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[9162] 癒しの掌 (現実→オリジナルDQ TSモノ)
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/08 00:20
こんにちは、渋沢と申します。

こちらに投稿するのは3年ぶりくらいになります。

あまりに久しぶりなので少しチラ裏で練習しようと思いこちらに投稿させていただきます。

内容は題名にあります通り現実からのオリジナルDQへの転生モノです。

練習作品なので思い切ってTSまで入れてみました。

そして主人公はヒロインです。いろんな意味でヒロインです。

また今作品はノリと勢いで構成されています。プロット? それって美味しいの? 結局プロット書いたよ! ないと書けなかったよ!

拙い作品ではありますが、ヒマ潰しにでもなれば幸いです。




9月8日にスクエニ版に移動しました!








[9162] 第1話 「流されて傭兵団」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 07:55

こんな童話がある。

おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこっこと流れてくるではありませんか。

その童話では桃から人間が生まれるという作り話特有のわけわからん展開になるわけだが、これを現実に置き換えるとどんぶらこっこと人間が川に流されてきましたという展開になるのだろう。

「ってそんなこと考えてる場合じゃねぇッ!?」

川へ洗濯にきたおばあさん……ではなく、10台後半と思わしき男性はその手に抱えていた洗濯物を放り投げて川へ飛び込んだ。

どんぶらこっこと流されてくる子供を確保するためである。




第1話 「流されて傭兵団」




「緊急会議を始める」

そう言い放ったのはこの傭兵団を率いる団長だった。

歳の頃は40代、ムッキムキの筋肉と厳つすぎる顔をした泣く子も喚くコワモテだ。名をゼノスという。

そのゼノスを中心に円を組むように4人の男性と1人の女性と1人の少年が座り込んでいた。

「議題は言うまでもない思うが、先ほどテオが拾ってきた少女についてだ」

「あの、団長。そのテオがいないんですが……」

緑の髪をした青年がそう言いながらキョロキョロと辺りを見回す。彼の言ったとおり、今回の騒動というか事件というか、その中心人物である青年がいなかった。

たしか自分は全員集合と聞いた覚えがあるのだが。

「アレには少女についているように言ってある」

青年はその言葉に頷いて納得した。さすがに死に掛けていた少女を手当てしたとはいえ、1人で放置させて置くわけにもいかないのだ。

「で、どーすんっすか団長。あのガキ、どう見てもワケアリですけど」

今度は赤銅色の髪をした目付きの悪い男が面倒くさそうにテーブルに肘ついたまま発言する。隣に座った同年代の青い髪の男が、赤いのに対して「態度が悪い」と肘でわき腹に制裁を入れていた。

盛大に悶える赤いのを特に気にした様子もなく、団長は鷹揚に頷く。このようなやり取りは日常茶飯事というか今更なのだ。

「詳しい話はあの子が目を覚まして話を聞いた後になるが……とりあえず、ウチで保護する方向でいこうと思っている」

その言葉に団員たちはそれぞれの反応を見せるが、全員に共通しているのはやっぱりな、という思いだった。

「団長、今月の収支分かってます?」

そうため息ぎみに問いかけたのはこの傭兵団唯一の女性だった。金色の髪を後ろで束ねた結構な美人だったが、この傭兵団では最古参であり、腕の方もこの団では団長の次という実質ナンバー2の実力者でもある。

だが彼女はナンバー2の実力者というより、もう一つの顔の方がよく知られている。

この傭兵団の懐事情を一手に握る唯一の事務方だ。

「む……そんなに酷かったか?」

「とりあえず、来月も赤字ならこの砦を手放すことを考えないといけないくらいには」

頭が痛い。この見た目に反してお人よしな団長の事は好きだし、その腕には惚れこんでいる。そんな彼だからこそ着いて来ている彼女ではあるが、もうちょっとこう、損得勘定を視野に入れて動いてくれるととってもとっても助かるのだが。

むぅと腕を組んで唸っている団長を見る目が恨みがましくなるくらいは許して欲しいもんである。

「いいじゃないですかフラウさん。ここで見捨てるような団長なんて団長じゃありませんし」

糸目の青年がぽあぽあした雰囲気のまま茶を啜りながら言った。暢気に美味しいですねぇとのたまうその姿に毒気を抜かれてしまう。
分かってる。ここで反対したところで結局あの少女の面倒をみる方向になるのは、今までの経験上イヤってほど分かってるのだ。

なんだかんだでこの団はお人よしばっかなわけだし。

フラウと呼ばれた女性は結局諦めのため息をつくしかないわけだ。

「とりあえず、しばらく食事は肉抜きですからね」

ゆるゆるに緩んでいた空気がピシィと固まる。

これくらいの報復は許されて然るべきだと思うのであった。



***



「テオさーん?」

呼ばれて振り返ってみると扉から顔だけ覗かせるウチのマスコット……ではなく、見習いのアッシュがいた。

齢10歳というこの団の最年少である。もちろん傭兵としての戦いなんぞ出来るはずもなく、主な仕事は皿洗いやら掃除やら馬の世話やらの雑用だ。

「アッシュ、話し合いはもう終わったのか?」

冷たい水で絞りなおした手拭いを少女の額に当ててやる。怪我のせいか冷たい川に流されていたせいか、少女は今高熱を出しているのだ。

「うん、その子ウチで面倒みることになったよー」

そう嬉しそうに言いながら隣に来る。やっぱり同年代の子が来たのが嬉しいらしい。

まぁ会議とは名ばかりというか、結果が見えていたというか、やっぱり予想通りの結果になったらしい。

「まぁ、親父ならそう言うだろうな」

そしてフラウが出費を思って重いため息を吐くのだろう。目に見えるようだ。

「この子大丈夫かなぁ」

赤い顔で息も荒く、非常に苦しそうなその子を前に思わず眉をしかめる。

「とりあえず医者が言うには命に別状はないらしい。熱が引いたら目を覚ますそうだ」

「早くお話してみたいなぁ」

そう言って無邪気に笑う。

「仲良くなれるといいな」

「うんっ!」

この子がどんな事情を持っているのかは聞いてみないとわからない。

ただの迷子とかならいいんだが、この御時勢子供を手放す親は結構居る。悲しい事だが、それが現実なのだ。

もしそうだったら、この子は新しい家族になるんだろう。

「早く目を覚ませよ?」

優しく頭を撫でてやると、ほんの少し、苦しそうな表情が和らいだような気がした。





[9162] 第2話 「現実は小説よりも」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 07:56


自分には前世の記憶がある。

そう確信したのは3つの時だった。それ以前のことは夢でも見ていたように曖昧だ。おそらく物心がつく前というやつだったと思う。
取り乱したりはしなかった。いや、夢かなんかかと思って自分から壁に頭をゴンゴンぶつけて大層親に心配かけたりしたが、あれは必要な儀式だったのだ。故に取り乱したわけではない。断じて。

前世の記憶を持つという事は、人一生分の経験を幼いながらに持てるということだ。これは普通なら結構なメリットとなるはずなのであるが、自分に限ってはデメリットの方が多かった気がする。

まず前世と今の自分の性別が違う。これは結構戸惑った。そりゃ前世では生まれ変わったら次は女性がいいなとか言った覚えはある。あるのだが実際そうなってみるとなんというか、すんげぇ変な気分だった。具体的にいうとトイレとかトイレとかトイレ。

あと環境がべらぼうに違う。前世では水を飲もうとしたら水道の蛇口を捻ればよかったが、ココでは井戸からわざわざ汲み上げないといけないのだ。

ガスコンロもないし、冷蔵庫もない。風呂なんぞもってのほか。なんという不便な時代に生まれ変わったのかと深く絶望した。普通転生っつったら死んだときより未来なんじゃないのか。転生って過去に飛ぶ事もあるなんて知りたくなかった。

だが現実はさらに斜め上をいく結果を見せ付けてくれやがった。

5歳の頃である。村はずれで村の子供たちの遊び相手をしていると、目の前に青いぷるぷるした生物が出てきたのだ。

一抱えほどもある大きさのその生物は、見た目非常にグロかった。不透明なゼリーのような体に眼球があり、顔の半分はありそうな大きな口。その口を三日月がたに歪めながらぴょんぴょん跳ねてこっち来るのだ。

そりゃもう大声で叫んだ。というか泣き叫んだ。軽くどころじゃなくトラウマになった。

それでも周りの子供を逃がそうとした自分に盛大な拍手を送りたいと思う。

結局その後近くにいた大人がそのグロ物体を退けてくれて皆助かったが、その日は恐怖で初めて自分から両親の寝床に潜り込んだのだ。

そしてここが過去の世界なんかじゃないことにようやく自分は気づいたのだ。

よくよく考えたら大人たちの会話に今までヒントなんぞいっぱいあったはずなのに、まったく欠片も気づかなかった。

そう、ここは過去の世界ではない。しかしながら過去の世界に転生するよりもっとぶっとんだ事態だった。

自分が転生した世界はドラクエの世界だったのである。

……リアルで見るスライムがあんなグロい物質だったなんて、出来れば知りたくなんてなかった。




第2話 「現実は小説よりも」




軽く絶望というか、これって実は自分が見てる夢なんじゃないかとあの後真剣に悩んだ。

あまり思い出したくないが、前世では交通事故で死んだのだ。まさか20代という若さで人生を終えるなんて我ながら可哀想だと思う。
だが実は死んでいるんじゃなくて、植物人間みたいになってそこで覚めない夢でも見ているのではないか。そう本気で考えてしまうくらいにはこの現実はぶっとんでいた。

だってドラクエの世界ですよ? しかも都合よく前世の記憶持ち。

これはもう覚めない夢って言われたほうがしっくりくるだろう。

その後三日ほどモンモンとした日々を過ごしたのだが、途中で馬鹿馬鹿しくなって止めた。

これが現実だろうと夢だろうと自分がここにいるということが全てなのだ。というか夢か現実かなんて考えても分かるわけもなし、わかっていたとしてもどないすんねんっていう。

吹っ切った後にふと脳裏に浮かんだのは魔法だった。

ここはドラクエの世界。いや厳密にはひょっとしたら違うのではないかとも思ったが、とにかくドラクエの世界らしい。

となればメラやらホイミやらの呪文もあるのではないか。そう思ったら居てもたってもいられなかった。

手の平から炎を出す。これに憧れない男なんぞいるわけがない。いや、今は女の子ではあるがそれはともかく。

それに呪文があるとなれば、昔から感じていたこの違和感に説明がつきそうなのだ。

前世との比較が出来るからこその違和感というべきか。自分の身体の中によく分からないモノがあるのだ。たぶん気功を使える人なら分かるかもしれないが、こう身体の中にぽかぽかするというか、湧き出るものを感じるのだ。

こればっかりは口ではうまく説明できない。今までは特に害があるわけでもないので放置していたが、もしかしてこれが魔力とか言われるものなのではないか……そう思ったのだ。

そう考えたらもう居ても立ってもいられない。ここはぜひとも手の平から火の玉を出さねば。もし出せたらこのぶっとんだ転生にも感謝することが出来そうな気がする。

たとえハンバーガーもカラオケも風呂もないような世界であろうとも、手の平から火の玉を出す。それが出来るようになるというだけで、全て許せる。オールオッケーだ。どんと来いだ。

変なテンションのまま手を前に翳し、鼻息も荒く呪文を叫ぶ。

「メラッ!」

その呪文の掛け声とともに自分の手の平からは真っ赤な炎が!!

……

……

出ませんでした。

いや、うん。そりゃ一度の試みで成功するはずないよね。というか恥ずかしい。一気にテンションが通常に戻った。

思わず周りを見渡して自分の恥を見た人物が居ないかを確認してしまう。見られたらきっと立ち直れない。

幸いな事に見られていない事を確認し、それから自分は日が沈むまでメラメラ言い続けた。

結局その日は火の粉の欠片も出ず、枕を涙で濡らしながら寝た。

一晩立つと結構冷静になれるもんだ。

昨日は半ばテンションと意地でメラメラやっていたが、ひょっとしたら詠唱とかあるのかもしれないし、使える魔法が人によって決まってるのかもしれないし、転職とかしないとダメなのかもしれない。

転職しないとダメだったりすると現時点ではお手あげだ。ここは一つ他の魔法を試してみて、もしダメだったら大人に聞いてみよう。
そう心に誓い、朝も早い時間から特訓を開始する。

「メラッ!」

「ヒャドッ!」

「ギラッ!」

「イオッ!」

「バギッ!」

全然ダメだった。欠片も手ごたえがなかった。

次使うのがダメだったらもうかなり絶望的だ。やっぱり転職とかしないといけないのだろうか。というか転職ってあるんかこの世界。ダーマ神殿とかあるんか?

今までのように虚空に手を向けるのではなく、自分の胸に手を当てて呪文を叫ぶ。

「ホイみッ!?」

手ごたえがあった!?

思わず語尾を噛んでしまいそうになったが、今までの呪文では感じられなかった違和感があった。

身体の中にある熱が自分の手に集中するような妙な違和感。

驚きでその感覚は霧散してしまったが、胸のドキドキは止まらない。足が震える。もしかしたら、もしかしたら、本当に魔法が使えるかもしれない……!

ホイミ……回復呪文。

できればぜひともメラを使ってみたかったが、この際贅沢は言わない。前世では空想でしかなかった魔法。それを使えるかもしれないという興奮は、前世でも感じたことのないトキメキだった。

一度家に戻り、ナイフを一本掴んで飛び出す。

もしホイミなら怪我をしていないと効果がわからないからだ。

ドキドキした心臓を宥めながら、左手の手の平をうっすらナイフで傷つける。ピリッとした痛みと共に浮き上がる赤い線。

左手に右手を翳し、唱える。

「ホイミ……」

その瞬間、身体にある熱が右手に移動する感覚と共に右手から淡い光が放出される。

「う、わぁ……」

思わず見ほれていた。今まで見たこともないような淡い淡い白色の光。いや、これを光りと言ってもいいのかどうか。

それと同時に左手が熱くなる。火傷をするような熱さではないが、それでも結構な熱量。正確には左手の傷を中心にその熱は広がり、そしてすぐにその感覚は消えうせた。

左手を見てみると、先ほどナイフでつけた傷が跡形もなく消え去っている。

「……」

この感動をなんと表現すればいいのか。

ドキドキとなる心臓の音が煩い。運動をしているわけでもないのに息が荒い。顔にどんだけ血が集まってるんだというくらい熱い。視界が涙でぼやける。

これほどの興奮を、自分は知らない。





気がつけば太陽が真上だった。

おかしい、さっきまで朝だったはずなのに。興奮でトリップするなんて現象は初めてだ。

まぁでも、仕方ないよなぁ。なんたって魔法。魔法が使えたんだ。自分がホイミと唱えたら右手から白い光りが出て……

「くふ、くふふ、くふふふふ」

あ、ヤバい。自分今人様に見せられない顔してる。

その日は友人や大人たちから変な顔で見られた。

そりゃ一日中意味もなくニヤニヤしてたら誰だって不気味に思うよねぇ。

その日はそのままニヤニヤしてたら夜だった。興奮で寝付けないと思ったら案外すぐ寝付けたのは、やっぱり魔力を使ったからだろうか。

それからというもの、自分は魔法に没頭した。

前世での知識……それがゲームの知識なのはちょっとアレだったが、ともかく知識を使って自分が知る限りの魔法を片っ端から試してみた。

結果は大きく分けて3つある。

まったくなにも手ごたえがないもの。

しっかり発動するもの。

手ごたえはあるものの、発動にいたらないもの。

おそらく、まったく手ごたえがないものは適性がなく、発動にいたらないものは魔力が足りないんではないか。結構的を射ていると思う。

ちなみに攻撃魔法全般に一切の適正がない時はかなり落ち込んだ。ゲームの僧侶のバギすら適正がないのはどういうことなのか。

また新たな発見として、この世界では魔法を使える人はかなり少ないらしい。特に回復魔法は使い手が少ないらしく、両親に見せたら大喜びされた。

というか村を上げてお祭り騒ぎになった。

なんでも魔法を使えるというだけで国に取り立ててもらえるらしい……両親が熱っぽく語っていたのが印象的だ。

正直どうやって魔法……というか呪文を知ったのかと聞かれた時はどうしようとあせったのだが、魔法を使える人は初めからそういうもんだといったら納得された。自分で言っといてなんだが、それでいいのだろうか?

その後、自分の生活は激変した。

回復魔法が使えるせいで、半ば医者のような扱いを受けたのだ。

まぁ、これは仕方がないかもしれない。

なんせこの世界はモンスターがでるのだ。大人たちは結構日常的にスライムとかオオガラスとかと戦うことを余儀なくされる。

これが街クラスになれば自警団とかがあるのだが、全員合わせて50人くらいの小さい村にそんなもの当然あるはずもない。

言ってみれば村の大人全員が自警団みたいなものだったのだ。

農業で日ごろ鍛えられている彼らならば、この付近に出てくる程度のモンスターは徒党を組めば退治できる。

逆を言えば退治できるからこそ小さいとはいえ村があるのだと言われたときは、なるほどと思ったものだ。

話が脱線したが、日常的にモンスターと戦うということは、日常的に怪我を負うということで。

回復魔法が使える自分は結構頻繁に駆り出されたのだ。

そして回復呪文だけでなく補助系の呪文まで使えると知られ、モンスターが出るたんびに呼び出される始末。

まぁこんな言い方をしておいてなんだが、自分としては実践で魔法を使えたので文句はなかったりするのだけれど。

さらにそんな事をしているとこの小さな村であろうとも情報は伝わってしまい、近隣の村から助けを求めるものまで出てくる。

そんな生活が10歳まで続き……そして唐突に終わる羽目になる。

自分は深く考えていなかったのだ。魔法……とりわけ回復魔法が使え、攻撃魔法が使えないということの意味を。

魔法を使える人は少ない。さらに回復魔法の適正を持った人はさらに少ない。

これらの意味を正確に把握し、危機感を持っていれば、もしかしたら防げたのかもしれない。

だが気づいた頃には全て遅かったのだ。





[9162] 第3話 「大人への階段」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 07:57


「おねぇ……ちゃん………」

「レンッ!!」

「てめぇら、レンを離しやがれッ!!」

「このガキを生かして返して欲しかったら、そっちのガキをよこしな。そしたら俺らもこれ以上どうこうするつもりはねぇよ」

レン。4つ下の自分の弟。まだたったの6歳で、どこへいくにもおねぇちゃんおねぇちゃんと自分の後をついて来る可愛い弟だ。

その弟が……今悪い人たちに捕まって、剣なんか押し当てられて、恐怖で泣きじゃくっている。

「そんな……そんなこと出来るわけがないだろうッ!?」

自分を庇う様に前に立つ父親の悲痛な叫び。

「どうして、どうしてッ!? なんでこの子を狙うのよッ!!」

自分を抱きしめて放さない母親の慟哭。

「早くそっちのガキをよこしな。その回復魔法を使えるガキさえ手に入れば、これ以上俺らもどうこうするつもりはねぇぜ」

そういって弟の首筋に剣を滑らせる。剣を伝って滴り落ちるレンの血が、ぽつりぽつりと地面を濡らしていく。

場は膠着状態に陥っていた。にらみ合う村の人たちと攻め込んできた男たち。泣きじゃくる弟、抱きしめてくれる母、守ろうとしてくれる父と村の人たち。

「出来る出来ねぇじゃネェんだよッ! しなきゃこのガキをぶっ殺して力ずくでそのガキ攫ったっていいんだぜ」

ブシュッという音と共に先ほどとは比較にならないくらいの血が弟の首筋から流れ出す。

「……ねぇ………ちゃ……」

もう色々限界だった。



第3話 「大人への階段」



男たちからしてみればボロい仕事になるはずだった。

50人ほどしか居ない村。外の村や街まで片道3時間はかかるこの辺境にある村に、呪文使いが居るという情報を彼らの仲間が持ってきたはそう前のことではない。

普通であるならばわざわざ呪文使いにケンカを売ろうなんて真似はしない。彼らは呪文一つで超常現象を起こす、広域殲滅のエキスパートだ。下手をすれば一撃で戦局を引っ繰り返す者までいる。まったくどんな反則だ。

しかし呪文使いといえどやはり人間。ただ殺せばいいのならなんとかなるだろう。数の暴力や、弓による遠距離攻撃など手段はいくらでもある。

だが事が生け捕りとなると話は違ってくる。ただでさえ難易度ハードなのにも関わらず、もはやマニアックの領域だ。

今回報告をしてきた男の言葉がそれだけならば男たちも村を襲おうなんて思わなかっただろう。だが男の言葉には続きがあった。

「なんでもその呪文使い、回復魔法しか使えないらしいぜ。さらに言えばまだ10にも満たない女のガキらしい」

彼らはさすがに耳を疑った。そんな都合のよすぎる獲物がいるなんて普通は思いもしない。

魔法を使える人間は少ない。100人中1人いればいいほうだ。

さらに回復魔法の使い手は呪文使いが100人いて1人。

そこからさらに回復魔法だけしか使えない存在というのは、いったいどのくらいの確率なのか。

男たちは入念に下調べをし、そしてその情報が正しい事を突き止めた。

その晩は前祝として普通じゃとても飲めないような高い酒で酒盛りしたくらいだ。

そして彼らは今日、件の村を襲ったわけなのだが……

「ちぃッ! 回復魔法しか使えないんじゃなかったのかよッ!!」

たしかに攻撃魔法を使えないという情報は正しかった。正しかったのだが……

硬殻呪文スクルトッ!」

目の前の村のヤツに剣を叩きつけるのだが、鉄でも切りつけたみたいな鈍い感触。案の定相手はほとんど傷を負っておらず、元気に切り返してくる。剣が通じないとかどんなチートだおい。

ぬかった。回復魔法しか使えないんじゃなく、攻撃魔法"だけ"使えないというのが正しかったらしい。

さすがにまったくこちらの攻撃が効かない訳ではない。こちとら荒事で飯食ってるのだ。練度の差は歴然。歴然なのだが……

治療呪文ホイミッ!」

これがまた厄介だった。少女が触れた人は淡い光に包まれたかと思うと、さっきまで必死こいて与えたダメージが綺麗サッパリ消え去っているのだ。

「あぁぁぁあああぁぁぁああッ! もうウゼぇぇえええええええぇぇええッ!?」

これじゃイタチごっこだった。こちらの体力が尽きるのが先か、あの少女の魔力が尽きるのが先かという持久戦。

だがこの千日手じみた戦局は結構簡単に崩れ去った。

「てめぇら武器を下ろしやがれッ! さもないとこのガキがどうなっても知らねぇぞッ!?」

古来より連綿と受け継がれる外道の業。人質という策をもって。





襲撃犯たちからしてみれば、この呪文使いの少女さえ手に入ればよかった。この村の財産なんぞ手に入れても運ぶための苦労と収入を比較すれば正直いらないわけで。若い女もいないこの村ではその後のお楽しみも期待できない。

なもんで結局の所、少女さえ手に入ればもうさっさとトンズラ扱くから早く終わってくれというのが本音だった。正直体力の方もかなり限界だった。

「……わかりました、あなたたちに着いていきます。だからもう村の人たちに……レンに手を出さないでッ!」

ようやく終わりが見えた。

「じゃあさっさとこっちに来い。このままだとお前の弟が死んじまうぜぇ?」

村人や両親が必死に少女を説得しようとしているが、こうしている間にも人質の少年は死に向かっている。時間も惜しいとばかりにこちらへ向かってくる少女を村人たちを警戒しながら迎え入れる。

治療呪文ホイミ……」

目の前で見てその奇跡にもはやため息しかでない。

結構深く傷ついたはずの傷を掌で一撫で。それだけであれだけ流れていた血がピタリと止まり、傷があったことすら分からなくなる。
「ゃだ……おねぇちゃん。おねぇちゃん………」

「レン……お父さんとお母さんを、よろしくね?」

少女は弟の額に一つキスを落とし、こちらに向かって両手を差し出してくる。縛れと言う事だろう。遠慮なく縛らせてもらい、呪文を唱えられぬように猿轡も噛ませる。

「てめぇら、追いかけてきたらこのガキの命はねぇからなッ!?」

今回唯一にして最大の戦利品件人質を抱えたまま、男たちはそう吐き捨てて迅速に村から離れていった。





「ふぇ、ふえぇぇぇええええぇぇん。おねぇちゃぁあああああああんんんんッ!!」

両親に抱かれながら泣き喚く。

姉は彼にとって絶対の存在だった。強くて綺麗で優しい自慢の姉だった。

ちょろちょろ着いていく自分を何時も笑顔で手を引いてくれた姉。我がままを言っても大抵のことは笑って叶えてくれた。

姉は凄かった。魔法を使えるというのがやはり一番目立つが、彼女の価値はそんなもので量れるものではない。

いつも優しい目で自分を見てくれ、夜はいつも一緒に寝てくれた。悪いことをして怒られるときも決して手を出さず、何が悪かったのかをしっかり説明してくれ、窘めてくれた。

父親と剣の練習をした時、仕事を手伝った時、良いことをした時、いつも褒めて頭を撫でてくれた。

それが自分だけでなく、他の子もだというのがちょっぴり悔しかったが、優しい姉だからしかたない。それにそうやって拗ねると、一番はレンだよといって何時も抱きしめてくれた。

いつもいつも、傍に居てくれたのだ。世界は姉で回っていたのだ。

その姉が、悪いやつらに攫われた。しかも自分のせいでだ。

「おとうさん、おかあさん。ぼく、絶対絶対おねぇちゃんを取り戻すよ。絶対の絶対、取り戻す……から………」

今だけは、自分の不甲斐なさに涙することを許して欲しい。明日から姉を取り戻すために頑張るから、死ぬほど頑張るから。

姉にキスされた額に手を当てる。

どうか、どうか待っていて欲しい。絶対にあなたを取り戻すから。

決意を胸に。

弱い、不甲斐ない自分を打倒しよう。姉に再会した時、胸を張れる男になろう。

少年はこの日、早すぎる幼年期の終わりを迎えたのだ。




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※硬殻呪文<スクルト>※

淡いピンクの膜で対象を保護する防御系支援呪文。
光の膜は非常に強力な殻の役割を果たし、対物理攻撃に対して効果を発揮する。
殻の硬度と持続時間は消費魔力に依存する。
重ねがけが可能だが、重ねるたびに呪文の消費魔力は倍加していく。


※治療呪文<ホイミ>※

対象に触れることで傷を治す治癒系回復呪文。
深い傷であるほど多量の魔力を消費し、また時間もかかる。
消費魔力を上げれば時間を短縮でき、逆に時間をかければ低魔力での運用も可能。
ただし治せるのは純粋に負傷のみである。

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[9162] 第4話 「騙す覚悟」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 07:58


熱い。

体が燃えるのではないかというくらい熱い。そして同時に凍えるのではないかというくらい寒かった。

寝ているような、でも起きているような、夢と現の狭間を行ったり来たりしている。

苦しくて、心細くて、きっと涙まで出ているのではないか。

ぼんやりした意識しかないのに、それでも堪らなく誰かに傍に居て欲しかった。

お父さん、お母さん、レン……

そんな叫びが聞こえていたのか、実際声に出して言っていたのかどうかは分からない。

だけど不意に掌に感じた誰かの手の温もり。

その手は硬くて、ゴツゴツして、でも温かかった。大きくて頼りがいのある手だった。

離れて欲しくない一心で手を握った。実際手に力が入ったかどうかは分からない。

「おとぅ……さ…」

でもより一層力を入れて握ってくれた手の平に安堵して、そのまま私は意識を失っていった。



第4話 「騙す覚悟」



「お、目が覚めたか? 体辛くないか? 水飲むか?」

目が覚めると知らない男のドアップでした。危うく悲鳴を上げるかと思った。

何がどうなっているのか。寝起きのせいか酷く頭が混乱している。ここどこ? この人だれ?

「あ、ありがとうございます」

質問しようとする前に目の前に水差しを差し出されて、半ば反射でそれを受け取った。

常温に晒されていた水はぬるかったが、カラカラだった喉に心地よく染み渡る。というか水飲んで喉が渇いているのに気づくなんて、どんだけ混乱していたのか自分。

結局水差しに入っていた水を全部飲んでようやく一心地ついた。水差しを返しながら目の前のお兄さんを観察する。

椅子に座っているから正確な身長は分からないが、結構背が高そうだ。短く刈った黒い髪に黒い目。前世ではよく見た色だがこっちでは初めて見た。ちょっとワイルドっぽい雰囲気の漂う結構な男前さんだ。

「あ、あの……」

「腹減ってるだろ? シチューなら食えるよな。ちょっと待ってろ、今持ってくる」

こちらの困惑にまるっきり気づいた様子もなく、お兄さんはそれだけ言って部屋から出て行ってしまった。この空に伸びた手はいったいどうすればいいというのか。

「……むぅ」

なんという人の話を聞かないお兄さんだ。というか空気を読まないお兄さんだ。いくら男前でもKYはモテないぞ。

普通こういう状況って説明から入るんと違うん?

まぁでも言われてみればたしかに空腹ではある。ここは素直にご飯をいただくとするけども。

「でも、本当にここどこだろう?」

とりあえず状況を整理してみよう。

ここがどこかは分からないし、少なくともあのお兄さんは悪い人ではなさそうだ。KY……いや、仮にも親切にしてくれた人にこの言い草はないか。マイペースすぎる人ではあったけども。

ここに来る前、私は……

「ッ!?」

お、思い出した。

というか起きてから結構経つのに思い出そうとするまで思い出さないとか。我ながらなんという愉快な精神構造をしているんだろう。
でも、とりあえずは。

「生きてて……よかったぁ………」

大きくため息を吐く。

前世よりも若い身空で死ぬとか、さすがにそれは私が可哀想過ぎると思う。

とりあえず家族は全員無事のはずだから、そこは安心だけど。

この体中にぐるぐるに巻かれている包帯はあの時の怪我のせいか。本当に自分よく生きてたなぁ。

胸に手を当て、いつものように治療呪文ホイミを唱えようとして……

ちょっとマテ。

今回の事件の発端を忘れたんか自分。ここでいきなり怪我が治りましたとかどうかんがえても不審すぎる。

あのお兄さん、いい人みたいだったけどそれとこれとは話が別だ。

忘れたのか。回復魔法は私を攫うためだけに村に襲撃が掛かるくらいに貴重な技能なのだ。ましてや私には力ずくで来られた時に抵抗する術がない。

自分に攻撃魔法の才能がないのが本当に悔やまれる。

……こっちの手の内は極力見せないほうがいいだろう。

とりあえず、あのお兄さん……ひょっとしたらまだ人がいるかもしれないけど、助けてくれたってことは基本いい人のはず。

ここは無力な少女を演じよう。いや実際無力だけども、それはともかく。

前世の知識舐めんなよ。元男だからどういう子が理想の女性……この場合理想の女の子か。とにかくどう動けば可愛がって貰えるのかはよく分かる。だって自分が可愛いと思う理想を演じればいいのだ。

こんな話を聞いたことがある。男性の理想とする女性はおらず、女性の理想とする男性もいない。だから男性が女性の真似を、女性が男性の真似をしたほうが現実の異性よりもずっとよく見えるという話。

この話を聞いたとき、なるほどと思ったものだ。男心を理解してくれる女性、女心を理解してくれる男性。そんな存在は全人類の憧れだ。

そして自分は今そんな存在に限りなく近い。よくよく考えてみれば演技するまでもなく、今までの自分はそんな節があった。

これからはそれを意識して行おう。ずっとずっとそれを続ければ、それはきっと本物になるはずだ。幸い下地は出来ている。

まずは当面のコンセプトを決めよう。今の私は直前の記憶が確かなら、怪我だらけで川に呑まれたはず。つまりワケありで可哀想な子という設定の下地がある。まぁ、よくよく考えれば本当に私可哀想な子だけど。

とりあえず、同情を引こう。不幸な境遇にも負けない、健気な子。でもどこか放っておけない子を演じよう。

(……あんまりこういう考え方、好きじゃないんだけど)

――コンコン

「ッ!? は、はいッ!」

心臓飛び出るかと思った。悪いこと考えてる時に不意打ちは止めて欲しい。

あのお兄さんもう戻ってきたのかと思ったら、入ってきたのは別の人だった。

「始めまして、お嬢ちゃん。体の具合はいかが?」

「あ、はいッ、大丈夫です」

軽くウェーブの掛かった金髪を後ろで一まとめにした結構な美人さんだった。やっぱりあのお兄さんの1人暮らしってわけではなさそうだ。

トレイには湯気を立てるシチューが乗せられていて、その匂いに思わず喉が鳴ってしまう。

私、こんなにお腹空いてたのか。

「あの、さっきのお兄さんは……」

「アラ、あの子自己紹介もまだしてなかったの?」

まったくしょうがない子ねぇと続けながらトレイを渡してくれる。私はそれをおずおずと受け取って、

「あ、あの……これ私が食べても、いいんですか?」

シチューと女性に視線を交互にやり取りし、本当にコレ私が食べてもいいの? というのをちょっとオーバー気味に演出する。

ほら、思ったとおり彼女の目に同情の色が宿った。

「ええ、それはあなたのよ。遠慮なくおあがりなさいな」

「は、ハイッ! いただきますッ!!」

ちょっと大げさに返事し、さっそくシチューに取り掛かるのだが、

「あつッ!」

……たしかにちょっと急ぎ気味に食べようとはしたが、これ素で熱かった。

「ああ、ほらほら。そんなに急がなくても誰も盗ったりしないわよ?」

ハンカチで私の口元を拭ってくれる。は、恥ずかしい……なにをしているのか私は。いや、これはこれで微笑ましくていいかもしれないけど、恥ずかしいものは恥ずかしいわッ!

結局その後はゆっくり食べたのだが、本当にお腹が空いていたので知らない間にペースアップしていたっぽい。

(そういえばこのシチュー。どことなくお母さんのシチューに似てる……)

もう、食べられないのかなぁ。

そう思ったら、食べながら涙が出てしまった。

お母さんは生きているのだから、戻ればまた食べられるのに。でもきっと二つの意味でもう戻れない。

一つは物理的に道が分からない。かなり長期間移動したはずだし、途中で船にまで乗った。何より私は自分の村がどの大陸のどの位置にあるのか知らないのだ。あの村に地図なんて高尚なものはなかった。

もう一つは……戻った所できっとまた同じようなことが起こるだろうからだ。

もう家族に、村の皆に迷惑をかけたくなかった。今回は運よく死者が出なかったが、次もそうとは限らない。

戻らないほうがいい。きっと、家族にとっても私にとっても。

「ど、どうしたの? どこか痛いの?」

心配そうに聞いてくる女性に首を振りながら、もう無言で食べた。演技とか、そんなことを考えている余裕なんてなかったのだ。

全部食べ終える頃に、ようやく涙は止まってくれた。

私、こんなに涙もろかったんだなぁ。女性は感情で生きる生き物だって聞いてたけど、本当だわ……

「まだ疲れているでしょう。ゆっくりお休みなさい。元気になったら、あなたのことを教えて頂戴ね?」

「はい……すいません、ありがとうございます。あ……」

「あら、そういえば私の名前も教えてなかったわね。これじゃあの子のこと、とやかく言えないわ。私の名前はフラウよ。あなたのお名前は?」

「キアです、フラウさん。シチューご馳走様でした」

「お粗末様でした。ほら、もう眠りなさい? 早く元気にならないと、ね?」

「はい。おやすみなさい、フラウさん」

「おやすみなさい、キアちゃん」

横になると、毛布を掛けてくれる。本当に体力がまだ回復していないらしくて、横になったとたん猛烈に眠くなってきた。

……こんないい人たちを、私は騙そうとしている。実際に嘘を吐くつもりはないが、あきらかに演技を混ぜて自分に都合のいい結果を導こうとしている。

ごめんなさい、ごめんなさい。

どうしようもない罪悪感を感じながら、私は睡魔に身を委ねた。




[9162] 第5話 「これも若さゆえ?」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 07:58


「あの子の様子はどうだった?」

「はい、ちゃんとご飯も食べてくれたし、あとはゆっくり眠れば元気になると思います。でも……」

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

「あの子……一体今までどんな境遇にいたのかしら。シチューを食べながら泣き出したんですよ。声も出さずに泣きながら食べていました。シチューも本当に自分が食べていいのかどうかすごく気にしていたし。……ワケありだとは思っていましたけど」

「ふむ……」

「でも、凄くいい子だと思います。詳しい話を聞かないと決められないけど、私はあの子を新しい家族として迎えてもいいと思ってます。ううん、迎えたいと思っています」

「そうか。元よりそうするつもりでいたが、お前がそこまで言うとはな」

「あら団長、それでは私が出費を気にして新しい家族を嫌がっていたみたいじゃないですか」

「いや、むぅ……そういうつもりではないが、ほら、書類を睨み付けているお前を見ると……ってそうでもなくてだな。だからつまり……」

「……はぁ。もういいです。小さな子1人くらい増えたって大丈夫ですよ。それに考えても見てください」

「うん?」

「私以外はむさ苦しい男どもしかしないウチにようやく華が来るんですよ! これを喜ばずして何を喜ぶというのですか」

「そ、そうか……」

「まぁ華というよりはその蕾ですが、あの子絶対あと数年もすれば誰もが振り返る美人になりますよ。それにもう慣れましたけど、やっぱり女性一人だけというのは結構寂しいものがあるんです。純粋に女性の仲間が出来たらやっぱり嬉しいです」

「……思えば、お前には苦労ばかりかけているな」

「もう団長ったら。あなたに着いていくと決めたのは私なんですよ? 苦労も全部織り込み済みです。あなたは団長らしくどーんと構えていてください。フォローは私のお仕事ですから」

「ああ、ありがとうフラウ。お前が居なければこの傭兵団は成り立たない。これからも、俺を支えてくれ」

「……はい、団長。これまでもこれからも、ずっと貴方について行きます」



第5話 「これも若さゆえ?」



寝て起きたら昨日の自分の思考に身悶えした。

色々なことが一気に起こってちょっと頭の中が普通じゃなかったのだ。何が騙してごめんなさいだ、自分がそんなことを気にするタマか。

そもそも対人関係を気づく上で表の顔がない方がよっぽどおかしいっつー話で。それを騙すだのなんだの言うほうが思い上がりも甚だしい。

昨日の自分は自分じゃなかった。情緒不安定だったのだ。そもそも本気で家族に会いたいと思うなら会えるはずなのだ。たしかに物理的に場所がわからんつーのは厳しいが、まぁ本気で探せばいつか見つかるだろう。永住するのはマズいかもしらんが、たまに顔を見に帰るくらいなんだっていうのか。

悲劇のヒロインぶってた自分が恥ずかしくてたまらない。穴があったら入りたい。とりあえず穴の代わりに毛布に潜り込んでおく。

「これが若さというものか……」

なんか違う気がした。

ひとしきり毛布の中で悶えまくっている時に、昨日起きたときに居たお兄さんが朝食持って来てくれた。毛布に包まってうんうん唸っていたもんだからえらい心配された。具体的には毛布に包まったままの自分をそのままヒョイと抱きかかえて、

「フラウッ! この子の様子が変だ!!」

とそのままいずこかに連れ去れるくらいに心配……心配? してくれたらしい。なんというか昨日も思ったが、このお兄さんちょっと色々とズレてやしないか。

そしてその時の私は毛布に包まれたままだったんで分からなかったのだが、どうやら皆さん朝食の真っ最中だったらしい。いや本当にご飯中に申し訳ない。

あーだこーだすったもんだの挙句、私に異常がないことにホッとしてくれる皆さん。いや本当に皆いい人たちです。

とりあえず毛布に包まってウンウン言ってたのは悪夢とか見てたせいと言う事にしておいた。いくらなんでも自分のいろんな意味での若さゆえの過ちに悶えていたなんて正直に話せるはずもない。

しかし、目を覚ましたら何かに包まって誰かに運ばれているもんだからすごく怖かったと話したら、あのお兄さんが厳ついおじさんに拳骨落とされていた。うわぁ痛そう。

「どうしてお前はいつもいつも行動が突飛なんだ!!」

そしてそのまま説教へ。いや本当に申し訳ない。でも半分くらい自業自得だと思うんだ、うん。

しかし、これはある意味チャーンスッ!!

私は正座で説教食らってるお兄さんの腕にすがり付いて、怒っているおじさんを上目遣いで見つめる。眉をハの字にし、ちょっと瞳を潤ませて。

「あのッ、お兄さんは私を心配してくれたんです。ちょっと怖かったけど、でも私嬉しかったです。だからあんまり怒らないでください……」

今回のコンセプトは震えるウサギだ。なるべく小動物っぽいオーラを撒き散らしつつ、懸命におじさんに訴える。ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れて、ビクビクしながら行うのがポイントだ。

案の定おじさんは慌てる。てゆーかお兄さんも慌ててる。

違うんだとか、もう怒っていないよとか、何時もの事なんだとか、なぜか二人で言い訳してる。おじさんが回りに助けを求めても、皆面白いものを見たという表情でニヤニヤしながら見てるだけであった。

「もうお兄さんを殴ったりしない?」

「あ、ああ。もう殴らない。もう怒ってないから、そう怯えないでくれ」

そういって恐る恐る慰めるように頭を撫でてくる。最初はビクビク目を瞑りながら受け入れて、次は不思議そうな顔を。そして最後に満面の笑みで締めだ。

おじさんもようやくホっとしたのか、微笑みを向けてくれる。腕に抱きついていたお兄さんも背中を撫でてくれていた。

ふふふ、これでとりあえず第一印象はバッチリだと思うのだ。



***



団長が小さな女の子に翻弄されるという世にも面白い見世物が終わった後、その女の子の自己紹介が始まった。

「キアといいます。今回は助けていただいてありがとうございましたッ!」

ペコリと頭を下げる。この歳の子にしてはえらいしっかりした対応だ。

肩を超えるくらいまで伸ばされた紅茶色の髪と、少し赤み掛かった同色の瞳。幼いながらも整った顔立ちをした将来有望そうな子だ。緊張しているらしく、ぎゅっと握られた小さな手が微笑ましい。

「元気になったようで何よりです。あなたを助けたのは先ほどあなたが庇ったテオ君なんですよ。テオ君さっそくキアちゃんから恩返ししてもらってよかったですねぇ」

「リュー……勘弁してくれ………」

周りから糸目と言われる目をさらに笑みで細める。テオは単純……もとい根が素直だから非常にからかいがいがあってよろしい。

「ふふ。ああ、申し送れました。私はリューと申します。この傭兵団の一員です。よろしくお願いいたしますね、キアさん」

そう言って手を差し伸べる。小さな子にも敬語なのはもはや癖だからだ。

「はい、よろしくお願いしますっ」

キアさんも笑顔で手を握り返してくれる。この子もこの歳では異常なくらい言葉遣いが丁寧だ。それが環境によってなのか、必要に迫られてなのかは分からないが、小さい子特有の……こういった言い方をしたらアレだが、ウザったいところがまるでない。

「あの、さっきから気になっていたんですが、皆さんは傭兵なんですか?」

「はい。ここにいる人たちは皆ゼノス傭兵団の一員ですよ。ちなみにさっきテオ君とじゃれあっていた人が団長のゼノスさんです。ゼノスさんとテオさんは親子なんですよ。単じゅ……思い込んだら一直線なところとか本当によく似た親子なんです」

「「リュー……」」

ゼノスとテオがまったく同じ動作で情けない顔をしている。こういったアクションをとるから日々リューにいじられるのだが、やっぱり根が単純は親子はそのことに気づかない。

「すいません、世間を知らないもので傭兵さん方が何をなさるのかよく知らないんです。よろしければ教えていただけますか?」

これは驚いた。周りの人たちも吃驚した顔をしている。

この御時勢、傭兵を知らないというのはかなり珍しい。基本的にどこの地域でも傭兵というものは存在するはずなのだ。

知らないのはよっぽど山奥で世間と交流のない村々の人か、世間の常識を知らない箱入りの貴族か。……または表に出ることが出来ないいわゆるワケありの人々か。

「傭兵というのは、まぁ名前の通りお金を貰っていろんなことを解決する、まぁ何でも屋というのが近いですねぇ。一番多いのがモンスター退治で、後は商隊の護衛や遺跡の発掘なんかもやったりしますよ」

生きていく中で、モンスターというのは切っても切れない存在だ。

モンスターは基本的に害だ。生物に対する攻撃性が高く、気軽に街を行き来できない最たる理由である。酷いものになるとモンスターの襲撃で村一つ滅んだりもするのだ。

だが悪いことばかりでもない。

基本的にモンスターは害ではあるが、種類によっては貴重な糧にもなる。

食料や毛皮、武具の素材や薬などになる。もちろんまったく益のないモンスターも多いのだが。

だからそんなモンスターを狩る人材は絶対に必要になる。そこで出てくるのが彼らのような傭兵たちなのだ。

蛇足になるが、基本的に傭兵というのは何処かしらに所属していることが多い。1人でできる様なことであれば、人々は基本的に傭兵に頼らない。

とても自分たちが手におえないような事象を傭兵に依頼するのだ。必然的に難易度は高くなり、1人でこなせるものではなくなる。

「そうなんですか……すいません、世間知らずで」

「あら、気にすることはないわよ。知らないことは悪いことじゃないわ。知ろうとしないのは問題だけれどね?」

気落ちするキアをフラウがそういってフォローする。そういう場面を見ていると、歳の差からか親子のようだ。

「さて、では他の皆もキアさんに自己紹介しましょうね? そしてその後、キアさんのことを教えて貰いましょう」

そして次々と自己紹介をする団員たち。一部ひねくれてるのも居るが、最初のやり取りのせいか皆キアに保護欲のようなものを感じているようだ。もともと庇護欲をそそる容姿や雰囲気であるわけだし、これならもしこれから一緒に暮らしていくことになっても大きな問題はでなさそうである。

そんなことを考えながら、リューは東方から流れたという緑茶を啜る。

その目は団員と笑顔で交流を深めている、これから長い付き合いになりそうなキアを見守っていた。





[9162] 第6話 「脱走ところによりバイオハザード」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/06/04 21:29
さて、どこまで話そうか。

複数の瞳に見つめられて、わが身に起こった不幸を思い出す。

今思い出しても泣けてくる。この世界にはきっと基本的人権なんて存在しないんだ。きっと奴隷とか普通にいるに違いない。

実際そうなる前に逃げ出せたのは幸運ではあったが、つかまった時点でどうかんがえても不幸だ。なぜに神様は私に攻撃呪文の才能をくれなかったのか。人の不幸をツマミにして酒でも飲んでるんとちがうか。うむ、きっとそうに違いない。

いつか絶対ぶん殴ってやる。この尊い誓いはきっと正当に受理されるはずだ。そのためなら悪魔にだって喜んで手を差し出してやる。魂まではやらんが。

あぁ、でも涙が出ちゃう。だって女の子なんだもん……

「き、キアちゃん、無理に話さなくてもいいのよ? ここにはあなたを攻める人なんていないんだから」

抱きしめながらそんな優しい言葉を掛けてくれたのはフラウさん。

女性の胸に包まれて、ドキドキよりも安心感ばかり感じるようになったのはいつからだっけか。

とりあえずもったいないのでこちらからも抱きついておく。

「いえ、大丈夫です。……できれば聞いてください。あまり楽しいお話ではありませんが」

そしてぽつりぽつりと私はあの思い出すもおぞましい日々を語りだしたのだった。



第6話 「脱走ところによりバイオハザード」



心のそこから思うのだ。浚われたのが幼女時代の今で本当によかったと。

これより早いとたぶん逃げ出すこともできなかったし、もうちょっと成長してたらきっと自殺モノの行為をされていたのだ。

自分を浚った男たちの1人がこちらをぢーっと見つめて、

「……あと3年、いや2年成長してりゃあなぁ」

心底残念そうなあの声が忘れられない。鳥肌的な意味で。

私はあの時ほどつるぺったんなロリボディに感謝したことはない。

まぁその感謝もすぐに塵と消えたわけだが。

私の浚われてからの生活は、ほぼ食っちゃ寝だった。物理的な意味で。

男たちが何処に行こうとしていたのか今となっては分からないが、かなり遠い所に行こうとしていたのは間違いない。

かろうじて馬車? といえるオンボロ馬車にそれこそ荷物同然に放り込まれた。もちろん手足はバッチリしばったまま、猿轡も噛ませられた状態で。その状態でマジ一日中放置されるのだ。食っちゃ寝以外できなかったというのが正しい。

夜は毛布ももらえなくて、寒さにできるだけ体を丸めることで対処した。風邪とか引かなかったのは本当に奇跡だったと思う。

ご飯にしてもそうだ。猿轡は流石にその時は外されるが、手足の縄までは解いてくれない。その状態でどう食事を取るのかといえば、もちろん犬のように食べるのだ。目の前にぽつんと置かれた硬くなったパンとカッチカチの干し肉一切れに、しばらくの間呆然としたもんだ。

初日はさすがに手の縄だけでも解いてくれと必死こいてお願いしたのだが、また縛るの面倒だからヤダと言われたときは泣いた。ここ最近泣きすぎではあるが、たぶん泣かないと精神が持たない。

しかしかといって泣き喚きでもしようものならもれなく体罰が待っているのだ。一度やったら「うるせぇ!」の一言と共に思いっきりお腹を蹴っ飛ばされた。

ゲェゲェ言いながら吐いた。呼吸もできなくて、でも吐き気は止まなくて、マジ死ぬかと思ったのだ。それ以来泣くときは馬車の隅っこで声を押し殺して泣いた。

男たちとの行軍が何日続いたのかは詳しく覚えていない。ただ体感時間で言えばそれこそ何年もあったように思う。

きっとそのまま男たちの目的地に着いていたら、きっとあの時以上に辛い日々が待っていたのだろう。そうなったら流石に自殺しない自信がなかった。

だんだん考えるのも悲観するのも億劫になり、泣く回数も減った。動くこともなくなり、男たちにされるがままになり、目が常時レイプ目だったと思う。

そしてそんな時にその日は来た。私にとっては千載一遇のチャンスであり、男たちにとってはまさに悪夢であっただろう。

一言で言ってしまえばモンスターの襲撃である。

今までもモンスターの襲撃は結構あった。男たちは流石に荒事になれていて、いつも危なげなく撃退していたからその日も最初は特に反応はしなかった。

おかしいと思い出したのは数分後、男たちの悲鳴が上がってからだ。

その時の私はすでにほとんど考えるということをしてなかったので、もし男たちが負ければどうなるかとかは考えなかった。ただ五月蝿いなとだけ感じていたように思う。

そのまま何時ものように身動きせず横になっていると、血だらけになった男が入ってきた。

「た、助けてくれ……!」

よく見ると男の左腕は肘から先がなくなっていた。男が何か喚いていたが、おそらく回復呪文を……とでも言っていたのだろう。気がつけば猿轡や手足の縄が解かれていたからだ。

「は、はやく……」

ようやく事態が把握出来てきた……というか正気に戻ったというのが正しいか。

その時私の頭の中にあったのは目の前の男を助けることではなく、この混乱に乗じて逃げ出すことだった。ここがどこだとか、1人で逃げ出してその先どうするのかとかは考えなかった。

休息呪文ベホイミ

目の前でありえない血を流している男を放置して、とりあえず回復呪文を自分に使う。

この世界の呪文は自分が知っているゲームの呪文と若干効果が違っていた。

ゲームではベホイミとはホイミの上位版。ホイミよりもより強い回復力を持った効果であったが、この世界のベホイミとは体力を回復させる呪文だった。

ホイミと違って傷の治療はできないが、疲労や病気で弱った生命力の回復ができる。たとえ一日耐久マラソンをしたとしても、この呪文を使えば一晩ぐっすり眠ったように元気になるのだ。個人的にゲームのベホイミよりずっと便利だと思っている。

ついに血を流しすぎたのか、ピクピクと痙攣しだした男を見て一瞬回復してやろうかとも思ったのだが……結局そのまま放置した。だって自分は聖人じゃないし。自分を酷い目にあわせたヤツ等をどうして助けてやらねばいけないのか。

そして状況を見るため馬車から飛び出し……そのあまりの光景に尻餅をついてしまった。

――人が食べられている。

体から蛆が湧き出し、変色した肌と飛び出した眼球。人の死体が動かなくなった男たちに群がっている。

リアルバイオハザードだった。気絶するかと思った。

ゾンビたちの中には剣や槍がささったまま平気で動いている。中には腕やら脚、酷いものは上半身と下半身が分かれたゾンビまで居たが、平気で動いていた。吐くかと思った。

多分物理的な攻撃は意味を成さなかったのだろう。

後に知ることだが、不死系モンスターを倒すには魔法か、魔力の篭った武器。もしくは銀製の武器が必要らしい。

男たちの手持ちではこいつらを撃退できなかったのだ。

動くこともままならず、その光景を見ていたのだが、不意に腐った死体……ドラクエのモンスター名ならたぶんコレ……の一匹が不意にこちらに視線をよこした。

「ヒィッ!?」

その悲鳴がまずかったのだろう。腐った死体どもは一斉に動きを止め、こちらを向いてきた。おしっこちびるかと思った。

そして一匹がこっちにやってこようとした瞬間、私は全力で逃げ出した。

頭ン中真っ白だった。

(怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ!!)

後ろから追いかけてくる音がさらにホラーだった。しかもだんだん近づいてきてやしないかコレ。

一瞬後ろを振り返ると、数メートル先に大量の腐った死体が。腐っているからかさほど早くはないが、どう見ても自分より早い。今まで生きてきた中でも最高速で突っ走っているというのに、この幼女ボディが恨めしい。

しかも一瞬振り返ったせいでさらに距離を詰められていた。このままだとそう遠からず捕まり、やつらの本当に消化できているのかどうかわからない胃の中に美味しくいただかれてしまうのだ。

そう、このままの速度であれば……だけど。

身体強化呪文ピオリムッ!」

この極限状態でよくこの呪文のことを思い出したと自分を褒めてあげたい。淡い水色の光が全身を覆ったと思った瞬間、全身が軽くなった。

このピオリムもベホイミと同じく、ゲームでの効果とは少し違う。ゲームではすばやさを上げるだけであったが、このピオリムは正確にはすばやさをあげるのではなく、身体能力を強化する呪文なのだ。

草木を掻き分けて、軽くなった足をさらに前へ前へ押しやる。ピオリムの恩恵で自分の方が早くなった。徐々にだが背後の音が遠ざかっていく。

このまま逃げ切れる……。そして少し安堵した。

この安堵がたぶんいけなかったんだろう。小説でよくあるではないか。部屋に逃げ込んで鍵掛けて、これでもう安心だと後ろを振り返った瞬間、今まで自分をおっかけていた幽霊さんがニヤニヤしながら立っていたみたいな。

なんという死亡フラグ。

目の前の崖を見てそんな言葉が思い浮かんだ。後ろを振り返ると腐った死体たちがこっちを取り囲んでいる。表情が分からないハズなのに自分にはニヤニヤしているように思えてならない。

後ろは崖。下に川が流れているのが音で辛うじてわかるが、この高さから飛び降りたらたぶんきっとおそらく死ぬ。

そしてこのまま突っ立っていても目の前のゾンビたちに美味しく頂かれてしまうだろう。

泣いた。この状態で泣かない人間がいるならぜひこの場につれてきてほしい。

じりじりとこちらに詰め寄ってくる腐った死体たち。ぷーんとすさまじい異臭が漂ってくる。

もうこうなったらできることはただ一つ。クソったれな神様にお祈りしながら紐なしバンジーをするしかない。

「お父さん、お母さん、レン……!」

もう心の準備をする時間もなかった。

飛び降りた瞬間に数瞬前まで自分が居た場所に殺到する死体を目にやりながら、奈落の底に落ちてく私。

水に叩きつけられた衝撃を最後に、私は意識を失ったのだった。





「そして今に至ります」

今思い出しても1人で夜眠れなくなるホラー体験だった。

呪文のこととかは省いて説明したが、我ながらなかなか臨場感のある語りだったと思う。

「キアちゃん……!」

後ろからフラウさんが抱きしめてくれる。他の人たちも痛ましそうな目をして私を見ていた。

「そうか……大変だったな、キア」

団長の大きな手が私の頭をぐりぐり撫でる。ココ最近緩みっぱなしだった私の涙腺はやっぱり簡単に崩壊した。

「キア。もしお前がよければ……ワシらの家族にならんか?」

「ゼノスさん……?」

それは傭兵団に入団しないか、ということだろうか? 首をかしげる自分の疑問に答えてくれたのはテオさんだった。

「ゼノス傭兵団の団員は皆家族。それが親父の口癖なんだ。だから正確にはウチの傭兵団に入らないかという勧誘だな」

やっぱりそういうことか。個人的には非常にありがたい申し出ではある。というか自分から頼み込むつもりだったし。

こんな右も左も分からない土地で10歳の幼女が1人でどうしろというのか。

「あの……すごく嬉しいです。ここまで優しくしてもらって、家族として迎え入れてくれるとまで言ってもらえて。でも私、お役に立てるかどうか……」

そういって俯く。

いや、実際問題自分は役に立つだろうとは思う。ただしそれは呪文あってのことで、現段階では呪文をバラす気はない自分は確実に戦力にならないだろう。

もうちょっと経って、団員の人たちと仲良くなってから話したい。現段階で話すと、ないとは思うが……キアという自分ではなく、呪文使いとしてしか見て貰えなくなる可能性があるからだ。

「何も戦うことだけが仕事じゃないわ。掃除や洗濯、お料理なんかのお手伝いをするのだって立派な団員のお仕事よ?」

「フラウさん……ありがとうございます」

「じゃあ……」

「はい。不束者ですが、よろしくお願いしますッ」

ペコリとよい子のお辞儀を。

嬉しそうに自分の加入を歓迎してくれる人たちに囲まれて、私はまた少し涙を流した。

ここ最近流していなかった、喜びによる涙だった。




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※休息呪文<ベホイミ>※

対象に触れることで疲労を回復させる治癒系回復呪文。
病気などにも間接的に効果がある。
睡眠の代わりにはならないので、眠らなくてもよくなるということはない。


※身体強化呪文<ピオリム>※

薄い水色の波動で対象の身体能力を強化する強化系支援呪文。
もともとの身体能力に依存して強化率が上がるという特性を持つ。
ゆえにどれだけ魔力をこめても持続時間が長くなるくらいで、強化率を上げることはできない。
また、身体能力の上昇に伴い神経系の強化も行われる。

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[9162] 第7話 「躾は大事です」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 07:59


なんていうか、考えが色々甘かったというか、現実はゲームとは違うというか。いや、この場合ゲームのが近いのか?

傭兵団のお仕事。聞いていた感じでは街の人たちから依頼を受けてそれをこなすのが主な仕事だと思っていたのだ。

なんか昔そんなゲームあったなぁ。何でも屋の女主人に拾われた主人公が、街の仲間たちと共に人々の信頼を勝ち取っていくっていうゲームが。

まぁ、そんな感じだと思っていたのだ。

しかし現実問題、あまりそういう依頼はないらしい。ないことはないのだが、そればっかりだとあっという間にお飯食い上げらしいのだ。

具体的には一ヶ月に1~2回。そりゃご飯も食えないって。

では傭兵団はいつもは何を仕事にしているのか?

1番は予想できたというかなんというか、モンスター退治だ。しかし何でもかんでも狩るというわけではない。

ゲームと違ってモンスターを倒したらお金を落とすなんていうことはないのだ。利益を上げるには肉が食べられるモンスターだったり、毛皮が売れるモンスターだったり、骨などが素材になるモンスターを倒す必要がある。

私が死ぬ思いをした原因の腐った死体とかは、強いくせに狩ることによる利益がゼロというなんともしょっぱいモンスターなのだ。

後は森の中の薬草とかの採取か。森の奥深くはそういう物の宝庫らしいが、比例して強いモンスターも出るらしい。

そうやって手に入れたものを街に卸して傭兵団の利益とするのだ。



第7話 「躾は大事です」



「あいてててッ!? カイルさんもちっと優しく、優しく……ッ!!」

「男がコレぐらいでグダグダ言わない。怪我をしたお前が悪い」

うわぁ、すげぇ痛そう。怪我もそうだが何よりあの見るからに沁みそうなあの磨り潰した薬草。しかもそれをコレでもかというほど傷口に塗りこんでいるのだ。いや、あれはもうすでに抉りこんでいるの間違いだ。

テオさんとロイさん、引率というか保護者としてカイルさんの3人は、先ほど近くの森まで薬草とかを取りに出かけていたのだ。

で、当然のようにモンスターと遭遇し、当然のように戦い、当然のように負傷した、と。

この傭兵団でテオとロイは若手というか、まだ成り立ての半人前らしい。だからベテラン組みと組んで強いモンスターを狩ることはまだないらしくて、主な仕事は森での採取なのだ。

いつもは比較的森から浅い場所だから、手に負えないほど強いモンスターはでないらしい。まだひよっこの二人でもなんとか出来る範囲なのだ。

しかし今日は修行もかねて保護者としてカイルさんを連れていつもより奥までいったらしい。で、結果がこの惨状と。

「キア……」

「はい? なんですかテオさん」

真剣な目で私をじっと見つめてくる。まぁテオさんは基本的にあまり表情の変わらない人だから、真剣そうな目はデフォルトであるのだが。

これだけ見たらクール系のキャラなのに、性格が天然なせいで見ていて非常に面白い人でもあったりする。

私は薬草を磨り潰す手を止めずに待っていると、テオさんは視線を一瞬あらぬ方へやり、そしてポツリと、

「……優しくしてくれ」

お前はどこの処女だとつい突っ込みそうになった私は悪くないと思う。

目を瞑って負傷した左手を突き出してくる。小さな子が注射をおびえているようで非常に可愛らしい。こう、なんというか非常に加虐心をソソられる。

「キア、怪我をしたこいつ等が悪いんだから容赦することはないよ。この痛みを二度と味わいたくなければ怪我をするなっていう躾でもあるんだから。これはゼノス傭兵団流の教育なんだ」

「「そんな教育今始めて知ったぞ!?」」

「はい、分かりました。思いっきり痛くしますね」

「キアッ!?」

情けない声を上げるテオさんに頬の筋肉が緩むのを止められない。

しかしカイルさんも最初の印象とは違ってなかなかに軽いというかなんというか。

真面目そうな雰囲気で、少しお堅いところがありそうなこの人は存外茶目っ気が多い人らしい。

青みの強い紺色の髪と同色の目をした20代後半のこの人は、ゼノス傭兵団の中堅どころだ。

槍の扱いが上手く、攻撃よりも防御を重視したその戦い方は見ていて安心できる。

対して躾という名の折檻を受けている二人なのだが……

こう、なんというか、さすが親友同士というだけあるのか戦い方が非常に似ている。

よく言えば勇猛果敢。悪く言えば突撃バカ。脳筋ともいうかもしんない。

これもある意味若さゆえなのか、二人とも防御を軽視しすぎる戦い方をするのだ。

バカなの? アホなの? 脳みその代わりに蟹ミソでも詰まってんの? と何回脳内で扱き下ろしたことか。顔にも言葉にも出さなかったけどさ。

ちなみにテオさんが私を助けてくれた張本人で、団長の実の息子。ロイさんはアッシュと血のつながった兄弟である。

容姿については……まぁ見目は二人ともいい。それは認める。

テオさんは黒髪黒目で美形ではないが精悍な男前だといえる。ロイさんは深緑の髪と瞳という日本ではまずお目にかかれない色をしていて、なんと言うかヤンチャクチャBOY! って顔してる。この人性格が顔に出すぎだと思う。そしてテオさんは顔と性格が正反対すぎると思う。

私はフラウさんを除けば同い年のアッシュといることが多いんだけど、それ以外は大体この二人と一緒にいる。

理由は色々ある。まずフラウさんにこの2バカを見張っていて欲しいって頼まれたのもあるし、私やアッシュと一緒にいると比較的無茶しないってのもあるし、半人前だから遠征に連れて行って貰えなくて、ほぼ確実に砦にいるからだ。

そんな訳で比較的他の団員より仲良しなのだ。

「さ、腕出してくださいねテオさん」

摩りたての薬草を手ににっこり微笑む。テオさんが口元引きつらせてずり下がる。

人の顔みて引くとか失礼にもほどがあるだろうと思うのだが、どうよ。

負傷した腕を半ば強引に引き寄せる。さすがに抵抗はしなかった。

水で傷口を洗い、清潔な布で軽く拭く。そしてその上に摩り下ろした薬草をそっと塗る。傷は見た目よりかなり深かった。

……これくらいの怪我、一瞬で治すことはできるのだけど。私はまだ彼らに呪文の存在を教えてはいない。

私がこの傭兵団と共に生活するようになって数ヶ月の時が流れた。最初の思いは間違っていなかったらしく、皆私によくしてくれる。
さすがにただのいい人集団ではなかったけど、彼らは総じて身内に甘い傾向があった。その中でもさすがに好き嫌いはあるみたいだが。

もう別に呪文の存在を隠し続ける必要はないのではないか? そう何度も自分に問いかけたけれど、自分が出す答えはいまだNOだ。

自分が疑い深くなっている。それももちろんある。

だけど……実際問題、今更どう切り出せというのか。今まで隠していた、その事実が私に罪悪感を起こさせる。

もっと言ってしまえば、自分たちを信じられなかったのかと彼らに思われたくないのだ。いや、実際信じなかったから切り出さなかったんだけど、その通りだからこそ、そう言われたら言い訳もできない。

結局の所、自分の決心が足りないせいなのだ。だから使う必要のない薬草なんて使ってる。

「……はい、終わりましたよ」

最後に包帯をぐるぐる巻いて処置は完了した。

「ありがとうキア。ほとんど痛くなかった」

「えぇー、テオばっかずっけぇ!! 俺もキアにしてもらえばよかった……」

「まったく……キアは優しいからね」

違う、違うのだ。別に優しいから痛くないように注意したわけじゃない。

怪我の治療をする時、どうしても罪悪感があるから。

わざわざ痛い思いをさせ続ける必要なんてないのに、自分の決心がつかないせいで痛みを消して上げられないから。

もちろん怪我をしたのは私のせいじゃないんだし、そこまで私が罪悪感を持つ必要がないこともわかってる。

でも、こういうのは理屈じゃないのだ。自分に出来ることを自分の都合で隠しているというその事実と、私がすでに彼らを好きになっている事実が、私にどうしても罪悪感を持たせる。

治してあげたい。でも、治せない。あなたたちに秘密を打ち明ける勇気が私にないせいで。

感謝を述べるテオさんに、私は内心を出さない満面の笑顔でこういった。

「どういたしまして」

テオさんも笑顔で返してくれた。




[9162] 第8話 「武術」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 08:00


「と、いうわけなんです。ぜひ名高いゼノス傭兵団のお力をお貸しいただきたい」

「その依頼、お受けしよう。しかしまたよりにもよって、やっかいなのが来ましたな」

「ええ、本当に……。事前に知ることが出来たのが不幸中の幸いです」

「たしかに。やつらは事前に準備しておかないと、高ランクのものですら危ない。フラウ、武器屋に行って全員が使えそうな銀製の武器を調達してきてくれ」

「はい、分かりました。団長、私、カイル、ヴァンの物ですね。大剣、斧、槍、矢……は50本くらいあればよろしいですか?」

「うむ。それで……ああ、あと剣と斧をもう一本ずつ頼む」

「剣と斧ですか? ……テオとロイも参加させると?」

「ああ。そろそろ実戦の空気を体験させてもいい頃だろう」

「お言葉ですが団長……あの二人はまだ"武術"を覚えていません。まだ実戦は時期尚早かと」

「体は出来てきている。このままコツコツやらせるのもいいが、これもいい機会だ。それに何も俺たちと共に前線に出すというわけではない。俺たちの後ろで、その場の空気を体感させるのが今回の目的だ」

「そういうことでしたら……。でもやっぱり心配ですね」

「むぅ。まぁ俺も多少不安ではある。あの二人、素直は素直なんだが、なんというか暴れ牛鳥だからな。いろんな意味で」

「……団長。やっぱり今回はヤメときませんか?」

「……どうしよう」



第8話 「武術」



「よっしゃぁぁあああああああああああ!!」



――パリーン



「あッ……やっちゃった」

背後から飛んできたエライでっかい雄叫びに、思わず洗っていた皿を割ってしまった。ああ、今まで一枚も割ってなかったのに、まさかこんなベタな原因でドジやらかすとわ……地味にヘコむ。

「大丈夫、キアちゃん? 怪我してない?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとアッシュくん」

心配してくれてるのはこの傭兵団の中で唯一同い年なアッシュくんだ。同い年ではあるのだが、背は私の方が高い。見た目も私より幼いので、ついつい君付けで呼んでしまうかーいらしい男の子だ。

ロイさんの弟くんなのだが……これが結構というか、かなり似てないご兄弟で。

ヤンチャを絵に描いたようなロイさんと、大人しい子を絵に描いたようなアッシュくん。顔のパーツも鼻とか輪郭とか色素とかは似てるのだが、目と口元が全然違う。ここが違うだけでここまで似てないと感じるものなのか。まぁ性格が醸し出すオーラが正反対というのが一番の原因だろうけど。

「危ないからキアちゃんはお皿触らないでね」

割れた皿を片付けようとすると、そんなことを言ってくる。この女性に対する気遣いとか、この歳でこの子やりおるわ。そしてちょっとお兄さんに見習わせたほうがいいと思う。

「さっきの声、ロイさんだよね? いったい何があったんだろう」

「どうせまたくだらないことだと思うよ。とりあえず続きやっちゃおう?」

疑問はさておき、とりあえず目の前にある洗い物を二人で片付けることにした。





「リューさん、あの二人なんだかおかs……妙に気合入ってません?」

いつものよーに団員たちの訓練をアッシュくんとリューさんと3人でお茶を啜りながら見学していたのだが、なんだかテオさんとロイさんがいつもと違う。

気合の入り方が普段の5割り増しというか、目から炎が見えるというか。

「ん、さっき団長たちがカールビの町長から依頼を受けたんだけどね。いつものようにテオとロイが俺も連れてけっておねだりにいったら、なんといつものように断られなかったみたいで」

「ああ、いつものように断ら……れなかったんですか!?」

「えぇぇええぇぇえええええ!? それホントリューさん!?」

アッシュくんと二人してポカーンだ。

団長やフラウさんが依頼を受けるたびに俺も連れてけ、俺はもう戦える、俺ぜってぇ役に立つぜ! と二人してそれはもう喧しいのだ。最初は興味津々でその場面を見ていたのだが、3回目くらいで飽きた。

いつも最後はキレた団長の「まだダメだこのひよっこ共が!」で終わっていたというのに。

「二人とも団長のお眼鏡に叶うまでに成長したんですねぇ」

しみじみと頷く。二人の努力をずっと見ていたせいか、なんだか感慨深いものがあるのだが。

「ぼくから見たら二人ともあんま変わらないような気がするんだけど」

「ええ、私の目からみても団長たちに着いていくには力不足にも程がありますねぇ。というより足手まといにしかならないと確信してます」

リューさん……いや、目の前でフラウさんに二人掛りで挑んで軽く蹴散らされている光景を見ているとフォロー出来ないけれども。

「そもそも"武術"の最低限すら修めていないあの二人を連れて行くなんて、団長は何を考えていらっしゃるのでしょうねぇ」

「はぁ、"武術"……ですか?」

「おや、キアは"武術"についてご存じないのですか?」

「武器の扱いや戦い方じゃないんですか?」

「それもあるのですがね……今言っている"武術"は魔力の扱い方のことですよ」

「魔力!?」

ちょっと待って。

魔力って呪文を使う際のエネルギーだと考えていたのだけど……なにか、実は自分に補助魔法かけて戦うとかいうのか。もしそうなら今まで自分が罪悪感と戦いながら秘密にしていたことが、全部全部無駄だったってことになるのですがソコんとこどうなのよ。

「ふむ、それなら一から説明しますか。ついでだからアッシュも復習を兼ねて聞いておきなさい」

そしてリューさん主催、題して『武術と呪文、そして魔力の関係性』の講義が始まったのである。

リューさん曰く、魔力は生き物ならば誰でも持っている力なのだそうだ。魔力と便宜上読んではいるが、地域によっては生命力とか気とか色々いわれているらしいが、共通しているのは武術と呪文、どちらもこの力を源としているらしい。

しかしこのままだと矛盾が起きる。私は呪文使いは非常に少ないと聞いた。呪文を扱える才能を持つものは100人に1人とかどうとか。リューさんの説明だとこれはおかしい。だれでも呪文が使えるはずではないか。

リューさんの説明はさらに続き、魔力を扱う才能は大別して2種類に分かれるそうな。曰く、魔力を内に作用させるものと外に作用させるもの。

この辺でだんだん予想がついてきた。

つまり、魔力を外側に作用させることができる人が呪文使いであり、それ以外の人は内側、自分の体にのみ作用させることができるわけだ。

そして外側に作用させる術を呪文。内側に作用させる術を武術と呼ぶらしい。

そしてここがキモなのだが、呪文と武術、これを両方修めることが出来るのはモンスターだけらしいのだ。原理はよく分かってないらしいがそうらしいのだ。

昔に呪文使いが武術を修めようとしたことがあったそうな。その呪文使いはそれはもう血の滲むような必死の努力の甲斐あってなんとかちょっとだけ武術を習得できたらしいのだが、なんと呪文の威力が極端にさがり、発動しなくなった呪文まであったらしい。

これは一大事と今度は呪文の修行をしていたら、せっかくちょびっとだけ習得できた武術の技が綺麗サッパリ使えなくなったそうな。
結局その呪文使いは武術を修めることができず、呪文の威力は最後まで戻ることはなかったという。

……なんという泣ける話だろう。血の滲む努力をした結果が弱体化とか。努力マンセーと教えられてきた前世持ちとしては涙なくして語れない。

「と、言うことです。テオもロイも武術の基本であり奥義でもある身体強化が出来ていません。自分自身の力と体力だけでモンスターと戦うことが出来ないとはいいませんが、彼ら以外の団員が使えているのですからどう考えても足手まといでしょう?」

納得した。

フラウさんの馬鹿力とか、カイルさんのアホのような体力とか、ヴァンさんのイカれてる視力とか、つまりはそういうことか。

「その武術って傭兵の人だったら皆使えてあたりまえなんですか?」

「いえ、この技術は習得がかなり困難で、傭兵でも使えるのはよくて全体の3分の1くらいでしょうね」

誰でも使えるからといって、誰でも習得できるようなものではないらしい。コレばかりは努力も必要だがそれ以上に才能が必要だとか。結局才能なんですか。

「あれ、となるとここの傭兵団の人たちって……実は凄く凄かったりします?」

「凄く凄かったりします。ゼノス傭兵団は少数精鋭で知られた傭兵団なんですよ。他の団の半分以下の人数で他の団の倍以上の戦力があると言われています。このロテ地方でゼノス傭兵団の名前を知らない街はないでしょうね」

「「ふわぁあぁぁぁぁ……」」

またアッシュくんとふたりしてポカーンだ。

って私はともかくアッシュくん知らなかったの?

「物心ついた時からここにいたし……現場とか行った事ないから」

ああー。あんまり街とかにも行かないもんね。ここから一番近いカールビの街でさえ、行き来するのに半日掛りだし。

「それに一番よく見る戦いがそこらへんの一角ウサギとかと戦ってる兄ちゃんたちだし」

すごく納得しました。

「今回の依頼は今までのものより大掛かりになります。主に経費とか経費とか経費が。二人に実戦を経験させるのも悪いことじゃないとは思うのですが、どうせならもっと経費の掛からない軽めの依頼の時にすればいいのにと思ってしまいます」

貧乏ですもんね……。

ええ、貧乏ですから。

凄く強い傭兵団なのにね……。

思わず三人のため息が重なったりするのだった。



@@@
一ヶ月ぶりに更新とかこれはひどい。
あんまりなので本日の夜にもう一話アップしますよ!





[9162] 第9話 「戦闘準備 ……準備?」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/08/21 08:01


森が視界に入る距離の広い草原地帯。

いつもお留守番な私やアッシュくんまで出張って一家総出でピクニック中です。

嘘です。任務真っ最中です。

「失念していたわ。総出で出かけるってことは砦にキアちゃんとアッシュだけ残すってことになるのは考えれば分かることなのに、なんで誰もそれに直前まで気づかなかったのかしら……」

事前に気づいていたら街の人たちに二人を任せるとか色々できたのに。気づいたのはさぁこれから出発だというまさにその時だった。致命的に遅かった。

二人だけで置いていく? 却下、なんかあったらどうするというのか。

今から街へ行って二人のことを頼む? 却下、もう時間が押している。今から戻って任務に間に合わなかったら本末転倒だ。

団員たちと色々話した結果、置いていって心配するより連れて行って守ったほうがまだマシという結論に達した。

急遽二人の荷物をそろえる必要が出て出発が1時間遅れたりしたが、まぁそれはいい。

問題は色々な雑事を一身に引き受けてきた副団長としての矜持が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくことだった。

「まぁしょうがねぇよ副団長。今までずっと誰かしら残ってたからな。留守のことまで考えたこと今まで一回もねぇし」

ヴァンが慰めるようにポンと肩に手を置くが、フラウのどんよりオーラを霧散させるには少々力不足っぽい。

「二人とも、戦闘になったら絶対リューから離れるんじゃないぞ」

団長の言葉にアッシュとキアが二人してこくこく頷く。しかし二人の表情はウンザリしていた。

もうこの忠告は通算13回目だった。正直そろそろうっとおしかった。



第9話 「戦闘準備 ……準備?」



今回ゼノス傭兵団が受けた任務は、簡単に言えばモンスター退治だ。

北方の森からモンスターの群れが街に向かって南下しているという情報が手に入ったので、街に来る前に殲滅して欲しいというありそうでなかなかない依頼だった。

しかもやってくるモンスターはよりにもよって不死系らしい。しかも予想数は30体を超えるそうな。

傭兵100人に一番戦いたくない系統のモンスターはと問えば、80人は不死系と答えるであろう。

純粋な強さという意味では不死系はあまり上位に位置しない。が、その特殊性がやっかいだった。

ほぼ例外なくなんらかの毒やら病気やらを持ち、すさまじい異臭を放ち、あげく普通の武器で殺しきるのはまず無理という3拍子揃ったなかなかの困ったチャンなのだ。

心情的にもあんなモノに立ち向かいたい輩はいない。倒してもウマミがないのがまた困ったところだ。

正直今回の依頼、全然割に合ってなかった。下手をすれば赤字になる可能性すらあったりする。

正直傭兵団としては失格と言わざるを得ないだろう。なぜこんな割りに会わない仕事を請けたのか? 理由は複数あるが、もう団長を始め団員がバカだからということで済ませてもいいと思う。

「しっかし不死系かぁ……俺見たことねぇんだよな実は。テオ、お前見たことある?」

「ない。だがどんな相手であろうとも全力を出すだけだ」

やる気に燃えるテオ。もう日も落ちるというのになぜかその目はギラギラ輝いているように見えたり見えなかったり。

だがそんなテオの炎をかき消すような一言がヴァンから。

「おーいテオ坊。やる気になってっとこ悪ぃがお前ら後ろで見てるだけだぜ?」

ピシリ、と。

一瞬その場の空気が固まった気がした。

「……………わかっている」

「ホントに分かってんのかねこの坊ちゃんわ……」

少々どころか不安だった。テオの横で「おお、そういえば」とかのたまい手を打つロイおバカの姿に団員一同戦慄を禁じえない。

「団長。やっぱり二人を連れてきたのは間違いだったのでは……」

「……言うな。頭が痛い」

とりあえず二人の首根っこひっ捕まえて、何度目になるか分からない注意事項を正座させて懇々と説く。

返事だけは立派な二人にますます不安になる団長たちだった。

「キアちゃん、大丈夫?」

そんな心温まる背景を背に、キアは俯いて考え込んでいた。傍から見たら完璧に不安におびえる少女だ。アッシュの心配そうな声にも気のない返事しか返さない。

いや、キアに恐怖心がないわけではない。なんたって腐った死体に追いかけられた経歴の持ち主だ。憎いあんにゃろうは今回もまたキアの前に姿を現すに違いない。

だが今はあの時と違って一人ではないのだ。ここにはこんなに頼もしい第二の家族がいる。彼らは本当にヤツらをキアやアッシュには近づけさせないだろう。いや、アレは見るだけでホラーではあるがそれはともかく。

(どうしよう……バラすなら今が最上のタイミングじゃないコレ?)

もちろんバラすとは呪文のことだ。

このままずっと隠し通すつもりはキアにはない。心情的なものももちろんある。あるのだが……

そろそろ限界だった。

なにがって呪文を使わないのが、だ。

どこぞのドラゴンもまたいで通る女魔導師のように三度のメシより魔法が好きというほどではないが、呪文を使ったり研究したり練習したりするのはキアの趣味だったのだ。

初めて呪文を使ってはやウン年。魔法を使うという喜びはいまだキアの中から消えてはいない。むしろ最初の感動がナリを潜めて冷静になってからの方が没頭したといってもいい。

ああ、使いたい。高らかに呪文を叫びたい。いろんな使い方を模索したい。魔力コントロールの練習をしたい。

罪悪感が趣味を上回っていた時の方が自制が効いていたかもしれないキアだった。

そんな本人にとって耐え難い苦行を終わらせる絶好の機会だよなコレと思いつつ、やっぱりいま一つ決心が足りない。

その結果が俯いておびえる少女を演じることになっていた。

「大丈夫だよキアちゃん。何があってもキアちゃんだけはぼくが守るから!」

「あ、うん」

自分でもぼくってカッコよくね? ってキメ台詞を「あ、うん」で流されたアッシュはとりあえず三角座りでのの字を書き出し始めた。

「うん、分かってるんだ。何の力もないぼくなんかが言っても説得力皆無ってことくらいね。それでも「あ、うん」はないと思うんだ「あ、うん」は。ここはせめて「ありがとう、アッシュくん」の一言くらいあってもバチはあたらないとぼく思うな」

切なくなるアッシュの言は、テオ達への注意事項から説教へとナチュラルに移行されていたフラウの声にかき消され、誰にも届くことはなかった。

一方華麗にスルーしていたことに気づかなかったキアは、

(言うべきかな、言うべきだよね、言っちゃってもいいよね、大丈夫だよね。ここでこのタイミングを逃したら次いつ言えることやら。よし、言うぞ。言っちゃうぞ。言っちゃえ私!)

心の準備をようやく完了していた。

「あの、皆聞いて欲し「出たぞ! モンスターだ!!」いこと……が…」

心の準備はいささか遅かったようだ。

さっきまでのほほんと戯れていた団員たちが一斉に武器を構え、配置につき、戦意を滾らせる。

「二人とも、私の傍から離れてはダメですよ。……どうしたんです二人とも、そんなに塞ぎ込んで?」

「「いえ、なんでもないです。ええ、なんでもありませんとも」」

図らずもキアとアッシュのセリフは一字一句違わず重なるのだった。

疑問に首をかしげるリューだったが、とりあえず目の前の敵だと二人の様子が変なのは思考の彼方へポイ捨てすることにした。

「いいかテオ、ロイ。飛び出すんじゃないぞ。絶対飛び出すんじゃないぞ。飛び出したら一週間の訓練をスペシャルハードデンジャラスコースにして一週間晩飯抜きだからな。本当に頼むから飛び出すんじゃないぞ!?」

団長の懇願入った脅し台詞に二人は素直に頷く。その素直さが全然信用ならない団員一同は目の前の敵に集中しながらも、やっぱり額に流れる汗は隠せないのだ。

「ゴホンッ……。作戦は変更無し。飛び出さず、敵を迎え撃て。お互いがフォローできる位置から離れずに。敵影が距離300になったらリューは攻撃を開始。その後ヴァンも追撃に。リュー、最初にデカイのを頼むぞ」

「了解です、団長」

そしてリューは目を瞑り、静かに精神を集中していった。




[9162] 第10話 「戦闘開始」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:42


今日はやけにポカーンとすることが多いなと、キアはショックを受けながら冷静な部分でそんなことを考えていた。

リューさんの体から立ち上っているのは魔力と呼ばれるものではないかしらん?

え、ちょっと待って。ちょっと待って。

なに、リューさんって呪文使い? え、聞いてないんですけど?

そういえばリューさんが訓練してるの見たことがない。たまたま私が居るときに訓練していないだけかと思ってたら、もしかしなくても呪文使いだから武芸の訓練なんてイラネーってことだったんですかかみさまー。

爆裂呪文イオラッ!」

リューさんの叫びと共に視界に広がる光をハイライトの消えた目でキアは見つめていた。



第10話 「戦闘開始」



爆裂呪文イオラッ!」

リューの力ある言葉と共に腐った死体+αの頭上に一点の光が発生し、次の瞬間轟音と共に光があふれ出した。

距離300になるまでの約1分間。練りに練った魔力を惜しみなく放出した一撃は、その地点に小さなクレーターすら作り出す威力だ。

「ヒュー。いつみてもすっげぇなリュー」

「いえいえ、それほどでもあります」

口笛を吹くヴァンと、何か間違った返答をするリュー。

「これでカタが着けばいいんだが……そう簡単にはいかないか」

槍の穂先を敵に向け、希望的観測を述べるカイルだったが、やっぱり案の定全滅とまではいかないみたいだ。

「思ったより数が多い……3分の1くらいは減らせたようだが、リュー今のもう一回ってのはやっぱり無理か?」

チラリと視線をリューに寄越せば、案の定首を横に振られる。

「出来るできないかで言われたら出来ます。1分時間をかければ、ですが。しかし魔力の消費量や敵が思ったよりも密集していないことから、広域系よりも単発系の方がいいでしょう。なにより1分経てばおそらく距離的に自分たちも巻き込むでしょうね」

「やっぱり無理か……」

少々残念そうな顔を浮かべるカイル。だってあいつらに近づきたくないし。

「カイルはまだマシでしょう。槍が一番リーチ長いんだから。私なんて斧よ斧? 覚悟はしてるけど、リューとヴァンの二人で片付けてくれたら私とっても嬉しいわ」

心底嫌そうな顔だった。そして心底期待の篭った声だった。

今まで不死系の魔物と戦った経験があるのは実は団長のゼノスだけだったりする。

不死系の魔物というのは出る場所が結構限られている。場所というより時期や事件といったほうが正しいかもしれない。

恒常的に不死系の魔物が存在する場所もあるが、不死系の魔物はマズいのでやっぱり誰も近づかないのだ。そんな経緯もあって今まで知識はあれど目にしたのは始めての団員がほとんどだったりする。

「想像以上の気持ち悪さだわアレ……」

なんか爆風と共に異臭まで飛んできたし。なんかもー帰りたくなってきた。

いけないいけない。私は誇り高きゼノス傭兵団の副団長。その肩書きは伊達ではないのだから、こんなところで弱音を吐いてどうするのだ。

頑張れ私。私頑張れ超頑張れ。

そんな風に気合を入れてみるも、どんどん月明かりであらわになっていくグチャドロの腐った死体たちにテンションはガタ落ちだ。

「いや本当に、ヴァンとリュー頑張ってくれ」

カイルも同じ気持ちなのか、ややげっそりした表情で二人に懇願の視線を送る。

「しゃーねぇなぁ。俺様の美技をその目に焼き付けなッ!」

ヴァンが弓を構え、素早く射掛ける。放たれた銀の矢は敵に刺さる前にすでに第二矢が放たれているというトンデモな速さだった。

「どうだ眉間に一発必中! 流石俺様!!」

「あなたが凄いのは分かってるから、手を休めないでどんどん倒してちょうだい!」

通常の武器が聞かない不死系のモンスターでも、銀の矢で急所を狙い撃ちされれば流石に死に至るようだ。

炸裂呪文イオッ!」

リューの指先から拳大の光の弾が発生し、発射される。

腐った死体にぶつかった光の弾は小さな破砕音を立てて破裂する。腐った肉なんかそれこそパァンだ。

「うわ、グロ……」

「……むぅ」

頭蓋を吹っ飛ばされた腐った死体の体がふらふらとさ迷い、やがて倒れ付す。四肢がピクピク動いているそのキショクワルイ光景に、気合満タンだった半人前二人もさすがに元気がどっかにふっ飛んでいったようだった。

「なあテオ、ロイ。やつらあんまし強くなさそうだし、お前ら特攻してもいいぞ?」

カイルがやけに真剣な目を二人に向ける。

「「いや、半人前は大人しく後ろで空気だけ感じておきます」」

聞きなれない二人の愁傷な言葉に、こんな状況でなければ感動すべき事態なのにと、ゼノスは軽く目頭を押さえた。

リューの呪文とヴァンの矢によりモンスターはかなりの数が討ち取られたが、やはりというかなんというか全滅までには至らなかったようだ。

「もうあんま矢ねぇぜ」

「私もそろそろ魔力を温存したほうがいい領域に入りました」

二人が倒した数は合わせて100は行きそうなほどだった。すげぇ快挙だった。二人とも本当に頑張ったと褒められてもいいだろう。

しかしまだまだキショイのはいっぱいいたりする。

当初の予定では30くらいやったんちゃうんかと思わず依頼主に悪態をつきたくなる。

どう考えてもあと50体は軽く居そうだった。

「はぁ……結局やらないといけないのね」

「まぁ最初はその予定でしたから、覚悟を決めましょうか」

「よし、行くぞ二人とも!」

先陣を切るのはやっぱりというか団長だった。

「ぬぅん!」

己の身の丈ほどもある大剣をぶん回すたびにモンスターたちがいろんなものをブチマケながら吹っ飛んでいく。

「「はぁあッ!!」」

ことここに来て今更ブチブチ文句を言ったり躊躇したりする二人ではなかった。

フラウの斧が腐った死体を脳天から一直線に切り裂く。カイルの一閃が頭蓋に風穴を開ける。

そこからは圧倒的だった。

3人が3人ともすさまじい勢いで残りのモンスターを蹴散らしていく。ほとんど蹂躙といっていい一方的な展開だった。

団長たちが凄いのか、モンスターが弱いのか。

ほんの数分であれだけいたモンスターは綺麗サッパリ倒しつくされていた。

いや、綺麗サッパリは違うか。周りを見渡せばどうみても地獄絵図だった。

「終わったな」

大剣についたよく分かりたくない汚れをブンと一振りして払う。

「正直、もう二度と戦いたくない相手です」

「同感です」

二人は武器の汚れを払う気力もなかった。

やっぱりというかなんというか、口に出すのもオゾマシイものが体のあちこちに付着しているのだ。コレに比べたら武器の汚れがどうだというのか。

団長はともかく、フラウとカイルは己にまとわり着く異臭とか異物に涙が出そうだった。フラウなんか涙が出そうっていうか、本当に半分泣いている。

武器のリーチ差がモロにでた結果、女だというのにフラウが一番アレなことになっていたからだ。気合で顔にだけは飛んでこないように気をつけたらしいが。

「銀の矢、回収してぇがしたくねぇな」

この腐った肉片を超えて矢を回収しようという気概はヴァンにはなかったようだが、誰もソレを攻めることは出来なかった。

なぜって攻めた瞬間、だったらお前が回収してこいってなるのは目に見えてるからだ。

「そういえば団長、この死体放置していって良いんですか? 良いんですよね? 良いと言って下さい」

その言葉にはカイルの切なる願いが込められていた。

すでに腐っていた死体がバラバラになったりならなかったりしながらそこら辺に放置されている現状は、衛生的にみてどう考えても良くない。絶対に悪い菌とか持ってるコイツら。

だが今からこれらのお片づけとか正直勘弁だった。

「む、大丈夫だ。後始末は街の人たちでやるという契約内容だった」

「良かった。本当によかった……」

それは全員共通の思いだっただろう。

「はぁー凄かったねぇキアちゃん。……キアちゃん?」

目の前の団員たちの活躍を見てはテンションを上げ、腐った死体のグロさにテンションを下げを繰り返していたアッシュだった。

よく分からなくなったテンションの名残を感じつつ隣のキアに同意を求めてみたが、またも反応なし。

あれ、もしかしてぼくさっきからなんか無視されてない? 悲しみにキュンキュン鳴く胸の内を抑えながらキアの顔を覗き込んでみると、

「き、キアちゃんどうしたの!?」

キアがまったくの無表情になっていた。瞳のハイライトはいまだ戻っていなかった。

「ううん。なんでもない、なんでもないの……」

なんでもないならなんでそんな死んだ魚のような目なのさ。

そう聞きたくとも聞けないアッシュだった。また無視されるのが怖かったわけではないと思う。

「しっかしよ、またなんで死体共がこんな大勢現れたんだろーな」

「たしかに妙ですね。他の系統のモンスターならまだ分かるんですが」

遠距離でしか攻撃していない二人が今更ながら事態の不可解さに首を傾げる。前線で頑張っていた3人は余計なことを考える余裕はあんましなかった。主にとっとと体洗って着替えたいと、顔には出していないがゼノスですら思っていたり。

そして半人前二人といえば、

「俺たち何しに来たんだろーな?」

「現場の空気を体感するためだろう」

「いやそうなんだけど、なんかこー安全すぎて全然危機感伝わってこなかったんだが」

「皆強かったな」

「結局自分の未熟さを思い知らされただけかよちくしょー」

片方は純粋に団員のLVの高さに感嘆し、もう片方はふてくされていた。

ちょこっとは戦える機会もあるかと思っていたのに。いや、アレと戦わずにすんでよかったとここは喜んでおくべきか。

「まぁともかく、皆戻るぞ」

その団長の声をきっかけに、皆が死体に背を向けたその瞬間。

「皆伏せてっ!!」

キアの叫びが轟いた。

ぞわッとする何かがキアの背筋を駆け抜け、半ば反射的に叫んでいた。

あまりに突然のことに、何故と問うヒマもなかった。

傭兵団の精鋭たちは考える前にその警告に従った。半人前といわれている二人もほんの一泊の遅れはあったものの、同じように地面に伏す。

そして次の瞬間、彼らの鍛えられた本能が最大限の警鐘を鳴らした。

今まで自分たちが立っていた場所に黒い靄のような何かがが迸る。

なにがなんだかまだよく分からないが、とにかく団員たちは致命的な何かを回避できたのだ。

唯一、訓練を何もつんでいない非戦闘員のアッシュを除いて。

「……は?」

キアの叫びにも、団員たちの行動にも着いていけなかった。

しかしこれは仕方ないことだろう。齢10歳の少年がとっさの判断などできたらそっちの方が怖い。

どさり、と倒れ伏すアッシュ。

「アッシューーーーーーー!!!!」

一拍の後、事態を把握するや否やロイは叫んだ。転がるようにアッシュの元へ向かう。

一体何が起こったのか。

誰もが何も分からなかった状況で、キアだけは把握していた。正確には今の黒い靄がなんなのかを把握していた。

呪文が発生する直前に届いた声無き声。確信はない。実際に声が聞こえたわけではないからだ。だからコレはキアの本能が知らせた一種の警告だったのだろう。

キアの理性は必死に違うと叫んでいたが、すでに本能が納得してしまっていた。

あの黒い靄の正体を。その呪文の正体を。

本能が導き出した呪文の名は、ザキと呼ばれるものだった。




※炸裂呪文<イオ>※
魔力弾を手から生成して打ち出す無属性攻撃呪文。
自身の魔力を攻撃の力に転換した一番初歩的な呪文。
呪文使いならほぼ誰でも最初に習得する。
魔弾は対象に触れたとたん炸裂する性質を持つ。

※爆裂呪文<イオラ>※
指定した地点を中心に爆発を起こす無属性攻撃呪文。
指定できるのは主に空間に対してなので、動く対象を追って爆発させるということはできない。



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なんかやる気の神様とか降りてきてるかもしんないす。





[9162] 第11話 「デッドライン」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:42


第11話 「デッドライン」



「アッシュ! アッシュ!?」

ロイの聞いたことのない悲痛な声に、キアは顔を上げることが出来なかった。事態を把握するのが恐ろしかった。

キアがこの呪文に反応できたのは、魔力というものに団員の中で一番敏感であったからだ。

須らく呪文というものは、発動前に魔力が発生する。

特に空間に直接発動するタイプは、その空間内に使用者の魔力が充満するのだ。

前世と今世、魔力がなかった時代とあった時代の二つを経験しているキアは、おそらくこの世界で一番魔力というものを肌で感じ取ることができる。

故に反射的に叫ぶことが出来た。

(どうして、どうして私は……)

あの呪文を防がなかったんだろう。出来たはずなのだ。

心底後悔していた。

攻撃系の呪文を向けられたことが始めてだったとか、とっさに対処できるほど戦闘経験を積んでいなかったとか、理由は色々ある。仕方がなかったと言い切ってもいい

だがそんなもの、今のキアにはただの言い訳に過ぎなかった。

体の震えが止まらない。キアは気づいていないが、涙が止まることなく溢れていた。

もしコレがただの攻撃呪文であれば、事態はまだマシだったかもしれない。どんな大怪我であろうとも、死んでさえいなければキアはなんとかする自信がある。

しかし、今回彼らを襲った呪文は……即死呪文だ。

まず間違いないと思う。実際に呪文を聞いたわけではない。だが自分の本能が、呪いのごとく暗い波動の魔力が、ソレを即死呪文だとキアに確信させている。

自分を責めるあまり、アッシュの死を確認したくないあまり、キアは顔を上げることができなかった。戦場で、敵がいる場所でその行為を行うことがどういうことかを考えることもできなかった。

「テオ、キアを!!」

団長の焦りを感じる声が聞こえる。

ふいに抱き上げられる感触。急に反転した視界の中で、団長を始め団員たちの背が見える。そしてそれはどんどん遠くなっていくのだ。

隣には同じようにアッシュを抱きかかえたロイが。

「っ! テオさん、離して! 降ろして!!」

もう足手まといはイヤだった。

「うるさい!! 大人しくしていろ!!」

今日は皆の聞いたことのない声色ばかりを耳にする。テオが自分に怒鳴るなんて初めてだ。抱きしめてくる腕の力は痛いくらいで、その表情もすごく痛ましい。

テオもいっぱいいっぱいだった。足手まといな自分が心底悔しかった。

かみ締めた唇から血が出ていることにもおそらく気づいていない。

あの時、キアが警告を発していなければおそらく全滅していた。

いつも親父からさんざん聞かされている。本当に恐ろしいのは力が強いヤツでも、技が凄いやつでもない。遠距離の呪文使いだと。

自分たちには外側にある魔力を察知することができない。殺気を感知できる距離であれば回避することも出来るかもしれないが、呪文の中にはこちらの知覚外から致命的な攻撃をしてくるものもいると。

分かっていた。分かっていたつもりだった。でも全然分かっていなかった。

真実そのことを実感として知っていたとしてもどうしようもない、あれはそういう類のものだ。しかしそれでも……

自分の力のなさが恨めしかった。離れていく背中の傍にいれないのが涙が出るほど悔しかった。

そしてそれ以上に、アッシュが心配だった。

そういえば、どうしてキアは警告を発することができたのだろう……?

「テオ、アッシュが、アッシュが……!」

涙混じりの声がロイから放たれる。実際泣いていた。

「無事なのか!? アッシュは、生きているか!?」

「脈が、どんどん弱くなっていってるんだ! どうしよう、このままじゃアッシュが、アッシュが死んじまう……!!」

変化は劇的だった。

大人しく、というより脱力してテオに身を任せていたキアがばっと顔を上げたのだ。そしてロイの腕に収まるアッシュを視界に入れた瞬間、



「止まれぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!」



半ば反射的に足を止めていた。あまりの声量にテオなんかは鼓膜が破れるかと思ったほどだ。

「ッ!? き、キア?」

そして力が抜けた一瞬の隙を突いてキアはテオの腕から無理やり脱出した。具体的に言えば顎に肘入れた。

油断した一瞬を突いた会心の一撃だった。

「おおぉぉおぉおぉぉおおおううううぅぅぅぅぅうううう」

視界が、視界がブレる……!!

情けなくも地に蹲るハメになったテオだった。

何が起こったのかわからなかったロイだったが、「アッシュ降ろして!!」とすさまじい気迫を放つキアに半ば本能で従った。逆らえない何かがあった。

「キア? いったい何を」

「黙って」

「ハイ」

あれ、キアってこんな子だったっけ……?

ひきっつった表情をするロイを無視して、キアはアッシュの首筋に手を当て、脈を調べる。

たしかに、弱弱しかったがまだ生きている。呼吸も小さいながら行っている。

瀕死とはいえアッシュは確かに生きていた。

(よかった………)

これならば。

キアは溢れてきた涙を拭うと、すぐにアッシュの胸に手を当てた。

よく考えれば、この世界の呪文とキアの知識にある呪文には差異があった。ザキが即死の呪文でない可能性は十分にあったのだ。

お陰でどんな効果やらいま一つ分からないで習得している呪文もあるが、今はそれに感謝を。

休息呪文ベホイミ

見たところ外傷はなかった。ザキがどういった類の呪文なのかは分からないのが本当に困る。

おそらく、ホイミではダメだ。あれは傷の治療しかできない。

ザキが相手の体力を極限まで削る類の呪文だと想定して、ベホイミを使うことにする。

ふわり、と白い光に包まれるアッシュ。

「これ…は……」

ロイは目の前の光景に目を見開く。

いまだフラフラのテオも口をポカーンとあけた表情で固まっていた。

それは幻想的な光景だった。

月明かりの下、キアの手から放たれる白い光と、それに包まれるアッシュ。

なんだか一枚の絵画を見ている気分になった。

「あれは……呪文か?」

「……ああ、たぶん。見たことはないがきっと……回復呪文」

テオは幼い頃、リューに尋ねたことがある。一発で怪我を治すことはできないのか、と。

「そういう呪文はあるにはあります。ですが……きわめて珍しい呪文です。私が通っていた魔術学院のある都市でさえ、その類の呪文を使える人は都市全体でみても両手の指で数えられるほど。実際に見たことすらありません」

諦めて自然に治しなさいと言われてぶーたれた記憶が。

「なあ。じゃあアッシュは……アッシュは助かるんだな!」

「ああ、おそらく」

嬉しそうな声を上げるロイと、まだどこかボーっとしているテオ。目の前の光景がいまだ信じられないのか、先ほどの一撃がまだ効いているのか。

しかし、おそらくアッシュは助かる。

なんでキアがそんな呪文を使えるのかとか、なんで黙ってたとか聞きたいことは色々あるが、そんなものは今はどーでもいいのだ。

目の前の光景にだんだん現実味を帯びてきた。

二人は期待でキラキラした目でキアとアッシュを見守ることにした。

しかし一方、キアの表情は優れなかった。

(効いていない……? いや違う、回復した端から減ってるんだ。コレ、ただ単純に体力を削る呪文じゃない)

これでは命を繋ぐことはできるが、根本的な解決にならない。しかもキアの魔力が尽きるまでというリミットつきだ。

解毒呪文キアリー

毒かと思いキアリーを試してみる。白い光が消え、薄緑色の光がアッシュを包む。

(違う、これも効いていない。じゃあコレはどう?)

快復呪文キアリク

次は水色の光が。

しかしこれもまた効かない。キアの表情に焦りが浮かぶ。

(どうしよう……。落ち着け、落ち着け。ここで混乱したら今までの二の舞だ……)

他に何かなかったか……?

効果が分からなかった呪文の中で、ソレらしいものが……。

(……あった。あと二つ、ソレらしいのが)

覚醒呪文ザメハ

キィンと澄んだ音が周囲に木霊する。それに呼応するように今まで閉じていたアッシュの瞳がゆっくりと開かれた。

「……にぃちゃ………ん?」

「アッシュ!」

「目が覚めたか、アッシュ!」

違う……ッ!

テオとロイが嬉しそうな声を上げてアッシュの傍によるが、アッシュの表情は今だ苦しそうなままだ。

(失敗した失敗した失敗した……!!)

意識がなかったのは体の防衛反応だった。

起きているよりも眠っているほうが体に負担が掛からない。決して呪文で無理やり眠らされていたわけではない。それを無理やりたたき起こしたりなんかしたら……!!

「あッ……づぅ……」

案の定アッシュは苦しみだした。

小さな体を丸めて、荒い息を吐いている。

どう見ても治ったようには見えなかった。

「アッシュ、おいアッシュ!! しっかりしろ、しっかりしてくれよ!!」

「キア! アッシュは治ったんじゃないのか?」

二人の必死な声に、キアこそ叫びたい心境だった。

問いを無視して、キアは最後に残った呪文を発動させようと手を伸ばす。

(もしコレが効かなかったら……)

そう思うと、呪文を紡ぐのが怖くなる。

しかしこのままだと確実にアッシュは死ぬ。自分の恐怖なんてなんだというのか。

助けるのだ。絶対絶対助けるのだ。

もし効かなかったらずっとベホイミを掛け続ける。それこそ治療法が見つかるまで、ずっとずっと。何日でも何日でもだ。

それで自分がぶっ倒れたとしても、死んでしまったとしてもいい。

絶対に、治すのだ……!!

「シャナクッ!」

温かみを感じさせる橙色の光がアッシュを包む。

(お願い……!!)

それはすでに祈りを超えた何かだった。




※解毒呪文<キアリー>※
毒を中和する治癒系回復呪文。
薄緑色の光をしており、体内に潜む毒の類を無効化する性質を持つ。
また、体内だけでなく毒を含む物質から毒を中和することもできる。

※快復呪文<キアリク>※
体の異常を正常に戻す治癒系回復呪文。
水色の光をしており、狂った体の働きを正常に戻す作用がある。
具体的に例を挙げると頭痛、肩こり、腰痛、生理痛とか。実は風邪とか癌にも効く。

※覚醒呪文<ザメハ>※
精神を正常に戻す治癒系回復呪文。
光などのエフェクトはなく、澄んだグラスのような音が響く。
幻覚、洗脳、昏睡など意識に作用するものから開放する性質を持つ。



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コミカル0%のシリアスでお送りします。
0%……だよね?
シリアスが書けなくなったなんてまさかそんなバカなこと。





[9162] 第12話 「団長の責任」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:43


第12話 「団長の責任」



(不意打ちに気づけなかった、だと……?)

ゼノスは焦りの表情を隠すことができない。状況は最悪と言っても過言ではなかった。

ゼノスのもっとも得意とする"武術"は"気配感知"だ。

特に意識しなくても半径100mは生命の有無が分かり、本気で集中すると300mまで把握できる。こと殺気を向けられた場合に至っては500mからの攻撃にすら反応できるバケモノ級。

伊達に団長やっているわけではないのだ。この能力で今まで何度も窮地を脱したし、団員達を生かしてきた。

そのゼノスが、気がついた時にはすでに回避不可能な状況に追い込まれていた。

つまり最悪でも敵の距離は500mオーバーということになる。

今回全滅を免れたのは単にキアの警告のお陰だった。しかし何故キアは……

ブンと首を一振り、思考を彼方へ追いやる。今は余計なことを考えている場合ではなかった。

敵の位置は最短で500m強。ここから距離500といえば森の入り口に差し掛かるあたりだ。

つまりこちらからは相手が見えず、向こうからは丸見え。こちらの攻撃手段のほとんどが近接なのに対し、相手は遠距離。

遠距離攻撃の要であるヴァンやリューも、500mを越す射程距離は持っていない。下手に突っ込めば今度こそさっきの黒い靄にやられてしまう。

一度引くか、それとも押すか……。

なかなか絶望できる状況だった。

「ロイ、アッシュを抱えて走れ! テオ、キアを!!」

とにかく、まずは子供たちを逃がすのが先だ。この状況下で守りきる余裕はなかった。

「総員、散開しろ! 一箇所に固まるな!」

ザッ、と一斉に散らばる団員達。敵が遠距離系の呪文を使うなら、気をつけるべきは先ほどのような範囲攻撃だ。全員一網打尽という状況だけはなんとしても避けなければいけない。リューの使うイオラのような、どう足掻いても避けきれないほどの広範囲でなかったのが唯一の救いかもしれない。

このような状況の場合、まずやるべきことは敵の居場所の把握。出来れば正体も知れればいいのだが。

チラリと後方の二人、ヴァンとリューに視線をやる。キーはこの二人だった。

「ヴァン、敵の姿が見えるか?」

この月明かりしかない夜に、500メートル先の森に隠れているだろう敵を見つけ出すのは普通は不可能だ。

だがしかし、

「……見つけたぜ、団長」

ゼノス傭兵団が誇る狙撃手スナイパーであるヴァンなら不可能なことではない。

ヴァンの武術は"見ること"に特化している。遠目、夜目、動体視力などといった、こと見ることに関しては他の団員と比較にならない精度を持つ。

「変なローブを着ている……ありゃ人間か? いや、人型の魔物か?」

ヴァンがそうでなくても人相がいいとは決していえない目つきを、さらに厳しくして森の方を睨み付けている。せめてあと200m近ければ射掛けてやるのにコンチクショウ。

「リュー、その人型の魔物に心当たりはあるか?」

「状況的にも使われた呪文からも、まず間違いなく死霊使いだと思います」

すでに確信があったのか、淀みなく答えが帰ってくる。

リューは傭兵団の中で一番の火力と知識を持っている。彼がまず間違いないというからには、ほぼその敵で確定なのだろう。

「詳細な情報は分かるか?」

「ザキという呪怨系呪文とルカニという攻性補助呪文を使います。また死体や骨などを自分の手足のように操る特性も」

「ふむ、なるほど……」

ちらりと先ほどブチマケた肉片に視線をやる。死体が襲ってきた原因もアイツでほぼ間違いなさそうだ。

「ザキとはどのような呪文だ?」

「衰弱の呪いをかける呪文です。対象の体力にもよりますが、半日持てばいいほうでしょうね。効果もエグいですが、その膨大な射程こそが厄介極まりない」

「その呪文にかかって助かる見込みは?」

「……解呪の呪文か、聖水を飲ませる以外に方法はありません。解呪の呪文は治癒呪文と同じくらい使い手が少なく、聖水は世にほとんど出回っていない。現状では食らえば終わりだと思ってください」

「ちょっと待って、じゃあアッシュは……!?」

フラウの悲鳴混じりの声が上がる。それは誰もが思っていて、しかし今現在考えないようにしていたことだ。

「……」

その答えを、リューは沈黙という返事で返す。

「そんな……アッシュ………」

私のせいだ。

私がミスしたせいで、アッシュやキアがこの危険な戦場に来ることになってしまったのだ。私がしっかりしていれば、私が……

「フラウ!!」

ゼノスの怒声が大気を震わせる威力でフラウに突き刺さる。声自体に物理的な衝撃すらあるような気がした。

ビクン、とフラウは目に見えるほど体を震わせる。

「今は、考えるな。目の前のことにだけ集中しろ」

「……はい」

悔しい思いをしているのはこの場に居る全員だった。

「……死霊使いはザキ以外の攻撃呪文を使いません。また、ザキという呪文はその膨大な射程と引き換えに発動にきわめて時間が掛かる。範囲も先ほどのが限界でしょう。近づいてさえしまえば皆さんなら倒すのは容易なはずです。ですが呪文という特性上、近づけば近づくほど発動までの時間は短くなります。まず間違いなく近づく前に一発は放たれるでしょうね」

「ちょっと待て。俺ならあと200も近づけば射程内だ。お前だってそうだろう。それくらいならなんとかなるんじゃねぇのか?」

ずずいっとヴァンが身を乗り出していう。目が怒りに燃えていた。何が何でもヤツを殺してやると全身で言っている。

しかしリューはその炎を消すがごとく、冷静に言い放つのだ。

「ヴァン。あなた森の木に隠れる相手を射れるのですか? 相手はこちらの動向が丸見えなんですよ。私の呪文にしたってそうです。近づいて詠唱という工程を踏まなければいけない私と、そのまま詠唱に入れるあちら。どちらの呪文が先に発動すると思いますか? というかですね、そもそもこうしている間にもヤツは詠唱に入っていると見るのが自然でしょう」

正論だった。反論を挟むことも出来ないほど正論だった。

ギリッ、と歯を食いしばる音がこちらまで聞こえそうだ。

「逃げるにしろ、突撃するにしろ、あまり時間はありません。これ以上の会話は無意味に時間を浪費します。団長、決断してください」

団員の犠牲を前提に敵を殺すか、逃げ出して全員生き残るか。

団員達の視線が団長のゼノスへ集中する。

「リュー、最後の質問だ。俺だけ突撃して撃破するのは可能だと思うか」

自分だけならば、あと少し近づくだけで敵の攻撃の瞬間を感知することができる。なんとか回避することも出来なくはないかもしれないのだ。

だがしかし、やはりというかリューは首を横に振るのだ。

「たしかに団長なら避けられるかもしれません。ですが、今回敵が使う呪文は呪怨系呪文。あれは掠るだけで直撃と変わらない。そうしないと生き残れないのならともかく、団長であるあなたが気軽にそのような危険な賭けに出るのはいけません」

トップである団長を失うのは、それはそのまま傭兵団の崩壊に繋がる。

それだけは何をおいても回避しなければならなかった。

そしてそれは、団長であるゼノスが一番心得てもいた。

考える。

リューが倒すしかないと言わない以上、逃げればおそらく射程外へ行けるのだろう。

アッシュの仇を討ちたい気持ちは十分すぎるほど。ウチの可愛い可愛い末っ子に手をかけた輩を放置するなんて、考えるだけで脳みそが沸騰しそうだ。

しかし団長としての自分がそれでも、と戒める。

それでも他の団員まで犠牲にするわけにはいかないと声高らかに叫んでいる。

結局の所、ゼノスはどこまでいっても団長なのだ。一家の大黒柱なのだ。

出す答えは決まっていた。

「総員、全力でこの場を離脱するぞ」

団員の反応はさまざまだった。

黙って頷くもの。怒りを顕にするもの。悔しそうに唇を噛むもの。俯いたまま顔を上げないもの。

しかし誰も否は返さなかった。

「走れ!」

駆け出す。

数秒後、背後で音もなく呪文が発動されたのをリューは感じていた。かなりギリギリのタイミングだったらしい。

「テオ達と合流後、作戦を立てるぞ」

がばっという擬音が聞こえたような気がする。

俯いたまま駆けていた一同が、期待を込めて自分たちのリーダーを見つめていた。

「このまま終わらせはしない……ッ!」

その声は低く、深い深い怒りに囚われていた。

団員達はその怒りを心地よく受け止める。

「そうだよな、何も逃げ帰る必要はない。これは戦略的撤退なんだ。最後に勝てばいい」

カイルの言葉に頷く団員一同。

というか、なんで誰もそれに最初に気づかなかったのか。

アッシュをやられたせいで全員脳みそマトモに動いてなかったに違いない。まぁ団長が抑えていたから皆抑えていたが、内心はあいつぜってぇブッ血KILL!! と全員で思っていたことだし。

というかよくよく思い返してみれば、今回はこんなうっかりがやけに多い気がする。

気づかなかったことにしておく。主に精神の安定とか傭兵団の矜持のために。

そしてしばらく走っていると、遠くに人影が見えてきた。二人組みの人影がこちらに向かって走ってきているのが分かる。

「テオ達だわ!」

人影ならぬテオとロイもこちらに気づいたようだ。それぞれ腕にキアとアッシュを抱えている。「みんなぁ~!」とか「親父ー!」とか色々喚きながらさらに加速してきている。

……うん?

「なぁ、あのバカどもなんでこっちに走ってきてたんだ?」

ヴァンの問いかけに答えるものはいなかった。ゼノスとフラウの口元がひきつっているのはきっと気のせいではあるまい。

「団長……」

「とりあえずあのバカども、スーパーデンジャラスハードコースだ」

異論を挟む団員は1人たりともいなかった。



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ぎゃぁぁあああぁあああああ!?
やっちまった、やっちまったよ!! ついに矛盾が出てきちゃったよ!?
ええ、皆様お気づきでしょうが、なんで500メートル離れた場所の声がキアに届くねんっていう。音が反響する場所でもあるまいに。
書き終わって読み返した後気づいたよorz
ど、どうしよう……

対応策①:矛盾が無いように12話を根底から書き直す。
……できればしたくないorz 案はあるにはあるけど、13話以降のプロット書き直し→時間が掛かる→フィーバー止まる。

対応策②:10話でキアに声が届かなかったことにする。
10話は一行削ればいいだけだけど、11話の改定が必須orz キアが呪文をザキと捉える理由付けがかなり無理やりになる。

対応策③:もう死霊使いの声がバカでかかったということでスルー
読者の皆様、それで納得しておいてネ!!


……対応策③を選んでもよろしいでしょうかorz


というか今回の話自体結構突っ込みどころ満載だなぁ……。そもそもなんで暢気に作戦会議してんのキミたちっていうね。下手に背中を見せたら危ないからとか、長距離の呪文発動には時間が掛かるのが分かってるからとか、ある程度情報を集めないと危険だったからとか言い訳は出来るけど……
書いたときはこれでいいと思ってたけど、何も考えず特攻させたり逃げさせたりしたほうが自然な気がしてきたよー。
助けてえーりn(ry




[9162] 第13話 「秘密の告白」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:44


「こぉんのバカ野郎どもがぁぁああああああ!!」



堪忍袋の尾が切れたというかなんというか。

目が血走っていた。たぶん頭から湯気とかマジメに出てるのではないだろうか。可哀想に、テオとロイはその鬼すら可愛く思える形相に震え上がるハメになるわけだ。

鉄拳が飛んでこなかったのは単にそれぞれがキアとアッシュを抱きかかえていたからだ。もしこの勢いでぶん殴られていたら二人とも歯の2、3本くらい吹っ飛んでいたんではないだろうか。

「お、親父。これには訳が」

「黙れ!!」

「だ、団長。でもかなり大事な」

「喋るな!!」

しゃべらせて貰えなかった。

「お前たちを連れてきたのは間違いだった! ああ間違いだった!! 力量はともかく、分別くらいはつくだろうと思っていた俺がバカだったよ。ああバカだったよ。笑うがいいさ。ほら、笑えよ。嘲笑えよ!!」

団長団長、落ち着いてください。




第13話 「秘密の告白」




「団長、テオさんたちは悪くないんです」

このままだと話が全然進まない。いろんなものが吹っ切れた団長に声をかけるのはそれなり以上に勇気がいったが、意を決してキアは声をかけた。

「キア……? いや、いいんだ。別にこんな愚息共を庇う必要はないぞ。だからちょっとテオから降りてくれないかな?」

すげぇ優しい声だった。でも目がどうみても普通じゃなかった。なんかランランとしている。ギラギラしている。キアが離れたとたんブン殴る気マンマンだった。その後ロイも殴る気マンマンだった。

本能で察したのか、テオはキアを離すまいと抱き込む腕に力を込める。命綱を手放すなんてそんな怖いことできるはずもなかった。でもただ単に怖かっただけかもしれない。

キアの勇気もむなしく、現状は脱せ無かったようだ。ついでにテオの腕の中からも脱出不可能なようだった。

ああ、これ本当にどうしよう……団長、もういっそ2、3発シバけば冷静になってくれるかしらん。

「そうだよ団長。ちょっとおちついてよ」

「いやしかしなアッシュ。この迸る怒りを俺はどう静めたらいい……の…か……あああああアッシュ!?」

「「「「アッシュぅぅぅうううううううううう!?」」」」

なんか普通に元気そうなアッシュがロイの腕の中でやれやれとため息をついていた。

え、ちょっと待って。ちょっと待ってくれ。

「ちょっとアッシュ! あなた大丈夫なの!?」

「元気だよー。ぴんぴんしてるよー。さっきまで死に掛けてたけどねっ!」

そんな元気よく言うことじゃなかった。

「ちょっ、リュー! お前助かる見込みねぇって言ってたじゃねぇか!? ウソか? ありゃウソだったんか? お前がドSで鬼畜で腹黒ってことは知ってたけどこのジョークはねぇんじゃねぇ!?」

「嘘言ってません。ジョークでもありません。ヴァン、あなた私のことをそんな風に見てたんですか。ああ、弁明はいいです。後で二人っきりで心行くまで話し合おうじゃありませんか」

にこり、とやーらかく微笑を向けるリューだった。失言を悟ったヴァンは「いやその……」となんだか小さくてよく聞こえない言い訳をもごもご口ごもっている。

ヤバい。これはヤバい。過去の悪夢が脳内を吹き荒れたり突き破ったり。あの地獄の宴再びとか死んでも勘弁だった。

チラリとカイルに視線をやる。おい、助けてくれ。

カイルもヴァンの視線に気づいたのか頷きを一つ返し、フォローをすべくリューに話しかけるのだ。

「リュー。ヴァンは後で好きにしてもいいけど、これは本当にどういうことなんだ?」

「うおおぉぉぉおおおおい!!」

フォローのフの字もなかった。

リューもヴァンのことは綺麗サッパリ視界の外へ追いやり、首を横に振る。

「さぁ、私にもさっぱりです。そこの見習い二人なら説明できるんじゃないですか」

本当にサッパリだった。マジメに訳がわからなかった。

まぁアッシュが助かっているのならそれはそれでご都合だろうが奇跡だろうが気にはしないが。

「無視すんじゃねぇ!」

「おや、今話し合いたいのですか? せっかちな人ですね。いいですよ、ちょっとそこの木陰にでも」

「申し訳ありません」

ヴァンは深々と腰を折った。プライドで命は賄えないのだ。

「テオ、ロイ。説明しろ。これはどういうことだ」

驚愕を通り越してやっと冷静に戻ったらしい団長が、二人に命令する。

さっきからその説明をしようとしてたのだ。激昂して聞こうともしなかったくせに、何を澄ました顔でと思う二人は悪くないと思う。ぶすくれた表情になるくらいは仕方がないというものだった。

「何か文句でもあるのか?」

あぁん? と睨み付けられれば二人には逆らえないのだ。

「「いえ滅相も。説明させていただきます」」

そしてようやく話し合いの場がやってきた。



***



解呪呪文シャナクッ!」

結果を最初に言えば、これがビンゴだった。キアは確かな手ごたえを感じ、ようやく安堵の息を吐くことが出来た。

橙の光に包まれて、アッシュの顔色がみるみるうちに安らかなものになっていく。

「アッシュぅ……よ゛が゛った゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」

「むっぎゅ」

安堵のあまり手加減なしでアッシュを抱きこむロイ。や、さすがにその体格差でさっきまで死に掛けていた子供をマッチョメンが力の限り抱きしめたら逝くんじゃないか?

あ、アッシュの手が痙攣しだしてきた。

「おいロイ。お前トドメでも刺す気なのか?」

「はッ!? うわぁアッシュ! 死ぬな、死ぬんじゃねぇ!!」

「……ふぅ」

結局意識を失ってしまったアッシュをこんどは力の限り揺さぶり、本当にトドメを刺す前にテオが拳で持って鎮める羽目になったのだった。







「……余計な魔力使った」

結局その後、アッシュの減った体力(2割くらいはロイのせいだと思う)を回復させるためにベホイミをかけ、念のためホイミまでかけ、起こすのにザメハまで使う羽目になった。

少し離れたところで殺されそうになったアッシュがロイに制裁を加えている。

「イッテ、痛い痛いトテモ痛いですアッシュさん、そろそろ止め痛いすっげ痛いから!」

「痛くしてるの! 全然反省してないじゃないかー!」

正座させた兄を木の棒で容赦なく滅多打ちにする弟。子供の力でもアレはさすがに痛いようだった。というかなかなか過激なことをする兄弟だ。実に良く似ている。

ああでも、あの後ロイさんの怪我治すの私なんだろうなぁ。

少し遠い目に。

まぁなんにしろ、なんとかなって本当によかった。

「……キア」

来たコレ。

やっぱりこのまま何事もなかったかのように次へ進むとかいう選択肢はないようだった。チッ。

さっきまでアッシュのことでいっぱいいっぱいだったテオだったが、冷静になってやっぱり疑問に思ったらしい。

「キア、呪文使えたんだな。どうして隠していた?」

ここで寂しそうな表情だったり怒った表情だったりしたら、キアの罪悪感とかモロモロをグサグサして話がスローペースになっていたわけだが。

幸か不幸か全然気にしてなさそうだった。首を傾げてねぇなんで? と心底不思議そうな顔してやがるのだ。実際キアの心情についてまったく頓着していなかった。もっと正確に言うならそこまで考えられるほど頭が良くなかった。

これがリューとかなら察して「それも当然ですよ」とか言うだろうし、フラウとかなら「キアちゃん、私たちのこと信用できなかった……?」とか心底悲しそーな顔してキアの良心に痛恨の一撃を与えていたのだろう。

それを考えればテオというのは予行演習にちょうどいいのではなかろうか。絶対なんも考えてなさそうだし。

さて、ここでどう言うべきか。キアは首を傾げるロイに向かい合いながら脳みそをフル回転させる。

全てはしょって「貴方達が信用ならなかったからです、テヘ」とか言う。

却下すぎる。突き詰めればそういうことになるわけだが、いくらなんでもコレはない。

嘘ついて「土壇場に眠っていた力が覚醒したんです。私すげぇー」とかどうだ。

また却下。いや、テオとかロイに限ってはアリか? いやいや、やっぱない。いくら二人でもこれはない。……ないはずだ。

それにたとえココは誤魔化せたとしても、他の団員に今の言い訳が通じると? いや、通じたフリはするかもしれないが、絶対シコリが残る。そもそもまた嘘つくとか今度こそ自分の良心が死んでしまう。

結局キアがとった選択肢は、

「皆さんが揃った時にお話します」

後回しだった。

や、別に嫌なことを先延ばしにしたわけではない。実際ほら、アレだほら、2回も説明すんのメンドクサイじゃん? だからこれは決して先延ばしではないのだ。効率的なやり方をとっただけなのだ。

「そうか、わかった」

幸いというかなんというか、テオはそれで納得したようだ。

「それよりも」

キアは思う。今はもっとやらなければいけないことがあるのだ。

「それよりも、みんなと合流しましょう? 私の呪文なら、あの呪文を無効化できます」

今度こそ、皆の役に立つのだ。恩返しするのだ。やったことないから絶対とは言えないが、呪文自体を跳ね返すことが出来るハズ。出来なくとも治すことは出来るのだ。

……もうお荷物な自分はイヤだった。

「たしかにそうだな。急ごう、親父達なら無事だろうが、やはり心配だしな」

まだジャレあっている兄弟に事情を説明し、アッシュやロイからお礼を言われつつ、キアたちは来た道を戻る。

キアは途中まで自分で走ったが、結局速度に着いていけずにテオに抱っこされたのはまぁ仕方がないというか。

ちなみにアッシュは最初からロイの腕の中だった。ロイが問答無用で抱き上げたからだ。アッシュは大層不満そうだったが、ついていけないのは目に見えていたので何も言わなかった。代わりに拳骨一発入れていたが。

とにかく一刻も早く合流を。

テオとロイはほぼ全速で駆けていた。



***



「後は親父達に合流して今に至る」

以上、説明終わり。

そして当然のように沈黙が訪れる。全員の視線がキアに向くわけだ。

すげぇ居た堪れなかった。突き刺さる視線視線視線の嵐。視線で人を射抜けたら今頃キアは穴だらけだ。

「嘘……じゃないよな?」

やはり信じられないのか、カイルがどこか戸惑ったように言う。しかし同時に信じてもいた。だってアッシュがこんなにピンピンしているからだ。

「嘘じゃないよ! キアちゃん凄かったんだから!!」

なぜかアッシュが胸を張っていたが、それはいいとして。

「………ぇない」

聞こえないほど小さな声でリューは呟いた。普段何が起ころうとも冷静で表情を崩さないリューが呆然としていた。まるで何か信じられないものを見る目でキアを見ていた。

「リュー何か言ったか?」

辛うじて隣に居たカイルだけがその声を微かに聞き取れたらしい。

「ありえない、と言ったんです」

カイルの問いに、今度はしっかりとした声で言った。キアを見つめる目は呆然としたものから怒りすら感じるものに変わっている。

ビクリとキアは身を竦ませる。まさかここまで全否定で怒りを向けられるのは流石に予想外だったらしい。完全にリューの視線に怯えきってしまっていた。

「おい、リュー。どういうことだよ。俺たちは嘘なんざ吐いてないぞ」

「……」

テオとロイがキアを庇うように前にでて、リューの視線を遮る。テオは大丈夫だ、とでも言うようにキアの手を握ってやった。

キュ、と小さな力で握り返されるのを掌に感じる。

小さな手だ。幼い手だ。この手がアッシュを救ってくれたのだ。大事な恩人で、大切な妹だ。もう本当に家族同然なのだ。

なぜ同じ家族であるリューがキアにここまで苛烈な目を向けるのかは分からない。だがその視線は許せるものではなかった。

怒りを込めた視線が二対、リューに突き刺さる。

リューは一度目を瞑り、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。自分が激昂しているのは分かっていたし、ソレをキアに向けるのが筋違いというのも分かっていたからだ。

「……申し訳ありません、キア。少し、熱くなってしまいました」

再び開かれた目にはもう先ほどの激情の色はなかった。

「あの……リューさん」

「あなたは何も悪くない。全て私の未熟さが原因です。本当に申し訳ありません」

視線でテオとロイに退いてもらい、リューは膝を突いてキアに視線を合わせる。そして深く深く謝罪するのだ。

「いえ、あの……すいませんでした」

「何を謝るのです。悪いのは私だと言ったでしょう?」

戸惑い、どうすればいいのか分からず謝るキアに、リューは微笑みながらそう答えた。

いきなり緊迫した空気に何事かと見守っていた団員達も、その様子にようやく息を吐いた。

「しかしリュー。お前があそこまで激昂した理由はなんだ? たしかに俺たちは呪文のことについては門外漢だが、そんなに不味いことなのか?」

団長の問いにリューが答えようとしたその時、

「おい、ヤツ等追いついてきやがったぜ!」

その卓越した目で見張りをしていたヴァンの声が。

事態は再び緊迫した空気を纏い始めた。




※解呪呪文<シャナク>※
魔力による汚染を解除する治癒系回復呪文。
淡い橙の光をしており、呪怨系の呪文はコレか聖水でないと治せない。
物品に染み付いた呪いをかき消す効果もある。



@@@

( Д)  ゜゜  『感想数29』

えぇぇぇえええぇぇええええええ!!
一話で感想数29!?

ともかく皆さんたくさんのご感想ありがとうございます! こんなにたくさんの感想をいただけて、私は幸せ者です。
さすがにこの数に一つ一つ返信するのは無理がありますので、今回のレスはこの一括で勘弁してくださいな……
でも全部全部読ませていただいています。これらの感想は全て糧へと変えて、更新という形で皆様にお返ししたいと思います。

さて、前回私が気づいた矛盾への対応策として、たくさんの書き込みがありました。
中でも多かったのが「ザキという呪文の性質上、声が聞こえる」というものと「キアは呪文をザキと見破ることができる」というものでしたね。
もっと細かく分類されていましたが、大きくまとめてしまうとこのようになるかな? そのほかにも色々なご意見がたくさんありました。
皆さん貴重なご意見ありがとうございました。
コレを参考に、矛盾なく物語を進められるようにやってみます!
今まで投稿した分のほうで改定が必要になるかもしれませんが、それをやるにしろ一段落着いてから行いたいと思います。


次回更新ですが、さすがに明日は無理そうです。時間的にどう考えても厳しすぎる。せめて明後日までには投稿できるようにしたいと思います。
奇跡が起きれば明日いけるかもしれませんが……起きないから奇跡と(ry




[9162] 第14話 「選択」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:44


第14話 「選択」



「ヴァン、ヤツ等と言ったな。敵は複数なのか?」

団長の問いに、ヴァンは眉を顰めながら忌々しそうに頷く。

「数はさっきと比べりゃ全然少ねぇけど、いるな。しかもありゃゾンビじゃなくて骨だぜ骨。とりあえずかなり離れてるし、移動も遅いから数分くらい猶予はありそうだな」

「骨……か。先ほどの腐った死体よりも上位の敵と見たほうがいいな」

「おそらく、死霊の騎士と呼ばれるモンスターでしょう。死霊使いが己の力を注いで作り上げる不死系モンスター。接近戦に弱い自分を守るための盾。さきほどの腐った死体のように楽勝とまではいかないでしょう」

団長の呟きにリューが補足を入れる。実際問題くさった死体と比べるとその実力は圧倒的だった。

しかし、その事実に対して緊張した団員は皆無だった。むしろフラウとかあきらかにホっとした顔してるし。

弱いゾンビよりも強い骨。なぜなら腐った肉がついていないからだ。返り血(?)が飛んでこないからだ。異臭がないからだ。

もうそれだけで全て許せる気になっていたフラウさんだった。

死霊の騎士というのは動きが鈍い腐った死体に比べ、余計なモノがないせいかやたら身軽だ。しかも武器まで使うし、筋肉ないくせにやたら力持ちだ。しかもしかも骨だけあって矢のような面積の小さい攻撃は非常に効きづらい。まぁそれでもヴァンならば距離さえ適正ならばなんとでもするのだろうが。

「あの時特攻しなくて本当によかったわね……」

とはフラウの言だ。

実際、あの時犠牲覚悟で突っ込んだりなんかしたら、思わぬ伏兵にやられていたかもしれない。いや、団長が居れば伏兵は伏兵足り得ないか。それでも気づいたときには反転出来なくなってただろうから、どちらにしろ危ないことには変わりなかった。

「ええ、ですがもう相手の呪文を恐れることはありません」

ですよね? とリューはキアに視線をやる。キアはリューの視線をしっかりと受け止め、頷いた。

「はい。あの呪文であれば、治す事は出来ます。怪我をしても私が責任を持って治します。死んでさえ居なければ、なんとかします」

そう言い切った小さな子供がなんとも頼もしいではないか。

「というわけで、今回は本当に気にせず突貫してくださって結構です。なんならテオやロイも一緒に突っ込んでもいいんじゃないんですか? 団長次第ですけど」

「「何ぃ!?」」

突然の爆弾発言にいきり立つバカ二人。

なにやらランランと期待の篭った目で団長を見つめだした。

「ちょっとリュー! 勝手なことを言わないでちょうだい。次の敵は最初の敵よりも強いのよ? 何かあったらどうするつもりなの!」

ずずいと身を乗り出し、フラウはそんなことは許しませんとばかりに猛る。その様子にバカ二人はやっぱダメかと萎みだすのだが、

「怪我したらキアに治して貰えばいいんじゃないですか?」

かるーく返されたリューの言葉にまた復活するバカ二人だった。

「で、でも……ほら、腕が吹っ飛ばされたりとか、一撃で心臓貫かれたとか、そこまででなくても動けなくなるような怪我でも負えば危ないじゃない」

縁起でもないことを。

「そこまで考えてしまうと、いつまでたっても戦場に立てませんよ。団長は彼らが最低限自分の命を守るくらいは出来ると判断したからこそ連れてきたのでしょう? そしてそれはフラウ、あなたも同じでは?」

そう言い返されると返す言葉がなくなってしまうのだが。とりあえず、ますますいきり立つバカどもを視線で睨み付けて牽制しておく。

ここまで反対するのはそりゃフラウが心配性だということもあるが、キアの治癒呪文とやらを完全に信用していなかったからだ。

ロイ、テオ、アッシュを除いて彼らは実際にキアの呪文を見ていない。目の当たりにした3人にしたって怪我を治す場面というのは見ていない。アッシュにボコされていたロイは結局怪我らしい怪我なんぞしちゃいなかったし。

ザキの効力を消し去るというのはアッシュという前例がいるので信用しているが、それ以外はまだ自分の目で確かめるまでは信じきれないでいた。

キアの頼もしい言葉があったとしても、やはり見た目はどう見ても小さな女の子。心配になるのも無理はないのかもしれない。

「ふむ、ではここはやはり団長に決めていただきましょうか。まぁ、私はどちらでも別に構いませんし」

本当にどっちに転んでも構わないと思っていた。さっきの言葉だって彼らが怪我すればキアの呪文を見られるかなー? というかなり鬼畜な考えの下出てきた言葉だったし。

もちろんテオとロイがどうなっても構わないと思っているわけではない。死霊の騎士というのはなかなかに手ごわい相手ではあるが、一応人型に分類され、攻撃方法も人の持つものとほぼ同じ。それならば散々訓練したのだから、勝てないにしろ死にはしないだろうというくらいは信用している。そしてキアの呪文についても信用していた。

常識で当てはめれば、キアが呪文を使えるということが一番信用ならないリューではある。だがアッシュを治したという前例もあるし、なによりあまりに荒唐無稽すぎて逆になんだか信用出来てしまったというかなんというか。まぁキアならこんな嘘はまず吐かないだろうという信頼の賜物である。

「うーむ……」

腕を組んで考え込む団長。彼の思考もほぼリューと同じだった。まず死にはしないだろうと思う。だがしかし。

リューと違って二人を信用していなかった。いや、出来れば団長だって二人を信用してやりたい。というか信用したい。信用させてくれマジで。

しかしである、リューと違って実際剣を交えている団長は二人の困った癖を良く知っていた。なんとコイツ等、勝負が膠着状態になると焦れて勝負に出やがるのである。戦いに大技なんぞほぼ使えないと口がすっぱくなるほど言い続け、拳が痛くなるほどシバいて修正しているというのに、未だに直らない。焦れたほうが負けだとあれほど、あれほど言っているというのにだ!

やっぱりヤメとこうかなぁと思う。

しかし。ここでもしかしである。

いつか戦場を経験させなければいけないのだ。あの困った癖も実戦で痛い目を見れば直るだろうし。直るはずだ。直ってくれマジで。

しかも今はキアがいる。怪我を治す治癒呪文が使えるというではないか。多少の怪我は織り込み済みでやらせるべきではないか?

いやでもやっぱり……

団長の思考は無限ループに陥るのだった。

「親父ッ!」「団長ッ!」

考えすぎて頭痛がしてきた団長に、やけに猛々しい叫びが響く。

むろんテオとロイだ。目にやる気の炎を灯し、その爛々と輝く瞳で団長を見詰める。いや、睨み付ける。

二人は見事に息をそろえて叫ぶのだ。

「「やらせてくれっ!!」」

団長はイヤそーな目で二人を見た。

「まぁ、やらせてやってもいいんじゃねぇ? 団長」

意外にも二人に味方したのはヴァンだった。一瞬驚いた表情をした三人だったが、ゼノスは困惑を、テオとロイは嬉しそうな顔に変わる。

「ヴァン……しかしだな」

「俺も二人を見張っとくし、それなら最悪は回避できんだろ?」

ふむ。

たしかにヴァンが後ろから見張っていてくれれば安心だ。ヴァン自身も矢の本数が残り少ないので乱発できない分、戦力として活躍できないと分かっていての発言だった。

チラリ、とオラワクワクしてきたぞ! と言いたげな二人に目をやり、ハァと深くため息を吐いた。

「無理に敵を倒すことに集中しないこと。自分の身を守ることを最優先にすること。回りの団員の邪魔にならないこと。これを約束できるか、二人とも?」

「「おう!!」」

元気の良すぎる返事にやっぱり不安が残る団長だが、結局二人の参加を認めることにしたのだった。







「あの、リューさん」

くいくいと袖を引っ張りキアがリューに声を掛けた。これを聞いておかないと迂闊に使えない。以前からずっとずっと気になっていたことだった。

「マホカンタってどういう効果があるんですか?」

ビシリ、と音がした。いや実際していないが、リューの周りの空間がそんな音を立てたような。

「あ、あの……リューさん?」

先ほどの一件ですっかりリューに対して苦手意識というか、恐怖を刷り込まれてしまったらしい。またなんかマズいことでも言っただろうかと、キアは無意味に手をぶんぶんさせながらあぅあぅ言っていた。

「……いえ、初めて耳にする言葉ですね。それってやっぱり呪文ですか?」

なるべくキアを刺激しないようにという配慮はあるのだろう。声は優しかったが、引きつった表情までは隠せていなかった。

「あ、あのあの……は、ハイ」

リューは手で顔を覆い、天を仰いだ。あんまり肯定して欲しくなかった。

「キアさん、つかぬ事をお伺いします。そのマホカンタとやらをあなたは使えるわけですね? そしてその効果がイマイチよく分かっていない、と」

気を取り直して、リューは確認の意味も込めてキアに問いかけた。

「は、ハイ」

今度は答えを予想できた為か、リューは表面上一つ頷くだけに留められた。ポーカーフェイスは崩れていないはずだ。内心はどう思っているかはともかく。

「い、一応どういう効果なのかの予測はついてます。おそらく呪文の反射。でも実際やったことないし、いきなり使ってもし違ってたらすごく危ないから、リューさんが知ってたらなぁ……なんて」

キアが把握しているのは、マホカンタという呪文が結界系の呪文だということだけだった。

目に見えない球状の魔力の結界を構築する。普通に物理的なものを通過するので、おそらくキアの予想している効果と相違ないに違いない。

しかし今までが今までだったので完全に信用するわけにもいかなかった。命掛かってるし。

今回は反射できたらめっけもんくらいの気持ちでいたほうがいいっぽいなコレ。

一方、リューは荒れ狂う感情の波を制御するのに一杯一杯だった。

呪文反射て。どう考えても禁呪指定くらう呪文だ。呪文を使う者達がその優位を根底から覆すような呪文を認めるハズがない。絶対なかったことにするか、自分たちだけでその呪文を独占するだろう。伝えるなんてとんでもない。

というか呪文反射って失伝した呪文の一つだった気がするんだが気のせいか。

全てが終わった後、キアとはみっちり話し合わなくてはなるまい。

「団長ー!」

団長の下へテコテコ走っていくキアの後姿に、リューは厳しい視線を送りそうな自分と戦っていた。







「団長、というか皆さんに聞きたいことがあるんですけど」

考えこみながら呼びかけられた団長と団員達がなんだなんだとキアに視線を寄せる。

「防御力の強化、身体能力の強化、神経の強化、どれが一番いいですか?」

意味が分からなかった。後ろでリューがなんだか固まっていたが、一番後ろにいたせいでそれに気づいた人は皆無だ。

「キア、意味がわからん。詳しく説明してくれんか?」

団長の問いに、キアは失敗したとばかりに眉をハの字にする。そりゃいきなりじゃ意味わからなくて当然だよな。

「これから戦うにあたって、皆さんに補助呪文を掛けようと思うのですが、補助呪文って重複……他の物と一緒に掛けられないんです。ですので、防御力を高める呪文か、身体能力を高める呪文か、神経……この場合集中力の強化かな。この3つのうちどれを掛けたほうがいいのか教えて欲しいんです」

「キアちゃん、そんなことまで出来るの……」

ほぅ、とフラウがため息を吐く。

実は魔法抵抗を高めるっぽい呪文もあるのだが、例によって試したことがない。ザキに効くかどうかカナリ怪しい。今回は不確定なものではなく、確実性を取っていきたいと思う。今これ以上リューさんに問うのはなんか怖いし。時間もかなり押してるっぽい。

「はい。で、皆さんどれがいいですか?」

団員は各々考え込むのだ。

「なら、俺は身体能力の強化をお願いできるか?」

最初に結論を出したのはカイルだった。

自分の腕ならば敵の攻撃を捌ききる自信があった。集中力の強化というのはイマイチよく分からないし、それならば身体能力の向上が一番だと思ったのだ。

「なら、私もそれをお願いするわ」

フラウもカイルと同じ思考に逢着する。

「じゃあ俺は集中力の向上とやらで」

前に出ないので防御や身体能力はあまり関係ないヴァンが、よくわからないが集中力の強化を選ぶ。

「……私も集中力の向上を。キア、その呪文はピオラですよね?」

確認の言葉を投げるリューにキアは頷く。

色々問いただしたくなる衝動がリューを襲う。落ち着け自分。後で目一杯問いただせばいいのだから、この場は我慢だ我慢。

「キア、俺もフラウやカイルと同じものを頼む」

団長も身体能力の向上。やっぱ前衛に出る以上はソレが一番っぽい。この様子だとロイとテオも同じものを選びそうだ。

「じゃあ俺は」

「お前達は防御の向上だ」

ロイの言葉をばっさり遮り、異議は認めんと言い切る団長。

「ちょ、だんちょー横暴っすよ!」

「いや、俺は別にそれでもいいが」

「なんだとこの裏切り者ー!」

ロイがなにやらぎゃーぎゃー喚いているが、団長からしてみれば当然の選択だった。

自分やフラウ、カイルであれば向上した能力に振り回されずに戦えるだろう。だがこの未熟者達は普段出来ない動きが出来るようになったとたん調子に乗りそうだ。

防御の向上というのがどれほどのものかは知らないが、多少たりともこの二人の危険性を減らせるなら非常に助かる。主に団長の胃あたりが。

「それで頼む、キア」

抗議をまるっと無視して、団長はキアに告げた。

キアは苦笑しながら団長の言葉に頷くのだった。



@@@
前回シャナクについての説明がなかったので、修正して付け足して起きました。ついでに修正もこっそりと。





[9162] 第15話 「守りの力」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:45


精神強化呪文ピオラッ!」

キアの呪文と共に、青色の波動がリューとヴァンの二人を包む。

「ん~、なんか変わったのかコレ?」

特別何も変わったように見えねぇ。

ヴァンは自分の体をペタペタ触りながら、呪文によって強化されたはずの自身を確認する。団長、フラウ、カイルの3人は身体強化呪文を受け、その効果を肌で感じ取ることができたらしいのに、なんだかズルい。

「まぁ戦闘が始まればイヤでもその効果を体感できますよ」

自身の中にある魔力を操作しながら、不貞腐れるヴァンにリューは静かにそう言った。リューはこの呪文の効果の高さを知識として知っていた。

ピオラ……精神強化の呪文。

より正確に言うなら、神経系を強化することによる集中力の向上が、この呪文の大きな特徴だ。

前に出る前衛には切りあう際の体感時間を長くしたり、術師には魔力の操作性能の向上と消費の低減、弓兵には命中率や射程の向上などの効果を与える。

体感してみて分かった。これは反則だ。何時もとは比べ物にならないほど、自身の中の魔力を感じ取ることが出来る。

惜しむらくは、すでにかなりの魔力を使ってしまっていてあまり余力がないことか。

一方、団長たち3名もそれぞれの武器をぶんぶん振り回して、ピオリムの効果の高さを実感していた。

「すごい……まるで槍が羽のように軽く感じる」

ヒュンヒュンと槍を回転させたり、型をなぞったりして効果を実感していたカイルがそう呟いた。

明らかに力が上がっている。

カイルは武術による筋力向上があまり得意ではなかった。もちろん出来ないわけではないのだが、団長やフラウに比べるとどうしても劣っているというのを理解している。代わりに彼が他の追随を許さないのはそのスタミナだった。

自己回復力が高いというか、彼は恐ろしいほどタフだ。訓練の時はそのタフさゆえ、他の団員よりも長く修練を積める。剣や斧よりも高い技術を必要とする槍を彼が選択したのは実に正しい。団長を万能型、フラウをパワー型だとすれば、カイルは技術型であった。

「ちぇっ、俺も身体の強化がよかったなぁ」

ぶんぶん獲物を振り回す3人を尻目に、ロイは腕をコンコン叩きながら愚痴った。

ロイとテオが掛けられた呪文は硬殻呪文と言われる防御向上の呪文だ。や、別にコレも悪くはない。

うっすらと全身を覆う薄い桃色の光。肌の色と相まって非常に見辛いが、他の二つの呪文と違い効果が目に見える。物理的な意味で。

自分の腕を触ってみても感触がない。皮膚の上にすんごい薄い膜があって、軽く叩くとなんか硬質な感触がするのだ。よーするにこの呪文、重さのない重武装を着ているのと同じようなものなのだろう。

でもなんだかすっげぇ頼りなかった。本当に大丈夫なんかコレ。

「お、敵の動きが止まったぜ。射程距離に入ったみてぇだな」

ヴァンの声にそれぞれが武器を構え、戦闘態勢に移行する。

「いいな皆、作戦通りに行動しろ」

団長の命令に、団員達は一斉に頷いたのだった。




第15話 「守りの力」




敵の射程距離内に入ったと言うのに、団員達はこともあろうに歩きながら進軍を開始した。やや早足ぎみではあるが、この状況で走らずに歩くのはもちろん理由がある。

第一に、キアやアッシュを放置しないため。特にキアとの距離を開けすぎないようにするためだった。

聞いた話だとキアの解呪呪文は相手に触れる必要があるそうだ。なるべくキアとの距離は近いほうが望ましい。だが敵をキアに近づけさせすぎるわけにもいかない。故に今回は敵がザキの呪文を使ってくるまでは徒歩で、それ以降は前衛、後衛と別れて前衛は突撃するのだ。

そして第二に、キアの要請のため。なんでも敵の呪文を反射か防ぐことが出来るかもしれないとのこと。いざとなれば治療できるわけだし、それなら試してみようと言うことになったわけである。

故に敵の呪文を誘うためにも、こうして歩いて近づくということになるわけだ。

「皆、止まってください」

そして皆でトコトコ歩き、そろそろ敵との距離が300に近づいてきたかなーという頃合。キアの静止の言葉に団員全員が一斉にその場に立ち止まる。

集中していたからか、キアは前回と違い、明確に感じ取ることが出来ていた。肌にまとわりつくような他人の魔力を。

これはおそらく、呪文発動の前段階。ピオラで集中力が増したリューも感じているかもしれない。とゆーか何故前回気づかなかったのか自分。や、分かってる。リューさんの正体が呪文使いということにボーゼンとしてたからだ。振り返りたくない過去だった。

キアはアッシュの手を引いて急いで元来た道を下がり、その魔力の範囲から抜け出した。別に他の皆を見捨てたとかそういう話ではない。

今回の作戦で一番重要なのはキアの解呪呪文だ。その解呪呪文を使うキアが万が一、戦闘不能にでも陥れば悪くて全滅なんていう憂き目に会う。アッシュがすぐに意識を落としたことを踏まえ、子供の体力では意識を保つのが難しいというのが団員達の総意だった。

まぁ、この呪文が予想通りの効果さえ発揮してくれたら、解呪呪文使わないで済むんだけども。

若干不安になりながらもソレを顔には出さず、キアは両手を上にあげながら声高らかに叫ぶのだ。

反射結界呪文マホカンタッ!」

起点を自分に設定し、球状の魔力の結界を構築する。もちろん範囲は団員全員が入るくらいだ。

結界が構築された瞬間、リューは充満していた敵の魔力がなくなるのを感じた。

(これは……成功したようですね。最悪でも呪文の影響下に入ることはなさそうです)

リューの考えは正しかった。

そして次の瞬間、敵の呪文が発動する。ただし、自分達の周りではなく敵のど真ン中でだ。暗くて分かりづらいが、黒い靄がもわんと発生した。

マホカンタはキアの知識通りの効果を発揮していた。

さて、ここでキアも知らない呪文のあり方について少し説明したいと思う。

そもそも呪文とはその言霊により、自身の魔力を一定の性質を持ったものに変化させるモノのことを言う。術者が出来るのはその効果範囲や呪文の発動起点、威力などを設定することくらいだ。

今回はこの発動起点に重点を置いて説明する。

呪文というのは大別して二つに分けられる。空間指定呪文と無指定呪文だ。前者はザキやイオラ、後者はホイミやイオ等が上げられる。まぁ例外もあるのだが、ソレは今回割愛しておく。

簡単に言えば、空間指定呪文とは離れた場所に直接呪文を発動させるもの。無指定呪文とは自分の体から直接呪文を発動させるもの。

無指定呪文は分かりやすいだろう。自分の魔力を自分の体から直接発動させるだけだ。だが空間指定はどうやって離れた場所に呪文を発動させられるのか?

答えは簡単。実は呪文が発動するだけの魔力を先に指定した空間に送っているのだ。

魔力を火薬、呪文の効果が爆発、着火が呪文を唱える事と考えれば分かりやすいのではないだろうか。イオラとかまんまだし。

つまり先に目に見えない火薬を設置し、導火線を通して呪文を発動させるわけだ。

故に魔力に敏感な者は、呪文が発動する前に察知出来るのだ。

今回キアが使ったマホカンタという呪文。この呪文の特性は、この一連の流れを利用したものである。

掻い摘んで説明するなら、マホカンタというのはその結界に触れた相手の魔力を、呪文が発動すると同時に術者に送り返す呪文。呪い返しのようなものと考えれば分かりやすいだろう。

発動直後、起点の魔力を魔力の紐を通して敵に丸々送り返す。これがマホカンタという呪文の正体だった。

気をつけなければいけないのが、反射するには発動前の魔力が結界に触れていなければいけないということ。イオのような自分の掌から発動させる類の無指定呪文は、敵にそのまま返すということは出来ない。魔力の紐が通っていないからだ。その場合は結界に触れた呪文をあらぬ方向へ弾くという防御結界に早変わりする。

また、マホカンタの結界内での呪文の行使は、マホカンタの影響を受けないというのも忘れてはならない点だろう。この結界、外の魔力は弾くが内からの魔力はスルーするのだ。

故に今回のような呪文使いが相手の場合、ほぼ無敵の攻性城砦を作るに等しかった。

キアの手持ちの呪文の中でも、トップクラスでチートな呪文なのはもはや疑う余地もない。

そんな原理は露知らず、呪文を返した確かな手ごたえを感じたキアは一人ガッツポーズを取っていた。

「よくやったキア! 総員、突撃ー!!」

団長の猛々しい叫びと共に、後衛であるヴァンとリュー以外の団員が敵に向かって飛び出していく。

キアの仕事は一段落着いた。あとは団員達のお仕事だった。







残念ながら、反射したザキは敵には効いていないようだった。まぁ当たり前だ、不死系にソレ系統の呪文なんぞ効くわけもない。

若干期待していた団員達だが、元気に襲い掛かってくる敵に思考を切り替えた。それぞれ武器を持って相対する。

それにしても、とカイルは思う。何故キアはコレだけの呪文が使えるのを今の今まで黙っていたのだろう。

死霊の騎士の斬撃を槍の柄で受け止め、そのまま受け流しつつ円を描くように穂先で敵の頭部を破壊する。ガシャン、と崩れ落ちる骨。

戦いに集中しなくてはならないのだが、あまりに身体が軽くて余裕が出来たためか、カイルはそんなことを考えながら戦っていた。

呪文使いが少ないというのは理解している。治癒呪文の使い手はさらに少ないというのも理解している。おそらく一番簡単に考えた場合、自分達を警戒したといったところだろうか。

この技能が傭兵にとって喉から手が出るほど欲しい技能だというのは分かると思う。キアはあの歳にしては考えられないほど頭が回るし。というより、冷静に物事を考える。そのくらいはすぐに気づいたはずだ。

出会ってすぐ言い出さないというのは分かる。傭兵団なんて本当にピンキリだ。ほとんど山賊まがいのような所もある以上、迂闊に自分の情報は渡せない。キアがそう考えるのも自明だろう。

だがしかし、すでにキアがウチの傭兵団に属するようになって数ヶ月経つ。こう言っては何だが、ウチほどお人よしが集まった傭兵団なぞちょっとないだろう。自分にしたってキアをすでに身内だと思っているし、キアもまたそう思ってくれているハズだ。……思ってくれてるよな? ちょっとソコは信じたい。

となると、キアがアッシュが倒れるという事態になるまで執拗に隠していた理由とは何なのか?

カイルは槍をぶん回しながら考え込むのだ。

まさかカイルも思うまい。キアが今まで話さなかった理由が単に言い出しづらくてズルズル伸びてただけなんて。普段の丁寧な物腰の、落ち着いた雰囲気を持つキアからは想像しづらいだろうが、彼女は内心ではとってもヘタレさんなのだ。

そしてカイルは考えがまとまる前に、戦闘が終わったことを知る。目の前で団長の大剣で一刀両断にされる死霊使いが目に入ったからだ。気がつけば周りの敵はすでに一掃されていたり。

や、違った。一掃されてない。

テオとロイがご丁寧に死霊の騎士を一体ずつ抱え込んでいた。

どうやら戦闘は延長戦に入るらしい。

カイルは槍を地面に突き刺し、観戦モードに入った。フラウと団長も武器こそ手放していないが、どうやらあの2体の死霊の騎士は新米二人に任せるつもりのようだ。

さて、あの二人。どこまで善戦するかな……?

団員達は期待の篭った視線で二人の戦いを見守ることにした。



「ぬぉぉおおおおおおお!!」

斜めから振り下ろされる剣を、ロイは辛うじて斧で受け止める。ガギンという音と共に手首に衝撃が走った。

(ちぃッ、骨の癖になんつー力だよ!)

ぶっちゃけ力負けしていた。

他の団員達があまりにアッサリと片付けるので錯覚しがちだが、死霊の騎士はそこらの人間が太刀打ちできるレベルのモンスターではない。あたりまえだ、そもそも死霊の騎士とは死霊使いを守る盾。その性質上対複数が前提になるモンスターである。武器の扱いを覚え、武術を会得し、そして初めてこのモンスターと同じ舞台に立てるのだ。

曲がりなりにも打ち合えているのは、ヴァンとリューが一対一になるように手を出してくれているからだ。全神経を目の前の一体だけに集中出来るからこそ、なんとかなっている。そしてそれはロイだけではなく、むろんテオも同じだった。

団員との訓練では決して味わえない本物の殺気に晒されて、体力が急激に消耗していく。確実に急所を全力で狙ってくる相手に対して少しでも遅れるようなことがあれば……その考えは恐怖を生み出し、二人の気づかないうちに余計な力を込めさせている。

ぶっちゃけ防御を度外視した大技とか絶対ムリだった。めっちゃ怖いコレ。めっちゃ怖いコレ。

団長が二人の心境を聞いたなら、その恐怖こそが大事なのだと説くだろう。しかし現実には団長は厳しい目で二人を見守っているだけであり、肝心の二人も他に意識を向けている余裕なんぞ1ミクロンもないわけで。

とにかく、なんとか一撃を。そう思いテオは手にした剣で相手の剣に強撃を与える。

「あ、バカ!」

思わず口が出たフラウ。

そもそも今二人が使っているのは銀製の武器だ。鉄製に比べ、銀というのは柔らかい。技でもって相対せねばならないのに、力任せの攻撃なんぞ論外だった。特にテオは剣なのだ。耐久性は斧や槍に比べて遥かに低い。

案の定剣はその衝撃に耐えられず、わずかに歪んでしまった。ぽっきり折れなかっただけマシな結果ではあったが、マズイことには代わりない。

「……あのバカ。悪い癖がでやがった」

苦々しげに団長が呻く。

一度歪んだ剣の耐久力なんぞ実戦で使えるものではない。

これは、そろそろ手を出したほうがいいか……? 団長が大剣をいつでも振るえるように手に軽く力を込める。

一方、実際にやっちまったテオだが……

見事に混乱していた。強撃を与えたのに結局攻め込めるほどの隙は出来ず、しかも自分の武器に致命的なダメージ。そりゃ混乱もするだろう。

そして敵が剣を振りかぶった瞬間、テオの思考は停止した。そしてテオの本能は何を思ったのか、自分の体に突撃の命令を出しくさりやがったのだ。

「あぁぁぁぁあああぁぁああああ!!」

全体重を乗せた刺突。防御もへったくれもなかった。

まさか団長たちもこの状況でそんな行動を取るとは思っても見ず、一瞬行動が止まってしまう。そしてこの場合、その一瞬が致命的だった。

テオの頭に剣が叩きつけられるのと、テオの剣が敵の頭蓋に穴を開けたのはほぼ同時だった。

ガシャン、と崩れ落ちる骨。ついでにバキンと折れる銀の剣。一本2300Gが灰となった瞬間であった。

「ててててテオぉぉおおおおおおおおッ!? 無事かぁぁあああああああああああああああああ!?」

団長ご乱心。

あわててテオに近づくのだが、テオはといえば頭から血を流してはいたが倒れることもなく、目をぱちくりさせているだけで全然平気そーだった。

額に流れる血を手で拭い一言。

「あ、血」

「あ、血。じゃねぇこのヴァカ息子がぁぁぁああああああああああ!!」

心配でぶっ飛んでいったハズの団長だったが、そのあんまりといえばあんまりな態度に思わず息子をぶっ飛ばしてしまう。

一瞬ヤっちまった!? という思いが湧き上がり、その次に拳に返ってきた感触に納得して安堵した。

硬い金属でもブン殴った感触だった。そういえばテオとロイにはキアの防御強化の呪文が掛けられてたんだった。絶対死んだと思った息子が生きていたのは、偏にキアのお陰だったのだ。

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「にーちゃぁぁぁあああああああああああん!?」

後ろではロイがテオとおんなじよーなことをし、それにアッシュが悲鳴をあげる。が、やっぱりピンピンしていたロイに弟が正義の鉄槌を入れていた。

「えーと、団長。とりあえず、任務完了……ですよね?」

「……ああ」

こんなに疲れた依頼、初めてだ。

団長は心底深いふかーいため息を吐くのだった。





※精神強化呪文<ピオラ>※
青色の波動で対象の精神を強化する強化系支援呪文。
精神と銘打っているが、実際は集中力や思考加速を促す効果である。
対象者は深い集中状態を維持できるようになり、自身の体感時間を引き延ばせる。
呪文の発動時間短縮や消費軽減。戦闘中の精神疲労の低減。1段階高い高速戦闘や
弓などの遠距離攻撃の命中率の向上など、用途は幅広い。

※反射結界呪文<マホカンタ>※
目に見えない対呪文の結界を張る結界呪文。
離れた場所で発生させる類の呪文はそのまま相手に跳ね返せるが、呪文自体が飛んでくる系統のものは結界で弾くだけ。
また、結界内部で発生した魔力は結界をスルーする。



@@@
当初の予定ではもっと短い話数でこのパートは終わるはずだったのに、なぜにこんなに長くなったのか。
そして長くなっているのに戦闘シーンの短いこと短いこと。

そして前話の修正を行いました。といっても行間調節しただけですが……
やっぱり違和感あったよーというご意見もあったし、自分でもそう思うからサクサクっとぷち修正です。




[9162] 第16話 「話し合いに似たナニカ」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:45


「さてキア。じーーーーーーっくりとお話しましょうか」

にっこり笑顔でそうのたまうリューにキアは戦慄を禁じえなかった。

団長をもってして「アレほどいろんな意味で疲れた依頼は初めてだ」と言わせた夜を超えて迎えた朝。いや、砦に着いたのが夜も明けようという時だったから今は昼であるが。

反省会というか反省させる会は翌朝に持ち越しとなり、リューの尋問も持ち越しとなり、現在あり合わせで作ったお昼ご飯という名の朝御飯を皆で食べた後のことだった。

超不意打ちだった。食後のお茶を噴出すかと思った。

「え、えーと……ご、ごめんなさい」

「それは何に対しての謝罪ですか?」

リューは容赦がカケラもなかった。

「ちょっとリュー。あんまりキアちゃんをイジめないでちょうだい。可哀想に、震えてるじゃないの」

フラウはヨシヨシと震えるキアを慰める。フラウにしてもキアに聞きたいことはそりゃあるのだが、リューのように切羽詰ってなかった。むしろテオとロイのお仕置きのほうがどっちかというと彼女の優先順位は高い。

子猫のよーにプルプル震えるキアに対して、その魔王のような威圧感は正直どーよ。

一方、リューにしてみればもはや一刻も待てなかった。一晩待ち、食事を終えるまで待ったのだ。我ながらすげぇよく我慢したと思っている。

ゴホン、と一息いれて気を取り直す。

「とりあえず、質問形式でいきましょう。そのほうがキアも話しやすいでしょうし、いいですかキア?」

疑問系で聞いちゃいたが、笑ってない目が反論を許さないと言っていた。

もはやコクコク頷くしか出来ないキア。

「まず最初に聞きたいことはキア、あなたがどうして呪文を使えるのか、ということです」

色々と、そう色々と聞きたいことはあるが、まずはココからだった。




第16話 「話し合いに似たナニカ」




正直どうしてここまで厳しい顔をされるのかがキアには分からなかった。

キアが予想してたのはどうして今まで黙っていたの? という類のものでしかない。なんでオンドレ呪文使えんねんアぁあぁぁアン? とガン付けられるのは正直予想外すぎた。

なんだ、自分が呪文使えるのはそんなにマズいことなんか?

とりあえず正直に言ってみる。

「あの、気がついたら使えるように「嘘を吐くんじゃありません」」

嘘と断定されてしまった。

リューの笑顔が一段階進化する。

内心でヒィッと悲鳴をあげ、身体全部でヒィッと悲鳴をあげる。

「ヒィッ!」

口にも出てた。

もはやリューの笑顔がトラウマになっているキアの涙腺は大決壊。泣き声だけは出すまいと歯を食いしばる。

ぽろぽろ零れる涙に団員一同大慌て。

リューもさすがにこれでは話が進まないと、一度深呼吸して気持ちを落ち着ける。

「すみませんキア。怖がらせるつもりはないのですが……」

ホントかよ、とどこからともなく聞こえてきたがソレは無視するとして。

「私は本当のことが知りたいのです。いいですか、キア。先ほどのあなたの発言を嘘と断定した理由は主に2つあります」

リューは右手の人差し指を立てながら説明を行う。

「まず一つ目。呪文を使うためには次のことが必要です。まず自分の中にある魔力を認識出来ること。その魔力を操作できること。呪文を知っていること。このうち自分の魔力を認識するというのが曲者で、出来るようになるまでに通常5年の修行が必要といわれております。才能ある者であれば短縮も可能ですが、それにしたって限度がある。魔力の操作だってそう簡単なものではないですし」

魔力とは誰もが持つものである。目に見えないその力を認識しろというのは、自分の中に流れている血液がどのように流れているかを認識しろというのに等しい。

疲れたようにハァ、とため息を一度吐く。

リューが主に激昂したのはこの一つ目の理由にあった。見も蓋もなくぶっちゃけて言ってしまうと、原因は嫉妬だ。本当に見も蓋もない。

呪文使いになる方法は主に2つある。一つは呪文使いの弟子となり、師から直々に教わる方法。もう一つは世界を2分する大国家の一つ、魔法都市カルベローナへ留学して魔法学院で学ぶこと。リューは後者の呪文使いだった。

魔法学院にて周囲から天才とまで言われたリューにしたって、魔力を認識するのに約3年弱掛かった。それでも周囲はやれ天才が現れただのなんだのと騒がれるのだ。

キアの年齢から考えると、英才教育を受けたとしても早過ぎる。どう少なく見積もっても自分より格段に才能があるとしか思えない。

そんなことで嫉妬するなんて、自分もまだまだ若いですねぇと自重の笑みを漏らす。

「その歳で呪文を使えるというのは、呪文使いわたしたちから見れば異常すぎるんです。あなたが1000年に一人の天才だとしても、師もなしにいきなり使えると言われても信じられません」

リューは今度は右手中指を上げる。

「二つ目。先ほども言いましたが呪文を使えるということは、その呪文を知っていなければいけない。つまり、誰かから教わるか、呪文名の書かれた文献を読んだか、です。気がつけば使えるようになりました、ではありえないでしょう?」

リューの言うことはもっともだった。

そもそもにして、呪文名を記した書物は非常に数が少ないのだ。その数少ない書物さえ、学院の立ち入り禁止区域に保存されていて一般は読めない。読もうとするならば、カルベローナの軍か教会に属してのし上がる必要がある。

ぶっちゃけて言ってしまえば、カルベローナが呪文を独占しているのだ。

故にこの国家は保有する軍人は少ないながらも、世界最強と目されている。

「さぁキア。教えてください。あなたが呪文……失伝したはずの呪文さえも使えたその理由を」

真剣なリューの視線に、しかしキアはどう答えたらいいのか分からなかった。

だって嘘ついてないし。

ここはもうテキトーに信憑性のありそうな嘘を吐いておくか? いやしかし、できるなら嘘を吐きたくはなかった。自分のことだからついうっかり話に矛盾でも出てきそうだ。

悩んで悩んで、キアが出した結論は。

「リューさん。私は嘘を吐いていません。本当に、最初から使えたんです。呪文も、最初から知っていたんです」

それでも真実を話すことだった。

前世のことはあえて話さない。だって言い訳臭くなるから。というか前世でドラゴンクエストというゲームがあって、そのゲームの中で登場した魔法なんですよーとか。普通に頭沸いてる? と思われかねない。

ちょっとそれは勘弁して欲しい。

「リューさん……」

涙交じりの瞳でリューの目をじっと見詰める。私は嘘を吐いていない。どれだけ疑わしくとも、どれだけ信じてもらえなくても、それでも信じて貰えるように誠実を貫くしかないのだ。

キアは非常に自分に正直な人間だ。必要であれば嘘も平気で吐くし、演技だってする。表と裏の顔だってしっかり使い分ける。

でも、ここは安易な嘘に逃げたくなかった。ここで逃げたら、後は嘘のスパイラルがずっと続くのだ。たとえソレが取るに足らないものだとしても、つねに心の隅に引っかかるのは間違いない。そしてそれがずっと突き通せるものであるかどうかも怪しい。

それならば、自分に正直に誠実であるほうがいい。他人に嘘つきと呼ばれても、だ。

周りがなんと言おうとも、自分が自分を誠実だと納得できればいい。正しくキアは自分に正直な人間だったのだ。

場に沈黙が訪れる。

何秒、何分経ったのか、キアには分からない。ただただジッとリューの視線を受け止める。

もはや根競べと半ば意地になってきたキアだった。目ぇ逸らしたほうが負けなのだ。

じー。

「……はぁ。わかった、わかりました。キア、あなたは嘘を吐いていません」

深くふかーくため息をついて、リューは降参とばかりに両手を挙げた。

物理的に穴が開きそうな強烈な視線はなりを潜め、苦笑にも似た穏やかな表情に変化する。

「リューさん……?」

正直信じられん。

さきほどリューが話した内容を省みても、これで納得できるハズがないのだ。しかも相手はあのリューさんだぞ?

きっと容赦のカケラもなくなって、自分なんぞきっとプチッとヤられるに違いないのだ。殴られる覚悟まで決めていたというのに、いやにアッサリ納得するとは一体どういう了見なのか。

困惑というか疑惑の視線を向けるキアはきっと悪くないと思う。

「え、でもよリュー。お前の説明を聞いた後だとそれは……いや、ほらキアがウソ吐いてるって言ってるわけじゃねぇぞ? ホントだぞ? ただこれでリューが納得するのが納得できねぇっつーか、ありえねぇっつーか、今夜は嵐が」

「ヴァン、そのよく動く口にイオを突っ込んで口内を台風一過のようにしてあげましょうか」

「マジスンマセン」

二人の心温まるエピソードを間に交え、話は続いていくのだ。

「単純な話です。そもそも納得できそうなソレらしいことを言われても、私は信じなかったからです」

オイコラどういうことやねん。

ほとんど恐喝一歩手前まで脅しておいて、どんな理由を言われても信じなかったってそりゃあんたヒドすぎやしないか?

ちょっとどころじゃなく引いた団員達には目もくれず、マイペースに茶なんぞ啜りやがるリューの思考はキアにはさっぱり理解できなかった。おそらく理解できる者もいまい。

「もちろん理由があります。そもそもキアは呪文に関して無知すぎた。ちゃんとした教育を受けたならば、いきなり使えるようになりました、なんて絶対に言うはずがない。自分が言うことが荒唐無稽すぎると自分で分かりますからね」

いやまあ、たしかにその通りなのだが。

キアは複雑な心境にどんな顔をすればいいのやらトンと分からなかった。

「ということは、キアの言っていることは本当なのでしょう。それに……ひとつだけ、納得できるかもしれない理由もありますし……」

未だにどこか信じてないというか、半信半疑というか、そんな声色をしているリュー。

「その納得できるかもしれない理由っていうのはなんなんだ?」

テオの問いかけに、リューは一度目を瞑った。

キアの言うことは荒唐無稽だ。だがリューが思いついた理由もかなり荒唐無稽なのだ。だがこう考えれば辻褄があうのも本当で、でもやっぱりどこか信じ難くて。

「『神の愛し子』……そう考えれば辻褄が合います」

ぽつり、と呟くようにして放たれたリューの言葉。

その言葉の意味がわかったものは、残念ながら団員の中には一人も居なかった。



@@@

難産にもホドがあった……!!
今まで結構なペースで書いたせいか、全然筆が進みませんでした。まぁ忙しかったのもあったんですが。
そしてなにやら厨二臭い名称が出てしまいました。なんだか負けた気分です。
次話も話し合いは続きます。最悪次々話まで伸びそうな気配がするのがイヤー!
次はもちっと早めに更新できたらいい……な……





[9162] 第17話 「神の愛し子」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/03 03:46


第17話 「神の愛し子」




「『神の愛し子』……ですか?」

それはいったいなんじゃらほい?

首を傾げる団員一同だが、キアはなにやら若干イヤそーな顔をしていた。

ソレがどういうモノなのかは分からないが、なんだかひじょーに嫌な予感がする。

「簡単に言ってしまえば御伽噺ですよ」

リューは語る。

「呪文の始まりは精霊神ルビスが祖とされています。精霊ルビス伝説は知ってらっしゃる方も多いでしょう。今回その詳細は省きますが、その精霊神ルビスが人間に与えた力。それが呪文とされています」

まさかの精霊ルビス。

キアは今まで呪文以外でこの世界に"ドラゴンクエスト"を感じたことはあまりない。それは今自分が生きているこの世界が実に現実的な営みをしていることが一番の原因だ。またキアの育った村が辺境過ぎて情報が入ってこなかったのもある。

しかしここにきて精霊ルビス。なんだか逆に現実感が遠のいていくキアだった。

「ルビスは人間に呪文を伝える時、次の方法を取りました。生まれてくる前の人間の魂に呪文名を刻み込む。そうして生まれた子は、誰に教えられずとも呪文を使うことが出来ました。そうした"原初の呪文使い"たちが後世に残した呪文が、今私たちが使っているものだと言われています」

いやぁーな予感がぐんぐん大きくなってきた。キアの額から一筋の汗が滴り落ちる。

「そうした"原初の呪文使い"を精霊神ルビスから愛された子。"神の愛し子"と呼びます。まぁ単なる御伽噺ですので、実際にそうであるのかどうかは分かりません。どっちかというと神話の部類ですねコレは」

キアは机に突っ伏した。もうオチが読めた。

突っついてくるアッシュを手で制する。ちょっと放っておいてくれないか。

「ですがまぁ、そういう話があるのです。そしてキアは今お話した"神の愛し子"とそっくりだと思いませんか?」

突っ伏したキアの後頭部にグサグサ視線が刺さる。

違うんです。そんなご大層なもんでは断じてないんです。

ああでも、きっとここで違うんですと否定したところでどうにもならんのだろうなぁ。きっと否定すればするほど逆効果な気がムンムンする。

「……なんだか凄い話になってきたな」

ため息交じりでカイルがそう呟く。

キアからしても他からしてみても本当にスゴイ話になってきた。ベクトルは全然違うが。

「なんだか実感が沸かないわね……」

フラウの言葉に頷く団員一同。中にはよく分かっていない者もいたりしたがソレはさておいて。

「まぁ本当に問題なのはキアが"神の愛し子"であるかどうかではありません。いえ、それもある意味大問題ではあるのですが、今はそれ以上に片付けておかなければいけない問題があります」

コトンとカップを置いて、リューは常にない真剣な表情をした。

普段怒る時もからかう時も戦う時ですらも笑顔なリューがここまで真剣な表情をするのは珍しい。ヴァン曰く今夜は嵐なくらい珍しいのだ。

「キア」

真剣そーな顔をしたリューが、これまた真剣そうな声で名前を呼ぶのだ。

さすがに突っ伏しているわけにもいかず、キアは慌てて顔を上げて姿勢を正した。

誰かがゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえたりする。

「この傭兵団に留まりますか? それとも、出て行きますか?」

キアは言われたことが理解できなかった。真剣な顔のまま微動だにせず固まっている。キアの心象風景は正に混乱という名の大嵐であったが、外見は逆に凪にもほどがあった。

沈黙が場を走る。団員一同も目が点だ。

そして一拍後、リューの放った言葉の意味が脳内に染み渡る頃。

「ちょ、ちょっとリュー! いったいどういうことよ!?」

盛大に噴火した火山が一つ。名をフラウマウンテン。

バゴンッとテーブルがマジメに壊れるんじゃないかって力でぶっ叩きながらフラウは叫んだ。実際テーブルはメシリと破滅の音を奏で、団長が新たな出費を覚悟して遠い目になったりする。

「訳が分からないわ。一体全体何がどうなってそんな話になるのよ! さっきから黙って聞いてれば何、あなたキアちゃんに何か恨みでもあるわけ? あなたのことだからきっと理由があるのだろうと黙ってたけど、これ以上キアちゃんを追い詰めるようなことを言ってごらんなさい」

ぐしゃり。

何がぐしゃりってテーブルの縁がぐしゃりだった。厚さが軽く10センチはあるはずのテーブルが、握力だけでぐしゃり。

きっとフラウの発言の続きは「次はテメェの首がこうなるわよ」に相違あるまい。

すげぇ物騒な空気が漂っていた。キアなんかもう思考停止だ。リューにしてもさすがにコレだけの怒気つーかほとんど殺気じゃねぇコレ? ってなモンをぶつけられて額に汗が隠せていない。

「ちょっ、フラウさん落ち着「これが落ち着いていられるわけないでしょう!?」」

珍しく空気を読んだロイの発言は綺麗サッパリぶった切られた。

「落ち着けフラウ。リュー、それだけでは何がなんだか分からない。きちんと説明してくれるな?」

「……団長がそうおっしゃるなら」

まさに鶴の一声。噴火寸前つーかちょろっと噴火してた活火山をものの見事に鎮めたのは、やっぱりというかなんというか団長だった。

無駄に威厳たっぷりに放たれた団長の命令に、フラウはしぶしぶながら席についた。

「……俺って」

「ほら兄ちゃん落ち込まないでよ。ある意味いつものことでしょ」

テーブルの隅では縦線を背景にしたロイとトドメという名のフォローをするアッシュが。麗しい兄弟愛にテオがなんかウンウン頷いていた。テオの脳内は不思議に満ちている。

とりあえず先ほどの無差別広範囲型大噴火な空気はナリを潜めたが、やっぱりまだ怒りが収まらないフラウさん。彼女の視線はすんげぇ鋭いトゲとなってリューを滅多刺しにしている。

「言葉が足りませんでした。なぜあの発言になったかキチンと説明します」

このままではマジメに顔に穴が空くと思ったかどうかは知らないが、やけにすんなりとリューは説明を始めた。

「以前説明したことがあると思いますが、治癒系の呪文というのは使い手が非常に少ないのです。つまり引く手数多。こんな微妙に辺鄙なところにある貧乏傭兵団でなくとも、もっと稼げる所がありますし、都会で贅沢だってやろうと思えば出来ます」

「あぁ~なるほど。そういうことかよ」

キチンと聞いてみればなるほど、納得できる話だった。

リューは別にキアを疎ましく思っていたわけではない。そりゃちょっぴり嫉妬成分が入ったことは認めるが、別にキアが嫌いなわけでも憎いわけでもないのだ。

よくよく考えれば、リューが容赦ないのは前からであって、しかも親しくなればなるほど辛辣になるというまったく有り難くない友好度の上がり方をするのだった。デレツンとでも言えばいいのだろうか。

それを考えれば、逆にリューのキアへの友好度は上々なのだろう。たぶん。きっと。

「――たしかに。キアちゃんのことを考えればそっちの方がいいのかも……」

先ほどとはうって変わってしんみりした声でフラウがそう呟く。

アレだけリューに対して怒り爆発させた彼女だったが、リューの理由を聞いた後だとむしろ自分の方がキアのことを真剣に考えていなかったのではないか、という考えがムクムク沸いて来るのだ。

どう考えてもリューが話をいきなり切り替えたせい(というか、結論から入ったせいか)なのだが、そこはいろんな意味で責任感が強いフラウのこと。都合よく自分はキアのことを考えていなかったのだという思考にまっしぐらだ。

なんだか場の空気がキアはこんなところで燻っているより、もっとその才能を生かせる場所にやったほうがいいんじゃないか? ってな空気に早変わりしていた。

それに慌てるのはもちろんキアだ。

「あのっ、私ここに居たいです。ここがいいです!」

わりかし必死な叫びだった。

現状に特別キアは不満なんぞ持っちゃ居なかった。というかぶっちゃけ気に入っていた。

そりゃ生活の細かいところで不便を感じることはある。だがそんなもん現代日本の生活に比べたら、この世界でどれだけ便利といわれる生活であろうとも不便だらけに違いない。

実際生まれ変わってからの生活は最初は不満だらけだったのだ。だが、なんというかこう「生きるために生きる」という生活が思った以上にキアには合っていたらしい。毎日がすげぇ充実しているのだ。やっぱり人間って働かないといけないと思う。

そもそもココ最近の不満なんぞ、呪文をろくすっぽ使えなかったくらいなのだ。それももう改善されたわけだし、キアにはもう本当になんの不満もなかった。

そしてなによりも。

なによりも、この傭兵団の皆が好きなのだ。大好きになっちゃったのだ。第二の家族と伊達に思っちゃいないのだ。

弟のレンを思い出させてくれる、ちょっぴりおませなアッシュ。

いつもお兄さんぶって、色々構ってくれるロイ。

クールそうな男前なのに、その天然ぶりが凄く可愛いテオ。

母のように姉のように、自分を可愛がってくれるフラウ。

口は乱暴だけど、さりげなくフォローしてくれるヴァン。

いつも笑顔なのに凄い毒舌家で、でも色々な事を教えてくれたリュー。

マジメそうなのに、意外にお茶目で楽しいカイル。

時に厳しく、でもやっぱり皆に優しい団長。

裕福な生活とか、地位とか名誉とか、本当にいらなかった。彼らと比べたらそんなもん犬のウ○コにも劣るとマジメに思っていた。

「皆のことが好きなんです。大好きなんです。一緒に居たいんです」

言っているうちに感情が高ぶってきた。あ、これはヤバいと思う暇もない。主人の許可もなく、涙腺が勝手にGOサインを出すのだ。

「お願いですから、私をここに……置いてぐだざいぃぃぃ………」

最後までしっかり言い切ろうとしたが、やはりダメだった。両手でポロポロ零れる涙を押さえる。ホント最近また泣いてばっかだ。でもいいの、だって女の子だもん、と無理やり自分を納得させておく。

そして団員達はといえば。

「「「「「キア(ちゃん)……」」」」」

マジもんで感動していた。

何この可愛い生き物。何この可愛い生き物。

もともと可愛らしい子ではあった。素直だし、気が利くし、甘えてくるし、しぐさなんか小動物っぽくてすげぇ癒されるのだ。

だが今回のコレは、それらの心をほわんっとさせるような暖かいものではない。そう、これはもっと強烈なナニかだ。たとえるならば空を走る稲妻が直撃したみたいな。

あのリューですら抱きしめてあげたいと思わせたのだ。ましてやフラウなんかが我慢しきれるはずもなく。

「キアちゃぁぁあああああああああん!!」

そのあふれるリビドーが命じるままキアをハグハグしまくるのだ。

「っぅ、ふぅぅっ……!」

その場の勢いというかなんというか、キアも色々すっげぇ盛り上がっていた。ぽろぽろ涙を零して声を押し殺しながら、必死こいてフラウにしがみ付くのだ。

それがまたフラウにはしんぼーたまらんわけで。

「ああンもうキアちゃん可愛い可愛い可愛いわ! こんな可愛い子をヨソへ出すなんて団長が許しても私が絶対絶対許しません!!」

本能全開で吠えていた。

引き合いにだされた団長はといえば若干微妙な顔をしていたが、そんなもんは今のフラウどころか他の団員達の視界にも入っちゃいなかった。

彼らは彼らでフラウに先を越されたせいで行き場のなくなった手をワキワキさせていたが、やっぱり皆自分と目の前の光景に意識をやっていたので彼らがお互いの不審な行動に気づくことはなかった。

ここで一番助かったのは、やっぱり微妙な顔をしながらも団員達と同じく行き場のない手を持て余していた団長であろう。

助かったものは威厳とか呼ばれるものである。

そしてこの狂乱の宴はフラウがうっかり抱きしめすぎて、キアが泡を吹くまで続けられたんだそーな。



@@@

うん、やっぱり終わらなかったや☆ミ
本来ならリューがキアに治癒呪文やマホカンタのような失伝した呪文を使う危険性を述べるところまで行くはずだったんですが。
おかしい、どこでこうなったんだ。
もういっそその部分の描写はスパっとカットして次に進むのもアリかなぁ。




[9162] 第18話 「新規則」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/08 00:18


「……たしかに、その通りだな」

ゼノスは思わず頭を抱えそうになった。リューが今まで話したことを総合すると、これがまたすんげぇデンジャラスなのだ。

「ええ、ウチにはお馬鹿さんが二人もいますし。それにキアの性格も大問題です。本当にどうするんですか団長?」

リューは非常にのんびり……というか軽い感じでのたまった。団長に全責任を丸投げせんと言わんばかりの態度だった。実際丸投げする気マンマンであったので、ゼノスはもうちょっとリューに対して怒っても許されると思う。

ゼノスは次から次へとやってくる問題を思いため息を吐いた。団長なんてホント損ばっかりだと思う。




第18話 「新規則」




団長を思い悩ませる問題というのは、言わずもがなキアのことだ。

あの後……フラウがキアを絞め落とし、そのことでまた一騒動起こって、それがなんとか沈静化した後のこと。

「では、次の議題へ移ります」

とのリューの言葉と共に再び始まったリュー先生による『キアの3つの希少性とそれに付随する危険性について』の講義。

長くなるので要点だけ纏めると次のようになる。

その一、治癒呪文に発生する問題について。

治癒呪文自体が非常に高需要かつ希少性が高い。誰にバレてもあっという間に噂は広がり、どこからともなく難民のように怪我人や病人が群がってくる可能性大。

また、あらゆる組織からの勧誘という名の引き抜きもそれこそウザいレベルで行われて、とっても胃に優しくない事態が起きるので使用は自重すべきでしょう。

その二、マホカンタを初めとした失伝呪文の問題について。

これに関しては一般にバレてもあまり問題はない。なぜならば呪文に対して知識が無ければ、どれが失伝呪文なのかどうか分からないからだ。

しかし価値の分かる輩にバレると、治癒呪文がバレた時よりも怖い展開が待っている。もしも『神の愛し子』を連想されでもしたら色々アウトだ。朝起きたらお家の周りをこわーい兵隊さんに囲まれまくってるとか普通にありえそうなので、やっぱり使うのは自重すべきでしょう。

その三、そもそも10歳の子供がアレだけ呪文を使いこなしている件について。

天才ということでファイナルアンサー。師匠はリューってことで押し通すべし。しかしそれで問題がなくなるのかといえばそうは問屋が卸さないというかなんというか。

結局の所、やっぱり引き抜きは起きると思われるので、メンドクサイならやはり呪文は自重すべきでしょう。

そして話し合いを進めている時に判明した新たなる大・問・題。

その四、なんとキアが攻撃呪文の一切を使えない件について。

ぶっちゃけとってもとっても危険デス。デンジャラスすぎマス。攻撃呪文の使えない呪文使いなんぞ、鴨がネギと鍋もってキッチンの前でスタンバイしているようなモノなのです。リューとかあまりの現実に鼻で茶を飲みそうになったくらいトンデモナイのです。

実際この情報がバレてキアは拉致されたわけで。

余談であるが、キアはここぞとばかりにコレが理由で団員達に呪文使いだということを話せなかったと主張したりした。もちろんフェイクである。脅えた表情と潤んだ瞳がポイントだった。もちろんフェイクである。

しかしやっぱり簡単に信じた団員たちはキアに深く同情し、納得した。キアの中で吐いてもいい嘘とそうでない嘘の基準はおそらく『恥であるか否か』なのかもしれない。

ともかく、攻撃呪文を使えないというキアを一人にさせるわけにはいかない。一人、ダメ、絶対。

以上の4つの問題点を抱えて、団長はウンウン唸っているわけだった。







「じゃあキアが呪文を使わなければいいんじゃねぇ?」

そう言ったのはロイだった。実にロイらしいなんも考えてない発言ではあるが、たしかに一つの選択肢ではある。

問題点の殆どが呪文自重でなんとかなる。なるのだが。

臭い物には蓋的な解決策はいかがなものであろうか、と団長は思うわけだ。

実際の所、キアの能力をこのまま腐らせるのはもったいなさ過ぎる。その才能はダイヤの原石どころじゃなく、ほとんど巨大なダイヤの塊なのだ。それを塗装してただの石ころに擬態させるというのは、ダイヤにとっても不幸ではあるまいか。

そして何よりもキア自身がそれを認めなかった。

「拒否します。お断りします。ぜーったいに嫌ですッ!」

眉毛をコレでもかと吊り上げて精一杯の怖い顔を作りながら叫んでるわけだ。残念ながらその姿は子犬が必死に威嚇している様を見ているようで、微笑ましい以外のナニモノでもなかったが。

「やっと皆の役に立てるんです。皆の迷惑にならないように知らない人の前では呪文使いませんから、お願いします。私を使ってください……ッ!」

そう必死に懇願するわけだ。そんなこと言われたら団長以下団員達がキアの想いを無碍に出来るはずもなく。

結局団長の思考をループさせるわけだ。

ちなみに健気な事を言っているキアであるが、たしかにその言葉に嘘はない。ただ事実を全て伝えているわけでもなかった。

キアからしてみれば呪文禁止令なんぞとんでもなかった。なにか、自分の趣味と実益を兼ね備えた生きがいを奪うとでもいうのか。

これが本音である。色々と台無しだった。

そうとも知らず、団長は悩んで悩んで……ハゲそうなくらい悩んだ後、覚悟を決めた。

「――よし、キアの想いは分かった。今後その力で俺たちを助けてくれるか、キア?」

結局、団長はキアの力を傭兵団に組み込むことにした。ちなみに覚悟というのはこれから定期的に訪れるであろう胃痛に対する覚悟である。

キアの力を借りる危険性は思った以上に高い。しかしそれはキアがキアである以上切り離せない問題なのだ。メリットとデメリットを比較し、メリットの方が上回ると思ったからこそ、ゼノスは団長としてこの結論を出した。

もちろん、メリットだけで選んだわけではない。キアの想いを酌んだ上での結論でもある。キアの想い自体が色々汚れているような気がするのはさておいてだ。

「――はいッ!」

花が咲くような笑顔とはこのような笑顔を言うのではないか。キアの満面の笑顔に、団長はそんな他愛もないことを考える。

この満面の笑顔を引き出せただけで、この結論でよかったと思えるのだ。多少どころではない不安があったとしても。








<ゼノス傭兵団新規則>

一つ、キアには誰かしら一人は戦える人間が常に付いていること。

一つ、治癒呪文及び失伝系呪文は基本的に団員以外の人間がいる場合使用禁止。補助呪文については可とする。例外として団員に死の危険性が迫った場合においてのみ治癒呪文の使用を可とする。

一つ、団員以外の人間にキアの力を教える場合、全団員の半数以上の賛成を必要とする。



「追々増える可能性はあるが、まぁこんなところか。皆しっかりと守るように。特にキアとテオとロイ、絶対に破るんじゃないぞ」

やっぱり不安だったので規則という形で取り締まることにしたらしい。団長のその行動は実に正しいと頷かざるを得ない。

キアはその性格上、しっかり注意していてもその場の感情でホイホイ治癒呪文を使いそうだ。どうしようもない場合ももちろんあるだろうが、それ以外での使用まで認めていたらBAD ENDまっしぐらになりそうな気がして仕方がない団長である。

そしてキア以上に不安なのがゼノス傭兵団の誇るアホ二人だった。

どっかで絶対ポカやらかす。あの二人には毎朝毎晩この規則を読み上げさせることにしよう。それでもやっぱり不安は拭い去れないのだが。

「こんな所だな。リュー、他に何かあるか?」

「――とりあえず、この場はこれでいいでしょう。あとはキアの使える呪文及び知っている呪文を把握しなければいけませんが、それは後でキアと色々試しながら確認します。知識の共有も必要ですしね。終わったらまた報告するという形でよろしいですか?」

「ああ、それで頼む」

ようやく長かった会議も終わったようだ。独特の緊張した空気が緩んでいく。誰とも無くホっと息を吐いた。

「さて、フラウ……」

「――はい」

ゼノスがチラリと意味ありげにフラウに視線を寄越し、フラウも頷いて返す。折角会議が終わったというのに、なにやら二人から不穏な空気が漏れ始めていた。

二人が見詰める先には、雑談しながら部屋を出ようとするテオとロイの姿が。

「……ああ、そういえば。二人ともガンバレ」

団長たちの雰囲気に気づいたカイルと既に察して避難済みだったアッシュがバカ二人に対して十字を切るのと、団長が二人の首根っこふん捕まえたのはほぼ同時だった。

「「うん?」」

いきなり猫の子のように持ち上げられたテオとロイ。プラプラと揺れる足が妙に喜劇ちっくだ。

何が起こったのかと二人して後ろを振り返り、そして振り返ったのを後悔する。

満面の笑みを湛えた団長が二人の目の前に立っていた。その横にはやっぱり満面の笑みの副団長が。

真昼のホラーかと思った。というか仮にも成人しつつある男を摘み上げるのはいかがなものか。

怒ってる。めっちゃ怒ってる。今更ながら自分たちがやったことを思い出して、全身の血の気が引く音が聞こえた気がする二人だった。

「「さぁ、楽しい楽しいお仕置きタイムの始まりだ(よ)」」

あっ、ちょっ、まーーーっ!?

声にならない叫びを上げながら、フラウと団長にプラプラ摘まれた二人はどこぞへ消えていった。

「え、えーと?」

いきなり目の前で行われた寸劇に、若干慣れたとはいえ目が丸くなるのはいかんともしがたいキアだった。とりあえずテオ達に不幸が舞い降りたのだけは分かったので、カイル達と同じように十字を切っておくことにする。あーめん。

「スペシャルハードデンジャラスコースな修行という名のお仕置きだな。防御捨てて相打ち狙いに行くようなバカ共には体で覚えさせないといけないってことだろう。自業自得だし、放っておけばいいさ。死にはしない」

いや、死にはしないかもしれないけどねカイルさん。なんだか時折聞こえてくるカエルが踏み潰された時に上げそうな悲鳴が聞こえてくるんだけど本当に大丈夫かコレ? 特に団長とかここぞとばかりにストレス発散してんと違うか?

「別に今に始まったことじゃないよ。まぁあそこまで団長がキレてるのは珍しいかもしれないけど、今回ばっかりは同情できないよね。あのバカ兄、僕にまでメチャメチャ心配掛けたんだから、口から出ちゃいけないモノが出るくらい絞られればいいと思うんだ」

弟とは兄に対してかくも非常なのだろうか。ザマァみさらせと言わんばかりの嘲笑を浮かべてそう言い切るアッシュを見ていると、なんだか胸がシクシク痛むような気がする。

キアは自分の可愛い弟を思い出して、そっと涙を拭うフリをした。うん、レンはあんな顔しない。絶対絶対しない。しないはずだ。しないといいなぁ……。

「アッシュ、お前いつも同情してたか?」

「ごめんなさい、表現に誤りがあったみたい」

「人間誰しも間違いはあるさ」

「だよねー」

「「あははははは」」

朗らかに笑う二人を見てキアは思う。ああ、テオさんロイさん。後でちゃんと慰めてあげますから、今は我慢の時です。ちょっと私も自業自得だと思うので止められません。というかあの団長とフラウさんを止める自信がありません。無力な私を許して下さい。

「まぁ今回はキアもいるし、何時もより手加減なしでボッコボコにされるんだろうなあの二人。どれだけやっても治せるって便利だよな」

訂正。力の限り慰めてあげますから、どうか私のせいでン割増しなっているっぽいお仕置きに気づかないで下さい。

「さてキア、私たちも行きましょう。まだまだ聞きたいこと、教えたいこと、実験したいことが山ほどあります」

「はーい」

実験という言葉に耳がピクンと反応する。実験、呪文の実験。甘美な響きだった。

今まで知らなかった呪文のことを知ることが出来る。そう考えた瞬間、キアの脳裏からテオとロイのことはポイと追い出されたようだ。

リューの後を鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌に着いて行く。

遠くから聞こえてくる断末魔っぽい叫びをBGMに、二人は部屋を出て行くのだった。



@@@

俺、投稿数20いったらスクエニ版に移動するんだ……ッ!




[9162] 第19話 「語らい」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/09/08 00:19


団長に連れてこられた先にあったものは、物言わぬ屍となった二人だった。いわずもがなテオとロイだ。

「いや、ついに水をぶっ掛けてもピクリともしなくなってしまってな。ちょっとハッスルしすぎたみたいなんだ」

しごき→ぶっ倒れる→水ぶっ掛けて強制覚醒→しごき→ぶっ倒れる、を延々繰り返したらしい。鬼か団長。そしてフラウさん、あなたもですか。

あまりにもピクリともしないので思わず息をしているか確認してしまう。いくら治癒呪文でも死んでたら生き返らせるのはムリです団長。

あ、息してた。ちょー弱いけど。

……まずくないかコレ。

「あははは……は………」

なんだかフラウから乾いた声が上がる。自分でもちょっぴりやりすぎちゃった、テヘ。とか思っていた。

「でだ。キア、早速済まないんだが……治してやってくれんか?」

さすがにこれは断れませんだんちょー。




第19話 「語らい」




ついついリューとの話が盛り上がって、二人のことをスポーンと忘れ去っていた罪悪感がヒシヒシと。いや、忘れてようが覚えていようが二人の末路は変わらなかったけれど、そこは気分の問題だ。

ここは一発さっき知ったばっかりのアレを試してみることにする。

治療呪文ホイミ

ただのホイミというなかれ。なんとこのホイミ、右手と左手の同時発動なのだ。

リューからキアが教わった知識は、キアの中で革命を起こしていた。

その一つが、この呪文の二重発動だ。

呪文というのは、実は多重発動を起こすことが出来る。もちろん普通に使うより魔力をバカじゃねってくらい食うし、魔力の操作もべらぼうに細かくなってとっても疲れるのだが。

実は今までキアは魔力の操作というのをあまり意識したことがない。呪文の知識を半ば持っていたがために、先入観が先にたって呪文とはこういうものだと決め付けていたのだ。無意識で魔力操作をしていたという事実が判明し、何故だかリューが頻繁に深呼吸していたのが印象的だった。

たとえば、ホイミとは掌で触れた対象を癒すもの。決して掌から光の弾が飛んでいって、当たれば傷が治る魔弾ではない。そういう認識であったわけだ。

ちなみに実際ホイミを魔弾にして飛ばすことは出来る。出来るのだがホイミという呪文の特性上、掌から飛ばすのは実はヤメといたほうがいい。掌で触れた状態で使えば、必要な分だけ魔力を回したり、重点的に癒したい部分に限定できたりする。ホラ、怪我した部分に手を当てたりするじゃないか。普通は右手を怪我してる時に左手に触れながらホイミとかしないわけで。

だが一度掌から離れてしまったらそういう細かいことが出来ない。無駄に魔力を使うし、全身ムラなく治癒が行き渡るせいで効果が半減するし、過剰な魔力を込めると治癒過程で痛みを齎すようだ。リューと共に実験した成果だった。攻撃呪文じゃないのかコレって言われた。治癒呪文のハズです。

意識して行えば、今まで出来なかったことができる。キアは魔力操作を今まで意識しなかった割にはそれなりに出来たので、慣れ親しんだ呪文であれば右手と左手で同時に出すことくらいは出来るようになったわけだ。

魔力の操作、及び知らなかった呪文の特性を知ったキアは、今色々試したくてしょうがなかった。

だからわざわざ無駄に疲れる呪文二重発動なんてやらかしているわけだ。

しかしこれ、マジモンでしんどい。たとえるなら右手で○書きながら左手で□を書くようなものだ。ゆっくり思いっきり集中すればなんとか出来てるかもしれないってレベルだ。おかげで治癒速度がありえんくらい遅い。こんなに魔力使ってるというのに。

諦めて片方ずつ治癒することにする。見る見るうちに痣が消えていくテオ。終わったら次はロイ。合計所要時間は10秒もかかってない。

この同時発動、本当に役に立つ技術なのか疑問に思えてきたキアである。

「……これは、すごいな」

「本当に……あの痣が綺麗サッパリなくなっちゃった。キアちゃん凄いわ!」

あの鬼のような痣が綺麗サッパリ無くなったことに、ゼノスとフラウはしきりに感心していた。キアの治癒呪文は前回の戦いの時、バカやらかした二人の怪我を治したのを見たことがある。だがアレは切り傷が一箇所だったし、明るい中でこれだけボロボロになった身体を数秒で完治させるのを見るとその光景にため息しかでない。

分かっていたつもりだったが、実際見てみるとこれは本当に凄い。そしてキアに襲い掛かる不幸の可能性を、今改めて実感した二人だった。

「怪我を治しただけですので、二人ともまだ目が覚めないと思います。私が着いていますので、お二人は先に汗を流して来てください」

「ああ、すまない。二人が起きたら今日はもう終わりだと言っておいてやってくれ」

「ゴメンねキアちゃん」

本当はザメハで起こしたり、ベホイミで体力回復させたりも出来るのだが、じゃあ第二ラウンド開始なって事になったら流石にこの二人が憐れだったので黙っておくことにしたキアだった。手を振って素直に二人を見送ることにする。

「……さて、自分の発言には責任を持たないとね」

キアの言う責任とは、後で力の限り慰めてやるというアレだ。別に本当に発言したわけでも約束したわけでもないが、疲労困憊でぶっ倒れる二人をみて何かしてあげたくなったのだ。

ちょうど良く並んでぶっ倒れてる二人の傍に近づき、足を伸ばして座る。そしてテオとロイの頭を持ち上げて自分の太ももの上にポスンと乗せてやった。

「10歳の幼女の膝枕じゃアレだろうけど、地面よりはいいよね? 慰めるってより労ってるって感じだけど、まぁいっか」

そして今度は二人にベホイミを掛ける。一気に回復させず、少しずつ少しずつじんわり染み渡るように掛けるのだ。先ほど諦めた二重呪文の訓練にもなるし、ベホイミはゆっくりかけると全身マッサージと風呂を足したような気持ちよさも味わえるのだ。まさに一石二鳥。気絶してる二人は感じられないかもしれないが。

そのまま二人の疲労が完全に取れるほど長時間ベホイミをかけ続け、いい加減足が痺れてきてもまだ目を覚まさない二人に、キアは結局ザメハを使って二人をたたき起こしたらしい。普通に起こせばいいのにわざわざザメハを使うのは、偏にキアが呪文使うのが大好きだからである。







「カイル、入ってもいいですか?」

コンーコンコン。変則的なノックの音が三回。リューがノックをする時の癖だった。

「ああ、いいぞ」

返事をすれば予想通りというか、リューは酒瓶とグラスを二つ持ってやってきた。

リューが夜にフラッと酒を持参で俺の部屋に来るのは良くあることではないが、すごく珍しいというほどでもない。

凄く良いことがあった日、逆に悪いことや悲しいことがあった日に行われるこの習慣は、初めてリューと二人で飲んだ時からずっと続いている。

琥珀色の酒が注がれたをしたグラスを手渡されて、そのまま軽くグラスを合わせる。このガラスの澄んだ音が好きだと以前言っていたのをふと思い出した。

しばらくは無言でお互いチビチビ舐めるように酒を味わう。本来俺はおしゃべりな方じゃないし、リューにしたって昔はともかく、今はむやみに騒がしくはない。

窓から覗く月を見ながら、ただひたすら無言で味わう。この時間は結構好きだった。

「……義兄さん」

「どうした、リューリック?」

二人きりで酒を飲むこの時間だけ、俺は時間があの頃に戻ったような気分になる。故に俺はこの時だけはリューを昔のように"リューリック"と呼ぶし、リューも自分のことを"義兄"と呼ぶのだろう。

酒好きな割りにあまり強くないのも昔と変わらず、か。

仄かに赤くなった顔を隠すように手で覆い、ポツリポツリとリューリックは語る。

「"俺"さ、この歳になってあんな小さな子相手に、本気で嫉妬するとは思わなかったよ」

今日の出来事を思い出す。確かにリューリックのキアに対する言動は辛辣だったかもしれないが、それはコイツの性格からしてそうおかしなことではない。まぁたしかに行き過ぎた部分もあったかもしれないし、実際そう思ったフラウから盛大に殺気を向けられていた。が、俺の見立てではあの時のリューリックは嫉妬があったとはいえ、俺に愚痴りに来るまで思いつめてはいなかったはずだ。

「あの後……会議が終わった後さ、俺キアと一緒に俺の部屋で話の続きをしたんだ。キアの話は凄かったよ。キアの頭の中はマジで禁書も真っ青だ。失伝呪文もいくつかあったし、そもそも現在確認されていない呪文まで知ってた。まぁ逆に基本的なことを知らなかったり、学院で教われるような初期の呪文を知らなかったりもしたけどな。"神の愛し子"ってのも自分で言っといてなんだが、マジモンかも知んない。でもさ、問題はそこじゃなくて、いや、そこも問題なんだけど、俺が言いたいのはさ、キアの純粋な魔法の才能なんだ」

そこまで言って、グイっと残りの酒を煽る。ああ、これは明日あたりコイツ二日酔いだろうな。

「俺があれだけ必死に、それこそ本当に死に物狂いで学んだことを、アイツは一足飛びどころかワープする勢いで進んでいくんだ。笑っちゃうよな。呪文の多重発動とか、言った端から実行して成功させるんだぜ? 姉さんや義兄さんにあれだけ負担を掛けて、俺はそれなりに成果を出せたと思ってたのに。いや、成果は……出せてると思うんだ。キアが規格外なだけなんだ。そう思うんだけど……なぁ、義兄さん。俺の努力って、足りなかったのかなぁ……?」

自嘲して、空になったグラスに口をつける。そして空だったことを思い出してまた自嘲し、新しく酒を注ごうとする。俺は流石にリューリックをやんわりと止めた。

「もう止めておけ。明日が辛くなる」

「……うん。今日はもう帰るよ。残りは義兄さん飲んでいいよ」

そういって席を立ち、若干ふらつく足取りで背を向けるリューリック。その背に向かって、俺は。

「……お前は頑張ったよ。お前の努力は、俺と"アイツ"が知ってる。心底誇りに思える、大事な義弟だ」

「――うん。ありがとう、義兄さん」

声が震えていたのは気づかなかったことにしておく。逃げるように扉の向こうに去っていったリューリックを見送って、グラスに残った酒を一気に煽った。

「まさかアイツがこんなことでグラつくなんて……いや、こんなこと、じゃないか。よく考えれば、あいつにとって許容出来ない事態だな。本当に、よくキアに対して爆発しなかったもんだ。それだけでもお前は、ずいぶん成長してるよ」

あの悪ガキがなぁと、昔のリューリックを思い出す。懐かしくて、そして自分の人生の中で一番幸せだったあの頃。

「なぁマリー。今更ながら思うよ。やっぱり子供、作っておけばよかったな」

幻視する。俺とマリーとリューリック、そしてもう絶対に生まれてこない俺とマリーの子供。家族が皆揃って、一家皆で幸せになる夢。

今に不満があるわけじゃない。でもそんなことを思うのは、やっぱりキアがウチに来たからかもしれない。アッシュもいるが、あの子は傍から見ててもロイとしっかり兄弟だし、あまりそういう発想にはならなかったのだけど。

俺は幸せな思い出を肴に、リューが持ってきた酒が無くなるまで晩酌を楽しむことにした。



@@@

チラ裏から移動してまいりました!

それにしても自分で読み返しても本当に自分が書いたのかと思わず問いかけたくなるシリアス。
さすがにココにギャグを挟む勇気はなかったんだ…!




[9162] 第20話 「恋するおとめん」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/11/16 05:33


少し切れ長の瞳。緩くカーブを描く金髪と、なぜかカーブどころか螺旋を描いているもみ上げ部分。フリルがふんだんにあしらわれたドレスに、コッテコテのお嬢様言葉。

あれだ、お蝶婦人だ……!?

まぁお蝶婦人はこんな風に男相手に抱きついたりはしないし、こんなにハイテンションでもないのだろうが。しかしこの見た目はお蝶婦人で相違あるまい。特にモミアゲのあたりとかが。

「あぁんロイ様ぁ、私ずっとずっとお会いしたかったですわぁ~!!」

「ちょっ、まっ、た、頼むから離れてくれぇ~!!」

まるでこの世の幸せ独り占めといわんばかりにトロけそうな表情でロイの胸に顔を埋めるお蝶婦人(仮)と、なんか本気でイヤがってそーなロイ。青くなった顔がその本気を物語っている。

とりあえず引き剥がそうと躍起になってはいるようなのだが、ロイが本気でないのか、この女性のしがみつく力がロイを上回ってんのか。とにかく一向に引き剥がされる気配がない。

一緒にいたカイルさんはまるで問題ないと言わんがばかりにスルーしているし、これは自分もスルーすべきなのかしばし迷う。

「た、頼むキア。助けてくれッ!?」

そんなキアの葛藤を知ってか知らずか、ロイは自分よりも遥かにちびっちゃいキアの背中に隠れるという暴挙にでた。お蝶婦人(仮)からはなんとかかんとか逃げられたらしい。しかしその後の行動はちょっと男としてどうなのか。

「え、あの、ちょっ、ロイさん?」

突然すんげぇ勢いで肩を鷲掴みされ、ぐいっと盾のように(というかコレは盾以外の何モノでもない)前に押し出される。

掴まれた肩越しに手がぷるぷる震えている。何故に自分を巻き込むのかという思いと、流石にコレだけぷるぷるされたら可哀想だと思う気持ちの狭間でゆらゆらするキア。

しかしそんなキアの慈愛溢れる想いも、目の前で射殺せそうな視線を寄越す女性を見て彼方に吹き飛んだりするのだ。やっぱ手離せコンチクショウ。

「む、なんですのソコの泥棒ね……ちんちくりんは!?」

言い直した意味があんまりない。敵意マンマンとなったお蝶(略)がそこを退けと言わんばかりに、

「そこをお退きなさい! ロイ様の腕の中は私が生涯に渡って売約済みなのですよ!!」

訂正、そこを退けとしっかりメンチ切られました。

正直後ろから両肩を両手で鷲掴みにされている現状を腕の中と言っていいものなのかどうか。いやいや問題はソコではなく。

動けません。ええ、ピクリとも。

鍛えている男にガッチリと「離して堪るくわぁァァアア!!」と言わんばかりに捕まれていては、自分の意思ではもうどうにもこうにも。

とりあえずさっきから抵抗を試みてはいるのだ。いるのだけれど。

「キアッ! お前まで俺を見捨てないでくれぇぇぇええええええぇぇぇ」

そんな泣き言を真後ろで叫ばれるのだ。たまったもんではない。

しかも、だ。

「きいっ、ロイ様! 早くそんな子狐から離れてくださいな!」

「いやだぁぁぁあああ! 頼むからもう俺のことは放っておいてくれよぉぉぉおおおお!!」

こんなやり取りを私を挟んで延々やり続けやがるのだこの二人。本当に勘弁してください。

……なんで私がこんな目に。



第20話 「恋するおとめん」



なぜにキアがこんな目にあうハメになったのかというと、それはもう深淵かつ哲学的な理由があったりするはずもなく。

ただロイとカイルの3人でカールビまで買い物に出かけただけだったりする。

傭兵団の砦は基本的に一番近いカールビからでも徒歩3時間はかかる場所にある。あんまり気軽に行き来できる距離でもないので、買出しは一週間おきくらいに一気にするのだ。

幸いというかなんというか、基本的に傭兵団の皆は力持ちだから二人もいれば荷物持ちは事足りる。伊達に傭兵なんぞやってないのだ。

買出しは基本的に行きたい人や暇な人が行くことになっている。今回はカイルが見たいものがあると言って立候補し、暇そーにしていたロイを荷物持ちにふん捕まえたのだ。

「そういえばキアはカールビに行ったことがなかったな。よければ一緒に着いて来るか?」

笑顔でぶんぶん頷くキアを付け足して、3人は朝も早よからるんるんとカールビに向かったのでした。





買い物自体は何事も無くスムーズに進んだ。

フラウから頼まれた各種調味料とか食材とかその他細々したものを買い込み、カイルはそれら全てを当然のようにロイに押し付ける。すでに諦めていたのか、文句の一つもロイの口から出ることはなかった。代わりにその背中から哀愁が漂い出ていた。下っ端ってツライよね。

せめてもとキアが自分が持てる分だけ荷物を持ってあげた時の、ロイの泣きそうな顔にキアの方が泣きそうになったりした。不憫すぎて。

自分だけでも無条件で優しくしてやろうと思ったりしたキアだった。

まぁ結局、カイルが今回のお目当てである晩酌用の酒を買い込んだ後は、むしろカイルの持つ荷物の重さの方がパネェことになっていたのだが。

蒸留酒をでっかいタルでまるまる二つ。大人買いにもほどがある。

というか中身が並々と満たされた酒樽をまるまる二つ担いで平然と歩く辺り、この人の腕力とか足腰はどうなっているのかと思考が哲学の方面に行きかけたわけだが。まぁ握力でリンゴどころか木材を磨り潰す女性もいるのだから、別におかしなことではないと思っておくことにする。

「さて、買い物も終えたし、後はどこかで昼食でも取ってから帰ろうか。キアは何が食べたい?」

「魚料理が食べたいです!」

キアがそうカイルに元気一杯返事をした時だった。

ロイがあからさまにビクッとして固まる。なんだ、魚料理嫌いなんかとキアは一瞬思ったが、その後のロイの不気味な行動にその平和的な考えを却下せざるを得なかった。

ぶわっと噴出す汗。キョロキョロと辺りを警戒しつつ、なんかやけに腰が引けた姿。

こう、知覚範囲内に天敵でも現れた時のような態度だったのだ。

とりあえず、こんな往来でそんなアヤシイ踊りめいた行動しないで欲しい。ちょっと他人の振りをしたくなった。

「あの、ロイさん……?」

それでも声を掛けてあげる辺り、本当にお人好しというかなんというか。カイルは早々に他人の振りだった。

「――来るッ! ヤツが、ヤツが来る……ッ!!」

ヤツって誰やねん。

そんな突っ込みを入れる間もなく、

「ロイさまぁぁぁぁあああああんんんンンンッ!!」

「き、きたぁぁぁああああああああああああ!!」

冒頭に至るわけである。





「申し訳ありません、先ほどはお見苦しい所を。ついつい思わぬ所で愛しい人の香りを感じたもので、私居ても立ってもいられず舞い上がってしまいましたわ」

香りて、あんた匂いでロイを見つけ出したんかい。いやいや、これは比喩表現に違いない。きっと。たぶん。そうだといいなぁ。

結局あのままだと収集がつかないというか、周りの好奇の目が痛すぎたというか、とにかくカイルがその場を収めて場所をこの飯所に移してくれたのだ。地味に魚料理が自慢の店を選んでくれた辺りにカイルの優しさが現れているのではあるまいか。

目の前には美味しそうな湯気を立てる白身魚のムニエルっぽい料理があるのだが、いかんせん手が伸びてくれない。

場所が変わっただけで、依然として空気はカオスのままだったからだ。食欲もそりゃ逃げ出すってなもんで。

この状況を簡潔に説明したいと思う。

まず自分たちが居るのは奥まった場所のテーブル席だ。そこにキアとカイルが並んで座り、対面に例の女性とロイが並んで座っている。

二人の腕は先ほどからずっと組まれたままで、時折キアに対して牽制の意味を持ってそうな鋭い視線を投げかけてくるのだ。勘弁してください。

(というか、今の私をライバル扱いするってことは、この人にロイさんはロリコンだと思われているわけか……?)

ちらりとロイの方へ視線をやる。

死んだ魚のような目を虚空へとやり、さきほどからピクリともしない。半開きになった口からはなんか白いモヤのようなものが出てるような。

精神衛生上見なかったことにしておくキアだった。

「とりあえず自己紹介をしよう。キア、彼女はエリザ。俺たちと同じ傭兵でフィオナ傭兵団に所属している」

「よろしくお願いしますわ」

ロイの顔をうっとりと見詰めながらそんなことを言われても。全然よろしくする気がないよぅこの人。

「エリザ、この子はキアといって数ヶ月前からウチの傭兵団の見習いをやっている子だ」

「あの、キアと言います。その、ロイさんとは恋人なんですか?」

全然そうは見えないけど、とりあえず礼儀として聞いてみる。

「ちが「そうですの! やっぱりそう見えますわよね!? あなた見る目がありますわよ!!」……ぅぅぅ」

すげぇ食いつきだった。正に入れ食いというか一本釣りというか。なんか哀れな男が一人いた気がするが、もう気にしたら話が進まないのでここはやっぱり見なかったことにしておく。

「うふふふ、あなたとは上手くやっていけそうですわ。これからよろしくお願いいたしますわね」

今度はこっちを向いてにっこり笑顔まで向けてくれた。美人なのだが、なんというかすげぇ現金な人だ。

(それにしてもなんでロイさんはココまで嫌がってるんだろ? たしかに性格は色々とアレっぽそうな人だけど、顔は美人だよね)

過去になんか壮絶な目にでもあったんだろうか? それにしても魂が抜けるほどの拒否反応って相当だと思うんだけども。

とりあえず約一名を除いて何とかなごやか(?)な空気が訪れ、ようやくキアは目の前の料理を口に出来たのだった。

この魚うんめぇ。

「そういえばエリザ、どうしてこの街に居たんだ? やっぱりロイに会いにきたのか?」

「いえ、たしかにロイ様に会うのが一番の目的ではあったのですが、今回はついでにお仕事も承ってまして」

それは"ついで"の使う場所を間違えてやしないかと思ったキアではあったが、賢明な彼女はそれを口にすることはなかった。それにしてもこの魚うんめぇ。

「へぇ、フィオナ傭兵団がカールビで仕事とは珍しいな。カールビは君たちの傭兵団の縄張りの範囲外だろう?」

カイルの言葉にエリザはちょっと困った表情になった。

今回カイルは縄張りと口にしたが、明確に傭兵団ごとに縄張りを定めているわけではない。

傭兵団と一言に言っても色々な種類があるからだ。

ゼノス傭兵団のように一箇所に拠点を据えるタイプもあれば、エリザが所属しているフィオナ傭兵団のように一定のルートをくるくると巡回するタイプもある。ルートを定めずひたすら放浪するようなタイプもあるが、これをしている傭兵団はあまりロクなのがなかったりする。

今回カイルが言った縄張りの範囲外というのは、カールビの街がフィオナ傭兵団の巡回外の街であったからだ。

「仕事とは言いましても、別にこの街で依頼を受けたとかそういったものではありませんの。むしろ今回はこちらが依頼する側なのですわ」

そういったエリザの表情はどこか悔しげだった。

「その依頼もカールビの街ではなく、より正確にはゼノス傭兵団宛てなのです。今回の私の役割はメッセンジャー。本来ならばゼノス団長に申し上げる事なのですが……」

エリザは今まで組みっぱなしだったロイの腕を開放し、カイルを正面に佇まいを正す。そして真剣な声で頭を下げてこう言ったのだ。
「お願いします。私たちを……フィオナ傭兵団を、助けてください」

その声は先ほどまでの彼女からは想像も出来ないほど、暗く沈んだものだった。

(魚うまー)

キアはなんにも聞いちゃいなかった。




@@@
長らくお待たせしまくりました。渋沢です。
とりあえず生きてます。
久しぶりに書くとなんだか自分の文章にすげぇ違和感があるのですが。
とりあえず次回はこんなに遅くならないといい……な………orz




[9162] 第21話 「救援要請」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/11/16 05:41



「お久しぶりです、ゼノス団長」

ドレスの裾を掴み、ペコリと淑女の礼を。その堂に入った動作はとてもではないが、彼女を傭兵とは思わせない。

「おお、エリザか。久しぶりだな。フィオナは健勝か?」

久しく見ていなかった知人に、ゼノスの強面も若干綻ぶというものだ。なんせ美人であるし。

しかしゼノスの挨拶に思うところがあったのか、エリザの表情は優れなかった。というか泣きそうだった。

「ゼノス団長……折り入ってお話があります」

泣きそうな自分を戒め、エリザは背筋を伸ばし堂々と言った。これから話すことはそれだけ大事なのだ。

ゼノスは神妙に頷き、エリザを砦へと迎え入れたのだった。





第21話 「救援要請」





「そんな、フィオナが……」

声を出したのはフラウだった。拳を震わせ、信じられないと俯く。いや、信じたくないが正解だろう。

「……」

ゼノスは何も言わなかった。ただ強く目を閉じて、かの人を想う。

エリザの話は、ゼノスたちにとって酷く衝撃的だった。

「フィオナ団長が……戦死いたしました」

何故とか、どういった状況でとか、聞きたいことはたくさんある。フィオナは女だてらに傭兵団の団長を勤めるほどの猛者だ。そう簡単にくたばるとは思えない。

だが逆に、納得もしていた。いくら強くても人は結構あっさりと死ぬ。それは同じ傭兵であるゼノス達には嫌というほど理解できていたのだ。

だから、今は何も言わずに黙祷を。この時ばかりは普段やかましいロイや、すぐにちゃちゃを入れるヴァンも静かに死者に祈りを捧げていた。

キアはフィオナという人物を知らない。正直悲しみなんて全然襲ってこないし、全然死という現実感などなかった。

だがこの悲しみに満ちた静粛な空気に、キアも自然と黙祷を捧げていたのだ。

生きていればいずれは会ったかもしれない、仲良くなれたかもしれない女性に対して、自分が出来る精一杯の祈りを。

どうか、安らかに眠ってください、と。







何分立ったのか時間の感覚があいまいになる頃、ゼノスが最初に沈黙を破った。

「エリザ。わざわざ教えに来てくれてありがとう。辛かっただろう」

「ゼノス団長……」

エリザの瞳からは押さえきれない涙がポタポタと零れていた。

「エリザ、お前は俺たちに何か頼みがあって来たとカイルから聞いている。出来うる限り力になろう。何でも言ってくれ」

「――ふぅっ、うぁぁぁああああぁぁあああんんんんん!!」

ゼノスの優しい微笑と言葉に、耐えていたものがプツリと切れたのだろう。エリザは両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣き出した。

「エリザさん……」

凄く痛ましかった。あの一歩間違ったらただの痴女になりそうなエリザのこの猛烈すぎるギャップ。

キアは思う。もしも弟や両親が殺されていたら……実際起こりそうだった現実も相まって、自分まで貰い泣きしそうだ。

「エリザ」

そのギャップを一番肌で感じているだろうロイが、ふいにエリザを抱きしめた。

小さい子を慰めるように優しく背中を叩く。エリザも縋るようにロイの衣服を握り締めた。

ああ、やっぱりあんなにエリザを嫌がって見せてたのは、ただ照れていただけなんだなぁ。思春期の男の子ってのは照れ屋でカッコつけなもんだから。ロイはちょっと思春期っちゅーより青年期に入るだろう年齢ではあるが。まぁでもロイだし、思春期が遅れていても可笑しいとは思わない。

青春してる二人に対して、妙に生暖かい目になるキアだった。





ロイがエリザを抱きしめたのはほとんど無意識というか体が勝手に動いたというか。普段のロイであればまず絶対にエリザを抱きしめるなんて自傷行動は取らないだろう。

ロイは泣いている子に弱かった。それは彼の性格もさることながら、やはり一番の原因は"お兄ちゃん"であるからだ。ロイは団員の中で一番面倒見がよかった。意外かどうかは意見の分かれる所である。

そんなわけで無心でエリザを慰めていたロイであったが、ふと違和感を覚えた。正気に返ったとも言うかもしれない。

いつの間にやらエリザの両手が、衣服からロイの背中へと移動していた。まぁそれはこの際いいとしよう。いやよくはないが、いいとしよう。先に抱きしめたのは自分だし、この状況はなにも不自然なことではない。

だが抱きつく力がなんかやけに強くないかコレ?

そういえばいつのまにやら泣き声が止んでいる。ヤな予感がビンビンする。エリザの顔を覗き込んで確認すんのもちょっと躊躇してしまうくらいには。

なので視線を彼方にやりながら、そーっとエリザを離そうとする。するのだが、これがぴくりともしない。もうウンともスンとも。

もうちょっと力を込めてみる。もうちょっとといいつつ段々全力になりつつあったり。でもやっぱりウンともスンとも。

つぅーっと額を流れる一筋の汗。

「あ、あのぉー……エリザさん?」

恐る恐るそっと視線を下にやる。するとそこには、

「――ふんふんふんふん」

一心不乱にロイの体臭を嗅ぎまくって悦入った表情をなさっているエリザさんが。

とたんに寒気というには冷たすぎるナニかが背筋をゾゾっと。

「離れろコノやろぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

叫んだロイはきっと悪くない。さっきまでの殊勝な姿はいったい何処へ消えうせたキサマ。

猛烈な詐欺にあった気分だった。






「エリザ、フィオナはどうして亡くなったんだ? 辛いだろうが、よければ教えて欲しい」

このままでは話が進まないと思ったのか、ゼノスがエリザに声を掛けた。けっしてロイを助ける意図があったわけではない。

エリザもさすがにふざけるのは止めて、ロイから離れる。決して本気でロイの体臭を嗅いで悦に浸っていたわけではない。あれはエリザなりの気持ちの切り替えだったのだ。嘘はついてない。本当だってば。

フィオナが亡くなった時の事を思い出し、唇をかみ締める。

「お話します。どうしてフィオナ団長が亡くなったのか。そして私達がゼノス傭兵団を頼らざるを得なくなったのかを」

エリザは震える声色でぽつりぽつりと語りだした。







フィオナ傭兵団は総勢20人ほどの傭兵団だ。傭兵団としてこの人数は平均的な数値である。

呪文使いが2人。武術使いが6人。他はまだ武術使いとして半人前だったり、非戦闘員だったりする。

正直に言って、保有する戦力はゼノス傭兵団よりも高いだろう。しかし実際に任務を、とりわけ危険度の高い討伐系や探索系の依頼の成功率、いや生還率はゼノス傭兵団のほうが圧倒的に上だった。

ゼノス傭兵団が少数ながら上位クラスの傭兵団と言われる所以。それは偏に団長とヴァンの能力にある。

あのバケモノじみた"気配感知"と"遠目"の能力は、それだけの力があるのだ。不意を突かれない、またつねに先手を取ることのできるこれらの能力は、純粋な戦闘能力などよりよほど重要な要素なのである。

今回の件も、フィオナ傭兵団に索敵系の能力に秀でた人物がいれば防げたかもしれない。いや、居るには居たのだ。ただ残念なことにその能力が発揮できない状況下であっただけで。

フィオナが死んだのは、任務の途中の出来事だった。

メタルスライムの死骸の採取。それが今回フィオナ傭兵団の受けた任務だった。

メタルスライムは全身が特殊な金属で出来たモンスターである。生態は明かされていないが、メタルスライムの死骸から作った武具は他の金属で作ったものより非常に強いものが出来上がる。

しかしメタルスライムは非常に生息数が少ない。しかも発見された場所が森の奥だったり、川辺だったり、平野だったりと一貫性がない。見かけることすら非常に稀なモンスターなわけだ。

しかもメタルスライムというモンスター。こいつは非常に臆病で、恐ろしく素早い。こちらを発見したとたん逃げるのなんてザラなのだ。

これらの要素から、メタルスライム製の武具は目ン玉飛び出る価格になる。メタルスライム一匹で一生遊んでくらせるだけの額がポンと入ってくるのだ。

フィオナ傭兵団にこの依頼が舞い込んだ際、フィオナ傭兵団のほとんどが浮かれまくった。そりゃそうだ、メタルスライムが絡む以上、報酬もすげぇ額が提示されたわけだし。

しかし、フィオナを初めとする古参のメンバー。ようするにベテランの人達はさすがに冷静であった。

契約内容を見てみると、提示された金額はあくまで成功報酬。失敗した時は前金分だけしか支払われないとされていた。

さすがに約20人を抱える傭兵団なだけあって、前金だけの報酬では赤字もいいところだった。かわりに成功したときの報酬は破格ではあるのだが。

まず第一に、本当にメタルスライムがいるのか。いたとして見つけられるのか。仮に見つけたとして仕留められるのか。

正直言って分の悪い賭けだった。

しかもだ、今回は傭兵団がメタルスライムを持ち逃げしないように依頼主が寄越した見張りを連れて行かなければいけない。ぶっちゃけて言ってしまえば足手まといを抱えていかなければいけないのだ。

フィオナは正直この依頼を蹴ってしまいたかった。悪条件が重なりすぎてるし、なによりイヤな予感がしたからだ。

しかし二つの理由でそれは出来なかった。一つはすでに団員の半数以上が超ヤル気マンマンになっていて、ここで「イヤな予感がするからこの依頼は受けません」なんて言った日には暴動が起きそうだからだ。

二つ目、正直こっちがメインの理由であるわけだが……

依頼主が貴族だったのだ。

正直、断ったらこの先この地方に怖くて足を運べなくなる。それだけならいざ知らず、変に恨まれでもしたら大変なことに。

そんなわけで、フィオナはこの依頼を受けざるを得なかったわけだ。

そして、そのイヤな予感は的中してしまう。よりにもよって自分の死という最悪の形で。

また死んだ原因も最悪だった。見張りとして送られた男がやはりというか足をひっぱり、それを庇う形で致命傷を負ってしまったのだ。

そこからの展開も最悪だった。

庇われた男は結局脚に深い怪我を負い、満足に歩けなくなったのだ。よりにもよってその貴族の息子だったものだから、さぁ大変。

依頼主の貴族としては、不甲斐ない自分の息子のいい経験になれば程度に思っていたのだろう。それが帰ってきたら脚に障害が残るほどの大怪我。

そりゃ激怒するわけだ。

いくら団長であるフィオナが命を賭して庇ったとはいえ、そんなことは貴族の男には関係がない。

問答無用で団員全員が死罪にされそうなところを、エリザを初め団員達が、なにより庇われた貴族の息子が必死に懇願して、以下の条件をつけることでなんとかその場を収めたのだ。

その条件が、無償でメタルスライムを持ってくること。ただし退治に行けるのは一人だけで、それ以外は皆人質として屋敷に監禁。期限は一ヶ月。それを過ぎた場合、団員全員が奴隷の身分に落とされるということになっている。

酷い条件ではあるが、これでも貴族の男としてはかなり譲歩したほうだ。貴族の息子に大怪我を追わせたというのは、それだけで問答無用で死罪なのが当然の世の中なのだから。

それでも譲歩したのは、息子を見張りにしたのが他でもない自分であったこと。傭兵団の団長が命を落としてまで庇ったということ。なにより怪我をした張本人である息子が懇願したためである。

この貴族の男を人でなしと罵るか、慈悲深いと取るか。それは判断する第三者の立場によって変わるだろう。

フィオナ傭兵団の団員達は話し合った結果、懇意にしていたゼノス傭兵団に助けを求めることにした。

そこで実力があり、ゼノスと面識があるエリザが貴族の屋敷から解放されることになったのだ。

そしてエリザは一心不乱にゼノス傭兵団の砦まで走り、先日ようやくカールビに到着したのだ。

そしてゼノスに面会するために街で身だしなみを整え、さぁこれから砦へ行こうとしていた矢先にロイたちを見つけ今に至るわけである。






「……」

開いた口が塞がらなかった。なんつーヘビーな話なのか。

「メタルスライムは、神威の祠といわれる場所に居ます。私一人ではそこまでたどり着くことすら危ういのに、そこにはあのフィオナ団長すら殺した、恐ろしく強い鉄の魔物までいました。お願いしますゼノス団長。私に力を貸してください」

そういって深々と頭を下げるエリザ。ゼノスからしたら話を聞く前から力になると言っているのだ。こんな話を聞いた後ではなおさら断るという選択肢なんて存在しなかった。

「顔を上げろエリザ。言っただろう? 力になると」

ゼノスの力強い声に、エリザはまた涙が滲み出してきた。話を聞いてどれだけ危険なことかは分かっているハズなのに、満足な報酬も払えない自分にここまで言ってくれる。嬉しいやら申し訳ないやら、でもやっぱり嬉しくて、感動して。だからエリザはさらに深々と頭を下げるのだ。

「ありがとう……ございます」

涙で震えそうな声で、でもはっきりとエリザは感謝の言葉を述べたのだった。






[9162] 第22話 「決める権利、決める義務」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/12/22 06:12


本当は不安だらけだった。

本当にゼノス団長が私達に力を貸してくれるのか、貸してもらえたとしても、ちゃんと皆を助け出すことができるのか。

期限は一ヶ月。ゼノス傭兵団の砦まで4日掛かった。一人でひたすら走り抜けてこの時間だから、帰りはもっと時間が掛かると思う。だけど期限的にはかなり余裕があるので、そこまで切羽詰ったりはしないのだけが救いだろうか。

……まぁ、メタルスライムがあの場所から移動していなければ、の話だけれど。

考えれば考えるほど、焦りと不安でどうしようもなくなっていく。だけど、ここでパニックに陥ったらそれこそ終わりだ。

フィオナ団長の言葉を思い出す。

「泣きたいときは泣けばいい。腹が立ったら怒ればいい。でもね、自分を見失ってはダメ。常に自分らしい自分を意識しなさい。それさえ出来れば、どんなことが起きても大丈夫。冷静な判断は勝手にいつもの自分がやってくれるわ。いい? 大事なのは自分を見失わないこと。見失ったとしても必ず思い出しなさい。あなたなら大丈夫、必ず出来るわ」

そう、今自分に必要なのは、いつもの自分なんだ。一時的に感情が高ぶるのはいい。無理に泣かないようにする必要もない。

でも絶対に、それだけに捕らわれない。そこで躓いて立ち上がれないなんて、そんなの"いつもの私"が許さない。私なら出来るハズだ。

だって私は、あのフィオナ団長の部下なのだから。




第22話 「決める権利、決める義務」




ゼノスは一人私室で頭を抱えていた。悩むのは団長の仕事とはいえ、最近こんなんばっかじゃなかろうか。

問題は先ほどのロイとエリザのやり取りが発端であった。

ダイジェストに語るとこうなる。



「エリザ……大丈夫だ、俺も手伝うから! ぜってぇメタルスライム倒して、お前んとこの団員の皆助けてやる!」

「ロイ様……あぁん頼もしいですわ! 素敵ですわ! もうメロメロですの!!」

「ギャーーーーッ! だからくっつくんじゃねぇーーーッ!!」



短い。そして何が問題なのかさっぱりぽんだ。このやり取りのドコに団長が苦悩するところがあるのかというと、次の部分だったりする。



「大丈夫だ、俺も手伝うから!」



ロイの発言のコノ部分である。これはつまりロイの参加が自分の知らんうちに確定してしまったということでファイナルアンサー?


───なんてこったい。


エリザの話によると、非常に難しい依頼であることはもはや疑う余地もない。正直今回は足手まといになりそうなのは置いて行きたかった。前回の二の舞とかナイから。ほんとナイから。

前回のゾンビ襲撃事件からこりゃマズいと二人を徹底的に鍛えなおしはした。キアの協力の下、そりゃもう徹底的に。

なので前よりは遥かにマシにはなってると思う。なってなかったら男泣きに泣く自信がある。

しかしそれでもまだ今回みたいな依頼を一緒に受けさせられるレベルとは思えない。正直置いていきたい。

団長権限でおいていくこと自体は出来る。出来るのだが……

エリザのことを考えると、ロイは連れて行ったほうがいいのも確かなのだ。

エリザの置かれた状況を考えると、今あれだけ普段通りの行動が出来ているのは奇跡に近い。おそらく、ロイがいるからこそだろう。

エリザの振る舞いが何時も通りになるのは、ロイが絡んだ時だけであったし。おそらくエリザ自身、自分でも気づいていないと思う。

エリザがパンクしないためにも、ロイが居るのはプラスに働く。

しかしロイを連れて行くとなると、テオまで着いてくるとか言うだろう。というか絶対言う。間違いない。考えるだに今からうっとーしい。

問題はそれだけじゃない。キアについてだ。というか、むしろこっちの方が厄介だったりする。

キアを連れて行くか否か。

難しい依頼になればなるほど、キアが居ることによるメリットはどんどん大きくなる。

あらゆる治療に加え、強力な補助呪文。キアがいるだけで正直戦力が2倍どころの騒ぎじゃないのだ。マジメにキアの魔力尽きるまで戦える。

おまけにここ最近毎日のよーに行われていたリューによるキアの呪文大特訓のおかげで、キア自身のレベルアップも凄い。呪文使いの場合、使える呪文が一つ増えるだけで全然違うのだ。しかもキアの習得した呪文数は一つ二つじゃないそうな。ドコまで行くんだろうこの子。

まぁそんなわけで相変わらず攻撃力だけはないけど、戦力的には大幅にアップしている。正直フォローを入れなくてもいいと思えるほどに。いや、守りだけならば自分に匹敵、もしかしたらそれ以上かもしれないくらいだ。

なのでキアの身の安全という意味での心配すらあまりしていない現状だったりする。まぁやっぱり小さな子供なので、完全に信頼しきっているわけではないのだけど。

だったら団長は一体何故キアを連れて行くのをこんなにも悩んでいるのか?

理由は複数ある。が、今回一番心配しているのはキアが治癒呪文の使い手ということ。これに尽きる。

なぜこれほど心配になるかは、エリザの話を省みれば分かると思う。そもそも今回の事件は貴族の息子が後遺症を持つほどの怪我を負ったせいなのだ。

つまり逆説的に言えば、治せるならばわざわざメタルスライムを捕まえに行く必要すらないかもしれない。

そしてキアは治せる可能性があるのだ。

もしもキアが攻撃呪文を使えるならば。もしもキアが成年だったならば。もしもキアに強力な後ろ盾があったならば。

貴族の息子の足を治してハイ終わりで済んだかもしれない。だが現実にキアは攻撃力は皆無だし、まだ子供だし、後ろ盾もない。非常に危うい立場なわけだ。

例えるならば、超高価な宝石をマントの下にジャラジャラつけてスラム街を一般人が歩くようなもの。そんな危険な行為、断じて冒させるわけにはいかない。

しかし現状では、キアにそれくらい危険な道を歩かせる可能性があるのだ。

もし仮に自分達がメタルスライムを倒せなかったとしよう。そうなると当然エリザの仲間達はとっても酷い目に会うわけで、そしてキアにはそれをなんとかする術がある。そうなった時、どれだけ自分達が止めてもキアが暴走する可能性がないなんてどうして言える?

いや、状況によってはひょっとしたら自分達がキアに危険な橋を渡ってくれと言う可能性すらある。

それらを考えると、あらゆるメリットを捨ててキアを置いていくのが正しいと思えてしまうのだ。

しかし、今回はあのフィオナを殺すほどのモンスターが相手になる可能性が高い。万全を期すなら、やはりキアは連れて行くべきだと理性は告げる。

考えれば考えるだけ、胃が痛くなってきた。

ゼノスが理性と良心の板ばさみにウンウン唸っていると、コンコンとノックの音が響いてきた。

「団長、居ますか?」

「キアか? 入っていいぞ」

なんともタイムリーだった。悩んでいる原因の張本人が向こうからやってきた。

キィと扉が開く音と共に、キアが顔を出す。

「どうしたキア?」

「団長、今回の件なんですが私は連れて行って貰えるんですか?」

ああ、やっぱりそのことについてか。今までまさにそのことで悩んでいたなんてことはおくびにも出さず、ゼノスはいつもの生真面目な表情を張り付ける。

「そのことだがキア、お前に話がある」

そしてゼノスはキアに今まで自分が悩んでいたことを話した。

キアが一緒に行くことによるメリットも、キアが負う危険性も全て包み隠さず話す。

ゼノスはもう最終的な判断をキアに任せるつもりだった。この優しく幼い子にこんなことを話しても返ってくる答えは分かりきっていたが、ゼノスは後一歩背中を押してくれる何かが欲しかったのだ。

それが責任を多少なりともキアに被せる行為だということには気づいていたし、それを行う自分自身に反吐が出る気分でもあった。だがそれでもこの歳の割りにずいぶんと聡明なこの子ならばと、この時ゼノスは思ってしまったのだ。

要するにこの時、ゼノスはキアに甘えたのだ。

一方、甘えられたなんて欠片も気づいていないキアは、ゼノスの話を聞いて考え込んでいた。

キアは自分のことを団員の皆が思っているほどお人好しでもなければ、優しいとも思っていない。や、別に自分は極悪非道だと思っているわけじゃなく、極一般的な感性だと思っているということだ。

テレビの向こう側でどれだけ人が死んでも眉を顰めるくらいしかしないが、家族が病気になったと聞いたらメチャメチャ心配する。ようするにそういうことだ。

実際に攫われた経験を持つキアだから、自分の身を危険に晒すような行為は極力するつもりはなかった。この場合の危険とは危ない場所に行くとか、モンスターと戦うとかそういう意味ではない。そういう危険ならばむしろ突っ込むくらいの胆力がキアにはあった。

今回指している危険というのは、むしろ自分自身の立ち位置。要するに狙われるような立場になるつもりはない、ということだ。

そしてゼノスは、今回着いて来るとその危険性があると言った。しかし同時に、キアの力があれば助かるとも言った。

だからキアは即答せず、自分の心に問いかけた。ゼノスの話は参考程度、最終的には自分がどう思うかで決める。結局はキアが行きたいと思うか、行きたくないと思うかなのだ。

そしてキアの心の天秤は結構あっさり傾いてしまったのだった。

「───行きます。団長、私着いて行くことにします」

まぁこういう結果が出たのも当たり前だろう。元来キアは快楽主義の傾向にあるのだ。より自分が楽しそうな方を選ぶのは道理。

行かないという天秤に乗る錘が"狙われる立場になる可能性"だとしたら、行くという天秤には"冒険"やら"実戦で呪文使い放題"やら"行ったことのない場所に行ける"やら"みんなの手伝いが出来る"やら、とにかく乗る錘の数がハンパなかったのだ。そりゃ行くに偏るに決まってる。

こうしてキアは今回の遠征に着いていくことに決定したのだった。








遠征組み……ゼノス、カイル、リュー、エリザ、ロイ、キア。

居残り組み……フラウ、ヴァン、テオ、アッシュ。

以上が団長が悩んだ末に出した結論だった。無論この人選には理由がある。

基本的に何日も砦を留守にするわけには行かないので、団長であるゼノスが出る以上必然的にフラウがその留守を任されるのだ。

そして万一何らかの依頼が入った時の為、遠距離を担当するリューとヴァンのどちらかは置いて行かなくてはいけない。今回はキアのフォローが出来るリューを連れて行き、索敵能力の高いヴァンを留守に回す。

テオは知らん。アッシュにいたっては留守以外の選択肢すらない。

というわけで、上記の選択となったらしい。文句は無論飛んできた。主にテオとかテオとかテオあたりから。でも知らん。足手まといは一人で十分なのだ。

団長は学んでいた。テオとロイ、二人居るからダメなのだと。一人だけならばフォローもなんとかなるに違いない、と。希望的観測が多分に含まれるが無視することにする。

そしてその日は準備に追われ、次の日の朝。

馬車に積んだ荷物の点検も終わり、いざ出発となった。

「じゃあ行って来る。後のことは頼んだぞ」

「はい、団長。御武運をお祈りいたしております。皆も気をつけるのよ? 特にロイ、あなた本当に気をつけるのよ?」

「わかってるよ。俺よりもキアの心配してやれって!」

「ロイ、あなた何言ってんの? あなたよりキアちゃんのが何倍も安心よ。キアちゃん、この未熟者をちゃんと守ってあげてね?」

「はい、任せてくださいッ!」

「……俺ってそんなに足手纏い? 死ぬほど地獄の猛特訓したのに……もうちっと評価高くてもいいと俺思うんだ」

「着いて行けるだけいいだろう。俺なんか……あれほど訓練したのに留守番………」

「ロイ様は足手纏いなんかじゃありませんわッ! それにいざとなったら私が命に代えましてもお守りしますので、安心なさって愛しい人!!」

「ギャーーーーー! だからくっつくんじゃねぇっつーの!!」

「ふぅ、これから出発だというのに賑やかですねぇ」

とまぁ、リューが仰る通り緊張感の欠片もない一行であるが、悲壮感バリバリで出発するよりいいと思うのでこれはこれでヨシとしておこう。

今回は遠征になるので、ゼノス傭兵団が所有する馬車を使用する。街を経由するなら特に必要ないのだが今回は最短距離を突っ切るため、どうしても荷物が多くなるのだ。それに馬車はキアのためでもある。どうしても移動速度が他の人より遅れるし、野宿にも慣れていないからだ。

そんなわけで一向はまずカールビで足りない物資を買い込み、そのままエリザの案内で神威の祠、正確には神威の祠の近くにある街へ向かう。

街の名前はレイドック。ゼノス傭兵団が存在する商業都市アッサラームと、神国ダーマの国境線上に位置する街だった。






[9162] 第23話 「光幕呪文」
Name: 渋沢◆ce041ce8 ID:ff9c15c0
Date: 2009/12/22 06:21


硬殻呪文スクルトッ!」

掌を対象に、今回はロイさんに向けて呪文を放つ。

薄いピンクの膜がロイさんを包み込む。これでちょっとやそっとの攻撃は通じなくなったハズだ。具体的には団長のわりかし本気っぽい拳骨くらっても、でっかいタンコブですむくらいの防御力に。

……おかしい、あんまし凄くない気がするぞこの呪文。

「ロイー、あんまし無茶すんじゃないぞ」

横でカイルさんが声援というか助言を飛ばしている。さらにその隣でエリザさんがキャーキャーとチアガールもかくやというテンションの高さで応援している。正直ちょっとうるさい。

「いっくぜぇーッ!」

やる気と気合に満ち溢れた雄叫びを上げて、ロイさんは新品の戦斧ハルバードを手にモンスターに突っ込んでいった。




第23話 「光幕呪文」




現在キア達は草原のど真ン中にいた。ヘタをすれば方向感覚すら狂いそうなほど、360度見渡す限りなーんもありゃしない。時々妙に背の高い木があるくらいだ。あとモンスター。

時間の節約のため、キアたちはレイドックまでの最短距離を進んでいる。つまり街道をほぼ無視しているということであり、すなわちモンスターとの遭遇率も街道よりめっぽう高いのだ。

幸いココらに出てくるモンスターはそんなに強くない。まぁ強くないとはいっても、一般の人にとっては十分脅威ではあるのだがそれはともかく。

ロイとテオはここ最近の地獄の修行フルコースのおかげで、ようやく念願の"武術"が使えるようになっていた。まぁ使えるとはいっても本当に基本の身体強化だけであるし、強化率も団長たちからしてみたら鼻で笑うくらいへちょいのだが、武術は武術だ。あるのとないのとでは全然違う。

そんなわけで試運転というか、本番に備えて準備運動というか、ここらへんのモンスターは出来る限りロイとキアが2人で担当することになったのだ。

キアも保有する魔力と経験が反比例している状態なので、経験を積むにはちょうどよかったともいえる。

キアはスクルトを唱えた後、自分自身にも補助呪文であるピオラを掛ける。

基本的にキアの戦い方は後方での防御支援だ。今までであれば最初に補助呪文を掛けて、戦闘後にホイミやベホイミで回復するくらいしかすることがなかった。戦闘自体に介入する方法がなかったので、こればっかりは仕方ない。

しかし、それも過去の話。今のキアには戦闘中であろうとも介入することが出来る。例を一つ挙げれば、ホイミを遠距離で飛ばして回復したりとか。前まで触らないとダメだったし。

目の前に居るモンスターは3匹。マッドオックスが2匹とキメラが一匹。このまま全部ロイに任せるというのもアリっちゃアリだ。ロイの経験的な意味で。

でもやっぱり怪我はするだろうし、何より今はホイミを堂々と使えない。エリザが居るから回復系の呪文はよっぽどの緊急時以外は使用禁止だと、団長からそりゃもう耳がアホになるほど聞かされているからだ。つまりキアの今の仕事とは、いかにロイに怪我させずにロイにモンスターを倒させるか、ということになる。

「どりゃぁぁあああああッ!!」

ロイが気合たっぷりの雄叫びと共に戦斧を振りかぶって、マッドオックスの一匹に突撃していく。モンスターたちがロイに意識をやった隙にキアが再び呪文を発動させる。

光幕呪文フバーハッ」

キアが放った呪文は光の結界を作る呪文だ。ゲームのフバーハはモンスターの吐く炎やら吹雪を軽減する呪文だったが、この世界のフバーハは一味違う。一味つーか全然違った。

対物理だろうと呪文だろうと、あらゆる攻撃を防ぐ結界を作る呪文だったのだ。新しく覚えた呪文の中で、一番キアが喜んだのはこの呪文だった。

なんせこの呪文さえあれば、たとえ自分が一人であろうとも簡単に敵から逃げ出せる。

なにせ結界というものは、何も自分達を守る盾にしか使えないわけではない。

「ロイさんッ、呪文で敵を閉じ込めて一対一の状況を作りますから、目の前の敵にだけ集中してください!」

放ったフバーハの光の幕がキメラの周囲を取り囲み、その行動を封じ込めてしまっている。キメラは脱出しようと賢明に結界を嘴でツンツンしているが、キアの放ったフバーハの結界はその程度ではびくともしない。焦れたのか火の息を結界に向って吐き掛けるが、やっぱり結界はこ揺るぎもしない。つーかキメラがバックファイアで自分の体を焦がしてけぇーけぇー鳴いていた。さすが鳥頭、実にアホだった。

そう、今回のようにフバーハの結界は、敵の動きを封じる檻にもなるのだ。

このフバーハという呪文、もっともっと有効な使い方がいっぱいありそうだ。

「もう一回、光幕呪文フバーハッ」

フバーハをもう一度唱え、もう一匹のマッドオックスを閉じ込める。このマッドオックスも結界をツノでツンツンしているが、やっぱり結界はビクとも。

閉じ込められたキメラにしろマッドオックスにしろ、助走距離を稼げないこの状況では出せる威力なんざ正直たいした事ない。結界が破られる可能性なんざほとんどゼロに近いだろう。

これで後は万が一にも結界が破られないように軽く注意しつつ、ロイの戦いぶりを観戦するだけだ。

「おりゃぁぁあああ!!」

「ロイさん頑張れー!」

「キャー! ロイ様頑張ってぇーーーー!!」

かーいらしい声援を背に、ロイは必死こいてモンスターの相手をするのだった。







パチパチと焚き火の弾ける音が周囲に響く。

焚き火を囲むのはゼノス、カイル、リュー、エリザだ。キアとロイの姿はない。2人は今狭い馬車の中で身を寄せ合いながら眠っている。

キアとロイが仲良く並んで眠る姿に某オトメが酷く歯をギリギリ言わせていたが、さすがに自重したようだ。イロイロと。

「思ってたより結構ロイが戦えてるな。この分だと最低でも足手纏いにはならないんじゃないですか団長?」

暖めた酒をちびちび舐めながら、カイルが昼の戦闘を思い出しながら言う。数回モンスターと遭遇したが、ロイは怪我らしい怪我もせずにちゃんとモンスターを倒せていたのだ。

「まぁたしかに想像してたよりはしっかり守りも意識しているみたいだな。まぁそうじゃなかったら俺は泣いていた自信があるんだが……。それに結局、ほとんどキアに守られながらだから、実際一人で戦わせた時にどうなるかはまだ分からん」

そう、ロイは確かにケガらしいケガもなく戦いを終えた。しかし実際の戦闘を見てみれば、常にモンスターと一対一になるようにお膳立てされ、さらにスクルトで防御力を上げ、さらにさらに危ない一撃はことごとくキアが呪文で防いでいた。

こんなに上げ膳据え膳状態での戦いなんて、正直ゼノスは見たことも聞いたこともなかった。というかキア、正直これはやりすぎなんとちゃうか? 本当にコレはロイの経験になっているのかと言われれば、団長は首を傾げざるを得ない。

「たしかに、今回はロイの動きよりむしろキアの動きに目がいきましたね。予想以上にキアのフォローが上手い」

リューの言葉にカイルと団長は深く頷いた。正直キアがアレだけ出来るとは予想してなかったのだ。

リューにしたってキアがどの呪文を使えるかは把握しているが、どのように使うかまでは未知だったのだ。正直光幕呪文フバーハを檻代わりに使うなんて聞いたこともない。

そもそも結界系の呪文というのは自分以外に起点を設定するのが酷く難しいのだ。結界というのは時間がたつにつれ徐々にその効力を弱めていく。攻撃を受けたらさらに加速度的に耐久値は減少してしまう。自分を起点に設定していた場合、減っていく魔力を随時補充できるが、自分以外を起点にした場合はその限りではない。

今回キアが使ったような結界の使い方をしようとしたら、最初に込める魔力を過剰なほどに込めてガッチガチの結界を作るしかない。簡単に言ってしまうと耐久値が減って使い物にならなくなるなら、最初から膨大な耐久値を持たせればいいじゃない、という理論だ。単なる力任せともいう。

いくら精神強化呪文ピオラを使って消費魔力を減少させているとはいえ、アレだけポンポン使うなんざ普通は無理だ。魔力切れを起こしてぶっ倒れる。

それをあんだけポンポンと連発するのだから、リューとしてはもう泣きたくなる。最近はもうキアだからということでスルー出来るようになってはきたが、やっぱりこう、なんだかこう、とってもちくしょーな気分になるのは仕方ないつーかなんつーか。

「正直キアに任せておけばロイは安心だな。まぁあんまりやりすぎると今度はキアなしで戦えなくなりそうだから、そこが心配ではあるが……今回ばっかりは仕方ない」

ゼノスはため息を吐く。本当に今回ばっかりは時間がないのだ。今ばかりはキアとの連携を重視した動きだけを覚えて貰って、なんとか戦力にしないといけない。最低でも足手纏いにならない程度に。

「あれ、そういえばエリザは?」

今まで隣に居たはずのエリザの姿がいつの間にやらなくなっている。カイルが首を傾げると、団長が目線だけで教えてくれた。

団長の視線の先はキアとロイが眠っている馬車だ。そっと馬車の中を覗いてみると、そうでなくても狭い馬車の中でエリザはキアとロイの間に無理やり入っていた。というかロイにへばり付いていた。なんつーか至福の表情で寝ていた。やっぱり自重は出来なかったみたいだ。

抱き枕よろしくへばり付かれたロイはといえば、昼間の疲れもあるのか一向に目を覚ます様子はない。ただうんうん魘されているだけだ。実害はないのでこちらは放置するとして。

「キア、なんか暖かいものでも飲むか?」

さすがに起きたらしいキアにそう声を掛ける。どうしたもんかと困った顔をしていたキアは助かったとばかりに頷いた。






「はい、熱いですから気をつけてくださいね」

「あ、ありがとうございます」

熱々の茶が入ったマグをリューから受け取り、一口啜る。今の時期それほど寒くはないが、それでも温かい飲み物を飲むと酷くホッとした。

「災難だったなキア。それを飲んだらエリザかロイを起こして外に出すから、もう一度寝なさい」

「ありがとうございます団長。でもいいです、二人ともよく眠ってるし、起こすのも可哀想ですから。私が外で皆さんと一緒に寝ます。幸い地面は芝でそんなに硬くないですし、野宿に慣れるにはちょうどいいかもしれません」

それにこの満天の星空を見ながら寝るのも悪くない。キアは夜空を眺めながらもう一度茶を啜った。

満天の星空の下、焚き火を囲んで温かいものを飲みながら友……じゃないが、好きな人達と語らう。なんともロマンを感じるではないか。

「───そうか。すまないな、キア。エリザはこのところロクに眠れていないようだったから、このまま寝かせておいてやることにしよう」

団長が苦笑しながら言った。そりゃキアを押しのけて場所を取る行動は決して褒められたものではないが、今のエリザはやっぱりどこか情緒不安定だったから。普段のエリザならさすがにこんな大人気ない真似はしない。しないはずだ。きっと。たぶん。

「そういえばエリザさんとロイさんの関係って、いったいどういったものなんですか? あ、エリザさんがロイさんを好きってことは分かるんですけど、その、ロイさんの方はなんていうか……」

ぶっちゃけメッチャ嫌がってやしないか。正直あそこまで拒絶されても好意全開なエリザも不思議だが、あんな美人に言い寄られて顔を真っ青にして拒否るロイも不思議だ。

「ああ、たしかに傍から見てると不思議ですよね、あの2人の関係」

リューの言葉にこくこくと頷く。本当に一体どういった関係なのか。

「そうだな。寝物語じゃないが、あの2人のことを少し話そうか」

そして団長はポツリポツリと語り始めた。






※光幕呪文<フバーハ>※
球状の光の壁を発生させる結界呪文。
物理、呪文を問わずあらゆるものを遮断する結界を構築する。
強度は術者の込めた魔力に依存し、時間の経過や攻撃を受けることにより下がっていく。



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