ。
それが生まれ俺に対して振るわれる直前肩ごと師匠の右手、恐怖の腕に握りつぶされた。
師匠が握りつぶした。
 
「離れろ雪之丞!」
 
師匠の必死の声が俺に向けられた。
 
「畜生!」
 
俺は魔装術を展開すると師匠に駆け寄る。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「たかが地縛霊の除霊で何で俺と師匠がいっぺんに出張るんだ?」
 
「たかが地縛霊って、お前最近G・Sの仕事を誤解してるんじゃないのか? 基本的にG・Sの仕事なんて地縛霊相手にして何ぼだぞ?」
 
「いや、別に馬鹿にするわけでも侮るわけでもねえけど普段なら片方だけでいかねえか?」
 
「まぁそうなんだけど何となくな。感でしかないんだがお前を連れて行ったほうがいい気がしたんだ」
 
霊能力者はこういう感を大事にする。
結果を考えればあのときの感はまさに大正解だったということだ。
                   ・
                   ・
そもそもの依頼がBランクで、地元じゃ有名な幽霊屋敷ではあったが今までこの幽霊屋敷で殺されたものは誰もいなかったことと、居住区からかなり離れていたこと、さらには地主も遠く離れたところに住んでいたために長らく放置されていたのだが、このあたりにも開発の波が訪れ急遽除霊されることが決まったのだ。
しかしいざ除霊を始めてみるとこれがかなり強力な悪霊で何人ものG・Sが失敗の憂き目に会い、長く放置した手前オカルトGメンにも頼みづらかったらしく横島除霊事務所に依頼が来たというわけだ。
幸い怪我人こそ出たものの死者は出なかったらしくBランクにとどまってはいるが実際にはAランクの仕事なのかもしれない。
 
「どうした? 雪之丞」
 
この町に入ってから雪之丞の様子がおかしい。
 
「いや、なんかこの町に着てから落ち着かないって言うか……おかしな気分なんだ。なんか懐かしいようなそうでないような」
 
「昔この町に住んでたとか?」
 
「ママが死んでから白竜寺に流れ着くまで親父と転々としてたけどこの町に住んでいた記憶はねえよ」
 
そのときは何の気なしに聞いていたが。
 
除霊はきわめてオーソドックス。
俺がネクロマンサーの笛で周囲の霊を昇天させる間を雪之丞がガード。
いつもは一人でやっているのでユリンやゼクウにやってもらっているのだが雪之丞も立派にその役を果たしてくれた。
 
この家に潜む悪霊の親玉は美しい女性型の霊だった。
見た感じ強力ではあるがあまり邪悪な感じはしない。
しかし彼女にネクロマンサーの笛は通用しなかった。
大した執念だ。
 
「……坊や、坊やはどこなの? 私の可愛い……」
 
どうやら正気をなくしているようだ。
霊波刀を使えば手っ取り早くはあるのだが……嫌だな。
 
「完全に正気をなくしてるみたいだな。だが、邪悪な霊じゃないようだし俺が彼女の負の感情を引き受けるから雑霊が入ってこないようにしてくれ」
 
「わかった」
 
いつもの様に彼女の負の感情を俺が引き受ければいい。
その時はそう思った。
 
彼女から彼女の負の感情が流れ込んできた瞬間から俺は膝をついた。
その悲しみのあまりの大きさに。
その深さに。
俺は打ちのめされた。
体がおこりのように痙攣を起こしいうことを聞かなくなる。
俺の霊波刀に当てられた令子ちゃんたちのように。
まずい。
彼女の悲しみに呼応して俺の慟哭が暴走しかけている。
雪之丞に向かってそれが振るわれる前に無理やり恐怖の腕で俺の体ごと握りつぶした。
 
「離れろ雪之丞!」
 
俺が警告を発するが雪之丞は魔装術を展開してまっすぐこちらに向かってくる。
雪之丞らしいがまずい!
 
不意に圧力が収まった。
あれほど感じた悲しみの感情が消える。
これは驚き。そして喜び。
彼女は涙を流しながら雪之丞に近寄るとそのまま雪之上に抱きついた。
雪之丞はどうしていいかわからず呆然としている。
 
「雪之丞。ごめんね。おいて逝ったりしてごめんね」
 
呪詛のように詫び続ける彼女。
 
「……ま…ま?」
 
呆然としたままの雪之丞が無意識に呟いた。
それを聞いていよいよ雪之丞を強く抱きしめる彼女。
 
彼女の負の感情を自分のものにするために彼女とつながっていたから彼女の情報が俺に流れてくる。
 
「雪之丞。この町はお前が生まれた直後くらいまでお前が住んでいた場所らしい。彼女の名前は伊達小雪。お前のママだ」
 
俺はそれだけ告げると野暮なまねをしないようにその場を離れた。
雪之丞の頬が光っているのを見ないように。
                   ・
                   ・
 「大丈夫でしたか? マスター」
 
「かなり危なかったようだな、兄者」
 
「ゼクウ、それに心見。……どうやら俺は思い上がってたみたいだな」
 
「そうかも知れぬし、そうとは言い切れないかも知れぬ。だが誤解をしていたのは間違いないな」
 
「曖昧だが的確な表現だな、心見。……俺は負の感情に任せて一つの世界を滅ぼした。だからかな? いつの頃からか俺が一番悲しいとか、俺が一番苦しいとか、そんな風に思ってたのかもしれない。何しろ世界を滅ぼすほど悲しいとか苦しいとか悔しいとかそういう感情を持ったやつなんて話にも聞いたことがなかったからな。……でも違った。今日、小雪さんの悲しみを感じて思い知らされたよ。俺は偶々世界を滅ぼすほどの力を得たというだけで、みんな悲しくて、辛くて、苦しくて悔しくて……多分そういうことなんだろう」
 
「マスター、誤解していたとはいえ卑下することもありますまい? マスターは今なお苦しんでいるのですから。何より、マスターのその感情がずぬけているのは確かでしょう? 小雪殿は正気を失っていたのにマスターは正気でいられた」
 
「さぁどうかな? 俺はもともと狂っているだけかもしらんぞ?」
 
「兄者、そう卑下するのは兄者の悪い癖だ」
 
「すまん」
 
頭を下げる俺に二人は苦笑いで返した。
 
「しかしあれだな。以前将門公が恋する乙女は無敵と言っていたが、中々どうして。子を思う母親というものはあれで最強生物なんじゃないかと俺は思うね」
 
場を変えるための俺の冗談に二人は乗ってくれたが心見のさりげない一言がぐさりと俺の胸を刺す。
 
「いや、世界最強の生き物は自己否定、自己嫌悪、自己犠牲の三拍子そろった性質の悪い根暗男のことであろう」
 
……もしかしなくても俺のことか?
                   ・
                   ・
 それから十数分して雪之丞が出てきた。
目を真っ赤に腫らして、それでいてすっきりした表情で。
 
「ママが、逝ったよ。死んでからずっと俺を探してくれていたんだって」
 
「そうか」
 
「喜んでくれたよ。強くなった俺を見て。師匠を助けようとした俺を見て」
 
「そうか」
 
「師匠に……ありがとうって。……師匠がママの苦しみを引き受けてくれたからママは俺に気がつけたって。師匠。ありがとう……」
 
今一度泣き始める雪之丞。
涙を見せまいとしているのでそれに気がつかぬ振りをして言葉をつむぐ。
 
「小雪さんは……強くて綺麗な女性だったな」
 
「あぁ……俺の自慢のママだからな」
 
「……いつの世も男が女に勝てないわけだよ。女の子って言うだけであんなに強くなる(母になる)可能性を秘めているんだもの……雪之丞。お前も強くなれよ? 小雪さんに負けないくらい強く。どんな悲しみにも負けないくらい強く」
 
正気を失っても誰も殺されなかったのは小雪さんが最後の最後でブレーキをかけていたからに間違いない。
小雪さんの心は驚くくらい強かった。
そして、その心の強さの源は雪之丞を思う愛情だった。
 
「あぁ。……俺はママの子だからな」
 
うちのお袋、冥華さん、美智恵さん、美衣さん。
俺の周りにも強い母はいっぱいいる。
……近いうちに俺もエミを連れて会いに行こう。



[523] Re[38]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/05 22:18
≪小鳩≫
 今日もいい天気。
時間は5時30分。
何時もどおりの起床。
昨日は少し遅くまで勉強をしていたのでちょっぴり眠いです。
 
日課の掃き掃除を始めます。
これは管理人としてのお仕事です。
お母さんもすっかりよくなって今では管理人のお仕事も手分けをして行ってます。
私の担当は朝と夕方です。
 
「あら、小鳩ちゃん今日も早いのね」
 
「リリシアさんお早うございます」
 
私が朝一番に会うのは大概リリシアさんです。
と、いってもリリシアさんは朝早いんじゃなくて帰宅途中なのですけど。
リリシアさんのお店はお昼の2時開店。朝5時閉店なのだそうです。
 
「ねぇ、この間の話、考えてくれた?」
 
「え?……あの、やっぱり何度お誘いされても困ります」
 
「え~!? 小鳩ちゃんのスタイルと容姿、決め細やかな気配りさえあればすぐにでもうちの店のNo1になれるっていうのにもったいない。男を喜ばせる技術なら私が教えてあげるし卒業したら一緒にお店やりましょうよ」
 
私は顔を真っ赤にして俯きます。
そうするとリリシアさんは決まって嫣然とした微笑を浮かべてくれます。
 
「ごめんなさいね、無理強いをするつもりはないわ。でも、せっかくそれだけの武器に恵まれたんですもの。使わなければもったいないじゃない」
 
そういうとリリシアさんはお部屋に帰っていきます。
リリシアさんはすごくいい人(?)ですけど時々すごく困ります。
 
次に会うのは大概五月さんです。
 
「今日も早いな」
 
「五月さん、お早うございます」
 
「あぁ、ところで例の話は考えてくれたか?」
 
「あ、はい。神田明神での巫女さんの話ですよね?」
 
「あぁ。今年の正月にお前とキヌに来てもらったのに相当味をしめたらしいな。次はいつくるとうるさくてかなわん」
 
今年のお正月に五月さんに頼まれて神田明神の将門様の社で巫女さんのバイトをしました。
最も二人とも未成年なので朝の8時から夕方の5時までの間でしたけどものすごく忙しかったです。
五月さんは36時間連続で巫女さんをやっていたようですけど。
前金がわりと立派な宝船の絵をいただいたので今年のお正月にはそれを枕元に忍ばせて眠りました。
 
「お母さんも最近はずいぶんと調子がいいみたいなんで少しくらいなら」
 
「そうか。そうしてくれると親父も喜ぶ」
 
将門様には貧チャンの事でお世話になりましたから。
五月さんはそのまま横島さんのお宅に向かいます。
早朝トレーニングのためだそうです。
 
次に会うのは少し時間が空いてミーアさんです。
 
「おはようさん」
 
「おはようございます、ミーアさん」
 
ミーアさんは現在六道ケミカル、横島さんのお父さんが社長を勤めている会社の調査部門で働いています。
六道ケミカルは元々ミーアさんを捕らえていた会社が前身のようで複雑そうですが妖怪を受け入れてくれる会社はものすごく少ないので仕方がないそうです。
調査部門では主に野外での活動が多いそうなので高い体力は重宝されているみたいです。
横島さんのお父さんが社長なせいか、少しずつですがミーアさんも会社に溶け込めてきたそうです。
六道ケミカルといえば一度は最低まで落ち込んだ株価もものすごい勢いで業績を伸ばし、今では六道系列の会社の中でもかなり上のほうにいっていて、まだ成長を続けているということです。
 
「今日はどちらまで?」
 
「今日は北海道で土の採集さね。ま、あの横島のおふくろさんが指示を出してるんだから何かあんだろ」
 
土壌に含まれる細菌やバクテリアを採集してそこに薬効があるかないかを探し出すのも製薬には必要なことらしいです。
 
次に会うのはマリアさんとテレサさん、美衣さんです。
三人は決まって遠くのスーパーの朝市に買い物に行っています。
 
「小鳩さんお早うございます」
 
「グッドモーニング・ミス・小鳩」
 
「お早うございます、管理人さん。これ、頼まれていたものよ」
 
「お早うございます、皆さん。それとテレサさん、ありがとうございます」
 
あそこの朝市は安いんですけど朝の仕事があるので買いにいけないのでいつも皆さんに頼んでいます。
 
「今日は鯵の干物が安かったんですよ。それも文化干しじゃなくて本物の日干し」
 
「ミズ・美衣。尻尾・でてます」
 
「あら、私としたことが」
 
あわてて尻尾をしまう美衣さん。
魚の目利きに関してはプロ以上の美衣さんですから今日の朝ごはんは期待大です。
美衣さんは今もヒノメちゃんのベビーシッター(今ではどちらかというと保母さんになるんでしょうか?)を続けていますが今は福祉関係と事務職の資格をとるために勉強中らしいです。
ヒノメちゃんの手がかからなくなった後の就職活動のためだとか。
 
三人と別れた頃に朝のお掃除も終わっておキヌちゃんと待ち合わせてロードワークに出かけます。
 
「小鳩ちゃんお早う」
 
「おキヌちゃんもお早う」
 
おキヌちゃんはG・Sとしての基礎体力を作るために五月さんに、私はリリシアさんに薦められて始めたのですが一緒に行くことにしています。
だいたい5kmくらいの距離を走ってこの時間に開くお豆腐やさんにほかの皆さんの分のお豆腐やタマモちゃん用の油揚げを買って、帰りは徒歩で帰ります。
 
マンションに帰ってみるとそこに宝船が停まっていました。
何で?
 
「何があったんでしょうか?」
 
「……状況の割りに落ち着いてるね、小鳩ちゃん。……あ、福の神様慣れしてるものね」
 
ご近所の朝の早いお爺さんやお婆さんが拝む中船の中からマリアさんに案内されたご老人、福禄寿さまと寿老人様がこちらに向かってきます。
 
「おう、嬢ちゃんたちが宝船の絵を枕元に忍ばせてくれたんかい」
 
「最近の若いもんにしちゃあ感心じゃのう。しかも二人もと来たもんだ。わし等も嬉しくなってソロ活動していた仲間に招集をかけてたもんで二ヶ月以上遅れちまったがお前さんらに福を授けにきたぞい」
 
「……あの、せっかくですけどうちにはもう貧ちゃんがいてくれてますから。それに今私すごく幸せなんで誰かほかの人に幸せを分けてあげてもらえませんでしょうか?」
 
「私も。今、怖いくらいに幸せなんです。わざわざ来ていただいたのに大変恐縮なんですけど」
 
私とおキヌちゃんがやんわりとお断りすると福禄寿様と寿老人様が急に泣き出してしまいました。
 
「福禄寿よ、長生きはするもんじゃのう」
 
「おうさ寿老人。この欲にまみれた世界でこんなにもピュアで足るを知る娘ごに会えるとはおもわなんだ」
 
ほかの福の神様たちにもなんかものすごく感心されてしまっています。
私とおキヌちゃんがどう反応していいかわからないでいると横島さんたちがかけつけてきてくれました。
 
「宝船か。すごいな」
 
あれ? 横島さんが登場した瞬間、寿老人様が少し驚かれたような?
 
結局その日は七福神様たちと横島除霊事務所の皆さん、ご近所浮遊霊親睦会の皆さんが宴会を始めてしまいそれで終わってしまいました。
今日が日曜日でよかったです。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 何だ? この視線は。
やけに七福神たちに監視されてるというか観察されている。
前のときはこんなことなかったはずだが……。
その視線は宴会が続いてもなお断続的に続いていた。
 
「少しよいかな?」
 
宴も収束に向かいおきているものが少なくなってきた頃、トイレに立った俺の後を追ってきた寿老人が俺に声をかけてきた。
 
「お前さん、何者じゃ?」
 
意図のわからない質問に慎重に答えざるをえない。
 
「自己紹介はしたとおもいましたが?」
 
「ふむ、では質問を変えようか? ……お前さん、本当に人間か?」
 
「どういう意味でしょう?」
 
「ま、答えたくなければ答えんでもいいわい。お前さんにも事情があるようじゃしの。ただ、わし等も封印されし神じゃ、おぬしの中に収めてあるものが少しは見えるのよ」
 
驚いた。
 
「まさか、あんたたちはオリジナルの七福神なのか?」
 
俺が問うと寿老人は面白そうに笑った。
 
「ああ、そうじゃ。わしらがオリジナルじゃよ」
 
警戒すべきかそうでないか。
迷う間に寿老人が声をかけてくる。
 
「ま、何かあったら声をかけるといい。わしと、わしらは何があってもお前さんの味方であることを誓おう」
 
なぜだ?
真意が測りきれない。
だがその言葉には何か俺を信頼させるものがあった。
 
寿老人は再び宴の席に戻っていき、ポツンと残された俺は今後のことに頭をめぐらせる。
彼らがオリジナルの七福神だとしたら……。
持て余しかねない武器を無条件に渡された気分だった。



[523] Re[39]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/11 23:29
 ≪かおり≫
 六道女学園高等部霊能科の入学式。
とはいえ、幼い頃から霊能の修行に明け暮れていた私には特に気負いはありませんけど。
そうでないのは最近突然変異的に霊能力に目覚めた人たち。
……気に入りませんわね。
 
とはいえ、クラスの中に二つの意味で気になる子がいるのは確か。
一人は一文字魔理。
同じ中学出身で、中学時代は煙草や万引きで補導を何度も繰り返し、それでいて突然霊能力に目覚めたがために私と同じ位置に立とうとする浅ましい女。
もう一人は氷室キヌ。
本来は後衛型らしいが霊的格闘試験では一見隙だらけだがその実トリッキーな動きと一発威力で翻弄する試合巧者だったと聞く。
入学試験でも私に次ぐ次席の成績で合格したと聞くし、家も小さいながら代々伝わる神社の出。
あいにく彼女の試合を見る機会はありませんでしたけども油断はできそうもありませんわね。
 
……それにしても今日の入学式は妙に騒がしいわね。
 
「弓さん、お聞きになって?」
 
私の中学時代からのとりまきの一人が声をかけてきた。
 
「入学式中に私語は厳禁ですわよ?」
 
「知ってますけど大ニュースですの。今日の入学式には横島除霊事務所の方々がそろっておいでになってるとか」
 
「本当ですの!」
 
私は大声になりそうなのを必死に抑えて貴賓席を見回す。
……が、いない。
 
「いないじゃありませんの」
 
「それが、貴賓席ではなくて一般来賓席のほうに座っていらっしゃるとか」
 
それこそまさか。
横島除霊事務所は歴史こそ浅いが間違いなく日本有数の、いえ、世界でも有数の実績を誇る除霊事務所。
六道家とも縁が深いと聞くし、学園側が貴賓席を用意しないわけがありません。
何しろそのメンバーがすごすぎる。
現役高校生でありながらすでにBランクとAランクのG・S免許を持っているタイガー寅吉さんと伊達雪之丞さん。さらにはこの学園のOGであらゆる呪術のエキスパートでありながらその力を悪用しない横島エミお姉さま。女性G・S最年少主席免許所得者でこの学園の理事長のご息女の六道の後継者、六道冥子お姉さま。現役女性G・Sでは日本一と呼ばれる私の憧れの美神令子お姉さま。そして何より現役最強の呼び声の高く、多くの国連指名手配の魔族を除霊しながら人に害をなさない人外の保護活動にも従事されている横島忠夫お兄様。四人ものS級G・S、それぞれの得意分野では世界有数(最高?)の力を持った横島除霊事務所はその敷居が高いことでも有名で、多くの弟子入り志願者もその弟子入り資格の難度の高さにあきらめるしかないという。
以前、お姉さま方が在学中は特別講師として学園で教鞭をとったこともあるが、その世代は長い六道女学園の歴史の中でも学園の黄金世代といわれ、お姉さま方を筆頭に六名の在学免許所得者を出しただけではなく、その後の免許試験でもその世代の卒業生は例年の三割を多く超えて合格者を出している。
私も憧れないわけではありませんが弓式除霊術の後継者という立場もありますし、何よりチャクラを開くなんて高度な修練を成し遂げるのにどれだけ時間がかかってしまうか。
G・Sの家系としてうまれてらしたのは冥子お姉さまと令子お姉さまだけですけどこの事務所の方々はそこいらの突然変異とは格が違いますわ。
 
……っといけませんわ。理事長先生のお話の途中でしたわね。
 
「う~ん。どうもさわがしいわね~。やっぱりばれちゃったのかしら~。そういうわけだから前に出てきて少しでも挨拶してくれないかしら~。そうじゃないと式が続けられないわ~」
 
理事長先生が視線を向けているのは一般来賓席。
まさか本当に!?
 
一般来賓席から困ったような笑顔を浮かべて現れたのは横島お兄様!?
 
ざわめく会場の中、理事長先生にマイクを渡されたお兄様はゆっくりと声を発した。
 
「え~、今日は来賓ではなく一般参列者として来たものだから立派なスピーチなんかは用意していないんで簡単にいきます。私が皆さんに覚えておいてほしいのは良く修行し、そして学園生活を楽しんでほしいということです。修行はもちろんですが、学園生活を楽しむことはよい意味での執着心、生きる意志と言い換えてもいいかもしれません。学園生活を楽しむことはその糧になります。いざ窮地に陥ったときにはそういった意思は何よりも重要なものになりますから。そしてもう一つ、物事は一面で判断しないこと。皆さんが全てだと思っているものはおおよその場合物事の一面に過ぎません。いざ行動を起こすときの迷いは害ですが、行動を起こさないときは自分の考えが本当に正しいのかどうか一度省みてください。少し簡単すぎかも知れませんがこれで俺の話は終わります」
 
お兄様は一礼をすると壇上を降りていった。
あれが、現役最強と呼ばれる方。
少し年上とはいえまだ若くいらしているのに含蓄の深い言葉ですわね。
                   ・
                   ・
 「席は……氷室さんの隣ですのね。その隣は一文字魔理」
 
「はじめまして、氷室キヌと言います。わからない事ばかりですのでよろしくお願いしますね」
 
礼儀もわきまえているようですね。
なら相応に答えてあげませんと。
 
「弓かおりです。よろしく。私も今日入学したばかりで右も左もわかりませんけれども私にわかることでしたら何でも聞いてくださいな」
 
氷室さんは私の後、反対側の一文字魔理にも同様の挨拶を交わす。
……。
 
「……あんた、あたしを見てもなんとも思わないの?」
 
「え~と、不良の方ですか?」
 
……頭が弱いのかしら。
 
「だったら、わかるだろうが」
 
「せっかくお隣になったんですから。仲良くしたいじゃないですか」
 
屈託も無く微笑む氷室さんに一文字魔理はどう反応していいのかわからない様子だ。
 
「……おかしなやつ。あたしは一文字魔理、よろしくな」
 
「はい」
 
「そういえばお前、入学試験のときにフランケンシュタイナーを使ってたよな? 結界を蹴ってスワンダイブ式の」
 
「あ、わかりますか。一応私としては619のつもりだったんですけどロープが無かったんで中途半端になっちゃいました」
 
氷室さんの戦闘スタイル……興味が無いといえばうそになりますわね。
 
「ルチャか。ずいぶん変わってるな」
 
「私が最初に霊的格闘した相手がプロレススタイルだったんですよ。それで霊的格闘を教えてくれた人が同じ条件で叩き潰せって。それでプロレス技を仕込まれたんです」
 
プロレス?
あの見世物の!?
そんなもので戦えるんですの?
 
「ずいぶん変わった先生なんだな」
 
その後の雑談には興味はありませんでしたけど。
……いずれにせよ、私が生徒同士の訓練で実力の差を見せ付けて差し上げますわ。
 
……担任の先生は悪名高き鬼道政樹か。
ついてませんわね。 



[523] Re[40]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/13 17:28
 ≪横島≫
 「久しぶりだな鬼道!」
 
「ほんまやな。横島君も忙しそうやったし、僕のほうもボチボチやったからなぁ」
 
「教職とG・Sの二束草鞋じゃそれもしょうがないだろうよ。ジルは今日の入学式には出席しないのか?」
 
「何しろほんまもんの天使やからなぁ。ここはクリスチャン系の他にも仏教系や神道系も多いやろ? うちとしても宗教問題には必要以上に首を突っ込みたくはないしな。是空殿や五月はんもうちの講師になってくれるんやったらそんな心配も少しは薄れるんやけど」
 
「……やり口が冥華さんに似てきたぞ」
 
鬼道が上機嫌に笑う……が、何だ? この空気は。
俺と鬼道を取り巻くように見ている女生徒達の雰囲気がおかしい。
 
「……ん? あ、そうか」
 
鬼道は何か思い当たったようだ。
俺の視線の疑問符に気がついた鬼道は苦笑を浮かべて小声で俺に言った。
 
「霊能科の生徒の憧れの的である横島君と、学園の嫌われ者の僕が親しくしゃべってるのが意外やったんやろうなぁ。しゃあないわ、これも親父が残した遺産やから」
 
意外な言葉に俺が一瞬硬直した。
その間に鬼道は去っていった。
                   ・
                   ・
 「どういうことなんですか! 冥華さん」
 
「横島君がそこまで血相を変えるということはお友達のことかしら~」
 
「鬼道のことです!」
 
「あぁ、そのことね~。私のほうも何とかしなくちゃって思うんだけど鬼道君も頑固だから~」
 
冥華さんの話を総合するとこうだ。
鬼道の家は前回は落ちぶれたとはいえ式神使いの名門としての血筋をまだゆうしていた。
ところが今回の鬼道には一級オカルト犯罪者の血筋という不名誉な評判のほかに、親が六道つぶしに加担したにもかかわらずその息子である鬼道は六道の庇護を受けている(ようにみえる)のをみて無駄に潔癖な女生徒達には節操なしに見えてしまった。
更には鬼道の実力などこの狭い学園では見せる機会がほとんど無く、それまでの悪評と重なりあの若さで主任という地位や、A級G・Sという認定も世渡りだけで(実際には不可能だが)手に入れたような印象を彼女たちは抱いてしまっているらしい。
いつぞやの俺に近い境遇に鬼道はあるわけだ。
そして鬼道も俺と同じように自分からその悪評を払拭する気は無いらしい。
 
「私も~、何とかしなくちゃって思うんだけど鬼道君が嫌われ者も一人は必要だからってきかなくて~」
 
確かに学園という閉塞した社会にはそういう存在が汚れ仕事を引き受けるのも必要なことかもしれない。
 
「やっぱりお友達って似るのかしらね~。不器用なところなんてそっくり~」
 
とりあえず理事長の感想はおいといて。
 
「冥華さん、頼みがあるんですが」
 
「いいわよ~。でも私のお願いも聞いてもらえるかしら~?」
 
悪魔と契約する気分かな?
ま、今更か。
冥華さんを信用して白紙の約束手形をかわす。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪おキヌ≫
 「と、いうわけで近々現役G・Sとの練習試合が組まれた。そこで各クラスより三名ずつ、代表選手の選出を行う。ま、まだ入学したてやさかい学園の方の名誉やら何やらはきにせんでええわ。思う存分やったり」
 
弓さんとも一文字さんとも個別にはお友達になれたけど二人そろっては無理だし、鬼道先生の周囲にも不穏な空気が漂っているけど鬼道先生のほうからもういいからっていわれてるし。
横島除霊事務所でお世話になっているのもしばらくは伏せておいたほうがいいっていわれてるから皆には内緒にしている。
 
「一文字、前へ」
 
簡易式神との模擬戦。
一文字さんは荒いけど他の人より戦闘慣れしている。
霊力のコントロールと戦術が身につけばきっと強くなる。
 
「ほう、今の段階で倒したか。とはいえ効率は悪いしまるで喧嘩だ。もう少し霊力の流れをよむんや」
 
「……頭悪ィもんで」
 
何人かの生徒が戦ったけど簡易式神相手に苦戦している。
 
「次、氷室」
 
「あ、はい」
 
今回は霊的格闘の訓練ではないのでネクロマンサーの笛を使って霊力のコントロールを奪って(簡易式神じゃなければとてもじゃないができなかったけど)勝利を収める。
 
「よし! 次、弓」
 
弓さんは流石。
動きに無駄も少ないし、霊力コントロールも実戦レベルに達してる。
多分この学年ならトップクラス。
そんな弓さんを憧憬の目で見る一文字さん。
……きっかけ、何かきっかけがあれば二人はいいお友達になれるはずなのに。
 
「ふむ。メンバーは一文字、氷室、弓の三人で決定や」
 
「ちょっとまってください! 氷室さんはともかく一文字さんならもっと優秀な人間が他にもいるはずです」
 
「何だと!」
 
「弓さん、やめてください。一文字さんも抑えて」
 
「ま、確かに一文字よりうまく対処できたものも何人かいたがお前ら二人を別格にすれば後はもう団栗の背比べ、それやったら対人戦における気組みの方が重要や。一文字の経歴には目を通してる。あんまり褒められたもんや無いけど少なくとも初見の人間と戦って萎縮するようなことは無いやろう」
 
「……ふん。私たちの足を引っ張らないでちょうだいね」
 
「てめえ」
 
「二人とも、仲良く、仲良くね」
 
「「フン」」
 
あぁ~もうどうしたらいいのかしら。
                   ・
                   ・
 「……と、いうわけなんです」
 
とりあえず美神さんたちに相談した。
 
「ふ~ん。なるほどね。ま、なるようになるんじゃない?」
 
「ちょっと令子、もう少し親身に聞いてあげなさいよ」
 
「令子ちゃんは心配しなくても大丈夫って言っているのよ~」
 
相変わらず仲がいいな。
私たちもこんな風になれればいいのに。
 
「こればかりは外側からどうこうできる問題じゃないもの。ま、本当の意味で解決したかったらね」
 
「それもそうね。それにおキヌちゃんがその内側に入り込んでいるワケだし」
 
私?
 
「おキヌちゃんがいればきっと大丈夫よ~」
 
冥子さんがやけに自信満々に言ってのけた。
不安だからこうして相談をしているのに。
 
「あ~、それと今度の試合には私たちも解説としていくからがんばってね~」
 
本当に大丈夫なのかしら?



[523] Re[41]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/14 00:49
 ≪横島≫
 「大分質が落ちてる」
 
「授業のことかしら~、それとも生徒のことかしら~」
 
「両方ですよ。令子ちゃんたちがいた頃と比べると大分質が落ちてる」
 
「仕方ないわよ~。オリジナルから遠ざかれば理念は失われ、内容は形骸化してだんだん質は下がっていくわ~。横島君が教鞭を取ってからそう何年もたってはいないけどそれでも少しずつ風化していくものですもの~。それに~、生徒だってあの子たちが例年と比べてそう劣っているわけではないわ~。むしろあの年に粒がそろっていただけよ~」
 
「確かに令子ちゃんたちは例外だったかもしれないけど、他の子達は今の子達と素質はそう変わらないように見受けられる。ただ、活かしきれてない」
 
「耳の痛い話ね~、教育者としては~」
 
「あの子達のためにもやはり鬼道の方をどうにかしないといけないみたいですね。あいつは俺なんかよりもはるかに優秀な教師になれるはずだから」 
 
「おばさんも期待しているわね~」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪おキヌ≫
 よ、横島さん、聞いてないですよ~。
 
「それでは~、横島除霊事務所のG・S対~、六道女学園選抜メンバーの練習試合を行いたいと思います~」
 
プロのG・Sと練習試合とは聞いていたけどまさかうちだったなんて。
他の選抜メンバーも半分は愕然としている。
 
解説席には横島さんと美神さん、エミさんが座っていて、理事の席に冥子さん。客席に五月さんとジルちゃん、シロちゃん、タマモちゃんがいるから相手をしてくれるのは雪之丞さんとタイガーさんということだと思う。
誰が相手でもしゃれにならないけど。
愛子さんがすまなそうにしてるってことは知らされてないのは私だけですか?
 
審判の鬼道先生が前に出て選手を呼び寄せる。
 
「横島除霊事務所、タイガー寅吉君。六道女学園一年生選抜チーム」
 
「ちょっとまってください。まさか一学年の選抜メンバー全員を一人で相手するんですか!」
 
「いや、次の雪之丞君には二年生と三年生の選抜メンバーをいっぺんに相手してもらうことになっとる」
 
それを聞いてプライドの高い選抜メンバーの人たちが怒気をあげる。
いくら横島除霊事務所のG・Sだからといって自分たちと年齢が変わらないからという理由でタイガーさんや雪之丞さんの実力をはかりきれて無いみたい。
雪之丞さんなんて私たち全員でかかっても勝てるかどうかわからないっていうのに。
 
結局抗議は受け入れられず、その怒りは対戦相手、タイガーさんに向けられるけどタイガーさんは微動だにしない。
いつものタイガーさんなら狼狽しているはずだからおそらく自己暗示で戦闘モードに入っている。
いつもの気の小さい状態のタイガーさんならつけいる隙があるかと思ったけどこれじゃあだめだわ。
 
「はじめ!」
 
一文字さんをはじめとした前衛型の何人か、雷獣に変化した生徒と神通棍をかまえた生徒、仮面で顔を隠した生徒がタイガーさんに攻撃を仕掛けるけど……当たらない。
道士風の衣装の生徒のキョンシーたちもだめ。弓さんが前に出てもそれは変わらなかった。
タイガーさんは開始から微動だにしていないのに攻撃が勝手に外れていく。
これは!
 
「精神感能力です! 精神感能力で私たちの視覚情報がずらされているんです。このまま闇雲に攻撃しても当たりません」
 
「精神感能力? だったら」
 
私と同じ巫女服を着た生徒が玉串を振るって心理攻撃を仕掛けるみたい。
だけど、
 
「駄目です! タイガーさんは精神感能力者としては世界有数なんです! 下手に精神攻撃を仕掛けたら逆に汚染されちゃいます!」
 
それだけ言うとネクロマンサーの笛を吹いて援護。もう一人、頭から触角のようなものを伸ばして巫女服の生徒の援護に回る。
三人がかりの精神感能力でどうにか彼女を救い出すことができた。
まともにぶつかったこと無かったけどこんなに強力だったなんて。
 
「でしたら私が」
 
カソックを着た生徒から聖書が紙吹雪のように飛ばされる。
確かエミさんの技の原型になった非武装結界。
 
「いくら視覚をずらそうとも広範囲に霊力を奪い取る私の非武装結界なら」
 
まずい!
 
私が彼女に飛びついた瞬間、彼女が元いた場所に白い塊が砲弾のように飛来した。
間一髪でかわすことができたけど直撃したらと思うとぞっとする。
ほとんどの人間が反応できない速さでタイガーさんの体当たりが飛んできたのだ。
 
「タイガーさんは虎人の血をひいていて野生の虎の能力に近い身体能力と攻撃力を持っています。ああいう時間のかかる術だと術者を攻撃されて終わりです!」
 
「氷室さん、やけに詳しいのね」
 
「そんなことより直接攻撃、間接攻撃、精神攻撃、防御結界全部駄目なんて完全に手詰まりよ!」
 
そうこうしているうちに気分が悪くなってきた。
 
「三半規管が狂わされているわ。このままじゃあ何もできないまま全滅よ!」
 
誰かの声に覚悟を決める。
 
「私のネクロマンサーの笛なら音を媒介にするぶん精神汚染の逆流は起こりません。何とか精神感能力を押さえこんでみます」
 
とはいえこれは私とタイガーさんの体格差以上に不利な勝負。
全身全霊を込めて笛を奏でるけど少し押し戻すのがやっと。
多少気持ち悪いのが抑えられたけどそれ以上じゃない。
 
「っらぁああ!」
 
!?
一文字さんが誰かが落とした霊刀で自分の足を刺した。
 
「一文字さん正気ですの!」
 
「っ痛ぅ! だけどお陰で視覚情報のずれってやつはどうにかなったみたいだぜ!」
 
戦闘モードに入っていたタイガーさんも僅かに動揺している。
精神感能力が少し弱くなっている。
 
一文字さんは動揺したタイガーさんに突っ込むと攻撃を加えず大きなタイガーさんの背中に飛びついた。
 
「あたしが声でナビるから弓、お前が決めろ!」
 
「何を……」
 
「あたしじゃ残りの霊力が少なすぎる。こんなかで一番余力を残してるのも、攻撃力が高いのもお前だ!」
 
「……一発に全霊力を込めますわ。しっかり誘導なさい。それと巻き込まれないように。弓式除霊術奥義! 【水晶観音】!」
 
弓さんの持つ宝珠が六臂の鎧と化した。
 
「フォローして!」
 
私が叫ぶと弓さんの援護をするために、タイガーさんの動きを止めるためにそれぞれの得意分野でタイガーさんに攻撃を加えていく。
無駄な攻撃でもけん制くらいにはなる。
タイガーさんは横島さんや雪之丞さんほど無茶苦茶な動きはできないはずだし三人がかりの精神攻撃なら一文字さんの怪我で動揺しているタイガーさんにも効果があるはず。
タイガーさんは完全に動きを止めた。
たぶん流れ弾に一文字さんがさらされないように。
 
「こっちだ!」
 
今の私たちにできる最良の攻撃。
 
しかし結果を言えば惨敗。
確かに弓さんの攻撃は当たったが生来のタフさに加え、獣人化してさらに増したそれの前に渾身の一撃は耐えられ、今まで以上の強力な精神感能力(今までは少し手加減をしていたらしい)の前に完全に三半規管を狂わされて一人、また一人と気を失ってしまった。
……私も。



[523] Re[42]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/15 01:40
 ≪かおり≫
 これは、一文字さん?
 
夢の中、私は一文字さんになっていた。
そう、自分で見ていてこれがはっきりと夢だと認識できた。
 
夢の中で中学時代の一文字さん=私は中学時代の私を羨望の視線で見ていた。
私が努力して身に着けてきたものを羨望、好意的な羨望の視線で見ていた。
憧憬と言い換えてもいいかもしれない。
 
場面は変わって一文字さん=私は河原で喧嘩をしていた。
喧嘩の理由は後輩のため。
その喧嘩の途中、低級の悪霊が相手を水辺に引きずりこむ。
命がけ、いえ、その時はそんなことも考えずそれが当然のごとく悪霊に殴りかかる。
突発的に目覚めた霊能力。
それを得た一文字さんは思った。
『誰もが持っているわけじゃないこの力。私にはこれしかない。だからこれだけはがんばるんだ。あいつのようになるんだ』
 
私の様に……。
 
覚醒した。
それは六道女学園の医務室で、そこに寝かされていたらしい。
今の夢は……?
 
「目が醒めましたか?」
 
「氷室さん?」
 
「はい」
 
「……負けてしまいましたわね。同年代の、それもたった一人に」
 
「そうですね」
 
「一文字さんはどうしましたの?」
 
「隣のベッドで寝ていますよ。他の皆さんも」
 
そう。
一文字さんのほうを見ると苦しそうな寝息を立てている。
……かなり深く刺したようだったけど。
 
見ると他の選抜メンバーも怪我も無い。
手加減されていたのが良くわかる。 
 
少しずつ、他の選抜メンバーも目を醒ましていく。
 
一文字さんも。
 
「あれ、あたしは……」
 
「大丈夫ですか? 一文字さん」
 
「あ、なぁ、試合はどうなったんだ?」
 
「負けちゃいました」
 
「そっか」
 
一文字さんは軽く嘆息をしてそれで納得したようだ。
 
「ずいぶん簡単に納得するのね」
 
「あいつの背中にしがみついたときあいつに庇われてるのがわかったからな。向こうはまだまだ余裕があったってことも」
 
「……一文字さん。あなた、いったいどういう経緯で霊能力に目覚めたのかしら?」
 
唐突な私の言葉にキョトンとする一文字さん。
でも、私はあの夢がただの気のせいだったとは思えない。
 
「ん? あたしが霊能力に目覚めたのは河原で喧嘩してるときに茶々いれてきたくされ悪霊をぶん殴ったときだったけど……っておい、どうしたんだよ!」
 
突然泣き出した私をあわてたように一文字さんが詰め寄る。
 
「別に……たいしたことじゃないわ。今回の負けで思い上がってた自分に決別の涙を流していただけよ。……それと、さっきはあなたと氷室さんのおかげで一矢を報いることができましたわ。礼を言います」
 
今まで張っていた意地が綺麗に落ちた感じがした。
さようなら。
苦しいのは自分だけだと思い上がってた私。
 
「しかし負けは認めるしかないけどこれからやりづらくなるわね」
 
「あぁ、上級生でしょう? 確かにこの人数でたった一人に負けちゃあね」
 
突然ノックされた。
入ってきたのは横島お兄様!?
 
「失礼するよ」
 
突然の訪問にどうすればいいのかわからず硬直する私たちを尻目に氷室さんが横島お兄様にやけに親しげに話しかける。
 
「ひどいですよ横島さん。私にだけ内緒にするなんて」
 
「ごめんごめん。でもただでさえこちらの手の内を知っているおキヌちゃんに入念に準備をさせるわけにはいかなかったからね」
 
「な、なぁ、おキヌちゃん」
 
一文字さんがどうにかという感じで声をかけると氷室さんはやっちゃったって感じの顔になった。
 
「おキヌちゃんのネクロマンサーの先生は俺なんだよ。ただ、ここの三年の愛子、うちで事務の仕事をしてもらっているんだけど愛子がうちの事務所の関係者だとばらさないほうが良いと忠告してくれたんで俺からそのことを秘密にするように言っておいたんだ。悪かったね」
 
氷室さんがお兄様やお姉さまたちの関係者だったなんて。
先ほどの試合での的確な指示もうなづけますわ。
 
けれど本当にすまなそうに私たちに頭を下げるお兄様。
気さくというかこちらのほうが恐縮してしまいます。
 
「おい、いい加減に入って来い」
 
お兄様に促されて入ってきたのはさっき私たちを完膚なきまでにうちのめしたタイガーさん。
……でも、今のタイガーさんはさっきまでとは違って妙に体を縮こませているというかなんというか。
 
タイガーさんは一文字さんの前に行くといきなり大きな体を地面に擦り付けるように土下座を始めた。
 
「すいませんですジャー。わっしと戦ったせいで一文字さんに怪我をさせてしまって」
 
「ちょ、ちょっと待てよ! この怪我はあたしが勝手にやったもんだぜ。あんたが謝ることじゃないだろ!」
 
なんというか、意外?
さっきまで私たちを圧倒していた人が今はこんなに。
あんまりのことについていけなくなった私たちが傍観しているところに横島お兄様の仲裁がはいった。
 
「そこまでにしとけ。それ以上は彼女たちの誇りに傷つけるだけだ」
 
お兄様がいうとおり。
これだけの人数で手加減されて負けたことに関しては私たちの修行不足だったと諦めも……つかないけど納得するしかない。でもその上で傷つけたと謝られるのは不本意だ。
私たちはG・Sになることを目指してこの学園に通っているのだから。
 
「じゃ、じゃけっど嫁入り前のおなごに怪我をさせてしまいましたケン」
 
タイガーさんは私たちを馬鹿にしているわけでも侮っているわけでもなく純粋に一文字さんの体に傷がついたことに責任を感じているらしい。
 
「大丈夫だって。たいした怪我じゃないし、第一あたしの体なんてちょっとやそっと傷ついたって元からたいしたもんじゃないし」
 
「そんなことは無いですジャー。一文字さんはとても魅力て……」
 
そこまで言って停まる。
自分が何を言おうとしていたかに気づきかおを真っ赤にするタイガーさん。
タイガーさんが何を言ったかに気がついて狼狽する一文字さん。
突然の状況に一瞬呆気にとられたが急にニヤニヤと状況を見守り続けるみんな。
女子高だからこういう話題にみんな飢えているものね。
 
「わ、わっしは、わっしは~~!!」
 
逃げた。
こうなると標的は必然と一文字さんに集中するのだが。
 
「あいつは元々女性恐怖症でね。一応治りはしたんだが今でもあまり女性には慣れてないんだ。気を悪くしたなら許してやってほしい」
 
お兄様がいたことを皆思い出し、それを引っ込めた。
 
そしてお兄様は一文字さんの患部に手を当てるとすぐに引っ込める。
 
「タイガーがいつまでも気にするからな。これで傷跡も残らないはずだ」
 
一文字さんが巻かれた包帯を剥がすとそこには怪我の跡すらなく治されていた。
すごい。
こんなヒーリングははじめて見た。
 
「さて、長居をすると邪魔だろうしそろそろ失礼するよ」
 
お兄様はそういい残して立ち去る。
ふと、足を止めてこちらに向き直った。
 
「立ち聞きするつもりは無かったんだがさっきの話を耳にしてしまってね。その件なら心配する必要はないと思うよ」
 
「その件?」
 
「タイガーの能力は対人戦においては反則的なくらい効果を発揮するのは皆も実感したと思うけど、雪之丞のやつもタイガー相手に負けはしないまでも苦戦はするんだ。だからさっきの君たちの戦いをとても高く評価していた。俺もね。だけど二、三年生には運悪く、さっきの戦いをけなす評価が雪之丞の耳に入ってしまってね。君たちのことを馬鹿にできないような負かせ方をすると思うよ」
 
「で、でも二、三年生相手にそんなことできるんですか?」
 
一人が当然の疑問をぶつける。
 
「雪之丞は魔装術という技を極めている。知っている子もいるかもしれないけど魔族と契約して一時的に魔物の力を得る……制御する能力だがあいつの契約している魔族が強力な上、協力的でね。あいつのポテンシャルは中級神・魔族の上位、例えば妙神山の管理人の小竜姫様や魔界正規軍のワルキューレ大尉には及ばないまでも、それに次ぐ程度のものは秘めているんでね。戦い方にもよるけどおそらく試合にはならないよ……下手にやりすぎて自信をなくさないようにフォローをしないとな」
 
何事も無いような言い方をしているけどなんてとんでもない話。
それが本当なら雪之丞さんは単独で正面から神・魔族と対抗できるということ!?
無茶苦茶もいいところだ。
 
呆然としているうちにお兄様は出て行ってしまった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 医務室から出ると影からゼクウを呼び出す。
 
「ご苦労様」
 
「夢を作ったわけではありませんでしたから手間でもございませんでした。心を覗かねばならなかったのは少々気がとがめましたがな」
 
おキヌちゃんの話では過去では俺が残した【覗】の文珠が仲直りのきっかけだったらしいけど文珠をあまり見せたくは無かったし、確実性にかけたからなぁ。
ま、結果オーライにしておこうか。
後はニ、三年のフォローにいかないとな。



[523] Re[43]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/23 04:30
 ≪かおり≫
 結果から言えばお兄様の言うとおりだった。
いや、それ以上だった。
雪之丞さんの魔装術は私の水晶観音に似ていたが使い勝手というか性能がぜんぜん違っていた。
悔しいと思うことすらできないほどに。
青い鎧を身にまとい、翼を生やした雪之丞さんは驚いたことにその翼で空を飛んだ。
人間が生身で空を飛び、三次元的な動きで高速飛行することに慄いた先輩方はそれでも霊波砲など遠距離攻撃のできる者や霊具を使った遠距離攻撃を仕掛けるが、よくても各クラス単位ででしか連携が取れていなかったために同士うちが相次ぎ、いえ、おそらくそうなってしまうように雪之丞さんに誘導され、攻撃を一度もされないうちに約半分が同士うちで倒れ、残りの半数も攻め疲れや味方の攻撃をよけるのに体力を消耗させられた所で空から雪之丞さんの翼が巻き起こした暴風に押さえつけられ試合場に横たえられた。
 
「やり過ぎだ……馬鹿」
 
解説席のマイクからお兄様の呟きがこぼれる。
レベルが違いすぎる。
 
その後、お兄様の口から先ほど私たちになされたのと同じ様な説明がなされるが。
 
「まぁ、結果についてはどうこう言うつもりは無いけどクラス単位以上での連携が一切取れなかったことは課題だろうね。それと雪之丞の行動に驚いて判断力を失ったことも」
 
「横島君は~、今日の練習試合を見てどう思ったかしら~。素直な感想がほしいんだけど~」
 
「……二、三年生はG・S資格試験に的を絞りすぎだと思います。あるいは校内戦に。そのせいで想定外のことに対処が遅れ、他のクラスの生徒と協力するという発想が出てこなかったんじゃないでしょうか? 確かに皆さんの目標の中にはG・Sになるということ自体が重要な部分を占めると思いますがそこが終着点ではないことを忘れないでください。個々の実力は二、三年生のほうが高くとも、勝負としてはそういった意識の低い一年生のほうが形になっていたのはそのあたりが原因だったのだと思います」
 
とはいえ、それができたのは氷室さんのおかげね。
皆が、私も含めて混乱しているときに的確な指示を出してくれたんだから。
 
「みんなも良く覚えておいてね~。それじゃあ、次は横島君の修行を見せてもらえるかしら~?」
 
横島除霊事務所の? 
あの方たちの強さの秘密の一端を垣間見れるというの?
嫌が応にも高まる期待の中、試合場の中にお兄様とタイガーさん。雪之丞さん。それから見知らぬ少女が二人。
理事長からの説明によると一人は人狼の、もう一人は妖狐でお兄様が保護をしているとのこと。
 
「氷室さん。あの子達は強いのかしら?」
 
「直線移動速度と単発の近接攻撃力だけならシロちゃんは雪之丞さん以上ですし、タマモちゃんの幻術はタイガーさんの精神感応以上だといわれてます」
 
嘘でしょ!?
 
「あ、でも戦えば雪之丞さんたちのほうが強いそうですよ。シロちゃんもタマモちゃんも能力的に一つに特化してるそうですから総合力では」
 
それでもあの精神感能力とスピード以上だなんて。
 
そうこうしているうちに修行が始められた。
実戦形式で4人対お兄様!?
いくらお兄様でもあんな実力のデタラメな人たちを4人も相手にするなんて。
あの二人の異常な実力を目の当たりにした皆が固唾を飲む。
 
結果は杞憂というか。
 
まず真っ先につかまったのはタイガーさん。
私たちを相手に手加減しながら完勝した実力者はおそらく精神感応を使ったのだろう。動きが止まった瞬間を見計らってお兄様の体の各所から伸びた棒状の霊波によって攻撃されるもそれを虎人に化けて防ぎきった。
それのどこが気に入らなかったのか顔をしかめたお兄様は飛来する火の玉と霊波砲を掻い潜りながらタイガーさんに肉薄すると突きを放った。
私の渾身の一撃をものともしなかったタイガーさんがただの一撃で体をくの字に折り曲げ倒される。
 
残された3人のうちに真っ先に狙われたのが髪を九重に束ねた女の子。
お兄様が接近のそぶりを見せる前に彼女の姿が9人に増えた。
そしていっせいに火の玉をお兄様に向けて放つ。
空中から雪之丞さんの炎をまとった霊波砲が援護射撃とも、しとめにきたともつかない数と速さで放たれる。
流石にお兄様も盾を複数出してそれを回避し、回避しきれないものは受け流した。
 
「ウオォォオオオオォオン!!」
 
狼の咆哮。
 
会場の片隅でひたすら戦況を見守っていた少女。
彼女が好機とばかりに疾走する。
その姿は残像でしか私の目に捉えることはかなわなかった。
 
しかし、彼女は横島さんに身をかわされざまに足をかけられ転倒。
追いうちに霊気の盾を投げつけられそのまま動かなくなった。
妖狐の少女は森林の幻影を作り出しその中に隠れる。
だがそれも数瞬の間を稼いだだけで横島さんが森に突っ込むと数秒後には倒れた彼女と消える森林。そして雪之丞さんを見つめるお兄様の姿があった。
 
上空から連続して、それを見ただけでも私たちでは戦意を喪失しかねない威力と数の炎の絨毯爆撃。
それをお兄様は巨大な盾を作ることで受け流す。
埒が明かないと見るや今度は二、三年生との戦いで見せた三次元的な動きで接近戦を仕掛けるがお兄様はそれを紙一重でかわし続ける。
そしてほんの僅かに大振りになった攻撃をかわしざま、雪之丞さんを掴んで投げ落とす。
接地と同時に膝を落とされた雪之丞さんはそれでも立ち上がる意思を見せたが背後から首筋を掴まれ降参の意を示す。
 
私たちが傷一つつけられなかった相手をまとめて傷一つおわずに完勝してしまった。
これが現役最強といわれる人の力!?
これが人間の力なの?
 
四人を介抱して意識を取り戻させると講義が始まった。
 
「タイガー。お前の精神感応は見事だが頼りすぎるな。霊波の消し方が未熟な今の状態ではそれを頼りにお前を見つけるのはたやすい。感覚を霊波でコントロールすれば三半規管を狂わせられても少しは耐えられるしな。それと攻撃は防ぐな! 避けろ。いくらお前がタフだからって斬撃、刺突、侵食、剄、生身の防御が意味をなさない攻撃などいくらでもある。シロは居合いに頼りすぎだ。元より初太刀に全てをかける抜刀術では次が続かない。そんな戦い方をし続ければ近いうちに死ぬぞ? ましてお前の居合いは直線にしか動けないんだ。いくら速くてもカウンターをあわせるのはそう難しくない。タマモは幻術は見事だがあそこで森を出したら雪之丞との連携が難しくなるだろう? ましてお前は術は強くてもスタミナと耐久力で皆より大分見劣りするんだから。雪之丞は全体的によくなってきているが最後の最後で大振りはいただけない。霊的格闘と霊力をもう少しうまく使いこなせばもう少し強くなれる」
 
叩かれた直後に欠点を明確にされる。
素直に聞く気があれば効果的な教育法だと思う。
素直に聞かないはずも無い。
毎日これをされたら強くなるはずだ。
 
「横島君ありがとう~。でも~、私は横島君の修行を見せてほしいといったのよ~」
 
お兄様が驚いたように目を見開く。
 
「……正気ですか?」
 
理事長先生はニコニコと微笑を絶やさない。
 
「私のお願いよ~」
 
お兄様は嘆息をする。
 
「五月、頼む。ゼクウ、相手をしてくれ」
 
客席からまるで日本人形をそのまま大きくしたような可憐な女性を呼び出し、影の中から馬の顔をした方。あのお方がうわさに聞く横島お兄様の眷属であらせられる仏尊、是空様なのでしょうか?
実家が寺の身としてはなんと恐れ多い。
 
「いつも通りで良いのか?」
 
可憐な容姿を裏切るかのようなぶっきらぼうな言葉で尋ねる。
 
「あぁ、まずは頼む」
 
剣を取り出すとお兄様のほうから礼をし、お二方がそれに応じる。
つまり指南を願うのはお兄様のほう。
 
消えた。
そうとしか見えない。
次の瞬間お兄様の首のあった場所に是空様の神剣が薙ぎ払われる。
それをかいくぐったお兄様の元に五月さんの拳が殺到した。
それは地面をうつとそこが綺麗に陥没する。
あの細い腕からどうしてこんな力が?
良く見ると五月さんの頭から角が伸びている。
彼女は鬼なんだ。
先ほど完勝をしたお兄様があからさまに遅れをとっている。
お二方の武がお兄様に匹敵しているかそれ以上な上、数が倍で連携をとっているためそれ以上の力でお兄様に襲い掛かっているからだ。
レベルが高すぎて詳細がわからないが雪之丞さんやお姉さまが解説を加えてくれているおかげでどうにか理解できた。
 
「五月は本物の戦の鬼よ。それも将門公の血をひく極めて高位の戦の鬼。基礎的な能力は神・魔族に劣るけどその武術は下手な神・魔族を圧倒するほどに優れているわ」
 
「是空の旦那は正真正銘の武神だ。その上楽神でもあるからこちらの攻撃パターンを簡単に読んでくる厄介なてあいだ」
 
そんな方を二人相手なんて無謀すぎる。
 
僅かな隙を見つけたのかお兄様が反撃に出る。
しかしそれは非常に巧妙な誘いであった。
是空様に対して攻撃を仕掛けるために伸びきった腕めがけ、五月さんが試合場の床を蹴り飛ばした。
試合場の床にも当然結界を張るための術式が刻まれているので結界内でも攻撃能力を持つ。
それが散弾のようにお兄様に殺到し、そのうちの一つは肘関節を的確に狙っていたために体勢を崩してもかわさざるをえない。
いえ、あの距離、スピードの攻撃を避けられること自体が神業なのだが体勢を崩したお兄様の腕をつかんだ五月さんが関節をひねりあげそのまま投げに移行する。
地面にしたたかに打ち付けられ、同時にいれられた膝のせいで吐血をするお兄様。
 
「肩を外された!?」
 
生徒の誰かが叫ぶ。
 
「いや、肩を外して関節が砕かれるのを防いだんだ」
 
雪之丞さんの解説の通りなのかすぐさま反撃に出るお兄様。
だがそれも、是空様の剣がお兄様の首筋にあてがわれたところでとまる。
攻防のレベルが雪之丞さんたちよりもさらに高いところにある。
解説があってかろうじて理解できる(ような気がする)それはほとんどの生徒には何があったのかもわからないもののようだ。
 
次いで二人がお兄様に向かって礼をし、お兄様がそれに答礼する。
指南役が変わった?
 
お兄様の周囲に無数の円盤のようなものが浮かび上がる。そして突如地面から先ほども見た棒状霊波がお二方を襲う。
 
「あれは霊波刀なワケ。霊波刀を精緻なイメージによって形状を変化させている上に、体の手以外の場所から複数、この場合足の裏から展開しているから反応しにくいワケ」
 
「宙を舞っているのは霊気で作られた盾よ。霊気を一点に集中させて作った攻撃にも転用できる高密度、高硬度の霊気の塊。さらにはそれを高速回転させることで攻撃力防御力ともに上昇しているわ」
 
先ほどまでは霊力をまとってはいたものの純粋な近接戦闘。
そこに霊能力が加わると攻守が逆転した。
五月さんはともかく是空様も霊波砲やシタールをかき鳴らす(解説によると音波攻撃らしい)などの攻撃を取っているが悉くがあの盾にはじかれる。五月さんの動きをもってしても地面から無数に、そして予想もし得ない動きで伸びてくる霊波刀と唸りをあげ乱舞する霊気の盾の前にせめあぐねている。
時折盾が破裂し、その破片を周囲に撒き散らす。
お二方はかろうじてそれをかわすものの、そのたびに浅くは無い傷を負う。
そしてそこから先は解説があってもほとんど理解できない内容の戦闘が繰り広げられたうえで、是空様は神剣を持つ手を蹴り飛ばされ、五月さんは背中から伸びた霊波刀に閉じ込められた。
 
凄い。
人が神を超える。
そんな奇跡を目の前で見ることができるなんて。
 
「……化け物」
 
信じられない呟きが聞こえた。
目を輝かせているのは極少数。
大半の生徒は恐怖におびえる目で横島お兄様を。
さらに極小数は忌むべきものを見る目で睨んでいた。
 
誰が最初に呟いたかまではわからないが、誰かの呟きは水面に落ちる雫が作った波紋のように広がっていく。



[523] Re[44]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/23 22:53
 ≪令子≫
 不穏な空気が渦巻いている。
おかしい。
横島さんはおばさまにその身を委ねただけかもしれないけどこうなることがわからない二人じゃなかったはずなのに。
人間は弱い。
自分の常識を逸脱するほど強いものは結託して排斥にかかる。
 
おば様のほうを見やるといつもの調子で穏やかに微笑んでいるだけ。
あわてている様子や戸惑っている様子が無いのは幸いなのか? いつものポーカーフェイスなだけなのか?
 
……何か来る!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪テレサ≫
 「作業・終了しました」
 
姉さんの方は終わったのか。
私のほうは後84秒±2秒といったところかしら?
 
「ふむ、テレサのほうはどうだ?」
 
「もう少しですわ、お父様」
 
「うむ。しかしあのお嬢さんも中々どうして、スケールの大きな策をめぐらすじゃないか」
 
あぁ、お父様からすれば確かに人間の女性はどなたであれお嬢さんですわね。
それにしてもお父様も楽しそう。
姉さんのデータベースを見せてもらった時のおよそ七百年の乾燥した時代と比べて、横島さんに出会ってからのお父様の周りには面白い人材がそろっていますもの。
今日のことで改めてそこに一人加えられたことでしょう。
もっとも、その筆頭が横島さんであることは揺るがないでしょうけど。
 
「終わりましたわお父様」
 
「うむ。では細工がばれてしまっては元も子もないからな。早々に去るとしようか」
 
「イエス。ドクター・カオス」
 
「あら、心配じゃありませんの?」
 
「横島は苦しむかもしれんがそれはそれ、あやつが悪いに違いあるまいしな。それ以外の被害はおこさせんだろうしそれでかまわんさ」
 
クスリと微笑む。
お父様が理屈でなく信頼するなんてあなたくらいのものですよ? 横島さん。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪かおり≫
 それはあまりにも突然だった。
六道女学園はかなり高度な結界で覆われている
それなのに突如として怨嗟の声をあげる巨大な霊集団が現れたのだ。
 
「でかいわね」
 
「レギオンクラス(注1)なんじゃないの?」
 
「ん~、でも~、融合は起こしてないみたいよ~」
 
とんでもなく巨大でかつ強力な霊集団を前にお姉さま方は泰然自若と言うか世間話でもしているかのよう。
 
それに引き換え突如として現れた集団を前に恐慌を起こすみんな。
それを押しとどめようと躍起になる先生方。
いえ、鬼道先生だけが突出してきた霊団から生徒を守ってらっしゃいますわ。
……鬼道先生、噂どおりの方ではないのかもしれません。
私がこうも平静を保っていられるのは幼い頃からの修行の賜物と、私たちの前に立ちふさがってくれている雪之丞さんとタイガーさんのお陰ですわね。
 
「おキヌちゃんの友達に万一でも傷つけたくは無いからな」
 
その実力差、考えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの実力の持ち主……こうして安心して誰かに身をゆだねられるというのもいいものですわね。
 
「落ち着いて!」
 
静かな、でも力強いお兄様の声が響く。
恐慌を起こした生徒たちもその声に不思議とひきつけられ、縋る様にお兄様のほうを見る。
恐怖でおびえた目で見た子たちも、忌むべきものを見る目で見た子たちも。
 
「誰も傷ついたりしないから。だから安心して」
 
簡素な言葉なのにとても深くしみこんでいくよう。
 
「おキヌちゃん。ゼクウ」
 
「は、はい」
 
「心得てございます」
 
お兄様の声にあわててネクロマンサーの笛を構える氷室さん。
是空さまはシタールをゆっくりと奏で始めた。
 
シタールの繊細な音色とともに私たちを包み込む大きな結界が張り巡らされた。
その音に追走して氷室さんの澄みきった笛の音が響き渡る。
そこにお兄様のネクロマンサーの笛の音、深く優しい音が加わった。
それぞれが違う趣の音色を奏でているにもかかわらず、それは調和して一つの曲を作り上げていた。
その笛の音に導かれるように怨嗟と苦痛の声をあげていた霊たちは昇天し始める。
曲とあいまって幻想的な一枚の絵画のような光景だった。
 
「横島さんにとっては霊波刀で切り伏せたほうが効率も良いし、疲労も少ないわ。それでも横島さんはたとえ悪霊でもああやって昇天できるように導くのよ。切り払って強制的にこの世との縁を断ち切るんではなく、次の輪廻転生の果てが幸福であることを祈りながら」
 
美神お姉さまの言葉と光景に感動を覚えたものは少なくないはずだ。
お兄様を見る瞳の質が徐々に変わってきていますもの。
 
「すげえな」
 
一文字さんがつぶやいた。
 
「ええ。本当に」
 
この光景の中にいられる氷室さんがうらやましいですわね。
 
霊団のほとんどが昇天したところで氷室さんがその場に倒れこんだ。
それを見越していたのか六道お姉さまが配下の十二神将を用いて私たちの元に氷室さんとともに転移してきた。
 
「おキヌちゃんは大丈夫なのかよ!」
 
一文字さんの剣幕を笑顔で流す六道お姉さま。
こういうところは血筋ですのね。
 
「霊集団が大きすぎてお兄ちゃんやゼクウさまと一緒でも負担がかかりすぎたみたい~。気を失ってるだけだから安心して~」
 
氷室さんの頭をなでるお姉さま。
 
「よく頑張ったわ~」
 
お兄様のほうに目を向けるとほとんどの霊はすでに昇天をしていた。
おそらくこの霊集団のボスであったであろう強力な悪霊だけは笛の音を受け入れずに是空様が作り出した結界に体当たりを続けている。
 
お兄様が笛の音を止め、前に出ると是空様もシタールを奏でるのをやめた。
好機とばかりにお兄様に突進する悪霊。
悪霊が斬られた。
ほとんどのものはそう思っただろう。
しかし、お兄様はあろうことか何もせずにその攻撃を抱きとめた。
 
「苦しみが、君の昇天を妨げるというのなら俺がその苦しみを譲り受けよう」
 
何があったのか?
お兄様が言葉をつむぎ始めると悪霊の顔が心なしか穏やかになり、抵抗をやめた。
 
「悲しみが、君の昇天を邪魔するのであれば俺がそれを受け取ろう。憎しみが、君の昇天を許さないのであればその憎しみは俺が引き受けよう。罪が、君の昇天の障害であるならばその罪は俺が肩代わりをしよう。だから、君は輪廻の輪に戻って新たな旅路を迎えるんだ」
 
悪霊はその凶悪な姿をかわいらしい少女の姿に変える。
その旅立ちを見送るお兄様の姿とあいまって、神々しいまでの光景を作り出していた。
皆、生徒達は私も含めてその姿に魅せられている。
これが、横島お兄様なのですわね。
                   ・
                   ・
                   ・
 (注1)=新約聖書『マルコによる福音書』第五章に登場する悪霊の集合体。「我はレギオン。集合体」と名乗る。イエス=キリストに「その男の中から出て行け」と命じられると周囲にいた豚2000頭に乗り移り入水自殺した。また、レギオンは古代ローマ帝国の軍団編成における最大単位のことで定員は6000人。



[523] Re[45]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/08/31 03:01
 ≪かおり≫
 会場は笑いに包まれている。
だって、
 
「あんな除霊の仕方はだめなのだ! メーッ!」
 
先ほど圧倒的力を見せたお兄様が、
神々しいばかりの光景を見せてくれたお兄様が本物の天使とはいえ7歳くらいの少女の姿をしたジル先生に小さな子供に言い聞かせるような調子で叱られている姿は……微笑ましいというかどうあっても笑いを誘われてしまう。
先ほどお兄様を憎々しげな目で見た生徒たちまで。
私はそのうちの一人。同じく一年選抜メンバーでイージスの理論の非武装結界の使い手、神谷恩を捕まえて問いただした。
 
「……私は知ってのとおりクリスチャンだけど、他の宗派の神にも敬意は持っているの。だからかしら。宗教家としての私にとっては人間が神様を超えるのは絶対に許せないタブーなのよ」
 
そういえば。仏教には前例として玄奘三蔵法師様と斉天大聖様がおられたからあまり気にはならなかったけど。
 
「それが私の理由よ。他の子は知らないけど。でも、あの姿を見たら、ねえ」
 
手足をジタバタさせてホッペをパンパンに膨らませるジル先生に怒られながら困ったように微笑むお兄様。
少なくとも、例え神様より強かろうとお兄様は神様の上にはいない。
それは是空様との関わりを見ればわかることだった。
 
でも、それも理事長先生の説明を聞くまでだった。
 
「プロのG・Sの除霊を間近で見ることができてよかったわね~。でも~、みんなはあんな馬鹿な除霊の仕方をしてはだめよ~」
 
「それはなぜですか!」
 
先ほどの光景にあてられた生徒が半ば怒り気味に質問をぶつける。
あの姿は私も憧れているけど……。
 
「死者の苦しみを受け入れるということは~、精神、心霊面では死ぬことと同義よ~? 相手の死と同化して自分も殺されてしまうもの~」
 
嘘!?
 
「『殺さずにすむものなら妖怪も悪霊も殺したくない』そんな奇麗ごとを守るために自分が死ぬようなまねをするんだもの~。人として尊敬できるけどやっぱり馬鹿よね~。それに耐えきる力と~、それを得るための覚悟はすばらしいけど皆はそんな真似したらだめよ~」
 
お兄様は苦笑しているが否定はしない。
先ほどまで自分を叱っていたジル先生をひざの上に座らせ、足元には狼がじゃれつき、頭の上では狐が寝そべっている。
あまりに平和な光景だけどそれじゃあまるで……。
 
「さて~、それではアクシデントもあったけど予定通り本日のメインイベントをはじめましょうね~。横島除霊事務所代表は横島君~。六道女学園代表は霊能科の実技主任の鬼道君~。スペシャルエキシビジョンマッチを開始します~」
 
無茶よ!
自分たちと雪之丞さんたちとの実力差、雪之丞さんとお兄様の実力差を考慮しても。
本物の神様との修行を顧みても試合にすらなるはずがない。
まして鬼道先生はたいして実力もないはず。
 
「今の状態でお前とやるのは正直しんどいんだがね」
 
「そういわんでくれんか? 万全の状態の横島君とやったら試合にもならへんわ」
 
……どういうこと!?
 
「ルールはどないする?」
 
「みなが理解できるような戦闘、後は何でもありで。開始の合図だけは守ろうか」
 
「ええんか? そっちにばかり縛りがかかってまうで?」
 
「仕方ないだろうな。この試合の意義を考えたら」
 
何の気負いもなく、むしろ楽しそうに戦いの準備をする鬼道先生。
お兄様のほうも幾分気合を入れた面持ち、先ほど雪之丞さんたちとのそれよりも。
 
「それでは~、はじめ~!」
 
お兄様は霊気の盾を6枚作り出し、それが鬼道先生に殺到する。
対して鬼道先生は鬼道家に代々伝わるという式神、夜叉丸の他にも針のようなものを影から取り出した。
数が多い!
針の何割かは鬼道先生の周囲を飛び回り、残りはお兄様に向かって殺到する。
初撃はともに不発。
 
鬼道先生の周りを飛んでいた針の一部が地面に向かい切っ先を向ける。
それを見るや鬼道先生がいきなり飛びのいた。
つい数瞬前に先生が立っていらした場所に地面から棒状の霊気、霊波刀が伸び上がり包囲した。
 
「一応俺の必勝パターンなんだがなぁ。直下からの奇襲、包囲攻撃は」
 
「横島君の戦闘は何度か見させてもらっているさかい、対処法も考えとるよ」
 
「お前みたいなタイプは初見で殺さないと後が困るんだろうな。敵対していた場合は。その針、霊力を察知するレーダーになってるんだろう?」
 
「いきなり見破られてもうたか。その通りや」
 
鬼道先生は夜叉丸も投入した。
 
「双乱舞!」
 
夜叉丸と針が同時にお兄様に襲い掛かった。
 
「この技にも改良が加わっているっと! 洒落にならんぞこれは」
 
数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の針と、夜叉丸のコンビネーションの前にお兄様は避けるのが精一杯。
いえ、あの包囲を避けられること自体異常。
 
「僕かていつまでも立ち止まっておれんのや。横島君がどんどん先のほうを歩いていってしまうからな」
 
お兄様はドーム状の盾を作り出して全方位防御を行った。
それには針も夜叉丸の攻撃も届くことはなかった。
 
「前にやったときはそれでやられたんやったな」
 
「そうだな……どうする?」
 
「こうや!」
 
鬼道先生が懐から大量の札をまくと針がそれをお兄様を中心に満遍なく浮遊する。
 
「って、まさか!」
 
それは大爆発を起こしもうもうと煙が立ち込める。
何がおきたの?
 
「まさか、霊符で粉塵爆発を起こしたっていうの?」
 
美神お姉さまが驚きの声を上げる。
 
パーン! パーン!
 
乾いた音が二度響いた。
鬼道先生はいつの間にかライフル銃を構えそれを煙に、お兄様に向かって発射していた。
卑怯な!
鬼道先生に非難の声が上がるが鬼道先生は意に介さずひたすら煙のほうに銃を構えたまま注意を払っていた。
 
煙はやがて晴れ、左肩を押さえたお兄様の姿が現れる。
 
「すげぇ! 師匠が人間相手に怪我を負ったのを初めてみた」
 
驚いたことに雪之丞さんはどこか嬉しそうな、悔しそうな声だった。
お姉さまたちも、多少眉をひそめているものの非難の色はない。
 
「おどろいたな。何だ? その銃は。ウィンチェスター1866。かなり古い銃のようだが」
 
「ウィンチェスター・ミステリーハウスはしっとるやろうか?」
 
「……呪われた銃ってとこか?」
 
「あらゆる霊的防御を希薄にして呪われた弾丸を吐き出す銃、それがこれや。うちがまだ名門だったころ、お爺様のコレクションやったんやけど売れずにのこっとったのをこの間見つけたんや」
 
「銃刀法違反じゃないのか?」
 
「銃身は潰してあるからモデルガンと扱いは変わらんよ。それでも火薬さえあれば呪われた弾丸は発射されるんやけどな」
 
「うわ、なんつうインチキ」
 
お兄様も責める様子は微塵もない。
 
「横島君も卑怯やと思うか?」
 
鬼道先生の問いにお兄様は不適に笑って答えた。
 
「ほかの誰が非難しても俺は断言する。お前のその判断はどこまでも正しい」
 
え?
 
「おおきに」
 
鬼道先生はそのまま発砲。
お兄様はそれを霊気の盾を何重にも展開して銃弾をとめた。
 
「さすがに発射された銃弾はよけきれんからな」
 
普通よけられるものではないです。
普通でしたらそういう風に止めることだって不可能です。
 
「それが斉天大聖老子の如意棒を止めた積層防壁か。流石にこの銃でも貫けんわな」
 
「……そのことを知ってるということは」
 
「長期休みのときに理事長に無理きいてもろうてな。妙神山の最高難易度の修行、修めてきたで」
 
嘘でしょ!
 
鬼道先生はライフルを捨てると後ろ手に何かを投げた。
それは鬼道先生の背後で爆発して眩い閃光を放つ。
フラッシュグレネード!?
 
鬼道先生の背後で爆発したため鬼道先生の影がまっすぐお兄様のほうに伸び、顔を背けていたお兄様はその影に飲まれてしまった。
 
鬼道先生がお兄様に勝った!?



[523] Re[46]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/09/01 00:08
 ≪かおり≫
 鬼道先生は光源を背後にし、自分の影に向かい夜叉丸と針を臨戦態勢で構える。
ライフルも火薬を詰め替え構えた。
 
影から黒い影が飛び上がる。
鬼道先生はそれに向かい一斉に攻撃を開始した。
影は鴉だった。
これはお兄様の使い魔、ユリン。
影から飛び出し続ける鴉の中でもひときわ大きな鴉の背に、お兄様は乗っていた。
 
「やっぱりな。横島君も式神使いやから影から自力で脱出できるんやないかとおもっとったけど」
 
「それを見越しての一斉攻撃か。やっぱお前は最高だよ」
 
「横島君かてそれを見越しとったやないか」
 
「あぁ、まさかユリンの手を借りる羽目になるとはな。だが、出した以上はお前の数の優位はなくなったぞ?」
 
「言うたやろ? 僕かていつまでも立ち止まってるわけやないんやで!」
 
鬼道先生の合図で針が試合場に突き刺さる。
 
「翼を禁ずれば飛ぶことをあたわず。堕ちよ!」
 
鴉達が次々と落ちていく。
そしてお兄様の影の中に消えていった。
 
「禁術だと!」
 
落下しながらも体勢を整えるお兄様に夜叉丸と針が襲い掛かる。
凄い。
鬼道先生はこんなに強かったんだ。
 
霊気の盾を作り出すお兄様。
 
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 
「早九字も!?」
 
鬼道先生から放たれた強力な霊波砲を自分の霊波砲で相殺し、更なる霊波砲で追いうちをかける。
 
「物忌鬼招守!」
 
それも防ぎきる先生。
 
お兄様は若干の手傷を負ったが体勢を立て直し、睨み合いに入った。
 
「そう言えば、式神使いの前身は陰陽師か。まさかここまで使いこなすとはね」
 
「鬼道や」
 
「ん?」
 
「僕の家はもう少し古いで。名前のとおり鬼道が発生源や」
 
「するってえと呪禁道や大陸の道術なんかもかじっているわけか」
 
「さぁ、どうやろうな」
 
「あんま余裕かましてられないようになったし、きついのいくぞ」
 
「僕もとっときをだすさかい」
 
お兄様の左手が巨大な爬虫類の黒い手に変わる。
 
「南無本尊會界摩利支天來臨影向其甲守護・レン・ア・ヂ・チャ・ヤ・マリ! いったれー!」
 
鬼道先生の号令とともに針と夜叉丸が鳳の姿を象り空を駆けた。
同時に鬼道先生が地面にまいた札から石でできた三つ首の犬が4匹お兄様に殺到する。
だが、お兄様の黒い腕が一振りされると動きが止められる。
その隙にお兄様は急接近をすると黒い腕での攻撃をフェイントに鬼道先生に当身を食らわせた。
倒れる鬼道先生。
その横で座り込むお兄様。
 
「前も疲れたけど、今回はさらに疲れた」
 
凄い試合だった。
私たちはものすごい誤解をしていたらしい。
 
鬼道先生は横たえられたまま、お兄様の解説が始まった。
 
「俺と、っと、私と鬼道先生は今回が初対戦ではなく以前鬼道先生が妙神山修行場の上から2番目のコースを収められたときに手合わせしているし、私と鬼道先生がイギリスに留学中に高位の魔族に対し共闘したりしていたのでお互いの手の内はある程度知っていたので、と、言っても私は鬼道先生も妙神山の最高難易度の修行を納めていたとは知りませんでしたが。ともかく軽い牽制から試合を始めました」
 
あれが軽い牽制ですか。
 
「その後、私は霊波刀による直下からの奇襲、包囲という私が得意としている戦術を取りましたが、以前それを見ている鬼道先生は自分の周囲に漂う針をレーダー代わりにすることで奇襲を防ぎました。その後の鬼道先生の攻撃はその改良前の姿を見たことがありますが、防ぐことが困難、かつ、蓄積するダメージのせいでこちらの行動を制限する攻防一体の攻撃になっています。特に、攻撃に夜叉丸が加わったことで私も攻撃に転じることができませんでした。その直後私の作り出した霊気の盾は全周囲を覆い、高速回転をさせることで針と夜叉丸を防ぎましたが鬼道先生が霊符で粉塵爆発を起こしたために回転が止められ、ライフルの一撃を通す羽目になったのです。粉塵爆発というのは空気中に一定の割合で可燃性の粉末が漂った場合、そこに火種があるとそれは急激な燃焼、いわゆる爆発を起こすことを指しますが、鬼道先生は霊符を針を用いて霊力の伝導率の高い割合で漂わせたことで安い霊符で擬似的な粉塵爆発を起こしました」
 
あの大爆発はそれがからくり。
 
「さて、鬼道先生がライフルで私を撃ったことでそれを卑怯だといった生徒もいたようですが……私はそうは思いません。最初の時点で私たちは開始の合図を守ることと、皆さんの理解の範疇のうちで試合を行うこと以外のルールを設定しなかった以上、鬼道先生の行為は与えられた条件の中で最も効率的な行動をとったに過ぎません。現に俺は手傷を負いましたしね。そしてフラッシュグレネードで影を伸ばし、式神使い特有の影の中の亜空間に私を捕らえると、同じく式神を使える私が影の中から自力脱出を行えることを見越して攻撃を仕掛けてきました。幸い私の使い魔、ユリンは分裂を行えるのでそちらを囮にしましたがそうでなければなすすべもなく攻撃を食らっていたでしょうね。その後数の優位を得た私に対し、鬼道先生は禁術を持ってその優位を消し去りました。その後も陰陽術や符術。鬼道先生の話では恐らく鬼道、呪禁道や大陸系の道術なども使えるのでしょう。それを駆使してこちらの行動を制限し、私は対魔族用切り札の霊波刀を使用する羽目になるまで追い詰められてしまいました。……鬼道先生は自分のことを凡才、よくても秀才程度の才能と考えていたようです。実際、式神使いとしての素養で言えば六道家には及ばないでしょう。ところが、鬼道先生は式神使いとしてではなく、霊能家としての道を選び、凡夫が天才を超えるための努力を続けてきました。……ですが、今の試合を見てもわかるとおり鬼道先生は紛れもなく天才です。私の周りには戦術、戦略、戦略眼の天才と呼べる人が何人もいますが少なくとも、相手の実力を発揮できないようにさせ、自分の実力を100%以上に発揮することに関して言えば私は鬼道先生以上の人を知らない。自分に足りないものをほかから持ってきて、かつそれを完全に使いこなせるようにできる人間も先生の他には美神親子位しか知りませんね」
 
「横島君。そら褒めすぎや」
 
鬼道先生が起き上がった。
今までと違い生徒から送られる視線に蔑みのそれはない。
 
「そうでもないだろう? 正直お前とやる以上にしんどそうなのはカオスくらいしか思いつかないぞ? 人間では」
 
結局のところ、横島除霊事務所と六道女学園の練習試合はうちの全敗で終わった。
恐らく、これは練習試合ではなく講義だったんだろうと思う。
試合が終わって帰ろうとしている雪之丞さんを捉まえて頼む。
 
「お暇なときでいいんですの。稽古をつけてくださいませんこと?」
 
「ん? いいぜ」
 
驚いたことにあっさりと承諾を得た。
 
「いいんですの?」
 
「あぁ。おキヌちゃんの友達だって言うし、あんたの水晶観音と俺の魔装術は近いみてえだからな。本当なら俺なんかより師匠に習ったほうがいいんだろうが弟子入りの条件は俺も半年近くかかったからな」
 
「でも、そんなにあっさり」
 
「タイガーと戦ったあんたらの戦いっぷりが気に入ったからな」
 
氷室さんに感謝ですわね。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪美智恵≫
 西条君の手元のコーヒーがカタカタと震えている。
その瞳に宿るのは恐らく嫉妬。
いいえ、羨望ね。
六道先生から送られてきたDVDを見たせいだ。
手加減しているとはいえ横島君と互角に戦う青年。
しかもお互いに顔見知りの中だ。
 
「……先生、頼みがあるんですが」
 
「長期休暇なら却下よ。西条君にはやってもらわないといけないことがいっぱいあるんだから」
 
私のせりふに悔しそうなうめき声を漏らす西条君。
その西条君に一枚の辞令を渡す。
 
「西条君には研修に行ってもらうわ。場所は妙神山。期限は2ヶ月だから」
 
礼もそこそこに一転嬉しそうに部屋を飛び出す西条君。
西条君がいなくなる2ヶ月間のことを思うと頭が痛くなるけど。
きっとこれでよかったんだろう。
 
「……ふぅ、ほんとにもう。人誑しなんだから」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪鬼道≫
 「結局のところ、信仰やったんやと思う」
 
なんで理事長が横島君の修行を見せたか。
その一点だけが腑に落ちひんようやったので僕の推論を雪之丞君に教える。
 
「どういうこった?」
 
「横島君はあらゆる意味で現役最高のG・Sや。しかも横島君が初代。霊能を伝える家からすればのどから手が出るほどほしいはずや。初代やったら家として吸収することはあっても吸収されることはないはずやから。娘をそそのかして既成事実を作る、とかな。うちの学園でもそういう動きがないわけやない。無論、六道家が牽制しとるし、そないなもんにひっかかる横島君とちゃうけどな」
 
それでひっかかるようならとっくに……
 
「同時に、横島君に嫉妬している連中もいっぱいいるんや。六道女学園からそれを出したくなかった理事長はひとつ博打をうったんや。もっとも、あの人のことやから自分が負けんように布石をいっぱいうってな」
 
いまいちわかったらんようやな。
 
「雪之丞はん。人間が自分より圧倒的に優れた生物に対してどないするかしっとるか?」
 
「集団による攻撃、および排斥だろ? だからわからねえってんだ」
 
「それがもうひとつあるんや。自分よりはるかに強い存在が、自分を守護する存在だと確信したとき、人間は排斥でなく礼賛を行う。即ち信仰や。理事長は横島君の強さとあり方を見せて横島君を信仰の対象に奉りあげた。意図的か偶然かはともかく、ジル先生のおかげで堅苦しいそれではなく、親しみやすい形でな」
 
「横島教?」
 
「そこまでいかん。ま、学園中の生徒を上っ面なそれでなしに強烈なシンパに仕立て上げたっちゅうことや」
 
ほんま、無茶したもんや。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「大きな絵を描いたもんですねぇ」
 
「それ、贋作よ~」
 
六道家の数ある部屋のひとつに大きな絵がかかっている。
俺は冥華さんと二人、その絵を眺めていた。
薬師如来とその両手に立つ十二神将の絵を。
 
「贋作……ですか?」
 
「実在する十二神将像や薬師如来像からポーズや表情をいただいたから贋作。でも、本物でもあるわね~」
 
あぁ、なるほど。
 
「……タイミングがよすぎた。あの子はいったい誰だったんです?」
 
「……六道家にも昔から伝わる掟があるわ~。六道家の家訓を破り、人の世の平和を乱したもの~。まして悪霊となり六道の名を汚したものは六道縁の施設に封じられ~、輪廻も許されずただ結界を構成する楔とされてしまう~。……ひどい話よね~、あの子はただ、皆にかまってほしかっただけなのに……」
 
「あの子は?」
 
「六道冥菜。私の双子の姉よ~」
 
「……監視がついていたんですか?」
 
「そうね~。六道本家には敵が多いから~。でも~、今回は授業中に起こったトラブルにたまたま居合わせたG・Sが解決したんですもの~。……ドクター・カオスが迷彩してくれたおかげで六道分家やご老人たちにはばれないと思うし~」
 
無理しているな。
もっと早く、どうにかしたかったんだろうに六道当主としての地位がそれを邪魔したのか。
 
「……ありがとうね~、横島君。姉さんを解放してくれて~」
 
冥華さんの顔は見えない。
見ない。
 
「……ずいぶんと大きな絵を描いたもんですねぇ。何もかも、八方丸くおさめる整合性を持った絵を」
 
「贋作よ~。横島君が書こうとした絵に、ほんの少し筆を加えただけですもの~」
 
かなわないな。本当に。



[523] Re[47]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/09/05 00:30
 ≪令子≫
 いきなり横島さんが殺虫剤、……魔族コロリなどというわけのわからないものを窓の外にまいた。
 
「ぐわぁああ!」
 
いきなり苦悶の声が上がると何か、あれはベルゼブル……っつうか、殺虫剤でやられるなんてまんま蠅ね。
 
「春になると悪い虫もわいてきて困るなぁ」
 
そういう問題でもないと思うけど?
一応中位の魔族よ? 多分クローンだけど。
そのまま何事もなかったように事務処理を始める横島さん。
日常の風景が続けられる。
わけもなく。
妙神山から小竜姫さまたちがやってきた。
 
「実は至急いってほしいところがあるんです!」
 
「わかった」
 
あまりにも簡単だ。
さすがにそれでは私たちがついていけないので詳しい説明をもらった。
横島さんは身内は無条件で信頼する悪い癖がある。
もっとも、横島さんの身内で横島さんに仇なそうなんて考えるやつはいないだろうけど。
 
「つまり、月に行ってほしいってこと」
 
「その通りだ。一部の交戦派の魔族が月に入り込み、月の魔力を地球に持ち帰ろうとしているのだ。リリシア姫の母君、魔王リリスがデタント派についてくれたおかげでわれわれ和平派のほうが数は多いとはいえ、主戦派の勢力もまだ侮れないためわれわれが月に出向いて交戦することも神族が出向いて交戦することも主戦派にとっては開戦を推し進める口実になってしまう。それに月は完全なる中立地帯だ。月神族もわれわれの干渉を嫌っている」
 
「月神族?」
 
ワルキューレの説明に聞きなれない言葉を聞いたので聞き直す。
 
「月の精霊たちのことです。日本人のあなた方には馴染み深いと聞きましたが」
 
ジークが特殊な映像機を展開するとそこに一人の美女の立体映像が現れる。
 
『私は……月世界の女王、迦具夜。その者たちが侵略者を討つ武士ですか?』
 
「はっ! 人間世界で考えうる最高の人材です」
 
横島さんまだ引き受けるとは一言も言ってないんだけど。
いや、引き受けないはずがないんだけどね。
 
『侵略者は凶暴で強力です。我々の主権を犯し、無法を続けており手がつけられません。一刻も早い救援を要請します』
 
「【なよ竹のかぐや姫】おとぎ話に出てくる永遠の美女なのね~」
 
「女王、今しばらくのお待ちを。必ずやその侵略者を排除して見せましょう……私たちのために」
 
「……ありがとうございます」
 
映像はきれた。
 
「お前らしいな」
 
ワルキューレが微笑む。
 
「女王が恥を忍んで他国のものに救援を求めているわけだしなぁ」
 
あ、かぐや姫の心労を和らげるためか。
 
「とはいえ月か。全員でいけるような場所じゃあないよな。足の都合はできているのか?」
 
「あぁ、某国のロケットを買い入れしている。もっとも、それだけでは不安なのでカオスの手を借りたいところなのだがな」
 
「あぁ、あそこは金がないって理由で原子力潜水艦を何の処置もしない上で海に廃棄するような国だからなぁ……核ミサイルも格安で購入できるって話だし。ま、カオスが手を加えたなら安心か。もともとの宇宙技術は世界一だったんだし」
 
「とはいえ、やっぱり人数は限られるのね~」
 
「俺と恐らくマリア、テレサは外せないとしたら後は何人乗れる?」
 
「3人というところでしょうね。それ以上は宇宙戦用の装備も用意しきれませんでしたから」
 
小竜姫が4組の竜神、魔族の装備を出す。
 
「なら雪之丞と令子ちゃん。冥子ちゃん。来てくれるか?」
 
雪之丞は好戦的な笑みを浮かべてそれに応じた。
 
「エミちゃんにお土産買わなきゃいけないわね~。ウサギさんのついたお餅は売ってるかしら~」
 
冥子、それ、不老長寿の妙薬よ? 頼むから万が一売ってても買ってこないでね。
……冥華おばさまとうちのママと、多分横島さんのお母さんが欲しがると思うから。
(精神力の)命が惜しいから巻き込まれたくないし。
いや、気持ちはわからないでもないんだけどね。
                   ・
                   ・
 48時間後、私たちはロケットの中にいた。
何? 普通ロケットの打ち上げってもっと入念な準備しない?
カオスが一枚かんでなかったら私降りたいところよ?
 
「安心しろ。軌道計算を含めすべてはマリアとテレサが即座に対応できる。ロケット自体を破壊されん限り何の問題もないワイ。たとえロケットが破壊されても月神族の元なら人間も生活できよう。必ず迎えに行くから安心して戦ってこい。……地上での作業がなければ私が行きたいところだったぞ?」
 
いや、本気でこういうときは頼りになるわ。
そして一路月へ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪サっちゃん≫
 ジークの報告を受ける。
概ねは歴史どおりやな。
良くも悪くも。
 
ジークが退席したのを見て本題に入る。
 
「で、どうなんです?」
 
「メドーサがおらへんになったけど、アシュタロスの奴が送り込んだ魔族は3体や。まぁ、単純な実力で言えば横島の敵やないと思うけどな」
 
「それ以上のことはわからなかったんですか?」
 
「あまり露骨に探りいれられへんし、アシュタロスにかかわる上級魔族を主に観察しておったからなぁ」
 
「つまり、上級魔族は動いていないと?」
 
「あぁ。よくても中級のはずや。いくらアシュタロスでもそう簡単に上級魔族は作れんはずやしな」
 
「……彼女たちという可能性は?」
 
「推測やけどたぶん違うと思う。ま、決定的な証拠はないけどな」
 
「……動き出しましたね」
 
「動き出しとるんはとっくや。……抜かりはないやろうな?」
 
「万全、とは言いがたいですが」
 
「ま、仕方ないな」
 
やれやれ。また横島に苦労をかけてしまうな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪???????≫
 月の警務官か、雑魚だな。
 
「もう終わったの?」
 
「あぁ。いつもどおりの嫌がらせだ。ベルゼブルに衛星軌道上の守りは任せているが、月の警察は雑魚ぞろいだから何の問題もない」
 
「そうね。でも、気をつけて頂戴。失点続きで私たちにはもう後がないんだから」
 
「もとより承知だ。俺も、貴様も母体が失われている以上、ここで居場所を確保するしかないんだからな」
 
「わかっているならそれでいいわ。交代の時間よ。ゆっくり休んで頂戴」
 
母体を失ったからこまめに魔力を補充しなければならない。月にいるからまだいいようなものの、不便なものだ。
だが、それももうすぐ終わる。



[523] Re[48]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/09/12 21:04
 ≪横島≫
 前回は美神さんが核攻撃を行ったためになし崩し的にベルゼブルとの戦闘が始まってしまったが、今回はテレサが周辺の警戒。マリアが軌道計算、着地準備と分業制で専念しているためにベルゼブルの警戒網をかいくぐって月の宮殿へとたどり着いた。
 
「ようこそいらっしゃいました。地球の武士たちよ。私が月神族の女王、迦具夜です」
 
……虫が一匹入りこんでいるな。
潰すか? いや、せいぜい利用させてもらうとするか。
 
「この城は物質界と霊界の境目にある亜空間に存在していますからあの悪魔たちも手出しをしてこれません」
 
うん。だから入り口が開いたときに一緒に進入したんだろうな。
トロイの木馬みたいなもんか?
ってえことは俺たちが木馬なわけね。
 
「地球より参りました横島忠夫と申します。彼女たちは私の大切な仲間で美神令子、六道冥子、伊達雪之丞、マリア、テレサ。よろしくお願いします」
 
彼女たちが挨拶を交わす間にも蠅への監視を怠らない。
嬉しいことにうちの連中は気がついた時間の早いおそいはあれど蠅の存在に気がついていながら手出しを控えている。
理由はそれぞれだろう。
警戒しているのか? 俺を信用してくれているのか? 俺のようにかけひきに使おうとしているのか?
とはいえこのかけひき、下手をうてばかえって月警官の長の神無さんのプライドを傷つけるだろう。
司令官が冷静さを欠けば被害は広がるし、俺達がこの月神族のすべてを救ってもいけない。
あの蠅を利用して彼女達の信頼を得ること。
彼女達に自分達の力で戦ってもらう……少なくともそのつもりであってもらわなければならない。
 
「どうしましたか?」
 
思考の海に埋没した俺に訝しげに問う姫。
 
「火浣布(火鼠の皮衣。かぐや姫が阿部右大臣に要求した宝)でも用意するべきだったと思いましてね」
 
「まぁ、千歳を超えるおばあちゃんにご冗談を」
 
あ、あの時メドーサにおばさんと呼ばれて美神さんと一緒に怒り心頭だったけど自分で言う分にはいいのか。
 
人影が二人。
 
「朧! 神無! ご挨拶を」
 
「迦具夜姫つき官女の朧にございます」
 
「月警官の長、神無にございます」
 
「月にいる間はこの二人をおそばに……何なりとお申し付けください」
 
チッ。
蠅のやつ、朧さんにとりつく機会をうかがっている。
考えているのは皆同じなのか、ピンポイント攻撃のできる俺と雪之丞がベルゼブルの背後を向いた瞬間、複眼から捉えきれない角度から朧さんに被害が及ばないように攻撃で撃墜。
メキラの短距離瞬間移動能力で冥子ちゃんと令子ちゃんが朧さんを、マリアとテレサは迦具夜姫と神無さんの間に体を入れて守る。
突然のことに驚いた月神族はベルゼブルの死骸を見てさらに驚いた。
 
「まさか。この城に侵入していたなんて」
 
「この悪魔はベルゼブル。クローンによる集団攻撃や情報収集を得意としていて小型化、高速飛行が可能な中級の魔族です。ここにいるのもそのクローンのひとつでしょう。私達がこの城に招待されたときに開いた穴に一緒に紛れ込んでいたのは知ってはいたのですが狙いもわからないので監視行動にとどめておりましたがそちらの朧さんにとりつこうとしていたので退治しました。早速で申し訳ありませんがこの城、いえ、この亜空間全域に対する広範囲霊視と月神族の中にすでにとりつかれたものがいないかどうかを調べる許可をいただきたい。私達が来た以前に開いた穴から進入していた可能性もゼロではないですから」
 
前回、俺にとりついて進入したメドーサの例もあるからな。
許可をもらった俺達は広域調査をユリンに頼み、月神族は二列に並んで心見と冥子ちゃん(クビラ)に霊視してもらう。
ユリンと心見、クビラの存在に驚かれた。
思うに、月神族は地上の神々と比べて魔力的に恵まれていたからか技術力的には高いけどここの能力はそれほど高くはないようだ。
そうでなければ前回、俺や美神さんが呼ばれるはずもないか。
霊視をしてもらっている間に俺達は神無達から敵、魔族の情報を得ていた。
神無さんはもしかしたら迦具夜姫が取り付かれていたかもしれないと青くなる。
今回は朧さんのあのおちゃらけを入れる余裕もなく姫も交えて情報を整理した。
 
「月に進入した悪魔は三体。これがその映像です」
 
一体はベルゼブル。だが残りの2体は……。
 
「勘九郎!」
 
「こいつ、ゲソバルスキー!」
 
「知っているのですか?」
 
「ええ。いずれも地上で戦ったことのある、いえ、本体ではなかったとはいえ退治したことのある相手です」
 
神無さんの表情が変わる。
無理もないか。
これまでにも月警官の中に被害が出ていたのだろうから。
だが、勘九郎はあそこで殺したクローン以外がいたのかもしれないが、ヌルの脚の分身であったゲソバルスキーが何でここにいる?
 
「それと連中は大質量生命体、それを2体持ち込んでいます」
 
……これも俺達のときとは違う。
一体は俺の知っているアンテナ型の兵鬼。もう一体はまるで烏賊と蛸の中間のような姿をしたアンテナ型よりさらに大きい、恐らく全長は2kmを超えるのではないだろうか?
 
「いずれにせよ、時間も限られているな。地球のピンポイントへの照射なんていう調整がすぐに済むとも思えないが巧緻よりも拙速が求められるだろうからな」
 
「お兄ちゃん~。霊視が終わったわよ~」
 
「憑かれていたものは幸いいなかったが、ホレ、こんなものが仕掛けられておったぞ」
 
「これは……ヌルのもっていたホログラム」
 
それにあわせたかのように、ホログラム装置から映像が発せられる。
 
「ハーイ! 元気にしていた?」
 
「勘九郎!」
 
「あら、雪之丞じゃないの。こんなところまであたしに会いに来てくれるなんて嬉しいわ」
 
勘九郎の挑発にどうにか耐える雪之丞。
 
「ま、こっちも何かと忙しいし用件だけいうわね。あたし達の邪魔をしないで頂戴。もしそれが守られなかったら結界兵鬼、怒露目を使わせてもらうわ。怒露目の能力は自分の周囲に極めて強力な結界を張るだけ。だけど、この子が自分に結界を張ったまま地球に向かって超高速で飛んで行ったらどうなるかしら? ちなみに目的地は日本よ」
 
あれだけの巨体が大気との摩擦の影響を受けずにその質量を保ったままに移動速度と重力加速度を加算されて地表に落ちたら。氷河期の到来とは言わないまでも、洒落にならない被害が起こるのは間違いない。
 
「こんな場所から日本なんてピンポイントにそいつを落とせるとは思えないがね?」
 
時間稼ぎ、兼探りをいれてみる。
 
「そうね。射出のタイミングはそっち任せだしそこまでピンポイントに狙いをつけるのは難しいわ。でも、北半球を狙うのなら簡単よ? 運良く太平洋の真ん中にでも落ちれば津波程度の被害で済むかもしれないけどね」
 
どこに落ちたってまずいものはまずい。向こうもそれがわかっているからの脅迫なのだろう。
 
「だからその城から出たらだめよ。出てきたら問答無用で怒露目を地球に落としちゃうから」
 
怒露目を封じる手段はある。
だが、ここから怒露目を押さえに行ったのでは時間的に間に合わない。恐らくこちらのロケットよりも速いだろうから。
月神族の城を俺たちを監視するための檻にしたのか。
さて、どうするか。
 
「でもそうね。雪之丞なら相手をしてあげるのも楽しいかもね」
 
!?
 
「いいわ。雪之丞の相手をしてあげたいから雪之丞一人なら出てもいいわよ」
 
「だったら俺はミカミレイコを所望する」
 
「そういうことだから雪之丞と美神令子だけは外に出てもいいわ。アンテナ兵鬼ヒドラの下で待ってるから殺されるつもりならいらっしゃい」
 
おかしい。勘九郎は少なくとも愚か者ではなかったはず。
なぜこんなまねをする?
罠……かもしれないが乗るしかないだろうな。



[523] Re[49]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/09/18 18:51
 ≪勘九郎≫
 あたしは母子家庭で育った。
あたしの母親はおよそ母親とはいえない生き物だった。
いつだって酒といやらしい香水のにおいをぷんぷんさせていた。
その手があたしに触れるときはあたしを殴るとき。
時には何日も放置され、やっと帰ってきたときの第一声は
 
「あら、まだ生きていたの」
 
だった。
そしてあたしが8歳の誕生日を迎えた日、母親はいつものごとく外に出かけていき、帰ってこなかった。
餓死しかけたあたしは空き巣に発見され、一命を取り留めた。
あたしを助けてくれた空き巣は警察に捕まり、牢に入れられた。
生まれてはじめてあたしを助けてくれた男性は、あたしを助けたせいで牢につながれてしまった。
 
あぁ、なんてあたしは無力なのだろう。
無力はいやだ。
力がないのは首がないのと一緒。
 
白龍寺に入った後、狂おしいばかりに力を求めた。
あたしのほかにもう一人、あたしのように力を求める子がいた。
伊達雪之丞。
死んだ母親に誓ったために力を求めたという。
理解できなかった。
でも、母親のせいで力を求めるという共通点を見出したあたしは雪之丞とつるむようになった。
時折、無性に苛立つことはあったけど。
なんてことはない。
あたしは雪之丞に嫉妬していたんだ。
あれほどに想うことができる母親がいたということを。
 
でもそれも、雪之丞が白龍寺を出て行くまでのこと。
雪之丞は横島除霊事務所に行った。
ただ一人の友人とも呼べる子があたしに相談することもなくそのことを決めたことに腹を立てたあたしは誘ってくれたあの子の提案もにべもなく断った。
 
そこが運命の分かれ道。
それからもひたすら力を求めたあたしは白龍寺に敵がいなくなっていた。
そのころだ。あの女、メドーサが寺に来たのは。
 
「強くなりたいものはあたしに従いなさい」
 
と、メドーサは言った。
逆らった坊主たちは力でねじ伏せられた。
あたしは更なる力を求めるがために彼女に従った。
魔装術を学んでいる過程で、あたしはメドーサが魔族であることを知ったがそれでもかまわなかった。
無力はいやだ。
 
G・S資格試験の日、あたしは雪之丞と再会した。
そのときのあたしにあったのは優越感。
あなたがあたしのそばから離れた間にあたしはあなたよりずっと強くなっている。
その自負がそうさせた。
けど、結果は惨敗。
嫉妬に狂った。
何で何もかも捨てて修行に励んだあたしよりも強くなっている!
何であたし以上に魔装術を扱えている!……と。
 
嫉妬に狂ったあたしはあの子が差し出してくれた救いの手をまた振り払ってしまった。
 
そしてメドーサ共々負けたあたしはメドーサに使い捨てられた。
 
無力はいやだ。
 
あたしを拾った、いや、目をつけたのは魔族のマッドサイエンティスト、プロフェッサー・ヌルだった。
あたしは奴の甘言に惑わされ、本当に何もかもをなくしてしまった。
 
そして今のあたしがいる。
原因はあの男。
横島忠夫。
雪之丞の師匠。
でたらめな強さを持った存在。
彼があたしを救って、いえ、つくりあげてくれた。
 
意識が覚醒する。
                   ・
                   ・
 「……目が覚めたか」
 
「ゲソバルスキー。どれくらい寝てたのかしら」
 
「さぁな。だが奴さんたちがまだ動き出していないことを見るとそれほど時間はたっていないんだろうさ」
 
そうね。
 
「だが、本当にいいのか? 俺は目的さえ果たせればそれでかまわんがお前はそうではあるまい?」
 
ゲソバルスキーが上空に浮かぶ怒露目を見上げる。
あたしも見上げた。
 
「きっと大丈夫よ。考えるのも馬鹿らしくなるくらい強くて、あたしを切り捨てることにすら後悔を見せるお人よしが向こうにいるんだから」
 
「……戦いたかったな」
 
「今のあたしたちじゃ瞬殺よ? 戦いにもなりはしないわ」
 
「それでもだ」
 
「武人ね~。今のあんたは」
 
いずれにしても、結果は向こうしだい、か。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「向こうの提案をのむしかない。いけるか?」
 
雪之丞は好戦的に、令子ちゃんは任せてと大きな胸をさらに張って答える。
……結局、雪之丞に勘九郎を殺させてしまうのだろうか?
 
俺は神無の方にむきなおる。
 
「この二人が出て行くときに開く穴からおそらくベルゼブルが進入してくるだろう。月の警官隊と冥子ちゃん、ユリンにはその駆逐を頼みたい。中に入ってくるかどうかはわからないがベルゼブルの本体はおそらく月に来ているはずだからな」
 
「われわれの任務だから当然だな」
 
「相手は魔族だ。冥子ちゃんにしても一体ならともかく集団でこられると分が悪い。言っては何だが月の警官隊で魔族と正攻法で戦えるものはいまい?」
 
「我々には月の主権を守る義務がある!」
 
「あぁ。だからつまらぬ誇りは捨てて月の平和を守ることを最優先してくれ。幸い、ベルゼブルのクローンは攻撃力とスピードは本体と変わらない反面、魔族とは思えないほど打たれ弱い。攻撃があたりさえすれば倒せる相手だ。そして、冥子ちゃんはそういう相手との戦いに向いているし、罠を張るためのアイテムも用意してきているからうまく連携をとってくれ」
 
「……了解した。だが、あなたたちは大丈夫なのか?」
 
「信じている」
 
俺はただその一言だけを紡ぐ。
 
「マリアとテレサはあのアンテナ兵鬼の方を頼む。おそらく自立行動をしてくるだろうが」
 
「私と姉さんならシステムをいじって無力化させることも可能ですわね」
 
なにしろカオスとリンクしているからな。
 
「しかし、あなた方にとってはあの怒露目とかいう兵鬼のほうが懸念だろう?」
 
「あぁ。だから俺が向こうに行く。対応できる手段を持ち合わせているのでね」
 
神無と朧に協力してもらい、戦闘能力をあまりもたない月神族や迦具夜姫の警護。トラップの設置なんかを手伝ってもらう。
朧が言っていたように月には女性しかいないので俺や雪之丞は嫌でも目立っていた。
 
すべての準備が終わったのはそれから(地球の時間感覚で)10時間ほどたった後。
竜気の補充を十分にしてもらい、ユリンを城の各所と雪之丞、令子ちゃんの影に隠して軽く睡眠をとる。
さてと、やるか。



[523] Re[50]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/09/18 18:53
 ≪冥子≫
 う~ん。まさかいきなりこんなに入り込まれるとは思わなかったわ~。
おにいちゃんに注意されていたけどベルゼブルの進入に際して月のおまわりさんの反応が一歩遅れてたくさんのベルゼブルの進入を許してしまったわ~。
もっとも~、おにいちゃんにとっては予定通りなのかもしれないけど~。
 
「一時後退だ!」
 
神無さんの焦ったような声、これは演技だけどその声に合わせて撤退する月のおまわりさんたち。
私は~、ものすごい速さで飛ぶベルゼブルが月のおまわりさんに攻撃できないようにけん制するのがお仕事だから。
 
え~い~。
 
大きく息を吸い込んで息をぷ~って吐き出すとそれはアジラちゃんの火の息になって何匹かのベルゼブルを巻き込むことに成功したわ~。
ユリンちゃんのけん制をしつつ一部屋づつ後退していく。
 
「ハッハッハッハッハ逃げても無駄だ」
 
ユリンちゃんを蹴散らした(実際にはユリンちゃんが自分で分身を消したんだけど~)ベルゼブルはそのままの勢いで目標地点に侵入してきたわ~。
 
「が、なんだこれは」
 
ドクター・カオス謹製、燻煙式魔族コロリのよ~。
パッケージには宇宙忍者もいちころって書いてあるわ~。
 
しばらくして隔壁を空けると一匹だけ動きがヨタヨタしているけど生きているのがいた。
多分あれが本体ね~。
自慢の高速飛行という手段をなくしたベルゼブルは月神族の武器とサンチラちゃんの雷にうたれて分身の死体もろとも姿を消した。
歓声を上げて喜び合う月のおまわりさん達。
ん~。
あんまり健全じゃないけどみんながどれだけ苦しめられてきたかは私にはわからないことだし~。
まぁ、お兄ちゃんの目論見どおり月のおまわりさんたちの誇りと独立心は守られたし~、後はおにいちゃんたちが無事に帰って来れればいいんだけど~。
……え?
怒露目が動き出してる~!?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪令子≫
 「ほう、逃げ出さずに来たか」
 
「逃げる? どうして自分より弱い相手を相手に逃げなきゃいけないのかしら」
 
わかりすぎるくらいわかりやすい挑発のほうが魔族には有効。
だが、ゲソバルスキーの態度は想定外だった。
 
「くっくっく。そうだ、その気の強さ。それでこそ幕引きに相応しい。お前が男でないのだけが残念だ」
 
ゲソバルスキーはうれしそうに笑うのだった。
そのまま私に背後を見せて歩き出した。
言外について来いといっている。
罠か?
それにしては今の姿。
私に完全に背を向けているのは無用心が過ぎる。
結局私は問題の先送りとは知りながら黙ってゲソバルスキーの後をついて行った。
 
「さぁ、ここだ。決闘をはじめようじゃないか」
 
深さ1m弱の穴が1つ掘ってある場所に着くと何を思ったかゲソバルスキーはその穴に入り武器を構えた。
 
「……どういうつもり?」
 
「仕方あるまい。これが女と決闘するときの作法なのだから」
 
え~と。
確か中世の歴史を調べているときに確かにそういった作法があったのを見たことがあったわね。
女は棍棒を使い、男を打ち殺すか男を穴から引きずり出せば女の勝ち。男は逆に女を殺すか穴の中に引きずり込めば男の勝ちだったっけ。
だが、何で?
 
「……何の説明もなしというのはムシが良すぎるかね」
 
「そうね。少なくとも決闘っていうのに集中できなくなることうけあいだわ」
 
実際にはそんなこともないんだけど。
 
「これから言うことは俺の恥だ。だからお前も他の人間にそのことを漏らさないでほしい」
 
ゲソバルスキーは屈辱に耐えるようにつぶやいた。
 
「俺はヌルの分身として作られた。だがその時、ヌルはやってはならないことをした。俺を黒騎士として作ったことだ」
 
え?
 
「奴は己の知は武を支配する。そんな自己満足のために俺を騎士の雛形に当てはめて創造した。……だがな、俺は下種だ! 母体であるヌルが最上級の下種なのだ。俺もまたその性根は下卑たものでしかない。だがな、俺は高潔を旨とする……実際に俺の知る限りでは高潔な騎士など数えるほどだったがそれでも騎士を雛形として創造された俺には高潔が義務付けられていた。お前にはそれがどういうことであるかわかるまい?」
 
「自己矛盾と、アイデンティティーということ?」
 
ゲソバルスキーは感心したように笑みを浮かべた。
……こいつ。
 
「その通りだ。高潔に振舞おうと、下卑た性根がそれを破綻させた。下種に振舞おうとすれば高潔を義務付けられた俺には苦しみが与えられた。普通の魔族であればそれも長いときが解決してくれたのかもしれんが、ヌルの分身にすぎぬ俺にはそれすらも許されなかった。……俺自身はあのタコハゲと同じ下種としての自分より、騎士としての自分を信じたかった。……だが、ヌルは自分の創造物が己に逆らえぬよう、ヌルの手による調整が受けられねば長くは持たない命として創りあげたのでヌルに逆らうこともできない。そしてそのヌルは殺された。この命はいつ果てるともおかしくはない。己の望むように生きられぬのならせめて、己の望むような死を迎えたい。少しでも俺のことを知っているものの手でな」
 
こいつは馬鹿だ。
いい意味で。
 
「なによ。それじゃあこの大事になった事件はあなたにとって自殺のための手段ってこと」
 
「あぁその通りだ。なに、勘九郎の言葉を信じればそれほど大事にはなるまいよ。さて、ソロソロはじめさせてもらおうか」
 
「いいわよ。つきあってあげる」
 
神通棍を構える。
相手は身動きをとりづらい穴の中にいる。だったら背後に回るのがセオリー。
あたしは跳んだ。
 
「思い切りがいいな」
 
あたしの攻撃を受け止めるとゲソバルスキーは膂力で持って弾き飛ばした。
さすがに飛ぶ。
10mほど離れたい地で着地する私。
 
「こっちも竜気で空を飛ぶのと、超加速を封印して決闘につきあってあげるわ」
 
「……感謝を」
 
うわ、本気で馬鹿だ。
あ~もう、調子が狂うわ。
……横島さんに任せておけば怒露目は大丈夫よね?
こういう武人馬鹿は嫌いじゃないけど始末に困るわ。
私まで馬鹿になっちゃうじゃないの。
 
再び中に舞う。
月の重力は地球の6分の1。
空中での姿勢が無防備になるが背後からの攻撃はおそらく向こうも何かしらかの対応を考えているはず。
刺突にだけ注意すれば上空からの攻撃が有利。
 
だが、ゲソバルスキーは思ったより強かった。
剣技では向こうに一日の長がある。
ゼクウさまや小竜姫さまのそれを見て、横島さんや五月に体術を教えてもらえたから裁けたようなものの。
そりゃあ、ゼクウさまや小竜姫さま。
あと、昔見たメドーサなんかに比べたら数段落ちるんだろうけど純粋な剣術勝負だとあたしのほうが不利。
 
「どうした、ミカミレイコ。早く俺を……」
 
様子がおかしい。
まさか今寿命が来ているって言うの?
 
正面から、普段の私であればやらないような正面特攻をする。
 
ゲソバルスキーが穴から飛び出した!
罠!?
 
普通だったら無防備なとこさらしてあっさり負けるんだろうけど、このG・S美神令子をなめるんじゃないっての!
その手の化かしあいだったらこっちの十八番よ。
 
禁じていた飛行と超加速をつかって緊急回避をするとそのまま背後から強襲。
そのつもりだったが超加速をといた。
ゲソバルスキーが自分で自分の腹を切り裂いたのが目に入ったからだ。
 
「ゲソバルスキー!」
 
「下種は、最後まで下種だったなぁ」
 
おそらくそこが急所だったのだろう。
ゲソバルスキーは急速に生命の灯を弱めていく。
ヌルの呪縛ともいうべき捻じ曲がった性根がここまで影響を与えていたのか。
 
「……穴から出た男は自害。ちゃんと作法にのっとっているじゃないの。それにね、私の国では切腹は侍たちの、もっとも名誉ある自害の方法だったのよ。それと……はんでのない条件であんたとやりあってみたかった」
 
「そうか……侍か。なら、これも悪くない。……タコハゲは最低の下種だったけど女を見る目はあったみたいだな。あんた……いい女だ」
 
……あぁ、もう。
武人馬鹿はやっぱり大嫌いよ!
勝手に納得して勝手にしんでんじゃないわよ!
空を見上げると大きな影を追うように二つの小さな影が目に入った。



[523] Re[51]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/09/30 12:32
 ≪勘九郎≫
 プロフェッサー・ヌルが作った魔族に力を与える、正確に言えば魔族の力を与える篭手にも似た肘まであるリストバンドを撫でながら雪之丞が来るのを待った。
幸い、月の豊富な魔力を吸収して充電せずともタイムリミットまではもってくれるだろう。
これがなければあたしは生きていけない。
なんとも不便ではあるがあたしをこんな体にした、こんな体に戻してくれた男のことを考えると自然に笑みがこぼれる。
惜しいことをしたものだ。
横島忠夫。
あの無類のお人好しの下で楽しく雪之丞をからかっている自分も存在したかも知れないというのに。
後悔なんてガラじゃないからしないけど。
どんな結果だったとしても自分が選んだ道だしね。
人間なんてもとから不平等なんだ。
いまさら嘆いたところで仕方がないし。
ま、せめてものお礼にあなたの望み、少しだけかなえてあげるわ。
 
「あら、やっときたのね」
 
雪之丞が憎悪、いいえ、覚悟の瞳でこちらをにらみつける。
無駄なのにねえ。
 
「勘九郎!」
 
「だめよ、雪之丞。あんまりがっつくともてないわよ」
 
リストバンドを隠すように魔装術を展開する。
雪之丞も魔装術を展開。
 
さて、あたしにできることを。
あたしの生きた証っていうやつを雪之丞に覚えていてもらいましょうか。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 勘九郎は何を思ったか、白龍寺で用いられていた試合開始前の礼をとってきた。
つられたように俺もその礼をとる。
ふいうちもなし。
 
そして構えた。
 
勘九郎が得意にしていた、まだ、魔族になる前の構え。
俺も構えた。
そうせざるを得ない、いや、そうしたい雰囲気にかられたせいだ。
俺の攻撃型の構えと、あいつの攻防自在の構え。
寺にいたころはいつも俺の攻撃はいなされ、動きが鈍ったころにきつい一撃を食らって倒されていた。
あのころは体格差もあったが、俺とあいつでは技術に大きな隔たりがあり、俺はあの寺にいる間一度も勘九郎には勝てずにいた。
いつの間にか怒りは消えていた。
俺から突っかける。
それもいつものこと。
 
左手が勘九郎の顔面に向かい、右手は鳩尾を狙う。
勘九郎は避けにくいボディーも見事に捌いていた。
その腕を捕らえて投げをうとうとする勘九郎。
腕をひねり逆に投げ返そうとする俺。
あっさりと腕を引いた勘九郎はノーモーションから掌打を見舞ってきた。
サイドステップでかわす俺。
 
「……強くなったわねえ、雪之丞」
 
「うるせえ、技の錬度じゃあまだてめえの方が上じゃないか」
 
「技の練習は一人でもできるからね。覚えておきなさい、武術においては時として努力が才能を凌駕するということを」
 
今度は勘九郎が仕掛けてきた。
かつての道場でのように、ただただ攻防が続いていく。
腕が鞭のようにしなり首をめがけて殺到する。
それに合わせて足が出てきた。
どちらも食らえば戦闘不能に陥らせるコンビネーション。
ただ、俺は愚直に俺のもてるすべてを攻撃に注ぎ込む。
真っ直ぐに、ただ前だけを見て放つ一撃。
 
正拳突き。
 
ただ愚直に突き出された拳は、勘九郎の一撃と同時に奴の体に吸い込まれた。
 
膝をつく俺と、殴り飛ばされた勘九郎。
痛え。
打たれた首筋のせいで頭はグワングワンするし嘔吐しそうな感じ、蹴られた左足はいうことをきかない。
多分折れている。
でも、こんなもので師匠の下、積み上げてきたものは崩れない。
残された右足で跳ぶといまだに腹を押さえたまま動かない勘九郎のもとへ行く。
勘九郎に俺の手でケリをつけるために。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪勘九郎≫
 あら、体が動かないわ。
雪之丞は……動くみたいね。
これはまずい……。
無様なものね。この体は、ヌルに魂を売って得たものと遜色ないというのに。
 
「……勘九郎……終わりだ」
 
「……そのようね。魔族にこの身を貶めて得た力だというのにあっさりとその上をいってくれるんだから」
 
「魔族になりゃあ確かに地力は上がる。だがそこから先が続かねえ。神や魔族の成長は著しく遅いらしいからな。……俺は、人間でありながら神や魔族を凌駕する人間の下で強くなった。人間のまま、な」
 
洒落にならないものねえ。
 
あの時、私は外の世界のことを理解していたし、意識もはっきりと残されていた。
ヌルの悪趣味のせいで。
人間であれば霊機構造を抜き取られた時点でそこで終わりだっただろうが、ヌルは魔装術の使い手であるあたしを魔族と人間の配分を組み替え、あの醜い肉人形と化していながらなお生きながらえさせた。
【輪/廻】【転/生】二つの珠が輝き、気がついたらこの体の中に私の魂は生き残っていたクローンの一体に集められていた。
人間として。
あたしは人間になっていた。
戻っていた。
でも、この体はヌルの手によるもので、例え人間に戻っていたとしてもやがては滅ぶのだろう。
だとしても、だとしてもなんと言う喜びだろう?
力を得るために人間を捨てたというのに、今は人間として死ねることに無上の喜びを感じる。
 
だからせめて、あのお人好しの願いくらいは聞き届けてあげたいと思う。
 
「……いま、ケリをつけてやる」
 
体は、……動かす!
リストバンドに手をやる。
動け! 動け! あたしの体。
 
「言ったでしょ? あんまりがっつくともてないって」
 
少し、あと少し。
 
「そうそう、あなたの師匠にお礼を言っといてね。あなたのおかげで元に戻ったって」
 
よし、動く。
 
「それと、あなたなんかに殺されてあげない。じゃあね、雪之丞」
 
宇宙空間に生身で出たらどういう風に死ぬのかしら?
血が沸騰する?
全身が凍りつく?
それとも内側からの空気圧に耐え切れずに破裂してしまうのかしら?
 
最後に、雪之丞の『馬鹿やろうがぁ!』と、言う声を聞いた気がした。



[523] Re[52]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/10/06 20:30
 ≪横島≫
 他の皆はうまくやっているだろうか?
突然動き出した怒露目を前に確認する余裕がない。
月と地球の距離およそ38万km。それが瞬く間に小さくなっていく。
怒露目は想像以上にスピードが速く、全速力で飛び、文珠、超加速を駆使してどうにか距離を詰めているがこのままでは……。
 
もう少し近くに寄らなければ怒露目を停めることはできない。
 
地球の重力が俺たちを捕らえたころになってようやく怒露目に追いつくことができた。
掌の中に文珠を出してから気がついた。
この状況下で投げ当てることはできない。
当然といえば当然。
当初の予定では宙に停止している怒露目に投げ当てる予定だったが今の状態では無理。
大気との摩擦熱をどうにか守ってくれている、が、どうやらそれも限界に近いらしい。
かといって止めるわけにもいかない。
俺は掌の中に文珠を握ると怒露目に近づき押し当てる。
大気との摩擦熱、怒露目の結界。
限界に来ていた竜神の装身具がそれらに負けてその役目を終える。
幸い、リストバンドだけなので両腕が一瞬で燃え尽きただけですんだ。
そして、当座はその一瞬で十分。
腕が燃え尽きる直前に発せられた文珠の中には【陰/陽】の文字。
今の俺に可能な最大級の封印、破壊術で怒露目を壊す!
 
悪い。他に方法がないし方法を考えている余裕もないからお前を殺すよ。
 
俺の手から発せられた太極文珠は怒露目を己の中に閉じ込め、封印し、諸共壊れた。
 
「……さて、どうするかな」
 
結構ピンチだったりする。
 
この重力から逃れることはもはや不可能。
摩擦熱はどうにか装身具が守ってくれているが、それももう限界。
地表との衝突も免れない。
文珠を使えばどうにかなると思ったのだが両手がこのざまではそれも無理。
空中に出現、発動させることも可能なのだがこの加速のついた状態では作り出したほんの一瞬のタイミングの差でもはや発動できないくらい文珠と俺の体が引き離されてしまうだろうし。
全身を霊力でガードするしかないか。
どこまで持つかはわからないけど。
 
「横島さん!」
 
ここにいるはずもない声が聞こえた。
 
「マリア!」
 
マリアだった。
 
「横島さん・マリア・助けます」
 
マリアが俺に冷気を当てて摩擦熱から守ろうと抱きしめる。
だけど、だけど前と違ってマリアの体はカオス製合金じゃなくて生身じゃないか!
マリアの体は噴出させる冷気に守られながらも徐々に黒く焼け焦げていく。
地表まではとてもじゃないが持たない。
しかしその表情に苦痛の色はなく、微笑だけ。
 
「横島さん。マリア・助けます。絶対に」
 
知っている。
俺はこの微笑を知っている。
ルシオラが俺を助けてくれたときに見せた微笑。
命懸けで何かを守ろうとするときの……。
フラッシュバッグ。
ルシオラが、そしてあの日に死んだ皆が、【荒神】としての戦いの日々に倒れていった皆の表情がそれに重なる。
 
何かがはじけた。
 
それは俺の中の一番深い場所に巣くう絶望。
 
「あ、あぁ、あぁあああああああああぁ!」
 
マリアを逆に抱きしめ返したところで意識がとんだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ワルキューレ≫
 怒露目が横島に処理されたのを見て一同安堵のため息をつく。
しかしあれはいったいなんだったのだ?
 
「ヒャクメ、あれはいったいなんだったの?」
 
同じ疑問を抱いたのであろう小竜姫がヒャクメに問う。
 
「わからないのね~。陰と陽、相反する力がいっぺんに発動されたのまではわかったんだけど」
 
「ふむ……なるほど。無茶をしおる」
 
カオスがただ一人納得したかのようにうなづいた。
 
「わかったんですか?」
 
ジークがカオスに詰め寄る。
まぁ、私も興味に駆られはするのでとくには問わない。
 
「見立てだよ。私もマリアたちの人工魂を製作するときに使ったのだがね。この世界の構成を極力まで小さく考えた場合、四大、五遁などが考えられるがそれよりもさらに小さいところで陰陽が考えられる。世界が陰と陽で構成されているのなら逆もまた然り。陰と陽揃うところに世界があるということだ。横島は文珠で陰陽をそろえ、擬似的な世界を作り出した。これは封印術としてはかなりの代物だな。何しろ小さいとはいえ完成された世界の中に閉じ込めるのだ。我々が平行宇宙に転移するのに匹敵するエネルギーか能力がなければ脱出は難しいだろう。そして、恐ろしいのはひとつの完成された世界に新たな世界を作るという矛盾のために横島の霊力をもってしてもたいした長い時間その封印を維持することができず仮初めの世界は崩壊する。中に封印したものもろともな」
 
あいつの無茶や無理にはなれたつもりだが……。
 
両腕を失った横島のことも心配だったが、マリアが月の石舟で後を追っていたので何とかするだろうと思っていた。
 
「! まずい」
 
カオスの狼狽の声を聞くまでは。
 
「どうしたのです!?」
 
「マリアが横島のみを案ずるあまり、自分の防御に当てるべき冷気まで横島に分け与えておる! それは一番やってはいけないことだというのに!」
 
その時、私たちは音声のない映像の中に横島の絶望の声を聞いた。
横島の腕から飛び立ったそれはあまりにも禍々しい黒い体を持った何か。
鱗を持ち、細長いひも状のそれは横島の体にぶつかるとマリアを抱きしめる横島の体に刺青のように浮かびあがった。
 
そのまま、横島たちは燃え尽きることなく地表へと落ちてきた。
 



[523] Re[53]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/10/06 20:32
 ≪テレサ≫
 姉さんが横島さんを守るために自分の冷気を分け与える姿が月からも観測できた。
……姉さん。
 
私は迦具夜姫に向き直り、深々と謝罪した。
 
「姉が勝手に月の宝たる石舟を持ち出したこと、このとおり謝罪いたします」
 
姉さんにもわかったのだろう。
私たちの演算機は怒露目と横島さんのスピードを比較して、阻止限界点を超えることを一瞬で理解した。
理解したがゆえに姉さんは月の石舟を奪い後を追った。
過去の歴史どおり、横島さんを守るために。
 
「そのようなことはいいのです。私たちの力不足のためにあなた方の大切な人を失わせることになってしまい申し訳ありません」
 
月神達は怒露目を消し去り、重力に引かれて地球に落ちていった横島さんを英雄視しているようだ。
そして、それを守るために身をなげうっている姉さんを。
冗談じゃありませんわ。
 
「お言葉ですが姫、私たちは誰も失ってはおりませんわ」
 
「いくら竜神の装備をつけていたとはいえ、生身の人間が大気圏に突入して無事に済むわけがありません」
 
そう、普通であれば……今の横島さんもそうだが、過去の横島さんも相当非常識だったのだろう。
 
「あぁ!」
 
月神の一人がモニターを指差し驚きの声を上げる。
横島さんの失われた腕から鱗を持った漆黒の帯が、映像だけでも伝わるその禍々しい姿。
恐らく、あれが漆の型なのだろう。
横島さんの絶望を糧にしたそれは再び横島さんの元に戻り、タトゥーのような模様となってその身を彩った。
肘から先のない腕で姉さんを抱き寄せながら地表へと落ちていく。
しかしその身がそれ以上大気との摩擦熱で焼け焦げることはなかった。
 
「……あの方は、いったいどういう方なのですか?」
 
「ただの人間ですわ」
 
驚きの声をあげる月神たち。
 
「愛することに不器用で、愛されることに臆病な、本当にただの人間だったんですわ。ですけれども、横島さんの絶望は深かった。地獄の業火に焼かれ続けた体がいまさら大気との摩擦熱程度では如何様にもなるはずがありませんもの。本当、ただの人間でありたかった人だというのに」
 
ゆっくりとではあるが、大気との摩擦熱の中再生していく横島さんの腕。
恐らく地表との衝突までには間に合わないだろうが、それでもしっかりと姉さんの事を守るために抱きしめる。
 
「あなたは、いかなくてよかったんですか?」
 
自己の状態……確認。
私の表情は嫉妬18%、羨望63%、恐怖12%、その他7%といったところか。
セルフコントロール。
 
「……私には皆様を無事に地球に連れ帰るという役割がありますから。それにあの兵鬼のことも」
 
それがなければ今すぐにでも……駄目ですね。私にはそんなまねはできません。
 
「そうですか……ですが、我々にはあなた方にどう御礼をすればいいのかわかりません。命すら投げ出す覚悟を見せられて、いかようにこのお礼をすればよいのでしょうか?」
 
「それでは……」
 
私はかねてよりお父様と考えていた案を姫に問うた。
 
「……しかしそれは、いかなる要望であれ聞き届けて差し上げたいとは思うのですが、月の中立性が失われては月神族もまた戦いに借り出されてしまうやも知れません。そのようなことはつきの女王としては容認できません」
 
「神族でもなく、魔族でもなく私たちにお力をお貸し願いたいのです」
 
私の願いにしばし考え込んだ迦具夜姫はやがて重い口を開いた。
 
「お礼をすると申したのにこのようなことを言うのは失礼かと存じますがひとつだけ条件があります。それは……」
 
姫が出した条件をプライバシーを重大に侵害しない限りにおいて呑み、ヒュドラの機能を停止させると、セキュリティーを何重にも設けてそのキーを姫に渡した。
皆さんを回収後、事情を説明して大急ぎで帰りのロケットに乗り込むと途中で月の石舟を月へと帰る軌道に打ち返し、できる限り安全をはかれるぎりぎりの速度で地球へと帰還する。
横島さんが横島さんでいてくれることを願って。



[523] Re[54]:よこしまなる者 96話から
Name: キロール
Date: 2005/10/12 22:51
 ≪令子≫
 時間があれほどもどかしいと思ったことはない。
ゲソバルスキーを倒した後、テレサに事情を説明された。
すぐにでも地球に帰りたっかたのだがテレサがあの兵鬼を処理する時間と日本付近に着水できる時間の都合でおよそ半日、月に滞在することになり、地球へのロケットの中でも空気は重苦しい。
いくら横島さんでも生身での大気圏突入。……いやな想像ばかりが頭をよぎった。
                   ・
                   ・
 「横島さんは大丈夫なの!」
 
テレサに教えられて帰還後すぐに私たちは馴染みの病院、白井総合病院の一室に飛び込んだ。
途中院長に文句を言われたが今回は完全に無視。
部屋の中にはママとおばさま、ドクター・カオス、唐巣神父、マリア、うちの事務所のメンバーが集まっていた。
 
「それが……」
 
言いよどむママに不吉な予感を覚える。
 
「……ウソでしょ」
 
「本当に信じられないことだけど……まったくの無傷なのよ」
 
「そんな!……って、え?」
 
……横島さん、生物ですか?
 
「外傷何もなし。地表と衝突して大きなクレーターを作ったって言うのに外傷どころか火傷ひとつおっていなかったわ。恐らく横島君の体を包んでいたあの模様が何か関係あったんでしょうけど今はもうそれも消えているし。ただね、意識が戻らないの。救出されてから今まで眠りっぱなしなのよ。院長先生の話だと医学的な原因は認められない。恐らく心因性のものですって」
 
「……ふむ。あまり大人数で病室にいるというのも感心できぬし、私たちはいったん病室を出るとしよう」
 
カオスの言葉に最初からこの部屋にいた皆はマリアをのぞいて出て行った。
 
ただ静かに、ベッドの上で眠り続ける横島さんを見て急に不安になった。
そういえば今まで横島さんが寝ている姿を見たことはない。
驚くほどに、自分は横島さんのことを知らない。
知らないことは不安を煽り立て、恐怖に変わる。
 
「忠にぃ、目を覚ますわよね」
 
同じように不安にかられたのだろう。エミが体を小刻みに震わせながら不安を口にする。
 
「……マリアのせい・です」
 
マリア?
 
「横島さん・大切な人を亡くして・います。横島さんを守って・亡くなりました。マリア、横島さん助けたかった。マリア、壊れるだけだから。横島さん、恐れています。また・大切な人・喪うことを。愛し合った女性、親友、それから……」
 
え、どういうこと?
 
「姉さん!」
 
テレサが聞いたことのないような厳しい声でそれを押しとどめた。
 
「……確かに、横島さんがああなったのは姉さんが捨て身で横島さんを助けようとしたからよ」
 
テレサの言葉にマリアの肩がふるえた。
いつもは感じる姉妹の情がその言葉には感じられない。
 
「……その上、姉さんは横島さんのことをすべて話す気?」
 
マリアの顔が狼狽する。
 
「おい、テレサ! それはどういうことだ」
 
雪之丞がテレサにつめよるがテレサは機械のような応対をした。
 
「もうしわけありませんが、お答えすることができません。私たちのセカンドオーナー、横島さんがそれを望まれぬ以上私たちはこれ以上一切外部にこのことをもらす気はありません」
 
「妹の私にも?」
 
「YES!」
 
「テレサちゃんたちは~、お兄ちゃんに聞いていたの~?」
 
「正確に言えば横島さんに直接横島さんの過去について説明を受けたのはお父様だけですわ。それについてもお父様であれば横島さんの秘密に自力でたどり着くであろうからうちあけただけの話。横島さん自身は誰にも知られたくないと思っていますわ。最も、自力でそれにたどり着いたのであれば仕方がないことなのかもしれませんけど」
 
部屋の様子はテレサ対私たちという構造になっていた。
 
「……まって、横島さんが何かを言っているわ」
 
本当に小さな声、悲しい声で横島さんは私たちの名前を呼んでいた。
その中に聞き覚えのない名前が含まれている。
 
「……ルシオラ……パピリオ……べスパ……」
 
毒気を抜かれるというのだろうか。
あまりにも悲しく弱々しい声で私たちの名前を呼ぶものだから、私たちは争うことができなくなっていた。
 
テレサは先ほどまでの鉄面皮をかなぐり捨てて、寂しい笑顔を浮かべた。
 
「……私たちはセカンドオーナー、横島さんの願いのためにこれ以上申し上げることはできません。……ですが、私があなたたちに感じている情は、あなた方に知ってもらいたいとも思っています。……今回のことばかりではなく、すでにいくつものヒントが示されています。横島さんの秘密にたどり着くために必要なヒントが。横島さんもご自分でその秘密にたどり着かれたのなら仕方ないと思っておいでですし、横島さんの秘密にたどり着いたのであれば、どうか心の内にしまっておいてください。お願いします」
 
テレサは先ほどまでの姿がうそのように頭を下げてきた。
マリアはおびえるように体を小刻みに揺らし続ける。
 
「忠にぃ、戻ってくるわよね?」
 
「ハイラちゃんにお願いすれば大丈夫かしら~」
 
「それはお勧めできませんな」
 
横島さんの影からゼクウさまが現れる。
 
「某がマスターの精神世界に入り込んだがために魔族であることができなくなったということをお忘れか? 眷属の某ならともかく、それ以外のものがもぐりこんでは即座に精神崩壊を起こすほどの闇がマスターの心の中にはございます。ですので、その手段はマスターの僕として断固として阻止させていただく。……某であれば壊れることなく中に入り込めますが、某が中に入り込んだとしても壊れぬだけで苦しみにはさいなまれましょう。それだけであれば問題はないのですが、そうしてしまえばマスターはさらに心の奥に入り込んでしまいます。ですので、今はマスターを信じ待つのが最良の手段となりますでしょう。……なに、マスターのことですから必ずや目を覚まします」
 
「結局、あたしたちは何もできないの? 横島さんに秘密を打ち明けられるほど信じてはもらえていないの?」
 
「私は横島さんの補助のために作られました。ですが、何もできませんでした。横島さんの抱える秘密は多くの人間の不幸がかかわり、……本当の意味で秘密を打ち明けられたものは誰一人おりません。お父様でさえ、情報として教えられただけのことです。ですが、横島さんが皆様のことを大事にしていることは本当です。それは信じてください」
 
……言われるまでもない。
 
「……事務所に行くわ。横島さんが起きたときに事務所がしっちゃかめっちゃかになってたら驚くでしょうし、仕事もたまっているから」
 
私を皮切りに、テレサたちをのぞく皆が部屋から出て行く。
外で待っていたママたちに挨拶をして私は事務所に出かけた。
 
私は美神の女。強く、気高く、美しく、タカビーにってね。
横島さんが弱っている今だからこそ信じる。
横島さんの帰りを、抱えている秘密を、横島さんを構成するすべてを。
だって、信じるだけの理由はごまんとあるんだもの。
後は私の心が信じきれるほどに強いかどうか。
だったら負けられない。


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