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[510] よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/10/29 22:02
 前書き
初めて投稿させていただきます。
初めて書く二次創作のために、不出来なものになってしまうかもしれませんがよろしくお願いいたします。
先にいくつかの注意事項を書かせていただきます。
 
① 私は主人公(この作品の場合横島)最強主義者です。
② 逆行作品になります。
③ 複数の女性から横島が慕われることになります。
④ 地の文が散って読みづらいことになるかもしれません。
⑤ 基本的に私の趣味ですのでキャラの扱い等に善し悪しが出ると思います。
 
以上の注意を理解していただいたうえで、お付き合いのほどをお願いいたします。



[510] Re:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/12 01:02
 私とサッちゃん。神魔の最高指導者が念入りに張った多重結界の中に彼がいる。【荒神】横島忠夫。死して荒ぶる神へと至り、数百年という僅かな時間の中で幾多の神魔を屠りし者。最後の人間の守護者。
彼は結界の中で静かに私たちを見つめている。その瞳には憎悪はなく、路端の石に目を見つめるような瞳。一切の感情を持たない瞳。

違う。
彼はこんな瞳をする少年ではなかった。
そうさせてしまった失策を、今更ながらに悔やまれる。
 
「わいらが2人がかりでようやっとってとこやな。最も、中で暴れよったらそれすらも危ないようやけどな」
 
「ええ。遅すぎたと悔やむべきでしょうか?それとも間に合ったことに感謝すべきでしょうか?」
 
「何に感謝せいっちゅうねん!キーやん。おのれにか?」
 
「そんなわけないでしょう!いいえ、私の失言でしたね。すみません」
 
「もうええわ。今更悔やんだところでどうにもならへんしな」
 
そう、もうどうしようもない。神魔のほとんどが死に絶え、魂の牢獄に捕らわれた最上級の神魔たちも復活するにはまだまだ長い時間が必要だろう。神族から袂をわかった竜神王をはじめとした仏教系の一派も、魔族から離れたオーディンを代表とするアース神族系の魔族の一派もその数を減らしている。人間の数も1億を切り、多くの種がこの最終戦争の中で滅んだ。この世界はもう、取り返しがつかないのかもしれない。
もうすでに遅すぎるのだ。
 
ことの始まりは、横島忠夫と彼の仲間達を一部の保守的な神族と、旧アシュタロス派の魔族の集団が皆殺しにしたことから始まった。
彼の関係者が一堂にかいした彼の結婚式の日に悲劇は起こり、その惨劇の中から横島忠夫は【荒神】として復活する。
彼はすぐさまにその場にいる神魔に襲い掛かり、殲滅された。
生まれたばかりの人間出身の神が上級神魔を含む者たちにかなうはずもなかった。
その場の戦いは神族側が勝利を収めたが、その一件以来神と魔のデタントは暗礁に乗り上げた。中立地帯である人間界での戦闘。アシュタロスの乱での英雄達の死は軽いものでは決してなかった。
そして程なく、彼は復活して見せた。
彼はあの場にいた神族、魔族を殺していった。
いくたび殺されて時間をおかない内に復活し、復活するたびに力を強くしていく彼に神族も魔族も討伐命令を出したが、彼は何度でもよみがえる。厳重に封印しても彼はその封印を破り、同じ封印は2度と通用しなかった。帰って来れない異空間に追放しても帰還を果たした。
彼を巡っての戦いは神族と魔族の仲を決定的に破局させ、最終戦争の引き金となってしまった。
その戦いは地上の生命体をも巻き込んでしまったが、神族にも魔族にもそれを気にするものはほとんどなかった。
神族、魔族と袂を分かった者たちと彼が地上を巻き込む争いの中で人間達を守り続けた。
 
「あなたにどれほど詫びようとも、最早許されるものではないでしょう。神も、魔も、己の役割を捨て宇宙のエントロピーをはやめてしまいました」
 
「きっかけはお前にあったかも知れんけど、それすらもわしらの不始末やったわけやしな」
 
「この世界はすでに滅びようとしています。ですが、あなたまで共に滅びる必要はないと考えました。あなたがまだ理性を残しているうちに、あなたに過去に戻ってもらおうと思います」
 
「これは命令でも何でもあらへん。わしらのせいで何もかもなくしたお前に対するせめてもの償いのつもりや」
 
「どの道、未来がすでに閉じたこの世界の先など考える必要はありませんしね」
 
「もし、戻る気がないっちゅうことならわしらの首でも何でもやるさかい、選んでくれや」
 
「……お前達はどうする気だ?」
 
「私たちは、過去の私たちに記憶だけ渡します。このような結末にならないように」
 
「一応、最高指導者としての責任っちゅうもんが有るしな。もしかしたらこの世界も滅びずに立て直せるかも知れへん」
 
「私たちのほかには竜神王と、オーディンの記憶を持っていこうと思います。彼らのお陰で、あなたが決定的な破壊者にならなかったという意味もありますから」
 
もし、彼らが神魔と袂を分けて人間達を守っていなかったら、こうして彼と話すことすらかなわなかっただろう。
 
「……いいだろう」
 
初めて彼の瞳の感情がこもった。
 
「あなたが過去に戻ることで、その宇宙は平行宇宙へと変わり未来も変わるはずです。あなたの未来に安らぎがありますように」
 
私とサッちゃんの力で時を捻じ曲げた門を彼がくぐっていく。
過去の私よ。どうか彼のことを頼みます。



[510] Re[2]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/12 01:08
 未来のわしらの記憶というんはとんでもないもんやった。
キーやんなんぞ頭抱えてる。無理もないな。あない未来はわしかて真っ平や。
 
「・・・確かに未来の記憶は受け取りました。それであなたはこれからどうするつもりですか? 神としていきますか? 人としていきますか?それとも魔族として生きていきますか?」
 
「俺は神も、魔も嫌いだ。望むとすればもう1度、横島忠夫として生きていきたい」
 
まぁ、仕方ないんやろなぁ。あないなことされて好けるわけはないわ。
 
「わかりました。あなたが横島忠夫として今一度生きることを承認します」
 
「具体的にいつ頃の自分と同化するか希望はあるか?」
 
「その前に尋ねたい。未来の記憶を得たあんたらはアシュタロスの反乱をどうするつもりだ?」
 
「具体的な策を立てるつもりはありません。下手に私たちが動けばアシュタロスが反乱を早めてしまうかもしれませんし。すでに反乱の準備はほとんど整っていますからね」
 
「むろん、なにもせぇへんっちゅうわけやないけど。未来があの通りになるわけやないしその辺は流動的に対処するわ。・・・それに、できることならあいつの望みもかなえてやりたい思うしな」
 
「なら俺が生まれるのを少しはやめてもらえないか? あの反乱のときに未熟なままでいるのはいやなんだ」
 
「それくらいの変化やったらいいやろ。その程度やったら何ぼでもごまかしきくしな」
 
「そうですね。アシュタロスの事件の時に24歳程度になるように調整しましょう。ですがその場合、誕生からやり直してもらうことになりますが?」

「かまわない」
 
「それではその線で進めていきましょう。いくつか注意事項を伝えておきます。まず、あなたの霊圧は現在最上級神魔とほぼ同等にありますが、15マイトまで霊圧を下げます。これはあなたが横島百合子の体内から人間として普通に生まれることのできるギリギリの値だからです。それ以後も急激に霊圧が上がることはありませんが、あなたの魂は一度開拓された後ですから成長速度が異常であった前回から比べても成長は早いでしょう。それと、あなたの記憶は10歳程度まで戻らないと思います。戦えない体のうちから強い霊力を持つと悪霊や雑霊の餌食になりかねませんから。最後に、あなたの行動に関して世界のバランスを崩しかねない行動に出たり、世界を征服しようとでも考えない限り制限を加えません」
 
「少しよろしいかな?」
 
それまで沈黙を守ってきた竜神王が前にでてきよった。
 
「あちらの世界では正式に自己紹介できなかったようだな。わしは竜神王の白龍。正式な名前じゃないが人間にはこちらの方が通りがいいじゃろう。そして、小竜姫の大叔父にあたる」
 
その台詞を聞いて横島が頭を下げた。神魔が嫌いというても小竜姫は、あの惨劇の日、横島を守って死んでいった小竜姫は別物なんやろうな。
 
「そう頭を下げるでない。わしはお主に礼を言いたいんじゃ」
 
「しかし、小竜姫は」
 
「わしの記憶が知る小竜姫は幸せそうじゃったからな。故に、あの世界のわしは最後まで人を守る道を選んだんじゃ。その選択は決して間違ったものではないと確信しておる」
 
耳の痛い話やなぁ。わしらは結局全体のために個人を踏みつける選択をして、世界そのものを滅びに進めてもうたんやから。
 
「改めて礼を言おう。横島忠夫。わしの立場上、この先直接おぬしを手助けできぬ故に贈り物をしようと思う」
 
そういって一枚の符を取り出しよった。 
 
「この符には簡単な超加速の力がある。かつてハヌマンがおぬし達にかけた術を簡単にしたものじゃ。大体文殊一個分の霊力で10畳位の広さの部屋の一瞬を一週間ほどに引き伸ばせる。最も、一度使うと1週間は充電が必要じゃがな。かまわぬな?神魔の最高指導者たちよ」
 
「その程度ならかまわないでしょう。」
 
「ならばこの符をおぬしの魂に刻んでおこう。文殊の生成ができるほどに霊力が育てば役に立つだろう」
 
「ありがとうございます」
 
「ならば私からも贈り物をさせてもらおうか」
 
今度はオーディンや。あいつは何を横島に贈るんやろうか?
 
「私も名乗っておこう。私はオーディン。元はアース神族の長で戦と知識の神としてゲルマン民族に信仰されていたものだ。今では魔界の軍の将軍の一人だがな。そして、ワルキューレは神話の時代より私の娘、つまり私はワルキューレとジークフリードの父に当たる」
 
今度も頭を下げるワルキューレもジークもあの日に戦って死んだからな。
 
「よい。私も竜神王と同じでそなたには感謝しているのだから。戦うことしか教えられず、戦うことしか知らなかった我が娘もまたそなたに出会えて幸せだったと思うからな」
 
オーディンが懐から出したんは小さな卵やった。
 
「これは我が使いたる鴉が産み落としたもの。この卵より生まれてくる鴉はそなたの霊気を吸って育ち、そなたの忠実なる使い魔となろう。そなたの成長とともにその鴉は育ち、強くなっていくはずだ」
 
こちらも許容範囲内やな。じっさい、忠夫が戦えるようになるまである程度霊気を吸って目立たんようにさせとく必要があるし。
 
「この卵はそなたの影に潜ませておこう。時が来れば孵り姿を現すだろう。かまわぬな?指導者よ」
 
「かまへん。そろそろ横島をあるべき時間におくろうや」
 
「そうですね。かまいませんか?横島忠夫」
 
「あぁ、頼む」
 
そういうと、わしらに向かって軽く頭を下げた。・・・まさか頭下げられるとはな。ここにいるわしらがあいつの知ってるわしらとちゃうって頭で整理できても、感情がゆるさへんもんやのに。・・・アカン涙が出てきそうや。
「それでは目を閉じて、次に目を開けたとき、あなたはあるべき時間についているはずです」
 
わしとキーやんの力で横島を送り出すと。その場に小さな沈黙がおちた。 
 
「・・・記憶はしっとったけど、エエ奴やったな」
 
「・・・そうですね。頭を下げた時、彼は私たちを許してくれたのでしょうか?」
 
「そうではないと思うぞ。おそらく、横島はここにいるあなた方と、彼の知るあなた方を別物として考えるようにしたのだろうよ」
 
「心情的に許しがたいじゃろうしなぁ。関係のなかったことにした方が、心の整理がつきやすかったんじゃろう」
 
「・・・本当に優しい人間ですね。・・・彼の新しい人生に幸多からんことを」
 
「それはそうとして、例の計画を進めさせてもらうぞ」
 
「そうですね。あなたと竜神王には他の神魔に先んじる権利があります。ただし、あくまで選ぶのは横島ですし、あまり露骨な手段に出ないように」
 
例の計画。それはわしらが横島への罪滅ぼしのために考えたものやけど。まぁどちらかっちゅうとわしらの利益優先みたいなきがしてきたわ。でも、あくまで望むのは横島の幸せやっちゅうことをわすれんようにしとかなな。
 
「負けはせぬよ。龍神族の名に懸けてな」
 
「それはこちらとておなじこと」
 
「他の神魔は彼に気がついた頃から順次参戦していくでしょう。あまり露骨な手段をとるようでしたら私たちのほうで待ったをかけますから」
 
「うむ。よろしく頼むぞ」
 
「そうじゃな」
 
ホンマわかっとるんやろな?まぁ、この面子ならそう酷いことにはならへんと思うけど。・・・ならへんといいな。
 
「あくまで、この計画は横島のためにあるんや。その辺忘れたらアカンで」
 
いちおう釘さしとこうか。
まってろや、横島。前の人生の分もあわせてお前には幸せになってもらうさかいな。



[510] Re[3]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 20:56
 横島さんは、自分があるべき時に戻るようですね。
私は心のそこから安堵のため息をついた。
それと同時に一抹の寂しさを覚える。
彼がもう一度過去へと渡ったときに私との因果は消滅し、彼と私の線が交わることはないのだから。
神魔の最高指導者達も2度と同じ過ちをしないだろう。
新たなる誕生を迎える彼の姿を見ると、彼の過去が走馬灯のように浮かび上がる。

始めて私が彼に目を向けたのがあのアシュタロスの反乱のときだった。
あの悪魔王は私を侵そうとした。
それとて悲しい決意に違いなかったが、私もまたそうさせるわけにはいかなかった。
その時私を守ってくれたのが彼だった。
彼は勇者ではなかった。
彼は賢者ではなかった。
彼は聖人でなく。
神子でもなく。
覇王でもなく。
運命の子でもなかった。
欲にまみれた人間だった。
臆病な人間だった。
自己否定的で、自己不信的な人間であった。
欲を知るが故に正直で、
臆病故に優しくて、
自己否定する故に誰にでも平等に接する人間。
そしてそれだけの存在でないからこそ多くの存在をひきつけた人間。
欲にまみれようと大切なものは見失わず、
臆病なれど大切なものを守るときは勇気を振り絞り、
いかなる異質なものをも恐れずに接することができ、
いかなる存在も彼の前では平等であった。
彼は己を愛し、己が愛した魔族の女性を守るために戦いを決意し、
力を求め、
知恵をふり絞り、
とうとう六大魔王の一角すら退け私を救ってくれた。
そのために自らの手で最も守りたかった女性の命を代償として。
・・・その後の彼は心の傷をひた隠し生きてきた。
以前と変わらぬ姿は周囲のものを安心させたが、
心の傷がいえることがなかったことを私は知っている。
誰かを糾弾すればその傷をごまかすこともできたろうに。
泣き叫んでしまえば誰かが救いの手を差し伸べたかもしれないのに。
そのときかもしれない。
私が、私だけは彼に力を貸そうと決意したのは。
なんてことはない。
私という存在もまた彼に惹かれていたのだろう。
そしてあの惨劇の日、私は神として彼をよみがえらせた。
そうするのは簡単だった。
この国の土着の宗教は死したるものを神として奉っていたから。
恨みを残した者が祟り神としてよみがえるという伝説も残っていたから。
優秀であったとはいえ、ただの学者でしかなく、冤罪程度の恨みでしかなかった菅原道真ですらあれだけの神格を備えていたのだ。
世界有数のGSで、生きながら文殊というある種の奇跡を起こした横島忠夫の、世界を救った英雄の、全てを失った悲しみと憎悪は彼に強力な神格を与えた。
世界を滅ぼすほどの絶望は私の助力があったにせよ不屈と不滅を体現し、無限に成長し続けた。
・・・そして彼は新たに旅立つ。
今度はきっと大丈夫。
今度こそ貴方は貴方の愛する全てを守るでしょう。
貴方が旅立つさきの私も、今度はきっと私以上に上手に手助けするでしょう。
それが私の選択だから。
さようなら横島忠夫。
貴方は世界を恨んだかもしれませんが、
世界は、私は貴方を愛していました。
宇宙意思たるこの私の、ありったけの祝福を。
さようなら横島忠夫。
貴方の周りはいつも、温かな世界に包まれますように。
さようなら。
私の英雄。
                   ・
                   ・
                   ・
後書きというか中書き
長々と説明文だらけになってしまいましたが以上で過去に戻る経過は終わり、
次回からやり直しが始まります。・・・読んでくれてる人いるのかな?^^;
補足説明と注意事項の付け足しだけ。
まず、世界を滅ぼすきっかけを作ったのは横島忠夫ですが横島が世界を滅ぼしたわけではありません。
世界を破壊したのはあくまで神と魔族の戦いですから。
最も、その修復ができなくなり、やり直しすら困難になるほど神魔を滅ぼしたのが横島であることは間違いありませんが。
 
注意事項の補足として、キャラの人格が変化したり、イベントの内容が変化することを挙げ忘れていました。
これは横島の人格の変化と、彼の行動によって周囲のキャラの性格に影響を与えるということです。
それでは数少ない。(いないかもな^^;)奇特な方はこれからもお付き合いのほどをよろしくお願いします。



[510] Re[4]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:01
 幼いときから体を動かすことが好きだった。
その思いは歳をへるごとに強くなる。
いや、むしろそれは焦りにも似た感情となる。
                  
幼いときはひどく感激屋だった。
ちょっとした事が泣くほど嬉しかったりして、よく泣いていた。
それは時間とともになりを潜めていき、ちょっとした事で自己嫌悪に陥るようになっていた。
   
なぜ自分はそうなのだろうと疑問に思わなかったわけではない。
でも、その疑問は10歳に近づく頃にはだんだんと解けていった。
俺は。横島忠夫は全てを思い出した。
   
将来ゴースト・スイーパーになるといったときは両親に反対された。
確かに血筋的にゴースト・スイーパーの家系でもないので才能など望めないし、よしんばなれたとしても大成はしないだろうと考えるのは当たり前だ。しかし、それ以上に二人とも俺の身を心配してくれたのだろう。それでも真剣に話し合った結果、条件付で認めてもらった。条件は大学まできちんと卒業すること。義務教育が終了するまでは積極的にオカルト関係のものに近づかないことなどだ。義務教育の間も自己鍛錬のほうは認めてもらったのでその条件は飲むことにした。幸い前の人生でアシュタロスの反乱のあとしばらく妙神山で修行したこともあって基礎鍛錬なんかの方法は知っていたので問題はない。
小学校の時はその後も銀ちゃんや夏子(時間をずらしたというのに銀ちゃんと夏子だけはクラスメイトとして存在した。神魔の差し金だろうか?)と馬鹿をやったり普通の小学生をやる傍ら、体を鍛えることに従事した。多分、お袋達から少しでも横島忠夫という子供を奪いたくなかったんだろう。俺は横島忠夫だが、お袋達の知っている横島忠夫ではないのだから。欺瞞に満ちていても、お袋達の子供でありたかった。
そして小学生のときに一度転校して銀ちゃん達と2度目の別れをしたころ、オーディンからもらった卵が孵った。名前は彼女(雌だった)の両親、フギンとムニンに音を合わせてユリン。今では大切なパートナーとなってくれた。ユリンはいつもは俺の影の中に待機して、時折外にでては気ままに飛び回ったり俺の肩の上で羽を休めたりしている。意思の疎通はできるし、下手な妖怪よりも強く、多少なら大きさや数を変えたりもできる。俺の霊力が強くなればまだまだ強く育つこともできるというから頼もしい限りだ。
俺はというと、すでにアシュタロスの反乱のときよりは大分強くなっていると思う。詳しく計ったわけではなく自分での感触だが、霊圧も100マイトは超えている、つまり人間界ではトップクラスの霊力を持ち合わせていることになるとおもう。それ以上にあの時とは体のできや、戦うときの気構え、戦術、戦略が違うのだから。
                   ・
                   ・
                   ・
 「さて、どうするかな」
 
今日、晴れて高校生となった。つまりお袋達との約束を一つ果たしてこれからは積極的にオカルトとの接触がとれることとなる。
そこで困った。
  
「師匠をどうするか・・・」
 
すでに俺の霊力は普通の霊能者をはるかに超えている。一流の霊能者がだいたい60マイト程だというのに自分はそれをゆうに超えている。ユリンという強力な使い魔もいるし、並みの師匠では役に立たないだろう。かといって超一流のゴーストスイーパーにコネがあるわけでもない。
両親も時間のずれはともかく歴史どうりナルニアに転勤。前回と違って最低限の生活費は仕送りされているため多少の無茶はできるが適当な人材が思い当たらない。
 
「唐巣神父は能力も人格も信頼できるしお人好しだからいきなり行っても弟子にしてくれそうだが系統が違いすぎるし、あの人はキリスト教系だしな」 
 
今でも、神魔は好きになれない・・・
肩に止まってひとり言の話し相手をしてくれていたユリンが頬に頭を摺り寄せるのを撫でてやる。慰めてくれているのだ。
 
「紹介状がないから妙神山に行くわけにはいかない。・・・手詰まりか」
 
あまり今のうちから派手に行動したくはないしな。そのために普段は霊力を5マイト程に抑えているのに。
力を求めるだけなら師匠などにつかなくても良いが、師匠でもいなければゴーストスイーパー試験は受けられないし、ゴーストスイーパーでもなければアシュタロス事件のときにおおっぴらに動けないだろう。それに一般人のままではどうしてもオカルト知識を深いところまで得るのは難しいし。
オカルトGメンという手段もあるがそれは後3年待たねばならないし、組織に入ることは好ましくない。
不意に大きな霊力を感じた。
人間にしては大きな霊力・・・この感じは冥子ちゃんか。
霊力の感じる方に走り出す。
 
はたしてそこに冥子ちゃんはいた。周囲で12神将たちが破壊活動を行っている。・・・暴走させたのか。
文殊に【鎮】の文字を作ると12神将の攻撃をかいくぐり彼女に押し当てた。すぐに彼女と12神将はおとなしくなった。
  
「どうしたんだい?」
 
冥子ちゃんが相手だと自然とくちようが優しくなる。
 
「いきなり~、怖いお兄ちゃんたちに囲まれて~、私~私~~」
 
カツアゲかなにかか?見回してもそれらしい姿がないことを見るとすでに逃げた後なのだろう。
騒ぎを聞きつけて人が集まる前に消えた方が良いだろう。 
 
「もう怖いお兄ちゃんたちはいないみたいだ。送っていくからもう帰ろう」
 
優しく微笑んでやると冥子ちゃんは嬉しそうにうなづいた。
冥子ちゃんが手を出してきたので握ってやる。・・・冥子ちゃんももう12歳くらいのはずだが子供っぽいな。まぁ、昔の彼女は二十歳過ぎてても子供っぽかったのだが。
冥子ちゃんに見えないように文殊で道を復元すると六道家に向かって歩き始める。
                   ・                               ・                               ・
「お兄ちゃんありがとう~」
 
六道家の前まで送って行ってやると冥子ちゃんは笑顔でお礼を言ってきた。
 
「私~六道冥子っていうの~お兄ちゃんは~?」
 
「俺は横島忠夫っていうんだ。それじゃあ冥子ちゃん今度は気をつけてね」
 
そういって去ろうとする俺の手を冥子ちゃんはしっかり握って放してはくれなかった。
 
「もういっちゃうの~?ちゃんと御礼もしてないし~、お母様にも人に良くして貰ったらちゃんとお礼しなさいって言われてるの~」
 
「お礼はもう言ってもらったし、たいしたことをしたわけじゃないから」
 
「でも~。でも~」
 
冥子ちゃんは捨てられた子犬のような瞳でこちらを見ている。もう完全にウルウルきて今にも暴走しそうだ。
結局冥子ちゃんに押される形で六道家の屋敷に案内されることになってしまった。
                                  



[510] Re[5]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:10
 「はじめまして~。おばさんが冥子の母の六道冥華です~~」
  
この子が報告にあった子ね~。六道家の誇る12神将の間をかいくぐって冥子のパニックを鎮めて~、道路を修復した~。まだ中学生か高校生くらいにしか見えないのに~。
 
「横島忠夫です。はじめまして」
 
確かに~普通の高校生ではない感じね~。でも強い霊力は感じないわね~。
……危険な子かしら~。
 
「ごめんなさいね~。冥子ったらもう中学生になるって言うのに子供っぽくて~」
 
「お母様ひど~い~~」
 
まったく。この子ったらすぐに式神を暴走させるんだから~。
 
「横島君はとてもしっかりしてておばさんうらやましいわ~。何歳なのかしら~?」
 
「15歳、今年16歳になります」
 
思った通り若いのね~。
……配置の方はもう済んだようね~。
 
「そうだ~。冥子、ちょっとユミさんを呼んできてちょうだいな~」
 
「わかりましたお母様~」
 
あまりあのこにはまだ聞かせたくない類の話になるかもしれないものね~。
                 ・
                 ・
                 ・
「それで、お話は何ですか?」
 
横島君の雰囲気が急に険しくなったわ~。
 
「なんのことかしら~」
 
「冥子ちゃんを人払いして、彼女に聞かせたくない類の面白くもない世間話がしたいんでしょう?」
 
頭の切れる子ね~。でも少し若いかしら~。
 
「そうね~。単刀直入に聞くけど貴方はゴーストスイーパーなのかしら~?」
 
「違いますよ」
 
「でも~、うちの子たちの暴走をかいくぐったり~、道路の修復なんかを普通の人はできないわよね~」
 
「見られてたのか?いや、式神達から報告されたのか。・・・確かに霊能力は持ち合わせていますが、ゴーストスイーパーではありません」
 
「あら~、でも一瞬で道路を修復するなんて並みの霊能力者じゃ無理よ~。いったいどなたから教わったのかしら~」
 
「特に師匠はいません。どうやったかについては今は秘密です」
 
「自己流でそこまでできるって言うの~?霊能力の隠蔽なんて普通現役のゴーストスイーパーでもできないのに~」
 
「強い霊力をさらけ出して霊的事件にかかわりたくはなかったんですよ」
 
六道家の当主である私のプレッシャーを受け流して対等にわたりあうっていうの横島君は~。
 
「・・・そんな話がしたいんじゃないでしょう?」
 
「あら~、どうして~?」
 
「この部屋を8人で囲んで、六道家の誇る12神将を冥子ちゃんから奪ってそんな話がしたいんじゃないでしょう」
 
まずいわ~、そこまでばれてるの~。
 
「……確かに六道家の権力や12神将の力をもってすれば何とかならないことなんて、まして高校生のガキ1人の口割らすことなんて簡単でしょうよ。でもね、世の中にはそうやって強い力で無理を押し通されるのが……死ぬほど嫌いなやつもいるってことを忘れないでください」
 
なんなのこの子の瞳は~。暗い、闇が深すぎて見えないわ~。こんなの高校生がする瞳じゃないわ~~!!
だめ、抑え切れない~。
殺気も何も感じないのに死んじゃう~。
私の意識が死ぬことを認めてるっていうのかしら~?
だめ~。
式神達が暴走する~!!
 
「お母様~。ユミさんどこにもいないわ~」
 
冥子が入ってきて場の空気が元に戻ったわ~。助かったのかしら~。
 
「お母様どうしたの~!顔が真っ青~!」
 
呼吸~、呼吸することも忘れていたのかしら~。おばさん息が苦しいわ~。
 
「・・・冥華さんの調子が悪いみたいだし俺はもう帰らせてもらうよ」
 
「もういっちゃうの~?」
 
「ごめんね。俺もそろそろ帰らないといけないし」
 
冥子と話してるときはとても優しい空気ね~。まるでさっきのが悪い夢見たい~。
 
「それじゃあお暇させてもらいます」
 
「ごめんなさいね~。たいしたおもてなしもできないで~」
 
「いいえ。……俺がさっき言ったこと、忘れないでください」
 
……あの子について少し調べる必要があるみたいね~。
                 ・    
                 ・
                 ・
古ぼけたアパートの一部屋があの子が一人で暮らしてるお家なのね~。
あの後あの子について調べてみても~、あの子が言った以上のことはわからなかったわ~。隠してるんじゃなくて本当に何にもないの~。
そして私は一人であの子の部屋の前に立っているのね~。
・・・入れてくれるかしら~。
 
「ごめんください~~~」
 
ドアが開いて横島君が出てきたわ~。私の顔を見て驚いたようだけど~。こういう顔は普通の高校生ね~。
ううん、とってもかわいいわ~。
 
「六道さん」
 
「いきなり押しかけてごめんなさいね~。」
 
「それはかまわないですけど。……何もないとこですけど立ち話も何なんで中、どうぞ」
 
思ったより簡単にいれてくれたわ~。おばさん嬉しい~。
 
中は狭いながらも綺麗に片付いているみたいね~。
横島君は座布団を出してお茶を淹れてくれたわ~。
 
「この間はすいませんでした」
 
あら~。謝るつもりが先に謝られてしまったわ~。
 
「何で横島君が謝るのかしら~?」
 
「得体の知らない霊能力者が六道家の嫡子に近づいて、家にまで上がりこんだなら警戒されてもしかたないことでした。少なくとも、実際に脅迫される前からああいう行動にでるべきではなかった」
 
……この子~、いい子ね~。
 
「いいえ~。おばさんの方こそ謝りにきたのよ~。冥子を助けてくれたのに疑うようなまねしてごめんなさいね~」
 
「いいえ。・・・俺について調べがつきましたか?」
 
「そうね~。あなたが言ったとおりだったわ~。本当にごめんなさいね~」
 
私が深く頭を下げると横島君も土下座をするように頭を下げて~。
 
「今ね~。六道家は少し微妙な立場にあるのよ~」
 
言い訳がましい用だけど~、この子に聞いてもらいたいの~。
 
「横島君、陰陽寮って知ってる~?」
 
「平安時代に陰陽師を集めた役所のような場所ですね。都の霊的トラブルを解決するための。確か、明治天皇が崩御したときになくなったと思いますが」
 
「そうね~。六道家は元々陰陽寮の出で阿部晴明の流を汲む土御門家の流を汲んでるのよね~」
 
「日本のゴーストスイーパー協会は陰陽寮出身の陰陽師や高野山、比叡山等の密教系宗派、役行者の系統の修験道者、神道系の術者が結んで陰陽寮に代わる退魔組織として作られたのが元だと聞きました」
 
「そうね~。でも実際にはもっとドロドロした政争の歴史なのよね~。陰陽寮という公式の退魔機関が廃れた後~、表立たないところでは術者どうしの野試合、殺し合いが頻繁に起きたわ~。それに依頼されての呪殺を取り締まることもできなくなったし~」
 
「ゴーストスイーパー協会はそれを取り締まるために作られたと?」
 
「少なくとも~、前身の日本退魔協会はそうね~。無駄に互いの戦力を減らさないように牽制させるためのものだと聞いてるわ~」
 
「……」
 
「今でも~、そのときの名残で派閥というものが残ってるわ~。今では表立って争うようなことはないけど~」
 
「裏で、権謀術数は渦巻いてるんですね。……つまり俺はどこかの派閥の手のものと間違えられていたと?」
 
「本当にごめんなさいね~」
 
「……冥子ちゃんを守りたかったんでしょう?」
 
「えぇそうね~。あの子は本当に頼りないから~」
 
「……そういう理由なら、俺は怒れませんから」
 
この子ったら~、本当になんて瞳をするのかしら~。
この瞳はとても深くて~、
とても優しい瞳なの~。
やっぱりこの子に頼むしかないわ~。
 
「今日はあなたに謝りに来たのと~、お願いがあってきたの~」
 
「お願い、ですか?」
 
「そうなのよ~。あなたが将来ゴーストスイーパーになったらおばさんとこの派閥に入ってくれないかしら~?」
 
「……正気ですか?」
 
「悪い話じゃないと思うんだけど~。おばさんとこは最大規模の派閥だし~、それにどこかの派閥に入らないとゴーストスイーパーの仕事があまり流れてこなくなるわ~。みんなどこかしらかの派閥に入ってるもの~」
 
「俺はまだゴーストスイーパーにもなっていないですし、……俺が劇薬みたいなものだって、この間わかったでしょうに」
 
「劇薬も~、使い方さえ間違えなければお薬になるわ~。ううん、今の六道家に必要なのは劇薬のように強い薬なのよ~」
 
将来~、冥子を守ってくれる強い薬を多くそろえないとね~。冥子を守るためにも~。
 
「三つほど条件を出させてもらってもいいですか?そんなに迷惑をかけるようなことじゃないんで」
 
「言って~、御覧なさ~い~~」
 
「一つは俺のことをあんまり詮索しないで下さい。答えたくないことがいくつかありますんで。誓っておきますが、俺は六道の家にも冥子ちゃんにも仇なすつもりはありませんから」
 
「いいわよ~。聞くことはあるかもしれないけど~。無理に聞いたりはしないから~」
 
「二つ目はゴーストスイーパー試験を受けるときに後見人になってくれる人を紹介してくれないでしょうか?この間言ったとおり、俺には師匠がいないんで今のまんまじゃ試験受けられないんです」
 
「だったらそのときが来たらおばさんがなってあげるわ~」
 
「ありがとうございます。最後に、六道家の所蔵するオカルト本を貸してもらえませんか?門外不出の品や見せられないようなものはいいですから。師匠がいないもんだからオカルト知識についてはこれから勉強しなおさなくちゃいけないんです」
 
「それもかまわないわ~。六道女学園にある本や書斎にある本ならいつでも貸してあげるわよ~。でもそんなことでいいの~?」
 
「六道の派閥に入ることじたいたいしたことじゃないですし」
 
「わかったわ~。おばさんの方から聞いてもいいかしら~?横島君は霊能力者としては何ができるの~?」
 
「それは話しておいた方がいいですね。俺の能力は霊力の収束がメインというか、今のところそれくらいしかできないです」
 
「やって見せてくれるかしら~。」
 
私が頼むと横島君は霊力を解放したんだけど~。……予想以上に強いわ~。
100マイト以上でてるんじゃないかしら~。
 
「す、すごいのね~」
 
「これがサイキック・ソーサー。霊力を一点に集中して作り出した盾です。それ以外の部分の霊的防御が極端に甘くなるのが難点ですが」
 
横島君が出した霊気の盾は~、とても濃密な霊気の塊になってこれなら下級の神魔の攻撃なら問題なく跳ね返せそう~。
 
「これが栄光の手。霊波刀の一種です」
 
次に見せてくれた霊波刀は手の形をしたものと剣の形をしたものの2つの形態をとる霊波刀だったわ~。こちらもすごい収束力で極めて強力な霊波刀だとわかる。すごいわ~。でも本当にすごかったのは最後に出した小さな玉だったわ~。
 
「これが文珠」
 
「文珠って~、あの文珠のことかしら~」
 
この子って何者なのかしら~。文珠といったら一部の神族の神器の一種じゃないの~。
 
「知ってるなら話は早いですね。俺の霊力を集めて作ったものです。この間道路の修復をしたのもこいつです」
 
「横島君すごいのね~。もう日本TOPクラスの術者じゃないの~。しかも文珠なんてすごいもの作れるなんて~」
 
「霊力の収束系が極端に相性が良かったみたいです」
 
それですむ問題じゃないでしょう~。
 
「それと、これは俺の能力じゃなくてある方から譲り受けたものなんですが。……ユリン」
 
横島君が呼ぶと~。彼の陰の中から一羽の鴉が飛び出してきたわ~。この鴉も単独だったらうちの式神たちと同じくらいの能力がありそうね~。
 
「使い魔のユリンです」
 
「横島く~ん。あなたって何者~?」
 
「ただの高校生です。普通の高校生じゃないかもしれませんけど」
 
結局教えてくれなかったけど~。……いいわ~。私は横島君を信用することに決めたんだから~。
横島君は~、劇薬どころか特効薬になってくれそうだし~。
こんな子六道家に欲しいわ~。
でも無理強いしたら今度こそ嫌われちゃいそうだし~。
まだ冥子は中学生だから~、3年後が勝負ね~。
逃がさないわよ~。
 



[510] Re[6]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:15
 想定外だったが六道家とコンタクトを取れたことはプラスに働いた。
金銭的な問題。六道家の派閥に所属するG・Sの助手と言う形で研修をかねたバイトをさせてもらってる。過去の時代のあのバイトとは違って月に3~4件も手伝えばその月を暮らしていけるだけの報酬は手に入ったし、ユリンに実戦をつませることができた。
知識の方の問題も一気に解決できた。竜神王にいただいた超加速の符を使って部屋にこもれば一週間読書に励むことができる。最初こそ辛かったが一月で大抵のオカルト本を読みこなすことができるようになった。
以後も超加速の符の利用の半分は知識を深めることに利用した。残念なのは中にいる間は文珠をストックすることができないことだ。
残りの半分は霊力の修行に使う。
超加速の空間は霊力に過負荷がかかってる状態なので霊力の修行にちょうど良かった。
チャクラを開きその中で霊力を輪廻す。
ムラダーラ(尾てい骨)、スワディスターナ(丹田)のチャクラは容易に開いたのだがマニプラ(鳩尾)の開放に手間取る。
マニプラは豊かな感情を表すチャクラ。
俺の心がチャクラの解放を阻害しているのかもしれない。
それでも数ヶ月の修行で霊圧は200に達した。最早単純な霊圧だけなら人類屈指。俺より高い可能性があるのは僅かにいる神族の血を引く一族の長や先祖がえりくらいだろう。
それ以外の時間の半分は高校生をすることに取られる。授業の内容はできる限り授業中に覚えることで時間のロスを少なくしなければならない。受験勉強などで時間をとられたくない。それでもどうしようもない時や課題が多く出たときは超加速の空間で片付けた。
それ以外の時間はひたすらに体を鍛えた。東京も郊外の山の中まで走り、深い山の奥で体をいじめ続ける。今ならシロの散歩にも耐えられるだろう体はできてきた。
修行は少しも辛くはなかった。
それより辛いことを知っていたから。
霊能力を隠す必要もなくなったのでユリンはあれから出しっぱなしのことが多くなった。
ユリンが活動すればそれだけ消費される霊力も多くなる。
それが良い負荷となり霊的スタミナを鍛える一助になっていた。
時には冥子ちゃんにつきあわされるときもある。
冥子ちゃんはあれからも俺なんかのことを慕ってくれている。
冥子ちゃんには人間の友達がいなかった。
六道家の誇る12神将は冥子ちゃんの大切な友達だ。
しかし、一般的にはやはり異質であるし、時に暴走するそれを周囲の人間は怖がる。
しょうがないのかもしれない。
それでも完全でないとはいえ孤独の中にいる冥子ちゃんはかわいそうだった。
孤独はいけない。
孤独は容易く心を蝕む。
そのことを誰よりも俺は知っている。
あるいは冥子ちゃんや六道家の人間が持つ『幼さ』はこうした孤独が原因なのかもしれない。
人格形成をする時期に孤独では満足にそれができないだろうから。
六道家の者や使用人たちは冥子ちゃんを愛している。
しかしそれは大人と子供の関係でしかない。
分家の人間や、六道財閥関係の人間の子供なら冥子ちゃんとつきあうことができるかもしれないが、それはあまりにも危険なので冥華さんがそういう人物を近づけない。
故に冥子ちゃんと歳が近い俺はなるべく彼女の要望に沿ってあげていた。
あの世界で冥子ちゃんが美神さんやエミさんになついていたのは初めてできた友達だったからだろう。
冥子ちゃんはとても嬉しそうに俺になついてくる。
……修行をし続けても俺の心が昔のように塗りつぶされないのは、冥子ちゃんが俺を癒してくれているのかもしれない。
だとすればなんとあさましい。
                      ・
                      ・
                      ・
「おにいちゃ~ん~~。今日は~、なにをするのかしら~~?」
 
あれ以降も冥子ちゃんは俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ。少し照れくさいが好きにさせていた。
池のほとりに立つと黙って水の中に手を突っ込み、霊力を流し込む。
霊力を通しやすい水の中に霊力を流し込み、サイキック・ソーサの要領で水をまとめると水が粘土のようになる。今度はそれをイメージで変形させて小さな犬を作った。
 
「きゃぁぁ~かわいい~~」
 
「鬼ごっこをしよう。最初はその子犬が鬼だ」
 
キャ~と悲鳴を上げて楽しそうに冥子ちゃんが逃げ回る。
12神将達もめいめいに逃げ始め、ユリンがその周りを楽しそうに飛んでいた。
これなら俺もイメージングの修行になるし、冥子ちゃんに圧倒的に足りない肉体的スタミナも遊んでいるうちにつくだろう。
 
数分後、転んだ冥子ちゃんが式神を暴走させて文珠を使う羽目になったのは、まぁ、心温まるエピソードの一つだ。
                      ・
                      ・
                      ・
2ヵ月後、冥華さんに後見人を頼みその年のG・S試験を主席で合格した。ユリンだけで2次試験を合格したことで強力な使い魔を持つと認識されはしたが本来の能力は隠せただろう。1次試験も70マイトほどに(それでも十分以上に強いのだが)抑えたことだし。       



[510] Re[7]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:22
 「横島君すごいのね~。16歳で主席卒業は史上最年少記録よ~」
 
「お兄ちゃんすごい~~」
 
「おばさんも後見人になって、鼻が高いわ~」
 
G・S資格を取ったことを2人は自分のことのように喜んでくれた。こういった素直さ、無邪気さは六道家の人間の美徳だろう。
冥華さんの方はそれだけでもないようだが気になるほどじゃない。
与えられた情況を武器にするのは組織を束ねるものとして当然のことだから。
 
「そうだ。今度六道女学園の講師になってもらおうかしら」
 
「勘弁してくださいよ。俺は人にものを教えられるほど偉い人間じゃないし、それに六道女学園の霊能科って言ったらみんな俺と同い年か年上でしょう?それに、俺も高校に行かなきゃ行けないし」
 
「えぇ~。横島君はものを教える才能もあると思うんだけど、おばさんの思い違いかしら~?」
 
そんなものあるわけない。先生と慕ってくれたシロもまともに指導できなかったしな。
 
「でも確かに高校を休んで講師をしてもらうってのも問題かもね~。それじゃぁ、その件はいったん諦めるとして~、冥子の先生になってもらおうかしら~。冥子だったら年下だし~、時間の空いているときでいいからお願いできないかしら~。」
 
「六道ならなりたての俺なんかよりいい先生のあてがあるでしょう。それに俺は式神使いじゃないですし。」
 
「でも~、六道家の人間じゃあ冥子も甘えが出るし、冥子がやる気になってくれる人じゃないと意味が無いのよね~。それに今だって遊ぶついでに冥子のこと鍛えてくれてるじゃないの~。おばさん知ってるんだから~」
 
確かに今までも多少は体を鍛えさせてきたが。
 
「冥子はどうかしら~?横島君に先生になってもらいたくないかしら~?」
 
「おにいちゃ~ん~」
 
……そうなみだ目で見上げられると弱い。そんな捨てられる子犬のような瞳はやめて欲しい。
……確かに、将来冥子ちゃんがアシュタロス事件に巻き込まれるであろうことを考えれば今のうちから鍛えておくことは有効かもしれない。
今回、前回以上に冥子ちゃんが危険に巻き込まれることが無いという保証はないし、逆に12体それぞれが異なる特徴を持った12神将は万能に近い使い方ができるので戦力として計算できれば俺の選択肢が増えるだろう。
俺は決して万能でも無敵でもない。限りなくそれに近づかなくてはならないとしてもだ。
それに、冥子ちゃんの潜在能力は六道の血を引いてる分、美神さん以上のものがあるだろうから、G・Sとしてきちんとひとり立ちできるだろうし、何より式神の暴走さえなくならなければちゃんとした友達ができるかもしれない。
……。
【眠】の文珠を作ると冥子ちゃんに押し当てた。たちまち眠りこける冥子ちゃんが倒れないように抱きかかえると手近い椅子に座らせる。
これで今ここにいるのは俺と冥華さんだけになった。
 
「すいませんいきなり。ただ、先にどうしても聴いておきたいことがあったんで」
 
「冥子には聞かせたくないことなのね~」
 
「はい。なぜ、冥華さんは冥子ちゃんをそんなに慌てて鍛えようとするのです?だいたい、冥子ちゃんは争いごとに向く性格ではないと思いますが」
 
「当然でしょう~?冥子は伝統と名誉ある六道家の跡取り娘ですもの~。式神使いの名家、六道家にはその能力を世のため人のために使う義務があるのですもの~」
 
「そういった表側の事情が聞きたいわけではありません。なぜそんなに焦っているのです?」
 
「・・・横島君はこの先も冥子の味方でいてあげてくれるかしら~?」
 
「それは、・・・すすんで敵にまわるつもりはありませんが」
 
「お願い~、はっきりいってちょうだい~」
 
「わかりました。俺はこの先も冥子ちゃんの味方であります」
 
「横島君ありがとう~」
 
冥華さんが泣いている?
 
「・・・六道家は平安の世から続く陰陽の家、同時に今では日本有数の財閥でもあるわ~。その本分が霊能にあるとはいえ、財閥の本家に対する影響力も無視できないわ~。六道財閥は六道家だけで動かしているわけではないし~。そこまではいいかしら~?」
 
「はい」
 
「冥子の性格は戦いに向かない以上に経営や駆け引きに向かないからあの子に六道財閥を任せるわけにいかないのよ~。それでも本分である霊能の大家としてあることができれば経営は他の六道以外の人間に任せても名分は立つわ~。でもそれはあくまで冥子が霊能の大家として六道家を牽引できればの話よ~。もしそうでないうちに私と主人に何かあれば分家や財閥の連中が冥子をお飾りにして好き勝手にやってしまうわ~」
 
そこでいったん言葉を切った。何かに耐えるようにいったん目を伏せる。
 
「冥子の血をひいた女子さえ生まれれば式神達はその子に引き継がれるし~、その子の教育だって好きなようにされて六道家はのっとられてしまうわ~。それはまだ許せても、冥子がそんな扱いをさせられるのが許せないのよ~」
 
確かに。今冥華さんたちに何かあればそういう可能性もある。しかし。
 
「何か思い当たる節でも?」
 
「今はまだ何も無いわ~。でも、そういう可能性があるだけでおばさんいても立ってもいられないのよ~。幸い、六道家の派閥には美神家や唐巣君といった信頼が置けて強力な霊能力者がいるからよその派閥の牽制になっているわ~。横島君もね~」
 
「俺が?」
 
「横島君はわかっていないわ~。G・S試験最年少主席卒業という意味を~。それに横島君は大会でユリンちゃんしか使っていない、よそでは強力な式神使いと目されているわ~。それが私を後見としているってことは~この先長い間優秀なG・Sが六道の派閥にあるということですもの~」
 
そういうこともあるのか?確かに主席卒業者は優秀なG・Sになる可能性はあるだろうが。
 
「お願いできないかしら横島君~?」
 
「俺は俺の流儀でやらせてもらいますし、時間もそんなに取れません。それでいいなら」
 
「ありがとう横島君~。冥子をよろしくね~」
 
結局俺は冥子ちゃんの先生になってしまった……。
できることはしてあげよう。
冥子ちゃんも大切な仲間だったのだから。



[510] Re[8]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:28
 日曜日と水曜日の日中は冥子ちゃんのために使った。
俺がまず冥子ちゃんにやらせたのは以前俺が冥子ちゃんに見せた水を固めて動物を作らせることだった。
これには冥子ちゃんも意欲的に挑戦してくれる。
 
「冥子も~、可愛い動物さん作ってみたいの~」
 
とのことらしい。
これは案外高等な技術を要する。
まず、霊力を一定量だけ放出しなくてはいけない。
霊力が強すぎれば水が弾けてしまうし、弱ければ固まらない。
次に動物の姿を微に細にイメージをしてそれを水に伝達しなくてはいけない。
動かすつもりならその時の筋肉や骨格の動きまでイメージしないとぎこちない動きになってしまう。
最後に、集中と霊力をとぎらせないだけのスタミナが必要となる。
どちらかが途切れれば水の固まりははただの水となって地面に零れ落ちる。
この霊力の使い方は式神使いとしての霊力の放出と似かよっているし、動きを頭の中でイメージできれば式神への伝達もスムーズなものになり力のロスが少なくなるとふんだからだ。
当然すぐにできるようにはならない。
俺が冥子ちゃんの手を通して霊力を送り、イメージし、動かすことから始めた。
霊力の放出に関しては式神と物心つく前から一緒にいる冥子ちゃんならすぐに覚えるだろう。
そこから先は……1年半位かけて覚えればいい。
それだけではなく以前のように追いかけっこをしたり、連れ立って山へ遊びにいったりもした。
子供は外で遊んで体力をつける。物を覚える。心を育てる。
冥子ちゃんには足りないものだと思ったからだ。
もう少し式神を使えるようになったら人の多いところに連れて行こうと思う。
俺の来ない日でも冥子ちゃんは水を固めて遊んでいるらしい。
日々そうやって行けば冥子ちゃんが動物を作れるようになる日はそう遠くないかもしれない。
 
火曜日と金曜日は見習いG・Sとして依頼を受ける。
師匠を持たない俺は冥華さんを仲立ちに協会と協議した結果、最低ランクの仕事であるFランクの仕事を単独で、Eランクの仕事を他のG・Sと共同でまわしてもらうことになった。これらを100回達成することで見習いG・Sの期間を明けたものとしEランクのG・Sとして、見習い期間中の働きいかんによってはDランクのG・Sとして認定されることとなった。
協会のランク付けとしては見習い期間中であるFランクから、日本で数名、美神親子や唐巣神父、引退前の冥華さんのようなSランクまで存在する。アシュタロス事件当時のメンバーでいけば高い順からエミさん、西条がAランク。式をすぐ暴走させていた冥子ちゃん、協会の仕事をあまり率先して請けなかった魔鈴さん、雪之丞がCランク、俺やピートがFランクだ。タイガー、カオスはG・S試験に落ちているので、おきぬちゃんや弓さん、一文字さんはG・S試験を受けてないので除外。
そこから先は実力に応じて、解決した依頼や国連に懸賞金をかけられている魔族を倒したりすることで上昇するのでそこまで行けば一気に上昇することもある。
依頼の方は特に問題なく解決できた。たまに、Fランクの事件が実際にはEランク以上の事件であることもあったがそれだって問題はない。書類なんかの提出は面倒だったが依頼を受ける回数が週に2件だけなのでたいしたものではなかった。
依頼料金は一件につき10~50万程度、道具を使うG・Sにとっては大赤字ものだが俺は丸儲けなので月に200~250万程度の収入になる。
それでもあのボロアパートから出ていない。
あそこには寝に帰ってるだけ出し、あそこにいないと小鳩ちゃんやマリア、カオスと会えないかもしれないから。
 
月曜日、木曜日、土曜日と夜間、早朝は自分の修練に当てる。
超加速の空間で読む本はオカルト関係のものの中に戦術・戦略の教本、法律関係書、近代兵器の書物、各国言語の教本、ラテン語、ヘブライ語、古フランス語等のオカルト書の原書を読むのに必要な言語の勉強や、世界中の神話、風習にいたるまで将来役に立ちそうなもの、武器になりそうなものは手当たり次第学ぶようになった。
チャクラはマニプラ、アナハタ(胸)、ヴィシュダ(咽喉部)まで開くようになる。普段は今までどおりで通しているが、300以上の霊圧が出ている自信はある。
そして山に行っては体を虐める。記憶、かつて【荒神】として戦った神魔の強者や、師であったハヌマーン、小竜姫さまの動きを真似る。
明らかに人間の動きを超えたそれを真似ることで筋肉はボロボロになる。文珠を使って完全に動きに同調すれば筋肉はおろか骨格、内臓にまでダメージがい全身の毛細血管が破れ体中が青く変色して、血反吐を吐きながらのた打ち回ることになる。
時にはそれらと模擬戦闘を行った。
強力な自己暗示と精緻なイメージは脳をだまし実際にダメージが俺に及ぶ。ユリンに【醒】【癒】の文珠を渡していなければあるいはそのまま自分のイメージに殺されていたかもしれない。
そしてただ己の体を傷つけることもあった。
体を岩や巨木に打ちつけ、谷を転げ落ちる。
死の危険さえ感じなければ受身を取るだけで一切霊的防御は行わない。
そうしてひたすら壊し続けた体を今度はチャクラに霊力を輪廻して無理やり治した。
本来数日かけて行う超回復を一日で行う。
それを繰り返すことで体は戦闘向きなものに急速に鍛え上げられる。
全身の筋肉を白色筋肉でも、赤色筋肉でもない両方の特徴を兼ね備えたピンク色の筋肉に作り変えていった。
最も、流石に霊力で無理やり自己回復を早めたところで傷跡の多くは消えず、全身にそれが残った。無事なのはあまり戦いに使わず、攻撃を食らえば致命傷になる顔位のものだ。
流石に普段は霊力を体に満たせて傷が見えないようにカバーしている。体育の授業や水泳の授業、銭湯なんかで騒ぎになるのはいやだし。
そして夜遅く、12時過ぎにアパートに戻り、銭湯に出かけてから眠る。
ショートスリーパー(短眠者)の訓練を課していたので眠るとすぐに深い眠りに落ちる。
そして必ず悪夢とともに目を覚ます。ルシオラの死から始まって、惨劇の日の記憶。【荒神】と化してからの殺戮と度重なる自分の死、そして滅び行く世界。日替わりでそれらの夢を見て、絶叫とともに飛び起きる。
あらかじめ防音措置を部屋に施していなければ追い出されていたな。
目が覚めるのは4時ごろ。それから早朝のマラソンを始める。
俺の1年はこうして過ぎ去っていった。



[510] Re[9]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:34
 人生には重大な決断を下すときがある。
つい先日までの自分がそうだった。
人生には大きな転機がある。
決断を覆すほどの転機。
それが先日自分に起こった。
私はその転機が起きたことを神に感謝するか、呪いの言葉を吐くことになるかは今はまだわからない。
ただ、霊能力者としての自分の直感はこれが正しいと伝えていた。
                       ・
                       ・
                       ・
「先生。ご無沙汰していました」
 
「あら~。美智恵ちゃんいらっしゃい~。久しぶりね~」
 
いつものようにのほほんとした雰囲気で私に応対しているのは六道冥華さん。式神使いの名家、六道家の現当主で日本G・S協会の中で大派閥を束ねる押しも押されぬ重鎮。こう見えて私以上の策略家で交渉上手で知られている。
最近はとみにのほほんとした雰囲気に磨きがかかったというか、どこか肩の荷が下りたような雰囲気をかもし出している。
 
「それで~、今日はどういった用件かしら~」
 
「実は前々からご相談していた件なのですが身辺の整理もついて、最後の弟子の西条君もイギリスに留学していることですし、来年にでも死のうかと思いまして」
 
正確には死んだことにして時間移動し、来るべき魔族との決戦に備えるのだ。
 
「でも~令子ちゃんはどうするのかしら~。確か冥子と同い年だったわよね~」
 
「令子は強い娘です。私がいなくなっても大丈夫ですよ。そういう風に育てたつもりです」
 
「……そうだわ~。美智恵ちゃんに紹介したい子がいるんだけどいいかしら~?」
 
冥華さんがポンと手を叩いて悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
紹介したい子?
 
「きっと~、将来美智恵ちゃんの心強い手助けになってくれると思うの~。呼んでくるわね~」
 
私の答えも聞かずに席を離れる冥華さん。
しかし、冥華さんほどの人があそこまで言う人物なら興味はある。
しかし、私の知らない人間でそんな人物がいただろうか?
                         ・
                         ・
                         ・
はたして、冥華さんが連れてきたのはまだ歳若い少年だった。
 
「この子が~横島忠夫くん~。名前くらいは聞いたことあるでしょう~?」
 
「はじめまして。横島忠夫です」
 
この子は前々回のG・S資格試験を最年少で主席卒業をした子。
六道家の子飼いの式神使いで鴉の姿をした強力な式を操り1年で低ランクとはいえ100件の依頼を完全にこなし、先日DランクからCランクになったという。歳若過ぎてチェックはしていなかったが、冥華さんがほれ込むほどの人材なのだろうか?
 
「それでね~」
 
冥華さんは私の事情を余すことなく彼に教える。正直言ってあまり見も知らぬ子供にそんなことを話して欲しくないが、冥華さんの顔を立てて黙っていることにした。
 
「……というわけなのよ~」
 
「……本気ですか?」
 
人が考え抜いて決断したことを一言で片付ける。
 
「そんな馬鹿な話しすぐにやめてください!」
 
「貴方に何がわかるのよ!令子は魔族に狙われてるのよ!」
 
私は彼を真っ直ぐに睨みつける。
 
そして絶句した。
 
その先にあったものが少年の瞳ではなかったからだ。
それは生きることに疲れた老人の瞳
そのくせ爛々と輝いて。
その輝きは果てしない苦悩と、悲しみ。
恐怖と狂気。
そして何よりも絶望を映したような暗い輝き。
暗い、暗い瞳。
 
「俺は、貴女の気持ちを理解してあげられません。ですが、分かる事もあります。……美智恵さん。貴女、大切な人を亡くしたことがないでしょう?」
 
「……無いわよ」
 
搾り出すように、辛うじて答えることができた。
声が上ずってるのが自分でも分かる。
私の瞳は、彼の瞳の魔力に捉えられ逃げることは適わなかった。
 
「本当に、本当に大切な人を亡くしたことがあればそんな結論にはならないはずです。大切な人を喪うということはそんな簡単なことじゃないんです」
 
怒気は感じ無い。それでも彼が怒っていることがわかった。
怒気を感じないのはその怒りを自分に向けているからだろう。
 
「どれだけ強い娘だろうと、心にきっと深い爪あとを残します。お願いします。逃げないで下さい」
 
そう言って私に深く頭を下げる。
 
視線が外れたことで体の機能が戻ってくる。
 
「逃げる……ですって?」
 
「違いますか?」
 
何故だろう?彼に言われると自分が逃げているのではないかという疑念にかられる。もしそうだとしたら私は……。
 
「俺には貴女が逃げているように見えます。美神さ……令子ちゃんを傷つけないで済むすべもあるはずです。それなのにそれを求めずに安易な道を選んでいるように」
 
戦う前に負けを認めることは美神の家訓に外れる。
それ以上に、目の前の少年に負けた気がする。
どんな敵を前にしても、幾度負けようとも最後には勝ち、笑うのが私の流儀だ。
 
「……分かったわ。もう少し決断は待ってみましょう。でも、そこまで言うからにはあなたも協力してくれるんでしょうね?言っておくけど、相手は上級以上の魔族よ」
 
犯人の特定はまだできていないが、それは間違いない。最悪魔王クラスという可能性もある。
彼はそんな危険なことにつきあってくれるのだろうか?
どこか期待して私がそう問うと、
 
「もちろんそのつもりです。ユリン!」
 
窓を開けるとそこから1羽の鴉が舞い込んでくる。
このこが彼の式神なのだろう。
 
「ユリン。ドラウプニール!」
 
横島君がそう命じるとユリンは2羽に分裂した。
 
「こいつを令子ちゃんにつけてあげて下さい。こいつならそこいらの魔族くらいなら十分時間稼ぎができますし、俺もすぐに駆けつけられますから」
 
「でも、この子は横島君の式神でしょう?あなたから離したら」
 
「あ、ユリンは式神じゃなくて使い魔なんで俺から離しても大丈夫です」
 
式神じゃなかったのか。六道家の子飼いだから式神だと思われていただけで。
しかし、魔族と渡り合うほど強力な使い魔ですって?
 
「それはダメよ~。横島君~」
 
静観していた冥華さんが口を挟んでくる。
 
「何でです?」
 
「ユリンちゃんは~、貴方と視覚をつなげられるんでしょう~?令子ちゃんは年頃の女の子なんだから~」
 
「あ、そうか」
 
そうだ。どうやら私の頭もまだ正常に働いてないらしい。
 
「それだったら」
 
そう言って左手を私の前に広げて見せた。そこに3つの小さな珠が生まれる。
これは!
 
「これは……文珠!」
 
「知っているなら話は早いですね。世間じゃ式神使いって認識されてるようですけど、俺の本来の霊能力は霊力の収束に向いてます」
 
「まさか人間に文珠を生み出せるなんて。それも貴方みたいな子供が……」
 
「あんまり世間に知られたくないんで内緒にしといてください。一応知っているのは冥華さんとG・S協会の限られた上層部の人間だけなんで。それと、くれぐれも悪用しないで下さい」
 
確かに子供にこんな能力があれば悪用しようとする人間も出てくるだろう。
文珠は便利すぎる道具。
できる限り隠しておいた方がいいだろう。
それが3つもあれば令子を守ることもかなり容易になる。
将来的にも霊的成長期にある今、これだけのことができるのなら未来でどれほど戦力になってくれることか。
冥華さんが私に紹介してくれた理由が分かった。
そして心底ありがたかった。
暗い闇の中で一筋の光明を見出した気分だった。
 
「ありがとう横島君。美神の名に誓って悪用はしないわ。このことは内緒にもしておく」
 
涙が出かけているのを無理やり押し込んでお礼を言った。
 
「ありがとうございます」
 
「おにいちゃ~ん~」
 
開いた窓の外から冥子ちゃんの声が聞こえた。
窓から覗いてみると背丈が冥子ちゃんと同じくらいある水でできたウサギが冥子ちゃんの周りで飛び跳ねてた。
 
「冥子ちゃんが待ってますんで俺は失礼します」
 
「えぇ~。冥子の事ヨロシクね~」
 
「ありがとう横島君」
 
「いいえ。それじゃあ失礼します」
 
横島君が出て行くと空気が急に軽くなった。
 
「……先生。こうなることが判ってて彼を紹介してくれたんですか?」
 
「私にそんな力は無いわよ~。でも~、横島君ならきっといい答えを出してくれるんじゃないかな~と思って~」
 
「そこまでかっておられるのですか?」
 
「そうね~。横島君が何であんな瞳をしているのか~?何であそこまで自分を責め続けているのかはわかんないし~、怪しいといえばこの上なく怪しいんだけど~、信用しちゃったのよね~。それに~、横島君が来てくれる様になってから冥子もとても明るくなったし~」
 
外で遊んでいる冥子ちゃん。いや、あれは霊力の修行なのだろう。水に霊力を通して固める。いつの間にかあの冥子ちゃんがそんな高度な霊力の扱いを覚えていたのだ。
 
「あの調子なら冥子が将来六道家を背負っていける日も遠くないかもしれないわね~」
 
冥華さんは嬉しそうにそう言う。きっと冥華さんの肩から荷を下ろしたのも横島君なのだろう。
 
「だからね~。せめてものお礼に私は横島君の瞳からいつかあの陰を払ってあげたいのよ~。きっと素敵な男の子になるでしょうね~。今でさえあんなにいい子なんだから~」
 
……。
 
美神の家のものは戦う前に負けを認めるようなことはしない。
                       ・
                       ・
                       ・
横島君との初めての邂逅から3日後の水曜日。
私は再び六道家に訪れていた。
 
「こんにちは。横島君」
 
「こんにちは。……そのこは……」
 
「娘の令子よ」
 
「はじめまし」
 
「あ、・・・はじめまして。」
 
そう、美神の家のものは戦う前から負けを認めたりはしない。
 
「この間のことだけど、私は逃げないことに決めたわ。だけどいろいろと準備しなくちゃいけないことが多くて令子に手ほどきをしてあげられる時間がないのよ。だから、冥子ちゃんと一緒に令子の事を見てあげてくれないかしら」
 
「そんな。俺よりいい先生なら他にもいるでしょう?」
 
「あら~。それはいい考えね~。冥子もお友達ができて喜ぶわ~」
 
「横島先生は最年少で主席合格したんでしょう?だったらいろいろ教わることもあるだろうし」
 
「協力してくれるのよね? 横島君」
 
幾度負けようとも最後には勝ち、笑うのが私の流儀だ。
 
「うっ……わかりました」
 
まずは一本かえさせてもらうわよ。
 
……お願いね。横島君。



[510] Re[10]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:42
 10歳の時、両親が死んだ。
引き取ってくれた叔母とは、そりが合わず、私は家を出た。
家出少女が生活するには、盗みをやるか、体を売るしかなかったが、
私はどちらも嫌だったので、自分の才能を活かすことにした。
そして14歳の今・・・
私は殺し屋になった。
 
「ソハ何者ナリヤ!ソハ我ガ敵ナリ!!我ガ敵ハイカナルベキヤ!?我ガ敵ハ・・・滅ブベシ!!」
 
呪殺専用のダミーの心臓部に呪術儀礼を施したナイフを突き刺す。
これで仕事は終わり。・・・のはずだった。
師匠がやったいつもどおりの仕事なら。
 
「キキッダメだエミ!呪殺は防がれてるキィ!」
 
ちっ!またか。
今受けている依頼。私の初仕事は師匠の馴染みのオクムラではないが、警視庁の警視正がもってきた依頼は麻薬の売人の殺害だった。
しかし3度もチャレンジをしているにもかかわらず一度も成功していない。
それというのもあのG・Sのせいだ。
まだ歳若い、私より少し年上くらいのG・Sが私の呪殺をことごとく防いでいた。
屈辱だ。
呪殺をすることこそ初めてだったが師匠の下で修行をしてきた自負がある。
 
「チッ!長居は無用なワケ!撤収するよ、ベリアル!」
 
「エミ。依頼の方はどうするキィ?」
 
「明後日の新月の夜に最大級の呪いを放ってやるワケ!」
 
「了解!!キキィ!」
 
「そいつは困るな」
 
声をした方を振り返ると、私の邪魔をし続けたG・Sが立っていた。
 
「いつのまに?」
 
「逆凪をしたんだ。君に気がつかれないように君の呪術と霊波長を合わせて微弱な奴をね。君の呪いが思いのほか強力で、波長を合わせるのに手間取って前回も前々回も失敗してしまったが、今回どうにか成功して場所を特定した。どうやってここまで来たかは企業秘密だ」
 
こいつ、私に気づかれないように呪詛返しをしたってワケ!なめやがって!
 
「無駄な殺しはしない主義だけど、顔を見られたんなら仕方ないわ!悪いけどオタクには死んでもらうワケ!」
 
「そいつはできない相談だ」
 
「ベリアル!」
 
ベリアルは低級とはいえ悪魔だ。足止めをさせているうちに呪殺を完成させる。
 
「キキィ!こいつ近寄れないキィ!」
 
嘘。相手にもなんないワケ?
強い結界に守られてベリアルは近寄ることもできない。
それどころか奴の影から出てきた鴉にベリアルが翻弄されている。
 
「チッ!」
 
咄嗟に呪術儀礼済みのナイフを複数投擲する。
 
「甘い!」
 
目前に霊力で作られた盾が立ちふさがり全て弾かれた。
いったいいくつ芸を持ってるワケ?
 
「何なのよ。オタク何者なワケ!」
 
「引いてくれるなら教えてあげるが?」
 
「冗談じゃないワケ!私は殺し屋だッ!!オタクをブッ殺す!!」
 
表情が変わった。
暗い、暗い瞳。
私の呼吸がおかしい。
 
「ベ・・・リアル・・・!!冥約条項・・・第2条13項・・・。」
 
「我ニ13秒ノ自由ヲ!!」
 
ベリアルの魔力が急速に膨れ上がる。
 
「ベリアル。ソロモン72柱の魔神の一柱。【無価値なもの】ベリアルか。と、すると先ほどまでの姿は『士師記』に記された【不埒な霊】としてのベリアルというわけか」
 
「キキキッよく知ってるじゃねぇか。褒美にブチ殺してやらぁ」
 
ベリアルが突進する。
速い!
これで終わった。
……。
私が最後に見たものは十文字に切り裂かれたベリアルと、
霊波刀を手に持ったあいつだった。
使役していたベリアルが屠られた為に、私の意識が急速に落ちる。
やだなぁ、これで終わりな・・・ワケ?
                       ・
                       ・
                       ・
「知らない天蓋なワケ」
 
目を覚ますと、私は天蓋つきのベッドに横たえられていた。
 
「……目が覚めたか」
 
「オタクは!」
 
ベリアルを簡単に倒した男がすぐ傍に座っていた。
手に持っていた本をキャストに置いた。
……良い子の動物図鑑3~7歳用……。
 
「ここはどこよ。私をどうするワケ?」
 
「ここは俺の知り合いの家だよ。ベリアルとの契約が予想以上に深くて倒したときにお前の霊力が枯渇したんだ。俺の家では来客用の布団もないし、ここは都内でも有数の龍穴の上に建っているから回復が早かろうと思って一部屋借りた。眠っていたのはだいたい丸1日というところだ。3日もここにいれば霊力の方も回復するだろう。どうするつもりかは……どうするかな」
 
どこかもわからなければ逃げようもないし、逃げる手段もないか。
 
「……まさかベリアルが倒されるとは思わなかったワケ。あれでも呪縛をといたあいつは上級魔族よ」
 
「確かに本物のベリアルなら上級魔族、地獄の80の軍団を統べる軍団長だがあれはそれの【分霊】。いや、できの悪いデッドコピー。力も辛うじて中級魔族といったところだろうよ」
 
わけみたま。上級の神魔が人間界に出現する際の分身に過ぎなかったというわけか。
それでも瞬殺されるとは思わなかった。
 
「俺は横島忠夫。G・Sだ。君は?」
 
「……小笠原エミ。殺し屋よ」
 
「君は、何であの男を呪殺しようとしたんだ?君は何をしているかわかっているのか?」
 
「私は殺し屋よ!それが仕事なワケ。言っておくけど私を起訴しても無駄なワケ。私はオタクみたいな金のためなら誰でも守るような糞ヤローとは違うんだから!」
 
「……」
 
「ハン!何も言えないワケ?私は法でも裁けない悪党を殺してるワケ!オタクみたいのが説教たれる資格なんてないんだから」
 
「……本気で、自分のやっていることが正しいと思っているのか?」
 
その一言に私は射すくめられる。
でもそれを表に出さないで虚勢を張った。
ここで引いたら私のアイデンティティーが失われるから。
 
「と、当然でしょう!」
 
こいつはあたしに近寄り体を抱きすくめる。
 
「ちょっ!何するワ……」
 
体が震えた。
こいつの瞳を見てしまったから。
あのときの瞳だ。
 
「今から、俺の使い魔が見たもの、聞いたことを君の中に送る」
 
私の額に自分の額をくっつけた。
その瞬間頭の中にいくつもの映像、音声が映し出された。
家族と思しきものたちと抱き合い、無事を喜び合う今回のターゲット。
殺された男を待ち続ける子供。
愛人が殺されたことがきっかけで殺された女。
ボスが死んだせいで内部抗争が起こり、殺しあうマフィア達。
そして巻き込まれた罪のない人々。
悲しみや死が私をうちのめした。
 
「君が関わったもの、関わらなかったものがあるが、俺が特殊なルートで得た、実際に起こったことだ。君の言う、殺されても仕方なかったものたちが死んだ結果だ。君は彼らの前で言えるか?あの男は死ぬべきだったと。死ぬべきだったから私が殺すと。誰かに殺されたと」
 
答えることなどできなかった。
 
「確かに、殺されなければより被害の出る場合もある。俺自身、殺すということに関して説教をできるような男じゃあない。俺こそ裁かれねばならない人間だ。……でもそんな男だからこそ言えることもある。これも、人を殺すということだ」
 
あいつの言葉なんて耳に入らなかった。
ただ、事実と瞳に完膚なきまでにうちのめされるだけだった。
 
あいつは泣きじゃくる私の頭を静かに撫で続けていた。
一人になって以来流したことのない涙が、あとからあとからこぼれた。
殺し屋となる決意も、
矜持も何もかもをこいつは壊してしまった。
こいつ……彼が、私にかけられていた呪いをといてしまったかのようだった。
                       ・
                       ・
                       ・
私は彼に自分の生い立ちを話した。
彼は優しく頭を撫でた。
子ども扱いするなといったら、
泣きたいときに泣いておくべきだ。
泣きたいときに泣かず、
本当に辛いときに辛いと言えないのは馬鹿者がすることだと。
大馬鹿者の言うことだから絶対だとも言っていた。
ただ、彼の笑顔を見ていたらまた涙が出てきた。
こいつには泣かされっぱなしなワケ。
 
この家の当主と名乗る女性が現れた。
その女性、冥華さんは私に事情を話してくれたワケ。
ターゲットが厚生省の麻薬捜査官だったこと。
私の依頼人が裏で麻薬商とつながっていたこと。
ターゲットがその証拠をつかんだために殺そうとしたこと。
依頼の達成の遅れた私が証拠隠滅に殺されようとしていたことなどだ。
結局、彼には助けられっぱなしってワケ。
 
私が回復して後のことを聞かれた時、私はG・Sになりたいといった。
私には魔術くらいしか取り柄がなかったし、
今度は失敗しない。
人を殺さない呪術師となろうと思う。
そのために必要なものが戸籍と保護者。
その2つを六道家が用意してくれた。
横島エミ。
横島忠夫の妹として。
 
「それが一番手っ取り早かったんだけど。……もしかして嫌だったか?」
 
「本気なワケ!私自身の殺しはオタクが防いでくれたけど、殺しの片棒は何度も担いでるワケ」
 
「だから俺の両親が適当だったんだよ。安心しろ。エミみたいないい娘ならうちの両親はそんなこと気にしない」
 
いい娘って。
赤面するのを抑えられなかった。
 
結局押し切られるような形で了承し、ナルニア共和国の両親に挨拶をしにいった。
 
「は、はじめまして。小笠原エミです」
 
「ち~が~う~で~しょ!横島エミ。良いわね」
 
何かすごい迫力。
 
「お袋、親父。悪かったな。事後承諾になっちゃって」
 
「いいわよ。あんたの言うとおり良い娘みたいだし」
 
「可愛い娘ができるなら大歓迎だ。そうだ、今日のところは親子の縁を深めるためにも一緒に」
 
「あ~な~た~!!」
 
「親父。中学生に、しかも自分の娘に手ぇだすなよ……」
 
ものすごい折檻。・・・何か、ほんとに私の過去なんか気にしてなさそう。
 
「こんな両親だけど良いかな?」
 
「えぇ、これからよろしく頼むワケ。忠兄ぃ」
 
14の時、私は殺し屋に会った。
彼が殺したものは小笠原エミという名の殺し屋と、
私の過去へのわだかまりだった。



[510] Re[11]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2005/06/17 21:48
 日曜日と水曜日に私は化け物と修行する。
普段は母さんの先生だった唐巣神父っていうおじさんが私の先生なのだが、日曜日と水曜日には六道の家に行って修行することになっている。
メンバーはこの家の子で式神使いの六道冥子。
化け物の妹でなんとなく私とはソリの合わない横島エミ。
そして母親譲りの亜麻色の髪をなびかせる私、美神令子。
そして化け物こと横島忠夫さんだ。
はっきり言って横島さんの力は異常だ。
私と3つしか歳が離れていないというのに既にAランクのG・Sとして認定されている。
G・Sとなってまだ1年。
しかも週に数件の依頼しか受けていない、現役の高校生なのにだ。
おそらく、来年のうちにでもSランクの認定を受けるだろう。
私が見てもそれくらいの、いや、他のG・Sとは明らかに格が違うのが判る。
ママでさえ、まともにやり合ったら勝てないといっていたのだ。
 
「先生。今日はどうするんですか?」
 
「苗字で呼んでくれれば良いよ。令子ちゃん」
 
相変わらず先生と呼ばれるのは抵抗があるようだ。
まぁ、他の2人は兄と呼んでるのだから一人だけ先生と呼ぶのもおかしいかもしれない。
 
「とりあえず前回の復習だ。それぞれ練習を始めて」
 
これで意外に教えるのが上手い。
はっきり言って性格が甘ったれている冥子は昔はすぐに式神を暴走させていたそうだが最近は、少なくとも私がここに来るようになってからはまだ2回。
どちらもすぐに横島さんが抑えてくれたが、それでも瞬間的な被害は大きい。
……悪い子じゃないんだけどね。
                       ・
                       ・
                       ・         「いいかい。まずは12神将を水で作って、それぞれバラバラに動かすんだ。12神将たちの動きは誰より知っているだろう?」
 
「でも~むずかしんですもの~」
 
「いや、動き自体は流石に普段から一緒にいるだけあって俺なんかよりずっと上手だ」
 
「嬉しい~」
 
「ほとんど無意識に動かしているだけでも十分にイメージが伝わってるみたいだ。そうだな、……そのまま水でできた12神将だけを連れて30分お散歩してきてくれるかな?」
 
「は~い~」
 
そういって水でできた12神将を伴って庭の中を散歩に行った。
その動きはとてもスムーズで、今の私では水を固めるまではできてもあそこまでスムーズに動かせないし、あれだけの数を維持することもできないだろう。
1年以上横島さんに教わってるだけはあるということか。
                       ・
                       ・
                       ・
 横島エミは呪術の専門家だ。
理由はわからないが六道の家にホームステイをしている。
まぁ、かくいう私もそうなのだが。
私の場合はママも父さんも世界中を飛び回っているので仕方なくなのだが。
エミも両親はナルニアにいるが横島さんは近くにで暮らしているというのに。
横島さんも頻繁に六道家に足を運ぶようになったと聞いているし、何より2人を見ていれば兄妹仲は悪くないようなのだが。
まぁ、深く詮索はしないが。
 
「正直俺は呪術は門外漢だからエミの方が詳しいだろう?」
 
「でも、私の呪術を防いでたのは忠にぃなワケ」
 
「俺のは力技だよ。俺の方がエミより霊格が高いからね」
 
「それはそうかもしれないけど」
 
「まずは、エミ。方向性を決めよう」
 
「方向性?」
 
「将来どんなG・Sを目指すかということだ。エミは呪術の下地ができているし、才能もある。だからそれを活かさない手はないけど。例えば呪術では誰にも負けない完全な呪術のエキスパートになるのも一つの選択しだし、一人である程度何でもできるように呪術以外もある程度学ぶというのも手だ。霊体貫通波はともかく、霊体撃滅波は一人で撃つにはタメが長すぎるだろう?」
 
「そうね。確かに呪術の聞かない相手や使えない場合には私の戦力は激減するワケ」
 
「基本は抑えているからある程度はどうにかなっているけど、決め手にかけるだろう?まぁ、重大な決断だから今答えを出さなくてもいいけど心の隅には止めておいた方がいい。とりあえず今日のところは令子ちゃんと同じ訓練をしようか」
 
「わかったワケ」
 
私の番だ。
                       ・
                       ・
                       ・
 「それじゃ、令子ちゃんもエミもチャクラを開こうか」
 
「いつも思うんですけど、これってやる意味あるんですか?」
 
「う~ん。確かに古臭くて面倒な上、チャクラが開かなけりゃ意味もないからはっきり言って今のG・Sでこれをやってる奴はあんまいないんだけど。チャクラさえ開けば霊格が上がるからね。やっておくべきだと思う」
 
「もっとこんな面倒くさい奴じゃなくてもっと一気にバ~ンと強くなる方法とかないの?」
 
横島さんならもっと急速に強くなる方法を知ってるんじゃないかしら。
 
「……まず最初に言っておくべきだったな。令子ちゃん。君には俺や冥子ちゃん。エミのような才能はない」
 
な……こいつ!
 
「落ち着いて。話は最後まで聞くんだ!俺は霊力の収束に、冥子ちゃんは式神の扱いにエミは呪術に才能が特化しているが令子ちゃんにはそれがないんだ。だから霊力を収束させても俺ほどにはならないし、式神を使っても冥子ちゃんほど上達するのは難しい。呪術を学んだところでエミに追いつくのは用意じゃないだろう」
 
……確かにそうかもしれない。
でも私はママの娘よ。
 
「……話は変わるが。地上で1番強い動物が何かわかるかい?」
 
「……ライオンじゃないの?」
 
「いいや。地上で1番強い動物は人間だ。地球上で最も多くの場所に生息しているのは人間だよ。その理由がわかるかい?」
 
「……道具を使うから」
 
「50点ってとこだね。……人間は弱い。肉食獣のような鋭い牙も爪もない。猛禽類のように空を飛んで鋭い嘴をつきたてることもできない。足だってどんなに速くても時速36kmそれもそう長くはもたないし、他の動物に比べて視力も、聴覚も、嗅覚も動物のそれには遠く及ばない。2足歩行は4足歩行に比べて安定感がないし、膂力ではゴリラにかなわない。人間は生物としてこんなにも弱いんだ」
 
何が言いたいのよ。
 
「だけど人間は最強だ。令子ちゃんが言うように道具を用いる。2足歩行は高山でも、砂漠でも、ジャングルの中でも歩けるし、泳ぐこともできる。自分にできないことは道具を生み出して補い、力が足りなければ技を生み出した。動物はそれぞれの環境に特化して進化した生き物だが人間は様々な状況に応じて適応できる生物だった。だから最強なんだ」
 
「何が言いたいのよ」
 
「令子ちゃんもそうだって言うことだよ。令子ちゃんは何かに特化していない分、苦手なものがとても少ない。どんな状況にも対処できるオールラウンダー。それが令子ちゃんの才能だ」
 
……話が回りくどいのよ。
 
「無論ただの器用貧乏に終わってしまうかもしれない。逆に万能の天才になるかもしれない。一流のG・Sになる為には令子ちゃんは戦術、戦略、道具の扱い、体術、様々なオカルトの知識を身につける必要がある。でも、令子ちゃんなら大丈夫。令子ちゃんはそういうことのできる超一流のG・Sをずっと見てきたんだろう?」
 
それは……ママのことだ。
 
「つまり、私が目指す方向性はママっていうこと?」
 
「美智恵さんのスタイルは令子ちゃんみたいなタイプの一つの完成形であるのは間違いないね。でも、そっくりそのまま美智恵さんみたいになるんじゃなくて、令子ちゃんは令子ちゃんのスタイルを自分で作っていくべきだと思う。美智恵さんの様になるんじゃなくて、令子ちゃんの様になるんだ」
 
「……わかったわ。一応考えておく。自分がどういうG・Sになるかっていうことを」
 
「ありがとう。それでチャクラの話に戻ろうか。エミも令子ちゃんも必殺というべき武器は持たない。でも、地力が上がれば基本的な技が十分に武器になる。……そうだな」
 
横島さんが霊力を放出した。
……すごい霊圧。
 
「これが霊力をただ垂れ流している状態」
 
これで!?
 
「第1のチャクラ。ムラダーラを開放してチャクラを廻すとこうなる」
 
グッ!
私とエミの体が押し戻されそうになった。
霊圧の力が全然違う。
 
「一つチャクラが開くだけでこれだけ違うんだ。霊力は高い方が何かと便利だろう?」
 
「忠にぃ。忠にぃはいくつのチャクラを開けているワケ?」
 
「俺か?俺は最近アジャニュー(眉間)がやっと開けるようになったからあと一つだな」
 
……知っていたけど格が違うわ。全力を出したらどれだけの霊圧してるのよ。
結局、私はおとなしくチャクラを開く修練を始めた。
あれだけ格の違いを見せられたらしょうがないじゃないの。
 
「た~だ~い~ま~」
 
冥子が帰ってきた。水の12神将は4体にまで数を減らしている。
 
「お帰り。……4体か……冥子ちゃん。冥子ちゃんは4鬼までなら問題なく式神を扱えるみたいだ。4鬼の式神を使う練習を始めようか」
 
「はい~」
 
そこまで考えてのお散歩だったというわけか。……いいわ。当分の間は信用してあげるからしっかり私を強くしなさいよ。
                       ・
                       ・       
                       ・
1年と数ヵ月後、横島さんからチャクラの開放、体術、戦術、戦略、オカルト知識、道具の扱いにまで教えてもらった私は自分でもわかるくらいに強くなっていた。
私もエミも第2のチャクラ、スワディスターナまで開くようになっている。
私の方が早かったけどね。
そして六道女学園のクラス対抗マッチは私と冥子とエミの3人が圧倒的な強さで優勝した。
   



[510] Re[12]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/09 16:15
横島忠夫が記憶を取り戻してから9年。
能力を本格的に鍛え始めて4年。
そしてチャクラを輪廻させて2年と少し。
昨日、サハスララ(頭頂部)チャクラを開いた。
最後のチャクラ。
第7チャクラはチャクラでありながらこれ以外のチャクラとはものが違う。
サハスララはチャクラを司るチャクラ。王冠のチャクラだからだ。
人体の精神的な統合をもたらすもの。
仏教風にいえば解脱。
唯一神教風にいえば神の一つ児。
神道風にいえば現人神。
昨日、横島忠夫は、人間として生きることを望みながら、人間であることを止めた。
人でありながら人外のもの。
特に何かが変わったわけではない。
横島忠夫を構成するものは何一つ変わったわけではない。
データ的にいえば100%人間に他ならない。
三界の誰が見ても横島忠夫が変わったわけではない。
ただ世界は認めたのだ。
横島忠夫が一切の束縛から解き放たれるのを。
                            ・
                            ・
                            ・
「下地は昨日完了したし、これからは応用しなくちゃな。」
 
いつもよりもっと深い山の奥。
人里などは遥かに遠い場所。
今日ここに来たのは体を虐めるためではなく、自分の技を見つめなおすために来た。
俺は霊力の収束に秀でている。
はっきりいって単純な技だ。
文殊のお陰で万能に近いように見えるが、逆に言えば文殊がなければ固めて硬くすることしかできない。
同時に人間が神魔を相手取るためには有効な手段だとも思う。
部分的には自分の霊力以上の霊力を発揮できるからだ。
俺の霊圧が100マイトに届かなかったころでも文殊を使えば300マイト近い霊圧を作り出せた。
双文殊でアシュタロスに傷を与えることもできた。
まぁ、圧倒的戦力差でちょっとやそっと霊圧を上げたって役に立たないのもまた事実なのだが。
 
例えば霊波刀。
霊波刀を扱う霊能力者は少ない。
特別習得が難しいというわけでもない。
色々と理由はあるのだが、普通に扱うにしては効率が悪すぎるからだ。
霊波刀を西洋剣、神通棍を日本刀と考えればわかりやすいだろうか?
霊力だけで刀を形成してもどうしても脆くなり、霊力の消耗は激しいわりに切れ味はたいしたことがない。強さと切れ味の両立が難しいからだ。
神通棍という地金の周りを霊力でコーティングした方が丈夫で切れ味がよく霊力の消耗が少なくて済む。精霊石回路に霊力を送り込むことで効率よく霊力が使え、丈夫さは神通棍のもつそれに委ね、使い手は純粋に攻撃力に意識を向けられるからだ。
地金となるものが霊剣や妖刀、神剣、魔剣の類なら余計に顕著となる。
故に、霊波刀を使うのは一部の物好きや俺のように霊力の収束を得意にしているもの、霊波刀の扱いに長け、霊波刀に誇りを持つ人狼族のような存在に限られるわけだ。
しかし、メリットが無いわけではない。
イメージを固めるために決まった形をとることが多いが、本来霊力というのは不定形。イメージさえできればどんな形にも変化させられるはずだ。
それは俺の霊能力の特性でもある。
即ち、単純であるが故に応用性は広い。
 
「まずはサイキック・ソーサー。」
 
今出しても初めて作ったころと形も大きさも、込められている霊力量もそんなに変わっていない。
つまりサイキック・ソーサーとはこういうものだという固定概念が俺にはあるわけだ。
単純に大きくしたりは・・・できるな。
簡単にできた。
過去の俺とは違い今の俺には知識がある。
知識が霊力の特性を意識に刻み込み、それが可能であると確信が持てたからであろう。
形を変えることもできた。
冥子ちゃんに式神の扱いを教えるために水で動物を形成するという修行が俺のイメージングも強化しているのだ。
明日からでも俺も本格的にあの修行を取り込もう。
思わぬ収穫だ。
そして操作。
サイキック・ソーサーを限界まで回転させる。
六角形の盾が円盾にしか見えないように回転する。
【爆】の文殊を近くに投げた。
同時に起こる爆発を回転させた盾で防ぐ。
盾の回転は爆風も爆炎も受け止めることをせず、
受け流し、散らした。
実体を持つものであれば受け止めた瞬間相手に大きなダメージを与え、実体を持たないものに対する防御力も上昇している。
そして投げる。
回転しながら飛んだ盾は途中の木々を貫通し、細い枝葉は切り落とし、目標にした岩に突き刺さる。
こめる霊力を一気に上げた。
盾が内側からの圧力に耐え切れなくなり、爆ぜた。
内側から岩が爆発する。
こちらまで飛んできた礫を回転させたサイキック・ソーサーで防ぐと石は砂になるまで砕かれ遠心力で吹き飛ばされた。
サイキック・ソーサーを回転させる試みは成功といえるだろう。
 
「サイキック・ソーサーは今のところこれでいいかな。攻撃力も防御力も応用性も広がったわけだし。次は栄光の手だ。」
 
栄光の手を出す。
こちらは思わぬ苦戦をした。
発想は間違えていない。
長さを変えたり、形を変えたり、あるいは発生させる場所を変える。
その試みは成功した。
しかし出力がどうしても落ちてしまう。
 
「・・・イメージを固めなければ思うような出力はえられないか。」
 
ためしに実在する武器、両手剣、斧、槍、斧槍、弓、棍棒。
銃器こそできなかったが先ほどよりはいい。
本来の栄光の手よりも出力は落ちるが実用できる範囲だ。

「型に嵌めればその分イメージはしやすくなる。だがそれでは応用性に乏しいか。・・・イメージの修行が済むまで保留だな。」
 
そして俺の切り札ともいうべき能力。
 
「文殊にだって発展は望めるはずだ。双文殊という実例があるわけだし。」
 
しかしこちらはなんら手ごたえがない。
込める霊力の質を換えても、
霊力量を変えても、
文殊に変化はおきなかった。
 
「・・・流石に一筋縄じゃいかないか。」
 
霊力収束の究極の形ともいえるのだから。
こちらもしばらく研究が必要だろう。
 
「ユリン!」
 
最後にパートナーのユリン。
ユリンの両親は元々オーディンに人間界の情報をもたらすのが役目。
故にフギン(思念)とムニン(記憶)という名前を与えられていたのだ。
ユリンも俺と意思疎通を行い、遠く離れた場所の映像や音声を俺に伝えることができる。
最近では強力な霊視もできるようになったため見鬼君は必要なくなった。
戦闘系の俺にはそういうサポート的な役割をこなせるパートナーはありがたい。
 
「ドラウプニール!」
 
分裂する金の指輪の名前を冠した技。
核となる本体以外は殺されても復活するし、本体とほぼ同じ能力を有した分身を数十体作り出せる。
俺の霊力が強くなればその数はさらに増える。
それぞれが霊的攻撃もできるので雑魚霊の掃討に向くし、強敵相手の足止めも可能だろう。
この能力だけでも単純な戦闘力で12神将を大きく超えている。
 
「フレスベルグ!」
 
世界樹の頂上で死者の魂を食らう巨鳥の名前を冠した技。
翼長8mにまで巨大化し、数人なら背に乗せて飛ぶこともできる。
あいにくドラウプニールと同時に行うことはまだできないができるようになれば中級の魔族でも相手取ることが可能だろう。
 
「ドヴェルガー!」
 
黒小人の名前を冠した技。
フレスベルグとは逆に小さくなる。大体2cm程度まで小さくなれるので偵察の時にはこの形態をとり、ドラウプニールとの併用も可能。
直接的な攻撃力はともかく霊的な攻撃力は大きさに左右されないため、霊的な攻撃としてはこの形態が1番使い勝手が良い。
                           ・
                           ・
                           ・
・・・俺は強くなった。
今ならメドーサを相手にしても負ける気はしない。
ベスパを相手にしても戦い方次第では勝てるはずだ。
だが、全然足りない。
俺は、究極の魔体に勝たねばならない。
最低でもあれに勝たねばならない。
それが・・・俺の役割だからだ。
時間がない。
数年のうちにアシュタロスは行動を始めるだろう。
 
「畜生!」
 
不甲斐ない自分に対する怒りをぶつけるように手近い樹木を思い切り殴りつけた。
霊力も何も込めていない拳は大人が1抱えほどの樹木にあたり、
その樹木をへし折った。



[510] Re[13]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/10 04:01
 「君が横島君だね。話は六道女史からいつも聞いているよ。」
 
「はじめまして唐巣神父。御高名は窺わせていただいてます。」
 
初めて唐巣神父を冥華さんから紹介された。よくよく考えれば同じ生徒を教える者同士としては会うのが遅かったくらいだろう。
 
「知ってるかもしれないが私は教会から破門された神父に過ぎないよ。それに君ほどではないさ。16歳でG・S資格試験主席合格。17歳で正式なG・Sと認められ、高校在籍中にS級G・Sとして認められる。それもたった2年でだ。露出がまったく無い世間からの認知度は低いが、業界内では最年少記録をたたき出し続ける六道家の秘蔵っ子、横島忠夫の名前を知らないものはいないよ。」
 
少し褒めすぎのようだが、それでも嫌味を感じないのは神父の人格のお陰だろう。
 
「それに、君に教わるようになってから令子君の成長は著しいからね。一度会ってみたかったんだよ。」
 
ニッコリ微笑む。
神父はやはり基本的に善良で懐が深いのだ。
形でいえば後から来た若造が自分の弟子にちょっかい出してると取られてもおかしくないのに気にした風もなく、純粋に令子ちゃんの成長を喜んでいる。
・・・聖職者という人種が皆、神父のような人格だったら世界の戦争の半分は減るだろうに。
 
「今日は神父にご相談があってお訪ねしました。」
 
「?言ってみてくれたまえ。」
 
「俺は来年のG・S資格試験にエミと冥子ちゃんを参加させようと思います。それで令子ちゃんも参加させたいと思い、令子ちゃんの師である神父にご相談に伺いました。」
 
「来年といったら彼女達はまだ17歳だ。早すぎるんじゃないかね?それに試験とはいえ2次試験は場合によっては死者も出る危険なものだ。」
 
「俺は彼女達ならできると信じています。神父も1次試験の心配をしていないから2次試験の心配をなさっているんでしょう?」
 
「・・・確かにそうだ。例年通りであれば今の令子君でも資格を得ることは難しくないだろう。だが、そういうときの若者こそ危険だとも私は思っている。若者の君に言うことではないのかもしれないが。」
 
「俺は今の彼女達に必要なのは経験だと思っています。彼女達はとても才能に恵まれているけど、その活かし方を知らない。実戦でしか学べないことを彼女達が霊的成長期にあるうちに学んで欲しいと思っています。」
 
「君の言う事にも一理ある。しかしだね。」
 
「お願い、できませんでしょうか。」
 
俺は深々と神父に頭を下げる。
 
「・・・結論を急ぐのはお互いにやめようじゃないか。確かに彼女達に今のうちから除霊の空気を肌で感じさせるのも悪くは無かろう。幸い来年のG・S資格試験までは10ヶ月の時間がある。その間に除霊の現場に立ち合わせて、大丈夫だと判断したら私も反対はしない。しかし、六道女学園の方は大丈夫なのかい?あそこは例年3年生の中でも選ばれた3名しか在学中の資格試験受験は認めていなかったと思うが。」
 
「その件については俺と神父、美智恵さんの推薦状があれば特例として認めると確約をいただきました。」
 
「日本に5人しかいない現役S級G・Sのうちの3人の推薦か。確かに特例を認める条件としては十分かもしれないね。」
 
「えぇ。最も、その約束を取り付けるために六道女学園で講師をする約束をさせられてしまいましたが。」
 
俺の苦笑を見て神父も同様の苦笑いを浮かべる。
なんだかんだいって六道冥華は非常にタフなネゴシエイターなのだ。
                            ・
                            ・
                            ・
「と、言う訳で3人にはしばらく俺の除霊や神父の除霊に随行してもらうことになった。異議があるものはいるかい?」
 
「あるわけ無いじゃない。基本練習も飽き飽きしていたことだし。」
 
・・・・・。
 
「任せといて。忠にぃに続いて女性の最年少主席合格の記録をうちたててやるワケ。」
 
・・・・・。
 
「お兄ちゃんとお出かけ~。楽しみね~。」
 
・・・・・。
 
「それでは今から出かけるから除霊道具を渡しておく。」
 
俺は除霊道具をそれぞれに、一般的なG・Sの装備品一揃いを渡した。
 
六道家のリビングでは冥華さんと唐巣神父がユリンを通して除霊の様子を密かに覗くことになっている。
水晶玉にユリンが映像を送るのだ。
                            ・
                            ・
                            ・
仕事の難易度はランクC。廃工場に集まった悪霊を除霊するというもの。
G・Sの依頼としては比較的ポピュラーな部類の仕事だ。
悪霊の霊気に引き寄せられ、他の雑多な悪霊や雑霊が集まってきている。
俺はまず掌に霊気を集めると大きく一つ打ち鳴らした。
パーーーン!!
それだけで周囲を漂う霊体達の半分くらいが消える。
 
「今のは何?」
 
「拍手払いだよ。神社に参拝するときにやるあれだよ。本来は神道系の術だが礼賛が無くてもこの程度なら霊力を十分込めれば効果は見込める。まぁ、払えるのは未練の少ない雑霊程度だけどね。」
 
ユリンに残った悪霊を始末させる間に少し授業をする。
 
「霊を払うために必ずしも霊具や特殊な霊力が必要なわけじゃあない。犬の咆哮、太鼓の音、反閇、四股踏み、拍手。そんなものでも霊は払えるし、柊の葉に鰯の頭で鬼やらいの、大蒜の花は吸血鬼封じの呪具になる。お年寄りがくしゃみの後に悪態をつくのや、電話で『もしもし』と言うのだって悪霊払いの風習の名残だしね。」
 
「へー。でもそんなこと覚えてどうするワケ?そんなのよりちゃんとした霊具や霊能力使った方がよっぽど効果的なワケ。」
 
「いざと言うときのために覚えておいて損はないだろう?」
 
「大丈夫よ~。皆がいてくれるもの~。」
 
出しっぱなしの12神将に微笑みかける冥子ちゃん。
 
・・・・・。
 
俺はユリンに霊視させているが、見鬼君を出しているものは誰もいなかった。
令子ちゃんは神通棍を持っているが持っているだけ。
エミは何一つ道具を出していない。
冥子ちゃんは逆に必要も無いのに12神将の全部を出して、何もさせずに連れ歩いていた。
 
・・・・・。
 
そして、リーダー格の悪霊の潜んでいる部屋でそれは起こった。
 
「ちょっ、何でこれでCランクの悪霊なのよ。どう考えてもBランク以上の相手じゃない。」
 
令子ちゃんが予想外に強い悪霊のボスを見て叫ぶ。
 
「食霊して強化されたんだ。油断するな。」
 
いくつもの悪霊の力を取り込んだリーダー格は知能も高く存外手ごわい。
 
俺の放った破魔札を掻い潜り後ろの3人に狙いをつけた。
令子ちゃんとエミは咄嗟に身をかわすがそれができなかった冥子ちゃんに狙いを定める。
 
「ふ・・・ふえ・・・ふええ~~ん!!」
 
暴走。
過去の冥子ちゃんより霊力の扱いもスタミナも上がっているが、初めての実戦で強面の悪霊に迫られ、無駄に12神将を出し続けて消耗したスタミナは耐え切ることができなかった。
 
しかし、こんな壊れかけた工場の最奥で暴走させてしまえば生き埋めになりかねない。
故に俺はいったん悪霊を無視して冥子ちゃんの暴走を止めることを優先させても不自然ではない。
座り込んだ冥子ちゃんの肩をつかむと【鎮】の文殊で暴走を無理やり鎮めた。
すぐに正気に戻った冥子ちゃん。
その顔が次の瞬間赤く染まった。
俺の背中から、俺の腹に貫通して伸びた悪霊の腕から飛び散った血によって。
それを認識した冥子ちゃんは一拍の間の後気を失う。
致命傷ではないが明らかに重傷。
それを無視して腹からはえた腕を掴むと振り向きざまに霊波刀で切り裂いた。
崩れ去る悪霊。
そして散り散りに飛び去る悪霊たち。
駆け寄ってくる令子ちゃんとエミ。
それを認識した後、
俺は意識を手放した。



[510] Re[14]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/10 14:43
 水晶玉の映像を見て私と六道女史はすぐに部屋を出た。
現場までは自動車で10分ほど。六道女史はそれを5分で走るよう運転手に命令する。
                  ・
                  ・
                  ・
現場にたどり着いても令子君たちはまだ混乱状態にあった。
冥子君はまだ気を失ったままだし、令子君とエミ君は動揺したまま言い争っていた。
「何をしてるのです!早く手当てをなさい~!応急処置なり救急車に連絡なりヒーリングなりすべき事がいっぱいあるでしょう~!」
 
六道女史の一喝で彼女達は正気を取り戻す。
私はヒーリングをするためにあまり動かさないように横島君の服を脱がす。
そして絶句した。
傷口がひどい。出血がひどい。
それは覚悟をしていたことだ。
服の上からでは鍛えられているとは判るもののそれほど目立つものでなかった彼の体は一目見て実戦向けとわかるような筋肉が見事なまでに鍛え上げられていた。
それはいい。
問題はその体に浮かぶ大小様々な、明らかに大の方の数が多い凄惨な傷跡が全身を覆っていることだ。
致命傷ではないかと思うような傷跡だけで10を遥かに超えているだろう。
見えてる部分だけで100を優に超える傷跡が埋め尽くすように並ぶ。
・・・いつまでも呆けている場合ではない。
彼のズボンからベルトを抜くと簡単に血止めをして、ヒーリングをはじめる。
令子君も青ざめた顔で気丈にヒーリングをはじめた。
こういった場合のヒーリングに向かないエミ君には私に霊力を送るように命じた。
「冥子!いい加減に起きなさい~!」
 
六道女史が冥子君を起こす。
横島君を見た冥子君が再びパニックを起こそうとするのを女史が頬を張り、正気づかせヒーリングを始めるように命じた。
冥子君は泣きじゃくりながらショウトラにヒーリングをさせる。・・・
女史はそのままどこかに連絡をやった。
救急車なり何なりを呼んでいるのだろう。
 
横島君は病院に運ばれ、2日後に意識を取り戻しさらに3日間入院をすることになった。
私はその間、六道家と病院を日参する。
3人は学校を休んでいた。
令子君とエミ君は顔を合わすたびにののしり合い、
冥子君にいたっては一歩も部屋から出ようとしなかったが、女史はそのことについて一切何も言わなかった。
                  ・
                  ・
                  ・
「ご迷惑をおかけしました。俺のミスです。」
彼は退院して私達の前に顔を出すと第一声、謝罪をした。
「君が無事回復してよかったよ。・・・やはり彼女達に実戦はまだ早かったようだね。」
 
「唐巣く~ん~。その結論を出すのは少し待ってくれるかしら~。」
 
のんびりとした声、普段の六道女史の声でやんわりと私をおしとどめた。
 
「横島く~ん~。フォローは~してくれるのよね~?」
 
「そのつもりです。・・・その件で六道家の死の試練を許可して欲しいのですが?」
 
「どこで知ったのかしら~?・・・まぁいいわ~。許可してあげる~。」
 
横島君は座を辞すと彼女達を呼びに行った。
 
「六道女史っ!」
 
「唐巣君の言いたいこともわかるわ~。でも~、私は唐巣君よりも横島君のことを知っているから~。」
 
「彼もまだ19歳なのですよ。」
 
「そうね~。でも~、普通の19歳ではないわ~。」
 
・・・・・。
 
横島君は3人をどうにか引っ張り出してきたようだが、不和の空気が広がっている。
令子君はイライラしげに足踏みしながらそっぽを向いている。
エミ君は令子君と反対を向きながらやはり刺々しい空気を撒き散らし、
冥子君は恐怖に怯えるように体を小刻みに震わせている。
 
「この間はすまなかったな。俺のミスで皆を危険な目に合わせてしまった。」
 
「ちょ、忠にぃは悪くないワケ。冥子がプッツンしなかったら何でもなかったワケ。」
 
冥子君が体をビクリと震わせる。
 
「うるさいわよ馬鹿グロ女。役に立たなかったのはあんたも一緒でしょ!」
 
「何をいうワケ!あんただって、」
 
口論が始まりそうになるのを横島君が押しとどめ、これから六道家に伝わる試練を受けることを説明した。
                  ・
                  ・
                  ・
「いにしえより六道の者に伝わりし禁忌の地よ・・・!試練のときは来た!!扉を開き我が一族の娘を試したまえ!!」
 
女史の呪と共に祠の扉が開く。中に4人を導くと床を崩し4人は深い穴に落ちていった。
 
「死の試練とはどういうものなのですか?」
 
「六道家の式神使いが1度は通る試練よ~。中では12神将たちが足場を支え式神をコントロールして入り口まで戻るんだけど~六道家の初代様が心理攻撃を行って、もしそれに屈してしまえば永遠に亜空間の穴を落ち続けることになるわ~。」
 
「な!そんなものを今の冥子君にやらせたら・・・」
 
「私は~、冥子と横島君を信じてる~!」
 
私の言葉を遮って女史が断言した。
その拳は硬く握られ、フルフルと震えていた。
 
長い、長い10分が過ぎ、さらに数分後、よろけながら冥子君が出てきた。
 
「お母様~~。」
 
「冥子~~!!」
 
女史が冥子君を抱きしめる。続いて令子君、エミ君が出てきて、
横島君は・・・インダラの背中ですっかり寝こけていた。
 
「・・・よ~こ~し~ま~く~ん!!」
 
女史が怒ってる。
流石にフォローのしようが・・・
 
「怒らないであげなさ~い~。」
 
最後に祠から出てきたのは十二単を来た女性だった。
面差しが女史や冥子君に似ている。
 
「初代様・・・。」
 
「あの子~すごい子ね~。」
 
初代様が冥子君に起こされてその頭を撫でている横島君を見てそういった。
 
「最初は~、沈没船みたいに揺れてたんだけど~、あの子が冥子に一言声をかけて~、眠ってしまってからは私が何をやっても足場は微動だにしなかったもの~。」
 
どういうことだ?
                  ・
                  ・
                  ・
今日は私と横島君も六道家に逗留させてもらうことになった。
あの後横島君は令子君。エミ君。冥子君の部屋で個別に彼女達と話をしていた。令子君の部屋からは令子君の怒鳴り声、エミ君の部屋からは慟哭、冥子君の部屋からはすすり泣く声がそれぞれ聞こえたが横島君が何を話していたかはわからない。
その日の深夜。
 
「結局~、横島君は中で冥子になんて言ったのかしら~?」
 
「別に。ただ信じてると言っただけです。あと、上についたら起こしてくれって。」
 
たったそれだけ?
 
「それだけなの~?」
 
「それだけですよ?」
 
「それだけであんなに変われるものかしら~。」
 
試練から戻ってきた後の冥子君は明らかに何かが変わっていた。
 
「変わるもんですよ。人間なんてたった一言で。・・・冥子ちゃんに足りなかったものは多分責任感と自信だと思ってますから。」
 
「どういうことかしら~?」
 
「冥子ちゃんは多分、これまで他人から心配ばかりされて信用されたことはないんじゃないですかね?」
 
それは・・・確かに。
 
「冥子ちゃんはこれまでも困れば誰かが何とかしてくれてたんじゃないでしょうか?だから自分が何かをしてしまっても、式神達を暴走させてしまっても何とかなると言う意識があったんじゃないかと思います。自分が信用されないのは自分が弱い体と思い込み、余計に誰かに頼る癖がついているのだと思います。でも、自分が何とかするしかないと思えば冥子ちゃんはやってくれます。暴走することの結果と向き合えれば暴走を必死に抑えるでしょう。信用すれば応えようと必死に努力してくれますよ。冥子ちゃんは誰かのためになら頑張ることのできる優しい娘ですから。」
 
私は・・・冥子君のことを見誤っていたのか?
 
「ありがとう。ありがとうね。横島君。」
 
六道女史が横島君の胸の中で子供のように泣きじゃくっていた。
母親として、自分の娘を認められたことが心底嬉しかったのだろう。
そんな六道女史の背中を擦る19歳の少年の瞳は、
誰よりも人の心の本質を見る少年は、
私や六道女史よりもずっと年上の人間のようで、
六道女史が彼のことを信頼するのが良くわかる気がした。
 
六道女史が落ち着くのを待って、彼はあてがわれた自室に戻っていった。
 
「ごめんなさいね~。みっともないところを見せてしまって~。あ~あ~。あんな若い子に泣かされちゃったわ~。」
 
泣くだけ泣いた女史の笑顔はとても晴れやかだった。
 
「本当に彼はすごいですね。」
 
「そうね~。唐巣君は気がついてないだろうけど~、本当にすごい子なのよ~。」
 
まだ何かあるのか?
 
「あの子達はたった一回の除霊でいろんなことを経験したわね~。協会からの情報に誤りがあるかもしれないこと~、除霊道具が手に入らないときの除霊方法~、助手と言っても危険な目にあうかもしれないこと~、除霊が命がけの仕事であること~、除霊中に油断したり無闇に霊力を消費しては後々痛い目を見ること~、悪霊の強さが変化しうること~、除霊中が何があるかわからないこと~、自分のミスが味方を窮地に追いやること~、緊急時にどれだけ人が混乱するかということ~。そこから学び取れるかはあの娘達しだいだけどね~。」
 
「な、・・・それじゃあわざと?」
 
「多分聞いても自分のミスだったの一点張りだと思うけど~。イロイロと不自然よね~。除霊中の様子を見せたければわざわざ水晶玉で中継なんかしなくても帰ってきてからユリンを使ったほうが効率的だし、冥子が暴走するときだって横島君なら先に悪霊のほうを瞬殺することなんて簡単だったはずよ~。わざわざ除霊道具を3セットも用意する必要もないし~、普段は使わない破魔札なんか使っていたしね~。」
 
しかしそれは・・・なんて子だ。
 
数日後、今度は私が彼女達を除霊に連れて行ったがその時の彼女達の働きは見違えるようだった。
まだ多少ギクシャクしていたが3人の友人関係も修復されつつある。
そしてその働きはベテランG・Sと比べても見劣りはしなかっただろう。
たった一度ミスが、彼女達の中にあった油断や慢心、過信を取り去ったかのようだった。
 
けどね、横島君。
君は少し自分のことを粗雑に扱いすぎないかね?
あの体の傷のことにしても、今回のことにしても。
誰かのために頑張りすぎているのは本当は君なのじゃないかい?
だから私は六道女史のように君を信頼したりはしない。
無論信用するけどね。
君の背負っている何かは、きっと他の誰かも背負えるはずだ。
願わくば私もその一人でありたいと思っている。
もし君が誰かの力を欲する時があれば、
私は君に喜んで力を貸そう。
だから横島君。もっと他人を案じるように自分の身も案じてくれ。
主は汝の隣人を愛せよと説いているが、
その前に自らを愛するが如くという一文も入っているのだよ?
・・・主よ。彼の少年の行く末に光あらんことを。



[510] Re[15]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/10 15:54
 「小竜姫、ならびにヒャクメ。竜神王様の命により参上いたしました。」
 
「そう堅苦しい挨拶は良い。見ての通り今はわしらの他に誰もおらぬ。」
 
「はぁ。」
 
「あの~竜神王様~私はいったいなんで呼ばれたのね~?」
 
うむ。おぬしの役どころはいうなれば小竜姫のつけあわせじゃな。
 
「ふむ。その前に小竜姫よ。お主、人間についてどう思っておる?」
 
「護るべきものだと思っておりますが。」
 
悪くはない。神族としてはな。しかしそれはあくまで見下した見方に過ぎん。
 
「わしが昔、人間の乗馬であったことは知っておろう?」
 
「はい。玄奘三蔵法師の足となりてハヌマン様と法師を妖魔の手より守りて経典を天竺より持ち帰られましたことですね。」
 
「その通りじゃ。まぁ、わしも猿もかつては人間の弟子に過ぎなかったと言うことじゃな。これがどういう意味かわかるか?」
 
「・・・あいにく。」
 
「神族と人間の間柄も時には逆転することも、或いはパートナーとして対等の関係を築くこともできると言うことじゃ。例えばわが師は坊主の癖に酒は呑む、女は抱くと言う破戒坊主じゃったが妙になれなれしいと言うか人も妖魔も区別せんような奴でのう。」
 
「はぁ。」
 
「と、まぁこの話は長くなるからとりあえずやめるとして、実はわしの妻が自らの技を誰かに伝授したいと申しての、まぁ、技と言っても家事炊事といった技じゃが。おぬしらはまだ神族として歳若くまだ未婚ゆえそういったことを覚えておいても損はないじゃろう。のう?」
 
「いや、あの、大叔父様。私には妙神山の管理人としての役割が。」
 
「私にも文官としての仕事があるのね~。」
 
「妙神山については猿のやつに既に頼んである。文官の仕事の方も正式にわし預かりに昇進させたからわしの腹一つじゃ。」
 
「昇進は嬉しいけどこういうのは嫌なのね~。」
 
2人は釈然としないまでも仕方なく妻の下に行く。
その間に妙神山のバリヤーを断末魔砲に耐えられるように強化しとかんとのう。猿にも小竜姫の修行を少しきつめにしてもらって、小竜姫とヒャクメの下界での権限を少し強くして。・・・
やれやれ。横島ほどではないにしろやらねばならぬことが多いのう。
 
しかしなぁ。オーディンよ。
うちには小竜姫だけではなくヒャクメというオプションもついてくるのじゃ。
この勝負もらった。もらったぞオーディン!
                  ・
                  ・
                  ・
「閣下。ワルキューレ大尉。ご下命により参上いたしました。」
 
「ワルキューレよ。ここはわしのプライベートルームだ。意味はわかるな?」
 
「わかりましたお父様。それで用件はなんでしょう?」
 
「お前、人間と言う生き物についてどう思う。」
 
「はぁ、正直虫唾がはしるとしか。」
 
むぅ、これはまずい。
 
「人間と言うものはそう馬鹿にしたものではないぞ?我らがまだ神族であったころ、私は魔法を良く使うとはいえフレイドマールという人間に捕らえられてしまったことがあるし、お前の弟のジークフリードも元人間だ。それにお前が戦場を駆け巡り見つけ出してきたベルセルク達も人間であったろう?」
 
「確かにそうかもしれませんが彼らは人間である前に戦士でした。しかし、今の世の中のいったいどこに戦士がいるのですか?」
 
これならまだ救いはあるか。
 
「ふむ。まぁその話はいい。ワルキューレ。お前に近いうちに極秘任務を受けてもらうことになる。」
 
「ハッ!」
 
「その為の訓練を明日から行うから明朝0800にここへ出頭するように。」
 
「イエス!サー!」
 
さて、ワルキューレに人間界の作法や家事を覚えてもらう間にアシュタロスに気取られぬように軍の装備品の強化をせぬとな。それになにか超加速への対抗手段を考えておかねば。
 
それはそれとして竜神王よ。ワルキューレはこれまで幾多のミッションを完璧にこなしてきたのだ。負けはせぬ!負けはせぬぞ竜神王!
                  ・
                  ・
                  ・
「なんやしらんけど竜神王やオーディンが動き出したようやのう?」
 
「そうですね。まぁ、あのお程度の動きなら規制するほどではないでしょう。むしろサッちゃん貴方のほうが問題なのでは?」
 
「なんやキーやん。わしが何かしたっちゅうのか?」
 
「聞いてますよ?リリムやサキュバスに家事やなんやを覚えさせているようじゃないですか。」
 
「それは・・・あれや。あいつらが男を落としやすうするためにやなぁ。」
 
「そんな言い訳が通るとでも?」
 
「くっ・・・そういうキーやんかて何人かの天使に花嫁修業させとるっちゅう話やんか!」
 
「・・・私はあの時『他の神魔は彼に気がついた頃から順次参戦していくでしょう。』と言ったはずですよ?」
 
「汚!最初からしっとった癖に気がついた頃からでとおすんかい。」
 
「・・・まぁそれはいいでしょう。」
 
「・・・せやな。」
 
「それで、アシュタロスの方はどうです?」
 
「いまんところ大きな変化はないで。遅延工作が功をそうして、っちゅうても気がつい取ることを気がつかれんようにせなあかんからな。伸ばせても数年っちゅうとこや。」
 
「私達にとっては瞬く間のような時間ですが、それでも横島にとっては貴重な時間でしょう。引き続きよろしくお願いします。」
 
「わかっとる。それより計算のほうはどないや?いつまでもあんなもん横島ん中いれとくんは酷過ぎるで。」
 
「二万八千百六十四回検算しましたがあれを私達2人で受け止めることは不可能と言う結果が出ました。」
 
「そないか。・・・なぁキーやん。神魔の最高指導者っちゅうてもなんとも無力なもんやのう?」
 
「そんなこと、彼が戻ってきたときからわかっていたことでしょう?」
 
「わかっとる。わかっとるけど悔しいやないか。わしら2人雁首そろえて人間一人救ってやれへんのやぞ?」
 
「私達では傷口を広げるだけですからね。いま、横島を癒してあげられるのはかつての仲間だけです。」
 
「わしらにできるのは、これ以上横島が外的要因で傷つくんを防いだることだけか。・・・悔しいのう。」
 
「できることをやりましょう。」
 
「せやな。」



[510] Re[16]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/11 06:24
 「はい、皆さんいいですか~?今日は皆さんをこれから半年間ご指導してくださる選択授業の講師の先生方をご紹介します~。まずは霊的格闘を教えてくださる白竜寺師範である豪宣寺一馬さんよ~。」
 
今日から横島さんが六道女学院の講師となることになった。
選択授業と言うのは除霊スタイルが皆それぞれ違うために一括でできない授業を各スタイルのスペシャリストを講師として招き、半年間ずつ前期と後期に分けて3学年合同で学ぶ専門的な授業のことである。
例年であれば霊的格闘、中距離攻撃術(主に道具を用いた攻撃型除霊術)、遠距離攻撃術(遠距離戦を得意とした霊能力)、操作系術(式神や道術の僵屍等を操る術)、戦闘補助術(幻覚系や防御系の術)、回復術(ヒーリング等)の
6教科なのであるが、今年は横島さんが飛び入りの形で参加したために何を教えてくれるかはまだわかんない。
横島さん教えてくれないし。
むやみやたらと偉そうなオッサンどもが偉そうに自己紹介と自分の授業の有用性をアピールしている。
はっきり言ってそんなに大したやつらに見えない。
ランクにしたってBランク程度だし、・・・まぁうちの教師人にしたってB~CランクのG・Sに過ぎないのだけど。
はっきり言って横島さんや唐巣先生の教えを受けてる身としては興味なし!
まぁ、いかに天下の六道女学園と言えども単発の講師ならいざ知らず、一定期間拘束される講師にAランク以上の1流G・Sを呼ぶのは難しいか。
むしろ横島さんのほうが例外中の例外。
いくら流派を持たないから拘束されていないとはいえ私達を3年間、冥子にいたっては4年以上面倒見てくれてんだから。
 
「最後は~皆も知っての通り最年少のS級G・Sの横島忠夫さんよ~。」
 
周囲から歓声が上がる。
ミーハー。
 
「はじめまして。横島忠夫です。俺は皆さんとそう歳も変わらないので何を教えようかと思いましたが、せっかくですので専任の教師の方々では教えにくいことを教えたいと思います。まずは、逃げ方。」
 
歓声がやんだ。
 
「それから狡猾な戦法や卑怯な手段についてを主に講義したいと思います。以上。」
 
ざわめく声。
生徒の中にははっきりと失望や侮蔑の視線を送るものがいる。
居並ぶほかの講師陣の目が言っていた。
『お前はそういう汚い手段でS級G・Sに登りつめたんだなと。』
 
横島さんの授業を希望したのは霊能科全員中のほんの1割。
7人の中で最も少なく、私たち3人を除けばいわゆる落ちこぼれ。
霊能力が低く、自信がもてないような奴らばかりだった。
                   ・
                   ・
                   ・
「ちょっとあれ何なワケ!最初はキャーキャー言ってたくせに。ふざけるんじゃないワケ!」
 
昼休み、3人で庭先で食事をしているときにエミがきれた。
 
「それよりあの腐れ講師どもよ。あんなの横島さんの足元どころか比較対照にもなんないような奴らの癖して。あんたらがいったい横島さんの何がわかるってのよ。」
 
私の怒りも収まらない。
 
冥子も冥子で頬をプクーっと膨らませて怒っていた。
 
「なんですか皆さん~。年頃の娘がはしたない~。」
 
「おばさま、じゃなかった。理事長先生。」
 
「だめよ~、そんな怖い顔をしたら~。」
 
「でもお母様~。」
 
「学校では理事長と呼びなさいって言ってるでしょう~。仕方のない子ね~。それに~横島君が歯牙にもかけていないことをみんなが気にしてもしょうがないでしょう~?」
 
「そうかもしれませんけど。」
 
「でもまぁ~、横島君もいけないのよ~。」
 
「理事長先生!」
 
「エミちゃん怖ぁ~い~。」
 
怖がってるような素振りには見えない。
 
「だって~。横島君たら自分の価値が全然わかってないんですもの~。あ~、別に横島君の能力が希少だからとか~、S級G・Sだからとかって理由じゃないわよ~。」
 
横島さんの能力。特に文殊の力は歴史上で見ても特級に希少な能力だ。
ママから渡されたネックレスには横島さんが作った【守】【防】【帰】の文殊がついている。
エミには【撃】【防】【守】。
冥子には【戻】【防】【盾】。
一見すれば大して価値のない、安物のアクセサリーに外見的にも霊的にも偽装されたそれは考えようによっては世界1価値のあるネックレスに違いない。
私達は常にそれを身に着けるようにしている。
 
「もっと根本的なことよ~。貴方達は知ってるでしょう~?」
 
もちろん知っている。
 
「でも~、今回はそこにつけいる隙がありそうね~。」
 
「理事長先生?」
 
「半年だけって言うのは~もったいない話だと思わない~?」
 
この顔は、何かをたくらんでる顔だ。
横島さんが危ない
・・・んだけど内緒にしときましょう。
 
帰り際、私達のことを良く思ってらっしゃらない先輩方が私達を見て何かこそこそ言っている。
恐らく私達が横島さんの講義を選択したことについて揶揄しているのだろう。
ハン!あんたらみたいな雑魚がなに言ってるか知りたくもないけどあんたらはあたし達の足元にも及ばないんだからなに言ってたって痛くも痒くもないのよ!
・・・あぁ、おば様が言ってたのはつまりこういうことか。
                   ・
                   ・
                   ・
横島さんの最初の授業。100人入る教室に3学年あわせて30名ほどしか座っていない。
 
「まず皆さんに言っておきますが、俺が教える卑怯な手段はあくまで補助的なものとして覚えておいてください。一応名門六道女学園の講師を引き受けている身としては使わないで欲しいと言います。卑怯な手段。いわゆる邪道は実戦で有効に働き、10年正道を突き進んだものが1月邪道を学んだものに敗れることもあります。ですがそういった手段はいずれ限界が訪れ、かえって皆さんの成長を阻害することになるでしょう。」
 
横島さんはそこでいったん言葉を切る。
 
「では何故俺が皆さんにそういった手段を教えようとするか?それは、皆さんがそういった卑怯な手段で攻撃された場合の対処法を学ぶためです。知力を失っていない悪霊や悪魔の中にはそういった手段を好んで用いるものがいます。そういった相手と相対した場合、相手のペースに嵌って何もできずに殺されてしまうG・Sの数はあなた方が思っている以上に多くいます。実戦の中で、まして悪霊や悪魔を卑怯者となじったところで何にもなりません。事前にそうはならないための手段が講じれるようになってください。」
 
横島さんが皆の顔を見回す。
皆の顔が授業始まる前の雰囲気と変わり真剣なものとなっていた。
 
「それから逃げ方。除霊中は何があるかわかりません。不測の事態に備えようとも、ときにトラブルに巻き込まれて撤退が必要になることもあるでしょう。そういった場合の緊急回避や撤退の方法を学んでおけば死亡する確率は大きく減るはずです。・・・そうですね。時間があったら除霊中に起こりうる突発的なトラブルについても講義しましょう。」
 
横島さんの瞳の感じが変わった。
それは深く、深く、悲しい色を湛えていた。
 
「最後に皆さんにお願いがあります。生き延びることを諦めないで下さい。貴方達が将来G・Sになった時、絶体絶命の状況に陥ることもあるでしょう。そんな時でも決して諦めず、最後のときまでせいいっぱい生き延びる努力をしてください。俺は皆さんがそういったG・Sになってくれることを望みます。大切な人を喪った悲しみは、人生を傷つけ、歪め、あるいは閉ざしてしまうほどの影響を及ぼします。皆さんが大切に思っている家族や友人、恋人などにそれだけの影響を及ぼしてしまうことを忘れずにいて、そんな思いをさせないようにしてください。」
 
深々と頭を下げる横島さんを見て、胸の奥がズキリと痛んだ。
 
選択授業は週に3回。
横島さん授業は週ごとにまとめて行われ、最初の週は座学から始められる。
具体的な例を出して悪霊のとりうる手段、自分がとるべき手段、逃走経路、利用すべき状況などが講義される。
翌週はそれを実践に移す。
これが曲者だった。
最初の日は他の生徒はおろか、実戦を知っている私達3人すら横島さんの殺気にあてられ、何もできぬうちに【殺されて】いった。
結局、全員が殺気の中を動けるようになったのはその翌週からで、先々週学んだ講義の内容を実戦形式で潜り抜けていく。
状況が説明され、敵役を横島さんやユリンが受け持った。
受ける生徒の実力に合わせて手加減されてはいるがあくまでギリギリ勝てるかどうかというところまでしか手加減されず、講義の内容もそのまま使うのではなく必ず応用しなければ切り抜けられないようになっていた。
生徒はどんな手段、道具を用いてもいいことになっていたが、選択肢が多すぎてそれらを使いこなすことから学ばねばならない。
間違いなく7つの選択授業の中で一番きつい。
絶対に出来ないのではなく出来るかもしれないと言うのが癖もので、気がつけば生徒全員必死になってこの授業に取り組んでいる。
私たち3人も講義の内容を検討しあって臨み、どうにか達成率60%というところ。
まぁ、私達には随行している実戦なんかより数倍きつい状況が割り当てられるのだが。
お陰で自然と戦術や戦略を学ぶようになってしまった。
他の生徒達も30~50%ほどの達成率ながら、夢中になって授業を受ける。
他の授業と違い、成功したときの達成感は癖になるほどだし、
失敗したときは本気で悔しい。
そんな身がこれでもかと言わんばかりに詰まった授業が1学期いっぱい続けられた。



[510] Re[17]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/12 07:07
【中書き】
これまで地の文は誰かの心象を1話1キャラで固定して進めてきましたが話が複雑化するにつれて複数の場面やキャラの心象を表記するためにシステムを変更します。(あんたの処理能力がないせいだ!と、いう突っ込みは勘弁してください。^^;)以降は地の文が誰の目線であるかの塊ごとに≪誰々≫と、いう表記を冒頭につけますので参考にしてください。あまりゴチャゴチャしないように入れ替えの回数を極力減らすように心がけますが読んでくださってる方もどうか寛大なお心で許してやってください。m( _ _ )m
                   ・
                   ・
                   ・
 ≪横島≫
「ごめんなさいね~。急な話なんだけど~。」
 
六道女学園には毎年夏の恒例行事がある。
全学年参加、夏の臨海学校。
六道家ゆかりの小間波海岸に溜まる雑霊、悪霊、妖怪を生徒達がいっせいに除霊をするというものだ。
ところが今年は7月に上陸した大型の台風が小間波海岸を直撃し、海岸の砂が大幅に消失。宿泊施設にも被害が及び大規模な工事のために臨海学校が開けなくなってしまった。
そのために急遽適当な雑霊の集合場所を探し出し、今年の臨海学校の舞台となるのが山口県下関市。しかし、強力な悪霊などは目撃されてないとは言え例年と違い相手の強さなどが想定しきれないために現役G・Sを雇う代わりに選択授業の講師陣に正規の依頼として同行を願うことになった。
つまるところの俺も参加することになったのだ。
ちなみに小間波海岸の除霊は正規のG・Sを六道家からの寄付と言う形で雇い入れ海上から除霊にあたる。
ちなみに責任者は唐巣神父。
これで当分神父も餓えずにすむだろう。
 
「そんなに気を使ってもらわなくてもいいですよ。」
 
「なんのことかしら~?」
 
「俺を六道の講師にしたのも、こうして臨海学校に連れて行くのも俺に人との縁を結ばせるためでしょう?」
 
「なんのことかしら~?おばさんは可愛い生徒達のために優秀な先生が欲しかっただけよ~。」
 
「生徒達からは嫌われましたけどね。」
 
「確かにあの自己紹介はまずかったかしらね~。でも本当にいけなかったのはG・Sの厳しさを教えきれてなかった私たちなのよね~。ごめんなさいね~、横島君に余計な泥を被せてしまって~。でも~、横島君の教え子達はそうじゃないみたいよ~。この前の中間試験の点もすっごく伸びてたんだから~。」
 
「あの子達が自分でやったことです。」
 
「そういう実力を引き出せるのがすごいんじゃないの~。」
 
一瞬落ちる沈黙。
お互い視線をそらさずに相手の出方を見る。
 
「はぁ~。おばさんの負けよ~。今言ったことは嘘じゃないけど~、おばさんは確かに横島君を表に引っ張り出そうとしてるわ~。」
 
「どうしてです?」
 
「冥子のことも令子ちゃんのこともおばさんすごく感謝してるわ~。エミちゃんのことだってとても感心してるのよ~。でもおばさん今の貴方を見ているのがとても怖いの~。貴方は自分のことないがしろにしすぎているのだもの~。横島君のお陰であの子達はG・Sの厳しさを知ることが出来た、でも、そのためにあなたが大怪我を負う必要はあったの?あなたのあの傷は何?どうしてあんなに簡単に自分を犠牲に出来るの?どうして他人にだけ優しく出来るのかしら~?」
 
何かに耐えるように俯いて言葉をとぎらせる冥華さん。
 
「あなたはまだ19歳なのよ~?楽しいことも、嬉しいこともまだまだこれからじゃないの~。だからおばさん知ってほしいのよ~。世界はとても綺麗なのよ~?人と人の縁はとても温かいのよ~?だから・・・」
 
「知ってますよ。この世界がどれほどかけがえのないものかも。人が孤独の中で生きられないことも。」
 
俺は、多分微笑んでいるだろう。
 
「・・・おばさんからのお願いよ~。あんまり自分を粗末にしないでちょうだい~。」
 
冥華さんは泣いていた。
・・・・・。
そう、俺はきっとこの世界に住む誰より知っている。
この世界はとても暖かく、
美しく、
かけがえのないものだということを。
そして、たった一人の絶望が世界を改変しうることを。
たった一人の憎悪が世界を滅ぼしうることを。
この美しい世界がそれほど脆く、儚いものだということを。
だから俺は、立ち止まらない。
どれほどの傷を被うとも、
どれほどの罪過を背負っているとしても、だ。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
山口県下関市長府のホテル。
そこの大広間を借り切ってミーティングが行われた。
「いいですか~。今年は例年の小間波海岸ではないですので2,3年生もよ~く聞きいておいてくださいね~。今年は例年と違ってどこに霊が集まるかは判っていません~。そこで、海岸で極小規模な召霊を行いますのでそれに呼び寄せられてきた雑霊を皆さんに払ってもらいます~。召霊はホントに簡単なもので強力な悪霊などは集まらないようにしますが、それでも何があるかわかりませんのでその場合は教師や講師の先生に連絡をするように~。特に例年と違って霊の襲撃が散発的なものではなく一気に押し寄せてくる可能性がありますのでその点は十分に注意してください~。」
 
おばさまに促されて横島さんが前に出てきた。
 
「除霊中戦闘続行不能になった場合はユリンが最後尾まで運びますから除霊中にユリンの姿を見ても慌てないで下さい。ユリン。フレスベルグ!」
 
横島さんの掛け声でユリンが2mほどの姿になる。
 
「実際にはもう少し大きくして足と足の間に担架をくくりつけておきますから自力で担架に乗れない場合は周囲の人間が手伝ってあげてください。俺からの注意事項は以上です。」
 
大きくなったユリンの姿を見て生徒はおろか教師、講師まで動揺している。まさか本当に汚い手段だけでS級G・Sになったなんて思ってたのかしら。
呆れて怒る気も失せるわ。
ユリンは恐らく操作系術の対象としては国内で1,2を争う鴉だ。
単純な戦闘力だけでは分裂することが出来る分六道家が誇る12神将を凌ぐだろう。
授業中もそのために冥子は12神将の能力の多様性を使いこなすことを主眼に受け、コンビネーションについても考えなければならず今では5ヶ月前よりずっと効率的に式神を扱えている。
 
「それでは各選択授業ごとにミーティングを始めてくださいね~。」
 
おばさまがそう指示を出すがまだ動揺が収まらずにいる。動いているのは横島さんの担当だけだ。あんなんでミーティングできるのかしら?
・・・まぁ無理ないか。私も最初横島さんの力を目の当たりにしたときはカルチャーショックだったし。
 
「それじゃあミーティングを始めようか。最初に言っとくけど今回、俺は本部に詰めて救助と治療に当たるから直接指示が出せない。美神さんが代わりに状況を判断して指示を出してくれ。六道さんとエミは美神さんのフォロー。それと六道さんはショウトラを理事長先生に預けておいて。重傷者の治療をお願いするから。」
 
「は~い~。」
 
「さて、君達の担当は遊撃部隊。好きにやれってことだ。とどのつまりは員数外、戦力外とみなされているんだけど、アクシデントがあった場合最も迅速に対応が出来るのも君達だ。そのことを忘れないで頑張って欲しい。それじゃあ実習は今夜だから今からよく休んでいおくように。解散。」
 
横島さんの指示で部屋、私と冥子とエミの3人部屋に戻るんだけど、他のところはやっとミーティングが始まったところだ。
・・・本当に大丈夫かしら。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
海岸線沿いに結界防御ラインを張り巡らし召霊が始まった。私達の班の武装は霊体ボウガンと神通棍、呪縛ネット、破魔札をを基本装備として各自得意な装備を身につけたもの。多少バラバラであるがいかにも遊撃部隊っぽい。最初の位置としては霊的格闘班と同じく最前線に位置をおいた。
 
「いい、皆。横島先生と私達を馬鹿にした連中に目に物を見せてやりましょう。」
 
いっせいに、(28人しかいないのだが。)了解の声が上がる。
当初自信のなかったほかの娘たちも今ではしっかりとした実力と過信にならない自信を持ち合わせている。士気も高い。そう、彼女達は幾多の試練を共に潜り抜けた立派な戦友なのだ。
・・・横島さんの授業きつかったもんなぁ。
 
「悪霊達が見えたら距離300までひきつけて霊体ボウガンで攻撃。冥子以外は距離30をきったら呪縛ネットで数を減らして格闘戦は距離10まで詰められるまで我慢して。破魔札の使用は各自の判断に任せる。冥子は距離50まで来たら式神たちで一斉攻撃。とにかく数を減らすこと。物量が相手のときは冥子が切り札なんだからしっかりね。そのまま10分間数を減らしたら消耗の激しい子から影で休ませて4:4:3のサイクルで休ませながら戦うこと。長期戦になったとき式神が使えるのと使えないのじゃ大違いだからね。」
 
「わかったわ~。それよりも格闘戦に入る前にエミちゃんの呪術で相手の出鼻を挫いた方がほうがいいんじゃないかしら~?」
 
「そうね。エミ、どれくらいで出来る?」
 
「今の私なら1分あれば霊体撃滅波の用意が整うワケ。」
 
「わかったわ。ならエミは冥子が式神をつかったら準備を始めて。他に何か意見はある?」
 
私が皆を見回すけど真剣な面持ちで、冥子の場合のほほんとした面持ちを崩すのは難しいのだがとにかくうなづいてくれる。
 
「状況が変化したら指示を変えるかもしれないからよく聞いておいてね。逆に何か気がついたことがあったらすぐに教えて。いいわね?」
 
「了解」×26
 
「りょうか~い~。」
 
ボケボケした声に気が抜けた。
まぁ、気を張り詰めすぎるよりずっといいか。
私も知らぬうちに緊張していたようだし。
みんなの顔にもゆとりが戻った。
ま、冥子に感謝ね。
 
そうこうしているうちに召霊の儀式が終わった。
海岸いっぱいに強力な結界が張ってあって、市街地側から悪霊が来ることは無い。そのため霊の進入経路は限られている。
 
海の奥にぼうっと光るものが現れる。
それはだんだん大きくなり近寄ってきた。
その数1000はくだらない。
数が多い!
 
およそ距離500まで近寄ってきたところで周囲から霊体ボウガンが飛び始めた。
 
「まだ遠いわ!矢玉にも数があるのよ!」
 
私が叫んでも数に動揺した連中は止まらない。
講師が押しとどめようと声を上げるがそれでもだ。
あんたら今までいったい何をやってきた!
歯軋りをしながらも距離300までひきつける。
 
「発射!」
 
私の掛け声と共に霊体ボウガンがうちの班から飛び始める。
およそ7割が命中。
しかしよその班の矢玉が尽き始め弾幕は散発的なものとなってしまっている。
横島さんが味方が必ずしも思ったとおりに動くとは限らないと言っていたのに。
私の予測ミスだ。
 
「令子!後悔してる暇は無いワケ!」
 
「そうね。各自両翼に展開。距離100になったら戻ってきて。」
 
私の指示でいっせいに動き出す。
 
「エミ!冥子!」
 
「わかってるワケ!3人でこのポイントの数を減らすわよ!」
 
「わたしも~がんばる~。」
 
エミは飛び道具の扱いが上手いし冥子はトロいけど狙いは正確だ。
 
十数回の射撃で矢玉がつきかけた頃皆が戻ってくる。
相手の数は300は減ったろうか?
半分は減らしたかったのに。
 
「冥子!エミ!」
 
「みんな~。おねが~い~!」
 
「アブド~ル、ダムラ~ル、オムニ~ス、ノムニ~ク・・・」
 
冥子の式神と霊体撃滅波で大分数は減らせるがそれでもどれだけ減るか。
 
「霊体撃滅波!」
 
エミの霊体撃滅波が決まると悪霊達が引き上げていく。まだ600ほど残ったそれを他の班と共に追撃。
 
「令子ちゃ~ん。何かおかしくな~い~?」
 
「そうね。知力の無い悪霊どもにしては引き際がよすぎる。まだ半分の戦力が残っているのに撤退・・・まずい。転進するわよ。」
 
嫌な予感と戦術的な判断が同時に警鐘を鳴らす。
 
予感的中。左側面、崖側に展開していた遠距離攻撃術班が崖の上から妖怪の奇襲を受けて打撃を受けていた。退いていた悪霊達も再び転進して再攻撃を始めている。
囮に引っかかってここが落とされていたら挟撃にかけられたところだ。
 
「あんた達何をしてるのよ!」
 
「それが、・・・先生が真っ先に襲撃を受けて怪我を・・・どうしよう、どうしよう、私達死んじゃう。」
 
そいつの頬を思いっきり張ってやった。
 
「諦めてんじゃないわよ!下らないことゴチャゴチャ言ってる暇があったら少しでも生き延びる努力をしなさい!」
 
呆けてるその子を放って自分の班に指示を出す。
 
「先生はそのうちユリンが来てくれるからそっちは任せてエミあんたはこの子達とうちの班から5人連れて戻って本隊の戦列を立て直してきて。」
 
「わかったワケ!ほら、オタクたち!生き延びたかったらついてらっしゃい。足ひっぱんじゃないわよ。」
 
特に反論も無くエミに従う。パニック状態に陥って明確な指示を出す人間にしたがっているのか、とにかくこの場を離れたいのかはわからないがエミに任せれば大丈夫。
 
「冥子。あなたも5人連れて右側面を警戒に行って。」
 
「わかったわ~。令子ちゃんも気をつけてね~。」
 
冥子の破壊力は惜しいがあっちを抜かれてもしゃれにならない。
妖怪どもを負傷者から引き離すと神通棍を構える。
彼我の戦力差は16人と下等妖怪20体。
 
空からユリンが負傷者を迎えに来たが手伝ってくれる様子は無い。
これくらいやって見せろってことね。
 
「あんた達みたいな雑魚に時間とられてあげる訳にはいかないのよ。この、ゴーストスイーパー見習い、美神令子とその仲間達が極楽へ逝かせてあげるから成仏しなさい!」
                   ・
                   ・
                   ・
≪エミ≫
「数は当初の半分に減ってるのよ。背後の敵は令子と冥子が何とかしてるから根性見せるワケ!負傷者は優先的に下がらせなさい。」
 
混乱してる連中に矢継ぎ早に指示を飛ばす。
背後の奇襲によって動揺した隙に一気にこっちの戦力も削られていたワケ。
講師のおっちゃんどもが奮戦してるけどそもそもあんたらの指導力が足んなくてこんな目にあってんだから褒められたものじゃないワケ。
 
「オタクら悪いけど一分稼いで。数を減らさなきゃ話にならないワケ。」
 
頼りになる身内にそうお願いすると踊り始める前に大声で叫ぶ。
 
「オタクら!10分耐えなさい。そうしたら応援が来るワケ!根性見せんのよ!」
                   ・
                   ・
                   ・
≪冥子≫
令子ちゃんの言ったとおりね~。
こちらに現れたのは雑霊が200体ほど~。
操作系術班が集まっているこちらも真っ先に先生がやられてるわ~。
相手は戦術を心得ているのね~。
でも~、操作系の術者なら私の言うことを聞いてくれそうね~。
 
「六道冥子がこの場を預かるわ~。私の援護をお願い~。」
 
六道の名を出せば少しは安心してくれるわよね~。
 
「あなた達は負傷者の援護と術者の護衛をお願いね~。」
 
ついて来てもらったお友達にそう指示を出すと式神を呼び出すの~。
みんな疲れてると思うけどもう少し頑張ってね~。
 
「バサラちゃんおねがい~。他のみんなもフォローをお願いね~。」
                   ・
                   ・
                   ・
≪冥華≫
「令子ちゃんたちのお陰でどうにかなりそうね~。」
 
「ええ、今のところよくやってくれてます。」
 
「でもこのままじゃよくないわね~。負傷者が多すぎるわ~。」
 
「何が出てくるかはわかりませんけどそん時は俺も相手しますよ。」
 
「御免なさいね~。あんなこといったのに結局横島君に頼りっぱなしで~。」
 
今年の臨海学校は予想以上に苦戦ね~。まさか霊達や妖怪が連携して戦略を使ってくるなんて~。
何かはわからないけど悪霊達に指示を出してるものがいるはずよ~。
令子ちゃんたちがいてくれて助かったわ~。
 
「かまいません。それよりまだまだ負傷者を運んできますからそっちをお願いします。」
 
「わかったわ~。」
 
結局、3時間後に多くの怪我人を出しつつも令子ちゃんたちの活躍で致命的な被害を出さずに第1幕は幕を下ろしたわ~。
横島く~ん~。無理はしないでね~。



[510] Re[18]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/12 17:17
 ≪令子≫
あれだけいた悪霊、妖怪、雑霊の群れのすべて払い終わった頃、そいつらは姿を見せた。
 
海の彼方から海を埋め尽くすほどの大船団。
そこの乗っていたのは武装した鎧武者の群れだった。
その中でも一際豪奢な鎧を着けた悪霊(この場所であんな格好した連中悪霊に決まってる。)が船団の先頭に立ち、こちらを睥睨してくる。
 
「見事、見事ナ用兵デアッタゾ。マサカ我ラ、我ラガ出ル羽目ニナルトハナ。娘、名ヲ何ト申ス。」
 
「美神令子よ。そんなナリをしてんだったらあんたこそ名乗んなさいよ!」
 
「クカカカカカカカ!威勢ノヨイ娘デアルナ。シカシ尤モ、尤モナ話ヨ。我ハ、我ハ従五位下、能登守、平教経デアル。」
 
ちっ!やっぱり平氏の悪霊か。しかも平教経ですって?最悪。
 
「あんたが死んだのは一の谷、壇ノ浦で死んだのはお話の中でだけのことでしょう!何であんたが壇ノ浦で水軍を率いているのよ!」
 
「ソウ、ソウヨ。我ハ一ノ谷デ敗レ死ニ、冥府ニ落チタ。ナレド、ナレド無能デアッタ惣領、宗盛ニ率イラレ、コノ地デ源氏ニ駆逐サレシ同胞ノ無念ガ我ヲ再ビ現世ヘ呼ビ戻シタノヨ。」
 
「令子、平教経っていったら。」
 
「そう。吾妻鏡じゃ一の谷で死んだことになってるけど、平家物語では壇ノ浦で源義経が八艘飛びをしなきゃなんないほど追い詰められて、死ぬときも源氏の猛者を両脇に抱えて水の中に落ちて道連れにしたって言う、平氏随一の武将よ。」
 
「最悪なワケ。こっちはもうろくに戦えないっつうのに。」
 
「私はもう神通棍と破魔札が3枚しか残ってないわ。あんたたちどれくらいいける?」
 
「後1回か2回、霊体撃滅波を撃ったら霊力がすっからかんね。冥子、オタクは?」
 
「バサラちゃんはもうこれ以上は無理~。他の子達も限界が近いわ~。」
 
判っていたけど無理ね。うちの班のメンバーはまだ少しは戦えるけどよその班は戦意を喪失してる。
・・・退くしかないか。
 
私が退くように言おうとする前に、横島さんがユリンの背に乗って飛んできた。
 
いいタイミング!
・・・いいタイミングだけどもしかして横島さんタイミング計ってなかった?
 
「武士が疲れきった女の子相手にそれはないんじゃないか?」
 
「主ハ、主ハ何者カ?」
 
「俺?俺は横島忠夫。この娘たちの先生だ。」
 
そういって私のほうを振り返ると
 
「よく頑張ったな。少し下がって待ってて。」
 
ポンと私の頭の上に手を置いた。
どうでもいいけど冥子、この状況で頬をパンパンに膨らませるのはやめなさいよ。
 
「オタク、この状況で顔真っ赤よ?」
 
「うっさいわね。戦い疲れたのよ。そんなことより下がって。」
 
「そういうわけで、あんたらの相手は俺がしてやる。」
 
「単騎デ、単騎デ我等ノ相手ヲ務メヨウト言ウノカ?」
 
「戦う力もろくに残してない女の子を相手にするよりはましだろ?」
 
「クカカカカカカ!剛毅、剛毅ヨナァ。800年ニモオヨブ我等ノ無念ヲ単騎デ払オウト言ウカ。ナレバ横島忠夫。面白キ戦ヲシヨウデハナイカ。」
 
「800年もの戦の無念。この戦で晴らしてやるから成仏しろよ。」
 
そういうと平教経は弓を持った武者を前に出す。
 
横島さんはユリンを呼び寄せた。
 
「射抜ケ!」
 
「ユリン。フレスベルグ!」
 
10m程に巨大化したユリンの翼が生み出す風が矢の勢いを弱め、落とす。
その隙に横島さんはサイキック・ソーサーを十数個生み出すと強烈な回転を作り出す。
 
「サイキック・ソーサー弐の型、連爆刃だ。受け取れよ。」
 
いっせいにサイキック・ソーサーが飛翔。その進行経路にある船を、刀を、鎧を、そして悪霊を切り裂く。
刃は平教経にも迫るが船と船の間を飛び渡り回避する。
 
「おいおい、鹿落としの後は八艘飛びかよ。節操がなさ過ぎるんじゃないか?」
 
「クカカカカ!我等ヲ破リシ戦法ヨ。敗北カラ学ブコトナケレバソレコソ無能ノ証デアロウ?」
 
「そうかよ。んじゃ、爆!」
 
横島さんの掛け声と共にサイキック・ソーサーが膨れ上がり爆ぜた。周囲の悪霊がソーサーの霊気の破片に打ち抜かれる。
かなりの数の悪霊を巻き込んだ。
しかし、その数は減っていない。
 
「無駄、無駄ヨ。我等ガ800年ノ戦ノ無念。如何ニ滅ボサレヨウトモソウヤスヤスト消エルモノデハナイ。今一度戦ニ敗レルマデソレコソ無限ニ近キ復活ヲトゲヨウ。」
 
「そうかよ。だったら、大将首のあんたを落とせばこの戦、俺の勝ちだな。」
 
「出来ルカ?横島忠夫。」
 
「やるさ。ユリン。ドラウプニール!」
 
ユリンが数百羽、空を埋め尽くさんばかりに分裂する。
海を埋め尽くす悪霊の群れと、空を夜の闇よりなお黒く染める鴉の群れが退治した。
 
「クカ、クカカカカカ!真、真ニ我等ヲ単騎デ払オウトイウカ。」
 
「単騎じゃねえよ。ユリンがいてくれるし、後ろにゃ護らなきゃならん人たちがいる。」
 
「クカカカカ!面白イ。主ホド面白キ武人ニ会ウタハソレコソ800年ブリヨ。ヨカロウ。横島忠夫、我ハ主トノ一騎討チニテコノ戦ノ勝敗ヲ決スルコトヲ望ムゾ。」
 
「周りの連中はそれで納得するのか?」
 
「最早、最早我ト共ニ戦ヲ望ム程度ニシカ理性ハ残シテオラン。我ガ敗レタラ我ト共ニ再ビ冥府ニオチルダケヨ。」
 
「そうかよ。」
 
船を浜に寄せ、平教経が砂浜に下りる。
その手には薙刀と日本刀のを手にしている。
対して横島さんは霊波刀の一刀流。
 
「デハ参ロウカ。」
 
その一言を合図に2人が交錯した。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
こいつ、強い。
右手の薙刀で必殺の一撃を繰り出し、左手の太刀で守りを固める。
距離をとりつつ戦い、距離を無理につめようとすれば守りに使っていた太刀が迎え撃つ。
恐るべきはそれを操る膂力と技か。
文殊を使えば簡単に始末がつくだろうが衆人環視の元まだ文殊は使いたくない。それに、帰ってきてからはじめて巡ってきた強者との戦い。
無駄には出来ない。
 
「ツェイ!」
 
大上段からの薙刀の一撃。
左に逃げたところに太刀が待っていた。
さらに左に加速。
刃が浅く脇腹に食い込む。
しかしそれだけ。
脇腹から鮮血が飛ぶが深くはない。
さらに左に加速。
平教経の背後に回る。
平教経は振り返り薙刀を捨てると大上段から両手に握りなおした太刀を振るう。
その太刀を右手にも霊波刀を出し、2本の霊波刀で受け止める。
必殺の一撃を受けられた平教経が退く。
それを追撃。
逃げ切れぬと読んだ平教経は踏みとどまるとそのまま無理な体勢ながら裂帛の突きを見舞ってきた。
霊波刀を一瞬で小太刀の長さまで縮める。
振り回しやすくなったそれでどうにかその刃を払うと、そのまま体勢を低くして下から掬い上げるように切りつける。
それすらも平教経は避けて致命傷を避けようとする。
しかし俺は今度は刃を伸ばしてそれを許さなかった。
俺の勝ちだ。
 
「見事。見事ヨ。主ノ勝チダ。誇ルガイイ。彼ノ源義経デアロウト単騎デ我等ヲ屠ルコトハデキナカッタ。」
 
それを言うと平教経は消え去った。
あれほどいた平氏の亡霊も残さず消え去る。
これで、六道女学園夏の臨海学校合同除霊会の長い夜は終わった。
 
そして俺は、
教え子たちの歓声と教え子そのものに押しつぶされた。
                   ・
                   ・
                   ・
≪冥華≫
平氏の亡霊なんていう大物が出てくるとは思わなかったけど~、横島君のお陰でどうにか全員無事に済ますことが出来たわ~。
残りの日程は負傷者も多いことだし自由行動にしたんだけど~。
横島君が生徒たちに振り回されてるわね~。
あの姿を見てると昨日の夜、一人で合戦をした人間とは思えないわ~。
おばさん嬉しくなっちゃう。
横島君の教え子以外の子達が後期の選択授業で横島君の講義を受けたいと直談判にきたんだけど~、著名を集めたら後期も横島君講師をしてくれるかしら~。・・・いっそのこと横島君の授業内容を正規の授業に取り込むのもいいわね~。流石にこの後もず~っと先生をやってもらうわけにはいかないけど~。なんか方法を考えて見ましょうかしら~。



[510] Re[19]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/13 03:58
 ≪横島≫
平教経との戦いは俺が過去に戻ってから最大のものだった。
それは俺と俺の周囲の状況に変化をもたらした。
 
俺は大学1年生だ。よって大学に行く。まぁ当然だな。
大学は都内から通える範囲にある某国立大学。
理由は授業料が安いから。
高校まではそれなりに友人もいたが大学では特に友人を作らなかった。
サークルにも入らず、講義を受けるだけなら特に必要もないし作ろうとしなければ作らずにすんだ。
高校までは学生生活を送るうちに親しくなる相手もいたが、大学ならクラスといっても講義によってはほとんどあわないのだからそういう機械は少なくなる。幸いおれがG・Sということは世間一般への認知度が低かったことも手伝ってばれずにすんでいる。
講義も出なくてすむものは極力出ない。
学生としてはほめられたものではないが、俺はお袋との約束を果たすために来ているので時間を少しでも修行に当てたかったからだ。出なかった授業内容は超加速空間で勉強している。
ちなみに法学部。
特に理由はない。あえて言えばオカルト関係の学部ではばれる可能性があったため、学部の校舎が一番遠いところを選んだ。
単位は1年のうちに取れるだけとるつもりだ。
1,2年で必要単位の大半を取っておこうと思う。
 
俺はG・Sだ。よってG・Sとして依頼を受ける。
元々S級G・Sとはいえ俺が受ける依頼の数は決して多いものではなかった。
一つは俺が若すぎること。
依頼人はまず俺の年齢を聞いて敬遠する。
G・Sとしての実力は年齢にはよらないのだが、それでも一般の人間はそんなことはわからない。経験の浅かろう若造に頼むよりは年季の入った人間に頼むというものだ。
俺の世間に対する認知度が低いせいもある。
G・S界では有名な方だがそれが世間でもそうであるかといったらそうではない。そして認知度というものは即座に依頼量に関係する。
以前の美神さんと唐巣神父の例がそうだ。あの2人は唐巣神父の実力の方が高かった頃から美神さんへの以来の方が多かった。さっきの話と矛盾するようだが、唐巣神父の方が実力も、信頼度も高く、適当な年齢で男性だったとしても(この手の差別意識はどうしても残るし、男性の中には女性に護られることを嫌うものもいる。もともと、女性の方が総じて霊能力は高いことが多いとしてもだ。)依頼する人間がそれを知らなければ依頼は来ない。逆に美神さんは適度に世間に対し露出し、若さと美女であるということを逆に世間への認知度を深めるための武器にしていた。無論、唐巣神父には劣っていたとはいえ、十分な実力があってのことである。
そして修行を優先させていたため積極的に依頼を受けなかったというのも原因の一つだ。
そして一番の理由は俺が唯一公表している条件。『依頼を達成する際、対象となる幽霊、妖怪、魔族の生殺に関する選択権を完全に依頼引受人、横島忠夫に委譲すること。』の一文である。つまり、~を滅ぼして欲しい。という形の依頼は一切受けないし、依頼者がどれほど退治してくれといっても退治しない可能性があるということだ。これは依頼を受ける際に事前に説明し、正式に契約書を交わしている。はっきりいって一般ではこの考え方は受け入れられない。それでも俺は一方的な理由で相手を殺すようなまねは出来ない。
もし和解の道があれば和解させるし、滅ぼさずともよい妖物であれば滅ぼしたりしない。
まぁ、このような事情で俺への依頼というものは非常に少ないものであった。
ところが、この状況は臨海学校を機に一変した。
六道女学園の生徒の多くはG・Sの家系なのだが、そのルートで一部の人間に俺が生徒を護りながら平家の怨霊集団を単独で除霊した。という話が流れてしまったからだ。そのせいで普通のG・Sには難しい依頼が俺を名指しで舞い込んでくるようになった。そしてそれを解決して、さらに依頼の数が増えるという循環がおきてしまう。ただ、時間をあまり取られたくないので学生であることを理由にそれほど多くの依頼は受けてないのだが、最近はまとまったお金が必要になったので以前よりは多めに依頼を受けている。
まとまったお金は都内のあまり人口の多くない場所にマンションを建てることと、どこか人里はなれた無人島か山を買いたいと思っているからだ。
今の俺では保護したとしても妖怪の住居を確保できないし、妖怪を受け入れてくれる場所などそうは多くない。ならば自分で作ってしまった方が早いというものだ。
なお、何処で聞いたのかエミを連れてナルニアの両親のところにいったとき、臨海学校からまだ3日しかたってないというのにお袋達はそれを知っていた。我が両親ながら謎だ。
 
俺は六道女学園の講師だ。よって、授業をしなければならない。
9月にはいって六道女学園の中での立場というものが変わってしまった。
霊能科の多くの生徒から嫌われていたはずが、夏休みがあけた途端、急に休み時間、職員室の俺を訪ねてきて質問をしてくる生徒が増えた。
それに伴い、俺が移動する際は極力3人が護衛のように俺の周りを取り囲むようになった。
不思議に思ってエミや令子ちゃんに何があったのかを尋ねたところ、深刻な表情で溜息をつかれてしまった。・・・謎だ。
まぁ、意欲的にG・Sとしての自覚を持とうというのは良いことである。
それと、直接の教え子達もあの臨海学校で大きな成長を遂げた。
あの泥沼のような戦闘の中ではっきりとした結果を残せたことがよほど嬉しかったらしい。元々、彼女達は落ちこぼれのような立場にあったらしく、それを一気に返上したため向上心はさらに増した。過信になるのではないかと危ぶんだが今のところその兆候はない。
また、冥子ちゃん、令子ちゃん、エミは他の生徒から一目置かれるだけでなく、慕われるようにもなった。令子ちゃんとエミは勘弁して欲しいとゲンナリしてたが冥子ちゃんはお友達が増えたと素直に喜んでいた。特に操作系の術者の子達からの人気は絶大らしく、そのことは冥華さんも自分のことのように喜んでいた。・・・もう冥子ちゃんは大丈夫だろう。
そして講師の話なのだが、冥華さんが講師延長の嘆願書を霊能科のほぼ全員分持ってきて、講師の延長を交渉してきた。
何でもそれだけの数の生徒が俺の講義の受講を希望しているらしい。しかしそれでは選択授業にはならないし、俺もこの先延々とは時間が裂けないので協議の結果、後期から俺の講義を必修科目とすることになり、もう一期だけ講師として講義を行うことにした。
流石に全員は捌ききれないし、それでは来年以降が困るので本職の教員のうち比較的若い教師を数人俺の手伝いとしてつけてもらい、来年からは彼らがこの授業を担当することになる。
俺は来年以降、オブザーバーとしてたまに相談を受け、時間が空けば臨時講師として講義をすることになった。
ちなみに後期からの俺の講義はすべてビデオで保管し、今後の資料とするそうだ。
まぁ主旨さえ間違わなければ有効だと俺は信じてるし、式神ケント紙を使えば俺じゃなくても敵役は作れるだろうから何とかなるだろう。
 
俺は3人の先生で、それは変わらない。
学校の講義を受けてから、3人はG・Sとして必要なものを吸収している。
それでも冥子ちゃんが甘えん坊であることは変わらないし、令子ちゃんが強気なのも変わらないし、エミがしょっちゅう令子ちゃんと口喧嘩するのもやっぱり変わらない。
しかし、3人の実力は確実に伸びている。令子ちゃんもエミも第3チャクラまで開くようになったし、冥子ちゃんも30分なら式神を12体出しても個別にイメージと霊力を送ることが出来る。
経験的なものを除けば過去の3人より強くなってるはずだ。
霊圧で言えば令子ちゃんが110マイト、エミと冥子ちゃんが100マイトほど。冥子ちゃんは流石に六道の家系で、チャクラを開かなくても霊圧は他の2人に匹敵している。
 
俺には目的がある。故に強くならねばならない。
平教経との戦いは俺にとって有意義なものだった。
実戦の最中に咄嗟に霊波刀を伸縮させたことで、形状変化のコツがつかめてきたのだ。
今では霊圧を落とさずに魔装術のように鎧のようにしたり、糸のように細く、長く伸ばすことも出来る。
それを応用して、体の手、以外の場所から剣を出すことができるようになるのに時間はそれほどかからなかった。
霊気で鎧を作った後に思い出したのだが、過去に、陰念が全身から刃を作り出していたことがあった。あれを参考にすればよかったのだ。
これで戦術の幅はとても広くなった。
しかし、文殊の方はいまだに解決案が見つからない。
 
しかし、あの臨海学校が俺にもたらした変化の中で最も大きいものがあれだろう。
                   ・
                   ・
                   ・
その日、六道女学園から俺をつけている奴がいた。
気配は絶ってるつもりのようだがまだ甘い。
俺はそのまま人気のないほうへと歩いていき、追跡者を待った。
 
「・・・横島忠夫だな?」
 
「そうだけど君は?子供に恨まれるような真似はした覚えはないけど。」
 
俺を着けて来たのは男の子。
小学生か中学生といったところ、白竜寺の胴着に身を包んでいるが、ブカブカだ。
小柄なのだが可愛いという雰囲気じゃない。
目つきが悪いからだ。
 
「悪いが俺と勝負してくれ。」
 
少年は俺の返事を待たずに殴りかかってきた。
拳に霊力を纏わせてるが歳の割りに上手い。
が、それでどうこうなるものではない。
何より動きが直線的過ぎる。
俺はそのまま身を引いてかわすとそのまま相手の勢いを利用して地面に投げる。
下はアスファルトだが、落ちる瞬簡に引っ張ってやったので怪我もないし痛みもほとんどないはずだ。
 
「いきなり危ないぞ。」
 
少年は倒れたまま地面に転がり俺に土下座をしてくる。
 
「頼む!俺をあんたの弟子にしてくれ!」
 
いきなりだ。
 
「悪いが俺は今、弟子を取る余裕なんかないんだ。」
 
「頼む!」
 
少年は土下座をやめようとしない。このまま残すわけにもいかないか。
 
「とりあえず話くらいは聞くよ。話せる場所に行こう。」
 
俺は少年を連れて手近のファミリーレストランに連れて行った。
好きなもの注文していいといったのだが食うわ食うわ。
怒涛の勢いで4人前を平らげた。
・・・しかしこの食べっぷり、どこか見覚えがあるような。
 
「・・・もしかして弟子入り志願を装ったタカリか?」
 
「んなわきゃないだろ!」
 
「大声を出すな。周りに迷惑だ。」
 
「あ、あぁ。すまない。寺暮らしが長くて肉食ったのは久しぶりだったからつい。」
 
「まぁいいや。今更だが自己紹介だ。俺は横島忠夫。19歳。大学生だ。お前は?」
 
「俺は伊達雪之丞。14歳。」
 
こいつ、雪之丞か。
 
「んで、何でいきなり弟子入り志願なんだ?その胴着を見るに既に白竜寺で修行してるんだろう?」
 
「あんたも知ってる通り、うちの師範も六道女学園に講師にいってるだろう?師範は最近までしょっちゅうあんたの悪口を言ってたんだ。やれ『実力がないくせに卑怯な手段でS級G・Sになった。』だの、『六道家の権力でG・Sになったんだろう。』とかな。ところが急にあんたのことを話題にしなくなったんで、不思議に思って酒に酔わして聞き出したんだ。そうしたらあんたが師範も手に負えないような平家の怨霊たちを単独で鎮めたって言うじゃないか。」
 
「んで、俺に襲い掛かってきたというわけか。」
 
「あぁ。もしかしたら酔っ払いの戯言かもしれないと思ったしな。頼む。俺をあんたの弟子にしてくれ。」
 
「さっきも言ったとおり、俺に今弟子を取る余裕なんかないよ。だいたい、何で俺なんだ?」
 
「俺は誓ったんだ!強くなるって。赤ん坊の俺をおいて歳もとれずに死んじまったママに。俺は少しでも強くなりたい。だったらうちの師範より強いあんたの元で修行がつみたい。」
 
まぁ、こいつらしい理由といえば理由か。・・・ハヌマンのときも同じこといってたしな。
 
「お前の目をみりゃ真剣なのはわかるよ。でも真面目に弟子なんか取る余裕はない。一人くらいなら・・・何とかできなくもないんだが。」
 
「だったら。」
 
「まぁ聞け。俺が今教えてるのは3人。俺の妹と、そういう約束をしちまった人の娘が2人だ。まぁそのうちの2人は俺以外にも先生がいるし、そっちが正式な師匠だから実質妹だけなんだがな。だから一人くらいなら何とかできないわけでもない。けど、お前という例外、完全な部外者の弟子を取ると以降の弟子入りが断りづらくなる。それに俺自身の修行があるからあんまりお前の相手をしてやれる時間がない。」
 
「だけど!」
 
「だからもしどうしても弟子入りしたいってんなら後から来た奴が弟子入りできないような条件の課題をこなしてみろ。この課題は現代の霊能力者の多くが修行に取り入れるのをやめたほど難しい上に失敗したらどれだけ努力しても無駄になるっていう課題だ。」
 
「どんな課題だ?」
 
「1つでいいからチャクラを開いて見せろ。それが課題だ。」
 
「チャクラって、あのチャクラか?」
 
「知ってるのか?」
 
「白竜寺の親寺に当たる闘竜寺の初代が妙神山で修行を積んで、第5チャクラまで開いて観世音菩薩の加護を得たって話が残ってるが。」
 
「多分それだ。」
 
「・・・出来るのか?」
 
「俺は開いてるし、俺の教え子のうち2人に教えたが第3チャクラまで開いているぞ?まぁその修行を重点にやって3年かかったが。・・・まぁ相当早い方だな。」
 
「どれくらい時間がかかるんだ?」
 
「努力と、才能と、環境がそろって早くて半年ってとこだ。先祖に人外の血でも入ってたらもう少し早いかもしれんが。」
 
「・・・やる。だからやり方を教えてくれ。」
 
「本気か?はっきり言って分が悪いぞ?」
 
「いや。余計にあんたへ弟子入りがしたくなった。チャクラさえ開けば霊格は一気に上がるんだろう?」
 
「それは確かだな。」
 
「だったら強くなるまたとないチャンスじゃねえか。それくらいのリスクは承知のうえだ。」
 
「・・・わかった。弟子見習いだ。ただしその前に。」
 
「なんだ?」
 
「白竜寺を辞めるのか続けるのかは知らないがしっかりカタをつけて来い。それとお前、親は?学校は?」
 
「わかった。白竜寺は辞めてくる。二足草鞋なんて中途半端は嫌だしな。両親は共にもういないよ。親権は婆さんが持ってるが、もう3年あってない。学校へは一応席は置いてるがほとんど行ってない。」
 
「んじゃ、その婆さんに報告と、この近くに住むとこ決めないとな。学校は転校したらちゃんと行けよ。」
 
「別に興味ねえよ。学校なんか行ったところで役にたたねえし。」
 
「そういうのはせめて知識のある奴の台詞だ。オカルト本読むにもある程度の知識はいるから高校くらいまではいっとけ。それも条件だ。」
 
「・・・わかった。他にはないか?」
 
「姉弟子と仲良くしろよ。それだけだ。」
 
俺は六道家の住所を書き写すと財布の中から1万円出して一緒にわたす。
 
「ケリつけたら一回そこを訪ねろ。一番大きい家だからすぐにわかる。まぁ、玄関を探すのに苦労するかもしれないがな。俺んちじゃないが俺んちじゃ普段いないし、そこに俺の妹が世話になってるから。話はつけとく。」
 
「わかった。ありがとうよ。」
 
「まずは言葉遣いを覚えた方がいいな。お前は。」
 
結局、俺は雪之丞を弟子見習い、実質的に弟子にした。
時間的には惜しいが、あの世界で親友だったあいつが魔族の手先になるのは嫌だったからな。



[510] Re[20]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/14 06:25
 ≪冥子≫
お兄ちゃんは~とっても優しいの~。
最初にあったときもおうちにつれて帰ってくれたし~。
式神ちゃんたちを見ても怖がらずに一緒にいてくれたわ~。
令子ちゃんやエミちゃんっていう親友を紹介してくれたし~。
お兄ちゃんが私を強くしてくれたお陰でお陰で他にもいっぱいお友達が出来たわ~。
式神ちゃんたちも私が暴走しなくなってからなんか嬉しそう~。
でも~、お母様はお兄ちゃんは他人にだけ優しいって言ってたわ~。
私や令子ちゃんや~妹のエミちゃんにもとっても優しいのに~。
不思議ね~。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
「来月行われるG・S資格試験の前に、みんなには力押しでは解決の難しいタイプの除霊を経験してもらいたいと思う。」
 
白井病院という総合病院の一室で、一人の少女が2ヶ月も睡眠状態になっていると言う。
横島さんがその依頼を受けたのだが、それを私達にやらせようと言うのだ。
 
「相手は魔族、ナイトメア。ナイトメアという種族は夢魔系列の魔族で戦闘能力は皆無だが能力は厄介で国連からも賞金がかけられている。今回のナイトメアの能力は夢を通して精神に寄生し、心を凍らせた後に悪夢を見せ続けると言うものだ。ナイトメアに取り付かれれば死ぬまで目覚めずに悪夢を見続けることになる。今回の場合は俺が受けた依頼だし、被害者を危険な目にあわせるわけにはいかないから必要になったら手を出すけどなるたけ自分達でやってみるといい。」
 
国連で賞金をかけられてる魔族か。相手にとって不足なしってね。
 
「それじゃあハイラちゃん~!」
 
冥子の式神の力で少女の心の中に入り込んだ。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
少女の心は普通の一軒家の形をしていた。
以前入った美神さんの心の中は城砦のようだったが、G・Sでもない普通の少女の心というものはこんなものなのかもしれない。
 
「夢の中ではハイラちゃん以外の式神は使えないから、フォローをお願いね~。」
 
「わかったわ。」
 
「心理攻撃に気をつけてね。ヘタをうてば心を凍らせられるか夢を奪われるワケ!」
 
ここまでは問題ないな。
 
少女の心の中もドアが並んだ異空間のようになっていた。
幸い、少女であったことから幾分心が未成熟であったからか道筋の分岐はそう多くなく、3人は魔力の残滓をたどり、苦もなく深層心理に下る階段を見つけることが出来た。
 
「ブヒヒヒヒッ!なかなか面白い能力を持ってるようじゃない?人間が夢の中へボクを倒しに来るなんてね。それにそっちの男はともかく貴女たち3人は人間にしては強い霊能力を持ってるわ。」
 
夢の中だとしても俺が霊力を隠していることには気がつかないか。
 
「こっちはG・S試験の準備で忙しいの。さっさと倒してやるから観念しなさい!」
 
「威勢がいいわね。でもここは夢の中。ボクの世界よ。ボクの世界であなたたちが勝てると思って!?」
 
「夢を奪わなきゃ何も出来ないあんたなんかに負けないわよ!」
 
「ブヒヒヒヒッ!あなたの言う通りね。でも、夢を奪えばボクは何でも出来るのよ。さぁ、もう何も考えなくていいわ。ボクの見せる悪夢の中で永遠を生きなさい!」
 
心理攻撃が3人を襲う。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
「よく、頑張ったね。」
 
神通棍を構える私。その先には横島さんがいる。
そう、私はようやく横島さんから一本をとったのだ。
 
「もう俺が教えられることは何もないかな?」
 
「そんなことないわ。私がここまで強くなれたのは横島さんのお陰だもの。」
 
「ありがとう。俺も令子ちゃんみたいないい教え子が持てて楽しかったよ。」
 
「ちょっと、それって。」
 
「俺は大学を卒業したら自分でG・Sの事務所を持つつもりだ。そのとき、一緒に来てくれないか?先生と教え子としてではなく、対等のパートナーとして。」
 
「え、えぇ!本当?」
 
「本当よ。それじゃあ約束よ!」 
 
最後の瞬間、横島さんの顔が馬面に変わった。
                   ・
                   ・
                   ・
≪冥子≫
「あら~?ここはどこかしら~?」
 
気がついたら野原に座ってるわ~。お洋服もドレスに代わってるし~。
 
「冥子ちゃん。」
 
お兄ちゃんの声の方に振り返ってみると王子様の格好をしたお兄ちゃんがインダラちゃんの背中に乗っていたわ~。
 
「冥子ちゃん。いこうか?」
 
「何処に行くの~お兄ちゃん~。」
 
「とってもいいところだよ。」
 
お兄ちゃんが私を抱き上げるの~。
嬉しくなってギューって抱きついたらお兄ちゃんは優しく微笑んで~、
 
「冥子ちゃんは甘えん坊さんね~。」
 
お兄ちゃんの顔がお馬さんに変わったの~。
                   ・
                   ・
                   ・
≪エミ≫
「ここは?」
 
「大丈夫か?エミ。」
 
忠にぃ。ここは私達が最初に出会った場所。
忠にぃに私が抱きすくめられていた。
 
「お前が殺したわけじゃないんだ。お前がいけないわけじゃない。俺はずっとエミの味方だから。」
 
私は両の手を忠にぃの胸元に添える。
 
「霊体貫通波!」
 
忠にぃ、いや、ナイトメアが吹き飛んだ。
 
「ブヒヒ!何で?」
 
「あんまふざけたことすんじゃないワケ!令子や冥子ならだまされたかもしれないくらいオタクは上手く化けてたわ。でもね、私を騙せるほどじゃない。忠にぃはそんな薄っぺらい言葉は吐かない!それにそんな薄っぺらい瞳じゃないワケ!」
 
あんな瞳は、きっと誰にも出来ない。
令子も、冥子も知らない忠にぃを私は知ってる。
あんな暗い瞳をしながら奇麗事を吐いて、
誰かのために泥をひっかぶる。
そんな忠にぃだから殺し屋は信用したのだ!
 
「くそっ!」
 
ナイトメアの集中が解けたのか意識が急速に浮上した。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ナイトメア≫
「クッ!」
 
いい攻撃をもらったせいで集中が解け、残りの2人も開放してしまった。
 
「あれ~わたし~?」
 
「オタクらは心理攻撃に嵌ってたのよ!それより早く立て直しなさい!」
 
「不覚とったわ!ごめん。エミ!」
 
「そんなことよりとっとと決めるワケ!」
 
まずいわね。・・・なら霊能力を何も感じないあの男の中に逃げ込むか。
あの3人の中に深く根ざしてたこの男なら相手も手出しできないはず!
 
「ブヒヒヒヒーン!やったわね。ならこういう手段はどう!?」
 
相手が動くより先にボクは男の心の中に寄生する。
 
悪夢の種を探そうと考えるまでもなくそこは悪夢だった。
愛した女を庇って死んだ。
愛した女の命を使って助けられた。
家族が、友が、愛した女が、愛した女の生まれ変わりかもしれない娘が、
自分のせいで巻き込まれて殺された。
そして神から見捨てられ、悪魔から呪われた生を数百年、
不断の殺戮と、苦痛と、死が続く。
そして世界を滅ぼし、また最初に戻った。
心の中では恐怖が、憤怒が、憎悪が、狂気が、慟哭が、虚無が、そして絶望が渦巻いている。
表層意識に触れただけだと言うのにボクの意識が侵食され、塗りつぶされた。
今この瞬間ほど自分がナイトメアであることを恨まなかったことはなかった。
nightmare(=悪夢)であるボクには一瞬でこれだけのことを理解してしまったのだ。
この男の心はほぼ全てこの悪夢で構成されていること。
この苦痛が延々と繰り返され続けていること。
悪夢である自分はこの悪夢の中で壊れることすら許されないこと。
そしてこの悪夢が、悪夢そのものであるボクが耐えられない悪夢が夢ではなく現実だと言うことをだ。
 
「イヤァァァァ!」
 
絶叫することしかできなかった。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
絶叫があたりに響いた。
横島さんに寄生したはずのナイトメアが横島さんから抜け出そうとしてもがいている。
横島さんはそれを霊気を纏った手で押しとどめていた。
 
「お前は悪夢が好きなのだろう?」
 
ナイトメアは答えない。否、答えられないほど錯乱していた。
 
それを見つめる横島さんの瞳は見たこともない暗い光をたたえている。
ただ、ただ、横島さんが怖かった。
暗い瞳に魅入られて、指一つ動かせない。
 
「忠にぃ、もういいでしょう?ね?」
 
エミに促されてナイトメアを解放する。
軽く目を閉じ、再び開いたときにはいつものような強い意思の光を灯していた。
・・・恐怖は既になく、敗北感と悔しさだけが残った。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
ナイトメアが鈍い光を発しながらのたうちまわってる。
 
「嫌、嫌よ!あんな悪夢は嫌!悪夢はいやよぉぉ!」
 
その光が強くなり、体に変化がおき始める。
 
「何が起きてるワケ?」
 
「堕天だ。」
 
「堕天って、こいつは魔族でしょう?」
 
「魔族と神族は表裏だ。条件さえ整えば魔族も堕天する。・・・神族、魔族は霊的生命体故にそのあり方によって状態が変化する。例えば天使は天に使える者だが、天に使えるというあり方に耐え切れなくなったときに堕天してしまう。いま、こいつは自分が悪夢であると言うことに耐え切れなくなったんだろう。」
 
「じゃあ、こいつは逆に神族になるってワケ?」
 
「たぶんな。」
 
ナイトメアの変化が収まる。半人半馬の姿は変わらないが、武装をして、楽器も所持している。その神格はナイトメアであった頃より非常に高くなっており、俺の知る小竜姫と同格に思えた。
そいつが俺に跪き、臣下の礼をとる。
 
「某は緊那羅(キンナラ)族のゼクウと申します。」
 
「緊那羅?天界の楽師か。」
 
「その通りです。かつて神魔の戦いの折に血に酔いすぎて堕天しナイトメアとして生きてきましたが、再び堕天して元の姿に戻った次第です。」
 
「ならば天界へ戻ればいいだろう?」
 
「横島様。某は貴方様の臣下としてお仕えしたいと願っております。横島様が神、魔族を嫌っておいでなのは知っておりますが、そこを曲げてお願いできないでしょうか?」
 
「何故だ?」
 
「某は僅かながら横島様の心と過去に触れてしまいました。その上で神族に戻ることも魔族に堕ちることも出来ませぬ。横島様のお力になりたいと思います。」
 
ゼクウの瞳はまっすぐ俺を見つめる。
 
「楽師とはいえ天竜八部として仏法の守護の役にあった身、必ずや横島様のお役に立てると、いえお役に立ちます。何卒お願い申し上げる。」
 
・・・・・。
 
「好きにしろ。ただし、様づけはやめてくれ。」
 
「御意。では主様のことは洋風にマスターとお呼びします。以後、緊那羅族が一人、ゼクウはマスターの眷属としてマスターある限り忠誠を誓わせていただきます。」
 
そういうとゼクウは俺の影の中に入っていった。
これでこの依頼は終了。
協会への報告やゼクウについては面倒な問題だが、冥華さんに相談をするしかないな。
令子ちゃんと冥子ちゃんは恐怖に怯えた瞳でこちらを見ていた。
・・・ソロソロ潮時なのかもしれない。
                   ・
                   ・
                   ・
≪冥子≫
お兄ちゃんは~とっても優しいの~。
最初にあったときもおうちにつれて帰ってくれたし~。
式神ちゃんたちを見ても怖がらずに一緒にいてくれたわ~。
令子ちゃんやエミちゃんっていう親友を紹介してくれたし~。
お兄ちゃんが私を強くしてくれたお陰でお陰で他にもいっぱいお友達が出来たわ~。
式神ちゃんたちも私が暴走しなくなってからなんか嬉しそう~。
でも~、今日のお兄ちゃんはとても怖かったわ~。
私はお兄ちゃんのことを何も知らない~。
悪夢が悪夢でいられなくなるほどの悪夢っていったいどういうことなの~?
私はその夜怖いのか、悔しいのか、悲しいのか、判らなくなって眠ることが出来なかったわ~。
でも~、エミちゃんみたいにお兄ちゃんを信じきれずに怖がってしまった自分がとても情けなかった~。



[510] Re[21]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/15 17:48
 ≪横島≫
「チィッ!」
 
左手の霊波刀が剣に弾かれ大きく体勢を崩した。
追い討ちの刃が体勢を整えようと逃げた方向にとんでくる。
退くことも出来ずに加速して剣の入りを甘くしてどうにか逃げた。
一気に距離を開けて体勢を整える。
追撃は来ていない。
俺の体からは全身から血が流れている。
致命傷になるような傷は一つもないものの、戦い始めて既に2時間。
流血のせいもあり全身が鉛のように重い。
対して相手は傷一つなく動きもまだ軽い。
武器は幅の広い曲剣。反りも大きいが突くことも可能。
それを巧みに操り俺を追い詰めている。
こちらが先手を取ろうとすればその出鼻を挫かれ、
後の先を取ろうとすれば手出ししてこず、
退こうとすればそれ以上に速い追撃が俺を傷つけた。
まるでこちらの手の内を見透かすような太刀筋にまるで手が出ず、悪戯に傷を増やすだけだった。
強い。あぁ強い。
今の俺から見ても馬鹿馬鹿しいほど強い。
だが、
霊波刀を一本に集中する。
体をひねり霊波刀を腰に構える。
両脚に溜めをつくり一気に加速。
全身の間接を加速装置とし、霊波刀の切っ先を極限まで速める。
霊波刀自身も伸ばし切っ先はさらに加速した。
そして、霊波刀の刃がゼクウの首筋に触れる。
 
「俺の勝ちだな。ゼクウ。」
 
「お見事。まさか一本目から取られるとは思いませんでした。」
 
ゼクウは剣を納め、降参の意を示した。
 
「強いな。ゼクウ。」
 
「某にはコレしかありませぬからな。失礼ながらマスターの剣は戦法の一部として剣を用いているだけです。剣法を学んだものからすればまだ荒いし、技も数段落ちまする。・・・まぁ、敗れた後に申し上げても説得力はござりませぬが。」
 
「いや、言いたいことはわかる。」
 
「まぁ、マスターは剣士ではございませんし、何より戦法の多様さと戦術で勝利を目指すのがマスターの真骨頂でございます。今の戦いも霊波刀以外の攻撃を禁じなければもっと楽にマスターが勝ったでしょう。」
 
「だが、同時に正規の剣法を学べばマダマダ俺は強くなれるということでもある。ゼクウ、指南を頼む。」
 
「御意にございます。」
 
「ところで今の戦い、ゼクウは俺の拍子を盗んでいたのか?」
 
「そこまでお分かりになられましたか。いえ、お分かりになられたからこそ最後の一撃、【無拍子】の一撃を繰り出したのですな。我等が一族は乾闥婆(ガンダルヴァ)、摩睺羅伽(マホラガ)と並び、八部衆として仏法の守護にあるだけでなく元々天界の楽師。拍子を掴むことは呼吸をするのとさして変わらぬほどに習熟しております。某はそれを相手の攻撃の拍子を掴み、それに先んじ、あるいは追随するように己の拍子を合わせて戦うすべを学びました。例え某より剣筋が鋭くとも、動きが速くとも拍子を把握できれば相応に対処は出来ます。」
 
「だから俺の一撃は届かず、一方的に攻撃されていたわけか。」
 
「その通りです。しかしマスターには数百年もの戦いの記憶がありますからな。戦いを長引かせているうちに膨大な戦闘経験が某の剣に適応し、戦法を見破り、攻略するすべを見抜いたのでしょう。」
 
「あぁ。お前を倒すには最速の一撃か、お前が対処できないほどの連激かしかないと思った。剣技でお前に劣る俺にはあの一撃しかなかったな。」
 
「その適応能力と判断の正確さがマスターの武器なのでしょうな。ですが、マスターは某の剣技に適応しただけで、某と同程度に剣を扱えるもの、例えば小竜姫殿やメドーサ等と戦えばまた苦戦するでしょう。」
 
「確かにな。お前が戦った場合どうなる?」
 
「剣術の試合を行えば小竜姫殿の方が某より剣技は上かと存じます。なれど剣を用いて戦うとなれば某が勝つでしょう。」
 
「確かに小竜姫の剣は真っ直ぐすぎて俺にも読みやすいからな。」
 
「作用。小竜姫殿は剣を扱う術は3人のうち最も優れているでしょうが、戦いに剣を用いることに関しては誰よりも劣るでしょう。恐らく長期戦に持ち込めば焦れて超加速を使い、消耗して戻ったところを討つ事が出来ます。拍子さえつかめれば超加速とはいえ防御に専念して防ぎきることは不可能ではありますまい。メドーサも剣をよく使いますが、彼女の剣術は戦場での剣術。マスターのそれに近しいですな。技量で言えば某より低いでしょう。ゆえに戦術で長けていようとも小竜姫殿と相対して勝ちきることはできませんでした。」
 
「確かにな。妙神山に行くことがあったら小竜姫にそのことを教えた方がいいかもしれない。」
 
俺は霊力を溜めて霊波刀を作り出す。栄光の手ははじめて作ったころより遥かに強く収束し、中級程度の神魔ならこれで倒すことも可能だ。
上級の神魔にも手傷を負わせることは可能だろう。
だが、それだけでしかない。
舌打ちをする。
これでは究極の魔体はおろか、アシュタロス本人にも届かない。
文珠を用いても同じだ。
かつて俺の作った文珠はルシオラ達に効果をあげず、
パワーアップしたときでさえアシュタロスの顔に数mmの傷を作ることしかできなかった。
どれだけ戦う術を身につけても、竹槍で戦車は倒せない。
 
「・・・マスター。マスターが何に焦れておいでかは某も承知しております。これは某の私見に過ぎませぬがよろしいでしょうか?」
 
「なんだ?」
 
「まずはじめに、マスターは力そのものに善悪があるとお思いになりますかな?」
 
「いや、どんな力であれそのあり方は中庸だろうとおもう。問題なのは使うものの使い方だ。」
 
「そうですか・・・。マスターがそうお思いなるのでしたらマスターは何をするべきか、もうお気づきでしょう?」
 
「・・・確かにな。」
 
俺は既に強大な力を得る術にあたりはつけている。
それは俺にとって忌むべきものなのだが。
 
「某はマスターであれば使いこなせると信じております。」
 
「・・・ピートのことを笑えないな。」
 
俺は改めて霊波刀を作る。
ゼクウの言うとおり、俺が忌む力の一部をベースに作った霊波刀は形を変え、巨大な顎の形をとった。
出力は以前の霊波刀と段違いに強い。
 
「思っていたように振り回されない。いや、むしろ手に馴染む。あぁ、なるほど。俺はもうとっくに、この力に慣れていたんだな。」
 
ゼクウは膝をつき、胸を押さえて呻く。
 
「・・・マスター。その力、神族であり、マスターの眷属である某にこれほど影響を与えるとなれば、抵抗力のない人間は傍にいるだけで発狂、下手をすれば死に至るやも知れませぬ。」
 
それを聞いて俺は笑いをこらえ切れなかった。
 
「ククククク、なるほど。この力は正に俺そのものなのだな。ただそこにあるだけで関係のないものまで巻き込み、傷つけ、殺す。」
 
「マスター!・・・マスター。某はマスターにお仕え出来ることを誇りに思い、お傍に在りたいと存じます。ですからそのようなことは申してくださりますな。」
 
「・・・あぁ、すまない。」
 
俺は素直に謝罪した。
俺自身の認識が変わるわけではないが、
俺に仕えてくれるゼクウやユリンへの冒涜になると感じたからだ。
 
おれはゼクウのお陰で武器を得た。
この剣でアシュタロスや究極の魔体が倒せるかと言えばそうではないが、
文珠の改造や他の能力の更なる発展への助けとなる実験結果だったといえる。
時間がこの先どれだけあるかはわからない。
エミ達が資格試験を終え、見習い期間を追えた頃には彼女達との決着もつけなければならないだろう。
俺が戻ったことで出来た歴史の変化がどれだけ影響を及ぼすかは判らない。
でも俺はもう2度と、
誰も、
何も、
喪いたくないんだ。



[510] Re[22]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/17 06:15
 ≪横島≫
あのあと唐巣神父の推薦状を得て、晴れて3人ともG・S資格試験を受けられるようになった。
今日、明日と行われる試験に過去の俺のような横槍が入らないかと思っていたが特にそういった様子はない。
第2試験の1回戦、2回戦で3人がぶつかる様なことがなければ問題なく合格できるだろう。
六道女学園からは3人の他に3年生が3人登録しているが、そのうちの2人は今年の4月から俺の講義を受けていた子だった。
観戦席の最前列の一角には俺と唐巣神父の他に冥華さんと美智恵さん。雪之丞が来ていて無駄に豪華な一角を形成している。
美智恵さんは現在国連本部のオカルトGメンでその辣腕を振るい、日本支部設立を目指していた。
結局こちらでもオカルトGメン入りしたのだ。
しかし多忙なくせに月に3,4回は令子ちゃんの顔を見に来る辺りかなりの親馬鹿だ。
知ってたけど。
今回もわざわざ今日、明日の資格試験の視察という理由で出張してきてるのだからかなり公私混同なのだがキッチリ仕事もこなしているのでまぁいいだろうという気もする。
こちらの歴史では公彦さんと令子ちゃんの仲はさほど悪くはない。
前回の歴史では美智恵さんが死んで傷ついているときに急に出てきたのに対し、こちらでは美知恵さんの紹介で知り、理由を説明されたことで心の余裕があったことが主な理由だろう。
いまだぎこちないながら、少しづつ親子になっていっている。
俺も公彦さんに会ったのだが、公彦さんは俺の心を読むことはなかった。
ゼクウによればどれだけ強力なテレパスでも、ヒャクメの心眼でも俺の心を読むことは出来ないとのことだ。
受信側の許容量を超えるので受信側が見えていても認識できない。認識しようとすれば俺と半ば以上同化するしかないらしい。
これでヒャクメと出会い頭に彼女を壊してしまうことは避けられたので僥倖なのかもしれない。
正直公彦さんのことも壊してしまわないかかなり心配だったのだが。
雪之丞は正式に俺の弟子になった。
もっと時間がかかるかと思っていたんだが、白龍寺が第5までチャクラを開いていた闘龍寺開祖の流を汲んでいたために寺で行われる修行の中にチャクラを開くための修業に近い修業が盛り込まれていたのが幸いだったようだ。
無論、雪之丞自身の努力と才能にかかる部分も大きかったろう。
今は第2以降のチャクラを開放することと同時に俺が戦闘技術を、ゼクウが武術を教えている。
3人との仲もなんだかんだ良好で、弟分として可愛がられている。
・・・マザコンの上にシスコンにならねばいいのだが。
 
俺の前に6人の女の子。令子ちゃんたち以外にもなぜか六道女学園の他の生徒までやってきている。1学期から俺の教え子だった月宮真夜ちゃん、諏佐野七海ちゃん、それから3学年の主席の天神陽子ちゃん。
 
「第一試験は問題ないと思う。けど、君たちは冥子ちゃん達とはなれて登録した方がいいな。」
 
「どうしてですか?」
 
「第一試験は霊圧の高さを測るんだけど機械的な判定よりも審査員の感覚に頼ってる部分が大きいから近くに高い霊圧を放っている人間がいると相対評価で査定が厳しくなるからね。冥子ちゃんたちの霊圧は受験者の中どころか現役のG・Sの中で考えてもTOPクラスだから合格基準に達していても不合格にされてしまう可能性があるから。」
 
俺のときは手加減したけど3人にはまだそこまで器用な真似は出来ないしな。そうなると100マイトを超える霊圧が3人固まることになり、どうしたって周囲の人間への査点は厳しいものになる。
 
「それでは仕方ありませんわね。」
 
陽子ちゃんは元々エリート志向の塊のような子だったが臨海学校の一件以来、良い意味で柔らかくなっている。
 
「そろそろ時間だしいっといで。よほどのことがない限り大丈夫だから安心して。」
 
そういった6人を送り出した。
 
「すっかり先生ね。横島君。」
 
「そういうガラではないんですけどね。」
 
「あら~。横島君は良くやってくれてるのよ~。」
 
「私も六道女史から話は聞いているよ。君の教育方針はG・Sになったあとで非常に役に立つことだ。」
 
まぁこの段階では特に心配することもないから軽口も出るか。
実況席では解説の席に座る小柄でグラサンをかけた怪しい中国人が大声で宣伝をしているのを実況席のアナウンサーに殴られて止められていた。・・・あの2人はアレを毎年やってるのか?俺のときもそうだったが。
                   ・
                   ・
                   ・
≪美智恵≫
あの子達も強くなったわね。
単純に出力じゃあ私以上だわ。
3人とも第一次試験を終えて帰ってきた。
他の3人も問題なく合格してきたのでいよいよ本番の第2試験に入る。
 
「まずはおめでとう。いよいよこれから実技に入るわけで、ラプラスのダイスの目如何によってはお互いに潰しあう可能性もあるんだけどその点は悔いを残さないようにとしか言いようがないな。2回戦を勝ち上がればG・S資格は手に入るんだから1回戦では可能な限り自分の手札を隠すこと。隠しすぎて負けたら何にもなんないから適度にね。ええと、何かあります?」
 
横島君がこちらに振ってきた。
 
「みんな頑張ってね~。先生はここで応援してるから~。」
 
「来年以降もあるんだから無理はしないように。悔いを残さないように頑張ってきたまえ。」
 
もう少しフォローしとこうかしら。
 
「横島君が言った事は所謂情報戦ってやつよ。こちらが相手に与える情報を少なく、逆に対戦相手の試合を見てなるべく情報を集めなさい。ただし、試合を見て得た情報が全てと言うわけではないから油断をしないようにね。」
 
みんな真剣な顔で頷いてる。このくらいの歳の子は無駄に潔癖でこのての話は嫌うんだけど、横島君の教育が生きているようね。
横島君じゃないけどこの子達なら潰しあわなければ大丈夫だろう。
下手なG・Sよりよほど心構えが出来てるんじゃないかしら?        
試合の第一回戦。
幸い身内同士で戦うのは3回戦以降なので上手くすれば全員資格試験合格もありえる。令子達は準決勝で令子とエミちゃんが。勝った方と冥子ちゃんがやるまでは当たらない。
令子は本来の先の先の戦法を後の先に変えても完勝。神通棍を持たずに素手で戦っていたが霊力差が大きいので問題にならなかった。
エミちゃんも素手。得意の呪術は使わずに霊的格闘だけでケリをつける。横島君は2人にあまり霊的格闘を教えてはいないらしいが中々どうして。かなり熟練している。そのことを褒めたら『あんな講義を受けてたら私達みたいなタイプは嫌でも霊的格闘能力が上がるわよ。』とのこと。後で六道先生に講義資料をいただこうかしら?
冥子ちゃんは流石に式神を使ったが怪力の猪の式、ビカラだけを用いて勝つ。以前だったら無駄に12鬼を出して戦っていたのにたいした成長だ。式神をこれだけ扱えるならこの試験で令子の最大のライバルになるのは冥子ちゃんだろう。試合形式では呪術は使いづらいからエミちゃんは楽に勝てないだろうが負ける可能性は低い。それに準決勝でエミちゃんと当たる令子より体力面で有利にたつ可能性が高いし。
他の3人も順調に勝ちあがっている。
 
「なぁ、師匠。やっぱ俺も出たかったぜ。」
 
「阿呆。確かにお前なら合格できたかもしれないがG・S資格取る前に教え込まなきゃならないことがいっぱいあるんだ。」
 
「そうはいってもよ。こうなんていうか見てるだけだと。」
 
「お前はもう少し防御を覚えてからな。知識だってまだ全然だし。G・Sは格闘家じゃないんだからもう少し霊的格闘以外のことも覚えろ!」
 
微笑ましい会話と言えば微笑ましいのだが、雪之丞君はまだ14歳のはず。そうか。合格できるかもしれないくらいの実力はあるのか。
・・・なんか急に老け込んだ気分だわ。
                   ・
                   ・
                   ・
≪雪之丞≫
今日が試験の本戦とも言える第2試合第2回戦の始まり。1勝すればG・S免許が発行される。ミカ姉、エミ姉、冥子姉なら問題ないだろう。
ミカ姉の最初の相手は白龍寺の俺の兄弟子だった奴だった。
 
『ふん!こんな小娘が相手とはな。』
 
「あいつ!」
 
「落ち着けって。よく見てみろ。」
 
師匠の声にいったんいきりたったのを落ち着ける。
そうしないと力づくで落ち着かされかねないし。
 
「どっちが格上に見える?」
 
ミカ姉とあいつ・・・
いや、あいつ。あんなに小さかったか?
俺が白龍寺を出たのはつい5ヶ月前でしかなかったが。
 
「弱い犬が吼えてるようにしかみえねぇ。」
 
「令子ちゃんには鼠かなんかに見えてるんじゃないかな?」
 
試合が始まって一瞬。
カウンターをもろに食らってあいつは自分より数段小柄なミカ姉にぶっ飛ばされた。
 
『勝者美神!美神選手G・S資格所得!』
 
身震いがしてきた。
ミカ姉の試合もそうだが俺自身のことだ。
たった5ヶ月前、俺より数段強いと思ってたあいつが今じゃ問題にならねえ位に弱いとしか思えねえ。
あの時師匠についていくことにしたのは間違いじゃなかった。
 
「アレでもG・Sになってもおかしくない実力はあった。ま、最低限のだけどな。お前は別に資格が欲しいだけじゃないんだろ?だったらもう少し我慢しておけ。今のお前は実戦をつむより体を作る方が先決だからな。」
 
「あぁ、わかったよ。これからもよろしく頼むぜ!師匠。」
 
そうだ。俺は強くなる。ママと約束したような強い男に!
 
そうこうしているうちにエミ姉の試合が始まった。
エミ姉の式神使いだった。
 
『芦谷家に伝わる64の猛禽をくらえい!』
 
「冥華さん。アレ、妙に弱い気がするんですけど?」
 
「あぁ、アレは別物よ~。あそこの家が何代か前に生み出した新しい式よ~。自分の名前が芦谷だからって言うハッタリなの~。」
 
「あぁ、やっぱり。」
 
「どういうこった?」
 
「安倍晴明は知ってるな?六道の家も元々は晴明を祖とする土御門流の式神使いだし。まぁ、平安時代最強のG・Sだな。その晴明と並び称されるのが法師陰陽師の蘆屋道満。64の猛禽ってのはそいつがつかってた式のことだ。」
 
「それって何か意味があるのか?」
 
「まぁ、少し前までのG・Sははったりも必要だったからな。」
 
『ええい、ちょこまかと!』
 
『そんな単調な動き、ユリンと比べたらキャッチボールしているようなもんなワケ!』
 
試合はエミ姉が式神の攻撃をひたすら避けているだけだった。
数は多いが連携が取れてない上に攻撃してくるのも数匹ずつといった具合だ。
5分もそんな攻防が続いたろうか?式神が制御しきれなくなって暴走し、自分の式神にそいつはぶっ飛ばされて気を失った。
 
「式神を扱いきれてないな。スタミナも低い。」
 
「ほんとね~。今まで数に任せての短期決戦以外したことないんじゃないかしら~。」
 
『勝者横島!横島選手G・S資格所得!』
 
「式神使いってアレでいいのか?」
 
「いいわけないでしょう~。式の力を活かしきれてない上に自爆なんて最低よ~。・・・でもうちの冥子は下手すればアレ以下になっていたのね~。ありがとうね~横島君。おばさん本当に感謝するわ~。」
 
「いや、アレ以下ってこともなかったと思いますけど・・・。ほら、冥子ちゃんの試合が始まりますよ。」
 
冥子姉の相手は神通棍を構えたオーソドックスなタイプの相手。
今までの相手よりはまともそうだ。
 
『いくぞ!』
 
神通棍でビカラに殴りかかる。
ビカラが不意に影に潜った。
そのために空振りたたらを踏んだ相手に影から蛇の式神サンチラが飛び出し体勢を崩した相手を絡めとった。
 
『ギ、ギブアップ。』
 
『勝者六道!六道選手G・S資格所得!』
 
「冥子~!」
 
『お母様~!』
 
大盛り上がりをする2人。
 
「式神を使うって言うのはああいうことだ。覚えておくといい。」
 
「俺とは相性最悪だな。」
 
「まぁな。霊的格闘で対処しようとしたら本体を狙うしかないだろう。大概の操作系術師は本人の戦闘能力が低いことが多いからな。冥子ちゃんもそうだ。だから冥子ちゃんにはイメージの訓練をつませて反射的に式神を使うことが出来るようにしている。」
 
「師匠ならどう戦う?」
 
「俺か?式神へのダメージは術者にフィードバックされるから適当な式神殴って気絶させるかな?」
 
さ、参考にならねぇ・・・。
 
他の3人もG・S資格を順調に獲得していく。
姉ちゃん達はずっとあの調子で実力を大して出さずに勝ち進んでいった。
 
「・・・師匠。さっきから何やってんだ?」
 
師匠はしかめ面を浮かべながらろくに試合も見ないでいる。
 
「ん、あぁ、ちょっとな。・・・いや。・・・なぁ、雪之丞。おまえ、令子ちゃんやエミ、冥子ちゃんのことを護りたいとかって思うか?」
 
「今の俺じゃあ姉ちゃん達よか弱いだろう?」
 
「ほう、自分が弱いって言えるようになったか。成長したな。」
 
「茶化すな師匠!」
 
「褒めてんだよ。自分の弱さを認められないうちは強くなるのは難しいからな。んで、どうなんだ?」
 
「そりゃあまぁ、姉ちゃん達には世話になってるし、ママに似てるし。」
 
「お前、それいい加減に直した方がいいぞ?誰かが他の誰かの代わりになんて絶対できっこないんだから。どっちに対しても失礼だ。」
 
「・・・わかってるよ。」
 
「ならいいけどな。・・・ちょいと頭貸せ。」
 
俺の頭の上にユリンが止まると映像と音が聞こえてきた。
この会場のどこかの部屋で数人のオッサンどもが話し合いをしていた。
 
『また六道のところか。』
 
『あぁ、唐巣、美神、横島だけじゃ飽き足りないらしい。』
 
『これ以上戦力を増強するきか。』
 
『女妖め!このままでは日本G・S界は六道に制圧されてしまうぞ。』
 
『いささか乱暴だが手は打ってある。』
 
『あぁ。日本G・S界を正しい者達の手で管理せねばな。』
 
映像はそこで切れた。
 
何だアレは!
 
「何処へ行く気だ?雪之丞。」
 
「決まってんだろ!あいつら見つけ出してぶっ飛ばしてくる。」
 
「落ち着け!お前が今行ってどうこうって問題じゃない。」
 
「そうよ~。雪之丞君も落ち着いて~。」
 
そっちに振り返って・・・めちゃくちゃ怖え!
冥華さんは笑ってるがめちゃくちゃ怖い!
 
「今行っても証拠なんかないさ。ユリンの偵察じゃあ証拠にはならないし。それよりきちんと証拠を固めてから潰す。」
 
「そうよ、雪之丞君。今行ってはこちらの立場悪化させるだけよ。」
 
美智恵さんにもとめられてとりあえず怒りを納める。当事者がこういってんのに俺が行って状況を悪くするわけにはいかない。
 
「神父もいいですか?」
 
「仕方がないね。穏便に済ませたいが向こうがそう思っていない以上どうすることも出来ないか。」
 
「どういうこった?」
 
「少し前から六道に対する裏工作が始まってたんでな。今日冥子ちゃんたちが活躍すればそいつらが何らかのアクションを取るだろうとふんで会場中にユリンを飛ばして情報を集めていた。まぁこれで相手はわかったし、しばらくは証拠固めをするさ。」
 
「横島君。雪之丞君にまで教える必要はなかったんじゃないか?彼はまだ14歳なんだぞ。」
 
「かもしれません。ただ、雪之丞には何かを護るためにはこういう手段をとることも必要だってことを教えときたかったんです。拳を振るうだけじゃあ解決できないことがあるって。」
 
「しかしねえ。」
 
「神父。俺は教えてもらってありがたいと思ってるぜ。んで、ただ教えたかったわけじゃないんだろ?」
 
「いや、ただ教えたかっただけだよ。知った上でお前がどういう行動をとるかはお前の自由だろ?拳を振るうことで護れるものだっていっぱいあるんだしな。有限な時間の中でお前がどんな道を選ぶかはお前が決めろ。」
 
師匠は俺を一人前の男と認めてくれてるってことか?
それでいいんだな?
ならおれは、それに恥じない答えを出さなきゃいけない。
 
試合は進んで準決勝。まずは冥子姉が決勝進出を決めた。対戦相手だった天神っていう姉ちゃんも善戦したが冥子姉が3体同時に式神を使うと捌ききれずに猿の式神マコラに当身を食らって気を失った。
次はミカ姉とエミ姉の戦いだ。
 
『お互い運が悪いわねえ。この次が冥子でしょう?』
 
『そうねえ。でも運が悪いのは私なワケ。オタクにはここで負けてもらうワケ。』
 
エミ姉が始めて呪具を使った。呪印を施した紙人形が試合場の結界の中を花嵐のように乱れ舞う。
 
『触れたところから力が抜ける?』
 
『その一体一体が【衰弱】の呪いなワケ!オタクは私に近寄れないまま倒れなさい!』
 
ミカ姉の体から徐々に力が抜けていく。前進しようとすると余計に紙人形が体に触れて。
 
『・・・エミ、やるじゃないの。こいつは冥子にとっとこうと思ったけどあんたにくれてやるわ!』
 
ミカ姉の神通棍が変形した。本来棍棒である部分が鞭状に伸びる。
そのまま伸びた鞭がエミ姉の胸元に当たりエミ姉は気を失った。
 
『勝者美神!美神選手決勝進出!』
 
「アレはいったいどうなったんだ?」
 
「神通棍が令子ちゃんの念の出力に負けて変形したんだよ。令子ちゃんは道具を使うタイプの霊能力者だからどうしても中、遠距離はお札に頼らざるえないが、これで中距離戦闘に関しては弱点を埋めた形になったわけだ。」
 
「令子、いつの間にあんな真似を?」
 
「令子ちゃん達だってもう自分の力で成長できますよ。俺だってエミのあの呪いははじめてみましたから。あいつなりに自分の弱点。直接戦闘の場合の攻撃力の低さを補おうとした結果でしょう。」
 
エミ姉は簡単なヒーリングを受け、3位決定戦に進出するとさっきの呪いであっさりと勝ち、俺たちの席にやってきた。
 
「あ~あ、令子なんかに負けちゃったワケ。」
 
「だが面白いものを思いついたな。ベースはイージス理論の非武装結界の応用だろうけどアレならこめる呪いによってはいろいろな使い方が出来るし、今回は使える道具は一種類だけだったが他の道具と組み合わせればもっと効果的だろう。単独で霊体撃滅波を撃つための時間稼ぎも出来る。」
 
「まぁね。」
 
師匠がエミ姉の頭をひょいと自分の方に抱き寄せた。
 
「ちょ、忠にぃ、いきなり何?」
 
「泣きたいときくらい素直に泣いとけ。そう教えたはずだろ?泣き顔くらいは隠してやるから。」
 
一瞬の後、エミ姉の体が小刻みに震え始めた。
 
数分後、目と顔を真っ赤にして、これだけの知り合いの前で泣いていたのだから無理もない。神父や冥華さんや美智恵さんの温かい瞳も居心地を悪くさせてるだけだろう。
 
「それで、私の敗因はなんだったワケ?」
 
「油断だな。あそこでお前が仕掛けをばらさなければ令子ちゃんが仕掛けに気がつく頃には試合が決まっていたかもしれないし、霊体撃滅波を撃っておけばそれで試合が決まっていただろうよ。非武装結界と違ってあの呪いならお前の霊波攻撃の妨げにはならないんだし。」
 
「接近戦しか出来ない令子があの呪いを破れるはずがないって思ったのが失敗だったワケ。」
 
「そうだな。そろそろ決勝が始まるみたいだな。」
 
『さぁ、今年のG・S資格試験は女子高生パワー炸裂!なんとベスト8中6人が現役女子高生と言う中、決勝も2人の女子高生で争われます。果たしてどちらの選手が主席合格となるのでしょうか?』
 
『どっちでもいいから早く始めるヨロシ!今年の大会は天国アルヨ。イケー!ヤレー!ヌゲー!』
 
興奮した怪しい中国人がいきなり机につっぷした。
黒い鳥の影はとりあえず見なかったことにする。
 
『始め!』
 
『先手必勝!』
 
突っ込もうとするミカ姉の眼前に牛の式、バサラが出現して視界をふさいだ。同時に鳥の式、シンダラが出現して舞い上がる。ミカ姉は軽いフットワークでそれを避けると冥子姉に向かって神通鞭を伸ばした。
 
「あぁ、まずいわね。」
 
美智恵さんの嘆く声が聞こえる。
 
冥子姉は鞭が届く瞬間に影の中にもぐった。
 
『えっ?』
 
一瞬硬直した隙に背後にビカラが現れミカ姉を影の中に連れ込んでいった。
結界内の天井に近い部分からシンダラの背中に乗った冥子姉が降りてきた。
 
『美神選手の戦闘続行を不可能と判断します。勝者六道選手!』
 
こうして今年の資格試験主席合格者は冥子姉、次席がミカ姉で、3位がエミ姉になった。影の中からビカラに抱えられた、あの場合影の異次元空間で迷わないように護られたと言うべきか。ミカ姉が出てくると2人してこちらの方にやってきた。
 
「冥子~!お母様は貴女のことを誇りに思うわ~。」
 
「お母様~!」
 
いつものようなやり取り。
 
「惜しかったわね。令子。」
 
「ううん。途中で何がどうなったかさっぱり。完敗よ。んで、冥子。どうやって私のことを倒したわけ?」
 
「え~と~、まずバサラちゃんとシンダラちゃんを呼んで~」
 
「・・・ごめん。横島さん。解説してくれる?」
 
「令子ちゃんひどい~。」
 
「ん?まず冥子ちゃんは令子ちゃんの視界をふさぐためにバサラを呼び出した。それは判るよね?」
 
「えぇ。その後よ。」
 
「シンダラをバサラと一緒に召喚して天井で待機、視界がふさがってる間に変身能力のあるマコラに自分の姿を真似させて、自分はメキラのワープ能力で天井で待機していたシンダラの背中にうつる。上空から光源に近づいた分広く、薄くなった影で令子ちゃんを補足して、ビカラで影の中の亜空間で令子ちゃんが帰ってこれなくならないようにして自分の影の亜空間の中に令子ちゃんを取り込んだんだ。」
 
「・・・あんた本当に冥子?」
 
「あ~、令子ちゃんひどい~。」
 
いや、俺もそう思った。
 
「なんにせよ、全員G・S資格おめでとう。」
 
そういって笑顔で皆をねぎらう師匠の顔に、決意のようなものが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。



[510] Re[23]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/18 10:51
 ≪横島≫
G・S資格試験を終え、冥子ちゃんが女性G・S主席合格者の最年少記録を打ち立ててから数ヶ月。彼女達はFランクのG・Sとして学生を続けながら俺と唐巣神父の下で研修を続けていった。
令子ちゃんとエミは第4チャクラまで開くようになった。しかし第5チャクラを開くのは至難の業だろう。チャクラの開放は加速度的に難しくなるからソロソロ他の分野に重点を置いたほうがいいかもしれない。
冥子ちゃんは逆に最近チャクラの開放を教え始めた。
式神を使うと言うことに関して修練は十分に積み、あとは経験させるしかないとこまでいっている。個人戦闘に関する才能は壊滅的なので地力を上げる修業を優先させた方が効率的だろう。
雪之丞は霊的格闘にかけては令子ちゃん以上に才能を見せるものの、過去の魔装術のような決め手がないので今ひとつ実戦には使いづらい。その点に関しては身体が出来次第何か考えなければならないだろう。チャクラの開放も順調に第2チャクラを開放している。
それからたいしたことではないが俺と雪之丞の身長が過去よりずいぶん伸びてる。俺は小さい方じゃなかったが長身だった親父の子供としてはやはり発育不足だったし、雪之丞にいたってははっきりいって小さかったが、まぁ成長期にあの食事事情じゃ仕方なかったのかもしれない。俺が大体182cm、雪之丞も既に170cmに達してまだ伸びているから過去より大分大きくなるのは間違いない。
 
そんな表面上は平和な日々が過ぎていたある日、俺と令子ちゃん達の分岐点となる事件が起こった。
 
「どういうことです?」
 
俺と唐巣神父が冥華さんと美智恵さんに緊急で呼び出された。令子ちゃんたちもこの場に集まっている。
 
「東京中の霊的ポイントの封印が緩められているのよ~。この地図を見てちょうだい~。」
 
東京23区の地図を引き伸ばしたものがテーブルの上におかれる。
 
「私が説明するわね。知っての通り、東京と言う都市は人工的に作られた風水都市よ。太田道灌が江戸城を開き、徳川家康の下、天海僧正が完成させた日本有数の霊的都市ね。先月から東京の霊的ポイントの封印が緩められて霊の行動が活発化してるわ。封印を破られたのではなく緩められていただけなので発見が遅れたのは痛いわね。」
 
美智恵さんが赤いペンで地図にマーキングしていく。
 
「封印が緩められたのを確認したのは東京の鬼門を護る寛永寺、浅草寺のラインと裏鬼門を護る増上寺。それから目黒区竜泉寺目黒不動、文京区南谷寺目赤不動、豊島区金乗寺目白不動、世田谷区数学院最勝寺目青不動、台東区永久寺目黄不動の通称五色不動尊よ。現在は六道家縁の術者がお寺の住職と共同して封印のかけなおしをしているけどまだ時間がかかるわ。その間にさらに封印がとかれて東京の霊的防御が緩められると取り返しの付かないことになりかねないわ。そうならないうちに他の霊的ポイントの警護を行って欲しいの。」
 
「いったい誰がそんなことしたかわかってるの?」
 
「現在調査中よ。」
 
美智恵さんはそういって話を切り上げた。
いったん令子ちゃんたちや雪之丞を部屋に帰している間に聞かれたくない話を続ける。
 
「それで犯人はあいつらですか?」
 
あいつらとはG・S資格試験のときに密談をしていた連中だ。
 
「ええ、間違いないわね。残念ながら証拠固めに手間取っている間に先手を打たれたわ。」
 
「東京の霊的防御の大部分には六道家のいきがかかってるわ~。もしその封印が一時的に解けでもしたら六道家は霊能の大家として大きなダメージを受けることになるわ~。」
 
「そしてそれを自分達で解決したら自分達の評価は鰻登りと言う訳よ。動いているのは陰陽道の加茂家を中心に、いくつかの霊能家が結託してるわ。」
 
「権力闘争か。下らないな。」
 
「耳が痛いわね~。特に今回みたいに関係のない人まで巻き込むようなことになってるときには~。」
 
「まぁ今回の件に関しては六道女史に責があるわけではないだろう?美智恵君。立件できるだけの証拠はあるのかい?」
 
「横島君の協力のお陰で状況証拠だけはいっぱいあるんだけどすぐに立件は無理ね。オカルトGメンの日本支部ができていたら今のままでも十分引っ張れるんだけど今の警察機構ではオカルト犯罪の立件は専門の知識がない分立件に慎重なのよ。」
 
「仕方ないか。とにかく被害が拡大しないように動こう。」
 
「流石に皇居には手を出さないだろうし、比較的新しい明治神宮と靖国神社は除いたとして、怪しいのはここね。」
 
湯島天満宮と神田明神を指差す。
 
「知っての通りここに奉られているのは日本の3大怨霊のうちの菅原道真と、相馬小次郎将門(平将門)よ。」
 
「このクラスの怨霊を鎮めることができれば霊能家としての格は一気に上がるわね~。それこそ失点を犯した六道家を抜きかねない位くらいに~。」
 
「だとしたら怪しいのはむしろここではないか?」
 
俺がその場を指差す。
 
「大手町。・・・首塚か。」
 
「湯島天満宮にしろ神田明神にしろ奉られてる神は和魂(穏やかな心)でそうやすやすと祟らないが、首塚にあるのは荒魂(荒ぶる心)だ。簡単に祟る。」
 
「確かにそうだね。でも関東平野の守護神の荒魂だよ?いくら陰陽の大家だからってそう簡単に鎮められるものではないだろう?」
 
「あら~。別に鎮める必要はないのよ~。復活する前に封じたっていうスタンスさえ取れれば十分なんだから~。」
 
「いずれにせよ、その3箇所を中心にユリンを東京中の霊的ポイントに飛ばします。相手が現れたら俺の文珠で全員を【転】【移】させますから現行犯逮捕しましょう。」
 
「そうね~。それしかないかしら~。」
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
東京千代田区大手町
 
「加茂栄光。そこまでよ。」
 
ママの掛け声と共に相手が立ち止まる。
 
「な、六道。」
 
「加茂栄光。貴方を危険指定霊体及び妖物の解封の罪で現行犯逮捕します。」
 
「ちぃっ!」
 
栄光がこちらに向かって式を放つが、横島さんのサイキック・ソーサーで弾いた。
 
「無駄な抵抗はやめなさい。日本にオカルトGメンの支部はないとは言え、現行犯なら逮捕する権限があるのよ!」
 
「くそっ、ここまで来て。」
 
栄光は首塚の封印を壊そうとする。
首塚から瘴気が立ち上った。
 
「止めたまえ!将門公の荒魂なんかを解封したらどれほどの被害がでるかわかっているのか。」
 
「今更他の人間がどうなったところで知ったことか!お前達が死ねば証拠もなくなる。それにもう遅い!すでに将門の魂は復活を始めている。」
 
「ちっ!」
 
霊波刀が伸びて栄光を打ち据えたが首塚からの瘴気は収まらず、次第に10mを越す鉄色をした鎧武者の姿をとる。
 
「ああああぁぁああ!」
 
将門が吼える。
その声には尋常でない呪詛がこもっていた。
まずい。
そこいらの悪霊とは格が違う。
こんなの野放しにしたら本気で東京が壊滅しかねない。
しかしその瞬間、空気が変わった。
発生源は将門ではなく横島さん。
 
「霊波刀定型式肆の型、狂気の顎。俺の底に潜む狂気の形だ。ただでは済まんぞ将門!」
 
ナニ?アレハナニ?ウデカラハエタキョダイナアギトガワタシニメイジル。
 
狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!狂え!
 
不意に空気が少しだけ軽くなる。
 
「某がお守り申し上げる。某の前におでにならぬように。」
 
私たちのネックレスから【防】の文珠が光を放ち、ゼクウさまが防御のための結界を張ってくれたお陰で幾分空気が軽くなった。
それでも横島さんの腕から生えた大顎から発せられる瘴気、いや、アレは狂気なのだろう。それは文珠と神様の結界を越えてなお私を苛んだ。
駄目だ。身体の震えが止まらない。
冥子もエミも。それどころかママや冥華さんや唐巣神父まで青い顔をして震えている。
恐らくほんの一瞬。
文珠が発動し、ゼクウさまが私たちの前に立つまでのほんの一瞬の間、私が触れた狂気の渦はあと数瞬で私を狂わせただろうと確信する。
アレは尋常じゃない。
アレは普通じゃない。
ただ、アレが怖かった。
あれほど優しく、あれほど私たちを援けてくれたはずの横島さんが何か別のものに変わってしまったような。
能面のような無表情。
ただ瞳にだけ爛々と狂気を宿す横島さんと巨大な顎が、
日本三大怨霊の一角を一方的に貪り食らうのに時間はかからなかった。
そして恐怖に耐え切れず、私の意識は闇に落ちた。
 
横島さんの顔がまともに見れないでいる数日後、
冥子やエミまでそうなってしまって、
いや、エミは一言二言、言葉を交わせていた分私よりましなのだろう。
横島さんは伊達君を連れてイギリスへ留学してしまった。
私は・・・
私は・・・。



[510] Re:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/18 11:44
 作中で前回との力の違い等があまり明確にできていないために霊圧表を作成しておきます。
 
注意事項。
① この霊圧表は私の独断で作成したもので原作などの数値を忠実に表せたものではありません。
② あくまで霊圧だけをまとめたものですので実際戦闘力はこの表の結果と食い違います。一般分類に関しても目安程度です。
③ いくつかの分類ごとの表示し、低いものから順番に列挙します。霊圧値が変動するものに関しては変化前の値を順番の目安とします。
④ ほとんどの数値は約の値です。
 
人間・横島逆行前。(原作終了直後)
 
一般人                      1~25M(マイト)
G・S(雑魚スイーパー)             35~44M
G・S(一般的なスイーパー)           45~69M
G・S(一流以上のスイーパー)          70~
純粋な人間の霊圧上限(歴史に名を残す聖人、魔人) 200M
半神半人などの混血、先祖がえり等の人間の上限   300M
 
タイガー寅吉        70M
魔鈴めぐみ         70M
伊達雪之丞(→魔装術)   70M→100M
鬼道政樹          75M
西条輝彦          75M
美神美智恵         85M
唐巣神父          85M
小笠原エミ         85M
美神令子          95M
六道冥子         100M
六道冥華         100M
横島忠夫         105M
 
過去・妖怪等
 
妖怪           1~
 
犬塚シロ         110M
ピエトロ=ド=ブラドー  120M
タマモ          140M
金毛白面九尾狐     9000M
 
過去・神魔族
 
下級神魔族        300M~
中級神魔族       4000M~
上級神魔族      20000M~
最上級神魔族    100000M~
 
ヒャクメ         400M
ジークフリート     5000M
メドーサ        6500M
ワルキューレ      6800M
小竜姫         7000M
パピリオ(→事件後) 12000M→7000M
ルシオラ       12000M
ベスパ(→事件後)  18000M→7500M
竜神王        24000M
斉天大聖       25000M
オーディン      27000M
アシュタロス    100000M
神魔最高指導者   200000M
【荒神】横島忠夫  250000M
究極の魔体     300000M
 
現代(過去と変わりない人物に関しては過去を参照)
 
伊達雪之丞         70M
横島エミ         110M
六道冥子         110M
美神令子         120M
ユリン          500M
横島忠夫         600M
ゼクウ         6900M



[510] Re[24]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/19 00:21
 中書き
以降はしばらくの間横島ルートを中心に物語が進みます。
前回製作した霊圧表は現段階のものですので現代の値はこれからも変動していきます。
 
≪美智恵≫
ほんの数日前、横島君が将門を鎮めた後のことだった。
 
「ありがとうね~横島君~。おばさん助かっちゃったわ~。」
 
六道先生は顔色を変えずにそう言ってのけた。
私の顔色は変わっていないだろうか?
さっきの恐怖は今なお心に残っている。
あれは今まで倒したどんな魔族を相手にしたときより恐ろしく、
なぜかとても悲しかった。
 
「横島君。・・・勝手なことを言うけど、貴方なら将門が出てくる前に栄光を止められたんじゃないかしら?」
 
「できたでしょうね。それにそれが間に合わなかったとしても、狂気の顎を出さずとも将門を鎮める自信はありました。」
 
「ならどうして?令子たちは!」
 
「ソロソロ限界なんですよ。」
 
「限界?」
 
「令子ちゃんも冥子ちゃんもエミも、もう一流のG・Sと言っていいほどの実力はあります。この先普通にG・Sとしてやっていくには十分な実力だと思います。」
 
「そうね~。横島君のおかげよ~。」
 
「そんなこともないです。でももう何年も彼女達を教えてきて、自惚れさせてもらえば少しは慕われてるんじゃないかと思います。」
 
自惚れ、少しはって。貴方本気でそう思ってるの?
 
「ですが俺はこの先自分の目的を果たすためにある事件に介入することになります。これからも俺と関わりあうことになるのなら必ずそれに巻きこまれることになるでしょう。」
 
「だからここで離別するって言うことなの?そもそもその事件というのは何なの?」
 
「美智恵ちゃん落ち着いて~。」
 
・・・確かに少し興奮しすぎたかもしれない。
 
「事件については何もいえません。それに俺とかかわりがなくても巻き込まれてしまうかもしれません。ただ、俺の本性は結局ああいうモノですから。この先俺と関わって、俺を善良な人間だと誤解して、そのあとでアレを見せるより今のタイミングで俺が所詮ああいうモノだということを知っておいてくれたほうが良い。信じていたものに裏切られるのは辛いですから。」
 
パンと乾いた音が響く。
唐巣神父が横島君の頬を軽く叩いた。
 
「正直私は君が何に苦しんでいるのか、そもそも君が何者であるのかも知らない。君の事を理解してあげられもしないだろう。でもそこまで自分を卑下するものじゃないよ。私だってただ君たちを見てきたわけじゃない。君が令子君達のことをどれだけ真剣に考え、愛情を持って教え育んできたかを見てきたつもりだ。君は、自分が令子ちゃん達をどれほど温かい瞳で見守っているのか気がついていないのかい?断言しても良い。私は君ほど優しい人間を他に知らない。」
 
「・・・俺は、そんなんじゃないです。」
 
横島君は苦々しいものを吐き出すように言葉を紡ぐ。
 
「自己犠牲が強すぎるのは問題だと思うがね。今回の事だって結局令子君たちを巻き込みたくないから自分を嫌わせようとしているんじゃないのかね?」
 
「そこまで傲慢なことは考えちゃいません。結局どういう道を選ぶのかを決めるのはあの子達ですから。」
 
この子はいったいどういう子なんだろう?
横島君はあの時こういった。
あの狂気は自分の底にあるものだと。
それなのにこれほどまでに他人の身を案じ、
そして自分の意思を押し付けようとはしない。
 
「実を言うと来年度からイギリスに留学をしようかと思っているんです。少し早いですが数日後には日本を離れようと思います。」
 
「あら~、急な話ね~。」
 
「すいません。今回の件がなくても考えていたんです。」
 
「確かに最近冥子達は横島君に依存しすぎかもね~。」
 
「ゼクウ。お前は令子ちゃんたちの護衛を頼む。ただし、自分達で解決できるときは手を出さないように。ユリンの分身を残しておくから何かあったら連絡をしてくれ。」
 
「御意。」
 
「文珠もいくつか置いておきます。今日使っちゃいましたし。」
 
十個ほどの文珠が手渡された。
結局横島君は横島君なのね。
 
「それじゃあ俺は帰ります。イロイロと準備がありますから。」
 
「イギリスには私の弟子がいるわ。何かあったとき力になれると思うからたずねてみて。」
 
ありがとうございますといって横島君は部屋を辞した。
 
「ゼクウさま。横島君のことを娘たちに話していただけないでしょうか?」
 
「某はマスターの意思をくまねばなりませぬ。今以上マスターを傷つけぬためには、マスターが自分から離れたこのタイミングならマスターが傷つくことは少ないでしょう。」
 
そこでいったん言葉を区切る。
 
「なれど、マスターを救う事ができるのもまた皆様方と言うことを某は知っております。」
 
私たちが横島君を救う?
 
「お答えできぬこともありますが、質問には答えましょう。ただ、先ほども申し上げたとおり某はマスターの意を汲まねばなりませんゆえ、令子殿たちの意思を誘導するようなことはできませぬことをご了承くだされ。」
 
「それはもちろんよ~。」
 
「某も質問させていただいてもよろしいかな?皆様方はマスターのことは怖くないのですかな?」
 
「私は横島君のことを信じているもの~。怖くなかったわけじゃないけど横島君がいなくなる方が怖いわ~。」
 
「私は怖いと言うよりとても悲しかった。横島君はいったいどういう経験をしたというんだい?」
 
「私はさっきまでずっと怖かったわ。でも、話していて安心した。横島君は横島君なんだって。」
 
「そうですか・・・判り申した。ところで冥華どの。マスターが日本にいない間某はいかがいたそうか?」
 
「よければうちの方に泊まっていただけるかしら~?ゼクウさまもその方が護衛しやすいでしょう~?」
 
「判り申した。しばらくの間世話になりまする。」
 
私たちは結論を出した。
後はあの娘たちか。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
部屋の前に行くと雪之丞がそこに立っていた。
 
「雪之丞か。」
 
「ん、師匠。帰ってきたか。」
 
「・・・俺は来週からイギリスへ留学する。だから、」
 
「俺もついていくぜ。当然だろ?俺はあんたの弟子なんだから。」
 
「・・・お前は怖くないのか?」
 
「怖えよ。怖かったよ。吐いちまうくらいにな。でもどんなに強かろうが怖かろうが師匠は師匠だろ?ならいいじゃねえか。まさか置いてくつもりじゃねえだろうなぁ?」
 
「・・・わかったよ。その代わり、修業はきついぞ?」
 
「上等。どうせならミカ姉たちを超えるくらいに強くしてくれ。そうじゃねえとミカ姉達を護ってやれるのが師匠だけになっちまうからな。」
 
あさましい。
あさましいと思う。
あさましいと思うが。
そういって笑う雪之丞がとても嬉しかった。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
俺と雪之丞はイギリスの地を踏んだ。
あの一件以来、3人とはほとんど話せなかった。
俺が忙しかったせいもあるが、俺も彼女達もお互い避けていたのは間違いないだろう。
それでもエミとだけは比較的普通に話すことができた。
イギリスに旅立つ前日にはもう今までと変わらないくらいに。
 
「君が横島君だね?話しは先生から聞いているよ。僕は西条輝彦。」
 
イギリスについてすぐにオカルトGメンに顔を出した。
流石に俺が知っているより若い。
俺が今年20だから西条は24のはず。
 
「はじめまして、横島忠夫です。こいつは俺の弟子で伊達雪之丞。」
 
「よろしくたのむわ。」
 
「あぁよろしく。それでいったい何のようだい?」
 
「あぁ、こいつがくっついてきたんだが、俺は学校の用意してくれた寮に泊まるんだけど、こいつまで泊めることはできないからこいつを泊めるための部屋が必要なんだ。どこか俺が借りられるような物件がないだろうか?あいにくこっちに知り合いがいないものでね。お門違いのたのみ事なんだが。」
 
「あぁそういうことか。いいだろう。知り合いの不動産屋を紹介しよう。僕の紹介なら部屋を貸してくれるはずだ。」
 
昔は死ぬほど嫌いだったが、今会って見るとそれほどでもないな。多少ナルシズムなところは鼻につくけど気になるほどではないか。
 
「その代わりじゃあないが、もし何か困った事件が起きたときは協力してもらえないか?君が優秀だと言うことは先生からも聞いているし。」
 
「正式な依頼ということならかまわないぞ。G・S資格は一応国際資格だけどキリスト教国家で他宗教のG・Sが活動するのは難しいだろうからこっちでは仕事しないつもりだった分時間は空くし。」
 
「あぁ、無論正当な報酬は支払うよ。」
 
「いや、報酬だけの話じゃない。『依頼を達成する際、対象となる幽霊、妖怪、魔族の生殺に関する選択権を完全に依頼引受人、横島忠夫に委譲すること。』と言う条件を俺は日本でも出している。それを守ってもらいたい。」
 
「Gメンからの依頼ではその条件は難しいな。でもなんでそんな条件を出しているんだい?」
 
「和解できるものなら和解したほうがいい。」
 
「だが罪を犯したら裁かれるべきではないのかい?」
 
「法は人間のもので彼らにそれを守る義務はない。権利を与えられていないのだからね。それでも俺たちは人間で、人間を守らなければいけないとしてもかってな理屈を押し付けて殺すようなまねはしたくない。共存できるものなら共存すべきだし、無闇に狩って敵を増やすのはおろかなまねだと思わないか?」
 
「なるほどね。わかった。君に依頼するときにはその点は注意しよう。ただ、君が保護した相手には義務が伴うことを忘れないでくれ。」
 
「承知の上だ。」
 
「OK。それじゃあ不動産屋を紹介しよう。」
 
俺たちは西条の車で不動産屋に案内された。
 
イギリスでの生活が始まる。
 
彼女達はどんな結論を出すだろうか?
 
あさましく期待に縋ろうとする自分に唾を吐きたくなった。



[510] Re[25]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/19 15:31
 ≪横島≫
こちらの生活はそれほど不便なものではなかった。
講義を受けねばならない時間は増えたが、仕事はしなくてもいいので空いた時間はほぼ同じくらい。
こちらにいる間に発注を済ませていたマンションの建設もあらかた終わるだろう。
周辺住民への説得は骨が折れたが冥華さんが協力してくれたお陰でどうにか着工を始めることができた。
なんだかんだ言ってあの人には頼りっぱなしだな。
 
今日は俺がイギリスに来た最大の目的を果たすために廃線になった地下鉄の駅にやってきた。
壁の一つに目をやる。
継ぎ目も何もない普通の壁、霊視をしてもおかしな所は何もない。
 
「師匠。本当にここでいいのか?」
 
「間違いない。普通の霊視ゴーグルじゃあ発見できないほど完璧に迷彩されているが、ユリンの霊視は特殊だからな。しかし流石にこの辺の技術はたいしたものだよ。」
 
俺はその壁をノックする。
すると中から俺にとっては懐かしい姿が現れた。
 
「どちらさまですか?」
 
「先日連絡を入れた横島忠夫です。こっちは伊達雪之丞。先日連絡を入れたとおりドクターに話が合って来訪させていただいた。ドクターにお取次ぎ願いたい。」
 
「イエス。ミスター横島。ミスター伊達。お話は窺っています。こちらへどうぞ。」
 
そういって彼女、マリアは奥へと入っていった。
 
「師匠。今のはなんだ?」
 
「ん?彼女は1000年の時を生き続ける錬金術師、ドクター・カオスの最高傑作。人造人間のマリアだ。」
 
「へぇ、あれが。」
 
「さっきから聞いてればあれとか何だとか物をさすような発言はやめてくれ。確かに彼女はドクター・カオスによって生み出されたが、人工とはいえ魂を持って心も持っている。」
 
「そうなのか?その割にはあんまり感情がこもってなかったような。」
 
「生まれたのが700年以上昔だからな。ドクターが生み出したときにそういった部分に力を入れなかったせいだろう。」
 
「わかったぜ。もう道具みてえないい方はしない。」
 
「ありがとうな。」
 
長い階段を下りていくとその先にドクター・カオスが俺たちを待ち受けていた。
 
「ほう、アレほど見事な使い魔をよこすからどんな奴かと思ったがおぬしのような小僧だとはな。」
 
「ヨーロッパの魔王、ドクター・カオスですね?御高名はかねがね。俺は横島忠夫。こっちは俺の弟子の伊達雪之丞です。」
 
「わしと契約が結びたいということじゃったな。」
 
「その通りです。」
 
「小僧。貴様にわしが欲しいものが用意できるとは思えんのじゃがな。」
 
「これを。」
 
俺は左手から新たな文珠を生み出した。【若】という文字をこめる。
 
「これは・・・文珠か。霊気を究極にまで収束させて特定のキーワードをこめて一気に発露させるある種の奇跡。」
 
そのまま文珠を発動させてカオスを若返らせる。容貌は俺の知る300歳くらいまでに若返った。
 
「知っているなら話は早い。これはこの人界では俺にしか作れない。ドクターは1000年の長き時間を生きてきたために痴呆状態にあり、代わりとなる身体を捜していると聞いた。だがその状態なら今のままでも自分でどうにかすることができるだろう?」
 
「確かにな。十分な予算とそれなりの時間、一週間もあれば文珠に頼らなくても済む程度に応急処置は可能だ。」
 
「俺が提供するのはその一週間ドクターを若返らせ続けるための文珠と今後の研究資金だ。」
 
「私への要求はなんだ?」
 
「俺の目的が果たされるまで俺に協力をして欲しい。具体的には俺が頼む発明を優先して行って欲しいということだ。その間の空いた時間にドクターが何を作ってくれてもかまわないし、それがあまりにも危険なものでなければドクターがどうしようとかまわない。ドクターが片手間で作った破魔札や霊具でも現代では十分な資金源になるはずだ。」
 
「なるほどな。・・・おい、そっちの目つきの悪い小僧。」
 
「それは俺のことか?てめえいきなり何言いやがる。」
 
「お前以外誰がいる。おぬし、少し席をはずせ。私はこっちの小僧と重要な話がある。マリア、その小僧を外へ連れて行け。」
 
「イエス。ドクター・カオス。ミスター・伊達。こちらへどうぞ。」
 
「雪之丞。少し席をはずしてくれ。」
 
「わかったよ。」
 
雪之丞とマリアが席をはずずとすぐにドクターが本題を切り出してきた。
 
「さて、小僧。貴様の目的とはなんだ?文珠をこれだけ使って、それだけの好条件を出して、ただ事ではないのだろう?」
 
「・・・俺は未来から時空を渡ってきたものです。その未来を変えるためにドクターの協力を要請します。」
 
「いきなり大きく出たな。にわかには信じられん。」
 
俺は【映】の文珠を作る。
 
「これから俺の記憶をこの文珠で映像にしてお見せします。よろしいですか?」
 
「いいだろう。」
 
文珠を発動させる。それは俺と美神さんの出会いから始まって、ダイジェストで映し出す。自分が出てきた辺りは頭を抱えていたが、アシュタロスの反乱以降は真剣な面持ちで見ている。
そして、俺の結婚式の日、自分を含めた皆が死に、俺が【荒神】として復活した。
数百年間の不断の闘争。
そして2柱の最高指導者と邂逅し、時間を逆行したところで映像を切った。
その長い長い映像も直接脳に映したものだから夢を見るようなもので、
俺の過去は現実時間のほんの30分ほどでカオスの知ることとなった。
                   ・
                   ・
                   ・
≪カオス≫
こいつはとんでもない代物だな。
私の頭脳をもってしてもこの記憶映像が偽者であるとは思えん。
論理的整合性は損なわれていないし、目の前のこの小僧が嘘をついているようにも思えん。
仮にこの小僧が洗脳されていたり、記憶を弄られていたりすればどこかにつぎはぎができるはずだがそれも見受けられなかった。
私のこと、マリアのことはおろか、マリア姫やヌルのことまで正確に知っておったしな。
なるほど。こやつがあやつであったか。
私はこの小僧に700年前に会ったことがある。
恐らくこの映像は本物のはずだ。
だとすれば・・・これがあやつの未来というわけか。
音声もなく、映像だけで感情がわかるわけではない。
だが・・・あれは。
 
「小僧。一つ聞きたいことがある。お主にとってこの映像を見せることは本意ではないだろう?何故私に見せた?適当なことを言うなり黙秘するなりできたはずではないのか?」
 
「ドクターの頭脳ならいずれ俺の正体にたどり着くはずだ。そのときに嘘をついていたがために協力を拒否されたりしては元も子もない。苦痛であってもドクターを信用して真実を告げねばドクターの協力は仰げないと判断したまでだ。それと今見せた記憶は俺と神魔の最高指導者、竜神王とオーディン、俺の使い魔のユリンと俺に仕えてくれるキンナラ族のゼクウしか知らない。内密に頼む。」
 
こやつ。・・・
 
「フフフフフ。フハハハハハハ!面白い。面白いぞ小僧。いや、横島。1000年の時を生きてきたがこれほど面白いことは初めてだ。それに私に敬意を払うこと、おぬしの意思を私に押し付けなかったこと。気に入ったぞ横島。これは契約などではない。私をおぬしの戦いに最後までつき合わせるならばこのドクター・カオス。ヨーロッパの魔王の名にかけて全身全霊を持っておぬしをサポートしてやる。」
 
「礼を言う。ドクター。」
 
「カオスと呼べ。私はお前を戦友と認めたぞ。このドクター・カオスが1000年の人生の中で始めて認めた男だ。誇りに思うがいい。」
 
私は横島と固い握手を交わした。
思えばこの1000年間。自分は他人に価値を認めてこれなかった。
出会うすべての人間が愚かしく見えて、
例外といえばマリア姫くらいのもの。
それとて彼女は自分が庇護すべき相手にしか過ぎなかった。
あぁそうだ。私は初めて友と呼べる男にめぐり合えたのだな。
 
「この文殊はどれくらい持つ?」
 
「感触からいって後3時間といったところかな。」
 
「十分だな。ここでは実験に差し障る。これから別の隠れ家に移動するから明日そこに来てくれ。まだ準備することもあるしな。」
 
「わかった。よろしく頼んだぞ。カオス。」
 
「任せておけ。」
 
横島と伊達とか言う小僧が帰ってからマリアと共に荷造りをする。
ホームズと別れてから転々とし、ここの隠れ家も長いこと使っていたがもうここに戻ってくることもないだろう。
 
「マリア。私はとうとうお前を人間にしてやることはできなかった。だが横島なら、お前をまた人間にしてくれるやもしれん。」
 
「ノー。ドクター・カオス。マリア、わかりません。」
 
「今はわからなくてもいい。いずれ時が来ればわかるだろう。」
 
横島の記憶の中、マリアは明らかに感情を持ち、横島を好いていた。
横島本人は気がついていなかったようだがな。
そうでもなければ700年間感情というものをほとんど学べなかったマリアがアレほど短期間のうちに感情を手に入れられるものか。
ホームズでさえあれほどの変化はマリアには与えられなかった。
横島。お前もまた、まさしく天才なのだろうな。
ならばこのドクター・カオス。
娘の思い人のために。
そして何より我が友のために。
お前の悲劇という名の運命ごときこの頭脳でねじ伏せてくれる。
だから楽しみにしていろよ。
横島忠夫。
わが戦友よ。



[510] Re[26]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/20 18:25
 ≪冥華≫
横島君がイギリスに旅立ってもう一週間たつって言うのに~。冥子ったらいつまでもメソメソ、メソメソと本当にしょうのない子ね~。
令子ちゃんは苛立ってるし、エミちゃんは気落ちしちゃってるし~。
横島君にももう少し自分が他人に与える影響っていうものを正確に理解してほしいわ~。
仕方ないわね~。この子達がもう少し落ちついれからにしようかとも思ったけどこの調子じゃあいつまでたっても落ち着いてなんてくれそうもないし~。少し荒療治になるかもしれないけどシナリオを進めるしかないわね~。
キャァァァ何か悪の黒幕気分ね~。
・・・冥子、お願いだから選択を間違えないでちょうだいね~。
                   ・
                   ・
                   ・
≪大樹≫
六道財閥の当主からいきなり連絡があったときには本当に驚いた。
馬鹿息子や愛娘の電話から親交があるのは知っていたが、まさか俺たちまで呼び出されるとはな。
それも馬鹿息子のことで重要な話があるというのだから。
 
「お父さん。お母さん。」
 
「おぉ、エミ。ちょっと見ないうちにまた美人になったなぁ。」
 
「あなた、まさか自分の娘にまで手を出さないでしょうね。」
 
「馬、馬鹿なこと言うな。娘に手なんぞ出すか!」
 
たぶんな。
 
「急にお呼びだてしてごめんなさいね~。私が六道家当主の六道冥華と申します~。」
 
百合子も若いがえらく可愛らしい女性だな。うん。上品でいい。
 
「忠夫とエミの父の横島大樹です。こっちは家内の百合子。」
 
「はじめまして。息子と娘がお世話になっています。」
 
「娘がこちらにお世話になっておきながら今までご挨拶も遅れまして申し訳ありませんでした。」
 
「そんなことはいいんですのよ~。それよりも今日は息子さんのことでお話を窺いたいと思いましたの~。」
 
「あいつがこの中の誰かに手を出しましたか?」
 
見れば男が一人、馬の顔をした何かが一人いるだけで残りは皆美人、美少女がそろっている。うらやましい環境だ。
 
「あ~、そういう話じゃないんですの~。」
 
「ふむ。・・・これだけ美人に囲まれて誰にも手を出さないか。・・・あいつは俺の息子じゃねえな。」
 
わき腹、それも肝臓の上に世界を制する右腕が突き刺さる。
 
「もうあなったたら下らない冗談ばかり言って。」
 
母さん、ハイヒールでグリグリ体重かけるのはやめてくれ。俺にそっちの趣味はない。まぁ、人目のお陰でこの程度で済んだか。
 
「忠夫様のご両親ですね。某はキンナラ族のゼクウと申します。わけあって忠夫様にお仕えする身。以後お見知りおきのほどを何卒よろしくお願いいたします。」
 
馬の顔で膝まづきながらえらく流暢で丁寧な言葉で口上を言うのであっけに取られたり。
お仕え?いつのまにあいつそんなにえらくなりやがったんだ?
 
「他の人も私から紹介しちゃいますね~。この子が美神美智恵ちゃん~。オカルトGメンの部長さんで近いうちに日本支部の署長になる予定よ~。」
 
いかにもやり手みたいな女性だな。うむ。凛としている。
 
「はじめまして。娘が息子さん達にお世話になってます。」
 
「こっちが唐巣君。エミちゃんや令子ちゃん。冥子の先生になるわ~。実質的に横島君と2人で教えてることになるわ~。美智恵ちゃんの先生でもあるわね~。」
 
「はじめまして。」
 
こちらは冴えないって言うか善良そうな男だ。まぁエミに手を出すようなタイプじゃなさそうだ。
 
「この子がうちの娘の冥子です~。横島君が先生をやってくれてたのよ~。」
 
「・・・はじめまして~。」
 
冥華さんによく似て可愛らしいな。だが目の周りが真っ赤だ。
 
「この子は美智恵ちゃんの娘で令子ちゃん~。」
 
「はじめまして。」
 
この子も将来すごい美人になるぞ。だがこの子は何かに苛立ってるようだな。
そういえばエミもえらく沈んでいる。
 
「今日皆さんに集まってもらったのは他でもない横島君のことよ~。横島君は娘たちに一つの宿題を出したのよ~。横島君が目的を果たすためにこれから巻き込まれる事件に危険を承知で巻き込まれるか~?それともそうではないか~?でもその答えを出すためには娘たちが知っている横島君の情報は断片的過ぎて少なすぎるわ~。だからみんなに自分の知っている横島君の話をしてもらいたいのよ~。」
 
「六道さん。あいつはそんなことを言ってたのですか?」
 
おちゃらけられる話ではないな。
 
「そうよ~。判断はこの子達に任せるって~。」
 
「そうですか。・・・ならば私たちから話すのが筋ですね。では私たちの知る息子の話をしましょうか。」
 
意を決して俺は忠夫のことを話し始める。
百合子はじっと足元を見続けていた。
 
「俺たちが自分の息子について知ることは皆さんが驚くほど少ない。俺たちの知る忠夫は子供の頃、7歳くらいまでは普通の子供でした。いや、普通というには少し感激屋だったかな?とにかくちょっとした事でも泣いていました。例えば私たちの姿が見えずに呼んで私たちが現れると安堵したように泣き出したりしてました。痛かったり、怖かったりで泣いたことはありませんでしたがとにかくうれし泣きが多かったな。それがだんだん自己嫌悪、いや、あれはもう自己憎悪といった方がいいな。些細なミスや、いや、ミスを犯さなくても近くで誰かが怪我をしたなんていうことになればとにかく自分を責めていた。」
 
夏子ちゃんが野良犬にかまれたとき、自分が噛まれて血まみれになるのもかまわずにその犬に殴りかかっていたな。そのせいで余計に夏子ちゃんは泣いてしまった。
 
「そして忠夫が急激に変化したのは10歳の誕生日を迎えた頃です。あいつは将来G・Sになると言い出しました。俺も百合子も精神状態が不安定に思えた忠夫が危険な職業につくことを反対したのですが、あいつは決して譲らず、その瞳に宿る決意が尋常なものではないこともあって条件付で許してしまいました。中学を卒業するまではオカルト関連のものに近寄らず、大学まできちんと卒業することというね。それまでの間にあいつの決意が鈍ることを期待していたのですが決意はますます募るばかりだったようです。それでも俺たちの前では必死に子供をやっていましたが、自分にはひどくきつい修練を課していました。俺たちには隠していたようですが、鴉を自在に操っていたしね。そして俺たちは会社の都合でナルニアに転勤になって、それからは電話でやり取りをしているだけです。月に一度は顔を見せに来てくれますがね。」
 
俺はそこで言葉を切った。
 
「あいつが何を考えて、何を目標にしているかは俺たちは知りません。いつかあいつが話してくれる事を期待していたのですが・・・どうにも俺たちは頼りのない親らしい。」
 
「それでも、それでもあの子は私たちの可愛い子供よ!」
 
「あぁ、もちろんそうだ。だがあいつは十歳で一人前の男の顔をするようになった。何があったか知らないがね。だから俺たちはあいつが何をしようとしていても信じて見守り続けるつもりです。そしてあいつが俺たちを頼ってきたら全力でそれに応えてやりたいと思っています。あいつが何を苦しんでいるのか、何に怯えているのかあいつの口から聞けるようにね。あの馬鹿はあれで俺たちの息子ですから。」
                   ・
                   ・
                   ・
≪冥華≫
「次は私がお話しますね~。私が最初横島君にあったとき私は横島君のことを六道家を狙うほかの派閥のものだと勘違いして横島君に脅しをかけようとしてしまったわ~。無論それは私の誤解だったんだけど~、その時ね~。横島君の暗い部分に触れてしまったのは~。横島君の暗い瞳を見るだけであたしは自分の死を覚悟したくらいよ~。六道家の当主がたった15歳の男の子を相手にね~。でも、横島君がどこかの派閥の人間ではないかと言うことが誤解とわかって私が謝りに言ったときには先に横島君に謝られてしまったのよ~。・・・その後も私は横島君の力を利用しようと六道の派閥に取り込もうとしたわ~。頼りなかった冥子を将来守るための味方にしようとして~。謝っても許されるものではないのですけど~、申し訳ありませんでした~。」
 
私は横島君のご両親に深々と土下座をした。
 
「頭を上げてください。六道さん。息子は、忠夫はなんていってましたか?」
 
「娘を守るためにしたことなら俺は怒れないからといってくれました~。」
 
「・・・私も息子と娘を持つ身です。六道さんの気持ちはわかりますわ。私とて家族を守るためなら強硬な手段にでも出るつもりですもの。忠夫が許したものを私たちが糾弾する理由なんてありません。どうか頭を上げてください。」
 
・・・この二人はやっぱり横島君の両親なのね~。よく似ているわ~。
 
「話を戻しますね~。でも横島君は期待以上のことをしてくれたわ~。頼りなかった冥子を人間としても、霊能家としても一人前にしてくれたのよ~。自分の身体を張ってまでね~。今ではいつ六道家の当主として家を継がせてもいいくらいに冥子は成長してくれたわ~。それもこれもみんな横島君のお陰よ~。だから私は冥子が横島君とあることを拒んだとしても横島君のサポートをするつもりなの~。私は~、横島君が何があっても冥子の味方でいてくれると誓ってくれた代わりに何があっても横島君を信用するわ~。」
 
そう、娘の恩人、横島君を決して裏切りはしないわ~。
そしていつか、横島君が心からの笑みを浮かべられるように、その助けになりたい。
                   ・
                   ・
                   ・
≪美智恵≫
「次は私がお話しますね。私が横島君に会った時、私は死ぬつもりでした。」
 
「ママ!」
 
「ごめんね、令子。・・・私には時間を移動する能力があります。そのために私と令子は以前から魔族に命を狙われていました。今はその尖兵が時折やってくるだけですが、いずれはその魔族の本隊が令子と私を殺すためにやってくると思い、私は死んだことにして時間を渡り未来に来るであろう魔族との戦いに供えるつもりだったのです。」
 
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 
「私はそのとき魔族の襲撃に疲れていたのかもしれません。それを諌めてくれたのが横島君でした。私が横島君の暗い部分に触れたのはその時です。横島君は生きることに疲れた老人のような暗い瞳をして私に令子に辛い思いはさせないでくれ。本当に大切な人を喪うということは心に深い爪あとを残す。だから逃げないでくれといいました。そして令子を守るために協力してくれるとも。事実、これまでに横島君は2体の魔族から令子を守ってくれてます。令子にも気がつかれないくらい秘密裏に。・・・あるいは横島君が巻き込まれる大きな事件というのは、私たち親子に関係することなのかもしれません。だとすればなんとお詫びすればいいものやら。」
 
私もまた、六道先生と同じように横島君のご両親に頭を下げる。
 
「頭を上げてください。息子が、一人前の男が自分で出した結論ですから。」
 
横島君が底抜けに他人に対して優しいのはご両親からの遺伝かもしれないわね。・・・親としてうらやましいわ。
 
「申し訳ありません。私の娘も六道先生のところと同じように横島君には並々ならぬ世話になっているというのに、・・・私は横島君のことを信じ切れていません。いえ、横島君のことが怖いのだと思います。それでも、それを承知でも横島君は私たち親子を助けてくれています。」
 
・・・覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
 
「私は令子がどういう選択をしたとしても横島君から受けた恩を返していきたいと思います。」
 
そう、令子だけじゃない。私も強くならねばならない。
横島君のことを怖がらなくてもいいように。
横島君と共に戦えるように。
                   ・
                   ・
                   ・
≪唐巣≫
「次は私だね?私はこの中では一番横島君と接点が少ない。故に私の意見は私が知る横島君というより私個人の感想だと思って聞いていただきたい。」
 
まずはそう言葉を切り出した。
 
「私は既にカトリック教会を破門されているが、今でも自分は神父のつもりでいます。その経験で言わせてもらえば横島君はまるで懺悔をしているような印象を受けています。」
 
そう。あの瞳許されざる罪を犯した咎人が、己を責める瞳に似ている。それも際限ない自己憎悪のだ。
 
「いや、懺悔をする人間は贖罪を求めているが、彼の場合むしろ断罪されることを望んでいるような。そうでなければあれほどまでに自分のことを蔑ろにできるわけがない。普段は霊気を纏わせて隠しているようだが、一度だけ横島君の身体を被う怪我を見たことがあります。彼の実力であれほどまでに傷を負う相手と戦っていれば何かしらかの記録に残ると思うので、恐らくは修行中にできた傷だと思います。ご両親の話のもあったとおり、横島君は驚くほどに自分のことを嫌っている。」
 
両親の顔がなんとも痛ましい。
 
「そしてその代わりとでも言うように、他人に対してはとにかく優しい。甘やかすのではなく、自分が嫌われても相手のためになるように動いている。」
 
そこで言葉を区切る。
 
「私は聖職者としても、一人の大人としても横島君の力になりたいと思っています。私には横島君の抱える闇は私には怖いというよりも・・・あまりに悲しく痛ましい。そう見えてならないのです。」
 
天にまします我らが父よ。どうかこの私に哀れな子羊を救う術をおあたえください。
 
私を最後に大人たちの告白が終わった。
次は子供達だ。



[510] Re[27]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/21 06:53
 ≪エミ≫
大人達の告白が終わった。次は私たちの番だろう。
私たちもまた答えを出さなくてはならない。
 
「次は私の番なワケ。令子、冥子、先にオタクたちに謝っておくわ。私にはオタク達にずっと隠してきたことがあるワケ。」
 
ちょうどいい機会だ。告白してしまおう。
 
「私の本当の名前は小笠原エミ。忠にぃとも、お父さんともお母さんとも血の繋がりがないワケ。そしてオタク達に隠していたこと、それは私が元々殺し屋だったということ。」
 
言ってしまった。
そのまま俯きながら告白を続ける。
 
「私は10歳のときに両親を亡くして、引き取ってくれた叔母とのそりが会わなくて家をでた。そしてその私を拾ってくれたのが呪殺屋だった元の師匠なワケ。多分、最初は生贄にでも使おうと近寄ってきたんだろうけど、私に高い霊能力の才能があったお陰で私はそいつの弟子として生き延びることができたワケ。ところがその師匠が私が14のときに使役していた悪魔に殺されて、私はその悪魔を引き継いで殺し屋を継いだワケ。」
 
怖くて上が向けない。
 
「私自身は法で裁けない悪党を殺すんだと自分をごまかしているつもりだったワケ。ところが最初の依頼から警察関係者だったことに騙されて罪のない人間を殺すとこだった。それを助けてくれたのが忠にぃだったワケ。」
 
あの時のことを思い出すと今でも体がこわばる。
 
「私は忠にぃを殺そうとして使役していた悪魔、ベリアルを差し向けたワケ。そして返り討ちにあった。私は令子や冥子とは違って忠にぃの暗い部分は知っていたワケ。私が自分の仕事を正当化しようとしたとき、忠にぃがあの暗い瞳で人を殺すということを教えてくれたワケ。お陰で私は一人も殺さないうちから殺し屋を廃業できた。・・・師匠の殺しの片棒を担いでいたことには変わりはないけどね。」
 
私の罪もまた消えない。それでも忠にぃは日の当たる道を作ってくれた。
 
「冥華さんと忠にぃが私の新しい戸籍と、家族を作ってくれたワケ。お父さんも、お母さんも私のことを承知で娘として受け入れてくれて、忠にぃのお陰で人生をやり直すことができたワケ。令子、冥子、オタク達を騙していてことについては本当に謝るわ。ゴメン。」
 
場合によっては、令子と冥子との関係はこれで終わる。生まれて初めてできた親友だけど、それもしょうがないワケ・・・。
 
頭をたれていた私を暖かいものが包んだ。冥子、それに令子。
二人が私を優しく抱きしめてくれた。
お父さんとお母さんが背中を擦ってくれている。
私は恥も外聞もなく泣き出してしまった。
本当の意味で、私は孤独でなくなったんだ。
忠にぃ。私ちゃんと泣けるから。
ちゃんと泣けているから。
だから忠にぃ、忠にぃも泣きたいときに泣いてよ。
辛かったら辛いって言ってよ。
私でよければ胸でも何でも貸すから。
胸を貸して泣かせてあげられるくらいに強くなるから。
いつでも泣かせてあげられるように傍にいるから。
私は忠にぃと一緒にいるから。
 
≪令子≫
エミと親友をやってきたというのに、私はエミがあんなに苦しんでいることにきがつかなかった。
ママがあんなことを考えていたことも知らなかった。
横島さんに護られていたなんて、知っていたはずなのにわからなかった。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
エミが泣き止んで、
私も冥子も泣き止んで、
この場にいる全員が泣き止んで。
横島さんは辛い修業を自分に課している。
知ってるはずだった。
横島さんは私たちを護り育んでくれた。
知ってることだった。
横島さんが暗い闇を心の中に潜ませていた。
知らなかったこと、そして知ってしまったこと。
横島さんが私たちをいつも優しい、温かい瞳で見つめてくれていたこと。
知るまでもなく判っていた。
家族の絆を守ってくれた人。
いつでも自分の意見を押し付けず、私たちが答えを出すまで待ち続けてくれた人。
誰より強く、誰より優しく、誰より悲しい人。
正直私が憧れていた人。
そしてあの時、私が恐怖してしまった人。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
私はあの人について何も知らず、何も知らされない程度の人間だった。
それが悔しい。
横島さんを恐怖してしまったこと。
それが悔しい。
そして情けない。
 
パーン!
 
両手で頬を思い切りひっぱたいた。
 
「美神の家の女は戦う前に負けを認めるようなことはしない。幾度負けようとも最後には勝ち、笑うのが私達の流儀。そうよね?ママ。」
 
「そうよ。それが美神の家訓よ。」
 
「だったらこんなことで諦めて、逃げ出すようなできないわ。ママ、私は横島さんと一緒に戦うからね!」
 
「それでこそ美神の娘よ。」
 
我ながら素直じゃない。
素直じゃないけど、
少しだけ誇らしかった。
 
≪冥子≫
令子ちゃんも~、エミちゃんも~、お兄ちゃんと一緒に行くことを決めたのね~。
でも私は~。
私は~。
お兄ちゃんは~生まれて初めてできたお友達だったわ~。
12神将達を怖がらずに話しかけてくれた初めての人~。
私の傍にいてくれた初めての人~。
私と遊んでくれた初めての人~。
私にお友達を作ってくれた人~。
私がお友達を作れるように強くしてくれた人~。
私を初めて信じてくれた人~。
私を、寂しい気持ちから救い出してくれた人~。
それなのに~。
それなのに私はおにいちゃんを怖がってしまったわ~。
お兄ちゃんを避けてしまったわ~。
お兄ちゃ~ん。
お兄ちゃ~ん。
会いたいよ~。
でも、会えないよ~。
知らず知らずのうちにまた涙が出てきたわ~。
 
「・・・冥子、貴女はどうしたいのかしら~?」
 
「会いたいよ~。お兄ちゃんに会いたいよ~。でも~、会えないわ~。」
 
「どうしてかしら~?」
 
「だって~、私~、お兄ちゃんを怖がってしまったんですもの~。お兄ちゃんを避けてしまったんですもの~。」
 
「・・・少しはしっかりしてきたと思っていたけど~。やっぱりまだまだ子供なのね~。悪いことをしたらいったい何をしなくちゃならないのかしら~。」
 
「・・・謝るの~。」
 
「そうね~。だから横島君に謝りましょう~。許してもらえるまでいっぱいいっぱい謝りましょう~。お母様もいっぱい横島君には謝らなくてはいけないことがあるんですもの~。だから一緒に謝りましょう~?」
 
「・・・はい、お母様~。」
 
お兄ちゃ~ん。ごめんなさい~。
今度あったときはいっぱいいっぱい謝るから~。
だから私も連れて行ってね、
お兄ちゃ~ん。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ゼクウ≫
マスター。
やはりこの方々はあなたのお仲間です。
ですからマスター。
自分をあまり責めないで下さい。
 
「・・・皆様方の決意はわかり申した。・・・某はマスターの過去を知り、この中で最もマスターを知るものと自負しております。マスターの過去につきましては申し訳ありませんがお話しすることはかないません。ですが、それ以外についてマスターの意思に反しないうちのことであればご質問にお答えしようと思います。」
 
「それでは私から質問をさせてもらうわ。横島君は結局何者なのかしら?」
 
「そちらにおられる大樹様、百合子様の実のご子息で、皆様方の味方、皆様方の守護者、皆様方を心より愛しておられる方、そして唐巣神父がおっしゃるとおり、自らの断罪を望んでおられる方です。これが全てではございませんが、嘘偽りもございません。」
 
「横島君は私と同じ時間逆行能力を持ち合わせてるのではなくて?」
 
流石に美智恵殿は鋭いところをつく。
 
「確かに文珠を使えば理論上は可能ですが、恐ろしく制御の難しいものになります。ですのでマスターは自分の力でそれを行いません。」
 
これは嘘ではないだけの軽いペテンだ。
 
「最後に、この間横島君が見せたあれはいったい何なの?」
 
「狂気の顎のことですかな?」
 
「そうよ。あれはいったい何なの?力も、そして何よりあり方が尋常じゃあなかったわ。」
 
「マスターの心の内にある狂気を霊力の源として作り出した霊波刀でございます。・・・本来感情というものは霊力と密接な関係を持ち合わせます。霊能力を持たぬものでも恨みの念が高まれば化生したり呪いを生んだりいたします。とりわけ、負の感情というものは霊力の集中と相性がよろしい。負の感情はその性質上際限なく高まってしまい、その上、特定のものに集中いたしますれば。」
 
そこで言葉を区切る。
 
「某らのような神魔族は本来の意味で肉体を持ち合わせておりませんので感情によって容易に己のあり方が変わってしまいます。故にそこまで感情が高まるということはそれほどありませぬ。あまりに長き時を生きていればそもそも感情というものも希薄になってしまうものもおりますし。しかし人間は肉体を持ち合わせて生きていますれば感情によって己のあり方が変わるということは肉体の呪縛より解き放たれる死を待つより他にありませぬ。そしてそういった感情に慣れるという事態も起こりうるのです。あまりに負の感情を溜め込みすぎては早々に自滅してしまいますれば慣れるほどに感情を保ち続けるものなどそうは居りませぬが。が、そういった感情を抱きつつ長き時間の中を死ぬことができなければ、狂おしいまでの負の感情を抱きながら平静であるという矛盾が起こりうるのです。」
 
ゆっくりと言葉をつむぐ。
 
「マスターが正しくその状態にあります。理由は申し上げられませんが、マスターはその内に様々な負の感情を人間の、いえ、神魔の許容上限すら超えて秘めており、それは悪夢であった某を悪夢だいられなくさせ、霊波刀から僅かに漏れる霊気だけで皆様方の心を破壊しかけるほどに。その上で平静であり、皆様方を愛しておられるのです。」
 
また、傷つけてしまったな。
しかしそれでも教えておくべきなのだろう。
マスターと共に生きる覚悟があるというのなら。
 
「故に、マスターは己の本来持つ霊力で無限の狂気を源とする霊力を制御し、本来己がもつ霊力以上の力を発揮しておられたのです。」
 
某の言葉はそれ以上の質問をさせぬほどにショックを与えたようだ。
なれどマスター。
マスターが次に彼女達に会うときを楽しみに待っていてくだされ。
例え僅かなりとも、マスターの心を救ってくれるはずです。
                    ・
                    ・
                    ・
≪百合子≫
私は母親失格なのかもしれない。
私は忠夫が何でそこまで傷ついているのかも知らない。
そして教えてもらってもいない。
それでも、それでも私は忠夫の母親でありたい。
子育ての楽しみなんか感じさせてくれないような、昔っから男の瞳をする息子だったけど。
私にとっては可愛い息子なのだから。
だからね、忠夫。
こんなにいい娘さんたちを泣かせっぱなしでいるんじゃないよ。
母さんはそんな馬鹿に育てた覚えはないんだからね。
それで、それでもしお前が倒れるようなことがあったら母さんいつでも何処でも助けに行くから。
お前が傷ついたら守ってやるから。
だから忠夫、
少しは母さん達を頼ってちょうだい。
私たちは貴方の親なんだから。



[510] Re[28]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/21 14:26
 ≪横島≫
「横島君。君、横島君やろ?」
 
大学の構内で不意に呼び止められる。
知り合いはいないはずなんだが。
振り返りそこに立っていたのは、
 
「やっぱり横島君や。あ、いきなりごめんな。ボクの名前は鬼道政樹いいます。よろしゅう。」
 
鬼道だった。こちらでは何の接点もなかったはずなんだが。
 
「いきなし呼び止めてごめんな。君と一度会ってみたかったんや。すまないけど今時間あるやろか?」
 
「ないわけじゃないけども。」
 
「よかったら少しつきあってくれへんか?そないに時間はとらせんさかい。」
 
「弟子一人と友人を二人待たせてるんだが一緒でいいか?」
 
「あぁ、かまへんよ。弟子って冥子はんのことか?」
 
「いや、彼女は日本にいるが。正確に言えば彼女は俺の直弟子というわけでもないしな。教えたことは確かにあるが。」
 
「そうか。・・・横島君ご飯食べたか?もしまだやったら一緒にエエか?美味しい料理出してくれるところしっとるさかいに。」
 
「あぁ、かまわないけど。」
 
「ありがとな。」
 
そう言って鬼道は携帯電話を取り出して電話をかけた。
悪意を感じなかったからなし崩しになってしまったが。
 
『あ、ボクや。実は大切なお客さんを迎えたいんで料理の方お願いしたいんやけど大丈夫やろか?うん。僕含めて5人や。ありがとうな。それじゃあよろしゅう。』
 
「待たせてごめんな。で、君のお弟子さん達は何処にいるん?」
 
「もう来てるぜ。」
 
「ちょうどエエか。ほな、ついてきたって。」
 
道々カオスに調子を聞いた。
 
『カオス。調子はどうだ?』
 
『ん?まぁ悪くはないのう。流石に一週間で若返りの薬を作ることはできんし、仮に若返ったとしても脳の許容量が増えるわけではないからいずれは若ボケが始まってしまうんじゃが。』
 
『だから記憶槽を別に作ったんだろう?』
 
カオスは懐から銀色の珠を取り出す。大きさは握り拳ほどだ。
 
『その通り。この珠の原子ごとに情報を書き込んで、分子配列がそっくりそのまま記憶を形成しておる。大体この大きさの珠で記憶槽の役割としてはわしの脳みそと同程度の貯蔵が期待できる。最も、そのせいで分子の結合が甘くなってしまったが、精神感応金属を周囲にコーティングすることでわしの脳とダイレクトに情報のやり取りができ、優先順位の低いものからこの珠の記憶槽に送られるようになっておる上、表面硬度はダイヤモンドと同程度の硬さを実現させた優れもの。正に天才の発明じゃな。』
 
『だが衝撃に弱いんじゃないのか?外側は大丈夫でも中身が壊れたら意味がないだろう?』
 
『そればかりはしょうがないのう。一応バックアップ用に同じものをいくつか作っておるのじゃが。』
 
『保管場所が問題だな。』
 
『そうじゃな。今のところはこれが一つ、隠れ家に二つ、マリアの体内に一つ保管させてもらっておる。近々情報収集用にスパイ衛星を打ち上げて、その中にもう少し大規模なものを保管しようと思っておるのじゃが。』
 
街中でこんな話をしても大丈夫かとも思うが、古フランス語でしゃべっていれば誰にもわからないだろう。
 
「ここや。」
 
鬼道が案内したのは普通のアパートまぁ、イギリスの感覚だから日本のそれよりは広いのだろうが。
 
「ここはボクの先輩の家なんやけど先輩はレストランを開くのが夢やそうで料理のうでやったらロンドンのどの料理屋よりよっぽど上手なんや。」
 
鬼道がドアをノックすると内側からドアが開いた。
そこにいたのはやはり魔鈴さんだった。
 
「いらっしゃい。鬼道君。皆様も初めまして。魔鈴めぐみといいます。」
 
「横島忠夫です。急に押しかけてすいません。こっちは弟子の伊達雪之丞です。」
 
「わしはドクター・カオスじゃ。こっちはマリア。」
 
「ミス・魔鈴。初めまして。」
 
「まぁ!貴方があのヨーロッパの魔王、ドクター・カオスなのですか?お会いできて光栄です。」
 
「わしも東洋の魔女、魔鈴の名前くらいは聞いたことがある。失われし白魔女の技を現代によみがえらせているようじゃの。」
 
「感激です。鬼道君もドクターをお呼びするならちゃんとそう言ってくれればいいのに。ちゃんとしたご招待をしなくちゃいけないんだから。」
 
魔鈴さんが指をパチンと鳴らすと普通のアパートの一室が異界に繋がって周囲の装飾がおどろおどろしいものに変化する。
相変わらずだな。
 
「ほう、このアイアンメイデンはエリザベート=バートリーが使っていたものと同じ型じゃの。」
 
「さすがドクター。お目が高いですわ。」
 
「あのな~先輩。確かにドクターも大切なお客さんやけどボクがもてなしたかったんはこっちの横島君のほうなんやけど。」
 
「え、あら、ごめんなさい。私ったらドクターにお会いできてすっかり舞い上がっちゃって。」
 
「かまわないですよ。それにユリンも喜んでいる。」
 
影の中からユリンを呼び出す。
 
「へぇ、それが横島君の式神のユリンか。・・・でもそれにしたら。」
 
「鬼道君。この子は式神じゃなくて使い魔よ。それも恐ろしく強力な。まさかこんなに強力な使い魔を従えてる人間がいるなんて。下手な魔族以上の魔力を感じるわ。」
 
「おっしゃるとおりユリンは式神ではなくて知り合いから譲り受けた使い魔です。六道の家と親しくさせてもらっているので世間では式神使いで通ってますけど俺は式神使いではないんですよ。」
 
「そうやったんか。」
 
「ノワール。お前もご挨拶なさい。」
 
「初めましてにゃ。魔鈴ちゃんの使い魔ネコのノワールにゃ。」
 
「あぁ、よろしく。」
 
ノワールの前足を握って握手をする。
 
「まぁ。・・・料理の用意ができていますからお食事にしましょう。」
 
テーブルの上に並べられている料理は7人分。
 
「ソーリー、ミス・魔鈴。マリア、食べられません。」
 
「あら、お料理が一人分余っちゃいましたね。ユリンちゃんは食べられるのかしら。」
 
「基本的に何でも食べますよ。」
 
「だったらノワールと一緒に食べちゃってくださいな。」
 
「すいません。」
 
「いいんですよ。せっかく作ったんですもの。」
 
そのまま和やかな雰囲気で・・・インテリアはともかく。・・・食事が終わった。
魔鈴さんの料理はすばらしいものだった。
 
「さてと。改めまして自己紹介をさせてもらいます。ボクの名前は鬼道政樹。あの大学の一年生で、オカルトの研究のためにこちらの大学に寄せてもろてます。式神使いで専攻は東洋魔術です。」
 
「魔鈴めぐみです。大学の三年生で、と、言っても年齢は鬼道君と同じ19歳なんですよ。西洋魔術を研究するためにこちらで勉強しています。」
 
「俺の名前は横島忠夫。G・S兼大学生で法学部二年に所属して、いまこっちの大学へは一年間の留学できました。」
 
「俺は伊達雪之丞。こっちの師匠にくっついてきたけど中学生。」
 
「わしはドクター・カオス。この横島と親交を結んで100年ぶりくらいに表に出てきたわい。知ってると思うが専門は錬金術。魔科学。心霊医学なんかじゃな。基本的にはオールマイティーの天才じゃが。」
 
「ドクター・カオスの助手でマリア、言います。ミスター・鬼道。ミス・魔鈴よろしくおねがいします。」
 
「ほな自己紹介も終わったところで早速本題に入らせてもろてもええかな?ボクはずっと横島君に御礼を言いたかったんや。おおきに。」
 
そういって頭を深々と下げた。
 
「感謝される記憶がないんだが?」
 
「横島君は六道家の冥子ちゃんの先生なんやろ?」
 
「一応そうだけど。」
 
「だったらやっぱり恩人や。ありがとうな。」
 
「どういう意味だ?」
 
「ボクの家は平安時代から続く陰陽師の家系なんやけど、その後没落を重ねて今ではすっかり雑魚式神使いに成り下がってしもうた。おいで、夜叉丸。」
 
鬼道の影から式神の夜叉丸が出てくる。
 
「夜叉丸自体は式神の中でも六道の12神将に次ぐくらいに強力なんやけど使い手がヘボやったらどうしようもないわ。それでもおじい様は事業に手を出して成功したんお陰で何とか名門の看板を守ってこれたんや。けど、父さんが阿呆で、六道の冥華はんに求婚して断られた腹いせに事業の方で圧力をかけようとして返り討ちにあったんや。事業は失敗につぐ失敗。その上プライドを捨てて六道家に借金に行く有様。当然断られたんやけど今度はそれを逆恨みしてボクに六道の式神使いを倒させんと修業を課し続けた。お母様もそんな父さんに愛想を尽かして離婚して、それを逆恨みしてさらに修業を課して、ボクを自分の復讐のための道具に仕立て上げたんやな。」
 
苦笑しながら鬼道は語る。
 
「敵情視察のつもりでこの間のG・S資格試験を観戦したのが運命の分かれ道というやつや。その時の冥子ちゃんの戦いぶりを見て、憑き物が落ちる気分やった。ほんまの式神使いの戦い方っちゅうやつはああいうのをいうんやな。式神を道具にするんやのうて、式神と一緒に戦うっていうんやろうか。式神使いとして絶対勝てへん。そう思うたら父さんから押し付けられた復讐心なんぞスーって抜け落ちてしもうた。思えば、大切な友達の夜叉丸にも辛いことさせてきたしな。ボクは冥子はんと君のお陰で人の道も式神使いとしての道も踏み外さんですんだんや。だから冥子はんと君はボクの恩人や。ホンマおおきに。」
 
もう一度頭を大きく下げる。
 
「俺が何をしたわけじゃないさ。」
 
「それでもこうせんとボクの気が済まんのや。」
 
生真面目な奴。好感は持てるけどな。
 
「で、お前の父さんはどうしたんだ?」
 
「父さんか?今頃臭い飯でも食うとるやろうな。ボクが復讐の道具にならんと知ったら他の陰陽師なんぞと結んで六道潰しに加担して、東京の霊的守りを緩めて回ったんや。それも君たち六道のG・Sに防がれて逮捕されてしもうた。もう鬼道には元・名門の名前もあらへん。汚名はあってもな。裸一貫、ボクと夜叉丸がおるだけや。」
 
晴れ晴れとした笑顔でそういった。
 
「でも、このまま負けっぱなしって言うのも癪やし、式神使いとして勝てへんでも霊能家としてまだ冥子はんに勝てへんと決まったわけやあらへんからな。お母様の伝で援助してもらって、こうしてイギリスで勉強してるってわけや。いつか君や冥子はんに御礼がしたい。困ってることがあったら手を貸したい。そう思ってるんや。」
 
「お前だったら冥子ちゃんの助けになれるさ。」
 
「おおきに。」
 
鬼道は俺の知らない、晴れ晴れとした男の顔をしていた。
同時にそれは、俺の行動が俺の知り合いの人生に直接的だけでなく、
間接的にも作用し始めたということだ。
今回はいいほうに作用したようだが、
これまで以上に気をつけなければならない。
俺以外の誰も不幸にしないために。



[510] Re[29]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/22 05:46
 ≪横島≫
ヴァチカン市国はローマ法王を国家元首とする独立国家であり、
ヨーロッパの精神世界において可であれ不可であれ絶大なる影響を及ぼしている。
当然ヨーロッパ全土のキリスト教系G・Sとも深いつながりを持っており、ほぼ全てのG・Sに何らかの影響力を与えることができる。
そしてヨーロッパにいるG・Sのおよそ半数は直接的、間接的に命令を下すことができると考えてかまわない。
故に、ヴァチカンが異教のG・Sを雇うなどということは本来前代未聞であるし、ましてや留学中の学生とその弟子を日本G・S協会を通して召喚するなどということは普通では考えられない。
 
「一般には極秘扱いになっておりますが、この宮殿の地下には永いヨーロッパの歴史上、人類が出会った様々な災厄が封印されています。破壊が不可能な魔具、除霊不能な悪魔などです。」
 
「お話は窺っております。枢機卿。この地下に封印されている【ラプラス】を相手にすればよいとか。」
 
「ええ。ここです。」
 
核シェルターの扉のような大仰な扉が上にせりあがる。
 
「おおよそ考えられる限り最強の結界です。中のものが一つでも漏れたら文明が滅びてしまうかもしれませんので。」
 
「なぁ師匠。【ラプラス】って【ラプラスの魔】のことか?」
 
「ん?勉強してるな。だが少し違う。【ラプラスの魔】はナポレオン時代の数学者。ピエール=シモン・ド=ラプラスが考え出した数学的な仮説だ。大雑把に言えば『無限の思考力と無限の計算能力を備える【悪魔】がこの世に存在するならば全宇宙全てのあり方を知り、過去、未来を余すことなく知ることができる。我々にそれができないのはその方程式があまりにも複雑すぎて、未知数が多すぎて計算できないからだ。』ってとこだな。世界のあり方は既に定められているって言う一種の宿命論だよ。」
 
「なんかむかつく考え方だな。」
 
「まぁな。だが、この仮説の根底にあるのはアイザック=ニュートンのニュートン力学なんだが、当時と違って現代物理学では物質のあり方っていうのはそういった確固たるものではないって言うのが通説だ。量子力学なんかはそれでは説明がつかないし、電子、陽子、中性子なんか発見される以前の仮説だからな。無論、霊力なんてものは考慮に入っていない。」
 
「んじゃあ【ラプラス】って言うのはなんなんだ?」
 
「元をたどればギリシャ神話にたどり着く。パンドラの箱から逃げ出すことができなかった唯一の災厄。【前知魔】って言うのが本来の名前だ。【ラプラス】っていうのは後々つけられた名前だな。さっきの【ラプラスの魔】から採られたんだろう。元々ギリシャ神話の中では予言は重要な位置にあると同時に持ち主に不幸を呼び寄せた。ティターン神族の【先に考える者】プロメテウスは神々の破滅を予言したがそれをゼウスに教えなかったがために長きに渡り苦痛を与えられ続けた。トロイ戦争のカサンドラ王女はアポロンから求愛されたときその代償に外れる事のない予言の力を与えられたが、その力でアポロンに捨てられボロボロにされてしまう未来を予言してしまったがために求愛を断り、怒ったアポロンから予言を誰からも信じられない。という呪いをかけられた。カサンドラ王女はトロイ戦争の敗北を予言し、自らが暗殺されることを予言しながら誰からも信じられず予言どうりに暗殺されてしまった。」
 
「要するに予知能力の悪魔ってことか?」
 
「それも完全な予知。全てを見通す目とも言っていいでしょう。」
 
「事前に未来を知ってしまえばそこには希望も何も残らない。それが変えられない未来ならなおさらだ。」
 
俺はそこでいったんそこで言葉を切った。
 
「それ以上に、変えることが可能だったとしても未来を事前に知って、歴史を変えようなんてのは余程罪深いものだ。歴史って言うものはそれこそ多くの人間の苦悩があって、決断があって、悲しみがあって、例えそれが滅びの未来だとしても歴史を変えるなんていうのは許されるべきことではないんだ。」
 
例えば、時間を逆行をして未来を変えるとかな。
例え、それが滅びの未来だとしても変えることは許されない。
それでも、俺は・・・。
 
「カトリック教会もそのことは考えているはずだ。」
 
「その通りです。ですが、【ラプラス】を捕らえた当時の法王猊下はその罪を自ら被ってなお、多くの人間が不意の事故で亡くなることを防ごうとされました。」
 
さて、どうかな。
 
「キリスト教はその祖からして全ての民の罪をその身に被ったといいますしね。」
 
「真にその通りです。」
 
だが、俺の罪は俺のものだ。
 
「さて、ここからはあなた方だけでお願いいたします。【ラプラス】は最も奥の牢に捕らえてあります。私との会話はこの通信機で。」
 
「仕事の中身は承っています。」
 
俺は雪之丞を伴って奥に潜っていく。
 
「あの牢に捕らわれているのは不和を撒き散らす【不和の侯爵】アンドラスだ。弱いものいじめは好まず、同程度の力を持ったもの同士の泥仕合を好む。第一次世界大戦はこの悪魔が暗躍したらしい。あの牢にいるのは【黒死病】だな。ペスト自体は病気に過ぎないが、最初にそれを撒き散らしたのがあれだ。
あの牢で暴れているのは。【無価値なもの】ベリアルの分霊だな。それもかなりできのいい奴だ。」
 
授業をしながら奥に進んでいくと最も奥の最も厳重な牢にそれはいた。
 
「やぁ・・・来たね。ふかかいさん。」
 
「ふかかいさん?」
 
『奴の言葉に耳を貸すな。気にせず仕事を続けてください。』
 
「用件はわかっているな?」
 
「あぁ、100年に一度私に占いをさせるのが昔からの決まりだ。次の世紀に何か破滅的な災難が起きないか・・・人間は知らずにいられないんだ。くっくっく。馬鹿なことだな。知ったところでどうすることもできないのに。100年前、私は二度の世界大戦を予告した。それを聞いた奴は自殺したよ。私の予知はどうあがいても避けることが不可能な事実の予告なのだから。それでも聞きたいのかね?知っても不幸になるだけだぞ。」
 
「不幸かどうかは当人が決めることだ。・・・そこにいる限りお前の能力は制限されている。触ったものの100年先までの未来しか予知できない。法王がこれから100年使う予定の日記帳を渡せばおおよそのあらすじは読めるというわけだ。」
 
俺はシュートに日記帳を入れた。
 
【ラプラス】はそれに触れようとしない。
 
「君は世界で最高のG・Sだ。私は100年前に君の存在を知り、今日この日、君を呼び寄せるようにあの日記に書いた。あいにく私は暇でね。この100年間君と遊びたくてうずうずしていたのだよ。」
 
「どういう意味だ?」
 
「なに、この退屈な牢獄生活に娯楽を提供してもらいたいのさ。君の体の一部。そう、髪の毛を一本くれたまえ。そうすれば君の人生を見て楽しむことができる。くれれば未来を予言してあげよう。」
 
「俺の、未来か。」
 
『どうする?奴は本気だ。恐らく君が髪の毛を渡さなければ予言はしないだろう。』
 
「今まで私が見た人間の未来はどれも同じで退屈だった。私の見た自分の未来を聞かずにいられず、その後絶望・・・そして破滅。そればかりだ。君には違う反応が期待できるかもしれない。私はそれが知りたくてたまらないのだ。君が聞きたくないのなら私は話さないから安心したまえ。」
 
俺は文珠で通信機を妨害すると、自分の髪の毛を抜いてシュートの中に入れた。
 
「くくく。まさかこうも易々と渡すとは。これだけでも予想外だ。実に面白い。」
 
「お前は【前もって知る者】であって【全てを知る者】ではない。お前の予言は外れることはないかもしれないが、未来が変化をすれば過去をさかのぼってお前の出した予言のほうが変化をする。世界はより自然な状況を望むからな。世界の修正能力が無数の可能性の中から都合のいい現実を選び出し、作り変える。お前の予言は外れなくとも未来は変えられる。違うか?」
 
「何故そういいきれる?」
 
「世界の未来を全て知るということは、世界そのものに力を働きかけるということだ。そんな真似は神魔の最高指導者にだってできないよ。もし仮にそうでなかったとしても運命ごとねじ伏せる。」
 
「くくく、面白い。面白いなぁ。もう少し話していたかったが、もう予言は終わってしまったよ。さぁ、もっていくがいい。」
 
「確かに受け取った。それでは失礼するぞ。【先に考える者】よ。」
 
俺はきびすを返してもと来た道を帰る。
 
「師匠。【先に考える者】って、さっきの話し出てきた。」
 
「あぁ、多分あいつの本当の名前はプロメテウスだろう。キリスト教が土着の神を魔族に堕とすのは習性みたいなものだしな。【前知】がパンドラの箱から逃げ出すことがかなわなかったのは最初から箱の外にあったからだろう。元々プロメテウスは人を作り上げ、知恵を与え、自らに罰が課せられることを知りながら人間に火を与えた。火を与えられた人間を苦しめるためにゼウスが画策することを知ると箱の中に希望を閉じ込めた慈悲深き巨神だ。ギリシャ神話の中で最後まで箱に閉じ込められていたものの名前は【希望】なんだよ。・・・予想でしかないが、あいつは人間を災厄から救いたくてあそこに閉じ込められているのではないかな?最も、人間はいつもそれをいかす事はできなかったようだが。」
 
俺は枢機卿に日記を渡し、報酬を受け取った。
当初の予定では50億だったのだが、髪を渡したことと口止め料を込みで100億の仕事になる。
これで山や島を買う資金がつくることができた。
                   ・
                   ・
                   ・
≪プロメテウス≫
「やれやれ、私の正体に気がつくとはね。」
 
笑いをかみ殺しきれない。
災厄を予見しながら災厄を防ぐことができずに全てに絶望をしていた私は久しぶりに心が救われる気がした。
あれほど愛した人間が、私の与えた火を用いて殺しあうことをどれほど悔やんだことか。
それでも、それでもあの時私が人間に知識や火を与えずに入られなかったとしてもだ。
彼ならあるいは、私の予言を変えてくれるかもしれない。
彼から渡された髪の毛をつまんで彼の未来を予知する。
 
「くっくっく。やっぱりな。見えているのはずなのに私には理解することができないか。」
 
未来は見えている。だがそれが私にはなんなのか解らない。
解すること不可なり。
正に不可解。
 
「おもしろいなぁ。これほど面白いとは思わなかったよ。」
 
横島忠夫。私の愛する人間を、どうか災厄から守ってあげて欲しい。
よろしく頼んだよ。
不可解さん。



[510] Re[30]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/23 00:12
 ≪雪之丞≫
畜生!ちっとも当たりゃしねえ。
俺が左右の連打から右足足刀につなげるコンビネーションを使っても、上体の動きと、足を半歩動かしただけでかわされてしまう。
我武者羅に霊力を収束させた霊波砲、ただ垂れ流すんじゃなくて一発一発を銃弾みたいに収束させて、収束させた反動で発射速度を高めた霊弾をマシンガンみたいにぶっ放す。
超至近距離で撃ったそれすらかわされた。
そしていつの間にやら胸元に掌が添えられていて思い切り押し飛ばされた。
相手は直径50cmくらいの円から一歩も動いてねえっつうのにだ。
 
「まだまだだな。白龍寺で基礎はやってきているし、お前には霊波砲の撃ち方と収束法、霊的格闘を集中的に教えてるからそっちの腕は決して悪くはないんだが・・・。実際問題霊的格闘に限ればお前は令子ちゃんたち以上に伸びてるしな。」
 
少し考え込んで。
 
「今のでお前が犯した最大のミスは我武者羅に撃った霊波砲、霊波砲を撃つこと事態はそう悪くはなかったんだがお前、前に教えたとおり霊力を収束させて撃ったろう?」
 
「その方が弾速も威力も上がるって言ったじゃねえか。」
 
「それはそうなんだが、あんな至近距離で撃つときは弾速の差なんてあんまり関係ないぞ?それ以上に霊力を収束させるときの刹那とはいえできるタイムラグのせいでかえって時間はかかるし相手に避ける時間を与えてしまう。もう少しその辺の状況も考えろ。」
 
「あぁわかった。で、なんで俺の攻撃が全くあたらねえんだ?師匠の攻撃は全部当たるのに。」
 
「そもそも身体能力、技術、場数、全部俺のほうが勝ってるんだから早々当たるものではないんだが・・・。当たらない理由は主に攻撃自体がひどく避けやすいって言うのがあるな。お前は手数は出してもフェイントがない上攻撃が素直すぎてひどく避けやすいぞ?それに攻撃をする部分を目で追う癖があるからどこをどのタイミングで攻撃してくるかが一発でわかる。」
 
ぐっ・・・。
 
「んで、避けられない理由だけど、察知能力が低すぎる。感知器官を特定するんじゃなくていくつも組み合わせて判断しろ。視覚に頼れば見えない相手に苦戦する。聴覚に頼れば霊体を相手にできない。殺気を感知しても殺すことを罪悪と感じてない相手は殺気がでないからわけもわからないうちに殺されるだろうし、霊力感知に頼れば霊波迷彩装備をした相手に手も足もでないだろう?」
 
確かにその通りだ。
 
「あと、攻撃が放たれてからでは遅いんだよ。俺だって基本的には撃たれた後の銃弾は避けられない。」
 
おい。撃たれる前なら避けられるのか?
撃たれた後でも応用的には避けるのか?あんたは。
 
「神族や魔族、妖怪なんかの中には人間の出せる速度を遥かに超えたスピードを出せる連中がいる。獣人族や韋駄天みたいにな。そういった連中を相手にするときは攻撃の起こりを見極めて回避動作にはいる必要があるんだ。・・・そうだな。今日は視覚を使った【観の目】を教えておこう。」
 
ホワイトボードを持ってきて講義が始まる。
 
「簡単に言えば全体を見ることなんだ。そこいらの格闘家はどうしても手とか足とかの部分を集中的に観察してる。お前もそうじゃないのか?」
 
「あぁ。」
 
「大体人間の視野角は180度にも満たない程度でしかないんだが、その中でもとりわけ焦点を置いてる極僅かな部分以外は見えていても理解できていない状態にあるわけだ。【観の目】というのはその理解できていない部分を見ることだな。格闘戦に限れば攻撃する際に必ず予備動作が入る。パンチを放つ前には必ず先に肩が動く。蹴りを出す前には必ず脚の筋肉が動く。攻撃を放つ前には人間の瞳孔は収縮する。お前じゃないが攻撃をする箇所を見てしまう奴もいる。・・・まぁそれがフェイントであることもあるんだが。そういった部分を攻撃が放たれる前に察知し回避行動に移るんだ。」
 
簡単に言ってのけるがなぁ。
 
「物は試しだ。やってみろ。」
 
師匠と対峙する。最初のうちはそれだけで何もできなかったもんだ。
肩が動いた。
顔面に飛んでくる拳をすんでのところでかわす。
避けられたことに喜び気を抜いた瞬間、伸びきった腕が真横に振るわれて吹き飛ばされた。
 
「阿呆!避けられただけで気を緩める奴があるか。残心を忘れるなっていつも言ってるだろうが。死ぬぞ?」
 
あぁそうだったよ!くそったれ。
我がことだからこそ腹が立つ。
 
「・・・まぁ一発で感覚を掴んだのは凄いよ。後はそれを意識しないでもやれるようになれば大分違ってくるはずだ。ただ、さっき言ったとおり視覚だけに頼るなよ。」
 
「あぁ、わかった。師匠、もう一本頼む。」
 
師匠はやっぱり強い。白龍寺では今の自分の強さになるのにどれだけ時間がかかったことか。
今なら一流の格闘家だろうが、妖怪だろうがそうやすやすと負ける気はしねえ。
だがそれでも、師匠にはまだ全然勝てる気がしない。
結果、その日も惨敗。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
「呼び出してすまないね。」
 
西条に呼び出されてオカルトGメンロンドン支部にやってきた。
雪之丞とカオス、マリアを連れてきたのだが、中には鬼道と魔鈴さんも待機していた。
 
「雪之丞君。すまないがこれから機密情報を含んだ話をしなくてはならないんだ。すまないが部屋から出て行ってもらえるかな?」
 
「ちょっと待てよ!俺だって手伝うぜ!」
 
「雪之丞。悪いが先に帰ってくれ。」
 
「師匠!」
 
「雪之丞。G・Sというのは単純に事件を解決できればいいって物じゃない。依頼人を危険にさらすわけにはいけないだろう?」
 
「どういうことだよ?」
 
「西条がお前の参加を拒否する以上この事件は危険を伴う可能性が高い。そして今回の依頼は西条個人的なものかもしれないが、こうしてGメン支部に呼ばれた以上Gメンと全く係わり合いがないというわけではないんだろうさ。お前はG・S免許も取ってないし、まだ中学生だ。仮にお前の活躍で事件が解決できたとしても中学生で無免許の人間をGメンが危険な任務に使ったなんて話が伝わればGメンも西条もただではすまないだろう?」
 
「・・・・・。」
 
「普通の事件なら師匠の俺が責任を取れば問題はないんだが今回は公務員が依頼人なんだ。悪いが諦めろ。」
 
「わかったよ。」
 
不承不承という感じで雪之丞が出て行った。
 
「すまないね。横島君。」
 
「いや、最初からつれてくるべきじゃなかったんだ。こちらこそすまん。」
 
「ふん。わかっててつれてきおったくせに。おおかたあの小僧に今聞かせた説教、G・Sとしてのありかたを聞かせるためにつれてきたんじゃろう?」
 
「カオス。・・・わかってても言わないのが日本人らしい大人の配慮というものだぞ?」
 
「日本人みたいに思ったことをはっきりと口に出さないのは欧米では美徳にはならん。それにわしは日本人ではないしのう。」
 
「話をはじめていいかね?」
 
「すまん。」
 
「最近ロンドン市内で殺人事件が多発している。被害者は既に14人。例外なく心臓が無くなっているが死因は毒殺。毒物の特定はできないが、毒蛇類の神経毒に近いらしい。毒の混入方法も被害者の手足から大型の蛇の牙らしい跡が発見されているから恐らく間違いないだろう。現場のいくつかから強い魔力反応が検出されたためにオカルトGメンではこの事件の背後に魔族が絡んでいると断定した。」
 
「蛇の大きさなんかはどれくらいなんでしょう?」
 
「牙の間隔などから判断して、一番大きいものは推定体長は15mを超え、キングコブラよりもずっと大型だと思われる。」
 
「ロンドン市内でその大きさはありえんやろうな。」
 
「当然だ。第一ロンドンの気温ではそんなに大型な蛇が自然に存在できる環境じゃないし、動物園や各種研究機関、愛玩動物として飼われていた記録にあるものの中からそんなに大型の蛇が逃げ出したという報告はない。さっき言ったとおり魔力の検出も確認されているしね。一刻も早く犯人を逮捕しなくてはならないためGメンではカンタベリー大聖堂の大司教を通してイギリスのG・S協会に協力を要請していたのだが、結果は芳しくない。そこで、君達にも協力をして欲しいと思って呼び出したんだ。3人はそれぞれの分野で優秀なG・Sだと聞いているし、ドクターはG・S資格こそ持っていないがその能力に疑う余地はないからね。」
 
「当然じゃの。マリアならば毒なぞもとより効かんし、対魔族用装備の方も既に実装が完了している。」
 
「イエス。ドクター・カオス。」
 
「よろしく頼む。今のところ手がかりは少ない。十分注意してくれ。」
 
「西条。以前言った件だが契約書をかわしてもらう。」
 
「君はこんな事態でもまだそんなことを言うのか!」
 
「無論、事件の犯人には然るべき措置はとる。例外を作りたくないだけだ。」
 
俺と西条は睨み合う。
 
「・・・事態が事態だ。契約書をかわしたところでそれが効力を持つかどうかわからんぞ?」
 
「当然だな。俺との契約以上に、G・S規約の方が優先順位が高かろうよ。」
 
「それがわかってるならいい。さっさと契約書を渡したまえ。」
 
「すまないな。」
                   ・
                   ・
                   ・
≪雪之丞≫
師匠が言っていることはわかる。わかるがムカツク。
なんてことはない。ガキでしかない自分にむかつく。
俺はまっすぐには帰らずイライラしながら街中をぶらぶらしていた。
 
「・・・なんだ?魔力?」
 
微かに魔力がどこかから漏れ出していた。俺はそれに引き寄せられるように路地裏に入り込んでいった。
師匠に習ったように霊力の放出を抑えて穏行をする。
 
結界が張られていて、その中は濃密な魔力が溢れていた。
魔都倫敦とはいえ何で街中でこんなに。
 
「貴様ほどの魔族も、脆弱な人間を守りながらではこんなものか!」
 
「クッ。」
 
片方は20mほどの黒い蛇。周囲には何十という蛇が従うように集まっていた。
もう片方は梟の頭をして翼を生やした人型の魔族。なぜかその背中に人間の女を庇っている。
人型の魔族の力はゼクウと比べても恐ろしいもので、口から炎を吐き、翼から暴風を生み、水の壁を作って蛇たちに対抗していたが女を狙われると身体を張ってそれを庇い、全身から血を流し続け、巨大な蛇の尾に張り倒される始末だった。
 
「ふん。因縁ある貴様ではあるが、そこまでふぬけた貴様なんぞわが眷属だけでも十分だ。せいぜいあがくがいい。」
 
巨大な蛇はそういい残すと闇に解けるように消えていった。
後に残されたのは満身創痍の魔族とその魔族に寄り添う女。
魔族はそれでもなお獅子奮迅の働きをするがやがて数に押されて女を守りきれなくなっていた。
 
「メアリー!」
 
俺はじっとしていられずに霊波砲を収束させてビームのような細い帯状にして襲いかかる蛇を薙いだ。
 
「ちっ!助けてやるから事情を説明しやがれ!」
 
「誰かは知らぬが礼を言う。」
 
こいつ本当に魔族か?
 
蛇自体の強さはそれほどでもないお陰で俺でも対処はできた。
女を守る負担が減った魔族は怪我を思わせない戦いぶりで蛇たちを焼き殺していった。
程なく、蛇たちを全て滅ぼした。
 
「足元!」
 
魔族から警告が飛ぶ。
全て殺したと思って油断していたが一匹のこっていた。
すぐさま魔族の吐き出した炎が蛇だけを焼き殺したが、咬まれた脚から力がドンドン垂れ流されていくような感じがする。
どうやら毒を食らったらしい。
 
「ざまあねえな。師匠に残心を忘れるなっていつも言われてたっつうのに。」
 
俺は、このまま死ぬのか?
意識が暗転した。



[510] Re[31]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/23 21:43
 ≪魔鈴≫
横島さんの使い魔、ユリンが分裂して飛び立ったことには驚きました。
あれほど強い力を持つ使い魔なんて神代の魔法使いでさえ使役できなかったでしょう。
ユリンちゃんはすぐに魔力を感知して、私たちは全員でその地点に移動します。
果たしてそこにいたのはぐったりと倒れている雪之丞君とそれを押えつける魔族でした。
私も、西条先輩も、鬼道君も雪之丞君の救出に動こうとして、
動けませんでした。
 
「人の弟子に何してやがる。」
 
静かな声と共に横島さんの背中から立ち上る怒気、殺気、そういったものが私たちから動く力を奪っていた。
いいえ。
動くことを許してくれなかった。
私たちの前にビー玉のような珠が5つ現れます。
【防】【守】【遮】【隔】【賽】それぞれに文字が浮かび上がり、強力な結界が私たちと横島さんを分け隔てました。
横島さんから出ていた圧力がそれと共に消えます。
いいえ、この結界が私たちを守ってくれているのでしょう。
 
「横島君。きみ、」
 
「霊波刀定型式壱の型、恐怖の腕(かいな)。」
 
横島さんの左腕が霊波に包み込まれてまるで巨大な爪を持つ爬虫類のそれのように変わります。
これほどまでに強力な結界に守られてなお、先ほど以上の衝撃が私の心に襲い掛かってきました。
理由もなく、とにかく怖いのです。
こんなものを直接浴びせられたら。
 
「メアリー!」
 
人間がいました。魔族が人間の女性を恐怖から守るように翼を広げて包み込みます。
横島さんもすぐさまに腕を引っ込めました。
圧力がすぐに退いていきます。
魔族に守られていた女性は気を失ってしまいました。
 
「お前たちはその人間の知り合いか?私にその人間に危害を加える意思はない。この場は納めてもらえないか?」
 
「魔族にそう言われてハイそうですかなどとすぐには信じられんのう。じゃが、おぬしの行動に不可解な点があるのもまた事実じゃ。事情を聞かせてもらえるかの?横島。お前も一度引け。どうも雰囲気が雪之丞に危害を加えていたようには思えん。」
 
先ほどまでの圧力の中でも平然としていたように見えるドクター・カオスが交渉に入る。ヨーロッパの魔王の名前は伊達ではないということですか。
 
「しかし。」
 
「わし以外のものは見てもわかる通り東洋人じゃし、わし自身は無宗教じゃからのう。おぬしと共にいたという理由だけでそちらのお嬢さんに危害を加えたりはせん。それにおぬしが関わっておるかどうかはわからんが、雪之丞の状態を見る限りわしらが追っている事件と無関係とも思えん。素直についてきてくれればこちらとしてもありがたいんじゃがの。」
 
雪之丞君の姿をよく見ると脚に蛇か何かに咬まれた後があった。
一瞬でそこまで観察していたの?
 
「・・・わかった。」
 
「・・・これを彼女に。今のままではトラウマを残してしまうだろうから。」
 
横島さんが魔族に【忘】という文字の入った珠を魔族に渡した。
 
「文珠か。すまない。」
 
「いや、怒りに我を忘れて周囲が目に入っていなかった俺の落ち度だ。すまなかった。」
 
「とりあえず交渉の席には着いてくれるようじゃの。」
 
「あぁ。」
 
「横島。あまり人目につきたくはない。文珠でわしの隠れ家まで運んでくれんか?」
 
「わかった。」
 
横島さんが【転】【移】という珠を出し、それが光ると一瞬のうちに知らない部屋に立っていました。
瞬間移動。
これは失われた魔法?
 
「さて、自己紹介からいこうかの?わしはドクター・カオス。こっちは助手のマリアじゃ。」
 
ドクターにならって自己紹介を始めていきます。
魔族あいてに自己紹介をすることになるとは思いもよりませんでした。
私は魔女だからまだいいですけど、西条先輩なんかは複雑な心境でしょう。
 
「俺の名前はアモン。こっちは私の娘のメアリーだ。人間だが俺の娘であることは間違いない。」
 
「アモン?ソロモン72柱の魔神、【はかりしれぬ者】アモンか?」
 
「その通りだ。」
 
アモンは肌の青い男性の姿をとります。
エジプトのファラオのような姿です。
 
「何でそんな大物が人界にいるんだ?」
 
「メアリーを迎えに来るためだ。」
 
「横島君。情けない話なんやけど、ボク魔族についてはあんま詳しくないんや。少し説明してくれんやろか?」
 
「アモンは【炎の侯爵】の異名を持つ大悪魔で、【魔王】アシュタロスの部下でもある。出自はエジプトの古代神アメン。元々は風の息吹に秘められた生命力の神格化といわれているが【はかりしれぬ者】の名前が指し示すとおり、その性格は白紙に近いほど特異な性格を持っていなかったと伝えられる。そのために他の神をドンドン吸収していって、海の神、創造神、とも言われるようになり、豊穣神ミンを吸収してアメン・ミンに、太陽神ラーを吸収してエジプトの最高神アメン・ラーとなったと伝えられる。」
 
「概ねその通りだな。そして唯一神教の台頭によって魔に堕とされたのがこの私だ。」
 
「いずれにせよ、魔界でもお前みたいに強力な悪魔を人界にやることはないはずだ!」
 
「その通りだが、今回は神魔界の許可は取ってある。無闇に人界を荒らさないことと魔界正規軍に編入することを条件にな。」
 
「魔王の側近の地位を捨ててか?何故それほどまでして。」
 
「俺にとってメアリーはそれだけの価値があった。それだけのことだ。」
 
「・・・わかった。事情を説明してもらおうか。」
 
「仕方あるまいな。俺は今言ったとおり、神魔界の許可を得て人界に来ているのだが、俺を追って魔族がひとりやってきてしまったのだ。その少年はメアリーを庇って戦ってくれたのだが、奴の眷属にかまれてしまった。」
 
「するとその魔族が事件の真犯人というわけか。その魔族は何者なんだ?」
 
「奴の名前はアポピス。俺と因縁深い魔族だ。」
 
「【太陽を食らう蛇】アポピス・・・エジプト神話最大クラスの魔物か。」
 
「その通り。彼はメアリーを守ってくれたのだがその折に奴の眷属にかまれてしまった。今は彼とかりそめの契約を結んで毒の進行を抑えている。」
 
「誤解とはいえすまなかった。」
 
横島さんがアモンに深く頭を下げます。
 
「かまわない。元々は俺が人界を巻き込んでしまったのだ。すまなかった。」
 
驚いたことにアモンまでもがこちらに頭を下げました。
 
「魔族っていうんはこういうもんなんか?なんだかイメージとちがうんやけど。」
 
「彼の方が特別なのよ。キリスト教によって魔に堕とされた神はかなりの数に上るわ。その中には決して邪悪ではない神も多くいたはずよ。まして人間を創造したなんて神話が残っているような神ならなおさら。そういう意味では私たち魔女と同じかもしれません。白魔女の多くはキリスト教以前の信仰を捨てなかったり、民間療法や土着の療法を駆使したヒーラーだったり、キリスト教徒は相容れない秘術を継承しただけの善良な人間だったはずですから。」
 
「横島。悪いがこのメモに書いた材料を集めてきてくれ。毒の解析と解毒剤の生成をするからのう。」
 
「わかった。」
 
そういって横島さんは部屋から出て行きました。
 
「さて、おぬし達。横島について聞きたいことがあるんじゃろう?答えてやるから言ってみい。」
 
「・・・いったい何から聞いたものやら。ただ、先生が彼を敵に回すなと忠告してくれた意味がよくわかりましたよ。彼の力ははっきり言って異質だ。」
 
「恐らくおぬしはその言葉の意味を半分ほども理解しておらんと思うがのう。少なくともあやつは敵じゃない。おかしな真似はするなよ?」
 
「先ほどのビー玉みたいのはなんなのです?それからさっきの力は。」
 
「あれは文珠じゃの。霊力を凝縮してキーワードで一定の特性を持たせて一気に開放する技じゃ。一部の神族の神器であり、込めるキーワードによって能力の質が変化するから能力のあり方は多様。半ば奇跡といってもいいくらいの代物じゃ。人間であれを作り出せるのはわしが知る限りの歴史においても横島ただ一人じゃ。そしてさっきの腕はあいつが内側に抱える恐怖を霊力の核に自分の霊力で無理やり押えつけたようなものでのう。霊力そのものが恐怖という属性を帯びておる上に本来は人間が持つ許容量を遥かに超える恐怖を意識下で制御せねばならん。理論上は人間であれば得られる能力ではあるのだが、横島と同じくらい心が強くなければ破滅をするだけじゃな。少なくともわしはごめんじゃ。」
 
「ごっついなぁ。横島君は。あんなんに教えてもろてたら、そら冥子はんもつようなるわけや。」
 
鬼道君?
 
「ほう、おぬしは横島を怖がってないようじゃのう?」
 
怖がってる?
あぁそうね。私は横島さんのことを怖がっているんだわ。
 
「まぁ、さっきのは確かに怖かったんやけどな。でもな、相手のことを傷つけたり、利用したり、陥れたりして何の罪悪感をもたんやつの方が断然怖いわ。まぁ、ボクの父さんのことなんやけどな。アモンはんに謝ってる横島君見ていたらそう思ったんや。」
 
「なかなか貴重な才能じゃのう。本質を見抜く目を持っておる。おぬしは教職なんぞについたら才能を発揮できるタイプかも知れんぞ?」
 
「それもいいかもしれへんな。」
 
私は横島さんの本質を知らずに怖がっている。
それは中世魔女狩りで善良な人々を虐殺していた蒙昧な人間や、
魔女ということで私のことを白眼視してきた人たちと同じじゃない。
 
大きく深呼吸。
知らないなら知ればいい。
 
「ドクター。先ほど人間の許容量を超える恐怖を核にと、おっしゃいましたがそれでは横島さんの霊的バランスが崩れるんじゃありませんか?いえ、それどころか横島さんの歪みは周囲を汚染してしまうのではないでしょうか?」
 
「それは前提条件から間違っておるよ。霊的バランスが崩れなかったからこそ今の横島がおるわけじゃし、周囲を汚染しておるんじゃない。むしろ世界が横島に歪みを押し付けたようなもんじゃ。」
 
それはどういうこと?
 
「ですが、陰気を溜めバランスを崩してしまえば霊的な健康が損なわれてしまいます。不浄なものが傍にあれば霊的な汚染が進行してしまうはずです。」
 
「理論的にはそうなんじゃが、おぬし少し視野狭窄におちいっとらんか?世界は陽気だけで構成できるわけではない。陰陽思想にあるとおり陰と陽、善と悪、浄と不浄が混在し、流転するからこそ世界のバランスが取れるんじゃ。お主みたいに陽一辺倒じゃとかえってバランスが取れていないことになる。温室で育てられた花は外気に触れれば簡単に枯れてしまう。人間もまた同じじゃ。歪みを無理に修正をしようとすれば人間が本来持つ霊的抵抗力を奪いかえって不健康な状態を作りかねんぞ?」
 
そうか。私の考えてたバランスは狭い範囲のものでしかなかったのね。
 
「横島の中にあるものはそれこそ猛毒も猛毒じゃが、あ奴にはそれすら薬に変える力があるからの。とはいえ、今日のあれは老骨にはきつすぎるわい。何か対策を考えておかんとのう。」
 
・・・そうね。横島さんが悪い人ではないのは短い付き合いだけど知っていたはずよね。
それに横島さんは神代の魔法使いの持つ以上の使い魔を操り、
文珠という奇跡を作りだし、
あれ程の恐怖をを内包して、理性を失わず、雪之丞君のために怒り、私たちに被害が及ばないように文珠を使って、メアリーさんのために怒りを抑えて見せた。
ううん。それ以上に魔女であることで私のことを変な目で見なかったし、
メアリーさんの心に傷がつかないように気遣いをして、
鬼道君の恩人で、
ヨーロッパの魔王が友と呼び、信頼を置く相手か。
困ったわね。
私は横島さんのことをあまり知らないかったのですが、
少し、興味がでてしまいました。



[510] Re[32]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/25 00:15
 ≪アモン≫
面白い人間達だな。
いかに敵意がないとは言え、侯爵級の魔族が目の前にいても最早恐怖も嫌悪感も感じていない。
特に面白いのはあの横島という男か。
文珠を出したかと思えばこの俺を滅ぼしかねんほどの技を見せる。
あれほどの恐怖、【恐怖公】と呼ばれるかつての主、アシュタロスでも出せはしないだろう。
そうかと思えばメアリーのために文珠を渡してくれてこの俺に頭を下げた。
恐らく、こいつらが俺への嫌悪感や恐怖感を抱かないのはあの男の存在がそうさせているのだろう。
それにあの男の弟子、俺を魔族と知ってメアリーを助けてくれた。
 
「よし、解毒剤が完成したぞ。」
 
あのカオスとか言う老人。僅かな時間で魔族の持つ毒を解析して解毒剤まで作るか。
横島ほどでないにしろ面白い人物だ。
 
「ん、・・・おれは?」
 
目を覚ましたか。
 
「阿呆。いきなり魔族に喧嘩売ってんじゃねえ。」
 
横島が頭を小突いた。
 
「てっ、師匠。」
 
「君のお陰で娘を守ることができた。礼を言うぞ。」
 
「ん、あんたは。」
 
「俺の名前はアモン。お前が守ってくれたのは俺の娘のメアリーだ。」
 
「俺は伊達雪之丞。あんたの娘って子とはあの女も魔族だったのか?」
 
「いや、メアリーは人間だ。事情があってな。」
 
・・・まさか人間の女に惚れて拝み倒して作った子供とはいえないよな。
 
「・・・見つけた。どうやらアモンを探しているようだ。」
 
横島は使い魔にアポピスの探索をさせていたようだ。
 
「これ以上市民に被害を出すわけにはいかん。こちらから出向くぞ。」
 
「手を貸そうか?」
 
「いや、キリスト教国家であんたが戦うのはまずい。」
 
「そうか、なら俺は目的も果たしたことだしこれ以上人界にとどまって迷惑をかけることも本意ではない。すまないが魔界に帰らせてもらおう。」
 
「わかった。・・・雪之丞。今のお前じゃあ足手まといになるからここでおとなしくしていろ。」
 
そういうと再び横島の文珠で転移していった。
 
「畜生が!」
 
雪之丞は悔しそうにベッドを叩く。
 
・・・・・。
 
「・・・雪之丞。俺は君に娘を助けてもらった恩がある。帰る前に君に礼がしたい。何か望むものはあるか?」
 
「俺が今欲しいのは師匠と共に戦える力だけだ!」
 
それは難しいな。横島の力は人間のLvを遥かに超えている。
 
「力が欲しいのか?」
 
「あぁ。力が欲しい!」
 
ならば方法は限られるな。
 
「そうか。それほどまでに力が欲しいのか。・・・ならば力が欲しいのならくれてやる!」
 
自らの分霊を作り出した。
                   ・
                   ・
                   ・
≪鬼道≫
「オカルトGメンだ。魔族アポピス。連続殺人事件の容疑者として逮捕する。」
 
「人間ごときが何をほざいている。」
 
全長20mを優に超える巨体。
大したオロチやな。
 
「『蛇は穴に潜った。』結界展開。奴を一歩も外にだすな。」
 
西条はんの合図と共に大きな結界機がここいらいったいを封鎖する。
同時にオカルトGメンの隊員たちが集結してきはった。
 
「2000マイトの結界だ!これで動きが封じられるはず。」
 
「駄目だ。人界に来た魔族の魔力が激減するとはいえ、2000じゃ足りない!」
 
横島君の言葉どおり、アポピスはほんのちょっと身じろぎしただけで封縛を破ってしもうた。
 
「くそっ!撃ち方始め!」
 
Gメン隊員が精霊石銃や破魔札マシンガンやらを撃っとるけど。
あかん。ちっともきいとらん。
 
「はん。しょせんこの程度か。アモンもこんな脆弱なやつらの雌に欲情するとは。魔族の面汚しめ。愚かを通り越して滑稽だ。貴様らごとき我が眷属で十分よ。」
 
辺りを埋め尽くすほどの蛇の群れが出現する。
 
「いかん。こいつらを外に出すな!これだけの数が街に出たらロンドン中に毒蛇が溢れてしまう。」
 
「霊波刀無形式、賽の監獄。」
 
横島君の両手から伸びる霊波刀が伸びて、分裂して、交差して、ボク達とアポピス、蛇たちを取り囲み丁度天井のない大きな牢屋のような形を形成しよった。
その霊波刀の檻から針のような霊波刀が伸びて、蛇たちを刺し殺していく。
 
「ユリン。ドラウプニール!ドヴェルガー!」
 
今度は横島君の使い魔のユリンが分裂、縮小して雀くらいのサイズになると猛然と蛇たちに襲い掛かった。
狭い空間の中で身動きが取れなくなっている蛇たちは霊波刀と空を自由に飛びまわれるユリンに反撃もできずに駆逐されていく。
ボク達は唖然とするしかなかった。
 
「な、貴様本当に人間か?」
 
「人間だよ。失礼なやつだなぁ。」
 
常識からは相当外れとるけどな。
でも、これだけの力をもっとるんが横島君でほっとするわ。
あって間もないけど横島君ならその力を良いように使ってくれるような気がするもんやから。
 
「・・・だが、無限に眷属を召喚できる俺を相手にどれだけもつかな?」
 
横島君が倒すスピードとアポピスが呼び出すスピードがほとんど同じや。
だったら。
 
「夜叉丸。行きい!」
 
アポピスを倒すか、せめて眷族を呼び出すスピードを遅くすることさえできれば。
 
西条はんも魔鈴先輩もアポピスに攻撃を集中する。
だが、気にも留めていない。
アポピスが見とるんは横島君だけや。
 
「くそ。僕達では眼中にもないということか。」
 
でもそれが事実や。
夜叉丸で攻撃しても牽制にもなりはしないし、魔鈴先輩の魔法も、西条はんの聖剣も鱗に弾かれてまう。
これが伝説に名を残す魔族の力か・・・。
 
「相手は【招かれざるもの】原初の混沌の水から生まれた闇の蛇よ。生半可な攻撃では飲み込まれてしまうのね。」
 
「くっ・・・全員眷属の掃討に当たれ。アポピスの相手は横島君にしかできない。」
 
それしかないな。
判断は間違えとらんが西条はんは悔しそうや。
ボクかて悔しい。
 
「マリア。ナパームを使え。」
 
「イエス。ドクター・カオス。ナパームを発射します。」
 
マリアはんが飛び上がり蛇の密集地帯を狙って焼夷弾を撃ちこんだ。
炎が一気に燃え広がるけど、一瞬で消えてしもた。
それでもそこにいた蛇たちは跡形もなく消え去っとる。
 
「そのナパーム、燃焼剤はこのドクター・カオスがカンタベリーで祝福儀礼を施した聖油を中心に精霊石の粉末や水銀をブレンドした特製品。着火には火行符で真火を呼び出して使っておる。その上魔力に反応して火がつくように調整してある優れものじゃ。いかに魔の眷属といえどそうそう耐えられるものではないわ。」
 
流石やな。これならいけるか。
 
「・・・まずい。俺の後ろに隠れろ!」
 
急に横島君が叫んだ。
見るとアポピスがのどを大きく膨らませている。
嫌も応もなく従うと横島君は巨大な霊気のドームを作り出した。
ほとんど同時にアポピスがボク達に向かって黒い液体を吐き出してきた。
毒や。
 
「アポピスって唾吐きコブラだったんだな。知らなかった。」
 
「馬鹿者。下らん冗談をいっとる場合か!で、どうするつもりじゃ?」
 
「参ったね。俺は賽の監獄とサイキック・シールドの制御で流石に手がいっぱいだな。」
 
「予測でしかないがあやつの毒は恐らく混沌の水じゃ。下手に触れると同化してしまうぞ?」
 
「かといって賽の監獄を放棄したら奴の眷属がロンドンに放たれることになるし、サイキック・ソーサーを外すとここにいる人間がグズグズに溶けちまうだろうな。」
 
「今本部に連絡を入れてもっと強力な結界を準備してもらってる。すまないがそれまで耐えてくれ。」
 
「どれくらい時間がかかる?」
 
「・・・2時間だ。すまない。ギリギリまで耐えてくれ。」
 
いかに横島君でもこれだけの高出力の霊気を2時間も持続できないだろう。
 
「マリアすまないけど両手がふさがってるんだ。ポケットから文珠を出してくれ。」
 
「イエス。横島サン。」
 
「そうか、文珠なら。」
 
「それは難しいのう。文珠は応用性には確かに優れているし、他のものが使うこともできるがキーワードを込める必要がある。西条。おぬし一文字でこの状況を好転させられる言葉を思いつくか?」
 
「それは・・・。」
 
「文珠は象形文字や漢字みたいな表意文字でなければ字数を食う、実質使うとすればお主以外のGメン隊員は漢字に造詣はないじゃろう?複数の文珠を扱えるのは流石に横島だけじゃしのう。」
 
「あの、文珠で壁なり盾なり作れば多少は横島さんの負担が減るんじゃないでしょうか?」
 
「どれだけの大きさ、強度の壁、盾になるかまではイメージできないだろう?俺が使うときはその辺のこともイメージできるんだけど、他の人間が使うとどうなるかまでは予測できない。ここまで毒を大量に吐かれると下手な真似をしたら全滅するぞ?」
 
文珠をマリアに口元に運んでもらうとそれをガリガリと噛み砕いた。
 
「元々が俺の霊力だから。文字を込めなくても俺に霊力を戻すくらいはできる。文珠のストックを考えれば2時間くらいは持つとは思うけど。」
 
「そんなに集中力が続くんですか?」
 
「横島ならそれくらいやってのけるじゃろうが・・・まぁそんなには持たないじゃろうなぁ。」
 
「あぁ。馬鹿が来る方が早いだろう。」
 
馬鹿?
 
空から霊力の塊が降ってきた。
 
「師匠!手伝うぜ。」
 
翼を羽ばたかせて空から降りてきたのは雪之丞君やった。
 
「雪之丞。それは魔装術か?」
 
「アモンの分霊だ。契約してな。これなら足手まといにはならないだろう?」
 
雪之丞君は上半身に青い鎧のようなもんをまとい、背中からは大きな翼をはやしとった。
 
「空から蛇どもの掃討を頼む。」
 
「わかった。」
 
雪之丞君は空から霊力の弾を撒き散らす。
一発一発が炎をまとい、蛇どもを焼き殺していった。
雪之丞君。今まで気がつかへんかったけど霊力の扱いが上手い。
あんな霊波砲撃てるG・Sはそうはいないで。
 
アポピスからの毒液が止んだ。
代わりに空を舞う雪之丞君に毒液を吐こうと喉を大きく膨らませるが。
 
「遅え。」
 
その予備動作を始めた瞬間雪之丞君は接近してアポピスの頭を殴りつけた。
巨大な頭を地面に叩きつけられのたうつアポピス。
雪之丞君は戦い方も15歳とは思えんほど習熟しとる。
 
「お前は戦い方を知らないみたいだな。」
 
横島君は檻を作っていた霊波刀をそのまま使ってアポピスを縛り上げると。アポピスの腹の中に【爆】の文珠を5つ放り込んだ。外からは【凍】の文珠で氷漬けにする。
アレほど僕らが苦戦したアポピスはほんの少し均衡が破れただけであっさりと退治された。
雪之丞君から鎧がはがれると溶ける様に消えていった。
 
「・・・雪之丞。アモンは何をしたんだ?」
 
「アモンが娘を助けてくれた礼だってんで魔装術っていう技を使うための契約をかわしたんだ。最も、今回はその技の訓練なんかしてねえからアモンの分霊自体が俺の身体を守る鎧になってくれたんだけどな。」
 
「そうか。明日からの訓練に魔装術の訓練を盛り込まないとな。・・・言っておくが、その契約のことあまり口外にすんなよ。特にキリスト教圏だと何してくるかわからない奴らもいるからな。」
 
「わかった。」
 
「それと・・・師匠の言いつけを守らない不詳の弟子にちょっとばかりおしおきな。」
 
「ゲッ。」
 
雪之丞はとっさに目を瞑るが。
 
「・・・今回は助かったよ。でも、あんまり無茶はしてくれるな。」
 
横島君は雪之丞君の頭をクシャクシャと撫でた。
雪之丞君は誇らしそうなのと照れたのをあわせたような笑みを浮かべた。
でも、ボクは・・・ただの足手まといやった。
雪之丞君は横島君と一緒に戦う覚悟と力をもっとる。
冥子はんに追いつきたい一心でイギリスにきたんやけど。
・・・今は横島君の隣に立ってみたい。
横島君の足手まといやのうて一緒に戦えるだけの力が欲しい。
夜叉丸。お前もそう思うやろ?
・・・一緒に強くなろうな。
胸を張って、横島君の友達やっていえるくらいに。



[510] Re[33]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/27 01:02
 ≪雪之丞≫
「これでどうだぁ!」
 
起死回生の回転蹴りを放つ。
が、
 
「阿呆!ここ一番で大技に頼るな。」
 
簡単にかわされて地面に叩きつけられた。
 
そのショックで魔装術が途切れてしまう。
こっちは魔装術使ってるのに何で文珠どころか霊波刀すら出してない師匠に勝てねえんだ?
 
「魔装術の制限時間は30分ってとこか。5ヶ月でそこまでできるようになったのはたいしたもんだが、霊的格闘でピンチになったら大技で形勢逆転を狙う癖はやめろ。」
 
「前はそんなこといわなかったじゃねえか。」
 
「前はお前の攻撃力が乏しかったから仕方ない面もあって目を瞑ってたんだ。でもお前にはもう魔装術っていう武器があるだろうが。それにアモンの能力も少しずつ使えるようになってるんだろう?今は火炎を出すことと翼で飛ぶことだけだがそれだけでもたいしたもんだし、はっきり言って霊的格闘でお前以上の攻撃力を出せる奴は人間の中じゃほとんどいない。でもまぁ、その攻撃力だって当たらなければ意味がないんだ。基本技を鍛えろ。基本技を鍛えて奥義ともいえるくらいに昇華させた方が絶対にいいぞ?見た目派手な大技は隙が多すぎるからなぁ。」
 
「何で師匠は俺の攻撃をそんなに受け流せる?ほとんど霊気なんてつかってなかったのによ。」
 
「ん?お前の霊気を利用した。武術で言えば合気道や柔術に近いか。本来人間が自分より遥かに霊的ポテンシャルの高い魔族や妖怪を相手にするならそういう技術も役に立つってことだ。封印術の中には相手の霊力を利用して封印する術も結構あるぞ。強力な妖魔を封印する技の多くは地脈を使うか相手の霊力を使うか、あるいはそれらを組み合わせるかだからな。」
 
簡単に言ってのけるが俺の攻撃を完全に見切らないとできないだろう。
あぁ、完全に見切られているのか。
 
「さっきも言ったとおりお前の攻撃力は霊能力者の中でも頭抜けている。それこそ魔族に近いくらいにな。だからまずは攻撃をあてることを考えろ。BB弾も劣化ウラン弾も当たらなければ変わらないぞ?それにお前の攻撃力ならあてただけでも並の以上のG・Sの攻撃力を上回る。例えばアポピス。あいつは自分の能力だけに頼って戦い方を知らなかった。それでもあいつがライオンならオカルトGメンの隊員は水鉄砲で戦う子供みたいなもんで、普通にやったら傷も負わせられない。水鉄砲の中にガソリンを込めて火を放つくらいのことをやらんとな。あの状況だってキッチリと戦術を練って準備を整える時間さえあれば倒せないまでも追い返すくらいはできたはずだ。・・・まぁ状況がそうさせてくれなかったが。その点お前は小さいながら拳銃を持ってるようなものだ。その銃でもしかしたら倒せるかもしれんし、牽制にだってなる。オカルトGメンの隊員達よりずっと戦術の幅が広がる。戦術って言うのは人間が持ってる最大の武器だ。使いこなせよ。」
 
「・・・師匠。今の俺はどれくらい強いんだ?」
 
「・・・天狗になられると困るんだが・・・。」
 
「師匠に簡単にあしらわれて天狗になれるわきゃないだろうが!」
 
「そうか?まぁ、単純に強さでいけば令子ちゃんたちは超えてると思う。令子ちゃんやエミは攻撃力に乏しいし、冥子ちゃんの式神とも正面から戦えれば早々遅れは取らないと思うしな。ただ、彼女達には重点的に戦術の方を教え込んでるから今戦えばお前が不利だ。」
 
「ってことは俺が戦術を覚えたらミカ姉達を守れるようになるんだな?」
 
「さぁどうかな?強い弱いならともかく守れるかそうでないかなんてのは実際の力量以上に気組みとか経験とか・・・いや、例え相手より弱かろうと守ることはできるわけだ。俺は令子ちゃんや、エミや、冥子ちゃんたちや、みんなには散々守られてるしな。」
 
「師匠が?」
 
「俺の中にあるものは知ってるだろう?俺が壊れずにすんでいるのは俺にとって守りたいものがあるからだ。俺はみんなのお陰で俺自身から守られている。みんながいなければ俺は・・・何を言ってるんだ俺は。忘れてくれ。」
 
忘れられるかよ!師匠が始めて弱音を漏らしてくれたんだぜ?それだけ俺のことを頼りにしてくれるって思っていいんだよな?
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
来客があったのは俺と雪之丞とカオス、鬼道がマリアの淹れてくれたお茶を飲んでいたときだった。
 
「失礼します。横島忠夫さんですね?唐巣先生の使いで来ました。」
 
「唐巣神父の?とりあえず中へどうぞ。」
 
ピートだった。ここでも時間の前倒しが起きているのか。
 
「僕はピエトロ。今、先生の弟子をしています。ピートと呼んでください。」
 
互いに自己紹介を交わした。
 
「先生から貴方宛のメッセージを預かっています。」
 
差し出された手紙には唐巣神父の直筆のメッセージが残されていた。
 
『横島君へ。 少し厄介なことになった。留学中にすまないが少し手を貸して欲しい。詳しいことは現地で話します。 唐巣』
 
「場所も要件もかかれていないな。拘束期間も。」
 
「場所は地中海の小さな島、ブラドー島です。僕からはこれ以上お話できない。後は先生から窺ってください。」
 
「あぁ。神父には世話になってるし、それだけ重要なことなんだろう?了解した。」
 
「待て、横島。・・・おぬし、ブラドー島といったな?その面差し、似すぎておる。お主とブラドー伯爵の関係を話してもらおうか?」
 
「あなたは・・・。」
 
「これでも1000年以上生きておるのでな。西暦1242年にブラドー伯爵とやりあったこともあるぞ?最もその時はわしの第2の故郷の緊急事態のために止めを刺すには至らなかったんじゃが。」
 
「あなたが・・・礼を言います。僕の本名はピエトロ=ド=ブラドー。ブラドー伯爵の息子になります。誤解をもたれたくなかったので唐巣神父に会うまでは伏せてようと思ったのですが。」
 
「別に気にしなくてもいいよ。吸血鬼だって理由で命を狙われたことも一度や二度ではないだろう?」
 
「ありがとうございます。」
 
ピートが頭を下げる。
過去ではわからなかったがこいつもイロイロと苦労をしてるはずなんだよな。
 
「・・・わしはちょっと完成させねばならん発明品があるのでな。すまんが今回はパスじゃ。まぁ、横島がおればブラドーの10人や20人は大丈夫じゃろう。」
 
一応あいては吸血鬼最強の男なんだがな。
 
「じゃあ雪之丞と2人でいくよ。」
 
「横島君。ボクも連れてってもらえんやろか?」
 
「鬼道?」
 
「あれから、ボクも夜叉丸も修業してたんや。足手まといにはならんつもりや。」
 
「いや、足手まといとは思ってないが。」
 
「頼む。この通りや。」
 
「ピート。3人でいいか?」
 
「ええ。ありがとうございます。3日後にイタリアのローマ空港でお待ちしています。僕は他のG・Sをあたりに日本に飛びますので。」
 
ピートが帰ると俺はカオスに向き直る。
 
「カオス。ブラドー伯爵について知る限りの情報をよこしてくれ。」
 
「よかろう。にしてもお主もなかなか役者じゃのう?」
 
「ぬかせ!カオスほど老獪じゃねえよ。」
 
前もって知っているということはこういうときに問題だな。
 
・・・日本のG・S。恐らく彼女達だ。
審判の時か。
俺は・・・。



[510] Re[34]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/27 01:16
 ≪令子≫
ローマ空港。
唐巣先生が助っ人を頼るほどの大物か。
E級G・Sになって早々こんな大きな事件にぶつかるなんてね。
いったい何なのかしら?
 
「シニョリータ美神!横島!六道!シニョールゼクウ!」
 
「ど~も。他の人はもう集まったの?」
 
「ええ。既にチャーター便でお待ちです。お疲れでしょうが時間もありませんので真っ直ぐチャーター機へ。」
 
「令子ちゃんたち以外のG・Sと組んで仕事するのって初めてだから楽しみだわ~。」
 
「オタクはね。私はあるけどはっきり言って最悪だったワケ。偉そうなことばっかり言ってこっちを馬鹿にしてたくせにいざとなったら真っ先にやられて、私が庇ってやったんだから。全部が全部そんな奴らじゃないと思うけど、一応覚悟はしといた方がいいワケ。」
 
チャーター機まで着く。
 
「島までこれで行くの?」
 
「いえ。途中からは船になります。なにしろ何もない島なもんですから。」
 
私たちが乗り込むと飛行機はすぐに飛び立った。
今はまだE級のG・Sでしかない私たちは、先に来ている先輩(であろう)G・Sに挨拶することにした。
下らないことでごねられるよりはいくらかましだからね。
そこにいたのは。
 
「久しぶり、4人とも。」
 
この半年間で一番会いたかった人。
会うのが怖かった人。
横島さんだった。(隣にいた雪之丞はその時は気がつかなかった。)
横島さんは以前と変わらない笑顔で。
 
「お兄ちゃん~。お兄ちゃん~。ごめんなさい~。ごめんなさい~。」
 
真っ先に動けたのは冥子だった。
冥子は横島さんに抱きついて泣きじゃくりながら謝っている。
いきなりの行動に横島さんもどうしたらいいのかわからないといった感じになっている。
・・・横島さんのこういう顔を見るのは初めてかもしれないわね。
なんだか可愛い。
 
「忠にぃ・・・。久しぶり。」
 
「エミ・・・。」
 
エミまで横島さんに抱きついた。
 
「皆に元・殺し屋だって告白しちゃった。それでも皆私と友達でいてくれるって。・・・私も、私も忠にぃが何者であっても離れないから。私も、皆も忠にいの傍にいるから。」
 
「私も横島さんと一緒に戦うからね。今度魔族が襲ってきたときは一人で戦わないで私にもちゃんと教えて。」
 
私も横島さんに抱きついた。男の人にこんなことするのは初めてだけどなんか安心する。
 
『横島君モテモテやなぁ。』
 
『いや、あれで本人は好意をもたれてることに気がついてねえんだ。気がついてたとしても親愛とか友愛程度にしか感じてないだろう。』
 
『あれでか?何ぼなんでも鈍すぎるんとちゃう?』
 
『俺に言うなよ。』
 
・・・だれかいる?(気がついてない)
 
「よ、ミカ姉。久しぶり。」
 
「雪之丞。あんたまで来てたの?」
 
「・・・師匠の隣に座ってんのにようやく気がついたのか?いくら師匠にあえて嬉しいからっていくらなんでもなぁ。」
 
・・・・・。
 
「そういうことを言う口はこの口かしらね~。」
 
雪之丞の口の両端を思い切り伸ばす。
 
「ひかねぇ。ギフギフ!」
 
とりあえず放してやる。
 
「いってえなぁ。」
 
「姉弟子相手に口の聞き方くらい気をつけなさい。」
 
そんなことをしているうちに冥子たちも落ち着いたようだ。
・・・今一瞬、横島さんが目元を拭いたように見えたのは目の錯覚?
 
「あ、紹介するよ。イギリスで出会ったG・Sで式神使いの鬼道政樹だ。」
 
「鬼道政樹です。よろしゅう。」
 
鬼道さんは席を立つと通路まで出てきて私たちに向かっていきなり土下座をしてきた。
 
「ボクの父さんが六道はんにはえらい迷惑をおかけして申し訳ありません。堪忍、この通りです。」
 
「ちょ、いきなり何を。」
 
「鬼道。とりあえず頭を上げろ。・・・鬼道の父親がこの間の将門事件の黒幕の一人なんだ。」
 
それで。
 
「え~と~、政樹君はあの事件と関係がなかったんでしょう~。だったらいいじゃないの~。」
 
「おおきに。」
 
ま、冥子ならね。
 
「皆さんお知り合いだったんですか?」
 
っと、依頼人のことを忘れてた。
 
「あぁ。・・・ピート、お前は令子ちゃんたちには話したのか?」
 
「いいえ。・・・ですが話しておいた方がよさそうですね。皆さんにお話していなかったことがあります。僕はバンパイア・ハーフで皆さんに相手をして欲しいのは僕の父親でブラドー伯爵という最強の吸血鬼の一人です。」
 
「吸血鬼の血をひいてるせいで人間に命を狙われることもあっただろうからな。黙っていたことは許してやってくれ。」
 
「ま、仕方ないわね。」
 
「は~い。」
 
「了解なワケ。」
 
「皆さんありがとうございます。」
 
ピートは私たちに深く頭を下げる。
 
「マスター。お久しぶりです。」
 
「ゼクウ。令子ちゃんたちのこと、ありがとう。」
 
「なに、襲撃はござりませんでしたからな。それより雪之丞殿の雰囲気が変わられたようですな?」
 
「あぁ。魔装術を覚えたんだ。」
 
「なるほど。」
 
魔装術。悪魔と契約したものだけが使用できる術を雪之丞が?
・・・変わった雰囲気もないし、横島さんが承知しているみたいだし問題ないか。
 
そうやってそれぞれの近況を話しているときにそれはやってきた。
飛行機を大量の蝙蝠が取り囲んでいた。
 
「蝙蝠か・・・!!しまった!!昼間と思って油断した!!」
 
『イタリアーノ。脱出シマース。チャーオ。』
 
・・・対策を練る前に2人の操縦士が自分達だけ脱出した。いくら想定外のこととはいえあんたらプロとしての意識無いのか!
 
「んにゃろ。」
 
「マスター。行って参ります。」
 
「あぁ。ユリン、ドラウプニール!」
 
「シンダラちゃんお願い!」
 
真っ先に雪之丞が背中から翼を生やして飛び立った。散弾のような霊波砲に炎をまとわせて蝙蝠を焼き尽くす。凄い。少し見ないうちに凄く強くなってる。
ゼクウさまやユリン。シンダラも快調に蝙蝠たちを落としている。
 
「凄い。これなら・・・。」
 
ピートが呟く。
確かに凄いわ。でも、こんなときに役に立てないのが辛いわね。せっかく久しぶりに会った横島さんに成長を見てもらいたいのに。
 
程なく蝙蝠は駆逐された。
 
「横島さん。大丈夫ですか?」
 
操縦室に真っ先に行った横島さんにピートが尋ねる。
 
「油圧がドンドン落ちていってる。これは燃料室に損傷がでたな。これが無ければダマシダマシ飛べるんだけど仕方ない。ユリン、フレスベルグ!」
 
外を飛ぶユリンの体長がこの飛行機よりも大きくなる。そのままユリンは飛行機と並んで飛んだ。
 
「雪之丞とゼクウとシンダラ、メキラで中にいる人間をユリンの背中へ。島までユリンで飛んでいく。」
 
ユリンもまた強くなってるのね・・・。
 
島まではその後何事もなく飛んでいく。
 
「最初からユリンで飛んでいった方がよかったんじゃない?」
 
「流石にイタリア空軍が不審な飛行物体ということで止めに来ることになると思うぞ?」
 
そりゃそうか。ちょっとした怪獣だものね。
ちなみに乗ってきた飛行機は海洋汚染しないようにと横島さんが消滅させた。
 
ブラドー島に着いたのは日も沈みかけてたときだった。
横島さんはなぜかその夕日をじっと見詰め続けていた。
何か思いつめたような、いや、悲しい表情なのか?
 
「唐巣先生がブラドーが外に出ないように結界を張っていたのですが奴の使い魔が外に出ていたところを見ると結界が弱まりつつあるようですね。・・・見てください。あの古城がブラドーの棲家です。先生はふもとの村でまっているはずです。」
 
「島中が邪悪な波動で包まれているわね。」
 
「これじゃあ隣に吸血鬼がいても霊能が働かないワケ。」
 
村についてもそこにはだれもいなかった。
 
「流石に吸血鬼の村やなぁ。教会があらへん。」
 
「ユリンに生き残りの捜索を頼もう。」
 
「・・・これが落ちていました。」
 
村を探索していたピートが壊れかけの眼鏡を持ってくる。
 
「唐巣先生の眼鏡。・・・!」
 
「まだやられたと決まったわけではありませんが。僕達だけで戦うつもりでいたほうがいいでしょう。・・・今日のところはどこかの家で休ませてもらいましょう。ブラドーは必ず攻めて来るでしょうが夜に吸血鬼の居城に行くよりはましなはずです。」
 
「応戦しつつ夜明けを待って反撃ってわけね。いいんじゃない?」
 
横島さんは特に反論しない。私たちの意見を採用ってとこ?・・・駄目ね。いつまでも頼りっぱなしにならないように気をつけないといけないわね。自分で考えなきゃ。
 
「・・・どこか霊的に安定した場所はない?結界を張っておきましょう。応戦するにしても少しはましなはずよ。それか、ブラドーの盲点になるような隠れ場所でもいいわ。」
 
「隠れ場所は難しいでしょうが、そうですね。あの家に防御結界を張っておきましょう。」
 
「・・・いや、隠れるというのはいいアイディアだ。ユリンに霊視させたところ地下に大規模な地下通路があるみたいだ。ピートはこの空洞についてなんか知ってるか?」
 
「いえ、700年この島で暮らしてきましたが、あいにく。」
 
「・・・なら、ブラドーも知らない可能性が高いな。隠れ場所はそこにしようと思うのだがどうかな?」
 
「そうですね。どこか入り口はわかりますか?」
 
「あの家の地下に入り口があるようだ。申し訳ないが食料と水も一緒にいただいておこう。」
 
そういうと横島さんは式神ケント紙を取り出すと人型に切り始めた。
 
「髪の毛を少しもらうぞ?」
 
「それはいいけど何をするつもりや?」
 
「ん?チャフっていうか、嫌がらせって言うか、時間稼ぎって言うか。」
 
私たちの髪の毛を埋め込まれた式神ケント紙は横島さんの合図と共に私たちの姿と霊波の質をした分身になった。無論、元が式神ケント紙だから強さは比べるべくもないだろうが。
 
「日が昇るまで侵入者に対して抵抗しろ。」
 
横島さんにそう命じられるとそれぞれが別の家に入っていった。
 
「それじゃあいこうか。」
 
私たちは横島さんの後ろについていく。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ピート≫
横島さんの言うとおりそこには大規模な地下通路があった。
 
「こんな大規模な地下通路があるなんて、700年もこの島に住んでてきがつきませんでした。」
 
「ま、往々にして自分の足元なんてそんなもんさ。それより、でていらしたらどうです?」
 

 
「やぁ、ばれてしまったか。」
 
「「唐巣先生!」」
 
「やぁ、しばらくぶりだね。」
 
「ご無沙汰でした。」
 
横島さんが唐巣神父に軽く頭を下げる。
 
「うん。話は聞いているよ。イギリスでも大活躍だったそうじゃないか。」
 
「何処から?・・・あぁ、西条からか。」
 
「その通りだよ。さて、少し状況を説明しておこうか。実を言うとこの島には純潔の人間というものが存在しない。皆吸血鬼かバンパイア・ハーフなんだよ。」
 
「その通りです。ブラドーの魔力が島を人目から隠してきたおかげで、僕達はこれまで人間と対立することなく生きてこれました。村人達も僕も血を吸うことなく普通に暮らしてきたし、これからもそうしていきたいのです。」
 
そうだ。それをあのボケ親父が。
 
「それをあのボケ親父のブラドーは・・・13世紀のノリで世界中を支配する気でいるんです。あぁ、もし人間が本気になったら・・・こんな島など一瞬で大蒜まみれに・・・。あぁっ地獄だ。」
 
「それはまぁ、地獄のような臭さでしょうね。」
 
「ここには村人の約半数がこの通路の奥に避難しているが残りはブラドーに操られている。」
 
「・・・それを助けることは異論はないが・・・神父、吸血鬼が嫌がるのは大蒜の花の匂いで大蒜の根の匂いじゃなかったような・・・。」
 
「吸血鬼にもイロイロあるんだよ。」
 
そういえば遠い親戚のストリゴイィは花の匂いが嫌いらしい。
そうこうしているうちに少し広い空間に出てそこには30人ほどの村人達が僕達を迎えてくれた。
 
「ピート様、お帰りなさいまし。」
 
「みんな、よく無事でいてくれた。」
 
「みての通り吸血鬼とはいえ平和を望む善良な人たちなんだ。力を貸してくれないか?」
 
「・・・ピート。この契約書にサインを頼む。」
 
そこに書かれていたのは対象、つまり親父への生殺与奪権の委譲に関する契約書だった。
 
「しかし親父はもう。」
 
「知ってるよ。ヨーロッパの人間を2回全滅させかけたんだろう?それでも数万、数十万だ、それに引き換えこっちは百億単位だからな。」
 
何のことだ?
 
「・・・いずれにせよ、その契約書がないと俺は依頼は引き受けられない。」
 
「ピート君。彼の言うとおりにするといい。きっと悪いようにはしないはずだ。」
 
「わかりました。」
 
サインを交わし契約をする。
 
「契約完了。それでは作戦会議をしようか。」
 
横島さんがなぜか安心できる微笑を浮かべてそう切り出した。



[510] Re[35]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/11/27 01:44
 ≪横島≫
「さて、何か意見はあるか?」
 
「ピート。貴方の父親の特徴を教えてくれる?」
 
令子ちゃんが真っ先にそう切り出した。良い傾向だ。
 
「脳みそが13世紀で止まってしまっているのでボケ親父です。そのくせ人間を馬鹿にしています。」
 
「そこにつけこむ隙がありそうね。・・・先生。」
 
「そうだね。・・・部隊を3つに分けていこうじゃないか。ブラドーの目を潰す班、陽動班、それからブラドーを攻撃する班だ。」
 
「ブラドーの目、蝙蝠を倒すなら飛行できるものが適任だな。ゼクウ、雪之丞。頼めるか?」
 
「御意。」
 
「ちっ、露払いか。まぁいいさ。飛行戦闘の訓練だと思えばな。」
 
「そうだ。ただし油断だけはするなよ。ブラドーが飛んでくる可能性もないわけじゃないからな。」
 
「わかったよ。そん時は返り討ちにしてやらぁ。」
 
・・・ほんとはいけないんだが、・・・こいつはこの方がらしいな。
 
「陽動班は数が多い方がいいわね。村人から有志を募って、あとは冥子と、鬼道さん、それからブラドーと相対しても決め手のない私が行くワケ。」
 
「本隊は神父と横島さん。ピートと私でいくわ。」
 
特に反論すべき点はないな。
3人とも頼もしくなった。
 
「それでは夜明けと共に反抗作戦に移ろう。それまでは各自身体を休めておくように。」
 
神父の言葉で解散となった。
決戦は明朝か。
                   ・
                   ・
                   ・
≪雪之丞≫
空はあいにく厚い雲に覆われて今にも雨が降りそうな空模様。
日光は出ていなかった。 
 
「ゼクウ。あんた剣以外の攻撃方法があんのか?」
 
「まぁ、霊波砲も嗜む程度には撃てますが、今回の場合はこちらの方が有効でしょうな。」
 
ゼクウはいつも持ってるシタールを奏で始める。
 
「蝙蝠というものは超音波を出して位置を測りますからな。昼間とはいえそれを狂わせてしまえば。」
 
周囲を飛ぶ蝙蝠がフラフラと飛び、落ちていく。
 
「なるほどね。だったら俺も。」
 
俺は蝙蝠たちよりも高く飛び上がると翼で大風を起こした。突風にあおられて蝙蝠たちが地面に落ちていく。風から生まれたアモンの能力だ。
 
「・・・強くなられましたな。」
 
「俺だっていつまでも師匠の足手まといじゃいられないからな。」
 
「・・・なるほど。さて、地上部隊のお手伝いに参りたいところですがあいにくおかわりが来てしまったようです。」
 
「ちっ。蝙蝠は食い飽きたぜ。」
 
音波攻撃か。・・・アモンと契約で生まれた魔装術は以外にいろいろなことができそうな感触がある。恐らくアモンの能力が使えるのだろう。だとすれば早くほかのこともできるようにならねえとな。
                   ・
                   ・
                   ・
≪鬼道≫
「この辺りでいいんやないやろか?」
 
「そうね~。それじゃあ陽動を始めましょうか~。」
 
ボクと冥子はんが式神をだす。
・・・流石に六道家が使う式やなぁ。
ボクにはとても使いこなせへんほどの霊圧を感じる。
 
「手はずは冥子が騒ぎを起こして吸血鬼化した村人を呼び寄せる。呼ばれてきた村人達を冥子と鬼道さん。村の人たちで押さえてる間に私が霊体撃滅波を出力を弱めて撃って村人を気絶させるわけ。そうしたら縛り上げて結界で閉じ込めて、それで終わりなワケ。いい?」
 
ボクより若いけど戦術とかも学んでるんやな。
 
待つこと10分。
吸血鬼化した村人達が大挙してきた。
 
「夜叉丸。行きい!」
 
ボクの掛け声と共に夜叉丸が呪縛ロープを5本持って飛び出す。
ボクはその片側を持っていた。
夜叉丸はそのまま村人達の間を飛び回り、編み上げ、縛り上げる。
 
「政樹君すご~い~。」
 
「れ、霊体撃滅波撃つ必要がなかっワケ?」
 
「ボクは天才やないけど、それでも秀才のつもりや。冥子はんほど能力も霊力ないけど、夜叉丸の動きの精緻さは冥子はんの12神将と比べても負けんつもりや。」
 
それが秀才でしかないボクが選んだ道や。
パワーで押せない分、夜叉丸の動きの精密さ、精緻さがボクの武器や。
それに、武器の方は武器の方で考えてるしな。
                   ・
                   ・
                   ・
≪ピート≫
「ブラドー!」
 
「ほう、来たか。父親に勝てると思うのか?」
 
くっ、親父の奴本気だ。なんていう魔力。
 
横島さん・・・?
横島さんがブラドー前に進み出た。
この強い魔力の中よどみのない動きだ。
 
「ブラドー伯爵。お前に尋ねたいことがある。お前は何故世界を支配しようとする?」
 
「この優れた知力と魔力を持つこの余が世界を支配することこそ幸いぞ。」
 
「本当にそうなのか?」
 
「何?」
 
「お前は本当にそれを望んでいるのか?」
 
横島さんは文字の入った珠を取り出した。
書かれている文字は【俤】
 
その珠が発光して一人の美しい女性の姿をとった。
その女性は、ブラドーと僕に微笑みかける。
何故だろう、知らない女性なのに涙が止まらない。
驚いたことにブラドーもその女性の前に跪き、涙を流していた。
 
どれほど時間がたったろうか。
珠の発光が止まり、女性の姿も消えた。
それでもまだ涙は流れている。
 
「・・・ピエトロ。今の女性の姿を見たか?」
 
「あぁ。なぜなんだ?何故知らない女性のはずなのに涙が出る?何故血も涙もないはずのお前が涙を流す?」
 
「・・・美しかっただろう?彼女は余が生涯において唯一愛した女性。・・・お前の母のシルヴィアだ。」
 
「ドクター・カオスと知己でね。ブラドー。悪いがあんたのことは調べさせてもらった。」
 
「そうか・・・。礼を言うぞ、人間。長い年月の中で、余はもうシルヴィアの顔も願いも忘れてしまっていたらしい。」
 
「どういうことだ?ブラ・・・父さん。」
 
「お前にはシルヴィアのことを話したことはなかったな。・・・あれは余が最初に世界中に死を撒き散らしていたときだった。」
 
父さんが懐かしそうに昔の話を語る。
僕は父さんのそんな穏やかな顔を見るのは初めてだった。
 
「小さな村を戯れに滅ぼそうとしていたとき、一人の少女が私の前に進み出て自分を身代わりに差し出すから村を助けて欲しい。そう願い出たのだ。そう、その時は戯れだったな。余はその願いをかなえてやった。シルヴィアを島に連れてきて使用人にした。・・・3年だ。3年で彼女は余の中にまで入り込んでくるようになった。シルヴィアの優しさ、気高さ、強さ、そういったものが余を捉えて放さなかった。いつしか余はシルヴィアを愛するようになり、お前を儲けた。」
 
懐かしむ父さんの顔は幸せそうだった。
 
「・・・1年の間は幸せだったよ。余も人を殺すのをやめた。シルヴィアが悲しむところを見たくなかったからな。それどころか過去の自分の所業を忘れ、真剣に人間との共存を夢見てこの島に身寄りのない人間を呼び寄せるほどになった。今いるバンパイア・ハーフはその時の生まれたものだな。ところが、ある日シルヴィアの父親が危篤になったという話を耳にした。シルヴィアはお前を伴って故郷の村に帰る事を願い出て、余はそれを許可したのだ。・・・罠とも知らずにな。それを知り、駆けつけたときにはシルヴィアはかつて自分が救った村人たちの手で八つ裂きにされていた。止めを刺したのはシルヴィアの母親だったよ。猛り狂った余はその村を壊滅させるとまだ息の合ったお前を連れ帰り、再び人間狩りを行うようになっていた。」
 
父さんは自分の手を見る。
 
「怒りに我を忘れていたのだな。シルヴィアにもう人は殺めないと約束したはずなのに。そして人間に殺されかけ、今に至るわけだ。」
 
すっと天を仰ぐ。
 
「忘れていた。本当に大切なものを忘れていた。シルヴィアの声も、笑顔も、誓いも、・・・余が愛したシルヴィアが人間だったということもだ。」
 
憑き物が落ちる。
そういうのだろうか。
父さんの周囲から邪悪さというものが消えていた。
 
「・・・ピエトロ。頼みがある。」
 
「なんだい?」
 
「余を咬んでお前の支配下においてくれ。そうすれば村の人間の支配も解けるし・・・また、長い年月が余からシルヴィアの記憶を失わせたとき、シルヴィアとの誓いを破らないように。」
 
僕は父さんの願い通り、肩に噛み付くとその血を吸って支配下に置いた。
 
「ピエトロ。お前は何を望む?」
 
「人間との共存を。」
 
「難しいぞ?一度は余も失敗した道だ。」
 
「時間をかけてでも達成するよ。幸い僕達には時間はたっぷりある。」
 
「及ばずながら私たちも力になるよ。」
 
「神の狗か。・・・余は神職の者は好かぬ。村人を唆してシルヴィアを殺させたのも神父であったからな。」
 
「先人達の過ちについては謝らせてもらいます。」
 
神父が深々と父さんに頭を下げる。
 
「いや、・・・それ以前に余が多くの罪のない命というものを散らしていたのは間違いない。・・・謝られるのは筋違いだ。」
 
「貴方が犯した罪と、村人やその神父が犯した罪はまた別物でしょう?」
 
「かもしれん。だがそれならば関係もないお前が謝るのもまた別物ということだ。」
 
この姿を見ていたら吸血鬼と人間の共存というのも案外簡単にできるのかもしれないと思った。
無論、唐巣神父が相当特殊なタイプということを忘れてはいけないのだが。
 
「・・・そうだ。そこの人間。名前はなんと申す?」
 
「横島忠夫だ。」
 
「そうか。・・・横島。礼を言うぞ。」
 
「・・・あんたの気持ちがわかるとは言わない。ただ、理解はできるよ。」
 
「そのようだな。そなたの奥底に見える瞳の業は余、以上やもしれん。」
 
「そうだな・・・。」
 
「横島さん。僕からもお礼を言います。横島さんがいなければ、僕は父さんの悲しみも知らずにただ悪と断じていたでしょうから。」
 
「気をつけろよ。正義や善を僭称する奴がかかる病気のようなものだ。どんな相手にだって理由はある。まぁ、価値もない理由であることも多いが、そうでないこともある。理由があっても許されざる罪は存在するし、そうでない場合だってある。それを知ってしまえば殺し辛くなってしまうだろうが、殺す以外の道を選べるかもしれない。」
 
その通りだろう。
でも僕は一方的な理由で殺すものにはなりたくない。
吸血鬼の血をひくという理由で一方的に殺されそうになる者なのだから。
 
「ん?令子君。どうしたんだい?」
 
先生の声にそちらを見ると美神さんが床に座り込んで少しいじけていた。
 
「いや、強敵だと思って気合いれてたのに思わぬ展開で、場に乗り遅れたというか会話に入り込めなかったというか。」
 
横島さんが頭を撫でたら少し機嫌が直ったようだ。
 
「・・・皆さんのお陰で父とも和解することができ、人間と共存を目指すことができます。ありがとうございました。」
 
「うむ。これも神様の思し召し、・・・それと横島君のお陰だね。」
 
「はい。」
 
「たいしたことじゃない。ブラドーが完全に邪悪だったわけじゃなかった。それだけのことだ。」
 
かもしれない。
でもそれを教えてくれたのは横島さん。貴方だ。
心から感謝します。



[510] Re[36]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/15 05:07
 ≪カオス≫
「どうにかクリスマスまでに間に合ったのう。」
 
「すまないな。わざわざ手を煩わせてしまって。」
 
「なに、昔はこれでもパトロンたちのために愚にもつかないようなものを作らされてきたからのう。今回のはなかなか研究としても面白かったぞ?貴重なデータも取れたしの。まぁ、クリスマスプレゼントを作ることになるとは思わなかったがな。」
 
横島に小さな指輪を投げ渡した。
 
「これは?」
 
「ついでに作っておいたぞ。お前さんのアレは強力すぎていちいち文珠で防御せんと周囲の人間まで壊してしまうからの。そいつをはめていればお前さんから漏れ出す霊気を使って周囲に思念波を自動的かつ完全に遮断するフィールドを張ってくれる。意識して霊気の放出を遮断すればフィールドも消える。もっとも、遮断できるのは周囲のものだけだからの。伍の型は防ぎきれんから覚えておけよ。」
 
「わかった。礼を言うよ。・・・そうだな俺からのお返しだ。」
 
横島はわしに向かい果物の入った籠をよこした。中に入っていたのは上下にひしゃげた様な形の桃じゃった。
 
「蟠桃だ。人界にはえる樹木からとったものだから西王母の蟠桃会に使われるような効能はないが一応神山といわれる山から取ってきたもんだからカオスなら不老薬の材料にできるんじゃないか?」
 
「ふむ。確かにこれだけでは駄目じゃが材料としては悪くないの。青春の果実や黄金の林檎を手に入れるのはそれこそ神界にでも行かないと手に入らないじゃろうし、人界で手に入る材料としては最上質の一品やも知れぬ。礼を言うぞ。」
 
もう1,2つ材料がそろえば若返るのも簡単じゃろうな。
 
「さて、送るもんは送っといてやるからマリアを呼んできてくれんか?たぶん市場のほうにいるはずじゃ。急ぎじゃないがまだ怪我が治っておらんでな。」
 
「あぁ。」
 
・・・マリアも最近はいろいろと思い悩んでおるようじゃし、横島とマリア、それがお互いとってよい方向に進んでくれればいいんじゃがな。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
「ん、マリアここにいたのか。」
 
市場の片隅にある広場のベンチにぽつんとマリアは座っていた。
 
「マリア、怪我の具合は大丈夫なのか?」
 
マリアは2日前に、Gメンからの依頼を片付ける際に脚を負傷していた。ジャックの刃物は妖刀と化していたらしい。
 
「イエス・横島さん。部品接合面・完全接着まで・あと6時間。」
 
「そうか。だが場所が脚だから治るまではあまり足を動かさないほうがいいぞ?カオスが呼んでいる。」
 
俺はマリアの前にしゃがみおんぶの体勢をとった。
 
「ノー、横島さん。マリア・重い。」
 
まぁ、体重200kgだものな。
俺は立ち上がり座っているマリアの膝の裏と背中に手を差し入れて持ち上げた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。そういえばマリアのモデルは本物のお姫様だったな。
 
「このとおり重くないわけじゃないが大変というわけでもない。でもおんぶのほうが楽だから負ぶさってくれるとうれしいんだが。」
 
「・・・サンキュー、横島さん。」
 
今度は素直に負ぶさってくれた。
カオスのアジトまでそう長くはない距離、15分くらいの道をマリアを背負って歩き始めた。
 
「・・・横島さん。マリア・痛みを感じません。脚を切られても・痛みはありません。」
 
「そうだな。でも痛みを感じなくたってやっぱり怪我をしているなら安静にしてなくちゃ。」
 
「横島さん。マリア・人間ではありません。壊れれば・修理すれば済みます。」
 
「・・・なぁマリア、俺は誰だ?」
 
「横島さんです。」
 
「そう、俺は横島忠夫。じゃあ、どこまでが横島忠夫なのかな?」
 
「ソーリー。質問の意味・わかりません。」
 
「横島忠夫という言葉は俺のすべてを一言で表す。なら髪の毛が抜けたら俺は横島忠夫じゃなくなるのかな?」
 
「ノー。横島さんは・横島さんです。」
 
「では、腕がもげたら?脚がもげたら?首がもげたら?どこが横島忠夫という部分で、どこから横島忠夫じゃなくなるんだろう?腕がもげたら残された胴体と腕、どちらが横島忠夫なんだろう?それとも横島忠夫だったんだろう?首と胴体を切り離したらどちらの部分が横島忠夫なんだと思う?」
 
「それは・・・わかりません。」
 
「体の部分だけじゃない。記憶をなくしたら、思考することができなくなったら、脳死したら、それは横島忠夫といえるのかな?あるいは死んでしまったら横島忠夫という存在はどこに行ってしまうのかな?」
 
「・・・ソーリー、わかりません。」
 
「俺にもわからない。特にG・Sなんて仕事をしているとね。・・・人間の体を切断すると切断した部分が時折痛むことがある。ひとつの考え方として、昔の人は体を切り離すと心も一緒に切り離されると考えた。体の傷がふさがっても心の傷はふさぐことはできない。切り離された部分の心が足りない。だから痛むのだと。その考え方が正しいのかどうかはわからないけど、痛みを感じる器官のない幽霊たちが苦痛を訴えるのはもしかしたらそういうことかもしれないね。」
 
マリアはどんな表情でこの話を聞いているのだろうか?
 
「じゃあ切り離された方の部分はどうなのかな?切り離されてた体の分の心は痛みを感じるのかな?マリアは痛みを感じることはないのかもしれないけどマリアの体には人工魂が宿っていて、心も持っている。心は痛みを感じないのかな?」
 
「マリアの体・データさえ残れば・完全に新しいものに取り替えても・差し障りありません。」
 
「人間の体細胞だって毎日少しづつ生まれ変わってるんだ。数年のサイクルで考えれば人間の体だって何度も新しいものに換わってるってことになるんだよ?・・・ま、難しいことを考えなくても俺はマリアにもっとマリアを大事にしてほしいってだけだよ。」
 
「・・・サンキュー、横島さん。・・・でも・マリア・やっぱり人間ではありません。」
 
「そうだね。マリアはマリアだ。人間じゃなくても俺の大切な友達で、仲間だ。」
 
「サンキュー。」
 
いったん押し黙って、
 
「・・・マリア、痛みを感じたら。人間のようになりますか?痛みは・マリア・満たしてくれますか?」
 
「そうかもしれない。苦痛はとても強い感情だから。・・・でも俺は勝手なことを言わせてもらえば、そんな感情でマリアの心を満たしてほしくはないな。・・・少しだけ寄り道をするよ。」
 
俺はあたりに人目がないのを確認すると文珠で転移をする。
場所はビッグベンの上。
雪に飾られたロンドンの町並みは白く、美しいものだった。
 
「・・・きれい。」
 
「それもマリアの心だよ。言葉を重ねるよりこうしたほうがわかりやすいだろう?」
 
マリアを座らせるとほんのひと時、二人で景色を眺めていた。
 
「俺は馬鹿だからさ。いつだって失くしてしまってから気がつくんだ。大切なものに。・・・世界はきれいなんだ。どうしようもないくらい汚れて見えててもね。」
 
・・・もうこの世界を失わせてはならないんだ。
かつて俺が滅ぼしてしまったこの世界を。
                   ・
                   ・
                   ・
≪カオス≫
「プリーズ。ドクター・カオス。マリアを・改造してください。」
 
横島がマリアを連れて帰り、横島が帰ったとたんにマリアがそう言い出した。
 
「なんじゃ、藪から棒に。」
 
「マリア・もっと役に立ちたい。横島さんの・お手伝いしたい。」
 
「じゃがのう、この間おぬしに対魔族用の装備を追加してしまったからおぬしの体に武装を内蔵する余地はないぞ?」
 
「・・・ソフト面では・どうですか?」
 
「確かに戦術理論をもう少し詰め込んだり、基本性能を上げることはできるんじゃがのう。・・・そこをいじってしまうとマリアがマリアでなくなってしまうぞ?人間で言えば脳みその中身をいじるようなものじゃからなぁ。・・・そうなってしまえばわしも、横島も悲しむぞ?」
 
「・・・。」
 
「・・・マリア。わしはお前をただの道具とは考えておらぬ。・・・人間は孤独には耐え切れるものではない。1000年という人生の中でわしが孤独を感じずにすんだのは700年という時間、おぬしの存在が傍らにあってこそだ。じゃからおぬしには変わってほしくない。横島も1000年近い苦痛の中でまったく同じ存在ではないにしろ再びわしらに巡り合えたのじゃ。変わってほしくはないだろうよ。」
 
1000年の孤独か。考えただけでもぞっとするわい。
 
「時がくればおぬしの体に大幅な改造を施すつもりじゃ。それまではまってくれんか?」
 
「・・・サンキュー、ドクター・カオス。」
 
わしはマリアの髪をなでてやった。
・・・マリアの心は順調に育ってきているようじゃの。
 
≪横島≫
クリスマスには魔鈴さんの料理でパーティーを開いた。西条も途中から参加していたな。
俺とカオスの2人でみんなに贈ったプレゼントは概ね好評を得た。
雪之丞にはアミュレットを。
直接戦闘にはともかくからめ手に弱い雪之丞の欠点を補うように呪詛や精神異常に対して耐性を高めるためのものだ。
これはあまり喜んでなかったようだ。まぁ効果が地味だからな。
魔鈴さんには魔法の箒を。
スペインの博物館に行って【炎の狐】を文珠でコピーして、それを設計図にカオスが人工知能などを搭載して作り上げた一品だ。
これはとても喜んでもらえた。魔女としては【炎の狐】や【青き稲妻】は憧れだったらしい。
マリアには洋服を。
ほとんどいつも同じ格好だったからな。前の服より服自体の防御性能も上がっている。
すぐに着替えたところを見ると喜んでくれたんだと思う。
鬼道にはエクトプラズムの針を。
式神を作るのに最も適したエクトプラズムを鬼道の希望で長さ10cmほどの針にして約2万本加工してもらった。
あいつが考えてた戦法にあうらしくどういった使い方をするか楽しみでもある。
西条には盾を送る。
あいつは回避や剣での受けがうまいが防御力が甘いからな。ブレスレット型で普段霊気をためておいて必要なときにその霊力を使ってサイキック・シールドを出せるという代物。
自分にもあるとは思っていなかったらしく結構驚いていた。
令子ちゃんとエミにはカオスフライヤー2号と3号を送った。
同じ型だと冥子ちゃんがすねるかもしれないので令子ちゃんには自動車に近い形状、エミにはバイクに近い形状のものだ。
冥子ちゃんにはエクトプラズムでできたテディ・ベアー。
式神を動かす要領で動かすことができる。
冥華さんには同じくエクトプラズムで新しい式神を作って送ってやった。
子供を生んだ六道の女性はこれまでずっと一緒に暮らしてきた式神たちと別れて暮らすので寂しいといってたからだ。まぁ、代わりになるとは言わないが護衛にもなるし。
そして、美智恵さんと公彦さん。
・・・気に入ってくれるかな?
 
≪美智恵≫
「やれやれ、やっと仕事が終わったわね。」
 
クリスマスのくせに仕事が入っていた。
クリスマスに部下に仕事を押し付けるのもしのびないので私が引き受けていた。
今年は日本に帰れそうもなかったし。
 
「ご苦労様。」
 
こんな日に絶対外にであるかない人の声が聞こえた。
 
「あ、あなた。」
 
公彦さんが私の前に立っていた。
あの仮面をはずして。
 
「仮面をはずして大丈夫なの?あなた。それにこんな日に外を出歩いたら。」
 
公彦さんが首から提げたネックレスを見せた。
 
「クリスマスプレゼントだって横島君と彼の友人が作ってくれたネックレスでね、これをつけていると僕の周りの思念波を完全に遮断してくれるらしい。もうあの仮面をつけないでも他人の頭の中身が見えなくてすむんだ。」
 
公彦さんのこんな晴れやかな顔を見るのはチューブラベルのとき以来かもしれない。
 
「そのまま僕の仕事を手伝ってくれてね、時間を作ってくれたんだよ。仮面が外れた記念に君とデートでもして来いって。君の都合は大丈夫かな?」
 
「ちょ、ちょっと待ってて。」
 
作る。時間なんて作ればいいのよ。
すぐさまそのための作業をはじめ、明日と明後日のスケジュールを無理やり空白にする。
 
「これでいいわ。明々後日までこれでオフよ。」
 
「それじゃあデートをしよう。結婚して20年近くたつ、初めてのデートを。・・・年甲斐もなくはしゃいでるのかもな、私は。君のことは100回デートを重ねるよりも知ってはいたが、やはりデートというものをやってみたかったらしい。」
 
「私もよ。今までに不満があったわけじゃないけど、それでも心躍ってるみたい。」
 
私は仮面のない公彦さんの唇に自分の唇を重ねる。
そして生まれて初めてのデートをするために街へと繰り出していった。
ありがとう。横島君。
                   ・
                   ・
                   ・
中書きというか反省文。
え~、突然の更新停止申し訳なかったです。m(__)m感想掲示板に書いたとおりPCが御臨終していました^^;復帰宣言をしたとたんにこんどはなぜかWINDOWSが壊れてしまい、初期化を頼んだ友人のPCまで壊れてしまうというアクシデントが続き投稿がとまってしまいました。早いのだけが売りでしたのに。^^;今回一話投稿する間、PCに問題が起きなかったのでもう大丈夫かと思いますが、また突然投稿が前触れもなく止まったときはPCの不調が原因かと思いますので何卒ご容赦ください。m(_ _)m



[510] Re[37]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/16 23:20
 ≪横島≫
「西条。襲われたと聞いたが大丈夫なのか?」
 
それを聞いたのは一昨日。西条が事件の捜査中に襲撃されたと聞いたが本人は今日俺たちの前に顔を出している。
 
「もう耳に届いていたのか。僕としたことが面目ない。度々すまないが横島君、君の力を借りに来たんだ。」
 
「情報を教えてくれ。」
 
「1月に入ってG・Sや一部の一般市民が襲われるという事件が頻発している。幸い被害は軽いものだし襲われた本人たちが名誉のためにことを公表しないから一般には知られていないがね。僕も一般人が襲われたという件は2,3件は知っているがパターンから考えればおそらく数はもっと多いはずだ。」
 
「襲われた人間の特徴と被害状況は?」
 
「特徴は何らかの近接武器を用いて戦うのに秀でた人間。特に剣の使い手が集中的に狙われている。G・Sでも聖剣を使うものや神通棍の使い手が狙われていてね。範囲としてはスコットランド内。時間的には1日おきくらいだと思われる。最もさっき言ったとおり被害届けを出さない人間も多いからはっきりとはいえないが。被害状況は夜半に女性に声をかけられて人影に襲われるというものだ。しかしどのケースでも本人は軽い立ちくらみか睡眠状態に陥り、睡眠状態の場合も周囲の民家やホテルの前に届けられて凍死をすることは無いようにされている。かく言う僕もおとり捜査のためにジャスティスを持って張り込んでいたんだが、僕の周りを張り込んでいたGメンの隊員共々してやられてしまったよ。そして作戦中の被害は皆無だ。」
 
「おかしな事件ではあるな。で、霊波刀を使う俺のところに来たというわけか。」
 
「あぁ。被害が少ないからといってほうっておくわけにもいかないし、今後エスカレートしないとも限らない。」
 
「下手に傷つけると今後の被害が増えるかもしれないぞ?敵を作ることになるかもしれない。」
 
「かといって捨て置けるわけでもないしね。あいにくこの国で僕以上に剣を扱えるG・Sは君しか知らない。頼めないだろうか?」
 
「契約は交わしてもらうぞ?直接的な被害を出さないような相手は極力殺したくない。」
 
「わかった。人的被害が出ていないことだし何とかしよう。」
 
「・・・OKだ。明日に備えて捜査の範囲を絞るとしよう。」
 
「僕が襲われたのが南スコットランドのエジンバラだ。もうしばらくはこの都市で事件が起こると思う。」
 
「霊波刀では武器を扱うように見えないから神通棍でも持っていたほうがいいかな?」
 
「そうだね。僕も帯同させてもらうがよろしく頼む。」
                   ・
                   ・
                   ・
≪西条≫
夜の闇の中にぽつんと人影が浮かぶ。
横島君だ。
横島君は泰然とその場にたたずんでいた。
正直言って僕は横島君の存在が妬ましくあった。
僕より若いがその圧倒的な力の差を感じずにはいられない。
エリートとして生きていた僕にとって彼の存在は信じられないものであったし、えらくプライドを刺激させられた。
彼の交わす契約。
アレすらも余裕の現われのように感じられて鼻についた。
だが、それもあのアポピス事件のときに和らいだ。
横島君の能力は羨ましがるようなものではない。横島君が得てる力以上に横島君を苦しめているものだということがわかったからだ。
僕ならあの恐怖に耐えようとは思わない。
いや、耐えられない。
何があったかは知らないが、アレに耐えなくてはならなかったからこそ今の横島君があるのだとわかったから。
いや、それ以前に彼と付き合いを深めていくと悪意を持つのは難しい。
不思議と彼の存在を納得させられてしまうのだ。
 
「ねぇお兄さん。あなたはその手の武器を、良く扱えるのかしら?」
 
あの声だ。
 
「神通棍は脆くて扱いにくいんだ。どちらかといえばこちらのほうが得意かな。」
 
横島君は霊波刀を出して見せる。
 
「そう。申し訳ないけど試させてもらうわね。」
 
横島君の背後から影が襲い掛かる。
横島君はそれを振り返りもしないでかわすと強烈な蹴りを見舞った。
そしてけった相手には目もくれず傍らに生える樹上を見上げていた。
 
「あら、こちらの場所が判ってしまったのね。」
 
樹上から美しい女性。
蝙蝠の羽を生やした女性が舞い降りてきた。
白磁のような肌と黒く長い髪。赤い瞳をしてメリハリのある体を露出の大きいイヴニングドレスに包んでいた。
 
「それで、試験は合格したのかな?」
 
「もう少し試させてもらうわ。・・・その『猛る瞳』勇ましいわね。でも事をそうことを急ぎすぎると『不幸を招く』わよ。」
 
「俺そのものが不幸を呼ぶものなのかもしれないぞ?」
 
「クスクスクスクス。向こうに隠れているのはこの間の『黒犬』ちゃんね。『その牙で敵を討て』るのかしら。」
 
突如横島君の目の前に黒い大きな犬が現れた。
横島君はそれにも動じず黒犬の後頭部に当身を食らわせて倒した。
 
「魔物と契約して召喚する召喚術か。実際にははじめてみるな。・・・今の会話の中にキーワードを混ぜ込んで召喚したわけか。呼び出されたのはバーゲスト。魔獣の中では中位の存在だな。」
 
「・・・そこまでばれてしまったわけか。これはこちらの分が悪そうね。今日は引き上げさせてもらうわ。」
 
「いや、そうはいかないな。今の会話の間に細工をしていたのは君だけではないということだ。霊波刀無形式、賽の監獄。」
 
女魔の足元の地面を突き抜けて横島君の霊波刀がいつぞやのように牢屋を作り上げ完全に封じ込めることに成功する。
 
「どうやって。」
 
女魔は悔しそうに顔をしかめる。
 
「足の裏から霊波刀を出して地中に隠しながら伸ばしていたんだよ。檻の形をしているがもとは霊波刀だ。むやみに触れると怪我をする。」
 
「くっ!」
 
女魔の瞳が怪しく光った。
 
「魅了の魔眼か。それもかなり高位の。」
 
横島君がこちらに【遮】の文珠をを投げてよこした。
横島君につかみかかろうとした僕やGメンの隊員が正気に戻る。
 
「・・・魅了の魔眼まで効かないとはね。」
 
「あぁ、訳ありでね。精神操作系の術はききづらいんだよ。」
 
女魔の周囲から檻がはずされた。
 
「・・・なんで?」
 
「こちらに危害を加えるつもりのない相手を閉じ込めておくのも無粋だろう?場所を移そう。話はそこで聞く。」
 
「すまなかった横島君。でもそういうつもりだい?」
 
「あの女魔、夢魔の類だと思う。アモン程じゃないけどかなり力を持った魔族だ。本気で人間に危害を加えるつもりだったらもっと被害は増えていただろう。」
 
「・・・そこまで見抜かれていたのか。いいわ、こちらも頼みたいことがあるからそこで話をさせてもらうわ。」
 
Gメンの部下を帰すと僕たちは滞在しているホテルの部屋に彼女を連れて戻っていった。
 
「お疲れ、師匠。そっちは?」
 
雪之丞君が迎え入れてくれる。
女魔をソファーに座らせると話を聞く体制になった。
 
「・・・あなたたち、と、言うよりも貴方、変わってるわね。この国のG・Sなら私が魔族だってわかった時点で殺そうとするのに。」
 
女魔が半分感心したように、半分呆れたように横島君を見つめる。
 
「俺は魔族も神族も好きではない。・・・でもそれを理由に個々まで嫌いたいとは思わない。少なくとも無闇に人間を傷つけないように気を配れる魔族が相手なら話くらいは聞く。・・・名乗るのが遅れたな。俺は横島忠夫、G・Sだ。こっちは弟子の伊達雪之丞、こっちはオカルトGメンロンドン支部実動部隊主任の西条輝彦だ。」
 
神族もなのか?いや、それにしてはなぜあんな契約に彼はこだわるのだろう?
 
「まぁいいわ。私はリリシア、リリム族よ。頼みたいことというのは戦ってもらいたい相手がいるのよ。正式な依頼人は私の友達なんだけどこっちに出てこれないから代わりに頼めそうな人間を探しに来たの。本当ならいったん逃げて人間に化けてから依頼をしようとしたんだけど予定が狂ってしまったわね。」
 
「・・・君はまだ本気を出していなかったようだ。君以上に力を持った人間はそうはいないと思うが。」
 
「それは確かに純粋な魔族の私以上に強い人間なんて期待していなかったわ。でも私じゃ駄目なの。私が探しているのは武器の扱いにたけ、精神防御に優れた人間の男。忠夫、貴方は魔族の関わる依頼を受ける勇気を持っているのかしら?」
 
「内容次第だな。」
 
「横島君。」
 
「西条は気が進まないか?」
 
「あぁ。」
 
「ま、正式な依頼者は別にいるって言うしな。話くらいは聞いても良いだろう。」
 
「依頼人は車で一時間くらいの郊外の屋敷で待っているわ。すぐに出れるのかしら。」
 
「わかった。すぐに出よう。」
 
僕と雪之丞君も横島君に同行することになった。
・・・魔族からの依頼か。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
「ここよ。」
 
リリシアに案内されたのは古びた屋敷だった。
 
「人の気配がしないな。」
 
「生きている人間はいないからね。」
 
中は思いのほかきれいに片付いていた。
リリシアが開けたドアの奥では一人の女性の幽霊が掃除をしている最中だった。
 
「リリシア、その方々が依頼を引き受けてくれるの?」
 
「内容次第だって。紹介するわ。この娘が私の友達で依頼人のシルビアよ。」
 
「はじめまして、シルビアと申します。私はこの家から離れることができませんので態々お呼びだてして申し訳ありません。」
 
「幽霊・・・シルキーか。」
 
「はい。おっしゃるとおりです。」 
 
「師匠。シルキーってなんだ?」
 
「雪之丞。お前はもう少し伝承やオカルト知識を身につけたほうが良いな。シルキーというのはイギリスで古い屋敷につく守護霊のような存在だ。家人を気に入れば家事を手伝い、そうでなければ追い出してしまうという。夜の間だけ現れて絹の衣装を身にまとっている。その音だけを聞くことができるから絹=シルク=シルキーと名づけられたと聞く。」
 
「へぇ、腕が立つだけでなくて知識もあるんだ。」
 
「知らぬということはそれだけ物事をする際に不利に働くからな。知っているということは時として強くあることに等しい。・・・そういうわけだから雪之丞、もう少し勉強しろよ。」
 
「わかったよ。」
 
「・・・家事をする幽霊で絹、か・・・。」
 
奇妙な符号だ。
まぁ偶然なのだろうが。
・・・日本に帰ったらおきぬちゃんのこともしっかりかたをつけないとな。
 
「どうしたんだい?横島君。」
 
「いや、なんでもない。それよりも依頼の話を聞こう。引き受けるかどうかは判らないが。」
 
「こちらへどうぞ。」
 
シルビアの誘導に従い素直についていく。
応接室に着いて自己紹介をするとシルビアの淹れた紅茶を飲んで軽く感嘆の息をついた。
美味い。
 
「それではお話いたします。私はもともと16世紀ごろこのお屋敷でメイドとして勤めてまいりました。横島様にお願いいたしたいのは私の御主人様でありましたリエルグ様をどうか安らかな眠りにつかせてあげてほしいのです。」
 
「リエルグ?・・・ラームジェルグのことか?」
 
「その通りです。」
 
「なぁ師匠。」
 
「ラームジェルグというのは日本で言えば落武者の霊のようなものだ。スコットランドに伝わる有名な悪霊で、男であれば戦いを挑まれ、ラームジェルグと戦った人間は近いうちに死んでしまうといわれている。」
 
「リエルグ様は武勇を近隣にとどろかせた騎士であらせられましたがその強さを嫉妬され、戦の前に味方に毒を盛られて謀殺されてしまいました。それ以来戦場を求めて徘徊するうちに悪霊となってしまわれたのです。後に封じられたのですがその封印の効力が弱まり昨年の秋ごろから新月の夜になると現世によみがえり戦う相手を求めておいでです。」
 
「僕はそんな被害が出ているとは聞いていないが・・・。」
 
「もともとこのあたりは人が少ないですし、私がリリシアに頼んでリエルグ様と他の男性が出会わないようにしてもらっていますから。」
 
「女の私は戦いを挑まれたりしないからリエルグと出会いそうな男の精を軽く吸って気絶させてから逃がしていたのよ。私くらいの淫魔になれば唇からでも精を吸えるしね。」
 
「魔族の君が人間を守っていたというのか?」
 
「ん~、人間のためって言うよりシルビアのお願いだったからなんだけどね。」
 
「私はこの屋敷を離れることはできませんから。リリシアにリエルグ様を騎士として死なせてくれる方を探してもらっていたのです。横島様。どうかお引き受けいただけないでしょうか。」
 
嘘をついている様子はないな。
 
「・・・そういう理由なら引き受けよう。リエルグに正面から戦いを挑み、勝てばいいんだな?」
 
「はい。よろしくお願いいたします。」
 
「報酬にはこの指輪をあげるわ。この家にあるものを渡すと所有権やらなにやらいろいろと面倒でしょう?人間は。」
 
リリシアは指から指輪をひとつ渡してきた。
かなりの値打ちだし、魔族が所持していたからか、かなりの魔力がこもっている。
 
「判った。新月は3日後だったな?その日にまた来よう。」
 
「お待ち申し上げております。」
 
3日、・・・一応裏を取っておくか。



[510] Re[38]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/16 23:33
 ≪リリシア≫
来ないかも知れないと思ったけど忠夫は約束どおりやってきた。
忠夫はおかしな人間だ。
捕らえられるなんて思ってもいなかったが、捕らえられたときにはさすがに不味いと思っていた。
私に人間を殺す意思はなかったとはいえ、人間にとっては私が魔族だということだけで殺す理由にはなる。
こちらも本気を出していなかったとはいえ、忠夫もまだ本気ではなかったように思われる。
何より私の魔眼を防げる人間がいるとは思えなかった。
長いこと淫魔、夢魔をやってきたからこそわかることだが、忠夫の心はひどく歪なのだと思う。
詳しく調べたわけではない。いや、調べないほうが良いと私の感が告げているから調べていない。
ただ、魔族が嫌いと言い放ちながら忠夫が私を見る眼には嫌悪はなかった。
幽霊であるシルビアからの依頼も躊躇わなかった。
私に魅入られていたわけでもない。(それはそれで淫魔としてのプライドを傷つけられたのだが。)
魔族としてではなくリリシアとして私を見てくれている。そんな瞳だ。
魔界でも私をそんな眼で見てくれる者はいない。シルビアだけだった。
だからこそ、奇妙ではあるが心地よかった。
おそらく、忠夫にとっては全てが個なのだろう。
個として区別はしても、差別はしない。
とどのつまりは広義な部分で平等なのだろうと思う。
あの雪之丞という少年の目にも嫌な光はなかったし、西条の瞳に宿る嫌な光も次第に薄れていくのが判った。
忠夫に引っ張られた形なのだと思う。
やっぱり忠夫はおかしな人間だ。
 
忠夫は騎士剣を持ってやってきた。そして正式な騎士の礼を持ってリエルグとの勝負を受ける。
あのおかしいくらいに形を変える霊波刀は用いずに、あくまで騎士として勝負をするつもりらしい。
それだけで、それだけであの禍々しい気を放っていたリエルグの瘴気が晴れていった。
剣がぶつかり合う。
リエルグはその武勇が広まったとおり達人の腕を持つ。
忠夫はそれにひけを取らない剣技、西洋剣術の動きではなく、とても流麗で、流れるような動作の剣技でもってリエルグと相対していた。
忠夫は長い時間生きて様々な男から精を吸ってきた私から見てそれほどいい男というわけではない。
顔立ちで言えばもっと整った顔立ちの男はたくさんいる。
だが、今この瞬間の忠夫はこれまで見たどの男よりも美しく見えた。
舞を舞っているような無駄のない動き。
今にも爆発してしまいそうなほどの力を秘めた鍛え上げられた肉体。
全身から立ち上る穢れなき闘気。
人間のものとは思えないほど強い霊気。
見たことも無いような暗い空虚な瞳と、その中にあってなお消えることの無い優しい光。
魅入らせることが本分のこの私が、魅入られるかのように惹きつけられる。
剣を合わせるごとに、時を重ねるごとにあれほど周囲に渦巻いていたリエルグの瘴気が消えていった。
無念と憎悪に歪められていた顔からそれが消え、戦いに喜びを見出す騎士の顔となっていた。
もはやリエルグは悪霊と呼ばれるような存在ではなくなっている。
そしてリエルグが渾身の一撃を放つより速く、忠夫の剣がリエルグを貫いていた。
 
「・・・ありが・・・とう。」
 
リエルグが淡い光を放つと屋敷のほうからシルビアも同様に淡い光を放ちながらこちらに向かって飛んできた。
 
「ありがとうございました横島様。これで私も天に召されることができます。さようなら、リリシア。貴女と知り合えて400年間、とても楽しかった。」
 
「私もよ、シルビア。もう会うことも無いでしょうけどさようなら。」
 
シルビアとリエルグは手を取り合い、一際大きな光を放つとそのまま掻き消えるように姿を消した。
 
横島がハンカチをこちらに渡してきた。
気がついたら私は涙を流していたらしい。
 
「人間の霊のために涙を流す・・・か。」
 
「悪いかしら?」
 
「いや。ただ魔族にしては珍しいと思っただけだ。魔族のほとんどは人間を取るに足らないものと見ているからな。」
 
「シルビアは友達だった。・・・それに私は最初のリリムよ。」
 
「アダムの娘か。」
 
「そういうこと。・・・お礼を言うわ。シルビアを助けてくれてありがとう。」
 
人間は腹違いの弟や妹たちの子孫だからなのだろう。
私が人間に嫌悪感を抱かないのは。
 
「いや。」
 
私は横島の頬に軽く唇で触れる。
 
「仮契約よ。お礼代わりのね。貴方の支配下に置かれるわけじゃないけど私の名前を呼べば駆けつけてあげる。」
 
「わかった。お前が人間を無闇に傷つけない限り来訪を歓迎しよう。」
 
「リリシアよ。」
 
「わかったよ、リリシア。人界に来ることがあったら遊びに来るといい。」
 
「・・・やっぱり貴方変わっているわ。それじゃあね、忠夫。」
 
私はふわりと舞い上がると魔界へと帰っていく。
今日は貴方に魅入られてしまいましたけど、いつか貴方を魅入らせて見せるからね。
                   ・
                   ・
                   ・
≪西条≫
「どうした?西条。」
 
リリシアを見送った後、僕たちはホテルに戻る。
そして横島君を自分の部屋に誘ってルームサービスにスコッチをボトルで頼んだ。
スコッチを3杯、ストレートで立て続けにあけた。紳士的な飲み方ではないが、たまにはそういうのみ方をしたい夜もある。
 
「君にいくつか聴きたいことがあったんだ。・・・横島君。君は何者なんだい?君とリエルグの戦いを見させてもらった。僕も剣術を収めているからわかるが君の剣技の腕前は僕より遥かな高みにある。そしてあれだけの霊力、とてもじゃないけど20歳そこそこで修められるものではないよ。どれほど良い先生に巡り合い、才能があったとしてもだ。君は強すぎる。」
 
「・・・強すぎる・・・か。」
 
横島君はまるで自嘲するような笑みを漏らす。
そして杯をあおる。
 
「必要だった。だから強くなった。すまないが今はそれしか答えられない。」
 
必要だったから、か。当然だろうな。ただ漠然と強くなろうとしているだけではとてもじゃないがあんな高みにたどり着くことはできない。
そしてあれほどの高みに行かなくては成せないこと・・・想像もつかないな。
杯をあおる。
 
「・・・そうか。すまなかったな。立ち入ったことを聞いてしまったようだ。」
 
「いや、かまわない。・・・他にも何かあるんだろう?」
 
かなわないな。
杯をあおる。
僕も横島君も相当無茶なペースで飲んでいる。当然酔いがまわるのも早かった。
 
「僕はこれまで魔族は悪だと思ってこの仕事をしてきた。悪霊もだ。だからこそ正義の信念を持って戦ってこれた。だが今回のあれは何だ?リリシアは邪悪には見えなかった。リエルグも哀れな騎士の魂に過ぎなかった。過去にあの二人が何をしてきたかはわからない。でも今日に限って言えばあの2人は悪ではなかった。」
 
酒によっての愚痴だ。
八つ当たりかもしれない。
みっともない。
が、横島君もかなり酔っ払っているらしかった。
 
「逆に問うぞ?正義というのは何だ?悪というのは何だ?・・・俺には正義という言葉は自分のエゴを通すための言い訳としか思えない。」
 
杯をあおる。
 
「世界を守ることが善なのか?最愛の人を守ることが善なのか?その両方を天秤にかけられたとき俺はどちらを選ぶべきだったんだ?」
 
あおる。
あおる。
あおる。
 
「神族だって魔族にだって言い分はあるさ。悪霊にだって。でも自分のエゴを押し通すためにはそれらを押し潰していかなくちゃならないこともあるんだ。・・・だから俺は潰さずに済むエゴはせめて潰さずにいたい。」
 
それがあの契約の理由だというのか?
 
「神族だから、魔族だから、人間だから、妖怪だから、幽霊だから。そんなことは関係ないだろ?自分のエゴを押し通すために敵か、そうでないか。それしかないんだ。」
 
あおる。
あおる。
あおる。
 
「・・・誰もが君のように強いわけではない。誰もが正しく判断できるわけじゃない。」
 
「俺が強い?俺の判断が正しい?それこそ冗談だ。守りたいものを何一つ守れず、助けたい人をこの手で殺し、残ったものは後悔だけ。そんな人間のどこが強いよ?どこが正しいよ?・・・それでも、それでも嫌なんだ。勝手な都合で押し潰されるのも、勝手な都合で他の存在を押し潰すのも・・・。」
 
「横島君?」
 
「俺だってさ。誰もがそんなことできるなんて思っちゃいない。しろとも言わない。戦いの場で迷うことは死につながりかねないからな。でもな、西条。お前なら、お前なら戦う前に何が正しくて何が間違えているか考えることくらいできるんじゃないか?」
 
・・・僕ならできる、か。
横島君にそういわれるとその気になってしまう。
強すぎると思っていた横島君の弱さも知ることができた。
なんだかひどく気分がいい。
横島君に対する蟠りがスーッとひいていくようだった。
・・・成るほど。先生が気をつけろと言うわけだ。
 
横島君は、大した【人たらし】だ。
 
僕にも相当酔いが回ってる。
横島君が先に寝たのか、僕が先に寝たのかもわからない。
ただいい気持ちで、意識を手放した。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
痛っ!
目覚めたら頭が痛い。
二日酔いだ。
周りを見回すとスコッチのボトルが5本転がっていた。
美神さんほどではないがさすがに飲みすぎだ。
酒によって昨日は相当やばいことを口走った気がする。
・・・気がとがめたが【忘】の文珠で西条が眠っている隙に昨日の会話内容を忘れてもらった。
 
「西条。もう起きろ。」
 
「ん、もう朝か。・・・痛っ!」
 
西条に【醒】の文珠を渡す。
 
「君ね、貴重な文珠を二日酔いの治療なんかに使うのか?」
 
「俺はともかく西条は今日もGメンに出頭して事後処理をしなくちゃなんないんだろう?」
 
「・・・もらっておこう。」
 
西条は不意に微笑んだ。
 
「ん?」
 
「いや、二日酔いでむかむかしてるんだけど・・・ひどく気分が良いんだ。・・・昨晩僕たちは何を話したんだ?なんだかとても大切なことを話していたような気がするんだが、忘れてしまった。」
 
「俺も覚えていないな。・・・部屋に戻るわ。」
 
「あぁ、横島君つき合わせてしまって悪かったね。」
 
「たまには酒飲んではめをはずすのみ良いさ。」
 
「僕はシャワーを浴びてGメンに向かうよ。ここで分かれよう。雪之丞君にもよろしく伝えておいてくれ。」
 
「あぁ。じゃあな、西条。」
 
いい機会だったさ。俺がもう一度、何をしたいのか?
俺のエゴがどんなものだったかを見つめなおすのに・・・。



[510] Re[39]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/23 09:05
≪横島≫
「・・・わしも実物は初めて見るのじゃが、これは恐らく竜の卵じゃろう。」
 
2月も終わりに近づき、この留学も後一月というところでおかしなものが空から降ってきた。
コーンウォールの地に空から降ってきたと思わしき物体は周囲の地脈を枯らすほどに吸い上げ始めたがためにオカルトGメンによって接収された。
しかしこれが何なのか判別がつくものはいなく、非常に硬い殻に覆われたテニスボール程の卵型の物体を扱いかねたGメンは人類史上最高の錬金術師であるヨーロッパの魔王、Drカオスの知恵を借りに来たのだった。
 
「竜の卵って、こんなに小さな物体が?」
 
「あら、竜の卵って卵自体が周囲の気を吸って大きく成長していくのよ。少なくとも魔界の竜の卵はそう。」
 
人間界で唯一の友達をなくしたリリシアはあれから時折雪之丞が借りているアパートやカオスの隠れ家にやってきていた。
流石に俺の学生寮に来てもらうわけには行かなかったからな。
人間に化けたリリシアは恐らくかなり霊視に優れた存在でなければ見破ることができないほどに上手に化けている。
今回は都合よくこの場に来ていた。
 
「うむ。わしもそう聞いておる。じゃが、霊気の薄くなった人界では最早竜を孵す事などできぬであろうな。地脈を枯らしても孵化に必要なエネルギーを溜め込むことはできぬであろうよ。」
 
「そうね。この卵も栄養失調にかかってる。このままでは周囲の地脈を枯らした挙句、自分も孵化できずしんでしまうわね。かといって壊すこともできないと思うわよ。竜の卵の殻の固さはダイヤモンドにも勝るから。」
 
「仮に壊せたとしても後が怖いしのう。神竜の卵にしろ、邪竜の卵にしろ、孵らなかったならばそれは仕方ないにしろ人界の、それも国際機構の管轄下で子供を殺されたとなったら一気に関係が悪化することは避けられんぞ?」
 
「じゃあどうすれば良いんだ?」
 
「どこか竜の卵を安置できる場所に預けつつ、神・魔界に連絡して引き取り手を捜すしかないのう。」
 
「お役所仕事だからねぇ。引き取り手を捜すより長期に保管できる場所を探したほうが良いかもしれないわよ?高密度の霊気があって、どこか竜に関係の深い場所じゃないと難しいのだけれど。」
 
「・・・とりあえず今はこれで対処しておくしかないな。」
 
おれは【止】の文珠を作り出すと竜の卵の活動をとめようとする。
そのために竜の卵に触れた。
そのとき感じた。
竜の卵はその小さな中に超高密度のエネルギーが凝縮されている
あのアシュタロスのエネルギー結晶と比べれば流石に数段落ちるが、確かにこれなら周辺の地脈などたやすく枯らしてしまうだろう。
俺の頭の中にひとつの天啓とも言うべきアイデアが生まれた。
 
「・・・忠夫?」
 
リリシアが訝しげに俺の顔を覗き込んだ。
 
「いや、何でもない。」
 
・・・俺にできるか?
いや、やるんだ。 
 
「妙神山にでも持っていけばいいのかな?あそこの管理人は龍神と聞くが?」
 
小竜姫さまのところだ。
 
「あ~、それはまずいかも。確かに条件は満たしてるんだけどその卵が邪竜の卵だった場合政治問題になりかねないし。卵の状態でどの竜の卵か見分けるのは難しいし。」
 
デタントに悪影響を及ぼしかねないか。
 
「・・・と、なると中立地帯で高濃度の霊力が集積されていて竜に関係のある場所か。・・・2,3しか思いつかないな。」
 
「一番手っ取り早いのは月かの?今から宇宙船の開発しては間に合わないからのう。オカルトGメンの力でスペースシャトルの1台もチャーターできんか?最もその前に、月神族を説得せねばなるまいが。」
 
「無茶を言わないでください!・・・個人の裁量で使える予算じゃ無理ですし、予算の申請なんてしたらどれだけ時間がかかるか。」
 
「・・・あとここから一番近そうなのは赤き竜の王が眠る島、か。最もどこにあるかはわからないんだが。」
 
「流石のわしも妖精界の場所は知らんのう。」
 
「そっちの方は私も知らないけれど、アイルランドの妖精界になら渡りをつけられるわよ?」
 
「本当かい?妖精はすでに絶滅したと聞いているが。」
 
西条がリリシアに尋ねる。俺も妖精は鈴女くらいしか見たことは無かったが。
 
「あいつらがそう簡単にくたばったりはしないわよ。最も、人間のせいでこっちにいられなくなったから妖精界に篭りきっちゃってるし、お願いを聞いてくれるかどうかは微妙なせんだけど。」
 
「ずいぶんと親しいみたいだな。」
 
「あそこの女王とは古い知り合いよ。半分夢魔みたいなものだから。」
 
「アイルランドの妖精女王・・・マブか?」
 
クー・フーリンやフィン・マックールの敵役か。
下手をすれば戦女神級だな。
 
「ご名答。どう?素直に手を貸してはくれそうに無いでしょう?」
 
「とはいえほかに手はないか。すまないが渡りをつけてくれ。西条、この竜の卵は預けてもらって良いか?」
 
「文珠が無いと被害は広がるだけだしね。すまないけどよろしく頼むよ。僕は神界の方にGメンを通して照会をかけてみる。」
 
「わしらも留守じゃのう。マリア(人造生命)と妖精界では相性が悪すぎるわい。」
 
「俺はついていくからな。」
 
「それはいいがアミュレットを外すなよ。それから俺たちは頼みごとをしにいくんだ。短気は起こすな。」
 
「わかってるよ。」
 
「妖精は気まぐれで悪戯好きが心情だし、ヤレリー・ブラウンやドヴェルガー、スターリング、ケルピー、ゴブリン、デックアールブ、ファハン、ブラックアニス、ペグ・オネル、レッドキャップ、ボゲードン、鉄枷ジャック、ホブヤー 、性質の悪い妖精はそれこそ枚挙に暇が無いからな。それに妖精の女性の中には気に入った人間の男を魅了することもあるそうだから十分気をつけること。」
 
「それはどちらかというと俺より師匠のほうが気をつけるべきなんじゃぁ・・・いや、その必要は無いか。」
 
どこか疲れたような、諦めた様なため息を雪之丞はついた。
???
 
「あまり時間をかけたくないし、すぐに出たほうが良いな。リリシア、頼めるか?」
 
「いいわよ、それじゃあいきましょうか。」
 
リリシアは俺の腕をつかむと抱きしめるように引っ張った。
                   ・
                   ・
                   ・
≪雪之丞≫
アイルランド島アルスター地方ネイ湖、そこから少し離れた小さな湖の畔にメイヴがが支配する妖精郷の入り口があるという。
 
「        」
 
巨木の洞に向かいリリシアが聞き取ることもできない呪文を唱えると光に包まれ、気がつけば広大な森の中にそびえる丘の上に立っていた。
 
「ここがアイルランドの妖精郷か。」
 
「そうよ。」
 
「あ~、リリシアちゃんだ~。それに人間だ~。」
 
急に大きな声をかけられる。小さな羽根を持った妖精、フェアリーだかピクシーだか判別は俺にはつけられないがこっちに飛んで来ていた。
 
「マベル、久しぶりね。悪いけど私たちを女王の間に案内してほしいんだけど。」
 
「そっちの人間たちも?」
 
不審と興味が入り混じったような視線だ。
 
「俺は横島忠夫、こっちは伊達雪之丞。すまないが女王に尋ねたいことがあるんだ。案内をしてもらえないだろうか。」
 
師匠がその妖精に頭を下げたので俺もあわてて頭を下げる。
 
「へぇ~、礼儀正しいんだ~。・・・こっちよ。案内してあげる。」
 
俺たちはマベルの案内を受ける。
リリシアは羽を出して飛んでいるし、俺は師匠から【浮】の文珠を渡された。
 
「草花を踏むな、木の枝を折るな、ここは妖精の郷だ。どれに妖精が宿っているかわからないからな。」
 
「へ~、お兄さんなかなか賢いねぇ。」
 
マベルが感心したような、茶化しているような声をかける。
 
「木の枝一本と骨一本を等価交換なんていわれたくは無いからな。」
 
「クスクスクスクス。」
 
こちらを遠巻きに監視する妖精たちと、それを一つ一つ俺に講義してくる師匠の後を追いながら広い森の中を進んでいく。
中には師匠のほうに意味ありげな視線を送ってくる妖精もいたが、師匠はまったく気がついていなかった。
何で師匠は自分に向けられる好意にはとことん愚鈍なんだ?
それ以外の他人の感情には敏感なのに。
 
不意に視界が開けると巨大な一本の木でできた王城が現れる。
王城であることは間違いなさそうだし、一本の(生きた)大木であることも間違いない。
なんとも不思議な物体だ。
 
王城の門は大きな妖精が(スプリガンというらしい。)中には武装をした妖精が(デイーナ・シーという種族らしい。)警護についていたが、リリシアとマベルのとりなしで問題なく入ることができた。
王城の中では人間の女性とそうは変わらないような姿の妖精と多くすれ違った。(リャナンシーという種族のようだ)
 
「ここが女王の間よ。」
 
マベルの合図と共にその扉がゆっくりと開かれた。



[510] Re[40]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/23 09:06
 ≪横島≫
玉座はもぬけの空だった。ま、当然だな。
 
「誰もいないじゃないか。」
 
どうやら雪之丞は気がついていないようだ。
まぁ無理も無いのかもしれないが。
 
「女王の御前だぞ。もう少し言葉遣いを直せないか?」
 
言外に茶番をやめるように促す。
しかし雪之丞の口様は何度注意しても直らないな。
まぁ、謙譲語をしゃべる雪之丞はピンとこないからそれほど熱心に注意したわけではないのだが。
 
マベルが玉座に近づくと眩い光を放ち、一瞬の後には豪奢なドレスを身にまとった美女、人間サイズで3対の翅をはやした姿をしている。
妖精女王、マブだ。
 
「お久しぶりね、リリシア。ですけれども私の国に人間なんかを連れて来るなんてどういうおつもりです?」
 
「お久しぶりね、マブ。私はこの人間と仮初めとはいえ契約を交わしているから頼みごとは断れないのよ。」
 
後半は嘘だな。
 
「あなたほどの魔族が?信じられませんね。」
 
「あら、向こうの雪之丞って言う坊やはあのアモンと契約を結んでいるのよ。」
 
言った記憶は無いんだがな。まぁ、リリシアくらいの魔族が観察すればばれるということか?
それとも魔界でアモンと面識でもあるのだろうか。
 
「あの【炎の侯爵】殿がそのような坊やとですって?とてもじゃありませんが信じられませんわ。」
 
「女王のお許しさえあれば今この場で証明して見せますが?」
 
「そうですわね。やって見せてくださる?」
 
「そういうわけだ。雪之丞。」
 
「わかったぜ、師匠。」
 
雪之丞は魔装術を使って見せる。
マブの眼ならこれがアモンと契約を交わして行使されているのを見て取ることができるだろう。
 
「・・・信じられませんが確かにアモン殿との契約に間違いはないようですわね。ですけれどもそれはそれ。私の国に人間を招きいれる理由にはなっていませんことよ!・・・と、申したいところですけれどもそちらの横島という男、私の国に招かれもせず来たことこそ無礼ではありますが、その他には何一つ無礼な真似は働きませんでしたわね。草ひとつ踏み潰していれば追い出す理由にできましたのに。それに私の変化を見破ったことといい、興味にはかられますわ。いいでしょう。私の国に足を踏み入れたことは不問にして差し上げます。」
 
「礼を言います。女王。」
 
「ええ。それでは来訪の目的をおっしゃって御覧なさい。」
 
「先日、人界に竜の卵が発見されました。」
 
ポケットから竜の卵を取り出す。
 
「なれど人界で孵すことはままならず、神界のものとも魔界のものとも判別がつきませぬゆえ中立地帯で竜とも深い関係があり、竜の卵を孵すことが可能であろう赤き竜の王の眠る島を探しておりますが人の世ではその場所を知ることがかないませぬ。そこでリリシアの伝で女王を尋ねてきた次第。」
 
「ふむ・・・。しかし彼の地はブリテンの妖精たちの郷。私の紹介で直接まかることは難しいでしょうね。なれど湖の貴婦人とならば少なからず親交がありますわ。湖の貴婦人であれば彼の地に至る手段も知っているでしょう。」
 
「ご紹介願えますか?」
 
「そうですわね。・・・実を申せばこの妖精郷にはそなたらの他にも招かれざる客人が入り込んでおりますわ。ですけれどもスプリガンは王宮を離れるわけにもいかず、デイーナ・シーの武装では届かず、私の魔法で惑わしをかけて迷宮化した森を彷徨ってはいますがそれ以上のことは私の魔法をもってしても難しいんですの。そなた達がそれを追い出すことができれば湖の貴婦人と会えるように取り計らいましょう。」
 
マブの唇が僅かに意地悪くつりあがる。・・・何かたくらんでるな。
 
「招かれざる客人とは?」
 
「巨人ですわ。ブリテン以前より彼の地に住まいし巨人。」
 
無理難題を吹っかけてこちらの困る様を見物するつもりか。
だがあまりこちらを過小評価をしすぎているな。
 
「戦いともなれば女王の領地を多少なりとも荒らすことになってしまいますが?」
 
「今彼奴を封じている範囲内のことでしたら目を瞑りましょう。引き受けていただけますか?」
 
ブリテン以前、アルビオンの時代から生きるの巨人。
確かに生半可ではないが。
 
「お引き受けいたしましょう。」
 
「ほう。では案内して差し上げましょう。」
 
マブがその手を眼前まで上げると辺りの風景が一変する。
広大な森の一角で木々が無残にも薙ぎ倒されていた。
そこに一体の巨人、おおよその身長は60m程だろうか。
・・・やはりマブの魔法の腕は魔鈴さんを遥かにしのぐようだな。
 
「雪之丞。俺が周囲への被害を食い止める。相当やばくならない限り手を出さないから好きなようにしてみろ。」
 
「いいのか?」
 
「甘く見るなよ。ブリテンがアルビオンと呼ばれていたたころから生きる巨人。【敵対者】ゴグマゴグかそれに類する巨人だ。が、人間が倒しきれない相手でもない。ブルータスが一度討っているのだからな。」
 
「判った。」
 
雪之丞は楽しそうに魔装術を身に纏うと巨人の眼前まで飛んでいく。
相変わらずバトルマニアだな、あの馬鹿。巨人相手に正面からぶつかり合わなくとも良いだろうに。
 
「霊波刀無形式、賽の監獄。」
 
霊波刀を伸ばし、編み上げ、巨大な牢獄を完成させる。
いつもより巨大な牢を作らなければならないが俺だとて成長を止めている訳ではない。
リリシアはともかく初見のマブは驚いたようにこちらを見る。
まぁ人間がこんな技を使うとは思わなかったんだろうな。
続けて大きなサイキック・ソーサーを5つほど作り出し浮かべた。
流石に一度に使える霊力はこれが限界か。
 
「っくぜぇ!」
 
雪之丞は手始めとばかりに霊波砲を放つ。
相手が巨大なため、収束をさせずにそのまま放つ。
悪くない判断だ。
代わりにその一つ一つに炎を纏わせた。
最早あれは一種の熱光線だな。
 
巨人は腕を払うことでそれを迎撃する。
腕を焦がして火の粉が飛び散る。
俺はその火の粉から森が燃えないように監獄から霊波刀を伸ばしたりサイキック・シールドで受け止めて被害を防ぐ。
 
巨人の腕が一瞬巨人の視界を防ぐ間に懐に飛び込む。
 
・・・悪くは無いが。
 
「っらぁ!」
 
雪之丞渾身の蹴りが巨人のこめかみに当たる。が、
効くわけも無い。
もっと体格差を考えろというのだ。
 
体制を崩すこともできず、逆に体制を崩したがために逆に巨人の一撃を受けてしまった。
雪之丞が咄嗟に自分で張ったサイキック・ソーサーと、魔装術のおかげでまだ戦うことができるが。
 
・・・だが、それでも雪之丞に任せておいて正解だったな。
霊波刀が暴走しかかっている。
最近は時々こういう症状が起きてしまう。
人間の体に対して俺の霊力が強くなりすぎたのが原因なのか?
それとも力を満足に振るうことができないのが原因か?
爆発しそうなくらいに内圧が高まっている。
その癖心はもっともっと力を欲しがっている。
・・・急くな。手立ては見つかったんだ。
手段は見つかったんだ。
後はほんの僅かなきっかけがあればいい。
・・・そうだな。日本に帰ったら妙神山に行くとしよう。
霊波刀を力づくで制御する。
暴走しているとはいえ、そんなものを制御するのは慣れている。
 
セルフコントロールしている間に戦局が動いていた。
雪之丞が巨人に食われた。
いや、自分から飛び込んだのか。
あの馬鹿。
 
サイキック・ソーサーをしまい急いで賽の監獄を制御を意識する。
牢としていた霊波刀を解き、代わりに巨人を縛り、絡みつかせ、あるいは腱を切断した。
 
程なく巨人が苦痛のために暴れ始めるがそのころには拘束は完成しており周囲に被害が及ばずに済んだ。
雪之丞のやつ。腹の中を焼くのは効果的かもしれないが、辺りに与える被害を考えてなかったな。
 
霊波刀が繭のように包み込んだ巨人が中で暴れなくなったのを見計らって拘束を解いた。
程なく絶命している口の中から雪之丞が出てくる。
 
「へへへ。」
 
「へへへじゃないこの馬鹿。」
 
得意げに笑う雪之丞の頭を殴りつける。
 
「巨人の内側から腹を焼いたら暴れだすに決まってるだろうが。周囲に与える被害を想定しろ!それに巨人の胃酸がお前の魔装術を溶かせる位強かったらどうするつもりだったんだ?・・・等分の間お前は組み手の代わりに座学だな。戦術をみっちり教え込んでやる。」
 
「げっ!」
 
嫌そうな顔をするが流石に今回のはひどすぎる。
まぁ力そのものの伸びは感嘆に値するかもしれないが。
 
「・・・ねぇリリシア。私はアッシャー界と関係を絶って久しいのですけれども、現世の人間はああいったものなのかしら。」
 
「そんなわけは無いでしょう。あんなのが何十億っていたらたまったもんじゃないわよ。」
 
「そう、そうでしょうね。」
 
呆れられていた。
                   ・
                   ・
                   ・
≪リリシア≫
マブの魔法で玉座の間に戻ると宴の用意がなされていた。
 
「長きに渡り私の国の憂いであった巨人を倒してくれたことに感謝いたしますわ。湖の貴婦人への紹介状は明日渡します。今日のところは宴を楽しんでいってくださいな。」
 
宴は人間のために開かれるものとしては破格なくらい盛大だった。
雪之丞の周りには【妖精騎士】デイーナ・シーや【妖精の番人】スプリガン、【首なし女騎士】デュラハンといった比較的戦闘的な妖精が多く集まってきている。
逆に忠夫の回りは何でもござれだ。
【花の妖精】フェアリー、【森の妖精】ピクシー、【馬に化ける妖精】プーカのような小妖精。
【妖精の恋人】リャナンシー、【泣き女】バンシー、【青婆さん】カリアッハ・ヴェーラのような女性型の妖精。
【靴屋の小人】レプラホーン、【赤服を着た男】ファー・ジャングル、【言い寄り魔】ガンコナー、【酒蔵の妖精】クルラホーンといった男性型妖精。
【妖精の番犬】カーシーのような動物型妖精。何でもござれだ。いや、小妖精も含めて女性型の妖精が多いか。
 
「楽しんでいるかしら。」
 
マブが横島に近づく。
・・・その手にもっているのは赤い酒の入った杯!?
周囲の妖精たちが息を呑むのがわかった。
 
「・・・どういうおつもりです?女王。」
 
「あら、この杯の意味をご存知なのですね。たいしたことではありませんわ。この杯を受ければ湖の貴婦人も貴方を客人として迎え入れぬわけには参りませんでしょう?私の国への被害を最小に食い止めてくれた貴方への御礼ですわ。」
 
マブは面白そうに言ってのける。
 
「・・・そういう意味でしたら。」
 
横島は杯の中に入った赤い蜂蜜酒を飲み干した。
 
リャナンシー達は少し残念そうにしていたが。
人間の男性の愛を求めるのが彼女達の本分なのだから仕方ないわね。
 
宴が終わって妖精たちがひけると横島たちが与えられた部屋に入るとマブを問い詰めた。
 
「どういうつもり?」
 
「どういうつもりとはどういうことかしら?」
 
「横島に妖精に対する支配権を渡したことよ。貴女の経血を混ぜた蜂蜜酒は貴女が夫に支配権を渡す際に飲ませるものでしょう?」
 
マブには自分が言い寄って靡かなかった男を殺している前歴があるからね。
 
「安心なさいな。横島をどうこうするつもりはありませんわ。あくまでお礼ですもの。・・・まぁブリテンの妖精や湖の貴婦人が手を出さないように牽制したという意味はありますけれども。自分が手に入れられないものを彼女達が手に入れるのは業腹ですものね。」
 
・・・相変わらず性格悪いわね。
 
「魔術に対する抗魔力も高まったからもてあまし気味の力も多少はましになるでしょう。最も、あの力を前にどれだけ役に立つかは疑問ですけれどもね。」
 
・・・へぇ。
 
「・・・ずいぶん優しいじゃない。もしかして惚れた?」
 
「自分だけのものにならない男に興味はありませんわ。私が力をもてあますような男にも。・・・まぁ好感は抱いているかもしれませんわね。ですから横島は貴女がどのようになさってもよろしくてよ。」
 
別に一度魅入られたのは確かだがそれだけで靡くほど私は軽い女ではないわ。・・・身持ちの固い淫魔なんて冗談にもならないけど。
 
「私が魅了の魔眼を使ってもレジストするような男の抗魔力が上がったのね。」
 
おとすつもりなら正攻法で行くしかないんでしょうね。
まぁ別に私には関係ない話だけれど。
・・・そういえば大魔王様の下で人間界用の家事の研修なんてやってたわね。
いや、まぁ別に私には関係のない話だけれど。
 
翌日、私達はアイルランドからフランスに飛ぶと【湖の貴婦人】ヴィヴィアンを呼び出すし、【赤き竜の王の眠る島】、ブリテンの王アーサー=ペンドラゴンの眠るアヴァロンに竜の卵を預かってもらえるようにお願いした。



[510] Re[41]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/23 09:07
 ≪横島≫
・・・これはどういうことだ?
 
俺の目の前で小さな、7、8歳ほどに見える少女がマグカップからホットミルクを飲んでいる。
金髪のロングヘアーはサラサラで、青い瞳はどこまでも澄んでいる。
人形のようなという形容詞がピッタリな少女である。
少女の容姿は稀有ながら、それ以外は極々普通といえば普通の光景といえるだろう。
 
少女の頭上の光輪と、背中からはやした1対の翼さえなければ。
 
ことの起こりは今から2週間前、イギリスはコーンウォールに竜の卵が落ちてきたことから始まる。
紆余曲折の上、アイルランドの妖精女王マブを経由してフランスのヴィヴィアンに竜の卵をアヴァロンに送ってもらうこととなった。
 
Gメン経由で神界に照会した結果、あの卵はカンヘルドラゴンの遠い血縁の竜が産んだ卵だったらしく、どういう経緯かは判らないが人界、それもコーンウォールに落ちてしまったらしい。
確かにコーンウォールは竜(アーサー王)と因縁のある地だがどうしてその地にメキシコに伝わる竜の卵が落ちてきたかまではまだ判っていないらしい。
そして神界でも探していたそれをGメンからの照会もあり、実に迅速に(神界の感覚で言えば2週間なんていうのは非常に速いスピードなのであろう。)確認と受領をする人材を派遣してきた。
それがこの少女である。
 
カンヘルドラゴンはアステカの神話の竜とはいえキリスト教の影響を受けた洗礼を受けた竜族であるし天使が迎えに来てもおかしくはないだろう。
少女の姿をしているとはいえ、結局は天使だ。外見と実年齢がかみ合わないことなど普通だろう。
むしろあまり高位の天使をそのままよこしたのではデタントに悪影響を及ぼしかねないだろうから霊圧が低いのもかまわない。
俺が奇妙に思ってるのはそんなことではない。
 
・・・俺はこの少女を知っている。
いや、この少女と同じ気を放つ天使を知っている。
かつて俺はその天使と殺しあったことがある。
 
「それで~卵はどこにあるですか~?」
 
ミルクを飲み終わった少女はキョトンとした瞳でこちらに問いかけてくる。
 
・・・この少女が彼女と関わりがるのは間違いないだろう。
彼女の分霊か、それとも近しい何かなのか。
 
・・・愚考だな。仮に彼女であったとしても俺の知る彼女とはまた別の存在なのだから。
 
「俺は横島忠夫。君の名前は?」
 
「あ~、忘れてましたのだ~。ジルのことはジルって呼んでください~。」
 
ちなみに今回は雪之丞はお休みだ。
2週間前に出した罰ようの宿題がまだ終わっていない。
西条は仕事が入っているらしくジルを連れてきてすぐに帰ってしまったし、今回も妖精郷へ出かけるためカオスとマリアも留守番。
鬼道や魔鈴さんはもともとこの件にはノータッチだったし、リリシアはしばらく魔界にこもって何かをするらしい。
つまるところの今回はジルと2人で出かけることになっている。
 
「卵はアヴァロンに預けてある。アヴァロンの位置は聞いていないからもう一度フランスに行かなくてはならないんだが・・・君はその翼や光輪を見えないようにすることはできるのかな?」
 
「は~い。できますよ。」
 
翼や光輪を消すと同時にローブのような衣装もダッフルコートとスカートに変わる。
 
これで目立つことは避けられるな。
文珠で転移しても良いんだが・・・一部には知られているとはいえ、あまり天使には見せたくはないからな。
 
・・・俺はまだ、神・魔を信用することはできないのか。
この世界の神・魔とあの世界の神・魔が別人であるのは理解しているはずなのにな。
情けない。どこかで許さなくては、誰かが許さなくては怨恨の連鎖は無限に肥大していく。
それを知っているはずなのに。
 
「ここにくる途中に見た人間さんの洋服を真似してみたんですけど~。もしかして似合っていませんか?」
 
急に黙ってしまった俺を見て不安そうに尋ねてくる。
 
「いや、とてもよく似合っている。」
 
「良かったのだ。」
 
今度は満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
 
訂正。
 
この容姿の子供を連れていては目立つことは避けられないな。
東洋人の俺が連れていたら誘拐に間違えられるかもしれない。
 
「目的の場所へは飛行機と列車に乗っていくとしよう。かまわないかな?」
 
「わかりました~!よろしくお願いします~。」
 
しゅたっと元気よく右手を上げて返事をする。
そのままこちらにジルが手を差し出してきたのでその手をつないでやった。
                   ・
                   ・
                   ・
≪横島≫
南フランスはプロヴァンス地方。
ヴィヴィアンは現在はローヌ河の畔に魔法で人間が入り込めない湖を作り出し、その中に館をかまえていた。
 
2週間前に来たときには清浄な空気と水を湛えていた湖であったはずなのだが。
 
「す、凄い瘴気なのだ~。」
 
「何かあったみたいだ。」
 
湖ではヴィヴィアンがその手に剣、聖剣エクスカリバーを持ち鰐のような、亀のような化け物と戦っていた。
 
「ヴィヴィアン!」
 
「横島さん。逃げてください!このタラスクスは何かがおかしい。」
 
ヴィヴィアンが切りかかるがその一撃はたやすく弾かれてしまう。
おかしい。リヴァイアサンの子、タラスクスは聖マルタに捕らえられるほどに神聖な力に弱いはず。
エクスカリバー程の聖剣で傷つかないはずはない。
 
タラスクスは6本の脚を振るい、毒の霧を吐き、炎に包まれた糞を撒き散らし暴れている。
 
「お手伝いするのだ~。」
 
ジルは翼を生やしその右手に剣を、アレは真理の剣。やはり・・・。
 
エクスカリバー以上に神聖な剣で切りかかるも結果は同じだった。
 
「キャァ!」
 
タラスクスの脚の一本がジルを襲う。
神聖力を使った防御壁を張るが、それすら何もないかのごとく貫かれてしまう。
拙い!
 
気がついたら体が動いていた。
サイキック・シールドを壁のように張り、自分の体でジルを包み込むように庇っていた。
 
俺のサイキック・シールドはその効果を表した。
ただその質量差で吹き飛ばされたもののジルに怪我はない。
 
運悪く真理の剣が俺の肩に当たり、倒れた衝撃で俺の左肩が貫き落とされてしまっただけだ。
 
「ちぃ!ユリン、ドラウプニール!」
 
牽制のつもりでユリンを呼び出すが、意外なことに効果を表した。
霊力と魔力は効果を及ぼす・・・いや、神聖力だけを無効化しているのか?
 
ユリンの一部に牽制を止めさせ、周囲の索敵に当たらせる。
・・・見つけた。
 
こうなってしまったら出し惜しみはできない。
速攻でかたをつけなくては。
 
「ごめんなさい。横島さん。」
 
ジルの顔や服は俺の血で赤く汚れていた。
俺は必死に謝るジルの頭を撫でて微笑んでやった。
天使に微笑むことができた。
 
ジルを抱き上げるとエクスカリバーを杖にどうにか立ち上がろうとするヴィヴィアンの元に駆け寄る。
 
「2人はここで待機していてくれ。ヤツは神聖力を完全にレジストするようだ。」
 
「そんな、いくらマブに認められた人間とはいえ横島さんだけでは無理です!」
 
ヴィヴィアンの制止はこの際無視する。
 
「リリシア!」
 
リリシアの名前を呼ぶと、
 
「どうしたの?いきなり呼び出して。」
 
リリシアはいつもの露出の多い服ではなく、なぜかエプロンドレス姿で現れた。
右手にはオタマを装備。
 
「説明は後だ。2人の護衛を頼む。あいつは神聖力を完全にレジストする。」
 
「わかんないけどわかったわ。」
 
天使の護衛をすることに特に文句を言わないでくれる。
 
「『神に棄てられし哀れな機織女。その哀しみでわれらを包め!』アルケニー!」
 
召喚魔術。
半人半蜘蛛の女魔、アルケニーは周囲に蜘蛛の巣を張り巡らす。
これでもかなりの防御力はあるようで流れてくる毒の霧や炎を防ぐ。
 
安心してユリンを別の方向に飛ばした。
 
さて、悪いが時間がない。
手加減も出し惜しみもなしだ。
 
「霊波刀定型式弐の型、憎悪の瞳。」
 
残された右腕に霊波刀を生み出した。
霊波刀の中央部に大きな瞳がついている。
その瞳から黒く輝く炎がネットリとした感じに刀身にまとわりついた。
 
振るう。
 
それだけで黒い炎は周囲を漂う毒の霧を燃やし尽くした。
 
飛来する炎を纏った糞を切り捨てるとそれもまた黒い炎に燃やし尽くされる。
当たり前だ。
俺の憎悪が炎となって現れたもの。
世界を滅ぼす憎悪の炎は制御しなければ全てを燃やし尽くす。
逆説的に言えば制御しなくてはいけない為に全てを燃やし尽くすだけの力は失われているのだがそれでも威力としては十分だ。
 
負の力で生まれた炎を纏った霊波刀は斬りつけたタラスクスだけを燃やし尽くした。
 
こちらを監視していたらしい魔族は下級のものだったらしくユリンだけでもかたはついた。
・・・おそらくアシュタロスの手のものではないだろうか?
何を目的できたのかはわからないが。
・・・ユリンに記録装置を砕かせる。
 
「忠夫!」
 
リリシアがもげた左腕を持って近寄ってくる。
 
「私の館へいらしてください。すぐに治療の準備をさせますわ。」
 
「ごめんなさい横島さん。」
 
半泣きになってるジルの頭を撫でてやると
 
「痛っ!」
 
傷口をつつかれた。
見るとリリシアが満面の笑みを浮かべている。
が、・・・なぜか寒気がした。
 
「リリシア、急に呼び出してすまなかった。ありがとう。」
 
素直に礼を言うと寒気が収まった。
なんだったんだ?
 
その日は結局ヴィヴィアンの館で休ませてもらった。
腕は文珠で治そうとしたのだが3人がかわるがわるヒーリングをしてくれたのでお言葉に甘えることにした。
その間にアヴァロンの地から卵を取り寄せてくれることになった。
ジルはヒーリングをしながら泣き始めてしまったので宥めるのが大変ではあったが。
 
翌日。
 
「昨日は大変お世話になりました。」
 
ヴィヴィアンがそう頭を下げる。
 
「いや、無事で何よりでした。」
 
「お預かりしていた竜の卵です。それと、これは心ばかりのお礼です。お受け取りください。」
 
一振りの騎士剣を手渡される。
 
「これは?」
 
「ランスロットがかつて振るった剣ですわ。最も、親友の弟を手にかけてしまった剣でもありますが。」
 
アロンダイトか。
 
「ランスロットはその剣を正しく振るうことができませんでしたが、剣そのものは決してそう劣るものではありません。貴方でしたら正しく振るうことができるでしょう。剣もそれを望んでいると思います。」
 
そうまで言われれば断れないな。
 
「ありがたく頂戴します。」
 
腕は完治していたのでそのまま館を辞した。
リリシアもジルもそれぞれ帰っていったので帰りは一人旅だ。
 
・・・アシュタロスがもう動き出す時期なのか。
                   ・
                   ・
                   ・
≪キーやん≫
「カンヘルドラゴンの卵は確かに受け取りました。」
 
「ご苦労様でした。いかがでしたか?2000年ぶりの地上は。」
 
「とても面白い人間に会うことができました。」
 
「ほう。」
 
「最初に出会ったときはジルにほんの僅かに敵意を見せましたがすぐにそれを抑えてようです。とても奇妙な表情をしておりました。知っているはずなのに知らないものに出会ったような。」
 
そうでしょうね。
ジルと彼女は同一存在でありながら別の人格を備えている者です。
そして横島にとってはかつて殺しあった存在でもあるのですから。
・・・数多くの彼女の分霊の中から、ジルだけが新たな人格を作り上げた。
同一存在でありながら別人。
それが彼女とジルの関係。
 
「ジルにはとても優しくしてくれたようです。ですが同時に危険な存在でありました。人間とは思えない力を持ち、それに強い魔力を備えた使い魔を使役し、リリムの姫とも契約をし、何よりあの青年が最後に振るった剣はまるで【炎の剣】レーヴァティンのようでした。」
 
世界を焼き尽くす魔剣、一歩間違えればまさしくそのとおりですね。
 
「人間とは思えない力を持っていながらどこまでも人間くさく、世界を滅ぼしかねない憎悪を抱えながら、他者を命がけで守る愛と、許す心を持っている。光と闇を同時に抱えうる矛盾に満ちた存在。・・・人間らしくないのにどこまでも人間らしい人間。とても面白い人物でした。」
 
「気に入りましたか?」
 
「え?」
 
「微笑んでますよ。」
 
彼女は実にいい微笑を浮かべる。
 
「ジルはとても気に入ったようですね。」
 
つまりは貴方も気に入ったのですね。
 
「わかりました。ジル、ジーブリエールにもご苦労様と伝えてください。下がって良いですよ。ガブリエル。」
 
「はい。」
 
・・・さて、アシュタロスが動き始めたのかもしれません。
サッちゃんに現状を聞かねばなりませんね。



[510] Re[42]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/23 09:08
 ≪サッちゃん≫
「「どういうおつもりですかな?」」
 
わしとキーやんの相談の席にオーディンと竜神王が怒鳴り込んできおった。
いや、まぁもう少しは穏便やな。
 
「どういうおつもりとは?」
 
キーやん。わかっとるくせに根性悪やなぁ。
 
「なぜ、リリシアとガブリエルが横島と接触を取ったかということです。我が娘や小竜姫ですらまだ会ってもいないというのに。」
 
「ちょっと待ちぃ。何でわしまでそないこといわれなあかんのや?ガブリエルと違ってリリシアが横島と接触をとったんはまったくの偶然やで?前回の歴史ではイギリス留学なんかしてへんからまったくの想定外やしなぁ。」
 
「む、・・・しかし何で淫魔を中心に人間界の家事のやり方なんぞを教え込んでいるのか、そこのところを説明していただきたい。」
 
「別におかしいことはないやろう?淫魔は例外的に人間界にいくことが比較的多い種族やからなぁ。下手に人間界を荒らさんように常識の範疇として教えただけや。」
 
以前にキーやんに突っ込まれたとこからなぁ。言い訳用意しといてよかったわ。
というかオーディン。わしは一応お前とこの王なんやけどなぁ。
 
「最高指導者殿。何か弁明はありますかな?」
 
竜神王はキーやんを吊るし上げるつもりか。
でもな、竜神王。キーやんはそういうん得意やで。
 
「前回の歴史で我々は横島忠夫に対して許しがたい罪を犯してしまいました。彼は無かったことにしてくれたようですが彼の中でそのわだかまりは消えはしないでしょう。当然でしょうね・・・。また、私たちも彼に対する償いの気持ちを忘れるわけにはいきません。そのことは良いですね?」
 
「確かにのう。」
 
「特に私の部下である天使たちは彼と最も激しく攻撃を仕掛けてしまいました。ですがこれから先アシュタロスとの戦いが起きる前に彼が私たちに対する不信の気持ちを棄てきれないのは明らかに拙いでしょう。かといって彼にこれ以上譲歩を引き出すわけにもいきません。もともとの非はこちらにあるわけですから。」
 
「うむ・・・。」
 
「少しずつこちらから彼の信頼を手繰り寄せなければならないのです。かつて横島忠夫と殺し合いをした名のある天使の中でガブリエルは最も人間と接する機会が多く人間よりの考え方をしていますし、穏やかな性格の持ち主です。天使の中でも指導者的立場にありますしね。ガブリエルを横島と接触させたのは彼の信頼を得るための第一歩と思ってもらいましょう。例えどれほどこちらが彼に対して援助をしようとしても彼の信頼を得ることができなければかえって危うい事態を起こしかねない。私はそれがこわいのです。」
 
「・・・天使たちに家事を教え込んでるのはどういうつもりじゃ?」
 
「かつてのアシュタロスの反乱の折、神魔界はチャンネルを閉じられてしまい人間界に対する干渉を行うことができなくなってしまいました。今回はそうならないようにするつもりですが、アシュタロスがどのような対応策を出してくるかわからない以上油断はできないでしょう?いざとなったら人間界にある程度事前に戦力を送り込む必要があるかもしれません。そのために人間界の常識を学ばせる予備訓練ですよ。現段階で天使たちにアシュタロスの反乱を教えるわけにいきませんから秘密裏に、ですがね。」
 
キーやん。どないしたらそんなにスラスラと尤もらしい理由が出てくるんや?
まったく嘘やないにしろ、わしとの話のときはそんな理由つけとらんかったくせに。
竜神王が理詰めで説得されてしもうた。
 
「むぅ・・・。竜神王、協力を願うぞ。」
 
オーディンが竜神王に提案してくる。
前回はなかったアクションやな。
・・・でもそれも面白いかもしれへん。
 
「そうですね、かまわないでしょう。竜神王、私からも頼みます。」
 
相手の要求を呑んで自分への追及をかわすか。
となると次の手立ては。
 
「ところでサッちゃん。アシュタロスの動向はどうなっていますか?」
 
ほら、話を逸らした。まぁ、今回の会合はそれが主目的なんやけどな。
 
「アモンをアシュタロス陣営から引き抜くことに成功したさかい、直接戦闘力っちゅう意味では大きくそぐことができたで。最も、前回の反乱でもアモンは積極的に動いとったわけでなかったから相手の戦力が大きくさがったっちゅう訳でもないんやけどな。まぁこっちの戦力が増強したことを考えればボチボチっちゅうとこやな。」
 
「フランスで神聖力を無効化する実験が行われていたそうですが?」
 
「アレか?アレは一種の失敗作を部下が勝手に持ち出しただけのようやな。アシュタロス自身はまだ大きな動きはみせとらん。第一、あの装備は確かに神聖力を無効化にするようやけど反面神聖力のこもらんかったらどんな攻撃でも効くようになっとるんや。せやから道に落ちてる棒切れなんかでも倒せるっちゅう訳やな。その辺が失敗作の所以や。もともとは究極の魔体に装備するバリア技術の試作段階のもんらしい。」
 
「ではまだアシュタロスが動く気配はないんですね?」
 
「遅延工作はあらかた回避されてもうたけど、これまでので数年単位の余裕ができとるはずや。これ以上気がつかれんように遅延工作をするんは難しいな。まぁもう少し頑張ってみるわ。キーやん。計算の方はどうなっとる?」
 
「いまだ試算中です。もう六百八十四万七千五百二十三回計算しているのですが、やはり難しいですね。もっと根本的に方法を変えるしかないのかもしれません。」
 
「はぁ、そないか。・・・オーディン。お前も何ぞ動いとるようやのう。」
 
「軍の装備品の強化を研究させている。最も、アシュタロスの陣営にばれんように秘密裏に、だがな。あいにく軍の研究者の中にはアシュタロスほどの天才はいない。ばれてはあっという間に対応されてしまうだろうからなかなか進まないがな。」
 
「竜神王、あなたの方はどうですか?」
 
「妙神山の結界を断末魔砲に耐えるくらいに強化することに成功したわい。恐らく最早天界最高の結界破りの符でも破ることはかなわぬじゃろう。・・・ただし、結界を強化状態にしてはこちらから外にうってでることもできん。妙神山を砦として戦うことはかなわぬな。いざというときの隠れ場所にするのがせいぜいじゃろう。」
 
「・・・各自いっそうの努力を期待しています。私たちにできることは微々たる物かもしれませんがその積み重ねで少しでも彼への負担を減らすために。」
 
神魔の最高指導者が雁首揃えてできることは微々たることか。・・・情けない話や。
 
「彼の存在は楔となっています。これ以上負担をかけるわけにはいきません。・・・いいえ、そうではありませんね。私は神界の最高指導者という肩書きでありながら横島忠夫という個人に肩入れをしたい、そう考えてのです。・・・軽蔑しますか?」
 
するわけない。わしかて同じやからなぁ。
オーディンや竜神王も同じようや。
 
「・・・口惜しいですね。あの世界で私たちが彼に出会っていれば、あんなことにはならなかったでしょうに。」
 
「まぁ、以前から人外に好かれるっちゅう特性の持ち主やったからなぁ。」
 
「私たちもすっかり誑かされましたか。」
 
キーやんは冗談めかして言うとるけどホンマ口惜しい話や。
歴史にifをいうても仕方ないんやけどな。
向こうの世界はどないなってしもたんやろなぁ。
 
「わしらは横島と密接に連絡を取り合って連携しているわけでもない。アシュタロスとの決着は横島がつけることをのぞんどるやろうし、わしらが動きすぎたせいでルシオラ達が生まれへんようになってしもうたら目ぇも当てられへんしな。そうそう動きすぎるわけにもいかへん。」
 
「そのとおりです。ですからお二方もその辺はお気をつけて。・・・ご自分の娘さんたちを売り込みすぎるのも駄目ですよ。」
 
ま、その辺はあまり干渉せぇへん方がええやろ。
 
それからいくつかのことを確認するとみなそれぞれの場所へ戻って言った。
キーやん。頼むで。今の横島を助けるんがわしの役目なら、先の横島を助けるんはキーやんの役目なんやから。
これ以上横島だけに何でもかんでもひっかぶせるんは流石に酷なんやから・・・。



[510] Re[43]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/23 10:59
 ≪横島≫
「君がいなくなってしまうのは残念だが、日本でもがんばりたまえ。」
 
西条と固い握手を交わす。
 
「あぁ、西条も元気でな。何かあったら連絡をくれ。可能な限り駆けつける。」
 
「おいおい、僕たちは公務員だよ。そうそう民間に頼るわけにもいかないだろう。・・・この一年を振り返るとそうも言えないんだけどね。ありがとう。」
 
苦笑する。なんだかんだで大小あわせて10件近く西条と組んで仕事をしたからな。
 
「横島君。ボクはもう1年留学期間がのこっとるからな。来年日本に帰ったら一度よらしてもらうわ。」
 
「鬼道も元気でな。あの針は役に立つか?」
 
「ボチボチやな。でも絶対に使いこなして見せるから楽しみに待っとってくれ。」
 
鬼道は不敵に笑って見せた。努力型のこいつなら本当に使いこなして見せるだろう。
あるいは鬼道家を中興して六道家のライバルに返り咲くかもな。
 
「私も卒業までこちらにいるつもりですからあと1年ですね。」
 
「魔鈴さんもお元気で。日本に帰ってきたらやっぱりレストランを開くつもりですか?」
 
「はい。その時はよろしくお願いしますね。」
 
「えぇ、楽しみにしています。」
 
足元ではユリンとノワールが首筋をすり合わせて別れを惜しんでいる。
この一年ですっかり仲良くなったようだ。ノワール曰く同じ釜の飯を食ったニャからしい。
現在人間界にいる使い魔と呼べる存在はおそらくこの2匹しかいないのだろう。
姿の違いはあれど、世界にお互いしかいない同じ存在、か。
魔鈴さんもどこか悲しげに2匹を見ている。
・・・・・。
 
「ユリン、ドラウプニール!」
 
ユリンに分身を一羽生み出させる。
 
「何かあったらユリンを通して連絡をください。使い魔の扱いは魔鈴さんが一番慣れているでしょうから預かっていただけませんか?」
 
俺がウインクして見せると魔鈴さんも満面の笑みを見せてくれた。
魔鈴さんの顔が少し赤いな。まぁ、ロンドンはまだ寒いからな。
ユリンとノワールが抱き合って喜んで、・・・ノワールが滂沱の涙を流している。
変なところで器用だな。
 
「わしとマリアはやりかけの研究が残っとるからの。完成次第後を追う。」
 
「あぁ、待ってる。・・・次に会うときは若返っているのかな?」
 
「さぁどうかのう。ま、楽しみにしておれ。」
 
カオスとも握手を交わす。
 
「マリアも、カオスの事を頼んだぞ。」
 
「イエス・横島さん。お元気で。」
 
「マリアもな。」
 
「サンキュー・横島さん。」
 
おれが挨拶を交わしているうちに雪之丞も別れを済ませていた。
リリシアにも最後に遊びに来たときに日本に帰ることを伝えておいたのだが、元々仮初とはいえ契約を交わしているので俺の位置は特定できるらしい。
そのうち日本に来ることもあるだろう。
・・・G・S協会に根回ししておかないとな。
 
飛行機の時間が来て、俺と雪之丞は機上の人となった。
 
「雪之丞。イギリスはどうだった?」
 
「魔鈴姉のとこ以外じゃろくにうまい飯はなかったな。」
 
「そういうことを聞いてるんじゃないんだが。」
 
「実入りは多かったぜ。一年間みっちり師匠に扱かれたし、アモンとの契約もできたしな。」
 
確かに。自由になる時間のほとんどを雪之丞の修行に使っていたからな。霊的、肉体的成長期であったこともあり驚くほどに、俺の知っている雪之丞を凌ぐ力をすでに会得している。
 
「お前の場合はあとは頭のほうだな。いい加減言葉遣いと戦術、知識をもっと会得してくれよ。」
 
知識のほうは俺やカオス、魔鈴さんのおかげもあってある程度までは向上しているがまだまだ満足できるレベルじゃないし、それ以外についてはもう。
 
「ん~。」
 
気のない返事だ。
 
「・・・このままじゃいつまでたっても令子ちゃんたちを守ることなんかできないぞ?」
 
「・・・俺はまだミカ姉達より弱いか?」
 
「あぁ、弱いな。直接殴り合えばお前が勝つかもしれないがな。G・Sとしては比べ物にならないくらいに弱い。」
 
これから日本に戻るのだしそろそろ叩いておいたほうが良いな。
 
「お前は常日頃から強くなりたいって言っていたな。だが強くなるための道はG・Sだけじゃない。ただ殴りあうだけで良いなら格闘家になる道だってあった。だけどお前はG・Sである俺の弟子になることを望ん
だわけで、師匠である俺はお前のことをG・Sとして強くなるよう鍛えているわけだ。」
 
すっかりお説教モードになってしまった。
 
「確かに以前俺は拳を振るい続けることで守れるものもあると言った。その言葉は間違えてるとはいわない。だけどG・Sという枠組みで考えた場合最低限学ばなければならないこともあるのにお前はそれを疎かに
しすぎているんだ。」
 
・・・あまり人のことは言えないんだがな。
前回の歴史ではある時期までは俺も能力だけに頼っていたんだから。
 
「まず言葉遣い。俺達はG・Sという職業で、G・Sという職業は一般の人間から見れば何だかわからない事件を何だかわからない能力を持った人間に任せて解決するっていうことだ。当然能力の判断基準は一般人にはわからないから協会が掲示している過去の達成率や信用度、ランクなんかが依頼をするための判断基準になる。結局は信用商売になるわけだが服装や言葉遣いなんかもその判断基準にされるからな。今はまだお前は未成年だし俺の弟子っていうことになっているからあまり気にしなくても良いかもしれないが、お前が将来独立した際に普段は今のままでいいにしろ、せめてクライアントの前だけでもそれなりの言葉遣いができないと信用が下がるぞ。特に実績のない若手の内はな。それにお偉いさんの依頼なんかを受けるときなんかは些細な言葉遣いでトラブルが起きることもあるしな。。・・・お前だっていくら清潔だからってアニメ柄のトレーナーを着て手術する医者なんかに開腹手術なんてされたくないだろう?」
 
「そりゃあまぁ。」
 
「次は知識。妖怪、魔族なんかの中には特定の攻撃が効かないやつなんかもいる。攻撃が仕掛けられない状況というものもある。お前がもし物理攻撃の効かない魔族なんかに出会ったらどうするつもりだ?対処の仕
様がないだろう?例えばゼクウは以前ナイトメアだったが、もしお前がナイトメアを払わなければならない事態になったらどうする?」
 
「・・・・・。」
 
「・・・オーソドックスな方法としては患者が死なないギリギリの霊力を放出していぶりだすってとこか。或いは有効な能力を持つ霊能力者、例えば冥子ちゃんなんかに応援を頼むのも良いだろう。・・・いや、そ
もそも知識がないのならば昏睡状態の患者の原因がナイトメアだと特定できない可能性もある。手術道具と技術があっても診断ができなければ治療はできないってところか。」
 
雪之丞は真剣な顔をして聞いてくれてる。
 
「ま、信用と知識って言うのは或いは戦闘能力以上にG・Sに必要なものだからお前が本当にG・Sとして生きていくなら避けては通れない。いつまでもG・S見習いをやっていたり、協会に張り出される小口の依
頼だけを受けるって言うんなら別だけど、それは流石にいやだろう?」
 
あぁ、自分で言ってて耳が痛い。
 
「最後に戦術な。あ、前もって言っておくが戦略も含めて広義の意味での戦術だからな。今のお前は能力はあっても戦い方を考えない・・・魔族なんかと同じだ。戦術を使いこなす相手にはたとえ能力で勝っていて
もよっぽどじゃない限り勝てはしない。逆に言えばお前が戦術を使いこなせばお前は今よりずっと強くなる。」
 
「本当か?」
 
「あぁ、・・・何も戦術って言うのは敵を前にして殴るか蹴るかを決めるとかそんな単純なものじゃない。目的を最小の被害で達成するためにどういう行動をとるかって考えることだ。周囲の状況をどう利用するか
、相手の弱点をどうつくか、どうやって周囲の被害を減らすか、あるいは自分と味方を守るか、とかな。何もそれは戦闘に関することだけじゃない。美智恵さんや冥華さんはこういったことは特に長けているな。・
・・あの人たちの怖さはお前にもわかるだろう?」
 
「あぁ、正直敵に回したくない。」
 
「若手だと西条か。あいつは発想が少し固すぎて常識に凝り固まってるのが欠点だがあいつの立てる作戦は堅実で部下が理解しやすい。十分な時間があれば部下の能力を発揮させる作戦立案ができる奴だ。あいつが
若くしてオカルトGメンの主任になっているのは個人の能力が高水準にまとまっているだけでなくそういう能力が評価されているんだろうな。令子ちゃんたちだと令子ちゃんは周囲の状況を利用すること、突飛な発
想能力に関してなんかは母親譲りなのか高い才能を持っている。冥子ちゃんはああ見えて相当察知能力が高いし霊能家としての地力がほかの2人より高いせいか感もいい。まぁ性格的に活かしきれてない部分もあるけどな。エミは個人戦術は2人よりやや劣るが西条と同じで団体戦術に秀でているな。まぁ人を使うのがうまいんだ。」
 
指折り雪之丞に身近な人間の戦術タイプを上げていく。
 
「まぁ、難しく考えるな。・・・お前は白龍寺で修行をしていたが、俺のことを聞きつけ俺に弟子入りしたよな?それだって戦術だ。強くなるって言う目的のためには俺の弟子になったほうが早いってお前は考えた
んだろう?」
 
「あぁ。」
 
「それが正解だったかどうかはともかく、そういった拾捨選択も戦術のうちだ。・・・中国武術の考え方の中に飯を食うのも寝るのも修行って考え方もあるがそのままそっくり戦術って言葉が当てはまる。目的を達
するためにどこで補給を行うか、どこで体を休ませるかってな。雪之丞、お前もお前の目的に見合った戦術ってもんを考えてみろ。」
 
お説教モードおしまい。
冷たいようだがこれだけ言って駄目なら仕方ない。
最終的な判断は雪之丞がするしかないのだしな。
師匠がやっていいのは道を指し示すくらいなもんだ。
                   ・
                   ・
                   ・
≪令子≫
今日は横島さんが帰ってくる日。
エミが家族の特権と称して迎えにいって私達はパーティーの準備。
と、言っても場所こそ六道家だが内容はアットホームなもので料理なんかも私やママ、唐巣神父が担当していたし。
参加者は私とママ、冥子、冥華さん、エミ、唐巣神父、ゼクウさま、ユリン。それから主賓の横島さんと雪之丞。
 
「ただいま。」
 
エミが帰ってきた。当然横島さんと雪之丞もだ。
 
「ただいま。みんな。」
 
イロイロ話したいことはあったはずなのに、横島さんの顔を見たら何を言うつもりだったかも忘れてしまった。・・・あ、そうだ。
 
「お兄ちゃんお帰りなさい~。」
 
冥子が横島さんに飛びついた。
め、冥子に先を越されるなんて。
 
「お帰りなさい横島君、雪之丞君。西条君から話は聞いているわ。イギリスでも活躍だったそうね。」
 
「横島君も雪之丞君もおかえりなさい~。おばさんもうれしいわ~。」
 
「お帰り、二人とも。ブラドー島では世話になったね。」
 
完全に出遅れた!
 
「お、お帰りなさい横島さん。」
 
「あぁ、皆ただいま。」
 
笑顔。
無表情というわけではないがこういう笑顔は結構貴重だったりする。
 
「マスター。お疲れ様でした。」
 
「ゼクウも。俺のいない間にイロイロあったみたいだな。・・・ありがとう。」
 
「もったいないです。雪之丞殿もまた一回り大きくなられたようですな。」
 
「体ばっかりな。」
 
「・・・?」
 
「飛行機の中でお説教したのが少し応えてるみたいなんだ。」
 
「ふむ。・・・しかし己の矮小さに気がつくことは一皮向けるための第一歩ですからな。某にはブラドー島でお会いしたときよりもさらに心も成長していると見受けられますぞ。」
 
「サンキューな。」
 
「は~い、皆さん積もる話もあるでしょうけどパーティーをはじめてからにしましょうね~。」
 
おばさまがパンパンと手を二回たたいて皆を促した。
 
パーティーは和やかに進む。
横島さんが魔族と契約したことに対しては一悶着なかったではないのだが、契約事態は軽い拘束力のないものだったので、G・S協会には横島さんが保護した人間に害を及ぼさない魔族ということで報告することで
決着をつけた。
それがリリスとアダムの娘と聞いたとき、唐巣先生は灰になりかけていたけど。
 
「そうだな、みんなにも面通しさせとくか。」
 
横島さんが名前を呼ぶと人影が空中にポンっと出現する。
2つ。
 
「ジル。なんで君まで?」
 
「あ、横島さん。おぃ~っす。ひっさしぶり~。」
 
まだ幼い少女だ。
背中に翼を生やしていなければ。
 
天使の少女はパタパタと飛んで近寄ると横島さんの肩に着地した。
 
「神様に人間界についておべんきょーして来なさいって言われたんだけど、人間界に知り合いは横島さんとリリシアちゃんしかいなかったからリリシアちゃんに案内してもらってたのだ~。」
 
・・・それでいいの?天使として。
唐巣神父なんか完璧に燃え尽きちゃってるじゃない。
 
リリシアと呼ばれた魔族は苦笑しながら肩をすくめていた。
 
「私は天使はそんなに好きじゃないんだけどジルは一回助けちゃってるからね。」
 
「それにしても本当に神族を眷族にしてるんだ。・・・あのユリンっていう使い魔は魔族関係っぽかったんだけどねぇ。あんたって何者?」
 
「・・・夢魔の王女、リリシア殿ですな。」
 
「へぇ、私のことを知ってるんだ。神族に名前が売れるような真似はしてこなかったはずだけど。」
 
「某はついこの間まで夢魔ナイトメアでしたからな。」
 
「あ、御同輩だったんだ。でもなんで神族へ?」
 
「もともとは神族でしたから出戻りですがな。・・・自らのあり方に耐え切れなくなった、とでも言っておきましょう。」
 
「・・・ま、いいけどね。でも、他の人間とのパーティーに魔族の私を呼んでも平気なの?」
 
「大切な仲間だからな。何かの事件のときに一緒になるかもしれないから面通しだけでもと思ったんだ。」
 
「・・・あんたも変わってるけどあんたの周りも変わってるわ。」
 
「ハイハイ~。対面も終わったことだしパーティーの続きをしましょうね~。リリシアさんもジルちゃんも楽しんでいって頂戴ね~。」
 
おばさまの一声でパーティーが再開される。
お互いがどうしていたかが主な話題だったのだが、横島さんの一言が端を発して会場の空気が止まった。
主に私が。
 
「・・・美智恵さん。もしかして。」
 
「あら、何かしら。」
 
「今日まだ一度もアルコールを飲んでませんし、さっきからずっとお腹を気にしているみたいですけど。・・・。」
 
横島さんがママに耳打ちをする。
 
「あら、ばれちゃったのね。相変わらず鋭いわ。・・・令子、ひとつ聞いていい?」
 
「なに?ママ。」
 
「弟と妹、どっちが欲しい?」
 
ピシィッと固まった。
私が。
 
「ほら、横島君のクリスマスプレゼントのおかげで公彦さんと初めてデートすることができたでしょう?・・・そのぉ、なんか燃えちゃって。妊娠3ヶ月なのよ。」
 
年齢が年齢とはいえ外見的に十分若いママが顔を真っ赤にしてもじもじする様はとてもかわいらしいものだと思う。
自分の母親じゃなければ。
 
「じ、十九歳も年下の弟か妹が生まれるなんて。」
 
冥子は素直にうらやましがるけどエミは無言で私の肩をたたいてくれた。
 
「状況が状況だからね。堕ろそうかとも考えたんだけど。」
 
「駄目です~。」
 
ジルちゃんが手足をじたばたさせて怒る。
 
「えぇ、せっかく授かったんですもの。公彦さんと相談して産むことに決めたわ。」
 
「丈夫な子を産んでください。フォローくらいは俺たちでどうにでもしますから。」
 
「ありがとうね。横島君。」
 
そのあと何があったかは正直覚えていない。
でもまぁ、ママにおめでとうを言えたんだから偉いよね?私。



[510] Re[44]:よこしまなる者
Name: キロール
Date: 2004/12/23 18:47
≪横島≫
「お前、横島忠夫だな。」
 
雪之丞と二人での除霊の帰り、道端で女性に声をかけられた。
可憐というべきだろうか?巫女服に近い衣装を纏った小柄な少女がこちらを睥睨している。
ただしその表情が可憐というべき容姿を凛々しいものに変えているし、その言葉遣いは乱暴で男性的であった。
長い髪は真紅の色をしている。
・・・この気配は?
 
「君は?」
 
「質問に答えろ!お前は横島忠夫なのか?そうでないのか?」
 
「確かにそうだが?」
 
「そうか。俺の名は五月。親父の敵を取らせてもらう。」
 
言うが早いか彼女は俺に向かって突っ込んでくる。
速い!
咄嗟にサイキック・ソーサを腹部に出現させ、後方に飛んで威力を消したというのにかなりの衝撃が襲ってくる。
 
「てめぇ。」
 
雪之丞がすぐに魔装術をまとって殴りかかるがアッサリいなされ投げ飛ばされた。
受身は取っているもののかなりの衝撃を受けたようだ。
 
強い。
武なら雪之丞の、いや、俺よりも上だ。
 
「待て。その気配は鬼の類だな?親の敵とはどういうことだ?」
 
鬼を殺した記憶はない。
彼女は俺を一睨みすると興味をなくしたようにプイっと踵を返す。
 
「興醒めだ。・・・ついて来い。親父がお前に会いたがっている。」
 
振り返りもせずにそう告げる。
 
雪之丞を助け起こすと彼女のあとについていくことにした。
 
「ちっ。」
 
雪之丞はかなり悔しそうだ。
殺気も隠さずに彼女を見つめる。
 
「落ち着け。今のお前より彼女のほうが数段上だ。」
 
「わかってる!」
 
わかってるか。・・・まぁそれが認められるようになっただけでも成長の証か。
 
案内されたのは神田神社三ノ宮。
 
「すまぬな。娘が無礼を働いたようだ。」
 
俺達の目の前にいるのは関東平野の守り神にして死霊の王。新皇こと相馬小次郎将門その人(神)だった。
 
「公の娘で五月、鬼。・・・そうか、彼女が滝夜叉姫なのか。歌舞伎の演目だけの存在かと思っていた。」
 
「ほう、察しが良いな。如何にもだ。・・・主にはワシの荒魂を封じてもらった礼をしようと思ったのだがな。後始末をしている間に主がこの地を離れてしまったがために遅くなってしまったようだ。許せよ。」
 
公が頭を下げる。公の本質は荒魂よりこちらにあるようだな。荒魂より格が上だ。
滝夜叉姫は面白くなさそうだ。
 
「いや、未然に防ぐことができませんでしたし。元々は人の過ち。」
 
俺も公に頭を下げる。
 
「ワシは関東ではそれなりに顔が利くし、この神社には大己貴命の分霊もおられるからな。何か困ったことがあれば訪ねてくるといい。主ならばいつでも歓迎しよう。」
 
「・・・では東京の地に妖の住むマンションを建てることをお許し願えますか?」
 
とっくにマンションの工事は始まっているし、思いっきり事後承諾なんだがな。
 
「どういうことだ?」
 
「俺はG・Sで、妖怪を倒すこともまた職務のうちですが中には人間の勝手な都合で退治の話が出ることがあります。その中には人に害をなそうと考えていないものもいます。そういった妖怪や魔族なんかのために
俺が個人所有している離島や山を開放するつもりですが中には人里でなければ暮らすことのできないものたちもいますのでそういったもの達のために居場所を提供したいのです。」
 
「変わった考え方の持ち主だな。・・・条件付で許そう。」
 
条件だと?
 
「ワシは関東平野の守護役だ。争いごとは御免被りたいからな。そのマンションに目付け役として五月の部屋を用意してもらおう。」
 
公はニヤリと笑って見せる。
 
「なに、通常の入居者として扱ってもらって結構。それになんならワシの名前を出してもよいぞ。」
 
・・・外面的には監視という名目で俺のやることを支援してくれるということか。
俺は無言で今一度公に頭を下げた。
 
マンションの建設が終わったら連絡をするといって俺と雪之丞は公の社殿を辞した。
 
「機嫌が悪そうだな。雪之丞。」
 
「何でもねえよ。」
 
「負けたのがそんなに悔しいか?」
 
「・・・当たり前だろう。手も足も出ずにいなされたんだぞ。」
 
「阿呆。相手は1000年以上生きた鬼だぞ?それも父親の敵をとるために朝廷に歯向かい藤原秀郷、平貞盛なんかとやりあった本当の戦の鬼だ。16年しか生きてない小僧がそうやすやすと勝てるか。」
 
ここ最近は俺以外にはそうそう負けないようになってきてるからな。
この歳だし多少は驕るのも無理もないか。
・・・いいときに冷水を浴びせかけてくれたものだ。
 
「・・・俺はあの女に勝てるようになるか?」
 
「お前次第だろ?・・・夏になったらいいところに連れてってやる。」
 
一敗地にまみれていい表情をするようになったな。
がんばれよ。
                   ・
                   ・
                   ・
≪将門≫
「親父、どういうつもりだ。」
 
「どういうつもりとは?」
 
「俺をあの男の下にやることについてだ。」
 
「不満か?」
 
「不満だ。親父の荒魂を封じたというからどれほど面白い奴かと思ったら俺に殴られて反撃もしないような腰抜けだった。アレならまだあの雪之丞という男のほうがましだ。戦い方はなっていないがパワーと気概だ
けはあったからな。」
 
・・・我が娘ながら血の気の多い。
 
「それに倒すべき敵を倒したくはないだと?腑抜けるのもいい加減にしろというのだ。」
 
・・・どこでどう育て間違えたのであろうな。
やはり坂東武者の中で育ってしまったのが間違いだろうか?
まぁ容姿は父親のワシが言うのもなんだがかなり整ってるほうなのだがな。
 
「とてもじゃないが親父の荒魂を封じたとは思えない。」
 
・・・ワシは横島のことを思い返す。
ワシの荒魂がであった横島は狂気の塊であった。
思い出すだけで震えがくる。
途方も無い狂気がワシを貪り食らったのだからな。
例えるならば妖刀。
切れ味は鋭いが周囲にいるもの全てを傷つける。
斬るものを誤る刀。
危険だとワシは判断した。
そこで神界に問い合わせてみたところ返ってきた答えは
『一度会ってから判断してみぃ。』
だった。
そのときはなぜ竜神王がそのようなことを言い出したのかはわからなかった。
神をも殺す狂気の塊を相手に何を流暢なことを、と。
その後極秘として渡された資料で魔族になっていたキンナラのゼクウを神族に戻し自らの眷族にしたこと、
カンヘル竜の卵を保護し、織天使ガブリエルの同一存在、ジーブリエールを助けたこと等が伝えられる。
 
信じられなかった。
 
信じられなかったが興味もわいて会うことにした。
それを知った娘が静止するのも聞かずに飛び出したときには肝を冷やしたがな。
戦いを好む娘のこと、必ずや横島に戦いを仕掛けると思った。
予想通り娘は横島に戦いを仕掛け、予想に反して娘に危害は加えられなかった。
会ってみてまるで別人かと思った。
そこには狂気のかけらも浮かんでいない。
それはその内に秘められているのであろうが表面には浮かんでこないでいた。
そしてのたまった。
住む場所を追われるものに居場所を提供したいと。
それはとりもなおさず殺さずに済む命は救いたいということだった。
そこに偽りの光はなかった。
あるのは真摯な瞳の輝き。
妖刀だと思っていた男はその刃を鞘に収めた稀代の名刀であった。
斬るものを自分の意思で選び、斬るべきでないものは傷つけない刀。
それに比べて娘は抜き身の刀だ。
無闇に振るわれることこそ無いが抜き身ゆえに容易く他者を傷つける。
あのものならば娘の刃に鞘を纏わせてくれるやも知れない。
いや、あのもの自身が鞘になってくれても良いな。
 
・・・前言を撤回しよう。
あのものはまごうことなく妖刀だ。
あの暗くて冷たい刃も、それを包み込む温かな鞘も容易く人を誑かす。
あやつの持つ光はそれを認めたものを魅了してやまない。
まさに妖刀。
 
「親父、聞いているのか?」
 
「ああ聞いている。騙されたと思ってワシを信じてみろ。」
 
「・・・フン。」
 
もう少し言葉遣いや動作に気をつけるだけで花のような美しさが得られるというのに。
あぁもったいない。
いや、怜悧な刃の美しさもまた一興かの?


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