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[10157] 好む好まざるに関わらず(DQⅡ)
Name: ラップ◆f49dce11 ID:5b62ca8f
Date: 2009/07/10 01:09
初めまして、ラップと申します。

昔々にプレイしたドラゴンクエストⅡを、私の記憶を軸に
独自の解釈、妄想、捏造を織り交ぜて行く予定ですので
お付き合い頂けましたら幸いです。



[10157] 第一章  始まり始まり
Name: ラップ◆f49dce11 ID:da02c31c
Date: 2010/09/25 23:41
 つくづく思う。
 我が親ながら、父は運がいい。

 先王の末子として生まれた父は、王位など到底望めぬ立場にいた。
 生母は宮廷に使えていた召使い。お手が付いたのも先王の気紛れらしく、その後に情けが掛かることはなかったという。
 実家で父を生んだ後も、産褥熱で亡くなった際にも、先王は全く意に介すことはなかった。
 それがなぜか、市中に捨て置かれていた父が十歳になった時、突如として先王とのお目見えを果たし、王族の一員に列せられる。
 男子は既に四人もおり、認知されていない隠し子ならその倍はいると言われた先王。
 我が子だからと簡単に愛情を傾けるような人ではなかったはずの祖父が、出自の低い祖母から生まれたなぜ父を実子と認めたのかは、今となっては知る由もない。

 だが、父に見せた愛情はそこまでだった。
 他の兄達のように帝王学を叩き込まれるわけでもなく、社交界で華々しく紹介されるわけでもなく、捨て置かれる場所が王城に代わっただけでしかなかった。
 祖父の意図は全くの謎だが、父は自分の置かれた境遇を嬉々として受け入れていたのではないだろうか。
 父である王からの期待もなければそれに応える義務もない。周りからの賞賛や羨望もなければ嫉妬や敵意もない。
 次期王位を巡り暗闘する兄達やそれを支援する貴族を尻目に、成人した父は下級女官であった母を見初め、結婚する。
 これにより有力貴族による後押しの目が完全になくなった父は、王位継承レースからの脱落が確定することとなる。
 それがその後、「醜い権力争いから自ら下がることで、身の危険を回避した英断」などと褒めそやされることになろうとは……。

 その翌年、俺が生まれる。
 もっとも、家族三人の穏やかで幸せな日々はそう長くは続かなかったのだが。
 俺が三歳の時、元々体の弱かった母が流行病に倒れ、帰らぬ人となってしまう。
その日を境に、父の置かれていた立場が一変してしまう。

 時を同じくして王太子であった長兄とその子が、流行病で立て続けに亡くなってしまったのだ。
 王太子と孫の突然の死で、さすがの先王も体調を崩してしまい、病臥に伏せることになる。
 そして、これにより次期王位争いが一気に表面化したのだ。
王子達や有力貴族による根回しや派閥の切り崩しが行われ、金と女、そして謀略、姦計によって宮廷内は荒廃の一途を辿ってゆく。
 そんな中、次期王太子最有力候補であった次兄が愛妾の屋敷で、愛妾諸共殺害されているのが発見されたのである。
 そして、犯人として告発されたのが最大派閥の長の娘を娶っており、次兄のライバルと目されていた四兄。
 当然ながら無実を主張する四兄であったが、尋問中に大量の血を吐き、そのまま死亡してしまう。
 結果、最後に残ったのは、粗暴な性格で周囲から疎まれていた三兄と末子である父。
だが、その三兄も鹿狩りの最中に落馬。その怪我が原因で王太子に即く前に亡くなってしまう。
 そんなこんなで、宮廷内で完全に忘れられていた存在であり、全く何もしていなかった父が王太子となってしまったのだ。

 だが、俺達家族を巡る話はこれで終わらない。
 有力貴族の後押しも、外戚もいない新王太子。帝王学を身に付けておらず、誰からも警戒心を持たれなかった凡庸な王子。
 つまり、一番最初に唾を付けたものが、次期王を傀儡として操れるのだと気付いた貴族達が、新たな勝ち馬に乗るために再び暗躍し始めるた矢先、一人の貴族が現れる。
 有力派閥の領袖であり、今では大臣として権勢を振るっているベリアス侯爵。
 ベリアス侯爵は、男やもめとなった父にある一人の女性を紹介したのだ。
 それが、当時『宮廷の華』と謳われたイザベル嬢。
 侯爵は「我が娘こそ次期王に相応しい正妃である」と、父に自分の娘を差し出したのだ。
 今更になって後ろ盾を欲したのか、それとも美貌に心奪われたのか、それとも母を失った寂しさを埋めるためか。
 ……おそらくその全ての理由からで、父はこの提案を受け入れる。
 そんな宮廷内の悲劇喜劇に生きる気力を失せたのか、病臥に伏せっていた先王が遂に崩御。
 こうして、流れに身を任る事しか出来なかった父が、王に即位する。

 王となった父。その息子である俺。王妃である義母。事勿れ主義の父に、後見人のいない継子と権勢欲の固まりの継母。
 そして、俺が五歳の冬、異母弟ラエルが誕生する。
 当然ながら、イザベル王妃やベリアス侯爵は、弟ラエルを王太子にするよう、父に働き掛ける。
 これによって、王妃を中心とする弟派と、ベリアス侯爵と敵対する勢力が集まって作られた『俺』派で、宮廷は二分されることになった。
 ……と言っても、決着はあっさりと付いてしまうのだが。
 所詮は反ベリアスという名目で集まった寄り合い所帯に過ぎず、利害関係による対立を起こし、そこを突かれて各個撃破。
 母の実家も、悲しいかな下級貴族。生き馬の目を抜く政争を前にして、あっさりと粛正の波に巻き込まれてしまう。
 俺が十歳を迎える頃には、宮廷内は完全に弟派によって牛耳られることとなった。

 ……それでも俺は別に構わないのだが。
 宮廷内での力関係ははっきりしている上、王家の始祖以来、王族たるものが有していなければならないとされている『才能』が、俺には欠如している。客観的に考えると、弟が王太子に即くのが妥当なのだ。
 だが、父はこの問題を先送りし続けている。
 父としての愛情かや亡き母への想いなのか。専横を強めるベリアル卿に対する敵愾心でも芽生えたのか。
 理由は父にしか分からないのだが、おそらくは決断する勇気がないだけなのだろう。
 
 はぁ……。俺はただ、平穏無事な毎日。そう、毎食『毒消し草』のサラダを食べずに済む人生を送れさえすえれば満足なのに。
 この国から逃げ出そうと何度考えたか。どこかの国、例えば祖を同じくする隣国にでも亡命しようかと考えたが、あの義母のことだ。間違いなく難癖を付け、軍事行動に出るに決まっている。
 ああ、神よ。迷える子羊に、この針のムシロから逃げ出す術を与え給え……。
 
 そんな祈りが神に届いたのか、俺が十八歳を迎えた今日。この願いは適えられることになった。
 しかも、俺の願いだけでなく、父の悩みも同時に解消してくれる実に気の利いた代物だ。
 これによって、俺はこの国から出る大義名分が与えられ、父はどらちに転ぼうとも後腐れなく跡継ぎることが出来る。
 自分で何か決め、それを実行することなく、問題が解決する。やはり、父は運がいいとしか言いようがない。
 それにしても、この解決策は、まさに『神』でなければ不可能な代物。崇め奉るカルト団体が巨大化するわけだ。

「……聞いておるのか?」
 ああ、はい。聞いてます聞いています。
「では、我が子よ! そなたもまた、勇者ロトの血を引きし者。その力を試される時が来たのだ。サマルトリアとムーンブルクには、同じロトの血を分けた者がおる。その者達と力を合わせ邪悪なる者を滅ぼしてまいれ。行け、アヴィンよ!」




[10157] 第二章  いい日旅立ち
Name: ラップ◆f49dce11 ID:da02c31c
Date: 2010/09/25 23:41
「では、我が子よ! そなたもまた、勇者ロトの血を引きし者。その力を試される時が来たのだ。サマルトリアとムーンブルクには、同じロトの血を分けた者がおる。その者達と力を合わせ、邪悪なる者を滅ぼしてまいれ。行け、アヴィンよ!」

 そう言うと、父は侍従達に命じ、宝箱を持って来させる。
 開けるように促された俺は、中身を見た途端言葉を失った。
「勇者ロトの末裔たる者の旅立ちに相応しい宝剣と鎧を用意させた。必ずやハーゴンを打ち倒すのだ」
「……ハッ、必ずや」
 父からの期待の篭もった眼差しを避けるように俯いた俺は、短くそう答えることしかできなかった。

「兄上っ!」
 怒りを通り越し呆れにも似た感情に苛まれながら、謁見の間から退いた俺に駆け寄る少年と、それを忌々しげに見詰める女性。
「おお、ラエル。……それに義母上も」
「兄上、行かれるのですね」
「ああ、世を乱す悪しき物の討伐は王家の務め。名誉なことだからな」
「私も兄上と一緒に戦いとうございます」
 そう言って唇を噛む弟とその後ろから射殺すよう視線で俺を睨み付ける義母。
「そう慌てるな。お前にはまだまだ学ぶべき事がたくさんあるんだ。いいか、ラエル。お前には立派な王になれる素質がある。今はそれを伸ばすことを考えろ。いいな?」
「兄上……」
「それでは義母上、行って参ります。父上とラエルのこと、よろしくお願いします」
「ええ、分かっています。……御武運をお祈りしていますわよ」

 その祈る相手は邪神、悪魔の類なんだろ。
 心の中でそう毒突くと、二つの視線を背にし、逃げ出すように王城を後にした。
 城を出たところで、父より賜った剣を鞘から抜き、改めて眺める。
「……笑えないよなぁ、これ」
 今日何度目か分からない溜息をこぼす。
「まさか、一国を滅ぼした邪教集団と戦ってこいと命じておいて、用意したのが銅の剣と革の鎧かよ……」
 間違いなく義母の仕業だ。
 父が武芸に疎いことにつけ込み、自分の配下に命じて用意させたのだろう。
 柄や鞘に華美な宝飾が施されているが、中身は剣としては最下級、主に新兵の訓練用として使われている銅の剣を飾り立てたものだ。しかも、それをご丁寧に細く削り、刀身の強度を落としている。こんな武器でモンスターと戦えるわけがない。
 おまけに無駄でしかない装飾も、よくよく見ればガラス玉や金メッキ。それもよほど慌てて作らせたのだろう。所々が剥げ落ちている。鎧の方も、剣と似たような代物だ。
「騎士が用いる鋼の剣とは言わないが、せめて鉄の槍くらいは……」
 止めよう。あまりにも不毛過ぎる。
 溜息と共に、剣を鞘にしまうと、城下に一つしかない道具屋へと足を運んだ。

「へい、いらっしゃい。何をお求めで…って、王子様!? いったい、こんなところに何のご用で?」
「ああ、武器と防具を買いに来た。それと、生憎持ち合わせがほとんどないんだ。こいつとこいつを引き取ってくれ」
 そう言って、俺は腰から鞘ごと引き抜き、鎧を脱いだ。
「へ、へえ……」
 突然の珍客に目を白黒させながら、道具屋の店主は剣と鎧の鑑定を始める。
「お、王子。こりゃあ……」
 王家の者が装備するモノでないことを一目で見抜いた店主。
「それ以上は言わなくていい。幾らになるのか。それだけでいい」
「そうですね、飾りも入れて……、この剣が100G、鎧が150G、ってとこですな」
「……やっぱり、そんなものか」
 所持金の50Gと合わせても、300G。
 俺は意を決すると、店主に頼み込んだ。
「店主! それを頭金ってことにして、鋼の剣を売ってくれないか。いや、無理な注文だってことは分かっている。だが、今は手持ちがそれしかないんだ。金は必ず返す! 王家の名にかけて必ず返す。だから……」
 そう必死に懇願する俺に、店主は首を横に振ると申し訳なさそうに答えた。
「王子……。申し訳ありませんが、うちには鋼の剣どころか鉄の槍も、それに鎖鎌だってありゃしません」
「どういうことだ?」
 ここは道具屋の看板を上げているが、道具だけでなく武器や防具も扱っていると、兵士達から聞いている。
「お城からの命令で、武器や防具は全部納めちまったんでさ。あるのは銅の剣か棍棒、それに革の鎧くらいで……」
 つまり、先手を打たれてたってことか。
 軍備の増強に加え、俺に真っ当な装備を持たせない。
 王妃。邪教集団より、あんたの方が怖いよ。
「それに王子。行商人から聞いた話によると、サマルトリアでも武具を買い集めているらしいですぜ」
 つまり、この大陸最大の街であるリリザでも、まともな装備を揃えることが出来るかどうか分からないってことか。
 ……邪教集団を打ち倒す前に、この大陸から無事に出られるのかどうかすら不安になってくる。
 結局俺は、正規の物と交換して貰った銅の剣と革の鎧という装備で旅立つこととなってしまった。
 だが、それでも俺はまだ恵まれているのかもしれない。
 王家に伝わる初代王の足跡を記した通称『冒険の書』によると、初代王が竜王退治の旅立ちの際、アレフガルドの王から授けられたのは僅か120Gと松明だけだったと記されている。
 120Gで揃えることの出来る装備と言えば、棍棒に布の服程度。
 そんな貧弱な装備で邪悪な魔物に挑むなんて、自殺行為も甚だしい。
 そうっ! 俺はまだ恵まれているんだ!
 
 俺はそう自分に言い聞かせながら、最初の目的地であるリリザを目指し、『冒険』の第一歩を踏み出した。




[10157] 第三章  財布が軽ければ心は重い
Name: ラップ◆f49dce11 ID:121fefad
Date: 2010/09/25 23:41
 ローレシア城を旅立って今日で二日目だが、遭遇したのはスライムやおおなめくじにアイアンアントといったモンスターばかり。
 危惧していた王妃の手による刺客は未だ一人も現れない。
 どこからか隙を狙おうにも、一面の草原が広がっており、身を隠す場所などありはしない。
 半日もすれば、リリザに到着する。街に近づけば近づくほど、犯行現場を目撃される可能性は高まり、襲ってくるなら今しかないはずだが、その気配は一向にない。
「やっぱりか……」

 自慢ではないが、俺はローレシア王軍屈指の実力を持っている。
何せ魔法の才能がサッパリだったため、十歳の頃から剣術ばかりやっていたのだ。
 別に剣術が好きだからというわけでもない。単純にそれしかすることがなかったからなのだが。
 一応は王子なので、座学の家庭教師も付けられたが、実権を握っている連中から疎まれている身だ。誰も好き好んで出世街道から外れるような選択肢を選びたくないのだろう。どの家庭教師も、王妃の顔色を覗い、体裁を整えるだけの授業に終始した。
「ま、だからと言って文句や不満があるわけじゃないんだけどな」
 彼らにも彼らの生活があり、家族があり、人生がある。それらを放棄させてまで、俺に仕えろと言えるはずもなく、仕えたところでそれに報いる手立てを、生憎俺は持ち合わせてはいないのだから。
 それに堅苦しい授業から逃げ出せるのだから、まさにウイン・ウインの関係とも言えないか?
 かと言って、日がな一日呆っとしていられるほど暢気な性格を持ち合わせていない俺は、気が付くと練兵所に出入りするようになっていた……。
 そういうわけで、俺を実力で排除しようとすると、当然ながら俺以上の実力者を手配しなければならない。
 そうなると、当然ながら城の警備の弱体化は免れない。
 ムーンブルクを瞬く間に陥落させる軍事力を持つ邪教集団が、いつ自分達を新たな標的に選ぶか分からない現状において、あの臆病者共がそんな手段を選ぶとは思えなかった。
「それとも、自ら手を下すまでもないと見られているのかもな」
 そう苦笑しつつ、剣を振り下ろす。


「ヒイ、フウ、ミイ、ヨオ……、っと。チッ、これじゃあ『薬草』一個も買えやしない」
 モンスターの亡骸の間に散乱する金貨を一つ一つ拾い上げ、指で汚れをこそげ落とす。
 正直、王族としてどうかとは思うが、ローレシアの道具屋で、『薬草』を三つに『毒消し草』を二つ買っただけで財布は底をついてしまったのだ。
 本国からの仕送りに全く期待できない以上、金は自らの手で稼ぐしかない。残念ながら今の俺に手段を選ぶだけの余裕はない。
 この血と土で汚れたゴールドも、元々はモンスターが無辜の民を襲って得たものに決まっている。それが俺の手によって有意義に使うことで、犠牲となった人達の魂も救われるというものだ。
 ……まあ、詭弁だということは自分でも分かっている。
 武器・防具を揃えるためには金が必要なのだ。宿屋に泊まるのだってただではない。何せ、領内の宿屋ですら王子であるはずの俺から金を取るのだから。
 魔法が使えない俺にとって、『薬草』は生命線であり、欠かすことが出来ない。死の恐怖と常に隣り合わせでいる以上、『薬草』は幾らあっても足りることはないのだから。

 えっ? 死んでも教会で生き返らせてもらえるって?
 ……何を言ってるんだ。
 例え全滅しても、所持金半額になるだけで最後にセーブしたところからやり直せる?
……意味が全く分からん。
 死んだら、そこで終わりだろ。王様だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、ロトの勇者だろうが。
 そもそも、死んだ人間を生き返らせることができるのなら、伯父達を差し置いて、うちの親父が王様になれたはずがない。
 死んだら、そこで終わり。魔法が使えようとそれは変わらない絶対不変の真理なのだ。

はっ! 今、俺は誰と喋ってたんだ?


 こうして俺は、王族の一員として領内の安全を守るため、生きていくための糧を得るため、現れるモンスターを片っ端から叩きのめしながら、リリザへと向かっていた。


* ***************************************


 この場は一先ず撤退し、次に備えるべきなのでは?
 いや、俺に『次』なんてものがあるのか?
 進むべきか、引くべきか。
 頭の中をいろいろな数字や考えが過ぎる。
 視線を上げると『敵』は全てを見透かすような、嘲るような目で俺を見下ろしていた。
「くそったれ……」
 思わず喉の奥から呪詛が溢れる。
 意を決した俺は、『敵』に向って高らかに宣言した。
「よし、決めた。店主、これを貰おう」
「まいどっ! 90Gになります」


「これで所持金は5Gか……」
 5Gでは『薬草』を買うどころか、宿屋にも泊まれない。これで今日も野宿確定だ。
 いくら装備を揃えるためとは言え、早まってしまったのでないだろうか。
 まずは宿屋で疲れた身体を休め、その後に金稼ぎに勤しむべきではなかったのか。
「リリザに着いたその足で防具屋に行ったのはまずかったかなぁ……」
 今更嘆いても仕方がない。とりあえず、この『革の盾』には購入代金以上の働きを見せてもらわなくては。
 そうでなければ、俺が救われない。

「……それにしても、鎖鎌が330Gに、鎖帷子が390Gか」
 薬草三十三個分に、三十九個分。今の俺にとっては高嶺の花だ。
「こうなったら、サマルトリアの王子に期待するしかない」
 サマルトリア王は、一男一女をもうけている。どちらも正室を生母としており、ローレシアのような後継者問題もない。
 おそらく兄である王子が出征することになると思うが、妨害するような者はいないだろう。
「そして、立派な装備の上、餞別もたんまり貰っているはず」
 俺は決意を新たにすると、サマルトリア城を目指し、北へと進路をとった。




[10157] 第四章  サマルトリア家の人々
Name: ラップ◆f49dce11 ID:6099cb1d
Date: 2010/09/25 23:41
「これはアヴィン王子! よくぞ参った。儂の息子、マイルも既に旅立ち、今頃は『勇者の泉』のはずじゃ。是非とも、マイルの後を追い、仲間にしてやって欲しい」

 残念ながら、一足違いだったようだ。
『使えない男』。
 思わずそんなフレーズが頭を過ぎる。
 それにしても、『勇者の泉』に向かったとは。
 ロトの末裔たる者は、戦いに旅立つ前に、洞窟の奥深くにある聖なる泉の水でその身を清めるのが慣わしとされているのだが。
「また、面倒なことを」
 自分勝手とは分かっているが、愚痴らずにはいられない。
 何しろ『勇者の泉』のある洞窟は、大陸の最北東に位置している。
 サマルトリア城からだと山岳地帯と砂漠を越えて行かなければならい。しかも、目的の泉は洞窟の奥深くにあると言われている。
 そして、その洞窟も今では魔物の巣窟と化しており、訪れる者は誰もいない。
「だが、仕方ないか」
 溢れそうになるサマルトリアの王子への愚痴を、グッと飲み込み、頭を切り換える。
 先程の王の反応からも、この国における王子の重要性が見て取れる。今は、サマルトリア王子(の装備と所持金)だけが頼りなのだ。
 もはや用のなくなったサマルトリア城を後にしようとした時、後ろから声を掛けられた。
「これは、アヴィン様。お久しぶりですわ」
 振り向くと腰に手を当てた少女がこちらを睨んでいた。
「おお、これはこれは。お元気そうで何より」
「あら、わたくしのことを覚えていて下さったのね。嬉しいですわ」
 このこまっしゃくれたお子様こそ、サマルトリア第一王女であるシャノン姫。御年十二歳。
 俺が探し求めているマイル王子の妹である。
「てっきり『婚約者』の顔も見ずにお帰りになるのかと心配していましたのよ」
 色っぽくしなを作って微笑みかけているつもりなのだろうか。
 俺も男だ。女性から色目を使われれば、当然悪い気はしない。相手が幼女でなければの話だが。
「はて、『婚約者』はラエルのはずでは?」
 口元に笑みを貼り付けつつ、ジリジリと王女から距離をとる。
 祖父、つまり先王の御代にローレシアとサマルトリアとの間で、姻戚関係を結ぶ約束が取り交わされていた。
 これは別段珍しいことではなく、ローレシア、サマルトリア、ムーンブルクの間では幾度か行われていることである。
 それには政治的な目的はもちろん、ロトの血の濃さを保つという目的もそこには含まれていた。
 当初は先王の長子の子供が『婚約者』と目されていたが、親子共に流行病で病死。
 その後、父が繰り上がりで王となり、その子である俺が『婚約者』となるはずなのだが、弟の誕生でややこしくなってしまう。
 サマルトリアとしては第一王女を嫁がせるのだから、当然ローレシア『王太子』が配偶者となるべきである。
 しかし、ローレシアは未だ正式な王太子が定まっておらず、シャノン姫はローレシアに嫁ぐことが決まっているものの、相手が誰か分からないという異常事態となっていた。
 もっとも、王妃や宰相らの働き掛けよって、ラエルがシャノン姫の『婚約者』であるという暗黙の了解が、双方の間で合致しているはずなのだが。
「あら、まだ正式には決まっておりませんわ。ですから、アヴィン様もわたくしの『婚約者』の候補であることには変わりませんわ。安心して下さいな」
「そ、それはどうも……」
 本当は兄上様がいいんですけれども。
 そんなつぶやきがどこからか聞こえたような気がするが、きっと空耳だろう。
「それに、アヴィン様は魔物討伐に行かれるのでしょ? それこそがアヴィン様こそが『王太子』、わたくしの『婚約者』に相応しいと、ローレシア王が思われている証拠ですわ。心配なさらずとも、まだチャンスはありますわよ」
「いや、単純に他に行ける者がいなかったってだけで……」
「兄上様も、ハーゴン討伐へ向かいました。アヴィン様、兄上様と共に武勲を挙げられることを祈っておりますわ。それと、兄上様とお会いになったら、くれぐれも御自愛下さるようにお伝え下さい。ああ、兄上様……」
 頬を染めたシャノン姫は、うっとりとした目でどこか遠くを見詰め、溜息を溢す。
「ま、前向きに努力するよう善処するよ」


****************************************


「もしやサマルトリアの王子をお探しか? おお、それでは一足違い。王子はロトの血を引く仲間を求め、ローレシアの城に向かうと言っておりましたぞ」
 こんなとこまで出向いて、空振りかよ…。
 いったい俺は何をしているのだろう? 怒りを通り越して泣きたくなってきた。
 ああ、駄目だ。感情が負のスパイラルへと陥っている。とりあえず、今はこの泉の水で頭を冷やそう。
 爺さんが何か言っているが、何も頭に入ってこなかった。


 やっとの思いで洞窟から出ると、まぶしい日の光が出迎える。
 目を明るさに慣らすと、地図で確認する。
 ここからローレシア城との間には、険しい山脈が横たわっており、真っ直ぐ南下することは不可能。
 一先ず、リリザを目指し、そこで休息を取ってからローレシアへ戻ろう。
「……だけど、俺が着くまで、マイルはローレシア城に残っているのか?」

 おそらく、ローレシアで「アヴィンはサマルトリアへ向かった」と伝えられるだろう。
 そうなると、奴はサマルトリアに戻る。
 そこで、サマルトリア王から、「お前を追って『勇者の泉』へ向かった」と言われるはず。
 そして、あの爺さんから、「王子を探して、ローレシアへ向かわれた」と……。

 目眩がする。
「ええい。予測不可能なことを考えても無駄だ。とりあえず、リリザへ行こう」
 まずは疲れた体を癒すのが先だ。
 リリザで疲れた体を癒し、それからローレシアへ向かう。
 そこでマイルと会えればそれで良し。また一足違いなら、俺はリリザで待っていると伝言を残しておこう。
 ローレシア→サマルトリア→勇者の泉→ローレシア……へのループは、奴に任せるよう。
 俺が一ヶ所に留まっていれば、いつかは会えるだろう。


****************************************


「一晩6Gですが、お泊まりになりますか?」
「ああ、頼む」
 俺は宿屋の店主に代金を支払うと、空腹を満たすため食堂に向かった。
 テーブルに案内されると、椅子に体を預け、手足を放り出す。
 この座り心地の悪いはずの木の椅子も、今は心地いい。干し肉以外の食事も久しぶりだ。ここまで届いて来る料理の匂いで、涎が止まらない。
 まだかまだかと厨房の方へ目をやると、一人の男が視線に入った。
 年の頃は、俺とそう変わらない。そして、どこかで見たことのあるような顔をしている。
「……だけど、別人だよな」
 そう、別人に決まっている。『あいつ』がここにいるはずがない。何より、『あいつ』があんな格好をしているはずがない。
 そんな俺の視線に気付いたのか、『あいつ』はこちらに向かって来るではないか。
 まるで念願の捜しものを見付けたかのような笑みを浮かべて……。
 ああ、神よ。精霊ルビスよ。勇者ロトよ。ああ、こうなったら誰でもいいです。どうか、向かってくるあの男が『あいつ』でありませんように。

「いやー、探しましたよ。アヴィン王子。さあ、力を合わせ、共に戦いましょう!」
 ああ、マイル。お前にも積もる話はあるだろうが、まずは一つ聞かせてくれ。
 何故お前は『棍棒』なんてものを持っているんだ?




[10157] 第五章  未だ遙かなる旅路
Name: ラップ◆f49dce11 ID:417f91a2
Date: 2010/09/25 23:41
「いやー、探しましたよ。アヴィン王子。さあ、力を合わせ、共に戦いましょう!」

 OK、マイル。
 ロトの血を引く仲間が見つかって嬉しいのは分かる。それは俺も同じだ。
 一つのテーブルを囲んで食事というのも悪くない。だが、それは俺のソーセージだ。
 うん。確かに、このミートパイは絶品だ。だが、何故お前が当たり前のようにお代わりを三つも注文しているのだ?
 そう言えば、お前と会うのは三年ぶりだが、そんなに大食漢だったか? まるで今まで何も食べてなかったかのような食欲じゃないか。
 おい、急に黙るな。何とか言え。
「……マイル。久しぶりに会った親族にこんなことを言うのも何だが、勘定は別だからな」
「ええっ!! そ、そんなぁ」
 もしやと思ったのだが、本当に文無しか。
「うう……。そんな冷たくしなくてもいいじゃないですか。これから一緒にハーゴン退治の旅をする仲なのに」
 そんな雨に濡れた子犬のような縋る目で見るな。
「……まったく。分かったから、そんな顔をするんじゃない」
 その一言で、パアッと顔を輝かせる。
「その代わり、説明だけはしてもらうぞ」

「それで何で、お前は金を持っていないんだ? 貰った餞別はどうした? それに、何でお前の装備は『棍棒』なんだ?」
「そう矢継ぎ早に質問しなくてもいいじゃないですか。まあ、一杯どうです?」
 食事を終え、俺の泊まっている部屋にまで押し掛けたマイルは、女将に用意させたお茶をコップに注ぐ。
「……頂くよ」
 大きく息を吐くと、俺もベッドに腰掛けた。
「最初の質問ですが、お金は持っていません。所持金ゼロです」
「……だろうな」
 問題は、どうして金がないのか。
無一文なのに、この宿屋で何をしようとしていたのか。俺と出会わなければどうなっていたのかは、怖くてとても聞けない。
「次の質問です。サマルトリアを旅立つ時に、父より賜った軍資金ですが、とうの昔に使い果たしてしまいました」
「使い果たした?」
「ええ」
 そう短く頷くと、事態を飲み込めない俺に説明を始めた。
「ムーンブルクが落城した以上、サマルトリア王家としても、ハーゴン討伐に行かざるをえないじゃないですか。その時に、大臣達の間で一つのことが持ち上がったんですよ」
「お前亡き後の後継者問題か?」
「いえ、それはシャノンで確定しているので大丈夫です」
 バッサリと切り捨てやがる。
「僕、つまりロトの末裔が魔を討伐する旅に出るわけですから、『初代様』の偉業に倣うべきだと」
 それって、もしかして……。
 嫌な予感が止まらない。
「ええ、120Gと細々したものだけ渡されて、城を出されちゃいました」
「そ、装備はどうしたんだ?」
「もちろんそのお金の中から揃えました」
それで、『棍棒』と『革の鎧』か。俺より酷いな……。
「城の方で、装備は用意しなかったのか?」
「父はそうしようとしていたんですけどね。残念ながら、大臣達の反対にあったようで」
 こいつ、もしかしてサマルトリアの宮廷で嫌われているのでは?
 そんな考えが頭を過ぎる。
「何せ、相手は『伝統』ですから。こればっかりは王族であろうとも、どうしようもありません」
 祖を同じくする三王国だが、それぞれ異なった家風を持っている。
 家柄重視のローレシア。
 実力主義のムーンブルク。
 前例と慣例が第一のサマルトリア。
 それぞれ長所と短所を有しているのだが、その短所がここに来て出てしまったようだ。
「時代遅れかもしれませんけれど、長老達は『温故知新』の一点張りなんですよ。困ったものです」
 マイルはやれやれと肩をすくめる。
「わざわざ『勇者の泉』になんか行ったのも?」
「ええ、まずは『勇者の泉』で身を清めるのが慣わしですから。いやあ、本当に助かりました。ローレシアに行く前にアヴィン王子に出会うことができて」
 笑い事じゃないだろ。
「……だけど、『勇者の泉』まで行ったんだろ? だったら、どうして金がないんだ?」
「と言いますと?」
 俺の言っている意味が分からないのか、マイルはキョトンとした顔で首を傾げる。
「モンスターを倒して、金を稼がなかったのかと聞いているんだ」
「はい、全く」
 キッパリと言い切りやがった。何を当たり前のことを聞いているのだと言わんばかりに。
「ちょ、ちょっと待て! お前、もしかして……」
「ええ。スライム相手なら一対一でも勝てる自信はありますけど。大勢のモンスター相手だと正直言って勝てる自信はありません」
 つまり、ひたすら逃げの一手で、勇者の泉で身を清め、リリザまで辿り着いたのか。
「戦いはともかく、素早さには自信があるんですよ。僕」
 もういい。分かったからそれ以上喋るな。
 肉体的疲労に加え、精神的疲労が極限に達した俺は、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
 ああ、ご先祖様。これが俺に課せられた試練ですか?
 本当に、魔物討伐なんて出来るのでしょうか?

【大丈夫大丈夫。俺等も最初の頃はそんな感じだったし】
【いや、最初から『銅の剣』を持っているなんて恵まれ過ぎでしょ】
【それもそうかも。やっぱり、基本は『棍棒』から始めないと】
【そうですよ。『銅の剣』は最初の憧れの武器ですから】

 何だかご先祖様にも裏切られた気がする。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって」
 だからお前は黙ってろ!
 もういい。これからのことはまた明日考えよう。
 ……どうか明日はいい日でありますように。




[10157] 第六章  戦う理由
Name: ラップ◆f49dce11 ID:4b6f5b08
Date: 2010/09/25 23:41
 鞄から革袋を取り出して口に水を含むと、軽くすすぎながら目的地までの道程を確認する。
 リリザを旅立ち今日で四日目。地図を読み間違えてさえいなければ、明日にでも『ローラの門』に辿り着けるはず。
 マイルの鍛錬に手間取ったため、当初の予定以上の時間を費やしてしまったが、それだけの価値はあった。
 貧弱な坊やだったマイルも、今では山ネズミ程度であれば十二分に戦えるだけの力を備え、俺がどれだけ望もうと適わなかった魔法も扱うことの出来る魔法戦士としての才能を見せている。
 血と汗と涙の結晶である『鎖鎌』を持たせた甲斐があったというものだ。
「何をボケッとしているのですか? 置いていきますよ~」


****************************************


 明日、いよいよローラの門を通り、ムーンブルクへと向かう。
 俺達は慣れた手付きで火を起こし、野宿の用意を済ませた。
 人間の適応力というのは凄まじいもので、ベッド以外では眠れないと愚痴を溢していたマイルも、マントにくるまっただけで眠れるようになっている。
「あれから、連中の噂は聞かないな」
「ええ……」
 燃え盛る焚き火が、互いの顔を赤く照らす。
「ムーンブルクが落ちて、かれこれ一月近く経ちますけど」
「ああ……。だが、俺達の国は攻め込まれちゃいない」
「いくつか理由が考えられますね。まず、ムーンブルク滅亡を受けて、サマルトリアもローレシアも軍備増強に急いでいる」
「あのムーンブルクを一夜にして攻め滅ぼした連中だぞ。多少軍備を増強したところで、焼け石に水だ」
「ですよねぇ」
 焚き火の弾ける音だけが響き渡る。
「では、『攻め込まない』のではなく『攻め込めない』からというのは?」
夜空を見上げながら、マイルがポツリと呟く。
「さすがの連中も三王国最強のムーンブルクを相手にして、無傷では済まなかったというわけか」
「ええ、指揮官を務める士官クラスが多数討たれたとしても不思議ではありませんからね」
 マイルの主張に頷きながら、俺は思い付いた考えを口にした。
「連中が『攻め込まない』のは、その理由がないからと言うのも、考えられないか」
「と言いますと?」
マイルに促された俺は言葉を続ける。
「あの教団はムーンブルクを滅ぼさなければならない何らかの理由があった。そして、ローレシアとサマルトリアにはそれがない」
「ほう」
 マイルは興味深そうにこちらを覗き込む。
「ムーンブルクの使者が遺した言葉によると、やつらは世界を破滅させるために『禍々しい神』とやらを呼び出そうとしている。ムーンブルクには、そいつを呼び出すために必要な何かがあった。もしくは呼び出すのを阻害する何かが」
「つまり、ムーンブルクを落とした時に、その目的が達成された、と」
「ああ。連中は今、その神様を呼び出すのに夢中で、俺達に構っている暇はない」
「そうなると、僕達は時間とも勝負しなくちゃならないわけですか」
「もしくは、最初っから俺達のことは眼中にないのかもしれないな」
「それが一番あり得そうですね」
 マイルは笑みを浮かべ頷く。
「何せ、ムーンブルクの先代は『イオナズン』が使えたって話だろ」
 思わず自嘲的な笑みが溢れる。
「あの家は魔法の才能に恵まれた人が多く出てますからね。うちでは『ベギラマ』が使えれば天才ですよ」
「それはローレシアでも大差ない。一対一ならともかく、多対多では極大呪文の使い手がどれだけいるかが勝負の鍵を握っているからな」
「その魔法使いも、奇襲による乱戦に持ち込まれては為す術もなかったというわけですか……」
 やれやれと肩をすくめる。
「どれが答えか分からん。だけど、分かっているのは今の俺達には勝ち目がないってことだけだ」
 そう呟くと、草むらへ仰向けに倒れ込む。
「全くです……。だからと言って、僕達に『国に帰る』なんて選択肢はないんですよね……」
 そう言って、マイルは手折った小枝を焚き火へと投げ入れた。

 アレフガルドからこの大陸に渡ったご先祖様は、建国に当たって一つのことを精霊ルビスと民に約束したとされている。
『再び魔が世界を覆いし時は、我と我の子孫がそれを討ち果たさん』
 つまり、「お前達を魔物から守ってやるから、俺に従え」というものだ。
 歴史書によると、その時代は魔物達が闊歩し、人々は常に怯えていたという。
 そんな時に現れた一人の英雄。
 竜族の王、モンスターの王たる『竜王』を倒した勇者にとって、そこいらのモンスターなど鎧袖一触だったであろう。
 モンスターからの安全を保証される対価として、国民は税や労働を提供する。
 そんな関係が、いつしか国家へと発展していったのだろう。
 いくら『勇者』だからと言って、いきなり国家を建国し、王に即位できるわけがないのだ。
 そういう歴史がある以上、ローレシア、サマルトリア、ムーンブルクの三王国の王族には『魔を討ち果たす』という責務が生まれながらに課せられている。
 人間対人間であれば、軍隊を派遣し、王族は安全な宮廷から命令を出すこともできる。
 だが、敵が魔物となれば、話は違ってくる。
 魔物と戦うのは、兵士=国民ではない。俺達王族でなくてはならないのだ。
 あんな強大な邪教集団が相手なのだから、本来であれば早期に決着をつけるべく軍隊を派兵すべきなのかもしれない。
 だが、それでは初代王が交わした『誓約』を破ることになり、ひいては王権の否定にまで繋がってしまう。
 最終的に国家連合で軍を派遣することになったとしても、その前にローレシア、サマルトリアには、『王族が果敢に魔物と戦った』という事実が必要なのだ。
 魔の討伐に際して、最初に血を流し、最初に命尽きるのは俺達ロトの末裔であって、『ロト』に庇護される国民であってはならない。
 それが勇者の子孫として生まれた者の宿命なのだから。

「俺達は戦わなきゃいけない」
「……」
「戦うしかないんだ」
 そう、俺達が好む好まざるに関わらず。




[10157] 第七章  初めての強敵
Name: ラップ◆f49dce11 ID:9605e67f
Date: 2010/09/25 23:41
「あー、死ぬかと思った」
「生きているって素晴らしい!」
 ベッドに倒れ込んだ俺達は揃って安堵の表情を浮かべたまま眠りの世界へと堕ちていった。


****************************************


「くそっ! マイル、そいつらは頼んだぞ!」
「はっ、はい! “炎よ、我が敵を焼き尽くせ” 【ギラ】!」
 マイルの指先から放たれた呪文によって、夜空を舞うタホドラキーが炎に包まれる。
 耳障りな断末魔を挙げ、地面へ墜ちた後も炎はモンスターの体を糧に燃え上がり、目前の敵の姿を鮮明に照らし出す。
 俺の前に立ちはだかる敵の名はマンドリル。
 生半可な攻撃ではあの分厚い毛皮の前に歯が立たず、あの丸太のように太い腕から繰り出される一撃で、肋骨が二、三本折れたらしく息をする度に痛みが奔る。
 痛みで集中力が削がれ、長期戦になればなるほど不利になるのは間違いない。ただでさえ先程の断末魔を聞き付けた新手のモンスターが、いつ現れるか分からないのだ。
 痛みを悟られぬよう、マンドリルを見据える。
 こちらも手傷を負ったが、相手も無傷ではない。致命傷とは行かないまでも、大猿の巨体の所々が赤く血塗られ、怒りで瞳を濁らせている。
「どうやらそっちも同じ考えか」
 唸りを上げて迫り来るマンドリルの腕を潜り抜けると、がら空きの脇腹を切り上げる。
 そして、間髪入れず切っ先をマンドリルに深々と突き刺した。
「ガアアァァッ!!!」
 雄叫びを上げるマンドリルの鮮血で視界が赤一色に染められるが、それを意に介している余裕は今の俺にはない。
 このまま一気にトドメを刺すべく、渾身の力を銅の剣に込めようとした瞬間、脇腹を今まで以上の激痛が襲った。
「ぐっ!」
 痛みによって柄を握る力が緩んでしまった俺は、マンドリルの怪力によって振り払われ、大地へと叩き付けられる。
「ガハッ!!」
 全身を襲う衝撃で、肺から空気が押し出される。
 歯を食いしばり、何とか体を起こすが、それが限界だった。これ以上は無理だと体が悲鳴を上げる。
 立ち向かおうにも、武器はマンドリルに刺さったまま。
 万事休すと思われたその時、聞き覚えのある声が辺りに木霊する。
「【ギラ】!」
 力ある言葉と共に放たれた火球がマンドリルの顔面に炸裂した。
「グギャアアアアアアアァァァァッ!!!」
 燃え盛る炎を払おうと暴れもがくマンドリルだったが、やがて地へ倒れ伏しピクリとも動かなくなった。
「酷い顔ですね」
「……お前もな」
マイルの肩を借り、何とか立ち上がった俺は周囲を見渡す。
「他のモンスターは?」
「雑魚はアヴィンが大物の相手をしてくれている間に、何とか。それより大丈夫ですか?」
 苦痛に顔を歪めながら、マンドリルの亡骸から銅の剣を引き抜く。
「ああ、何とか。だけど、これ以上の戦闘は勘弁してもらいたいな。マイル、MPはどれだけ残っている?」
 俺の問いに、マイルは申し訳なさそうに首を振る。
「そうか。そうなると一刻も早く街に着かないとマズイな」
 残っていた最後の薬草で傷の手当てを済ませると、俺達はその場から足早に立ち去った。


****************************************


「あ痛たたた……」
 この街に着いて直ぐに宿屋に併設されている診療所での傷の手当てを終え、ベッドに倒れ込んだところまでは覚えているのだが……。
 身体の節々がまだ痛むが、歩けないほどではない。何とかベッドから這い出た俺は、食堂で暢気にお茶を飲むマイルを見付けると、向かいの椅子に腰を下ろし、給仕に向かって食事と飲み物を注文した。
「あれだけの大怪我の後でそんなに食べるつもりなんですか?」
 マイルはそう言って肩をすくめると、給仕に向かってお茶のお代わりを注文する。
「お前の方こそ大丈夫なのか?」
「ええ、お陰様で。僕の傷は軽傷でしたから」
 テーブルに並べられた料理をあらかた片付けると、頃合いを見計らったようにマイルが口を開いた。
「さて、これからどうしましょうか?」
 その言葉に思わずフォークを持つ手が止まる。
「まずはムーンブルク城へ向かう予定でしたが」
「ああ。今のままでは、邪教討伐どころか、連中の本拠地に向う前にあの世行きだ」
 今の俺達には足りないものだらけだ。装備、経験、そして実力。この大陸に渡った俺達は、それをイヤって程思い知らされた。
 城にいた頃、兵士達を相手に腕を磨いてきた。技量にも自信を持っていた。
 だが、モンスターとの戦いは、人間とは勝手が全く違っていた。人間ではあり得ないような角度、距離からの攻撃が繰り出され、武器に頼った人間のとは全く別種の攻撃手段を持つ。
 この大陸に棲まうモンスターは、俺達がどれだけ無謀な冒険に挑もうとしていたのかを教えてくれたのだ。
「……甘く見ていました。蟻やナメクジを圧倒できたから、それが他のモンスターにも通じるわけなんてなかったのに」
 己の未熟さを噛み締める。
「だが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。まずは、ここを拠点にして、一から自分を鍛え直す。全てはそれからだ」
「そうですね。今の実力のままでは二進も三進も行きそうにありませんし。それに、この街はリリザと違って、武器や防具の品揃えも豊富ですから、装備を調えることも出来そうですね」
 いつの間にマイルはそんなことを調べたのだろうか。普段のあいつからは考えられない手際の良さだ。
「そうそう。他にも色々と面白い話を聞けましたよ。ムーンブルクについてのこととか」
「ムーンブルク? あの『王女』のことか?」
「いえ、その情報に関しては全く」
残念そうにマイルは首を振る。
「それにしても、いつの間にそこまで調べたんだ? ここに着いたのは昨日の晩だろ」
「何を言ってるんですか? あなたは三日三晩寝てたんですよ。それくらいのことを調べるだけの時間は十分にありましたよ」
 なるほど。それなら起きた時の空腹にも納得がいく。そして、それだけの間、何も食べていなかったのかと思うと、余計にお腹が空いてきた。
「まだ食べるんですか?」
 呆れ顔のマイルを無視し、追加の料理を注文するために給仕を呼ぶ。
 まずは、腹ごしらえ。戦いの準備はその後だ。




[10157] 第八章  高嶺の花
Name: ラップ◆f49dce11 ID:9002d758
Date: 2010/09/25 23:41
 天国にいる母上様。貴方の息子は今、悪名高き『ぼったくり』に遭っています。

「オイオイ。兄ちゃん、物騒なこと言わねえでくれよ」
 引きつった笑みを浮かべた武具屋の店主が現実に引き戻す。
「上級騎士の俸給と同じという値段の方が物騒だと思わんか」
 俺は鋼の剣に付けられた法外な値段を指差す。
 そこには平民の家族なら、贅沢しなければ数年は暮らせる金額が書かれている。
「そうは言うがな、兄ちゃん。何も暴利を得ようとしているわけじゃねえ。客が払える最大の額にして、俺っちの妥協点がその金額ってわけだ。何せカカアやガキ共を喰わせにゃならねえんでね」
 店主は旨そうに煙草をくゆらせる。
「そうは言うがな、店主。こんな値段、貴族でもなければそう簡単には手が出ないだろ」
 この鋼の剣は確かに名のある刀工が打ったのだろう。地鉄に冴えと潤いがある。だが、一部の金持ちしか買えないようでは宝の持ち腐れというものだ。
「しょうがねえだろ。陸だけじゃなく、海もモンスター共が暴れて、品物が満足に入ってきやしねえ。まあ、このご時世だ。少しばかり高いかも知れねえ。だがよう、こんなご時世だからこそ儲け話だって転がってるってもんだ。だからこそ、そんな値段でも買い手には困らねえって寸法だ」
「儲け話?」
鉄の槍を使い心地を試していたはずのマイルが耳敏く話を聞き付ける。
「ああ、さっきも言っただろ。陸路も海路もモンスターがうじゃうじゃいやがる。普通はそんなところにおいそれと手を出せねえ。だけど、商人なんて因果な稼業をやっていると、モンスターがいると分かっていても行かなきゃならねえ時がある」
 値踏みするような目で店主は俺達を見る。
「そんな商人や荷駄隊の警護はいつだって人手不足だ。他にも警備隊がいねえ小さな村だって用心棒を必死になって探してるって話だ。その気なら仕事は掃いて捨てる程転がっていやがる。そんな仕事を幾つかこなしてりゃあ、いつかは買えらあ。見たところ兄ちゃん達、腕にゃあ自信があるんだろ? だったら、それこそあっという間だ」

 何だったら仕事を紹介してやるという店主の言葉を背中に、俺達は店を後にする。
「どうします?」
「どうするも何も、出来るわけがないだろ」
 王族が平民の下で働いていましたなんてことがばれたら、スキャンダルでは済まない。王位継承権の剥奪どころか王籍から除かれてしまう。
 身分を隠せば大丈夫とも思わなくもないが、雇い主に王家とも繋がりのある商人がいないとも限らない。
 結果として平民から対価・報酬を受け取るのならともかく、対価を目的に平民に使われるというのは俺達の立場上、非常にマズイのだ。
 本国へ支援を要請するという考えが頭を過ぎるが、即座に打ち消される。
 あんな父でも頼みさえすれば、幾ばくかの金銭を送ってくれるはずだ。
 だが、俺の願いは間違いなく父に届くことなく王妃一派の手によって握り潰されるだろう。
「残念ながらサマルトリアも同じです」
 マイルも肩をすくめる。
「我が国では『伝統』は王命よりも強いものですから」
 つまり、サマルトリア王が支援しようとしても、重臣一同の反対に遭うのは目に見えているということか。
「王の権威って何なんだろうな……」
「はてさて、どうしましょう」
 マイルも腕を組み空を見上げるが、妙案は浮かばないらしく珍しく難しそうな顔をしている。
 一先ず話題を変えようと、宿屋でしていた話を振ってみる。
「ところで、ムーンブルクについての面白い話ってのは何なんだ?」
 パンと手を叩いたマイルは、先程とは打って変わって明るい表情を見せる。
「そうそう、実はですね……」

「ムーンブルク臨時政府?」
「はい。生き残った貴族達が、ここムーンペタで王家復興を目指して活動しているらしいんですよ」
 確かに、いくら国を攻め滅ぼされたとしても貴族全員が討たれたわけではなく、生き残りが国を再建しようとしても不思議ではない。
「だったら、その連中から支援して貰うってのはどうだ? 俺達はロトの末裔にして、邪教集団を討とうとしている者だ。話せば何とかなるんじゃないのか?」
「残念ながら、それは無理でしょう」
 俺の提案はマイルにあっさりと一蹴される。
「何でだよ」
「掲げている名前は立派ですが、実態は下級貴族と木っ端役人の寄せ集めです。しかも内紛が繰り広げられているようで、とても我々を支援する余裕なんてないでしょう。それどころか、我々がその争いに巻き込まれるのがオチです」
 マイルは平然とした顔で言い放つ。
「……だったら、それのどこが『面白い話』なんだ?」
「不思議に思いませんか? ムーンブルク、つまり『三王家』を名乗る以上、ロトの血を引く者が絶対に必要になります。彼らは誰を旗印に掲げるつもりなのでしょう? ムーンブルク王家は王とその一人娘である『王女』だけです」
「庶流や分家といった一族が……、ってあそこにそんなものないか」
「ええ、その隠し子の存在も確認できていません。そもそもムーンブルク王家では、嫡流以外は全て臣籍に降下させ、王位継承権から除きます。『ロトの正しい血を受け継ぐために』ということらしいのですが」
 祖を同じくする国同士なのだが、長い年月を経た結果、異なった文化・風土が生まれているのだ。
「そうなると、どこからか王族を迎えるしか……」
 ローレシアとサマルトリア。それぞれの王家には子供が二人ずついる。
 ローレシア王家では、俺とラエル。サマルトリア王家ではマイルとシャノン。
 あの王妃がラエルを滅んでしまったムーンブルクに出すとは思えん。サマルトリアを継ぐのは一応マイルだろう。
 残るのは、俺かシャノン。だが、シャノンはローレシアに嫁ぐ約束が交わされている。
 そうなると……
「いえ、それがどうもそういうわけではないらしいのです」
「……と言うと?」
「どの派閥も、王女を即位させた後の利権を巡って争っているのです」
 その言葉に思わず息を呑む。
「どういうことだ? 王女の安否は確認されていないんじゃないのか?」
「ええ、依然として消息は不明のままなです。ですが、『あの王女が死んでいるわけがない』でムーンブルクの貴族達の意見が一致しているというのです」
「意味が分からん……」
「情報が少なすぎるムーンブルクの王女の話は置いておくとして、まずはこれからのことだ」
 昼食を取るため宿屋に戻った俺達は、今後について話し合う。
「ええ。支援が望めない以上は、自分達で稼ぐしかありませんね。遺憾ながら」
 そう言って溜息をつくマイルは露骨に眉をひそめた。
「仕方ないだろう。他に手段がないんだから。それで、基本方針だが……」

1. モンスターを退治し、腕を鍛えると共に資金稼ぎ
2. 装備が整ったら、ムーンブルク城を探索
3. 余裕が出来たら、ムーンブルク王女についても
4. 危なくなったらすぐ逃げる

「ところで、マイル。1と3と4は分かるけれど、2って必要なのか?」
「と仰いますと?」
ソーセージをかじりながら、キョトンとした顔でこちらを見る。
「邪教徒の拠点にはなっていないとは言え、モンスターが住み着いているって話だろ。危険を冒してまでわざわざ行く必要があるのか?」
「あるに決まっているじゃないですか」
 そう言うと、マイルは口端を吊り上げる。
「あのムーンブルクですよ。きっと名剣や魔法具や宝物があるはずです」
「マイル、それは笑みを浮かべて言うセリフじゃないぞ。それにそんなものは邪教集団が持ち去っていると思うんだが……」
「ええ。ですが、残っているという可能性も否定できないはずです。僕はそちらに賭けたいんです。それに、ムーンブルクに遺されたものを、僕達が使い、邪教集団を倒すことこそ、彼らへの供養になるとは思いませんか?」
 墓荒らしのような提案に躊躇する俺だったが、マイルのこの一言によって同意せざるをえなかった。

「大丈夫です。ご先祖様も同じようなことをやっていますから」




[10157] 第九章  積み重ねしもの
Name: ラップ◆f49dce11 ID:2aef4b08
Date: 2010/09/25 23:41
「あ、あっちから新手のマンドリルが来ます! ひっ! こっちからはリザードフライの群れが!」
「くそっお! マイル、逃げるぞ!」


「ウオオォォォォッ! こんなところで死ねるかよっ!!」
「こ、こっちに来るなあ!」


「そう何度もやられるかよ。人間様をなめるなっ!」
「吹き飛べえっ!」


「マイル、そっちは任せた。俺はあのマンドリルをやる!」
「分かりました。油断しないで下さいよ」


「逃がすなよ、マイル」
「分かっていますって。これでトドメです!」


*************************************


 頬を撫でる心地よいそよ吹く風。穏やかに流れる時間。
「こんなにのんびりと味わいながら食事をするのって、いつ以来でしょうね」
 マイルがふと漏らした言葉に、思わず指折り数える。
「三ヶ月、か」
「ムーンブルクが陥ちて、もうそんなになるんですね」
 全ての始まりであるムーンブルク滅亡から、早三月。
 未だにムーンブルク王女の所在はようとして知れない。
「やはり、ムーンブルク陥落の際に……」
 そもそも王女生存説の根拠など、あってないようなものなのだったのだ。
 サマルトリアにムーンブルク陥落を告げた兵士が、いまわの際に遺した言葉だが、要するに「王が討たれのは見たが、王女が討たれたのは確認していない」というものだ。
 ムーンペタに居座っている生き残りにしても、「王女が死んだなんてとても考えられない」という希望的観測にすぎない。
 無事でいてほしいという思いは当然俺にもある。
 だが、生存を伝える情報が一切ない以上、やはり敵の手に掛かったと判断せざるをえない。
「それに、生きていたとしても、おそらくは捕らわれの身に。それならば、いっそのこと……」
 沈痛な面持ちでマイルが呟く。
 ムーンブルクが滅んでしまった今、人質をとる意味も価値もない。そして、生かされたとしても、その理由は限られてくる。
「洗脳か生贄……」
 ロトの血を引く王女。邪教にとっては恰好の餌食と言えるだろう。
 死かそれよりも苦しい破滅が待っているのならば、マイルの言葉に頷くしかない。
 一度だけ、子供の頃に会った王女。太陽のような笑顔をしていた、記憶の片隅にある少女を朧げに思い出す。
 どこかに無事でいてくれ。神様にそう願うことしか、今の俺達にはできなかった。

 支払いを済ませ、給仕から小包を受け取る。
「何ですか、それ?」
 それを目敏く見付けたマイルに声を掛けられる。
「お裾分けだ」
「またですか」
 やれやれと肩をすくめるマイルを背に、教会のある街の片隅へと足を向けた。

 俺の接近に気付いたのか、裏路地に蹲っていた白い子犬が駆け寄ってくる。
「よっ、元気にしていたか? 今日のはご馳走だぞ」
 子犬の傍に腰を下ろし、先程の料理屋で仕入れた上等の肉を包みから取り出す。
「いつもの安い鳥肉じゃなくて、上等の牛肉だぞ。味わって食べろ」
 子犬は俺の顔をじっと見詰めると、やがてヒクヒクと鼻を鳴らし、肉に齧り付く。
 そんな子犬を見る俺にマイルが後ろから呆れたように声を掛ける。
「本当に物好きですね。そんな野良犬に」
 マイルの言う通りだ。教会の裏路地でこの子犬を見掛けて以来、何かにつけて餌をあげているのだから。
 なぜそんなことをするのかと、マイルから何度か尋ねられたが、特にこれといった理由はない。強いて挙げるとすれば、この子犬が俺を恐れなかったことだろうか。
 王宮にいた頃から、どういうわけか犬や猫とはどうも相性が悪く、吠えられこそすれ懐かれるということがなかったのだ。
「そう言いますけど、懐いていますか?」
 確かに、今ここで無心に肉を頬張っているこの子犬は、餌もこうやって手渡しでなければ食べようとしない。芸もしないどころか、覚えようともしない。
 以前にマイルが色々試していたが、「チンチン」をさせようとしたところで、手を酷く噛まれて以来、芸を仕込むことは諦めた。
 そんなわがままな犬だが、俺達を見付けると、そのまま後ろについてくるのだ。まるで、自分も仲間だと言わんばかりに。
「可愛いところだってあるだろ、こいつ」
 食事を終え、何か言いたげな瞳で俺達をジッと見詰める子犬の頭を撫でた。

 いつもの俺達なら、これから魔物退治に出掛けるのだが、今日は違う。
「よお! 兄ちゃん達、久しぶりだな」
 商品を磨いていた店主が、カウンター越しに身を乗り出す。
「兄ちゃん達、いろんなところで評判になってるぞ。いやあ、俺っちの目も捨てたもんじゃねえな」
 そう笑みを浮かべ、武具屋の店主は煙草に火を点す。
「評判?」
「ああ、兄ちゃん達がここら辺のモンスターを退治してくれたお陰で、どれだけの商人が助かったことか。評議会の方でも、兄ちゃん達に感謝状を出すんじゃないかって噂だ。それにしても、街の有力者や大商人が、大金積んででも雇いたいって話がいくつもあるのによお。それを断って、無給で戦い続ける兄ちゃん達は、まるお伽話に出てくる『勇者』様だな」
 腕を磨くため、金を稼ぐためにモンスターを片っ端から倒してきただけなのだが、まさかそんなことになっているとは夢にも思わなかった。
「で、今日は俺っちに何の用だ? 武器でも買いに来てくれたのか?」
「ああ、その通りだ」
 金はあると言わんばかりに、ゴールドの詰まった革袋を取り出し、カウンターに置く。
 この時のために、俺達は血反吐を吐き、泥に塗れ、モンスターとの戦いに明け暮れた。先程の食事は、その前祝いに過ぎない。
 ゴンという重く響く音に、店主の口先が上がる。
「そうこなくっちゃ! さて、何がご所望かね、勇者様」

 熟練工の手によって作られた装備は今まで身に付けていた貧弱な装備と違い、これならモンスターの牙や爪から身を守れるだろう。
 鏡に映る自分の姿にそんな笑みを溢していると、新しい装備の使い心地を試していたマイルがポツリと乾いた笑いを漏らす。
「……これで、ようやく城の兵士と同じ程度ですね」
それを言ったらお終いだろ。

「さて、残るは俺の武器だけか」
 壁には直剣、湾刀、大小様々な刀剣が飾られている。どれも、俺の腰にあるなまくらとは違い、モンスターの堅い鱗や厚い皮膚をも切り裂けそうだ。
 だが、やはり以前に見た剣はそんな中でも群を抜いているように思えた。
 そう店主に声を掛けようとしたところ、店主の声に遮られる。
「おっと、お前さんの武器はそこにはねえよ」
 そう言って店主は店の奥から一振りの剣を持ってくると、訝しむ俺に手渡した。
「まあ、見てみな」
 笑みを浮かべる店主から手渡された剣を鞘から抜き放つと、思わず言葉を失う。
「ヘヘッ、凄えだろ。そいつは名匠ブリューナクが鍛え上げた業物だ。魔法こそ掛かっていないが、そんじょそこらの魔法剣に切れ味じゃあ負けねえ。うちの店、秘蔵の品だ」
 店主が言う通り、刀身は美しいまでに冴え渡り、潤いを湛えている。
「……確かに凄い名剣だ。だが、その分、値段も凄いんだろ。悪いが、俺達はこれを買えるほどの金を持っていない」
 名残を惜しみながら鞘へと戻す。
「何、値段はそこにある鋼の剣と同じでいいさ。名匠ブリューナクの作と言っても、鋼の剣に変わりねえ」
「バカな! ブリューナクが打った剣なら、どんなに安くてもあの剣の倍の値段はするはず」
「いいってことよ。言っただろ。あんたらのお陰で商人や旅人がどれだけ助かったことか。その助かった商人の一人に俺っちの弟もいてね。値引きは対価だと思ってくれや。貸しを作ったままにしておくってのは苦手でね」
 店主は旨そうに煙草をくゆらせる。
「それに、どんな名剣でも人に使われてこそってもんだ。兄ちゃんみてえな凄腕に使ってもらえるのなら、その剣だって本望だろうよ」




[10157] 第十章  廃墟の中は
Name: ラップ◆f49dce11 ID:3058b622
Date: 2010/09/25 23:41
「これが、あのムーンブルク城か」
 その雄大さ、美しさは大陸を越えて人々に謳われた名城。だが、目の前に佇む城からはその面影は消え失せ、無惨な姿を晒していた。
 堅牢だった壁は割け、高さを誇った尖塔は倒れ、閉ざす者のいなくなった門は崩れ落ちていた。
 街で聞いた話では、モンスターが住み着き、今ではその巣窟と化してしている。
 ムーンブルク滅亡以来、邪教団は鳴りを潜めている。だが、モンスターを抑え込んでいた箍が外れたことで、周辺への被害は増加の一途を辿っており、ここまでの道程でも幾つもの廃墟と化した集落を目にしていた。
「手酷くやられたものですね」
「全くだ」
 マイルの口車に乗せられてここまで来てしまったが、朽ち果てようとしている城を見てしまうと、不安を抱かずにはいられない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
 そんな人の気も知らず、マイルは平然と城へ向けて歩を進める。
 あいつの頭の中にはムーンブルク城に眠っているであろう宝のことしかないのだろうか。
 こめかみを抑えながら、そんな相棒の背を追った。

 一刀の下に切り下ろされ、虚ろな瞳のまま崩れ落ちるリビングデット。そして、返す刀で兜ムカデの胴体を真一文字に斬り払う。
「さすがの切れ味だな」
 武器屋の主の言葉に偽りはなく、その切れ味は名匠の名に恥じない冴えを見せていた。
「これであらかた片付きましたか?」
 俺達の侵入に気付き、襲い来るモンスター。同胞の雄叫びを聞き付け、馳せ参じた新手のモンスター。それらを打ち倒した俺達は、改めて周囲を見渡す。
「どうやら、そのようだな」
 油断なく四方を警戒しながら、剣に付いた血脂をマントで拭い取る。
「それでは、先を急ぎましょう」

 小さく祈る所作を終えたマイルが、露骨なまでに残念そうな顔をこちらに向ける。
「どうやら、ここも『ハズレ』ですね」
「マジックアイテムや財宝どころか、鐚一文ないとはな」
 武器庫や宝物庫を隅々まで調べ上げたが、見付かったのは焼け焦げ、切り裂き砕かれた何かの残骸。そして、白骨化した遺体ばかりであった。
「旅の役に立ちそうなものは、何もありませんね。金に換えられそうな美術品の類も瓦礫の一部になってますし」
「連中はよっぽどムーンブルクに怨みがあったみたいだな。見ろよ、マイル。ここまで徹底的にやるか」
 城の内部は外層以上に荒らし尽くされおり、邪教団の目的はムーンブルク攻略以外の何かあったのではと思わせるほどであった。
「もしくは、ここにあった何かが目当てだったのかもしれませんよ?ここまでキレイさっぱり持ち掠われているのを見ると」
「その『何か』ってのは?」
「そんなの、僕が知るわけないじゃないですか。これはあくまでも仮説です」
 事実が何にせよ、このままでは新しい装備の性能を試すために、こんなところに来たようなものだ。
 小さく溜息を一つ吐き、黒く焼け焦げたチェストを蹴り開ける。
「不埒な戦場稼ぎが我々よりも先に入っていたのかもしれませんし、モンスターが持ち去ったのかもしれませんけどね。まあ、犯人が誰にせよ、このままでは骨折り損儲けですよ」
 やれやれと肩を竦めると、マイルは部屋を後にする。
「チッ」
 小さく舌打ちすると、未練がましく宝物庫であった部屋を見渡す。そして、名も知らぬ誰かの亡きがらに僅かばかりの黙祷を捧げ、出口へと向かう。

ギシッ……

「ん?」
 僅かに感じた違和感に、思わず足を止める。
 足元に感じた何か。それを確かめるべく床を踏み叩く。
「どうかしましたか?」
 俺の行動を不審に思ったマイルが、何事かと振り返る。
「いや、思い過ごすかもしれないが、この下に何かあるかもしれないぞ」
 そう言って足元を指差す。
 マイルは俺の言葉に怪訝な顔で応える。だが、床を二三度足踏むと、表情を変えて槍の石突で均すように床を叩く。
「どうだ、分かるか?」
「いえ、まだそこまでは。だけど、当たりかもしれませんよ」

 慎重に床を調べていた俺達だったが、やがて確かに周囲とは異なる音のする箇所を見付けだした。
「ここには何かがある? 違う。何もない、空洞なんだ!」
 床の上に散乱する砂利や埃を払うと、うっすらと床に隙間が走っているのが見える。
「隠し扉……」
 俺達は思わず顔を見合わせる。
瓦礫の中から見付けた棒を使って床板をこじ開けると、空洞と思われた所には地下の階段が続ていた。
 松明をかざすと風に煽られ、火がゆらゆらと揺れる。
「空気が流れているということは、この先には何かがあるみたいだな」
「どうします?」
 奥へと続く階段は狭く、人一人がようやく通れる程度で、剣や槍を振り回すことは難しい。
 この中に入ったところで、血の匂いを嗅ぎ付けたモンスターの強襲を受けたら、どうしようもない。
 ここは諦めるべきか。そんな俺の思案をマイルが遮る。
「僕が入ります。アヴィンはここで見張っていて下さい」
「そんな簡単に言うな。この奥に何があるか分からないんだぞ。こんなところで敵に襲われたらどうするつもりだ?」
「大丈夫です。見た所、この隠し扉は長らく閉ざされたまま。おそらく陥落以前から。モンスターが潜んでいるとは思えません」
「だが、盗賊用に何か罠が仕掛けられているかも……」
 大丈夫です。マイルは、そう自信満々に胸を叩いた。
「心配はいりません。僕だって勇者ロトの末裔です」




[10157] 第十一章  荒城の月
Name: ラップ◆f49dce11 ID:4b9a4c98
Date: 2010/09/25 23:42
 マイルの背が暗闇へ溶けていき、やがて手にしている松明の明かりさえも見えなくなる。
 背後に気を配りながらも、微かに聞こえる足音に神経を傾ける。
「ゴクッ」
 どれくらいの時間が経ったのだろう。カラカラになった咽を潤すように、無意識に唾を飲み込む。

カツン、カツン……

 階下から木霊する足音。やがて、ぼんやりと光が見えてくる。
「マイル!」
 人の心配を余所に、マイルはいつもの暢気な声で応えた。
「いやあ~、参りました。ご覧の有様です」
 頭や肩に絡み付いた蜘蛛の巣や埃を手で払いながら、事もなげに微笑む。
「大丈夫だったか?」
「ええ、入ってしまえば、後は一本道でした。それと、これが……」
 そう言ってゴソゴソと道具類を収めている袋の中を探る。
「お待ち兼ねのお宝です!」
 そう言って、取り出したものを突き出した。
「……鏡?」
 それは周囲を宝玉や金細工で飾られた円い鏡だった。
「見て下さい、ここ。細部にまでしっかりと紋様が施されてるでしょ。いい仕事していますね~。それに、鏡面から漂う魔力。きっと名のある錬金術師の手による逸品に違いありません」
 そういったことには門外漢であり、魔法のことはさっぱり分からない俺をそっちのけで、まるでテキ屋のように、あれこれと講釈をたれる。
「ああ、分かった分かった。それで、その鏡にはどんな力が秘められているんだ?」
 話の腰を折られたマイルはやや不満そうな顔を見せるが、すぐに笑みを浮かべる。
「いえ、さすがにそこまでは。ただ、あんなところに隠されていたことを考えると、御先祖様所縁の品ではないでしょうか?」
「勇者ロトの?」
 王家では勇者にまつわる品々は秘中の秘とされており、決して人の目に触れさせない。
 それは王族とて例外ではなく、俺やマイルも、自分の家に代々伝わる秘宝が何なのかを詳しくは教えられていない。全てを知るのは、王唯一人なのだ。
 ましてや、他家の秘宝など知る由もない。
 改めてこの部屋を見渡す。
 蝶番ごと吹き飛ばされた扉の厚みは他の部屋で見たそれとは異なっており、ひしゃげた把手も重厚な造りをしている。
 部屋を見れば見る程、マイルの発言に説得力が増すように思えた。
「そ、その可能性は低くないな」
 思いがけない宝物の登場に、つい声が上擦る。
「そうでしょ?」
マイルが満面の笑みを浮かべる。
「ただ、惜しむらくはロトの紋章が刻まれていない。それさえあれば完璧だったんですけどね~」
「ん? それは、どういう意味だ?」
 残念そうに溜息を吐くマイルの言葉に首を傾げる。
「決まっているじゃないですか。そのほうが価値が上がるからですよ」
「価値が上がるって……。お前、これを売るつもりなのか?」
「ええ、ムーンブルク王家秘蔵の品ですよ。好事家が高く買ってくれるに違いありません」
 何を当たり前のことを。マイルは平然とそう言ってのける。
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
 こいつは、ロト所縁の品が見付かったことを喜んでいたのではなく、高値で売れる物を見付けたことを喜んでいたのか。
「何をそんなに慌てて。我々は何のためにこんなところに来たのかを忘れたのですか?」
「し、しかしだな。これはそんじょそこらのアイテムとは訳が違うぞ」
 マイルはいつになく真剣な表情で、グッと顔を近付ける。
「考えて下さい。今の我々に必要なのは何ですか? そう、使い方も効果も分からないアイテムではありません。目の前の100Gです」
 返す言葉がなかった。この鏡がどれだけ貴重なものか反論しようにも、御先祖様の冒険で鏡が登場した話なんて、俺の記憶のどこを探しても見当たらない。
「それに御先祖様だって、いえ、御先祖様だからこそ、笑って許してくれるはずです」
 答えに窮した俺は大きく一息吐くと、不承不承ながらマイルに頷いた。
「分かった。お前の言う通りにしよう」
 今の俺達には、手段を選んでいる余裕なんてないはずだ。
 そう頭では分かっていても、あいつのように割り切れない。勇者としての資質は、俺を上回っているのかもしれない。
 そんな思いが脳裏に浮かんだ。


「もうこんな時間か」
 窓の外を見ると、太陽が空を赤く染めながら西へと沈もうとしている。
 この城を住処にしていたモンスター達を粗方退治したとは言え、こんなところで夜を明かすのはご免だ。
 帰り支度を急ぐ俺を、マイルが呼び止める。
「何をしているのですか?」
「何って、もうすぐ日が暮れる。そろそろ街に戻るぞ」
「えっ、まだ探していない場所があるのに、このまま帰るつもりなんですか?」
 マイルは信じられないと言わんばかりの顔で俺を見る。
「まだって……。お前、まさか……」
「ええ。まだ、あそこが残っているじゃないですか」
 そう言ってマイルは口角を吊り上げた。


 この城の中で最も激戦が繰り広げられたのであろうこの謁見の間は、凄惨を極めていた。
 未だに鼻を突く腐臭で満ち、壁や床は黒く焼け焦げ痕が縦横にはしり、赤黒い染みが四方に散乱している。
 騎士や衛士の亡骸に混じって、見たこともないモンスターの死体もあった。
 王城の、王権の象徴たる玉座。
 無惨に荒廃したそれは、国が滅びるとはどういうことなのか、それを言葉以上の重みを持って俺達に語り掛けていた。
 俺とマイルは静かに目を閉じる。この主を喪った玉座に祈りを捧げずにはいられなかった。
「さて、これからどうする?」
 王家ではその権威を高めるため、玉座に射す後光の如く、その後ろに何かが飾られている。
 ローレシア城では、初代王アトラスが軍勢を率い、モンスターと戦った際に掲げたとされる軍旗。サマルトリア城では、『神の手』と讃えられた芸術家ルカの描いたアトラス王とローラ姫の肖像画が飾られている。
 いずれも歴史的・美術的に評価が高く、値は付けられない代物だ。
 さて、ここムーンブルク城の玉座には、何が飾られているのかというと……。
「当たり前だが、何もないな」
 城中のものが略奪された上に、これだけの死闘が繰り広げられた場所で、そんな貴重なものが残っているはずがなく、無事な姿で残っているのは玉座そのものだけであった。
「もういいだろ。諦めてさっさと帰るぞ」
「しかし、玉座の後ろに隠し階段があるかもしれませんし」
 諦め切れないマイルに帰るよう告げたその時、辺りの空気が歪み出し、玉座の中心から光が現れる。
「敵かっ!?」
 完全に不意を突かれた俺達は慌てて、それぞれの得物に手を伸ばす。
 だが、光は朧げに揺らめくだけで、こちらに敵意を向けようとはしない。
「どうします? まずは魔法でもぶつけてみますか?」
「とりあえず様子を見よう。それからでも遅くない」
 俺達はあの光の正体を確かめるべく、慎重に近付く。
「僅かですが魔力を感じます。これって、もしかして……」
 何かに思い付いたマイルの言葉を遮るように、謎の光から声が発せられる。
「そこに……のは、……の血を引く者か?」
「しゃ、喋った!?」
 仰天する俺達を余所に、謎の光は言葉を続ける。
「儂はムーンブルク王……ッド……。もしも、そなた達が……勇者の末裔ならば、……が意志を継ぎ……」
 目を丸くする俺に、マイルがソッと耳打ちをする。
「あれはおそらくムーンブルク王の残留思念です」
「ザンリュウシネン? 何だ、それ?」
「高位の魔法使いだけが使える秘術です。肉体は滅びても、己の記憶や想いを残すことができると言われています」
 だが、その高度な魔法も魔力が尽きようとしているのか、光は揺らぎ、言葉も途切れ途切れとなってしまっている。
「……のハーゴンによる攻撃により……、我等……するも無念……」
 このムーンブルク王の残留思念が綴る言葉は、ハーゴンという教主に率いられた魔物達の襲撃を受けたムーンブルクは、奮闘空しく滅びてしまったというものだった。
「何で、そんなことを言い残すためにわざわざ……」
「シッ! まだ続きがあるみたいだぞ」
「我が子……は、……によって、獣へ、犬の姿に……。この……を解き、真の……に戻るには、この城の……奥深く……る『ラーの鏡』を……」
「「鏡!?」」
 思わず顔を見合わせた俺達は、鏡の入っている袋へ視線を移す。
「我等……裔は……『古き盟約』に従い……と戦い、打ち倒さなければ……。……力を合わせ……のだ。頼んだぞ、……の子等よ」
 そう告げると光は大きく揺らぎ、まるで蝋燭なの火のように掻き消えた。
 
 座るべき者がいなくなった玉座を月の光が包み込む。
 突然の出来事に言葉を失くす俺達だったが、しばらくしてマイルが口を開いた。
「鏡、売れなくなっちゃいましたね」
「……全くだ」




[10157] 第十二章  鏡よ鏡
Name: ラップ◆f49dce11 ID:2dbb58c5
Date: 2010/09/25 23:42
 街に戻るとマイルと別れ、その足で宿屋へと向かう。部屋に通されると、そのままベッドへ大の字に倒れ込む。
 久しぶりの柔らかい寝床に身を任せ、目を閉じると色々なことが頭を過ぎる。

 廃墟と化したムーンブルク城で見付けた『ラーの鏡』。
 玉座で遭遇したムーンブルク王の残留思念と遺された願い。

 ゴロリと寝返りを打ち、鏡の入ったずだ袋を横目で見る。
 王女を真の姿に戻すことのできるマジックアイテム。
「……と言ってもなぁ」
 溜息を吐き、薄汚れた天井を見上げる。
「もう寝ているのですか?」
 声がした方に振り向くと、ノックもせずに扉を開けたマイルが立っていた。
「いや、ちょっと考え事をな。それで、そっちはどうだった?」
「残念ながら、二束三文でした。二、三日分の宿代ってとこですね」
 そう言ってゴールドが入った革袋をテーブルに置く。
「そんなものか」
 知らぬ間にマイルが見付けていた銀製の燭台と玉座の背もたれに掛けられていた外套らしき何か。それらを馴染みの道具屋で売り捌いてきたのだ。
「さて、これからどうする?」
 椅子に腰掛け、一息吐くマイルにこれからのことを尋ねる。
「何がですか?」
 この問い掛けにマイルは、鷹揚に答える。
「王女の行方についてだよ」
 思わず声を荒げる。だが、マイルは涼しい顔で備え付けの水差しからコップに水を注ぐ。
「ああ、そのことですか。案外、近くにいるかもしれませんよ」
 そして、それを飲み干すとこともなげに応えた。
「どういう意味だ?」
 マイルは地図を取り出すと、ベッドの上に広げる。そして、『ムーンブルク』と書かれた文字の上にコインを一枚置く。
「自分が『王女』の立場ならばどうするか? そう仮定して考えてみませんか」
 そう言って笑みを浮かべるマイルの顔を一瞥すると、地図に視線を落とす。
「そうだな……。とりあえずは、何かの庇護の下に入る、かな。いつ血を嗅ぎ付けた魔物が寄って来るか分からない」
 地図の上に置かれたコインをスッと滑らせる。
「一刻も早く近くの集落に逃げ込む、かな」
 マイルは頷くと、俺の言葉に続く。
「ええ、僕でもそうするでしょう。ですが、その集落の多くがモンスターの襲撃によって廃墟と化しています。そうなると次に向かうとすれば……」
 そのままコインを北東方向へと動かす。
「城壁に囲まれ、守備隊も配備されているところ。ここ、ムーンペタ」
 太い文字でムーンペタと書かれた箇所にコインを据える。
「だが、マイル。ムーンブルクからムーンペタは遠く離れている。犬に変えられた王女が辿り着けるのか?」
ム ーンブルクからムーンペタとの間を指でなぞる。
「たった一人で難しいでしょう。ですが、他の誰かと一緒だったとしたら」
「他の誰か?」
 マイルの言葉に首を傾げる。
「街を見て下さい。モンスターによって住む場所を追われた人が次々と流れ込んでいます。安全な場所を求め、ムーンペタへ向かう人達に付いていけば、ここに辿り着くことだってそう難しくはないはずです」
 確かに犬の姿でいるのならば大移動する人の群れの中に紛れ込んでいても不自然はない。
「つまり、生きているとすれば、ここムーンペタのどこかにいるということだな」
「と言うよりも、それ以外の場所にいるのならば、我々にはどうしようもありません」
 人としての自我を保っているのであればの話ですが。マイルは短く付け加える。
 言いたいことは色々あるが、俺達に与えられた時間には限りがあり、これ以上闇雲に考えても仕方がない。渋々ながらもマイルの意見に頷いた。
「そうと決まったら、王女探しに出掛けるか」
「しかし、探すと言ってもどれだけの時間が掛かることやら」
 自分から言い出したことなのに、窓から外を見下ろしたマイルが露骨に眉をひそめて呟く。
 街全体が城壁で囲まれた広大な都市国家ムーンペタ。
 そこに住まう犬はどれだけの数になるだろう。それを虱潰しに当たるとなると、確かに想像するだけでも気が遠くなる。
「でも、心当たりがあるだろ? それから当たるぞ」
 パンと膝を叩き、ベッドから腰を上げる。
「心当たり、ですか?」
 不思議そうな顔をしたマイルは、顎に手を当て首を傾げた。

「心当たりって、こいつのことですか」
 教会の裏路地に蹲っていた子犬が白い首をこちらに向ける。前に会った時と比べると、少し痩せた様子で蹲ったまま動こうとしない。
「確かに、普通の犬とは違いますけど」
 ブツブツ言っているマイルを他所に、蹲ったままの子犬に歩み寄ると、ヒョイッと抱え上げる。子犬は俺の手を振り解こうと暴れる。やはり衰弱しているのか、その力は弱い。
「はいはい。すぐ済むからね」
 恨みがましい目でこちらを睨み付ける犬の腹部を覗き込む。
「見ろよ、マイル。こいつ、やっぱりメスだ」
 突然牙を剥き、けたたましく吠え出した子犬に驚き、慌てて地面に戻す。
「もしかするともしかしますね、これ……」
 マイルも神妙な面持ちで子犬を見詰めるが、やはりこの子犬が苦手なのか近づこうとしない。そんなマイルの姿に苦笑しながら、ずだ袋からラーの鏡を取り出す。鏡面を見ると不思議な輝きを湛えていた。
「頼んだぞ」
 鏡に願いを託し、低い唸り声を上げる子犬に向ける。
 何事かと子犬が鏡の中を覗き込むと、鏡面から眩いばかりの光が放たれた。
 「うおっ!?」
 鏡から放たれた光が子犬を包むと、子犬の全身が光り輝き出す。そして、光の塊は輝きを増し、うねうねと形を変えてゆくのがわずかに見えた。
 「い、一体何が起こっているんだ?」
 「そんなの、僕に分かるわけないじゃないですか」
 何も見えなくなるような強烈な光が辺り一面を埋め尽くす。
 やがて光が収まると、子犬のいたはずの場所には一人の少女が立っていた。
 「これって、もしかして……」
 目の前に立つ少女は遠い記憶にある笑顔と同じ笑みを浮かべていた。

 「お久しぶりですわね、アヴィン王子」



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