つくづく思う。
我が親ながら、父は運がいい。
先王の末子として生まれた父は、王位など到底望めぬ立場にいた。
生母は宮廷に使えていた召使い。お手が付いたのも先王の気紛れらしく、その後に情けが掛かることはなかったという。
実家で父を生んだ後も、産褥熱で亡くなった際にも、先王は全く意に介すことはなかった。
それがなぜか、市中に捨て置かれていた父が十歳になった時、突如として先王とのお目見えを果たし、王族の一員に列せられる。
男子は既に四人もおり、認知されていない隠し子ならその倍はいると言われた先王。
我が子だからと簡単に愛情を傾けるような人ではなかったはずの祖父が、出自の低い祖母から生まれたなぜ父を実子と認めたのかは、今となっては知る由もない。
だが、父に見せた愛情はそこまでだった。
他の兄達のように帝王学を叩き込まれるわけでもなく、社交界で華々しく紹介されるわけでもなく、捨て置かれる場所が王城に代わっただけでしかなかった。
祖父の意図は全くの謎だが、父は自分の置かれた境遇を嬉々として受け入れていたのではないだろうか。
父である王からの期待もなければそれに応える義務もない。周りからの賞賛や羨望もなければ嫉妬や敵意もない。
次期王位を巡り暗闘する兄達やそれを支援する貴族を尻目に、成人した父は下級女官であった母を見初め、結婚する。
これにより有力貴族による後押しの目が完全になくなった父は、王位継承レースからの脱落が確定することとなる。
それがその後、「醜い権力争いから自ら下がることで、身の危険を回避した英断」などと褒めそやされることになろうとは……。
その翌年、俺が生まれる。
もっとも、家族三人の穏やかで幸せな日々はそう長くは続かなかったのだが。
俺が三歳の時、元々体の弱かった母が流行病に倒れ、帰らぬ人となってしまう。
その日を境に、父の置かれていた立場が一変してしまう。
時を同じくして王太子であった長兄とその子が、流行病で立て続けに亡くなってしまったのだ。
王太子と孫の突然の死で、さすがの先王も体調を崩してしまい、病臥に伏せることになる。
そして、これにより次期王位争いが一気に表面化したのだ。
王子達や有力貴族による根回しや派閥の切り崩しが行われ、金と女、そして謀略、姦計によって宮廷内は荒廃の一途を辿ってゆく。
そんな中、次期王太子最有力候補であった次兄が愛妾の屋敷で、愛妾諸共殺害されているのが発見されたのである。
そして、犯人として告発されたのが最大派閥の長の娘を娶っており、次兄のライバルと目されていた四兄。
当然ながら無実を主張する四兄であったが、尋問中に大量の血を吐き、そのまま死亡してしまう。
結果、最後に残ったのは、粗暴な性格で周囲から疎まれていた三兄と末子である父。
だが、その三兄も鹿狩りの最中に落馬。その怪我が原因で王太子に即く前に亡くなってしまう。
そんなこんなで、宮廷内で完全に忘れられていた存在であり、全く何もしていなかった父が王太子となってしまったのだ。
だが、俺達家族を巡る話はこれで終わらない。
有力貴族の後押しも、外戚もいない新王太子。帝王学を身に付けておらず、誰からも警戒心を持たれなかった凡庸な王子。
つまり、一番最初に唾を付けたものが、次期王を傀儡として操れるのだと気付いた貴族達が、新たな勝ち馬に乗るために再び暗躍し始めるた矢先、一人の貴族が現れる。
有力派閥の領袖であり、今では大臣として権勢を振るっているベリアス侯爵。
ベリアス侯爵は、男やもめとなった父にある一人の女性を紹介したのだ。
それが、当時『宮廷の華』と謳われたイザベル嬢。
侯爵は「我が娘こそ次期王に相応しい正妃である」と、父に自分の娘を差し出したのだ。
今更になって後ろ盾を欲したのか、それとも美貌に心奪われたのか、それとも母を失った寂しさを埋めるためか。
……おそらくその全ての理由からで、父はこの提案を受け入れる。
そんな宮廷内の悲劇喜劇に生きる気力を失せたのか、病臥に伏せっていた先王が遂に崩御。
こうして、流れに身を任る事しか出来なかった父が、王に即位する。
王となった父。その息子である俺。王妃である義母。事勿れ主義の父に、後見人のいない継子と権勢欲の固まりの継母。
そして、俺が五歳の冬、異母弟ラエルが誕生する。
当然ながら、イザベル王妃やベリアス侯爵は、弟ラエルを王太子にするよう、父に働き掛ける。
これによって、王妃を中心とする弟派と、ベリアス侯爵と敵対する勢力が集まって作られた『俺』派で、宮廷は二分されることになった。
……と言っても、決着はあっさりと付いてしまうのだが。
所詮は反ベリアスという名目で集まった寄り合い所帯に過ぎず、利害関係による対立を起こし、そこを突かれて各個撃破。
母の実家も、悲しいかな下級貴族。生き馬の目を抜く政争を前にして、あっさりと粛正の波に巻き込まれてしまう。
俺が十歳を迎える頃には、宮廷内は完全に弟派によって牛耳られることとなった。
……それでも俺は別に構わないのだが。
宮廷内での力関係ははっきりしている上、王家の始祖以来、王族たるものが有していなければならないとされている『才能』が、俺には欠如している。客観的に考えると、弟が王太子に即くのが妥当なのだ。
だが、父はこの問題を先送りし続けている。
父としての愛情かや亡き母への想いなのか。専横を強めるベリアル卿に対する敵愾心でも芽生えたのか。
理由は父にしか分からないのだが、おそらくは決断する勇気がないだけなのだろう。
はぁ……。俺はただ、平穏無事な毎日。そう、毎食『毒消し草』のサラダを食べずに済む人生を送れさえすえれば満足なのに。
この国から逃げ出そうと何度考えたか。どこかの国、例えば祖を同じくする隣国にでも亡命しようかと考えたが、あの義母のことだ。間違いなく難癖を付け、軍事行動に出るに決まっている。
ああ、神よ。迷える子羊に、この針のムシロから逃げ出す術を与え給え……。
そんな祈りが神に届いたのか、俺が十八歳を迎えた今日。この願いは適えられることになった。
しかも、俺の願いだけでなく、父の悩みも同時に解消してくれる実に気の利いた代物だ。
これによって、俺はこの国から出る大義名分が与えられ、父はどらちに転ぼうとも後腐れなく跡継ぎることが出来る。
自分で何か決め、それを実行することなく、問題が解決する。やはり、父は運がいいとしか言いようがない。
それにしても、この解決策は、まさに『神』でなければ不可能な代物。崇め奉るカルト団体が巨大化するわけだ。
「……聞いておるのか?」
ああ、はい。聞いてます聞いています。
「では、我が子よ! そなたもまた、勇者ロトの血を引きし者。その力を試される時が来たのだ。サマルトリアとムーンブルクには、同じロトの血を分けた者がおる。その者達と力を合わせ邪悪なる者を滅ぼしてまいれ。行け、アヴィンよ!」