<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

椎名高志SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[513] よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2004/12/24 16:31
 ≪横島≫
7月も後半に入り学生達は夏休み。
六道女学園霊能科の3年生は世間の高校3年生とは違ってのんびりとしたものだ。
それというのもほとんどがG・Sの後継者なので高校を卒業と同時にG・S見習いになるものがほとんどで進学率はそれほど高いものではないからだ。
進学が目的ではないので宿題なんかもほとんど無い。
そんなことをするくらいなら霊能力者としての修行に勤しんでいたほうがよほど将来役に立つ。
一部、今年のG・S資格試験を受けるために選抜の3名に入ろうとするものは予断はできないものの、すでにG・Sとして活動している令子ちゃんたちにとっては時間がたっぷりと空いている。
 
雪之丞はかつて俺が通っていた高校に通っていた。
高校生としての生活は乱させないので成績、出席率ともに悪くは無い。
宿題は約束させて夏休みが始まる前に全て片付けさせた。
例の加速空間の部屋を開放させてやったからこそ可能な芸当だ。
最近は4人への講義もこの空間でやることが多い。
 
俺はというと大学に通いつつイロイロと準備に追われていた。
来年令子ちゃんたちが卒業すると同時にG・S事務所を開くことになっていたからだ。
彼女達なら個別で事務所を開いても大丈夫だと思ったのだが皆の希望で一緒に事務所を開くことになった。
代表は俺で事務所の方針は今の俺が活動するものと同じく、殺さずに済むものは殺さないという方針。
新規事務所とはいえ俺が長いことフリーでG・S活動をしていたのでそれなりに顧客はあるし、協会内での評判も上々。能力、ランクともに高いため大丈夫だろうと冥華さんも太鼓判を押してくれた。
そのほかにもマンションの建設。
イギリスに行く前からカオスを味方にしようと思っていたためにマンションの地下に大きな実験施設を建設したり、特殊な環境下で生活する妖怪のために部屋を作ったり(実際にはどんな妖怪が住み着くかなんてわ
からないので設備は後々受注するのだが)と予想より時間がかかっている。
完成予定は来年の秋ごろだ。
その他にもリリシア等が人間界で生活できるための根回しなんかで夏まではG・S活動もできないほど忙しかった。
まぁ、順調に行けば来年は卒業論文を提出するだけで卒業可能なくらい単位は取れるから来年からは本格的にG・Sとして活動ができる。
卒業論文はもう書き終えてあるし。
手続なんかも大体は片付けた。
 
そんなわけで夏休みの間だけではあるが唐巣神父から紹介状をもらい妙神山へとやってきた。
希望者だけ参加にしたのだが全員参加である。
前回の歴史で美神さんへの紹介状の発給を渋っていた神父も今回はそれほどではなかった。
流石に雪之丞への発給は渋っていたのだが。
 
妙神山の山道は険しい。
道幅50cmも無いような断崖が長く続く。
 
「ずいぶんと歩きにくい道だな。」
 
自分の荷物と令子ちゃんの荷物を持っての感想がそれか?
かく言う俺もエミの荷物を持ってやってるのだが。
一番荷物も多い冥子ちゃんの荷物を3人が分担して持っている。
 
名目上は単独で空を飛べる俺と雪之丞が荷物の多くを担当したほうがいいということなのだが、実際には体力の無い冥子ちゃんを慮ってのものだ。
式神で登ればいいのかもしれないが、冥子ちゃんもがんばって自分の足で登ると言い出したので。
よい傾向ではある。
しかし元々体力がそれほど高いほうでもなく一般人ではまともに登ることもできないような山道では青息吐息なのはいなめない。
 
休憩を挟む。
 
「何だってこんな辺鄙な場所にあるんだ?」
 
「世界でも有数に霊格の高い山だからな。人間界は神界と魔界の緩い中立地帯で双方の勢力から大きな干渉はできない。ここは比較的神界に近いからこそ神と人間の接点として修行場があるわけだ。」
 
「・・・もっともらしいっちゃあもっともらしいんだがな。」
 
「どうした?」
 
「アモンとかリリシアとかジルとかみてっとどうもそんな大仰なもんいらねえような気がするんだが。」
 
「アレは例外中の例外だ。神界にしろ、魔界にしろ人間を危険視していないからこそそういう不緩衝地帯を作り上げているんだ。それが全体の意思ではないのかもしれないが、目的を果たすためなら人間がどれほど
死のうがお構いなしだと考えるものは少なからず存在する。神話を見ていればそういう記述はいくらでもあるだろう?」
 
「・・・。」
 
「ま、妙神山に住まう神は神々の中でも親人間派、穏健派だからそう警戒することも無い。さて、もう一踏ん張りだ。だいたい1時間も歩けばつくだろう。」
 
俺は冥子ちゃんの荷物を2つ、雪之丞に1つ持たせて令子ちゃんたちの荷物を0にすると再び歩き始める。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
「・・・ここね。」
 
「『この門をくぐる者 汝一切の望みを捨てよ 管理人』・・・ねぇ。管理人ってのがいまいち迫力に欠けるワケ。」
 
「見てのとおり修行をさせてもらいに来た。管理人殿にお目通し願いたい。」
 
横島さんが門の装飾の鬼面にそう伝える。
 
「ほう、我らに気がつくか。だが我らはこの門を守る鬼、許可無き者我らをくぐることまかりならん!」
 
「この『右の鬼門』!」
 
「そしてこの『左の鬼門』ある限り、おぬし達のような未熟者には決してこの門開きはせん!」
 
「あら、お客様?」
 
あの装飾品、本物の鬼だったのか。
でも見得を切った直後、門は内側から開かれた。
 
「・・・5秒と持たなかったな。」
 
雪之丞が冷たい、そして的確な突込みを入れる。
 
「小竜姫さまぁ!不用意に扉を開かれては困ります。我らにも役目というものが・・・。」
 
「そう固いことを申すな。・・・一度にこれほどの修行者がやってきたのは初めてなのですから。」
 
私達を一瞥して横島さんに声をかける。
 
「あなた、名はなんと言いますか?紹介状はお持ちでしょうね?」
 
「俺は横島忠夫。唐巣神父からの紹介です。彼女達は右から美神令子、横島エミ、六道冥子、伊達雪之丞。いずれも修行希望者です。」
 
「唐巣・・・あぁ、あの方、かなり筋のよい方でしたね。人間にしては上出来の部類です。」
 
「人間にしては・・・か。」
 

 
「小竜姫さま。やはりここは規則どおりこの者達を試す必要があると思います。」
 
「試しもせずに通しては鬼門の名折れ。」
 
「・・・しかたありませんね。早くしてくださいな。」
 
「その方たち、我らと手合わせ願おうか。勝たぬ限り中に入れぬ!」
 
「まった!」
 
すぐにも挑みかかろうとする鬼門の機先を制して横島さんが待ったをかける。
鬼門たちはずっこけた。・・・ふ~ん。
 
「どうしました?」
 
「こっちはこのとおり5人もいます。一人で修行を受けに来た修行者と比べれば試練が甘くなりはしませんか?」
 
「それもそうですね。では皆さんの中から代表で2名が試練を受けてください。それで全員の可否を決めましょう。」
 
「私が行くわ。ブラドー島じゃあ何もしなかったしね。」
 
「だったらもう一人は私なワケ。いいよね?忠にぃ。」
 
「あぁ。」
 
エミにアイコンタクトを送る。
エミも私のやることがわかっているらしい。
 
「それでははじめてください。」
 
今度こそとばかり鬼門たちが私達に襲い掛かってくる。
 
「エミ!」
 
言われるまでもなくエミは衰弱の呪いを紙人形を鬼門たちの足元に纏わりつかせる。
 
「このぉ!」
 
その間に2体の鬼門の間をすり抜けると私は思いっきり門を蹴りとばした。
 
「「うぉわぁぁぁ!」」
 
鬼門たちが盛大にずっこけた。
思ったとおり、視界と体が切り離されてる分バランスが悪い。
足元を衰弱させて視界を揺らしてやったらおもいっきりこけた。
 
「6秒。変則的ではありますが新記録ですね。」
 
「それで、あなたが管理人でいいのかしら?」
 
見た目ではそう見えないけどさっきの横島さんとの会話を省みるにそんな気がする。
 
「えぇ、私がここの管理人、小竜姫です。」
 
私達に一気に霊圧がかかる。
これはゼクウさまで慣れてなければ吹き飛ばされるところだわ。
 
「ともかく、鬼門を倒したものには中で修行を受ける権利があります。さ、どーぞ。」
 
小竜姫さまに案内されておくにはいる。・・・銭湯?
もろに銭湯の脱衣所って感じのデザインだ。
 
「俗界の衣服はここで着替えてください。」
 
横島さんと雪之丞と別れて脱衣所に入る。
 
「なんか、いまいち緊張感にかけるなぁ。」
 
「ホント、さっきのがなければここがそんなに凄いところとは思えないワケ。」
 
冥子は物珍しそうにキョロキョロしている。
あ、そうか。あの娘が銭湯なんて知ってるわけもないか。
 
「それで、当修行場はイロイロなコースがありますけれどどういう修行がなさりたいんです?」
 
え~と・・・
 
「俺以外は最初に短期間で強くなれる修行を。その後にそれを使いこなすための修行をつけてやってください。まだ学生なんで1ヶ月くらいを目処で。」
 
「それだと最初の修行で強くなっているか死んでいるかのどちらかになってしまいますけど?」
 
「俺はかまわねえぜ。」
 
雪之丞が壁の向こうで威勢のいい声を上げた。
だとしたらこっちも姉弟子として負けてらんないわ。
 
「こっちもOKよ。それでこそありがたみがあるってもんね。」
 
エミ、冥子も同意の声を上げる。
 
「威勢がいいですね。それで、あなたはどうされますか?」
 
「俺には一番きつい修行をお願いします。」
 
「・・・ウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修行コース。このコースは私の上司が参加することになります。人間界でいまだ達成どころか修行を受けたものもいないコースになりますがそれでもよろしいですか?」
 
「そのつもりだ。」
 
「それでは後ほど契約書を交わしてもらいます。それと事前に修行を受ける資格があるかどうかテストさせてもらいますのでそのつもりで。」
 
・・・横島さんなら大丈夫よね?
 
「それでは奥へどうぞ。」
 
小竜姫さまに連れられて修行場に案内される。
どこまでも続く地平線の風景。
異界空間だ。
そこに3人の人影が立っていた。



[513] Re:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2004/12/26 07:37
 ≪横島≫
「アッテンション!我が名はワルキューレ!魔界第二軍所属特殊部隊大尉である。諸君らはこれより私の指揮下に入る!」
 
ワルキューレ。それにジークフリードにヒャクメ。なんでこのタイミングで彼女達がここにいる?
歴史が変わったせいか?
元々この時期に来ていて俺たちの妙神山行きの日程がずれたせいか?
それとも神・魔の差し金か?
・・・いや、早い段階で彼女達と知り合えるのは悪いことではないな。
 
「カー!」
 
俺の影からユリンが飛び出した。
元々はオーディンの使い魔の子供だ。ワルキューレ達の気配を感じたのだろう。
 
「それは閣下の使い魔。なぜ貴様が連れている。」
 
ベレー帽をかぶったジークが俺に詰め寄った。
ワルキューレは銃を抜いて俺の額にポイントした。
 
「待たれよ。マスターに仇をなすならばこの緊那羅族が是空、お相手仕る。」
 
ゼクウが仕掛ける?おかしいな。これほど短気ではないはずだが・・・そうか。
 
「キンナラ?天界の楽師がなぜ人間につき従う。」
 
ゼクウの登場に僅かながらワルキューレが困惑の表情を浮かべる。
オーディンの使い魔たるはずの鴉が俺を守るように立ちはだかり威嚇をしているのがさらにそれに拍車をかけた。
 
「小竜姫殿。神界のテリトリーで魔族が人間に危害を加えることも、神族である某と刃を交わすこともいささか問題であると思いますが?」
 
「そうです。ワルキューレ!ジークフリード!およしなさい!どうしてもというならば妙神山の管理人として私が相手をします。」
 
「・・・さて、ワルキューレ殿。あなたがどのような理由で神族のテリトリーにいるのかはわかりませぬがこうして堂々とここにいるからには平和的な使者としてここにあると存じます。この場の管理人と一戦を交
えるのはそちらにとっても不都合ではありませぬかな?」
 
うまい。
ワルキューレは忌々しげに銃をしまった。
 
「説明を求める!それはオーディン様が使い魔としている鴉。なぜ人間の貴様がそれを従えている。」
 
「これはオーディンが使い魔、フギンとムニンが産んだ卵を譲り受けて俺が孵化させたものだ。」
 
「まちがいないのね~。その鴉は彼と霊力でつながっているのね~。」
 
今まで黙ってたヒャクメがとりなすようにそういった。
不承不承という感じありありだったがこの場は引き下がるしかないだろうな。
 
ユリンが済まなそうにこちらを覗き込むのでその頭を撫でてやった。
 
「ですが横島さん。なぜあなたが神族であるゼクウ殿を従えているのか説明していただけますか?それにゼクウ殿といえば緊那羅族有数の戦士でしたが数百年前に堕天したはず。」
 
「数年前のことですゆえまだ知られておられぬのも無理はないでしょうな。某は夢魔ナイトメアとして悪行を連ねているうちにマスターと相対し、この身を救われた縁で以後マスターに付き従っております。某とユ
リンの他にもリリム族が王女、リリシア殿とも召喚契約を結んでおります。」
 
ここで明かすか?
いや、明かすとしたら今しかないか。
武においては俺の剣の師、知においては堅実なる交渉人か。
まったく、頼りになる男が味方になってくれたものだ。
いずれにせよ、これでワルキューレたちは手出しはできなくなった。
後は俺が納得させればいい。
 
「・・・自己紹介が遅れたな。俺は横島忠夫。こっちは俺の教え子で美神令子、六道冥子、横島エミ、伊達雪之丞だ。それから俺の眷属のゼクウと使い魔のユリン。これから一ヶ月間よろしく頼む。」
 
俺は頭を下げた。
 
「わからないことも多いですがとりあえずはいいでしょう。彼女たちは魔界正規軍のワルキューレ大尉。情報仕官のジークフリード少尉。それから私の友人で神界の文官のヒャクメです。彼女たちは神界と魔界の人
材交流のためのテストケースとして妙神山に滞在しています。」
 
「神界と魔界の人材交流?それってどういうことよ?」
 
「人間界でも知られているとおり神族と魔族は現在冷戦対立中です。ですが、聖書級崩壊を阻止するために和平の道も模索しているのですよ。彼女たちはそのためのテストケースとして半中立地帯の、神族の領域で
あるこの妙神山に滞在してもらっています。将来的には双方からの交換留学生なんかをへて、本格的な人材交流にこぎつけるつもりです。ですのでこの場で戦うことはよしてくださいな。ワルキューレ、あなたたち
もいいわね?」
 
「あぁ、・・・すまなかった。」
 
「こちらこそ事情も知らず申し訳ございませんでした。」
 
ゼクウが恭しく頭を下げる。・・・誠実そうなふりして以外に役者だな、ゼクウ。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ワルキューレ≫
忌々しい話だが魔界正規軍の使者として来ている以上ここで揉め事を起こすわけにはいかん。
それにリリシアの契約主となれば政治的な問題上対応はさらにデリケートな扱いを要する。
 
「・・・姉上。」
 
「わかっている。」
 
帽子を外したジークは魔族が持つ攻撃衝動が低い分こういうときは冷静に対処できる。
ジークは戦士であるより外交官なんかのほうがよかったのかもな。
 
「んじゃ、とっとと修行って奴を始めてくれ。」
 
「それではその方円を踏みなさい。」
 
「踏むとどうなるんだ?」
 
雪之丞が方円を踏んで影法師が抜き出される。
それは男の姿に梟の翼を生やした青い鎧を身に纏っていた。
 
「影法師にまで影響を及ぼしているのか。アモンの奴相当雪之丞に肩入れしてくれたんだな。」
 
「貴様。なぜそこでアモン大佐の名前が出てくる。」
 
アモン大佐。アシュタロスの側近から正規軍に編入されて間もないが流石に侯爵級。
戦士として尊敬に値する人物で僅かな間に頭角を現している。それをなぜ人間が?
たまらず横島という男に問いただす。
 
「アシュタロスの側近から魔界正規軍に入隊する条件がアモンが人間界に娘を迎えにいくことだったって聞いているか?」
 
確かにそのようなことを耳にしたことがある。
 
「アモンが人間界に来た時あいつがアモンの手助けをしてな。その礼としてアモンと魔装術の契約を交わしている。」
 
緊那羅、リリシア、挙句の果てにアモン大佐だと?こいつら本当に何者だ?
 
「おし、そうと決まればとっとと始めてくれ。」
 
横島と会話している間に説明が終わっていたらしい。
 
「剛練武!」
 
全身を固い甲羅に覆われた剛練武が現れる。
弱点である瞳を突かねば少々面倒な手合いか?
 
「っらぁ!」
 
影法師が突っ込んでいって剛練武を痛打。
 
「硬い。」
 
美神という女がこぼす。
 
「剛練武の甲羅はそう簡単に貫けませんよ。力も強いので注意してくださいな。」
 
・・・いや、僅かだが剛練武の胸部分が陥没している。
 
「ちっ!だったらこいつでどうだ。」
 
霊波砲。いや、霊力を集中して弾丸状にしている。器用な真似を。
数も多い。ちょっとしたマシンガンのようで剛練武の全身に襲い掛かる。
たまらず剛練武が腕で瞳をガードする。
 
「そこが弱点か!」
 
一気呵成に襲い掛かり片手で剛練武の頭をつかんだ。
その掌でそのまま零距離で霊波砲を放つ。
 
「やった~。」
 
「相当強くなってるワケ。」
 
「そうね。こっちもうかうかしてらんないわ。」
 
影法師の青い鎧が覆っていない部分に新たな鎧が現れた。
 
「相当お強いですね♪これであなたは今まで以上に霊の攻撃に対する防御力が上昇したはずです。」
 
確かに人間にしては相当やる。アモン大佐の助力があったとしてもだ。
 
「アレなら下級の魔族はひとたまりもないですね。」
 
「そうだな。・・・ヒャクメ。さっきからずっと黙っているがどうしたのだ?」
 
「・・・それがおかしいのね~。あの横島って人をさっきからずっと霊視しているんだけどほとんど何も見えないのね~。」
 
「え、そんな馬鹿な!」
 
慌ててジークフリードが鞄型霊波演算機をとりだす。
 
「・・・本当だ。」
 
情報仕官としては有能なジークにも、下級神族とはいえ百の感覚器官を持つヒャクメにも霊視ができないだと?
 
「わけありでな。俺の心の中はそう簡単に覗くことはできない。それに覗けたとしても壊れるぞ。」
 
小声だったのだが聞こえていたか。
 
「それでは次の試合を始めます。禍刀羅守でませい!」
 
禍刀羅守。攻撃力とスピードに優れている。
 
「ずいぶんと悪趣味ね。」
 
禍刀羅守がその刃で近くの石柱を切る。
・・・確かにな。
 
「あぁ~。」
 
禍刀羅守が不意をついて影法師に攻撃をした。
 
「汚い!」
 
「いや、不意打ちを食らうほうが間抜けなだけだ。」
 
美神たちが色めきたつが横島はそう言ってのけた。
まさにその通りだ。戦場には汚いもへったくれもない。
 
「禍刀羅守!私はまだ開始の合図をしていませんよ。」
 
「フン。グケケ。」
 
「私のいうことが聞けないって言うの!なら試合はやめです。こうなったら私が・・・」
 
その小竜姫の腕を横島が掴んだ。
 
「何で邪魔をするんです!あなたの教え子でしょう!」
 
「子猫が虎子にじゃれついたくらいでそう目くじらを立てるな。それにうちの虎子は少々大人気ない。」
 
「おい!もう始めていいんだろうな!」
 
虎子というより雰囲気は植えた虎そのものだな。
禍刀羅守が雰囲気に飲まれている。
・・・現代を生きる人間の中にもこんな連中がいたのか・・・
いや、それ以上にこの横島という男、不可解すぎる。
 
「しかしそれでは公平な戦いには。」
 
小竜姫・・・戦士としての技量は認めるが甘すぎる。
 
「いいから初めてやってください。早くしないとあいつの脆い堪忍袋が破裂する。」
 
「・・・わかりました。それでははじめ!」
 
影法師は大量の霊波砲を一気に放出。
剛練武ほどの耐久力のない禍刀羅守は避けきれない面の攻撃をくらって動きを止められた後、接近されて殴りつけられ、叩きつけられてそれで終わった。
 
「勝負ありですね。」
 
影法師の篭手と脚甲に鉤爪がはえる。
 
「最後の相手ですね。耶摩比古でませい!」
 
最後はコピー妖怪か。外見上も影法師とほとんど変わらないようコピーされている。
いや、元々の体が小柄な分若干体つきが小さいか。
相手の攻撃を受け同種、同質の攻撃をそっくり返す。
そうなれば人間と妖怪の地力の差からどうしても人間の不利になるはずだがどう返す?
・・・何を馬鹿な。
人間相手に私は何を期待しているというのだ。
 
「これは特別サービスです。それでは始めてください。」
 
小竜姫が傷を癒すと開始される。
耶摩比古の戦法は後の先。というよりそれしかできない。ケタケタ笑って挑発をする。
対して雪之丞は・・・すでに青筋を浮かべている。精神修養は甘いようだな。
 
「しゃらくせえ!」
 
霊力を収束させた霊波弾を撃つが耶摩比古も同種の霊波弾を放って相殺する。
 
「なに!」
 
「ケタケタケタケタ」
 
一瞬動揺するもそのまま突っ込んで耶摩比古に近接戦をを仕掛けるが拳をうてば拳で、蹴りを放てば蹴りがそっくりそのまま返される。
 
「おい!貴様の教え子はどうやって切り抜ける?」
 
「さぁ。何しろあいつは俺がいくら教えても最近まで戦術を学ぼうとしてこなかったからなぁ。・・・最近は多少覚えはじめたが所詮は付け焼刃だし。」
 
「最低だな。」
 
所詮は人間か。
 
「軍人としてはね。・・・だけどあいつは生粋の戦士だ。」
 
なに?
 
雪之丞は攻撃方法を拳ではなく掌に変えひたすら頭部をうつ。
掌の打ち合いが10発を越えたあたりで先に倒れたのは耶摩比古のほうだった。
 
「雪之丞は普段高速で飛びまわって戦闘をする訓練をしているから三半規管が鍛えられているし、リーチが若干雪之丞の方が長い分近接攻撃なら技のはいりが深い。・・・もっと戦術を学べば楽に勝てたんだろうが
な。」
 
「おみごと。霊力の総合的なパワーを上昇させます。これであらゆる意味であなた以上の力を持つ人間はごく僅かなはずです。」
 
喜んだのもつかの間雪之丞は美神達に捕まって3人からお説教をされていた。
要約すれば心配をかけるなということらしい。
 
「凄いですね。先ほどはああ言いましたが今の修行を始める前から彼の霊圧は人間界ではTOPクラスだったはずです。いえ、彼だけではなくあちらの3人も。あなたはうまく隠しているようで私の目からも確認は
できませんが。」
 
「令子ちゃんとエミは第4まで、冥子ちゃんと雪之丞は第3までチャクラを開いています。」
 
「凄いです。まさか今の人間でチャクラを開く修行をしている人がいるなんて。それならばあの霊力量も納得がいきますね。それにしてもあの若さで第4まで開けるなんて。」
 
「霊的成長期の間にその修行を重点的にさせましたから。・・・でも急成長はソロソロうちどめですね。この先第5を開こうとしたら10年単位の修行が必要でしょう。」
 
「普通でしたら第4まで開くのだって10年は修行が必要ですよ。こんなにできのいい修行者がきてくれるとは思いもしませんでした。」
 
・・・確かにな。小竜姫は単純に喜んでいるようだが解せない。
神族を従え、魔族と結び、・・・そういえばこいつら、私とジークに対して嫌な顔ひとつしなかったな。
ヒャクメの眼を誤魔化し指導者としても優秀。そしてこちらに実力を見せないか。
本当にこいつは人間なのか?



[513] Re[2]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2004/12/26 16:57
 ≪ジーク≫
雪之丞くんだけではなかった。
美神さんは武装した女性、まるで神代の時代の姉上のような影法師で。
エミさんは呪礼装飾された仮面をかぶった舞踏者の、
六道さんは騎乗した、体のあちこちに12の獣の因子をもった少女の影法師をもって試練に見事うち勝っている。
現在を生きる人間達にこれほどの戦士達がいたとは。
 
「すごい!ゼクウ殿、教え子がこれほどならばあなたのマスターはどれほど強いのですか?」
 
これは単純に興味からの質問。
しかしこの質問は周囲の関心を集めてしまったらしい。
姉上も小竜姫殿もこちらの会話に耳を傾けている。
が、帰ってきた答えはこちらの予想ができないものだった。
 
「そうですな。・・・某は今この場にいるメンバーの中でも、小竜姫殿やワルキューレ殿とやり合ってもそうそう遅れはとらぬつもりです。」
 
二人とも神・魔界の中で実動レベルの中級神・魔の中ではそれなりの実力者だ。
姉上は軍人としての訓練を積んでいるし、小竜姫殿は名のある神剣使いでもある。
だが、ゼクウ殿もかつてはおとにきこえた武人。
霊力を測定しても大差がない以上言うだけの力はあるだろう。
ヒャクメ殿の方を見ても頷いている。
 
「ですが、某ではマスターには適いませぬな。剣術だけであればまだ某のほうが上なのですが。」
 
今なんと言った?
 
「つまり、私達よりも横島のほうが強い。そう言いたいのか?」
 
姉上が感情を込めない声でそう尋ねる。
姉上は怒れば怒るほど感情が表に出てこなくなる。アレは相当怒っているはずだ。
 
「左様ですな。奥に居られる方ならいざ知らず、この場にいるメンバーであればマスターは遅れは取らないでしょう。」
 
そんな、人間が?信じられない。
 
「・・・小竜姫、私を横島と戦わせろ!」
 
「・・・いいえ。ここは妙神山。そして横島さんは修行者です。ここは私が相手をします。」
 
姉上、相当悔しそうだ。
ヒャクメ殿は嬉々として記録の準備、・・・私もやっておこう。
 
横島さんが一振りの剣を荷物の中から出してきた。
 
「あの剣はアロンダイトなのね~。」
 
最強の騎士といわれたランスロットの持つ剣。それならば神剣にも引けはとらない。
どういう経緯で手に入れたのかは謎だが。
横島さんという人間は謎が多すぎる。
 
「貴方は影法師を使わずに生身で試させてもらいます。それでは準備はよろしいですね?手加減はしないつもりですので。」
 
「手加減なぞした瞬間に貴女の負けだ。」
 
「・・・はじめます。」
 
小竜姫殿がつめて横島さんがそれを防ぐ。
戦いはそれから始まった。
闘技場を縦横無尽に逃げ回り、アロンダイトで防ぐ横島さん。
それを追い、剣を振るい続ける小竜姫殿。
戦いは終始それの繰り返しだった。
 
「ゼクウ殿。本当に横島さんは小竜姫殿より強いのですか?とてもそうは見えませんが。」
 
「マスターは今3つの事をやっておいでです。一つ目は小竜姫殿の剣技の学習していること。小竜姫殿の剣技は某以上ですからな。二つ目は罠を張ること。三つ目は小竜姫殿が痺れを切らすのを待つことです。」
 
「・・・目を凝らして霊視してみればわかるのね~。」
 
ヒャクメさんに言われたとおり霊視してみると闘技場に何本も何本も微細な霊気の糸が張り巡らされていた。その殆どは小竜姫殿の体にかかっている。
 
「横島さんの左手から霊気の糸を出しているのね~。小竜姫が気がついていない以上殆ど抵抗はないんだろうし、普通ならよっぽど気合入れて霊視しないと見えないくらい細くて霊気量も少ないのね~。」
 
確かに。今まで私が気がつかなかったくらいだし、相手は防戦一方とはいえ戦いながらでは小竜姫殿が気がつくのは至難の業だろう。
 
「しかしそれだけでは意味はないでしょう?」
 
「マスターの能力は霊気の収束に秀でておりますが、あの糸も元々は霊波刀。」
 
霊波刀をあんなに細く?なんて器用な。
 
「防戦しているだけでは勝てませんよ。打ってきなさい。」
 
「・・・・・。」
 
その言葉を無視してひたすら防御に徹する。
 
「どうやら防御に徹するようですね。ですがそんなに長くは持ちませんよ?」
 
小竜姫殿はやはり気がついていない。
 
「・・・貴女の剣技は速く、鋭く、綺麗だ。だが、動きが素直すぎてひどくよみやすい。それに性格が素直すぎて罠や策略にはとことん弱い。いくら神剣の名手とはいえ宝の持ち腐れだな。」
 
「む・・・私にはこういう技もあります。」
 
小竜姫殿が超加速に入る。
横島さんが動きを止めた。
反応できていない?いや、罠が完成したということか。
 
「現にもう、俺の罠の中だ。」
 
左手から発せられる霊気量が目に見えてあがった。
それにともない細かった霊気の糸が太く、強いものに変わる。
小竜姫殿は振りほどこうとするが霊波刀は複雑に絡み合っているし強度もかなりのものらしく振りほどけないでいる。
いかに超加速とはいえ助走がなければ運動エネルギーは加わらないし、怪力になるわけでもないのですでに捕らえられていてはエネルギー浪費が激しいだけで加速のメリットは何もない。
 
「さて、逆鱗はここか。」
 
何を考えている?
 
「まて、龍の逆鱗なんぞに触ったら。」
 
姉上がとめようとするがもう遅い。
 
「きしゃぁぁぁぁぁ!」

小竜姫殿は逆鱗を触られ龍化してしまった。
 
「いいか、龍族にとって逆鱗は弱点だ。触れられれば狂暴化、及び龍化してしまい理性が働くなる。」
 
この期に及んで横島さんは自分の教え子達に講義を始めた。
理性を失った小竜姫殿は周囲に炎のブレスを吐き暴れまわる。
その姿はファブニールにも勝りそうだ。
 
「理性を失った龍はそれこそあたり一面焼き尽くす力はあるが。」
 
横島さんの手にあるものが変わった。あれは弓矢?
霊波刀の要領で作られた弓矢で小竜姫殿に狙いをつけた。
小竜姫殿はまっすぐ横島さんめがけて突っ込んでくる。
 
「理性がない分突っ込むことしかできない。力の大小はあれど猪とそう変わらない。」
 
矢を放った。
その矢は狙いたがわず小竜姫殿の眉間に突き刺さり、
 
「グキャァァァァ!」
 
闘技場を押し潰しながら地に横たわる小竜姫殿。
 
「条件さえ揃えられれば人間が龍に勝利することが可能という例だ。無論、半端な技量では逆鱗に触れた瞬間焼き殺されてしまうけどな。」
 
そしてそこに歩み寄る横島さん。
途中で神剣を拾い上げる。
 
「・・・はっ、私はいったい?」
 
その首筋に神剣が当てられた。
 
「人間ということで俺を過小評価しすぎた。剣技が綺麗過ぎた。罠を見破る目なり感覚なりがなかった。挑発に容易く乗りすぎた。自分の切り札を過大評価しすぎた。・・・龍としての弱点は仕方ないにしろ、貴女の敗因はざっと考えただけでもこれだけある。戦略を練り、罠をはり、策をめぐらせ、道具を使い、能力を使い、戦術を使う。それが、人間が自分達よりはるかに強大な神・魔族と戦う術であるし、それができないのが貴女の弱点だ。・・・貴女の負けです。」
 
「・・・はい。参りました。」
 
本当に小竜姫殿に勝ってしまった。
 
「横島さん。あなた本当に人間なのね~?」
 
「どういう意味だ?」
 
「さっき小竜姫を捕らえた霊波刀もどきも弓矢も、ざっと見て500マイトはあったのね~。・・・でも、あなたの体は間違いなく人間のものだし・・・。」
 
500マイト?人間が出せる霊圧量の倍以上じゃないか!恐らくヒャクメさんの霊圧を超えているはず。
 
「あぁ、そういうことか。・・・俺は人間として生まれてきたが、チャクラを全部開いているからな。そういう意味では人間ではないのかもしれない。一応俺自身は人間のつもりなんだがな。」
 
歴史に名を残す聖人、神人、魔人のレベルをすでに超えているのか。
確かにそれ以上となっては半ば神・魔の域に達している。
私自身、まだ魔族になる以前、そして神族であった以前に人間であったときに彼ほどの力を持っていたかどうか。
 
「そういうわけで、俺はあなたとの修行を望んでいるのですが。」
 
横島さんが奥に目をやる。
そこには斉天大聖老師!
キセルを咥え、国民服を着た猿神、斉天大聖老師がそこにいた。
 
「ふむ。・・・しかとみせてもらったぞ。無論わしが直接修行を見てやろう。それと小竜姫。」
 
「は、はい!」
 
「今横島が言ったとおりじゃ。精進せい!」
 
「はい・・・。」
 
「とはいえ、わしもそれほど罠や策略というのは得意なほうでないからのう。・・・わし自身が身を守るというならいざ知らず、他人に教えるのはどうもな。・・・横島。おぬしも人に指導している身だそうだがおぬしならどう教える?」
 
「俺は俺が知る限りの卑怯な手段を教え子達に教え込みました。卑怯な手段を知れば自分がされないための対処法も学べますから。」
 
「ほう、それはいい。できれば小竜姫にも教えてやって欲しいもんじゃの。」
 
「俺も学生なのでそうそうここに居座り続けるわけにも行かないんですけど・・・。」
 
「なに、その時はおぬしの家と妙神山に即座に行き来のできるゲートでもしつらえれば良いだけの話。」
 
「確かにそれなら。俺にとっても小竜姫さまの剣技は勉強になりますから。」
 
「ふむ。まぁ最も、」
 
老師はそこで言葉を切った。
 
「これからやるわしとの修行でおぬしが生き延びることができればの話じゃがの。」
 
気迫をこめて横島さんをにらみつける。
横島さんも退かない。
 
「・・・生き延びますよ。こんなところで死んでられないんで。」
 
「・・・あのよう師匠。」
 
緊迫した雰囲気をぶち壊すように雪之丞くんが割って入る。
 
「さっきからしゃべってるその猿いったい何者なんだ?」
 
さ、猿?いや、猿には違いがないんだが。
 
「ほう、そういえばまだ名乗っていなかったのう。わしは花果山の岩より生まれし猿神斉天大聖、またの名をハヌマンよ。」
 
それをきいた瞬間美神さんとエミさんが雪之丞くんの頭を殴りつけるように、いや、あれは殴ってるな。
とにかく斉天大聖老師に向かって頭を下げさせた。
 
「インドでは風神ヴァーユと猿妃アンジャナの子でラーマヤーナではトリムルーティが一柱、ヴィシュヌ神の第7の化身ラーマチャンドラを助け羅刹王ラーヴァナと死闘を行い、中国では花果山の岩より生まれ、三蔵法師の供として天竺まで経典を取りにいったという西遊記の孫悟空こと斉天大聖老師だ。武神としては天界屈指の実力者だろう。」
 
「お主はお主で妙に詳しいのう?」
 
「知識は人間に与えられた武器の一つですから。」
 
「ほう。・・・まぁよかろう。ついて来い。」
 
そういうと横島さんを連れて異界化空間の外に出て行った。
 
「・・・情けないな。」
 
「姉上?」
 
「ここにいる戦士達を知らずに、あれほどの戦士がいることも知らずに人間全体を毛嫌いしていたことがだ。」
 
いい表情をしている。
そう、姉上は神代にあったころから戦士というもの戦友というものが好きだったのだからな。
 
小竜姫殿は小竜姫殿で何事か考え込んでいるし、ヒャクメさんは美神さんたちに横島さんのことを根掘り葉掘り聞きだそうとしている。
・・・本当に魅力的な人間なのだな。
うん。あんな人間だったら下手な魔族よりも義兄上と呼びたいかもしれないな。



[513] Re[3]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2004/12/26 23:37
 ≪ハヌマン≫
意識を加速するための部屋に行く道すがら、わしは横島に声をかけた。
 
「横島。わしには前の歴史の記憶はないが白龍の奴から聞いておる。すまなんだな。わしらが不甲斐なかったばっかりにおぬしをつらい目に合わせてしまった。」
 
「どこまで聞いているんです?」
 
「お主の前の人生でのG・Sとしての戦果、お主が前の世界を滅ぼした経緯、わしの最期、それからこの世界に来た経緯とおぬしと最高指導者達との会談の内容。言葉でではあるがほぼ全てといって良いかもしれんの。・・・正直言えば半信半疑じゃったがお主の姿を見て信じる気になったよ。あれは、覚悟があったからといって人間が手に入れることはできぬ力。それこそ不退転の決意がなければの。・・・すまなんだ。」
 
わしは横島のほうに向き直り頭を下げた。
 
「頭を上げてください。俺は神・魔族は好きにはなれないけどあなたたちは別です。老師や小竜姫さま、ヒャクメ、ワルキューレ、ジーク。それに竜神王さまやオーディン達がいたからこそ今の俺があるんです。もしあなた達がいなければ俺は暗い欲求のまま、全てを破壊する存在になっていたでしょう。」
 
「世界から見ればそうかもしれん。じゃがな、中途半端に救われることは救われないことよりも辛いこともあるじゃろう?」
 
「俺は、今の俺はそうならなくてよかったと感じています。」
 
微笑みよるか。
・・・辛いの・・・。
いや、わしが弱音をはいとるときではないか。
 
「こちらの世界に来てあなたたちのほかにもイロイロな神・魔族に会いました。ナイトメア・緊那羅のゼクウ、リリムのリリシア、それから天使のガブリエル。みんないい奴でしたよ。それからサッちゃんもキーやんも。殆どのものは自分の役割を全うしただけだったんですよ。無論、その後周囲の被害も省みずに戦争をし続けたこと事態は悪であったかもしれないですけどね。・・・俺が神族や魔族を好きになれないのは俺のせいなんです。怨むべき奴らは皆すべて俺が殺している。ここにいるのは関係ないものたちのはずなのに。・・・俺の心が弱いから。・・・それに俺のエゴのために多くの人たちも巻き込んでしまいました。頭を下げなくてはならないのは俺の方なんです。」
 
「馬鹿な事をいうな!・・・すまん。じゃがの、考えてもみよ。わしらはお主のためになにをしてやれた?お主は何べん神族の勝手な都合で死に掛けた?何べん死地に追いやられた?何べん強敵と戦う羽目になり、何べん世界を救った?そしてただの一度でも、わしらはお主に報いてやることができたか?人間を守り導くはずの神族はただ一度も報いることなく、数々の恩を仇で返しただけではないか!・・・かく言うわしもそうじゃ。おぬしが苦しんでいるとき何もできず、お主の最期のときもメタトロンを道連れにさっさとくたばってしもうた老いぼれに過ぎん。」
 
「老師。・・・ありがとうございます。今の俺にはそれしか言うことができません。」
 
・・・礼をいわれるのがこれほど辛いとはの。歯がゆいわい。
 
「今のわしができることはおぬしが望む力を得る・・・その手助け程度のものじゃ。」
 
「それで十分ですよ。・・・アシュタロスの究極の魔体を倒すためのイメージはできているんです。」
 
あれをか?とんでもない奴じゃの。
 
「そのために俺は文珠の発展形を作らなければいけないんです。」
 
「・・・するというとやはりお主が一度やっている潜在能力を引き出す方法しかないの。」
 
「そうでしょうね。」
 
「やれやれ、おぬし相手だと加減すべきかそうでないか微妙に判断に迷うところじゃの。」
 
「ならば手加減なしでお願いします。」
 
「わしの本気、人間のみで受ければ砕け散るぞ?」
 
「小竜姫さま相手に出したのが俺の全てではないです。当たれば老師といえどただでは済まさないつもりです。」
 
まったくこいつは。
・・・やっぱりわしは老いぼれじゃ。こやつ相手に手加減なんぞ言い出すほうが間違ってたわい。
                   ・
                   ・
                   ・
≪小竜姫≫
時間にしてみれば5分ほど、老師と横島さんが出てくるのに要した時間だ。
 
「さて、お主の魂はわしの精神エネルギーを受けて加速状態にあった。過負荷から開放された今、お主の魂は一時的に出力が増しておる。この隙に潜在能力を引き出すがいい。」
 
「ゼクウ。」
 
横島さんがゼクウさんに6つの珠を投げ渡した。
 
「相手が相手だ。第5を使うかもしれない。その時は任せた。」
 
「承知いたしました。御武運を。」
 
横島さんが右手を上げて応える。
 
「それは・・・文珠。どうやってそんなにいっぱい。」
 
「マスターは霊力の収束に秀でています。これもまたマスターの能力の一つ。」
 
「・・・私は、手加減されていたんですね。」
 
過信は横島さんが取り払ってくれました。
でも自信までなくなりそうです。
 
「某も、剣技には些か自身はありましたがあっさり一本目から敗れてしまいましたな。」
 
少しは気が楽になった、のだろうか。
ゼクウさんには感謝しますが。
 
「ゼクウ。第5とはいったい?」
 
ワルキューレが尋ねる。私も聞きたい。
 
「マスターが現在切り札としている7種の霊波刀のことです。第1から第7まで、数が大きいほど強力な力を宿すマスターの感情を糧に作られる霊波刀ですがその感情が周囲に漏れ出して近くにいる者の精神までもを侵してしまいますゆえこのように文珠を用いて防がねばなりませぬ。第5を除けばマスターの友人、ドクター・カオスの発明品が周囲に防御壁を張るお陰で大丈夫なのですが、第5だけは飛び道具ですので防ぎきれませぬ。そのための用心です。それとヒャクメ殿。」
 
「なんなのね~?」
 
「マスターが7種の霊波刀を使うときだけは感情がこぼれ出しますゆえ心を覗くこともできますでしょう。くれぐれもやめていただきたい。これはヒャクメ殿のことを慮っての言葉。何卒よろしくお願いいたしまする。」
 
「私を慮って?どういうことなのね~。」
 
「・・・某はナイトメアであったころ、マスターの夢と同化することによってマスターの記憶を追体験してしまいました。・・・某が魔族より神族へと戻ったのもそれが理由でございます。ヒャクメ殿の感覚器官でそれを見てしまえば、堕天するよりも前に完膚なきまでに心を破壊されてしまうでしょう。」
 
何?それはどういうこと?
 
「・・・始まるようですな。」
 
「行くぞ!」
 
「霊波刀定型式参の型、憤怒の頭蓋。」
 
横島さんの右手に巨大な生き物の頭蓋のようなものが現れた。
爬虫類?いや、あれは。
 
「イヤァァァァァァ!」
 
突然の絶叫。
ヒャクメだ。
 
「いけません。」
 
即座にゼクウさんがヒャクメに文珠を投げた。
【遮】と書かれた文珠だ。
 
それでいったん落ち着いたヒャクメは床に座り込んで泣き出してしまった。
私と、それから冥子さんがヒャクメの背中をさすって落ち着かせる。
 
「あなた、あれほど言われたのに横島さんの心を覗こうとしたの?」
 
「違うのね~。違うのね~。横島さんの持ってるものを見たら凄く怒ってるのね~。それで凄く悲しいのね~。」
 
「申し訳ございませんでした。ヒャクメ殿の目を侮っていた某のミスです。ヒャクメ殿。意識して霊視を閉ざすことはお出来になりますか?」
 
ヒャクメの頭を抱きかかえて慰めてあげる。・・・子供みたいに震えて泣きじゃくりながらもヒャクメはコクンと頷いた。
 
「そうなさったほうが良いでしょう。あれは、マスターの他には耐え切れる者は恐らくいないでしょうから。」
 
いったい横島さんは何だというの?
ヒャクメが落ち着いたのを見計らって闘技場のほうに視線を移す。
私たちは扉の外にいるのでこちらの騒ぎは向こうには届いていない。
・・・この扉で隔絶されているにもかかわらずヒャクメにあれだけの影響を及ぼしたというのか。
 
闘技場では横島さんは先ほどの頭蓋はすでにしまっている。破壊跡から察するに巨大なハンマーのような使い方をしたのだろうと思われるが想像の域をえない。
代わりに今は霊気を固めて作ったのであろう盾を周囲にいくつも展開していた。
 
「クケー!」
 
老師の如意棒がまっすぐに突き出される。
あの突き、手加減されていない。
それを横島さんが霊気の盾で防ごうとする。
いけない。老師の突きの威力を考えたら放たれた矢を紙で受け止めるようなもの!
 
予想は間違えていなかった。
間違えていたのは横島さんが紙で矢を受け止めきって見せたこと。
盾が破られるたびに次の盾が出現し、老師の突きを受け止めるために数十の盾を作り出し、とうとう止めて見せた。
 
「爆ぜろ!」
 
破られた数十の盾が横島さんの号令とともにはじけとび、その破片が老師に降り注ぐ。
 
「ケー!」
 
それを如意棒を振り回すことで回避する老師。
 
「あれは至近距離から地雷を食らったようなものだぞ?いや、それを防ぎきる老師も見事だが。」
 
私ではとてもじゃないけど防ぎきれない。
 
攻撃を防がせたことで横島さんは次の手立てをうつ時間を得た。
 
「霊波刀定型式伍の型、慟哭の声。」
 
横島さんの手に握られているのは刀身の途中にいくつかの穴が開いている刀だった。これが第伍?
 
「むん!」
 
ゼクウさんが横島さんに渡された残りの文珠を展開した。
【防】【守】【遮】【賽】【隔】強力な防御壁が形成される。
 
横島さんはその剣の平を振るった。
穴から音が漏れる。
 
ウオォォォォォォン!
 
これだけの防御壁を越えてなお、私の心に衝撃が走る。
悲しい。哀しい。とにかく悲しくて仕方がない。
気がつけば涙が止まらなかった。
これは横島さんの感情が作り上げた霊波刀だという。・・・ならばこの悲しみは横島さんの悲しみ。
それもほんの僅かにこぼれたものに過ぎないというの?
 
私は泣いていた。いや、この場に泣いていないものはたった2人、横島さん自身と老師だけだった。
 
今度はその威力を見ることができた。
穴から発せられた音は周囲のものをまず凍てつかせ、後から来る音の衝撃がそれを砕いた。
老師は自分の毛をむしりとり、息を吹きかけ分身を作る。
数十の老師の分身が凍てつき、砕かれる。
生き残った7体の分身が横島さんに向かって踊りかかる。
 
「あぁぁぁぁぁ!」
 
横島さんの体から7本の刃が延びる。あれも霊波刀だ。
両手からだけではない。右腿から、左脚から、右肩から、両肘から。
器用というんじゃない。あれだけイメージしにくいところから老師の分身を貫く程の威力を持った霊波刀を出すなんて。
どれだけそのための修行をしたというのだろう。
 
霊波刀はそのまま伸びて、絡んで老師を取り囲み一気に殺到する。
 
「カァッーーー!」
 
老師は如意棒でそれを切断。
 
「・・・霊波刀定型式陸の型、虚無の脚。」
 
横島さんの脚が黒い爬虫類の脚に変わる。
そしてその手には文珠。・・・いや、文珠が大極図のように分断されて2つの文字が記されていた。
【剣/化】【飛/翔】【超】【加】【速】
黒い脚は即座に剣の姿になる。
私のそれよりも速いスピードで飛翔した横島さんが老師の下へ切迫する。
老師もそれを如意棒で迎え撃とうとするが。
横島さんの右腿に霊力が宿る。
老師が切断したはずの霊波刀が一本老師に絡みついた。
 
「!?カッ!」
 
老師は霊波刀を引き千切ると如意棒で横島さんを迎撃した。
                   ・
                   ・
                   ・
≪雪之丞≫
とんでもねえ。
俺が今まで見た来た師匠も強かった。
小竜姫との戦いも想像を絶するものだった。
だがこれは何だ?
俺は今まで師匠の本気というものを見てこなかったのか?
震えがとまらねえ。
恐怖?違う。武者震い?違う。そう、俺は嬉しいんだ。
 
師匠の剣がハヌマンの喉元で、ハヌマンの如意棒が師匠の頭上で止められていた。
 
「・・・俺の負けです。」
 
「ほう?お主の霊波刀の拘束を破る一瞬の間、お主の方が速かったと思うがの。」
 
「俺の一撃が老師を殺す前に、俺は老師に殺されていた。そういうことです。」
 
「・・・参ったの。本気でやりあうのは老骨には堪えるわい。一つ教えてくれんか?わしはお主の霊波刀を全て切断したはずじゃのになぜに一本だけ切れずに残っていた?」
 
「老師はご覧にならないでしょうが人間の世界には手品という詐術を楽しむ娯楽があります。俺がやって見せたのはその中でもロープマジックと呼ばれるもので、眼に見える部分の霊波刀を切断しても、一本だけ切断されずに残るように取り囲む際に編み上げておいたんです。」
 
「なるほどの。双文珠を作ったことといい、見事じゃ。」
 
「師匠すげえじゃねえか。もう少しで師匠の勝ちだったんだろ?」
 
「馬鹿言え。俺の完敗だよ。」
 
え?
 
「俺の策も、罠も完璧に老師を嵌めたのに俺が負けたんだ。最も俺が有利な状態で挑んで命と引き換えに大怪我を負わせるのがせいぜい。つまりそれが俺と老師との絶対的な差。今の俺では老師には絶対に勝てないって事だ。それこそ奇跡のような偶然でも起きない限りな。」
 
だとしても、だとしても凄い。
 
「小竜姫よ。見ていたか?」
 
「はい、老師。」
 
「あれが決意と覚悟を持ったものの強さよ。覚えておくがいい。人間は、あそこまで強くなる。」
 
「はい。・・・これから一ヶ月、横島さんの強さを学びたいと思います。」
 
「それが良いじゃろうの。」
 
「それとヒャクメさま。済みませんでした。」
 
師匠はようやく落ち着いたヒャクメに頭を下げる。
ヒャクメは首を横に振った。
 
「あなたのせいじゃないのね~。でも、少しだけこうさせて欲しい。」
 
ヒャクメは師匠の頭を抱きかかえると、泣いてる子供を慰めるように師匠の頭を撫でる。
 
「私は何もできないのね~。でも、あなたが声を出して泣くようなときがあれば、そのときもこうしてあげたいと思うのね。」
 
「ありがとう・・・ございます。」
 
・・・師匠は泣かない。きっと声を出して泣いたりはしない。
心がどれほど悲鳴を上げても、前を向いて剣を振るって誰かを守る。
そんな人だ。
                    ・
                    ・
                    ・
≪ゼクウ≫
その日の修行はすべて終わり、皆が寝静まったころにマスターは妙神山修行場を抜け出した。
そして誰にも覗かれたり聞かれたりしないように結界を張ると某と向き合う。
 
「本日はお見事でした。」
 
「ありがとう。俺もゼクウのお陰でずいぶんと助かった。」
 
「マスターのお役に立つのが某の本分ですゆえ。」
 
「ありがとうな。・・・ゼクウ。これが俺が求めていた答えだ。」
 
マスターの手には一つの文珠が乗っていた。いや、文珠とも双文珠とも違う。
 
「・・・これは!」
 
「わかるか?」
 
「はい。・・・しかし足りない部分はどうされるのです?」
 
「それは俺自身を使うさ。俺は神じゃないからできないからな。」
 
マスター・・・。
 
「お前にもユリンにも迷惑をかける。」
 
「もったいないお言葉です。このゼクウ、マスターの意思に従いましょうぞ。」
 
・・・ですがマスター。某は最期のとき、マスターの意思に反してしまうやも知れませぬ。
その時は、・・・その時は詫びはしませぬ。
ですから今謝っておきます。
マスター。申し訳ありませぬ。



[513] Re:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2004/12/27 00:46
霊圧表②
 
新キャラの登場やレギュラーキャラの成長もあり霊圧表を追加します。


注意事項。
① この霊圧表は私の独断で作成したもので原作などの数値を忠実に表せたものではありません。
② あくまで霊圧だけをまとめたものですので実際戦闘力はこの表の結果と食い違います。一般分類に関しても目安程度です。
③ いくつかの分類ごとの表示し、低いものから順番に列挙します。霊圧値が変動するものに関しては変化前の値を順番の目安とします。
④ ほとんどの数値は約の値です。
⑤ 前霊圧表と同じ数値のものの中には記載されないキャラもいます。
また、登場した新キャラの中にも記載されないキャラもいます。
⑥ この表は48話終了時点(横島とハヌマンの戦闘後)の霊圧表で今後の変動の可能性もあります。
  
人間
 
魔鈴めぐみ (20歳)       70M
美神公彦  (44歳)       75M
西条輝彦  (25歳)       75M
鬼道政樹  (20歳)       80M
カオス (1048歳)       80M
美神美知恵 (39歳)       85M
唐巣神父  (45歳)       85M
六道冥華  (46歳)      100M
伊達雪之丞 (16歳)(→魔装術)110M→180M
横島エミ  (18歳)      135M
美神令子  (18歳)      145M
六道冥子  (18歳)      150M
横島忠夫  (21歳)     1050M
 
妖怪・妖精・その他
 
マリア(カオス製擬似霊力)    100M
ピエトロ・ド・ブラドー      110M
ユリン              700M
ヴィヴィアン           800M
滝夜叉姫             800M
ブラドー伯爵          1000M
マブ              1200M
 
神・魔族
 
ヒャクメ             400M
平将門(荒魂)         4000M
ジークフリート         5000M
ジル(ジーブリエール)     6000M
平将門(和魂)         6500M
ワルキューレ          6800M
ゼクウ             6900M
小竜姫             7000M
ラプラス(プロメテウス)   10000M
リリシア           20000M
斉天大聖           25000M
アモン            35000M
ガブリエル         100000M



[513] Re[4]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2004/12/29 02:45
 ≪横島≫
メリットがあればデメリットもある。
妙神山に来て修行するメリットは大きかった。
無論、究極の魔体を倒すための手立てを得たのが一番大きい。
ただしこの手段は一回こっきりしか使えないためどうしても博打になってしまう。
究極の魔体とやりあう前にどれだけ力を高められるか。
どうしてもそれがネックとなってしまうのだ。
とはいえ0か1かの差は大きい。
歴史のとおり行けば3年近い猶予があるのだからその間に極力こいつの力を高めていくしかない。
 
斉天大聖老師と修行できるのも大きい。
武神としてはまさに最高峰。
その教授を受けられるのだから大きくないわけがない。
ほぼ毎日実戦に近い、いや、殺し合いに近い組み手を俺が【殺される】まで続けられる。
 
小竜姫、ワルキューレ、ジーク、ヒャクメ、それからゼクウ。
彼女達との訓練もまた俺の力になる。
小竜姫、ワルキューレ、ゼクウとも組み手を行う。
小竜姫の剣技、ワルキューレの射撃は俺より高みにある。それを学びとるのは間違いなく有用だ。
霊波刀の核にアロンダイトを用いれば変形などの戦術的な広がりこそなくなるものの、その切れ味や耐久性は飛躍的に高まる。
それを用いる場合、俺の実戦で得た剣術なんかよりも小竜姫の正統剣術の方がはるかに効率的だ。
また双文珠が使えるようになったから【狙/撃】【散/弾】【榴/弾】等の意味合いを霊波砲に持たせることができるようになった。
そうなるとワルキューレの射撃術を学ぶことでより霊波砲を有効に運用することができる。
ジークからは情報解析技術を、ヒャクメからは霊視を鍛えてもらった。
今でこそそれなりに使うことはできるがどちらも本来は俺が苦手にしていたことなので基礎から鍛えなおすには最適な人物達といえる。
ゼクウは俺や相手の拍子を掴んでもらうことで俺の欠点なんかを教えてもらった。
 
また、令子ちゃん達のレベルアップも見逃せない。
俺と違って新しい力を得たわけではないのだけれども地力の上昇は大きく、単純に能力の意味では現在生きている人類の最高峰に位置するまでになっているはずだ。
・・・最も、これ以上霊力が伸びることは期待できないだろう。恐らくチャクラも限界に近いところまで開いているはずで、この先を開くよりも戦い方、生き残り方を学ぶほうがいい。
・・・それに俺と違って彼女達を戦うための道具にはしたくないからな。
例外といえば雪之丞か。
アモンの協力のお陰かあいつの魔装術はその力の割に負担が少ない。
魔装術の極意を極めればあいつはまだまだ強くなるはずだ。
 
小竜姫とワルキューレの場合は意識改革というべきか?
老師の希望もあっていったん下界に文珠で戻って、六道女学園で保存しているいつぞやの俺の講義を採りだめしたDVDと、カラーテレビとDVDプレイヤーを買ってきて妙神山に戻った。
それと老師用にゲームソフトと本体を。
そうすると小竜姫がえらく感動してくれて・・・講義内容とカラーテレビとDVDに。
自分もそのDVDで汚い手段というものを学ぶようになった。
無論彼女がそれを振るうことはないのだろうが、これで罠にはまって、戦列を離脱するということは少なくなることだろう。
ワルキューレも無闇に人間を馬鹿にするということはなくなったようだ。
人当たりも幾分柔らかくなったように思える。
オーディンも戦うためだけの娘にはしたくなかったようだしな。
決して悪いことではない。
 
デメリットとしては令子ちゃんたちに泣かれてしまったことか。
今まで誰にも、それこそユリンとゼクウしか知らなかった俺の生活形式が【一部】ばれてしまいそのせいで泣かせてしまった。
小竜姫さまやヒャクメ、ワルキューレやジークも俺の無茶をいさめる。
でも、例え泣かれたとしても生活を変えることはできない。
・・・【悪夢】のことを知られたら、いや、【全部】を知られたらどういう反応が返ってくるのだろうか?
老師は事情を知っているし、(それでも顔をしかめられたが)雪之丞は変なところで納得していたが反対はしなかった。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ヒャクメ≫
横島さんたちが来て一週間がたつのね~。
 
私は元々友達が少ないのね~。
ううん。はっきり言えば友達と呼べるのは小竜姫だけだった。
なぜなら私の目は相手が油断していると例え神族でも心のうち全てを見通してしまうから。
神族と言ったって完全無欠な者なんて存在しないのね~。
心のうちにやましいものを持っているのが普通なのね。
そして、それを知られることを忌避することも・・・。
私の目を完全に誤魔化すことができるのは私よりはるかに上位の存在、例えば斉天大聖老師や竜神王さまのような存在だけで友達とは恐れ多くて呼べないような存在ばかり。
小竜姫だけが例え心が見えたとしても友達でいてくれたのね。
うわべだけ友達付き合いしてくれたとしても、ちょっとした瞬間に見せる私に対する疑心や嫌悪感が見えてしまうとこちらから疎遠になってしまうのね。
いつの日からか、私は好奇心おおせいで軽くて簡単に他人の心を覗く性格になっていたのね。
理由はわかってる。私は嫌われる理由が欲しかったんだと思う。
心が見えてしまうから嫌われるんじゃなくて、心を覗く様な奴だから嫌われる。
そんな理由が欲しかったのね。
そんな中現れた横島さんは不思議だったのね。
隠しているわけでもないのに見えないというのが、驚くほどに安心できた。
私が心を覗こうとしたのを知ったのに何の嫌悪感のそぶりも見せなかった。
・・・もしかしたら心の中で嫌悪感を抱いていたのかもしれないけれども、見えないから判らないけどね。
でも、嬉しかった。
そして悲しかった。
横島さんが見せてくれた心の片鱗はあらゆる物を打ち砕かんとするとても大きな憤怒。
そして、全てを凍てつかせるような深い悲しみの声。
心を覗くことに慣れていて、仮にも神族である私が片鱗すら受け止めることができなかったのね。
 
心以外は容易く覗くことができた。
人間の限界をはるかに超え、最下級に近いとはいえ神族の私を超える霊力も、武神の小竜姫や魔界の軍人ワルキューレを圧倒する戦闘能力も、何のことはない。
ただそれだけの代価を支払っていただけに過ぎないのね。
体をはしる無数の傷跡は、一番古いものでおおよそ11年前のもの。
致命傷といっても過言でない傷跡の数は84箇所。
その他の大怪我の跡は631箇所。
昨日の夜中にこっそり妙神山を出て、誰にも知られないように行った修行(修行といえるようなものではなかったが)で新たに増えた傷の跡は大怪我1箇所、中軽傷24箇所。
その全てを体の中に無理やり霊力を循環させることによって回復速度を速め、超回復を行いより強い肉体を作り上げている。
狂気の沙汰だ。
傷がどうこうという問題ではないのね。(それだとて重要な問題ではあるのだが。)
横島さんなら間違いなくヘイフリックの限界(体細胞が分裂を行う上限。)のことも知っているはずなのね。
10年もこんなことをやっていれば間違いなく横島さんの死期は早まっているはず。
どれほど強靭でも、どれほど強くても横島さんの体は人間のそれにすぎないのね。
それでも、それでも横島さんに対して嫌悪感を抱けないのは横島さんがみんなを見つめる目がとても温かいから。
教え子の美神さんたちだけじゃない。はじめて会ったはずの小竜姫や同じく初めて会ったはずで、その上魔族のワルキューレやジークに対しても、そして私に対してもなのね~。
辛辣な言葉を吐いているときでさえ、その瞳はとても温かい。
その辛辣な言葉のお陰で小竜姫は一皮むけたようだし、いや、きっとそのためにわざと辛辣な言葉を吐いたんだろう。
美神さんたちが私のことを忌避しないのもきっと横島さんの存在が大きいからなのね。
ワルキューレも終始張り詰めていて、何かの衝撃で爆発してしまいそうな雰囲気は消え去った。
ぎこちなく、時に険悪でさえあった小竜姫との仲も横島さんたちが来てから円滑になったのね。
 
・・・何だ。例え横島さんの心が見えなかったとしても、私はちゃんと判っているのね。
横島さんがどういう人かを。
とても悲しくて、辛くて、苦しくて、そんなものを内側に抱え込みながらそれ以上に優しくて温かい人。
気がつかなければそれほど人目を惹くわけではない。
気がついてしまえばどうしたって惹きつけられてしまう。
男も、女も、人間も神族も魔族も妖怪でも。
 
・・・エミさんは妹らしいから除外するとしても、美神さん、六道さん、小竜姫にワルキューレ、それに私か。
・・・まぁ現段階では多くは望まないのね。
多分、今の横島さんは誰か個人に対して特別な感情を持つ余裕はなさそうだし。
この間のように、声も立てず、涙も流さず心のうちだけで泣いているとき、手を差し伸べられる位置をキープできるといいのね~。
とりあえず、胸を張って友人と呼べる関係を築きたいのね。



[513] Re[5]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/01 19:29
 ≪???≫
「遊びに来たのだ~。」
 
横島さん達が来て3週間を過ぎたころ、彼女はそう言ってやってきた。
そのまま数日間横島さん達の修業風景を眺めていた。
そして神界に帰るさい、横島さんは一人彼女を送って行った。
 
「そうだ~。横島さん。横島さんは何であんなにがんばるのだ?」
 
「ん?」
 
「どうして~、あんなに苦しい思いをい~っぱいしてがんばって、人間さんの限界を超えてまで強くなろうとしているのだ?」
 
「そうだな。・・・もう泣きたくないからかもな。力を持たないがゆえに誰も助けられないのを嘆くのはもういやだ。強い力を持った連中の、勝手な都合で踏みにじられるのはもういやだ。俺が俺の望みのために誰かを踏みにじらないと望みを達せられないのも、踏みにじるのももういやなんだ。」
 
え?
 
「無論、全てを救うことなんかできるわけもない。俺はあまりにも無力だ。俺は全知ではない。全能でもない。また、全てを救ってはいけない。全知でないからどこかで誰が苦しんでいたとしても俺はそれに気がつくことすらできず、全能でないから全てのものを救うことなんてできるはずもない。そして仮に全てのものを救うことができたとしても、それをやっては相手を弱くする。生きている意味をうしなわさせる。」
 
「で、でも神様だっているのだ?」
 
「・・・俺は神様を驚くほどに信用できていない。神族も魔族も好きになれない。」
 
「何でなのだ!?神様はいつでもみんなを!」
 
「・・・1000人の罪のない人間を殺せば1001人の罪のない人間が助けられるとしたらどうだ?100人の人間を見捨てれば10000人の人間が救えるとしたら?10人の命が100000人の代わりになるとしたら?」
 
横島さんの瞳はとても真剣。
 
「世界を滅ぼすかもしれない力を持った、たった一人の人間を君はどうする?」
 
意地の悪い質問だ。
 
「悩むことじゃないだろう?たった一人と世界だ。比べるまでもない。一人を殺せば世界の全ての安全が確保できるできるんだから。」
 
優しい微笑。でもこれはきっと・・・。
 
「・・・嫌です。」
 
そう。さっきのはきっと悪魔の微笑。
 
「嫌です。私はそんなことで誰かを見捨てたくなんてありません!」
 
横島さんの微笑みの質が変わった。優しい、そして暖かい。
 
「俺も嫌だ。どちらかなんて選びたくはない。だから俺は歩みを止めたくない。俺が歩みを止めたせいでどちらかを選ばなくてはいけなくなったら俺は永遠に後悔し続ける。それでもどちらかを選ばなくてはならないときも俺はどちらかを選んだりはしない。俺の両手が届く限り全部を救いたい。・・・俺の両手が届かなかったら、俺はそのことを絶対に忘れない。・・・でも、神族全体で考えたらどうだ?」
 
また意地の悪い質問。
 
「・・・きっと、一人を殺そうとする神族も多いと思います。」
 
「そう。だから俺は神族を信じられない。魔族も同じだ。神族は全体を見すぎて少数を蔑ろにしすぎる。魔族はその本能から他者を容易く踏みにじりすぎる。だから俺は神族も魔族も好きにはなれない。・・・他にも個人的な理由はあるんだがな。」
 
耳が痛い。心が痛い。
彼女もうつむいて唇をかみ締めていた。
 
「・・・でも、俺はジルのことは嫌いじゃないよ。」
 
顔が上げられた。 

「ジルだけじゃない。ゼクウも、アモンも、リリシアも、将門さまも、小竜姫さまも、ワルキューレも、ジークも、ヒャクメさまも、斉天大聖老師も。俺が直接会って、言葉を交わした神族、魔族達はみんないい奴だったから。だから俺はみんなを嫌いじゃない。」
 
・・・本当なの?
 
2人が立ち止まる。
神界へのゲートにたどり着いたから。
ゲートから淡い光が放たれ、彼女が神界に戻りかけている最中、横島さんが彼女に声をかけたのね。
 
「貴女に会えて、直接話して、貴女の考え方を知ることができて本当によかったと思います。・・・ジルにもいつでも遊びに来るように伝えてください。さようならガブリエル。貴女のことも嫌いじゃなかった。」
 
彼女が言葉を発する前に光は消えた。
横島さんは気がついていたのか。
ううん。何で知っていたの?
 
「・・・ヒャクメさま、見ているんでしょう?」
 
気がつかれていた?
私は観念して横島さんの目の前に転移していく。
 
「どうして気がついたのね?心眼で遠くから眺めていただけなのに。」
 
「・・・感、かな。多分覗いているんだと思っていた。」
 
「ごめんなさい。」
 
「別に聞かれた拙いことじゃなかったからね。・・・でも少し照れくさいかな?」
 
横島さんは覗いていることを知って、笑って許してくれる。
・・・小竜姫のように怒られるよりも、許されるほうが胸が痛いのね。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ガブリエル≫
・・・ジルと同じ時期に生み出した、同じタイプの分霊を使ったというのにあっさりとばれてしまいましたわね。
人格こそ違えど、同一存在である私とジルを見分けるなんて。
それだけジルの事を見てくれていたということでしょうか?
 
・・・横島さん。あなたはやはり危険です。
その力でもなく、その考え方でもなく、
貴方のあり方が危険です。
あなたはその背中に何でもかんでも背負い込もうとしている。
他人の命も、心も、人生も。
それもただ背負い込むのではなく他人が背負いきれない大きな荷物だけを背負い込もうとするなんて、そしてその荷重に耐えて朽ち果てそうな自分の体も、心も何一つ省みない。
そしてそれでもあなたは微笑み続ける。
神でさえ不可能な難業に挑んでいるというのに。
あなたは周りを暖かい空気で包み込む。
何があなたをそうまで駆り立てるのかは知りません。
ですがあなたはもう少し、せめてあなた隣人を愛する1%でも自分を愛してください。
あなたの周囲の方もそれを望んでいるでしょうに。
・・・主に相談をいたしましょう。
主に相談をしてジルを横島さんの元に送りましょう。
私があなたの元であなたを守ることは許されないでしょうから。
幸いジルも横島さんを気に入っているようですし、あの娘なら横島さんの手助けができるでしょう。
                   ・
                   ・
                   ・
≪小竜姫≫
横島さんたちの修業期間が終わった。
横島さんたちは短い期間で驚くほどに力をつけた。
それに比べて自分はどうだったんだろうか?
神族ということに胡坐をかいて、無限にも近い時間があることに胡坐をかいて研鑽するということを忘れていたのではないか?
21年という短い人生の中で私はおろか、老師にさえ迫る勢いで成長する横島さんを見て切にそう思う。
私は汚い手段を嫌うあまり視野狭窄的な狭い見識しかもっていなかったのを横島さんの講義を映したでぃー・ぶい・でぃーという機械のお陰で思い知らされた。
ワルキューレたちに対しても本当の意味で受け入れられていなかったのだとも思う。
あなたのお陰で思い出しました。
あなたのお陰でワルキューレとも本当の意味で仲間になれるかもしれません。
ありがとうございました。
 
横島さんたちは私達一人一人と別れの挨拶を交わす。
 
「小竜姫さま。短い間でしたがお世話になりました。」
 
「お世話になったのは私のほうです。・・・いけませんね。私は妙神山の管理人だというのに。・・・横島さん本当にありがとうございました。この一ヶ月はきっと、1000年の時にも勝ります。」
 
本当に、今思えば修業を積んでいるつもりでいた1000年より今この一ヶ月のほうがどれほど充実していたことか。
 
「またいつでもいらしてください。」
 
「ええ、老師にいただいた符がありますからちょくちょく寄らしてもらうと思います。小竜姫さまたちも俗界に下りてきたときはぜひ寄ってください。」
 
「はい、ありがとうございます。・・・そうだ、少し屈んでもらえますか?」
 
「これで良いですか?」
 
かがんだ横島さんの額にバンダナ越しに口づけをした。
 
「そのバンダナに竜気を送り込みました。この一ヶ月のせめてものお礼です。」
 
自分でも顔が上気しているのがわかる。
バンダナ越しに額へ、とはいえ殿方に唇をささげるのはそういえば初めてかもしれません。
照れくさいけど幸せな気分になれるものですね。
・・・何人かからかかなり厳しい視線が飛んできているけど。
・・・気にもなりませんね。
横島さん。本当にありがとうございました。
                   ・
                   ・
                   ・
≪???≫
なんだ?何なんだこやつの心は?
なぜこれほどのめにあって笑っていられる?
【苦痛】こやつの心の中はまさしくこれだ。
わしはこやつと小竜姫さまの気によって生まれた横島の一部のようなものだからこそ壊れずに済んでいるものの、そうでなければゼクウ殿のように壊れてしまっていただろう。
 
「泣いているのか?心眼。」
 
「・・・わしに気がついて居ったのか?」
 
「あぁ。昔は気がつかなかったけど、お前は俺の一部のようなものだったんだな。」
 
「うむ。人格こそ違えど、わしはおぬしの中より生まれいでたものだからな。・・・心眼は本来人格を持ったりはしないものなのだが、お主はつくづく規格外なのだな。」
 
「そうなのか?前の奴も人格を持ったからてっきりそういうものだと思っていた。」
 
「ヒャクメさまの心眼は人格などもっていなかったであろう?」
 
・・・おそらく、横島の心は孤独というものに敏感なのであろうな。
わしが人格を持つのも、こやつの霊力を吸ったスライムまで人格を持ったのもその心が霊力にまで影響したのだろう。
いや、こやつが過去に馬鹿であけすけな性格だったのも。
種族的な差別を一切しなかったのも。
煩悩まみれの助平だったのでさえ、こやつが誰かのぬくもりを欲していたのかも知れぬ。
 
・・・こやつが【荒神】となるまで猛り狂ったことでさえ。
後悔と自虐を繰り返しながらもかつての仲間の元にいることでさえ。
 
あまりにも脆いよ横島の心は。
そして強い。
形はどうあれ、全てのものに決着をつけさせようとしている。
・・・わしのすべきことは。
・・・こやつと共にあり、こやつの心を守り、
こやつのなすことを助け、・・・最期にこやつの意思を裏切る。
 
「お前も俺の過去を見たのか?」
 
「あぁ。済まぬな。」
 
「構わない。・・・お前は俺を守って死んだりしてくれるなよ?」
 
お主はわしのような擬似生命体のことでまで心を痛めてくれるというのか・・・。
 
「安心せよ。わしのこと何ぞでお主の心に傷など残してたまるか。」
 
・・・暖かいな。お主の心は。
・・・冷たいな。お主の心は。
いつか、おぬしの心を捕らえているその冷たい牢獄から解き放ち、お主がくれたこの暖かい光の中に連れ出して見せるからな。
全てをお前に背負わせて、それで終わりなんぞにしてたまるか!



[513] Re[6]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/02 22:28
 ≪横島≫
妙神山での修業からこっち、特に大きな事件は起こらなかった。
一番大きな事といえば雪之丞がG・S資格試験を受けなかったことか。
俺にも、ゼクウにも、小竜姫さまにも、ワルキューレにも、それから五月にも一発もまともに有効打が当たらなかったのが悔しかったらしく一撃が入るようになるまで資格試験を受けないと言い出しやがった。
無茶苦茶だ。
俺はともかく他は身近にいるからわからなくなってるかもしれないが、武神に魔界正規軍のエリート。そして本物の戦の鬼。一流のG・Sでも有効打なんてそうそう当てられるものじゃない。
・・・まぁ、雪之丞なら1,2年のうちに何とかするだろうから特に何も言わなかったが。
ヨーロッパ組だとカオスの実験が遅れていたらしい。それでも霊力監視衛星の打ち上げには成功したらしくその中にカオスの記憶層も組み込んでいる。
今は優秀な助手のお陰で研究の目処も立ち、今年か来年のうちにも来日するとのこと。
西条は日本支部ができ次第異動するらしい。
美智恵さんががんばっているのであと1,2年というところか?
鬼道は日本に帰ってきて大学に通っている。来日してすぐに六道家に謝罪に行ったら六道女学園の教師にならないかと誘われたらしくどうするか思案中との事。今でも時々あって酒を酌み交わしている。
魔鈴さんは大学を卒業して日本に来たときにレストランを開店するときの援助と錬金術の手ほどきを条件にカオスの助手をしている。カオスにしても科学のほうはともかく、錬金術や魔法に関して彼女以上の助手を望めないだろう。
 
日本組としては俺は大学4年になってすぐ、横島除霊事務所の所長となった。所員は俺と冥子ちゃん。令子ちゃん、エミ、見習いの雪之丞。
冥子ちゃんたちは独立ちするまでのつなぎということになっている。いつまでもうちの所員でいさせるのはあまりにももったいないからな。
顧問として小竜姫さま、ワルキューレ、将門さま、ジルが名前を連ねている。新事務所の顧問としてこの連名ははっきり言って異常だ。小竜姫さまたちは代わりにうちの事務所を妙神山の東京出張所にしてくれれば良いといってくれたがそれもせいぜい連絡位しかやることはなく、逆にうちの名前を売る効果のほうが高いし、将門さまは
『五月を住まわせるのにそのくらいはしてやらんとな。』
だ、そうだ。
俺はその申し出をありがたく受けることにした。
実力のほうはともかく、冥華さんがよこしてくれる仕事以外は半年くらいは小口の依頼を中心に受けて事務所としての知名度を上げているところだ。
幸い、1年間倫敦にいて、帰ってきてからもろくにG・Sとして活動できなかった俺と違い3人は実力の高い美少女G・Sとしてかなり名前をうっていたし、俺自身は協会内での知名度だけは高かったのですぐに大口の依頼も受けさせてくれるようになったので(冥華さんの暗躍もあっただろう。)所属G・Sが多いこともあいまって(S級の俺、A級の令子ちゃん。冥子ちゃんは単独で引き受けた事件数が少なく、エミは呪術師として役に立つ事件というものがそもそも少ないのでまだB級。雪之丞はまだ見習いだが実力は十分なので単独でなければ頭数になる。それにゼクウ、ユリンの存在も大きい。リリシアやジルも人手のないときは良く手伝ってくれるので不定期の社員として依頼量から何割かを支払っている。)この近辺では最大手といっても良い。俺が出す条件のせいもあって多少依頼数が目減りするものの、無理して稼ごうとしなければ十分だろう。
・・・こっちの世界では多少の執着心は見せるものの令子ちゃんが常識の枠を超えるほどにはがめつくないからな。
マンションの建設は少し遅れたものの冬に完成した。入居者は今のところジル、リリシア、五月の3人しかいないがそのうち埋まるだろう。元々お金のために作ったわけではないしな。
俺自身はまだ幸福荘に住んでいる。まだ小鳩ちゃんには出会えていないから。
リリシアは何でも仲間のために風俗店を経営するのだそうだ。流石にリリムが直接接収したら拙いのでとりあえずはオーナーとして収まって、発散される精気を吸収するとの事。何だか裏技的だが(リリシアが直接吸わないのであれば)許可が下りたんだからまぁいいのだろう。精気の質はあまりよくないらしいが量だけは普通に吸っていたころから比べれば大量の精気を集められるらしい。その道のプロ(リリシア)が技術指導をしているので評判は上々との事。
ジルは本格的に人間界調査の任務が与えられたらしく、その事でうちに雇ってくれといってきたので常任顧問として事務所にいてもらうことにした。・・・いくら天使とはいえ、見た目8歳児を現場で働かせるのはあまりよろしくないからどうしても手が足りないとき以外はお留守番だ。俺がデスクワークをしているときは俺の膝や肩の上に良く座っている。変な場所を気に入ったものだ。
普段はユリンをお目付け役にしている。そうでないと補導されそうになるからだ。携帯電話を持たせて補導されそうになるたびに俺に連絡するようにしている。
五月にはいまだ嫌われたままだ。たまに雪之丞相手に組み手をしてくれてるようではあるが・・・強いな。
 
そんな感じで1年と半年間。修業を除けば比較的穏やかで、ゆっくりとした時間が流れていた。
 
そして時期的には少し早かったのだが、俺が大学を卒業する間際になってあの事件が舞い込んできた。
人骨温泉ホテル除霊依頼。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
久しぶりに横島さんと2人っきりでの依頼だ。
場所は人骨温泉ホテル。
横島さんはもてるからね。知ってるだけでも冥子にリリシア、小竜姫さま、ヒャクメ、ワルキューレ。それから六道女学園の私の同期のほとんど。エミは妹だから外すし、ジルは流石に幼すぎるけどよくもまぁこれだけ種族も違う連中にもてるもんだと思う。
惜しむらくは横島さんが鈍感だっていうことか。そうでなければプレイボーイも気取れるのに。
まぁそんな横島さんは横島さんっぽくないけどさ。
どういうわけか独特の雰囲気があってみんなも積極的なアプローチができないけどこのチャンスを逃さないようにしないとね。
ママも応援してくれるみたいだし。
 
「令子ちゃん。大丈夫かい?」
 
横島さんがこちらの心配をしてくれる。
途中までの道は送迎バス以外の交通機関がなく、途中の車が通れる道は落石があったために仕方なく歩いてホテルを目指しているのだが、山道を1時間ほどの行程。荷物を持った状態では少し骨か。
でもこの荷物のほとんどは私の除霊道具だし、7割以上は横島さんが持っているのでそうへこたれるわけにもいかない。
基礎体力に絶望的な差があることも否めないけど。
 
「大丈夫よ。」
 
「・・・でもあまり無理をして本番の除霊の時にへばってはいられないからね。今回の除霊はほとんど令子ちゃんに任せて俺は荷物もちにでも徹するつもりだし。・・・そうだ。荷物は全部俺が持っていくから令子ちゃんは一足先に行って俺たちの到着を伝えてきてもらえないかな?」
 
「でもそれじゃあ。」
 
横島さんは私の荷物をヒョイと受け取るけどもまったく危なげな様子はない。
・・・知ってはいたけどやっぱ化け物チックだわ。
 
「それじゃあ先に行きますね。」
 
「あぁ。俺もそう後れないうちに行くよ。」
 
笑顔で見送ってくれる横島さんを残して私は先に行くことにした。
 
「・・・さてと。」
                   ・
                   ・
                   ・
≪???≫
「あの人・・・あの人がいいわ・・・ようし・・・」
 
大荷物を抱えて歩いている男性に狙いをつけて肩から体当たりをする。
 
「えい!」
 
横から体当たりをするんだけど・・・あれ、当たった感触がない?
 
「キャァ。」
 
思いっきり転びそうになったところをさっきの男性が抱きとめてくれた。
 
「ご・・・ごめんなさい。私ったらドジで。」
 
「君は幽霊だね?」
 
え、いきなりわかられちゃった。
 
「ご、ごめんなさいごめんなさい。」
 
逃げ出そうとしたのだがつかまれた腕が抜けられない。
 
「落ち着きなって。悪いようにはしないから。」
 
私の髪を優しく梳いてくれました。
 
「君はまだ悪霊化していないようだけど誰かを代わりにしてしまえば君はそのまま悪霊化してしまい今以上に苦しむことになってしまう。俺はG・S・・・霊を払う仕事をしていて名前は横島忠夫。・・・とりあえず一緒に来てもらえないかな?」
 
こうやって頭を撫でてもらうのは何百年ぶりでしょうか?
 
「ごめんなさい。私あなたを殺して私の身代わりになってもらおうとしていたんです。」
 
そう告白しても泣き出した私の頭を抱きとめて、横島さんは私の頭を撫でてくれています。
私が泣き止むのを待って、私は横島さんに連れられて人骨温泉ホテルに連れられていきました。



[513] Re[7]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/03 02:13
 ≪令子≫
横島さんはかわいい幽霊の女の子を連れてやってきた。
 
「それで、温泉に出るって言う幽霊はこの娘なの?」
 
「うんにゃー。ウチに出るのはむさ苦しい男ですわ。こったらめんこいお化けならかえって客寄せになるで。」
 
ホテルの支配人はかぶりを振るう。
 
「ふむ。・・・とりあえず事情を話してくれるかな?」
 
横島さんは落ち着けるように彼女の頭を撫でてやる。
・・・少し悔しかったりして。
 
「はい。私はおキヌといって、300年ほど昔に死んだ娘です。山の噴火を沈めるために人柱になったんですが、普通そういう霊は地方の神様になるんです。でも私、才能なくて成仏できないし、神様にもなれないし・・・。」
 
シクシク泣きはじめるおキヌちゃん。
 
「誰かに入れ替わってもらえば地縛は解けるからね。それで横島さんに入れ替わってもらおうとしたわけか。・・・でもなんで横島さんだったの?」
 
「はい。遠くから見ていたんですけどとても優しそうな人でしたからこの人なら変わってくれるかと思ったんです。でも私が間違ってました。ごめんなさい横島さん。」
 
泣き出したおキヌちゃんを横島さんがなだめる。
 
「どうする?横島さん。」
 
「・・・今の話を聞いて少し解せないところがあるんだ。少し後回しにして依頼の方を先にかたをつけようかと思うんだけどいいかな?」
 
「はい。」
 
「それじゃあ支配人さん。幽霊の出る現場を案内してもらえないでしょうか?」
 
除霊現場は露天風呂だった。しかし見鬼君を使っても反応はない。
 
「少なくともここに括られている霊じゃないみたいね。・・・やっぱり誰かが入ってないと駄目なのかしら?」
 
よし。これで私が入って悩殺すれば。
 
「・・・いや、出てくるみたいだ。」
 
チッ
 
突然ひげもじゃの如何にも山男然とした幽霊が現れる。
しかし心眼、ユリンを従えた横島さんの霊視能力は見鬼君を超えているのか・・・。
 
「じっ、自分は明痔大学ワンダーホーゲル部員であります。寒いであります!助けて欲しいであります!」
 
「・・・とりあえず話を聞いてあげるわ。どうして現世を彷徨っているのかしら?」
 
この辺は横島さん譲りの除霊方ね。いきなり攻撃かましてくるような奴でもなければ説得の方が気分がいいもの。
横島さんはそういう奴でも会話が可能な限り説得を試みるけど。
 
「自分は遭難してしまい、仲間ともはぐれ雪に埋もれて死んだであります。しかしいまだに死体は発見されずに雪山に放置されているんであります。」
 
「支配人さん。そういう話を聞いていますか?」
 
「んだ。もう3年位前になっけども当時は結構有名になったな。」
 
「ふむ。・・・そうだ、ワンダーホーゲル部。あんた成仏をあきらめて山の神になりなさい。」
 
「え、・・・山の神様。・・・やるっス。やらせてほしいっス。俺たちゃまちにはすめないっス。遠き山にも日はおちるっス!」
 
「おキヌちゃんもそれでいいでしょう?」
 
「はいっ!」
 
「それじゃあ早速。」
 
「待った!」
 
私が地脈の流れを変えようとした時横島さんが待ったをかける。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
「・・・どうしても解せないことがある。そいつを山の神にするのは少し待ったほうがいい。」
 
「な、何ででありますか!ひどいっス。あんまりっス。」
 
「少し落ち着け。・・・いいか、ここは日本だ。イロイロな宗教が流れてきているが根幹にはどうしても日本国神道の流れが息づいている。神道にとって死は穢れだ。ゆえに正しい作法で送られた人間や特定の条件を満たした死したる人間の魂は八百万の神の一柱となるように流れが確立している。それがどんなに邪悪で、世界をうらんでいた魂であってもな。」
 
・・・例えば俺のように。
 
「話を聞く限りおキヌちゃんが神になれなかったのははっきり言って解せない。その流れの中に才能が入る余地などないからな。よしんば、送る儀式に不手際があったのだとしてもおキヌちゃんくらい善良な魂が成仏できなかったのはやっぱり解せない。何か理由があるはずだ。それを調べないうちに地脈の流れを変えてしまっては何が起こるかわからないぞ?やるとしたなら少なくとも可能な限り調べてから行った方がいいと思う。」
 
「・・・ふう。私もまだまだね。」
 
令子ちゃんの頭をポンポンと軽くたたいてやる。
顔が赤い。
子供扱いをしたと怒っているのだろうか?
 
「いや、普通ならあれでもいいんだ。むしろ上等な部類に入る。でも今回は俺の霊感が妙にうずいてな。」
 
実際には知っていただけだけどな。
 
「支配人。このあたりで古い神社かお寺はありますか?少なくとも300年以上たっているものであれば。」
 
「んだなぁ。そんだと山の奥まった方、御呂地岳の中腹にある氷室神社くらいだな。」
 
「ではそこへ行きましょう。令子ちゃんもおキヌちゃんもワンダーホーゲル部もそれでいいね?」
 
「ええ。私はいいわよ。」
 
「はい。私のほうも横島さんにお任せします。」
 
「うっス。」
 
「あ、・・・ワンダーホーゲル部はおキヌちゃんと違って霊体として安定していないから神社に入るのは無理かもな。・・・選んでくれ。このまま俺がお前の体を見つけ出して成仏するか?それとももう少しここでと、いってもホテル内だと問題あるから山の中になるけどとにかく待っていて山の神なるのを待つか?」
 
「自分は山の神になりたいっス。」
 
「そうか。ユリン、ドラウプニール。」
 
ユリンを影から呼び出して分身を作るとワンダーホーゲル部の方に飛ばした。
 
「終わったらその鴉が知らせてくれるから道案内してもらってこっちに来てくれ。」
 
「わかったっス。」
 
さてと。
 
『心眼。聞こえているか?』
 
『無論だ。どうした?』
 
『死津喪比女のことだ。知っているだろう?』
 
『無論だ。・・・成るほど。地脈が止められたままとはいえおキヌが近づいたら何らかの反応を示す可能性があるな。いいだろう。わしが周囲の霊視を常に行っておく。』
 
『すまない。』
 
『なに、わしはお主の手助けをするために存在するのだぞ?』
 
『・・・せっかく生まれてきたのにそれだけって言うのは寂しいだろう?お前もお前の生きたいように生きろ。』
 
『まったくおぬしという奴は。・・・感謝するぞ。』
 
『よろしく頼む。』
 
『任せておけ。』
 
「それじゃあいこうか。」
 
うまくいったならばこのまま休眠中の死津喪比女を倒し、おキヌちゃんを復活させてそれでおしまい。
その場合おキヌちゃんと強い縁は結べないだろうから、彼女が復活しても俺たちの下に来てくれないかもしれない。
でもそれも仕方がない。
カオスに頼んで霊団を寄せ付けないように肉体と魂の結びつきを強くするものを作って彼女に送ろう。
 
・・・心優しい彼女に今回もあれほどの業を被せるわけにもいかないからな。
 
死者約12000人。
損傷した家屋約40万戸。
被害総額は数兆円単位だし、壊れた国宝、重要文化財も多い。
 
人質にとられて直接的な被害こそ少なかったものの、大都市でいきなり全てが麻痺をすれば被害は大きい。
直接的にいえば体の弱い人間や、人工的な機械で生かされている人間はあの花粉のせいで死んでしまった。
死津喪比女が直接殺した人間も少なからず存在する。
 
間接的には車がいきなり制御できなくなって起きた交通事故。
工場地帯で起きた爆発事故。
火災が起きても誰も火を食い止められるものがいない。(これは火を嫌う死津喪比女のお陰でそれほど燃え広がったりはしなかったのだが。)
それでも二次災害の数は尋常ではなかった。
 
幸い、あちらの場合その部分の記憶がおキヌちゃんから抜け落ちていたため彼女が心を痛めずにすんだものの、こちらでもそうなるかはわからない。
起こるとわかっている被害を黙認するわけにも行かない。
ならばおキヌちゃんと縁が切れることを覚悟で、死津喪比女とここで決着をつける。



[513] Re[8]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/03 22:11
 ≪おキヌ≫
私は寂しさや苦しさに負けて殺そうとしてしまった横島さんに導かれて氷室神社に向かいます。
横島さんはとても優しく、私のことも許してくれました。
それどころか私のためにわざわざここまでやってきてくれました。
一時の苦しさに負けて自分が何をしようとしていたのか、いまさらながらに後悔の念がよぎります。
ごめんなさい。
 
「ここらしいな。」
 
そこは山の中腹にあるとは思えないくらい立派な神社です。
 
「ん?おめら何もんだ?」
 
巫女服に襷がけの女の子が竹箒で境内をはいています。
 
「・・・おキヌちゃんに似ている。」
 
そうなのでしょうか?この300年、自分の顔なんて水鏡くらいでしか確認できませんでしたけど。
 
「関係があると見ていいだろうな。・・・失礼。俺たちは東京のG・Sで除霊の最中この地方の古い文献を拝見させていただきたいと思いよらせていただきました。宮司の方はいらっしゃいますでしょうか?」
 
「ふ~ん。わたすは氷室早苗。で、うちの父っちゃがそうだ。父っちゃ~!」
 
神社の中から温厚そうな宮司さんが出てきます。
 
「父っちゃ、この人たちが父っちゃに聞きたいことがあるんだと。」
 
「そうですか。それでは奥にどうぞ・・・そちらの幽霊は?」
 
「この娘のことでお話を伺おうと思ってよらせていただきました。」
 
「あ、おキヌと申します。」
 
「・・・まぁ詳しいことは奥で話しましょうか。」
 
私たちは奥に案内されます。
何ででしょう?ここは懐かしいような雰囲気があります。
いえ、懐かしいと感じているのは宮司さん?
 
「はじめまして。俺は東京でG・S事務所を開いている横島忠夫といいます。」
 
「横島さんとこの所員の美神令子です。」
 
「ほう、あなた達が。」
 
「父っちゃ、知ってるだか?」
 
「G・Sの世界では有名だよ。幽霊や妖怪を極力払わないG・S事務所って。」
 
「何だそれ。ろくに霊も払えないんだか?」
 
「とんでもない。横島さんはG・S資格試験最年少主席所得者。最年少S級ライセンス所得者。最短S級ライセンス所得者、高校生でS級ライセンス所得して、A級、B級ライセンスでも同種の記録を持っている。それに所属しているG・Sも3年前のG・S資格試験で女性としての最年少主席所得者を含む現役女子高生で1,2,3フィニッシュを飾った逸材と聞いている。それに横島さんは単独で平家の落ち武者の霊団や、国連が懸賞金をかけている魔族を何体も払っている。恐らく現役最高のG・Sだ。」
 
「おったまげた~。人は見かけによんねえもんだな。」
 
横島さんって凄い人だったんですね。
 
「俺たちのことはとりあえずいいでしょう。実はおキヌちゃんのことで伺いたいことがあってきました。」
 
横島さんが事情を説明します。
 
「・・・釈迦に説法するような話ですが彼女が神にもならず成仏もできないのは何かしら理由があるのではないかと思い、この神社を訪ねてきた次第です。」
 
「成るほど。・・・じつはおキヌという娘の話はこの神社の縁起を書き記した古文書と符合しています。しばしお待ちを。」
 
宮司さんはいったん奥に引っ込みますがすぐに出てきました。
 
「ありました。・・・今から300年ほど昔、元禄のころですな。この土地には他に例を見ないほどに強力な地霊が棲みつき、地震や噴火を引き起こしていました。その名を【死津喪比女】といいます。土地は荒れ、困った藩主は高名な道士を招いて死津喪比女の退治を依頼したのです。しかし・・・退治は不可能ではありませんでしたが死津喪比女の強力な力を前に退けるには大きな代償が必要だったと記されています。」
 
「人身御供ってやつね。それがおキヌちゃんだったわけか。」
 
「はい。道士は怪物を封じる装置を作り、それに命をふきこむために一人の巫女を地脈の要にささげました。その巫女の名前は伝わってはおりませんが恐らくは。その装置は巫女の意思と霊力で永久的に作動し、いずれ娘は地脈と一つになり山の神となる。そうすれば邪悪な地霊は封じられると・・・。」
 
私はそんな大切な役目のために死んだのに山の神様になれなかったなんて。
ふわりと暖かな感触で包まれます。
横島さんが私の頭を撫でてくれています。
 
「・・・成るほど。おキヌちゃんが山の神にも成仏もできない理由がわかった。成仏できないのはこの地の呪的メカニズムの一部として括られてしまっているからだし。道士はメカニズムを構成するための前提条件を誤ってしまったんだ。だからおキヌちゃんは山の神になることもできずに幽霊として300年間も彷徨う羽目になった。」
 
「道士の過ち?」
 
「大賀蓮は知っていますか?」
 
「成るほど!」
 
「宮司。申し訳ないですが当時を記した古文書を俺にも見せてくれないでしょうか?死津喪比女を復活させないようにおれはおキヌちゃんをこの地の括りから解放してあげたい。」
 
「無論です。こちらへどうぞ。解決するまでは当家に逗留してください。大しておもてなしはできませんが当神社に縁のある話ですからな。」
 
「すいませんがお言葉に甘えさせていただきます。・・・令子ちゃんは東京の方に連絡を入れてくれないか?こっちは俺と心眼とゼクウで何とかするから。」
 
「私も手伝いましょうか?」
 
「俺たちだけで十分だよ。山歩きばかりで疲れたろう?時間はそうかけないつもりだから体を休めといて。」
 
馬の顔をした方が横島さんの影から突如現れました。
緊那羅という神様だと紹介されて宮司さんも早苗さんもものすごく驚いていました。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
「へ~。家の裏にこんな温泉があったんだ。いいな~。」
 
「わたすらが出たらあの横島さんにも教えてやるといいだ。東京の男はみんなスケベだ頼りないと思ったどもああいう人もおっただな。」
 
「う~ん。横島さんは東京でもかなり特殊な部類に入るんだけどね~。」
 
あんな人がいっぱいいたらいろいろな意味でとんでもないわ。
 
「それもそうだな。神様従えてるG・Sなんて聞いたことないべ。」
 
「神族にも魔族にも知り合い多いからね。」
 
「魔族もだか?」
 
「敵対する意思がなければ魔族も妖怪も悪霊も払わずに説得を試みるっていう人だから。もちろん倒すことよりもずっと難しいし、半端な実力じゃ危なくてとてもじゃないけどできないことよ。」
 
倒すより救う方が難しいからね。
 
「とんでもないだな。」
 
「そうね。・・・とにかく横島さんやゼクウさまが徹底的に調べ上げて、呪的メカニズムの解明をしてくれるからおキヌちゃんも安心して待っててちょうだい。」
 
「はい。ありがとうございます。」
 
「でも本当におキヌちゃんと早苗ちゃんてにてるわね。」
 
「んだな。もしかしておキヌちゃんがご先祖様だべか?」
 
「ううん。私は結婚しないうちに死んじゃったから。」
 
「そっか。」
 
「ま、事が終わるまでうちに泊まるといいべ。父っちゃもそういっとったし、母っちゃも遠慮はいらねっていってるがら。」
 
ふいに大地が揺れた。
決して小さくはない地震だ。
 
「早苗ちゃん大丈夫?」
 
揺れはすぐに収まった。
 
「大丈夫だったども、いきなりだったべな。」
 
突然大きくなったユリンが飛んできた。
嘴に神通棍とガウンを咥えて持ってきた。
何かあったの?
 
「早苗ちゃんすぐにそのガウンを着て。何か来るわよ!」
 
横島さんが何かの接近を感じてユリンを飛ばして来たに違いない。
 
すぐに地面からオケラが人間化したような奴らが数体、その真ん中に女性型の妖怪が現れた。
 
「匂うな。あの巫女の匂いがする。300年間わしを封じたあの小娘・・・。」
 
「こ・・・こいつが・・・死津喪比女!?」
 
「わしを知っておいでかい?・・・なんだ、そこにいるじゃないか。」
 
死津喪比女はまっすぐおキヌちゃんの方を見つめる。
 
「さぁ、その小娘を渡しておくれでないかえ。もはや堰があろうとも行動することに支障はないが、地脈の流れが戻れば今よりもっと早く力を取り戻せるからね。」
 
死津喪比女の右手がぴくりと動いた。
感に任せて早苗ちゃんを抱え込みつつ飛ぶ。
私がいた場所を間一髪、伸びた死津喪比女の腕が・・・あれは蔓か?とにかくよけることに成功した。
小竜姫さまとの訓練が役に立ったようね。
あんなのまともに受けたら神通棍が折られていたわ。
 
「ユリン。あなたはおキヌちゃんの護衛をお願い。こっちはこっちで何とかするから。」
 
「クワァアア!」
 
大きく威嚇の声を上げつつユリンがうなづく。
 
「ほう、避けたか。ククク、そなたはなかなか美しいなぁ。まるで花のようじゃ。わしもうまいこと結界の隙間から這い出し、堰があろうとも再び咲くことができたのじゃ。いまさら枯れとうない。そなたもこの気持ち、わかるであろう?」
 
「調子に乗るんじゃないわよこの腐れ妖怪!」
 
神通棍を神通鞭にしてなぎ払う。
女性型の奴には避けられたものの、オケラみたいな奴はそれで退治することに成功する。
 
「ほう、6体の葉虫を一撃か。人間も少しは進歩したと見える。」
 
「す、すごいだ。」
 
「あんたも!」
 
神通鞭を伸ばして死津喪比女に向かって飛ばす。
しとめた!
 
死津喪比女の半身を切り裂いた。
 
が、
 
「せっかく伸びたわしの体をこんなにしおって。・・・殺すか。」
 
触角みたいなものに捕らえられた。まずい。
精霊石。
 
その前に触手が切り払われる。
 
「お前なんぞにそのこはやれないよ。」
 
横島さん。
 
「令子殿、早苗殿、おキヌ殿。ここはマスターに任せてこちらへ。やつめは神社の結界内には入ってこれませんゆえ。」
 
横島さんは眼にもとまらない速さでアロンダイトを振るうと死津喪比女はまるでサイコロかなにかのようになるまで細切れにされてしまった。
 
「美神さんも凄かったけんども、横島さんのは全然見えねえべ。」 
 
私も辛うじて目で終えただけ。
やっぱ格が違うわ。



[513] Re[9]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/04 20:03
 ≪令子≫
横島さんはすぐに追いついてきて私たちは神社の中に逃げ込んだ。
 
「横島さん。何があったの?」
 
「わからない。システムはまだ正常に動いているはずなのに。」
 
横島さんは静かに眼を瞑る。
 
「・・・この裏の山のがけに古くからある祠があるそうだ。古文書はあらかた読みつくしたがシステムそのものはその祠にあるということくらいしかわからなかった。俺はそこにいってみるつもりだ。」
 
「私もいくわよ。」
 
「そうだな。・・・皆さんはこの神社の中に避難していてください。くれぐれも外に出ませんように。」
 
「わかりました。お任せします。」
 
「ゼクウ。お前はここでみんなの護衛を頼む。」
 
「承知いたしました。マスターもお気をつけて。」
 
連絡用にユリンの分身を作り出して連絡用に残しておいた。
 
「・・・さて、おキヌちゃん。君はどうする?」
 
「え?」
 
「この結界内でゼクウが護衛してくれればここは安全だ。死津喪比女の狙いが君にある以上ここにいるのが一番だと思う。でもこれは君の過去がかかわることだ。それを君が知りたいというのなら俺にはそれを止める権利は無い。」
 
横島さんは大切なことは決して強制しない。
正解を知っていて、相手が間違えている時でもよほどでない限り相手が出した答えを尊重し、自分はその答えのために誰かが被害をかぶらないように奔走する。
それはうれしい反面、とても厳しいことだと最近になってようやくわかるようになって来た。
 
「・・・お願いします。私も連れて行ってください。」
 
「わかった。それじゃあ令子ちゃん。行こう。」
 
「えぇ。」
 
死津喪比女を警戒をしながら祠を目指す。
幸い途中で襲撃も無く祠まではたどり着いた。
祠の奥深く、先ほどの地震で崩れたと思わしき横穴の奥に氷漬けの死体が安置されていた。
 
「この死体は・・・おキヌちゃん!」
  
「そこに隠れている奴。出てこい。」
 
死体に気を取られなかった横島さんが奥に向かって視線を飛ばした。
そこにはあの宮司さんそっくりの幽霊。
 
「おキヌ。戻ってきたのか?」
 
「あなたは?」
 
「そうか・・・記憶を失っているのか。」
 
「あなたはいったい何者だ?見たところ幽霊でもないようだが。」
 
幽霊ではない・・・本当だ。霊力を感じない。
 
「私はかつてこの地で死津喪比女を鎮めた道士。名を氷庵と申す。最もこの身はすでに成仏した氷庵が有事の時に備えて自分の記憶を写しただけの存在に過ぎないがな。」
 
立体映像のようなものか?
 
「・・・説明してもらおう。なんで死津喪比女が復活している?あんたの作ったメカニズムに何か異常があったのか?」
 
「・・・そうですな。事態は一刻を争う。あなた方が何者かは存じ上げぬがおキヌをここまで連れてきてくださった方。全てをお話しましょう。」
 
氷庵さんは静かに話し始める。
 
「氷室家は死津喪比女を鎮めた道士、つまり私の元となった道士が死津喪比女を滅ぼすのに長い時間がかかり、その間の不測の事態を恐れて興した家。私自身もそのために残され、不測の事態の折には地脈とおキヌの霊力で目覚めるようになっていたのです。今よりこの山と・・・そのために死んだ娘の記憶をお見せいたしましょう。」
 
周囲の風景がいきなり変わった。
 
「あれは、私。」
 
着物を着たおキヌちゃんがそこにいた。
 
「おキヌは孤児でな。身寄りが無いために近くの寺に引き取られている。」
 
同じ孤児の幼い子供達が出てきて、おキヌちゃんがその子達を止めるために縛り上げた。
そして場面は変わる。
この藩の藩主の館の庭に集められたおキヌちゃんと同い年の娘達。
 
『皆のもの、よく聞いてくれ、この地を襲う災害の原因は・・・』
 
江戸まで被害をもたらし始めた死津喪比女を退治するよう江戸からもせっつかれた藩主は道士を頼りその道士は人身御供を必要としていた。
くじを引いてその役どころを決めるという。
藩主の娘、顔は女性とは思えないような顔だが心優しい女華姫が藩主が止めるのも聞かずにくじを引き人身御供のくじを引き当て、その直後おキヌちゃんが自ら人身御供を志願した。
女華姫とおキヌちゃんは身分の枠を越えて親友だったようだ。
 
「・・・覚えてます。本当に微かにですけど私、女華姫様のこと、覚えてます。」
 
おキヌちゃんがハラハラと涙を流す。
 
人身御供の責を替われという女華姫と、家族のことを思わせて説得するおキヌちゃん。
このころから優しい娘だったんだ。
そんなおキヌちゃんの頭を撫でる横島さんと肩に止まって頬擦りをするユリン。
 
『もう・・・終わりにしたいんです。誰かが・・・肉親を失って悲しむのは・・・。』
 
「・・・あんた、こんないい娘を殺したっての?」
 
「人聞きの悪いことをいわんでくれ。」
 
「だって本当のことじゃない。」
 
「馬鹿いうな!私はあの娘を殺してはおらん。彼女の【死】はあくまで仮のもの。幽霊を作るために生命を停めただけだ。みてのとおりこの地下水脈におキヌの肉体を保存しておるじゃろう。彼女は生き返ることができる。・・・全てがうまくいけばな。」
 
「・・・記憶が動いたぞ。」
 
横島さんの言葉で再び記憶映像に注視する。
 
『ついたぞ。』
 
道士の言葉で御輿にのせられたおキヌちゃんが祠・・・ここに運び込まれる。
護衛の侍達を祠のある洞窟の外に配置し、道士とおキヌちゃんの2人が奥に入っていく。
 
『死津喪比女を枯らすため、私が作った地脈の堰だ。地中深くに根を張り、広がっている奴を滅ぼすにはこうするよりほかにない。そしてこれを動かすにはどうしてもお前の生命がいるのだ。』
 
『こ・・・ここに身を投げて・・・死ぬんでしょうか・・・。』
 
『・・・・・そうだ・・・。』
 
「・・・ほんとうにおキヌちゃん、生き返らせられるんでしょうね?」
 
「水脈に装置から地脈のエネルギーが一部流れ込むようにしてあり、中で溺れても肉体はそのまま保存されるのだ。」
 
「でも彼女の体、完全に死んじゃってるじゃない。私だって死霊と生霊を間違えたりはしないわよ。」
 
「・・・反魂の術だ。地脈と一体化するには死霊で無ければならない。しかしおキヌちゃんというこの地に括られた魂、邪霊を近寄らせない結界、保存の良い遺体、生命力にあふれた若い女性、地脈の巨大なエネルギー。これだけの条件がそろえば民話に伝わるような化け物にもならず、理論上はうまくいくはずだ。」
 
「その通りだ。」
 
場面が動く。
死津喪比女は巨大な球根上の妖怪が本体で、結界を張る以前からこの場所に花、あの女性型妖怪を潜ませていたらしい。外にいる侍たちは全滅。
窮地にやってきたのはあの女華姫率いるくノ一部隊。
しかし死津喪比女の攻撃が女華姫に向かうとおキヌちゃんは水脈に身を投げ、地脈を堰きとめられた死津喪比女の花は本体からきり離れていたこともありすぐに枯れて女華姫は救われた。
 
『おのれ・・・人間ども・・・だが・・・本体はもう冬眠状態に入ったえ・・・例え地脈をせき止めても数百年は生き続けるぞえ・・・』
 
死津喪比女はそういい残して一時的に滅んだわけか。
 
「・・・おキヌちゃんの記憶があやふやなのも、成仏できないわけもこれでわかったわ。ただでさえ幽霊の記憶はぼけやすいのに十分な説明も受けずに死んでしまったんですもの。」
 
「はい・・・私は山の神になるんじゃなかったんですね。」
 
「当時の常識から考えてみればそう考えてしまうのも無理は無いだろうな。・・・氷庵さん。あんたはこの時点で2つのミスを犯している。」
 
「何だと?」
 
「ひとつはおキヌちゃんのこと。氷室神社の古文書はすべて見たがおキヌちゃんは山の神になるという表記がなされていた。恐らくあんたが書いたものじゃなく、口伝を誰かが書き写したものなのだろうけど、そのときに自分達の常識に当てはめて山の神になるという表記になってしまったんだろうな。あるいは途中で口伝が変ってしまったのかもしれない。これでは例え全てが終わった後、おキヌちゃんの肉体が発見されたとしても良くて火葬されるか、下手をすれば博物館送りだ。反魂の術なんてものはかけられないだろう。トラブルが無ければあんたは目覚めないのだから間違いを指摘するものも無いからな。」
 
「なんと・・・そんなことになっていたのか。」
 
「それともう一つ。この装置では恐らく死津喪比女を滅ぼすことは難しい。」
 
「な・・・それは真か?」
 
「令子ちゃん・・・大賀蓮は知っているかい?」
 
「通称古代蓮でしょう・・・そうか!」
 
「どういうことじゃ?」
 
「昭和26年だからもう半世紀位前になるのか。大賀一郎博士が2000年前の地層から蓮の花の種を発掘し、それを開花させることに成功させている。株分けもされ、その子孫は今でも生きている。・・・植物の生命力はそれくらい強いんだ。死津喪比女は冬眠状態で数百年といっていたが、ただの植物でそれなら完全に余分なエネルギーを排除して、あんたと同じように条件付けで発芽するように休眠状態に入ったら恐らく数千年、下手すれば数万年たっても生き続ける可能性はある。」
 
「・・・むぅ。」
 
「・・・そうでなくても数百年後の世界にたった一人で生きるのはあるいは死ぬより辛いかもしれないぞ?・・・当時はそうするしかなかったのかもしれないけどな。・・・それはそうと、なぜ装置が作動している今、死津喪比女が復活をしている?」
 
「わしにもわからんのだ。今からおよそ2年、いや3年前になるか。ここらいったい、いや、多分関東いちえんの地脈の流れが乱れてしまい、死津喪比女に僅かながらエネルギーがいってしまったのだ。そして装置が正常に作動してからもなぜか封じられることなく活動しておった。今までは力の回復に努めておったようだが。」
 
「おキヌちゃんがここに戻ってきたのを見つけてちょっかい出してきたわけか。」
 
「ここの装置を使えば死津喪比女に直接おキヌの霊体をぶつけて攻撃できる。」
 
「ちょ、ここまで来て神風に方針変更するつもり?」
 
「死津喪比女を地脈で枯死させることができぬ以上他に方法は無い。さっきの地震も江戸の霊的ポイントを攻撃して大規模な結界を張らせぬようにしたもの。幸いさっきの地震ではまだ無事のようだがこの先死津喪比女が力をつけてしまえば何人死ぬことになるかわからんぞ。」
 
「・・・そうだ。細菌兵器を使えば。」
 
「無理だな。あいにく俺には細菌兵器を流してくれるコネはないし、事情を説明してG・S協会や六道家のコネで国に掛け合っても実際の被害が出ていない以上役人の仕事を待ってはどれだけ時間がかかるか。カオスに頼んだとしてもやっぱりそれなりの時間はかかってしまうしな。」
 
「死津喪比女は他の地脈にもその根を伸ばしているようだ。最早一刻の猶予も無い。さぁ、おキヌ。」
 
おキヌちゃんが前に出ようとするのを横島さんが止める。
 
「300年間の孤独に苦しんだこの娘に、これ以上責め苦を味わわせるつもりは無いよ。」
 
それでこそ横島さんだ。
 
「・・・確実に倒す方法があるのに何でそれを止める。」
 
入り口の方から女の声がきこえた。
それは・・・



[513] Re[10]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/05 04:54
 ≪五月≫
親父の管轄どころか神田明神にまで手を出した奴。
死津喪比女。
それを滅ぼすのに何を躊躇してやがる。
俺がおキヌとか言う幽霊を奥に連れて行こうとするとその腕を掴まれた。
俺の腕が掴まれるだと?
親父を除けば俺に触れた奴なんてここ500年は誰もいなかったはずなのに。
 
「滝夜叉姫か。・・・悪いがおキヌちゃんを犠牲にするわけにはいかない。」
 
横島は静かにそういっているだけだ。
なのにこの俺が気おされているだと?
 
「ちっ!」
 
横島が急に表に向かって走り出した。
 
つられてこちらも走り出す。
外にはおおよそ100程の死津喪比女がそこにいた。
 
「花一輪摘み取られてしもうたか。痛かったぞ・・・とてもな。花一輪と葉虫どもしか使わなかったのが失敗であった。ここまで花で埋め尽くす必要もあるまいが・・・。」
 
「これが花?花言葉はきっと『悪寒』かなにかね。」
 
「『醜悪』じゃ無いのか?」
 
「おぬしら、この状況でよく憎まれ口がたたけるの。」
 
「・・・五月が来たことと、お前から微かにもれる神気・・・お前が何で復活したかわかったよ。3年前、平将門の荒魂を滅した時に関東一円の地脈が狂い、その隙に復活したお前は山の神を殺して山の神になり代わったな。」
 
「なんと。」
 
「ほう、そこまでわかるか。」
 
「山の神になり代われば山にくくられる。括られた分身動きをとるのは難しくなるものの山の神として山から流れてくるエネルギーを自分のものとして復活に当てたか。」
 
与えられた情報からそこまで読み取るか。
 
「問うぞ。人間との共存は無理なのか?」
 
「何を馬鹿なこというておる。人を造ったのも天ならばわしを造ったのもまた天。天がわしを造ったということは天が人を滅ぼそうと思うているということじゃ。」
 
「・・・残念だ。」
 
「これだけの数を相手に万に一つも勝ち目はあるかえ?」
 
「あんま舐めんじゃないわよ。」
 
美神が先に突っかけた。
神通鞭で牽制し、呪縛ロープで足を止め、札をたたきつける。
まとめて数匹の花を相手にとっている。
いや、数匹を相手にしつつもやってることは1対1か。
よくやる。
単純な力で行けば俺の方が上だがこの死津喪比女という妖怪はその能力のいやらしさから俺でも苦戦するというのに。
無論、花の一輪一輪は雑魚でしかないが。
それ以上に横島、戦えば強かったのか。
手にした剣で周囲の花をなぎ払い、回転する霊気の盾を作り出すとそれを投げつける。
盾は花を薙ぎ、ある程度飛ぶと急激に膨張してはじけ飛ぶ。
その盾の破片の一つ一つが花に穴を穿つ。
大した時間もかけずに花の数は二割程度に減ってしまった。
 
「く・・・これを見ろ。」
 
花の一つが触手に人間の子供を抱えあげている。
子供は気を失っているのかピクリとも動かない。
 
「このガキだけじゃない。抵抗すればこの辺りにいる人間どもを殺してやるぞえ。いますぐその小娘をこちらによこせ!」
 
「下手な脅迫だわ。言うこときいたって殺すくせに。」
 
「やめて下さい!」
 
美神は引っかからなかったものの、おキヌが飛び出してしまう。
 
死津喪比女の触手がおキヌに伸びる。
それを庇おうとする美神。
おキヌに死なれると困るので仕方なく俺も間に入ろうとする。
 
・・・その全てが硬直した。
 
かろうじて動けたおれがその発生源を見る。
 
そこには、指輪を外した横島がただ立っているだけだった。
 
・・・何だ、アレは。
 
餓えた虎?
違う。アレは虎なんて可愛いものじゃない。
 
猛る獅子?
違う。アレは獅子ほどおとなしいもんじゃない。
 
怒り狂う龍?
・・・そうだ。私はアレを表現するものは龍しか知らない。
 
殺気、怒気、狂気。
戦の鬼たるこの俺が、それで動きを止められているというのか?
 
横島がこちらに5つの珠を投げよこした。
【防】【遮】【守】【護】【隔】
その珠が強力な防護壁を作り上げる。
あれは・・・湯島の菅原道真が持っていた文珠。
 
こちらは防護壁のおかげで動くことができるようになったが死津喪比女はいまだに動けない。
その間に横島の手から伸びた霊波刀が死津喪比女をすり抜け子供がとらわれた触手を切り裂き、子供を絡めとり、自分の手元まで運んだ。
 
「来るわよ。気をしっかりもってね。」
 
美神が警告を発する。
その理由はすぐにわかった。
 
「霊波刀定型式弐の型、憎悪の瞳。」
 
憎悪。憎悪で心が満たされる。
壊れそうなほど心を蝕む憎悪。
霊波刀中央部にある大きな瞳から黒く輝くネットリとした炎がその刀身に絡みつく。
 
「ぐあぁぁああ!」
 
切り払われた死津喪比女が燃える。
その炎は死津喪比女に次々と燃え移る。
・・・地面から燃え移っている?
 
「・・・俺の憎悪の炎はお前を焼き殺すまで消えないよ。例え地面の中だろうと燃え移り、お前の本体も焼き殺す。」
 
・・・これか。
直感的にわかる。
親父の荒魂を屠ったのはこれか、これと同種の技だ。
 
「・・・手ごたえが無い。枝を切り離して逃れたか。」
 
横島が指輪をはめた。
嘘のようにさっきまでの憎悪の感覚は消えた。
 
「・・・すまない。怖がらせてしまった。」
 
怖い?・・・あぁ、怖いな。
親父の敵をうつために悪鬼を率いた時も、
朝廷に反乱した時も怖くは無かった。
でも今はただ一人の男が怖い。
・・・でもそれだけではない。
 
「ゼクウ、すまないがこっちに来てくれ。ユリンをそのまま護衛に残してくれれば良い。」
 
鴉に向かってそういうとすぐに馬面の神族が飛んできた。
 
「マスター。お呼びですか?」
 
横島を主と呼ぶこの神族、驚いたことに神族としては親父と同等かそれ以上だ。
 
「ユリンで広域調査。俺と心眼の霊視で精査する。ゼクウは音波を使って地中を探査してくれ。死津喪比女の本体を見つけ出す。」
 
「承知いたしました。見つけた後はどうされますか?」
 
「霊波刀を突っ込んで燻り出すさ。」
 
死津喪比女はすぐに見つけ出された。
横島は霊波刀を地面に突っ込むと強力な霊力を注ぎ込んで死津喪比女を燻りだす。
 
「ぐ、よくも、よくもこのわしから全てを奪いおったな。殺してやる!お前らも道連れだ!」
 
「させないわよ!」
 
美神が神通鞭で切り裂く。
 
「マスター。助太刀いたします。」
 
ゼクウの剣は美神以上に深く死津喪比女を切り裂いた。
ユリンも巨大化してその嘴を突き立てる。
 
「・・・いらぬとは思うが行きがけの駄賃だ。」
 
俺の拳も死津喪比女に穴を穿った。
そして本命だ。
 
「さようなら・・・だ。」
 
【枯/死】と書かれた見たことも無い文珠を死津喪比女に投げつけると、死津喪比女はみるみる枯れていった。
 
「・・・なんと。現代の退魔師がこれほどの力を持っていたとわ」
 
氷庵とかいう道士の記憶が呟く。
俺も同感だ。
横島といい、美神といい。
                   ・
                   ・
                   ・
≪おキヌ≫
横島さんの手で死津喪比女が退治され、私たちは氷庵さんや五月さんと共にいったん神社に戻りました。
道中私は横島さんと美神さんに凄く怒られてしまいました。
『簡単に自分の命を無駄にするな。』と。
幽霊の私のことをとても心配してくださって、怒られたのに嬉しくて涙を流してしまいました。
 
神社に戻って氷庵さんと横島さんが宮司さんたちに事情を説明して今後のことを話し合います。
 
「あとはおキヌちゃんを反魂の術で復活させて終わりでしょう?」
 
「そうなんじゃがのう・・・。」
 
「山の神が死津喪比女に滅ぼされていたからな。地脈のエネルギーのコントロールがうまくいくかどうか。」
 
「地脈のエネルギーは強大だ。コントロールにしくじれば取り返しのつかないことになるやもしれん。」
 
「・・・そうだ。ワンダーホーゲル部。聞こえているか?・・・そうだ。ユリンの誘導でこっちまで来てくれ。」
 
私たちはいったん神社の外に出ました。
しばらくしてワンダーホーゲル部さんがユリンちゃんと飛んできます。
 
「何でありますか?」
 
「この山の神が妖怪に滅ぼされてしまってな。この娘を復活させるために山の神が必要なんだ。予定は少し変って入れ替わりではなくお前を改めて山の神として祀りたいのだがかまわないか?この娘の復活を助けることが条件なんだが。」
 
「やるっス山の神様になれるのなら何でもやるっス。」
 
「私も手伝わせてもらおう。神職の端くれだからね。」
 
「お願いします。宮司さん。」
 
横島さんと宮司さんがそれぞれ祝詞を紡ぎます。
・・・横島さんの祝詞は何だか少し違う感じです。
 
「掛まくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊祓へ給ひし時に成りませる祓戸大神等諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐み恐も白す。我この地に宿りし力と、山の神が総元締め大山祗神と、関東一円が王相馬小次郎将門の名においてこの者を山の神、新たなる八百万神々が一柱として迎えられますことここに願い奉り候。」
 
たぶん亜流かオリジナルか。
少なくとも途中までは祓え詞だったようだけど。
 
それでも効果はあったらしくワンダーホーゲル部さんは新しい神様となられました。
 
「これで自分は山の神さまっスねー。」
 
「とりあえずはな。本当に力をつけるにはまだまだ時間はかかるし、地脈の流れを最低限制御するためにもまだ少し時間は必要だろう。お前がそれだけの力をつけたら連絡をくれれば俺もおキヌちゃんの反魂の術を手伝いに来るよ。」
 
「了解であります。おぉ、はるか神々のすむ巨峰に雪崩の音がこだまするっスよ~!」
 
山の神様はそういうと角笛を吹きながら飛び去っていきました。
とても嬉しそうです。
 
「さて、おキヌちゃん。生き返るためには少し時間が必要だけどその間はどうする?」
 
「うちにいるといい。うちの神社とも縁があることだしね。」
 
宮司さんはそういってくれます。
・・・でも。
 
「あ、あの・・・私に横島さんのお手伝いをさせてもらえないでしょうか?」
 
「え?」
 
「わたし・・・こんなに親切にしていただいたの初めてなんです。死んでからも。多分生きている時も。私は横島さんを殺してしまおうって考えてしまったのにこんなに良くして貰って・・・お願いです。なんでもしますから私に横島さんに恩返しをさせてください。」
 
深く深く頭を下げます。
その頭がまた優しい掌に包まれました。
 
「ありがとう。それじゃあおキヌちゃんを正式にうちの所員として雇わせてもらうよ。」
 
「これからもよろしくね、おキヌちゃん。」
 
美神さんも私を抱きしめてくれました。
 
「は、はい。」
 
「・・・話は済んだようだな。俺は一足先に戻らせてもらう。親父に報告しなければならないからな。・・・それと横島。」
 
五月さんは横島さんに向かい合います。
 
そして頭を下げました。
 
「済まなかった。俺はどうやらお前を見くびっていたようだ。・・・できればこれからは俺と稽古してくれると嬉しい。」
 
「あぁかまわないよ。雪之丞にも訓練つけてくれているようだしな。」
 
「そうか・・・すまない。」
 
そう言うと五月さんは空に飛び上がっていきました。
 
「それじゃあいったん人骨温泉ホテルに戻ろうか。支配人さんに報告しなければならないし。」
 
「横島君。世話になったね。」
 
「いえ、こちらこそ。皆さんもお元気で。」
 
「あの山の神が力をつけたらこちらから連絡をさせてもらうよ。」
 
「えぇ、そのときはお願いします。」
 
宮司さんや早苗さんたちとお別れを済ませていったんホテルのほうに向かいます。
これからは頑張らないと。
                   ・
                   ・
                   ・
≪将門≫
「親父、今戻った。」
 
「戻ったか。どうであった?」
 
「死津喪比女が復活していた。横島たちが屠ってしまったがな。」
 
「そうか・・・ならばアレはみたか?」
 
「見た。・・・つくづく俺の目は節穴だったんだな。」
 
まぁあの時は横島も自分の力を隠していたからな。
知らなければわしでも騙されていたかもしれん。
 
「・・・力を抑え、力を振るう時と相手をわきまえ、いざ振るう時は烈火の如し。本当に強い男という者はああいうものなのであろう。」
 
「親父・・・親父の荒魂も黒い炎で、憎悪の炎で燃やされたのか?」
 
「いや、わしの時は狂気に満ちた巨大な顎で喰らい殺された。」
 
「・・・少なくとも2種類以上か。」
 
アレと同種の攻撃方法が他にもあるのか?・・・恐ろしい。
 
「わしもあやつが何者であるかは見通すことはできん。五月、お前はどうしたい?」
 
「稽古つけてもらうことにした。」
 
「・・・わしが聞いているのはそんなことではないのだがなぁ。」
 
あぁ、本当にこやつは戦うことばかり考えおる。
五月より強い男など希少だというに。
どうせ自分より弱い男なんかに興味はないのだからもう少し色っぽい方に思考が回ってくれんもんかのう。
せっかくアレほどの男がそばにできたのだから。
・・・神界の方からどういうわけか過度の後押しは禁止といわれておるし・・・まぁあの横島と言う男は稀代の人誑し。
どうにか五月のそっちの方の感情も育ててくれればいいんじゃが。



[513] Re[11]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/06 02:16
 ≪エミ≫
忠にぃがおキヌちゃんを連れて帰ってきてすぐにそれは起こったワケ。
 
「横島君いる?」
 
事務所、雑居ビルの一室に入ってきたのは令子の母親、美神美智恵と妹のひのめちゃんだった。
 
「どうしたんですか?美智恵さん。」
 
忠にぃはひのめちゃんを受け取りながらそう尋ねる。
ひのめちゃんは大喜びなワケ。
妙に忠にぃに懐いているからね。
母親の美智恵さんは別にしても多分令子よりも。
 
「わぁ、可愛い赤ちゃん。」
 
「ん、そうか。おキヌちゃんは初めて会うんだったね。この娘が令子ちゃんの妹の美神ひのめちゃん。もう1歳半になるのかな?」
 
「そうよ。もう結構歩くしそろそろしゃべってくれるかも。」
 
美智恵さんは育児休暇をしっかり使って、その後体調を崩してしまい最近ようやく職場復帰をしたらしい。
日本ではベビーシッターというものは普及していないからどこかに出かけなければならない時はうちにひのめちゃんを預けに来るワケ。
 
「・・・というわけなのよ。もうすぐ日本支部もできるし予断も許さない状態なんだけど私も病みあがりだし手伝ってもらえないかしら?」
 
「ええ、いいですよ。今日はわりと暇なんで。仕事の方は冥子ちゃんと雪之丞で行ってますし。令子ちゃん、エミ、おキヌちゃん。悪いけどひのめちゃんと留守番を頼めないか?俺は美智恵さんと出かけるから。大体半日くらいで戻ると思う。」
 
「わかったわ。行ってらっしゃい。」
 
笑顔で2人を送り出す。ひのめちゃんもすぐに眠ってくれたしそこまでは良かったワケ。
何度かおしめやご飯とお昼寝をはさんで5時間後。
 
「・・・ほわぁ。ほわ!」
 
急に泣き出した。
 
「マンマの時間じゃないしきっとおしめね。」
 
手早くパンツ型のオムツをはかせる。
 
「手馴れたもんね。」
 
「まぁ、ママが体調崩してた時はしょっちゅう行って手伝ってたからね。いい加減なれたわよ。」
 
ひのめちゃんはヨチヨチ歩きながら何かを探しているみたい。
 
「・・・うぐ、ふぎゃあ!ふぎほぁあ!」
 
「ちょ、ちょっと、今度はなんなわけ?」
 
「わかんないわよ。トイレは済ませたばっかりだし、ご飯の時間もまだだし。」
 
「あぁ、もう頼りないおねえちゃんね。ほら、ベロベロバァ~!」
 
駄目だ、一向に泣き止まないワケ。私がやっても、令子がやっても、おキヌちゃんがやっても。
 
「あの、もしかして美智恵さんがいないからでしょうか?」
 
「ありえるわね。ずっと産休とってたし、その後も体調崩してたからママとはなれてたことはほとんどないもの。」
 
「ほら、令子お姉ちゃんよ。」
 
令子が必死に高い高いしたりしてあやしているけど全然効果がない。
 
「・・・この子、熱いわ。ちょっと、エミお願い!」
 
令子は私にひのめちゃんを渡すとパニクりながら必死に家庭の医学を探しだす。
・・・うそ、本当に熱いっていうか熱すぎなワケ!?
 
「ほあぁぁぁ!ほあぁぁああ!」
 
拙い。
直感的にひのめちゃんの正面を自分からずらす。
 
爆炎。
瞬間的に発した炎が近くの机を包み込んだ。
やば、まともに喰らってたら小麦色に焼けた肌が黒焦げに焼けちゃうところだったワケ。
 
「どうしたの、エミ。」
 
「ひのめちゃん。強力な霊波を発してるワケ。恐らく念力発火能力者よ。」
 
とにかくおもちゃを大量に持ってきてひのめちゃんの気を紛らわせる。
ジェラルミン盾を持ってきてその上から霊力をまとわせてどうにか一時やり過ごしたワケ。
 
「・・・少し気がまぎれたみたいね。何とかやり過ごせそうよ。」
 
「美智恵さんの娘であんたの妹だから強い霊力を持ってるだろうとは思ってたけど、これはちょっとしゃれになんないワケ。」
 
「いくらなんでも1歳児に霊力のコントロール教え込むわけにはいかないし、念力封じのお札で何とかするしかないわね。」
 
念力封じのお札?
・・・やばぁさっきの机の中だ。
 
「さっきの炎で全部焼けちゃってるワケ。ごめん、令子。」
 
「う~・・・いきなりだったししょうがないか。今度ぐずり出したら最後よ。いまママを呼ぶから。」
 
携帯電話を取り出しかけるが
 
『おかけになった電話は電源を切っているか電波の届かないところに・・・』
 
「つながんない。おキヌちゃん。悪いけど大至急探してきて!」
 
「は、はい。」
 
どこへ?という突っ込みも入れられない。私も令子も相当あせっている。
 
「令子、2人で結界を張るワケ。」
 
「そうね。」
 
とにかく念波をこの事務所から外に出さないようにしないと・・・。
                   ・
                   ・
                   ・
≪美智恵≫
「長閑ないい土地なんだけどねぇ。」
 
「都会の人だら簡単に自然がどうのって言うげんども、わしらみてな過疎の村はそんなノンキなことばいうとられん。なんとしても開発してもらわねばなんね。」
 
この村には公共事業の開発が入ることになっている。村人もそれを歓迎しているのだが問題はこの土地に妖怪が住み着いているということ。
妖怪にとっては長年住んでいる土地を追い出されたくないという抵抗なのだろうが人間側としてはそうも言ってられない。
・・・まったく嫌な仕事だ。
嫌な仕事だがこれはオカルトGメン日本支部を設立するための試金石。
この仕事の出来不出来によっては暗礁に乗りかねない。
これを成功させなければこの開発に乗り出している政治屋どもはオカルトGメン日本支部設立反対に回るだろう。
・・・だが、ここに住む妖怪は邪魔こそするがいまだ誰一人殺していない。
あるいは説得可能かもしれない。
そこで横島君に応援をお願いしたのだ。
横島君の戦力を当てにする以上に横島君が用意している住む場所を追われた妖怪たちのための住処を当てにしている。
本当ならこんなことはそれこそ国や国連がなさねばならないことなのだろうけど今の政治家や官僚に妖怪のための公共事業をやろうなんて頭は少しもない。
横島君が個人所有しているものを当てにするしかないのだ。
・・・嫌になるわね。
自分の性格も、不甲斐なさも。
幸い命令書は開発事業を再開させるようにと書いてあるだけなのでここに住む妖怪を逃したところで問題はなし。
 
「とりあえず山へ入りましょう。向こうからきっとアクションがあるでしょうから。」
 
「そうですね。ユリンに広域調査を頼んどきます。」
 
ユリンか。便利ね。恐らく霊視衛星を除けば霊視のスペックでもオカルトGメンの装備以上だわ。
 
しばらく山の奥を歩いていると突然横島君が歩く方向を変える。
 
「どうしたの?」
 
「怪我人です。・・・いや、人ではないか。」
 
そこには小さな子供、あれは・・・
 
「足を怪我をしている。・・・骨が折れているかもしれないな。」
 
「・・・にーちゃん誰?」
 
「俺は横島忠夫。こっちは美神美智恵さん。少し足を見せてもらえないかな?」
 
横島君は文珠を出すとそのこの足を治した。
・・・霊視も優秀、ヒーラーとしても優秀、戦力としても、指導者としても、指揮官としても優秀。
いえ、優秀なんて枠を超えている。
それに人間としても。
六道先生が欲しがるのも当然ね。
 
・・・殺気。
 
横島君が子供を抱いて飛びのく。
黒い影が強襲して横島君たちがいたところを襲った。
完全に横島君を殺そうとしている。
あの動きはかなり手ごわい・・・説得を試みようと思ったけど仕方ないか。
神通棍を構えたその手を押さえたのは他ならぬ横島君だった。
 
「横島君?」
 
「・・・あれは我が子を守ろうとする母親の強さです。・・・あなたも持っているでしょう?」
 
・・・そうね。あの状況で人間と妖怪の子供。そうとられてもおかしくはない。
 
再び横島君に襲い掛かる影。
横島君は・・・避けない!?
横島君の腹にその影の腕が突き刺さった。
横島君はその腕を掴み相手の動きを止める。
化猫だ。
 
「俺たちはあなたに話があってきたんだ。話を聞いてもらえないだろうか?」
 
腹に孔を開けられながら、優しく微笑む横島君は・・・痛ましすぎる。
 
「母ちゃんやめてよ。にーちゃんはボクの怪我を治してくれたんだ。」
 
「・・・ケイ。」
 
ケイちゃんのとりなしのおかげで彼の母親、美衣さんもこちらの話を聞くたいせいに入ってくれた。
横島君は文珠を使わずに霊力を廻して無理やり自然治癒させてしまった。
・・・手馴れすぎてる。まるでいつもこんなことをしているかのよう。
 
「・・・私はみてのとおり猫の変化。昔は大勢の人間を殺めもしました。しかし今はこのこのために平和な暮らしだけを望んでいます。」
 
「開発の邪魔をしている妖怪というのはやっぱりあなたね?」
 
「・・・しかたありませんでした。もう幾たびも住処を失いここまで失うわけにはまいりません。」
 
「・・・だが人間はここに目をつけてしまった。幾たびも住居を追われてきたのならこの先のこともわかるんだろう?」
 
「だったら私達に死ねと言うのですか!」
 
美衣さんの瞳が憎悪に染まる。
 
「・・・俺はあなたたちに平和に暮らせる場所を提供することが出来る。・・・いや、それしか出来ない。そこに引っ越してはもらえないだろうか?」
 
「・・・信用できる証拠はあるのですか?」
 
「ない。俺たちを信用してもらうしかない。」
 
「美衣さん。信用してはいただけないでしょうか?私も2人の娘をもつみ、悪いようにはしません。」
 
横島君にばかり頼るわけにも行かないものね。
 
「・・・少なくともあなた方は私達を追いやった人間達と同種には思えません。ですがすぐさま信用するわけにも行きません。」
 
「これから東京に来ませんか?東京に俺が所有するマンションがあります。もしあなたが人里での暮らしを希望するのであれば提供する場所ですが、そこには今天使と夢魔と鬼が住んでいます。それを見ていただければ信用していただけると思いますけど。」
 
「・・・わかりました。用意をするので少し待っていてください。」
 
美衣さんとケイちゃんはいったん自分の住処に帰っていく。
 
2人の姿が見えなくなって私は横島君の頬をたたいた。
 
「・・・すいません。でも、一度人間に対して不信感を抱いた妖怪を説得するにはそれなりの事をしなければならなかったんです。」
 
「わかってるわ。横島君には凄く感謝している。もし今回私一人できていたらあの親子を退治するしかなかったかもしれないもの。・・・でもね、横島君は他人に対してだけ優しすぎるのよ。貴方が傷つくとみんな心配するのよ?令子も、エミちゃんも、冥子ちゃんも、雪之丞君も、六道先生も、唐巣先生も、もちろん私も。」
 
「すいません・・・。」
 
謝りはする。
でももうしないとは言わない。
きっとこれからも横島君は自分以外を傷つけないように、自分を傷つけていくんだろう。
・・・嫌になるわね。
自分の性格も、不甲斐なさも。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
またぐずりだして絶体絶命。
そんな時に横島さんたちが帰ってきてくれた。
 
「いったい何の騒ぎだ?」
 
「ちょ、横島さんあぶな・・・」
 
横島さんがひのめを抱き上げるとひのめはすぐにご機嫌に笑い出した。
・・・姉の私の立場は?
 
消沈する私の変わりにエミが変わりに事情を説明してくれた。
 
「事情はわかったけど何で文珠を使わなかったんだ?」
 
あ・・・気が動転してすっかり忘れていた。
みればエミも冷や汗をかいている。
 
「・・・まぁなんにしても困ったわね。魔族に狙われるかもってだけじゃなく本人も念力発火能力者じゃあますます普通の施設やベビーシッターに頼むわけにはいかないわ。念力封じの札を持たせたところで何がおこるかわからないし。」
 
「あの・・・魔族に狙われるってどういうことでしょうか?」
 
ママが美衣さんに事情を説明する。美衣さんは横島さんのマンションをみて、住人の話を聞いて横島さんのマンションに住むことにしたようだ。ケイちゃんも人間界の常識と基礎的な学問を覚えた後で六道傘下の小学校に編入するらしい。
 
「・・・あの、差し出がましいようですけど私がひのめちゃんの乳母になりましょうか?」
 
「・・・本当?」
 
ママが美衣さんの両手をしっかと握り締める。
眼が輝いてるし。
・・・実は結構追い詰められていた?
 
「え、えぇ。子育ての経験もありますし、魔族と戦って勝てるとは思えませんけど逃げるくらいなら何とかなると思いますから。横島さんにも美智恵さんにもご迷惑をおかけしましたし、良くして頂きましたから少しでもご恩返しができればと。」
 
「それじゃあ美衣さんを正式にベビーシッターとして雇わせてもらうわ。」
 
「そんな、お金なんて。」
 
「都会で暮らすのはお金がかかるわよ?住居の方は横島君が何とかしてくれるだろうけどそれ以外だってお金はかかるんだから。それに危険があるかもしれないしね。」
 
「・・・わかりました。」
 
「それじゃあユリンをひのめちゃんの影の中に潜らせましょうか?最近他人の影にももぐれるようになったんですよ。影の中なら有事以外のプライベートが守られますし、俺も数秒で駆けつけられますから。」
 
「ほんとう?お願いね。」
 
なんか向こうではとんとん拍子でお金のこととか話が進んでいるんだけど横島さんの腕の中でご機嫌のひのめを見て思う。
最初に呼ぶのはマ~マだと思うけど、次に呼ばれるのはパ~パでもネ~ネでもなくニ~ニなんじゃなかろうか?
妹が可愛い姉としてはそれは流石に悲しい。
 
・・・もしかしたらニ~ニが1番かも。
そしたらママ・・・怖いから考えるのはよしましょう。
 
追伸。ママたちを見つけられずにそれから3時間後に泣きながら帰ってきたおキヌちゃんに対し私とエミは平謝りに謝った。



[513] Re[12]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/06 22:55
 ≪横島≫
正直言って、こいつとの縁は流石に切れてしまっただろうと考えていた。
 
「親父、お袋。変わりはないか?」
 
「お父さん、お母さんただいま」
 
「おうエミ。待ちかねたぞ」
 
親父がエミに抱きつこうとしてお袋のかかと落しに撃墜される。
まぁお袋もある種のコミュニケーションだとわかってるから多少手加減されているが。
現に床にめり込むほどではない。
 
「俺は無視かい!」
 
「ん、忠夫? いたのか」
 
いつものようなやり取り。
親父やお袋の前だと少しは昔の自分に戻ってしまうな。
 
俺たちは久しぶりに母さんの料理を家族で囲んだ。
 
「忠夫もエミもおかえり。事務所のほうはいいの?」
 
「あぁ、令子ちゃんと冥子ちゃんに頼んできたよ。お目付け役にゼクウもいるし大丈夫だ」
 
「忠にぃが留学したり事務所を開く準備に追われたりで2人そろってここに来るのは久しぶりだもんね」
 
「そうだぞ、この親不孝もんが!」
 
「悪かったよ。でも俺だけじゃなくてエミや令子ちゃんや冥子ちゃんも所属してくれるっていうから半端なことはできなくてさ」
 
「当たり前よ。よそのお嬢さん預かってまでの男子一生の仕事に半端な真似するようだったら母さんすぐ飛んでってあんたの頭張り倒してたわよ」
 
「――それが俺の命日だったかもな」
 
……ありがとう。父さん、母さん。
 
「で、こっちはなんか変わったことはあったか?」
 
「お隣に日系人の家族が引っ越してきたくらいかしら」
 
「隣? 隣には何もなかったようだけど?」
 
「隣といっても500m先だしジャングルの中だから見えないわよ」
 
相変わらず密林しかないところなんだな。
 
「仕事の方はどうなんだ?」
 
「ん? 父さんだぞ? 無論良いに決まってるじゃないか」
 
「そうか。……じゃあ例の話は無理そうだな」
 
「ん? あれか。……確かにあの専務の汚い工作には煮え湯を飲まされたが村枝商事自体には恩も感じてないでもないしなぁ。何しろ母さんとの思い出の場所でもあるし」
 
「あら、私はどっちでもいいわよ? あなたがどっちを選んでもついてってあげるから」
 
実の親のこういう場面を見るのは子供としてはかなり精神的に来るものがあるな。
 
「まぁ意趣返しもせずに逃げ出すのは俺の流儀じゃないからな。きっちりナルニアで結果を出して、決めるのはそれからだと六道さんに伝えといてくれ。まぁそのときまで六道さんが待っていてくれればの話だが」
 
「ん~わかった。結構本気みたいだしそれくらいは待つだろうと思う」
 
「さすが俺。もてるな~」
 
今度はかなり本気の勢いで親父の頭を張り倒した。
あのオタマはもう使い物にならないな。
 
実を言うと親父は六道家の財閥の方面で冥華さんからラブコールを送られていた。
冥華さんとしては霊能力者として自立できて来た冥子ちゃんを見て少し欲が出てきたのだろう。
冥子ちゃんが財閥の方でもTOPを張れるようにそれを支える人材がほしいということだ。
親父はビジネスマンとしては超一級だし自分から他人を裏切るようなタイプじゃない。(そのせいであの専務の裏工作にはまってしまったのだが)
俺を通じての縁で知り合って以来結構本気でヘッドハンティングに乗り出している。
……まぁ財閥の女性社員には悪影響が及ぶかもしれないが。
 
……外に何かの気配。
 
「スマンですけんど、醤油を貸してもらえんかいノー」
 
この声、この訛り。
タイガー!
 
お袋がドアを開けて入ってきたのはやっぱり俺のかつての親友の一人、タイガー寅吉だった。
 
「ゆ、百合子さんの他にもおなごがおる。わっしは、わっしは、わっしはおなごが怖いんジャアぁぁぁ!」
 
ドアを破壊しつつ外に飛び出していくタイガー。
そういえば途中から直ったんで忘れてたけどこいつ最初は女性恐怖症だったっけ。
 
「な、なんなワケ? 今の」
 
「お隣に越してきたタイガーさんとこの寅吉君なんだけどものすごい女性恐怖症で、私にもなれるのに結構時間かかったわ。エミがここにいたから驚いたんでしょうね」
 
そういえば俺はタイガーの出身地をまともに聞いたことがなかったな。
最初に会った時のジャングルの幻影が見事だったからどこかの密林のそばだと思っていたけどナルニアだったのか?
……エミがエミさんじゃないからタイガーをどこかから連れてくるなんてこともないだろうしタイガーとは会う機会はないだろうなと思っていたんだけどまさか親父達の隣に住んでいたとは……神魔の差し金なのか?
 
「とりあえず俺見てくるわ」
 
たまらず後を追った。
霊視を使わずとも重機が通った様な後を追えば簡単に追跡できた。
……一文字さんじゃないけど本気でブルドーザーみたいだな。
 
「横島さんとこに見知らぬおなごがおったくらいでうろたえて、我ながら情けないノー」
 
「よお、大丈夫か?」
 
「あ、あんたはどちらさまですケン?」
 
「俺は横島忠夫。日本でG・Sをやっている。あの2人の息子だよ。あそこにいたもう一人の肌を焼いた女の子は俺の妹でエミだ。よろしくな」
 
「あんたさんはわっしが怖くないんですかいノー?」
 
「俺の親父とお袋はお前を怖がったか?」
 
タイガーは力なく首を横に振る。
 
「でも横島さんとこがはじめてですケン。わっしはこんな容貌ジャしおなごを見ると恐怖のあまり暴走してしまうんジャ。それにタガが外れてしまうと内なる野獣が目覚めてしもうて誰彼かまわず女性にセクハラしてしまい、ついた汚名が『セクハラの虎』なんですケン」
 
「とりあえず親父んとこに戻らないか? 俺もエミもG・Sだ。何か役に立てるかもしれない」
 
「わっしの能力の封印はもう何人ものG・Sが失敗しとりますケン」
 
「お前の霊力が並みのG・Sを超えているからな。ま、俺もエミも霊力の強さじゃちょっとしたもんだ。いったんうちにおいで」
 
タイガーを連れて帰ると母さんの凄い剣幕で出迎えられた。
 
「ほら、タイガー君。自分で壊したものは自分でなおしなさい!」
 
「スマンですケン」
 
頭を抱えつつもタイガーはそれほど嫌そうじゃない。
むしろ普通に扱ってもらって喜んでる感がある。
やっぱりお袋はお袋だな。
 
ドアの修理も終わり、俺と心眼でタイガーの体を霊視する。
 
『どうみる? 心眼』
 
『恐らくおぬしが思ってるとおりだ。虎人としての能力と人間としての能力が絶妙なバランスで狂っておる』
 
『やっぱりか……』
 
「タイガー。お前、自分が虎人の先祖がえりだってわかってるか?」
 
「はい。わっしは自分の意思でも半虎化することができまっすし、追い詰められるとつい虎人化してしまいますケン」
 
「うん。これは推論でしかないけどお前はどちらかと言うと虎人といっても人間よりみたいなんだ。人狼以上に数を減らしている虎人の種としての防衛本能がお前の性欲を高めているし、人間は一年中繁殖期だから普段はお前の意志で抑えていてもタガが外れると虎人としての本能が女性を求めてしまう。お前が誰彼かまわずセクハラにはしるのはそれが理由だと思う。逆に人間としての理性の方はそうならないようにしているから極力女性に近寄らないように女性恐怖症という形で防衛しているんだと思う。ついでに言えばお前は強力な精神感能力者だ。そのせいもあって並みの霊能力者じゃお前の本能を押さえ込むことはできない」
 
「ど、どうにかなりませんかいノー?」
 
「俺の文珠で一時的に抑えることはできるんだけど…エミ、お前の呪いはどうだ?」
 
「え、私?」
 
「ぱっと思いつたところだと有効そうなのはエミが呪いをかけて本能を束縛するか、道士に禁術をかけてもらうかってとこなんだが」
 
「そうね。少なくとも呪縛って事に関しては忠にぃより上の自信はあるワケ」
 
「一時的にエミが呪縛。俺も当然フォローに回るとして、後はタイガーが自分で霊能力を制御できるようになれば少なくとも本能のまま暴走するっていうことはなくなると思うんだが」
 
「ほ、本当ですかいノー?」
 
「まぁ努力次第なワケ。私の呪縛は強力だけど、あんたの意思なんかを丸ごと封じちゃうわけにもいかないからあくまでも暴走しないための助けの範囲を出ないし。」
 
「よろしくお願いしますケン。」
 
過去のエミさんより今のエミの方が呪術の腕前も霊力量も上だ。
俺が文珠でフォローを入れてやれば失敗することもないだろう。
 
目論見どおり呪術儀式はあっさりと成功した。
 
「――あとはまともな霊能力の先生を見つければいいな」
 
「あら、忠夫が面倒見てあげないの?」
 
まぁお袋ならそういってくるか。
 
「……結構業界じゃ名が売れててね。弟子入り志願ってのは結構いるんだ。ただあんまりそっちにばっかり時間をとられてもいられないから弟子入りに際して一つの試験を作ってるんだよ。その試験を突破した馬鹿は今のところ雪之丞しかいないんだ。あんまり例外は作りたくはないし……そうだ。エミ、お前が令子ちゃんや冥子ちゃんと一緒に面倒を見たらどうだ?」
 
「私?」
 
「弟子に教えるのもいい勉強になるぞ? 俺もフォローくらいはするし、タイガーがチャクラ開くようになったら俺の弟子に変えてもいいし。まぁ無理にとは言わないが。それにタイガーやタイガーの家族の了承もあるし」
 
「わ…わっしはおなごは怖いがエミさんは…エミさんは…わっしの恩人ですケェ!なんでもしますケェお願いしますジャー!」
 
ものすごい勢いで涙を流しながらエミに掴みかかろうとする(後々確認したら両手を握ろうとしただけだったらしい)タイガーをエミのアッパーと親父のフックとお袋のフライパンが迎撃して床に倒れこんだ。
哀れ。
 
……ついうっかり俺も脇腹にわりと手加減なしの横蹴りを入れてしまったのは秘密だ。
スマン。タイガー。
お前のそれはキマイラも逃げ出す迫力があるもんだからつい反応してしまったんだ。
怪我は文珠で治しといてやるから。
 
家族に確認を取ったところ了解も取れたのでタイガーを日本にいっしょに連れて帰った。
 
追伸
令子ちゃんと冥子ちゃん、おキヌちゃんに面通しさせたら
『一生ついていきますケエエ!』
と絶叫して神通棍と魔装術を纏った右拳でしばかれ、危うくビカラに食われかけたり。
 
追伸の追伸
流石に女性になれるまでは危ないので雪之丞と同じ高校に編入させて雪之丞にお目付け役になってもらった。



[513] Re[13]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/08 13:15
 ≪横島≫
 「横島。遅くなって済まなかったな」
 
「カオス! 連絡入れてくれれば迎えに行ったのに」
 
突如事務所の扉を開いて入ってきたのはカオスだった。
 
「なに、この歳になると出迎えというものは少々気恥ずかしくてね。それに少々驚かしてみたくなったんだ」
 
「し……師匠。そいつ誰だ?」
 
雪之丞がカオスを指差してそういう。
……あぁそうか。若返ったカオスを見ればそういう反応になるか。
 
「何じゃ、小僧。わしのことを忘れたとでも言うのか?」
 
カオスも悪ふざけをして老人だった頃の口様で応対した。
雪之丞はおかしな表情で固まっていた。
 
「こいつはカオスだよ。最も幾分若返っている様子だけど」
 
「大体300歳くらいの頃かな? もう少し若くしても良かったんだがこの時代の自分が一番思い入れがあってね」
 
若返ったことにはひと悶着あったが最終的には
『横島さんの友達だし』
という俺にとってはかなり不本意な納得のされ方をされてしまった。
 
「マリアや魔鈴さんはどうしたんだ?」
 
「魔鈴はもう少し遅れる、と、いっても一月かそこらだろう。マリア達は外にいるぞ」
 
達? ……まさか。
 
「マリア、テレサ、はいって来い。」
 
「イエス、ドクター・カオス」
 
「わかったわ」
 
まさしくいたずら小僧の笑み。
来るのが遅れてたと思ったらテレサを作り上げていたからか。
 
「横島さん。お久しぶりです。」 

「はじめまして、オーナー。人造人間M666-02。テレサです」
 
テレサは笑顔で俺と握手を交わした。
今度はケアレスミスをしなかったのか、人工魂合成の時に雑霊が混ざったりしなかったのか、良心回路を組み込んだのかはわからないが害意はまったく感じない。
 
「オーナー?」
 
「マリアと・テレサ。横島さんを・セカンドオーナーとして・登録してあります」
 
「そういうことだ。まぁ私に何かあった時、私と連絡が途絶えた時なんかの便宜上のものだ。あまり深くは考えんでくれ」
 
「それについては了解したが、マリアとテレサにはどんな違いがあるんだ?」
 
「ん? ソフト面を構築しなおしているから感情面ではより自然になっている。それと攻撃性能や汎用性という意味ではマリアに劣るがその分先ごろ打ち上げた霊視衛星とリンクしておるから情報収集や情報解析という面においてはマリア以上だな。それに得た情報を直接マリアと、衛星を通じて私ともすぐにやり取りできる。精神感応金属を使っておるからよっぽど大規模なジャミングでもない限りは不通になることもないはずだ」
 
「流石だな」
 
「私を誰だと思っている。【ヨーロッパの魔王】ドクター・カオスだぞ」
 
ニヤリとカオスが笑って見せた。
 
「新しい住居に案内しよう。着いてきてくれ」
 
カオス達をマンションに案内した。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 カオスの爺さん。あ、もう爺さんじゃねえのか。
とにかくカオスが若返ってたのは驚いたが。
 
「ここが俺のマンションだ。地下スペースは全部研究室に使ってくれてかまわないけど住居が別に必要なら空いてる部屋を好きに使ってくれ。ただ、上に住んでる人たちもいるから音や匂いが出る実験は異界化空間でも作ってそっちでやってくれ」
 
「うむ。わかっておる」
 
「居住スペース、実験スペース共に十分なスペースが確保されています。この国の住宅事情を考えれば高待遇であることは間違いないでしょう」
 
「済まぬな、横島。見せたいものがあるから少しよってくれんか?」
 
「あぁ」
 
カオスの引越しを手伝ってやろうかとも思ったのだが、マリアとテレサがいるから出る幕がまったくなかった。俺と師匠、ミカ姉、エミ姉、冥子姉、おキヌちゃん、ゼクウは座ってお茶を飲みながら待っていた。
 
ほんの20分ほどで部屋は様変わりして引越しは終わった。
 
「急ぎで引っ越したものだからな。ゴミも必要なものもまとめて持ってきてしまったんだ」
 
イロイロなものが山のように散乱している。
どれもカオスが発明したものらしくものめずらしそうに見物している。
 
「こいつは何だ?」
 
俺はズボンのポケット部分を切り離したようね変なものを拾い上げる。
 
「あぁ、そいつは私がボケてた頃に作った失敗作だ。『異次元ポケット』といってな、異次元空間にそのポケットの入り口を繋ぐことで道具を大きさ、重さを気にせずに持ち運べるってコンセプトで作ったんだが……まぁゴミだ」
 
「便利じゃねえか?」
 
「異次元空間を繋ぐ時にミスしてしまったらしくてな。物を取り出そうと突っ込んだマリアの腕が黒焦げになってしまったんだ……恐らく中に入れた道具もただではすんどらんだろうな。確認したわけではないが」
 
……あの丈夫なマリアの腕が黒焦げか。
 
「それじゃあこの四角い箱のようなものは何なのかしら~?」
 
冥子姉が木でできた大きな箱のようなものをビカラに取り出させる。
 
「それは『どこでもノア』だ。その中に入れば行ったことのある場所なら自動で連れてってくれるんだが、出発点と終着点で動力に組み込んだ人工水精霊の動作が不安定で洪水が起こってしまうことがわかってな。当然お蔵入りになったものだ」
 
……はた迷惑きわまりねえな。
 
「だったらこっちの猪の彫像はなんなワケ?」
 
「『どこでもボア』だ。北欧神話のグッリンブルスティをヒントに作り出し、どんな道でも最短距離で時速500kmで走り抜ける。……だがやっぱりボケてて安全基準というものがすっかり抜け落ちてしまっててな。進行方向が海底だろうが火山の中だろうがお構いなしだし建物があろうが人がいようがやっぱりお構いなしだから乗ってる人間と進行方向にいた人間は死んでしまうだろうよ」
 
……俺はカオスに対する評価を改めるべきなのか?
それだけ1000年という痴呆はひどかったということか?
 
「それじゃあこの竹とんぼのついた筐体みたいな奴は?」
 
ミカ姉がが指差したのは人が一人すっぽり入るくらいの入れ物の中に竹とんぼみたいなプロペラが2つついている代物だ。見ようによっては小さなヘリコプターのようにも見える。
 
「そいつも失敗作だ。『バネコプター』といってな、特殊な板ばねを芯に巻きつけて、その反動でプロペラを回して人間一人くらいなら空を飛ぶことができる」
 
「……ゼンマイよねぇ?」
 
「ゼンマイだな」
 
「……便利よねぇ?」
 
「ゼンマイだぞ? 飛び立ったはいいがゼンマイが終わらなければとまらないし、方向転換もできん。軟着陸も不可能だ。ゼンマイが切れれば落ちる。途中でゼンマイを巻きなおそうとしてもやっぱり落ちる。」
 
「使えねえな」
 
「使えないわね~」
 
「ゴミだわ」
 
「ゴミね」
 
「だから最初からそういっているだろう」
 
カオスは恥ずかしそうにさっきの『異次元ポケット』に使えない道具を詰め込むと最後は灰皿に入れて火をつけて燃やしてしまった。
 
「やれやれ、初めて役に立ったよ」
 
山は当初の三割程度まで小さくなっていた。
師匠がボケを治す前のカオスってよっぽどだったんだな。
 
「お、みつけた。横島に見せたいものってのはこれだ」
 
カオスが渡したのは小さな笛だった。
 
「こいつは……ネクロマンサーの笛だな?」
 
「うむ。横島であれば奏でられると思ってな」
 
「……俺にか?」
 
「私が思うにお前が奏でられん方がむしろおかしい」
 
「ちょっと試してみていい?」
 
令子姉がその笛を手にとって吹くけど何の音もしない。
エミ姉も、俺も。
冥子姉は微かに音らしきものは出たがとてもじゃないけど奏でるというレベルじゃない。
 
最後に師匠に渡った。
 
「…………」
 
師匠は何も言わずに笛を口に当てる。
 
静かな音色が笛から発せられる。
 
それは静かな旋律から始まった。
流れるような音色。その中にも何か一つ力強い芯の入った、そんな音色。
時折跳ねるように高揚したかと思えば、深く沈みこむ。
 
ゼクウがシタールで笛に伴奏をつけた。
旋律は重奏になって広がりを増す。
 
それはあたかも日常のようで、ひたすらその浮き沈みが繰り返されていた。
曲調が変わる。
それは情熱的な激しく熱い音色。
心が躍りだすような、とても幸せな音色。
その音色が最高潮に達したと思った時、一気に突き落とされる。
暗い地の底を思わせるような重く、暗く、悲しい音色。
すぐにまた激しくなった。でも今度はさっきのような幸福な音色ではない。
激しい怒り、耐え難い苦痛、そして果て無き憎悪。
笛から紡ぎだされる旋律はそういうものだった。
再び沈み込む音色。
それでも音色は徐々に立ち直り、静かな旋律を取り戻していく。
音は次第に高揚していき、静かで優しい音色が響く。
曲が壊れた。
そう表現すべきなほどに曲の質が変わった。
恐怖、憎悪、憤怒、狂気、慟哭、虚無、そして絶望。
それぞれが主張し合い、調和しあい、嵐のような旋律となって俺を打ちのめす。
そして音が止まった。
いや、音が残った。
最初の音色からずっと演奏の根底を支えていた芯の音だけが残った。
その音はどれだけ悲しくて、どれだけ傷ついて、どれだけ苛まれても力強く響いて。
『生きる』
言葉のない曲なのにそのメッセージだけがやけに強く残った。
そして演奏が終わった。
 
視界がやけにぼやけると思ったらいつの間にか俺は泣いていた。
俺だけじゃない。ミカ姉も、エミ姉も、冥子姉も、カオスも、おキヌちゃんも、涙を流すことのできないマリアもテレサも涙を流さずに泣いていた。
 
「お見事です。マスター。楽神として演奏に加わらずにはおれませんでした」
 
「驚いた。……思っていたよりずっと手になじむ感じだ」
 
曲の余韻に浸って、その後のことは覚えていない。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪冥子≫
 カオスさんが越してきて~、三日後くらいにお兄ちゃんがネクロマンサーの先生をまねいたの~。
 
「そのとき、どんな気持ちだったね?」
 
「どんなって言われましても、手が勝手に動いただけですし」
 
「ふむ。……ためしに一度ひいてごらん」
 
先生に促されておにいちゃんはまたあの曲を奏でました~。
あの時とは旋律も~、拍子も違うけどその根底にあるのは同じ曲~。
 
この間より短いその曲を聴いてまた涙がこぼれたわ~。
先生も泣いてるの~。
 
「……良くわかったよ。死霊術師の極意は霊の悲しみを知り、死の苦しみを知り、思いやる心こそがその極意。それがなくても悪霊や怨霊の類を操ることはできないじゃないが、本当の意味で死霊術を操るにはその心がなくてはならない。お前さんはその心を自然体に受け止めているからこそ意識もせずにそれだけの曲が奏でられる。お主がその笛を霊の成仏を祈りか撫でればよほど現世に強い執着を残した怨霊でもない限りは笛の音と共に鎮まり、成仏するじゃろう。お前はすでに私以上の超一流の死霊術師だ。良いものを聞かせてもらった。礼をいうぞ」
 
その日からお兄ちゃんは死霊術師としてもG・S協会に登録されたの~。



[513] Re[14]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/08 06:12
 ≪横島≫
 近況報告1。
ピートが来日した。
 
「お久しぶりです唐巣神父、横島さん、雪之丞さん」
 
来日するピートを迎えに俺と雪之丞、無論ピートの師匠である唐巣神父が空港まで足を運んでいた。
 
「良く来たね、ピート。島の方はもう良いのかい?」
 
「はい。父さんに後を頼んできました。父さんが島を覆う魔力を吸収してくれていることと、父さんの所蔵していた美術品を売却したので島ももう昔ほど貧しくはないんですよ。今すぐ完全に人間と共存できる状態というわけでもないんですが、オカルトGメンの西条さんがあの島をGメンの管轄下、名義上は監視下に置かれているんですけど実際にはキリスト教系の過激なG・S団体が手出しできないように手続きをしてくださいました。いざとなれば父さんがまた魔力で島を覆うっていうことも可能ですしまず安全だと思います。父さんも現代の常識を大体吸収してくれましたしね」
 
「そうか、それは良かった」
 
「ピート、魔力の量がだいぶ上がったようだな」
 
「ええ、父さんに吸血鬼としての魔力の使い方を今まで教え込んでもらってきたんです。父さんの過去の話を聞いて、西条さんから横島さんや雪之丞さんの話を聞いて思い知りました。神聖な力も悪しき目的のために……当時の常識で考えればそれも善なる行いだったのかもしれませんが。……悪しき力として振るわれることもあれば、悪しき力で善なる行いを成すこともできるということを教わりました。僕はこれまで自らの力を呪ってきましたがこれからは吸血鬼としての力も僕の力の一部として認め、善なる行いのために振るいたいと思います」
 
「うん、それが良い。神は君の力でなく君の心を見てくださるはずだ」
 
「ヨーロッパでは元々吸血鬼を退治するのはダンピールの役割だったからな。バンパイア・ハーフの力は吸血鬼のそれに決して劣るものではない。唐巣神父の下で学べばお前はもっと強くなるはずだ」
 
「っしゃ、来日記念だ。あとで一勝負しようぜ!」
 
「ハハハ、お手柔らかにね」
 
雪之丞とピートは第一印象さえ悪くなければ決して相性が悪いというわけでもないからな。
単純に戦闘能力でいえば雪之丞が勝るだろうが、吸血鬼の能力をどれだけ発揮できるかによっては良い勝負になりそうだな。
結果はピートの霧化や使い魔のコウモリ、魔眼や魔装術を装着した雪之丞を上回る腕力、タフネス、魔力に手を焼きつつもどうにか雪之丞が勝利した。
吸血鬼としての力を余すことなく伝承したピートはかなり強かったんだな。
唐巣神父の教会で住み込みの弟子をして、学校は雪之丞のクラスメートとなった。
                   ・
                   ・
近況報告2
タイガーも少しづつだが成長の兆しを見せ始めている。
 
実を言うと結構手を焼いた。
女性恐怖症ということは共学の学校に編入させたこと、周囲に魅力的な女性が多いこともあって比較的簡単に直ってきた。
問題は力の制御の方だった。
虎人としての能力と、本人の資質がかみ合ってないのだ。
虎人としての能力は無論接近戦に向いているのだが先祖がえりとしての血が薄いために爪や牙は見せかけのものだし、パワーとタフネスは目を見張るものがあるのだがいかんせん動きが鈍重すぎるし体が大きすぎるせいで小回りがきかない。
一定の空間の中で試合をする分には有利に働くそれも、G・Sとしての戦いではデメリットが大きすぎた。とりわけそのタフネスにまかせた肉を切らせて骨を絶つ戦法は悪霊程度ならともかく、妖怪や魔族を相手にするには危険すぎるし、外見に似合わず気が小さいために戦いに向いた性格でもない。
本人の資質としてはもちろん精神感能力に特化しているといって良い。
それも受信能力ではなく発信専門だ。
透視や予知、読心といった、テレパスとしての受信を主とした能力は実はからっきしに弱い。せいぜい標準より霊視能力がやや高いくらいのものだ。
逆に発信能力としては特定範囲内の全員、あるいは個人を特定して好きな映像を相手の精神内に送り込むことができる。ほとんど準備も必要ないし即座に、それももう少しで精神の弱い人間ならその幻で傷つけることが可能なくらい精緻な幻をだ。
また、複数の人間を精神で結んでその人間が伝えようとすることを相手に伝えることもできる。
精神に作用して姿を消した悪霊や妖怪の姿を表させることもできる。
読心ができないために記憶の書き換えや特定の記憶の消去などという真似はできないが逆に記憶の全消去なら可能かもしれない。しかし危なすぎるのでそんな真似をさせるわけにもいかない。
下手をすれば相手に恐怖症などの特定の心の病を送り込むこともかのうかもしれないな。
それだけ発信に関しては強力で扱いが難しいのだ。
その上物覚えが悪い。
これは雪之丞も同じなのだがあいつの場合戦闘に関しては抜群のセンスで覚えるためにそっち方面では問題ないのだが、タイガーは全般によくない。
イロイロ試して猛獣使いが猛獣に芸を仕込む時の方法が最も有効だとわかったのだがそんな覚えさせ方をするわけにもいかない。
イロイロ頭を悩ませていたのだが、本人が自分で解決策を示してきた。
精神感能力を使って自分に強力な自己暗示をかけたのである。
強力すぎて心に負担をかけないか心配になって心眼にみてもらったのだが、本人が幾重にも安全装置を無意識に用意しているために負担はないとのこと。
今タイガーは急速に必要なことを学んでいるし、自己暗示で一時的に自分の身体能力や戦闘向きでない性格を強制しているために戦力として当てになるようになって来た。
ただ、覚えても脳内で理解する時間はかかるし、自己暗示も肉体が持たないようなかけ方はできないために急激な強化というわけでもないのだが俺と五月で格闘技術を教え込んでいるのでもう少しすれば妙神山に行くのもいいだろう。
                   ・
                   ・
 近況報告3
ピートから遅れること2週間、魔鈴さんも来日した。
今回は仕事が入っていなかったために面通しの意味もかねて全員で迎えに行った。
当然鬼道も迎えに来ている。
 
「横島さん! 嬉いっ。来てくれたんですね!」
 
いきなり抱きつかれた。
空気が凍結する。な、なんだ?
 
それを意に返さずに今度は鬼道に抱きついた魔鈴さん。
凍っていた空気が動き出した。なんだったんだ?
 
とりあえずカオスの事務所まで自己紹介を交わしつつ移動をした。
 
「当分はホテルに滞在しながらお店になる物件を探すつもりです。幸い、ドクターからいただいた報酬はお店を借りるどころか買い取ることも可能なくらいいただいたので。正直頂きすぎと思ったのですが」
 
「なに、君には私の秘術をたくさん知られてしまったからね。それを外に広められないための口止め料さ」
 
人好きのする笑みを浮かべてカオスが答える。
 
「先輩はG・Sとして活動もしはるんでっか?」
 
「そうね。レストランがメインなんだけど一応多少は活動するつもりよ。はっきり言って『魔女』っていう肩書きだけだと社会的イメージはゼロどころかマイナスだからG・Sっていう肩書きを下げるわけにもいかないし、肩書きをもつ以上はある程度は活動しないと協会から免許を剥奪されかねないから」
 
マイナスイメージが強すぎるからな。
 
「もし私の手にあまるようなことがあったら応援を頼むかもしれませんからそのときはよろしくお願いしますね」
 
笑顔でそういってくる。
今回は令子ちゃんとの中は険悪なものとはなっていないし良かった。
                   ・
                   ・
 近況報告4
俺のマンション(リレイションハイツ)の住人について。
リレイションハイツの住人はまだ少ない。
目的が住処を失った妖怪のための住居なので人間の居住者が少ないせいもあるのだが。
住人はリリシア、ジル、五月、美衣とケイ、カオスとマリアとテレサ、雪之丞とタイガーの6部屋しか埋まっていない。
ちなみに家賃は3万円~5万円。便宜上家賃はもらうことになっているが払えない場合は払う意思がある限り無利息で貸すことにしている。まぁ今の住人はそんなことはないのだが。
 
リリシアは風俗店のオーナーをやっている。経営は順調らしいのだがその分変な因縁をつけてくるチンピラや暴力団員。暴力団系列の他店の妨害、お店の女の子に乱暴する酔っ払いなどの問題も抱えていた。
当初はリリシアが弱めの魅了の魔眼を使っていたのだが流石にそれが当局にばれるとイロイロ問題なので、俺がそのたびに駆けつけることになっていた。そんなわけで客でもないのにお店の女の子と顔見知りになったのだが、G・Sの仕事で知り合った地獄組の組長さんと話をつけてからはそういった事態も収まってきた。
 
ジルはうちの事務所の顧問のほかに六道女学園にも特別講師として参加することになった。
まぁ、回数は少ないので普段は俺の膝の上にいたり、ユリンと遊んでいることの方が多い。
この間ケイとひのめちゃんと一緒に(+美衣さんと五月)デジャブーランドに連れて行ったらものすごく喜んでくれた。
 
五月はあの一件以来だいぶやわらかく俺たちと付き合えるようになっていた。
男言葉なのもぶっきらぼうなのも相変わらずなのだが。
俺や雪之丞(最近はタイガーも)と頻繁に組み手を行っている。
純粋な格闘技能では十本中、三本とるのがやっとだ。
始めた当初は一本取れればいいほうだったので進歩はしている。
雪之丞とタイガーはいまだにまともに触れることすらかなわない。
また、まともにつきあってみると意外に可愛い性格をしていることがわかった。
長く生きてはいるが戦闘のことしか興味がなかったらしく、それ以外のことには世間知らずで純真だった。デジャブーランドに連れて行ったときは目を丸くして驚いていた。多分楽しんでいたとも思う。
また、相当ファザコンの気がある。
 
美衣さんはひのめちゃんにもなつかれて、美智恵さんもベビーシッターとしては高めの給料を払っているらしく(危険手当が含まれているため)生活に不安はないので余裕も出てきた。最近は近所の奥さん達の井戸端会議に参加できるくらいに好意的な認知を勝ち取ったようだ。
ちなみにひのめちゃんに呼ばれたのは3番目で、(1番目は美智恵さん、2番目は俺)令子ちゃん(4番目)がかなりへこんでいた。
ケイの方も内心心配していたイジメの方は起きなかった。また、俺と美衣さんが口を酸っぱくして妖怪としての能力を使わないように、特に誰かと争うときはといっている。
相手の心配もあるのだが、それを理由に美衣さんとケイが排斥されるのを恐れたせいもある。
人間は自分と違うものには決して寛容ではない。
 
カオスとマリア、テレサは屑精霊石を純度の高い精霊石に精製しなおしたり、お札を強化したりと(カオスにとっては)手慰み的なことをして研究資金を集めたりしている。そのうちまたとんでもない発明をしてくれることだろう。
 
雪之丞はもともと一人住まいだったのだが、タイガーに日本での常識を教え込むためにルームメイトになってもらった。
特に不満はないようである。
昼間はピートと共に高校に通い、それ以外は修行をしたり、仕事を手伝ったりだ。
高校生としての時間を束縛したくはなかったので、義務づけたのは週に3日だけなのだがそれ以外の日もほとんど自主的に修行に励んでいる。
タイガーは名目上はエミ達の弟子になる。
チャクラを開く修業もしているのだが恐らく1年はかかるだろう。
                   ・
                   ・
 近況報告5
俺たちのこと。
あれ以来俺は幽霊の類は基本的に笛で説得するという形で除霊することが多くなった。
それ以前も極力説得で除霊していたのだが効率は段違いに上がった。
力づくで無理やりというのが俺にとっては一番効率がいいのだが、俺はそれはしたくはなかったので調度良かった。
時折、協会の方から死霊術師として仕事を頼まれることもある。
 
ゼクウも相変わらず俺に良く尽くしてくれている。最近は俺の代わりにお目付け役として行動してもらうことが多い。また、将門公と意気投合したようだ。
 
ユリンは本体は俺の影の中にいるのだが、分身は魔鈴さんのレストランを手伝いに行くことが多くなった。ノワールとの友情はあれ以来も順調に育まれているらしい。
ノワールと違いしゃべることはできないが、反対に料理を運ぶのはできるのでそっちの方面でコンビを組んで働いているようだ。
 
心眼は今、カオスに頼んで体を作ってもらっている。
せっかく意思ある存在として生まれてきたのだから自由にさせてやりたいしな。
正確にはエクトプラズムで作った式神の中に意識をうつす形になるのである種分身のようなものだ。
バンダナ形態の時は俺の影の中に自分の体をしまい、人間形態の時はバンダナを持って出歩くという形になると思う。
 
これが最近の俺たちの近況だ。



[513] Re[15]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/09 05:50
 ≪雪之丞≫
 「どーも学校の空気は好きじゃねえんだよなぁ」
 
クラスメートは大分なじんできているのだが、相手によってはピートとタイガーに対する風当たりというか空気は妙によそよそしい。
 
「仕方ないですよ。むしろ好意的に接してくれていると驚いているくらいです」
 
「そうですジャー。わっしは見てのとおりの外見でっすし、ピートさんは吸血鬼の血をひいとりますケン。これも雪之丞さんのおかげジャー」
 
「そのうちもう少し慣れてくれれば大丈夫ですよ。雪之丞さんが気を病まないでください」
 
「そうですジャー」
 
師匠ならもっとうまくやったのかもな。
 
二人とも気がいい奴だし、クラスの連中もそう悪い奴らじゃねえからきちんと付き合えば結構簡単に馴染むことはできるんだがな……。
逆に知らない奴はいつまでたっても馴染まない。教師もそうだ。
 
教室に入っていくとタイガーの机がひどく古いものに変わっていた。
『イジメ』っていうやつかい。
ムカっぱらが抑えきれずに机を思いっきり殴りつけようとした瞬間、机の中から伸びた腕が俺を掴んで机の中に引きずり込まれた。
 
「雪之丞さん! わっしにつかまってくんシャイ!」
 
「雪之丞さん! 僕に掴まって!」
 
タイガーと雪之丞を掴んでこらえようとするが、三人そろって机の中に飲み込まれてしまった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「つまり、三人は机の中に飲み込まれてしまったんですね?」
 
愛子が出てきたか。
 
俺は雪之丞たちが通う学校から連絡を受けて、おキヌちゃんを伴って前の時に通っていた学校の門をくぐった。
 
「……というわけで、机に食われた三人はお宅の関係者でもあることですし、ここは一つ救助を依頼しようと思いまして……」
 
「あいつらのことですから勝手に帰ってこれるとは思いますが、そうですね。承りました。恐らく俺もその机にいったんは取り込まれることになるでしょうが、救助のためですのでご心配なく」
 
そして俺は過去と同じ様に愛子の中へと飲み込まれていった。
今回はおキヌちゃんもいっしょだ。
                   ・
                   ・
「「「「「先生!! 先生ーっ!!」」」」」
 
前回の美神さん同様、大勢の生徒に囲まれてしまった。
 
「先生だーっ! この学校にもついに先生がっ!」
 
「これで授業ができますわっ! 学級委員長としてクラスを代表して歓迎しますっ!」
 
変わらないな。……いや、変わるはずもないのか。
 
「この学園に幽閉されて以来、私たちは生活を充実させようと努めてきました! しかし学生ばかりでは学園生活は送れない! しかたなくHRを続けてきましたが……私たちはいつの日か教師が現れるのを待ち望んでいたのです!」
 
瞳を輝かせて愛子が熱弁を振るう。
 
「それはわかったが……実を言うと先だってここに幽閉された3人は俺が保護者から預かっている身でね。教師としての責任を果たす前に、大人としての責任を果たしておかなければならないと思う。先に彼らと話をさせてもらってもいいかな? 君たちだとて責任も果たせない教師を師と仰ぎたくはないだろう? 十分ほどでかまわない。その間に新入生のおキヌちゃんの自己紹介を兼ねたHRを執り行ってくれると助かる」
 
「え? わたしですか?」
 
「見てのとおり彼女は幽霊で学校に通ってみたいとは思っているようなんだが通ったことがないんだ。学園生活のことを教えてあげてくれ」
 
「わかりました。全身全霊をこめて彼女に学校生活や青春というものを教授してあげたいと思います」
 
「仲良くしような」
 
「歓迎するわ」
 
やっぱり食いついてきたか。
人じゃない身で学校にいけないと来れば愛子はくいついてくれると思ってた。
おキヌちゃんをダシに使ってしまったがおキヌちゃんが学校にあこがれているのも嘘ではないしな。
愛子のお許しも出たわけだし隣の教室に三人を呼び出した。
 
「しかし見事なまでに飲み込まれたもんだなぁ」
 
「面目ねえ」
 
「あ、あんまり責めないでやって欲しいですジャー。雪之丞さんはわっしらのせいで冷静さを欠いてましたケン」
 
タイガーの話を聞いて少し愕然としてしまう。
この学校なら大丈夫だと思っていたんだが。
前回の時と何が違ってしまったんだ?
……予定を少し変更しなければならないかもしれない。
 
「むしろ僕にとっては受け入れてくれたことじたい信じられませんでしたから」
 
ピートは笑顔で、それも偽りなくそういっているようだが……。
 
……今はそれを考えるべき時ではないな。
何もかもが俺の予想通りうまくいくはずなんてなかったんだ。
とにかく今は愛子のことだ。
……それに雪之丞達はただ守られる存在というわけではない。
自分の道は自分で作れる力は持っている。俺はそれの手助けをしてやればいい。
 
「まぁ、その件は置いておこう。で、原因はもうわかったのか?」
 
「それが。まだわかっていないんです」
 
「ふむ。……じゃあ宿題な俺がこれから授業を4時限やるからそれまでに正体を突き止めること。ただし、ここは相手の体内だから無闇に騒ぎ立てることと、わかっても指摘するのは禁止な。今は他のことに夢中になっているはずだからこっちの会話を聞いてないと思うけど、この空間にいる限りは相手にとって感知できない場所はないはずだ。……まぁあんまり悪い妖怪ではないみたいだから刺激しないようにな」
 
「授業をするんですか。……横島さんはもう正体がわかっているんですか?」
 
「まぁな。学校生活を送ってみたくてこんなことしてるみたいだからある程度は付き合ってやるさ」
 
本当は知ってたんだけどな。
 
さっきの教室に戻って先生をはじめることとなった。
 
「さて、これから授業を始めるわけだが学生生活は何も授業だけではないからな。今日の授業は4時限とする。まず聞いておくがこの学校は校庭は使えそうにないが体育館のようなものはあるのかな? それと体操着があれば二時限目は体育にしたいんだが」
 
「はい先生。体育館も体操着も存在しています」
 
だろうな。青春好きの愛子ならそっち方面は押さえているだろうと思ったよ。
 
「そうか。では一時限目は英語だ」
 
ピートも英語もしゃべれるし、雪之丞は俺と一緒にイギリスに一年間留学している時に教え込んだために日常使う言葉に関してはそれなりに流暢だ。ワリを食ったのはタイガーとおキヌちゃんだがおキヌちゃんは楽しんでいたようだしまぁそれもいいだろう。
愛子はもちろん、他の生徒たちもなかなか活き活きとしている。
 
「さて、次は体育の授業だ。各自更衣室で体操着に着替えて十分後に体育館に集合。委員長はおキヌちゃんを、高松君は新入生を案内してやってくれ」
 
愛子がいじらない限りはこの校舎の作りはあらかた心眼で把握した。
 
「わかりました。おキヌちゃんこっちよ」
 
男子はバスケットボール、女子はバレーボール。
たぶん体育館でできるスポーツの中では最も愛子の青春の琴線に触れられるんではなかろうか?
こっちの雪之丞は決して小さくないのでパワー・フォワード。ピートはシューティング・フォワード。タイガーがセンター・フォワードを勤めている。体の大きさを遺憾なく発揮できてるタイガーがことのほか輝いているな。特にバスケ部員というものは存在しなかったようなので三人が集まると身体能力的に偏りすぎるので3チーム作って交互にまわしている。
女子も3チームでまわしている。机という束縛のない愛子はかなり身体能力が高いらしく活躍しているし、休憩時間に男子を応援したりとかなり青春を満喫できている模様。
おキヌちゃんは流石に肉体がないので見学扱いだ。
 
「どう? おキヌちゃん。楽しい?」
 
「はい。幽霊の私が学生みたいなことができるとは思いませんでしたからとても楽しいです」
 
「そっか。生まれ変わったら楽しい学生生活が送れるといいね」
 
「はい。これもみんな横島さんのおかげです」
 
おキヌちゃんの頭を軽く撫でてやった。
 
……さて、次は現代国語だ。
できればこの仕込が功を奏してくれればいいのだが。
 
再び教室に戻って授業を行う。
 
「さて、この『レ・ミゼラブル』という作品はフランスの文豪、ビクトル・ユゴー (1802-1885) がおよそ20年をかけて書き上げた小説です。内容をかいつまんで説明すれば主人公のジャン・バルジャンが……」
 
内容をかいつまんで説明をする。
 
「……と、言う内容です。誰しも間違いを犯すことはありますが、その罪を罪と認めずに罪を重ね続ける人間もいれば、罪を反省し償おうと必死に努力をする人間もいます。罪を償おうとする人を温かく見守る人もいれば、たった一つの間違いを消し去ることもできない人生の汚点のようにつけ狙う者もあるでしょう。……自ら犯した罪を許すことができぬものもいれば、他者の罪を許すことができる人もいます。あなた方がどのような判断を下すかはわかりませんが、先生としては償う人を、許せる人になってくれることを期待します」
 
……自分のことを棚にあげてよく言う。
……仕込みの第一段階終了。
次の授業は古典だ。
 
「荘子は紀元前369年から286年を生きた中国の思想家で戦国時代は宋国、現代の河南省に生まれました。老子と同じく道教の祖の一人に数えられ、後に神格化されて南華真人と呼ばれる神仙の一人となります。老子のそれとは多少異なりますがその思想は無為自然を基本とし、人為を忌み嫌う物です。今日は『胡蝶の夢』を勉強しましょう。内容は荘周、荘子のことです。が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか。どちらともわからぬ、どちらでもかまわない。と、いう寓話からなっています。これは万物斉同の境地、いっさいの欲望や、知から自由になり、無心、無我にとなり、自然と一体となることが、理想の生き方である。と、説いたものですが……」
 
仕込みの第二段階。これがうまくいってくれればいいんだがな。
 
「……と、言うのが詳しい内容です。さて、古典の授業から少し外れてしまいますが、この内容を異なる視点から取り上げれば、本当にこの世界が客観的に存在しているかどうか、究極的には証明不可能なのではないのか?という仮説を立てることができます。これに類似する内容は多く考えられ、有名なところではアメリカの哲学者、H・パトナムも『培養槽の中の脳』という仮説を立てています。確かに私たちは今この現実が仮想現実ではないということを証明することは残念ながら難しい。私たちは妖怪に飲み込まれて時間という概念を超えてここに集っているのですが、次の瞬間目が覚めてこことは違う現実の中に身をおくことになるのかもしれません。ですが、夢を夢と知って夢を見ている人間がいるとしたならばその人は苦しいんじゃないでしょうか? どれほど楽しい夢を見ていたとしても、ふとした瞬間からこれが夢だと考えてしまうのはとても残酷なのではないでしょうか? ……さて、これで今日の授業を終わります。委員長、HRを始めてください」
 
……さて、仕込みは終わったんだが結果はどう出るかな?
 
教壇の前まで来たものの、愛子の肩が震えている。そして何かを決意したように皆の顔を見回した。
 
「……皆さんに謝らなくてはならないことがあります。皆さんを机の中に取り込み、この偽りの学園を作り上げていた妖怪は私なんです。私は机が変化した妖怪で学園生活にあこがれていたんです。妖怪のくせに青春にあこがれて、妖怪がそんなもの味わえるわけもないのに。……ごめんなさい!」
 
「あの、愛子さん。私馬鹿なんでうまくいえないんですけど、教は愛子さんのおかげで青春って言うものを感じることができたと思います。幽霊の私が感じることができたんですから愛子さんも大丈夫ですよ」
 
「おキヌ君の言うとおりだ。愛子クン、君は考え違いをしているよ。君が今味わっているもの――それが青春なのさ」
 
「え……」
 
「青春とは、夢を追い、夢に傷つき、そして終わった時、それが夢だったと気づくもの・・・・・・その涙が青春の証さ」
 
「高松クン」
 
「操られていたとはいえ君との学園生活は楽しかったよ。それに先生もおっしゃってたじゃないか。君が苦しんでいたこと、それに償おうとしている人に対し許せる人になることが大切だと。僕たちはジャベール警部ではない。みんなクラスメートじゃないか!」
 
「あ……あ……ごめんなさい! ごめんなさい! 私……私……」
 
「先生、これでいいんですよね!? 僕たち間違ってませんよね!?」
 
俺たち以外が集まって、おキヌちゃんも混ざってるな。
集まって涙を流しあう一段に黙って頷いてやる。
 
……雪之丞達の話を聞いて、前回との違いに戸惑い策を弄してみた。それが徒労であったのか、良かったのかはわからないが結果を省みれば決して拙くはなかったのだろう。
 
「で、宿題は解けたか?」
 
三人に尋ねる。
 
「俺は駄目だった」
 
「僕もです。愛子さんが告白するまでわかりませんでした」
 
まぁ妖怪の体内の中で妖気を感じるのは難しいのかもしれないが。
 
「わっしはできましたジャー。4時限目の最後の方から愛子さんの体から少し強い妖気がでとりましたケン」
 
精神の動揺の隙に少し妖気がこぼれていたからな。
タイガーの霊視能力はやはり標準よりも高い。
 
「ま、相手がどこにいるか察知するのとしないのでは生存率が大きく違ってくるからな。がんばれよ」
 
この夢の中の学園に終業のチャイムが鳴り響いた。
 
現実世界に戻って事情を校長に説明する。
 
「……と、いうわけなんです。反省もしたようですので許してやってください」
 
「すいませんでした。……生徒にはなれなくても、せめて備品として授業を聞いていたいんです。これからも机として使ってもらえないでしょうか?」
 
……駄目だ。俺の時とは違って先生達が食いついてこない。
なぜかはわからないが俺の時と先生の面子は変わってないのに超常的なものに対して俺の時ほど寛容じゃない。
たぶん備品としてならとおるかもしれない。雪之丞達が使ってくれるだろうから。
……これは俺のエゴに過ぎない。でも、俺が嫌だ。
愛子が生徒としてではなく備品として学園生活を送るのは俺は嫌だ。
 
携帯電話で冥華さんにお願いをする。
冥華さんは二つ返事で了承してくれた。
 
「……いま電話で確認を取った。六道女学園の霊能科だったら君を生徒として受け入れてくれるそうだけどどうする?」
 
「本当ですか?」
 
「あぁ。学園長とつきあいがあってね。あそこなら君が妖怪であっても元々がオカルト系の学校だから受け入れやすいはずだ」
 
「わかりました。お願いします」
 
こうして、愛子は六道女学園の1年生に編入することとなった。
同時にリレイションハイツの住人となる。
元々は学校の備品の机が付喪神となったものなので学校に括られているわけではない。
だから通学するという学生の醍醐味が味わいたかったようだ。
本体の机の方は部屋においておいて、移動する時はカオスが神木で作ったミニチュアの机に意識をうつしてポケットの中に入れる。これで机を背負って移動する必要もなくなった。
 
さらに、横島除霊事務所の事務員として就業することも決まった。
机の付喪神なせいかデスクワークはかなりうまい。
就業時間は短いものの家賃と授業料、それに小遣い程度は十分出せる。
本人曰く、働きながら勉学にいそしむのも青春とのこと。



[513] Re[16]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/10 01:52
 ≪横島≫
 俺はまだ幸福荘に住んでいる。
人工幽霊1号の件がどう転ぶかはわからないが、それのかたがつくまではここにいるつもりだ。
住人は俺とユリン、ゼクウ、心見(ここみ)
心見は心眼。心眼はエクトプラズムの体を手に入れてから形式的に俺の式神となった。
カオスに心眼自身の希望を盛り込んでエクトプラズムで体を作ってもらったのだが、外見はジルより少し年上くらいの右腕に赤いバンダナを巻いた凛々しい美少女だった。
そう、口様は男性的だったが精神的には少女だったらしい。
小竜姫さまの竜気の影響で生まれたんだからそれも当然だったのかもしれないがな。
ゼクウやユリンは俺の影の中で暮らすことも多いが心見は特に何もなければ人間形態で生活している。
俺自身それを望んだし、心見もそれに異存はない様だ。
表向きには親戚ということで大家さんには話はつけてある。
ちなみに部屋は以前と違って綺麗なものだ。
あまりこの部屋にいることがないせいで生活感がないとも言うがな。
 
「兄者、どうやら小鳩が隣に越して来た様だぞ?」
 
心見は人間形態の時は俺のことを兄者と呼ぶ。
凛々しいとはいえ10歳かそこらの少女が兄者と俺を呼ぶのは異様なのだが全体的な雰囲気を見ればマッチするのだからおかしなものだ。
バンダナ形態の時は今までどおり呼び捨てなんだがな。
 
「前の時より大分早いな」
 
「神魔の差し金か、バタフライ効果かは判別はつかぬがこの件について早くなって困ることはなかろう。後、変わっていることといえば貧の奴が前より少しだけ大きいくらいか。これは単純に前より出会うタイミングが早まったからだとは思うがな」
 
「そうだな」
 
「どうする?こちらから接触を図るか?」
 
「いや、それでは変に警戒されるだろう? 2、3日様子を見て、それで駄目なら対応を考えよう。その間は鍛錬は中止だな」
 
「ふむ。了解した。その間に溜まっていたDVDを見させてもらうとしよう。」
 
心見は時代劇ファンでとりわけ『三匹が斬る!』シリーズの春風亭小朝が一番好きという一風変わった趣味をしている。
その関係でこの部屋でTVとDVDだけは立派なものをそろえている。
何でだ? と聞いたら
『前の時のお前に良く似ているからだろうな』
と、からかわれた。
寄席に連れて行ったらえらく感動していたが……傍から見れば渋い趣味の十歳児に見えたのだろうな。
ゼクウとは人間に変身させてコンサートに行くこともある。
どちらかといえば民俗音楽が好きなようで、テレビで特集をしている時はテレビを見に来ることもあったりする。
 
二日後、そろそろ別の手段を考えるかと思い始め、心見が見ているDVDが『また又・三匹が斬る!』に変わった頃に小鳩ちゃんが部屋を訪ねてきた。
 
「あ…あの…私、隣の花戸と申しますが…えっと…」
 
「はじめまして。俺は横島忠夫」
 
「あ、はい。はじめまして……それで……あの……ご……ごめんなさいっ・・・! 何でもないんですっ!」
 
前と同じように小鳩ちゃんは自分の部屋に戻ってしまった。
 
「いくぞ! 心見」
 
「うむ。良いところだったが続きは帰ってからでも良かろう」
 
DVDはタコ(春風亭小朝)が美女にひっかかったところで止められて……あれがいいところなのか?
――確かに昔の俺と似ているかも……。
 
「あ、じゃあその部分見てからでもいいから代わりに頼みたいことがあるんだが……」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪小鳩≫
 「どうしよう…私、恥ずかしい…。変な人だって思われたわ……」
 
「小鳩…お米は貸してもらえたの?」
 
「ご、ごめんなさい、お母さん。お願いしそびれちゃったのお金も食べるものも無くなったし、給料もまだ先……でも、あの人にお米を貸してくださいなんて、恥ずかしくて……」
 
とても優しそうな人で、かえって恥ずかしくなってしまいました。
 
ドアがノックされます。
 
「は、はい」
 
ドアを開けると横島さんが立っていました。
 
「あ……あの」
 
「いきなりごめんね。どうしても気になることがあってね。あがらせて貰ってもいいかな?」
 
「は、はい。狭いところですけどどうぞ」
 
本当はほとんど初対面の人をうちに上げたことなんてないんですけど横島さんはなぜか安心できる雰囲気を持っていてうちにあげることにしました。
 
「あの、どちらさまでしょうか?」
 
部屋に上げると不安げにお母さんがそう尋ねます。
借金取りか何かと思っているのかもしれません。
 
「はじめまして。隣の部屋に住む横島といいます。」
 
横島さんは安心できる微笑でお母さんの警戒心を払拭しました。
 
「そうですか。小鳩の母の美幸といいます。この通り何もありませんが水でも召し上がってください」
 
横島さんはコップを受け取り半分ほど手をつけるとある一点を凝視ました。
そこにいるのは貧ちゃん。
貧ちゃんが移動すると視線もそれの後を追います。
 
「あ、あの、貧ちゃんが見えているのですか?」
 
「一応これでもG・Sでね。……やっぱり必要も無いのにくくられているようだな」
 
「お前、そこまでわかるんか」
 
ドアがノックされます。
 
「心見たちだ。開けてもいいかな?」
 
「あ、はい。」
 
ドアを開けると小さなお盆を持った女の子、この子はさっき横島さんのお部屋でTVを見ていた子ですね。それと大きなお盆をもった馬の顔をされた男性が入ってきました。
少し驚きましたが子供の時から貧ちゃんと一緒にいるせいか不思議なことには慣れてます。
 
「ふむ、某までいると部屋が少々手狭のようですな。マスター、某は影に戻らせていただきましょう」
 
「あぁ」
 
馬の顔をされた方は横島さんの影の中に入っていってしまいました。
 
「キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、緊那羅族がなんで人間にしたがっとるんや?」
 
「どうしたの?貧ちゃん」
 
「緊那羅いうたらわい以上どころか人間界に普通に居れる神族の中では最高位に近い神なんやぞ!」
 
さっきの馬の顔をした男性はどうやら偉い神様のようです。
 
「ゼクウと言って、縁があって知り合ったんだ。今は俺の眷属として尽くしてくれている。無論両者の合意の上での契約だ。それより食事にしないか? ゼクウと心見に食べるものを持ってきてもらったから」
 
「兄者、私は今は空腹ではないし私の体でもない方が良かろう。元の姿に戻るとするぞ」
 
今度は心見ちゃんが赤いバンダナを残して消えてしまいました。
 
「心見は俺の式神なんだ……って聞いてないな。貧」
 
貧ちゃんはいつの間にかお母さんと一緒に凄い勢いで心見ちゃんたちが持ってきてくれた食べ物を食べていました。
 
食事も終わって横島さんに貧ちゃんのことをお話しすることになりました。
 
「私の曽祖父は悪徳高利貸しでした。借主はもちろん、その親兄弟からもお金をむしりとって財を成したんです。でも、そのおかげで罰が当たってしまい、我が家には巨大な貧乏神がとりついてしまいました」
 
「因果応報っちゅう奴やな。ま、それはええんやけど被害者の恨みが強すぎて、ひいじーさんがとうの昔に亡うなった今でも、小鳩ちゃんちに括られたまんまなんや」
 
「貧、少し霊視させてもらってもいいかな?」
 
「かまわんで。でも除霊おうとしたりはせんでくれよ」
 
「そうしたらさぞかし大きな貧乏神になるんだろうなぁ。霊力量にはちょっと自信があるから」
 
「わかっとるんやったらええわ」
 
聞くと神様である貧ちゃんを無理やり除霊しようとすると貧ちゃんの意思に関係なくそのパワーを吸収して巨大な貧乏神になって取り付く期間も長く、貧乏の度合いも大きくなってしまうそうです。
 
横島さんは貧ちゃんのことをじっと見つめて、さっき心見ちゃんが残した(このバンダナが本体だそうですけど)バンダナからも大きな目が一つ開いて凝視します。
 
そして横島さんが顔をしかめました。
 
「……小鳩ちゃん。君さえよければ貧の事を正式に依頼として引き受けたいと思うんだけど」
 
「で、でもウチにはG・Sの方に依頼できるようなお金なんてありませんし、それに貧ちゃんはもう3、4年もすれば年季が明けるって言ってますし、それに貧ちゃんは大事な家族ですから」
 
「それがそうもいかなくなったんだ。このまんまじゃあ小鳩ちゃんどころか花戸の家は家が存続する限り貧乏神がとりつき続けることになる。いきなりこんなことを言っても信用できないだろうが信用して欲しい」
 
……私は貧ちゃんがとりついていたこともあってこれまでイロイロな人に私は騙されてきました。
特にお金が関係することでは必ず騙され続けました。
それが意図的であったか、結果的であったかは別にしても必ずです。
それでも私は人を信じるのを止めようとは思いません。
貧乏に負けて心まで貧しくなったりはしたくありませんから。
もちろん明らかに騙されているとわかっている時は別です。
横島さんの顔を見て決心しました。
横島さんは決して悪いようにしようと私達に近づいてきているわけじゃないと。
また、結果的に騙されてしまうかもしれません。
でも、私は横島さんを信用することにしました。



[513] Re[17]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/11 04:00
 ≪小鳩≫
 横島さんの事務所にお邪魔しました。
横島さんの事務所には綺麗な女性がいっぱいでした……。
横島さんの教え子で現在は所員の美神令子さん。
同じく六道冥子さん。
横島さんの妹さんで同じく所員の横島エミさん。
それから巫女さんの幽霊でアシスタントのおキヌちゃん。
机の付喪神で事務員の愛子さん。
小さな女の子にしか見えないけれども天使様でこの事務所の顧問のジルちゃん。
最近ヘルパーになったという鬼の五月さん。
令子さんの妹のひのめちゃんとそのベビーシッターで化猫の美衣さん。
人間以外の女性が多いですけど皆さんとても美人です。
男性の方ももちろんいらっしゃいます。
横島さんのお弟子さんの伊達雪之丞さん。
エミさんたちのお弟子さんでタイガー寅吉さん。
美衣さんの息子さんで化猫のケイ君。
人間じゃない方が多いからか貧ちゃんのこともすんなり受け入れてくれました。
令子さんだけが少し反応したみたいですが今では普通です。
今まで会った人たちは貧ちゃんのことを知ると友達だった子まですぐに離れて行ってしまったのに。
……それだけでも来てよかった。
 
「エミ、貧の事を霊視してもらえないか? 心見、エミの霊視を補助してやってくれ」
 
「心得た」
 
心見ちゃんがまたバンダナに戻ってエミさんがそれを頭に巻きます。
 
「……何よこれ、恐ろしく強力な呪縛がかけられてるじゃないの」
 
「やっぱりか……」
 
「なんやて? わいはそんなことは知らんで。それに仮にも神のわいが呪縛にかけられとるやなんて」
 
「まちがいないワケ! 多分この術式は陰陽道の呪詛よ。冥子、この術式解かる?」
 
「クビラちゃんおねがい~」
 
冥子さんの影から大きな目をした生き物が出てきて貧ちゃんをその瞳で凝視します。
 
「……陰陽道の呪詛なのは間違いないと思うけど~、現存する陰陽七家の術式とはパターンが違うわ~。」
 
「だったら陰陽七家以外の陰陽師ってワケ?」
 
陰陽七家というのは何なのか訪ねたら、現存する陰陽師の流れを汲む霊能力家の中でも強い能力を残した家系で今いる陰陽師さん達はこの七家の直系か傍系のお弟子さんに当たるそうで冥子さんのお家もその一つなのだそうです。
 
「それはないわよ~。逆にこれだけの呪詛がうてるなら陰陽七家が八家になっているはずですよ~。七家は単純に強い能力を残した家だからそういう呼ばれ方をしているだけなんだから~。元々陰陽師は陰陽寮で厳しく統制されていたし~、……民間陰陽師がいなかったわけではないけどG・S協会が発足された時にその性質上陰陽師と修験者と密教系術者、神道系術者は特に厳しくG・S協会に吸収されたから民間でこれほど強力な陰陽師がいるとは思えないわ~。それに多分七家でもこれだけの呪詛をうてるのは土御門家と六道家くらいのものだと思うもの~」
 
「……それでエミ、冥子ちゃん。この呪詛は取り払えるのか?」
 
「理論的には可能よ。でも、この術式には代償として術者の命を使っている。たぶん力づくで解呪しようとしたらそれなりの、誰かの命とかそういうレベルの代償が必要なワケ。でも、たぶん術者としては私や冥子の方が上だろうからもう少しは軽減できると思うけど……黒魔術系の私とは相性がよくないし、陰陽七家とはいえ今の六道家は式神の使い方を専門にやってきているからどこまで軽減できるかはわからないワケ。逆にこの呪詛を代償なく解呪できるのは陰陽道系の術と相性のいい術系統で、解呪に特化していて、私と同じくらいの能力の持ち主ってことになるワケ……忠にぃはどうにかできないの?」
 
「解呪そのものは可能なんだがこれだけ強い呪詛を文珠で強制解呪するとどこに反動が出てくるかわからないんだ」
 
エミさんは世界最高レベルの呪術師なのだそうです。
 
「本当に理論的には、だな。それでこの呪いの及ぼす影響はわかったか?」
 
「簡単に言えばリセットよ。貧乏神の年季があけたり、何らかの形で花戸家から離れようとした場合、花戸の家に最初の状態からとりつきなおしになるワケ」
 
……ひいおじい様は本当に他人に恨まれていたのですね。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 どうりで、前の時に福の神になったにもかかわらずいつの間にか貧乏神に戻っていたわけだ。
いや、それでも巨大な貧乏神に戻ってとりつきなおしにならなかっただけでもマシだったというわけか。
術者にとっても福の神になるなんていうのは想定外のイレギュラーだったんだろう。
大体がしておかしかったんだ。いくら恨みが強かったからといって対象が死んだにもかかわらず家に括られていることそのものが。
それ以上に金のことで恨まれている人間なんて今の世の中いくらでもいるというのに。
 
――しかし今までの話を総合すると……。
 
「……これは推論で、当たっているかどうかはわからないんだが。小鳩ちゃんの家を呪ったのは陰陽寮解体後に職をなくした陰陽師なんじゃないかと思う。で、小鳩ちゃんのひいおじいさんに金を借りて身持ちを崩して……てなとこじゃないかな? 時期的にも符合するし。当たっているかはわからないけどそう遠くはないと思う」
 
すでに衰退していたとはいえ今よりは大分マシな陰陽師の命がけの呪いか。
やっかいだな。
いや、貧の身の安全を考えなければいくつか方法はあるのだが。
すると五月が声をかけてきた。
 
「横島。親父に相談したらどうだ? 貧乏神は国津に近い。親父なら何とかできると思うが」
 
「公にか。……頼めるか?」
 
「うむ。今親父を呼んできてやる」
 
「おい、こっちから出向くのが礼儀だろう?」
 
「親父は元々戦場を駆け抜けた武人だぞ、あんな辛気臭い所にお役目でもなければ篭ってるものかよ。なに、死津喪比女を長い間鎮めてきた巫女と、死津喪比女や親父の荒魂を倒し関東平野を護った退魔師の頼みとあらば出向く理由にもなろう。あれで親父もなかなか女好きだしな。親父の楽しみを奪ってくれるな」
 
そういい残してとっとと出て行く。
あいつが笑うようになったのは歓迎するが、あの可憐な容姿で肉食獣のような微笑を見せるのはどうしたもんだろう?
まぁ、似合ってなくはないが。
 
僅かな間で将門公が入ってきたとき貧は驚き平伏していた。
……子会社の平社員が親会社の支社長に出会ったようなものなのか?
自分でも良くわからないたとえだが。 
 
「ふむ。……確かにたいそうな術式で括られておるな。それに今の世の中にこれほど業の少ない娘がおるとはおもわなんだ。ワシの巫女になって欲しいくらいだ。で、横島。おぬしならどうする?」
 
「いくつか方法は考えています。吸魔札で吸い取る方法、あれは契約の神『エンゲージ』位の下級神なら吸引できるからカオスに特製の吸魔札を作ってもらえばどうにかなると思う。それから俺の文殊を使う方法、【反/転】や【因】【業】【消】【滅】でも使えば括りからは開放されるはずです。あとは長野県飯田市の貧乏神神社を使うか、貧乏神のキャパシティを超える霊力を注ぎ込むか。……ただ、いずれの場合も呪いが存在する以上括りから開放されている間に貧を完全に消滅させる必要があります」
 
「……わいはそれでもかまわんで。それで花戸の家がわいから開放されるんやったらな」
 
「貧ちゃんそんなこといわないで! 横島さんもそんな方法だったらやめてください。貧ちゃんは大切な家族なんです!」
 
「……と、まぁこういうわけなんです。俺もそんな真似はしたくないのでこうして公に相談している次第。一応言っておきますが、貧乏神を払う一番まっとうな方法は内容まで知ってしまっているので俺には行使することができません」
 
「ふむ。家を苛む貧乏神に対してそこまで言えるか。……のう、横島。この娘であれば貧乏神の試練にうちかてるとは思わないか?」
 
それは考えないわけでもなかった。
 
「だが呪いの方はどうなりますか?」
 
「ワシは関東におる限りはそれなりに無理がきくから一時的にその貧乏神の神格を上げてやれば呪縛を自力で解くことも叶おう。元々かなり無理をして呪縛しておったようだしな。横島が協力してくれれば間違いはなかろう。もっとも、その反動で福の神になったとしても当分の間は大した福を授けられないやもしれんがその辺は問題なかろう?」
 
「あの、貧乏神の試練というのは何なんでしょうか?」
 
貧が財布の中を開いてみせる。
 
「この中は超空間になっておってな。中に入ったもんには試練が与えられ、それにうちかつことのできたもんは貧乏神の呪いから解き放たれることができるんや。これがさっき横島が言うとった一番まっとうな方法っちゅうやつや。でもこの方法には危険が伴うねん。失敗したらわいは永久にとりつくことになるんや。永久に、やで。そんな危ない橋をそう簡単に渡らすわけにはいかへんし、試練の内容をしっとるもんでは試練を受ける資格がのうなってしまうんや」
 
「わしとゼクウ殿が協力をすれば試練の内容に多少であれば干渉することもできよう。まぁ、無理にとは言わぬ。確かにリスクは高いからな」
 
「あの、……もしその試練にうちかてば貧ちゃんと別れずにすむんでしょうか?」
 
「ん? そうだな。そなたほど業の薄い人間であればその貧乏神も福の神に反転して残ることができよう」
 
「あの、それならその試練を受けさせてもらえませんでしょうか? 貧乏は苦しいけど私は貧ちゃんと別れたくないんです。大切な家族ですから。だったら、どちらにしてもずっと一緒にいるつもりでしたら私試練を受けてみようとおもうんです。……貧ちゃんも自分が私の家に括られていることを気にしているようですから」
 
「……小鳩」
 
「ふむ。本当に惜しい娘だな。横島も異存はなかろう?」
 
「小鳩ちゃんが自分で選んだんなら異存はないよ」
 
小鳩ちゃんは貧の財布の中に入ると将門公とゼクウが協力して神気を送る。
 
「……どういう干渉をしているんだ?」
 
「ふむ。鈍いというより他人が自分に対してどういう感情を抱いているか想像することすら自分に禁じているとしか思えんくらい鈍いお前に言ってわかってもらえるとは思えんが」
 
何だかひどい言われようだ。 
 
「恋する女子は無敵ぞ?」
 
……意味がわからない。
 
大して時間がかからないうちに小鳩ちゃんが財布の中から出てくる。
 
「やった…これでわいは…」
 
貧の姿がいつぞや見たツタンカーメンの仮面のような福の神の姿になる。
 
「貧! 気を緩めるな。ここでお前が呪詛を反さないと小鳩ちゃんの努力が無駄になる!」
 
「わ、わかっとる!」
 
俺は【神】【気】【増】【幅】の文珠を使ってサポート。
将門公も神気を貧に集めて呪詛を反す力を貸し与える。
 
「これでどうやー!」
 
貧の体から下級神族のレベルを超えた神気が一瞬放出され、呪詛の縛りを完全に解き放った。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪小鳩≫
 あれから2週間がたちました。
あのあと依頼料のお話になったのですが、最終的に貧乏神の試練をうちかったのは私だし、呪詛をうちやぶったのは貧ちゃんと将門様だからという理由でとても少ない料金にしてくださいました。
後で貧ちゃんに聞いてみたら相場の一割程度の金額なのだそうです。
貧ちゃんは今は一瞬とはいえ自分の限界を超えた神気を放出した影響で手のひらに乗っちゃうくらい小さな福の神様になっちゃいました。
今は小さな小槌をふるって10円玉を出すのが限界のようですが、そのうちドーンと福を授けてやるからといきまいています。
お母さんの病気の方も安定してきました。やっぱりきちんとお医者様に診てもらえて、清潔なお部屋でちゃんとした食事を取ることができるようになったのが大きいようです。
私はというと、学校にも通うことができるようになって雪之丞さん、タイガーさん達の後輩になりました。
雪之丞さんのお友達でバンパイア・ハーフのピエトロさんともお友達になることができました。
それと今、私はリレイションハイツで住み込みの管理人さんをやっています。
私は未成年ですので名目上はお母さんが管理人さんなのですが、お仕事内容はお掃除とマンションの備品の点検。それから万一何かトラブルがあった場合は横島さんとマンションの地下にお住まいで横島さんのお友達のカオスさんに連絡をするという簡単なものですし、住人の皆さんもとても良くしてくれてます。
……リリシアさんに将来お店で働かないかといわれた時はとても困りましたけど。
それなのにお給料は横島さんへの依頼料を少しずつ天引きされて、学校にも行っているのに家族三人が不自由なく暮らせるだけの額をいただいています。
流石に多すぎるのではと横島さんに言ったら、
『普通の人間の、普通の女の子が何の恐怖心も抱かずにリレイションハイツの管理人をやってくれるということは俺たちにとって今とてもプラスになっているんだ。今の額でも少なすぎるくらいだ』
と、言われてしまいました。
雪之丞さん達にも学校に通うようになって一週間で突然お礼を言われてしまいました。
転校したばっかりで不安になってあつかましく雪之丞さんたちの教室に行ったりしていたのにです。
今、私はとても幸せです。幸せすぎて怖いくらいに。
貧ちゃんも、お母さんも強がりでもなく一緒に笑うことができて。
それもみんな、あの時ドアをたたいてくれた横島さんのおかげです。
私にとって横島さんはうちに幸せを運んでくれた福の神様です。もちろん貧ちゃんもですけど。
ありがとうございました。横島さん。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 小鳩は凄い。
小鳩は強い。
あいつは俺に【強さ】というものの一つの側面を教えてくれた。
最初に出会ったときはただ流されるだけの女だとおもっていた。
だけどあいつは師匠や将門に貧と離れたくないとはっきり言ってのけた。
自分を苛む貧乏神を、だ。
それだけじゃねえ。あいつが学校に通うようになってから、一週間で学校の空気が一変しやがった。
ピートやタイガーに向けられていたよそよそしい空気が一気に払拭されたからだ。
小鳩が何かをしたわけじゃない。ただ普通にしていただけなのに。
俺がその理由を師匠に尋ねると師匠は嬉しそうな顔をして言ってのけた。
 
「雪之丞。それはお前と小鳩ちゃんの質の違いによるもんだ。お前も異能者や妖怪なんかと平等に接することができるけど、お前は好戦的な性格だから初めてあったものや判らないことにたいしてまず身構えるだろう? だから自然と周囲のやつも警戒心を持ってしまう。でも小鳩ちゃんはそうじゃない。どんなことでも受け入れて受け止める強さを彼女が持っているんだ。だから彼女は普通に人外のものに対応することができるし、小鳩ちゃんがあんまり普通に接するから周りの連中も警戒心をとくのさ。」
 
その後師匠は何かを思いついたように声を上げ、そのあと頭を抱えた。
 
「で、だ。同じ理由でリレイションハイツの周辺における風当たりも緩和されつつある。建設前に十分説明したつもりだがそれでも不安は残るもんだ。幸い、入っている面子が美人が多いし五月とお前らを除けば人当たりもいいから予想以上に少なかったくらいなんだがな。だけどそれも小鳩ちゃんが管理人になってくれてからその傾向はさらに強くなっている。俺にとってはまさに福の神だな。俺が頭を抱えていた、力でも金でも絶対に解決できない問題を一気に解決してくれたよ。」
 
俺は今まで強さとは立ち向かうもんだとおもっていた。
でも小鳩は受け入れることの強さを俺に教えてくれた。
……俺は強さというものをもっと考え直す必要があるのかもしれない。
ママに誓った強さというものがどういうものかを。



[513] Re[18]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/12 03:26
 ≪冥子≫
 こまったわね~。どうしましょう~。
 
「で、何でこういう事態に陥っているワケ?」
 
「めいこっ! えみ! すぐいくかや令子つえてくの! ここまた来たや危ないの!」
 
お仕事から帰ってきたら令子ちゃんが小さくなってたの~。
ジルちゃんや心見ちゃんやケイ君も可愛いけど~、令子ちゃんも可愛いわ~。
 
「美衣さん。オタク何かわかる?」
 
「それが私が事務所のほうに顔を出した時、私の姿を見て悲鳴をあげて道化師の姿の魔族が逃げていったんです。後には美神さんはこの通りの姿になって残されていました」
 
「魔族ね。……でもおかしいワケ。そりゃ美衣さんは妖怪として決して弱い方じゃないけど魔族が悲鳴を上げて逃げ出すはずなんてないのに」
 
「はい。私もそれが腑に落ちないんです」
 
「……確か忠にぃは出張中だったわよね? 冥子、とにかく今は場所を移しましょう。美衣さんはマンションの方に帰って、雪之丞とタイガーに今日は全員出張中だから事務所には来なくていいと連絡をつけて欲しいワケ」
 
「わかりました。どなたかにヘルパーを頼みましょうか?」
 
「私らもプロのG・Sなワケ。そりゃ手に余るって言うんなら救援を呼ぶのも仕方なしだけど最初からそんなんじゃプロとしてやっていけないわ。とにかくそういうわけだから気をつけて帰って欲しいワケ」
 
「わかりました。皆さんもお気をつけて」
 
え~っと~、お兄ちゃんが残してくれた文珠はここね~。
何も書いていない文珠に【戻】ってこめて~。
 
「……っと、冥子ありがとう。子供になると近視眼的になって駄目ね。文珠のことをすっかり忘れてたわ」
 
「おともだちじゃないの~」
 
「令子、いったい何があったの?」
 
「とにかくここをいったん離れて落ち着ける場所に行きましょう。あいつはこの場所を突き止めているわ」
 
エミちゃんのカオスフライヤーとシンダラちゃんでお出かけするの~。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪エミ≫
 「それで、いったい何が起こったワケ?」
 
私たちはカオスフライヤーで東京湾に浮かぶ無人島の一つにとりあえず止まって話を聞く。
令子が人が少ないところを望み、知り合いの住居などでない場所。かつ空中はまずいというからだ。
 
「横島さんからまわしてもらった仕事の中にN県にある『バブルランド遊園地』の仕事が混ざっていたのよ。広大な敷地の中に莫大な予算をかけて建設中だったけどバブルがはじけて建設中止になったってやつ。知ってるでしょう? 別の業者が買い取るために社員を派遣したはいいけどみんな子供の姿になって発見された。で、うちの事務所に仕事が回ってきたわけよ」
 
うちの事務所は4人が事務所に回ってきた仕事を分担して引き受けているから各々が始めた仕事の内容を知っているのは本人と所長の忠にぃだけなワケ。……忠にぃが帰ってきたらシステムをつめなおす相談をしないとね。
 
「……もしかして~、【ハーメルンの笛吹き】悪魔パイパーが関係しているのかしら~?」
 
「ご名答よ。私もそう思って『金の針』を取り寄せたはいいんだけど、私が依頼を受けたことを知って私のことを見張っていたみたいね。あれはあいつの息の根を止める手段になるけど、同時にパイパーの魔力の源であれが戻ると数万人の人間を子供に変えることができるって言うもの。で、不意打ちを喰らってこのざまよ。運悪く文珠は洗浄している真っ最中で防ぐことができなかったわ」
 
令子は金の針を私に手渡す。
 
「うちの事務所は雑居ビルだから霊的防御甘いもんね。……こんなとこでも忠にぃに頼ってたワケか。私ら。ま、反省は後回しにしてさっさとケリをつけましょう。」
 
「く、そろそろ限界ね。私の記憶と経験は一部あいつに奪われているからパイパーも横島さんが帰ってくるまでにケリをつけようとなりふりかまってこないとおもうから気をつけて」
 
それだけ言うと令子は文珠の効果が切れてまた子供の姿に戻ってしまった。
冥子はよっぽどそれがお気に入りなのか令子を抱きしめている。
 
「冥子、とにかく公共手段はまずいわ。このままカオスフライヤーとシンダラでバブルランドに飛ぶわよ!」
 
「でも~、空中でパイパーに出会っちゃったらまずいんじゃないかしら~?シンダラちゃんはともかくカオスフライヤーは制御できなくなっちゃうんじゃないの~?」
 
いや、オタクの式神の制御の方がよっぽど問題あるワケ。
もしかして昔は暴走していたの忘れてる?
 
「一回は【防】で護られるからできるだけ距離を稼ぎましょう。クビラで常に周囲を警戒していれば不意打ちは喰らわないだろうし。公共機関を使って一般人に被害を出したくないワケ」
 
「わかったわ~」
 
さて、霊波を隠しながら飛行しないとね。
                   ・
                   ・
襲撃は一度会ったもののマコラとアンチラが撃退してくれた。
突如目の前に現れたパイパーに対してマコラが大きな猫の姿に変身して相手の動揺を誘い、アンチラの耳が切り裂く。
相変わらず何にも考えてないようで良く周りを見ているワケ。
パイパーが美衣さんを怖がったわけは猫だからか。
あれが本体じゃないみたいだから急がないとね。
 
「……パイパーはあのアトラクションの中ね。冥子、令子、いくわよ。冥子はクビラで警戒を担当。令子はいつでも文珠で大きくなれる用意をしといてね。こんなかで一番攻撃的なのはオタクなんだから」
 
「わかったわ~」
 
「は~い」
 
アトラクションの乗り物は使わずにそのままカオスフライヤーと今度はインダラで中に入る。
向こうがこっちの乗り物を制御しないとも限らないしね。
 
途中、暴走したロボットの襲撃もあったけどこんなんじゃ足止めにもならないワケ。
程なくして私たちは無数の風船が浮かぶ地底湖の空間に出た。
 
「くそう…とうとうここまできやがった! しぶといやつらだ」
 
「ハン! うちの事務所に目ぇつけられた時点でオタクの敗北は決まってたワケ! 大人しく退治されなさい」
 
あの風船の一つ一つが子供にされた人間の記憶と経験みたいね。
 
「エミちゃん下~!」
 
咄嗟にカオスフライヤーを緊急回避させると下から巨大なネズミが襲い掛かってくる。
これが本体ってワケね。
 
「ちぃっ!」
 
「人間を子供にする次は不意打ちね。オタクやることがセコすぎるワケ」
 
「フン! セコくて悪かったね。だが人間社会の機能を麻痺させるには十分だよ。後はその金の針さえ戻ればオイラはこの国の人間を全部子供に変えることができるんだ! さっさとその針をよこせー!」
 
「霊体貫通波!」
 
「ビカラちゃ~ん。おねがい~」
 
私が霊体貫通波で分身を攻撃する間に冥子がビカラで本体を抑える。
だが、
  
「捕まえたぞ~!」
 
分身が私の背後にも現れた。
分身が殺された瞬間すぐに次の分身を生み出したのか。
令子が分身にさらわれて本体の方に連れて行かれる。
……でもね。
 
「このガキャァ人質だぁ! このガキぶっ殺されたくなかったら大人しく針を渡せぇ」
 
私は素直に金の針をパイパーに投げ渡した。
あ、こういう場合は素直に、とは言わないか。
 
パイパーの意識が針に全て注がれた瞬間。
 
「この! 好き勝手やってくれちゃってぇ!」
 
令子が文珠で一時的に元の姿に戻ると服の中に隠していた神通棍でパイパーの油断しきっている横腹にきつい攻撃をかました。
針はメキラに乗ってテレポートしたマコラが回収している。冥子だとトロいから針を落とすかもしれないし。
そしてそのまま令子にそれを渡す。
 
受け取った令子がもう一撃。
……令子の攻撃は致命傷だが浅い!
まだパイパーは動ける。
 
「くそぉ! こうなったら残っている全魔力を使って一人でも多く道連れにしてやる!」
 
パイパーがラッパを吹こうとする。
させるか!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「ご苦労だったね。ゼクウ。」
 
「まぁ確かに人間にとっては厄介な能力ではありましたが、音を媒介にする以上某がそれを邪魔するのは容易いことでございます。それに皆様方が防いだらしく不完全なものでございましたしな。あれなら某が散らさずとも影響はなかったかもしれませぬ」
 
「パイパーの使い魔のネズミもユリンがほとんど掃討し終わっている」
 
「此度は、人間界に被害者は少なかったようですな」
 
「あぁ。最初の被害者だけだとおもう。良くやってくれたよ」
 
「マスターも信じておられたからこそほとんど手出しもせず、出張と偽ってあの場にいなかったのでしょう?」
 
俺の力を頼らずに、令子ちゃんたちがどれだけ魔族と渡り合えるか観察するために小細工をしたんだが、予想以上に良くやってくれた。
 
「パイパーは能力こそ厄介だが魔族としては決して強くはないからな。三人もいたことだし倒せないはずはないとおもっていた。後はどれだけ周囲の被害を考えられるかってとこだったんだけど、これならこうしてここにいる必要はなかったな。本当に良くやってくれたよ」
 
「左様ですな」
 
「さて、みんなが帰る前に俺たちも帰ろうか。」
 
前回の死傷者はおよそ100名はいたはずだが、今回は0。
本当に良くやってくれたよ。



[513] Re[19]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/12 20:41
 ≪横島≫
 パイパー事件以来特には大きな仕事もなし。
変わったところで言えば【炎の狐】事件がまた起こったくらいか。
今度空を飛んだのはタイガーだった。
これがピートか雪之丞だったら自力で脱出できたのに。
幸い、ピートと雪之丞、カオスフライヤー、サンチラ、ユリン、ゼクウ、おキヌちゃん、【飛/翔】の文珠、炎の狐Ⅱ(魔鈴さんに贈ったもの)等追跡手段が豊富にあったし、魔法の箒にかけては第一人者の魔鈴さんが大乗り気で協力してくれたこともあり(やはり本物の炎の狐にも触れてみたかったらしい)青き稲妻の出番もなく、今回は壊すことなく解決することができた。
事務所のほうは一般依頼は4人の正所員が分担して受け持って、タイガーと雪之丞には手の空いた一人を監督に就けてG・S協会に来た依頼の中で依頼料が払えなかったり、規定料金から極端に低かったりで保留されている依頼を見習の研修という名目で引き受けさせている。日本にはまだオカルトGメンが存在していないし、無償や安い金額で依頼を受ける変わり者なんてそれこそ唐巣神父位しかいないからこういう依頼は結構多い。もちろん霊能力があろうと、実力があろうとまだG・Sライセンスを持っていない二人が直接依頼を受けるわけにはいかないから誰か手の空いた人間が監督というか正式な受注人としていなければいけないのだが。
 
そんなこんなで忙しい日々が続いていたし、ジルやケイを遊びに連れて行ってやりたかったので依頼料を割引きする代わりに人数分のパスポートを受け取る約束で知り合いも誘って世界最大のレジャープールの除霊に来ていた。
コンプレックスが出てきたあのプールだ。
 
「人工の波、人工の砂浜、ウォータースライダーにカフェバー、ホテル、ナイター設備も完備。世界最大級のレジャープールっていう宣伝にウソはないけど……」
 
「早い話が人工の人工のナンパ場なワケ。充満している下心の波動で頭痛くなってきたわ」
 
霊能力者にはあまり慰労の場としては向いていないようだ。
今日で二日目だがまぁ、ジルやケイ、ひのめちゃんは喜んでいるようだしよしとしよう。
 
「あら、もっと霊力の波長をピンポイントで張り詰めればそれほど気になるようなものじゃないわよ」
 
美智恵さんもひのめちゃんの様子を見に今日合流した。忙しい中、束の間の休日だがそれなりに楽しんでいるようだ。
美衣さんとも母親同士気があっている模様。
 
「でもちょっとナンパの数は困りますよね」
 
雪之丞や鬼道、ピート、タイガーは自力でナンパを追い払えなかったり、追い払うのが面倒になってきている令子ちゃん、冥子ちゃん、エミ、小鳩ちゃんの護衛というか障壁をやらされている。
ちなみにメンバーは俺、雪之丞、タイガー、ピート、カオス、鬼道、ケイの7人が男性陣。
令子ちゃん、冥子ちゃん、エミ、美智恵さん、ひのめちゃん、おキヌちゃん、五月、リリシア、ジル、小鳩ちゃん、美衣さん、マリア、テレサ、魔鈴さん、愛子の15人の女性陣。合計22人の大所帯だ。
誘っておいてなんだが、五月やカオスが来るといったのは驚いた。
だが五月は水辺で俺と組み手がしたかっただけらしく、カオスもマリアやテレサのためのようだった。
 
他はともかくピートと鬼道、カオスも女性連れでなければさぞかし逆ナンパが多かったことだろう。
 
「今日もでませんねぇ」
 
監視員席の上に座る俺の隣までフワフワと浮いてきたおキヌちゃんが俺に声をかける。
 
「客商売だろうからこちらも自粛していたユリンでの広域霊視も視野に入れるべきかもしれないな。できればお客さんの比較的少ないナイターの時にでも支配人さんに交渉してみるか。闇夜でないにしろ夜ならユリンも目立たないだろうし」
 
鴉が群れなして飛んでいたらプール側としてはたまったものではないだろうからなぁ。
 
「うわぁぁ! 幽霊だー!」
 
ん、うわさをすれば影か。
急ぎ現場に駆けつけるとハイレグの水着を着た女の幽霊が恨み言をつぶやきながらこちらに向かって歩いてくる。
 
いつの間にかこちらのメンバーがひのめちゃんやケイまで集まっていた。
……このメンバーがそばにいるなら目の届く範囲にいたほうがむしろ安全か。
 
「……恨み言をつぶやいているけど、そのわりには悪意が薄いわね」
 
「そうだな。たぶん本体は別にいる。……とはいえあれをそのままにもしては置けないか」
 
良く見えている。
俺は賽の監獄を作ると切り離した。これくらいの霊なら切り離しても十分に捕らえておくことがかのうだし、捕らえておくだけなら制御も必要ないから俺の体から切り離しても問題ない。コンプレックスを除霊ったら笛を使って成仏してもらえばいい。下手に手を出しておキヌちゃんにとりつかれても困るし。
 
「え~っと、本体はあのプールの中よ~」
 
冥子ちゃんがクビラで本体、コンプレックスを見つけ出す。
 
「っらー!」
 
雪之丞がそこに向かって霊波砲を放つ。
たまらずコンプレックス……便宜上コンプレックスと呼んでいたがやっぱりコンプレックスだった。が、プールの外に放り出された。
 
「みたとこ妖怪のようだけど何者? 名乗りなさい」
 
俺の出る幕はないようだな。まぁ、コンプレックスを相手にあるようならそれはそれで困りものか。
 
「う……ううっ、ちくしょう! おでは『コンプレックス』夏の陽気の陰にひしめく、陰の気をすする妖怪だぎゃー」
 
「聞いたこともないわね。おおかた最近になって生まれた下等妖怪ね」
 
「気持ち悪い」
 
「醜悪な面しやがって」
 
「醜くて悪かったにゃーっ! 暗くてゴメンよー! どーせ、おではよー! おではにゃー、おみゃーら人間のマイナス思念が固まってできた妖怪だぎゃー! 例えばおみゃーもおでの存在に責任があるでやー!」
 
コンプレックスが指差したのは今回も俺だった。
待て、俺は今回『夏なんか! 夏なんか!』なんて思ってないぞ。
 
「わからんゆう顔だにゃー! 自分の周りをよう見回してみるだぎゃ!」
 
見回す。コンプレックスを生み出しそうな男性陣は……
雪之丞……マザコンは多少残っているものの、以前ほどではないし今のところ特に彼女を欲しがっている様子もないので却下。目つきこそ悪いものの引き締まった体つきで雪之丞を見ていた女性もチラホラ。
ピート……生まれのことも解決しているしコンプレックスを生むとは思えないので却下。こいつも隣にエミがいなければ逆ナンパの餌食になっていただろう。
鬼道……六道のことは完全に吹っ切っているしピートと同じ理由でこいつも却下。
カオス……まったく持って却下。自信とそれを裏付ける実力の持ち主のカオスがコンプレックスを生むはずがない。
ケイ……そもそもコンプレックスを生み出す年齢に達していないし、猫だがプールをことのほか楽しんでいたので却下。
タイガー……この中では一番怪しいものの、恋人ではないが小鳩ちゃんの護衛をしつつそれなりに楽しめてた模様。だが、その体格に虎縞の海パンはどうかと思う。鬼みたいだぞ? 保留しつつも却下。
俺……今回は別に夏なんか夏なんかなどと考えていないし却下。
 
「まだわからないみたいだぎゃー。そこにいる女達を良く見るにゃー!」
 
女性陣?
令子ちゃん……光沢のあるブルーのハイレグを着ていて、すでに過去の美神さんとほぼ同じプロポーションを誇っている。雪之丞がいても色目を使ってくる男がいたくらいだ。
エミ……日に焼けた肌に白いビキニが良く映えている。プロポーションも令子ちゃんにひけをとらないしピートが隣にいなければさぞやナンパがうるさかったことだろう。
冥子ちゃん……ピンク色の花柄の可愛い水着。二人にプロポーションはやや及ばないものの決して悪いものではないし、隣に鬼道がいなければ式神ざただったかもな。
美智恵さん……とてもじゃないが令子ちゃんのお母さんとは思えない。赤い意匠を凝らした水着を着ていて、ひのめちゃんを抱いていなければ以下略。
ひのめちゃん……ピンク色のフリルの多い幼児用水着を着ていて幼児用プールで結構上手に泳いでいた。ナンパ云々は関係なし。
おキヌちゃん……織姫の織った水着を厄珍堂で購入したので今回は水着で参加。白いオーソドックスな形の水着で泳げないし騒ぎになるのでずっと俺の仕事を手伝ってくれていた。
五月……当初サラシと下帯(越中)で泳ごうとする暴挙に及んだらしくあわてて令子ちゃんがホテルで購入した赤いオーソドックスな水着を着ている。間に合わせだが良く似合っている。プロポーションも実はかなり良かった。ナンパは一睨みで自力で撃退していた。
リリシア……ある意味一番問題だったがそこはそれ、本職のようなものなので適当なところであしらっていた。黒いハイレグのビキニを着こなしていて、流石のプロポーションを誇っていた。多分魔眼でも使ってナンパをあしらっていたんじゃなかろうか?
ジル……白い可愛い水着を着てその姿はまさしく天使(本当にそうだが)で危ない趣味の連中が群がりそうになると雀大に小さくしたユリンと美衣さんが撃退していた。
小鳩ちゃん……ピンク色のオーソドックスな水着。スタイルも令子ちゃんたちに迫る勢いで、隣にタイガーがいなければ(この場合強面で撃退)大変だっただろう。
美衣さん……薄い水色の水着を着ているが恐らくスタイルはこの中でも特にグラマーな方。ケイやジルの相手をしてナンパから免れていた感がある。
マリアとテレサ……間接の継ぎ目なんかはコーティングされて人間と見た目はほとんど変わらない。マリアはワインレッドの、テレサはコバルトブルーの特殊な水着を着てカオスのそばに終始いた。元々カオスによって作られたものなので芸術品のようなプロポーションである。
魔鈴さん……黒い意匠を凝らした水着を着ている。普段は魔女ルックの下で隠れているが彼女のプロポーションもかなり高い。恐らく魔法を使っているのか彼女はナンパ男の視界に入らないようだった。
愛子……なぜかスクール水着を着ている。聞いたら青春だからとか。寄り代の机(ミニチュア)は巾着袋に入れて携帯。美衣さんと一緒にケイたちの相手をしてくれていた。
総じてみんなのプロポーションが良いのは彼女達のほとんどがG・Sとして活躍しているからではなかろうか? 業界内での女性G・Sが太っていたりするのはかなり少ない。あまり動きが遅くなるようだと悪霊の餌食になる可能性も高くなるのだからむべなるかな。
 
……やっぱりわからん。どこに(病的な)コンプレックスの入り込む余地があるというのだ?
 
やっぱり俺がわからんという顔をしているとコンプレックスが暴走を始めた。
 
「余裕か? 余裕か? 余裕なんか? チクショー、チクショー、いい女ばっか侍らしやがってー!」
 
あ、……今回は逆なのか。だが別に侍らしてなんかいないぞ?
 
「別に侍らしてなんかいないぞ? 今回もほとんど俺とおキヌちゃんは皆とはなれて監視員席にいたし」
 
「何いっとるにゃー! 大体どう見たってそこにいる女どものほとんどがオミャーにほ…」
 
コンプレックスはそれ以上しゃべることは叶わなかった。
【神速】を体現するような歩法と正に【鬼撃】の拳をコンプレックスにうちこむ。
 
「こんな愚物、語るだけ無駄だ!」
 
……心なしか顔が赤いぞ? 熱中症か?
 
なんか周囲が微妙な雰囲気だ。
美智恵さんをはじめ何人かは残念そうだし、リリシアなんかは面白いおもちゃを見つけたような顔をしているし、令子ちゃんなんかはなんか真剣な顔をしているし、男どもはこっちを見て呆れたような、馬鹿にしているような顔をしている。
……なんだ?
 
「あ、あ~とにかくこれで仕事は終わり。依頼人さんに報告してくるから皆は残りの時間楽しんでくれ」
 
とりあえず賽の監獄を開放してやると笛を吹く前にさっき捉えた幽霊は成仏していった。
 
その日一日はたまの休日を借り出された父親の気分を味わいながら終わる。
周囲からの視線が微妙に痛かった。



[513] Re[20]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/13 04:33
 ≪横島≫
 ここ最近はタイムスケジュール(前回の記憶)どうりに事件が運んでいたので意表をつかれた。
いや、別にそれそのものは意表を突かれただけで致命的な問題でないのだが。
雪女は前回同様唐巣神父が凍らされたものの、令子ちゃんが液体窒素を持ち出して氷漬けにしたまま交渉をして、山の神として祀る祠を建てる代わりに反対に山の安全を護る側になってもらうことができた。
彼女は雪女としてもかなり高位の存在らしくこれでこの山での雪の事故はかなり減ることだろう。
 
韋駄天九兵衛の起こした高速道路荒らしも九兵衛が超加速の極意を学ぶ前に令子ちゃんの運転するカオスフライヤー3号(自動車型)で追いついた。カオスフライヤー2号と3号は理論上炎の狐以上のスピードを出すことができるので(超音速の領域)超加速を覚える前の九兵衛なら問題なく横づけできるのでそこから俺が霊波刀で絡み取って、縛り上げて後から来た八兵衛に引き渡した。
 
予想外だったのは天龍童子の事件より先にG・S資格試験の事件が起こったことだ。
 
今回は小竜姫さまや鬼門もカラーテレビを渡した影響か、最初の来訪でもちゃんと洋装で目立たないように来訪してくれた。
それに前もって電話をもらって以前老師から貰った札で作った通路を通って俺の自宅から来たのであまり変な格好だったら先に服を買いに行かせるつもりだったんだけど。
そんなこんなで今事務所に四人(小竜姫さま、ヒャクメさま、ワルキューレ、ジーク)そろって座っている。
鬼門は習性なのか事務所が入っている雑居ビルの入り口で待っていようとしたのだが、黒尽くめの大男が二人入り口の前にいられたら他のテナントの迷惑なので無理やり事務所の中に通した。
ワルキューレとジークは一応留学生という立場にあるので表立っては手伝えないらしいが、その場にいれば緊急回避の名目である程度のことはできるので一緒に来ている。
 
小竜姫さまの来訪を前もって知らされたのですでにカオスと唐巣神父、ピートにも事務所のほうに顔を出してくれるように頼んだ。
後はうちの事務所のメンバー全員とカオス達、五月がこの場にいる。
 
「実は厄介なことになりました。ワルキューレのツテの情報で一部の魔族が人間界のG・S業界をコントロールすることを目論んでいるというのです」
 
「私のほうから説明しよう。ターゲットはG・S資格試験に息のかかったG・Sを送り込み、資格を所得させようと考えている模様だ。主謀犯はわからないが実行犯は恐らくこの女だ」
 
ワルキューレの合図でジークが引き伸ばした写真のようなものをテーブルに出す。
 
「竜族危険人物ブラックリストはの5番。全国指名手配中の魔族で女蜴叉(メドーサ)なのね~」
 
「魔族の中でもテロリスト的な行動が多いのでどれほどの実力かはあまり知られていませんが、冷静な判断を下すなら姉上達と同等、つまり人間界においては斉天大聖老師のような例外を除けば最高に近い能力を持っていると思われます」
 
「一部とはいえG・Sと魔族が手を組む。これは予断を許さない状況だね」
 
「マフィアと警察がつるむようなもんか?」
 
「そうだな。で、小竜姫さま。俺たちに何をさせたいんです?」
 
「メドーサがどこのG・S候補生に息をかけたかはわからないんです。もちろん私とヒャクメで外側からも調べますが、皆さんには内側に入って調べて欲しいんです」
 
「ピート君は元から今回のG・S資格試験を受けるつもりだったからね。もちろん協力させてもらうよ」
 
こっちのピートは前回のピートと比べて脆くないからここで明かしても大丈夫だろう。
 
「雪之丞。お前はどうする? お前が誓いを立ててるのは知っているが」
 
「それなら大丈夫だぜ」
 
雪之丞が嬉しそうに言う。とすると?
 
「この間の日曜日に雪之丞さんがお一人で妙神山にいらっしゃってその時に一撃有効打を貰ってしまいました」
 
小竜姫さまが少し悔しそうに言う。まぁ、三人の中で一番最初に一発貰ったのでは悔しいのだろう。
 
「タイガー。おたくもG・S資格を取るだけなら十分よ。最も今回は事情が事情だから見送ってもかまわないけど」
 
「わっしも参加させてもらいますジャー。もう少しでチャクラも開けそうな手ごたえも感じ取りますし、わっしも早くこの事務所の一員になりたいですケン」
 
「ふむ。では私も参加するとしようかな。今更G・S資格なぞ必要ないといえば必要ないのだが、あって邪魔になるものでもないからな」
 
カオスが苦笑を浮かべている。前回じゃあ銃刀法違反でいきなり御用だったからな。
 
「俺はやめておいた方がいいだろうな。雑魚だらけだとうっかり手加減を間違えかねない」
 
確かに以前より短気でなくなったとはいえやめておいた方がいいだろうな。
 
「中に入り込むメンバーはこれで十分なんじゃないか?」
 
「そうですね。協力ありがとうございます。」
 
「そうだ。雪之丞、魔装術を使うのは極力控えろ。最低でも相手がはっきりするまではな」
 
「かまわねえけど何でだ?」
 
「魔族が人間を強くする手段として危険ではあるが魔装術は一番手っ取り早い方法だ。メドーサが覚えさせているかもしれないし、そうでなくともお前が使ってしまえば相手が警戒して見つけにくくなるかもしれないからな」
 
「あいよ」
 
さて、前回よりこちらの布陣は大分強力だぞ?
それにそちらには雪之丞もいない。どうするかね? メドーサ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪メドーサ≫
 「いよいよですね。私の愛弟子達が一人でも多く合格することを祈ってますよ」
 
「ご心配なく。行って参ります」
 
にわか仕込みとはいえこの私が直接手を下してやって魔装術をまともに使えるようになったのが一人、残る二人は覚えただけで使いこなせてなんかいない。所詮人間(クズ)は人間(クズ)ということか。
 
「……気が向いたら応援にいくかもしれません――昔馴染みに挨拶もしたいのでね」
 
……小竜姫が動いているのはわかっている。
……。
人間(クズ)どもめ……。
龍神(バカ)どもめ……。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
受験者数1082人、合格者32人の狭き門と言ったってなぁ。
辺りを見回すけど大して強い奴らはいねえ。
まぁ、ピートやカオスのおっさん、タイガーあたりと真剣勝負できると思えば憂さも晴れるか。
 
「あら、あんた雪之丞じゃないの」
 
この声は。
 
「勘九郎か?」
 
思ったとおりかつて白龍寺にいた頃の同僚、勘九郎だった。後ろにいるのは陰念と蜘蛛丸か。
 
「久しぶりねぇ。あなたが白龍寺を辞めてからだから3年ぶりかしら」
 
「そうだな。……あいかわらずそのお姉言葉はなおってないんだな」
 
「なおすわけないじゃないの。それより雪之丞は白龍寺を辞めてから少しは強くなったの?」
 
「まぁ、ボチボチな。あれからずっと横島除霊事務所で世話になっている」
 
あの面子の中じゃあ胸張って強くなったって言えないところが悔しいところだな。
 
「あら、それは楽しみね。それじゃあ試合会場で会いましょう」
 
とりあえずなげキスはかわす。
俺の前に陰念が進み出て俺にガンをつけてくる。
 
「へへへ……白龍寺にいた頃は散々俺を馬鹿にしてくれたなぁ。だがいー気になってんじゃねえぜ」
 
蜘蛛丸もニヤニヤと笑ってやがる。
陰念が左手に霊気を溜めて俺のすぐそばの花壇を破壊した。
 
「こいつでテメーを切り刻んだやるのが楽しみだぜ!」
 
蜘蛛丸も下卑た笑いをしている。大方俺が怖がって動けなかったとでも思ってやがんだろう。
……俺がいた頃からチンケなやつらだったがその度合いが増していて呆れてしまった。
これだけの人数の受験者の前でその一端とは言え自分の手の内をわざわざさらすのかよ。
 
「その辺にしときなさい陰念、蜘蛛丸。みっともないわよ」
 
「……いくらあんたでも俺にそんな指図…」
 
「あたしの言うことが聞けないって言うの?」
 
勘九郎が霊気を漏らしただけで……それなりに強い霊気ではあるが…二人ともビビリやがった。
 
「……あんたの態度にゃもうウンザリだぜ! いつもいつも俺たちを見下しやがって。俺たちだってメ…」
 
「陰念!!」
 
メ?
 
「ごめんなさいね雪之丞。見苦しいところを見せちゃって。またね」
 
勘九郎が二人を引きずるように受験会場に連れて行った。
……もしかしてあの時俺が白龍寺を辞めてなければ俺はあんなやつらの仲間内にいたのか?
恐ろしい想像に体が硬直する。
……師匠に弟子入りしてよかった。本当に。
 
……さっきの陰念と勘九郎の霊気に僅かだが魔力の残滓が残っていた。俺が魔装術の使い手じゃなければ気がつかねえような僅かな残滓。
そういえば勘九郎はこの受験メンバーの中ではかなり上位にあるようだし、陰念はバカだが力は弱くはなかった。
……予断はゆるさねえが一応報告しといたほうがいいだろうな。



[513] Re[21]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/14 01:30
 ≪カオス≫
ヤレヤレ、有名人というのはこういうときは大変だな。
 
「G・S協会広報課です。インタビューをお願いします。受験者中最年長として何かコメントを」
 
「ふむ。正直おかしな気分ではあるな。他の受験生から見ればこの私など家系図の一番天辺付近にあるような存在だろう? まぁ、老人だからといって手加減は無用に願いたいところだ。確かに私も一流霊能力者の中では残念ながら十人並みの霊力しか持ち合わせていないが、経験だけは人よりつんでいるのでね」
 
「特例で研修免除だそうですが?」
 
「それは自分で言うのは何だが当然だろう? 私は【ヨーロッパの魔王】ドクター・カオスだぞ? 確かにここ100年はオックスフォードで教師をやったこと以外はほとんど表に出ては来なかったが元々学者をやる傍らヨーロッパで悪魔や魔物を屠ってきていたのだからな。この国で言えばG・S協会の前身、陰陽寮とほぼ同じ経験時間を個人で持っているようなものだ。いまさらこの私に何を教えるというのだね? 無論、法律や条約なども全て頭の中に入っている」
 
前回は銃刀法違反などという下らんミスを犯したようだからな。
優秀な頭脳は壊れ方も激しいということなのかもしれない。
 
「それでは最後に、ここしばらく人前に出なかったために死んだといううわさも流れておりましたがなぜ今この日本で表舞台に立とうと思われたのでしょうか?」
 
「そうだな。……友情のため、とでも言っておこう。このドクター・カオスの頭脳の前には不可能なことは驚くほど少ないが、私は情を感じることができる人間は稀有であるし、またそれらをこの手で作り上げるのは我が娘達だけで十分だからな。さて、そろそろ時間もないし失礼させてもらおう」
 
実の親でさえ私は情を感じることはできなかった。私は薄情な人間だったのだろうな。その私が横島と出会う前に情を感じることができたのはマリア姫を除いて他はいなかった。ホームズは優秀であったことは認めるがそれでも情を通わせられる男ではなかった。ところが今は横島だけでなく横島の身内たちにもそれなりに情を感じることができているのだから不思議なものだ。 
 
……。
 
さて、一次試験か。テレサに霊気の精密分析を任せているし、霊力に魔力が混ざったものが雪之丞、ピート以外にいたらそれが当たりの可能性は高いだろうな。複数、同じ所属からそれが検索されればそれに間違いないと見てよかろう。さて、どうなることかな。
                   ・
                   ・
ま、当然のごとく私は合格だな。
 
「お疲れ様です。お父様」
 
「うむ。それでどうだった?」
 
「皆さんもちろん合格されました。それで調査の結果ですが……」
 
そこから先は衛星を通して情報が送られる。
ハイテクは盗聴の可能性が高いとはいえ現代で精神感応金属を精錬できるのは私一人であるし、口頭よりも盗聴されにくかろう。
 
……こちらでも白龍寺か。
……横島に報告をあげてくるとしよう。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「横島さん。やっぱり私達が紛れ込んだ方が良かったんじゃない?」
 
俺の隣には令子ちゃんとエミ、唐巣神父がいる。今回も冥子ちゃんは医療班に引っ張られていった。まぁ、あれだけのヒーリングができる能力も稀有だから仕方ないだろうな。
小竜姫さまたちは天界、魔界で極力の情報を集め、明日朝一番から俺達がめぼしをつけた場所を調べまわることになっている。
 
「……昔はそんなことは思わなかったんだけど、受験者って結構皆人生かけてるんだよな。動機が純粋であるか、不純であるかはともかくね。確かに俺たちが中に入れば調査もしやすいだろうけど、俺たちが入った人数だけ今年の合格者が減ってしまう。仕方ない理由とはいえそれだけの人間の人生を踏みにじるのはどうもな」
 
「でも、試験じゃ今年だけじゃないワケ」
 
「ほんの些細なことだけで人生って言うのは結構変わるもんだぞ? 無論塞翁が馬、その変化が幸いとなるか? 災いとなるか? どちらに転ぶかなんてわからないんだけどな。戦力が不十分ならそれも致し方ないのだろうが今回はこの段階でかなりめぼしい目鼻もついているし、戦力だってあの4人は一流のG・Sにひけをとらない。経験だってかなりつんでいる。カオスもついているしな。ならそれ以上の戦力を投入するよりも客席から全体の様相を見守る方がいいんじゃないかな? 相手の黒幕が何をしてくるかわからないことだし。ま、信じて待つのも師匠や姉弟子の務めさ」
 
俺が今考えているのは別のこと、即ちメドーサのことだ。
彼女を生かしておいたほうが間違いなく今後の展開は読みやすい。
月までは彼女がアシュタロスの人界における尖兵だったのだからな。
だが彼女を生かしておくことで失われる命があることもまた事実だ。
前回同様この場は上手く立ち回れば死傷者は出ないかもしれない。だが、天龍童子の時にはビルを破壊されたことで奇跡的に死傷者こそ出さなかったものの、ビルが全壊する状況で今回もそれを期待するにはあまりにもムシが良すぎる。
原始風水盤の時には確実に風水師が殺されてしまうわけだし、月の事件の折にも月の警備隊の中に負傷者が出た。俺たちが知らないだけで死者が出ていたのかもしれない。それらの犠牲を考えればここで殺しておくべきなのかもしれない。
だが、原始風水盤や月での事件はアシュタロスにとっても重要な事件で、メドーサを失ったくらいで計画を中止するとは思えない。ならば余計な要因を排除するためにもメドーサは生かしておいて上手く立ち回ることで犠牲者を減らすように努力したほうがいいのではないか?
その二つの事件の犠牲をなくすことははっきり言って難しい。何しろ犠牲が事件の第一報なのだから。
香港や台湾、韓国、上海などに数多くいる風水師を全て見張ることなど不可能だし、支援要請もなしに月に救援に行くことなどできはしない。
そして俺をためらわせている別の要因。それはメドーサ自身のこと。
俺とメドーサのかかわりはそれなりにあったが俺はメドーサのことを全く知らない。
メドーサが為したことは俺から見ても悪であった。
だが、メドーサ自身は本当に邪悪なだけの存在だったのだろうか?
彼女は元龍神で、それがどういう経緯で魔族に堕ちたのか?
俺がかつて【荒神】と成り果てたように、メドーサにも魔族に堕ちた理由があったのではないだろうか?
もし仮にそうだとすれば、同じような存在である俺が一方的にメドーサを断罪することは明らかに間違っている。最終的に相容れなかったとしても努力を放棄するべきではないのではないか?
……駄目だ。考えれば考えるほど深みにはまってしまう。
……様子を見て、被害者が出そうになったら止める。それしかないのかも知れないな。
とにかく、今回は被害者が出そうにない限り見逃そう。
 
「――さん。横島さん。聞いているの?」
 
っと、しまったな。考え事に没頭しすぎたか。
 
「すまない。考え事をしていた」
 
「もうすぐ第一試合が始まるワケ」
 
「そうか」
 
ラプラスダイスで決められたトーナメント表を見てみると、当然の事ながら俺の時とは組み合わせが違う。
……味方同士は四回戦までは当たらないようだな。よっぽどのイレギュラーでもない限り、白龍の三人目の蜘蛛丸という存在はイレギュラーだが陰念とどっこいどっこい、下手すれば陰念以下にしか過ぎないから問題ないとして、新顔の強敵でもなければ資格の所得は問題ないだろう。
白龍とは二回戦でタイガーが陰念と、……これはまさしく因縁の対決というべきなのだろうか? 雪之丞が蜘蛛丸と当たるだけで勘九郎とは準決勝で雪之丞かタイガーが当たるきり。身内同士では四回戦で雪之丞とタイガーが、準決勝でピートとカオスが当たるのか。
さて、どうなるかな?
 
最初はカオスの試合か。
 
「では注目の第一戦。いきなりあの【ヨーロッパの魔王】の異名を誇るドクター・カオスの一戦からです。どう見ますか? 厄珍さん」
 
「確かにカオスは霊能力者というより科学者、錬金術師あるからな。霊能力だけだとなんとも言えないあるが、カオスが連れているマリアはカオスが錬金術と魔科学の粋を集めた人造人間ね。現代の技術でもってしても再現どころか解析も不可能ある。優勝候補の一人に推すあるね。」
 
流石に一応プロだな。金には汚いが見る目は確かだ。
 
「対するはパワー志向の蛮・玄人選手! この好対照の一戦を制するのはどちらか?」
 
『相手は若作りの爺とはな。せめてものハンデだ、10%の力で相手をしてやろう!』
 
『ふむ。見かけによらず敬老精神に富んでいるようだな。せめてもの褒美にマリアを使わず私自ら相手をしてやろう』
 
……馬鹿なやつ。
 
『はああーっ!』
 
「すさまじい霊波です。これで本当に10%の力なのでしょうか?」
 
『ノー・ミスターアナウンサー。潜在霊圧値、41,8マイト、発現霊圧値40,2マイト。全力値の約96,2%の力です』
 
「あ、どうもありがとうございます」
 
『ユア・ウェルカム。どういたしまして』
 
「はったりもいいとこあるな」
 
『……くそったれがぁ!』
 
はい、おしまい。
まっすぐ突っ込んだあまりにも直線的な一撃をカオスはかわしつつ足を引っ掛け、バランスを崩しかけているその背中をトンと押した。
無駄な筋肉のつきすぎでバランスの悪いその体は勢い止まらず場外の結界に突っ込んでダメージをおう。
そして起き上がる前に軽く霊力を込めた拳でテンプルを殴られ気絶をしてしまった。
 
『勝負あり。勝者、ドクター・カオス』
 
『やれやれ、脳味噌まで筋肉でできている輩は扱いやすいが話をしているだけで精神的な疲労をおってしまうな。』
 
『イエス。ドクター・カオス』
 
「圧倒的な勝利ですドクター・カオス。今大会の優勝候補の名に偽りありません。」
 
「カオスの方が10%以下の力で勝ってたら世話ないあるね」
 
他の試合会場でも。
 
『勝者、ピエトロ・ド・ブラドー』
 
『勝者、伊達雪之丞』
 
『勝者、タイガー寅吉』
 
こちらも白龍も問題なく勝ち進んでいるか。勝負は明日だな……。
 



[513] Re[22]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/14 17:08
 ≪小竜姫≫
 あそこですね。皆さんがこぞって怪しいという解答を出した白龍寺は。
……あそこは元々私を別尊とする闘龍寺の末寺、複雑な心境ですね。
 
「妖気を感じるのね~。気をつけたほうがいいのね~」
 
「……ここが当たりのようですね。ヒャクメは私の後ろに。ゼクウ殿、行きますよ」
 
「委細承知!」
 
来る!
寺の障子を破壊しながらビッグイーター、邪悪で下等な魔竜の群れがこちらに向かって襲い掛かってくる。
間違いない。ここがメドーサの手下となっているのだ。
 
「マスターへの連絡を済ませました。後はここにいるものどもを屠るのみ」
 
あちらは横島さんがいますしどうとでもしてくれるでしょう。
私はヒャクメを庇いながらだから大きな戦果を上げられないが、ゼクウ殿とユリンが存分に駆逐してくれている。
ですが数が多いですね。足止め工作なのでしょうがほうっておくわけにもいきません。
初戦は後手に回ってしまいメドーサに軍配が上がりましたが最後に勝たせてもらいます。
                   ・
                   ・
やはりそれなりに時間がかかってしまいましたね。急ぎましょう。
中に入るとおかしなポーズをとった僧が石像と化していた。
露骨過ぎる。罠か、こちらをおちょくっているのか。
 
「ヒャクメ、お願い」
 
「……白龍会の会長に間違いないのね~。おかしな仕掛けもないしただ石像にされてるだけみたい」
 
……露骨な時間稼ぎとおちょくり、近くにはいない。多分会場に向かっているはず。
 
「私が妙神山まで運ぶから二人は会場に急ぐのね~」
 
敵がはっきりしている以上、戦闘力のないヒャクメはこの際戦力外とみなしてもかまわないか。
 
「わかったわ。ゼクウ殿、ユリンをヒャクメに預けてください。恐らく記憶を消された上で石にされていると思いますがヒャクメの眼なら何かつかめるかもしれませんから」
 
「何かわかったらユリンを通して横島さんに連絡をするのね~」
 
「わかり申した」
 
「二人とも気をつけるのね~」
 
「ヒャクメもね。ゼクウ殿、参りましょう」
 
「心得た」
 
メドーサ、貴女の好きにはさせませんからね。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪メドーサ≫
 「クックック……、そろそろ私にからかわれたのに気がついた頃かしらね……」
 
あのエリート然とした偽善者面が屈辱に歪むのを想像するのはそれはそれで楽しい。
 
「……馬鹿な小竜姫…来たところでお前は何もできないのよ……」
 
そう、あんたみたいなアマちゃんにはいつだって誰も救えやしない。何もできやしないんだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 さていよいよ二日目だ。
小竜姫さまとヒャクメさま、連絡役としてユリンを連れたゼクウが最も怪しい白龍寺に、ワルキューレとジーク、連絡役としてテレサがそれ以外に複数の受験者を受験させたG・S事務所なりを偵察に行っている。
会場には俺と令子ちゃん、冥子ちゃん(救護班)、エミ、五月、唐巣神父が警戒に当たっている。
さて、二回戦で注目すべきは2カードか。
 
まずは雪之丞対蜘蛛丸か。
 
『二回戦、雪之丞選手対蜘蛛丸選手』
 
「さて、こちらも注目の一戦です。どちらも複数の選手を送り込んできていまだ一人も脱落者を出していない横島除霊事務所と白龍会との一戦ですが」
 
「白龍はオーソドックスな霊的格闘スタイルが主流のはずね。それに対して横島所霊事務所の中でも雪之丞の坊主は前衛専門あるから実力がかみ合えば面白い試合になるはずね。……ま、無理だと思うあるが」
 
「どういうことでしょう?」
 
「新進気鋭とはいえ、いや、だからこそあそこの事務所の実力は本物ある。伝統も何もないからこそあそこが受ける評価は実力に見合った正当なものね」
 
「つまり厄珍さんは雪之丞選手有利という見方なのでしょうか? さぁ、いよいよ試合が始まります」
 
『へっへっへ、今まで散々馬鹿にしてくれたな。目に物見せてやる』
 
『阿呆。陰念如きの、その腰巾着が生意気言ってんじゃねえよ』
 
『これを見てもそういえるか!』
 
雪之丞の挑発に簡単に引っかかって蜘蛛丸は魔装術を展開した。
 
「な……霊波で体を覆って化け物に……」
 
「こ……これは魔装術ある。悪魔と契約したものだけが使うことができるという技ね。どうやって人間が使えるようになったあるか?」
 
その体は巨体と化し、八本の脚がしっかりと試合会場を掴む。
だが、あれは……。
 
『自らを一時的に魔物に変えて人間以上の力を発揮する術。これが俺様の切り札だ! これを見ても同じことが言えるか!』
 
『自らを一時的に魔物に……ね。……蜘蛛丸、お前に一つだけ言わせてもらいたいことがある』
 
『何だ? 命乞いか?』
 
『……てめぇ、納得いかねえよ。てめぇ何で蜘蛛じゃなくて蛸なんだ! まったく関係ないならいざ知らず、八本脚なら蜘蛛丸らしく蜘蛛の化け物に化けやがれ! 改名を要求するぞ蛸丸が!』
 
そう、蜘蛛丸が化けたのは蜘蛛ではなく蛸だった。確かにすっきりしない。
例えるなら白猫にクロと名前をつけるような。
 
『関係あるかぁ! ブチ殺す』
 
本当に簡単に挑発に乗るなぁ。
雪之丞は脚での攻撃をかわしてジャンプすると頭部めがけて連続霊波砲を放つ。
かなりの数だが数も威力もちゃんと制限しているようだしあいつもイロイロ考えているな。
頭に霊波砲の直撃を食らった蜘蛛丸はそのまま脳震盪を起こして魔装術も解け、会場に倒れ伏した。
 
『勝負あり。勝者、伊達雪之丞。雪之丞選手、G・S資格所得!』
 
ま、順当勝ちだな。
すぐに雪之丞は俺のところにやってきた。
令子ちゃんとエミから手荒い祝福を受けている。
 
「まずはおめでとう」
 
「あんがとよ。……でも、使いこなせねえと魔装術ってのはあそこまで使えない術なんだな」
 
「お前の場合相手が協力的だったから最初から使いこなせていたが、そうでなければ下級とはいえ魔族を従えなければならないからな。悪魔を召喚するものの実力が低ければ召喚した悪魔に弄ばれ殺される。魔装術にしても同じことだ。制御できなければ魔物に取って代わられる。言っておくが、お前は魔装術を使いこなせているが極めているわけではないからな」
 
「極めればまだ強くなれるってことだな?」
 
「……前向きだな。その通りだ。……さて、あの蜘蛛丸から言質が取れればいいんだがな」
 
「冥子姉がいるから大丈夫だろう?」
 
「まぁな。……さて、そろそろタイガーの試合が始まるぞ」
 
「さぁ、こちらの会場ではまたしても横島除霊事務所対白龍会の一戦です。」
 
「あのタイガーという坊主は横島の直弟子にはなれなかったようあるがその代わりA級G・Sの令子ちゃんとランクはB級ながら実力はA級以上と言われるエミちゃん、冥子ちゃんの教えを受けてるから侮れないと思うね。……うらやましいある! 今すぐ私と代わるあ……」
 
厄珍がアナウンサーに殴られて停止。
 
「さ、さぁそれでは試合の様子を見てみましょう」
 
『ちっ! 蜘蛛丸のやつがまさか魔装術を使ってまで破れるとはな。いけすかねえ。てめえ! 雪之丞と同じ事務所だって言うのをうらむんだな』
 
『わっしも、こんなところで一人だけ落ちるわけにはいかんのジャー』
 
まだ試合がはじめってないのにピートとカオスが合格しているのは決定済みか?
まぁ正当な評価ではあるが。
 
『はー!』
 
『フンガー!』
 
「陰念選手いきなり魔装術です。対してタイガー選手は名に偽らずに半分虎の姿へと変身いたしました」
 
『くらえ!』
 
『フンッ!』
 
陰念の攻撃をガードするとそのまま拳を開いたボディーにいれる。この辺は五月との訓練で培われたものでなかなかどうにいっている。だが浅いか。
 
しばらく同じような攻防が続く。
攻撃力、防御力ともに陰念の方が高そうだがまともに攻撃が決まらないのでは意味がない。
逆にタイガーは攻撃が浅くとも安全策をとっている。時間稼ぎだな。
 
「正に肉弾戦。ものすごい迫力の攻防です!」
 
一般から見るとそう見えるのか。確かに巨漢(タイガーは元から、陰念は魔装術で巨大化しているため)同士の一歩も引かない殴り合いは迫力あるな。
 
『てめえは殺す!』
 
『今ジャー!』
 
今までになく大振りの攻撃を掻い潜るとタイガーは陰念に突進。
そのままの勢いでアルゼンチンバックブリーカーのような形で陰念を担ぎ上げた。
体は霊力でコーティングされているからダメージは無いし、魔装術で形態変化をしたために手も足もタイガーには届かない。暴れたところでタイガーの馬鹿力は陰念を放さないし、俺の時に見せたからだから霊気の刃を出した技も魔装術の使用中は出せないようだ。
 
『ガァァァァ!』
 
時間切れだ。魔装術の制限時間が切れた。
タイガーは担ぎ上げた陰念を投げ飛ばす。
床に倒れた陰念は完全に理性を失い魔物と化した。
そのまま周囲かまわず暴れまわる。
 
「陰念選手自ら結界の外へ!? どうやら理性を失っている模様です」

『誰か……だれでもいい、彼を取り押さえろ!』
 
巻き込まれそうになった審判員が悲鳴を上げる。
今回も勘九郎が霊波砲を撃とうとするがその前に。
 
『グルルゥァアアアア!』
 
虎の咆哮が響き渡った。
……僅かだがチャクラが開きかけているな。
タイガーは陰念の背後からスピード、体重、霊力が全てが完璧に乗った体当たりを陰念にかます。
たまらず吹き飛んだ陰念は別の試合会場の結界に当たって地面に落ちた。
完全に気を失っている。
霊力を抑えて当てたようだから勘九郎にやられるよりは傷は浅かろう。
だが、全力でうてば威力だけはたいしたもんだ。
当たりづらく隙も大きい大味な技だが一発の威力だけは令子ちゃんを凌ぐ。
 
『ショウトラちゃん~。ヒーリングよ~。』
 
救護班の冥子ちゃんがショウトラに陰念の治療をさせる。
 
『勝負あり。勝者、タイガー寅吉選手。タイガー選手、G・S資格所得!』
 
『うおぉぉぉ!わっしもやる時はやるんジャー!』
 
いや、本当に良くやったよ。これでタイガー自身が望むならあいつの訓練も見ることができるようになったしな。
……冥子ちゃんに頭を撫でられている大男の図。異様だ。
 
ピートもカオスも順当に資格を所得しているし、……そろそろメドーサが出てくる頃だ。
これからが問題だな。



[513] Re[23]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/14 23:48
 ≪メドーサ≫
 クズどもが! 勘九郎以外はG・S資格すら取れないとはね。
それにしてもあの横島除霊事務所の連中、クズにしてはいい動きをする。小竜姫への嫌がらせに白龍寺を使ったがあっちを使うべきだったかもね。
 
ん、小竜姫のお出ましか。
 
「……試合は?」
 
「どうやら三回戦のようですな」
 
隣にいるのも人間に化けているが神族か。
隠してはいるがかなり強い力を感じる。恐らく小竜姫と同程度。
……こんなところに。
いや、あの甘ちゃんの性格と、この場所ならまだ私のほうが有利だ。
 
「遅かったわね、小竜姫」
 
「……あなたがメドーサね」
 
「ふふふ……そんなに怖がることなくてよ。私は試合の見物に来ただけなのだから」
 
「……大胆な……お前がG・Sに手下を送り込もうとしているのはわかっているのよ! 白龍会の会長を石に変えたわね!?」
 
「何のことかしら? G・Sが妖怪にやられるのは良くあること……何の証拠になるの?」
 
……おや、剣を抜かない。
 
「……今この場での勝ちはお前に譲ります。ですが私が手を下せずともお前の望みは打ち砕かれる。それを忘れないことね」
 
感情を制御できるようになってる。
ちっ、からかいがいのない。
 
「ふむ。それでは某は何か飲むものと食べるものを買ってまいりましょう。小竜姫殿、メドーサ殿、何がよろしいですかな?」
 
「ウーロン茶と冷凍みかんをお願いします」
 
「オレンジジュースとポップコーン」
 
……あの神族、つかめない。
下手すれば小竜姫よりも厄介か?
 
「……一つ質問させてもらいます。お前は人間をどう思っているのですか?」
 
「……人間? 決まっているじゃない。下等なゴミよ」
 
そうだ、人間など下等なゴミに過ぎない。
 
「……その認識、今日で変わるかもしれませんね」
 
何?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ピート≫
 「居合いを相手にするのは初めてだったが、師匠や小竜姫、ゼクウに比べりゃ剣筋が粗いしどうということはなかったな。」
 
「いや、普通の人間と神族を一緒に考えるのはどうかと思いますよ? 彼女、九能市氷雅さんでしたっけ? かなりの腕だと思いますけど」
 
「師匠だって人間だぜ?」
 
「普通の、ですか?」
 
「……違うな。」
 
誇らしげに笑った。
 
「次はタイガーとの試合ですね」
 
「応、ようやくやりあって楽しめそうな相手と当たれるぜ」
 
雪之丞さんは好戦的な笑みを浮かべる。
本当に雪之丞さんは戦うのが好きなんだな。
 
「でも俺はお前と戦うのも楽しみにしてるんだぜ? カオスの爺さんも楽しそうではあるんだがな」
 
……横島さんたちは最初から僕を差別しなかった。だから僕も彼らのことを気にせずに親友と呼ぶことができる。700年という人生の中でもそれがどれほどありがたかったことか。
 
「タイガーも友達だから両方を応援させてもらうよ」
 
「あぁ。ま、見てろ」
 
『さぁ、ついに同門対決となりました。伊達雪之丞選手とタイガー寅吉選手の一戦です』
 
『面白い一戦と思うあるね。技術とスピード、霊力では雪之丞がまさってるあるけど、タイガーが人間離れしたパワーとタフネスでどこまで食い下がれるか、見物ある』
 
「行きますケン」
 
いきなり雪之丞さんが膝を着いた。タイガーの精神感応攻撃だ。
 
『おーっと、いきなり雪之丞選手膝を着いた。いったいどうしたことか?』
 
『そういえば聞いたことがあるね。タイガーは元々強すぎる精神感応能力の持ち主だったのをエミちゃんが能力を封印して使いこなせるようにするために弟子にとったと。恐らく精神感応能力で心理攻撃をかけているか、感覚器官が狂わされるかしているある』
 
『タイガー選手、恐ろしい隠し技を持っていた。雪之丞選手いきなりのピンチです』
 
確かに一対一、限られた空間内で戦う場合はタイガーの精神感能力は厄介な能力だ。
神族や魔族、あとは横島さん並みに精神が強ければ問題ないのかもしれないが。
だが、それは雪之丞さんにも最初からわかっていたはず。
 
「雪之丞さんが見ている映像、聞いている音はそれぞれ微妙にずらしてありますジャー。そのせいで雪之丞さんの三半規管は麻痺して立つこともかなわないケンノー」
 
単純に姿を隠すのではなく頭を使ってきたか。
これでは気配を探るのも難しい。
 
タイガーが立ち位置を変化させながらヒット&アウェイを冷静に繰り返した。
体当たりだけは大きく跳んで回避し、拳は動き回らず防御をする。
タイガーは何発も何発も拳を浴びせ、雪之丞さんは魔装術を出さずに防御を固めて耐え凌ぐ。
 
いったい何発目かわからないがタイガーの拳が防御が僅かに開いた雪之丞さんの顔面に浅く入る。
 
「つかまえたへー、ハイガー!」
 
誘いだったのか?
雪之丞さんは自分を殴った拳をやり過ごし、その腕に噛み付いた。
こうなっては三半規管を狂わせようが映像をずらそうが関係ない。腕に沿って攻撃すれば当たる。
 
「っらぁ!」
 
雪之丞さんの放った霊波砲を喰らってタイガーは吹き飛ぶ。
 
「勝負あり。勝者、伊達雪之丞」
 
『雪之丞選手、華麗に逆転です!』
 
「イチチチ、タイガーの野郎馬鹿力で思いっきり殴りやがって」
 
「お疲れ様。随分と楽しめたようですね?」
 
「まぁな。思わず何度も魔装術を使いそうになっちまったぜ」
 
こういうときは本当にいい笑顔で笑うな。
 
「さて、次はお前の番だぜ?」
 
「えぇ、親子二代で負けたくはないですからね。特に今回みたいなドクターに不利な条件ではね」
 
錬金術師のドクターにとっては道具の使用制限があるこの試合では実力が出せないはず。
マリアは強いが刃物は使えたとしても火器までは流石に使えない。
この条件で負けるわけにはいかないな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ゼクウ≫
 「ふむ。皆様なかなか良くやっておられますな」
 
「そうですね。タイガーさんも雪之丞さんに比べて見劣りするかと思いましたが良く戦っていました」
 
「クズが何しようとクズには変わりないだろうに」
 
ぴりぴりした空気が張り詰めておりますな。まぁお互いを監視するためとはいえ小竜姫殿とメドーサ殿が傍にいては仕方ないのかもしれませぬが。
ちなみに並び準は右からメドーサ殿、某、小竜姫殿でございます。
 
「メドーサ殿、飲み終えたようですな。缶はこちらでまとめてお預かりしておきましょう」
 
「あぁ、……おまえ、神族のわりに妙に馴れ馴れしいね」
 
「ふむ。……某は神族に生まれて魔族に堕ちて、再び神族に出戻った変り種でございますからな。悪行もそれなりに重ねておりますし今更神族、魔族の垣根などたいして気になるものではございませぬ」
 
それにマスターがあのようなお方ですし。
 
「そちらの勘九郎殿も中々の腕前のようでございますな?」
 
「……クズにしてはね」
 
「いや、なんと言うか親近感がわきますな。某も魔族に堕ちていた時はあのような言葉遣いでございましたから。……まぁ、男色の趣味はございませんでしたが」
 
「ゼ、ゼクウ殿がですか?」
 
おや、随分驚かれますな。
 
「左様です。某もなぜあのような言葉遣いになっておったのかいまだにわかりませんが」
 
ふむ。自分でも本当にわかりませんな。
 
「ゼクウ、変わろうか?」
 
「おや、マスター。もうよろしいのですかな?」
 
マスターがこちらにいらした。おそらくメドーサ殿を近くで観察するためですな。
 
「あぁ、後続も着いたからな。あ、小竜姫さま、隣失礼します」
 
ふむ。ワルキューレ殿とジーク殿も戻られましたか。ならば戦力は十分ですな。
 
「あ、どうぞ」
 
「然らばマスター。某はあちらの方にいくとしましょう小竜姫殿、前を失礼いたします」
 
「ちょっと待て、その人間はお前の何なんだい!?」
 
「マスターは某の主にございます」
 
メドーサ殿に笑って見せると驚いたような表情を見せる。
さて、この布石がどう響きますかな?
 



[513] Re[24]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/15 06:36
 ≪横島≫
 「さぁ、いよいよ準決勝第一試合が始まります。まずは【ヨーロッパの魔王】の名を存分に知らしめる活躍を見せておりますドクター・カオス選手。対しましてはバンパイア・ハーフにして神の力を振るうピエトロ・ド・ブラドー選手。大会屈指の好カードにして異色の決戦となりました。どう見ますか?厄珍さん」
 
「純粋に戦力比で見ればピートの方が有利ある。ピートはその能力を存分に発揮できるのに対し、カオスの方は使用できる道具が一つであることでかなり行動が制限されるあるし、マリアは強力あるがカオス自身は科学者あるからどうしても動きが見劣りしてしまうある。……でも、そんなことはカオス本人もわかってるだろうし、それに対してどんな解決策を示すか凡人には理解できないあるからな」
 
厄珍の見方は案外的確だな。
金さえ絡まなければ。
 
「横島さんはどう見ますか?」
 
「ん~。多分カオスだろうな」
 
「そうなのですか?」
 
「ピートのやつは最近まで自らの能力を忌みながらプライドも捨てきれずどっちつかずでこれまで暮らしてきた。対してカオスはここ200年ばかりは痴呆がひどくて空白の期間といってもいいが、それ以前は自らの頭脳と才能を信じ研鑽し続けてきた。言い方は悪いが自分の能力に胡坐をかいて無為に700年生きてきたピートよりも1000年間研鑽し続けたカオスの方がここ一番の勝負どころは掴んでくるだろうからな」
 
『いきます!』
 
『マリア、迎撃だ』
 
『イエス。ドクター・カオス』
 
先に突っかけたのはピートだった。マリア目掛けて一気に突進する。
 
その体が瞬時に霧と化してマリアをすり抜けた。そのままカオスに目掛けて強襲する。
 
『マリア!』
 
『イエス。ドクター・カオス』
 
マリアの指作から青の線が放たれる。
ピートはカオスへの攻撃をあきらめ今一度霧と化すと結界の天井付近に逃げた。
 
『ほう、いい勘をしているな。火器は使えないものでね、ウォーターカッターを搭載させてもらった。最も中身は水ではなく精霊石の溶液だがね』
 
ピートは使い魔の蝙蝠を呼び出して牽制をすると空中から神への言葉をささげる。
 
『主よ、聖霊よ! 我が敵を打ち破る力を我に与えたまえ! 願わくば悪を為す者に主の裁きを与えたまえ……! アーメン!!』
 
「凄い。神聖なエネルギーと吸血鬼としての能力を完全に使いこなしている」
 
「いえ、まだまだ。もっと強くなりますよ。吸血鬼としての能力も、神聖なエネルギーの使い方もまだ師には遠く及ばない」
 
『やれやれ、洗礼を受けた吸血鬼の血縁がこうも厄介とはね』
 
防御はしてたといえかなりのダメージはおったようだ。
魔の血をひくとはいえ十字架や聖水は単純には弱点足りえないからな。
 
暫くはロケットアームとウォーターカッターを駆使するマリアが邪魔でカオスにピートは攻撃できず、ピートとマリアが直接ぶつかり合えばピートの方が腕力、スピード共に有利でありながらカオスの的確なサポートに責めあぐねていた。それでも何発かの攻撃はカオスに当たり、ピート有利に試合は運んでいく。
 
……だがやはりカオスの勝利か。
ウォーターカッターの発射回数が六回を越えた時点でカオスの術中にピートは嵌ってしまった。
 
『イケッ! ダンピールフラッシュ!』
 
『精霊石よ!』
 
カオスが試合場の床に手をついた瞬間試合場全体が眩い光に包まれた。
その光に動きが止められたところにマリアのロケットアームが命中して試合は決まった。
 
『勝負あり。勝者、ドクター・カオス』
 
「今のは……籠目!」
 
「そうです。もしくは六芒星、ダビデの星。世界で最もポピュラーな魔方陣の一つですね」
 
「いつの間にあんなものを?」
 
「ウォーターカッターですよ。ピートを迎撃するように見せかけてカオスはマリアに六芒星を描かせていた。ばれないようにロケットアームを織り交ぜながらね。材質は精霊石の溶液ですから洗礼を受けているとはいえ魔の血を引くピートの動きを止めるには十分だ」
 
メドーサにニコリと微笑むと不機嫌そうな顔をしてフンと鼻を鳴らした。
 
「……もうすぐ準決勝だけど、あんたのお友達は私の手下がもぐりこんでいるって言う証拠を見つけられないようね。ま、もっともそんなの見つかる分けないと思うけど」
 
「……いいえ、私の友人たちは必ずあなたの不正を暴いて見せるわ!」
 
「鼻っ柱の強いこと。ありもしないものが見つかるはずはないのよ」
 
「どのみち、今日を逃せばG・S全体の信用は下がってしまうのでね。逃げられる可能性も高くなる。そんなことはこちらも百も承知だ。……人間を毛嫌いするのは勝手だが、侮ると痛い目を見るぞ?」
 
「人間風情に何ができるっていうのさ?」
 
「結構いろいろなことができるものだ。……お前らが切望している世界の破滅も可能かも知れんぞ?」
 
……洒落にならんな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪冥子≫
 「冥子殿、お待たせいたしました。」
 
ゼクウさんが医務室にきたわ~。
 
「もうあんまり時間がないですよ~?」
 
「なに、さほど時間はかかりませぬ。それよりも早く大会実行委員の方でも読んできていただけますかな?」
 
「は~い。」
 
六道の家の名と人脈があってこそ私が呼んできて説明した方がいいっていってたものね~。
 
私が知り合いの大会委員のおじさんを医務室に連れてくると起き上がって大きな声がわめいていたわ~。
 
「メ、メドーサ様、後生です許してください。か、勘九郎やめてくれ~! 陰念助け、……や、やめ、いっそのこと他のやつみたいに石にしてくれ!」
 
「ほら~、やっぱり白龍会は裏で魔族と取引をしているっていったでしょう~?」
 
「むぅ、半信半疑だったらここまで名前が出ては信じざるをえないな。すぐに大会を中止せねば。六道さんは蜘蛛丸選手と陰念選手の身柄の拘束をお願いします」
 
「は~い」
 
おじさんは走って会場に戻っていきました~。
 
「あの~、ゼクウさん~。どうやって自白させたんですか~?」
 
「なに、昔とった杵柄と申しますかな。気はとがめましたが少々夢に干渉して勘九郎殿に寝所で襲われる悪夢を見てもらっただけです。……ゴホン。失礼」
 
え~と、何でわざわざベッドルームなんでしょうか~?
……とにかくお兄ちゃんに頼まれたことは完了でいいんですよね~?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 「あら、雪之丞。試合前に何の相談?」
 
「……昔馴染みの忠告だ。メドーサのことは知っているだろう?」
 
「!……………………メ、メドーサ? 何の話かしら?」
 
この反応だけでも状況証拠は十分だな。
 
「とぼけても無駄だ。ネタは上がっているんだからな。素直に認めて自首しろ。今なら脅迫されたっつう言い訳もできる」
 
「……フ……それで脅しをかけているつもりなの?」
 
チッ!
 
「あなただってくだらない正義感なんか無縁だったじゃない。G・Sは金になるいい仕事だわ。でも、妖怪や魔物があってこそ成立するビジネスだと思わない?」
 
「……何が言いたい?」
 
「害虫がいなくなってしまえば製薬会社は商売上がったりなのよ。こうまで言えばあなたでも理解できるでしょう?」
 
「……同門だった最後の情けだ。多少手荒い真似をしてもてめーを止めてやる」
 
「そう、じゃあいい試合をしましょうね。試合中に死人が出てもそれは事故ですもの。私を陰念や蜘蛛丸と一緒に考えないことね」
 
クソったれが!
                   ・
                   ・
『さぁ、いよいよ準決勝第二試合。ここまで無傷で勝ち上がってきた白龍会の鎌田勘九郎選手。対するは横島除霊事務所の伊達雪之丞選手です。どちらも同じような戦闘スタイルのこの二人、どのようなバトルが繰り広げられますでしょうか?』
 
……潰す!



[513] Re[25]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/15 20:29
 ≪メドーサ≫
 『元同門のよしみであんたには本当の実力を見せてあげるわ。魔装術はね、みがきをかけて完成させると……こんなに美しくなるものなのよ!』
 
「鎌田選手お約束の魔装術……」
 
「い……いや、これは……」
 
勘九郎は魔装術を完璧に使いこなしている。前の二人とは一緒にするな。
 
「こ……これが鎌田選手の魔装術……!? 前の二人とは随分と感じが違います」
 
『どう? 生身のまんまじゃこれほどの出力は不可能よ。どうする? 仲間になるなら命だけは保障してあげるわよ』
 
『俺の師匠なら生身だってそれ以上の出力出しやがるぜ! でも、流石に俺は無理だな。……だからてめーの喧嘩! 買ってやる』
 
な、……あの小僧も魔装術を使うだと!
 
「おっと驚きました! なんと雪之丞選手まで魔装術を見せました!」
 
「空中を飛んでるあるな。パワーの程はわからんあるが雪之丞の方がこれで戦略的には有利になったある」
 
「……まさか魔装術の使い手があいつら……あんなにいたとはね」
 
「これでも神族や魔族に知り合いが多いんだ。うちの事務所」
 
ちっ! この横島とか言う人間、さっきのゼクウ以上に掴みきれない。
人間(クズ)のくせに。
 
「激しい攻防が続いております。しかし空中を自在に飛びまわる雪之丞選手が徐々にですが一方的に押し始めました」
 
「……うちの雪之丞は1時間でも2時間でも魔装術を纏って戦うことができる。そういう訓練をしているからな。……だが、あの勘九郎は半ば人間じゃあなくなっているな」
 
「霊力を実体化させるということは、逆に肉体を力の付属物に貶めるということ……魔装術が悪魔の技と言われるゆえんよ!」
 
「でも、強いわ。半ば以上魔に堕ちるからこそ霊力の物質化は人間であった頃よりもスムーズに行われる。魔装術の極意なんかを極めなくてもね。あなたたちも弟子にそれを教えなかったことを悔やむべきね」
 
とはいえ、あの雪之丞とかいうクズと契約をしている魔族は勘九郎より上か。
このままでは基本スペックの差で押し切られる。
 
「いいえ……! 力の上に胡坐をかいているだけでは本当の強さは得られないわ! 人間でい続けることをあきらめてしまう技では雪之丞さんに勝てはしないわ! 勇気や愛や思いやりのない力は滅ぶのよ!」
 
「あの~、小竜姫さま。……あれは雪之丞なんですが」
 
「……勇気や友情や思いやりのない力は滅ぶのよ!」
 
……愛はあんまりないのかしら?
 
『ヴヴ……ヴヴヴヴ』
 
『くそったれが!』
 
『待て! 試合はそこまでだ! 鎌田選手、術を解きたまえ! 君をG・S規約の重大違反のカドで失格とする!』
 

 
『証言が取れて~証人もいるからもう言い逃れはできませんよ~』
 
陰念か蜘蛛丸か? クズが!
 
『……証拠? それがどうしたって言うの?』
 
勘九郎の放った霊波砲がそいつを襲う。
……ちっ! ガードされたか。
 
『人間ごときが……下等なムシケラがこのあたしに指図するんじゃないよ』
 
『完全に人間じゃなくなってるワケ!』
 
勘九郎の周りに続々とG・Sが集まってくる。
あの雪之丞とかいう小僧がいる以上不利か。
 
ん? 周りの雑魚スイーパーを勘九郎の攻撃から護るために取り押さえることができないようね。
 
「やめさせなさいメドーサ! 計画が失敗した以上、この上ムダな戦いは不要のはず!」
 
やっぱりアマちゃんだよ。
 
「そうかしら……?そんなにクズどもを助けたい? だったら私のいうとおりにすれば止めさせてあげるわ。ここで私に殺されなさい、小竜姫! 計画は失敗したけどあなたの命がもらえるなら悪くはないわ。どう? 条件を飲むならおとなしく引き下がってあ…」
 
刺す又を取り出しかけたその瞬間、いつのまにか、そう、本当に気がつかないうちに小竜姫の奥にいたはずの横島が私の背後に立ち、首筋に騎士剣をあてがっていた。
 
「それは困るな」
 
剣の格も高い。これなら私でも致命傷をおうか。
みれば魔族と思わしき奴が2人、こちらをライフルで狙っている。
小竜姫も神剣で私の首を狙う。
超加速で乗りきれるか? ……下手な博打は打たないが賢明ね。
 
「形勢逆転ね。勝手な真似もここまでよ! メドーサ」
 
会場では勘九郎が雪之丞に殴り飛ばされた。
 
『てめーの相手は俺だろうが! よそ見してんじゃねーよ』
 
クソ。状況はこちらが不利か。
 
「勘九郎! 引き上げるわよ」
 
『……わかりました』
 
勘九郎が火角結界を発動させ、中の連中を閉じ込める。
 
『雪之丞。あなたは……あなたはこのあたしが必ず殺してあげるわ!』
 
『次は必ずテメーを止めてやる!』
 
『全員で霊圧をかけてカウントダウンを遅らせるんだ!』
 
「どう? 人間の力ではあの結界を破るのは無理よ? どーするの? ここは引き分けにした方がいいんじゃなくて?」
 
後ろに立った横島とか言う男が剣を引いた。
 
「横島さん……」
 
「小竜姫さま、この場は逃がしましょう。下手に手を出して爆発を早められでもしたらいくらゼクウが向こうにいても間に合わないかもしれない」
 
「……く。……いいわ、残念だけどここはお前の勝ちね。お前がこの会場に入る前に見つけられなかったのが敗因よ」
 
小竜姫が悔しそうに剣を引いた。
魔族達もライフルの構えをとく。
 
「ほーっほっほっほ。おりこうさんね。今回は顔見せのつもりだったしおとなしく帰ってあげるわ。でも、次は小竜姫も、その横島とか言う男も殺してあげるから覚悟することね!」
 
ちっ! 最終的には引き分けにもつれこんだが終始あっちのペースだったか。
次は見てなさい。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 ゼクウ、小竜姫さま、ワルキューレ、ジーク。
それに神・魔族には劣るものの俺と五月が霊圧をかけるとカウントダウンも止まり、かなりの時間が稼げる。
だからといってあんしんもできないが。
 
「心見! 分解している暇まではさすがにない。霊的構造を解析して解除用の線を見極めてくれ」
 
「心得た。しばし待て、兄者」
 
俺の時は黒だったが今度もそうとは限らない。そんなあやふやなものに命をかけることはできないからな。
 
一分、二分が過ぎた時、救援の手がやってきた。
 
『黒なのね~。黒い線が解除用のせんなのね~』
 
「ヒャクメさま!」
 
白龍会の会長を妙神山まで運んでいったはずのヒャクメさまが戻ってきた。
さすがに百の感覚器官をもつだけあって心眼が苦労していた解析を一瞬で行うことができたようだ。
 
「妙神山で白龍会会長の石化をといて記憶を覗いたけどな~んにもわからなかったから急いで戻ってきたのね~」 
 
やれやれ、いざとなったら文珠で強制解除をしなくてはならないと思ったけど、衆人環視の下で使う羽目にならなくて良かったよ。
                   ・
                   ・
それから三日くらいは雪之丞も荒れるように修業を欲したので俺もゼクウも五月も存分に相手をしてやった。
あれでも一応は古巣に思い入れもあったらしい。
白龍寺の中も多くの石にされた修行者や僧が石化の回復を行われている。
タイミングがずれていたとはいえメドーサに殺された修行者を助けることはできなかった……。 
 
唐巣神父が試験の結果を持ってやってきた。
 
「G・S協会は今回の試合を無効にはしないことを決定したそうだ! つまり、席次こそ決まらなかったが勘九郎君以外の合格者は全員合格だ。おめでとう。ピート君。雪之丞君。タイガー君。ドクター」
 
「全員合格おめでとう」
 
ドクターを除く三人がかなり手荒い祝福を受ける。
特に五月の張り手はかなり痛そうで力加減を間違えたのか背中をたたかれたタイガーが床に突っ伏してしまった。
 
その後魔鈴さんのお店を借り切ってパーティーを開いた。
参加者はうちの事務所と妙神山組とリレイション・ハイツのメンバー、冥華さんと美智恵さんなのでかなりの大事になっている。
そんな中主賓の一人、雪之丞がレストランからこっそり抜け出すのを見咎めてその後を追った。
 
「どうした? 雪之丞」
 
「ん……師匠か」
 
雪之丞はばつの悪そうな顔をする。
 
「……何か悩み事か?」
 
「いや、考え事だ。……俺が白龍寺にいた頃、勘九郎はライバルというか友人というか、まぁそういう関係でな。あいつの趣味にはついていけなかったが、実力も近くてお互いひたすら強さを求めていることも共感してそれなりに仲が良かったんだ。……俺とあいつの違いって言うのは何だったのかなと思ってよ」
 
「……それは難しい質問だな。お前は雪之丞で、あいつは勘九郎だった。そういう解答が一番正解に近いのかもしれんが」
 
「俺がもし白龍寺に残っていれば俺はメドーサの弟子になっていたと思う。違うとすれば俺が14の時に俺は師匠の下につくことを決めてあいつは白龍寺に残った。それくらいだ。もしかしたら立場が反対になっていてもおかしくないと思ってな」
 
「だが、勘九郎は自らが魔物と化すことを望み、最後の一線を越えてしまった。仮にお前がメドーサの手下になっていたとして、お前はそうなっていたか?」
 
「……わかんねえよ。わかんねえけどあいつとのケリは俺がつける」
 
……そのとき、俺は雪之丞の力となってやることができるだろうか?
 
レストランに戻るといつの間にか酒が入っていて阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
幸い子供達は美衣さんと魔鈴さんが連れ出してくれたらしいが、主賓の三人が床に突っ伏していた。
……俺がいない間に何があった?
 
亡者と化した一団は新たな犠牲者を見つけたようだ。
俺は気配を消すと雪之丞を生贄にさしだし子供達のいる空間へと逃げ出すことに成功した。
 
すまない、雪之丞。力になれない俺を許してくれ。



[513] Re[26]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/16 13:32
 ≪ピート≫
「父と子と聖霊の名において命ずる! 汝、悪魔アセトアルデヒド! その者を解放せよ!」
 
「サッキャアアア!」
 
「命じる! 命じる! 命じる!」
 
先生の元にお金に困った人から依頼があった。
被害者は妖怪、アセトアルデヒドに憑かれて極度のアルコール中毒になってしまっている。
 
「サキャッ!」
 
「憑依が解けた。今だ! ダンピールフラッシュ!」
 
僕がアセトアルデヒドに向けて霊波を放つ。
 
「サキャァァァ!」
 
しかしそれはアセトアルデヒドの攻撃に相殺されてしまった。
 
「下がっていたまえ、ピート君」
 
「先生!」
 
「ピート君、自分一人で戦おうとしてはいけない。この世界を構成するもっと大きな存在の力を借りるんだ。」
 
先生は右手を突き出すとそこに自分の霊力を溜める。
そしてそれだけでは留まらない。
 
「草よ木よ花よ虫よ――我が友なる精霊達よ! 邪を砕く力を分け与えたまえ……!」
 
「先生に力が集まってくる……! すごい! これほどのエネルギーを出せるなんて……!」
 
「私の力ではない。世界は無数の魂の調和で成り立っているんだ。悪を憎み、愛を信じればこの世に満ちている魂たちが力を貸してくれる。」
 
……そうだった。悪い癖だな、自分の力だけで何とかしようとするのは。
 
「汝の呪われた魂に救いあれ! アーメン!!」
 
「サッケェェ!」
 
先生は見事に悪魔アセトアルデヒドを退けた。
                   ・
                   ・
「ありがとうごぜえました!」
 
「本当に……本当に……」
 
「礼には及びません。今後はああいいう妖怪にとりつかれないよう、お酒はひかえることですね」
 
「これ……少ないんですけどお礼を……」
 
「お金なんていいんですよ。お元気で!」
 
「あ……ありがとうごぜえます……!」
 
何度もお礼を言って帰っていった依頼者を見て思う。
……やっぱりすごいな、この人は……!
 
「でも……いいんですか、ここんとこまとまった収入がほとんど……」
 
「仕方ないさ、そのうち何とかなるよ」
 
「しかし、僕は十日や二十日食べなくても平気ですが、先生はそろそろやばいのでは……?」
 
「はははははは大丈夫さ!」
 
しかしそう言う先生はぱったりと道路に倒れこんで起き上がれない。
 
「先生ー!」
 
と、とにかく先生を教会に運んで横島さんのところに連絡をしよう。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 ピートから連絡を貰ったために唐巣神父の直弟子の令子ちゃんと、料理を作ってもらうためにおキヌちゃんを連れて神父の下に足を運んだ。
 
「……依頼者だって食べるのに困って倒れるほど貧乏ってわけでもないでしょうに」
 
「いやあ……面目ない。このところあまり裕福でない人の依頼が重なっていてね」
 
「ったく先生はお人よし過ぎるわよ!」
 
……。
 
「令子ちゃん、おキヌちゃんの手伝いをしてきてくれないか? 神父は俺が診ているから」
 
「そうね。じゃあとりあえず美味しいものでも作ってくるわ。先生も横島さんも期待して待っていてね」
 
そういって令子ちゃんが出て行く。
今この場にいるのは俺と神父だけだ。
 
「さて、……君がわざわざ人払いをするってことは彼女達には聞かせたくない話なのかな?」
 
「そういうわけでもないんですが、問題が表面化してしまったので少し厳しいことでも言わせて貰おうかと思って」
 
「言ってみたまえ」
 
「俺は神父のことを尊敬してますよ。人格も、能力も。でも神父のはやりすぎです。協会で調べてもらったら神父が企業から請ける仕事も相場の30%以下の依頼料しか受け取ってないというじゃありませんか」
 
元々道具をあまり用いない神父がいくら貧乏な依頼者からお金を受けないからといってもあそこまで困窮しているのかがわからなかったが、調べれば簡単にわかった。
 
「しかしだねぇ。神聖な仕事で金銭を受け取るというのは……」
 
「神父にとっては聖職者として役目を果たしているという感覚なのかもしれませんが、神父はG・Sとして仕事を請けているのでしょう? 今までは神父が請ける仕事は個人で行うものだから数は少ないし、神父の人格のおかげもあり、また神父が数少ないSランクのG・Sだからこれまで問題になってきませんでしたが、神父のやっていることはG・Sの観点から見ればダンピング以外の何ものでもありませんよ?」
 
「む、……」
 
少しは自覚はあったのかな?
 
「企業から見ても支払能力がある企業だったらそこまで割り引かれてはいい顔しないんじゃないですか? G・Sみたいに認知こそされているもののわけのわからない職業の人間に弱みを握られているようで。もちろん、支払いたくとも支払能力がない依頼主の依頼をタダ同然で引き受けるのは人間として立派だと思いますし、うちの事務所でもイロイロと理由をつけて見習わせてもらっていますけど。支払能力がある人間相手に極端な安値で依頼を引き受けるのは甘やかしではないですか? それに企業や裕福な個人が神父から安い金額で仕事をしてもらったからといってその金銭を公共のために使うわけでもなし。……そしてそれは非難されるべきことではないですしね。少なくとも資本主義国家では。聖職者としての勤めを金儲けにしたくないのでしたら必要な額だけ懐に入れて残りの金額を神父が寄付をするなり孤児院を開くなり方法は他にもあるでしょう? そのほうがよほど公共のためになるのではないですか?」
 
「……確かにそうだね」
 
「最後に、常に気構え万全でいろとは言いませんが、いくらなんでも食事を取らず貧血で倒れるなんてプロとして自己管理にかけてるとしか言いようがないです。今回は除霊後に倒れたからまだいいですけど除霊中に倒れたらどうするつもりなんですか? 神父も依頼人も危険にさらされるじゃないですか」
 
「返す言葉がないな」
 
「あなたの神は『汝自身を愛するように、汝の隣人を愛せよ』と説いているのではないですか。」
 
「……その台詞は、……君にこそ知ってもらいたいかな」
 
「……そうですね。すいません、言いすぎたようです」
 
……本当に、一番自分を愛せていない俺の台詞ではないな。
 
「私は肯定ではなく否定して欲しかったんだけどね。……すまない。横島君の言うことはもっともだよ。私もこの件に関してはもっと考えてみることにする」
 
「ご飯できましたよー」
 
ちょうど良いタイミングでおキヌちゃんがやってきてくれた。
一心不乱に神父がご飯をかきこんでいる。
 
「はーーっうまい……! 生き返った気分だ……!」
 
「よかった。」
 
「いい? これからは生活費と必要経費くらいは請求してくださいね。先生」
 
「わかったよ令子君。いまも横島君に叱られてたところだ、そうガミガミ言わないでくれ」
 
「ったく、大の男が二人してお金に疎いんだから」
 
「心配かけて申し訳ない。これからは気をつけるよ」
 
あまり長居するより休ませた方がいいと思ったので俺達はすぐに教会の建物から出た。
 
「……ったく、世話やけるったらありゃしない」
 
「美神さんも唐巣さんにはカタなしなんですね」
 
「まぁね。でも今後気をつけるといったって当座の生活費をどうにかしないとね。お金渡したって素直には受け取らないだろうし。……あれは、家庭菜園か。……使えるかも。横島さん、ピート、手伝ってね」
 
あれか。今回はうまくいくのか?
 
「何をするんです?」
 
「あれくらいの規模なら魔鈴みたいに本職じゃなくても魔法で野菜を育てられそうよ。そしたら当座は食いつなげるでしょう?」
 
「素敵な思い付きですね。もちろんお手伝いさせていただきます」
 
「ただ私、生命を育てたりヒーリング系の能力は苦手なのよねー。うまくいくといいんだけど」
 
前の時ほど攻撃的ではないとはいえやっぱり攻撃向きの能力だからな。
 
「まずは精霊石で土地を清めて霊的エネルギーを満たすっと。とりあえずトマトからいってみましょうか。『夏の生命力をたくわえし赤き豊かな果実よ……大地のめぐみを受け、我が糧となれ! 我が愛を受け我が愛に応えよ! 愛の心あらば生命もまた……』……愛、愛って、なーんか背中が痒くなる呪文ねー」
 
「戦闘的な性格には不向きでしょうねえ……」
 
ピート、そういうがこれでもかなり改善されてるんだぞ?
 
「ま、とにかく生命短し熟せよトマト!」
 
「実が熟した……!」
 
『うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……食べて食べて私を食べて!』
 
やっぱり失敗か。ネクロマンサーの笛を取り出してどうにかトマト達におとなしくするように説得する。
 
「しっぱいか。こっちの才能ないのかしらね」
 
「今度は僕がやって見ましょう」
 
…………結局、説得する相手にとうもろこしと茄子と大根が加わった。
 
「駄目ね、横島さんやってみてくれませんか?」 
 
「俺も収束系一辺倒だからヒーリングは苦手なんだけどな……」
 
カボチャの種を家庭菜園に植えながらそうこぼす。
呪文を唱えるものの、俺としたことが頭の中にさっきの唐巣神父との会話を思い出し集中力をきってしまった。
その結果、必要以上に霊力を込めてしまい。
 
「……すまない。俺も成功とはいえないようだ」
 
動いたりしゃべったりはしないものの、全高3m、直系5mの巨大カボチャを見上げる羽目になった。
一応失敗ではないよな?
 
そのカボチャや、動き回る野菜たちを見て唐巣神父は、
 
「き、気持ちだけはありがたく受け取っておくよ」
 
薄い前髪からまた数本の髪の毛が抜け落ちるようなショックを受けてしまった。
 
追伸 
今回も、令子ちゃんたちが育てた野菜は唐巣神父の除霊の手助けになったらしい。
 
追伸の追伸
俺が作り出したカボチャをデジャヴーランドに売り込んだらかなりいい値段で買い取ってくれた。
『完璧な夢』が売りもののデジャヴーランドだけに、本物のカボチャでできた馬車(防腐処理済)は期間限定パレードの目玉の一つになったらしい。
唐巣神父の畑で取れたものだからと言いくるめて手間賃だけ受け取って残りは神父の生活費にまわした。これで神父も当面は問題ないだろう。
 
追伸の追伸の追伸
ついでに豆をつかって本物のジャックの豆の木を作って欲しいと頼まれたが、そこまで巨大化すると豆の木の強度が持たないだろうしいったい何を支え木にして伸ばせばいいのかという解決もつかなかったので断った。



[513] Re[27]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/17 05:16
 ≪横島≫
 ある日、事務所を鬼道が訪ねてきた。
 
「ひさしぶりやな。横島君」
 
「鬼道か、とりあえず上がってくれよ」
 
「ほな、そうさせてもらうわ」
 
今事務所にいるのは書類整理をしていた俺と事務員の愛子、それとタイガーだった。
 
「それで、今日はどうしたんだ?」
 
「うん。実をいうとな、横島君とカオスはんから貰った針がどうにか自分で納得いくくらい扱えるようになったさかい、ここいらで妙神山で修業しようおもうてな。それで横島君に紹介状かいて貰えんかと思うたんや」
 
「それはもちろんかまわないけど何でわざわざうちなんだ? 今たしか六女で講師のバイトやってたよな? 冥華さんに頼めばよかったんじゃないのか?」
 
「何でって、ここ妙神山の東京出張所やろ? だったらここに許可貰いに来るんが筋やないんか?」
 
あ!
 
「すまん。特にやることなかったからすっかり忘れてたよ。そうだな、いついくんだ?」
 
「許可もらえるんやったらすぐにでも行くつもり何やけど」
 
確か今日はもう仕事は終わりだったな。
 
「じゃあ俺も一緒についていってもいいか? 鬼道があの針をどう使いこなしたかも興味あるし」
 
「せっかくやからボクも見てもらいたいし、もちろんええで。でもええんか? 妙神山行くとなると一日、二日は事務所を空けることになるんとちゃうか?」
 
「ん? あぁ、移動用の札を貰っているから一分とかからないしそれで行けばいいさ。俺も時間が空いたら修業をつけてもらいに良く行っているし」
 
「それは助かるわ。それで、お勧めの修業はあるやろか?」
 
「鬼道がどういうものを求めているかがわからないからお勧めって言われてもなぁ。短期なら最初にドーンと強くなってからその力を使いこなすように修行をするのがいいとか、長期なら地道にレベルアップするのがいいとしか言いようがないぞ?」
 
「せやったら短期やな。大学の講義もそう長いことやすんどられんし」
 
「あの~、横島さん。わっしも一緒に連れてってもらえませんカイノー?」
 
タイガー……やる気になっているようだし頃合か。
 
「いいよ。それじゃあいこうか」
 
老師から貰った札を使って妙神山までの門を作った。
 
「いらっしゃい横島さん。今日は何の修業ですか?」
 
門をくぐると待っていたかのように小竜姫さまたちが出迎えてくれる。
 
「いえ、今日は俺の修業じゃなくて修行者を二人連れてきました。一人はエミたちの弟子で、もう一人は以前知り合いになった友人です。順番が逆になっちゃいましたけど今から鬼門のところに行ってきますね」
 
「わかりました。お待ちしています」
 
鬼道達を伴って入り口の方に戻る。
 
「横島君。今の方々はどなたや? どうやら人間やなかったようやけど」
 
「俺と応対していたのが小竜姫さま。この山に括られている龍神で武神。修業場の管理人で通常の修業は小竜姫さまがつけてくださる。剣の腕では俺なんか全然かなわないし、制限をかけられずに人界にとどまれる神・魔族の中では最高クラスの方だよ。道場主は別にいるんだけど、道場主の斉天大聖老師は一番きつい修業以外ではめったに出てこられない。隣にいらしたのが小竜姫さまの友達でヒャクメさま。天界の下級神族で文官。現在は妙神山に出張中だとか。下級神とはいえ霊視能力に関しては上級神族以上かもしれないな。後ろにいた女性の方がワルキューレ。魔界の正規軍特殊部隊の大尉で彼女も小竜姫さまと同じくらい強い。射撃の名手でもあるね。その隣にいた男性がワルキューレの弟でジークフリード。魔界正規軍の情報将校で少尉。二人とも神界と魔界の人材交流のためのテストケースとして妙神山に滞在しているんだ」
 
「そうそうたる顔ぶれやなあ」
 
イギリスでアモン達と出会っているから魔族と聞いても全然気にしてないな。
 
「そうだな。さて、本来は妙神山修業場に入る前に入り口の鬼門たちと戦って修業を受ける資格があるか見極められることになっていて、それから入場を許されるんだ。順番は逆になったけど今から二人に鬼門たちの試しを受けてもらうよ」
 
「了解ですジャー」
 
――結果から言うと、タイガーが精神感応で鬼門の動きを止めて夜叉丸が止めを刺した。(当然だが殺したわけではない)時間は42秒。
                   ・
                   ・
修業の方も問題なく終わった。
鬼道の影法師は夜叉丸とそっくりの姿をしていて、それだけ夜叉丸との親和性が高いのだろう。
最初の二戦で着物が陣羽織になり、無手が日本刀を所持するようになった。
攻撃力、防御力、敏捷性どれをとっても令子ちゃんの影法師ほどではない。
しかし令子ちゃん以上に危なげなく試合を運び、最後の小竜姫さまにも何度も神剣で斬りつけられながらもすんでのところで致命傷を避け、影法師の左肩を切りつけられた時に肩を犠牲に小竜姫さまの剣の持ち手を蹴りつけて剣を弾き飛ばして勝ちとなった。
この辺は小竜姫さま自身が以前より強くなっているのでもう少し手加減した方がいいと教えておこうか?
タイガーはスリムな男性型の影法師を持っていた。
しかし、頭部だけ虎なのでまるで某有名覆面レスラーのようだった。
精神感能力を使い最初の二戦は危なげなく戦い、マントとバグ・ナウ(虎の爪という名前のインドの暗器指の間から刃が出るように握りこむ)を手に入れた。
ところが精神感能力が小竜姫さまに届かなかったために苦戦を強いられるも、精神感能力で影法師の形を本物の虎の形にするという荒業を行い、形状変化のために空振った小竜姫さまの剣の下を潜って体当たりをして押し倒すことに成功した。
どちらの場合も小竜姫さまはそのまま戦闘を続行することは可能だったが殺し合いをするためにやっていたわけではないのでそのまま合格とあいなった。
 
と、まぁそれはいいのだがよくよく考えれば影法師で戦っては針をどう使いこなしたか見ることはできないし、鬼門たちとの戦いでも針を使わなかったので俺の目的は果たせなかったことになる。
まぁそれでもいいかと思いかけていたら鬼道の方が小竜姫さまに相談してくれて、小竜姫さまの提案で俺と鬼道が試合をすることとなった。
ルールは殺さないことと、俺は文珠と定型式の霊波刀の使用を禁止すること、ユリン、ゼクウ、心見のサポートも禁止された。
 
「それでははじめてください」
 
針の使い方を見ることが目的なのでまずは相手の出方を窺った。
 
「行きい!」
 
影から飛び出した二万本の針のおよそ七割がまるで蛇のように俺に向かって飛来する。
俺はその針を霊波刀で薙ぎ、あるいはサイキック・シールドで防いだ。
その度に針が百本単位で床に撒き散らされ蛇はだんだん小さくなっていく。
 
おかしい、鬼道が使いこなせるようになったという割には単調だし、これならわざわざ針を使う必要はない。
 
……咄嗟に左に飛んだ。
背後から無数の針が俺の背中に向けて飛んでくるところだった。
そして着地点に落ちていた針が起き上がり俺の足を刺そうとしたので足からサイキック・シールドを出してシールド越しに着地する。
 
「流石やなぁ、完璧に意表をついたとおもったんやけど。でもまだボクの術中やで!」
 
さっき払い落とした針が全て空中に舞い上がる。
俺は全方位を針に囲まれてしまった。
 
「乱舞!」
 
鬼道の合図とともに針が俺に襲い掛かってきた。
今度はさっきのように塊ではなく一本一本が違う動きをしている。
俺に向かって飛来するものでも手足を牽制するもの、急所を狙うもの、フェイントをかけるものがいるし、それも直線で飛来したり、弧を描いたり、針同士がぶつかり合って方向を転換したりと予測がつかない。
その上に全方位から襲い掛かってくるので死角なんていくらでもあるし、さっきのように待ち受けて刺そうとするものもいる。
針に囲まれているために気配を察することも不可能だ。
 
鬼道の奴、まさか二万本の針を一本一本制御しているのか!?
だとしたら天才どころじゃない。人間業じゃないぞ!?
 
霊気を布のように展開して払わないと移動することもかなわないし、払っても力に逆らわないので地面に落とすことは可能だが破壊することが難しい。
一つ一つの針の攻撃力はさほどでもなさそうなので一ヶ所二ヶ所刺されても致命傷には程遠いがどうしたって動きが鈍るし、動きが鈍れば更なる餌食になってしまう。いくらダメージが小さくたって何ヶ所も刺されればそれでおしまいだ。
霊波刀を伸ばしたり鬼道に攻撃する暇を与えてくれないし、できたとしても鬼道の所には夜叉丸と数千本単位の針が防御のために残されている。
はっきり言って戦いにくい。
 
「夜叉丸! いきい」
 
って、ここで夜叉丸の投入か。
 
すると今度は針の動きが変わった。
こちらに切っ先を向けるだけで動かない。
流石に夜叉丸と針の同時制御はできないのか?
いや、油断はできない。
 
俺はいまだに針に囲まれていて身動きが不自由だが、夜叉丸が移動する際にはその部分の針が勝手にどいて移動の妨げになっていない。
しかも夜叉丸の腕には針が集まってきていてまるで槍のようになっている。
夜叉丸の動きは敏捷で、力も強い。
攻撃力はさっきと段違いで一発もらえばそれで決まりかねない。
しかもこちらが攻撃しようとすると防御に専念するので移動すら困難な状況ではダメージを与えられない。
 
「まいったな、こりゃ。サイキック・シールド!」
 
それでもさっきの乱舞よりは動きに多少の余裕ができたのでサイキック・シールドをドーム型に展開して俺自身を包み込んだ。
夜叉丸の槍もシールドを突き破れない。
 
「いやらしい戦いかただなぁ。こっちがやりたい事を何にもやらせてもらえず、一発一発が軽いとはいえ蓄積するダメージを狙ってそれが駄目ならこっちの移動を制限して夜叉丸で攻撃か。無論これは褒め言葉だぞ。だが、式神使いの弱点はスタミナ。このまま睨み合っているだけではそちらが不利だがどうする? 夜叉丸の攻撃でも貫けない防御力の持ち主相手には?」
 
「おおきにな。それにしても流石や横島君。せやったらボクのとっときをお見せするわ。しっかり防御してな。……夜叉丸、鳳!」
 
夜叉丸の体に針が集合する。
それはすぐさま夜叉丸と二万本の針で構成された大きな鳥の姿となった。
 
「いったれー!」
 
夜叉丸の腕に集まった針が巨大な嘴となってシールドにものすごい勢いでぶつかってきた。
それだけじゃない。鳥を構成した針がシールドにぶつかると同時に奥のほうにあった針も次々とシールドにぶつかる。
夜叉丸と二万本の針の一点集中攻撃……。
流石に洒落になんない!
盾が持たないとふんだ俺は自分の前に新たにサイキック・シールドを展開すると今にも破られそうな盾に霊力を過度に注ぎ込み爆散させた。
至近距離で爆発に巻き込まれた夜叉丸は盾の破片を避けきれず倒れ伏し、その衝撃で鬼道も気絶する。
 
「あ~、洒落になんないな。どうにか勝った~」
 
俺もそのまま地面に座り込む。
霊力とかスタミナとかじゃなく、神経が磨り減った。
 
「お見事でした。マスター」
 
「鬼道のやつ本気で強いよ。相性の問題もあるけどうちの事務所の人間で確実に勝てそうだと思えるのはカオスくらいだわ。ってカオスは正式にはうちの事務所の人間じゃあないか。まぁ勝てないとは言わないし、負けたとしても楽には鬼道に勝たせないだろうけどな」
 
鬼道に勝つには霊能力より智謀で上回らないとこちらに何もさせてくれなさそうだ。
 
「見事な戦いぶりだったな。お前も、あの鬼道という人間も」
 
「本当です。特にあの鬼道さん、いくら横島殿が切り札とサポートを使わずにいたとしてもあそこまで横島さんを苦しめるとは思いませんでした」
 
ワルキューレとジークがこちらに寄ってくる。小竜姫さまとヒャクメさまは倒れた鬼道を起こしてこちらに連れてきた。
 
「あ~負けてもうたわ。結構いいところまでいったと思ったんやけどな」
 
「あ~、お陰で大辛勝だったよ。……なぁ鬼道、お前本気で二万本の針を制御しきったのか? だとしたら人間業じゃないぞ?」
 
鬼道は苦笑する。
 
「それは流石に無茶やわ。種明かしをすると針の一本一本に条件付けしとったんや」
 
「……どういうことだ?」
 
「この針もエクトプラズムで作られた式神やからな。一本一本に夜叉丸ほどでないにしろ思考力も意思ももっとる。せやから一本一本に個別に条件付けしたんや。例えばお前はまっすぐ突っ込んで手を狙えとか、右に曲がりながら急所を狙えとかな。それから共通した条件で夜叉丸が前にでたら動くな、夜叉丸が近くにきたら道を開けい、攻撃されたら力に逆らうな、てな具合にな。一本一本が同じ外見やし、動き回るし数も多いからパターンで動いたってちょっと見分けはつかんやろ? ボクが制御したんは最初のと、夜叉丸の槍と、最後の鳳だけであとは展開するのに必要な霊力をおくっとっただけや。基本的な動きは横島君の『賽の監獄』をベースにさせてもらったで。」
 
「……お前は本気で秀才だわ。しかも天賦の才能を超えるほどのな」
 
「おおきに」
 
鬼道がいい笑顔を見せる。
この分じゃこの先もまだ強くなりそうだな。
それはそれで楽しみなのだが正直今日はしんどかった。



[513] Re[28]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/18 10:34
 ≪小竜姫≫
 「竜神の王子が行方不明?」
 
「ええ。竜神王様は今、地上の竜族たちとの会議のため、こちらに御降臨なされているのですが、その間ご子息を私に預けていかれたのです。ところが殿下は[てれび]でご覧になられた[でじゃぶーらんど]に行きたいと仰せになられまして。本来であればお望みをかなえて差し上げたいところだったのですが。……身内の恥をさらすようですが地上の竜神族の中には仏道に帰依した竜神王様を疎ましく思われているものもおりますし、特に此度のご降臨にあらせられましては殿下のお命を狙う計画もあるという未確認の情報もはいっておりました。残念ながら殿下滞在の折に魔族が妙神山にいることを快く思わない竜神族の文官のせいでワルキューレもジークも一時的に魔界に帰ってしまいましたし、ヒャクメは竜神王様つきの文官なので会議に参加しなくてはなりませんでしたので人界に不慣れな私一人ではとても殿下をお守りしきれないと考えすげなく断ってしまいました。そうしたら殿下は竜神王様の武器庫から結界破りをくすねておいたらしく妙神山の結界を解除してお一人で人界に降りてしまわれました。慌てて後を追ったのですが、やはり人界にはまだ不慣れなものですから見失ってしまって」
 
「ふーん。神様も人間もガキは同じようなものね」
 
美神さん。いくらなんでも殿下をガキ呼ばわりするのは……。
 
「他に頼れる人はいないのです! 下手に騒ぎ立てては竜神王様をこころよく思わない地上の竜神族を刺激してしまうかもしれませんし。内密で殿下を妙神山に連れ戻したいのです」
 
「……条件付なら引き受けますよ」
 
まさか横島さんが? ……どのような条件なのでしょう……。
 
「俺も護衛に回りますから殿下をデジャブーランドに連れて行ってやってくれませんか? 神だろうと、人間だろうと子供が子供らしくいられないっていうのはどうもね」
 
……どうやら私は疑心暗鬼になっているようですね。
情けない。
 
「殿下はすでに齢700年を超えておりますが竜神族から見ればまだご成人前。ですが、竜神王様がどれほど殿下を思っておられてもお立場が殿下と共にいる時間を削ってしまわれて殿下もお寂しく思っていたことと思います。横島さん。お願いできませんでしょうか?」
 
「もちろんです。ついでにジルとケイも連れて行きましょう。……護衛には俺と小竜姫さま、鬼門、ゼクウにユリン、ジル、五月もデジャブーランドを気にいってたようだし来て貰おうかな。後は天龍童子に文珠を渡しておけば安心だと思いますけど?」
 
絶対ではないにしろ、それなら妙神山で私と二人でいるよりも安全そうですね。
それにジルさんとケイ君が一緒にいれば同年代で友人と呼べるもののいない殿下もお喜びになられるでしょう。
 
「ユリン、ドラウプニール!」
 
つい先ほどまで行水をしていたユリン事務所の窓から飛び立った。
その数およそ数万羽。
ユリンは霊視もできるしこれならばすぐに見つけることができるでしょう。
 
ところが、突如としてユリン達が事務所に戻ってきます。
 
「どうしたんですか? 横島さん!」
 
何か良からぬことでもあったのでしょうか。
 
「いや、……ただ単に天龍童子が事務所の外でユリンが飛び立つところを見上げていただけだ」
 
と、灯台下暗しというやつですか。
すぐさま事務所の外に出て逃げようとする天龍童子を捕まえて事務所のほうに連れて行きます。
 
「ああー! 放せー! やだー!」
 
「殿下、大人しくしてください」
 
「嫌じゃー! 余はデジャブーランドに行くのじゃ」
 
……本当にしょうがありませんね。
 
「……殿下?」
 
「じょ、冗談じゃ。余は大人しくしておるぞ」
 
……何もそこまで怖がらなくてもいいでしょうに。
 
「今、殿下が[でじゃぶーらんど]に行けますように友人の人間に護衛を頼んだところですからもう少しお待ちください」
 
「それは真か?」
 
「真にございます。ですから殿下」
 
「うむ。余は良き家臣に恵まれたな」
 
すっかり上機嫌。やはりまだ子供なのですね。
 
その後の殿下と横島さんの会話は横島さんが一方的に主導権を握ります。
 
『うむ。余が天龍童子じゃ。此度はおぬしらを余の護衛として家臣にしてつかわす』
 
『家臣……ですか。でしたら殿下、やはり妙神山にお戻りになっていただかないと』
 
『なんだと!?』
 
『護衛として殿下の家臣の末席に加えられたとあれば殿下の身の安全の確保をするのが当然でございましょう? であれば殿下のみが危険にさらされる外遊ではなく結界の張ってある妙神山の方が良い事は自明の理でありましょう?』
 
『それは困るぞ。余はデジャブーランドに行きたいのじゃ!』
 
『それでは家臣という形ではなく友人という形ではいかがですか?』
 
『友……じゃと?…………よかろう。特別にそちを余の友としてつかわす。ありがたく思えよ』
 
『よろしくな。天龍』
 
そのとき偉そうな口ぶりではありましたが殿下の顔は照れくさそうで、とても嬉しそうでした。
殿下のお立場上対等のご友人というものは望むべくもありませんでしたから。
やはりお寂しかったのですね。
 
『でも、何でそんなにデジャブーランドに行きたかったんだ?』
 
『……余は天地四海あまたの竜族の王にして仏道の守護者、竜神王の世継ぎだ。いずれこの頭の角が生え変わり大人になれば父上の後継として王としての職務を助け、学ばねばならぬ。そしてその時も決してそう遠くないであろう。なればそれまでに一度で良いから人間の子供のように遊んでみたかったのだ。我侭を言う事が許される子供のうちに……な』
 
『そうか。じゃあせいぜい楽しまなきゃな』
 
最初から横島さんに頼めばよかったですね。
殿下の最初で最後の望みまで無碍に扱ってしまうところでした。
横島さんは殿下に文珠を渡しますが殿下はそれをたいそうお気に入りになされました。
 
その後ジルちゃんやケイ君と共にはしゃぐ殿下はとても楽しそうでした。
何を思ったのか横島さんは殿下のお洋服([でじゃぶーらんど]に行く前に買い揃えた)と事務所に【消/臭】という文珠を入れたようでしたが。
結局行くメンバーは殿下とその護衛に名前があがった方達、雪之丞さんとケイ君。それに美神さん、六道さんだった。
 
出かけるのが遅くなったこともあり、泊りがけで遊ぼうといった横島さんの言葉に殿下もジルちゃんもケイ君も大喜び。五月さんもとても嬉しそうでした。……[でじゃぶーらんど]というのはそんなに楽しいところなのでしょうか?
                   ・
                   ・
[でじゃぶーらんど]はものすごいところでした。
祭りでもこれほどのものはないでしょう。
何か特別な日なのかと訪ねたら逆に今日は平日だから人手が少ないといわれてしまいました。
この場所は毎日こんなことをしているというのです。
人間が遊興に注ぎ込む力というのはものすごいものなのですね。
殿下も驚くやらはしゃぐやらで。
私達の行き先は基本的に殿下とジルちゃんとケイ君の合議制で決定されましたがそれでもその場にいるだけでとても楽しかった。
殿下と五月さんは[ぐれーと・うぉーる・まうんてん]という乗り物がお気に入りのようで、特に五月さんは周りの乗客がまるで断末魔のような悲鳴をあげる中、一人普段は決して見られない満面の笑みを浮かべています。
逆にジルちゃんと六道さんは[めりーごーらうんど]がお気に入りで、横島さんと一緒に白馬に乗って喜んでいました。横島さんはとても恥ずかしそうでしたけど。
私も……いえ、私は殿下の護衛です。
そしてその日はいつの間にか横島さんが予約していたすぐ隣にあるホテルに宿泊しました。
横島さんとゼクウ殿、ユリン(それとケイ君)が護衛として殿下と同室です。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「殿下も、ケイ殿もはしゃいでおいででお疲れのようですな。すぐに眠ってしまわれた」
 
「しょうがないさ。初めての経験だったんだろうから」
 
「……過去のことを考えておられか?」
 
「……当たりだ。それとメドーサの事をな。イームの鼻は使い物にならなくしているから明日遊んでいる間くらいはバレないだろうけどどの状態でバラすかな。……いっそのことこのまま妙神山まで何事もなく帰してしまうっていうのもありなんだけど」
 
本人ではないとはいえ、あのときのことを考えればできうる限りのことはしてやりたいよな。
 
天龍童子。
かつて俺が【荒神】であった頃父である竜神王を説得して竜神族を纏め、人間を護るように仕向けてくれた俺の恩人。
その働きがなければいかに小竜姫が竜神王の血縁であったとしても、あるいは竜神族は神族から離反しなかったかもしれない。
そして力を持たない人間を護るために率先して戦場に赴き、未熟といえど竜神王の血を存分に役立て力を振るい、意外と言っては失礼だが堅実な軍略で人間の被害を抑えた。
恐らく、歳を経れば本人の言うとおり名君になる素養は高かったのだろう。
そしてそれを振るいきれぬまま、戦場に散ってしまった。



[513] Re[29]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/19 04:39
 ≪横島≫
 ……ここはやはり誘うか。
イームとヤームは能力こそ高くはないがいったん恭順すれば天龍に反逆する奴らではない。
言い方は悪いが困窮に陥っている時に差し出される手はそうでないときに差し出される手の何倍もの価値があるからな。
天龍も王となるのであれば信用できる部下は絶対に必要だし、それは多いほうがいいからな。
それにメドーサは頭が切れる。
裏に隠れてこそこそ動かれるよりも誘き出したほうが対処しやすいはずだ。
【消/臭】の文珠を天龍の服から抜き取ると代わりに【守/護】【防/衛】【堅/守】【耐/魔】の双文珠を持たせたユリンを天龍の陰に潜ませた。
 
デジャブーランドを堪能した天龍がいざ事務所に帰ろうとする矢先、広域探査をかけていたユリンにイームとヤーム、それからそれを監視するように遠く離れた位置にメドーサと勘九郎。
役者はそろっている。
とはいえそろいすぎかな。
 
小竜姫さまに耳打ちをする
 
『つけてくる奴がいます。背後関係をあらいたいのでいったん離れていただけますか?』
 
『わかりました。くれぐれも殿下をお願いいたします』
 
ワルキューレ達に土産を買ってくるという名目で小竜姫とジルがいったん離れた。ちなみに土産は昨日のうちに購入して今頃はすでに小鳩ちゃんが預かっててくれてるはずだ。とりあえず人気が少ないほうに誘導していくとイームとヤームが追跡してきた。
 
「い、い、いたんだな、アニキ……!」
 
「さすがお前のハナは竜族一だぜ、イーム!早いとこガキ捕まえちまおう!」
 
「ぬぅ、貴様ら何者じゃ!」
 
「キシャアアアア!」
 
答えもせずにイームとヤームが正体を現す。
 
鬼門達もすぐに変身をといて天竜の前に立ちふさがった。
 
「ここは我ら鬼門がお引き受けいたす、おぬしらは殿下を頼む」
 
「ガハハハハハ! 聞いたか、イーム! たかが鬼の分際で竜族と互角に戦えると思っていやがる」
 
「え? あ? よ、よく聞いてなかったんだな。でもガハハハハハ!」
 
「くらえ!」
 
「うおお!」
 
ヤームの角から放たれた攻撃が簡単に左の鬼門を無力化する。
 
「ひ、左の!」
 
動揺する右の鬼門が背後から前蹴りを喰らって倒れ伏した。
 
五月だ。
 
「戦闘中に動揺するな馬鹿! 全く。……とはいえ鬼が馬鹿にされたままというのも業腹だ。俺が相手してやるからかかってこい」
 
「ガハハハハハ! たかが鬼の、それも女が一人で俺達の相手をするだってよ」
 
「こ、今度は聞いてたんだな。ガハハハハ!」
 
あ、まずいな。
 
ten seconds in the hell
ほんの十秒間、この場は地獄と化した。
 
「あ、あがががが」
 
「……で、たかが鬼の、それも女が何だって?」
 
五月が起き上がれないヤームの頭を軽く蹴って尋ねる。
な、情け容赦なく殴り倒したな。
いや、一応息はしてるしかろうじて会話もできるボロ雑巾を見ないようにケイに目隠しをしてくれた冥子ちゃんと耳を塞いでくれた令子ちゃんに感謝だ。
どっちもなかった天龍は俺の後ろに隠れて真っ青になってガタガタ震えていた。
……トラウマにならないといいんだが。
五月は誇り高いからなぁ。
 
……倒れただけの右の鬼門も怯えているぞ。
 
「五月、とりあえずその辺にしておいてくれ。それ以上やられると言質が取れないから」
 
「……まぁいいか。良かったな、お前ら。今日の俺はすこぶる機嫌が良いんだ」
 
機嫌が悪かったら止めに入る必要があったんだろうな。
とはいえ見た目のダメージは大きいものの、後遺症が残るような殴り方はしていないようだし。
 
サイキック・シールドを展開。
飛んできた霊波砲から天龍を護る。
 
「全く、役に立たない奴らだね」
 
「だ、だんな」
 
前の時と同じようにフード付のローブで顔と体を隠しているが間違いなくメドーサと勘九郎だ。
 
「まぁいい。ガキを見つけてくれた駄賃だ。受け取りな!」
 
俺達を取り囲むように火角結界が張られる。
サイズが小さいし双文珠で問題なく解除できそうだな。
 
怯える天龍の頭を撫でる。
 
「お待ちなさい! 仏道に乱し、殿下に仇なすものはこの小竜姫が許しません! 私が来た以上、最早往くことも退くこともかなわぬと心得よ!」
 
「小竜姫……!」
 
「この間は顔見せだったが今回は相手をしてやるよ!」
 
メドーサと勘九郎がフードをローブを脱ぐ。
 
「勘九郎!」
 
雪之丞が吼える!
 
「残念ね、雪之丞。この間の決着をつけてあげたいけどあなたはここで死ぬのよ」
 
「そうか、じゃあぜひとも相手をしてやってくれ」
 
俺がメドーサ達の死角で結界を【解/除】するとすぐさま雪之丞が魔装術を纏って飛び出した。
 
「ちっ! いったいどうやって」
 
「横島さん。ここは私と雪之丞さんで抑えますから殿下をよろしくお願いします!」
 
……まだ武人としての癖が残ってるな。俺を天龍の護衛から外せなくともジルか五月かゼクウを残しておけばらくだろうに。
まぁ、そこまでいってしまえば小竜姫さまじゃないかな。
芯は俺と違って生粋の武人なのだから。
 
俺が天龍を、右の鬼門が左の鬼門を、ジルがケイを、インダラが令子ちゃんと冥子ちゃんを運び、なんだかんだいってイームとヤームは五月が担ぎ上げて運んでやっていた。
 
「行かせるか!」
 
メドーサが髪からビッグ・イーターを呼び出す。
 
「させません!」
 
小竜姫さまがすぐさまその間に割って入る。
 
「ゼクウ!」
 
「承知!」
 
わずかに現れたビッグ・イーターもゼクウの剣に切り払われた。
                   ・
                   ・
適当なところまで離れてからイームとヤームから事情聴取。
 
「殿下……! 申し訳ありませんでしたっ! 俺…… 俺……利用されているだけとも知らず、大それたことを……!」
 
「もうよい! ……そ、その、罰はもう十分受けたようだしな。そんなことより何故こうなったかを話せ!」
 
「へい……! 俺たちゃその昔竜族の下級官吏でやした。それが職務怠慢を竜神王さまにとがめられ、地上へ追放されたんでやす」
 
「それで父上と余を恨んでおったのか」
 
「へい! そこへあのものが現われやして、恨みを晴らし役人に戻れるチャンスだと……正体はわかりやせんでしたが、本人はそのようにいっておりやしたし、あれほどの霊格てっきり竜神の偉いさんかと思って信用したんでやす。それにその時は竜神王さまの会議が終わるまで閉じ込めておくだけだといわれてやしたし」
 
「んなてで魔族にひっかかるなんてバカなんじゃないの? 竜神なんて辞めていかがわしい新興宗教にでも洗脳してもらえば?」
 
きついな。……まぁ俺も同感だが。
五月も呆れた顔をしている。
 
「……ふむ。話はわかった! お前達、余の家臣となれ」
 
「えっ……なんてもったいない……!」
 
「そなたらも根っから邪悪というわけではないだろうし、此度のことは元々余の我侭からはじまったことじゃからな。そういう意味ではお前達も被害者といえんわけでもない。家臣となれば父上にお前達のこともとりなしてやろう」
 
「あ……ありがたき幸せ!」
 
「どうじゃ、横島。余も中々の名君であろう?」
 
「経緯はどうあれ自分の命を狙う片棒を担いだものにそれだけの度量を示すことができるのは名君の素養があるってことだろうな」
 
……来たか!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪メドーサ≫
 いったいどうなってるんだい!
 
脇腹を押さえながら後退する。
左肩に負った傷も深くはないとはいえ軽視できるものではない。
小竜姫の剣技はもっと教科書剣法で真っ正直にしかできなかったはず。
なのに蹴りだと!
こちらが邪道で攻めたのを完璧に防ぎ、そのまま蹴りを見舞ってきやがった。
意表をつかれたところに突きのおまけつきだ。
思った以上に邪道になれてやがる。
 
勘九郎の方も終始あの雪之丞とかいう坊やに押されているしこのままじゃジリ貧だ。
 
「あきらめなさい! メドーサ!」
 
畜生が。
 
あたしは観念したように刺す又を下ろす。
 
一拍の間で勘九郎ごと雪之丞に向かって特大の霊波砲をお見舞いする。
しかしそれも間に入った小竜姫に防がれてしまった。
油断もしていなかったか。
一体全体どういうことなんだ。
 
……でもね、それだけでもあたしには十分なんだよ。
 
【超加速】状態にはいってもう一発霊波砲を放つとすぐに天龍童子が逃げたほうに飛ぶ。
こうなりゃ天龍童子だけでも殺してやる!
 
いったん加速を解いて飛び、そう離れていないところにあいつらを見つけた。
 
再び【超加速】に入ると天龍童子目掛けて襲い掛かる。
しかしその一撃はゼクウとかいう神族に防がれた。
 
【超加速】ではないようだがどうやって?
すると今度は横島とか言う人間がなんと【超加速】に入ってきやがった。
どうなってやがるんだ!?
 
……考えている暇はない。ありったけのビッグ・イーターを呼び出すと横島相手に切りかかる。
 
人間なぞすぐに切り払えると思ったが横島はあたしの剣を受け止めた。
それどころかカウンターをあわせて来やがった。
何度か打ち合っても横島はことごとくを防ぎきる!
二度目だったこともあり、【超加速】を維持できなくなってしまった。
 
ビッグ・イーターもそのほとんどをゼクウと天使の小娘、鬼の女に髪の長い人間の女に倒されてしまっている。
奥では髪の短い人間が鬼を従えけが人と子供を庇っていた。
唯一その防御網を掻い潜ったビッグ・イーターもイームが天龍童子を体で庇ったお陰でイームを石化するにとどまった。
天龍童子は強力な守護結界に護られてもうビッグ・イーターじゃ手が出せない。
 
「よ、よくも余の家臣を!」
 
天龍童子の角が生え変わった!?
 
天龍童子の剣から発せられた霊波砲はあたしの体を消し飛ばすような威力を見せた。
目覚めたばかりとはいえ、これが竜神王直系の力なのか……。
 
「殿下、ご無事ですか?」
 
ちっ、もう追いついてきやがった。
これまでか。
 
……いや! こんなところで終われるか!
 
最後に残された力でほんの一瞬だけ【超加速】に入ると手近にいた横島に口づける。



[513] Re[30]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/20 12:08
 ≪横島≫
 虚をつかれた訳ではなかった。
反応できなかったわけでもなかった。
故に、避けようと思えば可能だった。
ただ、それをしなかった。
 
メドーサが俺の中に入ってくる。
メドーサは俺をる知るだろう。
同時に俺もメドーサを知ることができる。
アンフェアな方法だが、俺の体内に潜むことを選択したのはメドーサなのだから我慢してもらおう。
俺はメドーサをより深く霊視(みる)ために意識を埋没させた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪メドーサ≫
 ……ここは地獄か?
私は横島と言う男の中に霊基構造を移して、こいつの霊力を吸収して復活する。
それでよかったはずだった。
ところが、この場所はあたしが知るどこよりもひどい場所だった。
何の救いもない。
ただ【死】と【殺戮】がそこらじゅうに溢れていた。
そうかと思えば何もかもを焼き尽くさんとする炎。
何一つ生命を感じぬ凍てついた大地。
そして無限に続く闇。
あぁ、ここはまさに地獄なのだな。
あたしなんか、こんなものに触れたら一瞬で殺されてしまうだろう。
だがあたしは生きている。
このあたしの周りを温かな膜が包み込み、護っていた。
この地獄の名前は横島忠夫。
この温かな膜の名前も横島忠夫。
だが、この膜が曲者だ。
この膜は私から全てを奪っていく。
あたしが昔捨てたものを無理やり押し付けようとする。
駄目だ……この膜はあたしを壊していく……殺していく……畜生……あたたか…い……
……とう……さ……ん。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 ……この天井は、妙神山か。
 
「横島さん! お目覚めになりましたか!」
 
「小竜姫さま。……三日ぶりですね」
 
「え、気を失ってたのでは?」
 
「外の状況は掴んでいました。ただ、意識を内側に集中していたので外側に干渉できずに気を失っているような状況になりましたけどそれより天龍はまだ妙神山にいますね?」
 
「えぇ、皆さんこちらに滞在しています」
 
「案内してもらえませんか?」
 
「わかりました」
 
広間に着くと皆が喜んで迎え入れてくれた。
とはいえ、これからか。
……どうでもいいことだが、まさか男の身で産みの苦しみを味わうことになるとはな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪天龍≫
 横島。
よかった。せっかくできた友を早々になくしたくはないからな。
馬鹿者め、余にこのような心配をかけおって。
……泣いてない。
余は泣いてなんかいないぞ!
 
突然横島が悶え苦しみだした。
慌てて駆け寄ろうとする余たちを手で制するとそのまま喉元に手をやる。
横島の喉がありえないくらいに膨らむと横島は一つの丸いもの、卵を吐き出した。
 
卵にはすぐにひびが入り、中から一匹の真っ白い蛇が這い出してきた。
 
「メドーサ!」
 
剣を抜こうとする小竜姫を横島が押しとどめる。
 
「天龍。お前は竜神王の息子で、成人した以上はそれなりの権限があるな?」
 
「うむ。確かに今は官職についているわけではないが、それなりの権限と人材を動かすことは可能だが」
 
「頼みがある。……今から1800年前、メドーサが堕天する直前に起こした南海竜王の館で璧が盗まれた事件について調べてはもらえないか? 当時の北海竜王第二妃と南海竜王が第三妃、それから法海という竜族について重点的にだ。頼む!」
 
横島は余に土下座をして頼み込んだ。
……。
 
「……横島、怒るぞ?……友に頼みごとをするのに土下座などするでない! 小竜姫、余について参れ。余はいったん天界に戻るぞ! 妙神山のことは申し訳ないが余が斉天大聖老師にお頼みする」
 
「はい!」
 
余とて伊達に竜神王の息子ではない。人を見る眼だけは養ってきたと自負しておる。
あの横島があそこまでする以上、必ず何かある。
ならば友としてその期待に応えぬわけには行かぬ!
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 聞いたところによると勘九郎はメドーサが放った霊波砲のドサクサに逃げ出したらしい。
雪之情が悔しそうに言っていた。
 
事務所に戻りたまった仕事を片付けること5日間。
その間、メドーサは常に俺の肩に巻きついていた。
令子ちゃんたちは少し嫌そうな顔をしていたが、メドーサのことにこだわっているのだろうか?
こちらではそれほど因縁はまだなかったはずだが。
 
小竜姫を伴った天龍が六日目に現れた。
小竜姫の瞳が真っ赤に充血している。
ある程度までは知ったようだな。つまりは成果があったということか。
 
「待たせたな。横島」
 
「すまなかったな、天龍」
 
「気にするな。……結果から言うぞ? メドーサの南海竜王が璧の盗難の嫌疑は晴らすことはできた。だがいかんせん地上の竜王の妃が関わっておったからな。政治的な問題になるゆえ、父上とも相談してメドーサの仕業ではないということを証明するにとどまってしもうた。よって、残念ながら北海竜王妃と南海竜王妃を捕らえることはかなわなかったが、法海に関してはその後も似たようなことを続けておったようで余罪が面白いほど出てきおってな。近く厳しい沙汰が父上から下ることになるであろう。それで、メドーサのことじゃが、確かに盗難の嫌疑は晴れて、そもそも魔族に堕天させたことがこちらの過ちじゃったのだが魔族となってから行ったことまずくてのう。神族の兵を十数人殺害し、母を殺し、ここ1000年はテロリストのような真似をしどうし、無罪とすることなどできようもない」 
 
確かにな。
メドーサは確かにやりすぎた。
だが、今ここにいるメドーサは恨みも憎悪も俺の中においてきて、半ば白紙、半ば生まれ変わって別人になったようなもの。
 
「よって、魔族メドーサは余、直々に討ち取った。異論はあるまい?」
 
討ち取った?……そういうことか!
 
「新たに生まれたその竜神は妙神山で引き取ることになる。竜神とはいえ幼きころは蛇や蜥蜴とそうは変わらぬからな。人界でも神界に近い妙神山で育てたほうが間違いはなかろう」
 
それもどうりだな。俺の傍にいて仕事中に陰気の影響を受ければ魔に堕ちかねない。
 
「小竜姫さま、メドーサをお願いします」
 
「はい……今度は、今度こそはずっとお姉さまの味方です。私がお守りします」
 
やはり知ったか……
メドーサは小竜姫さまに擦り寄るように伸ばされた手に絡み付いていく。
小竜姫は涙をこぼしながらその頭をいとおしげに撫でた
 
「手間をかけさせたな、天龍」
 
「何を言う。お前は余の最初で最後の我侭を聞いてくれたのだぞ? まだ足りないくらいだ。それにあれしきの仕事、余が受けたメリットに比べればむしろこちらが情報提供に感謝をせねばならぬくらいだ。何しろ長年指名手配のトップにあったメドーサを余が直々に滅ぼしたことで余の名声を竜族の中に知らしめ、長年こそこそと裏で悪事を働いてきた法海を捕らえたことで芋蔓式竜神の中の腐った膿みを出すことができた。これで余の力を侮っていたものたちは一同になりを潜めたぞ。それに北海竜王妃と南海竜王妃のスキャンダルを掴むことによって父上の交渉もこちらの有利に運ぶことができたからの。それに北海竜王、南海竜王の耳に入ったことだし妃達は余が何もせずとも相応罰は下されるだろうて」
 
そう言って天龍は快活に笑って見せた。
 
「天龍。……お前って以外に策士なんだな」
 
「そう言ってくれるな。子供とはいえ700年も腹芸と、下心のあるゴマすりと、愛想笑いの中で生きてきたのだ。多少は身につけんと……な」
 
それが王という、権力という化け物と戦うための手段ということか。
 
「とはいえ、死んだ者の名前で呼ぶのは如何にもまずいであろう? 横島、お前がこの竜神に名前をつけてやるがいい。何しろお前がお腹を痛めて生んだ子だからな」
 
「するってえと俺は未婚の父か?」
 
……なんだ? 一瞬この場に奇妙な空気が流れたぞ?
小竜姫さまは顔を赤らめてるし?
 
「ま、まぁなんだ。横島、早く名前をつけてくれ」
 
「白娘姫(はくじょうき)はどうだろう?」
 
「白娘……『白蛇伝』ですか?」
 
流石に小竜姫さまは気がついたか。話を知っているだけに顔を少ししかめる。
 
「仇の名前も法海だしおあつらえ向きだろう? あの話も変形が多くて、白蛇の化身、白娘子(ハクジョウシ)が盗みを行いながら許宣という人間の男と結婚したのを法海和尚が見破って鉄鉢にとじこめ、鉄鉢を西湖のほとりの雷峰寺のまえに埋めたという話もあれば、白娘子と許宣の恋を祝福し、二人のなかに子どもの生れる筋としたり、二人の妨げをする法海を悪人とし、最後には蟹の腹にとじこめたり、たたきころしたりする結末をとる変形もあるからな」
 
「そうですね、それを考えれば適当かもしれません」
 
「うむ。竜神王が第一子、天龍童子の名において新たな竜神の誕生を祝福するぞ! 宴じゃ! 宴じゃ!」
 
天龍が味方になった以上、これで将来的にメドーサ……白娘姫が成人した後あのようなことは起こらないだろう。
                   ・
                   ・
 それはある少女の話。龍は多淫、気に入りさえすれば様々なものと子をなす。
牛、馬、魚、雉、猪、鷲、もちろん人間とも。
少女は龍の母と人の父の間より生まれた。
娘は父親の元で育てられるがやがて父は死に、母親を頼って神界に赴く。
父親は大好きだったし、優しかったが寿命という決定的な差が二人を分けた。
龍の血が入っていたことで人界は彼女を受け入れてはくれなかった。
そしてそれは天界でも。
母である龍は多少は相手にしてくれたものの、それ以外のものは誰一人相手にしなかった。
少女は孤独だった。
 
その少女を孤独から救ったのは幾分幼い一人の少女。
竜神王の血を引く尊き血の出の少女。
幼き少女は真っ直ぐだった。
故に血のことなど気にせずに少女に話しかけた。
少女は聡明であり、人間界のことも詳しかったために幼い少女は少女になついた。
 
やがて二人は仲良く成長して、少女が女性と、幼き少女もまた少女と呼ばれる年齢になったころの話。
 
女性は美しく成長した。
長く美しい髪は並び称するものなしといわれるまでに。
そうなると多淫の龍たちの触手も動く。
女性はそれになびかなかった。信用できなかった。
女性の孤独を救ってくれたのはただ一人の少女だったから。
しかし、それも北海竜王の妾とはいえ妃としての話が来るまでのこと。
女性の母親は嬉々として話を進めた。
女性も断ることのできる相手でも状況でもなく諾々と従った。
少女が無邪気に祝福してくれるのだけが支えだった。
 
それが面白くなかったのは当時の北海竜王の第二妃。
自分の地位が脅かされると思い、親交のあった南海竜王妃と女性に素気無く振られ逆恨みをしていた法海と結び、女性を陥れる。
南海竜王の璧を南海竜王の妃が盗み、北海竜王の妃がそれをメドーサの部屋に隠し、法海がそれを密告する。
単純ではあったが、効果的で、女性は簡単に捕らえられ、ろくに調べられもしなかったし、釈明の機会も与えられなかった。
女性の中に人間の血が流れていたからである。
もしこれが竜神王の耳に届いていれば話は変わったかもしれないが、地上の竜王の管轄のことであるし、誰もそれを竜神王の耳に入れようとしなかった。
母親も、北海竜王もあっさりそれを見捨て、女性は悲しみにくれた。
北海竜王妃は捕らえられた女性の前に現れ醜くゆがんだ顔で自分の策を自慢すると、女性の髪にビッグ・イーターの住まわせ痛めつけた。
 
決定的な破局が起きたのは女性が南海竜王の下に移送されていく際の兵の一人を見てしまったことからだった。
それはあの少女だった。
(少女はあの女性は北海竜王の下に嫁いでいったのだと思い、今移送しているのがあの女性だとはしらなかったのだが)信頼していた唯一の人物にまで裏切られた(と、勘違いした)女性は憎悪をつのらせ魔に堕ちた。その夜、闇夜にまぎれて兵士を殺し、母のもとに行って母を殺し、(少女は見つけられなかったので)十数人の追っ手を殺し(魔に堕ちた女性の霊格は思いのほか高かった)包囲される前に魔界に落ち延びた。
そこで女性は力をつけていく。
竜族を恨み、自分に流れる人間の血を疎み、あの少女に憎悪を向けた。
それが彼女の力の原動だった。
 
……その女性の名前はメドーサ、少女の名前は小竜姫といった。 



[513] Re[31]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/21 05:04
 ≪横島≫
 メドーサの一軒も俺にとってはほぼ理想的な形で解決に至ったわけだが、そうなってくると次の問題は人工幽霊1号のことか。
このまま霊的結界の薄いこの事務所にあっても、よほどのことがない限りは並大抵の魔族、例えばハーピーなどが来たところで撃退することは可能だ。
しかしそれでは周囲に被害が及びかねない。
強力な結界は外側の攻撃から身を護るだけでなく、内側からの被害を外に漏らさないためにも使える。
それ以上に、俺にとっては人工幽霊1号も大切な一人であることに変わりない。
まだ時間はあるとはいえ、メドーサの一件が片付いた以上、人工幽霊1号が消えてしまう可能性は余裕があるうちに除去した方がいい。
 
それと同時に、ユリンに人狼族の里と、天狗の庵へと派遣した。
とうとうユリンが動物の影だけでなく、植物や岩石など精霊が宿るものの影であれば潜めるようになったからだ。
あるいはもうすでにシロは熱病に冒され、シロの父親は片目を奪われているかもしれない。
ただ、シロは昔と言っていたが、俺の予想ではシロの父親が天狗と戦ったのはフェンリル事件よりそう昔ではないのではないかと思っている。
実際年齢の幼いシロにとっては数年でも十分昔であったろうし、主な根拠としては剣士として優秀な人狼族の、里一番の剣の使い手が長きに渡って隻眼であればその弱点くらいは問題ないくらいに対応できるようになっているのではないかと思うからだ。
それに、ポチの剣術は人間にとっては恐るべきものかもしれないが、人狼族の中ではさほど高いものではないと思っている。
フェンリルになれるほどに霊力を溜め込んだ【八房】を用いても、長老とはいえ老いた人狼に七太刀防がれ、剣術の素人でしかなかった俺に一太刀とはいえ幾度となく防がれたのだからな。
だからこそ、隻眼に適応し切れなかったうちにポチに殺された可能性は高いとふんでいる。
欲を言えばもっと早い段階でユリンを派遣したかったのだが、影にでも潜まなければ感覚に優れた人狼族や天狗の監視すらできなかったのが現状だった。
とはいえ、その問題も解決されたのだから後は幸運を祈るより他はないか。
これで最低でも、ポチの出奔を即座に知ることができる。
即死でなければあるいは助けてやることも可能かもしれない。
死んでさえ、……霊基構造に重大な欠損さえでなければ致命傷だとて双文珠で癒すことができる。
ましてや相手は生命力にあふれる人狼なのだからな。
 
原始風水盤のこと。
これははっきり言って読めなくなった。
メドーサが白娘姫となったことで歴史が完全に動いてしまったからな。
そのことに対して後悔はないとはいえ……俺の知っている限りで原始風水盤を製作するくらい頭の回るアシュタロスの部下は道真、デミアンと土偶羅、それにルシオラくらいか。
ワルキューレに殺されたあの魔族については知らないが、ベルゼブブは能力を過信しすぎて力押ししかできそうもないし、ベスパはやろうと思えば可能だろうが、タイプを考えればもっと他の作戦に使った方が有効だろう。パピリオに関しては性格的に向いていそうにない。そもそもあの三姉妹はいまだに生まれていない可能性が高い。
とはいえ、アシュタロスは魔王の一人だ。用立てようと思えばメドーサクラスの魔族はいくらでも用意できるだろう。人間界では最強クラスでも、魔界においては中級の魔族に過ぎなかったんだからな。
ただ、正直言って原始風水盤の事件は実はアシュタロスが用意した神・魔界向けのミスディレクションの一つなのではないかとも考えている。
月の魔力を集めるのとは別で、人間界を魔界にしてしまったところでアシュタロスが目的を果たすための直接的なメリットというのはそれほど大きなものではない。
これを理由にアシュタロスが脅迫を行ったところで事が大きくなる前に魔界の正規軍が鎮圧に乗り出してしまえばそれでおしまい。
その程度では魂の牢獄から抜け出すことは難しいだろうし、地脈をあやつったところで人間界を完全に神界の干渉から断つことは難しい。ジャミング装置に地脈から得たエネルギーを当てれば結局得られる力の大半はそれに奪われ、魔界と化した人間界では魔界のゲートへのジャミングは意味がないので結局地上で魔族同士が原始風水盤の取り合いとなることが容易に考えられる。
いざとなったら聖書級崩壊が起これば人間界を切り捨てるという選択肢を神界、魔界がとり得る以上、この方法は決してアシュタロスが望むものではないはずだ。確かに魂の牢獄から開放されるに十分な戦果は上げられるだろうが、それだけが目的ならばすでに完成している究極の魔体で暴れまわるだけでも十分なのだからな。
アシュタロスが自身の目的を最良の結果で果たすためにはどうしたって宇宙の卵を使う必要があるし、そのためには令子ちゃんの持つ結晶が必要となる。
そうなると、人間界を魔界に変えてアシュタロスにとっては誰ともわからない魂の結晶を持った人間(令子ちゃん)が死んでしまうかもしれない危険をはらむ人間界の魔界化というのはどうにもまずい気がする。少なくとも、エネルギー結晶を取り出す前に令子ちゃんに死なれるという事は、また千年前後の計画の中断を余儀なくされてしまうからだ。すでに反乱を起こした後では千年を待つ余裕など残されなくなってしまう。
では地脈のエネルギーを魂の結晶の代わりのエネルギー源とするのはどうか?
悪くはないが、大量の魔力が一気に送られてくる月の計画とは異なり(それとて無茶に考えられるが)、地脈を用いた場合には地脈からエネルギーくみ上げるための時間がかかるしその間は移動できないことを考えるとこれも難しい。
魂の結晶の精製と異なって一発勝負になる大規模計画を実行段階に移した後に失敗するのはいくらなんでも致命傷だ。
……やはり、エネルギー結晶の所有者が誰だかわかっていない段階での人間界の魔界化はアシュタロスの目的から考えればそぐわない。
メリットとデメリット、成功してしまった時、全ての計画が完全に頓挫してしまうかもしれないことを考えるとどうにもこの計画は失敗を前提にしているのではないかとも思う。
考えてみれば魔族によるG・S界の操作計画にしろアシュタロスにとっては無意味なことに過ぎない。
メドーサは神・魔界の眼を欺くミスディレクションのために用意された捨て駒だったのかもな。
そうなると、原始風水盤の計画を白紙にする可能性もないではないのか。
……何か見落としはないか?
……知っていることも多いが知らないことも多い。現段階ではこれ以上考えても無駄か。
とにかく油断はするべきではないな。
 
タマモのこと。
六道を介さずに、どうにか俺の人脈か権限を国の中枢に伸ばす必要がある。
とはいえ、俺を利用しようとする連中を相手にしたのでは墓穴を掘るようなものだ。
何か方法はないか?
今度はタマモが(公式には)隠れ住まずにすむ方法は?
タマモだけじゃない。
俺の保護を離れたとしてもこの国で妖怪たちが人間と生きることができるための指針を、俺が生きているうちに作ってしまいたい。
 
「兄者、あまり一人で悩むでない」
 
「心見……」
 
「我らもまた、兄者と思いを同じくするものなのだぞ? あんまり全てを背負い込もうとするな」
 
「……すまない」
 
「あんまり兄者が一人で悩んでいるものだから我らも勝手に動かさせてもらったぞ」
 
? 心見が唇の端を持ち上げるような笑みを見せる。
 
「人工幽霊1号に届くように噂を流させてもらった。兄者が霊的防御の高い物件を探しているというな。そう遠くないうちに人工幽霊1号の方からアプローチがあるのではないか? 兄者の実力は知らずともS級のG・Sであればあやつにとってもこれ以上ない宿主にうつるであろうからな」
 
「ゼクウと二人で動いていると思ったらそんなことをしてくれていたのか」
 
俺がそうつぶやくと心見が意外そうな声で問い返す。
 
「なんだ、気がついておったのか?」
 
「そりゃあまあなにかしてくれているなぁとは思ったけど、俺に内緒にしていたみたいだし、心見とゼクウならそう間違ったことはしないだろうと思ったから何をしているかは聞かなかっけどな」
 
ボンッと音がしたんじゃないかと思えるほど、急速に心見の顔が真っ赤になった。
 
「どうした、心見!」
 
「……兄者、多少は兄者の思考パターンは心得ているゆえ我は何も言わぬが、刺されぬように気をつけるのだぞ」
 
などといきなりわけのわからないことを言う。
                   ・
                   ・
「……ごめんください……こちらに……事務所をお探しの……霊能力者がいるとお聞きしまして……」
 
翌日、人工幽霊一号がうちの事務所を訪ねてきた。
 
「ほう、中々見事な人工霊魂だ。……霊魂そのものが自立しておるのか。私のマリアやテレサとは基本コンセプトが異なるが、独力でこれを作り上げたのか。見事というしかないな。なるほど、渋鯖男爵か。極東の島国にこれほどの研究者がおるとは思わなかった。ぜひ生前会ってみたかったものだな。惜しいことをした」
 
「……あなたは?」
 
「私の名前はドクター・カオス。こっちは私の娘のマリアとテレサだ。おぬしとはタイプが異なるが、娘達も私が作り上げた人工霊魂によって動いている。ところでおぬし、もう長くはないようだな。霊力が切れ掛かっている。もって数年というところか」
 
俺は文珠を人工幽霊に渡す。
 
「これは、……霊力が凝縮したものか。ありがとうございます。これでもうしばらくは持ちそうです。横島さん。ドクター・カオスお初にお目にかかります。私は渋鯖人工幽霊壱号。ドクターがおっしゃるとおり、渋鯖男爵によって生み出された人工の幽霊です」
 
「あぁ、はじめまして」
 
「うむ」
 
「はじめまして。ミスター・人工幽霊1号」
 
「私と姉さんのほかにも人口の魂がいたなんてね。よろしくね」
 
「ドクターがおっしゃるとおり私は長くはありませんでした。私は自立して動ける代わりに、優秀な霊能力者の波動を受けねば消耗していずれは滅んでしまうのです。最初は横島さんを試そうと思ったのですが、今受け取った霊力の塊を見てその必要はないと感じました。横島さん。私の本体は旧渋鯖男爵邸の家霊として存在しています。どうか私のオーナーになっていただけないでしょうか?」
 
「だが、俺は今一部の魔族と敵対している。俺がオーナーになってしまえばその邸宅も被害を受けるかも知れんぞ? それと俺は魔族や妖怪とも親交を結んでいる。彼らも事務所に出入りすることになるが?」
 
確認はとっておかないとな。
 
「私はあなたのような霊能力者に所有されることを望んでいた。あなたの霊力は強いだけでなくとても心地が良い。あなただけではなく、この事務所に染み付いた霊力のどれもが強く心地が良い波動を出しています。私は危険であったとしてもあなたが私のオーナーとなってくれることを望みます。妖怪や魔族であってもあなたが招いた方であれば客人として迎え入れましょう。幸い、私はかなり強い結界を張ることができる。あなたの望む条件を満たすと思いますが?」
 
「……交渉成立だな。」
 
「よろしくお願いします。オーナー」
 
こうして俺は人工幽霊1号のオーナーとなった。
結局、かつての仲間のほとんどと、また一緒に戦うのだな。
俺は……。



[513] Re[32]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/22 12:33
 ≪おキヌ≫
 雷様や雷獣が稲妻と共に降りてくるというのは昔よく聞きました。
今でも時々は降りてくるそうです。
でも今日降りてきたのは見知ったお二人でした。
 
「――嵐が行ってしまう……! 詳しいことを話している時間がありません……! この子を……娘をしばらくお願いします……!」
 
「わ、私!?」
 
「お願い! この子を守るには今はこれしか方法がないの!」
 
「ちょっ、マ…」
 
もう一度落雷が起きて、美智恵さんは消えてしまいました。
 
美神さんの手の中には小さな美神さんが眠っています。
 
「ちょっと、何だったワケ?」
 
「令子ちゃんやっぱり可愛いわぁ~」
 
「ごめん。私にもわからないわ。とにかくママに確認してみる」
 
美神さんは私に小さな美神さん、……令子ちゃんを預けるとすぐに美智恵さんに連絡を入れました。
 
「どうなっているんだ? いったい」
 
「美智恵さんはタイムポーテーションの能力を持っているからな。自分の時代でトラブルに巻き込まれたために小さな令子ちゃんを守りきるのが難しくなったんで一時的に誰かに預けに来たんだろう。何でうちに来たかはわからないけど、もしかしたら急いで明確なイメージをできずに時間移動したために縁に引き寄せられたっていうところかもな。」
 
「ミカ姉があれくらい小さいっていうことは……大体15年位前か?」
 
「それくらいかな? 多分5歳くらいだろうから」
 
「……なんであの人の外見がほとんど変わってないんだ?」
 
「俺にもわからん。多分深く追求してはいけないことなんだろうさ」
 
横島さんと雪之丞さんがあまり関係のないことを言っています。
動揺することが少ないうちの事務所でもあの二人はちょっとやそっとでは動じません。
なんというか、[いぎりす]というところに言ってる間に大体の不思議なことには慣れたのだそうです。
 
「――うん。わかったわ。任せておいて。こっちにはみんながいてくれるんだから」
 
美神さんが電話を切りました。
 
「私は覚えていないんだけどこのくらいの歳の時に魔族に襲われて優秀なG・Sに預けようとしてタイム・ポーテーションしたんだって。残念だけどママは過去の自分。死んだことにしていったん表舞台から消えようとしていたころの自分とあって歴史を変えるようなことはしたくないからこっちにはこれないけど、二、三日だから預かってくださいって」
 
「それはかまわないよ。今日は仕事も少ないし、仕事の方は俺が片付けてくるから令子ちゃん……じゃわかりにくいか。レーコちゃんの方はよろしく頼むよ」
 
そう言って横島さんは出て行かれました。
 
一時間くらいして眠っていたレーコちゃんの眼が覚めてからが大変でした。
 
「うわぁぁぁぁあぁぁぁん! ママ!? ママーー!? ママどこなのーー!」
 
以下数時間のことは……思い出したくありません。
えぐえぐとぐずっているレーコちゃんの周りで討ち死にと言った風情で倒れている皆さんの姿から想像してください。
美神さんはソファーにぐったりと倒れこみ、エミさんはまぶたの上にタオルを載せてソファーに寄りかかっています。冥子さんはハイラにぐったりと顔をうずめ、雪之丞さんとタイガーさんはうつ伏せに床に倒れこんでしまっています。
 
「美神家の小さな子供は化け物か!?」
 
一緒にひのめちゃんの面倒も見たエミさんならではの言葉が全てを言い表していました。
肉体的な体力というものに無縁の私でさえ今にも倒れてしまいそうです。
 
「ふぇ、ふぇええ、ふぇえ!」
 
再び爆発の予感。
死に体になっていたみんなの体にも緊張がみなぎります。
かくいう私も覚悟を決めました。
 
「ただいま~!」
 
横島さんが帰ってきました。
ここは身を挺して横島さんを逃がした方がいいでしょうか?
悲壮な覚悟までしてしまいましたが逡巡がその機会をうしなわさせてしまいました。
 
横島さんはぐずりだしたレーコちゃんを抱え上げると優しく尋ねました。
 
「俺は横島忠夫。君のお名前は?」
 
「うぐ、…レーコ」
 
「それじゃあレーコちゃん。ママが迎えに来てくれるまでおじちゃんのところでいい子で待っててくれるかな?」
 
「レーコ……ママが来ゆまで待ってゆ……」
 
「そうか、強いこだ」
 
レーコちゃんはニコリと笑って
 
「うん! レーコママの子だもん! 強くてかっこいいごーすとすいーぱーになゆの……!」
 
か、かわいい。
大人しく横島さんに抱っこされて笑うレーコちゃんはとても可愛かったです。
いつの間にか他の皆さんも復活されてその光景にみいっています。
美神さんは顔を赤くしたり凝視してみたりと複雑なようですが。
 
「何で俺達が何をやっても駄目だったのにそんな簡単に?」
 
「心理学的に言えば人間、特に子供は暖かくて柔らかいものに包まれると安心するようだぞ? まぁ、不安で泣いている子には抱き上げるのも有効な手段の一つというわけだ。後は視線を同じ高さまで持ってくるってことかな?必ずしも特効薬と言うわけでもないけど」
 
それだけではないですよ、きっと。
 
そのあと横島さんが呼んだらしく、ケイ君とジルちゃん、ひのめちゃんを抱いた美衣さん、それとカオスさん達が事務所にやってきました。
子供は子供同士ということらしく、レーコちゃんもすぐに打ち解けて仲良く遊んでいます。
横島さんもその輪の中に引き込まれていって、一緒になって遊んでいます。
横島さんは優しく微笑んでいました。
 
……一人になりたくなって、部屋の外に出ました。
私は幽霊ですから、その気になれば姿を消して、壁をすり抜けて気がつかれないように抜け出すことなんて簡単です。
ですけど……
 
「どうかしたのかね?」
 
カオスさんが気がついたらしく私の後を追いかけてきました。
 
「いえ、何でもないんですよ」
 
「とてもそうは思えんような思いつめた表情をしているのを自分では気がついていないのかね? だとしたら重症だな」
 
私はそんなに思いつめた表情をしているのでしょうか?
 
「私は数少ない君より年上の人間だ。多少なりともアドバイスくらいはできると思うが? 陳腐な言い草だが、口に出すことだけでも気はまぎれることもあるぞ? もちろん聞いたことは秘密にしておこう」
 
そうですね。カオスさんなら……
 
「……横島さんってすごい人ですよね?」
 
「まぁ私の友人だからな。……惚れたか?」
 
「……おかしいですよね?」
 
「別におかしいこともないだろう?」
 
「おかしいですよ。300歳を超えているのに初恋で、しかも私は幽霊なんですよ? ……おかしいんです」
 
「だとすれば私もおかしいことになるな。私も初恋は300歳を超えた時だったよ?」
 
「そうなんですか!?」
 
「あぁ。当時のヨーロッパはキリスト教にそぐわない者は排斥されてね。特に私は時代より数百年進みすぎていたせいで誰からも本当の意味では認められずにいたころだ。……当時はまだそれほど異端審問も盛んではなかったので地方領主の中には魔術に寛容なものもおって、私はそういったものをパトロンに転々としていたころだな。研究をするにはどうしたってお金がかかるからね。……私の初恋はその地方領主の娘でマリア姫と言った」
 
「マリアって」
 
「推察の通りだな。当時の私は自分以外の全ての人間を認めていなかった。私以外の人間が私を認めてくれなかったからかもしれないな。そんな中、マリア姫だけが別だったよ。彼女は私の野心を知りながらも私を信じてくれた。能力的に優れていたわけではないが、彼女は私を信じてくれた。……いつしか私は彼女の人間としての強さにに惹かれていき、彼女に惹かれていき、恋に落ちた。……まぁその後もいろいろあってね。相思相愛ではあったのだが結婚もせずに彼女が息を引き取ると私は彼女の故郷を去った。マリアを完成させたのはその後だ。マリア姫の名前と容姿をもらってね」
 
我ながら女々しい話だよとカオスさんは苦笑しています。
 
「君は、私の過去を否定するのかね?」
 
「いいえ。とても素敵だと思います」
 
「……マリアはね、ほとんど感情を持っていなかったんだ。私ではマリアに感情を教えてやることはできなかった。だが横島に出会ってからは、徐々に感情というものを見せるようになったよ。……最初にマリアが見せたはっきりとした感情は愛情だったな。相手が誰かはわかるだろう?」
 
「はい。横島さんですね?」
 
「あぁ。ひどい話だとは思わないか? 生まれて初めて持った感情が恋愛感情だっていうのは」
 
「え?」
 
「嫉妬、羨望、劣等感。恋愛感情からはそういう醜い心が容易く生まれてくる。恐怖、憎悪、憤怒、慟哭、虚無、狂気、絶望などと言う感情の温床となる。いや、愛情と言う感情自体決して美しいとばかり言い切れる感情ではないからな。盲目の愛情、狂った愛情ほど醜い心はそうはない」
 
「……それでも、それでも愛情を知らないよりずっといいと思います。誰かを好きでいられるって言うことはとても幸せなことですから」
 
「……それがわかっているのなら、何も悩む必要などないではないか。まして君は、いずれ遠くないうちに人間に戻ることができるんだろう?」
 
そうかもしれません。でも、
 
「……道師さまが言っておられたんです。幽霊だったころの記憶は人間に戻ったら忘れてしまうって。今、私がどんな感情を持っていたか、そんな大切なことまで忘れてしまうんですよ!」
 
「君は少し思い違いをしているようだね。確かに幽霊であったころの記憶は夢のようなもの。眼が覚めたら忘れてしまうかもしれない。しかし人間の脳味噌と言うのは私ほど優秀なものは稀有にしても、そんな簡単に記憶がなくなるものではない。忘れると言うことは無くなってしまう事ではなく、思い出せないと言うことなんだ。君の心の中には確実に誰かを愛した記憶は残っている。例え思い出せなくともね。……そして強い印象を残した夢を起きてからも覚えているように、例え今、君が持っている感情だとしてもそれが本当に強く大切な記憶であれば君はきっと忘れない。しばらくはまどろみ記憶がはっきりしなかったとしても必ず思い出す。安心したまえ」
 
カオスさんの言葉で私の中の不安がかき消されていきました。
 
「……あ、ありがとうございます」
 
嬉しいです。私、横島さんやみんなのことを忘れないでいられるかもしれないんですね?
 
「まぁ、横島を慕う二人の娘をもつ身としては、君の参戦は少々頭の痛い懸案ではあるのだがね」
 
「テレサさんもなんですか?」
 
「まだ本人の中で整理しきれていないようだがね。……横島は強い。だが脆い。私も極力支えるつもりではいるが、もし本当に横島を愛しているのなら君も横島を支えてやってくれ。これは横島の友人としての頼みだ」
 
「はい! 私がお役に立てるかはわかりませんけど必ず」
 
私は忘れたくありません。だから今は少しでもみんなのことを心に刻み付けたいと思います。
絶対に、絶対に忘れませんから。



[513] Re[33]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/23 13:55
 ≪ハーピー≫
 「フ……来たようじゃん……! この日をずっとまってたんだ……! あのガキはあたいが必ず殺してやる……!」
 
あいつの母親には対魔族用の退魔護符を喰らった恨みがあるからね。
 
「そいつは困るな」
 
急に背後から声が聞こえた。
あたいが後ろを取られた!?
 
慌てて後ろを振り向くがそこには誰もいない。
 
「あの娘達を殺されるととても困るんだよ」
 
また背後から。
殺し屋のあたいが完全に背後を取られている。
 
「ムダだよ殺し屋。狙撃手の君が接近に気がつかなかった時点で君の負けだ」
 
その通りだ。ここまで接近され、動きすら捉えられないのではたとえ人間が相手でもあたいじゃ勝てないかもしれない。ましてこいつは得たいが知れない。
 
「何者じゃん! 姿を見せるじゃん!」
 
予想外にそいつは姿をあらわした。
 
「人間!?」
 
そいつは人間だった。人間があたいに気づかれないで背後をとったじゃん?
あたいは急ぎ大空に舞い上がる。
急ぎ空に舞い上がるために一瞬そいつから眼を離した。
しかし次の瞬間にはそいつはいなかった。
 
「そう逃げなくてもいい。……そうだな。今日のところはこちらの意に反する反答だったとしても俺はこのまま帰るとするさ」
 
また背後から声がした。
 
振り返ればそいつが空中に立っている。
本当に人間か?
 
「こちらの要求はあの家族に手を出さないこと。人間をこの先殺めないことだ。こちらの要求をのんでくれるのならこちらもできうる限りの保障はしよう。お前が安全に暮らせる居場所くらいならどうにかできるはずだ。……まぁ信じられないかもしれないけどな。その気があったら俺がいるときにでも、お前が監視していたあの事務所を訪ねてきてくれ。どうしても彼女達を殺すというのなら俺は全力で彼女達を護る。お前を殺してもな」
 
人間はそれだけ言うと地上に降り立ち事務所に入っていった。
 
……嫌な汗をかいたじゃん。
あたいが完全に動きを封じられていた。
空に逃げても追いつかれた。
……駄目じゃん。あたいじゃあの人間には勝てない。
あたいは魔族の中では人間にも滅ぼされかねないほど打たれ弱い。
空を飛べること、狙撃ができかつその攻撃力が高いこと、動きがすばやいこと。
そういった諸々の要因が重なって殺し屋ができるに過ぎないじゃん。
無論、並みのG・Sにやられるはずはない。でも今のあいつはあたいを以前封じた時間逆行能力者の女以上じゃん。間違いなくあたいを滅ぼすことができる。
……かといって依頼者を裏切ることもできないじゃん。
それこそ魔族が出てきたらあたいなんて簡単に殺されてしまう。
……前門の虎、後門の狼ってかんじじゃん。
 
……とりあえず、あの人間の事務所を監視してみるじゃん。
                   ・
                   ・
……どういうことじゃん!?
あの事務所を監視して一日が過ぎるが人の出入りが激しい。
いや、人以外の出入りが激しいじゃん。
かなり高位の天使に竜神に幼い蛇神。緊那羅、種族はわからないけど下級の神族。それに土地神に福の神。そうかと思えば夢魔の王女に魔界正規軍の軍服を着たかなり高位の魔族。これらのほとんどがあたしなんか瞬殺される力の持ち主じゃん。それ以外にも鬼やら猫又なんかが出入りしている。
しかもそれらが鉢合わせても特に争うわけでもないのだ。
あたいの存在なんかとっくにばれているけど特に手出しをしてくる様子はない。
……でもあれなら。
あそこに出入りしている連中の協力さえ得られるならば確かにあたいの居場所を確保するくらいはできそうじゃん。
……覚悟の決め時じゃん。
いずれにしてもこのまんまじゃあたいがあの女たちを殺すのは難しい。
そのそぶりを見せただけであたいを殺せるやつらがあたいを殺すに決まってる。
かといって任務をまっとうできなかったら依頼主の殺されるだろう。
……賭けるしかないじゃん?
あたいはあの人間の事務所に入っていった。
強力な結界がはってあったのだがすんなり入れる。 
 
「ん、来たか。まぁ座ってくれ」
 
あたいが入っていっても中の人間達は動揺しなかったじゃん。まぁ普段から魔族や妖怪が出入りしているんじゃ無理もないかもしれない。
ターゲットの小さい方と天使があの男によじ登って遊んでいた。
 
「詳しい話を聞きたいじゃん」
 
「ん。悪いがみんないったん部屋から出てくれるか? レーコちゃんも」
 
「ハーイ!」
 
この部屋はあたいとこの男の二人っきりになったじゃん。
 
「さて、名乗ってなかったから自己紹介をしよう。俺の名前は横島忠夫」
 
「あたいはハーピーじゃん」
 
「ああ。……それで、どういう風なのを望む?」
 
「どういう風なの? どういうことじゃん? あんたはあたいの居場所を用意してくれるんじゃなかったのか?」
 
「居場所だってイロイロあるだろう? 最低限護らなくちゃならないのはお前の身の安全だ。依頼をまっとうできなければお前はクライアントから命を狙われる。違うか?」
 
「その通りじゃん」
 
「できるだけそちらの希望をかなえたいからな。いくつか案はある。一つはお前を魔界の正規軍に編入させること。狙撃手としてなら編入可能だと魔界正規軍のワルキューレ大尉に確認を取った。魔界正規軍に入ればお前のクライアントもおいそれとは手出しができないだろう?」
 
確かに。魔界正規軍の軍人に手を出したらイロイロ厄介な分、ろくな機密も知らない下っ端のあたい位なら見逃しそうじゃん。
 
「次に人間界で暮らすこと。この場合は俺が身元の保証人になるな」
 
……これはあまりメリットは多くなさそうじゃん。
確かにこの男はあたいなんかより強いけどだからといって人間が強力な魔族に対処できるとは思えないじゃん。
……だが、何でこの男の周りにはああも強力な神・魔が集まっている?
解せないじゃん。
あたいが知らない何かがあるって言うのか?
……まぁいいじゃん。たとえ何かあったとしてもあたいは人界はあんまり好きじゃないから魔界に戻った方がいいじゃん。
 
「最後に、お前を神族に戻す。冷戦中の今なら即座に手を出すことはできないはずだ」
 
「そんなの無理じゃん!」
 
「無理じゃないさ。そのための準備はできている。……残念ながら方法は内緒だけどな」
 
……また、姉様の元にいけるの?
 
「……本当にできるのか?」
 
「できる」
 
「……たのむ。あたいを神族に戻してくれ」
 
「わかった。その椅子にかけてまっていてくれ。今から応援を呼ぶ」
 
あたいはこの人間を信じ、おとなしく椅子に腰掛けた
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 やはり神族に戻るか。
主神の勝手な都合で魔に堕とされたのだから当然なのかもしれないな。
小竜姫さまとジルの伝で彼女を妙神山に招聘しておいてよかった。
すぐに妙神山に連絡を取ると彼女にこちらに来てもらうようにした。
 
ハーピーをゼクウの時と同じ方法は取れない。
ハーピーじゃあ壊れてしまう公算のほうが高いからな。
となればメドーサと同じ方法、ハーピーの罪も悪も、ハーピーを魔族たらしめている全てを俺が引き受ければ良い。
元が神族の魔族ならそれで神族に戻れるはずだ。
その時に同族がいるならほぼ間違いない。
 
しばらく待って、目当ての人物を小竜姫さまが伴ってやってきた。
 
「ハルピュイア!」
 
「ね、姉様!」
 
イーリス。心優しい虹の女神。黄金の翼を持つ伝令神。タウマス(ガイアとポントスの子)とエレクトラ(オケアノスの娘)の娘。そしてハーピーの姉妹神。
イーリスはハーピーを抱きしめる。
 
「ね、姉様止めて。あたいは魔族なんだよ!」
 
イーリスは黙して語らず、ただやわらかくハーピーを抱きしめ続けた。
しばらくそのままにさせて、落ち着くのを待たせた。
 
「本当にハルピュイアを神族に戻せるのでしょうか?」
 
「イーリスさまがハーピーに神気を注ぎ続けてくれれば後は俺が何とかします。……ただし、二人に俺が出す条件を飲んでもらいます。……と、いってもそんなたいしたことじゃありません。俺がハーピーを神族に戻したことを黙っていることと、その方法を探らないこと。この二つは護ってください」
 
「わかりました」
 
「わかったじゃん」
 
ハーピーを座らせて前からイーリスが神気を送り込む。
俺は自分のポケットの中に二つの双文珠を作り出し、発動させた。
【贖/罪】【山/羊】即ちスケープ・ゴート。
罪をあがなうために神に捧げられた犠牲の山羊。古代ユダヤ人は自分達の罪を山羊に負わせて神に捧げた。
日本でも流し雛がそれに相当するか。
ハーピーが負った罪を俺がスケープ・ゴートになればハーピーの持つ罪は消え、イーリスの神気を受けて反転するはずだ。
 
ハーピーの罪と記憶が流れ込んでくる。
だが、メドーサに比べればまだ軽い。
 
一分、いや四十秒程でやるべきことは終わった。
ハーピーは風の女神、ハルピュイアに反転した。
 
「ハルピュイア!」
 
「姉様!」
 
今度はハーピー……ハルピュイアの方も拒まなかった。
二人を残して部屋から出る。
 
ハルピュイア。予言の力を悪用したサルオデュソス王ピネウスを苦しめる為にゼウスにより姉妹とともに魔に堕とされ送り込まれ、アルゴー船の英雄達によって倒され、イーリスのとりなしで命は助けられて姉妹とともにストロパデス島に移った……か。
……ギリシャ神話の主要神はどうにも好きになれないな。
 
「なんとお礼を申し上げていいか。ありがとうございました」
 
十分ほどで二柱の女神が出てきた。
イーリスさまがにこりと微笑みながら涙を流す。
それは虹色の雫となって留まった。
 
「これはせめてものお礼です」
 
イーリスさまはその涙をこちらに渡す。
 
「女神ヘラの怒りを静めた虹の涙か。よろしいのですか?」
 
「はい。そんなことしかできませんが」
 
「私からも礼を言わせてもらいます。お陰でイーリス姉様と共に天へと帰ることができます。ありがとう、横島さん。いずれ改めて御礼はさせていただきます」
 
「イーリスさまもハルピュイアさまもお気をつけて」
 
再び小竜姫さまに伴われて二柱の女神は一度、妙神山に帰っていった。
 
ちなみにレーコちゃんは、イーリスさまの黄金の羽を一本もらってご機嫌だ。
 
そして翌日、過去の美智恵さんが再び飛んできて、今度はその嵐のうちに過去へと帰っていく。
レーコちゃんが帰り際に頬にキスをしてくれたら、胃が痛くなるような空気が立ち込めたことは忘れたいと思う。



[513] Re[34]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/24 06:15
 ≪横島≫
 ネクロマンサーになってから協会やGメンから依頼が直接来ることが多くなった。
ネクロマンサーそのものの数は実はそれほど少ないわけではない。
形は違えど死霊や死体をあやつる術というのは世界中に分布しているからな。
日本で言えば憑き物筋も特定の霊とはいえ霊をあやつるという点では相違ない。
ただ、まっとうに表を歩けるネクロマンサーとなると極端に少なくなってしまうのだ。
不特定多数の霊を操る死霊使いの大半は裏の仕事を営んでいる。
理由はネクロマンサーの笛を用いて除霊することができないので、操ることはできても死霊と心を通わせることができないから使役するにとどまっているからだ。
ネクロマンサーの笛を用いて除霊をするには奥義に触れた超一流のネクロマンサーでなければできない。
故にそれ以下の死霊使いは死霊を使役して暗殺なんかの仕事に従事する連中が多くなるわけだ。
不特定多数の霊を操るために証拠も残りにくいしな。
特定の霊や死体を操るの術師はネクロマンサーとは呼ばずに別の区分に入るので、オカルトGメンが把握している死霊使いが極々少ないという事態に陥るわけだ。
 
まっとうな死霊使いの多くはチベットやアフリカの術師が秘儀を代々伝授してきたものが多いため、文明世界に住む死霊使いはほとんど俺だけといってもかまわない。
同時に、S級G・Sも、複数のスキルを持つG・Sも非常に稀有である。
よって、何かあった場合俺に話が来ることも結構あるのだ。
アメリカのオカルトGメンから美智恵さんを通してきたこの依頼も最初はそういうものの一つくらいにしか考えていなかった。
 
「はじめまして。エレナ=デールズと申します。エリーと呼んでください」
 
愛想がいい笑みを見せるが目は俺を値踏みしているな。
まぁ俺の年齢が若すぎるのだからその辺は仕方ないな。
 
「はじめまして。所長の横島です。お上手な日本語ですね」
 
彼女はアメリカから来たといったがその顔立ちは日本人に近い。
東洋人の血を引いているのか、あるいはネイティヴなのかもしれない。
歳は俺より少し上なくらいでなかなか美人さんだ。
 
「詳しいお話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
 
「私はネイティヴ・アメリカンの自治区から代表してやってまいりました。先月からのことです。私の部族を始め数多くの部族が恐るべき悪魔に襲われ、部族の奉る大切な宝を奪われてしまったのです。ミスター・ヨコシマにはその宝の奪還と、いまだ災いから逃れている宝の防衛をお願いしたいのです。悪魔は死体をあやつり部族を襲いました。そこでネクロマンサーであるミスターのお力添えを願えないかと」
 
時期的にはまだ原始風水盤の事件より早いとは言え、ほとんどの事件が前倒しでおきている以上タイミング的にはソロソロなんだよなぁ。
かといって、起こるかどうかもわからない事件のために見捨てるわけにもいかんし。
俺を名指しできている以上、俺ははずせないとしても念のために令子ちゃんたちとゼクウは残しておいた方がいいか。
となると連れて行けるのは雪之丞とタイガー、おキヌちゃんあたりかな。
雪之丞達はともかくおキヌちゃんは人質にとられるかもしれないし連れて行ったほうがいいか。
依頼内容の話を詰めながら頭の中ではそんなことを考える。
 
「依頼料はこれでいかがでしょうか?」
 
恐る恐るという風情を隠しながら(ということは隠しきれていないのだが)額を示す。
300万$
決して少なくない金額だが魔族を相手にするとすれば明らかに少ない。
普通であれば一つ数億円する精霊石を複数使うことが常識の魔族が相手では必要経費が出ない額だ。
とはいえ、彼女はネイティヴ・アメリカン自治区からやってきたといった。
どの部族かは、どの自治区かはわからないが本当に出せる額の最大限があの額なのだろう。
 
令子ちゃんが呆れたような表情をしたがエリーと『値下げ』交渉をした結果魔族は不確定情報なので考慮に入れず、あくまでネクロマンサーとして派遣するという形。その場合は笛だけなので必要経費はかからない。加えて滞在中の生活の保護を受けることで報酬は100万$で基本合意。
不測の事態でそれ以外の技能を使わなくてはならない場合は必要経費を加えて最大限を300万$とした。
実際には俺は道具を使わないし、雪之丞とタイガーも道具を使うタイプではないので本当に必要経費はほとんどいらない。
またこちらに価値がありと認めれば現物支給もありとしたことでどうにかG・Sとしての常識的な報酬内に(最低限ではあるが)収まった。
最も、この中に魔族の一文を入れれば最低でもこの5倍の報酬になってしまう。
これで契約さえ結んでしまえば彼女はこれ以上の報酬を払う義務はなくなるわけで、その後不測の事態があったとしても追加報酬を求めずにすむわけだ。
 
経営者としては激しく間違えているがこの際その辺は無視。
 
依頼人の方もどういう反応をしていいのかわからない表情をしているが(ただでさえ少ない報酬で断られるかもしれないと思ってきたのにさらに値下げされるとは思わなかったという顔をしている)まぁこの際それも忘れてしまおう。
 
「あの、本当にそれでよろしいんですか?」
 
「魔族云々は不特定情報ですし必要経費もかかりませんからその辺が妥当でしょう?」
 
最低限だけどね。
 
「それで、いつから俺達は渡米すればよろしいのですか?」
 
「極力早くお願いしたいのですが」
 
今日中に仕事の大半をめどをつけられるな。
雪之丞とタイガーは学校に連絡を入れて、……長くなる様なら途中で返せばいいか。幸い出席日数には余裕があることだし。
飛行機のチケットもシーズンではないし取れるだろう
 
「それでは明日にでも日本をたつことにします」
 
「明日ですか? いったん帰国してもう一度お迎えに上がろうと思いましたがそれでしたら今日はどこかに泊まって明日直接私たちの居住区にご案内します」
 
「わかりました。それでは飛行機のチケットが取れ次第時間をご連絡します」
 
……さてと。アメリカ遠征か。
前の時にはなかったことだがどうなるかな?
……どうにも感覚がざわめく。何もなければいいのだが。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪エリー≫
 なんだというの?
私はネイティヴ・アメリカンだが白人の大学も出ているし、G・Sの相場もある程度知っている。
300万$というのは私達には出せるギリギリの額だがG・Sの相場から考えれば特別高額というわけではない。
悪魔が関わっているというのであればはっきりいって少なすぎる額だ。
それをどうやって依頼を引き受けてくれるように交渉しようとした矢先に向うから値下げを打診してきた。
それこそ正式な依頼として成り立つギリギリの額まで値下げをしてきている。
私は容姿にそれなりに自信があるのもしやともいぶかしんだもののそんな素振りは全くないし、彼の教え子なのだそうだがタイプの違う美人が三人そろっているのにそんな素振りも全くなかったところを見るとこれも違うようだ。
ネクロマンサーという稀有な能力のお陰でS級ライセンスを戴いているが能力に自信がもてないので安くしたのかと思って(我ながら無茶が過ぎる推論だが)ホテルに戻って彼の過去のデータを調べてみたがそれどころかその前歴は見事としか言いようがなかった。
年齢は若いが事務所の任務達成率はほぼ100%(100%になっていない分は依頼主の契約違反のために職務を途中で別の事務所に移譲したため)すでに複数体国連から懸賞金のかかっている魔族を倒しているし、この前歴なら世界有数といっていいG・Sに間違いない。
……よく見てみると事務所ではかなりの数の正規依頼料が払えない人間から依頼を受けている。
税金対策か、慈善事業のつもりかはわからないが私の依頼を受けてくれたのもそういうことなのだろうか?
 
……まぁいいか。優秀なG・Sが雇われてくれたのだからそれを忌避する理由はない。
これ以外に私達にうてる手段はないのだし、どうであれ私達の神を取り戻さないことにはならないのだから。



[513] Re[35]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/25 04:31
 ≪横島≫
 「[あめりか]というのは空港って場所にそっくりですねぇ」
 
「おキヌちゃん。ここは空港だから」
 
毎度お決まりのやりとり。
 
「お~。わっしと同じくらいの体つきの人間もいますジャー」
 
あぁ、俺も雪之丞も日本人の中じゃあ大きいほうだがこっちじゃ標準サイズだな。
確かにタイガー並みの体格の人間も結構いるな。
 
「みなさん。これから来るまで3時間ほどのところに私達の部族が暮らす自治区があります」
 
車で移動すること3時間。
ネイティヴ・アメリカンの宝か。
……嫌な予感がするな。
 
車中は特に何もなく、ほどなく自治区についた。
 
「まずは各部族の長老達にお会いください」
 
集落の雰囲気は……消極的歓迎6割、積極的拒絶4割というところか。
あまり開放的な雰囲気ではない。そういう部族なのか襲われたことが尾を引いているのか。
 
部族の長達が集まっているらしい大きなテントの中に案内された。
集会や秘儀を行うときには昔ながらのテントの中で行うとのこと。
 
「よくおいでなさった異国の方。私は部族連のまとめ役をしておるニルチッイと申します」
 
伝統的な衣装を纏った老婆が俺達に挨拶をよこした。
上品な雰囲気だが眼は鋭い。
敵意を抱いているというよりは戦士の瞳を宿しているといった方がいいか。
 
「はじめまして、横島忠夫と申します。こちらはうちの所員の伊達雪之丞とタイガー寅吉です」
 
値踏みをされているような視線が注がれるな。
 
「早速依頼の件を詳しくお聞かせ願いたいのですが?」
 
「はい、依頼とも……」
 
俺と雪之丞、それとニルチッイさんがほぼ同時に、タイガーも一拍遅れて席を立った。
表に出るとこちらに向かってくる一団。
ジャッカル、はげたか、兎、鴉、梟、鷲、鯱、ビーバー……あれはサンダーバードにウミクマ。
トーテムの群れだと!? トーテムが何故インディアンをおそう!?
それだけじゃない。あの白い毛むくじゃらは恐らくウェンディゴ。
話に聞いたとおりゾンビもいるがあれはメドーサが使っていた改造ゾンビ!
なんだこの取り留めのない集団は。
……いや、呆けている場合でも混乱している場合でもない。
 
「雪之丞! タイガー! 動物型のやつは絶対に傷つけるな。俺が何とかするから雪之丞はゾンビを、タイガーはウェンディゴの方を頼む! 住人の安全を最優先にしろ! ユリン、ドラウプニール!」
 
「戦えるものは前に! そうでないものは避難をしなさい。女性と子供を早く逃がすのです」
 
俺とニルチッイさんが矢継ぎ早に指示を出す。
とはいえインディアン達はトーテムを攻撃できるはずもない。
俺もトーテムさえいなければまとめて攻撃をすることも可能なのだが彼らの前でトーテムを殺すわけにもいかない。
 
ネクロマンサーの笛を構えるとトーテムたちに向かって吹き鳴らした。
トーテムは祖霊、効果はあるはず。
 
ちっ! 半ば神族と化しているだけあって効きが甘い。
動きを止めるのが精一杯でフォローには回れないか。
 
とはいえトーテムの邪魔さえあければインディアン達の攻撃、どうも銀を使っているらしく微々たるものだが効果はあるし、接近を防ぐための弾幕という意味では十分だ。
精神感応を使ってウェンディゴたちの動きを止めているし、雪之丞の炎を纏わせた霊波砲でゾンビを掃討している。空中を自在に飛びまわることでゾンビたちの銃撃を自分に向ける事にも成功していた。
空中をあれだけ飛びまわって精密射撃ができているところを見るとタイガーがサポートしているのだろう。
レーダー兼チャフ兼管制のタイガーと戦闘機の雪之丞、いいコンビだな。
ピートが加わればかなり厄介だぞ。
いや、タイガーが精神感応を維持したまま霊波砲を撃てるようになればさながらイージス艦のような役割も可能か?
インディアンたちを混乱させないために呼び出した数こそ少ないが、タイガーが動きを止めたウェンディゴをユリンたちが駆逐をする。
 
広範囲攻撃ができないために時間はかかったがそれでも一時間ほどの戦闘でウェンディゴとゾンビは駆逐された。
 
「ニルチッイ族長。彼らはどうすればいい?」
 
それだけ言うと再び笛を吹く。こういう時は笛というのも困りものだ。
 
「解放してあげてください。今ならやつらの束縛から離れているはずです」
 
族長の言葉を信じて笛を吹くのを止めるとトーテム達は地面に吸い込まれるように消えていった。
 
「まずはお礼を言います。あなたのお陰で祖霊たちを傷つけずにすみました。皆にも怪我もほとんどなかったようです」
 
「ネイティヴ・アメリカンの世界で自分達の種族のトーテムの動物を殺すのはタブーと聞いています。また、他族の前でそのトーテムの動物を殺すのもタブーと聞いています」
 
「心遣い、感謝をいたします」
 
ニルチッイさんが深く頭を下げる。
周囲の視線も好意的なものに変わってきたな。
 
ゾクリッ!
 
何だこの悪寒は?
下?
 
「下がれ!」
 
俺の言葉に何人反応できただろうか?
地面から生えてきた巨大な腕がインディアン達を吹き飛ばす。
 
巨人? 違う。精霊の力が感じられる。
……嫌な予感が大当たりか。
 
「あら、まさかこんなところであなた達に会うなんてね」
 
「てめえ! 勘九郎」
 
「あら、雪之丞元気してた?」
 
勘九郎、……一人だけか。
いや、あれは以前の勘九郎じゃないな。
 
「まぁいいわ。あなた達がいようがいまいが、私は【大精霊石】さえ手に入れればいいんですものね。さぁ、やっておしまいなさい」
 
勘九郎が命じると巨精霊がこちらに向かって殴りかかってくる。
動きもすばやいしパワーがでかい!
俺一人ならともかくインディアンたちを護りながらだと攻められない。
 
「勘九郎おおお!」
 
「馬鹿! 早まるな!」
 
一人突撃する雪之丞の拳を勘九郎が難なく受け止めると手にした剣の柄で雪之丞を殴り倒した。
 
「いつまでも自分のほうが上にいるなんて思い上がらないで頂戴」
 
「ぐぅっ」
 
「雪之丞さん!」
 
「……そうね。雪之丞が手に入ったことだし今日のところは引いてあげるわ。また会いましょう」
 
この辺り一帯を取り囲むような巨大な火角結界を張ると勘九郎は雪之丞を土角結界で固める。
 
「ユリン!」
 
分身たちがいっせいに勘九郎に迫るが剣の一薙ぎで払われる。
だが今のはフェイク。狙いは雪之丞の陰にユリンを一羽潜り込ませることだからな。
 
巨精霊に雪之丞を運ばせると消えるように去っていった。
 
この結界をとかないことには後をおえないか。
 
戦力を日本に残しすぎたのが仇になったか。
あれを見てはっきりしたよ。今回は元始風水盤の事件は起こらずこっちがおきたってわけだ。
……日本から戦力を呼ばないとな。
勘九郎。何があったか知らないが雪之丞は帰してもらうからな!



[513] Re[36]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/26 17:58
 ≪横島≫
 エリーさんに頼んで日本から五月とリリシアに来てもらうことにした。
何かあった時のために、元始風水版があちらで平行して起こらないとは言い切れないのでゼクウとカオスを呼び寄せるわけにはいかないし、勘九郎の力は恐らくメドーサ以上。五月ほどの武術の腕がなければ相手が務まらないだろう。
リリシアにはタイガーと組んで広範囲に非戦等地帯を作ってもらう。
雪之丞の救出に向かわなければならない以上、集落の護衛までは手が回らないし、トーテムを傷つけられない以上、非戦闘地帯を作りでもしないと護りきるのは難しい。
しかしトーテムが半ば神格化しているとはいえリリシアの力をタイガーが届ければトーテムやウェンディゴを無力化することは容易いし、意識を持たないゾンビはユリンでどうにかなる。
 
呼び寄せる間にニルチッイさんから話を聞こう。
 
「ニルチッイさん。詳しい話を聞かせてください」
 
トーテムを傷つけないようにしたことで、俺に対する不信の目は薄れたといえる。
疑念の眼を向けているのはエリーさんだ。
日本語がわかる彼女には俺達と勘九郎が知り合いだったということがわかっているからな。
ニルチッイさんも日本語がわかるようだが彼女は不信な目をしていない。
 
「あの悪魔が私達から奪ったもの、そして奪おうとしているのは【大精霊石】です」
 
大精霊……。
 
「それはマニトゥが宿る石と考えてもよろしいですか?」
 
「ご存知でしたか。その通りです」
 
……最悪だ! 元始風水盤以外にも地脈を操る方法があったか。
雪之丞が攫われたことで動揺しているタイガーとおキヌちゃんを落ち着ける。
 
「落ち着け! 雪之丞にはユリンをつけているからいざとなったら俺がすぐに助けにいける。今は情報を整理するのが先だ」
 
俺一人先に飛んで雪之丞を助けにいってもいいんだが、極力勘九郎から情報を引き出したい。
特にあの異常な強化が何故起こったかを。
 
落ち着けるためにも、そしてタイガーたちに状況を理解させるためにも解説に入る。
 
「少し説明するぞ。精霊石というのは意思を持たない精霊が特定の条件下において鉱物に宿ったものがそれだ。ただ自然の状況下でこれを発生する条件が整っている地層は極少ない。かといって人工の技術で精製をできるのは恐らくカオスくらいなものだ。だからその条件が整った土壌を持つザンス王国が精霊石の九割以上のシェアを持っている。ここまではいいか?」
 
タイガーがうなづく。ついでにおキヌちゃんも。
 
「アニミズム。精霊信仰というのは世界中の原始的な宗教では地母神信仰よりもさらに以前から続いていてな。今なお何らかの形でそれば残っているのは有名なところで日本の神道、アイヌのカムイ信仰、中国の道教、東南アジアのピー、ザンスの精霊信仰、それからネイティヴ・アメリカン達の祖霊信仰か。それぞれに精霊石がかかわる秘儀といえるようなものが伝わっている。例えば日本は意思を持たない精霊を集めて精霊石を作り出す業。中国では宝貝と呼ばれるアイテム。でもそのほとんどはすでにその業を失ってしまっているがな。今なお残っているのはザンスの王族とそれに認められたものだけが使うことを許される精霊石獣。それからネイティヴ・アメリカンのマニトゥだ。精霊石は自然精霊が宿った石だが、マニトゥの宿る【大精霊石】は自然の精霊が宿っている」
 
ニルチッイさんを見ると彼女もうなづいている。俺が持つ知識はここまでは彼女達の認識からずれていないようだな。
 
「どう違うんですジャー?」
 
「マニトゥは今は滅びたアルゴンキン族が生み出した偽神なんだよ。意思を持たない精霊に信仰と儀式で神の座へと祀り上げたのがマニトゥだ。【山のマニトゥ】【森のマニトゥ】【川のマニトゥ】なんかに別れはするが、細分化された精霊とは異なり自然そのものの精霊なんだ。あの小さな石の中に山々や大河、大森林が詰まっているといっても過言じゃあない。……俺の文珠が俺の霊力の結晶なら【大精霊石】は地脈の結晶と言ってもいいだろう。その上マニトゥは地上で人間に生み出された分本来の格で言えば小竜姫さまよりはるかに劣るが地上で力を顕現させることでは小竜姫さま以上の力を示すはずだ。人界にいることで起こる神・魔族のパワーダウンが起こらないからな」
 
そして、元始風水盤を用いなくても数さえそろえば地脈から同じ様にエネルギーを取り出すことは十分に可能だ。地脈の湧き出るポイントに配置すれば充電も恐らく可能。自然そのものなのだから感知もしにくいし移動も容易い。そして破壊するわけにもいかないか。
ある意味元始風水盤よりも厄介だな。
地脈エネルギーが宇宙の卵や究極の魔体のエネルギーたりえるかどうかはわからないが、アシュタロスに高密度のエネルギーを渡すのは危険すぎる。
 
「マニトゥは自分の意思を持っています。何ゆえマニトゥがあの悪魔の味方をしているのかはわかりませんが、マニトゥさえ説得できればこのような事態も収拾されると思います」
 
それしかないか。俺が護り続けるわけにもいかないしな。
 
「誤解をされる前に告白しておきますがあなた達が悪魔と呼ぶ男、鎌田勘九郎は以前の事件で敵対関係になった男で、今はどうだかわかりませんが雪之丞の元同門の人間です」
 
「その件につきましてはわかりました。私はトーテムを傷つけないように配慮をしてくださったあなた方を信用しましょう」
 
一瞬広がりかけた動揺がニルチッイさんの言葉で静まる。彼女はインディアン達の中では相当な発言力を持っているようであった。
 
「俺の友人を呼び寄せてから攻勢に出ます。呼び寄せる友人はどちらも人間ではありません。あなた方の言う悪魔に属するものたちですがここを守るためにどうしても必要なのでどうか受け入れていただきたい」
 
「あなたは悪魔と結んでいるのですか?」
 
「神と悪魔と人間の区分は俺にとっては無価値なのです。俺が呼び寄せる友人は少なくとも決して邪悪な存在ではありません」
 
今度広がる動揺は先ほどの比ではないな。だが教えずに後々ばれた時、それが戦闘中の動揺であれば眼も当てられなくなる。
ここで彼女達が俺への依頼を取り下げたならそれでもいいさ。その時は勝手に護るだけだ。
 
「……会ってから決めましょう。無知と傲慢は戦いを生み出します。知らずに断罪するのはかつて我々を追い詰めたものと同様に愚かなことですから。ですが、会ってそぐわないと思えば残念ですがあなたへの依頼は取り下げさせていただきます。よろしいですね?」
 
大した女傑だな。
 
「当然でしょうね。ただし、私の弟子が敵中に捕まっておりますのでその救出は依頼の廃棄後もやらせていただきます」
 
「わかりました」
 
さて、勝負は明日か。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 「ご機嫌はいかが? 雪之丞」
 
「勘九郎、テメエ!」
 
「フフフ、いいわ。ゾクゾクしちゃう。あなたのその表情が見たくてわざわざ殺さずに連れてきたんですもの」
 
クソ! この変態野郎が。
 
「思い起こせば白龍寺で私と雪之丞が何で友達になれたのかしらね? いいえ、理由はわかっているわ。私もあなたも、ただひたすら何もかもを犠牲にしてでも力を求めていたことがウマがあったんでしょうね」
 
そうだ。あの当時、俺もこいつもただひたすら強さを求めてきた。
 
「でもあなたは白龍寺を辞めて出て行った。そして白龍寺にメドーサがやってきて、私はメドーサに忠誠を近い力を求めた。文字通り悪魔に魂を売り渡してね。でもあなたはその上をいっていたわ。……どれだけ私が悔しかったかわかる? 悪魔に魂まで売り渡してあたしが手に入れた力の、それ以上の力をあなたは手に入れていた。その上メドーサに切り捨てられてその上メドーサも帰ってこなかった。……だからね、今度は魂だけじゃない。全てを悪魔に売り渡したのよ。お陰であなたなんか問題じゃないくらいの力を手に入れたわ」
 
勘九郎はその体に魔装術をまとう。
いや、これは完全に魔物と化してやがる。
 
「だから私はあなたからも全部を奪ってあげるわ。……もう私はメドーサ以上の力を手に入れたんだもの。あなたのお仲間も、師匠も全部私が殺して、あなたに絶望を与えてから殺してあげる。……フフフ、いいわ。とてもいい気分よ雪之丞」
 
畜生! 完全にいかれてやがる。
 
「勘九郎! てめえ、それで本当に強くなったつもりなのかよ」
 
「そうよ。私は力を手に入れた」
 
……勘九郎。馬鹿野郎が!
お前は、俺の手でケリをつけてやる。
 
「……もう少し小さな土角結界を使えばよかったかしらね」
 

 
「せっかく捕まえたって言うのに、引き締まったお尻まで隠れちゃってるわ」
 
……師匠。ライヴでピンチだ。至急助けて欲しい。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪エレナ≫
 翌日やってきた二人はどちらも女性だった。
一人はリリシアさん。リリム族という夢魔の一人らしいが現在は人間界で普通に暮らしているとのこと。
もう一人は五月さん。教科書にも載っている英雄の娘で父の仇をとるために悪魔になったらしい。
五月さんの過去は私達の歴史にも通じることもあり、横島さんとの模擬試合を見てその腕前を認められた。
いや、横島さんがあれほど強いとも思わなかったのだが。
結局、ニルチッイ族長の判断により二人は認められることとなった。



[513] Re[37]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/28 07:48
≪横島≫
 ゼクウから連絡が入った。
香港島で風水師が連続して殺される事件が起きたらしい。
それを聞いてゼクウに単独で調査を頼んだ。
 
「リリシアとタイガーがこの集落の周囲に誘眠の結界を張りますので今日一日は集落の外に出ないでください。ゾンビは眠りませんので結界を抜けてきますがその際には五月とユリンを中心に撃退しますので。皆さんが迎撃をするのなら火炎瓶なんかを使った方が効率的かと思います。私は雪之丞の救出に向かいますので」
 
「お一人で大丈夫なのですか?」
 
「大丈夫ですよ。ご心配なく。俺の本職はネクロマンサーじゃありませんから戦闘もこなせます」
 
「昨日の組み手を見ていればそれはわかりますが」
 
「エレナ、どうやら決して無謀や慢心からの言葉ではないようです。信用しましょう」
 
「集落のことは頼んだよ」
 
「任せておけ。まぁ死人が相手というのは些か不満ではあるがな」
 
「トーテムとマニトゥは傷つけなければいいんでしょう? マニトゥ相手にそれは厄介だから早めに帰ってらっしゃいな」
 
「わっしも頑張りますケン、雪之丞さんをよろしく頼みますジャー」
 
リリシアはともかくタイガーはそう長くは持たないからな。早めに対処しなければ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リリシア≫
 「本当に大丈夫なのでしょうか?」
 
「安心しろ。あいつは殺しても死ぬような男ではない」
 
「横島さんなら大丈夫ですよ。私達は私達にできることをしましょう」
 
五月ちゃんとおキヌちゃんは彼を信頼しているのね。
フフフ、どちらも数百年は生きているのに初恋ってところなのかしら。可愛いわ。
 
「ですが」
 
「お前は大学で日本の勉強をしていたそうだな。平将門については知っているのか?」
 
「ええ、日本の東を治めた大酋長のことでしょう?」
 
「大酋長?……まぁそうだな。GHQにはそう説明したのであったな。平将門は俺の親父に当たるわけなのだが、今では神として崇められている。横島はその親父の荒ぶる神としての顕現を倒した男だぞ? 神であれ、悪魔であれあやつが護ろうとしている者の敵対者には容赦も油断もない」
 
クスッ。
他の人にはわからないかもしれないけど仄かに頬が上気しているわよ。
ま、いい男はいい男よね。
顔立ちはそれほどでもないけど、中の上から上の下ってところかしら?
でもまぁ、全体的にみればあれ以上の男って言うのは珍しいんじゃないかしらね。
とりわけ、人外から見て人間を評価するなら特にね。
欠点もいろいろあるけどね。
それにしてもやっぱり五月は可愛いわね。
五月にそっと耳打ちをする
 
『顔が赤くなってるわよ』
 
「な!?」
 
クスクスクス。
完全に茹蛸だわ。
五月が正気になる前に空に舞い上がる。
下のほうで五月が拳を振り回して何か言ってるけどとりあえずはこのまま空から偵察しましょうかね。
横島があたし達を信用して呼び寄せたんだから。
 
30分後、こちらに向かってくる一団を見つけ誘眠の結界を張り始めた。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪雪之丞≫
 勘九郎が俺をさらってきたこいつの隠れ家の洞窟。
そこで
師匠と勘九郎が対峙している。
 
「やり直す気はないのか?」
 
「ないわね。何をやり直すというの? 私は全てをもう売り渡しているのよ。それにね、今私はすごくいい気分なの。例えあなたがどれほど優秀なG・Sだったとしても私にかなうはずはないわ! 人間では本物の化け物には敵わないのよ!」
 
「その意見には賛成だな。ただの人間は決して化け物には敵わない」
 
「あら、思ったより賢いのね」
 
「そして古今東西、化け物を倒してきたのもまた人間だ。意志を持ちてただの人間から脱却しようとあがく人間だ。今のお前は雪之丞より強いかもしれないが、いずれ雪之丞はお前を超えるよ。浄であれ、不浄であれ、意思を持った人間であった貴様はただの化け物に成り下がったのだからな」
 
「あら、そう。ならばここで私に殺されなさい!」
 
勘九郎が口からとんでもない出力の霊波砲を放つ。
大光量と爆発に視界が一瞬ふさがれた。
 
「がぁぁ!」
 
そして視界が戻った時には勘九郎の背後まで移動していた師匠が勘九郎の右腕を霊波刀で切り落としたところだった。
 
「それと、人間はお前以上の化け物足りえる。覚えておくといい」
 
右腕を押さえてうずくまる勘九郎の横から右腕を拾い上げると俺を捕らえていた土角結界をその腕を使って解放してくれた。
 
「油断するな馬鹿! それと、救出が遅くなってすまなかった」
 
「すまねぇ、師匠。……勘九郎を助けてやってはくれないか? あいつは根から邪悪なわけじゃあない。ただ強くなりたかっただけなんだ」
 
「わかっている。……勘九郎、答えろ! お前に力を与えたのは誰だ! マニトゥの宿る石をどこにやった?」
 
「……そう、まだ足りないのね。私の力ではあなたには敵わないみたい。……でもね、最後に笑うのは私よ!」
 
師匠が俺達を包み込むようにサイキック・シールドを張る。
勘九郎が大爆発を起こした。
 
馬鹿野郎が……。
 
「洞窟が崩れるな」
 
【脱/出】の文珠で洞窟を脱出した。
脱出して数秒で洞窟が崩れ落ちる。
 
「勘九郎の馬鹿野郎が……」
 
「どういうことだ!?」
 
師匠が呻く。
 
「集落が襲われている。ゾンビ、ウェンディゴ、トーテム、マニトゥ、それから勘九郎達だ」
 
勘九郎……達!?
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪五月≫
 マニトゥが出て来た時は俺がマニトゥを封じ込め、ユリンがゾンビどもを掃討する。
その予定であったが最初から予定は崩される。
三体の全く同じ姿をした鬼が俺の前に立ちふさがったせいだ。
一体一体が相手なら不覚を取らなかっただろう。
力は相手が上でも俺の方が技術は圧倒的に上だったからだ。
だが3対相手では分が悪い。 
技術の差を数で押し切られてしまう。
一体を殺したが、代償に左腕が使い物にならなくされてしまった。
 
結局リリシアが張った物理的な結界の中に閉じこもることになった。
しかしその結界も生きている二体の鬼とマニトゥの攻撃にさらされて時間の問題だろう。
霊格、霊力共に圧倒的にリリシアのほうが高いのだが人界でパワーダウンするリリシアの、元々畑違いの結界ではパワーダウンをしないマニトゥの攻撃にそう長くは持たない。
 
「どうしましょう。このままでは」
 
「慌てるな! ユリンの見たものは横島にも伝わる。そう時間もたたないうちに横島が救援に来るはずだ」
 
「いまさら一人が救援に来たからってどうなるって言うのよ!」
 
動揺が大分広がっているな。
俺は他の連中にも聞こえる声で言う。
 
「……俺の国には一騎当千という言葉がある。俺の親父もそうだったがな。一騎が加わることで千騎の味方が加わったが如く味方が奮い立つもの。一騎の参加で千の弱兵を強兵に変えうるもの。一騎にて千騎の働きをするもの。一騎にて千騎の敵を屠りうるもの。その何れであっても一騎当千。だが横島は全ての要素を備えている。……来たぞ!」
 
全く。俺が親父以外にこんな評価を下すなんてあいつに出会うまでは想像もつかなかったな。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪エレナ≫
 夥しいゾンビやトーテムが視界を塞いでいたのだがそこに徐々に隙間ができ始めた。
それを作ったのは一人の人間だった。
右腕から真っ黒な剣を生やし、ゾンビたちの群れに割って入った一人の人間のためにその密度を減らさざるを得なかった。
その人間は剣を振るい、次から次へとゾンビやウェンディゴたちを切り裂いていく。
その黒い剣に切り裂かれたものは死体さえ残さず黒い闇に消えていった。
悪魔だ。
ゾンビや化け物たちよりも、私達を襲った悪魔よりもそれは鮮烈で、
あの姿こそこの世のものではない悪魔に見える。
あの悪魔達も、マニトゥすらアレに攻撃を加えるのにもかかわらず、アレは殺戮の舞踏を止めない。
 
「さっきは一騎当千といったが、あいつは護るためなら一人で一軍にも匹敵するのかもな」
 
そのあまりにも強く、戦場を縦横無尽に駆け巡り化け物を駆逐する姿に私はカタルシスよりも恐怖を湧きたてられる。
私だけじゃない。私達にそれは広がっていく。
 
「静まりなさい!」
 
その動揺をニルチッイ族長が一喝する。
 
「よく御覧なさい。横島さんはあの状況でもただの一体のトーテムを傷つけず、マニトゥに攻撃せずにいるのです。彼は私達を助けるだけでなく、私達の心まで護ろうとしてくれているのですよ! その恩人に対して私達がすべきことはなんですか?」
 
……私達は誇り高きネイティヴ・アメリカンの末裔。恩を仇で返す者たちではない。
恐怖に負けそうになる心を奮い立たせる。
 
「アワワワワワワワワワ!」
 
誰かが雄叫びを上げる。
それは伝染して皆も雄叫びを上げる。
諦観に包まれた皆に再び戦う意思が蘇ってきた。
あぁ、なるほど。これが一騎当千というものなのか。
 
「物理的な結界をといて誘眠結界を張るわ。トーテムとウェンディゴ達を眠らせて横島のサポートするのよ」
 
「わかりましたジャー」
 
「俺は死人どもの掃討に当たる」
 
「油をまいて炎の壁を作りなさい。その後方から射撃を行い横島さんの援護を行います」
 
族長も弓を取り出しつがえた。
私もピストルを取り出し構える。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 決して戦況に余裕があるわけではないのは雪之丞も理解している。
マニトゥがインディアン達のほうに言ったら怪我をしているらしい五月だけでは防ぎきれない。
……雪之丞が覚悟を決めたらしい。
だが、せっかく表舞台を歩いているこっちの雪之丞に魔族に堕ちたとはいえ友殺しをさせるわけにはいかない。
俺が殺す。
どちらかが【大精霊石】を持っているはずだ。
 
『心見、どこにもっている?』
 
『左側の勘九郎の右胸のポケットだ』
 
『わかった』
 
左右の勘九郎の剣を【剣/化】した虚無の脚で受け止める。
それで勘九郎の剣は虚無に食われた。
驚愕する勘九郎の隙を突いて切り払う。
 
「霊波刀定型式陸の型、虚無の脚だ。触れたものはよほど高位の神・魔かそれに近いものでなければ虚無に食われる」
 
厄介な攻防一体の技だ。勘九郎程度の魔族では虚無に侵食されて悲鳴すら出せずに無に帰る。
勘九郎の全てが無に食われる前に【大精霊石】を掠め取った。
 
チッ! 魔族十数人分の生命を代償にした呪詛がかかってる。これでマニトゥを操っていたのか。
強制解呪では【大精霊石】そのものを壊しかねない。
トーテムもウェンディゴも無力化した今なら広範囲攻撃も可能か。
 
「霊波刀無形式、賽の監獄」
 
両手から出した霊波刀をいったん地面に突き刺し檻を形成する。
伸びた霊波刀は分裂し、ゾンビどもを駆逐してマニトゥを縛り上げる。
 
「ニルチッイさん。マニトゥに礼賛を! 呪詛をうちやぶる力をマニトゥに与えてください」
 
「わかりました。皆、儀式を始めます」
 
霊波刀が折られた。傷つけないように作った霊波刀ではやはり脆いか。
【飛/翔】してマニトゥの周りを飛び回る。
指示者のいない今なら俺だけを狙うはずだ。
そのままインディアンの集落から離して時間稼ぎをする。
 
マニトゥを傷つけないで時間稼ぎをするというのは厄介だ。
大きさも変わるし自然の中なら短距離瞬間転移もできる。
しかも儀式の影響で刻一刻とマニトゥの力は増していく。
【飛/翔】【転/移】【束/縛】【拘/束】を駆使してどうにか逃げ回るが動きを止めようとしてもマニトゥが相手では捕らえきれない。文珠が発動する前に転移をされてしまう。かといって超加速を行っては囮の意味がない。
 
「応えよマニトゥ! 最早汝を縛る者はなし! なれば汝が汝の民の拳を振るう意味があるのか?」
 
インディアンの儀式は神道でいう【魂振り】呪詛を破るほどに力が増せば問題ない。
マニトゥといえど斉天大聖老師を相手にすることに比べれば避け続けることだとて不可能ではないさ。
およそ一時間逃げ続け、マニトゥは呪詛から解放されトーテムも帰っていった。
ウェンディゴの一団はウェンディゴたちの長と【伝/心】することで山に帰らせる。
元々は人肉を喰らう存在だったが今の世の中ではそれもなく隠れ里に静かに暮らしていたのをマニトゥの力で徴兵されていたらしいからだ。
彼らも伝承によれば元はインディアンだったようだしな。
 
「横島さん。どうもありがとうございました」
 
ニルチッイさんが俺に頭を下げる。
 
「ご依頼の【山のマニトゥ】の奪還と防衛はとりあえず終了いたしました」
 
「ええ。なんとお礼を申し上げればよいか」
 
「この先はマニトゥ達を半覚醒状態で維持しておいた方がいいでしょう。この先狙われないとも限りませんが、【山のマニトゥ】【川のマニトゥ】【森のマニトゥ】達がいれば持ちこたえるのは可能でしょう。もしまた何かあったら連絡を下されば駆けつけます」
 
香港のこともあり、俺達は早々にインディアン達の集落を出ようとした。
                   ・
                   ・
                   ・
 追伸
 空港に向かおうとする途中でゼクウから連絡があった。元始風水盤の計画があったこと。
それを食い止めたこと。
その指揮を執ったのが勘九郎で勘九郎を切り捨てたことだ。
                   ・
                   ・
                   ・

 追伸の追伸
 急いで帰る理由がなくなってしまったので令子ちゃん達も呼び寄せて簡単な慰安旅行をすることとなった。
その原動力がパンフレットを持った五月であったりする。
当然行き先はカリフォルニアとフロリダだったりする。
まぁ、勘九郎のことで沈んでいた雪之丞の憂さ晴らしになればいいのだが。
                   ・
                   ・
                   ・
 中書き
 私事ですが、二月よりリアルが忙しくなるために今までのような更新ペースを維持するのは恐らく不可能になると思います。
更新ペースは落ちましても更新停止のような事態にするつもりはありませんのでこれからもよろしくお願いいたします。



[513] Re[38]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/29 10:56
 ≪横島≫
 勘九郎があれで全てだったとは思わないが、現在のところは動きはない。
カオスの人工衛星で監視を強化するくらいしかないな。
 
「――石神さまって神社や祠に祭ってあるご神体の石に宿ってる神様でしょう? 神さまがそんなひどいことをするんですか……!?」
 
「んだよ。もう五人もやられとる」
 
「どうしたもんかのう……」
 
「困りましたねぇ……」
 
ご近所の浮遊霊が集まっておキヌちゃんを中心に寄り合いがされている。
 
「何で除霊事務所で浮遊霊が寄り合いを開いているのかしら」
 
「おキヌちゃんわ~、ご近所の幽霊さんに人望が厚いものね~」
 
「外で集まるとあの石神が追い立てにくるんだ……! 俺の部屋じゃあ皆は集まれないし」
 
ジェームズ伝次郎とはこちらでも出会っている。ただ、こちらではスパルタ方式で声を出させなかったためか、演歌歌手ではなくてジャズシンガーという変更点こそあったが。
その時偶然に入っていた黒人幽霊の除霊の説得中だったのが影響を与えたんだろう。
ジャズもまた白人に迫害された黒人の魂の叫びが原点だからな。
……戦争下に連れて行ったらフォークシンガーになっていたのか?
現在は再デビューして順調に軌道に乗っている。ロック歌手のときほどの派手さはないものの以前より確実に上がった歌唱力のお陰で安定したファン層を築いている。
現在はリレイションハイツの住人の一人でもある。(まだ物を掴んだりできるわけではないが、生前の生活様式のほうが落ち着くのだそうだ。歌手としての報酬を受け取る契約はしていないので家族とアフリカ難民への寄付にそのほとんどをまわしている)
 
「すいません、すいません。今日だけですから」
 
「それはかまわないよ。この事務所でよければいつ使ってくれても。ただ酒を飲む時だけはリレイションハイツのほうを使ってくれるとありがたいかな」
 
リレイションハイツの屋上は浮遊霊に開放していたりする。夏場はビアガーデンの装飾をして知り合いと一緒に騒いだりもした。
事務所は俺が寝泊りしているからあんまり騒がしいと近所迷惑の犯人が俺にされてしまうからな。
 
「……その石神って隣町から引っ越してきたやつ……?」
 
「ええ、祠のあった場所にビルが建つからって三丁目の公園に移ってきたんです」
 
「土地を守るのは結構じゃが、何も悪さをしとらん浮遊霊まで追い出すことはなかろうに……」
 
「そうですよね。私、石神さまにお話してみます」
 
「そりゃ助かる。さすがおキヌちゃん」
 
おキヌちゃんも面倒見がいいからな。
                   ・
                   ・
 「……というわけで私が代表してお話に来たんですけど……」
 
ちなみに着いて来たのは俺と令子ちゃんと五月。
俺と五月はおキヌちゃんの両脇にいて、他は隠れてこちらの様子を伺っている。
 
「気にいらないね! そこでコソコソしてる連中……! 面倒を女に押し付けて高みの見物かい!?」
 
「い……いや、おキヌちゃんはわしらの中で一番年長じゃからして……」
 
「それに鬼と生きた人間二人からは霊能力者の匂いがするね。いざとなったらあたしを祓おうって言う気かい?」
 
「あなたが問答無用で浮遊霊達を追い出しているというはなしでしたからね。話し合いに持ち込むまでの護衛のつもりでそれ以上の手出しはするつもりはありませんよ。最も、おキヌちゃんは大切な仲間ですので理不尽な暴力にさらされると言うならその限りではありませんが」
 
「みんな私のお友達なんです。いい人ばっかりですよ」
 
「フーン。おキヌとかいったねえ。なかなか人望があるじゃないか。このあたりの女ボスってわけだね?」
 
「……ボスってなんでしょう? ?」
 
「話はわかったが、これが私のやりかたでね! 浮遊霊がウロつくとそれに混じって悪霊や妖怪も寄ってくるよーになる。あたいのシマになった以上それを許すわけにゃーいかないな!」
 
「そんなの一方的過ぎます……! 何も悪いことをしてない幽霊を追い出すなんて理不尽じゃないですか!」
 
「だからってあんたに言われて『はいそーですか』ってワケにゃあいかないよ! 神さまって商売はナメられたら終わりなのさ!」
 
「貴様に力があれば住むだけの話だろう? 下らんな」
 
話に割り込んだのは五月だった。
 
「何だって?」
 
「貴様に実力があれば妖怪が入り込もうが悪霊が入り込もうが貴様が排除すればいいだけの話。それをせずに力のない浮遊霊を追い立てるのは貴様に力のない証拠であろう」
 
へぇ、……五月も大分変わったな。
いや、知ってはいたがあいつが口にしてそういうことを言うのは初めてかもしれない。
以前はわりと手段はあまり選ばなかったからなぁ。
 
そのまま口論が続き(五月が自分で手を出さなかったのも変化の現われだな)徐々にヒートアップして、
 
「二週間だ。二週間でおキヌを貴様の流儀で貴様を倒せるようにして見せる!」
 
「言ったね。あたしが負けたらそっちの条件を飲んでやるよ!」
 
と、おキヌちゃんを蚊帳の外に試合形式まで決まった。
 
「行くぞ! おキヌ。時間は有限だ」
 
状況を飲み込めないおキヌちゃんを引っ張っていってしまった。
とりあえず俺にできることは……織姫のところに特注のリングコスチュームを頼みに行くか。
 
それから二週間。事務所の一室からは、
 
『虎だ! 虎だ! お前は虎になるのだ!』
 
『もーイヤー!』
 
『何でワッシまで~!』
 
という声が響いたりもしたが割愛しよう。
無手での指導だったら俺より五月の方が上だし、幽霊状態で鍛えることは(魂状態を直接鍛えることと全く同じではないものの)実際がどこ有効なのだ。
だからこそ、霊力を持たない村娘に過ぎなかったおキヌちゃんが人間として復活した直後に超一流のネクロマンサーになれた理由の実利的な理由はそれだと俺は判断している。
もちろんネクロマンサーの奥義を理解しているというのは大きいが、基礎的な霊力は幽霊時代に鍛え上げられたはずだ。
ただし、普通の幽体離脱でそれをやろうとしても幽体の消滅を起こす危険があるために普通はできない。妙神山のように特殊な魔方陣と結界が必要になる。肉体を持っているのと変わらないくらい安定しているおキヌちゃんだからこそできる芸当だ。
俺達のところに戻ってくるかどうかはわからないが、おキヌちゃんの場合は他の幽霊達に体を狙われる可能性が高い以上霊力は高い方がいい。
 
二週間後の試合(?)は序盤こそスピードでかく乱していたおキヌちゃんを石神がパワーで押しはじめてリズムに乗り始めたところを前回同様の人魂攻撃からラストライド(この辺は重さが関係ない幽霊だからこそできた芸当だろう)に繋げて最後はラ・マヒストラルでスリーカウントを奪いチャンピオンベルト、もとい、浮遊霊の権利を勝ち取った。
わかったことは五月もプロレスを見るらしいということ。
それからというもの。
 
「オラオラッ、新入りはおキヌちゃんと姉さんに挨拶する決まりなんだよ!」
 
「よ……よろしくどうぞ」
 
「いえ、わざわざ呼んでこられても……」
 
今回も名実共に周囲の浮遊霊のボスにおキヌちゃんはおさまり、五月が滝夜叉姫であることが判明したこともあり石神さまは五月の軍門に下った。



[513] Re[39]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/30 07:11
 ≪横島≫
 しばらくはタイムスケジュールどおりに事件が起きた。
恐竜はネクロマンサーの笛でおとなしくさせている間に恐竜の骨を借りてきて一緒に成仏をさせる。
 
セイレーンはカオスがボケていなかったためにカオスだけでケリがついた。流石にカオスが当時歌った曲はカラオケになかったため他の曲を歌ったのだがイギリスに長くいたからてっきりビートルズでも歌うかと思ったら予想に反してクイーンだった。まぁイギリスを代表するアーティストには違いない。
今回はセイレーンも声をからしていなかったために船の上でのカラオケ大会で和睦を結ぶことに成功。
ジェームズ伝次郎が所属する事務所から歌手デビューをすることと、リレイションハイツへの入居が決まった。
歌唱力が以上に高く、見目もよく、話題性も十分なために少なくとも一度は成功するだろう。その後は人間ではないというハンデや、やっかみの込まれた偽スキャンダル(魅了の魔力を込めて歌っている等)をどうかわしていくかが焦点となるな。無論、オカルト的な偽スキャンダルならうちの事務所が全面的に協力することを約束している。
 
ヴィスコンティとのレースは大ファンだったという雪之丞がどうしてもやらせて欲しいというので雪之丞に任せた。当時の俺はおろか美神さん以上の霊力を持っているので人工幽霊一号との連携が微妙にかみ合わなかったものの(雪之丞が熱くなりすぎたせい)全体的に見ればいいレースを繰り広げてヴィスコンティに勝利した。
 
ゴキブリは入居当初に業者に殺虫消毒をしてもらって、壊れた建物部分は人工幽霊の自己申告させ【修/復】したのでそもそも発生していない。例えゴキブリがでたとしてもジェノサイドZなんて危ない薬には頼らないけどな。
 
アン=ヘルシングの場合は前回から比べればピートの能力が格段に高くなっていることで自力で解決している。
精神的に成長したことで無条件に女の子には怒れないということはなくなっていたし、今回はゴリアテには誰もとらわれていなかったので自力でヘルシング教授の執念に気がついて除霊を行った。
今回は何故かエミからのアタックは受けてないもののアンちゃんから熱烈なアタックは今回も受けている。
ただし俺とピートと唐巣神父の三人からの説得、及びカオスの伝で当代のヘルシング教授(カオスもオックスフォードで教鞭を取ったことがあり、初代ヘルシングはそのときの教え子の一人だったらしい。吸血鬼退治の方法も実はカオスの伝授によるものだったとのこと)の説得も受けて普段は初代ヘルシング教授の遺物を使うことを禁止したためにはた迷惑ということは減少している。
 
神楽面は擬似的な体を作って直接デートしてもらった。経過はともかく結果は同じようになった。
 
死神さまのときも同じ。違うのは精霊石による眼くらましではなく文珠による幻影というより確実な方法をとったということ。
違いがあるとすれば入院したのがアン=ヘルシングの襲撃の際に捻挫をしたタイガーだったということか。
 
恐山の時は捻挫から復帰したタイガーが活躍した。パワーと体格、霊力ではひけを取らないし、取り組み前に俺と五月で入念に相撲対策をしている。元々五月に素手での戦い方を仕込まれてもいたので水入りの入る長い取り組みの末に一本背負い(相撲の決まり手にもある)でタイガーが勝利を収めた。
その後の相撲協会からものすごい勢いでスカウトが来たが本人はG・Sになる方を選んだようだ。
……17歳で現役横綱もかなわない伝説の横綱と真っ向勝負で勝っているのだから角界に行けば時代を代表する力士になっていただろうな。
 
ここから先はタイムスケジュールからずれ始めた。
まずはオカルトGメンの日本支部が(とりあえず今はまだ試験段階として小さなものだが)設立された。
とりあえず現段階でのTOPは西条だが、組織が大きくなったら美智恵さんが赴任してくる。
これは美智恵さんが生きてこれまでずっと設立のために準備をしていたのだからこれは起こるべくして起こった改変なのだが。
場所は今回もうちの事務所の隣。
最も今回は俺と西条の関係が良好なこともあって前回のような騒動には発展しなかった。
今回も令子ちゃんにコナをかけはしたが前回ほどではなかったし、比較的あっさりと引き下がった。 
前回とは違い俺を認めてくれているということか?
契約を交わしたわけではないがうちの事務所とオカルトGメンは共闘関係を築くだろうな。
 
この辺りで雪之丞とタイガーが見習い期間を終えて正式にうちの事務所の所員となった。もちろん今はEランクだが、この二人ならすぐに上に駆け上るだろう。カオスは元々特例でDランクからのスタートだったのですでにAランク(主にカオスにとっては初歩的な、現代のG・Sにとっては革新的なオカルトアイテムの改造の功績が認められてのもの)に来ている。カオスはうちの事務所には所属はしておらず普段は研究にいそしんでいる。最も、手を借りたい時はいつでも言えと言ってくれているし事務所にもよく顔を出しているのでほとんど所属しているようなもの(カオスまで所属するのは協会がいい顔をしないのはわかっていたからわざと公式には所属しなかったという面もある)だが。
ピートもそう時間をかけずに(この辺の遅れの差は実力ではなくうちの事務所と唐巣神父の所の仕事の密度の差)Eランクになるだろう。
他の所属メンバーは令子ちゃんと冥子ちゃんがSランク、エミがAランクになっている。
これを機に独立をしたらどうだといったのだが断られた。
このメンバーから遠く離れたところで事務所を開くのも、近くで商売敵になるのも嫌だという。
とはいえ、いつまでも俺の下にいるのもどうかと思うので相談した結果三人も共同経営者になることと、事務所内での独立性をさらに高めることにした。仕事はうちの事務所で共同で取るものの、それを分配した後は個人の責任でG・S協会への報告書の作成や(所長が書かねばならない部分は除く)アフターケアなどをやらせることにした。また、週に一回対等な立場でのミーティングも行っている。
もちろん、相互でのヘルプは行っているが。
日本で七人しかいない(二人が追加されたため)S級G・Sのうち三人が所属していて、さらに二人が浅からぬ関係を持っているというのも我がことながらとんでもないな。
 
もう一つ、タイムスケジュールが狂う事態が起きた。
ザンス王国国王が来日するというのだ。
情報を掴んだ俺は細工をして来日の時間に合わせて冥子ちゃんは六道女学園の講師に、エミはG・S協会本部に折衝に向かわせ、令子ちゃんと雪之丞、おキヌちゃんは海外出張(美智恵さんのヘルプ)俺とタイガーは警視庁内にいて警視庁の高官と折衝を行っていた。愛子には厄珍堂へ買出しを頼んでいる。
もちろんアリバイ工作(俺達が犯罪を犯すわけではないのでこの言い方も変だが)のためだ。
そして今回も残念ながら暗殺未遂事件は起きてしまった。
 
さて、今回も俺を始めうちの事務所や関係者を犯人に仕立て上げようとするのかな?
前回(少なくとも表向きは)日本最高のG・Sである美神さんを身代わりに選んだのだからうちを狙う可能性は高いと思うのだがな。
だとすれば……全て潰すよ。
 
「横島クン、いるか!」
 
西条の声。今回も俺か。
 
「どうした? 西条」
 
「こんなことは言うべきではないが何かの間違いではないかとボクも思う。だが証拠があがっているんでね。オカルト犯罪防止法に基づき、君をザンス国王暗殺未遂容疑で逮捕する!」
 
「ザンス国王が来日したときのことを言っているのなら俺は警視庁で印南警視正と交渉をしていたのだが?」
 
「なに! それは本当かい」
 
「警視正本人か、そうでなくとも受付けにいた人間に聞けば証明できると思うぞ? 俺を逮捕した後では誤認逮捕になるだろうから今のうちに確認を取ったほうがいいのではないか?」
 
すぐさま西条が警視庁に確認を取る。
 
「……すまない。警視正本人にも確認が取れたよ。本当にすまなかった」
 
「外交問題になるから逮捕を急ぐのはわかるが確認はしっかりとったほうがいいぞ。それとも、俺が犯人だという決定的な証拠でもあったのか?」
 
「あぁ。この写真を見てくれ」
 
西条が取り出した写真には空港の職員の首を絞める俺の姿が映されていた。
 
「……ザンスには変化マスクがあるし、特殊な幻術や霊能力でもこの程度はできる。エクトプラズムスーツなんてのもあるしな。むしろザンス国人を疑うべきではないか? 日本人が今ザンス国王を狙っても得することは少ないだろう?」
 
「不勉強だな。変化マスクのことは知らなかったよ」
 
「あそこは今の今まで鎖国状態だったし、俺もカオスに聞いたことがあるくらいだったから知らなくてもしょうがないだろう」
 
素面で大嘘をつく。
 
「……だがこれだけの証拠があがったのならアリバイがあっても重要参考人は確実かな?」
 
「あぁ。すまないが警視庁まで同道願うよ」
 
「わかっている。……一応伝えておくけどうちの事務所の面子は偶然全員にアリバイがあるから。令子ちゃんは雪之丞とザンス国王の後の飛行機で帰ってきたのだし、冥子ちゃんは六道女学園に講師に、エミはG・S本部に行っていたから。愛子も厄珍堂に買い物を頼んでいたし、タイガーは俺と一緒に警視庁にいたぞ」
 
「それはわかったが何故今そんなことを?」
 
「俺が身代わりにされそうになったのであればプロのテロリストであれば少なくともうちの事務所について調べていた可能性が高い。俺が捕まらなかったり、第二、第三の暗殺計画があったなら他のメンバーが犯人の身代わりにされるかもしれないと判断したんだ」
 
「なるほど。理にかなってるな」
 
「西条、お前も人事じゃないぞ? 日本に今いるオカルト犯罪の専門家、かつ逮捕権を持っているもののTOPはお前だ。……俺ならお前を狙うな。お前が捕まれば犯人が逃げおおせる確率は格段に高くなる。当分の間は公私共に複数人での行動をお勧めするよ。令子ちゃん達もだ。六道さんちで全員寝泊りさせてもらってくれ。愛子は事態が収集するまで出勤しなくていい。人工幽霊一号、もし留守中に侵入者がいたら録画して西条宛に画像を送ってくれ」
 
「忠告には感謝しよう」
 
「わかったわ」
 
「わかりました」
 
「了解しました、オーナー」
 
さて、布石は打った。
あとはあのお姫さんがどう動くかか。
 



[513] Re[40]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/30 16:48
 ≪横島≫
 重要参考人としての任意同行もアリバイが警視庁内。それも幹部との面会中というこれ以上ないくらい強固なものなのですぐに解放された。
いや、解放された矢先のことだ。壁を突き破って精霊獣が俺を拉致した。
予想内というよりそのほうが都合がいいのでおとなしく拉致される。
犯人は今回もザンス王国王女だったからな。
 
「ワタシの父をオソったのはアナタでございますね? よくもヤってくれました! アナタをラチカンキンします! ゴーモンしてコロします!」
 
「随分と物騒な話だな。あなたはいったい何者だ?」
 
知ってるけどな。
 
「ワタシ、ザンス王女キャラットです! 父のテキはこのワタシがサバきます!」
 
独りよがりなお嬢さんだ。
 
「――それにしてもキタないクウキですね! 我が国ザンスと違って、キカイ文明にケガされきってイます! あんなモノにタヨらなければイドウもままならぬアナタ方はナンとオロかなコトでありましょうか!」
 
「ザンスで何人の人間が空を飛べる?」
 
「え?」
 
「全員が飛べるわけでも、病気にかからないわけでも、怪我を治せるわけでもあるまい? 魔法は個人の才能による部分が非常に大きいからな。ザンスの文化を否定するわけでもないし、科学がおしなべてすばらしいものだと賛美するつもりも全くないが。科学には科学の利点がある。全く同様の条件下では誰がいつ力を行使しても同様の結果が得られるというな。ま、狭い視野は身を滅ぼしかねんぞ?」
 
「余計なオセワです! それにワタシたちキカイにフれるコトなりません! ソレは王家のタブーです!」
 
そのまま俺はザンス王国大使館(つくりは普通の民家だが)に拉致され椅子に縛り上げられた。
 
「ひ、姫! なんてことを! 王族が訪問先の国でこんなマネをするなんて……!」
 
「シンパイありません、大使! ワタシにはガイコートッケンがあるのですカラ! キカイ文明にドクされたこの国のモノに、精霊石のカゴのあるワタシをトラえることはデキないです!」
 
「……随分甘やかされて育ったようですね」
 
「イヤハヤ、私の口からはなんとも」
 
「それは失礼」
 
……この大使、ことなかれ主義かと思えば意外にやるぞ!? 王女に気がつかれないようにうちの事務所と警視庁、オカルトGメンに連絡を取っている。
そうかと思えば王女がいなくなった隙に俺に謝罪をしてきた。
 
「横島さん。王女がご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。高名な霊能力者のアナタにこのような仕打ちを。どうかご容赦願いたい。今、横島さんの事務所に連絡を入れて迎えに来てもらいますので」
 
「ええ、こちらもお姫様相手に荒事したくはないのでおとなしくつかまったわけですし謝罪は承りました。連絡を入れるのなら六道家の方にいれていただけますか?」
 
「わかりました」
 
その後お姫様の尋問(というにはあまりにも拙いものだが)をノラリクラリとかわしている間に鳩時計を持った令子ちゃんたちがやってきた。
 
「横島さん無事!?」
 
「おのれ大使! テキのナカマをマネきイれるとは――」
 
「おちつきなさいって」
 
「ああっキカイ!? それ、タブーですっ!」
 
精霊獣を出して迎撃しようとするが鳩時計を前に精霊獣と一緒に頭を抱えてうずくまる。
 
「――と、いうわけで横島さんはザンス王国国王暗殺とは無関係よ! 真犯人は横島さんに当局の注意を向けて次の暗殺計画を行うつもりよ!」
 
「そ、そんな……」
 
「……まったくあきれた単細胞の姫君なワケ……!」
 
「横島さんのお名前はニルチッイ殿から聞いております」
 
大使が意外なことを言う。
 
「なんでそこでニルチッイさんの名前が? それにザンスは鎖国状態だったのでは」
 
「ほとんど、です。確かに化学文明の国家とは国交深くはを結べませんでしたが、同じく精霊信仰を行うネイティヴ・アメリカンの方達とは比較的深いお付き合いがあるのですよ。特にニルチッイ殿は国王陛下とも深く親交を結んでおられます。ザンス王国が貿易の相手国として地理的に近いヨーロッパでも、アメリカでもなく日本を選んだのはそれが大きな理由を占めているのです」
 
なるほど。神道の残る日本なら気休め程度とはいえ国内の原理主義者を説得する理由にはなるのか。
 
「ニルチッイ殿は横島さんに大変なお世話になったと申していました。ネイティヴ・アメリカンを救ってくれた英雄だとも。その話を聞いて国王陛下は日本と貿易を行うことを決断なされたのです」
 
「た、大使! それはマコトですか?」
 
「まことにございます」
 
それを聞くと王女が俺に深く頭を下げた。
 
「スミマセンでした。お婆様の恩人にこのようなマネを」
 
大使が耳打ちをする。
 
『姫様はニルチッイ殿をお婆様と呼び大変慕われておるのです』
 
まさかこんな伝からタイムスケジュールの狂いがおきていたとはな。
……だからこそ俺が狙われたのか?
 
「横島さん。どうか国王陛下をお守りするのにご助力を願えないでしょうか?」
 
「わかりました。お引き受けいたします。それで、真犯人の心当たりは?」
 
「ち……父にはテキがオオいのです……! チカゴロ他国の製品がチカラをつけてキて、ザンス製品のウリアゲがオちてキて――父は、これまでのタブーをヤブってこの国の製品のウリコみをしにキました! 国内のカゲキな原理主義者タチのモウハンパツをカっています!」
 
「宗教と経済の板ばさみなのね」
 
「狂信者……か」
 
俺が一番嫌いな手合いだな。
 
数分後、テレビ中継で再びザンス国王が暗殺されかける。今回も国王のSPが重傷を負い、今回は西条が逮捕されることはなかった。
 
「ち、父上」
 
「猶予はあまりないようですね。大使、至急俺達を国王の警備につけるように手続きを頼みます」
 
「わかりました」
 
「……横島さん。ワタシでは父を守ることデキない……! だから、アナタにスベてをアズけます! この精霊獣石は精霊にユルされしもの――王族と、それにニンメイされた騎士にしかツカえません! どうか父をマモってほしい! たったイマからアナタはザンス王女の精霊騎士・横島卿です! 精霊のご加護があらんコトを……!」
 
精霊獣石が発光して精霊獣があらわれる。
元々のデザインは変わらないものの、より人間的というよりサイズこそ大きいものの絵画から抜け出してきた女性騎士さながらの姿で俺の前に膝まずいた。
 
「お初にお目にかかりますマイマスター。王女の精霊獣、これよりはマスターの配下としてお仕えさせていただきます」
 
「せ、精霊獣がシャベった?」
 
「はい王女殿下。マスターの強力な霊力により可能になったことと思われます。私達は使う人間の能力によって形態が変化しますから」
 
「ワタシより横島さんの方が強力なのですか……!? ザンスの王女であるワタシより」
 
「お言葉ですが王女殿下。マスターの霊力は歴代のザンス国王はおろか人間の限界すら軽く凌駕しております。王女の精霊獣であるこの私とてマスターの霊力を全て受け止めることなど不可能なのです」
 
驚愕と畏怖と尊敬のないまぜになった視線で見られる。
 
その後、国王陛下の臨時SPとして雇われることとなった。
……この状況、使えるな。
俺は事情を説明して五月、美衣さん、セイレーンに応援を頼んだ。
この状況を利用するために必要でない戦力でも集める。
彼女達には国王の護衛ではなくアシモト総理をはじめ日本の政治家の護衛を(いざ事件が起きたときは)頼んだ。
警視庁にはいい顔をされなかったが、その辺は国王陛下に頼み込んでねじ込んでもらった。
(表向き逮捕にはならなかったとはいえ)容疑者にした男がSPになり、妖怪まで国会の警護につくなんて前代未聞どころのはなしじゃないからな。
 
今回も事務所でおキヌちゃんが襲われたのだが今回はおキヌちゃんは幽霊なのでワイヤーで首を絞めたところで関係がないし、五月に基本的な対術を教え込まれていたのと機械が作動したこともあって撃退に成功。
その映像を人工幽霊一号が録画していたその映像と、犯人の残していった俺と西条の変化マスクを証拠として警視庁に提出した。(意図的に国会への地図は提出しなかったのだが)
これで犯人は絞られ(俺は容疑者から完全に外れ)指名手配を受けるようになった。
罠は仕掛け終わった。
後はひっかかるのを待つだけだ。



[513] Re[41]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/01/31 14:33
 ≪横島≫
 俺は五月、美衣さん、セイレーンの三人を集める。
 
「すまない。畑違いの仕事を頼んでしまって」
 
「それはかまわないのですが何で私たちなのでしょう?」
 
「日本に妖怪を受け入れさせるための一つの布石だ。みんなには顔を隠して、種族を伏せて、妖怪であると

いうことだけを公表するんだ」
 
「何で顔と種族を隠す?」
 
「五月は関東の守護がお役目だからいいとしても、美衣さんとセイレーンにはそれぞれの生活があるからな

。美衣さんはケイとの生活に余計な争いごとはない方がいいし、セイレーンにとってはスキャンダルになる

だろう?」
 
だったら最初から頼むな! というところなのだが今回ばかりはどうしても必要なのだ。
 
「横島さんにはお世話になってますしもちろんお引き受けいたしますが、具体的には何をすればよいのでし

ょう?」
 
「敵には俺が当たる。ただ少し派手な戦いになるから議事堂なんかが壊されて破片が降り注ぐかもしれない

から中の人間達を守って欲しいんだ」
 
「それならば簡単ね。鬼や猫又ほど体を動かすのは得意ではないけど」
 
五月が訝しげな表情をしている。
 
「どうした?」
 
「少しだけ腑に落ちないことがあってな。お前は派手な戦いになるといったが聞けば開いては人間なのだろ

う? お前がその気になったら簡単にケリがつくんじゃないか?」
 
「ああ。簡単にケリがつくだろうな。精霊獣が精霊獣にしか傷つけられないとはいえ所詮は精霊石なのだか

ら対処法はあるし、そうでなくとも使用者に文珠でも使えば一発でケリをつける自信はある」
 
「ならなんでそんなまどろっこしいことをする?」
 
「人間は臆病で強欲だってコトだ。俺が力を見せれば俺を排斥しようとするもの、俺に取り入ろうとするも

の、俺を利用しようとするものが必ず出てくる。特に今回が場所が国会だし、テレビ中継もされるからな。

俺はザンス王国の秘儀である精霊石獣の力を借りて、戦わなければならないのさ」
 
嘘だな。それでも俺の精霊獣のほうがポテンシャルがはるかに高いはずだから苦戦することはない。
ただ、せいぜい暴れて五月達の活躍の機会を作らなくてはな。
幸い俺の精霊獣は人間にごく近い分、その辺の細かな機微も十分にこなすことができる。
それに俺の仲間に手を出したんだ。少々ひどい眼にあってもらうさ。
                   ・
                   ・
今回もアシモト首相が入れ替わっているのは心見のお陰でわかった。
肉体労働が得意でないセイレーンに救出に行ってもらうと後はいつでもわって入れる位置に移動するだけだ

。精霊獣石を使うにはどうしても一瞬タイムラグが生じるからな。
 
しばし待つと本会議場にアシモト首相が乗り込んできた。
その混乱の隙にテロリストが精霊獣石を使うが。
甘いね。
 
「し、首相が二人?」
 
「やめるんだリューちゃん!」
 
「王の精霊獣よ!」
 
『大変なことになりました。本会議場にテロリストが……』
 
国王が精霊獣を呼び出すがすでに王の精霊獣の力を見て対策を立ててきたテロリストは二体の精霊獣を使っ

て王の精霊獣を封じ込める。
でも二流以下だ。恐らく信仰で眼が曇っているんだろう。異教徒の俺が精霊獣を使えるかもしれないという

可能性を頭の中から消去している。
王女の精霊獣を呼び出し若干こちらが不利な演出をしながら迎え撃った。
国王を守りながら、本会議場を適当な分だけ破壊しながら、美衣さんや五月が適度に活躍できる状態を作り

ながら相対する。
ふむ。結構な数の政治家が五月達に命を救われたな。
最も連中がそれをどこまで恩義に感じるかわからない。守られて当然と考えるものもいるだろうが今回はそ

れでいいさ。急いてはことを仕損じるからな。
 
テロリストがマスクをはがして顔を見せる。
 
「たいした殺気だ。……三流の証拠だな。そんなに隠しきれないほどの殺気を殺し屋が暗殺任務で出すよう

では」
 
「ヨコシマタダオ……! おマエをえおミガワリにエラんだのはシッパイだった……! 精霊にマモられた

俺が、外国人にしてやられるとはな!」
 
「精霊の加護がテロリストのお前にあるわけないだろう? 狂信者!」
 
「異教徒め……!」
 
そろそろ五月達の活躍は十分かな?
 
「暴力でしか物事を片付けられない狂信者が! いっぺん自分の信じる経典熟読してから出直して来い!」
 
王女の精霊獣が二体の精霊獣を弾き飛ばしテロリストを捕獲する。
射殺されないためだ。同時に自害させないために気絶させる。
 
表向きの仕事はこれで終了した。
                   ・
                   ・
 今回は表向きではない工作をしなくてはならない。
アシモト首相を救出、国賓や政治家の窮地を救ったことでアシモト首相直々にお褒めの言葉と褒美が与えら

れることになった。
 
「金ではなく権限が欲しいと?」
 
「はい首相。正確には権限ではなく公認です。行うだけなら現段階でも可能ですから」
 
俺がアシモト首相に要求したのは
『人間に危害を加えていない妖怪等の知的生物の保護と人間の世界での生活補助』
を行うための法的根拠を持った権限が欲しいと願い出たのだ。
 
「何故にそんなものを欲しいのだね?」
 
「妖怪は人間以上のスペシャリストです。その働きぶりはアシモト首相もご覧になられたでしょう?」
 
「確かに」
 
「しかし残念ながら彼らには人権というものが存在しません。雇用機会にも恵まれずにその能力を発揮させ

ることはできませんし、働けたとしても雇用主に不当な扱いを受ける可能性もあります。しかし彼らのほと

んどは戸籍等を持っていませんから訴えることもできません。かといって人権をいきなり与えるのは不可能

でしょう? ですから彼らから相談を受けた際に不当な雇用主を訴えたり、雇用機会を与えるための法的根

拠がどうしても欲しいのですよ。もちろん全ての妖怪などではなく、G・Sがその責任のうちに保護してい

る者たちに限られるでしょうが。それから人間に被害を与えないのにも拘らず退治されようとしている妖怪

たちを保護する時の法的根拠のためにもね」
 
「ふむ。……確約はしかねるが本国会での成立を目指し議題には上げておこう。特に準備が必要なわけでは

ないしね。幸い今回の事件で彼らに守られたことだし誰が損するとか得するとかの話ではないから可能性は

あると思う」
 
……かかった。
後はザンス国王と六道家から多少の影響を与えれば恐らく可決されるだろう。
G・Sが保護している妖怪に限定するならば責任問題は政治家ではなくG・Sにかかってくるから可決させ

やすいはずだ。
そんな酔狂なまねをするG・Sはきわめて限定されるしな。
将来のための布石はここまで。次はアフターケアーか。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪キャロット≫
あのテロリストは我が大使館でひきとりマシた。
本来は日本のケイサツに任せるべきなのカモ知れませんがザンスの秘儀が関わってイルのでシカタないです


 
「あれから二日たつが飲まず食わずなのか?」
 
「はい。口をあけさせると下を噛み切ろうとしますので致し方なく」
 
「典型的な狂信者だな」
 
テロリストはワタシたちをものスごい形相でニランでイます。
 
「お前の組織か依頼者について話す気はないか?」
 
テロリストは顔をそむけました。
横島卿が水の中にナニかの白い粉をイれて混ぜます。
粉の入ってイた袋はゴミ箱へ。
 
「二日ものまず食わずならのどが渇いただろう? 今混ぜたのは毒でもなんでもない。ただの強壮剤だ」
 
愕然と横島卿をミます。
ザンスではカガクで作られたクスリはタブーです。
特に強壮剤のようなクスリは特に重いタブーです。
 
「さぁ飲むんだ」
 
「ふざけるな!」
 
横島卿は猿轡を外して口元にコップを近づけマス。
 
顔をソらすテロリスト舌を噛みキらないようにホオを掴んでコチラにむけます。
 
「ザンスの国教では精霊の教えに従って死したる者はやがてその身も精霊となりザンスを守りながら永遠の

幸福を得る。……しかしタブーを犯せばその限りではない。……さぁ、飲むんだ。一口飲めばお前は渇きに

勝てず自分の意思でこの水を飲むようになる。……死後は一体どうなるのかな?」
 
「や、やめろ! やめてくれ!」
 
感情をマッタクださなカったテロリストが涙をナがして懇願します。
 
「駄目だ。飲むんだ。……お前は自分の意思でタブーを犯し、精霊の守りからはずれる」
 
ガマンできまセんでした。
横島卿のモつコップをはらいノけます。
 
「モウやめなさい! テロリストとはイえザンスの民にタブーを犯させるわけにはイきません。民のために

タブーを犯すのは我々王族だけで十分です! 横島卿、出て行きなさい!」
 
横島卿はニコリと微笑むと大使館から出て行きました。
横島卿、見損ないました!
 
「あ、……ああぁ……ウワアァアァアァ!」
 
テロリストの男が号泣をします。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 その夜、キャロット王女が大使を連れて事務所に尋ねてきた。
 
「横島卿、大切なハナシがアります」
 
意外に早かったな。
 
「横島卿、あの後テロリストの男、ジャコフが口を割りました。計画から組織、王国内に入り込んでいるス

パイの名や所属まで洗いざらい。これで本国の当局に情報を教えれば連中の多くを逮捕することがかのうで

す」
 
まず大使がそう切り出す。
とりあえずは成功ということか。
 
「それから、貴方がジャコフに飲ませようとした粉が強壮剤などではなくスポーツドリンクだということも

判明しました。主成分は砂糖と塩、香料が少々。タブーに触れるような内容ではないですな」
 
「そうデス! 横島卿、何故あんなマネしましたですか?」
 
さて、告白するべきか?
 
「そんなことを知ってどうする?」
 
「ワタシは王女です。オオクの物事を判断シなければならない立場にアリます。ならば正確な情報をホっす

るのは当然でアリましょう?」
 
そういう理由ならごまかすことはできないか。
元々ごまかす理由なんてたいしてないんだし。
 
「狂信者、とりわけ死後の幸福を信じるものにはどんな暴力でも、恐怖でも口を割らせることはできない。

家族を人質にとったところで口を割らないだろう。……そういう連中に口を割らせるには死後の幸福と信仰

を人質にとればいい。俺の能力を使えば確実に口を割らせる自信はあった。……他にも自白剤を使うとか直

接記憶を除くとか方法はあるんだがな。……誰にとってもベストな方法がジャコフが自分の意思で協力的に

口を割ることだった。そのためにはキャロット王女が止めに入ればそうなる可能性は高いとふんだんだ。」
 
文珠を使えば簡単な話ではあったんだがな。
 
「モシ、ワタシがトメに入らなければどうしていたのですか?」
 
「その時はあのまま脅迫して口を割らせていた。次善の策だが口を割らせる自信はあった」
 
「どうして? わざとあんなマネをしてまでジャコフに自主的にクチを割らせようとシタですか?」
 
「……ザンスの法律にはあまり詳しくはないが、国王を暗殺しようとしたのなら死刑は免れないだろうな。

……だが、自主的に捜査に協力するのなら多少の減刑は期待できるかもしれないからな」
 
それだけじゃない。自主的にしゃべった情報と、自白剤や文珠を使って聞き出した情報では情報の密度や種

類が大きく異なってくるからな。
内政干渉まではする気はないが、テロリストや狂信者なんてのはいないほうがいいし。
 
「横島卿……ワタシは貴方を見損なってイました。でも、それはどうやらマチガイだったようでございます

。」
 
見損なわれても仕方ないんだけどな。
もしジャコフが口を割らなければ文珠で強制的に自白させるつもりだったんだから。
まぁ俺が思い描いたようにザンスの件が片付いたんだから文句はないけどな。
                   ・
                   ・
二日後、ザンス大使館で俺と西条(混乱した国会内で避難の誘導を主に指示したのはオカルトGメンだった

)、五月、美衣さん、セイレーンに勲章と市民権が与えられた。
これで三人もザンス内では(法的には)人間と差別されることなく生きていけることになるのか。
 
「横島卿、ミナさん……ワタシ、ミナさんにはズイブンシツレイなタイドでした。どうかユルしてクダさい

。セマい世界しかシらず――ヘンケンだけでこの国をハンダンしていました。そしてとてもココロのセまい

人間でした。ハズかしいコトです。伝統もタイセツですが、無闇にタブーにとらわれず、ヒロく外の世界に

メをムケたいとおもいます」
 
「いいことだと思いますよ。……キャロット王女、王女の精霊獣石をお返しします」
 
「横島卿、ソレはあなたにさしあげたもの」
 
「俺はザンスのためだけに戦うものではないですからね。ザンスの秘儀たる精霊獣石をいただくわけにはい

かないでしょう?」
 
「……わかりました。デスガ、横島卿をワタシが認めた精霊騎士でアルことはとりさげまセん。次にオアイ

するときまでアズかっておきマス」
 
ん、いい表情だ。
ザンスの未来は明るいかも知れんな。
なんにせよ、問題なく(俺が意図的に複雑にしたこと以外は)かたがついてよかったとしておくか。



[513] Re[42]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/02 22:57
 ≪横島≫
 突然だが現在スイス・イタリア国境付近にいる。
もちろん時間転移をしてきたわけなのだが。
今回と前回の違いは半ば意図的に起こしたので(今まで起こさなかったのはカオスがなにやら準備があると言ったからだ)準備も十分できている。
令子ちゃんようの装備もそれなりに持ってきてあるし、カオスに自分への手紙を書いてもらっている。
マリアの電力も十分だし、テレサもサポートに来ている。
飛んできたのは俺と令子ちゃん、マリアとテレサ、それからユリンと心見だけだけどな。
 
「せん……にひゃく……よんじうにねん!?」
 
流石に令子ちゃんが混乱しているな。無理もないが。
 
「落ち着いて、令子ちゃん。……テレサ、原因はわかっているか?」
 
俺もマリアもテレサも事前に知っているので令子ちゃんだけ蚊帳の外というか嘘をついて騙しているようで心苦しいのだが仕方ないな。
 
「局地的な時空震が感知されました。97・8%の確立で時間移動が行われたと思います。霊力の発信源は美神さんの、この座標は姉さんの記憶が混ざったためだと思われます」
 
「美智恵さんも時間移動能力者だったからな。マリアの放電に巻き込まれて眠っていた霊能力が目覚めたというところか」
 
「ソーリー・ミス美神。マリア・巻きこんでしまいました」
 
「しょうがないわよ。まさかこんなことになるとは思わなかったんだし。それよりも元の時代にはどうすれば返れるのかしら?」
 
「そのまま時間移動を再度行ってももとの時代に帰れる可能性は高いですが、この時代、この場所にはドクターがおられるはずですからドクターの助力をお願いした方がより確実かと思います」
 
「そうね。カオスの力を借りられるなら借りた方がいいか。時間移動に成功したはいいけど石の中なんてことになったら困るしね」
 
石の中? 確かにそれは困るな。
 
俺と令子ちゃんはマリアとテレサに運ばれて空からあの村に運ばれた。
令子ちゃんが少し心配をしていたがカオスの名前を出せばたいていのことは納得するだろうといったら納得していた。
 
村に着くと魔女が来たと逃げ惑う中で俺は大声を張り上げる。
 
「驚かしてすまない。俺はドクター・カオスの知己で横島と言う。ドクターはここにおられるか?」
 
マリア姫が前に出てくる。
 
「カオス様の知己と言うのは真か!」
 
「……マリア?」
 
令子ちゃんが小声で漏らす。
どうやらその呟きはマリア姫には聞こえなかったようだ。
 
「あぁ。ドクターに頼みたいことがあってきたのだが」
 
「いいでしょう。ここは私の父の領地じゃ! 私も父上も魔術には寛容ゆえ、カオス様の知り合いであるというのなら邪悪な魔術師というわけでもあるまい。村への立ち入りを許可しよう。私の名はマリアだ」
 
「俺の名前は横島忠夫。横島と呼んでくれればいい」
 
自己紹介をかわす。マリアの容姿と名前に驚いていたが、
 
「そのことについて正確に説明すると専門的な話を三日三晩は説明しなくてはならないが?」
 
と言ったら引き下がってくれた。
 
「残念ながらカオス様は一月ほど前から地中海の方に出かけている。吸血鬼を倒して名を上げるとおっしゃっていた」
 
「そうですか。もしよろしければカオスが帰ってくるまで厄介になれないでしょうか?」
 
「実を申すとカオス様がお出かけになった後、この地にプロフェッサー・ヌル邪悪な錬金術師がこの地に現れたのだ。父上もヌルの手に落ち、今この村でカオス様の帰還を待ちつつ抵抗運動をしているのじゃ。そなたらがカオス様の知己というのなら手を貸して欲しい」
 
「かまいませんよ。俺達もカオスが帰ってくるまで身動きが取れませんから」
 
戦力的にはなんら問題ないしな。マリアとテレサ、俺、令子ちゃん、ユリンに心見。
俺が抜けたとしてもヌル程度なら問題なく倒せるはずだ。
問題があるとすればあいつが技術者だということだ。
全く同じ物を発明しているとは限らないからその点だけは気をつけないとな。
 
「姫さま! 大変ですプロフェッサー・ヌルの部下どもがここを……!」
 
「なんですって!?」
 
外に出ると人造モンスターの火竜とガーゴイル。ゲソバルスキーに率いられた騎士モドキ達が村の方に向かってくる。
 
「バロン!」
 
「バヴッ!」
 
「みんな落ち着け! 私と魔術師の横島どので皆を守る! ひとまず村はずれの墓地へ集まれ!」
 
「私と魔術師の横島どので皆を守る! ひとまず村はずれの墓地へ……」
 
バロンがマリア姫の声を録音して復唱する。
 
「俺があのモンスターたちを片付けてくるから令子ちゃんもバロンと一緒に村人達を守って。ただし、無理はしないこと」
 
「わかったわ」
 
さて、バロンには悪いがカオスを呼んでもらわんといかんからな。
ガーゴイルと火竜の相手はこちらで受け持つがゲソバルスキーにいったん負けてもらおう。
 
「おぉ! 横島どのは古代の秘術を受け継ぐ大魔法使いなのだな。流石はカオス様の知己」
 
ヌルとゲソバルスキーあたりに見られさえしなければ問題ないので文珠を用いてあっさりと勝負をつけたらマリア姫に感心された。ま、魔法ではないのだが誤解されても問題ないだろう。
 
村はずれの墓地に行くとバロンが倒され、村人達は令子ちゃんが張った精霊石の結界の中に避難していた。
 
「すぐに助けないと!」
 
飛び出そうとするマリア姫を押しとどめる。
 
「待て、精霊石で張った結界はおいそれとは破れない。タイミングを計るんだ」
 
とはいっても、ユリンとマリア、テレサで一斉攻撃をかければ問題ないのだがここはカオスを待つほうがいいだろう。
 
今回もゲソバルスキーが出したマリア姫の恥ずかしい写真でマリア姫がゲソバルスキーを殴りに行ってしまい、窮地に(実際はそうでもないが)陥る。
 
「私が少し留守にしただけで、ずいぶんとにぎやかにやっているじゃないか! 遊ぶなら私も混ぜてもらおうか!」
 
「ド、ドクター・カオス! 来てくれたのか……!」
 
真打登場か。
さて、ここまでは歴史の流れどおり。この先どういう変化を起こすべきなのかな……。



[513] Re[43]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/04 21:45
 ≪テレサ≫
 「ひどい奴らだ……! 中枢機能が無事だったのが幸いだったな、バロン!」
 
お父様が人造犬のバロン、もしかしたら私や姉さんの(技術的な意味での)祖先に当たるのでしょうか?人工魂は持っていないようですが高性能の人工知能は持ち合わせているようですから。
まぁ、私と違って姉さんにはマリア姫という祖先(モデル)がこの時代にいるわけだし、700歳差の私と姉さんだったら姉さんが私の直系の祖先と言い換えてもおかしくはないのか。我がことながら複雑ね。
 
「――にしても驚くことばかりだ! 私以上の天才が城を乗っ取ってモンスターを作っているだと? で、お前達は未来から時空を越えてきたとな……それも未来の私が認めた対等の友人だというのか!?」
 
「マリアとテレサを見てもらえば納得してもらえると思うが?」
 
「たしかにな。マリアは人造人間試作M-666と同じコンセプトで生み出されたようだし、この時代にこれだけのものを作り上げ、かつここまでワシと同じ開発の癖を持ったものなどおらんだろう。仮におったとしてもわざわざそんな嘘をつく理由などないだろうしな」
 
ミス美神が席を外した隙にお父様には姉さんが未来のお父様が持たせた手紙を渡しました。
ちなみに、ヌルの部下がバロンにつけた立体映像装置は横島さんが偶然を装って早い段階で壊しています。恐らくヌルが識別したのはゲソバルスキーと直接会ったミス美神の他に、人造モンスターを倒したものが別に存在するということくらいでしょう。
 
「なるほど、ヌルは魔族なわけか。どうりで人造モンスターを作り上げるなんていう真似をしたのか」
 
「俺達のことは令子ちゃんには内緒にしてくれないか?」
 
「お前が逆行者だと知っているのはお前の直属の部下と神・魔界の六柱と、私と私の娘たちだけだというのか」
 
「まぁ、その内の一柱は覚えているかどうかはわからないがな」
 
「そんな大事なことをこの時代の私に話してもよかったのか?」
 
「信用されるためにはこちらが信用しなくてはなるまい?」
 
「なるほど。真理ではあるな」
 
「俺の知るカオスは信用するにあたいする男だった」
 
「そう言われてしまえばこちらとしても協力せざるを得ないか。例え未来の自分といえど、否。だからこそ負けたくはないのでね」
 
ちなみにマリア姫もさっきからこの場にいるけど、この地方の言葉でも、フランス語でもないエジプト語(現在はアラビア語に滅ぼされてほとんど残されていない。が、古いエジプトの記録を読むのには必要なのでお父様に習ったそう)で二人が会話をしているので理解はできないでしょう。別にマリア姫には知られてもかまわないといえばかまわないのですけど、何かの拍子でミス美神に漏れるとまずいですからね。
 
「この手紙には未来の私から私に対する依頼が書かれていてな、それを達成するためにはヌルを倒して奴の研究データを手に入れないといかんのだ」
 
? そんな話は聞いてないですけど……。
まぁ、お父様が考えがあっての行動なのでしょうから大丈夫なのでしょう。
 
ミス美神が花摘み(トイレ)から戻ったので言葉を戻し(嘘ではありますが)決まったことを教えます。
 
「より確実性を増すためにはそれなりの施設が必要だというからカオスと協力してプロフェッサー・ヌルを追い出すことに決まったよ。それと、カオスの推論だとヌルは魔族らしい」
 
「どうりで。技術、工程、コスト、生産性の全てに兵器としては劣る人造モンスターなんて作り出そうとしているから変だとは思ってたんだけどね」
 
まぁ、確かに人造モンスターは兵器には向かないわね。
確かに相手の戦意を挫く効果はあるかもしれないけど、大砲だって同様の効果が得られるし、モンスターなんぞを使ったらあからさまに法王庁を挑発することになりますもの。
でも、ミス美神の観察眼もなかなかのものですわ。
 
「ふむ。……しかしこれで……いや、……ん。先ほどの情報から判断するに……、まてよ、リンクさせればなんとか……あ、駄目か。……いや、可能なのか」
 
お父様が情報を整理して作戦を練っているよう。
少なくとも私達の方が戦力的にも上回り、情報戦も制している。(横島さんと心見の霊視でヌルの諜報装置がバロンにつけられたもの以外なかったということは確認済み、さらにはユリンを飛ばして城の監視をさせています)後はどれだけ被害を抑えられるかということを考えているのでしょう。
 
「ふむ。決まったぞ! さて、諸君。悪巧みを始めようじゃないか」
 
こう言う時のお父様は楽しそうですわね。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪ヌル≫
 「ドクター・カオス。あなたのほうから来てくださるとは思いませんでしたよ。それもわざわざ私の未来の妻まで連れてね」
 
ドクター・カオスがわざわざ城まで訪ねてきてくれた。
後ろにいるのは手枷をはめ、猿轡をかまされたマリア姫とゲソバルスキーが相対したという女ですか。こちらは枷をはめていませんね。
 
「私もこんな田舎でくすぶっていたくはないものでね」
 
「そうでしょうとも。あなたも私と同じ種類の人間。己の能力を高めるために人生をかけてきたタイプの人間です。天才は天才どうし、理解してもらえると思いましたよ。ところでそちらの女性は?」
 
「マリア姫がお前を倒すために雇った魔女の弟子だそうだ。もっとも、師匠を殺した後はこの私に忠誠を誓ったがね」
 
「あのモンスターを倒したまではよかったけど、ドクターの鉄の鳥にはあの男も敵わなかったからね。私は強い男に従うことにしているの」
 
鉄の鳥? なるほど。ドクター・カオスの発明品にやられたわけですか。恐らくは飛行機械のことなのでしょう。
 
「なるほど。で、その男は?」
 
「村に捨ててきたよ。嘘だと思うのなら確かめてくるといい」
 
「いえ、それには及ばないでしょう」
 
「ふむ。しかしお主は生体工学が得意のようだな。機械工学を得意としている私が組めばなかなかどうして、面白いことになりそうじゃないか」
 
「えぇ。私が人造モンスターを世界中に売りさばけば我々は巨万の富を手に入れることができる。ドクター・カオスが手をかしてくれれば我々の名声も、富も不動のものとなるでしょう。さぁ、食事でもしながら詳しい話をしましょうか」
 
楽しい食事会になりそうですね。
疑うわけではないが用意させる間にソルジャーに村のほうの確認をさせましょう。
 
帰ってきたソルジャーは、確かに穴が無数に開いた(恐らく銃弾)見慣れぬ男の死体が放置されているのを見つけ出した。



[513] Re[44]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/09 01:37
≪ヌル≫
突然震動が城を襲った。
 
「何事ですかいったい?」
 
「ヌルさま、突如巨大な鴉が城に襲い掛かってきています。それに連動して付近の住人達が武器を持って城の周りを取り囲んでおります」
 
何事だというのだ!?
確かに窓の外には30m程の巨大な鴉が悠然と空を舞っている。
更には数百もの松明が城を取り囲んでいた。
 
「人造モンスターたちを出せ! ゲソバルスキー、お前はソルジャーどもを率いて愚民どもを追い払え!」
 
「落ち着け、ヌル! 我々の研究には金がかかる。金蔓はここの領主かもしれないがその富を生み出すのは領民だ。お前のソルジャーではせいぜい殺すのが関の山だろう? 金の元を失うのはどうかと思うのだがね」
 
「ではどうするというのです?」
 
「領民の方は私が何とかしてやろう。何、傷つけなくとも数分もすれば追い払える。それよりもソルジャーやゲソバルスキーにはあの鴉をどうにかしてもらいたいものだね。見た感じお前の人造モンスターでもなかなかどうして、苦戦しそうだぞ?」
 
……確かに、モンスターの生産がもう少し軌道に乗るまではこの領地の資金が減るのはあまり得策ではないか。
それにあの鴉、魔力のようなものを感じる。何故こんなところに現れた?
 
「そうですね。お任せしましょう」
 
「うむ、任された。レイコ君、くれぐれもマリア姫の猿轡は外さぬようにな。その布にしみこませた記憶喪失薬が効果を表すまでおよそ二時間といったところ。途中で外してしまっては精神に多大なダメージを与えてしまうかもしれないからね」
 
「記憶喪失薬? どういうことです?」
 
「何、たいしたことではないよ。マリア姫から私の記憶を奪うだけだ。女性にいつまでも恨まれるのは性に合わないのでね。特定のの記憶以外には一切影響をしないように調整をしてあるから少々時間がかかるのが厄介だが。よければ後で実物お薬もお見せしよう」
 
なるほど。まぁ、マリア姫の鼻っ柱の強い部分が残ってさえいればその程度の記憶の改変など問題はないか。
 
数分後、部下の話では不思議な光る珠でもって領民達を村に帰したという。
興味深い発明品ですね。
 
しかし残念ながら人造モンスターとゲソバルスキーは鴉を退治することができず、追い払うにとどまった。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「うまく潜入できたな。どうだ? テレサ」
 
「はい、横島さん。地獄炉はあそこです」
 
テレサが指差す先には人造モンスター工場(全てがユリン討伐のために出払っているが)の奥にあるドアが指差された。
 
「地獄炉は俺が止めるからその間にやってくるソルジャー達を食い止めてくれ」
 
「わかりました」
 
テレサは戦闘向けではないとはいえ、ザコソルジャーを相手にするには十分だ。
今回はカオスではなく俺が地獄炉を始末しに来た。
カオスといえど、地獄炉を止めようとすればそれなりに時間がかかる。
その間に確実にヌルにばれてしまい、意図的に地獄炉を暴走させてしまうかもしれない。
それでも止める方法(文珠を使うとか)はあるのだが、カオスの目的のために地獄炉を原形を残したまま無力化したいらしい。
俺がヌルを瞬殺すればいいのかもしれないが、ヌルがどんな仕掛けを(ヌルの生命活動が止まった時に暴走を開始するなど)施しているのかもわからないために、確実に地獄炉を一瞬で制御下における俺が地獄炉の担当になった(そのために死んだザコソルジャーの死体に変化の札を用いて俺の死体にカモフラージュしたりしたのだ)。
いや、そもそも暴走させるだけのエネルギーを残さなければいいのだ。
俺は俺の目的のために文珠を使って【停/止】させるのではなく、地獄炉が呼び込む魔力を【吸/収】する。今の俺にとっても高密度の負のエネルギーは貴重だからな。
何が何でも手に入れなきゃならないわけでもないが、手に入れるチャンスがあるならそれを逃す理由はない。
 
「……そういえば横島さん。こうやって二人きりになるなんて初めてでしたわね」
 
そういえばそうだな。心見はマリア姫の護衛につけているし、ユリンは外だし。
 
「せっかくの機会ですし、横島さんが一番聞きたくない台詞を申し上げさせていただきますね。……私は横島さんが好きですよ」
 
……。
 
「愛していると言い換えてもいいですわね。……私だけじゃありませんわ。姉さんも、ミス美神も、ミス六道も、貴方が深く関わった女性は皆、貴方を愛していますわ。親愛であれ、友愛であれ、あるいは恋愛であれ」
 
「……そんなこと、あるわけないだろう?」
 
「あなたの過去を多少なりとも知っている女性は私の他は姉さんと心見ちゃん、ユリンしかいないうえに知っての通り姉さんは口下手ですし、心見ちゃんとユリンは貴方の分身のようなものですからね。私が言わせていただきます。……横島さんだって私たちの気持ちに気がついていたのでしょう? ただ、応えることができないから鈍いふりして気がつかないことにしていただけで。そうでなければ、貴方が意識して告白をするのにふさわしくない空気を意図的に作らなければきっと誰かが貴方に思いのたけをぶつけていたはずですもの」
 
……。
 
「貴方でなければきっと、貴方のことを知らなければきっと私は横島さんをひどい男だとなじったかも知れませんね。私たちの思いを知って無碍にしているんですもの」
 
……その通りだな。
俺は最低の人間だ。
 
「横島さんがご自分のことをどのような思いを抱いているのかはわかりませんけど、私が横島さんに抱いている思いまでは否定しないでくださいましね」
 
「テレサ……俺は……」
 
「今答えを返していただかなくても結構です。どうせ今の状態では後ろ向きな答えしか返ってこないでしょうから。全てを終えてから、改めましてお返事をいただきたいと思います。願わくばそのときの答えが前向きでありますよう……」
 
テレサ……。
 
「貴方がご自分を責めているのは知っています。ですが貴方は他の誰よりも幸せになる権利があることも忘れないでください。貴方の過去を知るものが皆貴方から離れていかないところを見れば自明の理でしょう? ……もう一つ忘れないでください。私も姉さんも、人間ではありませんが女性ではあるのですから」
 
……だがな。
俺は臆病者なんだ。
俺の存在が、皆を傷つけることにはもう耐えられないんだ。
その癖に俺は弱く、脆く、独りであることにも耐えられなかった男だぞ?
 
「……ですぎた言葉は謝ります」
 
「いや、……こちらこそすまない」
 
……今は答えを出せない。



[513] Re[45]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/14 00:05
≪テレサ≫
やはり、言わなければよかったのでしょうか?
私が愛しているといった瞬間に横島さんの顔面は蒼白になり、拒絶反応を示すように唇や手足がガタガタと震えていました。
恐らくそのことは無自覚なのでしょう。
……哀しい人。
愛することと喪うことが、愛されることと別離が結びついてしまっていますのね。
だからこそ、この上なく勇敢な臆病者で、誰よりも強く危ういほどに脆く、誰かと深く関わりを持つことで傷つくのに孤独にも耐え切れず、誰かを護れたことで己から心を護っている。
だからこそ、何の躊躇いもなく己のみを犠牲にできる。
だからこそ愛情によって己と相手を失うことに恐怖する。
……いいえ、そんなことはありませんわね。
すでに横島さんはかなり末期的な状況にあった。
悪霊が雑霊を引き寄せ肥大化していくように、横島さんの持つ負の感情は周囲の負の感情を勝手に吸収して肥大化を始めている。……横島さんの傍で心が安らかになれるのは、横島さんが負の感情を肩代わりしているからかもしれない。(悪意を横島さんが吸収するから)横島さんの周囲は常に清浄なのだ。
それは地獄炉の負のエネルギーを吸収しようなどという発想が自然にでてくるくらいに横島さんにとって当たり前になってきている。
だからこそ、私は愛していると伝えるべきだった。
無痛というのは怖いこと。
血を流しても気がつかずに、知らぬ間に死に至る。
痛みを知らぬこの身だからこそ知っている。
例えそのことで横島さんの傷に塩を擦りつける様なことであっても、血を流しすぎて自分が傷ついているということを忘れてしまわないように。
横島さんが誰かを護るためだけの機械になってしまわないように。
……私も姉さんも難儀な人に惹かれてしまいましたわね。
後悔はありませんけれども。
 
「……さぁ、地獄炉を止めるようにしよう」
 
「そうですわね。早くしないとばれてしまいますもの」
 
空気を変えるように横島さんが言ったのでそれに乗ることにした。
あまり追い詰めてしまってもよろしくありませんし。
打算的なことを言ってしまえば最初に告白したのが私ということは個人的には大きいですし。
 
「……すまない。テレサ」
 
横島さんは常人には聞こえないほど小さな声で、探査能力の高い私には聞こえる声でそう呟いた。
どういう意味で『すまない』とおっしゃっているのかはわかりませんが、……ただ、どういう意味であっても謝っていただきたくはありませんでしたわ。
 
「さ、地獄炉を止めるぞ」
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪カオス≫
 「な、どういうことだ!?」
 
突如ヌルが慌て始める。
なるほど、横島の奴が始めおったか。
 
「一体何の騒ぎだね?」
 
「……いえ、なんでもありませんよ」
 
「そうかな? お前の纏っていた魔力が薄くなったようだが地獄炉からのエネルギーが滞っておるのではないのかね?」
 
私が浮かべた意地の悪い笑みを見てタコの頭が真っ赤に茹で上がったわい。
 
「カオス! まさか貴様が!」
 
「プロフェッサー・ヌル。一つだけ忠告をしておこう。友人というものはよく吟味するものだ。自分と同種の、そして明らかに自分より劣っている者とつきあったところで利益などはないからね」
 
ヌルは青筋を浮かべるとタコ禿げからタコ(デビルフィッシュ)の姿にその身を変えた。
 
「よくもこの私をコケにしてくれましたね!」
 
「マリア!」
 
「イエス! ドクター・カオス」
 
私の合図でマリアが拘束を引きちぎる。
未来の私が作り上げた対魔族用装備がヌルの体に法儀式済み水銀弾頭、純銀製弾殻の銃弾を轟音と共に吐き出された。
 
「私がいることも忘れないでね!」
 
脚を切り離してゲソバルスキーを創り盾にしようとするも、半分はマリアが、もう半分は美神が生まれる端から払っていくので次々生み出さなくてはならないのでそれ以外の手が出せない。
いや、この場合は脚か。
 
「ヌルよ。自らの知に慢心して周囲の状況すら理解しようとしなかったお前の姿、それこそが貴様の敗因であり、貴様のおろかさの証である」
 
「図に乗るな虫ケラがああっ!」
 
「ソロソロお別れだ!」
 
「ガァァア!」
 
対魔族用の私特製の退魔護符を放つ。
手応えが浅い!?
 
ヌルは退治されることなく退けられるにとどまったようだ。思った以上に防御装備が強力だったようだ。
しくじったか。横島から聞いていた以上に強力な魔族だったようだ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 ……そうか、前回はカオスが逆操作をしてヌルそのものが弱体化していたのに今回は俺は魔力の供給を止めただけに過ぎなかったから元々所有している魔力量はそのまま所持していたのか。
俺のミスだ。
 
だが当座の(700年前の)危機は回避できたのでよしとするしかない。
そのままカオスの協力(実際にはマリアとテレサのサポートがあるので必要なかったのだが)を得て、現代に帰ってきた。
 
「それで、カオス。過去のカオスに一体何を頼んだんだ? あれからすぐに帰ってきてしまったのだが」
 
今回も令子ちゃんは妙神山に能力の封印に出かけ、その間にカオスのもとにやってきた。
 
「うむ、それなのだがな。お前がこの世界にやってきたことで私の過去なんぞも変わってしまい改竄されてしまうわけなのだが。例えば私はお前を知っているのにお前に会うまでの私はお前のことを知らなかったとかな。……少しでも歴史の修正を緩和させようと思ってな。一つは自己暗示でお前に出会うまで、お前の存在を忘れるようにしたこと。もう一つも自己暗示で忘れているのだよ。マリア、キーワードを頼む」
 
「イエス。ドクター・カオス。『マリア姫と・我が娘達に・最大限の愛を』」
 
「……うむ。思い出したぞ! マリア、テレサ、すぐに処置にかかるとしよう。横島、すまないが」
 
「ああ、今日は帰るとするよ」
 
「うむ。楽しみに待っていろ」
 
カオスは悪戯っ子のように笑んで見せた。
                  ・
                  ・
三日後、カオスが二人を連れて事務所を訪ねてきた。
と、いっても就業時間から大幅にずれているのでこの事務所に住んでいる俺しかいなかったのだが。
いや、だからこの時間を選んできたのだろう。
 
入ってくるなりマリアが俺の両手を握り締めた。
 
温かい!? 柔らかい!?
 
「横島さん。マリア・温かいですか?」
 
「あ、あぁ」
 
「おどろいておるようだな」
 
意地悪い笑みを浮かべたカオス。
 
「過去の私に依頼してマリアとテレサの体をメタルベースからカーボンベースに変える研究をしてもらったのだよ。およそオカルト的な材料は現代では手に入らないものが多いので現代では研究できない部分があるし、ヌルの残した研究データを拝借したりしてね。人工霊力を意識的に落とせば今お前が感じているように柔らかく、霊力を張り巡らせれば従来とほぼ同等の、テレサにいたっては14.5%の強化に至ったぞ。まぁ、以前のように接着剤でくっつけるなんてことができなくなった分、兵器という面で考えれば明らかにデチューンなのだがかまわんだろう」
 
「もちろん私もですわ。横島さん」
 
テレサが俺を軽く抱擁する。
温かいし、柔らかい。
 
「以前とそう大きくは変えてはいないがね。私とて自分の娘達にそう大きく手を加えたくはないからな。変化したのはあくまで構成素材くらいなものだ」
 
嬉しそうに微笑むマリアとテレサの頭を軽く撫でてやる。
触った感触は人間のものとほとんど変化がない。
 
「マリアも・横島さんを・愛しています」
 
マリアはそれだけ言うと、俺の胸に顔をうずめた。
俺の両手はマリアを突き放すことを拒絶し、抱きしめることもできずに躊躇し、無様に中空を彷徨うだけだった。
 
それを見てテレサがクスリと笑う。
 
「今はそれで上出来ですわ。抱きしめるか、突き放すかは答えが出せる時に出してくださいな」
 
テレサもまた、俺に抱きつきカオスがそれをニヤニヤと笑っている。
出さねばならない答えなどとうに出ているはずなのに、与えられた温もりがそれを否定する。
 
思いは千々に乱れ、答えは迷走し、思いは逡巡する。
あぁ、なんて無様。
 
だが、マリアとテレサが喜んでいるのだから、素直に祝福をしよう。



[513] Re[46]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/17 21:52
 ≪令子≫
 突然、横島さんがその日の仕事を早く片付けることにした。
午後から友達が訪ねてくるというのだ。
普通のG・Sはそういうことはせずに仕事を延期したりするのが常識である。
G・Sの仕事は危険なのだ。そんなことをしては危険極まりない。
まぁ、横島さんをはじめうちのG・Sはいろいろな意味で普通ではないし、頼りになる応援もいる。
単純に退治するだけならうちの事務所は半日で10件の依頼をこなすことも可能なのだ。
最も、さまざまな理由でそんなことはしない。
一番大きな理由は説得可能な悪霊や妖怪は時間がかかっても説得するという横島さんの経営方針にある。
横島さんであれば一瞬で退治できる、それどころか三流のG・Sが十分に退治可能な弱い悪霊に対して横島さんは捕らえた後、一週間かけて説得を試みることすらあった。
美衣さんのように住処を追われた妖怪等も誠心誠意説得を試み、可能であれば共存の道を模索し、必要であれば住み替えをさせる。
横島さんが所有している山には現在除霊中に出会った猪笹王や、山童、小豆洗い。
無人島には磯女や蜃、幽霊船なんかが住み着いている。
他にも理由としては、他の事務所なんかよりもはるかにアフターケアの密度が濃いこと。
あまりに仕事量を増やしすぎて周辺のG・S事務所の仕事を干さないようにして共存をはかっていることなんかが上げられる。
そんなこんなでうちの評判は一般にも同業者にも悪いものではないのだ。
やっかみをもつ同業者や、説得などせずすぐに払ってくれなどという依頼者がいたりしないわけではないが、全体的に見れば良い方なのだろう。
ついでに、横島さんがG・S協会に与える影響力はすでに六道のおば様の件が無かったとしてもかなり大きなものになっているのだ。
数少ないS級G・Sで、希少な能力の持ち主で、困難といわれるミッションを数多くこなしている実績。良心的なG・Sからはアフターケアのことや、極力除霊しない経営方針が受け入れられているし、私たちを育て上げた教育者としての能力。広い人脈。若手のG・Sからは半ば英雄視されている。そういった好意的な理由。
敵に回せば最悪の相手であること。かつてのG・S協会の主軸にいた加茂栄光の失脚に関わっていたこと。魔族や神族、妖怪を従えている(ように見える)こと。ザンス王国、ヴァチカン市国などG・Sとは切っても切れない関係を持つ国に少なからず関係があることなどあまり好意的でない理由。
理由はさまざまなのだが、G・S協会の中でも横島さんは無視できない存在になっているのだ。
それはともかく、半日で6件の仕事を片付けるというのはうちの事務所であってもとても珍しいのだ。
                   ・
                   ・
その日の夕方、横島さんを訪ねてきた友人は意外というか何の脈絡もないような人物だった。
 
「横っち、久し振りやなぁ!」
 
「銀ちゃん! かわらんなぁ」
 
アイドル俳優の近畿剛一だった。
 
「紹介するよ。俳優の近畿剛一、本名は堂本銀一。小学校の時にクラスメイトだったんだ」
 
「堂本銀一です。ヨロシク」
 
ニッコリ微笑んでくる。
流石に美形だわ。
 
その後は横島さんがドクターをはじめ知り合いを片っ端から呼んで飲み会を始めてしまった。
堂本さんと話している横島さんは自然と関西弁交じりになり、いつもより雰囲気がとても軽い。
 
呼んだ女性人の中では魔鈴と、リリシアは銀一さんのファンだったらしい。あと、おキヌちゃんが。
冥華さんも大ファンらしいのだがどうしても抜けられない仕事のため冥子にサインを頼んで売られていく仔牛のように仕事に向かったらしい。(メイドさんの伝言では)
 
三時間も飲んでいただろうか?
横島さんは普段飲まないような結構無茶な飲み方をしていたと思う。
西条さんがイギリスでも一回だけこんな飲み方をしたと苦笑していた。
 
「横っち、大丈夫か~」
 
「ん? ちぃと脚にきとるようやな。でも、頭の方ははっきりしとるで。つまり……」
 
「つまり?」
 
「逆立ち歩きすれば素面も同然! だよNE~」
 
「んナわけあるかい!」
 
銀一さんの鋭い突込みが横島さんに炸裂する。
……こういう横島さんははじめてみたわ。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
 「よっぱらったな」
 
「おう。俺もこないに飲んだのは久し振りや」
 
今、この場にいるのは俺と銀ちゃんだけだ。
 
「で、どうやった? 本物のG・Sは?」
 
「……正直あれだけじゃようわからん。すまなかったな、横っち」
 
「なに。水臭いこといいなや」
 
銀ちゃんは自分の仕事、俳優のことでひどく悩んでいた。
 
「なぁ、横っち。俺の映画、どうやった?」
 
映画というのは去年の夏休みに放映された【踊るゴーストスイーパー THE MOVIE】のことだ。
 
「正直言って駄作だったな。あれならTVドラマ版のほうが幾分マシだった」
 
作品全体がしらけていた。銀ちゃんだけはそれでも熱意を持って演じていたけど、それがかえって周囲との温度差を際立たせていた。それに明らかにG・Sとしてはおかしな部分が目立った。
 
「何が原因だったんだ?」
 
「映画のスポンサーがこれまでの脚本家を変えて有名な脚本家に代えよったんや。前の脚本家はある程度オカルト知識はもっとったんやけど、新しい脚本家はそっちの方面は素人でな。G・Sを雇ったりしたりもしたらしいんやがそいつらがどうしようもないやつらでなぁ。他にもヒロイン役を知名度とルックスはあるけど演技の下手くそな二世タレントを使ったり……ま、いろいろあって製作スタッフ側がやる気をなくしてしもうたんや」
 
あの温度差の理由はそれか。
 
「俺は前もってG・Sの仕事振りを見学したいとおもっとった、まぁ、スケジュールの都合でそうはいかなんだけどな。それくらいあの仕事にはかけとったんやけどなぁ。アイドル俳優やのうて本物の役者になりたかったんや。でも、次回作が作られることも無いやろうな」
 
……ふむ。
 
「なぁ、銀ちゃん。やっぱ映画のスポンサーって結構作品に口が挟めるものなのか?」
 
「ケース・バイ・ケースやな。まぁ、少なからず発言力があるのは確かや」
 
「やっぱ映画撮るのって金がかかるのか?」
 
「それもピンキリやで。安い制作費でいい映画撮るのは難しいけど不可能っちゅうわけでもないからな。まぁ、流石にアクション映画を撮るんは難しいけど」
 
「踊るG・Sの時はどれくらいかかったんや?」
 
「こんくらい」
 
……ふむ。
 
俺は銀ちゃんに考えを切り出した。
銀ちゃんは最初は遠慮していたがそのうちにこちらの利点を理解し俺の手をとって了承する。
 
二週間後、【踊るゴーストスイーパー THE MOVIE2】の制作発表記者会見の席で、スポンサー件オブザーバーとして席に座る俺がいた。



[513] Re[47]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/22 02:38
 ≪横島≫
 日本で映画を撮るのはアメリカと比べて簡単でもあるし難しくもある。
簡単な面としては資金面。
日本の映画の平均制作費はおよそ四億円。
アクションシーンに比較的お金を使った踊るゴーストスイーパーでも十億円程度。
それに引き換えハリウッドでは昔の映画でも平均は十一億円。現代の平均は七十億円。超大作といわれる映画では二百億円、三百億円を超える制作費がかかるのだ。
まぁ、そういう意味ではハードルが低いといえなくもない。
もちろん制作費を使えばいい映画が撮れるというわけでもないし、使って外した過去の例もあるわけだが、踊るゴーストスイーパーはアクション映画なのであんまり安価に作れるものではない。最も、金のかかるSFシーンのほとんどを実写で撮るつもりなのでそういう意味ではあんまりお金はかからないんだが。
今回はまだ撮影すらされていないのだが、香港で撮った白麗主演の映画もアクションシーンをほとんど霊能力でまかなえたのだから間違いなく可能だろう。
実際問題、文珠を使えば撮れないシーンなどほとんどないのだ。
だが、おいそれと一般公開できる能力ではないので使うとしたら監督や撮影スタッフを取っ払って極秘裏に撮影しなければならない。まさかそんなこともできないので全てを霊能力でまかなうこともできないのだ。
俺はまず、三人の共同経営者に相談を持ちかけて協力を願い出た。
幸い三人とも協力してくれることになったので、俺が個人資産から二十億円。
三人がそれぞれ五億円ずつ、カオスも五億円の個人資産を出し合って、四十億円の制作費をひねり出した。(美神除霊事務所のときほどアコギな商売はしていないのだが、そもそもが令子ちゃんとエミを除けば全ゴーストスイーパーの中でも珍しい、霊的アイテムを必要としないタイプの霊能力者なので収入の額は段違いでも儲けの額的には美神除霊事務所に多少劣る程度ですむのだ。一番お金のかかる精霊石に関してもザンス王国からクズ精霊石を安価に購入して、カオスに手間賃を払って精錬してもらえば市価の一割程度だし、使う量もそれほど多いわけではない)
撮影そのものにも協力してくれるというのでその言葉に甘えさせてもらった。
冥華さんも協力してくれるといってくれたのだが、最近六道分家の動きがきな臭いようなので経済協力を丁重にお断りする代わり、霊能の大家としての協力を仰ぐことにした。
俺の名前だけでなく、日本最大の霊能家としての名前があったほうが効力は高いし、企業家として出資して映画がこければ六道分家の攻撃材料になるかもしれないが霊能大家としての協力なら攻撃材料とはなりえないからな。
六道分家が変にちょっかいをかけてくるのを防ぐ意味がある。(冥華さんならそのちょっかいを逆手にとって分家を攻撃することも可能だろうが、銀ちゃんの役者としての可否がかかっているので危険性は排除させていただいた)
日本で映画を撮る際に難しい面は映画を撮る環境が整っていないことが挙げられる。
映画産業の盛んなアメリカでは公道や公共施設を有料で貸し出すシステムが形成されているのでニューヨークのタイムズスクエアのような場所でも気軽に映画撮影ができる。実際問題、ニューヨーク市の収入の16%は映画関係からの収益だというので一般の人たちも通行止めになることなどをあまり反対せずに許可が下りる。
日本ではそれができないのだ。
過去の例としてはBLACK RAINというハリウッド映画が大阪府警の許可を取って大阪で撮影を行ったことがあるものの、そのあまりの大規模な撮影のために追加の許可が下りず、夜のシーンを香港で撮影したという例がある。
 
俺はまず元広監督に挨拶に行き、SFシーンの撮影のことと、知り合いの人外達を出演させること、ヒロインに白麗を起用すること、ロケ地の一つにブラドー島を使用することをお願いに行った。
こちらがスポンサーであることもあって概ねは快諾されたものの、人外の起用についてはやはり難色を示された。しかし、出演予定の者(リリシア、マリア、テレサ、おキヌちゃん、ピート、ブラドー伯爵、美衣さんとケイ、ジェームス伝次郎、セイレーン)なんかの写真を見せると喰らいついてきた。ジェームス伝次郎とセイレーンは既に芸能人でもあるし、リリシア、五月なんかは下手な女優なんかより明らかに画面映りがいい。
他にもうちの事務所のものや、カオス、唐巣神父、ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんや、ブラドー島の住人有志のかたがたにも出演依頼をしている。冥華さんや美智恵さん、西条は忙しすぎて映画出演はできそうも無かった。まぁ、あくまで踊るゴーストスイーパーなのでそのほとんどは特殊効果担当だったりエキストラだったりするのだが、中にはピートやリリシアのように結構重要な役に振り分けたものもいたりする。
もちろん、監督だけではなく【踊る】の出演者やスタッフにも俺と銀ちゃんで頭を下げにいったりしたのだが。
ヒロイン役に白麗を起用したのは女優としての実力と熱意を知っている人物で、超常的なことにも比較的馴染みやすそうな人で面識のある人(こちらではまだ面識は無いのだが)がいなかったからだ。
俺の知る彼女はあの映画がきっかけで世界的な女優にのし上がったのだが、こちらではまだ香港の若手実力派女優にまでしかなっていなかったし、映画の撮影期間が短かったのでスケジュール調整に成功した。
なぜ撮影期間が短いかといえば、愛子の協力があるからだ。
愛子の体内空間には時間の観念が存在しないし、内部構造は愛子が好きに変化させることができるため、大掛かりなセットの製作をしなくとも背景を中で撮って、後々合成するという方法が使える。(こう考えれば愛子は机の構造や、学校の歴史を考えても歳若い付喪神としては異様に強い能力の持ち主であることに気がつく)
ロケ地にブラドー島を使おうというのは、人間との共存を考えている彼らへの一助になれないかという考えがあったからだ。
俺の文珠と、ブラドー伯爵の魔力があれば大概の無理は効くという考えもある。
後は都内(踊るゴーストスイーパーの舞台は東京都)の撮影許可がどれだけ下りるかにかかっている。
しかし、その件に関しては思わぬところから援護射撃が起こった。
 
「こらぁ! 横っち。銀ちゃんと二人して楽しそうなことしてからに。私にも一枚かませんかい!」
 
事務所に銀ちゃんを伴ったショートカットの美女が怒鳴り込んできた。
 
「小学校の時のあだな……もしかして夏子なんか?」
 
「せやで。」
 
胸を張る夏子に少女時代のおとなしい印象はもう無かった。活発な印象を与えている。
 
「男同士の友情はずっこいで! 同じ幼馴染の私のことをほうっておいて二人して映画を撮るなんていうんやから」
 
「そないこというたかて、俺、夏子の連絡先知らんかったんや。それに一枚噛ませいて、何をするきなんや?」
 
「うちのおとんの仕事を忘れたんか?」
 
「確か大阪府警の警視正やったか?」
 
「いまは本庁の警視監や。ザンス国王来日の時に顔をあわせたはずやで?」
 
「あん時はゴタゴタ続きでよう覚えてへんよ」
 
「薄情なやっちゃなぁ。……ま、ええわ。うちのおとんがあの時の借り返す言うとるから撮影許可の方はきたいしとってな。ま、私の力が役に立つわけや無いからちょっと残念やけどな」
 
「いや、正味の話し助かるわ。夏子は今何をやっとるんや? おとんの後をついで警察官にでもなるんか?」
 
「私は京大の法学部にいっとるんよ。司法試験にも合格したし、卒業と同時に弁護士になるつもりや。横っちも法学部やろ? 司法試験は受けないんか?」
 
「俺はG・Sでいくつもりや。……そうか、夏子もがんばっとるんやな」
 
「フッフッフ、この程度で驚いたらあかんで。私は何年か弁護士をやったら今度は代議士になるつもりなんや。目指せ! 日本初の女総理! 新潟の二世議員には負けへんで!」
 
夏子が快活に笑って見せる。
銀ちゃんは苦笑しとるし、俺も多分苦笑しているだろう。
夏子は変わっていたが、昔も、今の夏子も魅力的なのは変わらんな。
その夜は、幼馴染三人の再会を祝しておおいに酒を飲んだ。



[513] Re[48]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/23 23:54
 ≪銀一≫
 横っちが提出した原案の導入部は横山がゴーストスイーパーとしてとある女性、海原美鈴(セイレーン)の両親からの除霊以来で 彼女にとりついた悪霊(ジェームス伝次郎)を除霊することから始まる。
両親が美鈴を連れ出した隙に横山が悪霊を除霊する。
悪霊はなんら抵抗することなく、ラヴソングを口ずさみながら静かの除霊されていった。
そこで事態は混迷する。
悪霊は悪霊ではなく、ただの浮遊霊であったこと。
彼女は霊能力者ではなかったものの強い霊能力の持ち主であったこと。
そして悪霊がとりついていたのではなく、彼女と浮遊霊は真剣愛し合っていたことだ。
結果、浮遊霊が除霊されたことを知った彼女は狂乱し、横山を激しく憎悪し数日後に自殺をしてしまう。
そのことを知った横山は己のした事の善悪に対し思い悩み、ゴーストスイーパー横山としての己のあり方に対し疑問や不信感を募らせていくところからはじまる。
 
「どうや? 銀ちゃん」
 
「うん。ええと思うで。今までの【踊るゴーストスイーパー】は勧善懲悪的な話が多かったからな」
 
仕方のない話ではあるな。ゴーストスイーパーが主人公だと相手は悪霊や妖怪。悪霊や妖怪側に【善】があっては話が作りづらいし理解されにくい。
せやけど、横っちはゴーストスイーパー=善。悪霊や妖怪=悪というわかりやすい公式を破壊することを目的にしているのだからそうするわけにはいかない。
せやから、ストーリー開始時点では人間だった女をつかって徐々に慣らしていくという手段をとったんや。
同時にこの試みは【踊るゴーストスイーパー】にとってもどうしても必要なことや。
今まではあれでよかったかも知れへんけど、これから先も【踊るゴーストスイーパー】という作品を継続させるためにはどこかで話に大きな梃子いれをせんとあかん。
このまま勧善懲悪を続けていては話が閉塞して、時代劇か子供向けの特撮みたいになってしまう。
そして、【踊るゴーストスイーパー】という作品の方向性を変えるためには横っちをはじめ、超一流のG・S達が協力をしてくれている今回を逃したら他にはあらへん。
 
続いて第二幕。
精神的に追い詰められていく横山。
ベテランゴーストスイーパーの和玖平八(微笑屋長介)や同僚の遠田菫(浅津エリ)が相談に乗ったりするが、その憂いは晴れなかった。
その憂いを払ったのは街中で偶然に出会った女性、月宮真夜=マイヤ・アルリシア(白麗)
ゴーストスイーパーという職業に自信がもてなくなった横山は職業を偽り、真夜も自らの出自を嘘で塗り固めて、それぞれの理由から偽りで始まった出会いであったが徐々に惹かれあい、やがて交際直前まで二人の関係は深まっていく。
しかし、お互いがついた嘘(主に真夜が大きな理由)が枷となり、最後の一線を越えられずに思いだけがつのっていく。
そこで急転直下の展開が起こる。ある雨の夜、死した後悪霊と化した美鈴が恨みを晴らすために真夜を人質にとって、無数の悪霊たちを配下に従えて横山を嬲り殺そうとしてきたのだ。
人質にとられた真夜と、自らの罪悪感のために一方的に攻撃されていく横山。
そしてその横山を守るために、ゴーストスイーパーである横山との決別すら覚悟して自らがついた嘘をかなぐり捨てて真夜はその本性を表した。
真夜は吸血鬼だったのだ。
真夜は美鈴や悪霊達を退けると呆然とする横山に涙を流しながら微笑を浮かべた真夜は謝罪の言葉を残してその身を蝙蝠に変えると夜の空に飛び立ってしまった。
雨の中、一人残され立ちすくむ横山。
 
そう、今回のヒロインは吸血鬼なのだ。
人外と人間の恋愛話はこれまでもなかったわけではないが、G・Sと吸血鬼の恋愛話というのは新しいを通り越して異色だ。
その分、はまれば面白い。
 
そのほかの登場キャラクターも異色といえば異色だ。
横っちは今回のラスボス、人外の殲滅を目論むG・S集団のボスでそのために自らの体を人外に貶めた群井慎二の専属スタントマンとなった。
横っち達現役G・S達は顔を隠したり、アクションシーンのスタントを中心に撮り、必要に応じて後々本物の役者に顔の映るシーンなんかを撮りなおしてもらう事になっている。
美神さんはマイヤのアクションシーン担当。
エミさんは群井の妹で横山に近寄る美女、群井由美。
六道さんは横山をブラドー島に導くG・S、芳川多恵子。
伊達君とタイガー君は群井の部下青嶋と宇尾。
ユリンはブラドー伯爵の使い魔。
ゼクウさんは群井の変身した姿。
心見ちゃんは群井の傍らにいる謎の少女。
ジルちゃんは横山を導く小さな天使。
五月さんは群井と敵対する女戦士。
ドクターカオスやマリア、テレサは群井に協力する科学者ロウとその作り出したG・Sアンドロイド。
リリシアさんはマイヤの母親役で、横山のサポートをしてくれる女性。
ブラドー伯爵はマイヤの父親役。
ピートさんはマイヤの兄役。
唐巣神父は横山とジルをめぐり合わせる神父、苅田神父。
ご近所浮遊霊親ぼく会の皆さんは群井たちやから隠れる人外たちで、美衣さんとケイ君。おキヌちゃん、愛子ちゃんなんかはその代表格だったりする。
ブラドー島有志の皆さんはそのまま吸血鬼たちの住む島の住人をやってもらう。
このキャストからもわかるとおり今回の横山の相手はほとんどが悪霊や妖怪ではなく、ゴーストスイーパーが相手なのだ。
 
「なぁ横っち。話自体は面白いねんけど、何でラストの横山VS群井の戦闘シーンだけ横っちとゼクウはんで動きを撮って、後からアテレコするんが決定してるんや?」
 
役者としてはそこも自分でとりたいんやけどな。
 
「……迫力のある戦闘シーンを撮ることに重点を置くとどうしてもな。もし、銀ちゃんが撮る事になるとそれ以前の戦闘シーンも完全に撮りなおさないとあかんのや」
 
「俺かて一応は体を鍛えてんねんで!」
 
「……見てみろ」
 
横っちは影の中からゼクウさんを呼び出す。
 
「御用ですかな? マスター」
 
「ちょっと付き合ってくれ」
 
横っちが剣を構えるとゼクウさんも剣を抜いた。
 
……これが、素人では踏み込めへん領域って言うやつなんやな。
ゼクウさんの極上の舞を見るかのような流麗な剣舞。
対してそれに比べて明らかに無骨な、それでいてやはり美が感じられる横っちの動き。
こんなもん前にやられてもうたら俺の演技なんかじゃちぐはぐな印象を残してまうだけや。
それだけやない。横っちも、ゼクウさんも、本物なんや。
本物の中に偽者が混ざってもうたら底だけ浮き彫りになってしまう。
……俺は、……俺はいつかこの中に混ざることのできる本物の演技っちゅうやつを身に着けて見せる。
それは偽物かも知れへんけど、本物の中に混じっても遜色ない、本間もんの偽物を作って見せる。



[513] Re[49]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/27 20:24
 ≪銀一≫
 俺は今、この仕事に命をかけているといっても過言やない。
元々は俺が横っちに相談して、横っちがそれに応じてくれたに過ぎない。
せやけど、横っちがこの仕事に尋常でない思い入れを持って当たっているのは誰の眼にも明らかや。
本来は映画業界の男達だって誇りは高い。
スポンサーとはいえ、門外漢の男がこれほど内容に口を出すのは本来は許されない。
だけど思いは伝わる。
そういう業界にいる男達なのだから。
だから文句も言わずに、元広監督ですら横島の言葉は無碍には扱わない。
スポンサーがどうこうというレベルの話ではなく、そうしたほうが良いということが自分のプライドとかを抜きに理解できているのだ。
また、製作スピードが異常に早い。
製作している映画事態はかなりの大物なのに、恐らく三ヶ月もあれば撮影を終えることができるだろう。
ハリウッドの某大物監督で撮影開始から終了まで半年という超早撮りで有名な監督がいる。
彼は撮りが終わった直後に編集などを行うことによって映画をすばやく作り、多忙な大物俳優なんかと契約することができているのだ。(普通の映画は数年がかりもざらであるし、役作りの期間もあるが、半年というショートタイムであれば役者の契約も早いし安価で行えるのだ)
しかし今回は編集どころか一部の撮りですら時間の全くかからない空間で行っているのだから早いのは当たり前や。
正味の話し、最初は愛子さんの体内に入るというのは俺もスタッフも抵抗はあったのだが、そのうち編集スタッフからは『これからも手伝ってくれないかなぁ』等という台詞がこぼれだした。
時間に追われる編集スタッフにとっては時間を気にせずに済むというのは夢のような話なのかもしれない。
製作スタッフと妖怪たちの隔意と言うか、製作スタッフの一方的な忌避も少しずつではあるが取り払われてきた。
これには俺も多少は役に立ったようだし、白麗さんのお陰でもある。
白麗さんは常識外のものに隔意を持たない性格なようで、俺や横っちや他のG・Sが普通に話しているのに興味を覚えたのか自分も積極的に話しかけ、まぁはなしてみれば良い奴らなのもわかるというものですぐに馴染んでしまった。とりわけ、リリシアさんとはかなり親しい間柄になっとる。
主演の二人が親しく話しとるし、セイレーンさんやジェームス伝次郎のように既に芸能活動を行っているものもあって、次第に隔意のようなものがなくなってきたことを横っちは非常によろこんどった。
横っちがこの作品を通して言いたいこと、伝えたいことっちゅうんは全体のストーリーや台詞の端々、とりわけ微笑屋さんに割り振られた台詞の中に込められとる。
俺の仕事が横っちの役に立てるっていうんやったらこれ以上嬉しいことはない。
せやから俺はこの仕事に命を賭けるつもりなんや。
……なんやけど。
 
「どうしたんだ? 銀ちゃん」
 
「ん、横っちか。ちぃとな、演技のことでにつまっとんねん」
 
ブラドー島に行く前に撮れるシーンを撮っておこうということになったので俺は今、ラストシーンを撮影しとるんやけど、何度かやってるんやけどどうしても元広監督のイメージと違うらしく何回も撮り直しているはめになっとる。
それはいいんやけど、元広監督自身にもどこが悪いのか漠然としたイメージでこれは何かが違うという漠然とした印象ででしかわからないらしく解決策が見つからないのだ。
 
「ラストシーンか……」
 
「あぁ。横っちが原案なんやし見てくれへんか?」
 
「あぁ」
 
ラストシーンは大切なものをいくつも失って、イロイロなものを見失って、それでもG・Sとして生きていくことを決意する。
そんなシーンだ。
 
俺は横っちの前で問題のシーンを演じて見せた。
 
「……なぁ、銀ちゃん。俺は演技は素人でしかあらへんから参考までに聞いて欲しいんやが、確かに横山は大切なものをなくして、誇りも、意思もズタズタにされた状態で、とても悲しいんよ。……でもな、本当にそれを失えば何もかもなくしてしまいそうなとき、人はそんな泣きそうな瞳はしない。しちゃいけないんやと思う」
 
「しかしなぁ、本当に横山の悲しみを考えたらこうなるんが普通やないのか?」
 
「……ためしに俺もやって見せるよ」
 
横っちが問題のシーンを演じて見せる。
演技そのものは素人の域を出ん。
だけどや。横っちの言う瞳は違った。
強く、まっすぐに見つめる瞳。
不断。不屈。……違う。これはどれだけ打ちのめされても懸命に生き続けようとするものの瞳や。
それに比べたら俺の演技は弱すぎたんや。
 
「横っち、おおきに。お陰でなんかつかめそうや! ……けどな、横っち。横っちも何か大切なもんをなくしたんか?」
 
「まさか。……生まれてこのかたはそんなことは経験してないよ」
 
……ほうか。でもな、演技の素人のお前に演技であんな瞳なんてでけっこない。
横っち、何をなくしたんや? 俺にはいう手くれへんことなんか?
いや、横っちはそれから立ち直ることはできたんか?それやったらそれでええ。
そうでないなら……横っち、この映画は最高のもんにしたるからな。
俺にはそれくらいのことしか今はしてやれん。
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪リリシア≫
 「ねぇ、夏子?」
 
映画の撮影の合間に一緒に見学に来ていた(私の割り振りはブラドー島に言ってからなので)夏子に声をかける。
近くには美神達三人に五月もいる。
 
「なんやの?」
 
「あんたも横島にほれているわけ?」
 
私のストレートな質問に飲みかけていたお茶を噴出す夏子。
 
「や、ややなぁ、リリシアはん。私と横っちはただの幼馴染やで?」
 
「あたしがリリム族だって言うのは教えたでしょう? 人間の恋愛感情くらいは読めるのよ」
 
これは真っ赤な嘘。リリム族の専門は愛は愛でも性愛の方だもの。
そんなことにも気がつかず(オカルトのプロでもなければ気がつくはずもないか)顔を赤くしたり青くしたりしている。
 
「……あんたらもなんやろ?」
 
質問に対して質問で返すのはあまり褒められませんよ? ……まぁ、文意的には肯定の返事ととれなくもありませんね。
 
「そうよ。ここにいる皆は、エミは妹だけど多かれ少なかれ横島に好意を持っているわ」
 
五月が顔を真っ赤にしてこちらに詰め寄ろうとするのを令子とエミとビカラが必死に押しとどめようとする。
今更照れ隠しもあったもんじゃないと思うんだけど。
……かわいいわぁ。
 
「はぁ、横っちは相変わらずもてるんやなぁ」
 
「あら、昔からそんなにもててたの?」
 
「銀ちゃんとクラスの人気を二分してたんやで? 最も、横っちに告白した猛者はおらへんかったし、横っちも大概鈍いから気ぃついてへんかった見たいやけどな」
 
それは違う。
横島は心の機微に対しむしろ鋭い方なのだ。
だから気がつかない振りをしてその手のことを意識的に避けている。
あの人造人間姉妹はお構いなしに(どうもこちらが知らない事情を知っているようだ)告白したようだ。
 
「私な、横っち相手に二回失恋してんねん。二回目は五年生のときに横っちが東京に引っ越したこと。……一回目は私が三年生の時、野良犬に追いかけられたんよ。それを横っちが野良犬に殴りかかって血まみれになって追い払ってん。せやのに私は怖くなって横っちをおいて逃げてしまってん」
 
およそ九歳の時か。ならば無理もないことだ。
 
「それなのに横っちは怪我が治って動けるようになって早々私に謝ってきてん。『護ったれないでゴメン』て」
 
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが昔はわにかけて馬鹿だったのね。
 
「横っちは自分の懐に入った者はきっと見捨てへん。子供のときからずっとそうや。けどな、横っちの隣を歩きたいと思ったら強くないと護られるしかないねん。私が弁護士になって、政治の道を歩もうと思ったんもそれが理由なんよ。……横っちは私の予想なんかをずっとはるかにぶっちぎって強くなってたんけどね」
 
……この子、頭が良いわ。感覚的に横島のことをある程度理解しているのか。
……でも面白くなりそうね。思わぬ伏兵の出現に女の子達が慌てだすかしら?
ソレをかわしきれるかしら?



[513] Re[50]:よこしまなる者 45話から
Name: キロール
Date: 2005/02/28 02:03
 ≪横島≫
 俺たちは東京での撮りを終えて一路ブラドー島に飛んだ。
東京での撮りは夏子の父親の協力のお陰で思いのほかスムーズに運んだ。
大掛かりなシーンのほとんどはブラドー島の方で撮ることになっていたのも一助ではあるが、やはり警察上層部に協力者がいるとこういう許可は早い。
スタッフのほうも気合を入れてくれているのでどういう映画になるか楽しみだ。
こういう言い方になるのは俺が自分の出番のあるシーン以外の本番撮りには一切顔を出してないという理由からだ。
原案者としていい加減のように映るかもしれないが、門外漢の俺がアレコレ口出しをして、それを許してくれた映画制作者に対する最後の礼儀だと俺は思っている。
本番前には口を出しても本番には一切口出しをしない。それがこの映画に口出しをすることにした俺が彼らにできる信頼の証だし、本番撮りは映画屋の聖域だと思ったからだ。
だから俺は試写会を結構楽しみにしている。
 
「急な頼みごとをして申し訳ない。ブラドー伯爵」
 
俺が頭を下げたのはピートの父親、この島の実質的な(名目上はピート)支配者のブラドー伯爵だ。
 
「あまり私を馬鹿にする出ないぞ? 余とてこの数年間で現代の人間の世界を学んできたつもりだ。この話がブラドー島のことを思ってのことであるのも間違いなかろう?」
 
そうか。俺自身ボケていたブラドー伯爵の印象が残っていたから侮っていたが、伯爵は頭の切れが良い。わずか数年の間でそこまで読みきれるほどに現代を理解したのか。
 
「確かに、余の力と余の収集品を売った金でこの島は以前よりは豊かになった。だが、息子が目指す人間との共存は意味が違う。交流なくして共存はありえないからな。だが、吸血鬼の島であるという以外に何の特産もないこの島が人間と交流するのは難しかろう。最も、余達を狩ろうとする退魔の者どもはいくらでもやってくるかも知れんがな。なればその吸血鬼であるという非日常を売り物にするしかないであろう? 映画産業という非日常的な職種であればあるいは余達を受け入れられるやも知れん。そうでないかもしれん。だが、試してみる価値はあると余も思う。元々分の悪い賭けであるのだからな」
 
そこまで読みきられていたか。
そのことに気がつかなかったピートがこちらの方に感謝の瞳を向けてきた。
 
映画はいよいよ大詰めで、この映画に必要な戦闘シーンやアクションシーンが続けざまに撮られる。
このアクションシーンの出来だけはハリウッドにも負けない自身がある。
何しろ、飛行機から落下するシーンでは本当に落ちるのだから。
本当に落ちた後、空を飛べるゼクウや雪之丞、リリシア、ピートなんかが拾い上げる。
他にも空に浮かぶシーン(極細の霊波刀で吊っている)爆発するシーン(カオスの独壇場)他にも特殊効果が必要なシーンは冥子ちゃんの十二神将や他の者の霊能力でどうにかなるし、(撮れないのは白麗のシーンくらいのものだ)戦闘シーンなら俺、雪之丞、ゼクウ、五月が手加減ほとんど抜き(カメラに映る程度に手加減)に戦って見せるので香港のカンフー映画を凌駕している自信もある。まぁ、魅せる戦い方を知らないので映画的にはどうかはわからないのだが。
 
映画の撮影中は本職のG・Sとしての仕事ができないので手の空いたものが順次日本に帰って処理をする形というハードスケジュールが一ヶ月続いたのだが、令子ちゃん達は文句も言わず、むしろ楽しそうにつきあってくれた。彼女達には感謝してもしたりない。
 
「横島さん。少しよろしいですか?」
 
俺に声をかけてきたのはヒロイン役の白麗さんだった。
 
「良い映画になりそうですね」
 
世辞でもなく彼女はそういっているようだった。
 
「皆さんの協力のお陰ですよ」
 
無難に返そうとする俺の応えを首を振って否定する。
 
「この映画が良い物になりそうなのは一人の人間の本気に皆が引き寄せられているからです。ですが、G・Sの貴方が何故こんな内容の映画を作ろうとしたのです?」
 
白麗さんは断定してそういってきた。
下手なごまかしは演技のプロには通じないだろうから事実を混ぜて説明する。
 
「G・Sという職業は確かに悪霊や妖怪たちを除霊するのが仕事です。ですけど同時に幽霊や妖怪たちと最も接することの多い職業でもあります。……あなたはあそこにいる皆を見て除霊したいと思いますか?」
 
白麗さんが首を横に振る。
 
「……ブラドー伯爵はかつてヨーロッパを壊滅近くまで追い込んだ吸血鬼ですし、他の者達もかつては人を殺めたり、苦しめたこともある存在ですが彼らもまた理由もなくそんな真似をしたわけではないですし、価値観が違っていても理性があり、話し合うことができれば互いに殺し合い、恨みをぶつけ合うこともないはずです。すぐにそんな世界が来ることは不可能ですが、俺は一般の人たちにもその可能性を知って欲しいんですよ」
 
「それだけではないような気もしますけどとりあえずは納得しました。内容には少し驚きましたけど、人間を一番殺しているのは同じ人間ですものね」
 
その通りだ。ただ、人間同士は妖怪よりは理解しあえる(様な気がする)だけで、人間を一番下らない理由で殺しているのは人間に他ならない。
 
「良い映画にしましょうね、横島さん。人の心に訴えるような、そんな良い映画に」
 
あぁ。そうしたい。
少しづつでも人間以外のものが人間世界と共存できるようになれば、きっとそれはいいことなのだろう。
                   ・
                   ・
 暇を見つけて、文珠で栃木県は那須郡那須町湯元は殺生石のところまで飛んだ。
理由はユリンをこの殺生石につけるためだ。
初めてタマモと出会ったとき、彼女は既に生まれてから数年立っていた。
そろそろ生まれて来ても良いコロだし、うまれていたとしても国に見つかる前に保護できれば、彼女が人間を恨む理由が少しは減るだろう。
生まれ変わりは現世に影響を与えるが記憶がうけうがれることはほとんどない。
今の俺が過去の記憶を持っているのは神・魔界の最高指導者のフォローのお陰であることは否めない。現に俺には高島としての記憶はないのだからな。
相手は妖怪の中でも歴史上最高に部類する、最強の妖物である龍種すらほとんどを凌駕する金毛白面九尾の狐の生まれ変わりだ。いずれ思い出すこともあるかもしれない。
そのときまでに幸せな記憶を持っていてもらいたい。
記憶を取り戻した金毛白面九尾の狐がどのような存在かは俺自身知っているわけではないが。
その時に俺が存在しなくても、人間の敵にならないように。
 
そんなことを考えながら殺生石の前まで来た。
かつてこのあたりには火山ガスが充満し、人や家畜を殺めていたという。
人はそれを九尾の狐の変じた殺生石が吐く毒の息だと信じていた。
それを玄翁和尚が金槌(だから金槌をゲンノウと呼称することがある)で殺生石を砕いたことによって殺生石毒の息を吐き出すようなことはなくなったという。
安倍泰親(或いは泰成)によって封じられた九尾の狐は玄翁和尚に止めを刺された。
インド、中国、日本を又にかけて国を滅ぼした傾国の美女、金毛白面九尾の狐の最期を伝える人の伝説である。
殺生石と火山ガスの因果関係があるのかないのかはわからないが、俺もタマモが国を滅ぼしたくて滅ぼしていたとは思えない。
あるいは封ぜられたことを恨んで火山ガスを発生させていた可能性はあったかもしれないとしてもだ。
 
俺が殺生石の前まで来ると、霊力が根こそぎ奪われていくような感触があった。
間違いない。殺生石が周囲の霊力や地脈のエネルギーを吸っているのだ。
誕生は間近い。
意識的に負の感情が混じらないように抑えて霊力を殺生石に注ぎ込んだ。
次いで、周囲を文珠で【浄/化】する。
そして静かに、過去のタマモを思った。
天邪鬼だったタマモ。
孤高という言葉を生きるタマモ。
無邪気にデジャブーランドで楽しむタマモ。
幸せそうにお揚げを食べるタマモ。
シロと喧嘩をしていたタマモ。
そして、互いを庇うようにしながら殺されていたタマモとシロ。
あの時のタマモは少しは幸せを感じていたのだろうか?
後悔はなかったのだろうか?
今度は、幸せを掴んでもらいたい。
 
まるで殺生石が卵のようで、
その卵が光って小さな命がそこに生まれた。
動物は生まれてすぐに立ち上がる。
そうしなければ天敵の餌食になるからだ。
そうでないのは脳とそれを守る頭蓋骨の大きさのために超未熟児状態で出産しないと産道を通ることのできない人間くらいのものか。
ましてや妖物であればもっと早く生まれたと同時に戦闘をこなす(ガルーダのヒヨコのように)ものまで存在する。
生まれてきたタマモもこちらに向かい警戒心をあらわにしてきた。
それでいい。警戒心のない獣は長生きできない。
俺はそこに座り込むとタマモの警戒心が解れるまで静かに待つことにした。
タマモはこちらを不思議そうに見るが、誕生の時に俺の霊力を大量に持っていったためか逃げる様子はない。
 
静かに、時間が過ぎ、やがて夕焼けがあたりを染めるころにタマモの方からこちらに近寄ってきた。
妖狐の一族は自分の保身のために強いものに近寄る。
そして今の俺は戦闘力だけなら間違いなく強い部類に入る。
哺乳類の赤ちゃんはたいてい手足が短く、動きがトロク、体が丸く頭が大きい。
そして哺乳類はそういう生き物を可愛いと思うようにできている。
俊敏な動きができない赤ん坊が身を守るための手段がそれなのだ。
いろいろな要素が関わって、日が沈むころにはタマモは俺の手のひらを舐めるようになり、背を撫でても逃げなくなった。
 
日が完全に沈んだころ、俺は東京の事務所に文珠で戻っていた。
俺の手の中ではタマモがミルクを舐めている。
タマモの記憶の中に幸せな記憶を刻んでもらいたい。
タマモの背を撫でながら切にそう思う。
そのためには多少の手段はとることになろうとも。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.037710905075073