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[3226] 目が覚めるとドラクエ (現実→オリジナルドラクエ世界) 改訂中
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:26
初めまして、北辰です。
初めて文章を書かせていただきます。
基本的に魔物以外の登場人物はオリジナル予定なので
(ロトとか伝説関連な人の名前は使いそうですが)
そういうのが苦手な方はスルーしてあげて下さい。

間違えてその他の掲示板の方に貼り付けていましたので
こちらに移動させました。
指摘して下さった方々ありがとうございます。



[3226] その1
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:27
 …妙に背中が痛い。
 少し寝返りをうっただけなのに何故か背中越しに硬い感触がする。
 それになんだろうこの違和感は?
「……んん?」
 布団からいつの間にかはみ出したかな?
 そう思いつつ目を開けると、何故か自分が木陰にいるらしいことに気付く。
 そよ風が頬に気持ちいい・・・のだが、正直意味が分からない。
「なんだこれは??」
 周りを見渡す限り木しかない、どこかの森林なのかもしれない。
 俺、家で寝たよな・・この景色も見覚えないし。 
 なんでだ、俺の部屋は?なんでこんな場所に??誰かのいたずら?・・・ありえないだろう。
 それを言うならこんな意味不明な場所に居る事自体がありえないし・・・。頭で色んな考えが浮かびは消える。
「とりあえずここがどこか確かめないと…」
 周りを見渡す限り、道らしき道は見えない。
 とりあえず歩いてみよう、と適当に歩き出す。
 歩きながらポケットを探るが財布や携帯等は入ってない、確か布団のそばに放っておいたはずだし、あるわけないか。
 これは思ったよりも厄介かもしれない・・携帯で連絡が取れないのはもちろん、財布がないも痛い。
 少なくともこんな森林は俺の住んでるアパートの近辺には一切無いし、間違いなく自宅から距離はある筈だ。
 あれこれ不安に思いながら歩く……。

 10分、20分ほど歩いただろうか、未だに周囲には木々しか見えない。
 どうにも自分は想像してたよりもタチの悪い場所に置き去りにされたらしい。
「なんだってんだ…」
 そう言いながら歩いてると前方で何か動くものが見えた。
 木々や茂みで視界が悪くよく見えないが、確かに何か動いている。
 熊とか勘弁してくれよ、と思いつつ息を殺し足音を立てないようにその方向に近づいていく。

…自分で見たものが理解できない。

 少し離れた位置にいるソレは自分も見たことのある生き物だ。
 ただ、そのサイズが常識ではありえないサイズだった、全長1メートルはあるであろうカエル。大きな目がグリグリと動いている。ただのカエルでさえ気持ち悪いのにあれだけ大きいと気持ち悪いのを超えて本気で怖い。一気に冷や汗が出て一瞬気が遠くなる。
 と、とにかくここから離れよう!
 そう思い音を立てないように出来うる限り早くその場を離れた。



 さすがにこれだけ離れればもう出くわさないだろう…。
 周り見渡してため息をつく、ここはヤバイ。少なくとも日本であんなカエルが生息してるなんて聞いたことないぞ。
 何なんだここは…とにかく誰か居ないのか!?
 焦りを感じつつまた歩き始める。


 …それからおそらく1時間ほどは歩き続けただろうか。
 その間、さきほどのようなありえない体験を二度ほどした。
 飛び跳ねながら移動する青い何か、刺されたら生きてはいられないだろうと見ただけで感じる巨大なハチ。どれも距離があり、幸いにも自分は見つからなかったようだが命の危険を感じた。
 自分がこんな理不尽な命の危険にさらされるなんて今まで想像すらしたことなかった…。
 
 そしてそんな状況で一つ気づいたことがある。
 体があれだけ動き回ってるにも関わらず、さほど疲れを感じないのである。気のせいか心持ち体も軽い気がする。俺は普段外でスポーツをして遊ぶタイプではない。友人と遊ぶときも誰かの家で麻雀やゲーム、スロットを打ちに行く等基本的に体を使う遊びを一切しない。本来なら今の時点で汗だくになってる筈だ。
 これが火事場のクソ力ってやつなのかな…。
 そう思っていると前方の森が少し開けた広場に人が居るのが見えた。かがんで草を採っているように見える。
 良かった、助かったんだ!
「すいませーん!」
 呼びかけるとその人が振り返った。
 白髪のおじいさんのようだが白い髭を伸ばしてあって年齢が良く分からない。よく見たら目の色が青い。
 …やばい、これ外人じゃん。
「あー、えっと…」
 英語なんてまともにしゃべれんぞ。と、一人混乱していると
「なんじゃ、君も薬草採集か?」
 あれ?流暢に話してらっしゃる。なんにせよ話が通じて良かった。
「いえ、すいませんちょっとお聞きしたいのですが…ここってどの辺りになりますか?」
「お前さん迷っとるのか?ここから西に…あっちの方向じゃな、向かえばじきにサクソンじゃ」
 そういいながらおじいさんが右手の方向を指す。
 サクソン??店の名前かな…。
「すいませんサクソンって何でしょうか?」 
「何って、村じゃよ村」
 当然の様におじいさんが言う。
 …あの巨大な生き物を見た後、更にどう見ても日本人じゃないおじいさん見た時点でいやな予感してたけど…。
「ここってもしかして日本じゃなかったりします??」
「日本?なんじゃそれは?」
 …やっぱ外国かよーーー!!!!
 ありえん、自室で寝てて気づいたら外国でした、とか聞いたことねぇよ。
 よほど自分が深刻そうな顔をしてたのだろう、おじいさんが少し心配そうにこちらを見ている。
「お前さん旅人かい?見たところこの国の人間じゃなさそうじゃが」
「いえ、自分でも何でここに居るのか分からなくて、どうすればいいか…」
 頭を抱える。なんでこんなことになったんだろう。
「うーーむ、とりあえずここに居ても仕方なかろうて」
 そういっておじいさんが袋を持って歩き出す
「村で詳しく話を聞こう、着いてきなさい。」
「あ、はい」
 なんだか申し訳ない気持ちになりながら慌てて着いていく。

 それから少ししたら森を抜けることができた。草原が広がっており遠目に村らしきものが見える。
「あれがサクソン村じゃよ」
 おじいさんが少し笑いながら話しかけてくる、この人感じのいい人だなぁ…。
 ふと自分の祖父を思い出す。あまりしゃべらない寡黙な祖父ではあったがいつもやさしい顔していた。
「それにしても、日本語お上手ですね」
 少し気が楽になり自分から話を振ってみる。するとおじいさんはこっちを見て、何を言ってるんだろうという目で見ている。
 …あれ?そういえばさっき日本なんて知らないとか言ってたような。
 思いっきり日本語ペラペラじゃないか。
「あ、いえ、なんでもないです」
「そうか、ならいいんじゃが…」
 これ以上その辺を聞くのは止めておこう…どうも話が噛み合わない。

 村に着いた、自分の村というイメージとは少し違い
 どちらかというと集落と表現したほうがいいような感じだ。見た感じ車なども見当たらないし、機械もなさそうだ。結構な田舎なのだろう。子供が走り回ってるのが微笑ましい。どうやら自分の存在が珍しいらしく色んな人が好奇の視線を向けてくる。
 あぁ…それにしてもやはりここは外国なんだなぁ、どうしよう。
「なにしてるんじゃ、こっちじゃ」
 おじいさんが一つの家のドアを開けながら呼んでいる。どうやらあそこがおじいさんの家のようだ。

 家に入るとやはりテレビなどもなく、やはり機械とは縁がなさそうだ。電話もないのか…もしかして。
「そこに座るといい、今お茶をいれてやろう」
 おじいさんに進められて部屋の中央のテーブルの椅子に座る。
 しかし、本棚ばかりの家だなぁ。
「さて…と」
 おじいさんがお茶を置き、向かい側の椅子に座る。
「あ、どうも」
 お茶から嗅いだことのない香りだが、良い香りがする。
「まずは名前からじゃな、いつまでもお前さんじゃ悪かろう」
「あ、自分は修一っていいます」
「シュウイチ、か。ワシはローレンじゃ。さてシュウイチ、さきほど何故ここに居るか分からないといっておったが、あれはどういう意味じゃ?」
「それがですね…」

 それから俺は今朝からの出来事を説明した、自宅寝ていて起きたら森に居たこと。ここが自分の住んでいた国ではないこと、何故こんなことになったか検討も着かないこと。
 それからローレンさんに自分の家族に連絡がとりたいのですが…といったのだが、どうやら電話の存在すら知らないらしい…田舎すぎるだろう。
「まぁ、暇を見てお前さんの故郷のことは色々調べてやろう、それまでしばらく泊まっていくといい。少しは家のことを手伝ってもらうがな」
 そういってローレンさんがニヤリと笑う。
「すいません、お世話になります」
 ほんといい人だなぁ、このおじいさん…。

 こうして俺のサクソン村での生活が始まった。



 ローレンさんの家に厄介になってから四日程経ったが、その間に色々なことが分かった。ここはどうやら自分の知っている世界ではないらしい。
まずローレンさんがどんなに調べても日本という国が存在しないというのが一つ、次にローレンさんがそのときにこの中に俺が知ってる国はないか?と聞いてきた国々の名前がどれも俺の知らないものであったこと…いくら地理に疎い俺でもそこまで聞いたこともない国がいくつもあるわけがないことが一つ、さらに通称『魔物』と呼ばれる存在がいることが一つ、これは実際に見ているからすぐに信じることができた。
 何より、『魔法』の存在である。
 俺も最初ローレンさんが何気に焚き火に魔法で火をつけたのを見たときは何の手品かと思ったが、どうやらこの世界では一般的な常識らしい。村の神父さんがこけた子供を魔法で治療しているのを見たときは心底驚いた。ただひとつ引っかかるのが、火の魔法のときの「メラ!」やら、治療のときの「ホイミ」とかどう聞いてもドラクエの呪文にしか聞こえない掛け声でやってるところなんだよな…。最初は悪質な冗談かと思ったけど、どうにも本気のようだし。
 まさか、ねぇ。

 それから更に一月が過ぎ、そのときには俺はもう認めていた。

 ここがドラクエの世界であると。

 ローレンじいさんの薬草取りに付き合うようになってから外で実物のスライムとかに出会うと、もう信じるしかないだろう。
 最初森で見た化け物はおそらくフロッガー、スライム、さそりばち辺りだったのかな。実際戦うのはじいさんで俺は逃げ回ってるだけだけど…だって、怖いし。

 それからは色々考えた、もう一月以上経ってるけど家族心配してるんだろうな、とかこの世界でも死んでしまったら終わりなのかな、とか、元の世界に帰れないのかな、って重い考えから、これ、ドラクエでいうとどのシリーズの世界なんだろ?とか、俺はドラクエでいうとどの職業なんだろう??、と軽い考えまで。
 とりあえず色々考えてまず決めたことは、魔法を使ってみたい!ということだった。じいさんが(最近はローレンさんと呼ぶと怒るのでじいさんと呼んでいる)メラやヒャドを使っていたのでじいさんに習うことにした。

 実際にやってみるとこれがまた見事にできない。
 元々魔法なんて無くて当たり前の世界からきたせいか、どうにもできないのだ。
 じいさんも、
「お前は才能ないのう」
 と笑っていた。
 それでも根気よく教えようとする辺りにじいさんの人の良さが分かる。
 じいさんに習いだして2週間ほどして、ようやくメラが出せるようになった。そのときはすごく興奮して、ところかまわずメラを唱えまくって爺さんに怒られた。

 それから更に3ヶ月、村の生活にもすっかり慣れ、村の人達もいい人ばかりだし、元の世界に戻れないならこのままここで暮らすのも悪くないかな…と思い始めた頃、じいさんが亡くなった。

 正確には 魔物に殺された。

 その日俺は隣のおばさんの畑の収穫を手伝ってて、じいさんは一人で薬草採取に森にでかけた。
「じいさん一人じゃ危ないだろ?」 
 と言ったが、
「馬鹿言え、お前が来る前は一人で行っとったんじゃ。この辺りはどうせ強い魔物などおらんしな」
 と、じいさんは笑っていた。俺も、だよなって笑って送り出した。

 夕方になっても帰らないじいさんを心配して俺や村の男達で森を探して回った。いつもの薬草を採取してる広場から少し離れてる場所でじいさんは死んでいた。そのときのことはよく覚えていない。後で聞くと俺はじいさんの前で崩れ落ちたまま呆然としていたらしい。

 葬儀までは瞬く間に過ぎた。
 色んな人が慰めの言葉をかけてくれるのを聞き、家に戻りでベッドで横になったときにようやく涙が出だした。
 こんな理不尽なことで身近な人が死ぬことが許せなかった、守ることが出来なかった自分がただただ、許せなかった。

 それから暇を見ては鍛錬をするようになった。
 何かに打ち込んでいないと得体の知れないに焦燥感に駆られるから。
 魔物と対峙したときに感じる恐怖もいつしか消えていた…。


 ある日村に訪れた商人に、次にいく予定の隣街にあ、るルイーダの酒場の存在を聞いた。またパーティを組み、魔物を退治する冒険者という存在も。その話を聞いた俺は迷わず商人に頼み込んだ。
「その街に行くの、俺も連れていってもらえませんか?」

 商人は最初は驚いたようだが、護衛の真似事なら出来ると思います、と言うと喜んで了承してくれた。



[3226] その2
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/27 20:18
サクソン村からだいぶ離れ隣街へ行く道中。

この調子なら無事にその隣街までいけそうだな…。
「これなら無事に着けそうですねー」
 馬車の手綱を握ってる商人に呼びかけた。
「そうですなー、魔物もでないし。今回はツいてますよ」
 商人のおっさんも気楽そうに返事をよこす。
「まぁ魔物が出ても俺が片付けてやるよ兄ちゃん」
 と、後ろから正規の護衛役の戦士のスキンヘッドおっさん (ゾルムとかいう名前だったっけ) が話しかけてくる。
 商人の馬車には他に商人の小間使いの青年も乗っている。
「頼りにしています」 
 そう笑いかけると、
「任せときな、兄ちゃんも冒険者になりたいんだって?俺が先輩として冒険者がどんなものか見せてやるよ」
 ガッハッハと豪快に笑っている。
 それを見ながらこの人はドラクエでいうと何レベルかなー、10くらい?とか失礼なことを考えていた。
 そういえば俺は今何レベルくらいなんだろう・・・。フロッガー四体もくるときっついし・・・いくつだろう4?5??どっちにしろお世辞にも強いとはいえないよなー。と、こっそりため息をついた。



 そして2日後、ようやく隣街のカナンが見え始めた頃に魔物の群れに襲われた。
 バブルスライム、一角ウサギ、あれは…色からしてさそりバチじゃなくてキラービーが五体か。
 まずいな、確かあれって今の俺じゃ歯が立たない。
 そう思いながら後ろのゾルムさんに、
「ゾルムさんあれ、勝てそうですか?」
 と聞いてみる。
「ちと厳しいかもな…兄ちゃん、お前はどの程度やれる?」
「俺もそこの一角ウサギとバブルスライム二体に勝てるかどうか…ってとこです。」
「そうか、ダンナ!もうカナンは見えてるんだ街まで突っ走れ!こいつらは俺たちで引き受ける、街についたら応援を呼んでくれ!!」
 ゾルムさんが魔物に切りかかりながら商人に向かって叫ぶ。
「今だ、行け!!」
 俺もそれを見て一角ウサギにこんぼうで殴りかかる。
「は、はいぃぃ」
 商人は慌てて馬車を走らせていった。
 ゾルムさんがキラービーの一体を切り捨てる、続けざまにもう一体、体勢が崩れたところを他の二体に刺される。
「チョロチョロ飛び回ってんじゃねぇっ!」
 怯まずに更に一体切り伏せる。こちらも一角ウサギを倒し、バブルスラムを相手にしているところだった。
 これならいけるかもしれない!
 しかし急にゾルムさんの動き鈍くなった。
 あれは…そうか、しまった。確かあいつは麻痺が!
「くそっ、体が…」
「ゾルムさん!」
 バブルスライムをメラで倒し、慌てて助けに行こうとするといきなり膝がガクっと崩れる。
「!?」
 しまった、こっちは毒か…。
 意識が朦朧としてくる、向こうで動けないゾルムさんに二体のキラービーが近づいていくのが見える。
 万事休すか…。そう思ったとき、
「――ギラ」 
 と、涼やかな声が聞こえ、キラービーが吹っ飛ぶところで俺の意識は途絶えた。

 
「目が覚めたようですよ」
 若い男の声がし、目を開くとそこにはおそらく僧侶であろう真面目そうな青年が居た。
 どうやら宿の一室のようだ。
「お、兄ちゃん大丈夫か!」
「ゾルムさん…」
「いやー、お互いに大変だったな。兄ちゃんもそこの人達に礼を言っとけよ!」
 そういって親指で後ろを指す。
 後ろの方で鎧を着込んだ若い長髪の美形っぽい男、先程の真面目そうな青年と、痩せた背の小さい男、杖を持った静かに佇んでいる赤髪長髪の女の子が居た。
 なるほど、さっきはこの人達に助けられたのか。
「ありがとうございます、危ないところ助けていただいて…」
 そういって頭を下げる。
「実力も無いのに護衛なんてやってるからそうなるんだぜ、少しは身の程を弁えたらどうだい坊主」
 痩せた背の小さい男が鼻で笑う。
 確かに言われた通りだけどキツイな。
 よく見るとゾルムさんも真っ赤になって震えている。
「まぁまぁ、誰しも失敗はありますし、サイもその辺で…」
 と真面目そうな青年が小男をいさめる。
「でも実際迷惑な話なんだよ、あんた達のせいでこの街の冒険者全員の質が問われるかもしれないんだぜ?ここの冒険者は護衛もまともにこなせないのか、ってな」
 それまで腕を組んで黙ってた美形がこちらを見て見下すように笑う。
 うっわー…今までいい人ばかり出会ってたけど、やっぱりこの世界にもこういう人達って居るんだな。
 後、ゾルムさんがすっごい顔してる。きっと命の恩人だから我慢してるんだろうな…怖え。
「じゃあな、せいぜい頑張りな」
 そういって小男と美形が笑いながら部屋を出て行く。
「すいません、私からよく言って聞かせておきますので!」
 そういいながら真面目そうな青年が慌てて着いていく。
 最後に杖を持った女の子が、
「…お大事に」
 とちらっとこちらを見て出て行った。

 急に静かになり部屋がしーんとなる。
 ゾルムさんが、
「まぁ、まぁ気にすんなって男は細かいことは気にしないもんだ!」
 と言って背中をバシバシ叩いてくる。
 額に青筋浮かべながら言われても説得力が無い、後、背中がすごい痛いので止めて欲しい。
「とりあえず今日は寝ときな、宿代は奢ってやるよ」
 そういいながらゾルムさんは出て行った。

 「ふぅ…まいったなぁ」
 ベッドに横になりため息をつく。
 どうにもうまくいかない、やはりどこかでゲームのドラクエのことを考えて甘く見てるのだろうか。実際にはゲームのようにうまくいかない、簡単に成長しない。痛みで怯みもするし、毒で動くことさえままならなくなることなんて考えもしなかった。
 さっきのパーティの人達が言ってることも言い方はキツイが正論だろう。彼らも冒険者としての生活がある。生半可な気持ちでやられては困るのだ。
「帰りたいなぁ」
 ここではない世界の父や母、祖母や祖父、兄弟が脳裏に浮ぶ。
 そしてこの世界にきて初めて知り合った優しいもう一人の祖父とも呼べる人が浮ぶ。
「でも、自分でこの道でやっていくと決めたしな…」
 色々と考えてるうちにウトウトとして意識が落ちていった。



[3226] その3
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/27 20:19
 ゾルムさんに続いて宿の外に出る。
「おーー」
 多くの人が行きかってて活気がある、ところどころに露店もあるようだ。
 サクソン村とはえらい差だな。知らない果物とかもいっぱいある…お、あれはなんだ?
 怪しげな物を並べてる露店に興味がそそられ見に行こうとすると、ゾルムさんに肩を掴まれた。
「どこいってんだお前は…」
「え、いや。あの店が気になって」
「いいから行くぞ、んなもん後でも見れるだろうが」
 とそのまま引きずられていった。

「ここだ」
 ゾルムさんが一軒の建物の前で立ち止まった。
「ここがあの…」
 同じように立ち止まり建物を見渡す、結構デカイ。
 そういえばルイーダの酒場ってドラクエの中で何件もあったりしたな。まさか店長が全員ルイーダって名前って訳じゃないだろうし、チェーン店なのか。

 酒場に入ると、広い広場にいくつもテーブルが置かれており、さまざまな人達が談笑していた。テーブルの間をバニーガールの格好をしたセクシーな女性が料理を忙しそうに運んでいる。
 あぁ、そっか仲間入れる場所ってイメージ強かったけどそもそも酒場だしなぁ。
 いかにもワタクシ冒険者でございって感じの筋骨隆々の男から、ここ病院じゃないですよ?って声をかけそうになるほど顔色の悪い男まで色々居る。
 ゾルムさんは真っ直ぐ奥のカウンター席に歩いていった、俺も後ろを着いていく。カウンター内に居た金髪の20代後半くらいの美人が(この人もバニーの格好をしている)ゾルムさんに気づいて微笑みかけている。カウンターに座りながらゾルムさんが、
「ルイーダ、紹介したい奴がいるんだ」
 と俺に目配せする。
「あら、冒険者希望?」
 ルイーダさんが目を丸くして聞いてくる。何でそんな意外そうな顔をするんだろう。
「おう、こいつは…戦士?だっけお前??…名前そういえば聞いてなかったな」
 そういえば一度もこの人に名乗ってない、よく紹介する気になったなこの人。
「職業も名前も分からないのに紹介って…」
 ルイーダさんもあきれている。
「シュウイチです、よろしくお願いします。職業はなんでしょう…農夫とかダメですよね?」
 ルイーダさんが半眼になってゾルムさんを見ている。
「お、お前職業もついてなかったのか。そこそこ戦えてたからてっきりついてるものかと…」 
 ゾルムさんが慌てて弁解している。
「君はまだここは早いわね、そこの奥の階段を昇った先で職業訓練をまず受けなさい」
 と、奥の階段を指された。訓練かぁ。
「分かりました、行って来ます」

 スタスタと階段を昇って行く青年を横目にルイーダはゾルムに話しかけた。
「ゾルム、いくらなんでもあの子が冒険者っていうのは無理があるでしょ」
「そうか?」
 ゾルムの様子にため息をつき
「あの子他の冒険者達と比べて何の気迫もやる気も感じられないわよ、あの子自分が何になろうとしてるか理解してるの?」
 少し怒ったようにルイーダは言う。
「そうだな、あいつ思ったよりマイペースで何考えてるかわからねぇときはあるけど、魔物と対峙したときは動きも度胸も悪くなかった…ありゃいい冒険者になると思うぜ」
「へぇー、ずいぶんご執心なのね?」
「まぁな、新人の面倒を見るのも先人の義務さ」
 ゾルムは照れを隠すように頭をかいた。
 
 階段を昇るとまたカウンターがあった、ただし1階のような活気はないし狭い。どうやら奥にある扉の先の空間が二回の大部分をしめてるようだ。カウンターの中に居るのもバニーではなく眠そうな顔をした青年がいるだけで付近には誰も居ない。
「あー君、訓練希望かい?」   
 受付の青年が見た目どおり眠そうな声で話しかけてくる。
「はい、こちらで訓練を受けてこい…と」
「ハイハイ、それじゃこの紙に必要なこと書いてねー」
 そういって紙を渡される。
 何々…希望する訓練の職種、できる特技、呪文等、戦闘経験の有無、有る場合はどの程度の魔物を退治できるか…ね。
 勇者はダメだよなぁ、自分で俺は勇者だって名乗るのも恥ずかしいし柄でもない。ていうか希望してなれるものでもないだろう。となるとオーソドックスに戦士か武闘家、魔法使いか僧 侶ってとこかな。あ、でも俺魔法の才能ないんだよな、未だにメラのみだし…。才能ないってじいさんのお墨付きだもんな。となると戦士か武闘家…俺、素の喧嘩自信無いし、戦士かな。            戦士…と。  
 次は出来る特技か。この世界で誇れる特技なんかあったっけなぁ。危険物取り扱いとかダメだよな。あ、あれがあった。・・・・薬草の採取っと。
 出来る呪文はメラ…と。
 戦闘経験有りで、一角ウサギとバブルスライムを同時にやれる程度…と。
「出来ました」
 眠そうな係員に渡す。
「はいはい…へぇーなかなか優秀だね兄さん、この調子なら訓練もすぐ終わるよ」
 渡した紙を読みながら係員の人が言う。
「あ、そうですか?」
 良かった、職業訓練とか何やらされるか少し不安だったけど楽にパスできそうだ。
「それじゃこの紙持って奥の部屋行って、戦士担当のヨアヒムさんにこの紙を渡して指示を仰いでね」
 と、言いながら何か書き込んだ紙を渡してくる。
 少し緊張しながら奥の扉に向かおうとしてふと気づく、
「あの、訓練って時間かかります?」
 ゾルムさん忘れてた、あの人良い人っぽいからずっと待ってそうだ。
「兄さんは後は装備の扱いについての訓練だけからそんなにかからないだろうけど、最低でも半日かな」
 あーそれは無理だ。ずっとぽつんと一人カウンターで酒を飲んでるスキンヘッドのおっさんを想像する、なんだか想像しただけで可哀想に思えて切なくなった。
「ちょっと連れがいるので行ってきていいですか?」
「どーぞどーぞ」
 階段を下りながらさっきまでゾルムさんが居たカウンターを見るが、…あれ、居ない。
 ルイーダさんがこちらに気づいたようだ。
「すいません、ゾルムさんは??」
「彼?彼なら…」
 といってルイーダさんがため息をつく、
「すぐに酔いつぶれちゃって邪魔だから店の若い子に宿まで運ばせたわ」
 わーお…思ってたよりも駄目な人なのかもしれない。俺が上に昇って降りてくるまでに30分もかかってないだろうに。
「分かりました、ありがとうございます」
 と引き返そうとすると、
「シュウイチ君」
「はい?」
 ルイーダさんに呼び止められた。
「頑張りなさいよ、期待されてるんだから」
 そういってウインクしてくる、
「…はい」
 笑いながら答える。
 さぁこれから訓練だ、頑張ろう。
 俺にはまだ支えてくれる人達が居る…なら頑張れる筈だ。



[3226] その4
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:29
 訓練は最低でも半日かかると言われていたが、予定より少し早く終わった。
 様々な武器の扱いと防具の着け方を習ったのだが思いのほか筋が良かった様だ、教官も褒めてくれた。
 俺、インドア派だったのになぁ…。
 そう思いながら今、ルイーダの酒場にある巨大な掲示板スペースの様な所を眺めている。ここに様々な依頼やパーティのメンバー募集などの紙が貼られている、貼られている紙を全部読むと結構な時間が経ちそうだ。
 ベテラン以上の戦士募集、一緒にゴールド稼ぎませんか?とか、べホイミを使える僧侶さん熱望!とか色々書いてあるが、見習いの戦士募集!なんて張り紙は一つも見当たらない。
 戦士の訓練の後、ルイーダさんの元に行くと冒険者登録をしてもらったのだが、俺は戦士の「見習い」だ、そうだ。
 ちなみにゾルムさんは三つ程上の段階の「ベテラン」らしい。
 これから依頼をこなしたりと功績を重ねていくとこのランクが上がっていくらしい。

 パーティ募集の紙を見る限り、護衛や村などに被害を及ぼしている魔物討伐、ただ目的もなく外に出て魔物を倒し、ゴールドを稼ごう…などなど、様々な目的のパーティがある様だ。
 俺は何からすればいいのかな。
 ただ漠然と魔物から人を守れるような人になりたいと思ってここまできたけど、こうして実際冒険者になってみるとまず何をするべきか迷ってしまう。俺一人ではすぐ外の魔物にも満足に勝てない、それはここに来るまでに嫌というほど実感した。
「まずはパーティを組んで経験を積まないとどうしようもないか…」
 だが、肝心のパーティ募集の中で自分はお呼びではないようだ。
 こりゃ前途多難だ。
 ため息をつきながら酒場を出る、すっかり辺りは暗くなっていた。

 宿に戻ると宿屋の主人が
「あぁ、お客さんお帰りなさい」
 と声をかけてきた。
 はい、ただいまと言いながら自分の部屋のある二階の階段を昇りながらふと立ち止まる。
「あ、すいません、今日の宿代まだ払ってませんでしたよね?」
 いけない、どうも肝心な生活の方の心配をしていなかった。
「いえいえ、お連れ様から今日と明日を含めて三日分のお代をいただいております」
 と、ニコニコと主人が笑っている。
「そうですか…分かりました」
 そういって軽く頭を下げてから部屋に戻った。
 ベッドに腰をかけ考える。
 後でゾルムさんにお礼を言わないと…この宿代もいつか返さないとな。
 ゴールドは俺も持っている、じいさんがたまに小遣いとしてくれていたからだ。サクソン村はそもそも店が一軒もない、物々交換で成り立っている村だから、
「お金なんていいよ、お世話になってるし…そもそも使う場所もない」
 と返そうとした、
「若いもんが遠慮するな、そのうち隣街のカナンに連れて行ってやるつもりじゃからな、そのときに小遣いが無ければ辛かろうて」
 と強引に押し返された。

 結局じいさんと一緒にここに来ることは無かったな…。そうしみじみ思いながらゴールドの入った袋を開ける。巾着袋いっぱいに詰まった金貨がジャラっと音を立てた。中の金貨には1,10,100といった感じで数字が書かれている。これがそのまんま1ゴールド、10ゴールド、100ゴールドなのだろう。
 そういえばこの街に来てもまだ一回もお金を使っていない。…とりあえず自分がいくら持ってるか把握しないとな。そう考えてせっせとお金を数える。
「全部で1300ゴールドか」
 これが多いのか少ないのかが分からない。明日は街を出歩いて物価を確認しよう…後、宿代も。
 そう思いながらベッドに横になり、眠りに就いた。



[3226] その5
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/27 20:19
 きょろきょろと周りを見渡しながら色んな露店を冷やかす。こんな感覚子供の頃のお祭りの夜店以来だな。
 目に映るもの全てが新鮮に見える。
 色んな店を覗いて回って分かったことだが、俺の所持金1300ゴールドは思ったよりも大金らしい。宿代が一泊お一人様10ゴールド、薬草が一つ6ゴールド、その辺のリンゴのような果物が三つで2ゴールドなど、おおよそ小遣いにしては過剰な額をじいさんからもらっていた様だ。

 …これならしばらくの宿代を別に置いておいても装備を買えそうだな。そう思い武器、防具を扱っている店を探し、露店の中に武器や鎧を置いてあるのを見つけた。
「さぁさぁ、そこの兄さんみてらっしゃい!どれも確かな業物ばかりだよ!」
 行商のターバンを巻いたおっさんがこちらに気づいて声をかけてくる。
 どれどれ。
 銅の剣が300ゴールド、皮の鎧が350ゴールド、こんぼうが100ゴールド…高い。
 銅の剣が宿屋三十泊分かよ。
「剣とか鎧って高いんですねー」
「そりゃそうですよ!武器や防具は貴重品ですからね」
 と行商人が愛想良く笑う。
 うーん、どうしたものか…せめて胴の剣くらいは買っておくか。いつまでもこんぼう振り回してるのも何だし。
「じゃあ、銅のつる…」
 と行商人に言いかけたところで肩を叩かれた。
 後ろを見ると見覚えのある小男が居る。
 確か、この街に来る直前に助けてくれたパーティに居たサイ…だっけ。そんな感じの名前の人だ。
「坊主ちょっとこっちきな」
 とそのまま引っ張られる。
「??」
 行商人から離れ、曲がり角を曲がったとこでサイさんがこちらに向き直る。
「坊主、危ないところだったな。お前さんボッタクられるところだったぜ」
 そういってニヤっと笑う。
「あ、そうなんですか。道理で高い訳だ…」
「お前、私は田舎者ですって雰囲気全開できょろきょろしてるからな。商人から見たらいいカモだ」
 外国に旅行に来た日本人観光客みたいなもんか。もう少し用心しよう。
「坊主名前何て言うんだ?」
「シュウイチっていいます」
 そう言うとサイさんがこちらの肩を腕を回しながら
「そうかそうか、シュウイチ。俺がもっといい店紹介してやるよ!」
 と笑いかけてくる。
 …あれ、この人思ってたよりいい人じゃないか。
「すいません、助かります。」
「いいってことよ」
 うん、いい人だ。感じ悪い人だと思っててすいませんでした。
 そう心の中で思いながらサイさんの後を着いて行った。
 
 サイさんの紹介してくれた店は先程の露店商とはえらい違いで、銅の剣など120ゴールドで買えた。ここなら…と、ついでに皮の鎧や皮の盾も買い。少し自分が冒険者っぽくなったことを実感できた。
 少し浮かれながらサイさんにお礼を言う。
「いやー、助かりました。ありがとうございます!」
 いいからいいからと言いながら、サイさんが肩をにまた手を回してくる。
「一杯でいいよ」
「は?」
「一杯くらい奢れよって意味だよ」
 とサイさんが笑う。
 それくらいなら…。
「いい酒場知ってんだ、着いて来な」
 そう言ってサイさんが歩き出したので、その後ろを着いていく。どんどん人気が無くなり、気のせいか周りの建物も薄汚れたものが目に付いてくる。
 そしてサイさんが一軒の建物の前で立ち止まった。
 地下へ階段が伸びており、その先に扉がある。どう見てもまっとうな雰囲気ではない。
「どうしたシュウイチ?」
「いえ…この店大丈夫なんですか?」
 そう言って入るのをためらう。
 俺はまた騙されてるんじゃないのか。
「そうびくびくすんな、あぶねぇ奴なんかいやしねぇよ。ここは安く酒が飲めるいい店なんだ」
 そういってそのまま店に押し込まれる。
 薄暗い店だった、静かな雰囲気で店内にあまり客はおらず、二人ほど居る他の客も隅の方で黙って飲んでいる。
「おいオヤジ、ビールだ!」
「あいよ」
 サイがカウンターの中の中年に怒鳴るように注文する。
「お前は何にするんだ?」
 何があるんだろう、そもそもメニューは無いのかこの店は。
 そう思いつつ、
「じゃあ同じもので」
 と無難な注文をしておく。
 大丈夫かな…いざ精算をって段階になって法外な料金請求されたりとかしないだろうか。とか色々考えながらで正直酒の味が分からない。


 サイさんに故郷の話を聞かれ色々話したり、逆にサイさんの冒険での話を聞いたりしたのだが、サイさんは語り上手らしく話につい引き込まれてしまい、気付くと結構な時間が経っていた。
「それじゃそろそろ帰るか、シュウイチ大丈夫か?」
「はい、平気です」
 少しふらつくが問題ないだろう。
「オヤジ、いくらだ?」
「20」
 と、店のオヤジさんがぶっきらぼうに手を出してくる。
 良かった、まともな料金の店だったようだ。
 支払いを終えて店を出る。
「ありがとよ、シュウイチ。何か困ったことがあったら俺に相談しな」
 そういってサイさんは肩に手を回してきた。
 この人やたらくっ付いてくるな…まさかそっち系の人なのか?
 そう一瞬考えて少し背筋が寒くなり震える。
「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました」
 そういってサイと別れる。
 良かった、このまま、 
「実は、部屋を取ってあるんだ…」
 とか言い出されたらどうしようかと思った。
「…考えすぎだな」
 と苦笑した。

 そうして薄暗くなってきた街中を涼みながら宿に戻った。
 宿に戻り、一息つき、買ったばかりの装備を眺め、今日はいい買い物をしたなぁと一人悦に入りながらベッドに横になりランプを消す。
 有意義な一日だったな今日は…。明日は…またルイーダの酒場に行って……、と眠りに落ちかけたのだが、いつもテーブルに寝るときに置いておく荷物の中にあるものが無かったことに今更気付いてガバっと跳ね起きる。
「…まさか」
 今日買った装備がある、他のこまごまとした荷物もある。

   ゴールドの詰まった巾着袋だけない。

 いつだ、酔っ払ったときに落としたか?酒場を出るときは支払った訳だし、あったはず。
 そう思いながら慌てて部屋を出、宿から飛び出す。

 ----結局巾着袋は見つからなかった。



[3226] その6
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:31

 ただただ目の前の掲示板を眺めている。見落としが無いようにきっちりと、隅々まで。
「よう、調子はどうだ?」
 聞き覚えのある声が聞こえた。
 まぁ、どうでもいい。それどころではない。
「おい、シュウイチ…おいってば」
 やかましい、今それどころじゃないんだ。



「なんだありゃ?」
 ゾルムが呆れた口調で私に話しかける。
「さーねぇ、今朝ふらっと現れてからずっとあの調子だよ」
 視線の先に、つい最近冒険者になったばかりの青年が掲示板をジロジロ眺めながら立っている。どこか気の抜けた子だと思っていたが今日何か鬼気迫るものを背中に感じる。
 急に冒険者としての自覚に目覚めたのかしら?
 首をかしげていると青年が急にこっちを振り向き早足で向かってくる…少し目が怖い。
「ルイーダさんっ!!」
「え、えぇ。何かしら」
 青年…シュウイチの剣幕にたじろぐ。ゾルムも目を丸くしてシュウイチを見ている。
「仕事をください」
「え?」
「ですから仕事です」
 真剣な顔でこちらをじっと見てくる。そんなに切羽詰ってるのだろうか。
「でもパーティ募集も依頼もあの掲示板に貼ってあるので今は全部よ?」
 確か覚えてる限りシュウイチが参加できそうなものはあの中に無かった筈。
「そこをなんとか曲げてお願いします!」
 と頭を下げてくる…本気で困ってるようだ、こちらも困った。
「おいおい、どうしたんだよ。もう金がないのか?」
 見かねたのかゾルムが助け舟を出してくれた。
「ぉ……した…ですよ」
 頭を下げたままシュウイチが小さな声で何かつぶやいている。
「ん、何だって?」
「ですから」

「 有 り 金 全 部 落 と し た ん で す よ 」




「わっはっは、お前そこまで抜けてたのかぁ」
 ゾルムが大笑いする。ムスっと黙ったままうつむく。
 うるさい黙れ、ハゲ。
 ゲームのドラクエじゃこんな背筋の凍るイベントなんてなかったんだ。
 この世界俺に優しくないよ。
 もういっそ冒険者の線から外れてルイーダの酒場でしばらく働くのはどうだろう。幸い接客業なら経験がある。華々しきウェイター・シュウイチの伝説がここから始まるのだ。
と、一人色々と考え込んでるとゾルムさんが肩を叩いた。
「ボーっとしてる暇ないぞ、宿代も稼がにゃならんだろう」
「だからその仕事がないんっすよ…」
 ふてくされながら答える。 
「その新しく揃えた装備は飾りか?魔物相手して稼ぎゃいいんだよ、俺も着いていってやる」
 …お?
「お前の強さなら南門でたとこが手ごろだろう、いくぞ」
 なんていい人なんだ、ハゲとか思ってごめんなさい。
 小走りにゾルムさんに着いていく。
「頑張りなさいよ」
 ルイーダさんがひらひらと手を振っていた。


 カナンの街は結構大きい。街の出入り口も東西南北4箇所ある。
 ゾルムさんが言うには一番弱い敵がでるのがこの南門を出たところ。前回二人揃って死に掛けたのは東門を出た先だったらしい。
「さーて、適当にぶらつきながら行くか」
 そう行ってゾルムさんが歩き出す。ふと周りを見渡してると目に留まるものがあった。
「ゾルムさんゾルムさん」
「ん、どうした敵か?」
 ゾルムさんが振り返る。
「いえ、そうではなくて…あっち行ってみません?」
 俺の指差した先には森が広がっていた。


 薄暗い森の中、
「こっちはあまり魔物でないぜ、滅多に人も来ないし」
 ゾルムさんがぼやきながら着いてくるがあまり気にせず周囲を見渡す。
 こういう場所なら多分…あった!
「ん、どした?」
 木の根元に生えてる草を採る、間違いない、満月草だ。
「満月草ですよ、サクソンの村の近くにもこんな森があるんですけど、薬草の宝庫だったんですよ。で、もしかしたら・・・と思って」
 そういいながら辺りを見渡す、そこらかしこに薬草がある。
 人が滅多に来ないって聞くけどこれは素晴らしい…!
 薬草採りとしての血が騒ぐ。
 ゾルムさんはたいした特技だ、とかいいながら着いてくる。
 いつしか夢中になって薬草を探していた。


 ふと空を見上げるともうだいぶ陽が傾いている。
「いっぱい採れましたね、帰りましょうか」
 満足感いっぱいで微笑みながらゾルムさんに言ったのだが、なぜか彼は呆れた顔をしていた。
「おい、これ魔物退治じゃなくて草刈じゃねぇか」
「失礼な、薬草採取と言ってください」
 確かに夢中になってやりすぎたかもしれない。今日も結局魔物と戦ってないし・・・どんどん冒険という言葉から遠ざかっている自分を感じる。
「南門を出た先のモンスターってどのくらいの相手です?」
 今後の参考の為に聞いておく。
「今更聞くなよ…バブルスライム、人面蝶、大アリクイ辺りってとこか」
 サクソン村よりやや上ってとこか、装備も新調したし、今の俺ならいけるだろう。多分、きっと。

 街についたところでゾルムさんと別れた。
 俺は何しに着いて行ったんだ、とかぶつぶつ言っていた。今度お詫びに一杯奢るとしよう。 
 自分で使いそうな分を残して薬草類を売り、しばらくの間の宿代を作ることもできた。
 今日はわき道に逸れてしまったが、明日こそ魔物と戦いに行こう!

 こうして今日という日も終わりを告げた。




[3226] その7
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:31
 今日こそは!
 決意を胸に秘め、宿を出る。

 今日こそ魔物と戦い強くなるんだ…。とその前にルイーダの酒場に寄っておこう。
 もしかしたらパーティ募集してるかもしれないし、多人数でいけるならそれに越したことはない。
 …死んだら終わりなのだ。

 酒場の中に入る、ここの雰囲気にもすっかり慣れたなぁ。
 こちらに気付き手を振るルイーダさんに手を振り替えしつつ掲示板に向かう。新規の募集を貼る位置も覚えたのでさほど手間取らない。
「今日も無し…か」
 つくづく初心者に優しくない世界だよなぁ…、仲間を加えるのに初っ端からハードルがあるとかゲームでは考えられない。
 ある意味勇者様強制一人旅状態だ。
 でも俺は勇者でも何でもないから無理にも程があるだろう。
 先行きを不安に思いつつ南門をくぐる、今日は風が強い。
 …よし、いくか!



 最初に見つけた魔物は人面蝶が三匹。
 どでかい蝶ですら嫌なのに人の面をしてる時点でとても近寄りがたい、そしてとにかくキモい。ファンタジー世界が台無しである。

 幸いこちらに気付いてはないようなので一気に駆け寄り切り込む。胴の剣の切れ味は思ったより良く、一撃で仕留めることが出来た。
 こちらに噛み付こうとしてくる一体を横目に一体が距離を置こうとしてるのが見える。
 あれは…マズイ。確か人面蝶はマヌーサを唱えてきた筈。
 慌てて接近してくる一体を無視し、距離を取ろうとした一体を切り伏せる。周囲にモヤがかかったような状態になったがすぐに視界が戻る。
 ――なんとか間に合ったようだ、そう息を吐いた瞬間、腕に激痛が走る。最後の一体に噛み付かれたようだ。
「張り付くな気持ち悪い!」
 そういいながら叩き落し、剣で突き刺す。
 …どうやら片付いたようだ。

「ふぅ…」
 噛み付かれた場所に薬草を塗りこめながら一息つく。
 倒した魔物の輪郭が徐々に薄くなり、最後には消える。後にはゴールドが落ちているのみ。
「どういう仕掛けなんだろうなぁ」
 ゴールドを拾いながらつぶやく。
 こんなところは原作の世界に忠実だ。魔物はゴールドを落とす、これがこの世界では常識なのだ。
 そもそも魔物はどこから生まれてくるんだろう?この世界にも魔王的存在はいるのだろうか?
 とりとめもなそんなことを考える。
 ゲームのドラクエの世界では魔物は無限に出てくる。この世界もそうなのではないか?自分は無意味なことをしてるのではないか?
 そんな怖い想像をして頭を振る。

 それから日が暮れるまで魔物を探し倒して歩いた。





 薬草が尽きかけるまで、戦い。
 そして尽きかけたら森に行く、そんな毎日を繰り返して一週間ほど。
 いつものようにルイーダの酒場に行き掲示板を眺めていると、

--経験問わず、戦士さん急募!
詳細はルイーダまで--

 という紙を見つけた。
 おおお?
 慌ててルイーダさんの方を振り向くとこちらを見て微笑んでいる。
「ルイーダさん 、これ…」
 そのままその張り紙をルイーダさんの所に持っていく。
 あ、いかん興奮しすぎて剥がしてきてしまった。
「西のルカ村までの護衛依頼で一人戦士の欠員でちゃってね…どう?やってみる??」
 ルイーダさんが笑いながら聞いてくる。
「もちろんです!」


 …出発は今日の昼からとのことなので慌てて宿に向かい、荷物をまとめて西門に向かう。
 ゾルムさんに軽く挨拶していこうかと思ったがあいにく未だにあの人がどこに宿を取っているか知らない。
 きっとルイーダさんが伝えてくれるだろう…そう思いながら緊張しながら西門を目指す。

 なんといっても初パーティである!

 聞いた話だと自分を入れて6人のパーティになるらしい。
 まず何て自己紹介をしよう・・・自分は役に立てるのだろうか、そう思いながら歩いていると西門の脇に馬車が止まっており、周りに人が居るのが見えた。恐らくアレだろう。

 近づくにつれ周りの人達の姿がハッキリと見えてくる。
 …見覚えある集団だな、アレ。

 金髪ロンゲの美形の男、真面目そうな短髪の青年、
 痩せていて目をぎょろぎょろさせている子男、ボーっと突っ立っている赤髪長髪の女の子。
 自分でも顔が歪むのが分かる。
 金髪ロンゲもこちらに気付いたらしく、すごく嫌そうな顔をする。

 …急に帰りたくなってきた。



[3226] その8
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:32
 風が気持ちいい、陽は高く昇り、高原に立っているような爽やかな風を感じられる。
 この世界に来て一番良かったと思ったのはこの自然の素晴らしさかもしれない。
 そう思いながら視線を馬車の中に戻す。

 外と違ってこっちの空気はひどいもんだな…。
 馬車の中の空気はどんよりしており、誰一人視線を合わさない。
 金髪ロンゲは苛立たしそうに外を見ているし、トーマス君…あのパーティの良心的存在の青年は申し訳なさそうに目を伏せている。サイさん…こいつはもう、さん付けじゃなくていいだろう、サイはこちらと目が合うと慌てて目を逸らした。赤毛の魔法使いの子は何を考えてるか分からない、そもそもまともにしゃべったの見たの一度くらいじゃなかったか。
 可哀想なのは残りの雇い主の商人さんと、隅っこで同じく気まずそうにしている武闘家の女の人だろう。この人達からしてみると意味不明の争いにいきなり巻き込まれたのだ。
 発端は俺…になるのかな。


 集合場所にある馬車に近づくと
「おいおい、最後の一人ってこいつか?冗談だろ??」
 と、予想通り金髪ロンゲが皮肉をこぼしてくる。
 それを僧侶の青年がまぁまぁとなだめ、そのやりとりを気の強そうなお姉さんが眉をしかめて見ている。この人があのパーティと俺以外の残り一人なんだろう。身軽そうな動き安そうな服装だが武器は持っていない、多分武闘家だろう。健康的に伸びたフトモモが眩しい、あの金髪ロンゲと一緒だと分かってげんなりしていた気分が少し和らいだ。
「ようシュウイチ、元気だったか」
 サイさんが声をかけてくる。
 まだ自分の中でこの人はホ○疑惑があるので少し引いてしまう。
「またお会いしましたね、僕はトーマスと言います。よろしくお願いします。」
 短髪の青年がそう名乗った。
「どうもシュウイチです、まさかあなた達と一緒とは思いませんでした…こちらこそよろしくお願いします」
 そう言っていると馬車から恰幅のいいおじさんが降りてきた。この人が今回の依頼主だろう。見た目がなんというか、某フライドチキンチェーンのマスコットのカー○ルおじさんに似ている。
「それでは皆さん準備はいいかな?なければ早速出発したいので馬車に乗ってくれ」
 そういって馬車の前に戻る。
 それを聞き皆が馬車に乗り込み始めた。

「おっとっと…」
 サイさんが馬車に乗り込もうとすると担いでいた袋の中身がいくつかこぼれ落ちた。よくわからない器具やらに混じって見覚えのある袋が落ちている。

 どう見ても俺の失くした巾着袋だ。

 その瞬間色々な考えが脳裏に浮かぶ。
 俺の視線に気付いたのだろう、サイさんの顔一瞬歪んだ。
「……サイさん」
 彼に呼びかけた俺の声は思ったより低かった。
 サイさんはすぐに顔に平静を取り戻し俺の問いかけに答えてくる。
「どうしたシュウイチ」
 声が震えそうになる、軽く深呼吸して言う
「それ、俺の巾着袋ですよね。どうしてあなたが持っているんですか?」
「ん、偶然だな。お前もこれと同じのを使ってるのか」
 と真顔で答えてくる。
 その瞬間頭に血が上る、あの巾着袋はじいさんお手製だ。世間に出回る物じゃない。
 思い当たる節もある、妙に馴れ馴れしく接触してくると思ったが、アレは最後に金を抜き取るのを不自然にしない為か。
「とぼけないで下さい、その巾着袋どこで手に入れました?どこでか言えますか??」
 サイが苛立たしそうに答える
「拾ったんだよ、しつけーなお前は!こんな汚ねぇ巾着袋なんざどうでもいいだろうが!!」
 後はもう泥沼だ…。
 サイに掴みかかり、取り押さえようとしてくるロンゲを片手で跳ね除け、武闘家の女に取り押さえられるまで俺はサイを殴り続けた。
 


 商人さんは取引の日までの余裕が無く、今更他の冒険者を集めてる暇はない、とのことなので、この最悪の組み合わせのまま出発する運びとなった。

 俺、こんなに喧嘩っ早い人間じゃなかったのになぁ…そう思いながら自分の手を眺める。
 さっきまで手の皮が剥けて出血していたがトーマス君が治してくれた。サイのボコボコだった顔も彼が治したのだろう、たいしたもんだ。

 しばらくはこの空気のままになりそうだ。空を見上げてこっそりため息をつく。
 
「ほんとにうまくいかないなぁ」

 陽は高く昇り、心地良い風が吹く。
 目的地まではまだ、遠い。



[3226] その9
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:32

 街道を通り進むこと,かれこれ五時間ほど経っただろうか、
「ま、魔物だっ」
 と、商人さんの慌てた声が聞こえる。
「馬車を止めろ!」
 ロンゲがそう言って、武器を掴む。他の皆もそれぞれいつでも出れる体制になってるようだ。
 俺も依頼主の見ている方向に目をこらす。

 アルミラージ三体、ホイミスライム二体、あれは大アリクイにしちゃ色がおかしいから…お化けアリクイか。そのお化けアリクイが六体、数が多い。
 こりゃ無理だろと思う反面、他人事のように冷静に状況を見ている自分がいる。
 アルミラージはラリホーを使ってくるので優先して倒したいところだが、ホイミスライムの存在がそれを容易にさせてくれないだろう。アルミラージを優先して狙ってもホイミで治される。ホイミスライムに気を取られてると眠らされる…か。嫌な組み合わせだ。
 しかもこの相手は俺が普段戦っている場所の相手と格が違う。

 馬車が止まりロンゲを先頭に皆が外に踊り出る。代わりに依頼主は馬車の中に引っ込んだ。
 サイは馬車の付近を守るつもりのようだ。
 魔物達もこちらに気付いたようでジリジリと近づいてきている。
「いくぞ!」
 ロンゲがお化けアリクイに切りかかっていった。
 よりによってお化けアリクイからかよ!
 それに続くように武闘家もアリクイに殴りかかる。
 もうさすがにあそこまで近づいてから攻撃目標を変えてくれと言っても無駄だろう、危険すぎる。
 ならせめて……っ!
「おいアンタ!」
 横の魔法使いがこちらを見る。確かこの子はギラを使えた筈だ
「あそこのウサギを中心にギラを放ってくれ、出来るか?」
 こくりと、魔法使いが頷く。
 魔法使いが杖を構え魔法を唱えようとするのを横目に、少し迂回しつつアルミラージに向かって走る。
「ギラ」
 涼やかな声とともに横を炎が追い越してゆき、アルミラージを薙ぎ払う。
 弱まってきた炎の中に迷わず飛び込む。
 ……こいつらはギラ一撃じゃ死なない筈だ、畳み込まないと!
 炎の中で蠢いてる影が見える。
 やはり生きている!
 その影に向かって切りかかる。一体、二体。後一体というとこでその影が白い光に包まれ大きく後方に飛びのく。
 ホイミか!
 ホイミスライムは誰も相手にしていない。
 やっぱりこうなるか……。
 そう思った瞬間急に意識が遠くなる。
 すぐにこれがラリホーであることを悟る。
 ここで寝たら多分お仕舞いだ。
 歯を食いしばり自分の太腿に銅の剣を軽く突き刺す。
「あ……がっ…」
 今度は痛みで意識が遠くなりそうだがそれでは意味が無い、遠のく意識を必死に手繰り寄せる。
 後方を見るとロンゲと武闘家とトーマス君は倒れており、お化けアリクイが魔法使いのギラで焼かれている。
 後方にいた二人にはラリホーが届かなかったようだ。
 サイはナイフを構えてこちらにフォローにくるべきかそのまま馬車を守るべきか迷っているように見える。
 それを確認したあと急いでアルミラージに切りかかる。
 しかし、切った先からアルミラージの傷が白い光に包まれ消える。
 キリがない!
「どいて」
 後ろから声がかかる。
 その瞬間嫌な予感がし、咄嗟に横に転がる。
「ヒャド」
 俺が横に転んだのと同時にアルミラージに氷のツララが突き刺さる---なんとか倒せたようだ。
 改めて後ろを見るとお化けアリクイは全滅した様だ。
 ホイミスライム二体はこちらが武器を構えなおした瞬間逃げ出して行った。

 どうやらもう大丈夫の様だ。
 倒れてるロンゲ達の方に慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!?」
 もしラリホーで寝てるのではなく死んでいたら……!嫌な想像が頭を過ぎる。
 だが三人に近づくにつれそれぞれの胸が上下しているのが分かる。ロンゲはいびきまでかいていた。
「勘弁してくれよ」
 思わず笑いがこみ上げてきたのだが、その瞬間膝がガクっと崩れる。
「ありゃ」
 そういえば全身がヒリヒリするし、なにより太腿が焼けるように痛い。
 太腿の自分で刺した傷を見ると、血がドバドバ出ていた。
 それを見て、あれ…深く刺しすぎたか?

 そう思ったところで意識があっさりと途切れた。



[3226] その10
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:33
「目が覚めましたか?」
 暗闇の中で誰かの顔が見える。声からしてトーマス君だろう。
「ここは…?」
 辺りを見渡す、どうやら馬車の中のようだ。
 少し離れた所に焚き火がしてあり、そこに俺とトーマス君以外は皆居るようだ。すっかり辺りは暗くなってしまってる。
「よっ……とっと、あら?」
 勢いよく起き上がったのはいいが,眩暈がして意識が遠くなりそうになる。
「まだ急に動いちゃ駄目ですよ、ホイミで傷は治せても流れ出た血は戻せません」
 そう言って、トーマス君が苦笑している気配がする。
 まだ立ってるのはキツイようなので座りなおす。
「シュウイチさん」
「はい?」
 少し寒い。
「いつもあんな戦い方をしてるんですか?」
 …少し考えてギラの燃えてる中に飛び込んだり、眠気を覚ます為に自分に銅の剣を突き刺したのを思い出した。
 うん、あれは痛かった。
「あんな無茶な戦いをしていれば、近いうちにあなたは命を落とすかもしれない」
 温厚な彼らしからぬ、硬い声だ。
 あのときああするしか思いつかなかった…とか色々な言い訳が頭に浮かんだが
「ごめんなさい、もうあんな真似はしません」
 と、頭を下げる。 
 この人は本気で俺を心配してくれているのがなんとなく伝わってくる。
「分かってくれればいいんです、気分が良くなったらあちらに来てください」
 そういいながらトーマス君が馬車を降りていった。
 そのままボーっと考えを巡らす。

 初めてのパーティ戦、結果は散々な形だった。

 なんとか全員生き残ることが出来たが、あと少し悪い方向に事態が傾いていれば俺達は全滅していただろう。
 もし魔法使いがラリホーに巻き込まれたりしてたら…。
 トーマス君と魔法使いの距離はさほど無かった。おそらく紙一重の距離で効果範囲を免れたのだ。

 しかし、魔法って便利だよな…。つくづくそう思う。
 先程の戦闘も実質魔法使い一人で大半を片付けてた様に思える。そう思いながら左手を目線の高さまで上げ、火の玉を出現させる。
戦士になったからといってメラが使えなくなった訳じゃない。メラは戦士になってから意識して使わないようにしていた。魔法に頼らず戦士のとしての技量を少しでも上げたかったからだ。
 しばらく左手の火の玉を眺め、消す。
 俺にギラが使えたらいいんだけど…。
 範囲系の魔法を使えるだけで戦術の幅を大きく広げれる筈。カナンに帰ったら少し考えてみよう。

 そろそろ皆のところに行くか。
 ゆっくり立ち上がる、軽くふらつくが問題ないだろう。



 馬車を降り,皆が居る焚き火の方に歩いていく。
 なにやら真剣な顔で話し合ってるようだ。
「おかしいだろ?この辺りだけの話じゃなくて他の地方も似たようなことになってるらしい」
 ロンゲが何か言っている。
「キミはもう大丈夫なの?」
 武闘家さんが聞いてくる。
「少しふらつくけど平気です…それで何の話ですか?」
 そのまま武闘家さんの横に座る。
「先程の戦闘の話です。シュウイチさんはこちらの方面にくるのは初めてですか?」
 これはトーマス君だ。
「そうだな、いや、そうです。」
 慌てて言い直す俺をみてトーマス君が笑う。
「もっと気楽に話していただいていいですよ」
「そっか、これからはそうするよ」
 少し堅くなりすぎてたらしい。
 今度はロンゲが喋りだした。
「初めてこっちに来たお前には分からんだろうが、俺やトーマス、サイとエルは二度ほどルカ村まで護衛をやったことがある。今回の依頼は俺達四人でも十分こなせると思っていた」
 魔法使いの女の子の名前はエルというらしい。
「だが昼間に現れた魔物の中には見たことの無い魔物も混ざってた。大アリクイも一角ウサギも毛色が違って妙に強かったしな」
 なるほど、どうやらアルミラージやお化けアリクイの存在を知らなかったらしい。見たことも無い魔物ってのはホイミスライムか。
「お前は知ってたんだろう?あの兎がラリホーを使ってくるのを」
 あんだけ死に物狂いでアルミラージに突っ込んでいったんだし、やっぱり分かるか。
「あれは一角ウサギの上位種でアルミラージ、察しの通りラリホーを使うよ、大アリクイの方も上位種でお化けアリクイ、残りのホイミを唱えまくってたクラゲみたいなのがホイミスライムだ」
 そう言うと皆が驚いた顔をしてこちらを見ている。
 あ…失言だったかな。
「お前妙に詳しいな、そんなことどこで知った…?」
 ロンゲが疑いの目で見てくる。
「いや、サクソンの実家に本がいっぱいあるんだけど、たまたまそれで見知ってただけだよ」
 じいさん家に本がいっぱいあったのは嘘ではない。
 …そんなモンスター図鑑みたいなものは読んだことないけど。
「そうなると新種じゃなくて昔に発見されていた魔物か…」
 何故に今になって…とか呟きながらロンゲが考え込んでいる。
「話を戻しますね」
 ロンゲが自分の世界に入り込んでしまったようなのでトーマス君が話を戻す。
「これは他の冒険者に聞いた話ですが、他の地方でも見たことの無い魔物が出てきているそうです。シュウイチさんの話を聞く限り新種の魔物ではなく過去に発見されていた魔物のようですが…」
 まずい、また失言だったらしい。
 もしかして本当にこちらの世界では新種なのか。
「何にせよ見たことの無い魔物が襲ってくるんじゃ気が抜けない。各自気をつけてくれ」
 ロンゲがそう締める。
「そろそろ交代で見張りを立てて寝るぞ。最初は俺が見張る、次はサイ、その次はトーマス、最後はお前がやれ」
 そういってこちらに視線を寄越す。
 雇い主を頭数に入れないのは当然だが、女性陣にも気を使ってる辺り妙に紳士的なやつだ。
 異論はないので頷いておく。
 武闘家さんが私も見張りぐらいするよ。と言っていたが、トーマス君が説得したようだ。不満げな顔で馬車に入っていった。
 女性陣は馬車で、男性陣は焚き火を囲んで寝る形となった。雇い主を外で寝かせるのはどうなのかと少し心配になったが、雇い主自身あまり気にしていないようだ。
 とりあえず俺も寝れるときに寝ておこう。









 次に目が覚めたときまだ辺りは暗かった。
 一度眠ってた (気を失ってた) のでこれ以上眠れそうにない。

 仕方無く起き上がるとトーマス君とサイがこちらを見ていた。
 丁度交代の時間だったのかもしれない。
「シュウイチ、ちょっといいか?」
 サイが話しかけてくる。

 一度俺がボコボコに殴ってから今に至るまでずっとサイはおとなしかった。
 正直やりすぎたかな…と思ったが許すわけにもいかない。なにより、うむやむなったが俺の巾着袋をヤツは返してこない。また揉め事を起こすとパーティの皆に悪いので抑えているが、この旅が終わったらまた殴りかかってでも取り返すつもりだ。

「…なんだ?」
「こいつを返しておこう、と思ってな」 
 と何かを投げて寄越してくる…俺の巾着袋だ。
「中身はあのときのまま、730ゴールドある。確かめてくれ」
「使ってなかったのか?」
 そう聞くと、
「いや、足りない分はトーマスに借りた…今回の仕事の報酬で返すって言ってな」
 サイはそう言いながら苦笑いしてトーマス君を見る。
 トーマス君が頷いた。
「今更だがすまなかったな、軽く飲み代でもいただこうと思ってたんだが、あんなに大金が入ってるとは思わなかった」
「…でもアンタは次に出会ったとき何食わぬ顔で話しかけてきたよな、返す気はなかったんだろ?」
 サイを睨み付ける。
「…その通りだ、許してくれとはいえねぇやな」
 場がシーンとなる…ロンゲのイビキがうるさい。
 少し考える。
 確かに許す気にはなれないが、これ以上険悪な空気のままいても仕方ないだろう。迷惑をこうむるのは周りの人達だ。
 ため息をつきながらこう言う。
「こうしよう、アンタは俺に借りを一つ作った。いずれこの借しはなんらかの形で必ず返してもらう…これでどうだ?」
 そう言ってサイの目を見る。
「いいだろう、俺に出来ることなら何でもしよう」
 サイも真剣な顔で頷いた。
「サイももう寝たらどうです?明日がキツくなりますよ」
 トーマス君がそう言うと、
「そうだな、そうさせてもらうわ」
 そういってサイは横になった。

「シュウイチさんは寝ないんですか?まだ交代には早いですよ」
「いや、一度半端に寝てたからさ…眠れないんだ」
 そう言って頭をかいた。
 そうだ、この際だし色々と疑問に思ってることを聞いてみよう。
「トーマス君、実は色々と聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「僕で答えれることであれば」
 と、トーマス君が微笑む。
 何から聞こう…。
「えーと俺、一応メラが使えるんだけど…」
 といいつつ左手に火の玉の出現させる。
「戦士がギラとか覚えることって出来るのかな?」
 トーマス君が火の玉を見ながら言う。
「恐らくできると思います。シュウイチさんはダーマの神殿というのをご存知ですか?」
 ご存知も何もドラクエの名物の一つだ。
 この世界にもあったんだなぁ…、と少し感動した。
 疲れてきたので火の玉を消す。
「名前だけは…」
 と、無難な返事をしておく。
「シュウイチさんはルイーダの酒場の登録が戦士なのであって、厳密にはまだ戦士ではありません。ダーマの神殿で戦士としての洗礼を受けたとき、初めて本当の戦士としての道を歩むことになります」
 んん、そうなると今の俺はなんちゃって戦士なのか?
 少しへこむ。
「戦士の洗礼を受けた人間は新たに魔法を使える職業の洗礼を受けない限り、魔法を覚えることはありません。シュウイチさんは洗礼を受けてるわけではないので、努力次第でギラを覚えれる筈です」
 ただし、とトーマス君が付け足す。
「それ以上の魔法となると魔法使いとしての洗礼を受けないと覚えることは難しいでしょう」
 なるほど、と思いつつ更に疑問が沸く。
「でもそれだけだと、魔法を覚えれなくなる戦士の洗礼をわざわざ受ける必要ないよね?」
 恐らく何かメリットがある筈だ。
「おっしゃる通りです、戦士の洗礼を受けることによって戦士としての技を身につけることができ、身体能力も向上しやすくなります。魔法使いの場合は魔法が覚え易くなり、知識を蓄え易くなるようです」
 なるほどなるほど、その辺の能力補正の法則はゲームに準じてるわけだ。
「じゃあ、トーマス君も僧侶の洗礼を受けてるの?」
「えぇ私だけでなく、今のパーティではシュウイチさん以外は全員それぞれの職業の洗礼を受けてるでしょう」
 そうなのか…自分が場違いなところに来た気がして少し気が重くなる。
「シュウイチさんもこの旅が終わったらダーマの神殿に行かれてはどうですか?ルイーダの酒場でも一定以上のランクになる為には洗礼を受けてることが条件になりますし…」
 是非ともそうしよう、というかゾルムさん教えてくれてもいいじゃないか…。
 脳裏に 「ガハハ、悪い、忘れとったわ!」 と馬鹿笑いするスキンヘッドのおっさんが浮かぶ。
 …ほんとにありえそうだ。
「ありがとう、そうするよ」
 そういってトーマス君に笑いかける。
「お役に立ててなによりです…ではそろそろ僕も寝ますね、おやすみなさい」
「おやすみ」
 トーマス君が横になった。

 焚き火が消えないように火をくべながら考える。
 そうか、今まで戦士として成長の実感がイマイチ沸かなかったのは洗礼を受けてないせいだったのか。
 この旅が終わったら早速洗礼を受けて…、ゆくゆくはバトルマスター、果ては勇者とか…!
 一人盛り上がる。
 やはりこういう転職のノリは好きだ。

 そのまま出来るかも分からない転職予定を一人にやけながら朝になるまで考え続けた。




[3226] その11
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:34
 朝日が昇り周囲が少し明るくなってくる。この時間はまだ辺りが寒い。震えながら焚き火に手をかざす。
 …皆こんな寒いのによく寝てられるよなぁ。
 周りに転がっている男達を見ながら呆れる。
 やはりこの世界の人達はこういうのに慣れてるのだろう。自分はまだまだ現代っ子のモヤシっ子なのだ。
 まぁ、寒いものは寒いのだから仕方ない。

 物音がしたので馬車の方を見ると魔法使い(エルだったっけ)…が降りてくる。
「おはよう」
 そう声をかけたが、何も言わずちょこんと横に座ってくる。
 この子苦手だな…何話せばいいか分からん。
 見た感じ15~17歳くらいか?
 下手したら俺と一回り歳が違うのかもしれない。まだ幼さを残した顔つきだが、整った人形のような雰囲気がある。もう少し成長したら美人になりそうだ。
「…何?」
 そういいながらこちらを見てくる。
 じろじろと見すぎたようだ。
「ん、いや。エルだっけ…魔法使いってすごいな。昨日は助かったよ。」
 そう言って誤魔化す。
 するとエルはこちらを少し見ていたが興味を失くしたのか視線を焚き火に戻す。
 ……沈黙が痛い。
 やはり会話を好むタイプではないようなので仕方なく黙り込む。
「本…」
「ん?」
 エルがこちらに視線をまた向けてきている。
「…昨日言ってた本の名前を教えて欲しい」
 昨日の本?
 あぁ、昨日誤魔化す為に言った本のことか。
 ……まいったな、また嘘をつくしかないのか。
「いや読んだのも結構前のことだし、タイトルまでは覚えてないなぁ」
 昨日から嘘ついてばっかだな…自己嫌悪に陥る。
「そう」
 エルはまた視線を焚き火に戻す。 
「おはよー」
 武闘家の姉さんも起きてきた様だ。
「おはよー」
 こちらも軽く挨拶を返す。
 周りの男たちもゴソゴソと動き出した。目が覚めた様だ。
「あー、寝足りねぇや」
 サイがそう言ってあくびをしている。
「それじゃあ早速行こうか、順調にいけば夕方までにはルカに着くよ」
 雇い主の言葉に焚き火を消し、馬車に乗り込んだ。




 馬車に揺られて旅は続く。
 出来たらこのまま魔物が出ないでくれるといいなぁ。
 そう願いつつ周りを見る。

 トーマス君と武闘家さんが何か談笑している。サイは暇そうにあくびをしてるのが見える。エルは隅の方で本を読んでるようだ。
 トーマス君達楽しそうだな…俺も会話に入れてもらおうか。そう思ってるとロンゲと目があった。
「お前、戦士ならもう少し装備に気を使ったらどうだ?そんなんじゃすぐにおっ死んじまうぜ」
 そう言ってフフンと嫌味な笑いをしてくる。
 確かにロンゲは鉄の装備一式で身を固めており、見た目にも戦士…といった感じが出ている。
 片や俺は銅の剣に皮の鎧、皮の盾だ。
 どことなく未開の地の部族・・・といった感じがしないでもない。少し恥ずかしい。
「駆け出しの俺にそんな金あるわけないだろ」
 そう言ってそっぽを向く、すると眼前に武闘家さんの顔があった。
「うぉお?」
 驚いて仰け反る。
 驚いてる俺に気を止めず武闘家さんがペタペタ足や腕を突付いてくる。
 心臓の鼓動が激しくなる。…一体何なんだろう。
「シュウイチ君ってまだ戦士の洗礼も受けてないんだって?その割には昨日の動きすごかったね、筋肉もそんなについてるようには見えないのに」
 そう言いながらまだ俺の腕を突付いて首を傾げている。
 トーマス君が話したらしい、後ろの方で苦笑しているのが見える。武闘家さんのセミショートの髪から甘い香りがする。
 あ、それ以上近づかないで…。
「止めて下さいよ…えっと」
 この人の名前は何だろう。そんな俺の表情を察したのだろう
「そういえばキミは遅れてきたから自己紹介まだだったね、私の名前はマリィ、シュウイチ君よろしくね!」
 そう言って人懐っこい笑顔を見せてくる。
「君を付けずにシュウイチでいいよ、こちらこそよろしく」
 ようやくマリィさんが少し離れてくれた。少し自分の頬が赤いのを感じる。こういうお姉さんタイプの人に俺は弱い。
「おい」
 ロンゲから横から声をかけてくると同時に馬車が止まる。
「お客さんだ」
 前方を見ると行く手を塞ぐように魔物が居るのが見える。お姉さんとお近づきになれるいいチャンスだったのに邪魔しないでほしい。
 空気読めよな…そう思いつつ馬車から飛び出した。

 魔物と対峙すると先程の浮ついていた気持ち無くなり、
 心臓の鼓動が静かになっていくのを感じる。
 アルミラージが二体とホイミスライム、その横に全身に鎧を纏った騎士の様なものが居る。
「おいおい、なんで人間が魔物と並んでんだ…」
 ロンゲが呆然と言う。
 違う、多分あれは…さまよう鎧だ。
 頭全体を覆っている兜の覗き穴の部分に空洞しか見えない。あいつとホイミスライムの組み合わせにゲームでも苦戦させられたことを思い出す。
「頭の部分をよく見ろ、中に人なんて居ないだろ。あれも本で見たことがある…魔物だ!」
 そう言いながら横目でエルがアルミラージにギラを詠唱しようとしてるのが見える。
 昨日の戦いでアルミラージの危険性を理解していたのだろう、対応が早い。
「ロンゲは鎧を足止めしててくれ、倒そうと思わなくていい。そいつ滅茶苦茶強いぞ!トーマス君はロンゲの補助を、マリィさんは俺と一緒にアルミラージを、サイはホイミスライムを牽制してホイミを唱えさせないでくれ」
 そう言いながらエルがギラを唱えるのを見計らって飛び出す。
 後ろで 「誰がロンゲだっ!」 とロンゲが言い返してるのが聞こえるが相手にしてる暇は無い。
 ギラの炎が消えた瞬間を見計らってアルミラージに切り込む、前回は炎が消えない内に飛び込んだがあんな無茶は二度とご免だ。
 横を見るとマリィさんがアルミラージを蹴り飛ばしている。蹴られたアルミラージがすごい勢いで吹っ飛んでいく。
 …あれなら生きていないだろ。
 そう思いつつロンゲ達の方を振り返る。 
 サイがホイミスライムの周りを素早く回りながら隙をみてナイフを突き刺しているのが見える。その動きに翻弄されているのだろう、ホイミスライムが他の魔物にホイミをする余裕がないようだ。
 ロンゲはさまよう鎧に押されているようだ、相手の突きを防ぐのに必死になっている。
 急がないとロンゲがやられそうだ…!
 ロンゲに気を取られているさまよう鎧の背後から全力で切りかかる。
「ふんっ!」
 しかし堅い感触に剣がはじき返されてしまう。むしろ攻撃したこちらの手が痺れてしまった。
 さまよう鎧が振り向きざまに振るった裏拳気味の右腕に吹っ飛ばされる。
 肺の中の酸素が全部吐き出される。
「ゲホッ……くそっ!」
 今度はロンゲがその隙に切りかかったようだが同じように剣が弾かれている。
「無理だろこんなの…どうやって倒すんだよ!?」
 ロンゲが慌てて下がりながら焦った声で叫ぶ。
 エルの唱えたヒャドがホイミスライムに突き刺さる。どうやらあちらは片付いたようだ。

 皆でジリジリとさまよう鎧を囲む。

 俺達の剣じゃあいつにダメージも与えられそうにない。
 再びエルがヒャドを唱えるが氷のつららも鎧に弾かれる。
 ゲームよりも手ごわくなってないかこいつ…!
 冷や汗をかきつつ必死に頭の中で倒す手段を探す。
「…ルカニ」
 エルの杖先から出た光がさまよう鎧を薄っすらと包む。
 光が消え、ぱっと見何も起こってない様だが鎧の輝きが鈍くなっているのが分かる。
 その手があったか!
 再び後ろから切りかかる。
 振りぬくことは出来なかったが左肩から胸にかけてまで切り裂くことができた。
 振り向き、こちらに槍を振ろうとするさまよう鎧の右腕をロンゲが切り落とす。
「ヤッ!」
 更によろめいた鎧の胴体にマリィさんが蹴りを入れると
 鎧はバラバラになって吹っ飛んだ。






「あー…しんどい。」
 だらーと馬車の壁を背に体を伸ばす。
 全身がズキズキと痛い。
 他の皆も疲れきった顔をしている。
 エルに至ってはスゥスゥと寝息を立てている。魔法を使いすぎたようだ。

 あれからさほど間をおかずに三度も戦闘があった。
 現れた魔物はどれも強く、殴られ噛みつかれ、散々な目にあった。
 トーマス君のMPも限界を迎えたらしく、
「すいません、少し時間を下さい…っ」
 と頭を抱えたまま俯いている。
 もうしばらくはこの痛みを我慢しないといけないようだ。
 俺の皮の鎧が所々引きちぎれたりしてボロボロになってるのを見、ため息をつく。
 買ってそんなに経ってないのに……自分の鎧の有様を見てると少し涙がでてくる。
「魔物はワラワラ出てくるわ、知らない魔物だらけだわ…どうなってんだよ…」 
 ロンゲがぼやく。
「もう少しでルカが見えてくる筈だよ、それまでの辛抱だ!」
 前で馬車の手綱を握っている雇い主が声をかけてくる。
 村に着いたら飯を食って風呂に入ってさっさと眠ろう、そうしよう。
 そう心に誓う。
「お、見えてきたぞ!あれがルカ村だ。」
 依頼主の言葉に皆の顔が明るくなる。
「早くお風呂入りたいねっ」
 マリィさんの声も弾んでいる。
「まずは酒だろ」
「いや、飯だな飯」
 サイとロンゲもほっとしたように笑いあっている。
 馬車から身を乗り出して前の方を見る。周囲はすっかり暗くなっていたが遠目に明かり灯っているのが見え、そこに建物がいくつか見える。
 うきうきした気分でそれを見ていたが、ふとその光景に違和感を覚える。
 …なんだろう。
「なぁロンゲ」
「ロンゲって呼ぶな…なんだよ。」
 村に近づくにつれ違和感が確信に変わる。
「…あれ、村のあちこちが燃えてないか?」

 とても、嫌な予感がする。



[3226] その12
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:34
 村を燃え上がる炎が照らしている。
 村の入り口から離れたところで雇い主が馬車を慌てて止める。
 ……嫌な予感は的中した。

 村中を徘徊している尋常ではない数の魔物達、地面に倒れて動かない人々。折村のどこかから何かが割れる音や、悲鳴が聞こえる。
 蠢く魔物たちの中で一際巨大な生き物が雄叫びをあげている…ドラゴンだ。 その紅く、禍々しい姿は見ただけで心臓が握り締められてるような感覚になる。


「もう少し近づいてっ!早く!!」
「いや、しかし……」
「早く村の人を助けに行かないと間に合わないでしょ!急いでっ!」
 マリィさんが雇い主を急かす。

「いえ、そのまま反転してください。…この場から離れましょう。」

 俺が雇い主にそう言いながらロンゲの方を見る。ロンゲも同じことを考えているのだろう、俺の顔を見て頷いた。
 マリィさんが俺とロンゲの様子を見て信じられない…といった表情をする。
「あの悲鳴が聞こえないの!?生きてる人が居るんだよっ!!?」
 そんなマリィさんの叫びを聞こえなかったかのように、ロンゲが依頼主に呼びかける。
「急いでくれ、奴らに気付かれる前に早く!」
 馬車が反転し、元来た道を引き返しだす。
「もういい!私だけでも…っ」
 そう言って馬車から飛び降りようとするマリィさんをサイとトーマス君が押し留める。
 押さえつけてる手を剥がそうともがいてるマリィさんを尻目に遠のいていく村を見る。どうやら追ってくる魔物は居ないようだ。

 燃え盛る炎で紅く染まる村。
 村が見えなくなるまでその光景をずっと目に焼き付けていた。

 


 村からだいぶ距離が離れるとマリィさんも大人しくなった。
 今は膝を抱えて俯いている。
「俺達は今までの連戦で体力もまともに残ってないんだぞ…。あの数相手に突っ込んでも無駄死にするだけだ。それに…もう行っても手遅れだ」
 ロンゲがマリィさんに向かって静かに言う。
「…っ、だからって見殺しにすることないでしょ…あなた達悔しくないの?」
 押し殺した声でマリィさんが言う、声が震えている。おそらく泣いているのだろう。
「…悔しいよ」
 そんな言葉が口からついてでる。
 悔しい。
 燃え盛る村の中で倒れ、動かない村人達の姿が脳裏に焼きついて離れない。気を抜くとこぼれ出そうな涙を堪えて叫ぶ。
「ならどうすればいいんだよ…!あのまま魔物達と戦って犬死すれば満足か!?」
 自分の頭を抱える。
 こんな顔は誰にも見せたくない。
「…なぁ、教えてくれよ。他にどうすれば良かったんだ…」
 魔物のせいで苦しむ人達の力になりたい。
 そう思って冒険者の道を歩みだしたのに,
 ただ逃げだすことしか出来なかった自分がいる。


 …もっと力が欲しい。
 自分の手の届くところにいる人達を助けることが出来る力が。









 カナンには二日後の早朝に辿り着いた。
 西門を通り過ぎたところで報酬を受け取り、解散という運びになった。
 ロンゲと依頼主はルカ村のことを他の人にも知らせる必要があると二人で街の中心の方へ歩いていった。
 他の皆も疲れ果てているのだろう、言葉少なに各々の宿のあるであろう方向に帰って行った。
 俺もルイーダの酒場に寄ろうかと思ったが気力が持ちそうもない。とりあえず寝よう。

 ふらつきながらいつもの宿に辿り着く。
「あぁ、お客さんお帰りなさい。…ずいぶんお疲れのようですね?」
「えぇまぁ、色々とありまして…。明日まとめて払いますので宿代後でいいですか?」
 もう声を出すのも疲れる…。
 そんな俺の様子を察してくれたのだろう、
「もちろん構いませんとも、ゆっくりお休みください。」
 そういって二階に昇る俺を見送ってくれた。
 部屋に入ると鎧や武器を放り出す様に外し、そのままベッドに倒れこむ。
 意識が途切れるまでは一瞬だった。






 夢を見ていた。
 まだこの世界に来る前の夢。

 友人とくだらない話で盛り上がってる光景。
 家族とテレビを見ながら食事をしている光景。
 様々な光景が浮かんでは消える。
 あぁ、俺は夢を見ているんだな…。
 おぼろげにそう感じる。

 場面が切り替わる。
 見覚えのある森の広間、そこにロレンスじいさんが立っている。
 じいさんは何も言わず、ただこちらを見て穏やかな笑顔を見せている。
 そちらに駆け寄りながら叫ぶ 
「……っ!」
 自分でも何を叫んでいたのか分からない。
 謝りたかったのか、感謝を伝えたかったのか。
 じいさんは笑顔のままこちらを見ている。
 視界が徐々に白く塗り潰されて目が覚めた。


「………」
 少しボーっとした後ベッドから起き上がり、軽く欠伸をする。
 体の節々が少し痛む。
 辺りは少し薄暗い、夕方だろうか?
 ゴールドの入った巾着だけ持って部屋を出る。
 階段を下りると宿屋の主人が暖炉に火をつけていた。
 そういえば宿代の支払いしなきゃな…、そう思いながら挨拶をする。
「おはようございます」
「おはようございます、今日はお早いですね」
 どうやら夕方ではなく朝のようだ。丸一日近く寝ていたことになる。
 道理で体が痛いわけだ…。
「すいません支払い遅れちゃって…。これ、昨日と今日の分…それと後五日分先にお渡ししておきます」
 色々やりたいこともある、少なくとも一週間程は依頼を受けるつもりはない。
 主人にお金を渡してから外に出る。

 さてどうしよう、さすがにこんなに朝早くからルイーダの酒場は開いてないだろう。
 他の店も開いてないだろうし、こんな状態ではやることがない。
 まぁ、探検も兼ねて適当に歩いてみるか。
 小鳥の囀る声が聞こえる…この朝の清々しい雰囲気は好きだ。


 カナンの街は広い。
 街の中央を丁度十字に切ったように大通りがあり、その道がそのまま東西南北それぞれの門に繋がっている。街の中央の噴水広場に立つと街の入り口は遥か遠くに見える。
 さてどっちに行こうかな。
 辺りをきょろきょろと見渡しながら考える。
 俺の行きつけの宿は街の南西ブロックの方にある。ルイーダの酒場も南西ブロックの大通りに面した場所にある。以前サイに連れて行かれたのは確か北西のブロックだった気がする。
 …うん、北西は辞めておこう。
 そう呟き正反対の南東のブロックの方に向かって歩き出す。


 南東ブロックも大通りに面した場所は店が多いようだ。
 果物や野菜を扱う店の中にはすでに開店しているとこも見受けられる。
 果物を売ってる店に立ち寄り、朝食代わりにリンゴを少し細長くしたようなの様な見た目の果物を二つ買う。
 歩きながら果物にかじり付いてみた。
「ぬぉ、酸っぺぇ!」
 思わず果物を噴出しそうになる。
 口いっぱいにレモンにかじり付いたような酸っぱさが広がる。
 くそっ、見た目に騙された。
 捨てるのも勿体無いのでちびちびと果物をかじりながら南東ブロックの中に続く道を歩く。

 少し進むと塀に囲まれた大きな家がいくつも見える。
 ここは高級住宅街のようなものかな?
 その中でも一際大きい庭を持った家を正面の格子付きの扉から覗きこむ。
 いいなぁ、こんな豪邸に一度は住んでみたい。
 感嘆の溜息が出る。

「何、人様の家を覗きこんでんだ」
 聞き覚えのある声に振り向くとロンゲが半眼でこちらを見ている。ロンゲも鎧などは着けておらず、ラフな格好だ。
「奇遇だなロンゲ、おはよう」
 挨拶をしてから手に持ってる果物をかじる、酸っぱい。 
「俺の名前はアレスだ…二度とロンゲと呼ぶな」
 そんな名前だったんだ…。
 どうやらお怒りらしい。
「お前、こんなところで何してんだ?」
 こめかみに手を充てながらアレスが聞いてくる。
「そういうお前こそ何してるんだ?…あ、これあげる」
 そう言ってアレスにまだ食べてない方の果物を放り投げる。
「…ここは俺の家だ」
 果物をキャッチしたアレスの言葉にまた視線を豪邸に向ける。
 ここが?
 お前の??
 豪邸とアレスを交互に見る。
 美形で金持ちってのは反則だろう。
「こんな家に住んでるのに冒険者なんて危険な仕事やってるのか…」
 そう呟いた俺に
「何をしようと俺の勝手だろうが…、お前の相手をしてる暇はない、じゃあな」
 そう言って家の中に入っていく。
 まぁ、人それぞれ事情があるんだろうな…。
 そう思いながら元来た道を引き返し始めた。
「酸っぱ!なんだこれは!?」
 後ろの方でむせる様な声が聞こえた。


 大通りに戻る。
 開いてる店も多くなったようだ。そこらかしこに露店商の姿も見える。
 そろそろルイーダの酒場も開いてるかもしれない。
 そう思い酒場の方向に歩き出す。
 途中で以前サイに教えてもらった武具屋を見かける。
 そういえば鎧がもう使い物にならないんだった…。
 出来れば武器も買っておきたい。武具屋に寄っていくことにしよう。

 朝早く、まだ客は自分以外誰もいない店内を眺める。
 今いくらあったかな…。
 自分の所持金を思い浮かべる。
 サイに返してもらった730Gに前回の護衛の報酬が700G、宿代に70G支払って、さっき果物を買ったから…1358Gか。宿代や食代、不測の出費があることを考えると500G程は残しておきたい。となると、この青銅の鎧辺りかな?
 値札には 『大特価 470G!』と書いてある。
 後は武器か…盾は今回は諦めよう。
 残りの装備に使える額は388G、一番近いのは330Gの鎖鎌 (くさりがま) だ。
 鎖鎌か、一応扱い方は職業訓練所で習ったんだけどなぁ…。
 振り回すことを前提にした武器なので正直使いづらいと感じたのを思い出す。味方に当てたりしたら洒落にならない。これより下の武器となると200Gの聖なるナイフになる。
 ナイフにするか、これなら色々と使い勝手が良さそうだし…。
 結局、青銅の鎧と聖なるナイフを買って店を出た。

 
 ルイーダの酒場に着く。
 店に入るとまだ朝は早いのにちらほらと冒険者の姿がある。奥のカウンターに座り、酒瓶の並んだ棚の整理をしているルイーダさんに話しかける。
「ルイーダさん、おはようございます。」
「あら…おはよう、大変だったみたいね?」
 そう言ってこちらに微笑む。どうやらルカの村の話は伝わっているみたいだ。まだそんなに日も経ってないのにこの人の笑顔を久しぶりに見た気がする。
「えぇ、散々でしたよ…」
 溜息をつく。
「それでね、ちょっと言いづらいんだけどお知らせがあるの」
 ルイーダさんの言葉に首を傾げる。
 はて、何だろう。
「最近各地で見たことも無い魔物が出てきてて、冒険者にも被害がいっぱいでてるの。…それで魔物の強さが確認されるまでランク2までの冒険者は依頼を受けることを禁止することに決まったわ」
 俺のランクは戦士の一番下の『見習い』だ、もちろん依頼を受けてはいけない…ということだろう。仕方ない処置だと思う。
「分かりました、どのくらいかかりそうかは分かりませんよね?」
「うーん……そうねぇ…」
 あごのところに人差し指を当てながらルイーダさんが考え込む素振りをする。
「今うちに登録してる冒険者の中でも腕の立つ人達を選りすぐって各地の村に向かってもらってるから…その人達が帰ってきてからになるわね」
「そうですか…そういえばゾルムさんはどうしてます?」
 あの人は無事だろうか。
「彼も各地の村に向かった一人よ、シュウイチによろしく言っておいてくれって言われたわ」
 そうなのか、そういえば確かに戦士の『ベテラン』とかいってたな。
「ゾルムさんって結構すごい人だったんですね」
 一緒に魔物に殺されかかったイメージがあるのでそんなに上位の冒険者という気がしなかった。…まぁ、キラービーの麻痺に強さもなにも無いかもしれないけど。
 あぁそうだ、聞いてみたいことがあるんだった。
「ルイーダさん、ルイーダさん」
「何かしら?」
「ゾルムさん以外の人のランクも分かったりします??」
 前に組んだパーティの人達はどのくらいのランクだったんだろう。 
「名前が分かるんだったら教えてあげるわよ?」
「是非お願いします」
 ルイーダさんが名簿を見ながら教えてくれた話によると、アレスは戦士ランク3の『いっぱし』、トーマス君は僧侶ランク3の『神官』、サイが盗賊ランク4の『腕利き』、エルが魔法使いランク4の『一人前』、マリィさんが武闘家ランク2の『白帯』、だそうだ。
「このランクって何段階まであるんです?」
「8段階よ、うちに登録してる人達にはランクが7から上の人は居ないけどね」
 へぇー、そうなのか。
 つまり実質現在の最高ランクは6まで、ということになる。最高ランクの人達はどの程度強いんだろう…。
「それじゃ、ゆっくりしていってね」
 そう言って離れていくルイーダさんに慌てて声をかける。肝心なことを聞いていなかった。
 
「ルイーダさん、ダーマの神殿ってどこにあるか知ってます??」



[3226] その13
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:35
ダーマ神殿は街の北東よ、とルイーダさんは大まかな場所を書いた地図渡してくれた。
 その地図の書いてある通りに行くのだが…どうしてもダーマ神殿が見つからない。
「ここの角を曲がって…ここだよな。」
 地図を見る限りだとダーマ神殿のあるべき場所には物置ぐらい大きさの石造りの小屋しかない。
 その小屋は窓も一切なく、木の扉が一つあるだけだ。
 いくらなんでもこれがダーマ神殿ってことはないだろ…。

 もう一度地図に書かれてる最初の地点から戻ってみる。
 やはり行き着く場所はこの小さな建物だ。周囲にも神殿らしき建物は見当たらない。
 …ルイーダさんにからかわれたのだろうか?
 地図のダーマ神殿のある位置に、「こ・こ・よ」とハートマークが書いてあるのが憎らしい。
 仕方ない、歩き回って探すか…。

 そのまま北東のエリアを一時間程うろついたが神殿らしき建物は見つからなかった。

 もう一回ルイーダさんに聞きに行こう…。
 少しげんなりとして大通りに出る。すると大通りをはさんで向かい側の店先に見覚えのある小男の姿があった。
 お、サイだ。何やってるんだろう。 

 声をかけようと近づく。
 どうやら店のおねーさんと話してるようだ。
 邪魔しちゃ悪いかな…。
 そう思ったところに二人の会話が聞こえてくる。
 
「困ります、店を見ないといけないし…」
「いーじゃねぇか、そんなの気にしねぇで俺と遊びに行こうぜ」
「離してください!」

 …何をやってるんだあいつは。
 なんという典型的な小悪党。
 足早にサイに近づきその後頭部をベシッと叩く。
「なにしやがる!…って、シュウイチじゃねぇか」
 そんなサイを無視して困り顔のおねーさんに話しかける。
「すいません、この人ちょっと頭が病んでるんで…ほんとすいません」
 そう言って愛想笑いしながらサイを引きずっていく。
「ちょっと待てシュウイチ!俺はそこの女に話が…てか誰の頭が病んでるって!?」
「はいはいそうですね、大変ですねー」
 サイの言葉を聞き流しそのまま路地裏に引っ張り込んで溜息をつく。
 
「何やってんだアンタは…」
「馬鹿野郎、あれが大人の駆け引きってやつなんだよ。あの女もお前が邪魔しなけりゃ、もう少しで堕ちてたのに余計なことしやがって…!」
 あれは大人の駆け引きだったのか。
 どう見たっておねーさんはドン引きしていた様に見えたけど…。
「大人の駆け引きの話は置いといて、丁度いい所に居たね、サイ」
 なんのことだと、サイが怪訝な顔をしている。

 早速借りを返してもらうことにしよう。 




「本当にこれで貸し借りなしだぞ?」
「分かってるって」
 サイの後を着いて行く。見覚えのある道だ。
「ほら…ご到着だ」
 そういってサイが立ち止まったのは先程の小さな建物だった。
「ほんとにここなの?」
「嘘ついてどーすんだよ」
 こ、これがダーマの神殿…。
 狭い小屋の中、神官がポツンと膝を抱えて来客を待ってる姿を想像する。
 中に入ると顔がくっ付きそうなぐらい近くで会話をするのだ。
「あなたは戦士の洗礼を受けたいのですか?」
「神官さん、顔近いです」 
 …シュールすぎる。
「これはちょっとした嫌がらせみたいなものじゃないのか?」
「何言ってんだ、さっさと行くぞ。」
 サイが扉のノブを握る。
 ちょっとドキドキしながら扉が開くのを見守る。
「あら?」
 中には何も無かった。よく見ると地下に続く階段になってるようだ。
 …その発想は無かった。

 サイに続いて階段を下りていく。
 階段はかなり下の方まで続いてるようだ。どういう原理なのか一定の間隔で壁の一部が光っており、足元を照らしている。階段を抜けると視界が急に広くなった。
 学校の体育館くらいの広さだろうか。
 荘厳な雰囲気のする空間はギリシャの神殿の様な造りになっていた。正面には赤い絨毯が敷かれており、そのまま奥まで続いている。
「あの奥にいるのが洗礼をしてくれる神官だ。もう案内はここまででいいだろ」
「あぁ、助かったよ。ありがとう」
 そういって足早に去っていくサイに手を振る。

 さて、いよいよ洗礼を受けるときがきたんだ。
 少し緊張しながら神官の前まで歩いていく。

 目の前まで行くと神官が口を開いた。
「ここは己自身を見つめ直し、これからの生き方を考える神聖な場所です。新たな生き方で人生を歩めば、それに相応しい新たなる能力があなたに芽生えるでしょう。…生き方を変えたいとお望みですか?」
「はい」
 簡潔に答える。
「どの様な職業をお望みですか?」
「俺は…戦士になりたいです」
 色々と悩んではいたが、やはり最終的には戦士になろうと結論を出していた。

「よろしい、それでは戦士の気持ちになって祈りなさい」
 戦士の気持ち…?どんな気持ちだそれは??
 困惑してる俺を他所に神官は言葉を続ける。
「おお、この世の全てを司る神よ!彼の者に新たな人生を歩ませたまえ!」
「あ…ちょ、待っ」
 その瞬間青白い光が俺を包む。
 徐々に光は消えていった。
 まともに祈って無かったのだが、こんなのでいいんだろうか…?
 何処と無く力が沸いてきた様な…気がする。気のせいかもしれない。
「これであなたは戦士として歩んでいくこととなりました。生まれ変わったつもりで修行を積みなさい」
 そう神官は締めくくった。
「…はい、ありがとうございました」

 どこか釈然としないものを感じながらダーマの神殿を出る。


 さて、次は何をしようか。
 薬草の補充をしに近くの森に行きたいところだが、新たな魔物が次々と出現してきている今の状況では危険すぎるだろう。 
 いまいち転職した実感が沸かないのでモンスターと戦いたいんだけどな…。

 大通りに出るとサイが先程の店のおねーさんに再び絡んでいたので今度はルイーダの酒場の前まで引きずっていった。
 この男はいつか衛兵に捕まるに違いない。

 …結局この日はサイに酒の相手をさせられて一日が終わってしまった。











  ――今の俺に必要なことはなんだろう。
 魔物を倒す力を得ることが真っ先に思い浮かぶ。
 しかし、ただがむしゃらに鍛錬積んだとしてすぐに強くなれるとは思えない。
 …いや、この世界だとそれも有り得るのかな。
 実際、この世界にきたときに身体が軽くなっているのを感じた。そしてこの世界にきて半年も経っていないのに今の俺の身体能力は、この世界に来る以前の俺からは想像もつかない。
 驚異的な成長スピードだ…だがそれでも足りない。
 以前の俺から想像もつかない、と言ってもこの世界ではこの程度の強さの人などそれこそいくらでもいる。
 冒険者という枠の中で見ると底辺の方だろう。
 戦士の洗礼を受けたことで少しは変わってくれるといいんだけどな…。

 だがその前にすべきことがある。
 戦闘云々以前の問題で、この世界の常識を知ることだ。
 サクソン村にいた頃はさほど気にする必要は無かったが、元の世界に帰る方法も検討がつかない今、最低限の知識は持っておきたい。
 人に教わるのが一番早いのだろうけど…,
「すいません、一般常識教えてください」
 とは、この歳ではとても言えない。言ったところで怪訝な目で見られるだけだろう。

 …ということで、俺は前の世界でいうところの図書館の様な場所に来ている。

 宿屋の主人に本を扱ってる店はないですか?と聞いたところ、ここを教えてもらった。
 基本的に石造りの建物が多いカナンの街中では珍しく、この建物は木造だった。少し埃っぽい空気の中、ページを捲る音と床の軋む音だけが聞こえる。この図書館は古今東西の本を納めているらしく、膨大な量の書物が置いてあった。

 えーっと…一般教養の本はどこだ。
 歩きながら本のタイトルを眺めていくが、なかなかそれらしき本は見つからない。ふと『勇者アーネスト伝記』という本に目が留まる。シーリズ物のようで六冊近くある。
 この世界にもやっぱり勇者みたいな存在は居るんだなー。
 そう思いながら一巻を手にとって読んでみる。なかなか面白そうだ。
 読書スペースに歩いていき、改めて読め始める。

 ほうほう…なかなかこれは……おぉ?…なるほど。


 本を読んでるうちにいつしか時間を忘れ、没頭していった。



 四巻を読み終わり一息つく。
 辺りを見ると外はすっかり暗くなっており、周囲には俺と係員の男しか居なくなっていた。
 そろそろ帰るか…。又明日来るとしよう。
 本を戻し、図書館を出た。

 夜道を歩きながら先程まで読んでいた本に想いを馳せる。
 四巻の続きが気になるなぁ…他の英雄シリーズも読みたいところだ。
 今日は思わぬ収穫だった。少し嬉しくなる。
 ん……、そういえば俺は何をしにあそこに行ったんだっけ。
 首を傾げる。


 宿に戻ってからようやく本来の目的を思い出し、ベッドの上でゴロゴロと身悶えをした。
 明日は脱線しないように気をつけよう…。










 そして次の日。
 今度こそは!と、『勇者アーネスト伝記』の誘惑を断ち切り目的の本を探す。
 一般教養と言っても漠然としすぎてるか…もう少しジャンルを絞るかな。軽く地理辺りを押さえておこう。
 それらしき棚を探す。するとあるタイトルが目に留まった。
 
 『エッチな本』

 ごくりと唾を飲む。
 なんという直なタイトルなんだろう。

 思わず伸ばした手を途中で止める。
 駄目だ、これじゃ昨日と変わらないじゃないか…!
 そう思い邪念を払うかのように首を振る。

 そうは思っても視線がどうしても『エッチな本』にいってしまう。
 あの本には男を惹きつける魔力がある。気のせいか本から妙な迫力すら感じてきた。
 …まぁ、少しくらいならいいよね。
 本を手に取りそーっと捲る。
 おおおおおお!?
 目の前に展開されたピンク色の光景に目を奪われる。


 ふと気がつくと服の裾が引っ張られる感触がする。
「何してるの?」
 我に返り横を見ると、見覚えのある赤毛の少女がこちらを見上げていた。本を一冊、両手に抱きかかえるようにして持っている。
「エルか、いやちょっと調べ物をさ…」
 そう話しながらエルが馬車の中で本を読んでいたのを思い出す。
 …確かにこの子ならここで出会ってもおかしくないか。

「丁度良かった。あのさ…地理の本ってどこにあるか分かる?」
 そういって意識をエルの方に戻すとエルが俺の持っている本に視線を注いでいる。
 やばい。 
 今俺の手にあるのはとても人様には見せられない本だ。
「いやこれは、あのさ、地理…そう!人体の地理っていうか…」
 自分でもよく分からないことを言いながら慌てて本を戻す。
「いやぁ、あははは…」
 とりあえず笑ってごまかしておく。少し声が大きすぎたのだろう、周囲の人達の視線が痛い。
「こっち」
 エルがそんな俺の様子を気にも留めずに歩き出した。
 やがてエルが立ち止まり指し示した本棚を見ると、~地方の詳細地図といったタイトルが並んでいる。俺達の居るのは何地方なんだろう?
「カナンは何地方になるんだっけ?」
「アシュモ地方」
 即座にエルが答える。
 アシュモ地方…アシュモ地方…あった!
「ありがとうエル、助かったよ」
 そう言いながら丁度いい位置にあるエルの頭に思わず手を置きそうになり、ピタッと一瞬固まる。
 いくらなんでも慣れ慣れし過ぎるよな…。
 そんな俺の顔をじーっと見つめてくるエル。相変わらず表情が読めない。この子はどこか俺の保護欲を刺激する…妹が居るとこんな感じなんだろうか。
 そんな様子の俺に用は済んだと思ったのかエルは読書スペースに歩いて行った。
 俺も読書スペースに向かい、エルと少し離れた席に座る。


 アシュモ地方はほぼ中央にカナンがあり、そこから東西南北にそれぞれ村があるようだ。
 東にサクソン、南にホーンハル、北にマリアン、……そして西のルカ。この本のありがたいところは魔物の分布も書いてあるところだ。今の状況では余り参考にならないかもしれないが一応覚えておこう。



 空腹を感じ顔を上げる。
 どうやらもう夕方のようだ…窓の外を見ると夕日が沈みかけている。
 読書スペースには俺とエルしか残っていない。
 ルイーダの酒場にでも寄って飯食べるかな…。空腹を訴える腹を押さえながら本を戻す。エルの方を見るとまだ本に熱中しているようだ。声をかけない方がいいのかな…。
 黙って去るのも余り気分が良い話ではない。そうだ、飯にでも誘おうか。
「エル」
 俺が声をかけると読んでいた本から顔を上げエルがこちらを見る。
「ご飯まだだろ?一緒に食べに行かないか??」

 少し考えていたようだが、本を閉じてエルはこくりと頷いた。



[3226] その14
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:36
 さすがに夕飯時なだけあってルイーダの酒場も賑わっていた。
 所々であがる笑い声や食器の立てる音が騒々しい。バニーの格好をした店員が忙しそうにテーブルの間を行き来していた。ルイーダさんもカウンターに居る客の相手で忙しそうだ。

 隅の方のテーブル席が空いてたのでそこに座ることにする。向かい側の席にエルが座る。
「さて何にしようかな…。」
 少し考え、パンにスープ、肉料理とサラダの組み合わせにする。
 パンではなくお米が食べたいところだが、生憎この世界にそんなものはない。この地方にないだけかもしれないが。

 基本的にはこの世界の料理も前の世界と大差はない。牛も存在するし、野菜も元の世界と似通っている物がある。果物は未だに未知の領域だが…。

「エルは決まったか?」
 エルが頷いたのでバニーさんを呼び止めて注文する。エルはパンにスープ、サラダの組み合わせの様だ。
 でもこの忙しさだと注文した品はなかなか来そうにない。待ってる間エルと話してることにする。

「エルは冒険者始めてどのくらいになる?」
「…二年」
 彼女は15~17歳位にしか見えないから冒険者を始めたのは13~15歳位ということになる。冒険者に年齢制限はないのだろうか。それとも見た目が幼いだけで実はもう少し大人なのかもしれない。
 相変わらず表情から感情が読めない。他に話す話題はないだろうか。
 何か無いかなと考える。
 そうだ、魔法について少し質問しよう。
「あのさ、俺ギラとかホイミを使えるように…なりたいんだけ…ど?」
「…?」
 なにか重大なことを見落としている気がする。俺の様子にエルがきょとんとしている。
 …そうだ!
「やっちまった!先に戦士に転職しちまったーーー!」
 あぁ、取り返しのつかないミスをしてしまった…。
 思わず頭を抱える。どうして俺はこうなのだろう。
 
「あなたの行動は間違ってはいない」
 エルの言葉に顔を上げる。
「ギラを覚えたとしても、戦士に転職して魔力の落ちたあなたでは恐らく、まともに発動すらできない。仮に発動したとしても、強い疲労感に襲われて体が動かなくなると思う」
 エルがそのまま言葉を続ける。この子の声は涼やかで心地良い。
「──ホイミも同じ、傷を治す代わりに動けなくなるようでは使い物にならない」
 確かにそれでは意味が無い。
「トーマス君は出来るって言ってたのにな…」
 俺はもしかして想像以上に駄目な子なのか。
「彼なら魔力が多少落ちても魔法は使いこなせる。僧侶として魔法を扱い、魔力も普通の人より遥かに成長しているから。…要するに魔力の総量の問題」
 なるほど。
 戦士に転職してからも魔法を使おうとするなら結局、先に魔法使い、もしくは僧侶に転職してある程度修行しておかないといけないということになる。
「そっか…、じゃあさっさと戦士になってしまってもあまり問題なかったってことかな」
「すいません、お待たせしましたー!」
 料理をトレイに乗せたバニーさんの言葉で会話を打ち切る。
 鉄板の上で肉がジュウジュウと音を立てており、香ばしい匂いが食欲をそそる。
 それから食べ終わるまで二人とも黙々と食事をした。




 店を出ると涼しい風を感じる。
 火照った体に丁度いい。
「あぁ、そういえばエルって自宅に住んでるのか?それとも宿屋住まい?」
「宿をとってる」
「そっか、それじゃ宿まで送るよ」
 そういってエルの横にならんで歩き出す。
 さすがにこんな時間に女の子一人で帰らせる訳にもいかない。

 大通りもこの時間になると人気が少ない。たまに酔っ払いらしき人が地面に横たわっている。
 歩きながら先程の会話を思い返す。
 結局ギラもホイミもお預け、あるのはメラだけか…。
 こっそり溜息をつく。
 そういえばメラも戦士になってから一度も使っていない。メラも発動しないんだろうか。
 立ち止まった俺にエルが振り返る。

 左手を目の高さまで上げ、意識を集中させる。
 頭の中に炎を思い浮かべ、そのまま炎の熱が頭から左肩、そして左手に流れていくイメージ。
 そして左手の手の平でそのイメージを開放する。左手の上に火の玉が出現させ、さすがにここで飛ばすわけにもいかないので浮かべたままにする。
 五秒もしない内に意識が遠くなりかけ、慌てて火の玉を消す。
「…思ったより……きついな…これは」
 百メートル走を終えた後のように乱れた呼吸を整える。
 明らかにメラを唱えたときの負担が以前よりでかい。
 使えて、一回か二回位か。しかも異様に疲れる。
 エルが立ち止まったままこちらを見ていた。
「いやごめんごめん、ちょっとメラ使えるかなって急に試したくなってさ…」
 そういってエルの横に並ぶのだが、エルは立ち止まったまま歩き出さずにずっとこちらを見ている。
「…?どうかしたか?」
 俺の顔を見たままエルが口を開く。
「あなたの魔法は、少しおかしい」 
 何がおかしいんだろう。
「おかしいって??」
「普通魔法は一直線に対象に飛んでいく。メラの火球を浮かべたままに出来る人を私は見たことがない」
 そうなのか。
 誰にでも出来ることと思ってたし、トーマス君に見せたときも特に突っ込まれなかったんだが。
「それって結構すごいことなの?」
 とりあえず聞いてみる。
「分からない」
 そういってエルが再び歩きだした。
「…そっか」
 俺も横に並んで歩き出す。どちらにせよあまり使いものにならない気がする。

 北東エリアに面する大通りから小道に入り、少し歩いたところでエルが立ち止まった。
「ここ」
「ん、着いたのか」
 俺の泊まっている宿屋よりも若干大きい建物だ。
「…ありがとう」
 俯いてそう言うエルの頭にまた手を置きそうになり慌てて引っ込める。
 いかんいかん、どうも手が伸びてしまう。
「それじゃ、お休み。またな」
 そう言って軽く手を振り、元来た道を引き返した。



 宿に戻り、自室のベッドに腰をかけ一息つく。
 魔法方面はお手上げ、地道に戦士としての腕を上げるしかないか。
 メラしかないんじゃなぁ…しかも異様に疲れるし。そう呟いた瞬間にあることを思いついた。
 机の上に置いてある銅の剣を手に取る。
 原作でも火炎斬りなどの特技が存在した。もしかしたら俺にでも出来るのではないか?

 剣を右手で握り締め、精神を集中させる。
 熱が頭から右肩、そして右手から武器へ伝わるイメージをする。その瞬間目の前が真っ白になり、ガクッと膝をついた。視界が鮮明になってきて銅の剣を見るが変化は見受けられない。
「そういやさっきメラ使ったばかりだったっけ…」
 魔力がどうやら尽きてるようだ…とても眠い。
 また明日試してみることにしよう。






 朝を起きて少しベッド上でボーっとし、
 早速銅の剣を手に取る。
 昨日と同じ手順で銅の剣に熱が伝わっていくイメージをする。
 銅の剣の刀身が紅く、薄っすらと輝きだす。
「おおお!?」
 だがすぐに目の前が真っ白になり、気が遠くなる。
 視界が戻ると銅の剣は元の色に戻っていた。

 出来ることは出来たけど、一瞬で元に戻ってしまうな…。
 疲労感で足がふらつく。
 効果時間自体を引き延ばすのは無理だろう、戦士に転職したことで魔力の成長は無くなったし。
 だか使い方によってはここぞ、という時の切り札にはなるかもしれない。
 もう少し練習が必要だな…。
 魔力の都合上一日一回か二回くらいしか試せそうにないが。


 今日はルイーダの店に寄ってから図書館に行くかな。
 いつもの細道を通り大通りに出る。
 酒場に入るといつもより人でごった返していた。
 はて、なんだろう…?
 カウンター席の方に目をやると目覚えのあるスキンヘッドの後頭部が見える。
 あ、ゾルムさんだ!
 人が多いと思ったら各地に向かってたパーティが帰って来てたらしい。足早にカウンターに歩いていき、声をかけた。
「ゾルムさん!」
「おうシュウイチ、久しぶりだな!」
 この人の顔も久しぶりに見る。
「いつ帰ってきたんですか?」
 そう言いながら隣の椅子に腰をかける。
「昨日の深夜だな、そっちも大変だったらしいじゃねぇか」
 燃え盛る村が一瞬脳裏に過ぎる。
「…えぇ、ゾルムさん達は各地の村の様子を見に行ってたんですよね?サクソン村はどうでしたか?」
 サクソン村のことが気にかかる。
 何事もなかったなら良いのだが…。
 ゾルムさんが自分の頭をツルリと撫でる。
「安心しな、俺が直接行った訳じゃねぇがサクソンは無事だったとよ。俺のパーティは南のホーンハルに行っててな…。あっちも村には特に被害は出てなかった」
 良かった…無事だったんだ。
 胸を撫で下ろす。
「後一つ、北に村がありましたよね?そちらの方は??」
「マリアンか、あっちは丁度様子を見に行ったパーティが村に居たときに魔物が襲ってきたらしい。なんとか追い払ったとさ」
「そうですか…」
 ゾルムさんが溜息をついた。
「しかしどうなってんだろうな。人里にゃ近づかなかった魔物が村を襲うようになって、しかも見たことのねぇやつらまで沸いてきてやがる」
 確かに最近魔物の動きが活発なってきてるようだ。何かの前触れだろうか…。
「シュウイチ」
「はい?」
 ゾルムさんが真剣な顔になってこちらを見ている。
「ルカの村のことは残念だった。お前達の判断は間違ってない。…お前が気に病む必要はないんだぞ」
 ゾルムさんの言葉に一瞬息を呑む。
「分かってます…」
 そう、分かっている。
 あの状況で村人を助けることなんて出来ない。助けに行ったところで自分達が次の犠牲者になるだけだった。
 でも理屈じゃない。
 燃え盛る村が、倒れている村人達の姿が今でも鮮明に思い出せる。あの光景を忘れることなんて出来やしない。
「そんなしみったれた顔すんなって!ほら、酒でも飲め!今日は俺が奢ってやるよ!!」
 ガハハと笑って背中を叩いてくる。
 この人は不器用なりに俺を慰めてくれている様だ。
「そうですね…じゃあごちそうになります」
「おう、じゃんじゃん頼め!遠慮すんなよっ」
 いつまでも心配させていてはいけない。
「ルイーダさーん、メニューの端から端まで全部持ってきてください」
「おぉぉおい!?少しは遠慮しろよ!」
「遠慮するなって言ったじゃないですか…」
 こうしてこの日はゾルムさんと夜まで騒いでいた。







「あー、頭痛てぇ…。」
 のそのそとベッドから這い出る。
 昨日ゾルムさんと飲んでいたのは覚えているのが途中から記憶がない。どうやってこの宿まで帰ってきたんだろう…。
 こんなになるまで飲むのは久しぶりだ。

 気分が少し楽になってから最近日課になってきた魔法剣の練習をする。紅く染まる刀身に軽い満足感を覚える。だいぶスムーズにできるようになってきた。
 …一度何かで試し斬りしないとな。
 疲労感を覚えつつ、いつもの様に荷物を整えて宿を出る。




 ルイーダの酒場につくと掲示板にこんな紙が貼ってあった。
 
 ──お知らせ──
 カナン周辺は今ままで通り冒険に出ても大丈夫です。
 ルカ方面へは危険の為、通行を禁止します。

 どうやら低ランクへの冒険禁止命令が解けたらしい。早速パーティ募集の張り紙を探す。
 お…?

 ──冒険者なりたての方、一緒に魔物を退治しに行ってみませんか?  
    昼過ぎに南門を出発予定。興味のある方は南門に集まってください。── 

 いきなりパーティ募集にありつけるとは…。
 昼過ぎまで少し時間があるので食事を済ませてから行くことにした。







「どうも初めまして、戦士のシュウイチっていいます。」
 そういって軽く頭を下げる。
 目の前には竹槍を持ち皮の鎧を着込んだ男や、どう見ても普段着に杖を持っただけの男、そして全身を鉄装備でガチガチに固めた男がいる。
「どうも、募集をかけた戦士のボッコです。」
 竹槍を持った男が言う。
 あんたはこれから一揆でも起こすのか。
「魔法使いのトムだ」
「せ、戦士のイワンです」
 杖を持った男と全身鉄の固まりが名乗る。
 どうみても僧侶が居ない。
 そういえば募集条件何も書いてなかったっけ…。
 このバランスの悪さはそのせいか。
「では早速行きましょう」
 ボッコの言葉に全員が南門の外へ歩き出す。
「うわぁっ?!」
 つまづいたのかイワンが転ぶ、ガシャーンとすごい音がした。
「大丈夫か?」
 全身鉄だし、歩きにくいんだろう…そう思いながら声をかける。
「あ、あの」
「ん?」 
 鎧の中でイワンがもがいてる気配がする。
「そ、装備が重くて動けないんです、持ち上げてくれませんか?」
 トムは見てみぬ振りをして先に進んでいるし、ボッコに至っては気付いてすらいない様だ。

 大丈夫かこいつらは…先行きを考え思わず溜息をついた。




[3226] その15
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:36

 俺の銅の剣が人面蝶を切り裂く!
 ボッコの竹槍がバブルスライムに突き刺さる!
 イワンは転んで動けない!
 トム座って様子を見ている!

 戦士の洗礼を受けた影響があるのだろう。この程度の相手は苦にならなくなってきている。
 もう一体の人面蝶を切り裂き、一息つく。
「ふぅ、なんとかやれましたね」
 額の汗を拭いながら細い目を更に細めてボッコが微笑む。
「うん、まぁ、なんとかなったっていうか…」
 地面でジタバタともがいてるイワンに顔を向ける。
「なぁイワン…その鎧脱いだ方がいいんじゃないか?」
「い、嫌ですよ。この下パンツしか履いてないのに恥ずかしいじゃないですか!」
 なんで鎧の下がパンツ一枚なんだ。
「もうその役立たず置いていかないか?こんな奴居なくても、敵なんて僕の魔法で焼き尽くしてやるさ」
「そんなぁ…」
 トムの言葉にイワンが情けない声を上げる。
「さっきは俺が焼き尽くされそうになったけどな…」
 俺の呟きをトムは聞こえなかったかの様にそしらぬ顔をしている。
 ───話は少し前、南門を出たところに遡る。



 南門を出て最初に出会った魔物は大アリクイが三体だった。
 まだこちらに気付いていない。
「気付かれない内に一二の三でいきましょう」
 ボッコの言葉に頷き、
「じゃあ俺は右の奴を」
 銅の剣を構える。
 その横でイワンが鋼の剣を構える。
「ぼ、ぼぼくは、ひ、ひだりのやつ」
 どもりすぎだ。
「いきますよ、一、二の…三!」
 ボッコの合図で大アリクイに向かって走る。
 するといきなり背後から、
「メラ!」
 という声が聞こえ、俺の顔のぎりぎり横を火の玉が追い越して目の前の大アリクイに当たる。
 頬の部分が少しヒリヒリと傷む。
 少し遅れて何が起こったか理解し、冷や汗がどっと出てきた。
「お、おい。どこ狙ってんだ!」
 慌てて振り返りトムの方を見るがなにやら目つきがおかしい。  
「ふふふ…ははは!メラ!メラァ!!」
 次々と火の玉が飛んでくる。
「うわっ、ちょ、落ち着け!こっちに敵はもう居ないって!!」
 飛んでくる火の玉を死にもの狂いで避けながら叫ぶが一向に止める気配がない。
 何発避けたのだろうか、火の玉が飛んでこなくなりトムの方を見ると、体を地面に投げ出す様にして座り、荒い呼吸をしながらこちらを見ている。
「ど、どうだ僕の魔法はっ…」
 背後を見るとボッコが二体目の大アリクイに止めを刺しているところだった。
 焼け焦げているのは俺が切りかかろうとした一体だけで、残りは二体はボッコが一人でやったらしい。
 イワンは途中で転んだようで、ジタバタともがいている。
「…どうだも何も最初の一発しか当たってないって」
 呆れて言う俺にトムは顔をしかめ、
「君が目の前をチョロチョロするから気が散って当たらなかったんだよ」
 とこちらを睨み付けてきた。
 なんなんだこいつは。
 こちらも負けじと睨み返す。
 険悪な雰囲気になった俺とトムの間をボッコが割って入る。
「まぁまぁ二人とも落ちついて、次はうまくやりましょう」
 トムは不快そうに鼻を鳴らしそっぽを向いた。とりあえずイワンを助け起こしに行くことにする。
「大丈夫か?」
 潰れたカエルのような姿が哀愁を誘う。
「す、すいません。ちょっと緊張しちゃって転んじゃいました」
「あんたは魔物と戦うのは初めてか?」
「はい…」
「なら仕方ないさ、俺も初めて魔物と戦ったときは散々だったし」
 そう言って慰めておく。
「さて、それではそろそろ行きますか」
 ボッコの言葉に魔物を探して再びあても無く歩き始めた。


 ───そして現在に至る。
 トムが魔力切れで疲れたと言い出したので少し休憩することになった。結局あの男は最初の大アリクイ一体を倒した以外、何もしていない。
 …イワンはそれ以上に何も出来てないが。
 もう少しイワンがどうにかならないかものかと、色々試行錯誤してみることにする。
 
「こういうのはどうだろう、腰から下の部分だけ外してみるとか」
「えー、パンツ見えちゃうじゃないですか」 
「パンツがあるだけマシだろう。さっきから転びまくってるのも、その足装備が引っかかってるからかもしれないし」
「は、恥ずかしいなぁ…」
 イワンがもじもじと足装備を外しだす。そういう仕草は男がやっても気持ち悪いだけだ。

「ど、どうでしょう?」
「…………」 
 視覚的にかなり問題があった。
 上半身は鉄の装備で目以外見えなくほど固められているのに対し、下半身はステテコパンツ一枚。足から伸びたスネ毛がなんともいえない味を出している。これで街を歩いたら間違いなく変質者扱いだろう。
「シュウイチさん?」
 何も言わない俺にイワンが訝しげな声をかけてくる。
「うん…い、いいんじゃないかな。ちょっとそこを全力で走ってみなよ」
「分かりました、やってみます!」
 徐々にスピードを上げてドタドタと走り始めるイワン。やたらと上半身がふらついている。
 あ、上半身だけ重いからバランス悪かったかな。
 そう思った瞬間にイワンがヘッドスライディングのように地面へ頭から突っ込んだ。
 そのままがぴくりとも動かない。
 その有様を見てトムが腹を抱えて笑っている。ボッコは元々目が細いので笑っているのかどうか判別がつきにくい。

 ──結局イワンが意識を取り戻すまでそれから更に五分ほどかかった。


 

 辺りは夕焼けで赤く染まっている。
「いやー、皆さん今日はお疲れ様でした」
 南門に戻ったところでボッコが皆に今日魔物の落としたゴールドを配る。
 42G、あの程度の強さの魔物の落としたゴールドを分配するとこんなものだろう。
「ふん、これっぽちか」
「す、すいません僕全然お役に立てなくて…」
 トムとイワンがお金を受け取り帰って行く。
 さて、俺も帰るかな。
 そう思って宿の方向に帰ろうとするとボッコに呼び止められた。
「シュウイチさん、ちょっとこれからお時間よろしいですか?」


 ルイーダの酒場は食事時の人々で賑わっている。
 店内は混んでおり、二日程前にエルと食事をした隅の席に座ることになった。果実酒を一口飲んで目の前の男に視線を戻す。
「それでお話っていうのは何かな?」
 ボッコは細い目でじっとこちらを見ている。
「シュウイチさんに耳寄りなお話がありまして…」
「耳寄りな話?」
「えぇ、ここだけの話ですので他言無用でお願いします」
 ボッコは声を潜めて少し顔をこちらに寄せてくる。
「実は私、この街の富豪に知り合いが居りまして…。その知り合いからちょっとした、頼まれごとをされたのです」
 …ほう。
「それで…?」
「その頼まれごとというのが少し厄介でして…。東のとある場所にある洞窟でしか取れない鉱石を少し取ってきて欲しいとのことなんですよ」
 …大体話が見えてきた。
「…その鉱石を取りに行くのを手伝えってことかな?」 
「お察しの通りです」
 でも少し引っかかる。
「なんで俺なんだ?自分でこんなことを言うのもなんだけど、俺より強い冒険者なんてそこらにいくらでも居るだろうに」
「ランクの上の冒険者を引き入れるとなると、分け前を多めに寄越せと言われかねませんからね。低ランクでそこそこ腕の立つ人間が欲しかったんですよ」
 なるほど。
「となると、今日のパーティ募集もその選考の為に集めたようなもんか?」
「えぇ、思ったよりも人数が集まらなかったのと、使えない連中が集まったのは誤算でしたが…。あなたが居たのが唯一の救いでしたね」
 そう言って目を更に細める。
 使えない連中って…。
 この男は思っていたよりも腹黒い人間の様だ。
「人数はなるべく少人数が好ましい。…四人くらいでしょうか。私に貴方、僧侶と出来れば魔法使いを引き入れたいところです」
「まだ受けるとは言ってないんだけど…」
「えぇ、無理にとは言いません。今回の話はルイーダの酒場を一切通さない、言わば個人的な依頼になりますので、ランクが上がることもありませんからね」
 ボッコが言葉を続ける。
「ただし、その分報酬は破格です。報酬は8000G。その8000Gを四人で分配することになります。…後々揉めないように言っておきますが割合は私が4、他の三人が2です」
 それでも一人頭1600G、以前の護衛の報酬が700Gだったのを考えると確かに破格だ。
「…どうでしょう。悪い話ではないと思うのですが、受けていただけませんか?」
 ボッコが目を細めたままこちらをじっと見てくる。
 1600Gもあれば装備の新調も出来るな…。少し怪しい気もするけど…何事も経験だ。
「分かった、引き受けよう」
「そうですか、こちらも助かります。では明後日の朝に東門でお会いしましょう。それまでに人数は揃えておきます」
 そう言ってボッコは立ち去っていった。果実酒を飲み干して一息つく。

 …とりあえず、明後日までに色々と準備を整えとかないとな。



[3226] その16
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:37

 約束の日の朝、少し早めに東門に行くと既にボッコと背の高い髭を蓄えた男が待っていた。
「おはようございますシュウイチさん、こちらは僧侶のロランさんです」
「どうも戦士のシュウイチです」
 軽く頭を下げる。
 髭を蓄えた男は柔和な笑みで、
「はじめまして、ご紹介に預かりましたロランです」
 と丁寧にお辞儀を返してくる。
 髭で多少年齢が分かりづらいが三十代前半くらいだろう。あと一人は見つかったのだろうか。
 聞いてみることにする。
「あと一人は見つかったのか?」
「えぇ、魔法使いの方を探し出すことが出来ましたよ。そろそろ約束の時間なので、来ても良い筈ですが…」
 ボッコがそう言って街の中の方に目を向ける。釣られて俺も街の中の方に目を向けると、こちらに走ってきている人がいるのが目に入った。
「あれじゃないのか?」
「えぇ、彼女がそうです」
 長い黒髪のストレートヘアの女の子で、身長は低い様に見える。その子は俺達の前にピタっと立ち止まるとアハハ…と笑い出した。
「いやー、すいません。ちょっと寝坊しちゃって」
 結構綺麗な顔立ちをしているのだが、顔に似合わず軽いキャラの様だ。年齢は十代後半…といったところだろう。
 改めてお互いに自己紹介をし合う。彼女の名前はルイというらしい。
「へぇ、お名前シュウイチっていうんですか。シュウイチさん結構カッコイイですね」
 そう言ってこちらを見上げてくる。
「あぁ…そりゃどーも」
 なんと答えていいか分からず曖昧に返事を返す。あまりにもあっけらかんと言われてしまったせいか照れや嬉しさが沸いてこない。
「それでは行きましょうか。夜には洞窟に着くでしょうから、順調にいけば明日には戻ってこれると思いますよ」
 ボッコの言葉で東門を出発した。



 ひたすらボッコの先導の元、歩く。
 ルイがなにかと、
「シュウイチさんって何か趣味あります?」
 とか、
「今度私とお食事でもどうですか?」
 とか纏わりついてくるので前を歩くボッコとロランから十メート近く距離が開いてしまっている。
 あぁ、これは思ったよりも辛い旅になるかもしれない。
 内心溜息をついていると小声でルイが呼びかけてきた。
「シュウイチさん、シュウイチさん」
「ん、何かな…」
「そのままどうでもいい会話をしてる振りをしてください」
 ん…?
「おかしいと思いません?この依頼」
「……確かになんか変だなーとは思ったけど」
 なんかこの子雰囲気変わったか?と思いつつ、こちらも小声で返す。
「鉱石を富豪が欲しがってるって、一見筋は通ってるように聞こえるけど、私達みたいなぺーぺーの冒険者が行ける場所にある鉱石を8000Gも出して買い取る様な物好き居ると思いますか?」
「…ただの物好きなんじゃないのか?」 
「それに鉱石を運ぶっていうのに、馬車じゃなくて徒歩ってのもおかしな話ですよね?」
 確かにそれには違和感を感じる。 
「それじゃ何だってんだ?それこそ俺達ぺーぺーの冒険者を連れ出してきても何の意味もないだろう」
「そうなんですよねぇ、それがなんだか分からなくて…」
 そういってルイは何か考え込むような素振りをしている。
 考えすぎではないだろうか。
「杞憂じゃないのか?」
「杞憂ってなんですか??」
「なんだ知らないのか、昔…中国の杞って国に天が落ちてこないかって心配している男の話があってな。考えても無駄な心配する有様のことを言うんだよ」
確かこんな意味合いだった筈だ。
「へぇ……そうなんですか。それでそのチュウゴクっていうのはシュウイチさんの故郷ですか?」
 ルイが首を傾げてこちらを見ている。
 …しまった、少し気を抜きすぎてたか。
 こちらの人間には中国と言っても分かる訳がない。
「…まぁ、そんなとこだ」 
「お二人とももう少しペースを上げてください。距離が離れてしまってますよ!」
「あ、はーい」
 ボッコの呼びかけにルイは小走りで向こうに駆けていった。
 そう、考えすぎだろう。
 不吉な予感を否定するように軽く頭を横に振り、ルイと同じく小走りにボッコの後を追っていった。


 目的の洞窟までの道中、敵とはまったく遭遇せずに済んだ。洞窟に着いたのはボッコの言った通り、すっかり辺りが暗くなってしまってからだった。
 森の奥まったところの山肌にぽっかり大きな穴が空いており、洞窟の中は暗く、松明を照らしただけでは奥の方は見えなかった。
「この奥にあるのか?」
「はい、この洞窟にある筈です。私も初めてここに来ますので、この中のどこにあるかまでは探さないと分かりませんが」
 俺とボッコの声が反響して木霊する。
「うわー、すっごい奥まで続いてそうですねぇ」
 そう言うルイの声も大きく反響している。

 結局ボッコ、ロラン、ルイ、俺の順番で進むことになった。ボッコと俺は松明を片手に持っている。
 俺達の靴音だけが反響して響く。辺りはどこまでも暗く、圧迫感を感じる。
 考えてみると洞窟に入るなんて生まれて初めての体験だ。
 背後から何か得体の知れない物が沸いてくるような気がして、ついつい何度も後ろを振り返ってしまう。
 やばい、これは下手なお化け屋敷よりよっぽど怖いぞ…!
 心臓の鼓動が激しくなっているのが分かる。そんな俺を見てロランが優しく微笑む、
「大丈夫です、神のご加護が私達を守ってくれますよ」
「シュウイチさん、怖かったら手を握ってもいいですよ?」
 ルイの言葉はスルーした。


 しばらく歩いていると道が途中で左右に分かれていた。左側は中腰に屈まなければ通れないほど縦幅が狭い道になっており、
 右側の方はふたり並んで通れない程度に横幅が狭くなっている。
 ボッコがそのまま立ち止まらずに左側の道に行こうとした瞬間、
「あぁぁあああああああ!!」
「うおおおお!?」
 急にルイが叫び声上げ、釣られて俺も叫ぶ。
 慌てて周囲を見渡すが何も見当たらない。
「どうしました…?」
 ボッコが尋ねる。
「と…」
「と…?」
 俯いたままのルイの言葉に続きを促す。何が起こったんだ…。

「トイレいきたくなっちゃいました」 

 ルイの言葉に場がしらけていくのを感じる。
 ルイ以外の皆が一斉に溜息をついた。
「ちょっと外に行ってくるので、シュウイチさん付いてきてください」
「へ?ちょっと待て。なんで俺が…」
「だってシュウイチさん松明持ってるじゃないですか」
「それなら皆で出ればいいだろう」
「ヤですよ、トイレに皆を連れ回すなんて恥ずかしい」
 ルイと俺のやり取りにボッコが軽く溜息をつき、
「分かりました…シュウイチさん、付いて行ってあげてください」
 と言った。
「さーさー、シュウイチさん急いで!そろそろ我慢の限界なんです」
 グイグイと手を引っ張るルイの言葉に、
「分かったよ…」
 渋々付いていくことにした。

 洞窟の外へ出る、先程まで感じていた圧迫感が消えて少し気分が良い。
「シュウイチさん」
「あぁ、ここで待ってるから松明持っていけよ。余り遠くに行くなよ?」
「そうじゃなくてですね」
「ん、どした?」
 一息おいてルイが話し出した。
「私こう見えて結構鼻がきくんですよ。小さい頃もそれで犬鼻のルイちんとか呼ばれたりしちゃって。…女の子に向かって犬鼻はないと思いません?」
 何が言いたいんだこの子は。
「思い出話はいいから先にトイレ行ってこい!」
「あぁ話が逸れてしまいました、そうではなくてですね…」
 
「──先程の分かれ道、左側から強い血の匂いと腐敗臭がしました。あのボッコという男は、意図的にそちらの方向へ誘導している節があります」

 一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「あのままあの男の誘導されるままに進むのは危険なので、少しお芝居をさせてもらいました。今すぐここから離れましょう」
 そう言ってルイが俺の手を引っ張る。
「おい、疑いすぎじゃないのか。ロランさんはどうする??そもそもなんでそんな考えに行き着いた?」
 俺の様子にルイが軽く溜息をつく。
「ここでのんびり説明している暇はありません。移動しながら説明します」
 そう言って再び手を引っ張るが俺は動かない。
 まだ判断に悩んでいた。
「シュウイチさん、今は私を信じて下さい」
 ルイが真っ直ぐこちらの目を見てくる。
「……分かったよ、行くから説明してくれ」


 足早に歩きながらルイの説明を聞く。
「シュウイチさんは違和感を感じませんでしたか?」
「何が?」
「ボッコは初めてあの洞窟に来たと言ってたんですよ?なのにいざ洞窟に入ってみると、スタスタと先に進んじゃうじゃないですか」
 言われてみれば確かにそうだ。
 普通あんな暗闇を歩くときは足元を警戒する。だがボッコはそんな素振りを一切見せなかった。
「そしてあの分岐ですね、あの分かれ道に遭遇したら普通の人は右を選びます。…何故だか分かりますか?」
「……左は屈まないと通れない道だったからか」
「そうです、普通の人は移動し辛い道よりも、通り易い道を優先します。なのにあのときもあの男は迷わず左に進もうとした。そして不審に思ったところにあの匂いです」
「言いたいことは分かった…でもなんで俺だけに話したんだ?ロランさんもまさか共犯なのか?」
「いえ…ロランさんはどうなのか分かりません。ただシュウイチさんは以前から見知っていたので安全だと確信していました。あの状況でボッコだけを置いて抜け出すのも困難でしたし、ロランさんが何も知らなかった場合、私は彼を見捨てたことになります…」
 ロランさんはそんな危険な状況で取り残されたのか。彼がボッコと組んでいる可能性もあるが…。
「…私のことを軽蔑しますか?」
 ルイが俺の目をじっと見ている。
「いや、そんなことはないさ」
 落ち着いて答える。
 それに俺にそんな資格はない。脳裏に燃え上がる村の光景が浮かぶ。
「シュウイチさん…?」
 立ち止まった俺にルイが訝しげに声をかけてくる。
「俺、洞窟に戻るよ。君はこのままカナンに帰れ」
 俺の言葉にルイが反論してくる。
「危険です、あの血の臭いの強さは普通じゃない。戻れば間違いなく命に関わりますっ」
 確かにそうだろう、俺の中の何かがずっと引き返すなと警鐘を鳴らしている。 
「そうかもしれない、今も怖くて仕方ないしな…。でもここで帰ったら、ずっと後悔し続ける羽目になるんだ。俺にはもうそっちの方が耐えられないよ」
 あんな屈辱は二度と味わいたくない。
「…分かりました、引き返しましょう」
「ルイが無理して付き合う必要はないよ」
「カッコイイこと言ってますけど、私一人でどうやって帰るんですか。魔物に襲われたらか弱い女の子一人じゃお仕舞いですよ?」
 確かにそうだ。ルイの安全のことまで頭が廻ってなかった。
「そんな顔しないでください。申し訳ないと思ったなら、帰ったときにご飯奢ってくださいね?」
 そういって笑いながらこちらを見上げてくる。
「分かったよ、好きなだけ付き合おう」
 苦笑して答える。
「約束ですよ?では急いで引き返しましょう」
「分かってる!」
 俺とルイは洞窟まで走って引き返し始めた。



[3226] その17
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:37
 闇の中を松明の明かりだけを頼りに進んでいく。洞窟に入ってからまだボッコとロランのどちらとも遭遇していない。
「シュウイチさん先に言っておきますが…」
 ルイが声を潜めて話しかけてくる。
「ボッコはもちろんのことですが、ロランさんに出会っても、いきなり不用意に近づかないで下さい」
…分かった」
「──ロランさんが居た場合、私が軽く彼に質問をします。それで黒だった場合は会話の中でさり気無く、『シュウイチさんは私にラブラブでした』というので、距離をなるべく取ってから逃げましょう」 
「その不自然な言葉が出てる時点でさり気無くないだろ…」
 この子はどこまで本気なのか分からない。

 しばらく歩くと先程の別れ道に差し掛かった。
「やはりすごい血の臭いですね…」
 ルイが顔をしかめている。俺には何も感じることができない。
 左の道を見ながら言う。 
「やっぱり先にこっちに行くのか?」
「気が進みませんけど、そうしましょう。これだけ音が反響してるとなると、向こうからも私達の存在が丸分かりなので、十分注意して進んでください」

 窮屈だった道も少し歩くと天井が高くなり、普通に歩けるようになった。少しずつ進むにつれ、錆びた鉄の様な臭いが俺にも嗅ぎ取れるようになってきた。
 そして奥のほうから、クチャ…クチャ…と何かを咀嚼するような音や、何かを引きちぎる様な音が聞こえる。
 なるべく足音を立てないようにゆっくりと進む。進むにつれ、血の臭いがますます濃くなってくる。
 急に道が広くなり、そのまま少し空間が開けた場所に出た。

 ──松明の明かりに照らされた空間は、正視に堪えない有様になっていた。

 地面の所々を染めているドス黒い染み、そして所々に転がる、辛うじて人の一部分だったと判る足や指等の肉片。
 恐らく冒険者の物だろう、鎧の破片や剣等も散乱している。
 そして松明の明かりが届ききらずにぼんやりと照らされている奥まった場所で、人影が屈んでいるのが見える。
 その人影は両手にある何かを咀嚼しているようで、人影の頭部が揺れるたびにクチャ…クチュ… と、湿った様な音がする。
 ごくりと唾を飲み込み少し前に出る。照らし出された後姿はボッコのものだった。明かりに気付いてる筈だがボッコは何かを咀嚼する動きを止めない。
「シュウイチさんあれは…っ!」
 揺らめく松明の光が屈んだボッコの先にあるものを微かに照らす。
 それは仰向けに倒れている人の様だった。
 倒れている人影のズボンや、僅かにボッコの影から見える上着に見覚えがある。
 ……あれはロランのものだ!
 ルイの言葉に反応したのだろう、ボッコの動きがぴたりと止まる。
「……いやぁ、遅かったですねお二人とも。ルイさんはなかなか鋭そうなので、てっきり逃げ出されたのかと思っていましたよ」
 こちらに背を向けたままボッコが言う。この状況でも変わらぬ口調が逆に恐ろしい。
「何やってんだお前は…それにソレは……!」
 声が震えているのに気付く、今すぐにでもここから走り出して逃げてしまいたい。
「あぁ、これですか?」
 俺の言葉にボッコが何でもないことの様な口調で答える。
「上司からは冒険者の芽を潰せ、と言われただけなのですが、食うな…とも言われてませんからね」
 …上司?
「さて、今はお腹も満たされているわけですが、このまま帰すわけにもいきませんからね」
 そういってボッコがゆっくりと立ち上がり振り返る。
 隣でルイが息を呑む気配がする。
「……ッ!?」
 ボッコの口の周辺はドス黒く染まっていた。
 ところどころに肉片らしきものがこびり付いている。
「おっと、これは失礼。女性の前で見せるものではありませんでしたね」
 ボッコはそういって右手で口を拭っている。
 なんなんだこいつは…。
 俺の知っているドラクエの世界でこんな存在は居ただろうか?少なくとも人間ではない筈だ。

「お待たせしました。それでは死んでください」
 ボッコがそのままこちらにスタスタと歩いてくる。手には何も持っていない。
 銅の剣を構えたが、ボッコの見た目が人に見える為、一瞬躊躇ってしまう。
 ボッコが無造作にこちらの頭部に目掛けて手を伸ばしてくる。余り予備動作を感じさせない不自然な動きだが、早い。
 辛うじてかわしたものの、体制を崩してしまった。
 再びこちらに手を伸ばしてくるボッコ。
「メラッ!」
 ルイのメラがボッコの頭部に直撃する。
 ボッコ頭部が燃え上がり、よろめいてる内に後ろへ下がり体制を整える。
 
「シュウイチさん、アレはどう見ても普通の人間ではありません。躊躇っているとこちらがやられてしまいますよ!」
 ルイの叱咤に頷く。
「ルイ、松明を持っていてくれ」
 左手に持っていた松明をルイに渡す。 
「酷いですねルイさん、私じゃなければ死んでいましたよ」
 そう言ってボッコが顔を覆っていた手を下ろす。
 その顔は焼け爛れており、細い目の部分だけが赤く輝いている。
 明らかに人ではない。
 …もう躊躇わない!
 剣を構えてボッコに向かって駆ける。
 無造作に伸ばしてきた右手の肘から下を切り落とし、こちらを捕まえようとする左手も切り落とす。
 そしてそのままよろめいているボッコの体に剣を突き立てた。ボッコの体を蹴り飛ばしながらその反動で剣を引き抜く。
「メラッ!」
 ルイの生み出した火球がボッコの体に当たり燃え上がる。
 ボッコはそのまま仰向けに倒れていった。

「ふぅ…」
 燃えているボッコの体を横目に辺りを見渡す。照らし出された凄惨な空間に顔を顰めた。ロランも一目で生きては居ないと判る。
「何者だったんでしょうね、この人は」
 ルイが燃えているボッコの体に目を向ける。
「分からない、とりあえずここから出よう」
「そうですね…」
 ルイがロランの遺体の方をちらっと見る。彼を置いていったことを気に病んでるのだろう。
「お前はやれるだけのことはやったんだ。誰も責めたりしないさ」
 ルイの頭に手を置く、ルイがこちらを見上げている。
「──それに、お前が俺を連れ出してくれてなかったら、俺も多分生きちゃいなかっただろうしな……ありがとう、ルイ」
 ルイの目が潤んでいき、ルイが慌てて下を向く。
「ありがとうございます…シュウイチさん、少しだけ気が楽になりました」
「ん、気にするな。それじゃとりあえずここから出よう」
 そう言って来た道を引き返そうとする。

「どちらに行かれるのですか?まだこちらの用件は済んでいませんよ」

 慌てて振り返ると、燃え上がったままのボッコの体が起き上がる。 
 右腕が生え、左腕も同じように生えていく。
 ボッコの体が盛上がっていき、ボッコの体を燃やしていた炎が消えていく。
 頭も見る見る内に歪んでいき、頭部からは角の様な大きな触覚が後方に二本流れるように生えていった。
 全身が赤く染まり、尻尾が生え、最後に背中から翼が生えてくる。
 もはや最初の人間だった頃の面影は欠片も無い。
 
『この体に戻ると、言葉を話すのが不便で仕方ありませんね。』
 ひび割れたような言葉が目の前の魔物の口から聞こえてくる。
 あの姿には見覚えがある、
「レッサーデーモン…」
『…ほう、私の存在を知っているとは中々博識でいらっしゃる』
 俺の呟きを聞き、目の前の魔物の言葉に、少し面白がるような気配が混ざる。
『今度は先程の様にはいきませんよ。改めて死んでください』
「メラっ!」
 レッサーデーモンが言い終えるとほぼ同時にルイがメラを放つ。
 燃え上がる炎を物ともせず、レッサーデーモンが獣の様に四つん這いになってこちらに突っ込んでくる。
 突っ込んでくるレッサーデーモンの頭部に目掛けて銅の剣を振り下ろすが、横に素早く避けられてしまった。
 その大きな巨体からは想像も尽かないほど素早い。するどいツメが振り下ろされ、腕を掠める。
 腕に走る痛みに顔をしかめつつ剣を振り下ろすが、レッサーデーモンの右腕を浅く切っただけだ。かなりまともに当てたつもりだが相手にあまりダメージを与えられていない。
 再び腕が振り下ろされてくる。銅の剣で受け止め、そのままジリジリと押し返そうとする。すると銅の剣が ボキッ と音を立てて折れてしまった。慌ててレッサーデーモンを思いっきり蹴り飛ばす。 
「ルイ、ヒャドは使えるか!?」
「はい、一応使えます」
「こいつにはメラはあまり効かない、ヒャドならダメージを与えられる筈だ」
 そう言いながら腰に差してあった聖なるナイフを抜く。 先程まで使っていた銅の剣と比べ、リーチがかなり心許ない。
 俺の言葉を聞いて相手もルイの方を警戒した様だ。標的をルイに変えて突っ込んできた。
 ルイの前に立ちふさがり、体当たり気味に密着してレッサーデーモンの右腕を左手で押さえつけ、頭部にナイフを突き立てる。
 ……駄目だ、このナイフでも浅く傷をつける程度のことしかできない。
 レッサーデーモンが左肩に噛み付いてきた。青銅の鎧の左肩の部分が噛み砕かれ、左肩に激痛が走る。
「くそっ…放せ!!」
 右腕でレッサーデーモンの首に何度もナイフを突き立てようとするが、
 硬い感触が返ってくるばかりでレッサーデーモンの噛み付く力は緩まない。
「ヒャド!!」
 ルイの焦った声色でヒャドが放たれる。
 レッサーデーモンの体に氷柱が突き刺さり、肩に噛み付かれている力が少し緩む。その隙に再びレッサーデーモンを蹴り飛ばし距離を取る。
 再びルイがヒャドを唱え、レッサーデーモンに氷柱が突き刺さる。
『ギャアアアアァッ!』
 レッサーデーモンが先程までの紳士ぶった口調ではなく、獣の様な苦悶の叫び声を上げる。
 その様子を見ながら体の様子を確かめる。
 左肩の感覚がない、かなり血が流れてるようだ。左の手反応も鈍い。
 こりゃ左手は使い物にならないか…。
「シュウイチさんもう魔力がありません!」
 ルイが絶望的な叫びを上げる。
 こりゃお手上げかな…。
 心の中で軽く呟く。
 俺のナイフでは奴にまともに傷をつけることはできない。

 ……いや、自信はないが一つだけまだ試していない方法がある。

『人間如キガァァ!』
 レッサーデーモンが怒りの表情でルイに突っ込んでくる。それを先程の様に体当たりの要領で強引に止める。
 再び左肩に噛み付かれ、一気に意識が遠くなる。
「シュウイチさんっ!」
 ルイの叫びに意識が引き戻される。
 ──ここで意識を失ったら全てが終わる。
 飛んでいきそうになる意識を繋ぎ止め、意識を集中させる。
 熱が頭から右肩、右腕に伝わり、そしてナイフに流れるイメージ。
「…くたばれ、このエセ紳士が」
 そのままレッサーデーモンの首にナイフを突きたてる。すんなりと突き刺さる感触を手に感じ、そのままレッサーデーモンの首を切り落とす。
 レッサーデーモンは断末魔の叫び声を上げる間もなくその場に崩れ落ちた。




「シュウイチさん大丈夫ですか!?」
 駆け寄ってくるルイに軽く返事を返す。
「…いや、余り大丈夫じゃないかな…。悪いけど、俺の袋の中から薬草取り出してくれ」
 ルイが放り出してた俺の袋を拾い、ゴソゴソと中を漁っている。
「うわっ、何ですかコレ。袋の中ほとんど薬草ばかりじゃないですか」
「趣味なんだよ薬草採取が…」
 確か、袋の中には松明を持つのに邪魔だから入れた皮の盾と干し肉、それと水筒とお金以外には薬草の類しか入れていない。
「へぇー、変わった趣味ですね…」
 感心したのか呆れたのか分からない声をルイが出す。
「いや、それはいいから早く薬草を渡してくれ…」 
 左肩の傷を見るのも怖い。
 とりあえず出血を抑えないと…。
「あわわ、動かないでくださいよ。私がやりますって!」
 ルイが慌ててこちらに駆け寄ってくる。
 俺の左肩の傷口に薬草を塗りこむように当てながら、ルイがこちらを見上げてくる。
「……痛いですか?」
「実は、痛いのを通り越して感覚が無かったりする」
「そんな…。これ以上はカナンに戻らないと手の施しようがありません」
 この後のことを想像し、溜息をつく。
「そうなんだよなぁ、これから帰らなきゃいけないんだよな…」
 どうやって帰ろう。
 ルイの魔力が尽き、俺の銅の剣も折れた今となっては、魔物に襲われて逃げ切れなければ即アウトだ。
 ナイフ一本でやっていける自信はない。
「とりあえずここから出よう、松明が消えたらどうしようもないしな」
 それに周りの光景や臭いも耐え切れないしな…。
 心の中でそう呟く。
「そうですね、シュウイチさん…立てますか?」
「ん、別に足はやられてないからな。大丈夫さ」
 そう言って立ち上がったが眩暈を感じ、よろめいてしまう。
 あぁ、そういえば魔力も使ってしまったっけ…。
 道理で意識が時折飛びそうになるわけだ。
 血の流しすぎも影響しているのかもしれない。

 ふと足元にある剣に目が留まる。
 ここでやられてしまった冒険者の物だろう。折れてしまった銅の剣の代わりにこれを持って行くことにする。
「人の遺品を持っていくのはいい気はしないけど…。命には代えられないしな」
 恐らく鋼の剣だろう、刀身は鉄の輝きを発している。
「シュウイチさん?」
「あぁ、なんでもないよ。さっさと出ようか」

 ここで殺された名も知らぬ冒険者達や、ロランの冥福を祈りつつ洞窟を後にした。




[3226] その18
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:38
 洞窟のあった森を抜け、果てしなく広がる平原に出る。周囲は夜が明けたばかりで気温が少し肌寒い。


 洞窟を出た俺達はその場で少し休憩を取った。
 一息つき、「では出発しましょう」 というルイに、
 もう少し体力と魔力が戻るまで休んでいこうと俺は提案した。
 昨日の朝から寝ずにいたのだ。俺はまだしもルイの体力は持たないだろう。
 だが俺の提案に、ルイは首を横に振った。俺の左肩の傷は、一刻も早く回復魔法を受けさせないとまずいらしい。
 こうして俺達は再びカナンを目指して進むことになった。


「シュウイチさん大丈夫ですか?」
 この質問も何度目だろう。ある程度の距離を移動するたびに、ルイは何度も俺の調子を聞いてきた。
「薬草が効いてきたみたいだ、だいぶ楽になったよ」
 ルイが少しほっとしたような表情になる。
 …これは嘘だ。
 左腕の感覚は確かに戻ってきだしたのだが、楽になったどころか、感覚の無くなっていた左肩に再び激痛が走るようになってきた。痛みが頭の芯まで響いてくる。
 だが弱音を吐いてもいられない。
 終わりの見えない道のりをただひたすら西に向かって歩く。



 二時間ほど歩いただろうか、後ろで何かが倒れる音に振り向くとルイが倒れていた。
「ルイ!?」
 抱き起こし、ルイの顔色を伺う。
 呼吸が荒い。
 額に手を当てると、僅かに熱もあるようだ。
 …やはり体力に無理があったのだ。
 魔力を使い切ってたのはルイも同じ。冒険者になりたての女の子が、この状態でカナンまでの道のりを歩くのは、元々無理があったのだろう。それをこの子は俺の肩の傷を気遣って、一切疲労を口にしなかったのだ。

 …とりあえずここでルイの意識が戻るまで待つか?
 だが、状態が悪化しないとも限らない。下手をすると二人ともここで野垂れ死にだ。
 どうすればいい…よく考えるんだ。
 こんな場所では他の人の助けは望めないだろう。とりあえず安静にできる場所を探すか…?
 いや、サクソンとカナンを結ぶ街道ならあるいは…!

 ルイを背負い立ち上がる。
「──ッ!」
 今までにない痛みが左肩に走る。おそらく傷口が開いたのだろう。
 痛みに耐えつつ歩き出す。街道に出るだけなら、それほど時間はかからない筈だ。


 ──街道になんとかたどり着いた。
 道の脇にある岩陰にルイを横たわらせ、自分も岩にもたれかかり一息つく。
 後はここでルイの様子を見ながら、馬車が通りかかるのを祈るしかない。
 左肩を見る。
 馬車が一切通らず、時間がかかってしまったらもうこの左腕は二度と使い物にならなくなるかもしれない。
 …仕方ないよな、やれるだけのことはやったんだ。いざとなったら魔法使いにでも転職するさ。
 そう自分に言い聞かせる。
 そのまま意識がゆっくりと落ちていった。


「おーい、あんたら大丈夫かぁ?」
 誰かの声で目を覚ます。
 目の前には馬車が止まっており、手綱を握っている御者がこちらを見ている。
 …どうやらまだ神に見放されてなかったようだ。
「すいません、ちょっと連れが熱を出してしまって…。乗せていっていただけませんか?」
 俺の頼みに御者は快く頷いてくれた。
 馬車から人が降りてくる。
 見覚えのある金髪ロンゲ姿。更にトーマス君やサイも馬車から降りてきた。
「お前、こんなところで何やってんだ?」
「よう、ア……ロンゲ」
「アレスだ!」
 そんな名前だったか。
 見知った顔を見て助かった、という思いが広がる。
「シュウイチさん、酷い怪我をしてるじゃないですか!」
 トーマス君が杖を取り出し、手を掲げる。
「べホイミ!」
 体が淡い光に包まれ、左肩の傷がみるみる内に塞がっていく。
「おぉ、これはすごいな…」
 俺の居た世界にこの力があればどれだけ便利だろう。医者は仕事が無くなるかもしれないが。
 トーマス君がルイの方に視線を送った。
「そちらの方もどこか怪我をしているのですか?」
「いや…この子は単純な疲労と、それからくる発熱だと思う」
「おい、とりあえずこの女を馬車に乗せるぞ。シュウイチ、お前は馬車の中でこの女を受け取れ」
 そういえばアレスに初めて名前で呼ばれた気がする。
「分かった」
 馬車の中に乗り込もうとするとエルが馬車の中からこちらを見ていた。軽く手を上げて挨拶しておく。
「よう、ちょっとお邪魔するよ」
 エルはこくりと頷いた。
 アレスとトーマス君が抱え上げてきたルイを受け取り、馬車の中に横たわらせる。
 外に居たメンバーが次々に馬車に乗り込んできた。貨物を積んでいることもあってだいぶ狭い。
「……ったく、とんだお荷物拾っちまったな」
 アレスがぼやく。
「シュウイチ、なんであんな場所に居たんだ?」
 サイがこちらに質問を投げかけてきた。
「話すとちょっと長くなるんだけど──」







 話終わり、全員の顔を見渡す。皆半信半疑といった表情だ。
 …エルは相変わらず表情が変わっていないが。
 アレスが髪をかき上げながら口を開く。 
「人語を解し、人に化ける魔物か…にわかに信じがたいな。そんなもの御伽噺の中でだけで十分だ」
「でもシュウイチさんが怪我をしていたのは事実だし、嘘を言っている様にも思えないよ」
 これはトーマス君だ。
「疑うなら、帰りにでも俺の言った洞窟に寄ってくれればいい。まだ犠牲者の遺体が残っている筈だ」
「悪いがそうさせてもらおう、これが本当の話ならルイーダの酒場に報告しなければならない。…いや、それどころか一度冒険者を全員集めて、話し合わないといけないかもしれないな」 
 アレスが深刻な顔をしている。
 馬車が急にスピードを落として止まった。
「兄さん達、魔物が出たぞぉ!」
 御者からの言葉にルイを除く全員が馬車から飛び出す。


 キラービーが二体にバブルスライムが一体。
 この程度なら麻痺や毒に気をつければ問題ないだろう。
 サイが御者の前を守るように立ちふさがる。
「ヒャド」
 エルの放った氷柱がバブルスライムに突き刺さる。
 俺とアレスがキラービーに向かって駆け出す。怪我が治ったせいか、体がとても軽くなったように感じる。
 キラービーが少し上空に逃げ、こちらを伺うように飛び回る。アレスが横でもう一体を切り伏せているのが横目に見えた。キラービーが横からこちらに急降下してくる。突き刺そうとしてくる針を横にかわし、すれ違いざまにキラービーを切りつける。思ったよりも軽い手ごたえに後ろを振り向くと、キラービーは斜めから真っ二つになっていた。

 すごい切れ味だな…。
 手の中の鋼の剣を見る。陽の光を反射して刀身が眩しく輝いていた。
「お前…」
 アレスの呟きとサイの口笛を鳴らすのが聞こえる。ゴールドを拾って再び馬車の中へ乗り込んだ。

 馬車に揺られながら色々サイやトーマス君と話をする。
 彼らは護衛の依頼でサクソンに向かっており、もう少ししたらサクソン村に着くようだ。
 確かに周りを流れる光景に見覚えがある。
「シュウイチはサクソンの出身なんだよな?あそこにいい女はいるか?」
 サイが真顔で聞いてくる。
 こいつの頭は女か酒で埋めつくされているに違いない。
「あぁ、ミランダさんっていう未亡人が居てな。ムチムチのすごい体をしてるよ。…良かったら紹介しようか?」
「おおおお、シュウイチお前っていい奴だなーー!」
 サイが感激したように手を握ってぶんぶん振ってくる。そこまで感激してくれると俺としても嬉しい。
 ミランダさんも夫を亡くしてから寂しいと言ってたし、喜んでくれるかもしれない。
 アレスがくだらない、と言った表情でこちらを見ている。あの顔だ、きっと今まで女に不自由したことがないんだろう。トーマス君は苦笑している。

 横で寝ていたルイが身じろぎする気配がする。起きたのかと思ったがまだ眠っているようだ。
 この子にもだいぶ迷惑をかけたな…。
 カナンに帰ったら好きなだけ飯を奢ってやろう。
 …あれ?
 なにか大切なことを忘れている気がする。
 ……何だっけ。
 ………!!
「あああああああ!!」
 突然叫び出した俺に皆が驚いた顔をしてこちらを見ている。
「どうしたシュウイチ?」
 サイが怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「そういえば…こんだけ死ぬ思いしたのに報酬もらえないじゃん!!」
 そう、そもそもあの依頼自体が作り話なのだ。報酬なんてもらえる訳がない。
「まぁ…そんなに気を落とすなって。今度一杯奢ってやるからさ」
 サイがポンポンと肩に手を置いてくる。
 肩の部分が壊れた青銅の鎧もどうにかしないといけないのに…。
 でもよく考えてみるとこの鋼の剣は2000G位した筈だ。それを考えると逆にすごいプラスなのかな。
 ふと視線を感じ顔をそちらに向けるとエルがこちらをじっと見ている。
「あぁ、ごめんな、うるさくして」
 エルが首を振る。
「あなたが居て丁度良かった」
 何の話だろう? 
「着いたぞぉい!」
 御者の言葉に前方に目を向けると見慣れた村が見えた。この村を出た頃と変わった様子はない。
 …村の人達は元気だろうか。

 馬車はそのまま、俺の第二の故郷とも言える村の中へ入っていった。



[3226] その19
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:39
 馬車を降り、村の人達と再会を喜び合う。
 最初は馬車から俺が降りてきたとき村の人達は驚いていたが、すぐに俺の無事を喜んでくれた。この村の人達は相変わらず温かい。
 アレス達のパーティは村長の家に向かった。彼らは今日は村長の家に泊まることになる。

 ルイは俺と一緒にローレン爺さんの家に泊めることにした。
 隣のおばさんに家の扉を開けてもらい、ルイを抱きかかえて中に入る。家の中は少し埃っぽさはあるがそれほど汚れていない。ルイをじいさんの使っていた部屋のベッドに寝かせ、おばさんの元に戻る。
「部屋が思ってたよりもキレイなんですけど、これは誰が…?」
「たまに掃除はしてたんだよ、あんたがいつ帰ってもいいようにねぇ」
「すいません、ありがとうざいます」
 頭を下げる俺におばさんはいいんだよ、と笑う。
「それより、もう少ししたら彼女を連れて家にきな。おいしいもんを食べさせてあげるよ」
「おばさんの料理を食べれるのも久しぶりですね。楽しみにしてます」
 このおばさんの名前はローズさんという。
 この村に居た頃はたまにローズおばさんの料理をごちそうになっていた。ローレン爺さんは食べれればなんでもいい、という考え方の人間だったし、俺は簡単な料理しかできない上に、この世界の食材についてはまったく知らなかったのだ。俺にとってローズおばさんの料理はこの村での数少ない楽しみの一つだったのである。

 ローズおばさんが出て行って少しすると家の扉がノックされる音がした。
「はいはい?」
 扉を開けるとサイが立っていた。
「よう、シュウイチ。早速例の女を紹介してくれよ!」
「あーはいはい、ミランダさんね」
 ちらっとルイの寝ている部屋の方に目を向ける。
 …まだ起きないかな。
「分かった、今から紹介するよ。着いてきて」
「おうよ!」
 家の外を出て向かい側に並んでる家の内の一軒のドアを叩く。中から ハーイ という声とドタドタと歩いてくる音が聞こえる。
「きたきたぁ!」
 後ろでサイが嬉しそうにしている。
 ドアが開き、豊満な肉体の女性が出てくる。恐らく体重は100キロを軽く超えているだろう。相変わらずのムチムチな肉体だ。
「あらー、シュウイチ君久しぶりじゃないのぉ。…後ろの方は?」
「お久しぶりです、こちらは僕の知り合いでサイって言うんですけど、ミランダさんの話をすると、どうしてもお会いしたいって聞かなくて…」
 なにやら後ろでサイが俺の背中をバシバシと叩いてくる。
 感極まってるようだ。
「あらあら、私なんかに会いに来てくださる方がいらっしゃるなんて嬉しいわ!さぁさぁ、中に入ってくださいな。お茶でもごちそうしますわ」
 ミランダさんも喜んでくれたようだ。 
「あ、自分は友人の看病があるのでこれで失礼します」
「あら残念、それじゃサイさんだけでもどうぞ」
 ミランダさんがあまり残念ではなさそうな満面の笑みを見せている。
 これ以上はお邪魔だろう。さっさと戻ることにした。
「それじゃあサイ、頑張って」
「おいシュウイチてめぇ、話が違うじゃ」
「ほらほら、サイさんこちらへいらっしゃって!あなたのことを色々聞きたいわ!」
 サイは言葉の途中でミランダさんに引きずられて家の中へ消えていった。
 良いことをした後は気分が良い。少し軽い足取りで爺さんの家に戻った。

 家に戻り、爺さんの部屋へ行くとルイが体を起こして窓の外を見ていた。
「お、目が覚めたか」
「シュウイチさん?ここはどこですか??」 
「サクソン村、俺の以前世話になってた人の家だよ」
「助かったんですね、私達…」
 ルイが安堵したように胸を撫で下ろす。
「あれから街道に出たところで、他の冒険者に拾ってもらえてな。後で礼を言っとくといいよ」
 さて、ルイも起きたことだし、ローズおばさんのご飯をごちそうになりに行くとしよう。

 ルイを連れて家の外を出た。
 ルイがきょろきょろと辺りを見回している。
「シュウイチさんはカナンに来る前に、ここで暮らしていたんですか?」
「あぁ、何もないけど、村の人達は良い人ばかりだし…良い村だよ」
 夕暮れに照らされる村の風景、駆け回っている村の子供達、どこからともなく漂ってくる夕飯の香り、この光景を見ると無性に元の世界が恋しくなる。
 そういえば、元の世界を思い出すことも最近少なくなってきた。
「シュウイチさん…なんか寂しそうな顔してますね」
 慌てて表情を戻す。
「いや、腹減ったなーってさ。隣のおばさんがご飯用意してくれてる筈だから、食べに行こう」
 そう言ってローズおばさんの家に向かって歩き出す。
 …このまま少しずつ元の世界のことを思い出さなくなっていくのだろうか。
 それがとても悲しいことの様に思えた。


 ローズおばさんの所で夕食をごちそうになる。
「シュウイチが彼女を連れて帰ってくるなんてねぇ、この子も隅に置けないよ」
「あ、そう見えちゃいます?」
 ルイが照れたように頬をかいている。
「たまたま仕事で一緒になった子ですよ。今回の仕事でずいぶんと世話になっちゃって…」
 ルイが不満そうにこちらを見ている。
 おばさんから見えないテーブルの下からつつくのは止めて欲しい。
「冒険者ってのは危険な仕事なんだろう?ルイちゃんはどうしてなろうなんて思ったんだい?」
「いやぁ、冒険者じゃないと出来ないことが色々とありまして…」
「色々ってなんだい?」
「それはあれですよ…色々ですよ」
 ルイがアハハ…と笑っている。答えになっていない。
 わざわざ冒険者になるくらいだ、この子にも色々と事情があるのだろう。

 おばさんの家を出る。周囲は日が落ち、暗くなっていた。
「どうする?村長の家に行くか??今なら商人とか冒険者の話が聞きたくて、村長の家に結構人が集まってると思うけど…」
「うーん、そうですねぇ…。助けてくれた人達にお礼言っとかないとですね」
 そう話しながら歩いていると、爺さんの家の前に小柄な人影が立っているのが見えた。
「あれは…エルか?何してるんだろ」
「…助けていただいた方達って、あの人のパーティですか?」
 ルイの口調が少し変わった気がする。
「あぁ、そうだけど…知り合いか?」
「いえ、知らない人ですね。」
 気のせいだろうか。 

 俺達に気付いてる様で、エルがこちらに顔を向けているのが分かる。
「どうしたんだ、そんなところで? 俺に何か用か??」
 エルがこくりと頷いた。
「魔物の本…」
「魔物の本?」
 一瞬間が空き、記憶が蘇ってくる。
 以前に何故新種の魔物のことを知っている?と、聞かれたときに、このじいさんの家の本を読んだって答えてしまったのだ。
「魔物の本ってなんですか?」
 固まっている俺を他所にルイがエルに質問している。
「最近各地で現れてる未知の魔物達の載った本。彼は以前それをここで読んだと言っていた」
「へぇ、そんなすごい本があるんですか。そういえばあのときの洞窟の魔物の名前も、シュウイチさん知ってましたもんね」
 非常にマズイ。
 …冷静になるんだ。何か良い言い訳がある筈だ。
「読ませて欲しい」
 エルが袖を引っ張ってくる。
「あ、あぁ、とりあえず中に入ろうか」
 家の中に入り二人に椅子を勧めながら口を開く。
「その本なんだけどさ、何処にしまってあるか分からないんだ。…タイトルも覚えてないし」
 諦めてくれ!
 そう祈りつつ言い訳をする。
「分かった、それではこの本棚を探させて欲しい」
 そう言ってエルは、本棚の本を端からパラパラと流し読みし始めた。駄目だ、この子はこの程度の言い訳では諦めない。
「シュウイチさん、本の色くらいは覚えてないんですか?」
 ルイが余計な援護をしてくる。
「あー、うん、色もサッパリ覚えてないんだ」
「シュウイチさん、忘れっぽいですね」
 やかましい、そもそも知らないものを覚えている筈がない。
 エルはすごい勢いで本を探している。魔物の絵が並んでる本だけを探して一気に流し読みしている様だ。この勢いでは全ての本を確認し終わるまで十分もかからない。
「ところで、シュウイチさんがお世話になってたって人はどこに居るんですか?」
 ルイが首を傾げている。
 そういえば爺さんのことを言って無かった。
「死んだよ、…魔物に殺されたんだ」
 ルイが驚いた顔をした。
 エルも本をめくる手を止めてこちらを見ている。
「…ごめんなさい」
 ルイが俯いた。
 気を使わせてしまったらしい。
「いや、別に謝る必要ないだろ。ちゃんと説明してなかったのは俺なんだし…」
 部屋が静かになり、エルが本をめくる音だけが聞こえる。
 少し間を置いてルイがポツリと口をひらいた。
「…シュウイチさんはそれで冒険者になったんですか?」
「ん、そうだな。魔物で大切な人を失くす人を、少しでも減らしたかったのかな…」
 ――もしくは…憎悪かもしれない。
「そうですか…」
 ルイは再び俯いて何か考え込んでるようだった。
 空気が重い。
「無かった」
 エルの声に本棚の方に目をやると、エルがこちらをじっと見ている。
 しまった、こちらの対応を考えて無かった。
「あー、もしかしたらじいさんが捨てちゃったのかな?ここ以外に本置いてないし…」
 そう言うとエルはこちらをじっと見た後、
「残念…」
 と、ぽつりと呟いた。心なし落ち込んでるようにも見える。普段感情を見せないだけに、とても申し訳ない気分になってくる。
「悪い、変に期待させちまったみたいで…」
 そう謝った俺にエルは首を振り、口を開いた。
「興味のある本が何冊かあったので、読ませて欲しい」
「あぁ、構わないよ。好きなだけ読んでくれ」 
 そう言うとエルは本棚から次々と本を抜き出し、テーブルに積んでいく。…何冊読む気だ。
「…すごいですね」
 ルイがその光景を見て唖然としている。どうやら考え事は終わったようだ。
 しばらくエルの本を読む様子を二人揃って眺めていたが、我に返ったのかルイも本棚を漁り始めた。
「あ、これなんか面白そうかも」
 そう言って本を読み始める。
 なんとなくそれに釣られて、俺も適当に本棚から本を取り出し読み始めた。


 それから二時間ほど経ったが、俺とルイが入れ替わりで風呂に行ったとき以外、未だに三人揃って黙々と読書を続けている。
 他の人から見るとかなり異様な光景かもしれない。
「…眠くなってきちゃいました。あの部屋で寝ちゃっていいですか?」
 ルイがあくびをしながら立ち上がった。
「あぁ、構わないよ。おやすみ」
「おやすみなさいー。…あ、シュウイチさん一緒に寝ます?」
「…さっさと寝ろ。」
「はーい」
 ルイは笑いながら爺さんの部屋に入っていった。 
 エルの方を見るが未だに本を読むのを止める気配はない。
「お前は寝なくて大丈夫なのか?」
「平気」
「そっか」
 …もう少し付き合うか。
 再び本の続きを読むことにした。



 ゆっくりと目が開き周囲を見渡す。
 テーブルの向かい側にエルが突っ伏している。どうやら自分はいつの間にか寝てしまってした様だ。今何時くらいなのだろう、時計が無いので分からない。
 …とりあえずエルをどうにかするか。
 少し考え、エルを自分の部屋のベッドに運ぶ。
「ん…」
 ベッドに寝かせると軽く身じろぎをしたが起きては居ないようだ。
 さて、どうするかな。
 自分の寝る場所がない。
 一瞬、ルイの一緒に寝ません?発言が頭に蘇るが即座に否定する。その次にエルの横に寝る自分を想像し、再び頭を振る。
 何を考えてるんだ俺は。
 よく考えるとじいさんと二人で暮らしていた為余分な毛布も無い。
 …まぁそれほど寒くもないし、一晩くらいなら平気か。居間のテーブルに再び突っ伏して寝るとしよう…体が痛くなりそうだが。
 居間に戻るとエルの読んでいた本のページに目が留まる。

  『ラーの鏡にまつわる伝承』

「…この世界にも存在したのか」
 まぁいい。今は眠いし…明日にするか、もしくはカナンに持っていこう。
 ランプを消し、再び眠りについた。



[3226] その20
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/22 20:39

 …寒い。
 なんだこの寒さは。

 余りの寒さに震えつつ目を覚ますと見慣れたテーブルが目に入った。
 …あぁ、そういえばサクソンに帰ってきてたんだっけ。
 昨日は、そう寒くないし大丈夫だろうと、毛布も何もなしで寝たのだが、早朝の冷え込みを甘く見すぎていたようだ。
 寒さに震えつつ暖炉にメラで火をつける。
 メラによる疲労を感じつつ、あることに思い立つ。
 そういえば、俺以外の人って魔法唱えるときに魔法名を唱えてるよな…。
 何か理由があるのだろうか。初めてメラを覚えた頃は魔法名を唱えていたのだが、魔法名を唱えずとも出ることが判って以来、一度も名前を唱えたことはない。後でルイかエル辺りに聞いてみよう。


 昨日エルが読んでいた本を手に取る。
 『ラーの鏡にまつわる伝承』
 ラーの鏡、ドラクエの世界ではお馴染みのイベントアイテムだ。
 真実を映し出すと言われており、ゲームの中では人間に化けている魔物の正体を見破るのに使われていた。もしこの鏡を使うことが出来てたなら、ボッコの正体も見破ることが出来たのだろう。

 本を読む限り、ラーの鏡については様々な逸話がある様だ。
 どれも共通点があり、それは魔物が人に成り代わっていた、というものだ。
 見たところ似た様なものはあるが、ドラクエシリーズのどれかに該当するものはなさそうだ。
 本の最後に著者の言葉で、
「ラーの鏡の行方については誰も分からない。人から人へ渡り、今も存在しているのかも定かではないのだ。一番新しく目撃されたとされているのが二百年以上も前の話になる。もしかしたら、最後に目撃されたルネージュ城に今も眠っているのかもしれない」
 と、締めくくっている。
 一番最後に使われたのが二百年以上前…。
 アレスは魔物が人語を解し、人に化けることを御伽噺の様だと言っていた。恐らくは二百年近くその様な魔物は姿を見せていないことになる。
 一度歴史の舞台から消えた高度な知能を持つ魔物達が、何故今になって現れるようになったのか。あのレッサーデーモンの言っていた『上司』という存在。余り良い想像は浮かんでこない。

 
 家のドアをノックする音がする。
 こんな朝早くから誰だろう?
「はいはい?」
 ドアを開けるとトーマス君が立っていた。
「おはようございます、シュウイチさん」
「おはよ、こんなに早くからどうしたの?…まさかもう出発だったり?」
 いかん、なんの準備もしていない。 
「いえ、そうではなくてですね、昨日からサイとエルが帰ってこなかったんですよ。二人ともシュウイチさんのところに行くと言っていたので、こちらにお邪魔してるのではないかな、と思いまして」
 心配して様子を見に来たらしい。
 エルは確かに居るのだがサイは…。
 どうやらあのままミランダさんの家に泊まったらしい。大人の関係というやつだ。これでミランダさん一筋になり、サイの女癖が改善されるといいのだが…。
「あぁ、エルは俺の部屋で寝てるよ。サイは…ほら、俺が紹介するって言ってた女の人のところにさ…。」
 それで俺の言いたいことを察してくれた様だ。トーマス君は苦笑いしながら、
「それならいいんです、出発は昼前の予定ですので、昼前になったら村の入り口に集合してください」
 そう言って戻っていった。
 とりあえず朝食をどうするかな…。
 この家には食料を一切置いてないし。たびたび頼って申し訳ないけど、ローズおばさんに相談してみよう。
 そう思いながら椅子に座ってボーっとする。
 …しばらく経ってローズおばさんの家に行った。


 ローズおばさんは快く朝食の用意を引き受けてくれた。
 申し訳ないのであるだけの薬草を置いていくことにする。この村の基本は物々交換だ。
「すいません、後、今日はもう一人女の子が増えると思います」
「構わないよ、それにあれだけ薬草もらえりゃ十分さ。あんたが居なくなってから、薬草を取ってくる人も居なくなったしねぇ」
 もう一度おばさんに頭をさげ、じいさんの家に戻る。

 家に戻るとルイが起きていた。
「おはようございます、シュウイチさん」
「おはよ、今日の昼前に村を出るってさ。悪いんだけど、俺の部屋行ってエル起こしてきてくれないか?ローズおばさんが朝食用意してくれてるからさ」
 そう言ってルイの方を見るが何故かルイが固まって動かない。
「どした?」
「どうしたって…シュウイチさん、あんた旅先で一体何やってんですか!?」
「何って、何が??」
「いや、何って…そんなこと言わせないでくださいっ!」
 ルイの頬が真っ赤に染まっている。
 自分の姿を見下ろし、何かおかしな所がないか探す。
 ……あぁ。
 自分の格好ではなく発言に問題があったことに気付く。
「何か勘違いしてるっぽいけど、俺は昨日ここで寝たぞ」
「え?」
「エルが昨日あのままここで寝ちまってさ。風引くと悪いかなーって、俺の部屋に寝かせたんだけど…」
 こいつは俺をどういう目で見てるのだろう。
 とりあえずルイを半眼で睨む。
「…あ、そうですよね。シュウイチさんがそんなことする筈ないですよね!あはは……、エルさん起こしてきまーーす」
 こちらが文句を言う前に、ルイは笑って誤魔化しながら逃げて行った。
 昨日は一緒に寝ません?とか人をからかったくせに、意外とそういうことには弱いらしい。そういえばトーマス君にも勘違いされたかもしれない。後で訂正しておこう。






 馬車がサクソン村から離れていく。
 村の入り口で見送ってくれた人達に手を振る。
「サイさーん、またいらっしゃってーー」
 あれはミランダさんだ。
「サイ、手を振り返してあげなくていいのか?」
 サイはずっと俯いたまま動こうとしない。
「なぁ、サイってば」
「うるせぇ、俺に触るな!お前のせいで俺は、俺はなぁ…っ」
 俯いて肩を震わせている。ひょっとして泣いているのだろうか。
「そう落ち込むなって、また会えるさ」
 肩に手をポンと置く。だが、サイは乱暴に手を振り払った。
 …機嫌悪いのかな、そっとしておこう。

 少しするとロンゲ…もといアレスが俺に話しかけてきた。
「夕方までにはお前の言ってた洞窟に着く。雇い主も寄ることに了承してくれたしな」
「…そっか」
 再びあの光景をみるのは勘弁願いたいとこだが、そうもいかないだろう。


 馬車の中は退屈なのでルイやトーマス君と一緒に色々と話す。
「そういえばトーマス君達って、いつからこんな感じで固定のパーティ組んでるの?」
「もう組んでから一年くらいになりますか…、元々アレスと僕は小さい頃からの幼馴染で、冒険者になるのも一緒だったんです」
「へぇー」
 こいつと幼い頃から一緒だったのか。我関せず、といった感じでそっぽを向いてるアレスの方を見る。
 …小さい頃から大変だったんだろうな。
「それからある日、サイに固定でパーティを組まないかと持ちかけられて、それから数日後にサイがエルを勧誘してきましたね」
「ほうほう」
 サイの方に視線を送るが、相変わらず俯いたままだ。エルはじいさんの家で読みきれなかった本を何冊か持ってきて読んでいる。勝手に持ち出して良いものかと少し悩んだが、必要としてる人に使ってもらった方がじいさんも喜ぶだろう。
「固定パーティかぁ」
 確かにある程度パーティを固定した方が色々有利な面が多い。以前のトムみたいなやつと組む羽目になることもあるし、戦いのときの連携も見知ったメンバーならやりやすいだろう。
カナンに戻ったら少し考えてみよう。
「シュウイチさんシュウイチさん」
「ん?」
 ルイに視線をやる。
「そういえば、以前あの洞窟で化け物に止め刺す時に、なんかすごいの出してませんでした?」 
 火炎斬りのことか。
「あぁ、アレのことか。あれは剣にメラの熱を通しただけだよ」
「それって、だけってレベルじゃない気がするんですけど…」
 ルイが呆れたような視線をこちらに送っている。
「そんなにすごいことなんですか?」
 トーマス君がルイに質問した。トーマス君にも分からないらしい。彼は僧侶であって、魔法使いの魔法は専門外なだけかも知れないが。
「普通、攻撃魔法は唱えた瞬間相手に飛んでいきますからね。熱だけ剣に伝えるなんて真似、聞いたこともないですよ…」
「──そういえば、シュウイチさんは以前メラを唱えてたときに詠唱もしてなかったですね」
 トーマス君が思い出す様に言ってくる。
「あ、そういえばあの洞窟のときも詠唱なんてしてなかったですよね」
 これはルイだ。
「普通詠唱しないと魔法って出来ないものなのか?」
「そんなわけじゃないですけど、魔法の名前にはその言葉自体に力がありますからね。発動しやすくする為に名前を唱えるのが一般的です」
 ルイの説明を聞いて納得する。
 なるほど、今まで俺はやりにくい方法でメラを出していたらしい。…名前を唱えなくても、やりにくいと感じたことはないのだが。
「恐らく、シュウイチさんは魔法を唱えるときの集中力がすごいのではないですか?攻撃魔法のことはイマイチ分かりませんが…」
 そうなのだろうか。
 トーマス君の言うとおりなら、俺は魔法使いの方が向いていたのかもしれない。
 転職誤ったかなぁ…。
 そう思っていると後ろから肩をつんつんと突付かれた。振り向くとエルの顔がすごく近くにある。
「うわっ?!」
 驚いて思いっきり仰け反る。
 …以前にもこんなことがあった様な気がする。
「見せて欲しい」
 俺に気にした様子もなくエルが話しかけてくる。火炎斬りのことだろうか。
「火炎斬りのこと?」
「名前は知らないけど、そうだと思う」
「いや、あれは…」 
 使っただけでふらふらになってしまう。いつ魔物が出るかも分からないこの状況で、意味なく使うわけにもいかないだろう。
「是非、見せて欲しい」
 そう言って、仰け反った俺に再び近づいてくる。無表情のままだが、何故か妙な迫力がある。
「いや、アレ使うとすぐに体がまともに動かなくなっちまうんだ。こんなところで使うわけにもいかないよ」
 エルがじっとこちらを見つめてくる。なんだか怖い。
「分かった…」
 しばらくこちらを見つめた後、そう言うとエルは視線を外して離れていった。何故だかその姿は寂しそうだ。昨日といい、この子は見た目によらず好奇心に溢れているらしい。
「ごめんな、カナンに戻って冒険に出ない日なら見せてあげるからさ」
 そう言って慰めておく。
 その後もルイにどうやったらそんなことが出来るのか?と、延々と質問攻めを受けた。






 以前レッサーデーモンを倒した洞窟の中、アレスとトーマス君と一緒に洞窟を進んでいく。
 女の子にあの光景を見せるものではないだろうと、ルイとエル、そして何故か落ち込んだままのサイは依頼主の護衛も兼ねて馬車で待機してもらった。
 松明を持ち、二人を先導して歩く。
「こっちだ」
 分かれ道を左に進み、更に進む。
 少し開けた空間にでる。照らされた空間はあのときのまま、凄惨な様子を見せていた。
「これは…ひどいな」
 アレスが呟く。
「あちらの方がそのとき組んでいた僧侶ですか?」
 トーマス君がロランの遺体の方を見て言う。
「…あぁ、そうだよ」
 遺体はあのときと変わらないままそこに横たわっている。
 レッサーデーモンの死体は残っていない。この世界では魔物の死体はすぐに消滅してしまう。
「おい、もういいだろう!確認は取れたんだ、何時までもこんなとこ居ないで出るぞ!」
 アレスがそういって引き返し始める。慌ててそれに着いて行った。
 トーマス君は跪いて両手を合わせ、何かを呟いてからこちらを追ってきた。祈りの言葉だろうか。

 こうして俺達は洞窟を後にした。
 …洞窟を出るとき、残された死者達の無念の声が聞こえたような気がした。




[3226] その21
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:35
 洞窟から更に一日と半日ほどかかり、やっとカナンの街に戻ってこれた。まだ陽は高く、街も活気がある。
「よっしゃ、とりあえず酒呑みに行くか!」
サイはそう言って街の中にぶらぶらと歩いて行った。帰る途中までずっと落ち込んでたのに現金なものだ。
「とりあえずここで解散だ。トーマスとシュウイチ、後そっちの女も少し着いてこい」
 アレスがそう言って俺とルイの方を見た。ルイーダの酒場への報告に行く様だ。エルはすたすたと俺達と違う道に入っていった。

 ルイーダの酒場へと入る。今日はいつもと比べて客や冒険者が少ない。
 アレスはテーブルの間を横切り、一直線にカウンターへ向かっていった。俺達もそれに着いて行く。
「ルイーダ、ちょっと報告しておきたいことがある」
「あら、何かしら」
 ルイーダさんは俺達の顔を見渡して首を傾げている。
「かなり深刻な話だ。実は───」





 話が終わり、アレスが一息つく。ルイーダさんは眉をひそめて少し考えてる様だ。
「この話が事実なら、すぐに何か対応を考える必要がある。…一度冒険者を集めて話し合いをするべきだ」
 アレスがそう締めくくる。
「そうね…、あなた達が揃って嘘を言ってるとは思えないし、一度ここで話し合いをした方がいいわね」
 ルイーダさんが軽く溜息をついた。
「これから収集をかけることになるわ、今依頼を受けてる人達のことも考えると、話し合いは一週間後位ね。ただし、それまでは他の人に他言しないこと。…いいわね?」
 そういってルイーダさんは俺達の顔を見渡した。
 無用な混乱をさける為だろう。皆、神妙な顔をして頷いている。
「それじゃ一週間後にここで会いましょう。くわしい日程は掲示板に書いておくわ」
 ルイーダさんの言葉を聞き、俺達は解散した。



 ルイーダの酒場を出て軽く伸びをしていると、少し遅れてルイが出てきた。
「シュウイチさんはこれから一週間どうするんです?依頼は受けちゃダメですし」
「そうだな…一日、二日は休むとして、それから少し魔物退治に行くかな。…今回報酬無かったし」
 お金を稼がないと少しやばいかもしれない。鎧も修理できるのか聞いてみないといけないし…。
「あ、そでしたね。私も無報酬でした…」
 ルイががっくりと肩を落とす。
 少ししてガバッと顔を上げ、
「シュウイチさん、私もその魔物退治、着いて行っていいですか!?」
 そう言って目を輝かせている。
「あ、うん、こっちとしても助かるよ」
 少しその勢いに引きながら答える。
「良かったぁ、シュウイチさん、大好きです!」
 ルイが満面の笑みで喜んでいる。
 確かに魔法使いは一人で外に出るのは危険すぎるだろう。魔力がつきたら即アウト。誰かと組まないと、とても魔物退治にはいけそうにない。
「そんじゃ、二日後の朝にするか。集合は…南門かな」
 そろそろ違う門をでたところに行ってみたくもあるが、ルイを危険にさらすわけにもいかないだろう。
「分かりましたー。それじゃまた二日後に!」
 そう言ってルイは手を振り、背中を向けて歩きだそうとしてピタっと止まった。
「あ、大事なこと言うの忘れてました」
「ん?」
「ちょっとここではアレなのでこっちに…」
 そういって人気の無い路地の方へ俺を引っ張っていく。


 路地は狭く、人も居ないようだ。
「大事な話って何だ?」
「はい、その前にですね。確認を取っておきたいのですが…。シュウイチさんはボッコの募集を張り紙で見たんですよね?それを見て、南門に集合して、ボッコと知り合った」
「そうだけど??」
 それがどうしたのだろう。
「さっき出てくる前にルイーダさんに確認を取ったんですけど、ボッコという冒険者は存在しないし、見たこともない。…少なくとも名簿には登録されていないそうです」
「そうだったのか…」
 そういえば思い当たる節もある、だからルイーダさんを経由せず、
 直接南門に集合、と募集をかけていたのだろう。
「それでですね、私の場合は直接ボッコが宿に尋ねてきました。人づてに私の事を聞いたと言って、あの話を持ちかけてきたんです」
 ボッコが宿にくる。
 奴の正体を知った今ではぞっとする話だ。
「実はですね、私はその日の昼に冒険者登録をしたばかりだったんですけど。…おかしいと思いませんか?私は冒険者になりたてで、まだこの街に親しい人も居ませんでした。ルイーダさんもボッコのことを見たこともない言ってたのに、ボッコはなんで私のことを知っていたのか」
 確かに、おかしな話だ。
 だとすればどうやって、ボッコはルイのことを知ることが出来たのか。
「偶然どこかで…っていうのは少し厳しいか」
「そうですね、それよりももっと自然にボッコが私の情報を知りうる可能性、ありますよね」
 ルイがその日に冒険者になったことを知っている、もしくは知ることが出来たであろう人間、つまりは訓練所の人達、…もしくは登録をしたルイーダさん本人か、ルイーダの酒場で働いている人達。
 頭に浮かんだ嫌な考えを慌てて打ち消す。
「…気が付きました?あくまで可能性の話ですけど、もしかするとルイーダの酒場の内部に、ボッコと同じ存在がいるかもしれません」
 ありえない、とは言い切れない。
 ルイーダさんや訓練所の人達の顔を思い浮かべる。あの中にそんな危険な存在が紛れているのだろうか。
「ルイーダさんは魔物ではない、という確信が持てなかったので、この話は伏せておきました。あくまでも可能性の話ですが、余りあそこの人に気を許さないで下さい」
 ルイが真剣な表情でこちらを見ている。
「…でも、このまま黙ってて何か起こったらどうするんだ?」
「それは無いと思います。わざわざ自分達の天敵である冒険者の集まる場所に潜んでるくらいです。目的あってのことでしょうし、今の状況で人を襲うリスクくらい理解してるでしょう」
 そう言ってルイは一息つく。
「──何か仕掛けてくるとしたら、恐らく一週間後の話し合いの場でしょうね。私やシュウイチさんにとってはまずい展開になるかも…」
 そう呟いてルイはこちらに背を向けて歩いていく。
「変な話しちゃいましたね、あくまでも私の推測なので、あんまり気にしないで下さい。それじゃまた二日後に!」
 そう言ってそのままルイは走り去っていった。

 そのままルイの走り去った方向を見てぼーっとする
 ルイはたまに人が変わったような鋭さを見せる。普段の少し軽い感じのルイと、どこか鋭いところを見せるルイ。
 …どちらが本当の彼女なんだろうか。





 宿に帰る前に武器屋に寄る。
 鎧の修理を頼めるか聞かなくては…。

 店の中は客がおらず、閑散としている。そういえばここで他の客を見たことが余り無い。
 この店は採算が成り立ってるのだろうか?無駄な心配をしつつカウンターにいるオヤジに話しかける。
「すいません、この鎧のここなんですけど…修理とかってできます?」
「うーん、肩のとこだけなら80Gってとこだな」
 どうやら直せるらしい。
「あ、それじゃ是非お願いします」
 そう言って鎧を外し、カウンターに置く。
「あいよ、明日の夕方までには終わらせとくから取りに来てくれ」
 そう言う店のオヤジの言葉を聞き、店を後にした。





 宿の自室に戻り、ベッドに腰をかける。この部屋にも随分馴染んだものだ。
 ここにくると帰ってきた…という実感が沸く。
 明後日はルイと魔物退治に行くとして、明日はどうするかな。薬草収集に行くのもいいかもしれない。…まぁ、明日になって考えるか。
 
 ランプを消し、ベットに横になって目を閉じる。
 あの洞窟での出来事。
 ルイのルイーダの酒場を信用するな、という言葉。
 様々な考えが頭に浮かんでは消える。

 ──いつしか意識は眠りに落ちていった。



[3226] その22
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:36

 昨日までいつ魔物に出会ってもおかしくない状況であった為、自粛していた火炎斬りの練習をする。
 ただし、今日は宿屋の自室ではなく、南門を出てすぐの所でやっている。今日の練習は下手すると宿屋で火事を起こしてしまいかねない。


「…ッ!」
 地面に思いっきり転んでしまう。そして自分の顔から数十センチ離れた所に、紅く染まる刃が突き刺さった。
 顔に刃から発せられる熱気を感じ、後少しずれていると、自分の命がなかったという事実に冷や汗が出てきた。剣の刃は目の前で少しずつ元の銀色に戻っていく。
「あ、あぶねぇえええええ!!」 
 魔力を使い果たしたせいで呼吸が苦しい。


 今日はもう少し練習を実践に近づけようと、走りながら火炎斬りを発動し、物を切る。といった練習をしようと思った。
 それで斬るものを探そうとしたのだが、考えてみると街中には手ごろなものが中々無い。下手な物を切ったりすると火がつくだろうし、街中の美観を損なうのは気がひける。となると、街の外でやるしかないだろう。という結論になった。
 訓練所なら出来るかもしれないとは思ったが、火炎斬りは無駄に目立ってしまうし、何より、ルイからルイーダの酒場と訓練所の人間には気を許すなと言われたばかりである。

 それから街の外に出て、すぐに目が付いた手ごろな大きさの岩に斬りかかろうとしたところで、あることに気付いた。
 走りながらだとどうしても意識が集中できず、火炎斬りが発動しないのだ。
 考えてみれば、以前レッサーデーモンを倒したときも相手が体に噛み付いており、動かない状態だから発動できたのだろう。走るとなるとバランスを取るために色んな体の部位に神経を使うので、熱の伝導のイメージが難しい。かといって無理に発動させようとすると、先程の様にバランス崩して転んでしまう。
 このことを考えると、今のままでは火炎斬りを実戦で使いこなすのはとても厳しいことに気付く。移動しながらでは発動しないので相手の動いてないときのみ、しかも失敗したら後に残るのは大きな疲労だけ。これでは使うのにリスクが大きすぎる。
 なんとか改善したいところだ。
 …これは魔力とは関係なさそうだし、慣れの問題なのかな。
 律儀に戦闘のなさそうな日を選んで、走りながら火炎斬りを発動させる練習をするしかなさそうだ。

 さて、どうせ南門の外まできたんだし薬草収集にでもいこうかな。薬草もサクソンの村でローズおばさんに全部あげた為、手持ちがない。
 鎧を修理に出したままだけど、まぁ大丈夫かな…ここの強さの敵にも慣れたし、魔力切れのせいで疲労が残ってるがなんとかなるだろう。折角身軽な状態なのだ、魔物に出会ったら全力疾走で逃げるのもいいかもしれない。



 結局森に着くまで魔物には一切出会わなかった。
 俺のイメージではこういう森の中の方が、魔物とかが潜んで居そうなイメージがあるのだが…この森で魔物に出会ったことは一度も無い。というより、この森の周辺で魔物を見かけたことがない。
 考えてみるとおかしな話だ。
 魔物も出ないし、薬草も豊富にあるのに近くのカナンの人達もなぜ、ここのおいしさに気付かないのだろう。
 …気付かれたら俺が困るのだが。
 この森は広く、一番奥に行くのにも三キロメートル以上ありそうだ。
 案外この森の奥地にこの辺りの魔物の主みたいな存在が居るのかもしれない。少し怖い想像をして首を振る。
 んなわけないよな。
 どうせだし今日はもう少し奥の方を探して見るとしよう。いつも同じ辺りの薬草を採っていてはすぐに無くなってしまう。




 時に木々に囲まれて暗くなり、時には木々の間から光が差しこんで明るくなる森の中を進む。
 ちょっとしたハイキング気分だ。どうせなら弁当を作って持って来れば良かったかもしれない。
 そんなことを暢気に考える。
 歩きながら目についた薬草を拾いつつ、更に奥へ進んで行った。


「………困った。」
 辺りを見渡す。
 360°努見渡す限りの森、森、森!
 目の前の薬草に釣られて拾いながら進んでいたら、どちらの方向から来たのか分からなくなってしまった。
 …とりあえず今さっきまで歩いてきてた方向に進んでみよう。
 もしかしたら戻れるかもしれない。




「……ほんとに困った」
 見渡す限りの森。ちっとも森の外に出れる気配がない。もう辺りは陽が落ち始め、薄暗くなってきている。こんなところで夜を過ごしたくない。
 あてども無く歩いていると前方に木々が途切れ、開けた空間があった。
 空間のど真ん中には巨大な木の幹があり、少し神秘的な雰囲気をかもし出している。
 開けた空間に出て、強大な木を見上げる。
「おー」
 その木はとても大きく、巨大な枝や葉に阻まれ、木のてっ辺を見ることさえ出来ない。
 …こんなでかい木あったのか。これだけでかいと森に入らずとも見えても良い筈だが…。
 辺りはもう暗い。不本意だが、ここで今日は夜を明かすしかないだろう。

 どこか手ごろに腰をかけれそうな場所はないかと、木の幹の周りを探して回る。するとこの場所に不釣合いな物が目に入った。
 …なんだこりゃ。
 扉。
 木の幹の一部に木製の扉が付いていた。ご丁寧に扉に続く部分には歩きやすいように巨大な根が張ってある。
 なんでこんなところに人の手が入ったものが…?
 扉の隙間から少し光が漏れている。誰か居る様だ。
 恐る恐る扉をノックしてみる。
 …二度。
 ……三度。
 反応がないのでドアノブを捻ってみると扉はあっさり開いた。

 中はいくつかのランプに照らされ明るく、広かった。テーブルや、ベッド、タンスなど、全て木製の物が置いてあり、人の姿はない。
 家主はどこに行ったのだろうか。
 明かりが点いているということは、出かけていたとしても、すぐに戻ってくるつもりの筈だろうが、とりあえず家主が戻ってくるまで待たせてもらおう。勝手に椅子に座ってくつろぐのも悪い気がするので、床に座った。
 木の匂いに混ざって、どこか甘い香りがする。この住家の持ち主は女性なのかもしれない。どことなく部屋の様子にも女性特有の気配りの様な物が伺える。…これで家主がムキムキの木こりのおっさんだったりしたら少し嫌だ。
 こんな場所に家を建てるとは、物好きだよな…。

 家主がどんな人物かあれこれ考えながら待つが、一向に姿を現さない。
 いつしか目を閉じて待つ内に、眠りに落ちていた。
 

「……なんでこんなとこに居るんですか」


 どこか、聞いた覚えのある声を聞いた気がした。










 寒い…寒さに目を開けると、周囲に平原と森、少し離れてカナンが見える。
「……?」
 空は少し白んでおり、山際は少し明るい。おそらくは早朝だろう。
 しかし何故自分はここに居るのだろう。
 確か森に迷って、そこで強大な大木を見つけ、そしてその幹に家があって…そこで寝てしまった筈だ。
 とりあえずカナンに向かって歩きつつ森の方を振り返る。やはりあれだけの巨大な木があったら見える筈だが…。
 俺は夢でも見ていたのだろうか?
 不思議な体験に頭を捻りつつ街へ戻っていった。



 宿に戻ると主人が声をかけてきた。
 この人は常にカウンター付近にいる気がする。
 何時寝ているのだろうか。
「あぁ、お客さん。お知り合いという方が見えてるのですが…」
「こんな時間にですか?」 
誰だろう。
「それが、昨日の昼にいらっしゃって、お客様は出かけていると言ったら、待たせて欲しい…と」
「昨日の昼からって…それからずっと居るんですか??」
「はい、あれから降りてこられる姿を見ていないので恐らくは…」
 首を捻りつつ階段を昇る。
 ある可能性に思い至り、苦い思いをしながら自室のドアを開けた。
「…やっぱりか」
 ベットに赤毛の少女が持たれかかるようにして寝ている。
 エルは火炎斬りに強い関心を示していた。俺の街に戻ったら見せてやる、と言った言葉を覚えており、早速見せてもらいにきたようだ。
 …何もこんな時間まで待つことはないだろう。
 その執念に呆れつつエルを抱えて改めてベッドに横たわらせ、毛布をかける。
 明日はルイと魔物退治に行く予定だし、火炎斬り使うわけにもいないのだが、どう謝ろう…。
 とりあえずまだ時間はあるのでもう少し寝ることにする。

 最近俺、まともに布団で寝れること減ったなぁ…。
 そう心の中でぼやきつつ、ベッドにもたれかかり眠りについた。



[3226] その23
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:37

 俺は目覚めは悪い方だ。
 寝起きは大抵しばらくの間ぼーっとしないと動く気がおきないし、脳も働かない。特に安心して眠れる自室などでは、気が抜けているせいか尚更目覚めが悪い。

 だから目が覚めて、真正面からエルに見つめられてることに気付いても動じなかった。動じなかったと言うよりは、単に脳が状況を把握してなかっただけだろうが…。
 そのまま無言でエルを見ながらぼーっとする。エルも何も言わず無表情にこちらを見つめている。熱く見詰め合ってるわけでもなく、至近距離でただ無表情に見詰め合ってる男女。傍から見ると異様な光景に見えるに違いない。


 …何分程経っただろうか、
 ようやく自分の置かれている状況を脳が認識した。
「あぁ、おはようエル」
 とりあえず挨拶しておく。エルが僅かに頷いた。
「なにも半日以上待たなくても、日を改めて来ればいいだろう」 
 苦笑しながら言う。
「どうしても見せて欲しかった」
 この子の好奇心はとても強い。冒険者、というよりは学者などをした方が向いていそうだ。…この世界に学者という職業が成り立っているのかは分からないが。
 とりあえずこれだけの執念を見せているエルには申し訳ないのだが、今日は火炎斬りを発動して見せる訳にもいかない。これから魔物退治に行く予定なのだ。
 …ん、魔物退治?
 あることに気付く。窓から覗く外の強い日差しは朝…といった感じには見えない。
「なぁエル、今もしかして、昼過ぎてる…?」
 エルが頷く。
 その瞬間、まだ少し寝ぼけていた脳がハッキリと目覚めた。
 …やばい!
 軽く二度寝するつもりが思いっきり寝てしまった。
 急いで立ち上がり支度を整える。
「あれ?鎧は?鎧はどこいった??」
 鎧が見当たらず、おろおろする。エルはそんな俺の様子をきょとんと見ていた。
「あぁそっか、修理に出してたんだ!」
 ということは先に武具屋に行かなければいけない。
 ルイの怒っている姿が頭に浮かぶ。もはや一刻の猶予もない。
「悪いエル、今日はちょっと魔物退治の約束があって見せてやれないんだ!又今度埋め合わせするからさ!!」
 そう一方的に捲くし立てるとエルの返事を待たずに部屋から飛び出した。


 宿から飛び出し、武具屋に向かって走る。
「よぅ、シュウイチ」
 ゾルムさんの声が聞こえた気がするが、聞こえなかったことにする。
 今はそんな余裕はない。
 武具屋の中に駆け込み、カウンターにもたれかかり眠そうにしているオヤジに慌てて声をかける。
「昨日の鎧を受け取りにきました!」
 オヤジは俺の様子を気にした風もなく、のんびりとした口調で、
「あいよ、ちょっと待っててくんな」
 といい、裏方の方へ入っていった。
 早くして欲しい。意味も無く足踏みをする。
 オヤジが青銅の鎧を持って出てきた。
「見ての通りバッチリ元通りだ。大した…」
「すいません。ちょっと今急いでるんで!」
 そう言ってオヤジの言葉を遮り、巾着袋から80Gをカウンターに叩きつけるように置く。
 オヤジ一瞬ムっとした顔をしたが、黙って鎧を差し出してきた。
 それを受け取り店の外へ走り出す。
「毎度ありー」
 背後からオヤジのやる気の無い声が聞こえた。

 店から出ると正面から歩いて来ていた人にぶつかりそうになった。
「すいません!」
 そういって横をすり抜けようとすると、
「シュウイチ君…?」
 聞き覚えのある声が聞こえ、思わず立ち止まった。
「マリィさん?」
 振り向くと見覚えのある女性が立っていた。
 黒髪のセミショート、凛とした顔立ちをしており、女性にしてはやや背が高く、服の上からでもプロポーションの良さが伺える。
「久しぶりだね…、元気だった?」
 少し顔を曇らせながらマリィさんが言う。
 今はのんびりと話をしている暇はない。急がなければ…!だがマリィさんの表情がそのまま走り去るのを躊躇わせる。
 ここで 「今急いでますので。」 と言って走り去ってしまうと、自分がどうしようもなく非情な人間に思えてくる。
 先程ゾルムさんをスルーしたことは考えない。
「会えて良かった…。一度キミ達に謝りたかったんだ」
 そういってマリィさんはにかんだ笑顔を見せる。
 割と深刻な話の様だ。ますます立ち去れる空気では無くなった。
「私さ…」
 そう言って話し出そうとするマリィさんの手を掴む。
「すいません、お話は後で伺うので着いて来て下さい」
「ちょ、ちょっとシュウイチ君?」 
 そのまま彼女の手を引っ張って南門の方へ走り出した。


 結局何を言っても無駄だと悟ったのか、マリィさんは俺に引かれるままに着いて来る。
 南門の下でルイが立っているのが見えた。俯いていて表情は見えない。
 …良かった、まだ待っていてくれた。
 嬉しさが沸くのと同時に、ここまで待たせてしまったことへ罪悪感が沸いてくる。駆け寄ってくる俺に気付いたのかルイが顔を上げた。最初は安堵した様な表情をしていたのが、段々ルイの表情が険しくなっていく。
「悪い、遅れた!」
 そう言ってルイの前に立ち止まる。
「シュウイチ君、ちょっと恥ずかしいんだけど…」
「あ、すいません」
 マリィさんの声で手をつないだままだったのを思い出し、慌てて手を離した。
「シュウイチさん」
 ルイの声に、再びルイの方へ向き直る。時たま見せる、鋭い考えをする時の様な真剣な表情をしている。
「…ほんとに悪いと思ってます?」
「あぁ、すまなかった。ついつい寝坊しちゃってさ」
 長い間待たせたのだ、怒られても当然だろう。
「…どうして寝坊した人間が、女性同伴で手をつないでやってくるんですか」
 ルイの言葉は感情の起伏が感じられず、それが逆に妙な迫力を感じさせる。
「こっちはもしかして、シュウイチさんの身に何かあったんじゃないか?とか、嫌われる様なことしちゃったかな?、とか一人で悩んでたのに…。貴方は女性を引き連れて、『いやー、夕べは頑張り過ぎて寝坊しちゃったよ。』ですか」
 そこまでは言っていない。
「あの、さっき私が急いでるシュウイチ君呼び止めちゃったから…。ごめんね、邪魔をして…」
 マリィさんが申し訳なさそうに後ろから声をかけてきた。
 ルイはそれを見て少し口を尖らせ、
「別にいいんですけど…、シュウイチさんはもう少しデリカシーを持って欲しいです」
 とそっぽを向いた。




 なんとかルイをなだめ、改めてマリィさんの話を聞くことにする。
「すいません、待たせちゃって…。さっきの話の続き聞かせてください」
 マリィさんは律儀に俺達の話が終わるまで待ってくれていた。
「なんか、毒気抜かれちゃったな。すっごく悩んでた私が馬鹿みたい」
 マリィさんは少し呆れたような顔で微笑んだ。
「…私さ、あれからずっと落ち込んでたんだ。誰も助けられない癖に、皆辛かった筈なのに、一人だけ我侭言って、皆を責めて…」
 彼女の顔が歪む。
「もう冒険者なんて辞めてしまおうかなーって思った。私には向いてないんだ、忘れよう。他にも選べる道はいくらでもある…って」
 そこで彼女が一息つく。
「でもさ、どうしても頭から離れないんだ。あのときの村の光景と…キミの悔しそうな叫び声が。このままでいいのかな…って。このまま何もかも忘れたことにしていいのかなって」
 …彼女も一人で悩んでいたのだ。目を逸らすことも出来ず、一人で抱え込んで。
「だからさ、強くなることにしたんだ。自分が納得できるまで。…もう何も出来ずに後悔しなくて済むように」
 そう言って彼女は少し照れた様に微笑んだ。
「だから、もうしばらく冒険者として頑張るつもり。…これからもよろしくね!」
 そう言って曇りの無い笑顔を見せ、手を差し出してくる。
 彼女には明るい笑顔の方がとてもよく似合う。
「こちらこそ」
 そう言って少し頬が赤くなるのを感じながら手を差し出したのだが、俺よりも先に横から伸びてきた手がマリィさんの手をしっかりと握った。
「…ルイ?」
 ルイは両手でマリィさんの手を握り、少し困惑した様子の彼女を見上げている。
「私、すっっごく感動しました!マリィお姉さんって呼んでもいいですか?」
 どことなく目がキラキラと輝いている気がする。どうやら彼女をいたく気に入ったようだ。
「え、えぇ…」
 マリィさんは若干引いている。
「もし良かったら、これから魔物退治行くんですけどご一緒しません?お姉さんが一緒に居てくれると心強いです」
 ルイの誘いに少し考えた様子を見せたが、
「うん、一緒にいこうかなっ」
 マリィさんは快く了承してくれた。
「それじゃ早速行きますか」
 そう言って二人を南門の外へ促す。
 早くここから離れたい。
 二人は気付いてない様だが、何人かが立ち止まってギャラリーが出来てしまっている。門の衛兵も苦笑いしている。
 門から出るときに、背後からおばあさんの 「青春だねぇ…」 という言葉が聞こえた瞬間、顔から火が出そうな位恥ずかしくなった。





[3226] その24
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:38

 地面に落ちているゴールドを黙々と拾う。
 考えてみるとゲームのドラクエの主人公達も、描かれてない裏側ではこうやってゴールドを拾っていたのだろうか。
「冒険者ってすごい稼げるんですねー」
 ルイが少し驚いた表情をしている。
「一応命がかかってるしな、それなりの見返りがないと困るってことなんだろ」
 今のところ稼いだ額が合わせて218G。ルイとマリィさんと一緒に魔物を狩り始めて三時間程、すでに以前ボッコの募集で集まったときより稼げている。
 あのときのメンバーと質が違うせいだろう。
 マリィさんの強さはもちろんのこと、ルイも魔力を使いすぎないように魔法の使いどころを的確に抑えている。
「熟練の冒険者の人だと、下手な貴族よりお金持ってるって言われてるし、シュウイチくんの持ってる鋼の剣だって、確か2000Gもしたよね?キミも少し会わない内にすっかり一人前になっちゃってたんだねー」
「いやー、ははは…まいったなぁ」
 マリィさんに肘で突付かれ、乾いた笑いを返す。
 …すいません、これ、殺された冒険者の遺品なんです。言うのも憚られるので黙っておく。
 ルイの視線が痛い。
 視線から逃れるために顔を逸らしたところで昨日迷い込んだ森が目に付いた。
「そういえばさ…、あの森ってなんで魔物が寄り付かないのかな?」
 俺の言葉にルイとマリィさんも森へ視線を送った。
「なんでかな、あの森ってなんだか近づきにくい雰囲気があるよね」
 少し不思議そうにマリィさんが言う。
「…気のせいじゃないですか?」
 ルイは余り興味が無さそうだ。
 昨日のことを話題にしようかとも思ったが、止めることにする。自分でもあれが夢でなかったと言える自信が無いのだ。

 マリィさんの回し蹴りが大アリクイ三体をまとめてふっとばす。
 そのまま大アリクイ達は動かなくなった。
 バブルスライムに止めを刺した俺は、それをぼーっと見ていた。
「…すごいですね」
 ルイの呟きが後ろから聞こえる。
 確かにすごい。
 武器を使わずにあれだけ魔物を倒せるとは。あの脚で思いっきり蹴られたら俺なんか一撃なんじゃないか…?
 …あまりマリィさんを怒らせないようにしよう。




狩りが終わった帰り道、
「マリィさんって蹴り技使うことが多いですよね、殴ったりはしないんですか?」
 少し疑問に思ったから聞いてみる。マリィさんが殴ってる姿を見た覚えが無い。
「んー、脚力の方が腕の力より強いって言うしさ。リーチも長いでしょ?…それに、手で触りたくない魔物も結構居るし」
 何かを思い出したのか、マリィさんが少し嫌そうな顔をする。
 確かにその気持ちは分からないでもない。相手によっては攻撃したときに、思いっきり体液を飛び散らせたりするのだ。なるべく体を近づけたくもないだろう。
「それよりさ、シュウイチ君もルイちゃんも思ってたより強いし、今度都合がいい日に、一緒に東門を出たところに行ってみない?」
 マリィさんの提案に俺とルイが顔を見合わせる。
「どうなんでしょう?私はまだ新人でその辺りよく分からないの。」
 そう言ってルイが俺に目配せしてくる。
 俺が判断してくれ、ということだろう。
「俺は構いませんよ。一応満月草もストックしてあるし、なんとかなりそうかな」
「へぇ、シュウイチくん用意がいいね。いつもそんな感じなの?」
 マリィさんが感心した様な顔をする。
「一応趣味なんですよ、薬草収集が」
 唯一人に誇れるかもしれない俺の特技だ。
「シュウイチさんがそう言うなら、私も大丈夫です」
 俺とルイの言葉を聞き、マリィさんが嬉しそうに頷いた。
「そっか、それじゃ明後日とかどうかな?」
「俺は大丈夫です」
「私もです」
 人と組んでやる魔物退治がこれほど楽だとは思わなかった。以前のパーティが少し特殊だったせいで、悪い印象をいつの間にか持ってたようだ。
 もう少し、パーティを組むことについて考えてみる必要がありそうだ。…明後日の狩りが終わったら、ルイとマリィさんを固定パーティに誘ってみようか。
 ルイはあっさりと了承してくれそうだ。
 マリィさんはどうだろうか…?
 まだ見習いの俺と組むのを嫌がったりしないだろうか。そう不安に思うのと同時に、彼女がそんな理由で断ったりはしないだろう、という確信もどこかにある。
 ま、なるようになるさ。
 考え込みそうになった思考を打ち切る。いつの間にか南門が近くに見えていた。


「それじゃ今日の稼ぎは一人頭、82Gだね。」
 まとめて預かってあったゴールドを、ルイとマリィさんに分配して渡す。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー!」
 ルイとマリィさんの声が弾んでいる。
 気持ちは俺も分かる。
 パーティが終わり、お金の分配が終わった瞬間は、仕事が終わった給料日の様な独特の開放感がある。このまま帰りに飲みに行きたいくらいだ。
「シュウイチさん、マリィさん、一緒にご飯食べにいきません?」
 ルイの言葉に、マリィさんと顔を見合わせる。
 考えることは皆同じ様だった。マリィさんも笑いながら頷いている。
「それじゃルイーダの酒場にいこっか!」
 マリィさんの言葉に場の空気が一瞬固まる。
「…あれ?何かまずかったかな??」
 俺とルイの表情で察したのだろう。マリィさんが遠慮がちに聞いてきた。
「いえいえ、気のせいですよ。さーいきましょう!」
 ルイが少し気合の入った声を出して歩き出す。
 …まぁ、食事するだけだし、問題ないか。
 俺とマリィさんもその後を着いていった。




 ルイーダの酒場に入ると、いつもよりも更に多い客で賑わっていた。
 夕飯時ということを考慮してもこの賑わいは異常だ。カウンターに居る筈のルイーダさんも人ごみに隠れて姿が見えない。壁際に立って談笑しながら飲んでいる客もかなり居る。
 今日は冒険者がいつもより多く居る様だ。
「依頼禁止令が出ちゃってるから、冒険者達も暇なんだね。五日後に何を話し合うのかな??」
 マリィさんが掲示板の方を見ながら言う。
 どうやらすでに、掲示板で話し合いのことは告知されている様だ。
「あ、あそこの席空きましたよ!他の人に取られる前に座っちゃいましょう!」
 ルイが空いたばかりのテーブルに駆け寄って席についた。まだテーブルには前の客の使った食器が残っている。
「すいませーん、これ片付けてくださーい!」
 そのままバニーさんを呼びつけている。
 俺とマリィさんもそれに習って座ることにした。

 やはりこれだけ混雑すると料理が届くまで時間がかかり、全部の料理が揃うまでに40分近くかかった。
「それじゃ、いただきますっ」
 マリィさんが食べ始める。
 動かない俺達を見て、動きが止まった。
「あれ、二人とも食べないの?」
 不思議そうな顔をして聞いてくる。
 そのマリィさんの前にはずらっと並んだ皿の数々。量が男である俺の倍近く多い。ものすごい食欲だ。
「…マリィさん、そんなに食べて太りませんか?」
 ルイが唖然とした声で質問した。。
「えっ?私そんなに太ってるかな!?」
 ルイの言葉を聞いてマリィさんは慌てて自分の体を見渡している。太っている様には見えない。というか、抜群のプロポーションだと思う。
「その養分が全部胸とかにいっちゃってるんですね…」
 ルイがマリィさんの胸を凝視している。確かに大きい。俺の視線にマリィさんが顔を赤くして胸を両手で隠した。
「そんなにじろじろ見ないでよ!」
 そう言って俺を睨む。
「あ、いえ、ご立派です」
 慌ててよく分からない返答をする。
 
「よぉ、楽しそうじゃねぇか。」
 肩を叩かれ、聞きなれた声に振り向くとゾルムさんが立っていた。
「あ、ゾルムさん」
「今日はやたらと客が多いな。ここ、座ってもいいか?」
 そう言いながらこちらが答える前に俺の横に座る。
「この人はゾルムさん。俺が冒険者になるときに色々教えてくれた人だよ」
 二人にそう言ってゾルムさんを紹介する。
「初めまして、ルイです」
「こんばんはー、マリィです」
 二人とも食べる手を止めて軽く頭を下げている。若干緊張している様だ。
 確かに、いきなりスキンヘッドのごついおっさんが現れたら引くよな…。
「おう、嬢ちゃん達よろしくな」
 ゾルムさんは軽く手を上げて答えた。
「そういえばシュウイチ、お前、今朝俺を無視しやがっただろ」
「はい?」
 そういえばそんなこともあったような気がする。
「いや、朝はちょっと急いでまして…」
「やかましい。今日はお前の奢りだな」
 ゾルムさんはそういってバニーさんを呼び止め、注文し始めた。
「ちょ、なんでそんなことで奢らなきゃいけないんですか!?」
「この前奢ってやっただろうが、しかもメニュー全品頼みやがって…。俺があの日いくら使ったと思ってんだ!」
 酔いつぶれた日のことがぼんやりと頭に浮かぶ。
「…あぁ、そんなこともありましたっけ?」
「都合のいいときだけ惚けやがって…!」
 ゾルムさんがヘッドロックをかけてきた。  
 ギリギリと頭の骨が悲鳴を上げる。
「痛っ、マジ痛いですってば!分かりましたよ!奢りますからっ!!」
 ようやく開放され、痛む頭をさする。視界が涙で滲んでいる。
 少しは加減して欲しい。
 クスクスと笑い声がするので前を見るとルイとマリィさんが笑っていた。
「シュウイチさんかっこ悪いです」
「駄目だよルイちゃん、そんなこと言っちゃ…あははっ」
 マリィさんも嗜めながら笑っていては説得力がない。
 …少しはうちとけてくれた様だ。
 それから俺達は色々と談笑しながら食事をした。


 ──結局代金を支払う段階になってルイが、
「そういえばシュウイチさん、奢ってくれるって前約束しましたよね?…というか、マリィさんのおっぱいジロジロ見てたんだから全員分払いますよね?」
 と言い出し、マリィさんも少し照れた様に笑いながら同意したので全部俺が払う羽目になった。
 …不思議なことに、今日の稼ぎ以上のお金が消えていた。






 懐も心も寒くなり、宿に戻る。
「あ、お客さん…」
 呼び止めてくる主人の顔色だけで用件を察してしまった。
「…まだ帰ってないですか?」
「いえ、一度帰られたのですが…夕方頃又いらっしゃいまして…」
 主人の言葉を聞き階段を昇る。
 自室のドアを開けると予想通りエルがこちらを見ていた。テーブルに本が積んである。
 …長期戦を予想してわざわざ本を持参した様だ。
 言うべき言葉が思いつかないので、とりあえず挨拶だけしておく。
「ただいま」
「…おかえり」
 装備を外し、体の調子を確かめる。
 特に問題なさそうだ。
「ごめんな、ずっと待たせちゃって」
「構わない」
 そう言ってエルは本を閉じる。
「それじゃ、大体6,7秒くらいしか持たないから、よく見ててくれ」
 剣を右手で持ち、目の高さまで掲げる。
 集中し易い様に目を閉じ、イメージを頭から右腕、剣へと繋げる。体から右腕を伝って何かが抜けていくような感覚に目を開く。
 鋼の剣の刀身は紅く輝いていた。すぐに強い疲労を感じ、イメージを打ち消す。
 刀身は徐々に元の色に戻っていった。

「…まぁ、大体こんな感じだ」
 一息つきエルの様子を伺う。
「…すごい」
 エルがこちらをじっと見つめている。少し興奮してる様で頬が赤い。この子は歳の割りに、興味の対象を間違っている気がする。ここは頬を染める場面ではないだろう。
「どういった感覚で行っているのか、詳しく教えて欲しい」
 エルがそのまま詰め寄ってきた。

 ──何故か、今日もまともに布団で眠れない気がしてきた…。



[3226] その25
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:38

 例えば、深夜の自室に毎日女の子が来るとしよう。
 とても可愛い女の子だ。
 その子が無防備に自室で何度も寝顔をさらし、寝てるを見て正常な男としてどう思うか。
 俺の場合は…。

 一人悶々としていた。

 エルが寝ているのを見るのはこれで何回目だろうか。俺はこの子に男をして意識されていない気がする。そうでなければ、こうも無防備に寝顔をさらさないだろう。
 普段は無表情なエルだが、寝ている姿を見ると、とても微笑ましい。衝動的に抱きしめたくなるのだ。
 …これも性欲に入るのだろうか。
 抱きしめてからそこから先に…、という感情はあまりない。どちらかと言うと、寝ている猫を見たときの感覚に似ている。
 ──頭を冷やそう。
 エルは俺がそういうことをする人間ではないと、信じてくれてるのだ。
 外に出てしばらくすれば、その内この衝動も収まるだろう。宿屋の主人に軽く散歩してくると告げ、外に出る。


 建物の外に並べて置いてある木箱を軽く押してみて、強度を確認してから座る。
 そのまま月を見上げてぼーっとした。
 綺麗な満月だ。
 見ていると吸い込まれそうな気がしてくる。こういう風に月を眺めたのはいつ以来だろうか。
 この世界に来る前はゆっくり月を眺めるなんてこと、した覚えさえない。
 友人と遊ぶ、テレビを見る、ゲームをする、パソコンをする、そして仕事。その頃を思い返し、今の自分の現状とのあまりの差に思わず苦笑が漏れる。俺の家族や友人、職場の同僚達は、今の俺が化け物と戦って生計を立てていると知ったら、どんな顔をするだろうか。
 一人になったときに、自分がこの世界で異質な存在だということを思い出す。
 家族にも会えない。
 なんとなく一人寂しくなったときに、遊びに誘える友人も居ない。考えると気が滅入ってくる。
 …どうしたんだろう。
 どうも考えが暗い方向へいってしまう。これでは何のために気分転換に出てきたのか分からない。

 扉の開く音に視線を送ると、エルが本を抱えてこちらに歩いてきた。
 そのまま横の木箱に腰をかける。
 話す言葉も思いつかず、再び月を見上げる。横でエルも同じように見上げる気配がした。
「…なぁ、なんでエルは冒険者になったんだ?」
 この子がこの若さで危険な職業に着いている理由が分からない。家族は何も言わないのだろうか?
 静かな空気が流れる。

「──私は、旅に出たい」
 エルが、小さいがハッキリとした声でそう答えた。
「旅に?」
 エルに視線を送る。
 エルもこちらを見つめており、こくりと頷いた。
「…この世界は広い。本で見た風景や空気、それをいつか、この身で感じたい。」
「それで…、冒険者か?」
 再びエルが頷いた。
「今の私では旅に出たところで、魔物に殺されてしまう。旅の資金と、旅に必要な知識、力を身につける為に冒険者になった」
「そっか…」
 旅。
 華奢なこの子にしては似つかわしく言葉だと一瞬思ったが、この子の好奇心の強さを考えると、そう考えてもおかしくないか…と、思い直す。
「いつか、その夢が叶うといいな」
 再び月を見上げる。
 俺の夢はなんだったんだろう。昔は何を願って生きていたんだろうか。何も思い出せない。
「貴方は…、どこから来たの?」
 エルの言葉に少し返事を躊躇う。
「──サクソン村で村長に聞いた。あなたはふらりとおじいさんに連れられて現れ、そして村で生活するようになったと」
 サクソン村に着いた日に、村長の家で食事か何かのときに聞いた様だ。恐らくはアレスやトーマス君、サイも聞いているのかもしれない。
「魔物の本のことも多分嘘。あなたの顔を見ていれば分かる。…あなたは何者なの?」
 騙し通せていると思っていたのだが、少し認識が甘かったようだ。
 …下手な嘘をついてもバレるだろう。
 それに、これ以上嘘を塗り固めたくもない。
「…遠い遠い国から来たんだ」
「どのくらい?」
「遠くさ、地図にも載ってないくらい遠く遠く、ずっと遠く。魔物の本っていうのは嘘だ。でも、本当のことは言えない…ごめんな」
 エルがこちらを見つめている。
 せめてこちらの誠意が伝わるようにと、見つめ返す。 
「あなたは、不思議な人だと思う。妙に常識を知らないかと思ったら、普通の人ではありえないことをやってのける。…本当に、不思議な人だと思う」
 そう言ってエルが立ち上がった。
 そのままこちらに背を向け、歩き去っていく。
「──いつか、あなたの国のことを聞かせて欲しい」
 そんな呟き風に乗ってが聞こえた気がした。

「君達はゲームの世界の住人で、俺はそれで遊んだことがあるんだ…か。言える訳がないだろ…」
 吸い込まれそうな月明かりの中、いつまでも月を眺めていた。









 

 眩しい太陽の日差しを感じながら歩く。

 今日は予定を入れていない。とりあえず宿を出てぶらぶらと歩いている。
 火炎斬りの練習はしたし(結局前回と同じ結果になったが)、明日のパーティに必要そうなものは、すでに揃えてある。
 …また図書館にでも行こうか。
 だが図書館にはエルが居るかもしれない。昨日の今日で少しエルに顔を合わせずらい気がする。こんなときに自分の交友関係の少なさを実感する。
 まぁ、やることないしな…。
 ──結局図書館に行くことにした。




 木や埃の匂いが混じる中、辺りを見渡すがエルは居ないようだ。
 …今日は何読むかな。
 勇者シリーズの本棚に近づく。勇者○○といった感じの本は意外と多い。
 以前読んだ『勇者アーネスト伝記』も、勇者が魔王を倒す、といった内容ではなく、武術に優れた男が、魔物に襲われていた村人を救った等の、偉業を成し遂げていく様が書かれている。
 いわゆる、英雄というやつだ。
 この世界では戦いで高く功績を上げたものが、勇者と呼ばれている様だ。
 俺の、 勇者=世界を救う といった認識は少しずれているのかもしれない。とりあえず以前読んでた続きから読んでいくことにする。もしかしたら、俺の知っているドラクエの主人公のことが書いてあるかもしれない。







 今日はここまでにしよう。
 本を閉じ、軽く伸びをする。もう辺りは薄暗い。
 ──結局俺の記憶にある勇者の話は見当たらなかった。
 ロト、という単語も見当たらない。
 この世界はゲームのドラクエ以前なのか、それとも逆に遥か未来の世界なのか。まったく関係の無い世界なのかも知れない。いずれにせよ、今起こっている魔物の動きに関して手がかりになる何かが欲しい。
 またここにくる必要があるのかも知れない。そう思いながら図書館を後にした。






 ベッドに横になり、目を閉じる。
 明日のことを考えると緊張している自分に気づく。
 東門は以前殺されかかった場所だ。明日の戦いで自分がどれだけ成長したのか、ある程度分かるかもしれない。
 それに…明日はルイとマリィさんを固定パーティに誘うつもりだ。どちらかというと、こちらの方が緊張してくる。断られたらどうしよう、という不安が付き纏う。

 …これ以上考えるのは止めよう。考え込む込むのは悪い癖だ。
 男は度胸、どーんとぶつかりゃいいのさ…。
 そう自分に言い聞かせて眠りについた。



[3226] その26
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:39

 自分の袋の中身をテーブルの上に出し、中身の確認をする。
 薬草×15、満月草×9、毒消し草×7、干し肉少々、竹の水筒。まぁ、こんなものだろう。
 改めて道具を整理して詰め直し、袋を担ぐ。
 自分の姿を見下ろし、腰に聖なるナイフを差してあるのも確認する。
 …よし、これでバッチリだ!
 今日はいつもよりも手ごわい相手と戦うのだ。準備の確認にも少し気合いが入る。
 …そろそろ東門に行った方がいいだろう。
 少し緊張するのを感じながら宿を出た。


 東門にはすでにルイとマリィさんが待っていた。
「おはようございまーす」
「シュウイチくん、おはよー!」
 二人に軽く手を上げて挨拶を返す。
「おはよ、遅かったかな?」
「ううん、私達もさっき来たところだし。」 
 マリィさんの返事を聞いて少し安心する。前回に続き遅れていては信用を失いかねない。
「あぁ、そうだ」
 自分の道具袋をごそごそと漁る。
「これ、満月草と毒消し、それと薬草。誰が麻痺や毒でやられるか分かんないし、配っておくよ」
 ルイとマリィさんにそれぞれ分けて手渡す。
「ありがと!でもお金とか払わなくていいの?」
 マリィさんが少し申し訳無さそうに聞いてくる。
「いいですよ、元がタダだし。これで仲間からお金は取れないよ」
 そう言って軽く笑ってみせる。
「シュウイチさんって冒険者向きの趣味持ってますよねぇ。道具屋の主人とかになれるんじゃないですか?」
 ルイの言葉に自分が道具屋を開いてる姿を想像する。
「……駄目だな」
「そうですか?」
「多分、薬草集めに夢中になってて店に居そうにないよ。それじゃ意味ないだろう」
「店員を雇えばいいんですよ。私とかお勧めですよ?その、住み込みでも平気ですし…」
 そう言って少し頬を染めて、上目遣いにこちらを見つめてくる。
「そのときは私も雇ってもらおうかな?」
 マリィさんも話に乗ってきた。
 少しからかうような視線でこちらを見ている。
「もし冒険者を辞めることがあったら…ね。それじゃそろそろいきますか」
 とりあえず話を打ち切ることにする。
 このままではいつの間にか将来設計を立てられかねない。



 最初に出くわした魔物は、キラービー二体とバブルスライム一体、それと緑色の巨大な芋虫だった。
 芋虫の尻尾の先端が針のような形になっている。
 …あれはキャタピラーだ。
 確か若干HPが高かったような気がする、あと少し硬かったかな…?
 何にせよ後回しだ!
「マリィさん、あの芋虫は後回しにして、先にキラービーを狙おう!」
「うん、分かった!」
 俺の言葉にマリィさんがキラービーに向かって駆け出した。
 俺もキラービーを狙おうと思ったが、キャタピラーが邪魔をして思うように進めない。キャタピラーは尻尾の先端の針を突き刺すようにしてこちらを突いてくる。それを盾でいなしながら剣で斬りつける。少し硬い感触とともにキャタピラーから緑色の体液が噴出す。
 だが、まだ浅い。
 与えられた痛みに怒りを覚えたのか、キャタピラーの攻撃は更に激しくなった。
「メラ!」
 背後からルイの声が聞こえる。
 恐らくは俺の視界に入っていないバブルスライムを狙ったものだろう。視界の隅に移るマリィさんは二体のキラービーに回りを飛び回られ、苦戦している様だ。手助けに行きたいところだが、こちらにも余裕がない。
 …ルイの援護に期待するしかないか。 
 そう考えた瞬間、注意がそれてしまったせいか、盾で捌ききれずキャタピラーの攻撃が肩を掠った。
「…ってぇな!」
 すぐさま尻尾を斬りつける。傷つけることは出来るがやはり浅い。
 もう少し踏み込めれば…!
「ヒャド!」
 ルイの詠唱と主にキャタピラーに氷の氷柱が突き刺さる。激しくもがくキャタピラーに剣を突きたて、止めを刺した。
 マリィさんの方に視線を送ると、キラービーが一体地面に落ちているのが見えた。
 一体はやれた様だ。
 しかしマリィさんの様子がおかしい。太股の辺りを抑えており、脚が震えている。麻痺か痛みによるものか判別はつかないが、急いでキラービーに向かって駆ける。俺に気付いたキラービーは少し上空に逃げ、距離を取った。
「ルイ、マリィさんを頼む!」
 キラービーに目を離さないままルイに呼びかける。
「はい!」
 ルイが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
 キラービーがルイが駆け寄ってくると同時に急降下してきた。
 鋼の剣を大上段に構える。
 まだだ、まだ遠い。
 もう少し引き付けて…今だ!
 キラービーが剣の範囲に届くと同時に思いっきり剣を振り下ろす。軽い手ごたえと共にキラービーは真っ二つになった。
 …麻痺は脅威だけど、倒すこと自体は一対一ならさほど問題なさそうだな。
 後ろを振り向き、地面に座り込んでるマリィさんの方へ駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「うん、今満月草を使ったから…もう少しで良くなると思う。ごめんね、心配かけて。」
 マリィさんが少し微笑む。
「このまま少し休憩しましょっか」
 ルイの提案に頷く。
 …休む前にゴールド拾っとかないとな。
 そのまま魔物が消えた辺りを歩き、ゴールドを回収していった。

 ゴールドを拾い終わり、マリィさんとルイが座ってる場所に歩いていく。
「マリィさんって彼氏とか居ないんですかー?」 
「うん、冒険者やってると変な人としか縁が無くって…」
 …なんという緊迫感の無い会話だろう。
 女性の方が神経が太いと言われるのはこの辺りからくるのだろうか。
 マリィさんは主に東門で狩りをするパーティに入ってたそうなので、こんな状況にも慣れているのかもしれないが。
「確かに悪党一歩手前、みたい人多いですよね。この間のゾルムさんとか、見た目はすごかったし」
 ルイの言葉にゾルムさんの姿が脳裏に浮かぶ。
 確かにあれは仕方ない。
 俺の居た世界であんな人が街中を歩いたら、絶対にヤクザと勘違いされそうだ。
「ゾルムさんはああ見えて面倒見がいいし、良い人だぞ?」
 ルイの発言に口を挟みながら俺も座る。
「そうだよね、話してみたら思ったより気さくな人でびっくりしちゃった。あの人って固定パーティを組みたがらない人って噂で聞いたから、もっと気難しい人だと思ってたよ」
 マリィさんの言葉に首を傾げる。
 はて、それは初耳だ。
 そういえばゾルムさんと初めて会った日も、護衛役はゾルムさん一人だった。その後の調査団みたいなのも固定パーティで行った、というわけではなさそうだ。ゾルムさんはカウンターで一人で飲んでいることが多い。あの見た目で敬遠されてるのだろうか。いや、固定を組みたがらないってことは誘いはいくつかあったのだろう。
 …今度聞いてみることにしよう。
「そういえば、この前カッコイイ人が居ましたよ。アレスさん…でしたっけ?シュウイチさんの知り合いの人ですけど」
「あ、その人なら前にシュウイチくんと一緒に組んだときのパーティの一人だね」
 二人の会話に思考を打ち切る。
 やはり美形がいいのか。
「あの人とかどうなんですか?少し斜に構えてるとことかも、すごくもてそうですけど」
 ルイの言葉にマリィさんが少し考える仕草をする。
「うーん、ちょっと私とは性格が合わないかも。格好良い人よりも、話やすくて優しい人の方が好きかな」
「あ、それは少し分かるかもです」
 話しやすくて優しい人、と聞き、一瞬トーマス君の顔が浮かぶ。
 …確かに馬車の中でも二人で話してたりしてたしな。
 少し胸の中がもやもやする。これは嫉妬だろうか。
 自分の恋人でもないのに、独占欲のようなものがある自分が少し恥ずかしい。
 …というか、いつまで休憩しているのだろうか。 
 放っておくといつまでも恋愛談義をしていそうな気がする。
「んじゃ、そろそろ再開しますか」
 そう言って立ち上がる。
『はーい』
 二人とも声を揃えて立ち上がった。
 …なんとなくやりづらい。
 こっそりと溜息をついた。


 キャタピラー、バブルスライム、キラービー、お化けきのこ、ポイズントード、様々な敵と戦った。
 どうにも東門を出たところの敵は状態異常を起こす敵が多いようだ。
 手持ちの毒消しが残り少なくなったので帰ることになった。
「今日の合計は……364Gか。一人頭121Gってとこかな。…1G余っちゃうけど」
 一見昨日よりは額が増えた様に見えるが、使った道具の量を考えると昨日とさほど変わらないかもしれない。
「その1Gはシュウイチくんのでいいよ。シュウイチくんの道具で今日は助かった様なものだし、1Gじゃ全然足りないけど…。」
 ね?とマリィさんがルイに振る。
「そうですよ、もらっちゃって下さい!」
 ルイも頷いている。
「そっか、それじゃいただくことにするよ」
 1Gで遠慮してても仕方ないだろう。素直にもらっておくことにする。
「今日はどうします?ご飯食べにいきますか??」
 ルイの言葉に昨日のことが脳裏に浮かぶ。
「…もう奢らないぞ」
「…シュウイチさんケチですね」
 ルイがいたずらっぽく笑う。
「うん、いこっか!」
 マリィさんの言葉で行くことが決まった。


 今日も冒険者でルイーダの酒場は溢れかえっており、
 テーブルにつくのに30分ほどかかってしまった。
 更に料理が届くまで30分程、ゆうに1時間過ぎたことになる。
「いただきまーす」
 そう言って食べ始めるルイを横目に見た後、マリィさんへ視線を向ける。
 相変わらずすごい量の食事だ。
 …冒険者にでもならなければ、食費を賄えなかったのではないだろうか。
 そんな想像さえ出てくる。

 自分の料理を食べてる最中にあることを思い出した。
 …あ、固定パーティに誘うのをすっかり忘れてた。今朝まで緊張していたくらいなのにド忘れてしまうとは。
 食べ終わったら言うことにしよう。


 三人ともご飯を平らげ、ルイとマリィさんは色々と話に華を咲かせている。
 言え、言うんだ…!
 緊張で握り締めた手に汗が滲む。
「あ、あのさ。ちょっと二人とも聞いて欲しいんだけど」
 俺の言葉に二人とも少し不思議そうに視線を送ってくる。
「どうしたんですか?そんなに改まって」
 ルイが首を傾げている。
「いや、えっとな…」
 なんと言って切り出そう。
 …直にいくか?
 いや、少し遠まわしに持っていこう。
「やっぱりさ、今日見たいにパーティ組もうとしたら、掲示板の募集みたりしないといけないよな」
「うん、そうだね。なかなか募集が無い時期もあったりするよねぇ」
 マリィさんが少し眉を寄せる。
 いい流れだ。
「だよね、しかも組めたとしても、合わない人とか居たりするしさ、なかなか上手くいかないわけで…」
「シュウイチさん、何が言いたいんですか?」
 ルイが怪訝そうにしている。
 これ以上遠まわしに言っても無駄な気がしてきた。
「要するに、アレス達みたいな固定パーティを組みたいってことなんだ。それで…二人がもしよかったら俺と一緒に組んでほしい」
 二人に交互に視線を送る。
 マリィさんは虚をつかれたような顔をしている。ルイはある程度予想出来たのか、さほど表情に変化は見られない。
「私は構いませんよ、というか、誘ってくれて嬉しいです!」
 ルイは嬉しそうに笑ってくれている。
「マリィさんはどうですか?」
 少し考えてる様子のマリィさんに視線を送る。
「…うん、出来たら僧侶の人誘いたいよね。僧侶は引く手数多だから、なかなか見つからないかもしれないけど」
 マリィさんの言葉に少し考える。
 …ということは。
「…じゃあ、マリィさんも?」
「うん、改めてよろしくね。シュウイチくん!」
 そう言って微笑んでくれた。
 その瞬間に安堵で胸を下ろす。
「はぁ……、良かったぁ!二人に断られたらどうしようかと…。」
 俺の様子を見てマリィさんとルイは顔を見合わせて笑った。


 それから先は記憶が少し曖昧だ。
 自室のベッドで先程までのことを思い出す。
 どこか夢見心地の状態で色々と話をした。
 覚えてるのは、明日改めて集まって仲間を探そう、ということだった。
 ──俺にも仲間と呼べる存在ができた。
 無性に嬉しくて叫びだしたい衝動にかられる。

 …今夜はあまり眠れそうにない。



[3226] その27
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:40
「──僧侶の人?」
俺の言葉にルイーダさんが首を傾げる。
「えぇ、固定パーティに入ってない僧侶の人とかって判りませんか?」
日が変わり、ルイとマリィさんと一緒にルイーダの酒場に来ている。
僧侶を探すにあたってまずはルイーダさんに聞いてみよう、ということになった。以前のルイの忠告もあってここへ来るのは少し躊躇いがあるが、普通に過ごす分には問題ないだろう。第一忠告した本人も一緒に居るのだ。
「うーん、うちに登録してある名簿はそういうのは載ってないのよねぇ…。昔は名簿に載せるようにしてたんだけど、結構固定として組んだけどすぐに解散してしまった…とか多くて、申請しない人も多かったから、載せなくなっちゃったわ」
 ルイーダさんが軽く溜息をつく。
 その動作と共に軽く揺れる胸をなんとなく眺める。
 胸、もといバニーは素晴らしい。
「やっぱり上手くいかなかったりするんですか?」
 ルイが俺のわき腹を強く突きながら聞く。
 結構痛い。
「そうね、やっぱり性格が合わなかったりとか、後…男女一緒に旅をすると色々あったりするじゃない。それで解散せざるを得なくなった…とか、色々聞くわね」
 その言葉にルイとマリィさんが俺の方をちらっと見る。
 俺と色々あるのか想像しているのだろうか。
 ルイやマリィさんと色々…。
 ピンク色の妄想が頭に浮かびかかったところで頭に衝撃が走った。
「何変な顔して考え込んでるんですか」
 ルイにチョップを喰らったようだ。
「シュウイチくん…」
 マリィさんまで少し軽蔑したようにこちらを見ている。
「そ、そんなことないっすよ!性格の不一致とか大変だな…とか、考えてただけでありまして、全然スケベじゃないっす!!」
 自分でもよく分からないキャラになってしまった。
「それじゃ、やっぱり掲示板に書いて募集するしかないんでしょうかね…」
 ルイがそんな俺をスルーして呟く。
「そうね、希望者は私に伝えるように書いておいてくれれば、聞きに来れば応募があったかどうか教えてあげるわよ」
 ルイーダさんの言葉に、少し考える。
 …それしかなさそうだ。
 まさか名簿に載ってる僧侶の名前を聞き出して、全員に直接訪ねる様な真似はさすがに非常識だろう。
「そうですね…そうしよっか?」
 ルイとマリィさんに視線を送る。
「うん、そうだね」
「私もそれでいいと思います」
 二人の言葉を聞きルイーダさんに向き直る。
「そうすることにします」
「そう、それじゃ…ちょっと待ってね」
 ルイーダさんがしゃがみこみ姿が見えなくなった。
 カウンターの下でごそごそと音がする。
「はい、これを使って書くといいわ」
 そう言って立ち上がったルイーダさんは紙とペンを持っていた。
「あ、どうも。お借りします」
 紙とペンを受け取り、改めてカウンターに座る。

 ルイが左に、マリィさんが右に座ってきた。
 どう書こう…。
 少し頭を捻る。
「僧侶の方募集、でいいかな?」 
 マリィさんの言葉に、シンプルだがそれでいいかな…と思う。
「あ、でもやっぱり私達の編成とかランク、あと目的は伝えてた方が分かり易くないですか?」
「俺たちの目的?」
 少し首を傾げる。
「ほら、掲示板に貼ってある張り紙にもあるじゃないですか。外で魔物を退治してお金を稼ぎませんか?とか、様々な依頼をこなしませんか?とか、お宝を探しにいきませんか?とか」
 なるほど、確かにこれといった目標を立てていない。
「みんなは何か目的とかあるのかな?」
 二人の顔を交互に見る。
 普通パーティに誘い終わった後で聞くものじゃないような気もする。
「私は前に話した通り、強くなりたいから…かな」
 マリィさんが少し照れた様に微笑む。
「ルイは?」
 ルイに視線を送ると、ルイは少し考えこむそぶりを見せた。
「私は…、もう望みが半分叶ってますから」
 よく分からない答えが返ってきた。
「特に目的は無いってことか?」
「んー、一応お金稼ぎってことにしておいてください。そういうシュウイチさんはどうなんです?」
 俺も少し考え込む、自分の中で答えは決まっている。
 …なんと言ったらいいのか。
「俺もマリィさんと一緒かな…」
 言葉にするのは少し気恥ずかしい。無難に濁しておくことにする。
「とりあえず全部やれそうなものはやるって方向でいいかな?」
 俺の言葉に二人とも頷いた。
「そんじゃ、『当方ランク1から2の戦士・武闘家・魔法使いです。僧侶の方、一緒に固定でパーティを組んでみませんか?魔物退治、依頼、宝探し、色々やりましょう!』で、いいかな?」
「それに応募の方はルイーダさんまで、って付け足さないとね」
 マリィさんの補足に頷く。
「よし、それじゃ書く…よ……」
 動きが止まる。
「?」
「どうしたんですかシュウイチさん?」
 左右の二人が怪訝そうにしているのが気配で分かる。
「ごめん、俺あんまり字がうまくないんだ…ってことでルイ、パス」
 左に紙とペンを滑らせる。
「別にいいですけど…」
 ルイが苦笑している。
 言葉は通じるし、この世界の文字も何故か理解はできるのだが、自分で文字を書いて上手くかけてるのか分からない。いまいち文字の美醜の感覚が掴めないのだ。もし自分で書いてみて、他の人から見て子供のらくがきレベルだったら目も当てられない。そんな怪しい募集に乗りたがる人はいないだろう。
「ルイーダさんまで…っと、これでいいですか?」
「あぁ、十分だよ。ありがと」
 実は良し悪しがイマイチ分からないのだが、読めるし、ルイの様子やマリィさんが口を挟まないとこからすると問題ないのだろう。
「それじゃ、これを貼りたいと思います」
 書き終わった紙をルイーダさんに渡す。
「…そうね、これでいいんじゃないかしら。掲示板に留め針は余ってると思うから、開いてるスペースに貼っちゃっていいわよ」
 紙を見て頷いた後ルイーダさんが掲示板の方に視線を送る。
「分かりました、ありがとうございます」
 立ち上がってお辞儀をし、掲示板に向かう。
「シュウイチくんって、意外と礼儀正しいよね」
 隣を歩いているマリィさんがそんなことを呟いた。
「そうかな?」
 自分ではよく分からない。割と普通だと思うのだが。
「そうですよねー、目上の人に対する礼儀が意外としっかりしてるっていうか…。冒険者になってる人にしては珍しいですよね。実は貴族とか、もしくは裕福な家庭で教育を受けてたりします?」
 ルイの質問に少し答えを迷う。
 迂闊な返事をすると出身まで語らされる羽目になる。
「いや、ごく普通の一般家庭だよ。ただ少しだけ親が礼儀にうるさかったかな…」
 そう言いながら話を打ち切り、掲示板の開いてるスペースに募集の紙を留めていく。
 こうすれば、よほど感心の強い話題でない限りは、わざわざ作業をしている相手に話を続けようとは思わないだろう。
 少し視線をずらすと、掲示板スペースの中央の大きな紙に、話し合いの告知が書かれた紙が書いてあるのが目に入った。どうやら話し合いは夜かららしい。
「話し合いか…」
 ここの人達にとっては御伽噺と言われていた、高度な知能を有する魔物の存在。二日後の話し合いでどんな結論に至るのだろうか。それにルイが少し不吉なことを言っていたのも気にかかる。
「そういえば、話し合いのときにほとんどの冒険者が集まるんだよね?それならそのときにこの張り紙を見て、僧侶の人が来てくれるかもしれないよね」
「あ…、言われてみれば」
 確かにマリィさんの言うとおりだ。
 俺達は計らずとも、良い時期に募集の紙を貼ったのかもしれない。


 ルイーダの酒場を出たところで立ち止まる。
「今日はこんなところで解散かな?話し合いのときに会うだろうし、次の予定はそのときに決めようか」
「そうですね、上手くいったらメンバーも増えてるかもしれないですし」
 ルイも頷いている。
「それじゃ解散…の前に、一応皆の住んでるところ聞いておいていいかな?」
 これから何かと行動を共にするのだ。一応住所は押さえておいた方がいいだろう。
「私は南門の方の大通りの武器屋…は分かるかな?」
 おそらく俺のいつも行ってる店だろう。
「えぇ、分かります」
「あの武器屋のすぐ裏手の家だよ。家族は居ないから二人とも気軽に遊びにきてね!」
 マリィさんが屈託無く笑う。
 今度是非ともお邪魔させていただこう。
「私は一応北東エリアの宿に泊まってるんですけど、結構ふらふらしてるので滅多に居ませんよ?」 
「ふらふらって、何してるんだよ」
 ルイの言葉に疑問をはさむ。
 ルイの年頃でふらふらできるような娯楽がここにあるだろうか。
「…それはナイショですよ。乙女の秘密ってやつです!」
 ルイがこれで話はお仕舞い!と、言わんばかりにそっぽを向いてしまった。
「まぁ…、別にいいけどさ。あまり危ない場所とかには行くなよ?」
 自分が娘を持った父親になった様な気分になる。
 …そんなに年齢が離れているわけではないが。
「俺の宿は、西門側の南西エリアの大通りの、二つの果物屋に挟まれた路地の先にある宿だよ」
「今度お邪魔してもいいですか?」
「あ、私も行っていいかな?」
 ルイとマリィさんの言葉に少し戸惑う。
「いいけど…何も無いよ?」
「いいじゃないですか、話すだけで楽しいってのがあるんですから」
 ルイが少し笑いながらいう。
「そうだよね、私も歳の近い友達とか居なかったし…少しそういうのに憧れてるんだ」 
 そう言って笑うマリィさんはどことなく少し寂しそうだ。
 先程家族は居ない、と言っていたので寂しい思いをしてきたのだろう。
「…俺も友人なんて居ませんから、いつでも訪ねてきてください」
 そんなマリィさんに笑顔で微笑んで見せる。マリィさんが安心できるように、自分に出来る精一杯の優しい笑顔で。
 意識して笑顔を作るというのは存外難しい。
 自分は今ものすごく変な顔をしているのではないかと不安になる。
「シュウイチさん、顔がいやらしいです」
「あっれぇぇぇぇぇ!?」
 ルイの言葉に驚愕の声を上げる。やはり変な顔になってしまっていた様だ。
それにしてもいやらしいはないだろう。
「俺の出来る限りの笑顔になんってことを…」
「あれ、笑顔だったんですか??」
「…もういいよ、帰る。そっとしておいてくれ」
 一気にやる気やらその他もろもろが削がれ、とぼとぼと宿に向かって歩く。
「冗談ですよシュウイチさん!シュウイチさんってば!!」
 ルイの言葉をスルーする。自分の顔は真っ赤になってるだろう。
 …とても顔は見せられない。
 紳士的な微笑みを見せたつもりだった自分が恥ずかしい。これ一生もののトラウマになるかもしれない。
 そういえば肝心のマリィさんはどう思ったのだろう。
 背後から声は聞こえない。
 …次に会ったときには忘れてくれてることを期待しよう。



 宿に戻り一息つく。
 自分の空間に戻ってくるとやはり安らぐのを感じる。僧侶探しか…、上手くいくといいけどな。
 僧侶。
 一瞬レッサーデーモンに食い殺されてしまったロランさんのことが脳裏に浮かぶ。話したのはほんの僅かなやり取り、だがその僅かなやり取りで彼の優しい人柄は分かった。
 もしも、なんてことを考えても仕方ないかもしれないが。もしも、あのとき俺がボッコの正体に早く気付くことが出来ていたら、彼を救うことが出来ていたら。
 もしかしたら今のパーティに彼の姿があったかもしれない。
 冒険者という職業についた以上、あのような人の命運を分ける場面には、これからも幾度となく出くわすのだろう。

 ──運命の分かれ道。
 これからも無数の選択肢が出てくるだろう。だからより良い選択を選べるように、自身を磨いておきたい。
 …俺らしくないな、こんな考えは。
 この世界に来てから俺はすっかり変わってしまった。いつからこんなに前向きになったんだろう。
 化け物と戦っていることも、全てが別人のことのようだ。

 俺は本当に俺なのか、これは夢か何かなんじゃないだろうか。

 胡蝶の夢という話を思い出す。
 現実世界に居た俺と、ゲームの世界の中の俺。
 …夢だとしたら、果たしてどちらが夢なんだろう。



[3226] その28
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:41

 「で、話っていうのは?」
 目の前の男に問いかける。

 今朝、扉をノックする音で目が覚め、扉を開けるとそこにアレスが立っていた。
 正直完全に予想外だ。
 この宿のことはエルにでも聞いたのだろうか。

 テーブルを挟み、向かい会う。俺の問いかけに少し間をおいて、アレスが口を開いた。
「お前に確認を取っておこうと思ってな」
「確認?」
「そう、確認だ」
 何のことだろう。心当たりが思いつかない。
「はっきりと言おう。お前自身が魔物である疑いがかかっている」
「……」
 一瞬何を言われたのか理解できない。
 起きたばかりで脳が目覚めていないせいもあるだろうが、言われたことの衝撃も大きすぎる。
 俺の様子を見てアレスが溜息をつく。
「…正直俺はお前をさほど疑っちゃいないけどな。魔物が化けてるとして、事を発覚させたのが魔物自身なんて意味が分からん。だが、お前には不審なとこがあるのも事実だ」
「不審…って?」
 言いながらも少し答えは想像できる。
 恐らく、俺の出身のこと。
「俺たちが例の魔物のこと報告した次の日に、この街でもトップのランクの人達が軽く話し合ったみたいでな。まずは冒険者から不審な者が居ないか洗うべきだ…って、話になった」
 つまり、魔物のことを誰かがその人達に伝えたことになる。
 …ルイーダさんが告知のことを問い詰められて答えたのだろうか。
「…その話し合いにお前も?」
 アレスは確かランク3くらいだった筈だ。お世辞にもトップクラスとは言いがたい。
「いや、俺は身内にランク6の兄が居るからな。兄貴から早い段階で話は聞いた」
 兄が居たというのは初耳だ。
 しかもランク6、つまりこの街の最高峰の冒険者を兄にもっていることになる。
 だがアレスの顔は誇ってる様子もなく、どこか冷めた表情をしている。
「まずはその話し合いに参加してる、上位の冒険者たちから調べられた…当然だな。要は、出自を証明できるかどうか、だな。その点は高位ランクの奴らはすぐに証明されたよ。どいつも名の知られた奴らだ、証人はいくらでも居た」
 確かに、有名な人間であれば調べ終わるのもすぐだろう。
「で、とりあえずはここ半年以内で冒険者になった奴を優先して調べることになった。おかしな魔物の出現もここ最近の話だしな。……その結果不審者として挙がった名前が、お前とあのルイとかいう女だ」
「ルイも…?」
 ルイも出自がハッキリしてなかったことになる。
 ルイの時折見せる、どこか別人の様な表情。彼女が魔物だという可能性はあるのだろうか?
 …ありえない。
 ボッコはルイのことを知っている様子はなかった。何より、彼女が魔物だったなら俺は今ここに生きている筈がない。
「お前はサクソン村出身ってことになってるが、村の人間の話じゃお前はある日ふらりと現れてから村に住み着いたらしいな。これは俺も村に行ったときに聞いた話だ」
 …やはり聞かれていたようだ。
「あの女の場合はもっと怪しい。出身はカナンだとされているが、あの女を見た者はここ最近のみしか居ない、しかもあいつの宿の主人にも問い合わせたが、あの女はたまにふらりと現れて一日二日泊まる程度、それ以外はどこに居るのかも掴めないらしい」
 ルイ自身も滅多に宿には居ない、と言っていた。
 だがアレスの話ではそもそも宿の一室を借りきってる訳はではないらしい。
 ではルイは普段どこに居るのだろう?
 昨日聞いたときは軽くはぐらかされたが、一度探す必要があるのかもしれない。
「今のところの上の奴らの結論はこうだ。『シュウイチとルイという冒険者に化けた魔物が、俺たちを疑心暗鬼に陥れ、混乱させようとしている』」
 …最悪の展開だ。
 どう答えればいいのだろう。組織的に調べられては嘘で押し通す訳にもいかない。かといって答えられない、では通らないだろう。
「正直に言うと、今こうしてお前に話しているのは俺の独断だ。…俺はお前が魔物に襲われて死に掛かっているところも見てるからな。ルイって女はともかく、お前が魔物とは思えない」
 アレスが鋭い目つきでこちらを睨みつけてくる。
「だからこそ教えてもらおうか。お前はどこから来たのかを」
 場に沈黙が下りる。俺は答える術を持たない。
 アレスが俺を睨み付けたまま時間だけが過ぎていく。
「…言えない、どこから来たのか、言うことは出来ない」
 俺の言葉にアレスはゆっくりと立ち上がった。
 そのまま背を向ける。
「それがお前の答えか…。…明日の話し合いでもこのことは徹底的に糾弾されるだろう。その場でどういう結論が下されるのかは分からんが、何事もなく冒険者を続けれるとは、思わないことだ」
 そういい残してアレスは部屋を出ていった。

 椅子に座ったまま色々と考えようとするのだが、考えが纏まらない。
 …先にルイのことを確かめよう。
 荷物をもって宿を出た。


 とりあえずルイの言ってた北西エリアの方へ向かう。
 確か北東エリアの宿、と言っていたが、詳しい場所は明言してなかった筈だ。俺の知っている宿は一つのみ、エルの泊まってる宿屋だけだ。
 以前ダーマ神殿を探したときに北東エリアをうろついたが、宿らしきものは他に見当たらなかった。まずはあの宿屋を当たるべきだろう。

「…またあの子のことを聞きに来たのか。あの子は何かやったのかい?」
 宿屋の主人の言葉にここで合っていたことを確信する。
「いえ、彼女は今ここに泊まってますか?」
「いいや、一昨日前に出て行ってからそれっきりだ」
 …つまり、俺たちとの話し合いが終わって以降宿に戻っていないことになる。
「そうですか…ありがとうございました」
 そう言って主人に頭を下げ、宿を出る。

 これで手がかりは無くなってしまった。
 彼女はどこに居るのだろう。
 明日には話し合いもある。この街のどこかには居る筈だ。
 だが民家を一つ一つ探すわけにもいかない。しかも一部の冒険者からはすでに俺も疑われている身だ。下手に目立った行動も取れない。
 正に八方塞だ。
「どうしたの?」
 振り向くとエルがこちらを見上げていた。
 そういえばここはエルの泊まっている宿なのだ。出会ってもおかしくない。
「ちょっと人探しをな…。エルはどこかに出かけるとこか?」
「貴方の声が聞こえてきたから…」
 どうやらエルの部屋まで俺の声が届いていたらしい。
 …そんなに大声で話したつもりはないのだが。
「実は、ルイを探してるんだけど…。エルは心当たりないか?」
 俺の言葉にエルは首を振る。
 やはり駄目か。
「…そっか、分かった。ありがとな」
 そう言ってエルに背を向け、歩き出そうとする。
「待って」
 その言葉に再びエルの方を振り向く。
「今朝早く、アレスが貴方の宿を私に聞きに来た。…何の話をしたの?」
 エルの表情からはその考えは読めない。
 だが、恐らくは俺達がどんな内容の話をしたのかある程度察しているのだろう。
「出身のことを問い詰められたよ…正直まずい状況みたいだな。どういう訳だか、ルイも同じような状況らしいから…とりあえずルイを探してる」
「私に出来ることは…?」
 エルがこちらを見つめてくる。
 彼女は俺のことを信じてくれている様だ。
「もし宿にルイが現れたら、俺が探していたってことを伝えてほしい。今はそれだけで十分だ…ありがとな」
 エルに笑いかける。
 相変わらずルイの表情は変わらない。
「それじゃ、もう少し街の中を探してくる」
 エルに軽く手を振ってみせ、再び大通りに向かって歩いて行った。



 エルにはそうは言ったものの、思いつく場所は一つも無い。こんなときに交友関係の少なさが仇になる。
 聞くべき相手も居ないのだ。
 片っ端から街にある公共の施設や店を探すしかないだろう。



 それから街の中をひたすら探し回った。
 武具屋や酒場、図書館、道具屋…様々な店や施設を回った。
「後は、もうこっちしかないんだけどな…」
 北西の区画へ通じる道を見る。
 以前サイに連れられて以来、こちらの区画には近づいていない。この区画は素行の悪いならず者や、貧しい貧民層の人間の多い区画だと聞いている。正直このエリアに立ち入るのは躊躇いがある。
 …ここはどうするべきかな。
 ルイがこの区画にいるのも想像できない。ここは探さなくても良いかもしれない。こんなときにサイが居れば色々と聞けそうなのだが…。以前サイに連れて行かれた酒場のことを思い出す。
 あそこにならサイはいるかもしれない。


 記憶を頼りに道を進んでいく。
 辺りの様相は徐々に寂れていき、時折人の視線を感じる様になった。
 …姿は見えないが確実に誰かに見られている。
 やはり俺は場違いな存在の様だ。少し焦りを感じ、足早に道を進む。
 …あった!
 以前訪れた地下酒場の階段を下りる。

 ドアを開けると相変わらず薄暗い店内に、無愛想な主人がグラスを磨いていた。
 彼はこちらを一瞥した後、再びグラスを磨いている。
 店内を見渡すと、一目で素行がお世辞にも良さそうには見えない男の三人組がこちらを見ていた。
 他に客は居ないようだ。
 サイは居なかったか…。
 店に来ておいて何も注文せずに帰るのも失礼かとも思ったが、
 ここで落ち着いていれる気もしない。すぐに店の外を出た。
 階段を昇った先に誰か立っているのが見える。
 その男は背が低く、痩せた体をしており、目がぎょろぎょろしている。
 …サイだ。
「シュウイチじゃねぇか、お前も飲みに来たのか?」
「いや、人探しだ。ルイを探してる」
「あぁ、お前と一緒にいた嬢ちゃんか。あの子も顔はいいんだが、もうちょい…こう、色気ってもんが欲しいよな。やっぱ女は胸と尻がだな…」
 誰もそんなことは聞いていない。
「サイの評価はいいから、ルイを見かけなかったか?」
 俺の言葉に語りを続けていたサイが肩をすくめてみせる。
「いーや、見てねぇよ。そもそもあんな子がこの区画に居るわきゃねーだろ。お前さんもだいぶ場違いだぜ」
「前に連れてきておいてよく言うな…」
 サイを軽く睨みつける。
「まぁ、そう言うなって。それよりちょっと酒に付き合えよ」
 そう言いながらサイがおれの横を通り抜け、階段を下りていく。
「悪いけどそんな暇はない。又今度な!」
 サイをスルーして元の道を引き返す。
 サイがまだ何か言ってたようだが気にしないことにしよう。


 結局見つからなかったか…。
 疲労感と共に溜息をつく。明日になるまで待つしかないのだろうか。
 …とりあえず一旦宿に戻るかな。


 宿に戻ると主人が俺を見て顔を輝かせた。
 この反応は以前にも見たことがある。
「あぁ良かったお客さん、お連れ様が見えてますよ。」
 ルイだろうか、もしかしたらまたエルかもしれない。
「以前も来てた子ですか?」
「はい、その方もですが…もう一人女性の方を連れていらっしゃいました」
 どうやらルイを連れてきてくれた様だ。
「分かりました、ありがとうございます」
 主人に頭を下げ階段を昇る。
「いえいえ、ごゆっくり」
 主人の言葉を背中に受けつつ考える。
 まず何を話すべきなのだろう。
 手に緊張で汗が滲む。


 …とりあえず散々探し回ったことを愚痴るか。
 少し気を抜いて自室のドアを開けた。



[3226] その29
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:42
 ルイは椅子をベッド側に向けて座っており、エルはベッドに腰をかけていた。
 どうやら何か話してた様だ。
 二人の視線がこちらを向く。
「エル、連れてきてくれたんだな」
 俺の言葉にエルがこくりと頷く。
「シュウイチさん、用事ってなんですか?」
 ルイが顔に疑問を浮かべている。
 どうやらエルは事情を一切説明していない様だ。
「そうそう、用事があったんだよ。なのにお前は宿には居ないわ、探しても見つからないわで散々だったんだぞ…」
 軽くルイを睨んでみせる。
「まさか昨日の今日で訪ねてくるとは思わなかったんですよ!訪ねてきてくれたのは嬉しいですけど…エルさんに連れてこさせるように頼んだってことは、少し大切な用件だったりします?」
 エルには言伝を頼んだだけで連れてきてくれとは言ってなかったのだが…。
 視界にエルがこちらを見ているのが映る。
 …これからする話も聞かせてしまっていいのだろうか。
 かといって、ルイを連れてきてくれたのを無下に追い返すのも出来そうも無い。
「あー…まず何から説明するべきかな」
 少し考えをまとめる。アレスの訪問からでいいだろう。
「今朝アレスがこの部屋に来てな、忠告…だろうな、アレは。…そう、忠告みたいなことをしていったんだ」
 そう、恐らくは忠告。
 純粋に俺を心配して…っていうのとは違うだろうが、疑問を解消しに来たというよりは、忠告の意味合いが強かった気がする。
「忠告ですか?」
「そうだ…俺達が魔物のことを報告した次の日に、高ランクの冒険者だけで軽く話し合いがあったらしい。」
 ルイの表情が少し変わった。
 何処となく雰囲気が冷たくなった様に感じる。
「ルイーダさん、私たちには話すなって言ったのに…他の人に話したんですね」
 …これは怒りだろうか。
 ルイの感情が掴めない。どことなく口調が淡々としている。
「告知してから多分問い詰められたんだろ。信頼できる人間達だけに伝えたってだけかもしれないし。実際にその面子はすぐに魔物かどうか調べたらしい」
「その話し合いの結果が、アレスさんの忠告と関係あるんですか?」
「あぁ、そう通りだよ。その話し合いでの結論は、俺とルイが魔物で、今回の話は冒険者を混乱させるために俺たちが作ったんじゃないか?…だとさ」
 言いながら強い脱力感に襲われる。
 人に疑われるというのは気分の良いものではない。
 しかも大勢の人間に、俺やルイの存在は否定されているのだ。
「…少し、甘く見てました。思ったよりも向こうの対応が早い」
 ルイの呟きに疑問が掠める。
 その口調では、ルイはこの展開を予測していたことになる。
「ルイ、お前こうなることを知ってたのか?」
 ルイがこちらの目をじっと見てくる。
 真剣な表情でこちらを見つめていたが、その表情がふっと和らぐ。
「…そうですね、大体予想はしてました。多分、シュウイチさんは何で私が疑われているかを、アレスさんから聞いてますよね?」
 ルイの言葉に頷く。
「シュウイチさんも私と同じ、何か人に言えない事情、隠してますよね。…チュウゴクなんて国、世界地図にも載ってません。国単位の大きさの物の別称なら普通に分かりますし、後有り得るのはそれこそ私たちの常識の及ばない、魔物の住む世界と言われる魔界か、神の住まうと言われる天界ぐらいでしょう」
 それこそ御伽噺ですけどね、とルイは付け加える。  
「シュウイチさんが何を隠してるか、教えてくれませんか?…私も話せる限りのことは話します」
 ルイがそう言って目を伏せる。
 エルの方を見る。
 ここまで聞かれていて俺のことを話す分には、さほど躊躇いは無い。以前にも俺の国の話を軽くしたことがあるし、この子は信頼に値すると思う。
 だがルイの話はどうだろう?
 エルに聞かれてしまっても平気なのだろうか。
 俺の視線に気付いたのだろう。ルイもエルの方へ視線を送った。
「シュウイチさん」
「何だ?」
「あなたから見て、エルさんは信用できる人ですか?」
 本人の目の前で聞くことでは無いような気がする。
「…あぁ、エルは信用できる。この子は俺の出身があやふやのことも知ってて、信じてくれてたしな」
 エルは相変わらず表情に変わりがない。
「そうですか…、私もシュウイチさんの判断を信じます」
 ルイがエルの方へ向き直る。
「エルさん、一つだけ約束して下さい。あなたがここで見たこと、聞いたことを、誰にも話さないことを」
 エルはさほど考えた素振りを見せずにすぐに頷いた。
 元々エルは無口な方だ。軽々しく人に話したりはしないだろう。エルが頷くのを見た後、ルイはゆっくりと部屋の中央まで歩いていった。
 そして俺とエルの方へ向き直る。
「…では、お見せします」
 …見せる?
 俺の疑問を他所にルイは自分の頭を挟むように両手をやった。
 そのままヘルメットを脱ぐかの様に長い黒髪が外された。
 その下から銀色の髪が見える。
 カツラ…?
 この世界にもあったのか。ルイの銀色の髪は肩の辺りで切りそろえていた。その姿はとても神秘的だが、隠す理由が思い浮かばない。
「…エルフ?」
 エルの呟きが耳に入る。
 言われて見ると確かに銀色の髪の間から少し尖った耳が出ているのが分かる。
 ファンタジーものでたびたび出てくる存在、エルフだ。ドラクエも例外ではない。
「エルさんの言う通り、私はエルフです。…とはいっても、ハーフですけどね」
 ルイ少し弱弱しく笑う。
「これが私の隠してた秘密です。…軽蔑しましたか?」
 ルイがこちらを見上げてくる。
 その様は捨てられた子犬の様だ。
 …何故だろう。
「…何で?」
 素直に疑問がついて出る。
 俺の口調があまりにあっさりしていたのか、ルイの表情が少し唖然としている。
「え、なんでって…私エルフですよ?」
 ルイの言っている意味が分からない。
「いまいちよく分からないんだけど、エルフって何かまずい病気でも持ってるのか?」
「持ってないですよ!失礼なっ!!」
 ルイが怒った表情で俺の胸をぺしっとチョップしてくる。
 少し元気が出たようだ。
「あー悪いんだけどさ、これから話す話を聞くと分かると思うんだけど、この世界の常識をよく知らないんだわ」
 そう言って頭を掻く。
「…この世界?」
 エルの呟きが聞こえる。
 もう腹は括った。
 俺には分からないが、ルイが自分がエルフであることを明かしたのは勇気の要ることだったんだろう。
 その勇気に答えたい。
 ルイとエルの顔を見る。 二人とも不思議そうな顔をしている。
 …彼女達なら信頼出来る。
 少なくとも俺が狂人だと思ったりはしないだろう。
「俺の名前は坂上 修一。異世界からやってきたんだ──」
 俺も勇気を出して踏み出そう…!












 「異世界の住人ですか…」
 ルイの口調が呆然としている。
 エルは………うわぁ…。
 目がとても輝いている。これは玩具を見つけた子供の目だ。頬も少し赤い。エル的に好奇心を大きく刺激された様だ。
 少し後の展開が恐ろしくなり、目を逸らす。
「そう、結局なんでここに飛ばされてきたのかも分からない。帰る術も思いつかない…お手上げ状態だ」
「なんか…私の話がすごく些細なことに思えてきました。私、すごく勇気だしたのに…。」
 ルイが俯いてぶつぶつ呟いている。
「割とあっさり信じるんだな?」
 二人とも疑った様子が余り見られない。
「うーん、それなら納得できるかなってこともあるんですよね」
 ルイが少し考え込む様子で言う。
「何が?」
「えっと、実はですね。南門の先にある森ありますよね?シュウイチさんが薬草をよく取りに来るとこ」
「あぁ、しょっちゅう行くな」
「あそこ、私の家があるんです」
 ルイの言葉に森で迷い込んだときのことを思い出す。
「…あの巨大な木の家?」
「その巨大な木の家です」
 そういえば夢現にルイの声が聞こえた気がしたっけ。
「あの森はちょっとした仕掛けがしてありまして、魔物は勿論、人も近づけないようにしてあるんです。目には映るけど、意識して近づこうとは思わない…って感じの」
「…俺、思いっきり入ってるんだけど」
 ルイが俺を見てがっくりと溜息をつく。
「そーなんですよ、初めて見たときはびっくりしましたよ。普通に人間が鼻歌を歌いながら薬草むしってるんですから。…後ろにごっついおじさんが居ましたし」
「あぁ、ゾルムさんか」
 そんなこともあったな。
 ゾルムさんはあの日結局俺の薬草採取を眺めてただけだったっけ。その人払いの仕掛けをスルーした俺は、この世界では普通の人間と少し扱いがずれているようだ。
「そんじゃ、前に洞窟の前で俺のことは以前から知っている、って言ったのはこのときか?」
「…よく覚えてましたね。そうですよ、まさか魔物が暢気に鼻歌歌って薬草採ってたりしないでしょう」
 ルイが苦笑いする。
「エルフは人を極端に嫌い、滅多に人里には姿を現さないと聞く。貴方は何故冒険者になっているの?」
 エルがルイに疑問を挟んできた。
 そういえば、ドラクエ3だかのエルフは人間をえらく嫌ってた覚えがある。
「んー、いろいろあるんですけどね。私、父親が人間なんです。でも顔も見たことも無くて、一度会ってみたいっていうのが半分かな。母から父は冒険者だったって聞いたので…カナンには居ませんでしたけどね」
「母親とは今一緒に住んでないのか?」
 あのとき木の家にはベッドが一つしかなかったが、別の場所で暮らしてるのだろうか?
「母は一年前に亡くなりました…」
 ルイの顔が曇る。
 そんな表情をさせてしまったことに慌ててしまう。
「あ、悪い…」
「いいんです」
 ルイはそんな俺を見てくすっと笑った。
「…残り半分は?」
 エルが続きを促した。
 ルイがこちらをちらりと見る。
「残り半分は…ナイショですね。今は、とても言える自信ないです」
 結局半分は謎のままか…。
「シュウイチさんが異世界からきたというのは分かりました。ところで、シュウイチさんの世界には魔物がいないんですよね? だったらこの世界の魔物の知識はどこから仕入れたんですか?普通にこの世界の人より詳しいですよ」
 ルイの言葉に頭を悩ます。
 エルもそれには同意だと言わんばかりに頷いている。

 ゲームで知ったんだ。

 この言葉を言うのはあまりにも残酷だ。
 魔物に家族を殺され、傷つきながらも戦う人達の居る世界。
 皆一生懸命に生きている。
 それをゲームの一言で済ませるのはあんまりだ。
「…俺の世界でも御伽噺みたいなもので魔物が登場するんだ。それに載ってた」
 …結局は騙すことになるのか。
 そんな自分に嫌気が差す。
「魔物の存在自体が御伽噺ですか…いい世界ですね、シュウイチさんの居たところは。でも魔物のことが伝わってるなら、もしかしたら私達とシュウイチさんの世界はどこかで繋がってるのかもしれないですね」
 本当にいい世界なのだろうか。
 魔物は居ない代わりに人と人が争っている。そんな世界だ。
 この世界の人達は誰もが輝いて見える。生きようという意志を強く感じるのだ。俺の居た世界には、俺の周囲には、そんな人は居なかった。どこか生きていることが希薄だった気がする。
 …これも安全な状況にいた人間の我侭なんだろうか。
「それで、明日の話し合いはどう切り抜ける?組織的に調べられるから、下手な嘘は首を絞めるだけになりそうだし」 
「私が魔物なら、私達の不審な点を突くでしょう。上手くいけば厄介な存在を排除できるし、場合によっては自分の発言力を高めたり、他に魔物を祭り上げることで、自分が魔物ではないということを言外にアピールできます。ルイーダの酒場、もしくは訓練所の人間を疑っていましたが、冒険者にもまだ魔物が紛れてそうですね…しかも、恐らくその高ランクの冒険者の中に」
「俺達が魔物であるって結論に、その魔物が誘導したってことか?」
「…恐らくは。魔物が人間に化けていたって発覚させたのがその魔物自身。調べられて真っ先に困るのが自分達なのに、そんなことをする筈ないですからね。少し考えればそんな矛盾誰だって気が付きます。だから、誰かがそうなるように話を誘導したんだと思います」
 高ランクの冒険者に入れ替わる。何時入れ替わったのだろうか。もしもずっと前から入れ替わっており、それに気付かせないとしたら非情に厄介な存在だ。思ったよりもずっと高度な知性を持っていることになる。
「魔物の打つ手が思ってたよりも早いです。このまま明日の話し合いに出ても、恐らく非常に不利な展開が待っています。…私としては、明日の話し合いに参加しない方がいいと思ってます」
「…参加しないって、それだと立場がますます悪くならないか?」
 ルイが俺の顔を見る。
「そうですね。姿を現さない私たちに、皆は『やっぱりあいつらは魔物だったんだ!』と言うでしょう。でも、明日参加したら…下手すると私たちが殺されます」
 殺される。
 その単語に背筋がぞくっとする。
「…まさか、殺したりはしないだろう」
「シュウイチさんは集団の怖さを知らないんです。一人一人は良い人だったとしても、恐怖に取り付かれた人間は何をするか分かりません」
 ルイの辛そうな顔をする。
 …過去に何かあったのだろうか。
「…だから、シュウイチさん。一緒に遠くの街に逃げませんか?人が追ってこないくらい…遠くに」
 そう言って俺の顔を見上げてくる。
 その瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
「逃げる…か」
 天井を見上げる。
 なんでこんなことになってしまったんだろう。この街で知り合った人達の顔が脳裏に浮かぶ。

 マリィさん…。
 彼女は初めて友人らしいものが出来たと喜んでいた。
 俺の無茶な誘いにも笑顔で乗ってくれた。

 ゾルムさん…。
 世間知らずな俺に色々教えてくれた。
 落ち込んでる俺を励まし、一人の俺に色々と構ってくれた。

 アレスやトーマス君、サイ、ルイーダさん。
 色々な人の顔が浮かぶ。
「…明日の話合いには出よう。お別れぐらいは言いたい人達が居るんだ。せめて、こそこそせずに別れを言いたい。…それから街を出よう」
 ルイが少し困ったように微笑んだ。
「…ですよね、シュウイチさんはそんな人ですよね」
 エルの方へ視線を送る。
「どっちにしろ、明日でお別れになると思う。…色々とありがとな」
 エルはゆっくりと口を開いた。
「行く宛てはあるの?」
「ないよ、俺はこの世界のことを何も知らないし、サクソンにも帰れないだろうしさ、ルイの父親探しでも手伝うよ」
 ルイの頭の上に手をぽんと置く。
 光を反射して銀髪が輝いてる。
 サラサラとした感触が心地いい。
「…いいんですか?」
 ルイがこちらを見上げてくる。
「やることないしな、とりあえず大きな街を探してみよう」
 エルが立ち上がった。
 そのまま立ち上がった姿勢のまま何故か立ち止まって、あらぬ方向を見ている。何か考え事でもしてるのだろうか。
「エル?」
「少し用事が出来た。…また明日」
 こちらを見てそう言った後、エルは部屋を出て行った。

「シュウイチさん、詳しい話はまた明日にして今日は寝ましょうか?」
 確かに長いこと話していた気がする。少し眠い。
「そうだな、続きは明日にしようか」
「ですね、それじゃあ…」
 そのままルイが俺のベッドに入っていく。
 どこに入ってんだ。
 先程までの緊迫した雰囲気が台無しだ。ツッコミを入れようかとも思ったが、少し趣向を変えることにしよう。
「じゃ、おやすみ」
 そのまま部屋を出る。階段を下りるときに、
「あれ、シュウイチさん??」 
 という声が聞こえた。
 宿の主人が俺に気付く。
「あ、お客さんどうしました?」
「あの、俺の泊まってる部屋の近くに開いてる部屋はあります?」
 俺の言葉に主人が少し不思議そうな顔をする。
「えぇ、一応隣の部屋が空いてますが?」
 10ゴールドを取り出し、カウンターに置く。
「もう一人泊まることになったんで、隣も貸してください」
 そういって苦笑してみせる。
「ああ、そういうことですか。てっきりそのまま同じ部屋で泊まられるかと…」
「いえいえ、そんなんじゃないですよ」
 主人から鍵を受け取り、階段を昇る。
 ルイは部屋から出てきてないようだ。もしかしたらそのまま寝てしまったのかもしれない。

 隣の部屋の鍵を開けて中に入り、ベッドに横になる。
 ルイは冗談であんなことをしてるのかも知れないが、男としては勘弁して欲しい。歯止めが利かなくなりそうだ。
 ルイは元々可愛い顔立ちをしているのだが、本人の軽い雰囲気がそれを意識させなかった。だが本来の姿を見せたときのルイはとても綺麗だと感じた。
 綺麗な銀髪を思い出す。
 あんな姿を見た後では、軽くあしらえる自信がない。

 ──明日は多分、大変な一日になる。
 早く寝ることにしよう。
 眠れそうにないかとも思ったが、眠りに落ちるのは意外と早かった。



[3226] その30
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:43

 目が覚め、しばらくそのまま何も考えずにぼーっとする。
 意識が徐々に覚醒していき、周りの風景に違和感を覚えた。
「おや…?」
 妙にスッキリしている。荷物などが何もない。
 ──脳裏に昨日のことが浮かぶ。
 そういえば、隣の部屋借りたんだっけか…。
 ベッドから立ち上がり軽く欠伸をする。
 さて、ルイは起きてるかな?

 部屋を出て、隣の本来の自分の部屋のドアを開ける。
 最初に目に付いたのはベットの膨らみと布団からひょっこり出てる頭の部分だった。
 窓から差し込む陽射しで銀色の髪がキラキラと輝いている。
 あれがルイなんだよな…。
 あの銀色の髪はとても綺麗だと思う。隠してしまうのが勿体無い。
 エルフというのはそれほど忌み、嫌われている存在なのだろうか。
 部屋の中に視線を巡らすと、テーブルの上にある長い黒髪のカツラに目が留まる。この世界にもカツラがあったこと自体驚きだ。
 興味を引かれ手にとってみる。
 持ったときにどことなく良い香りがした。
 これはカツラというよりは着けてたルイの匂いだろう。カツラを色々な角度から眺めてみる。
「むむむ……」
 ついつい被りたくなってしまう。
 これを被ったら俺はどんな感じになってしまうんだろう。
 似合わないのは分かってる。
 こういうのは顔立ちの整った女性にしか合わないだろう。
 だが、それはそれ。好奇心には勝てない。
 恐る恐るカツラを頭に被せていく。
 何故か緊張してきた。
「…何やってんですか?」
 突如上がった声に慌ててカツラを外す。
 ベッドの方へ視線をやると、ルイが半眼でこちらを見ていた。
「いや、好奇心が抑え切れなくて…」
 言い訳をしながらテーブルにカツラを戻す。
「やっと戻ってきたと思ったら、人のカツラで遊ばないでください」
 そう言いながらルイがベッドから出てきて、そのまま伸びをした。
 少し胸が強調され、思わず目を逸らす。
「それで、昨日はどこ行ってたんですか?待ってたのに……途中で寝ちゃいましたけど」
「いや、隣の部屋借りて寝てた」
 俺の言葉にルイの表情が目まぐるしく変わる。
 最初は怒った顔に、次は沈んだ顔に、そして最後に呆れた表情になった。
「普通そこで別の部屋を借りますか?」
 ルイが呆れた表情そのままに呆れた声を出す。
「床で寝るのも背中が痛くなるんだよ。最近そんなんばっかだったしな…。俺だってゆっくり寝たいさ」
「…そんなに頻繁に誰かにベッドを占領されてるんですか?」
 ルイの声色が少し変わった。
「ん、エルが最近よく来ててさ、あいつ眠くなったらすぐ寝ちゃうんだよな」
 考えてみればエルのそういうところも、どこか猫っぽい。
 好奇心の強いところもそのまんまだ。
「…そですか」
 ぽつりとルイが呟き、黙り込んだ。
 場に沈黙が下りる。
 なんとなく気まずい。
「とりあえず朝飯でも食べに行くか!」
 場の雰囲気を変える為に少し明るく呼びかける。
「そうですね…そうしましょっか」
 ルイが軽く溜息をついた後、ドアの方へすたすたと歩いていった。
 そのまま部屋の外へ出ようとする。
 …何か忘れてる様な気がする。
「…あ。ルイ、頭!カツラ付け忘れてるって!!」
 テーブルの上のカツラを取り、ルイに渡す。
「ありゃ?すっかり忘れてました」
 …大丈夫なのだろうか。
 この調子ではいつか誰かにバレそうだが。




 大通りをルイとゆっくりと歩く。
 朝の雰囲気はやはり心地良い。どことなく心が洗われる様な気分になる。
「ルイーダの酒場はさすがに夜まで行かない方がいいだろうし、どこで食べようか?」
「私はこの街のことあまり詳しくないので、シュウイチさんにお任せします」
 任されてしまった。
 昨日ルイを探し回ったときに飲食店も何件か見つけている。
 とりあえず南東の大通りに面する場所にもあった筈なのでそこにしよう。
 大通りにあるぐらいだし、ハズレである可能性は低いだろう。




「シュウイチさん、私達多分すごい場違いですよ?」
「…言うな、俺も後悔してるんだから」
 周囲の様子をちらっと見る。
 たまにこちらを見ている人が目に付く。
 やはり場違いか…。

 ルイを連れて南東区画の飲食店に入ったのだが、どうも富豪や貴族が通う店らしく、店内の内装はとても豪華だ。
 昨日ルイを探したときにこの店も外から軽く覗きこんだのだが、こんな店だとはまったく気付かなかった。客層も裕福そうな人達しか居ない。
 この時点で引き返せば良かったのだが、ついつい興味を引かれて入ってしまったのだ。
「シュウイチさんシュウイチさん、これ値段書いてないですよ…!」
 ルイが声を潜めてメニューを見せてくる。
「え、なんで?普通値段とか書くだろ…!」
 こちらも声を潜めて返す。
 値段が書いてないなんて、なんという不親切さだろう。
「どうするんですか…!?これで食べ終わって払えませんでした。とか、嫌ですよ私…!」
「俺だって嫌だよ、飲食店でお金が払えずに捕まってて、話し合いに参加出来ませんでしたー。とか、笑えねぇよ…!」
 ルイと顔を見合わせて小声で話し合う。
 すると隣から押し殺した笑いが聞こえてきた。

 そちらに視線を送ると、一人の身なりの良い男がこちらを見ていた。
 年齢は20台半ば程だろうか、金髪の髪を真ん中で分けており、どことなく仕草に気品がある。
「ハハハ…いや失礼」
 その男はそのまま自分の料理に向き直った。
 こちらも恥ずかしくなり視線を戻す。ルイも顔を赤くしている。
「笑われたじゃないですか、恥ずかしいなぁ…」
「まぁ、いくらなんでも払えなくはないだろ。とりあえず頼もう」
 ウェイターを呼びとめ、若干控えめに注文した。




 食事を食べ終わり、一息つく。
「おいしいことはおいしかったんだけど、なんか物足りないな」
「私は丁度良かったですよ?」
「ルイは女の子だしな、男の俺から言わせてもらうとボリュームが足りない」
 やはりこういう場所は俺には向いてないみたいだ。
「……さて、会計にいこうか」
「……えぇ、いきますか」
 緊張が走る。
 ルイも少し顔が強張っている。
 会計のカウンターへ行き、店員に話しかける。
「あの、会計したいんですけど…」
 法外な金額を請求されませんように…。
「お客様の代金の方は、既にいただいておりますが」
「え?」
 ルイと顔を見合わせる。
「先程出て行かれました男性の方が、あちらの会計も…と」
 先程の俺達のやり取りを見て笑っていた男の居たテーブルを見る。
 食べ終わった食器をウェイターが片付けているのが見えた。
 …どうやら先程の男が支払ってくれたらしい。
 余りに必死な俺たちの様子を見るに見かねたのだろうか。もしくは笑ってしまったお詫び、ということかもしれない。
「ふぇー、気前のいい人ですねー」
 ルイが妙な声を出して感嘆をしている。
 お金ってのはあるとこにはあるんだな…。




「やっぱり、色々と準備は必要と思うんですよ。どっちにしろこの街には居られなくなると思うし、食料とか、買い溜めておかないと」
 店を出て、ルイと歩きながら話を聞く。
「でも遠くに行くとして、徒歩でいける様なもんなのか?」
 それが心配だ。
 途中で野垂れ死にしました。では、意味が無い。 
「…かなり厳しい旅になると思います。商人の馬車とかに乗せてってもらえるといいんですけど、今日の話し合いの後だと、乗せてくれる人なんて…多分誰も居ませんよ」
「だよなぁ」
 今日の話し合いが終わったら、恐らく俺たちが不審なことは街の人々に広められる。
 魔物の嫌疑がかかった人間を旅に連れて行くなど論外だろう。
「馬車を買うってのは…やっぱ駄目か?」
 駄目元で言ってみる。
「そんなお金、あります?」
「いえ、無いです」
 俺の返事にルイが溜息をつく。
「確か、馬つきだと安いのでも2万G以上、高いのだと5万G近くすると思いますよ…」
 そんなに高いのか。
 ゲームで300Gだかで買えたのは何だったんだ。 
「なので徒歩の方向ですね、持ち運び易くて長持ちする食べ物を優先して、薬草とかは私の家の周りで採っちゃいましょう。さー、気合い入れていきますよ!」
 そのままルイに引っ張られるままに買い物を済ませた。





「ここに来るのも二度目か」
 巨大な木を見上げる。
 ルイに連れられ、以前迷い込んだルイの自宅前まで来ていた。薬草を採り終わり、少しルイが家に寄りたいと言い出したのだ。
「ところで、この木ってどういう仕掛けで遠くから見えなくしてるんだ?」
「さぁ?私にも分かりません」
 ルイの言葉に首を傾げる。
「分からないって…お前がやったんじゃないの?」
「やったのは母ですから。この森の結界も全て母の手によるものです。私にはどうやってるのかさっぱり…」
「そっか…。でも、魔物が近づかないってのはすごいよな。利用すれば、人間の街が魔物に襲われなくなるんじゃないか?」
 上手く利用することが出来れば、この世界では画期的な技術ではないだろうか。
「うーん、ついでに人払いをしちゃうので、魔物どころか人も来ない街になっちゃいますよ?それに母の話だと、これだけのことを出来るのは、エルフの中でも一握りらしいですし、条件が揃ってないと無理みたいです」
「それじゃ意味ないか…」
 ルイが家の中に入って行く。
 俺もそれに着いていき、中に入った。
「ちょっと待っててくださいねー」
 ルイが家の中を歩きまわり、タンスやら何やらを漁っている。旅に出るのだ、色々と持っていきたいものもあるのだろう。
 俺は椅子に座って待つことにする。
「なー」
「なんですー?」
 まだごそごそとやっているルイに呼びかける。
「この森ってルイ以外のエルフは居ないのかー?」
「居ませんよー」
 この広い森にルイ一人か…。
 母親が亡くなったのが一年前と聞いている。
 それから今に至るまで、彼女はどうやって過ごしてきたのだろうか。
「その顔は、一人ぼっちでかわいそうに…って同情してる顔ですね」
「うぉお?」
 いつの間にかルイが近くにきていた。
 荷物をまとめ終わったようだ。
「シュウイチさんって、そういう感情だけ表情に出やすいですよね」
 ルイがくすくすと笑っている。
「同情っていうか、俺がお前の立場だったら…って少し考えてさ」
 周囲に仲間も無く、森の中で一人で過ごす。
 俺なら耐え切れるだろうか。
「何いってんですか、それを言うならシュウイチさんなんて、異世界から飛ばされてきてるんですよ?そっちの方がよっぽどキツイじゃないですか」
「あ…」
 それもそうかもしれない。
「それに今は、一人じゃないです。…もう一人ぼっちは嫌ですよ……私を一人にしないで下さいね」
 そう言って笑うルイの笑顔が少し悲しかった。

 


 
 森を出たとき、すでに辺りは夕日の色に染まっていた。
「そろそろルイーダの酒場に行きますか?」
「ん、そうだな。そうするか」

 南門を通り、大通りの中央噴水広場を左に曲がり、ルイーダの酒場が見えてくる。
 ルイーダの酒場の前に人がちらほらと見える。どれも冒険者の様だが、中に見知った顔があった。
「ようエル、中に入らないでこんなとこで何してるんだ?」
 エルはそんな俺の言葉を聞く様子もなく、いきなり俺の腕を掴んできた。
「二人とも着いてきて」
 そのまま歩いて行こうとし、腕を引っ張る。
「何なんだ??」
「何なんでしょ?」
 とりあえず引かれるがままに着いて行く。ルイも後ろから着いてきてるようだ。
 いくつか路地を曲がり、その内少し開けた場所に出た。
 そこにはアレスやトーマス君、そしてサイと、見たことのない温厚そうな青年や、どうみても主婦っぽいおばさん、よぼよぼの老人が立っていた。今一よく分からない組み合わせだ。
「皆こんなとこで何してんだ?」
 疑問がついて出る。
「俺だってこんなことに付き合いたくねぇよ、なんだって俺がこんなことに…」
 アレスが舌打ちせんばかりの口調で愚痴る。トーマス君は苦笑しており、サイはニヤニヤ笑っている。
 なんのことだか分からない。
「紹介する」
 エルの声に視線を送ると、先程の温厚そうな男と主婦っぽいおばさんが、こちらを見て並んで立っている。
「この人が貴方と十年来の付き合いの親友、カーン」
「どうも、貴方の親友のカーンです」
 温厚そうな青年がぺこっと頭を下げた。
 …意味が分からない。
 合ったことのない人間が十年来の親友の訳がない。
「この人はルイの親戚の叔母さんのアネット」
「よろしくね、ルイちゃん」
 主婦っぽいおばさんがウインクをしてみせた。
「あ…そういうことですか」
 ルイは何の事だか分かった様だ。
「俺に感謝しろよ。急な話でこの二人を用意するのも大変だったんだぜ!」
 サイが誇らしげな口調で言う。
 エルが目の前に歩いてきた。
「貴方たちの身元を証明する人が居ないのなら、作ればいい」
 …そういうことか。
「エルから事情は聞きました。訳あってお二人とも素性を明かせないんですよね?」
 トーマス君の言葉に頷いてみせる。
「でも、こんなことで騙し通せるんですか?」
 ルイの疑問も、もっともだと思う。
 俺もこんな付け焼刃の方法で無罪放免になるとは思えない。
「シュウイチとルイはこの地方ではなく、遠くの国から来たことにする。確認するのにしても時間がかかるし、証人が出てきた以上、疑わしいからといって罰することも出来ない筈」
 確かに、たとえその証人が疑わしくても、根拠がなければこちらを厳しく追及できないだろう。
「そちらのお二方のことを知ってる人が居たら、嘘だってすぐばれちゃいますよね?」
 ルイが自称俺たちの証人の二人に視線を送る。
「あぁ、その辺は問題ないぜ。二人とも変装してるし、普段の姿とはかけ離れてるからな。…おい、ちと教えてやってくれ!」
 サイの言葉におばさんがウインクしてみせた。
「心配すんなよお嬢ちゃん、俺たちプロに任せときな」
 おばさんから先程と打って変わった、野太い声が出てきた。
 おばさん…もとい、おばさんに変装した男がニヤリと笑う。
「男だったのか…」
 確かにすごい技術だ。
 見た目どころか声まで変えることが出来るとは…。
 これなら普通に変装してるとは気付かないだろう。
「僕達は話し合いの場で、それとなくシュウイチさん達の援護をします。…いいよね?アレス」
 トーマス君がアレスに視線を送る。
 アレスがいまいましそうにこちらを睨んでくる。
「…分かったよ。いいかシュウイチ、勘違いするなよ。エルがどうしてもって頼むから、付き合ってやるだけだ。…間違ってもお前の為なんかじゃない」
 エルがアレス達を説得してくれたらしい。
「助かるよ皆、…ありがとう!」
 皆に深く頭を下げる。少し涙がでそうだ。
「やるからには無様な矛盾を見せるつもりはない。シュウイチとルイの細かい生い立ちを決めとくぞ」
 アレスの言葉に皆が頷いた。

 あれこれとある筈のない経歴を皆で提案し合う。
 …これなら上手く乗り切れるかもしれない。



[3226] その31
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:44
 ルイーダの酒場の中は冒険者で溢れ返っていた。テーブル席は勿論のこと、床に直に腰を下ろしている人達でひしめき合っている。
 …この街にはこんなにも冒険者が居たのか。
 何故かカウンター席とその周辺だけ人が居ない。そこで司会進行をする為に人払いをしているのかもしれない。アレスパーティと一緒に入場した俺たちに無数の視線が送られてくる。
 だが大半の人達は、興味を失って視線を戻した。この中に俺とルイが魔物だと思ってる人間も居る筈だ。
 …そして恐らくは人間に化けてる魔物も。


 見渡した中に見知った顔がいくつかある。
 一人で壁にもたれかかっているトム、二階への階段近くで立っているゾルムさんとその横に居るマリィさん。イワンの姿が見当たらない。
 …冒険者を辞めてしまったのだろうか。
 以前組んだときの様子を考えると、それもおかしくは無いかな…と思う。

 こちらに気付いたマリィさんが笑顔でこちらに手を振っている。
 ゾルムさんもこちらを見て軽く片手をあげてみせた。
 …あの二人には今回の話し合いがどんなものになるか話していない。少し罪悪感を感じてしまう。
 後で事情は説明するつもりだが、特にマリィさんは俺たちのパーティで一人除け者にされたと、落ち込んでしまわないか。
 …後で思いっきり頭を下げよう。

 アレスは俺たちと離れた位置に一人で立ち、サイは入り口付近に立っている。
 残りのメンバーは俺に続き、マリィさんとゾルムさんのいる場所に着いてきた。
「ども」
 ゾルムさんとマリィさんに軽く手を上げてフランクに挨拶する。
「よお」
「こんばんは! トーマス君とエルちゃんは久しぶりだね」
 ゾルムさんはこちらを見て口の端を吊り上げてニヤリと笑ってみせ、マリィさんはそのままトーマス君とエルに話しかけている。とは言っても答えているのは主にトーマス君で、エルは頷く位しかしてないが。
 俺はゾルムさんの横に立つことにした。ルイも隣に歩いてくる。
「しかし、何の話し合いだろうなぁ。こんだけ大掛かりなことするからにゃ、よっぽどのことだろうが」
「依頼禁止令を全冒険者に出すくらいですしねぇ」
 ゾルムさんの言葉に、知っているとも、知らないとも答えずに無難な返事をしておく。
 ここで知ってる素振りを見せるわけにもいかないし、知らない素振りも後々登場してもらう俺の証人のことを考えると嘘をついたことがバレバレである。


 俺の親友カーン役の男と、ルイの叔母のアネット役のおばさんは外で待機してもらっている。
 今夜は冒険者のみの集まりであり、今入ろうとしても入り口で店員に追い返されてしまうのだ。
 必要なタイミングになったらサイが連れてくる手筈になっている。


 場が少し静かになったのを感じ、カウンターの方へ視線を送ると、ルイーダさんが裏口からカウンター内に入ってきてるところだった。
 流石に今日はバニー姿ではなく、普段着を着ている。
 ルイーダさんは辺りをぐるっと見渡し、口を開く。
「…そろそろ始めようかしら、皆静かにして頂戴ね」
 ルイーダさんの声で場が一気に静かになる。
 …大したものだ。
 気の荒そうな人間も多く見受けられる冒険者達を一言で静めることができるとは。どうやら皆、彼女に頭が上がらないらしい。
 アレスに聞いた話によると、高ランクの人達の話し合いはここではなく別の宿で行われたらしいので、ルイーダさんは他の人に話はしたが、俺達の魔物疑惑には関与してないだろう、とのことだった。
「ここに集まってもらったのは、ちょっと大変なことが起こっちゃったから。発端は…、直接本人達に説明してもらった方がいいわね。シュウイチ君、ルイちゃん、出てきて説明してあげて頂戴」
 ルイーダさんがこちらに視線を送ってくる。
 ルイと頷き合って、カウンターの方へ歩いて行き、皆の方へ向き直った。
 様々な顔、顔、顔、全てがこちらに注目している。少し緊張してきた。
「初めまして、戦士見習いのシュウイチと言います。事の起こりは一枚の冒険者募集の張り紙からでした──」








 
「──以上が俺達の見てきたことの全てです」
 俺の話が終わると共にざわめきが増す。
 話の途中でざわめきが次第に増えてゆき、
 今では多くの冒険者が困惑した様な顔つきで周りの人間と話したりしている。
「魔物が人間に化ける?嘘じゃねぇのか?」
「本当だったら大事だな…」
「その魔物に食われた冒険者たちってのは分からねぇのかよ!?」
 色んな囁きや怒鳴り声が聞こえる。
「シュウイチ君、ルイちゃん、もういいわ。ありがと」
 ルイーダさんの言葉に頷いて、再び仲間の元に戻る。
「おいおい、何時の間にそんなことになってたんだよ!?」
「シュウイチくんもルイちゃんも、教えてくれれば良かったのに…」
 ゾルムさんとマリィさんも驚いた顔をしていた。

「静かにして頂戴!」

 ルイーダさんの一喝で場が静かになる。
「この話を疑う人達も居るみたいだけど、実際にシュウイチ君が帰りに居合わせた冒険者に現場も確認してもらってる。それに確認したけど、ここ一ヶ月で行方不明の冒険者が10名ほどいるわ…。職業柄、行方不明者は出てもおかしくないけど、数が多すぎる。…多分、その魔物の犠牲者よ」
 ルイーダさんが悲痛な顔をする。
「だから今日集まってもらったのはこれからどうするか、よ。魔物が人間に化けることが出来る以上、何か対策を考えないといけないわ」
 ルイーダさんが辺りを見渡す。
「見分ける方法なんてあるのか?」
 どこからか声が上がる。
 ルイーダさんが首を振った。
「…分からない。でも人に化けてたとしても、一人一人を調べていけば必ずどこかで尻尾を出すと思うの。だから一般の人にはいきなり告知しないで、少しずつ調べていこうと思うんだけど…」
 やはりそういう結論に至るのか。
「それで調べるのを俺達冒険者にってことか?」
 またどこかから声が上がる。
「私はあなた達にお願いしたいと思う。一般の人達じゃ調べるときに正体を現した魔物に殺されてしまう。この役目はあなた達冒険者にしか出来ないと思う」
 ルイーダさんの言葉に更に別の場所から声が上がる。
「そのボッコて奴に化けてた魔物も冒険者だったんだろ?だったら魔物が冒険者に化けてたら、意味ねーじゃねぇか!」
「それは…」
「それに関しては私達から話がある」
 何かを言いかけたルイーダさんを遮るように、一人の男がカウンターの前に歩いてきた。それに続いて10人程別の冒険者達がその男の後ろに並ぶ。
「シュウイチさんあの人…!」
「…あの男、冒険者だったのか」
「なんだシュウイチ、あいつの知り合いだったのか?」
「ゾルムさんはあの人誰だか判りますか?」
 俺の言葉にゾルムさんは頷いて見せた。
「あの先頭に立ってるのが、この街で二人しか居ないランク6の戦士のリハルト。その後ろの奴らも全員ランク5か6の連中だな」
 最初にカウンターの前に歩いてきたリハルトという男、彼は昼間に会った金髪の男性だった。
 リハルトは周囲を見渡し、俺とルイに目が合うと少し笑ってみせた。
 そしてリハルトが口を開く。
「先程の誰かの発言の通り、冒険者の中に魔物が混ざっていては意味が無い。…だからまず我々ランク5と6の人間だけで調査させてもらったよ。高ランクの人間なら、素性も確かな人間ばかりだからね」
 先程まで騒いでいた冒険者達も黙って話を聞いている。
「それで…だ。我々はまずここ最近冒険者になった人間から絞って探し始めた訳だが、あっさりと素性が怪しい者が見つかってね。…それがそこに居るシュウイチさんとルイさんだ」
 場がどよめく。
 一気に視線がこちらに集まった。
「シュウイチが…!?」
 ゾルムさんが驚いた顔でこちらを見ている。
 …やはりこういう展開になるのか。
 ちらりとルイの方を見る。ルイは特に表情を変えずにリハルトの方を見ている。
「実は今日彼らとは朝方偶然に出会ったんだが…、正直、彼らが魔物の様には見えなかったよ」
 リハルトが首を振ってみせる。
「…だが、彼らの素性が不確かなのは事実だ。それについては…キール、頼む」
 リハルトが後方にいる一人に視線を送ってから、下がった。
 代わりに一人の男が前に出てくる。
「ゾルムさん、あの男は?」
「あれが二人しか居ないランク6の戦士の残りの片割れだよ。リハルトと固定パーティを組んでたな」
 キールという男は体が大きく、とても筋肉質だ。
 リハルトよりどちらかというと彼の方が熟練の戦士…といった感がある。
「ようみんな、そっちの新人二人に関しては俺が調べたからな。俺がしゃべらせてもらうぜ」
 低い声がよく通る声だ。
「まずそこのシュウイチ、出身はサクソンってことだが、村の奴の話だと、ある日ふらりと村に現れて住み着いたって話だ。要するにサクソン出身ってのは嘘だな」
 キールが俺の方を見てニヤリと笑ってみせた。
「─―次はそこのルイって娘、カナン出身って割りには、ここ最近以外でこいつを見たことのある奴が居やしねぇ。こいつの行きつけの宿ってのもたまに姿を現す程度で、普段どこに居るかもわからねぇそうだ」
 キールがどうだ?と言わんばかりに辺りを見渡す。
 周囲は再びざわめき始めた。
 冒険者達の中には疑いと恐怖、そして敵意の視線を持ってこちらを見ている者もいる。
「どうだいお二人さん?何か言い訳することはあるかい??」
 キールが両手を広げ、こちらをあざ笑うような顔をしてみせる。
 …いちいち芝居がかった奴だな。怒りよりも先に呆れがでてくる。
 とりあえず反論はさせてもらおう。 
「あるさ、俺が出身を誤魔化してたのは、実家から逃げ出したことを知られたくなかっただけだ。本当の実家はガーブルにある」
「へぇ、遥か遠くのガーブル城のお膝元から、わざわざこんなとこまで家出でいらっしゃったってか?」
 キールは俺の言葉を聞きニヤニヤと笑っている。欠片も信じてないって顔だ。
 …まぁ、嘘なんだけど。
 ルイが一歩前に出た。
「私も反論させていただきます。私は普段北西の貧民エリアにある叔母の家に篭ってますので、単に人に出会わなかっただけです。…最近は冒険者になったので、頻繁に人の目に付くことが増えただけでしょう」
 キールの表情が少し険しくなった。
「貧民エリアで暮らしてるやつがわざわざたまに宿を取ってるってか?嘘くせぇにも程があるぜ!」
 この疑問も事前の打ち合わせで予測していたことだ。
「貧民エリア出身ということを、パーティのメンバーに知られたくなかったから偽装に使ってただけですよ。特に、そちらのシュウイチさんには知られたくありませんでしたので…分かります?この乙女心が」
 ルイが微笑んでみせる。
 そう、これはルイが俺だけにこっそり教えてくれたことだが、偽装に使っていたというのは本当のことらしい。実家がカナンではないことを知られたくない為、冒険のある日の前後等は宿を取る様にしていた様だ。
 キールの顔がますます険しくなる。顔に若干怒りも見える。
 そんなキールを手で制して見せて、リハルトが一歩前に出てきた。
「…君達の言い分は分かった。だがそれは君達自身がそうだと言い張ってるだけだろう?悪いがそんなものを信用する訳にもいかない」
「いえ、そうでもないですよ」
 ルイの言葉にリハルトが怪訝そうな顔をする。
「私達が疑われてるという噂を聞きまして、証人を呼んでおいたんですよ。──どうぞ、入ってきて下さい」
 酒場の入り口側にかけられた呼びかけに、その場の視線が一気に集まる。
 カーンとアネットの登場である。
 その後ろにはサイが立っているのが見えた。
 …絶妙なタイミングで二人を呼んでくれた様だ。
「…どうして話し合いの内容を知ってやがる。誰が話した!?」
 キールが後方に控えてる冒険者達を睨みつける。
 だが睨みつけられた冒険者達は一様に首を振ってみせるだけだ。
 カーンとアネットは冒険者達の間を通り、リハルト達の前に立った。
「やぁどうも、初めまして。シュウイチと古い付き合いになります、カーンと申します」
 カーン…もといカーン役の男が好青年、といった感じの笑みを見せる。
「こんばんは、ルイの叔母のアネットです」
 アネット役のおばさん…実は男だが、彼女はお辞儀をして見せた。
 リハルトは意外そうな、キールは忌々しそうな顔をしている。
 カーンが冒険者達の顔を見渡し口を開く。
「さて、あぁ見えてそこのシュウイチは貴族の大事な一人息子でね、僕はシュウイチの両親に頼まれて彼を追ってこの街まで来たのですが…、正直驚きましたよ。まさか魔物として疑われてるなんてね」
 やれやれといった感じでカーンが首を振る。
「彼とは十年来の付き合いです。魔物じゃないことは勿論知ってるし、試しに色々と昔の話もしてみましたが、彼はハッキリと覚えており、私の質問にも答えてくれました。そんな彼が魔物であるなんて有り得ない」
 カーンが再び微笑んでみせ、辺りを見渡す。
 俺への敵意の視線はすっかり消えてしまっていた。
 まだ疑惑の眼差しで見てくる者も居るが、先程までに比べると、とても少ない。
「分かっていただけた様ですね」
 満足そうにカーンが微笑んで一歩下がる。
 代わりにアネットが一歩前に出てきた。
「改めて皆さんこんばんは、ルイの叔母のアネットです。今日はルイの無実を証明する為にここに来ました。カナンの出身の方なら、北西エリアのことはご存知かと思いますが、あそこは貧しいもの達や脛に傷を持つ者達が多く集まります。私もそこに住む住人の一人です」
「北西エリアか…嬢ちゃんがあそこの出身だったとはな」
 ゾルムさんがぽつりと呟く。
「私達のエリアに住むもの同士には、暗黙の了解としての不文律がいくつかあります。その内の一つが、『このエリアの住人に余計な干渉するな』…です。脛に傷を持つ者が多いこのエリアで、争いを少なくする為のルールなのですが、このルールのお陰で、北西エリアの住民同士はあまりお互いの顔を知りません。…そして北西エリアの人間はあまり他のエリアへは出ようとはしない。これがルイの人目に付かなかった理由です」
 アネットが話し終わり、一歩下がった。
 ──北西エリアの特性を利用しようと言い出したのはサイだ。
 北西エリア出身のサイは、あそこなら恐らく誰も厳しく追及できない、と言った。
 実際、傍から俺が聞く限りでは少し強引ではないか?と思うのだが誰も追及しようとはしない。
 触れてはいけない…ということだろう。
「どっちもお前ら自身が連れてきた証人だろうがっ!こんなんいくらでもでっちあげれるじゃねーか!!」
 キールが怒鳴りつける。
「キール、落ち着け」
 リハルトがキールを宥める。
「私もキールと同じ意見だよ。疑われてる君達自身が証人を連れてきても、その証人の出自を誰が証明する?」
 キールの言葉にルイが口を開く。
「証人の証人ですか?それこそナンセンスでしょう。そんなことを言ってると、ここに居る人の大半が私達と同じ、魔物の疑いがあり、になってしまうと思います」
「──俺からも証言させてもらおうか」
 突如冒険者達の集団の中から上がった声に視線が集まる。
「アレス…やはりお前が話したのか」
 リハルトの呟きが聞こえる。
 アレスは肩を竦めて笑ってみせた。
 …どうやらアレスの言っていた兄とはリハルトのことの様だ。
 アレスは俺と共に居ると、結託しているのが即バレてしまうと言って、ひとり離れた位置を選んでいた。
 ここが畳み掛けるタイミングだと判断した様だ。
「俺のパーティの連中は、そこのシュウイチとゾルムの死にかけてたのを助けたことがある。魔物が魔物に殺されかかってる…なんて締まらない話あるわきゃないよな。そのしばらく後に、先程の話に出た洞窟の戦いで大怪我をしてるシュウイチと、昏倒してるルイを拾ったのも俺達のパーティだ。両方とも俺達が通りかかったのは偶然…演技とかの可能性もありえない。こいつらが魔物だとはとても思えないな、そうだろトーマス?」
 アレスが俺達の後方に居るトーマス君に視線を送る。
「えぇ、彼らとは幾度か共に行動しましたが、神に誓って魔物ではないと言い切れます」
 トーマス君が自信に溢れた顔で言い切った。
「あ、あの、私もシュウイチくんとルイちゃんは魔物じゃないと思います!」
 マリィさんが緊張した顔で声を上げる。
「俺も同感だ。一緒に死に掛けたってのもあるが、こいつは魔物なんかじゃねーよ」
 隣のゾルムさんが俺の肩に手をぽんっと置く。
 リハルトが俺達を見て、頷く。
「確かにアレスの言い分ももっともだな。彼らが魔物なら魔物に殺されかけてたのはおかしな話だ。…それに彼らは魔物とは思えぬ人望もあるようだしね」
 …実はそうでもない。
 以前ボッコがパーティで同じ魔物を殺しているのを俺は見ている。俺達を騙す為だろうが、その辺の非情さをリハルトは知らないだけだ。
「そのことなんですが──」
 ルイが声を上げる。
 顔つきは時折見せる鋭い表情のままだ。
「魔物が人間に化けることが出来るって話を持ってきたのが私達、その私達が調べられて真っ先に怪しい人物として挙がってるなんて、私達が魔物だったとしたら抜けてると思いませんか?そんな話持ち込めばそれぞれの経歴を調べるのなんて、誰でも予測できることなんです。誰でもすぐに思いつきそうな矛盾ですよね?…なのに貴方達は何故かあっさりと私達を魔物と見なした」
 リハルトが戸惑った表情を見せる。
「…確かに、あのときは思いつかなかったがもっともな話だな」
 その後ろに控えている連中にも、「そういえば…」といった感じの顔をしている者がちらほらと見える。 
「それって、多分誰かが話を早々にまとめちゃったんじゃないですか?『そいつらが魔物に間違いない』とか、『早めにそいつらを殺さないと俺達が殺されるぞ!』とか、誰かが話をそういう方向に誘導しませんでしたか?…そう、例えばその話し合いで、そういう風に話を仕切ってもおかしくない人物。私はその人こそが魔物だと思います」
 ルイの言葉に周囲が静まる。
 高ランクの集団の視線がキールへ集まった。
 …あの男か。
 確かに、執拗にこちらを追求していた奴が魔物だというのは納得できる。
「ふざけんなっ!俺が魔物だってのか!?そっちこそ魔物だろうが!!」
 キールのが顔が怒りで真っ赤に染まる。
「…へぇ、貴方だったんですか。道理で妙に私達を追及する訳ですよね」
 ルイがキールを冷めた目で見ている。
 リハルトが二人の間に割って入った。
「双方とも落ち着け、君の言ってることも推測に過ぎないのだろう?こちらが君達に不当な疑いをかけてしまったのは詫びよう。一度冷静になって、落ち着いて話をするべきだ」
 リハルトはどうなのだろうか、彼が魔物かそうではないかの見分けがまだ付かない。
「おっしゃることはもっともなのですが、実は私、この場の皆さんの疑問を解消できる、取っておきの道具を今日用意しちゃってるんです」
 ルイの言葉にリハルトが訝しげな顔をする。
 …どういうことだ。
 これは打ち合わせにはない。完全にルイの独断だ。そんな道具の話をルイは一切しなかった。 
 ルイが脇に置いてあった袋からごそごそと何かを取り出す。
 あれは…瓶だ。
 三つの瓶をルイが取り出す。
「これ、教会で清められた聖水です。伝承によると、魔物にとって聖水は猛毒みたいなものらしいです。ですので、これをキールさんに飲んでもらいたいと思います。残り二つの瓶は同じく疑われている私とシュウイチさんが飲んでみせます。いかがでしょう、試してみませんか?」
 その手があったか!
 確かに聖水でダメージを受けるのは魔物だけの筈だ。ルイが自宅でごそごそとやってたのはこれを用意する為か。
「おいおい、そんなこといって毒がしこんであったらどうするんだよ」
 キールがうさんくさそうに言う。
「そうですね、確かにその可能性を考えてませんでした。でしたら、どの瓶を飲むのかを最初にキールさんが選んでください。私とシュウイチさんで残ったのを先に飲んでみせます」
 ルイがキールの前に歩いていく。
「さぁ、この三つの中からお好きなのをどーぞ」
「…馬鹿らしい、こんなお遊びに付き合ってられるかよ」
 やってられないとばかりにキールが顔を逸らしてみせる。
「キール、これを飲むことでお前の疑いが少しでも晴れるなら飲むべきだ」
 リハルトがキールに選ぶように促す。
「…ちっ」
 ルイの抱えてる瓶の内の一つをキールは奪い取る様に掴み取った。
「じゃあ、残りの二つを私達が飲んでみせますね」
 そう言ってルイがおれの目の前に歩いてくる。
「はい、シュウイチさんはどっちがいいですか?」
 瓶を片手に一本ずつ持ち差し出してくる。
「ん、どっちでもいいけどな」
 何気なく右手の方の瓶を取る。
 ルイが皆を見渡し、自分の持ってる瓶を掲げてみせた。
「では、飲みます」
 ルイが瓶に口を付ける。
 ルイの喉が動いているのが見え、瓶の中身がどんどん無くなってゆく。
 瓶の中身全てをルイが飲み干した。
「はい、ごらんの通りです」
 飲み干した瓶を皆に見せている。
「そんなんでお前の疑いが晴れると思うなよ…!」
 キールの低い声が聞こえてくる。
「えぇ、もちろんこんなもので、私達の無実を証明しようってつもりはありません。もし皆飲んで何も起こらなくても、それで全員疑いが晴れるわけじゃないですよね。でもこれでもし魔物が見つかるなら、それに越したことはないんじゃないですか?」
 ルイの問いかけにキールは不機嫌そうに黙り込んだ。
「それじゃ、俺も飲みます」
 躊躇無く瓶の中身を飲む。
 やはりただの水の味しかしない。
 飲み干し終わり、皆に見えるように瓶を掲げてみせた。
「さぁ、これで残りはキールさんだけですね」
 皆の視線がキールに集まる。

 キールが瓶の蓋を抜き、口の方へゆっくり瓶を持ち上げていく。
 
「──そうそう、私の知ってる話だと聖水を振り掛けるだけで、魔物の体は溶けてしまうらしいです」

 ルイの言葉にキールの動きが止まる。

「体にかかっただけで溶けてしまうものを、魔物が口にしたら…どうなるんでしょうね?」

 キールは動かない。
 時間だけが過ぎていく。その反応の意味することは一つだ。
「ルイ、そいつから離れろ!」
 俺の叫びと共にキールの体が膨れ上がり、着ている服が千切れていく。
 赤い、見覚えのある姿。
 …またレッサーデーモンか!
 そこからのことはスローモーションの様に見えた。そのままその膨れ上がったレッサーデーモンはルイに素早く飛び掛っていく。
 ルイとレッサーデーモンの間に何者かが割り込むのが見えた。
 レッサーデーモンはルイより少しずれた方向の床に落ち、倒れ伏せたまま動かない。
 少し遅れてレッサーデーモンの下から血が滲み出てきた。
 徐々にその姿が薄く消えていく。

「怪我はないか?」
 リハルトが剣を収めながらルイに話しかけている。
「すごいな…」
 思わず感嘆の言葉がもれた。
 あの一瞬でルイとレッサーデーモンの間に割って入り、一撃で切り伏せる。
 熟練の冒険者はあれだけの動きができるのだ。いずれ自分もあの様な動きが出来るようになるのだろうか?
 …出来る気がしない。
 自分の想像に首を振りながらルイの元に行く。
「大丈夫か、ルイ?」
 ルイが顔をこちらに向け、見上げてきた。鋭い表情から徐々に緊張が抜けていく。
「…少し、びっくりしました」
 口調が呆然としている。
「あんな無茶するつもりなら最初から相談しとけよ。…心臓止まるかと思ったぞ」
 あんな無茶は二度として欲しくない。
「キール、いつの間に…」

 ──リハルトがレッサーデーモンの消えた場所を見つめたまま、呆然と呟いているのが聞こえた。



[3226] その32
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:44

 キールに化けてた魔物を退治したことによって場が少しは収まるかと思ったが、むしろ結果はその逆、ますます場は混乱の様相を見せていた。
 高位の冒険者のキールに魔物が成り代わっていたということは、もはや出自等を根拠に魔物かの判断をするのはほぼ無意味に等しいということだ。
 結果が良い方向に向かったのは結局聖水を飲んだ俺とルイの立場だけ、ということになる。
「こんだけ混乱しちまっててどうやって収拾すんのかねぇ」
 ゾルムさんがうんざりとした声を上げる。
「ゾルムさんは割りと落ち着いてますね」
 俺の言葉にゾルムさんは頷く。
「まぁな、じたばたしても仕様がねーだろ。それより嬢ちゃん、さっきの聖水はもう無いのか?あれさえありゃ、この場の全員を確かめることができんだろ」
 ゾルムさんがルイに呼びかける。
「えーっと、私も何分急な話でして…無いこともないんですが、今この場にはなかったり…」
「…?」
 何故かルイの返事の歯切れが悪い。
 どうしたのだろうか。
「そうか…後は教会の連中に頑張ってもらうしかねぇかな」
 残念そうにゾルムさんが嘆息する。 
「どうやらそうするしかなさそうだな」
 振り向くとアレスがこちらに来ていた。
 アレスが辺りを見渡す。
「…とりあえずこの場の収拾が先だな。放っておくと仲間割れが起こりかねない」
 確かに場の雰囲気はかなりピリピリとしている。このまま何かが切っ掛けで乱闘になりかねない。
 アレスはリハルトさんの方に歩いて行き、リハルトさんと何かを話し始めた。話がまとまったのか、リハルトさんがカウンターの前に歩いて行く。
「皆、静かにしてくれ!!」
 リハルトさんの声で場が一瞬静まった。
 だが所々でまだ小声で話しているのが聞こえてくる。その様子に構わず、リハルトが言葉を続けた。
「先程…キールが魔物だったことで、ここに居る全員が魔物の疑いのある者になってしまった…。だが、まずは落ち着いてほしい。こんなときだからこそ冷静になるべきだ」
 一瞬キールの名前を口にするときにリハルトが躊躇ったのが分かった。
 まだ自分の仲間が魔物だったことへのショックを隠しきれないのだろう。
「おいおい!んなこと言ってるけどよぉ、キールの野郎と組んでたあんた達がこの中じゃ一番怪しいんだぞ!分かってんのか!?」
 冒険者の中の一人の男から声が上がる。
 周囲からも、
「そうだそうだ!」
「一番怪しいのはあんた達のパーティだろうが!!」
 といった同調の声が上がる。
 その言葉にリハルトの顔が辛そうに歪む。
「…ルイ」
「なんですシュウイチさん?」
 俺の言葉にルイがこちらに視線を向けてきた。
「さっきの話だと、まだ聖水がないわけじゃないんだろ?それなら、あるだけ今から取りに行かないか?」
 ルイが考え込む仕草をみせる。
「そうですね…、他にこの場を収める方法が見つかりそうにないですし」
「あといくつ予備の聖水はあるんだ?」
「その気になれば、ここに居る全員を判別するくらいはなんとか…」
「決まりだな」
 ルイの返事を聞き終わると同時にリハルトの前に歩いていく。

 俺に冒険者達の視線が集まった。
 まだこの視線には慣れない。意を決して口を開く。
「皆さん、聞いてください。先程のことで聖水の有用性は分かってもらえた筈です。そこで先程聖水を飲んで見せた俺とルイで予備の聖水を取りに行きます。それまでは全員ここから動かないで待っていてください」
 周囲がざわめく。
「──予備があるのかよ」
「──ならそれでなんとかなりそうだな…」
 色々な話し声が聞こえてくる。
 少し場が落ち着いてきた様に見えた。
 …皆も異存なさそうだ。
 後ろのカウンター内に居るルイーダさんに声をかける。
「それじゃあ、今からルイと聖水を取ってきます」
「…あなた達には頭が上がらないわね、今度ここで好きなだけ食べさせてあげるわ」
 ルイーダさんの言葉に笑顔を返す。
「シュウイチさん、行きましょうか」
 ルイがいつの間にか傍まで来ていた。
「そうだな、行くか」
 二人で冒険者の間を通り、店を出る。



「シュウイチさん、さっきのって何だか焦ってたようでしたけど…、リハルトさんを庇いたかったんですか?」
 酒場を出て少し歩いたところでルイが口を開いた。
「ん…そうだな。さっきまで俺達も似た様な立場だったからさ、正直見てられなかったってのが本音かな」
 リハルトが演技であんな表情をしているとは思えないし、思いたくもない。
「…そうですか」
 ルイが少し笑っている。
 なんだか気恥ずかしくなって歩く速度を上げ、話を逸らす。
「置いてあるのはルイの実家なんだろ?」
 歩きながら後ろを着いてくるルイに声をかける。
「えーと、実はですね…」
 どこか困った様子のルイの声に振り向く。
「さっきの聖水、アレはただの水だったりしたんですけど…」
「えっ?」
 ルイが申し訳なさそうにこちらを見上げている。
「ごめんなさい、シュウイチさんまで騙しちゃって…。でもシュウイチさんは知らない方が、自然な反応してくれるかなーと思いまして、黙ってました」
 つまりあのときキールが飲もうとしたのはただの水。
 あのまま飲んでいたら何も起こらなかったことになる。
「…キールを引っ掛けたのか」
「えぇ、あのまま飲もうとされたときは少し焦りましたが、直前の脅しが効いたみたですね」
 …大したものだ。
 自分達が疑われている状況で逆に相手に罠を仕掛けるなんて…。俺はそこまで気が回らなかった。
「それはまぁいいとして、じゃあ予備の聖水ってのも嘘なのか?」
「そうなんですよ、あの場で無いって答えると手詰まりになっちゃいますからね。とりあえず、今から水を瓶に汲んできて、それを皆に飲ませれば少しは篩(ふる)いをかけられるとは思います。…気付かれてたらアウトですが」
 つまりは脅しのみで判別することになるわけだ。
「本物の聖水を用意することは出来ないのか?」
 そう、本物を用意できればそれに越したことはないのだが、この世界では聖水がその辺の道具屋では売っていないようだ。見かけた覚えも無い。教会なら用意できるのではないか。
「うーん、どうなんでしょうね。聖水が魔物に効くっていうのは実は本で読んだんじゃなくて、エルフでは普通に言い伝えで残ってたのですが、ただの水ならともかく、祝福した水をあの場の全員分教会の人に用意してもらうことになると、夜が明けちゃったりしませんか?魔物に有効なのに聖水が出回ってないのは作るのが非情に困難、とか何か理由があると思うんですけど…」
 ルイは俺の提案に難色を示している。
「それでも聞いてみるだけ聞いてみないと何も分からないだろ」
「…そうですね、聞くだけ聞いてみましょうか」
 ルイの言葉に頷く。
「それじゃ教会に行こうか」
 確か教会は北東エリアにあった筈だ。
 北東エリアに向かって歩き出す。
 ルイも隣に並んで歩き出した。
「ところでシュウイチさん気付いてました?」
「ん、何が?」
「マリィさん、私達を擁護したとき以来、ひとっことも口利いてませんでしたよ」
「…あ」
 すっかり忘れていた。
 彼女に黙っていたことに関するフォローを一切していない。
「私達が揃って隠し事してたせいで多分、すっごい怒ってるか、落ち込んでますよ…。あとで二人で全力で謝るしかないんですから、上手い言い訳考えておいてくださいね」
「しまったな…なんて言って謝ろう」
 マリィさんが怒ってる顔か、悲しみで曇っている顔を想像する。
 …とても申し訳ない気分になる。
 先のことを考えると頭が痛くなってきた。






「出来ない、ですか?」
「えぇ」
 神父の言葉にルイと顔を見合わせる。
 教会はいつでも怪我人が訪れてもいいように、二十四時間神父が居ることになっている。
 俺達の来訪にも神父は嫌な顔も一切せず迎え入れてくれた。その神父に事情を話し協力を求めたところで、先程の返事が返ってきたわけだ。
「事情は分かりました。ですが…あなた達のご希望に応えることはできません」
「理由を聞かせていただいても?」
 神父が俺の目を見て黙っている。神父の目をじっと見返す。
 出来ない、では納得できない。
 少し間を置いて神父が溜息をつき、目をそらした。
「あなた方がどこで聖水の話を聞いたのかは知りませんが、その話は教会でも一部の者と、一握りの貴族や王族の間だけの重要な機密だった筈です」
「機密?」
 俺の言葉に神父が頷いてみせる。
 何故わざわざそんなことを機密にする必要があるのだろうか。魔物に聖水が有効ならすぐにでも広めるべきことだと思うのだが…。
「何故わざわざ隠してるのか?と疑問に思われているようですね。…理由は単純です。需要に供給がまったく追いつかないのですよ」
 供給が追いつかない。
 つまりは作り手が少ないということだ。
「祝福された水を作ることができるのはかなり高位の僧侶のみ、ですが聖水を作れるほどの僧侶は昔はともかく現在ではそう多くないのです。現在私も含め、この街にいる僧侶に聖水を作れるものは居りません」
「他の街には居るってことですか?」
 ルイの言葉に神父が頷く。
「私は以前ガーブルの教会に仕えていました。そこの大神官様は王族や貴族に聖水を売りつけて私腹を肥やしてましたよ…。聖水の話が広まれば他の人間も教会に殺到してそれどころでは無くなる…だから決して教会の外の人間には漏らしてはならない。 そんなガーブルの教会の在り方に嫌気が差して私はカナンにやってきました」
 ガーブル。俺が家出してきたことになっている王都だ。
 …神に仕える人間が私腹を肥やしている。
 そんな人間が数少ない聖水の作れる人間だというのだから皮肉なものだ。この世界の神の加護とはそんな人間にも与えられるものなのか。考え込んでる俺の様子を見て神父が苦笑した。
「…申し訳ない、愚痴を聞かせてしまいましたね。ですが先程話した通り、聖水をここで作ることはできません」
「そうですか…分かりました。シュウイチさん、行きましょう。」
 ルイに促され教会の入り口に歩いていく。
「お待ちなさい」
 神父の言葉に立ち止まる。
「少々お時間をいただけますかな」
 そう言って神父は奥の部屋に引っ込んでいった。
「なんだろ?」
「なんでしょね?」
 ルイと一緒に首を傾げた。
 少しして神父が戻ってきた。
 その手には一つの小瓶が握られている。
「これをお持ちください」
 渡された小瓶には無色透明の液体が入っている。
「これは…?」
「私がガーブルより持ち出した聖水です。それ一つしかありませんが、お役に立つでしょう」
 つまりこれは本物ということだ。
「…いいんですか?」
「何かあったときの為に…と、取って置いたものですが、今がそのときなのでしょう」
 神父が微笑んでみせる。
「ありがとうございます…!」
 神父に頭を下げ、教会を出る。
「あなた達の行く末に神のご加護があらんことを─」
 そんな神父の祈りが聞こえた。





 外に出てルイーダの酒場への道を歩く。
「うーん、やっぱり出回ってないのには理由がありましたねぇ」
 ルイが落胆した声をだす。
「でも一瓶だけでも手に入ったじゃないか」
 あの神父に感謝しなければならない。
「その一瓶、どう使うかが問題ですね」
 ルイが真剣な表情で考え込んでいる。
「限界ギリギリまで一人当たりの量を減らして飲んでもらうってのは?」
 これは割りといい案だと思う。
 少量だろうと、飲んで苦しんだり何か反応を見せれば魔物だ。
「そうですね、小瓶一つだから全員に…とはさすがにいきませんが、十人くらいはそれで確かめられると思います」
「となると、その十人以外はただ水ってことになるのか」
 俺の言葉にルイが頷く。
「ですからその十人は特に確かめる必要のある人間を選ぶ必要があります。まずはリハルトさんのパーティの方々、それとルイーダさん。…あとは残った分で私達の周囲の人達を念のために確かめてみたいです」
「俺達の周囲の人って?」
「一番優先したいのが私達の秘密を知っているエルさん。それからマリィさんゾルムさん、アレスさんにトーマスさん、サイさんですね。…そんな顔をしないでください、私だってあの人達が魔物だなんて思ってません。ですが今言った方たちには、聖水の件に関しても話してしまうつもりです。だから、万が一にも紛れがあって欲しくないんです」
 ルイが悲しそうな表情をする。
 自分では自覚が無かったが、ついルイを責める様な目で見てしまっていたようだ。ルイの頭に手を置き、そのまま撫でる。髪の感触は心地よいが、やはりカツラではなくルイの銀髪の方が触り心地は良かった。
「…すまなかった。お前を責めるつもりじゃなかったんだ」
「いいんです、シュウイチさんの気持ちも分かりますから」
 ルイが軽く笑ってみせた。
 良かった、機嫌を直してくれた様だ。
「でも、ルイが言ってた魔物の可能性がある奴って、可能性濃厚なのがルイーダの酒場か訓練所で働いてるやつだったよな。そっちは確かめなくていいのか?」
 それこそ最優先はそちらではないのか。
「そっちの方はルイーダさんさえ確かめることが出来れば、なんとかなりそうです。ルイーダさんが白だと判れば、魔物に騙されてる可能性を考えずに、名簿を見る可能性の有る人をルイーダさんから直接聞いて確かめることが出来ますし。──だからなるべく最初の方にルイーダさんを確かめますので、彼女が黒だったら少し聖水を残しておいてください」
「なるほど、分かった」
 確かにルイーダさん以外がカウンターに立ってる姿を見たことがない。
 流石に開店から閉店までずっと居るわけではないだろうが、カウンターを任せる人間もあまり居ないのだろう。
 彼女が魔物では無かったら直ぐに確認が取れそうだ。
「とりあえず他の人達にも同じ分量を配らないと怪しまれちゃうので、あと小瓶五つ分くらいの水を用意すれば十分ですね。急がないと皆待ちくたびれちゃいますよ」
 確かにあまり待たせていると冒険者達がしびれを切らしそうだ。
 ──お世辞にも忍耐力の強いと言い難い連中が多かったしな。
 急いで水と小瓶を用意することにした。





「と、いうことで、分量的にも皆さんに少しずつ飲んでもらうことになりますので、飲み終わった方はカウンター側に、それ以外の人はカウンター側に来ない様にしてください」
 ルイの説明が酒場に響き渡る。
 カウンターには大量のコップが並べられている。ルイの説明を他所に、俺はそのコップの中に先程神父からいただいた本物の聖水を分けて入れている。
 量を調整しながら十個のコップに分け終わる。
 ほんの少しだけ残ってしまったが、何かのときに役に立つかもしれない。
 その瓶をポケットに仕舞った。
「ルイ、出来たぞ」
 俺の言葉にルイが頷いてみせる。
「それでは、先程疑われていたリハルトさんのパーティの方たちから来てください」
 ルイの言葉にリハルトと二人の男が前に出てくる。
「口を開けてください。すり替えの可能性を排除するためにも、シュウイチさんが飲ませます。一切グラスには触らず、手も上げないで下さい」
 まずリハルトが迷わず口を開いてみせる。
 開いた口の中に聖水を注ぎこむ。注ぎ込む、といっても微々たる量だが、リハルトの表情に変化は見られない。
「リハルトさんは大丈夫ですね。それではリハルトさん、貴方はこれからもし魔物が正体を現した際に直ぐに斬りかかれるように、ここで警戒をお願いします」
「分かった」
 リハルトが剣を抜き、直ぐ近くに控える。
 リハルトのパーティの残り二人にも聖水を飲ませたが、特に反応は無かった。
「それでは次は…そうだ、先に一応ルイーダさんもお願いします」
「え、私?」
「はい、ルイーダさんも先に証明して自由になってもらってた方が良さそうですので」
「それもそうね、それじゃシュウイチ君、飲ませて頂戴」
 ルイーダさんがあーんと口を開いてみせる。
 彼女も状況的に魔物と入れ替わっていてもおかしくない人物だ。
 少し緊張しながらルイーダさんの口に聖水を注ぎ込む。喉が動くのが見え、飲み干してみせた。
「これでルイーダさんも大丈夫ですね。…それでは次はまことに勝手ながら、手伝いを頼み易そうな知り合いから先にやらせていただきます。エルさん、マリィさん、ゾルムさん、アレスさん、トーマスさん、サイさん、前に出てきてください」
 ルイの言葉に見知った面々が前に出てくる。
 マリィさんが最初に俺の前に立った。半眼で俺のことをじっと見ている。
 これは悲しいんでいるというよりは怒っている顔だ。
「シュウイチくん、なんで教えてくれなかったの?」
 声が少し低い。
 思わずルイの方に視線を送ったが、ルイはそ知らぬ顔で別の場所を見ている。
「…私じゃ信用できなかった?」
 声色が変わり、はっとしてマリィさんの方を見るとマリィさんの目が少し潤んでいる。
 …いかん!
「あ、いや、全然、そんな訳じゃないんです!」
 慌てて釈明に入る。
「色々と事情がありまして…、マリィさんを信用してないとかじゃ絶対ないですから!」
「…ほんとに?」
「本当です!」
 力強く応える。
「おーい、にいちゃん。痴話喧嘩なら後でやってくれや!」
 どこかから上がった声に、笑い声があがる。
 確かに注目されてる状況でこんな会話を続けるのも恥ずかしい。
 マリィさんも顔を真っ赤にしていた。
「…話は後でしましょうか。とりあえず飲ませますね」
 こうして次々と仲間に聖水を飲ませていった。
 なんだか自分が雛鳥に餌を与える親鳥の気分の様になってくる。仲間に飲ませ終わると、他の仲間達も飲ませる役目や聖水…とは言っても残りは全て水だが、それをコップに注いでいく役目を分担して手伝ってくれた。
 ルイはその様子をじっと観察している。
 みるみるうちにカウンター側の人間が増えていき、逆に確かめて居ない人間が減っていく。
 俺やルイの証人として来ていたカーンとアネットにも一応飲んでもらった。
「これで…終わりっと」
 最後の一人に飲ませ終わり、一息つく。
 周囲にも安堵の空気が流れた。
「この中には魔物はもう居なかったってことか」
 ゾルムさんの言葉に頷いてみせる。


「これでここに居る冒険者に魔物が居ないのは分かったわね。…今日はもう遅いし、ここまでね。明日の同じ時間から、改めて住民に対してどう調べるか話し合いましょ。ということで今日は解散。皆お疲れ様!」
 ルイーダさんの言葉に冒険者達が、
「──お前が魔物だと思ってたぜ」
「──お前こそ」
 等、軽口を叩き合いながら店を出て行く。


 一通りの冒険者が出て行った後、酒場にはリハルトのパーティとアレスのパーティ、
 そして俺のパーティとゾルムさん、そしてカウンター内のルイーダさんが残っていた。丁度聖水を飲んだ面子だ。
「それで話っていうのは何だい?」
 リハルトがルイに問いかける。
 どうやらいつの間にかルイが残るように呼びかけていたようだ。
「えーっと先にネタ明かししますね。今ここに残ってるあなた達が飲んだのは本物の聖水。ここに居ない他の冒険者達に飲ませたものはただの水です」
 ルイの言葉に全員の顔に驚愕が浮かぶ。エルだけ表情に変わりが見られない。
「…聖水が足りなかったの?」
 エルの質問にルイが頷く。
「足りませんでしたし、現状ではこれからも用意するのが難しいようです。先程シュウイチさんと教会に行ったのですが─」
 




 ルイの説明が終わり、トーマス君が口を開いた。
「そんなこと知りませんでした…。神のご加護を秘匿して自分達の為だけに利用する人が居るだなんて…」
 トーマス君の口調が呆然としている。
 彼のような心優しき敬虔な信者からすると、信じられないことなのだろう。
「なによりも目下の問題は、結局判別する術がこの場に無いことだな」
 リハルトが呟く。
 ルイーダさんが溜息をついた。
「そうよねぇ、遥か遠くガーブルまで住民全員の分の聖水を買いに行くなんて現実的じゃないし、一度聖水を飲んで見せた人間もそれから一生魔物と入れ替わられる可能性が無いって訳じゃないものね…」
「そうなんですよね…最終的にはどうしようもなかったりするんですよね」
 ルイも頷いて見せた。
 人間に化けた魔物に苦しめられる人々。この構図は何度も見た覚えがある。
「…ラーの鏡」
 エルの呟きに皆の視線がエルに集まった。
「なんだそりゃ?」
 サイが首を捻っている。
「古来から魔物の正体を暴く、と言われている鏡だな」
 リハルトのパーティの魔法使いの格好をした男が口を開いた。
 そのまま言葉を続ける。
「確かにアレは作り話の物語、というよりは史実に近い伝えられ方をしていたが、実在するものなのか?」
「実在する…と思います」
 エルの代わりに答えた俺の言葉に、魔法使いの男がこちらを不思議そうに見てくる。
「君は何故そんなことを言える?何か根拠といえるものでもあるのか??」
 答えに詰まる。
 ドラクエシリーズでは定番です。とは言えない。
「…それも『シュウイチさんの本』の話ですか?」
 ルイの言葉に頷いてみせる。
「シュウイチくんの本って何かな?」
 マリィさんが疑問をはさんでくる。
「前にこいつが新種の魔物のことを知ってたことがあっただろ。そのときにこいつが本で見たって口にしてた筈だ。サクソン村になんでそんな怪しい本があるんだか…」
「あ、そういえばそんな話もしてたね」
 アレスとマリィさんの会話を聞きながら考える。
 ルイの言った『シュウイチさんの本』と、アレスの言ってる本では少し意味合いが違う。
 ルイの方は俺の世界でみた話か?と聞いているのに対して、アレスの方は以前サクソン村で見たという話を鵜呑みにしたものだ。
「そんな鏡があるのでしたら、今抱えてる問題もほとんど解決しますね」
 トーマス君の言葉に頷く。
「ただ、どこにあるかが分からないんだよな…。確か前読んだ本に書いてあったのが、なんとか城にまだ眠ってるかも知れないとか書いてあったけど」
「なんとか城じゃわからねーぞ」
ゾルムさんからツッコミが入る。
「うーん、思い出せないな。何城だっけ…」
「ルネージュ城」
 エルの言葉が記憶と合致する。
 そういえばエルも同じ本を読んだ筈だった。
「あ、それだ。そのルネージュ城にあるかもしれないって書いてたな」
 俺の言葉にルイーダさんが首を傾げる。
「ルネージュ城?そんな名前聞いたこともないわね」
「…ルネージュ城はガーブル城の旧名だ。百年ほど前に名前がルネージュからガーブルへ変わっている」
 魔法使いの男が再び口を開いた。
「結局ガーブル、か」
 ゾルムさんが呟く。
「では私達のパーティでガーブルに行ってみて、ラーの鏡を探してこよう」
 リハルトが皆を見渡しそう言った。
「…それはお勧めできません」
「それは何故かな?」
 ルイの言葉にリハルトが聞き返す。
「あなた方はこの街で本当の事情を知ってる、数少ない高位冒険者の一人です。あなた達でないと、いざという時にここの冒険者達をまとめることは出来ないでしょうし、色々と今後のことにも不都合が出るでしょう」
「…そうか」
 リハルトが残念そうな声をだす。
「──かといって何も知らない人達を探しに行かせるわけにもいきません。そうとなると…」
 ルイがこちらをちらりと見る。
「俺達が──か?」
 視線の意味を理解し、俺が言葉を引き継ぐ。
 確かにそれが一番良さそうだが…。
「ルイは良いのか?」
 俺の質問にルイは頷いて見せた。
「私は構いませんよ。それにほら…私の冒険者になった理由話したじゃないですか」
「あぁ、そういうことか」
 ルイはラーの鏡探索の旅のついでに父親を探してみたいのだろう。
「…マリィさんは?」
 恐る恐るマリィさんの顔を伺う。
「私も別に構わないよ。パーティを結成からいきなりの大冒険だね!」
 笑いながら実にあっさりと承諾してくれた。
「お前らだけじゃ頼りねーから俺もついてってやるよ!」
 ゾルムさんがガッハッハと声を上げる。
 この人はパーティを組みたがらない人だと聞いたのだが、勘違いなのだろうか。
「私も…」
 エルが袖を引っ張ってくる。
「え、いや、エルは…そっちのパーティはいいのか?」
 アレス達に視線を送る。
「あー…どうする?」
 アレスが面倒なことになった、といった表情でトーマス君とサイを見る。
「いーんじゃねえの?ウチのお姫様のご要望ならよ」
サイがニヤニヤ笑いながら答える。
「ここまで聞いてしまったら、手伝わない訳にもいかないでしょう」
 トーマス君も頷いてみせた。
 アレスが溜息をつきながら、
「…俺達も行くことにする。こんだけ人数居たんじゃ馬車が居るだろ。兄貴、家の馬車持って行くぞ」
 と口にした。
「む、いいだろう。…父上には私から話しておこう」
 リハルトが渋った顔をしている。
 馬車を持っていかれると困るのか、
 もしくはよほどその父上が怖い人物なのだろうか。
「一気に大所帯になりましたね…。なんにせよ、出発は明後日にしますか」
「ん、明日でも良くないか?」
 ルイの言葉にゾルムさんが口を挟む。
「明日は居るかもしれない、もう一体の魔物を探す必要があります」

 ──そう、後もう一体残っているかもしれないのだ。



[3226] その33
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:45

 昨日、あの後ルイがルイーダの酒場もしくは、訓練所に魔物が潜んでる可能性を皆に話した。
 ルイが冒険者になったその日に、ルイのことを名簿で知ることが出来た人物。
 ルイーダさんの話によると、有り得るのは訓練所の受付の男、そしてルイを担当した魔法使いの教官、もしくはルイーダの酒場のカウンターをルイーダさん以外で唯一任せられる子が居るのだが、その子もルイが登録した日に一度カウンターを任せたらしい。
 なのでその三人に絞られることになる。


 次の日改めて、昨日最後まで残っていた面子でルイーダの酒場に集まったのだが、
 何故か俺達を見たルイーダさんの顔が曇っていた。
 訳を聞くと、訓練所の魔法使いの教官と受付の男が揃って姿を見せていないらしい。
 別にその二人が今日は休日、というわけでもなく、普通に出勤する筈の日にも関わらず…だ。
「露骨に怪しいな…」
「だな、このタイミングでその二人が偶然来なくなるってのもねぇだろ。その二人で決まりじゃねーか?」
 アレスとゾルムさんの会話を横に聞きながら、ルイーダさんに質問してみる。
「その人達の住所って分かります?」
 ルイーダさんは冒険者の名簿とはまた違う名簿を取り出し、それを読み始めた。
「えーと、南西地区の『月の雫』って名前の宿屋に二人とも宿を取ってるみたいよ」 
 南西地区、つまりこのルイーダの酒場があるエリアであり、俺の宿のあるエリアでもある。
「お前の宿じゃねぇか」
 ゾルムさんが目を丸くして俺を見ている。
「…ありゃ?あそこってそんな名前だったのか」
 まったく知らなかった。
 特にそんな看板も無かった様だが、そんな立派な名前があったとは。
「シュウイチくんは会ったことないの?」
「んー、受付の男の人って、どこか眠そうな顔してる人ですよね?」
 マリィさんの質問に答える前にルイーダさんに確認を取ってみる。
 ルイーダさんは頷いて見せた。
「俺もここで冒険者登録するときにあの人に受付してもらったけど、そのとき以来会ったことはないかな。…もちろん宿でも。魔法使いの教官は顔を知らないから分からないや」
「なにはともあれ、一度その宿に確認に行った方がいいだろう」
 リハルトがそう提案してきた。
「ちょっと待ってください、その二人は来ていないってことは、もう一人の人は来ているんですよね?その人はどこですか?」
 ルイの言葉に、ルイーダさんがテーブルの方で接客している一人のバニーへ視線を向ける。
「…あの子よ、名前はカレンちゃん」
 カレンと呼ばれたバニーはこちらの視線に気付いた様で、きょとんとした顔をしている。
 …それはそうだろう。
 リハルトのパーティとアレスのパーティ、そして俺のパーティにゾルムさん。カウンターに集まっていた一団、合計11人の視線が集まっているのだ。
 気づかない方がおかしいだろう。
「…はぁ、いきなり気付かれちゃいましたね。上手くいくか分かりませんが、会話でそれとなく確かめてみます。ルイーダさん、彼女を呼んでもらえますか?」
 ルイが溜息をついてみせた。
「分かったわ、カレンちゃん!ちょっとこっちに来て頂戴!」
 ルイーダさんの言葉に少しびくびくしながらカレンが歩いてくる。
 リハルトが俺達から一歩離れる。
「では私達は宿の方に確認を取ってくるよ。あのカレンという子が魔物の可能性は低そうだし、我々全員で取り囲むこともないだろう」 
 リハルトの言葉に少し考える。
 俺の泊まっている宿だし、俺が着いて行った方がいいだろう。
「俺も行きます。実際に泊まってる俺なら宿の主人にも説明しやすいでしょうし」
「そうだな、それではシュウイチ君は私達のパーティと一緒に来てくれ。後はルイさんに着いてあげてて欲しい」
 そう言って店を出ようとするリハルトのパーティについていこうとしたが、あることを思い出し、ポケットを漁る。
 手に当たる固い感触。
 取り出した小瓶には昨日のまま聖水がごく僅かだが残っている。
「ルイ」
 こちらを見ているルイに小瓶を放り投げて渡す。
 ルイはその小瓶を少し慌てた様子で受け取った。
「それ、昨日の聖水の残りだ。それさえあればすぐにでも確認できるんじゃないのか?」
「結局残してたんですか…。これならすぐに終わりそうですね」
 ルイの言葉に頷く。
「それじゃ、そっちは任せた。宿の方を見てくるよ」
 入り口の所で待っているリハルト達のとこへ早足で歩いていく。
 これであのカレンとかいうバニーが尋問されて困ることにはならないだろう。




 リハルト達と大通りを歩く。
「正直、昨日まではこうやって君と歩いてるなんて想像もつかなかったよ」
「そうでしょうね、何分俺達は容疑者の立場でしたし…」
「あのときはすまなかった、俺達もまんまと魔物に躍らされていたんだな…」
 リハルトさんの表情が曇る。
「キールとは、私が冒険者になって初めて組んだパーティで出会ってね、あいつも冒険者になったばかりだったらしいんだが、私とは性格が合わなくて最初はよく口論にもなった…」
 リハルトが懐かしむような表情になった。
「私も負けず嫌いだったからね。実力を示して黙らせようとしたんだが、キールも同じようなことを考えたらしい、いつも競うように魔物を倒してきたよ。…少しずつランクも上がってきて、いつの間にかあいつは私の掛け替えの無い友人になっていた」
 リハルトが空を見上げる。
「…いつからあいつは魔物に入れ替わってたんだろうなぁ。長い…、本当に長い付き合いだったのに、私は何一つ気付けなかったよ」
 ──掛ける言葉が見つからない。
 長く連れ添った友人を魔物に殺され、そしてそのことに気付けなかった無念。リハルトの胸中は強い自責の念に囚われている様だ。
 貴方のせいではない、と口にするのは容易い。だが、そんな安っぽい慰めは彼も望んではいないだろう。
 後ろを歩いている魔法使いと僧侶の男も黙ったままだ。
「…すまないな、つまらない話を聞かせてしまった。──しかし、君は何かと話しやすい人間だな…どこか人を安心させる雰囲気を持っている。だから君の周囲には私の弟を含め、様々な人間が集まるのかもしれないな」
 リハルトが柔らかく微笑んで見せる。
「…買い被り過ぎですよ。俺の周囲に優しい人が多いだけで、危なっかしい俺を放っておけないんでしょう」
 彼の様な人物に褒められると非常に照れてしまう。
 そんな話をしている内に、いつも俺が泊まってる宿の前に辿り着いた。
「どうします?流石に魔物を確かめるため、とは言わない方がいいですよね?」
「犯罪者が逃げ込んでるという情報が入ったとでもいって、全ての部屋を改めさせてもらうか」
 俺の質問に魔法使いが答えた。
「それでいいだろう。では行くか」
 リハルトに続き、宿の中に入る。


「いらっしゃいませ!…あれ、お客さんのお知り合いで?」
 新規の客かと顔に笑みを浮かべていた主人だが、
 俺の顔を見た途端その表情に少し落胆が混ざったのが分かる。
 …最近何かと人を連れ込んでたからな。
 客ではないと主人は判断したのだろう。
 実際その通りなのだが。
「どうも、今は冒険者としての仕事でここに用がありまして…、ここに犯罪者が逃げ込んでるって情報が入ってきたので、自分達が検めさせてもらいにきました」
 俺の言葉に主人の顔が驚愕に変わる。
「そんな…、うちにそんな人なんて居ませんよ!」
「それを我々が検めようと言ってるのだよ」
 魔法使いの物言いに、なんだかこちらが横柄な役人になった様な気分になってくる。
「ケーン、止めないか。ご主人…申し訳ないが、これも街の安全の為と理解していただきたい」
 魔法使いを制止し、リハルトが主人に語りかける。
「…分かりました。私も同行させていただいても?」
「もちろんですとも。前もって主人から客に説明していただけるのなら、我々の仕事も円滑に進みます」
 リハルトが主人に微笑んで見せた。



 主人を先頭に一部屋ずつ回っていく。
 何部屋かには客が部屋に居り、迷惑そうな顔をしていたが、事情を説明すると納得してくれた。
 最後に一応俺の部屋も確認されたが、訓練所の受付の男と魔法使いの教官は見つからなかった。
 最後にリハルトが二人の特徴を伝え、見たことはないかと主人に尋ねたが、そのような客は少なくとも主人の記憶する限りでは見たこともないそうだ。

 宿を出てルイーダの酒場に向かって歩く。
「あの宿に泊まってること自体が嘘だったか…」
 魔法使いが呟く。
「あの二人が魔物だったという結論で間違いなさそうだな」
 リハルトの言葉に僧侶の男が頷く。
 俺は彼が言葉を発するのを聞いたことがない。寡黙な人間なのだろうか。


 姿を消した二人の男の住所は偽りのものだった。実際には登録された住所には住んでおらず、宿を取っていなかったことになる。
 つまりその二人が魔物だった、そして正体がばれて殺されるのを恐れ、街を去った、ということで話は終わりそうなのだが…。
 どうにも腑に落ちない。
 人間としての姿が偽りの物であろうが、普段過ごす場所は確保しないのだろうか?
 魔物だから外でも平気、と言われればそれまでだが、わざわざ毎日人目の着かない場所へこそこそと身を隠すのも効率的ではない。
 堂々と宿を取ればいいのだ。まさか魔物が宿代を節約なんて真似をしたりもしないだろう。
「シュウイチ君、どうかしたのか?」
 首を傾げてる俺にリハルトが声をかけてきた。
「…いえ、なんでもないです」
 …考えすぎだろうか。



 ルイーダの酒場に戻ると、カウンターで残りの面子が座っているのが見えた。
 先程のカレンと呼ばれたバニーも普通に接客をしている。
 どうやら彼女は白だったらしい。

 カウンターに近づく俺達に気付いたサイが手を上げた。
「よお、そっちはどうだった?」
「あの宿に例の二人が泊まりにきたことはないそうだ。──彼らは魔物だったと見て間違いないだろう」
 リハルトの言葉に皆の顔に緊張が走る。
「そちらは…聞くまでもないようだな」
 リハルトがカレンに視線を送り、呟く。
「はい、彼女には残り少ない聖水を舐めていただきましたが、無反応でした。そちらは二人とも魔物でしたか。…まぁ同じ宿を取っている時点でかなり怪しかったですけど」
 ルイの言葉はもっともだ。
 確かに話が出来すぎだろう。
「でもこれで問題なく旅立てますね」
 トーマス君が安堵の笑みを浮かべる。
「そうだな、あとの住人達の確認と説明は我々に任せて、君達は君達のすべきことに専念してくれ」
 トーマス君の言葉にリハルトが頷いてみせる。
「キールのこともあって出自の確認は無意味かとも思ったが、そうでもない場合もあるようだしな、調べることである程度篩いにかけることも出来るだろう。そこのルイといったかな…、君の使った手も利用させてもらおう」
 魔法使いの男が少し笑ってみせる。
「あ、そうだ。あなた達に渡しておくものがあったんだわ」
 ルイーダさんが急に声をあげ、カウンターの下から一枚の紙を取り出した。
 そして俺のほうに差し出してくる。
「はい、これも旅先で必要になるでしょうし、持っていきなさい」
「何ですか、これ?」
 紙を受け取り見てみると、
 そこには今回の旅に出る面子の名前とランク、職業が書いてあり、
 最後に、
『以上の者達はカナンの勇敢な冒険者であることをここに証明する。
                    マリス・シャルロッテ』 
 と書かれて判子が押されている。
「このマリス・シャルロッテって誰ですか?」
 俺の質問にルイーダさんが笑って見せた。
「それは私の本名よ。『ルイーダ』は冒険者の酒場を仕切る者に代々伝わる称号みたいなものよ」
 なるほど。
 確かにそれなら、ルイーダという名前がたびたびにゲームに出てくるのにも納得がいく。
「その証明書を見せれば、他の街にあるルイーダの酒場でも登録してもらえる筈よ。旅の途中でお金が無くなりました、じゃ話にならないものね」
 ルイーダさんがウインクしてみせる。
「そこまで考えが廻ってませんでした、助かります」
 ルイーダさんに頭を下げる。
「じゃあ、今日はこの辺で解散するか。明日の朝、北門に馬車を止めておくから準備をして集まってくれ」
 アレスの言葉でその場は解散となった。




「…で、何でお前は俺に着いてくるんだ?」
 横を歩くルイに疑問を投げかける。
「何でって準備も出来てて、明日もう出発するのにわざわざ森に帰れって言うんですか?」
 シュウイチさん酷いです、とルイが少し頬を膨らませる。
「いや、そうじゃなくて、もしかして今日も俺の部屋に泊まるつもりか?」
「…駄目ですか?」
「駄目です」
 間髪入れずに返す。
「えー」
 不満そうな声をルイがあげる。
 
「あ、シュウイチさん、どうもお久しぶりです」

 突然横合いから掛けられた声に目を向けると、
 少しぽっちゃりとした柔和な顔つきをした男がこらちを見ている。
「…?」
 首を傾げている俺を見て、ルイが疑問に思ったようだ。
「シュウイチさん、知り合いじゃないんですか??」
「いや…どこかで聞いた声な気もするんだけど…」
 そんな俺の様子を見て男はがっくりと肩を落とす。
「そ、そうですよね。ぼ、僕なんて覚えてるわけないですよね」
「…んんん?」
 このどもり方には覚えがある。
「違ってたら悪いんだけど…イワン?」
 男の顔がぱっと輝く。
「そ、そうですそうです!覚えてて下さったんですね!!」
 感激といわんばかりに両手を握りしめてくる。
「…変わった方ですね」
 横でルイの呟きが聞こえてくる。
「ひ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
 自分でも顔が引きつるのを感じながらイワンに話しかける。
「えぇ、昨日は大変でしたね。まさかシュウイチさんがあんなことになってるなんて…」
「えっ、イワンも居たのか?」
 思わず聞き返す。
 俺の言葉にイワンは少し傷ついた表情をした。
「い、居ましたよ。一度シュウイチさんとも目が合ったんですけど、気付かなかったみたいで…」
 目が合ったこと自体気が付かなかった…。
 良く考えたら、そもそも俺のイワンのイメージは全身鎧か、あるいは上半身は鎧、下半身パンツのみのどちらかだ。気付くわけがない。
「あれから二回程パーティに参加したんですけど、それ以来すっかり誘われなくなっちゃって…」
 イワンが顔を伏せ、落ち込んだ声をだす。
 確かに、鎧の重みでまともに動けない戦士を誘う人間はまず居ないだろう。
 イワンが急にぱっと顔を上げ、何かを期待したような顔でこちらを見る。
「も、もし良かったら、僕ともう一回パーティを組んでいただけませんか!?」
「…あー、悪いんだけど」
 俺の言葉にイワンの顔が曇る。
「そ、そうですよね。僕なんかが組みたいって言っちゃ迷惑ですよね…」
「いや、そうじゃなくて、俺達明日から旅に出るからしばらくこの街に居ないんだ」
 イワンが怪訝そうな顔をする。
「旅ですか?」
「あぁ、遠くの王都ガーブルに色々あって行くことになってさ、それがなけりゃお前と一緒にパーティ行っても良かったんだけど…」
「あ、そういえばシュウイチさんの出身はガーブルだと昨日言ってましたね。実家に帰るんですか?」
 イワンの言葉に少し考え込む。
「あぁ、わざわざカーンが俺を連れ戻しに来たし、一度戻らないとまずそうだしさ」
 この街の一部を除いた冒険者達の俺に対する認識は、王都ガーブルから家出してきた貴族のボンボンだ。気を抜くとその設定を自分で忘れそうになる。
「そ、そうですか。折角友達が出来たと思ったのに残念です…」
「その内お前にも仲間が出来るさ。…あれだ、とりあえずお前は鎧を変えるとこから始めよう」
 イワンがショックを受けた表情になる。
「そ、そんな!アレはおじいちゃんから受け継いだ由緒ある鎧なのに…!」
「いや、その鎧のせいで動けなくなってたら意味ないだろ。もう少し鍛えて、体力付いてきてから改めてその鎧を着たらいいんじゃないか?」
「で、でも、でででも…」
 どもりすぎだ。
「そうだ、約束しようか。俺がガーブルから戻ってきたときに、パーティを組もう。お前があの鎧を着こなしてる姿を見せてくれよ」
 イワンの肩をぽんと叩く。
「は、はい!」
 イワンが少し気合いの入った表情で頷いて見せた。
「じゃ、そろそろ宿に戻るよ。元気でな」
 イワンに手を振ってみせる。
「は、はいぃ。シュウイチさんもお元気で!」
 イワンの言葉を背に宿への道を歩く。
「ガーブルから戻ったらあの人もパーティの一員ですか?」
 横に並んできたルイが聞いてくる。
「あ、そうか。ルイとマリィさんに確認取らずに言っちゃったな…悪い」
「私は構わないし、マリィさんも笑って許してくれそうですけど、いいんですか?あの人多分戦士ですよね。パーティの編成が戦士二人に武闘家一人、それに魔法使いって、すごい攻撃的な組み合わせですけど」
 確かにすごい組み合わせだ。
 攻撃に偏りすぎていて、すぐに燃え尽きそうな編成だ。
「僧侶をなんとか見つける方向で…じゃ駄目か?」
「…あ、シュウイチさん!」
 突如ルイが声を張り上げる。
「どした?」
「私達のした僧侶募集の張り紙のこと、忘れてました!」
「…あ」
 そういえばそんなこともしたっけか。
 完全に忘れていた。
「まぁ、ルイーダさんと顔を合わせてるのに何も言ってこないところを見ると、応募一つもなかったんでしょうね…」
 ルイがガックリと肩を落とす。
「だな、とりあえず俺達は旅に出るんだし、張り紙は剥がしておくか…」
「…ですね」
 ルイーダの酒場に戻り、張り紙を剥がしてから一応ルイーダさんに応募は無かったか聞いたが、予想通り応募は一切無かったそうだ。


 ──予想通りとはいえ、少し落ち込んでしまった。



[3226] その34
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:45

 朝早く、北門の前にある馬車の元に辿り着く。
 馬車の横にはアレスとトーマス君が立っており、馬車の中にはエルが居るのが見えた。
「おはよ」
「おはよーございます」
 横に居るルイと一緒にアレス達に挨拶をする。

 ──結局あれからルイは俺の部屋に泊まり、俺は又隣の部屋で寝ることになった。
 ルイが隣の部屋で寝ればいいんじゃないかと言ったが、
「…ヤです、私はこのベッドが気に入ったんです」
 とルイが俺の部屋のベッドから動こうとしなかった為、結局俺が隣の部屋に泊まることになった。

「おはようございます」
 トーマス君が微笑みながら挨拶を返してきた。
「よお、お前ら忘れ物はないか?荷物をちゃんと確認しとけよ」
 アレスが修学旅行のときの引率の先生のようなことを言う。
「ん、多分ばっちりだ」
「私もばっちりです!」
 ルイと二人揃って荷物の入った袋を掲げてみせる。
「そうか、それじゃ他の面子が揃うまで馬車の中ででも時間を潰してろ」
 アレスの言葉に再び馬車に視線を戻す。
「…でかいな」
 思わず感嘆の声が漏れる。
 アレスの用意した馬車は非常にでかい。今までもいくつかの馬車に乗ってきたし、色んな馬車を見かけたのだが、この馬車はその中でも間違いなく一番大きい。馬車だけでなく、馬も異様に大きく、とても迫力がある。というか、迫力がありすぎて馬に近づけない。
 下手に近づくと蹴り飛ばされそうな気がする。そして蹴り飛ばされたら間違いなく即死だろう。
「シュウイチさんシュウイチさん、どこに座ります?」
 ルイはすでに馬車の中に入っており、はしゃいだ声を出している。
 俺も馬車の中に入ることにした。
 エルと目が合い、軽く挨拶してみせる。
「おはよ」
 エルは軽く頷いて見せた。
 そのまま馬車の何処に陣取るか少し考える。
 結局前の部分に座ることにした。
 ここなら外の眺めも見えるし、景色を眺めることで暇つぶしにもなるだろう。
「じゃあ私はここですね」
 ルイが上機嫌そうに隣に腰を下ろす。
 ルイはどうやら浮かれているようだ。
 楽しくて仕方ないらしい。
 なんというか、その様子を見て小学校の頃の席替えを思い出した。かくいう俺も修学旅行の前の様な感覚になってしまっている。
 ──色々と準備をして仲間と旅に出る。
 これで魔物の存在がなかったら、この旅は紛れも無く楽しいものになっていただろう。いや、それでもこの旅は楽しいものになるかもしれない。
 これからの旅への想像で胸を膨らませていると、エルが俺と馬車の端っこの狭いスペースに体を入り込ませて腰を下ろしてきた。
 とりあえず少しルイ側に体をずらし、エルのスペースを広げてやる。
「わ、ちょっと、シュウイチさん押さないで下さいよ!」 
「どうした?わざわざこんな狭いとこにきて」
 慌てた様子のルイを横目にエルに質問する。
「…貴方に色んな話を聞きたいから」
 エルがポツリと答える。
「色んなって──」
 言いながら自分の脳裏に思い当たるものがある。エルには自分が異世界の人間であることを告げている。
 ようするに、俺の世界の話を聞きたいのだろう。
「いや…、流石に馬車でその話は他の人に聞こえるだろうし…」
 前方の隅といっても、直ぐ近くで誰かが御者として馬の手綱を握っているだろうし、いくら広いといっても所詮は馬車の中なのだ。
 他の人間に聞こえないように話すなんて不可能に近いだろう。
「それなら、旅の合間に他の人の居ない場所で…」
「…私は居てもいいんですよね?」
 割り込んできたルイの言葉にエルは頷いてみせる。
「おはよーさん、なんだシュウイチ、両手に華じゃねぇか」
 ゾルムさんが馬車の外から顔を出し、俺たちの様子を見て笑ってみせる。
 …確かに言われるとおりだ。
 まだ他の人も入ってない馬車の中で、わざわざ密着して座ってる俺達を見て不思議に思わない方がおかしいだろう。さっきから二人の柔らかい体の感触や、甘い匂いのせいで落ち着かない。
 そのまま馬車に入ってきたゾルムさんは俺達の向かい側に腰を下ろした。
 アレスとトーマス君も馬車の中に入ってきた。
 アレスは俺の様子を見て一瞬呆れた表情をしたが、すぐに表情を戻し、ゾルムさんに話しかけていた。
「ゾルムのダンナ、あんたは馬車の扱いはできるか?」
「あぁ、一応やれることはやれるぜ。もっともこんだけでかい馬車は初めてだがな。」
「すぐに慣れるさ。あんたが馬車を操ることが出来て助かったぜ。俺がずっと御者をやる羽目になるとこだったからな」
 アレスが安堵の表情を浮かべる。
「お前さんと俺とで交互にやろうや。長旅になるんだし、そうでもしねぇともたないわな」
 そんなアレスの様子を見てゾルムさんが笑って見せた。
 そのままアレスはゾルムさんの横に、更にその横にトーマス君が座った。
「おはよー!皆早いね」
 マリィさんが馬車に入ってきて、そのままルイの隣に腰を下ろす。
「あとはサイか…。あいつまさかまた寝てるんじゃないだろうな」
 アレスが顔をしかめている。
 以前に寝坊したことでもあったのだろうか。まだ出発まで時間がかかるのかもしれない。
「なぁ、エル」
 俺の言葉にエルがこちらを見上げてくる。
 …やはり位置が近すぎる。
 後でルイにもう少し横に移動してもらおう。
「何?」
「いや、ガーブルってどこにあるのかなーって思ってさ」
「ガーブルの位置も知らないのか…、お前はどんだけ田舎に住んでたんだよ」
 アレスが横から口を挟んでくる。
 だがそれ以上追求してこないところを見ると、なんやかんや言っても俺に気を使ってくれているのだろう。
「…ガーブルは北西の方向へ遥か進んだ先にある。それまでに私達は山を二つ越え、村を三つほど経由する必要がある」
 エルが淡々と説明してくれる。
「山越えか…、馬車は通れるのかな?」
「当然だろ、じゃなきゃ交易が成りたたねぇよ」
 アレスが俺の疑問に答えた。
「王都ガーブルはありとあらゆる物が集まる場所と聞きます。あそこならばもしラーの鏡が見つからずとも、何か良い手段が見つかるかもしれません」
「おうよ!あそこならいい女も腐るほど居らぁな!」
 トーマス君の言葉に答えたのは馬車の中の人物ではなく、
 馬車の外から顔を覗かせているサイだった。
「遅いぞサイ、何やってんだ」
「悪りぃ悪りぃ、果物屋のねーちゃんに俺が居なくなっても寂しがるなよって、別れを告げてきたからなぁ」
 悪びれた様子も無くサイが馬車に乗り込んでくる。
 果物屋のねーちゃんとは、以前サイが絡んでいたあの人だろうか?
 …あの人からすればサイが旅に出ることは願ったり叶ったりの様な気もするが。
「ではそろそろ出発するか。皆忘れ物はないな?」
 そう言いながらアレスが御者の席に移動する。
 馬車がゆっくりと動き出した。
 徐々に遠ざかっていく北門。カナンの全貌が見える様になり、その光景を感慨深く見つめる。
 思えばあの街でも色々なことがあった。
 アレス達との出会い、今思えば最初の印象は最悪だった。今こうして一緒に旅をしているのが不思議に思えてくる。人の縁とは判らないものだ。
 ふとルイの方に顔を向けると、ルイが何か考え込んでいる様子だった。
「どうした?」
 俺の言葉に少し遅れてルイが反応する。
「あ…、いえ、本当に魔物はカナンから撤退したのかなーって思いまして」
「ん、どうしてそう思うんだ?」
 ゾルムさんがルイの言葉に反応して疑問を挟んでくる。
「いえ、別に根拠とか無くて、単にあっさりと魔物が居なくなったのが気に入らなかっただけです。少し考えすぎですよね」
 ルイが軽く笑ってみせる。
「後は兄貴達が上手くやってくれるだろ」
 御者をしているアレスが声をかけてくる。
「……ですよね」
 なんとなく、ルイがまだ納得していないのが分かった。釣られて俺も嫌な予感がしてくる。
 …何事もなければ良いのだが。


 ──遠ざかっていくカナンを見ながら、自分の不安を押し殺した。









 馬車は北へ北へと進む。
「まずは北のマリアンの村まであと一日ってとこだな。そこから次の村までは早くて三日ほどかかるし、山を越えなきゃならない。一度マリアンで休んでから行った方がいいだろう」
「へぇー」
「…なんだその気の無い返事は」
「いや、別にそんなつもりは無いんだけど、なんか大きいリアクションとった方が良かったか?」
 俺とアレスのやり取りを聞いてゾルムさんが笑う。
「シュウイチは元々少しぼけっとしたとこがあるからな、そんなことを一々気にしてたら、こいつとやっていけないぞ」
 かなり失礼なことを言われている気がする。俺はそんなぼけっとしてはいない…筈だ。

「おっと、魔物だ」

 魔物が出たにしては落ち着いた声をアレスが出す。
「魔物だって!?」
 スピードを落とし、停止した馬車から飛び降りる。
「あぁ、シュウイチ一人で十分だろ。任せたぞ」
「…え?」
 目の前に居るのはスライムが二体。かなり拍子抜けだ。
「シュウイチさん頑張ってーー!」
「スライムにやられんなよー!」
 後ろで皆が観戦モードになってるのが分かる。
 …なんというか、やる気がでないな。
 溜息をつきながら剣を抜く。
 こちらに飛びかかかってくるスライムを切り落とす。
 その様子を見たもう一体は恐れをなしたのか慌てて跳ねながら逃げていった。
 追う気も起きず、見逃すことにする。

 昔スライムに苦戦していた頃を考えると、確かに俺は強くなっている。今の俺はどの程度の強さを持っているのだろうか。
 スライムの落とした微々たるゴールドを拾い、馬車に戻る。
「しばらく見ない内に、少しは成長したんじゃねぇか?」
「スライム相手だからわかりませんよ」
 ゾルムさんの言葉に苦笑してみせる。
「お前が見習いってのも、おかしな話だと思うがな」
 アレスがぽつりと口にしてきた。
「結局まともにこなした依頼はアレス達と一緒にいった護衛だけで、後は自主的な魔物退治しかしてなかったからな…」
「ランク上がるといいことってあるんですか?」
 ルイが首を傾げている。
「えぇ、やっぱりランクの高い人の方が依頼を受け易いし、依頼主の人次第では報酬を上乗せしてくれることもあります」
 トーマス君がルイの疑問に答えている。
「まぁ稼ぎたいなら最初はランクを上げるのを優先しとくこった」
「あ、そういえばこの旅ってランクに影響するのかな?」
 ゾルムさんの言葉に被せるようにマリィさんが疑問の声をあげた。
「成功すりゃ一躍街の住人達の大恩人だぜ?下手すりゃ2ランク上がっちまうんじゃねーのか!?」
 サイがにやけた顔で笑ってみせる。
「成功すれば…だろ」
 アレスが冷めた声で返す。
 そういえば疑問に思っていたことがある。
 この際だし、皆に聞いてみよう。
「あのさ、ガーブルの城にラーの鏡を取りに行くのはいいんだけど、城の人がすんなり鏡を渡してくれるのかな?」
 俺の言葉にサイが驚愕の表情を浮かべる。
「あ…、そういえばそうだな」
 考えてなかったのか。
「どうだろうな、城に代々伝わってる宝だってんなら、よっぽどのことをしねぇと渡してくれねぇと思うぜ?」
 渋面を浮かべてゾルムさんが言う。
「まぁそもそも、ガーブルにあるって確定したわけじゃないですよね。過去に発見されたのはいつが最後なんでしたっけ?」
「…本には二百年以上前と書かれていた。そしてその本も発行されてから五十年程経っていたから、約二百五十年前になる」
 ルイの質問に答えようとした俺の代わりにエルが答える。
 …あぁそっか、本を読んで単純に二百年前と思ってたけど、あの本がいつ発行されたのかも計算に入れなきゃいけなかったんだよな。
 エルの言葉にルイが顔を曇らせる。
「…そんなに月日が経ってたんじゃ、その鏡割れたりして無くなってるんじゃないですか?」
「普通にそうなってそうで怖いな」
 ルイの言葉も、もっともだと思う。
 ゲームでは所有物を落として壊す、といったことは無かったが、この世界ではその可能性も十二分にあり得る。
「まぁ無かったら無かったで仕方ねーや、折角王都まで行くんだ。色々と楽しんでいこーぜ!」
 サイはどちらかというとそちらをメインに考えてる様な気がする。
 サイにツッコミを入れようと思った瞬間、馬車がガクっと揺れ、スピードを落とす。

「知らない魔物だ…さっきとは違って全員で戦った方が良さそうだな」
 アレスが緊張した顔で呟く。
 視線の先にはピンク色をした巨大なミミズが三体程うねっている。
 普通のミミズと違って体の先端に牙の生えた口が見える。
 見た目的にはだいぶキツイ。
 大ミミズ、確か強さ的にはゲームでも序盤に出てくる雑魚だったような…。
「いや、あれは確か…」
 俺の呟きを他所に皆が馬車から飛び降りる。
 マリィさんは青い顔をして馬車から飛び降りるのを躊躇っているようだ。
「マリィさん?」
 呼びかけるとマリィさんはビクっと肩を震わせ、こちらを見る。
「降りないんですか?」
「うん、アレはちょっと戦いたくないかも…」
 青い顔をしたままうねっているミミズに視線を送る。
 確かにアレを触りたくはないだろう。そもそもアレは打撃があまり有効ではなさそうだ。
 テカテカとぬめってるし。
 俺達のやり取りのやり取りを他所にゾルムさんが大ミミズの一体に切りかかる。
 …俺はもう馬車から出なくてもいいか。
「大丈夫ですよマリィさん、あれは強さ的にはカナンの南門辺りの敵と同等か、それ以下です」
 不安そうなマリィさんに呼びかける。
「…アレもシュウイチくんは知ってるんだ」
「えぇ、俺達が出る必要もないでしょう」
 再び視線を戻すと最後の一体にルイのヒャドが突き刺さる所だった。あっさりと戦闘が終わり、外の皆が拍子抜けしたような顔をしている。
「なんだこりゃ、てんで弱いじゃねーか」
 ゾルムさんが呆気に取られた口調で言う。
 意識の切り替えが早いらしく、エルが真っ先に馬車に戻ってきた。
 そして馬車に残ったままの俺と青い顔をしたマリィさんを見比べた後、再び俺に視線を戻し口を開く。
「あの魔物も貴方は知っていたの?」
「ん、そうだな。アレが雑魚だってことも知ってた」
「なんだよ、雑魚だって知ってるなら言やぁいいのによ」
 馬車の中に入ってきながらサイが声をかけてくる。
 どうやらゴールドを拾い終わり、皆戻ってきたようだ。エルも会話を打ち切り隣に座った。
「おいシュウイチ、さぼってんじゃねーよ!」
 ゾルムさんが俺に文句を言いながら向かい側に腰を下ろす。
「いいじゃないですか、雑魚だったんだし、それにさっきは皆で俺だけ戦わせて観戦してたくせに…」
「馬鹿野郎、ひよっこのお前が戦わねぇでどうすんだ。これから雑魚の処理係は、しばらくお前に決まりだな」
 ゾルムさんがニヤリと笑ってみせる。
「まぁ、鍛えるためってことならやりますけど…」
 どこか納得がいかない。
「そんなことよりシュウイチ、さっきの魔物のこともお前は知ってたんだな?」
 アレスが念を押すように聞いてくる。
「…あぁ、そうだよ」
 …流石に追求されるのだろうか。
「そうか、今度からは出会い頭に俺が知らないって言った魔物で、心当たりのあるやつが居たなら教えてくれ。…魔物の特性が分かるだけで、だいぶ戦いが楽になるからな」
 そう言ってアレスは前方を向き、再び馬車を走らせ始めた。
 どうやら俺の怪しい部分に関しては不干渉を決めこんでくれているようだ。俺としては気兼ねなく魔物に関してアドバイスが出来るのでありがたい。

 横から、
「マリィさんはミミズって苦手なんですか?」
「うん、あのヌメヌメがちょっと…」
「あ、わかります。アレに触るのはヤですよねー。私もミミズとか,なめくじとか嫌いで──」
 そんなルイとマリィさんの気の抜けるやり取りが聞こえてきた。 



[3226] その35
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/23 19:46
「……なんだありゃ?」
 馬車の速度が落ち、アレスの呟きが聞こえる。
 先程まで色々と雑談をしていたルイとマリィさんの話し声が隣からしていたが、馬車の速度が落ちてくると同時に話すのを止めたようだ。
 馬車から前方に身を乗り出し、アレスの見ている何かを確認する。
 
 最初に目に付いたのは青い体。二本足で若干前傾姿勢になっており、手が短い。 そして何より目立つのは、その青色の生き物の頭に当たる部分にある、ただ一つの巨大な目玉。

 自分の記憶を掘り返す。
 あれは大目玉だ……それはいいのだが、どのような相手だっただろうか。確かドラクエⅣのライアンの章にボスキャラのお供として出てきたのは覚えている。……だがそれ以上が思い出せない。ドラクエⅣをやったのは随分昔の話──つまり、どの様な相手か覚えていないのだ。
「シュウイチ、あれが何か知ってるか?」
 アレスの言葉に頷いてみせる。
「あれは大目玉ってやつなんだけど……、どんな能力を持ってたかは思い出せないんだ」
 アレスの質問に答えながら馬車から飛び出す。
 確かドラクエⅣのライアンはホイミンと二人で、ボスキャラと大目玉二体を相手にしていた。今俺達が対峙しているのは大目玉一体…ならば勝てない相手ではない筈だ。
「わわ、なんですかアレは!?」
「……でけぇ目玉だな、おい」 
 俺に続いて馬車から降りてきた面々が驚きの声をあげる。

 大目玉がまだ皆の体勢が整っていない内に一気に駆けてきた。
 ──速い! 
 バランスの悪そうな体躯からは想像できない俊敏な動きで、こちらに飛び蹴りを放ってきた。
 それを皮の盾で咄嗟に防ぐ。
 衝撃で腕が痺れているのを感じた。
 大目玉は俺に反撃する間を与えず、もう一度飛び蹴りを放ってきた。今度は防げず、後ろに弾き飛ばされて後ろにいる仲間の誰かにぶつかった。丁度鳩尾の辺りを蹴られてしまった様で、激痛と呼吸困難の苦しさで思わずその場で蹲ってしまう。
「おいシュウイチ、大丈夫か!?」
 ぶつかったのはゾルムさんらしく、心配そうな声をかけてきた。
 痛みで返事が出来ない…!
「ホイミ!」
 トーマス君の声と共に痛みが徐々に和らいでいく。
 立ち上がり前方に視線を送ると、アレスが俺達の前に立ちふさがり、大目玉の猛攻を凌いでいる。
 マリィさんがアレスの横合いから大目玉に蹴りを入れて吹っ飛ばす。
「ヒャド!」
「ヒャド」
 ルイとエルが同時に吹っ飛んだ大目玉に追い討ちを掛けるように魔法を唱えた。
 無数の氷柱が大目玉に突き刺さる。
 大目玉は声もなく体をよじらせていたが、その動きがぴたりと止まった。
「まだ生きてやがんのか」
 アレスがうんざりした声を出す。
 そのとき大目玉の巨大な目玉に異変が起きた。
 最初は薄っすらと、そして段々と目が赤く染まっていく。
 ──思い出した!
 自分の脳裏に閃くものがある。
「二人とも退け!!」
 前方で大目玉の様子を唖然として見ていたアレスとマリィさんに、慌てて呼びかけると同時に自分は大目玉に向かって駆け出す。
 それと同時に大目玉がマリィさんに向かって駆け出した。その動きは先程よりも更に速くなっている。
「──え?」
 マリィさんは反応出来ていない。
 皮の盾をかざしながらマリィさんの前に体を割り込ませる。
 盾でなんとか防ごうとした俺の努力も空しく、大目玉の蹴りは俺の体に叩きつけられ、
──そして、俺の意識はそこで途絶えた。









 ──振動が体に伝わるのを感じる。
 ……あぁ、俺は馬車に乗っているんだな。
 周囲の音や人の気配でなんとなく判る。あれからどうなったのだろうか?
 ゆっくりと目を開く。
「あ…シュウイチくん大丈夫!?」
 マリィさんとルイが俺の顔を覗き込んでいる。二人とも安堵の表情を浮かべていた。
 上体を起き上がらせ、自分の体に異常が無いか確かめる。鎧と服は脱がされており、上半身裸だった。特に体に異常は見られない。
「うん、特に異常はないかな」
 周囲を見渡す。
 いつの間にか御者がアレスからゾルムさんに入れ替わっており、それ以外の皆はこちらを見ている。 
 ふと傍らに俺の青銅の鎧が置かれているのが目に入った。
 鎧の右胸の部分には大きな穴が開いており、あのとき俺が大目玉から喰らった衝撃の大きさを物語っている。
「……俺、もしかしてやばかった?」
 俺の言葉にルイが怒った表情を見せる。
「やばいも何も、鎧が無かったら死んでたかも知れないんですよ!なんであんな危ない真似するんですか!!」
 俺を睨みつけるルイに少し驚く。
 考えてみれば、ここまでルイが怒りの感情を見せたこともなかったし、俺にこんな視線を向けることも無かった。 
「……シュウイチさんは自分の命を軽く見すぎています。貴方はマリィさんを救えて満足かもしれませんが、あのままシュウイチさんが死んだら、マリィさんはシュウイチさんが自分を庇って死んでしまったという事実を一生背負わされる羽目になるんですよ」
 ルイの俺を見る目は冷たい。
「ルイちゃん、もういいよ。私を助けてくれたのに責められたんじゃシュウイチくんが可哀相だよ……」
 マリィさんの言葉に、ルイは無言で誰も居ない馬車の後部の隅に歩いて行き、そこに腰を下ろした。そのまま顔を馬車の外に向け、こちらを見ないようにしている。
「ごめんね、私のせいで…」
 申し訳なさそうな顔をしているマリィさんに軽く笑って首を振ってみせる。……彼女は悪くない。ルイが怒っているのは恐らく俺のした行動についてのみだ。
 マリィさんは俺の右隣にルイのスペースを空けて座った。
 アレスは我関せず、といったばかりに外を見ている。サイとトーマス君は少し気まずそうな顔をしており、エルは気にした様子もなく本を読んでいた。ゾルムさんもさっきの会話は聞こえていただろうが、口を挟むべきではないと判断したのか何も言ってこず、黙々と馬車を操っている。

 ルイが俺を心配してくれたのは分かる。
 だが、あの強い怒りはなんだろうか。
 単純に心配して怒った、といった感じには見えなかった。
 ルイの感情が分からない。俺は彼女の触れてはいけないタブーに触れてしまったのだろうか。
「──曇ってきたか……、こりゃ一雨来そうだな」
 ゾルムさんの呟きが聞こえてきた。



[3226] その36
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/30 16:50
 雨の日の雰囲気は好きだ。
 いつも見慣れて退屈な風景も、雨の日になると少し違った顔を見せる。……だから好きなのだ。
 俺がそう言うと先輩はくすりと笑い、
「君は詩人だな」
 と、からかわれたのを思い出す。何年も昔、俺がまだ学生だった頃の思い出だ。
 雨を眺めていると、なんとなくそのことを思い出した。あの人は今、何をしているだろうか。

 アレスの話しによると、間もなくマリアンの村に着くらしい。
 昨日は雨のせいで外で野宿、という訳にもいかず、全員が馬車の中で窮屈な姿勢で寝る羽目になった。マリアンの村で一泊する予定なので、今日はまともな布団で眠れるのかもしれない。
 ルイの方に視線を送る。
 ルイは昨日からずっと馬車の後方の隅におり、昨日から口を利いていない。一晩経ったら機嫌を直してくれてるのではないかと期待したのだが、今朝からずっと黙りこんだままだ。……思ったよりも根が深いのかもしれない。
 なんにせよ、マリアンに着いたらルイを連れ出してどこかで話をしよう。
 ルイに嫌われたままでいたくはないし、こんな雰囲気に皆をつき合わせるのは申し訳ない。
 それに考えてみれば、ゾルムさんやマリィさんにも自分がガーブル出身ではないことを話しておかないといけない。ガーブルに着いてしまったら俺があの街の出身でない事はいずれ露見するだろうし、それまで黙っておくのも誠意がなさすぎる。



 マリアンの村はサクソンの村より若干大きい村といった程度で、一目で村の全貌を見渡す事が出来る。雨で村人が外に出てきてないせいだろうが、さほど活気があるように見えなかった。
「ほい、ご到着だ」
 ゾルムさんが村の中で一番大きな建物前で馬車を止めた。
「ここが宿ですか?」
 看板らしき物も見当たらないので思わず聞いてしまう。
「あぁ? 見りゃ判んだろ」
 当然、といったゾルムさんの口調にますます訳が分からなくなった。
 見れば判るというが、俺からするとさっぱりだ。
 不意に服を引っ張られる感触に気付き、左隣のエルの方を向く。
 エルは俺の耳に顔を寄せてきて、
「……後で教える」
 と、囁くように言った。
「俺は厩舎に馬車を入れてくるから、お前らで先に受付済ませといてくれ。俺の分の部屋も取るのを忘れねぇでくれよ」
 特に俺達の様子に気にしたそぶりをみせず、ゾルムさんは皆に馬車から降りるように促した。
 自分の荷物を持って馬車を降り、皆に続いて宿の中に入った。
 
「部屋はあるか?」
「はいはい、ございますとも。……七名様ですかな?」 
 アレスの問いかけに宿屋の主人は笑顔を崩さずに人数の確認を取ってくる。
「いや、八人だ。厩舎に一人馬車を入れに行ってる」
「そうですか、ではこちらに代表の方のサインを──」 
 二人のやり取りを見ながらトーマス君に話しかける。
「この村の規模にしちゃ結構でかい宿屋だけど、そんなにここに客が来るのかな?」
「ここはガーブルとカナンを結ぶ行路にある村の一つですからね、旅人は必ずここに立ち寄りますし、客に困ることはないと思いますよ」
「あー、そういうことか」
 高速道路の途中にあるパーキングエリアの店の様なものか。確かに利用者に困ることはなさそうだ。
 宿帳の記入が終わったらしく、アレスが皆に鍵を渡してきた。俺も鍵を受け取る。これが俺の泊まる部屋の鍵なのだろう。
 ──鍵に紐で括り付けられてる小さな木の板。そこに部屋の番号が書かれていた。
「明日の早朝に出発するぞ、それまでは好きに過ごしてくれ」
 アレスの呼びかけを聞いた後、各々自分の部屋に入っていく。俺もとりあえず自分の部屋に荷物を置くことにした。

 荷物を置き終わり、ベットに腰を掛ける。
 ……さて、まず何からするべきか。
 エルに宿屋の見分け方を聞きに行くか、ルイと話しに行くか、ゾルムさんとマリィさんにガーブル出身ではないことを打ち明けに行くか。
 そんなことを考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「開いてるよ」
 俺の言葉が聞こえたのだろう。ドアがゆっくり開けられ、エルが顔を出した。早速先程のことを教えてくれに来たようだ。
 エルが部屋に入り、後ろ手に鍵をかけてからこちらに歩いてくる。そのまま隣に来て、俺と同じようにベットに腰をかけた。
 ……この子の距離感は少し無防備すぎるな。今に始まったことじゃないんだけど……。
 もしエルが他の男性の部屋に行く機会があった際、同じような行動をして襲われてしまわないか、と心配してしまう。追々その辺りの男の心境について教えておくべきかもしれない。
「鍵をかけたってことは、聞かれるとまずい話なのか?」
 エルがこくりと頷いた。
「先程の貴方の発言は非常に危ういものだった。この世界では宿屋の軒先にベルを吊るしてあるのが常識」
 つまり、この宿の軒先にもベルが吊るしてあったのだ。
 確かにそんなものがあった様な気がする。目には入っていた筈だが、まったく気にしていなかった。
「ってことは、俺のさっきの発言って……」
「貴方が一般的な常識すら知らない環境で育ったと公言しているようなもの。その上貴方は、普通の人が知らない魔物の知識を皆に聞かせてしまっている。……これでは貴方が得体の知れない存在に見えてしまう」
 迂闊だった。
 皆の視点からすると、俺は訳の分からない存在だろう。
 唯一理解出来るのは、エルとルイだけだ。
「じゃあ、ゾルムさんとマリィさんは俺がガーブル出身じゃないって気付いちまったかな?」
 王都で貴族として育った人間が一般教養を知らない、では流石におかしいだろう。貴族の馬鹿息子だからそんなことも知らなかった、という言い訳も一瞬考えたが、ガーブルからカナンまで家出してきたことになっているのだ。流石にそこまで旅をしておいて知らない筈はないだろう。
「それは昨日の時点で気付いていると思う」
「へ?」
 思わず間抜けな声が出てしまった。
「カナンから出発するとき、貴方は『ガーブルはどこにあるのか?』と聞いてしまった」
「……あっ!」
 ガーブルから家出してきた人間が、「ガーブルってどこにあるのかなー」はないだろう。
 間抜けにも程がある。
 あのときアレスが当たりの様に返事をしてきたから、自分の発言のまずさにも気付きもしなかった。
 アレスは俺がガーブル出身ではないことは知っているのだ。アレスも特に気にせず答えたに違いない。
「やっちまった……っ」
 頭を抱える。
 俺はどこまで抜けてるんだろう。自分がここまで馬鹿だとは思わなかった……。
「何か疑問を感じることがあったとしても、まず発言する前にその発言が問題ないかをよく考えて。私が近くにいたら、まず私に質問して欲しい」
 エルが俺の目を見ながら、ゆっくりと言い聞かせてくる。これではどちらが年上なのか分からない。
「分かったよ。ごめんな、色々気を使わせちゃって……」
「構わない、私もその分の見返りを要求するから」
 ……あれっ?
 少し予想外の返事が返ってきた。エルはそういう発言するタイプにあまり見えないのだが。
「見返りって?」
「貴方の世界の話、貴方の持つ知識」
「あぁ、そういうことか」
 自分の好奇心を満たしてもらう代わりに、ということか……律儀な子だ。
「今なら邪魔が入らないから……」
 エルが期待に目を輝かせているのが分かる。
 早速聞かせろということらしい。
「ちょっと待った、先にルイがなんであんなに不機嫌になったか話してこないといけないし、ゾルムさんとマリィさんにも俺がガーブルの人間じゃないって改めて打ち明けてくるよ」
 まだ夕方にもなっていない、時間はいくらでもあるだろう。
 エルは少し間を置いてから頷いてくれた。そのまま立ち上がり、ドアの方に歩いていく。
「……また後で」
 こちらをちらりと見た後、エルは部屋を出て行った。
 ドアが閉まった音を聞き、少し溜息をつく。
 ルイとゾルムさんとマリィさん。
 誰から話しに行くにしても、重い話になるだろう。……少し気が重い。
 とりあえず部屋の外に出よう。
 
 考えてみれば、誰がどの部屋に泊まったのか詳しく覚えていない。
 ──並ぶドアの前で一人立ち尽くす。
 こんなことならエルに聞いておけば良かった。
 途方に暮れていると一つのドアが開き、そこからサイが顔を出した。
「お、シュウイチ。そんなとこで何してんだ?」
 廊下の真ん中で突っ立っている俺を不思議に思ったようだ。
「いや、誰がどの部屋に居るか分からなくてさ……サイは覚えてるか?」
「マリィちゃんの部屋だけなら覚えてるぜ。これから部屋に行くつもりだからな!」
 サイの顔がだらしなく緩む。
「……へー、マリィさんの部屋はどこなんだ?」 
 サイが廊下の奥に視線を送った。
「一番奥の右手の部屋だよ。……いいか、これから俺達はちょいと大人の時間を過ごすから、邪魔すんじゃねぇぞ!」
 この男、どうしてくれよう。
 なんとか追い払わねば……! 
「あ、そうだサイ。さっき村の女の人がお前と話がしたいって探してたぞ」
「ど、どんな女だ? 美人かっ!?」
 信じるのかよ。
 思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
「すっごい美人だったよ。さっき外に居たから、探せば会えるんじゃないか?」
「外だな!?  くぅ〜、待っててくれよ、俺の女神様!」
 サイがものすごい勢いで外に出て行く。
 ──さぁ、サイが嘘に気付く前にマリィさんの部屋に行こう。

「あ、シュウイチくん。どうしたの?」
 ドアをノックをしてから少し間を置いて、マリィさんが顔を出した。
「少し話したいことがありまして……」
 俺の様子を見て何かを察したのか、マリィさんは頷いてみせた。
「じゃあ部屋の中で話そっか」
 ドアを大きく開き、俺に部屋の中に入るように促す。

 マリィさんの部屋も俺の部屋と同じ造りをしており、椅子が見当たらない。
 マリィさんもそのことに気付いたようで、少し困ったような顔をしていた。
「そっか、椅子がなかったんだよね……シュウイチくんもベットに──」
「あ、いや、自分床に座りますんでお気遣いなく!」
 彼女の言おうとしていることを察して、咄嗟にマリィさんの言葉を遮り、どかっと床に腰を下ろす。
「そっか、じゃあ私もっ」
 マリィさんも俺と向かい合う様に床にぺたんと腰を下ろし、微笑んだ。
 なんだか少し、気恥ずかしい。
「それで話って何かな?」
「えっと、実はですね…」
 続きを言うのを躊躇う。
 この笑顔が曇るのを見たくない。
 マリィさんは俺が話し出すのを黙って待っている。
「俺、ガーブル出身の貴族なんて出鱈目で、ほんとはガーブルなんて行ったこともないんです」
 言葉を切り、マリィさんの表情を伺う。
 マリィさんは少し困ったように笑った。
「うん、そうだよね……やっと話してくれたんだ」 
 やはり気付いていた。
「──今のパーティで、私以外に知らなかった人はいるの?」 
「後はゾルムさんだけです。この後ゾルムさんにも話しに行くつもりですが……」
「そっか……」
 マリィさんが俯く。
 ……やはり悲しませてしまった。
「教えるのが遅くなってすいませんでした……!」
 勢いよく頭を下げる。
 ──雨音が耳につく。
 雨はまだ止みそうにない。
「敬語……」 
 マリィさんがポツリと呟いた。
「え?」
 頭を上げ、思わず聞き返す。
「私に敬語を使わなくなったら許してあげる」
 マリィさんはそう言って悪戯っぽく微笑んでいた。
「許してくれるんですか?」
「敬語! 今使っちゃ駄目って言ったでしょ!」
 マリィさんが少し怒った顔をしている。
「はい……いや、うん。分かったよマリィさん」
「さん付けもダメ!」
「分かったよ──マリィ」
「うん、よろしい!」
 少し威張った口調で胸を張ってマリィさん──マリィが笑ってみせた。
 おかしくなって俺も釣られて笑ってしまう。
 少しの間、二人の笑い声だけが室内に響いた。
「──ほんとはね、シュウイチくんが言ってきてくれたら、すぐに許してあげようと思ってたの」
 二人が笑い止んだ後、マリィが呟くように口を開いた。
「でも、私を泣かせないように必死に気を使ってる姿を見ちゃうと、なんだか意地悪したくなっちゃって……ごめんね」
「いや、いいさ。もっと怒られるのを覚悟してきてたから」
「なら、もうちょっと怒っても良かったかな?」
 マリィが首を傾げて笑う。
「それは……」
 俺が言葉に詰まったとき、背後からドアをノックする音が聞こえた。
「はーい!」
 マリィが返事をし立ち上がろうとしたが、来訪者はマリィがドアを開けるのを待たず、そのままドアノブを回しドアを開けてきた。
「いやー、マリィちゃん俺とちょっと……って、シュウイチ! てめぇどこにも居ねぇと思ったら抜け駆けしてやがったな! 俺を探してる美人なんてどこにもいねーじゃねぇかよ!!」
 そういえばこの男の存在を忘れていた。
「ごめんマリィ、邪魔が入ったし、ゾルムさんにも話してくるよ」
「うん、そうだね。また今度話そ!」 
「お、おい。なんで呼び捨てでマリィちゃんの名前呼んでるんだよ! ありえねーーーー!!」 
 入り口に立ってゴチャゴチャと叫んでるサイを部屋の外へ押し戻し、軽く手を振ってから部屋を出た。
 
 ──さて、ゾルムさんの部屋に行く前にこの男をどうしよう。




[3226] その37
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/30 17:07
 ――それは、懺悔だったのかも知れない。
 疲れ果ててしまった彼の最後の告白。

「お前にあげるよ、俺の話を聞いた今でもそれを使う覚悟があるなら。……全て無駄になるとしても、掴みたいものがあるなら」
 彼の手のひらに乗ってる小さな玉。
 私は迷わずそれを手に取った。
「これで…全部忘れることが出来る。次に目が覚めれば、何でも無い俺に戻れるんだ…」
 そう呟いて彼は立ち上がった。彼女の元に行くのだろう。
「最期まで付き合ってやれなかったな、ごめんな」
 そう言って私の頭を撫でる。いつの間にか自分が涙を流してることに気付いた。そんな私を見て彼は困ったように笑い、そのまま背を向けて歩き出した。彼が見えなくなるまでその後ろ姿をじっと見つめ続ける。
 
 
 ―――あぁ、もうすぐ全てが終わってしまうのに、何故彼が居るのは私の傍ではないのだろう。






















 サイを宥めていると何やら外が騒がしくなっているのに気付いた。よく聞き取れないが、誰かが慌ただしく叫んでいる――只事ではなさそうだ。
「なんだ?騒がしいな」
 すぐ近くの部屋のドアが開き、アレスが顔を出す。他の部屋の人達にも聞こえていたらしく、次々とドアから皆が顔を覗かせている。
「とりあえず、様子を見に行くか」
「そうだな」
 サイと連れ立って外へ向かう。他の宿の客や仲間も後ろから着いて来ているようだ。

 宿を出ると村の入り口の広場に人だかりが出来ている。
 何人かが屈んでいるところに誰かが横たわっているのが見えた。近づいて覗き込んでみると、その横たわってる男が酷い怪我を負っているのが分かる。体の至るところに切り傷があり、背中には矢が何本か刺さっていた。
「矢傷…?」
「人間の仕業だな」
 俺の呟きを聞き取ってサイが答えた。
「意識が戻ったぞ!!」
「おい大丈夫か!?」
 怪我を負った男は何かうわごとの様な言葉を繰り返している。
「少しどいてください!」
 トーマス君が人垣を割って男に手をかざす。
「べホイミ!」
 男の体が光に包まれた。これで男は助かる――そんな周囲の想いとは裏腹に、男を包んだ光は徐々に消えつつあるのに、傷は少しも癒えた様子がない。 
「そんな、どうして!?」
 マリィが悲痛な叫びを上げる。
「彼の…彼の肉体が、既に回復魔法を受け付けないほど死に近づいてしまっています…」
 トーマス君の搾り出すような声。
「こうなってはもう手の施しようが…」
「――さ、ん」
 男がトーマス君に手を伸ばし、何かを必死に訴えかけている。
「何か伝えたいことがあるんだろう…、聞いてやろう」
 アレスの言葉に周囲が静まり返る。
「さん―ぞく、俺たち、騙され――女が捕まって、……頼む…頼む…!」
 既に意識がまともに保てていないのだろう。断片的な言葉を吐き、男はすがるように訴えかけている。
「貴方の頼み、確かに聞き届けました。私たちがその方を助けてみせます」
 トーマス君の言葉に男は少し頷いてみせるとそのまま静かに目を閉じ、息を引き取った。




「で、どうするんだ?」
 男の埋葬が終わった後、これからどうするべきか仲間と話し合うことになった。
「山賊か、下手な魔物よりよっぽど厄介だな」
 ゾルムさんが顔を顰める。
「無報酬で命張るなんざ俺はごめんだ、ましてや相手は山賊だろ?」
「でも、あの人の仲間が捕まってるなら助けにいかないと――!」
「僕も助けに行くべきだと思います、最後の瞬間まで仲間の身を案じていたあの方の遺志を汲むべきです」
 否定的なサイの意見にマリィとトーマス君が反論する。サイはそんな二人の様子を見て舌打ちしてみせた。
「あのなぁ、お前ら山賊がどんなもんか理解してないだろ。言っとくがその辺のチンピラ崩れと一緒にしとくと痛い目に遭うぞ。――いいか?商人だって冒険者ぐらいは雇ってんだ…その辺の魔物を倒せるくらいの腕ならある奴らをな。そんな冒険者ごと殺し、獲物をかっさらう。そんなことを日常としてやってる連中なんだよ。俺たち程度の集まりじゃわざわざ殺されに行く様なもんだぜ…」
「山賊のリーダーを務めてる人は頭も切れそうですね」
 サイの言葉をルイが引き継ぐ。…ルイが機嫌を直したのかは分からないが、会話には問題なく加わるようにはしてくれたようだ。 
「どういうことなんだ?」
「山賊が出たと思われるこの村から次の村への中間地点って、ガーブルの騎士団の管轄でもないし、かといって冒険者の多いカナンからも距離のある位置にあるんですよね、しかも少し街道を逸れれば隠れるのに向いている地形の山が多くある。山賊をするにはうってつけの場所です」
「地の利は向こうにあり、か」
 どうしたものかと考えているとルイがこちらをじっと見ていることに気付いた。
「言っておきますけど、私も助けに行くのは反対です。私たちが行かずとも、いずれは商人達が冒険者を雇って大掛かりに山狩りを行うでしょう。感情に任せて無駄死に行く必要はありません」
 慌てたようにトーマス君が口を挟んだ。
「それでは捕まったという女性はどうするんですか!?」 
「……わざわざ殺さずに連れて帰ったんです。慰み物にされるか、売られてしまうか、どちらにせよすぐに殺されはしないでしょう」
「そ、そんな――」
「その辺にしとけ、トーマス」
 アレスがトーマス君を制し、軽く溜息をつく。
「俺達には使命がある。こんなとこで無謀なことに首を突っ込んでる暇なんてないだろう。丁度ガーブル行きの他の冒険者達や商人達が一緒に行かないかって打診してきてる。場合によっては俺たちにも護衛の報酬を払うと言ってるし、願ってもない話だろう。今日は休んで明日そいつらと予定通りに出発する…それでいいよな、ゾルムの旦那?」
「あぁ、仕方ねぇだろう」
 ゾルムさんが重々しく頷き、これで話は終わりだ、と解散する運びとなった。


 皆が宿へと戻っていくのを尻目に村の入り口へと歩く。
 先ほど男が息を引き取った場所には黒ずんだ血の跡が大きく残っていた。
「まさか一人で行こうとか考えてませんよね?」
 突然かけられた声に振り向く……ルイは宿へ戻らなかったようだ。
「そこまで無謀じゃないさ、ルイに怒られたばっかだしな」
 一瞬ルイは言葉を詰まらせる仕草を見せたが、すぐに表情を戻した。
「ほんとですか?エルさんはともかく、あんな場面でシュウイチさんが一切口出ししないから変だと思ってたんですけど」
「いや、少し気になることがあってさ」
「気になることですか?そういえばさっき埋葬するときに色んな人に何か聞いて回ってましたね」
 ルイの言葉に頷いてみせる。目を合わせない様にされていたと思ったが、しっかりと見られていたらしい。
「あの男さ、もう満足に歩けない状態だったじゃないか。となると、山賊から逃れた男を誰かがここに運んできたのかと思ったんだ。――で、その人が男から山賊に襲われた場所とか特徴を聞いてないかなって思って探したんだけど、誰もそんなことはしていないってさ、村人の一人が入り口で這っていた男を見つけたらしい」
「山賊から逃れてからあの傷と出血でこの町まで辿りつく…、村の目の前で襲われたのでもない限り無理ですね」
 ルイも少しおかしなことに気付いたらしい、怪訝な顔をしている。
「だろ?流石にこの村の目前で山賊が襲撃してくるなんておかしいと思うんだ。山賊としても村に滞在してる冒険者と対峙する羽目になるかもしれないし、そんな真似はしないはずなんだよな…」
 
 ルイと会話をしつつ、入り口から続いてる血痕と這いずった跡を辿って歩いていく。そのまま村が少し遠くに見えるようになった場所で大きな血だまりの跡がある場所に辿り着いた。それより先に血痕や体を引きずった跡はないようだ。
「血がここで途切れてますね、やはり争った形跡も無いし、ここで流石に襲撃されてたりしたら村人が気付きます。誰かが男を置き去りにしていった…と見るべきですね」
「多分そうだと思う。ここで男は放り出されて、最後の力を振り絞って村まで這い進んできたんじゃないかな」
「男をこの場所に運んできたのはもしかして山賊達本人でしょうか…?」
 それだとちょっとおかしいですけど…と、ルイが呟く。
「俺もそう思う、普通だとそんな真似する意味ないんだけど、何かないかな…。わざと自分達の存在をアピールすることで奴らが得すること」
「分かり易い切り傷や矢傷がありましたからね、例え男が死んでいたとしてもそこから山賊を連想するのは自然な流れですし、そうなると商人達や冒険者は通行を控えるか、もしくは襲えないくらいの団体でまとまって進むか…といったとこでしょうか」 
 恐らくそうだろう、どちらにせよ山賊からするとマイナスになるようにしか思えない流れだが。
「男が山賊と女が捕まったってことと、もう一つ言ってたことがあったよな、『騙された』って、最初は山賊が商人の一団に扮したりしていたから不意を打たれたのかな?とか思ってたんだけど、違うかもしれない」
「どういうことですか?」
 首を傾げているルイに苦笑してみせる。
「いや、結局推論に推論重ねてるだけだし、まだなんともいえないよ。とりあえずいつまでもここに居るのは危険だし、村に戻ろうか」
 悪い予感がしたから色々と疑ってかかっただけ、その結果がただの杞憂ならそれでいい。でも、悪い予感ってのに限って当ることが多いんだよな…。

 村に戻り村人達にあることを確認したところ、俺の悪い予感が当ってしまっていたことを確信した。



[3226] その38 『覚悟』
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/06/30 16:48

「そんいえばこの三日ほどタボの村から来た人は居ねぇべなぁ」
「そうですか、お邪魔してすいません。ありがとうございます」
 畑作業をしていた村人に礼を行って立ち去る。

「これは…向こうの村でも山賊のことが発覚しているってことでしょうか?」
「そうだろうな。タボの村に居た旅人達は俺達より先に山賊の情報を知って、ある程度の集団で移動していたんだと思う……そして山賊の襲撃で壊滅した。襲撃に備えて商隊を組んで移動していたにも関わらず、壊滅したのは――想定外の襲撃のされ方をしたから」
「あ――」
 ルイが合点がいった、といった顔をしている。
「山賊がその商隊に紛れ込んでたんですね!」
「そういうことになる、戦力として頼りにしてた味方からの不意打ち、そこを残りの山賊から襲撃されたらひとたまりもないな」
 恐らく混乱していて抵抗する間もの無かっただろう。なす術もなく殺されていく人々が脳裏に浮かぶ。
「あの死んだ男が俺達に『騙された』、と伝えたのは山賊にとっては想定外だったんだろうな」
 本来商隊を組ませる為の撒き餌としてあの場所に打ち捨てられた男。危機を伝える為に瀕死の体で這ってでも村に辿り着いたその執念は敬意に値する。



「なるほど、商隊をわざと組ませ、その中に紛れて…か。俺たちも犠牲者の仲間入りするとこだったな」
「出発前に何か手を打たねぇといけねーな」
 改めて俺たちのパーティでの会議。
「商隊を組んで移動する提案を受けたのはアレスなんだよな?結局どのくらい集まるんだ??」
 アレスが手を顎に当て、思い返すような仕草を見せる。
「グループ分けすると4つ、商人とその護衛が二組、冒険者のパーティが一組に、残りは俺たちのパーティだったな」
「となると山賊はその一組の冒険者のパーティか?」
「いやわからんぜ、商人に扮してるかもしれねぇしな」
 ゾルムさんの問いにサイが答える。
「理想的なのは出発前に見分けて、一気に制圧することですね」
「問題はどうやって見分けるか」
 ルイとエルの言葉に自分も頭を悩ます。
 確かにどうやって見分けたものだろうか。
「では、私が探りに行きましょう。サイさんは商人の馬車の積み荷を調べてもらえますか?」
「いいだろ、任せときな!」
 ルイの呼びかけにサイが威勢良く返事を返す。
「俺は?」
「シュウイチさんは来ちゃ駄目です、ぶっちゃけ表情に出過ぎるので探れる物も探れなくなります」
「あ、そうですか。そうですよね…」
 自分でも分かっていることだが、人に言われると少し凹む。
「まぁ、任せて下さい。この手の会話はお手の物ですから!」
 ルイはどんっと胸を叩いてみせた。

 
 ――それから待つこと半刻程。ルイとサイが戻ってきた。
 ルイがイスに座り、ふぅ…と一息ついている。
「どうだった?」
「割りとあっさり見分けがつきましたね。商人とその護衛パーティの一つが黒でした」
 随分とあっけなく見つかるものだ。
「商人の馬車の一つの積み荷がほとんど空っぽの偽装だったしな、まず間違いねぇだろ」
「いや、大したもんだぜ嬢ちゃんは…将来男を手玉に取る悪女になっちまうんじゃねぇか?」
 ゾルムさんがしきりに感心している。
「さて、奴らは全員で6人か…どうする?」
「個別に呼び出して捕らえましょう、幸いマリィさんも居ますし、楽勝ですよ」
「へ?私??」
 マリィがきょとんとして目を丸くしている。
「えぇ、悩殺ボディの出番です」
 ルイがどことなく邪悪な微笑みを見せる。
 ……あぁ、これは確かに悪女になるかもしれない。






 宿の一室、男達は酒盛りをしていた。下品な笑いが響き渡る。今回の獲物の女は誰がいただくか、そんな話で盛り上がっていた。
 その内の一人が立ちあがる。
「おう、どうした?」
「飲みすぎちまった、ちょいと出すもんだしてくるわ」
「ギャハハ、途中で寝るんじゃねぇぞ!!」
 
 
「おっといけねぇ、飲みすぎちまったかな」
 トイレを済ませ、ふらふらとよろめきながら仲間達の居る部屋に歩いていると、横合いから男を呼び止める声があった。
「あ、お兄さん大丈夫ですか?」
「お?あんたは確か明日一緒に行く人だったっけか」
 そこには冒険者のパーティの一人だった女が居た。先ほど仲間達で一番盛り上がったのもこの女の話だったのを思い出す。
「マリィっていいます、ちょっとお兄さんとお話したくて…私の部屋で二人っきりでお話しませんか?」
 そう言って男に腕を絡ませて潤んだ瞳で見上げてくるマリィ。腕に柔らかな感触が押し付けられる。男の頭に酒盛りをしている仲間のことが浮かんだが、一瞬で頭の隅に追いやった。
 ――折角の据え膳だ。あいつらには悪いが先に楽しませてもらおう。
「お、おう、もちろんいいとも」
「こっちです、さぁ――」
「へへ、色々と楽しませてやるよ」
 そう言って腰を抱こうとする男をマリィは押し止める。
「やだ…、気が早いですよぉ。この部屋です、さあどうぞ」
 これからの展開に顔をだらしなく緩めながら部屋に入った男が見たもの――
 
「いらっしゃい、さぁ存分に語り合おうぜ」

 ――男の目の前に居たのは、腕を鳴らしながら不敵に笑うスキンヘッドの大男だった。




「男の人って馬鹿ですねー」
 縛られ、猿轡を噛まされた男を尻目にルイが呆れたように言う。
「何言ってんだ、実に巧妙な罠じゃねえか。これで引っかからねえのは男じゃねぇよ」
「だな、実に巧妙だ」
 サイの言葉に同意しておく。ルイが半眼になってこちらを見ているが見なかったことにしよう。
「ルイちゃん、これすっごい恥ずかしいんだけど……」
「折角良いモノ持ってるんですから活用しないと。さぁさぁ、次の人がいつ出てくるからわかんないですから、スタンバイしといてくださいね!」
「ちょ、ちょっと押さないでよ!」
 マリィがルイに押されて出ていく。

「まぁ…その、なんだ。確かに有効な手だとは思うんだが、流石に三人も四人も居なくなると奴らも不審に思うんじゃねーのか?」
 ゾルムさんがぽりぽりと頭を掻きながら言う。
「人数が少なくなってきたらこちらから逆に呼びに行けばいいんですよ、お仲間がこちらで飲んでますよーって、その途中で、またマリィさんと私辺りで引き抜いて連れていけば一丁あがり、ですね」
「マリィは武闘家だし、元々一人ぐらい押さえつけるのなんて訳ないもんな…」
「私はゾルムさんの部屋に連れて行って…、まだ余るようでしたらアレスさん達の部屋行きですね」
 アレス達は別室で待機中だ。エルも色仕掛けには向いてないだろうということで待機中。エルの色仕掛けというのも個人的に見てみたい気もしたが、それは無理な相談だろう。
 ちらりと床に転がっている男に目をやる。 
 …なんとも情けない捕らえられ方だ。転がって呻いてる男を見ていると少し哀れに思えてくる。こうなっては凶悪な山賊も形無しだ。
「さー、この調子でじゃんじゃん捕らえましょう!」
 ルイの表情が活き活きとしている。何はともあれ機嫌が直って何よりだ。


 村の中央に位置する広場。
 辺りはすっかり日が落ち暗くなってしまった中、縛られ転がされている山賊達が松明によって照らされている。それを取り囲んでいる村人の表情は険しい。
「とりあえず色々吐かせねぇとな」
 ゾルムさんが転がってる内の一人の男の胸倉を掴み、持ち上げる。
「お前達は明日どこで俺達を襲撃する予定だった? 仲間は全員でどのくらい居る? 答えねぇなら力ずくでも聞き出すぞ」
 山賊はそんなゾルムさんを鼻で笑う様な仕草をみせた。その瞬間にゾルムさんの拳が唸り、鈍い音が響き渡る。
「お前達のアジトはどこにある?」
 ゾルムさんの再度の呼びかけにも山賊は薄く笑ってみせた。再びゾルムさんが拳を振るう。
 幾度繰り返しただろうか、顔が腫れ、青痣だらけになっても男は口を割ろうとはしなかった。
「ちっ、しぶとい野郎だ」
 忌々しそうに吐き捨てるゾルムさんの肩を叩く者がいた。
 確か商人の男、名は何といったか。
「あぁ、あんたは…」
「まぁなんだ、この手の奴の扱いなら自分は少し心得がある。任せてもらおうじゃないか」
 そう言って男は山賊の前で屈み込むと懐から何かを取り出した……あれはナイフだ。
「さて、自分からも聞くことは変わらない。君たちが襲撃をする予定だった場所、人数、アジトの場所を教えてくれないか?」
 やはり山賊達は無言のままだ。
「ふむ、仲間の情報は漏らさない、か。実にご立派なことだ」
 商人の男が何気なく腕を振るった。
「ぎ、ひぎゃぁぁあああっっ」
 山賊の一人が耳の辺りを抑えてのたうち回っている。――耳を切り落としたようだ。
 山賊の有様を見て村人の何人かが目を逸らす。
「あぁ、女性には刺激が強いかも知れないな。こういうのに慣れてない者は家に戻ると良い。これからもっと悲惨になるぞ」
 実に気だるそうに商人は言う。
「さて、今度は教えてくれる気になったかな?」
 商人は再び耳を切り落とされた男に話しかけるが、相手は激痛にもがいており、聞こえてる様子はない。――再び商人の手で白刃がきらめく。……今度は逆の耳を切り落とした様だ。
「こちらのお願いが聞こえてないようだし、そんな耳は必要ないだろう。…もう面倒だな、こっちは勝手にやるから君達の中の誰でも良い、知ってることを話してくれたまえ」
 男が何気なく腕を振る仕草をする度に山賊達の中から悲鳴があがる。
「た、助けてくれ!」
「自分が聞きたいのはそんな言葉じゃないな。幸い君たちは罪人だ。殺しさえしなければ好きにやっても問題ないだろう。死なない程度にやるから安心したまえ」
 商人の手は緩む様子がない。再び山賊の悲鳴があがる。
「ルイ…マリィとエルを連れて宿に戻ってろ」
 俺の言葉にルイは頷き、青ざめた顔をしたマリィとエルを連れて宿に戻っていった。
  
 ――それから間もなく、一人が口を割り出したのを皮切りに山賊達は知ってることを洗いざらい吐き出した。



「ふむ、粗方聞きたいことは聞き出せたかな? 少し血で汚れてしまったな。洗ってくることにしよう」
 商人の男はそう言って宿の方向に歩いていった。山賊達はもう五体満足な者は一人も居ない。
「こいつらは納戸にでも押し込んでおこうか、ガーブルから役人を呼ぶのが一番無難だろう。先に山賊本隊を何とかしないといけないがな…」
 アレスの言葉に村人が山賊達を連れて行く。
 山賊達が広場に居なくなった頃に商人が戻ってきた。
「さて、折角山賊の人数も、待ち伏せの場所も、アジトも聞き出せたんだ。山賊退治を君たちにお願いしたいんだが…」
「山賊の本隊が十五人、まだこっちより人数は多いな」
 商人の提案にゾルムさんが渋面をみせる。
「君達のパーティが七人に、そこの人達のパーティが五人、私の護衛の二人も入れればそう差はないさ。何より今度はこちらが街道を迂回して無防備な相手の背後を突けるんだ。実際には一方的な戦いになるだろうさ」
 商人の言葉にもう一つのパーティの男達も顔を見合わせ考え込むそぶりを見せる。
「ふむ、ではもう少し実りのある話をしようか。奴らのアジトには今まで略奪した物資が蓄えられてるだろう。これだけのハイペースで襲撃してたんだ、どこかに移してる暇も換金してる暇もあるまい。持ち主は実質死んでいる以上、その物資をどうしようが我々の自由だ。これはちょっとした財産になると思うがね」
 その言葉に判断を決めかねてたもう一つのパーティは覚悟を決めたようだ。
「やるぜ! 悪党は退治しないとな、そうだろ皆!?」
「おうよ!」
「正義の為だな!!」
 なんとも調子の良い連中だ。呆れつつアレスに視線を寄越す。
「俺達はどうするんだ?」
「どちらにしろ山賊は片付けないと先には進めないしな、やるしかないだろう」 
 俺たちのやり取りを見て商人はにやりと笑った。
「決まりのようだな。では明日はよろしく頼む。お互いの無事を祈ってるよ」






 明くる日の朝、俺達は途中から街道を逸れ、森の中を進んでいた。
 山賊達は街道の中で谷のような地形になっている場所を前から塞ぎ、馬車の最後列に陣取った山賊の仲間が後ろから矢を射掛けて挟み撃ちにする、そんな作戦を採っていた。
 俺達は森を通り、街道を避け、山賊達の後方より奇襲をかける手はずになっている。
「おいシュウイチ、顔色が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、気のせいッス」
 ゾルムさんに何でもないと手を振ってみせる。
 …どうしよう。
 心臓がバクバクいっている。足も今にも震えだしそうだ。皆は何故平気そうな顔をしているのだろうか。
 相手は魔物ではない、人間だ。つまり、これから人間同士で殺し合いをする。――人間を殺さないといけないのだ。
 昨日はそのことをずっと考えていて結局眠れなかった。
 魔物なら良かった。奴らには恨みもある。殺して当然の存在だと思うことで罪悪感を押し込めてここまでこれた。だが人間はどうだろう。魔物と同じ、殺らねばこちらが殺られるんだ、自分にそう言い聞かせても一向に心が晴れない。

「――おい、見つけたぞ。あそこだ…!」
 先頭を歩いていた戦士が押し殺した声で呼びかける。全員が身をかがめて様子を伺う。
 山賊達は思い思いに散らばっており、好き勝手に過ごしているようだ。時折下品な笑い声が聞こえてくる。捕らえた山賊達から聞いた予定時刻よりかなり早めに出たことが功を奏したようだ。
 ふと山賊の中におかしな風体をしている奴が混ざっているのに気付いた。馬鹿話に盛り上がってる山賊達から少し離れた場所に立つ、長身痩躯の男――奇妙な……そう、悪魔じみた笑いを象った仮面を着けており、その表情は伺えない。あれが山賊の頭だろうか。
 「さぁ皆準備を整えろ、奴らが弛緩しきってる今が好機だ……一気にいくぞ。俺が合図をしたら魔法使いは詠唱を始めてくれ。魔法を唱え終わると同時にいくぜ…っ」
 ゾルムさんの言葉に皆が頷く。
 張り詰めた沈黙が続く。まるで時間が止まったかのような息苦しさ。
 始まってしまう…あと少しで殺し合いが――。
 
 ――ゾルムさんが左腕を上げた!

 その瞬間にルイとエル、もう一人の魔法使いが立ち上がり、杖を構える。
『ギラ!』
 異口同音で放たれる魔法。炎が山賊達に襲いかかる。
「おし、いくぞっ!!」
 ゾルムさんの号令で俺達は駆け出した。
「敵だ! 冒険者達が来たぞ!!」
「お、おい、なんであっちから襲われるんだよ!?」
 山賊達は混乱しているようだ。そこへ商人の護衛役だった二人が弓を射掛ける。
 何人かが火達磨に、更に何人かは武器を取る前に矢で貫かれて絶命した。だがまだ無事な奴らも残っている。
 鉄の斧を振りかぶった山賊の一人がこちらへ襲い掛かる。あんなものと鍔迫り合いをしてもこちらが不利だ。
 死に物狂いで振り下ろしてくる斧を避ける。山賊が体勢を崩すのが見えた。
 ――今だ。攻撃を!
 そう思うのだが体が動かない。ためらった瞬間に蹴り飛ばされる。
「ゲホッ…くそ!」
 立ち上がろうとしたところに山賊が斧を振り下ろしてくる。……駄目だ、避けきれない!
 そう思った瞬間誰かが横合いから山賊を吹っ飛ばした。
「大丈夫?シュウイチ!?」
 マリィが横合いから山賊に蹴りを入れてくれた様だ。
 その山賊の首をアレスが切り落とす。
「何やってんだ馬鹿が! こんなときに躊躇ってる場合じゃないだろうが!!」
「わ、悪い」
 アレスの発破を受けて慌てて起き上がる。
 既に戦況はほぼ決しているようだ。
 ゾルムさん達が残った山賊に切りかかっており、魔法と弓の援護で反撃さえ許していない。
 ――これなら無傷で勝てるか?
 そう思ったのもつかの間、山賊の頭と思しき仮面の男に切りかかった戦士の二人が血飛沫を上げて倒れた。
『ピオリム』
 くぐもった声の詠唱と共に仮面の男の体が薄い光に包まれる。仮面の男はそのまま素早く脇道の森の中へ逃げ込んだ。
「大将が逃げたぞ、追え!!」
「待て、深追いはするな!」 
 仮面の男を追いかけようとしたサイをゾルムさんが押し止める。
「あれは腕が立つ、見通しの効かない場所に逃げ込まれた以上、この人数で追いかけても怪我人を出すだけになりかねんぞ」
 仮面の男に切り倒された二人にトーマス君が駆け寄り、回復魔法をかける。
「どうだ?」
「命に別状はなさそうです。あの男も無力化を優先して斬りつけたようですね。意識を取り戻すのに時間がかかりそうですが…」
「よし、商人を呼ぶぞ、狼煙を上げろ!」

 山賊達を片付けたら狼煙で合図を送り、商人を呼ぶ。そんな手はずになっていた。
 その様子を見ながらその場に座り込む。結局何もできなかった。
「ようシュウイチ、大丈夫か?」
 ゾルムさんが話しかけてくる。
「…すいません、覚悟が足りませんでした」
 俯いたまま返事を返す。
「お前みたいに体が動かないって奴もたまにいるわな。今は生きてることを素直に喜びな。まぁ、その内俺がなんとかしてやるよ」
 そういってゾルムさんは狼煙を上げている人達の方へ歩いていった。
 …自分はなんと情けないのだろう。

 未だに震えの止まらない脚を押さえつけ、唇を噛んだ。



[3226] その39 『大嘘つき』
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/07/02 22:21
 街道から逸れて進み辿り着いた山の麓。
 幾重にも重なった岩で隠され、ぱっと見では気付かない位置にぽっかりと洞窟が開いていた。

 息を潜めて俺たちはゆっくりと進む。洞窟の中から男の声が反響して響いてきた。
『そろそろお頭達が帰ってくる頃だな』
『あぁ、それにしてもボロいもんだよな、今ここにあるお宝だけで俺たちは半年は暮らせるだろ』
『これで女に手が出せればなぁ、お頭もどいつか女を一人くれてもいいのによお』
 …どうやら二人程見張りとしてアジトに残されていたようだ。
『…なぁ、一人くらい味見しねえか?』
『馬鹿言え、お前と同じ様なこと言っててお頭に殺られた馬鹿が居たのを忘れたのかよ。それにもうすぐ帰ってくんだろ』
 ジリジリと進む、男達の声が段々近くなってきた。そろそろ居るはずだ。

「今回ので一旦引き上げるって話だし、もう少しの辛抱だ――ん?」
「どうした?」
「なんか人の気配がしねぇか?」
 辺りが静まり返り、金属質な音が響き渡る。男達が武器を手に取ったようだ。 
 これ以上は息を潜めても無駄だろう、どうせこの人数だ。隠れて進むのにも限度がある。
「おらぁあああ」
 ゾルムさんが踊りでて男の一人に斬りかかった。それに続いて他の皆も雪崩れ込む。
「くそ、なんだこいつら――」
 動揺を見せている山賊へ向かってアレスが鋭い突きを繰り出す!
 アレスの突きが脇腹を掠め、山賊が体勢を崩したところをゾルムさんの剣が胴を薙いだ。
 もう一人の山賊の方を見ると、戦士達の攻撃に手一杯だった山賊の背後にサイが忍び寄り、首を掻き切ったようだ。
 やはりこの人数差で攻められるとひとたまりもないのだろう、一瞬でカタはついた。 

「おっしゃあ! これで全員片付いたな!!」
 サイが歓声を上げてみせた。
「奥の扉の中から人の気配がしますね、捕らえられている人達だとは思いますが、一応警戒は解かないで下さい」
 ルイの言葉に武器を構えたまま皆が扉を取り囲むように立つ。
 扉には錠前が付いていたが、サイが何やら道具を取り出しいじっている内にカランと音を立てて錠前は外れた。
「いくぜ」
 サイがそのままドアノブを回し、扉を蹴り開く。
 部屋の中に居たのは、縛られ、猿轡を噛まされた三人の女性が奥で固まってこちらを見ている。三人共、目の色に怯えが見て取れた。
「心配いらない、俺達はあんたらを助けにきた冒険者だ。――待ってな、今縄を解いてやる」
 アレスとサイが縄を切り、女性達を解放している。
 どうやら危険はなさそうだ。
「それじゃ商人を呼んでくるよ」
 一応皆に声をかけ、洞窟の外へ歩く。首を刎ねられた山賊の死体が視界に入った。
 ――こいつらの死体は消えない。魔物ではないから。
 沈みそうになる思考を打ち切るように首を振り、外へと駆け出した。

 
 洞窟を出て少し距離を置いたところで商人は馬車に乗って待機していた。
 他にも俺達の乗ってきた馬車ともう一つの冒険者達の馬車があり、それぞれに村で雇った人達が御者として乗っている。
「片付きましたよ、捕らえられていた女性達も無事です」
「それは良かった。では馬車を洞窟の前まで移動させよう、君も乗りたまえ」
 馬車がゆっくりと進み出す、いつも自分達が使ってる馬車に慣れているせいか、少し落ち着かない。
「終わってみれば思わぬ収入になったものだ。何がどう転ぶか分からんものだな」
 商人が笑う気配した。
「山賊は冒険者すら狩るって聞いてたから警戒してたけど、思ったよりも被害を出さずに済みましたね」
「ん? そうか、まだ君達には言ってなかったな。奴らは山賊を生業にしてる人間達じゃないよ、ただの冒険者だ」
 なんだって??
「どういうことですか?」
「死体を確認させてもらったが、その中に知ってる顔が何人か居てね、ありゃガーブルで冒険者やってた連中だな。腕がさほど立つって訳でもなし、素行は悪いってんで干されてた連中さ。恐らく他の奴らも面識はないが冒険者だろう」
 商人の表情は見えないが、口調から面白がっているのは伝わってくる。
「食うに困って山賊か? ってところで話しは終わりそうだが、あんな連中にここまで段取りを組むほどの知能はないだろう。頭領の男には逃げられてしまったらしいが、そいつが全て段取ったんだろうな。その辺のゴロツキって訳じゃなさそうだ…実に興味が沸くね」
 そんな楽しげな口調で語る商人の話を聞いている内に、馬車が洞窟の前に着いた。
 ――あの仮面の男は一体何者だったのだろうか。



 全ての荷物が運び出され、捕らえられていた女性達も外に出てきている。
 村娘といった感じの子が二人、後一人は僧侶だろう。シスターの様な服装をしているし、何より十字架を胸にぶら下げている。
「あの…、わざわざ私達を助ける為に危険を承知で助けにきてくれたとか…本当にありがとうございますっ」
 シスターが代表するかの様に前へ出て勢い良く頭を下げる。
「いいってことよ!」
 別パーティの戦士が鼻の下を伸ばしながら答えた。
 …お前らは物に釣られただけだろう。
「――さて、とりあえずここで山分けしてしまおうか。村に運んでから分配してると余計な横槍が入りかねないしな」
 商人の言葉に慌てて止めに入る。
「ちょっと待った! この荷物の中にこの人達の物もあるんじゃないのか?」
 捕らえられてた人達の荷物まで山分けする訳にはいくまい。
「あ、大丈夫です。私達の荷物ならもう返してもらってますよぉ」
 村娘二人が、ねー、と顔を見合わせている。
「私も商人さんに馬車に乗せてもらってただけだから、荷物はこれだけです」
 シスターも手にぶら下げている袋を掲げて微笑んで見せた。
「それなら…いいの、かな?」
「いいんだよ! 命をかけて戦ったんだ、このぐらいもらっても神様も何も言わねぇって、なぁ!」
 話を振られたシスターは少し困った顔をして微笑んでいる。
 商人が待ちくたびれた、といった感で口を挟んだ。
「もういいかな? では分配の振り分けだが――」
  
 
 時間をかけて荷物の中身を改め協議した結果、俺達は三万ゴールドをもらうことになった。
 荷物の中には俺達では捌きにくい品も多々あったし、大所帯で元々馬車のスペースにさほど余裕もない。それならば、と商人がゴールドにその場で換金して渡してくれた。勿論商人も少し安めに換金しただろうが、これだけもらえれば十分だろう。
 もう一つのパーティの連中も小躍りせんばかりに喜んでいる。
「さて、これから君達はどうするのかな?」
「俺達はそのままガーブルに向かって進ませてもらう、やらなければならないこともあるしな」
 商人の問いにアレスが答える。
「ふむ、そのやらなければならないことを聞いてみても良いかな?」
「実在するかも分からん古い鏡を探している。アンタも何か聞いたことはないか?」
「古い鏡か。お探しの品かは知らんが、ガーブルの兵士の入隊の際に『鏡の儀式』というのを行うと聞いたことがあるな」
「鏡の儀式?」
「新しく城に勤めることになった兵士を鏡の前で跪かせ、王への忠誠を誓わせる。二心を持つものは鏡によってその心を浮き彫りにされる…まぁ、儀礼的なものだな。特に意味はないだろう」
 どうでも良さげな口調の商人の語り、だがそれを聞いて俺達は顔を見合わせた。
「これはいきなり当りかな?」
「ガーブル城ですし、いかにも、ですね」
 ルイもほぼ間違いないと思ってるようだ。
「なんだ、もしかしてその鏡のことだったのかい? しかし、折角お目当ての物が見つかって喜んでいるところに水を差すようで悪いんだが、その鏡がガーブルにあると分かったところで君達はどうするんだい?」
 確かに、ガーブルにあるのは確かなようだが、かといってどうすれば良いのだろう。まさか由緒ある儀式に使っている鏡を下さいといって貰いに行ったところで、はいどうぞ、とはいかないだろう。
「そんな儀式に使ってるぐらいだし、ガーブルの人達も鏡の効果を分かってるってことなのかな?」
「そうかもしれないし、儀式だけが伝わってる可能性もある」
 マリィとエルの会話を聞き、それも有りうる思った。鏡によって魔物を見抜く、ではなくただ儀式として伝えられ、続けているのかもしれない。
「どちらにせよ、ガーブルに向かうんだろう? なら我々の馬車も道中はご一緒させてもらおうかな。お互いに人数は多い方が何かと心強いだろうと思うがね」
「別に構わねえんじゃないか?」
「そうですね、こちらとしてもありがたい申し出でしょう」
 ゾルムさんとトーマス君が賛成の意を示した。皆も同感のようだ、誰も反対する様子はない。
「決まりだな、よろしく頼む。……そういえばアンタの名前を聞いていなかったな」
 アレスが手を差し出しながら訪ねる。
「おっとそうだったかな。自分はアーヴィス・ボル・スティン。アーヴィスと呼んでくれ」
  もう一つの冒険者のパーティは元々出稼ぎに行く予定だったのだが予定外の収入があった為、前の村に引き返してしばらく休んでいくらしい。
 村娘達は次の目的地のタボの村に帰りたいそうで、シスターはガーブルに用があるらしく、捕らえられていた女性三人組は商人の馬車に同乗することになった。
 粗方出発の準備が整い、皆が馬車に乗り込みだす。
 ルイと並んで馬車に向かって歩いているときに商人とすれ違う。と、その瞬間、
「…随分とふざけたお名前ですね」
 ポツリとルイが呟いた。
「そうかね? 君もなかなかどうして上手く化けているじゃないか」
 笑いを含んだ口調でアーヴィスが寄越した答えに、ルイの顔に緊張が走った。
 そんなルイの様子を気に留めもせず、アーヴィスは自分の馬車へと歩いていく。
「……どういうことなんだルイ?」
「――アーヴィス・ボル・スティン、大昔に一部の地方で使われていた古代語の一種で、直訳すると…」
「直訳すると?」
「『大嘘つき』、です」
 大嘘つき。
 なるほど、確かにふざけた名前だ。
「ルイのことも気付いてる様だったな。何者なんだあいつは…」
「アレは…人では無いかもしれません」
「もしかして魔物か!?」
 だとしたら今すぐにでも手を打たないといけない。
「どうでしょう、私と同じ様な異種族かもしれません。私は変装していますが、身体そのものを一時的に変化させてしまう手段もあると聞きますし…。どちらにせよ胡散臭い存在なことに変わりはありません、警戒した方がいいでしょう」
「皆に言った方が良いのかな…」
 ルイはゆっくりと首を振ってみせた。
「出来ればそれは止めておいて下さい。あの男が私の正体のことを仄めかしたのは、言外に自分のことを言いふらせばお前のことも黙ってはいないぞって言いたかったからだと思います」
「結局、心配事が一つ増えたってことか…」
「そうですねぇ…」
 ルイと顔を見合わせ溜息をつき、馬車へと乗り込んだ。



[3226] その40 『ゾルムの物語』
Name: 北辰◆a98775b9 ID:2f3048ba
Date: 2009/07/09 00:27
 乱れた呼吸を整え、辺りに散らばったゴールドを拾う。
「結構疲れたね、汗かいちゃったし…」
 マリィが胸元にパタパタと風を送りこんでいる。
 …ついつい視線がその一点に吸い寄せられてしまう。
「そういえばもう夏ですねー」
 ルイがポコっと俺の頭を杖で叩きながら感慨深そうに呟いている。
「ん?もうそんな季節なのか」
 確かに若干暑いことは暑いが、どうにも実感沸かないのは何故だろう。

「おーい、金拾ったんならさっさと戻ってこい! 出発すんぞ!」

「おっと」
「今いきまーす!」
 慌てて馬車へ駆け込む。
 道中の雑魚といえる魔物は訓練も兼ねて経験の浅い俺がやれと言われていたのだが、ルイとマリィさんもやりたいと言ってくれたので基本的に三人で戦うようになっている。

「よ、お疲れさん」
 サイが上機嫌、といった感じで声をかけてくる。
 山賊の奪っていた物資を商人に換金してもらったお陰で、俺達のパーティはかなり財政が潤っていた。サイの上機嫌な理由もそこにある。
 手に入った三万ゴールドは俺達パーティのそれぞれに三千ゴールド、そして残り六千ゴールドは皆の宿代等、共用の資金として扱うことになった。これで俺も装備が新調出来る。
「これなら満足して帰れそうだなぁおい!」
「いや、満足して帰っちゃ駄目だろう…」 
「完全に目的を見失ってますね」
 俺達の非難にサイが顔を顰める。
「そうは言ってもよぉ、そのなんたらの鏡を手に入れるのは流石に無理があるんじゃねえか?」
「…ラーの鏡がもし入手不可であろうと、ガーブルほどの規模の城下町であれば何か有効な手段が得られるかもしれない、だから行くんだろ」
 アレスが口を挟む。
「僕はしばらく教会で情報を集めようと思います、聖水について少しでも情報を獲たいですし…正直ガーブルの教会の現状をこの目で確かめたい」
 トーマス君の表情は固い。
 敬虔な僧侶として、教会上層部が腐敗していることが許せないのだろう。 

 ふと視線を感じ横を見るとエルが本から顔をあげ、こちらを見ていた。
「ん、どうした?」
「ここ、読んで」
 エルに指し示された部分を読む。 
 
 ――異界より悪魔を呼び寄せる儀。

「これが?」
「もしかすると、貴方はこれで呼び出されたのかもしれない」
 俺は悪魔か。 
 挿絵が載っており、いかにもといった感じの禍々しい悪魔が魔方陣の中心に立っている。…どうにも胡散臭い。
「これって作り話の類だろ?」
「そうかもしれない」
 周囲の人間に聞こえないように囁いた俺の言葉を、あっさりエルは認めてみせた。 
 そしてまた視線を本に戻す――どうやら読書に戻ったようだ。

 手持ち無沙汰にり、馬車からの景色を眺める。
 …あぁ、そうか。
 何故夏の実感が沸かないのか、ようやく気付いた。
 
 ―――この世界では蝉の鳴き声が無いんだ。
 



 タボの村着いた俺達は村人達に大いに歓迎された。
 山賊の姦計により自分達が騙されていたこと、助け出した村娘達が俺達を命の恩人として紹介してくれたからだ。
 そして村長の家で俺達はもてなされる運びとなった。

 大きな会食用のテーブルに所狭しと様々な料理が並んでいる。
「思えば冒険者やっていてここまで感謝されたのって初めてだな…」
「命からがら生き延びても、報酬どころか魔物扱いされかかったり…ろくな目に遭ってませんでしたね」
 ルイが幸せそうに料理を頬張っている。楽しそうでなによりだ。

「アレス様は貴族のお方ってお話は本当ですかぁ?」
「アレス様のお話、もっと聞きたいです!」
「あ、あぁ…」
 アレスは助けた村娘達に挟まれてやりづらそうにしている。
 彼女達からすればアレスは自分達を助けにきた勇者様に見えてるに違いない。アレスを見上げる目が輝いているのが傍目からでも見て取れる。それを横目にサイが、俺も助けたじゃねぇか…と、ブツブツと不満を口にしている。

「本当に皆さんには感謝しております、以前にも山賊が出没したことがありましたが、その時は甚大な被害を被ってしまいました…。殺されてしまった冒険者や商人の方々には申し訳ないが、彼女達が無事で本当に良かった…!」
「――ほう、以前にも山賊の被害にあったことが? その当時のことを伺ってもよろしいかな?」
 アーヴィスが村長と何やら話しこんでいる。
 あの男も得体が知れない。ただの商人ではなさそうだが…。
「おい、シュウイチ!」
 ゾルムさんの呼びかけで思考を打ち切られた。
「明日は出発より一時間前に宿の前に出てこい」
「ん、なんでですか?」
「来れば分かる、今日は夜更かしすんなよ」
 そう言ってゾルムさんは村長の家を出て行った。


「そういえばルイさ」
「ふぁい? なんですか??」 
「あぁ、口の中の物食べ終わってからでいいからさ…」
 ルイが食べ終わるの見ながらと待っていると、咎める様な目線を返された。
「食べるとこジッと見ないでくださいよ、恥ずかしいなぁ、もぅ…。で、話って何ですか?」
「いや、お前もいつの間にかギラとか使えるようになってたのな」
「あ、やっと気付いてくれました? 私も日々進歩してるんですよ」
 えっへんとルイが胸を張って見せた。
「そっか、そうだよな」
 俺は本当に成長出来てるのだろうか。
 先日、山賊相手に見せてしまった無様な醜態、あれが未だに心に引っかかっている。
「…シュウイチさんも強くなってますよ。少しは自信を持っていいと思います」
 …少し前までは自信がついてきてたんだけど、な。
 前途は多難だ。


 





 早朝、まだ日が昇り始めて間もない時間帯。
 宿を出ると既にゾルムさんが立っており、その横には何故かアレスも居た。
「よう、おはよーさん」
「おはようございます、ゾルムさんに…アレス?」 
「なんで俺まで叩き起こされなきゃならんのだ…」
 アレスが面倒そうに文句を垂れている。
「シュウイチ、お前は人間を相手に戦ったことがないだろ? まずは木剣でアレスとやり合ってみな」
 木で出来た剣をこちらに放ってきたので、それを手に取る。
 思ったよりもズッシリとしており、固い材木で出来ているようだ。

「なるほど…俺はシュウイチの相手役か」
 アレスが木剣を構えて対峙する位置に立つ。
「さっさと構えろよ、始めるぞ」
 アレスに急かされて木剣を構える。
 ――と、その瞬間。
「いくぞっ」
 アレスがこちらに突っ込んできた。
 距離を一瞬で詰め、突きを繰り出してくる――速い!
「くそ…!」
 後ろへ下がり体制を整えようとするが、アレスはそれを許そうとせずそのままこちらへ詰めてくる。
 咄嗟に木剣で切っ先を逸らし、アレスに蹴りを入れる。
「ちっ」
 ここしかない…!
 アレスが怯んだところに渾身の力を込めて切りかかる。
 これで決まる。そう確信していたが、アレスがスッとこちらの斬撃をギリギリの位置でかわし、そのままこちらの頭に打ち込んできた。
 ――ここで俺の意識は途絶えた。 




「……!? ぶわっっ、何だ!??」
 得たいの知れない感触に思わず飛び起きた。
 頭を冷たいなにかがポタポタと滴っている…どうやら水のようだ。
「こりゃまたいいのをもらっちまったな」
 ゾルムさんが桶を片手に笑っている。アレスも腕を組んでこちらを見ていた。
 あぁ、そういえば俺はさっきアレスと戦って…。
「途中までは良かったんだがなぁ…。――シュウイチ、お前はさっきなんで自分が負けたか分かるか?」
「上手くかわされました、勝負を決めようと焦ってたのか―」
「そうじゃない」
 アレスが俺の言葉を遮る。
「あれは俺が上手くかわしたんじゃない。咄嗟に少し身体を捻ることしか出来なかったが、外れた。かわしたんじゃなくて、外れたんだ」
「ま、そういうこった」
 ゾルムさんが俺の頭に手をポンっと置く。
「途中までの動きも判断も悪くなかった。だが最後の最後、俺に打ち込むときに腰が引けていた。あれじゃ届く物も届かない」  
 アレスの言葉にゾルムさんも頷いてみせる。
「俺はお前の度胸も判断力も買っている。そのせいか成長も今まで見た奴らの中じゃダントツだ。…だが、お前にゃ経験が足りない。お前は今まで人とこんな風に稽古したことはないだろう?」
「えぇ、確かにもっぱら素振りとか、魔物相手に実戦ばかりしてました」
「だからだな。対人には対人なりの基礎ってもんがある。まず剣を振るときに切っ先で切ろうと思うな、柄の部分で切りつけるつもりで踏み込め」
「踏み込み…ですか」
「そうだ、兎角、剣を扱いたての頃は本人は精一杯踏み込んでるつもりでも剣が届かない。恐怖心が間合いを遠のかせるんだ……お前の場合は魔物のときは問題なかったようだし、恐怖心と言っても真逆の恐怖を抱えてそうだがな」 
 アレスが引き継いで答えてくれた。
 真逆の恐怖。
 つまり斬られるのが怖いのではなく、斬るのが怖いのだ。――それを見抜かれている。
「それもこうやって人と打ち合ってりゃその内慣れるだろう。アレスの一族は貴族と言っても武勲を立てて成り上がったことで名を馳せてるからな。剣技の稽古ならお家柄何度もやっているだろ…対人って意味じゃ俺よりも上手かもしれねぇ。こいつにしばらく稽古つけてもらうんだな」 
 さっきは逆に経験が仇になって蹴りに反応が遅れたみたいだけどな、とゾルムさんは付け加えた。
 アレスは少し考えるそぶりを見せたが、軽く息を吐き、了承の意を表した。
「まぁいいだろう。俺も腕を訛らせたくないし、さっきので俺より上だと思われちゃ堪らないからな」
「悪いな、助かるよ」
 俺達のやり取りを見て満足ようにゾルムさんは頷いた。
「さてと、出発までもうちょい時間があるな。汗でも流してきたらどうだ?」
「そうします、それじゃまた後で」
 馬車の中でシュウイチさん、汗臭いです。なんて言われてはたまらない。
 急いで宿の中へ引き返した。





 シュウイチが宿に戻ったのを見てからアレスが口を開く。
「ゾルムの旦那、勝手に人に面倒を押し付けないでくれ」
「ガッハッハ、そう言うなよ。お前だって内心冷や冷やしてたんだろう?」
「旦那には敵わないな…」
 そんなアレスを見てニヤリとゾルムは笑ってみせた。 
「最初は見込みがあるかもしれん、程度だったんだがなぁ…まさかあそこまで伸びるのが早いとはな」
「こっちは兄貴を見てるような気分にさせられちまう」
 渋面をしてみせるアレス。
「俺はな、冒険者にずっと憧れていたんだ」
「…旦那?」
「頭も悪りぃ、要領も良くねぇ、そんな俺でも腕っ節だけはあった。ガキの頃に寝物語に聞かされた冒険者の話に憧れて村から飛び出て冒険者になったんだがな、現実は物語のようにはいかねぇ、人を救うどころか金を稼ぐことと陥れるのにやっきになってる連中ばかりで嫌気が差してたんだ、一人でそんな連中とは一緒にやれねぇって突っ張って、意地張って、気付きゃこの歳になっても仲間って呼べる奴は居ない。いつも一人で酒を飲んでは考えてたよ…俺が夢に見ていたのはこんなものなのか? 俺じゃ物語の主役にはなれないのか? どうして俺じゃ駄目なんだ!? …ってな」
 自分で語る口調が熱くなっていたのに気付いたかのように少し照れた笑いを見せ、ゾルムはトーンを落とした。
「そんなときにシュウイチに会った。始めは気まぐれだったんだがな…、あいつを見てると最近思うようになったんだ。俺が物語の主役にならなくてもいい。誰かが意志を受け継いで、進んでくれるなら、それはそれで満足出来るかもしれねぇ」
 詰まらねぇこと聞かせちまったな、とゾルムは歩き出した。 
 その背中に呼びかける。
「なんで俺にそんな話を聞かせたんだ?」
「……なんとなく急に話したくなったんだよ。本人に話したら照れくせぇだろ? それに、お前にも期待してるんだよ俺は」
「俺はついでかよ」
「ま、気にするな。冒険者としちゃまだまだお前が上なんだ。気を抜かずにお前も精進しな」
 ゾルムはそのまま笑いながら宿に戻っていく。
 ――その後ろ姿は何故かアレスの心に強く焼きついた。



 村を出発し、ある場所を通りかかったところでそれは起こった。
 突如道の前方に大勢の人間が現れ、武器を構えている。
 馬車が失速していく。
「山賊!?」
「あれで全部じゃなかったのかよ!!」

 ――その数は前回よりも更に多い。二十人近くは居そうだ。

「ご丁寧に同じような地形でもう一回待ち伏せか、しつこいにも程があるぜ…っ」
 軽口を叩くアレスの表情も青ざめている。
「幸い後ろは塞がれてねぇようだがここの道は狭すぎる、反転なんて出来ないぜ…。馬車を捨てて逃げようにもあの人数相手じゃ逃げ切れねえか」
 サイの呟きに全員の顔に絶望的な色が浮かんだ。

「――おいアレス、幸いまだ馬車は攻撃されてねえんだ、俺が隙を作るからそのまま通り抜けろ。俺は商人の馬車に飛び乗る」
 ゾルムさんがそう捲くし立てて馬車を飛び降りる。
「ゾルムさん、俺も!」
「お前達じゃ通り抜ける隙作る前に死んじまうだろうが。心配すんな、これぐらいなんでもねぇよ」
 言い終わると同時にゾルムさんが雄叫びを上げながら敵に突っ込んでいく。道を塞ごうとする山賊を切りつけ、弾き飛ばし、強引に道を切り開いていく。
 山賊の一人の斧が脇腹を掠め、ゾルムさんの顔が一瞬歪む。
「うぉおおおおおおお!」
 だがその程度では怯まない。
 尚も突進し、敵を薙ぎ払い、突き進む。そんなとき、横合いから素早く黒い影が躍りだしてきた。

 見覚えのある長身痩躯の身体に、顔着けられた異様な仮面。山賊の頭領だ。

「邪魔だ、どけぇえええ!」
 ゾルムさんの振るった剣をかわし、仮面の男が剣でトンッとこちらにまで音が聞こえてきそうなぐらい軽く、ゾルムさんの胸を突いた。
「―――ッ!?」
『ゾルムさん!!』
 馬車の中の皆が身を乗り出す。
「来るんじゃねえ!!!!」
 叫んだまま大きく剣を振る。仮面の男が大きく飛びのいた。
 そのまま再び道を塞いでる山賊に切りかかり、――ついに前方の包囲が崩れた。
「今だアレスッッ!!!」
 アレスが慌てて馬車を走り出させる。何人かの山賊が馬車を止めようと近づくがゾルムさんがそれを阻む。
 俺達の馬車が通り抜け、アーヴィスの馬車が通り抜けようとしているが――ゾルムさんはその場に仁王立ちしたまま動かない。
「なんでだよっ!! アーヴィスの馬車に飛び乗る手はずだろ!??」
「――元々その気なんてなかったんだよ旦那は。誰かが足止めでもしない限り、まだ馬を使われたら追いつかれちまうからな…畜生がっ!」
 アレスが鬼気迫る表情で馬車を操っている。
「ふざけんな! こんな…、こんなの認められるか!!!」
 馬車から身を乗り出そうとる俺を皆が無理やり押し止める。
 押さえつけられ、上げた視線の先。
 アーヴィスの馬車越しにゾルムさんが山賊に囲まれ、斬りつけられるのが見える。
 血まみれになりながらも雄叫びを上げ、剣を振り続ける姿。
「よくもこんな…、俺の目の前でこんなことをよくも……っっ!――殺してやる、あいつら絶対に殺してやる!!!!」 
 …頭の中が真っ白になり、気が狂いそうな怒りに身を焦がしながら、その光景が見えなくなるまで叫び続けた。
 









 辺りにはゾルムが切り捨てた山賊達。
 残る山賊もゾルムの気迫に押され、止めを刺しきれずにいる。
「……おら、どう…した? たった…一人も殺れ……ねぇで山賊気取ってん……のか」
 体が思うように動かず、震えが止まらない…血を流しすぎたようだ。
 辺りが急激に暗くなってくる。
 視界の端に仮面の男が近づいてくるのが映った。
 
 その瞬間、様々な光景が脳裏に浮かぶ。
 冒険者を夢見て、こっそり村を抜け出したときのこと。
 カナンで出会った様々な冒険者。
 そして自分が逃がした仲間達。
 最後に浮かんだのは行きつけの酒場の女主人の顔だった。
「…ルイーダ、俺は…意志を残すことが、出来たかな……」

 ――肉を絶つ鈍い音が響いた。


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