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[3797] 俺はここで生きていく (現実→オリジナルなドラクエっぽい世界) 
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2009/03/29 23:44
2008/08/11 15:09

俺はここで生きていく (現実→オリジナルなドラクエっぽい世界)


初めまして、ノンオイルです。
今回、この板の現実→ドラクエの多くの良SSを読んで自分でも無性に書いてみたくなり、その勢いのまま筆を執りました。
文を書くのも初めて、投稿ももちろん初めての初めてづくしで至らないところも多いと思いますが、暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。


基本的にはドラクエの世界ですが、かなりあちこちに自己解釈が入っています。
また登場人物などもオリジナル予定です。
地名は何箇所か何処かで見た名前を使いますが、基本的に原作やゲームとは別物だとお考えください。


2009/02/26 00:02 オマケ追加【契約魔法】

2009/02/26 22:45 第二十三話追加

2009/02/28 19:18 オマケ追加【創造魔法】
          第二十二話 蘇生料金(職業)をレベル×5→レベル×10に修正(原作仕様)

2009/03/17 21:41 第二十四話追加

2009/03/19 18:08 第二十四話修正のみです

2009/03/29 23:42 第二十四話後 【それぞれの魔法について】 追加 + オマケ全体の修正。




[3797] 序章 第一話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2008/12/19 22:25



           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第一話 ~




世界は滅亡の危機に瀕していた。


魔王が復活してから十数年。
各地のモンスターの活動は活発となり、世界各地の街や村、城を襲い始めた。
多くは自警団や軍隊を持っていたためモンスターをこれまで撃退することができていたが、地方の村には自衛手段を持たない場所もあり、そういった村々にはモンスターに滅ぼされた村もあった。
大きな町や城も長年にわたるモンスターの襲撃に疲弊し、人にとって安住の地となる場はもはやこの世界のどこを見ても存在しなかった。


もちろん、人々はただただ襲われていただけではない。
魔王が復活してすぐに、かの冒険者の聖地と呼ばれた街では、一番の猛者と謳われた勇者を始め多くの若者が魔王討伐の旅に出た。
また、とある勇敢な王の国は自国の軍隊を魔王の城へと向かわせ魔王討伐に乗り出した。他の街や村でも腕に覚えのあるもの達はこぞって武器を取り旅だった。
彼らの姿は雄雄しく勇壮であり、魔王の復活という知らせによる暗い空気を吹き飛ばすには十分な力をもっていた。
彼らの旅立つ勇姿を見送る人々の顔には力強い希望が浮かんでいた。


しかし、現実は非情だった。
軍隊による討伐が失敗し、勇者達の多くが志半ばに散っていったという報告が各地に流れていくにつれ、人々の顔に不安が溢れ始る。
そして一番に期待されていた猛者が火山に向かって火口に落ちて死んだらしい、という噂が流れると人々の顔を絶望が覆うようになった。
この報告が国にもたらされたのが今から7年前。
その報告がされてから魔王討伐の旅に出る若者は減り、今から2年前、かの猛者の息子が仲間たちと共に旅に出てからは一人として旅に出るものはいなくなった。


彼は、街一番の勇者の息子ということで、次こそは、と他の勇者たち以上に周囲の者たちから期待を受けていた。
最初の1年は彼らの活躍は瞬く間に街々に伝わり人々に希望を与えていたが、ついに半年前に足取りを追えなくなってしまった。
期待が大きかっただけに絶望も大きく、人々の顔からは生気が失せ、諦めの空気が国々を覆った。





すべての人々が生きることに疲れ、諦めてしまうかと思われたとき。
たった数人。
恐らく世界中でただ数人だけ未だに諦めていない者がいた。
その者は、才はなく魔法は一般人にも劣る程度にしか使えないが、魔法の研究者としては一流で今まで数々の魔法を生み出し改良してきた、賢者と名高いグレゴリ。
彼は一年前から助手達と研究室を作った塔にこもり、とある魔法の研究をしていた。



「あと…あと、少しなんじゃ!あと何か一つ切っ掛けがあればこの魔法は完成するというのに!」

一人の老人が様々な器具や書物に囲まれた部屋の中央で苦悩を顔に浮かべて言葉を搾り出すようにはき捨てた。

「すでに理論はできておる。魔方陣には魔力をこめ、詠唱も終わっておる。なのに…。なのに、なぜ魔法が発動しないのじゃ!!?」

「やはり無理だったのでしょうか、異世界からの勇者様の召喚など…」

助手の一人が、こちらも顔に苦悩の皺を浮かべ追従する。

「いや、そんなことはない!神界、魔界を始めとする別の世界の確認はできている!確かに今までに異世界と接触したという記録はないが、賢者様はそれも含めた魔方陣の構築をなされている。99%以上完成しているのだ、それはお前もわかっているだろう!」

もう一人の助手が興奮して叫ぶ。

「わかっている!!俺だってわかっているさ!だが、現に魔法は発動しない!もうこれしか、俺たちにはこれしか希望が残っていないというのに!モンスター達はさらに活発になってきているし、軍隊や冒険者たちは疲弊しきっている!俺たちにはもう時間がない。こんなところで足踏みしている場合じゃないというのに!」

そう吐き捨てる顔には悔し涙が滲んでいる。

「二人とも落ち着くのじゃ!」

興奮する二人の助手を見て落ち着いたのか、グレゴリが二人を宥める。

「ワシも気づかんうちに煮詰まってしまっておったようじゃな。ほれ、二人ともこれでも飲んで落ち着くのじゃ」

そう言って手ずからお茶を入れて振舞う。二人が謝辞を述べて飲むのを見て自分も口をつける。
ちらかった研究室に一時ホッとした空気が流れる。





「……ふぅ。しかしどうしたものかのぅ。どこが間違っておるのか、何が悪いのかがわからねば手の施しようがないぞぃ」

グレゴリは密かに自慢に思っている立派なあごひげを撫でながら二人の助手に目をやる。

「とにかくもう一度最初から確認してみてはどうでしょうか。何か見落としがあるやもしれません」

「私もそれしかないと思います」

「ふむ…それしかないかの。二人とも、大変じゃがここががんばりどころじゃ。よろしくたのむぞ」

「はい!」「よろこんで!」

3人決意を新たに気合を入れたちょうどそのとき。
グレゴリは塔に張ってあった結界内によく見知った気配を感じた。

「ほほっ。あやつが帰ってきたようじゃな」

必要な魔法薬を買いに街に出ていた最後の一人の助手が帰ってきたようだ。

「どれ、出迎えてやるとするかの」

3人で出迎えると、いつもは一番冷静な助手がすごい形相で荒い息をついていた。

「どうしたんじゃ、そんなにあわてて。もしやモンスターに結界をやぶられたかの!?」

そんなことがあればすぐに自分にはわかるはずだが、何事にも例外は存在する。
気を引き締め臨戦態勢を取りつつ辺りに気を配り始める3人。

「………ったんです」

うつむき荒い息をつきながら何とか搾り出す助手。

「なんじゃ?」

聞き取れなかった言葉をよく聞こうと助手を覗き込む。
息が大分整ったのか、顔を上げ、そのグレゴリの肩をつかみキラキラした瞳で叫ぶ。

「やったんですよ!!やったんです!勇者様が…勇者様が魔王を倒したんですよっ!!!」

その助手のあまりの勢いに若干押されてしまい、腰を引いてしまったが、その言葉の意味が浸透するにつれ驚愕が感情を支配する。

「「「な、なにいいいいいいいいいっ!!!???」」」







「……そして、勇者様は魔王を無事倒し、世界は再び平和になったのです、めでたしめでたし、まる」

目の前のちっこい生き物はどこから取り出したのかは知らないが角帽(大学の卒業式にかぶることがあるアレだ)をかぶり、人差し指を立てつつ講釈している。

「いや…、アレ?ん?えっと??」

さっぱりわけがわからない。途中までは…というか、最後のほうまで俺がその最後の希望の勇者っていう流れだったよな?
え?それがなんでいきなり勇者が魔王倒しちゃってんの?
しかもめでたしめでたし?
んじゃ何で俺ここにいるんだ??





俺の名前は四十万(しじま)悠人。
自室で寝ていた…はずだよな?
そして、目が覚めたら変な部屋にいた。
現状を簡単に説明するとこんな感じだ。
うん、正直混乱している。
風呂に入って一日の疲れを落として、暖かい布団の中で眠る、そんなありふれた幸福から、気づいたら硬い石の床で寝かされていて、周りにはよくわからない物がゴロゴロ転がってたんだぞ?
なんかあちこち壊れてるし…廃墟という風ではないんだけど。
壁にかかってる燭台からの火の揺らめきが不気味さを演出している。
一瞬、誘拐されたか?とも考えたが、別に俺を誘拐してもメリットないしなぁ。
何か人と違ったすごい部分なんて何もない普通の一般人だし。
あぁ、苗字が珍しいというのはあったか。
話がずれたな、どうもわけがわからなすぎて現実逃避したがっているらしい。
で、一人混乱しつつ落ち着きなく周りを見渡していたら、いきなり声がしたわけだ。

「わたしが説明しましょう」

声の方を振り向くと、ちっこい生き物がフワフワ浮いている。
角帽かぶったスーツ姿の女の人?
髪は目も覚めるような綺麗な青く長い髪でキリッとした美人だが…、身長30センチくらいだから、美人というよりも小動物的な可愛いさという形容が合う。
そして極めつけは透き通った羽が2対4枚。
あぁ、妖精…だよな。

「ここはアナタがいた世界とは恐らく別の世界です」

まさにファンタジーの世界だな…。
一応確認しておく。

「なぁ、あんた、妖精…だったりする?」

違ってたら俺って馬鹿みたいだよなぁ、と思いながらも好奇心を抑えきれずに声が少し上ずってしまった。

「それ以外の何かに見えたりするのですか?もしそうなら医者にかかることをお勧めしますが」

「…うっしゃああああああああああああああああ!」

あぁ、叫んじまったさ!
しかもガッツポーズ取りつつな!
だってファンタジーだぜ!?
俺は人並み以上にゲームや漫画といったものが好きだった。
架空の物語を読むのが好きだった。
そういうものが、現実にはありえないとわかってはいるさ。
わかっているからこそ、そういうファンタジーの世界が好きだった…んだけど。
今自分が経験しているのは思いっきりそのファンタジーの世界だ。
これが嬉しくないわけないだろ!?

「イーーーーーーーーーャッホーーーーゥ!」

ドガシッ

「…いてぇ」

「いい加減に正気に戻るのです」

この妖精…いや、このチビ、顔蹴りやがった。
くそっ、腰が入ったいい蹴りだな。

「これから何もわかっていな可愛そうなアナタに、可愛いわたしが懇切丁寧に現状を説明してあげるというのです。静かに聴いていてください」

…こいつ、さっきから思ってたけど微妙に性格悪いんじゃないか。
チビはこちらの様子にはまったく構わず話し始めた。

「世界は滅亡の危機に瀕していました」

―― そして話は冒頭へと戻る。







「………結局、なんで俺はここにいるんだよ?」

ついつい聞き入ってしまった。
2時間くらいたってようやく一息ついたチビに俺は疑問をぶつける。
途中までは、手に負えない魔王を倒すために異世界から勇者を召喚することになって、俺がその勇者!っていう燃えるシチュエーションだったのに、最後で肩透かしを食らってしまった気分だ。

「ふぅ、理解力が足りない人ですね。それにまだまだ話は途中なのですよ」

「ちょっとまて、お前今めでたしめでたし、まるって締めたじゃないかよ!」

チビは突っ込みをしれっと流して、聞き分けのない生徒に噛み砕いて説明するように話し始める。

「気のせいです、黙って聞いてください。…コホン。それでは続きを話ます。そうして世界は再び平和になりました。グレゴリのジジィ…失礼。賢者グレゴリもその事実に大層喜びました。しかし考えたわけです。今回の魔王には自身の研究は無駄に終わってしまったが、いつまた魔王が復活しないとも、新たな魔王が現れないとも限らない、と」

ふむふむ。
ってことはまた魔王が復活した、とかそういうことなのか!?
俺の勇者伝説が始まるわけだなっ!?

「先を焦る男はモテないですよ。そう考えたジジ…失礼、賢者グレゴリは、この魔法は未だ未完成ながらもほぼ完成していたために、次の有事にはきっと役に立つだろうと、魔王が復活したら解けるように、悪用を防ぐ封印を塔の研究所に施したのです。それがこの部屋になります」

言われ周りを見回す。
確かに研究所と言われればそんな感じもする。
棚にはたくさんの書物、床には魔方陣。
よくわからないフラスコっぽい何かが木でできた机の上に所狭しと並べられている。
本が床に何冊か落ちていたり、魔法陣が消えている部分があったり、フラスコは全体の3分の1くらいの物が割れていたりと、あちこち壊れてはいるが、壊れる前は結構立派な施設だったんじゃないだろうか。

「そして、その封印をなされたのが…恐らく、今から数百年前です」

……はい?

「その間ずっと平和だったのですね、きっと。現に今も別に魔王が復活した、ということは封印の状態を見る限りなさそうですし」

…なんかいや~な予感がするな。
こういう予感って、あまり外れたことがないんだよな。

「…なぁ、魔王とやらが復活したんじゃないんなら、何で封印が解けたんだ?しかも未完成の魔法とか言ってなかったか?」

何で俺はここに召喚されたんだ?

「解けてませんよ」

チョットマテ。
何言いやがりましたか、このチビ。

「…悪い、聞き間違えたようだ、もう一度お願い」

「まったく、理解力だけじゃなくて耳も悪いんですか、アナタは。…いえ、なんでもありません、だからそんなに睨まないでくださいよ。私はか弱いんですから」

俺が睨みつけると飄々とそんなことをのたまいやがる。

「あ″~~~っ、もういいから!話が全っ然すすまねぇ!さっさと続き話せって!」

「もう、せっかちは…わかりましたよ。封印は解けてません。どうやら、地震か何かで天井が少し崩れて魔方陣にぶつかったみたいで、そのショックで誤作動したようですね」

………WHY?
なんだって、誤作動?
そのグレゴリってオッサンは最後の一手が全然見つからなかったってのにテレビを斜めからたたけば映りがよくなるって言う程度の刺激で作動したってのか?
封印されてるのになんで作動するんだ!?
んじゃ俺は間違って連れてこられたのか??
ああもう!聞きたいことが多すぎるっ!
だが、何はともあれ、これだけは確認しておかなければならないだろう。
嫌な予感が抑えられないが、俺は足元の壊れた魔法陣っぽいものを見つめながら恐る恐るチビに問いかける。

「異世界にこれたのは純粋に嬉しいんだが……俺は帰れるのか?」

「無理ですね」

「即答っ!??」

嗚呼……父上様、母上様、そして生意気だが可愛い妹よ。
俺はよくわからない偶然でよくわからない世界へと拉致されてしまったようです。
しかも、これからこの世界で生きていかなければならないようです、まる。


これからどうなってしまうんだろう。




[3797] 序章 第二話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2009/02/24 02:50
悠人だ。
普通じゃできない、ファンタジーの世界に召喚されるというある意味自分が望んでいた体験をすることができた。
そんな望外の幸運と、その結果もう二度と元の世界に戻れないかもしれないという不運。
足したらプラスとマイナス、どっちに傾くんだろうな。
圧倒的にマイナスに傾きそうな気がするのは俺の気のせいなのか…。

「気のせいですよ」

うるさいっ!!
心の中まで突っ込むな!
ってか、心が読めるのか?

「いえ、アナタ口に出してます」

…どうやら相当参っているらしい。
これからどうなってしまうんだろう。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第二話 ~






「残念ですが、覚悟を決めてこの世界で生きていくしかありませんね。でも、大丈夫ですよ、この世界もそんなに悪いものではありません」

チビ!慰めてくれるのか。
お前のこと性格悪いかも、なんて誤解してたかもしれないな、悪かったよ。

「それに、アナタみたいな何の力もないような人はすぐにモンスターにやられて死んじゃいますんで、悩んだり落ち込んだりしなくてすむようになりますよ」

前言撤回だ!
やっぱしこいつ性格悪ぃ!!って、それよりも。

「魔王は復活してないんじゃなかったんじゃねーかよ!?」

なんでモンスターがいるんだ!?

「魔王は確かにモンスターを生み出しますが、すべてのモンスターがそうだというわけではありませんからね」

「どういうことだ?」

チビはふぅ~、と息を吐きつつ、手のかかる生徒に対するように話す。
…我慢、我慢だ俺。

「少しは想像力を働かせてください。モンスターを生み出せる存在は魔王だけ、というわけではないのですよ。魔王の側近で力のあるものだって生み出せます。それに噂では魔王と呼ばれる存在は1体というわけでもないらしいのです」

なるほどね。
ってことは、この世界で生きていくには、少なくとも自衛できる程度の実力をもってないと駄目ってことだな。
しかしなぁ…、今まで武道の経験なんて小学校の頃に数年剣道をかじった程度だし、そもそもかなり昔だからもうとっくに忘れてるんだよな。
運動神経だってそこまで良いとは思えないし。
ん?まてよ!

「なあなあ」

「はい、なんでしょうか?」

「俺って、魔王を倒すために呼ぶ魔法陣でよばれたんだよな?ってことは…」

なにかすごい能力が隠されてたりするんじゃないのか、そう続けようとした俺にヤツは何か可愛そうなものを見るような目でこっちを見る。

「そんな都合のいいことあるわけないでしょう。魔法陣がしっかり完成していて、さらに正規の手順で召喚された人物ならそういう力のある方が選ばれたでしょうが、アナタは手違いで呼ばれた存在。100%ないとは言い切れませんが、そんな力があるかどうかなんて、アナタ自身が一番よくわかるのではないですか?」

……くっ、悔しくなんてないんだからな!
チビっこい毒舌家にぐぅの音がでないまでに言い込められた俺はしばらく傷心を癒すために部屋の隅に移動し体育座りした。
手元に落ちていた本を何とはなしにパラパラとめくる。
世界が違っていて読めるのかね、とは思ったが、幸いなぜか日本語で書かれていて読むことができた。
軽く眺めただけだが、どうやら魔法に関する論文や、所謂魔法書といった類の物らしい。
ん!?
パラパラ流していく最中、見覚えのある言葉、そしてこんな所にあるはずのない言葉を見た気がしてそのページを探す。
………あった。
他の本もいくつか見る。
やっぱりだ。
……そうか、そうだったんだ。

「ここ、ドラクエの世界だったんだな……」

最初の本にはスクルトと。
そして他の本にはルーラ、マヌーサ、メダパニと。
俺の目に映ったのはドラクエ世界でおなじみの、ある意味有名すぎる魔法の名前のオンパレードだった。





「ドラ……クエ?何ですか、それは」

「あぁ、それは…」

いつの間にかすぐ後ろまでチビが飛んで来ていて、肩の後ろから俺の読んでいた本を覗き込んでいた。
不思議そうな顔をして小首を傾げている。
…少し可愛いなんて思ったのはきっと気の迷いだな、うん。
って、そんなことはどうでもいい!
どうやって説明したものかなぁ。
馬鹿正直に自分の世界にあるゲームの名前だって言うのは簡単だ。
もちろん、俺のやったことのあるドラクエとこの世界が同じだったり繋がりがあったりするのかはわからない。
だけど、そんなことは関係ない。
こうして床に少し積もってる砂を手に握ってみれば感触はある。
持っている本の手触りだって、覚えのあるものだし、すこし埃っぽい部屋の臭いだって、全部が全部現実だ。
顔を左に向けるとチビと目が合う。
俺の一連の行動をきょとんとした表情で見ている。
コイツ…こういう表情だと少し幼く見えるのな。
このチビだって現実だ。
そして、まだ会ったことはないが、この世界には現実として生きている人達が大勢いるはず。
自分の元いた世界のゲームの世界だなんて、人が聞いたらいい思いをするわけないし、何より俺自身がそんなことを言いたくない。

「俺の世界にはさ、ドラクエっていう、神話……のような物が伝わっててさ。その神話で出てきた魔法の名前が、この本に書いてあった名前と同じなんだよな。だから、ついドラクエの世界か、ってさ」

「そう…ですか。ただの偶然なのかもしれませんが、もしかしたら、過去にこちらの世界からそちらの世界に移動した人がいて、そのドラクエという神話を作ったのかもしれませんね」

チビは手を組みつつ小さな顎に手をあて考え込むように言った。

「あはは、かもな!」

俺は軽く流したが、…いや、ありえる……のか?
もしそうなら戻る方法もある…ということになるけど……うーん??
まぁ、このことは追々考えていけばいいだろう。





「それより!やっぱし魔法あるんだよな!俺にも使えないかな!?」

んなごちゃごちゃしたことより、やっぱしこれだろ!
異世界に行ったらやりたいことランキングのトップ3に確実に入るぜ、これは!(俺調べ)

「そうですね…、よほど才能がない、ということがない限り使えると思いますよ」

おおおおおおお!
やっぱし最初はメラかな、んで、ヒャド、ギラときて……ホイミとか回復魔法も使ってみてーよな!
デイン系はさすがに無理かなぁ、俺勇者とかじゃないらしいし。
ちょっとひねって僧侶系の攻撃呪文のバギとかも面白そうだな。うわ、夢が広がるな!
うっし、テンションあがってきたああああああああああっ!

「早速つかってみたいな!どうやったら使えるんだ!?」

少し身を乗り出しすぎたのか、チビは身を引いて逃げる。

「さぁ?」

さぁって、おいおい。

「お前は魔法使えないのか?」

飛んでるのに。
飛んでいるのは魔法じゃないのか?でも、トベルーラっていう魔法もあったような…?
アレは別のだったっけ。

「も、もちろん使えますよ。でも、人間とは魔法の覚え方が違うらしいので、わたしには人間に教えることはできないのですよ」

ふぅん、そんなものなのか。
ま!そんなことじゃ今の俺の魔法に対する探究心はなくならないけどな!

「んじゃ、とりあえず人のいるところに行くかな。人のいるところ……となると、街か」

そこまで考えた時、ふと気づく。
そういえば、この部屋窓がないから気づかなかったが、もうかなり時間たってるんじゃないか?
心なしか腹も減ってきた気がするし。
周りを見渡しても食料なんて欠片もありそうもない。
ちょっと……まてよ?
な~んかまたいやーな予感がしてきたんだが…。

「な…なぁ、この塔のすぐ傍に街があるんだよな?もちろん」

恐る恐る聞くと、このチビめっ、にっこりイイ笑顔でいいやがった。

「知るわけないじゃないですか。わたしだってさっき数百年ぶりに起きたのですから」

なんですと!?

「そういえば、その辺の話は全然してなかったですね。」





「わたしはグレゴリのジジ…もうジジィでいいですよね、あんなヤツ。ジジィに呪い…いえ、契約をさせられて、この魔法陣で何者かが召喚されるまで眠りにつかされて、召喚された人物に服従を誓わせられ、その人物の奴隷となって働かさせられることになったのです」

チビはヨヨヨと泣き崩れる。
たぶん嘘泣きだな、アレ。
けど、今までの言動、あれで俺に服従誓って奴隷となって働いてたつもりなのか?
確かに話はしてくれたけど。
まぁ、だからといって同情心が沸かないわけもないけどな。
チビの話が本当なら、アイツは数百年も眠っていたことになる。
妖精の寿命がどうなのかは知らないが…、辛いよな。
周りの家族とかいなくなってる可能性のほうが高いし…。

「だから、不本意ながら。ほんっとうに不本意ながら、わたしはアナタに服従を誓い、アナタの奴隷となることになってしまっているのですよ」

チビはソッポを向きながら吐き捨てる。
本当に嫌そうだな、アレ。

「なるほどな~。んじゃ、肩揉め!」

ニヤリと笑って嫌らしく命じてみる。

「誰がやりますか。一昨日来てください!」

ゲシッ
いてぇ、肩蹴られた。
ってか、どこが服従してるんだ?
グレゴリってジジィ、召喚の魔法の時の失敗といい、実は大したことないやつなのか。

「いてーな、冗談だっつーの!ったく、少しはしおらしくなったと思ったら…。まぁいいや、ところで、その呪いって解除方法ってないのか?」

「…いえ、呪いではなく契約ですので、例えばアナタがその契約を破棄する、と言えばわたしは自由になれます。まぁ、わたしのような可憐な妖精を手放すような人なんていないでしょうが。もう諦めました」

呪いと契約の違いがよくわからないが…うん、それなら。

「んじゃ、契約を破棄する。チビは今から自由でいいぜ」

「えっ?」

チビは何を言われたかわからないといった表情でこっちを見る。
こんな毒舌で主人を足蹴にするような奴隷?なんていらない、っていう気持ちもないわけではないけど。
それでも、意に沿わない命令をされる立場になるなんて自分に置き換えるとぞっとしねーしなぁ。

「そんな契約なんてなかった事にしていいぞ」

「ほ、ほん…とうですか?」

おずおずとこっちを上目遣いで見上げてくる。
ぐ、その表情は卑怯だ、何がとはいわないが。

「あ、あぁ」

そんなそぶりを見せないように努力しつつ頷いてやる。

「…ありがとです」

そう言って、少し赤くなってはにかむチビは文句無しに可愛かった。
少しもったいなかったかな?





「それじゃ、アナタの気が変わらないうちに、さっさと契約を破棄しちゃいましょう」

さっぱりした顔でチビは軽く微笑む。
今まで仏頂面が多かっただけに威力でかいなー、と関係ないことを考えながら聞きかえす。

「あれ、さっきのじゃ駄目なのか?」

「曲がりなりにも契約ですからね。しっかり自分の姓名を宣言して、その名の下に契約を破棄する、と言わないと効力がないのですよ。……そういえば、まだ名前も聞いてなかったですね」

こっちもチビって呼んでたしなぁ。
そういうことなら、その形式に則ってやってみますか。
…ちょっと照れるな。

「えっと…それじゃ。我、四十万悠人、我が名の下に契約を破棄する。…これでいいのか?」

頬が熱くなるのを自覚しつつチビに聞く。
漫画とかの受け売りっぽい宣言だったが、こんなんでいいのだろうか?

「ええ、上出来です。我、リア・ビュセール、我が名の下に契約を破棄します」
宣言が終わったと同時に身体が少し軽くなった気がした。

「…はい、これでわたし達の契約は破棄されました。ありがとうございました」

律儀に頭をさげるチビ…リアに少し視線をそらしつつ手をひらひら振る。

「へぇ、リア・ビュセールね。結構いい名前じゃないか。リアって呼ばせてもらうな」

「アナタはシジマ・ユート…さんですか。変な、いえ、珍しい名前ですね。珍妙なアナタにはお似合いの名前ですよ。シジマさんでいいですか?」

性格はどうやらさっきまでのが素らしいな。
俺は先ほどのリアの様子を思い返して苦笑しつつ

「ユートでいいよ。名前はそっちなんだ」

「ユートですか…わかりました。姓と名が逆なのですね、そちらの世界では」
まぁ、日本くらいなものだけどな。





これで自由になったんだし、リアはきっとどこか俺とは別のところに行くだろう。
右も左もわからない俺としてはもう少し一緒に行動して欲しいところだけど、数百年も眠っていたのだ、何か思うところもあるだろうし、強要はできない。

「しっかし、別れ際に名前を教えあうなんて…なんか間抜けだな、俺たち」

少し可笑しくなって笑いながら話しかけると、リアはきょとんとして聞き返す。

「別れ際…ですか?私はもう少しユートについていくつもりですよ」

「そりゃ俺としちゃ助かるけど…いいのか?戻るところとか、行きたい所とか」

そう俺が聞くと、リアは少し寂しそうに微笑む。

「もう数百年たってますからね…。わたしの知っていた頃とは世界も変わってしまっているでしょうし、家族も…。だから何処かに行くあてもないのですよ」

しまった、蒸し返すような話じゃなかったな。
少し考えればわかることなのに俺は…。
軽く後悔したが、言ってしまったものは仕方ない、これからの行動で元気付けてやればいいだけだ。





そんなユートの様子を見つつリアは密かに思う。

(別に故郷には戻る気はなかったからどうでもいいのですが。意外とお人好しですね。まぁ、好都合なのでそういうことにしておきましょう)

少しクスリと笑ってしまったが、幸運にもユートには気づかれなかったようだ。
それにしても、と思う。

(あからさまに同情を誘うように話したとはいえ、今まで結構辛らつな事を言っていたのに、すぐに契約を破棄してくれるとは。人の中にはこんな人もいるのですね…。安全な所まで着いていくだけのつもりでしたが、少しユートに興味が沸いてきました。少し一緒に行動するのもよさそうです。これから楽しくなりそうですね)





「そ、そうか。んじゃ、気分変えてさっそく出発するか!早く街にたどり着かないと、最悪餓死なんて事になりかねないしな!」

俺は心持ち音量を上げて音頭をとる。
リアはそんな俺の様子を少し苦笑しつつ俺の方に寄ってきてそのまま肩に座る。

「さっ、それじゃお行きなさい!」

「って、おま、それなんか違わないか!?こら!降りろっ!」

振り落とそうと軽く肩を揺するがしっかりこちらの服をつかんで離さない。
挙句の果てには膝蹴りを後頭部をくらってしまい、仕方ないので諦めた。
ったく、リアの蹴り、結構痛いんだぞ。
俺は溜息を吐きつつ歩き出し、研究室の扉に手をかけながら隣を横目で見る。
そこでは少し笑いながら前を見つめるリアがいる。
……楽しそうだから、まぁいいか。
さぁ、冒険の始まりだ!
俺は心の中で気合を入れて、扉を開け放った。



[3797] 序章 第三話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2009/02/24 02:50
リアです。
ようやくあのジジィの封印から開放されて、しかも呪いからも開放されて自由になったというのに。
いきなりぴんちです。
命の危機です。
でんじゃーです。

「どわああああああああああっ」

ユートが何か叫んでますね。
静かにしなさい、叫んでも何も変わらないでしょう。

「無理だあああああああああああああああああああああっ」

まったく情けない。
もっと冷静に、くーるにいかないとすぐに死んじゃ…いたっ!かすった、爪がかすりました!
まずいですまずいですまずいです!!
こうなったらもー、ユートを囮にして逃げるしか…はっ!
コホン。
少し取り乱してしまったようです。
わたしも冷静にならないと駄目ですね。
もっとも、冷静になった所でこの状況がよくなるとは思えませんが。
わたしはこのピンチを運んできた死神達を油断なく見つめて立ち位置を慎重に考えました。
よし、この位置ならユートを壁にできますね。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第三話 ~






オオアリクイ二匹、一角ウサギ一匹…かな、あれ。
何度みてもでけぇ…。
俺は少しだけ冷静になった頭で敵の姿を見る。
一角ウサギは角抜かして50センチくらい、オオアリクイは70センチくらいあるか、あれ。
一瞬だけ、うおー、すげー!モンスターだっ!って喜んでしまったが、それが襲い掛かってくるとなると話は別だ。
でかいだけあって迫力がすごいんだ、これが。

「ってか、リア。お前何か魔法使えないのか!?メラとかギラとか!あいつらやっつけちゃってくれよ!」

「数百年ぶりに目が覚めたんですよ!?魔法力なんて欠片も残ってないですよっ!」

リアは少し焦ったように叫ぶ。

「つかえねええええええええええええっ!」

ったく、なんでこんなことに!
研究室の扉をくぐると、そこは塔の中で。
くぐった瞬間、今までドアだったものが壁に変化したのには驚いたなー。
リア曰く隠し扉らしくて、そこに扉がある、と確信して調べればすぐに扉が見つかるらしい。
まぁ、別に研究室の中には用はなかったからそのまま塔の外へと向かって歩き出したんだが…10歩と歩かないうちにモンスターに出会ってしまったのですよ。

「なんで研究室の塔にモンスターなんかいるんだよっ!?グレゴリとかってオッサンは何考えてるんだ!!!」

敵の攻撃を避けつつ俺はリアに叫んだ。
うぉっ!あぶなっ、っと。
こいつら、今のところ一直線に突っ込んでくるだけだし、思ったよりも鈍重だったから何とか避けられてはいるけど、それもいつまでもつかわからない。
くそっ!ゲーム序盤で出てくるはずの雑魚敵のくせに!!
問題は今の俺がその序盤よりもさらに弱い状態だ、ってことだな。

「わたしが聞きたいくらいです!何かがあってこの数百年の間に塔に住み着いたとしか思えません!塔の様子もなんかおかしいですし!」

リアがしっかり俺の肩をつかみつつ言葉を返す。
……ってかオマエ。さりげなく俺のことを盾にしてねーか?

「気のせいです」

リアは敵と自分の間にうまく俺の肩を置きながらしれっとのたまう。
くそ…無事に切り抜けたらお仕置しちゃる!

「のわっと!」

焦れてきたのか一角うさぎが頭の角を構えて飛び掛ってきた。
それをなんとか上半身を逸らす事でかわしたが、体勢を崩してしまう。
ヤバッ、次の攻撃を避けられない!

「ユートッ!」

リアが悲痛な声で叫ぶと同時に、右手から軽くない衝撃が体にぶつかってきた。
オオアリクイの体当たりのようだ。

「ごふっ」

研究室のあった壁まで吹っ飛ばされてるが、幸運にも壁にたたきつけられることはなかった。
幸運にも、か?
体当たり一発で数メートル飛ばされるってどんな威力だよ、まったく。
体中痛いが、直接当てられた右腕が一番酷く、鈍い痛みと痺れで恐らく使い物にならない。
変な音は聞こえなかったからかろうじて折れてはいないだろうが、これはまずい!
イタイイタイイタイイタイッ!!!!
頭の中をその言葉だけが回り続ける。
痛みで他の事が考えられない。

「ユート、大丈夫ですか!?」

そんな声がスッと頭の中に入ってきた。
声の方を見やるとリアが泣きそうな顔で聞いてきている。
こいつ、なんだかんだ言って優しいのな。

「あぁ、これくらい大丈夫だって」

痛さをこらえてなんとか笑顔を向けてやる。
俺も男の子ですから。
サイズが小さいとはいえ女の子に心配な顔はさせていられません。
まぁ、それはともかく、思考は少しまともになったが…正直やばいな。
右腕が使い物にならなくなった、というのもあるが使えたとしても武器も何もない状況じゃ反撃ができない。
だけど、先ほどまで3匹が休みなしに攻撃してきたから逃げることすらできなかったが、今なら吹っ飛ばされた分距離が空いている!

「逃げるぞ!しっかりつかまってろよ!!」

俺は立ち上がるとリアにそう声を掛けると返事をまたずに後ろに向かって駆け出した。
逃げる途中で他のモンスターに出会いませんように!
そう、切実に祈りながら。







「くそっ!しつこい!!」

塔の中を一直線に走って逃げてはみたが、後ろから追いかけてくる気配はなくならない。
いや、それどころか、気のせいか増えている気がする。

「気のせいじゃなく増えていますね」

あぁ、残酷な現実を認識させてくれてありがとよっ!

「何の計画性も考えもなく逃げるなんてことするからですよ」

塔の構造も全くわからないのに計画性や考えなんて浮かぶかっ!
俺は言葉に出す余裕もなく逃げているので心の中で反論しておく。
しかしこの塔結構広いのな。
何度か角に突き当たって曲がっているので、実際はそこまで広くはないのかもしれないが、それでも結構な距離を走っている。

「前はこんなに広くなかったような気がするんですが、おかしいですね」

リアの顔も少しいぶかしげだ。
そうこうしているうちに目前にまた角が迫ってきた。
くそっ!また角か、曲がった先に敵がいません、よ、う、にっ!
祈りを込めて曲がり角を曲がると敵はおらず、それどころか空の青に太陽の光が見える!

「ユート!出口ですっ!!もう少しですよ、がんばって!」

リアも心なしか興奮している。
俺のやる気もかなり持ち直した。
あそこまで逃げればなんとかなる!
ラストスパートだああああああああっ!!







ひゅぅぅぅっ
外からの風が気持ちいい。
塔の突き当たりから下を覗き込む。
じゃりっ
足元の砂が地面に向かってぱらぱらと落ちていく。
4階……か、ここ。

「ユート、ど、どうしましょう」

リアもその白い肌をさらに青ざめさせている。

「はぁっ、はぁっ、研究、室、4階にあった、んだな」

はずむ息を整えつつリアに問いかける。
後ろから追いかけてきていたモンスターの気配はなくなってはいないが、距離を稼げたらしく、まだ少しの時間はあるようだ。

「わ、わたしがおぼえてる限りでは、研究室は1階にあったはずなんです」

申し訳なさそうに、そして少し悔しそうに唇をかみ締めてリアは言った。

「はぁっ…ふぅ。ここから落ちたんじゃ助かりそうにないよなぁ」

もう一度下を覗き込んでみる。
1階1階の間隔が高いせいか、4階といってもかなりの高さになっている。
ゲームではこういったところから落ちると入り口に無事着地できるのだが、今の状況でそんなことを確かめようとは思わない。
綺麗な景色だなぁ…。
方向が悪いのか、塔から見える景色は海ばかりだ。
海岸から塔まで少しあるが、その間に街を見ることはできない。
どうやったら俺も助かるかなぁ。
リアのことは心配していない。
いや、別に見捨てるとかそういうわけではなく。

「とりあえず、リア。お前飛べるんだからそこから脱出してくれ」

というわけだ。

「な!何をいってるんですか、アナタは!」

泡を食ったようにリアはまくし立てる

「何一人でかっこつけようとしてるんですか、弱いくせに!!わたしにアナタを見捨てろって言うんですか!?アナタみたいな一人では何もできない情けない人を!?妖精舐めないでください!」

…うん、優しいのはわかるんだが、もう少し表現にも優しさが欲しいよな。
少し目の端に浮かんだ涙を意識の外に追い出しつつ、俺は努めて冷静に言う。

「まぁ、確かにお前を逃がそうっていう気持ちがないわけでもない。だけど、これは二人とも助かるための道なんだ」

「…どういうことですか」

少しは落ち着いたかね。

「簡単なことさ。このまま二人で逃げ回っててもいずれモンスターにやられる。そうなる前にリアに助けを呼んできて欲しいんだって」

目の前には街なんて全く見えないが、塔の反対側のすぐそばに街がある可能性だってないわけではない。
少なくとも、二人で逃げ回っているよりは生き残る可能性が高いだろう。

「ですが!」

「それに、だ。もう話あってる時間もなさそうだ」

くぃっと今走ってきた方を左手の親指で指し示してやる。

「おーおー、わらわら来てるね~」

オオアリクイ、一角ウサギはもちろん、でかいカエル、気持ち悪い蝶っぽいの、カラス、スライム、何でもござれだね。
なんかモンスターの数が多すぎてぶつかり合っているせいでここまで来るのにまだ猶予がありそうだが…。
正直怖い、めっちゃ怖い。
命の危険が間近に見えて迫る時の怖さがここまでとは。
くそっ!それでも!

「ほれ、さっさと行って助けを呼んできてくれ!俺の命はお前にかかってるんだからな」

心配させないように意識して軽く言う。
正直、どこまで成功しているかわからないが、一応の体裁はついただろう。

「バカです、アナタは…。震えてる癖に格好つけて…!わたしが助けを呼んでくるまでに死んでいたら許しませんからね!」

あーあー、バレてら。
まぁ、仕方ないか。
いくら強がっても足の震えが止まらないし。
リアは俺のほうを最後に一度見ると、振り返らずものすごい勢いで塔から下りだした。
お~、早い早い。
ってか、自分で飛んだほうが俺に掴まってるより早いじゃねーか。
さって、と。
さっきの俺、ちょっと死亡フラグっぽかったよなぁ。
近づいてくるモンスター共を見据える。
いっちょ死ぬ気で逃げ切ってやりますか。

「死亡フラグ?んなもんへしおってやらあああああああああああああああっ」

大声を上げて気合を入れながら先ほど通ってきた道とは反対の崖沿いに走り出した。
モンスターの団体を引き連れて景気よく走る。
走る、走る、俺は今風になっているううううううううっ!
痛みとランナーズハイで少し危険な状態のまま走っている俺の耳に。
カチッ!
って音がして。
ぱかっ!
っとマヌケな音がすると同時に足元の床の感触がなくなる。
ふむ、どうやら落とし穴のようですね。

「なんでじゃああああああああぁぁぁぁっ」

暗い穴に俺は吸い込まれていった。



[3797] 序章 第四話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2008/12/19 22:26
ユートだ。
もう少しでゴールだっ!
俺の前を走れるやつなんて何もいねぇ!
全てのヤロー共に俺のテールランプを拝ませてやるぜっっ!!!
ふははははっ、俺がナンバーワンだああああああああああっ!
…最後はそんな事を考えていた気がする。
ある意味落とし穴にはまって良かったのかもしれない。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第四話 ~






「っ!痛てぇ……」

意識が戻ると尻に鈍い痛みが走る。
落とし穴はそこまで深くなかったらしく、尻が痛いだけで他に特に新しい異常はなさそうだ。
足を折ったり、頭から着地しなくて良かったけど。
右腕は相変わらず鈍い痛みでジンジンしてるし、体中も痛い。
加えて限界まで走っていたため体力もほとんどゼロ。
満身創痍だなぁ、こりゃ。
そんな事を思いながら辺りを見回すが。

「見事に何も見えねーな」

辺りは真っ暗闇だ。
先ほどまで走り回っていた通路は、外というほどではないが、少なくとも地形がわかる程度には明るかった。
今思い返すと燭代が一定間隔にかかっていた。
そのおかげだったのだろう。
ここが部屋なのか通路なのかはわからないが、ここには明かりは一切ないらしい。

「どうしたものかな」

まだ頭がハッキリしておらず、何をすべきか頭が回らない。
とりあえずつぶやいてみる。

「落ちてきた穴は…と、閉まっているな」

空いたままなら登れなくとも明かりがあったろうに。

「まぁ、モンスターの大群から逃げられたのは良かったけど」

立ち上がる体力もないので、仕方なく辛うじて動く左手で辺りをさぐってみる。

「何も触らない…と」

壁でも近くにあれば、それを伝って歩くという手もあるんだけど。

「いっこうに目は慣れないし」

若干足元がわかるようにはなったが、それだけだ。

「それに、なんか息苦しいな」

埃っぽい。風もないし、空気が淀んでいる気がする。
どこかの部屋…なのかもな。

「というか、独り言ばかりだな、俺」

意識してなかったが、かなり精神的に参ってるらしい。
一人でいる心細さ、何も見えない暗闇、すがるものも近くになく、そしていつモンスターが襲ってくるともわからないプレッシャー。

「はは、こりゃキツイわ」

ガタッ!カラカラカラッ…

「ひっ!」

どうやら、少し遠くで石が崩れたらしい。
自分の口から息を飲み込んだような悲鳴が上がったことにショックを受ける。

「ちょっとまてって、やばいって、これは」

一度自覚してしまうと、言いようのない恐怖が体中を這い回る。
耳をすませるとどこからか荒い息が聞こえてくる気がするし、暗闇を見つめているとこちらを見つめる暗い瞳が浮かんでいる気がする。

「モ、モンスター!?……っ!」

今更ながら声を上げ続けることの危険性に気づいて口をつむぐ。
と…とにかく、ここを出ないと。
せめて明かりを!
状況がわからないのはヤバすぎる!
くそっ、どうして俺はタバコを吸う人間じゃなかったんだ!
ライターさえあれば明かりがあったのに!
自分の迂闊さに腹を立てつつ、しかしこんな状況を予想することが無理な以上、その怒りが意味のないものにも気づかないまま移動し始める。
立とうとするが、足がふらつくので方向を決めて音を立てないように細心の注意を払いながら這いずる。





こんな所で一人でいるのって本当にキツいな…。
リアがいてくれたのがどんなに助かっていたか、と思う。
少しづつ、少しづつ移動する。
リア、無事に街見つけられたかな…。
まさか途中でモンスターに襲われてなんてないよな?
飛べるから歩いていくよりは安全だとは思うけど。
不安がどんどんあふれてくる。





と。
これまで何もなかったが、手元に布切れのようなものがあたる。
ん?何だこれ?
この場所に落ちて初めて掴むことができる物に当たり、無我夢中でそれを引きよせる。
カラカラカラッ
引っかかる感触がしたが、気にせず引っ張ると何か硬い物が倒れる音がした。
思いがけず大きな音を立ててしまい、身を竦めると、辺りに気を配る。
だ、大丈夫、かな。
これ、なん……だ…ろ…う
布は割りと大きめの物だった。
自分がいつも見慣れているものと若干違うからか、すぐにはわからなかったが。

「…ふ、服?」

思わず声に出してしまう。
やめろやめろやめろやめろヤメロヤメロヤメロ!
嫌な予感と心の奥底から響く静止の声を無視して、その床に散らばった物を手に取ってしまう。
見るな、忘れろ、気にするな、先に進め!
…それは



「……ひ、人の………骨」



だった。







暗闇の中。
さらに目の前が真っ暗になり、数瞬気が遠くなってしまっていた。
しかし、悲鳴をあげなかったり、恐慌状態にならなかっただけ自分をほめてやりたい。
先ほどから心臓が痛いくらい悲鳴を上げている。
体の震えが止まらず、歯の付け根は削れてしまうのではないか、というくらいガチガチ鳴っている。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け!
冷静に、冷静に、冷静に、冷静に!!
自分でも今の状態で落ち着けっていうのは無茶だ、とわかってはいるけど、もしもここで負けてパニクってしまったら何もできずにすぐに死んでしまうだろう。
考えたくなんてないが、目の前の骨の仲間入りになってしまう。

「ま、まだ…死にたく、ねぇ、よな」

引きつった小声を出しながら、無理やり息を整えようとする。
大きく深呼吸して、表面上だけでもなんとか取り繕う。
と、とりあえず、この死体を調べてみるか。
も、もしかしたら、何かわかるかもしれないし、武器も手に入るかもしれない。
死体を冒涜するという罪悪感と、死に対する震えをなんとか押さえながら調べてみる。
その結果。

「何も…ないな」

あったのは服一式と、ボロボロに錆びたナイフだけ。
カバンのような物もあったが、中身も含めてガラクタになっていた。
ないよりマシか、とも思ってナイフを手に取ったが、取った瞬間、自重に耐え切れずに折れてしまった。
ここ、数百年前からあったらしい…からなぁ。
いつ亡くなったかは知らないが、少なくとも数年単位ではなさそうだ。

「でも…少しだけ。ほんの少しだけ落ち着いてきたな」

何も考えずに行動していたため、少しだけ恐怖を忘れられたらしい。
しかし、落ち着いて思考することができるようになる、というのも時と場合により。
今のような精神状態では、最悪の考えだけが浮かんでしまう。
すなわち。

「ここ、出口…ある……よな?」

いや…、ある。
絶対に、ある、はずだ!

「…俺は諦めねぇ、諦めねぇぞっ!!」

自分を鼓舞するように叫ぶ。
モンスターなんかに見つかろうが知ったことか!

「絶対に生き残ってやるっっっ!」

じゃりっ
…いや、だからと言って本当に見つかりたかったわけじゃなく。



冷や汗を額に滲ませながら俺は後ろをそっと振り向く。
シュルルッ
そこには蛇のような音を立てながら長い舌を口に出し入れするオオアリクイの姿。

「くっ、くそっ!一匹だけなら俺だって!!」

逃げるという選択肢はなかった。
というよりも、取れなかった。
暗闇でどこに何があるかもわからないし、どこまで逃げれば逃げ切る事ができるのかもわからない。
体力的にも、もう一度逃走劇を繰り広げるというのは無理な相談だった。
震える足に力をいれて立ち上がり、オオアリクイに対峙する。
こちらから仕掛ける体力なんてない。
チャンスはヤツの攻撃を避けた後!
さっきの戦いの手ごたえから、一匹程度なら大して体勢を崩すことなく避けることができると踏んでの作戦だった。
っ!きたっ!
体当たりしてくるオオアリクイの姿を良く見て、ぎりぎりに左に飛びずさる。
そして、通り過ぎるヤツの背中を思い切り蹴り下ろした。

「っ痛!」

反動で右腕に鋭い痛みが走った。
それだけの代価を支払うことで、ようやく自分にとっての渾身の一撃は決まり、ヤツは衝撃によろめいたが……しかし、ただそれだけだった。
そこまで効いてるようには思えない。

「くそっ、よく考えたらこいつ等、低レベルとはいえ、戦士に剣で刺されたりしても1発じゃ死なないんだよな」

俺程度の蹴りが低レベルとはいえ戦士の一撃以上の威力を持つなど、ありえない。
だが

「一度で倒せなくても、何度でもやってやらあああああああああ!」

自分を奮い立たせるためにあえて大声で威嚇する。
コイツはぜってーに倒す!





「ぜぇ…っ、ぜぇ…ぜぇっ」

あれから一度だけ爪の攻撃が右腕を掠ったが、幸か不幸かもう右腕には感覚がなかったため変わらず戦うことができた。
そして何十発蹴り続けただろう。
体力も限界、という所でついにオオアリクイは倒れて動かなくなった。

「へ……へへっ」

やった…!
俺はやったんだ…!

「うううおおおおぉぉぉっ!!!」

左手でガッツポーズをとり、腹の底から勝利の喜びを叫ぶ。
うん、これがいけなかった。





ふと気づくと、回りを影に囲まれている。
大きいのやら小さいのやら、少なく見ても10近くいるようだ。

「は…ははっ……」

あー……もう、駄目だ、一歩も動けねぇ。
左手をだらりと下ろし、ぼんやりと影を眺める。
オオアリクイの死体がそばにあるからだろう。
モンスター達は少し距離を取って警戒して様子を見てきているが、間も無く攻撃にうつるのは目に見えていた。

「悪い…な、リア」

一匹が動き出したのを横目に見た時思い出したのは、なぜか元の世界の家族たちではなく、ちっこい毒舌家の泣きそうな顔だった。

「それも、いい…かな」





「いいわけあるかあああああああああああああああっ!」

暑苦しい雄たけびと凄まじい爆音と共に壁が崩れ、光が差し込んだ。
というか、ほんの数メートル先に壁あったんだな。
あんなに探したのに…。

「ふはははははっ!少年よっ!この勇者カッペ様一行が助けに来てやったからにはもう安心だっっ!!泣いて喜びを表すがいいっ!!!」

……なんだこのバカっぽいやつは。
暗闇に目が慣れていて光に目が眩んでいたのと、ちょうど光が逆光になっていて顔や様相は何も見えないが、勘がささやいている。
こいつはバカだ、と。

「だけど…」

助かった…んだよな、きっと。
安心して気が抜けたのか、急速に視界が狭まっていく。
最後に目に映ったのは、ちっこい毒舌家の、きれいな泣き顔だった。



[3797] 序章 第五話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2009/02/24 02:49
リアです。
わたしとしたことが、なんて事を…。
いくらボロボロになったユートを見て頭が真っ白になったからと言って、感情のまま飛びついて、あまつさえ泣いてしまうとは…。
一生の不覚です。
連れてきた冒険者の、生暖かい視線がすごく気に障ります。
唯一の救いは、安心したせいかすぐにユートが気を失ってしまった、ということくらいでしょうか。
決してわたしがぶつかった衝撃のせいではないので、その辺勘違いしないように。
って、わたしは誰に言い訳してるのでしょう。
ともかく!
意識は朦朧としていたみたいなので、泣き顔は見られてなかったと思いますが…。
見ていたとしても、たぶん、きっと、覚えていないでしょう。
覚えていないに決まってます。

…ユートの治療はもう終わったみたいですね。
さっきまで傍にいた僧侶がいなくなっています。
当の本人は…、なんだか幸せそうな顔をしてムニャムニャ言ってます。
寝顔を見つめていると………なんだか腹が立ってきました。
わたしにこんな恥をかかせておいて、自分はぐーすか寝ているとは。
いいご身分ですね。

「もう治療は終わったのですから、さっさとお、き、て、くだ、さいっ!」

顔を少し強めに蹴って、優しく起こしてあげます。

「ぐっ!……つーっ!リア、何しやがるっ!!」

ようやく起きたましたか。
少し目に涙が滲んでますね。
ふふっ、いい気味です。
ちょっとスッとしました。

「こらっ!何無視してやがるっ!おいっ!」

何か騒いでいるようですが、とうぜん断固無視です。
乙女の誇りに傷をつけた罰です。
しっかり反省してください!


それにしても。
中に退避しながら、騒いでいるユートを横目でチラリと見下ろします。
元気そうですね。


………………本当に無事でよかったです。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第五話 ~






いてて…ったく、何怒ってるんだよ、アイツ。
まだ少し痛む鼻をさする。
まぁ、痛みがあるってことは生きているっていう証拠だから、それは嬉しいんだけどな。
正直、もう駄目だって諦めかけた。
死を覚悟した。
今更ながらあの恐怖が蘇ってきて、両腕で体を抱きしめる。
こうして生きているのはリアのおかげだな。
ホント、サンキューな。



「メラああああああああああああああっ」

うぉっ、なんだ!?
突然の大声と共に辺りが少し明るくなる。
声の方を見ると、ボール大の火の玉が一角ウサギに吸い込まれるところだった。
うわっ、あれメラかっ!?
すげぇ、初めて生で魔法見ちゃったよ!
興奮して一角ウサギが炎につつまれる様子を見る。
が、ただただ興奮して見ていることができたのはそこまでだった。

どうやらその一撃が止めとなったらしく、一角ウサギは断末魔をあげて倒れた。
数メートル離れていたが、ここまで焼けた際の焦げた嫌な臭いが漂ってくる。
少しの間ピクピク動いていたが、やがて動かなくなった。
相対していた男の意識は倒れた敵にはすでになく、次の敵への攻撃に移っていたが、俺はその炎につつまれて死んだ一角ウサギから目を離すことができなかった。
魔法というファンタジーの象徴とも言える攻撃だったが、一角ウサギの死ぬ光景はどうしようもなくリアルだった。
先程まで自分の命を狙って襲ってきていた相手とはいえ、そんな光景を見て何も感じないわけが無い。
魔法を初めて見た興奮が一瞬で冷めていくのを感じた。
こいつらも生きている…んだよな。
さっき蹴り殺したオオアリクイを思い出す。
生き物を殺す、などという経験は初めてだった。
モンスターなのだから、と言われれば確かにその通りなんだろうけど。
やらないと殺される状況でもあったわけだし。
それでも。
仕方が無いなんて、そんなにすぐにわり切れるものでもない。
俺がこの手で殺しちまったんだな。





「何ぼけっとしているのですか?」

ずっと一角ウサギの死体をぼーっと見つめている俺を変に思ったのか、いつの間にかリアが戻ってきていて、すぐそばでこちらを見上げていた。

「ん、いや、なんでもない」

呆れた表情の中に少しだけ心配を滲ませたリアの顔を見ていると、さっきまで乱れていた感情が嘘のようにストンと落ち着いた。
………そうだよな。
最初は今みたいに色々考えちゃうだろうし、キツい事も多いだろう。
でも、この世界で生きていくにしろ、戻る方法を探すにせよ、戦いは避けられないんだ。
こういう事にもなんとか慣れていかないとな。
当然不安はある。
しかし、この、なりは小さいが頼りになる相棒を見ていると、なぜか訳もなく大丈夫な気がしてくる。

「なんとかなるよな、きっと」

頭にはてなマークが浮かんでるであろうリアを置いておいて、俺は未だ続いている戦闘に視線を移した。







いつの間にか戦闘も終わりに近づいていたらしく、モンスターも残すところオオアリクイ二匹となっていた。
一方、対峙している冒険者は、さっきメラを唱えた軽装の男にゴツイ鎧に体を包み込んだ馬鹿でかい剣を引きずった戦士、そして二人の少し後ろで油断なく前を見つめるローブ姿の人影の三人。
暗くてよく見えないのでこれ以上はわからないが、俺を助けてくれた時に壁に穴をあけたのがあのメラの男だろう。
あの暑苦しい声は間違いない。
確か…勇者カッペ…とかって言ってたっけ?
メラ使ってたし、肉弾戦もこなしてたから、本物なのかね?
以前プレイしたゲームの勇者の能力を思い出しつつ見てみる。
モンスターと冒険者達はお互い隙を窺っているのか睨みあって動かない。

「なぁ、リア。俺ってどのくらい気絶してた?」

俺は戦闘から視線を外さずにリアに聞いてみた。

「大した時間じゃなかったですよ。あの僧侶の人が回復呪文かけてくれましたからすぐに回復しましたし」

言われてみて初めて自分の右腕の痛みが無い事に気づく。

「うわ、すごいな魔法って。全く違和感ないから全然気づかなかった」

「はぁ……。さっきまで死に掛けていたっていうのに、どこまで呑気なんですかアナタは」

起きてからも色々あって忘れてたんだよ!
それはそうと…、これはホイミかな。
それともベホイミ?
どっちにしろ、ここまで完璧に治るんなら、もし元の世界で使えてたら外科医とか商売上がったりだよなぁ。
体力は戻らないのか、ダルさは感じるが、体の全身にあった痛みも全てなくなっている。
これはぜひ使えるようになりたいな。





と、考えていると戦闘に動きがあった。
カッペが雄たけびを上げながら一匹のオオアリクイに突っ込む。
そしてゴツイ方もそれに合わせてもう片方のオオアリクイに突っ込み、その勢いのまま大剣を全身ですごい速さで真横に振りぬく。
オオアリクイは抵抗するもなく上下に切り裂かれていた。
睨みあっていた時間が嘘のように勝負は一瞬だった。
うわ、すごっ、一撃で真っ二つかよ!
さっきの一角ウサギの最後を見た時のように少しだけ胸に苦いものが走ったが、今度はすぐに振り払うことができた。
カッペと僧侶の方はまだ戦っている。
カッペのメラにも驚いたが、こっちのゴツイ方の力は圧倒的だな。
自分の担当していた敵を倒し終わったからか、大剣を背中に背負うとまだ戦っている二人の横をこちらに向かって歩いてくる。
やっぱしでかいなぁ、あの大剣。
背負う姿を見ると良くわかる。
持ち主よりも大きいじゃんか、アレ…。



それは剣というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
それはまさに鉄塊だった。



思わずそんな言葉が頭に浮かんでしまうような、そんな巨大な剣だった。
目の前まで来て、ようやくその人物がフルフェイスの兜を被っていたことがわかる。
鎧もかなりの重量はありそうだが、明るい所で見るとただゴツイだけでなく、細部までデザインが凝っている。
鉄の鎧…いや、鋼鉄の鎧に鉄仮面…かな?
色からして鉄の鎧かも、と思ったけど、鉄の鎧って普通の兵士が着てる量産品っていうイメージ強いし。
それにしても、見るからにガチガチのパワーファイタータイプだなぁ。
仮面で隠された顔に興味はあったが、ここはまずはお礼を言う場面だろう。

「初めまして、俺はユートといいます。貴方達のおかげで助かりました。本当にありがとうございます」

「いやいや、無事でよかったよ」

予想よりも高くて澄んだ、穏やかな声が返ってきた。
豪快な兄ちゃんや渋いオッサンを想像していたんだけど、どうやら思っていたよりもずっと若そうだな。

「それと、お礼はそこのおチビさんに言ってあげてくれないか。ユートを助けてください!って、すごい形相だったんだよ、ほんとに。もしも間に合わなかったら僕たちがおチビさんに殺されるところだったよ」

あはは、と朗らかに笑っている。

「へぇ…」

俺はニヤニヤ笑いながらおチビさんの方を覗き込む。

「べ、べつにそんなに必死になんてなっていません!」

痛っ!
案の定、蹴られた。

「いつつ…。そういえばまだお礼言ってなかったっけ。本当にありがとな。お前のおかげで助かったよ」

「ふ、ふんっ」

そっぽを向くことで精一杯不機嫌だとアピールしているみたいだけど…くくく、お前耳まで真っ赤だぞ、リア。
ちょうどいい位置に頭があったので試しに撫でてみる。
一瞬リアはビクリと体を震わせてこちらを睨みつけるが、蹴られたりすることはなく、少しの間俺にされるがままでいてくれた。
…っと、ついつい和んじまった。
鉄仮面のせいで目元意外は隠れてて見えないが、面白そうにこっちを見てる雰囲気が伝わってくる。
少し頬が熱くなるのを自覚しつつ命の恩人に向き直る。

「貴方にももう一度お礼を言わせてください。本当に助かりました。このご恩は…今はまだ何も返せないけれど、いつかきっと返します!」

受けた恩はしっかり返せ!ってのが親父の口癖でね。
礼儀や作法にはうるさい父親だったんだ。

「あはは、そんなに畏まらないでくれ。僕たちも任務でこの塔に用があってね。君を助けたのはそのついでだからさ。それと、敬語も必要ないよ。そんなに年も離れていないようだしね」

「そうか?俺もそっちの方が楽だし、それじゃお言葉に甘えようかな。こんな感じで話していいか?」

「あぁ」

仮面越しに少し嬉しそうな気配が伝わってくる。
なんか…結構いいヤツっぽいな。
装備を見て少し身構えてしまっていたんだけど、どうやらそんな必要はなかったらしい。
彼はそうそう、と呟くと兜を脱いで真っ直ぐ見つめてきた。

「自己紹介がまだだったね。僕はセドリック。みんなからはセディって呼ばれている。見ての通り冒険者をやってる」

「………おぉー」

「へぇ……」

思わずリアと二人、固まって彼の顔を凝視してしまう。
声の感じから厳つい顔、っていう想像はもう無かったけど…それにしてもこれは。

「………ユートの負けですね」

「うっさいわっ!!」

俺と彼…セディの顔を見比べつつ言うリアの感想が全てを現していた。
年は本人の言うように俺とほとんど変わらなそうだ。
髪は長く綺麗な金色で、縛ってまとめている。
鎧からガッシリした人物を想像していたが、中性的な顔立ちをしていて、むしろ華奢な印象すら受ける。
しかし、瞳からは力強い意思を感じ、穏やかな表情だが決して軟弱といった風ではない。
こりゃ…たしかに格好いいわ。
あんな大剣を振り回す力に、このルックス。
性格も悪くなさそうだし。
天は二物を与えずだっけ?
嘘だな、ありゃ。

「…どうかしたかい?」

っと、じっと見すぎたか。
セディが少し戸惑った風に聞いてくる。

「あぁ、いや、なんでもないよ」

「非情な現実に打ちのめされていただけです、きっと。気にしなくて大丈夫です」

キッと睨みつけるとリアはそ知らぬ顔で視線を受け流す。
セディはわけがわからないといった顔をしていたが、この話をしていても俺がつらいだけな気がする。
さっさと話題を変えてしまおう。
そうそう、さっきの話で気になる部分があったんだった。

「そういえば、セディ、任務って話だったけど、何かあったのか?」

俺がそう聞くとセディは穏やかだった目を急に鋭くしてこちらを見つめてきた。

「あぁ、そのことについて君達に…、特にユート君、君に聞きたいことがあるんだ。…が、二人が戻ってきてしまったようだな。その話はまた後にしよう」

そう言うと奥の方の暗闇に顔を向ける。
すでに表情はさっきまでの穏やかなものに戻っている。
セディの鋭い瞳に少し気おされたが、ならって奥の方を見ると、軽装の男と僧侶がこちらに歩いてくる姿が見えた。



どうやらすでにオオアリクイは倒し終わっていたようで、もう影も形も無い。
さっきまでの緊迫感あふれる空気が嘘のように静かだ。
戦闘の後も殆ど残っておらず、落ちているものといえば埃やメラで出た煤程度だ。

「…って、ちょっとまて、なんで死体も残ってないんだ??」

さっきまでは確かに俺が殺したオオアリクイを含めてたくさんのモンスターの死体があったはずだが、今はまるで元から何も無かったように何も無くなっている。

「そうか、やはり君は…」

俺のその言葉を聞いてセディは納得したような顔で呟く。

「その事は後で話してあげよう。とにかく今は僕の事を信じて余計なことは言わないで話を合わせてくれないか?」

「え?あ、あぁ」

よくわからないが、真剣な顔のセディの頼みに頷いてしまう。

「大丈夫、悪いようにはしない」

「アナタは一体…?」

リアも訝しげな表情で見るが、セディはその視線を受けても表情を変えない。

「そっちのおチビさんも頼むよ。大丈夫、君のご主人様にとっても悪い話ではないだろうから」

「だ、誰がご主人様ですかっ!」

うん、気持ちはわかるけど、そんなに顔を真っ赤にして否定しても逆効果だと思うぞ。
ちょっと可愛いし。

「ユートもしたり顔でニヤニヤしてるんじゃありません!」

おお怖!っと。
蹴りが飛んでくる前に少し離れておくかな。
ギャーギャー騒ぐリアの相手はセディに任せておくとしよう。





「うわははははっ!大量大量!!」

騒がしく笑い声をあげながらこちらに向かってくる軽装の男の格好が明かりによって明らかになる。
それを見て俺はあっけにとられてしまった。
なんだよ、あの格好は…。
確かにゲームでは冒険の序盤はああいう装備するけどさぁ…。

竹の槍、皮の腰巻、鍋のふた。

この組み合わせは実際に目にすると、当然のごとくダサかった。



[3797] 序章 第六話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2009/02/24 02:49
ユートだ。
俺さ、元の世界でドラクエする時って、買える物のなかで一番性能が高いもので、防御力優先で選んでたんだ。
見た目とかは全く気にせずにさ。
同じ様なプレイしてた人は絶対にいるはず。
ドラクエの場合、どんな装備をしても見た目変わらなかったしさ…。
あぁ、でも新しく出たゲームでは、あぶない水着とか魔法のビキニ着ると、見た目が水着の格好になるとかって話聞いたっけ。
あぶない水着も魔法のビキニも隠れる面積小さいのに、なぜか守備力高くて優秀なんだよな…。
愛用してる美人の冒険者っているかも?
なんか、冒険者になるのが待ち遠しくなってきたな。
オラ、ワクワクしてきたぞっ!

……って、違う違う!
話がずれちまった。
結局、何が言いたかったっていうとさ。
装備を選ぶときは絶対に見た目にも気を使おう!ってことなんだ。
命の恩人の一人に目をやる。
なんなんだよ、竹の槍に皮の腰巻、そしてよりにもよって鍋のふたって!
それ防具ですらねーだろっ!
しかもよく見たら皮の腰巻には変な似顔絵まで書いてあるし…。
読めないけど、文字っぽいものにハートマークまで書いてある…。
もしもあんな格好で出歩かなきゃいけないなら、俺は死んでも戦士にはならないぞ!






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第六話 ~






「おぅ、少年!無事でよかったな!!オラはイナカ村随一の勇者、カッペ様だ。街に戻ったらしっかり街のみんなに知らせるんだぞ、勇者カッペ様に命を救われました、ってな!わはははははっ!これでまた一歩、野望に近づいた!」

カッペが俺の背中をバンバンたたきながら豪快に笑う。
二の腕は太く、結構鍛えられているらしく、背中を打つ一発一発がすごく痛い。
オラ??なんか微妙に言葉のアチコチが訛っているけど、イナカ村って名前の通り田舎なのか。
それにイナカ村のカッペって、そりゃイナカッ…いや、初対面の人をそんな風に言うもんじゃないよな、うん。
ってか、野望って…。
………だああっ!もう、突っ込みどころが多すぎてわけがわからねぇ。
勇者って、こんなのでもなれるのか?
俺の中にある勇者像がガラガラと音を立てて崩れていく。
それはともかく…。
言いたいことはたくさんあるし、すごく不本意だが、コイツも命の恩人だ。
それなりの対応をするしかないだろう。

「えっと……俺の名前はユート。助けてくれてあり「それにしても少年!お前どこの田舎者だ?そんな変な格好しやがって。街に行ったら笑われるぞ」てめえにだきゃ言われたくねえええええええええええええええええっ!!!!」

し、しまった、つい叫んじまった!
でも仕方ないだろ!?
俺は確かに人に誇れるほどの服装センスなんてないが、それでもあんな恥ずかしい格好をしているやつに言われるほど変な格好はしていない。
確かに、さっきの戦いのせいであちこち破れてしまっているし、元の世界の服装だからこちらの人たちには違和感がある、という事があるかもしれない。
だけど、セディの格好を見る限り美的意識に差異があるとは思えない。
全身ゴツイ鎧とはいえ、そのデザインや細かい意匠は俺にもすごく格好良く見えるし。
…でも少し心配だから後でセディにこっそり聞いてみよう。





「ユート、そんな失礼な輩は放っておけばいいんですよ」

と、肩から少し意外な援護射撃がきた。
…というか、リアさん。
何か怒ってませんか??

「おぅ、羽虫も無事だったようだな。なによりなにより!!」

羽虫??
なんか険悪な雰囲気だな。

「羽虫って言うなと言っているでしょう!!ふん、所詮イナカッペには、わたしの可憐さ、美しさは理解できないのでしょうね!」

「オラをイナカッペって言うなっ!!イナカ村随一の勇者、カッペ様だ。カッペ様と呼べって言っているだろうがっ!」

「アナタなんてイナカッペで十分です!」

くくく…やっぱしイナカ村のカッペって似合いの名前だよな……って、そうじゃない。
少しツボに入ったが、それを抑えて事情を知っていそうなセディに尋ねる。

「なあ、なんでこの二人、あんなに仲悪そうなんだ??」

セディは「ああ」と苦笑しつつ言う。

「実はおチビさんが僕たちに助けを求めに来た時、カッペ君が彼女をモンスターと間違えて攻撃してしまってね」

すごい形相だったからね、と付け加える。
あ~、モンスターなんかと間違えられちゃえばねぇ。
そりゃリアが怒るのも無理ないな。

「それだけじゃありません!このイナカッペはわたしの事をよりにもよって人面蝶なんかと間違えたんですよ!?人面蝶とっ!!!」

俺たちの会話を聞いていたのか、リアが横から付け加える。
人面蝶…ってどんなのだっけ…。
さっき対峙したモンスターの中にいた人面蝶の姿を思い返してみた。
人面蝶は羽だけなら蝶、と言えない事も無い30cm程度の大きさのモンスターだ。
が、そう言えるのはあくまで羽だけ。
普通の蝶の胴体の部分が般若の仮面のような気味の悪い顔をしている。
確かにありゃ気持ち悪かったしなぁ。
あんなのともし間違えられたら。
………想像したらメチャクチャ気分悪くなったな。

「小さいし羽も生えてるし飛んでるし。そのまんまじゃねーか」

カッペがリアを手でしっしっと追い払いながらめんどくさそうに言う。

「う゛ぅぅ~~…」

リアはスカートのすそを力いっぱい握り締めて睨みつけている。
爆発寸前…と言った感じだなぁ。
いくら必死の形相だったからといって、どうすりゃあんなのと見間違えるかね。
リアと人面蝶の共通点なんて、せいぜい大きさくらいなものだ。
確かにカッペが言うようにリアにも羽が生えているが、色も形も全く違う。
人に与える印象も、人面蝶の羽は色濃く禍々しい感じを与えるが、リアの羽は透き通っていて、凛とした涼しさを感じさせる。
なんか、今は怒っているせいか羽まで少し赤くなってるけど。

「俺はお前の羽、すごく綺麗だと思うぞ」

まぁまぁ、と頭をポンポンと撫でて宥める。

「そ、そうですよね、綺麗ですよね!………あんなイナカッペにペースを乱されてしまうなんて、わたしとしたことが」

リアは深呼吸して息を落ち着かせる。

「その…ありがとうございます、ユート。羽、褒めてくれて…」

「い、いや…」

こうやって真っ直ぐお礼言われると少し照れるな。
まだほんのり羽が赤くなっているから、完全に、と言うわけではないようだが、少し怒りが治まったようだ。
落ち着いた和んだ空気が流れる。
が、それも長くは続かなかった。

「飼い主も飼い主ならペットもペットだな。二人して変な格好して。お前らの故郷ではそういう服が流行ってんのか?」

いや、まぁ確かに、なんでリアはドラクエの世界でスーツ姿なんだ、と思わないこともないけどさ。
似合ってるんだからいいじゃないか。

「アナタにだけは言われたくありませんっ!!!アナタの格好こそ、いったいどこの原始人ですか!」

「オラの格好のどこが変だってんだ!!」

一瞬で沸騰して噛み付くように言い争う二人。
あぁ…少し落ち着いたと思ったのに。
頭を抱えたくなる。
少しは空気読んでくれ、カッペ…。





「どこかまだ痛いところはありませんか?」

「おわっ」

溜息をつきながら言い争う二人を見ていると、突然思いがけない方向から話しかけられて驚いてしまった。

「…どうかしましたか?」

声の先には黒いローブに身を包んだ男がニコニコと立っていた。
年は30………いや、20代後半と言ったところかな?
茶髪に近い、くすんだ赤い髪を肩まで伸ばしていて、表情と共に柔らかな印象を与えてくる。
あまりにもカッペのインパクトが強すぎて、いたので気づかなかった…。
さっきのリアの話では僧侶って事だったな。
この人が俺に魔法をかけて助けてくれた人か。

「ええ、おかげ様で、もう全く痛みがありません。…えっと、貴方が回復呪文をかけてくれたのですか?」

「ええ。先ほどは急いでいたのできちんと回復したか少し心配だったのですよ。あぁ、申し遅れました、私はラマダと申します」

「あ、俺はユートといいます。ラマダさん、助けてくれて本当にありがとうございました」

「いえいえ、全てはご教主様のお導きのままに」

そう言うとやわらかく微笑む。
うわ、これぞ僧侶、って人だな、この人。
しっかし………。
俺は、目の前のラマダさんを見て、次にまだ言い争いをしているカッペ、そして最後に横にいたセディに目を向ける。
なんて言うか…すごく変なパーティだなぁ。
装備一つ取ってもカッペとセディではかかってるお金が違いすぎるし、三人に流れる空気も仲間といった感じではない。
今思い返してみると、さっきの戦闘でも、それぞれが自分の相手を倒していて、連携とかはあまりしていなかったし。
それに、セディのラマダを見る目が心なしか冷たい気がする。
一度考えてしまうとどうしても気になってしまい、好奇心を抑えられず遠まわしに聞いてみることにした。

「なんていうか、ずいぶん個性的なパーティだな」

三人を見比べながら俺が言うと、言外に込めた意味に気づいたのか、苦笑しながらセディが答える。

「あはは、するどいね。僕たちは別にパーティを組んでいるというわけじゃないんだ」

「私達は今回の調査の件でたまたま一緒になったのですよ。共に仕事をするのは初めてなのです」

ラマダが後を引き継いで補足する。
なるほど、さっきセディが言っていた任務のことか。

「………ところで、ユートさんはどうしてこんな所に?」

笑顔のまま少し怪訝に表情を変えて聞いてくるラマダ。

「あぁ、それが…」

「旅の途中であの光を見て様子を見にらしい。もっとも、準備が足りてなかったみたいで危険な状態になってしまっていたようだけど」

答えようとした俺を遮ってセディが変わりに答える。
その内容はでたらめもいいとこだ。

「それはそれは………。災難でしたね」

が、それで通じたのか、ラマダは少し眉をひそめてこちらを見る。

「………セディ?」

問いかける俺にセディは軽く目配せをする。
さっき言っていた僕を信じて、ってやつか?
事情はよくわからないけど恩人の頼みだし、まだ少し話しただけだけどセディは信頼できそうだ。
とりあえずここはセディの言うとおり黙っておこう。

「あの光を見たら気になるのはわかりますが、武器も持たずにここへ来るのはさすがに自殺行為ですよ。見たところ武闘家というわけでもなさそうですし」

「す、すいません…」

光って何のことだ、と聞きたい気持ちを抑え、神妙にする。

「まぁまぁ。ユート君はどうやら僕と同郷の人間だったみたいで、こちらには来たばかりらしいんだ。この塔の事は知らなかったみたいだし、仕方ないよ」

育った村は違うみたいだけどね、とセディは付け加える。
………わけがわからないうちに自分の設定がどんどん決められていくのを見るのは変な感じだな。

「セディさんと同郷………ですか?」

「ええ。………コランです」

「!!………そう、ですか」

ラマダの表情は依然笑顔のままなんだけど……、なんか雰囲気が変わったか?
セディもまた鋭い目つきになってるし、なんか空気が悪い。
なんでいきなりシリアスな雰囲気になってんだよ。
俺の事はそっちのけで静かに見つめあう二人についていけず取り残されてしまう。





どうしたものか…と、悩んでいると突然場違いな声が響く。

「おー、そうだ少年、忘れるところだった!」

ナイスだイナカッ…じゃない、カッペ!
お前の空気の読めなさが今回は嬉しい。
カッペの後ろで「待ちなさい、まだ話は終わってません」という叫び声が聞こえるが、今回はリアには我慢してもらおう。

「これ、お前の倒した分な!」

そう言ってカッペが俺に何かを3、4放り投げる。
慌てつつ何とか放られた物をキャッチすると、それは銅貨…のような物だった。

「これは…?」

「お前が気絶する前に倒したオオアリクイの分のゴールドだ。いらないってんならオラがもらうぞ」

俺が疑問を表わすと、ニヤリと笑う。
ゴールド………ゴールドかぁ。
確かにゲームでは敵倒すとゴールドが手に入るけど、一体これどこから出てきたんだろう。
オオアリクイにはこんな物を入れる物なんて持ってなかったはずだし、と手の平の上で冷たい銅貨をいじりながら俺が考え込んでいるとカッペが問いかけてきた。

「なぁ、少年。オラ達はこの部屋の奥を調べてから上にいくつもりだが、お前達はどうするんだ?ついてくるか?」

そう聞かれて俺は困った。
銅貨をポケットにしまいこむと考える。
…どうしよう。
正直疲労が大きすぎてカッペ達に着いていく体力など残っていない。
できれば塔を下りたい。
カッペ達と登ってきたのだから、リアに聞けば道はわかるだろうし。
だが、次にモンスターに出会ってしまったら逃げ切れる自信はない。
歩くだけで精一杯なのだ。
そんな状態なのだから、当然倒すなどもできるはずがない。
俺が悩んでいると、セディが助け舟を出してくれた。

「ユート君は僕が塔の下まで送っていくよ」

「送っていく……って、お前仕事はどうすんだ!?」

カッペがいきり立つが、セディは動じない。

「さっきの戦いを見る限り、カッペ君の力があれば大丈夫だよ。ラマダ君もいるんだし」

「だけどなぁ…」

それに、と、セディは意味ありげにカッペを見る。

「イナカ村随一の勇者カッペならこんな塔、楽勝だろう?」

「む?むふふ、そうだな、オラがいればこんな塔楽勝に決まってる!よし、さっさといくぞ、ラマダ!!」

「…はぁ。仕方ありませんねえ」

のせられたカッペは意気揚々と歩き出す。
変わらず笑顔のままだが、少しウンザリした様子のラマダとの対比が面白い。

「それじゃ、僕らは下で食事の用意でもして待ってるよ。二人とも頑張って」

軽く手を振りつつ二人を見送るセディ。
そして彼らが暗闇に消えるとこっちを見て悪戯っぽく笑った。
真面目そうなやつだと思ったが、なかなかイイ性格をしているようだ。





「なぁ、送ってくれるのは正直すごく助かるんだけど、任務の方はよかったのか?」

「任務といっても、塔に異常がないか確認するだけだからね。それに、恐らく何も見つからないよ」

恐らく、と言いながらもセディは何か確信を持っているようだ。
異常…ねぇ。
俺が召喚された、っていうのも異常のうちに入るのかね?
リアに聞こうとも思ったが、さっき俺の肩に止まって以来、黙ってしまっている。
…はぁ、まだ機嫌悪そうだなぁ。

「さて、それじゃ僕達も行こうか」

俺はリアを肩に乗せたまま、セディについて部屋をでる。
部屋を出ると、明るい青空が目に飛び込んできて、暗闇に慣れていた目が一瞬眩んだ。
どうやらここは外に面した通路の壁だったらしい。
目が慣れてきて辺りを見回すと、さっきまでモンスターの団体に追い掛け回されていた通路とよく似ていた。
さっきよりも一階低いせいか、見える距離が少ない。
方角が違うのか、外に海は見えなかったが、少し遠くに城と町並みが見える。
あれがセディ達の住んでいる街か。
写真でしか見たことがないような西洋風の城だった。
城や街の他は建物が全く無く、見えるのは山や森、平原のみ。

「異世界だなぁ………」

その光景は、雄大で圧倒的で。
そして何より美しかった。

「ユートの世界はこうではないのですか?」

俺がボソッと呟くと、リアが反応した。

「あぁ、俺のいた元の世界は、すごく便利なんだけど、自然が少なくってさ。こっちの世界ほど綺麗じゃないんだ」

まぁ、どちらが良い、とは一概には言えないとおもうけどさ。
あっちは、少なくとも命の危険に関してはこっちより数段安全だろうし。
と、下の方にちょこちょこ動く影が見える。

「ははっ、あれスライムか?こうして見るとミニチュアみたいで可愛いな」

「可愛いって…。アナタさっきまであれに追いかけられていたと言うのに。本当に呑気な人ですね」

リアは呆れたように言うが、ファンタジー好きとしてはこればかりは仕方が無い。

「セディもいるからさっきみたいに切羽詰まってないしさ。やっぱし楽しいよ」

「まぁ、ユートらしいと言えばユートらしいのかもしれませんが」

リアはクスリと笑う。


命の危険がかからずに見るドラクエの世界は、とても心躍るものだった。



「ユート君!そろそろ行くよっ!」

いつの間にかセディは先に進んでいて、少し遠くから俺を呼んでいた。
やばい、ぼーっとしすぎたか。
うかうかしてるとはぐれちまうな。
小走りに追いつくと、セディは前を見つめたまま話し出した。

「さっきの事や、他にも色々聞きたいことがあるだろう。下りながら教えてあげるよ。………だけど、その前に」

セディはそこで言葉を止めて立ち止まり、周りを窺う。
そして、気が済んだのか一度頷くと、声をひそめて爆弾を投下した。



「ユート君。君、この世界の人間じゃないね?」



………なんでいきなりバレてんの。



[3797] 序章 第七話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2009/02/24 02:51
リアです。
まったく、あのイナカッペは無礼にも程があります。
きっと、あの男は美醜の感覚が普通の人と180度ずれているんですね。
だから平気で人前であんな格好ができるのですよ、きっと。
まぁ、あんな原始人の事は放っておきましょう。
考えているだけで腹が立ってきますし………。

わたしのこの青い髪と透き通る羽は、母さま譲りの自慢のものなのです。
だから、ユートに褒められたのは素直に嬉しかったです。
そうは言っても、本当に少しだけ、ですけどね。

そ、そんなことよりも。
今問題なのはこの人物です。
わたしはユートの肩に止まると、相手にもわかるように警戒の眼差しを向けます。
この人は一体何者なのでしょうか。
いきなり変なことをユートに頼んだかと思うと、ユートをわたしのご主人様だなどと!
確かに本来はそうなるはずでしたが…。
そして極めつけは先ほどの言葉。
何故ユートがこの世界の人間ではない事を知っているのでしょうか。
悪い人間ではなさそう……なのですが、その真意がわかるまで気を許してはいけません。
わたしの勘は、理由はわかりませんがこのキンパツは敵だと言っています。
対応を間違えてはいけません、慎重にいかなければ。

「な、ななな、なにを言ってるんでせうか」

………ユート、アナタには失望しました。
いきなり核心を突かれたからといったって、いくらなんでもうろたえ過ぎです。
それでは認めてるのも同然ではないですか。
頭が痛いです。
まったく…。
ユートにはわたしがついていないと駄目ですね。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第七話 ~






なんでだ!?
なんでいきなりバレてるんだ!?
まずいまずいまずいまずい!!
なんとか誤魔化さないと!
もしも俺がこの世界の人間じゃないってバレてしまったら……!



と、ここでふと気づく。
………バレてしまったら?
よく考えたら、別にバレてもよくないか?
バレても困ることなんて……うん、ないな。
もしも自分から、「俺、異世界の人間なんだ」なんてバラしたら、頭がおかしいんじゃないか、と思われるのがオチだ。
でも、相手の方が異世界の人間じゃないか、って聞いてくるなら黙っている必要なんて全くないんじゃ…。
リアにも異世界の人間だと話してはいけない、って言われてないし。
………あはは、なんだ、焦って損した。



気を取り直してセディに、その通りだと伝えようとしたが、それまで黙って俺たちを見ていたリアが間に突然割り込んできた。

「どうしてそう思うのですか?一体アナタは何を知っていると言うのです?」

そう言ってセディの顔を見つめるリアの横顔は険しく、警戒心をむき出しにしていた。

「お、おいおい、リア、よく考えたら別に隠すことでもないだろ」

「ユートは少し黙っていてください!」

俺の言葉をピシャリと切って捨てる。

「でも……」

「少しは頭を働かせてください。もしもグレゴリのジジィの様な頭のおかしい魔法使いとかに存在を知られたら解剖とかされるかもしれないのですよ?」

なんですと!?

「か、解剖って…」

俺の頭の中に、体のあちこちにメスを入れられてホルマリン漬けに保存されている自分の映像が浮かぶ。
うぁ、そりゃシャレになってないって…。

「わかったらもう少し警戒心を持ってください!」

「グレゴリ………ね。やはり君達はあの大賢者グレゴリの遺物なんだね。頭のおかしいっていう部分はよくわからないけど」

「っ!!……ああ、もう!ユートのせいで余計な情報を与えてしまったではないですか!!」

リアは綺麗な髪を振り乱して、全身で怒りを露わにする。
………いや、今のは俺のせいじゃないだろ。
怖いから口には出せないけど。

「リア、ちょっと落ち着けって。カルシウム足りてないんじゃないか?」

「カ…ル……なんですか?」

あぁ、カルシウムって言葉がないのか。

「いや、こっちの話。とにかく落ち着けって。そもそもさ、俺にはセディがそんな事するようなやつには思えないんだよな」

俺がセディを見ながらそう言うと、彼はニッコリ笑う。

「あぁ、信用して欲しい。僕は君達に危害を加えようなどと考えていない。むしろ、味方だよ」

「でも…」

リアはまだ納得がいかないという顔をしている。

「俺のことを心配してくれるのはわかるけど、さ」

ポンポン、と頭を撫でてやる。

「わ、わかりましたから、撫でるのをやめてください!」

ほのぼのしてると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた

「仲がいいんだね」

「あ、あはは」

気まずい…。
ってか、その生暖かい視線はやめてくれ、セディ…。
リアはまたヘソを曲げてしまい、ソッポを向いている。
孤立無援、味方無し、と…。
仕方ない、話を無理やり進めてしまおう。

「えっと…どこから話したらいいんだかわからないから適当に省略するけど、俺はセディの言うようにここの世界の人間じゃない」

そして、俺は、自分が何かの間違いで召喚されてしまったらしい事、ついさっき来たばかりで右も左もわからないこと等を説明した。
リアとの契約に関しては話していない。
別に重要なことでもなさそうだったし。





「やっぱりか…」

セディは何か納得したようにつぶやく。

「一応確認しておきたいんだけど、魔王が復活したとか、そういう事は…」

「それはないらしいぞ。リアが言うには、地震かなにかで魔法陣が誤作動したんじゃないか、ってことらしい。俺にしたって、戦いに関してはド素人もいいとこだし、勇者なんて大層な者でもない」

俺がそういうと、セディは少し安心したような、残念なような表情をした。
安心はわかるけど、なんで残念がるんだ?
まぁ、いいや。
それよりも…。

「それじゃ、今度はこっちの番だ。なんで俺が異世界の人間だってわかったんだ?」

多少変な場所に変な格好の人間がいたからと言って、それをいきなり異世界の人間だ、などと思う人間は普通いないだろう。
リアの話していた昔話から想像するに、異世界の人間がこちらに来るなんて滅多にあることじゃないみたいだし、俺の他に異世界からの人間を知っているっていうのでもなさそうだし。

「確かに俺、向こうの格好だから、こっちの人からみたら違和感あるだろうけど、それだけじゃ普通異世界の服だなんて思わないだろ?」

俺が問いかけると、セディはそうだね、と頷く。
リアも話には興味あるのか、俺の肩の上に座って耳をすませている。
顔は反対側を向いているけど。



「世界に再び魔王現れるとき、異界より光と共に現れた勇者がこの世界を救うだろう」



厳かな調子で諳んじるセディ。
なんだよ、そのいかにもな言葉は。

「これは僕の家に数百年前から伝わっていた言い伝えなんだ。と言っても、口伝はすでに失われていて、この言い伝えを知っているのは偶々倉庫に眠ってた古文書を目にした僕だけだけどね」

「まさかその古文書を書いたのは……」

リアが少し驚いたように言う。

「うん、たぶんおチビさんの考えている通り。大賢者グレゴリの署名があったよ。何故僕の家に伝えられていたのかまではわからないけどね」

「なるほど………。これでユートが異世界から来たことを知っていたことや、ユートをわたしのご主人様だなどと呼んだことに納得いきました」

ああ、なるほど、契約の事も書いてあったわけか。

「半信半疑だったんだけどね。その古文書には、言い伝えとその事についての注意書きのような物が書いてあったんだけど、他に子供の落書きのような物も書いてあってね。偽物の可能性も否定できなかったんだ。ここ、グレゴリの塔に一番近いレヌール城の城下町の図書館や長老達に話を聞いて調べたけど、この言い伝えについては誰も知らなかったし」

大賢者グレゴリに関する古文書は貴重なだけに偽物も多いんだよ、と付け加える。

「それじゃ、あてずっぽだったわけか」

「ああ、昨日まで…はね」

セディは意味深に笑う。
それを受けてリアは何かに気づいたように言う。

「なるほど、さっき話していた“光”ですね」

「正解。今日の朝、大きな地震があったんだけど、その地震の直後、この塔の上のほうで、かなり強い光がひかったんだよ。グレゴリの塔、そして光。それで、もしかして……と思って、調査隊に混ぜてもらったんだ」

なるほど、その光は俺が召喚されてしまったときの光だったわけか。

「そしてもう一つ。実は、君が異世界の人だと確信できたのはついさっきなんだ」

「え、何か俺ヘマしてたか?」

リアにも聞いてみたがわからないようだ。
ってかリア。
お前もわからないなら、その、ユートは仕方ありませんねぇ、って顔はやめろって。

「それを説明するには実際に見てもらった方が早いだろうね。…っと!………ちょうどいい、お客さんだよ。二人とも下がってて」

そういうと、セディは表情を引き締めて兜を被りなおす。
セディが向ける視線をたどると…、いたっ!
モンスターだ。
オオアリクイ二匹と、その後ろに巨大なカエルが二匹見える。
確かフロッガー……だったかな。
強さはオオアリクイと大差なかったはずだから、さっきの戦闘を見る限りセディなら楽勝だろう。
一対一ならば。
数の上ではこちらが三、敵が四と、まだなんとかなりそうだが、こっちは俺が役に立たない状態だし、魔法力が切れているらしいリアにも戦闘は無理。
都合セディが一人で四匹を相手にしなければならない。

「だ、大丈夫なのか??」

「ふふふ。まぁ、見ててくれ」

心配そうな俺の声に軽く答えて、大剣を背中から下ろして右手に引きずる。





今回は睨み合い等はなかった。

「少し離れていてくれよ。僕のこの戦い方は結構危ないん…だっ!」

話しながら気合を吐くと、すごい勢いで走り出す。
大剣がセディに引きずられて地面と擦れ、ガリガリと耳障りな音を立てる。
セディは敵の1メートル程前で深く沈みこむ。

「はぁっ!!」

と、次の瞬間、体を思い切り捻って斜め上から一気に二匹のオオアリクイを袈裟切りにした。
オオアリクイは反撃する暇すらなく、地面に沈み込む。
しかし、大剣は切れ味が良すぎたのか、勢い余って地面に突き刺ささってしまった。
まずい、あれじゃ!
振りぬいた格好のまま隙ができてしまったセディの背中に片方のフロッガーが飛び掛かった。

「セディ!」

思わず俺は叫んでしまったが、セディは大剣から左手を離すと、右手と大剣の柄を支点にして回し蹴りを放った。
空中にいたフロッガーはそれをかわす術がなく、地面に叩きつけられる。
そして、残ったもう一匹のフロッガーが動き出す前に駆け寄り、いつの間にか地面から抜いていた大剣で上下に真っ二つにしてしまった。





「す、すげぇ……」

「………」

正に一瞬だった。
大剣を力でねじ伏せて使いこなすのではなく、大剣と一体となり、まるで舞を踊るかのような戦いに俺は魅せられてしまった。
戦う姿にこの形容はおかしいかもしれないが、俺はその戦いを美しいとすら感じてしまった。
リアも言葉がないようだ。
目を丸くしてセディの方を見ている。
すげぇ、すげぇよっ!
俺が興奮してセディに駆け寄ろうとすると、しかし、セディは鋭い目をしたまま俺を突き飛ばした。

「まだだ!離れててっ!」

「ユートッ!」

倒れこむ視界の端でフロッガーがセディに飛び掛るのが見えた。
回し蹴りで地面に叩きつけたフロッガーにはまだ息があったのだろう。
しかし、セディは落ち着いてフロッガーの攻撃を避け、切り伏せる。
倒れた込んだ位置が悪かったのか、フロッガーの血が俺の全身に降り注いだ。

「ぁ………っ!」

生々しい血の臭いが一角ウサギの燃え尽きる光景をフラッシュバックさせる。

「……っ!」

「ユート、大丈夫ですかっ!?」

「ユート君?」

再び思考の渦に巻き込まれそうになったが、二人の心配そうな声が俺の意識を正常に戻す。

「あ、あぁ、大丈夫、だ」

そう、大丈夫だ。
俺は自分に言い聞かせるように二人に話す。

「……ちょっと驚いただけだから、心配すんなって。それよりセディ、油断して悪かった」

「いや、僕も声を掛けなかったからね。ただ、次からは最後まで気を抜かないようにね。戦闘は一瞬の油断がそのまま死に繋がることも珍しくないんだ」

俺の取った迂闊な行動が、セディを危険な目にあわせるところだったのだ。
自分の安易な行動が他人にまで危険を及ぼしてしまう。

「あぁ、気をつけるよ」

上着に付いた血を眺める。
この血がセディやリアの物だった可能性だってあったんだ。
嫌な想像を振り払うように頭を振る。
俺はセディの忠告をしっかりと胸に刻み込んだ。


でも…。
少し落ち着いて、再び上着を眺める。
この上着は洗ってももう駄目だな…気に入ってたんだけどなぁ。
お気に入りの上着は血に濡れ、黒かった生地は赤く染まってしまっていた。





「それにしてもすごかったな!踊りでも見ているみたいだったよ。さっきまでは本気じゃなかったんだな」

今の戦いの光景を思い返すと興奮がよみがえってくる。
俺が褒めると、セディは少し照れて頬をかいた。

「あはは、ありがとう。でも、さっきまでだって別に手を抜いていたわけじゃないよ。今回は敵の目をこっちに向けさせるために少し派手に動いたけど、あれは冒険者としてはあまりいい戦い方でもないんだ」

わかるかい?といった表情でこちらを見るセディ。
そんな風に見られても、わかるわけがない。
こちとら武道はもちろん、ケンカですら小学校以来やってないんだ。
戦ったのはオオアリクイが初めてで、それすら頭に血が上っていたせいか良く覚えていない。
その戦いも戦闘と言うより、ケンカと言った方がいいような戦いだったし。
そんな俺の目から見ると、文句のつけようのない戦いに見えたんだけど…何が足りなかったんだろう。
考え込む俺の様子をセディは少しの間面白そうに見ていたが、懐に手を入れて何かカードの様な物を取り出した。

「ちょっと二人ともこっちに来てくれないか」

そう言って、最後に倒したフロッガーの傍にしゃがみ込む。
正直あまり気味のいい光景ではなかったが、俺たちはセディの言うとおりフロッガーの傍まで近寄る。

「よく見ていてくれ」

そう言ってセディが手にしていたカードをフロッガーの死体に近づけると、突然フロッガーの死体が黒く影のように色が変わり、次の瞬間には煙のように消えてしまっていた。

「なっ!?」

「えっ…」

そして、黒っぽいモヤのような何かがカードに吸い込まれると、さっきまでフロッガーの死体があった場所に残ったのは、見覚えのある銅貨が数枚きりだった。

「な、何が起こったんだ……?」

「わ、わたしにもわかりません」

わけがわからずリアの方を見るが、彼女も何が起きているかわかっていないようだ。
セディは俺たちの戸惑った視線を少し満足げに受けると微笑んだ。

「この状況がユート君が異世界から来たという事の証明になるんだ」





「一つづつ説明してあげよう」

そう言うとセディは俺に先ほどのカードを差し出した。

「これは冒険者の証、と呼ばれている。冒険者ならば誰でも持っている物だよ」

俺とリアは冒険者の証を受け取ってそれを覗き込んだ。
大きさは名刺大で厚さは5mm程。
何でできているのかはわからないが、硬くしっかりとした作りで、かなり丈夫そうだ。
手触りはツルツルしている。
表面は黒く、縁と裏面は銀色に鈍く輝いている。
鉄……に似ているが、錆や傷は全くないから恐らく違うのだろう。
表面の真ん中付近には、EXPとGという文字と、その隣に数字の羅列が白で書かれている。
いや、書かれている、というのは少し違うかもしれない。
書いてあったり掘り込んであるものではなく、浮かび上がっている、という表現が一番しっくりくる。
黒い画面に白い文字が浮かび上がっているようで、まるでゲームのウィンドウのようだ。
なんだ、コレ…。
冒険者の証???
そんなものドラクエにあったっけ?

「この証をモンスターに近づけて念じると、モンスターは消えてゴールドが残るんだ。僕たち冒険者は、これを浄化と呼んでいる」

俺が冒険者の証を返すと、説明しながら残りのモンスターで実演してくれた。
何度見てもわけがわからねぇ…。
セディがモンスターの死体にカードを近づけると、死体は黒い影になって消えてしまう。
そして、後にはゴールドだけが残るのだ。

「どういう理屈なんだ、これ……」

俺が問いかけると、セディは困った顔になった。

「理屈は僕にもわからないんだ。この冒険者の証は、精霊ルビス様の像に冒険者になりたい人が祈りを捧げると、祝福と共に頂けるものなんだ。だから、冒険者達の間では、このカードを使うとルビス様の御力を借りることができる、という見方が今は一番多いかな」

そう言うと、セディは俺たちに見えるように表面をこちらに向けて見せる。

「そして、この表に書いてある数字の羅列。下の方はゴールドの金額、上のほうは経験値を表している」

そう言って数字を指差す。
確かに、上のEXPの横の数字がさっきよりも若干増えている。

「よく見ててね」

そう言って拾い集めた銅貨を証に近づけると、今度は前触れも無く銅貨が消え、表示されていたGの横の数字が増えていた。

「はぁっ!?」

思わず叫んでしまったが、仕方ないだろう。
理解出来ない事が多すぎて、もう頭がパンクしそうだ。

「理屈はわからないけど、ゴールドに関しては自由にこの証に出し入れすることができるんだ」

そう言うと、セディは10ゴールドと呟いて手のひらに証から銅貨10枚を取り出して見せた。
目を丸くして驚いている俺とリアに、セディは手のひらの銅貨を弄びつつ言った。

「今見せた、この冒険者の証の力は、どんな村の子供ですら知らない者はいない、この世界で生きている人たちにとっては当たり前の事なんだ。だから、その力を知らない二人はこの世界の人間じゃない、ってわかったんだよ」

「なんというか……ファンタジー、だなぁ」

思わず呟いてしまう。

「人間界にはこんな物があったんですね…」

リアも少し放心状態で言う。
………って、ちょっと待て。
俺が知らないのは当然として、なんでリアまで知らないんだ?
俺がそう聞くと、リアは少しバツの悪そうな顔をして説明する。

「実はわたし、人間界に着てすぐにあの魔法陣の契約をさせられて眠りについていたので、知る機会なんてなかったんです。妖精界にはこんなものありませんし……」

あのジジィはまったく……、とぶつぶつ言っているが、まぁ放っておこう。





驚きが冷めてくると、今度は沸々と好奇心が湧き上がってきた。
特に、こういうのは個人的に好きなので、知りたくて仕方が無い。

「なぁなぁ!他にはどんな機能があるんだ?みんな手荷物少ないな~とは思ってたんだけど、まさか、荷物とかも収納できるのか!?」

「はは、さすがに荷物は無理だよ。塔を調査するのに邪魔になるから荷物は外に隠してあるんだ。この証で出し入れできるのは今のところゴールドだけらしい」

俺が身を乗り出して聞くと、セディは苦笑しつつ答える。

「…今のところ?らしい?どういうことだ?」

気になって問いかけると、一瞬面白そうな顔をして、話し出した。

「実は、この冒険者の証についてはわかっていないことがまだまだ多いんだ。他にもいろいろな力が隠されているようなんだけど、今確認されている力はこれくらいなんだ。冒険者達はみんな手探りで使い方を探している状態なんだよ」

「へぇ、面白いな!」

こういうファンタジーっぽい便利グッズってファンタジー好きの俺にはたまらない。

「……どうだい?僕がユート君を異世界の人間だと判断した理由、納得してくれたかな」

「ああ」

「そう…ですね」

ああそうだった、そういう話だったっけ。
反射的に答えはしたけど、証が興味深すぎて半分以上忘れていた。

「それじゃ、そろそろ下に降りようか。ここにずっといるとまたモンスターがやってきかねないからね」

そう言って歩き出すセディに俺とリアも続く。





「なんか気になることでもあるのか?」

大方納得したようだが、まだ少し浮かない顔をしているリアの様子が気になった俺は、セディに聞こえないように小声でささやく。

「いえ、大したことはないのですが…。なぜかあのキンパツが敵だという勘が消えないんです…。別に憎いというわけではないのですが…、変ですね。」

リアは不思議そうにひとりごちる。
ってかキンパツって…。
まぁいいや。
悩むリアをよそに考える。
1階に着くまでまだまだ長い。
その間にあの証についてもっと聞いてみよう。
俺は心躍らせながらセディに小走りに駆け寄った。



[3797] 序章 第八話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2008/12/19 22:27
ユートだ。
俺たちは今、塔を出てすぐの木影で休憩をとっているところだ。
セディも、息を乱した様子はないが、少し疲れた表情で地面に突き刺した大剣に背を預けて休んでいる。
さすがのセディも疲れたみたいだな。
怪我らしい怪我もなく簡単そうに倒していたとはいえ、下りてくる最中に4、5回はモンスター達と戦ってたんだし。
何回か間近で激しい戦闘を見ていたおかげで、戦いの凄惨な光景にも大分慣れてきた。
まだ何も感じないで戦うというのは無理だろうけど、よほどのことがない限りモンスターの血を見てパニックになったりはしなくてすみそうだ。
これなら冒険者になることもできるかもしれない。
セディはやはり強く、どの戦闘も大抵一瞬で終わってしまった。
戦う時間よりもむしろ、浄化してお金を収納する時間の方が長かったくらいだ。
あそこまで強くなるにはかなりの時間が必要だろうが、俺もいつかは追いついてみたい。

戦闘が早く終わってしまうため、結構話を聞く時間があった。
3階から降りてくる小一時間、興味のあった冒険者の証について色々聞いてみたけど、残念ながら新しくわかったことは殆ど無かった。
さっき教えてくれた二つ以外にもいくつか機能はあるらしいが、普段使ってなかったりで急には思い出せないらしい。
まあ、街についたら俺もすぐに証を手に入れる予定だしな。
楽しみはそれまで取っておこう。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第八話 ~






「セディもさすがに少し疲れたみたいだな。やっぱりその大剣って重いのか?」

俺が心配して聞くと、顔をあげて少しだけ恨めしげな表情でこちらを見る。
……なんでだ?

「キンパツが疲れているのは8割がたアナタのせいですよ、ユート」

俺が戸惑っていると、肩から呆れた声がした。

「な、なんでだよ」

「アレだけずっと質問攻めにされたら普通は気疲れします。モンスターと戦っている時間以外はしゃべりっぱなしじゃなかったですか」

見るとセディがかすかに首を上下に振っている。

「う……、悪い。少し調子に乗って質問しすぎたか。悪かったな、ついつい夢中になっちまって」

昔から興味のあることに夢中になると周りが見えない、って家族からもよく言われてたっけ。
セディには悪いことしちまったな。

「はは、そんなに気にしなくていいよ。少し疲れたけど、別に嫌だったってわけじゃないし。それに、なんとなくだけどユート君がどういう人かわかる機会が持ててよかったよ」

そう言うセディの顔には、何の含みもなく、本心からそう思っているようだった。
やっぱしいいヤツだよな、コイツ。
まぁ、どういう風に思われてるのか、ちょっと怖いけど…。

「ようやくユートはモテそうにない人だって事がわかったんですね」

と、リアがしたり顔で言いやがった。
うっさいわ!!
コイツ、実は尻尾とか生えてるんじゃないか?
黒くてとがったヤツ。


……ここらで一度上下関係をはっきりさせておかないとな。
リアはまだセディの方を向いていて、俺にその背を見せている。
ククク、隙だらけだぞ、リア!
俺は気づかれないようにそうっと手を伸ばし、その部分を引っ張った。

「は、はひすふんれふか!!(な、なにするんですか)」

おーおー、柔らかい。
俺が頬を引っ張っているせいで、何を言ってもハヒフヘ言ってるようにしか聞こえない。
リアは後ろ足で蹴ろうとするが、当然のごとく届くわけがない。

「わははっ、リーチの勝利っ!!」

と、笑って指の力が抜けてしまったのが悪かった。
突然羽ばたきを強めて俺の指を振りほどくと、捕まえようとする俺の手をすり抜けて向かってくる。
ついに俺の顔に到達すると、左頬を思い切り捻られた。

「ひてててっ!ひゃ、ひゃめろって」

いたっ、マジで痛っ!!
捻るのは卑怯だ!…って、だから痛いって!
なんとか追い払うと、俺から少し距離をとったところでファイティングポーズを取る。

「うーうー、がるるるるっ!」

唸りながらシャドーボクシングまでしてやがる。
おーおー、やるってのか、このチビが!
叩き落としてやんよっ!
頬のジンジンとした痛みを気合で無視する。

「クククッ……あははははっ」

俺達がにらみ合っていると、突然セディが笑い出した。
俺は毒気を抜かれて構えをといてしまう。

「隙ありですっ!」

「って、おまっ!ひきょ…ぐっ」

その瞬間を狙って俺に一度蹴りを入れると、ヤツはすぐに手の届かない木の上へと逃げていってしまう。
逃げ去るリアの羽は赤く染まっていた。
…ったく、怒りたいのはこっちだっての。

「あはは、ごめんごめん。邪魔しちゃったね」

と、謝るが、笑いながらだから、からかわれているようにしか感じない。

「やっぱり君は面白いよ。妖精っていうのは程度の差はあれ、人間にあまりいい感情を持っていないはずなんだ。それがあのおチビさんは君にあんなに心を開いている」

リアの方を見上げると目が合い、ベーっと舌をだされた。

「心開いてるかぁ?アレ」

親指で指差すと、セディは苦笑しつつも肩を竦める。
…なんだってんだよ、ったく。
俺は木の根元に荒々しく座り込んだ。







「ん~~~~っ!」

日差しは優しく、風も温かい。
さっきまでの喧騒が嘘のように心が静まっていく。
今は春なのかねぇ…。
そもそも四季あるのかね、ここ。
今春っぽいからありそうだけど、ここって異世界だしなぁ。
俺は木を背に座り込んで、伸びをしながらつらつらと考える。
裏手に広がる森から吹いてくる風や、木の合間から聞こえる小鳥の声がすごく心地いい。
空には雲一つなく、遠くの方で鳥が飛んでいるのが見える。
疲れきった足が少しだけ楽になった気がする。
あー、いい風だなぁ…。
子供の頃に家族でいったピクニックを思いだす。
はは、あんときはまだアイツも小さくてかわいかったっけ。
それがどうして大きくなるとあんなふうになるかねぇ。
頭の中に、ツノをはやして怒る妹のイメージが浮かんできて思わず笑ってしまう。
……そういや、元の世界で俺ってどういう扱いになっているんだろう。
家出か失踪とかか?それとも何か事件に巻き込まれたとか思われてたり…。
まぁ、ある意味外れちゃいないけど…
視線を草原に移すと、遠くに城が見えた。
微かに薄れたその輪郭が自分の立場の危うさを思い出させるようで…。
……あぁもう!やめやめっ!
俺らしくも無い。
もっと前向きにいかないと。
せっかく普通じゃ経験できない事経験してるんだしさ。
俺はリアがいるであろう木の上をみあげた。







「なんかやっと人心地が付いたって感じだな~」

「そうですねぇ…」

俺がぼんやり呟くとリアが暖かな日差しを受けながら眠そうに相槌を打つ。
リアとは、10分くらい前に休戦協定が制定された。
決して俺から譲歩したわけじゃない。
ないったらない。
今は肩で同じ様にぼけっとしている。
セディは先程、隠していた荷物を取りに森に入っていった。
その辺に荷物を置いたままにしておくと、モンスターや山賊が持っていってしまうらしい。
山賊はわかるけど、モンスターも持っていくのか…。
人間の道具なんて何に使うんだろ。
空をぼーっと見上げると、太陽は真上よりも少し下がったあたりにある。
時計をもっていないため正確な時間はわからないけど、たぶん2時から4時、ってとこかな。
セディの話によると、地震が起きて光が見られたのが朝って事だったから、俺が召喚されたのは6時から9時の間くらい……ってとこか。
そこから考えると、こっちにきてからまだ10時間もたってないことになる。
モンスターに追い掛け回されたり、死にそうになったりと色々あったから、もっと時間がたっていたように感じていたがそうでもなかったらしい。
「なんていうか…生きているって、いいなぁ」
シミジミと呟いてしまう。
あぁ、このまま眠ったら気持ちいいだろうなぁ……。
リアも風に吹かれて気持ち良さそうに寝そべっている。



と、ここでようやく気づいた。

「ってか、お前いつの間に着替えたんだ?しかもその格好…」



それは体のラインが強調されるぴったりとしたデザイン。
深く鮮やかな青地とそこにあしらわれた花柄模様の色合いがリアの明るい青髪に良く似合っている。
スリットが腰まで入っていて、さっきまでの少し硬いフォーマルな感じとは違い、扇情的な様相を醸し出している。
どこからどうみてもチャイナ服だった。



「ユートがぼけっと間抜けな顔をしている間に、ですよ。少々汗をかきましたので。どうです、似合ってますか?」

と、立ち上がると、その場でくるりと1回転する。
勢いよく回りすぎたのか、すそがふわりと膨らむ。
いい物…いや、見てはいけない物が見えた気がして、思わず顔を背けてしまう。

「あれれ、ユートにはちょっと刺激が強すぎましたか?」

そう言って悪戯っぽくニヤリと笑うと、わざわざ背けた顔の前に飛んできてポーズを取る。
チラリとスリットからのぞく足が妙に艶かしい。
さ、さっきの仕返しか、コイツ!
…た、確かに似合ってるけどな。
それにさっきまでの格好じゃわからなかったけど、コイツ意外と胸でかいし……、って違う違う!
まずい、舐められたらなんか負けな気がする。

「バーカ、チビのくせして何言ってやがる! それよりも着替えって、お前そんなのどこに持ってたんだよ。…それになんでチャイナ服?」

いやまぁ、武闘家がいるのだからチャイナ服があること自体は変じゃないのかもしれないけど…なぁ?
いつもと違う雰囲気でだんだん迫ってくるリアから逃れるように身を引くと、少し目線をそらしてさりげなく話を変えた。
そう、あくまでさりげなく!


……顔が少し熱い。


そんな俺の様子にクスリと笑うと、俺に見せ付けるように周りをくるりと回って元の肩の位置に戻ってきた。

「ふふふ、乙女には秘密がいっぱいあるのですよ。…なんて言いたいところですけど、せっかくだし教えてあげましょう。ユートの慌てるかわいい姿も見れましたしね」

そう言ってまたクスクスと笑う。
くそ、この空気はなんだかすごく居心地が悪い。

「笑ってないで教えろって」

俺がせかすと、リアはようやく笑うのをやめた。

「ふふふ。魔法を使ったんですよ」

と、楽しそうにウインクまでしてる。
可愛いけど、調子に乗ん……、って魔法!?

「なにっ!?」

瞬間的に興味がわいて、頬に伸ばしかけた手を引っ込めると、リアを真正面から見つめた。
もうリアを見ても照れなんて感じない、ああ、感じないさ。
俺の様子の変化を見て、少しリアがむくれたが、そんなの知ったことか。
魔法、魔法!魔法ですよ!!
あぁ、やっぱし魔法って便利だよな!!
……でも、服を着替える魔法なんてあったっけ?
それとも妖精だけが使える魔法でもあるのか?

「で、で? どんな魔法使ったんだ?」

思わず身を乗り出してしまう。
ワクワクが止まらない!

「…ふぅ。まぁ、いいですけどね。ユートってそういうヤツですし…」

リアはジト目で溜息を一度付くと、諦めたように話し出す。

「わたしの使った魔法はジジィに教わったもので、名前をGモシャスと言います。ジジィ曰く、正式にはグレゴリモシャスというらしいですが……なんで自分の名前を魔法につけるのでしょうね。理解に苦しみます…。ホント、あのセンスにはついていけません。いっそのことジジィモシャスって名前にしちゃいましょうか」

なにやらまだ小声でブツブツ言っているが、俺の興味はすでに移っていた。
Gモシャス……ねぇ。
普通のとどんな違いがあるのかはわからないけど、まぁ、ようはモシャスってことだろう。
確かに自分の姿を他の相手のものに変えてしまうあの魔法を使えば自分の服を変えることなんて簡単なのかもしれないな。
それにしても、さすが妖精。
モシャスって、確かかなりの高レベルの魔法使いにならないと覚えられなかったはず。

「すごいな!腐っても妖精ってとこか!!」

「誰が腐ってますかっ!!」

今の今までブツブツ言っていたのに、言った瞬間、蹴りが飛んできた。
ってーな、褒めたってのに何するんだ…。

「どこが褒めてるって言うんですかっ!!」

体全体で怒りを表している。
お、怒ってるな、すっごく。
いつにも増しての沸点の低さに少し違和感を覚えたが、羽も赤くなってるし、このままではまずい。

「わ、悪かったって。機嫌なおせって。…そ、そうだ! モシャス使えるんなら、俺とかにも化けられるんだろ? ちょっとやってみてくれよ」

ただ話を変えるためだけに搾り出した話題だったが、よく考えると結構面白い。
自分と同じ顔が目の前にいるっていうのは変な感じだろうが、どんな感覚か興味がある。
小さいままなのか、それとも俺と同じ大きさになるのかも気になるところだ。

「…ユートに、ですか?」

意外とすぐに怒りをおさめて普通の様子に戻ったリアは、きょとんとした表情をしている。
ん?何か変なこといったか?

「いや、モシャスなんだろ?だったら俺にも化けてみてくれよ。大きくなるのかとか興味あるし」

納得いくように説明したつもりだったが、リアの表情は変わらない。
いや、むしろ困惑を強くしたような気がする。

「何を言っているのかよくわかりませんが…。このGモシャスの魔法は、わたしが今着ている服を別のものに変化させることしかできませんよ。他には何の効果もありません。…まったく、本当に役立たずです、あのジジィは…」

「へ…?」

リアはまた毒づいていたが、俺はそれどころじゃなかった。
服を変化させるだけの魔法??
そんな魔法は聞いたこともない。
モシャスとは全く違う、オリジナルの魔法なのか?
グレゴリ、って名前をつけているくらいだから、グレゴリのじーさんが作ったってことなのだろうけど…。
確かに昔読んだドラクエの漫画じゃ、俺の心の師匠でもある、かの大魔導士が作ったオリジナルの魔法もたくさん出てきた。
だから、セディに大賢者って呼ばれてたグレゴリには新しく魔法を作ることができても不思議じゃないのかもしれない。
リアの今までの話だけだととてもそんなすごい人物には思えなかったけど…。
……だけど、なぜ服を変化させる、なんて微妙な魔法を作ったんだ?
いや、確かに旅をする時に着替えを持たずにすむっていうのは意外と便利なのかもしれないけど……なぁ。
わざわざMPを消費してまで必要なのか理解に苦しむ。



「やっぱり、ユートも変な魔法だと思います…よね。……わたしはこんな魔法を得るために……」

いつの間にかこちらを見つめていたリアが、顔をうつむかせて小さく呟く。
普段しれっとしている印象が強く、その口調から最初は冷静そうな印象を受けたけど、基本的にかなり表情が豊かだという事が短い付き合いながらも大分わかってきた。
そんなリアの、いままで見たことがないくらい落ち込んだ様子に、胸が締め付けられる。
なぜそこまで辛そうなのかはわからないが、放っておくことなどできなかった。

「ま、まぁ、確かに変な魔法だとは思うけどな。でも、俺はすげーって思うよ。この服、幻覚とかってわけじゃないんだろ? 触っても感触もあるしさ。それに、ただ見せかけだけ変えるんじゃなくて、材質とか、形とか何もかも変化させるなんてすごいじゃんか! しかも袖の長さとか全体の量まで変化してるし! 質量保存の法則とかどーなってんだ、これ! こんなん、俺の世界じゃ考えられねーって!! うぉーーーっ、やっぱし魔法いいな、俺もおぼえてぇっ!!!!」

話しているうちにいつの間にかテンションがあがってしまって、なぜか叫んでしまっていた。
ヤバい、元気付けるつもりがついつい変な熱が入っちまった!
リアは目を丸くしてこっちを見ている。
ひかれちまったか……?
な、なんとかフォローしないと!

「い、いや、えーっと…だからさ、俺は…「…ぷっ! あははははっ」………リアさん?」

慌てて弁解しようとすると、突然リアが声をあげて笑い出した。
体をくの字にして腹を抱えて、涙まで流している。
そんな様子を見ていると、どうにもバツが悪くなってくる。
そこまで笑うことねーだろうが…。

「えーっと…」

一向にやまない笑い声にかける言葉もなく。
俺にできたのは笑いすぎて苦しそうなリアを見ながら頬をかくことだけだった。



「あはは……っ。……アナタは変な人ですね。…ホントに」

目の端に浮かんだ涙をぬぐいながらリアは言う。
乱れた呼吸を整えようと、何度か深呼吸している。
そんなになるまで笑う事ないだろうが。

「言っている内容はよくわからなかった部分が多かったですけど……、アナタを見ていたら悩んでいるのが馬鹿らしくなってきます」

「馬鹿って…ひっでーなぁ」

笑顔が戻ったのはよかったが、なんか釈然としない。
なぜ魔法のことであんなに落ち込んだのか。
何を悩んでいたのか。
さっきリアがポツリと言っていた言葉はどういう意味なのか。
いろいろ気になる部分は多かったが……まぁ、今はおいておくか。
せっかく元の調子に戻ったんだし、わざわざ水を差す必要もないし。





「…なぁ、そういえば、それってどんな服にでも化けられるのか?」

ようやく呼吸を整えて佇まいを直す様子を見ながら、ふと思いついたので聞いてみる。
このGモシャスという魔法。
さっきは微妙な魔法、と思ったけれど、もしもどんな服にでも変化させることができるなら、よく考えると意外と汎用性の高い魔法かもしれない。
材質が変化させることができるのはすでに実証済みだ。
もしこれに強度等も再現可能なら、極端な話、防具を買う必要がなくなる、ということになる。
使いこなせれば、どんなに高価で性能のいい防具とかも自分で作り出すことができる…!
それなら戦士になってもあんな格好をしなくてもすむじゃないかっ!!
…じゃ、なくて、どんな強い防具でも選び放題じゃないか。
俺が期待を胸に見つめると、リアは残念そうに言った。

「それは無理なんです。このGモシャスという魔法は正確には、ジジィが登録した服の中からランダムに選ばれた服に変化する、というものなのです。そのおかげで、たまにすごく変な服になることも……」

げ、なんだそりゃ…。
やっぱし使いにくいなぁ。

「……ん?…ってことは、そのチャイナ服はリアの趣味だったってわけじゃないのか」

俺が軽い気持ちで言うと、リアは羞恥で真っ赤になって反論する。

「わたしが好きでこんな格好するわけないじゃないですか!あのジジィの趣味です!」

ジジィ、ぐっじょぶ!
って、そうじゃないだろ、俺!
……まぁ、グレゴリのじーさんの趣味だ、って言うわりにはリアも結構ノリノリだった気がするけど。
さっきのリアの様子を思い出して、顔が少し熱くなる。
っとと、まずいまずい。
横道にそれそうになった思考を無理やり軌道修正する。
グレゴリが登録した服の中からランダムに変化する魔法ってことは…、もしも俺がGモシャスを唱えたら、あのチャイナ服とかを俺が着ることに!?
想像するまでもなく気持ち悪い。
……うん、仕方ない、この魔法は潔く諦めよう。
俺が使うには体面が悪すぎる。



「そうだ! なぁ、他にはどんな服が登録されてるんだ? よかったら見せてくれよ」

純粋な興味で聞いてみると、リアは困った様子になる。

「見せるのは構わないのですが、この魔法はMPの消費が激しくて一日に使える回数は限られているので、そう何度も使えないんですよ。もう今日は二回も使ってますし…」

あまり無理強いはしたくないが、それでもどんな風に変化するのか見てみたいという欲求は強い。

「後数回くらい大丈夫だろ?」

「駄目です」

俺は食い下がるが、なかなか色よい返事は貰えない。
そうこうしているうちに、リアは俺の肩に座って興味なさそうに髪をいじり始めてしまった。
が、よく注意して見てみると、たまにこちらをチラチラと見ている。
……ここが押しどころと見た!

「な、そこを何とか頼む! そのチャイナ服も可愛いけどさ、もっと色んな可愛い格好のリアの姿を見てみたいんだよ!」

魔法をではなく、リアを、と言うのがミソだ。
ヤツはこれできっと動く!
……まぁ、言ったことが全て嘘って訳じゃないけどさ。

「…ふぅ、そこまで言われたら仕方ありませんね」

うっし、かかった!
リアは、いかにも仕方ないといった表情で呟く。
が、注意してみないとわからないくらい微かにだが、頬が染まっているのはご愛嬌だろう。
肩から離れ俺の目の前に飛んでくると、一転して真面目な表情になって目をつぶる。

「一瞬ですから、よく見ててくださいね」

そう言うと、自然体で精神を集中し始める。
始めてから幾秒も立たないうちに、リアの体をぼんやりとした光が覆う。

「おお~……」

思わず声が洩れ、胸が高鳴る。

「それじゃ、いきますね。……Gモシャスッ!!」

力強い声と同時に一瞬だけリアの体が強く光ると、ボフンッ!という少し情けない音とともに煙が立ち込める。
そして、煙が晴れた所には、先ほどと変わらない格好で、しかし衣装を変えて佇むリアがいた。
おおお、こ、これはっ!!



そこに現れたのは赤を基調とした、硬そうな素材でできた鎧に身を包むリア。
羽飾りのついた兜と肩宛て、そして急所等の打たれ弱い部分はしっかりと守る、機能的で、それでいて芸術性を感じさせるデザイン。
鎧は厚く重く身を固めるもの、という固定観念を打ち砕き徹底的に軽量化に拘りぬいて、ついに高い俊敏性と防御力を併せ持つことに成功した、至高の一品。
そう、それはとあるドラクエで女戦士が装備している、通称ビキニアーマーと呼ばれる鎧だった。
じーさん、ナイスッ!!!
さすがに大賢者ってだけはあるよっ!
残念だ、あんたが生きていた頃に会いたかったぜ!!
あんたなら俺の第二の心の師匠になれただろうに…!



「どうしたんですか、変な顔をして………、って、きゃああああっ!?」

思わず見入ってしまった俺の視線をたどることでようやく自分の格好に気づいたリアは、悲鳴をあげてしゃがみ込む。

「な、なんですか、これは!! み、見ないでくださいっ! ジ、Gモシャスッ!!」

先程と違い、すごい速さで魔法を発動させる。
あぁ、また変化しちゃったか…。
俺は煙に包まれるリアを少し残念に思いながら見つめる。
しかし、ある意味子供の頃に憬れた装備を現実に見ることができる日が来るとはっ!
ミニチュアサイズなのが少し残念だが、それにだけ目をつぶればプロポーションも結構いいし、文句ない。
しっかりと脳内に焼き付けたので、“おもいだす”の準備もバッチリだ。
煙が晴れると、しっかりと身体に手をあてて隠したリアが現れる。
今度の格好は、普通の村娘といった感じの淡い水色のワンピース姿だった。
これはこれで可愛いな…。
さっきの二つの格好に比べるとインパクトに掛けていたが、それがかえって新鮮でよかった。
しっかし、じーさんはどんな基準で服を選んだんだ?
脈絡がなさすぎる…。
まぁ、可愛いからいいけどさ。
俺がそんなことを考えていると、恐る恐る自分の姿を見下ろしたリアがホッとした表情になるのが見えた。
そして俺をキッと睨み付けると嫌にゆっくり近づいてくる。
…あぁ、なんか未来が見えたな。
そばに来て、予想通り振りかぶるのを見て、観念して目を閉じる。
今日、何回目だろうな、いったい。

「わ、忘れてくださいいいいいいいいい!」

両頬に一発づつ、決して小さくない衝撃を受けて思わず目を開けると、大きく助走距離を取ってこちらに突っ込んでくるリアの姿が目に映った。
最後に後頭部に来た衝撃は、オオアリクイの攻撃なんて目じゃなく。
確実に今日一番の一撃だった。




[3797] 序章 第九話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:f9d90455
Date: 2008/12/19 22:28
リアです。
思いっきり叫んだらスッキリしました。

「………………」

ユートがわたしの下でうつ伏せで眠っています。
まぁ、気絶している、とも言うかもしれませんが。
時々苦しそうに呻いています。
さすがにやりすぎてしまったでしょうか。
……いえ、そんなことはないですよね。
すぐにGモシャスを使って隠したとはいえ、あんな破廉恥な服を着たところをしっかりと見られてしまいましたし…!
当然の報いです。
今思い出すだけでも、恥ずかしくて死んでしまいそうです…。
確かにチャイナ服を着てた時に、ユートをからかって遊んだので、ほんのちょっとだけ見えちゃったりもしたかもしれませんが、見せるのと見られるのでは大違いなのです。
スライムと人面蝶くらいの差があるんです!!
……ああもうっ、わけがわかりませんっ!!!
もしもわたしにも女王様のように過去に戻る力があるのなら、今すぐ戻ってあのジジィのヒゲを全部引っこ抜いてやる所ですよ。
私がスカートの裾を握り締めて憤っていると、少し遠くで草木を踏み分ける音と、鎧が擦れる音がします。
……どうやらキンパツが帰ってきたようですね。
危ないところです。
もう少し戻ってくるのが早かったら、キンパツにまで見られる所でした。

「ん…、う…うぅ…ん」

ユートが呻きながら目を擦っています。
そろそろ目が覚めそうですね。
少しだけ膨らんだユートの後頭部を見ると、少しだけ、ほんっ…とうに少しだけですが、やっぱり罪悪感を感じます。
今回のはユートだけのせい、というわけでもありませんしね…。
……仕方ありませんね。
わたしはユートの介抱はキンパツに任せることにして、森に入ることにしました。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第九話 ~






――…にぃ……ん!
…ん…んぁ?
遠くの方で何かが俺に呼びかけているのが聞こえる。
――…に…ちゃん!…きてっ…ば!!
ぅ…ん…うるさいなぁ…。
昨日飲みすぎて頭が痛いんだって。
もう少し寝かせてくれよ…。
俺はせめてもの抵抗を、と体を丸める。
――起きてってばっ!
大分はっきりと声が聞こえてしまっている。
…むぅ、まだ寝ていたいのに、このままじゃ目が覚めちまうなぁ…。
仕方ない、最終奥義っ!
俺は丸めた体に頭を深く埋め、ついでに耳をふさいだ。
ククク…これなら起こせまいっ!
…こんなことやってる時点で大分目が覚めているのは自分でもわかってはいるのだが、その辺は気にしてはいけない。
と、俺を起こそうと躍起になっていた気配が急に静かになった。
……諦めたのか?
これでようやく眠れ…る……な………ぐぅ。
と、耳をふさいだ手を緩めた瞬間、ソイツが息を大きく吸い込む音が聞こえた。

「……お・き・ろっ!! って言ってんでしょっ! こんの、バカあにきぃいいいいいいいいいっ!!」

「ぐふっ」

耳がキーンと痛くなる程の大声と共に、丸まって横になっていた俺の脇腹にかなり大きな衝撃が降ってきた。
どうやら、勢いよく俺の上に飛び乗ってきたらしい。
しかも、あろうことか、わざわざ肘が柔らかい腹に突き刺さるように体制を整えて…。
所謂ジャンピングエルボーだった。

「がはっ……、お……おま、…こ…これ…は洒落に…ならん…って」

俺は息も絶え絶えに言う。
正直、呼吸するのもきつい。

「あはは、目は覚めたでしょ?」

蛍光灯を背負っているため逆光になっていて表情はわかりにくいが、全く悪びれずに笑っているのは声からわかる。
…コイツ、覚えてろよ。
今度、寝顔にキンキンに冷やしたコンニャクを落としてやる…
この間やった、寝ているときに胸元に氷を入れる、っていうのはかなりヤバかったからな、色々な意味で。
くくく、コンニャクなら大丈夫だろう。
暗い復讐を胸に誓いながら、なんとか呼吸を整えようとするが、なかなかうまくいかない。
それどころか、だんだん視界が暗くなっていく。
表情がわからなかったのは逆光だからというだけではなかったらしい。
ってか、ちょっとやばくないか?
アイツの顔も良く見えず、輪郭の部分だけがボンヤリと白く見えた。

「今日はいっし…に買い…に行……束してた…しょ! ほ…、バカ…貴、さっ…と…きてっ!」

ぼやけた声が大きくなったり小さくなったりする。

「ねえ……ら! ちょ…と……どう……よ?」

だんだん焦った顔に変わっていくのを、俺はどこか他人事のように見つめていた。
なんだか、ぬるま湯に浸かって漂っているような、変な気分だ。

「冗………めて……ば! ね………おに………ん!!」

必死で何かを叫んでいるが、所々途切れててよくわからなかった。
そんな悲しそうな顔するなって。

「………! …………………、…………………!!」

…まったく、――は心配性なんだよ。
心配すんな、すぐ戻るからさ。
そこまで考えた所で、俺の視界は完全に暗転した。







「…んっ……んぁ?」

なんか枕が固い……。
意識が少しづつ覚醒して一番最初に浮かんだ感想がそれだった。
俺は暖かな日差しを受けながらまどろむ。
目を閉じながら、だんだんと意識を浮上させていくと、涼やかな風がどこか懐かしい香りを運んできた。
どこで嗅いだんだっけ、これ。

「…ふぁ……んん」

欠伸をしながら目を開けると、間近で逆さに覗き込むセディと目が合い、驚いて口をあけたまま固まってしまった。
傍から見たら、今の俺、間抜けな顔してるだろうな…。
ぼーっとそんな事を考える。
……って、セディ!?
完全に目が覚め、飛び起きる。

「おっ、と! 危ないな、ぶつかるところだったよ」

思わず勢いよく起きすぎたが、なんとかセディが反応して避けてくれたおかげでぶつからずにすんだ。

「あ、あぁ、悪りぃ。……って、違うだろっ!」

セディの落ち着いた声に思わず謝ってしまったが、そういう問題じゃないだろう。
俺はさっきまで俺が寝ていた所を見る。
そこには、セディの膝、正確には太ももの部分があった。

「…なぁ、違うとは思うが…念のために確認していいか?」

眉間を指で揉みながら俺はセディに聞く。

「うん?」

不思議そうな顔でこっちを見つめるセディに俺は正直諦めの気持ちを抱きながら聞く。

「なぁ、まさかとは思うけど……俺が気絶している間、何……やってたんだ?」

一縷の希望を胸に恐る恐る聞くが、セディはあっさりと言ってのけた。

「何……って、膝枕?」

やっぱりか、ちくしょおおおおおおおおっ!!
生まれて初めての膝枕がなんで男!?
初めての膝枕は可愛い女の子って決めてたのにっ!!
抑えきれないパトスを拳で地面にぶつける。
柔らかい太ももの感触で目が覚めて、二人の目が合って、そして………ポッ!なんていう甘いストロベリった物を夢見てたのにっ!!
途中まで経験しちまったじゃないかああああ!

「何がかなしゅーて男の、しかもかったい鎧の感触を感じにゃならんのだっ!!」

「いや、なんか苦しそうだったからね」

思いのたけをぶつけるが、セディには全く届いてなかった。
おもわず俺の両目から熱い汗が流れ落ちる。
セディはそんな俺の様子を苦笑しながら見ていたが、ふいにニヤリ、と笑みの質を変えるとさらに付け加えた。

「男は膝枕って好きだろう? ユート君も膝枕してあげたら結構気持ち良さそうに寝てたよ」

やめてくれえええええっ……。
男の膝枕なんかで気持ちよく寝てたなんて……。
俺の夢をこれ以上壊さないでくれ………ぐすっ。

「……そ、そんなにショックだったのかい」

俺の目の端に滲む本気の涙を見るとさすがに心が痛んだのか、同情の視線を向けてきた。
決してあきれ果てた視線ではないと思う、思いたい。







んぐっ、んぐっ、んぐっ………ぷはぁっ。

「ふーっ、生き返えったわ。水うまかった、サンキューな」

セディにもらった水は、冷たくとても美味しかった。
体全体に染み渡り、まだ少しぼーっとしていた意識を覚醒させてくれる。
さっきの件は、ノーカウントにする、ということで自分の中で決着がついた。
あまり引きずるのも男らしくないからな。
決して一考に悪びれないセディに毒気を抜かれたわけじゃない。

「元気になった? さっきは酷くうなされていたみたいだったからさ」

空になった俺のコップに水を注ぎながら心配そうに聞いてくる。
……いいヤツなんだよなぁ、やっぱし。
あの行動は好意しかなかったはず……だしな?
……ニヤリと笑うセディの顔が浮かんできたが、頭を振って消し去った。

「夢見でも悪かったのかい?」

そう言われて考え込む。
確かに、何か夢を見てたような気がするけど……さっぱり思い出せないな。
よく夢を手のひらから零れ落ちる砂に例えるけど、正にそんな感覚だ。

「ん~、何か変な夢見てた気がする……けど、覚えてないな。まぁ、覚えていないんだから、そう大した夢でもなかったんだろ」

引っかからないわけでもなかったが、考えても仕方ないし、忘れることにした。

「でも、途中からいい夢になったんじゃないかな。僕が膝枕してあげた途端に穏やかな寝息になったし」

と、イイ笑顔でにっこり笑う。
……いいヤツ、なんだよなぁ?
俺は手の中にあったコップをあおって、水と一緒に言葉を飲み込んだ。







飲み終わったコップを返す時、セディの髪からふわりと石鹸のいい香りを感じた。
あぁ、さっきの匂いはこれだったのか。
よく見ると、綺麗な金髪はまだ少し濡れていて、太陽の光によって鈍く光っていた。
戦闘と塔のせいで少し埃っぽかったはずの顔もすっかり綺麗になっている。

「あぁ、実は荷物を隠していた場所の近くに泉が沸いているのを見つけてね。待たせて悪いとは思ったんだけど、少し汗を流させてもらったんだよ」

俺の視線に気づいて髪をいじりながら話す。
なるほど、それで帰ってくるの遅かったのか。
セディの髪を整える仕草には、妙な色気があった。
水もしたたるいい男、ってやつか?
どうしてこうもカミサマってやつは不公平なのかね。
永遠の命題だな、これは。

「んじゃ、俺も後で汗流してこようかな。モンスターの大群から逃げ回っていたときに転んだりしたからあちこち埃っぽいし…」

そういえば、服も洗いたかったんだよな。
もう手遅れかもしれないけど、オオアリクイの血を洗い流さないと……って、あれ?
確かに結構な量の血を被ったはずなのに、服には赤い染みなどどこにもない。
一瞬光の加減かとも思ったが、その程度で見えなくなるほど被った血は少なくなかったはず。

「どうかしたかい?」

そんな俺の様子を不思議に思ったのか、隣に座りながら聞いてくる。

「いや、さっき俺オオアリクイの血を思い切り頭から被ったよな、って思ってさ。でも、全く跡がないだろ?」

俺が袖を見せると、セディは納得した表情で頷いた。

「ああ、気づいてなかったんだね。“浄化”するとモンスターの死体だけじゃなくて、飛び散った血も消えてしまうんだ。そしてなぜかモンスター達の装備していた武器防具までも、ね。だから服にも血の跡は残ってなかったんだよ」

浄化をすると、モンスターのいたという痕跡が全て消えてしまって、残るはゴールドのみ…か。
ある意味、ゴールドがそのモンスターがいたという証そのもの、というわけ…か。
ポケットに入れていた、日本の硬貨と比べると大分重い銅貨が、心なしかさらに重く、そして冷たくなった気がした。



それにしても、血が染みにならなくて本当に良かったわ。
向こうの世界との繋がりを示す大事な物だからな。
気づいた今となっては、なんで血が消えたことに気づかなかった、と自分を問い詰めたいくらいだが、冒険者の証のインパクトにやられてたんだから仕方ないよな。
ただ注意力がないだけでしょう、とどこからか毒っぽい台詞が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

「そういえば、リアはどこ行ったんだ?」

周りを見渡しても見つからない。
まさかとは思うけど、さっきの事で怒ってどこかへ行っちゃったのか?
不安が胸をよぎる。

「さっき僕と入れ違いで森に飛んでいくのが見えたよ。……なにかあったのかい?」

その言葉に少し青くなったのがわかったのだろう。
心配そうな表情をしている。

「わたしならここにいますよ」

突然、探していた声が聞こえた。
俺はほっとしながら声の主を探すが、周囲には見つからない。
と、目の端に木の葉のひらりと落ちるのが写った。
上かっ!
勢いよく上を見上げると、視界一杯に赤いものが広がる。

「なんだとっ!? ………ぶっ」

反応する暇もなく、顔面に軽い衝撃が走る。

「何やってるんですか、アナタは……」

実際に見なくてもわかる。
絶対にため息ついてるよ、アイツ…。
セディもくっくっ、と小さく笑っている。
…これはかなり恥ずかしいな。
なんていうか、一人で鏡の前で格好つけたポーズを取っていたところを見られたくらいに。
俺は、頭を掻きながら顔にぶつかって落ちたモノ、赤くて丸くて美味しそうなソレを拾い上げる。

「これは…リンゴか?」

少し小さいが間違いない。
へぇ、こっちにもリンゴあるんだな。

「ユートの世界にもあったのですか? こっちではリンゴではなくギンロの実、と呼ばれてますけど」

その声に顔をあげると、大きい葉を袋代わりにリンゴを二つぶら下げて、よろよろと飛んでいるリアの姿があった。

「まさか、それってあの……!」

セディがなぜか目の色を変えてリアの持つリンゴを見つめている。
「ギンロの実ねぇ…。これ、どうしたんだ?」
問いかけると、表情は変わらないが、羽が一瞬でリンゴ色に染まる。
……どうしたんだ?

「いえ、お腹が空いたので森に分けてもらったんです。三つもらえたので、仕方ないからユート達にも分けてあげます。………それと、さっきは少しやりすぎました、すいません」

少し早口で慌てたようにそう言うと、すぐに身を翻してセディへと近づく。
手の中にあるリンゴをいじる。
…なるほど、さっきのお詫びって所かな。
可愛いとこあるじゃん、アイツ。

「サンキューな、リア」

その後ろ姿に声を掛けると、一層羽の色が濃くなる。
照れているのか妙に羽ばたきの回数が多いリアを見ているとにやけてしまう。

「はい、どうぞ。ついでですがキンパツにも分けてあげます」

そんな俺の視線を無視してセディにリンゴを渡す。

「僕もいいのかい!? ありがとう! 頂くよ」

セディは声を弾ませて喜ぶ。

「………うん、美味しい! こんなに美味しいギンロの実は初めてだよ!! ……あの本、実は正しかったんだね」

セディは一口齧ると、満面の笑顔で頷いている。

「本…ですか? ジジィの古文書にこんな事まで書いてあったんですか?」

興味を惹かれたのか、詰め寄って聞くリア。

「あぁ、あれとは別の本だよ。一応冒険者に対しての教科書……のようなものなんだけど、内容が……その、荒唐無稽なものが多くてね。書き方も気さく過ぎるから、誰かがシャレで書いた冗談の本なんじゃないか、って思われてたんだよ。でも、妖精のギンロの実は本当にあったし、他の内容も全部が冗談というわけじゃなかったのかもしれないね」

リアはその言葉に興味深そうに頷くと、腕を組んで首をかしげる。

「へぇ、わたし以外にも人間にこのギンロの実をあげた人がいたんですね……。そこにはなんて書かれていたんですか?」

しかし、セディは困ったように笑うと申し訳なさそうに話す。

「僕もただの冗談だと思ってたからね…。流して読んでいたから詳しいところまでは覚えてないんだ。ただ、妖精からもらったギンロの実はこの世の物とは思えない程美味しかった、って類の事が書いてあったよ。……僕は甘い物が好きでね、それで覚えていたんだよ」

セディは話をする間も、リンゴを食べる手を止めなかった。
言葉の通りすごく幸せそうな表情をしている。
そんなに旨いのか…。
話の内容にも興味があったが、なぜかさっきから手の中のリンゴが気になって仕方がない。
俺も一口齧る。
瞬間、口の中に甘い果汁が一杯に広がる。
頭の芯まで幸福感で痺れるようだ。
…あぁ、こりゃ確かにうまいわ。
見た目は小さいだけで普通のリンゴなんだが、向こうで食べた物よりも甘みが強く、そして何より、みずみずしかった。

「すごいな、これ。めちゃくちゃ美味いよ!」

俺の言葉を受けてようやくこっちを向いた。

「当然ですよ! 森に一番美味しいところをわけてもらいましたから」

微笑んで少し誇らしげに言う。

「あぁ、さすが妖精、ってとこだな!」

ふふふ、と得意そうに笑うと、リアは最後の一つを取り出して自分も口をつけた。
小さいとはいえ、リンゴは大体10cmくらいはあるだろう。
そんな、自分の体の三分の一程のリンゴを、美味しそうに食べるリアには、どこか小動物を思わせた。

「……あまりジロジロ見ないで下さい。失礼ですよ」

少し頬を染めて目を伏せて言う様子に慌てて目をそらす。

「わ、悪りぃ」

手に持ったリンゴを齧る。
うん、美味いな、やっぱり。
よく味わって食べてはいたが、通常のリンゴよりも小さいせいか、それとも美味しさから気づかずに食べる速度があがっていたのか、思いの外すぐに食べ終わってしまった。
……食い足りないな。
また取ってきてもらおうかな、と、リアに頼もうとした振り返った瞬間、少し遠いが、木にリンゴがなっているのが見えた。
お、あんな所にもあるんじゃ~ん。
思わず口の中に広がる甘い果汁を想像して涎が出てくる。
リアはリンゴを食べるのに忙しそうだし、セディはリンゴの美味さに浸っているのか、ぼーっとしている。
俺はリアに頼むのをやめ、自分で取りに行くことにした。
見えるくらいだから、すぐにたどり着くと思ったが、意外と時間がかかる。
距離感を間違えていたというのもあるが、人の手の入っていない森というのはとにかく歩きにくい。
なぜか木は一本一本が離れて生えているため、見通しはよかったが、それでも何度か木の根に足を取られながらも、少しづつ目的の物に近づいていく。
へぇ、こいつは大物だな。
色艶は鮮やかな赤で、見栄えは良い。
こいつもさっきのリンゴ同様、美味そうだな~!
歩くたびに少しづつ近づいて大きくなってくるリンゴを見ると胸が躍る。
そうそう、リンゴは色が良くついたものほど甘みが強くて味も濃いらしい。
母さんがそういった豆知識を教えるテレビ番組にはまっていたせいで、そういう知識は嫌でも入ってきたのだ。
…まぁ、それはさておき。
どこまで信じていいかよくわからない豆知識によると、あれは確実に美味いはず!

「ふん、ふん、ふーふふ~ん」

鼻歌が零れ、歩く早さがあがるのも無理はないだろう。







しかし、ずいぶん遠くにあったんだな。
ようやくリンゴから数メートルの位置にたどり着いて立ち止まる。

「ってか、よく見なくても……でかすぎねぇか?あれ」

リンゴの鮮やかな赤に目を奪われていたせいで、気づかなかったが、直径がそばの大木の太さくらいある。
……うん、1m前後といった所か。
明らかにおかしいよね。
…ってか気づけよ、俺!!
自分で自分に物理的に突っ込みを入れる。
痛てて、ちょっと強く叩きすぎたな…。
と、ここで遅巻きながら我にかえる。
えっと……あれ?
なんだったんだ、一体!?
自分を叩いた瞬間、いきなり思考がまともに戻った。
今なら、さっきまでの俺は普通の状態じゃなかった事がわかる。
自分の意思の方向が生ぬるい何かで軌道修正されているような…いや、今はそれどころじゃないな。
さっきから頭の奥で警鐘がガンガン鳴っている。
リンゴから目を離さずに警戒しつつじりじりと下がると……リンゴと目があった。
いや、何言ってるのかわからないだろうけど、気がおかしくなったとかじゃないって!
ほら、にや~って、すごく嫌な笑顔浮かべてるしっ!!

「エ………」

一歩下がる。
リンゴが木から飛び降りる。

「エビ………」

二歩下がる。
リンゴは不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
三歩さがる。
まずいまずいまずいまずい!
リンゴが笑みを浮かべたまま身構えた。



リンゴの体に一つしかない目玉。
大きな口に生えそろう牙と、あのにやけた不気味な表情…。



間違いないっ!

「エビルアップルだああああああああああぁぁぁっ!!??」

俺が叫んで後ろを向いて駆け出すのと、リンゴが飛び掛ってくるのは同時だった。
「うわあああああああああああぁぁぁっっっ!!」

怖い怖い怖い怖い怖いこわいってーの!!
一つ目のリンゴが不気味な笑顔でジャンプしながら追いかけてくるのは軽くホラーだった。
速いしキモいって、あれ!!
なんであんなんであんなに速く走れるんだ??
ちらりと振り返るとヤツがジャンプするたびに顔がドアップになって、圧迫感がすごい。
全力疾走で逃げているが、追いつかれそうだ。
って、おわっ、服齧るんじゃねぇっ!!

「ハァッ、ハァッ…あ、あそこまで逃げれば!」

遠くの方で俺の様子に気づいたセディが大剣をひっさげて走ってくるのが見える。
な、なんとかあそこまでっ!
あらためて両足に気合を入れるが、回復したとはいえ、やはり疲労は残っていたのだろう。
すぐにまた足がガクガクしてきた。
も、もうちょいっ!
すでにセディはお互いの顔がわかる位置まで近づいてきている。
よし、後ちょっとだっ!
ほんの僅かに気が抜けた瞬間、足に限界が来て、もつれて盛大に転んでしまった。

「いでででででっ!」

勢いがついていたため、手で庇う暇もなく、少し顔面で地面を削ってしまった。
痛い……が、そんな痛みにあえいでいる暇はない。
首だけで後ろを振り向くと、もうすぐそばまでリンゴが来ていた。
何とか立ち上がろうとするが、一向に足に力が入らない。
今日はもう走りすぎだ、速く寝たい……。

「ユートっっ!!」

一瞬飛びかけた意識がリアの悲痛な叫び声に引き戻される。
そうだった、まだだ、まだ諦めねーぞっ!
足に力が入らないので、腕に力を入れて横に転がり、リンゴを正面に睨む。
……飛んで来た瞬間に横っ面ぶん殴ってやる。
決死のタイミングを計ろうとしたその時!

「伏せてっ、ユートッ!!!」

セディの声が聞こえた瞬間、俺は体に力を入れるのをやめて仰向けに倒れる。
倒れこむ俺のすぐ真上を、風を切り裂きながら大剣が回転しながら飛んでいった。
どうやら間に合わないと悟ったセディが大剣をリンゴに投げつけたらしい。
か、髪の毛掠った…。
ハラハラと切れた髪が目の前を落ちる。
もうほんの少し下だったら……。
ハ…ハハ……、す、少しちびったかも……。

「無茶するなぁ、まったく……」

青ざめながらセディを見ると、遠心力を使ってかなり無理やり投げ飛ばしたのだろう。
体制を崩して転んでいる姿が目に映った。

「ユートっ、まだです、気をつけてっ!」

リアの焦った声にリンゴを見ると、少し震えているが、しっかりと立ち上がってこちらを睨んでいる。
ま、まずいな……。
どうやらセディの大剣の攻撃では止めを刺すまではいかなかったらしい。
リンゴの右下の部分がゴッソリ切れ落ちているが、まだ余裕がありそうだ。
かなりのダメージは受けているようだが、ジリジリとしか動けない俺よりは早く動けるだろう。
距離はすでに1mくらいしかない。
心待ちにしている救援はまだ50m以上離れている。
数秒で来れる距離だが、その数秒が今は遠すぎた。
セディにはもう投げられる武器はない。
リアにも助けは期待できない。
こうなったら覚悟を決めるしか……
俺が残った力をかき集めて拳を握ると、後ろで何か光った瞬間、俺の横を火の玉が通り過ぎてリンゴに突き刺さった。

「わはははははっ、焼きリンゴ一丁あがりってか?」

野太い笑い声を聞いただけですぐにわかった。
どうやら塔の調査はもう終わったみたいだな。
……はぁ、また助けられちまったか。
辺りにはリンゴが焼けた甘い匂いが漂っている。
うまそうだけど、さすがにあれを食う気はしないなぁ。

「よっ! …っと。こうして助けるのは二度目だな、少年っ! いいか、街に戻ったらしっかりオラの事を皆に知らせるんだぞ? わははははっ、や~ぼう~にっ、まーたい~っぽ、ちーかづいた~ぁ、っと! がははははっ!」

バカ笑いをしながら機嫌良さそうに歌うイナカ…じゃなくてカッペに手を貸されて立ち上がる。

「そうだな、助かったよ。何をすりゃいいのかよくわからないけど、お前の事はきちんとみんなに話すさ。それよりも……」

そう、それよりも。

「その少年、ってのはやめてくれないか? 俺はもうそんな年でもないし、第一お前だって俺とそう大した年の差はないだろ?」

高校を卒業している身で少年、って連呼されるのは何だか辛いものがある。

「あ~………。えっと、ニートだったっけか?」

「ユートだっ、バカ野郎っ!!!」

コイツは命の恩人だが、礼儀なんて必要ないな、今決定した!

「何そんなに怒ってやがるんだ? 自分の身も守れないうちは少年で十分だろ。オラに名前を呼んで欲しかったらもっとがんばるんだな、わははははっ」

豪快に笑いながら皆の元へと歩いていく。
ぐっ……痛いところつきやがる。
確かに俺には何も力がない。
しかも、ただ無力なだけならまだしも、今回のは明らかに失態だ。
俺が一人でフラフラとリンゴに引き寄せられなければこんなことにはならなかった。
危機に陥ったのが自分だけ、というのが唯一の救いだろう。
……ってか、なんで俺はあんなのに引き寄せられたんだろう。
あのリンゴから目が離せなくて、我に返ったときにはもうすでにエビルアップルの前に立っていた。
確かにリンゴは美味かったけど、俺ってそんなに食い意地はってたっけ……?
……いや、何を言っても言い訳にしかならないな。

「…大丈夫かい?」

いつの間にか横にセディが来ていた。
そんなことにも気づかない程考え込んでいたらしい。

「あ、あぁ。セディもありがとな。その……また助けられちまった」

悔しかった。
あれだけ一瞬の油断が命取りだと忠告されたというのに…俺は。

「その気持ちを忘れなければ大丈夫だよ。…それに、今回は僕でもちょっと危なかったしね」

と、セディが小さくつぶやく。

「え?」

俺が顔を上げると、あぁ、うん、と曖昧な表情で頷いた後、苦笑を浮かべた。

「さっき、本で読んだ内容を思い出したんだ。おチビさんのくれたギンロの実には食べた者を魅了する魔力がかかっているかもしれない、っていう内容が書いてあったのを」

言われてさっきの自分の状態を思い出す。
…確かに、さっきの俺は普通じゃなかったな。
あのリンゴをもう一度食べることだけしか考えられないような…。

「だからユート君。あまり気に病む事はないよ。冒険者としてユート君よりも慣れてる僕だって少しの間ぼぅっとしてしまったのだからね」

セディが慰めてくれるが、それでも…。
確かに何かの魔法にかかっていたのかもしれない。
でも、何が原因かなんて、正直どうでもいい。
問題なのは、俺が起こした行動が起こした結果……。
そこまで考えたとき、セディが俺の肩に手を置いた。

「君が今しなければならないのはなんだい? 失敗したことを後悔することじゃないだろう? 自分にできることとやりたいこと。そして、そのためにやらなくてはならないことは何かを考えないと」

セディの静かに落ち着いた言葉を聞くと、頭の中の靄が晴れたようにスッキリしてくる。
……そうだよな、失敗をウジウジ考えていても仕方がない!
次は失敗しない、とは言えない。
すでにもう二度も失敗してしまったのだから、またあるかもしれない。
でも、限りなくその失敗を減らせるように、失敗しても切り抜けることができるだけの力をっ!
そのために、まずはできることから始めないとな。

「ありがとな、セディ! …俺、間違ってた。俺にもできる事をやらないとな」

俺がしたい事のために何をすべきかはもうわかっている。
……だけど、アイツに頼み事かぁ…正直気は進まないが…。
目を向けると、少し離れた場所で性懲りもなく言い争うリアとカッペ、そして、そんな二人をニコニコ見つめるラマダがいる。
聞き取りにくいが、服だとかセンスだとかの声が断片的に聞こえる。
それだけでなにが原因で言い争っているのかわかるな…。
俺は少し頭が痛くなったが、ここで頭を抱えてても仕方ない。

「んじゃ、気は進まないけど早速行ってくるわ」

なんだか今すぐ取り掛かりたい気分だしな。
この気持ちのまま突っ走ってみよう!



早足で三人の方へと向かうユートを、セディは眩しく見つめた。
(自分にできることとやりたいこと……ね。それを見失っているボクが言えた物じゃないよね。ボクには一体何ができるんだろう。そして、ボクは一体何をしたいんだろう……)
常に自問自答している問いに、未だ答えは出せそうにない。
(何かが変わるかなって思ってこの任務に志願したけど…カッペ君は本物じゃないようだし。ユート君っていう変わった存在とは出会えたけど…)
いつかこの答えが見つかる日が来るのだろうか。
自分の放った言葉にすぐに答えを出せるユートを好ましく思いつつも、羨望とほんの少しの嫉妬を抑えることができない。

「お、そうだった!」

と、突然前を歩いていたユートが振り向く。
僕は慌てて表情を取り繕う。
…変に思われなかっただろうか。

「ん、なんだい? ユート君」

動揺を抑えて聞き返すと、ユート君は少し難しい顔で僕に指を突き出す。

「そう、それ! ユート君じゃなくて、ユートでいいって。さっき助けてくれた時は呼び捨てで呼んでくれただろ? それに近い年のやつに君付けで呼ばれるのって、どうも…ね」

ユート君は頭をかきながらこっちを見ている。
僕は呼び捨てで呼んでただろうか…、夢中だったから覚えていない…。

「それにさ、俺達もう友達だろ?」

僕が困惑していると、ユート君は、男くさいが何処か愛嬌のある顔で照れくさそうに笑った。
思考が一瞬止まった。
トモダチ……か。
生まれて初めて言われた言葉に、心が温かくなる。
さっきまでの暗い感情が消えていくのがわかる。
ユート君は……いや、ユートは。
何かを待ち望んでいる顔をしている。
僕はクスリと、少しだけいつもと違う笑いを零す。

「そうだね……。よろしく、ユート」

そう言うと、表情が一瞬で明るい物に変わる。

「あぁ! よろしくな、セディ!」

この新しく得た友人といれば何か見つかるだろうか。
嬉しそうに笑って指し出された手を、僕は期待を込めて握り返した。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


――― エビルアップル ―――


旅人をその魅力的な姿で惑わすけしからん奴じゃ。
普段はギンロの実に擬態しており、その姿に惹かれてきた獲物が近づくと正体を現し襲い掛かってきおる。
なに? ギンロの実なんかで惹かれる奴はおらんじゃと!?
バカモン!
それは本当のギンロの実を食べたことがないから言えるのじゃ。
妖精達によってもたらされる最高級のギンロの実。
その実は非常に美味しく、一度食べると病みつきになってしまう。
ある意味麻薬よりも性質が悪いのじゃ。
もしかしたらそういう魔力が備わっておったのかもしれんが……それでもあの味なら納得じゃな。
ワシも食べられなくなってから数年はつらい日々が続いたものじゃ……。
ほれ、こうして思い出すだけで涎が……。
うぉっほん!
……話がずれたようじゃの。
このエビルアップルというモンスター。
植物系のモンスターだけに火には弱いが、他の植物系のモンスターと比べるといくらか耐性があるので要注意じゃ。
最も、大して強くないモンスターじゃから、それなりのレベルの冒険者にとってはいい金稼ぎの的じゃろう。
じゃが、コヤツらはたまに群れで現れる事がある。
その時は気をつけるのじゃ。
いくら弱いといえど、数が増えると厄介じゃからのぅ。
もしもこれを読んどるお主が、森の中でたくさんの鮮やかなギンロの実をつけた木を見つけたときは、注意をするのじゃぞ。
もしかしたらコヤツが擬態しておるやもしれんからの。


……ちなみに、コイツはギンロの実とは違ってまずいぞぃ。
美味しそうじゃからといって、倒した後に食べんようにな。
腹も下してしまうからの。


*注 このページの執筆者は依然として不明である。また、このページの内容の真偽は確認が取れなかったので、冒険者諸氏は自身で判断をするように願いたい。


――― 冒険者の友 大地の章 樹の項 15ページより抜粋



[3797] 序章 第十話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:29
ユートだ。
焚き火がパチパチと音を立てている。
焚き火を囲む俺たちの影が木を揺らめかせ、少し不気味な雰囲気だ。
辺りはもう大分薄暗くなっていて、これから街に戻ろうとしても道中で夜になってしまい危険なので、今日はここで一泊することになった。
……干し肉って意外と美味いんだなぁ。
俺は火で炙っていい感じに柔らかくなった干し肉を噛み締める。
噛めば噛むほど味が染み出てくる。

「周りは暗闇で何も見えなかった! しかし、見えはしないが周りからはモンスター共の息遣いが確かに聞こえる。オラとラマダは慎重に……だが、大胆に歩みを進める!」

「うんうん、それで?」

「ふはは、そう慌てるなセディよっ!」

うん、少し塩味が濃いけどいけるいける。
白い飯があればすごく合いそうだ。
あぁ、酒の摘みとしても最高かもなぁ。
まっ、外の食事だし、贅沢は言えないけどな。
この干し肉だってセディに厚意で分けてもらった物だし、文句なんて言ったら罰があたる。

「暗闇から突然襲い掛かるモンスター! ヒラリと身をかわし、切り裂いて葬り去るオラ!! フッ、華麗なオラの剣さばき、お前達にも見せてやりたかったぞ」

「アナタが持っているのは剣じゃなくて竹槍じゃないですか……」

セディはリアにも渡そうとしていたようだけど『わたしはさっきのギンロの実でもうお腹いっぱいなので、いいです。……それに、お肉はあまり好きじゃないのです』ってことらしい。
あの身体でリンゴを丸々一個食べたんだ、入らなくても当然だろう。

「ついに暗闇を抜け、たどり着いた4階! しかし、そこに待ち構えるのは、なぜか通路いっぱいにひしめくモンスターの大群!! だが、オラは村一番の勇者! モンスターなどに怯みはしないのだっ!!!」

「それで、二人は一体どうなったんですか?」

「……なんで一緒に行ったはずのアナタが聞いているんですか?」

それにしてもあれは美味かった、また食いたいな……って駄目だ駄目だっ!
まだ影響が残ってるのか、気を抜くと思考がそっちの方に行ってしまう。
気をしっかりもたないと。

「オラは大地を一度強く踏み鳴らしてモンスターの群れにこう言ってやった! 『オラはイナカ村随一の勇者カッペ様だっ! この名を恐れぬならばかかって来い!!』ってな。わははは、どうだカッコいいだろう!!」

「まさに田舎っぺならではですね」

「田舎って言うなっ!! イ! ナカだ。イーナーカ!! 田舎じゃねぇっ!!」

「一緒じゃないですか」

「発音がちっがあああああああああああう!!」

……っと。
ぼーっとしてたらいつの間にか険悪な雰囲気になってるし。
ああもう! 少しくらいゆっくり感傷に浸らせろっての!
勢い込んで頼もうとしたら、野営やらの準備で肩透かしくらって、こっちは高ぶった感情を持て余してたってのに!
強い決意を決めての事だったから、透かされた時の脱力感が意外と大きかった。
少し八つ当たり気味に騒いでる二人を睨みつけるが、二人とも全く気づかない。
はぁ…。
俺は肩を落とし思う。
お前たち、なんでそんなに仲悪いんだ?






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第十話 ~






「こ、この羽虫……! つぶしちまうぞっ!!」

「ふんっ! やれるもんならやってみなさいっ! イナカッペなんかに捕まるほどわたしは遅くありません!!」

二人は一触即発といった感じで睨みあっている。
そろそろ二人を止めないと本気でまずいな。
俺は援護を頼もうと残りの二人を見る。
ラマダは相変わらずニコニコしているが、我関せずといった感じ。
頼みの綱のセディも『とめなくていいのかい?』といった表情でこっちをただ見つめるだけで、自分から動く気はなさそうだ。
まったく、そう思うなら手伝ってくれっての!
俺は、掴みかかろうと腰を浮かしたカッペを見て慌てて抑える。

「ま、まーまー、そう熱くなんなって!」

「離せ少年っ!! そいつにはもう我慢なんねぇっ!! 締めてやるっ」

カッペは顔を真っ赤にして全身で怒りを示している。
力が強くて大変だが、押されつつもなんとか抑えるのに成功する。
気のせいか元々立ち気味だったカッペの茶髪がさらに逆立っている気がする。
……怒りでキレて金髪になるのはやめてくれよ、頼むから。
って、バカな事考えている場合じゃないな。

「まったく、これだから野蛮人は困るんです。生まれる時を数百年くらい間違えてしまったんではないですか?」

「うぐぐぐぐっ……」

「カ、カッペ、少しは落ち着けって! リアもっ!! 頼むからもう煽るなって!!」

俺の後ろにこっそり隠れてあっかんべーをしていたリアを諌める。
ってか、マジで煽らないでくれ!
鼻息がめっちゃ荒くなってる!
カッペは顔色に比例してどんどん力が強くなってくる。
これ以上はもう抑えておけそうにない!
俺は焦りを隠して後ろを振り返りリアを見る。

「な、カッペ、冷静になってくれ! リア、お前もお前だ。なんかお前らしくないぞ、いったいどうしたんだ?」

「らしくないって…、ユートに何がわかるって言うんですかっ!」

そう声を荒げると、森の暗闇に飛んでいってしまう。
…………だから、そういう所が、だよ。
リアは明らかに様子がおかしかった。
今も声を荒げていて、怒っていたように叫んでいたが、去り際にちらりと見えた表情は怒りよりもむしろ心細そうな、寂しそうな、そんな複雑な顔をしていた。
羽の色も元のまま澄んでいて、むしろ少し青みがかっていたし。
一体どうしたってんだ……?

「……いつまで掴んでるんだ、少年」

と、思いのほか落ち着いた声が上から降ってきた。
怒りも冷めてすでに冷静になっているようだ。
表情も普段通りに戻っている。

「あ、あぁ、悪い。……って! それどころじゃない、早くリアを追いかけないと!!」

どうやら気づかないうちに動揺していたようだ。
落ち着いて考えて、漸くこの暗い森でリアを一人にしておくのは危険だということに思い至る。

「おチビさんの事なら心配はないよ。この森で彼女に追いつけるモンスターはいないし、ここは森だからね。妖精にとっては自分の庭も同然だよ。むしろユートが探しに入るほうが危険だって」

慌てて腰を浮かしかける俺をセディが冷静に抑える。
でも、そうは言っても…。
視線の先の森はもうかなり暗い。
すぐそばに焚き火があるせいで余計に暗く感じる。
明るい時に見た木の生え方を考えると視線のほんの数メートル先にも木があったはずだけど、今はただの闇で何も見えない。

「だ、だからって、一人にしておくわけにも……」

「なーに過保護な事言ってんだ。あんな羽虫、ほっとけほっとけ!」

「これも神のお与えになった試練です。彼女にご教主様のご加護がありますように」

心配して森を見る俺を、カッペは興味なさそうに一瞥すると、座り込んで木にもたれる。
ラマダは元の世界とは少し違うが、十字に良く似た物を切って祈りを捧げている。
助けを求めてセディを見る。

「そんなに心配することないって。おチビさんにも頭を冷やす時間が必要だろうし。大丈夫、少ししたら絶対に戻ってくるよ。……勘だけどね」

「勘って……セディ」

俺が咎めるように言うと、セディは肩を竦めて笑った。

「そうバカにしたもんじゃないよ。僕の勘って良く当たるんだ。まったく根拠がないってわけでもないしね」

クスリとウィンクをする。
……ったく、一々こういう仕草が様になんな、コイツは。
その悪戯っぽい表情を見てると、不安な気持ちが落ち着いてくるから不思議だ。
まだ気にはなったが、なんとか俺は座り直して揺れる火を見つめる。
リアは心配だけど……それでも今の俺にできることは何もない……な。
感情のままに行動してまたあんな目に合うのは避けたいし。
それに、塔で見たリアのあの速さなら、セディの言うとおりモンスターと出合っても大丈夫のはずだ。

「んじゃま、気を取り直してさっきの話の続きといくか!」

カッペは立ち上がるとまた全身で語り始める。

「オラがカッコよく啖呵を切ったところからだったな。モンスターの大群は、それでもジリジリとオラ達の方へと少しずつ近寄ってきたんだ」

……コイツ、さっきまで怒ってたのに、切り替え早いなぁ。

「オラは一角ウサギの突進をヒラリと身をかわし、オオアリクイの体当たりをガシッと受け止め、スライムをズババッっと切り裂く! と、その時だっ! 別の方向からもう一体のオオアリクイが現れる!! あわやカッペ様、絶対絶命の大ピンチかっ!?」

カッペは少し開けたところで避ける動作や剣を振るう動作をしながら騒いでいる。
本当、ノリノリだな、コイツ。
でもカッペ。
さっきリアも言ってたけど、ソレじゃ切り裂くなんてできないから。

「だが、オラは動じることなく落ち着いて攻撃を避ける。空ぶって体勢を崩したをオオアリクイ! いまだっ!! その隙を見逃さず、すかさずメラを打ち込んでやったわ。わははははっ!」

「おぉ~~、すごいですねぇ……」

パチパチパチパチと、ラマダがニコニコ合いの手を入れている。

「ふっふっふっ! そうだろうそうだろう! オラのメラはそんじょそこらのメラじゃないからなっ! オラの熱い炎に燃やし尽くせないものはなああああいっ!!」

カッペはさっきまで座っていた切り株に片足を乗せると、上に向かって竹槍を掲げる。
バックにドーン、という効果音が入りそうな格好だ。

「あはははは」

セディは素直にカッペに話を楽しむことにしたようだ。
メラ、かぁ……。
……あ。
もしかして今ってチャンスなんじゃ?
携帯食料だから元々そんなに量はなく、既に皆食べ終わっている。
もちろん、カッペもだ。
さっきはタイミングが悪くて肩透かしをくらったが、今なら……!

「オラはメラを次々「そう、メラだよっ!」………どうした、少年、いきなり」

俺は少し強引に割り込んで無理やりカッペの注意を引いた。
こうでもしないと話聞いてくれないだろうしな、コイツ。

「なぁカッペ、俺にメラを教えてくれないか?」





俺がカッペに頼みたかったこと。
そう、それはメラを教えて欲しい、ということだった。
最初はラマダにホイミを習うほうが教え方も上手そうだしいいかな、と思ったのだが、塔の暗闇での戦いを思い出したらすぐに考えが変わった。
今の俺には攻撃手段が全くと言っていいほどない。
そんな状況で、たとえホイミを覚えて体力を回復できるようになったとしても、敵を倒しきれるとは思えない。
むしろジリジリとMPを削られて、最終的にやられてしまう事になるのは目に見えている。
それだったら何か一つでも確実な攻撃手段、つまりメラを使えるようになることを優先したほうが断然いい。
攻撃は最大の防御、ってね。
あの時は本当に倒すのに苦労したからなあ。
……はは、ゲームとかでプレイする時は、メラなんてめったに使わなかったんだけどな。
いつもホイミのためにMPを残していたものだった。
状況によって役に立つ物が違うって事だな。
まぁ、欲を言えばホイミもいつか使えるようになりたいけどさ。





「ユート……?」

セディが怪訝な表情でこちらを見ているのが横目に写った。
当のカッペは、気持ちよく話していたところに水を差されたせいか、少し機嫌が悪そうだ。

「あん? なんでオラがそんな事しなきゃならないんだよ?」

カッペは小指で耳を掻きながら、面倒そうに言う。

「カッペ、頼むよ! 俺も戦う力が欲しいんだっ!!」

俺はこの三人の世話になってばかりで何も返せていない。
そして、今のままでは今後も返せる宛がない以上、俺にはただただ頼み込む他なかった。
深々と頭を下げる。

「ユート、魔法なら街に――」

何か言いかけたセディを手で遮ってカッペが俺の前へと出てくる。
誠意が伝わったのか、真面目な顔で俺を真っ直ぐ見つめている。

「少年。なんでメラを使えるように……戦える力が欲しいんだ?」

そう言うカッペの目は意外な程澄んでいて、さっきまでの騒いでいた奴とはまるで別人だった。
正直、俺はハッとさせられた。
まるでまだ心のどこかに残っていた浮ついた気持ちを見抜かれたみたいに。
その目を見つめていると、ふと、無意識のうちに佇まいを直していた自分に気づく。
……これにはきちんとした答えを返さないといけないな。
俺は目を閉じて今一度、じっくりと考えた。







さっきセディに言われて考えた、俺にとって今一番大事な事。
そして、そのためにしなくてはならない事。
それは、この世界で生きていけるだけの力を早急に手に入れる事だった。
この世界には向こうにはなかった危険がたくさんある。
モンスターが存在する、というだけでその危険性は説明するまでもない。
しかし、それだけではない。
モンスターに対抗するための武器や魔法が普通にあるという事も大きな問題だと、俺は思う。
あまり考えたくはないが、盗賊や山賊がいるだろう。
治安もいい街ばかりではないだろう。
これから先何が起こるかわからない以上、ある程度の危険は自分だけでも切り抜けるだけの力が欲しい。
最低限そのくらいの力がなければ、この先何をするにしても上手くいくはずがない。

――自分の身すら守れない者が他人を守るなんてできるはずがない。

どこかで聞いたような言葉だが、今なら嫌というほど理解できた。
俺は今日だけで二回もミスをした。
そのうち一回は自分だけでなく、セディまでも危険に晒した。
もうあんな思いはしたくない。
俺にだってプライドがある。
守られて迷惑をかけて頼りきりで。
それでのうのうとしているような奴にはなりたくなかった。
今は傍にいないが、なんだかんだと助けてくれる小さな相棒を思いやる。
守られてるだけでなく、俺だって守ってやりたい。
危険は待っていてはくれない。
今すぐに、なるべく早く力を手に入れる必要があるんだ!
そう、俺は決してただ浮ついた気持ちからだけで魔法を習いたいと思ったわけじゃなかった。
もちろん完全にないとは言い切れないが、少しあるくらいなら意欲を増やすのに役立つはず。
……忘れてはいなかったが、気を引き締めるいい機会になったな。
カッペには感謝をしないといけないかな。







目を開けるとカッペは俺の事を静かに見つめて俺の言葉を待っていた。
セディとラマダも同様だ。
俺は一度息を大きく吸って吐き出すと、今の気持ちを正直にカッペに話すことにした。

「最初は…」

そう、最初は。
こちらの世界に来てこの世界がドラクエの世界だと知った時。
魔法が使えるかもしれない、という事実に何も考えることなく喜んでいた。

「格好いいから、という「気に入ったっ!!!」…………はい?」

『というだけだった』という導入から、『でも今は…』と続けようとした俺の言葉を遮ってカッペが大声を出す。
見ると満面の笑顔で笑っていた。
って、あのうカッペさん……?

「気に入ったぞ、少年! オラのメラを使う姿に感動して憧れて、それで使いたくなった、というわけだなっ!?」

腕を組んでうんうんと頷いている。

「い、いや、だから……」

あわてて訂正しようとするが、またも遮られる。

「いやいや、皆まで言うなっ! なかなか素直じゃないかっ! あの羽虫の飼い主にしておくには惜しいな! その調子でがんばれば名前で呼んでやらん事もないぞ! わはははは」

「おい、少しは人の話を……!」

腹が立つのを抑えて問いかけるが以下略。

「……ぷクク、オラも罪作りな男だな。女だけでなく男まで虜にしてしまうとは! ま~ったく、格好いいのも考え物だな!! くくく………なーっはっはっは!」

「…………、あぁ~もうそれでいいや」

コイツ人の話聞いてねぇ……。
結果的に教えてくれることになったからソレはいいのだが、納得いかない。
シリアスに考えてた俺がバカみたいじゃないか。
大声でバカ笑い声するカッペを見てると頭が痛くなってくる。

「ユート、さっき言いそびれたんだけど――」

「まぁまぁまぁ! いいじゃないですか、面白そうですし」

残りの二人がなにやら話しているが、残念ながら俺の耳には入ってこなかった。

「おい少年! 教えてやるからこっちに来るんだ」

と、さっきまでドタバタと槍を振り回していた場所に呼ばれる。
はぁ……。
まぁ、儲けたんだと無理やり納得しとくか。
俺はもう一つため息をつくと、なんとか気分を変えてカッペの元へ向かった。
どういう流れにせよ、これでやっと魔法を習うことができるんだ。
これでワクワクしなきゃ嘘だよな。





少し離れた場所に木の棒を立てると、戻ってきてカッペはこっちを見る。

「それじゃ、オラが言うように構えるんだ!」

カッペの隣に並んで立つ。

「まず、両足は肩幅に開いて、腰を落とす。んで、右手は腰に……そうだ。で、左手は右手の上にかぶせる様に」
ふむふむ…。
俺は言われたように構えてみる。

「おぅ、なかなか筋がいいじゃねぇか。いいか、その状態を忘れるなよ」

「ああ」

魔法使うのに構えなんてあったんだな。
俺は神妙に頷いてみせる。

「よし。それじゃ、その状態で手に力を込めるんだ」

おし、次は手に力を……。

「そして両手を突き出しながら腹の底から叫ぶ!! メラあああああああぁぁぁぁっ!!」

叫んだ瞬間カッペの身体が一瞬光り、突き出した両手から火の塊が飛んでいく。
飛んでいった火の玉は、少し離れた所に先程立てた木の棒にぶつかりそれを燃やし尽くす。
すごい。
すごいが……。

「さ、お前の番だ、やってみろ」

「できるかっ!! 叫んだだけで魔法が使えりゃ苦労しないわっ!!」

見物人の二人から小さな笑いが聞こえる。
頬が熱くなるのを感じる。
……くそっ、やっぱりコイツに教わるのは無謀だったか?
真剣に計画の考え直しを考え始めた俺に、カッペが俺以上に真剣な表情で静かに語る。

「少年。お前は試しもせずにそんな事できるわけがない、と。そう決め付けるのか? そんな事で諦めるのか!? 諦めは自分の限界を自分で狭めることになるんだぞっ!! お前の覚悟はそんなものなのかっ!!? お前のオラに対する憧れは、そんなものなのかああああっ!!!?」

「ぅ……」

それっぽい事を言いやがって、コイツは……。
いや、最後のは思い切り否定してやるけどさ。
確かに試しもせずに諦めるのはよくない……いや、そりゃわかるんだが、騙されている感がヒシヒシとするんだよな、本気で…。
少しづつ大きくなるギャラリーの笑い声がさらに不安を誘う。
ラマダまで口をあけて笑ってやがるし。

「くそっ、仕方ない。騙されたと思ってやってみるか。………………メラッ!」

「声が小さあああああぁぁぁぁぃぃいいっっ!!」

手を前に突き出しながら叫んでみる。
照れが入ったことは否定できない。
それでも大きい声で叫んだつもりだったが、カッペはお気に召さなかったようで、俺以上にでかい声で駄目出ししてきた。

「そんなんじゃダメだ駄目だダメ駄目だっっ!! もっとガーーーーーーーッっと、そしてぐわああああああっっ!!! っと唱えるんだ!!」

「わかるかっ、そんなんでっっっ!!」

「そうだ、そのくらいの声の大きさだっ!!」

ああもう、なんなんだよこれは!
ああ言えばこう言うっていうか、こう言えばああ言うというか…。
言葉にできない感情が頭の中で渦巻いて、非常にやるせない。
本気で断言できる。
コイツに教わったのは間違いだった!!

「さあさあさあさあさあっっ!!」

カッペが両手のひらで煽りながら近づいてくる。
だあああぁっ! もうこうなりゃヤケだっ、やってやんよっ!

「メラああぁっ!」

「まだ小さいっ!! もっとだ、もっと腹の底から力を込めて!!」

くそ、まだかっ!?

「メラあああああぁっっ!」

「お前の思いはそんなものかっ!! 全身全霊をかけて叫ぶんだ!!」

やってやる、やってやるよっっ!!
これ以上力を込めて叫ぶと、頭の血管が切れるってくらいに叫んでやらぁっ!!

「こんちくしょをおおおおおお!! メラあああああああああああああああああああああああああぁっっ!!!!」

と、叫んだ瞬間身体を不思議な感覚が走り抜ける。
そして、一瞬俺の体が光ったかと思うと、手のひらに暖かい何かが集中するような感覚がした。

「ぬおぉっ!?」「へぇ!」「……ふむ」

ま、まさか成功したのか!?
こんなんで!!?

と。

ぽんっ、と間抜けな音がしたかと思うと、手にあったあの暖かな感覚が嘘のように消えてなくなり、元通りとなってしまった。
いや、丸っきり元通りというわけではない。
突き出した両手のひらから二筋の細い煙が立ち上る。
……頼りないくらいか細い煙がものすごく哀愁を誘う。

「……ぷっ! ……く…くくっ」

……セディ、堪えようとしているのはわかるけど、正直普通に笑われるよりグサっとくるから。
後ろから聞こえるくぐもった笑い声に顔がメチャクチャ熱くなる。
ラマダがさっきみたいに声を上げて笑ってないのが唯一の救いか。
まぁ、いつも通りニコニコしてるから笑っているといえるのかもしれないけど。
……んで、問題は豪快に笑っているカッペだ。

「わはははははははっ!! ポンって、ポンって!! ククク……」

笑いすぎたせいで呼吸困難になってヒーヒー言っている。
ここまで豪快に笑われるといっそスッキリするな。

「メラ唱えて煙出すなんてやつ、オラ初めて見たぞっ! 才能なさすぎだ! ……ぷっ…くく…わはははっ、はははっっごほっごほ、げぇほっ!」





プチン。
何かが切れたような音が聞こえた気がした。
…………ああ、嘘だ。
思い切り笑われたらスッキリするなんて嘘だ。
コイツが笑うたびに怒りが燃え上がり、そして反対に感情は冷たく冷たく堕ちていくのがわかる。

「ごほっ、ぐほっ……くくっ…わはははっ、げほっ」

なぁ、父上様、母上様…。
コイツ……燃やしちゃって……いいよな?
いや、違うな。
コイツ、燃やしちゃうな?

「……俺の右手が真っ赤に燃える」

ぼそっと呟く。

「わははは……はぁはぁ…ふぅ。あー、笑った笑った! 少年、オラを笑い死にさせる気か! くくくっ」

まだ言うか。
セドリックとラマダは不穏な空気を感じ取ったのか、離れているというのに。
そう、二人はいつの間にか俺たち二人からかなり離れたところに避難していた。
なかなか懸命な判断と言えよう。
それに比べてコイツは。

「……って、あれ、どうした少年、そんな怖い顔して。お、おーい、二人ともなんでそんなに離れてるんだ?」

漸く気づいたのか、この単細胞は。

「コイツを燃やせと蠢き叫ぶ」

ああ、いい感覚だ。
身体中に何かが満ちているのがわかる。
これが魔力…なのか。

「うおおおおおおおぁあああああああああっっっ!!」

雄たけびと共に身体を巡る魔力を一気に右手に集中させる。
コイツは突然の雄たけびに腰を抜かしたのか、へたり込んでしまった。

「ちょ、ま、まてまてまてまてまてっ!! 少年落ち着け、ひとまず話し合おうじゃあないかっ! なんかソレやばいって!」

お前がそれを言うか。
それに俺はこれ以上ないくらい落ち着いているさ。
へたり込んだ男はぼんやりと光る俺の右手を見ながら、必死の形相でずるずると下がっている。
無様だな、今楽にしてやるよ。
俺はゆっくりと手のひらを向ける。

「な、なんなんだよその手はっ!! い、いや、その、ほら、さっきのは冗談! そう、ほんの冗談のつもりだったんだ! な、許せ、少年! オ、オラはカッペ様だぞ、お前の憧れの、最高に格好いい!!」

残念だが。

「お前に憧れた覚えはない。……メラ」

静かに呪文を唱えた瞬間、コイツが唱えたメラのゆうに数倍はある炎の塊が生まれ、そして一呼吸後に勢いよく飛んでいく。

「ぅわああああああああああああっっ!!」

炎は叫び声をあげる男を包み、骨も残さずに焼き尽くす!
……と思われたがギリギリで直撃せずそれてしまい、男の代わりに後ろの木を燃やし尽くして消えた。

「……何の真似だ、セドリック」

いつの間にか俺の腕を掴む男を見つめる。
俺が魔法を放つ直前に腕の方向をずらして男に直撃させるのを防いだわけか。
全く気づかなかったな。

「セドリック……? いや、何の真似……って、本気かい? 死にはしないだろうけど、あんなメラ食らったらただじゃすまないよ。軽い冗談に対しての仕返しにしてはちょっとやりすぎじゃないかな」

「構わん、コイツは燃やす」

男は自分に飛んでくる炎に死を見たのか、気を失ってしまったようだが、そんなことは関係ない。
俺はコイツを燃やすのみ。

「か、構わんって…。どうしたんだい、ユート。なんかおかしいよ? しっかりしなって!」

セドリックは俺の両腕を掴んで前後に揺する。
や、め、ろ、頭が揺、れ、……るって。
気…も…ち…わるく、なる、って、の!

「ちょ、セディ、やめろって、酔う酔う!」

俺は未だに揺すり続けるセディの手を何とか腕から振りほどく。

「あぁ、良かった、戻ったみたいだね」

セディがほっとした顔で言う。
戻った……?
なんの……いや、俺は。
ぼんやりと光っていた右手を見つめる。
さっきまで…俺は……!
俺はっ!?

「俺、今なにしてたっ!? なんて事を!?」

キレてカッペを殺しかけた事実が実感を伴って襲ってくる。
自分が自分じゃない、そんな身に覚えのある感覚。
意識はあって考えることはできるのに、異常な行動を取ってしまう。
我に返ると自分の取っていた言動が明らかにおかしいと気づくのだが、それまでは全く違和感を感じることができない。
感情や行動に違いはあれど、それはエビルアップルの時と似ていた。
……な、なんなんだよ、一体!?
身体の震えが止まらない。
俺に何が起きてるんだ……一体、どうしたら!?
頭を抱えて思わずしゃがみ込む……と。

――ふわり。

「落ち着いて」

そんな落ち着いた声と共に頭を抱きしめられる。

「今日はユートにとってイロイロあったからね。きっと疲れているんだよ。眠って明日になれば元通りになるさ」

ゆっくり、かみ締めるように言葉を紡ぐセディ。
いつの間にか震えは止まっていた。
……ふぅ。
一つ大きく息を吸って、そして、吐く。
また、か。
俺ってやつは本当に……。

「……固い」

「あはは、鎧着てるからね」

お礼を言うつもりだったが気恥ずかしくなって、違う言葉が飛び出る。

「あぁ。抱きしめられるならかわいい女の子が良かったー。 何がかなしゅーて男の胸に顔を埋めにゃならんのだー」

少し棒読みすぎたか?

「はは、またそれかい? ……もう大丈夫そうだね」

あぁ、お前のおかげでなんとかな。
セディの優しい表情を見ると、顔が熱くなる。
くそ、小さいな、俺…。
これ以上ないくらいに感謝している思考とは裏腹に、照れ隠しの言葉がどんどん出てくる。

「お前……まさかとは思うけど……そっちの趣味の人じゃないよな?」

膝枕の次はそっと抱きしめだもんな~、と付け加える。

「……? そっちの趣味って?」

何を言われたか全くわかってない様子のセディに心が笑う。
セディの両肩に手を置いて、一度目を瞑って開くと、深刻な表情で真っ直ぐに目を見つめる。

「な、なんだい…?」

我ながら無駄に凝った演出だけど、こうなったら止まらない。
面白そうだし、さっきは俺も笑われたからな、この機会にちょっと仕返ししてやれ。

「つーまーり! お前って、実は、所謂同性が好きな人だったりする?」

意識して意地の悪い顔で笑ってやる。

「…………っ!? そ、そんな事あるわけないに決まってるだろっ!!」

最初はキョトンとしていたが、俺に何を言われたのか理解した瞬間、顔を真っ赤にして慌てる。
あはは、いい表情サンクス!
ってか、セディのこんな顔、初めて見たな……実は結構からかいがいのあるやつなのかも、コイツ。

「わはは、冗談冗談! くくくっ」

「ユートッ!!」

怒って軽く手を振りかぶるセディからおどけながら逃げ出す。
表情は怒っているが、セディもどこか楽しそうにしているのがわかる。
(……本当、サンキューな)
この礼は言葉じゃなくて行動で返す。
今は無理でもいつか絶対に!

「友達だからね」

と、聞かれないようにこっそり呟いたつもりだった言葉にしっかりとした声で返されてしまい、思わず止まってしまう。
振り返って見てみると、口元にわずかに笑みを浮かべているが、真剣な表情でこっちを見つめていた。

「友達、だからね」

少し嬉しそうに自分に言い聞かせるようにもう一度呟く。
そんな顔でそんな事言われると、こっちが照れるっての!
俺の顔が赤くなっているのを見て取ったのか、笑いの色が濃くなる。
はぁ、まったく、コイツは……。

「……って…は……れ…?」

唐突に視界が暗く狭くなった。
あ~覚えあるな、この感覚。
…こりゃまた意識を失うな。
俺は下手に逆らわず、その覚えのある感覚に身を任せた。







「ユ、ユート!?」

突然僕の目の前で糸が切れたように崩れ落ちるユートに慌てて駆け寄る。

「あぁ、これはただのMP切れですね。疲れと一気にきて寝てしまっただけですよ」

避難していた場所からこっちにきて後ろから覗き込んだラマダ君が、落ち着いてそう診断する。
確かによく見てみると、ユートは穏やかな寝息を立てている。

「それにしても……面白いですね、ユートさんは。まさかあんな方法で魔法が使えるようになるとは思いもしませんでしたよ。なかなか豊かな魔法使いの才を持っているようで」

そうだった。
それどころじゃなくて忘れかけていたけど、ユートは契約もなしに魔法を使ってみせたのだ。
それも、様子がおかしかったとはいえ、初めてなのにあんな威力のメラを。
すごい。
素直にすごいと思う。
だけど、この流れはまずい。
この男が偶々この任務に参加したならともかく、もしも何か目的を持って来ていたのだとしたら……!
考えすぎかもしれないけど、“コイツら”はどこか怪しい!

「そうだね、僕も驚いたよ。でも、このくらいの魔法使いはそれこそたくさんいるからね。ユートもこのくらいでMP切れ起こしてるようじゃまだまだだよ」

……少しわざとらしかったかな。
これで誤魔化せるといいんだけど。

「……ふむ。それもそうですね」

笑顔に動きがなく、その表情からは何を考えているのか読み取ることができない。
常に笑顔というのは、実は無表情な人よりももしかしたら厄介かもしれない。

「さて、それじゃ私はカッペさんの方を見てみます。まぁ、なんともないでしょうが」

僕の言葉が功を奏したのか、そう言うと倒れたまま放置されていたカッペ君に近寄る。
――彼、ラマダ君の着ているローブはあの光の教団特有の物。
黒い色はただの一般信者の証だから考えすぎかもしれないけど、わざわざこんな任務に……何かひっかかる。
コランの城下街での事だって……いや、憶測で物を考えるのはやめとこう。
考えないのもまずいけど、考えすぎて泥沼にはまるのはもっとまずい。
とりあえず今は。

「火の見張り、どうしようか…」

4人いたはずなのに今は2人しか起きていない。
それはつまり、見張りの担当時間が単純に二倍になるということ。
僕も少し疲れてるんだけどなぁ。
幸せそうな表情で寝てるユートを見ているとため息が出てくる。
……はぁ。
少しの間鼻を摘んで、苦しそうになるユートの顔を見て溜飲を下げると、僕は少なくなった焚き木を取りに行くために立ち上がった。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 悪魔の果実 ―――


危険度 ☆☆☆☆☆
希少度 ☆☆☆
価値  ☆☆☆☆


・内容
別名『傾国の果実』。
ただの一度のみではあるが、食した者のMPと魔力を上昇させるという効果を持つ、奇跡の果実。
魔法を扱う者に取って、その価値が計り知れない程高いことは容易に想像がつくだろう。
では、なぜ悪魔の果実や傾国の果実といった名前で呼ばれているか。
それは、この果実は食したものに奇跡の効果の代償に恐ろしい副作用をもたらすためだ。
この効果の副作用には個人差が存在する。
一日中眠りにつくという軽いものから、食した瞬間に死に至るという重いものまで様々だ。
他にも、破壊衝動に襲われる、精神に異常をきたす、特定の食物に異常な関心を示すなど、その副作用は多岐にわたる。
また、効果の時間も一生直らなかったという事例から一時間で直ったという事例まで、こちらも個人差がある。
これだけならまだ、危険性と効果を天秤にかけ危険に軍配があがる者が多かったかもしれない。
だが、この果実の悪魔たる所以は、全く副作用を受けずにすんだ人物が存在した、という所にある。
その幸運な人物は決して多くはないが、その幸運な者達の多くが大魔法使いとして名を上げてしまった。
食するだけで大きな力を手に入れることができる。
そして、危険はあるが無事に済む場合もある、という誘惑がこの果実を求める者を大量に作った。
数百年前まではこの果実を入手する方法が確立されていたらしく、大金さえ積めば手に入った事もその風潮に拍車をかけたのだろう。
幾人もの人間がこの果実に挑み、そして儚く散っていった。

その最たるものが彼の有名な『魔法王国フォルトゥーナの悲劇』だろう。
今から約200年前。
当時、魔法大国として並ぶ国がない程に名を馳せたフォルトゥーナでこの果実が大量に出回った事が全ての始まりで、そして終わりだった。
国で最強の魔法使いでもあった国王テュケー四世を始め、国の上層部のほぼ全員がこの果実の誘惑に耐えられなかったのだ。
そして、それは上層部のみならず一般市民に至るまで及んだ。
もちろん、幸運にも無事に生き残った人間は何人もいた。
しかし、この国を襲った最大の不幸は、国王テュケー四世の副作用に破壊衝動が現れてしまったことだろう。
その結果、この国は最初に果実が出回ったと確認されてからわずか2ヶ月で、国王自らの手で滅亡してしまった。(この話は『傾国の果実』という諺の語源として伝えられているため、知っている者も多いだろう)
当時の各国首脳はこの事態を重く見て、この悪魔の果実について、見た目や味等、果実を特定するのに至ってしまう情報を破棄し、民に語り継ぐ事を禁じた。
しかし一方、自戒のためにこの悲劇や悪魔の果実の存在、そして危険な副作用については詳細に記し、後世に伝えた。
そのため、存在や奇跡の効果、そして危険な副作用についての記述は数多く残っているが、それに反して外見や味については全くと言っていい程資料がない。
この徹底振りからも、彼らがどれ程この問題を重要視していたかわかるだろう。


・評価
多数の症例があるという事は、それだけこの果実が存在する、という事に他ならない。
それだけならば希少度は☆一つだったのだが、現在その入手方法が完全に失われているという事を加味して☆を三つとした。
現在も、恐れ知らずな魔法使いが独自に多額の懸賞をかけたりしているため、価値は☆四つ。
そして、危険性には☆五つを与えた。
このことについては最早語ることもないだろう。


・著者 ジャギウ・ドーキュア
・参考文献 『大魔法使いポイボスの生涯』、『魔法王国フォルトゥーナの隆盛と衰退』、『失われた魔法と新たな魔法』


――― 冒険者の友 天空の章 呪いの項 2ページより抜粋 



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の友 天空の章 呪いの項 序論 ―――


この『呪い』の項では天空の章の他の項、即ち『武器』『防具』『道具』『伝説』に入れるのは危険と判断された物を取り扱っている。
価値の面では『伝説』に含めても遜色のない物もあるが、少しでも危険のある物はこちらに記載してあるので、注意されたい。
賢明な冒険者諸氏の中には様々な理由からこれらのアイテムを追い求める者達もいるだろう。
だが、その場合は行動に移す前にこの項を熟読し、その利益と危険性をよく吟味した上で臨んでもらいたい。
私の記した知識が諸君の道を照らさんことを願い、ここに記す。


――― 編集者 コバク・リューノ



[3797] 序章 第十一話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:29
リアです。
ユートの言葉に思わずカッとなって飛び出してきてしまいました。
……いいえ、嘘、ですね。
自分にまで嘘をつくのはやめましょう。
わたしはあの場から逃げ出してしまったんです。
ユートに言われるまでもなく、自分がおかしいことは自覚していました。
その原因もわかりすぎるほどにわかっています。
でも…。
でも、仕方ないじゃないですか。
子供の頃からの劣等感はそう簡単に捨てきれるものでもありません……。
抑えよう抑えよう、と思ってはいるのですが、いつの間にかイナカッペに噛み付いてしまうのです。
もちろんあの田舎者の言動が素直に我慢できない、というのが理由の半分は占めているのですが。
わたしの事を羽虫呼ばわりしたり、本当、嫌になりますよね、あの田舎者は。
やっぱり、理由の8割……いえ、9割がアイツのせいです。
羽虫だけでなく、この羽を人面蝶扱いした事にも我慢がなりません!
……なんだか思い出していたらまた腹が立ってきましたっ!






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第十一話 ~






わたしは少し八つ当たり気味に速度をあげて木々の間を駆け抜けていた。
数百メートルは飛んだだろうか。
大分気が済んで、速度を少し落として心の中でつぶやく。
これだけ暗いと、人間には何も見えないのでしょうね。
あたりはすでに墨を落としたように暗く、たとえ熟練の冒険者でも火明かりなしには歩けないでしょう。
妖精のわたしには、木々の間から微かに差し込む月明かりで十分なんですけどね。
木々達もわたしに語りかけてきてくれますし。
しばらく無心で飛んでいると、突然視界が開ける。
わたしは思わずその場で立ち止まり、現れた光景に目を奪われてしまった。

「綺麗…ですね」

そこは小さいけれど、綺麗に澄んだ湖。
湖面は月明かりを反射していて、湖全体を淡く優しい光で包み込んでいる。
それはまるで妖精界を思い出させるような、幻想的な光景だった。
妖精界……ですか。
少しだけ気分が沈むのを感じます。
もう二度と戻らない、そう固く決意して人間界に来たというのに、こんな事で思い出すとは……。
我ながら情けないですね。
ゆっくりと湖の中心へ降りていく。

「あまりいい思い出はなかったのですけどね……」

湖面に手をそっとつけて、揺れる月を眺める。
冷たくて気持ちいいですね……。
パチャパチャと水面を波立たせていると、揺れていた月はいつしか消え、ふとユートの顔が思い浮かんだ。



短い黒髪にそろいの瞳。
お世辞にも美形とは言えないけど、どこか愛嬌のある顔だち。
抜けている所が多くて、まだこちらに来て一日もたってないというのに、すでに何回も命の危険を経験している、危なっかしい人間。
それでも、と考える。
可憐でせくしーな妖精を欲望のままにできるというのに、同情で契約をあっさりと破棄したり。
危険な状況で自分も怖くて震えているというのに強がってわたしを逃がしたり。
頼りないけど、でも、そんな優しい人間。



……やっぱりわたしがいないとユートはダメですよね。
一人にしていたらいつ死んでしまうかわからないくらいに弱いんですから。
まったく……、本当に、仕方のない人なんですから。
クスリと笑みをもらすとわたしは背筋を伸ばす。
落ち込んだ気分を、意識して思考の隅に追いやると、野営地の方を振り返った。

「そろそろ戻ってあげますか……」

あの、頼りなくも優しい人間の所へ。







『メラああぁっ!』
『まだ小さいっ!! もっとだ、もっと腹の底から力を込めて!!』

わたしが野営していた場所に戻ってくると、ユートとイナカッペの叫び声が聞こえてきた。

「……なにやってるんですか、あの二人は……」

そっと木の陰からのぞき込むと、並んで変なポーズを取って騒いでいる二人が見える。
ヘンテコな構えや、叫んでいる内容から、何がしたいのかは痛いほどわかるのですが……正直、苦笑しか浮かんできません。
第一、あんなことで魔法が使えるなら、わたしだって…。

『メラあああああぁっっ!』
『お前の思いはそんなものかっ!! 全身全霊をかけて叫ぶんだ!!』

無茶を言いますね、あの田舎者は……。
わたしはため息をついて目を別の方へと向ける。
キンパツとネクラローブは、少し離れたところで笑うだけで止める様子はなさそうだ。
仕方ないですね、わたしが止めてあげるとしますか。
まったく、ユートには困ったものです。
クスリ、と自分の口元が微笑むのが止められない。
そろそろ出て行ってあげますか、と木から顔を覗かせた瞬間。
ユートは大きく息を吸うと、思い切り声を張り上げた。

『こんちくしょをおおおおおお!! メラあああああああああああああああああああああああああぁっっ!!!!』

その叫びと共に、一瞬だけユートの身体が光ったかと思うと、右手にボンヤリと光が集中する。

「……っ!?」

しかし、魔法は失敗に終わり、ぽんっという間抜けな音をさせて光は消える。
そして、後に残ったのは手のひらからわずかに立ち登る二筋の煙だけ。
ユート以外の三人はその様子を見て、程度の差はあれ笑っている。
……でも。
わたしの目にはもう、彼らの様子は映っていなかった。
たった今見た光景が到底信じられずに、ただ呆然と、未だに煙の出ているユートの手を見つめていることしかできなかった。



確かに魔法は失敗でした。
でも、一瞬でも魔法が発動しかけたのは、身体が光ったことや手のひらから煙が出たことからも明らかです。
それは、完全な成功を100とした時に、せいぜい1程度の成功かもしれない。
人は、そんなの失敗と変わらないじゃないか、と笑うでしょう。
それでも、その1と0の間には果てしない高さの壁が存在するのです。
絶望的な程の高さの壁が……。
その事は、他ならぬわたしが一番よく知っています。
……恐らくユートには、魔法を構成するイメージが致命的に足りていなかったのでしょう。
それは、言い換えれば、構成するイメージをなんとかすれば、きちんとした魔法を使うことができる、という事に他なりません。



そんな冷静な思考とは裏腹に、心は乱れて、身体は震えが止まらない。

「な、なんで……っ!」

呻くような言葉が洩れる。

「なんでそんなに簡単に使えてしまうんですか……っ」

搾り出したように掠れた声が、まるで自分の物ではないように耳に入ってくる。
わたしは……わたしはっ!
すがるように掴んだ右手が左腕に食い込み、血が少し滲んでいたが、そんなささいな事は全く気にならなかった。



『……俺の右手が真っ赤に燃える』

いつの間にかユートの雰囲気が変わっていて、いつもと違う抑揚のない声が聞こえてきた。
小さく呟いているだけのはずなのに、なぜかはっきりとここまで聞こえる。
どうやらイナカッペもユートの様子に気づいたようで、必死に何かを話しかけているが、その声はわたしに全くと言っていい程届いてこなかった。

『コイツを燃やせと蠢き叫ぶ』

静かに、そしてただ静かに。
不気味な程静かな声でつぶやくユートと、慌てて後ろずさるイナカッペ。
ユートの右腕は魔力を帯びて、ぼんやりと光を放っている。
その光は先程よりもずっと強く、一目で魔力の収束具合の違いが見て取れた。

『うおおおおおおおぁあああああああああっっっ!!』

突然のユートの雄たけびに腰を抜かしたイナカッペが、こちらに背を向けてずるずると下がってくるのが見えた。
ユートはゆっくりと右手をあげ、狙いを定める。
そして、無慈悲に最後の言葉を呟いた。

『……メラ』

呪文に力が与えられた瞬間、ユートが先程よりも強く光り、その光る右腕から大きな炎の塊が放たれる。



……わたしに向かって。



「って! わきゃっ!!?」

間一髪で目の前の木から離れることで、メラに燃やされるのをなんとか回避する。
そのメラはかなりの威力で、さっきまで隠れていた木を一瞬で燃やし尽くしてしまった。
あ、危なく巻き込まれるところでした……。
まだ心臓がバクバク言っています。



突然の出来事にしばらく頭が真っ白になっていたが、我を取り戻すと、巻き込まれそうになった事以上の衝撃がわたしを襲った。
わたしは呆然としたままフラフラと森の奥に向かって飛んで行く。
そして、ちょうどいい位置にあった枝に腰掛けた。
来た方向を振り返ると、ここからでも焚き火の明かりが少しだけ見える。
その火は少し滲んで見えた。

「なんでですか」

わたしはポツリと呟く。
今見た光景が信じられなかった。
一度目は失敗したとはいえ、ユートはたった二回目であれ程のメラを唱えてみせた。

「……なんでですかっ!」

あんな指導方法では、魔法の応用は当然の事、基礎だって使えるようにはならない。
なるはずがない。

―― 才能。

そんな言葉で片付けたくはなかった。
その言葉を受け入れてしまえば、わたしはもう、先に進めないのだから。

「なんでなんですかっ!!」

素直に賞賛しているのは、わたしのほんの一部分。
心の大部分を占めているのは醜い嫉妬だった。
そればかりか、憎しみまで……。
この気持ちがただの八つ当たりに過ぎないことはよくわかっている。
頭の隅で冷静な自分が、そんなわたしを諌めているのがわかるけど、それが報われることはなさそうだった。

「なんであんなに簡単に使えるようになるんですかっ!? わたしはあれだけ……あれだけ…っ!」

悔しくて涙が滲むのが抑えられない。



イナカッペに対してあったわずかな嫉妬心が、ユートに対して盛大に燃え上がる。
心を許していただけに、裏切られたという気持ちが大きかった。
それは全て自分の勝手な思い込みに過ぎないということはわかっていたけれど……。



なんで……。
なんで…、なんでなんでなんでっ!?
ずるい………ずるいずるいずるいずるいずるいずるいっ!!
…………………ずるいです……っ。

「…っく……ぐすっ……うぅっ」

意識せずに洩れ出てしまう声は、どうしても止められそうになかった。
せめて……。
辺りを覆いつくす暗闇が、わたしの声も消してくれることを。
そして、わたしの醜い感情をも消し去ってくれることを。
身勝手にも、わたしは泣きながら、ただそれだけを願っていた。







どれだけ枝の上にいたのだろう。
まだほんの数分しかたっていない気もするし、もう何時間もここでこうしているような気もする。

「これから……、どう……しま…しょうか…」

わたしは力なく呟いた。
身体に力が入らなかった。
まるで気力が……、全て枯れ果ててしまったようだった。

「あれ、おチビさん、そんな所でどうしたんだい?」

―― っ!?

キンパツがいつの間にかわたしを見上げていた。
手には小枝がいくつか握られている。

「なっ! ……な、なんでもありませんっ!」

顔を見られないように顔を背けながら、自然な動作に見えるように注意して涙を拭う。
キンパツそんなわたしを少しの間見つめていたが、何も言わずに目線をきると、薪を拾う作業に戻った。

「……」

「……」

黙々とわたしの下で薪を拾い続ける。
辺りに響くのは、薪を拾う音と、虫の音だけ。
あれだけざわついていたのが嘘のように穏やかな世界だった。
沈黙に耐えかねていると、キンパツが息を吸うのが感じられて思わず身構える。

「頭は冷えたかい?」

こちらを見上げながらクスリと笑う。
……まさか、見られていたのでしょうか!?
もしそうなら、なんとか口止めしないと……っ!
わたしは少し青ざめていたかもしれない。
キンパツに見られただけならまだしも、あんな醜い自分をユートにだけは知られたくなかった。

「突然飛んで行っちゃったから驚いたよ」

そう話すキンパツの顔には、他に含みは全く見えなかった。
飛び出してきてしまった時のことを話し始めたキンパツに、思い過ごしだったかと少しだけホッとする。

「ユートがさ、すごく心配してたよ。こんな暗い危険な森の中でリアを一人にしておけないっ! ってね」

ユート……。
心配そうに暗闇を見つめるユートが目に浮かぶようだった。
そして、さっきまでの激昂していた自分を思い返す。
……わたしは、自分が酷く惨めになった気がした。
心配してくれて嬉しい気持ちと、未だに燻ったままの醜い嫉妬の炎。
そんな自分を情けないと冷静に批判する思考と、ユートに対する申し訳なさ。
様々な感情が渦巻いていて、言葉にする事ができない。

「………」

キンパツは、そんな黙ったままのわたしを見ながらも、構わずに続ける。

「僕が抑えなかったら、一人で飛び出して行きかねない勢いだったよ。自分だって今日は色々あって疲れているはずなのにね」

そこで初めて言葉を切ると、真っ直ぐにわたしの目を見つめてくる。
気のせい…でしょうか。
なぜか責められている気がします…。

「……大事にされてるね、おチビさん。ちょっと羨ましいよ」

「ふ、ふんっ、心配性なんですよ、ユートは。弱いのに、人の心配ばかりしてっ」

乱れた感情とは裏腹に、思わずキンパツの言葉に反応してしまう。
そんなわたしを、キンパツは何も言わずに穏やかに見つめていた。
その様子は横目に入ってきてはいるけれど、口から出る言葉は止まらない。

「わ、わたしは別に一人だって大丈夫なんですっ! 一人じゃダメなのは、ユートの方じゃないですか」

そうです。
魔法が使えるようになったといっても、ユートは所詮ユートですっ。
一人にしておいたら、どうせすぐにまた危険な目に合うに決まってます!
魔法が使えるようになったくらいで、変わりなんてあるはずがありません。
そう、変わりなんてあるはずが……。



「そ、それよりもっ! アナタは一体何を考えているんですか?」

「何……って、どうしたんだい? いきなり」

また乱れそうな感情を無理やり奥へと押し込めて、気分を変えようと話題をかえると、キンパツが不思議そうになる。
自分でも少し強引な気はしますが、いい機会です。
この機会に聞きたかったことを聞き出してみましょう。

「決まってるでしょう。アナタの目的です。一体何が目的なんですか?」

「目的……って言われてもね」

頬をかきながら苦笑する。

「僕がユートが異世界の人間だとわかった理由はもう話したと思ったけど?」

「確かに、さっきの話で、その理由には納得がいきました。でも、わたしが今聞いてるのは“アナタが言い伝えの勇者を探しにきた目的”です。わかった理由じゃありません」

昼間にユートに話した解剖云々の話は、何もまるっきり嘘というわけではありません。
人よりも力を持つ存在や、優れた存在、特別な存在というものはそれだけで狙われる理由に十分なのです。
特に、異世界の人間、なんて、その手の者達にとっては格好の獲物でしょう。
そういう者達にとって、『本当は何の力もない』と口にすることは、全く意味を持たない事もわかりきっています。
まぁ、そうは言っても、わたしもキンパツがその手の人間だと本気で思っているわけではありませんが。
それでも、一応確認だけはしておかないといけません。
わたしが意識して警戒心を目に込めて見返すと、キンパツは一瞬だけ目を大きく開いて、そしてすぐに笑顔になった。

「あぁ、そういうこと。簡単だよ、実は僕は、子供の頃から勇者に憧れててね」

「嘘くさいです」

できるだけ冷たく言い捨てる。

「ず、ずいぶんとキッパリ断言するね…」

キンパツは少し怯みながら苦笑をもらす。
キッパリと言い捨ててはみたものの、わたしは言葉ほどキンパツの言葉を疑ってはいませんでした。
嘘くさい理由ではありますが……キンパツの表情に偽ってる様子はありません。
それに、これまでの対応を見る限り、ある程度は信頼に値する人間でしょうし。

「もちろん、言い伝えの真偽を確かめたいっていう目的はあったけどね。でも、少し前から勇者だって騒いでいたカッペ君がちょうど参加するみたいだったから、彼がどんな人物か見てみたいと思って僕も参加したんだ。……まぁ、彼は僕の望む勇者とはちょっと違ったみたいだけど」

「まぁ、アレですからねぇ……」

あんなヤツが本物の勇者だなんて、魔王が復活するよりも性質が悪いです。

「……嘘は言っていないようですし、一応は信用しますね。本当の事はまたそのうち聞くことにします」

「はは、するどいね」

キンパツは本当に楽しそうに笑う。
が、すぐに笑いをおさめると、真面目な表情でわたしを見つめた。

「でもね、これだけは信じてほしいんだ。僕は君の、そしてユートの敵なんかじゃないってことを」

その真っ直ぐな目はとても真摯で……。
わたしは思わず言葉につまってしまい、顔を背けてしまう。

「べ、別に、アナタがわたしやユートに危害を加えるような人だとは思ってません。もう何度もユートの事を救っているわけですし……」

相変わらず、キンパツに対する敵意……、いえ、警戒心と言うべきですか。
それは小さくささった棘のようにほんの少しだけ残っていて、一向に消えないのですが……、それでも、わたしはこの人間の事を嫌いではないようです。

「信じてくれて嬉しいよ」

そう笑うと、キンパツは少し考え込む。
わたしが不思議に思ってその様子を見つめていると、唐突に顔を上げて微笑んだ。

「僕はセドリックって言うんだ。おチビさんの名前を教えてくれないかい?」

「な、なにを……」

いまさら?、と続けようとすると、キンパツはかぶせる様に言葉をつなげる。

「ユートがさ」

キンパツは大事なものをかみ締めるように言う。
というか、ユート?
そういえば、いつの間に呼び捨てになってたのでしょうか…?
思い返してみると、ここで会ってからずっとユートと呼んでいたような……。
夕方は確かにユート君と呼んでいたはずですが……。

「僕の事を友達だって言ってくれたんだ」

その声はとても嬉しそうで…。
呟くキンパツの表情を見た瞬間、わたしは気になっていた何かがわかったような気がしました。
なぜキンパツを見るたびにわずかに違和感を感じていたのか。
なぜ敵ではないと確信しながらも、警戒心が消えなかったのか。

「もしかして、あなたは……」

わたしの小さな呟きが、キンパツには届かずに風に乗って消えていく。
そんなことには気づかずに、キンパツは話し続ける。

「そのユートと仲の良い君とも、できたら友達になりたいんだけど…」

だめかな?と、少し不安そうな表情で首を傾げる。
その表情は普段の様子とは違い、とても幼く見えた。
……その、なんでしょうか、この気持ちは。
こう真っ直ぐ言われると照れますね。
わたしは枝の上から降りてキンパツの頭の高さで目を合わせる。

「わたしはリア・ビュセールです。……その、リアでいいです」

「……っ! 僕もセディでいいよ。よろしくね、リア!」

そう言うセディの顔は笑顔で溢れていて、気づくとわたしもつられて笑顔になっていた。
その事に気づいて、思わず顔が熱くなる。
気恥ずかしくなって枝の上に戻ると、下からクスクスという笑い声が聞こえてきた。
うぅ……ユートのたまに見せていたバツの悪そうな表情がすごく納得できました…。
その笑い声はしばらく途切れることがなかった。







「さて、と。それじゃ薪も大分集まったし、戻ろうか」

ようやく笑いを止めると、セディは膝についた土を払う。
その背中には大量の薪が背負われている。
いつの間にあんなに集めていたのでしょうか…。
って、そうじゃありません。

「ま、待ってください!」

わたしが呼び止めると、セディは不思議そうに振り返る。

「どうしたんだい? 何か忘れ物?」

荷物も持たずに飛び出したのに、忘れ物ができるわけ……ってそうじゃありませんね。



……正直な所、ユートとどういう顔をして会えばいいのか、わからなかった。
さっき感じていたユートに対する嫉妬心や憎しみは紛れもなく本物で……。
ただの八つ当たりだということは痛いほどわかっているし、ユート自身が嫌いだ、ということもないのだけど……。
だからこそ、どんな顔をして会えばいいか、何を話していいのかわからなかった。

「え……っと、……その…」

この感情をどうやって伝えたらいいのでしょうか。
言いたいことは沢山あるのに、私の口から出る言葉はどれもまるで意味を成さないものばかり。

「その……ですね」

そんなわたしの様子を見ていたセディは、しばらくして納得した表情になると、軽く微笑んだ。

「謝ればいいと思うよ」

「えっ」

一瞬心を読まれたのかと、セディの顔を凝視してしまう。

「さっきも言ったけど、ユートはすごく心配してたからね。少しは怒られるかもしれないけどさ、……心配かけてごめん、って。そう言えばいいと思うよ」

「……そうですよね」

わたしは、正しいようでいて、ほんの少しだけずれているセディの言葉にわずかに悲しさを感じながら頷く。

「ユートはそんなに小さいことには拘らないだろうしね。それはリアがよくわかっているんじゃないかな? 本心から謝れば、許してくれないことはないと思うよ。―― それが例えば、理不尽な恨みとかだったとしても、ね」

「えっ!?」

驚いて顔をあげるわたしに、最後にウィンクを一つすると、それきり何も言わずに踵を返して野営地に行ってしまう。
わたしは呆然としてその後姿を見つめる。
セディ……アナタは……。
紐で縛られた薪が、セディの背で歩みにあわせて揺れている。
それを見ながらセディの言葉を反芻していると、だんだん勇気がわいてくる。
そうですよね、まずは素直に謝らないと!
(………ありがとうです)
わたしは口に出さずに呟くと、セディの後を追って風を切った。
―― いつの間にか心が軽くなっている事に嬉しく思いながら。







――くちゅんっ!

暖かな焚き火にゆらゆらと照らされながら気持ちよく眠っていると、そんな小さな声が聞こえた。

「…ん……んんっ」

横たわっていた地面の温もりが少し恋しかったが、意識を覚醒させる。
眠気を堪えて欠伸交じりにあたりを見渡すと、まだ辺りは暗く、頭上には綺麗な星空が広がっていた。

「……へぇ」

子供の頃に何度か家族でキャンプに行った時の星空も綺麗だったが、それとは一線を画していた。
すごいな……まるで星が今にも降ってきそうだ。

「降るような星空、だよね」

俺が星をぼけっと眺めていると、すぐ右手からそんな声がした。
はは、コイツも同じ様に考えてたか。
少し嬉しくなる。
俺が声の方に視線を向けると、セディが飲み物を手に、座ってこちらを見ていた。

「おはよう。もしかして起こしちゃったかい?」

そう言うと、足元に置いてあった薪を火に突っ込む。
パチパチッ! と少し大きい音を立てて焚き火は火の勢いを若干増す。
ん~、こんな音じゃなかったような……?
俺はセディに挨拶を返しながら考える。
それに、音なら絶対アッチの方がうるさいし。
俺は火の向こう側を半眼で見つめる。
視線の先では、カッペががぁがぁとうるさい鼾をかきながら、大の字で寝転がっていた。

「いや、たぶん違うから気にすんなって。まぁ、あんな時間から寝れば、夜中に目が覚めるのもしゃーないさ」

気を失う直前を思い返す。
あれは日が沈んだ少し後くらいだったから、多分7時前後といったところだ。
そんな時間から寝ていれば、いくら疲れていても真夜中に目が覚めてしまうのは仕方ないだろう。

「まだ夜明けまでは少し時間があるし、もう少し寝てたらどうだい?」

と、そう言うセディの表情は疲れている。
周りを見渡してみても、見つかるのは相変わらずがぁがぁとうるさいカッペだけで、ラマダの姿が見えない。

「なぁ、ラマダはどうしたんだ?」

「彼ならアッチ」

俺が聞くとため息をつきながら森の奥を指差す。

「何でも宗教の戒律らしくて、他人に寝顔を見られたくないんだって」

「戒律って……。そうは言っても、一人で森で寝るなんて危険じゃないか??」

思わず森を見つめるが、相変わらずの暗闇でラマダを見つけることは到底無理そうだ。

「僕もそう言ったんだけどね、慣れてるから大丈夫です、だってさ。まぁ、彼はレベルも高いし心配ないと思うよ」

セディは肩を竦めて火に目を移す。
少し心配だったが、慣れているというなら大丈夫だろう。
――と。
そこでようやくそれに思い至った。
ラマダがいなく、カッペもあの調子だとしたら、必然的に火の見張りはセディ一人で行っていたことにならないか?

「って、それじゃ、お前寝てないんじゃないか? 火の見張りは俺に任せて朝まで休んでろって」

「いや、一日くらいの徹夜は慣れてるから大丈夫。しん……「いいから!」……そうかい?」

遠慮しようとするセディを制す。

「火が消えないように見てればいいんだろ? それくらいなら俺にも出来るからさ。これくらい手伝わせろって」

セディの足元にあった薪を自分の足元に持ってくると、観念したのか苦笑をもらす。

「それじゃお言葉に甘えようかな。ここら辺のモンスターなら、火があれば怖がって寄ってこないと思うけど、もし敵が着たら大声で起こしてね」

「おう、まかせとけって!」

ようやくほんの少し役に立てるな。
少し嬉しくなって気が高ぶっていたのか、ちょっとした悪戯心が出た。

「そうだ! 膝枕してやろうか?」

くくく、昼の仕返しだ。
俺が悪戯っぽく言うと、セディは少しキョトンとした表情をした後、ニヤリと笑って……ってあれ?

「それじゃ、お願いしようかな」

そう言うと、横になろうとしていた身を起こしてこちらへと近づいてくる。

「バ、バカ、冗談に決まってるだろっ! さっさと寝ろっ!」

「あはは、残念」

慌てて俺が言うと、セディはクスリと笑って元の位置で横になる。
くそっ、なんか負けた気分だ…。



不貞腐れて炎の調子を見ていると、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。
……やっぱし疲れるよな。
いくら高レベルとはいえ、僅かな油断が命取りになるのに変わりない。
そんな危険な状況に身を置いているんだ、慣れてるからといって精神的な疲れが全くたまらないなんてことはないだろう。
朝まで後どれくらいあるかはわからないが、ゆっくり休んでくれ、セディ。

また一本薪を追加すると、すぐ後ろにあった木に背を持たれかけた。
一息つくとあたりの音が鮮明になってくる。
一番大きいのはカッペの鼾……ってかうるせぇ、鼻つまんでやろうか、まったく。
そして次に焚き木のはぜる音、セディの寝息、風の音、遠くから聞こえる鳥の音、草むらから聞こえる虫の声……。
そして、自分自身の呼吸の音と鼓動の音。
それらが鮮明になってくると、すぐ傍に人がいるにもかかわらず、まるでこの世界に自分しかいないような、そして全てに取り残されたような、心細い感覚が胸を支配する。

ぶるっ

寒くもないのに身体が震える。
そして思い出されるのは今日の出来事。
自分の死を意識した瞬間、そしてモンスターのリアルすぎる死。
自分のミスでセディを危険に晒したこと、わけのわからない感覚のせいで陥った危機、そしてカッペを殺しかけた事……。
様々な事柄が頭の中を巡り、気づかないうちに身体の震えが大きくなる。
俺はその震えを止めようと、両腕を強く握る。
痛いくらいに、強く強く。
その痛みが心細さを消してくれると訳もなく考えて――


「へくちっ!」


突然聞こえた聞き覚えのある声に我に返る。
左、誰もいない。
右、セディが寝ている。
前、火とカッペ。
後、木。
どこにも誰もいない。
……上か?
何故かそんな予感がして座ったまま上を見上げる。
すると、もたれていた木の一番下の幹の左右から見覚えのある羽が顔を覗かせていた。
……ははっ、いつの間にか戻ってきてたのか。
俺は少し嬉しくなって、立ち上がるとそっと覗きこむ。
そこには想像通り、スヤスヤと眠るリアの姿があった。
こうして静かにしてると可愛いのにな。
寝顔を見ていると、理由もなく顔がにやけて来る。
ハムスターとか見てるとこんな気分なのかな。
いや、ちょっと違うか?
脈絡なく考えていると、少し寒そうに震えているのに気がついた。
火から遠いから寒かったのだろうか。
もっと火の傍で寝てれば良かったのに。
俺は上着のチャックを音を立てないようにそっと下ろして、脱ぎ始める。

「な、なにをやってるんですかっ?」

音を立てないよう気をつけたつもりだったけど起こしちまったか。
慌てた声に目をやると、リアがいつの間にか目を覚まして俺の手元を見つめていた。
自分の身体を抱きしめて、少し後ろずさっている。
寒そうに震える、肩を抱きしめる少女に、上着を脱ぎかけてる俺。
……っておい。
お前、今いったい何考えた?

「寒そうだったから上着かけてやろうかなって思っただけなんだけどな。な~に考えちゃったのかな? リアちゃんは」

「な、なんでもありませんっ!!」

俺がニヤリと笑って言ってやると、身体中を真っ赤にさせてリアが叫ぶ。

「お、おいおい、セディは今寝たばっかりなんだから静かにしてやれって!」

カッペ?
んなやつどーでもいいよ。

「す、すいません……って、なんでわたしが怒られてるんですかっ!?」

小声で注意すると、今度は小声で怒鳴る。
器用なことするな、コイツ。
さっきのも期待通りの反応でよかったが、ちょっと仕掛けるタイミングが悪かったな、反省反省。

「まぁ、そんなことよりも。……おかえり、リア」

やっぱりこれは言わなくてはならないだろう。
大丈夫だろうとは思ってはいたけど、元気そうな姿が見られて安心した。

「そ…その、ただいま……です」

そんな表情が顔に表れていたのだろう。
俺の顔を見ると照れたようにそっぽを向いてしまった。

「まったく、何があったか知らないけどさ。あんまり心配させるなよ、相棒」

「あい……ぼ…う…」

俺が軽く言うと、リアは一瞬驚いた表情をした後、俯いて肩を震わせる。
小さいが嗚咽も聞こえる気がする。
な、何か失敗したか、俺!?
どうしていいかわからず、慌てて話を変える。

「ま、まぁ、まだ朝まで結構時間あるみたいだからさ、もう少し寝てたらどうだ? …そうだ! 俺の上着貸してやるよ。お前なら布団代わりになるだろ」

「……いえ、そのままで良いです」

そう言うとリアが顔を上げる。
その目に少し涙が浮かんでいるような気がして更に焦る。
リアは俺が戸惑っているうちに急に近づいてきて、脱ぎかけていた上着の中にするりと入り込んできた。

「お、おいっ、リア!?」

ちょうど上着の首元から顔だけを出す格好になる。
俺は思わずどもりながら、胸のあたりにあるリアの頭に向かって声をかける。

「ど、どうし……」

「う、上着を取ってしまうと、ユートが風邪を引いてしまいますからね。し、仕方なくですからね、仕方なく! そこの所、勘違いしないでくださいっ!」

リアはまくし立てるように言う。
い、いや、そうは言っても…なぁ。
かなり恥ずかしい。
そっとカッペとセディの様子を盗み見る。
二人ともグッスリ眠っているようだけど……。

「な、なぁ、俺なら大丈夫だからさ、やっぱり………」

「こっちを見ないで下さいっ!」

「は、はい!」

俺が上から覗き込もうとすると、リアに一喝されて思わず頭を上に向ける。
あー、星が綺麗だ……。
どうしようもなくなってそのまま座って木に体重を預ける。
もちろん上は向いたまま。
……だって、リア、何か異様な迫力があるし……。

「………なさい」

仕方なしに星の数を数えていると、声が聞こえた気がした。
『ん、何か言ったか?』
そう聞き返そうとした俺の声は、消えそうに儚いリアの声に止められる。

「ごめん……なさい…ごめんなさい…、ごめんなさい……」

リアは俺の服を両手に握り締めながら、搾り出すように言葉をつむぎ続ける。
ところどころ嗚咽が混じっていて、今度ははっきりと泣いているようだった。
正直わけがわからなかった。
わからなかったが、そうしてやらなきゃならないような気がして、昔、泣いた妹にしてやっていたように、震えるリアの頭をゆっくりと撫でてやる。
そうするとまたいっそう泣き声が強くなるのだが、俺は星空を見上げながらそっと撫で続けてやった。
しばらく撫でていると、泣き声は消え、そして次第に小さな寝息が聞こえてくる。
どうやら泣きつかれて眠ってしまったようだ。
そんな反応まで妹そっくりだった。
……なにがあったんだろうな、コイツ。
頭の後ろで手を組んで星空を眺めながら考える。
この小さな身体で一体何を抱え込んでいるのか。
考えてはみてもそう簡単に人の悩みなどわかるはずもない。
自分の不甲斐なさがやり切れない。
なんとかしてやりたいな……。
胸元で眠る小さな温かさを感じながら、俺の異世界での最初の夜は更けていった。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 人面蝶 ―――


・生息地
湿った環境を好む。
霧の立ち込めた森や洞窟などに住む。
昼夜問わず活動するが、夜には他のモンスターと同様に凶暴化するので注意が必要だ。

・外見
見る者に嫌悪感を与える毒々しい羽を持ち、本来胴体があるはずの部分に醜悪な顔を持つモンスター。
初めて見た者はそのあまりの禍々しさに思わず顔を顰めてしまうことだろう。

・能力
どの能力も特筆する程高くない。
駆け出しの冒険者でも簡単に倒すことが出来るだろう。
しかし、一つだけ注意点をあげておこう。
このモンスターと戦った冒険者から、戦っている最中に幻覚を見た、という事例が多数報告されている。
冒険者諸氏は人面蝶と対峙する際は、この事実を念頭に置いたほうが良いだろう。
この人面蝶自体は弱くとも、他のモンスターもいる場合には幻覚が命取りとなる場合もあるのだから。
幻覚の発生条件は現在調査中となっている。
恐らく羽から零れ落ちる鱗粉に軽い幻覚作用があり、それを吸い込んでしまったのであろうが、確かなことはわかってはいない。
もしもこの幻覚について何か新しい事実が発見された場合、冒険者協会まで連絡をして欲しい。

・備考
グリーンワーム(大地の章 樹の項 8ページ参照)が成長して人面蝶になったのではないか、という報告があるが、これは未だ確認できていない。


・著者 ジャギウ・ドーキュア
・参考文献 『モンスターの謎』、多数の冒険者達からの報告より


――― 冒険者の友 大地の章 樹の項 10ページより抜粋



[3797] 序章 第十二話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:30
ユートだ。
あぁ……目がしょぼしょぼする……。
なんで夜明け前の3時間くらいって、起きてると無性に眠くなるんだろうなぁ……。
昼間なら3時間程度、なんてことはないのに。

「………ふぁ……ぁふ」

時折薪を火に足す以外はすることもないし、胸元でお姫様が眠っているので暇つぶしに身体を動かすわけにもいかない。
ぼーっとただただ火を見つめていたら、ようやく城の方角が明るくなってきた。
紫と赤の鮮やかなグラデーションがとても綺麗だった。
元の世界でだって何度も朝焼けを見たことはあったが、こちらは空気が向こうよりも澄んでいるからだろう。
比べ物にならないくらい美しい。

「今日はどんなことがあるかね」

不安はもちろんあるけど、楽しみだ。
さて、ちょっと早いけど、そろそろお姫様に起きていただくとしますか。
他のヤツにこんな所を見られたら、リア、きっと恥ずかしがるだろうしな。
自分の事は棚に上げて、リアの照れる様子を思い浮かべながらほくそ笑む。

「リア、そろそろ起きた方がいいぞー」

「ん……んんっ…」

そっと揺すってやると、寝ぼけた様子で手を振り払われる。
気持ちよく寝ているところを邪魔されて不機嫌そうだ。
とはいえ、振り払われたままにしておくわけにもいかない。
根気良く、そっと揺すり続けると、ようやく目を覚ます。

「……ふぁ、おふぁようございまふ」

欠伸交じりでろれつが回ってないが……うん、こういうのもいいかもしれない。

「ん~っ! ふぅ。ちょっと顔洗ってきますね」

リアは挨拶を終えると、するりと俺の胸元から抜け出し一度伸びをする。
そして、俺からの返事を待たずに、そのまま森の方へと飛んでいってしまった。

「あ、あぁ。……あれ?」

リアのあまりにも普段通りの様子に、気の抜けた返事になってしまった。
胸元で寝ていた事を少しだけからかってやろうと思っていただけに、拍子抜けした気分だった。
そんな気分だったからだろう。
俺は、朝焼けに赤く染まったリアの羽の色が、それだけが理由だったわけではなかったのに気がつかなかった。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第十二話 ~






「おはよう、ユート」

「おー、セディも起きたか、おはよ~」

俺は後ろから掛けられた声に顔を上げずに答えながら作業を続ける。
ここを……こうして…っと。

「こんな所で何やってるんだい?」

俺がごそごそやっていると、興味を惹かれたのかセディが後ろから覗き込む。

「武器を作ってるらしいです」

リアが俺の頭の上で寝そべりながら、セディに答える。

「武器……って、その木が?」

俺の手元には70cmくらいの手ごろな警棒のような太さの木があった。
そう、『ひのきの棒』ってヤツを作っているわけだ。
そもそもこれが檜の木の枝かどうかなんて俺には判断できないけど、『ただの棒』なんて名前よりは強そうだし、これは『ひのきの棒』なのだ。
俺がそう決めた。

「さっきラマダがくれたんだ」



リアを起こしてから少し後、大分辺りが明るくなってきた頃にラマダは戻ってきた。
『寝ていた場所の近くでいい枝を見つけましてね。なかなか硬くていい質ですし、よかったらユートさんに差し上げますよ』
そう言って差し出された枝にはまだ葉がついていたが、触ってみると確かに他の木に比べてしっかりしていた。
正直、ひのきの棒も格好いいとはお世辞にも言えないけど、まぁ、竹の槍よりはマシだろう。
いつまでも素手でいるわけにもいかないし…。
俺が礼を言って枝を受け取ると、ラマダはすぐに森に戻っていった。
まさか俺にこれ渡すためだけに一度戻ってきたのか…?
アイツもよくわからないヤツだよなぁ。
俺はそれから、作る時の音で二人を起こさないように、火の傍を離れて森の入り口付近でひのきの棒の作っていた、というわけだ。



「へぇ、ラマダ君が……」

俺が説明すると、セディは一瞬だけ変な顔をしていたが、すぐに元の表情に戻る。

「よかったね、ユート」

「おう! こんなんじゃ大した戦力にはならないだろうけど、護身用くらいにはなるだろ」

棒の枝葉をとって、ボコボコしている所を石で削り取る。
こういう作業って無意味に集中しちゃうよな。
少しづつ持ちやすいように加工していく。
ヤスリとニスがあればもっといい物が作れるんだけどなぁ。
少し残念だが、ないものねだりは意味がない。
街についたら、探してみよう。
ヤスリの代わりに、目の粗い岩を棒にこすり付けて表面を整える。
……おし、最後にこれを巻いて…っと。

「うしっ、完成!」

握る部分にはポケットに入ってたハンカチを巻きつけて滑り止めの代わりにした。
それでもハンカチではすぐにほどけてしまいそうだ。
紐をどこかで調達しないとな。
完成したひのきの棒を持ってみると、意外とずっしりしている。
と言っても、振り回せない程でもなく、むしろその重さが頼もしかった。
うん、なかなかいい出来だ。
ふっふっふっ、これでスライム程度なら勝てるっ! ……たぶん。
……勝てる……よな?

「へぇ、うまいもんだね」

「でも、そんなのでモンスターと戦えるのですか?」

二人は俺の作ったひのきの棒を見て、それぞれ感想を漏らす。

「だ、大丈夫だって! それに、これは所詮、お金を貯めていい武器が買えるようになるまでのつなぎだしな」

やっぱり、せめて銅の剣くらいは早いうちに手に入れたいよな。







「おぉっ! 早いな、少年達よっ」

後ろから聞こえた声に身体を強張らせて振り返ると、想像通りカッペが立っていた。
……なんか気まずいな。
昨日あんな事があったばっかりだし。
俺が戸惑っていると、カッペが怒ったような表情をする。
その視線に思わず身体を身構えると、カッペにがなりたてられた。

「少年っ! 挨拶はどうしたっ! 挨拶されたら返すのが人として当然の事だろうっ!!」

「あ、あぁ、わ、悪い、おはよう、カッペ。……って! お前も挨拶してねーだろっ!」

予想とは違う言葉にホッとしつつも突っ込みを入れるが、カッペは全く気にせず笑っている。

「ん? そうだったか? わはははっ、細かいことは気にするなっ! おぅ、セディも羽虫も早いじゃねぇかっ!」

「おはよう、カッペ君」

「だから羽虫と言うなと何度言えば……っ」

セディが怒るリアを宥めるのを横目に見ながら、俺は一度深呼吸をするとカッペに向き合う。

「カッペ、昨日は悪かった!」

「……ん? 昨日って何のことだ?」

俺が頭を勢い良く下げると、上から不思議そうな声が降ってくる。
ま、まさか気づかない振りをして昨日の事をなかった事にしてくれるのか?
……って、そんな粋な事するようなやつじゃないよな、コイツは。
そっと顔をあげると、普段どおりの顔をしたカッペがいる。

「いや、昨日、俺のメラで……」

殺しかけたこと……。
その言葉がなかなか出てこない。
と、カッペの肩が震えているのに気づいた。
死の恐怖を思い出させてしまったのだろうか……、それとも。
俺には予感があった。

「ぷっ……くっ……わはははははっ!」

あぁ、やっぱしそっちね。
コイツがそんな繊細なヤツなわけないよな。

「わははははっ! ……はぁはぁ、くくくっ。せっかく忘れてたのに、思い出させるなよ、少年! ……ごほっ、オ、オラを笑い死にさせる気かっ!」

カッペは腹を押さえながら笑い転げる。

「カッペ君!! ユ、ユート、落ち着いて、ね?」

セディが焦って俺とカッペを見比べる。

「セディ、心配すんなって、別に怒ってないから」

「そうかい?」

まだセディは心配そうにこちらを見ていたが、それも仕方ないだろう。
あんなところを見ちゃなぁ。
しかし、セディにも言ったように、俺には昨日のような怒りの感情はなかった。
まぁ、バカ笑いしてるカッペを見てるとうるさいとは思うけど、それだけだった。
あんなふうに、突然キレるような兆候は全くなかい。

「セディの言うとおり、一日寝たらスッキリしたのかもしれないな」

「そっか……よかった」

心からホッとした表情をしてくれるセディを見てると心が温かくなる。

「昨日……ですか?」

頭の上からの不思議そうな言葉に、俺は言葉につまる。

「あ~、昨日ちょっと、な」

あまり思い出したくないし、適当に言葉を濁しておく。
リアは納得していない様子だったが、我慢してもらおう。

「カッペ、本当に覚えてないのか? 昨日の事」

「だから覚えてるって。少年のメラのことだろ? ……ぷくくっ」

俺が聞くと、苦しそうに笑いながら答えるカッペ。
その様子は他に隠していることもなさそうだ。
どうやらあまりの衝撃に、気絶した前後の事を都合よく忘れていてくれたみたいだ。

「本当に忘れてるみたいだな」

こっそり耳打ちすると、セディも頷く。
ふぅ……ラッキーだったな。







「いや~、大量大量♪ あ、ユートさん、見てくださいよ、この釣果! ………って、カッペさんどうしたんですか、あれ?」

「あぁ、あんなのは放っておいていいですよ」

さっきからずっと笑い続けているカッペを無視して3人で話をしていると、ノンビリした声をあげながら、森から草を掻き分けてラマダが出てきた。
手には鮎のような川魚が1、2、3……20匹くらい握られている。

「す、すごいな」

魚取りに行ってたわけか。
でも、よくこの短時間でこんなに……。

「あっちに湖がありましてね。試しにやってみたら、面白いように釣れましたよ。これだけ釣れるとは私も思いませんでした」

ふふふ、と笑うラマダ。

「何も持っていないようですけど、どうやって釣ったんです?」

リアに言われて初めて気づいたが、確かにラマダは背中の袋以外何も手に持っていない。

「ヒミツ、です」

リアの問いかけに、ラマダがニッコリ笑って人差し指を口元で立てる。
なぜか少し黒いものがラマダの周りに見えた気がした。
目を擦ってみたら普通だったからたぶん気のせいなのだろうけど。

「そ、そうですか……」

リアも何か感じたのか、すぐに引き下がる。
ま、まぁ、いい。
早速火で焼いて食べるとするか。
腹もちょうど減ってきた所だったし、新鮮な魚は本当うまいからな、楽しみだ!
俺は魚をラマダから受け取ると、焚き火の方へと足を向ける。

「なぁ、セディ、塩とかってあるか? ……セディ?」

「あ、あぁ、塩だね。ちょっと待ってて」

返事のないセディに再度問いかけると、セディはその声に慌てたように荷物を取りに焚き火へと向かう。
どうしたんだ、いったい。

「どうしたんですか、ユートさん。早く行きましょう」

セディの慌てる様子を見ていると、寄ってきたラマダが俺を急かす。

「あぁ、そだな」

俺は少し不思議に思いながらも、ラマダと共にセディの後を追った。



「わははははっ!! ………げほっ、ぐふっ。はぁ、はぁ、わはは……はぁっ……って、あら?」

笑いすぎて乱れた呼吸を整えると、オラは回りに誰もいなくなっていることにようやく気づいた。

「お、お前ら、オラを置いていくなっ!! ちょっ、ま、まてってっ! オラの分の魚あるよなっ!? なぁったら!」

オラは急いで4人の後を追った。







「ふぁ~ぁ」

欠伸を堪えて歩く。

「だらけきってますね……」

仕方ないだろ、暇なんだし。
最初は景色を見てその美しさに感動していたけど、そんな物は最初の数分で飽きた。
野営地を後にしてから、道なき道を歩くこと早1時間。
なかなか目的地につかなかった。

「あんなにはっきり見えてるのに、意外と遠いなぁ……」

周りに比較対象になる建物がないからだろうか。
すぐ近くにあるように見えた街は思ったよりも遠かった。

「あと2時間も歩けばレヌール城に着くよ、がんばって」

後ろからセディが応援してくれる。
2時間か……、正直きついな。
さすがにコンクリートで舗装された道ならば、3時間くらい歩いても、疲れはするだろうけど根を上げるほど俺も柔じゃない。
でも、この道は……。
道なき道、そう言葉にすると単純だが、実際はかなり複雑だった。
足元の草は腰の高さまで生えていて、一々踏み分けなければ進めない。
石もゴロゴロ転がっているため、気をつけていないと草を間に挟んでしまい、足を滑らすこともある。
さらに、それだけならまだしも、この深い草むらのどこからモンスターが現れるかわからない。
話によると、こういった草むらでは舗装された道よりもモンスターと出会う確立が高いらしいのだ。
そんないつ襲われるかわからないプレッシャーとも常に戦っていなければならないのだ。精神的な疲れも容易く想像できるだろう。
ただ歩く、という行為がこんなに疲れるものだとは思いもしなかった。

「その割には欠伸なんかして余裕そうですけどね」

「……まぁ、皆なんだかんだ言って頼りになるからな」

野営地からここまででモンスター達と戦った回数は4回。
種類はオオアリクイや一角ウサギといった、塔で出遭った面々とほぼ同じだった。
その全てを、彼らは大した危険もなく一瞬で倒してしまう。
もちろん油断はしないが、安心して歩いていられるのもわかるだろう。
まぁ、そんなわけだから、いつ襲われるかわからないプレッシャーってのはちょっと大げさだったかもしれない。

それはさておき。

そんな辛い道のりの中でも一番キツいのが、筋肉痛。
昨日散々走り回ったせいで、足は痛いし、身体中がだるい。
歩くたびに身体中に痛みが走る、が。
……実は皆がコッソリと俺の歩く速度に合わせてくれるのがわかるから、そうそう弱音を吐くわけにもいかない。
セディやラマダはそういった気遣いが上手そうだから、そういった事をしてくれてもあまり違和感がないが、先頭のカッペが率先して歩くスピードを緩めてくれているのには少し驚いた。
いや、言動がアレだからわかりにくいが、カッペって実は意外とそういうところは優しいのかもしれないな。
俺の倒したオオアリクイの分のお金を自分の物にしないできちんと俺に渡したり、なんだかんだ言ってラマダと二人だけで調査に行ってくれたり。
セディに本気で乗せられていたようにも見えたけど、それはアイツの照れ隠しで、実は俺を気遣っていてくれたんだ、というのは考えすぎだろうか。
先頭を歩くカッペに目を向けると、ラマダと話をしながら相変わらずがはは、と声をあげて笑っている。
その笑い声を聞いていると、力が抜けてくる。
……やっぱ、考えすぎだな。



「もう少し歩けばある程度舗装された道になるから、そこまでの辛抱だよ」

「……うっし、もうちょいがんばるかっ」

セディの声に俺が気合を入れて足に力を入れると、カッペがスッと手をあげた。
どうやらモンスターが現れたようだ。
カッペたちはすぐに戦闘体勢を取る。
俺もそれに習って、見よう見まねで戦闘態勢を取った。
まぁ、コイツの出番はなさそうだけどさ……。
俺はモンスター達を見つめながらひのきの棒を握り締めた。







「やっぱ強いよなぁ」

俺は目の前の光景を見ながらリアに話しかける。
視線の先ではセディが大剣を振り回し、カッペのメラと槍が飛び交う。
ラマダも目立ちはしないが、良く見ると二人が動きやすいように敵を牽制しているのがわかる。

「確かに強いですけど……モンスターが弱いっていうのもあるんじゃないですか?」

「まぁ、確かにな」

俺はこのモンスターに殺されかけたわけだけど、冷静に考えて見れば、このモンスター達はゲームの中でも序盤でしか出てこない、雑魚モンスターだ。
ある程度のレベルがあれば、問題なく倒せる程度のものなのだろう。

「とはいっても、ユートじゃ歯が立たないでしょうけど」

「ほっとけって!」

少し悪戯っぽい表情で言うリアに吐き捨てる。
確かにその通りだとは思うが、何もそんなはっきり言うことないだろう。
俺だってメラが使えるようになったんだし、一匹なら問題なく倒せるっての!
……メラか。
昨日の感覚を思い出す。
普通の自分じゃなかったとはいえ、魔力を扱う感覚は身体が覚えている。
今ならもしかしたら使えるかもしれない。

「? どうしたんですか?」

見ると、いつの間にかモンスター達は全滅していて、カッペとラマダが浄化をしていた。
いきなり実践に使うってのも怖いし、練習しておくか。
俺は昨日の感覚を思い出しながら、精神を集中する。
身体がボンヤリと温かくなり、体中をよくわからない力が巡っているのがわかる。
おぉ、なんかいい感じだな……。
足の先からお腹を通り、頭へと。
意識してその力の流れを確認する。

「な、何をやってるんですかっ」

リアは俺が何をしようとしているか気づいたのだろう。
驚いた表情で俺から離れていく。
なんか上手くいきそうだな……!
俺は手のひらをカッペ達と反対方向に向けると、ワクワクしながら火のイメージ、それも昨日最後に放ったメラをイメージしてその言葉を唱える。

「メラッ!」

ポンッ
呪文と同時に身体はあの時のように光ったが、しかし、見覚えのある煙だけを出して、魔法は終わってしまった。

「あれ、失敗か……?」

カッペ達に見られてなくてよかったな。
キレはしなくても、笑われるのは正直気分良くないし。

「失敗か……じゃ、ないですっ!」

そう叫び声が聞こえると同じに、俺のコメカミに衝撃が走る。
ふらつく頭を抑えて見ると、蹴りを放った格好のままのリアがいた。

「何を考えているんですかっ! 今回は失敗したからよかったものの、また私に当てるつもりですかっ!?」

「また……って? い、いや、なんでもないです」

リアの形相に疑問は押さえ込まれる。
触らぬリアに祟りなし、だしな。
決してリアが怖いからではない、うん。

「だいたいユートはですね! ……っ! ……、………!!」

リアの説教は、しばらく続いた…。







ゴールドの回収が終わると、合図もなしに、皆そろって街に向かって歩き出す。
これで5度目だし、もう一々合図がなくても、皆の行動に迷いはない。
俺も大分慣れてきた、ってことかな。
う~ん、それにしても……。
俺は歩きながら考える。

「なんで失敗したんだろうな」

昨日の感覚を思い出しながらやって、その通りの手ごたえを得られたのだ。
当然メラが発動すると思ったのだが、うまくいかなかった。
何が足りないのだろう……。

「失敗って?」

「あぁ、ちょっとさっきメラを試してみたんだけど、さっぱり使えなかったんだよ。昨日はできたのになぁ」

俺の答えにセディは一度リアの方をちらりと見ると、首を振って答えた。

「僕はあまり魔法に詳しくないからね……。ちょっとわからないな。リアはどうだい?」

お、そっか、確かにリアなら知ってそうだな。
Gモシャス使えるんだから、一番基礎のメラの使い方のコツくらい朝飯前だろう。

「わ、わたし……ですか」

リアはあまり乗り気ではなさそうだ。
でも、俺だって必死なんだ。
まぐれかもしれないけど、実際に一度使えたんだ。
なにか切っ掛けがあれば使えるようになるはず!

「頼むよリア! 俺も何かできるようになりたいんだっ!」

俺が頼み込むと、あまりいい顔をしていなかったが、やがて根負けしたようにため息を一つつくと、どこからか差し棒を取り出す。

「仕方ありませんね……。気は進みませんが教えてあげます」

昨日のスーツなら似合ってただろうけど、その格好でそれはイマイチ……。
俺がリアのワンピースの姿を見ながらそう思っていると、リアの蹴りが飛んできた。
……声に出してないのに。

「それでは、無知なユートにわたしが懇切丁寧に説明してあげますね。ありがたく聞くように!」

そう言って、差し棒を回す。
ノリノリじゃないか、コイツ。
最初に出会った時もそうだったけど、意外と説明したがり屋なのか?
……っとと、変なこと考えてるとまた蹴りが飛んでくるな。
真面目に聞くとするか。







「魔法には、大きく分けて三つの重要な要素があります。一つ目は魔力の量、二つ目は詠唱、そして三つ目は魔法の構成です」

リアは数と共に指を立てていく。

「さっき見ていた限りでは、魔力には問題ありませんでした。呪文を唱えた際にきちんと光っていましたし、失敗とはいえ、煙がでていましたからね。恐らく、ユートは魔法の構成に失敗していたんだと思います」

「構成……?」

俺の顔にハテナが浮かんでいたのがわかったのだろう。
リアは俺の顔を見ながら、さらに詳しく説明をする。

「そうです。構成……イメージとも言いますね。メラを使うためのイメージが足りてなかったんだと思います。きちんとした魔法をイメージすることができれば、後は呪文を唱えるだけで魔法を使うことができるのですから」

「イメージならきちんとしたぞ」

俺はさっき、昨日使ったメラの炎をしっかりと思い浮かべてから唱えたのだ。
イメージが足りなかったわけではない……と思う。

「どんな風にですか?」

「どんな風に……って、昨日のメラの炎を思い返しながら……」

俺が考えながら言うと、リアは納得したように頷く。

「だから、ですよ。ただ思うだけではダメなのです。もっとしっかりと、頭の中に具体的に思い描かないと」

具体的に…って言われてもな。
炎を頭の中に具体的に思い描くって、どうやればいいんだ?
さっきは、写真やビデオの映像ように、火の玉を頭に思い描いた。
自分では結構具体的に考えたつもりだったんだけど……。
そんな考えが顔に浮かんでいたのだろう。
リアは俺の顔を見て頷くと、したり顔で続ける。

「さっきも言ったように、ただ頭の中でぼんやり思い浮かべるだけでは弱いのです。もっと理論的に考えて、より強くイメージしないと」

「理論的?」

ファンタジーとはまるで正反対の言葉がリアから出てきて思わず問い返す。

「そうです。メラは火ですよね? つまり、火の精霊の力を借りているわけです。ですから、まず最初に火の精霊を思い浮かべて、その状態のまま、魔法を使うことが出来るのは彼らの力を借り受けているからだ、と意識するのです。そうして初めて、火の玉をイメージするわけです」

「………」

ってか、それって理論的って言うのか……??
理論とはまるで正反対のファンタジーなリアの話に俺は思考が止まってしまう。
理論的……てのはこう……。
頭の中に、高校や大学で習った内容が思い返される。
いや、今はそんなことはどうでもいいか。
そもそも火の精霊ってなんだ?
火の精霊を思い浮かべろといわれても、見たこともないものを思い浮かべるなんてできるはずがない。

火の精霊、ねぇ……。
よくゲームとかではサラマンダーとかが有名だけど……後はイフリートとかもあったっけ。
フェニックス、鳳凰も火の精霊と言えなくもないし、朱雀だって火の化身だろ?
こういう知識はゲームやってればいくらでも入ってくるけど……、それでもドラクエ世界で火の精霊といわれてもピンと来ない。
あれ、そういえばドラクエにはサラマンダーっていうモンスターがいたような……?

「なぁ、火の精霊ってなんだ? サラマンダーでいいのか?」

「違います。火の精霊は火の精霊ですよ。そこから説明しないとダメですか……」

そう言うと、リアは説明を始める。
なんでも、この世界では火、水、風、雷、光など、様々なものに精霊が宿っていて、そのお陰でこの世界が存在できている、との事だ。
そして、魔法はそれら精霊の力を借りて使うことが出来る……らしい。
他にも精霊は目に見えるものじゃなくて概念的な存在だ、等と色々と説明してくれたが、正直理解できたのはこれだけだった。

「ですから、精霊はサラマンダーのように肉体を持ったものではなく、むしろ精神的なものなのです」

「なんかピンと来ないなぁ……」

ピンと来ないどころか、さっぱり意味がわからない。
精神的な生物? ってなにさ……。

「そこで必要になるのが、詠唱になります」

そういえば魔法に必要なのは3つだって言ってたっけ。

「詠唱で紡ぐ言葉は個人個人で異なりますが、その目的はただ一つ。魔法を構成の補助をする。ただそれだけです」

ふむふむ。

「メラの例で説明すると、例えば、火の精霊を称える言葉を入れたり、火の玉の描写をいれたり、とかになります」

なるほど、自分でしゃべって言葉にする事でイメージを容易にさせる、ってわけか。
でも、いきなりそういわれても、詠唱の内容なんて思い浮かばないよな。
……それに、昨日はそんな事考えて唱えるなんて事、してなかった気がするんだけどな。
確かに俺はどこかおかしかったし、記憶違いという可能性もないわけじゃないが……。
俺がそう言うと、リアが頬を膨らませる。

「わたしは母さまにそう習ったんですから、間違いあるわけがありませんっ!!」

「わ、わかったって」

身を乗り出して怒るリアを押さえてなだめる。

「最初は難しいかもしれないですが、慣れてくると詠唱せずに、イメージをする事ができるようになって、呪文を唱えるだけで魔法が使えるようになります」

ってことは、カッペはその域にいるのか!?
アイツが詠唱している所、見たことないし。
…………なんか納得いかねぇ。
メチャクチャ納得いかねぇ!
何かの間違いじゃないのか!?
……はぁ。
まぁいいや、詠唱だったっけ?
まだ街まではかかりそうだし、色々と考えてみますかね。
オリジナルの詠唱って考えれば、ちょっと格好いいしな!












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― ラマダくんの楽しい魚釣り♪ ―――


今日は私が編み出した、手軽で簡単な魚釣りの方法を貴方だけにお話しちゃいましょう。

・準備するもの
しび ―― コホン、魔法の粉 少々
バケツ 魚を入れることができるなら、なんでもいいですよ♪

・方法
最初に一番重要な注意点を。
周りに他に人がいないことをよく確認してくださいね!
もしも見られたら、面倒なこ……いえ、この魚釣りの方法をその人に真似されてしまうかもしれませんからね♪
ヒミツで使うのがこの方法の正しい使い方なのです。

それでは、早速手順の説明に移りますね。
まず、魔法の粉を取りたい魚がいる所で撒きます。
私は今回、きれいな湖に撒いてみました。
そして、撒いてから数分間、魚の美味しさを想像しながらじっと待ちます。
数分後、あ~ら不思議!
なんと、魚が気絶して大量に浮いてきます。
後はそれを取ってバケツに入れるだけ!
ね、簡単でしょう?
貴方もぜひ試してみてくださいねっ♪

……え?
しび……魔法の粉が人体に影響ないのか、ですか?
大丈夫ですよ!
だって魔法の粉ですし♪



――― しびれごな ―――


冒険者の友には現在この名前の項目は存在しない。
項目を新しく書く場合には、紙に項目の名前と内容を書いて、冒険者協会に提出していただきたい。
その際、冒険者協会で配布している注意事項をよく確認した上で、“以上の記述を完全に理解し同意した上で投稿する”と書かれた紙にサインをして欲しい。

貴方が投稿した記事のお陰で、死なずにすむ冒険者が増える可能性がある。
しかし、逆に、間違った知識を与える事で、死なずにすんだ冒険者が命を落とす可能性もあるのだ。
たかが知識と侮ることなかれ。
投稿して頂ける冒険者諸氏や執筆者は、その事を努々忘れずに、知識の共有の場として本書をうまく活用していただきたい。
私の記した知識が諸君の道を照らさんことを願い、ここに記す。


――― 編集者 コバク・リューノ



[3797] 序章 第十三話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:31
リアです。
セディに、ユートに魔法を教えたらどうだと言われて、正直複雑でした。
昨日、嫉妬であんなに取り乱してしまったのです。
当然でしょう……。
というか、セディもその場面を見ていたはずなのに、一体どういうつもりでしょうか。
それとも、やっぱり見ていなかったのでしょうか……?
でも、あの最後の言葉は……。

「すべての力の源よ。輝き燃える紅き炎よ! 炎に燃ゆる精霊達よっ!! 盟約の言葉により、我が手に集いて力となれっ!!! メラッ!!」 ………ポニョッ!

いえ、今はそんなことはどうでもいいです。
結局、ユートの熱意に負けて、魔法を教えてあげることにしました。
最初のうちは嫉妬で心が騒ぐかと心配していました。
ですが、思ったよりも嫉妬の感情は騒がず、冷静に教えてあげることができました。
もちろん全く感じないわけではなかったですが、それよりもユートを手伝ってあげたいという気持ちのほうが強かったと思います。

「大いなるゾショ○ルの加護により炎の精霊に命ず……メラッ!!」 ………ペフンッ!

…………昨日、思いっきり泣いてスッキリしたからでしょうか。
それに……その、……温かかったですし。
………………はぅ。

って!
違いますっ、そんな事はどうでもいいんですっ!
とにかくっ!
いろいろユートには言いたいこともありますが、このわたしが教えてあげたんです!
失敗とはいえ、最初から使えていたのですから、早くきちんと魔法使えるようになってもらわないと困りますっ!
…………わたしが教えてあげたんですから、がんばってくださいっ!!
その……わたしの相棒なんですからっ!



……それと、ユート。
貴方の詠唱、色々と問題がありそうなので、もっと別のものに変えてください。






           俺はここで生きていく 

           ~ 序章 第十三話 ~






「モンスターも弱くなってきたし、街もそろそろだな!」

カッペは竹の槍の手入れを終え、日にかざして出来を確かめる。
カッペの言う通り、先程倒したのはスライム一匹に大ガラス二匹といった、俺の記憶が確かなら、ドラクエ世界でも一、二を争う最弱モンスター達だった。
街から離れると敵が強くなっていく、っていうのはお約束だし、カッペが言うように街はもうかなり近いのだろう。

……はぁ。
結局、街に着くまで呪文成功しなかったかぁ……。
試した詠唱は実に12個。
そのほとんど全てが、あっちの世界で読んだ小説やゲームからパク………じゃなくて、参考にしたものだったが、どれを試しても手のひらから出るのは火の玉ではなく煙だけだった。
最初は詠唱を唱えて煙を出すたびに、セディ達(特にカッペ!)に笑われ恥ずかしい思いをしていたが、7回目くらいで開き直った。
アイツ等も、俺の反応がなくなってつまらなくなったのか、次第に笑わなくなったし。

「う~ん、やっぱしドラクエじゃないからダメなのかな」

思わずため息が出る。

『岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち集いて赤き炎となれ!! メラッ!!』

これなんか、ス○エニ繋がりだったし自信があったんだが、他のと同じく出たのは煙だけ。
やっぱしファイアをメラに変えただけじゃ……いや、なんでもない。
ちなみに、ヤケクソで9回目に『火の精霊さん、俺に力をか・し・てっ♪ メラッ♪』って唱えてみたんだけど、当然のごとく駄目だった。
この詠唱の時だけは、笑われる恥ずかしさよりもリアの冷たい目が痛かった。
まぁ、それはさておき。
フレンドリーに言っても、厳かに言っても、火の精霊さんは振り向いてくれないらしい。
相当お高い女のようだ。
それでこそ落とす楽しみが……っ! いや、なんでもないっ、だから、リア、そんな目で見んなって。



……ともかく。
リアにアドバイスもらいながら色々な詠唱を試しては見たけど、全く成功する手ごたえが感じられない。
そもそも、精霊ってのがどんなものかよくわかってないから、当然って言えば当然なのかもしれないけど。
…いや、俺、ファンタジー物は好きだし、精霊だって、なんとなくはわかるのよ?
でも、実際に思い浮かべる、っていうのは想像以上に難しかった。
元の世界では『存在しない』のが当然だから、いる! って強く自分に言い聞かせても、どこかで、本当にいるのか? っていう気持ちが出ちゃうんだよな。
リアが言うには、少しでも存在を疑ってしまうと魔法は成功しないらしい。
だからって、なんで疑うんですか? って不思議な顔をされてもなぁ……。
気持ちはわかるけど、こればっかりは育った環境と言うしかない。
まぁ、今はまだ無理でも、この世界で暮らしてれば、心から信じることが出来る日だってそう遠くはないだろ。
なんたって、妖精もいれば、スライムだっている。
メラだって見たし、ホイミも体験した。
ここはほんまもんのファンタジーの世界なんだから。








少し前から続いていた、背の高さくらいの草をかき分けると、唐突にそれが途切れた。

「………おぉ! ようやく道に出たな」

思わず声が弾む。
道といっても、人が二人並んで歩けばそれで一杯になるようなあぜ道程度の物だが、草を踏み分ける必要がないだけでもありがたい。
道の両側には、かなりの広さの田畑が広がっている。
この辺は元の世界で見た田舎の景色と変わりがないな。
右手に広がるのはたぶんキャベツ畑。
大分育ってて、収穫はそろそろのようだ。
左手には見たことのない野菜が植えてあったが、その平和な景色にはホッとした。

元の世界と違うと言えば……、道の先に城壁が見えたり、右手の畑のキャベツにスライムが齧りついてたり、ってことくらいか。
ってか、スライムってキャベツ喰うのな。
放っておいていいのかな、とは思ったけど、他の三人は気にせずに道を歩いていく。
それを慌てて追いかけながらも、ちらちらとスライムを見ていると、遠くからいかにも農夫といった格好のオッサンが 「食うでねえええええええええっ!」 と鍬を掲げて叫びながら走ってきた。
しかし、スライムは変わらずキャベツを齧り続ける。
半分ほど食べたあたりで、オッサンが到着。
鍬をスライムに思い切りたたきつける。
おぉ! 綺麗に入ったな~!
会心の一撃かもしれん!
さすがにスライムも今の一撃で食べている余裕がなくなったのか、オッサンに対峙する。
が、最初の一発が聞いたのだろう、大した反撃もできずにオッサンに倒された。

「「おぉ~」」

いつの間にか横で見ていたリアと共に小さく拍手すると、それに気づいたオッサンはニカッっといい笑顔でサムズアップしてきた。
もちろん俺はそれに答えてやったさ。
オッサン、笑顔がまぶしいぜっ!







「ねね、ユート、あれ見てください!」

「ん?」

リアの指す方……城を見る。
レヌールの城下町は、周りをぐるりと城壁で囲まれていて、ここからでは城壁しか見ることができない。
中の様子を見ることはできないが、左右に広がる城壁から察するに、街はかなり大きそうだ。
東京ドーム……何個分だろ?
東京ドーム自体の大きさもよくわかんないけど、5、6個くらいは楽に入りそうだ。

「お~、大きいよなー」

「違いますって! 門の隣のアレです!!」

俺がノンビリ答えると、リアは俺の耳を引っ張って顔を少し左に向ける。

「いてて、引っ張んなくても見るって!」

痛みを堪えながらリアが指さす方向を見ると、門の隣に四本の柱と、その中央に像が建っているのが見えた。

「……像、か? 結構でかいなぁ」

女の人の像のようだ。
門の傍にいる兵士の二倍以上の高さがあるから、少なく見積もっても3メートルくらいの高さがありそうだ。

「ルビス様の像ですよ! あれ!」

リアは頬を紅潮させて俺の頭をぺしぺしと叩く。
いてっ、嬉しいのはわかったから、やめろって!

「ルビスって、世界を作った神様だっけ?」

俺がおぼろげな知識から思い出して言うと、リアは嬉しそうに笑う。

「そうです、よく知ってましたね! ルビス様は人間界だけでなく、私たちの住んでいた妖精界も創ってくださった方なんですよ! それだけじゃないんです、ルビス様は ――」

瞳と羽をキラキラさせてルビスについて説明してくれるリアは、……その、結構、可愛かった。







「うっし! そろそろ今回のゴールド、どのくらいたまったか確認しとくか!」

俺がリアにルビスの魅力について聞いていると、カッペはセディとラマダにそう声を掛ける。
そして、懐から紙と冒険者の証を取り出す。

「えーっと……、オラは最初143G持ってて。今275Gだから……」

そう言うと、ひのふのみ……と、指を折り曲げて数え始める。
って、おいおい、一個づつ数える気か?
しかも指で……。

「132Gだろ?」

俺が見かねて教えてやると、カッペは驚いた顔でこっちを見つめる。

「な、なんだよ」

あまりに凝視されるものだから、思わず後ずさりしてしまう。

「僕は最初769Gで、今789Gだね。ユート、僕の方も計算してくれるかい?」

「私は最初911G、今は974Gです」

と、横から二人に声を掛けられる。

「いや、それくらい自分でやれって……」

「まぁまぁ」

俺がジト目で二人を見るも、二人ともニコニコして取り合わない。
まぁ、世話になったし、これくらいいいか。

「えーっと……、セディは20Gで、ラマダは63Gだな。ちなみに、もし3人とも金額をそろえるなら、カッペはセディに51G、ラマダに8Gを渡せば余りが2Gで全員同じになるぞ」

「「「「おぉ~!」」」」

俺が計算して答えると、なぜかリアも含めた全員に感心されてしまう。

「ってか、カッペはともかく、セディやラマダは自分で計算できるだろっ」

このくらいで感心されるのも気恥ずかしく、少し声を荒げると、セディもラマダもいたって真面目な顔で否定する。

「いや、そんなことないよ。僕だって道具使わないとそんな計算できないし」

「って、オラはともかくってどういうことだっ!?」

「私もできませんねぇ。もしかして、ユートさんは商人の経験でもおありで?」

「い、いや、商人って……! いくらなんでも大げさだろ」

と、笑って否定してみたが、二人は表情を変えない。
もしかして……こっちじゃこういう計算の方法って普通は習わないのか?
そう思ってよく考えてみると、ドラクエの世界には、学校のある街もあったが、ない街のほうが圧倒的に多かった。
という事は、こんな単純な計算も、実はできない人の方が多いのかもしれない。

「ユートって意外と頭がよかったんですね。どんなに駄目な人でも何かしら取り柄がある、ってことでしょうか」

「お前、一言……いや、二言くらい余計だ……」

「おーい、オラの話聞いてるか~」

リアの言葉には毒もあったが、取り合えず感心はしてくれてるようだ。
……俺、ちっともいいところなかったしな。
こうやって感心されるってのはちょっと嬉しいかもしれない。
まぁ、小学生程度でもできる計算能力で、って所が少し情けないが。

「商人でもないのにその計算能力ですか……」

と、ラマダが少し考え込むように言う。
って、もしかして変に思われたか?
セディに目をやると、少しだけ慌ててる様子が見て取れた。
まぁ、これくらいでどうなるとも思えないけど、とりあえず、誤魔化しておくか。

「あぁ、俺の父親が商人でさ。計算方法は子供の頃にミッチリ仕込まれた、ってわけ」

「お~い……」

うん、これなら大丈夫だろう。
実際、向こうで親父は食品会社に勤めてたし、嘘は言ってない。
研究職だったけどな。
ラマダは「ふむ……」と呟くとまだ考え込んでいる。

「んなことよりさ、あの「ぃよぉーーーーーーーーっし! わかった!!!!」………なんだよ、一体」

話を変えようとした俺をさえぎってカッペが大声をあげる。
どうやらスルーされて寂しかったようだ。

「これから少年の事を商人と呼ぶことにしよう! わはは、“しょうねん”と“しょうにん”。なんてセンスがいいんだ、オラはっ! わははははっ!」

「「………」」

「お前、必死すぎ……」

「………オヤジですね」

カッペは俺とリアの呆れた声にも気にせず笑っている。
はぁ、商人でもなんでも、好きに呼んでくれ……。
セディはもちろん、ラマダもさすがに呆れたらしく、笑顔はいつもと変わらないが心なしかウンザリした表情が混ざっている。
ま、これで気にする気も失せただろ、結果オーライとしとくか。

「んで、商人よっ! オラはセディに51G、ラマダに8G渡せばいいんだな?」

「あぁ、2G余っちゃうけど、それで全員同じになるよ」

「おっし」

カッペは俺に確認すると、証からゴールドを取り出して二人にそれぞれ渡す。

「これでよし……っと。後、あまりの2Gは……ほれっ、商人! お前にやるよ」

そう言うと、俺に向かって2G放り投げる。

「お、っとと。それでいいのか? 二人とも」

投げられた銅貨を受け止めながらカッペの代わりに二人に確認すると、二人とも笑って頷いている。

「ニコニコゴールドに頼むと、手数料がもっと取られるはずですからね。遠慮なく受け取ってください」

「ニコニコゴールド?」

聞きなれない言葉に俺が聞き返すと、カッペが変わりに答える。

「お前、よっぽど田舎者だったんだな~! 聞いたことないか? 『みんな満足 ニ・コ・ニ・コ! ゴールド♪』 っての」

カッペは手に持っていた紙を俺に差し出しながら、リズムを取って歌う。

「い、いや、初耳だ…けど……」

ってか、ゴールド♪ じゃねぇっ!
カッペの低い声で、微妙に可愛い子ぶりっ子した声は、激しく気持ち悪かった。
気持ち悪い声を記憶から消去しつつ、差し出された紙を受け取ると、そこには汚い字で『143G』と書かれている。
………メモ?

「そっちじゃねぇ、その裏だ。どうだ、ニコウサギちゃん。いいだろ!」

言われてひっくり返してみると、その紙には二人のバニーガールの格好をした女性の絵が描かれていた。
チラシ……かな、たぶん。
中央に文字のような物……恐らく宣伝が書かれているが、見たことのない言葉で書かれていて俺には読めなかった。
その文字は、縦長の線が多く使われている文字で、アルファベットはもちろん、仮名文字にもまるで似ていない。

「なんですか、これ?」

リアが後ろから覗き込んで、不思議そうに尋ねる。
これだけだと、如何わしいチラシにしか見えないな、これ。
ピンクチラシってやつ?

「ニコニコゴールドっていう、お金や荷物を預かってくれたりする店のチラシだよ。他にも、今ユートが計算してくれたような、ゴールドの分配もやってくれるんだ」

お金はかかるんだけどね。と付け加えるセディ。

「ふーん……。それって、預かり所みたいなもん?」

「預かり所とは……。また、懐かしい名前を聞きましたね」

俺の問いにラマダが横から答える。

「昔……といっても、10数年前程度ですけど、確かに昔はユートさんの仰る通り、この手の店は預かり所だけだったんです。ですが、このニコニコゴールドという似た店ができてから、わずか数年で冒険者達は皆こちらの方を利用するようになりまして。そうこうするうちに、冒険者協会もこちらの方を指定するようになり。……本当に残念なことに預かり所はつぶれてしまったんですよ」

と、全く残念そうな表情を見せずにラマダは語る。
その様子にすこしだけ違和感を感じたが、俺はその話す衝撃的な内容に思わず声を荒げてしまう。

「預かり所が潰れたって、マジか!? しかもたったの数年で!? ……何があったんだよ?」

ゲームでは大抵どの街にも預かり所はあった。
詳しいことはわからないが、それだけ大きな組織なのだから、そう簡単につぶれるとは思えないのだが……。

「なに、簡単なことですよ」

驚く俺の様子に全く構わず、ラマダは静かな調子で言う。
その声は静かで重く、表情にはいつもの笑顔がなく酷く真面目だった。
俺は初めて見るラマダの笑顔以外の表情に気おされてしまう。
そして、ラマダは静かに俺の持っていたままだったチラシを指差す。
いや、チラシ……自体ではなく、バニーガール ―― カッペが言うにはニコウサギちゃん? を指差していた。
意味がわからずに無言で先を促すと、ラマダは厳かに続ける。

「冒険者、というのは過酷な職業です。死んでしまう人も少なくありません」

そ、それはそうだろうけど……いきなり何を?

「そんな危険な冒険者になろうとする人間は、当然のごとく女性よりも男性が多かったのです。それは私たちを見ればわかるでしょう?」

確かに、今この場には男しか ―― リアは除いてだが ―― いない。

「それがなんだって……」

「……ふぅ。ユートさん、意外と察しが悪いんですねぇ」

ラマダはイラついたように首を振る。

「いいですか? 片や初老の男女が受付をし、無味乾燥なサービスしか行わない店。そして片や! 魅力的な女性が可愛いコスチュームに身を包んで、応対してくれる店。ユートさん、貴方は! その二つの店が並んでいたら、いったいどちらを選びますかっっっ!!?」

「その通りだっ!! 感動したぞっ、ラマダっ!!」

拳を握って、熱演するラマダに、涙を流しながら頷くカッペ。

「「「………」」」

そして、思わず言葉をなくす他三名。
互いの距離はほんの数メートルも離れていないのに、その二組の温度差はとてつもなく大きかった。
ってか、カッペはわかるとしても、ラマダ……お前ってそんなヤツだったのな。
なんか、聖職者っていう言葉がかすんで見えるよ……。
最初見た時はこれぞ僧侶……って思ったのに……。

「……って、そうじゃねぇっ! ホントにそんなバカな理由で預かり所つぶれたのか!?」

我に返って思わず叫ぶが、二人は気にせず語り合っている。

「この絵も可愛いが……、実物はもっとイイんだよなっ!!」

「わ、わかりますかっ!! カッペさんっ!!!」

ラマダは感極まった表情でカッペの手を掴むと、二人で肩を叩き合う。

「おぅ!! オラは白いレオタードに、網タイツってのが……!! ぐふふふっ!」

「なかなか王道ですねぇ!」

うんうんと、腕を組みながら頷くラマダ。

「………最低ですね。人間って」

シミジミと呟く声が横から聞こえる。
そこは人間じゃなくて、せめて男って、にしとかないか、リア。
いや、もちろん俺は違うけどな。
リアは害虫を見るような冷たい目で見ている ―― 俺を。

「って、まてっ! 俺は関係ないだろうがっ!!?」

「どうでしょうか」

リアはソッポを向いて、目を合わせてくれない。

「まぁまぁ。女性にはこの美しさを理解できないのですよ。私は、レオタードに、黒いタキシード風の上着がたまりませんね! もちろん、網タイツは当然黒です」

と、俺の肩をバンバンと叩いてマニアックな主張をするラマダ。
………こういうオタクって奴、どこにでもいるのな……。

「私はやっぱり網タイツの中でも、目の粗いものが……」

「オラは白いノーマルだな!」

「なるほど、確かにそれも捨てがたいですねぇ……! ユートさんはどちらで?」

「俺は生足の方が……って、違うっ!!」

「なるほど! しかし、素足ではなく生足とは……!! ユートさんもなかなかいい趣味してますね~♪」

あまりに自然に振られたため、思ってもいない言葉をしゃべらされてしまう。

「………最低ですね。ユートって」

言葉だけで凍りそうなほど冷たい声が後ろから聞こえる。
ギギギ、と首を軋ませながら振り返ると、まるでゴミを見るかのような目でこちらを見るリアがいた。

「ま、まてって、冗談だって、お、おい!」

「来ないでくださいっ!!」

慌てて迫ると、リアは身を翻してセディの後ろへと逃げ込む。

「ち、違うんだって! さらっと振られたから、つい思ってもないことを言っちゃったんだって!」

「無意識に思わず本音が出ちゃったんですよね♪」

「うるせえええっ!! テメェはあっち行ってろっ!!!」

なんとかリアの誤解を解かないとっ!
セディの後ろから顔を出してこちらをそっとのぞくリアに釈明するが、俺の声は届かないようだ。
セディ……、そうだっ!

「セディ、頼む! お前からも何か言ってやってくれ! 俺の無実を証明してくれええええっ」

「何が無実ですか。ユートが変態なのは事実でしょう」

リアの言葉がグサグサと俺の胸に突き刺さる。

「セディ、リアに何か……! …………セディ?」

返事がないことに不思議に思って視線を向けると、セディは俯いていてこちらに全く注意を払っていないようだった。
……そういえば、さっきからずっと無言だったような?

「10数年前……預かり所……教団も。……まさか…いや、でも……」

落ち着いて耳を澄ましてみると、セディは小声でブツブツと呟いている。

「セディ、どうしたんですか?」

リアもその様子に気づいたようで、ペシペシとセディの頬を軽く叩く。
……ってか、俺とずいぶん扱いが違わねーか?
俺だったら蹴りが飛んできてる気がする……。

「えっ? あ、あぁ、ゴメン。なんでもないよ」

「なんでもないって……」

俺もリアも納得がいかなかったが、問いただそうと声を掛ける前に、ラマダとカッペが標的を俺からセディに変えて絡み始めた。

「セディさんはどのような組み合わせがお好みで?」

「え!? ぼ、僕はあまりそういうのは……」

「なんだセディ! お前、それでも男かっ!?」

三人は ―― いや、ほぼ二人だが、ワイワイと騒ぎながら街へと歩みを進める。
既に言い争うような雰囲気でもなく、俺はリアと顔を見合わせてため息をつくと、三人を追って歩き出す。
セディの態度は気になったが、さっきのリアとの言い合い? は有耶無耶になったみたいだから、……まぁ、良しとしておくか。







「でかいなぁ……」

城壁を見上げながら思わず呟いてしまう。
高さは10メートル近くはあるだろうか。
視界一杯に広がる城壁は、ある種異様な圧迫感があった。

「ユートッ! こっち! こっち着てくださいっ!」

呼ばれた声の方に目を向けると、リアがさっき遠目に見たルビス像を見上げていた。

「やっぱり綺麗ですね……! ……それに、僅かですが不思議な力を感じます」

リアがうっとりとした表情で呟く。

その像は確かに綺麗だった。
薄絹を纏い、髪の長い美しい純白の女神像。
遠目ではわからなかったが、細工も細かく、その表情はまるで生きているかと錯覚させるほどの柔らかな微笑みをたたえていた。

「ん? ……あれは」

顔から視線を下に移すと、ルビス像は何か水晶玉のような物を抱えているのに気がついた。
その水晶玉だけは他の部分とは異なり、透き通るような青い透明。
明らかに像とは違う物質で出来ていた。

「なんでしょうか……。中に何か文字が浮かんでますね」

リアの言うとおり、水晶玉の中心には光としか形容できない色の輝く文字……いや、記号、あるいは紋章と言うべきか。
正三角形の中心から各辺に向かって垂直に直線を降ろした図形が浮かび上がっている。
正三角形にアルファベットのYを組み合わせた感じ、といえばわかりやすいだろうか。

「二人とも、ちょっといいかな?」

俺たちがぼーっとその紋章に見入っていると、セディに後ろから声を掛けられる。

「どうした?」

振り返ると、そこにいるのはセディだけで、ラマダとカッペの姿はすでになかった。
どうやら像に見とれている間に一足先に街に入ったようだ。

「昨日塔でユートのことをラマダ君に説明する時に、僕と同郷って言ったこと、覚えてるかい?」

唐突に聞かれて、慌てて記憶を探る。
……あぁ、そういえば確かにそんな事言ってた気がするな。
なんだっけ、確か……コ……コ……コナン?
俺の考え込む様子を見て覚えていないことがわかったのだろう。
セディは少しホッとした様子になった。

「コラン国、だよ。二人ともコラン国にある村出身、って事にしておこう。門をくぐる前に思い出してよかった。僕達は冒険者の証があるから大丈夫だけど、ユートとリアは持ってないからね。たぶん出身地を聞かれると思うんだ。だから二人ともよく覚えておいて」

コラン……ね、今度こそ覚えたぞ。
隣を見ると、リアも小声でこらんこらん…と呟いている。
うーん、たぶん大丈夫だと思うけど……。

「でもな、セディ。名前だけ聞かれるなら大丈夫だけど、何か他の事聞かれたらアウトだぞ? 俺たち、コランって街の場所すら知らないんだし」

リアにどうだ?と目をやると、案の定首を振っている。
人間界に来てすぐに眠りについていたって言ってたから知らなくても無理ないよな。

「僕が身元を保証するから、たぶん大丈夫だと思うけど……場所かぁ……あっ!」

突然何か思いついたように声を上げると、セディは冒険者の証を操作しだす。

「えっと、確か……ここをこうして……っと、できた! 二人ともこれ見て!」

そう言われて差し出された証には、今まで見たことがあったゴールドや経験値の画面ではなく、地図が浮かび上がっていた。

「すげぇな、地図までついてるのか! ……ってかさ、こんな面白そうな機能あるなら昨日聞いたときに教えといてくれよ」

「あはは、ごめんごめん。この辺りの地理はもう頭に入ってたから使う機会が全くなくてさ。すっかり忘れてたよ」

俺は文句を言いながらも証に浮かび上がった地図から目が離せなかった。



その地図は、全体的に暗めで、地形のほとんどは灰色一色で描かれていた。
辛うじて海と大陸の区別くらいはつくが、街や村などの目印となるものは一部分を除いて何処にも描かれておらず、ひどく閑散とした印象を受ける。
唯一の例外として、中央に描かれている大きな大陸の左上の辺りだけが、鮮やかに色がついていて、この部分のみ、山や川、城や村のマークが描かれてあった。
村のマークはいくつかあったが、城は色づいている部分の北側と南側に一つづづ、わずか二つだけが描かれていた。
そして、そのうちの一つ、北側の城のマークのすぐ横に赤い点が書かれている。
恐らく、これが俺たちのいる現在地を表しているのだろう。



これ、もしかしなくても、アレだよな。
俺はゲームでよくお世話になった世界地図を思い出す。
大抵冒険の初めにもらえる、最初は真っ暗な白地図で、冒険で歩くごとに地形や街の名前などが書き込まれていく地図。
地図を完成するためだけに、世界中歩き回ったこともあったっけ。
俺は少し懐かしい気持ちでセディの手の上に置かれた証を見つめる。
なんて言ったっけ、この地図。
えっと、たしか……すごい地図? いや、そんな名前じゃなかったような……。

「僕たち冒険者は、この地図の事を不思議な地図、って呼んでるんだ」

おぉ、そうそう、そんな名前だった!

「安直ですねぇ……」

リアの率直な意見に苦笑しながらも、セディは説明を続ける。

「ここに赤い点があるだろう? これが僕たちが今いる場所を表しているみたいなんだ」

「それじゃ、このお城のマークがこのレヌール城なんですね」

リアが城壁を見上げながらそう呟く。
俺は二人の会話を聞きながらも、地図をじっくりと眺めていた。
マークの横に小さく描かれている文字は、恐らくその城や村の名前だろう。
崩した筆記体で書いてあって少し読みにくいが、現在地のすぐそばに書かれていた言葉は思ったとおり、レヌール、であった。

「なんでこの部分以外真っ暗なんですか?」

「この地図は、最初は全部真っ暗な黒地図でね。自分が移動すると、その行った場所の近辺がこんな風にどんどん描き込まれてれていくんだ」

「すごいですね……」

どうやら、機能も概ねゲームででてきた不思議な地図と同じ様だ。
……と、地図に書かれているレヌール城のマークの中央に、どこかで見たような紋章が書かれているのに気づいた。
ん? これって……、と横に立っているルビス像の持つ水晶玉を覗き込んで確認すると、そこには想像通りの紋章が浮かび上がっていた。

「それで、コランっていうのは……ユート、聴いてるかい?」

「…あ、あぁ、わりぃわりぃ」

視線を地図に戻して説明を聞く。

「それじゃもう一度言うね。コランっていうのは、このレヌール城から川沿いに南に行った……ここ。これがコラン城だよ。ユートの出身地は……そうだね、この辺にある、名前もない村、ってことにしておこう」

コランの城の西にある山の中腹あたりを指差して言う。

「ん、了解~」

「わかりました」

セディの指の先にあるコランの城のマークを見ると、マークの中央にレヌール城と同様に、紋章が書かれていた。
しかし、それはレヌール城とは異なり、正方形の中にY字が書かれている紋章だった。
城によって紋章が違うみたいだな。

「なぁ、これって……「おーーーーい、何してんだ! 早く来いよっ!!」」

俺が紋章についてセディに尋ねようとすると、カッペの遠くから呼ぶ声にさえぎられた。
見ると、ラマダと二人で門の内側からこっちを見て手を振っている。

「ごめんごめん! 今いくよっ!! ……二人とも、準備はいいね?」

セディはカッペ達に向かって返事をすると、俺たちを促した。

「あぁ、大丈夫だ。えっと、俺は、コランの南の「西です」…………西の、名もない村の出身、だな」

「ふふっ、間違えないようにね」

俺たちのやり取りを見てクスリと笑うと、セディは門に向かって歩き出す。

「まったく、しっかりしてくださいね! それじゃ、行きましょう」

俺は頭をガシガシと一度かくと、二人を追った。







「セドリック……殿ですね。確認しました。……そちらの二人は、冒険者ではないようだな。名前と出身地を述べよ」

二人の門兵のうち、年かさの方が冒険者の証とセディを見比べた後、俺達を見ながら言う。

「ユートだ。出身地はコランの西にある小さな村だ」

「リアです。私もユートと同じ村の出身です」

「! お二人ともコランの出身だったんスかっ! それは大変でしたッスね……!」

なぜか驚いたような顔をして、若い方の兵士が声を上げる。
年かさの兵士も、あまり表情は動いていないが、わずかに驚いているようだ。
……なんで驚いてるんだ?

「……何か身元を証明するものは持っていないか? なければ荷物を改めさせてもらいたいのだが」

「二人の身元は僕が保証するよ」

「セドリック副だ「ウェッジッ!!」……す、すいませんっス、ビッグスさん!」

何かをセディに話かけようとした若い兵士 ―― ウェッジの言葉をさえぎって年かさの兵士 ―― ビッグスが怒鳴りつける。
ウェッジは気を取り直すと、再度セディに話しかけた。

「セドリック……さんが保証するのなら安心ッスね! どうぞお通り下さいッス!」

「ありがとう。それじゃ、二人とも、行こうか」

「あ、あぁ」

「はい……」

正直今のやり取りについて聞きたかったが、セディの雰囲気が聞かれるを拒んでいた。
まぁ、誰にでも話したくないことの一つや二つくらいあるだろうし、あまり詮索するのもなんだよな。
……気にはなるけどさ。
俺たちがセディに続いて門をくぐると、二人の門兵は俺たちの背に向かって声を掛けてくれた。

「「ようこそっ!レヌール城下街へっ!(ッス!)」」

……ちょっとだけジーンとしてしまったのは秘密だ。











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                                長らく冒険者の皆様に愛されてきた精算サービスが              |::|:::|:l  ヽ! `ー|     !-一'' ニニニ子ーフ.:ノ  .{{.        }}   ノ::::ノ
                                                                             ヽト、:.ヽ _,    |   l      `ヽ:::::::∠_  `ミ==== 彡人 ´ ̄
                                      なんと今月30周年を迎えました!                      ̄    |   ト、   , ''´. : : : : : : : : :`.ヽ    `,  l:::.ヽ
                                                                                      l   l  \ l. : . : : :.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.::.:.\   /::.:.:.:.ヽ
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    l i:  /-―‐‐-、 ヽ. /     i } ,/{ >} 、>‐、ヽ\ヽ‐-
    ! ! ∧     \}/       // /了  \_ヽ  \}_j J    丶、
ヽ   ヽ { i       ^  ー-イ</   ヽ   `´              \                               _
 l    lハ.ヽ      /      ヘ _ __\                \                           ∠_   ̄ヽ___
i :|   ノ! V\ ー ''´                \                \                   __ -一''´   `ー─‐ -、 \
i |     :| :/   \\                    \                \           -‐ ´ ̄ ̄ ̄ ̄               \
 /  ` | {    \\                  ヽ、 _、              ヽ、 ___/                _,. -=ニ¬ー-、 ,ィ=<
 {  ‐-、〉 ヽ ___ ヽ \                   )'' 、              `ー''´                  _ - ''´      ̄ ̄ ̄ ̄`\丶
 〉´/`ヽX        \ヽ、                   /  ` ‐- ._                      _  - ''´           __
く/ \\_か、‐==-、 _ >、`ヽ         _  -‐''´        ` ‐- _                _, -‐ ´    _  -─‐   ̄ ̄    ` ー-
ー\_ヽ_>、)`ー’、__ ) )   )ミ)`ー==ニ¨_ ̄                 ` ー 、_        ,. <──  ¨ ̄
           ̄ ̄ ̄             ̄  ――‐ ―――  ¨ ̄ ̄ ̄ ̄ `ヽ、 __, - ''´



[3797] 第一章 第十四話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:33
ユートだ。
……ふぅ。
ようやく街についたな。
まだ昼前のようだし、塔からこの街まではどうやらほんの数時間程度の距離だったみたいだ。
もっと長い時間歩いていた気がしたけど……、自分の感覚って当てにならないもんだな。

「おせえぞ、おまえらっ! ったく、いつまで待たせんだっ!」

俺たちが門をくぐると、カッペのそんな怒鳴り声にに出迎えられる。

「ごめんごめん、ちょっと手間取っちゃってね」

セディに続いて俺も謝まっておく。
待たせたのは俺とリアのせいだしな。

「まぁいい、さっさと協会に報告にいくぞ! ぐふふふふ、オラの活躍をしっかり報告してやらないといけないからな!」

冒険者協会か……。
冒険者協会ってのがどういうものなのかは良くわからないけど、ドラクエで冒険者が集まるといえば……ルイーダの店とか?
ルイーダの店って言えば、なんと言っても色っぽい美女! ……コホン。
店に行けば俺も冒険者の証が貰えるかもしれないし……、うん、冒険者の証、メチャクチャ楽しみだな!

「? どうしたんですか、ユート。ずいぶん楽しそうですけど」

「そりゃ、冒険者協会行けば色っぽ……じゃなくて、冒険者の証貰えるかもしれないからな! 楽しみに決まってるだろ?」

危ない、顔に出てたか。
さっきはセディのお陰で有耶無耶になったけど、ここで美女がどうのこうのなんて言ったらまた冷たい目で見られるからな……。
コイツ、美人系な顔立ちだから、あんな風に冷たい目されると、ホンッとにきっついのよ。
なんとかポーカーフェイス保って、このちっこい鬼にバレないようにしないと……。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第十四話 ~






フンフンと鼻歌交じりに機嫌よさそうに歩くカッペに、いつものようにニコニコと歩くラマダ。
そして、二人に少し遅れてセディが歩き、さらに後ろで俺は歩いていた。
俺の左肩の上では、リアが珍しそうにキョロキョロと周りを見渡している。
その様子は俺以上に興味深げで、時折面白いものを見つけると、興奮した様子で報告してくる。
その様子はリアの外見も相まって、微笑ましい。

街の様子は……、もちろん俺にとっても珍しいことは確かだったのだが……、正直今までに体験したファンタジーに比べると、いささか劣って見えた。
それは、元の世界で見慣れていた日本の街並みにそっくりだったから………というわけではない。
大きな門を越えてまず目に入ったのは、広い石畳の通りの先に見える立派な城と、その道の両側に立ち並ぶ木やレンガ造りの家や店。
そして、沢山の人の行きかう大通り。
それはどこか懐かしい感じがする、中世のヨーロッパってこんな感じなんだろうな、と思わせるような街並みで、それは日本とは明らかに違う非日常 ―― ファンタジーな景色だった。

それではなぜ心が躍らないのか。
自分でも不思議に思って、リアの言葉に適当に相槌ちを打ちながら辺りを注意深く見渡して考える。
視界に入るのは、普通の家や店、井戸、木、道。
そして、笑い声をあげて走り回っている子供達、井戸の傍で話をしている子供達の親らしき女性達、通りの向こうから歩いてくる若い女の子達 ―― うん、結構可愛い ―― そして、すれ違う有象無象の男達に、店の番をしているオッサン共。

「あぁ、そっか」

それらを見ていて、何が物足りなかったのかようやく気づいた。

「どうしたんですか?」

「いや、みんな普通の格好の人ばっかりだな~って思ってさ。冒険者っぽい格好してるのって、セディ達だけだろ?」

そう。
視界に入る人達は、男性も女性も皆普通の服で、鎧はもちろん、武器を持ってる人もいなかった。
いや、全くのゼロというわけではなく、そういう人もいるにはいたが、これだけ人間がいる中で考えると明らかに少なかった。

「みんな宿に置いてきてるんじゃないですか? 街の中で鎧着て歩くのも大変でしょうし」

「あぁ、なるほど。確かにそうかもな」

リアに言われて気づいたが、確かに街中で鎧なんて着てたら重くて仕方がない。
モンスターは街の中にはいないみたいだし、その必要もないのだろう。
それによく考えたら、冒険者自体の人数が少ないかもしれないんだよな。
命の危険のある職業なんだし。
と、そこまで考えた時、突然後ろからキャーキャーという黄色い声が聞こえて思わずつまづいてしまう。

「わきゃっ!」

俺は何とか転ばずにすんだんだが……、つまづいた拍子にリアを振り落としてしまった。
………スマン、リア。
振り返ると、さっきすれ違った可愛い女の子たちがこっちの方を指差して笑いあっていた。
一瞬、俺の事を!? とドキドキしたがよく見ると微妙に指す方向がずれている。
その指の先をたどっていくと……セディがいた。
……あー、はいはい、そうですか、いいねー、顔のいいヤツは。
我ながら暗いなー、と思いつつも心の中で毒づいていると、頭に衝撃と共にリアの怒鳴り声が降ってきた。
どうやら落としてしまったことを怒っているらしい。
いやまぁ、突然落とされたりしたら怒るのは当然だし、悪かったとは思うけど……、だったらなんでまた俺の肩に座るんだよ……。
俺は重い足取りでセディ達の後を追った。







「ユート、ここが冒険者協会だよ」

セディの言葉に、通りの左に立つ建物を見上げる。
その建物は、他の家や店と比べてかなり大きく、作りもしっかりしていた。
入り口の門から真っ直ぐに続く大通りの突き当たりには、レヌール城が堂々と建っていて、その周りの堀には水が張られている。
冒険者協会の建物は、その堀のわき道と大通りの交点に建っていて、初めてこの街に着た俺にも覚えやすい位置にあった。

「おっきいですねぇ……」

「これが冒険者協会か……」

ここに色っぽいねーちゃん……じゃなくて、冒険者の証がっ!!

「さっさと入ろうぜ、セディ!」

カッペもラマダもすでに中に入ってるようだし、早く中に入ってみたい。
ドキドキしながら、少し大きな、両開きの扉を押しのけて中に入ると、真正面に受付があり、その前でカッペ達が受付の人と話をしていた。
受付に座っているのは、俺より少し年下くらいの、緑がかった黒髪を肩まで伸ばした女の子で、カッペの大きな声の話 ―― たぶん自慢話、に少し困った笑顔で相槌を打っていた。
扉に吊るされていたベルの鳴った音で気づいたのだろう。
俺たちの方を見ると、その受付の子は俺を見て花が咲いたような笑顔を浮かべる。
決して美人というわけではないが、明るい笑顔のよく似合う可愛い子で、思わずドキっとしてしまう。

「セドリックさん、お帰りなさいっ! お怪我はありませんでしたか?」

―― べ、別に、悲しくなんてないんだからっ!

「ぷっ!」

リアがそんな俺の様子を見てコッソリと……クスクス笑う。
小さい声とはいえ、耳元で笑うものだから、俺にはもちろん丸聞こえ。
容赦ない追い討ちに凹んでいると挨拶がすんだのか、俺に気づいた女の子が声を掛けてくる。

「あらっ、そちらの方は初めまして、ですよね? 私は当冒険者協会の受付をしています、イレールと申します。よろしくお願いしますねっ!」

「あ、あぁ、俺はユート。よろしく、イレールさん」

ずいぶん元気な子だな。
ここまで男ばっかだったから、その笑顔に癒されるわ。

「そちらの可愛い妖精さんはユートさんのお友達ですか?」

好奇心を抑えきれない表情で俺の肩を見上げるイレール。

「あぁ、コイツは俺の「相棒の、リアです!」……リア?」

紹介しようとした俺の言葉をさえぎって、リアはイレールに大きな声で言い切る。
何力いれてんだ?
イレールはリアの言葉に少しの間目を丸くしていたが、すぐにニッコリ笑うとリアに手を差し出す。

「よろしくね、リアちゃん! 仲良くしましょっ!」

差し出された手とイレールを交互に見つめながらあっけに取られるリア。
しばらく躊躇していたが、「………し、仕方ありませんね」とつまらなそうに呟くとその指に手を添える。
ククク、コイツ照れてんな。
羽ばたきは増えてるし、赤く染まってる。
間違いないだろう。
イレールはその様子に満足したのか、手を離すと俺に目を向ける。

「ユートさんはまだ冒険者の登録はされていないんですか? それなら今からしちゃいます?」

お、登録すると証もらえるんだよな? それなら是非に!

「その前にさっさと報告しちまうぞ!」

俺が答える前にカッペがそう言うと、向かって左側にあった階段をさっさと降りていってしまう。
確かに皆を待たせるわけにもいかないし、後でゆっくりやればいいか。

「……ま、そんなわけだから、また後で来るよ」

「はい! お待ちしてますねっ!」

俺たちはイレールに見送られて階段を降りていった。







カッペを追って階段を降りるとそこは店の中だった。
階段を降りたといっても、地下と言うほどではなく、半地下、と言ったところだろうか。
二階部まで突き抜けた作りになっていて、天井からは日の光が差し込み、店内を明るく照らしていた。
一階部分に10数脚、全体を見渡せる二階部分には5、6脚のテーブルがあり、かなりの人数が座れるようになっている。
今は数人がポツポツと座っているだけで閑散としているが、夜になれば人が増えることは想像に難くない。

「……酒場?」

「うん、ルイーダの酒場、だよ」

「マジかっ!?」

いやー、あるといいなぁ、なんて思ってはいたけど、まさか本当にあるとはっ!
ってことはルイーダさんがいるんだよなっ!?
ヤバイ、鏡鏡! ……はねーか。しゃーない、少しでも髪型直さねーと!
慌てて髪型を整える俺を不思議そうに眺めた後、セディはカウンターへと歩いていく。
その先ではカッペとラマダが、スキンヘッドと口ひげの濃い、ヤクザっぽいオッサンと話し込んでいた。

「おぅ! セディも帰ってきたかっ! 無事で何より何より!」

近づくセディに気づいたオッサンが片手を上げて声を掛ける。

「あはは、どうも。任務の報告、遅くなってすいません」

「なぁに、いいってことよ! ノンビリ帰ってきたってこたぁ、特に異常がなかった、ってことだろ?」

「えぇ、特に異常は見当たりませんでした。詳しくは二人から聞いてください」

そのオッサンは声が大きく、風貌から気圧されるような迫力はあったが、その言葉の端々に無事を喜んでいる様子が窺えた。
表情にも笑顔が浮かんでいるし、外見とは違って、結構気さくな人物なようだ。
……まぁ、んなこたどうでもいいな。

「……なぁ、セディ。ルイーダさんはどこにいるんだ?」

カッペとラマダの報告が始まり、会話が途切れたところでセディに小声で聞く。

「え? ルイーダさんならそこに……」

そう言って指を指す方向にはカッペ達。
そこにはむさい男が三人いるだけで、間違っても美女と呼べるヤツはいない。
……嫌な予感がしてセディに恐る恐る確認する。

「……なぁ、まさかとは思うけど……、あのオッサンがルイーダさんとかって言わない……よな?」

「そうだけど?」

「くそおおぉぉっ、んなこったろうと思ったよ、チクショウ!」

思わず声を上げてしまう。
セディもリアも、突然悔しがる俺に驚いていたが、リアだけは何かに思い至ったのか、その眼差しを冷たい物へと変化させる。
その目は……やっぱしちょっと痛かったが、それよりも辛い現実が目の前にあったため、あまり気にならなかった。

……はぁ。
厳ついオッサンが出てくんなら、『ルイーダ』なんて期待させんじゃねぇよ! 別の名前でいいじゃねーか……。

「……そっちのヤツは新顔だな。お前が報告にあった、手ぶらでグレゴリの塔に行ったっつー命知らずか?」

二人の報告が終わったのか、オッサン、……るいーださんは、こっちを面白そうに見つめている。

「はい……。俺がその命知らずのユートです……、るいーださん……」

なんとなくションボリして答える俺。

「ガハハ、なんだなんだぁ? 元気ねーなぁ。男ならドンっと構えてろっ! ……ユートっつったか? オレァ、冒険者たちに仕事や仲間の斡旋なんかをやってる、22代目のルイーダだ。本名は別にあるんだが……まぁ、んなこたどうでもいいな。気軽におやっさんとでも呼んでくれ!」

俺の憂鬱な気分を吹き飛ばすかのように、明るく話しかけてくれる、るいーださん……おやっさんは、実に頼りがいのある獰猛な笑みを浮かべている。
……いや、まぁ、憂鬱なのはアンタのせいなんだけどね。
と、心の中で苦笑しつつも、なぜか、まぁいっか、という気分になって笑ってしまう。

「ははっ。うん、俺はユートっていいます! まだ冒険者の登録はしてないけど、早いうちにするつもりなんで、その時はよろしくお願いします、おやっさん!」

「おぅ!」

少しスッキリした気分で笑う俺。





うん、知らなかったとはいえ……ここで調子に乗ったのがまずかった。
変にスッキリしたせいか、チラっと思い浮かんじゃったんだよね……。

「あ、そうだ! おやっさんってお嬢さんとかいたりします?」

おやっさんがルイーダの22代目だっていうんだったら、妙齢の23代目ルイーダさん(美女限定)がいるかもしれん!
おやっさん40後半~60前半くらいだろうし、いてもおかしくないよな?
ワクワクしながらおやっさんの返事を待つ俺。
周りの連中 ―― セディ、カッペ、ラマダが俺とおやっさんの周囲から少しづつ離れていく事にも気づかずに。

「おぅ、娘が一人いるぞ。これがもう、むっちゃ可愛くてなぁ! アイツの母親によく似て、美人なんだ!」

顔をだらしなく歪ませて笑うおやっさん。
おぉ、おやっさんに似てたらちょっと残念な事になってたかもしれないが、奥さんに似てた、ってんなら期待できそうだ。

「へぇ、そんなに美人さんなんですか! 会ってみたいですね!」

そして、是非お近づきに!
そこまで考えた時、唐突に辺りの空気が変わった。
息苦しく、空気が冷たく重い。

「……そう、ワシャァ、娘が目に入れても痛くない程でのぅ? ……まさかたぁ思うが、ワシの娘に手ぇ出そうなんて思ってないよなぁ?」

ギロリ、と。
突然雰囲気と口調を変えたおやっさんは、視線だけでモンスターを殺せそうなくらい鋭い目を俺に向ける。

「………っ!」
「………ひっ」

俺とリアはその視線に射すくめられて、呼吸が止まってしまう。
もしかして、これがよく聞く殺気、……ってヤツか?
息をすることもできず、それどころか身動きする事すら出来ない。
恐怖なんて生易しいものではない。
少しでも動いたら殺されてしまう。
そんな自分の死を予感させる視線だった。

「なぁ、ユートォ? ……どうなんや?」

おやっさんは俺に顔を近づけて凄む。
ぽてっ、と、何かが落ちる音がした。
ちらっとわずかに視界に見えた様子から、どうやらリアが気を失ってテーブルの上に落ちてしまったのだとわかった。
俺は呼吸ができず、窒息しそうになりながらも、死力を振り絞ってなんとか首を左右に振る。
壊れた機械のように何度も何度も。

「………………」

おやっさんは鋭い表情を変えずにジッと俺を睨みつける。
俺は酸素が足りずに朦朧としながらも、頭を振り続ける。

―― と。

「ガハハハハッ! 冗談だ冗談! そう固くなるな!」

俺の必死な否定の行動に、嘘はないと理解してくれたのだろう。
唐突に表情を変えると、俺の肩をバンバンと叩く。
それと同時に、場を支配していた痛いほどの冷たい空気は霧散し、数十秒ぶりに呼吸ができるようになる。

「………かはっ! …ぜぇぜぇ、ぜぇ……くっ…はぁはぁ、はぁ……っ!」

俺はその場に崩れ落ちて、空気を必死に取り込み、生を実感する。
……酸素がこんなに美味しいものだとは思わなかった。

「ユートさん、おやっさんに娘さんの話題は厳禁なんですよ」

そっと近づいてきて、コッソリと小さな声で俺に告げるラマダ。
ただ話題にするだけならともかく、チラッとでも下心を抱くと、鬼に代わるらしい。
……もう二度とおやっさんの前で娘さんの話題を出すのはやめよう……。
俺はかたくそう決意した。
……ちなみに、俺と同じ目にあったヤツは全員同じ結論に至るらしい。
あの殺気を受けりゃ当然だよな……。

「ガハハ、オレの殺気を受けて気を失わないたぁ、素人のわりにゃあ、なかなかやるじゃねぇか! …………面白いヤツが来たなぁ、セディ?」

「あ、あはは、あまりユートを苛めないであげてくださいよ」

「………ほぅ? ユート、ね」

額に汗を滲ませながら苦笑するセディを面白そうに見つめるおやっさん。
カッペはかなり真っ青に、ラマダも表情こそ変わらずニコニコしているが、身体の前で組む手が微かに震えている。
……ってか、この三人を視線だけでここまで萎縮させるって、ホント、何者だよ、おやっさん……。

「ふん、お前ら二人はなかなか育ってるようだな。……おい、カッペ! お前ももっとしっかりしねーと、勇者にゃなれんぞ!?」

そう言って豪快に笑うおやっさん。
カッペは悔しそうな顔をしているが、まだ話せるほど回復していないのか、喘いでいる。
その様子を楽しそうに見ながら笑うと、セディとラマダに話しかけた。

「おし、報酬の話にうつるか。協会ポイントは……それぞれ3ポイントだな。これは最初に話した通りだ。んで、金はゴールドとルビィどっちにすんだ?」

息は大分整ってきた。
協会ポイントとかルビィってなんだろ、と考えつつも、話に耳を傾ける。

「僕はゴールドの方がいいかな。二人はどう?」

セディが問いかけると、二人も異論はないようで、報酬はゴールドでということになった。
もっとも、ラマダはともかくカッペの方は壊れたように頷いていただけなので、本当に理解していたのか怪しいが。

「わかった。……よっ! っと。ほら、これが報酬の200Gだ」

おやっさんはカウンターの下からゴールドで膨らんだ袋を取り出す。
それをカウンターに置くと、ズシッというかなり重そうな音がした。
セディはそれを確認すると、俺を振り返る。

「ユート、また頼んでいい?」

頼むって……あぁ、計算か。

「……っ、ふぅ。一人、66Gで……、また、2G余る、な」

「それじゃその2Gはまたユートにあげるよ」

「おぉ、……サンキューな!」

三人が自分の取り分を受け取った後、残った2Gを貰う。
これで手持ちは8Gになったわけだが……以外と重い。
正確な重さはわからないけど、1kg近くあるんじゃないか?
たった8Gでこの重さになるってことは……。
なるほどな~、確かにこりゃ証でもないと運べないな。
いくつかあるズボンのポケットに分けて入れてはみたが、どのポケットもパンパンに膨れていて、これ以上はもう入りそうもない。
そういった面からも、証は優先して手に入れる必要がありそうだ。

「さて、報告もすみましたし、私はここで失礼しますね。またの機会があったらよろしくお願いします♪」

ラマダは報酬を証にしまった後、一度頭を下げるとアッサリと階段を上っていってしまう。

「オラも行くとすっかな。またな、セディ、商人! 今度はもっとマシになってろよ! わははははっ!」

ようやく元の状態に戻ったカッペも、ひとしきり笑うと行ってしまった。
なんとなくこの後も一緒に行動するんだと思ってたけど、そういえば塔で最初に会ったときパーティを組んでいるわけじゃないって言ってたっけ。
仕事が終わるとすぐさよなら、っていうのは少し寂しいが、そんなものなのかもしれないな……。

「それじゃ、僕達も行こうか」

「! あ、あぁ!」

そんな中、自然に僕達、と言ってくれるセディが嬉しかった。





「なぁ、さっきおやっさんの言ってた……協会ポイントとルビィ……だっけ? あれってなんなんだ?」

階段を上りながらセディの背に疑問をなげかける。

「あぁ、協会ポイントっていうのは、協会からの任務を達成すると貰えるポイントだよ。協会の任務はその難易度によってランクが分けられてるんだけど、基本的に自分のランクより低いランクの任務しか受けられないようになってるんだ。それで、自分のランクをあげるために必要なのが、協会ポイント、ってわけ」

なるほど、良くあるシステムだけど、それだけに理解しやすくていいな。

「なるほどな。セディはどのくらいのランクなんだ?」

「僕はまだまだ低くて、下から二番目のFランクなんだ」

「えっ、お前あんなに強いのに、それでも下から二番目なのかっ!?」

思わず声が大きくなる。
セディの強さから言ってかなりレベル高いだろうと思っていたのに、そうでもなかったのか?
俺の様子にセディは苦笑する。

「冒険者のランクとレベルはあまり関係ないからね。レベルが低くたって凄腕の冒険者なんていくらでもいるし、逆にどんなにレベルが高くても任務をこなしていなければランクは低いままなんだよ」

う~ん、そんなものなのか……。
でも、確かに、レベルはあくまで戦闘能力に限った物だからな。
任務にどういう物があるのかは知らないけど、ただ腕っ節が強いだけじゃ達成できない任務とかあっても不思議じゃない。

「僕はまだ冒険者になってからはそんなに経ってないからね。レベルはそこそこあるけど、冒険者としてはまだまだ新米なんだ」

レベルに差はかなりあるんだろうけど、新米だって聞くと少し親近感わくな。

「なるほど……。んじゃ、ルビィってのは? さっきの話からして金っぽかったけど」

「うん、ユートの言うとおり、お金の事だよ」

「でも、ゴールドも金だろ? なんで二種類あるんだ?」

「ゴールドは冒険者向けのお金、ルビィは普通の人のお金、って感じかな」

セディは少し考えながらそう答える。

「ゴールドが使えるのは、武器、防具、道具屋に宿屋だけで、ルビィはそれも含めた全部のお店で使えるお金、って考えたらいいと思う。ただ、ゴールドで買い物とかをする場合、冒険者協会の補助があるから、ルビィを使うよりも安く済むんだ」

「安く買えるってのはいいけど、何でそんなややこしい事してるんだ?」

全部ゴールドで済ませば楽だと思うんだけどな。

「あぁ、それはゴールドはあくまでモンスターを倒さないと出てこない、からかな」

セディが言うには、ゴールドを貨幣として扱うのは無理があるらしい。
確かに、モンスターを倒せば倒す分だけ流通するゴールドはどんどん増えていくわけで、そうなると相対的にその価値は下がるはず。
ある理由からゴールドの全体量は減ることもあるみたいで、そんなに価値が下がるような事態に陥ることはないらしいが、それでも不安定な事に変わりはない。
そのため、ゴールドを参考にして、世界共通の安定したお金 ―― ルビィが生み出されて、一般に出回ることになったようだ。
冒険者の収入は当然ほとんどがゴールドなので、彼らは冒険に必要なものはゴールドで、食費などの生活費はルビィで、と使い分けているらしい。

「ルビィはニコニコゴールドで両替できるからね。後で案内するよ」

「お、頼むわ」

正直面倒ではあるけど、郷に入っては郷に従えっていうし、仕方ないか。





「これからどうする? 特に要望がなければ街の案内しようと思ってたんだけど」

階段を上りきり、受付の前で立ち止まるとそう尋ねてくる。
案内……か。
確かにそれも必要だけど、せっかく冒険者協会にいるんだし……。

「それもして欲しいけど、先に冒険者の証が欲しいな。ここで貰えるんだろ? 先に登録しちゃいたいんだけど、いいか?」

「あ、冒険者の証はここじゃもらえないよ。お城に行かないと」

「ん? ここで貰えるわけじゃないのか。んじゃ城に行こうぜ。目の前にあったし、すぐに着くだろ」

さっき見た堀には橋がかかっておらず、ここからでは渡れそうにないから正面に回らなければならないだろうけど、そう大して距離は離れていないだろう。

「……うーん、でも、まだちょっと早いかな。冒険者の証を貰うには聖堂に行く必要があるんだけど、聖堂に一般の人が入れるのは正午になってからなんだ。まだ大分時間はあるし、先に街を案内するよ。ついでに少し早いけど食事もすませちゃおう」

「そんじゃそうするか。案内よろしくな!」

証は早く欲しかったが、そういう事なら仕方がない。
それに、街にも興味があったし、案内してくれるならそっちも大歓迎だ。
ここに来る間の街並みには大して興味はわかなかったが、さっきの話振りからすると武器屋とかもあるみたいだし、楽しそうだ。
やっぱ剣とか鎧とか売ってるんだよな。
……うん、楽しみだ!

「んじゃ、ここでこうしてても仕方ないし、早速行こうぜ!」

俺たちはイレールに挨拶をすると、協会の外へ向かって歩き出した。







「………ねぇ、ユート。何か忘れてる気がしない?」

「ん? 別に忘れ物なんて……なかったと思う……けど?」

「うーん、気のせいかな?」

でも確かになんか忘れてるような?
少し気にはなったが、たぶん気のせいだろ、と、扉に手をかけて協会を出ようとした時、不思議そうなイレールの声に呼び止められる。

「ユートさん、リアちゃんはどうしたんですか?」

「「あ”っ!!!」」

やべぇっ、リアの事忘れてたあああああああああああああっ!?
慌てて踵を返してルイーダの酒場へと駆け込むと、リアはまだテーブルの上で気を失っていた。
あ、ある意味セーフだな。
おやっさんの殺気に巻き込んで、さらに忘れて放置してたなんて知られたらっ……!!
……………っ! 想像するだけで恐ろしい。
……危ないところだった。





ちなみに。
リアをなんとか起こすと、烈火のごとく怒鳴られボコボコに蹴られました。
当然、メチャクチャ痛かった。
痛かったけど……それでも、かわいそうなくらい震えて涙目で蹴ってくるリアを見ると、身体よりも心の方が痛かった。
………本当、すまんかった、リア。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― ゴールドとルビィ ―――


・ゴールド
モンスターを倒して浄化すると現れる、円盤状の硬貨。
Gという記号で表記される。
直径約5cmの真円で、厚さは0.8cm。
デザインは至ってシンプル。
中央に六亡星が描かれているのみで、他には何も描かれていない。
なぜモンスターを浄化すると現れるのか、一体何のために存在するか等は明らかになっておらず、謎の多い物である。

ゴールドと呼ばれる硬貨には、銅以外にも様々な材質の物があり、その材質によって価値は異なる。
現在確認されている硬貨には、銅貨、鉄貨、銀貨、金貨などがあり、それぞれ1G、10G、50G、100Gに対応している。
ちなみに、銅貨の重さは一枚あたり約140gもあり、他の硬貨もそれぞれかなり重くなっているため、大量な持ち運びには適さない。
また、白金の硬貨もあるという報告があるが、これについては未だ確認は取れていない。

現在、冒険者協会や王による支援として、武器屋、防具屋、道具屋(冒険に必要な物に限る)及び宿屋では、ゴールドを使う場合、ルビィでの値段の8割で購入する事が出来る。
この制度ができた当初、冒険者以外の市民が道具屋や宿屋をゴールドで使用するといった問題がおき、一時期経済が混乱してしまった。
そのため、現在はルビィからゴールドへの両替は禁止されている。


・ルビィ
精霊ルビス様が語源の、世界中で一般市民に広く使われているお金。
Rという記号で表記される。
ニコニコゴールドにおいて、基本1G=500Rで両替をすることができるが、この価値はゴールドの流通量によって常に変動している。

普段の生活の衣食住(特に食)においてはルビィで購入する他はない。
そのため、あまりゴールドを稼ぐことができない低レベルの冒険者の中には、生活がままならない者達も多く、深刻な社会問題となっている。
しかし、高レベルな冒険者の中には、貴族や王族並みの生活をしている者達もいるため、それを夢見て冒険者を目指す若者は後を絶たない。

ルビィには1R、5R、10R、50R、100R、500R硬貨、そして1000R、5000R、10000R紙幣があり、全てに精霊ルビス様の肖像画が描かれている(材質や大きさについては別記参照)。


・著者 コナエ・シークダ


――― ゴールドとルビィに見る社会経済 序章 より抜粋




[3797] 第一章 第十五話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/02/24 02:44
……リアです。










………………………………………………グスッ。

「な、なぁ、ホント、俺が悪かったって……。なっ! 機嫌直してくれって……」

「………ふんっ!!」

知りませんっ!! 
………本当に怖かったんですからっ!!






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第十五話 ~






お姫様は大層お冠のご様子で、俺の言葉を全く聞いてくれない。
なんだかんだ言って、いつも俺の肩の上で座ってたのに、今はセディの肩に止まっている。
そのことからも、リアの怒りの強さが窺える……。
……はぁ、まいった……。
頭をガシガシと掻いてみるが、何の解決にもならない。
セディに何とか取り成してもらいたかったけど……、すまなそうな顔でこっちを見るだけで、どうやら援護は期待できそうにない。
さすがのセディも今のリアは扱いかねるようだ。
少し様子見て、落ち着いたらもう一度謝るか……。
いつまでも協会の前でこうしてるわけにもいかないし。

「そ、それじゃ、まずはニコニコゴールドから案内しようか。すぐそこにあるしね」

セディが空気を変えようと、わざと明るい声で話す。

「そ、そうだな! ……んで、どの辺にあるんだ?」

セディに乗っかり、俺も明るくなるように心がける。
すると、セディは俺の言葉に、わざとではない自然な笑みを浮かべた。

「あはは、目の前にあるよ。あの店がそう」

え゛………っ!?
セディの指す指先には、いやに自己主張の激しい店がある。
大通りをはさんで協会の真正面にあるため、目に入るのは当然なのだが……、そういうこと関係なしに、とてつもなく目立つのだ。
大きさは協会にも匹敵するほどで、周囲の店のゆうに数倍はある。
建物は白を基調にしているが、まったく汚れは見当たらず、清潔感がある。
また、扉や窓は日の光を上手く取り込めるよう計算して作られているようで、開放感もある。
まぁ、これだけならかなりいい建物、というだけなのだが……。
俺は視線を上にあげる。

「…………どこの風俗だよ、いったい」

「アハハハハ……」

俺の視線の先には、ウィンクをしたバニーガールのドでかい看板が掲げられていた。
カッペに見せてもらったチラシの、下の方のバニーガールによく似ていたから嫌な予感はしてたんだけど……、どうやら違っていますように、という俺の祈りは届かなかったようだ。
確か、ラマダ、冒険者協会が指定してる店とかって言ってたよな?
……そんなんでいいのか冒険者協会。

「なんか、ものすごく入りくい店だよな」

「まぁ……ね。僕はもう慣れたけど」

諦めた様子でセディは呟く。
もう一度看板を眺めてみると、バニーガールの下の部分に文字が書いてあることに気がついた。

「なぁ、あの文字って……」

「うん、ニコニコゴールド、って書いてあるよ」

やっぱりか。
8文字よりもずっと長いため、日本語とは全く違うようだが、最初の4文字が2回繰り返されているからここが『ニコ』の部分だと考えてもよさそうだ。

「それじゃ、中に入って少しゴールドをルビィに変えておこうか」

「ん、りょうか~い」







「「いらっしゃいませ(ぇ)♪」」

おおおおおおおお!!!??
なんというパラダイス!! ………ゲフンゲフンッ!
扉をくぐると、両側に控えていたバニーガールの二人のお姉さま達に出迎えられる。
俺は驚きのあまり、思わず目が点になってしまったさ。

「な、な、な……っ!」

リアも言葉が出ないようだ。
……そりゃ驚くよな。

「ゴールドからルビィへの両替したいんだけど、頼めるかな」

「はい! 少々お待ちください♪」

呆然とした俺たちをよそに、セディは髪の短いバニーさんに爽やかに対応していた。
さすがに慣れてるな、セディ。

「お客様はぁ、いかがなさいますかぁ?」

いつのまにかもう一人のバニーさんが傍で俺を見上げていた。
少し間延びした話し方の、ほんわかした雰囲気を持つ人だった。
柔らかな茶髪は腰まで届き、キュッとしたくびれを強調している。
そして、視線をその少し上に向けると、二つの素敵な塊が目に入った。
で、でけぇ……。
さすがに目で見ただけでサイズがわかるほどアレじゃないが……でも、90はあるんじゃねーか!?

「? どうかなさいましたぁ?」

心なしか胸を強調するような格好で小首を傾げるバニーガール。

「え!? いやいやいやいや! その仕草反則だ、とか思ってないです、ハイ」

慌てて視線をそらす……と、首筋がゾクッとした。
……この感覚には覚えが……。
冷や汗を垂らしながら振り向くと、リアに、目が合う直前に思い切り目を背けられる。
その後姿から黒いオーラが立ち上ってる気がする。

あ、あはは………………、るーるる~……。

心の中で泣いていると、目の前のバニーガールは俺を見てクスリと笑う。

「お客様もぉ、あちらの方と同じようにぃ、両替でよろしいですかぁ?」

あぁ、と答えようとしたが、思いなおす。
そういえば食事代とかってどのくらいかかるんだろ。
こっちの物価についてはまだよくわかってないし、俺は8Gしか持ってない。
大事に使わないと……。

「どうかした?」

俺が悩んでいると、セディが問いかけてくる。

「いや、両替どうすっかなって思って。食事ってどのくらい両替すれば足りるんだ?」

「一食500Rもあれば十分だと思うよ。……でも」

「でも?」

そして、リアの方をチラリと見ると、顔を寄せて小声で囁いた。

「少し多めに両替しておいて、何かリアにプレゼントでも買ってあげたらどうだい?」

機嫌直してくれるかもよ、とウィンクをするセディ。

「お……おぉ!! その手があったか! セディナイスッ!!」

仲直りの光明が見えて、思わずセディの右手を強く掴んで上下に振る。

「あ、あはは、痛いって、ユート」

「あ、わりぃわりぃ」

俺は謝りながら慌てて離す。
セディは苦笑していたが、まだ痛むのか、俺が無意識に強く掴んでしまった部分を左手でゆっくりさすっている。

「……悪い、そんなに痛かったか?」

「えっ!? い、いや、大丈夫。気にしないで!」

覗き込むとセディは慌てて手を後ろに隠す。
痛みを堪えているのか、少し顔も赤い。
俺に心配させまいとそて……お前ってヤツはどこまでいい奴なんだ。
次からは気をつけようと心に誓う。

「……………っ!!」

後ろからリアがまた凄い形相で睨んでいるのが感じられる。
心が萎えそうになったが……ふふふ、俺にはセディに貰った秘策がある!
そうして怒っていられるのも今のうちだ。
何かうまい物でも買ってやるから首を洗って待ってろっ!!





「あ、あのぉ~、そろそろいいでしょうかぁ?」

少し寂しそうな顔でおずおずと話かけるバニーのお姉さん。
俺にはなぜか、お姉さんの後ろに、寂しそうな目をしたウサギの幻影が見えた。
こ、これはイイッ! ……じゃなくて!

「あ、あぁ、すいません! えっと……それじゃ、俺も両替お願いします」

「はい~。それじゃぁ、ちょっとここでお待ちくださいねぇ」

ニッコリと満面の笑みに表情を変えると、さっきセディに話しかけてたバニーガールと同じ様に、受付の方へと歩いていく。





数分後、まずセディが呼ばれて連れて行かれる。
ちなみに、リアもセディについていってしまった……。
少し疎外感を感じながらその場で待っていると、そう経たないうちに俺も呼ばれてさっきのバニーさんに案内される。

「こちらですぅ。それではごゆっくりぃ~」

ごゆっくりって何か変じゃないか? と、益体もない事を考えながら辺りを見渡す。
そこでは数人の人がカウンター越しに係りの人と1対1で話をしていた。
セディは別のフロアで両替しているのか、その姿を見つけることはできない。
ほどよく緊張した静かな雰囲気も、受付の様子も、元の世界の銀行とよく似ており、そのことが少し嬉しくもあり、……かなり残念でもあった。
バニーさんが受付してくれるのかと思ってたのに、あてがはずれたな……。
まぁ、考えてみれば、博識そうなセディやラマダですら計算方法習ってないみたいだし、両替の担当ができて、なおかつ可愛い女の子なんて、そうそういるもんじゃないだろうから仕方ないのかもしれないけど。
5つある座席のうち、唯一空いていた席の係りのオッサンに椅子を進められるままに座る。

「さて、それでは早速両替の手続きに入りましょうか。……ふむ、お客様は当ニコニコゴールドのご利用は始めてですかな?」

ソワソワと辺りを見渡す俺を見てわかったのだろう。
オッサンはメガネをクィッと一度上げると、俺を見つめる。

「あ、あぁ、わかります? こういう所初めてで、緊張しちゃって……」

……って、なんだこの受け答えは。
悪友に連れられて初めて風俗に来たような純情少年じゃあるまいし。
……ある意味間違いじゃないかもしれないが。

「ははは、別にとって食いやしませんよ。気楽になさってください。それでは最初、とのことなので、簡単にですが、ご説明しますかな。当ニコニコゴールドではご存知のように、ゴールドからルビィへの両替の他にも色々なサービスが御座いますが……、まぁ、今回は両替についての説明だけでよろしいでしょう」

俺が頷くと、オッサンも満足そうに頷く。

「……まず、ゴールドとルビィの両替のレートは、基本1G=500Rですが、流通しているゴールドの量によって変動します。この値段は国や協会と共に毎週流通量を調査し、協議して決めております。現在は……1G=514Rとなっておりますな。そうそう、両替についての注意点が一つ。ご存知の通り、一部の店は冒険者協会や国からの補助金により、ゴールドで安く利用できるため、無用な混乱を避けるように、ルビィからゴールドへの両替は行えません。その点はよろしいですかな?」

ルビィからゴールドへの両替は無理なのか。
確かにゴールドで買い物すれば安くすむ、っていうのは冒険者に対しての補助らしいし、もしこの両替ができてしまうと冒険者以外も利用できるようになるから、考えてみれば当然か。
他はセディからさっき聞いていたことだし、大丈夫だな。

「うん、大丈夫」

「畏まりました。それで、本日は何G交換なされますかな?」

「ん~……」

一食500Rくらいあれば足りるってことは、1Rって1円と同じくらいって考えてもよさそうだな。
…んじゃ、リアへの賄賂と……何かあったときのために少し多めに……、そうだな、3G分にしておくか。
ん~っと、1542R、か?
うん、これくらいあればとりあえず足りるだろう。

「それじゃ、3G分で」

ポケットから銅貨を3枚取り出して、オッサンに渡す。

「はい、確かに。それでは少々お待ちください」

そう言うと、ソロバンを取り出し、パチパチと計算を始める。
そして、計算を終え振り返り、後ろに置いてあった宝箱の中からお金を取り出すと、俺の前に並べる。

「それでは、占めて1512Rですな。ご確認ください」

「へ?」

あれ、計算間違ったか? ……でも、片方は一桁の簡単な計算、間違えるかぁ?
釈然としないが、頭の中でもう一度計算し直してみる。
514×3は…さんし12で1繰り上がって4で、さんご15だから……1542R、だな。
うん、間違ってないはず。

「ど、どうかしましたかな?」

「いや、1542Rじゃないか? 何度計算してもそうなるんだけど」

「なっ!!? …………っ! え、い、いや、そんなはずは……」

オッサンは一瞬驚愕して目を見開くと、もう一度計算をし直す。

「1…5の…4…2…、1542Rっ! も、申し訳ありません!!」

急に大声を上げると、突然土下座をし始めるオッサン。

「え!? い、いや、そこまでしなくても!」

「いえ、計算を間違えてしまうとは、商人の名折れ! 本当に申し訳ありませんでしたぁっっ!! どうかっ! どうか、お許しくださいっ!!」

額を地面にこすり付け、涙声で許しを請う様子はかなり目立っていた。
周りからの視線が痛い。

「わ、わかったから!! ……許す! 許すから、頼むから顔を上げてくれって!」

俺はオッサンの肩に手を置いて無理やり立ち上がらせる。

「本当に……っ、申しわけありません!」

「い、いいって、もう。俺はきちんと貰えるならそれでいいですよ」

「あ、ありがとうございますううう!」

オッサンに両手を包まれる。
……涙で汚れたオッサンの顔はキツいもんがあるなぁ……。
少し引きながらそんな事を考えていると、オッサンは椅子に座りなおすと、手元の引き出しから何かを取り出した。

「本当に申し訳ありませんでした。お詫び……と言ってはなんですが、これを……」

周りを気にするように小声で話すオッサン。
その手には、冒険者の証と同じくらいの大きさの黄色いカードが乗っている。
そこには表の看板に書かれていた言葉 ―― ニコニコゴールドと書かれていた。

「なにこれ?」

「これは、特別なお客様にお渡ししているカードでして。今後両替やその他の計算サービスの際にこのカードを一緒に提出していただければ、5%分ですがサービスさせていただきます」

「おぉ、マジか!?」

もしかしてメチャクチャラッキーなんじゃないか!?
俺はカードをじっくりと眺める。
冒険者の証と違ってただの紙で出来ているようで、正直しょぼいが、かなり嬉しい。
何せ、レートが500Rなのだから、多少変動したとしても、たった1Gで少なくとも20Rは得するのだ。
これからこの世界で暮らしていくにあたって、大きな味方となるだろう。

「もちろん、今回の分もサービスさせて頂いて……えっと、1619R、ですな。1619Rとさせて頂きます。……ですので、どうか、今回の不祥事は何とか内密に……」

「おぅ、もちろん! 協会や王様に言いつけたりなんてしないから安心してくれ! もちろん、ここの重役さんとかにもな。……それにしても、なんか悪いなぁ、ここまでしてもらっちゃって……」

まぁ、セディやリアには話すけどさ、と心の中でつぶやく。
あいつ等は他人に言いふらしたりするような奴じゃないし、話しても構わないだろう。
それに、俺も『協会や王様』には言わないのだから、嘘を言ってるわけじゃないし。

「いえいえ、当然のことですよ。それにしても、凄まじい計算能力をお持ちのようですな。まさかソロバンも使わずに計算してしまうとは……!」

「あはは、どーもどーも。でも、さすがに凄まじいってのは言い過ぎだって」

そこまで驚かれると照れるな。

「いえいえ、とても素晴らしいと思いますよ。……それでは、カードの裏にお名前を頂いてもいいでしょうか?」

そう言うとカードを裏返して羽ペンと共に俺に差し出す。
名前、か。
もしかしなくても看板と同じ文字で……だよな。

「あ~、悪いんだけど、書いてくれないかな。俺、実は文字書けなくってさ」

「なっ! 名前が書けないのに、あの計算能力ですかっ?」

オッサンは驚いて身を乗り出す。
ちょ、顔ちけーって!

「あ、あぁ、恥ずかしい話なんだけど、俺、文字の読み書きできなくってさ。ってか、んなことより、ちょっと離れてくれ」

「そ、そうなのですか。……それでは私が変わりに書かせていただきます。お名前は………ユート、様ですね………。はい、これで大丈夫です。それではどうぞ」

裏返して見ると、伸ばし棒も含めて文字が5つ書かれている。
なるほど、これで『ユート』って読むのか。
これくらいは覚えて、書けるようにしておかないとな。

「ユート様のお名前は控えさせて頂きましたので、もし万が一忘れてしまったり、無くしてしまった場合、言っていただければ再発行しますので、必ずお言いつけくださいね」

「ん、わかりました」

「………はい、それではこれが1619Rとなります。ご確認ください」

紙幣が1枚、大き目の硬貨が1枚、小さい目の硬貨が4種類7枚。
それぞれに、女性の横顔と数字が描かれている。
500R、100R、10R、5R、1R。
どうやら日本のお金と分け方は同じらしい。
大きさも近いし、俺にとってはわかりやすくてありがたいな。

「ん、確かに。サンキューな!」

俺は無くさないように大事にポケットへとしまいこむ。
財布をどっかで調達しないとまずいかもな。

「それでは、本日はご利用ありがとうございました。……君! お送りして」

「はいぃ~! それではぁ、こちらへどうぞぉ~」

いつの間にか最初に会ったバニーのお姉さんが後ろに控えていて、先導される。
その魅力的な後姿を眺めながら俺は着いていく。
……うん、なんていうか、やっぱり生足っていいなぁ………でへへ。
視線が下の方ばかりを向いていたのは、きっと気のせいだ。







「遅かったね、ユート」

すでに両替を終えて玄関で待っていたセディにリアと合流する。

「あぁ、ちょっと色々あってさ。ま、詳しいことは後でな」

さすがにこんなとこでオッサンの失敗を吹聴するのもまずいだろ。
バニーさんの口から彼の上司に伝わったらさすがにかわいそうだ。
……と。
突然ムニュっという幸せな感触が左腕に感じられた。

「「なっ!!?」」

「お、おぉぉっ!!?」

左を見ると、さっきのバニーさんが俺の腕をその豊満な胸の間に挟みこんでいた。
あ……あぁ、やわらけぇ……あったけぇ……天国やぁ……!

「ぜひぜひぃ、また着てくださいねぇ!」

瞳を潤ませて見上げるバニーさんを見た時、俺の注連縄よりもぶっとい理性が切れる音が聞こえた。

「もち……「さっ、そろそろ次に行こうか、ユート」……ちょ、ま、待てって、セディ! な、もうちょっとだけ頼む! ……いたっ!? いてっ、いてーってリア!? ご、ご慈悲を! お、おらのぱらだいすがああああああああああ」

バニーさんの両手を包んで『もちろんまた来ますっ! 貴女のために!!』と言おうとした瞬間、セディには手を、リアには耳を引っ張られ。
俺は泣く泣くニコニコゴールドを後にする羽目となった……。

「またねぇ~」

お姉さんはニッコリ微笑んで、白いハンカチをひらひらと振っている。
手を大きく振ってるせいで……その、揺れるんだ、たゆんたゆんと。
…………うん、カッペやラマダがなんでアレだけ力説してたか、少しわかった気がする。


わたくし、ユート・シジマは冒険者協会の英断を全面的に支持します。
いや~、ホント、冒険者協会、いい仕事したなぁ!
預かり所? ナニソレ、ウマイノ?


……後でまた来ようかなと、二人に引きずられながら考える。

ゲシッ!

(ホンッッッッットに、ユートって最低ですねっ! あんな見え見えの演技にデレデレしちゃって!! 胸だって、どうせ何か詰めてるに決まってますっっっ!!!)

リアは何故かプリプリ怒っている。
今にも頭のてっぺんから湯気が出そうだ。
……リアにはバレないように、内緒でコッソリと行かないとな。
なんか、バレたら冗談抜きで命にかかわりそうな気がする……。







「……へぇ、そんなことがあったんだ」

セディは興味深そうに、俺の渡したカードを眺めながらつぶやく。
城の堀沿いに、南に向かって歩いている。
城は南向きに建っているらしく、斜め前に門と、橋が架かっているのが見えた。

「5%って、ずいぶんケチなんですね…。どうせならもっとサービスしてくれてもいいと思うのですが……」

俺に背を向けているとはいえ、ようやく会話に参加してくれるリア。
も、もしかして、少し怒りが収まってくれたのか……?
俺は淡い期待を抱いて話しかけてみる。

「……5%だって馬鹿にしたもんじゃないぞ。塵も積もれば山となるって言うだろ?」

しかし、リアはワザとらしく髪の手入れをして俺の言葉を聞き流す。
……前言撤回、まだまだお怒りのようです。
そんな俺たちの間に挟まり、セディは居心地悪そうに苦笑する。

「で、でも、便利な物もらえてよかったね。これからここで生活していくんだし、ずいぶん助かるんじゃないかな。冒険者になったばかりの頃は食事代も結構きびしいし」

「だよな! やっぱセディは話がわかるなぁ。……名前を控えられてなければセディにそれあげてもよかったんだけどな。無くしたらすぐに再発行してくれるって言ってたし」

特別な人に渡してるって言ってたから、出回ってる数は多くはないのだろうけど、一人くらい増えてもたぶん気づかれないだろう。
あのオッサンも、自分のミスを隠すために勝手に俺に渡したみたいだしさ。
……まぁ、名前控えられちゃったから、そんな事はできないけど。
冒険者の証を提示してくれ、とか言われたら一発でバレるもんな。

「名前?」

セディが不思議そうに俺に聞く。

「あぁ、後ろの書いてあるだろ? 俺、こっちの字書けないから、係りのオッサンに書いてもらったんだけどな」

「……ほんとだ」

「そういやセディ、話した後でなんなんだが、誰にも話さないでくれよ? もちろん、リアもな。オッサンにも止められててさ」

「……うん」

今更だけど、一応口止めしておく。
まぁ、この二人は、そんなペラペラ人に話すようなタイプじゃないと思ったから話したんだけどな。
一応言い逃れできるような受け答えはしておいたけど、だからって別にあのオッサンのミスを吹聴しようなんて気は全くないし。
予想通りセディは頷いてくれたし、リアも…………あれ、リア?
リアを見ると、ソワソワキョロキョロと落ち着きなくあたりを見渡している。
どうしたんだ、いったい?
不思議に思ってしばらく見ていると、どこからか、美味そうな甘い匂いが漂ってきた。
その瞬間、リアはビクリと一瞬硬直すると、前以上にキョロキョロしだす。
………ははーん、なるほど。
この匂いにつられた、ってわけか。
よく見ると、辺りを見渡す際、小さな可愛らしい鼻がひくひくと動いているし、間違いない。
匂いの元を突き止めたのか、リアの視線が一点で定まる。
その先には小さな屋台があり、店先に小さい饅頭が箱に入れられて積み上げられていた。
10個入りで50ルビィらしい。
リアは店に近寄ると、店員の手元をジッと凝視している。
生地をこね、小さな団子に餡を入れて蒸し器にかける。
その手際のいい作業をぼーっと、眺めていた。

「おーい、リア~」

「んぅ~……?」

俺の声に、心ここにあらずな状態で答えるリア。
怒ってた事も飛んでしまってるらしい。

「饅頭見てるのか?」

「んぅ~……」

会話は成立(?)しているから、一応聞いてはいるようだ。

「…………買ってやろうか?」

「んぅ~……、……っ!! い、いいんですかっ!?」

俺の提案に魂が戻ってきたのか、表情を変えて俺にすがりつくリア。
その様子に少し嬉しくなる。
が、リアはハッと表情を変えると、ソッポを向いてしまう。

「……い、いりませんっ!! わたしを食べ物で懐柔しようなんて、そんな手には乗りません!!」

「い、いや、懐柔しようなんて、んなこと思ってないって!!」

図星をさされてしまい、少し慌てながらも否定する。

「疚しいことがないのなら、なんでそんなに慌ててるんですか?」

「ぐぅっ」

リアはもう話すことは何もない、と言わんばかりに俺に背中を向けると、これ見よがしに耳をふさぐ。
……はぁ、こうなったら何言っても無駄だろうな。
饅頭に興味津々なくせに、無理しやがって……。
風で饅頭の甘い匂いが運ばれてくる度に、身体をビクっと震わせている姿は思わず微笑みを誘う。



……ま、この店は覚えておこう。
後でリアと仲直りする切っ掛けになるかもしれないし。
ここでこうしてても、リアは意地でも首を縦に振るようにはならないだろう。
とりあえず別の場所に行って、また時間を置いてみるべきだな。
そうと決まれば……。
セディを促そうと姿を探すが近くにいなかった。
不思議に思って振り返ると、セディはさっきと同じ位置でつっ立っていた。

「おーいセディ、なにやってんだぁ? さっさと次行こうぜ~!」

俺の声に気づいたのか、『ごめん、今行くよ』という声と共にこちらへ走ってくる。
俺はそれを確認すると、町の南へと歩みを進めた。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― もしかしたらあり得た未来 ―――
(訳:話の流れ上ボツになってしまったネタ)


―― 気づくと、焚き火の火が大分弱くなっていた。
あ、危ねぇ、火を絶やしちまうとモンスターが襲ってくるからな……。
完全に消える前に気づいてよかった。
ストックしておいた薪を火に突っ込むと、火が生き返る。
これでよし、と。
どうやらあまりの眠気にウトウトしてしまっていたようだ。
また寝てしまわないように、立ち上がって伸びをする。
周りの連中はグッスリ眠っているようで、スヤスヤとした静かな寝息が聞こえてくる。
……と。
すぐ横で寝ていたはずのリアがいないことに気づいた。
さっきまで俺の上着に包まって寝ていたはずだったのに、そこには少し温もりが残っている上着があるだけ。
まさか何かあったのか!?
嫌な予感が頭をよぎるが、そんなはずはない、とすぐに否定する。
もしモンスターが襲ってきていたのならば、ウトウトしていたとはいえ、さすがに気づくだろう。
それじゃいったいどこに……。

「………っ! …………!」

ふと、声が聞こえた気がして耳をすませる。
どこからか小さな声が聞こえてくる。
……あっちか?
どうやら背にしていた木の向こう側から聞こえてくるようだ。
音を立てないように注意して、そっと木の陰からのぞきこむ。
そこではリアが背を向けて立っており、変なポーズで立っていた。

「……確か……こう、でしたよね」

右手をゆっくりと上げて、目の前の木にむける。

「……コ、コホン。……わ、わたしの右手が真っ赤に燃える」

そして少し恥ずかしそうに紡ぎ出す。

「あの木を燃やせと蠢き叫ぶっ! はぁぁぁぁぁああああああっ!! メラッ!!!」

………何も起こらない。
いや、一呼吸の後、ポンッ! という音がして、赤く燃える ―― リアの顔。

「……っっ!! ……っ!!?」

言葉にならない声を上げて、両手を頬に当て、身を悶えて恥ずかしがるリア。

「そ、そう、ちょっと試してみただけなんです、別にわたしだってできるとは思ってませんでしたし、できなくても別に構わないというか、できなくて当然というか、悔しくなんてないですし、恥ずかしくもないです、そ、そうです! ただの検証なんです、あんな変な詠唱で魔法が使えるのか確かめただけの……、……っ……っ!」

われにかえると、照れ隠しなのか、顔を赤くしてものすごい勢いで一人言い訳を始めるリア。
……やばい、これは……なんつーか、くるものがあるな。
俺はしばらくニヤニヤ笑いながらその様子を眺めていた。

―― その後、火の番の交代を告げに来た仲間の声で、覗いていたことがリアにばれ、少々乱暴な手段で眠りについたつかされた事は特筆すべきことでもないだろう。



[3797] 第一章 第十六話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:34
ユートだ。
ちょっと早めの昼食タイムをとってるんだけど……、いや、これいいなぁ。
冒険者達に今大人気、ってことでセディに紹介された、『サンド』っていう名前の……、うーん、なんだろう、あっちでいうタコスに近いか?
小麦粉で作った生地を焼いたものに焼肉とサラダを挟んで、ピリッと辛くて甘口ソースをかけただけの簡単料理なんだけど……、これが本当に美味い。
特にソースがいい味しててさ。
肉と野菜だけでも十分美味しいと思うけど、ソースのおかげで三位一体のハーモニーが………うん、わけわかんないよな。
まぁ、それくらい美味かったってことで。
セディは俺と同じ肉を挟んだ物を、リアはフルーツと野菜を挟んだ物を食べている。
リアのも美味そうだし、次回はあれにするのもいいかもしれない。
結構ボリュームがあって、一つで十分腹一杯になるのに、これでたったの120R。
さっきセディが一人一食500Rもあれば、とか言ってたけど、ずいぶん多めに見積もってたみたいだ。
安いし量も多いし、それに何よりも美味い。
冒険者が好むのもわかる気がする。
俺はサンドに舌鼓を打ち、そんな事を考えながらセディの説明に耳を傾けた。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第十六話 ~






―― レヌール城。
そこは、豊かな土地に恵まれた城だった。
城のすぐ東側には川が流れ、さらに海にも近いため漁業が盛んであり、また、西と南には豊かな平野が広がり農業も盛んに行われていた。
北側は切り立った山脈になっていて、その険しさから危険は大きいが、同時に山の幸の宝庫でもあった。
レヌールの城下街は、その豊富な食料を背景に、他の城や街と貿易を積極的に行うことで発展してきた。
この城は中央大陸の最北西に位置しており、ここ以降の北や西の土地には大きな町や城がないため、自然と主街道は南となる。
その街道の広さは西のそれとは比ではなく、古来より他の城や街と行き交う商人達やその護衛の冒険者で賑わっていた。


次に街の内部へと目を向ける。
城下街は、レヌール城を中心に据えて、東西南北に伸びた大通りによって十字に分けられる。
当然の事ながら、大通り沿いは発展しやすい。
東の大通りには武器、防具屋、道具屋等の冒険者関連の店が立ち並ぶ。
西の大通りは他の大通り程賑わっておらず、店の他に民家が多く並んでいたが、一本裏道に入ると酒場や風俗関係の店が多くある歓楽街になっていて、文字通り眠らない通りとなっていた。
そして南の大通りは、主街道の傍という立地もあり、雑貨や行商人達の店で賑わっている、というわけだ。
ちなみに、宿屋は街のいたるところで見ることが出来るが、特に西と南の外門近くに多く見られた。
西には冒険者協会や酒場があり、その客や冒険者達をターゲットにした安めの宿が、南には行商人達や、旅で訪れた人のための、西よりも少しランクの高い宿屋が多い。







「なるほどね。……で、ここがその南の大通り、ってわけか」

俺たちは南の大通りの中間地点に位置する広場の噴水の前で、ベンチに座ってサンドを食べていた。
セディの話にあったように、この広場沿いにもある数件の宿屋は、どれもしっかりとした作りで、西で見かけた宿屋よりも若干高そうな雰囲気が漂う。

「んぐんぐっ……。それにしてもさ、セディ。ずいぶん人多いんだな、この南通り」

今まで歩いてきた道を眺める。
城の入り口から真っ直ぐ街の外門まで伸びた大通り。
それは冒険者協会のあった西通りの倍以上もの幅があり、あちらとは比べ物にならない程たくさんの人達で賑わっていた。
道の両側には様々な店が立ち並び、それだけではおさまらず、道の中央にも出店や屋台が列を成していた。
この出店の列によって大通りがちょうど二本の通りに分けられた形になるわけだが、それにも関わらずそれぞれの通りが馬車でも楽に通れる程の余裕があるといえば、南の大通りがどのくらい大きいか想像つくだろう。

「人間ってこんなにいたんですね……」

リアが人の数の多さにに圧倒されてため息をつくと、セディも大通りを見渡す。

「レヌール城下街はこの辺りでは一番の街だし、この南の大通りは大陸でも有数の市場だからね。でも、いつもはこれよりももっと賑わってるんだよ」

「これよりですか!?」

リアは目を丸くして驚く。
俺もこれ以上の賑わいと聞いて、少し驚いた。
人の数自体は、実は冷静に見ればそれほど多いわけではない。
元の世界で言えば、渋谷等の、特に人の多い街の人ごみと比べたら可愛い物だ。
しかし、こっちに来て以来、人と出会う機会はあまりなく、見る風景は全てがノンビリしたものだったため、この人ごみはインパクトがすごかった。
手の中のサンドを食べ終わり一息つくと、街の喧騒が耳に入ってくる。





「手軽に食べられるサンドはどうだい! 1つ80R、2つで150Rにまけとくよ!」「よっ、そこの彼氏! 可愛い彼女へのプレゼントにこのアクセなんかどうですかっ? 安くしとくよ!」「旦那旦那! ぎょーさん品物おいてまんねん。よかったら見てっておくんなはれ!」「野菜ー、野菜ー、野菜はーいかがっすかー」「かわいー!! ねー、アタシこれ欲しぃ~!」「コラン最後の織物だよっ! これを逃したらもう手に入らないよ!」「フッ。確かにこれは美しい貴女の手首にあってこそ輝くというもの。そこの下男、これを貰おう。いくらだ?」「さかなさかなさかな~♪ さかな~↑をーたべーると~↓♪」「そのブレスレットは300Rで、ネックレスは500R。2つ一緒に買ってくれるなら、1000Rに負けとくよっ」「そこのお姉はん、この魔法の液体な、つけるとお肌がぷりっぷりんになるんや。ベッピンさんに磨きがかかるで! どや、試してみないか?」「安いな。よし、その2つをセットで貰おうか」「絞りたてのジュースはどうだい? 甘くて美味しいよっ!」「まいどありぃっ! (ケッ、貴族のボンボンがっ)」「今日はいい魚が入ってね! そこの兄さん、取れたての魚はどうだい。頬っぺたが落ちるほどうまいよっ!」「………………! ………………!」「………!! ………………!?」





大勢の人の話す声が途切れることなく飛び交う。
様々な色を持った声が複雑に混じりあい、ただ一色の騒音となって辺りを満たす。
街は活気に満ち溢れ、セディの言った『大陸でも有数の市場』という話も、納得のいく光景だった。

……しかし、ほんの僅か。
どこがどうという事はできないのだが、ほんの少しだけピリピリとした緊張感が感じられた。
もちろん、そんな物を感じ取れるほど、鋭い感覚を持っていた覚えもないので、ただの気のせいという可能性の方が高いのだが、もしかしたら、これが『いつもより賑やかでない』ことの現れなのかもしれない。

「さて……っと、次に行く前に、ちょっと宿に行ってきていいかな? この大剣といらない荷物置いてきたくて」

セディもサンドを食べ終わり、立ち上がる。

「ん、りょうか~い。ここで待ってればいいか?」

「うん、僕の泊まってる宿屋、そこに見えてる『黄金のほったて小屋』っていう所だからね。すぐ戻るから、ちょっとだけ待ってて」

俺が同意を示すと、セディは宿屋に向かって歩き出す。
リアもその背を追っていってしまった。





一人になってしまい、ぼけっと周囲の様子を視界に映す。
セディ達の入っていった宿屋は……この広場に面しているいくつかの中では、高くもなく安くもない、中程度といったレベルのものだった。
……そうは言っても、西側で見た宿と比べるとかなり高いんだろうけどな。

まぁ、俺なんかは寝れればどこでもいいんだけどな……。
いや、防犯がしっかりしている所を選んだ方がいいのか?
今はまだ盗まれるような物はなくても、今後どうなるかわからないし。

……そういえば、宿って一泊どのくらいの値段なんだろう。
自分の家があれば宿代もかからないし、一番いいんだろうけど、どうやったら家持てるかわからないからなぁ。
それに、わかったところでしばらくは夢のまた夢だろう。

「それに……まだ帰れないと決まったわけじゃないしな」

口に出して呟く。
言葉に出して自分に確認させておかないと、なし崩し的に、このままここで暮らしていってもいいな、という気分になりそうだったから……。
ここで暮らしたくない、というわけではないのだが、気づかないうちに取れるはずだった選択肢をつぶしていた、というのも面白くない。
家を手に入れてしまうと、元の世界に戻りたいという意志が減ってしまいそうで怖かった。
家を求めるのは、ここで生きていくという意志を固める事になってからでも遅くないだろう。

……目の前を親子連れが通り過ぎていった。
家族……か。
それをぼーっと見つめて一人ごちる。

「……ふぅ。なんで俺はこんなこと考えてるんだ……?」

少しだけ我に返ると、深呼吸をしながらベンチの背もたれに体重を預ける。
……あーもう、やめやめ!
ごちゃごちゃと考えたって仕方ないだろ、俺。
何はともあれ、もうすぐ証が手に入るんだ。
それから、冒険者になって、ある程度の力を手に入れる。
グダグダ悩むのはそれからでも遅くないはずだ。

「……お、あれは」

気分を変えようと立ち上がって首を回すと、視界の端に見覚えのある屋台が目に入った。
……これは神のお告げってやつだな!







そのままベンチでしばらく待ってると、ようやくリアが宿屋から出てきた。
セディの姿は見えず、どうやら一人だけのようだ。

「あれ、セディは?」

「……セディも着替えてからくるそうです」

そう言うリアも、よくみると着替えて ―― Gモシャスを使ったようで、さっきまでとは違い、……なぜかナース服に身を包んでいた。
羽があるし、まさに白衣の天使、ってか?
頭には当然のようにキャップをかぶり、当然ズボンではなくスカート。
濃紺の柔らかなカーディガンにじーさんの拘りが感じられる。
後は注射器さえあれば完璧だな。
いや、リアの身体に普通の大きさの注射器じゃでかすぎるか?

……ちょっと想像してみる。
頭の中で、自分の身体と同じくらいの大きさの注射器に、リアがまたがっている様子が浮かぶ。
なぜか胸元は当然のようにはだけていて、チラチラと下着が覗いている。
肩が露になっていて、なかなか艶かしい。
……いや、うん、これはこれでイイなぁ。

「……なんですか」

バカな事を考えていると、リアが不機嫌そうに聞いてくる。

「いや、その服似合ってるな~、って思ってさ」

「っ! ……ふ、ふんっ、お世辞なんて言っても無駄です!」

「いや、お世辞じゃねーって! 可愛いと思うぞ、すごく。まるで白衣の天使!」

「……す、すごくワザとらしいですっ」

口ではつまらなそうだが、うっすらと頬を染めて俯くリア。
そんなリアを見てると、思わず頬が緩む。
リアはさらに文句を言おうとして視線をあげるが、俺の手元にある物に気づき、目を大きく見開いた。

「そ、そそそそ、それ、どうしたんですかっ!!?」

やっと気づいたか。
俺は心の中でニヤリと笑って、手に持っていた物 ―― 饅頭をリアに見せる。

「ああ、これか? さっきの店がたまたまそこを通りがかってさ。美味そうだったから買ってみたんだ。結構いけるぞ、これ。リアもどうだ?」

手の箱の中には、味見で1個減り、残り9個の饅頭。
リアは饅頭と俺の顔を落ち着きなく交互に見比べる。

「も、物なんかでわたしの機嫌が良くなると思ったら、大間違いですっ!」

しかし、言葉とは裏腹にその目はチラチラと饅頭に注がれており、欲しそうなのは一目瞭然だった。
俺は意識して大げさにため息をつく。

「はぁ~~~~。俺は悲しいよ。純粋な好意なのに、疑われるなんて!」

顔を手で覆い、これでもか、と言わんばかりに落ち込んだ態度を見せる。

「確かにリアに嫌われたままでいるのは辛いけどさ、別にこれで機嫌を直してもらおうなんて思ってないって。
な! だから食べて……み…て……」

喋りながら顔を上げると……、顔をパンパンに膨らませたリアがソッポを向いていた。
手元に目を落とすと、饅頭は8個しかない。

「……おま、手ぇ早すぎ」

「な、なんのことれふは?」

モグモグ、と口を動かしながら白を切るリア。
いや、バレないってもし本気で思ってるならある意味すごいよな。

「ま、まったふ。もぐもぐ。ほ、ほこまへ言ふなは、モグッ、食へてあげへも、ゴクッ、いい、でふ、よ。……ゴグン。…………はふぅ…。
ユ、ユートも、大分反省しているようですしね。し、仕方ありません、そろそろ許してあげます。
で、ですが、その……べ、別に食べ物に釣られたわけじゃないんですからっ、そこだけは勘違いはしないでください!!」

そう言うと、潤んだ瞳で俺を見上げる。
もっと、もっと、と、全身で訴えかけてくる。
……饅頭がなければドキッとするシチュエーションなのに……。
ま、いいけどさ。

「あぁ、大丈夫わかってるって。それに、俺、協会での事、メチャクチャ反省したんだ。……だからさ、許してくれて嬉しいよ。
……さっ、仲直りのしるしだ、どんどん食べてくれ」

リアは顔を輝かせると、俺の膝の上に座って、饅頭を両手一杯に抱えると、美味しそうにかぶりつく。
……顔より大きいのに、さっきはよく口の中に入ったよなぁ。
ファンタジーのすごさに驚いている俺をよそに、リアは一口ごとに『……はふぅ』と、幸せそうにうっとりとため息をついている。
あまりにも美味そうに食べる物だから、俺ももう一つ……と、後ろから手を伸ばすと、勢いよく叩かれ、ものすごい目つきで睨まれた。
わ、わかった、取らねーから睨むなって。
少しの間警戒していたが、すぐにまた幸せそうな表情で食べ始める。

「……それにしても、さっきサンド食ったばっかなのによく入るよな」

「こへはべふばらはんでふよ(これは別腹なんですよ)」

なるほど、妖精には胃が3つくらいあるんだよな、きっと。
俺はリアの様子をククク、と苦笑しながら眺めていた。
でも……、もう1パック買っておけばよかったかな、と、心の奥底でほんのちょっとだけ後悔しながら。







「お待たせ! ごめんね、ずいぶん待たせちゃって」

リアの食べる様子を鑑賞していると、後ろから声を掛けられる。

「お~、おせーぞ、セ……ディ?」

振り返って見ると、セディが私服姿で立っていた。
ゆったりとしたシャツにズボン。
至って面白みのない普通の格好、……なのだが。

「……なんつーか、縮んだ?」

そうとしか言いようがなかった。
身長は当然さっきと同じままだったが、鎧とあの大剣がなくなったせいで、ずいぶん小柄に見えた。
俺よりもガタイがいいかと思ってたんだが……。

「縮んだって……」

セディは苦笑をもらす。

「あの鎧、すごく分厚いからね。その分、防御力はかなり高いんだけど、動きが鈍くなるのが欠点かなぁ」

それにしても限度があるだろう。
鎧を着ているときは俺よりも身体がでかかったんだぞ?
鎧の厚さ、どれだけあったんだ……。
そんな物着ててよくあんなにすばやく動けたよな。

それに、俺よりも細い腕であの大剣を振り回していたなんて信じられないな……。
じっくり見ようと、セディの腕を掴もうとして手を伸ばすと、あったはずの腕がいきなり掻き消え、俺は何もない場所を掴んでいた。
セディはいつの間にか俺の後ろに回っていた。
……なんつー素早さですか。
重そうな鎧やでかい大剣よりも、素早さ重視の装備の方があってるんじゃないか?
必要最低限の身を守る鎧に、レイピアみたいな細身の剣。
……似合いすぎてなんかムカつくな。

「な、なに?」

セディは腕を抱え、俺を警戒するように身構えている。
……その反応はなんか不本意なんだが。

「いや、腕ほっそいな~、って思って。よくそんな腕であの大剣持てるよな」

「あはは、まぁ、それなりにレベルはあるからね。ユートもあれくらいすぐに持てるようになるよ」

……いや、無理だって。
街に来る途中にあの大剣を触らせてもらったけど、持ち上がりすらしなかったし。
振り回すのなんて絶対無理だ。
俺は右腰にぶら下げているひのきの棒を見つめる。
それは見た目以上に頼りなく、小さく見えた。
……遠いなぁ。
意識せず、思わずため息がこぼれる。



ゴーン……、リンゴーン……、ゴーン……。



突然城の方から鐘の音が聞こえてくる。
正午のお知らせ?

「聖堂が開放されたみたいだね」

「お、マジか!? 早速行ってみようぜ!!」

ついについについに!!!
待ち望んだ冒険者の証が俺の手にっ!!
俺は我慢できずに立ち上がる。

「まったく、まるで子供ですね……」

「あはは。でも、聖堂は今から1時間しか開いてないから、早く行った方がいいのは確かかも」

「だろ!? さ、リアもいったん食べるのやめて、さっさと行こうぜ! 残りは持ってやるからさ」

「もうちょっとだけ待ってください。……モグモグ…ゴクン。………はふぅ。
……ご馳走様でした、ユート。とっても美味しかったです」

その言葉にまさかと思って箱を見ると、饅頭はもう一つも残っていなかった。

「おかしい…妙だぞ!? 明らかにリアの体積より食べた量の方が多い!?」

「そんなことあるわけないでしょう? 何言ってるんですか、ユート」

え? いや、だって……あれ?

「バカな事言ってないで、さっさと行きましょう」

……あ~、うん、そうするか。
俺は細かい事は気にせずに、城に向かう事にした。







南大通りを北に戻り、橋を渡ると門に辿り着く。
門は開け放たれており、両脇に立っている兵士に聖堂へ入ることを告げると、特に何の審査もなく通される。
その無防備さに、警備大丈夫か、と少しだけ心配になった。
まぁ、街に入る前に身元確認はしてるから、それで大丈夫と言えばそうなのかもしれないけど……。
聖堂へは真っ直ぐ行けばいいらしい。
俺たちは二人の門番に例を言って、門をくぐった。

城に一歩入ると、そこは今までとはまるで別世界だった。
赤い絨毯に、天井には豪奢なシャンデリア。
壁には高そうな絵画が掛かっており、立派な鎧が飾られている。
燭台や廊下においてある机などにすら、一々意匠が凝らされており、細かい場所にまで神経が行き届いていた。
そんな、映画でしか見たことのないような光景が、そこには広がっていた。

「すごいな……」

「ですね……」

二人そろってきょろきょろと辺りを見渡す。
その様子はおのぼりさん、という形容詞がよく似合っていただろう。
声が門番に届かない位置まで歩いてきたことを確認して、さっきの疑問をコッソリとセディに尋ねてみた。

「あぁ、それは……ほら、部屋とか通路の入り口を良く見てごらん」

言われて視線をやると……、部屋の前にも通路の入り口にも兵士が立っていて、勝手に入れないようになっていた。

「ね?」

「なるほど……」

どうやら簡単に入れるのは、聖堂へと続くこの廊下だけで、他の場所の侵入者対策はしっかりと考えているらしい。
道に沿ってさらに真っ直ぐ進むと、大きな扉が開け放たれていて、その中に地下への階段が顔を覗かせていた。

俺とリアは、セディに続いて階段を恐る恐る降りていく。
そこはそれまでの豪華さとは対照的で、無機質な白い壁に白い階段だった。
燭代すらもなく、飾り気が全くない。
光源がないにも関わらず明るいことを不思議に思い、壁を良く見て見る。
すると、壁自体がボンヤリと光を発していたことに気がついた。
汚れは一切なく、確かに聖堂という名に相応しいのかもしれないな、と漠然と思う。

両手を広げれば届いてしまう程度の細い階段はすぐに終わり、一番下へと辿り着いた。
そして、そこから数歩歩くと急に広い部屋に出る。
通ってきた階段と同じで、調度品の全くない殺風景な部屋だった。
あるのは部屋の中央の台座に鎮座している、柔らかく光輝く小さな像のみ。
その像の前には、安っぽい鎧を着た、恐らく冒険者の男がひざまづいていて、その横に立つ青い法衣を着た女性に話しかけられていた。

「冒険者の証をお求めですか?」

「あ、あぁ」

突然横から話しかけられて、驚きながら頷く。
見ると、兵士がこちらを向いて笑いかけていた。

「ご覧の通り、司祭様は今、あちらの方のお祈りをなさっています。少々お待ちください。もうまもなく終わると思いますから」

「わかりました」

中央にばかり目がいっていたが、よく見ると部屋の両側の壁には兵士が何人か立っていて、警備をしているようだった。
こうしてじっと見つめている間もほとんど身動ぎもせずに立っている。
顔がむき出しになっていなければ、鎧の置物と勘違いしてしまったかもしれない。

それからほんの数十秒後。
冒険者の男は立ち上がり、司祭に軽く頭をさげるとこちらに向かって歩いてくる。
どうやら終わったようだな。
俺たちは兵士に促されて司祭の方へと近づいていく。

「たのもしき神の僕よ。ようこそ聖堂へ。本日はどのようなご用ですか?」

司祭の柔らかい言葉に迎えられる。

「えっと……冒険者の証が欲しいんですけど……」

「わかりました。……そちらの方々も同じでよろしいですか?」

と、リアとセディの方を見て司祭が聞く。

「僕は二人の付き添いなので大丈夫です」

「貴女はどうなさいますか?」

「わ、わたしも…ですか? 妖精でも貰えるんですか!?」

「もちろんです。妖精だろうと人間だろうと、例えモンスターだったとしても、正しき心を持つならばルビス様は力を与えて下さいます。……どうなさいますか?」

「欲しいですっ!!」

リアは躊躇することなく即答する。

「リ、リア?」

一緒に冒険者になってくれるのは正直嬉しかったが、俺の我が侭に巻き込んでしまう事になるのが辛かった。
冒険者は危険と隣り合わせな仕事なわけだし、下手をすれば死ぬことだって……。

「わたしは貴方の相棒なんです」

それで十分でしょう、と、俺の迷いを吹き飛ばすかのように真っ直ぐに俺を見るリア。
その表情には迷いはなく、強い意志が感じられた。
なんだか照れくさくなってリアの頭をナース帽の上からわしゃわしゃしてしまう。

「うきゃっ、な、なにするんですかっ!!」

リアの抗議を無視して司祭に向き直る。

「俺たち二人分でお願いします!」

「わかりました。それではお二人の名前を教えていただいてよろしいですか?」

「俺はユートって言います」

「わたしはリアです」

「ユートさんに、リアさんですね」

司祭は柔らかく微笑むと、手のひらで中央の像を示す。

「それでは、私の祈りと共に、ルビス様の像に手を触れて、祈りを捧げてください」

その像をよく見ると、確かに外で見た像とよく似ていた。
これもルビス像だったんだな。
違っていたのは大きさが1メートルくらいしかない事と、水晶玉を持っていないこと。
そして、外の像とは比べ物にならない程の神々しさを放っている事、だった。
リアも像に気づいて顔が紅潮している。

「す、すごい力を感じます! あ、あの! ……さ、触ってもいいんですか!?」

「はい。さ、お二人とも像に手を触れて祈りなさい。そうすればルビス様がお力をお貸しくださいますよ」

リアが恐る恐る像に手を伸ばす。
俺もそれに習ってそっと手を伸ばす。

「おお、わが主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕……、ユートとリアに、その祝福を授けたまえ!」

司祭の声が辺りに響く。
そして、像に指が触れた瞬間、そこから魔法を唱えようとした時に感じた魔力に良く似た何かが身体を駆け巡り……、次の瞬間、俺の意識は光に包まれた。







像に手を触れた次の瞬間、リアは深い森の中に佇んでいた。
深い森とはいえ、差し込む光で満ち溢れており、暖かな香りを持つ優しい森だった。
しばらくの間、リアはぼぅっと地面の一点をただただ見つめ続ける。
その目には何も写しておらず、まるで硝子玉のように澄んでいた。
……ふと、急に何かに気づいたように顔を上げると、導かれるように光の差し込む方へとふよふよと飛んでいき、柔らかな光に包まれる。
その瞬間、光がはじけた様に広がり、その光が収まった時、リアは険しい崖の上で佇んでいた。
崖の遥か下方には森が広がり、目の前では巨大な滝がその雄大な姿をあらわしていた。
リアは、万が一足を滑らせたら確実に命はないであろう高さの崖にも、全く動じることなく、崖の先へと進んでいく。
当然リアは飛んでいるので、落ちる可能性はないのだが、そうは言っても本能的な恐怖というものはそう抑えられる物ではない。
躊躇なく進むその姿は、意識が存在しないことの証明ともいえた。

―― リア……、リア……。

あたりに柔らかな声が響く。
その声に反応して、リアのそれまで全く揺らぎのなかった意識の中に、波紋が広がる。

…………リア?
……リア。
……そうでした、それがわたしの名前……。

―― 私の声が聞こえてますね…。

すでに確信している事を確認するかのようにその声は問いかける。
リアはその声の心地よさに身をゆだねながら、夢現の感覚で答える。

「……はい、聞こえています」

リアの答えに満足そうに微笑む気配がかえってくる。

―― 私は、全てを司る者。あなたには……………







……ふと気がつくと、わたしは像に触れたままの体勢で固まっていた。
急に意識が戻ったような、不思議な感覚がして、つんのめってしまう。

「えっと……あれ? ……どうしたのでしょうか、一体……?」

像に触ろうと手を伸ばして……、触れた瞬間、何かが身体の中を駆け巡って……。
意識が遠くなって……、そう、さっきまで確かにわたしは……。

「リア、お帰り。どうやら冒険者の証を貰えたみたいだね」

見上げるとセディが微笑んでわたしを見つめていた。
セディの言葉に視線を下ろして初めて、自分が冒険者の証を抱きしめていたことに気がついた。
自分の三分の一以上もある大きさの物を持っていた事に今頃気づくなんて、と、自分の事ながら呆れてしまう。

でも……ユートじゃないですが……、なんだか嬉しいですね。
何が書かれているのかはさっぱりわかりませんが……それでも。
……ふふっ、これがわたしの、わたしだけの証……。
思わず証を抱きしめる手に力が篭る。

……っと、いけないいけない、そんなことよりも。

「……セディ、『お帰り』という事は、わたし、やっぱりどこかに行ってたんですか?」

わたしがそう尋ねると、セディはユートを示す。

「どこかに行ってた……ってわけじゃないかな。ほら、リアもあんな状態だったんだ」

見ると、ユートは像に触れたままの姿勢で微動だにせずに固まっている。
目は閉じていたが、口が開いていたので少し間抜けだった。

「……わたしもあんなマヌケな格好で……」

落ち込むわたしにセディは苦笑する。

「あはは、マヌケって酷いね。……冒険者の証を貰う時は皆ああいう状態になるんだ。精神だけがどこかに行ってるんじゃないか、とか、ルビス様と何か話をしているんじゃないか、って言われてるんだけど……。本当のところはどうなってるのかわかってないんだ」

「なんでわからないんですか?」

わたしは不思議に思って聞いてみる。
沢山の人が経験しているのだし、すぐにわかりそうなものですが。

「みんな意識を失ってる時の事を忘れちゃうからね。リアも思い出してごらん。どこに行ってたかとか、何をしてたか、とか。どう、思い出せる?」

思い出そうとしてみて驚いた。
全く覚えていないのだ。
まるでその部分の記憶だけが切り取られてしまったかのような、不思議な感覚だった。
セディの言う通り、精神だけが別の場所に行っていたのかもしれないし、ルビス様とお話ができていたのかもしれない。
もし万が一後者だった場合、忘れてしまったのが悔やまれる。
こんなチャンスもうないかもしれないのに……、わたしとしたことが。

「まぁ、別に覚えてなくても何の支障もないから、みんなあまり気にしていないみたいだけどね」

……確かにそんなものなのかもしれない。
物忘れをした場合、普通は、もしかしたら思い出せるかも……という手ごたえが僅かとはいえ感じるものだが、今回は全く思い出せる気がしない。
少しは気にはなるが、別にどうしても思い出したいというわけではないのだから、無駄な努力はやめておこう。
それよりも、今は重要な問題がある。

「……これ、どうやって持ち運びましょうか」

今着ている服のポケットに入るわけがない。
当然だ、なにせ横幅はわたしの胴体よりも幅があるのだから。

「困りましたね……」

ずっとこうやって手に持っているわけにもいかない。
わたし自身、自分が武器を持って戦うという姿を想像できないですが、それでも、わたしだってこれから冒険者になるんです。
何か自分に出来ることがあるかもしれません。
いえ、もしなかったとしても、絶対に作ってみせます。
魔法だって、まだ諦めたわけじゃないですし。
それなのに、証を持つため、なんていう馬鹿な理由で両腕を塞ぐわけにはいきません。
何か言い考えはないでしょうか……。
わたしは銅像のように固まったままのユートを見上げる。

ユートのポケットに一緒に入れてもらう。

これは……保留ですね。
悪くない考えですが、一々ユートに聞いてから取り出さなければならないのが面倒です。
自分の好きな時に扱えないのはなんだか嫌ですし……。
他には……う~ん……。
意外といい案って思いつかないものですね……。
紐で自分の身体と証をくくり付ける、というのも考えたのですが、飛ぶ時に邪魔になりそうです。
……やっぱりユートのポケットに入れるしかないですね……、残念ですが。
そうと決まれば、どこのポケットに入れるのが一番いいか考えてみますか。

わたしはユートの左肩に座ると、ユートの服を見渡す。
ここはわたしの場所ですし、ここから近いところがいいですよね。
そうなると……一番近いのは、ズボンの左ポケットですか。
前と後ろにあるみたいですが……後ろの方が取りやすい……でしょう。
あまりいい場所とは言えませんが、ここに入れることにします。

と、そこまで考えて、ティン! ときました。
いいこと考えました!!
ユートはまだ戻って着そうもないですし、今がちゃんすです!

「ね、ね、セディ! ちょっと借りたいものがあるんですが……」

わたしが説明すると、セディはニヤリといい笑顔で笑います。
セディ、アナタもワルですね……クスクスッ。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― サンド ―――


~ 冒険者達に大人気! ブームの波に乗り遅れるなっ!! ~

アラキーバッハの名物の『サンド』がレヌール城にやってきた!
安い! 美味い! ボリューム満点の三拍子そろったにくい奴!!
南大通りの中央広場で好評発売中!
値段は一律たったの120R! 今すぐご注文を♪


~ メニュー ~

・『焼肉サンド』
たっぷりの焼肉と野菜を、生地で豪快に巻きました!
冒険者の方に一押しです!
ソースは数種類の中からお選びいただけます。
マイルド、中辛、ホット、ミックス、ホワイト、オーロラ等など!
ホットソースの辛さで満足できない方のために、スペシャルホットソースも始めました!
店員にお気軽にお尋ねください♪

・『フルーツサンド』
ギンロを始めとした、各種様々なフルーツと野菜をたっぷりと生地で巻いたアッサリ系のサンド。
お肌にやさしくて、カロリーも控えめなので、女性に大人気!
こちらもソースは数種類からお選びいただけます。


・上で紹介した以外にも、レヌール名物の白身魚を大胆に使った『魚のフライサンド』、ゆで卵を特性ソースで味付けした『タマゴサンド』など、様々な商品を扱っております。
是非一度お試しください♪



――― 『サンド』屋本店前の看板から



[3797] 第一章 第十七話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:34
リアです。
わたしの場所の傍にはポケットがありません。
では、諦めて遠くのポケットを使うべきでしょうか?
……いいえ、違います。
近くにポケットがなければ作ってしまえばいいんですよ!

わたしはさっそく、セディに借りた針と糸、そして布を使ってポケットの作成に取り掛かっていました。
セディなら持ってるかも、と思いはしましたが、まさか本当に持っているとは……。
ちょっと驚きました。
なんでも、『冒険者には必須だよ』らしいのですが、いくら冒険者でも、あのイナカッペが持ってるとは思えませんよね……。

それは置いておいて。
左肩にポケットを作れば、わざわざ遠いズボンのポケットを使わなくてもすみますし、それに証を入れておけば、椅子代わりにもなります♪
今のままでも、座り心地に特に文句はないですが、少しだけバランスが悪かったんですよね。
ユートが歩くたびに、前後に揺れますし。
最近はユートもわたしを乗せるのに慣れたせいか、揺れは小さくなってきましたけど、やっぱり座る場所は平らの方が安定しますよね。
そういう意味では鎧を着ている時のセディの肩も悪くはなかったですが……あっちはあくまで予備で、言うなれば別荘ですからね。
本宅も過ごしやすくしないといけません。

……くっ、ここ、なかなか針が通りませんね……。
あぁ、こう見えてもわたし、裁縫は得意なんですよ?
母さまが裁縫とか苦手だったので、代わりに母さまの服を繕ってあげたりもしてたんですから。
……でも、やっぱりなかなか針が通りません。
ユートの服の生地、外側は結構硬いみたいですね。
中は柔らかくて温かかったんですが…………。
とにかく、ユートに気づかれる前にポケットを作ってしまわないと……。
ちょっと手荒いですが……、硬いんだからしかたありませんよね。

わたしは一度針を抜くと、勢いをつけて突き刺してみる。
すると、何とか針の先が生地を突き抜けるが、固いのは服の外側だけだったようで、勢い余って何か弾力のある柔らかい物まで刺してしまう。

「あ"…………」

こ、これはもしかしなくても、お肉までいっちゃいましたか……!?

ユートの怒鳴り声に備えて、身をすくめる。
……が、予想に反して少し経っても反応が全くない。
ゆっくり片目だけ開けてユートの様子を見ると、全く微動だにしていない。

もしかして、刺さったのは勘違い……? それとも、痛みを感じていないのでしょうか。

そっとユートの首元から覗くと、淡い願いも空しく針が少し肩に突き刺さっていた。
わたしは冷や汗を流しながら、傷口を広げないようにそっと針を抜く。
傷口には血が玉のように膨らんでいる。

思ったより深くなかったようで安心しましたが、少し血が出ちゃってます……。
どうやら気づいてないみたいですけど……、これ、このまま服を下ろしたら血が滲んじゃってバレちゃいますよね。
それに、消毒しないとまずいですし……。

わたしはなんとなく辺りを見渡します。
セディと司祭は話をしていて、こちらに背を向けている。

…………(キョロキョロ)。


………ぴちゃ……ちゅっ…ぺろっ。

……ん。

鉄の味…………ぴちゅ。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第十七話 ~






………ここは?

ぬるま湯に揺られているような夢現な感覚でぼんやりと思う。
俺はいつの間にか、森の中に立っていた。
たった今ここに来たばかりの気もするし、もう何年もここで立ち尽くしていたような気もする。
辺りは樹齢が数百年に達しそうな木々に囲まれていて、頭上には枝葉が生い茂り空が見えない。
空気は澄んでいて、小鳥の囀りが ―― いや、おかしい。
息を大きく吸いこんでも呼吸している実感を得られず、草木の匂いもしない。
小鳥の囀りはもちろん、木々に吹く風の音も、いや、その他一切の音が聞こえない。
確かに目の前の枝葉は揺れているのに。
木々の間から見える遠くの景色は白く霞み、どこか現実感が希薄だった。

ここは一体どこなんだ……、なんで俺はこんなとこに……?

無性に心細くなり、目の前の枝に手を伸ば ―― そうとして、腕はおろか、指先すら自分の意思で動かす事ができない事に気づく。
自由になるのは息を吸うことくらいか? ……いや、試しに息を止めようとしても止まらない。
どうやら、全く体が自由にならないらしい。

なんなんだよ、一体!!?

思考を走らせる事だけは許されているらしく、俺は頭の中で叫び声をあげる。

なんで体が動かないんだ!? ……誰かっ、誰かいないのか! くそっ、声もでねーのかっ!! なんでこんなことに……。……ってか、俺は何をしてたんだっけ……、いや、そもそも……俺はだれだ?

そんな乱れ続ける思考をよそに、視界に写る景色は全くぶれることなく、ただただ穏やかな森を写し続ける。
と、視界が突然後ろに向かって流れていく。
……違う、俺が動いているのか。
俺の体はいつの間にか前の方向に向かって動き出していた。
不思議な事に、足は全く動いておらず、先程と同様に立ち尽くしたまま。
歩いているのではなく、まるで浮いているように、すべるように進んでいく。
向かう先の木々の切れ目からは、暖かな光が差し込んでいた。
俺の身体はその光に導かれるように、音も立てずに進んでいった。


進むごとに周囲の景色が少しづつ変化する。
深い森の中から、森の外に広がる草原へ。
草原から、突然現れた山の麓へ。
山の麓から、険しい山の中腹へ。
山の中腹から、暖かな光を放つその場所へ。
眼下に森を見下ろし、滝を目前にする細い細い崖の先へと……。


どのくらいたったのだろうか。
頭の中で喚くのも飽き、ただただ移り変わる景色だけを見つめていると、時間の感覚はなくなり、そして次第に意識は朦朧としていった。

なん……だっけ……? えっ…と……なに……も…かんが……え…られ……ない……。

頭には靄がかかり、その揺れているような感覚に身を委ねているとどこからともなく不思議な声が聞こえてきた。

―― ユート……、ユート……。私の声が聞こえますね…。

………ユート?
…………そう、俺の名前は……ユート。
なんで……忘れてい……たんだろう。

―― 私は、全てを司る者。願いを聞き届け、あなたに、僅かながらの力を授けましょう。

全てを司る物…………願い………力……。
かみ……さま…………ル…ビ…ス?

―― しかし、その前に、この私に教えて欲しいのです。あなたがどういう人なのかを……。

……は……い…、…わか……り……

「っっ!?!!?」

突然左肩に鋭い痛みが走り、声にならない悲鳴をあげる。
まるで針で刺されたかのようで、痛みに目を白黒させてしまったが、おかげで意識がはっきりとする。
それと同時に、急にうるさいくらいの滝の音が聞こえ始めた。
水しぶきが身体にかかり少し寒い。

……っ、俺なにしてたんだっけ?
俺は……そう、ユート…。
他は……ダメだ、思い出せない。
この声の主なら教えてくれるのか?

―― さあ、私の質問に、正直に答えるのです。用意はいいですか?

「……いいえ」

いや、別に答えるのはいいけど、その前にまず教えてくれ! ―― と、言おうとしたが、口から出たのは、なぜか思いもしなかった否定の言葉だけだった。
慌てて訂正するために声を出そうとしても、出てくるのは『……ぁ』とか、『ぅ…っ』といううめき声だけ。

―― 貴方はなかなか用心深いようですね。

違うって! ……っ、……っ! くそっ、声は出ないままなのかっ!!

―― それとも、ただの捻くれ者なのか…。

んだとっ!? ……っと、いけないいけない。
落ち着け、俺……。
声を出せないストレスから、思わず噛み付きそうになってしまった。

―― そういえば、ここに至るまでの時間もかなり長かったですね。こんなことは初めてです。あるいは、貴方は何処か特殊なのかもしれません…。

「……はい」

……うん、別の世界から来たし、特殊って言えば特殊だな。
捻くれ者とか言われるよりはずいぶんマシ……ってか、勝手に返事すんなっ!
キサマは『ハイ』、『イイエ』しかしゃべれんのかっ!!
自分にあたって、ふと、もしかしたらと思い、小声でしゃべってみる。

「……はい、いいえ」

今まで苦労して声を出そうとしたのが嘘のようにすらすらと口から出る。
……そうですか、これしか喋れないんですね。

―― それも、いずれわかるでしょう。

……いずれ?
なんだか嫌な予感がする。

―― ともかく、私は待つことにしましょう。

いや、だから、ちょっと待てって、おい!
……って、あれ!? おい、何が!? 視界が白く…………!!? 







「…………」

俺はいつの間にか、森の中に立っていた。
……さっきと全く同じ場所だな、たぶん。
さっきの声の主 ― ルビス? ― に最初の場所に飛ばされたのか……。
深呼吸すると爽やかな空気が肺を満たし、辺りからは鳥の囀りや、木に吹く風の音が聞こえてくる。
どうやら、感覚は戻っているし、身体も自由に動くようだ。

「………っ」

とはいえ、声は出ないままなようだが……。
なんでここにいるのか、さっぱりわからないけど ――

(―― ともかく、私は待つことにしましょう)

……やっぱり、さっきの場所に戻ってこい、ってことだよな。
他にあてもないし…………はぁ。
俺は記憶を頼りに、光へと歩きだした。







「………ぜぇ、……っ……ぜぇ! ……ごほごほっ!」

つかれた。
……めちゃくちゃ、疲れた。
さっきは全く疲れなかったのに、今回は感覚が戻って歩いていたせいか普通に疲れた……。
途中で何度か山から落ちそうになるし……。
俺は力尽きて、崖の先で座り込む。
もう一歩も歩きたくない……。
なかなかおさまらない息を必死で整えていると、さっきと同じ声が聞こえてきた。

―― ユート……、ユート……。私の声が…………どうしました? すごく疲れているようですが。

言いたい事は山ほどあるが、どうせ『ハイ』と『イイエ』しか言えないんだから、と、なんとか自分を抑える。
もっとも、疲れすぎていたので、もし喋れたとしても何も言えなかっただろうが。

―― それにしても、遅かったですね…。……!! まさかとは思いますが…、あの山を“歩いて”来たのですか?

「……ぜぇ、ぜぇ……は…い」

あぁ、おかげでメチャクチャ疲れたよ……ったく。

―― ……驚きました。まさかここで意識を保てる者があの者以外にも現れるとは。……そうですね、褒美というわけではありませんが、僅かですが体力に多めに祝福を授けましょう。きっと貴方の助けになるはずです。

(……山を歩いて超えてくる者は、あの者以来ですね。そういえば、雰囲気もどことなく似ている気がします…。懐かしいですね……)

おぉっ、マジか!? ニコニコゴールドでの事といい、もしかして、俺って結構ついてるのかも!
振って沸いた幸運に、さっきまでの不満はすべて消え、疲れもいつの間にか吹き飛んでいた。
我ながら現金な身体だな。

―― それでは、今一度問いましょう。……さあ、私の質問に、正直に答えるのです。用意はいいですか?







ふと気づくと、白い部屋にいた。
突然目が覚めたような感覚が少し気持ち悪い。
……ここは……そっか、俺、確か証を……。
意識がはっきりすると共に、だんだん意識を失う前後の記憶が戻ってくる。
頭を振る俺に気づいて、リアが少し怒った様子で腰に手をやる。

「ようやくユートも戻ってきましたね。……遅すぎです、いつまでまたせるんですかっ!!」

「ずいぶん時間かかってたね。リアも心配してオロオ「してませんっ!!」……ふふっ」

「いや、んなこと言われてもなぁ……」

第一、遅くなったのはルビスのせいだし。
アイツが早とちりしてやり直しさせなきゃもっと早く終わったはずなんだ。
……まぁ、でも、そのおかげで体力に多めに祝福してくれるって言ってたし、文句言ったら怒られるか?

「そういえば、ユートはどうですか? 証貰う間の事覚えてます?」

「ん?」

やり直しさせられてなんとか山を登りきって…、体力にボーナスもらって…、もう一度質問に答えろ、って言われて……。

「……あれ?」

『それでは私の問いに答えてください』の後の記憶が全くない。
今度は間違えずに『ハイ』って言ったはずだから、たぶんあの後色々と聞かれたんだろうけど……何を聞かれたんだ?
リアは俺の様子を見て、納得したように頷いている。

「やっぱりあの間の記憶はみんな消えてるんですね……」

皆って事はリアもそうだったのか。
リアの言い方だと他の奴もそうみたいだし、不思議な事もあるもんだな。
頭を掻こうと手を上げかけた時、手の中の硬い感触に気づいて右手に視線を落とす。

「お? おぉっ!? おおおおっっ!!!??」

そこにあったのは夢にまで見た冒険者の証だった。
セディに見せてもらった物と全く同じ。
ついについについについに!
俺も冒険者の仲間入りだっ!

「うっしゃあああああああああああああ!!」

「ふふ、おめでとう、ユート」

「あぁ…っ! サンキューな!」

「ふふっ、まったく、本当子供みたいですね。……まぁ、わからなくもないですけど」

セディとリアがまるで自分の事のように嬉しそうに俺を見ている。
その視線に気恥ずかしくなって証に目をやった。
改めて証をじっくりと眺める。



……あれ、これって?
そこに書かれていたのは、昨日今日で見せてもらった浄化の画面とも地図の画面とも違っていた。
しかし、元の世界の出身でドラクエのゲームをやってた事のある俺には馴染みのもの。
なぜか枠や文字、全てが赤で書かれているのが気になるが……『ちから』『すばやさ』『HP』といった言葉と、横にその能力値であろう数値。
それはドラクエのゲームでステータス、と呼ばれていた画面だった。



なぁ、セディ……、と聞こうとしたところで、少し不機嫌そうな咳払いが響いた。
見ると、司祭がニッコリと、しかしまるで笑っていない笑顔を浮かべていた。
額に井桁まで見える気がする。

「……コホン。お待ちになってる方達がいるので、先に説明だけすませてしまってよろしいでしょうか?」

その言葉に部屋の入り口を見ると、数人の人が並んで待っていた。
一様に不機嫌そうな顔をしている。
俺たちは冷や汗を垂らしながら頷く。

「それでは時間もありませんし、手短に説明しますね。…その前に確認なんですが、ユートさん、リアさん共に冒険者になるのでしょうか?」

「はい、そのつもりです」

リアも俺の横で頷く。

「それでは、証の詳しい説明は冒険者協会でお聞きください。ここでは重要な事だけ……そうですね、二点ばかり説明するとしましょう。
まず一つ目が、ルビス様による『祝福』についてです。お二人は浄化についてご存知ですか?」

塔や街に来る途中でさんざん見た光景を思い浮かべる。
原理とかは知らないけど、あんな不思議な光景はそう簡単には忘れないよな。

「ご存知のようですね。モンスターを倒して浄化をすることで経験値となり、これを溜める事で、レベルが上がります。この際、ルビス様の祝福により、強くなる事ができるのです。
もちろん筋力トレーニングなどで自分自身を鍛える事でも強くなりますが、その成長度は比べ物になりません。
また、証を身に着けておくと、ルビス様の加護により、敵の魔法から少しですが身を守ってくださいます」

「す、すごいですね……さすがルビス様ですっ」

リアは興奮して司祭の言葉に聞き入っている。
俺はそれを眺めると、証に目をやる。
経験値を溜めると、レベルアップして強くなるのか。
この辺はゲームと同じみたいだな。
まだレベルアップを経験してないから、祝福で強くなると言われても正直ピンとこないけど、もしかしたら、セディがあの細腕で大剣を振り回せるのってこれのおかげなのかも。
レベルが上がるごとにステータスがあがって強くなるのなら、無理に筋肉を鍛えなくても、そのうち大剣を簡単に振り回せるようになるってことだし。
そういや、体力に多めに祝福くれるって言ってたよな。
……なんか変わってるか?
腕を回したり飛び跳ねてみたが、実感できなかった。

……突然奇行とも取れる行動を取ったせいで、三人からの冷たい視線は実感できたが。

「……コホン。次のレベルに必要な経験値は、街の教会で神のおつげを聞いてもらう事で知る事ができます。もちろんここでもお教えできますが……、ここはこの時間しか開いてませんし、街の教会で聞く方がよろしいでしょうね」

そこで司祭は話を切って俺とリアの顔を見る。
俺たちが理解していることを確認すると続ける。

「それでは、次に証の維持についてですね。証を維持するためには一月ごと、正確に言えば30日ごとですが、この間にモンスターを5匹以上浄化するか、50G以上を証に収納しておく必要があります。」

へ、維持? そんなのが必要なのか?
まぁ、確かに色々な特典があるんだから、それくらいの条件はあってもおかしくないか。

「ただし、維持に必要なモンスターの数やお金はレベルが上がるにつれて増えるようですので、余裕を持って浄化しておいたほうがよろしいでしょう。維持に必要な分に達しているかどうかは、その証の文字の色で判断する事ができます」

赤ならば両方満たしていない。
黄色ならば浄化とゴールド、両方あわせて基準を満たしている。
白ならば浄化で満たしている、となるらしい。

満たしているかどうかが確認できるのは嬉しいけど……、正確に何匹必要なのかわからないのはやりにくいな。
そんな俺を見て司祭は、『詳しく調べたければ、書物などをご覧になるとよろしいでしょう』と、何冊か参考になる本の名前を教えてくれた。
忘れずに覚えておいて、機会があったら読んでみよう。

「……もしこのどちらの条件も満たされない場合は、証は消えてなくなってしまいます。もちろん、ここにくればまた証を再発行することはできますが、一度失ってしまった経験値は二度と戻る事はありません。当然レベルも祝福も初めからとなります。気をつけてくださいね」

うわ、それはきついな。
たとえ大量のモンスターを倒して、最高レベルまで上げたとしても、維持の条件を満たしていないと、次の日からレベル1ってことだろ?
そんな事になったら悔やんでも悔やみきれないよな……。

でも、たった5匹だろ?
一月もあるんだから、そんなに難しい事じゃないと思うんだけどな。
と、そこでそれまで黙っていたセディが口を開く。

「実際、僕も知り合いに、怪我で一月寝込んでしまって証を失った人がいるからね。あまり神経質に溜めるのもどうかと思うけど、お金は使い切らずにある程度残しておいた方がいいよ」

なるほど、そういや怪我とか病気で戦えない、って場合も考えられるんだよな。
むぅ……実際に見たって話を聞くと現実味があるな。

「俺たちも気をつけないとな……」

「そうですね……」

顔を見合わせて頷きあう。
リアは少し緊張して顔がこわばっていた。
俺も多分そんな顔をしているだろう。

「あはは。普通に冒険者をやってれば消えるなんて事は滅多にないから、そんなに硬くなることはないよ」

セディの柔らかい声に緊張がほぐれる。
そうだよな、今からそんな事心配しててもしゃーないか。

「……証についての説明は以上となります。ですが、あくまで最低限の説明しかしていないので、冒険者協会で詳しい話を聞く事をお勧めします。……それでは、もしご質問がなければ、次の方がお待ちになってますので……」

司祭は並んでいる人の方へと目をやる。
列はさっきの倍近くになっていた。
俺たちは司祭に礼を言うと、慌てて聖堂を後にした。

……列の横を通る時の並んでいる人達の視線がかなり痛かった。







俺はベンチに座ってステータスを改めて見ていた。
ここは、南通りの入り口でもある城前の広場。
街の案内を続ける前にひといきつこうというセディの提案で、ここで少し休む事にしたのだ。
セディは今飲み物を買いに行っている。
リアもそれに着いていってしまった。
俺も着いていこうとしたら、なぜか断られた。
少し焦ってたようだけど、なんだったんだ……?
……まぁいいか。

ずれた思考を戻してステータスを眺める。
そこに書かれているのは、右半分に『ちから』『すばやさ』『たいりょく』『かしこさ』『うんのよさ』『こうげきりょく』『ぼうぎょりょく』。
それぞれの横に恐らくその能力値である数値が書かれている。
……やっぱレベル1だからか、低いなぁ、どれも……。
ってか、『うんのよさ』低すぎっ!
最近ついてる、ってさっき思ったばかりなのに……。
後は『ちから』が低くて、『かしこさ』がそこそこで『たいりょく』が高め……ってとこか。
特に体力は他の能力と比べて断トツで高いな。
これがボーナスの効果か?
なかなかいいプレゼントを貰ったもんだ。
とはいえ、レベル1の平均なんて知らないから、もしかしたらどの能力値もメチャクチャ低いのかもしれないけど……。
……なんか自分の能力が数字でわかる、っていうのも変な気分だな……。

次に左半分へと目を移す。
まず目につくのは『レベル』『HP』『MP』。
レベルは1。
これは当然だろう。
HPがなぜか減っているのが気になったが、これも体力ボーナスの効果かも、と納得した。
それよりも、思った以上にMPが高いことに驚いた。
これって俺、もしかして魔法使いの才能あったりするのかっ!?
賢さもそこそこあるし、これは魔法使いになれってことだよな、な、なっ!!?
そこまで考えて、メラを唱えて煙が出た事を思い出す。

「…………はぁ」

いくらMPがあっても、煙じゃ訳にたたねーよな……。
誰かに魔法の使い方習いたいよな……。
冒険者協会で教えてくれねーかなぁ……。
証について協会で説明聞けって言われてるし、その時にでも聞いてみるか。

視線をさらに上へと向ける。
……何の嫌がらせだ、これは。
そこには『宿無し迷子』と『としま』と書かれていた。
百歩譲って宿無し迷子はいいとしよう。
宿決まってないし、迷子と言えなくもない。
世界は超えてるけどさ。
でも、年増はないんじゃないか?
まだ俺はそんな年じゃないし、そもそも男に年増っておかしくないか?
……山登りの間待たせた分の仕返しか、これは。
実はルビスって性格悪いのかも。

「何見てるんですか?」

顔を上げるとリアが覗き込んでいた。
セディも横からこちらを見ている。
俺はセディから差し出された飲み物を受け取って礼を言うと、早速口を湿らす。
大分喉が渇いていたようだ。
ほのかに甘い水は染み渡って美味かった。

「ん、あぁ、証を……って、そういえばリアの証はどうしたんだ、持ってないみたいだけど。……もしかして、もらえなかったのか?」

俺は少し心配になったが、当のリアはそ知らぬ顔で微笑んでいる。

「いえ、もちろんありますよ。今はわたしのポケットにしまってあるんです」

「なるほど、ポケットか。ナース服にポケットあるんだな……ってまてまて! そもそも大きさ的に無理だろ!!」

思わず突っ込むと、リアは笑って俺の左肩に座ると、ぺんぺんと座っている場所を叩く。

「ここがわたしのポケットです♪」

「って、まてや、ゴラ!」

俺の一張羅がっ!!!??
今気づいた。
いや、むしろなんで今まで気づかなかった、俺。
左肩の部分にはいつの間にかポケットが出来ていて、そこには一枚の証が収まっている。
ポケットにはウィンクしたリアの似顔絵が刺繍されて、悔しい事に無駄に上手い。
しかし……これは恥ずかしい……。
耐え切れずに、ポケットを外そうと手を伸ばすと、指に噛み付かれる。

「わたしのポケットを勝手に外さないで下さいっ!!」

「勝手にお前のにすんなっ!!」

「ここはわたしの場所なんですから、このポケットはわたしの物なんですっ!」

そう言うとリアは俺の左肩にしがみ付く。
……ん? 左肩……?
ルビスとの会話の時に突然走った痛みを思い出す。

「……ヲイ、リア。まさかと思うが、ポケット縫ってる時、針突き刺したりしなかったか…?」

「なんのことです?」

しれっと、しがみ付いたまま、悪びれもせずにのたまうリア。

「……俺を騙せると思うなよ?」

お前、焦ると羽ばたき増えるんだよ。

「~~♪」

一筋の冷や汗を垂らしつつ、口笛を吹いて誤魔化そうとするリア。

「……ふぅ」

その様子を見てたら毒気が抜かれてしまった。
……まぁ、あそこで痛みが走ったから意識が戻って、結果的に体力のボーナスを貰えたわけだしな。
それでいいとしておいてやるか。
俺の顔から読み取ったのか、リアは少しホッとした表情になり、もう離さないと言わんばかりにしがみ付く手の力を強める。

……ちっ、ジャケットの上からじゃ感触がわからん。





「……あ、そうだ、セディ! 機能は他にはもうないって言ってたのに、面白いもんあるじゃねーか! ……それともセディのにはなかったりするのか?」

俺はセディにステータス画面を突きつける。

「あぁ、これね。僕もあるよ、見る?」

セディは証を取り出して二、三回証をつつくとこちらに見せる。
俺はそれを受け取って能力値を見ていく。
うわ、三桁の能力多いな、さすがだな……。
素早さ高すぎ、なんだよこの数字。
力も高いのだが、素早さはその二倍近くある。
やっぱり重装備よりも素早さ重視の方が合ってる気がするなぁ。

「これ、なんて書いてあるんですか?」

リアが横から覗き込んでセディに聞く。
俺は二人の会話をよそにセディの証をじっと見ていた。
ふむふむ……うわ、レベル26!?
そりゃすごいわけだわ。
HPも高いし……。

「さぁ……。僕にも読めるのは名前と職業の部分だけだしね。あぁ、もちろん数字は全部読めるけど」

……へ?

「これが名前で、セディって書いてある。で、こっちが職業。戦士、って書いてあるんだ。
二人ともまだ冒険者の証を手に入れたばかりだから職業についてないけど、そのうちどの職業になるか決めないとね。」

「へぇ、そうなんですか……」

セディは左半分の、俺の読めない部分を指差す。
ちょっと待てよ、どういうことだ、読めないって……。
しっかり書いてあるじゃないか。
『ちから』だの『たいりょく』だの、“日本語”で……………って、“日本語”っ!!!???

「後分るのは……これは多分レベルを表していて……。で、この『HP』って書いてあるのは、たぶん体力とか、生命力とかだと思う。敵から攻撃を受けたりすると減るからね」

読めないから、勘なんだけどね、と苦笑するセディ。

「なるほど……これがレベルで、こっちが生命力ですね……」

……なんで気づかなかった?
そう、この世界の文字が今セディの指差した、ニコニコゴールドでも見た“俺の読めない文字”なのならば、この証に俺の読める文字が書いてあるのはおかしいのだ、ということに。

「それで、こっちの『MP』。これは精神力とか、魔力、かな。魔法を唱えるたびに減っていって、ゼロになると使えなくなるから、あってると思う」

「…………っ!!?」

リアは突然血相を変えてポケットを覗き込むと、青ざめる。

「どうかしたの、リア? 顔色悪いよ」

「…………な、なんでも……ない、です」

……どういう理由かはわからないが、証にはこの世界の文字と日本語の二種類が書かれているようだ。
これは純然たる事実で、それ以上でも以下でもなく、実際、そこまで気にする事でもない。
セディが読めないのならば、俺が読める事を教えてやればいい。
本当は、読めてラッキー、くらいに軽く考えていい物なはずだった……こんな文字を見なければ。
……俺はセディの証の、自分の証でいえば『宿無し迷子』に当たる位置に書かれている“その言葉”から目が離せなかった。

「……ユートもどうかした? 少し調子悪そうだけど」

「いっ! ……いや、な、なんでもない」

突然話を振られて驚いて声が上ずる。

くそ、なんでこんな事が書いてあんだよっ!
筋違いと分ってはいるが、ルビスを恨めしく思う。
この言葉は日本語で書かれている。
つまり、セディは何が書かれているか知らずに証を俺に見せたわけだ。
こんな事は俺はセディから聞いていない。
大事な友人の、たぶん秘密にしておきたかった過去。
狙ったわけではないとはいえ、それを勝手に盗み見てしまった罪悪感に心が痛い。
俺の視線の先、セディと書かれているらしい名前の下には。

『亡国の元副騎士団長』

と、書かれていた。
亡国ってなんだよ……、元副騎士団長ってどういうことなんだ。
……勘弁してくれ、本人に教えてもらうならともかく、こんな事知りたくなかった……。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 ユートのステータスその① ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃      ユート     ┃┃     ちから :  5┃
┠──────────┨┃  すばやさ :  7┃
┃    宿無し迷子     .┃┃  たいりょく : 21┃
┃     と し ま     ┃┃   かしこさ : 12┃
┃    レベル : 1   .┃┃ うんのよさ :  2┃
┃   HP 10/40   ┃┃ こうげき力 :  7┃
┃   MP 50/50   .┃┃  しゅび力 : 10┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:ひのきの棒       ┃┃            ┃
┃E:黒いジャケット     .┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛


(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 ~その① ルビスの祝福~ ―――


ここでは『冒険者の証』について議論していく。

我々冒険者が『冒険者の証』と呼んでいる物は、他に『証』や『騎士の証』とも呼ばれており、その名前からわかるとおり冒険者だけでなく、騎士や兵士といった身体を張る職業に広く使われている。
この『証』にはまだまだわかっていない事も含め、様々な効果がある事が確認されているが、その中でも一番の目玉は『ルビスの祝福』であるだろう。
モンスターを倒し、証を使ってその肉体を『浄化』する事で黒いモヤ(*これをここでは便宜上『魔気』と定義しておく)が出て、ゴールドが残る(→『浄化とゴールド』参照)。
浄化により魔気を証に吸い込むと、証の『EXP』と表示された数値(経験値と思われる)が増加し、この数値が一定まで増えることで、レベルがあがりルビスの祝福を受ける事ができる。

ルビスの祝福とは、レベルが上がった者に様々な力を与えてくれる奇跡を指す。
大勢の冒険者に調査したところ、『力が上がった』、『素早さが上がった』、『敵からのダメージが減った気がする』、『魔法を使える回数が増えた』、『頭が良くなった気がする』………等、様々な効果が報告されている。
また、祝福によって上がる能力は、その者の職業によって特徴があるようだ。
例えば『戦士』ならば力と体力が、『武闘家』ならば力と素早さがあがりやすい、といったようにである。
(詳しくは『職業と転職』の項で確認して欲しい)
祝福の効果は、数レベルでは大して実感することができないが、大体10レベルを超えてくるとその違いが顕著になってくる。
証を持つ者と持たない者で腕相撲でもしてみるといい。
その効果の程がよくわかるだろう。

また、ルビスの祝福は、身体そのものの能力を強くしているわけではないと考えられている。
というのも、明らかに非力で力のなさそうな者が、ルビスの祝福を受ける事で大岩を持ち上げる事が出来るほどの力を得たり、その体型から鈍重そうな者が目にも留まらない程素早く動いたり、という事例が多々あるからだ。
この事から、ルビスの祝福は、身体を強くしているわけではなく、何か不思議な力を証の持ち主に授けていると考えられる。



――― 冒険者の証 ~その② 証の維持~ ―――


次に、冒険者の証を維持するのに必要な事を述べるとしよう。
維持に失敗すると、冒険者の証は消えてしまう。
レベルは1からとなり当然ルビスの祝福の効果もゼロとなる。
冒険者諸氏は、しっかりとそのことを心に留めておいて欲しい。

冒険者の証を維持するには、モンスターを浄化した際に出る『魔気』が必要となる。
(この理由は未だ明らかになっていない)
必要な魔気の量は正確にはわかっていないが、大体一月ごとに『自分と同レベルのモンスター5匹分』必要というのが通説なようだ。
つまり自分のレベルが上がるにつれて、必要な魔気の量もあがっていく。
高レベルの冒険者の場合、スライムのような低レベルのモンスターでは数百匹倒さないと基準に達しないらしい。
(ちなみに、この魔気は、毎月手に入れる必要があり、今月は10匹分の魔気を証に吸い込んだから来月は戦わなくても大丈夫、というわけではない)

また、維持に足りない分の魔気を、ゴールドで補う方法もある。
証にゴールドを収納しておけば、魔気のかわりになるのだ。
浄化するとゴールドが現れるのだが、この際にゴールドにいくらか魔気の絞りカスが残っていて、それが自動的に使われるのではないか、と考えられている。
当然、浄化して吸い込んだ魔気が多いほど、必要なゴールドは少なくなる。

もちろん、浄化を一切せず、全てをゴールドで維持することも可能である。
しかし、こちらの方法はあまりお勧めしない。
なぜならば、維持に使われたゴールドは消えてしまうからだ。
レベル1の証で実験した結果、50G必要であるということがわかった。
こちらもレベルがあがるごとに必要なゴールドは増えていくので、高レベルになってくるとかなり厳しくなってくる。
全てをゴールドで維持するのは、どうしてもモンスターと戦う事ができない時の最終手段として留めておくべきだろう。



――― 冒険者の証 ~その② 余談~ ―――


どの国や街でも、冒険者の証を持つものは、そこに住む人口の半分にも満たない。
ルビスの祝福だけを取ってもこれだけの恩恵があるというのに、なぜ広まらないのか。
それは上記したように、維持の困難さが挙げられるだろう。
一般の人々にとってモンスターはやはり脅威的であり、5匹も倒すのは困難な事なのである。
仮に倒すことが可能だとしても、彼等には彼等の生活があり、冒険者のようにモンスターを倒すための時間が取れるわけではない。
維持のために必要な分のモンスターのみを倒していても、いずれレベルがあがり、維持に必要なモンスターは増えていく。
そのため、当然の帰結として、維持に必要な浄化が間に合わなくなる。
現在でも稀に冒険者の証を取る一般人が現れるが、大抵レベル10になる前にその証を失ってしまうのだ。


著者 ヒサカ・ホセバンク
参考文献 『冒険者の証について(冒険者協会)』、『ルビスの祝福』、『魔気とゴールドとモンスターの関連性』、多数の冒険者達からの報告より


――― 冒険者の友 天空の章 道具の項 特別編より抜粋 ―――




[3797] 第一章 第十八話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:34
ユートだ。
……どうしよう。
証の文字が読める事を教えるか?
セディが俺にここに書いてあることを教えなかったのも、たまたまその機会がなかったから、ってこともあるんだし。
……いや、隠していた可能性の方が高いわけだから、そんなあやふやな根拠でいくのは危険すぎるか。
それとも、この称号? の部分だけ読めないってことにしようか。
……いや、それは不自然だよな。
それに、他の文字が読めるって事にしておくと、話をしているうちに、ボロが出てしまう気がする。

……そもそも、文字が読めることを教える事で、自分のステータスがわかるというメリットはあれど、教えなかったせいで受けるデメリットはないに等しいんだ。
冒険者達は元々この文字を読めないままで、今までやってきたのだから。

だから……やっぱり隠すべき……だよな。
本当はこんな事で二人に隠し事はしたくない。
こうやって色々と理由をつけて話さないと決めた後も、どこか後ろめたい。
……でも、仕方ないよな。

……ああもう! 証が手に入ったのは純粋に嬉しいけど、今だけは呪いたいわ、ほんとに……。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第十八話 ~






「………それでいいかな、ユ-ト。 ……ユート?」

「…えっ?」

気づいたらセディが俺の顔を覗きこんでいた。
どうやら話しかけられていたことに気づかずに考え込んでいたらしい。
セディは俺の様子に苦笑する。

「次は東通りを案内しようと思うんだけど、それでいいかな? 協会に行くのはその後で、ってことで」

「ん、それで頼むよ」

そういえば証の説明を協会で聞かなきゃいけないんだったな。
その時ついでに冒険者の登録もしておくかな……。
ぼーっと堀に浮かんでいる水鳥を眺めながらセディの後に着いていく。
と、セディは急に振り返ると不思議そうな顔をした。

「何か気になる事でもあった? さっきも考え事してたみたいだけど……、僕の証、どこか変だったかな」

「い、いいいいや、気になる事なんてなかったぞ、うん」

まさに考えてた事を言い当てられて、動揺してしまう。
だからだろう。
しまった! と思ったときには遅かった。

「そ、そういや証といえばさ、リアはどんなだったんだ?」

話を変えようと、リアのポケット(本当は俺のだが)に手を伸ばそう……とした所で

「っ!! だ、だめですっ! 見ないで下さいっ!!!!」

という鋭い悲鳴に止められた。
肩の上では、リアがまるで俺の手から証を守ろうとするように、必死でポケットにしがみつていた。
そして、泣きそうな表情でこちらを睨んでいる。
……いや、違う。
よく見ると睨んでいるわけじゃなかった。
小さな身体は微かに震えていて、その表情はすがる様な、怯えているような、そんな顔をしている。
それを見て驚いたのは俺だけではなく、セディも目を大きく見開いて声を失っていた。

「え……っと、わ、悪い」

何とか振り絞って声を出すと、リアはハッと我に返った顔をする。

「い、いえ、わたしも急に大きな声を出してすいませんでした」

その表情は未だ晴れないまま。
さっきは驚いていて気づかなかったが、リアの顔は少し青ざめていた。

「……悪かった。その、勝手に証を見ようとして」

「い、いえ、わかってくれればいいです。
……で、でも! 乙女の秘密を勝手に覗き見ようなんて駄目なんですからねっ。そんな事してるとモテませんよ!」

リアはぎこちなく、ニヤリと笑ってみせる。

「あ、あはは、言われちゃったね、ユート」

「ぐっ……、き、気をつける」

「そ、そうそう。ただでさえそんなにモテる顔してないんですから、そういう部分で点数落としてると一生独りですよ♪」

「うっさいわっ!!!」

怒鳴りつけると、リアは『キャー』という白々しい悲鳴を上げてセディの元へと飛んでいく。
そこで二人でクスクス笑い合うと、リアはセディにあれこれと街の様子を楽しそうに報告し始める。
その様子はまだどこかぎこちなかったが、ホッとした空気が流れ、俺の口元にも苦笑が浮かぶ。



……しかし、俺の頭の中では、自分の取った行動に対して、後悔が渦巻いていた。



馬鹿か、俺は!
さっきセディの証を見て秘密を知ってしまって後悔したばかりだろっ!
リアだって証に見られたくないことが書いてあるかもしれないってのに、それを忘れて……っ!
自分の迂闊さが憎かった。

僅かな時間とは言え、リアにあんな顔をさせてしまうなんて。
いや、今はあの表情をしてないといっても、表面上を無理矢理取り繕ってるだけで、心の中ではまだあんな顔をしているに違いない……。
昨日の夜に、アイツの力になってやりたいって思ったばかりだってのに……。

………でも。

なんであんなに激しく取り乱したんだ?
リアは日本語もこの世界の言葉も読めないようだった。
だから、さっきセディから説明されてた部分のどれかが気に障ったのだろう事は想像がつく。
それがなんなのかがわかればリアの悩みがわかるだろうか……。

俺は前の二人に目を向ける。

リアは少し明るすぎるくらいにはしゃいでいる。
明らかに無理をしている事がバレバレで、セディもたまに痛々しそうにリアを見ている。
なんとかしてやりたいな……と改めて思う。

……とりあえず、後で折を見てセディにリアに何を説明したか聞いてみるかな。







東の大通り。
ここは、すぐ横に川が流れるため、豊富な水が手に入り、また上流から木や石炭を初めとした様々な資源を運ぶのに適している。
その立地のために、東通り付近、特に川近辺では武器や鎧を作成する鍛冶が発展していった。
結果として、東通りには武器屋や防具屋が何件も立ち並び、冒険者達が訪れるようになる。
そして、訪れる冒険者達を目当てに、今度は道具屋や冒険に必要な用品を売る店が立ち並んだ。
それが現在の東通りの基礎となった、というわけだ。
南通りが町の生命線と言うならば、東通りはまさに冒険者の生命線と言えるだろう。

ちなみに、漁港は街の内部には作られていない。
街の北、川と海の合流地点に港が作られており、魚の水揚げは全てそこで行われている。
街の外と言っても、川沿いに下っていけば1時間もしないうちに着くので、実質街の一部と言ってもいいだろう。





そんなセディの説明を聞きながら、俺たちは件の東通りを散策していた。
俺の手持ちは現在5G(ゴールド)に1329R(ルビィ)。
当然、武器、防具はおろか薬草すら買えない。
そんなだから所謂ウィンドウショッピングをするしかできないんだが……これが思いのほか面白かった。
それぞれの店先には武器や防具が並べられ、ファンタジー好きな俺としては、大いに興味をそそられる光景だったのだ。

リアも大分落ち着いたようで、先程のぎこちなさはなくなり普段どおりに戻っている。
だからてっきりまた色々興味を持って聞いてくるかと思っていたのだが……、しかし、当のリアは至って普通に武器や防具を眺めているだけだった。
不思議に思って聞いてみると

「こういう店は妖精界にもありましたし。それに、わたしの装備できるような武器や防具が人間界にあるとも思えませんからね」

という事らしい。
言われてみれば、妖精界にも武器屋や防具屋、道具屋があってもおかしくない。
妖精界で見慣れてれば興味が無さそうなのも頷けるな。
それに、リアの言うとおり、リアサイズの装備があるとも思えないし。





辺りを眺めていると、ふと、他とは全く毛色の違う店が目に入った。
他の店は軒先に武器防具を並べているのだが、その店が並べているのは……銅や鉄でできた小さな人形で、端的に言えば東通りの中でものすごく浮いていた。
子猫や子犬などの動物から、草花等の植物に、城や家等の建物まで。
どれもこれもまるで生きているように見事だったのだが、特に目を引いたのが、コウモリの羽の生えた、もこもこした生き物と、その上に乗っている王冠をかぶりメガホンのような物を持った猫の像だった。
他の物は普段目にするものだったが、これだけは初めて見る生き物で興味がわいたのだ。

「へぇ……、武器や防具ばっかりかと思ったら、人形も売ってるんですね~」

俺が眺めていると、リアが少し目をキラキラさせて横から覗き込んできた。
どうやらお気に召したらしい。

「あぁ、ここはリードさんの店だよ」

こんな店構えでも、れっきとした武器屋らしい。
それもこの通りで一、二を争う程の凄腕のリードという鍛冶師の。
しかし、リードは争いが嫌いで、武器は滅多に作らず、普段は人形ばかりを作っているらしい。
極稀に武器を作る事もあるが、それは気に入った相手に対してだけ。
その武器の出来の良さから、多くの冒険者が彼の武器を求めて訪れるのだが、リードの目に適う冒険者は年に1人いるかいないかとのことだ。

「ずいぶん変わってるんですね~」

リアはさっき俺が見ていた置物のネコの隣に乗って抱きついて頬ずりしている。
目がトロンとしていて、今にも寝そうな雰囲気だ。

「……俺も会って気に入られたら作ってもらえるかな」

強い武器があれば俺も……! と、淡い期待を持ってみるが、そうそう甘くは無いらしい。

「彼は低レベルの冒険者は会いもしないっていう噂だからね。残念だけど、ユートはまだ無理じゃないかな…」

「そっか……。んじゃ、セディはどうだ? 会ってみたりしたのか?」

「僕は……」

セディは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに顔を上げる。

「僕はいいんだ。今は武器変えるつもりないしね。……さっ、他の店も回ってみよう」

「……ん、そか。
ほれ、リア! 行くぞっ」

「ふぁい~……」

リアは寝ぼけ眼を擦りながら、フラフラと付いてくる。
チラチラと何度も後ろを振り返っていて、ずいぶんと名残惜しそうだ。
そんなに気に入ったのか、あの人形……。







「………ぁふっ」

リアが退屈そうに欠伸を漏らす。

「リアにはやっぱつまらないか? 俺なんかはこういうの見てるだけで楽しいんだけどな」

「……あまり綺麗じゃないですからね……」

目の前の店に並べられている武器や防具を見るリア。
それは鉄でできた槍だったり、鉄球だったり、鎧だったり、銅で作られた剣だったり盾だったりした。
確かにリアの言うとおり、デザインは洗練されてるとは言い難いが、俺にとってはその無骨な所も頼りがいがあるように写る。
それに、全てが全て格好悪いというわけでもない。
店の奥に大事に飾られている全身鎧や剣は意匠が凝っていて、高そうではあるが、格好いいと言えるものだった。

「ま、確かに見た目は悪い物もあるけど、そんなに悪い物ばかりじゃないんじゃないか?」

俺は店の奥を指差す。
リアはそれを一瞥すると表情を変えずに呟く。

「確かに悪くはないですが……やっぱりイマイチです。
妖精界の防具は、すっごく綺麗なんですから! 特に女王様の直属の兵士だけが許されている装備の美しさと言ったら……」

リアは、いかにその装備が美しいかを力説する。
その装備は、羽飾りや特別な材質でできた絹を纏っていて、それを見た人間が天女と間違えてしまった、という逸話まで残っているらしい。

……確かにそこで売ってる鎧を着て天女と間違えられるのは無理だよなぁ。

それだけでなく、その鎧には魔法がかけられているため、守る部分は少なくとも、そこら辺の鎧の防御力とは比べ物にならない程高いらしい。
当然、そこまでの性能を持つ物は値段も高く、5Gしかもっていない俺には関係のない話ではあったが。





妖精界の鎧の素晴らしさを伝える事に満足したのか、セディに、普段のゴツイ鎧についての文句をつけ始めたリアを置いて、近場の店に入ってみる。
ここはどうやら武器屋のようだ。
店内には剣や槍が所狭しと立てかけられ、壁には重そうな斧が飾られている。
俺は書かれている値札と武器を眺めながら歩く。
安い物ではひのきの棒やこん棒といった100G以下のものから、高いものでは鋼の剣といった1000Gを越えるものまで置いてある。
もし1Rを1円だと考えると、1000Gって……50万!?
すごっ……!
いや、でも日本刀だって高いのだと数百万するものもあるし、そんなものなのか……?
そんな他愛も無いことを考えながら品物を見ていく。

俺がまず買うとしたら……銅の剣か?
そして探してみると、一言に銅の剣と言っても色々な種類があることに驚いた。
小さめの物から大きい物、そして細身の物から幅広な物まで。
ゲームで買ったときはどれも『銅の剣』だったから失念してたが、確かに体格や好みから色々なサイズがあってもおかしくないよな。
ただ、やはり大きい物ほど値段が高くなっているようだ。

「剣かい?」

「あぁ、銅の剣っていっても色々あるな~って思ってさ」

突然セディに後ろから声を掛けられて振り返る。

「人によって使う大きさが違うからね。そうだね、ユートなら……これくらいがちょうど良いんじゃないかな」

剣入れからひょいっと片手で無造作に抜き出して俺に見せる。
長さは1mくらいで、幅は15cmほど。
この店にある銅の剣の中では、中間的な大きさのものだった。

「へぇ、これが俺に合った大きさか。……って、270G!? やっぱ高いなぁ……。値引きとかってしてもらえないのかね」

俺が本気で交渉しようと考えていると、セディは苦笑しながら剣を差し出す。

「あはは、これでもずいぶん安いと思うよ。この重さから言って、たぶん250Gは使ってると思うし」

使ってる?
よく意味がわからず不思議に思いながらも、差し出された剣を無意識に受け取る。

「って重っ!!???」

受け取った銅の剣は半端じゃなく重く、危なく持ちきれずに下に落とすところだった。
セディが片手で軽々持っていたから油断してた。
両手で受け取っておいてよかった……。

「情けないですね……それでも男ですか」

「ん、んなこと言ったって、これ、メチャクチャ重いんだぞ!?」

リアの言葉に胸を痛めながらも何とか反論する。
確かに、証に書いてあった俺の『ちから』はたったの5だし、力がないことは認める。
……認めるが、これは俺が非力だからというだけじゃないだろう。
銅の比重って確か9くらいだったはず。
つまり、同じ量で考えれば、水の9倍重いってことで。
俺の手の中にあるこの剣だって、感覚からいって30kgは軽く超えているはずだ。
軽い子供1人分の重さはある事になる。
そりゃ確かに持つだけならなんとかなるけど、問題は、だ。

「……こんな重い物、俺に振り回せるのか……?」

この剣は大きさから言って片手剣だ。
両手でやっと持てる、という俺が、この剣を片手だけで振り回さなければならないわけで。
しかも、もう片方の手には軽いはずがない盾も持たなくてはいけないわけで……。

……無理。
絶対無理。
俺の力じゃ絶対に無理だ。
現に、たった数分持っていただけなのに、俺の両腕はぷるぷる震え、今にも落としそうだ。
慌ててセディに返すと、身体が一気に軽くなる。

「あぁ、重かった……」

「……ほんと情けないですね」

ほっとけ!
俺はリアと目を合わせないようにしながら、腕をさする。

「う、うーん、まぁ、レベルが上がればきっと持てるように……なる、かな、たぶん」

……セディのフォローも胸に痛かった。
これから毎日、腕立て伏せでもしてみるかなぁ……。





「……そういや、セディさっき変なこと言いかけてたよな」

腕はまだ少しダルいが、大分取れてきた。
そこでさっき疑問に思った事を聞いてみる。

「変なこと?」

「そういえば『250Gは使ってる』とか言ってましたね」

「そう、それそれ」

リアもやっぱ気になったか。
ただ材料費とか制作費にかかるのかもしれないが、セディの言い方はそういうのと少し違っていて気になったんだよな。

「あぁ、それは……、あ、ほら! ちょうど今からやるみたいだよ」

セディは店の奥、作業場を覗き込みながら言う。
俺とリアもそれに習って覗き込むと、どうやら鍛冶師がこれから武器を作る所らしい。

「二人とも、あの人の手元の袋は見える? あれを良く見ててね」

言われて鍛冶師の手元の袋に注目する。
鍛冶師は熟練の手つきで武器を鍛える準備を整える。
その一連の作業はテキパキしており、見ていて小気味よかった。
そして、熱した容器に袋を傾ける。
恐らく今までの流れから、原料を投入するのだろうな、と思いながら眺めていたら、袋から出てきた物を見て、思わず言葉を失った。

「ゴ、ゴールド……ですね」

そう、その袋から出てきたのは、俺のポケットにも入っているゴールド、銅貨その物だった。
ガラガラと音を立てて容器に投入されていく大量のゴールド。
セディは俺たちの様子を確認して頷くと、作業場から目を戻す。

「今見てわかったと思うけど、さっきの銅の剣も、この鉄の槍も、みんな元はゴールドで出来てるんだ。さっきの銅の剣は、重さから言って、250Gくらい使ってるんじゃないかな、って思ったんだ」

なるほど……ね。
確かに、わざわざ銅や鉄を掘り出さなくても、ゴールドがあるんならそれを加工すればいい、か。
当然、武器防具以外の、生活に必要なものを作る時にも使ってるんだろう。
前にゴールドの流通量が減ることもあるってセディが言ってたけど、こういうわけだったのか……。







その後、何件かの店をはしごすると、日は大分傾き、街並みは夕暮れで赤く染まっていた。
どの店もすでに店じまいを始めている。
武器屋はどこも品揃えや値段はあまり変わらなかったのだが、それとは打って変わって違う、防具屋の種類の多さには驚いた。
なんと、それぞれの職業ごとに専門店があるのだ。
例えば戦士ならば、重鎧や軽鎧を始め、様々な鎧が。
武闘家ならば、武闘着や稽古着が。
そして魔法使いならば、ローブやマント等ゆったりした服装が多かった。
他にも、僧侶専門店、盗賊専門店があり、俺としてはまるで出来の良いコスプレ専門店を見ているようで、見る分には飽きなかった。
特に、僧侶の女性用の服は妙な色気があるん……コホン。

実は、店を回る前に、防具屋は職業についてからじゃないと見る意味があまりないから……と、後回しにされそうになった。
でも、鎧とか見るのって楽しいじゃないか。
だから、何とか二人を説き伏せて防具屋を見て回ったのだが……なんか、二人とも微妙に怒ってる……?

「もうこんな時間か……。残念だけど、協会に行くのは明日だね。ルイーダの酒場はやってるけど、登録の受付は夕方までなんだ」

「まったく、買いもしないのに何時間見てるんですか、ユートは……。結局、道具屋すらまだ見てないじゃないですか」

「……あ、あはは、悪い悪い、つい夢中になっちゃってな。鎧とかカッコいいからさ、俺もあんなの着てみたいな~ってな」

二人の少し冷たい視線に耐えて明るく言う。
やばい、少し調子に乗りすぎたか……?

「その割には、女性用の服を熱心に見ていたようですけど」

「そそそ、そんなわけあるわけないじゃないか、いやだなぁ、リア君」

俺は完璧な笑顔で誤魔化しきる。

「アナタって人は……救いようがありませんね」

「ハ……ハハハ」

誤魔化しきった……はず。

「……で? 結局ユートはどれが一番好みだったんだい?」

「んー、僧侶の服も色っぽくてよかったけど……やっぱしビキニアーマーかな。リアの着てた…」

……ミシッ!

そこまで言ったところで、顔にリアの足がめり込む。
……しまった、完全に油断してた。
こんな単純な引っ掛けに引っかかってしまうなんて……っ。
警戒してたのに、世間話みたいに振られるとどうしてもポロっと言ってしまう。
まだまだ修行が足りないのか……。

「……忘れてください、ってあの時言いましたよね……?」

「ばい゛、も゛うわずれまじだ……」

油断してたせいで、モロに喰らってしまい、鼻血が出て止まらない。
引っ掛けた本人は、そんな俺の様子を見て少し引いている。
……くっ、セディ、お前のせいで蹴られたってのに、そりゃないんじゃないか……?

「え……っと……、そ、それじゃ、そろそろ宿に戻ろうか。もうすぐ暗くなるしね」

……逃げやがった。
リアはセディの言葉に頷くと、フンッと鼻を鳴らすと、一足先に飛んでいってしまう。
残された俺たちは……否、俺はセディをジト目で睨みつけていた。
セディはしばらくどこ吹く風で俺の視線を受け流していたが、やがて根負けしたように苦笑する。

「あ、あはは、ごめんごめん。まさかこんな簡単に引っかかっちゃうとは思わなくて……」

「…………」

「機嫌直してくれないかな。傷、直してあげるからさ」

そして、俺の顔に手を翳すと『ホイミ』と呟く。
その呪文の言葉と共に鼻血は止まり、顔の痛みが引いていく。
俺は口を開いたまま阿呆のように呆然としてしまう。

「……どうかした? 変な顔して。ほら、これで顔吹いて」

渡されたハンカチで血を拭う。
鼻を押さえても痛まないし、鼻血が出た形跡も違和感もまったく残っていない。
ホント、魔法ってすごいわ……。

「……セディも魔法使えたんだな」

凄腕の戦士で回復可能。
何この完璧超人さん。

「あれ、言ってなかったっけ? ……ほら、これ。あまり回数は使えないけど、薬草代わりくらいにはなるからね、重宝してるよ」

セディは証を見せ、MPの部分を指差す。
あの“称号”の部分に目をやらないようにMPの表示を見ると、確かに『18/21』と書かれている。

「7回も使えりゃ十分じゃねーかっ! ……いいなぁ、俺なんてまだメラもまともに使えないってのに……」

「え、5回しか使えないはずだけど……。あれ、ほんとだ、MPが増えてる?」

セディは証を見つめて首を捻ってる。
なんでそんな不思議そうな顔してるんだ?

「レベルが上がったか、セディ自身が成長したんだろ?」

「うーん……、レベルは変わってないんだけど…」

俯いて『それに、そもそも契約魔法は……』と、ブツブツ考え込むセディ。
何を悩んでいるのか知らないけど、そんな事より。

「セディ、魔法使えるなら俺に使い方教えてくれよ! カッペよりずっと教え方上手そうだしさ」

もっとも、アイツより教え方が下手な奴はそうそういないだろうけど。
しかし、俺が頼み込むと、セディはすまなそうな顔をする。

「教えてあげたいのはやまやまだけど、僕とユートの魔法は系統が違うからね。教えてあげたくても無理なんだ」

……系統?
あぁ、確かにメラは魔法使い系でホイミは僧侶系か。
でも、魔法の使い方って、魔法使いと僧侶でそんなに違うものなのか?

「……そうだ、明日協会に行ったら、その後で魔法屋に連れてってあげるよ。マリアさんになら魔法の使い方教えて貰えるかも」

魔法屋……?
また馴染みのない名前が出てきたな。
まぁ、名前からして魔法の使い方を教えてくれる店なんだろうけど、屋、って言うくらいなんだからお金が必要なんだろうな。

……マリアさんか。
頭の中に、名前の通りに清純な女性が思い浮かぶ。
……くそっ! 金さえあれば大手を振って会いにいけるのに!

「でも、俺ゴールド全然持ってないしな。……って、そういや宿屋も決めないといけなかったな。セディと同じとこは高くて無理だろうし」

リアのヤツも連れ戻さないと。
たぶん何も考えずにセディの宿に行ったんだろうし。

「話聞くだけなら大丈夫だよ、きっと。それと、宿屋のことだけど、リアから聞かなかった?ちょうど僕の隣の部屋が空いてたから、さっき着替えに戻った時に一週間分借りといたよ。
……あぁ、お金の事なら心配しないで。もちろん僕が持つからさ」

「……へ?」

んなこと一言も聞いてない。
アイツ、伝えるの忘れやがったな。

「いや、でも、そこまでしてもらう訳には……」

「遠慮しなくていいって。ユートの事情はわかってるし。それに正直、今のユートの手持ちだと、安い宿でも二日泊まれるか、って所だしね」

「でもな……」

「こういう時は頼ってくれていいと思うよ。僕達友達なんだしさ」

尚も食い下がろうとした俺に、セディは優しく笑う。
……嬉しかった。
こっちに来た日にセディに会えなかったら、それこそ称号の通り本当の意味で『宿無し』だったろう。
いや、それを言ったら、リアやセディ達がいなけりゃ俺はあの暗闇の中で死んでたし。
改めて、リアやセディ、カッペとラマダに感謝する。

……でも、友達だからって、馴れ合いで何でも頼るのは少し違うよな。

「……正直、お金の事ではあまりセディに頼りたくないんだ」

金銭トラブルは友情を壊しやすいからな。
そんなつまらない事でこの友人を無くしたくない。

「え、な、なんで!? ボク達は……その、友達じゃ……」

しかし、セディは何を勘違いしたのか、少し顔を青ざめてると、すごい力で俺の胸元をつかんで揺する。

「お、落ち着けって。苦し……い…って」

「あ、ご、ごめん」

掴んだ手をなんとかタップすると、セディはようやく手を離して咽る俺の背中をさすってくれる。
さすが『ちから』が三桁あるだけはあるな。
少しずれた事を考えているとなんとか息が整い、俺はセディへと向き直った。

「……ふぅ。わりぃ、俺の言い方が悪かったな。友達じゃないとかじゃなくって、友達だからこそ、あまり金銭面では頼りたくないんだって」

「あ、あぁ、そういう事、ね。でも、実際お金ないのは事実だし、僕に頼ってもらうしかないと思うんだけど…?」

セディはホッと安心した表情で、そして心配そうに聞いてくる。
そりゃ、俺だって今の状態では頼らざるを得ないというのはわかってる。
でも、それが当然だ、なんて思ってしまうのは許されないと思う、……いや、そんなのは許したくないんだ。
自分でも少し大げさかなとは思うけど……、でも、さ。

「うん…。……だからセディ。申し訳ないけど、お金を貸してくれないか? 命を救ってもらった借りも含めて、必ず返すから!」

俺は腰を90度に曲げて誠心誠意、頭を下げる。
しばらくキョトンとした雰囲気が伝わってきたが、そのうちにクスクスと抑えきれない笑い声が洩れてくる。
自分でも何を馬鹿な、と思わないでもないけど、でも、けじめをつけることは大事だと思うんだ。
仲の良い人に対しては特に。
と、背中にトンッ、という軽い衝撃と共に、セディとは別のクスクスという笑い声が聞こえてくる。

「ふふっ、素直じゃないですね、ユートは」

「お前にだけは言われたくない! ……って、お前いつからいた!?」

宿に戻ったんじゃないのかっ!?
見られた!? こんなこっぱずかしい場面を!?
身体を勢いよく戻して振り落とす。
が、予想していたのか、リアはふわりと浮かぶと、何事も無かったかのように肩に着地する。

「『そこまでしてもらうわけには……』のあたりです。ふふふ、結局同じになるなら、最初から素直になればいいじゃないですか」

「うるせー、男には色々あんだよっ! な、セディ!」

「男……ですか」

リアは面白そうに意地悪く笑う。
くそっ、嫌な所見られたな…。
頬が熱くなるのがわかる。
もう宿に戻ったものと考えてて油断してた……。
……なんか、さっきから油断ばかりだな、俺。
セディは俺たちの様子を見て面白そうに笑う。

「あはは、わかったよ、ユート。待ってるから、早く強くなって返してね」

「おぅ! すぐに借りも金も返して、逆にこっちが貸してやるよ!」

「ふふふっ」

その後、あの『黄金のほったて小屋』は1人一泊8Gらしい事を聞いた。
つまり2人7泊あわせて112G。
……こ、これくらいなら何とか返せる……よな?












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 セディのステータスその① ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃.     セディ     .┃┃    ちから :101┃
┠──────────┨┃  .すばやさ :172┃
┃. 亡国の元副騎士団長 .┃┃  たいりょく :102┃
┃      戦士       ┃┃   かしこさ : 51┃
┃    レベル : 26  .┃┃ うんのよさ : 33┃
┃   HP226/226  ┃┃ こうげき力 :110┃
┃   MP 18/21   .┃┃  しゅび力 : 93┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:護身用のナイフ    ┃┃ ホイミ       ┃
┃E:旅人の服        ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛


(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 銅の剣 ―――


攻撃力:☆(13)
価値  :☆(270G)
希少度:☆
装備者:勇者 戦士 武闘家 商人 遊び人 賢者

(カッコ内の値は、『剣』タイプの平均値である)


・銅の剣

少し力のある者ならば、誰にでも扱える、駆け出しの冒険者のための武器。
剣の中では、手ごろな値段と手に入り易さは一番で、きわめて一般的な武器と言えるだろう。
これを読んでいる冒険者諸氏の中にも、駆け出し時代にこの武器のお世話になった者も多いことだろう。
使えばすぐにわかるだろうが、この武器は切れ味はあまり良くなく、切ったり突いたりには向いていない。
乱暴な言い方をすればその重量で叩き潰すという、鈍器のような使い方の方が向いていると言える。
威力は、そこまで高いものではないが、街周辺の弱いモンスター相手なら十分に戦える力は秘めている。
駆け出しの冒険者は、まずはこの武器を手に入れることを目標にがんばって欲しい。


・剣のタイプ

銅の剣に限らず、大抵の剣には、大きく分けて3タイプ存在する。
即ち、『大剣』と呼ばれる威力重視の大振りの剣、『小剣』と呼ばれる速度重視の細身の剣、そしてその中間の『剣』タイプ。
通常、剣を購入する場合は、自分の戦士としてのタイプをよく考えて選ぶべきだ。
しかし、銅の剣の場合だけ話は異なる。
小剣タイプはあまりお勧めできないのだ。
鋼鉄の剣ならば軽くて強度の強い小剣を作る事ができるのだが、銅はその性質上、軟らかいために細身にすると曲がり易くなってしまい、突きに耐えられないのだ。
そのため、銅で小剣を作ろうとすると、細身とはいえそれなりの太さが必要となり、どうしても20kgは超えてしまう。
これでは小剣の持ち味である速さが殺されてしまうに等しい。
小剣を扱うタイプの戦士を目指す場合でも、銅の剣を使う場合は、普通の剣で戦う事にした方がいいだろう。


・最後に

初めに、『少し力のある者ならば、誰にでも扱える』と記述したが、逆説的に、レベルが5まで上がっても片手で振り回せないようならば、戦士や武闘家になるのは諦めた方がいいかもしれない。
もちろん、どの職業につくかは各々の自由であるので、銅の剣を持つ力がないからといって、戦士や武闘家になれないわけではない。
しかし、力がなくとも、その代わりに他の能力が秀でている場合も多いのだ。
あまり一つの力に固執して、各々の持ち味を殺してしまわないように、職業は吟味して選ぶべきだろう。
非力な者には非力な者なりの戦い方もあるのだ、ということを心に留めておいて欲しい。


・著者 シンセ・レケシン
・参考文献 「『大剣』、『剣』そして『小剣』の違い」



――― 冒険者の友 天空の章 武器の項 11ページより抜粋



[3797] 第一章 第十九話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2008/12/19 22:35
リアです。
おふとん……あったかで………ぬくぬくしてます………はぅ……。

ん~~ふんふーん♪

柔らくてお日様の匂いのする枕に顔を埋めてゴロゴロしてると、お風呂場から少し音程のずれた、くぐもった鼻歌が聞こえてきました。
ちょっと音痴ですね……ふふふっ。

ここ、『黄金のほったて小屋』には、なんと部屋毎にお風呂がついてたんです!
どこの宿屋にも、共同のお風呂は大抵あるらしいんですが、ここのように一部屋毎についている宿屋は滅多にないんだとか。
その代わり部屋は少し狭いんですけど、わたしとユートの二人が生活するには十分な広さはあるし、気に入りました!

さすがに値段が高いだけはありますよね。
わたしには、あまり人間のお金の価値はよくわからないんですけど、ユートが言うには、この宿に一泊するだけで、あの美味しいお饅頭が80箱も買えてしまうんだとか!!
一箱10個入りなので、800個もあるらしいです。
800個ですよ、800個!!!
ここに泊まるのを我慢するだけでお饅頭800個貰えるなら……う~ん、でも、この枕は捨て難いですし、お風呂も……。
さっきユートに言われて、先にお風呂に入ったんですけど(ユートはれでぃふぁーすとって言ってました。どういう意味なんでしょう?)、ここのお風呂、すっごく気持ちいいんですよね。
お饅頭を取るか、宿を取るか、悩みどころです……。

コロンと寝返りを打つと、少し硬い感触が手に触れました。
視線を向けると、ユートが脱ぎ散らかした服が落ちてます。

「全く……脱いだ服はたたまないと皺になっちゃうのに、ユートときたら……」

まるで子供ですよね。
ユートのシャツを畳もうと手に取ると、その下から黒い上着が顔を覗かせました。
自然、肩の部分にあるわたしのポケットに目が行きます。

「……証、ですか……」

そう口から出た言葉は、自分でもわかるくらい沈んでいました。

アレはわたしの見間違いだったんじゃないでしょうか。
そんな有り得ない期待を抱いてそっとポケットへと手を伸ばし。
現実をまた突きつけられるのが怖い……。
そんな自分の弱さから、伸ばしかけた手を下ろす。

……わたしは、そんな仕草を何回か繰り返した後、自分の情けなさに零れ落ちそうになる涙を堪えて、手をぎゅっと握り締める。
と、突然、ガチャッ、という音がして扉が開かれると共に、セディが顔を出します。

「ユート、リア、そろそろ食事に行か……な…い…かい………?」

「あ……っ、ユートなら、今お風呂ですよ」

わたしは涙を手に持った物で拭うと、意識して明るい声で答えます。
そう何度も弱い部分を見られるわけにはいきません。

「……そ、そっか。……えっと、それじゃ、ユートがあがったら教えてくれないかな。夕食を食べに行こう。結構美味しい店なんだ、楽しみにしててね」

そして、セディはわたしの了解の声も聞かずに、そそくさと部屋を出る。
……が、すぐにまた扉が開いたと思うと、若干頬を赤く染め、目を伏せたセディが顔を出した。

「その……さ、人の趣味ってそれぞれだとは思うけど……、ユートには見つからないようにね」

そして、今度こそ完全に出て行った。
わたしはしばらく意味がわからずにキョトンとしていたが、自分の手に持っている物 ― ユートのシャツ ― と、自分の行動 ― セディに涙を見せまいと、手に持ったユートのシャツで顔を拭った事 ― を思い出し、セディが勘違いしていた事に思い至って、顔が熱く燃える。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!! セディ、それは誤解、誤解なんですっ!?」

……セディを追いかけ、何とか誤解を解いて部屋に戻ってきた時には、すでにユートは風呂から上がっていて、待ちくたびれてました。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第十九話 ~






「「「かんぱーい!!」」」

3つのジョッキが小気味良い音を立てる。
俺は一息にジョッキを空けると、ウェイトレスにもう一杯同じものを注文する。
俺とセディが飲んでいるのは、エール ―― あっちの世界で言うビールだった。
他のテーブルに目をやると、ワインのような物を飲んでいる客や、ソーダ割りを飲んでいる客もいる。
どの世界でも、酒にはやっぱり色々な種類があるようだ。
しかも見覚えのある物が多くて、俺としては嬉しい限りだ。
エール以外の物も追々試していくとしよう。

あぁ、ちなみにリアにはミルクを頼んでやった。
さすがにあの身体の大きさで俺達と同じ量のビールを飲ませたら、すぐに酔いつぶれちまいそうだったし。
リアサイズのコップなんて都合のいいものは当然無いので、コップに麦わらを刺して飲んでいる。
こっちの世界では麦わらをストロー代わりに使っているらしい。
ストローに口を付け、必死にミルクを飲む様子は小動物っぽくて可愛らしく、見ているだけで癒されたが、いつまでもこのまま、ってのもかわいそうだよな。
コップくらい専用の物を手に入れてやるべきかも。
ま、それは今度考える事にして。

つまみに頼んだ枝豆をパクつき、運ばれてきたビールをあおって、『ぷはーーっ』と、至福のため息をこぼす。
やっぱビールには枝豆だよなー。
そんな俺の様子を見て、リアがジト目でつぶやく。

「……ユート、おっさんくさいです……」

「うるせー」

この至高の組み合わせを理解できないとは寂しいやつめ。
ま~、今の俺は気分いいから許してやるけどな!
実は、宿屋の代金、考えていた半分で済むことになったんだ。
最初、セディは二人部屋を取っていたのだが、リアがベッドじゃなくても大丈夫だ、って事になったので、これまた空いていたセディの向かいの一人部屋に変えてもらった、ってわけだ。
その変わりに枕とジャケットをリアに持ってかれる事になったが、それくらいどうとでもなる。
本当は、リアに不便をかけるのは心苦しかったんだが、本人はそんなに気にしてないみたいだし、まぁいいか。
……気のせいかもしれないが、ベッドよりもジャケットの方が気に入ってる印象も受けたし。

ともかく、当初の予定の半額、56Gで済む事になったんだ。
これくらいならすぐにでも返せそうだし、気分が良くなるのも当然だろう。







セディに案内されたこの店は、宿からそう離れていない、軽食もやってる酒場だった。
多くの人で賑わっていたが、決して下品な騒がしさではなく、どこか基調の取れた雰囲気を持つ店だった。
冒険者の多い西どおりではなく南通りの酒場だからか、客層には、明らかに冒険者だとわかるような格好の人間はほとんどおらず、仕事帰りの商人や農夫が多く目立つ。
女性や子供連れも多く、恐らく元の世界で言えば、ファミレスの位置付けの店なのだろう。
なんにしても、落ち着いて食事が出来るのはありがたい。
冒険者だからってカッペのようなヤツばかりではないだろうけど、さすがにあんなのが大勢いたら食事するだけでも疲れるだろうし。







「お待たせー! ゆっくり食べてってくださいね!」

ウェイトレスに運ばれてきた料理に、早速齧りつく。
これは……鶏肉のソテーだろうか。
肉質は柔らかく、噛むとそこからじわっと肉汁が口いっぱいに広がる。
味付けは塩だけのようだが、香草の香りがいいアクセントになっていて、すごく美味かった。
これもビールに良く合うなぁ。

「どうしたんだ、セディ。酒が進んでないぞ~」

「だから僕はお酒駄目なんだって……」

セディが苦笑しながら、料理の合間にちびちびとジョッキに口をつける。
その中身は乾杯からほとんど減っていない。
そういや、注文する時に酒に弱いって言ってたっけ。
まぁ、一杯くらい付き合えって、無理に頼ませたんだ。
あまり強制するのもマナー違反だろう。

「ま、飲めないっていうヤツに飲ませるのは俺も好きじゃないし、しゃーないか。
……ところで、それも美味そうだな、それ、何て料理?」

俺やリアにはメニューが読めないから、注文はビール以外全部セディに任せてたからな。
何を頼んでいたのかよく知らなかったり。
セディの前にあるのは魚介類のスープ。
ホワイトソース仕立てで、具が多く美味そうだ。
クリームシチュー……ぽいか?

「あぁ、これは『たまてがいとエビのシチュー』だよ」

お、やっぱシチューだったか。
たまてがい……か。
こっちの世界にはやっぱり向こうにはない食材が多いんだろうなぁ。
なるほどなるほど、と相槌を打ちながら運ばれてきた三杯目のビールを口にする。

「で、リアのは『季節野菜のサラダ』、ユートのは『ピッキーのもも肉ソテー』だよ。足りなかったら頼むから、欲しかったら言ってね」

へぇ、俺のは『ピッキーのもも肉のソテー』ね。
ピッキーか……ピッキー………ピッキー!!??

ぶふーーーーっっ!!

聞き覚えのある名前に思い至り、思わず口に含んでいたビールを噴き出してしまう。

「げほっ、げほ……ちょ、ピッキーってまさか、あのピッキーか!!?」

あまりの驚きに咽てしまい、涙目でセディを見上げる。

「い、いきなりどうしたの、ユート。言ってる意味がよくわからないんだけど……」

「だから、この肉ってあのピッキーなのか!? あのモンスターのっ!! ……そ、そういや、たまてがいってのも確か……」

「う、うん、多分そのピッキーやたまてがいであってると思うよ」

マジかっ!?
俺、知らないうちにモンスター喰っちまった!!?

「……何を驚いてるのかよくわからないんだけど、……とりあえず、生き残ってね」

そして、そっと横を指差すセディ。
その指の先には……鬼と化したリアがいた。
風呂上りに変えたばかりの服は頭からびしょ濡れで、何があったか一目瞭然だった。

「……あ、あはは、悪い、リア。ちょ、ちょっとショックな事があって……」

俺は冷や汗を垂らしながら後ずさる。

「悪い、で済むと思いますか……?」

声には抑揚が全くなく、底知れぬ迫力があった。
まずいまずいまずい、メチャクチャ怒ってる!?
いや、まぁ、いきなりビールを吹きかけられて怒らないヤツはいないとは思うけど。
な、なんとか怒りを静めてもらわないと……!

「え……えっと、その……、そ、そう! 水も滴るいい女になってるぞ、リア! すごく色っぽ……」

そこまで話したところで、何かが切れるような音が聞こえ、次いですごい衝撃が顔に走り。
結論から言おう。
目が覚めたのは十数分後の事だった。







「いつつ……。ったく、少しは手加減しろよな……」

「ふんっ、当然の罰を与えたまでです!」

俺が痛む箇所をさすりながら睨むと、リアは顔を背けてストローに口をつける。
すでにGモシャスを使ったのか、その姿は濡れる前とまた変わっていた。
濃紺ベースに白チェックのワンピースに、黒のパンツ……なんかちょっと前にどこかで見たような……?
と、テーブルの脇を、リアと似た格好のウェイトレスが元気良く歩いていく。
あぁ、なるほど、ここのウェイトレスと似た服だったわけか。
ウェイトレスの着ていた制服はスカートなので、スカートとパンツの違いはあるが、リアの顔立ちにはこのパンツのほうが良く似合っていた。

「……なんですか」

「いや、その服、良く似合ってるな、って思って見てただけ」

「……っ! ふ、ふん、煽てても許してあげたりしないんですからっ」

「くくく、わかってるって」

羽ばたきの増えた羽をニヤニヤ眺めながら、セディに向き直る。

……何の話してたんだっけ?
……そうだった!
この飯がモンスターの肉だった、って事だったっけ。
慌てて話を戻してセディに問いただすと、セディは事も無げな表情をする。

「なんでそんなに嫌がるのかよくわからないんだけど……?」

「いや、だって、おい、モンスターだぞ、モンスター! ってか、そもそも、浄化したら消えちゃうんだろ!? なんで肉が残ってるんだよっ!」

「いや、浄化しないで持ってくればいいだけだしね……」

「ぐ……。た、確かに」

ルイーダの店で斡旋される仕事の中には、モンスターを狩って持ち帰るという仕事もあるらしい。
特に何も考えずにモンスターと戦えばいいだけの任務なので、駆け出しの冒険者にとっては手ごろな仕事なのだそうだ。

「で、でも、モンスターの肉なんて、喰って平気なのかっ!?」

「別に牛や豚を食べるのと同じだよ? それに、平気も何も、ユートだって美味しそうに食べてたじゃない」

確かに美味かった。
美味かったけど……モンスターだぜ、モンスター!
そもそも喰って大丈夫なのかよ……。

「うぅ……で、でも、なんか腹壊しそうで……」

「大丈夫だって。僕も……というか、こっちの世界の人は普通に食べてるけど、お腹壊したって話は聞かないし。それに、ユートも昨日から今日まで何ともなかったでしょ?」

「え、そりゃ何ともなかったけど? ……っ! ってまさか、昨日の干し肉っ!?」

「うん、昨日のあれは一角ウサギの干し肉だよ」

おいおい、マジかよ、全く気づかなかった…。
いつの間にかモンスターは俺の血肉になっていたようだ。

その後もあれこれと反論してみたが、全て論破されてしまった。
そもそも、モンスターを食してきた、という歴史上の事実がある以上、俺がゴチャゴチャ言った所で変わるはずもない。
まぁ、それに、確かにセディの言うとおり、モンスターと言っても肉になってしまえば変わりはない。
食べられるモンスターも、ごく一部のモンスターに限られているみたいだし、そう忌避したものでも……ないのかなぁ…。
モンスターを食べる事に対する抵抗感はまだほんの少し残っているが、そのうち慣れるだろう……。





モンスター談義が終わり、しばらく他愛も無い話に花を咲かせた後、話が途切れたところでセディのジョッキが目に入る。

「でも、酒が嫌いなんて、人生の半分は損してるぞ。いや、8割はしてるぞ!」

俺はすでに四杯目のジョッキを開けているが、セディは未だに一杯目すら飲み終えていなかったのだ。
この心地良いほろ酔い加減を味わえないなんて、かわいそうなヤツだ。

「そ、そんなにかい?」

あまり信じてない表情で疑わしそうにしているセディ。

「そうですよー、こーんなに美味しいのに~」

突然、それまで静かにミルクを飲んでいたはずのリアが、上気した顔で相槌を打つ。

「リアは飲んでないだろ。……って、これ酒じゃねーかっ!! いつの間に頼んだんだ、お前っ!?」

「キャハハハッ! お代わり頼んだら、持ってきてくれたんです~。気にしない気にしない~」

いつの間にかリアの身体ほどもあるジョッキに、ストローが刺さっていた。
どうやら何かの手違いで、ミルクのお代わりのはずがエールが運ばれてきたらしい。
リアは、すでに中身がほとんどなくなっているコップに口付けると、残りを飲み干していく。
その残りの量に反比例して身体は赤く染まっていき、コップが空になった時には、リアはリンゴの様に真っ赤になっていた。

「あ……もうなくなっちゃいました。ユートォ、おかわりぃ~」

「もう駄目だっ!! ……ったく、フラフラじゃねーか!
とりあえず、水でも飲んどけ。あんまり飲みすぎると身体に悪いぞ」

ウェイトレスに水を持ってきてもらいリアの前に置くと、『うー、仕方ありませんね……』と素直に水を飲み始める。
その身体はフラフラしていて、これでもか、というくらいに酔っていた。
まぁ、それも当然か。
リアは身体が小さいんだから、一杯でも十分飲みすぎなんだろうし。
でも、リアもこんな調子だし、セディも酒が苦手となると、今後も寂しい酒盛りになりそうだな。

カッペやラマダがいたら少しは違ってたんだろうけど。
カッペは……豪快に飲みそうなイメージあるよな。
いやいや、意表をついて、一杯で真っ赤になってつぶれるってパターンも有り得るか?
ラマダは静かにワインとか飲んでる姿が似合いそうだ。
五人で飲んでいる光景を思い浮かべて思わず笑顔がこぼれる。
さっきはカッペがいると疲れるかも、って考えたけど……騒がしそうだが、すごく楽しそうだ。

「どうかした? 楽しそうだけど」

「あはは、いやさ……」

俺は笑いながらさっき想像していた光景を話す。
セディは俺の話をニコニコと微笑みながら聞いていたが、ラマダの名前を聞いた瞬間、僅かにだが顔に緊張が走ったのがわかった。
すぐに元の笑顔に戻ったが、一度気になった違和感はそう簡単に消えるものではなく、さっきとまるで変わりのない笑顔のはずなのに、どこか無理をしているのではないか、と邪推してしまう。

ラマダ……か。
今思えば、セディはラマダに対して、何回かこんな態度を取ってたような気がする。
最初に会ったときも、森でも、門の前でも。
こうして考えてみれば思い当たるふしはいくつかあった。
……やっぱり、さっきのアレが関係してるんだろうな。







実は、食事に行こうと宿を出ると、広場で異様な光景に出くわしたのだった。

『世界は闇に覆われようとしているっ!!』

宿を出た直後、俺は突然大音量で響く声に驚き、その声の方へと顔を向けた。
そこには台の上に緑のローブを着た男が立っていて、そしてその周囲には黒のローブを着た者達が数人跪いていた。

『闇に怯えし子羊達よ! 光を求め、教団を信じよっ! 大教祖の御名を唱えよっ!! さすれば神に愛され、光の国へとたどり着けよう!!!』

緑のローブの男が声を高らかに上げると、周りの黒のローブの者達がそれに感極まったようにどよめきをあげる。
中には涙まで流している者もいるようだ。

「……なんですか、あれ」

リアが気味悪そうに身を震わせながらセディに尋ねる。
声には出さなかったが、俺もリアと同じ気持ちだった。
なんなんだ、あれ……。
なんか気持ち悪い……。

「あれは………『光の教団』だよ。……あれにはあまり係わり合いにならない方がいい」

セディは言葉少なにそれだけ告げると、後ろも振り返らずに歩いて行ってしまう。
俺とリアはその様子に困惑しながらも、ついていくことしかできなかった。



……その後、店に着くまでの間にポツリポツリと呟いたセディの話によると、『光の教団』とは、この世界で一番信仰されている、『聖ルビス教』に次ぐ大きな宗教団体との事だった。
その存在自体はかなり昔からあったものらしいが、ここ二十年で活動がかなり活発になってきたらしい。
一般信者は黒、下位の幹部は緑というように、ローブの色で教団内の地位が一目でわかるようになっており、先ほどのアレは布教の一環で、パフォーマンスのようなものだったようだ。
教えてもらったのはこれだけで、その教義や活動についてはあまり詳しく聞かなかった。
あまり興味はなかったし、セディ自身もあまり話したそうではなかったから。
ただ一つだけ気になったのは。
あの黒のローブ。
俺の見間違いでなければ、アレはラマダが着ていたものと同じだった気がする。
という事は、つまり、ラマダは光の教団の信者と言う事で……。
さっき気づいたように、セディがラマダに反応していたのが確かならば、ラマダ自身に対してと言うよりも、光の教団に対して、と考えた方が当たっていそうだ。
ラマダと会ったのは昨日が初めてと言ってたし。



……そこまで考えて、俺は頭を振った。
これ以上はやめよう。
こんな風に詮索するのは正直あまり好きじゃない。
これ以上考えたからと言って、答えが出るはずもないんだ。
それに、セディが話してもいい、と判断したならば、そのうち教えてくれるだろう。
その時にこそ、自分の全力でセディの力になってやればいい。
それまではこういう事があった、という程度に留めておけばいいだろう。
……とはいえ、今の俺じゃまだまだ力不足だということはわかってる。
セディに頼られるくらいに、さっさと強くならないと……っ!







「ユート?」

「……ん。あぁ、悪い、ぼーっとしてた」

話しかけられて、意識が浮上する。
もしかしたら大分長い事考えていたのかもしれない。
周りはまだまだ騒がしいが、覚えている限りでは顔ぶれが大分変わっている。
あんな風に考え事に没頭するなんて、俺も酔ってるのかね。

「ううん、ユートも大分酔ってるみたいだしね。そろそろ帰ろうか。……リアもこんなだし」

苦笑するセディに習ってリアを見ると、机の上のバスケットの中で、身体中を真っ赤に染めたリアが丸まって眠っていた。
リアが入る前はパンが三つ入っていたらしく、二つはテーブルに転がり、一つはリアの枕になっていた。
……なんか元の世界でこんなの見たことあるな。
あっちは土鍋で、妖精じゃなくて猫が丸まって入っていたんだけども。







宿に戻ってきた今も、リアは相変わらず腕の中のバスケットで眠スヤスヤと眠っている。
このバスケット、あまりにもリアにハマっていたので、お店に頼んで売ってもらったのだ。
実は内心断られると思ったのだが、寝ているリアの様子を見た店の店長の鶴の一声であっけなく売ってもらうことが出来た。
しかも定価の半額以下で。
その代わりにまた来店する事を約束させられたが、あの店は美味しいし、値段も手頃だったので、渡りに船といったところだろう。

バスケットを揺らして起こしてしまわないようにそっと部屋のドアを開ける。
開け放たれた部屋の中には光源がなく、窓も閉まっていて僅かな明かりすら入ってこないため足元すら覚束ない。
その、まるで飲み込まれそうな暗闇に、中に入るのを躊躇してしまう。

「セディ、悪い、ちょっと明かり頼めるか?」

両腕が塞がっていたので、セディに先に入ってもらい、明かりを灯してもらうことにした。
セディが部屋に入り少しすると温かい蝋燭の光が部屋を柔らかく照らす。

「それじゃ、また明日。おやすみ」

「おー、サンキューな! おやすみー」

俺は小声で礼を言うと、部屋に入り、ドアに鍵をかける。
バスケットをベッドにそっと置き、周りをゆっくりと見渡す。
ここがこれから一週間(場合によればそれ以上かもしれないが)お世話になる部屋なわけだ。
リアも気に入ってたみたいだけど、いい部屋だよな。
ベッドの他には、古い机が一台あるだけ。
自由に動ける空間はそれほどなく、他の宿に比べると部屋自体は狭いらしいが、元の世界での自分の部屋よりも広いし、十分すぎるだろう。
何より、風呂が部屋についてるってのはそんな欠点を補って余りある長所だし。





「………97っ……98っ! ……99、………100っと!」

寝る前に腕立てでもしてみようと思い立ち、床のスペースでやってみると、思いのほか続ける事ができた。
大学に入ってからは、遊び程度にしかスポーツをしておらず、まともに身体を鍛えていなかったというのに。
最後に腕立てやった時は30回がいい所だったはずだけど……もしかして、これがルビスにもらった体力のボーナスのおかげなのだろうか?
もしもそうなのだとしたら、証の祝福って、やっぱかなりすごいのかもしれない。

証をぼーっと眺めていると、腕立てでかいた汗が大分引いてきた。
当然と言えば当然だが、『ちから』が増えているという事はなかった。
さすがにちょっと腕立てしたからって上がるほど甘い物じゃないらしい。
でも、毎日続けていけば、銅の剣を振れるようになるかもしれないし。
もうちょいがんばってみよう。

着替えてさっさと寝るとするか。
一息ついて考える。
蝋燭もタダじゃない。
最初の一本はサービスらしいが、新しい物を頼む時は買わなければならないらしい。
まぁ、そう高いものでもないみたいだが、借金を持つ身としては節約するに越した事は無い。

汗をかいたので、置いておいた荷物の中から着替えを取り出す。
実は、東通りから宿に来るまでの間に、服を購入しておいたのだ。
最初は防具屋でみかけた布の服(30G)や旅人の服(70G)を買わなくてはならないかと思って、その値段に青くなってたのだが、普段着は南通りでもっと安い値段で売っていたので助かった。
防具屋で売っている布の服や旅人の服には、特別な処理が施されていて、そのせいで値段が高くなっているんだとか。
普通に着るだけなら当然そんな物は必要ない。
安物のシャツを、一着ではあるが、なんとか手持ちにあったルビィだけで購入する事ができたのだった。
着心地は……さすがに元々着ていた服には適わないが、そうそう悪い物でもなかった。
慣れれば気にならなくなるだろう程度の違和感しかない。
何より、汚れていた服を着替えることが出来たのは嬉しかった。
正直汗の臭いも少し気になってたし。

元々着ていたシャツを水で荒い、風呂場に干してから戻ると、リアのバスケットが目に入る。

「そういや、約束だったな……」

起こさないようにそっとリアをバスケットからベッドに横たえ、バスケットにジャケットと枕を敷いて寝床を整えてやる。
同じ様に細心の注意を払って寝床に寝かせてやると、寝ぼけた様子でジャケットに包まっていく。
その表情は幸せそうに緩んでいて、見ているこっちも嬉しくなる。
が……ジャケット、皺になったりしないだろうか。
少し心配だ……。





机に場所を移ってもらい、自分の寝床を整え、蝋燭を消そうと顔を近づけ ―― たところで、突然身体が固まって動かなくなった。
さっさと火を吹き消して寝ようと息を吸い込むが、なぜか吐き出す事ができない。

「……ん?」

自分でもわけがわからず、間抜けな疑問の声をあげるが、身体はようとして思い通りに動いてくれない。
……なんでだ?
ただ火を消して、眠るだけだってのに。
ただ……、ただ、明かりを消して、暗い暗闇の中で……。
閉ざされた部屋の中で……ひと…り、取り残……されて……?

「えっと……あ、あれ……? お、おかしい…な」

頬に違和感を感じて顔に手をやる。
しかし、その手は震えており、手を這わせた部分から肌をも震わせていた。
いや、手からの震えだけじゃない。
頬自体も震えていた。
歯の根が噛み合わず、ガチガチと耳障りな音が聞こえる。
うるさいな、この音を止めてくれ。
……誰か、この震えを止めてくれ。

「な、なんで……震えが、止まら…ないんだよ……? こ、ここは、…………じゃ、ない…ってのに。…なんでも……ない、っての…に」

そう、なんでもない。
なんでもないはずなんだ。
ただ部屋を暗くして、寝るだけだろ?
ここは“あそこ”じゃない。
アノ暗い部屋じゃない。
暗闇から見つめるモンスターの昏い瞳なんてないし、朽ち果てた人間の骨なんかも落ちていない。
出口だってすぐそこにあるし、出られない部屋なんかじゃない。
大丈夫だ。

“――― 眠ったって死にはしない”

なのに。
なのに、なんで歯の音は鳴り止まない。
なんで震えが止まらない。
明かりは目の前なのに、どうしてこんなにも暗いんだ。
なんで、俺はこんなに怖いんだ。

……怖い。

そう、怖いんだ。
俺は怖い。
暗闇が怖い、明かりが無いのが怖い、独りが怖い、死体が怖い、あんな風になるのが怖い、モンスターが怖い、暗闇から見つめる昏い瞳が怖い、怖いこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイ ―――

「ユートッ!!」

突然暗闇を切り裂くような鋭い声が聞こえ、視界に明かりがともる。
俺は悪い悪夢から目が覚めたような感覚で振り返る。

「………その…お饅頭……とっちゃ…だめ……で………」

「…………は?」

そこにはムニャムニャと寝言を言うリアの姿があった。

「く………くく…っ」

眠りについたまま猫のように顔を洗う寝相を見てると、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
一頻り、声をあげずに笑いをかみ締めた後、俺は一人ごちる。

「そうだよな、ここは“あそこ”じゃないってものそうだけど……、何よりここにはお前がいたんだよな」

独りじゃなかった。
そう心の内で呟くだけで、身体に活力が沸いてくる。
俺はそっと机に近寄り、バスケットを手に持つ。

「悪い……もうちょっとだけ近くで眠ってくれな」

俺はバスケットの取っ手をしっかり手に握り締めると、蝋燭の火を吹き消す。
さっきの事がまるで嘘のように呆気なく蝋燭の火は消えた。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 証に書かれている言語について(とある聖ルビス教研究者のばあい) ―――


証に使われている文字について……でしたね。
証において、現在確認されている画面は三つ。
その全てにおいて文字と思われる物が書かれています。
順番に考えていきましょう。


・『浄化及びゴールド収納』の画面

この画面に書かれている文字は『G』と『EXP』の二つのみ。
これは疑いようもなく、『G』とはゴールド、『EXP』とは経験値、あるいはそれに類するものを表していると考えられます。
なぜならば、『G』については、ゴールドを収納すればその横の数字が収納した分だけ増え、そして浄化を行えば『EXP』の横の数字が増えるという事が確認されるているからです。
また『EXP』に関しては、この数字がある程度増えるタイミングで『レベル』(『レベル』に関しては後述する項目を参照)が上がることが確認されており、この数値が経験値やそれに類する物を示していることは疑いようも無いでしょう。


・『不思議な地図』の画面

ここで書かれている文字については、実はまだよくわかっておりません。
いえ、もちろん、ここに書かれているものがただの『記号』なんていう馬鹿げたものではなく、何らかの意味を持った美しい『文字』であるという事は疑いようのないものなのですが。
この画面には、文字の他に、城や街、塔や洞窟などの建物を示しているであろうマークや紋章を確認する事ができます。
そのマークの横に文字が書かれていることから、この文字はそのマークの名称を表しているのではないか、と考える事ができるのです。


・『初期』の画面

証を授けられた際、一番初めに目にする事になる画面です。
ここに書かれている物が『記号』に見えるなんて、節穴とか言いようがありま……ゴホン、失敬。
この画面の左半分には、いくつか我々の用いている文字が書かれています。
この事からも他に書かれている物が意味を持つ文字だとわかりそうなものですが……全く。
我々の用いている文字で書かれているのは、一番左上に、その証の持ち主の名前。
そして、その二つ下に、その持ち主のついている職業が書かれることになります。

まず、名前について。
この名前は、証を授けられる際に、司祭様へと告げた名前が描かれることになります。
ここで告げる名前は、必ずしも本名である必要はありません。
例えば、家名を言わずに名前だけだったり、渾名であったりでも大丈夫です。
しかし、あからさまな偽名では証を貰う事ができません。
この辺りの詳しい条件は未だ明らかにはなっていませんが……まぁ、普通に使う際には考える必要の無い事でしょう。

そして、次に職業について。
証を受け取ったばかりの駆け出しの冒険者には当然職業についておりません。
その代わりなのかはわかりませんが、職業についていない者の証の職業の欄には、平均して二文字から四文字程度の文字が書かれる事がわかっています。
一文字の人や、五文字以上の人もいますが、これは極稀で、あまりお目にかかることはありません。
ちなみに現在確認されている最多量は、八文字となっています。
これが何を意味するのかはわかりませんが……恐らく、ルビス様には何か深いお考えがお有りになるのでしょう。

他にわかっている物としては、『レベル』『HP』『MP』の三つが上げられます。
『レベル』と書かれている文字、これは恐らくその者の力量 ―― レベルを表していると思われます。
『HP』、これはその者の体力を、そして『MP』はその者の精神力、あるいは魔力を表していると考えられます。


・最後に

残念ながら『初期』の画面の右半分については何もわかっておりませんので、現時点でわかっている物は以上となります。
ですが、左半分の例からわかるように、右半分も何か意味のある文字だという事はお分かりになっていただけたと思います。
まだまだ何かと秘密の多い、『冒険者の証』。
私たち、聖ルビス教を研究するものにとって、ルビス様の祝福を体現するこの証を解明する事は、研究者としての義務だと考えております。
まずはルビス様が独自にお使いになられている文字を、なんとか読み明かしていくことからはじめましょう。
そのためには、多くの方の情報が必要です。
どんなに些細な事でも構いません。
気づいた事があれば、ぜひ私たちにまでご一報よろしくお願いします。


発言者 ジャミド・ホレカ


――― 『文字』VS『記号』~徹底討論 真実はどっちだ!?~ より抜粋



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 証に書かれている言語について(とある言語学研究者のばあい) ―――


証に使われている文字について?
ふんっ、どいつもこいつもただの記号に意味を求めおって!
いいか、証に書かれているものはただの記号。
そこに意味を求めても得るものは何もないのだ。
その事について、話をしてやろう。


・『浄化及びゴールド収納』の画面

この画面に書かれている二つの記号。
『G』と『EXP』。
確かに、これが表しているものはどこかの狂信者が言う物で間違いないだろう。
それは認めよう。
しかし、これが文字であるとは断固として認めん!
……理由?
くくく、そう慌てるな、次を見てみようではないか。


・『不思議な地図』の画面

………。
……なに、コメントはないか、だと?
ふんっ、語ることなど特には無いわ。
さっさと次へ行くぞ。


・『初期』の画面

節穴だと?
どの口がほざく。
……まぁ、よい。
ん、意味だと?
名前と職業に関しては言う事は無いな。
当然だ、これこそが『文字』なのだからな。
他の記号に関しての意味も、そこの狂信者の言うもので概ね間違いは無いだろう。


・最後に

そこのお前っ! ……そう、お前だ。
今まで三つの画面を見てきたわけだがそれぞれの記号を見比べて、何か気づく事はないか?
……ふんっ、役に立たんやつめ。
おい、そっちのお前はどうだ。
……それでも司会者か、全く。

いいか、この三つの画面に書かれている物、どれもこれも全く似ていないとは思わないか?
まず、『浄化及びゴールド収納』の画面に書かれている『G』『EXP』の記号。
次に、『不思議な地図』の画面に書かれている記号。         (ここには筆記体の英文字を崩してデザイン化された文字が使用されていますbyノンオイル)
そして最後に、『初期』の画面の『レベル』や『ちから』の文字。
どうだ、どの文字も一目で全く違う系統の物だとわかるだろう?

あの狂信者は、これらが全てルビス様独自の文字だと言っているが、そんなことはありえんのだ。
文字とは伝える者と受け取る者がいて初めて成立する。
もし、この三画面全てに同じ系統の記号が使われていたならば私もこれを文字と考えることができたかもしれないが、このように全く違う系統のものを三種も使っている以上、それは無理だ。
……いや、『初期』の画面でも、見ようによっては三種類使っているとも考えられる。
『浄化及びゴールドの収納』、『不思議な地図』、そして、『初期』の三種類で、合計で五種類。
五種類もの文字を使って、ルビス様は一体誰に何を伝えるというのだ?

それに、言語学的にも、この記号を文字と考える事はできん。
我々の使っている文字や、古代に使われていた文字、そして精霊や妖精の用いる文字。
私はその全てにある程度精通しているが、これらの文字は見た目はかなり違えど、どこかしらの共通点を読み取る事ができる。
どれも根の部分は同じなのだ。
しかし、ここで使われている五種類の言語には、その共通点が全く見られない。
『初期』の画面に書かれている三種類は、それぞれにわずかに類似点が見られるが……他の物は似ても似つかん。
そうである以上、もしも万が一、この証に書いてある記号が文字だといいたいのならば、それは我々の扱う文字と全く成り立ちの違う……そうだな、くくくっ、異世界の文字とでも言うしかないだろう。
わはは、そんなことは有り得んがな。

何度でも言おう。
証に書いてあるものは全て記号で、文字などでは決して無い。
狂信者よ、あまり文字文字と連呼しておると、自分の低脳さをさらけ出す事になりかねんぞ。
わははははっ。


発言者 ガドクィ・イーィヤ


――― 『文字』VS『記号』~徹底討論 真実はどっちだ!?~ より抜粋




[3797] 第一章 第二十話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/02/24 03:14
ユートだ。
ん~~~~~~っ!!
今日も良い天気だな。
窓を開けて空気を入れ替えすると、僅かに残っていた眠気がスッっと消えていく。
残念ながら、こちら側は宿の裏手通りとなっているので、絶好の景色とはいかないが、相変わらず空気は美味かった。
やっぱし排気ガスとかないのは大きいよなぁ。
空はまだ明るくなりかけたばかりだが、すでに通りを行き交う人達もチラホラと見かける。
朝早いってのにご苦労なことだ。

「それに引き換え、こっちの姫様ときたら……くくくっ」

俺は笑いを堪えながら振り返る。
そこにはバスケットの中で真っ青な顔で呻いているリアがいた。

「ぅ~~~……あたま………ガンガン……です」

見ての通り、昨日飲みすぎたせいで二日酔いの真っ只中ってわけだ。
二日酔いの妖精なんて、想像もしなかったわ。

「はは、調子に乗ってエール一杯丸々飲むからだ。身体の大きさ考えろっての」

「こんなに……なるなんて、知らな……かったんです」

頭に手をやって『もう、絶対、二度と飲みません…』とブツブツ呟いている。
わはは、その気持ち、すっごくよくわかるぞ、リア。
俺も飲みすぎた次の日ってあんな感じだし。
バスケットの中でしおらしく寝返りをうつ様は同情を誘うが、可愛らしく、見てて飽きなかった。
……とはいえ、こうして放っておくのもかわいそうか。

「しゃーない、下で宿の人に何か良い薬がないか聞いてきてやるよ」

「うぅ……おねが……いたたたた…」

顔をあげて礼を言おうとするが、すぐにうずくまってしまう。
……駄目だな、こりゃ。

「……ふぅ。これに懲りたら、もう勝手にあんなに飲むなよ?」

返事をする気力もなしにうんうん唸るリアに苦笑をもらすと、俺は部屋を出た。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第二十話 ~






協会の重たい扉を開いた俺達は、イレールの元気の良い声に出迎えられた。

「あ! セドリックさんにユートさんっ!! おはようございますっ。リアちゃんもおはようっ!」

朝がまだ早いせいか、受付には人はほとんどいなかった。
扉を開けた瞬間に挨拶が飛んできたし、イレールも暇だったのかもしれない。

「おー、おはよ~」

「おはよう、イレールさん」

「……………ます」

活力に満ちた彼女の笑顔は、見ているだけでこちらまで元気になってくる。
……顔を真っ青にして、どんよりとした背景を背負った若干一名を除いて、ではあるが。
あの後薬を貰う事はできたのだが、効き目はあまりなかったようだ。

「……? リアちゃん、どうかしたんですか? すっごく具合悪そうですけど……」

イレールが不思議そうな顔でリアの顔を覗きこむ。

「ちょっと大丈夫!? リアちゃん、顔真っ青だよ!?」

「み、耳元で叫ばないでください……がんがんします……」

顔色を見て血相を変えて心配するイレールに、リアが搾り出すように呻く。
その様子に更に心配になったのか、オロオロし始めるイレールに笑いながら教えてやる。

「あはは、大丈夫大丈夫。ソイツ、ただの二日酔いだから」

「なーんだ、二日酔いですかぁ……、病気じゃなくてよかったです……。
……うふふっ、調子の悪そうなリアちゃんもかわいいです……」

原因を知って安心したのだろう。
イレールはそう呟くと、軽く頬を染めてうっとりと見つめる。
……うん、気持ちはわからなくもない。

「………でも、ユートさんっ!?」

しかし、そんな表情から一転、イレールは俺を上目遣いでキッっと睨みつける。
普段は明るい笑顔を浮かべているその表情は、静かな怒りに燃えていた。
俺はその迫力に思わず気おされてしまう。

「リアちゃんはまだ小っちゃいんですから、お酒なんて飲ませちゃ駄目でしょう!? 倒れちゃったらどうするんですかっ!!」

人差し指を立てて、まるで子供に言い聞かせるかのように注意するイレール。
どうやら笑いながら話したせいで、俺が面白がって飲ませたとでも思われてしまったらしい。

ってか、イレールさん、小さいの意味がちょっと違わないか、それ。
リアは身体は小さいけど、年はそんなに……あれ、そういやコイツ、何歳なんだろ?
……って、今はそんな事よりも。

「ご、誤解だって、イレールさん。俺は飲ませないようにしてたんだけど、気づいたらいつの間にか勝手に飲んでたんだよ、コイツ」

「えっ?」

俺の言葉に、不思議そうな表情のイレール。
それを見てセディがさらに俺の言葉を補足する。

「お店の人が注文間違えちゃったみたいでね。ミルクのお代わりを頼んだはずがエールを運ばれてきちゃったみたいで……。
ちょうどその時は二人で話してて気づかなかったんだ」

「……っ!! ご、ごめんなさいっ! 私、早とちりしちゃって!」

セディの言葉で自分の勘違いに気づいたのか、途端に形のいい眉をハの字にすると、俺に向かって勢い良く頭を下げる。
もっとも、俺の方としても間違えられたからといっても、怒りの感情は当然全くない。
なのでここまで謝られてしまうと恐縮してしまう。

「いや、別にいいって。イレールさんはリアの事心配してくれたんだろ? 俺の言い方も誤解されるような部分があったのが悪いんだし、気にしないで」

それを聞くとイレールはホッとした笑顔を見せてくれる。
俺はその笑顔に癒されながら、コロコロと良く表情の変わる子だなぁ、と少し場違いな感想を抱いていた。

「……そうだっ! ちょっと待っててください」

イレールは突然、名案を思いついた、と手を打ち鳴らすと、止める間も無く受付の奥に行ってまう。
そして、少しすると、小さな湯のみを一つ持って戻ってきた。

「これ、前にルイーダさんに貰った酔い覚ましにいいお茶なんです。下手なお薬なんかよりも効くんですよ!」

そっと受付に湯のみを置く。
おやっさん謹製のお茶は深い緑色で、静かに湯気がたっていた。

「はい、どうぞ。リアちゃん、熱いから気をつけてね」

リアは小さな声で礼を言うと、二、三度ふーふーと冷ましてから湯飲みに口をつける。

「……熱っ!」

身体に見合った肺活量しかないためか、十分に冷えてなかったらしい。
軽く火傷してしまった舌を出してひーひーと呻いている。

「はぅ……リアちゃん、かわいい………」

何かがツボに入ったのか、イレールはそんなリアの様子をうっとりと見つめている。
その頬は軽く染まっており、目はトロンと惚けていた。
それまでの朗らかな明るい表情とうって変わった色気のある表情に、思わず目が吸い寄せられる。

「………お持ち帰りしたいなぁ……」

「…へっ?」

ボソッと呟かれた不穏な単語に思わず聞き返すと、イレールはハッと我に返り、『も、もちろん冗談ですよ、冗談っ!』と、わたわたと取り乱す。
その様子があまりに必死すぎて、思わずセディと見合わせて笑ってしまう。
『冗談なんですってばぁ~~』という情けない声にセディと笑い声を上げながら、しばらくイレールのかわいい慌てぶりを観賞させてもらった。







「……コホン。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

気を取り直して営業モード(?)に移るイレール。
その様子は堂に入っていて、声には張りがあり、流石にプロだった。
だから、ほんの少しだけバツの悪そうな表情だったり、頬がほんのり染まっているのはご愛嬌だろう。

「ど・ん・な! ご用件でしょうかっ!」

俺の考えている事がわかったわけではないだろうが、視線や表情から想像がついたのだろう。
僅かに声を荒げるイレール。
そのツーンと拗ねている表情もなかなか……

「ぅ~~~~っ……」

あ、遊びすぎたか…。
イレールは目端に涙を溜めて俺を恨めしそうに見上げている。
両脇から感じる二人の責めるような視線が少し痛い。

「あ、あはは………その。ごめんなさい」

頭をキッチリと下げると、尖っていた雰囲気が和らぐのが感じられた。

「……もういいです」

コッソリ見上げると、苦笑したイレールの笑顔があった。

「ふふっ。それで、今日はどんなご用ですか?」

いつも通りのイレールの笑顔にホッとしながら、俺は整理しながら用件を伝える。

「昨日冒険者の証を貰ったんだけど、まだ詳しい説明聞いてないからこっちで教えてくれないかな。それと、冒険者の登録の方も合わせてお願い」

「わかりました! ……それじゃ、まず説明の方からですね。加護についての説明や維持については司祭様にお聞きしましたか? ……はい、そうです。大丈夫そうですね。
では、その辺は飛ばして、使い方の説明をしますね。まず ――」

ステータス画面、地図の画面、浄化の画面の、各画面を切り替える方法。
そして、地図の機能や浄化方法、そしてゴールドの収納及び取り出し方の説明を受ける。
すでにさわりの部分はセディに聞いてたために、わりとすんなり覚える事ができた。





「―― とりあえず現時点で知っおかなければならない機能は以上となります。何かご質問はありますか?」

「いや、大丈夫だよ」

いくつかの注意点を話した後、そう締めくくるイレールに答える。
気になった点はその都度確認していたので、特に聞きたい事は残っていなかった。

新しく説明された部分は驚く事ばかりだったが、その中でも特に驚いたのが、破損や紛失については考えなくても良い、という点だった。
というのも、証は物理的な攻撃や魔法による攻撃では傷一つつかないので、破損については大丈夫らしい。
硬いとは思っていたけど、まさかそれ程とは思わなかった。
ちなみに、この性質を利用して、急所を守る防具代わりに使う冒険者もいるらしい。
言われてみればなるほど、セディも証を胸元に入れていたのを思い出した。
そして、紛失について。
こちらはさらに不可思議で、証は持ち主の手をある程度離れて一定以上の時間が過ぎると消えてしまい、次の瞬間には再び持ち主の手元で現れるというのだ。
つまり、維持さえ忘れなければ、半永久的に手元に置いておけるというわけだ。
まさにファンタジー、ここに極まれり、といった所か。

「リアちゃんも、大丈夫……? もし辛かったらまた後で説明しなおしてあげるけど……」

営業モードから通常モードに戻ると、リアを心配そうに覗き込む。

「いえ、わたしもしっかり聞いてたから大丈夫です。体調も、もらったお茶を飲んだら大分調子よくなりました」

その言葉の通りに、幾分はっきりした声と表情をしている。
どうやらおやっさん謹製のお茶は、かなりの効果があったようだ。

「ふふ、よかった! それじゃ、次は登録の方ですね」

嬉しそうな笑顔を再度キリッと改めると、淀みなく話し出す。

「まず、冒険者として登録するためには二つの条件を満たしてもらう必要があります。言わばテストですね。
……ふふっ、二人ともそんなに硬くならなくて大丈夫ですよ。そう難しいことじゃないですから」

テスト、と言われて思わず身を硬くした俺達の緊張をほぐすかのように明るく笑う。

「まず一つ目が、何らかの職業につくことです」

「職業……ですか?」

不思議そうに聞くリアに頷くイレール。

「えっと……そうですね、実際に見てもらったほうが早いかな。セドリックさん、それにリアちゃんも。ちょっと証を貸してもらえますか?」

「うん、……はい、これ」

「えっ……! わ、わたしは、そ、その……」

「ほぃ、これでいい? イレールさん」

請われて一瞬身を硬くするリアの横から、自分の証を差し出す。

「え? あ、はい、いいですよ、お二人ともお借りしますね」

イレールは俺達から受け取った証を二枚並べると、受付の台の上に置く。
左肩にギュッとしがみつく柔らかな感触が伝わってきたが、気恥ずかしいので気づかないフリをしておいた。

「職業と言うのは、名前の二つ下に書いてある、この部分の事を言います。まだ職業についていないユートさんやリアちゃんのような、所謂『見習い』さん達の証は、このように記号と言うか文字と言うか、よくわからないものが書かれているんですが……」

俺の証の『と し ま』の部分をなぞり、そこで一息入れると、イレールは俺の証からセディの証へと指を移す。

「職業につくと、このように、ついた職業の名前が書かれるわけです。……セドリックさんの場合は『戦士』ですね。他にも、『武闘家』や『僧侶』、『商人』や『盗賊』等、色々あるんですよ」

職業につくと、レベルが上がった時に受ける祝福が、職業につく前よりも段違いにあがるらしい。
また、職業毎に特色もあるようだ。
『戦士』ならば力が、『武闘家』ならば素早さがあがりやすい、というように。
まぁ、この辺は、ゲームをやった事のある俺にとっては想像通りだったが、リアは興味深そうに一々頷いている。

「……職業についてはなんとなくですが解りました。それで、職業につくにはどうしたらいいんですか?」

お、それは俺も気になるな。
イレールはよくぞ聞いてくれました、という表情で指を二本立てる。

「まず、一つ目は、『見習い』の状態でレベルを3以上に上げること。と言っても、これはすっごく簡単です。スライムを10匹も倒せば達成できちゃいますし。
そして二つ目。レベルが3以上になったら、聖堂の司祭様の所 ―― 証を貰ったあそこですね ―― に行って、なりたい職業を司祭様に告げて祈りを捧げれば、その職業になる事ができます」

イレールは『簡単でしょ?』とニッコリ笑う。
確かに、スライム10匹で達成できるなら簡単な気がする。
俺にスライムを倒せるならば、だけど。
……ま、まぁ、多分なんとかなるだろう。

「なりたい職業って……なんでもいいんですか……?」

リアが恐る恐る、といった表情で問いかけると、イレールは少し難しい顔をする。

「うーん、実は何でも、っていうわけじゃないんですよね。たまにですけど、なりたい職業になれない人もいるみたいなんです。
ただ、今まで私が見てきた限りだと、そういう人達って、あまりにもその人に合っていない職業だったり、って事が多いんですよね。例えば、線が細くて、力が見るからにない人はやっぱり戦士になれなかったり……」

「そ、そうなんですか……」

「あ、で、でも、なりたい職業があるなら、それを目指して頑張るのは悪い事じゃないよ! リアちゃんがそのなりたい職業になれないって決まったわけじゃないんだし、元気出してっ、ね!」

肩を落とすリアをなんとか励まそうと明るく話しかける。

「そ、そうですよね……。……わたしに合った職業、ですか……」

「あはは、そうそう急ぐ物でもないし、ゆっくり考えればいいと思うよ。レベルが3になるまでだって、自分に向いているのがどんな職業なのか探すための時間のようなものだしね」

考え込むリアを穏やかに笑いながら励ますセディ。
自分に向いている職業か……。
そういや俺に向いてる職業ってなんだろうな。
……俺にもすぐに見つかるといいけど……。





……戦士なんてどうだろう?
なんと言っても冒険者の中で花形っちゃ花形だし、セディの強さを見ちゃうと憧れるよな。

いや、魔法使いってのもありだよなぁ。
豊富な魔法や知識でパーティのピンチを救う、っていうのは憧れる!
俺が好きだったドラクエの漫画の中でも、一番好きなキャラは弱虫だけど勇気ある魔法使いだったし。

後は……意表をついて商人とか?
いや、まぁ、これはセディやラマダに褒められて気分が良かった、っていう不純な動機なんだけどさ。
でも、商才を発揮して大金を手に入れて、この世界の裏側を支配するなんてのも楽しそうだよな……!
いや、俺に商才があるかなんて事はひとまずおいといて。

盗賊?
これは……イメージがなぁ。
もちろん、ドラクエの、職業上の盗賊は夜盗や山賊とかとは別物だとわかってるけど、どうしても…ね。
孤高の暗殺者、なんてのにはちょっと惹かれるけど、ちょっとドラクエっぽくないよな、そういうのは。

遊び人?
それはアリエナイ。
いや、ゲームならいいさ。
俺のやった事あるドラクエだったら、レベル20になりゃ賢者になれるんだからさ。
でも、ここじゃダーマの神殿があるかどうかすらわからないんだぞ?
そもそも転職ができるのかわからない状態でそんな冒険はできない。
下手したら一生遊び人……そんなんじゃみんなを守るなんて夢のまた夢になるし。





ふとリアの様子が気になって顔を上げると、やはり難しい表情で考え込んでいた。
やっぱ職業ってのは今後にかなり関わってくるし、慎重にもなるよな。

「ふふっ。二人とも、自分に向いている職業は追々考えていく事にして、説明を先に進めても構いませんか? あ、もちろん質問があったらお聞きしますよ」

その言葉に、ふと思い浮かんだ事があったので、早速聞いてみる。

「それじゃ一ついいかな。さっき、職業につくとレベルアップの時に受ける祝福の効果が段違いに上がるって言ってたよね。ってことは、レベル3になったらすぐに職業につかないともったいない、ってこと?」

「えっと……どういうことでしょうか?」

イレールはキョトンとした表情で首をかしげる。
どうやら上手く伝わらなかったようだ。

ようはレベル3で戦士になってレベル5まで上げるのと、見習いでレベル5まであげてから戦士になるのじゃ前者の方が強くなるのか? ってことだ。
ゲームをやった事ある人なら俺の言いたい事がよくわかるだろう。
いやまぁ、俺も細かいな、と思わないでもないけどさ。
自分の命が掛かってくるとなると、少しでも強くなりたいわけで。

噛み砕いて説明すると、イレールは納得した表情で頷く。

「あぁ、なるほど、そういうことですか。それなら心配要りませんよ。見習いから職業につくと、レベルはまた1からになっちゃいますので」

……ってことは、もしも見習いの間でも僅かにステータスがあがるなら、見習いのうちにレベルをできるだけ上げてから職業についたほうがいいって事だな。
それについて聞いてみた所、見習いの状態ではレベル5以上はあがらないらしい。
という事なので、とりあえずレベルは5まであげることは決定、と。

「他には大丈夫ですか?」

俺が頷くと、イレールは面白そうな表情で俺の顔を見つめてきた。
見ると、セディも同じ様な表情で俺を見ていた。

「それにしても、ユートさんって面白い事考えますね。そんな風に考える人、私初めて見ましたよ!」

そりゃそうだろう。
こういう考え方は、ゲームとしてやった事のある人間でないと考え付かないだろうし。
普通は特に考えずにさっさと職業についちゃうんだろうな。
早く強くなった方が死ぬ可能性も減るしさ。
俺もここで生まれてたら多分そうしているだろう。
長い目で見りゃ確実に俺のやり方の方がいいはずなんだけどな。

……ただ、こういう考え方をしてるって事は、俺が無意識にでもどこかこの世界をゲームと同じ様に捉えている部分が残ってるということだろう。
少し気を引き締めておいた方がいいかもしれない。
まぁ、モチベーションがあがるから、少しくらいなら構わないだろうけど。





「それじゃ、登録するために必要なもう一つの条件についてお話しますね」

……あぁ、そっか。
職業につくのはあくまで条件のうちの一つに過ぎなかったんだっけ。
ゴチャゴチャと考え事してたから、忘れてた。

「もう一つの条件は、次の課題のどちらか一つを選んでやってもらう事になります。まず一つ目が、協会に100G支払う事。そして、もう一つが、『試しの洞窟』に入って、一番奥に置いてあるハンコを紙に押してくる事です。このどちらかを満たして、なおかつ職業についていれば、すぐに冒険者になることができますよ」

むむむ……100Gってことは、もしこっちを選んだ場合、リアと二人分だから、200Gか……ちょっちきついな。
『試しの洞窟』次第だけど、洞窟に行く方が楽そうな気がするな。

「どちらの課題をする場合でも、手段は問いません。ただ、当然の事ですが、盗みや恐喝とかは駄目ですよ? 人殺しなんてもってのほかです。常識の範囲内でお願いしますね」

手段は問わない、ってことは100Gの方は必ずしも敵から手に入れる必要はないって事か。
あぁ、もちろん犯罪はナシだぞ?
そんな事しても気分悪いだけだし、たぶんこの世界にだって取り締まる組織はあるだろうからな。
ようは商売で手に入れたり、もし冒険者の血縁がいるならその人から貰うとか、そういう手段もありますよ、って事だろう。

ちなみに、洞窟に入ることが出来るのは『見習い』の人だけなで、セディについてきてもらう、という事はできないらしい。
まぁ、出来たとしても着いてきてもらうつもりはなかったが。
『試しの洞窟』なんていういかにも初心者用の洞窟すら自分だけで制覇できないようなヤツが、これから先冒険者としてやっていけるなんて到底思えないし。

という事で、俺達は『試しの洞窟』に挑戦する事を告げ、ハンコを押すための用紙と、洞窟の位置を示した地図を受け取る。
その地図よると洞窟はレヌール城下街のすぐ北の山の麓にあるらしい。
北には街の出口がないため、若干遠回りになるが、ものの数分でつく位置だった。

「さて、以上で説明は全て終わりです。お疲れ様でした!」

「いや、こちらこそ。丁寧な説明、ありがとな」

俺達が礼を言うと、イレールは相変わらずのいい笑顔で嬉しそうに笑う。

「ユートさんとリアちゃんはこれからすぐに洞窟に向かわれるんですか?」

俺はその問いには答えずに、セディの方を見る。
予定では協会に行った後に魔法屋に案内してくれる、って話だったけど……。

「これから魔法屋に案内するって約束しててね。ちょっと二階に行ってくるよ」

「なんだ、魔法屋って協会の中にあったのか」

「えっ、ま、魔法屋ですか……?」

リアが驚いた声を上げる。

「あれ、言ってなかったっけ? 魔法屋ってのがあるらしいんだけど、どんな物か見てみたいなって思ってさ」

「聞いてないですっ!……ぁ……ぅ……っ! 
そ、そうでした、わ、わたし、なんかまだ気分が悪いんで、外の空気吸ってきます!」

「え、あ、おいっ!?」

一気にまくし立てると、リアは止める間も無く外へと飛び出していってしまう。
急いで追いかけたが、外に出た時にはすでにリアの姿は見当たらなかった。
扉に吊るされていたベルの音が静かに響くのが物悲しい。

「……どうしたんだ、アイツ……?」

「さ、さぁ……?」

思わず、二人して途方に暮れてしまうが、こうしてても仕方ないか。

「……うーん、まぁ、仕方ないか。魔法屋は俺達だけで行くとしよう」

リアが途中で戻ってきた時のことをイレールに頼むと、俺達は階段を上った。







階段を上り二階へと降り立つと、目の前にポツンと扉が一つ現れる。
他に扉も見当たらないし、恐らくここが魔法屋なのだろう。
何の変哲も無い、普通の扉だった。
正直、魔法屋というのだから、年季の入った古木で出来ていたり、魔法陣が書いてあるのを創造していたのだが、そんな事はなく、いたって普通の扉だった。
セディは躊躇なく扉を開くとスタスタと中に入っていってしまう。
置いていかれそうになって、俺も慌ててセディを追って中へと入る。

中に入って最初に感じたのは臭いだった。
酸っぱい様な、甘ったるいような、あまり長く吸ってはいたくないような臭い。
何の心の準備もせずに入ったため、思い切り吸い込んでしまい、咽てしまう。
咳き込みすぎて目端に浮かんだ涙を拭って辺りを見渡すと、目に入ってきたのは所狭しと置かれた沢山の書物に、見るからに妖しげな器具の数々だった。
机に置かれているフラスコには形容しがたい色をした液体が並々と入っている。
ある意味、期待通りな、いかにも魔法のお店、と言った光景だった。

「マリアさん、いらっしゃいますか?」

セディがカーテンで仕切られた店の奥に向かって声を掛けると、俺のすぐ脇にあった机の隙間からゴソゴソと音を立てて、ひょっこりと髪の長い女性の頭が生える。

「いらっしゃいませ~、マリア先生なら今は奥で儀式してますよ~」

「おわっ!?」

あまりにも突然だったため、少し驚いてしまった。
まさか隠れていたというわけではないだろうが……、なぜか机と机の隙間で屈みこんでいる女性に目をやる。
その女性は、胸の強調されるデザインの服を着ていて、見るからに大きい胸が目立っている。
決してイヤらしい印象を受ける服装ではないのだが、屈んでいるという格好のせいでさらに強調されていて、正直目のやり場に困った。
……この人がセディの言ってたマリアさんだろうか?
いや、正直ルイーダのおやっさんの時のように期待を裏切られる可能性も考えてたんだけど、なかなかグーじゃないですかっ!
……鏡鏡っ……っと、いや、大丈夫、今日は宿屋で身だしなみ整えてあったし、抜かりは無い!

「あ、モモさん、おはようございます。……何やってたんですか、そんなとこで?」

ん、どうやら違ったようだ。
まぁ、別に名前がマリアさんじゃなくても、無問題です。

「えへへ、ちょっと本棚倒しちゃいまして~……」

その女性、モモさんは照れくさそうに笑う。
机の脇から覗き込むと、その女性、モモさんの言うとおり、10冊以上の本が散らばっている。
見ると俺の足元にも数冊あったので、拾って渡す。

「ありがとうございます~。えっと……新しい冒険者の方ですか?」

「あ、俺はユートっていいます。まだ見習いなんですけどね」

俺はできるだけ爽やかに見えるように心がける。
第一印象って重要なんですよ?

「そうなんですか~、頑張ってくださいね~。
あ、申し遅れました~、私、マリア先生の元で『契約師』の見習いをさせてもらってる、モモって言います。よろしくお願いしますね~」

モモさんはニッコリと微笑む。
少し間延びした話し方と穏やかな表情が柔らかな雰囲気を放っていて、すごく優しそうな印象を受ける。
こういう子が彼女になってくれるといいよなぁ……と、ほんわかしてしまう。
……ってあれ、なんかつい最近似た印象の子を見たような……?

「……あの、モモさんってお姉さんか妹さんがニコニコゴールドで働いてたりってしませんよね……?」

「? 私は一人っ子ですけど~?」

「あはは、ですよね~」

気のせいか。
確かに両方とも可愛いし、雰囲気や話し方は似てたけど、アッチは例えるなら『ショートケーキ』でモモさんは『大福餅』って感じだしなぁ。
いや、自分でもよく意味わからんけど。

マリアさんに魔法を教えて貰いに着た、とここに来た目的を告げると、モモさんは少し困った顔で申し訳なさそうに店の奥を見る。

「さっきも言ったように、先生、今魔法の儀式中なんですよね~。ユートさん達の来るほんの少し前に新しいお客さんも着たばかりですし。まだ時間かかっちゃうと思いますけど~……。
そうだ! 良かったら今やってるお客さんの儀式、見学させてもらいますか~?」

ぉ、そりゃ面白そうだ。
儀式ってのが何なのか良くわからないけど、ここで待ってるよりも遥かに楽しそうだ。

「面白そうだし、見学させてもらっていいかな」

「はい~、片付けちゃいますんで、ちょっと待ってくださいね~」

モモさんは拾い終わった本を棚にしまい終えると、仕切られているカーテンに手をかける。
―― と、突然内側から勢い良く捲られ、男が一人飛び出してきた。

「うわあああああああああぁぁぁぁぁんんんんっっっ!!
オラの純情を返せえええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」

そして、呆気に取られる俺達の横を泣きながら叫び声を上げて去っていってしまった。

「「…………」」

思わず言葉をなくしてセディと見詰め合う。

「………今の、カッペ君…だよ…ね?」

セディの言うとおり、今の人影はカッペだった。
何やってんだ、アイツ、こんな所で……。
それに、あの格好……。
俺の見間違いじゃなけりゃ、上半身は裸で、脱いだ上着を胸に抱えていた。
……まるで……その、何かに襲われた後のように。
……あ、あはは、まさか、……なぁ?

あまりのインパクトに二人で声を失っていたが、モモさんは何かに気づいたように一人で納得すると、何事も無かったかのように奥へと歩き出す。

「って! ちょ、ちょっと待って!! い、今の一体なにっ!!?」

「あはは、ちょっとしたマリア先生の趣味といった所でしょうか~。私は前からやめて下さいっていってるんですけどねぇ~……」

なんでもない事のようにサラっとのたまうモモさん。
趣味って何!?
……すっごく怖いんですが!!

「特に危険は……そんなにないと思うので大丈夫ですよ~」

モモさんはそれだけ言ってニコニコ笑うと、カーテンの奥へと消えていってしまった。

「「…………」」

「……行こうか」

「……あぁ」

ここでこうしていても仕方が……いや、本当はこのままユーターンして帰りたいけど、仕方なしにモモさんの後を追う。
全く疲れていないはずなのに、足は鉛のように重かった……。





カーテンを捲ると、そこは仄かに暗く、かなり広い部屋が広がっていた。
窓はないようで太陽の明かりは入ってきていない。
そして、部屋の中央にはボンヤリと光る、……魔法陣、だろうか?
直径3メートルくらいの五亡星が描かれていた。
部屋の光源はその五亡星と、星の頂点に設置された蝋燭のみで、その明かりに照らされた影が壁に揺らめいていて、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。

五亡星の中心には、これまた上半身裸の長身の男がこちらに背を向けて座っており、その隣には男の背中を真剣な眼差しで見つめる ―――― ルイーダのおやっさんがいた。

「……おやっさん? ……なんでこんなとこに?」

その俺の呟きが聞こえたのだろう。
おやっさんはこちらを見ると不思議そうな顔をする。

「あらん? どうしたのかしら? モモ、お客様はそっちの部屋で待ってもらう約束でしょ?
……それにしてもクリスちゃんったら、まぁだおやっさんなんて呼ばせてるのね。せっかくお父様やお母様からいい名前貰ったのに……。アタシなんて……」

……あれ、おやっさん……だよな?
声は……低めのバリトンで同じだし、顔も……一緒…だし?
無理やり猫なで声を出したような茶色い声がすごく耳障りだけど……あれ、そういえばヒゲがない……。
髪も生えてる……なぜか弁髪だけど。

「すいませんマリア先生~。暇なので儀式見学させてあげてもいいですか~?」

「……………ま、まりあ、さん?」

ぎぎぎ……と、錆び付いた機械のように動きの悪い首を無理やりセディの方へ回して小声で問いかける。

「……うん。……それと、見れば解るだろうけど……、ルイーダさんの双子のおに……ううん、お姉さん」

…なるほど、おやっさんのおに……お姉さん?なら似てるのも当然か。
……やられた。
………いや、期待を裏切られるかも、って予想はしたけど、まさかこういう形で裏切られるとは思ってなかった……。
それにしても、あの喋り方……、まさかとは思うけど…。

カッペの格好と叫び声が思い起こされる。
……まずい、否定材料が見つからない。

「ふぅ~ん? あらん、セディちゃんじゃない、久しぶりね、元気にしてる?」

「あはは、お久しぶりです、マリアさん。おかげ様で元気にやってますよ。契約していただいたホイミも役に立ってますし」

「そ~ぉ、良かったわ。 ……あらん、そっちの子は見ない顔ね。新しく冒険者になった子かしら?
…………うふふ、結構カワイイ顔してるじゃないの」

つま先から頭のてっぺんまでジックリと舐めるように見られる。
間違いない、真性だ……。
思わず気おされて後ずさってしまう。

「うふっ、初々しいわねぇ~。大丈夫よぉ、取って喰ったりなんてしないから♪」

しゃ、洒落になってないって……。

「アタシは『契約師』のマリアよ。マリアちゃんでもマリアさんでも好きに呼んでくれていいわよ。よろしくねん。
…………それでボウヤ、アナタの名前、教えてもらえないのかしら?」

「あ、あぁ、俺は、いや僕は、ユートって言います」

あまりの事態に頭が回らないが、何とか言葉を返す。

「そんな硬くならなくていいわよぉ~。硬くするのはソコだけで十分、でしょ? うふふふっ」

「……マリア先生ぇ、それってセクハラですよ~」

マリアさんは、ジト目のモモさんに咎められると、肩をすくめて舌を出す。
なんだろうこの言いようのない嘔吐感に脱力感は。
字面だけ見ると心が躍るのに、さっきから吐き気がして仕方がない。

「あらあら、怒られちゃったわね。ふふふ、ごめんなさいねぇ。
……それで、見学だったかしら? アタシは別に構わないわよぉ」

その言葉を聞いて、それまで黙っていた最後の一人、五亡星の中心で座っていた長身の男がいきり立つ。

「ちょっと待てっ! 私は認めてないぞっ!! そんな下男共、そっちで待たせておけば……ひっ!」

……が、話の途中でマリアさんがその男に近寄り、ツツツ…っと背を撫でると真っ青になって身を硬くする。
なんかかなり失礼な事を言われた気がするが……、怒りよりも同情が感じられるな、アイツには。

「うふふ、そんなツレナイ事言わないのぉ~。アタシ達の愛の営み、見せてあげましょうよぉ」

「何が愛の営みっっ!? ……わ、わかった、わかったから、頼むから少し離れてくれ……っ!!」

「んもぅ、恥ずかしがり屋さんなんだからん♪」

男は必死にマリアさんから離れようと身をよじっている。
その気持ち、すごくよくわかるな。
変わってやろうなんてこれっぽっちも思わないが。

「うふふ、ベルちゃんの許可も下りたし、ユートちゃん、ジックリたっぷり見てっていいわよぉ~。あ、でも、アタシ達の邪魔しちゃ駄目よぉ?」

「わ、私ベルちゃんなどではないっ、ベルナールだっ!!」

ベルちゃんは再度いきり立つが、マリアさんは全く取り合わない。
必死で大声を出して威厳を保とうとしているベルちゃん ―― ベルナールが、哀れに見えてくる。

「ふふ、さぁベルちゃん、儀式をつづけましょ♪」

「くっ……何故、高貴な身分の私がこのような下賎な輩に! なんでこんな奴がこの国一番の『契約師』なんだ……納得が……。
……っ! す、すまない、取り消す! 取り消すから耳に息を吹きかけるなぁあああああああああっっ!!」





目の前で行われている絡みに圧倒されてしまう。

「……えっと、そういや、儀式って何の儀式なんだ?」

少し時間がたってショックが薄れようやく自分を取り戻すと、これから見学する事の内容を何も知らない事を思い出した。
ここは魔法屋で、マリアさんは自分の事を契約師と言ってたから、おそらく魔法の契約なんだろうな、という事くらいは想像がつくが。

「『契約』の儀式だよ。『契約魔法』を使うために必要な」

「『契約魔法』?」

「うん。『契約魔法』はその名前の通り、『契約』しないと使えないからね。僕のホイミやカッペ君のメラはマリアさんに契約してもらって使えるようになったものなんだ」

なるほど、魔法を使うには『契約』が必要なのか……。
あれ?
でもそれっておかしくないか?

「俺もまぐれとはいえメラ使えたけど、契約なんてした覚えはないぞ?」

リアとの契約?っぽい物は解除したけど、それは関係ないだろうし。

「うん、ユートが使ったのは『創造魔法』だからね。僕達の使ってる魔法とはまた別なんだよ」

「???」

「ユートさん、『創造魔法』使えるんですか~! すごいですね~!」

正直意味がわからず目を白黒させていると、モモさんは驚いた、とばかりに両の手のひらを目の前で合わせて、ニコニコ笑う。

「昨日、僕とは系統が違うから魔法を教えてあげられない、っていう話したよね。あれはそういう意味なんだ」

「『契約魔法』と『創造魔法』では覚え方が違いますからね~」

二人は自分たちだけで納得しているが、俺は置いてかれてる感が否めない。

「……あのさ、『契約魔法』ってのと『創造魔法』ってのの違いを教えてくれないか?」

「いいですよ~。まず、『契約魔法』っていうのは~……」





『契約魔法』。
現在のこの世界では最も一般的な魔法で、ただ『魔法』という場合、こちらの魔法を指す事が多い。
扱う者に才能や努力は必要がなく、お金を払って『契約師』と呼ばれる人達に『契約』の儀式をしてもらえば使う事ができるようになる。
しかし、利便性が高い『契約魔法』によって『魔法使い』や『僧侶』の数が増えたかといえばそういうわけでもない。
一番レベルの低い魔法はそうでもないらしいが、レベルが高くなるにつれて金額が急激にあがり、平民出身ではまず払えない額なんだそうだ。
そのため、『契約魔法』の『魔法使い』や『僧侶』は王族や貴族、一部の『富豪』達に限られてしまうためそう数は多くないらしい。

しかし、その欠点を補って余りある利点として、魔法の素養の全くないMPが0の者でも、『契約』をすればその魔法5回分のMPが手に入るため、お金さえあれば誰でも使えるようになっている事があげられる。(例:メラならMP10、ホイミならMP15増える)
『戦士』であるカッペやセディが魔法を行使する事ができるのはそのおかげらしい。
ただし、『魔法使い』や『僧侶』といった、魔法を専門に扱う職業以外は、一番低レベルの魔法を一つだけしか覚える事は出来ない、という制約がつくが。


対して『創造魔法』。
『契約魔法』が生み出され、主流となるまではこちらが主に使われていた。
現在は『契約魔法』の使い手と比べると圧倒的に少ない。
この魔法は、素養を持つものが、自身の才能と努力で魔法を文字通り『創造』することで使う事ができるようになる。
魔法の素養を持つものは10人いれば3、4人以上はいるので、そう大して珍しいわけではないのだが、『契約魔法』の利便性が広まるによってこの魔法を選ぶ人は少なくなり、年々使い手は減少しつつあるらしい。





「本当はもっと違いはいろいろとあるんですけど~、簡単に説明すればそんな感じですね~」

「なるほどな~……」

間延びした話し方とは違い説明は理路整然として解り易く、わりとすんなりと理解することができた。
今聞いた情報を自分の中で整理しながら考える。

『創造魔法』よりも『契約魔法』の方が簡単で良さそうだよな。
俺が一昨日使った魔法は『創造魔法』の方らしいけど、『契約魔法』をやってもらった方が手軽でいいんじゃないか?
……まぁ、お金掛かるらしいから、お財布の事情と相談して、だけど。



三人で話をしていると、儀式の準備が整ったのか、『それじゃ、始めるわよん。準備はいいかしらん?』という声と共に、部屋に凛とした心地よい緊張感が漂う。
マリアさんは赤い血のような液体を手に取ると、手に持った羽根ペンでベルナールの背中に何かを書き込んでいく。
その横顔は、さっきまでの会話がまるで嘘のように真剣だった。

「『契約魔法』は、ああやって使いたい魔法の魔法陣を肌に直接書き込んで儀式をすれば~、使えるようになるんです~。簡単でしょう~?」

モモさんに囁かれてマリアさんの手元をじっと見つめていると、五亡星と複雑な文様がすごい速さで書き込まれていく。
数分もたたないうちに魔法陣を書き込む作業は終わる。
そして、マリアさんは一息つくと羽ペンを置いて、目を閉じ、なにやらブツブツと唱え始めた。
早くもなく遅くもない、ゆったりとした詠唱は、不思議な響きを伴っていて、まるで歌のようにも聞こえる。
深く静かに詠唱が流れていくと、魔法陣の放つ光がだんだんと強くなり、詠唱する声も力強くなっていく。
光と音が最高潮に達した途端、五亡星の頂点から光が飛び出しベルナールの頭上で合流すると、背中に描かれた魔法陣と、いつの間にか床に置かれていた冒険者の証へと入っていった。
その後背中に描かれた魔法陣と冒険者の証はしばらく光を放っていたが、次第に弱くなり、消えてしまう。
赤かったはずのインクは光が消えると黒く色が変わり、肌に焼き付いていた。

「……ふぅ、儀式は無事成功よん。これでベルちゃんはギラを使えるようになったはずだわ」

額に僅かに滲んだ汗を拭いながら笑顔になるマリアさん。

ベルナールは冒険者の証に目を落とすと満足したように一つ頷く。

「……確かにMPは20増えているようだな。ご苦労だった。金はいつも通り振込みでいいか?」

「ええ、もちろんいいわよぉ~。ゴールドなら600G、ルビィなら375,000Rになるわん」

600G……、払えないわけじゃなさそうだけどかなり高いな……。
ギラでこの値段だと、ベギラマ、ベギラゴンにいくと一体いくらくらいになるんだ……?

「ルビィで頼む。後で振り込ませておこう。……そ、それでは、私はこれで失礼する」

「あぁん、もうちょっとゆっくりしてったらん? 美味しいお茶出すわよぉ~」

「け、結構だっ!!」

服を着る時間も惜しいと言わんばかりに胸に抱え込むと、そそくさと逃げていった。

ベルナールが俺の横を通り過ぎた時、描かれていた魔法陣が今回描かれたもの以外にもいくつかあったことに気づく。
パッと目についただけでも5個は描かれていた。
なるほどね、ああやって契約すればするほど魔法の選択肢は増えるし、MPも増えて強くなれる、……ってわけか。
……なんかちょっとずるいな。

「んもぅ、せっかちねぇ……」

残念そうに呟くが……至極当然の反応だと思うけどな、俺は。
マリアさんはしばらく揺れるカーテンを寂しそうに見つめていたが、俺達のほうへと向き直るとニッコリ笑う。

「それで、アナタ達はどんな御用なのかしら?」





「えっと……マリアさん、実は魔法を教えて貰いたかったんです」

俺は少し緊張しながら頼む。

「いいわよぉ~。メラなら300G、ヒャドなら400G。ホイミなら800Gで優しくジックリとユートちゃんの身体に教え込んであげるわぁ♪」

エサを狙う獣のような目で見つめられ、身体がゾワゾワする。
……ぅぅ、こ、これは辛い……。
今更ながらにベルナールの気持ちが痛いほどよくわかる。

「い、いえ、教えて欲しかったのは『創造魔法』……の方だったんですけど……」

「あらん?」

そう、そのはずだったんだけど……、正直今の儀式を見ていて『契約魔法』にしてもらってもいいかな、って思っちゃったんだよな。
メラなら300Gらしいし、それくらいなら今は無理でもそう遠くないうちに溜まるだろうし。
そんな迷いが表情に出ていたのだろう。
マリアさんは少しじれた様に俺の顔を覗きこむ。

「んもぅ、男の子ははっきりしなきゃだめよぉ? ほら、お姉さんに相談してごらんなさいな」

「えっと、実は……」

俺は一昨日からの出来事を話す。
まぐれでメラを使う事ができた事。
その後、リアに魔法の使い方を聞いて何度試しても煙しか出ずに悔しい思いをしたこと。
ついさっき『契約魔法』と『創造魔法』の事を知ってどっちを取るか悩んでいる事、など等。

マリアさんはその見た目からは想像も出来ない程の聞き上手で、絶妙なタイミングで合の手を入れてくれるので、すごく話しやすかった。
……どういう流れでそんな話になったのか覚えてないが、危うく経験人数(男)まで話させられる所だった。
いや、だから、そんな風に探られてもそんな経験なんてありませんからっ!!





「うふふ、なるほどね~。それならユートちゃんの好きな方で…って言いたいところだけど、アタシは『創造魔法』の方を薦めるわぁ」

最後まで話し終えると、マリアさんは少し考えを纏めてからアドバイスしてくれる。

「実は一度『契約魔法』を覚えてしまうと、二度と『創造魔法』を使えなくなっちゃうのよねぇ」

「え、そうなんですか~?」

「モモ、アナタが知らないのは問題あるわよ……」

「え、えへへ~…」

マリアさんはバツが悪そうに照れるモモさんを呆れたように眺める。

「……まだ『見習い』なんだし、詳しい話は、もしもユートちゃんが魔法使いや僧侶になったら、その時改めてしてあげるけど……。そういうわけだからアタシは『創造魔法』の方を薦めるわ。せっかくの自分の可能性を狭める事もないでしょ?」

理屈はわかる。
わかるけど……でも。

「でも、メラが使えたのって、さっきも言ったけど、たった一度だけなんです。あれから何度やっても煙しか出なくて……」

悔しさがこみ上げてくる。

「それが可笑しいのよねぇ。魔法は泳ぎ方を覚えるのと一緒。一度出来るようになったらそう簡単に忘れはしないのよぉ?」

そんな事言われてもなぁ……あの時は俺も何か変な状態だったし。

「試しにそこでやってみなさいな。見ててあげるから」

マリアさんは俺を優しげに見つめる。
その視線に力を貰って、試しにやってみる事にした。

目を閉じて精神を集中する。
すぐに自分の体内にある魔力を感じることができる。
リアに言われた事を思い出しながら、その魔力を練り上げて右手に集中させていく。
火の精霊を思い浮かべて、その存在に火の力を借りるイメージ。
もちろん詠唱も忘れない。
そして、タイミングを計って目を開くと、力を込めてメラ、と呟く。

……結果は想像通り。
身体は白く光り、右手に魔力の凝縮は感じられたのだが、手のひらから出るのは見るも哀れな煙が一筋……。
俺は情けなさで恥ずかしさを感じながらマリアさんを見上げるが、マリアさんの目には嘲りの色はなく、ただただ優しさだけが浮かんでいた。

「なるほどねぇ。ユートちゃん、アナタ、今どんな事を考えて魔法を使ってたの?」

「えっと……、火の精霊? を思い浮かべて、その火の精霊に力を借りるイメージで……」

「火の精霊?」

「さっき話した魔法の使い方を教えてくれたリアがそう言ってたんです。火の精霊を自分の中にはっきりとイメージして、その力を借りれば使えるようになる、って」

「へぇ、そのリアちゃんって面白い考え方するのねぇ。どこの生まれの人?」

「あぁ、リアは人じゃなくて妖精なんですよ」

「あぁ、それで、なのね。……それにしても、妖精さんなんて、珍しいわねぇ」

マリアさんは納得したように頷く。

「ユートちゃん、そのリアちゃんの話は一旦全部忘れちゃって、頭を空っぽにしちゃいなさいな」

「えっ……?」

「あぁ、別にそのリアちゃんの方法が違ってたり、悪いっていうわけじゃないのよぉ? その魔法の使い方も確かに『創造魔法』で間違いないし、妖精さん達は実際にその方法で魔法が使えるのよ」

間接的にリアが間違ってると言われたと思い、俺の表情に少し険が混じったのに気づいたのだろう。
慌てて手を振ると訳を説明してくれる。

「ただ、ユートちゃんとリアちゃんでは生きてきた環境や、土台。考え方から種族までの何から何まで違うでしょう? 『創造魔法』はそういう所がすごく重要なのよねぇ。
……ねっ、ユートちゃん、アタシを信じてやってみて」

プロが言うのだから間違いはないのだろう。
それに、俺は今までの会話や、仕草……は置いておいて、表情…も違うな。
えっと……そ、そう、雰囲気から、このマリアさんが信頼できる人だと思い始めていた。
俺はマリアさんの言葉に頷くと、目を閉じて、頭を空っぽにしてみる。

「……そうそう、頭を空っぽにして……。
ユートちゃん。アナタは火って、どうやったらできるか知ってる? その方法を思い浮かべてみて」

そりゃまぁ当然わからなくはないけど……。
言われて思い浮かべてみる。

火を作るのに一番最初に思い浮かぶのは……木とかを燃やしたり、ガスを燃やしたり……だな。
マッチの場合は摩擦熱で赤燐が発火して、それが火種になって木に燃え移る……っていう話を聞いた事もあるな。
原始的なものだと……、木を擦り合わせて摩擦熱で発火させるとか?
色々と考え、その中でも向こうの知識じゃない、当たり障りのなさそうな答えを口に出そうと目を開くと、手で押し留められる。

「あぁ、別に言わなくてもいいわよぉ。自分でわかってればそれでいいの。実際、それが、“正解か間違いか”なんて事に意味はないのよ。
例えそれが本当は“間違って”いたとしても、ユートちゃんがそれを“正しい”と信じていれば、それでいいの」

そしてマリアさんは俺を見て一度頷くと続ける。

「いいわ、しっかり思い浮かんだようね。それじゃ、次に、思い浮かんだ方法を魔力を使って再現してみて。ユートちゃんはもう一度魔法を成功させてるから、魔力の使い方は感覚的にわかっているわよね? だからもうできるはずよ!
固定観念を捨てなさいな。魔力は万能よ。万能と信じるの。信じれば必ずどんな事でもできるわ。
ユートちゃんが疑う事なく“信じて”あげれば、魔力はきっと答えてくれるはず。魔力を生かすも殺すも、ユートちゃん次第なのよ。
―― “想像”して、『創造』しなさいっ!」





固定観念は捨てろ、魔力は万能……か。
とは言っても、さすがに魔力がいきなり木になったりガスになったりするわけじゃないだろう。
って、あぁ、もしかして“これ”が固定観念、って事か?
……でも、駄目だ。
俺には“魔力がいきなり木になる”なんてことを考える事はもはやできそうにない。

……火をおこす方法……か。
木が無くっちゃできるわけ………いや、それは違うか。
ガスだって燃えるわけだし。
そう、燃える物は“木”じゃなくても……別に構わないんだよな。
“可燃物”でさえあれば……。

―― 魔力が“可燃物”の可能性。

これなら“信じられる”、“想像できる”!
……その方向で考えてみるか!

魔力は可燃物。
手のひらに魔力を凝縮。
体積はなく、質量も感じない。
だが、確かにそこには“存在”を感じ取れる。
魔力を手のひらに集め、それが燃えるイメージを考える。

燃える……マッチのように、摩擦熱がその可燃物の発火温度まで達すれば燃える。
摩擦熱……熱、か。
熱を分子の運動エネルギーと定義。
魔力の中に分子を想像し、創造する。

“魔力”なら自由に動かせる。
魔力内の分子の運動エネルギーを上昇させる。
分子を加速させ、回転させ、ぶつけ合わせ、反発させる……っ!
そして温度を上昇させ、加熱するっっ!!

いつの間にか頭の中は真っ白になっており、考えられることは炎を生み出す事だけ。
足りない理論はこじ付けてでも補足すればいい。

魔力を右手の中で操り、どんどん力を加えていく。
ほんのりと右手が温かくなっていくのが感じられる。
そして ―――



「成功のようね、おめでとう♪」

どのくらい時間がたったのだろう。
優しいマリアさんの声に目を開けると、白くボンヤリと光る右手の中には、小さいが確かな炎が生まれていた。

「こ……これ、俺…が……?」

手の中に生まれた炎が、なぜか愛おしい。
震えながらセディに確認すると、ニッコリ微笑んで祝ってくれる。

「うん、ユートが使ったんだよ、魔法。……おめでとう!!」

ジワジワと喜びが沸き起こってくる。
やった……、やったんだ、俺!!

「うっしゃぁぁぁぁっっ!!!!」

嬉しかった。
火は消えそうに小さく、敵と戦うには不足だろうが、そんなものは関係なかった。
確かな一歩を踏み出せた事が泣きたくなるほど嬉しかった。





「あ~っ!」

少しの間手の中の炎を見つめて喜びをかみ締めていると、嬉しそうに微笑んで俺を見ていたモモさんが、何かに気づいたように声をあげる。

「その~、そろそろ捨てた方がいいですよ~、それ」

何を言う、俺の成長の証をそう簡単に手放せるかっ!!
俺は火を抱え込むと無言で抗議する。

「いえ~、気持ちはわかりますが~……、そろそろ魔法切れますよ~」

その言葉と共に俺の右手の光が消える。
そして、右手が炎に包まれた。

「熱っちいいいいぃぃぃっっっっ!!??」

「だから言ったのに~」

……後で聞いた話では。
魔法を唱えてから少しの間だけは自分の身を守る魔法の保護膜が身体を覆うらしい。
だから自分の魔法で怪我をすることは普通はないらしいが……今のように時間が経って保護膜が消えたりすれば当然ダメージは受けるらしい。

……もっと早く教えて欲しかった…。
まぁ、威力が小さかったせいか軽い火傷で済んだのが不幸中の幸いといったところだろう。












~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 魔法屋 マリアの薔薇園 価格表・一部抜粋 ―――


メラ      : 300G   187,500R    ヒャド    : 400G   250,000R
メラミ     : 3000G   1,875,000R  .ヒャダルコ : 4000G   2,500,000R
メラゾーマ  : 45,000G  28,125,000R  マヒャド   : 60,000G .37,500,000R

他にも魅力的な魔法が多数用意されております。
ぜひお立ち寄りください。

*現在、“魔法屋 マリアの薔薇園”では新しい魔法を随時募集中です。
『創造魔法』の使い手の皆さん。
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登録される魔法の謝礼は様々な評価方法によって決定されます。

評価対象:難度・威力・希少度・利便性・構成・効率 等など。

*得られた収益は冒険者協会の運営資金となっております。








[3797] 第一章 第二十一話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/02/24 03:14
リアです……。

「……はぁ」

ため息をつくのはこれで何度目でしょうか……。
少なくとも両手の指で数えられる程度ではない事は確かです。

……別に一々自分のため息の数を数えていたわけではないですよ。
呼吸する度に、と言ってもいいほど頻繁にため息をついていたのだから、どう少なく見積もってもそれくらいになってしまってる、っていうだけのこと……です。

「……はぁ」

わたしはまた一つ息を吐いて、眼下の景色へと意識を向けます。
ここはこの街で一番高い所……お城の塔の天辺なので、見える景色は屋根ばかりですが、これ程大きな街を見るのは初めてだったので退屈はしませんでした。

これが人間たちの住む街……。

正直……汚いですね。
少し目を凝らしてみれば、街の通りにはゴミをいくらでも見つけることができます。
空気も汚れているような感じもしますし。
これは、妖精の街とは違って木や泉がないから……、というだけではなさそうですね。

視線を遠くへやると、昨日最後に案内された武器屋や防具屋のあった通りの方角に幾筋かの煙が立ち上っているのが見えました。
昨日初めて見た時は、火事かと勘違いしてしまいましたが、どうも武器や防具を作っている時に出る煙らしいです。
煙は空高くに昇るにつれて薄くなり消えていきます。
でも、それはただ見えなくなっただけで、決してなくなったわけではないのです。
きっと、わたしがここでこうしている今も、確実に空気を汚しているのでしょう。
……まぁ、我慢できないという程でもないのでいいですけど。

「……はぁ」

……な~んて、街を眺めてどうでもいい事に現実逃避していても仕方ないっていうのはわかってるのですが。
わたしは、気づくとため息をついている自分が無性に情けなくなって……。

仰ぎ見た空は、雲ひとつありませんでした。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第二十一話 ~






「お酒はもうコリゴリです……」

こうして口に出して言えば、この憂鬱な気分の原因が本当にお酒の飲みすぎのせいになったりしないかと、リアは淡い期待を込めて呟く。
……そんな事は無理だってことは、他ならない自分が一番よくわかってはいるのだが。

ユートに貰ってきてもらった薬がやっと効いたのか、それともイレールに貰ったお茶が良かったのか。
先程までののガンガンするような頭痛はすでに治まっていた。

「魔法屋……」

名前からしてきっと魔法を教えている所なのだろう。
詳しい事はよくわからなかったが、なんとなく想像はついた。
そして、予想される話の流れから、そのうち自分の魔法の話になるだろうことも……。

その事に思い至った瞬間、リアは協会を飛び出していた。
今になって落ち着いて考えれば、たとえそのような状況になったとしてもいくらでも誤魔化しようはあったのだが……不意打ちだったせいもあって、あの時はそこまで考えが及ばなかったのだ。

何をやってるんでしょうか、わたしは……。

ため息をつこうと息を吸い込んむと、辺りが急に光り、次いで何かが頭上から落ちてきた。

「……イタッ! ……なんですか、いったい」

予期せぬ頭上からの衝撃に、落ち込んだ気分にさらに追い討ちをかけられた気がして、少し涙目になってその原因を睨みつける。
屋根の上に音をたてて落ちたそれは、この憂鬱な気分になった最大の原因とも言える物だった。

「……冒険者の証」

……そういえばイレールが言ってましたっけ。
証はある程度離れた状態で時間が過ぎると持ち主の下へと戻る、と。

「……っ!」

睨みつけてはみるが、そこには、嘘だと思いたかった、何かの見間違いだと思いたかった表示が、昨日と変わらぬままにあった。
みっともなくユートの前から逃げ出してしまった自分に、現実を突きつけるために、証自身が悪意を持って追いかけて来たのか。
そんな被害妄想じみた考えまでもが浮かぶ。

……当然、証にそんな意思があるはずもない。
しかし、リアには、まるで四方から追い立てられるような、脅迫観念にも良く似た焦燥感が感じられていた。

「わたしは……」

震える手を証に伸ばす ―― 否、伸ばしかけた所で、突然女性の悲鳴が辺りに響き渡った。
その声に驚いて手を引っ込めると、リアは塔から身を乗り出して、声の発生源を探す。

「……いた」

騒ぎの場所はすぐに見つかった。
リアのいる場所から下を見下ろすと、すぐに目に入る場所。

そこは、王宮の入り口の橋を渡り終えた先の小さな広場。
あのリアお気に入りのお饅頭の屋台を最初に見た場所のすぐ近くだった。

先ほどの声を聞きつけたのだろう。
すでに騒ぎの中心を囲むようにして人垣ができ始めている。

中心に見える人影は二つ。

一人は男性。
中腰で顔だけを横に傾けた、変な姿勢で佇んでいる。

そして、もう一人は、先程の悲鳴を上げたであろう女性。
肩を怒らせ、男に向かって捲くし立てている。

……何かあったのでしょうか。
様子からいって、今すぐ何がどうこう、といった危険は無さそうです……し、ちょっと見に行ってみましょうか。

興味を惹かれたリアは、落ちていた証を拾うと、騒ぎの場所へとゆっくり近づいていった。







目立たないようにそっと近づいていくと、女性の怒鳴り声が聞こえてきた。

『こ……んのっ!! 変態っ! 痴漢っ!! 変質者っっ!!!』

『…っ! ……つっ!! 乱暴な人ですね……僕が、何をしたっていうんですか』

堀の脇に立っていた木の陰からコッソリと騒ぎの場所を覗きこむと、少し癖のある長い茶髪を後頭部で纏めた少女が、怒りの声と共に這いつくばった男を蹴りつけていた。

その少女は鎧を着ており、リアは、おそらく冒険者なのだろう、とあたりをつける。
白い皮鎧にブラウスと短めのスカートを上手く合わせていて、このまま普通に道を歩いていても違和感のない、可愛い格好をしている。
見目が良いとはいえ、あくまで皮鎧なので、レベルはそう高くなさそうではあるが。

少女はこちらに背を向けているため、表情を見ることはできないが……見なくともその声や動作からどのような表情をしているかは想像に難くない。

『何をしたかですって!? よくも抜け抜けとっ!! 私の下着をあんっなに、ジロジロと覗き込んだくせにっ!!』

『覗いて、なんて、ない、です……っ』

『黙れっ! この変態っ!!』

少女は男の反論を聞く耳を持たずに蹴り捨てた。

どうやら、この騒ぎの原因は男が少女の下着を覗いた事にあるらしい。
怒声が聞こえてすぐに上から見下ろした時に見えた男は、確かに中腰の変な格好で首を横に傾けていた。
そう思って思い返してみれば、下着を覗いていたと見えなくもない。
しかし、こんな真昼間からあんなに堂々と覗くなんて……。

『……っ、だからっ、誤解だって! 僕はっ、あの、っ、木を……。像造りの、ために……』

男は少女の蹴りに耐えつつ、こちらを指差しながら途切れ途切れに弁明する。
男の言葉にある木とは、わたしが隠れているこの木の事のようだ。
木の下には三人程が座れそうな腰掛があるし、恐らく少女はそこに座っていたのだろう。

しかし、いくら言い逃れのためとは言え、覗き込む動作をしておいて木を見ていた、というのはないだろう。
少女も聞く耳を持つつもりはないのか、さらに容赦なく男を蹴りつけていく。

『像っ!? あんた、乙女の下着をタダで見ただけじゃ飽き足らず、像に残しておこうっていうのっ!? 気持ち悪いっ!! 何に使うつもりよっ、このド変態っ!! 乙女の繊細な心を傷付けた慰謝料、1000G払えっ!!!』





「………ふぅ」

どうやらただの変態さんのようです……ね。

リアは少し拍子抜けした気分でさらに言い合いを続ける二人を眺める。

……ユート以外にもあんな人いるんですねぇ。
一昨日、木の枝で目が覚ました時にユートに襲われかけていた事(一部誇張あり)を思い返す。

「……うぅ、やっぱり人間って怖いです」

リアは身を震わせてそうつぶやくが、口元には微かに笑みが浮かんでおり、本心からの言葉でない事はあきらかだった。



ふと後ろを振り返って見れば、城のほうから兵士が数人こちらへ駆けて来るのが見える。
恐らく、そう経たないうちにこの件は解決することになるだろう。

思ったよりつまらなかった内容に、興味を失ったのか、騒ぎの二人の周囲にいた野次馬は少しづつその数を減らしていく。



わたしもそろそろ協会に戻りましょうか……。
まだ時間はそんなに経ってないですけど……、もしユート達が戻ってなければイレールとお話でもして待っていればいいですし。

リアはノンビリとそんな事を思う。
…と、それまで少女の蹴りに耐えて蹲っていた男が、ちょうど顔を上げ、目が合ってしまった。
男は驚いた表情をすると、リアを食い入るようにジッと見つめる。
その変に熱のこもった視線に気おされて、思わず後ずさってしまう。

次の瞬間、男は少女に蹴られて蹲ってしまったので視線は離れたが、まだこちらに興味があるのか、チラチラと何度か目が合う。

なんなんでしょうか、一体。
……っ! ま、まさか次はわたしに何かするつもりなんですかっ!?
いくらわたしが可愛いからって……っ!
こ、これは、すぐにでもここを離れた方がいいかもしれませんね……。

未だに残っている野次馬が邪魔で、兵士達がここに辿り着くにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
少女も遠目に兵士が駆けてくるのを見たのだろう。
男の頭を足で踏み、睨みつけると声を上げる。

『あの兵士達に引き渡されたくなかったら慰謝料払いなさいっ! 1000G分! びた一文まけてあげないんだから!』

『そ、それはいくらなんでも高すぎ……』

『あぁ゛んっ!? 文句あるっての!!?』

少女は男の胸元を掴み上げて凄む。
男の顔は、少女に蹴られたせいで、腫上がってしまっている。
この一場面だけを見ると、どちらが加害者で被害者なのか、わからない程だ。

……あそこまで酷い目にあわされてるのを見ると、少しだけあの変態に同情してしまいますね。
まぁ、自業自得ですけど。



――――ぁぁぁぁぁああああああああっっっ



ふと、協会の方角から何か聞き覚えのあるような声が聞こえてきた気がして、リアは意識と視線をそちらへ向ける。
遠目に砂煙がもうもうと上っているのが見えた。

最初は他人のそら似かとも思ったが、砂煙が段々とこちらに近づいてくるにつれ、聞き覚えのある耳障りな声がハッキリしていき、予想が確信へと変わっていく。
そして、数秒もたたずに建物の影から姿を現したのは、予想通り、あのイナカッペだった。
叫び声をあげつつ涙と鼻水を拭いながら走る姿は、正視に耐えない。

「……はぁ、何やってるんですか、あのバカは……」

さっきの二日酔い以上の頭痛を感じるのは、決して気のせいではないだろう。

「……もし目があったりしても、絶対に他人のフリですね。いえ、元々他人なんですけど」

リア同様にイナカッペに気づいた人間たちが、慌てて通路の両側へと避難をする。
異様な雰囲気を放ち、叫び声を上げながら猪のように走るイナカッペの進路を阻むものは誰もいなかった。

ただ一人、怒りのせいで周りが見えず、大声を張り続けているその少女を除いて。

『さぁ、時間ないわよ! 早く選びなさいっ! お城に行くか、慰謝『わあああああああああああんっっ!!』……? 何か煩いわね………って、えっ!!? きゃ、きゃあああああああああああっっ!??』

……あ~、ぶつかっちゃいましたね。

ギリギリでイナカッペに気づいたようだったが、突然の事に反応が間に合わず、少女は遠くまで弾き飛ばされてしまう。
どうやら、イナカッペに気づいて、下手に避けようと体勢を崩したのが裏目に出てしまったらしい。
もっと早く気づいていれば、あるいはもう少し気づくのが遅ければあそこまで遠くに飛ばされることもなかっただろう。
運が悪いとしか言いようがない。

弾き飛ばした当の本人といえば、ぶつかった事に全く気づかず、みっともなく泣き叫びながら南通りへと消えてしまっていた。
向かった道の先々から、イナカッペの泣き声と、それとは違う悲鳴や怒声が多く聞こえてくるが……、気にしてしまっては負けなのだろう。

飛ばされてしまった少女はどこに……と、飛んでいった方向を探すと……いた。
茂みからお尻だけが生えている。
スカートは捲れてしまい、白い純白のパンティが下着が丸見えになっている。
なんというか、気の毒としか言いようが無い。
時折足がピクピクと震えているのが酷くシュールだった。

茂みは緩衝材となっただろうし、例えレベルが低そうだとしても、そこは冒険者。
怪我だけは無さそうだが……、乙女としての尊厳は、かなりの重傷を負ったに違いない。
少女は茂みから抜け出すのに少し手間取っていたが、何とか抜け出すと、頭を振って髪についた葉を振り落とす。

『いたたた……っ、あ~~もうっ! なんなのよっ、いったいっ!!
しかも……、何よこれっ!! 何かべちゃってしたのついてるしっ!!?』

傍から見ていたリアには、そのベちゃっとした物の正体が嫌でも想像ついた。
少女には、同情せざるを得ない。

「痛そうです……色々な意味で」

「……そうだね。まぁ、自業自得だけど」

「……っ!?」

独り言に思わぬ返答があったことに驚いて、慌てて振り向きながら飛びずさる。
少し太くなった枝の上には、先ほど少女にたかられてた ―― ではなく、罪を言及されていた男が座っていた。

そんなっ!
いつの間にわたしの後ろに!?
さっきまであそこで蹲っていたはずなのに……っ。

『あああああっ!? 変態がいないっ、逃げられたっ!!? ……うぅっ、私の1000Gがぁ……。うぅ、服もべちょべちょだし、もういやぁぁ……』

少女の悲痛な声が耳に入ってくる。
どうやら正真正銘、さっき少女に蹴られていた男のようだ。

失敗した!
さっさとここを離れるべきだったのに、こんなに近くに寄られるまで気づかなかったなんてっ!!

「そ、そんなに警戒しなくても……。そ、そうだ、自己紹介しよう! 僕は「ヘンタイですっ!」そう、変態、って、違うって!」

「ヘンタイはみんなそう言うんですっ!!」

「い、いや、違うって、さっきのはあの娘の誤解なんだ! この木をこう、角度を変えて見ると、ユニ……って、ちょっ、待って、待ってくれったら! 君に話が……っ!」

こういう輩とは関わり合わないのが吉。
隙を見て踵を返すと一目散に協会へ向かって飛びたつ。
後ろの方で男の呼ぶ声が聞こえてくるが、もう会う事もないだろうし気にしない。
先ほどの場所から大分離れたところで一息ついて速度を落とす。

それにしても……、危ない所でしたね。
さっさと協会に帰るべきでした。
わたしは可愛いんですから、ああいうヘンタイには用心しないと。
もし捕まったら、きっとどこか遠くに売り飛ばされて、変な服着せられたりするんです……。
……うぅ~っ! 想像したら寒気がしてきました。
早く協会に戻って何かあったかい飲み物でも貰うとしましょう。

「待ってくれっ!!!」

「ひぅっ!?」

道を曲がり、西道路に差し掛かった所で、突然さっきの男が目の前に現れる。
男の予想だにしていなかった出現に頭が混乱して、思考がまとまらない。

な、なんでですか!?
あんなにスピード出して逃げたのに、なんで回り込まれてるんですかっ!?

慌てふためくリアに、男は顔を必死の形相に変えて近づいてくる。

「頼む、逃げないでくれっ! キミに頼みがっ! ……って、ちょ、だから待ってって!」

「だ、誰が待ちますかっ!! 着いてこないで下さいっ!!」

目的地である協会は目の前だったが、男に道を塞がれた形になったリアは、仕方なく城方向、後ろ側へと全速力で逃げ出す。

捕まったら何をされるかわかりません。
今は逃げの一手ですっ!
なんとか隙を見つけて協会に逃げ込んで、ユートとセディに助けを求めないとっ!

「おーーいっ! 逃げないでくれ、僕は怪しいものじゃないんだっ!」

「そんな事、誰が信じられますかっ!! こっち来ないで下さいいいいっっ!!」

なんでっ!?
なんでわたしが追いかけられてるんですかっ!?
撒いたと思っても、すぐにまた近くから沸いてくるし、ほんと、なんなんですか、あのヘンタイはっ!!

「まってくれええええええええええ!!」

「いやああああぁあぁぁぁぁっっっ!!」







―― 一方、その頃の魔法屋 ――



「熱つつつ……」

「んもぅ、大げさねぇ」

マリアさんは必死に手に息を吹きかけて冷やしている俺を呆れたように見る。

「大げさって言われても、手が燃えたんですよっ!? 下手したら手が使えなくなってたかもしれないってのに!!」

「もう証は持ってるんでしょ? なら、大丈夫よぉ」

大丈夫って、何を根拠に……。
うふふ、と笑うマリアさんをジト目で睨む。

「あれ、聞いてないんですか~? 証を持ってると、少しだけ魔法効きにくくなるんですよ~?」

「昨日司祭様が言ってたルビス様の加護の事だよ。落ち着いて手を良く見てごらん?」

加護……?
そういや、昨日そんな事を言ってた気がするな。
確か魔法の耐性があがるとかって話だっけ。
モモとセディの言葉を聞きながら、言われるままに右手へと視線を落とす。

「言われてみると……」

確かに、そんなに酷い火傷になってないな。
痛みはあるが、皮膚が爛れてるとか、そんな様子は全く無かった。
せいぜい熱いやかんに触ってしまった時に軽い水ぶくれができるのと同じ程度の火傷しかない。
一瞬とはいえ右手が火に包まれたという事を考えると、無傷もいい所だ。

「……加護ってこんなに効果あるのか?
モンスターからの魔法とか食らっても大したダメージがないってのは、嬉しいっちゃ嬉しいけど……」

「証の加護も原因の一つだけど、ユートちゃんがまだ魔法初心者っていう事の方が大きいかしらね。ユートちゃん、証を見てご覧なさいな」

言われて証を見てみる。
HPは…… 37/40 か。
メラを使って3しかダメージを受けない魔法防御の高さを喜ぶべきか、3しかダメージを与える事ができない非力さを嘆くべきか、判断に迷うな……。
MPの方は……って、えっ!!?
ありえない数値を見て、思わず顔をあげると、マリアさんはにっこりと笑う。

「どうだったかしら?」

「MPが15も減ってた……」

「そう、そんなものかしらね」

俺は呆然と告げるとが、マリアさんには予想がついていたのだろう。
納得したように頷いている……が、俺のほうはそう簡単に納得できるものではなかった。

証のMP欄に書かれている数値は 35/50 。
今朝確認した時は確かに 50/50 だった。
それから魔法っぽいものを使ったのはさっきだけなので、あのメラにMPを15使用した事は間違いない。

しかし、メラといえば、ドラクエをプレイした事がある人ならば誰でも知っていると言っても過言ではない程メジャーで、消費MPも少なく、最も低難易度の魔法のはずだ。
他の魔法の消費MPは覚えていなくても、コレが消費MP2だということは覚えている。
どう間違っても15も使うような魔法ではない。
しかも、使用したMPに対して威力が上がるならともかく、ダメージはたったの3を受けたのみ。
せっかく使えるようになったのに、これでは全く使い物にならないじゃないか……。
結局俺には魔法の才能がなかったっていう事なんだろうか……。

「あらあら、落ち込むのは早いわよぉ? 創造魔法はね、練習次第で使うMPを減るし、威力だってあがるのよ。
ユートちゃんはさっきのが初めてだったんだから、使ったMPが多くても仕方ないわよぉ。……うふふ、ユートちゃんのハ・ジ・メ・テ♪ よかったわよぉ~?」

マリアさんは何かを思い出すように恍惚な表情をすると、ぐふふと笑う。

「……はぁ~。こういう所がなければいい先生なんですけどね~……」

その意見、100%同意するわ……。

「……ってことは、俺のメラも頑張れば使いものになるって事?」

気を取り直して問いかけると、マリアさんはスルーされて寂しそうにしながらも答えてくれる。

「ええ、もちろんよ。それが創造魔法のいい所なんだから♪ いい? 契約魔法はね ――」



マリアさんの説明を要約すると。
契約魔法は、同じ魔法なら誰が使っても、発現する魔法の形態、使用MP、そして威力の全てが一緒になる。
これは努力しようが何をしようが一生変わることはないらしい。

一方、創造魔法は、習得が難しい代わりに、努力次第では契約魔法よりも少ないMPで唱える事ができるようになったり、高い威力を発揮する事ができるようにもなるとの事だ。
また、かなりの練習が必要ではあるが、魔法の形態(大きさや威力、メラならば炎の形など)も自分の想像で変えることができ、応用次第では様々な事ができるらしい。



その説明に少し希望が見えてきて、頬が緩む。
とはいえ、思わないことがないわけでもない。

「創造魔法にも色々利点があるのはわかったけどさ。それでも契約魔法の方が使いやすそうだよなぁ」

明らかに契約魔法の方が簡単で手軽だし。
金の問題はあるけど、逆を言えばそれさえクリアできればいいわけだ。
創造魔法の、色々な応用がきくっていう点はすごい利点だと思うけど、人間、簡単なものがあったらそっちに流れるのは道理だと思うんだ。

「そりゃそうよぉ! なんてったって、契約魔法は大賢者グレゴリ様がお作りになったんだからぁ♪」

マリアさんは夢見る乙女の瞳でうっとりと呟く。
……ってかグレゴリ!?

「グレゴリ……ってあのグレゴリの塔のグレゴリ?」

「他にどんなグレゴリ様がいるのか知らないけど、そのグレゴリ様であってるわよん」

「へぇ!」

グレゴリのじーさんって、ただのエロいじーさんじゃなかったのか……。
リアの話聞いてたら、ただの変なじーさんとしか思えなかったもんなぁ……。
リアのコスチュームの趣味はすごく俺と合いそうだし、そっちの意味ではある意味尊敬してたけど、こんなすごい事もやってたのな。

「グレゴリ様はね、ご自身にはそれ程魔法を使う才能がなかったんだけど、魔法を生み出す才能はすごいものを持っていらしてね」

ふむふむ。

「魔法を使う才能がなくても魔法を使える方法を生み出す研究を重ねて、ついに完成させられたのよ。それでね ――」

ふ、ふむふむ……。

だんだんとマリアさんの口調に熱がこもっていく。

「……で、…………でぇ、…………ってわけなのよぉ~」

―― ん?

そして、グレゴリのじーさんが契約魔法を作り出したという話から、次第に別の話へと変わっていく。

「………………でね、………………で、……………………になって」

え、ちょ、ちょっと?

最早魔法も何も関係のない話に変わっている。
いや、だからグレゴリのじーさんの趣味なんて知らなくていいからっ!

「………………………………で、…………………………………………ってわけなのよぉ、すごいわよねぇ~。……そうそう、」

「え、えっと、マリアさん?」

なんとかマリアさんの息継ぎの間を狙って口を挟む、と、すごい顔で睨まれた。

「……んもぅ、なによぉ、今いい所なのにぃ」

「い、いや、あの……「用がないなら続けるわよぉ?」……え、いや」

途中で口を挟もうとするも、すぐに話が再開される。
グレゴリについての話しは、全く終わる気配がない。
いや、だからマリアさん、俺、グレゴリのじーさんのスリーサイズなんて興味ないって!!

助けを求めてモモを見ると、彼女はあちゃ~、という顔をして小さい声で囁いてくる。

((マリア先生、グレゴリ様の大ファンでぇ~、一度話し始めると一時間は止まらないんですよぉ~))

((ちょっ、聞いてないって、んなことっ!))

「ちょっと! 聞いてるのぉ?」

「は、はい!」

気持ち良さそうに話を再開するマリアさんの目を盗んで、モモとセディに助けを頼む……ってセディはどこいった!?

((セディさんならさっき下に降りてっちゃいましたよぉ~。そうそう、『ボクはちょっと用事思い出したから先に下に行ってるね』だそうです~))

((み、見捨てられたっ!?))

((わたしもぉ~、お部屋の掃除があるので隣行ってますねぇ~。ごゆっくりぃ☆))

((ちょ、ちょっと待って! モモさんーーーっ!!))

「ユートちゃん!? ちょっと聞いてるのぉ!?」

「は、はいぃ!!」

な、なんなんだよ、これ!!








「あら、セドリックさん、用事はおわったんですか?」

セディは階段を降りると、イレールの笑顔に出迎えられた。

「あぁ、僕はね。ユートはまだマリアさんの話聞いてるよ。なかなか白熱してるみたいでね」

「白熱……ですか?」

イレールはセディの言う意味がわからず、頬に人差し指を当ててキョトンとしてる。

(どっちかって言うと、マリアさんだけが一方的に白熱してるんだけどね)

ユートの困って汗を垂らしている顔が目に浮かんで、思わずクスリと笑みがこぼれる。

実はセディも、以前ホイミの魔法の契約を結んで貰う際、契約魔法についてマリアに質問してしまい、今のユートと同じ目にあっていた。
今回はその経験を生かし、大賢者グレゴリについての話が始まりそうになったら逃げてきた、というわけだ。

「……? なんか楽しそうですね、セドリックさん。何かいい事ありました?」

「あはは、なんでもないよ。……そうだ、イレールさんに頼みたい事があったんだけど、いいかな?」

「……頼み事、ですか?」

セディはイレールの言葉に頷くと懐から袋を取り出してカウンターに置いた。





「……って事なんだけど、頼めるかな?」

「もちろんいいですよ。……でも、どうして直接渡してあげないんですか? そっちの方がユートさんも喜ぶと思うんですけど」

「友達……だから、ね」

イレールの言葉にセディは照れたように前髪を弄ると、かみ締めるように呟く。

「え?」

「ユートが言ってたんだ。友達だからこそ、金銭面では頼りたくない……って。だけど、やっぱり心配で……。だからさ、ユートには秘密で頼むよ」

嬉しそうに言うセディにイレールは心の中で思う。

(ユートさんがそれを言った場面見てないからなんともいえないけど、ちょっと違うんじゃないかなぁ、それ……)

……でも、とクスリと笑う。

(セドリックさんとユートさんって仲が良いのね、すごく。……男同士の友情かぁ~、なんかいいな、こういうのって)

「わかりました、任せてください!」

「ありがとう!」

イレールが了解を伝えると、セディは見る者を暖かくさせる笑みを浮かべた。






そんな会話の一時間程後。
疲れ果てた様子のユートが階段から降りてくる。

「あ、ユートさん、お帰りなさい。ずいぶんかかりましたね~」

「あぁ……メチャクチャ疲れた……」

あの後マリアさんのグレゴリ様談義を長々と聞かされた。
やれグレゴリの好きな食べ物だの好きな色だのと、ほとんどが役に立たない情報で、聞いてるだけで疲れた。
しかも、それが正確な情報ならばともかく、全てマリアさんの妄想内の設定というのだからどうしようもない。
まぁ、グレゴリのじーさんの話の後に、また魔法に関しての説明もしてもらえたから、全く時間の無駄ってわけでもなかっ……いや、グレゴリ様談義は無駄だったな。

「……はぁ」

「ふふっ、お疲れ様です」

イレールは微笑みながら俺を労うように紅茶のような物を差し出してくれた。
そんなイレールを眺めながら飲むお茶は……あぁ、癒されるなぁ……。

……なんて言うか、こういう女の子分って結構重要だよな。
ドラクエって言えばパーティだけど、俺も冒険者になってパーティ組むようになったら、メンバーに女の子が一人くらい欲しいなぁ。
こんな笑顔の優しい子が一人いてくれたら、冒険も楽しいだろうし。

リア?
アイツはアイツでいいんだけど……なんていうかマスコット的な感じだからなぁ。
主にサイズ的な意味で。
普通な女の子分が欲しいわけですよ、やっぱし。

「……? どうかしました?」

「い、いや、なんでもない」

考えていた内容が内容だけに、慌ててしまう。

「そ、そういや、リア……はまだどこかほっつき歩いてるっぽいな。セディは? 先に下りてきたはずだけど」

「セドリックさんなら、ついさっきルイーダさんに呼ばれて、酒場の方に行ってます。なんでも、急に強い人が必要になったらしくて……。
今この街は、ランクが高い人や強い人はみんな出払っちゃってて、街に残ってる人ってランクが低い人ばかりなんです……。でも、セドリックさんはランクは低いですけど、冒険者全体の中でも強い方ですからね」

やっぱりセディは冒険者の中でも強い方なんだな。
自分との差が大きい事を再確認して、少し寂しく感じたが、それでも自分の友人が周りから評価されていることに対する誇らしさの方が大きかった。
待ってろよ、セディ、俺もすぐにお前に追いついてやるからなっ。

決意を新たにしていると、イレールがニコニコとこっちを見つめているのが気になった。

「な、なに?」

「いえ、なんでも」

イレールはふふっ、と笑う。
なんか居心地が悪いのは気のせいだろうか。



「……そうだ、ユートさんはリアちゃんが戻ってきたらすぐ試しの洞窟に向かうつもりですか?」

「ん? あぁ、そのつもりだよ。いや、いきなり洞窟行くかはわからないな。とりあえず手頃なモンスターと戦ってみるつもり」

「そうですか。実は、さっき渡し忘れたものがあって……。試しの洞窟の方の課題をする方には薬草をいくつか配布するんです」

そう言うと、イレールはカウンターに袋を置く。
袋を受け取って中身を見ると、葉っぱがいくつか入ってる。
恐らくこれが薬草なのだろう。

「へぇ、これが薬草かぁ……」

袋から取り出してみると、葉の上に軟膏のような物が塗られていた。
そういや、これってどうやって使うんだ?
軟膏は塗るんだろうけど、葉っぱの方は……?

「これってどうやって使うの?」

「えっ、ユートさん、薬草使ったことないんですかっ?」

あ、ヤバッ!
やっちまった感が溢れ出すが、なんとか誤魔化しを試みる。

「い、いや~、俺、実は昔から身体頑丈でさ、怪我とか滅多にしなかったからさ、薬草使った事ってなかったんだよね」

ずいぶん苦しい言い訳で、イレールは微妙に納得いかない表情をしていたが、薬草の使い方を教えてくれる。

「軟膏の方は傷口に塗っても、飲んじゃっても大丈夫です。特に痛い場所があったらその場所に塗るのがいいですし、飲めば身体全体の痛みが同じくらい引きます。葉っぱの方はどっちの場合も食べちゃえばオッケーです」

これ、喰えるのか。
……どんな味なんだろうな、これ。
正直、軟膏を食べるのって気が進まないけど……、まぁ、背に腹は変えられないか。
どっちにしろ、金のない俺にとってはすごくありがたい。
袋を覗き込んでみると、葉っぱは8枚あった。

「こんなに沢山、ありがとうな。すごく助かるよ!」

「いえ、お礼なら……ううん、なんでもないです。
回復は早め早めにしてくださいね。特にリアちゃんは身体小さいですし、きっとHPもそんなにないでしょうから、気をつけてあげてください」

「あぁ、わかった。大丈夫、リアを死なせたりなんてしない、絶対に」

「ユートさんも、ですよ。しんじゃったら、下手したら本当に死んじゃうんですからね!! 本当に気をつけてください」

イレールの言い方に少し違和感を覚えたが、心配してくれるのは十分に伝わった。
俺も死にたくなんてないし、傷を負ったら無理せずに薬草を使わせてもらうことにしよう。



それから少しイレールと話をしていると、外から聞き覚えのある声が近づいてきた。

「………ィ……タ…ヘ…………ン…イ…」

「お、リアが帰ってきたかな?」

そのまま扉を見つめていると、バンッと大きな音を立てて扉が開いた。
あまりの勢いに、ドアベルが紐を千切りそうなほどに踊ってる。

「…………タイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイですっ!!」

胸に飛び込んできたリアをユートはなんとか受け止めると、あまりの形相に少し引き気味になりながら落ち着かせるように頭を撫でる。

「お、落ち着けってリア。大変が変態になってるぞ。ってか、何かあったのか?」

「大変じゃなくて、ヘンタイなんですっ!! ユートよりもヘンタイなヤツが追いかけてくるんですっ!!」

「………」

「いたっ」

とりあえずリアに無言でデコピンを一発食らわしてから、協会の外に出る。
なぜかイレールも箒を手に出てきていたが……まぁ、彼女はリアを気に入ってたみたいだし、恐らく勢いで飛び出してきてしまったのだろう。
変態の魔の手から彼女も守らないと。
しかし、気合を入れなおして辺りを見回してもそれらしき人物は見えない。

「いない……よな?」

「いません……ねぇ……」

二人で確認してから協会に戻り、俺の背中にしがみついていたリアに話しかける。

「いなかったみたいだぞ。何があったんだ?」

落ち着かせてから話を聞いてみたが、要領を得ない。
実際、リアにもよくわからないらしい。
痴漢騒ぎを見ていたらなぜか追いかけられる事になり、いくらスピードを出しても先回りされて振り切れず、仕方なく撒くのを諦めて協会に逃げ込んだらしい。
逃げ込む直前まで追ってきていたらしいが、逃げ込んだら急に姿を見せなくなったようだ。

これはリアもさっき背中からコッソリ確認していたから間違いない。
なぜ諦めたのかはわからないが……ただ、俺にはどうしても納得がいかないことがあった。

「ってかさ、リア。なんでお前空に逃げなかったんだ?」

相手は変態とはいえ人間。
空高く飛んで逃げれば追って来れなかっただろうに、なぜかリアは人間の背より下の高さで飛んで逃げ回っていたらしい。
しかし、俺が問いかけると、リアは冷たい顔で睨む。

「なんで……って、決まってるじゃないですか。わたしの格好を見てください」

そう言ってクルリと回る。
今回のリアは、紺の落ち着いたシャツと、丈の短いスカートに身を包んでいた。
いやまぁ、似合ってるんだけど、それがどうか……っておい、まさか。

「もしかして、スカートだからか……?」

「もしかしなくても当然でしょう!?」

いや、そりゃ普通の時はそうかもしれないけど、相手は変質者だぞ?
捕まったら何されるかわからないってのに、んなこと言ってる場合か?
俺の顔を読んだのか、リアは全くデリカシーがないですね、といった感じに深くため息をつく。

「全く、デリカシーがない人ですね……」

否、口にしやがった、コイツ……。

「ユートさん、私もどうかと思いますよ、それ……」

イレールにまでそう言われてしまっては反論せざるを得ない。

「……え、いや、だってさ、身の危険がかかってるんだぞ? そんなときに、んなこと言ってる場合じゃないだろ!?」

「そんなことって……そんな風にいってるからユートは駄目なんですっ!」

「女の子にとっては、そんな事、なんて簡単に切り捨てられるものでもないんですよ」

……え、何、なんで俺が攻められてるわけ!?
何か納得いかねぇっ!!

「ん? 何かあったのかい?」

「おぉっ、セディ! ちょうどいい所にっ!!」

おやっさんの話が終わったのか、セディがひょっこり戻ってきた。
俺は予期せぬ援軍に嬉々として今の出来事の説明をする。
……と。

「それはユートが悪いよ」

ブルータス、お前もか……。
孤立無援、四面楚歌。
そんな言葉が頭の中で踊っていた。








「……さぁて。ここからは慎重にいかないとな」

「わたしのお饅頭のために頑張ってくださいっ!」

「饅頭って……おまえなぁ……」

「~~♪」

リアは俺の肩の上でノンビリと歌を口ずさむ。
コイツ、わかってんのかね……こっちはなけなしの神経すり減らしてるってのに。

俺達は今、街を出て、北に向かって歩いていた。
地図によると、試しの洞窟があるのは街のすぐ北にある切り立った山の麓。
最初は北の出口から行こうと思っていたのだが、セディによると、北側には出入り口がないらしい。

というわけで、回り道にはなるが、あのビッグス&ウェッジ、二人の門番のいた西側の出口から出て、北へ向かって歩いている、というわけだった。
話によると、門の傍にあったルビス像を越えて少し歩いた先、つまりこの付近からモンスターが出てくるらしい。
俺はあたりに気を配りながら歩いていた。

この場にいるのは俺とリアの二人で、セディはいない。
そのせいだろうか、緊張で喉はカラカラになっている。
塔からレヌールの街へ歩く途中、どれだけあの三人に守られ、依存していたのかがわかる。



セディはおやっさんに頼まれた依頼に行かなければならなくなったらしく、俺達と一緒にはこれなくなってしまったのだ。
その依頼は別の村で何かをするというものらしく、どう頑張っても数日単位でかかってしまうらしい。
セディも急な任務のせいとはいえ、俺達に悪いと思ったようだ。
あまりにも何度も謝るため、こちらまですまない気分になってしまった。
そういう理由なら仕方ないし、それに、一緒に行く約束をしていたわけではないのだから、そんなに謝らなくていいって何度も言ったんだけどな。



……まぁ、実際俺も、なんとなく一緒に行くんだろうな、って思ってたから残念だったが……でも、これは甘えだろう。
本当のところ、正直に言えば心細かったが、こんな最初から頼っていては自分も成長できないだろうし、逆に自分を成長させるチャンスだ、と前向きに考えることにする。

「ん~~♪」

こいつもいるし……な。
暢気に歌う相棒を見て肩の力を少し抜くと、俺はまた歩き出した。





「くっ、モンスターかっ!?」

「ユート、右ですっ!」

突然茂みがガサガサと揺れたかと思うと、目の前にスライムが3匹現れた。

「スライム……か。冒険者(仮)の初陣には相応しい相手、だな!!」

俺はひのきの棒を構え、相手の動きに対応できるように腰を落とす。
構えも何もあったものじゃないが、とりあえず動き易い格好を心がける。

そして、リアはそっと俺から離れると……。

「フレーフレー、ユート♪」

「お前も戦えっ!!」

「応援も立派な戦いです♪」

「リアああああっ!! おわっ! ……くそっ」

「ほら、前見てないと危ないですよっ」

リアに文句を言おうと向き直ろうとする隙をついてスライムが飛び掛ってくる。
塔で戦ったオオアリクイや一角ウサギよりも動きは鈍かったせいか、今回はなんとか避ける事に成功したが、注意散漫な状態で何度も避け続けられると思うほど俺もうぬぼれていない。
リアに構ってたらマジでやられる。
仕方なく俺はスライム達に集中する事にした。

……後でデコピンしてやる、絶対!!





「くっ……うわっ……くそっ!!」

「ユート、逃げてるだけじゃ倒せないです!」

「うるせぇ! お前が言うなっ!!」

リアの言うとおり、俺はあれからずっとスライム達の攻撃を避け続けていた。
思いの他すごいジャンプ力で頭を狙ってくる攻撃をしゃがんで避け、足元に飛び掛ってくる所を飛び越え、身体を狙う攻撃を半身になってかわす。

証を貰って祝福を受けたせいか、息が切れる気配はないが、このまま続けていたらいずれ攻撃を食らうのは目に見えている。
リアの言うとおり、避けてるだけじゃだめだという事はわかっているのだが……。

一匹のスライムを攻撃すれば必ず残りのスライムからの攻撃を無防備に受けてしまうのは想像に難くない。
もっと強く、戦い方が上手くなれば避けられるのだろうが、そんな事は冒険者の初心者である俺には無理な相談だ。

攻撃を受ける覚悟を決めて、一匹のスライムに突撃しようとしても、どうしても攻撃する直前、塔で食らったオオアリクイの攻撃の痛みが頭をよぎってしまう。
一撃で吹き飛ばされ、腕が使い物にならなくなったあの痛み。
ゲームで言えば、スライムはオオアリクイと比べればかなり弱いので、恐らくコイツ等の攻撃を食らってもあの時ほど痛くはないだろうが……それでも恐怖心はなくならない。
頭ではわかってはいるのだ。
それでも、あの痛みがちらついて……、攻撃する寸前に腕を引いて避けて……いや、逃げてしまう。

「くそっ……っ!」

自分の不甲斐なさに悪態が洩れる。
このままじゃいけないってのに……っ!!

「きゃぁっ!」

突然あがった悲鳴に思わず振り返るとリアに一匹のスライムが飛びかかっていた。
いつの間にか俺と対峙していたうちの一匹がリアの方へと目標を変えていたらしい。

「……っ、ビ、ビックリしました……」

何とか避けられたようだ。
俺はコッソリ安堵の息をつく。

さっきは勢いで手伝えと言ったが、実際リアに手伝わせる気は、ほとんどなかった。
身体の大きな俺でさえあれだけ痛いのだ。
リアのあの小さな身体では、それこそ一撃で危険な事になりかねない。

―― 俺ハ何ヲヤッテル?

リアは塔で俺の命を救ってくれた。
怖いからってその相手を危険に晒すのか?
あの夜に力になってやりたい、守ってやりたいって思ったのは嘘だったのか!?

……違う。
違う違う違うっ!!

リアに攻撃を避けられたスライムが再度リアに飛びかかろうとする所を見た瞬間、頭が真っ白になり、自然に身体が動いていた。

「リアに何しやがる、てめええええええええええええええええっ!!」

俺はひのきの棒でスライムを思い切り打ち据えて、地面に叩きつける。
そして、スライムは二、三度バウンドして転がり、ピクピクと一度弱々しく震えると、動かなくなった。
どうやら、火事場のバカ力的な何かで一撃で倒してしまったらしい。

あの一角ウサギが一瞬脳裏をよぎり、心の奥底でチクリと胸が痛んだが、何とかその痛みを飲み込み、次いで予想される体の痛みに備えて身を硬くする。

と、次の瞬間、ドンドンッ、っと予想通りに二回の衝撃が、そして予想とは全く異なる痛みを受けた。

……有り体に言えば、全く痛くなかったのだ。
いや、全くと言ってしまえば語弊があるか。
軽く叩かれた程度の、鈍い痛みはある。
しかし、この攻撃を何十回、いや、何百回受けようと絶対に死なない自信がある程度の痛みしか感じない。

―― もしかして

「コイツ等、めちゃくちゃ弱いのか?」

それとも、それ程にルビスの祝福がすごいのか?
あるいはその両方か。

とにかく、俺の中には余裕が生まれていた。
確かめるために、スライムの攻撃を避けずに受けてみる。

スライムが飛び掛ってくる瞬間、身体が恐怖で無意識に避けようとするのを意識して押さえつける。
すると、しっかり身構えて攻撃を受けたからだろうか、先程と同じ、いや、それ以下の痛みしか感じない。
心の底から笑いがこみ上げてくる。

「ふ……ふふっ……」

「ユート?」

リアが訝しげにこっちを見てるが、笑いは止められない。

「わはははははっ!! 弱い、弱いぞっ!!!」

突然笑い出した俺に、スライム共が何度もぶつかってくるが、もはや蚊ほどにも脅威に感じない。

「く……くくっ、こんな奴らに怯えてたなんてな」

「ユ、ユートが壊れましたっ!?」

「壊れてねぇっ!! 俺は至って正気だっ」

ただ、自分のさっきまでの精神状態を思い出すと、どうしても笑いがこみ上げてきてしまうだけだ。
俺は何を怖がってたんだろうな……、ってさ。

痛みはそれ程ないが、それでも少しは感じる。
そろそろウザったくなってきたな。

俺がスライム達をキッっと睨みつけると、スライム達はそれまで行ってた突撃をやめてこちらを見上げる。
そのつぶらな瞳は可愛かったが……そんな事考えてる場合でないのはわかっている。
瞳、よく見ると微妙に赤いし。
血走ってるのかね?

まぁいい。
俺は改めてひのきの棒を構えると、スライム達と対峙する。
作戦は至ってシンプルだ。
ひのきの棒で殴る、これだけ……いや、一匹それで倒したら……試してみるか。

反撃は気にせずに左のスライムに狙いを定め攻撃を加える。
相手の攻撃は痛くないし、避けられる場面でも攻撃を優先する。
三度目の攻撃を加えると、先程のスライムと同じ様に一度ビクリと震えた後、動かなくなった。

俺の今の攻撃力だと三発かかるようだな。
さっきのは火事場のバカ力、会心の一撃でも出たんだろう、きっと。

そして、残るは後一匹。

俺は最後の一匹の攻撃を気まぐれに一度避けると、唯一使える魔法、メラの詠唱に入る。

想像するものは魔法屋で使った魔法の構成。
創造するものは魔力で炎を生み出す存在。

「全てを構成する粒子よ…我が意に応え、熱く燃え盛れ!! メラァッ!!」

詠唱中にスライムが一度攻撃してくるが、構わず唱えきる。
呪文の言葉と共に俺の身体が光り、右手から炎が飛び出すとスライムを包み込んだ。
詠唱が効いたのか、それとも2回目という事で慣れがあったのか。
その炎は明らかに魔法屋でのそれより力強く、燃え盛っていた。


―― そして。


数秒間スライムの形に燃え続けた炎が消えた後に残ったのは黒く焦げた塊だけだった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 ユートのステータスその2 ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃      ユート     ┃┃     ちから :  5┃
┠──────────┨┃  すばやさ :  7┃
┃    宿無し迷子     .┃┃  たいりょく : 21┃
┃     と し ま     ┃┃   かしこさ : 12┃
┃    レベル : 1   .┃┃ うんのよさ :  2┃
┃   HP 13/40   ┃┃ こうげき力 :  7┃
┃   MP 25/50   .┃┃  しゅび力 : 10┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:ひのきの棒       ┃┃メラ          .┃
┃E:黒いジャケット    . ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛


(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


――― スライム ―――


このモンスターを知らん者はおらんじゃろ。
ぷるぷるとしたぼでぃに、つぶらな瞳。
数多くのモンスターの中で最も弱く、最も有名なモンスターじゃろう。
青い身体のものが一般的に知られておるが、他にも赤、ピンク、黄、緑等、様々な色のものがおる。
食べる物によって変わるようじゃが、何を食べればこのような色になるかはわかっておらん。

……なに、そんなスライムなど見たことないじゃと?
そりゃそうじゃろう。
普通に住んでる野性のスライムが食べる物ではほとんどが青くなりおるし、極稀に赤くなるのがいるだけじゃ。
他の色のスライムは、人間が無理やりその色になるための物を食べさせるしかないのじゃからな。

他には……そうじゃな、金属の身体を持つメタルスライム等もおるな。
これについてもわかっておる事は少ないのぅ。
ミスリルを食べたスライムという説もないわけではないが……眉唾ものじゃの~。

そうじゃ、こやつ等を忘れてはいかん。
スライムの中には、普通のスライムと全く見た目が変わらんのに、強いスライムがたまにおっての。
こやつ等はなんと合体して巨大なスライムへと姿を変えることがあるのじゃ。
ほっほ、どうせホラじゃろうと?
甘いのぅ……。
モンスターには解っておらん事が多いじゃろう?
それなのに、なんで嘘だと決め付けるのじゃ。
お主等が見たことのないモンスターなど、山ほどおるのじゃよ。
想像もつかないような不思議なモンスターものぅ。


*注 このページの執筆者は依然として不明である。また、このページの内容の真偽は確認が取れなかったので、冒険者諸氏は自身で判断をするように願いたい。


――― 冒険者の友 大地の章 地の項 1ページより抜粋





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


――― 冒険者の友 ―――


冒険者の友だって?
はははっ、お前さん、あんなホラ本信じてるのかっ?
こりゃぁお笑いだ!
あんな本を信じてるヤツがいるなんてなっ。
あれはな、適当なネタを面白おかしく書いて、冒険者達から金をせびり取ろうっていう協会の作戦なんだよ。
そんなモンの振り回されてるようじゃまだまだだな。

……なぁ、これはお前の先輩からの忠告だ。
悪い事はいわねぇ、あんな本信じるのはやめときな。
いっちばん最初にあるスライムのページ、見たことくらいあんだろ?
黄色だの緑だの、挙句の果てにはピンクのスライムがいるとか言ってるんだぜ?
考えなくても嘘だってわかるだろうが。
それらしい事書いちゃいるが、あんなん真っ赤なでたらめさ。

合体するスライムってのもあれ書いたヤツの妄想だしな。
確かに、キングスライムっつー、めちゃくちゃ大きなスライムはいる。
だがな、あれはああいうモンスターで、スライムが合体したもんじゃねぇ。
俺は顔が結構広くてな、冒険者にも沢山の知り合いがいるんだが、誰もんなとこ見たことねぇって言ってる。
もちろん、この俺もな。

俺は自分の目で見たものしか信じねぇ。
それがこの世界で生きていくための最大にして唯一のコツなんだ。
お前はまだ若い。
そういった夢のつまった本に気を取られるのもわからないでもないが、早く卒業するんだな。
でないと………死ぬぜ?


――― とある熟練冒険者の言葉 より







[3797] 【オマケその一】 魔法について ―― とある魔法使いの手記 3/29  【それぞれの魔法について】 追加
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/03/29 23:42
魔法の設定に関して、オマケ風に書いていきたいと思います。
内容は本編が進むごとに、ネタが続く限り、ちょこちょこ追加していきます。
読むタイミングとしては、第○○話後と書かれた話数の後に読まれるのがいいと思います。
(もちろん、一気に読んでも大丈夫なようにしてあるつもりです)

2009 2/15 第二十一話後 【はじめに】【魔法の種類】【魔法の歴史】【コラム ― 大賢者グレゴリについて】 追加

2009 2/26 第二十二話後 【契約魔法】 追加

2009 2/28 第二十三話後 【創造魔法】 追加

2009 3/29 第二十四話後 【それぞれの魔法について】 追加 + オマケ全体の修正。日本語のおかしな部分を少しマシにした……つもりです。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― とある魔法使いの手記 ―――



【はじめに】



近年、魔法使い、及び僧侶(以下、特に分けない場合は両者合わせて魔法使いと記述する)の人口が減少傾向にあるのは周知の事実だろう。

なぜ魔法使い以外の道を選んだのか、理由を述べよ。
そう問われれば、問われた人間のうちの9割以上が『金銭的な問題』をあげるだろう。

現在、魔法を使う人間の間では、『契約魔法』が主流となっているが、この魔法はとにかく金銭がかかる。
そのため、冒険者を志す者達の中には、“そこまでの大金をかけて、魔法使いになる価値があるのか”と、初めから魔法使いの道を除外する者が少なくない。
そして、事実、現在の魔法使いは、貴族や一部の富豪層出身の者達がほとんどで、平民出身の魔法使いはほとんどいない。
それを受け、魔法使いの絶対数が少なくなっているのが現状である。

私も、これが魔法使いの減少の理由の大半を占めている事は、疑いようのない事実であると思う。
しかし、これだけが全ての理由か、と問われれば、胸を張って否、と答えるだろう。

私は、現在の魔法使い達を取り巻く現状は、一般の冒険者の、“魔法に対する知識の不足”が原因ではないか、と考えるのだ。
魔法に対しての知識が少ないにも関わらず、その高価さだけが強調されるようになってしまい、そのせいで“金額に見合った価値があるわけがない”と思い込んでしまってる人間があまりにも多いように思われる。

才能はある程度必要であり、なおかつ努力が必要不可欠ではあるが、『契約魔法』とは違って金銭の全くかからない、『創造魔法』と呼ばれる魔法を行使する魔法使いがいる事を知っている人間が、冒険者を目指す若者達の中にどれ程いるだろうか。
魔法がどれ程便利で、どれ程冒険者にとって助けになるものなのか……。
そういった正しい知識を持たず、“金額に見合った効果があるか”考えもせずに最初から切って捨てる人間がどれ程いるだろうか。

知識を持って、その上で魔法使い以外の職業を選ぶのならば、私はそれで構わないと思う。
しかし、知識を持たないせいで、ただ単純に“金がかかるから”という理由だけで魔法使いの道を捨てるのは、あまりにも勿体無いと、私はそう思うのだ。

そこで、私も未だ魔法使いとして未熟ではあるが、後に続くであろう後輩の冒険者達のために、私が知りえた『魔法』に関しての知識をここに記し、伝えようと思う。
この知識が諸君達の道を広げる手助けになる事を祈る。

長くなったが、一人でも多くの魔法使いの卵が生まれる事を祈って、前書きを終えよう。





【魔法の種類】



魔法は、大きく分けると『原始魔法』、『創造魔法』、『契約魔法』の三つに分けることができる。
ひとまず、大まかに説明するとしよう。
それぞれの魔法についての詳細は、後に記述する【魔法の特徴】の項を見て欲しい。



・『原始魔法』

この『原始魔法』の使用方法(具体的言えば、魔力から魔法を生み出す過程)は謎に包まれており、地上に生きる者達 ― 人間・ドワーフ・ホビット・エルフ・妖精等 ― には扱う事ができないと言われている。

『原始魔法』とは、名前の通り遥か昔、神代の時代から存在していた。
これは正しく『魔』による『法』であり、当初は『魔族』や『魔物』が使う魔法を指していた。
しかし、現在では、精霊ルビスや所謂『神』と呼ばれる存在が使う魔法も『原始魔法』と呼んでおり、それを受けて、人間達以外の使う魔法全てを指すようになっている。



・『創造魔法』

今から千年程前、魔族や魔物の魔法に対抗するために、精霊ルビスによって、地上に住む全ての種族に伝えられた魔法である。
原理は至って単純であり、魔法の源である『魔力』を用いて、個々人独自の理論によって『魔法』を発現させる、という物だ。
簡単に言ってしまえば、魔族や魔物の扱う『原始魔法』をなんとか自分の『魔力』で再現する、という物である。
そのため、基本的に、存在する魔法は、魔族や魔物達が使う物に限られる。

しかし、世に言う大魔法使いや大賢者達『創造魔法』を極めた者達は、独自の魔法を生み出し、使う事もあったそうだ。
この事については後に述べよう。



・『契約魔法』

四、五百年前に、大賢者グレゴリによって生み出された新たな魔法。
そして、現在の主流の魔法でもある。
『創造魔法』を特殊な方法で『魔法陣化』し、それを身体に刻み、儀式 ―― 通称『契約』を行う事で、魔法の才や魔力を持たない者でも魔法を扱う事ができるようになる。
ただし、その魔法の特性上、『魔法陣化』されていない魔法は当然使う事ができない。

『契約魔法』は、極端に言えば、『創造魔法』を手軽に再現出来るようにした物にすぎない。
そのため、未だ『魔法陣化』されてない新しい魔法を使いたければ、『創造魔法』で新たな魔法を生み出す以外にない。
しかし、『創造魔法』の使い手の少ない今、新たな『契約魔法』を生み出すのは難しい状況となっている。





【魔法の歴史】



神代の時代。
地上に生きる者達 ― 人間・ドワーフ・ホビット・エルフ・妖精等(以下、人間達と記述) ― は、今のように自由に魔法を扱う事ができなかった。
そのため、魔族や魔物達に対抗するには武器を用いるしかなかった。
しかし、ただでさえ、身体能力で劣っているというのに、『原始魔法』という自分達にはない能力を用いる魔族達には、当然抵抗もままならない。
人間達は長い間、魔に怯える日々を過ごしていた。
その事に憂いた精霊ルビスは、今から千年前、地上に生きる者達に魔法の使用方法を伝える事になる。



これが、『創造魔法』である。



『創造魔法』が人間達の間に広まってからは、魔族や魔物達と人間達の戦力は拮抗する事になる。
魔に対する恐怖が完全になくなったわけではないが、それから数百年間は、それなりに平和な日々を過ごしていた事だろう。

この拮抗は、今から五百年前、魔王の出現により魔族側へ大きく傾く事となるが、知っての通り、その数十年後に現れた勇者によって魔王は倒され、世界は救われた。
それからは、魔物達は相変わらず存在するが、魔族は滅多に地上に出てくる事がなくなり、平和な日々が現在まで続く事となる。



『創造魔法』は当然、魔族が地上に出てこなくなった後も、魔物に対抗する有効な手段として重宝されていたが、平和な日常にも役に立っていた。
メラ系の魔法は火を起こす事に使え、ヒャド系は物を冷やす事に使える。
その他の魔法も様々な分野で役立てられるようになる。
魔法はこの世界で暮らす人々になくてはならない存在へとなっていった。



しかし、次第に、魔法を使える者達は、魔法を使えない者達に対し優越感を抱くようになり、それはやがて選民思想へと繋がっていってしまった。
その最たる象徴が、彼の『魔法王国フォルトゥーナ』の建国である。

建国者である初代フォルトゥーナ王は、“魔法を使える者、すなわち神に愛されし者”という信念をもとに、各国から魔法使いを集め、魔法使いによって支配される王国を作りあげる。
建国から僅か数年で、驚く程多くの魔法使いが、フォルトゥーナに集まった。
その時代に存在した魔法使いのうち、8割以上がフォルトゥーナに属していたと言えば、それがどれ程の物かわかるだろう。

一箇所に集まった魔法使い達は研鑽し、魔法技術を高めていく。
魔法王国フォルトゥーナ王国が発展とすると共に、『創造魔法』もより洗練され、強力になっていった。
それによってこのフォルトゥーナは、建国後数十年という短い期間で、他の大国と肩を並べるほどにまで成長する。

全てが魔法を使える人材で構成されている魔法騎士団は精強を誇り、他国から一目置かれていた。
また、その魔法技術がふんだんに使われた街並みは、他の国々とは一線を画していた。


しかし、永遠に続くかに思われたフォルトゥーナは、建国から約二年後、唐突にその終わりを迎える事になる。

俗に言う、『魔法王国フォルトゥーナの悲劇』である。
長くなってしまうので、詳しい事をここで言明するのは避けるが、これによってフォルトゥーナは、その短い歴史を閉じてしまう。

そして、国が命をを終えると同時に、フォルトゥーナで生活していた魔法使いのほとんども死に絶え、魔法に関する膨大な研究成果や文献等が技術と共に失われる事となる。
この際、その時代に存在していた魔法の半分近くが失われたという記述があるのだが……、詳しい事はわかってはいない。



フォルトゥーナが滅亡してしまったのを見て、他の国々は慌てる事となる。
滅亡の原因について対処するのは当然の事で、事実それは迅速に行われたので問題はない。
問題なのは、フォルトゥーナの滅亡により、多くの優秀な魔法使いが死に、その魔法技術が失われた事だった。
このままでは、魔物に対抗する貴重な術が失われてしまう。
今のまま、魔物達との勢力が拮抗しているのなら何の問題もないが、いつまた魔王が現れるかわからない。
魔法の技術が失われたままでは、最悪、神代の時代の繰り返しとなってしまうかもしれない。

各国は、協力してフォルトゥーナの城跡を調査した。
しかし、その調査はなかなか実を結ばなかった。
魔法の極意を記されていたであろう書物は焼け焦げて読めなくなっており、生活を支えていたであろう魔法技術はいくつかを除いて全て破壊しつくされていたのだ。

“いったいどれ程の力が、この国を襲ったのだろうか”

当時、フォルトゥーナの調査に加わった者達の手記には、そのような記述が必ずと言っていい程書き込まれていた。

そして、成果が出ないまま数ヶ月の時が経ち、もう何も残っていないのではないか、という絶望感が漂い始めた頃。
ついに一つの、……そして最大の成果を見つける事になる。



それが大賢者グレゴリによって生み出された、『契約魔法』の技術である。



城跡の地下に、まるで忌避されるかのように厳重な封印を施されていたそれは、まさしく魔法に関しての救世主となった。
なぜこんな場所に、まるで隠されるかのように封印されていたのか。
当時の学者達によって様々な論争が繰り広げられたが、そのうちの一つ。
恐らく事実と一番近いであろう説を紹介しよう。



大賢者グレゴリがこの『契約魔法』を生み出したのは、今から四百年以上も昔、フォルトゥーナの建国時代にまで遡る。
当時無名だった彼は、自身の世紀の発明を、既に魔法大国となっていたフォルトゥーナに持ち込み、発表したのだろう。
しかし、選民思想にとらわれていたフォルトゥーナの上層部達にとっては、彼の『契約魔法』の存在は到底許されるものではなかった。
彼らからしてみれば、選ばれた者だけが扱える魔法を、誰でも使えるようにする『契約魔法』の存在は忌々しいものであったに違いない。
しかし、この技術自体は素晴らしいもので、残しておくべきだと、魔法に携わる者ならば、そう考えただろう。
そんな相反する感情が、このように、隠すように封印して残す、そんな手段をとらせたのではないだろうか。
もっとも、そのおかげでこうして失われる事なく、また、日の目を浴びるきっかけとなったのは皮肉な事ではあるが。



話を戻そう。
世に出た『契約魔法』は、瞬く間に広まった。
フォルトゥーナの滅亡によって、魔力を持つ人間自体が少なくなっていたのだから、当然の結果と言えるだろう。
こうして、魔族や魔王が現れたとしても、一方的に蹂躙されるという危機は去った。
しかし、『契約魔法』の高価さから、扱える者が限られてしまい、フォルトゥーナ時代にもあった選民思想が、現在に至ってもわずかに残ってしまったのは、問題といえば問題であるかもしれない。



次項では、『創造魔法』および『契約魔法』それぞれについて、掘り下げて詳しく書いていこう。





【コラム ― 大賢者グレゴリについて】



大賢者グレゴリの生涯は謎に包まれている。
有名になったのも、彼の死後、二百年近くの時が経ってからだ。
魔法の研究者であったという事はわかってはいるのだが、その業績が全くと言っていい程何も知られていない。
『契約魔法』を生み出した彼ほどの能力があれば、他に何か偉業を達成していて、名前が売れていてもおかしくはないのだが……、当時の記述を見る限り、その時代の各国も彼の名前を知るものはいなかったらしい。
『契約魔法』は(おそらくではあるが)フォルトゥーナへと持ち込み、発表していたのだから、他にも何か発表していてもおかしくないと思うのだが……。

このように考えた者は少なくなく、彼の研究室があったと言われる“グレゴリの塔”は、一時期大勢の冒険者や盗掘者がその遺産を求めて登ったらしい。
とはいえ、今に至るまで、その遺産が見つかったという報告は聞かない。

これは、大賢者グレゴリの偉業が、『契約魔法』しかなかったのか、それとも、未だに見つかっていないだけで、価値のある技術が眠っているのか。
私も一冒険者として、気になるところである。





*** 以下2/26追加 第二十二話後 ***



【契約魔法】



それでは、『契約魔法』について語ろうと思う。
しかし、『契約魔法』を語る前に、まず『魔法武具』について説明せねばなるまい。


・『魔法武具』

魔法武具には大きくわけて二種類のものがあるのは、諸君もご存知の通りだと思う。
今は失われてしまった、遥か古の技術を用いて作られた魔法武具と、近年、人間達の手によって作られた魔法武具である。


古の技術による魔法武具。
これは、神によって作られたとも、古代の技術を持つドワーフ達によって作られたとも言われ、その魔法武具を掲げて念じれば、武具にそなわった魔法が何度でも発動する、という物だ。
これは、使用者の、“魔法を発動する”という意志に、武具に描かれた魔法陣が反応し、蓄えられていた魔力が自動的に魔法陣を駆け巡る事で魔法が発動する、といった構造になっている。
武具によって描かれている魔法陣は異なり、当然、それによって発動する魔法も多岐にわたる。
これらの魔法武具が魔法を何度も発動できるのは、魔法陣に、魔法が発動した後自動的に周囲の空気中に漂う微量の魔力を吸収・蓄積する能力が備わっているためである、と考えられる。


人間達によって作られた魔法武具。
これは上記にある、古の技術によって作られた魔法武具の魔法陣を解析し、真似て造られたものである。
しかし、その魔法陣の全てを解析が出来たわけではない。
長年の研究により、なんとか持ち主の意志によって魔法を発動出来る所までこじつける事はできたが、古の技術による魔法武具と比べると下位の魔法しか刻めなかった。
また、発動後の、空気中からの魔力の吸収、蓄積の能力も低く、一日かけてようやく一度か二度の発動が可能になるといった程度の能力しか再現できなかった。
しかし、この魔法武具の開発がもたらした衝撃は大きく、たとえ能力の低い物でも飛ぶように売れたという記録が残っている。

魔法武具の能力は、魔法陣を刻む人間の腕にかなり左右される。
腕のある人間による魔法武具は、日に五、六度も唱える事ができる物もあったようだ。
もちろん、そのような人間の手による魔法武具は値段も高く、普通の人間には手にする事ができなかったわけではあるが。



~~~~~~~~~



さて、話を『契約魔法』へと戻そう。
『契約魔法』の話をする前にこの魔法武具の話を持ち出したことから、想像がついている者も多いかもしれないが、『契約魔法』とは、簡単に言ってしまえば、技術的には、この魔法武具の魔法陣を人間の身体に適応させたというだけの物である。

しかし、一言で言えるからといって、当然、簡単なわけではない。
魔法武具に描かれている魔法陣は、意志のない、“物”に描かれているから有効なのであって、これをそのままに人間へと書き込んでも、魔法陣の魔法の発動プロセスと人間の意志が反発し合って上手く発動しない。

それを見事成功させたのが、今から数百年前の大賢者、グレゴリである。
彼は『創造魔法』の発動プロセスを特殊な方法で魔法陣化する事に成功し、それに手を加え、人間に書き込むことで効力を発揮する魔法陣を開発した。
それにより、生まれたのが『契約魔法』なのである。

この『契約魔法』の誕生によって、魔力がないために魔法を扱えなかった人間でも魔法が扱えるようになり、その事が世界に多大な影響を与えたのは上でも述べた通りである。



・『契約師』


『契約魔法』を契約する事を生業としている人間を『契約師』と呼ぶ。
彼らは日々、この魔法陣の小型化と簡略化を目指して研究を続けている。
というのも、この『契約魔法』は、人体に直接魔法陣を書き込む、という特性上、魔法陣が小さい方が書き込める魔法の数も増え、有利となるからだ。
しかし、ただ小さくすればいいというわけではない。
魔法陣の重要な部分を省略してしまえば、その分魔力の変換効率や魔法の威力が悪くなってしまう。
契約師の腕の良し悪しによっては、同じ威力の魔法を刻むとしても、魔法陣の大きさが倍以上となる事も、ありえないことでは無い。
いかに威力を落とさずに、小さな魔法陣とするかが、彼らの腕の見せ所なのである。
当然、契約の依頼は腕の良い契約師に集中する事になり、契約師達も自らの腕を磨くことに余念がないというわけだ。

そして、大賢者グレゴリは、この『契約魔法』の生み手でもあり、そして同時に、今なお史上最高の『契約師』であったとも伝えられている。

『契約魔法』は、書き込む『契約師』ごとに、独自の改良を加えるため、同じ魔法でも全く魔法陣が違う。
しかし、ただ一種類。
『ホイミ』の魔法だけは、世界中どの契約魔法使いであっても、全く同じ絵柄の魔法陣を書き込まれている。

この『ホイミ』は、大賢者グレゴリが生涯で唯一残した、彼独自の魔法陣であり、この魔法陣を越える魔法陣は誰にも創り出せない、と、『契約師』ならば誰もが口をそろえて言うほど優れたものなのだ。
筆者の知り合いである『契約師』の言によると、彼、大賢者グレゴリの作った『ホイミ』の魔法陣の、魔法の発動プロセスの簡略化の上手さは芸術性の域に達しており、そして機能性だけでなく、見た目の良さ、大きさ、色合い全てにおいて美しい、との事らしい。

『契約師』ならざる私には、この魔法陣の機能美に関しては知る術はないが、しかし、見た目の素晴らしさならば良くわかる。
その事実を表す一例を挙げるとするならば、この『ホイミ』の魔法陣は、冒険者達だけでなく、その見た目の良さから普通の女性達にも人気で、一時期はこの魔法陣を身体に刻むことが流行になった事もあったという事からもわかるだろう。





*** 以下2/28追加 第二十三話後 ***



【創造魔法】


次に、『創造魔法』について話すとしよう。
今では『契約魔法』が主流になってしまっているため、この『創造魔法』を知っている者は、少なくなってしまっている。
しかし、上で述べたように、精霊ルビスによって魔法が与えられてから『契約魔法』が普及するまでは、我々人間が扱える魔法は『創造魔法』のみだったのだ。

『創造魔法』を扱うには、自身が魔力を持つ事が最低条件であり、そして、その魔力を扱うためには、ある程度の才も要求される。
そのため、『契約魔法』の存在しない時代では、限られた者 ― 多くても十人中三、四人程度 ― にしか魔法使いになる事はできなかった。
(これが上記に挙げた、魔法王国フォルトゥーナの選民思想の原因である)


『創造魔法』とは、唱える魔法使いが、自身の持つ魔力を、魔法へと変換する過程を想像し、創造する魔法である。

この魔法を扱う際に、最も重要となるのが、想像力だ。
魔力を魔法へと変換する過程。
これには、唯一正しい正解などは存在せず、全ては魔法を扱う者の才覚にかかっていた。
その道筋の良し悪しが、唱えた魔法の威力や消費魔力の効率に直結しているため、どう想像して創造するかが、魔法使い達の腕の見せ所であり、一番の肝でもあった。

この、過程の想像には、魔法を使用する者の種族、性別、年齢、生まれ育った場所、環境、時代、考え方、そしてその人間の就いている職業など、その人間を構成している、凡そ考え得る全ての要因が影響される。
そのため、同じ魔法と言えども、同一の人間がいない以上、全く同じ『創造魔法』は存在せず、魔法使いが数人いれば、その人数の分だけ魔法の創造の仕方があるといっても過言ではない。

その事実は、とある魔法使いが残した、こんな言葉からも窺う事ができるだろう。


『創造魔法とは、扱う人間そのものである。他人を真似ようとするのではなく、自分だけの自分自身を創り出せ。
理論を考え、現象を考え、魔法を生み出せ。考え想像し、全てを創造するのだ』


これは、逆に言えば、それだけ想像する自由 ― 余地と言ってもいいかもしれない ― があるとも言える。
誤解を恐れずに言うならば、『創造魔法』を唱えようとする人間が、どのように想像しても問題がないというわけでもあり、魔法を使えない者からしてみれば、酷く簡単そうにも見えることだろう。

しかし、実際にはそう簡単なわけはなく、非常に繊細なものなのである。
『創造魔法』が、使用者の“想像”にその構成を委ねる以上、使用者の頭のなかに“もしかしたら使えないかも?”といった不安要素が少しでもよぎってしまえば、それも正しく反映され、使えなくなってしまうのだ。


たとえば、最も知名度の高い魔法と言える、『メラ』を例に考えてみよう。
この魔法が存在することを疑う人間はいない。
当然だ。
我々は、『メラ』をその目で見たことがあり、その魔法が存在していることを確信しているからだ。
そして、自分が魔法使いならば、最低難度であるこの魔法を、使えないかもしれない等と考える者もいないはずだ。
このように、疑いを抱く可能性のない魔法ならば、残るはそれに見合った過程を想像してやれば、それがどんな形であろうとも、魔法を唱える事ができる。


一方で、『ライデイン』という魔法について考えてみよう。
この魔法も、勇者の伝説等で登場するため知名度が高く、知らない人間はいないと言っても過言ではない。
しかし、実際にこの魔法を唱えることができる、あるいはできたという人間の記録は、長い歴史の中でも数える程にしかない。

それはなぜか?

……勘の良い諸君にはもうお分かりに違いない。
そう、この『ライデイン』という魔法は、その存在を広く知られているのと同時に、『勇者』という“選ばれた特別な存在にしか唱える事ができない”という固定観念までもが広まってしまっているのだ。
『勇者』でない自分が、こんな魔法を唱える事ができるのだろうか?
こんな考えが、頭の隅に僅かにでも混じってしまえば、『創造魔法』は使えなくなってしまう。
それが『ライデイン』という魔法の使い手が、滅多に現れない理由である。

あるいは、そんな話を知っても尚、自分は『ライデイン』を扱える、という自信に満ち溢れたものだけが、『勇者』と呼ばれるのかもしれないが……それは少々偏った見方にすぎると言えるだろう。


話がずれてしまった。
戻すとしよう。
以上の理由から、『創造魔法』の難しさの一端を知ってもらえたことだと思う。

しかし、これだけでは、“結局『契約魔法』の方が『創造魔法』よりも簡単だし、優れているではないか”と、そんな誤った考えを持たれてしまうかもしれない。
そこで、今度は『創造魔法』にしかない魅力を話すとしよう。
(当然、使用感やそれぞれの魔法を扱う利点及び欠点は存在するのだが、これは次に話す機会を設けるとして、ひとまずおいておく事にする)

『創造魔法』にしかない魅力の一つとして、独自の魔法、『オリジナル』の魔法を作成できる、という点があげられる。
ここで、“さっきと話が違うではないか”と感じた諸君は、正しい。

先程私は、“少しでもその魔法の存在を疑うと、その魔法を使う事ができない”という話をした。
それは、すでに存在している事が確信される魔法、つまり、モンスターや魔族等が扱う魔法ならば『創造』する事ができる可能性があるが、全くの新しい魔法は“その存在を疑ってしまう”可能性があるため、使う事ができない、と言う事に等しい。

これは半分は正しく、半分は異なっている。
確かに、新しい魔法を作り出そうとすると、“その魔法の存在を信じきる事ができるか否か”という事が最大の難点となる。
しかし、逆に言えば、その魔法の存在を信じきる事ができれば、その魔法はこの世界に産声をあげる事になるのだ。

これは、もちろん一筋縄でいくような簡単なものではない。
大賢者や大魔法使いと呼ばれる、才能溢れる魔法使い達が、長い時間をかけ、その魔法の理論を熟成し、少しづつ穴を埋めていき、自分自身の中でその魔法が疑いようのない真実となった時、ようやく生み出す事が可能となるのだ。
それがどれ程難しい事なのか。
ここまで読んで頂けた諸君には、充分過ぎるほどわかってもらえる事だと思う。

しかし、その難しさを踏まえて尚、『オリジナル』の魔法の魅力は些かの衰えをする事がない。
自分の想像したものが現実のものとなる。
それは正しく奇跡と言える事なのだ。
それ故に、古くから『オリジナル』の魔法を創り出そうとする魔法使いは後を絶たなかった。

自らの理論と想像により、新たな魔法を創造する。
それは、全ての創造魔法の使い手にとっての目標であり、憧れであり……そして、誰もが夢見る、到達地点でもあるのだ。





*** 以下3/29追加 第二十四話後 ***



【それぞれの魔法について】



この項目について話す前に、一つ、予め断らなくてはならないことがある。
それは、私自身が『創造魔法使い』であるため、『契約魔法』に関しての話について(使用感等)は、多分に人からの伝聞による部分が含まれているという事だ。
そのため、書く内容に誤りがあるかもしれないが、お許し願いたい。



それでは、最初は『契約魔法』について話すとしよう。
『契約魔法』を扱うためには、何よりもまず、儀式によって使いたい魔法を『契約』する事が必要である。
そして、『契約』が終われば、その瞬間からすぐに『契約魔法』を扱う事ができるようになる。

魔法を使う方法は至極簡単。
身体に刻まれた魔法陣を起動し、『呪文』を唱えることで、唱えた魔法が発動する。
といっても、これだけではなんなので、次に『メラ』を例にとって詳しく説明するとしよう。
まず、身に刻まれた『メラ』の魔法陣に、魔力を通す。
(この際、魔力を通す方法は、『契約魔法』を刻まれた者には本能的にわかるようになっているらしい。生憎と私には想像するしか方法がないのだが、おそらく感覚的には、魔法陣の場所に思い切り意識を集中するといった感じなのだろう)
魔力が魔法陣を巡ると、魔法陣が起動し、魔力が『メラ』へと変換される。
そして、『メラ』という呪文(言葉)を紡ぐ事で、晴れて手のひらから『メラ』が打ち出される、というわけだ。
これは、原理的には『創造魔法使い』が魔力を『メラ』へと変換し、発動するのと全く同じらしい。
違うのは、自身で変換するのか、それとも魔法陣が自動で変換するのか、という点だけである。

しかし、この違いが、実は大きな問題となるのだ。
今まで記述をしていなかったが、『契約』をすると、『創造魔法』を扱えなくなってしまう。
その原因が、まさにここにある。
前項で書いたように、『創造魔法』は使う人間によって一人一人異なっている。
そして、『契約魔法』とは、言うなれば、とある『創造魔法』の生み出し方を、身体に刻み付けて魔法陣によって無理やり動かす、という代物。
元々魔法の生み出し方を確立していた『創造魔法使い』に、新たな魔法の生み出し方である『契約魔法』を『契約』してしまうと、元々持っていた生み出し方を乱して壊してしまい、その結果元々使えていた『創造魔法』を唱えることができなくなってしまうのだ。

(少し解りにくくなってしまったかもしれないので、簡単に説明する。もちろん、上の説明で解った諸君には飛ばしてもらって構わない。

『契約魔法』は、『契約』した全ての相手に、“A”という魔法の使い方を身体に刻むものだと思って欲しい。
それに対して、『創造魔法』とは、一人一人別で、ある人間は“B”という方法、そしてまた別の人間は“C”、そして別の人間達は“D”、“E”……と言う方法で魔法を生み出す物である。
ここで、元々“B”という方法で『創造魔法』を使っていた人間に『契約』すると、身体に無理やり“A”という方法を刻むということに等しく、その結果“B”の方法を唱えようとしても“A”の方法によって乱されて唱えることができなくなるのだ。
以上が、『契約魔法』を『契約』すると『創造魔法』を扱えなくなる理由である)


さて、話を『契約魔法』に戻すとしよう。


知っての通り、魔法を『契約』すると、その『契約』した魔法の五回分のMPが増える事になる。
例えば消費MPが2である『メラ』を『契約』すれば、MPは10増える。
その人間がさらに、消費MPが3の『ホイミ』を『契約』すれば、MPは15増え、合計は25となる。
ここで気になるのが、“もし消費MP10の『メラ』を『契約』すればMPは50増えるのか? それなら、消費MPの多い魔法をどんどん契約する方が得ではないか?”という所だろう。
これは、結論から言えば、YESであり、そしてNOでもある。
まず疑問の前半。
これは、もしも消費MPが10の『メラ』の魔法陣が存在するとすれば、それはYESである。
しかし、『契約魔法』の魔法陣は、魔力の変換効率が悪くなれば悪くなるほど、加速度的に肥大していく傾向があり、MPを10消費してようやく通常MP2で足りる『メラ』を唱えるような魔法の魔法陣は、理論的には人間大の大きさを越えてしまう。
変換効率が悪くなればなるほど魔法陣が大きくなるという事は、つまり、使う魔力と発動する魔法のバランスの良い魔法陣を『契約』する事が、長い目で見れば結果的に一番効率がよい、という事である。
『契約師』に寄せられる期待は大きい。
(ちなみに『契約魔法使い』のMPは、増やすには基本『契約』する他なく、レベルアップによってMPが増える事はない)

『契約魔法』は上にも挙げた、その性質から、『契約』する魔法の数が多ければ多いほど扱える魔法の種類も増え、最大MPも増えるので、強くなるといえる。
それでは身体の小さい人間と大きい人間では、大きい人間の方が有利なのか?
妖精のような小さな種族は不利なのか?
応えは否、である。
『契約』の際、最初、身体に直接魔法陣を書き込みはするが、それは大体の大きさ、形の物であって、儀式をする事でその人間にあった大きさに縮み、最適化されるのだ。
全く同じ『契約師』によって、同じ種類と数の魔法を『契約』すれば、身体の大きさが異なっていても ― それが例え人間と妖精であったとしても ―、『契約』後に魔法陣が身体に占める割合は一定の物となる。

さて、魔法陣について説明した後は、『契約魔法』の使い勝手について話をしよう。
『契約』した魔法は、誰が使っても威力、消費MPは全く変化しない。
また、使用してから発動までの時間についても同様である。
これらの事は、どれだけ練習しても上達する見込みが無い、という点では欠点であるが、同時に才能がなくともある程度の能力を発揮することが出来る、という点では利点ともなる。
消費MPの効率や威力、発動までの時間は、一流と呼ばれる人間には当然及ばないが、『創造魔法』を扱う全ての人間達の、平均よりも上位に位置し、全く練習の必要がなくとも扱えることを考えると、計り知れない程の利点がある。
しかし、そうは言えども、どれだけ練習しても上達する見込みがない事に変わりはないため、『契約魔法』を扱うことを専門とする、『契約魔法使い』と呼ばれる人間達にも、身体を鍛え、武器に通じる者も少なくない。



次に、『契約魔法』に対比させて『創造魔法』について話すとしよう。
とはいえ、『創造魔法』については前項で粗方話し終えているので、ここではもっと身近な部分を話す事にする。

『創造魔法』は前でも話したように、『創造魔法使い』各人の才覚によって使われる。
そのため、覚えたての頃は通常の数倍以上のMPを使用して、ようやく半分の威力の魔法を唱えることができた、などという事も珍しくは無い。
最も、数日も練習すれば、魔法の構成は、ある程度 ― 『契約魔法』で『契約』する魔法より少し劣る程度 ― までは上達することが出来るだろう。
しかし、そこから先は、かなりの努力を必要とするし、また、俗に言う一流以上になるためには努力だけでなく才能も必要となるが、これについては魔法だけでなく、どの分野でも同じ事だろう。
ある程度『創造魔法』に慣れてくると、例えば、小さな『メラ』を唱えたり、といったように、同じ魔法でも色々と魔法の構成をいじって応用を利かせることができるようになる。
そこまでできるようになって初めて一人前の『創造魔法使い』と呼べるだろう。

また、純粋な魔力の強さの違いによって、同じMPの消費を使って同じ構成でも威力は変化する。
しかし、魔力の強さのみで、例えば『メラ』で『メラゾーマ』を圧倒しようとするには、赤子と大人程の力量の差、いや、それ以上の違いが必要となり、それこそ人間と魔族、といった種族の差がなければ起きはしないだろう。
もっとも、魔法の構成次第ではその限りではない。
特殊な魔法の構成を生み出せば、魔力の強さに差がなくとも『メラ』で『メラゾーマ』に打ち勝つのは不可能ではないかもしれない。(そのような魔法の構成が存在するのかはわからないが)
とはいえ、『メラゾーマ』に打ち勝つような『メラ』を創り出す事が出来たら、それはすでに『メラ』ではなく別の呪文と呼んでもいいのかもしれないが。

『創造魔法使い』は『契約魔法使い』とは異なり、レベルアップによってMPが上昇する。
また、詳しい事はわからないが、魔力の強さもレベルアップによって上がっている可能性もあるようだ。
他には、修行で上がったなどの報告もあるが、残念ながら正確な所はわかってはいない。

次に、『詠唱』、『呪文』について。
『創造魔法使い』にとって『詠唱』とは、魔法の構成を補助する程度のものでしかなく、魔法を唱えるために絶対に必要なもの、というわけではない。
しかし、『詠唱』する事で、普段以上の威力が出るという報告も多く、また、より複雑な応用を利かせる時にも『詠唱』は役に立つ。
威力や精度を重視する時は『詠唱』を、何より速度を重視する時は『無詠唱』と、使い分けるのがいいだろう。
また、『契約魔法』では省略できないが、『呪文』の言葉も、腕が上がれば究極的には必要なくなる。
とはいえ、生半可な実力では『呪文』の省略は出来ないので、あまり意味のない事かもしれない。



魔法:唱えることで起こる現象……『メラ』の場合、火の玉の出現
呪文:唱えた魔法を発動させる言葉……『メラ』の場合、魔法を唱えて「メラ」と言葉を発すること
『契約魔法』では、『呪文』の言葉も魔法の発動の鍵となっているので、省略は不可能となる









[3797] 第一章 第二十二話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/02/28 19:22
ユートだ。
ははっ! 俺って、実は結構強いのかも?
攻撃力は低いっぽいけど、相手の攻撃、大して食らわないくらいに防御力は高いようだし。
それに、まだ二回目だってのに、なかなかの威力のメラが撃てた。
これからの冒険者生活、不安もあったけど、この調子ならうまくいけるかもしれないな。

そんな事を考えながら、倒れたスライム達に息がない事を確認して、辺りの様子を窺った。

……よし! 他のモンスターはいない、な。

塔では、敵を倒したかの確認もしないで行動して、失敗した。
もうあんな間違いは犯さないようにしないとな。
今はセディもいないんだから、慎重になってなりすぎるなんて事はない。
……まぁ、さっきの戦闘からして、それほど肩肘張る必要も無さそうだけどさ。

俺はもう一度だけ軽く周囲の安全を確認した後、さっそく初の“浄化”をすることにした。
実は、皆がやってるの見て、俺もやりたくて仕方がなかったんだよな。
あれって、その証の持ち主本人以外じゃできないらしくて、生殺し状態だったんだ。

「えっと……確かこうやって……、うん、この画面だな。で、こうして念じる……っと」

逸る気持ちを抑えながら証を操作して、スライムの死体に向けて証をかざす。
すると、スライムは黒い霧に代わり、証に吸い込まれた。
後には銅貨が二枚、ポツンと残っている。

それは、何度も皆の横で見ていたのと全く同じ光景だった。

「……おぉっ! はははっ、俺にもできたっ!」 

できるのは当然と言えば当然なんだけど、それでも、俺にはこれが冒険者としての第一歩に感じられて、どうしようもなく嬉しかった。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第二十二話 ~






「おぉ~、増えてる増えてる!」

声が自分でも弾んでいるのがわかる。
俺の視線の先には、証の浄化画面に書かれた『EXP:4』という表示。
こうやって経験値が増えて、レベルが上がってくわけか。
ははっ、燃えるよな、こういうのって!

試す前は、浄化の時の“念じる”というのがよくわからず、正直、自分にもできるのか不安だったが、ただ“経験値になれっ”と頭の中で考えただけで、あっけない程簡単に浄化を行う事ができた。

「っと、そうだ、忘れてたな」

ポケットの中から全財産である5Gを取り出して、さっき拾った2Gと併せて証へと収納する。

「これもよくわかんないよなぁ……。一体どういう理屈でできるんだか」

面白くなって、何度も出し入れしてみる。
手のひらの重さが急に消えたり、逆に何もないところからゴールドが現れて、手にずっしりと来る感触は、最初は違和感があったが、すぐに慣れた。
この時も、ただ“5G入れ”や、“3G出ろ”とか考えるだけで、好きな数を出し入れする事ができた。

「……って、遊んでても仕方ないか。
そうだリア、お前も一匹浄化してみろよ。もう片方は……今回は俺が貰っとくな」

「………」

焦げたスライムの方へ向かいながらリアに声を掛けるが、返事がない。

「ん? リア? ……どうかしたのか?」

不思議に思って振り返ると、リアは何か思いつめたような顔で佇んでいた。
その様子にただならないものを感じた俺は、声を掛けるが、返事はない。
ニ、三度話しかけると、ようやく小さな反応を示す。

「……ユート、今のは……。
……いえ、なんでもありません」

しかし、リアは何かを言いかけた後、結局何も言わずにスライムの方へと向かってしまう。
そして、自分の証を操作して浄化をすると、出てきたゴールドを俺に渡す。
受け取ったゴールドを証へ入れていると、無言で俺の左肩のポケットに証をしまい、座り込んでしまった。

「どうしたんだ、一体?」

さっきまで機嫌良く鼻歌歌ってたというのに、あまりにも違いすぎる態度に、混乱してしまう。

「……なんでもないです」

「でも、」

「なんでもないんですっ!!」

尚も問いかけようとする俺に、リアは突然大きな声をあげた。

「………………リア?」

「……っ、なんでも……ないんです」

リアは一瞬、罪悪感にかられた表情を出すが、すぐに俯いて外を見つめてしまう。
そのリアの様子に、俺は覚えがあったが、しかしだからといっていい手立てが思いつかず、そのまま無言で前へと歩を進める事しかできなかった。









……わたしはどうしたらいいのでしょうか。
どうしたら……。


リアは、先程の戦闘、特にユートが最後のスライムを倒した時に使ったメラを見てから、言いようのない焦燥感におそわれていた。


なんで魔法が使えるようになってるんですかっ……。
わたしが教えて、あれだけの時間練習していても、全く使えるようにならなかったのに、どうして……!

昨日わたしが教えた時は、確かに使えていなかった。
何度呪文を唱えても、出てくるのは一筋の煙だけのはずだった。
魔法を唱えても何も起こらないわたしとは違って、確かに、ユートは身体が光り、煙だけではあるが、反応があった。
だから、いつかは使えるようになる事はわかっていた。

でも……それでも。
どうしてわたしが教えている時じゃなくて、得体の知れない『魔法屋』なんていう場所で、それもたったの二、三時間教わっただけで使えるようになってしまうんですかっ!?


頭の冷静な部分では理解していた。
そんな理由はわかりきっている。
単純に、自分が教えた魔法の使い方よりも、その『魔法屋』という所で教えてる人間の教えた魔法の使い方の方が優れていた。
ただ、それだけの事だ、と。


しかし、それでも、そんな事を認めるわけにはいかなかった。
そんな事を認めてしまえば……、そんな事が自分の中で事実となってしまえば……、わたしは……っ!


そんな焦燥感から、ユートに対する反応もきついものになってしまった。
気遣わしげな表情でこちらを見るユートの目を直視する事ができず、顔を背けてしまう。
ユートが肩を落とす気配が伝わってくるが……今声を発してしまえば、自分でも何を言うかわからず、またあたってしまいそうで、何の言葉もかける事ができない。
ユートにこんな風にあたりたいわけではないのに……。
なんとか早く、気持ちを落ち着けないと……。

最後の一匹を浄化するユートを横目で見つめながら、リアはため息をついていた。





「……ユート」

「ん?」

リアはなんとか気を落ち着かせると、恐る恐るといった風に話しかける。

「その……、さっきのメラ、の事なんですけど……使えるようになったんですね」

リアは自分の発した言葉に、舌打ちしたい気分だった。
直接、“魔法屋で教えてもらったんですか?”と問いかければいいだけなのに、わざと遠回しに効いてしまう弱さが情けなかった。

……それでも、考えてしまうのだ。
“そうだ”と、答えられて、自分の力が必要なかったのだ、と理解してしまうのが怖い、と。
例え、どう聞こうが最終的な結果が同じだったとしても。



リアは妖精である。
人間に多種多様な体格の者がいるように、妖精にも体の大きい者から小さい者、羽根の生えている者から、触覚が生えている者までおり、一言に妖精と言っても、その種族は多岐に渡る。

その中で、リア達、羽を持つ小さな体格の妖精達は、その見た目の通り、肉弾戦は得意としていない。
だからと言って、弱いわけではなく、その素早い動きと強い魔力で妖精の中でも有数の力を持つ種族だった。
しかし、その事実がリアの思考をあまり良くない方向へと導いてしまっていた。

わたしには……、わたしには何もないんです。
剣を持って敵を倒せるような力も、本当は持ってるはずだった、強い魔法を扱うための魔力も。
これで、魔法の扱い方に関しての知識も否定されてしまえば、わたしはどうすれば……っ。



わたしは……、ユートと一緒にいてはいけないんですか……?









いきなり怒鳴られて驚いてしまい、気まずい沈黙のまましばらく歩いていると、おずおずとリアが口を開いた。

「その……、さっきのメラ、の事なんですけど……使えるようになったんですね」

痛い沈黙が破られて、俺は幾分軽くなった気分でその問いに答える。

「あぁ、そういえば言ってなかったっけか。さっき行った魔法屋で教えて貰ったんだ。まだまだ色々無駄が多いんだけど、結構形になってるだろ?」

「そう……ですね」

てっきりリアも喜んでくれると思ったのだが、目に見えて落ち込んでしまう。
な、なんだ、俺、また何かミスったのか!?
正直、こんなに悲しそうな女の子の顔を、長時間眺めていたくはない。
これでもか、というくらいに頭を回転させて何にそんなに落ち込んでいるのか考えていると……一つだけ心当たりが見つかった。

「……もしかして、“わたしが教えてもできなかったのに~~”なんて考えてないか?」

「っ!?」

俺が探るように問いかけると、リアは身体をビクリと震わせて、羽をピーンと伸ばす。
ははは、わかり易いヤツ。
原因がわかってホッとした気分になりながら、拗ねたお姫様の誤解をどう解いてやるか考える。

「そりゃ勘違いしてるぞ、リア」

「……何がですか」

「確かにきっかけになったのは、魔法屋で教わった事だけどさ。完璧じゃないとはいえ、こんなに早く魔法が使えるようになったのは、リアに教わったおかげでもあるんだぞ?」

「………」

何を言ってるんですか、といった風な、そ知らぬ表情の中に、僅かに希望を覗かせて、リアは先を促す。

「魔法屋……マリアさんが言うにはさ、魔法って、使うヤツの種族とか、生きてきた環境によってずいぶん違うんだってさ。使えるようになった今なら、俺にもそれが何となくわかる。生まれも育ちも全く違う俺が、妖精の魔法の使い方をなぞってみても、使えるわけがなかったんだ。
……あれ、ってか、よく考えたらお前も最初に会った時そんな事言ってたような気が……?」

「そ、そうでしたか? 忘れてしまいました (そういえば、ユートの追求を交わすために、そんな出任せを言った気もします……)」

少し焦った表情で首を傾げるリアが気になったが、話を続ける。

「……? まぁいいか。で、俺の場合、可燃物がどうのとか、運動エネルギーがどうの、って考えて魔法を使ってるんだけど、そんな事を聞いてもリアにはたぶん何の事かわからないだろ? それと同じで、正直、俺には精霊、っていうのがよくわからなかった。」

リアは曖昧な表情で頷く。

「……でも、それならやっぱりわたしの言った事は全部無駄だった、って事じゃないですか」

「だからそう結論を急ぐなって。確かに俺には精霊の理論はよくわからなかったし、ある意味全く別の方法で魔法が使えるようになった、ってのは確かだけどさ。でも、魔法の使い方の……何ていうのかな、流れっていうか、コツ? みたいなものがリアの説明のおかげでわかってたから、こんなにスムーズに魔法を使えるようになったんだぞ?」

「コツ……ですか?」

「そ。リアに教わったのは、簡単に言えば、まず精霊を想像して認識して、それに祈る。そして、その力を借りて魔法を生み出す、って感じだっただろ? 俺の方も、考え方は違うけど、その流れに似せて魔法を創造したおかげで、上手く使えるようになった、ってわけ。だから、半分以上はリアの教えのおかげなんだぞ」

これは別にリアを元気付けるため、というわけではなく、100%本心だった。



とある難しい数学の問題があったとしよう。
リアに教わった解法は、英文交じりでよくわからなかったが、マリアさんに言われてそれを日本語に翻訳し、ほんの少しだけ応用してみたら、意外と簡単に解けてしまった。
俺にとっての魔法は、そんな感覚だったのだ。

後に、創造魔法の使い手と話す機会があり、その時にこの話をしたら酷く驚かれる事になるのだが……とりあえず今は置いておこう。



そんなわけで、俺としたら答えを教えて貰っていたのと同じ事で、半分以上どころか、実際、ほとんどがリアのおかげと言っても過言ではなかった。

「……でも」

リアは不安そうに俺を見上げるが、その瞳の中にはさっきまでなかった輝きが、少しではあるが見て取れた。
その事に勇気付けられて、俺は一気にたたみかける。

「デモもストもないっての! 俺はリアに感謝してんだから、お前は胸張ってりゃいいんだよ。“このわたしがユートに魔法を教えたんですよっ”ってさ」

そう言って目を見つめていると、リアはしばらく呆然としていたが、やがて堪えきれずに肩を震わせて、笑い出した。

「…………ぷっ、あはははっ。ユート、それ、クサすぎです」

「……何もそんなに笑う事ないだろ。こっちは真面目だってのに」

ようやく笑顔を見れたことに心を暖かくしながら、それを隠して殊更に憮然とした表情を作る。
リアは笑いすぎて出てきた涙に、涙を隠してそっと拭う。

「ふふっ、そんなに拗ねないで下さい。
………………ありがとう、ユート」

「……ふ、ふんっ」

小さい声で言われた言葉に顔が熱くなる。
なんにせよ、元気が出たみたいでよかった。

……ただ、気がかりなのは、未だにリアが落ち込む原因を取り除けてないことだった。
このままじゃ、また何かきっかけがあったら同じ様に落ち込んでしまうに違いない。
早いうちに、リアと一度じっくり話したほうがいいかもしれないな……。

「赤くなってますよ……クスクス」

「うっさい!」

まぁ、今はこれでよしとしておくか。
クスクスと小悪魔的な笑みを浮かべて笑うリアを見ていると、こっちも嬉しくなってくる。

「……ふぅ。まぁ、リアはそうじゃなくっちゃな。
戦闘中の応援、よろしく頼むわ。結構嬉しいしさ。あぁ、もちろん、気が向いたら魔法の援護とかもやってくれよ? まっ、スライム程度なら必要なさそうだけどさ」

軽い気持ちだった。
ただ軽口を叩いて、お互いに笑い合う。
そんな光景を想像して発しただけの言葉だった。
しかし、無情にも、空気が固まる。

「っ!?」

俺の言葉に笑顔を凍りつかせて身を硬くしたリアを見た瞬間、自分が地雷を踏んだ事に気がついた。

ま、まさか、『魔法』って言葉が地雷なのか!? いや、そんな事は……っ、だって、リア、Gモシャス使ってたじゃねーか!?

実際、リアが気にしているのは魔法についてなのかも、と思った事は何度かあったのだ。
しかし、Gモシャスを使っていた姿を見ていたので、その可能性はすぐに切り捨ててしまっていた。
だが、今の俺の言葉で反応したという事は……あぁ、くそっ。
何かフォローしなければ、と思うが、頭の中で考えがぐるぐると回ってまとまらない。
時間が経つにつれて焦ってしまい、言葉を選ぶ余裕さえなくなってしまう。

「い、いや、その……まぁ、冗談だ、冗談! これくらいの敵ならリアの援護なくったって、別に何とかなると思うし」

「……っ (わたしは……必要、ない…ん…ですか?)」

誤魔化そうと思って言葉を続けるごとにどんどん傷を広げていくのが理解できた。
リアの顔は笑顔を浮かべているが、雰囲気が硬くなっていくのがわかる。

くそっ、さっき慎重に、って考えたばかりだってのに!?
違う、違うんだ、俺はそんな事を言いたいんじゃない。
だから頼む、そんな顔をしないでくれっ!
そんな悲しそうな笑顔は……っ。

「リア……っ」

「……おしゃべりはここまでですね」

「……っ、くそっ、モンスターかっ!?」

なんていうタイミングで着やがるっ!?
今はお前達に構ってる暇はないのにっ!
このタイミングを逃してしまえば、二度とリアに手が届かない所へ行ってしまう気がする……っ。
そんな脅迫じみた考えと戦いながら、俺はひのきの棒を構える。

相手は先程と同じくスライムが3匹、そして、それに加えてさらに、爪に骸骨を掴んだカラス ― おおがらすが二匹の、計五匹といった構成だった。

腰を落として油断なく構えようとするが、頭の中はリアの事ばかりでいまいち敵に集中できない。
しっかりしろ、今回はさっきよりも敵が多いんだ。
いくら弱いって言っても、リアの身体じゃ、脅威に違いない。
早めに数を減らして、こっちに注意を引き付けないと……っ!

相手はこちらの様子を見たまま動こうとしない。
互いにジリジリとけん制し合っている状態だ。

俺は睨みあっている隙に、モンスター達にばれないように魔法を作り出す。
敵を刺激しないように、腰を落としたまま動かずに右手に魔力を集めていく。
体勢はきつく、詠唱も使えないため、先程の倍以上の時間がかかったが、何とか魔法の準備が整った。
後は呪文を唱えるだけ……っ!

俺とリアを中心にして弧を描くように対峙するモンスター。
その包囲がだんだん狭まり、気の長くなるような ― 実際は数秒なのかもしれないが ― 時間がすぎる。
……そして。

「……っ! 『メラッ!』」

痺れを切らしたか、最初に飛び出してきたおおがらすに魔法を投げつけ、倒れたのを確認すると、三匹同時に飛び掛って来たスライム達にめちゃくちゃにひのきの棒を振り回す。
二匹には棒があたり、跳ね飛ばす事に成功したが、残りの一匹に一発顔に攻撃を食らってしまう。
軽い衝撃を受けて顔に痛みが走るが、気にせずに後ろに飛んで体勢を整える。
そして油断なくスライム達に構えるが ―― まて、もう一匹のおおがらすはどこへ行った!?

「くっ! このぉっ、わたしだって!!」

その声にスライム達を視界に入れながら振り返ると、リアがおおがらすに蹴りを叩き込んでいる所だった。
勢いの乗った体当たりに近い蹴りで、おおがらすは堪らずに地面にたたきつけられる。

よかった、無事だったか。
リアの蹴りの威力は俺が一番良く知ってるからな。
そんな場合ではないとわかってはいるが、苦笑がこぼれる。

「はぁ、はぁ……どうですかっ、ユートッ! わたしだって……わたしだって戦えるんですっ!! ……わたしだって、ユートとっ!!」

リアの必死の表情に、一瞬スライムの事が意識から消え、その言葉に聞き入ってしまう。
その隙に一匹のスライムから攻撃を受けてしまうが、次の瞬間に視界に入ったものに気を取られた俺には関係がなかった。

「リアッ! 油断するなっ、下っ!!」

「えっ……きゃっ!?」

まだ息のあったおおがらすが身を起こすと、リアに向けて骸骨を投げつけたのだ。
油断していたリアは直撃を受けてしまう。

「っ! てめぇぇえええええっ!!」

慌てておおがらすへとひのきの棒を振り下ろすが、避けられてしまう。
そして、おおがらすは俺を嘲うように一度羽ばたくとスライム達のもとへと逃げてしまう。
俺はそれには見向きもせずに、リアのもとへと駆け寄る。

「リア、大丈夫かっ!?」

見たところ怪我はなさそうに見える……が、油断はできない。
俺は改めてモンスターにも意識を割きながらリアに具合を尋ねる。
しかし、リアは呆然とした表情のまま何も話そうとしない。

「リアッ!?」

「………大丈夫です」

何度目かの呼びかけに応えた声は、思ったよりもしっかりしていて安心する。

「大丈夫、です。……まったく痛くなかったです」

リアの声を聞きながら、俺はモンスター達に意識を戻す。
残りは一発当てたスライムが二匹とまだ満タンのスライムが一匹、そしてリアの蹴りが入ったおおがらすが一匹……か。
どいつから行くべきか……。

モンスター達はすでにジリジリと近づいてきていて、次の瞬間に飛び掛ってきてもおかしくない。
最早悠長に魔法を唱えている暇は無さそうだ。

「リア、俺はあのカラスを狙う。リアは空に逃げててくれ、スライム達なら届かないだろうから、安全だと思う」

「イヤです」

モンスター達から目をそらさずに伝えるが、リアは首を横に振ると俺の言葉を切って捨てた。

「リア、危ないから……「イヤですっ!!」……リア?」

こちらを見つめる目には確かに光があったが、それはさっきの優しいそれとは違い、酷く不安になる、危険な光だった。

「さっきのわたしの攻撃、効いてました。それに、カラスの攻撃だって全く痛くなかったんです。
……わたしにだって戦えますっ! 魔法が……なくたって!! わたしだって!!」

そう言うと、リアはスライム目掛けて飛び出してしまう。
その動きは素早く、俺には追いつけない。

「リアッ! ……くそっ!」

その行動に引きずられるように、仕方なく俺もおおがらすへと向かう。
しかし、空中を飛ぶ敵は想像以上に厄介だった。
ひのきの棒を振り下ろして避けられ、動きを読んだつもりで見当違いの場所を空振ったり、と、なかなか仕留める事ができない。

早く倒してリアの援護に行きたいのに……っ、くそっ!!
気ばかりが焦り、空振ってしまう。

チラチラとリアの方を見るが、今の所善戦しているようだった。
相手の攻撃は素早い動きで避け、隙を見つけて攻撃を加え、そしてまた空中へ逃げる。
ヒット&アウェイの見本のような戦い方だった。
攻撃力が低いせいか、まだ一匹も倒せていないようだったが、空振りばかりの俺よりもよほど上手い戦い方をしているようにみえる。

この調子なら問題は無さそうだ……な。
リアの切羽詰った様子を見て俺も焦ってしまっていたが、その戦いの様子を横目に見て少し落ち着く事ができた。

急がば回れって言葉もあるし、腰を据えてコイツと戦うか。
そっちの方が結果的に早く倒せるかもしれないし。

おおがらすはリア程ではないが、素早い動きで俺を翻弄してくる。
そして、俺が空振った隙を狙って骸骨を投げつけてくるのだ。
幸いそれ程力がないのか、投げられる骸骨は遅いので軽く避けられるが、それでもニ、三度は食らっている。
……なんで、こっちの攻撃はあたらないのに、あっちの攻撃は……、いや、まてよ?

最初の戦闘のとき、俺はオオアリクイ相手にどう戦った?
相手の攻撃を避けて、体勢を崩した隙に攻撃を加えていただろうが!
いくら焦ってたとはいえ、そんな初歩的な事も忘れてたとは……っ!

その事に思い至ると、肩の力が抜ける。
さっきまではおおがらすの姿しか目に入っていなかったが、青い空や草原も視界に入ってきた。
そして、おおがらすの動きが遅くなったわけではないのに、先程よりも見易くなった気がした。

……これならいける!!

俺は気を新たに、ひのきの棒を構えなおした。





「……ふぅ、なんとかなった、な」

俺の足元にはおおがらすが倒れている。
落ち着いてからは一度も攻撃を食らわずに倒す事ができた。
数分もかかっていないし、自分でもなかなかいい感じに戦えたのではないかと思う。

「……って、んなことはどうでもいい、リアは!」

慌ててリアの方を見るとさっきと同じ様に戦うリアの姿があった。
いや、一匹は倒せたようで、残りは二匹。
それも両方ともかなりの手負いで、倒し終わるのもそうかからないだろう。

リアの方は大丈夫そうだな……。
ってか、リアって意外と強いのな。
はは、やっぱしリアは頼りになるわ。
俺が守る、なんて、少しおこがましかったかもしれないな。
……そうだよな、相棒なんだから、どっちがどっちを守るってのはおかしいよな。
俺はこれからもリアと一緒にいたい。
一度じっくり話して、お姫様にフられないようにしないとな。

俺は一度クスリと笑って、おおがらすに息がない事を確かめ、リアの援護へ ――

「……ん?」

行こうとしたところで何かが光った気がして、出しかけた足を止める。
あたりが明るいためわかりにくかったが、よく見ると自分の胸元が点滅している気がする。

「証……か?」

胸元から取り出して見て見ると、証に書かれている文字が赤く静かに点滅していた。
無性に嫌な予感がして、証を操作して、ステータス画面を表示する。

「……なっ!?」

そこで目に飛び込んできたのは、HP欄の2/40の文字。

「HPが2……ってなんでだよ、身体は全く無事なのに!?」

言葉では驚きの声を上げていたが、頭は必死に回転させていた。


ほとんど痛みを感じないモンスターの攻撃。
オオアリクイの攻撃のあの痛み。
証を取ったことと、証の祝福。
そして、しっかり減っていたHP。


「……まさかっ!?」

これだけの事実がそろっていれば、嫌でも想像がつく。
敵の攻撃が弱かったんじゃない。
自分が強かったわけでもない。
証によって守られていただけなのだ、ということが。

そこまで考えた所で、リアの事に思い至り、顔が青くなる。

慌ててリアの方へ顔を向けると、ちょうど避けきれずにスライムの攻撃を受けてしまった所だった。
そして、間の悪い事に、俺の左肩から赤黒い光が点滅し始める。

「リアッ!?」

「大丈夫、ですっ」

声にはまだ力があったが、大分疲れてきたのか、その動きは精彩に欠けていた。
このままでは再びダメージを受けてしまうのは明白だった。

「くっ……」

そこまで考えた所で、自然に身体が動いていた。
HPが0になるとどんな事が起こるのかはわからない。
おそらく良くないことが起こるのだろうが……それでも、リアよりも身体の大きい俺の方がまだましなはず……っ!

疲れで目測を誤ったのか、体勢を崩して無防備になってしまったリアが目に入る。
横からスライムを殴りつけるつもりだった俺は、行動を変更してリアに覆いかぶさるのに、躊躇はなかった。





―― そして、背中に一度軽い衝撃を受けたかと思うと、何かが壊れるような音……いや、気配がした。





「ユートッ!? そこどいてくださいっ、わたしはまだ戦え…………っ!!? ユート………そ、その……腕……」

俺は気絶しそうな右腕の痛みを堪えながら立ち上がる。

何かが割れるような音がした後、リアを覆うように地面についていた右腕に、外側からスライムがぶつかってきたのだ。
運が悪かったとしか言いようがない。
右腕は間接の部分でぷらぷらと揺れており、揺れる度に気が遠くなりそうな痛みが体中に走る。
脂汗が額に滲み、気持ち悪く、吐き気までする。

が、ここで気を失ったら冗談抜きでヤバイ。

気力を振り絞り、なんとか左腕でひのきの棒を持ってはいるが……、正直戦力にはなりそうにない。

「……ぐっ、ぅ……、はぁ、はぁ。……は、話は後、だ。さっさとコイツら、倒す、ぞ……。それ…と、いいか、リア。もう絶対に、攻撃、受けるな!」

「ユ、ユート、腕……曲がっ……」

「いいからっ!! 今はお前、だけが、頼り……なんだっ」

俺は搾り出すように呻く。
リアはその言葉に一度目を見開くと、力強く頷いた。

「……っ!! わ、わかりましたっ!」

その目にはさっきまでの危険な光はほとんどなく、代わりに涙に滲んだ瞳があった。
また……泣かせちまったな。
後で、謝らないと……。

「……正直、俺は、戦力に、なりそうに、ない。この棒を左のヤツに、投げつけるから、分断された、一匹づつ、仕留めるん、だ」

真剣な表情で頷くリアに、俺も一つ頷くと、右を前に半身にし、棒を投げつける体勢に入った。

「いくぞっ!!」

「はいっ!」








「ユート……ッ…。……めんな……い。ごめん……なさい……っ」

「お前のせいじゃないんだから、もう謝るなって」

俺は、神父の治療のおかげでもう全く痛みのなくなった右腕で、泣きじゃくるリアの頭をそっと撫でてやる。
するとリアは俺の指を胸に抱き、さらに涙を流す。

俺はどうしたものかと、左手で頬を掻きながら周りを見回すが、目が合う者は……ウェッジはニヤニヤ笑っているし、神父とイレールは微笑んでいたり、と、味方になってくれそうな人間は誰もいない。

……そのうちの一人は静かに微笑みながら、刺すような殺気を送ってくるし。
正直、メチャクチャ怖いです、イレールさん……。



ここは、協会内にある教会。
受付の向かって右奥にある、小さな十字架が一つに神父さんが一人という小じんまりとした教会だ。

教会は街に数箇所有るのだが、初めは協会内にはなかったらしい。
しかし、あまりにも冒険者の利用者が多く、教会を利用する信者の邪魔になってしまっていたので、それなら冒険者専用の協会を作ろう、ということでこの教会を作ったそうだ。
もちろん、街の教会を利用するのも構わないが、よほどの事情がない限り、こちらを優先して使うのが決まりらしい。

……話がずれたか。



あれから。
作戦は成功し、何とか危機を脱した俺達は、簡単に手当てをした。
もしかして、と思い、俺も薬草を食べてみたのだが、全く効果がなかった。
一瞬、薬草が悪くなっていたのかも、とも思ったが、リアが食べると証の点滅はなくなったし、おそらく、あまりに酷い怪我だったために効かなかったのだろう。

俺は右手が痛すぎてこれ以上進むのは無理だし、さっさと浄化をして街に戻ろうとした所で、また問題が一つ見つかった。
俺の証の文字が、一応文字は表示はされているのだが、全体的に暗くなってしまい、浄化はもちろん、ゴールドの出し入れ等も出来なくなってしまったのだ。
もしかして、と思ってステータス画面を見てみると、そこには半ば想像していた通りの『しに』という文字とHP0/40の表示。



後で聞いて知ったのだが、これが冒険者としての『しんでいる』状態なのだそうだ。
この状態を回復するには、教会でレベルにあわせたお金を支払い、生き返らせてもらうか、高位の僧侶が持つ魔法である『ザオラル』に頼るしかないらしい。
ちなみに、教会の処置や、この魔法を受ければ、身体の怪我も治る。
というよりも、他に治す方法がないと言ったほうがいいかもしれない。(自然治癒は除いて)
骨折等の重傷の傷は『ホイミ』や『ベホイミ』では、軽減させることはできても完治させることはできないのだ。

つまり、今にして思えば、ラマダがオオアリクイから受けたダメージを回復してくれた時に使った魔法は、『ザオラル』の可能性が高い、という事になる。



話を戻そう。
俺の証が使えないので、倒したスライム三匹とおおがらす二匹はリアが浄化した。
レベルが上がっていたようだが……あまりに悲壮な顔をしていたため、話題にできなかった。
俺も腕が痛くてそれどころじゃなかったし。

で、浄化を終えた後、なんとかモンスターに見つからずに門まで辿り付き、そこで教会の事について聞いて、ウェッジに肩を借りて協会まで戻ってきた。
教会で“生き返らせてもらう”のに必要なお金は、『見習い』の間はレベル×2Gで、職業につくとレベル×10G。
俺は幸い……と言っていいのかわからないが、レベルはまだ1なのでたったの2Gで回復してもらうことができた。
金欠&借金持ちの俺としてはありがたかった。

……まぁ、そんなわけで、今の状況へといたる、というわけだ。



リアは相変わらず壊れたカセットテープのように、かすれた声で謝り続けている。
何度も、謝らなくていいと言ったのだが、聞く耳を持たずに同じ言葉を繰り返すばかり。

俺は頭を掻きながら、どうしたものか、と考える。
実際、怪我したのはリアのせいではないのだ。
たまたま『しんだ』のが、リアを庇った時だった、というだけで、あのまま戦っていればすぐにしんでいたに違いない。
調子に乗って証を確認しないで戦っていた俺が悪かったのだ。
イレールの顔を見て思い出したのだが、証の説明の時、この事について説明は受けていたんだ。
……ただ、俺は、その事をしっかりと受け止めていなかった。
ただ、わかった気になっていたんだ。

痛くなくてもダメージを受けている可能性もあるから、きちんと証を確認してくださいね、と言われていた。
小まめに回復するようにしてください、とも。

なのに、俺は思ったよりもモンスターと戦えたせいで油断して、大丈夫だろ、と、確認を怠って回復をしなかったのだ。
痛みがなかったから気づかなかった、などというのは言い訳にもならない。
慎重に確かめながらいけばいくらでも気づけるチャンスはあったのだから。

そう、何度も説明してはいるのだが、リアはいっこうに謝るのをやめようとしないのだ。



「それじゃ、ユートさん、オレッチはそろそろ門に戻っるスね」

考え込む俺に、ウェッジが席を立って出口へと向かう。

「あ、あぁ、ありがとな、ここまで連れてきてくれて」

リアを気にしながら困った顔で応える俺に、ウェッジは少し考えるそぶりを見せると、顔を近づけてコッソリと囁いた。

「……あんまり気にしちゃ駄目ッスよ? 冒険者の人はみんな通る道なんスから、これは。
証の祝福を受けると敵の攻撃が痛くなくなるから、HP減ってる事に気づかない人って意外と多いんッスよ。ベテランの冒険者だってそれで失敗する人はいるッス。全く気にしないのもいけないッスけど、気にしすぎるのはもっとダメッス」

「あぁ、そうだな……ありがとう」

「いえいえ、これも門番のお仕事ッス! それじゃ、オレッチはここで!
……そうそう、あんまり女の子泣かせちゃダメッスよ~! でわっ!」

ウェッジはそう言うと、不器用なウィンクを一つして外へと出て行った。

俺はその様子に笑みをもらすと、一つため息をこぼす。
とはいえ、こっちの姫様は本当にどうしたもの……あれ?

ふと、いつの間にか、謝る声が途切れているのに気づく。
そっと手のひらの下を覗き込むと、泣きつかれて眠ってしまったリアがいた。

「……ごめん、な」

そのあまりの痛々しさに、自然と謝罪の言葉がこぼれる。
泣かせたくない、なんて思っているくせに、自分で泣かせてりゃ世話ないよな……。

俺はリアを両手でそっと抱えると、神父とイレールに礼を言って宿へと戻ろう……とする行く手を、イレールがそっとさえぎった。

う゛、やっぱりそうスンナリとは行かない……か。



イレールは肩を貸されて担ぎ込まれた俺を、初めは心配して声を掛けてくれていた。
しかし、神父に回復してもらい、腕の痛みがなくなったあたりから、徐々に雰囲気が硬くなり、最終的に、謝り続けるリアを張り付いた笑みで見つめながら、俺に無言の抗議……有り体に言えば、殺気を送り続けるようになった。

「ユートさん。私、怒ってます」

「……その……ごめん、忠告してくれていたのに、聞かなくて……。俺……」

イレールは俺の言葉を静かにさえぎる。

「違います。いえ、その事はその事で怒ってますけど、そうじゃなくて、リアちゃんの事です。……ユートさんもわかってるでしょう? これでもしもわからないなんて言ったら、私、本当に怒りますからね?」

イレールは真剣な表情で俺の目を見つめる。
……あぁ、わかってる、わかってるさ。

「……大丈夫、今日、リアが起きたら夜にでも話し合ってみるよ」

俺がそう告げると、イレールは初めて目でも笑いながら柔らかく微笑む。

「約束ですよ? 明日リアちゃんの元気がなかったら、私本当に怒っちゃいますからね?」

「あぁ、大丈夫、俺もコイツには笑ってて欲しいからさ」

「ふふっ、ですよねっ! あぁ、リアちゃん、可愛いなぁ……」

イレールは顔を緩めると、蕩けそうな表情でリアを見つめ、そっと涙を拭ってやる。
その目は穏やかで、まるで包み込むような優しさを持っていた。
……やっぱいい娘だよな、この子も。

「いい娘だよね、イレールさんって」

「な、なななな、何を言ってるんですかっ、イキナリッ!?」

思わず口に出してしまうと、イレールの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
さっきまでの静かな迫力とは違い、その年相応の顔はすごく魅力的だった。

照れて手を振り上げるイレールから、俺はリアを揺らさないように急いでソッと逃げて、ドアに足をかける。


「あはは、それじゃ、また明日! リアの事は期待しててくれよな」

もーーっ! という可愛らしい声を背に、俺は宿屋へと足を向けた。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 ユートのステータスその3 ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃      ユート     ┃┃     ちから :.  0┃
┠──────────┨┃  すばやさ :  0┃
┃    宿無し迷子     .┃┃  たいりょく :  0┃
┃      し  に     ..┃┃   かしこさ :  0┃
┃    レベル : 1   .┃┃ うんのよさ :  0┃
┃   HP  0/40   ┃┃ こうげき力 :  2┃
┃   MP 14/50   .┃┃  しゅび力 :  7┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:ひのきの棒       ┃┃メラ          .┃
┃E:黒いジャケット    . ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┃               ┃┃            ┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛


(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


――― ホイミ系 ―――


魔力を生命力へと変化させ、使用した相手に分け与える魔法。
その性質から、使い手には神に仕える者が多い。
受け取った生命力を自分のものにするには、それなりの生命力が必要となる。
そのため、ある程度生命力を持った部位(軽度の怪我や火傷)にしか効果がない。

また、証を持つ場合、上記の効果に加え、HPを回復させる効果を持つ。
これは、所謂“しんで”いる状態では効果がない。

ホイミ系と呼ばれる魔法には、ホイミ、ベホイミ、ベホマなどがあり、その順で回復力や回復速度はあがっていく。

契約魔法には、たとえ魔法使いでなくとも、一つだけ最弱魔法を契約して扱えるようになるという特色があるが、冒険者の中ではこのホイミを選ぶ者が多い。
現在最も多くの人間が扱える魔法と言えるだろう。


・著者 ショロウ・ハーモイック


――― 冒険者の友 天空の章 呪文の項 10ページより抜粋





――― ザオラル系 ―――


ホイミ系の上位の呪文である。
呪文の原理は基本的には同じだが、その難易度と扱う魔法力の多さから、ホイミ系とは違い神の力を借りて行使する者が多い。
そのため、使い手は、高位の神官や僧侶の中でも、特に優れた者にしかいない。
この魔法は、ホイミ系とは違い、生命力を与える際、相手の部位の力を必要としないため、生命力のほとんどない骨折や重度の火傷といった部位も回復させる事が出来る。
術者の力量にもよるが、二回ほど使えば大抵の傷は完治する。

また、証を持つ場合、“しんで”いる状態からの回復も可能。
しかし、ホイミ系とは違い、証よりも肉体の回復が優先されるため、あまりにも身体の傷が深いとそちらを直すのに魔力を取られ、“いきかえる”ことができない。
この場合でも、通常、数度使えば“いきかえる”ことは可能。
なお、この際、ザオラルを何度使おうともHPは半分までしか回復しないため、HPを回復させたい場合はホイミ系を使う方が使用MP的にも効率的である。

***
これは、一説には、ザオラルでは回復の意志をある程度神に委ねている部分があるためと言われている。ホイミ系は全てが自身の意志によるものなので、魔法を生命力に変換する際、無意識に証に合った生命力に変化させているのだとか。尚、この説の真偽は定かではない事をここに示しておく。
***


このページの題名に、ザオラル“系”と表示してある事に、読者の諸君は気づかれただろうか。
これは、遥か昔に、証ではなく、完全な“死者”を蘇生する魔法、『ザオリク』と呼ばれる伝説の魔法が存在したという記述があったためにこのような形とした。

死者の蘇生と言えば、彼の『世界樹の葉』の話が有名だろう。
この世界のどこかにある巨大な樹、世界樹の葉。
これには、死者を生き返らせるという神秘の力があるという。
幾人もの冒険者がこの伝説のアイテムを求めて旅立ったが、得た者は誰もいない。

そんなアイテムと同様の効果を持つ魔法。
これが復活すれば、大変な事になるが……、正直、それは難しいと言わざるを得ない。
知っての通り、復活させるには創造魔法でなくてはならない。
そして、創造魔法は、“想像”する事が重要であり、魔法の威力が上がれば上がるほど、必要とされる想像の純度は高くなる。
ザオリク程の威力を持つ魔法は、おそらく一片の疑いもなくこの魔法の存在を信じなければ使えるようにはならないだろう。

……しかし、“死者が生き返る”等という現象を起こす魔法を、一片の疑いを持たずに創造することが出来る人間など存在するだろうか?
どんな人間でも、必ず心のどこかで、そんな魔法は夢物語だ、と考えてしまうのではないだろうか……。

この問いには、神ならざる私には答えることができない。
しかし、現在までにこの魔法の開発に挑んだ、数多の魔法使い達の人数と、現在『ザオリク』という魔法が存在していないという結果が……、それを指し示しているだろう。


・著者 ショロウ・ハーモイック
・参考文献 『伝説の魔法』『創造魔法』『世界樹を目指して』


――― 冒険者の友 天空の章 呪文の項 13ページより抜粋





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― もしかしたら存在する別世界 ―――
     (訳:ボツになった設定)


「―― しまっ!?」

俺は敵の攻撃を避けきれずに、直撃を食らってしまう。
そして、想像通り、何かが壊れたような感覚がする。

(くそっ、“しんだ”か)

敵は決して強いわけではなかった。
たまたま敵の攻撃が俺に集中してしまい、回復する余裕がなかったのが痛かった。

「くそっ、後は頼むっ!」

相手は残り二匹。
アイツ等なら負けることもないだろう。

俺は無理をせずに引き、“その時”を静かに待つ。
壊れたような感覚がしてからキッチリ10秒後。
突然証が青い光を放ち、俺の周りを包む。

(はぁ……、この感覚、何度経験しても慣れねーよなぁ……。いや、まぁ、慣れないのが一番なんだけどさ?)

そして、それを最後に俺の意識は静かに闇へと沈んでいった。





―― 青い光が収まった後に残ったのは、大きな棺おけが一つ。
これは、その名も通り、『かんおけ』。
冒険者が、HPが0、つまり“しんで”しまうと、証が変形する物で、冒険者を本当の『死』から守るための物といわれている。
この中に収納された冒険者は、仮死状態となって生きており、この中に収納されている限り、モンスターからの攻撃から完全に守る事ができる。
かんおけの中にいる冒険者は教会で祈りを捧げてもらうか、『ザオラル』等の蘇生魔法で生き返る事ができる。

とはいえ、このかんおけも万能ではない。
証がかんおけに変わる十秒の間に敵の攻撃を受けてしまえば、そのダメージは当然肉体に及ぶし、例えば敵の炎のブレスに包まれている最中に“しんで”しまえば、その炎にそのまま焼き尽くされてしまう。
また、仲間が全て“しんで”しまえば、かんおけはその場に人数分放置される事となり、誰かに発見されて街まで運んでもらわなければ一生そのままそこにいる事となる。

しかし、このかんおけのおかげで“死”なずにすんだ冒険者も数多い。
冒険者にとってかんおけ、とは最後の砦とも言えるだろう。





……なお、このかんおけの、『モンスターの攻撃を完全に防ぐ』という特性を利用した、所謂『かんおけバリアー』という技があるが、人道的な視点から様々な物議を醸し出している。





―― 念のためにもう一度言っておこう。これは、『存在し得る別の世界』の話であり、この世界(本編)とは全く関係のない世界の話である。






[3797] 第一章 第二十三話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/03/17 21:41
リアです……。
ここは……どこでしょうか。
真っ暗で何も見えません。
見えないだけ……それとも、わたしは気づかないうちに目を閉じてしまっていたのでしょうか。
どっちが前でどっちが後ろなのか……いいえ、それだけじゃなく、上下すらあやふやになっています。

『ほっほっほ。魔法が使えるようになりたいとな? ……なぜそんなに使えるようになりたいのじゃ?』

突然背後からそんな声が聞こえ、後ろを振り返ると、仄かに明かりが灯り、それとと共に、見覚えのある姿が浮かび上がる。
こちらに背を向けていて顔は見えないが、その背格好や声はよく見知ったものだった。

「ジジィ……?」

そこにいたのは賢者グレゴリ。
わたしを騙して変な契約をさせた張本人……。
いえ、騙した、というのは……正しくないです、ね。
ジジィは一応約束は守りましたし。
……それがたとえ、わたしが望むものではなかったとしても。

わたしは自分の身体に目を落としてため息を一つつく。

『魔法が使えんでも、お前さんの価値に、変わりなんてありはしないじゃろうに』

わたしはその声に顔を上げてジジィの背中を見つめる。

なるほど……夢、ですか。

……この言葉には聞き覚えがあります。
そして、その時のジジィの表情も。
何か懐かしいものでも見ているような優しげな眼差しに、声はひどく穏やかで。
まるで全てを見透かしているようなその視線に見つめられていると、わたしは無性に苛立ってしまって……。

『そ、そんな事、ジジィには関係ないでしょう!?』

そんな声と共に、ジジィの向こう側に、鏡でよく見る姿が浮かび上がります。

『アナタは賢者なのでしょう? わたしを魔法が使えるようにできるんですかっ!? それともできないんですかっ!!?』

その姿は、他人の位置から見れば滑稽な程に必死で。
しかし、その当事者であるわたしには、再び同じ状況になれば間違いなく、ああなると断言できる状態。

『わたしには……わたしには、魔法が必要なんですっ!!』

これは遠い遠い、今から数百年も昔の出来事。

わたしが数百年の眠りにつく事になった直接の原因であり、そしてわたしがユートと出会う切っ掛けでもあります。






           俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第二十三話 ~






「ん……んぅ……」

リアがバスケットの中で目を擦りながら身を起こす。
あの騒ぎから数時間後。
日は既に落ち、帰ってきた宿屋の部屋は蝋燭の明かりでユラユラと揺れている。

「起きたか?」

俺は刺激しないようゆっくりと声を掛ける。

「ユートぉ……? おふぁようごふぁいまふ……」

ろれつの回ってない声で俺を見上げるリア。
しかし、次第に目の焦点が合うと、すぐに顔が悲壮な物に変わる。

「ユ、ユート……、う……腕は……?」

「もう大丈夫だって。ほれ、この通り」

リアの目の前でグルグルと回したり、腕立て伏せをする。
リアは、そうまでしてようやくホッとした弱々しい笑みを見せてくれる。

大分参ってるみたいだな……。
……それでも。

頭にイレールの心配そうな顔が浮かぶ。

……このままにしておくわけにもいかない、よな。
俺は意を決して口を開く。

「……リア、俺に何か隠してること、あるよな? ……そろそろ話してくれないか?」

「な、何の事ですか?」

リアはそっぽを向いてしらを切る。
だが、そうはいかない。
悪いけど、今回は……逃がさない。

「……魔法」

「っ!?」

俺が呟くと、リアはビクッと小さな身体を震わせる。

「……やっぱりか」

「な、なんで……」

呻くように声を出すリアに俺は静かに考えを話す。

「リアさ、何回か今日みたいな事あったけど、それって毎回、魔法に関して話してる時だったからな」

Gモシャスに関してはまだよくわからないが、今は置いておこう。

「その時の状況を思い出すと、いつもリアが魔法を使うとか、そういった話になりそうな時だったから、さ」

「……ぃぃです」

俯いて小さな声で呟くリアに構わず俺は続ける。

「最初はそれでも気のせいだと思ってたんだ。Gモシャスの事もあったしさ。
……でも、“リアが魔法が使えない”んだ、って仮定すると、リアの行動がスンナリ納得でき……」

「もういいですっ!!」

突然顔を上げて大声で俺の言葉をさえぎると、すごい速さで俺へと向かって飛んでくる。
その必死の形相と迫力に、一瞬身体がすくんでしまったが、どんな事があろうと受け止めると決めていたので、目を閉じずにリアを見つめ続ける。
しかし、想像していた蹴りは飛んで来ず、かわりにリアは一瞬で俺の肩から証を取り出すと、俺に投げつけてきた。

「ええ、ユートの言う通りです! わたしには魔法が使えませんっ!!
……見てくださいっ! 証でもMPが0、ってなってます! どんなに努力したって使えるようになるわけがなかったんですっ!!!」

顔に叩きつけられ、下に落ちた証を、俺は無言で拾う。
表示をチラと見ると、リアの言うとおり、MP0/0の文字。

……今日の戦闘の時のリアの様子を見ていなければ、ここですぐに契約魔法の事を伝えていたかもしれない。
こんな魔法があって、これを使えばお前にも魔法が使えるようになるんだ。
だから、そんなに悲しむ必要なんてないんだ、と。

確かに、契約魔法の事をリアに教えてやれば、表面上はすぐにでも解決するだろう。
だが、リアのあんな様子を見てしまうと、その程度の事で問題が解決するような、簡単な物だとは到底思えなかった。
俺は、その場しのぎなんかではなく、もっと根本的な部分から、リアの問題を取り除いてやりたかったのだ。

俺は、リアの悲壮な顔を見るたびに、衝動的に話してしまいそうになるのを必死に抑えて話を聞いていく。

「予想が当たって嬉しいですかっ!? わたしが魔法が使えないのが、そんなにおかしいですかっ!?」

リアは涙を流しながら、激情のままに俺に拳を振るう。
相手にダメージを与えるためではなく、ただただやり場のない憤りをぶつけるだけの拳。
証のせいか、それともリアの力が弱いからか、顔は全く痛くなかった。
……しかし、その表情と涙混じりの声に、心が痛かった。

「……おかしくなんてない」

「嘘ですっ!!」

一際腰の入った拳が顔に入る。
その衝撃によろめきつつも受け止める。

「嘘じゃない。魔法が使えないからって、それがなんだっていうんだ。そんな事でリアの価値は変わらないだろう」

「うっ……」

一瞬リアの目に正気の色が宿ったが、すぐに涙にかき消されてしまう。

「うるさい……うるさいうるさい、うるさいですっ!! ジジィみたいな事言って!! ユートもジジィも、自分が魔法を使えるからそういう事が言えるんですっ!!」

リアはその小さな目に涙を湛えながら叫ぶ。

「わたしは魔法が使えなくちゃいけなかったんですっ! わたしは母さまの娘なんですから、魔法を使えないなんてあっちゃいけないんですっ!! 魔法が使えないわたしなんて……っ! ……そうです、そんなわたしなんて、生きていたって仕方がな「ていっ」痛っ!」

それ以上喋らせたくなくて、デコピンでリアの言葉を止める。
一瞬呆けた顔をしていたが、リアはすぐに怒りの形相になると、俺に噛み付く。

「何するんですかっ!」

「お前が馬鹿な事を言おうとするからだ」

「何が馬鹿なことですかっ! わたしなんて、生きて「ていてぃっ」あぅ゛っ」

おでこを抑えて涙眼で睨んでくる視線を受け流しながら、俺は考えていた。
まだ根っこの部分はわからないが、今のリアの話から、わかった事もあった。
リアの発した、母さま、という言葉。
細部はわからないが、何か目的があって魔法を使う事に固執していたに違いない。
そしてそれに固執しすぎて……。

……おそらく、典型的な目的と手段が入れ違ってしまった状態というわけなのだろう。
それを何とかわからせてやれば……。

「……リア、お前はなんで魔法が使いたいんだ?」

リアとしっかり目を合わせてゆっくりと問いかける。

「わ、わたしは、魔法を使えないと「俺はっ!!」……っ!」

性懲りもなく、また凝り固まった考えで話そうとするリアの言葉を、俺は少し大きめの声で無理やり遮った。

「俺は、こっちに着て早々死に掛けて、思ったんだ。最低限、自分の命を守る事ができる程度の力を持っていないといけないって」

リアが恨めしそうに俺を見上げる。
そんな冷たい視線に心が挫けそうになりながらも、俺は続ける。

「そして、危ない所を助けてくれたカッペやラマダを。色々良くしてくれたセディを、今度は逆に俺が助けてやりたくて、それができる力が欲しかった」

「………」

リアは睨みながらも、無言で俺を見つめる。

「……そして、何より」

俺はそんなリアにしっかりと視線を合わせる。

「俺の命を救ってくれたヤツを。右も左もわからない俺の傍にずっといてくれて、何度も挫けそうになった情けない俺を助けてくれていたヤツを。
……最高の相棒だと胸を張って言えるお前を、今度は逆に俺が助けてやりたいと、そう思って魔法が使いたかった」

「なっ……!」

リアは怒りとは別の感情で頬を上気させつつも、キッと俺を睨む。

「何をいきなり言うんですかっ。そんな適当な事を言ってわたしを丸め込もうだなんて……」

せわしなく赤く羽ばたく羽を見ながら、俺は続ける。

「適当なんかじゃない。俺はお前を守ってやりたい。……いや、これは間違いだってさっき気づいたんだったな。俺は、これからもお前と助け合っていきたい。いい相棒でいきたい。だから魔法が使えるようになりたかった。……でも」

「……でも、……なんですか……?」

「それは魔法じゃなきゃ駄目だ、何て事はない。もしも魔法が使えないなら剣の練習をして強くなる。剣が重過ぎて持てないっていうんだったら、俺にも持てる武器で戦う!
魔法じゃなきゃ駄目だ、剣じゃなきゃ駄目だなんて事はない。それはあくまで手段なんだ。俺にとってのそれが、魔法だろうとなんだろうと構わない」

「……手段」

俺の言葉を繰り返して呟くリアの目には、少しだけ理性が戻ってきていた。
涙も、さっき流れたのを最後に、新たな涙は流れていない。

「……リア。もう一度聞く。お前は、なんで魔法が使いたいんだ?」

「わ、わたしは……」

リアは自分の感情を表す言葉を必死に探そうとしていた。

リアの脳裏で、遥か昔の、そして、リア自身の感覚では数年程度前の出来事が浮かんでは消えてゆく。









……わたしの母さまは最高の母さまでした。
魔力が総じて高い妖精の村でも、一番の魔法の使い手で、しかも女王様直属の兵士。
村のみんなからは尊敬され、慕われていました。

流行病いのせいでわたしがまだ小さい頃に亡くなってしまったけど、それでも、母さまの姿は今でも覚えています。
綺麗な透き通る羽に、長く流れる水のような青い髪。
柔らかな微笑みは、見るだけでわたしを幸せにしてくれましたし、優しく抱きしめてくれた時の暖かさは、この先も決して忘れません。
母さまは、村中みんなの人気者でしたけど、その中でも一番母さまを好きだったのはわたしだと、断言できます。
本当に大好きでしたし、……今でも大好きです。

……母さまが死んでしまったあの日から、しばらくは何もする気が起きませんでした。
泣き続けて泣き続けて……。
食事も全く喉を通りませんでした。
そんなわたしを村のみんなは心配して、良くしてくれました。
それでも、慰めの言葉はわたしの耳には届かず、日に日に弱っていく身体に、このまま母さまの下へ行くのもいいかな、なんて馬鹿な事を考えはじめていた頃。

女王様がわたしに仰ったんです。
そんな情けない姿を見て、母さまが喜ぶのですか。
母さまが大好きなら、その大好きな母さまの誇れるような娘になりなさい。
そうじゃないと、母さまは安心して眠る事もできないのですよ、と。

それからは必死に魔法の練習をしました。
他人と同じだけ練習してもうまくいかないのなら、その二倍の時間。
それでも駄目なら、四倍の時間。
いつしか、食事と睡眠時間以外、全ての時間を魔法に費やしていました。
……それでも、わたしには魔法を使う事ができなかったんです。
練習以外にも、試せる事はなんでもやりました。
魔力をあげる練習方法があれば、全て試しましたし、魔力を増加させる食べ物があれば全て食べてみました。

それでも、結果は変わりませんでした。
皆は優しく、慰めてくれます。
あの母さまの娘なのだから、いつか必ず魔法が使えるようになるはずだ。
だから、そう焦らずに、もっと自分の身体を大切にしなさい、と。
女王様もわたしの身体を気遣ってくれました。
それでも、わたしにはこうする事しか思いつかず……、そして、そんな日々に疲れ切ってしまいました。
皆の優しい言葉も段々つらくなり、そして、あの日。
何もかもが嫌になり、わたしは妖精の村を……いえ、妖精界から逃げ出して人間界へとやってきたんです。

そして、人間界に来てすぐに、賢者と名乗るジジィに会いました。
そこで、ジジィは報酬をエサに、わたしに契約を持ちかけます。
その契約とは、わたしに魔法という報酬を渡す代わりに、召喚の魔法陣の一部になって欲しい、というものでした。
運が悪ければ数百年は眠ったままだ、とも言われましたが、母さまはもいない、そんな世界で、魔法すら使えないままに生きていく生になんの意味があるんでしょうか。
わたしは特に躊躇う事なくその話を受けました。
魔法を自由自在に扱える自分を、そして、そんなわたしを見て母さまが微笑む姿を夢見て、数百年の眠りについたんです。









「わたしは……わたしには、魔法を使えるようにならないといけないんですっ!」

リアは先程より幾分弱々しい声でそう叫ぶ。
俺は無言でその先を待つ。

「母さまの誇れるような娘に……、母さまが天国で安心して過ごせるくらい立派な娘にならなきゃいけないんですっ!!!」

リアは涙ながらに、想いを叫ぶ。
自分の母さまがどれ程すごかったかを。
そして、そんなすごい母さまの娘として恥ずかしいままでは、母さまが安心して眠ることもできない、と。
だから、わたしは魔法が使えないといけないのだ……と。

途切れ途切れに、そして、たまに激高したかのように声を張り上げながら訴える。
感情のままに叫んでいるせいか、要領を得ない部分もあったが、それだけに、かえってリアの心情は直接に響いてきた。

俺はその話を最後まで聞いて、一つ深く息を吐く。

母さま……か。

正直、リアの意見は、論理的とは言いがたい部分が多い。
しかし、今のリアにとってそれは真実で、矛盾等全く無い論理なのだ。

……はぁ。
しっかし、なんでコイツはこうも ―― に似てるんだか。
そんな顔見せられて、放っておけるかっての。

「……リア、お前の村の妖精って、みんな魔法を使えるのか?」

「……いえ、使えるのは半分くらいです」

突然話を変えた俺に、リアは戸惑いつつも、素直に答える。

「それじゃ、リアの母さんって、結構酷いヤツなんだな」

「なっ!?」

俺は心の中でリアの母さまに謝りつつも続ける。

「リアの母さんは魔法を使えないヤツが嫌いなんだろ? つまり、村に住んでる妖精の半分を嫌ってるわけだ。みんなから好かれてるのに自分は嫌うなんて酷いっ、っつ!……ぐっ」

「ユート、それ以上言ったら、アナタでも許さないです……」

リアは俺の顔に膝をめり込ませながらそう凄む。
が、俺も既に口に出してしまったんだ。
こんな所でひいてはいられない。

「だってそうだろ! さっき自分で言ってたじゃないか。“魔法が使えないと、母さまは誇ってくれない”ってさ! 自分の娘でも、魔法を使えない程度で誇れない程狭量だってんなら、魔法の使えない、それも赤の他人なら嫌うに決まってるだろ!?」

「違いますっ! 母さまは……母さまはそんな人じゃないですっ! 魔法が使えないからって他人を嫌いになんて……っ!!」

俺はその言葉を聞いて、少し調子を落として、口調を静かにする。

「……だったら、なんでリアの母さんがお前を誇りに思わないなんて思うんだ。お前の母さんは魔法が使えようと使えまいと、差別しないんだろ?」

「そ……それは、わたしが母さまの娘だから……」

「娘だったら余計にそうだろうが! お前の母さんは一度でもお前に魔法が使えないから駄目だとか言ってたのか!?」

「………」

「違うんだろっ!? そうやって、魔法を使えない駄目だとか言ってると、自分が母さんを魔法が使えないと差別するようなヤツだって貶めてる事になるんだぞ!」

リアは俺の言葉を聞きたくないとばかりに首を振ると、幼子のように叫ぶ。

「ユートにはわからないですっ! それでもわたしは魔法を使えなきゃならなかったんです!!」

泣きじゃくるリアに、俺は途方にくれていた。

「……なんでそんなに魔法に拘るんだよ」

……いや、本当はなんとなくだが理由はわかっていた。

おそらく、幼かったリアは、母親を失ってしまった悲しみから逃げるために、何かに縋らずにはいられなかったのだろう。
何かに打ち込まないと、悲しみから逃れられなかったに違いない。
そして、その感情が、リアが育つに連れて間違った方向へと少しづつずれていってしまったのだ。



俺はなんて声を掛けたらいいかわからず、しばらくリアの様子を見つめていた。
興奮のせいで大きく上下していた肩が、治まってくる。

「……なんで」

「……え?」

前触れなくポツリと呟いた言葉に聞き返す。

「なんで……ユートは怒らないんですかっ?」

「お、俺っ!? なんで俺が怒るんだよ」

予想外に唐突に怒られ、思わず素で反応してしまう。

「わたしは騙してたんですよっ!? 魔法が使えるって言ったのに……っ! わたしが魔法を使えていれば、塔で危険な目に合わずにすんだのにっ!
……あんな風に暗闇を怖がるようにならずにすんだのにっっ!!!」

「お前………起きてたのか」

俺は思わず目が大きく見開くのを感じた。









眠りについて、数百年後。
目が覚めて、わたしは変な人間と出会いました。
……出合ってから、まだそれほど時間が経ったわけではありませんが、がむしゃらに魔法の練習ばかりしてきたわたしには、ユートと過ごす騒がしい時間はとても新鮮で、とても楽しいものでした。

それでも、たまに思ってしまうのです。
わたしに魔法が使えれば、最初に塔で出会った時にユートを危険な目に合わせる事も無かったのに。
わたしに魔法が使えれば、ギンロのお化けに襲われた時も、すぐに助けられたかもしれないのに。
わたしに魔法が使えれば、わたしに魔法が使えれば、わたしに魔法が使えれば……。

それは、魔法についてユートに聞かれ、とっさに嘘をついてしまった罪悪感と共に、わたしに重く圧し掛かってきました。

そして、極めつけは昨日の夜。
ふと目を覚ました時に見た光景が頭から離れません。
蝋燭を前に、顔を蒼白にして震えるユートを見て、その口から毀れる言葉を聞いたとき、わたしは我慢できずに声を掛けていました。
どんな顔をしていいかわからずに、その場は寝たフリをしてやり過ごしてしまいましたが……。

その時のわたしは、もちろんユートの心配もしていたのですが、それよりも、ただただ怖かったんです。
わたしが魔法を使えないせいで、ユートをあんな目にあわせてしまったことが。
そして、いつか嘘をついていたことがばれて、ユートに嫌われてしまうかもしれないことが。
……ユートと一緒にいられなくなってしまうことが。

母さまに誇ってもらえないかもしれない、というのと同じくらい、その事が怖かったんです。

だからわたしは、たとえそれがいつかはばれてしまう事なのだとしても、少しでも長く、魔法を使えない事をこのまま隠しておきたかった。
そして、魔法以外で、ユートに何かを与える事ができる部分を持ちたかった。

それでも、唯一ユートに与える事ができたはずの魔法の知識は、魔法屋のせいで、あっけなく無意味な物になってしまいました。

そんな時に、思いの外、戦えたモンスターとの戦い。
もしかしたらこれでわたしもユートと肩を並べて戦えるかもしれない。
これでわたしの居場所ができるかもしれない。
そう思って、調子に乗ってしまって……、結局、またユートに怪我をさせてしまいました。

そして、今ではユートに魔法が使えない事もばれてしまったんです。



ふふっ……あはは……あははははっ。
馬鹿みたいですよね、わたし……。
一人でゴチャゴチャ悩んで、結局空回りして。

なにが、“わたしがいないとユートはダメですよね”ですか……。
そう言って、“だからわたしはユートの傍にいてもいいんだ”なんて思い込もうとしてただけじゃないですかっ!

もう……いいです。
わたしには……なにも。

なにも……。









「なんで怒らないんですか……っ! あんな怖い目にあったのはわたしのせいだっていうのに、どうしてそんな風に普通にしていられるですかっ!」

リアは泣きながら俺の胸を叩く。

「怖かったんでしょう? 辛かったんでしょう? わたしを責めればいいじゃないですかっ! お前が魔法を使えないせいで俺は暗闇が怖くなったんだって!! ……うぅっ……っく……グスッ…」

最後に一つ、大きく俺を叩くと、崩れ落ちる。

俺はそんな様子を見て……これ見よがしにため息をついた。

「……はぁ。リア、お前、意外とバカだろ」

「………」

リアは顔を俯ける。
その様は、これから俺に言われる罵声を全て受け入れる、そんな悲壮な決意が見て取れた。
自暴自棄になったともいえる。

……そんなだからバカだっていうんだ。

だいたいなぁ

「俺がお前を怒る理由なんてないだろうが」

「なんでですかっ!! わたし、知ってるんですよっ! アナタが昨日の夜……っ!」

「ああ、確かにさ、俺、暗闇……っていうか、狭くて暗い部屋か? それがトラウマになったっぽい。でも、どうしてそれがリアのせいになるんだよ」

「だって!! ……だって、わたしが魔法を使えていれば、あんな風に……」

「そりゃ俺だって一緒だろうが。俺があの時点で魔法を使えてれば。それか、剣を使えてれば。それとも、セディのような強さをもっていれば。
そんな“もし”があれば、確かにあの部屋で、あんな風に怖い思いしなかったかもしれない。
でも、そんな仮定に意味なんてないだろうが!
俺にも魔法は使えなかったんだし、剣だって無理。セディのような強さなんて、正直これから何年経てば持てるのかすらわからねぇ。なのにそんなことをゴチャゴチャ言う意味なんてあるのか?」

「で、でも! わ、わたし、嘘をついて……」

「嘘なんて誰でもつくっての! ……それに、リアのは嘘って言うより、魔法が使えないの知られたくなくて思わず……って感じの方が強いじゃねーか。あんなの、全く気にしてねーっての」

「でも……でもでも……っ」

なおも言い募ろうとするリアを手で制する。

「……それに、リアは自分のせいでああなった、って責めてるみたいだけどさ。俺はお前のこと、命の恩人だって思ってるんだぞ?」

「……わたしは何もしてません。助けたのはセディ達で……」

「そのセディ達を呼んできてくれたのはお前だろ? それも必死の形相でさ」

俺はその時の事を思い出してクククと笑う。

「確かに、俺はセディ達に救われた。でも、リアが急いで呼びに行ってくれなけりゃ、絶対に間に合わなかったんだ」

「わ、わたしは……」

「昨日の夜の事だってさ。確かに、体の震えは止まらないし、暗闇は怖いし、正直何がなんだかわけがわからなかった。
……でも、リアが声を掛けてくれて、お前が俺の傍にいてくれてるって考えたら、怖さなんて吹っ飛んじまったよ」

「……ぅ」

「昨日だけじゃない。こっちに着てからまだ数日だけど、右も左もわからない俺がこうして今も正気を保っていられるのは、お前のおかげなんだ。いきなり全く知らない場所に放り出されて、しかも帰れないかもしれないなんていわれて、普通、焦らないと思うか? お前がいたから、俺も今こうやって笑っていられる。
……俺にとってお前は、魔法が使えようと使えまいと、大切な仲間……、一番の相棒なんだ」

リアは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を怯えた表情にして、それでも何かに縋るような目を、俺に向ける。

「わ、わたしは……魔法、使えなくても……いいんでしょう……か。母さまは……魔法が使えなくても、許して……くれるでしょうか……?
わたしを誇りに……、安心して眠ってくれるでしょうか……」

俺はできるだけ優しい表情を意識して、笑いかけてやる。

「一人の人間にこうまで言わせたお前が、お前の母さんに誇りに思われないわけあると思うか? 大丈夫、俺が保証するよ。リア・ビュセールは、お前の大好きな母さまの、自慢の娘だよ」

「……っく……グスッ……ぅ……ぅわああああああああああっ」

堰を切ったように泣くリアを受け止め、その髪を撫でる。
その感触を受けて、さらに大声で泣くリアを、俺はどこかホッとした気持ちで抱きしめていた。







リアはあれからしばらく泣き続け、さすがに疲れた様子で鼻をならして涙を拭う。
そして、一度俺を見上げ、目が合うと、少し戸惑ったように顔を俯ける。

「ユート……」

「……ん?」

「その……ありがとうございます。……ほんとうに」

そういってこっちに向けた笑顔は、涙で目は赤く、顔も少し腫れぼったかったが、憑き物が落ちたかのようにサッパリしていて、酷く魅力的だった。

「お、おぅ、まぁ気にすんな。俺も色々助けてもらってるし、さ」

俺は、その顔を直視していられず、顔を背けながら答える。
少しぶっきらぼうになってしまったかもしれない。

「でも」

急にわざと声色を変えるリアに視線を戻すと、そこには少しご立腹なお姫様がいた。

「わたしを奮い立たせるためとはいえ、母さまの事を悪く言ったのは許せません。最後にもう一度だけ、叩かせてください!」

「ちょ、おまっ! あれは……っ!!」

弁解しようとするが、リアの目は真剣で、全身で“反論は受け付けない”と言っていた。

「……はあぁ……しゃーねぇな。一発、だからな? その、手加減してくれよ?」

「考えておきます」

リアは全く考えてなさそうな笑顔で拳を握る。
その笑顔に、まぁ、仕方ないかという気分になってしまう。
……元気になったみたいだし、な。
俺は覚悟を決めて、目を瞑り歯を食いしばる。

そして、俺の顔の横で羽ばたきの風を感じると

「……んっ」

という声と共に、何か柔らかい物が頬に押し付けられた感触がした。

「へっ?」

間抜けな声と共にリアの方を見ると、目のほんの数センチ先の所に、顔どころか、全身、羽にいたるまで真っ赤に染めたリアが、こちらを怒ったように睨んで浮いていた。

「い、今……?」

「い、一発は一発、ですっ! な、何か文句ありますかっ!?」

か、勘違い……じゃ、ないよな?

「い、いや、文句なんて……いやっ! もう一発!! なっ、今度は唇にっ!! なっ……ぐっ!?」

「調子に乗らないでくださいっ!」

言い終わらないうちに、視界いっぱいにリアの赤い顔が広がったかと思うと、足の裏が唇に叩き込まれてしまった。





しばらく、居心地の悪い、それでも決して嫌ではないそんな微妙な空気が部屋に流れたが、リアが落ち着いたのを見計らって声を掛ける。

「……な、なぁ」

「なん……ですか?」

顔は当然の如くまだ赤く染まっていた。
少し照れくさそうに見上げる目を覗き込むと、しっかりとした光がある。
もう問題はなさそうだった。
俺はそんな様子を見て満足すると、疑問だったことを聞いてみることにした。

「結局、Gモシャスって、なんだったんだ? 魔法じゃないのか?」

「あぁ、それですか……」

リアは少し寂しそうに笑うと話し始める。

「わたしが魔法陣の一部になって数百年の眠りについていた事は、初めてあった時に話した通りです。でも、わたしがなぜ魔法陣の一部になることを了承したかは、まだ話してなかったですよね?
……もう想像がついているかもしれませんが、わたしは、魔法を使えるようにしてもらう、という条件で、魔法陣の一部になることを了承したんです」

「魔法を使えるように……? ……そういうことか!」

「……? ユート?」



その言葉を聞いた瞬間、ようやく俺はグレゴリのじーさんのやりたかった事がわかった気がした。

マリアさんに話を聞いて、少し気にはなっていたんだ。
何故、契約魔法以外の研究の発表をしなかったのか……。
それは全く逆だったのだ。
契約魔法以外のものを発表したくなかったわけじゃなく、契約魔法だけは、どうしても発表しなくてはならなかったんだ。

MPが無いせいで、魔法を使えないリアのために作った契約魔法を、どうにかしてリアに伝えてやるためには。

契約魔法は、その魔法の性質上、身体に魔法陣を書き込む人間……つまり、契約師が必要だ。
しかし、グレゴリのじーさんには、自分が生きている間には、リアの眠りが醒めないだろう事がわかっていたのだろう。
そのため、どうすればいいか考えたとき……、世界中に普及させれば、リアにも伝わるに違いないと考えたに違いない。
それで、その時代で一番有名だった……名前は忘れたが、ナントカっていう魔法都市で発表して広めようとしたのだろう。

だろう、だとか、違いないだとか、推測が多いが、そうだと思って考えてみると、スンナリ納得のいくことが多い。
契約魔法のシステムなどまさにそれだろう。
魔法力が無くても使えるようになる魔法。
これ程リアに適した魔法もない。

すごい……グレゴリのじーさん、あんたすげーよ!
契約とはいえ、リアのために一つの魔法を生み出すなんて!!
この話、リアに話したら喜ぶだろうな!
リアの喜ぶ顔が目に浮かんで、俺の頬も少し緩む。

……って、まてよ?
でも、それなら何故リアは契約魔法の事を知らなかったんだ?
普通、伝言なり何なり、わかるように残しておくものだと思うんだが……。

俺は首を捻りながら、考え込む俺をおいてさっきから続いていたリアの話に耳を傾ける。



わたしが数百年の眠りから目が覚めたのは、おそらくユートが召喚されたのとほぼ同時でした。
何かが揺れる感覚がして、急に目が覚めて……、そして、目の前に小さな水晶玉が浮いているのに気がついたんです。

その水晶玉には、ジジィのメッセージが入ってました。

『目が覚めたかね? ほっほっほ、気分はどうじゃな。この魔法が発動したという事は、すぐそばに異世界の者がおるじゃろう。そやつの事、よろしく頼むぞぃ』

言われて下を見ると、そこには人間……ユートが倒れていました。

「……そんな事はどうでもいいんですっ! それより、わたしとの約束はどうなったんですか!?」

『そうそう、これはメッセージを入れてあるだけじゃからの。何か問いかけられても答えられんので、そのつもりでおってくれ』

「………」

その言葉とは違い、会話が成り立っているような気もしましたが……まぁ、偶然なのでしょう。
わたしがどこかで見ていないのか辺りをチラチラ見回しているのをよそに、水晶玉は話し続けます。

『そうそう、それで、例の報酬の、魔法を使えるようにするという話じゃがな。リア、意識を集中して、Gモシャスと唱えてみるのじゃ!』

わたしは、言われたとおりに唱えてみました。
すると、体から光が発したかと思うと、次の瞬間、わたしは今までとは全く別の服を身に纏っていました。

「これは……?」

『やってみたかの? これはワシの研究の成果で、Gモシャスという魔法じゃ!! この魔法を唱えると、お主の着ているその服、Gスーツというんじゃが、それが別の服に変化するのじゃ! どうじゃ、すごいじゃろう!』

「……そ、それだけ、ですか? メラは、ヒャドは……ホイミは使えないんですかっ!?」

『それだけじゃないぞぃ』

で、ですよね、よかった……。

『なんと、その変化する服は数百種類にもおよぶのじゃ!! せくしーな服も何着か入れておいたぞぃ。好みの男がおったら、それで悩殺してやるんじゃな! ほっほっほっほ。
……まぁ、自分で選べんという欠点はあるんじゃが、それはどうでもよいよの? あぁ、それと、一日五回までしか使えんから、そこにも注意するんじゃ。使い切ると、元の服にもどってしまうからの』

……わたしは手のひらの震えを押さえ切れませんでした。
わたしはこんな魔法を手に入れるために、数百年も眠っていたんですか……!?
キッと睨みつけても、水晶玉はノンビリ喋るだけでした。

(『ふぉっふぉっふぉ、冗談じゃ! そう怒るでない。ちゃ~んと本当の魔法は用意……』)

何かまだ喋っていたようですが、わたしはあまりの怒りにそのボールを蹴っていました。
水晶玉は思ったよりもよく飛び跳ね、周りにあったガラスの容器をなぎ倒して、床に落ちると、何も喋らなくなってしまいました。
……まぁ、あんなバカなジジィの話なんて、聞く必要なんてないですよね ――



リアはそこまで話すと、ため息を深くつく。
俺はそんなリアの様子を見ながら、召喚された時の様子を思い出す。

……それで俺が起きた時、あんなにガラスが散らばってたってわけか。
地震だけのせいじゃなかったんだな……。

「……それでも、初めて使う魔法は、……嬉しかったんです。確かに望んでいたものとは違いましたけど……、何の役にも立たない、使えない魔法ですけど、それでも……嬉しいっていう気持ちはありました。
まぁ、結局は、本当に魔法を使えるようになったわけじゃなかったんですが……」

「本当に使えるように……ってどういうこと?」

「さっきジジィがGスーツを……って言ってたって話ましたよね。この服、Gスーツって言うらしいんですけど、Gモシャスってこの服以外じゃ使えないんです」

「へ?」

「ユートが起きる前に試してわかったんです。別の服を着て唱えても何も変化ありませんでした。……たぶん、この服自体に魔法がかかってるんじゃないでしょうか」

「あ~……そういうこと、か」

うん、ようやく理解できた。
そして、グレゴリのじーさんのアホな失敗も。
……なんていうか、このじーさん、本当、どっか抜けてるよなぁ。

たぶん、その水晶玉でも、『な~んちゃって! 実は魔法の件は別に用意してあるから安心するのじゃ! その服はサービスじゃよ』とか何とか吹き込んでおいたんじゃないだろうか。
で、リアの性格を考慮に入れてなかったのかは知らんが、最後まで聞く前にそのメッセージの水晶玉を壊されてしまった…と。
おそらくそんな感じなのだろう。

……正直、グレゴリのじーさんって、色々とすごいことやってるとは思うんだけどな。
なんかいまいちしまらないなぁ……。

俺は少し呆れながら、契約魔法の存在と、じーさんについて推察した考えを話す。
リアは最初、驚き戸惑っていたみたいだが、だんだんと自分の中に理解が広がっていくと、リアの目が少しづつ潤み出す。

(……まぁ、しまらないっていうのは確かだけどさ)

そして、リアは服を大事そうにかき抱くと、静かに涙を流す。

(リアにこんな表情をさせるのは、同じ男として少し羨ましい……かな)

目から涙を流しながら、それでもすごく嬉しそうな表情で微笑むリアは、言葉では言い表せないほどに、綺麗だった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 リアのステータスその1 ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃      リ ア     .┃┃    ちから:  6┃
┠──────────┨┃   すばやさ: 19┃
┃    家出妖精     .┃┃  たいりょく:  5┃
┃    あ そ ぶ ま   .┃┃   .かしこさ:  7┃
┃    レベル : 3    ┃┃  うんのよさ: 13┃
┃   HP  6/10   ┃┃  こうげき力:  6┃
┃   MP  0/ 0   .┃┃   しゅび力: 32┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:Gスーツ        .┃┃           .┃
┃               ┃┃           .┃
┃               ┃┃           .┃
┃               ┃┃           .┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛


レベル2 HP+2 ちから+1 かしこさ+1
レベル3 HP+2 すばやさ+1 うんのよさ+1


(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― ??? ―――


私は、賢者グレゴリ様の下で魔法武具学を学んでいる、大勢の弟子の内の一人だ。
グレゴリ様は、世間ではあまり知られておらず、評価が低いのだが、世界中でも最高の賢者の一人だろうと私は確信している。

もっと研究成果を世に出せば、金も地位も名誉も思いのままだろうに、グレゴリ様はそのような事に興味はない、と仰って発表しようとなさらない。
我々弟子達としては、敬愛する師匠が周囲から評価されないのは我慢がならない部分もあるのだが、それでも、そういったグレゴリ様の性格も弟子達に慕われる要因の一つなのだから、仕方ないといえば仕方ない。

しかし、先日グレゴリ様は、契約魔法という新たな魔法の技術を、魔法王国フォルトゥーナで発表された。
世に出せばもっと名誉を得られる研究もたくさんあるのに、何故契約魔法だけを発表するのか、そして、何故ご自身で契約魔法を使われないのか(グレゴリ様は、魔法の研究者としては最高の腕を持つが、魔法使いとしての才能は残念ながら人並み以下の物しかお持ちになっておられなかったのだ)、私は気になって尋ねてみた。

すると、グレゴリ様は、ただ一言、『大事な大事な友のためじゃ』と、苦笑しながら仰るだけで、それ以上は教えてくださらなかった。
その時の少し寂しげな様子が、印象深かった。

私はこのグレゴリの塔で学ぶ弟子達の中で一番の新参者だ。
私がこの塔に来る前に、何かがあったのだろうか。
興味を覚えた私は、この事に調べる事を決心した。
それが昨日の事。

しかし、今日。

『良いジジィにはの、秘密がつきものなのじゃよ♪』

という言葉と、嫌に手慣れた様子のウィンクを頂き、その気持ちは一瞬で失せてしまった。



――― 大賢者グレゴリ 最後の高弟の日記より







[3797] 第一章 第二十四話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/03/19 18:13
ユートだ。

「いらっしゃいませ♪」

以前と変わらず、胸を強調したバニー姿で出迎えてくれる綺麗なお姉さん達。
うん、眼福眼福……って、少しオヤジくさいか。

俺は今、再びニコニコゴールドへとやって来ていた。
リアと腹を割って話し合った夜が明け、気持ちの良い目覚めで迎えた今日の朝。
身支度を整えて飯にしよう、と部屋の扉に手をかけたところで、ようやく思い出したのだ。

……金(ルビィ)がもうなかった、と。

そして、宿の朝食を食べ損ねてお冠りの姫様に追い立てられて、慌てて朝一でニコニコゴールドに両替にやって来た、というわけだ。

昨日は色々あったせいで、リア、朝食以来何も食べてないからなぁ。
あの形相も頷ける。

まぁ、それだけなら、まだ問題は無かった。
問題は……、だ。
今この時も、リアが空腹を紛らわさせるために、薬草をモサモサと食べてる、って事だったりする。
……いや、他に食べさせる物が何もなかったんだ。
悪いとは思っている。

……この世界ではまだ薬草を売っている所を見てないから、正確な値段はわからないが……、それでも、武器や防具の値段がゲームでの値段と大差ない事を考えると、おそらく8G前後だと考えられる。
つまり、リアが一枚薬草を食べるごとに、8G分が飛んでいくわけで……。
まだ冒険者未満の初心者な俺達にとっては、痛すぎる出費だ。
さっさと両替して、早くリアの元に戻らないと、冗談抜きで薬草を食い尽くされちまう!

……いやまぁ、あまりのマズさに涙目になりながらチビチビと食べてる姿は、確かに可愛いかったんだけどな。






            俺はここで生きていく 

          ~ 第一章 第二十四話 ~






開店したばかりなせいか、さほど待たずに両替所へと案内された。
前回案内してくれた、あの茶色い髪で胸の大きい、ホワホワした感じの人がいないかとコッソリ探してみたが、たまたま休みなのか、それとも時間が合わなかったのか、見つけることはできなかった。
……少し残念だ。
いや、今回案内してくれた子もすごく可愛かったんだけどさ。

前回とは違い、カウンターには人はほとんどいなかった。
俺は、目に付いたカウンターの前に腰掛けると、会話する暇も惜しんで両替の交渉に入る。
係りの人も前の人とは違う人だっけど……まぁ、こちらはどうでもいい事だろう。

「現在は1G=525Rとなってます。何G両替なさいますか?」

几帳面そうな顔をした係りの人が、眼鏡を調えながら問いかけてくる。

前回からまだ二日しかたってないというのに、もうレートに変動があったようだ。
確か……前は、1G=514R……だったよな。
レートがあがると、なんか得した気分になるな。

俺は係りの人に断りを入れると、リアの事もあるので急いで考えを纏める。

何度も両替しにくるのも面倒だし、今回は前回よりも少し多めに両替するか?
確か平均すると1G=500Rだってセディが言ってたから、今多めに両替しておくのは決して損じゃないはずだし。

証を取り出して浄化画面へと変えると、そこには19Gという微かに赤い文字。
どうせ半端に残しておいても買える物なんてないだろうし、全部ルビィに変えるべきか?
……っと、いやいや、万が一しんだ時の事を考えると、少しは残しておいた方がいいか。
う~ん、……よし。

「それじゃ、14G分で ――」

「おぉっ! 貴方はユート様じゃないですかっ!!」

お願いします、そう続けようとした所で、突然横から大きな声にさえぎられた。
見ると、前回両替を担当してくれたオッサンが、隣のブースから笑顔でこちらを覗き込んでいた。
俺と係りの人が突然の事に驚いているのをよそに、オッサンは一人話し続ける。

「はっはっは、いや、失敬失敬。つい見知った顔を見つけて嬉しくなってしまいましてな。
……君、すまないが、変わってもらえるかな?」

後半部分を係りの人に向け、そしてさらに小声で二、三囁くと、係りの人は俺に一礼して隣のブースへと移ってしまった。

「慌しくて申し訳ありません。……本日もご両替ですかな?」

オッサンは俺の前に座りなおすと、ニッコリ笑う。

「あ、あぁ、そうなんだ。14G分、お願いします」

思わず呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り直して、5Gだけ残して全財産をオッサンの前に積み上げる。

「畏まりました。
……ユート様、カードの提示をお願いできますかな?」

「あっ! ……すっかり忘れてたな。……っと、はい、これでいいかな」

俺は慌てて懐を探ると、赤いカードを取り出してオッサンへと見せる。

「……はい、確かに。それでは少々お待ちください」

オッサンはそれを見て満足そうに頷くと、そろばんを取り出して計算を始める。

危なかった……。
あのままだと、せっかくのサービスが受けられない所だった。
別に、損をするわけじゃないけど、貰える物を貰わないのは勿体無い。
さっきの係りの人には悪いけど、オッサンに変わってもらって助かった。
驚かされはしたけど、このオッサンには感謝しないと、な。

そろばんを弾く手つきをなんとはなしに見つめていると、オッサンが小声で囁くように話しかけてきた。

「(先日は本当に失礼しました。……私のミスを黙っていただいて、ありがとうございます)」

「(いやいや、そのおかげ……っていっちゃなんだけど、俺もこんな便利なカード貰えたんだし、気にしないでいいよ。それに、今回もカードを出すの忘れそうになってたのを助けてもらったし)」

オッサンにつられて、俺も小声になる。

「(いえいえ、当然の事をしたまでですよ。……ですが、いつも私が傍にいるとは限りません。次からは忘れずにこのカードを提示してくださいね。案内の者に提示するのでも構いませんので)
……さて、計算が終わりました」

オッサンはそろばんの最後の一はじきでパチッと大きな音を立てると、姿勢を正した。

「……それでは、1G=525Rで、14G分。これに5%のサービスをつけさせて頂いて、……しめて7718Rとなります。お確かめください」

「ん、サンキュ!」

……今回はミスしてないようだな。
俺は、手元でざっと計算して正しい事を確認すると、ルビィを受け取り、急いでニコニコゴールドを後にした。








「…………っていうわけなんです。もぐもぐ……んっ。酷いですよね!」

「ふふっ、それで薬草なんて食べてたんだ?」

憤懣やるかたない、といった風に全身で怒りを表すリアに、イレールが優しく笑う。

「もぐもぐ……そうなんです。……まったく、ユートは本当にだらしないです、甲斐性ナシです! やっぱり、わたしがついてないとなんにも……、って、イレール!! なに笑ってるんですか!」

「え? ふふっ、ううん、なんでもないよ。ただ、リアちゃん、元気になってよかったなぁ~って思って」

「な、なんですか、それは! わ、わたしは別に……っ」

「うふふっ」

……俺は食事をしながら、楽しそうにそんなやり取りをしている二人を、窓越しにゲンナリとした気分で見つめていた。
俺のこの三十分くらいの必死の捜索はなんだったんだろう。
まさか、こんな目と鼻の先にいたとは思わなかった……。

俺は言いようのない脱力感に肩を落としながら、扉を開け、談笑する二人の間に割って入る。

「……こんなとこにいたのか」

「あ、ユートさん、おはようございます」

「ユ、ユート!? こ、こほん。
……お、遅かったですね。何かあったんですか?」

「『何かあったんですか?』じゃねーだろっ! 俺がどんだけ ――」

心配して探したと思ってんだ!
そう、怒鳴りつけそうになるが、口の端をドレッシングで白く染めてきょとんとするリアの顔に毒気を抜かれてしまい、大きくため息をつく。

「………………はぁ。
……ったく、急に何も言わずにいなくなるなよな。一瞬、昨日言ってた変態に攫われでもしたのかって心配したんだぞ」

ニコニコゴールドの外で、薬草を食べて待っているはずだったリアの姿が見えなくて、本当に驚いた。
あちこち探し回って、それでも全く手がかりがない事に業を煮やし、最終手段として協会の力を借りるしかないか、と戻ってきたら、中で談笑している二人の姿を見つけたのだ。
その時の俺のやるせない気持ちも、わかるというものだろう。

リアは俺の言葉に一瞬驚いた表情を浮かべると、バツの悪そうな顔で視線を泳がせる。

「ぁ……ぅ……。……その、心配かけてごめん……です」

「え、いや……まぁ、何もなかったんならいいんだけど、さ」

てっきり、『ユートが遅いから悪いんですっ』とか言われるかと思っていたのに、思いのほか素直な言葉に驚いてしまう。

「すいません、ユートさん。私が無理言って連れて来ちゃったんですよ」

「え、あ、あぁ。…………いや、助かったよ。なんか食事までご馳走になっちゃってるみたい……だしね」

イレールの申し訳なさそうな言葉に、笑って返す。
正直、本当に助かった。
リアの横に置かれている袋の中には、まだかなりの数の薬草が残っている。
どうやら、わりと早くにここに呼ばれたらしい。
本当に、イレール様々と言った所だろう。

「ふふっ、最初見た時、どうしたのかと思いましたよ。協会の前を掃除しようと外に出てみたら、リアちゃんが『まずいです……』って涙浮かべながら薬草食べてるんですもん」

イレールが『そんなリアちゃんも可愛かったですけどね』と、小声で悪戯っぽく笑うと、それを聞きつけたリアが膨れて食事のスピードを上げる。
そして、それを見たイレールは、また蕩けそうな表情をしてリアを愛でる。

……いやまぁ、気持ちはわかるし、楽しそうだからいいんだけどね。

「…………はふぅ。…………ふふっ、ふふふっ。
……あ、そうだっ! よかったらユートさんも食べていかれますか? リアちゃんと同じで簡単なものしか用意できませんけど……」

俺がそんな不思議な空間を、疎外感を感じながらしばらく眺めていると、唐突に我に返ったイレールが提案した。

「え、でも、迷惑じゃないか?」

さすがにそこまで迷惑をかけるのは……と、辞退しようとすると、イレールは明るく微笑む。

「いえ、迷惑なんかじゃないですよ。まだお客さんもいらっしゃってませんし。……それに」

そして、今度こそリアに聞こえないような小声で俺に囁く。

「(リアちゃんを元気づけてくれたお礼です。ユートさん、ありがとうございます)」

「い、いや、お礼なんて……。俺がしたくてしただけだし……」

「それでも、ですよ! 私、リアちゃんの事好きですから、元気になってくれて嬉しいんです!」

「……そっか。それじゃ、ありがたく頂くよ」

「はいっ!」

明るい笑顔と共に出された食事は、フルーツと野菜のサラダにパンといったしごくシンプルな物だったが、とても美味かった。








「たららたったった~ん♪……ってか」

「なんですか、それ?」

二、三度白く光を放つ証を見つめながら鼻歌を歌う俺を、リアはきょとんとした表情で首を傾げて見上げる。

「ん? あぁ、レベルが上がった事を祝福する歌……ってか、音楽……かな?」

視線の先にある証の光はすでに収まっており、画面は『レベル2』の文字を浮かべたまま沈黙を保っている。
この世界にはどうやら無かったみたいだが、レベルがあがった時はこの音楽がないと始まらないだろう。

「へぇ、そんなものがあるんですね」

リアは興味深そうに頷くと、小声でつぶやくように歌ってみる。
気に入ったのか、少し楽しそうだ。

俺はそんなリアの声をBGMに、手早く残りのモンスターを浄化してしまう。
倒した敵は、今浄化したスライムを含め、3匹。
さすがにもう一つレベルがあがる事はなかったが、経験値的にはリアに大分追いついた。
おそらく次の敵でレベル3になり、転職できるようになるだろう。
最も、実感できない程度ではあるが、僅かに能力はあがっているので、実際に転職するのはレベル5まであがってからにするつもりだが。

「……それにしても、歩く場所を変えるだけでこんなにモンスターとの遭遇率変わるなんてなぁ」

「ほんとですね。ただ道の上歩く事にしただけなのに……」

すでに昨日の倍以上の距離を歩いているが、実は今戦った敵が本日最初の相手だったりする。
街を出る際、ビッグスに草むらや山等を通るよりも道を歩いて行った方が安全だ、と言われて試してみたのだが……ここまで明確に違いがでるとは思わなかった。
初めは、こんな細くて頼りなく、ただ草を刈り取って作っただけのような道に効果あるのか疑問だったが、なかなかどうして、侮れない。
目的地である山の麓はもう目と鼻の先だが、そこまで伸びている道の上には、モンスターの影は一つも見当たらなかった。
運が良ければ、もう戦闘せずに試しの洞窟へ着くことが出来るかもしれない。

「まっ、だからって油断せずに行こう。いつモンスターが飛び出してくるかわからないしな」

「はいっ!」

俺達はあたりを警戒しつつ、しかし幾分リラックスして目的地へと歩き出した。





「ここか……?」

「みたいですね」

道なりに歩く事十数分。
結局あれからモンスターと遭遇する事もなく、俺達は目的地であろう洞窟の前へと辿り着いていた。
渡された地図には大まかな場所しか書かれていなかったので、すぐに見つかるか不安だったのだが、洞窟の傍には一軒の小さな小屋が立っており、それが目印となって思ったより簡単に見つけることが出来た。

「とりあえず入ってみるか。……すいません、どなたかいらっしゃいますか?」

「あぁ、いらっしゃい。冒険者志望の人かい?」

軽くノックして小屋へ入ると、一人の男に出迎えられる。
導かれて入った小屋の中はかなり狭く、家具らしい家具といえば椅子くらいしか見当たらなかった。
小屋と言うよりもむしろ、物置といった方が正しいかもしれない。
リアも最初は興味深そうに周りを見渡していたが、興味を引くものがなかったのか、すぐにつまらなそうな顔になると、俺の肩に腰掛ける。

「僕は協会の係りの者でね。何かわからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」

俺はその言葉に押され、質問してみる事にした。

「えっと、試しの洞窟って、表にあった洞窟でいいんですか?」

「あぁ、そうだよ。一番奥まで行って、置いてあるハンコを紙に押して戻ってくればそれで大丈夫。……用紙は受け取ってるよね?」

「あ、はい、大丈夫です」

俺は念のため、懐の用紙を確認してから答える。

「なら大丈夫だ。中はそう複雑じゃないし、強いモンスターも出てこないから大丈夫だとは思うが、油断はしないようにな」

俺が神妙に頷くのを確認すると、係りの人は入り口付近に置いてあった箱を指差した。

「そこでたいまつと薬草が売っているから、必要なら買っていくといい。あぁ、代金はそっちに入れておいて」

言われて箱の中を覗き込んでみると、二つの箱にたいまつと薬草がぎっしりと詰まっていた。
リアも横から覗き込むが、薬草を目にすると途端に顔を苦いものへと変えて、そっぽを向く。
どうやら、あの味は苦手らしい。
……まぁ、確かに苦いし、軟膏のせいで食感もイマイチだから、好んで食べるやつはいないだろうけど。

たいまつの箱には10G、薬草の箱には8Gと書かれている。
聞いてみるとたいまつは結構長もちで、数時間は大丈夫、との事だった。
この洞窟を探索するだけなら、一本あれば十分らしい。
先程倒した敵から出たゴールドと、両替せずに残しておいた分でギリギリ足りたので、一本だけ買うことにする。
たいまつを手に取り、10Gを箱に入れて係りの人に礼を言うと、俺達は小屋を後にした。





……洞窟の入り口には何とも言えない雰囲気があった。
目の前に広がっている穴は思っていたよりも大きく、両手を広げても、上下左右共に全く届かない。
どうやら、中に入っても武器を振り回しにくいなどという事はなさそうだ。
太陽の光が入り口を外から柔らかく照らしていて、のどかな雰囲気すら醸し出しているが……しかし、少し奥へと目をやると、そこには暗い闇がまるで俺達を飲み込むかのように広がっていた。

……ゴクリ、と、リアが息を呑む音が聞こえる。
どうやら緊張しているようだ。
その気持ちはよくわかる。
暗闇を見つめていると、まるで自分が闇に溶けていってしまいそうに感じて、わけもなく大声を出したい気分になってくる。
ましてや、俺には“あの”光景のイメージまで喚起させられてしまい、僅かに身体に震えがはしる。
もしもリアがいなければ、この中に一人で入るなんて、とてもじゃないが、考える事すら出来なかったに違いない。

その震えを感じ取ったのか、リアは俺を心配そうに見上げてきた。
そんなリアの頭を一撫でして笑顔に変えると、俺は小さなメラを唱えてたいまつに火をつけた。

「え……?」

リアはそのメラを見ると不思議そうな声をあげる。

「ん? どうかしたか?」

「いえ、勘違いかもしれないですけど……、ユート、少し魔法上手くなってませんか?」

「おっ、マジか!?」

俺は思わず喜びの声を上げた。

「え、えぇ。気のせいか、使う魔力の量と、威力のコントロールが上手くなってるように見えます」

「ふっふっふっ! ……実はさ、昨日の夜、余ったMPもったいないから、少し練習してみたんだ」

余ったMPはそれほど多くは無かったため、そう何度も使う事が出来なかったが、その分、一回一回を大事に、ジックリと考えながら試してみた。
おそらく、実践のように慌しくなく、魔法の構成をゆっくり落ち着いて考えながら練習したのがよかったのだろう。
わずか数回しか練習ができなかったと言うのに、最後には消費MPが4程度で、今までと同じ威力のメラを扱えるようになっていた。
今までMPを10近く消費していた事を考えると、かなりの進歩と言えるだろう。
また、魔力を魔法へと変換するコツも、少しではあるが掴むことができ、さっき使ったような小さいメラを唱えるといった応用も利くようになった。

しかし、扱う魔力の量が増えれば増えるほど、制御も難しくなるようで、小さいメラなら問題はないが、二倍の威力のメラを……となると、上手く構成することができず、途端に効率が悪くなってしまうのだったが……。
この辺は力量が上がってくればまた変わってくるのだろう。

「まぁ、自分でも、最初に比べて大分上手くなったとは思うけどさ。それでもまだ、消費MP、普通に使う量の二倍も使ってるんだよなぁ……」

まだまだ練習が足りないな、と頭を掻きながら呟くと、リアが笑顔で首を振る。

「そんなことないです。初めて魔法を使ってからそんなに時間経ってないのに、そこまで使えるようになるのはすごいです!
……ユート、もしかしたら、魔法使いに向いてるかもしれないですね!」

「……サンキュ」

リアの顔に、昨日の取り乱した時の様子を思い出してしまい、褒められて嬉しいという気持ちと、申し訳ない気持ちが僅かに入り混じって、中途半端な返事を返してしまう。
リアはそんな俺の様子をしばらく見つめていたが、何かに気づいたかのように静かに頷いた。

「……ユート、もしかして、わたしの事気にしてませんか?」

「うっ」

言葉につまる俺を見て、リアは呆れたため息をつく。

「……はぁ、やっぱりですか。ユート、素直なのはいいですが、考えてる事が丸解りなのはどうかと思いますよ(まぁ、それがユートのいい所なのかもしれませんが……)」

「……悪い」

ポーカーフェイスの練習をしようかと半ば本気で考えていると、リアは顔を笑顔に変えて続ける。

「ユート、わたしならもう大丈夫です。じじぃのおかげで魔法が使える可能性ができたんですし。……それに」

「それに……?」

「……いえ、なんでもないです。だからユート。わたしはもう、大丈夫、です」

リアはぐっ! と両手を力こぶを作るように曲げてアピールする。

「……そっか」

昨日の最後の様子から、もう大丈夫だろうと思ってはいたが、今朝起きてからこの話をしていなかったので、実は少し心配な部分もあった。
しかし、リアの顔にはなんら気負った所がない。

「さっ、ユート! こうして話してても仕方ないです。さっさとハンコを押して、冒険者になりますよ!」

「……あぁ、そうだなっ!」

俺は心が軽くなったのを感じながら、リアに続いて洞窟へと入っていった。





「たいまつ、買っておいてよかったです……」

「……だな」

洞窟に足を踏み入れてまだ十分ちょい。
だというのに、すでに三度もの戦闘を経験していた。
まぁ、全部スライムが数匹づつという構成だったから、戦闘自体はほぼ無傷で終えることができたのだが、幸運と言えば幸運かもしれないが……いかんせん心臓に悪い。

たいまつを灯してはいるが、内部は入り口以上に広く、両端まで明かりが届かない。
そんな暗がりから、突然飛び出してくるのだ。
驚くなんてものじゃない。
最初に遭遇した時なんて、あまりに驚きすぎて、二人で声を上げてしまったくらいだった。

たいまつがあってさえこれだ。
もしもなかったら、と思うと背筋が震える。
あそこで買うことができて、本当によかった。


洞窟の内部はひんやりとした空気が流れており、外に比べて肌寒かった。
地面はもちろん、壁も地肌がむき出しになっており、どことなく湿っぽい。
そして、時おり苔が生えている場所があるため、酷く滑り易くなっていた。
それだけでも歩きにくいと言うのに、なぜか地面に穴があいている場所が所々あり、そういった面からもたいまつは重宝していた。

俺とリアは、しっかり足元を照らして確認しながら、それでも緊張で硬くなりすぎないように小声で話をしつつ、一歩一歩確実に奥へと進んで行った。


……と。
それまで話をしていたリアが、唐突に口を閉ざし、羽を羽ばたかせて肩から離れる。

「……ユート!」

「あぁ、わかってる!」

リアが口を閉ざしたのを見た瞬間、俺はたいまつを地面に思い切り突き刺して戦闘態勢を取っていた。

リアは妖精という種族のおかげで、敵の気配を感じ取る事ができるらしい。
外で戦っている時はすぐに目で確認できていたので、その能力があまり必要とならず、その存在を知らなかったのだが、このように視界の悪い場所ではかなり重宝する能力だった。
最初は緊張のためか、敵に気づかずに俺と一緒に驚きの声を上げていたが、二度目の戦闘からはこのように、その能力を遺憾なく発揮していた。
……まぁ、来るのがわかっていても、突然暗がりから何かが出てくると驚いて体がビクッと震えてしまうのは仕方がないだろう。

リアが敵に気づいてから少し経った今になってさえ、俺には敵の存在など全くわからない。
しかし、リアを信じて、リアの睨む方向へとひのきの棒を向けて身構える。

「……来ましたっ!」

その声と同時に、たいまつの明かりの範囲にモンスターが現れた。
お馴染みのスライムが二匹に、……初めてみるモンスターが一匹。
緑色の40cmくらいの丸い身体に、びっしりと生えた太いトゲ。

「あれは……とげぼうず、か?」

「ユート、どうしますか?」

リアは初めて見るモンスターに緊張した声で問いかけてくる。

「大丈夫、アイツもそんなに強くないはず。さっきまでと同じ様に戦うぞ! ……二匹頼めるか?」

「任せてくださいっ!! ……ゃぁあああっ!!」

リアは声を上げて気合を入れると、モンスター達へと素早い動きで近づき、ぶつかる……ところで、急に方向を転換して上空へと離れた。
リアを迎え撃って体当たりしようと飛び出したモンスター達は、そのフェイントに引っかかり、ことごとく空振りする。
そして、まるで煽るかのように接近と離脱を繰り返すリアにつられ、三匹は届かない攻撃を繰り返す。
どうやら作戦は上手くいっているようだ。
俺はそのうちの一匹のスライムに死角からコッソリと近づくと、再度空振りした瞬間に、地面へと思い切り叩きつけた。

スライムはそこでようやく俺の存在に気づいて体勢を整えようとするが……

「おせぇっ!!」

二度目の攻撃を食らわせると、スライムは二、三度痙攣して動かなくなる。

先程の三回の戦闘でさらにレベルがあがり、ちからが増えたおかげか、スライムならば二発で倒せるようになっていた。

「よしっ! リアっ、いいぞ!!」

同じ要領でもう一匹のスライムを片付けて声を掛けると、リアは俺の肩へと戻ってくる。

そして、俺達は最後に残ったとげぼうずと対峙した。

とげぼうずはようやく残りが自分だけと気づいたのだろう。
俺達の隙を探るように、ジリジリと一定の距離で身構える。
しかし、元からスライムとそう強さが変わらず、さらにリアに翻弄されて空振りを繰り返し、その攻撃方法をじっくりと観察されていたとげぼうずは、初めての対戦と言えど、最早俺達の敵ではなかった。

二人で挟み込む形になるように移動し、とげぼうずが俺に向かってきたら俺が避けてリアが後ろから攻撃を、リアの方へ行ったらリアが避けて俺が攻撃を。
そんな、ある意味作業と化した攻撃を3度繰り返すと、とげぼうずは倒れて動かなくなった。

念のため、モンスターが確実に死んでいるのを確かめ、そして他に気配がない事を確認すると、リアが喜びの声をあげた。

「やりましたねっ!! なかなかいい……こんびねーしょん? でしたよね!?」

「だなっ! リア、なかなかいい陽動っぷりだったぞ」

「えへへ」

リアは俺の言葉を受けてくすぐったそうに笑う。

外で戦った時も思ったが、この戦法がまさかここまで上手く嵌まるとは思わなかった。
素早さが高く、攻撃を避けるのが上手いリアが敵を引きつけて攻撃をかわし、そうして出来た隙を俺が突いて敵の数を減らす。
そして、数が少なくなったら、敵を挟んで、敵が片方に攻撃した所を後ろから突いて倒す。
敵を倒す速度は一切気にせず、いかにダメージを受けずに戦闘を終えられるか、を念頭に置いた戦い方だった。

言葉にすればたったこれだけの、正直、作戦とも言えないちゃっちぃ戦法でしかないが、その効果はほとんど減っていない二人のHPに、顕著に現れているだろう。

「でも、ユートって鬼畜ですよね。こーんなか弱い妖精のわたしに、危険な囮をさせるなんて」

「人聞きの悪い事言うなっ! 第一、お前がやるっつったんだろうが!!」

「そうでしたっけ? 忘れちゃいました♪」

リアは悪戯っぽく笑いながら、俺の頭上を飛び回る。

……今言ったように、最初は、俺が囮の役をやるはずだった。
リアの『わたしも前に出て戦います!』という言葉に、二人で効率よく戦うためには、そして、互いに傷つく可能性の少ない戦法は……と、最初はただそれだけを考えて、俺が囮を務める作戦を提示した。
で、次の瞬間、顔面蹴られた。
『バカにしてるんですかっ!? わたしだって冒険者になるんですっ! 守られてるだけじゃ、嫌なんですっ!! 相棒だって言ってくれたのは、嘘だったんですかっ!!?』
と。

正直な所、リアの最大HPが低いことと、俺の最大HPが無駄に高い事、そして俺でもスライム程度の敵が二匹くらいならダメージを受けずにあしらえる、といった事を考慮しての作戦だったのだが、リアはそう取らなかったらしい。
……いや、色々と理由をつけて違うと言ってはいるが、やはり心のどこかでリアに危険な役目を任せたくないっていう気持ちがあったのかもしれない。
別にリアの事を蔑ろにしようとしたわけでも、俺がリアを守る、なんていう傲慢な考えを持っていたわけではない……はずなのだが。

……まぁ、そんなわけで、半ば無理やりリアが囮をする作戦に変えられてしまったのだが、その変更は当たりだったと言わざるを得ない。

正直、リアの囮は上手かった。
当たるか当たらないかの絶妙な位置取り、敵の注意が俺の方にそれそうになった所で軽く突いて注意を引き戻す手際、そして見ていて全く危なげの無い攻撃のかわし方。
まだ一枚も薬草を使っていないのに、ほとんどHPが減っていない事が、リアの囮の有用性を示している。
俺が囮をしていたら、現時点ですでに数枚は薬草を消費していただろう。



「たららたったった~ん♪ ……ふふっ」

リアは俺の肩で、レベルの上がった証をニコニコと見つめながら口ずさんでいた。
余程気にいったのか、音楽=レベルアップならば、すでに十数レベルに達する程に歌っている。

「リア、浮かれるのはいいけど、油断はするなよ?」

「気配は探ってますし、大丈夫です。……ふふふっ」

「まぁ、それならいいけど……。……って、あれ?」

「行き止まり……ですね」

慎重に歩いていると、唐突に行く手が壁に遮られた。
曲がり角かと思い、左右に動いて照らしてみるが、道は存在しなかった。

「ここが最深部? ずいぶんあっけなかったな。……でも、ハンコらしき物は……と」

イレールの話では、確かハンコを置いた台がある、という事だったが……そんな物は全く見当たらない。

「う~ん……何もありませんね。ここじゃないんでしょうか?」

「かもなぁ……」

ここで考えられるのは二つ。
一つは、最深部はここで間違いないが、何らかの理由でハンコが消えてしまっている可能性。
そしてもう一つは、来る途中で横道、本当の最深部への道に気づかずに、通り過ぎてしまった可能性。

一つ目だとどうしようもないし、もしそれが原因ならば探索を終えてから聞きに行けばいい。
ここは二つ目だと考えて行動する方がいいだろう。
特に何も考えずに道の真ん中を歩いていたのが仇となってしまった形になっていた。

「もしかしたら横道を見落としてたのかもしれないな。面倒だけど、最悪壁に沿って一往復する必要があるかも」

「……それしかないですね。まったく、仕方ないんですから、ユートは……」

「いや、お前だって何も言わなかっただろ」

俺達はそんな軽口を叩きながら、入り口方向を向いて左手、方角で言えば東の壁に沿って進む事にした。



その後、一回の戦闘を経て、さらに進んでいくと、道の先にポッカリと奥へと続く闇が広がっているのを見つけた。

「お、横道発見、だな」

「意外と近かったですね」

リアの言うとおり、戻り始めてからまだそれ程経っていない。
位置的にも、入り口よりも奥の方が近いだろう。

「ユート! 待ってください、敵ですっ!!」

早速先へと進もうとすると、リアの鋭い声に止められる。
慌てて身構えると、横道の暗がりからとげぼうずが二匹現れた。

「っ!」

一瞬目配せをして頷き合うと、リアは敵へと向かって飛んでいく。
そして、うまく二匹の注意を自分へ引きつけると、手馴れた様子で敵の攻撃を引き出していく。
俺はその様子を見ながら、ジリジリと死角へと動き、隙を窺う。
チャンスはすぐにやってきた。
とげぼうずが攻撃を外し、体勢を崩す。

―― 今だっ!

「危ないっ!! 下よっ、避けなさいっ!!」

「えっ!?」

前へ出ようと一歩を踏み出した瞬間、突然意識とは反対方向から鋭い声が掛けられ、身体が硬直してしまう。

「こんの馬鹿っ!! 止まるなっ!!」

そんな罵声と共に、横から衝撃を受け、身体が投げ出される。
どうやら声の主に体当たりされたらしい。
上から感じる心地よい重さと柔らかい感触が、声の主がまだ若い女性 ― 少女である事を示していた。

「しにたくなけりゃ、足下にも注意しなさいっ!」

少女は、すぐに立ち上がると、苛立った声でさっきまで俺がいた場所を指差す。
そこには、二つの大きな鎌のような前足を持った、昆虫……巨大なセミの幼虫のようなモンスターが、いつの間にか剣で貫かれてピクピクと痙攣している姿があった。

「せみ…もぐら……?」

全く気づかなかった……。
俺が呆然としながら呟くと、少女は『なによ、知ってるんじゃない』とつまらなそうに呟く。

「悪い、助かったよ。ありがとう」

ようやく驚きから回復して、立ち上がりながら礼を言うが、少女は自身の白い皮鎧に着いた埃を叩きながらすげなく吐き捨てる。

「礼なんていらないわ。……そうね、でも、どうしてもって言うなら、10ゴー…… ――」

「ユートッ!! 何やってるんですかっ、早くこいつらなんとかしてくださいっ!!」

「っ!? わ、悪い、仲間がまだ戦ってるんだっ! ……リアっ、今行くっ!!」

少女の言葉に突然割り込んだ切羽詰った声に今の状況を思い出し、俺は慌ててリアの所へと向かった。





そんな男と、助けを呼ぶ妖精を見ながら、少女は怪訝そうに眉をひそめる。

「……あの子は……妖精? そういえば、今の男どこかで……そう! 確か、ニコニコゴールドで……!!
……ふっ……ふふっ、運が向いてきたのかしらっ?」

少女は口元にこっそり小さく笑みを浮かべると、二人の下へと向かった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 試しの洞窟 マップその1(精度は最低) ―――



        行き止まり
          ___
         .?   │           北
         .?   │           │
         .?   │          ─┼─
         .?   │__        │
         .?    __???    南
         .?   │
         .?   ?
         .?   ?
         .?   ?
         .?   ?
         .?   ?
         .?   ?
         .?   ?
______?   ?______

         入口



│:既に解っている道
?:未だ不確定な道


(*実際には真っ直ぐではありませんが、マップでは直線で表記しています。また、精度は悪く、大まかな図となっていますので、大体こんな感じなのだな、と、読み取ってください)


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



――― 冒険者の証 ユートのステータスその4 ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃       ユート     .┃┃    ちから :   7┃
┠──────────────-┨┃  すばやさ :   8┃
┃     宿無し迷子     .┃┃  たいりょく :  21┃
┃     と し ま     ┃┃   かしこさ :  13┃
┃     レベル : 3   .┃┃ うんのよさ :   2┃
┃    HP 35/44   ┃┃ こうげき力 :   9┃
┃    MP 49/54   .┃┃  しゅび力 :  11┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:ひのきの棒        ┃┃メラ          ┃
┃E:黒いジャケット      .┃┃            .┃
┃                ┃┃            .┃
┃                ┃┃            .┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛


レベル2 HP+2 MP+2 ちから+1 すばやさ+1
レベル3 HP+2 MP+2 ちから+1 かしこさ+1



――― 冒険者の証 リアのステータスその2 ―――


┏━━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓
┃      リ ア      .┃┃    ちから :   6┃
┠──────────────-┨┃  すばやさ :  20┃
┃     家出妖精      ┃┃  たいりょく :   6┃
┃     あ そ ぶ ま   .┃┃   .かしこさ:   7┃
┃     レベル : 4    ┃┃  うんのよさ:  13┃
┃    HP  9/14   ┃┃  こうげき力:   6┃
┃    MP  0/ 0   .┃┃   しゅび力:  32┃
┗━━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛
┏━ そうび ━━━━━━┓┏━ じゅもん ━━━┓
┃E:Gスーツ         ┃┃             ┃
┃                ┃┃             ┃
┃                ┃┃             ┃
┃                ┃┃             ┃
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レベル4 HP+2 たいりょく+1 すばやさ+1
薬草(食×2) HP+2


(*ステータス中の文字で、このドラクエ世界の文字で書いてある部分は太字で、日本語で書かれている文字は通常の文字で記述してあります)





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――― たいまつ ―――


価値 ☆(約10G)


主に洞窟内を照らすために使われる。
形としては、木や銅の棒の先に、松脂や油等の燃えやすいものに浸した布切れを巻きつける、といった単純なものが多い。
最近では、戦闘時に持たずに戦う事ができるよう、取っ手の部分が地面に突き刺せるように尖っているものが多くなっている。
この部分は意外と丈夫なので、いざというときの武器代わりにならないこともないが、使わないに越した事はないだろう。


たいまつを使う際、注意点として、使われている材料や材質によってもつ時間が異なる事があげられる。
昨日使ったたいまつが十時間もったからといって、今日使うたいまつが同様の時間もってくれる保証はないのだ。
もしも不安であれば、二つ以上持っていくのがいいだろう。
洞窟内で明かりが無くなるのは、死ぬという事にほぼ等しいのだから。


・著者 ネナンノ・ヒリシナ


――― 冒険者の友 天空の章 道具の項






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