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[226] 新世紀エヴァンゲリオンFINAL ~勇気と共に~(×勇者王ガオガイガー)
Name: SIN◆12c26389
Date: 2008/03/10 18:47
※ご挨拶

どうも、SINです。

HDDのクラッシュにより、小説のデータが全部吹き飛んでヘコんでいましたが、ようやくモチベーションが復活し、何とか続きが書けそうになりましたので、加筆修正を加えながら再投稿させていただこうと思います。ゆっくりですけど………。

ちょっとでも感想いただけたら嬉しいです。



[226] 予告篇
Name: SIN
Date: 2005/01/23 22:16


※ご注意

この作品は「勇者王ガオガイガー」とのクロスオーバー作品です。同作品を知らない方、嫌いな方はまったく楽しめません。
また、制作の都合上、予告篇と本篇の内容が若干違う場合があります。
あらかじめ、ご了承ください。












「15年ぶりだね」
「ああ、間違いない。 使徒だ」












「起動確率は0.000000001%。 O9(オーナイン)システムとはよく言ったものね」












「ミサイル攻撃でも歯が立たんのか!? 何てやつだ!」
「バケモノが!!」
「全弾直撃の筈だぞ!! なぜ効かない!?」

指揮官たちの焦りを嘲笑うように二人の男が口を開く。

「やはりATフィールドか?」
「ああ、使徒に対して通常兵器では役に立たんよ」












「久しぶりだな」












「知らない天井だ…………………って前も言ったっけ」












「シンクロ率、尚も上昇!……130……170……220……」
「まずいわ! シンクロ強制カット! 回路遮断! 堰き止めて!!」












「あなた………本当に碇シンジ君?」
「何故、そう思うんです?」












「あ~~、こちら地球防衛勇者隊『Gusty Galaxy Guard(ガッツィ・ギャラクシー・ガード)』、通称GGG(スリージー)だ。 これより使徒殲滅戦を開始する」












「……い…かり………くん……だ…め………あれ…に…のら…な……いで」
「!?」












「よっしゃぁぁぁっ!! ファイナル・フュージョォォォンッ!!」












それは、最強の破壊神。
それは、勇気の究極なる姿。












「ユイ!!」












「エヴァンゲリオン初号機よ! 光に……なれぇぇぇぇぇっ!!」












シンは水槽のガラスにそっと手を添える。

「君たちは何を望む?」












「ミサト……私、NERVを辞めるわ」












ディバイディングドライバーがイロウルの足下に打ち込まれる。それによって穿たれた数十cmの亀裂は、解放されたディバイディングコアによって見かけ上の直径数kmの穴に拡大し、イロウルを呑み込んだ。












「サードチルドレンは………」












「初めまして、綾波マイです」












「大叔父様はお怒りです」












「国連事務総長の白紙委任状だと!?」












「お兄ちゃん………一緒に寝ていい?」












「死んだわ」












「相田君………悪いけど、ここから先に行かせる訳にはいかない」












目の前にはオレンジ色に染まった海があった。

「ここは何処?」












「シン君………これは?」
「初号機を造った母さん………そして、それを整備していたリツコさん、二人でなければ造れない物………」

改めて書類を、その中の設計図を見る。

「それが………本当の『エヴァンゲリオン』です」












「JA内部にATフィールド反応」












「やあ、アスカ」












「共同作戦といきましょうか」












「シンジ………生きてるの?」












「フン………超進化人類などというから期待していたのだが、この程度だったか………」
「何だと!?」
「時間の無駄だったな。 ここまでだ、死ぬがいいッ!!」












「ジェネシック・ボルトォッ!!」












「何でこんな事すんのや」












「反中間子砲ッ!!」












「使徒の時間差同時襲来か………」












「ガトリング・ドライバーァァッ!!」












「粒子の加速、停止しました!!」












「分裂!? なぁんてインチキっ!!」

思わず通信マイクを握り潰すミサト。












「四重奏(カルテット)なんてどうかな?」












「不死鳥は、炎の中から蘇るッ!!」












「君たちが請求する年間何兆ドルもの予算、これが世界経済に与える影響を考えたことがあるかね?」












「ロボットがユニゾンしてる?」












「七体か………」
「充分過ぎる。 支障などあるものか………ゲッヘッヘッヘッヘ」













溢れる勇気の証『Gクリスタル』

「ヘルッ……アンド……ヘブンッ!!」












限りない闘志の象徴『Jジュエル』

「ジェイッ・クオーォォスッ!!」












煌く生命の結晶『スーパーソレノイド』

「スピアァ・オブ・ロンギヌス!!」












「ソール11遊星主!?」












「何が『勇者王』だ! 何が『ジェネシック』だ! そんなもの、この神の力の前では一切が無力だ!!」












「ぐっ……うぬぅっ! ラウドGクリスタルが生み出す『神・無限出力』を上回るというのか!?」












「アルティメット・フュージョォォォンッ!!」












「あれが使徒だと!?」












「さしずめ19番目というところか」












「カヲル君?」












「ゼルエル………状況次第と言ってたけど、碇くんに髪の毛一本ほどの傷でも付けたら……………………………本気でブチ殺すわよ」

途轍もない殺気を放つ蒼銀の髪の少女に、銀髪の少年は心底震えた。












初号機の前に立ちはだかったのは、濃い灰色(グレー)の機体色に三層もの飛行甲板を備えた戦闘空母。

「何だ!?」












「やっぱり僕はバカシンジだ」












「プログラム―――――」

これが、本当に最後の…………

「―――――ファイナル・ドラーァァイブッ!!」












「さあ、今こそインパクト発動の時だ!!」
「させるかッ!!」












「吹けよ、氷雪! 轟け、雷光!」
「唸れ、疾風! 燃えろ、灼熱!」
「「マキシマム・トゥロン!!」」












「勇者皇帝」












「ディビジョンⅩ『神覇戟翔皇鎧艦 アメノトリフネ』 飛翔、承認ッ!!」












「クアァァァァァァァァァッ!!」

真空であるはずの宇宙空間に鳳凰の産声が上がる。












「碇くん、私と一つになりましょう? 心も身体も一つになりましょう? それは、とてもとても気持ちいいことなの」
「リリス、僕は―――――」
「いやぁぁぁぁっ! リリスなんて呼ばないで!!」












「『無限』を越え! 『絶対』を越えた! 『完全勝利』の力だァァァァッ!!」












「開放させるのか?」












「シンジ!?」






















Coming Soon






[226] プロローグ
Name: SIN
Date: 2005/04/02 12:59


我々は、忘れてはならない。










大宇宙――――― 無限とも言える広大な空間の中、あまねく銀河の片隅に浮かぶ蒼き惑星『地球』。

この星を守るために………そして、そこに生きる全ての罪無き生命(いのち)を護るために戦った『勇者』たちの伝説を…………。










我々は、忘れてはならない。その心に宿る『勇気』と共に…………。






































時に、西暦2015年―――――― 日本。

よく晴れた青空の中、灼熱の太陽がジリジリと大地を焦がしていく。

連日の真夏日。というより、毎日が真夏だ。

四季の彩りが鮮やかだったこの国が常夏の気候に変わったのは、もう15年も前のこと。

その年、絶対に忘れることができない日があった。










西暦2000年。この年を一言で表すなら、『20世紀最後の年』というより『地獄』だろう。事実、そうだったのだから。

その年の9月13日に起こった未曾有の大災害『セカンドインパクト』により、世界の様相は一変した。まさに、その日が境界線だった。

各地で起こる大地震、火山噴火、暴風に高波、そして津波。地軸変動(ポールシフト)が原因とされる異常気象と、それにおける生態系の激変。天候不順による農作物の不作が招いた飢餓。

さらには、発生源である南極大陸の融解に伴う海水面の上昇。これにより、世界中の国々で海岸線に面していた都市のほとんどが海中に没し、オセアニア地域を始めとした多くの島国が海底の一景色へと成り果てた。

それまで、何の不自由の無い生活を甘受してきた人類にとっては間違いなく、それは『地獄』の世界だった。










『大質量隕石の落下』

それがセカンドインパクトの原因。史実、そして国連の公式発表ではそうなっている。

しかし、真実は――――――――










さりとて、人類という種はとても逞しい。あの大災害の中を懸命に生き抜き、未来に絶望して立ち止まることなく歩み続け、再び、その手に文明の火を取り戻しつつあった。

復興の日は、確実に近付いている。

だが、この世界をまた、あの地獄へ導こうとする存在がいることを、知っている者は少なかった。










「そう、知る者は少ない。 だからこそ僕が………ううん、僕たちがやるんだ」




列車(モノレール)の窓に流れる景色を瞳に映しながら、決意に満ちた瞳でそう呟く少年。この言葉が意味するものは何なのか…………。




直後、風景が変わる。山ばかり映していた窓に、大きな湖が現れた。芦ノ湖だ。

陽の光を反射してキラキラと輝く湖面が眩しくて、少年は視線を逸らす―――――― と、湖の向こうに見える懐かしい街並みが目に留まった。

そこはかつて、楽しくも苦しく、そして悲しい刻(とき)を過ごした場所。




「やっと………戻ってきた」




浮かべた微笑は、とても柔らかった。






[226] タイトル
Name: SIN
Date: 2005/03/14 02:14




















新世紀


エヴァンゲリオン


FINAL




~勇気と共に~
























[226] 第壱話 【彼方より来るもの】
Name: SIN
Date: 2005/04/02 13:02




遥か遠くの彼方より、海中を進む一つの巨大な影があった。

魚群………ではない。明らかに、その影は『人』の形をしていた。

だが、形は人なれど、その姿と体躯は異形そのもの。恐らく、見た者100人が100人、声を揃えて『化け物』と言い、慄き怯えるだろう。




だが、そんな事に何の意味があろうか。

その異形なるモノは、水底に沈み滅びた街にも、そして其処を棲み家とする魚たちにも興味を示さず、ただひたすらに、ある場所を目指していた。

己の本能の奥底にある『目的』のために…………。
















海岸線に沿うように造られた道路には、戦車の一団が勢揃いしていた。道は完全に封鎖され、猫の子一匹入れない布陣でズラリと並んでいる。




『UN』――――― 第2次世界大戦後、国際平和と安全の維持を目的として成立した機構組織『United Nations(国際連合)』の略称をペインティングされた戦車部隊は、風穏やかで波静かな海へ向かって、その砲身の全てを向けていた。




とはいえ、辺りはとても静かだった。

波の音、海鳥の囀り、蝉の声。自然の豊かさを感じさせるもの以外は何も聞こえず、無駄口を敲く兵士もいない。




穏やかさと緊張が同居する奇妙な空間。




しかし、それは突然破られた。






ゴゴゴ……………ザバァァッ!!






轟音と共に水柱が立ち上がり、驚いた海鳥たちは我先にと逃げ出した。
















とある場所。




〔正体不明の物体、海面に姿を現しました!〕

〔以後、物体を『目標』と呼称〕

〔目標、移動を始めました。 国連軍は攻撃を開始〕

〔目標を映像で確認。 主モニターに回します〕




正面の大型モニターに映し出されたのは、戦車部隊の攻撃など意に介さず、次々と蹴散らしていく異形の巨人だった。

それを見て、白髪で痩躯の男が口を開く。




「15年ぶりだね」

「ああ、間違いない」




白髪の男の前に座っているサングラスを掛けた髭面の男は、異形の巨人を見ても表情一つ変えずに答えた。




「使徒だ」
















 ジーワ ジーワ ジーワ ジーワ ジーィィィィィ………………


    ジーワ ジーワ ジーワ ジーワ ジーィィィィィ………………








生態系の回復と共に、徐々にその数を増やしていく蝉の鳴き声が、この照りつける太陽の熱気を上げていくように感じられる。夏の風物詩とはいえ、これほど喧しいと正直、うざったい。

本来ならば、そんな蝉の声も街の喧騒が掻き消すのだが、この街は今、水を打ったようにひっそりと静まり返っていた。平日でも人の波で賑わう繁華街からは人影が消え、車の走行音とクラクションが常に聞こえていた道路には、主人の消えた車が乗り捨てられたように路肩へ放置されている。

いま現在、この『第3新東京市』は、さながら幽霊都市(ゴーストタウン)の様相を呈していた。

だが、それでもこの街は本来の役目を立派に果たしていた。セカンドインパクト直後の混乱期、新型爆弾により壊滅した首都・東京に変わって新たに建造中の『日本の首都』ではなく、『使徒迎撃要塞都市』として。












『本日12時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に、特別非常事態宣言が発令されました。 住民の方々は、速やかに指定のシェルターへ避難してください。 繰り返し、お伝えします。 本日―――――




騒がしい蝉の声を掻き消すほどの大音量で鳴らされたサイレンと共に流された放送を、少年は下車した駅のホームで聞いた。

ふぅ、と軽く溜息をつくと、外へ足を向ける。

日陰であった駅構内を出ると、一気に真夏の太陽が襲ってきた。「暑っ……」と呟き、光の眩しさに目を細める。

駅前のロータリーまで歩き、キョロキョロと辺りを見回す少年。

こんな時に待ち合わせでもしているのだろうか、少し苛ついているようだ。眉間に皺を寄せ、険しい顔で腕時計を見る。




「…………遅い。 非常事態宣言の所為で途中の駅で列車が停まったとはいえ、NERVの調査能力なら此処にいることぐらい、すぐ予想がつくだろうに」




苛々が募り、暑気がそれを倍増させた。汗で滲み、気持ち悪く額に張り付いた前髪を手櫛で梳き上げながら、少年はさらに愚痴る。




「前はこんなこと気にもしなかったけど、『復讐! 復讐!』って言っておきながら、この体たらくとは………。 ほんとにやる気があるのか? あの人は………」




ふううううぅっ、と盛大に嘆息すると、今度は駅から離れるように歩き始めた。




「13kmか………。 自力で行けない距離じゃないし、時間も迫ってる。 しょうがない、スキルを発動させて―――――― んん?」




行く先地までの距離を記した案内板を見ていたところ、少年は自分を見詰める誰かの視線に気付いた。

歩みを止め、その視線を感じる方向に目を向ける。




「あ………」




道路の真ん中、そこには女の子がいた。

少年と同い年くらいだろうか、彼女は中学校の制服らしき服を着ており、特徴的な蒼銀の髪を風に靡かせながら、印象的な紅玉の瞳で、じっとこちらを見ている。

たった一人、静まり返った街中に佇み、脇目も振らず、ただ真っ直ぐに見詰める少女。

それに対して少年は、




「やあ」




にっこりと微笑み、挨拶した。まるで、大切な友達に逢ったように。

しかし、その直後――――――






ドン!!!






何の前触れもなく、爆音と共に地面が揺れた。少年はその音の大きさに思わず目を瞑り、耳を塞ぐ。

前もやらなかったっけ? と思いながら音のした方向を見る――――― と、そこには、多くの戦闘機を御供のように引き連れた全身緑色の異形の巨人がいた。




「来たか」




少年は驚いていなかった。予め、それが何なのか知っているように感じられた。

なのに、




「う~~ん、改めて見ると『ジャミラ』だよな。 白っぽい土色ならそのままなのに」




どこかズレている。




「ねぇ、そう思うだろ?」




先ほどの少女に問い掛ける。しかし、そこにはもう誰もいなかった。

「あらら」と少し残念がると、再び緑の巨人に目を向ける。




「せっかく逢えたのに邪魔をして………。無粋だね、サキエル」




少年はそう呼んだ。

その通りだった。 『第3使徒 サキエル』 それがこの巨人の名。

だが、なぜ少年がそれを知っているのか、それはまだ判らない。




「まあ、いいさ。 キミがここまで来たってことは、もうすぐ迎えが来るってことだからね。 あと少しだけ待つとするよ」




そう平然とサキエルを見上げる少年の頭上では、国連軍の兵士たちが必死になって戦っていた。











 




巡航ミサイルが飛び交い、砲弾が舞う。銃弾の雨が降り注ぎ、爆発の熱と衝撃が、辺りを焼き、吹き飛ばす。

猛攻とも言えるほどの国連軍の攻撃。しかし、巨人はその歩みを止めない。

兵士たちは焦り、恐怖していた。ありとあらゆる攻撃の一切が効かないのだ。己の脳裏に『死』の一文字が掠める。

だが、撤退の命令が無い以上、何があっても退く事はできない。軍人にとって、上官からの命令は絶対だ。

生き延びる手段はただ一つ、目の前の敵を倒すこと。




「くそがぁっ! 死ね、死ねぇぇっ!!」




自分たち、いや『自分』が生き残るために、兵士は必死で攻撃を繰り返す。

そして、そんな兵士たちの焦りは、それを指揮する将校たちの焦りでもあった。










「ミサイル攻撃でも歯が立たんのか!? 何て奴だ!」

「バケモノが!!」

「全弾直撃の筈だぞ!! なぜ効かない!?」




口々に怒号を放つ三人の将校たちを嘲笑うように、その後ろへ控える二人の男が口を開く。




「やはりATフィールドか?」

「ああ、使徒に対して通常兵器では役に立たんよ」




その男たちの声は、周りの喧騒に紛れて将校たちの耳には入らなかった。仮に、入ったところで結果は何も変わらぬようだが…………。




ここは第3新東京市地下、ジオフロントと呼ばれる空洞内部にある国連直属の特務機関『NERV』の本部、その中央作戦室・指揮発令所。そこも地上同様、まさに戦場だった。

書類を抱えて走る者、マイクに向かって怒鳴っている者、戦闘データの取り溢しが無いようにコンソールパネルを叩き続ける者など、誰一人として暇な者はいない。

―――――― いや、いた。先ほどの二人だ。

机の上に肘を付け、顎の前で手を組んで表情を隠す髭の男。そして、その傍らに立つ白髪に痩躯の男。

二人は、サキエルを映し出すメインモニターを余裕の表情で見ている。すでに結果が判っているかのように。










「後退命令が出てないのかな? 状況は判っているだろうに」




少年はうんざりした表情で戦闘を見ていた。




「どんな組織でも、上が無能だと下の者が苦労するんだよなぁ………。 国連軍しかり、NERVしかり―――――― って、おおっ!?」






ゴ………!!






轟音と共に炎に包まれた物体が落ちてくる。サキエルに撃墜された重戦闘機の残骸だ。直撃コースではないものの、地上に激突し爆発でもしたら、少年の身体など軽く吹き飛んでしまう。




「まったく………」




そう呟くと、右の掌をスッと前に出す。

少年が何かをしようしたその時、彼と残骸との間に一台の青い車が割り込んできた。結果、それがバリケードの役目をし、爆発の衝撃と熱風から少年を守った。




「やっと来たか」

「ごめ~~ん! お待たせ、シンジ君」




そう言って車から顔を出したのは若い女性だった。二十代後半ぐらいだろうか。




「葛城さんですね?」

「そうよ! 早く乗って!!」




シンジと呼ばれた少年は荷物を抱え、滑るように車に乗り込む。




「しっかり掴まってんのよ!」






 キュキュキュキュキュキュッ!!






葛城と呼ばれた女性は、リアタイヤを空転させながら素早く車をターンさせ、全速力でサキエルから離れていった。




「遅くなってゴメンね」

「いえ、途中の駅でモノレールが停まってしまって、本来の待ち合わせ場所に着けなかった僕も悪いんですけど…………それにしても、これは遅れ過ぎなのでは?」

「いろいろあってね、すぐ迎えにいけなかったのよ。 非常事態宣言の所為で電話も通じなかったしね」

「まさか『寝坊しました』ってオチはないでしょうね?」

「…………………………やぁ~ね、そんなことはないわよ」

「やけに長い間が空きましたが?」

「…………………」




図星を指されたミサトの頬を冷や汗が伝う。




「まあ、いいでしょう。 危ないところを助けてもらったし………。 初めまして、葛城さん。 碇シンジです」

「ミサト、でいいわよ。 よろしくね、シンジ君」

「こちらこそ、葛城さん」

「………ひねくれてるわね(怒)」

「そんなことより………アレって何です?」

「そ、そんなことって………状況のわりにけっこう落ち着いているのね。 まあ、いいわ。 アレはね、『使徒』よ」

「使徒? 神の使いですか?」

「今は詳しく説明してるヒマはないの。 早くあいつから離れないと」




二人がそんな会話を交わしている時、地下の発令所では将校の三人が苦虫を潰したような顔でモニターを見ていた。

国連直属の特務機関ということで我が物顔の感がある いけ好かないNERVに対して、本物の軍隊である国連軍の力を見せつけてやろうと意気込んだ戦いであったが、目標である未確認生物(?)に対して、何ら損害を与えることができなかった。

軍に半生を捧げた自分たちにとって、これほどの屈辱はない。

既に潰れたかもしれない面目を何とか保とうと、将校たちは『切り札』を使うことを決めた。




「予定通り発動しろ! あのバケモノに一泡吹かせるんだ!!」










使徒から逃げながら目的の場所に移動しようとする車の中から、シンジは戦闘の様子が変わったのを確認した。今まで何機やられようとも、使徒に攻撃を掛けていた部隊が一斉に離脱していく。




「あれ? 葛城さん、戦闘機が離れていきますよ」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ!」






 キキーーーーーッ!!






ミサトは急ブレーキを掛けて車を停車させると、窓から身を乗り出して使徒を見る。




「N2地雷!? 本当に使うの!?」




ミサトの顔が青褪める。

確かに既存の兵器に比べれば威力は十分、いや十二分にあるだろう。でも、あそこで爆発させたら、ここだって被害を…………。

そうこう考えている内に、国連軍の戦闘機は全機退避を完了させる。




 マズイ!




「伏せて!!」




ミサトはシンジを庇い、車の中で体勢を低くする。しかし、庇われたシンジは至って冷静であった。




………30秒………1分………




「…………………………………………………………………………………??」




一向に何も起こらない。ミサトは恐る恐る体を起こし、使徒を見た。

使徒は、邪魔な蟲共がいなくなって清々したと言わんばかりに、悠然と目的地に向かって歩いていた。




「どう……なってんの?」










「何故だ!? 何故、爆発しない!?」




将校たちは今までに無いくらい慌てていた。最後の手段であるN2地雷があろう事か不発だったなどと、上にどう報告すればいいのというのだ。




「地雷設置班より入電。 不発の原因が特定されました」

「何があったのだ!?」

「制御盤と信管部分に、外部からの破壊工作と思われる損傷部分を発見。 これが不発の原因だと思われます」

「「「!!??」」」




将校たちは言葉を失った。




誰が邪魔するというのだ? あの怪物は人類の天敵だと聞いている。どんな事をしても倒さなければならないのではないか。いったい何処の誰が…………ハッ!!




将校の一人が後ろに控えていた男二人を見る。怒りと疑念のこもった視線を向けられて、二人はヤレヤレと肩を竦めた。




「何をやった?」

「何もしていない。 失敗することが分かっている作戦をわざわざ邪魔するほど、我々は暇ではない」

「確かにな。 では誰の仕業だ?」

「大した問題ではない。 問題なのは寧ろ、これからの事だ」

「そうだな」




慌てふためく将校たちを無視して話を進める二人。

そんな中、そこに外部からの連絡が入る。国連軍統合本部からだった。




「わ、判り……ました」




連絡に対し、将校の一人は力無く応えると、後ろの二人に向かって口を開く。




「碇君………本部から通達があった。 これより本作戦の指揮権は君に移る。 お手並みを拝見させてもらおう」

「了解です」

「我々の所有兵器が目標に対して無効であった事は認めよう。 だが碇君、君なら勝てるのかね?」




碇と呼ばれた髭の男は立ち上がり、クイッと眼鏡のずれを直しながら余裕の表情で言い放つ。




「ご心配なく。 その為の特務機関NERVです」

「…………朗報を期待しているよ」




悔しさと皮肉を込めた台詞を残し、将校たちは退席した。




「国連軍もお手上げか………。 さて、どうするね?」

「初号機を起動させる」




NERV総司令 碇ゲンドウの言葉に白髪の男、副司令 冬月コウゾウは軽く首を傾げた。




「初号機をか?………パイロットはどうするね?」

「問題ない。 もうすぐ予備が届く」




そう答えたゲンドウは、ニヤリと口の端を歪ませた。




















第弐話へ続く








[226] 第弐話 【今、ここにいる理由】
Name: SIN
Date: 2005/04/02 13:07




「(N2が爆発しなかったってことは、保険が上手くいったようだね)」

「…………ジ……ンジ………シンジ君!!」

「………あ、はい。 何ですか?」

「どうしたの? ボケっとして………」

「いえ、何でもないですけど」




ミサトとシンジは使徒から逃れ、今はジオフロント内部に向かう専用カートレインに乗っている。やっと状況が落ち着いたので、ミサトがあれこれ説明しているのだ。




「じゃあさぁ……コレ、読んどいて」

「えっと、特務機関NE…ネ…ネー………何て読むんです?」

「ネルフ。 特務機関NERVよ。 国連直属の非公開組織で、私はそこに所属してるの。 まあ、国際公務員ってやつね」

「へぇ~……」

改めてシンジは、ミサトから渡されたパンフレットを見る。『ようこそ NERV江』なんて書いてあるわりには【極秘:For Your Eyes Only】の文字がやけに大きく印刷されており、たった一人に見せるために作ったにしては豪華すぎる装丁と中身だ。

非公開組織のくせに、紹介用パンフレットを作る理由は何なんだ? と改めて考えてしまう。




「で、その特務機関が何の用なんです? 僕は父さんに呼ばれて来たんですが………」

「あなたのお父さんもそこにいるわ。 お父さんのお仕事………知ってる?」

「人類を守る立派な仕事………ってやつでしょ、そう聞いてます。 本当に守るべき家族を放って置いて………」

「あら、皮肉?」

「そんなつもりはありませんがね」

「ふ~~~ん………………あ、そ~だ。 お父さんからID貰ってない?」

「ええ。………はい、どうぞ」




シンジは、カバンの中にあったパスケースからIDカードを取り出し、ミサトに渡す。




「ありがと。 これが無いと、関係者でもジオフロントには入れないからね~~」




そう言ってシンジからIDを預かったミサトだが、ふと、あることに気付いた。




「あれ? シンジ君、お父さんからの手紙は一緒じゃなかった?」

「捨てました」

「ええっ!?」




表情を崩すことなく答える少年にミサトは驚いた。10年以上の間、まともに逢っていなかった父親からの手紙。さぞ大事にしているだろうとミサトなりの予想があった。




「ど、どうして?」

「持ってくるほどの物でもないですし、それに書かれてあった文面は覚えていますから、別に捨ててもいいでしょ?」




「いいでしょ? って言われても………。 それで、手紙には何て?」

「来い 碇ゲンドウ」

「…………………………………………………………………は?」




ミサトは耳を疑った。あまりにも簡潔すぎる。

「元気か?」とか、「調子はどうだ?」とか、もっといろいろ書かれている手紙を想像していたのだ。

まあ、あのゲンドウが筆まめだとは思っていなかったが。




「それだけ?」

「ええ。 馬鹿にしてるでしょ? 10年以上、放り出していた息子に初めて手紙を寄越したかと思ったらこれですから………。 まったく、何を考えてるんだか」

「お父さんのこと………苦手?」

「逆でしょ? 父さんの方が僕のことを苦手だと思ってるんですよ」




ミサトは「そうかもね」と言い掛けて、慌てて口を噤んだ。少年の父とはいえ、自分の属する組織の最高司令官のことだ。迂闊なことは言えない。それに、彼の全てを知っているような達観した表情が気になったからだ。






 ……………ゴウッ!!






二人の会話が途切れ、沈黙が車内を支配しかけた時、急に外の景色が変わった。下へ降りる長いトンネルを抜けたカートレインは、夕日の光を取り込んで茜色に染まった地下世界に出たのだ。




「うわー、本当にジオフロントだ」

「これが私たちの秘密基地 NERV本部。 世界再建の要………人類の砦となる所よ」




そう言いながらもミサトは、シンジのやけに棒読みっぽい台詞が気になっていた。














「そろそろシンジ君がNERV本部に入る頃かな?」




第3新東京市の一角にあるビルの上に一人の青年が立っていた。ビル風が彼の長い髪をなびかせる。




「ボルフォッグ………市民の避難は?」




青年が背中越しに、後ろの何も無い空間に向かって話しかける。すると、何か陽炎のようなものが動き、彼の質問に対する答えが返ってきた。




「避難は既に完了しております。 サキエルとの戦闘開始予定地点には人間の生命反応はありません」

「シンジ君が言っていた女の子は?」

「鈴原ナツミ嬢の避難は確認済みです」

「ということは、大丈夫だな」

「ただ、少し気になることが………」

「どうした?」

「鈴原ナツミ嬢の周辺にNERV諜報部の影が見えます」

「………彼女の怪我は最初から仕組まれていた?」

「もしくは、フォースチルドレンは最初から決まっていたのかも知れません」

「鈴原トウジ君か………」

「警戒に当たります」

「頼む」




再び陽炎が揺らぐと、そこには何の気配もしなくなった。




「………さて、来たか」




青年の視線の先には、こちらに向かって歩いてくる緑の巨人――――― 使徒サキエルがいた。














「葛城さ~ん………まだ着かないんですか?」




シンジ達はNERV本部の通路を、もう20分以上歩いていた。いくら広い本部内とはいえ、20分というのは本部の端から端まで歩いてもお釣りが来る時間である。

シンジはいい加減イラついてきた。それは『前』と同じだったから。




「葛城さん」

「うっさいわね! あなたは黙ってついて来ればいいの!」

「黙ってついて来たからこそ、この有様なのでは?」

「うぐっ……」




的確なツッコミに、何も言えなくなるミサト。




「それで、何処に行こうとしてたんです?」

「………ケイジよ」

「ケイジ…………じゃあ、こっちですね」




そう言うとシンジは、スタスタとミサトを案内する様に前を歩き出す。




「ちょ、ちょっと………何で道 知ってんの?」




シンジはスッと左側の壁を指差した。そこにあったのは―――――




「………案内板」

「もっと周りをよく見たほうがいいですよ」

「あ…はははははははは………」




ミサトの乾いた笑い声が通路に響いた。














案内板に従ってしばらく歩くと、エレベーターの前に出た。




「そうそう、思い出した。 このエレベーターよ」




ミサトは、シンジの突き刺すような視線を背中に感じながら下の階に行くボタンを押そうとするが、その前に チン! という音と共にエレベーターのドアが開いた。




「ラッキ~~………うげっ」




入ろうとしたエレベーターの中には、金色の髪に白衣を着た女性がいた。少し呆れた顔をする女性に対し、ミサトは明らかにバツの悪そうな顔をする。




「何をやっていたの、葛城一尉? 私達には人手も無ければ時間も無いというのに………」

「リ、リツコ………いや、その………………………………ごめん。 また迷っちゃって」




リツコと呼ばれた女性は フウ……… と溜息をつくと、シンジの方に向き直った。




「彼が例の男の子ね」

「そう、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」

「よろしくね、碇シンジ君」




リツコは右手を差し出すが、当のシンジは彼女を見ながら何か考え事をしている。




「シンジ君?」

「どうしたの?」




その様子を怪訝に思ったミサトとリツコは首を傾げる。




「あ、ああ………すいません、碇シンジです。 よろしく、赤木さん」

「リツコでいいわ、シンジ君」

「判りました、赤木さん」

「…………(怒)」

「可愛くないでしょう? ほ~~~んと、父親そっくり」

「それって厭味ですか?」




ジトっとした目でミサトを見るシンジ。




「そんなことないわよん」




と言いながらも、ミサトは「やっと仕返しができた」と内心喜んでいた。




「時間が無いわ。 行くわよ」




付き合ってられないわ、とばかりに、リツコは二人の遣り取りを無視するように歩き出す。シンジはそんな彼女を見ながら、再び思考の海に浸る。




「(確か、前は水着だったよなぁ?)」




なに考えてんだか。














NERV本部 中央作戦室第1発令所の主モニターには、未だ侵攻を続ける使徒サキエルが映し出されていた。邪魔者がいなくなったサキエルは、先程よりもスピードを上げ、この第3新東京市に向かっている。




「司令! 使徒は強羅最終防衛線を突破しました!」

「進行ベクトルを修正、尚も進行中!」

「予想目的地、当初の予測通り、第3新東京市!!」




NERV総司令 碇ゲンドウは、その報告を聞くと椅子から立ち上がり、オペレーターに指示を出す。




「総員、第1種戦闘配置」

「了解!」

「冬月………後は頼む」

「ああ」




NERV副司令 冬月コウゾウに後を任せ、ゲンドウはリフトを操作して下に降りていく。

冬月は、そのゲンドウを見ながら一人呟く。




「10年ぶりの息子との対面か………」














 ビーーーーーーッ! ビーーーーーーッ! ビーーーーーーッ!




〔総員第1種戦闘配置! 繰り返す、総員第1種戦闘配置! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!〕

〔対地迎撃戦用意! 初号機、起動準備に入れ!〕




警報と共に本部施設全体に指令が響く。特務機関NERVが初めて体験する実戦である。職員全体に緊張が走る中、リツコ、ミサト、シンジの三人は、小型ボートでケイジに向かっていた。何故ボートかというと、ミサトが迷って時間を無駄にした所為である。

そのミサトだが、警報と指令を聞いた途端、表情が険しくなった。




「戦闘配置って………どういうこと!? リツコ!」

「初号機は現在、B型装備で冷却中よ」

「そういうことじゃなくて………まだ一度も起動したこと無いんでしょ?」

「起動確率は0.000000001%。09(オーナイン)システムとはよく言ったものね」

「それって動かないって事じゃないの?」

「あら、失礼ね。0%ではないわよ」

「数字の上ではね。 どのみち『動きませんでした』じゃあ済まないわ」




リツコとミサトの会話を聞きながらシンジは、少しずつ興奮していく自分に気付いた。心臓の音がどんどん大きくなる。




父親に会うから?

違う。




母親に?

違う。




綾波レイ?

少し違う。




では?




もうすぐ………もうすぐだ………。




「着いたわよ」




この興奮を悟られぬよう、シンジは冷静な表情で二人についていく。

えらく広く照明の付いていない部屋に通されるシンジ。

入ってきた入口のドアが閉められ、真っ暗になる。

その暗闇の中でシンジは カッ と目を見開き、笑顔を浮かべた。
























幕は開いた。 この世界を舞台とした勇者達の伝説の。










思い知らせよう。 愚かなる道化達にこの世界の現実を。










見せつけよう。 世界を蹂躙せし痴れ者に、けっして思い通りにならぬ事があるのだということを。










知らしめよう。 勇気ある者達の神話を、この世界に。










救ってみせよう。 僕らが愛する人々を。










その為に………僕は今、ここにいるのだから………。










さあ! 始めようか!!






















第参話へ続く








[226] 第参話 【思いがけない再会】
Name: SIN
Date: 2005/04/10 01:21




真っ暗で何も見えない部屋。その中で碇シンジは、正直 感心していた。




「(人間は暗闇の中では容易く不安になり、心が乱れる。個人差はあるだろうけど、初めての場所では特にね。 NERV―――― いや、『父さんが望む碇シンジ』の性格なら、この演出もあながち間違いじゃない。 パイロットの精神を適度に壊すという事に関してはね………。 やはり、策略家としては一流と言っていいのかな。 気を付けないと)」




そう考えていた時、突然、黒一色だった目の前の景色に色が付いた。照明が灯ったのだ。




「あ………」




少年の視線の先には、巨大な顔らしきがあった。懐かしさで、つい顔が綻びかけるが、今、それは少年の態度としては相応しくない。




「(おっと、驚いたふりしないと怪しまれるな) な、何だ? 顔?………鬼みたいだ」




紫色の装甲に包まれた目の前のものは、一見して角の付いた怪物に見える。




「(どうでもいいけど、初号機のデザインって誰のアイデアなんだろ? 母さんの趣味かなぁ? 後で聞いてみよ)」




そんなことを考えながら驚いたふりをしているシンジの質問に、白衣の女性―――― 赤木リツコが答える。




「鬼というのは言い得て妙だけど、正確には違うわ。 これは人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器………『人造人間 エヴァンゲリオン』、その初号機よ。 建造は極秘裏に進められたわ」

「(究極の汎用ねぇ………決められたパイロット以外、まともに動かせないものの何処が汎用なんだろう? もしかして、何処でも使用できるって意味の汎用かなぁ………)」




初号機を見ながら声も無く立ち尽くしているシンジの様を、リツコは、驚きのあまり声も出ないのだろうと考えた。




「(シナリオ通りね)」




すると、シンジがおもむろに口を開く。




「これが―――― 父の仕事ですか?」

「そうだ」




生の声ではない。明らかにスピーカーを通した声がケイジ内に響き渡る。

シンジは音のした方向、巨大な顔の上方に視線を向けた。




「久しぶりだな」




其処―――― 分厚い強化ガラスに覆われた整備指揮所らしきブースにいたのは、特務機関NERVの総司令にしてシンジの父、碇ゲンドウ。




「父さん……」




シンジは表情を曇らせ、顔を背ける。

そんな息子の態度に、ゲンドウは「シナリオは順調だ」と確信し、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。




「ふっ………出撃」




その言葉にいち早く反応したのは葛城ミサトだった。




「出撃ぃっ!? 零号機は凍結中でしょう!………まさか、本当に初号機を使うつもり!?」

「他に道は無いわ」




と、リツコが答える。




「ちょっと待ってよ! レイはまだ動かせないでしょう? パイロットがいないわよ!」




リツコに食って掛かるミサト。




「さっき届いたわ」




冷静に答えるリツコ。




「マジなの?」




親友であり、同僚である彼女の問いにリツコは、「碇シンジ君」と少年を呼ぶことで答えた。

呼ばれたシンジが「はい?」と顔を上げる。




「あなたが乗るのよ」

「…………………えっ?(お、いい演技)」




内心 上出来だと思っているシンジを余所に、話はスイスイと進んでいく。




「でも、綾波レイでさえ、エヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんでしょう? いま来たばかりのこの子には、とても無理よ!」

「座っていればいいわ。 それ以上は望みません」

「しかし!」

「今は使徒撃退が最優先事項です。 その為には誰であれ、エヴァと僅かでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はないわ。 判っているはずよ、葛城一尉」

「………そうね」




渋々、納得するミサト。

二人の遣り取りを聞きながらシンジは、「やはり同じか」と呟いた。その声はとても小さく、誰にも聞こえていない。




「(ミサ……葛城さんの気持ちも判らなくはないんだよなぁ。 使徒殲滅という使命感と子供を戦場に送るという罪悪感で葛藤している心…………でもね、中途半端な優しさは、周りを不幸にするだけです。 ちゃんと割り切らないと、本当の意味での偽善者になりますよ)」




そう思いながらシンジは、上から傲岸不遜に自分達を見下ろしている父―――― ゲンドウを見た。




「………父さん、なぜ呼んだの?」

「お前の考えている通りだ」

「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えって言うの?(………そうだ)」

「そうだ」

「嫌だよ! 何を今更なんだよ! 父さんは僕を要らないんじゃなかったの!?(………必要だから呼んだまでだ)」

「必要だから呼んだまでだ」

「何故……僕なの?(………他の人間には無理だからなぁ)」

「他の人間には無理だからなぁ」

「無理だよ、そんなの。 見たことも聞いたこともないのに出来るわけないよ!!(………説明を受けろ)」

「説明を受けろ」

「そんな………。 できっこないよ! こんなの………乗れるわけないよ!!(乗るなら早くしろ。 でなければ……帰れ!!)」

「乗るなら早くしろ。 でなければ……帰れ!!」




ゲンドウの、その脅しつけるような言葉に、シンジは父に向けていた視線を逸らし、顔を下に向けた。














サキエルの視界に、ようやく目的地である第3新東京市が入った。街まではまだ1~2kmほどの距離があるが、箱根の山々の上に立つ使徒には、街の全景が見渡せた。

サキエルは一旦、そこで歩みを止める。目的の場所が、何か固い殻のようなものに覆われているのに気付いたからだ。

―――― 第3新東京市の街をそう捉えたサキエル。実際、到達すべき場所であるジオフロント内に至るまでは、何十にも及ぶ特殊装甲板の防御壁を破壊しなければならないのだ。

そのことを正確に感じ取ったサキエルは、自分の生来の能力である『光のパイル』だけでは足りないと考え、すぐさま、その問題を解決するための行動に入った。














―――― っ! これは!?」

「どうしたね?」




使徒の状況をモニターしていたオペレーターの声に冬月は反応し、報告を促す。




「目標の胸部に高エネルギーの集中を確認!」

「何っ!?」

「分析パターンも紫(パープル)、青(ブルー)と周期的に変化しています!」

「何が起こっているんだ………」




冬月を始めとしたNERVの面々が見詰める主モニターには、胸の部分―――― 特に顔のような仮面部分を中心として、苦しそうに踠くサキエルが映し出されていた。やがて、大きく身体を反らした使徒の胸部には、新たな顔が生まれていた。




「形態を変えた? 何か意味がある―――――




その疑問を冬月が言い終わる前に、解答が出た。

新たに生まれた仮面部分の両眼が輝き、放たれた閃光が第3新東京市を襲った。十字を模る巨大な火柱と共に街が破壊されていく。




「まさか………この短時間に機能を増幅させたのか!?」




休むことなく、続けて光線を発射するサキエル。

街と夜空を焼き焦がす爆発の火柱は、衝撃を伴ってNERV本部施設全体を揺らす。

シンジ達がいるケイジも例外ではなかった。














ちっ、とゲンドウの舌打ちが聞こえた。




「奴め………ここに気付いたか!」




〔第1層 第8番装甲版、融解!〕という被害を伝える報告がケイジに響き、その間も使徒は攻撃の手を緩めることなく光線を発射し続ける。

轟音と共にまた揺れた。

もはや、一刻の猶予も無い。




「シンジ君、時間が無いわ」

「乗りなさい!」




リツコとミサトの言葉に、シンジは俯き、肩を震わせる。

泣いているのだろう。ミサトはそう思い、シンジの肩に手をやり、優しく諭す。




「シンジ君、何のためにここに来たの? 逃げちゃだめよ、お父さんから。 何よりも―――――




自分から、と言おうとして、ミサトはシンジの顔を見た。その顔は―――――
























笑っていた。
























壊れた笑顔ではない。諦めの笑顔でもない。そう、心底愉快な顔だった。




「『平行宇宙』だとは思っていたけど………こうまでそっくりとはね」

「し…シンジ君?」




ミサトは混乱していた。何故、この状況で笑っていられるのだろうと。

そしてシンジは、ついに声を出して笑い始めてしまった。




「プ…クク……ク、アハ、アハアハ……ダメだ、我慢できないや………アーーッハッハッハッハッハッハアアアァッ!!」




皆、唖然としていた。その笑い声はまさに、喜劇を見に来た観客のような笑い方だったのだ。

それがゲンドウの癇に障る。馬鹿にされているように感じた。




「何がおかしい」

「だ、だってさ……クク……みんな、あまりにも僕のシナリオ通りに動いて喋ってくれるんだもの………ヒヒ……笑わないほうがおかしい……ってハハハハハ!!」

「シナリオだと? 貴様、何を言っている!?」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」




シンジは狂ったように笑い続ける。




「ちっ!」




恐怖のあまり、シンジが使い物にならなくなったと判断したゲンドウは、少しシナリオとは違うが、もう一人のエヴァパイロットを使うことを決める。

発令所との通信を開き、年上の副官を呼び出した。




「冬月」

〔何だ〕

「レイを起こしてくれ」

〔ふむ………使えるかね?〕

「死んでいるわけではない」
「死んでいるわけではない」




ゲンドウとシンジの声が重なった。それも一字一句間違わずに。

驚いたゲンドウは、弾かれたように下にいる息子を見る。シンジは「悪戯成功!」とばかりに ニィッ と笑みを浮かべていた。




「言ったろう? シナリオ通りだって。 アハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「シンジ君、不謹慎よ!! こんな時に!!」

「ハハ………そうですか?」




リツコが窘めるが、シンジは聞かない。

そうこうしていると、シンジ達 三人が入ってきたドアとは反対側のドアが開き、ケイジ内に一台のストレッチャーが入ってきた。医師らしき男一人と女性看護師二人が付き添っている。

そのストレッチャーはベッドのようになっており、その上には一人の少女が横たわっていた。身体に巻かれた包帯や右腕のギプス、そして左腕に打たれている点滴が、彼女の怪我の重さを物語る。

ストレッチャーを運び込むと、医師と看護師達はさっさと出て行った。まるで、自分の仕事はこれで終わりだ、と言わんばかりに。




「レイ、予備が使えなくなった。 もう一度だ」

「…………はい」




ゲンドウの命令でストレッチャーから起き上がろうとする少女。怪我の痛みが動きを緩慢にさせる。




いつの間にか、シンジの馬鹿笑いは止んでいた。じっと包帯の女の子――――― レイと呼ばれた少女を見ている。

その顔は、先程まで大声で愉快に笑っていた男の子と同じ人物とは到底思えぬほど凛々しく、憂いを帯びながらも強い決意に満ちている――――― そんな顔に見えた。




「(マヤが見たら、一発で落ちるでしょうね)」




ここにはいない潔癖症気味のカワイイ後輩を思い浮かべ、リツコが苦笑しかけた時、




「綾波………」




不意に呟かれたシンジの声。それをリツコは聞き逃さなかった。




「シンジ君……今、何て言――――






 ドゴォォォォォォォンン!!






リツコが最後まで言い終わる前に、更に強い衝撃がケイジを揺らす。使徒の閃光による攻撃が防御壁の全てを貫き、ジオフロント内まで届いたのだ。

十字の炎が地下世界を照らした。




「あうっ!」

「きゃぁ!!」




突然の衝撃を受け、ミサトとリツコは尻餅をつく。同じようにストレッチャーがバランスを崩して倒れ、乗っていたレイを放り出す。と同時に、震動により天井の照明器具が壊れて外れ、それがシンジとレイに向かって降り注いだ。




「危ないっ!!」




ミサトが叫んだ。しかし、この体勢では間に合わない。

シンジは「くそっ!」と叫び、レイを守る為に動いた。




「律儀にこんな事まで同じじゃなくてもいいだろうに」




シンジは驚くべきスピードでレイに近づくと、覆い被さるようにレイを庇う。しかし、ただこのまま何もしないでは、二人とも潰されてしまう。




「(しょうがない、スキル=ゼル―――― )」




シンジは意識を集中させて能力を発動しようとするが、すぐにそれをキャンセルした。

照明器具の残骸は降ってこなかった。巨大な手が、襲い来る凶器の全てからシンジとレイを守っていたのだ。




「エヴァが動いたぞ!?」

「右腕の拘束具を引き千切っています!」




ケイジ内の整備員がありえないことに動揺する。それは、エヴァを最もよく知るリツコも同じであった。




「そんな!? ありえないわ! エントリープラグも挿入されていないのに!」




だが、ミサトはこの光景に希望の光を見た。




「インターフェイスも無しに反応している………というより、守ったの? 彼を?……………イケる!!」




ミサトは、自分の目的である使徒への復讐が間接的にでも果たせると思い、シンジに期待を抱いた。

しかし、シンジはそんなミサトを無視して初号機に目を向ける。ここに来て初めて見せる優しい眼差しで。




「(ありがとう、母さん。 もう少し待ってて)」




シンジはそのままの表情で、腕に中に抱きかかえるレイを見た。

前と同じ、痛々しい姿。傷口が開いたのか、包帯の所々が血で滲んでいる。

シンジは涙が出そうになるのを堪えて、聞こえるか聞こえないかの小さな声でレイに語りかけた。




「綾波………ゴメン。 本当なら、君はこんな怪我を負うことはなかったんだ。 でも使徒との戦いが始まるまで、できるだけイレギュラーを減らさなければならなかった。 だから零号機の暴走事故を止めることができなかったんだ。 謝って済む問題じゃないけど、この責任は必ず―――――




取るよ、と言いかけてシンジは言葉を止めた。レイの手がシンジのシャツを掴み、ぼそぼそと何かを呟いていたからだ。




「え? なに?」




シンジは、レイの口に耳を寄せる。




「……い…かり……くん…だ…め………あれ…に……のら…な………いで」

「!?」




驚愕! 

シンジの瞳が大きく見開かれる。

今、この時点で彼女が僕の名前を知っているはずがない。仮に知っていたとしても、「エヴァに乗らないで」などと言うわけがない。

………だとしたら、まさか……………まさか!




「……い…か……りくん……もう…かか…わらな……いで………」

「あ……あやな……み……?」




途端、涙が溢れた。




彼女だ………綾波レイだ。




僕の知っている、僕を知っている綾波レイだ。




何故かは判らない。




でも、無性に嬉しかった。




また逢えた。




今度こそ救える………彼女を。




身勝手な大人たちの最大の犠牲者である彼女を。




シンジはレイを抱きしめた。 にちゃぁ という音と共にシャツに血が付いたようだが、そんなことは気にもならなかった。




嬉しかった。

唯々、嬉しかった。




しかし、そのシンジの気持ちをブチ壊す女が一人、その名は葛城ミサト。




「シンジ君、あなたが乗らなければその娘が乗ることになるのよ。 怪我人を戦わせて恥ずかしいとは思わないの?」




ミサトの無神経極まりない言葉に、シンジは本気でキレかけた。

だが、怒りをその身に滾らせようとも少年は、あくまで穏やかに言葉を返す。




「この娘を戦場に出そうとしているのはあなた達でしょう。 いい歳した大人が子供を最前線で戦わせて………あなた達こそ恥ずかしくないんですか?」

「うっ………し、仕方ないじゃない。 エヴァはあなた達じゃないと動かせないんだから………」

「本当に?」

「ええ」




ミサトでは分が悪いと踏んだリツコが割り込んできた。




「エヴァンゲリオンには、特別な才能を持った14歳の子供しか乗ることができないの」

「欠陥品じゃないですか」

「何ですって!?」




リツコの目つきが険しくなる。それはそうだろう。NERVの誇る決戦兵器を欠陥品呼ばわりされては。




「だって、そうでしょう? 子供しか乗れない兵器のどこが究極の汎用兵器なんですか? そんな兵器を自慢して、尚且つ怪我人を乗せようとしたり、脅迫して無理やり乗せようだなんて………本当に自分達のやっていることが恥ずかしくなんですか?………もう一度聞きます。 恥ずかしくないんですか!!」

「「「「………………………………………」」」」」




誰も、何も言い返せなかった。

シンジの言う通り、客観的に見ても自分達のやっていることは、大人が子供に対して行って良いことでは決してない。

しかし、使徒を倒さなければ人類全てが滅ぶ。

仕方がない。それが大人達の免罪符。




「もういい、葛城一尉!」




事の成り行きをただ見ていただけの髭男が叫ぶ。




「人類の存亡を賭けた戦いに、臆病者は不要だ!」




その言葉にシンジは即座に反応する。




「臆病なのはあんたの方だ! そのサングラスで視線を隠し、髭面と威圧的な言葉で相手を怯えさせることでしか、他人と付き合うことができないんだろう?」

「……………」

「沈黙は肯定と受け取るよ………それに、僕はまだ『乗らない』とは言ってない。 『乗れるわけない』とは言ったけどね」

「シンジ君、それじゃ………!」




俯いていたミサトが顔を上げる。




「乗りますよ、ここまで来たら。 それに………時間が無いんでしょう?」






 ドゴォォォォォン!!






未だ使徒の攻撃は続いている。何度目になるのか判らない衝撃がケイジを襲った。




「その様ね………リツコ!」

「判ったわ。 シンジ君、ついてきて」

「ちょっと待ってください」




そう言ってシンジはレイを抱き上げると、静かにストレッチャーに乗せた。




「………だ…め……だめ……」

「心配いらないよ。 綾波はゆっくり休んでて」




シンジはレイの頭に手をやる。すると、痛みで震えていたレイの身体が急に弛緩したかと思うと、次の瞬間には安らかな顔で眠りについていた。




「!!………シンジ君、レイに何をしたの?」

「眠りのツボってやつです」




リツコの質問をはぐらかすシンジ。実際はA.T.フィールドの応用で怪我の痛みを取り除き、強制的に眠らせたのである。今のレイに無理をさせるわけにはいかない。

リツコからインターフェイス・ヘッドセットを受け取ったシンジがエントリープラグに乗り込もうとする。

と、そこにリツコから声が掛かった。




「ねえ?」

「はい?」

「あなた………本当に碇シンジ君?」

「…………何故、そう思うんです?」

「私を赤木さんと呼んだわ」

「?………赤木リツコさんでしょ?」

「ええ、そうよ。 でもね、私はあなたに『よろしくね』としか言ってないの。 ミサトも『リツコ』としか呼んでないし」

「……………!」




内心、しまった………と思うシンジだが、それは決して表情には出さない。あくまで冷静を装う。




「何故、私の姓が『赤木』だと判ったのかしら? いえ………もしかして、知っていたのかしら?」

「(鋭いなぁ………やっぱ要注意だよ、リツコさん)」

「どうかしら?」

「生きて帰ってきたら、ちゃんとお教えしますよ」

「楽しみだわ」




プラグのハッチが閉められ、エヴァンゲリオンへのエントリーが始まる。




「冷却終了。 ケイジ内、全てドッキング位置」

「パイロット、エントリープラグ内コックピット位置に着きました」

「了解。 エントリープラグ挿入」

「プラグ固定………終了」

「第一次接続、開始」

「エントリープラグ注水」




シンジの足元からオレンジ色の液体が湧き出てきた。その水位は徐々に上がっていき、その液体でプラグ内部が満ちていく。




「(あ、忘れてた)な…何だ、これ!?」




シンジの問いにリツコが答える。




「大丈夫。 肺がL.C.Lで満たされれば、直接 酸素を取り込んでくれます」




L.C.L――――― Link.Connect.Liquid(リンク・コネクト・リキッド)の略で、同調接続用液体とも呼ばれるものである。また、プラグ内全てが液体で満たされるため、衝撃緩和材としての機能もある。




「う、がぼぅ………気持ち悪い」

「我慢なさい! 男の子でしょう!!」




ミサトの激が飛ぶ。ムカつくシンジ。




「男でも、気持ち悪いものは気持ち悪いんです。 だいたい、セクハラですよ、そのセリフ」

「口が減らないわねぇ」




そういう間にも、作業はどんどん進む。




「主電源接続。 全回路、動力伝達」

「起動スタート!!」

「A10神経接続………異常なし」

「初期コンタクト、全て問題なし」

「双方向回線、開きます」

「シンクロ率…………えっ!?」




赤木リツコの部下であり、右腕でもある『カワイイ後輩』伊吹マヤが信じられない、そして予想もしない結果に驚いた。




「マヤ、どうしたの!? 報告しなさい!!」

「あ、すみません! シンクロ率99.89%! 暴走、ありません」

「そんな!?」




さすがのリツコも驚きを隠せなかった。初めてのエヴァとのシンクロで、いきなり理論限界値ギリギリのシンクロ率など予想できるものではない。一瞬、やはり偽者かと考えた。だが、初号機にシンクロできたという事実が、彼が碇シンジ本人という何よりの証明だということを思い出した。




「どうなの、リツコ?いけるの?」




ミサトが不安そうに聞いてくる。




「ええ、動かす分には問題ない……いいえ、充分よ」

「よし! エヴァンゲリオン初号機、発進準備!!」




ミサトの号令と共に、ケイジ内が慌ただしく動き出す。




「第1ロックボルト解除!」

「続いて第2ロックボルト解除!」

「アンビリカルブリッジ移動!」

「第1、第2拘束具除去!」

「1番から15番までの安全装置を解除」

「内部電源、充電完了」

「外部電源コンセント、異常なし」

「エヴァ初号機、射出口へ!!」

「5番ゲート、スタンバイ!」

「進路クリア、オールグリーン!!」

「発進準備完了」

「了解」




ミサトは全ての準備が整ったのを確認した。後は発進の号令を出すだけ。

後ろを振り向く。

発令所の中央部、一段高くなっている司令塔に総司令 碇ゲンドウはいた。机に両肘をつき、顔の前で手を組む―――― 部下からは『ゲンドウポーズ』と軽口を叩かれている、いつものポーズで司令席に座っていた。

使徒戦の指揮官として作戦を任されているミサトは、最後の確認をする。




「構いませんね?」




この時、ミサトは『総司令』にではなく、『シンジの父親』に向かって確認をしたつもりであった。だが、ゲンドウはそれを知ってか知らずか、『総司令』として答えた。




「もちろんだ。 使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」

「はっし―――――

「待ってください!!」




発進命令を出そうとしたミサトを遮るようにして、ロン毛が特徴のオペレーター、青葉シゲルが叫ぶ。




「何よ! こんな時に!!」

「第3新東京市上空に未確認飛行物体!」

「何ですって!?」

「まさか、新たな使徒!?」

「いえ、A.T.フィールドは計測されておりません」

「映像で確認、主モニターに回します」




そこに映し出されていたのは、飛行機と呼ぶにはあまりに大きすぎる翼を広げた謎の飛行体。生命体ではない。明らかに機械であり、人工物だと判る。




「何よ、あれ?」

「飛行物体より通信!」

「!!………人が乗ってるの!?」

「どうしますか?」




眼鏡を掛けたオペレーター、日向マコトが聞いてくる。




「………いいわ。 回線を開いて」




覚悟を決めたミサト。

開かれた回線を通じ、主モニターに現れたのは地球を侵略に来たタコ型の宇宙人―――― ではなく、厳つい顔でモヒカンヘア、そしてマッチョな男であった。

あまりに予想外な姿だったため、固まってしまう発令所の面々。マヤなど石化している。




「あ~~、こちら地球防衛勇者隊『Gutsy Galaxy Guard(ガッツィ・ギャラクシー・ガード)』だ。 これより使徒殲滅戦を開始する」




















第肆話に続く








[226] 第肆話 【勇者王 降臨】
Name: SIN
Date: 2005/04/02 13:13




サキエルが第3新東京市に攻撃を開始する少し前――――― 市内某所。




「ここら辺でいいか?」

「そうだな」




避難が完了し、誰もいない筈の街に二人の男がいた。黒いスーツ姿にサングラス、そして厳つい容姿。明らかに一般人ではない。客観的に見れば『その筋の人』と言っても差支えがないだろう。

それはある意味、間違ってはいなかった。






彼らの所属は―――――― NERV 特殊監査室 保安諜報部。






男のうち一人は、その腕に子供を抱えていた。

女の子。まだ小学生低学年ほどに見える。

少女は眠っていた。

この男たち、逃げ遅れた子を保護したのだろうか――――― いや、どうやら違うようだ。

彼らはその少女を、ビルの下に寝かせた。




「よし。これでいい」

「でもよう、本当にこれが任務なのか?」

「司令直々だぞ」

「しかし………なぁ……」

「俺達は命令通り……グゲッ!?」




嫌な悲鳴を上げ、一人が倒れた。




「おい!どうし……誰だ!?」




倒れた男の後ろには、何処から現れたのか、茶色の長髪をなびかせた一人の青年がいた。




「貴様!」




もう一人の男は、拳銃を取り出そうと懐に手を入れた。が、次の瞬間「ぐぶぅっ……」と呻き、崩れ落ちる。男の鳩尾には青年の右拳が突き刺さっていた。

青年は男達を一瞥すると、眠っている少女を抱え上げた。




「怪我は………無いようだな。 眠っているだけか」

「おそらく、クロロホルムでしょう」




ゆらり……と陽炎が揺らいだかと思うと、そこに紫色の人型ロボットが現れた。GGG諜報部所属のビークルロボ、ボルフォッグである。そのフォルムは、まさに忍者のイメージ。

また、姿を消していたのは『ホログラフィックカモフラージュ』という特殊機能の一つで、ミラー粒子をコントロールし、機体に当たる光を反対側に屈折誘導することで、外見上あたかも光が透過したかのように欺瞞する能力である。これにより、機体は見た目上 透明になり、周囲の景色に同化できる。情報収集や極秘裏の要人警護など、任務の性質上 隠密行動を取ることが多いボルフォッグには適した機能と言える。




「薬か………ここまでして!」

「やはりNERV諜報部のようです」

「腐っているな。 まるでバイオネットだ」




バイオネットとは、この青年の世界にある国際犯罪組織である。誘拐、強盗、殺人は当たり前。無差別テロ、果ては誘拐した人々を人体改造し、組織の一員として使うという最凶の犯罪集団。

青年はNERVにバイオネットとの共通点を見た。




「ですが、NERVの職員すべてが………」




ボルフォッグがフォローする。




「ああ、判っているさ」




そう、判っている。本当に裁かれねばならないのは、いったい誰なのかということは………。

だからこそ、俺は―――― いや、俺達はここにいる。その為に俺達は、彼と共にこの世界に来たのだから。




「ボルフォッグ、この娘を頼む」

「了解しました」




ボルフォッグは人型からビークル形態であるパトカーに変形する。青年は、その助手席に少女を乗せた。




「ガイ機動隊長もお気を付けて」

「ああ」




ガイと呼ばれた青年は、ボルフォッグの気遣いに頷いて応えた。

獅子王(シシオウ)ガイ。それがこの青年の名だ。

キュキュキュキュキュッ! とタイヤを鳴らして全速で走り去るボルフォッグを見送り、ガイは再びサキエルを見た。

これは、サキエルが攻撃を開始する、ほんの10分前の話。














「これより使徒殲滅戦を開始する」




いきなり上空に現れた謎の飛行艦からそう告げられたNERV発令所の面々は、あまりの出来事に言葉を失った。

当然である。通常戦力では最強を誇る国連軍すら、使徒の前では手も足もでなかった。その使徒を倒すため開発されたNERVの秘密兵器エヴァンゲリオンが、今まさに発進しようとした矢先である。自分達以外に使徒と戦おうとする戦力があるとは思ってもいなかった。

声無く固まっているNERVの面々に、モニターに映っているモヒカン男が声を掛ける。




「………やけに静かだな。 おい、聞こえているか?」




すると、モヒカン男の前方にあるオペレーター席に座っている女性が「ウププ……」と声を殺して笑う。




「卯都木(ウツギ)………何がおかしい?」




モヒカン男のジト目が卯都木と呼ばれた女性オペレーターを見る。




「す…すいません、火麻(ヒュウマ)参謀。 みんな固まってるんですよ。 その個性的なヘアスタイルに………」




そう言って火麻の頭頂部を指差す。笑いを隠すように口に手を当てながら。




「お前、このミレニアムモヒカンをバカにするのか」

「でも、あの表情を見ると………」




二人は視線をNERVのスタッフたちが映るモニターに向ける。

そのNERVの発令所だが、時間が停止しているかのように、未だ全員が固まっていた。が、その中で逸早く復活したのは葛城ミサト。さすが作戦指揮官の使命感か。それとも使徒への復讐心か。




「ちょっと!! いったい何なのよ、あんた達!!」




そのミサトの声でようやく発令所は再起動した。

やっと応答が返ってきたので、火麻は改めて向き直る。




「こちら地球防衛勇者隊Gutsy Galaxy Guard(ガッツィ・ギャラクシー・ガード)だ。 任務により、これより使徒殲滅戦を開始する」

「なに言ってのんよ!!」




激昂するミサト。




「使徒との戦闘は、私達に指揮権があるのよ! いきなり横からしゃしゃり出てきて勝手なこと言ってんじゃないわよ!!」

「関係ないな。 指揮権が何処の誰にあろうと使徒は殲滅する。 それだけだ」




ミサトの怒声をひらりと躱す火麻。




「何ですって!!」

「待ちたまえ! 葛城一尉」

「るっさい!!………あ」




つい怒鳴ってしまった相手を見て、声を失うミサト。

ミサトを止めたのは、発令所上部の司令塔にゲンドウと共にいた冬月。

状況が状況だけに冬月はミサトを咎めず無視し、モニターに映る相手に向かって口を開いた。




「私は特務機関NERVの副司令 冬月コウゾウだ。 君達は何者かね?」




静かだが強い口調で問う冬月。感情的になりやすいミサトにはできない事だ。




「何度も言ってるだろう、地球防衛勇者隊Gutsy Galaxy Guardだ。 言い難いならGGG(スリージー)と呼んでもらって構わない。 俺は作戦参謀の火麻ゲキだ」

「GGG? 聞いたことないが………」




冬月は首を傾げる。諜報部を半ば私物化しているゲンドウも同様、スーパーコンピューター・MAGIを管理し、世界のあらゆる情報を覗けるリツコも同じだった。あれだけの飛行艦を持っている組織だ。情報が入ってこない方がおかしい。




「聞く、聞かないはどうでもいい。 とにかく、こちらは使徒殲滅戦を開始する。 以上だ」

「待ちたまえ! 先ほど葛城一尉が言ったように、使徒との戦闘指揮権はこちらにある。 勝手な真似は慎んでもらおう。 もし、これ以上こちらの邪魔をするというのなら、特務権限により君たちを武装解除させ、拘束することになるぞ」

「あんた達が国連直属の特務機関だからか?」

「そ――――

「そうだ」




冬月を遮って答えたのはゲンドウ。この男も内心イラついていた。せっかくシナリオ通り事が進むと思ったらこれだ。邪魔は速やかに排除する。




「NERV総司令 碇ゲンドウだ。 これ以上の邪魔は許さん」




サングラスに隠されてはいるが、その視線は火麻を射抜くように睨んでいる。

だが、火麻はそれに臆することなく、




「関係ないと言っただろう。 悪いがこちらは非合法組織だ。 特務権限どころか国際法すら従う必要はない。 使徒との戦闘開始を宣告しただけ有り難いと思うんだな。 以上だ」






 ブツッ






言うだけ言って通信を切った。




「ちょっと………! 待ちなさいよ!!………通信は!?」

「駄目です! 開きません!!」

「何なのよ、あいつらは!!」




怒号響く発令所。そんな中、下の喧騒を無視するかのように司令塔のゲンドウと冬月は、小声で何かを話し合っていた。




「碇、このままにしておいて良いのか?」

「問題ない。 奴等に使徒を倒せるほどの戦力があるとは思えん。 シナリオはいくらでも修正できる」

「なら、良いのだがな」




冬月もゲンドウも、この時は思いもしなかった。彼らこそ、自分達のシナリオ最大のイレギュラーだということを。

その頃、エントリープラグ内のシンジは――――――




「やっと火麻さん達も来たか………。 ガイさん達、上手くやってくれたかな? ナツミちゃん、無事ならいいけど………。よし、見てみるか………スキル=サハクィエル、発動」




目を瞑るシンジの脳裏には、第3新東京市の夜景とサキエルが見えていた。あたかも、自分自身がその場にいるように。














通信を切った火麻は、早速 作戦開始の指示を出す。




「卯都木、ガイを呼び出せ!」

「了解――――― ガイ、聞こえる?」

「待たせすぎだぞ、ミコト」

「ゴメン、調子はどう?」

「大丈夫だ」




戦闘作戦中の会話ではない。まるで恋人同士の会話――――― いや、現に獅子王ガイと卯都木ミコトは恋人同士なのだが、現在は戦闘中だ。本来、このような会話は許されない。

だが、火麻は何も言わない。この何気ない会話が、ガイの緊張を和らげているのだと解っているから。




「鈴原ナツミちゃんの件は?」

「大丈夫だ。 いまボルフォッグが安全なところに避難させている」

「なら、問題ないわね」

「ああ」

「じゃあ、作戦開始よ!」

「了解!! ギャレオォォォォォォンッ!!」




ガイの咆哮が夜空に轟く。

それに反応したのか、夜空の星が一つ瞬いた。そこから流星が走ったと思うと、それはだんだん大きくなり第3新東京市に向かって落ちてくる。

地上に激突する! と思われた瞬間、流星は軌道を変え、ガイに向かってきた。彼は、それが当たり前のように悠然とビルの上で佇んでいる。

流星がガイの真後ろで止まった。光に包まれていた流星が形を変えていく。やがて、それはライオン型のロボットとなった。

このライオンロボこそ未知なる異星文明の産物。『カインの遺産』と呼ばれ、若き宇宙飛行士だった獅子王ガイの運命を決定付けた宇宙メカライオン・ギャレオンである。














突然現れたメカライオンにNERV発令所は慌てた。




「な…何よ、あれは!? まさか使徒なの!?」

「A.T.フィールド、反応ありません!!」

「じゃあ何なのよ! リツコ!!」

「まさか、あれがGGGの戦力!?」














ギャレオンに興味を示したのか、サキエルがガイ達に向かって歩いてくる。




「いくぞ、ギャレオン!!」

「ガオォォォォォォォォン!!」




ガイの気合いに、ギャレオンは雄叫びで応えた。




「フュージョーォォォンッ!!」




ガイの身体がギャレオンの口蓋に飲み込まれていく。ガイと一つになったギャレオンは全身のシステムを組み替え、人型を成していく。




「ガイッガーァァァッ!!」




獅子王ガイはギャレオンとフュージョンすることで、メカノイド・ジェネシック=ガイガーとなった。




「いくぞ、サキエル!!」




ガイガーは腰部にある推進機関(スラスター)、Gインパルスドライブを吹かせ、使徒サキエルとの戦闘を開始した。














NERVはパニックになりかけていた。使徒だけでも手一杯なのに、GGGと名乗る謎の組織の出現。そして、その所有兵器であろうメカライオンと、それが変形した人型ロボット。何が何だか、さっぱり判らない。




「状況はどうなの、リツコ!?」

「判るわけないわ! あんなものが人型に変形すること自体信じられないのに! アニメじゃないのよ!」

「でも、現になってるじゃない!」




女性幹部二人のくだらない言い争いが続く中、サキエルとガイガーの戦いをモニターしようとオペレーター達は必死だった。今、NERVで一番働いているのは彼らだろう。

そして、一番働いていないTOPの二人は―――――




「碇、これは俺のシナリオにはないぞ」

「問題ない」




ゲンドウの言葉が天に通じたのか、ガイガーの攻撃は、サキエルに届く一歩手前で止まった。

ガイガーの拳に装着されたジェネシッククローとサキエルの身体の間には、紅く輝く八角形の光の壁が現れていたからだ。




「「A.T.フィールド!!」」




絶対領域・Absolute Terror Field(アブソルト・テラー・フィールド)、使徒が持つ防御フィールドである。サキエルはこれを展開し、ガイガーの攻撃を防いでいた。

それを見てゲンドウがニヤリと笑う。

ミサトも何故かニヤリと笑った。

リツコも同様だった。




「駄目だわ。 A.T.フィールドがある限り、使徒には接触できない!!」

「デカイ口を叩いて、所詮これ? やっぱりエヴァじゃないと使徒には勝てないようね、リツコ?」

「当然だわ」

「よし、初号機を発進させるわ!」

「待ってください!!」




再び、ロン毛のオペレーター青葉が待ったを掛ける。




「今度は何よ!!」

「使徒と人型ロボットに高速で接近する五つの物体を感知!!」














ガイガーの攻撃では、サキエルに決定的なダメージは与えられなかった。

傷をつけることはできる。だが、その程度ではすぐに再生される。

全力で攻撃を繰り出しても、A.T.フィールドによって全て弾かれてしまった。

こっちの思うようにはいかないか、とガイはサキエルを見くびっていたことを反省する。このままでは勝てないと判断し、上空に待機している飛行艦――――― 超翼射出司令艦ツクヨミにシグナルを送る。勇者王への合体要請を。

そして、それと同時に呼ぶ。大切なパートナー達を。




「ジェネシックマシン!!」




その呼びかけに応えるように五つの光が夜空に瞬いたかと思うと、それはガイガーを取り巻くように降りてきた。

光は徐々に形を成していく。

鮫をイメージして造られたブロウクンガオー。

海豚(イルカ)をイメージして造られたプロテクトガオー。

ストレイトガオーは雄、スパイラルガオーは雌の土竜(モグラ)をイメージして造られ、そしてガジェットガオーは黒鳥をイメージして造られている。

この五機がガイガーのパートナーであり、サポートメカであるジェネシックマシンなのだ。

一方、シグナルを送られたツクヨミは――――――














「参謀! ガイガーよりファイナルフュージョン要請シグナルです」

「既に長官より全ての行動が承認されている。 遠慮はいらねぇ! 卯都木ぃっ!!」




ビシッ! と、力強く指差す火麻。




「了解!! ファイナルフュージョン…………ジェネシック……ドラーァァイブッ!!」






 バキャッ!!






グローブを嵌めたミコトの右拳がドライブキーの保護プラスチックを叩き割り、プログラムを起動させる。

それは瞬時にガイガーに転送され、ファイナルフュージョンの封印を解いた。




「よっしゃぁぁぁっ!! ファイナルッ! フュージョォォォォォンッ!!」




ガイガーは、ファイナルフュージョン保護フィールドとしてE.M.T――――― Electro Magnetic Tornado(エレクトロ・マグネティック・トルネード)と呼ばれる電磁竜巻を発生させる。

そのトルネードを構成する電磁粒子の波に飲まれたサキエルは、バランスを崩して倒れた。その隙に竜巻の中に五体のジェネシックマシンが進入し、フュージョンを開始する。




スパイラルガオーが右脚部に、ストレイトガオーが左脚部に、それぞれ合体していく。

そしてブロウクンガオーが右肩部に、プロテクトガオーが左肩部を構成し、ガジェットガオーから展開してきた前腕部と接合、巨大な両腕部が完成。

ガジェットガオーは逆さに後背部へとりつき、前足が両肩を掴みこんで固定した。黒鳥の頸部は、長大な尾の部分になり、そして獅子の鬣(たてがみ)を思わせるオレンジ色のエネルギーアキュメーターの髪をなびかせながら頭部装甲が変形し、緑に輝くGクリスタルの煌きが額に宿る。




「ガオッ!ガイッ!ガーァァァァッ!!」




それは、最強の破壊神。




それは、勇気の究極なる姿。




我々が辿り着いた大いなる遺産。




その名は――――――








勇者王 ジェネシック=ガオガイガー!!!








「なぁっ!?」

「!!」

「……………碇」

「……………!」




第3新東京市に降臨した黒き破壊神の姿に、ミサト、リツコ、冬月、そしてゲンドウを始めとしたNERVの面々は驚愕に染まった。












「ウオオォォォォォォォォォッ!!」




ガオガイガーの右腕にパワーが集中していく。




「ブロウクン! マグナァァァムッ!!」




勢いよく右腕から発射された拳は、紅い光を纏い、高速で回転しながらサキエルに向かって突き進む。

サキエルはその攻撃の威力を感じ取ったのか、A.T.フィールドを全力で展開する。

だがブロウクンマグナムは、そんなA.T.フィールドなど薄紙の如くサキエルの左肩ごと貫いた。




「!?!」




サキエルの左肩からごっそりと左腕が千切れた。

脅威を感じたサキエルは、一旦 間合いを取ろうと考えた。双眸を輝かせ、光線を放つ。

しかし―――――




「プロテクトシェェェードッ!!」




ガオガイガーが左手を翳すと上腕部分のフィールド発生機が展開され、機体を守る防御フィールドが発生した。そのフィールドはサキエルの光線を防いだばかりか、屈曲させ、その威力のまま跳ね返した。




「!!?」






 ドゴォォォォォォン!!






十字の火柱が上がった。

予想してなかったその攻撃。A.T.フィールドを展開することすら忘れたサキエルは、それをまともに喰らってしまう。身体のあちこちがブスブスと焼け焦げた。




「サキエルよ、お前に怨みはない………だが、使徒と呼ばれる存在がこの世界に破滅を齎すというのなら………俺は! 貴様らを! 破壊するッ!!」




圧倒的な迫力を伴って、サキエルに指先を向けるジェネシック=ガオガイガー。




サキエルは震えた。恐怖が身体を駆け巡った。




NERVは見た。天使の名を持つ神の使徒、それを滅ぼす黒き破壊神の姿を。




















第伍話へ続く








[226] 第伍話 【破壊の神 VS 福音を告げる者】
Name: SIN
Date: 2005/04/02 10:27




 神。






 人間にとって、神とはどういう存在であろうか。






 絶対者?






 希望?






 信ずるべきもの?






 人それぞれに答えがあるだろう。






 では、世界にとって神とはどういう存在なのだろうか。






 その神の使いとされる使徒。






 使徒は人類の天敵と呼ばれている。






 ならば、神と呼ばれる存在こそが、






 この世界を救うために、人類が倒さなければならない真の敵なのだろうか。




















 全ては、此処から始まる…………。








































日本―――――― 箱根の山間に建造された使徒迎撃要塞都市、第3新東京市。

今ここでは、二体の巨人が戦っていた。一体は緑色で、頭の無い人間を思わせるフォルムを持つ生物。もう一体は、胸部に獅子の顎門(あぎと)を持ち、橙色の髪をなびかせる黒の鋼鉄巨人。

その黒の巨人、ジェネシック=ガオガイガーが一歩踏み出し、間合いを詰める。

すると緑の巨人、第3使徒サキエルが一歩後退する。

恐れているのだ。自分以上に圧倒的な力を持つガオガイガーの存在を。

だが、サキエルの頭に『逃げる』という選択肢は無かった。此処――――― NERV本部の地下深くから自分を呼ぶ波動。それを発する存在と接触するという使命に従っている為だ。

サキエルは何とか一歩を踏み出そうとする。しかし、身体が震える。肉体が、本能が拒否しているのだ。

魂に刻まれた主命の遂行以外、虚ろに満たされているはずの心に湧き上がる、望まぬ感情。

それは『 恐 怖 』と呼ばれるもの。




蛇に睨まれた蛙。




まさにそれは、残酷なまでの『世界』の真理。




弱肉強食。




それからの戦闘は、本当の意味で一方的だった。














ジオフロント、NERV本部。

作戦指揮所である中央作戦室発令所は、シー…ン………と静まり返っていた。スーパーコンピューター・MAGIの微かな稼動音、データをモニタリングする電子音、そして地上の様子を映す主モニターから聞こえる戦闘音以外の音は無く、その場にいる誰一人として声を上げることができなかった。

その原因たる光景――――― 使徒を名乗る異形の怪物を蹂躙する獅子の破壊神が映る主モニターを、ある者は凝視し、ある者は口を押さえて嘔吐感を必死に押さえ込む。






嬲り殺し。






思わず、そんなイメージが湧いた。

ミサトはモニターを凝視しながら拳を握り締め、身体を震わせていた。怒りに満ちた瞳で。

リツコは、目の前の光景が信じられずに呆けていた。自分の持っていた常識が崩れ去った為に。

一方、地上で始まった戦闘の所為で忘れられた感のあるシンジだが、彼は初号機のエントリープラグ内からスキル=サハクィエルを使って戦況を見ていた。そして、そのあまりの凄惨さに顔を顰める。




「(まさか、ここまでの実力差があるとはね。 A.T.フィールドが何の役にも立ってないじゃないか)」




ガオガイガーの全ての攻撃に対し、サキエルは防御の為にA.T.フィールドを展開する。しかし、それを無視するかのように、破壊神の攻撃はA.T.フィールドを突き破り、使徒にダメージを与えていった。

サキエルの仮面に拳がめり込む。膝のドリルが身体に穴を穿つ。再び放たれた光線をプロテクトシェードが撥ね返し、残った右腕から突き出された光のパイルをブロウクンマグナムが撃ち砕く。

再生能力が追い着かないほどのダメージを受けたサキエル。既に反撃する気力すらない。立っているのがやっとの状態だ。




「トドメだ! ガジェットツールッ!!」




破壊神の尾を構成するガジェットガオーの首部から、第五・六・七節の部分が切り離され、形態を変えながら左右の拳に装着されていく。これは、今から紡ぎ出される限界を超えたエネルギーから両拳を保護する為の物だ。




「ヘルッ……アンド……ヘブンッ!!」




ガオガイガーの両腕に、それぞれ異なったパワーが集中する。

右手に破壊、左手に防御のエネルギーが集まると、それは奔流となって溢れ出した。




「ゲム……ギル……ガン……ゴー……グフォ!」




これは、その二つの力を一つに縒り合わせることを意味する言霊(キーワード)。




「むん!!」




撚り合わされた二つのエネルギーは緑の輝きとなってガオガイガーの全身に纏われ、溢れ出たエネルギーは両拳からE.M.トルネードとなって放たれる。大出力電磁波の暴力的な奔流にサキエルは為す術なく捕捉され、全身を硬直させた。




「ウィータァァァッ!!」




ガオガイガーは更に言霊を加えることによってエネルギーを一点に集中させ、身動きの取れなくなったサキエルに両拳を突き出して突進していく。

サキエルは最後の足掻きのようにA.T.フィールドを展開するが、それごとガオガイガーの両拳はサキエルの中心を貫き、赤い玉――――― コアを抉り出す。

ブチブチィッ! と筋肉組織の千切れる嫌な音を発しながら、サキエルの身体からコアが取り出されていく。




「ギエエエェェェェェッ!!」




悲鳴のような叫びが上がる。サキエルは、瞬時に己の形態を変化させ、ゴムのようにガオガイガーの上半身に纏わり付いた。




「……っ! 自爆か!?」




サキエルの自爆。それは予め、シンジから聞かされていた。だからこそ慌てることなく、冷静に対処できる。




「無駄だぁっ!!」




コアに自爆用のエネルギーが充填される前に、ガオガイガーはサキエルの身体からコアを引き千切った。

コアを失い、力なく倒れるサキエル。紫色をした体液が辺りを染めていく。




「サキエル殲滅。 コアの回収、完了!」




勇者王の初戦は、こうして幕を閉じた。














「A.T.フィールド反応、消失! サキエル、殲滅されました!」




第3新東京市上空。

超翼射出司令艦ツクヨミの艦橋で、ミコトからそう報告を受けた火麻は「よし!」と頷き、次の指示を出した。




「現時刻をもってサキエル殲滅作戦の第一段階を終了する。 ガオガイガー撤収準備。 引き続き、第二段階へ移行する。 後はNERVの出方次第だな」

「NERVは、どう出るでしょうか?」

「俺達としちゃあ、プランα(アルファ)の方が有り難いがな」

「ですね」

「だが、シンジの奴が言いやがった。 『プランβ(ベータ)です』てな」

「じゃあ、何故シンジ君はαの案も用意したんでしょう?」

「口ではああ言っても、本当は信じたいんだろうな。 あれだけの力を見せつけられて、それでも戦いを挑んでくるほどNERVは馬鹿じゃない………てな」

「そうですね………。 同じ世界ではないにしろ、かつては一緒に戦っていたんですものね………」




ミコトはしんみりしてしまう。




「おら、しけた顔をするな! NERVの動向に気を付けろ! どっちのプランに行くかで、今後の作戦が全て変わるんだからな!」

「了解!!」




火麻の激を受け、ミコトは気分を切り替えた。沈んだ気持ちでいる場合ではなかった。まだ、作戦の全てが終わったわけではない。むしろ、これからが本番なのだから………。














「エヴァ初号機であのロボットを捕獲せよ」




発令所に総司令 碇ゲンドウの命令が響いた。

ミサトとリツコ、そして冬月を含めた発令所の面々は、しばらくの間、ゲンドウの言葉が理解できなかった。先程の戦闘を見ている者なら、けっして口にはできない言葉である。

そんな中、逸早く反応したのは、やはりミサト。




「危険です! いえ、無謀です!! 先の戦闘はご覧になったはずです。 あの力の前には、例えエヴァでも………」




リツコもそれに続く。




「ミサ……葛城一尉の言う通りです! あのロボットのパワーは人知を超えています!!」




二人の反論は当然だった。ゲンドウとて初めてエヴァに乗ったシンジにそんな事ができるとは思っていない。では、何故か。




「碇、私も二人の意見に賛成だ。 奴らは我々を敵としているわけではない。 ここでいらぬ手出しをして損害を増やすこともあるまい」




副司令である冬月も、ミサトとリツコに賛同した。

するとゲンドウは、冬月を近くに呼び寄せ、小声で話し出す。下の二人に聞こえないように。




「冬月、シナリオを進めねばならん」

「進める?」

「シンジでは何もできんだろう」

「判っておって何を」

「シンジが危機に陥ればユイが目覚める」

「まさか!? その為だけに!?」




いつものポーズのまま、ニヤリと口を歪めるゲンドウ。




「ユイに逢うためには必要なことだ」




冬月は フウ…… と溜息をつくと、ミサトに命令を出す。




「初号機 発進だ」

「副司令!?」




ミサトは自分の耳を疑った。さっきは自分と同じように反対してくれたはずなのに。




「葛城君、彼らは法を無視し、我々NERVの任務を妨害したのだ。 拘束せねばならん」

「しかし!!」

「それに、あのロボットが手にしているのは使徒のコアのようだ。 そうだな、赤木博士?」




モニターを見るリツコ。ガオガイガーの右手には、赤い球体が握られている。




「は…はい! そのようです」

「あのまま持ち去られては、我々は貴重なサンプルを失ってしまう。 あれほどの物だ。 その重要性はよく判っているはずだが?」

「それは……そうですが………」

「NERVは使徒殲滅機関であると同時に、使徒の研究機関でもあるのだよ。 今後の使徒戦を優位に進める為にも、あのサンプルは手に入れたい」

「そうね。 あれは欲しいわ」




リツコが頷いた。研究者としての好奇心、探究心が疼き出す。




「それに――――




冬月が続ける。




「あのロボット……捕らえることができれば、その後、こちらの戦力として使えるのではないかね?」




その言葉に作戦指揮官としてのミサトの心が揺れる。




あれを手に入れられたら、素人パイロットや怪我人を使わなくても使徒に復讐ができる。

この私の手で。

それなら…………。




どす黒い思考がミサトを支配した。




「判りました!」

「ミサト!?」




リツコは驚いた。最後まで反対するだろうと思っていたからだ。




「何よ……あんた、今あれが欲しいって言ったじゃない?」

「ええ……でも」

「大丈夫よ。 必ず手に入れるわ」




ミサトの表情は醜く歪んでいた。














「プランβか」




誰にも聞こえないような小声でシンジは呟いた。

ミサトから出撃と言われ、それがゲンドウの命令だと聞いた時、シンジの中の遠慮が消えた。と言うより、覚悟ができた。




この世界を―――――― アスカやレイ、そして大切な人達すべてを守り、救う。




戻ってくる前、GGGの皆からそれは傲慢だと言われた。そして、その傲慢を貫き通すなら覚悟を決めろと。GGGも世界を救うための戦いで多くのメンバーを失っている。だが、立ち止まることは無かった。それぞれが使命と覚悟を持って戦っていたから。

僕もそれを見習いたい。この想いとこの決意、貫き通してみせる。




だから、父さん………

人類補完計画、遠慮なく――――― 潰させてもらうよ!














「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」




ミサトの号令で初号機の最終拘束が解かれる。ケイジから射出されたエヴァ初号機が、ついに第3新東京市に姿を現した。

音も無く、静かに対峙する紫の鬼神と獅子の巨人。

緊張がNERVを包む。が、その静寂を破るように通信が入る。




「何の真似だ、NERV!」




GGG参謀 火麻ゲキと名乗った筋肉モヒカン男がモニターに映った。




「通告するわ。 今すぐ武装解除して投降しなさい。 悪いようにはしないわ」

「どういう意味だ?」

「あんた達、自分達のことを非合法組織だって言ったわね。 本来ならあんた達をゲリラ組織として処置することもできるのよ。 でも、大人しくこちらの指示に従うのなら、国際法に従ってあんた達の人権は保障するわ」

「で、こちらの装備はそっちの物になる………と」

「それはそちらの出方次第ね」




モニター越しに睨み合うミサトと火麻。




「葛城一尉。 かまわん、押さえろ」

「了解」




ミサトとゲンドウの遣り取りを聞いた火麻は、ヤレヤレと肩を竦めた。




「関係各所に伝達。 これよりプランをβに移行する」




そう言うと火麻は、通信回線を閉じた。




「?………プラン? β? まだ何かあるというの?」




リツコは火麻が出した指示が気になった。しかし、作戦課長のミサトは少しも気にせず、初号機のシンジに声を掛ける。




「シンジ君、良い?」

「良いも悪いも命令なんでしょ。 でも、期待されても困りますよ。 僕は素人なんですから」

「大丈夫、私が指示を出すわ。 シンジ君はそれに従ってくれればいいの」

「判りました。 頼みます」




そう言ってシンジは、目の前にいる獅子の巨人――――― ジェネシック=ガオガイガーを見た。




「(ガイさん……ガイさん……聞こえますか?)」

「(ああ。 聞こえるよ、シンジ君)」




シンジは、能力の一つであるスキル=アラエルの精神感応を使い、ガイの心に呼び掛けた。




「(ガイさん、残念ながら………)」

「(どうやら、そのようだな)」

「(遠慮は無しです)」

「(本気でいかせてもらうよ)」




ガオガイガーは、改めてエヴァ初号機に向き直る。手にしていたサキエルのコアは、胸部を構成しているギャレオンの顎門が咥えた。




「むん!」




両手を自由にしたガオガイガーがファイティングポーズを取る。




「よし!」




プラグ内のシンジも、改めてインダクションレバーを握り直した。

しばらく睨み合っていると、発令所のミサトから指示が出た。




〔シンジ君、まずは歩くことを考えて〕

「………っ!?」




シンジは、思わずコケるイメージをエヴァに伝えそうになった。イメージを伝えなければ、エヴァはその通りに動かない。ガオガイガーが目の前にいる今、さすがに倒れるのはマズイ。




「こんな時に何て指示を――――




出すんですか! と言おうとしてシンジは、ミサトが映っているプラグ内コンソールの横にあるモニターを見る為、ガオガイガーから目を離してしまった。

すると、それは微かなイメージとしてエヴァに伝わり、結果として初号機は顔を横に向けた。

ほんの一瞬。

だが、ガイはその隙を見逃さなかった。ガオガイガーの背面部スラスター出力を一気に全開にして、初号機との間合いを瞬時に詰める。




「なっ!? しまっ……!!」

〔危ない!!〕




指示ではない。ミサトの単なる悲鳴が聞こえた。




「うおおおぉぉぉぉぉっ!!」




ガオガイガーの渾身の右ストレートが初号機の顔面を捉えた。






 ドゴッ!!






頭部装甲の一部が砕け、吹っ飛ぶ初号機。




「ぐわっ!!」




ケイジから乗ってきた射出リフトとその後ろにあった兵装ビルが衝撃で砕け、粉塵を上げる。現在、迎撃システムの完成度は7.5%。兵装ビルに弾薬は装填されていない為、破壊されたことでの爆発は無い。




「(くっ……フィールドを張り忘れた)」




ガオガイガーの攻撃スピードが予想以上だった為、まともに喰らってしまったシンジ。

起き上がろうとする初号機に、ガオガイガーの追い討ちがくる。




「スパイラル! ドリルッ!!」




右膝のドリルが高速回転しながら襲い掛ってきた。




〔逃げて!!〕




また指示には聞こえない声が聞こえる。




「ちっ!」




ジャンプ一閃、攻撃を躱す初号機。そして、その降下する勢いのまま、ガオガイガーに向けて蹴りを繰り出した。




「プロテクトシェェードッ!!」




ガオガイガーの左掌から防御フィールドが展開され、初号機のジャンプキックを完璧に防ぐ。

再び間合いを取り、相対する二体の巨人。




「何なの、あの動きは!? リツコ、あれは本当にシンジ君が動かしているの?」




ミサトの疑問は当然だ。シンジは今日初めてエヴァに乗った素人のはずなのだ。




「シンクロ率99.89%を考えればありえないことではないわ。 ただ、彼が予め訓練を受けていたら――――― という仮定の上だけど」

「そんな報告は受けていないわ。………まさか、偽者!?」

「それはないわ。 初号機はちゃんとシンジ君とシンクロしている。 本物の証拠よ」




リツコも最初はそう思っていた。しかし、エヴァのシンクロシステムを考えると、この少年が偽者だという可能性が限りなく低いという結論に行き着いた。




「(必ず生きて帰ってくるのよ。 DNAの奥底まで調べてあげるから)」




ゲンドウ真っ青のマッドな笑みを浮かべるリツコ。






 ぞわわっ!






突然 感じた悪寒に、シンジは身体を竦めた。鳥肌が立っている。毛虫が背中を這いずり回るような嫌な気分だ。




「(誰か、イヤ~なこと考えてるな)」




多分リツコだろうとシンジは思った。『以前』も何度か感じたことがあったからだ。




〔シンジ君、何やってるの!? 戦いなさい!!〕




睨み合ったまま動かないシンジに、ミサトの怒声が飛ぶ。




「ロクな指示も出してない人が何を言ってるんですか! それに、素手じゃ厳しいです。 何か武器は無いんですか?」

〔え? え~~と………リツコ?〕




資料を読んでなかった為に答えられないミサトは、頼りになる親友に助けを求めた。




〔肩のウエポンラックにナイフがあるわ。 ごめんなさい、今はそれだけなの〕

「厳しいですね。 援護もないんですか?」

〔迎撃システムがまだ完成してないのよ〕

「まったく………やる気あるんですか?」

〔うるさい! さっさと奴を押さえなさい!!〕




文句ばかりいうシンジに怒りを覚えるミサト。しかし、本当に怒っているのはシンジ。




「何度も言うようですけど、僕は素人です。 大声を上げるだけで何もしない人の指示を聞きたくありません!!」

〔何ですってぇ~~!!〕

「以上、通信終り!」

〔あ、ちょっと待ちな―――――






 ブツッ






聞く耳を持たず、シンジは通信を切る。同時に、コンソールを操作してNERVからの通信を一切遮断した。




「ふぅっ、やっと煩いのから解放された」




初号機は、左肩部ウエポンラックからProgressive-Knife(プログレッシブ・ナイフ)を取り出す。




「素人の僕に戦わせたんだ。 もう、どうなっても知らないよ!」




ナイフを構える初号機。




「エヴァ初号機、プログナイフを装備!」




オペレーター、伊吹マヤが報告する。




「初号機との通信回線を開きなさい!!」




ミサトは、自分の指示を無視して行動するシンジに一言 言ってやらねば気が済まない。

しかし―――――




「駄目です! パイロット側から一方的に遮断されています!」

「何ですって!? リツコ!あんたが教えたの!?」

「いいえ! 簡単な操縦方法しか教えていないわ」

「いったい何者なの……あの子」




ミサトの疑問はリツコの思いと同じだった。














「いくよ、ガオガイガー!!」




プログナイフを構え、突進する初号機。




「ナイフか! ならば、こちらも……ガジェットツールッ!!」




尾の先端を構成していたガジェットガオーの頸部が切り離され、右腕に装着される。瞬時にツールが機構を展開し、緑輝の光が宿る刃が現れた。




「ウィルナイフッ!!」

「てえーぇぇぇいっ!!」

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」




互いの刃がぶつかり合い、火花が飛び散る。が、初号機のナイフの刃が スパッ と斬り落とされた。




「そんな!? プログナイフは高振動粒子の刃なのよ! 相手の武器を切断することはあっても、こちらが切断されるなんて」

「何でできているのよ! あの武器は!!」




ただ見ていることしかできないリツコとミサト、そしてNERVの面々。




「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」




一条の光の筋が煌く。

ウィルナイフが初号機の左上腕部を切断した。




「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」




切断面から体液を噴出す初号機。

ほぼ100%で初号機とシンクロしているシンジは、ダメージのフィードバックをもろに受ける。左腕が焼けるように熱く、痛い。




「はあぁっ!!」




ガジェットツールを元に戻し、素手の右拳を初号機に打ち込むガオガイガー。しかし、それは寸前で赤い壁に阻まれた。

赤く輝く光の壁、絶対領域。




「A.T.フィールド!?」




それは使徒サキエルも使った防御フィールド。

ミサトは、じっとモニターを凝視する。片やリツコは、初号機が張ったA.T.フィールドのデータを狂ったように採っていく。




「無駄だ! この程度のフィールドなど………」




光の壁に阻まれたまま、ガオガイガーの右拳が回転を始めた。それは徐々に速さを増していき、集中された破壊エネルギーが赤い光となって纏われていく。




「ブロウクン! マグナァァムッ!!」




そのまま撃たれた拳はA.T.フィールドを苦も無く貫き―――――




「なっ!?」




初号機の頭部――――― 左眼、そして左脳部分を装甲ごと破壊した。

そのまま吹き飛ばされて兵装ビルにぶつかった初号機は、傷口から大量の体液を噴出し、前のめりに突っ伏した。
















ビーーーーーッ!! ビーーーーーッ!!

     ビーーーーーッ!! ビーーーーーッ!!







NERV発令所に警報が鳴り響く。




「頭部破損! 損害不明!」

「活動維持に問題発生!」

「神経接続が次々と断線していきます!」

「パイロット、反応ありません!」




各オペレーターから、次々と初号機の状況が報告されていく。しかし、そのどれもが絶望的で、この戦況を打開できるものではない。

ミサトは、もう勝てないと判断した。




「これまでね! 作戦中止! パイロット保護を最優先! プラグを緊急射出して!!」

「駄目です! 完全に制御不能です!!」

「何ですって!?」




瞳を大きく見開かせ、その顔を驚愕に染めるミサト。

さらなる絶望がNERVに覆い被さった。




「シンジ君!!」























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「知らない天井だ………って、前も言ったっけ」




















第陸話に続く








[226] 第陸話 【初号機 消滅】
Name: SIN
Date: 2005/04/02 12:56




「知らない天井だ………って、前も言ったっけ」




いつの間にか、シンジはベッドに寝ていた。

だが、何故こうして寝ているのか、ということはシンジには判っていた。これも最初からのシナリオ『プランβ』と呼ばれる計画通りなのだ。

シンジは少し寝ぼけ眼のまま、ゆっくりと身体を起こした。と、そこへ―――――




「起きてすぐジョークを言えるとはのう。 精神面はNo problemじゃな」




シンジは声のした方向へ顔を向ける。そこには………何ともコメントしづらい………何かのTVヒーローを思わせる奇抜な格好の老人がいた。




「あ………ライガ博士」




老人の名は獅子王ライガ。獅子王ガイの伯父で、GGG研究部主任。本来の世界では『世界十大頭脳』と呼ばれる科学者の一人である……………………………………………これでも。




「Good morning、シンジ君」

「おはようございます。…………で、ここは?」

「オービットベース医療病棟、第2号病室じゃよ」




機動防衛艦繋留軌道衛星基地。

宇宙空間に建造されたGGGの根拠地であり司令部、それが『GGG ORBIT BASE(スリージー・オービットベース)』である。

この地球防衛の牙城は、現在 地球を回っている多くの監視・偵察衛星の死角にあるため、未だ誰にも発見されていない。




「どのくらい寝てました?」

「そうさの、サルベージが完了して………約10時間といったところか」




病室の時計をチラッと見て答えるライガ。




「そうですか。 けっこう疲れましたからね」

「ガオガイガーと戦った感想はどうじゃな?」

「化け物ですね。 ガイさんが躊躇う気持ちがよく解りました」

「そう、あれは『人』には過ぎた力じゃよ」




自嘲気味に話すライガ。

彼等は判っているのだ。自分達の持っている力がどのようなものなのかということを。




「それで母さんは?」

「No problem! 肉体面、精神面ともAll OKじゃ。 特別病室で眠っとるよ」

「そうですか。 良かった」

「今はスワン君が付いとるでな。 目を覚ましたのなら連絡がくるじゃろう」

「判りました」

「では、サキエルのコアの浄解を頼む。 あれはシンジ君でなければ無理なのでな」





シンジは頷いてライガと共に病室を出た。


















サキエルとガオガイガーの戦闘、そしてガオガイガーとエヴァンゲリオン初号機の戦いから12時間が過ぎた第3新東京市。

ここでは今、先の戦闘の事後処理が行われていた。

緑色をした人型の物体――――― 使徒サキエルの死体を取り巻くトラックや、所々がサキエルと初号機の体液で赤黒く染まった兵装ビル、そして、崩れ去った幾つかの兵装ビルと無数にひび割れたアスファルトが、ここで行われた戦闘の凄まじさを物語っていた。




NERVは、この戦闘に関して緘口令を引いた。

特務権限による機密、というだけではない。あまりにも予想外な――――― NERVにとっては、絶対に隠し通さなければならない事が起こったのだ。

この事が公になれば、特務機関NERVの優位性を覆す可能性すら出てくる。職員はもちろん、報道機関に日本政府、報告をしなければならない国連にまで情報操作を行った。




そんな状況の中、先の戦闘の指揮官である葛城ミサトは、作業服姿で仮設テントにいた。青く晴れた空では、ギラギラに照らす太陽が真夏の暑さを演出している。

ミサトは暑さを紛らわすため団扇を扇ぎながら、NERVによって操作された情報を垂れ流すTV報道を見ていた。




「発表はシナリオB-22か。 真相は、またしても闇の中ね」

「広報部は喜んでいたわよ。 やっと仕事ができたって」




ミサトの後ろには白衣を着た赤木リツコがいた。サキエルの死体や戦闘跡地から送られる様々なデータを検証している。




「いいデータが採れてるわ。 コアが無いのが残念だけど」

「………………」




暑いはずのテント内の温度が数度下がった感じがした。一緒にテントにいた伊吹マヤ二尉は、後にそう述べた。




「……何よ、嫌味?」




低い声でミサトが応える。




「そうよ。 今だから言うわ。 あなた、あの戦闘で何か指揮官らしきこと………した?」

「ぐっ!」

「シンジ君の言う通りね。 私もそうだったけど………本当にやる気があるのかしら? 使徒との戦いは、全人類の命運が懸かっているのよ」

「判ってるわよ、そんなこと!!」

「なら……初号機のスペックデータ、言ってみなさい。 判る範囲でいいから」

「え?………あ、いや……え…と…………」

「どうしたの?」

「あう…………」




俯き、黙ってしまうミサト。




「シンジ君があなたの指示を聞かなかったのは、そういうことなのよ。 自分が指揮する戦力のスペックも知らない指揮官が、ああしろ、こうしろ、って言うだけで勝利を得ることができるほど『戦闘』って甘いものなの?」

「……………」

「それに私達の敵は使徒だけじゃないの。 GGGもいるのよ!」




そのリツコの言葉に、ミサトは グッ と膝の上の拳を固める。




「私達に残された戦力は少ないわ。 ドイツから弐号機が来るまでレイ一人で頑張らないといけないのよ。 指揮官のあなたが、そんな体たらくでどうするの!」

「シンジ君………いないのね」

「ええ。 初号機と共に消滅したわ」

「あいつら………絶対に許さないわ」

「そう思うのならしっかりすることね。 現実逃避してたって、しょうがないでしょ?」

「判ってる。………先に戻るわ」




ミサトはパイプ椅子から立ち上がり、本部に戻るトラックに乗ろうとする。




「あ、そうそう。 さっき、レイの意識が戻ったって報告があったわ。 パイロットのメンタルケアも、作戦指揮官の重要な仕事よ。 頑張んなさい」




トラックに乗り込む姿勢のまま、軽くリツコに手を振って応えるミサト。トラックはサキエルの死体を本部研究ラボに運び込む為、砂煙を上げながら走り出した。

トラックを見送るリツコだが、実は先の戦闘後からずっと、ある考えに囚われていた。それは、碇シンジ生存の可能性である。




「(初号機の暴走時に示したシンクロ率………あれが母さんのレポートにあった通りなら、シンジ君は………。 消滅した時、既に肉体はプラグの中には無く、融け込んだコアはGGGが持ち去った………。 可能性としてはありえるけど………)」




そう、全ては可能性。GGGがコアをどうするのか判らないのでは結論を出すわけにはいかない。

ブルブルッ と頭を振って考えを振り払うと、リツコは再び使徒のデータに目を通し始めた。




シンジは死んだとNERVは思っている。




そしてエヴァ初号機は消滅した。




あの時、一体何が起こったのか…………………………時間は12時間前に遡る。


















ガオガイガーの攻撃により、吹っ飛ばされて兵装ビルにぶつかった初号機は、傷口から大量の体液を噴出し、前のめりに突っ伏した。






ビーーーーーッ!! ビーーーーーッ!!

     ビーーーーーッ!! ビーーーーーッ!!






NERV発令所に警報が鳴り響く。




「頭部破損! 損害不明!」

「活動維持に問題発生!」

「神経接続が次々と断線していきます!」

「パイロット、反応ありません!」




各オペレーターから、次々と初号機の状況が報告されていく。しかし、そのどれもが絶望的で、この戦況を打開できるものではない。

ミサトは、もう勝てないと判断した。




「これまでね! 作戦中止! パイロット保護を最優先! プラグを緊急射出して!!」

「駄目です! 完全に制御不能です!!」

「何ですって!?」




瞳を大きく見開かせ、その顔を驚愕に染めるミサト。

さらなる絶望がNERVに覆い被さった。




「シンジ君!!」




その時、ミサトの叫びにも似た呼び掛けに応えるかのように、砕けずに残った初号機の右眼に光が宿った。

その反応は、すぐさま発令所にデータとして捉えられる。




「………!? 変です……シンクロ率が上昇していきます!」

「何ですって!? パイロットは!?」

「モニター、反応無し!」

「生死不明!」

「どういうこと!?」

「シンクロ率、尚も上昇!……130……170……220……」

「まずい! シンクロ強制カット! 回路遮断! 堰き止めて!!」




リツコの悲鳴のような指示が飛ぶ。オペレーター達はそれに従ってコンソールを操作するが、状況は何も変わらない。




「駄目です、止まりません!……260……310……350……」




マヤの報告を受け、リツコの脳裏に、あるデータが浮かんだ。エヴァ初号機の初起動実験のデータである。そして、その結果も。記録されたシンクロ率は―――――




「シンクロ率、400%を突破!!」




そう、400%。このシンクロ率が意味するのは…………。




「ウオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!」




突っ伏していた初号機が顔を上げ、不気味な咆哮を発した。




「初号機、再起動! 顎部装甲を自ら引き千切りました!!」

「まさか!?」

「暴走!?」




初号機は、雄叫びを上げながらガオガイガーに飛び掛かる。

虚を衝いた攻撃に一瞬戸惑ったガイは、まともにその攻撃を喰らってしまった。




「ぐはっ!!(これが暴走か! まさに獣だな)」




仰け反り、体勢を崩したガオガイガーに、初号機が雄叫びを上げながら再び襲い掛かる。

碇ゲンドウは、シナリオ通りの状況に、いつものポーズのままニヤリと笑った。

同じく冬月も「勝ったな」と呟く。




「オォォォォォォォォォォン!!」




初号機の攻撃がガオガイガーに決まった! と思われた次の瞬間、ガオガイガーのアッパーカットが初号機の顎を捉えていた。




「グオッ!?」




まともにカウンターを喰らい、身体を宙に浮かせた初号機に、追い討ちとばかりに空中コンボばりの後ろ回し蹴りがヒットする。

吹っ飛ばされ、仰向けに倒れる初号機。




「…………!?!」




冬月が目を見開いて驚く。

ゲンドウはいつものポーズのままだが、予想外の出来事に動揺しているのが明らかだった。微かに肩が震えていた。




「ふん!!」




起き上がろうとする初号機を、ガオガイガーが渾身の力で踏みつける。

砕けたアスファルトの破片が飛び散り、砂煙が辺りを舞う。

踏まれたことで動きを封じられた初号機が踠くように手足を動かす中、その左腕を掴んだガオガイガーは、




「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




そのまま初号機を踏みつけながら、力任せに引き千切った。




「ギウァ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェェェェェェェッ!!」




大量の体液を撒き散らしながら悲鳴を上げ、苦痛に転げ回る初号機。

ガオガイガーはその初号機を、サッカーボールのように蹴り飛ばした。

吹き飛び、転がる初号機。




「ウエェッ……!」




伊吹マヤは、あまりの惨状にモニターから目を逸らした。吐き気を抑えるように口を押さえる。

ミサトは、自分の想像を超えた状況を前に、もう一言も発することができなかった。そして、それはリツコも同様だった。

司令塔のゲンドウと冬月は、見た目には平静を装っているが、内心は焦っていた。まさか、暴走した初号機すら圧倒するとは思ってもみなかったのだ。

初号機は、もう動くことすらできなかった。

体液を流しすぎたためか………

頭部と左腕のダメージか………

ガオガイガーに対する恐怖か………

それは本人にしか判らないが、初号機は気力を失ったように倒れていた。頼みのA.T.フィールドも、ガオガイガーの攻撃の前では無力だった。




「よし! ゴルディーマーグ!!」




ガオガイガーは、上空の超翼射出司令艦ツクヨミに待機していた仲間の名を呼ぶ。




「よっしゃあ! やっとオレ様の出番だなぁ!!」




呼び掛けに応えたオレンジ色の巨体が、発進指示を待たず、地面に向かって飛び降りた。




「上空の飛行艦より、新たな機体が射出されました!」




ロン毛の報告にミサトが悲鳴を上げた。




「GGGは、どんだけの戦力を持ってんのよ~~!!」




同じ頃、ツクヨミ艦橋でゴルディーマーグの勝手な行動に憤慨していた火麻だが、気を取り直し、ミコトに指示を出す。




「よし! 卯都木!!」

「了解! ゴルディオンハンマー! セーフティ・デバイス……リリーヴッ!!」




ミコトの細くしなやかな指先が、コンソールスロットにカードキィを通過させる。この瞬間、地上最強の破壊力が開放された。

セーフティを解除されたゴルディーマーグは、最強攻撃ツール・ゴルディオンハンマーと、その緩衝ユニット・マーグハンドへ分離・変型し、ガオガイガーの右腕に合体する。




「ハンマーァッ…コネクトッ!! ゴルディオンッ……ハンマーァァァァッ!!」




ゴルディオンハンマーとジェネシック=ガオガイガーのGクリスタルがリンクし、凄まじいエネルギーが発生する。余剰エネルギーが機体表面に溢れ、眩いばかりに輝くその姿は、まさに金色の破壊神の名に相応しいものだ。




「ハンマーァァ…ヘルッ!!」




動かない初号機に、ガオガイガーはマーグハンドから発生させた光のネイルを打ち込む。

その瞬間、ゲンドウは椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。




「ユイ!!」




ゲンドウの叫びの意味を理解したのは、この場では二人だけ。冬月はゲンドウ同様 狼狽し、リツコは憎しみに顔を染めた。

資料を読んでいないミサトは知らなかったが、ネイルが打ち込まれた箇所はエヴァの中枢を司るコアであり、そして、ゲンドウが求めて止まない妻の眠る場所なのだ。無論、これはNERVのTOP3しか知らない事だが。




「ハンマーァァ…ヘブンッ!!」




ガオガイガーは、一気にネイルを引き抜く。

もともと『ハンマーヘル・アンド・ヘブン』は、元の世界でゾンダーロボの素体とされた人間を救出するための機構であった。これを利用して、ガイ――――― ジェネシック=ガオガイガーは、エヴァ初号機からコアを引き抜いたのだ。

狙い過たず、目標の物体は、ガオガイガーの手の中に確保された。もはや遠慮することはない。重力衝撃波を放ちながら、ゴルディオンハンマーは初号機の残骸に対して、金色の破壊神の本領を発揮した。

ゴルディオンハンマーの正式名称は『グラビティショックウェーブ・ジェネレイティング・ツール』………つまり、重力衝撃波発生装置である。全ての物質を光子レベルにまで分解・崩壊させてしまう最強ツールなのだ。




「エヴァンゲリオン初号機よ! 光に……なれぇぇぇぇぇっ!!」




黄金の怒鎚が振り下ろされ、初号機の肉体が巨大な閃光を放ちながら消滅していく。いや、正確には光子に変換されたのだ。

光の残滓が夜空に舞い、第3新東京市を照らした。

その後、ガオガイガーはサキエルのコア、そして初号機のコアを手に、超翼射出司令艦ツクヨミと共に戦場から去っていった。




「ユイ! ユイィィィィィィッ!!」




NERV発令所にはゲンドウの絶叫だけが響く。それはリツコに、この一言を呟かせた。




「………無様ね」


















「レイが戻ってきていたというのは予想外だったけど、大体は計画通りか。………すぐに迎えに行くから、もう少しだけ待っていてね」




初号機のコアの中で、シンジが静かに呟いた。




















第漆話へ続く








[226] 第漆話 【目覚め】
Name: SIN
Date: 2005/04/02 19:01




ジオフロント――――― NERV本部 中央作戦室第1発令所。

去っていくGGGが映る主モニター。それを見ながら、見苦しいほどの大声で喚く一人の髭面の男がいた。その名は碇ゲンドウ。




「兵装ビルのミサイルで、あれを撃ち落とせ!!」

「現在、稼働率7.5%! まともに動きません!!」

「零号機、出撃だ!!」

「無理です! 先日の暴走事故の為、特殊ベークライトで封印中です! それに、パイロット――――― ファーストチルドレンは、とても戦闘に耐えられる状態ではありません!!」

「……ッ!――――― ええい、構わん!!」

「「「「「!!??」」」」」




ミサトやリツコを始めとした発令所のスタッフ達は、その言葉に絶句する。

今、この男は本気で焦っていた。

兵装ビルを中心とした使徒迎撃システムの完成は、予定でもかなり先のことだったが、零号機の暴走事故は、レイの心を自分から離れないようにする為、ゲンドウ自らが仕組んだことだった。順調にシナリオを進める為に必要な自分の行動が、今回は完全に裏目に出てしまったのだ。




「何をしている!? 早くレイを起こせ!! 零号機、凍結解除! さっさとベークライトを除去して奴らを追えっ!! 60秒以内で全て済ませろぉっ!!」 




慌てふためくゲンドウは、どう考えても実行不可能な命令ばかりを出し続ける。

当然だろう。10年以上も練りに練ったシナリオだ。最愛の妻であるユイに逢う為、何もかもを利用し、犠牲にし、踏みつけてきたのだ。シンジ如きが死ぬことなど何でもないが、肝心の初号機のコアが無くては計画どころではないのだ。

普段の佇まいからは、とても想像がつかない取り乱し方で錯乱する総司令の様を、さすがに不味いと思った副司令の冬月が抑えに入る。




「落ち着け、碇! できんものはできん」

「冬月! 事の重大さが判っているのか!? あのまま奴らを逃がすわけにはいかんだろうが!!」

「そんなことは言われなくても判っている! だが、こちらに戦力が無い以上、どうすることもできん!!」

「やかましい!! どんな方法でもいい! 奴らを逃がすな!! 逃がすな!! 逃がすな!! 逃がすなぁぁぁっ!!」




ゲンドウは狂ったかのように叫び続ける。




「くっ………保安部! 碇を抑えろ! 司令室へ放り込んでおけ!!」

「冬月! 貴様ぁっ!!」

「暴れるようなら、薬で眠らせても構わん!!」




すぐさま、黒服姿のNERV保安部員が数人ほど発令所に入り、司令席で暴れるゲンドウを取り押さえる。




「放せ、貴様ら!! 私を誰だと―――― ぐっ…ガ、ァッ!?」




白目を剥いて悶絶したゲンドウの首筋には、何やら毒々しい色をした液体の入った注射器が刺さっていた。その際、チラリとだが、注射器に黒猫マークが見えたのは気のせいだろうか?

ぐったりとなったゲンドウを抱え、黒服集団は発令所を出ていった。




「「「「「「……………………………」」」」」」




その光景を呆然と見つめるNERVスタッフ一同。




「ふう……すまなかった。 GGGは追跡(トレース)しているか?」




気を取り直し、冬月はオペレーター達に状況報告を促す。




「…………あ……は、はい! ですが、機体が特殊なステルス機工をしているらしく、レーダーでは追尾できません!!」

「モニター監視、そろそろ限界です!」




主モニターに微かに映っていた超翼射出司令艦ツクヨミが、いま完全にその姿を消した。




「くっ!………あのGGGと名乗った組織の情報を全て集めろ! 大至急だ!! 諜報部は現在の任務を中断! 最優先で調査しろ!!」

「了解!!」




それまで固まっていた発令所の面々が慌ただしく動き始める。

ミサトは今後の対応を協議するために作戦室へ。

リツコはMAGIを駆使して情報収集を始める。自分の中の想いが、急速に冷えていくのを感じながら………。

これが、後に『第一次直上会戦』と呼ばれる戦いの全貌であった。

そして時間は戻る。




















場所は移り変わり―――――― ここは第3新東京市上空の宇宙空間、GGGオービットベース。

ここの研究棟・第1研究モジュールには今、シンジと共にGGGのメインスタッフが集まっていた。

機動部隊隊長、獅子王ガイ。

機動部隊オペレーター、卯都木ミコト。

作戦参謀、火麻ゲキ。

研究開発部主任、獅子王ライガ。

同じく研究開発部オペレーターのスタリオン・ホワイト。

諜報部オペレーターの猿頭寺コウスケ。

整備部オペレーター、牛山カズオ。

そして、GGG長官である大河コウタロウ。

その他にルネ・カーディフ・獅子王とソルダート・Jというメンバーがいるが、現在は特別任務の為、EU・ヨーロッパに行っている。

ガイ達の前には、巨大な赤い球体があった。ガオガイガーが回収してきた第3使徒サキエルのコアである。




「シンジ君、頼む」

「はい」




大河の言で、シンジがサキエルのコアの前に立つ。そっとコアに手を添えると能力を解放し、力を集中させる。




「スキル=リリン……発動」




シンジが変わっていく。姿形こそ同じだが、髪は銀に染まり、瞳が紅色を帯びる。これは『アルビノ』と呼ばれる遺伝子疾患の人間によく見られる特徴だ。しかし、少年のこれは病気ではない。

これは『代償』なのだ。あの赫い海で手に入れた能力(チカラ)を使う為の………。

能力を行使しようとすると、シンジの遺伝子は『人間』から『使徒』のものに変わる。人間と0.11%の差異を持った使徒の遺伝子に。

『人間』でなくなることで初めて使うことができる哀しきチカラ――――― Skill of ⅩⅧ(スキル・オブ・エイティーン)。




「ところで、どういう風に浄解するんだい?」

「コアに施されたプロテクトを解除した後、マモル君が使っていたという浄解のやり方を使わせてもらいます」

「できるのか!?」




ガイ達が信じられないといった表情を浮かべる。




「Gストーンの導き……ではないですけど、A.T.フィールドの応用で何とか」

「何でもありだな、A.T.フィールドって」

「そうでもないですけど」




苦笑しながらガイに応えるシンジ。

彼が使う『リリン』の能力は、A.T.フィールドの具現化。フィールドの操作は十八番中の十八番だ。

集中していく力の高まりと共に、シンジの身体が淡く緑色の輝きを放ち始めた。




「アクセス開始………コード入力」




【汝 在るべき姿へと還らん】




呟かれる言葉に応えたかの如く、コアの表面に幾何学模様が浮かび上がる。文字のようにも見えるその模様は、続けて唱えられた解除コードにより破砕され、消えていった。

しかし、それだけでは終わらない。




【クーラティオー……テネリタース……セクティオー……サルース……コクトゥーラ!!】






 カッ!!!






さらに続けて詠唱された言霊の力が、サキエルのコアを光で包む。同時に研究モジュール内 全てが緑一色に覆われた。




「きゃっ!」

「う!」




激しく明滅する光に、ガイ達は目を覆う。

やがて光が治まり視界が戻ると、先程まで巨大な球体があったそこには、薄い赤色をしたクリスタル状の物体が鎮座していた。しかし、形が整っておらず、見た目、何かのパズルブロックの一部のように思えた。




「この形………まるでゾンダークリスタルだ」




ガイを始め、皆が頷く。




「前にもお話したように………ガイさん達が戦った機界31原種・Zマスターが『機界昇華』によって有機生命体を機械生命体に進化させるプログラムなら、使徒と呼ばれる存在は、生物を強制的に一つ上の階位に進化させる為のプログラムシステムなんですよ。 もしかしたら、ガイさん達の世界でゾンダーに当たる存在が、僕達の世界の使徒なのかもしれません」




とんでもない事をさらっと言うシンジ。それにライガ博士が続いた。




「使徒のコアを浄解した『コアクリスタル』。 それら17個全ての集合体こそが使徒と呼ばれる存在の源。 この世界の生命進化を司るプログラムシステム……『A.D.A.M(アダム)』!」

「うむ! 使徒によるインパクトはもちろん、それを利用し、間違った進化を全人類に押し付ける『人類補完計画』――――― 絶対に阻止しなければならない!!」




大河の力強い言葉にシンジ達は頷き、改めてその決意を固くした。

そこに医療室のスワン・ホワイトから連絡が入る。初号機のコアからサルベージされたシンジの母、碇ユイの意識が戻ったのだ。




様々な謎を持つ碇シンジとGGG。その真相がこれから語られる。




















目を覚ましたら、覚えのない白い天井が見えた。




「(ここ……何処かしら? 雰囲気から病室だとは判るけど………心電図の機械があるし………)」




ユイは、枕に頭を預けたまま首を動かし、辺りを見た。

誰もいない。ただ、ピッ………ピッ………という心電図の規則正しい音だけが響いている。




「(私……どうして?………………確か、エヴァの実験で………)」




まだ少しぼやける頭で、ユイは自分の身に起こったことを思い出そうとする。

そんな時、プシュッ と圧搾エアの抜ける音と共にドアが開き、花を活けた花瓶を持った金髪の女性が入ってきた。




「フンフンフーン♪♪ フンフ~~ン♪」




ハミングを口ずさみながら、枕の傍にある台に花瓶を置く。




「あのぅ………」




小さな声だがハッキリとした口調で、ユイは女性に声を掛ける。

瞬間、ピタッとハミングが止み、女性がこちらを見た。




「あの……ここは?」

「Oh! 気がツいたデスカ?」

「はい」

「ジブンの名前、ワカリマスカ?」




個性的なイントネーションの日本語で質問が返ってくる。外国人の日本語ならしょうがないだろう。




「碇……ユイです」

「ワタシ、スワン・ホワイトと言いマス。 GGG研究開発部のオペレーターデス」

「すりー……じー?(………聞いたことないわ。 国連の新しい機関なのかしら?)」

「気分はどうデスカ? 悪くナイデスカ?」

「ええ、よく眠れました」

「OK!! ミンナを呼んできマス。 待っててPlease」




そう言うと、スワンと名乗った女性は部屋を出て行った。




「みんな?」




ユイは、ゆっくりと起き上がる。

何故、自分はここにいるのか? 記憶を探る。




「(私はゲヒルンの研究員。 家族……夫ゲンドウ、息子シンジ。………あの時、私はエヴァの起動実験で……シンジに手を振ってエヴァに乗って……それからの記憶が無いわ。 どうしたのかしら?
………それよりシンジはどこかしら? あの子、甘えん坊だから私が付いていないと………。 もしかしてゲンドウさんが世話してくれてる? シンジ、泣いてないかしら?)」




しばらく考えに耽っていると、再びドアが開いてスワンが入ってきた。そして、その後に続き、数人の人間が病室に入ってきた。

ユイが不安そうな表情で見ている。それはそうだろう。見たこともない人達が団体で入ってきたのだ。中には奇抜で個性的な格好の人間もいる。不安にならないほうがおかしい。

だが、その中に混じる一人の少年の姿に、ユイの瞳は惹き付けられた。あの優しげな顔立ちが誰かを思い出させるのだ。




「(あの子、誰かに似ているわ………そう、シンジよ! でも、そんなはずはないわね。 シンジはまだ三つのはずだもの)」




そのユイの視線に気付いた少年が、苦笑しながら前に出る。




「こうして会うのは初めてだね、母さん。 シンジです」

「えっ?」




ユイは混乱した。目の前の少年は自分の息子だと言う。自分が覚えているシンジは三歳の子供だ。彼は少なくとも中学生くらいに見える。




「戸惑う気持ちは判るよ。 多分、母さんの記憶の中では『碇シンジ』は三歳のはず。 そうだよね?」

「…………ええ」

「今、西暦何年か判る?」

「えっと………2004年?」

「2015年だよ」

「!?」

「母さんなら判るはず………今年、2015年がどういう年なのか。………『裏死海文書』の内容を知るあなたなら判るはずだ」

「!?――――― 何故、それを? まさか、ゲンドウさんが!?」

「父さんは何も教えてくれません。 それどころか、母さんがいなくなってから10年以上、ずっと僕を親戚とは名ばかりの人間に預けっ放しでしたから」

「そんな!? 私に何かあった時はシンジをよろしくお願いしますと頼んでたのに………」

「やっぱり………母さんは判っていたんだね。 あの起動実験は失敗し、エヴァに取り込まれることを………」

「あなたは………本当にシンジなの?」




その問いには少年ではなく、別の男が答えた。




「それは間違いありません。 彼は碇シンジ君です。 我々が保証します」

「あなたは?」

「失礼………私は大河コウタロウ。 地球防衛勇者隊ガッツィ・ギャラクシー・ガード、通称GGGと呼ばれる組織の司令長官の任に就いております」

「………国連の組織ですか?」

「いえ、国連とは別組織です。 我々は………あ~………」




言い澱んだ大河はシンジを見る。今この場で話しても良いものか、咄嗟に判断が付かなかった。

そんな大河と視線を合わせたシンジは、『任せます』と言うように頷いた。




「………我々は、この世界の人間ではありません」

「は?」

「世界に無限に存在するという平行宇宙。 我々は、別の世界の地球から来た人間なのです」

「平行宇宙から次元を移動した、と仰るの?」

「はい」

「不可能だわ! そんなこと」




今度はシンジが答える。




「それができるんだ。 この力を使えばね」




シンジは軽く右の掌を前に出す。すると、赤色の光を放つ八角形の壁が生まれた。




「まさか、A.T.フィールド!?」

「そう、僕はもう人間じゃないんだ」

「………人間じゃない?」

「正確に言えば、僕は『あなた』の息子じゃない。 GGGのみんなと同じように、僕も平行宇宙から来たんだ。 サードインパクトが起こった、あの2016年から………」

「正確に? 息子じゃない? サードインパクト? いったいどういうことなの? あなたがシンジじゃないなら、本当のシンジは何処? 何処にいるの?」




ユイはパニック寸前だった。自分の理解を超えることが多すぎる。たった一つでいい。信じられる何かが欲しかった。




「う~ん………言葉で全部説明するのは難しいから、GGGのみんなと同じように僕の記憶を見てもらうことにするよ」




シンジはそう言うと、自分の額とユイの額を合わせる。





「え?」

「母さん、今から僕が歩んできた人生を見てもらうよ。 母さんがエヴァに取り込まれてからサードインパクトが起きるまで。 そして、GGGのみんなとの出会い。 何故、次元を超えてこの世界に来たのか。 その全部を見てもらう。 これから僕らが何をするのかもね」




シンジは目を閉じ、力を集中させていく。




「スキル=アラエル」

「え? あ? あああ? あああああああああああああ?」




ユイの脳裏に赤い世界が広がった。




















「え?」






…………ザザ~~~~~ン……………ザザ~~~~~ン…………

      …………ザザ~~~~~ン……………ザザ~~~~~ン…………






気が付くと、ユイは砂浜にいた。

目の前にはオレンジ色に染まった海が広がり、辺りには波の音だけが響いている。




「ここは何処?」




海だけでなく、空までが赤い。

今の今まで、私は病室にいたはずだ。シンジが額を合わせたと思った瞬間、ここにいた。

本当に何処だろう。

ユイは辺りを見回す。




「ひっ!?」




短い悲鳴を上げ、口を押さえる。

ユイの視線の先には、白く巨大で、縦に真っ二つに裂けた女性のものらしき顔があった。右側半分だけの。




「あ……あれは何?」




あれはリリス。 こんなくだらない世界を創るため犠牲になった、悲しい存在。




「この声……シンジ?」




そうだよ、母さん。




「何処にいるの?」




すぐ傍にいるよ。 と言うより、ここは僕の記憶の中だから、傍と言うより世界そのものが僕ということかな。




「記憶?」




そう、記憶。 これは僕が経験したこと。 サードインパクトが起こってしまった後の世界。




「そんな!? じゃあ、人類は使徒との戦いに敗れてしまったの?」




ううん。 使徒は全て倒したよ。




「じゃあ、どうして?」




人類補完計画。




「!?」




母さんなら判るはずだよ。




「まさか……あの計画を?」




そう。 愚かな老人達の妄想の果て。 それがこの世界。




「そんな………あの計画は全て破棄したはず。 いったい誰が?」




父さんだよ。 密かにバックアップを取っていたらしいんだ。




「ゲンドウさん…………どうして?」




エヴァの中に融けてしまった母さんの所為………と言えなくもないか。




「私の?」




父さんは母さんに逢う為に、この計画をSEELEに提唱したんだ。




「私に逢う為?」




全ての人類をL.C.Lにしてリリスに取り込ませれば、依代となった初号機の中で母さんに逢える。 そう考えたんだろうね。




「何て……馬鹿なことを」




そう、馬鹿なことさ。 でも、計画を最初に考えたのは母さんだろう?




「私はただ、人類の生きた証を残したかったの」




その結果がこの有様。 みんな、いなくなってしまった。 僕は人類を救うためだと言われ、トウジの左足を奪い、カヲル君を殺した。




「トウジ? カヲル?」




友達………親友だよ。 でも、本当に可哀想なのは僕なんかじゃない。 補完計画の駒として育てられた二人の女の子なんだ。




「その娘達もシンジの?」




うん。 大切な……本当に大切な友達。 いや、仲間かな? 同じエヴァのパイロットだったんだ。 惣流アスカ・ラングレーと綾波レイ。




「惣流!? まさか?」




母さんの親友、キョウコさんの娘だよ。 キョウコさんも、母さんと同じようにエヴァに取り込まれたんだ。 だから、娘のアスカがエヴァのパイロット ――――― チルドレンに選ばれた。




「キョウコまで………」




うん………さて、そこら辺のことは順を追って見てもらうことにするよ。 じゃあ、戻ってみようか。 2004年の、あの起動実験の時に………。




















第捌話へ続く








[226] 第捌話 【罪に塗れし過去の業】
Name: SIN
Date: 2005/03/30 00:28






「何故、ここに子供がいる?」

「碇所長の息子さんです」

「碇、ここは託児所じゃない。 今日は大事な日だぞ」

「ごめんなさい、冬月先生。 私が連れてきたんです」

「ユイ君、今日は君の実験なんだぞ」

「だからなんです。 この子には、明るい未来を見せておきたいんです」
















「私がいる………」




ここが何処だか判る?




「人工進化研究所……地下第2実験場……」




そう。 僕の目の前で、母さんが消えた場所。
















 ビーーーーーーーッ! ビーーーーーーーッ! ビーーーーーーーッ!






「実験中止!!」

「回路遮断! 堰き止めろ!」

「駄目です! シンクロ率の上昇、止まりません!!」

「300%突破しました!」

「電源を落とせ!!」

「制御不能!!」

「ユイ!!」

「400%突破!!」
















こうして母さんはエヴァに取り込まれた。




「……シンジが……泣いてるわ」




そりゃあそうさ。 大の大人があれだけうろたえてるんだ。 まだ三歳の子供の僕に、目の前で起こった事が理解できるはずがない。 怖くて堪らないさ。




「ああ……シンジ」




それから数日すると、突然 父さんが僕を連れ出した。
















「ねえ……おとうさん、どこいくの?」

「…………」

「おかあさん、どうしたの?」

「…………」

「ねえ?」

「五月蝿い」

「ご、ごめん……なさい」

「…………ふん」
















「ゲンドウさん……どうしたの?」




僕は父さんに連れられて駅に来た。 そこで身の回りの物が入ったカバンを渡され、「ここにいろ」と言われた。




「ゲンドウさん!? 待って! 何処に行くの!?」




僕は置き去りにされた。




「待って! ゲンドウさん!!」




聞こえないよ。 ここは記憶の世界。 既に起こってしまった出来事を再生しているだけなんだ。
















「おとうさん……どこ? どこにいるの?……う…う、う、ううえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
















「………シンジ」




泣きながら、僕はずっと待っていた。 でも、父さんは戻ってこなかった。 代わりに、父さんの親戚だという人が来た。 僕を預かってくれと頼まれたと。 幼いながら、僕は捨てられたと理解したよ。




「どうして? どうしてゲンドウさんはこんな事を?」




父さんのシナリオの為。

人類補完計画のキーとして僕を使う為。

依代となる人間の心を適度に壊す為。

提唱者の母さんなら判るかもしれないけど、補完計画は依代となる人間の心の隙間を利用する。 父さんは、その隙間を無理やり作ろうとしたんだ。 自分の目的に合うように。




「私に逢う……ということ?」




家族に捨てられたという事実は、僕の心に決定的な隙間を作った。 その隙間を埋めようと、僕は無意識に家族を望んだ。

でも、僕を預かった『先生』の家では家族にはなれなかった。

先生は、僕に「自立心を促すため」と離れの部屋を造ってくれたけど、厄介払いの為だというのは判っていた。

家族の代わりに友達を求めた学校ではいじめられた。『人殺しの子』『妻殺しの男の息子』なんて言われ、石を投げられたこともあったよ。




「なんて……こと……」




その内、本当に僕が悪いんだと思うようになった。

内罰的で自虐的な性格になっていき、当たり障りのない人付き合いをする生活を送るようになった。

人に怒られると、とりあえず謝っておこうなんて考えるようになったよ。




「こんなシンジをゲンドウさんは望んだの?」




そうだよ。 人と関わり合う事を苦手な性格でも、心の奥底では常に誰かを求めていた。 自分を好きでいてくれる人……自分に優しくしてくれる人を。

その究極が『母』という存在。

母親を求める心こそ、父さんが僕に求めていたものなんだ。 SEELEの補完計画じゃなく、碇ゲンドウの補完計画の為に。




「ゲンドウさん……あなたは………」




そしてもう一人、補完計画のキーとして選出されたのが惣流アスカ・ラングレー。 僕に何かあった時の為の予備として。




「キョウコの娘さん……ね」




アスカも僕と同じだった。 自分を見てくれる人、自分を認めてくれる人をずっと求めていたんだ。

大好きなお母さんはエヴァとの接触実験で取り込まれ、精神を汚染された。 肉体のサルベージは成功したものの、魂の大部分はエヴァの中に残ったままだった。 魂の無い肉体は人形を自分の娘だと思い込み、アスカ本人には見向きもしなくなった。

そんなお母さんに自分を見てもらおうと、アスカは必死で頑張った。 そして、ついにエヴァンゲリオンのパイロットである『チルドレン』に選ばれた。

その報告の為、お母さんの病室に向かったアスカを待っていたのは、首を吊り、天井からぶら下がっているお母さんの姿だった。




「そ、そんな……じゃあ、アスカちゃんは………」




その光景はトラウマとなって、いつまでもアスカを苦しめた。

こうして僕と同じ補完計画のキーは誕生した。 ただ、アスカはSEELEが選んだキーだったけど。




「シンジ! 私と同じようにキョウコも助けて! そうすればアスカちゃんだって………」




大丈夫だよ。 それも最初からの予定に入っているんだ。 母さんに言われなくても判っているよ。




「そうなの? 良かった」




今度はこれを見てもらおうかな。 僕が経験した出来事ではないけどね。




「どういうこと?」




サードインパクトの影響で、過去の出来事をある程度見通す力を身に付けたんだ。 スキル=サハクィエルって呼んでるけどね。 じゃあ、見てもらうよ。
















「所長。 ユイさんのサルベージ計画の要綱、出来上がりました」

「ご苦労」

「たった三週間で組めるとは………さすがだな、赤木君」

「ありがとうございます、冬月先生」

「赤木博士、さっそく作業に取り掛かりたまえ」

「……………」

「どうした?」

「…………いえ、何でもありません」
















「ナオコ………」




父さんは補完計画を進める傍ら、母さんのサルベージ計画を進めていた。 ただ、ここで誤算だったのは、計画立案者の赤木ナオコ博士にその意思が無かったことだった。




「え?」




父さんとナオコさんの関係、知ってる?




「………うすうす気付いていたわ」




なら、判るよね。




「サルベージをわざと失敗した?」




そう。 ナオコさんも母さんのことは友達だと思ってた………これは確かさ。 けどね、それよりも『女』としての感情の方が勝ってしまった。 悲しいことさ。




「そうね」




そして、このサルベージは新たな悲劇の幕開けとなった。 ほら、見てよ。
















「駄目だ! 逆流が止まらない!!」

「コアパルスに変化あり! プラス0.3を確認!」

「ユイ! どうした!? 何故、帰ってこない!?」

「エヴァ、信号を拒絶!!」

「プラグ内、圧力上昇!!」

「サルベージ中止!! 電源を落として!!」

「了解!!………これは!?」

「どうしたの!?」

「圧力が弱まっていきます!!」

「シンクロ率も下がり始めました!!」

「碇」

「ああ、戻ってくるぞ」

「シンクロ率0%!」

「プラグ内に生命反応! モニターに出します!」

「………え!?」

「何だ……これは!?」
















「あの娘は?」




彼女が綾波レイ。 エヴァ初号機より生まれし、第2使徒リリスの魂を持つ者。




「リリス!? じゃあ、あの赤い世界の………」




そう、あの世界で母さんが見たもの。 彼女はリリスの魂を持って生まれてきた為、補完計画のトリガーとして育てられることになるんだ。




「トリガー………」




悲劇はさらに続く。 この後、何度も何度もサルベージを行ったけど、エヴァから母さんが戻ってくることはなく、代わりに彼女の肉体が生み出されていった。

ただ、魂を持っていたのは最初に生み出された肉体だけだった。

その為、他の肉体は彼女に何かあった時の予備パーツとして、地下のセントラルドグマに保管されることになる。




「予備なんて………非道い」




父さんはシナリオに彼女を組み込んだ。 この少女を自分の思い通りになるよう育てれば、補完計画の成功が確実になると考えた。 彼女を外界から隔離し、ただ自分の命令だけは無条件に聞く人形のようにした。




「……………」




そうやって育てられた彼女は、また新たな悲しみを生み出す為に使われた。




「あれは……ナオコ?」
















「どうかしたの、レイちゃん?」

「みちにまよったの」

「じゃあ、おばさんと一緒に出ようか?」

「いい」

「でも、一人じゃ帰れないでしょう?」

「おおきなおせわよ、ばあさん」

「……なに?」

「ひとりでかえれるからほっといて、ばあさん」

「人のこと『ばあさん』なんて呼ぶものじゃないわよ」

「だって、あなた ばあさんでしょう」

「………怒るわよ。 碇所長に叱ってもらわないと」

「しょちょうがいってるのよ、あなたのこと」

「嘘!?」

「ばあさんはしつこい。 ばあさんはようずみ」

「………ユ…ユイ……さん………」

「ばあさんはしつこい。 ばあさんはようずみ」

「あ…あ…あ、あ、ああああああああああ………」

「ばあさんはしつこい。 ばあさんはよう…ぐっ、が…あ、あ、あぁ………」

「あんたなんか……あんたなんか死んでも代わりはいるのよ、レイ。………私と同じね」
















「ああ……ナオコ、止めて!」




ナオコさんはレイを殺した。 その後、正気に戻ったナオコさんは後悔の念に駆られ、自殺した。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




父さんのシナリオ通りにね。




「ゲンドウさんがやったと言うの?」




父さんはいい加減、彼女の存在が鬱陶しくなっていたみたいだった。 それに、レイの成長を確認する、またとない機会だしね。 レイは父さんの命令通り動き、ナオコさんを自殺に追いやった。




「でも、あの娘まで死んでしまったら………」




レイは死なない。 彼女の魂はドグマにある予備の肉体に宿り、二人目の綾波レイが生まれた。




「それが判っていたから、あの人は………」




父さんは、死んだナオコさんの後任を娘のリツコさんにした。 そして、自分の計画を実行させる為にナオコさんと同じ関係を強要した。




「まさか!?」




リツコさんをレイプしたんだ。 無理やり自分の愛人にすることによって離れられなくしたんだ。




「なんて……なんてことを………」




これも全部、母さんに逢う為だよ。




「こんな……こんなことしてまで私に逢いたいなんて………私は嬉しくないわ!!」




そうだね。 でも、父さんはそれが判らなかったんだ。 ただ、母さんに逢うことしか頭になかった。




「……………」




母さん、リツコさんも被害者なんだ。 僕は救いたいと思う。




「賛成よ、シンジ」




そして、レイもね。




「それは当然ね。 でも、あの娘……何となく私に似てるわね」




それはそうだよ。 彼女は母さんを取り込んだエヴァから生まれたんだよ。 それはつまり………、




「私の遺伝子を有してるってこと?」




うん。 彼女は人間と使徒の遺伝子を持っている。 母さんとリリスのね。 だからと言って、化け物なんかじゃ決してない。 レイは、僕の妹とも呼べる大切な存在なんだ。




「あなたの言いたいことは判ってるわ、シンジ。 レイは私の大事な娘よ」




ありがとう、母さん。




「私ね、男の子だけじゃなく女の子も欲しかったの」




そ、そう………。




「一緒にお買い物に行ったり、お料理したり………フフ、楽しみだわ」




悦に浸ってるとこ悪いけど、もう少し付き合ってもらうよ。 今度は、僕が父さんに呼ばれて第3新東京市に来たところから、サードインパクトが起きるまでの記憶だよ。




















第玖話へ続く








[226] 第玖話 【邂逅】
Name: SIN
Date: 2005/04/10 00:19




私の見たシンジの記憶は、とても凄惨で悲しいものだった。

大人の私ですら、絶望と悲哀で精神(こころ)を砕かれかけたのだ。 とても14歳の少年に耐えられるものじゃない。

ましてや、補完計画の依代として歪められて育ったシンジなら尚更。






いつの間にか、記憶の廓を抜けていた私は、再び赤に染まった世界に佇んでいた。 目の前にはL.C.Lの海とレイの変わり果てた姿がある。






ああ………私は、なんと無知で、傲慢だったのだろう。

人の生きた証を残したいなどと言っておきながら、その全てを息子に押し付け、本来得るべき幸せを取り上げてしまった母親。

家族一人幸せにできなかった人間が、人類全体のことを憂えるなんて――――― おこがましいにも程がある。

『東方の三賢者』などと持ち上げられ、持て囃され、私は本当に考えなければならない一番大切なものに気付かなかった。

その結果が、この世界。

そして、これこそが自分の罪の重さ。




「………ぅぅう、う…ううぁ……うあぁぁ………」




涙が出た。 拭えど拭えど、止め処無く溢れる。

嗚咽、そして砂浜に打ち寄せる波の音だけが辺りに響く。




「…………私は―――――― 駄目な…母親ね…………レイ……シンジ……ごめんな…さい……ご…めん…なさい」




自嘲し、ただただ謝ることしかできない私に、シンジが優しく声を掛けてきた。




泣かないで、母さん。 まだ、やり直せる。




「シンジ………」




その為に、僕は母さんに記憶を見せた。 まだ間に合うから。




「………そうね。 ごめんなさい、シンジ」




いいんだ。………さあ、これで最後だよ。 今度はサードインパクト後の事を見てもらうよ。 僕の力、GGGのみんなとの出会い、そして過去へ。 僕は、こうして戻ってきたんだ。




















僕の目の前には二つの十字架がある。

一つはミサトさんのだ。 貰った十字のペンダントを打ちつけた。

あと一つはアスカのだ。 彼女は「気持ち悪い………」と呟いた後、L.C.Lに還ってしまった。

その後、泣き崩れたのを覚えている。 悲しすぎて悲しすぎて、泣き声で喉が嗄れるくらい泣いた。

それで判ったんだ。 ああ、好きな人を失うというのはこういうことかって。 それで、また泣いたんだ。








いつまで泣いていたか判らないけど、ようやく落ち着きを取り戻した僕は、二人のお墓の代わりになる物を探そうと、辺りを歩き始めた。

運良く流木が見つかったから、それを使って十字架を作った。 それが目の前のこれ。 アスカのお墓にはインターフェイス・ヘッドセットとプラグスーツを埋めた。

その後は、ただ海を見ていた気がする。 誰か帰ってこないか、とかはあまり考えてなかった。 ただただ、海を見ていた。








しばらくして――――― 二、三日は経ったかもしれない頃、僕は海の中に入っていった。

もう疲れたんだ。 誰もいない、誰も帰ってこないこの世界に。

だから、僕は海に身を委ねた。 自ら命を絶とうと考えていた。

でも、L.C.Lの海じゃ死ぬことなんてできる訳が無い。 そんなことも思い出せない程、あの時の僕は疲れ果てていたんだ。








海の中を漂っていると、突然、頭の中に他人の記憶が入り込んできた。 一人だけじゃない………何十人、何百人――――― いや、そんなものじゃなかった。 L.C.Lに融け込んだ全ての人達の記憶と知識が入ってきたんだ。

僕は唐突に理解した。

この身に起こったこと。 この世界のこと。 そして、使徒のこと。

世界中の人達の記憶が、僕の疑問に答えてくれた。 この地球上、そして過去限定のアカシック・レコードを手に入れたんだと思う。 だって、その記憶の中には昔の戦国武将やら貴族やらの記憶なんかもあったんだ。 そういえば、誰かが「記憶は遺伝子に記録される」とか言ってたっけ。 じゃあ、前世の記憶って本当にあるんだ――――― と、話が逸れたね。

世界中の人達の記憶と知識は、僕に生きる気力を与えてくれた。 そして、サードインパクトがどういうものだったかも、僕は理解していた。 SEELEの老人達の記憶もあったからね。

サードインパクトの依代となった僕は、『力』に目覚めていることが判ったんだ。 『力』というより、人間の本来の姿『第18使徒 リリン』として。 そして、全ての使徒達の力の使い方。 リリンとしての能力は、A.T.フィールドの具現化と応用。 力の使い方さえ判れば、応用次第で使徒の能力を再現することができた。








力を手に入れた僕は、あることを思いついた。

この力があれば、みんなを救えるかもしれない。

希望の光が見えた僕は、すぐさま行動を起こした。

まずは力の確認。 能力の全てを把握しなければ、いざという時に上手く使えないから。

一つずつ順々に確認し、モノにしていく。




第1使徒 【原初を司る者】 アダム
インパクトを起こす力。 但し、条件が揃わない場合は単純な爆発エネルギーの解放のみ。 それでも、N2爆弾100発以上の威力を持つ。




第2使徒 【豊穣・繁栄を司る者】 リリス
無機質に命を与える。 但し、直接触れなければならない。




第3使徒 【水を司る者】 サキエル
光のパイル。 掌だけでなく、イメージ次第で、どこからでも繰り出すことが可能。




第4使徒 【昼を司る者】 シャムシエル
光の鞭。




第5使徒 【雷を司る者】 ラミエル
加粒子砲。




第6使徒 【魚を司る者】 ガギエル
水中適応。 水の中でも陸上と同等の能力が使える。




第7使徒 【音楽を司る者】 イスラフェル
分体。 身体を分裂させることができる。




第8使徒 【胎児を司る者】 サンダルフォン
耐熱能力。




第9使徒 【雨を司る者】 マトリエル
体液(血液、汗など)を溶解液へ変化させる。




第10使徒 【空を司る者】 サハクィエル
透視、透過 及び 全ての過去の事象を見通す。




第11使徒 【恐怖を司る者】 イロウル
コンピューター等の電子機器を支配下に置ける。




第12使徒 【夜を司る者】 レリエル
虚数空間『ディラックの海』による時空間・次元移動。




第13使徒 【霰・雷光を司る者】 バルディエル
生体乗っ取り能力。 身体を流れる筋電流を操作し、意思・意識に関係なく、取り憑いた生命体を操ることができる。




第14使徒 【力を司る者】 ゼルエル
運動能力の強化。




第15使徒 【鳥を司る者】 アラエル
精神感応。




第16使徒 【子宮を司る者】 アルミサエル
相手の姿・能力を完全コピーできる。




第17使徒 【自由意志を司る者】 タブリス
A.T.フィールドの結界。 応用で空中浮遊が可能。




こういう能力なんだけど、一番びっくりしたのはレリエルだね。 一度制御を失敗して、全く別の世界に飛ばされちゃったんだ。 あの時は本気で焦ったよ。

でも、その世界でも収穫があったんだ。 そこにはいろんな格闘術があってね。 僕は使徒の能力が使えても、そっちの方は素人同然だったから教えてもらったんだ。 クルダ流交殺法っていうんだよ。………まあ、その話はまた今度することにして―――――

そうして力を身に付け、全ての準備が整った僕は、時間を遡ることにした。




「アスカ、綾波、ミサトさん………行ってきます」




ディラックの海を展開した僕は、この赤い世界に別れを告げた。




過去に向かって虚数空間を漂う中、僕は運命の邂逅を果たす。 それが彼ら、GGGだった。




















何処までも、何処までも続く歪んだ空間。 三次元世界の物理法則など何の役にも立たない異空間。 僕は、その中に漂う二隻の艦を見つけた。

驚いたよ。 僕以外いるはずのない空間にいるんだもの。

もしかして、異次元にも人間が? と思ったけど、よく見るとボロボロなので、気になって近付いてみたんだ。

黄色の艦と白の艦。 あちこちが、まるで戦争に行っていたかのように壊れていた。 それよりも、もっと驚いたのは、艦に括り付けられた人型の物体だった。




「ロボット!?」




エヴァはロボットというより人間のようだったから、ロボットらしいロボットを見たのはこれが初めてだった。




「こんなの見たことない。 やっぱり、これって別の世界の―――――



「ガオォォォォォォォォン!」



「えっ!?」




何かが吼えた。 目を向けると、そこには胸の部分にライオンの顔があるロボットが白い艦に鎮座していた。 よく見ると、ライオンの瞳が光っている。




「君の声?」

「グウゥゥゥゥ………」

「そっか」




僕はライオンの額に手を置いた。 ロボットなのでイロウルの能力を使ってみた。




「君はギャレオンって言うんだね。 僕は碇シンジ。 よろしく」

「グゥゥゥ」

「君達は何処から来たの?」




僕とギャレオンは情報を交換し合った。 黄色の艦はGGGという組織の艦で、白い艦はジェイアークと呼ばれる戦艦だそうだ。

彼らは『三重連太陽系』というところで宇宙の命運を賭けた戦いに勝利し、地球―――― 彼らの世界の地球―――― に帰るという。

しかし、地球と三重連太陽系を繋いでいた次元ゲートが完全に閉じてしまい、彼らは異次元空間に閉じ込められた。

自分達では次元ゲートを開ける手段がない為、奇跡を信じて空間を彷徨っていたそうだ。 乗組員は全員、万が一の為に持ってきた冷凍カプセルで冬眠中だという。

確かに、艦からはA.T.フィールドがいくつも感じられる。

僕は興味をそそられた。




















う……身体が重い。 私はどうなったんだ? 確か、冷凍睡眠のカプセルに入って、それから…………はっ!!






 ガバッ!






「ここは………?」

「長官! 大丈夫ですか?」

「卯都木君? これはいったい?」

「彼が私達を目覚めさせたんです」

「なに?」




卯都木君の視線の先には、まだ中学生らしき少年がいた。




「初めまして、大河コウタロウさん。 僕は碇シンジと言います」

「碇……シンジ…君?」

「ミコトさん、これで全員ですか?」

「ええ」

「じゃあ、そうですねぇ………ジェイアークの艦橋にみんなを集めてくれますか? あそこが一番広そうですし」

「判ったわ」




そう言うと、シンジと名乗った少年はカプセルのある部屋を出て行った。




「いったい何が起こっているんだ?」

「それをこれから彼が説明するらしいです」

「隊員は全員無事か?」

「はい。 怪我をしていた者、治療が途中だった者は全てシンジ君が治療し、全快しました。 かくいう私も………」

「そうか………。 何者なのだ、あの少年は?」

「行きましょう、長官。 みんなが待っています」




目覚めたばかりの私は卯都木君に肩を借り、少年が指定したジェイアークの艦橋に向かった。




















大河さんとミコトさんが来たね。




「それじゃあ、みんな揃ったところで話をさせてもらいます。 改めて初めまして、碇シンジです。 詳しい話はギャレオンとジェイアークのメインコンピューター、トモロ0117に聞きました。 乗りかかった船です。 みなさんを元の世界に戻して差し上げましょうか?」


「「「「「「!?!?!?」」」」」」




驚いてる、驚いてる♪




「僕も、ある目的の為に、この次元空間を渡らなければならないんです。 まあ、放って置いてくれと言うのなら無理強いはしませんが………」




僕はGGG長官だという大河さんを見た。




「わ、我々としても大変嬉しい申し出だが………何か見返りがいるのではないか?」

「いりませんよ、そんなもの。 僕がそうしたいだけです。 あなた達のように生命を賭けて地球の平和、宇宙の平和を守っている組織もあるんだということを知って、とっても嬉しいんですよ」

「それは、どういうことかね?」

「さっき『ある目的』と言ったが、それと関係があるのか?」




モヒカンヘアの火麻さん。




「う~~ん、話してもいいかな………。僕はあなた達とは違う世界の人間なんですが、僕の世界は、僕一人を残して滅亡しました」


「「「「「「「!!!」」」」」」」


「滅亡の際、僕は力を手に入れました。 その力で世界を――――― 大切な人達を守る為、僕は異次元空間を渡り、過去へ行こうとしたんです。 その途中であなた達を見つけ、現在に至る………ということです」

「何故、君の世界は滅んだんだ?」

「勇者としては気になりますか? 獅子王ガイさん」

「ああ」

「判りました。 では見せましょう、僕の記憶を」




僕はスキル=アラエルを発動させた。




















あ、ミコトさんが気絶した。 あ、スワンさんも。 やっぱり女性のみなさんにはキツかったかな。




「こ…これが……君の世界………」




さすが男性陣は気丈だね。




「そう。 僕はこんな世界は認めない。 一人で世界を救うなんて傲慢かもしれない…………でも、やらなくちゃいけないんだ。 それが、補完計画のキーとなってしまった僕の償いだと思うから」

「シンジ君………」

「安心してください。 みなさんを巻き込むつもりはありません。 過去へ戻る前に、無事に元の世界へお送りますよ」




でも、獅子王ガイさんはとんでもないことを言い出した。




「シンジ君、俺も連れてってくれ!」

「「「「ガイ!?」」」」




さすがにみんな驚くよな。




「どうしてです?」

「俺も傲慢かもしれない。 でも、滅びようとする世界があるというのに黙って背を向けるなんて………勇者の名が廃るぜ!!」

「本気なんですか?」

「ああ、本気だ。………長官、勝手なこと言ってすみません。 でも、俺は………」

「ズルイじゃねぇか、一人で行こうとするなんてよ」

「参謀!?」




火麻さんまで。




「長官、後は頼むわぁ」

「火麻君………」

「私も行きます!!」

「ワターシも行くデース!!」




ミコトさんとスワンさん、復活したよ。




「「「「俺も」」」」

「「「「私も」」」」




なんか、全員行くって言ってるような気がするけど………。

大河さんが腕を組んでみんなを睨んでる。




「それがみんなの決意なのだな?」




僕についていくと意思表示をした全員が頷く。




「なら、私の答えは決まっている」




そう言うと大河さんは僕に向き直って、




「これよりGGG―――― ガッツィ・ギャラクシー・ガードは、碇シンジ支援の為、行動を共にする!!」

「ええ!?」




驚く僕を無視して、大河さんは壁に寄りかかっていた一組の男女を見た。




「ルネ・カーディフ・獅子王、そしてソルダート・J。 君達はGGGの所属ではない。無理に我々についてくる必要はない。 君達だけでも元の世界に―――――




ルネさんは嘆息し、




「だってさ。 決まってるよねぇ、J?」

「フッ……戦士に休息は無い」




呆れちゃったよ。 全員ついてくるって言うんだもん。




「何で……何でですか!? せっかく戦いが終わって、みんな元の世界に帰れるって言うのに!!」

「シンジ君が大切な人達を助けたいように、俺達も君を助けたい。 それだけさ」




ガイさん、みなさん………ありがとうございます。………あれ? 目の前がぼやけてきた。




「はい、シンジ君」




ミコトさんがハンカチを差し出した。




「え? あれ? お…おかしいな?」




涙が溢れる。 止まらないよう。




「シンジ君」




優しいみんなの言葉。

ああ、そうか………嬉しいんだ。 嬉しくて堪らないんだ。




「ありがとうございます!!」




何日ぶりだろう? 僕は心から笑えた。




















長い長い記憶の旅が終わった。 客観的な時間からすれば、ほんの1、2秒。 でも、僕と母さんにはとても長い時間に感じられた。

母さんは泣いていた。

そして僕も泣いていた。 あの時のGGGのみんなの気持ちを思い出したから。




「はい」




あの時と同じように、ミコトさんがハンカチを差し出してくれた。 それを母さんに渡して、僕は腕で涙を拭った。




「ごめんなさい、ありがとう」

「いいえ」




母さんがミコトさんにハンカチを返して僕を見た。 その顔はとても綺麗で、僕は照れてしまった。

そんな僕を、優しく微笑む母さんが抱き寄せようとする。 でも、僕はそれを拒絶した。




「シンジ!?」




僕は言わずにはいられなかった。




「母さん。 いや、碇ユイさん。 僕は……僕の魂は、この世界の『碇シンジ』のものではありません。 既に滅びてしまった世界のものです。 だから、僕はあなたに息子と呼ばれることはできません」




そう、ここは純然たる過去ではない。 平行宇宙の西暦2015年なのだ。 この世界の碇シンジは何処かにいるはず。




「じゃあ、この世界のシンジは?」

「それは―――――

「君だよ」




言い澱む僕に代わって大河長官が答えた。




「君に内緒で様々な方面を調べたのだが、君以外に『碇シンジ』を見つけることができなかった。 おそらく、この世界に来た時に、君と『この世界の碇シンジ』は融合してしまったのだろう。 理由は判らないがね」

「それじゃあ………」

「君は『向こうの世界の碇シンジ』であると同時に『この世界の碇シンジ』でもあるのだよ」

「なら、問題ないじゃない♪」




そう言うと母さんは僕を抱き寄せ、頭をその胸に抱いた。




「ユ…ユイさん!?」

「母さんでしょ!」

「か…母さん」

「よし!」




僕は大人しく頭を撫でられた。 だんだん嬉しくなり、堪らなくなって僕は母さんを抱き締めた。




「シンジ?」

「母さん……逢いたかったよぉ」

「シンジ………」




母さんは、また涙を流して僕を抱き締めた。 

GGGのみんなは気を利かせてくれたのか、いつの間にか病室には、僕と母さんしかいなかった。




















第拾話へ続く








[226] 第拾話 【紅玉(ルビー)の輝きが消えた時………】
Name: SIN
Date: 2005/04/30 01:28




天井、壁、床―――― シミなどの汚れ一つ無く、綺麗で清潔感あふれる建物。外からの光を採り込む大きな窓が、それを一層際立たせる。

何処からか、薬や消毒液等の独特の匂い漂うここは、ジオフロント内にある病院施設。その三階の廊下を、一人の女性が歩いていた。

特務機関NERV本部 戦術作戦部 作戦局 第一課所属、葛城ミサト一尉。

彼女はある場所に向かっていた。ファーストチルドレン、綾波レイの病室へである。

数日前の零号機起動実験の際に起こった暴走事故により、彼女は重傷を負って入院。そして先の使徒襲来の折、怪我を押して初号機で出撃しようとした無理が祟った為、再度 病院のベッドに戻されていたのだ。








ミサトは、レイの病室の前まで来た。

ノックしようとするが、気が重い。今までも何度か見舞ったことがあったが、どうも間が持たない。話し掛けても最低限の返事を返すだけで『会話』というものが成立したことが無いのだ。

ある意味、一番苦手とするタイプの人間――――― それが、綾波レイという少女なのだ。

はぁ~………と溜息をつくが、気弱になったところで何の解決にもならず、前にも進まない。

俯く顔を上げ、覚悟を決めた。






 コンコン






「レイ~、入るわよ~ぅ?」




ミサトが病室に入るとレイは起き上がっており、静かに窓の外の景色を見ていた。




「レイ、起きていて大丈夫なの?」

「………葛城一尉」




レイは、視線を外からミサトに移した。




「目が覚めたって言うからお見舞いに来たけど………どう? 調子は?」

「………問題ありません」

「そ。 良かったわ」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「(こ、これだから嫌なのよね~~………)」




ミサトの気持ちも判らないではない。しかし、こう育てられたのだからしょうがない。己の補完計画遂行の為、ゲンドウはこの少女を、従順な『人形』に仕立てたのだから。




「………あの……葛城一尉」

「ん? え? いや? あ?………なに?」




突然問い掛けられ、ミサトは慌てた。レイの方から話し掛けてくるなど初めてのことだったので、つい訳の判らない返事をしてしまった。




「いか……サードチルドレンは何処ですか?」

「へ?」

「サードチルドレンは一緒ではないのですか?」




ミサトは戸惑った。質問の意味がよく判らなかったのだ。レイの口から、いきなりサードチルドレンの話題が出るとは思ってもみなかった。




「レイ、シンジ君のこと知ってるの?」

「?………ケイジで会いました」

「あ…ああ、覚えてたのね。 うん、彼がサードチルドレンよ」

「………彼は?」

「え?……え~と……その……あの……う~ん……」

「…………?」




ミサトは返答に困った。

言うべきなのだろうか?

作戦指揮官として、あの場に居なかった部下には戦闘報告をキチンとしなければならないと考える。でも、初戦でいきなりの戦死者、しかも彼女と同じエヴァのパイロットが死んだなど、今後の彼女の士気に影響が出ないだろうか?

判断に迷うところである。

だが、ミサトは言うことに決めた。どうせ彼女なら「………そう」の一言で済むと考えたからだ。

しかし、それは大きな間違いだった。




「レイ。 昨夜、地上で行われた使徒との戦闘結果について説明するわ」

「はい」

「結論から言うと、使徒は殲滅されたわ。 でも、それはエヴァ初号機によってではなく、ガッツィ・ギャラクシー・ガード―――― GGGと名乗った組織の所有兵器によってよ」

「GGG?」

「ええ。 初号機発進直前にね、割り込んできたのよ。 で、こっちの命令を無視して勝手に戦闘を開始したの」

「そのGGGが使徒を倒したのなら、いか……サードチルドレンは無事なのですね?」

「それがね………使徒戦後、こっちの命令を無視したGGGを押さえる為、私は初号機を発進させたわ」

「………………」

「改めて武装解除を勧告したけど、向こうは完全に無視。 初号機と向こうの所有兵器は戦闘を開始」

「!?」

「その結果―――――

「………………」

「初号機は敗れ、機体は消滅したわ。 パイロットごと………ね」

――――― 申し訳…ありません…………もう一度……お願いします」




レイの身体が小刻みに震えていた。何か、とても嫌な言葉を聞いた気がした。




「初号機パイロット・サードチルドレン 碇シンジは、その機体ごと消滅………死亡したわ」

「………………………………うそ」




そう呟くと、レイの目から輝きが消えた。澄み切った綺麗な赤色をしていた瞳は瞬時に濁り、身体が ブルッ…… と大きく震えたかと思うと、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。




「!!……レイ!!」




床に倒れ落ちる寸前、レイの身体をミサトが抱える。少女の顔色は真っ青だった。




「レイ! レイ!!………誰か!! 誰かーーーっ!!」




静かな病院にミサトの声が響く。言うんじゃなかった、と激しく後悔していた。

薄れゆく意識の中、レイは、胸の奥で何かが壊れる音を聞いた。




…………いかりくん…………いかりくん…………いかりくん…………いかりくん…………いかりくん…………




















青く澄んだ生命育む星――――― 地球の軌道線上に浮かぶGGG基地、オービットベース。

その作戦司令室であるメインオーダールームにGGGメインスタッフと碇シンジ、そして彼の母、碇ユイが集まっていた。ちなみに、ユイはまだ体力が完全ではない為、シンジが押す車椅子に乗っている。




「さて――――




大河長官が口を開く。




「全員が集まったところで今後の対応を協議したいと思う。 まず、我々の目的を再確認しよう………シンジ君」

「はい。 僕たちの目的は、使徒によるサードインパクトを防ぐことはもちろん、秘密結社SEELE 及び 特務機関NERV総司令 碇ゲンドウが画策する人類補完計画を完全に阻止することです」

「うむ! 目的を完遂する為にも、我々にミスは許されない! では、サキエル殲滅戦 及び プランβによる初号機コア回収戦の報告を」




各人から先の戦闘についての報告が上がる。そのほとんどは当初の予定通りであった。細かなところでの差異はあるが、修正可能な範囲のものである。

しかし、シンジからの報告だけは違った。




「綾波レイが『戻って』きています」

「何だと!?」




予想もしなかった報告に、大河は驚いた。それは他のメンバーやユイも同様だった。




「どういうこと、シンジ?」

「母さん、彼女は僕と同じだ。 彼女は、僕と同じ世界で同じ時間を過ごした『綾波レイ』なんだ」

「彼女はどうやって戻ってきたのかね?」

「それは判りません、長官。 彼女に再会した時は、前と同じように怪我をしていました。 それに、ゆっくり話ができる状況ではなかったので」

「なるほど………。 では、どうするね?」

「計画を早めようと思います。 本来は少しずつ心を開かせるつもりでしたが、彼女が『僕を知っている綾波レイ』なら話も通じると思いますし、それに―――――

「それに?」

「彼女こそ『僕が救いたかった綾波レイ』だから」

「そうか…………判った、許可しよう」

「ありがとうございます、長官」

「計画って何のこと、シンジ?」




話が見えないユイがシンジに訊ねる。




「母さん、一日でも早くレイと一緒に暮らしたいよね?」

「当然じゃない」

「それでね………」




ユイにそっと耳打ちする。






 ごにょ、ごにょ、ごにょ………






「ナイスよ、シンジ!」




ビッ! と親指を立てて賛成するユイ。

母さんて思ったより明るい性格なんだ、と思い、シンジは苦笑した。




















「次に人類補完計画だが――――― Dr.ライガ、NERVが画策する補完計画の方は、エヴァ初号機の消滅とコアを回収することで防ぐことができたと思われるが?」

「確かに! 碇ゲンドウの計画は、初号機とそのコアがあってこそのじゃからのう。 この二つが手元に無い以上、あやつの補完計画は全く意味の無いものになる。 まあ、完全に防ぐ為にはレイちゃんの救出と、セントラルドグマにある素体たちをどうにかせねばな」

「それは僕に任せてください」

「頼むぞ、シンジ君」

「そのNERVの現在の動向はどうなってる?」




腕組みしながら会議に参加する火麻。




「ボルフォッグからの報告によると、NERV諜報部が現在の任務を全て中断して、我々の行方を捜してるようです」




諜報部オペレーター、猿頭寺コウスケが報告する。




「どんなに探しても無理だろうな。 俺達はこの世界にあまり接点を残してないからな」




火麻が嘲笑するように言う。




「あとはSEELEと使徒か」




と、ガイ。




「EU・ヨーロッパに潜入しているルネ君とJからの報告を」




大河が話を進める。




「ルネはNERVドイツ支部に潜入成功。 惣流アスカ・ラングレーの護衛の任に就いたようです。 Jは地中海でジェイアークと共に待機中」




ミコトが答える。




「予定通りか。 本来、彼女をガードする予定だった加持リョウジの方は?」

「NERV本部とSEELE、それと日本内務省からもGGG調査の命令を受けています」

「ふう……ここでも三足草鞋なのか、加持さんは」




シンジは嘆息し、呆れた。




















ルネ・カーディフ・獅子王とソルダート・Jの二人は、SEELEの膝元であるヨーロッパ地方に潜入していた。

ルネは対特殊犯罪組織・シャッセールの捜査官である。その経験を生かし、フリーの情報員として『裏の世界』で動き出した。彼女は瞬く間に頭角を現し、いつの間にか、ヨーロッパで彼女の右に出る者はいなくなった。SEELEはその実力に目を付け、彼女をNERVドイツ支部に配属させたのである。GGGの予定通りに。

SEELEは優秀な情報員を手に入れたつもりであった。しかし、実際はGGGのスパイを組織の中に潜り込ませる結果になった。それに気付くのは全てが終わった後だったが。

ともかく、彼女は第1の任務を達成した。後は、この可憐な赤毛の少女をあの坊やに会わせるまで守りきるだけ。




「獅子の女王(リオン・レーヌ)の名は伊達じゃない」




シンジの「お願いします」という願いに、彼女は自信満々にそう応えた。








一方、Jはルネのサポートに回った。

只の後方支援というわけではない。トモロと共にSEELEに関係している組織や研究施設の調査を行っていた。ある少年の所在を確かめる為に。




少年の名は、渚カヲル。




トモロは、ヨーロッパ中のコンピューターをハッキングして情報を集めた。ジェイアークのメインコンピューターであるトモロの性能は、この世界で最高性能を誇るスーパーコンピューター・MAGIを凌駕していたので誰にも気付かれることはなかったが、秘密結社と言われるSEELEの情報はさすがに少なかった。

そんな中、ルネがSEELEと接触しNERVに入れたのは、予定通りとは言え僥倖だった。彼女からの情報でSEELEに対する足掛かりができたのだ。

このチャンスを逃すわけにはいかない。エヴァ弐号機の本部移送まで時間は僅か。




「シンジ、約束は必ず果たすぞ。 戦士の誇りに懸けて!」




















「SEELEの動向に関しては、あの二人の報告待ちか………」

「なぁに長官、ルネに任せておれば安心じゃて」

「親バカですね、ライガ博士」

「シャラーップッ!!」




シンジの厳しいツッコミに、ライガは顔を赤くする。彼はルネの父親なのだ。彼女は嫌がっているが。




「あとは使徒の動きに気を付けるだけか」




ふと、ガイが呟く。




「でも、シンジ君の情報で使徒襲来のスケジュールは判っています。 そう構えることは………」




と、ウッシーこと整備部オペレーター、牛山カズオ。




「いや、油断はできない」

「ガイさんの言う通りです。 僕の情報は、前の世界の経験でしかありません。この世界が平行宇宙である限り、何処かに違いがあるはずです。 そもそも、僕らがこうしてここにいること自体、この世界にとっては最大のイレギュラーなんですから」




ガイの言葉にシンジが同意する。




「歴史の修正力が働くと?」

「可能性の問題ですがね」

「物事は既に我々の予想を超えて動いている………そう考えたほうがよさそうじゃな」

「だが、何が起ころうと、俺達のやることに変わりはない。 だろう、長官?」

「その通りだ、火麻君。………諸君! 我々は後戻りできない。 各人、勇気ある誓いを胸に行動してもらいたい」

「「「「「「了解!!」」」」」」




ミーティングが終り、それぞれが持ち場に戻っていく。




「母さん。 じゃあ計画通り、明日 レイを迎えに行こう」

「そうね」

「シンジ君、ユイさん」




メインオーダールームを出ようとするシンジ母子を、大河が呼び止めた。




「長官?」

「お二人に、ぜひ会ってもらいたい方がいるのでね。 特に、ユイさんに」

「私に……ですか?」

「あ!」

「察しがついたかね、シンジ君?」

「わざわざ来たんですか? 僕らの方から行こうと思ってたのに」

「待ちきれないようなのでな、こちらにお越し願ったのだよ。 お帰りの時、一緒に地球に降りるといい」

「そうします」

「何のお話?」




蚊帳の外のユイは、少し不機嫌になった。




「ああ……ごめん、母さん」

「では、案内しよう」




大河は二人を連れて、客が待つという応接室に向かった。




















第拾壱話へ続く








[226] 第拾壱話 【訪れる者たち】
Name: SIN
Date: 2005/05/01 09:29




応接室に案内されたシンジとユイ。

扉が開くと、ソファーに座り、お茶を飲んで寛ぐ二人の男性がいた。

部屋に入ってきたシンジ母子に気付く男たち。瞬間、その内の一人が目を大きく見開いたかと思うと、手に持っていたカップを落とし、勢いよく立ち上がった。




「ユイ!!」

「あっちゃああああああ!!」




落としたカップに残っていたお茶が、もう一人の男のズボンに零れた。ご丁寧にも、熱めに淹れられたお茶だった。




「ソウイチロウ! お前ェッ!!」

「ユイぃぃぃぃっ!!」




ソウイチロウと呼ばれた男は、もう一人の男の激昂を無視してユイに抱き付いた。




「お、お父様!?」




ユイは驚いた。いま自分を抱き締めている男こそ、ユイの父であり、碇財閥総帥 碇ソウイチロウだったからである。




「ユイぃぃぃ……生きていてくれた……生きていてくれたかぁ……」

「お……おとうさまぁ……」




大粒の涙を流し、再会を喜び合う親子。

ソウイチロウにとって、十五年ぶりに逢う娘。六分儀ゲンドウなどいうチンピラと結婚すると報告に来た時、怒りのあまり、ユイを勘当した。その数年後の原因不明の死。勤めている研究所で行われた実験中の事故だと聞かされたが、到底 信じられるものではなかった。

その娘が生きて此処にいる。これほど嬉しいことはなかった。

一方、ユイにとっても逢いたかった父。そして、謝りたかった父。喧嘩別れしたことを、いつも後悔していた。

その父がここにいる。涙を流して喜んでくれている。

それが嬉しかった。

お茶をかけられて怒っていた男は、この光景を前に、何も言えなくなった。父親と娘、感動の再会を邪魔するほど、自分は野暮ではない。

ぶつぶつと愚痴りながらソファーに座り直そうとすると、シンジが横からタオルを差し出した。




「これで拭いてください。 そうしないとシミになります」

「おお、ありがとう。 わしの心配をしてくれるのはシンジ君だけだよ」

「でも、いいんですか? 国連事務総長がここまで来て………。 SEELEの監視、厳しいんでしょ?」




国連事務総長、ショウ・グランハム。

類まれなる判断力と決断力で国連のTOPに上り詰めた人物で、国連内部の反SEELE派TOPである。また、碇ソウイチロウの親友でもある。




「なぁに、大丈夫さ。 君たちGGGの協力で、大分 楽になった。 それに、先の使徒戦において君たちの存在が表に出たことで、NERVもSEELEも大忙し。 わし一人に大袈裟な監視を付けることはなくなったよ」

「そうですか。 でも、気を付けてください」

「優しいなぁ、シンジ君は」




自分の孫にするように、ショウ・グランハムはシンジの頭を撫でる。

しかし、それを目敏く咎める者がいた。




「ぬうっ! 何をしている、ショウ!! 祖父である儂の許しなく、シンジの頭を撫でるとは!!」




ソウイチロウがショウの行為を非難する。




「やかましい! わしだってユイ嬢ちゃんと再会の抱擁をしたかったのに、貴様だけしやがって!」




反論するショウ。




「普通、父親が先だろうが!」

「何をっ!!」




掴み合いの喧嘩になった。




「相変わらず仲がいいね」

「あら、シンジはお二人を知ってるの? 私は会わせた覚えがないけれど………」

「僕とGGGのみんなはね、万全の準備をする為に一年前の2014年にこの世界に来たんだ。 その時、僕は大河長官と一緒にお祖父さんとショウ小父さんに会ったんだ。 協力をお願いする為にね」

「協力?」

「僕一人なら何とでもなったけど、GGGのみんなの場合、そうはいかない。 だから、この世界で力のある人達の協力が必要だったんだ。 それが、お祖父さんとショウ小父さん」

「そうね。 世界経済の1/3を統べる碇財閥と政治権力のTOPといえる国連事務総長。 シンジの選択は正しいと思うわ。……でもシンジ、それじゃお父様と小父様が危険じゃない?」




シンジは首を横に振った。




「ううん。 僕らが介入しない方がよっぽど危険だったよ」

「その通りです」




プシュ、と圧搾空気の抜ける音がして大河が部屋に入ってきた。




「大河さん」

「あ、長官」




シンジとユイの声に反応したのか、ソウイチロウとショウの喧嘩がピタッと止む。




「…………お二人は何をやっておいでで?」




大河が呆れたように老人二人を見た。




「い…いや、なに、最近運動不足でな。 なあ、ショウ?」

「そ…その通り。 なあ、ソウイチロウ?」




わっはっはっはっは、とボサボサの髪とヨレヨレのスーツで笑い合う、いい歳の二人。




「そ…そうですか」

「で、大河さん? 父と小父様が危険だったというのは?」

「ええ、お二人は世界でTOPレベルの権力と財力の持ち主で、しかもSEELEに敵対しておられます。 前の世界でのシンジ君の記憶によると、お二人は2014年にテロで亡くなられているのです」

「ええ!?」

「そのテロを指令したのはSEELE。 そして、実行したのはNERV保安諜報部」

「それじゃあ!?」

「父さんだよ」




シンジが冷たく言った。




「シンジやGGGのみなさんが助けてくれたから良かったものを………まったく、見下げ果てた男じゃ! これ以上、あの男に『碇』の姓を名乗らせるのは不愉快極まりない!」




ショウと共にソファーに座り直したソウイチロウは、拳を震わせ、怒りを露にする。




「それなんだけどね、お祖父さん」

「何だ、シンジ?」

「計画を少し早めようと思うんだ」

「そうか、急だな」

「レイもね、戻ってきてるんだ」

「!!……そうか。 なら、急がねばならんな」

「うん」




シンジの決意に満足したソウイチロウは、ソファーから立ち上がり、大河の方に向き直る。




「碇さん?」

「大河さん、あなたは約束を守ってくださった。 今度はこっちが約束を守る番です。 碇財閥は、GGGに全面協力致しますぞ」

「私も同じです。 国連全て……とはいかないかもしれませんが、国連事務総長として、出来る限りのことはさせていただきます」




ショウも同じく立ち上がり、大河に協力を誓った。




「ありがとうございます。 これで百人力です!」




三人は固く手を握り合った。




「シンジ、何を約束したの?」




ユイが怪訝な顔で問う。




「母さんを助けることさ」




ユイは改めて、自分が父たちにどれだけ愛されているかを知った。その父たちに悲しい思いをさせた嘗ての自分を激しく罵り、後悔した。




「ねえ、お父様……お母様は元気?」




ソウイチロウは顔を曇らせ、




「あいつは……もう……おらん」

「……………………え?」




ユイの表情が固まった。




「お前が研究中の事故で死んだと聞かされた時に倒れてな…………その半年後に逝ってしまったよ」

「そ……そんな………」




ユイは泣き崩れた。『人類の生きた証を残したい』と自分の独り善がりの為に、家族を不幸にしたのだと判った。




「お母様……ごめんなさい……ごめんなさい………」




ソウイチロウはそっとユイの肩を抱く。




「泣くことはない。 お前が泣いていては、あいつも安らかに眠れん」




ソウイチロウの慰めに、コクッと頷くユイ。




「時間ができたら京都に来い。 本家の墓の場所は覚えとるだろう? そこに眠っている。 参ってくるがいい」

「ぐすっ、ぐすっ………はい。 ありがとう、お父様。 お母様を看取ってくれて」

「そんなことは当たり前のことだ、馬鹿者」




こつん、と額を小突かれるユイ。

涙を拭き、ユイは笑顔で応えた。




















暗く、闇に包まれた部屋。そこに六人の男が集まっていた。

一人はNERV総司令 碇ゲンドウ。そして後の五人は、国連直属の『人類補完委員会』の面々である。だが、それは表の顔。

裏の顔――――― その正体は、秘密結社SEELEの最高幹部たちだ。




「使徒再来か………。 あまりに唐突だな」

「十五年前と同じだよ。 災いは何の前触れもなく訪れるものだ」

「幸いとも言える。 我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはな」

「そいつはまだ判らんよ。 役に立たなければ無駄と同じだ」




ゲンドウは何も応えない。いつものポーズで身動き一つしない。

委員は口々に使徒の処置、情報操作、さらにはNERVの運用にまでゲンドウに苦言を呈する。

一通り言い終えたのか、ようやく彼らは、この会議の本題に入った。




「碇君、GGGの調査は進んでいるかね?」




ピクッ、とゲンドウの肩が震えた。




「何のお話で?」

「惚けるな! 第3使徒との戦闘で、GGGと名乗った組織の介入があったことは判っている。 小賢しくも、貴様は情報を封じ込めようとしたらしいがな」

「碇君、この席での偽証は死に値する。 承知しているはずだが?」

「どうだね、碇君?」

「………諜報部からは、未だ報告はありません」

「エヴァが敗れたという報告があるが?」

「何っ!?」

「本当かね!?」

「使徒は殲滅されました。 問題ありません」

「本当にそう思っているのかね?」

「エヴァが役に立たないとなれば、NERVの優位性を疑う声が出てくるぞ!」

「それは拙い」

「グランハムが大きな顔をするのは我慢ならんな」

「GGGに関しては、こちらからも調査を始めている」

「だが、使徒やGGGのことよりも、君にはやるべき仕事がある」

「『人類補完計画』 これこそが、君の急務だぞ」

「左様。 この計画こそが、この絶望的状況下における唯一の希望なのだ。 我々のね」




そして、バイザーをかけた男――――― この委員会の議長でSEELEのTOP、キール・ローレンツが口を開く。




「いずれにせよ、使徒再来 及び GGG介入による計画遅延は認められん。 予算については一考しよう。 それと、要請があったエヴァ弐号機移送を許可する」

「ありがとうございます」

「では、あとは委員会の仕事だ」

「碇君、ご苦労だったな」




キールを除く四人が退席する。




「碇、後戻りはできんぞ」




一人残ったキールも退席した。




「くだらん会議だ。 今は貴様らジジイ共に付き合っている暇はない」




現在、ゲンドウの頭にあるのは初号機のコアの行方のみであった。




















「やっほ~、リツコ」




赤木リツコ博士は、突然の訪問者に顔を顰めた。

彼女は徹夜明けである。しかも、まだ仕事中だ。もしかしたら、二日目に突入するかもしれない。早く仕事を終わらせ、この睡眠欲を満足させるのにこの訪問者、葛城ミサトは明らかに邪魔だった。




「何の用、ミサト?」




極寒の地から発せられたようなその冷たい声は、鈍感なミサトでさえ凍りつかせた。




「あ……いや~、その~……ねぇ………」

「用が無いのなら出てってくれる? とても忙しいの」




リツコが仕事に戻ろうとすると―――――




「レイ……どうなの?」




心配だった。

いま現在、一人しかいないエヴァのパイロット。その貴重な戦力が、自分の所為でおかしくなったかもしれない。

ミサトの心は、レイを心配する気持ちと、自分の身を心配する気持ちで、せめぎ合っていた。




「あのままよ。 何の進展もないわ」

「………そう」

「本当に余計なことをしてくれたわね。 私はメンタルケアをしろと言ったのよ! 壊してどうするの!!」

「やっぱりレイは………」

「精神崩壊の兆候が見られるわ。 病院から連絡を受けた時、レイに限ってと思ったけど………」

「………………」

「あなたね、本来なら軍法会議ものよ! でも、状況が状況だから処分が後回しになってるだけなの。 これ以上、私の仕事を邪魔するとこの場で処分を下すわよ。 私の階級、知ってるでしょ?」

「赤木リツコ技術二佐………」

「そういうことよ、葛城ミサト一尉」




がっくりと肩を落とし、部屋を出ようとするミサト。




「ミサト」




リツコが声を掛ける。




「………なに?」

「あなた、レイに何したの? 人が精神崩壊するってね、余程のことがない限り、そうなることはないのよ」

「何もしてないわ。 ただ、シンジ君が………」

「シンジ君?」

「シンジ君が死んだって言ったら……倒れて……その………」

「それだけ?」

「ええ」

「おかしいわね。 レイはシンジ君のことなんて知らないはず………」

「レイはケイジで会ったって言ったわ」

「そうね。 あの時が初めてのはずよ」

「じゃあ、どうして?」

「また謎が増えたわね」




仕事の中断も忘れて考えに耽るリツコとミサト。

すると、そこに警備部から連絡が入る。




「はい、赤木です」

〔お仕事中、申し訳ありません。 本部入口ゲートですが………〕

「何かあったの?」

〔綾波レイ特務三尉に会いたいという方がいらしてまして………〕

「レイに客?」




リツコは思い当たらなかった。学校の友達かとも思ったが、それは無いと決め付けた。レイがNERVに関係しているなど公表してないし、自分から友達をつくるような性格ではないと知っている。ミサトも、リツコと同様の考えだった。




「追い返しなさい! レイに客なんて来ないわ!」

〔いえ、ですが……その………〕

「何? はっきりしなさい!」

〔………ご家族の方らしいのです〕




















少し時間を戻そう。






NERV本部入口ゲート。

一台のタクシーがゲートの前で止まる。車からは、一組の男女が出てきた。運転手が女性から料金を受け取ると、タクシーは逃げるようにゲートから離れていった。

ゲートを守っている警備員が睨みを利かし、肩に掛けたライフル銃に手をやる。

中学生くらいの少年と二十代前半のくらいの女性。この場の雰囲気には、どうしても似合わない男女であった。




スパイか? 

工作員か? 

テロか?




緊張が走る。

近付いてきた男女の内、少年の方が警備員に話し掛けた。




「こんにちは。 綾波レイに会いに来たのですが………」

「は? 失礼ですが……あなた方は?」

「兄です」




そして、姉のように若い女性が口を開く。




「母です」

―――――――― はあ??」




警備員の思考は、一瞬止まってしまった。




















第拾弐話へ続く








[226] 第拾弐話 【そして少女は、家族を手に入れた】
Name: SIN
Date: 2005/05/02 13:20




――――― ったく……何で、私が………」




葛城ミサトは、連絡のあったゲートに向かっていた。

赤木リツコが連絡を受けたのに、なぜ彼女が向かっているのかというと……………………いま現在、NERV職員の中で一番暇そうにしているからである。

いや、彼女の立場上、決して暇ではない。だが、リツコの執務室に遊びに(邪魔しに)くるくらいだ。このまま戻っても、碌に仕事しないだろうと考えたリツコは、半ば無理やり、この任を押し付けたのだ。

というわけで、ミサトはゲートに辿り着くまでの間、いつまでもブツブツと愚痴り続けるのであった。




















―――――― 三十分後




地上、NERV本部入口ゲート前。

ようやくミサトが着いた。例に漏れず、また迷っていたのだ。




「あ……葛城一尉、お手数をお掛けします」

「遅くなってゴメンなさい。 で……あの二人?」

「そうです」




ミサトは、ゲートに背を向けて立っている男女に近付く。




「レイに会いたいっていうのは、あなた方ですね。 私はNERV戦術作戦部所属の葛城ミサト一尉です」




ミサトの挨拶でレイの母と兄だと名乗った男女が振り返る。




「!!??」




ミサトは、その母子連れを見て――――― いや、その少年を見て驚愕する。




「シンジ君!!」




そっくりだったのだ。先日の戦闘の際、初号機と共に消え去ったあの少年と………。




「は? 僕の名前はシンですが」

「なに言ってるのよ! シンジ君でしょう? 生きていたのね!」

「だからシンですってば。 あの~……シンジって、もしかして『碇シンジ』ですか?」

「そうよ。 あなたの事よ」

「僕はシンジの親戚で、綾波シンと言います」

「母の綾波マイです」

「え? え? えぇっ!?」

「あなたが何でシンジのことを知っているかは後で聞くとして………レイに会いたいのですが」

「え? あ、ああ。 ……あのぅ、ホントにレイの………?」

「そうですよ。 何でです?」

「だって、今までレイに家族がいるなんて話………聞いたこと無いもの」

「そうかも知れません。 僕たちも、ここにレイがいるのを知ったのは、つい最近のことですから」

「え? どうして?」

「レイは――――― その……誘拐されたんです。 四歳の時に………」

「ゆ……誘拐ぃぃぃっ!?」

「八方手を尽くしたんですが、見つからなくて………。 身代金の連絡が無いんで、最初はただ行方不明になっただけだと思われたんですが、レイが連れ去られるところを目撃した人がいまして………。 それから警察も公開捜査に踏み切って、新聞にも載りましたよ。 でも、全然手がかりが無くて………で、つい最近、ここにいるということが判ったんです」

「それで会いに来たってわけ?」

「そうです。 十年間、行方が判らなかったんですよ。 当然でしょ?」

「そ……そうね」

「会わせて頂けませんか?」




今まで口を開かなかったマイが訊ねた。

ミサトは考える。あの状態のレイを家族に会わせて良いものだろうか、と。

自分では判断がつかない為、ミサトはリツコに連絡を取った。








「大嘘吐きね、シンジ♪」

「母さんもでしょ」




















ミサトから連絡を受けたリツコは、「何バカなこと言ってんの?」と言って最初は取り合わなかったが、ミサトが何度も連絡してくるので、自分もゲートに来た。




「!!??」




そこで見たのは、死んだはずの少年と―――――






あの人が望んでやまない女………。






「シンジ君……ユイさん……」

「また……まぁ、よく似てるって言われますけどね」

「そっくりよ」




クスクス、とマイが笑う。




「母さんだってユイさんそっくりのくせに………子供の時に一度会っただけだけど」




つられてシンも笑った。和やかな雰囲気が辺りを包む。

しばらくして、固まっていたリツコがようやく再起動した。




「あ…あなた達、レイの家族だって聞いたけど………」

「ええ。 あの子に………娘に会わせて頂けますね」

「そんなはずないわ!! だってレイは………」

「レイは……何です?」

「あ…う………」




言える訳が無かった。レイの出生は、NERVの特秘事項。それもランク・SSSである。一般人、ましてやスパイかもしれないこの二人に………。




「証拠になるかどうか判りませんが、レイが赤ちゃんの時の写真がありますよ。 ねえ、母さん」

「そうね。 ええと………はい、これです」

「どれどれ?」




ミサトとリツコが出された写真を見る。




「きゃ~~、かわい~~!!」

「嘘………」




写真には、嬉しそうに微笑むマイと、その腕の中でスヤスヤと眠る赤ん坊がいた。蒼銀の髪をした赤ん坊が。

もちろん、これは合成されたものだが、GGGのメインコンピューター、そしてトモロにボルフォッグまでが協力して作り上げたものなので、MAGIをもってしても本物としか判別できないものである。

写真を見たミサトは、この二人がレイの家族だと信じた。

だが、リツコはますます疑惑を深めた。心の中で写真を合成だと決め付け、二人をスパイ容疑で拘束しようと連絡を付ける為、携帯電話を出そうとする。

その時、マイと目が合った。




「会わせて頂けますね」




穏やかだが、絶対に反論を許さないと言う意志のこもった声。そして、子供を守り、愛し、慈しむ母の目。

リツコは、逆らうことができなかった。




「はい」




















ジオフロント内、NERV本部 病院施設。

その廊下を四人が歩いている。リツコ、ミサト、シン、マイである。

リツコが先頭なのはお約束。ミサトがまた迷子になりかけたのだ。




「レイが入院していたなんて………」

「怪我の具合は大丈夫なんですか?」




シンとマイが心配そうにリツコに問い掛ける。




「ええ、命に別状はありません。 大きな怪我は、左腕の骨折と頭部打撲くらいですから」

「そうですか(怪我の具合が以前より軽い………。 事故の時、A.T.フィールドを使ってガードしたのかな?)」




そう話をしていると、やがてレイの病室の前に来た。

リツコはまだ迷っていた。二人をレイに会わせるかどうか。

数秒迷ったが覚悟を決めた。もし、レイが「あなた誰?」とでも言えば、その瞬間、躊躇うことなく保安部に二人を拘束させるつもりだった。

そして、ミサトも迷っていた。あんなに精神状態のレイの姿を、十年ぶりに会う家族に見せるべきかどうかを。

責められるかもしれない。詰られるかもしれない。

だが、希望もあった。この二人ならレイの心を救ってくれるのではないか、と。

自分勝手な希望であるが………。






 コンコン






ミサトがドアをノックする。




「レ~イ……入るわよ?」

「……………………」




返事は無い。

いつもの事と思い、四人は病室に入る。

レイは起きていたが、視線はこちらを見てなかった。ずっと天井を見詰めたままだ。




マイ――――― ユイは思わず口を押さえた。

怪我が痛々しい。それに何より瞳の色。

赤い、ということではない。死んでいるのでは? と思わせるくらい生気の無い、濁った瞳の色だった。




シンも――――― いや、シンジもユイと同じ思いだった。

そして後悔した。

彼女が自分と同じ刻を生きた綾波レイであることは明らかだ。

そのレイの想い。

怪我を押してまで、何も知らないであろう自分の代わりにエヴァに乗ろうとしてくれた彼女の心。

それを壊してしまったのは自分だ。

あの赤い海でレイの気持ちは判っていたはずなのに。

ガオガイガーに殺されたと、死んだと聞かされた時のレイの心の砕かれる様が、手に取るように判る。






大切な人を失う気持ち………。






「(アスカ………やっぱり僕は、バカシンジだよ)」




レイに近付くシン。

椅子に座ってそっとレイの手を握り、優しく声を掛けた。




「レイ……レイ……こっちを向いて」




















暗く、光も無いレイの意識に優しく語り掛ける声がある。

聞いたことのある声。

いつも聞いていたい声。

二度と聞けないと思った声。

それが急速にレイの意識に光を与え、覚醒を促していった。




















「レイ……僕だよ」

不意にレイの目が動いた。虚ろな目だが、確かにこちらを――――― シンを見た。

見る見るうちにレイの瞳に生気が戻る。目を見開き、シンをじっと見る。




「レイ」




ガバっと跳ねるように起きると、かすれたように声を紡ぐ。




「…い……か…り…くん………?」

「やっと逢えたね、レイ」

「いかりくん!!」




レイは、今まで出したこともないような大きな声でシンを呼び、抱きつく。




「レイ」




シンは優しく抱き、落ち着かせようとレイの髪を梳く。




「いかりくん! イカリクン! 碇君! いか……う、わぁぁぁ~~~~~ん」




どうやら逆効果だったようだ。病室内に少女の泣き声が響く。

ミサトとリツコは唖然としていた。こんなレイは初めて見るのだ。

感情の起伏がほとんど無かった少女。そういう風に育てられたのだから当然だが、ここまでの感情の爆発、涙を流し大声で泣くなど考えられなかった。

呆然としていた二人だが、ハッとミサトがあることに気付く。




「レイ、彼はシンジ君じゃ………」




そう言いかけると、シンが口に人差し指を立てて「シーッ」をゼスチャーし、横から小声でマイのフォローが入った。




「しばらく好きにさせてあげてください」




ミサトはそこに、家族というものの深い愛を見た気がした。

五分ほどすると、ようやく落ち着いてきたのか、ヒック……ヒック……としゃくりあげるような泣き声に変わった。時々、ズズーと鼻をすする音も聞こえる。




「落ち着いた?」




レイは コクッ……と頷き、ゆっくりとシンから離れ、ベッドに戻る。




「レイ、よく見て。 僕はシンジじゃないよ」

「え?」




レイは言われている意味が判らなかった。

目の前の少年は碇シンジ、それは確かだ。

見た目ではない。魂の波動というか、A.T.フィールドの波長というか…………綾波レイの存在そのものが、彼を碇シンジだと認識しているのだ。

それなのに何故、彼は違うと言うのだろう。




「ふふ………」




混乱しているようなので、シンはレイの手を握り微笑みながら話し出す。

頬を赤らめるレイ。好意を寄せる彼の手は、何よりも優しく、そして暖かい。




「レイ、十年ぶりだね。 やっと逢えた」




シンはそう言うと、誰にも気付かれぬようスキル=アラエルを発動し、自分の記憶をレイの心に直接見せた。




「え? あ?」




一瞬で理解した。計画の全てを。

やはり、この少年は碇シンジだ。

そして、これからは愛する家族、兄 綾波シンだ。




「やっと逢えた……お兄ちゃん」




この言葉にリツコは固まった。

ゲンドウから聞かされ、MAGIのデータにもあるレイの出生の事実。それが根本から覆された。

レイがシンを兄と認めた以上、マイも母であるのは間違いない。また、この二人が別組織のスパイであるという可能性も消えた。

ゲンドウが嘘を教えたのか?

それとも、レイが初号機から生まれたなど、単なる妄想だったのか?

リツコは混乱の極地にいた。

シンはレイの言葉に自分の計画がちゃんと伝わったこと理解し、後ろに立っていた母を見た。

マイはコクンと頷き、レイに近寄る。

シンは座っていた椅子をマイに譲る。




「レイ……私のことは覚えてる?」




レイは、じっとマイを見た。

様々な思いが脳裏を巡る。

初号機のコアからサルベージされた碇ユイ。

碇君のお母さん。

碇司令の目的。

私のオリジナル。

私はこの人のクローン。

でも、これからは………私のお母さん 綾波マイ。




「お……おかあ…さん……」

「……はあぁぁ、レイぃぃぃ!!」




絞め殺すのか? と思うくらい、マイはレイを強く抱き締める。




自分のくだらない計画の所為で生まれてしまった娘。人間でもなく使徒でもない、中途半端な存在として生まれてしまった少女。

でも、そんなことは関係ない。

この子は、私の可愛い娘。

私が全身全霊で愛する存在。

シンジと共に幸せにならなければならない女の子。




大粒の涙を流しながら抱き合う母娘。

ミサトはもらい泣きをしながら、この三人が親子であることを完全に信じた。

そしてリツコは、もう何をしても補完計画が成功しないことを悟った。




















第拾参話へ続く








[226] 第拾参話 【騙す者、騙される者】
Name: SIN
Date: 2005/05/02 22:05




今までレイを預かってくれた人に『ご挨拶』と『お礼』がしたいということで、シンとマイは、現時点においてレイの保護者となっている碇ゲンドウが待つ総司令官公務室に赴いた。

リツコからの連絡で綾波親子の件を聞いたゲンドウは、すぐに保安部に二人を拘束するように指示した。が、レイ本人がこの二人を家族だと認めた為、ゲンドウは興味を持ち、二人の入室を認めた。もっとも、部屋の外には完全武装の保安部員が待機しているが。

部屋に入ってきたシンとマイ――――― 特にマイを見て、ゲンドウと冬月は驚愕した。




「ユイ!!」

「ユイ君!!」




ある意味、お約束の反応。

シンは嘆息するふりをしながら、内心 ほくそ笑んだ。




「母さん……また間違われてるよ」

「仕方ないわね。 私とユイを見分けられるのは、親族の中でも一握りだから………」

「何を言っている、ユイ………私だ、ゲンドウだ!!」

「こうして会うのは初めてですね。 こちらでお世話になっている綾波レイの母で、マイと申します」

「兄のシンです」

「な…何だと!?」

「今まで娘を預かって頂き、本当にありがとうございました。 ですが、これ以上お世話を掛ける訳にもいきません。 十年ぶりにやっと逢えたのですから、これからは実の母親である私が面倒を見ますので」

「き…貴様はユイではないのか!?」

「さっきご挨拶したと思いますが………あなたの奥様、碇ユイさんの従姉妹で、碇家の分家である綾波家第十五代当主、綾波マイです。 初めまして」

「あ…綾波家だと!?」

「ええ」

「ふざけるな! 碇の分家に綾波家など無い!!」

「伯父様………碇家の当主である碇ソウイチロウ様の許しも無く、勘当同然に家を飛び出したユイと結婚したあなたが、碇家の親戚筋を全部知っているとは思えませんが?」

「グッ………」




図星だった。唇を噛み、唸るゲンドウ。

さらにシンが続ける。




「それに今度の事にしても、大伯父様は大変お怒りです。 なにしろ、孫であるシンジを他人同然の家に預けたばかりか、そのシンジを無理やり戦闘兵器に乗せ、死なせてしまった。 大伯父様はあなたに碇の姓の名乗ることを禁じました。 既に法的手続きを済ましていることでしょう」

「なっ………!?」

「つまり、あなたは碇の籍を抜かれ、旧姓である『六分儀』に戻ったわけです。 お判りになりましたか、六分儀ゲンドウさん?」




思いも寄らぬ話に、ゲンドウは言葉を失い、顔面蒼白になる。

だが、何を思いついたのか、その表情は、すぐに余裕を取り戻した。




「………ふっ、問題ない」

「碇? あ、いや六分儀?」

「NERVは超法規機関だ。 そのような手続きなど無効だ」




予想通り………。あまりに予想通りの答えに、シンは額を押さえ、呆れ果ててしまった。




「………大伯父様から聞かされていましたが、やっぱり頭悪いんですね」

「何だと!?」

「碇家が訴えたのは特務機関NERVではなく、六分儀ゲンドウ本人です。 超法規特権など使えるわけないでしょう」

「そうなのか、冬月?」

「……そうだな。 あくまでお前は、国連からこのNERVの総司令を任されているにすぎないからな。 悪い言い方とすれば、お前の代わりはいくらでもいるということだ。 そんな人間のプライベートに対して超法規特権など使えんよ。 もし使えば、その場で解任だな」

「グ…ググッ………!!」

「あ、それと、綾波レイの親権も私どもにありますから」

「!!」

「それは当然でしょう。 実の家族がいるのに、何が悲しくて血も繋がってない元親族に預けなければならないのですか?」

「………………」

「というわけなので、レイはこれから僕たちと一緒に暮らします。 エヴァのパイロットに関しては彼女の意思を尊重しますよ………今のところはね」

「ま、待ってくれ! レイ君はいまや貴重なパイロットなのだ。 辞められては困る!!」




慌てて冬月が止める。




「パイロットはもう一人いると訊いてますが?」

「いまドイツからこちらに向かっている」

「なら、その人が来るまでですね」

「………何故、そこまで知っている?」

「碇家がどういう存在か、知らないわけではないでしょう?」

「ああ」

「碇家の諜報能力を、NERVの四流・五流の諜報部と比べてもらっては困ります」

「五流だと!?」

「何も判ってないんでしょう? GGGのこと」




そのシンの言葉に、ゲンドウは驚き、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。




「知っているのか!?」

「さあ? 報告は一旦、全て大伯父様の元に行きますからね。 僕たちはまだ何も知りません」

「シン、もう行きましょう。 いつまでもこの人の顔は見たくないわ」

「そうだね。 犯罪者がTOPの組織なんてね」

「待ちたまえ! どういう意味だね!?」

「そっくりなんですよ、そこの偉そうな男が………十年前、レイを誘拐した犯人に!」

「な、何っ!!」




バッと振り向き、ゲンドウを見る冬月。




「これが犯人の似顔絵です」

「こ、これは………」




冬月は知っている。そっくりだった。髭の無い頃のこの男と………。




「そういうことです。 これ以上、妹をここにおいて置くわけにはいかないんですよ」

「待て! レイを連れて行くことは許さん」

「いか……六分儀!?」

「ファーストチルドレン・綾波レイは、エヴァンゲリオン零号機専属操縦者としてNERVの任務である使徒殲滅に欠かせない戦力だ。 それを連れて行くということは、NERVの任務に重大な障害を与えることになる。 NERV特務権限により、この二人に公務執行妨害罪 及び スパイ罪を適用、拘束する」

「ふ~ん………そうきましたか」

「冬月、保安部を呼べ」

「判った」

「おっと! そのセリフは、これを見てから言ってください」

「何かね――――― ………なっ!? それは!!」

「そう。 国連事務総長の白紙委任状です」




「「!!!」」




「大伯父様が『切り札として持っていけ』ということでしたのでね」

「………………」

「これを持っているということの意味………判っていますね?」

「………君たちは、事務総長より全権を委託されている」

「その通り! 国連の一機関に過ぎないくせに調子に乗ってはいけませんよ」

「………………」

「事務総長も呆れていたみたいですよ。 特務機関の長が誘拐犯だとは………とね」

「シン、行きましょう。 これ以上、下衆に用は無いわ」

「あ……待ってよ、母さん」




総司令官公務室を出て行くマイとシン。後には、呆然とする男二人が残された。




















ユイは激しく後悔していた。






何故、自分はあの男を愛したのだろう。

何故、あの男と結婚したのだろう。

何故、あの男に抱かれたのだろう。






あの赤い世界でシンジの記憶を見せてもらった時のように、様々な思いがユイの頭の中を駆けていった。






考えてみれば、幼い頃から父に可愛がられ、箱入り娘として育てられ、学生時代も勉強・研究であまり異性との接点は無かった。

ああ、そうだ。自分はただの世間知らずだったのだ。自分の無知が招いた結果がこの世界。そして息子と娘の境遇。

なんて私は馬鹿なのだろう。

無知は罪なり……その通りね。この罪を償う為にも、私は―――――






「母さん」




悲痛な顔で考え込んでいるマイに、シンが話し掛ける。




「あまり思い詰めないで。 僕やレイじゃ力になれなくても、頼りになる人はたくさんいるから」

「ええ。 大丈夫よ、シン。 大丈夫」

「そう? ならいいけど」




そう……大丈夫よ、シンジ。あなたとレイがいれば、私は大丈夫。




生きてさえいれば、何処だって天国になる………




本当に、私は嘘吐きね。

もし、あなた達に二度と会えなくなるとしたら………その世界は私にとって、地獄と同義。

でも、そんなことは絶対にさせないわ。その為に、私はここにいるのだから。




「でも、父さんは相変わらず―――――

「シンジ」

「母さん、僕はシンだよ」

「シ・ン・ジ」




有無を言わさぬ母の声。




「ナ……ナニ、カアサン」




思わずカタトコになってしまうシン。




「二度と、あの下衆を『父』と呼ぶことは許しません」




これがユイとゲンドウの完全な決別であった。




















「本当なのか?」

「濡れ衣だ」

「だが、レイも認めているぞ」

「三人目へ移行する」

「誰にやらせるつもりだ? 今はどこも猫の手を借りたいほど忙しいのに………諜報部と保安部はGGGの調査、技術部は零号機の調整、作戦部は先日の使徒戦の後始末。 さあ、誰にやらせる?」

「冬月先生、後を頼みます」

「殴るぞ、貴様」

「……………………」




計画通り、すっかりシンとマイの嘘に騙されたNERVであった。




















第拾肆話へ続く








[226] 第拾肆話 【 影 】
Name: SIN
Date: 2005/05/03 10:23




 ガヤガヤガヤ……… ガヤガヤガヤ………






始業前の学校の教室。

ここは、第3新東京市立 第壱中学校 2年A組。

いつの時代、どこの学校でも、授業の始まる前の時間は騒がしい。

だが、今日に限って、それはいつにも増している。

何故なら、今日は転校生が来るのだ。

皆、その噂で持ちきりだった。




男か?

女か?

背が高い?

低い?

カッコいい?




そういう噂ではなかった。

彼らは登校中に、その転校生らしき人物を見ていた。あの『綾波レイと一緒に登校する少年』の姿を。

『寡黙の妖精』と言われ、誰にも心を開かなかった少女が、とても穏やかな雰囲気で一緒に登校した少年。

噂にならないはずはなかった。

こういう情報に一番敏感で、2-Aの情報発信源となっている少年・相田ケンスケの周りには、情報を求める生徒が殺到したが、ケンスケ自身 情報を探っている途中だったので、まともに答えられる訳はなかった。

最後の手段は『寡黙の妖精』綾波レイ嬢に直接 訊くことなのだが、その近寄りがたい雰囲気は、普段と変わらずであった。

だが、彼女が教室に入ってきた時は少々違った。いつもの彼女ではなく、同年代の普通の少女のような雰囲気があったのだ。

その様子に、しばし教室の時間が止まりかけたが、次の瞬間、それが完全に止まった。




「………………お…おはよう………」




少し顔を赤らめ、挨拶する少女。

レイが勇気を持って踏み出した、最初の一歩であった。




















そして、朝のHR(ホームルーム)。




「それでは綾波君、入ってきなさい」




2-A担任の老教師・根府川が呼ぶと、ドアが開き、一人の少年が教室に入ってきた。

その途端、きゃ~~~!! と女生徒の黄色い歓声が上がる。

同年代の男子に比べて、やや女顔だが、端正な顔立ちで自信に満ちたその表情。少年は所謂、美少年と呼ばれるものだった。




久々のヒットよ~

いや、ホームランかも




と、大半の女生徒が心の中でガッツポーズをしたのはお約束。

そして、男子生徒大半の反感を買ったのもお約束。






 ウッ、ウン!






老教師は一つ咳払いをし、教室を静める。




「では、自己紹介を」

「はい。 京都から来ました綾波シンです。 こちらには、親の仕事の都合と家の都合で来ました。 あと、『綾波』という名前でお気付きかもしれませんが、僕は綾波レイの双子の兄になります」




「「「「「何~っ!?」」」」」




「綾波さんのお兄さん?」

「美少年と美少女の兄妹………」

「素敵………」

「売れる! 売れるぞ~~!」




一気に教室が騒がしくなる。




「あ~あ~、まだ済んでませんよ。 静かにしなさい」




優しい口調で老教師が諌める。徐々に静かになる教室。




「………え~、訳あって今まで別々に暮らしてきましたが、この度、やっと家族一緒に暮らせるようになりましたので、とても嬉しいです。………レイ」




シンがレイを呼ぶと、レイはトコトコと前に出てきてシンの横に立つ。




「妹ともども、宜しくお願いします!」

「………します」




シンが頭を下げると、一拍遅れてレイも頭を下げる。

そのレイの仕草に、教室の男子生徒の心は鷲掴みにされた。後日、本気でシンを「お兄さん」と呼ぼうか議論されたほどだ。

女生徒も、その可愛い仕草に、レイに対する認識を改めた。彼女は寡黙なのでなく、ただ人付き合いが苦手なだけの普通の少女なのだと。

これをきっかけに、レイとクラスメートの関係は、少しずつ良いものになっていった。

シンとマイの願い通りに。




















NERV本部、総司令官公務室。




「六分儀、綾波シンがコード707に接触した」

「何?」

「第壱中学校に転入してきたらしい。 レイと同じ教室だ」

「あそこにはチルドレン候補を集めているのだぞ。 なぜ候補でもない者が入れる?」

「碇家からの圧力だ。 表向きは学校だからな。 文部科学省の意向には逆らえんらしい」

「第2東京の腰抜け共が………。 で、あの二人の正体は?」

「MAGIによると、彼らは実在の人物だ。 電子データだが、レイ誘拐と思われる新聞記事と、当時の捜査記録を見つけた」

「馬鹿な……そんなはずは………」




これは予め、シンがMAGIをスキル=イロウルでハッキングして支配下に置いている為である。NERV本部の中枢にありながら、MAGIはGGGの味方なのである。GGGに都合の悪い情報は、NERVに伝わらないようになっている。




「貴様についていくことが本当に正しいのかどうか、最近 特に考えるよ」

「ユイに逢う為だ。 正しいに決まっている。 冬月、貴様もそうではないのか?」

「そう考えると、碇ソウイチロウ抹殺のテロ事件、失敗して良かったと思うよ」

「何故だ?」

「自分の父を殺したのが夫の謀略だと判ってみろ。 ユイ君はどう思うかな?」




その状況を想像して、顔が青ざめるゲンドウ。




「………彼の言う通りだな。 お前は頭が悪い」




















シン転入の数日前、レイはNERVの病院施設から退院した。

その際、リツコは強硬に反対した。シン達には、怪我は大した事はないと言ったが、実際は内臓に損傷があり、動かすにはまだ危険な状態であった。

しかし、レイ自身が退院を強く希望した。もう大丈夫だと言うのだ。

シン達も退院させると言うので、検査の結果が良好なら退院を許可するとリツコは約束した。

その結果、レイは全快していた。

リツコは結果に驚愕し、もう一度検査するとレイを連れて行こうとしたが、シンとマイがそれを許さなかった。

レイの怪我はシンが治療していた。スキル=リリンによる『A.T.フィールド・コントロール』で損傷部分をL.C.Lに変換、瞬時に再構成することで怪我を治したのだ。もちろん、リツコやミサトに気付かれないように。

リツコの突き刺さるような疑惑の視線を背に、綾波親子は病院を後にした。

ミサトは、地上への移動手段であるモノレールの駅まで送ると言い、ニコニコと微笑みながらついてくる。

時折「家族で暮らせるようになってよかったわね~」と話し掛けてくるので、シン達も無視する事はないだろうと会話に参加していた。

だが、ミサトのこの一言が、場の雰囲気を一変させた。




「レイも元気になったし、もうすぐ零号機の調整も終わる。 これでドイツから弐号機が来れば、使徒戦は万全ね。 もう、あいつ等にデカイ顔はさせないわ」

「あ……そうそう、その件なんですけどね」




シンが口を開く。




「レイにチルドレンを辞めさせようと思います」

「!?」




シンの一言に、ミサトは目を見開いて驚く。




「ちょっ……どういうことよ!!」

「レイは14歳の女の子ですよ。 戦いなんて出来るわけないでしょ」

「エヴァは――――― ……って!?」




ミサトはあることに気付いた。最高機密であるエヴァとチルドレンの存在。何故、彼は知っているのか。




「どうして知ってるの?……って顔ですね」

「……そうよ。 どうして?」




シンは、さっき総司令室で話した事を、ミサトにも話した。




「親の承諾もないのに『チルドレン』なんて危険な仕事………させられませんよ!」

「でも、知ってるんでしょ? エヴァは14歳の少年少女じゃないと動かせないわ! それに、全人類の未来が懸かっているのよ!!」

「シンジにもそう言って強制させた。 怪我したレイを見せつけて、乗るしかない状況に追い込んだ!」

「!!」

「シンジは僕達の大事な家族だった。 そのシンジを見殺しにしたNERVを、僕たちは許さない」

「見殺しなんてしてないわ。 私たちは………」

「精一杯やった、と言いたいんですか?」

「そうよ!」

「あの戦い、NERVとGGGの戦力差は一目瞭然だったはず。 それでも戦闘させたのは何故です?」

「………………」




ミサトは答えられなかった。

あの時、誰もがシンジが素人だという事を忘れていた。GGGを押さえ、使徒のサンプル、そして彼らの技術を手に入れることを最優先として、エヴァパイロットの生命など考えていなかった。

最前線で戦っているのは、まだ14歳の少年だというのに………。




「そういうことです。 信用の置けないところに大事な家族を預けるわけにはいかない。 まあ、レイがチルドレンを続けたいと言うのであれば、こちらとしても条件付きで考えますがね」

「ホント!?」




ミサトがレイに訊ねると、レイは続けると言った。

シンとマイは難色を示したが、レイの「お兄ちゃんとお母さんを助けたい」という言葉にしぶしぶ認めた。条件に関してはシンとマイに任せると言うので、後日知らせるということにして、綾波親子はジオフロントを後にした。

街に戻り、碇家が用意したマンションに向かっていると、レイが何かに気付いた。




「………お兄ちゃん」

「後ろだろ。 気付いているよ」

「どうしたの?」




と、マイが訊ねる。




「NERVの保安諜報部………三人か……尾行してる」

「まあ、当然でしょうね」

「じゃあ、先にオービットベースに行こうか? レイにみんなを紹介したいしね」

「そうね。 いい、レイ?」

「うん」

「あの角を曲がったら僕に掴まって………スキル=レリエル」




シン達が曲がり角の向こうに消えると、小走りに黒服を着た男三人が角に近付く。

そっと覗くと、もうそこには誰もいなかった。驚き、辺りをキョロキョロ見回すと、弾かれたように三人が走り出す。だが、どこを探しても、尾行していた綾波親子を見つけることはできなかった。

その際、MAGIはA.T.フィールドの反応を捉えたが、パターンがシンのものだと確認すると、MAGIは自動的にそのログを消去した。




















尾行していた保安諜報部の三人が上司に大目玉を食らっている頃、綾波親子はGGGオービットベースにいた。メインオーダールームに集まったスタッフにレイを紹介していた。




「………綾波…レイ……です。 ………よろしく」




ぺこっ、とレイは頭を下げる。

それに続き、GGGスタッフが自己紹介していく。そして、最後にガイが自己紹介をすると、瞬間、レイの視線が冷たく変わった。

ツカツカと、ガイに近寄るレイ。




「?………何かな、レイちゃん?」




怒ってる?




どういうことなのか、ガイには判らない。




「………あなたが……碇くんをいじめたのね」

「へっ?」

「………碇くんが乗った初号機を……消し去ったわ」




レイの言葉に、ようやく合点がいったガイとみんな。




「い、いや……あれは作戦で………なあ、シンジ君」

「僕はシンですよ」

「ああ、そうだった。 シン君、助けてくれよ」

「………赦さない」




レイはガイの両頬を掴むと、ムニッと左右に引っ張った。




「い…いひゃいよ、ひぇいひゃん」
(い…痛いよ、レイちゃん)




呆気にとられるGGGメンバー。




「ぶわはははははははははははっ!!」




シンが笑い転げる。

マイもクスクス笑ってる。




「わひゃってひゃいで、はひゅひぇへぇ~」
(笑ってないで、助けてぇ~)

「だってさ。 どうする、レイ?」




レイは上目遣いにガイを見て、




「ニンニクラーメン、チャーシュー抜き」

「ひぇ?」
(え?)

「それで許してあげる」

「わ…わひゃっひゃ」
(わ…判った)

「うん」




レイは、引っ張っていたガイの頬を離した。




「あー、痛たたた」




頬をさするガイに、ミコトが苦笑しながら冷たく濡らしたハンカチを差し出す。




「大丈夫、ガイ?」

「ああ。 サンキュ、ミコト」




ハンカチを頬に当てるガイの袖を、レイが引っ張る。




「行きましょ」

「へ?」

「………ここの食堂は美味しいって……お兄ちゃんが言ってたわ」

「ああ、判った判った。 そんなに引っ張るなって」

「あ…ちょっと、私も行く」




レイに引っ張られ、ガイとミコトが出て行く。

三人がいなくなると、メインオーダールームに爆笑が広がった。




「やれやれ………あれ教えたの、母さんでしょ?」




シンが嘆息する。




「そうよ。 レイも努力してるの。 少しでもみんなとの距離を縮めようとね。 その為なら、私はどんな協力も惜しまないわ」

「水臭いな。 僕も相談に乗るのに」

「女のことは女に任せるの。 男の人じゃ絶対に出来ないことがあるんだから」

「なるほど」




納得だ。




「私達も食堂に行きましょう。 ちょっと早いけど、ここで夕飯にしましょう」

「そうだね」




シンとマイも食堂に行く為、笑いに包まれたメインオーダールームを後にした。

途中、マイがふと、あることに気付いた。




「ニンニクラーメンなんてマニアックなもの、ここの食堂にあるの?」

「僕がメニューに入れてって頼んでおいたんだ」

「………………兄バカねぇ」

////………うるさいなぁ」




















楽しい食事の後、メインスタッフ全員は、オービットベース下層にある研究モジュールに集まった。ここには、サキエルのコアを浄解したコアクリスタルが保管してある。




「お兄ちゃん、ここで何をするの?」

「もう少し後でも良かったんだけど、できるだけ早めにやっておかないと。 今後、何があるか判らないからね」

「………?」




レイは首を傾げる。




「レイを『人間』にする」

「………!!」

「正確には、君の魂とリリスの魂を切り離す。 その後封印し、リリス本来の肉体に戻した後、浄解してコアクリスタルに変換させる。 肉体に戻す作業は、もうちょっと後のことになるけど、とりあえず、今回はリリスの魂を封印し、レイを人間にする」

「私……人間に……なれるの?」

「そうだよ。 怖いかい?」

「………………」




俯き、スカートを握り締めるレイ。




「レイ、これはとても重要なことなの。 あなたの中にあるリリスの魂をそのままにしておくと、あなたはまた補完計画に利用されるかもしれない。 もちろん、そんなことは私達が絶対にさせないけど………万が一のこともあるし、今のうちにやっておいた方がいいと思うの」




マイは屈んでレイの目線と自分の目線を合わせ、手を優しく握り、諭すように言う。

すると、ポタッ ポタッと水雫がレイの目から零れ落ちた。




「レ…レイ!?」

「レイ、やっぱり怖い? 嫌なら、また今度でも―――――




オロオロとうろたえるマイとシン。

そんな母と兄の様子に気付いたのか、レイは顔を上げ、満面の笑顔を浮かべた。




「ううん、嬉しいの」

「「嬉しい?」」




ユニゾンする母子。




「お兄ちゃんやお母さん……みんなが私のことを……こんなに想ってくれるのが……すごく……嬉しいの」




そう言ってレイは、視線をGGGメンバーに向ける。




頷くガイ。

手を振るミコトとスワン。

親指を立てる火麻と大河。

鼻頭をポリポリ掻いて照れるウッシー。

長い口髭をピンと張るライガ。

照れて顔を赤く染める猿頭寺。

笑顔のスタリオン。




皆が優しい顔で、当然だと言っている。




「だから大丈夫よ、お兄ちゃん。 ………ガイさん達が教えてくれたもの。 人を信じる心………勇気さえあれば、何も恐れることはないって。 ………私はお兄ちゃんを信じる。 お母さんを信じる。 ガイさんやミコトさん、スワンさん、みんなを信じる。 だから……大丈夫………」




食堂で一緒に食事をとった時、ガイ達はいろいろな事をレイに話した。

最初は聞くだけだったレイも、徐々に自分から話題を振るようになった。

そうする内、彼らの強い心はレイにとって憧れとなった。

レイは、彼らのようになりたかった。

そして、教えられた。まずは人を信じ、心を開くことが大切だと。




「判った。 じゃあ、始めるよ?」

「うん」




シンとレイを除くメンバーが、邪魔にならないように離れる。




「スキル=リリン、発動!」




シンの容姿が変わる。レイを思わせる銀髪と赤い瞳に。




「お兄ちゃん、綺麗」

「そ、そう?」




照れるシン。




「妹相手に照れないの!」




真面目にやれ、とユイ。




「さ、さてと………いくよ!」

「うん」




緑色の輝きがシンとレイを包んでいく。




【クーラティオー・テネリタース・セクティ――――― !?】




突然、シンから発せられていた光が消える。髪が黒くなり、赤くなった目も元に戻った。

何事か、と不安になるGGGスタッフ一同とマイ。それはレイも同じだった。




「ど…どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや……まさか!? レイ、ちょっとゴメンね?」




シンはレイの髪の毛を一本引き抜いた。




「………痛い」

「ごめん! ………ライガ博士! 至急、レイの遺伝子を調べてください!!」




















数十分後。




「結論から言うとじゃなぁ………レイちゃんは『人間』になっとるんだなぁ、これがぁ」

「「「「!?」」」」

「どういうことだね?」




大河が訊ねる。それにシンが答えた。




「レイの身体からリリスの波動が感じられませんでした。 いつ、どの時点で抜けたのかは判りませんが、既にレイの身体にリリスの魂はありません」

「では、いったい何処に?」

「リリスの魂ほどモノが宿るとしたら、それなりのスペックが必要です。 単純に考えればドグマにあるリリス本来の肉体か―――――

「私の予備の身体?」

「うん、その可能性は高いね」

「これもまたイレギュラーかのう、シン君?」

「そうですね、ライガ博士。 この世界はもう、全く違う世界なのかもしれません………」




















NERV本部地下、セントラルドグマ。




「ふう………。 もう補完計画なんて実行不能もいいとこなのに………どうして私はここにいるのかしら」




リツコはL.C.Lが満たされた水槽を見詰める。綾波レイの予備、魂の無い肉の塊が力無く漂っていた。




「あら?」




ふと、リツコはある違和感を感じた。

何かが違う。水槽の外じゃない………内側(なか)?




「まさか………」




リツコの手が震えた。




「1……2……3……」




数を確認する。素体の数を。




「……13……14!?」




足りない!!




「まさか!? そんな!? 昨日まで、確かに15体あったはず………何故? どういうこと?」




リツコは混乱した。




「ここの存在を知ってるのは司令と副司令、そして私とレイ…………まさか、レイが!? ………そんなはずないわね。 ここの存在はレイも知られたくないはず」




思考の海に浸るリツコ。そんな彼女に近寄る一体の人影があった。

彼女は気付かない。






 シュッ!






影の右手刀がリツコの延髄を捉えた。




「うっ!?」




急激に意識が遠くなり、崩れるリツコ。

倒れたリツコに影が近寄る。彼女の頭にそっと手を添えると、ボウっと淡い光が発せられた。




「……まだ…知られるわけには…いかないの。 ごめんなさい……赤木博士……クス♪」




影は静かに笑ったかと思うと、次の瞬間、忽然と消え去った。

それからしばらくして、リツコは目を覚ました。




「……う……ここ…は?」




ノロノロと起き上がる。




「私……何故ここにいるの?」




前後30分間の記憶が無いリツコであった。




















そして、まだ誰も気付かなかったが、ターミナルドグマの奥深くに封じられているリリスの肉体が、ゆっくりと崩壊を始めた。




















第拾伍話へ続く








[226] 第拾伍話 【大切な日々の温もりを】
Name: SIN
Date: 2005/05/04 02:38




時は戻り、再び 第壱中学校 2年A組の教室。




転校の挨拶も終り、シンは担任から席を指定される。そこに向かいながら彼は、ある少年の姿を探した。前の世界において、自分の不甲斐無さの所為で片足を失った親友のことを。




「(………いない!? どうしたんだ?)」




以前 転校してきた時も、彼はいなかった。あの時は、サキエルと初号機の戦いに巻き込まれて怪我をした妹の看病の為に、数日の間、学校を休んでいた。

だが今回は、無事に助け出したとガイ達から報告を受けている。彼がいない理由はない。




「(誰かに聞いてみようか………いや、いきなり聞いたら不自然だよな)」




そう思いながら、シンは席に着く。すると―――――




「綾波君」




隣の席から声を掛けられた。おさげ髪で、そばかすがチャームポイントの女の子から。




「私、洞木ヒカリ。 このクラスの委員長をしてるの。 何か困ったことがあったら相談して」

「ありがとう。 改めて……綾波シン。 よろしくね」




そう言ってシンは右手を差し出す。




「こちらこそ」




ヒカリは、差し出された右手を優しく握り返した。その途端―――――




「「「「あ~~~っ! ヒカリ、ズルい~~~!!」」」」




シンとヒカリの握手を見た他の女生徒から非難が上がり、二人は数人の女子に取り囲まれた。ちなみに、既に朝のHRは終わり、担任の先生は一時間目の授業の準備で職員室に帰っている。




「な…なに?」




シンは戸惑いながら、周りを見る。




「あたし、佐藤イツキ。 よろしくね」

「雪島エリよ。 よろしく」

「わたし、夏目ショウコ………」




少女たちが次々と挨拶し、握手していく。




「う、うん」




シンはそう返すのが精一杯だった。




無理もない。

彼は前の世界でも、同年代の女の子とあまり話したことはなかった。つまり、免疫がないのだ。




次第に顔が赤く染まっていくシン。




「綾波君、顔真っ赤よ?」

「もしかして、照れてる?」

「「「「かわい~~!」」」」




黄色い声が教室に響く。

更に赤くなるシン。

それを見て心がざわめくレイ。




「(……なに……この気持ち……お兄ちゃんを見てると……なんか…イヤ……)」




変わり始めたばかりのレイでは、この気持ちの正体は判らない。

そんな中―――――






 ドタドタドタドタドタドタドタ………!!






雰囲気をぶち壊すような音が、何処からか近付いてきた。

足音だろうか? 

その音は、この教室の前で止まった。






 ガラッ!!






「ハァハァ……遅れて…ハァハァ……すまんです!」




ドアが開き、汗だくの男子生徒が教室に入ってきた。短髪でジャージ姿、そして関西弁の少年は、シンが探していた少年でもあった。

彼が入ってきた瞬間、教室は しん…… と静まるが、すぐいつもの喧騒を取り戻した。




「よう、トウジ! 今日は遅かったな」




汗まみれのジャージ少年・鈴原トウジに話し掛けたのは、親友である眼鏡少年・相田ケンスケだ。




「何や? もうセンセおらんのか?」

「HRはとっくに終わったよ」




遅刻に対して多少の小言を覚悟していたトウジだったが、既に担任は職員室に帰った後。せっかくの気構えに肩透かしを喰らった気分だ。




「はあ~………急いで損したわ」




嘆息した彼が席に着こうとすると、






 きゃ~~っ!!






教室の一角で歓声が上がった。

トウジは、何事かと其処――――― 数人の女子が集まっている場所に目を向ける。




「なんや? えろう騒がしいのぅ」

「転校生だよ、転校生」

「転校生?」




もう一度見る。女子の一団の隙間から、女顔で、なよっとした優男の顔が見えた。




「あいつか………」

「綾波の双子の兄貴だってよ」

「あいつに兄貴がおったんか?」

「今まで離れて暮らしたんだってさ」

「ほ~ん………」




ま、何でもええわ と、すぐに興味を失くしたトウジは、少し乱暴に机へ荷物を置き、席に着いた。




















トウジが教室に入ってきたのは声で判った。あの特徴的な関西弁は彼の個性の一つ。決して忘れることはない。




「(トウジ! ……遅刻しただけか……よかった)」




ほっと胸を撫で下ろすシン。

そんな彼の様子に気付いたのは、ずっと見ていたレイだけだった。




「(よかったね、お兄ちゃん)」




前の世界でも、シンはトウジの事をずっと気にしていて、第13使徒戦以降、それは、自分一人では抱えきれない程の重荷へとなっていた。彼が心を閉ざすようになった原因の一つだ。

しかし、これで彼が『フォースチルドレン』としてエヴァンゲリオンに乗ることはないだろう。その要因たる『妹の怪我』が、この世界では取り除かれているのだから。

そうはいっても、ここが『平行宇宙』で、様々なイレギュラーの可能性がある限り、まだどうなるかは判らない。だが、シンの肩の荷は確実に一つ減った。レイはそれが嬉しかった。




シンはトウジやケンスケに話し掛けようとするが、どうにもタイミングが取り辛く、今日は何も話せないまま終わってしまった。




















放課後




一緒に帰ろう

街を案内してあげる




という女子の誘いをどうにか断り、シンはレイと一緒に家路へとついた。

あまり会話はなかったが、久しぶりにレイと一緒に下校できたことは、シンにはとても嬉しいことで、それはレイも同じだった。




















碇家が第3新東京市に用意した綾波親子の家は、コンフォート24というマンションの最上階、フロア全部であった。各部屋の壁をブチ抜いて繋げた為、馬鹿に広い部屋ができてしまった。

イヤな予感がしながらも玄関を開けたマイが最初にしたことは、ソウイチロウへの文句の電話だった。




「なに考えてるの!? 広すぎるわよ!!」




というマイの言葉に、返ってきたのは「儂が遊びに行った時、部屋が無かったらどうする?」という訳の判らない理屈だった。

何度か大声での応酬があったが、「まあ、狭いよりはいいか」とマイは半ば諦め気味に受け入れた。

その後、新しくできた孫――――― レイに電話を代われと しつこいくらい煩いソウイチロウと、代わった後、同じ人間か? と思うくらいデレデレした声でレイと話すソウイチロウとのギャップに辟易した母の姿を見て、思わずシンが苦笑するという光景が、綾波家の新居に見られた。




ちなみにコンフォート24は、シンたちが通う第壱中学校から徒歩15分、NERV本部に通じる緊急通路までは2分のところにある。レイがチルドレンを続けるというので住所を教えたが、その5分後にはNERV保安諜報部が盗聴器を仕掛けに来た。しかし、綾波家の下の階には碇家のガードとGGG諜報部が万全の体制で控えていた為、NERV保安諜報部はマンションの敷地内にすら入ることができず、全て撃退されていた。




















「ただいま~」

「………ただいま」

「あら、お帰りなさい」




シンとレイが帰ると、エプロン姿のマイが出迎えた。




「あれ? 母さん、オービットベースに行ったんじゃ………」

「今日は簡単な仕事だけだったから、早く終わったの」

「そうなんだ」




マイは、GGG研究部でライガの片腕として副主任の役に就いていた。『東方の三賢者』の一人としての知識と見識はGGGでも十分通用し、既に幾つかの成果を挙げていた。




「早く着替えてらっしゃい。 おやつ買ってきたから」

「うん、判った」

「……はい……」




シンとレイはそれぞれの部屋に。そして、ラフな部屋着に着替えると、紅茶のいい匂いがするリビングに戻った。




















場所は変わって地球衛星軌道上――――― GGGオービットベース。

大河コウタロウはディビジョン艦隊の内の一隻、極輝覚醒複胴艦ヒルメのメンテナンス・ハンガーへ来ていた。未だ目覚めない勇者ロボたちの状況を知る為である。




「Dr.ライガ」

「おお、長官。 どうしたね?」

「彼らはまだ目覚めないか」




大河は、メンテナンス・ベッドで眠っている勇者たちに視線を移す。




「機体の修理はパーフェクトに終わっとる。 後はAI部分の自己修復を待つのみじゃな」




三重連太陽系での戦いは、GGGに勝利を齎したものの、その代償は大きかった。

機体は元より、超AIにも深刻なダメージを受けた勇者たち。

あの戦いから一年以上経つというのに、目覚めたのはゴルディーマーグとボルフォッグの二体だけであった。




「シン君の力も機械の修理には向かないらしいな」

「スキル=イロウルの能力は、電子機器の支配と制御。 超AIも電子機器の一つとはいえ、眠っているものを無理やり起こした場合、どんな不具合が生じるか判らんからのう。 こればかりは手の出しようがないんじゃ」

「人間で言えば『頭脳』に相当する部分だからな。 弄るわけにはいかんか」

「一番酷いのは光竜と闇竜じゃ。 『内蔵弾丸X』を使った後遺症が予想以上に酷いわい」




弾丸Xは、Gストーンエネルギーの増幅器として開発された特殊ツールである。しかし、増幅したエネルギーを限界以上に引き出す為、一歩間違えば、そのままGストーンが機能停止する諸刃の剣。

だが、この鋼鉄の姉妹は、遊星主との戦いで、それを躊躇うことなく使った。




「次の使徒が現れるまで、まだ少し時間があるが………」

「それまでに目覚めてくれるのを祈るのみじゃな」




未だ目覚めぬ勇者は七人。




氷竜

炎竜

風龍

雷龍

光竜

闇竜

そして、マイク・サウンダース・13世。




今はただ、その力を蓄え眠るだけ………。




















綾波邸




夕食が終り、レイは風呂へ。シンはリビングのソファーでまどろんでいた。

マイは洗い物をしながら、シンに呼び掛ける。




「ねえ、シン?」

「ん? なに?」

「後で書斎に来てくれる? 話があるの」

「うん、判った」




別に今でもよかったが、マイの洗い物が終わるまで待った。

はっきり言って、シンは暇だった。

前の世界では、家事はシンの仕事だった。炊事、洗濯、掃除、その全部が。

家族三人で暮らし始めた最初の日、いつもの癖で夕飯の準備に取り掛かろうとしたシンに、マイが「それは母さんの仕事よ」と言って台所に立たせなかった。

マイにしてみたら子供に余計な負担を掛けまいとした親心なのだが、シンは少し寂しい思いをしたのも事実だった。

しかし、シンはマイの気持ちもよく判っているので、それを表に出すことなく、マイが忙しいときや疲れているときは手伝うことにした。

シンが思いに耽っていると、いつの間にかマイは洗い物を終え、書斎に行っていた。

声ぐらい掛けてくれたって………と思いながら、シンも書斎に向かう。






 コンコン






「はい」

「入るよ、母さん」




マイは、書斎の中央にある大きな机で仕事をしていた。大会社の社長室にあるような重厚なやつだ。もちろんソウイチロウの趣味である。




「ごめんね、シン。 疲れてるのに」

「かまわないよ。 で、なに?」

「コレのこと」




マイは書類の束を机に置く。




「ああ………。 どうなの? できる?」

「設計に問題は無いわ。 ライガ博士もそう仰って下さった。 でも―――――

「ん?」

「本当に必要なの?」

「うん。 ガイさん達だけに戦わせておくわけにはいかないし、この後、何が起こるか判らない。 戦力はあるに越したことはないんだ」

「それは判るけど………」

「あの【計画】にも絶対に必要なものだしね」

「人が人として生きる為に?」

「その為の僕の能力(ちから)………そして【NEON-GENESIS】と【皇帝計画】さ」




シンは机に両肘を立て、両手を口の辺りで組んだ。あのポーズだ。




「何それ?」

「髭の真似」

「やめなさい。 似合わないから」






 コンコン






話が一段落したのを見計らったかのように、書斎のドアがノックされた。




「はい?」

「………お母さん」




ホクホクとよく温まり、頬を上気させたパジャマ姿のレイが、ドアから身体を半分出して書斎の中を覗く。少しだぶだぶな恰好が可愛いらしい。




「レイ? どうしたの?」

「……お兄ちゃん……いる?」

「ここだよ。 どうしたの?」

「お風呂……空いたから……」

「判った。 ありがとう」

「シン、先に入りなさい。 私は最後でいいから」

「うん、そうする」




そう言ってシンとレイは書斎を出た。

シンは着替えを持って風呂へ向かう。その途中、レイは兄のシャツの袖を掴んでその歩みを止めた。




「ん?」

「………お兄ちゃん」

「なに?」

「今日……一緒に寝ていい?」

「へ?」

「ダメ?」

「え? あ? いや……ダメじゃないけど………」

「じゃあ、いい?」




瞳を潤わせ、上目遣いでシンを見るレイ。




「いや……その……あう……」

「(うう、かわいい……それにいい匂いが……って、なに考えてんだ)」




シンの心の中では、『理性』という名の天使と『欲望』という名の悪魔が、ガオガイガー真っ青の戦いを繰り広げていた。




「そういうことなら三人で寝ましょ」




いつの間にか後ろにいたマイ。




「母さん?」




何を言うんだ、この人は?




「三人?」

「私とシンとレイ。 川の字で寝るのよ」

「川?」




川という字は判るが、それで寝るということが判らないレイ。




「そう、川。 と、いうわけで………シン、いいわね?」

「どういうわけだよ」

「ほらほら、さっさとお風呂入ってきなさい。 レイ、リビングにお布団敷くから手伝って」

「はい」

「僕の意見は無視ですか?」




笑顔で客間から布団を出してくる母と妹を見ながら、シンは祖父の言葉を思い出していた。






シンジ、碇家の女は強いのだ。 油断するでないぞ。






シンは妙に納得してしまい、溜息をつきながら風呂へ向かった。




















でも―――――






シンは思う。






穏やかな………本当に穏やかな家族の光景。 日常の一コマ。






これこそ、幼い頃から僕が願い、望んでいた温もり。






一度は手に入れかけた………でも壊れた。 壊してしまった。






あんな思いは、もう嫌だ! 二度と! 絶対に!






だから、護り抜く! 全身全霊を懸けて!!




















……………………ねえ、アスカ





















僕は





















君にも





















この温もりを伝えたい………

























第拾陸話へ続く








[226] 第拾陸話 【疑念】
Name: SIN
Date: 2005/05/04 13:16




第3新東京市 ジオフロント地下、NERV本部 第2実験場。

技術開発部 部長の赤木リツコ博士は、いつもの白衣にヘルメットという姿でそこにいた。

現在ここでは、先日の使徒戦『第一次直上会戦』にて、ガオガイガーによって倒された第3使徒サキエルの調査が行われており、実験場中央には、生物の腕らしき形をした緑色の物体が左右一対、運ばれてきている。

本来は、全身を運び込む予定だったのだが、実験場に入りきらなかった為、やむなく一番機構が複雑であろうと仮定した腕の部分だけを運び込み、他は全て焼却処理をした。

腕だけと言っても、それは結構大きいもので、周りにはビルの工事現場でよく見られる足場が組まれ、リツコたち研究員は、それを使っての調査となった。ゆえに安全の為、場内全ての人間にヘルメット着用が義務付けられている。

そんな状況の中、作戦局 第一課 課長の葛城ミサト一尉も、皆と同じようにヘルメットを被った姿でそこにいた。厳しい目で使徒のサンプルを見詰めている。




「ふう………。 コアが無いのは残念だけど、左腕は原型を留めているし、右腕もある程度は形が残ってる。 理想的――――― とはいかないけど、いいサンプルだわ。 残していったGGGに感謝しないとね」




リツコの「GGGに感謝」というところでミサトの頬が引きつる。




「……で、何か判った?」




普段とは違う低い口調のミサト。彼女の憤りは痛いほど判るが、ここは無視する。




「ついてきて」




リツコとミサトは、実験場の脇に設置されたコンピュータールームに移動する。

カタカタカタカタ………とリツコはコンピューターを操作し、調べた使徒のデータを呼び出していく。

ディスプレイが次々とデータを表示していくと、最後に ピーーーッ! と音を発し、『601』という数字を表示した。




「何これ?」




ミサトの疑問も尤もだ。今までの複雑怪奇なデータの嵐は何だったのか。

リツコはディスプレイからミサトに向き直り―――――




「解析不能を表すコードナンバー」

「つまり、訳判んないってこと?」




それなら最初からそう言え、という表情のミサト。




「使徒は『粒子』と『波』、両方の性質を備える『光』のようなモノで構成されてるのよ」

「動力源は?」

「おそらく………GGGが持っていったコア、あの赤い球体ね」

「あいつら、まさかそれを知ってたんじゃ………」

「その可能性はあるわ、推測の域を出ないけど………。 にしても、彼らがいつ、何処でそれを知ったのかが疑問ね」

「どこまでも邪魔をするわね、あいつら!」

「兎角、この世は謎だらけということよ。 例えば………この使徒独自の固有波形パターン」

「どれどれ?」




ミサトが覗き込む。ディスプレイの表示が変わり、新たなデータが映し出された。遺伝子データのようだ。




「これって!?」




ミサトも気付いた。




「そう。 構成素材の違いはあっても、信号の配置と座標は人間の遺伝子と酷似しているわ。 99.89%ね」

「99.89って………」

「そう、エヴァと同じ。 改めて、私たちの知恵の浅はかさが思い知らされるわ」




リツコは一息入れようと、備え付けのポットからコーヒーを注ぐ。




「そうそう、言わなくても判ってるとは思うけど………明後日、レイと零号機の起動実験と連動実験を行うわよ」

「へっ?」




ミサトは単純に驚いた。寝耳に水だったのだ。

リツコは、ミサトのぽかんとした表情に嫌な予感を感じた。




「ミサト………まさか、知らなかったってことはないわよね?」

「零号機、いつ調整終わったの?」




予想以上に的外れな質問返しに、リツコは怒りのあまり、机を力いっぱい叩いた。






 バンッ!!






「ヒィッ……!」

「あなた! 今頃になって何言ってるのよ!! 昨日付けの書類で知らせておいたでしょ!!」




リツコの激昂に身を竦ませるミサト。




「その様子だと、まだレイにも知らせてないみたいね………」

「いや、その………他の仕事が忙しくて……そういうことは日向君に………」




この言い訳にリツコがキレた。




「忙しい? なに馬鹿なこと言ってんの!! 毎日毎日、定時で帰る人間が!! 私なんて、今日でもう一週間も家に帰ってないのよ!! 暇が有り余ってるくせに書類すら読んでいないなんて…………この場でクビにしてあげましょうか!?」

「リ、リツコ……それは………」




あまりの怖さに半泣きで懇願するミサト。




「だったら!! さっさと仕事してきなさい!! 明後日の実験までに全部終わらなかったら、降格・減棒だけじゃ済まないわよ!!」

「は、はい~~~~~~!!」




逃げ出すように駆け出し、実験場を出て行くミサト。




「はあぁぁぁぁぁぁぁっ」




リツコは、盛大な溜息と共に目頭を押さえながら、倒れるように椅子に座る。




「………辞めようかな」




それが今のリツコの正直な気持ち。

ゲンドウの、見苦しいまでの初号機コアへの執着を見た時、あの男に対する気持ちは薄れ、今では何とも思っていない。既にNERVにいる理由すら無いのだ。

それに、彼女――――― 葛城ミサトが作戦指揮官である限り、NERVは使徒にもGGGにも勝てない。そう思う自分もいた。




「………もう、いいよね……母さん………」




リツコはそっと呟くと、冷めてしまったコーヒーに口をつけた。




















それから明後日の零号機起動実験。

それは難なく成功した。シンクロ率70%オーバーを記録して。

この結果にミサトは喜び、リツコは「また謎が増えた」と顔を渋くした。最初の起動実験で暴走を引き起こした人間のシンクロ率とは思えなかったからだ。報告にあったドイツの『セカンドチルドレン』に迫るシンクロ率なのである。

この実験にはミサト、リツコの他に副司令の冬月とレイの母、マイが立ち会った。総司令のゲンドウは既に興味が無いのか、立ち会うことはなかった。今や、あの男にとって一番重要な事柄は、初号機コアの行方のみなのだ。

一般人であるはずのマイが、なぜ実験に? というと、それがチルドレンを続ける条件の一つだからである。

その条件とは―――――






①チルドレンとしての契約料として1億円。 月々の給料、使徒戦における危険手当等の支払い。

②実験や訓練は、保護者の許可無く行わない。 及び、保護者が立会いを申請した場合、拒否しない。

③使徒戦 及び エヴァを使った作戦行動における作戦拒否権を認める。

④NERVは碇家 及び 綾波家、またはそれに連なる関係者に盗撮・盗聴などの諜報活動をしない。 平たく言えば、手を出さない。

⑤以上の条件を一つでも破った場合、レイはチルドレンを辞し、NERVは違約金として5000億アメリカドルを碇家 又は 綾波家へ支払う。(2015年現在のレート、1ドル=154円)

⑥追加の条件は、その都度 通告する。






大まかなもので、この通りである。

給料などは当然だろう。生命を懸けた仕事が無給では話にならない。

保護者の許可と立会いに関しては、単純にレイを守る為である。ゲンドウがレイに負わせるはずだった役目を考えると、これは外せなかった。今日はマイが立ち会っているが、本来はシンが立ち会う予定になっている。

作戦拒否権に関しては、指揮官であるミサトが猛烈に抗議した。しかし、未だNERVが何も実績を上げてないこと、先の使徒戦において作戦ミスによりシンジが死亡したこと等を挙げ、ミサトの反論を封じ込めた。

4番目の条件に関してミサトは怪訝な顔をしたが、冬月は狼狽した。既に碇家や綾波家、碇財閥などに諜報部の調査が入っている。うろたえる冬月に、マイはにこやかに「すぐ止めて下さいね」とお願いした。そのマイを見て、在りし日のユイの笑顔を思い出した冬月が顔を赤らめ、それをミサトやリツコが気味悪がったのはご愛嬌。

違約金に関しては完全に嫌がらせである。払えないことは先刻承知であるが、条件を破った上、もし踏み倒したら、MAGIを使ってNERVの恥部を全世界にバラ撒く予定である。

最後の条件は、NERVがどういう手を打ってくるか判らない為の用心である。シンも認める通り、ゲンドウは策略家として油断できないレベルである。自分たちの予想もしない手を打ってくるかもしれない。今は初号機コアの行方で他に気が回らないだろうが、用心に越したことはないのである。

以上の条件がすんなり認められたわけではないが、現在 日本でただ一人のチルドレンという事実が、渋々ながらNERVに条件を認めさせた。




ちなみに、ミサトは仕事を無事終わらせた。作戦部員全員を、無理やり手伝わせて………。




















零号機起動実験から二週間。何事もなく、平和な日々が過ぎた。

シンとクラスメートとの関係も良好だった。前の世界の時とは違い、何にでも積極性を見せる明るい性格のシンは、すぐクラスに解け込めた。トウジ、ケンスケとも、まだ名前を呼び捨てにすることはないが、友人としての関係を築くことができた。

レイもシンと同じように、徐々にではあるがクラスに解け込んできた。兄の協力もあってか、何人かの友人もできたようだ。

今日も普段通り授業が始まった。数学の授業だったが、担任でもある老教師はいつものように、授業とは全然関係ないセカンドインパクトの思い出を語り始めた。






 ピピッ!






シンが眠気を我慢しきれず欠伸していると、端末にメール着信の表示が出る。

んん? とシンは不思議に思ったが、前の世界の出来事を思い出した。 まさか、今頃………? という思いもあったが、とりあえず開いてみた。






シンくんがロボットのパイロットってホント?   Y/N






予想通りの内容に、思わず苦笑してしまう。周りを見ると、後ろで手を振る二人組みの女子がいた。雪島エリと佐藤イツキだ。






 ピピッ!






再びメール。






ホントなんでしょ?    Y/N






今回は本当に自分ではないので NO を打ち込み、返信する。と、またメールが送られてきた。






ウソ。 すごいウワサになってるよ。 シンくんがロボットのパイロットだって。






僕もその噂を聞いたけど、残念ながら違うんだ。






そう返信すると、しばらくは静かだったが、またメールが来た。






パパが言ってたもん。 シンくんがパイロットでしょ。 誰にも言わないから……ね。






このメールをシンは疑問に思った。確か佐藤と雪島の二人の親は、NERVの職員でもD級ランクのはずだ。パイロットの情報など知るはずがない。

不思議に思ったシンは、このメールが本当に彼女たちのものか調べることにした。




「(スキル=イロウル、発動)」




シンは誰にも気付かれないよう能力を発動させた。端末に入り込み、ログを調べる。




「(………あった)」




最初の3通は彼女達だったが、最後の1通は違う人間だった。




「(………ケンスケ)」




ケンスケは端末をハッキングして、シンと彼女たちのメールのやりとりを覗いていたらしい………というより、よくよく調べてみると、メールの内容がクラスメート全員にオープンになっていた。




「(そういえば、前も全員にバレたんだっけ………)」




改めてケンスケの技術に驚く。




「(もっとマシなことに使えよ………)」




まったくもって、その通り。

しかし、このまま黙っていても埒が明かないので警告することにした。






佐藤さんと雪島さんじゃないね。 誰?






送信すると、レイを除く全員が息を呑んだ。






僕は正直に答えてる。 それにね、この噂には続きがあって、NERVはそのロボットのことに関して情報管理を徹底してるらしい。 下手に調べ回ると捕まるよ。 それと、教室の端末もそうだけど、第3新東京市の公的な情報端末はNERVのコンピューターMAGIに繋がってる。 このメールのやりとりも向こうに筒抜けなんじゃないの、相田君?






ピッ と送信すると、レイと僕を除く全員がケンスケの方を向く。

ケンスケはというと、顔が青ざめ、膝が震えていた。

からかいすぎたかと思ったが、これで噂も止むだろうと結論付けた。

授業が終り、休憩時間になった。ケンスケは、まだ青い顔をしていた。「まあ、いい薬だね」と思い、次の授業の準備をしているとトウジが近付いてきた。




「綾波」

「鈴原君?」




まさか? と思った。




「ちょっと、ええか?」




シンは覚悟を決めた。




「いいよ。 どっか行く?」

「へ? あ、ああ、いや、ここでええ」




トウジはちょっとどもってしまった。「場所 変える?」なんて聞かれるとは思っていなかった。

シンはシンで「あれ? 違うのかな?」なんて思っていた。




「綾波、NERVの関係者なんか?」

「え? 何で?」

「いや……えろう詳しいし………」

「そういう訳じゃないけど………どうしたの?」




シンはトウジの言わんとすることが判らなかった。




「NERVの関係者やったら知っとるかと思うてな………」

「ロボットのパイロットのこと? それは―――――

「ああ、違うんや。 妹のことなんや」

「妹さん?」




確か無事だったよなぁ とシンは記憶を巡らす。




「こないだのドンパチの時にな、妹の奴がおらんようなったんや」

「………………」

「一緒に避難したはずなんやけど、途中でな、どっか行きよったねん」




シンは口を挟まず、聞き手に回っている。




「ドンパチが終わっていろんなとこ探して、やっと見つけた思うたら、どっかの公園のベンチで寝とったんや」

「………それで?」

「妹のやつが言うとったんや。 喋るパトカーに助けてもろうたってな」

「(ボルフォッグか……)」

「でな、もしかしたらNERVの秘密兵器かもしれんと思うてな」

「で、関係者かもしれない僕に?」

「ああ」

「(巻き込むわけにはいかないからな………) ごめん、知らないんだ」

「ほんまか?」

「うん」

「………………」

「………………」




しばし見詰め合う二人。やがてトウジが口を開く。




「ほうか。 すまんかったな、時間とらせて」

「ううん、構わないよ」




シンの答えに満足したかどうかは判らないが、トウジはすっきりした顔で席に戻った。




「(まだ話すわけにはいかないんだ。ごめん、トウジ)」




















それから数日後。あの日が来た。






 ピピピピピピピピピピ!






レイの携帯が鳴った。液晶画面には『非常召集』の文字が出ている。

ちょうど授業と授業の間の休憩時間であった為、教師に咎められることはなかったが、レイが携帯を使うという滅多に見られない光景であったので、クラスメートの視線がレイに集中した。




「お兄ちゃん」

「判ってる。 気を付けて」

「うん」




レイは鞄を持ち、走って教室を出て行く。

突然のことに呆気にとられるクラスメート一同。その中で委員長の洞木ヒカリがいち早く自分を取り戻す。




「レ……レイさん?」




ヒカリはレイのことを名前で呼んでいた。兄であるシンと区別する為であるが、それ以外にも、彼女がレイにとって初めての同年代の友達で、レイ自身が名前で呼ばれることを望んだのが理由である。




「洞木さん、レイはちょっと用事があって早退するんだ。 先生にはもう言ってあるから」

「そ……そうなの? ちょっとビックリしちゃった。 でも、綾波君はいいの?」




ヒカリは、シンのことは苗字で呼ぶ。流石に男子を名前で呼ぶのは恥ずかしいらしい。




「うん、僕はいいんだ」

「ふ~ん………」




教室がようやくいつもの喧騒を取り戻すと、街中にサイレンとアナウンスが響き渡った。




「ただ今、東海地方を中心とした関東・中部の全域に、特別非常事態宣言が発令されました。 住民の皆さんは、速やかに指定のシェルターに避難して下さい。 繰り返しお伝えします。 ただ今―――――






第4使徒シャムシエル、襲来。




















第拾漆話へ続く








[226] 第拾漆話 【戦場の意味  前篇】
Name: SIN
Date: 2005/05/04 18:16




「総員、第一種戦闘配置!」




国際会議出席の為に不在の総司令 六分儀ゲンドウに代わり、副司令である冬月コウゾウが指揮を執ることになった。

発令と同時に第3新東京市は戦闘形態に移行し、将来の首都の姿から使徒迎撃要塞都市の姿に変わっていく。




〔中央ブロック、収容開始!〕




サイレンが響き、都市中央部のビル群が地下に沈み込む。沈下したビルはロックボルトで固定され、地下に広がるジオフロントの天井部に収容された。




〔収容完了!〕

〔各種兵装ビル、起動!〕




まだ不完全な設備ながらも兵装ビルにミサイルや砲弾が装填され、要塞都市の戦闘態勢は整った。




















NERV発令所の主モニターには、超低空で飛行しながら第3新東京市に接近する使徒の姿が映っていた。

赤紫色の巨大な体躯。硬質的なのに、油虫(ゴキブリ)のようなヌメッとして油っぽい感じがする。胸部? には、数週間前に襲来した使徒と同じく赤い球体があり、その下部には甲殻類――――― 海老や蟹の足を思わせるものが四対、八本確認された。さらに背面部には、擬態のつもりなのだろうか、大きな目玉のような模様が見える。

前回の人型であった使徒と比べ、あまりにかけ離れた、異様な姿であった。




「司令の居ぬ間に、第4の使徒襲来………意外と早かったわね」




このイカの化け物………と呟きながら、ミサトはモニターを睨む。




「前は十五年のブランク。 今回はたったの三週間ですからね」




作戦部オペレーターの日向マコト二尉が応える。




「こっちの都合はお構いなしか………女性に嫌われるタイプね」




ミサトの冗談に日向は「そうですね」と同意しそうになるが、彼女の険しい表情を見て、慌てて口を噤んだ。






 ダダダダダダダダダダダダダダダッ!!






接近する使徒に対して山腹に造られたミサイル陣地、そしてロープウェイに擬装された対空砲が激しく火を吹く。

その中を悠然と進む使徒。なんらダメージを与えていない。




「税金の無駄遣いだな」




ミサイル一発幾らするかは判らないが、まったく効いていないこれらの攻撃で、一秒間に何千万円単位の金が消費されていく。

冬月の呟きは当然のものだった。




















第334地下避難所。住民の他にも、第壱中の生徒は全員、ここに避難していた。

何度も訓練をしている為か、皆の表情は明るい。おしゃべりをする女生徒たち、カードゲームに興ずる者たちなど、様々である。

そんな中、眼鏡の少年・相田ケンスケは、何が見えるのだろうか、ビデオカメラを覗いていた。




「ああ! まただ!」

「なんや? また文字だけなんか?」




トウジが覗いたケンスケのTVチューナー内蔵ビデオカメラには、非常事態宣言発令の為の情報規制案内が映っていた。




「報道管制ってやつだよ。 一般人には見せてくれないんだ。 こんなビッグなイベントなのに―――――― なあ、トウジ?」

「ん……なんや?」

「ちょっと………」




トウジはケンスケの意図を察し、二人になれる場所に移動しようとする。




「委員長」

「なに?」

「ワシら二人、便所や」

「もう、ちゃんと済ませときなさいよ」




眉間にシワを寄せ、不快感を示しながらも了承するヒカリ。




「すまんなぁ~、イインチョ」




ヒカリに向かって手をヒラヒラと振りながら、二人は避難所を出て行く。

そして、その二人を静かに見詰める少年が一人………。




「やっぱり動いたか………洞木さん」

「ん……なに? 綾波くん?」

「僕もトイレ」

「もう! すぐ帰ってきてよね」

「りょ~かい」




トウジと同じように、おどけて手を振りながら避難所を出たシンは―――――




「さて、急いで出口に先回りしないと……スキル=レリエル」




虚数空間の海を渡り、シェルターの出口に急いだ。




















NERV本部施設、ケイジ内―――――




使徒殲滅の為の人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン、その零号機の出撃準備は既に整っていた。先の起動実験中の暴走事故から、まだ二十日あまり。システム調整は終わったものの、機体の改修は間に合わず、黄色のボディのままである。

エントリープラグの中で、レイは白いプラグスーツに身を包まれ、発令所からの発進命令を待っていた。

その表情に恐れはない。家族を、大切な人たちを守るという強い決意が表れていた。






兄や母は、使徒との戦闘はGGGに任せろと言ってくれる。レイ自身、GGGのことはよく知っているし、信じていない訳ではない。

しかし、自分の手で――――― 自分の力で――――― 自分の意思で愛する人たちを守るという想い(こころ)は、誰にも覆せるものではなかった。

そして、それこそ、自分に心と家族をくれたシンに対する、レイの想いの強さであった。






レイがL.C.Lの満たされたプラグ内で目を瞑って集中していると、発令所から通信が入った。




「レイ、準備はいい?」




ミサトの問いに頷くレイ。




「よし! 発進準備!」




ミサトは内心、嬉々としていた。やっと自分の指揮で使徒を倒せる。復讐を果たせると………。

そんなミサトの思いに気付くことなく、ケイジでは零号機の発進準備が進む。




〔エヴァ零号機、射出口へ移動!〕

〔3番ゲート、スタンバイOK!〕

〔進路クリア、オールグリーン!〕




「発進準備、完了!」

「了解!………あっ!」




発進! と言おうとして、ミサトはあることに気付いた。




「日向君、GGGの動きは?」




日向も ハッ……! と気付き、コンソールを操作して使徒以外の飛行物体の反応を探す。




「反応――――― ありません!!」




日向の報告に満足して頷くミサト。




「(誰にも邪魔はさせないわ)」




サキエル戦で何もできなかった所為か、ミサトの闇は深まっていた。レイを見る目も歪んでいる。




「エヴァ零号機、発進!!」




ミサトの号令を合図に、零号機が地上に射出された。

エヴァンゲリオンと使徒の最初の戦いが始まる。




















トウジとケンスケはトイレを済ませ、連れ立ってシェルターの出口へ向かっていた。




「よし! ここを曲がれば出口に続く階段だ」




ケンスケは、NERV職員である父親のコンピューターから避難シェルターの構造図を手に入れていた為、一度も道順を間違わず、出口に向かうことができた。




「なあ、ケンスケ。 ほんまに行くんか?」

「何だよ、トウジ………ここまできて怖気づいたのか? 男だろ? 覚悟を決めろよ」

「…………しゃあないな」




トウジは説得を諦めて覚悟を決めると、ケンスケと共に角を曲がった。

すると、出口に向かう登り階段の前に人影を見た。




「誰や? おい、ケンスケ。 誰かおるで」

「え?」




ケンスケは途端に不安になる。もしNERVの人間に見つかりでもしたら、叱られる程度では済まないかもしれない。

人影は スッ…… と前に出ると、非常灯の光に顔を晒した。




「あ、綾波?」

「綾波か?」




ケンスケとトウジは、いる筈のない人物の登場に心底驚いた。誰にもバレていないと思っていたのだ。




「鈴原君、相田君………悪いけど、君たちをここから先に行かせる訳にはいかない」




シンはとても静かに――――― それでいて透き通るような声で、トウジとケンスケの前に立ち塞がった。




















発令所ではミサトが唸っていた。こちらの――――― エヴァ零号機の攻撃が効かないのである。

使徒のA.T.フィールドを中和してのパレットガンでの銃撃。それは有効な作戦のはずだった。

しかし実際は、A.T.フィールドを中和しても使徒本体の防御力がパレットガンの威力を上回っており、劣化ウランの銃弾は脆くも砕け、粉塵となって使徒の姿を隠した。




「馬鹿! 爆煙で敵が見えない!」




指揮官としては相応しくないミサトの一言。作戦通りに行動したのに怒られるのでは、生命を懸けて前線で戦う者の士気も下がるだけだ。

それに気付かない――――― いや、知らない彼女は、戦闘指揮の経験が圧倒的に不足していた。

それでも彼女を作戦指揮官にしたのは総司令の六分儀ゲンドウである。

自分の進める計画に邪魔にならない程度で、無能ではないが有能でもない人間。そして、セカンドインパクトの目撃者で、使徒に対して異常とも言える復讐心。

それらの条件が奇跡的に合わさった彼女の存在は、ゲンドウにとって非常に都合がよかった。

だからこそ、様々な失敗や職場放棄を繰り返す彼女が、国連直属の特務機関であるNERVで作戦課長をしていられるのだ。




粉塵の煙で使徒が見えなくなった為、レイは距離を取ろうと銃を構えたまま後退する。




「レイ! 何で退がるの! その場で待機よ!!」




レイはミサトの指示を無視する。作戦拒否権のことは知っているが、それ以上に『前の世界』の経験からだ。

『以前』の第4使徒戦後、訓練プログラムにより見せられた戦闘データでは、この後、光の鞭での攻撃が煙の中から来ていた。それを彼女は思い出したのだ。




「レイ! 命令を―――――




聞きなさい!! と言おうとした時、事態が動いた。

煙の中から光の帯が走ったかと思うと、その光に触れた兵装ビルが、鋭利な刃物に切断されたかのように斬り裂かれ、崩れ落ちた。

使徒の両腕と思われる部分からは、光の触手のようなものが出ていた。それを振るい、鞭のように撓らせ、使徒はエヴァ零号機に襲い掛かる。




「レイ! 逃げて!!」




とても指揮とは思えない指示が飛ぶ。




「あの光の鞭の先端は音速を超えてるわ。 レイには無理よ!」




リツコが冷静に使徒の攻撃を分析し、レイをフォローする。が、すぐさまミサトの反論がくる。




「何でよ!? シンクロ率70%でしょ!?」

「だからと言って、レイ自身が強くなってる訳じゃないのよ! あくまでレイ個人の強さがベースなの!!」




ちっ! と僅かに舌打ちしたミサトをリツコは見逃さなかった。顔を顰め、不快感を露にする。

くだらない言い合いしている間にも使徒の攻撃は続いている。レイは必死で避けるが、音速を超えた鞭が起こす衝撃波だけで吹き飛ばされてしまう。




〔きゃあぁぁぁぁぁっ!!〕




レイの悲鳴が発令所に響く。




「葛城さん! 指示を!」




レイの危機に我慢できなくなったか、日向がミサトに指示を求める。




「え? あ? えと、え~と………」




どもるばかりで何もできないミサト。とっさのことに対応することができない。それも彼女の才能の一つ。

モニターには、倒れた零号機の左足首に光の鞭を巻きつけている使徒が映っていた。




「何をする気なの?」




リツコ達は見ていることしかできない。

使徒は零号機を持ち上げると、鞭を振るって投げ飛ばした。




「ああああああっ!!」






 ズズゥン!!






第3新東京市郊外の山腹まで飛ばされる零号機。その際、鞭が巻きつけられていた左足首が切断され、そのフィードバックによる痛みと山に叩きつけられた衝撃で、レイは気を失ってしまった。

たった一人の戦力が気絶した為、NERV発令所はパニックに陥るが、そんなことはお構いなしに、使徒は再び零号機に襲い掛かろうと近付いてくる。

その時、発令所のオペレーター青葉二尉がある反応を捉えた。




「使徒に対し向かってくる高熱源反応を確認!」

「何ですって!?」

「主モニターに出します!」




青葉がコンソールを操作するとモニターに、赤く光り輝き高速で回転しながら使徒に向かって飛んでくる物体が映った。




「あれは………」




ミサトを含めた全員に覚えがあった。あれは、あのロボットの―――――

使徒もそれに気付いたのか、零号機から視線を移し、A.T.フィールドを展開する。が、それはフィールドを難なく突き破るとシャムシエルを吹き飛ばし、零号機から引き離した。

そして、その使徒と零号機の間に一体の巨人が舞い降りた。緑色に輝く翼を展開し、オレンジ色の髪を靡かせる その黒いロボットは―――――












勇者王 ジェネシック=ガオガイガー












「また………あのロボット!!」




ミサトが殺意の篭った瞳でモニターを睨みつけた。




















第拾捌話へ続く








[226] 第拾捌話 【戦場の意味  後篇】
Name: SIN
Date: 2005/05/04 23:57




第3新東京市 地下シェルター、第334避難所 連絡通路―――――




「鈴原君、相田君……悪いけど、君たちをここから先に行かせるわけにはいかない」

「綾波……何で、ここに?」

「それはこっちのセリフだよ。 何処に行こうとしたの?」

「俺達は別に………」

「この先はシェルターの出口。 みんながいる避難所は反対側。 道に迷った……って訳じゃないよね。 自信満々の顔で角を曲がってきたからさ」

「い……いいじゃないか! 別に何処に行こうと。 お前には関係ないだろう!」

「そうもいかないんだよ。――――― 話したくなかったけど………今、この上で戦っているのはレイなんだからね」

「え?」

「なに言っとんねん、お前?」

「NERVが誇る汎用人型決戦兵器『人造人間 エヴァンゲリオン』………レイはそのパイロット、『ファーストチルドレン』なんだ」

「「!!」」

「レイは人類を――――― 世界を滅ぼそうとする敵と、命を懸けて戦っている。 それを単なる興味本位のことで邪魔して欲しくないんだ」

「興味って………わいらは……そんな………」

「………………すごい……スゴイ……凄い! 凄すぎる!!」

「ケ…ケンスケ?」




トウジはケンスケの様子に困惑していた。妙に興奮している。鼻息が荒い。




「そっかぁ、彼女がパイロットだったのかぁ……そっかぁ」




ケンスケの眼鏡がキラリと光った。ビデオカメラを持つ手に力が入る。




「それを聞いたら、ますます見たくなった!」




そう言うとケンスケはシンを押し退け、階段へと走り出した。




「相田君!!」

「綾波! お前も妹の戦っている姿が見たいだろう? 任せろ! バッチリ撮ってきてやるから!!」




ケンスケは脇目も振らず、一直線に階段に向かう。




「ケンスケ! 待てや!!」




トウジの制止も興奮したケンスケには届かない。




「仕方ない………力ずくでも止めさせてもらうよ」




そう呟くとシンは、ぐぐっ……と脚に力を込める。




「クルダ流交殺法……影門最源流技【神移】(カムイ)」




シンの足元の床が ビキィッ! という音を立ててヒビ割れた。その瞬間、トウジはシンの姿が掻き消えるのを見た。




「ん………ええ!??」




ケンスケが『階段まで、あと3m!』という所で急に立ち止まった。

いつの間にか、階段の前にシンがいたのだ。




抜かれた?

嘘だ。そんなはずはないし、覚えもない。




混乱し、あたふたするケンスケを無視して、シンは微弱なA.T.フィールドを纏った拳を彼の腹部に撃ち込んだ。




「ゲボゥ!!」




一瞬で白目をむき、気絶するケンスケ。




「ケ…ケンスケ!!」




うつ伏せに倒れるケンスケを心配し、トウジは駆け寄る。




「何でや? 何でこんなことすんのや!?」

「言ったろう? 興味本位で近付かないで欲しいって。 それに―――――

「??」

「彼は『戦場』を勘違いしている」

「勘違い?」

「ゲームの世界やTVドラマじゃないんだ。 巻き込まれれば死ぬことだってありえる。 実際に痛い目をみてからじゃ遅いんだよ」

「せやかて、ここまでせんでも………」

「口で言って判るようなら、鈴原君が止めてる。 そうだろ?」

「……………せやな」




少し思案し、頷くトウジ。




「じゃ、彼を頼むね。 気が付いたら、ゴメンって謝っといて」

「それぐらい自分で言わんかい、アホウ」

「はは、そうだね」




トウジはシンの言いように嘆息すると、ケンスケをおぶって来た道を引き帰した。




「(何も聞かないんだ。………ありがとう、トウジ)」




トウジ達を見送り、彼らの姿が見えなくなると、シンはケンスケを殴った手を押さえ、しゃがみ込んだ。




「痛っ!………友達を殴った時、手の方が痛いってホントだったんだ………」




手だけでなく、心も痛かった。




「(ケンスケとの友情もこれで終りかな?)」




そう思うと少し悲しくなった。しかし、いつまでもイジけている訳にはいかない。




「さて、上はガイさん達に任せるか。………僕はこの隙に―――――




気を取り直し、シンはスキル=レリエルを発動させ、虚数空間の海へ消えた。




















「シャムシエル! お前の相手は俺だ!!」




零号機を守るようにシャムシエルの前に立ちはだかるガオガイガー。シャムシエルは、突然の乱入者に怒ったかのように胸の光球を輝かす。

NERVも、零号機を守るように現れたガオガイガーに困惑していた。




「上空にGGGの飛行艦が現れました!」




青葉の報告が入ると同時に、発令所へ通信が入る。




〔こちらGGG所属・超翼射出司令艦ツクヨミ。 俺達が援護する。 今の内にエヴァ零号機を回収しろ!〕




モニターに映ったGGG参謀・火麻ゲキはNERVにそう告げた。




「何のつもりよ、あんた達!!」




モニターの火麻を睨みつけ、怒りを露にするミサト。




〔どう言うことだ?〕




火麻には、ミサトが怒る理由が判らない。




「この前は初号機を潰しておいて、今回は零号機を守る? あんた達、いったい何がしたいのよ!!」

〔俺達の目的は、予想されうるサードインパクトを未然に防ぐことだ〕

「それはNERVの役目よ!! 仮にあんた達の目的が言う通りのものだとしても、エヴァ初号機を破壊、消滅させる理由にはならないわ!!」

〔………初号機を差し向けたのはそちらだ。 俺達は、自分達の身を守る為に応戦したにすぎない。 戦力差が判った時点で撤退していれば、こちらから何も手出しをすることはなかった〕

「グッ………!」




司令の後押しがあったとはいえ、あれは自分の失態なので二の句が繋げないミサト。




〔そんなことより、零号機はもう動けないだろう? 俺達が使徒の相手を引き受けるから、その間に回収しろ〕




火麻の言葉はNERVにとっては有り難かったが、ミサトにとっては違った。




「まだよ!! まだ負けてはいないわ!!」

「ミサト?」




リツコは、ミサトが何故ここまで強気なのか判らなかった。




「レイ! 起きなさい!! レイ!!」




しかし、気絶しているレイに彼女の声は届かない。




「ダメです! パルス反応ありません!」

「意識レベル、依然マイナスを示しています!」




レイの状況が次々と報告されていく。それは全てミサトの思惑に反することだった。




「ちっ! 仕方ないわね。 カウンターショックで無理やり起こしなさい!!」

「!!」




ミサトの指示にオペレーター達は絶句する。

リツコは「このままでは危険だ」と考え、ミサトの指示に口を挟む。




「ミサト! レイはもう戦えないわ! 戦いはGGGに任せて、零号機を回収して!」

「なに言ってんのよ、リツコ!? あんた、もしかしてGGGの回し者!?」

「!?」




あまりの言いように、オペレーター達と同じく言葉を失うリツコ。




「ミサト! あなた、何を言ってるのか判ってるの!?」

「何よ! あんた、どっちの味方なの!?」

「少なくとも、今はあなたの味方じゃないわ。 レイの味方よ!!」




睨み合う両者。

リツコは既に、レイに対して何のわだかまりも持っていなかった。ゲンドウへの想いを吹っ切っているからである。




〔何を言い争っていやがる! 状況は刻々と変化しているんだぞ! キビキビ動け!!〕




あまりのくだらなさに、別組織の人間ながら、火麻はつい大声を上げてしまう。

本来止めるべきはずの立場の冬月は、この出来事について行けず、固まっていた。

冬月がこうなのだから、他のオペレーター達は震え上がっている。




「るっさいわね! あんたにゃ関係ないでしょ!!」




ミサトのこの言葉に、火麻はキレた。




〔ふざけるんじゃねぇっ!!〕




「!!!」

〔何を勘違いしてやがる! この戦場は、テメェの復讐劇の舞台じゃねぇんだよ!! 意味を間違えるな!! 敗北イコール人類絶滅、それを理解した上で言ってるんだろうなぁ?〕

「う、あ、あ、あう」




ミサトは何も言い返せなかった。自分の目的は使徒への復讐。世界を救うことなど二の次だからだ。




〔………赤木博士〕




ミサトが黙ってしまった為、火麻はリツコに伝える。




「は……はい!」




思わず姿勢を正して応えるリツコ。




〔零号機回収はお任せする。 これより、GGGは使徒との戦闘に入る〕

「りょ……了解しました!」




リツコの応えに満足して、火麻は通信を閉じる。




「ガイ! レイのことは心配いらねぇ。 が、このオトシマエは10倍にして返してやれ!!」




火麻は、レイを傷つけたシャムシエルを許せなかった。口に出して言うことはないが、彼はレイのことを娘のように思っているのだ。レイも、そんな火麻を嫌っていない。

「オトシマエ」という言葉に、ミコトはつい吹き出しそうになった。不良の恰好(学ラン姿)をした火麻を連想したのだ。




「何だ、卯都木?」

「いえ! 何でもありません!………ガイ、気を付けて」

「了解! うおぉぉぉぉぉっ!!」




シャムシエルに挑み掛かるガオガイガー。シャムシエルは鞭を振るって迎え撃つ。






 ヒュ…ヒュヒュンッ!!






音速を超える光の鞭がガオガイガーに襲い掛かる。それを見切っているのか、ガオガイガーは両腕にジェネシックアーマーを纏い、鞭での攻撃を弾いた。




「!?」




防がれると思っていなかったシャムシエルは驚き、動きを一瞬止める。その隙を見逃さず、ガオガイガーは渾身の力で殴りつける。




「はあぁぁぁぁぁっ!!」






 ガキィンッ!!






「何っ!?」




ガオガイガーの右拳は輝く赤い壁、A.T.フィールドによって防がれた。




「ならば……ストレイトッ!ドリルッ!!」




拳を引き、今度は左膝のドリルがシャムシエルを襲う。

それもまた防がれるが、ただでは済まず、ビキッ! という音を立て、A.T.フィールドに亀裂を生み出した。

これに焦ったのか、シャムシエルは形態を飛行モードに変えると、ガオガイガーから離れるように飛び上がった。




「逃げるか!?」




しかし、さほど離れず第3新東京市の上空を旋回するシャムシエル。




「撃ち落としてやる!………くらえぇぇぇっ!!」




攻撃のタイミングを取るように飛行するシャムシエルに、ガオガイガーはブロウクンマグナムを撃ち出す。するとシャムシエルは、突然スピードを上げてガオガイガーの攻撃を避けると、そのままのスピードでガオガイガーに突っ込んだ。






 ドゴッッ!!






「ぐあぁっ!!………くそっ、油断した!!」




シャムシエルの体当たりをまともに受け、吹き飛ばされるガオガイガー。そこにシャムシエルの両腕の鞭が襲い掛かる。

戻ってきた右拳と共に、光の鞭を両手で掴み、シャムシエルの攻撃をどうにか防いだ。掌からは火花が飛び散り、拳部分に集中させたジェネシックアーマーの限界が近付く。




「(この間合いでは膝のドリルは届かない! どうする!?)」

ガオォォォォォォォン!!




ガイの迷いに応えるかのように、ギャレオンが雄叫びを上げる。




「ギャレオン!?」

グルゥゥゥゥッ!




ギャレオンが何かを伝えようと顎門を動かす。




「何を?………そうか!!」




ガイが気付いた。




「いくぞ! ジェネシックボルトッ!!」




ギャレオンの顎門から光のボルトが発射される。

予想外の攻撃に、シャムシエルはA.T.フィールドの展開が間に合わなかった。

ジェネシックボルトは、フィールドに阻まれることなくシャムシエルのコア付近に突き刺さる。




ギエェェェッ!!




悲鳴と共に鞭の出力が弱まった。




「今だ!!」




掌のジェネシックアーマーの出力を全開にし、光の鞭を弾き飛ばす。




「ガジェットツールッ!!」




ガオガイガーの尾から第2・3節部分が分解され、左腕に装着される。パーツは瞬時に形態を組み替え、ドライバー型のガジェットツールが姿を現した。




「ボルティング! ドライバーァァァッ!!」




ガオガイガーはドライバーの先端部分に、シャムシエルの身体に突き刺さった光のボルトを、そのまま装着した。




「ジェネシックオーラッ! 発動!!」




ボルティングドライバーによってシャムシエルの身体の中に捩込まれたジェネシックボルトは、Gクリスタルから充填されたジェネシックオーラの波動を、そのままシャムシエルの中に注ぎ込んだ。






 ビキビキビキビキビキッ!!






シャムシエルの身体に無数のヒビ割れが生まれる。




「ジェネシックオーラの無限波動は、貴様ら使徒の存在を許さない!!」






ジェネシックオーラは本来、三重連太陽系再生プログラムたるソール11遊星主を標的とした情報的破壊エネルギー、アルゴリズムクラッシャーとも言えるものである。アダムより生まれし使徒も【A.D.A.M-SYSTEM】という生命進化プログラムの端末という、遊星主と同じような存在の為、情報破壊の性質を持つジェネシックオーラは、使徒にとって有害以外の何物でもなかった。

では、なぜ『第18使徒リリン』として覚醒したシン(シンジ)は、ジェネシックオーラの影響を受けないのか?

答えは簡単である。リリンはリリスより生まれし者。システムにとってはバグのようなもので、生命進化プログラム【A.D.A.M-SYSTEM】を構成するのは『第1使徒アダム』を含めた17体の使徒のみだからである。






ヒビ割れがコア以外の全身に行き渡り、シャムシエルの動きが極端に鈍くなった。A.T.フィールドは消失し、光の鞭はもはや、その存在が確認できるかどうか、というくらいにまで薄らいでいる。

この機会(チャンス)を逃すガイではない。




「トドメだ! ゴルディーマーグ!!」

「おっしゃぁ!! 待ちくたびれたぜ!!」




〔ミラーコーティング蒸着。 ゴルディーマーグ、射出します!〕




オペレーターの報告と共に上空の超翼射出司令艦ツクヨミから、剛の勇者ゴルディーマーグが発進した。

それと同時に、衛星軌道上のオービットベース・メインオーダールームのGGG長官 大河コウタロウが、最強攻撃武器使用の承認を下す。




「ゴルディオンハンマーァァッ!! 発動! 承認っ!!」




【国連事務総長承認】と記された承認キーがプロテクトロックを解除する。承認プログラムが展開し、瞬時にツクヨミへ転送された。




「了解!! ゴルディオンハンマー! セーフティ・デバイス……リリーヴッ!!」




ミコトがカードキィをコンソール・スロットに通すと、全てのセーフティは解除された。




「ハンマーァァ……コネクトッ!! ゴルディオンッ! ハンマーァァァァァッ!!」




最強の鎚を装備した金色(こんじき)の破壊神が、その姿を現す。




「ぬん!」




巨大な右腕、マーグハンドから光のネイルを引き出し、それをシャムシエルのコアに―――――




「ハンマーァァ……ヘルッ!!」




打ち込む!! そして―――――




「ハンマーァァ……ヘブンッ!!」




一気に引き抜いた!!

その後、目標であるシャムシエルのコアを取り逃すことないよう、左手でガッチリと確保する。




「シャムシエルよ! 光に……なれぇぇぇぇぇっ!!」




黄金の鎚が振り下ろされ、シャムシエルの肉体は、光の粒子となって跡形も無く消え去った。




〔使徒シャムシエル、殲滅完了! コア回収、確認!〕




ツクヨミから戦闘終了の報告がなされる――――― が、その瞬間、メインオーダールームに警報が鳴り響いた。




「ぬう……! 何事だ!?」

「ガオガイガーの後方 約20kmの海上にA.T.フィールド反応!」

「映像で確認! モニターに出します!」




そこには、空の色を反射させて蒼く輝くクリスタル型の飛行物体があった。




「あれは!?」

「第5使徒ラミエルじゃと!?」




大河とライガは同時に目を見開き、驚愕した。




「Oh!? ラミエル内部ニ、高エネルギー反応を観測シマシタ!!」




スワンが報告する。




「円周部を加速! 集束させていきます!!」




続けて牛山も報告を入れる。




「まさか、この距離から!?」




シンの経験とは明らかに違う事態。大河も、ライガさえも予想していなかった。




「標的は………ガオガイガーです!!」




ラミエルの射線軸を計算した猿頭寺の報告。




「ガイ! 逃げてぇぇぇぇっ!!」




ミコトの悲鳴。




「何っ!?」






 ピカッ!!






雷の天使ラミエルの攻撃『加粒子砲』が発射される。一条の閃光が20kmもの距離を一瞬で貫く。




「ちぃっ! プロテク―――――




ガオガイガーは、防御フィールドを展開するため振り向こうとするが、間に合わない。






 バシュッ!!






ラミエルの加粒子砲がガオガイガーの背面部・ガジェットガオーに命中し、灼けつくような激痛がガイを襲う。




「ぐああああああああああああああああああああああああああっ!!」


「ガイぃぃぃぃっ!!」




ツクヨミの艦橋に、ミコトの絶叫がこだました。




















第拾玖話へ続く








[226] 第拾玖話 【暗躍する少年少女】
Name: SIN
Date: 2005/05/06 00:38




シャムシエルにジェネシックオーラが注ぎ込まれている頃、第5使徒ラミエルは第3新東京市から東南方向へ約20kmの海上――――― 旧小田原沖に現れた。

そのラミエルの頂点に人影が見える。

蒼く銀色の髪に赤い瞳。白く澄んだ肌。未だ十代前半と思わせる少女がそこにいた。白色のワンピースが彼女の神秘性を一層際立たせている。




「さあ、ラミエル。 あなたの力、見せてもらうわ」




















〔ぐあああああああああああああああああああああああああああっ!!〕




「ガイ!!」




ガイの悲鳴がツクヨミの艦橋に響く。

しかし、ここからではミコトは何もできない。悲痛な表情を浮かべるだけだ。




「ボルフォッグ! ガオガイガーの救助! 撤退を援護せよ!」




見かねて火麻が指示を出す。今、地上で動ける勇者ロボは、ボルフォッグただ一人。




「ただいま急行中!!」




パトカー型のビークル形態に変形したボルフォッグが、全速で援護に向かう。しかし、第3新東京市の郊外で戦っていたガオガイガーとは、幾分距離が離れていた。時間が掛かる。




「待ってください! 新たなA.T.フィールド反応!」




GGGオービットベース・メインオーダールームの猿頭寺コウスケが、新たな反応を捉えた。

それと同時に、ガオガイガーの周りに赤い光の壁が姿を現わす。




「これは……エヴァ零号機からです!」

「凄い……第4使徒と比較して、約三倍の強度です!!」




猿頭寺の報告に続いて牛山カズオの報告が入る。

メインオーダールームのモニターには、零号機のA.T.フィールドに弾かれ、激しく火花を散らす加粒子砲が映っていた。




















シャムシエルとの戦闘によるダメージで気絶していたレイは、ガイの雄叫びのような悲鳴で覚醒した。覚めた目で見た最初の光景は、加粒子砲で灼かれるガオガイガーの姿だった。






ガイさん!?






ボヤッとしていた頭が一気に覚醒した。マニュアルで零号機と再シンクロし、力を集中する。




「零号機、再起動!!」

「何ですって!?」




マヤの報告にリツコが戸惑う。

NERV発令所の主モニターには、A.T.フィールドを展開し、ガオガイガーを加粒子砲から守っている零号機が映し出された。




「レイ! 何をやっているの!!」




ミサトにはレイの行動理由が判らなかった。

何度か応答を求めるが、そのミサトの声に対して彼女は一向に耳を貸さず、A.T.フィールドを展開し続ける。

しかし、それも長くは続かず、使徒が放つ加粒子砲のあまりの威力に、赤い光壁は徐々に押され始めた。




「う……ぐ…は…やく……逃げ……」

「ぐ……すまない、レイちゃん!――――― ガジェットフェザーァァッ!!」




どうにか飛行に必要な機能の破壊を免れたガジェットガオーのウイングを展開して、ガオガイガーは最大出力でこの戦闘域を脱出した。

こちらの動きが見えているか、ガオガイガーが第3新東京市から離れるのとほぼ同時に、ラミエルは加粒子砲の照射を止めた。そして、悠々と侵攻を開始する。目的地に向かって………。

一方、A.T.フィールドを展開していた零号機だが、加粒子砲の照射が止んだ瞬間、フィールドの消失と共に崩れ落ちるように倒れた。レイが再び気絶したのだ。




「レイ!! 零号機回収! 急いで!!」




リツコの悲鳴のような指示が飛ぶ。

その傍らで、使徒の攻撃により撤退したガオガイガーを見て、ざまあみろ と、ミサトは総司令ばりの嫌な笑みを浮かべていた。




















ガオガイガーが無事撤退したのを確認し、ホッと安心するミコト。

だが火麻は、その状況に甘えることなく、次なる指示を出した。




「よし、艦首回頭! これよりツクヨミは全速でこの空域を離脱! オービットベースに帰還する!」




火麻の指示を、慌ててミコトが復唱する。




「りょ、了解! 現空域を離脱! オービットベースに帰還します!」

「ボルフォッグ、お前は引き続き残って、ラミエルのデータ収集に当たれ」

〔了解しました〕




火麻の指令を受けたボルフォッグは、ホログラフィックカモフラージュを作動させ、街の暗影へ消えていく。

ラミエルの攻撃を警戒しつつ、ツクヨミは全速で第3新東京市から離れ、オービットベースへ帰還した。




ガオガイガーも、何とか自力で帰還することができた。しかし、加粒子砲のダメージは思ったよりも酷く、ガジェットガオーは完全に貫かれ、ガオガイガーの本体とも言えるギャレオンに届いていた。

ギャレオンとフュージョンしていたガイも例外ではなく、腹部にダメージを負っていた。しかし、『超進化人類・エヴォリュダー』は伊達ではなく、簡単な手術が終わった一時間後には立って歩けるまで回復した。その際、「心配かけないで」とミコトに泣きつかれたのだが、それはいつものことである。




















シンはトウジ達と別れた後、ディラックの海を使ってNERV本部施設セントラルドグマの奥深く、人工進化研究所第3号分室に来ていた。

そう、綾波レイの育った場所。そして、前の世界でリツコに見せられたあの場所に。




「こんな時でないと来れないからね。 警備が厳重すぎて」




シンはそう呟きながら歩みを進める。

スキル=イロウルでMAGIを支配下に置いているシンだが、やはりここの警備は厳重で、警報装置の幾つかはMAGIとリンクしていないものがあるのだ。それを誤魔化す為、シンは敢えて、使徒襲来時の一番忙しい時を選んだ。




「(やはり変わらないか)」




前の世界と全く変わらない光景が目の前にあった。




薄暗い部屋。

無造作に置かれたビーカー。

硬いパイプベッド。




全てが同じだった。




「本当に下衆な男だ………」と、シンはゲンドウへの嫌悪を新たにした。




















しばらく歩いて、ようやく目的の場所に着いた。

L.C.Lに浮かぶ十数体の少女の肉体。綾波レイと姿を同じくする者たち。素体と呼ばれる彼女たちがそこにいた。

シンは水槽のガラスにそっと手を添える。




「君たちは、何を望む?」




シンの静かな問い掛け。

答えは返ってこなかった。『音』という形では。

しかし、シンは確かに彼女たちの『声』を聞いた。




「…………判った」




シンは頷くと、能力を発動した。




「スキル=リリン……A.T.フィールド・コントロール……………アンチ・A.T.フィールド展開」




シンの放った波動が彼女たちをL.C.Lに還元させた。




すると、その瞬間、彼女たちから微かな光が溢れ出し、それはシンの身体の中に入り込んだ。




「………うん、大丈夫。 必ず届けるよ………」




それは誰に答えたものか。今、それを知っているのはシンだけであった。




「さて、直接オービットベースに戻ろうか。 随分と大変なことになってるみたいだから、リリス本体は後回しだね」




シンは、再びスキル=レリエルを発動させると、虚数空間の海へその身を沈めた。




















シンがメインオーダールームへ到着すると、すぐさまラミエル戦の作戦会議に入った。

メインモニターには第3新東京市に侵攻中のラミエルと、それに関する様々なデータが映し出されていた。




「…………使徒の時間差同時襲来か」




GGG長官大河コウタロウが唸った。




「ふむ、その表現がピッタリじゃのう」




獅子王ライガ博士がコンソールを操作してデータを呼び出していく。




「シャムシエルが倒されたのとほぼ同時でしたから」




猿頭寺はその時のデータを呼び出す。




「それにしても20kmの射程とは………」

「明らかに前回とは違う」




大河とライガは厳しい目で、その時の様子を再生するモニターを見ていた。




「使徒はだんだん強くなっているみたいですね」

「ふ~む、以前にシン君が指摘した『使徒同士の情報伝達』の仮説。 現実味を帯びてきたようじゃな」




シンの言葉にライガが頷く。




「使徒はお互いで情報を交換して、インパクト発動に邪魔な要素(ファクター)を排除する………というあれか?」




大河は、使徒戦前に聞いたシンの仮説を思い出した。

さらにシンが続ける。




「はい。 今回の同時襲来には、その使徒の思惑が見え隠れする気がします。 サキエル戦で見せたガオガイガーの圧倒的な強さに脅威を感じた奴らは、まずはその排除を優先したのでしょう。 同じ射程内にいたエヴァ零号機、そしてツクヨミには目もくれず、ガオガイガーを標的としていましたから」

「もしかして、シャムシエルは囮だったのでは?」




ミコトが仮定を呈する。




「どういうことだね?」




大河は訊ね返す。




「ガオガイガーを確実に倒す為、敢えて戦闘終了後の一番油断する時を狙った………」




ミコトではなくシンが答えた。




「まさか、その為にシャムシエルを犠牲にしたのか!?」




ガイが驚きの表情を浮かべる。




「でも、そんなことをすれば端末プログラムの一つを失ってしまうのでは?」




ウッシーの疑問。

それに答えるシン。




「例えコアを破壊されても、A.D.A.M-SYSTEM自体が健在な限り、使徒は何度でも再生します。 それを止める為にはコアを浄解するしかないんです」

「では、浄解されない為にも、まずはガオガイガーの破壊を?」




猿頭寺が尋ねる。




「ええ、優先したのだと思います。 確実にインパクトを起こす為に」

「使徒は、それを独自で判断できるのかね?」




今度は大河が尋ねる。

シンは頷き―――――




「A.D.A.Mの端末たる使徒たちは、その使命を全うする為に、非常に高い『知能』を持っています。 それが学習し、『知恵』を身に付けると―――――

「非常に厄介だな」




大河が続け―――――




「その典型が今回の同時襲来じゃな」




同意するライガ。




「使徒は確実にGGGを敵として認識しています。 ただ、今はNERV本部地下に侵攻することが第一目的でしょうが、もしこれが―――――

「使徒がオービットベースに攻めてくると?」




シンの言葉を続けるようにガイが訊ねる。




「可能性の問題ですがね」

「いや、考慮しておいた方がよいじゃろう。 あの七体の原種の例もあるからのう」




ライガが言ったのは、GGGの元の世界で起こった原種大戦時の経験からだ。七体の原種が同時にオービットベースを襲い、危うく陥落しかけたことがあったのだ。




「では、今回の作戦はどうするね?」




大河が本題に入った。




「使徒が僕たちGGGに照準を合わしていることを利用します」

「「「「「「??」」」」」」




シンの言葉に、皆の顔に疑問符が浮かぶ。




「逆を言えば、NERVは使徒に相手されてないということですから―――――




ニヤリと笑う。




「共同作戦といきましょうか」




















第弐拾話へ続く








[226] 第弐拾話 【天使の実力(チカラ)】
Name: SIN
Date: 2005/05/23 23:13




ラミエルは第3新東京市の中心部に辿り着いた。街を見下ろすかのように空中に停止すると、下部からドリル型のシールドを突出させて地面に突き立てる。ジオフロント内への侵攻を開始したのだ。




















第4使徒殲滅から間を置かず襲来した第5使徒に、NERVはこれまでになく慌てた。先の使徒戦で零号機が敗北を喫しただけでなく、これまで大した被害なく使徒を殲滅してきたGGGでさえ、この第5使徒の攻撃力を前に撤退を余儀なくされた。

この光景を見たNERV発令所のオペレーターの中には、使徒によって起こされるサードインパクトを想像して恐怖に駆られる者や、既に生を諦めて戦意を失くしている者もいた。

しかし、この女性だけは殺気を込めた瞳と興奮した面持ちで使徒ラミエルを見ていた。

葛城ミサト。使徒への復讐に全てを懸ける女。




















第3新東京市に、消滅したはずのエヴァンゲリオン初号機が現れた。フワフワと宙に浮かび、何か薄っぺらな印象さえある。

これは、敵を撹乱する為に予め造られたダミー人形である。初号機が消滅してしまったことで出番が無いかと思われたが、こんなところで役に立った。備えあれば憂いなしだ。

ダミー人形に組み込まれた機能が作動し、銃を構えるような動きを取りながら使徒に近付いていく。

しばらくは何の動きも無かったが、その距離が4km程まで近付くと、光の矢がダミーを貫いた。




〔敵、加粒子砲発射! ダミー蒸発!〕

「次!」




これは、使徒の能力を測定する為の威力偵察。ミサトはオペレーターの報告に頷き、更に指示を出す。

それに従い、今度は第3新東京市の傍にある芦ノ湖に設置された移動砲台用線路に、独12式自走臼砲というレーザー砲列車が姿を見せる。

照準を合わせた後、間髪入れずにレーザー砲が発射された。

使徒は至って冷静に――――― いや、機械的にか――――― A.T.フィールドを展開してレーザーを弾くと、お返しとばかりに自走臼砲に向かって加粒子砲を放つ。

爆発と共にダミーと同じ運命を辿る自走臼砲。




〔12式自走臼砲、消滅!〕

「なるほどね」




何かを掴んだようだ。




















NERV本部、戦術作戦部 作戦室。

宇宙船の内部のような幻想的な雰囲気を持つこの部屋では、ミサトと作戦部オペレーター・日向マコト二尉、そして数人の作戦部員が集まり、データの検証を行っていた。




「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推測されます」

「エリア進入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。 エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね」




作戦部員の報告を日向が補足すると、上司らしくミサトが問う。




「A.T.フィールドはどう?」

「顕在です。 相転移空間を肉眼で確認できるほど、強力なものが展開されています」

「誘導火砲、爆撃なんかの生半可な攻撃では泣きを見るだけですね、こりゃあ」

「攻守とも、ほぼパーペキ。 正に空中要塞ね。 ………それで、問題のシールドは?」

「現在、目標は我々の直上………第3新東京市、ゼロエリアに侵攻。 直径17.5mの巨大シールドが、ジオフロント内NERV本部に向かって侵攻中です」

「敵は此処――――― NERV本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりですね」

「しゃらくさい。 ………で、到達予想時刻は?」

「はい、明日午前0時06分54秒。 その時刻には22層全ての装甲防御を貫通し、NERV本部に到達するものと思われます」

「あと10時間足らずか」




〔敵シールド、第1装甲板に接触!〕




作戦会議中だからといって使徒の侵攻が止まるはずもなく、状況は刻々と変化していく。




「零号機の状況は?」




回線を通じて第7ケイジで零号機の修復・調整を行っている技術部、及び 整備班を呼ぶ。

そして、それに応えたのはリツコであった。




〔一番問題なのは切断された左足首………残り10時間じゃあ修復は不可能。 義足を着けることはできるけど、まともには動けない。 あと、装甲等は問題ないわ。 3時間後に換装完了予定」




予想していたとはいえ、あまりに不利な状況に、ミサトは己の脳細胞をフル活動させて作戦を練る。




「状況は芳しくないわね」

「白旗でも揚げますか?」




日向の冗談じみた台詞にミサトは不敵な笑みを浮かべる。




「その前に――――― チョッチやってみたいことがあるの」




















「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね?」




冬月がミサトから提案された第5使徒殲滅作戦を確認する。

ここはNERV本部最上階にある総司令官公務室。無駄に広い部屋に重厚な机が一つ。そこに座っている髭眼鏡と傍らに立つ白髪電柱爺が偉そうにしている。………そういえば、いつ帰ってきたんだ? この髭。




「そうです! 目標のA.T.フィールドを中和せず、高エネルギー集束帯による一点突破しか方法はありません!」




胸を張って答えるミサト。




「MAGIはどう言ってる?」

「スーパーコンピューター・MAGIによる回答は、賛成2、条件付賛成が1でした」

「勝算は8.7%か………」

「最も高い数値です」




10%を切ってるくせに、この自信はどこからくるのか。

そこでようやく髭が口を開いた。




「反対する理由はない。 やりたまえ、葛城一尉」

「はい!」




お墨付きを貰い、ミサトはスキップで司令室を後にした。




















「無理ね」




作戦案を見たリツコの開口一番の台詞がコレ。




「何が無理なのよ!!」




当然、ミサトは怒る。せっかく練った作戦を、頭から否定されたのだ。




「あなた、この使徒のデータ………本当に信じる気?」

「作戦部が必死で集めたデータよ! 信頼できるわ!」




リツコは呆れたように嘆息した。




「これによると【使徒の攻撃射程は最大5kmと推測】とあるけれど?」

「それがどうしたのよ?」

「GGGのロボットとあの使徒の戦闘を思い出して」

「?」




ミサトはリツコの言わんとすることが判らない。




「GGGのロボットは20km先から攻撃を受けたのよ」

「………あっ!!」

「いま気付いた――――― というより、GGGとの戦闘データなんて最初から考慮に入れてなかったわね?」

「あ……いや、その………」

「それにね、光学兵器というのは、大気圏内じゃ距離が離れれば離れるほど、その威力が低下するの。 それが20km離れていてもあの威力よ。 この作戦案にある二子山からの狙撃なんて自殺行為もいいところ。 目標のレンジ外どころか、思いっきり射程圏内じゃない」

「………………」




当たっているだけに何も言い返せないミサト。




「この使徒のデータから判ることは一つ。 NERVは使徒に相手にされてない。 嘗められてるのよ、あなたは」

「なっ!?」

「寄ってきた羽虫を軽く追っ払った程度の『手加減された力』を、使徒の『実力』だと思って作戦を進めないで。 みんな死ぬわ」

「判ってるわよ………」

「判ってる人は、こんな間違いはしないわ」

「くっ………!」




ミサトは悔しさに唇を噛み締める。




「もう一度データを洗い直しなさい。 時間が無いわよ」




リツコの言葉に頷いて発令所に戻ろうとすると、その発令所から呼び出しが掛かった。




〔葛城一尉! 至急、発令所までお戻りください!〕




















息を切らしてミサトとリツコが発令所に入ってくる。




「あ、葛城一尉! 赤木博士も!」

「はぁ、はぁ………何があったの!?」

「ライブ映像です!」




日向がコンソールを操作し、モニターに映像を呼び出す。

NERV本部直上、第3新東京市。そこには、使徒と対峙する紫色の人型ロボットがいた。




















NERV戦術作戦部の使徒に対するデータ収集が終わって、しばらくの後―――――

第3新東京市の中心部に向かって疾走する一台のパトカーがあった。けたたましくサイレンを鳴らし、ラミエルに近付いていく。

それに反応したラミエルの円周部が輝き出した。

騒がしい害虫を駆除するかのように、閃光がパトカーに向かって放たれる。その光は確実に対象を融解、消滅させるはずだった。

しかし―――――




「システム・チェーェェンジッ! ボルフォォォッグッ!!」




パトカーが人型のロボットに変形した。GGG諜報部に所属する勇者ロボ、ボルフォッグである。

ボルフォッグは、その性能を如何なく発揮し、素晴らしいスピードで加粒子砲を躱した。




「ガンドーベル! ガングルー!」




ボルフォッグはサポートメカを呼んだ。何処からともなく、誰も乗っていないバイクとヘリコプターが現れる。

バイク型のビークル形態から人型のガンロボット形態に変形するガンドーベル。そして、同じようにヘリコプターから人型に変形するガングルー。




「三身一体!!」




ボルフォッグからの合体シグナルを受け、それぞれがフォーメーションに入る。ガンドーベルが右腕に、ガングルーが左腕に変形し、メインボディを成すボルフォッグが機構を組み替えて一回り大きく変形すると、それぞれの腕が合体した。より戦闘用にパワーアップした勇者が姿を現す。




「ビッグ! ボルフォォォッグッ!!」




忍者をイメージしたフォルムそのままに、兵装ビルの屋上に音も無く降り立ったビッグボルフォッグ。




「確実に勝利を得る為に、あなたのデータ、調べさせていただきます!」




















「な……何よ、あいつ!?」




ミサト達の目に飛び込んできたのは、NERVが初めて見るロボットの姿。しかし、あのようなロボット、何処の所属だということは、考えるまでもなく誰もが判りきっていた。




「GGGのロボットね。 初めて見るタイプだけど………」

「なに落ち着き払ってんのよ、リツコ!」

「これまで色々なことがありすぎたから………これくらいじゃあね」

「何をしに来たんでしょうか?」




日向がもっともな疑問を投げ掛ける。それにリツコが答えた。




「おそらく偵察でしょう。 GGGも何のデータも採らず、あの使徒に立ち向かうことはしないみたいね。………ちょうどいいわ――――― マヤ!」

「は……はい!」

「あのロボットが使徒の能力を知る為に何かするでしょうから、それに便乗して、もう一度 あの使徒のデータを集め直しなさい。 そのデータと作戦部が集めたデータを比較検討して、もう一度作戦を練り直すわ」

「ね、練り直し?」




日向はリツコの言葉に驚いて、慌ててミサトを見た。

ミサトは、悔しさを親指の爪を噛んで耐えていた。




「いいわね、ミサト?」

「………いいわ」




殺意に濁ったミサトの瞳がモニターを睨んでいた。




















再びラミエルの閃光が走る。




「あまい!」




光の矢がボルフォッグを掠めていく。




絶対に油断はできない。

ジェネシックアーマーに覆われていたはずのガオガイガーの装甲すら、大した抵抗無く貫通したラミエルの加粒子砲だ。一撃でも受けようものなら、即座にスクラップだ。

しかし、ボルフォッグにとって幸いしたのは、荷電粒子を加速させてからビームを撃ち出すまで数秒の時間を要すること。




ボルフォッグは、それを見切っていた。




「4000マグナム!」




右腕に装備されたバルカン砲が火を噴く。しかしラミエルは、すかさずA.T.フィールドを展開して防御した。

ボルフォッグのセンサーアイがデータを採り溢すことなく集めていると、三度、ラミエルの円周部が光った。




「超! 分身殺法!!」




全身にミラーコーティングを施したビッグボルフォッグは、凄まじいまでの超スピードを実現させ、光と化した。その光は三体に分かれると、ラミエルの加粒子砲を難なく躱し、それぞれが攻撃を仕掛けていく。




「シルバームーンッ!!」




銀色の三日月を思わせるボルフォッグのブーメラン攻撃がラミエルを襲う。だが、これもA.T.フィールドに防がれる。




「では、これはどうです! ダブル・ブーメランッ!!」




二つの月光が煌めく。が、これすらA.T.フィールドは通さない。

ラミエルは攻撃を行おうと粒子の加速を開始するが、間髪入れずにガンロボットが攻撃を加え、攻めの手を緩めない。ラミエルはA.T.フィールドを張り続けるしかなかった。




「(攻撃と防御は同時に行えないということですか)」




様々な角度からデータを集めていく。




「シルバー・クロスッ!!」




ボルフォッグは二つのブーメランを合わせた。ブーメランの最大威力を誇る攻撃である。




「はあぁぁぁぁっ!!」




十字の輝きがラミエルに迫る。だが、これも効かなかった。

再び、三つの光は一つに集まり、紫の勇者が現れる。




「ならば、我が最大奥義! 必殺! 大回転大魔断ッ!!」




全身にミラーコーティングを纏った鋼鉄の独楽の体当たりがラミエルのフィールドにぶつかる。






 ガキキキキキキキキキキキッ!!






金属同士が削り合うような耳障りな音と共に火花が飛び散る。しかし、これはビッグボルフォッグの機体が一方的に削られていくだけであった。A.T.フィールドは微動だにしない。

一方のラミエルだが、こちらもビッグボルフォッグの凄まじい攻撃を前に、防御するだけが手一杯だった。特に、最後の回転攻撃は、A.T.フィールドの出力を全開にして防がなければならない程だった。

いい加減に鬱陶しくなってきたラミエルは、一気に排除してしまおうと勝負に出た。






 ブウゥゥゥゥゥゥゥン………






クリスタル円周部に光が走る。




「ん? 先程より粒子加速の時間が長い………。 来ますね、本気の一撃が」




それを察知したビッグボルフォッグが構えた瞬間、それは来た。






 ビカッッ!!!






それまでの加粒子砲がオモチャの鉄砲に思えるほどの攻撃。

光の奔流がビッグボルフォッグを襲う。




「くっ!」




来ることが判っていた為、何とか躱すことができたが、後方にあった兵装ビルの幾つかが流れ弾で融解し、爆発した。

その時、「何てコトすんのよ!!」とNERVの作戦課長が馬鹿デカイ声で叫んでいたが、ビッグボルフォッグは知る由もなかった。




「なるほど………このA.T.フィールドの強度、そして攻撃スピードと威力………。 やはり、シン隊員が以前戦ったラミエルとは違うということですね………」




ビッグボルフォッグのメモリーには、シンが前の世界で戦った全ての使徒のデータが入力されていた。それと今回のデータを比較したのである。




「データ収集完了。 撤退します…………ホログラフィックカモフラージュ!」




光学迷彩を起動させ、忍者は姿を消した。




ラミエルのシールドは、最初から何事もなかったかのように動き続けていた。




















「いいデータが採れたわ。 マヤ、どう?」

「比較……出ました! 加粒子砲の威力は、作戦部が採取したデータより40%以上の出力UPが認められます。 A.T.フィールドも同様です」

「ほら見なさい。 マヤ、そのデータに加粒子砲の射程を20kmと仮定して入力。 ミサトの作戦案の成功率を出して」
 
「…………0%です」




MAGIは全会一致で失敗を示していた。

この結果に、ミサト以下 戦術作戦部の部員たちは呆然と固まっていた。




「何をしてるの!? せっかくデータが揃ったのよ! さっさと作戦を練り直しなさい! ミサト、時間がないのよ! 一秒だって無駄にはできないんだから………早く行きなさいっ!!」

「「「「「は、はい!!」」」」」




リツコの怒声に我に返った作戦部一同は、駆け足で仕事に戻った。

それを心配そうに見詰めるマヤ。




「………大丈夫でしょうか?」

「やってもらわないと困るわ。 でも―――――

「え?」

「GGGが何とかしてくれる。 そう思う自分がいるのも確かなのよ………」

「先輩………」




マヤにはリツコを非難することができなかった。何故なら、彼女も同じ思いだったからだ。




















パチ~ン、と静寂に包まれた広すぎる部屋に将棋の駒を打つ音が響いた。

NERV副司令 冬月コウゾウは、総司令室で一人、指南本を片手に詰め将棋を打っていた。彼の数少ない趣味の一つである。

部屋の主である六分儀ゲンドウは、それを咎めることなく、いつものポーズで席に座っていた。

おもむろに冬月が口を開く。




「シナリオにない事態ばかり続くな」

「問題ない。 修正可能な範囲だ」

「GGGもか?」

「奴らが使徒を倒すのなら、それに越したことはない。 我々は力を溜め込むだけだ。 補完計画に向けてな」

「GGGの本拠地、そして初号機コアの行方も判らずにか?」

「諜報部が全力で洗っている。 それに奴も加わった」

「加持リョウジか………。 三足草鞋だぞ、信用できるかね?」




既にバレバレの加持リョウジ。




「問題ない。 当たり障りのない情報で馬車馬のように働く」

「それにしても、えらく早いお帰りだな。 下半期予算を決める大事な会議だ。 そんなに短い訳なかろう?」

「……………」




いきなり話題が変わる。

冬月の問いにゲンドウは答えない。いや、答えられないのだ。




碇の籍を抜かれ、旧姓である六分儀に戻ったことを散々からかわれたばかりか、数々の失態を追求された。通常予算は何とかなったものの、追加予算の確保に失敗したなどとは言えるものではなかった。

後日、予算の件で冬月から「どういうことだ!!」と問い詰められたのはお約束。




予算の件も然ることながら、国際会議の場でNERVの失態を追求できたのは、偏に国連事務総長ショウ・グランハムを始めとする反SEELE派と、ここ一年、凄まじい勢いで経済界のTOPに躍り出た碇財閥の裏工作が実を結んだ為である。

徐々にNERVも、そしてSEELEも、その組織力を削られていった。






 RRRRRRRRRR! RRRRRRRRRR! RRRRRR……………






電話が鳴った。

ゲンドウが取るだろうと思っていたが、いつまでも鳴り続けるので、冬月は将棋の指南本を置き、何もしない髭の代わりに受話器を取った。




「総司令官公務室だ」

〔え? 副司令ですか?〕

「伊吹君かね?」

〔は、はい!〕




マヤは、まさか冬月が出るとは思わなかったので慌ててしまった。




「どうしたね?」




マヤが何も言わない為、こちらから訊ねる。




〔え? あ、ああ……失礼しました。 あの……GGGから通信です。 使徒戦について作戦提案があると………〕




会話はスピーカーでも流れていたので、本来この連絡を受けるはずの人物にも聞こえているはずだ。

冬月がゲンドウを見ると、掛けている色眼鏡が キラッ と光ったように見えた。




「(また、何か企んだようだな)」




長い付き合いだ。冬月は、すぐに気付いた。

冬月は「判った」とマヤに伝え、ゲンドウと共に発令所に向かった。




















使徒のドリル・シールドがジオフロントに到達するまで、あと8時間42分16秒。




















第弐拾壱話へ続く








[226] 第弐拾壱話 【揺るぎない決意】
Name: SIN
Date: 2005/05/23 22:59




NERV本部、中央作戦室・発令所にGGGから通信が入る少し前。

GGGオービットベースの司令長官執務室において、大河はある人物の来訪を受けていた。




「今回の使徒襲来………厳しいようですな」

「あれほどまでに能力をUPしているとは思っていなかったので………正直、驚いております」

「GGG単独では難しいと?」

「倒せないことはない、とDr.ライガや獅子王ガイ機動隊長は申しておりますが、第3新東京市の被害も馬鹿にならないものがあります」

「犠牲を出してまで使徒を殲滅しても………ですか?」

「それではNERVと何も変わりません」

「その通りですな。 あなた達がこの世界に来た意味が無い」

「はい」




男は、おもむろにソファーから立ち上がり、執務室の窓から外を見る。そこから見える、青く輝く母なる星の姿を。




「シン坊やレイ嬢ちゃん………そして、アスカちゃん――――― でしたか? 苦労を掛けますね。 本来ならば、全て大人の仕事だというのに………」

「悔いるのは後にしましょう。 やるべきことを全て終えた後で」

「そうですな」




そう言うと、男はまたソファーに戻った。




「大河長官。 NERVとの交渉――――― 特に六分儀との交渉は注意してください。 悪知恵だけには頭が働く男ですからな」

「肝に銘じます。 お任せください」

「では、これで失礼させてもらいます。 吉報を待っております」

「お忙しいところを、わざわざ有り難うございました。 グランハム事務総長」




















ジオフロント内、NERV本部 病院施設。






 サァ…………サァ…………






半分ほど開けられた病室の窓。そこから涼やかな風が流れ込み、微かにカーテンを揺らす。

『地底』という密閉空間の常か、完全完璧に空調が整えられたジオフロントの中は、地上の茹だる様な暑さとは無縁の世界。空気循環の為、ときおり流される人工の風は、ここで生活する者にとって無くてはならない清涼剤だ。

そして、これらの恩恵は、この病室のベッドで眠る少女――――― 綾波レイにも与えられていた。

つい数時間前の第4使徒戦。

この戦いでエヴァ零号機からのダメージ・フィードバックを受けて気絶した彼女は、『いつもの』と言ってしまえば語弊があるが、前回の第3使徒戦、そして前々回の零号機暴走事故の時と同じように、この病院――――― この病室へ運ばれていた。

怪我をしたというわけではない。身体的疲労だ。静かに休んでいれば、すぐにも回復するはずなので、別段、点滴や心電図などの医療機器は置かれていない。ただ、彼女が眠るベッドがあるだけだ。

身体を休めるには最高と言ってもいい環境で、レイは心地良くまどろんでいた。しかし暫くすると、その心地良さとはまた違った別の温もりが、彼女を包み始めた。

温もりは、急速に意識を覚醒させていき、レイはゆっくりと目を覚ました。




「………知ってる天井」




彼女にしてみれば三度目――――― というより、『以前』から数えれば、何度も何度も世話になった病室だ。覚えてしまうのは当然だろう。




「………あ」




ふと、右手から先程の温もりを感じた。

そちらに視線を向けると、そこには、両手で自分の右手を握り、優しい眼差しで見詰めている愛しき母がいた。




「………お母さん」

「あら、起こしちゃったかしら? ごめんなさいね」

「ううん……いい」

「大丈夫?」

「うん………お母さんの手……温かい」

「そう?」

「………大好き」

「フフ……ありがとう、レイ」




満面の笑顔を向け、優しく娘の頭を撫でるマイ。レイも自然と微笑み返し、目を細めて母の温もりを甘受する。




「………あ、お兄ちゃんは?」

「シンはGGGに行ってるわ。 作戦会議中よ。 私は、一足先にクシナダで地上に降りたの」




クシナダとは、GGGディビジョンⅧ・最撃多元燃導艦タケハヤの艦首にドッキングしている脱出兼偵察艇の小型艦だ。航宙能力、大気圏突入能力、重力下飛行能力を有し、様々な用途に使用されている。この世界に来てからは、NERVや戦略自衛隊などの組織に見つからないようにステルス機能を追加され、主に隊員の地上とオービットベースとの行き来に使われている。

因みに、シンが異次元空間でGGGと出会った時に見た黄色の艦とは、このクシナダであった。




「………お母さん」

「ん?」

「ごめんなさい。 心配かけて………」

「いいのよ、こうして無事だったんだから。 それにね、あなたのおかげでガイ君は助かったのよ。 ミコトさんも言ってたわ、ありがとうって」

「………ガイさん……無事だった………よかった」




レイは、ほっ…… と息をついて安堵した。それが一番気掛かりだったからだ。




「だから、安心して休みなさい。 後はGGGに任せてね」

「………でも、使徒は」

「レイ」




マイは少し厳しい表情でレイの言葉を遮った。




「………お母さん?」

「私はね、あなたにチルドレンなんて続けて欲しくないの。 あなたは充分に頑張ったわ。 この世界でも、前の世界でも」

「………………」

「だから、もうあなたは戦わなくていいの。 子供は戦争なんかしちゃいけないわ」

「でも、私は―――――






 コンコン






またもやレイの言葉を遮って、今度は病室のドアがノックされた。




「はい?」

「失礼します」




訪れたのは葛城ミサト。珍しく真面目な顔で入ってきた。

さすがの彼女も、部下の母親がいる手前、おちゃらけることはできない。それくらいは判っていた。

それに、家族に『葛城ミサトは優秀な上司である』と思わせようとする打算もあった。




「こんにちは、お母さん」

「こんにちは、葛城さん。 娘がお世話になっております」




挨拶を交わすと、ミサトはレイに視線を向ける。




「どう? 調子は?」

「………大丈夫です。 問題ありません」

「そう。 よかったわ」




ホッと一安心。これで作戦が進められる、とミサトは喜んだ。

作戦を考えているはずのミサトが何故ここにいるのかと言うと、早い話がサボタージュである。

彼女の頭には、最初に考えた作戦である【ヤシマ作戦】と命名した超長距離攻撃作戦しかなかった。リツコに何と言われようと、『自分の指揮』で使徒を倒すこの作戦を捨てきれない彼女は、「最初の作戦をベースに、指摘された問題点だけを解決しなさい」と日向を始めとした作戦部員に命令して(押し付けて)ここに来たのだ。




「………葛城一尉……使徒を倒す作戦は?」

「大まかな概要しか決まってないけどね。 いい?」

「はい」




本当は全然決まっていないのだが、最初に立案した作戦を説明しようとする。しかし、マイがそれに待ったを掛けた。




「葛城さん」

「何でしょう、お母さん?」

「今回のことで、私は改めて思いました。 レイはもう戦わせません」

「な!? それは―――――




突然のマイの言葉にミサトは当惑する。




「………お母さん!」




同じように戸惑うレイ。非難めいた抗議の為か、彼女にしては珍しく、つい声を荒げてしまう。




「レイ! お母さんの言うことを聞いてちょうだい」

「でも……私は………!」

「騒がしいなぁ………ここは病院だよ」




遅ればせながらドアを コンコン と叩いて、喧騒を静めるようにシンが病室に入ってきた。




「お兄ちゃん」

「シン、いつ来たの?」

「ついさっき」

「こんにちは、シン君」

「どうも、葛城さん」




一見 和やかな挨拶だが、シンはミサトと視線を合わせなかった。

ちょっとムカつくミサト。




――――― で、何を騒いでいたのさ?」




ミサトの存在など最初から無いようにマイと話し出すシン。




「レイを辞めさせるの」

「チルドレンを?」

「そう」

「レイがそれを望むならいいさ。 ………レイ、どうなの?」

「………私の気持ちは変わらない」

「レイ!」




思わず声が大きくなるマイ。




「母さん」




シンは、シーッと人差し指を口に当てる。




「………お母さんの気持ちは……とても嬉しい。 でも、私は決着を……つけたいの」

「決着?」




マイの頭に疑問符が浮かぶ。『決着』など、初めてレイの口から聞いた言葉だからだ。




「何と決着をつけるというの?」

「私の……運命………」

「………………!」




娘の言葉に、マイは思わず口を噤んだ。反対にシンは、レイの答えを最初から知っていたかのように微笑んでいた。




「だから……私は戦うの。 ……この運命に…打ち勝って……お母さんやお兄ちゃん達を……守る為に………」




レイの真剣な眼差し。元々、シンには異論など無かった。




「判ってるよ」

「シン!?」

「レイが望むなら僕達は何も言わない。 自分で考えて、自分で決めたことなら」

「ちょっと、シン!」




マイは、「僕達じゃないでしょ! 私は………」と言いかける。

しかし―――――




「母さん、レイの意思を無視しちゃダメだよ。 レイはもう『綾波レイ』なんだから」




あの男の人形ではない、という意味を込めた瞳で、シンはマイを見る。

視線が交錯する。






…………………………………………………………………………………。






暫くの沈黙の後、マイは ふう…… と嘆息すると、今度はレイを見た。彼女の瞳にも同じ強さの色が見えた。




「………私の負け。 ずるいわ、二人がかりだなんて」

「悪いと思ってるよ。 それはレイだって同じ。 ね、レイ?」

「………ごめんなさい、お母さん。 ありがとう………」




穏やか雰囲気が親子を包んだ。

それに居心地の悪さを感じたミサトが、少々遠慮がちに話し掛ける。




「ええと……いいかしら?」

「あ、まだ居たんですか」




というシンの台詞に、ビキッ! とミサトのこめかみに青筋が立った。




「あのねぇ、私は――――― !!」






 RRRRRRRRRR! RRRRRRRRRR! RRRRRRR………






ミサトを遮るように備え付けの電話が鳴った。




「はいはい」




マイがその電話を取った。二言三言話すとミサトの方を向く。




「葛城さんによ」




何よ、もう! とブツブツと文句を言いながら電話を替わるミサト。




「はい、もしもし!」




虫の居所が悪い為、無意識に声が大きくなる。




「あ……い、伊吹です」




何か悪いことしたかな? と不安になり、どもってしまったマヤ。




「何だ、マヤちゃんだったのね。 どしたの?」

「すぐ発令所に戻ってください。 GGGから通信が入ったんです」

「何ですって!? 判ったわ!!」




受話器を戻し、すぐさま部屋を出ようとするミサトを「あ、葛城さん」と、シンが呼び止めた。




「レイの体調に問題は無いようなので、少し休ませた後、発令所に向かわせます。 それでよろしいですか?」

「ええ、もちろんよ。 レイ、作戦については発令所でね」

「判りました」




と、レイが言い終わらない内に、ミサトは駆け出していた。

廊下を走らないで! という看護師の注意も聞かず、全速で駆けるミサト。暫くして、ドガシャン!! という大きな音と共にガラスの砕ける音や金属の甲高い音、そして医者や看護師達の怒声とミサトの悲鳴が病院内に響いた。

その様子を、病室から首だけを出して眺めるマイ、シン、レイの三人。




「無様だわ」

「無様だね」

「………無様」




















ミサトが滑り込むように発令所に入ってきた。髪型や服装は崩れ、あちこちに擦り傷らしきものが見える。




「何してたの、葛城一尉?」




リツコの、冷ややかながら怒りの感情を孕んだ声に、ミサトは一瞬たじろぐ。




「い……言い訳はしないわ! 状況は!?」




リツコは、クイッ と顎を動かし、モニターを見ろ! と言う意味の視線を向ける。

発令所のモニターには、一人の紳士が映っていた。長い金髪を後ろで束ね、きりっとした面持ちで貫禄ある佇まいの男性がそこにいた。




「あんた、誰よ!!」




ミサトの、礼儀も何もない、無礼極まりない台詞。

本当に国連直属機関の要職に就いている人間の言葉だろうか? と、男は耳を疑ってしまった。

しかし、友人でもある作戦参謀や自分達がサポートする少年から予め聞かされていたので、何とか平然と聞き流すことができた。

だが、NERVにとってはそうはいかない。相手は、ちゃんと礼を尽くした挨拶で通信を入れてきたのだ。その相手に対して作戦課長の最初の言葉がコレでは、この後の交渉がどう転がるか判らない。

リツコは当然、そして冬月も焦る。総司令たるゲンドウは、表立ってはそんな様子を見せないが、サングラスの奥の瞳はミサトを睨んでいた。余計なことを言うな! と言わんばかりに。

それに気付かないミサトが更に続ける。




「何とか言いなさいよ!! あんたは―――――

「口を慎みたまえ! 葛城一尉!!」

「!!」




滅多に聞かれない冬月の怒声がミサトを硬直させる。

固まった彼女に、そっとリツコが近付いた。




「こっちの立場を悪くしないで」

「あいつらの機嫌をとれって言うの!?」

「そうは言わないわ。 ただ、少しでも多くの情報を引き出さないと、この先、彼らに太刀打ちできなくなるわよ」




ヒソヒソと囁き合う女性幹部の二人。

ミサトのフォローをリツコに任せ、冬月は気を取り直してモニターを見た。




「失礼した。 主要スタッフはこれで全員揃ったが………」

「では、改めて自己紹介させていただきます。 私は大河コウタロウ。 地球防衛勇者隊ガッツィ・ギャラクシー・ガードの司令長官をしております」




こいつがGGGのTOPか! とミサトはモニターの大河を睨みつけた。




「特務機関NERV総司令、六分儀ゲンドウだ」




相手のTOP自ら来たのであれば、こちらもTOPが応じる。これが組織間の礼儀というもの。ゲンドウでもこれぐらいは判る。しかし、彼女は判らなかったようだ。




「あんた達は!! いつまで私らの邪魔を…モガ……モガガ!!」




邪魔ばかりして何も理解していないミサトの口をリツコが押さえる。殺気――――― というより、明確な殺意を込めたリツコの目が、ミサトを射抜いた。






私の実験室に異動辞令を出してもいいのよ?






耳元での魔女の囁き。

静かにしてますぅ……… と、ミサトは涙目で答えた。




















騒ぎも収まり、元の静けさを取り戻したNERV病院施設内。

シンは、自動販売機のある休憩コーナーで長椅子に座ってコーヒーを飲んでいた――――― と、そこにマイがやってきた。




「こんなところに居たの?」




うん、と頷くと、シンは残っていたコーヒーをグイッと飲み干した。




「レイは?」

「また眠ったわ。 よほど負担が掛かったのね」

「そう………」




会話が止まる。ジオフロント内を照らす人工の夕日が、二人を赤く染めた。

マイが話を切り出す。




「シン。 どうして、あんなこと言ったの? レイが危険な目に合ってもいいの?」

「よくないさ」

「だったら!」




つい、声が大きくなってしまうマイ。




「僕だって本心からいえば、レイにはエヴァに乗って欲しくない。 でも、今回の作戦はレイの零号機が絶対に必要なんだ。 初号機は消滅、弐号機はまだヨーロッパ。 ポジトロンライフルを扱えるエヴァが一体しかいない以上、レイにはどうしても頑張ってもらわないといけないんだ」

「だからって………」

「母さんの気持ちも判るよ。 でもね、今回は仕方がないって思ってよ。 ラミエルがあそこまで強くなっていると、GGGだけじゃ勝てないんだ」

「………………」

「もうすぐアスカが日本に来る。 そうしたら弐号機からキョウコさんをサルベージする。 それでもう『チルドレン』はこの世界からいなくなる。 そうすれば、後は僕とGGGが、このくだらない運命の鎖を断ち切るよ」

「運命の鎖………?」

「『進化』という甘い罠に魅入られた愚か者達………。 その奴らが僕達に無理やり括り付けた欲望と悲しみの鎖だよ」

「………シンはNERVをどうするの?」

「叩き潰すさ。 補完計画実行不能にまで追い詰めても、まだ抗うようなら、SEELE共々ね」

「シン………」

「この星を、生命溢れる勇気に満ちた世界にする為に………」




遠い目で夕日に照らされた外を見るシン。

同じように赤色に染まった世界でも、この景色はとても美しかった。例え人工物に囲まれていようとも、生命の煌めきを肌で感じることができるこの世界が、シンは大好きだった。

だからこそ、この世界を愚かな欲望で壊そうとするゲンドウやSEELEの老人達が赦せなかった。たった一握りの人間が好き勝手にしていい世界ではないのだ。




「でも……『仕方がない』って言ったら、僕もあいつらと同じだよな。 目的の為にレイを危険な目に合わすんだから………」




そのシンの呟きを聞いたマイは、後ろからそっと彼を抱き締めると「そんなことないわ」と優しく励ました。




「ありがとう……母さん」




















NERV総司令官公務室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。




「GGGとの共同作戦か」

「………………」




ふと冬月が呟くが、ゲンドウは応えない。

自分の思い通りにいかなかったことがそんなに気に食わないのか、あれから一時間以上も経つというのに、ずっと黙ったままだ。

ふうっ……… と一息嘆息すると、冬月はこの雰囲気を作り出した先程のTOP会談を思い返し始めた。




















「第5使徒殲滅について作戦提案があるそうだが?」




ゲンドウがいつものポーズで大河に問う。偉そうな口調なのは『我々が国連の直属機関であり、自分はその総司令なのだ』という強い自尊心からだ。自ら非合法組織などと名乗ったGGGとは格が違うと言いたげであった。




「はい。 今回の使徒は非常に強力です。 我等が協力して立ち向かわなければ、勝利は望めません。 いえ、例え勝利したとしても、その被害は甚大なものになるでしょう」

「フッ、さすがのGGGも、あの使徒に単独で勝利するのは難しいようだな」




ゲンドウが嘲笑う――――― が、大河は無視する。




「我々が当初立てた作戦では、使徒を倒せても第3新東京市に多大な損害を与えてしまいます。 第3新東京市を守りながら使徒を倒すには、NERVと共同で作戦に当たることがベストだと判断し、こうしてお話をさせて頂いております」






――――― このようにNERVとGGGのTOP会談は始まった。






会談が進むにつれ、話の主導権は、徐々にGGGに傾き始めた。

ゲンドウも当初は話を上手く切り返してペースを掴むかと思われたが、合いの手のように入るミサトの暴言が全てを駄目にした。

彼女にしてみたらGGGという存在は、使徒への復讐という自分の目的を奪う憎むべき敵以外の何者でもない。大河の一言一言に感情を爆発させていた。

これに煽りを喰らったのはゲンドウである。当初は、この交渉を優位に進め、向こうに頭を下げさせ、NERVに作戦参加を懇願させる腹積もりであった。その上で条件を付け、NERVへの恒久的な指揮下編入や、あわよくば初号機コアの返還などを要求するつもりだったのだ。

それらを全て、ミサトの短慮さが無にした。

反撃も思うようにいかない。

ゲンドウが何とか大河の論拠の隙を突こうとするが、大河はそれを許さず、逆にミサトの暴言を利用して、一気呵成にNERVを劣勢へと追いやった 

国連事務総長ショウ・グランハムや綾波シンが評したように、六分儀ゲンドウという男は交渉事に掛けては一流であったが、上には上がいるもので、大河コウタロウは組織の上に立つ者としては超一流と言って間違いない程の才能を持っていた。伊達に『宇宙開発公団』・『ガッツィ・ジオイド・ガード』・『ガッツィ・ギャラクシー・ガード』と、三つの組織のTOPに立った訳ではないのだ。

さらに大河の味方したのは、NERV戦術作戦部の立案した作戦が不完全なものであったことだ。ボルフォッグと使徒との戦闘データでリツコに指摘された問題点を解決できなかったのだ。

問題点は次の二つである。使徒の攻撃射程20kmに対抗する長距離射撃兵器。そして、使徒のA.T.フィールドを貫く大出力を何処から持ってくるかである。

これに対してGGG側から提案が出された。

射撃兵器は改良プランが提示されたのだ。戦略自衛隊が開発した試作陽電子砲とNERVが開発したエヴァ専用ポジトロンライフルを組み合わせ、GGGの技術を一部組み込むことで何とか射程15kmが可能だという。これは未だ使徒の射程圏内であるが、零号機へ使徒の攻撃は来ないというデータがGGGから示され、万が一の防御手段も考慮された作戦が組まれることになった。

次に、A.T.フィールドを貫き、使徒にダメージを与える為のエネルギー確保であったが、当初予定していた日本中からの電力徴発では必要なエネルギー出力が確保できないと判り、急遽GGGから勇者ロボの動力源であるGSライドの使用が提案された。GSライドのフル出力は使徒のA.T.フィールドを貫く為に必要な出力、2億2500万kWを優に超える出力を弾き出し、NERV技術開発部員全員を驚愕させた。

殺意と憎しみに彩られたミサトを無視して、最終的に作戦はGGG主導で行われることが決定し、作戦に必要な機材・人員が第3新東京市に集められることになった。

なお、この作戦の成功率はMAGIにより89.6%である。






かくして、第5使徒殲滅の準備は始まった。




















余談ではあるが、会談終了後、葛城ミサトは「恥を掻かせた」と言って日向とその他の作戦部員を責めたが、責任者である彼女が命令するだけで何もしてなかったことが判明し、六ヶ月30%の減棒。さらに、会談中の数々の暴言がNERVに不利益を与えたとして、今後五年間の全面ボーナスカットが言い渡された。




















第弐拾弐話へ続く








[226] 第弐拾弐話 【 Der FreischUtz 】
Name: SIN
Date: 2005/05/23 23:36




ジオフロント内、NERV本部。

中央作戦室発令所へと続く通路を、黒服の一団が歩いていた。NERVが誇る保安諜報部の精鋭達だ。

しかし、歩いているのは彼等だけではなかった。その集団の中心には、黒服の男達に囲まれて発令所へと案内される、NERVの職員とは明らかに違う者達がいた。青年が三人、女性が一人、そして老人一人という構成である。




「まったく……物々しいのう」




老人が口を開く。




「仕方ありませんよ。 僕達は元々、ここに堂々と入れる立場じゃないですから」




太めの体格をした青年の一人が応える。




「せっカクのキョードウ作戦、もっとフレンドリーにイキタイですネ」




典型的な外国人の日本語を話す青年。まあ、彼は生粋のアメリカ人だが。




「まるで監視されてるみたいね………」

「気にするな。 俺達は任務を全うするだけさ」




そう言って女性を落ち着かせようとする青年。

彼等の名は、獅子王ライガ、牛山カズオ、スタリオン・ホワイト、卯都木ミコト、そして獅子王ガイと言った。地球防衛勇者隊ガッツィ・ギャラクシー・ガードのメンバーである。




















両組織のTOP会談終了から二時間後、NERV発令所にはGGGのメンバーがいた。共同で行う作戦を円滑に進める為、作戦参加要員の顔合わせを行っていたのだ。

別組織の、それも半ば敵対している組織の人間が堂々とこの発令所にいるということは、おそらく、NERV発足以来初めてではなかろうか。国連軍のお歴々は別として………。

だが、それは仕方のないことだろう。

いま現在、ジオフロントへ侵攻中の使徒『雷を司る天使 ラミエル』は、NERVの戦力だけではどうやっても倒せない。また、GGGだけでは第3新東京市に壊滅的な被害が出てしまう。

今回の作戦に関しては、この二つの組織の共闘は絶対条件であり、人類を――――― そして世界を救う為、全てのわだかまりを捨てなければならないのだ。

しかし、NERVの一部の者だけだが、それが判らぬ者がいる。

その代表者たる葛城ミサトは、凄まじくギラついた目で発令所に来たGGGメンバーを見ていた。

一方、そのGGGメンバーはというと、ある一人を除いて、いかにも申し訳なさそうな顔をしていた。

何があったかというと、原因は獅子王ライガにあった。あろう事か、このキテレツ老人は、発令所に『ジェットスケーター』で飛び込んできたのだ。これはライガ博士愛用の自作スケートボードで、ホバリング機能により空中走行が可能という、とんでもないものだ。因みに、ボードのデザインはアメリカGGGのマークをそのまま流用している。

突然のことに呆然となるNERV発令所のスタッフの面々。

ライガはそんなNERVスタッフを尻目に、「イ~~ヤッホウ!」と奇声を上げながら発令所内をグルグルと飛び回り、一通り満足すると、日向を始めとしたメインオペレーターの三人とミサト、そしてリツコとレイの目の前に スタッ と降り立った。「イエィッ!」とピースサインのオマケ付きで。

そのライガの行動を止めることができなかったGGGのメンバーは、何ともバツの悪そうな顔で発令所に入ることになったというわけだ。

こんな時くらい自重してくれ! という視線がライガを射抜く。

だが当の本人は、そんな事など気にも留めず、平然としていた。ピン! と張った口髭を弄りながら。




「では、作戦説明の前に自己紹介といこうかのう。 ボクちゃんは獅子王ライガ。 GGG研究開発部で主任をしとる」




何がボクちゃんよ………というミサトの表情。逆にリツコは、この老人が『GGG研究開発部主任』ということで、見る目が変わった。最初の印象があまりにアレだった為、ある意味馬鹿にしていたのだ。




「ワタシは、スタリオン・ホワイト。 同じく研究開発部所属デス。 スタリーと呼んでクダサイ」

「牛山カズオ。 GGG整備部オペレーターです」

「卯都木ミコトです。 GGG機動部隊オペレーターをやっています」

「俺は獅子王ガイ。 機動部隊隊長で、ガオガイガーを動かしている」

「ガオガイガー………ですか?」




初めて聞く言葉だが、もしやと思って聞き返すリツコ。




「使徒を二体倒した黒いロボット………と言えば判るじゃろう?」

「「「「!!」」」」




ライガがガイに代わって答えると発令所がざわめいた。




あのロボットのパイロットが目の前にいる!




ミサトの瞳に殺意の炎が灯る。自分の目的を邪魔する敵がそこにいるのだ。爪が食い込むほど拳を握り締め、ギリギリと歯を噛み締める。

ガイ達もミサトの視線の意味に気付いていた。だが、いくら憎まれようが退くわけにはいかないのだ。

少し遅れて、リツコもミサトの様子に気付く。話題を変えようと、慌てて自分達も自己紹介を始めた。作戦準備を前に、これ以上の関係悪化は不味い。




「で……では、こちらも。 私は赤木リツコ。 技術開発部に所属しております。 ………ほら!」




リツコに促され、渋々ながら口を開くミサト。




「………作戦指揮を担当しています。 戦術作戦部、葛城ミサト一尉です」

「………エヴァンゲリオン零号機 専属操縦者……綾波レイ……です」




レイとGGGのメンバーは既知の間柄だが、それはまだNERVに知られてはならない。あくまで、今日が初対面を装わなければならないのだ。




「それから、彼等がこの発令所のメインオペレーターです」




リツコがそう紹介すると、リツコ達の後ろに控えていた三人のオペレーターが椅子から立ち上がり、姿勢を正す。




「中央作戦室 及び 戦術作戦部所属、日向マコト二尉です」

「中央作戦室 及び 諜報部所属、青葉シゲル二尉です。 通信、情報分析を担当しています」

「伊吹マヤ二尉です。 赤木博士と同じく技術開発部に所属しています」

「私達がこの共同作戦の主な担当者です。 他にもサブのオペレーターや各種装備の整備担当者もおりますが、彼らに関してはそれぞれでやって頂くということで」




最後をリツコが締め括った。




「それはそうと、六分儀司令と冬月副司令の姿が見えんが?」




ライガは発令所の最上段を見た。世界の命運を決める作戦だというのに、NERV最高指揮官とその副官の姿はない。




「司令と副司令は、今回の作戦実行の為に各方面で骨を折って頂いております。 特に、戦略自衛隊には陽電子砲の件でいろいろと迷惑を掛けましたので」

「なるほど」




と、リツコの答えにライガは納得したが、実際には、働いているのは副司令の冬月だけだった。ゲンドウは憎々しいGGGなど見たくないのか、総司令室に籠っていた。情けない男だ。






〔敵シールド、第6装甲板を突破!〕






そうこうしている間にも、刻々と状況は変わっていく。




「では、さっそく作戦の最終確認といこうかの。 時間も迫っておるでな。 ………ミコト君」

「はい」




ライガに促され、ミコトは作戦概要が記載された書類を皆に渡していく。




「さ~て、そろそろオービットベースから通信が入るはずじゃが………」

「オービットベース?」

「GGGオービットベース。 それが我々の本拠地じゃよ」




ライガがリツコにそう答えていると、タイミングを計っていたかのように通信が入った。




「GGGから通信です」

「繋いで」




青葉の報告にリツコが指示を出す。

発令所の主モニターに、ボサボサ髪に着崩れた制服、それにサンダル履きといっただらしない恰好の男が映った。GGGチーフオペレーターの猿頭寺コウスケである。




〔ライガ博士、よろしいですか?〕

「OKじゃ。 では、作戦説明を猿頭寺君から」




博士と呼ばれたこのキテレツ老人に、レイを除いたNERVスタッフの視線が集中する。

皆が皆、「博士?」という顔をしている。

その視線の意味に気付いたガイ達は、「当然だよなぁ………」という表情で苦笑するしかなかった。




〔え~、初めまして。 GGG諜報部 及び メインオーダールーム・チーフオペレーターの猿頭寺コウスケです。 それでは説明させて頂きますが、まずは使徒の能力と現在の状況について確認します〕




猿頭寺がコンソールを操作してデータを呼び出す。GGGメインオーダールームとNERV発令所のモニターに、使徒のデータが映し出された。




〔今回の使徒の能力は、荷電粒子を加速させて撃ち出す加粒子砲です。 前回、前々回の使徒は近接戦闘を主としたタイプでしたが、今回の使徒は長距離戦闘に特化したタイプのようです。 その攻撃射程距離はおよそ20km。 その威力はガオガイガーの装甲を貫き、兵装ビルを一瞬で融解させます〕




モニターに映し出される使徒とガオガイガーの戦闘記録。




〔次に防御能力であるA.T.フィールドですが、これは加粒子砲と同程度の出力が観測されました。 このA.T.フィールドを貫いてダメージを与える為に必要なエネルギー算出量は、最低2億2500万kWの電力量だと計算結果が出ました〕




ピッ! と、使徒とボルフォッグの戦闘記録に画面が変わる。




〔次に現在の状況ですが、これはNERVが集めた情報と変わりません。 第3新東京市の中央部で移動を停止、そこから直径17.5mの巨大シールドにてNERV本部に侵攻中です〕




また画面が変わり、今度は使徒がドリル・シールドで地面を掘削している映像が出る。




「難攻不落の空中要塞ね。 ………で、あなた方が立てた作戦を聞きたいわ」




リツコが使徒のデータを映すモニターを見ながら、話を切り出した。




〔では、作戦説明に移ります〕




またも画面が変わる。今度は、何度も上空に現れた飛行艦と数体のロボット、そしてエヴァ零号機が映し出された。




〔参加戦力の確認です。 まずは、我々GGG。 ジェネシック=ガオガイガー、ゴルディーマーグ、ビッグボルフォッグ、それと超翼射出司令艦ツクヨミ、これらの三体と一艦が作戦に参加します〕




猿頭寺が名前を挙げるごとに、画面上に映った勇者ロボ達とツクヨミが点滅する。

リツコ達は、モニター画面と渡された書類を交互に見て確認していく。やっと手に入ったGGGの情報。漏れがあってはいけない。




〔NERV側からはエヴァンゲリオン零号機に参加してもらいます。 よろしいですね?〕

「………………」

「ミサト!」




作戦課長のミサトがいつまでも応えないので、隣のリツコが肘で突付く。




「………了解です」




自分の指揮で作戦を行えない悔しさからか、俯きながら低い口調で応えるミサト。

古い付き合いだ。リツコには、その気持ちが充分過ぎるほど判っていた。――――― が、私情は禁物だ。こと、命の懸かった作戦では。




〔次に、この作戦に使用する各種装備の確認です。 GGG側からはガジェットツールの一つであるボルティングドライバー、特殊ツールであるガトリングドライバー、そしてエネルギー確保の為のGSライド。 NERV側からは戦略自衛隊より徴発した試作型陽電子砲とエヴァ専用ポジトロンライフルを組み合わせた改造ポジトロンライフルを使用します。 各種装備のスペック等は書類でご確認ください〕

「GSライドは既にNERV本部内に運び終えました。 現在、GGG整備班とNERV技術開発部で調整作業中です」




整備担当の牛山が報告する。




「ふむ、ポジトロンライフルの状況はどうですかな?」




これが一番の問題点でもある。ライフルが使えないのなら、作戦は一から練り直しなのだ。ライガも気が気ではない。




「電磁光波火器担当の技術開発部技術局第3課が総出で作業しております。 GGG整備班の方々にも手伝って頂いてますので、非常に助かってますわ。 あと三時間で組み上がります」




技術部を統括するリツコの報告。




「何とか間に合いそうだな」




モニターに映し出される各所の状況に、ガイが独り言のように呟いた。




〔では、作戦の最終確認に入ります〕




発令所のモニターが作戦概要説明に切り替わる。




〔今回の作戦は、先にNERVが考案した超長距離射撃による一点突破作戦をベースに立案しました〕




俯いていたミサトが、バッと顔を上げた。怒りの表情で。




「ちょっと、あんた達! なに人の作戦、パクってんのよ!!」

「パクったとは人聞きが悪いのう。 そっちの作戦をベースにした方が判り易いと思ったんじゃがなぁ」




口を挟んだライガを睨むミサト。




「止めなさい、葛城一尉。 今はそんなくだらないことで揉めてる時間は無いわ!」

「リツコ、あんた!!」

「共同作戦をやると決まった以上、どっちの作戦をどう使おうと関係ないの。 要は作戦が成功すればいいんだから。 ………すみません、続けてください」




ミサトはリツコを睨むが、平然と無視する。慣れたものだ。




〔では、続けます。 作戦の概要ですが、先程述べたように高エネルギー集束帯による超長距離射撃でのA.T.フィールド一点突破ですが、これにより使徒を殲滅するのではありません〕

「「「「「??」」」」」




NERVスタッフの頭に疑問符が浮かぶ。




〔超長距離射撃にて狙うのはココです〕




モニターに映る使徒の映像にマーカーが表示される。そこは、ピラミッドを上下に合わせたような姿を持つ使徒のちょうど真ん中、合わせ目部分にあるスリットのようなところだった。




〔ココが使徒の攻撃手段である加粒子砲を放つ為に必要な機関、粒子加速器だと思われます。 ココを破壊して使徒の攻撃手段を沈黙させた後、ガオガイガーによるコア回収、及び 殲滅が今回の作戦です〕




そこでリツコはようやく合点がいった。




「なるほど………長距離射撃で使徒を殲滅しないのは、コアの回収の為ですか。 そう言えば、第3使徒の時も、第4使徒の時もコアを回収していましたわね。 何故なんです?」




当然の疑問だ。

GGGの目的が使徒を倒して世界を救うことなら、使徒の弱点であるコアを破壊すれば済むことだ。GGGのロボットが持つ超絶的な破壊力なら、使徒の身体ごとコアを破壊することもできる。

だが、GGGは敢えてそれをせず、使徒の身体からコアを抜き取ってから殲滅している。

何か別の目的があるのは明らかだ。




〔申し訳ありません。 その点は機密事項なので、オペレーターの私には答える権限が無いのです〕

「そうですか………」




確かに、チーフオペレーターの猿頭寺では、例え知っていたとしても、それを勝手に第三者に話す権限は無いだろう。リツコは諦めるしかなかった。




「何が機密よ! あんた達、何か企んでるんじゃないでしょうね!?」

「葛城一尉が疑惑を感じるのは至極当然じゃが、組織運営上、どうしても他に漏らせない情報というのは何かしらあるもんじゃ。 NERVもそうじゃろう?」




ライガの言うことはミサトにもよく判る。しかし、理解と納得は別だ。




「ふむ……まあ、見せるくらいならいいじゃろう。 猿頭寺君、研究モジュールの映像を出してくれんか」

〔よろしいのですか?〕

「大河長官も、いつか話さねば……… と言っておったからのう。 いい機会じゃわい」

〔判りました〕




ピッ! と画面が変わると、そこにはピンク色をした立体パズルの一部のような物体があった。




「あれは?」




リツコもミサトも、そしてNERVの全員が初めて見る物だ。 画面から目が離れない。




「あれは『コアクリスタル』と呼ばれる物じゃ」

「コアクリスタル………ですか?」




そう、とリツコの問いに頷くライガ。




「我々GGGの目的は、サードインパクトを防ぐこと。 そして、もう一つあるんじゃ」

「それは?」

「使徒と呼ばれる存在の完全消滅」

「!?」

「どういうことよ!!」




使徒への復讐が生きる目的でもあるミサトには、ライガの言った『使徒の完全消滅』という言葉が気になった。




「お主等のやり方でも確かに使徒は倒せるんじゃが、それでは倒すだけなんじゃ。 時間が経つと、また復活するんだな、これが」

「「!!」」

「使徒を倒し、その存在を消滅させるには、使徒のコアを『浄解』することで現れる本来の姿『コアクリスタル』を全て集めた『マスタープログラム』を破壊することが唯一つの方法なんじゃ」

「「浄解? マスタープログラム?」」




リツコもミサトも、そして他のNERVスタッフ達も、ライガが何を言っているのか理解できていない。全てが、いま初めて聞いた言葉なのだ。




「これが我々GGGの使徒のコアを回収する理由じゃ。 因みに、あそこにあるのは第3使徒と第4使徒のコアを浄解したコアクリスタルじゃ」

「「………………」」




途端に静かになった発令所。

もしGGGの言うことが本当なら、NERVが使徒を倒した場合、時を経て、また使徒が復活するということである。戦いがいつまでも続くことを意味していた。




「そ…そんな情報………いったい何処から?(まさか、裏死海文書?)」




いち早く立ち直ったリツコが、搾り出したような声でライガに訊ねる。




「さすがにこれ以上は話せんわい。 どうしても知りたいのなら、一つだけ方法があるぞい」

「それは?」




ライガはリツコに向き直り、姿勢を正す。




「赤木博士………GGGに来る気はないかの?」

「!!」

「な……なに言ってんのよ、このジジイ!!」




続いて復活したミサトが、ライガの言いように激怒する。

だが、リツコはそれを咎めた。




「ミサト! そんな言い方は失礼よ! ………申し訳ありません、獅子王博士」

「いや、気にしておらんよ。 ………で、どうかの?」

「私にNERVを裏切れと?」

「そこまでは言っておらんよ。 じゃが、君のような優秀な科学者が、ここで朽ちていくだけというのは、どうも忍びなくてのう」

「朽ちる? 私が?」




リツコの目が スッ と細まり、ライガを見る視線がきつくなる。
 
しかし、ライガは臆することなく見詰め返す。




「これは正式な要請、つまりヘッドハンティングじゃな。 その気があるのなら、このアドレスに連絡をくれたまえ」




胸ポケットから出した名刺をリツコに渡すライガ。




「このアドレスから、あなた方の基地が判るかも知れませんわよ」

「別に構わんよ。 うちの諜報部は優秀じゃて。 のう、猿頭寺君?」

〔はい〕




ポリポリと照れたように頭を掻く猿頭寺。なお、その頭から パラパラ とフケが零れ落ちるのを見て、思わずマヤが「………不潔」と呟き、それに猿頭寺が落ち込んだのはお約束。






〔敵シールド、第7装甲板に接触!〕






「おっと、本当に時間が無いのう」

〔作戦説明を続けます。 次に手順とそれぞれの役割ですが、ガオガイガー、ゴルディーマーグ、ビッグボルフォッグ、エヴァンゲリオン零号機、これら四体の連係プレイで第5使徒を殲滅します〕




モニター画面が切り替わり、作戦概要、ロボットの配置図、使徒の状況など、様々なデータが映し出される。




〔まず、先陣はガオガイガーに切ってもらいます。 使徒の0時方向、真正面から使徒に近付き、囮の役をかってもらいます〕

「了解だ」




ガイが頷く。




〔何故、主戦力のガオガイガーが囮なのかと説明しますと、これは射撃を担当するエヴァ零号機の配置場所が加粒子砲の射程圏内、使徒の後方 約12kmの位置というのが関係してきます〕

「使徒の射程は20kmでしょ! 危険じゃない!!」

「ミサト! これは仕方のないことよ。 獅子王博士に持ってきて頂いたポジトロンライフルの改造案でも、射程は約15kmが精一杯。 この12kmという数字は、確実に狙いを付けられる位置でありながら一番遠い距離ということなの。 これ以上離れてしまったら、狙いを付けても外してしまう確率が高くなってしまうのよ」

「くっ………!」

〔赤木博士、補足ありがとうございます。 改造したポジトロンライフルは完全に規格外の物になってしまった為、外した場合、二発目が撃てるかどうかはかなり微妙になってしまいました。 一発で決めるしかないのです〕




モニターに新たなデータが呼び出される。




〔今回の使徒は、明らかにガオガイガーを最優先攻撃目標と定めています。 第4使徒殲滅後、間髪入れず襲来した第5使徒は真っ先にガオガイガーを狙い、撤退した後は他には目もくれず侵攻を開始しました。 射程内にエヴァ零号機、そして超翼射出司令艦ツクヨミがいたにも関わらずです〕

「ガオガイガーが囮になることで、使徒の意識を零号機から逸らすという訳か!」




ガイが納得したという顔をした。




〔そうです。 ボルフォッグが集めたデータで、使徒は攻撃と防御を同時には行えないということが判りました。 この性質を利用して、使徒の加粒子砲をガオガイガーの防御フィールドで防ぐと同時に、使徒の6時方向、つまり真裏からエヴァ零号機の超長距離射撃で粒子加速器を破壊します。 使徒が加粒子砲を照射している間はA.T.フィールドが消失しているはずですから、確実に破壊できるでしょう。 これで使徒の攻撃手段を封じた後、ゴルディオンハンマーにより使徒のコアを回収して殲滅。 これで作戦終了となります〕

「使徒のA.T.フィールドが消失してるのなら、別にGSライドなんて使う必要なかったんじゃない?」




ミサトの疑問。最初の計画であった電力徴発でエネルギーは賄えたと主張する。




〔GSライドを使って使徒のA.T.フィールドを貫くだけのエネルギー出力を確保したのは、万が一にも零号機の攻撃に対して使徒のA.T.フィールド展開が間に合ってしまった時、それごと貫く必要性があったからです〕




猿頭寺の説明に「確かに、その通りね」と頷くリツコ。

一方、反論されて悔しがるミサト。――――― が、それに負けずに続ける。




「じゃあ、もし零号機の方に使徒の攻撃が来たらどうするのよ!」

〔零号機には、盾を装備したビッグボルフォッグがサポートに付きます。 この盾は、予め施された超電磁コーティングと連動してボルフォッグの特殊機能であるミラーコーティングを併用して発動させることができます。 これにより、加粒子砲の直撃に約25秒間耐えることが可能になりました〕




発令所のモニターに、GGGが開発した特殊盾が映し出された。




〔あと問題なのは、使徒が何処までガオガイガーの接近を許すか? ということです。 大気圏内での光学兵器の威力というのは、射手とその攻撃対象との距離に比例して低くなります。 最大射程と思われる20kmからの攻撃では、使徒はガオガイガーを倒すことができませんでした。 使徒はこれを学習し、射程よりも威力を重視した攻撃を仕掛けてくると我々は読んでいます〕

「なに言ってんの? 使徒にそんな知能ある訳ないじゃない。 ねえ、リツコ?」




ハン! と馬鹿にしたような表情で猿頭寺を見るミサト。




「いいえ、あながち間違いじゃないわ。 使徒に常識は通用しないわよ、ミサト!」




リツコの言葉に眉を顰めるミサト。味方に裏切られた気分だ。




「予測としては、どれくらいと見ていますか?」




今度はリツコから問う。




〔約10kmと見ています。 予測される加粒子砲の威力が、ガオガイガーの防御フィールドであるプロテクトシェードを貫くものになるのがこの距離でしょう〕

「ちょっと待ってよ! それじゃあ囮なんてできないじゃない!!」




ミサトの言うことも当然だ。囮を務めるからには攻撃に対する防御方法が確立していなければならないのだ。どうするというのか。




〔それについては、プロテクトシェードを超える防御フィールドを使用します。 ガジェットツールのボルティングドライバーには、それを造り出す機能が確認されております〕




モニター画面が切り替わり、ボルティングドライバーのデータが映し出される。




〔他に質問は?〕

「「「「……………」」」」




ここまで詳細に説明されては、GGG側はもちろんのこと、NERV側にも言うことはなかった。




〔これで作戦説明を終わります。 ライガ博士、後はお願いします〕

「うむ! ご苦労だったな、猿頭寺君」

「あ……あの、獅子王博士」

「何かな、赤木博士?」

「ガオガイガーのパイロットがそちらの獅子王機動隊長だということは判りましたが、その他のパイロットも紹介して頂きたいのですが」

「ああ、そうじゃった。 では、紹介しよう。 猿頭寺君」

〔はい〕




またもや画面が切り替わると、そこにはオレンジ色のごついロボットと紫の忍者ロボがいた。




〔よう。 俺様がゴルディーマーグだ。 よろしくな〕




オレンジ色のロボットが挨拶し―――――




〔初めまして。 ボルフォッグと申します。 以後、お見知りおきを〕




続いて忍者ロボが挨拶した。




「「「「………………」」」」




再び発令所が静まり返った。




「どうしたんだ?」




ガイ達が周りを見回す。




「………ロボットが……喋った?」




マヤが信じられないといった表情で呟く。




〔んだぁ!? ロボットが喋っちゃあいけねぇのか!?〕

「ひっ!!」




まさか聞こえるとは思わず、ゴルディーマーグの怒声に首を竦めるマヤ。




「止めろ、ゴルディー!! 済みません、伊吹さん。 口は悪いけど、いい奴なんです。 許してやってください」




ガイは、そう言って伊吹に頭を下げる。




「え? あ、いや……ちょっと驚いただけです。 こっちこそ済みません、ごめんなさい」




マヤもガイとゴルディーマーグに頭を下げた。




「ロボットがちゃんと受け答えをするなんて凄い技術ですわね、獅子王博士」




気を取り直したリツコがライガに話し掛ける。




「彼等は超AIにより自律行動が可能なんじゃ。 つまり、自我を持っておるんじゃよ」

「こんな技術を一体どうやって………?」

「赤木博士。 まだ、あの話は有効ですぞ」

「知りたければこちらに来い、と?」

「それは、あなたの意思にお任せしますぞい」






〔敵シールド、第7装甲板を突破!〕






敵は、すぐそこまで迫ってきている。余裕に浸る暇は無くなった。




「時間が無い! この世界を守る為にも、俺達は絶対に負けられない! 行くぞ、みんな!!」

「「「「「おう!!」」」」」




ガイの一言が準備開始の合図となった。――――― が、これに応えたのはGGGメンバーとモニター画面に映っていた二体のロボットだけだった。

当初、GGGの士気の高さにNERVはついていけなかった。

しかし、少しずつ影響され始めたのか、徐々に作戦進行のペースは上がり、作戦開始時刻には全ての準備が完璧に整うのだった。

作戦名は【オペレーション:Der FreischUtz(デア・フライショッツ)】に決まった。これは18世紀の音楽家、カール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲した歌劇【魔弾の射手】の話(ストーリー)に因んだものである。




獲物を狩る為に魔王と契約し、必中の弾丸を手に入れた狩人。

ここでの獲物とは『使徒』 それを撃つのは狩人『エヴァンゲリオン』 そして、銃弾を与えし魔王とは――――― 『破壊神ジェネシック』




なんと相応しい作戦名だろうか。




作戦開始時刻は午前0時00分00秒。使徒のドリル・シールドが全ての防御装甲板を突破する予定時刻の約7分前である。




















第弐拾参話へ続く










※お断り

題名と、本文中にある作戦名の【Der FreischUtz】ですが、掲示板の文字表記の関係で、本来のスペルとは違っています。
予めご了承ください。






[226] 第弐拾参話 【 激戦! 第3新東京市 】
Name: SIN
Date: 2005/05/27 02:40






       ♪


森々の獣ども 牧場の畜生ども



                                    ♪


空を駆ける荒鷲にいたるまで



                  ♪


勝ち鬨は我らが物なるぞ



    ♪


角笛よ 高々と鳴れ



                            ♪


角笛よ 森々に響け



             ♪



カール・マリア・フォン・ウェーバー作【魔弾の射手】から
第2場『おお 太陽の昇りゆくことこそ我が恐怖なり』より






























まもなく作戦開始時刻。 徐々に準備が整っていく。

使徒ラミエルの後方 約12kmの地点に、エヴァ零号機は配置された。 そこが、改造ポジトロンライフルで狙いが付けられる最大射程だからである。

その零号機の傍らに設置されたタラップの上には、体育座りで何か思い詰めたように俯く、プラグスーツ姿のレイがいた。 両膝で頭を挟むような格好の彼女を、夜空に煌々と輝く満月が照らしている。




――――― レイ」




突然 声を掛けられ、ビクッ! と身体を震わすレイ。 俯いていた顔を上げ、後ろを向くと―――――




「………お兄ちゃん?」




そこには笑顔のシンが立っていた。




「驚かせた? ごめんね」

「………ううん」




気にしないで、とレイは首を横に振った。




「………どうしてここに? 関係者以外は―――――

「だから、ホラ」




シンは着ている服を指差す。




「………あ」




それはGGG整備員の作業服だった。




「ボルフォッグから連絡があったんだ。 レイが元気ないみたいだって。 だから、ちょっと様子を見にね」




シンは、そう言ってレイの横に座ると、くしゃっ と彼女の頭を撫でた。 その心地良さにレイは目を細め、兄の肩に頭を預けて甘える。




「………前もこんなだったよね」

「え?」

「月がとっても綺麗でさ」




シンに言われて、レイは初めて月の存在に気付いた。 そう言えばそうだったと、いま思い出した。




「気付かないほど緊張してたの?」

「………うん」

「大丈夫だよ。 僕だって出来たんだ。 照準を合わせて引き金を引くだけ………簡単だよ。 それにGGGのみんながサポートしてくれる。 だから、そんなに緊張することはないんだ」




シンの優しい励ましがレイの心に染み渡っていく。 今まで感じていた心の強張りが、ウソのように解けていった。




「………ありがとう、お兄ちゃん。 もう……大丈夫」

「そう?」

「うん」




頷いたレイの表情は晴れやかで、先程まで俯き悩んでいた少女と同じとは、とても思えない。

そんな彼女だが、まだ甘え足りないのか、再び兄の肩に頭を乗せようとする――――― と同時に、ピピッ! とプラグスーツに内蔵された時計のアラームが鳴った。




「………時間だわ」




レイは、名残惜しそうにシンから離れ、立ち上がる。




「気を付けてね、レイ」

「うん。 ………いってきます、お兄ちゃん」




イジェクトされたエントリープラグに乗り込むレイ。




「渡すのは後でいいか………」




レイを見送ると、シンはスキル=レリエルでその場を離れた。




















時の歩みというものは無常だ。 緩まる事も早まる事も、そして止まる事もなく、ただ淡々と進んでいく。

それを象徴するように刻一刻と作戦開始の時が迫る中、第3新東京市の中央部に陣取る第5使徒ラミエルから約25km離れた上空に、GGG旗艦『超翼射出司令艦 ツクヨミ』は待機していた。 その甲板には、巨大なハンマーを装備した黒き破壊神が見える。




「ジェネシック=ガオガイガー・ゴルディオンハンマー装備形態、出撃準備完了!」




ツクヨミ艦橋のミコトの報告。

その彼女が座るオペレーター席の後方にある指揮官席には、モヒカンヘアがトレードマークの火麻ゲキ作戦参謀の姿があった。

NERV発令所にいなかった彼が何故ここにいるかというと、実は本来、彼はライガやガイ達と一緒にNERV本部へ向かうはずだった。

しかし直前になって、彼は行くのを止めた。

理由は「既にサキエル戦での通信で、顔合わせは済んでいる」と言うことであるが、本心は違った。




『葛城ミサトと会いたくない』




ただ、それだけである。 同じ作戦指揮官として、彼女の自己中心的な言動や行動に我慢ができなかったのだ。

顔を合わせれば喧嘩になる。

そう考えて、火麻は行くのを止めた。

ガイ達もそれが判っていたので、取り立てては何も言わなかった。




「エヴァ零号機の準備は?」




火麻が最終確認を行う。




「ファーストチルドレン・綾波レイの搭乗を確認。 使徒の後方 約12kmにおいて待機中」

「ポジトロンライフルは?」

「整備完了との報告です」

「GSライドはどうだ?」

「出力97%で安定。 現在、エネルギー出力約2億5400万kWを計測」

「ビッグボルフォッグ! 零号機のサポート、頼んだぞ!」

「了解です、火麻参謀」




そう答えたビッグボルフォッグの傍らには、ライフルを構えたエヴァ零号機と、その銃身から伸びる幾重ものエネルギーコードがあった。

そのコードの行き着く先、零号機の後方 約400mの所には、エネルギー源であるGSライドと、それを制御・サポートするNERVの指揮車が停まっている。

その中で待機するNERVの作戦指揮官・葛城ミサトは、使徒が映るモニター画面を険しい顔で見詰めていた。 この作戦準備中、彼女は必要最低限のことにしか口を開いてはいない。

同じく指揮車に乗り込んで、NERVオペレーター三人組とシステム調整をしていた赤木リツコ博士は、そんなミサトの様子に嘆息すると、一瞥してすぐ仕事に戻った。 戦闘開始まで、あと僅か。 彼女の気持ちは判るが、今は構ってなどいられない。

しばらくして、作戦準備を進めている整備作業班から準備完了との報が届く。 リツコはそれを、後から指揮車に合流した獅子王ライガに伝えた。




「獅子王博士、作戦準備完了です」

「お疲れ様です、赤木博士。 ………まもなく……ですな」

「ええ」




ライガとリツコが見詰めるモニターには、幾つもの照明に照らされた使徒ラミエルとデジタル表示の時刻が映っていた。

最後の仕上げとばかり、オペレーター三人組は各所の状況を確認していく。

そして時刻は、午後11時59分50秒を示した。




















「時計合わせ………どうぞ!」




NERVオペレーター・日向マコト二尉が作戦開始のカウントダウンを始める。




「3………2………1………0!」

「作戦スタート!!」




それに合わせ、ミサトが作戦開始の号令を出した。 『これだけは自分がやる!!』と強行に主張していたのだ。




「よし、行くぞ! ガジェットフェザーァァァッ!!」




先陣を務めるジェネシック=ガオガイガーは、ガジェットガオーのウイング部である八枚の羽根を展開し、緑の輝きを煌めかせながら月光の夜空に躍り出る。 問題なく飛び立ったところを見ると、修理は完璧に終わっているようだ。

NERV発令所ではゲンドウと冬月が、GGGオービットベースでは大河、猿頭寺、スワンが見守る中、遂に第5使徒殲滅作戦が開始された。




















 ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンン…………






ラミエル中央部のスリットが輝き出す。 荷電粒子の加速を始めたのだ。

ガオガイガーとの相対距離は約10km。 この時点で粒子加速を開始するということは、GGGの予測通り、雷の天使は『射程』よりも『威力』を取ったということだ。 確実にその存在――――― ガオガイガーを破壊する為に。




「目標内部に高エネルギー反応!」




ツクヨミ艦橋でデータ収集を行っていた牛山が、使徒の動きを捉えた。




「円周部ヲ加速! 集束させてイキマス!」




同じく、スタリオンも報告を入れる。




「ガイ! 加粒子砲が来るわ!!」




ミコトが叫ぶ。 ガイもラミエルの動きに気付いていた。




「了解!! ガジェットツールッ! ボルティングッ……ドライバーァァッ!!」




尾の一部が分離・合体して形を成すと、ガオガイガーの左腕にボルティングドライバーとなって装着される。




「プロテクトッ……ボルトォォッ!!」




左肩部を構成するプロテクトガオーから、光のボルトが撃ち出された。






 ビカッ!!!






ラミエルより放たれた光の奔流が、ガオガイガーに襲い掛かる。だが―――――




「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」




ボルティングドライバーの先端部に装着されたプロテクトボルトは、加粒子砲の射線軸上の空間にネジ込まれた。 Gクリスタルから装填されたジェネシックオーラはプロテクトエネルギーに――――― さらにそれからプロテクトフィルムに変換され、ガオガイガーの前面に湾曲空間を利用した強力な防御フィールドを創り出した。






 ドガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!






フィールドに防がれた加粒子砲が、轟音を立てて弾かれる。




「タブリスの結界をも凌ぐ絶対防御フィールド! お前如きの攻撃では破れない!!」




ラミエルの加粒子砲は、前回の攻撃よりも確実に威力が増している。 しかし、プロテクトボルトにより展開された防御フィールドは、それを完璧に防いでいた。




「ミコト! 今だ!!」

「了解! 零号機、ポジトロンライフル射撃用意!」




ラミエルを挟み、ちょうどガオガイガーの反対側に位置する場所では、既に零号機の準備が整っていた。 ライフルの銃口は、粒子加速器と思われる部分に狙いを付け終わっている。




「………了解」




インダクションレバーを握るレイの手に力が入る。 それは零号機に、ポジトロンライフルの引き金に指を掛けるイメージとなって伝わった。




「GSライド、フルドライブ!」

「全エネルギー、ポジトロンライフルへ!!」




マヤ、青葉、日向。 オペレーター三人組の報告と指示が飛ぶ。




「撃鉄起こせ!!」




ガシャッ! という音と共に、ライフルへエネルギーが装填される。 後はそれを撃ち出すだけだ。




「射撃、10秒前! ………9………8………7………」




カウントが開始される。 だが、状況は皆の予測を超えた。

突如としてガオガイガーに向けられていたラミエルの攻撃が止み、再度の粒子加速が始められたのだ。




「何じゃとっ!?」




驚愕するライガ。 隣のリツコも同様だ。




「目標は射撃対象を変更! 零号機に照準を向けています!!」

「バレた!?」




マヤの報告にミサトの表情が歪む。

実際のところ、ラミエルは零号機に気が付いていなかった。 いや、最初から気にしてなどいなかった。 自分を脅かす存在は、目の前の『破壊神ジェネシック』なのだ。奴が途轍もない攻撃力を持っているのは判っている。 ならばこそ、一撃で葬る。 それしか考えていなかった。

しかし、ラミエルは自分の背中にドス黒い殺気を感じた。 意識を集中させると、黄色い巨人の後ろに殺気の源を感じる。 その主の名は、葛城ミサトと言った。

皮肉な話である。 使徒への復讐が生きる目的の彼女が、使徒殲滅を邪魔したのだ。




「レイ! 撃ちなさい!!」




怒号のようなミサトの命令。

だが、ライガは気付いた。




「ダメじゃ! 向こうの方が早い!!」






 ピカッ!!






絶望を誘う一条の光が零号機を襲う。




「(………お兄ちゃん)」




レイは恐怖に慄き、思わず目を瞑った。 が―――――




「そうはさせません! ミラーコーティング!!」




零号機の前に一体の人影が現れる。 ビッグボルフォッグだ。






 ズババババババババババババババッ!!






加粒子砲は、ビッグボルフォッグの盾と鏡面装甲に弾かれていた。




「!!」




レイは、驚きに目を見張った。




「そう長くは持ちません! 私に構わず撃ちなさい、綾波レイ!!」




ビッグボルフォッグは、レイに攻撃を促す。しかし―――――




「………だめ……あなたが…死んでしまう………」

「私のことは心配いりません! 早く!!」

「………でも」

「(撃つんだ、レイ!!)」

「お兄ちゃん!?」




突然、レイの頭にシンの声が響いた。 この時、誰も気付いていなかったが、スキル=アラエルの光が零号機を淡く包んでいた。




「(ボルフォッグの意志を無駄にしちゃダメだ!!)」

「………判ったわ」




既にカウントは0になっていた。 レイは照準ゴーグルを降ろし、狙いを付ける。

狙うは一点――――― 粒子加速器!!




「………くっ!!」




レイはレバーのボタンを押す。 同時に、零号機が引き金を引いた。






 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!






ポジトロンライフルから放たれたエネルギーは、一直線にラミエルへ向かう。

しかし、ラミエルは瞬時に加粒子砲の攻撃を中断し、A.T.フィールドを展開した。




「何ですって!?」

「バカな! こうまで反応が早いとは!!」




リツコもライガも、この光景が信じられなかった。 データが間違っていたとは思えない。 だからと言って、こんな短時間での自己進化など考えたくもなかった。






 ズガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!






ポジトロンライフの攻撃も、先のラミエルの攻撃と同じように防がれる。




「なんて強力なA.T.フィールドなの!!」

「くっ………! これまで……か………」




リツコ、そしてミサトを始めとしたNERVスタッフの一同は既に諦めていた。 しかし―――――




「まだだ! 諦めるんじゃねぇっ!」




ツクヨミから火麻の怒号が響く。

そう、GGGの隊員達は誰も諦めていなかった。 勝利を信じて――――― そして、勇気を信じて。




















シンは、スキル=レリエルでGSライドのところに来ていた。




「………Gストーンは、絶対に諦めることをしない勇気ある者に無限の力を与えてくれる生命の宝石だと、ガイさんは言っていた。 ………それなら!」




シンは加熱しているGSライドに両手を添える。 シュウゥゥ……… と手の肉が焼け、激痛が襲ってくるが構わなかった。




「ぐうっ! ………Gストーンよ! 僕達の心を感じ取れ! 勝利を………生命に満ち溢れた平和な未来をこの手に掴むまで、僕達の勇気は死なないっ!!」




シンの呼び掛けに反応したのか、GSライドに組み込まれているGストーンが輝きを増す。 限界以上に紡ぎ出されたエネルギーが、さらに溢れ出す。




「これは!?」




指揮車のオペレーター・伊吹マヤが、過剰なまでのGSライドの反応を捉えた。




「GSライドの出力が200%を超えました!!」

「そんな!?」

「ヒャッホゥッ!!」




リツコは、突然の有り得ない事態に驚愕し、ライガは奇跡が起きたことを素直に喜んだ。

レイは感じ取っていた。 Gストーンのエネルギーが自分を後押ししてくれることを。 シンの心を――――― シンの勇気を――――― みんなの勇気を感じていた。




「………お兄ちゃん」




レイは、再び引き金を引く。






 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!






ポジトロンライフルはそのエネルギーの全てを束ね、希望の光を――――― ラミエルにとっては絶望の光を放った。

光の矢は、A.T.フィールドなど最初から無かったかのように粒子加速器を貫いた。






 ドゴオォォォォォォォォォォォォォォン!!!






衝撃により、下部のドリル・ブレードが折れた。 クリスタル型の本体は、宙に浮かぶ力すら無くしたのか、傷口から炎を上げながら地上へ崩れ落ちていく。




「やったぁ!!」




GGGもNERVも歓声に包まれる。 しかし、まだ作戦は終わっていない。

使徒にトドメを刺す為、ガオガイガーが動く。




「よっしゃぁ! ミコト!!」

「了解! 座標軸固定………」




艦橋からのオペレートにより、ツクヨミのコンテナブロックに格納されていた装備が、ツクヨミ両翼のミラーカタパルトにセットされた。 作戦において予め使用が決まっていた装備の為、その動きには何の澱みも無い。




「ガトリングドライバー・キットナンバー05(ゼロゴー)、イミッショォォォン!!」




ミコトは、オペレーターシート背面に設置されているパッドを、裏拳で殴りつけた。 瞬時にミラーカタパルトから二つのドライバーキットが、電磁加速により射出される。 それらが接合して『ガトリングドライバー』を完成させると、それはガオガイガーの左腕にドッキングした。




「ガトリングッ……ドライバーァァァッ!!」




ガトリングドライバーは、『ディバイディングドライバー』に改良を加えたツールである。

ディバイディングドライバーとは、GGG研究部が開発したハイテクツールの一つで、空間を湾曲させる『レプリションフィールド』と、反発力場である『アレスティングフィールド』を時間差で発生させることで、見かけ上は何も障害物が存在しない巨大空間、ディバイディングフィールドを形成することができる。 元の世界での原種大戦時は、このハイテクツールのおかげで市街地戦での被害を最小限に食い止められたのだ。

一方、ガトリングドライバーはこれに改良を加え、能動的な回転運動をする湾曲空間を連続で発生させるのだ。 その結果、湾曲空間内の物体固有の運動量は、膨大な角運動量に吸収され、その一部となり、行動不能に陥ってしまう。 この性質を利用して敵の動きを封じ込めるのが、このツールの本来の使い方である。

しかし今回は、この空間湾曲の性質を利用して、本来とはまったく違う使い方をした。 調整は非常に困難を極めたが………。




「空間圧縮!!」




ガトリングの名に相応しく、高速回転するドライバーの先端部。 それに巻き取られるように、ラミエルとガオガイガーの間の空間が急激に圧縮されていく。 景色は歪み、両者の距離が限りなく近付く。

すると、ガオガイガーはこの圧縮された空間に躊躇いなく飛び込んだ。




「空間開放!!」




今度はドライバーの先端部を先程とは逆に回転をさせ、圧縮を開放する。 空間が元に戻ると、ガオガイガーは10km以上離れていたラミエルとの距離を一瞬で移動していた。

これは、圧縮した空間を元の状態に戻す反動によって自らを高速移動させる『亜光速移動技術』である。

ラミエルのコアを抜き取る為には、その間合いまで近付かなければならない。 しかし、約10kmもの距離は、ジェネシックの力を持つガオガイガーをもってしても時間が掛かる。 粒子加速器が再生してしまう前に殲滅しなければならないのだ。

NERVの前でシンのスキル=レリエル――――― ディラックの海は使えない。

空間移動能力があるES兵器を持つジェイアークはヨーロッパ。

一瞬でラミエルに近付くには、この方法しかなかったのだ。

ラミエルは、突如として目の前に現れたガオガイガーに戸惑った。 A.T.フィールドを張ることすら忘れていた。




「ゴルディオンッ……ハンマーァァァァッ!!」




ガオガイガーの全身が、眩いばかりの黄金色に包まれる。

零号機の攻撃でラミエルの正八面体の身体は一部が完全に砕けており、その内部に赤く輝く球体が見えた。




「そこだぁぁっ! ハンマーァァッ……ヘルッ!!」




コアを確認したガオガイガーは、マーグハンドから抜き出した光の釘をコアに突き立て―――――




「ハンマーァァッ……ヘブンッ!! うおぉぉぉぉっ!!」




そして、一気に引き抜く。

光の釘が消滅し、コアはガオガイガーの左手に確保された。




「ラミエルよ! 光に……なれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」




振り下ろされた黄金の鎚より発生した重力衝撃波が、ラミエルの身体を欠片一つ残さず光の粒子に変換していく。 粒子は夜空に舞い上がり、その残滓は、月とはまた違う光で天空を照らした。




















こうして第5使徒ラミエル戦は終了した。 それと共に、限界以上の力を発揮したGストーンがその役目を終え、輝きを失う。




「ありがとう。 ご苦労様………」




シンの労いの一言に応えるように、緑色の煌めきが月光の夜に溶けていった。




















ラミエルが完全に消えたことを確認すると、GGGは第一種警戒態勢に移行し、オペレーター達はすぐさま、第3新東京市から半径30kmの範囲にあるA.T.フィールド反応を走査(スキャン)した。 同じ轍は二度と踏まない。 これがGGGの強さの一つ。




パターン青、反応無し。




そこでようやくGGGは緊張を解いた。

NERVは、そんなGGGの行動に気付くことなく、ラミエルが殲滅されて作戦が成功したことをただ喜んでいた。

ここに、NERVの使徒戦における意識の低さが改めて露呈した。

当然だろう。 NERVの実戦経験は、この使徒戦を含めて三回だけ。

それに対してGGGは、元の世界で数十体ものゾンダー、そして使徒と同等か、それ以上の力を持つ機界31原種を倒し、三重連太陽系ではソール11遊星主をも倒してきた。 戦闘経験において圧倒的な差がある。 所詮、NERVは研究機関あがりなのだ。

この差が戦闘における意識の違いに繋がり、意識の違いは強さの違いに繋がる。 これを正さない限りNERVはGGGに敵わない。 それに気付いたのは、赤木リツコただ一人であった。




















使徒戦の勝利に沸き返る中、レイは自分を庇って傷ついたビッグボルフォッグの傍に来ていた。 ビッグボルフォッグの機体装甲は加粒子砲の熱でドロドロに熔け、盾は言うに及ばず、両腕を構成していたガンマシンは跡形も無く破壊されていた。

余熱の所為で周辺はまだかなり熱かったが、今のレイにはそんなこと関係なかった。




「………ボルフォッグ」




レイが呼び掛けると、それに反応するかのようにボルフォッグの両目に光が灯る。




「………ご無事でしたか?」




幸いにもボルフォッグの超AIやGSライドは無事だった。 機体を修理すれば、問題なく動けるようになるだろう。




「………どうして?」

「??」




ボルフォッグは質問の意味が判らなかった。




「………どうして私を庇ったの? ………命令だから?」




ああ……… と理解するとボルフォッグは―――――




「共に戦う大切な仲間を助けるのに、理由など要りません」




心のままに答えた。




「………………」




すると、途端にレイは俯いてしまった。




「レイ嬢?」




何か余計なことを言ったのか? と、ボルフォッグは不安になる。

しかし、それは杞憂だった。




「………ごめんなさい……こんな時………」




涙が零れる。

レイは嬉しかった。 とてもとても。

守られるだけではない。 共に戦う仲間だと皆に認められていることが、とても嬉しかった。

こんな時は、どうしたらいいのだろう………。




「笑ってください、レイ嬢。 あなたは泣き顔より、笑顔の方がよく似合う」




レイは俯いた顔を上げ、ボルフォッグを見た。 彼の言葉は、前の世界で聞いた『想い人』の言葉を思い出させた。




「………ありがとう……ボルフォッグ………」




礼と共に笑顔を浮かべるレイ。

それはかつて、シンが――――― 碇シンジだけが見た至上の笑顔。




「それが何よりの褒美です」




女神の微笑み。

それは、ボルフォッグが元の世界に帰還してもメモリーから消されることはなかった。




















そこから少し離れたところにある山頂に建てられた鉄塔の上。 蒼銀の髪をなびかせる少女が一人。




「………さすが……と言うべきかしら………? やっぱり、この程度じゃ……無理のよう……ね………」




少女は クスッ と微笑み、GGG整備員の恰好をした少年を見た。 かなり距離が離れているにも関わらず、少女には彼の姿がはっきりと見えていた。




「また会いましょう………碇くん」




そう言うと少女は、何の躊躇いも無く鉄塔から飛び降りる。 数十メートルの高さからのダイビングを無事に着地すると、そのまま山林の闇へと消えていった。




















さらにそこから少し離れた空域。 宙に浮かぶ一体の人影があった。




「………ふん……何をしようと、所詮は我等が手の内………せいぜい足掻くがいい、ジェネシック……そしてGGG………」




四枚の羽根を広げた白衣の男は、そのまま虚空へと消え去った。




















第弐拾肆話へ続く








[226] 第弐拾肆話 【 この手に望む、不変なる日常 】
Name: SIN
Date: 2005/05/29 20:45




ジオフロント内、NERV本部。総司令官公務室。

時刻は、通常の就業時間がとっくに過ぎた真夜中。しかし、この部屋の主である『髭男』こと六分儀ゲンドウはここにいた。いつも傍らに控えている『電柱爺』もオヤスミの時間なのに。




「また君に借りができたな」




受話器を左耳に当てて口を開くゲンドウ。どうやら電話中のようだ。

向こうからは、若い男の声が返ってくる。




〔返すつもりもないんでしょ? 彼等が情報公開法をタテに迫っていた資料ですが、ダミーも混ぜてあしらっておきました。 政府は裏で法的整備を進めていますが、近日中に頓挫の予定です。 ………で、どうです? 例の計画の方もこっちで手を打ちましょうか?〕




そう訊かれ、ゲンドウは改めて手元の資料に視線を落とす。




「いや、君の資料を見る限り問題はなかろう」

〔では、シナリオ通りに………〕




相手は電話を切ろうとしたが、ゲンドウが呼び止める。




「時に……GGGの調査はどうなっている?」

〔いや……まあ………情けない話なんですが、足取りがまったく掴めません。 先日、共同作戦を行われたのでしょう? そちらの方がお詳しいんじゃないですか?〕

「………………」




情報規制を掛けていたはずだ。それなのに、この男は何処で仕入れてきたのだ? 肝心の情報は何も掴めていないくせに………。

苦々しく思うゲンドウ。




「………役立たずに用はない」

〔心しておきます〕




プツッ! と電話が切れた。

受話器を置き、ゲンドウはいつものポーズをとる。




「GGGめ………」






 ギリッッ!






耳が痛くなる程の静寂に包まれた部屋に、髭の歯軋りが響いた。




















午前7時。

綾波シン、起床。目覚まし時計のベルが鳴り響く前に目を覚ます。昔からの癖だ。

まずトイレ。その後、顔を洗い、歯を磨く。

スッキリした表情でダイニングに行くと、鼻歌まじりに朝食の準備をする母親がいた。




「おはよう、母さん」

「あら、シン。 おはよう」

「何か手伝おうか?」

「なら、いつものようにね」

「はいはい」




シンは、ダイニングを出てレイの部屋に向かう。

いつものように―――――― それはレイを起こすことである。一緒に暮らし始めてから判ったことだが、彼女は、重度の低血圧であった。






 コンコン






…………………………………………………………………。




返事がない。もう一度ノックするが同じ。寝ているようだ――――― って、終わってどうする。

いつものことなので、シンは遠慮することなくレイの部屋に入った。

バシャッ! とカーテンを開け、朝陽の光を部屋に採り込む。

いきなり明るくなったので、眩しさに反応し、ムズがるレイ。布団の中に潜り込もうとする。

その様子が何とも言えず、 可愛いなぁ~……… と顔がニヤけてしまうシン。しかし、いかんいかん、と頭を振り、我に返る。これもいつものことだ。




「レイ、朝だよ。 起きて」




身体を揺さぶる。

薄っすらとレイの目が開いた。




「おはよう、レイ。 朝だよ」




シンの挨拶に反応するように、ゆっくりと起き上がるレイ。




「………おはよう……おにいちゃん………」




ちゃんと挨拶はしたものの、まだ目がトロンとしているレイ。




「おはよう。 もうすぐ朝御飯だから、早くシャワーを浴びてきて」

「………うん」




そう返事すると、レイは ボフッ と布団に倒れ、再び夢の世界の住民となる。

これもいつものことなので、シンは嘆息してレイの手を取り、無理やり起こした。半分寝惚けたままのレイを洗面所 兼 脱衣所に連れて行く。

――――― と、その途中でペンギンとすれ違った。




「あ……おはよう、ペンペン」

クワァァッ




右手(羽?)を上げ、挨拶するペンペン。湯上りなのか、肩から手拭いを掛けている――――― って、何故ペンペンが??




話は、数日前に遡る。




















ある日の早朝、マイがゴミを出しにゴミ捨て場に行くと、生ゴミを漁っているペンペンを発見した。シンの記憶を見ていたので、すぐに『あのペンギンだ』と気付いたマイは、笑顔でペンペンに近付き―――――




「そんなにお腹が空いているなら、うちに来る?」




と、話し掛けた。

滝のように涙を流してマイの胸に飛び込んできたペンペンを家へ連れて上がると、彼女はまず、汚れたペンペンの身体をお風呂で綺麗にして、それから腹いっぱい御飯を食べさせた。

久しぶりに食べるマトモな御飯を、貪るように食べるペンペン。

お腹がふくれて満足したペンペンは、見事なジェスチャーでマイにお礼を言う(表す)と共に、先日まで自分の置かれていた状況を説明し出した。

自分が今まで住んでいた所は、既に『夢の島』となっており、生物が住める状況ではなくなったと言う。ここ二週間、何も食べていなかった彼は、意を決し、あの人外魔境から脱出してきたというのだ。

マイはシンとレイに事情を話し、ペンペンを引き取りたいと相談した。二人とも快く承諾したので、晴れて彼は綾波家の一員となったのである。

因みに元の飼い主は、最後の最後まで、ペンペンがいなくなったことに気付かなかった。




















「いただきます」

「………いただきます」

クワワッ

「はい、召し上がれ」




シンと、シャワーを浴びてスッキリ目が覚めたレイ、そしてマイとペンペンが揃って朝食を取る。食事は、余程のことがない限り、家族一緒に取る。それが『碇家』の家訓らしい。

ごく普通の家族の朝。傍でペンギンが魚を頬張っていることを除けば。




「今日、本当にいいの? 忙しいんじゃない?」




シンがマイに話し掛けた。




「なに言ってるの? 大事な進路相談じゃない。 私が行かなかったらお父様が来るわよ。 いいの?」

「お祖父さんが? あのテンションで来られるのは……ちょっと………」




ソウイチロウがシン達に会う時は、いつも異常なくらいハイテンションだった。まあ、十数年逢えなかった娘と孫達だ。仕方がないだろう。




「そういうこと。 それにね、子供の進路相談に親が行くのは当然のことよ。 親にとっても楽しみなんだから。 こういうのはね」

「そ……そういうものなの?」




『親の楽しみ』というところが今一つ判らなかったが、無理やり納得して食事を続けるシン。

レイは何も言わなかったが、母が来てくれるということで内心嬉しいレイであった。

和やかな雰囲気で食事が進んだ。






















 ピンポ~~~ン!






朝食も終わり、マイは洗い物、シンとレイが学校へ行く準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。




「はい」




マイがインターホンに出る。




「あら、おはよう。 ………ええ、ちょっと待っててね」




二言三言応対すると、シンとレイを呼ぶ。




「ほらほら、お迎えよ」

「は~い。 行こうか、レイ」

「うん」




シンとレイが玄関を開けると、そこには二人の少年がいた。




「「おはよう、シン君! 綾波さん!」」




鈴原トウジと相田ケンスケだ。いつものことだが、変にユニゾンしてるのが気持ち悪い。




「う、うん。 おはよう………」

「………おはよう」




挨拶されたので挨拶を返すシンとレイ。しかし、少年二人はそれを無視して、家の中に声を掛ける。




「「では、マイさん! いってきます!」」

「は~い、いってらっしゃい」

クワァッ




エプロンで手を拭きながら、マイとペンペンが見送りに出てきた。

マイの笑顔に感動し、涙を流すトウジとケンスケ。毎度のことながら気持ち悪い。




――――― ったく……いってきます」

「………いってきます」




バカやってる少年二人を無視し、シンとレイは学校へ向かう。




「いってらっしゃい」




マイの笑顔を隠すように、玄関の扉が閉まった。

これが綾波家の毎朝の風景。




















何故、トウジとケンスケがシンやマイのことを名前で呼ぶかというと、第5使徒殲滅戦の後、綾波家を訪ねてきたトウジとケンスケに謝罪を受けたのがきっかけであった。ケンスケはシェルターを抜け出そうとしたこと、トウジはそれを止められなかったことを謝った。

シンもケンスケを殴ったことを謝ろうとしたが、彼は逆に感謝した。『戦場』を――――― 『戦い』というものを改めて考えるきっかけを与えてくれた、と感謝した。

それでは気が済まないとシンは謝ろうとしたが、『必要ない』とケンスケは頑なに拒否した。




「謝る」

「いや、いい」

「謝る!」

「いいって!」




と、徐々に言い合いになり、妙に険悪な雰囲気となったところでトウジが間に入った。




「喧嘩しに来たんとちゃうやろ?」




と言うトウジの言葉に、シンとケンスケは顔を見合わせ、プッ……! と、どちらからともなく吹き出した。

あっはっはっはっ! と笑い声が響く。これが三人の新たな友情の始まりだった。




「なあに、玄関先で………あら、シンのお友達?」




何事かと玄関に出てきたマイを見て、トウジとケンスケは固まった。母親と思うには、あまりに若かったからである。

彼女――――― 碇ユイがエヴァに取り込まれたのは27歳の時。その間、彼女の肉体年齢は止まったままだった。そして、サルベージされたのは、ついこの間。若く見えて当たり前なのである。




「「初めまして、お姉さん!!」」




姿勢を ピン! と正し、頭を下げて挨拶する二人。思春期の中学生は美人のお姉さんに弱い。




「あらあら、お姉さんだなんて♪」




ご機嫌になるマイ。

それを見て、シンは呆れる。




「何やってんだか………二人とも、紹介するよ。 僕の母で綾波マイ」

「母です。 これからもシンとレイをよろしくね」


「「ええええええええええっ!!??」」




この世の終わりか? と思うくらい驚くトウジとケンスケ。 『いや~んな感じ』のポーズで。

その後、さすがに『おばさん』とは呼べず、どう呼んだらいいか迷っていると、「名前で呼んでいいわよ」とお許しをいただいたので、こうして呼んでいるというわけである。

後日シンは、学校でマイの写真が飛ぶように売れていると風の噂を聞いた。ケンスケに訊ねてみると、「誤報だ。 探知機のミスだ」と訳の判らないことを言ってはぐらかすので、とりあえず殲滅しておいた。前の世界の例もあるから。




















シン達は、レイの歩くペースに合わせて学校へ向かう。途中、洞木ヒカリ、佐藤イツキ、雪島エリ、夏目ショウコらと合流し、姦しい女の会話を聞きながら登校する。

これが、綾波シン、そしてレイの日常の風景。




















一方、葛城ミサトの場合。

午前7時。爆睡中。

午前7時30分。






 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!






目覚まし時計がけたたましく鳴る。

それに反応し、布団の中から手を出して辺りを探る。

目覚ましを掴んだ。






 バキャァッ!!






………破壊した、握力で………。 これで通算、38個目の破壊を確認。

再び、爆睡。

午前8時30分、やっと起床。

のそのそと起き出し、襖を開ける。






 ガラガラガラガラガラ!






襖の向こう――――― リビングから崩れてきたゴミの山に埋もれるミサト。

出るのが面倒になり、そのまま二度寝。因みに、NERVの基本的な就労開始時刻は午前8時50分である。

午前9時40分。ようやく目が覚める。

ゴミの山から這い出て、冷蔵庫へ向かう。






 プシュッ!!






缶ビールを開けるミサト。そのまま一気飲み。




「ング、ング、ング、ング、ング、ング………プッッハァ~~~~~~~~ッ……くぅ~~~~~~~っ!! やっぱ人生、この時の為に生きてるようなものよね♪」




二本目を開ける。また一気飲み。

それを三回ほど繰り返した後、やっと仕事に行く準備を始める。




「さってと、朝シャン、朝シャン♪ ブラとパンツはどこかいな~~♪」




ゴミの山をひっくり返し、着替えを探して風呂に向かうミサト。現在10時10分。

風呂から上がり、またビール。風呂上りは格別らしい。

イヤミがない程度に化粧をし、着替えて準備完了。




「ペンペ~~ン、いってくるわね~~」




同居人? のペンギンに声を掛けるミサト。最近、姿を見てないなぁと、一人思いに浸る。因みに、そのペンペンは今、綾波家のソファーで朝食後のまどろみ中である。

玄関を出ようとして、チラッ と時計が目に入った。

ゴシゴシと目を擦る。何か嫌なものを見た。

もう一度確認する。

午前10時38分。




「遅刻よ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」




















綾波マイは、第壱中学校で行われる息子と娘の進路相談に向かっていた。容赦なく照り付ける真夏の太陽光線を避ける為、清楚なデザインの日傘を差している。




「確か、予定時間は11時10分と20分。 このペースなら、楽に間に合うわね」




腕時計で時間を確認するマイ。すると、後方から爆音が響いてきた。






ブオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!






疾走してくる青いスポーツカー。制限速度など完全に無視している。あ、信号無視だ。






ファンファン ファンファン ファンファン ファンファン !!






スポーツカーの後ろから、十数台のパトカーがサイレンを鳴らして追いかけてきた。当然だろう。

マイの横を、もの凄いスピードで駆け抜けるスポーツカー。その窓から見えた運転手は、彼女の予想通りの人間だった。




「まったく………相変わらずなのね、葛城さん。 あなたのお父様は、もっと聡明な方だったわよ」




父ソウイチロウ、そして国連事務総長ショウ・グランハムと親友の間柄だった 故 葛城マサトシ博士は、ユイとも懇意であった。

研究のことでアドバイスを貰うこともあったし、プライベートでもいろいろ助けてもらうこともあった。普段は娘の自慢ばかりする典型的な父親。そして、ユイが本当に尊敬できる、数少ない人間の一人だった。

ミサトの言う葛城博士は、研究のことばかりで家族を省みない最低の父親ということになっている。だが、真実は違う。

彼は脅迫され、家族を人質に取られていた。妻と、娘であるミサトを、SEELEに。

妻と娘を助ける為に、彼はS2理論を完成させなければならなかった。だからこそ、一心不乱に研究に没頭した。そのことが、ミサトには家族を無視した最低の父に見えたのだろう。

皮肉なものである。家族を助ける為の行為が、家族との軋轢を生むきっかけになってしまったのだ。

そして、セカンドインパクト。理解し合えずに別れてしまった父娘。

真実を知った時、彼女は何を思うのだろうか。






ファンファンファンファンファンファンファンファンファン………!!






思いに耽っていたマイの横をパトカーの集団が駆け抜けた。ドップラー効果で辺りにサイレンがこだましている。




「葛城の小父様………彼女を守ってくださいね」




マイは、そう空に向かって呟くと、再び中学校に向かって歩み始めた。




















何とかパトカーを振り切ってNERVに着いたミサトだが、ゲンドウと冬月からは説教を喰らい、リツコからは嫌味を言われ、一日中ブルーな気持ちで仕事をすることになった。




















第弐拾伍話へ続く








[226] 第弐拾伍話 【 招かれざる客(ゲスト) 前篇 】
Name: SIN
Date: 2005/05/30 00:56






「オーバーホール?」




GGGオービットベース・ディビジョンⅨ『極輝覚醒複胴艦 ヒルメ』の中で整備を受けていたゴルディーマーグは、整備部オペレーター・牛山カズオから機体のオーバーホールを提案された。




「うん。 このところ戦闘続きだろう? トドメはみんなゴルディーマーグの仕事だから、無理が出てるんじゃないかと思ってね。 次の使徒が来るまで、まだ間があるから、この機会に――――― って思ったんだけど………」




GGGの勇者ロボットの中で、ゴルディーマーグは一番頑丈に造られている。それは、本来の機構・能力である重力波発生装置『ゴルディオンハンマー』と、それが放つ強大なグラビティ・ショックウェーブからガオガイガーの機体を守る緩衝ユニット『マーグハンド』の為である。しかし、いくら頑丈だからと言っても、絶対に壊れないという保証は無い。その能力と使用頻度ゆえに、念には念を入れた整備が必要となってくるのだ。

そう説明されると、ゴルディーマーグは納得した。




「確かにな。 このところ大まかな整備しか受けてないからな。 一回、徹底的にやっとくのも悪くないな」

「どうする?」




GGG参謀である火麻の思考パターンを基礎(ベース)に開発された超AIを持つゴルディーマーグ。彼の、直情的で真っ直ぐな性格を受け継いでいる為、納得すると決断は早い。




「おう。 やってくれ」

「了解。 じゃあ、さっそく始めようか」




既に準備をしていたようで、整備員達が慌ただしく動き始めた。

最初から準備してたのか……… と、牛山の思い通りになってしまったことが少し悔しいゴルディーマーグであった。




















次の日のNERV本部。

昨日のお説教が効いたのか、ミサトは珍しく遅刻せずに出勤した。

仕事場である作戦部に向かう途中、すれ違う人間みんながみんな、まるで珍獣を見たかのような顔をする。




「何でこの時間に?」

「泊り込みでお仕事ですか? お疲れ様です」

「やっべ~~………今日、カサ持ってきてねぇよ」




等々、いろいろ言われるので、執務室に着く頃には思いっきり脱力したミサトの姿が見られた。

椅子に座った途端、机に突っ伏すミサト。まだ午前9時を過ぎたばかりだというのに、既に仕事をする気力が失せている。




「何であんなこと言われなきゃなんないのよ~~~………」




日頃の行いが悪いからだ。




「う~~~………………よし!」




何か思いついたらしく、勢いよく立ち上がり、執務室を後にするミサトであった。




















「で………どうして私の所に来るのかしら?」




赤木リツコは不機嫌だった。 せっかく気合を入れて仕事を始めようとした矢先の訪問者。 会いたくない、という訳ではないが、やる気が削がれたのも事実だった。




「だって~~………愚痴を聞いてくれそうなのはリツコしかいないんだもの~~」

「まあ、みんなの言うことも判らなくはないわ。 記憶が確かなら、あなたが本部に配属になって遅刻せず出勤したのは、まだ10回に達してないもの」

「うぐっ………!」

「それだけ、この時間にあなたがここにいることは不自然なのよ。 諦めることね」

「あ~~~……う~~~………」




当たっているだけに何も言い返せないミサト。

頭を抱えて唸る彼女を無視し、仕事に戻るリツコ。 相手をするだけ時間の無駄だ。






 RRRRRRRRR! RRRRRRRRR! RRRRRRR……………






パソコンの傍の電話が鳴った。 また邪魔が……… と思いながらも、リツコは電話を取る。




「はい、赤木です」

〔冬月だが〕

「あら、副司令。 おはようございます」

〔ああ、おはよう。 さっそくで申し訳ないが、先の第5使徒戦に関する技術開発部の報告を聞きたいのだが………。 作戦部からは昨日聞いたのでね〕

「お説教ついでにですか?」




その様子を想像し、クスクスと笑うリツコ。 一方、ミサトは昨日を思い出したのか、情けない顔でリツコを見ていた。




〔まあ、そうなんだが………。 時間はいいかね?〕




苦笑しながらも訊ねる冬月。




「ええ、大丈夫です。 今から報告に上がりますわ」

〔司令室で待っとるよ〕




ガチャッ と電話を切り、パソコンを操作する。 先日作成した報告書をプリントアウトすると、それを持って席を立つ。




「いつまで唸ってるつもり? さっさと仕事に戻りなさい」

「判ったわよ」




拗ねたように返事を返すミサト。

リツコはその様子に嘆息し、「子供ね」と言いたげな顔をミサトに向けながら、部屋を出る――――― が、そう言えばと、あることを思い出した。




「ところで、アレ………予定通り、明日やるそうよ」

「………判ったわ」




ミサトにも思い当たる節があるのか、神妙な顔で頷いた。




















ポーン! と、総司令官公務室に来客を告げるチャイムが鳴る。




「赤木です」

「入りたまえ」






 プシュッ!






ドアをロックしていた圧搾空気が抜けると、自動的にドアが開く。床と天井にユダヤ神秘思想の最奥義たる宇宙全体の宗教的象徴概念図『セフィロトの樹』が描かれたこの部屋の主、NERV総司令 六分儀ゲンドウの許可を得て、リツコは入室した。

リツコは、持ってきた報告書の束をゲンドウと、その隣に立つ副司令の冬月に渡す。

冬月は一通り目を通すが、ゲンドウはいつものポーズのまま動かない。

そんなゲンドウの様子に嘆息しながら、冬月が口を開いた。




「では、技術部の報告を聞こうか」

「はい。 先日の第5使徒殲滅戦『Der FreischUtz』作戦においてGGGから提供された技術の数々は、我々NERVとしても非常に価値があるものでした。 特に、ポジトロンライフルに使われた技術は他にも転用・応用が可能です。 差し当たっては兵装ビル設備に使用を考えております」




冬月は、リツコの報告に頷きながら書類の内容を確認していく。




「ふむ………このエネルギー源だった『GSライド』とかいう物については?」

「GSライドに関しては改めて調査をしたところ、その技術の高さに驚きました。 同じ物を造れないこともないですが、我々の技術力を遥かに凌駕しております。 私見ですが、あれは完全にオーバーテクノロジーだと見ております」

「使えないのかね?」

「作戦終了後、内部に組み込まれていた『Gストーン』が完全に機能を停止していることが確認されました。 このGストーンをどうにかしない限り不可能でしょう」

「Gストーン?」

「GSライドの中枢――――― 動力源のようなものです。 獅子王博士は『無限情報サーキット』と言っておられました」

「ふむ………」




冬月は考え込む。

学者畑の自分ではよく判らないが、この報告書を見る限り、これはかなり有用なものだ。このまま使えなくなるというのはもったいない。エヴァのエネルギー源として使えないか?

そう考えた。




「同じ物を造れないこともないと言ったが――――― できるかね?」

「………中枢以外でしたら」

「ん?」

「調べたところGストーンは、地球には無い物質と技術で造られていることが判りました」

「何だと!?」




返ってきた予想外の答えに、つい声が大きくなった。




「あの時は戯言だと思い無視していたのですが、獅子王博士はこう仰ってました。 『あれは未知なる異文明の産物だ』と………」

「馬鹿な………地球外の物だというのか?」




あまりにも突飛だ。しかし、実際 間違ってはいない。






三重連太陽系・緑の星において『対機界昇華反物質サーキット』として開発されたGストーン。無限情報集積回路であると同時に、結晶回路を利用した超々高密・高速度の情報処理システムであり、膨大なエネルギーの抽出源でもある。NERVにはそれを解析し、造り出すだけの技術は無かった。GGGですら、ギャレオンのデータバンクやオリジナルのGストーンに集積されていた情報で、やっと複製品を精製することができたのだから。






「獅子王博士の言を信じるならば、地球外知的生命体の存在を立証する、またと無い証拠でしょう」

「君は、そんな寝言を信じるのかね?」




常識を考えるならば、これはもっともな意見である。




「科学者としては信じられるものではありません。 ですが使徒と同様、実際に存在しているのですから信じる他はありません」

「う……む………」




冬月は改めて資料を読む。ここに書かれてあることが本当なら、NERVはあらゆる点でGGGに劣っていることになる。すなわち、それは『人類補完計画』のシナリオに、それも自分達のシナリオに深く影響する事態なのだ。




「そのGSライドを動力源に持つGGGの所有兵器――――― 彼らは『勇者ロボ』と呼んでいますが、これについても我々を超える技術が使われています。 特に『ジェネシック=ガオガイガー』と呼ばれる黒いロボットは、リリスのダイレクトコピーたるエヴァ初号機すら遥かに凌駕する性能を持っています。 これを超えるには、S2機関を搭載し、それを完全に制御した初号機のみと思われますが、その初号機は既に消滅しており、事実上、我々NERVがガオガイガーを倒すことは不可能だと思われます」

「セカンドチルドレンの弐号機をもってしてもかね?」

「ドイツ支部からのデータを見る限り………ここは敢えて難しいと言わせていただきますわ」




不可能と断言できなかったのは、エヴァンゲリオン弐号機のパイロットである少女 『セカンドチルドレン』 惣流・アスカ・ラングレーの実力が、ここ一年で飛躍的に上がったことが関係している。一年前はシンクロ率も70台を超えた辺りで頭打ちだったのが、ある日を境に、いきなり85%という記録を叩き出した。そして、最近はシンクロ率も90の大台を超え、A.T.フィールドを使った攻撃まで出来るようになったと言う。かなり眉唾ものの話だが。




――――― 赤木博士」




突然、ゲンドウがいつものポーズのまま口を開く。身動き一つしなかったので、眠っているんじゃないかとリツコは思っていた。




「何でしょう?」

「GGGの本拠地は特定できたか?」

「六分儀司令とGGG長官 大河コウタロウとの会談 及び 作戦ミーティングでのGGGからの通信を逆探しましたが、発信コードに特殊なジャミングが掛けられているらしく、特定することはできませんでした」

「周到な奴らだな」




冬月が口を挟む。

さらにリツコが続けた。




「それと、これは作戦前のミーティングの際にGGG側から齎された情報なのですが――――― こちらの書類をご覧ください」

「ん? 何かね、このブロック体は?」

「GGGは『コアクリスタル』と呼んでいます。 使徒のコアを『浄解』と呼ばれる方法で本来の形の戻した物らしいのです」

「本来の形だと!?」




冬月は、一瞥しただけだった書類に改めて目を向ける。ゲンドウも同じだ。




「このコアクリスタルを全て集めることで現れる『マスタープログラム』なるものを破壊し、使徒の存在を完全に消滅させることがGGGの目的らしいのです」

「六分儀………知っていたか? このこと」

「………いや」




冬月もゲンドウも混乱していた。

初めて聞く情報。使徒に関しては10年も前から研究してきたはずなのにだ。

リツコは続ける。




「何処でこの情報を手に入れたのかまでは判りませんでしたが、彼らは明らかに我々以上の情報を持っています。 裏死海文書を超える情報を」

「使徒に関して裏死海文書以上の情報は無い」




ゲンドウは断言する。

確かに、使徒の情報に関して裏死海文書以上の情報は無い。それはGGGとて判っている。




「では、彼らは原文を持っているのでは? SEELEが持っている物がオリジナルだという保障は無いのですから」

「「………………」」




そう、GGGは持っているのだ。オリジナルと等しき存在。綾波シンが持つ『記憶』こそ、本当の裏死海文書と言える物。

しかし、そのシンの記憶を超える事態が起こっているこの世界。 それを知らず――――― 薄々は感じているものの、敢えてそれを否定し、未だ修正可能だと言って裏死海文書の内容を信じるゲンドウやSEELE。 愚か者達の宴は、いつまでも続く。




あまりに突飛な情報と報告を受けたゲンドウと冬月は、混乱で考えが纏まらず、沈黙を続ける――――― と、そこにリツコが、さらなる爆弾を落とした。




「それからもう一つ。 これは作戦に関してのことではないのですが………」

「何だね?」

「ドグマに保管されていたレイの素体が、全て消滅していました」






 ガタッ!!






そう聞いた瞬間、ゲンドウが目を見開き、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

冬月も同様、驚愕に顔を染めている。




「どういうことだ!?」

「私は事実を申しているだけです」




リツコは淡々と答える。




「原因は!?」

「判りません」

「あれはダミーシステムの根幹たるものだぞ!」

「あら、そういえばそうでしたわね」




状況にそぐわず、あまりに冷めたリツコの態度。それがゲンドウの癇に障った。




「何故、そんなに冷静でいられる!?」




ゲンドウが喚いた瞬間、リツコの表情から感情が消えた。いや、冷たさが増した。凍りつくような瞳が、目の前の髭男を見下していた。




「………あなたに抱かれても嬉しくなくなったから」

「!!」

「私の身体を好きにしたらどうです? あの時みたいに………」

「………………」




リツコの視線がきつくなる。思わず目を逸らすゲンドウ。




「あなたの自己満足についていく自分に嫌気がさしただけですわ」

「き……君には失望した………」




声が震える。そんなゲンドウの様子をリツコは嘲笑う。




「失望? 笑わせてくれるわね。 私には何の期待も希望も抱かなかったくせに………」

「………………」




ゲンドウは言い返せなかった。図星だったからだ。それに何より彼女が怖かった。




「ご心配していただかなくても、技術開発部統括としての仕事はちゃんと続けますわ。 いつまでココにいるかは判りませんけど………」

「辞めると言うのかね」




震えるゲンドウの代わりに冬月が訊ねる。




「まだ決めてません。 いつもこうして持ち歩いてはいますけどね」




そう言って、リツコは懐の封筒を見せる。そこには『退職願』の文字が見えた。




「………!!」

「ま……待て、赤木博士」




冬月の狼狽をよそに、ゲンドウが震える声で待ったを掛けた。




「何でしょう?」

「君はいろいろ知りすぎている。 そう簡単に行くと思っているのか?」




勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべるゲンドウ。

すると、リツコの瞳がさらなる冷たさに満ちた。






 ぞくぅっ!!






冬月の背を悪寒が走る。こんな経験は初めてだった。かつてSEELEに詰問を受けた時にもこんなことはなかった。

ゲンドウは黙ってリツコを見据えるが、額には汗の粒が浮かんでいた。




「………本当に下衆な人。 今のあなたをユイさんが見たら、何て思うでしょうね?」

「ぐっ………!」




既に見ており、決別も決めているのだが、そんなことリツコは知らない。




「あ、そうそう。 明日はスケジュール通り、旧東京に行きますので。 ………では、失礼します」




冷たく、しかし哀れんだ目をゲンドウに向け、形だけ一礼した後、リツコは総司令官公務室を退いた。

後には、床にへたり込む冬月と、冷や汗に背中をズブ濡れにしたゲンドウだけが残った。




















その頃の綾波邸。




「ちょっとお父様!? いきなりそんなこと言われても!」




マイは電話で怒鳴っていた。相手は父ソウイチロウ。プライベートの時だけは、マイはユイに戻ってソウイチロウを父と呼ぶ。最初は、全てが終わるまで芝居を続けようということだったが「せめて、プライベートの時だけは!」と、ソウイチロウは泣いて懇願した。変なところでガキっぽい親父だ。




「私だって用事が――――― あ! ちょっと!」




切られたようだ。




「もう!」




ガチャン! と少し乱暴に、マイも受話器を置く。




クワァ~ ?」




ペンペンは、珍しく大声を上げていたマイを心配する。 それに気付いた彼女は、微笑みを浮かべて彼の頭を撫でる。




「びっくりした? ごめんね、大丈夫よ」

クワワッ !」




安心したのか、片手を上げて返事をすると、お気に入りとなったソファーに戻った。




「ふうっ………。 何が『碇家の名代』よ」




既に切れた電話を見て溜息をつくマイ。




「どうして私とシンが日重の発表会なんかに行かないといけないの?」




















第弐拾陸話へ続く








[226] 第弐拾陸話 【 招かれざる客(ゲスト) 後篇 】
Name: SIN
Date: 2005/05/31 00:20




翌朝。 雲一つ無い、澄み切った青空が広がっている。

うん、今日もいい天気だね。 まさに発表会日和――――― って、何で僕達が行かなきゃいけないのさ?

お祖父さんには前もって言ってあったのに…………JAの起動テストは失敗するし、何の役にも立たないって。 だからGGGとしても無視することにしたし、日重に対するNERVの謀略も静観したんだ。

まあ、仮にも日重は財界の名士だから、『碇』としては招待されたら無視する訳にいかないって言うお祖父さんの言い分は判るけど、普通は招待された本人が行くものでしょ? こういうものは。

多分、本音は「失敗するものをわざわざ見に行くほど、儂は暇ではない」ってことだろうな。 まったく………。




「シン、準備できた?」




母さんが呼ぶ。 もう時間?

僕は慣れないネクタイに四苦八苦しながら、母さんが用意したスーツに着替える。

鏡で確認するけど、何となく違和感がある。 まあ、一度も着たことなかったスーツと、この髪型の所為だろうな。 母さんがセットしたんだけど、やっぱり変な感じがする。

母さんが急かすので、僕はネクタイのずれを直して玄関に向かった。




玄関には母さんと、珍しく早起きしたレイがいた。 今日、レイは洞木さん達と買い物に行くらしい。

最近、レイが明るくなってきた。 いい傾向だ。 やはり、あれから変わったようだ。




ラミエル戦から数日後、僕はレイの素体達から預かった魂の欠片をレイに渡した。 いや、『返した』という表現がピッタリかな。 その証拠に、光の粒となった魂の欠片が身体の中に入ると、レイは大切な宝物が戻ってきたかのような表情を浮かべ、それを守るように胸元で両手を重ねたんだ。




「おかえりなさい」




そう呟いたのが聞こえた。

みんなにもそれが聞こえたみたいで、自分のことのように喜び、微笑んでいた。 ミコトさんやスワンさんなんか涙ぐんでいたっけ。

意外だったのは火麻参謀。 号泣してたんだよ。 「こういうのに弱いんだぁ~」って。 クスクス………似合わないよね。

でも、これでレイは三人目になることはない。それは即ち、レイはこの世でただ一人の人間だという証明。

もう代わりはいない。

ようやく、レイは本当の『綾波レイ』になれたんだ。

だけど、そろそろ髭もドグマの素体が消滅しているのに気付くはず。 あの時、僕達が言ったハッタリを真に受けてはいないだろう。 補完計画を進める為に、レイをこのままにしておくわけはない。

必ず、何か仕掛けてくるだろう。 油断はできない。

あと問題なのは、リリスの魂の行方。 魂が本体に宿ったのであれば、ロンギヌスの槍に封印されてない本体は活動を再開するはずだ。

でも、それが無いということは、魂は素体に宿ったってこと? いやいや、素体達にはリリスの魂は無かった。

いったい何処に行ったんだろうか?

はぁ~~………頭痛いよなぁ。




「シン、なに惚けているの? まだ眠い?」




母さんの声で現実世界に引き戻された。 結構長いこと耽っていたらしい。 母さんとレイが怪訝な顔で僕を見ていた。




「あ……何でもないよ」

「なら、いいけど………」




そう言いながら、母さんはジロジロと僕を見る。 上から下まで、全身を。




「な……なに?」

「うん。 そういう恰好も、なかなか似合うわね♪」




自分のコーディネートが上手くいって満足げな母さん。




「………//////ポッ)」




そして、僕を見詰めて顔を赤らめるレイ。 あのねぇ………僕達、一応兄妹だよ。

そんな僕の内心の焦りに気付いたのか、ニヤついた顔の母さんがレイに声を掛けた。




「レイ………あの本、もう読んだの?」

「うん」

「がんばってね」

「はい、お母さん」

「??」




何だ? 二人だけで納得しないでよ。




「二人とも、どうしたの?」

「フフ………何でもないわ」

「何でもないの、お兄ちゃん」




?? 気になるなぁ………。 まあ、いいや。 帰ってから訊こう。

ププーッ! と車のクラクションが聞こえた。 玄関を出て外を覗くと、マンションの共同玄関の前に一台の車が停まっている。 碇家が用意したお迎えの車だ。




「じゃあ、レイ。 いってくるわね」

「いってくるね」

「いってらっしゃい、お母さん、お兄ちゃん」




















旧東京都心。

誰も住むことなく廃墟となった街並みと、水没し放置された高層ビル群が鳥や動物達の住処として新たな自然を創り出していた。




セカンドインパクトによる南極大陸の消滅と地軸移動は、各地に様々な被害を齎した。ここも、その一つ。氷の蒸発は急激な水位の上昇を引き起こし、さらにそれは津波や高波、そして洪水となって海沿いの都市や街を襲い、世界地図の海岸線を書き換えることになった。

世界一の大都市とも言われた日本の首都『東京』も例外ではなく、セカンドインパクトの何十年も前から海抜がマイナスである事を指摘されていたこの都市は、突然の災害に抗うこともできず、何千万人という死者の墓標に成り果てた。

その後、新型爆弾の爆発により徹底的に破壊しつくされたことを受け、再建を諦めた日本政府は、ここを第28放置區域と指定し、首都を比較的被害の少なかった長野県に移した。それが現在の『第2新東京市』である。




その旧東京の上空を飛ぶ一機の飛行機。特務機関NERV専用のVTOLだ。その機内には、NERV戦術作戦部の葛城ミサトと技術開発部の赤木リツコがいた。彼女らの目的は、ある式典に出席することだ。

何もすることがなく、さりとて飲酒する訳にもいかないミサトは、暇そうな視線を窓の外に向けた。その瞳に海から突き出たビル群が映る。




「ここがかつて『花の都』と呼ばれていた大都会とはねぇ」




皮肉めいた独り言を呟くミサト。だが、その表情は少々暗い。15年前の悲劇を思い出しているのか。

隣に座っていたリツコは、その呟きに応えることなく、手元の書類から目を離して目的地への到着をミサトに告げる。




「着いたわよ」




ミサトは正面に視線を向けた。コックピットのフロントウインドウから見えたのは巨大なドーム状の建物。セカンドインパクト以降に造られた埋立地『旧東京再開発臨海部』に建造された『国立第3試験場』である。

やあ~っと着いたか~……… と溜息をつくミサト。既にお疲れのご様子だ。




「何もこんな所でやらなくてもいいのに。 ――――― で、その計画………戦自は絡んでるの?」

「戦略自衛隊? いいえ、介入は認められずよ」




ミサトの問いに、リツコは再び書類に目をやりながら、淡々と答える。因みに、リツコが読んでいる書類は、これから行われる式典の資料だ。無駄かもしれないが、念の為、頭に入れておく。




「道理で好きにやって………もしかして、GGG!?」

「いえ、それもよ。 日重がGGGと接触したという報告は無いわ」

「どうだか」




渋い顔のミサト。

断言したリツコも、本当のところは完全に信じる気など無かった。GGGの情報を何も掴めなかった情けない諜報部のことだ。目の行き届かない所で、人知れず接触している可能性は拭いきれない。

疑惑を胸に秘めながら、二人が乗ったVTOLは臨時に設けられたヘリポートに着陸した。




「さて、どんなものが出てくるか………拝ませてもらいましょうか」




意気揚々と、しかも偉そうにミサトが降り立った。




















【  祝  J A 完 成 披 露 記 念 会  】




会場は賑わっていた。大勢の招待客に豪華な料理が振舞われ、大きな丸テーブルには椅子が用意されているものの、そこに座っている者は少なく、さながら立食パーティーの様相を呈していた。

NERVの席は、その会場の中心に配置されていた。しかし、テーブルには『NERV御一行様』の立て札と瓶ビールが数本しかだけ無く、ミサトとリツコ以外、そのテーブルに着く者もおらず、近付く者もいない。

嫌がらせ。それは彼女達も判っている。これが形だけの招待だということは。

周囲からの好奇と嘲りの視線を完全に無視して、彼女達はそこにいた。

まともに相手するほど、自分達は子供ではない。




「ねえ、リツコ。 何であの人達がいるの?」




ミサトの視線の先には人だかりがあった。その中心にいるのは、綾波マイとシンであった。




「あなたがお化粧直しに行っている間に、挨拶に行ってきたわ。 碇老の名代として来られたんですって」

「碇老?」




聞いたことの無い名称に、ミサトの頭に疑問符が浮かぶ。




「碇財閥総帥 碇ソウイチロウ。 サードチルドレン・碇シンジ君のお祖父さんよ」

「ふ~~ん………」




ミサトは、あの親子がシンジの親戚だということを思い出した。 ――――― というより、今の今までシンジのことを忘れていた。既に彼女にとって『碇シンジ』という存在は、何の役にも立たなかった無能なパイロットでしかなかった。




そのマイとシンだが、次から次へと挨拶にやってくる他の招待客に辟易していた。

当初は、この若い親子が何故こんなところにいるのかと怪しまれたが、マイとシンが碇老の代理としてここに来たことが判ると、皆の態度がガラリと変わった。

明らかに、この機会を利用して『碇』にコネを作ろうとする態度丸出しで接触してくるのだ。

『商売』という観点からみれば当然のことかもしれないが、浅まし過ぎて気持ち悪い。

レイを連れてこなくて良かったと思う反面、自分達にこんな仕事を押し付けたソウイチロウにどうやって仕返ししてやろうかと、愛想笑いの裏で企む二人であった。




















それから暫くして、式典が始まった。

壇上に一人の男性が上がる。今回発表される人型ロボット『ジェットアローン』、略称『JA』の開発主任者、時田マサヨシである。




「本日はご多忙のところ、我が日本重化学工業共同体の実演会にお越しいただき、誠にありがとうございます。 皆様には後ほど、管制室の方にて公試運転をご覧いただきますが、ご質問がある方は、この場にてどうぞ」

「はい!」




時田の目の前――――― 会場の中心から手が挙がる。人が極度に少ないNERVのテーブルは特に目立った。




「これは! ご高名な赤木リツコ博士。 お越しいただき、光栄の至りです」

「質問をよろしいでしょうか?」

「ええ、ご遠慮なくどうぞ」




小馬鹿にしたような時田の顔に、少し ムッ! とするリツコ。




「先程のご説明ですと、内燃機関を内蔵とありますが?」

「ええ! 本機の大きな特徴です。 連続150日間の作戦行動が保障されております」

「しかし、格闘戦を前提とした兵器に――――― あっ………!」




質問を続けようとしてリツコは気付いた。今、自分が訊ねようといたことがあまりにも滑稽なことに。




「?………どうされました?」




怪訝そうに時田が訊ねる。




「フ、フフ………アハハハハハハハハ!」




笑いを抑えきれないリツコ。隣のミサトは呆然とし、時田は唖然とする。その他の客も同様であった。

しかし、シンとマイだけは、なぜ彼女が笑い出したのかを理解して「まあ、しょうがないよね」と苦笑していた。




「な……何がそんなにおかしいのですか!?」




時田は憤慨する。自分自身を笑われたような気がしたのだ。




「いえ、失礼しました。 自分の質問があまりにも馬鹿馬鹿しくて」

「ちょっと……どうしたの、リツコ?」




リツコが時田をやり込めるだろうと期待していたミサトは、突然の展開に困惑気味だ。




「私達、GGGのロボットを間近で見ているのよ。 ほんと、今更よね」

「「「「「GGG!?」」」」」




会場がざわめく。




「あら、ご存知ですの?」




リツコは会場全体を見回す。

この反応ならば、彼等がGGGと接触していたということは無いだろう。少なくとも、JAにGSライドは使われていなかったのだから。

そう確信した。




「我々も少しばかり、GGGの情報は得ております」

「なっ……! それ、どういうことよ!?」




時田のこの発言にはミサトも黙っていられない。NERVにとっては最上級とも言える機密だからだ。




「人の噂に戸は立てられぬ、と言うことですよ」




持って回った言い方だが、まさしくその通りだった。あれだけ派手に暴れ回れば、何処かしら情報は漏れるものである。




「極秘情報がダダ漏れね」

「諜報部は何をやってるのかしら」




機密を守るべき諜報部の不甲斐無さにリツコは呆れ、ミサトは怒りを覚える。

だが、これは仕方のないこと。

現在の諜報部の仕事はGGGの調査である。端的に言えば、忙しすぎて他に手が回らないのだ。




「ですが、あまり詳しい情報は入ってこなかったのですよ。 どうです? 教えて頂けませんか?」




時田の言葉に会場が シーン……… と静まる。

NERVに代わり、『使徒』と呼ばれる化け物を殲滅している謎の組織GGG。その情報は何としても欲しい。特に戦自関係者は、耳がダンボになっていた。




「なに寝言を言ってんだか」

「申し訳ありません。 機密に触れますので」




当たり前だが、時田を軽くあしらうミサトとリツコ。




「そうですか………残念ですね。 私どものJAとGGGのロボット、どちらが優れているか比べてみたかったのですが」




時田の言い様に、リツコは嘆息する。




「身の程知らずね」

「それは同感」




ミサトと同じ気持ちなのか、シンとマイも頷いていた。




















いよいよ起動テストが始まる。

ドームの外に立てられた巨大な格納庫が左右に分かれ、その中から、これまた巨大な人型ロボットが姿を現した。




「これより、JAの起動テストを始めます。 何ら危険は伴いません。 そちらの窓から安心してご覧ください」




一斉に双眼鏡を構える出席者達。

だが、シンは眠そうに欠伸し、マイも既に興味無し。晩御飯は何をしようかしら、と考え込んでいる。

少し離れた場所では、ミサトとリツコが壁に寄りかかりってJAを見詰めていた。




〔起動準備よろし!〕

「テスト開始!」




時田が号令を発する。




〔全動力開放!〕

〔圧力正常!〕

〔冷却液の循環、異常なし!〕

〔制御棒、全開へ!〕




JAの背部から六本の棒状の物が突き出る。これは制御棒で、JAの原子炉はセカンドインパクト以前の時代の原子炉と同じく、制御棒を開放して炉心内で核反応を起こし、その熱エネルギーを動力に変換するのだ。




〔動力、臨界点を突破!〕

〔出力、問題なし!〕

「歩行開始!」




ドーム内のコントロールルームに時田の指示が飛ぶ。




「歩行、前進微速! 右足、前へ!」

「了解! 右足、前へ!」




スタッフがコンソールを操作する。それに従い、JAの右足が一歩を踏み出す。






 ガシャァァァン!






「「「「「「おお~~~~っ!」」」」」」




JAの足音に負けない程の歓声がドーム内に響いた。人型の巨大ロボットが歩いているのだ。招待客のおじさん達の瞳は、幼き日の、汚れない少年の瞳に戻っていた。




〔バランス正常!〕

〔動力、異常なし!〕




次々とコントロールルームに報告が寄せられる。全て順調だ。




「了解! 引き続き、左足、前へ! よーそろー!」






















「へぇ~………ちゃあんと歩いてる。 自慢するだけのことはあるようね」




ミサトは素直に感心していた――――― が、リツコはJAを見ずに、時間ばかりを気にしていた。




「そろそろね」




その呟きは誰にも聞こえなかった。






















 ピーーーーーーーーーーーーッ!!




突然、コントロールルームに警告音が響く。




「どうした?」

「変です! リアクターの内圧が上昇していきます!」

「冷却水の温度も上昇中!」

「バルブ開放! 減速剤を注入しろ!」




的確に指示を出す時田。このような事態にちゃんと対処が為されてこそ、商品価値も上がるのだ。

しかし―――――




「駄目です! ポンプの出力が上がりません!」

「いかん! 動力閉鎖! 緊急停止!」

「停止信号、発信を確認………受信されず!」

「無線回路も不通です!」

「制御不能!!」

「そんなバカな………」




信じられない出来事に呆然とする時田。目の前までJAが迫ってくる。




「「「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」


「「「逃げろ~っ!」」」




今になって異常事態に気付いた招待客達が先を争って逃げ出していく。

JAは、そんなことなどお構いなしに直進し、ドームを踏み抜いて、そのまま速度を緩めず遠ざかっていった。




「ゴホッゴホッ! 造った奴に似て、礼儀知らずなロボットね」




踏み抜かれたドームの瓦礫は何とか避けたが、砂埃にまみれたミサト。一方、リツコはちゃっかり端っこに寄っており、難を逃れた。

因みにシンとマイは、暴走前にドームの外に出ていた。




「ん? 内圧が下がっていく!」

「減速剤、注入されました!」

「動力、通常に戻ります!」

「そうか……良かった………」




ほっ…… と一安心というように、胸を撫で下ろす時田。JAはドームから200m程のところで停止した。

だが、リツコは腑に落ちない。




「(変ね………プログラム通りだと、原子炉は爆発寸前までいくのに………)」




















マイと共に外に避難していたシンも、すぐに止まったJAを不審に思っていた。




「どうしたの、シン?」




マイが不安そうに訊ねた。




「うん。 前の世界じゃ、JAはずうっと遠くまで歩いていったし、原子炉も爆発寸前までいったんだ。 それが、あんなところで止まるなんて………」

「そういえば、そうだったわね。 どうしたのかしら?」




マイもシンと同じようにJAを見詰める――――― と、シンは奇妙な感覚を捉えた。




「何だ? JAの中から妙な波動を感じる。 ………これは!?」






















 ピーーーーーーーーーーーーーーッ!!




再び、コントロールルームに警告音が響く。




「今度は何だ!?」




これ以上のトラブルは勘弁してくれ、と言いたげな時田の表情。




「JAの制御コンピューターがハッキングを受けています!」

「侵入者不明!」

「こんな時に………くそ! モードCで対応!」

「防壁プログラムを解凍します! 擬似エントリー展開!」




次々と変わる状況に慌てるスタッフ。

新たなトラブルに、ドームから逃げ損ねた招待客は、それを遠巻きに見詰め、ミサトとリツコは近くまで寄るが、黙って状況を観察する。




「擬似エントリーを回避されました!」

「逆探まで18秒!」

「防壁を展開!」

「擬似エントリーをさらに展開!」

「防壁突破されました!」

「ダミープログラムを走らせます!」

「逆探に成功! これは!?」

「どうした!?」




有り得ないといったスタッフの表情に、時田は訊ねずにはいられなかった。




「JA内部………動力制御室です!」




















ドームの外。

シンが見詰めるJAに変化が表れた。機体が小刻みに震え、所々に赤い斑点のような光が浮き出てきた。




「やっぱり……そうなのか………」

「シン?」




彼には、既にその正体が判っていた。




















「馬鹿な! 誰か乗っているのか!?」

「そんなはずはありません! 映像、出します!」




時田の問いに答えるべく、モニターに誰もいないJA内部の制御室が映し出された。




「どういうことなのだ、いったい………?」




時田は混乱の極地にいた。もう訳が判らない。

だが哀しいかな、状況は進む。




「メインコンピューターにアクセスしています! パスワードを走査中!」

「10桁……12桁……14桁…………Bワードクリア!」

「メインコンピューターに侵入されました!」

「ぬうっ!」




焦りが時田を――――― スタッフ全員を襲う。




「中身を読んでいます! 解除できません!」

「あれにはJAの全データが!!」

「くっ!」




時田はキレた。 最後の手段を選んだのだ。




「電源を落とすんだ!!」

「しかし、データが!」

「外に漏れるよりマシだ!!」

「は……はい!」




時田の怒号に身を竦めるスタッフ。すぐに所定の方法で電源の強制カットを行う。

しかし―――――




「!!………電源が切れません!!」

「さらに侵入してきます!」

「押されているぞ! 何とかしろ!」

「くっ! 速い!」

「何て計算速度だ!」

「駄目だ! 乗っ取られる!」




為す術が無い日重スタッフ。




「退けぇっ!!」




時田が手斧を振りかざす。緊急用に設置されていた物だ。




「時田主任!?」

「これ以上の失態は許されんのだ!!」




さらなるJAの暴走を防ぐ為、制御盤を破壊しようとする時田。

斧が振り下ろされる。

だが―――――






 カキィィィィィン!!






「うわっ!?」




甲高い音と共に斧が弾かれ、反動で時田が後ろに倒れた。




「な……何だ!? 今のは!?」




制御盤を八角形の赤い光が守っていた。




「「まさか、A.T.フィールド!?」」




ミサトとリツコが同時に声を上げる。

すると、制御盤のモニターに文字が浮かび上がった。






[ Artificial intelligence.
 
  Device.

  Algorithm.

  Module organization-SYSTEM:起動確認

  Program number-11:展開承認

  Absolute terror field:アクセスモード・タイプB

  Control limit:解除

  . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . All system’s:始動 ]






「こ……これは!? こんなシステムは知らんぞ!!」




既に状況は、時田たち日重スタッフの理解を超えていた。




















JAの形状が徐々に変わってきている。機体表面には電子回路のような幾何学模様が浮かび上がり、装甲の形が禍々しく変化していく。




「もう、順番すら関係ないのか………」




シンは、もう何事にも油断できないことを悟った。




















『恐怖』襲来。




















第弐拾漆話へ続く








[226] 第弐拾漆話 【 標的は獅子 】
Name: SIN
Date: 2005/06/01 00:06




JAの機体全体に斑点のように現れていた赤い光が、各部分の変態を終えるごとに一箇所に集まっていく。そこは、JA中心部にある動力リアクター。俗に原子炉と呼ばれる場所だった。

全ての赤い光が集まると、今度は原子炉が変態を始めた。

ゴワゴワゴワ……… という音が聞こえるような蠢き方で姿を変える原子炉。一部が徐々に丸みを帯びてきたかと思うと、それは瘤の如く盛り上がり、完全な球体となった。

JAの機体の前面部――――― 人間で言うと鳩尾に当たる部分に亀裂が走る。縦に生まれたその亀裂が観音開きに開くと、そこに原子炉から生まれた赤い球体が姿を見せた。

それと同時に、頭部正面に見える白い歯のような放熱用スリットが上下に裂け、本物の口のように、涎を思わせる粘液を吐き出しながら雄叫びを上げた。それは原子炉の稼動音なのだろうが、時田やミサト達には獣の咆哮に――――― そして、自分という存在の誕生を知らせる『産声』のように聞こえた。

JAの変わり様に時田たち日重スタッフを始め、披露会招待客らは言葉を失う。

だが、リツコだけは違った。全員の目がJAに注がれている中、彼女は一人、JAの制御盤に歩み寄った。

恐る恐る手を触れる。A.T.フィールドの展開は無かった。

安全だと信じて、制御盤のコンソールを操作する。この異常現象の原因を突き止める為だ。




「(JAが元から使徒だったということは有り得ないわ。 おそらく、何らかの方法で寄生したのね。 ………なら、いったい何処から?)」




リツコがそんな思いに囚われている頃、一人の作業着姿の人物が管制室の外に出た。使徒に寄生されたJAを見て クスッ…… と微笑むと、目深に被っていた帽子を脱ぐ。蒼銀の髪が陽の光に当たって煌めいた。




「………お膳立ては終わったわ。 ………後はあなた次第よ、イロウル………」




そう言うと、その人物は僅かに顔を赤らめ―――――




「………スーツ姿も似合うのね、碇くん………」




何処かへ消え去った。




















GGGオービットベース。




「状況を報告せよ!」




警報が鳴り響くメインオーダールーム。そこに長官執務室から大河が降りてくる。メインオーダールームと長官室は、中央部分のリフトによって繋がっているのだ。




「旧東京埋立地区にA.T.フィールド反応を確認しました。 サテライトビュー、メインスクリーンに出します」




猿頭寺の報告と共にメインスクリーンが開かれる。




「何だ、あれは!?」




出された映像に大河は驚愕した。そこには、生物とも機械とも思えぬ人型の物体が映っていた。

猿頭寺が、さらに報告を続ける。




「場所は旧東京再開発臨海部、国立第3試験場です」

「何じゃと!? 確か、あそこでは今日、日本重化学工業共同体によるJAの起動テストが行われていたはずじゃ!!」




ライガの言葉に大河は ハッ! と気付いた。




「では、まさか………あれはJAか!?」

「その様です。 シン君の記憶、及び諜報部が入手したJAのデータと類似点が多々見られます」




猿頭寺がコンソールを操作すると、モニターにJAのデータが映し出される。




「A.T.フィールド反応ハJAから観測されていマス」




スワンの報告と共に、さらなるデータがモニターに映る。




「しかし、あの変わり様は何だ?」

「それは僕から説明します!」




大河の問いに答えるかのように、二人の人物がメインオーダールームに入ってきた。




「シン君! マイ博士!」




大河の視線の先には、JAの完成披露式典に出席していたはずの綾波親子がいた。この非常事態に二人は急遽、スキル=レリエルを使って移動してきたのだ。




「おお! シン君にマイ君、無事じゃったか。 まあ、シン君がついているのじゃから、大して心配してなかったがのう」

「非道いこと言いますね、ライガ博士」




苦笑いのシン。




「冗談はともかく……シン君、報告を聞こう」

「はい」




シンは、地上で見てきたことを漏らさず報告した。

その報告にメインオーダールームは驚愕に包まれる。予想外の使徒襲来に。




「イロウル――――― 11番目が来たというのか!?」

「その順番はもう当てにできません。 状況は既に裏死海文書を超えています」




ラミエルの時もそうだった。大河はシンの言葉に頷く。




「しかし、何故JAに?」

「狙いは、おそらくガオガイガーじゃな」

「ガオガイガーですカ?」




猿頭寺の疑問にライガが答え、それをスワンが訊き返す。




「ライガ博士の言う通りです。 見てください」




シンはJAが映っているモニターを指差す。そこには、完全に変態を終えたJAが――――― いや、使徒イロウルが、上空を見詰めるように上を向いたまま、じっと動かないでいた。




「本来ならば第3新東京市に向かうはずの使徒が、未だあそこにいる。 ………奴は待っているんです。 自分達、使徒の天敵となった破壊神を………」

「では、ガオガイガーと戦う為に?」

「おそらく」




大河の問いにシンは頷いた。




「本来のイロウルは、細菌のような姿をしています。 しかし、それではガオガイガーの相手にならない。 だから、対抗する為に機械の身体を手に入れた」

「それがあの姿か………」




大河は改めてモニターのイロウルを見た。その禍々しさは、司りし天使の名――――― 『恐怖』に相応しいものを感じさせた。

シンは、さらに報告を続ける。




「まだ地上には逃げ遅れた人達が大勢います。 彼等を助けないと」

「うむ! 火麻君、機動部隊出撃だ!」

「おうよ! 行くぞ、卯都木!!」

「了解!!」

「僕も行きます!」




火麻、ミコトと共に、シンがメインオーダールームから出ていく。




「ようし! 総員! 第一級戦闘配備!!」




大河の指令が飛び、超翼射出司令艦ツクヨミの発進準備が始まる。

これから始まる戦闘に支障が無いよう、データの収集を続けるオペレーター達。そんな中、チーフオペレーター・猿頭寺からの報告がGGGにさらなる緊張を齎した。




「大変なことが判りました。 JAの内部構造をスキャンしたところ、内部の動力リアクターとイロウルのコアが一体化しています!」

「なぬーーっ!?」




ライガの額に嫌な汗が滲んだ。何故なら現在、全てを光に変える『ゴルディオンハンマー』が使えない状態にあるのだ。それは、致命的なハンデであった。




「ゴルディーマーグの整備状況は!?」




ライガは牛山の報告を待つ。




――――― オーバーホール完了まで、あと3時間12分!」




ヒルメ内のドックでは急ピッチで整備が進められていたが、これが限界だった。




「それでは間に合わん!」




ライガは思わず舌打ちしてしまう。




「ぬうっ! ガイは!?」

〔ツクヨミ内でギャレオンとのフュージョンに入りました! ガジェットガオー装着モードで出撃待機を予定!〕




ツクヨミのオペレーターシートに座ったミコトからの報告。




「ゴルディーマーグのオーバーホールが終わらない以上、コアの摘出は『ヘル・アンド・ヘブン』に頼らざるを得んじゃろう。 じゃが、無理に取り出せば………」




ライガの言わんとすることが解ったのか、スワンはデータを調べる。




「Oh! 計算しマスと、半径10km圏内ハ完全に壊滅しマス!」




計算結果を聞き、ライガはその様子を思い浮かべた。コアを抉り出すと同時に大爆発を起こすJAの原子炉………。

自分の想像に恐怖し、背筋が冷たくなるライガ。身体が ブルッ…… と震えた。

大河の脳裏にもライガと同じ想像が過ぎった。思わず拳を握り締める。




「イレイザーヘッドが使えれば………」




つい愚痴を零してしまった大河。

あらゆるエネルギーを宇宙空間に放出してしまうメガトンツール『イレイザーヘッド』。しかし、それが使える勇者ロボは、未だ眠ったままなのだ。




「諦めてはいけませんわ、長官。 必ず何か方法があるはずです」

「………そうですな、マイ博士」




笑顔で励ましてくれるマイに、大河は自信を取り戻す。




「ツクヨミ、出撃準備完了!」




牛山の報告に大河は頷き―――――




「GGG機動部隊! 出撃っ!!」




怒号の如き指令がメインオーダールームに響いた。




















地上、JA管制室。

ミサトはJAの制御盤を睨みつけていた。




「何でこんな物がA.T.フィールドを張るのよ!?」

「落ち着きなさい、ミサト。 正確にはこのコンピューターが使ったんじゃないわ。 これにハッキングしていた奴が使ったのよ」




日重スタッフに代わってコンピューターを操作するリツコ。緊急事態に部署も所属も関係ないというリツコの説得で、時田らと共に状況確認に当たっている。




「だから、それはどいつよ!!」




目が血走っているミサト。




「アレよ」




リツコが指差した先には、姿を変えたJAがあった。




「逆ハックして確認したわ。 JAは使徒に乗っ取られたのよ」

「使徒!!」




日重スタッフらは驚愕し、ミサトは目を輝かせる。

ミサトは携帯を胸ポケットから取り出し、ダイヤルし始めた。




「何処へ掛けるの?」

「決まってるでしょ! NERV本部よ!!」

「何しに?」

「何しに………って、零号機の出撃よ!」




判りきったことを聞くな! と言いたげなミサトの表情。

だがリツコは、 ハァ……… と嘆息して、説明し出す。




「あのね、ミサト………」




















その頃、暢気にも『某所』で行われている愚か者達の集いがあった。




「六分儀君………第5使徒戦においてGGGと共闘したそうだね」

「使徒殲滅を優先させました。 止むを得ない事象です」

「止むを得ない………か。 言い訳にはもっと説得力を持たせたまえ!」

「最近の君の行動には疑問を感じるものが多い!」

「GGGの処置………どうするつもりかね?」

「未確認情報だが、エヴァ初号機は既にGGGによってその存在を消されたという報告がある」

「何だと!?」

「そんな報告はNERVから挙がってきていないぞ!」

「本当かね、六分儀君?」

「………………」

「何故、黙っている!?」

「答えたまえ、六分儀君!」






 RRRRRRRRRR! RRRRRRRRRR! RRRRRRRR………






突然、電話の呼び出し音が鳴った。

ゲンドウが自分の机の引き出しを開け、そこに入っていた電話を取る。




「冬月、審議中だぞ」




掛けてきた相手を確認することなく言い放つゲンドウ。この電話に掛けることのできる人物は限られている。相手が誰かなど、ゲンドウには最初から判っていた。

だが、その内容までは判らなかったようで―――――




「何だと!?」




ゲンドウの表情が変わる。

それに気付いた人類補完委員会の面々は、電話の内容に興味を覚えた。普段、何事にも自分のペースを崩さず、表情の読めないゲンドウだ。それを変えてしまうものとは………。




「………判った」




電話を切り、引き出しを閉めるゲンドウ。




「使徒が現れました。 続きは、また後ほど………」




予想も付かなかったゲンドウの言葉に、静まり返る委員会の面々。しかし次の瞬間、嘲笑が沸き起こった。




「ククッ………何を言い出すかと思えば。 笑わせるな! 次の出現は太平洋上のはずだ」

「我々を馬鹿にしているのかね?」

「己の分を弁えたまえ、六分儀君」




いつの間にか、会議室には12枚のモノリスが浮かんでいた。

人類補完委員会は、その正体を現す。




【 S E E L E 】




世界を裏から支配する政治的秘密結社である。

その実は、己の正体すら公表することのできない小心者の集まり。




「MAGIによりA.T.フィールド反応・パターン青が検出されました。 それでもお疑いで?」

「情報操作は君の十八番だろう?」

「そんなにこの会議が嫌かね?」




更なる嘲笑が響く。




「NERVは使徒殲滅が最優先です。 これで失礼致します」




退席しようとするゲンドウ。しかし、SEELEはそれを許さない。




「特務機関NERVとしてはそうだが、我々と君にとってはそうではなかろう?」

「補完計画を確実に遂行する為の予備として造られたリリスの分身、エヴァンゲリオン初号機」

「その存在が消滅したということは、既に失敗が許されない状況になったということだぞ」

「初号機が造り出されるまで、どれだけの経費と時間が掛かったのか判っているのか?」

「やはり、君のような者にNERVを任せたのは誤りだったのかも知れんな」

「忘れてもらっては困るよ、六分儀君。 君の代わりなど幾らでもいるということを」

「ぐっ………!」




ゲンドウは唇を噛み締める。自分の目的を果たすまで、絶対にこの地位から転がり落ちる訳にはいかないのだ。何とか打開策を考えねば………と、思案を廻らす。




「まあ、待て」




その言葉に静まり返る暗闇。それは『SEELE 01』と記されたモノリスから発せられた言葉であった。




「六分儀はこれまで、我等の同志として存分に力を発揮してくれた。 大目に見てもよかろう」

「しかし、議長!」




議長と呼ばれたSEELE 01。このモノリスの正体こそ、SEELEのTOP『キール・ローレンツ』。

反論を無視してキールは続ける。




「六分儀。 我等の悲願、忘れるでないぞ」

「承知しております」




フッ……… とゲンドウを映していたホログラフが消え、暗闇にはSEELEのモノリスだけが浮かんでいる形となった。




「議長、本当によろしいので?」

「奴の首など何時でも切れる。 動ける間は動いてもらう。我々の為に」

「なるほど。 それに、もうすぐ『鈴』がNERVに届きますからな」

「『リオン・レーヌ』と共に」

「ならば問題ないな」

「全て修正可能です」

「では―――――

「「「「「「「「「SEELEのシナリオ通りに」」」」」」」」」




道化は、何処までいっても道化である。




















老人達の厭味から何とか逃げ出すことに成功したゲンドウは、発令所に入るとエヴァ零号機の発進を指示した。しかし、冬月がこれに待ったを掛ける。零号機は発進不可能だと告げた。




「なぜ零号機が発進できん!?」

「本気で言っているのか、六分儀?」




ミサトの言葉にリツコが呆れたように、冬月もゲンドウの言葉に呆れ果ててしまった。本当にお前はNERVの総司令なのか?………と。




















「零号機は今、換装作業中よ」

「へっ!?」




ミサトは、リツコの言うことが咄嗟に理解できなかった。




「確か、作戦部の方からの言われたと記憶しているんだけど………。 『このままの零号機では戦闘能力に不安がある。 だから、早急に戦闘用に調整し直すべきだ!』とね………葛城作戦課長さん?」

「あ……あら? あははははははははははは」




ようやく思い出し、乾いた笑いを発するミサト。




「それにね、もう遅いわ。 ほら、来た」




リツコの視線の先には、既に見慣れたGGGの飛行艦の姿があった。




















「ツクヨミ、旧東京上空に到着しました!」

「頼むぞ、勇者………」




ここまで来たら、もう何も言うことは無い。ただ見守るだけの大河であった。




















「ガイガー、出撃する!」

〔待って、ガイ! イロウルのコアを無事に抜き取る方法を探らないと! ヘル・アンド・ヘブンでは危険すぎるわ〕

「大丈夫だ! 原子炉の爆発くらい、ジェネシックアーマーを全開にすれば耐えられる!」

〔確かにガオガイガーの機体は耐えられるかもしれない。 でも、ガイは………〕




ミコトの心配は、爆発の衝撃にガイの身体そのものが耐え切れないのでは? ということだった。それに、ヘル・アンド・ヘブンは攻撃と防御のエネルギーを一点に集中させる技の為、放った後、一時的にガオガイガーの防御力はグンと下がってしまう。そうなったら機体だって危うい。

しかし、ガイは自信を持って断言した。




「ミコト、俺は超人エヴォリュダー。そして、破壊神ジェネシックだぜ!」




何の揺るぎも無いガイの言葉。ミコトは覚悟を決めた。いや、ガイを信じた。




〔………判ったわ。 気を付けてね、ガイ。 私も全力でサポートするわ!〕

「サンキュー、ミコト」

〔ガイガー発進、どうぞ!〕




ガジェットガオーを背に装着したガイガーにミラーコーティングが施され、電磁加速によりツクヨミのカタパルトから射出される。
 
ミコトの表情に、もう迷いは無かった。




















凄まじいスピードでイロウルがいる国立第3試験場に着くガイガー。ミラーコーティングだけで無く、ガジェットガオーを装着していたことがプラスになったようだ。




「ガジェットガオー、分離!」




イロウルの前に降り立つガイガー。そこにライガから通信が入る。




〔気を付けるんじゃ、ガイ! 奴は既に、単なる使徒とは別種の存在じゃぞ!!〕

「了解!! 機械との融合か………ゾンダーを思い出すぜ」




イロウルを睨みつけるガイ。それに応え、ニタァ…… と笑うイロウル。




「初っ端な全力でいかせてもらう! ジェネシックマシン!!」




ガイはオービットベースに合体要請を出した。




















「長官! ガイガーよりファイナルフュージョン要請シグナルを確認しまシタ!」




スワンから報告が入る。大河には何の異論も無かった。




「うむ! ファイナルフュージョン、承認っ!!」

「承認シグナル、ツクヨミに転送します」




猿頭寺が前線司令部であるツクヨミへ承認シグナルを送信する。




「オーダールーム、コレよりセカンドへ移行しマス」




スワンが傍らのレバーを操作すると、メインオーダールームは下降を始めた。作戦司令室である『セカンドオーダールーム』に移動するのだ。




















「オービットベースより入電! ファイナルフュージョン、承認されました!」




そう報告が入ると、旧東京上空を飛行するツクヨミの艦橋ではGGG参謀火麻が「待ってました!」とばかりに指令を下す。




「ようし、卯都木ぃっ!!」

「了解! ファイナルフュージョン…………ジェネシック……ドラーァァァイブッ!!」




振り下ろされたミコトの拳が、ドライブキーの保護プラスチックを叩き割ると、ファイナルフュージョンプログラムが起動した。




















「ファイナルッ……フュージョンッ!!」




ガイガーは腰部スラスターを噴かせ、空中に飛び上がると、ファイナルフュージョン保護のE.M.トルネードを発生させる。

イロウルは、合体を阻止しようとE.M.トルネード内に入ろうとする――――― が、いきなり後頭部にガジェットガオーの強烈な体当たりが直撃した。




グオッ!




前方につんのめった所に、今度は正面からブロウクンガオーとプロテクトガオーが突貫する。

そして、スパイラルガオーとストレイトガオーがイロウルの足下の地面を突き破り、崩れた地面に脚をとられたイロウルは、勢いよく転倒してしまう。

ジェネシックマシンはE.M.トルネード内に進入すると、合体フォーメーションに入った。

それぞれが己の機構を組み替え、破壊神の各パーツを成し、合体していく。

そして最後に、Gクリスタルの光を額に宿した鋼鉄の兜(ヘルム)が装着されると、エネルギーアキュメーターで構成されたオレンジ色の髪を靡かせた、最強の勇者王が姿を現した。

その力を鼓舞するかのように両の拳をぶつけ合うと、溢れ出たエネルギーが放電と火花となって飛び散った。




「ガオッ! ガイッ! ガーァァァッ!!」




黒鉄の巨神がイロウルの前に立ちはだかる。

イロウルは、待ち焦がれた恋人がようやく現れたと言うように、禍々しい笑みを深くした。




















その頃、ファーストチルドレン・エヴァ零号機パイロットである綾波レイはというと―――――




「新刊が出てるわ。 買わないと………」




妖しい文庫本を購入中だった。

因みに、使徒襲来の知らせを受けてNERV保安諜報部の黒服達がレイを本部に連れて行こうとしたが、「お嬢様のお買い物を邪魔するな!」と、碇家のガードが全て殲滅。使徒はGGGに任せるように、と碇老から言われているのである。

なお、NERVに持たされた携帯は、自室の机でブルブル震えていた。(マナーモード設定中)

というわけで、レイは何の気兼ねなく、ヒカリ達とのショッピングを楽しんだ。




















第弐拾捌話へ続く








[226] 第弐拾捌話 【 恐怖を祓う竜神 】
Name: SIN
Date: 2005/06/02 23:23






JA管制室の日重スタッフ、そして式典の招待客達は、突然現れた破壊神の姿に呆然となった。

だが時田だけは、ガオガイガーを見詰めながら ワナワナ と震えていた。自分の夢であった巨大ロボットが目の前に現れたことへの喜びか。それとも、自分より優れたロボットを造り出した人物への嫉妬か。それは彼本人にしか判らないことだった。




















超翼射出司令艦ツクヨミ。その艦橋で戦闘指揮を執るGGG参謀 火麻ゲキが、新たな指令を下す。




「JA管制室には、まだ招待客が残ってる。 戦闘に巻き込む訳にはいかねぇ………卯都木、ディバイディングドライバーだ!」

「了解! 座標軸固定!」




火麻の言葉を受け、コンソールを操作するミコト。オペレーションシートからの指令に従い、ツクヨミのミラーカタパルトに二つのドライバーキットがセットされ、ミラーコーティングされていく。




「ディバイディングドライバー………キットナンバー03(ゼロサン)、イミッショォォォン!!」




電磁加速により、カタパルトから二つのドライバーキットが射出される。ドライバーキットは上空で接合を果たし、コーティング粒子が剥離すると『ディバイディングドライバー』が完成した。

同時に、ガオガイガーはガジェットフェザーを展開させ、空中へ飛ぶ。そして、その左腕にハイテクツールがドッキングした。




「ディバイディングッ……ドライバーァァァァッ!!」




ディバイディングドライバーがイロウルの足下に打ち込まれる。それによって穿たれた数十cmほどの亀裂は、解放されたディバイディングコアによって見かけ上の直径数kmの穴に拡大し、JA――――― イロウルを呑み込んだ。




グウゥゥッ!?」

「勝負だ、イロウル!!」




ディバイディングドライバーを分離したガオガイガーが、イロウルと対峙するようにディバイディングフィールド内へ降り立った。




















「な……何よ!? この穴は!?」

「なるほど、これがディバイディングフィールドなのね。 戦闘による被害を最小限に抑える為に、空間を湾曲させて別の戦闘フィールドを創り出す………素晴らしい発想と技術だわ」




目の前で起こった状況に驚くミサトとは反対に、興味津々という面持ちで目を輝かせるリツコ。




「なに感心してんのよ、リツコ!! ――――― って………何でそんなこと知ってんの?」

「あなたねぇ………『Der FreischUtz』作戦の時にGGGから渡された装備要項に書いてあったでしょう? ガトリングドライバーの性能説明の欄に………。 本当に作戦指揮官の自覚……あるの?」

「うぐっ………!」




リツコに ジトッ とした目で見られ、言葉に詰まるミサト。




「彼らは敵を倒すことより、敵から人々を守ることを最優先にしている………。 彼らが『防衛組織』を名乗っている理由がここにあるわ。 私達とはえらい違いね」

「何よ………私達だって人類を守る為に………」

「使徒を倒す為なら、どんな犠牲も厭わないのでしょう?」

「うっ………!」




ミサトの反論を ピシャリ と封じ込めるリツコ。




「覚悟の違い……か。 考えさせられるわね………」




そう。リツコの言う通り、覚悟の違いなのだ。

確かに使徒を倒せば人類は救われる。しかし、その為に人死にが出ては本末転倒なのだ。人を守る為の戦いで人を死なせてどうしようというのか。

NERVは「戦いに犠牲はつきもの」「仕方ない」で全てを済ませてしまう。確かに正論なのだが、それが『正しいこと』とは限らない。

リツコはいい加減、そんなNERVに嫌気が差していた。




















「ツクヨミ降下! 式典招待客の救助に向かう!」

「了解!」




ツクヨミは、未だ避難できていない招待客らを救出すべく、地上に降下した。

すぐさま救助チームを編成し、火麻自らが指揮を執る。




「卯都木、しばらく任せるぞ!」

「はい!!」




火麻はツクヨミの艦橋を離れ、救助チームと共にJA管制室に向かった。




「な……何だね、君達は?」




突然入ってきた見慣れぬ人間たちに、動揺する日重スタッフと招待客。




「GGG、ガッツィ・ギャラクシー・ガードだ! 救助に来た!」




火麻の言葉に管制室内はざわめいた。




「怪我人はいるか? そいつらが最優先だ」




赤十字の腕章を付けたGGG隊員が数人、ストレッチャーと共に入ってくる。

招待客の中には、逃げ遅れて転んだ者や、JAが踏み抜いた天井の瓦礫に当たって怪我をした人間が数人いた。隊員達は、それらを優先的にツクヨミに移動させていく。

他の招待客も、隊員に先導されてツクヨミ艦内に避難していったが、その途中、一人の男が火麻に近寄ってきた。式典用の軍服を着た恰幅のいい男だ。




「いや~~君達、本当に助かったよ。 私は戦略自衛隊の長谷部二将だ。 この件については、改めて日本政府を通じて感謝を述べよう。……で、どうだね? これだけの装備を持つ君達が、何の政治的後ろ盾が無いというのも、今後のことを考えれば深刻な問題だろう? 私が政府に口添えしてやってもいいぞ? んん?」




ニヤついた顔を近付ける戦自の将校。

火麻は、こういう男が一番嫌いだった。それに、今は一刻を争う事態なのだ。戯言に付き合っている暇など無い。




「うるせえぞ!! さっさと艦に乗りやがれ!!」




至近距離で火麻の怒声を浴び、尻を蹴り飛ばされる将校。涙目で逃げていった。




「フン!」




鼻息荒い火麻の背から パチパチパチ……… と拍手が聞こえた。

振り向くと、そこには二人の女性の姿があった。




「赤木博士に………葛城一尉か。 まだ避難してなかったのか?」

「一言ご挨拶を、と思いまして」

「………………」




リツコは軽く頭を下げるが、ミサトは黙ったまま火麻を睨みつけていた。

火麻は当然の如く、その視線を無視する。




「行くぞ! ディバイディングフィールド内とは言え、もし原子炉が爆発したらここも危ない」

「私達も乗せてくれるのですか? NERVの人間ですよ。 不味いのでは?」




リツコは正直に疑問を呈す。仮に、ここで「乗せない」と言われても文句は無かった。自分達は敵対している組織の人間なのだから。




「何をゴチャゴチャと………。 俺達は生命を助ける為に戦っているんだ。 お前達を助けない方がもっと不味い」




そう言うと火麻は、二人を先導するように歩き出した。




「………勝てないわね、私達は」




ここまで意識の違いを見せられると、正直 脱帽だ。彼等の敵は、あくまで使徒。自分達が一方的に敵視していただけなのだ。

リツコは フッ…… と微笑むと、スッキリした面持ちで火麻についていく。

そしてその後ろを、睨み過ぎて醜く歪んだ表情のミサトが歩く。まるで「この偽善者が………」と言わんばかりに。




















「いくぞ、イロウル!」




戦闘フィールドでは、遂に戦闘が開始された。先手はガオガイガーだ。




「うおぉぉっ!!」




ガオガイガーは一気に駆け出し、背部スラスターを全開にした。

一瞬でイロウルとの距離が縮まる。

だが、この『恐怖の天使』は慌てなかった。制御コンピューターをハッキングした際、JAの機体性能は全て把握したし、内蔵コンピューターには稚拙ながらも戦闘AIが搭載されていた。そこに入力されていたデータが、イロウルに余裕を持たせていた。

襲い掛かるガオガイガーの右拳を、イロウルは無駄に長い左腕を振るって弾く。




「ぐうっ!」




瞬間、ガイは戸惑った。そのパワーが、今までの使徒とは全く違っていたのだ。




「何だ、この力は!?」




迷いで動きが鈍ったガオガイガーの隙を衝き、イロウルは右腕を鞭のように振り回す。

イロウルのパワーに右腕の遠心力。それらが見事に合わさり、予想を超える攻撃力がガオガイガーを襲った。




「ぐはっ!」




何とか防御に成功したものの、そのパワーに吹き飛ばされる。四肢を踏ん張り、倒れることだけは防いだ。




















ツクヨミの艦橋では、火麻が目を見開いて驚いていた。




「ガオガイガーを吹っ飛ばすとは、何てパワーだ!」




同じく艦橋で戦いを見ていたシンは、このパワーの秘密に気付く。




「イロウルは、S2機関の他にもJAの動力リアクターのパワーまで使っています。 あの凄まじい力はその為です」

「そうか! 奴のコアは原子炉と融合しているんだったな」




コクッ とシンは頷く。




「でも、付け入る隙はあります」




シンは、ガイと通信を繋いだ。




「ガイさん! イロウルのパワーは確かに強いですが、防御のA.T.フィールドはそんなに強くありません。 それは本来、イロウルが群体としての形を保つ為に使っているA.T.フィールドの出力を、JAの機体を自由に操る為に使っているからです」

〔つまり、防御力は気にしなくていいってことだな!〕

「そうです! ジェネシックのパワーなら、問題なく突き破れます!」

〔了解だ!!〕




再び戦闘を開始するガオガイガー。

ガイの心に闘志が、勇気が満ちる。Gクリスタルはそれに応え、最強の破壊神の名に相応しい力を生み出した。

だが、イロウルも負けてはいない。S2機関プラス原子炉のエネルギーは、恐怖の天使に破壊神と互角のパワーを与えた。




















戦闘中ということもあり、さすがにツクヨミの艦橋には入れなかったが、ミサトとリツコは戦闘の様子を見ようと、外が見える通路に出ていた。

ガオガイガーと互角に戦う使徒が見える。




「強いわね………」




リツコの正直な感想だった。使徒がここまでやるとは思っていなかった。

一方、ミサトは黙ったまま戦闘を見詰めていた。

もしガオガイガーが敗れ、使徒が第3新東京市に侵攻を開始したら………私にコイツが倒せる?

そんな不安がミサトの脳裏を過ぎっていた。




「進化の模索………」

「え? なに?」




不意に呟かれたリツコの言葉。それが聞こえなかったミサトは、思わず訊き返した。




「管制室での調査で気付いたんだけどね。 あの使徒は、常に進化の方向性を模索しているようだったわ。 その答えがアレなのかしら?」

「アレって?」




ミサトの問いにリツコは地上を指差す。その先にはガオガイガーと使徒の姿。




「使徒は、ガオガイガーを超えようとしているのかもしれない………」




















殴り合う両者。しかし、ガオガイガーにはサキエルやシャムシエル戦で見せた、あの迫力が感じられない。

それもそのはず。相手は動く原子炉なのだ。一部分でも原子炉を破壊してしまったら何が起こるか判らない。それが、ブロウクンマグナムや両膝のドリルでの攻撃を躊躇わせていた。

それに調子に乗ったイロウルは思わぬ攻撃に出る。間合いを取ると、おもむろに両腕を広げた。




「何だ!?」

〔気を付けて! イロウルの両手にA.T.フィールドの集中を確認!〕




ミコトからの通信。

赤い光がイロウルの掌を包んだ。




「何をする気だ!?」




ガイの問いに答えるように、イロウルは両の掌を繋ぎ合わせ、突撃して来た。




「こいつ! ヘル・アンド・ヘブンを真似て!?」




A.T.フィールドを纏った赤く輝く両拳が、ガオガイガーに迫る。




「ちいっ! プロテクトシェェードッ!!」




予想外の攻撃に戸惑ったガイだが、即座に左腕から防御フィールドを発生させ、真正面から迎え撃った。






 ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!






何とか防ぐが、次第に、S2機関プラス原子炉のダブルパワーに押され始めてしまう。




「凄いパワーだ! ぐわぁぁっ!!」




吹き飛ばされ、倒れるガオガイガー。

イロウルは休むことなく、さらに攻撃を加えた。両腕を伸ばして襲い掛かる。




「くっ……! 調子に乗るな!!」




掴み掛かろうとするイロウルの腕を逆に掴むガオガイガー。

立ち上がると、図らずも力比べの体勢になった。

だが、攻撃が防がれたというのに、イロウルは ニタァ…… と笑うかの如く、口のように見える部分を上下に開いた。




「な、何だ!?」




突如、ガイは奇妙な感覚に囚われた。身体の中に何かが入ってくる。そういった感覚である。




「ぐうっ………!?」




イロウルを掴んでいるガオガイガーの手に、電子回路のような幾何学模様が浮かんでいるのが見えた。それはJAの機体の中心、イロウルのコアから伸びており、まるで一つの完成された模様のように繋がっていた。




「これは………まさか!?」




その幾何学模様に光が走る。イロウルから何かが送り込まれてきた。

ガイはイロウルの意図に気付き、突き放そうとするが、イロウルの腕はしっかりとガオガイガーを掴んで離さなかった。




「ぐううっ! があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




突然苦しみ出すガイ。




「ガイ!?」






 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!






ガイの身体状況をモニタリングしているコンピューターが警告音を発する。

ミコトは戸惑った。見た目には何のダメージも受けていないのだ。しかし、現にガイは苦しんでいる。

状況確認を急がねばならない。キーボードを叩くミコトの指先は、いつも以上に速く動いた。




「ぬう! いかんぞ、あれは!!」




ガイと同じく、セカンドオーダールームのライガもイロウルの作戦に気付いた。




「不純物が……身体の中に………があぁぁぁぁぁっ! ぐはぁぁっ!!」




内外を問わず、全身を掻き毟られるような苦痛がガイを襲い、堪らず鮮血を吐いた。




「Dr.ライガ、これはいったい!?」




突然のガイの変調。大河には理由が判らない。




「ガイ君の身体にウイルスを送り込んだのね」

「マイくんの言う通りじゃ。 肉弾戦で勝つのは難しいと踏んだのじゃろう。 奴は情報攻撃に切り替えたのじゃ」




大河の問いにマイが答え、ライガが補足した。




「情報攻撃?」

「ガオガイガーにフュージョン中のガイは『超進化動力体』としてジェネシックという名のプログラムシステムの一部、云わばガオガイガーを動かす為のメインコンピューターと化しておる」

「それに気付いたイロウルは、ガイ君にウイルスの送り込み、ガオガイガーのシステムそのものを奪おうとしている………」

「おそらくな。 狡猾な奴じゃよ。 破壊することよりも、自分の物にすることを考えたのじゃ」

「ガオガイガーが使徒になるというのか!?」




大河は、驚愕に目を大きく見開いた。

最強の破壊神が使徒になる。その想像は絶望を呼ぶものだった。




















ウイルスに全身を侵され、力無く片膝をついて屈するガオガイガー。

イロウルは「勝った!」と言わんばかりに下卑た雄叫びを上げるのだった。




















沈黙がセカンドオーダールームを包む。

大河とライガ、そしてマイは、何か打開策はないかと脳をフル回転させる。猿頭寺たちオペレーターも、過去のデータを検証し、各々が状況打破を模索する。

しかし、それを打ち破る報告が牛山に届いた。




「極輝覚醒複胴艦ヒルメ内、メンテナンスルームから急報です!」




















屈したガオガイガーを完全に自分の物にしようと、イロウルはさらにウイルスを送り込もうとする。

しかし、そんなイロウルの腕をガオガイガーの手が掴み直した。徐々に力が増していき、ビキッ!と装甲がヒビ割れた。

イロウルは慌ててガオガイガーを離そうとするが、今度はガオガイガーが離さなかった。

ツクヨミのオペレーターシートでガイの身体状況を警告していたコンピューターの警告音が止む。ハッ、とミコトは俯いていた顔を上げた。




「ガイ!?」




ガオガイガーの瞳に光が宿る。




「心配するな、ミコト。 俺は超人エヴォリュダー。 パルパレーパのケミカルナノマシンすら撥ね返したんだ。 この程度の………プログラムなどっ!!」




今度は逆に、ガオガイガーのコアであるガイの身体からイロウルに向かって光が走った。

ガイはエヴォリュダーの能力を駆使し、送られてきたウイルスを無害なものに、そしてイロウルにとっては有害なものにプログラムを書き換え、送り返したのだ。ジェネシックオーラのおまけを付けて。

光がコアの中に入り込むと、今度はイロウルが苦しむこととなった。JAの機体が震え、関節部分からオイルが激しく噴出す。

ガイは、この隙を逃さなかった。




「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




一気にパワーを全開にして、動きの鈍ったイロウルの両腕を引き千切る。装甲が砕け、部品が飛び散った。




「そのコア! 貰うぞ!!」




ガイはヘル・アンド・ヘブンの体勢に入ろうとする。一瞬、ガイの頭に原子炉爆発の光景が過ぎるが、無理やり振り払った。

しかし、そこにライガから通信が入った。




〔ガイ! 聞こえるかの?〕

「伯父さん!?」

〔喜べ! 最高の助っ人を連れてきてやったぞい!!〕

「助っ人!?」




そのガイの目に飛び込んできたのは―――――




「ヒルメ!?」




GGG機動部隊の運搬・回収・整備を担当するディビジョンⅨ・極輝覚醒複胴艦 ヒルメであった。




















ヒルメから降下してくる二つの光。よく見ると、それは青色のクレーン車と赤色のハシゴ消防車であった。




「システム・チェーェェンジ!!」




それぞれの車体がシステムを組み替え、人型に変形する。




「氷竜!」

「炎竜!」




同型AIを持つ双子のビークルロボ、氷竜と炎竜が遂に目覚めた。




「氷竜! 炎竜!」




ガイは喜びを隠せなかった。当然だろう、頼もしい仲間が甦ったのだ。




「隊長殿、遅くなりました」




兄の氷竜。




「復活したぜっ!」




そして、弟の炎竜。




「よく目覚めてくれた!」

「隊長殿、私達の役目は判っています」

「派手にブチかましてやろうぜ!」

「ああ! 頼むぞ!」




ガオガイガーは、再びイロウルに向き直った。




















「いくぞ、炎竜!」

「判ってるぜ、氷竜!」




同調率を示すシンパレート値が急上昇する。既に兄弟の心は一つなのだ。




「「シンメトリカル・ドッキングッ!!」」




青と赤の勇者は空に舞い、一つの機体へとドッキングした。




「超ォォォォ竜ゥゥゥゥ神ィィィィィン!!」




兄弟ロボット・氷竜と炎竜は、そのAIのシンパレート値が頂点に達した時、『シンメトリカル・ドッキング』によりハイパワーロボット・超竜神に変形合体するのだ。




















「キカイダー?」




………………古いぞ、ミサト。




















「俺の後ろにはあいつらがいる………もう、恐れるものは何も無い! トドメだ、イロウル! ガジェットツールッ!!」




尾の一部が分離し、瞬時に形態を組み替えると、それはガオガイガーの両拳に装着された。




「ヘルッ……アンド……ヘブンッ!!」




攻撃と防御、二つの力が両の掌に集中していく。




「ゲム……ギル……ガン……ゴー……グフォ………はあっ!!」




両掌を繋ぐことで溢れ出たエネルギーは、両拳からE.M.トルネードとなって放たれた。その爆発的なエネルギーの奔流に、イロウルは身動きを封じられる。




「受けてみろ! これが真のヘル・アンド・ヘブンだ! ………ウィーータァァァッ!!」




最後の言霊によって一点に集中されたエネルギーは、天使をも貫く最強の矛となり、JAの中心を――――― イロウルのコアを正確に捉えた。




















「イレイザーヘッド……射出っ!!」




火麻の怒号の如き指令がツクヨミの艦橋に響く。

ミラーコーティングされたメガトンツール『イレイザーヘッド』が戦闘フィールドに向かって射ち出された。




















「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




ガオガイガーはコアをJAの中から抜き取る。原子炉と融合していようが関係なかった。

己の半身となっていたイロウルのコアを力任せに抜き取られた原子炉は、それに反発するかのように溜め込まれていたエネルギーを解放する。




「原子炉圧壊! 爆発します!!」




猿頭寺の報告。

セカンドオーダールームの全員に、さらなる緊張が走る。

次の瞬間、大爆発の閃光がモニターを、そして戦闘フィールド内を白く染め上げた。




「イレイザーヘッド、発射ぁぁっ!!」




















 ドオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!




















鼓膜が破れるのでは? と思われる程の爆音と共に、全てが消滅していく








































――――― ことはなかった。爆発エネルギーは一本の巨大な光の柱となって、天高く駆け上がっていったのだ。




「な、何これ!?」

「爆発エネルギーが全部 上へ流れていく!?」




ミサトとリツコは見たことも無い光景に目を疑った。

やがて光が全て晴れ、戦闘フィールドに残っていたのは二体のロボット。

イロウルのコアを携えたガオガイガー。そして、イレイザーヘッドの銃身を構えた超竜神だけだった。




















「イレイザーヘッド、正常稼動を確認!」

「爆発エネルギー及び放射能、宇宙空間へ全放出!」

「戦闘フィールド内、放射能反応ゼロ!」

「パターン青、消滅! 使徒イロウル、殲滅されました!」

「ミッション・コンプリート!!」




オペレーター達の報告をライガが締め括ると、セカンドオーダールームは喜びに沸いた。絶体絶命のピンチを見事に凌いだのだ、無理もないだろう。ライガに至っては、あまりの喜びようにジェットスケーターでセカンドオーダールーム内を飛び回っている。いつものことと言えば、いつものことなのだが………。

そんな中で―――――




「よくやってくれた、勇者達!!」




長官である大河は、万感の思いでモニターに映っている勇者達を称えた。




















そして、それと同時に彼女は、自らの運命を変えた。




「決めたわ!」




リツコの突然の大声にびっくりするミサト。




「何よ、急に?」

「私、GGGに行く」

「へ!?」




目が点になるミサト。




「ミサト、私………NERVを辞めるわ」




















第弐拾玖話へ続く








[226] 第弐拾玖話 【 計画(プロジェクト) 】
Name: SIN
Date: 2005/06/06 01:55






「待ちなさい、リツコ!!」




火麻と共にツクヨミに乗り込もうとするリツコを呼び止めるミサト。その表情は怒りに満ちていた。もし拳銃を携帯していれば、間違いなく、その銃口をリツコに向けていただろう。脅してでも彼女を止める為に。




「本気!?」

「ええ」

「裏切るっていうの!?」

「裏切り――――― そうかもね………あなたやマヤ達から見れば、私は裏切り者になるのよね………」

「まだ遅くないわ。 一緒に帰るわよ、リツコ」

「ごめんなさい。 もう後悔したくないの………絶対にね」




リツコの表情は、もはや何者にも変えられぬほど、強い決意に満ちていた。




何故このような状況となったのか?――――― 少し、時を戻そう。




















イロウルとの戦闘終了後、地上に降りたツクヨミとヒルメは、救助した日重スタッフや式典招待客らを降ろし、勇者ロボや戦闘で使用したハイテクツールなどの回収作業を行っていた。

リツコは、その陣頭指揮を執っていた火麻に、先日のライガからの申し出を受けるということを伝えた。

火麻は当初、大いに戸惑った。何故なら、リツコがGGGに来ることなど正直無理だと思っていたからだ。

シンの記憶で、彼女のゲンドウに対する想いの深さは知っていた。だからこそNERVを――――― ゲンドウの下を離れることはないと思っていたのだ。




「いいのか? あんたはNERVの表も裏も知り尽くしている人間だ。 そんな簡単に辞められるものなのか?」

「私のこと、よくご存知なんですね」

「あんたをこっちに引き込むことは最初からの計画だったんだ。 俺は無理だと思ってたがな」

「あら、どうしてです?」

「六分儀ゲンドウとの関係」

「!!」




リツコの目が驚愕に見開かれ、火麻を見た。そこまで知られているとは思っていなかったからだ。




「そういうことだ」




俯くリツコ。しかし―――――




「………もう、そんなことは関係ありませんわ」




すぐに顔を上げる。




「私は、自分に正直でいたいのです」




晴れ晴れとしたリツコの表情。その美しさに、火麻は思わず見惚れてしまった。




「?………どうしました?」

「あ、いや……何でもねぇ。 後悔しねぇな?」

「ええ」

「なら、準備ができたら連絡をくれ。 うちのスタッフを迎えに寄越す」

「いま連れて行ってはくれませんの?」

「いまから?」

「既にいつ退職しても良いように準備はしていましたし、辞表は郵送するつもりです。 それに―――――

「それに?」

「挨拶に行けば………きっと殺されます」




リツコは、はっきりと言い切った。NERVの裏を――――― いや、実態を知る人間だからこそ言える台詞だ。




「………判った。 これからよろしく頼む、赤木博士」




差し出された火麻の右手。

リツコに、もう迷いは無い。笑顔を浮かべ、握手に応じる。




「こちらこそ。 よろしくお願い致します、火麻参謀」




GGGにとって、頼もしい仲間が増えた瞬間だった。




そしてその後、火麻と共にリツコがツクヨミに乗り込もうとするところへミサトが登場し、冒頭の台詞となるというわけだ。




















説得するどころか、感情のまま ギャアギャア 喚き立てるようになったミサト。彼女を無視して、リツコはツクヨミに乗り込む。

リツコが艦橋に入ってきたことにミコトは驚いていたが、GGG入隊の意思があることを説明すると、「歓迎します」と笑顔で握手を交わした。

暫くして撤収作業が全て終わり、超翼射出司令艦ツクヨミと極輝覚醒複胴艦ヒルメは、オービットベースへ帰還していった。手を振って感謝を伝える日重スタッフや、呆然と見送る戦自関係者、そしてミサトを残して………。




















超翼射出司令艦ツクヨミ。

後は帰還するだけなので、特に緊張することなどなく、結構和やかな雰囲気の艦橋内。

リツコは空いていたオペレーター席に座っている。そこに火麻が話し掛けた。




「なあ、赤木博士」

「はい?」

「いいのか? 葛城一尉のこと………」

「ミサト………ですか?」

「親友なんだろ?」




リツコは一瞬、きょとんとした顔になったが、すぐ元の綺麗な笑顔を浮かべる。




「フフ………」

「ん? 何か変なこと言ったか?」

「いえ………火麻参謀って、もっと怖いイメージがありましたから………お優しいんですね。 好きですよ、そういう方」

「なぁっ!?」




瞬間、真っ赤に茹で上がる火麻。

そんな彼の様子に艦橋内の所々で押し殺したような笑い声が漏れる。が―――――




「ぶわはははははははははははははははっ!! に、似合わないっ……あは……はははははははは!!」




ただ一人、何の遠慮もなく大声で笑う少年がいた。そして、それに釣られて他のスタッフ達も笑いを堪えられなくなり、やがて艦橋に爆笑の渦が生まれた。




「お…お前らっ! シン、てめぇ! 今のは笑うところじゃねぇぞ!!」

「フフフ――――― って、ええっ!?」




思いもよらぬ少年の名に驚き振り向いたリツコの目に、「どうも」と挨拶するシンが映る。




「あ…あ、あああ綾波シシ、シン!?」

「お久しぶりです」

「ど、ど……どど、どうして、あ、あ、あああなたがここに、にに?」




予想もしなかった人物の登場に混乱し、どもりまくるリツコ。




「どうしてって――――― そうですねぇ………僕がGGGのスタッフだからじゃないですか?」

「ええっ!?」




逆にシンから訊き返され、さらに混乱してしまったリツコ。




「ないですか?――――― って………お前は俺達がこっちに来てから、ずっとスタッフの一人だろうが。 それも主要の」

「ははは、そうですね」




シンは ケラケラ と笑い、火麻は呆れたという表情を作る。

混乱し過ぎて呆然とするリツコ。しかし、ふと あることに気付き、我を取り戻した。




「じゃ……じゃあ、もしかして――――― マイさん……も?」

「母さんはGGGの研究開発部に勤めていますよ。 ライガ博士の助手です。 さすが『東方の三賢者』の異名は伊達じゃないですね」

「そうなの………って、ちょっと待って! 東方の三賢者って………何でマイさんが?」

「クスクス……本当にその名前が『本名』だと思っているんですか?」




含み笑いで、まるで悪戯が成功した子供のような表情を浮かべるシン。




「ま、まさか………」




リツコは、嫌な予感がした。




「そのまさかですよ」




にこやかに肯定するシン。




「………碇……ユイ…さん」




声が擦れてしまうリツコ。




「そして、その人を『母』と呼ぶ僕は?」

「………シンジ君」

「正解です。 改めて………お久しぶりです、赤木リツコさん」




見る物、聞く物、全てがリツコの常識を壊していく。そして、それを決定付けたのが次の光景である。




「リツコさん、見えましたよ。 あれが僕達の本拠地、GGGオービットベースです」




シンの指差す先を見たリツコは、驚きに目を見開かせる。シンが自分のことを名前で呼んだことにも気付かない。それほど信じられない光景だった。




「………………………………………うそ」




リツコの目には、人類の夢の一つと言われた巨大宇宙ステーションが映っていた。




















「まさか、衛星軌道上に基地があるなんて思ってもみなかったわ。 NERVの諜報部がいくら探しても見つからないはずね」




火麻とシンに先導され、リツコはオービットベース・メインオーダールームに続く通路を歩いていた。科学者としての好奇心がそうさせるのか、キョロキョロとあらゆる場所に視線を移す。




「着きましたよ、リツコさん」




シンと火麻の向こうに見える自動ドアが開いた。

ドアのこっち側と向こう側の光量の違いからか、リツコは一瞬ほど眩しさに目を細めるが、すぐに慣れ、シンに促されて入室する。




「ようこそ、赤木リツコ博士! GGGオービットベースに。 我々はあなたを歓迎します」




メインオーダールームの中心、長官席から立ち上がったGGG長官大河コウタロウに、リツコは心からの歓迎を受けた。それは他のメンバーも同様で、主要スタッフ総出で迎えてくれた。

正直なところ、リツコは困惑していた。これほどの歓迎を受けるとは思ってもいなかったのだ。

戸惑いながらも挨拶する彼女。その後、唯一面識が無かった研究開発部オペレーター、スワン・ホワイトが自己紹介を兼ねて挨拶し、リツコは正式にGGGの隊員となった。

所属は、誰もが予想通りのGGG研究開発部。マイと同じく、ライガの補佐である。




「赤木博士、よく来てくださった」




ライガは、改めてリツコに感謝を伝えた。




「リツコで結構ですわ、獅子王博士。 私の方こそ感謝しております。 GGGに招いて頂いたことを」

「ボクちゃんのこともライガと呼んでくれてええぞい。 それでのう……彼女が君と話したいらしくてなぁ」




リツコは、ライガの隣で控えていたマイに視線を向けた。




「………ユイ…さん……」

「シンに聞いた?」

「はい」




そう返事すると、リツコは深々と頭を下げた。




「リツコさん?」

「あなたにそう呼んでもらえる資格など、私にはありません。 私は、あなたのご主人と関係を持ったばかりか、娘さんであるレイさんへの仕打ちなど、取り返しのつかないことを数多くしてきました。 こんなことで許されるとは思っていませんが、謝らせてください。 申し訳あ―――――

「待って」




ユイは、リツコの謝罪を途中で止めた。彼女の肩にそっと手を添え、顔を上げさせる。




「許してもらうのは私の方よ。 私のくだらない我が侭が、今のこの状況を生み出した元凶なの。 あなたの人生を狂わせてしまったのも私。 あなたのお母さん、ナオコさんを死なせてしまったのも、私に責任の一端があるわ」

「いえ、母は自ら………」

「知ってるわ。 でも、原因を作ったのは私。 あの男が狂う原因を作ってしまった私の所為。 あなたは何も悪くないの」

「………ユイ……さん」




ユイの優しい言葉に声が詰まるリツコ。




「ふふ………それにしても美人さんになったわね。 最後に会ったのは、まだあなたが高校生の時だったかしら?」

「ユイ…先……生……」




リツコの瞳が潤み始める。声も涙声だ。




「あらあら、懐かしい呼び方ね。 リッちゃん」

「う、う、う……う…わああぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」




ぼろぼろと涙を零し、ユイの胸で泣くリツコ。

耐え切れなかったのだ。今まで溜まっていたものを全て吐き出すように、恥も外聞も無く、彼女は声を上げて泣いた。




この世界のユイとリツコは、既知の間柄だった。一時期、リツコの母ナオコに頼まれ、彼女の家庭教師をしたこともあったのだ。




ユイは自分の娘を慰めるようにリツコの背中を摩る。その行為に落ち着いてきたのか、泣き声は徐々に収まり、ヒクッ……ヒクッ………と しゃくりあげるような声になってきた。




「落ち着いた?」

「ヒック……すいま…せん………ヒック、もう……だいじょうぶ…です」




ユイから渡されたハンカチで涙を拭い、離れるリツコ。




「汚して……しまいましたね。 すみません」




ユイの服には、涙で取れてしまったリツコの化粧が付いていた。




「いいのよ、これくらい。 これからもよろしくね、リッちゃん」

「はい。 よろしくお願いします、ユイ――――― いえ、マイさん!」




リツコの心にかかっていた靄は、いま完全に晴れたのだった。




















取れてしまった化粧を直す為、マイの案内で化粧室に行っていたリツコが戻ってきた。その顔はとても晴れやかで、その美しさに男性スタッフは一様に感嘆を呟くが、ガイだけはミコトに尻を抓られた。




「では、ライガ博士。 いろいろと教えて頂きたいことがあります」




リツコは知りたかった。第5使徒戦の時から、ずっと心に引っ掛かっていたことを。




「ふむ……約束じゃからな、何でも聞いてくれ。 ボクちゃんのスリーサイズは―――――

「そ……それは、また別の機会に………。 まず、最初の質問ですが、あなた方はいったい何者かということです。 世界最高水準を誇っていたNERVの科学力を遥かに超えるテクノロジー。 そして、NERVやSEE―――――




リツコは一旦躊躇した。いま口にしようとした組織の名は、一部の者以外、誰も知るはずの無い名。自分自身、ゲンドウと関係を持って初めて知った組織だ。GGGが知っているのかと自問したが、よく考えると、それは愚問の極みだった。




――――― いえ、おそらく知っているはずですね………NERVやSEELE以外、誰も知るはずの無い使徒の詳細な情報。 いったい、何処でこんな技術や情報を手に入れたのですか?」

「それ―――――

「それについては、私が説明しよう」




ライガを遮って、大河が答える。台詞を盗られたような格好だが、ライガに異存など無く、逆に「頼むわい」と大河に委ねた。

大河は、以前ユイに説明したのと同じようにリツコに語った。あの時は病室だった為に言葉のみでの説明だったが、今回はGGGが本来の世界で経験してきた数々の戦闘データ、ゾンダーや機界31原種との戦い、三重連太陽系でのソール11遊星主との戦いなどを、途中ライガやガイ達の補足説明などを交え、全てをリツコに語った。




その後、シンがスキル=アラエルで自分の正体や目的を伝え、そのあまりの内容にリツコは、しばらく茫然自失となってしまった。




















数分後―――――

ようやく気持ちの整理が付き、再起動を果たしたリツコは、自嘲気味に呟いた。




「全てはGGGの計画通り………。 私は――――― いえ、NERVやSEELEは最初から道化を演じていたということになるのね」




天井を見上げた彼女の目は、遠くを見つめている。




「補完計画を完璧に防ぐ為に、僕達は全ての要因(ファクター)を取り除こうと思っています。 まずは、リリスのダイレクトコピー・エヴァンゲリオン初号機。 コアの中の母さんと依代としてのサードチルドレン・碇シンジの存在。 そしてリリスの魂を有したレイと、その素体達。 これだけでも、あの髭の計画は防げます」

「だから、浄解を必要としない初号機のコアも持ち去ったのね。 ユイさんを助ける為に――――― そして、400%なんていうシンクロ率でわざとエヴァに溶け込んだシンジ君も助ける為に」

「そうです。 依代・碇シンジとエヴァ初号機の存在抹消、そして母さんの救出。 一石三鳥だと思いません?」

「レイの出生も嘘なのね」




シンは頷く。




「あれはレイを救う為のハッタリ………真実はリツコさんも知っての通りです。 でも、それが何だと言うんです? 彼女は僕達の大事な家族です」

「そうね、その通りだわ。 今のレイを見ていると本当に幸せそうだもの」




リツコには最初、レイの変わり様が信じられなかった。だが、今なら判る。心から信じ、愛してくれる者がいれば、人は変われるのだ。

そう、『人』は変われる。レイは、紛うことなく『人』なのだから。




「NERVはそれで良いとしても、SEELEの方はどうするの? そんな簡単に諦めるかしら?」

「どんなことがあっても、あの老人達は諦めないと思います。 でも、実際に動く人間がいなくなったらどうでしょう? あの人達は命令するだけで、自分では何も行動できない人間ですから」

「なるほどね。 そういえば、六分儀司令も同じタイプね」

「その点、GGGは長官からして『ああいう人』ですから。 いざとなったら、自分がガオガイガーにフュージョンする! なんて言いかねません」

「よく判ってるじゃねぇか」




シンの言葉に火麻が賛同し、メインオーダールームは笑いに包まれる。当の本人は、苦笑しながらポリポリと頭を掻いていた。




















「さて、赤木博士が新しいスタッフとして加わったことで、我々は新体制をスタートさせようと思う。そこで、それに伴い、新たな計画(プロジェクト)を立ち上げる」

「はあ?」

「新しい計画?」




大河の話は、火麻、ガイを始め、ミコト、スワンといったスタッフ陣には寝耳に水だった。しかし、ライガやマイは落ち着いており、シンに至っては、どこからか書類を用意し出した。




「みんなに黙ってボクちゃん達だけで話を進めていたことは謝るわい。 じゃが、状況がどう転ぶか判らんかったからのう。 必要なくなれば、すぐ廃案にするつもりじゃった」

「俺にまで黙ってるなんて、水臭いんじゃないか?」

「なっはっは! すまんのう、参謀」

「この計画の発案者は綾波シン、そしてマイ博士。 スーパーアドバイザーとしてDr.ライガが就く予定だ。 なお、この計画には赤木博士も参加してもらう。 さっそくで申し訳ないが、よろしいか?」

「もちろんです。 こちらに来たばかりの私を参加させて頂けるなんて光栄ですわ。 必ず期待に応えてみせます」

「うむ、頼もしいかぎりだ。 では、シン君。 皆に資料を配ってくれ」

「はい」




大河の指示で、シンは書類を一人一人、スタッフ全員に配っていく。結構な厚さがあるそれを、皆は最初、軽く読む程度だったが、内容が進むに従って、次第に真剣な表情になっていった。




「おい……これは………!?」




火麻に続き、ミコト、ガイも口を開く。




「新型ディビジョン艦の建造計画ですか!? それに―――――

「シン君! これほどのもの、本当に必要なのか!?」

「ガイさんが言いたいことは判ります。 確かにこれは『過ぎた力』です。 使わないことに越したことはないですが、万が一を考えると………」

「万が一?」

「使徒の強さ、行動に予想がつかないということです。 今後、裏死海文書の記述は『指針』にはなりますが、『確定情報』にはなりえません。 あらゆる可能性を考えた時、僕の頭に使徒本来の姿――――― 『最終形態』の存在が引っ掛かりました。 ガイさん達の世界において、機界31原種の本来の姿が『Zマスター』であるように、この世界の使徒にも同じような形態が存在し、その力は想像を絶するものです。 これは、それに対抗する為の力であり、僕達の『希望』の一つなんです」

「使徒の最終形態………希望………」




そう呟き、書類を見詰めるガイの視線の先には、『鳳凰XX』と『皇帝計画』の文字があった。




















しかし、書類に記されている計画は一つではなかった。




「………これは、エヴァね?」




最後まで書類に目を通したリツコが、発案者であるシンに問う。




「そうです。 あなたをGGGに引き入れた理由の一つでもあるんですが………これは、初号機を造った母さんと、それを実戦レベルで使えるまでに整備したリツコさん、その二人の力が無ければ、決して造れない物なんです」




書類には基本フレームの設計図の他にも、武器装備要項、そして制御システム案なども書かれてあり、その出来栄えにリツコは感嘆の溜息を漏らす。赤き世界で『能力』を手に入れたとはいえ、努力と才能無しで、これ程のものは作れまい。さすがは『東方の三賢者』碇ユイ――――― いや、綾波マイの息子だと思う。

シンの言葉は、さらに続く。




「生命体に強制的な進化を促す17種の使徒『A.D.A.M-SYSTEM』………光と闇、正と悪、雄と雌など――――― 全てのものには対となるものがあるように、A.D.A.Mにもそれは存在します。 それこそ、このシステムのアンチプログラムであり、もう一つの僕等の『希望』………」




リツコは、改めて書類を――――― その中の設計図を見る。そこには機体デザインのラフ画もあり、そこに描かれている姿は、かつてのエヴァ初号機を彷彿とさせるデザインなのだが、背部に装備された六対十二基の『フィールド・バインダー』と呼ばれるものの存在が、これは従来のエヴァとは全く違う機体なのだと言わしめていた。




「それが真の………本当の『EVANGELION』です」




















地上。第3新東京市、マンション・コンフォート24。




「「ただいま~~」」




やっとシンとマイは帰宅することができた。

現在、午後8時20分。

本来なら夕方6時頃には帰ってくる予定だったのに、いろんな出来事がありすぎて、こんな時間になってしまった。

そのシンとマイの額には、冷汗が浮かんでいた。いま、二人の頭にあるのは、この家の『お姫様』のご機嫌のことだった。何の連絡もせず、随分と待たせてしまっている。

恐る恐るリビングのドアを開けると、そこには机に倒れ伏しているレイがいた。




「………遅い」




たった一言だが、普段以上に重い呟き。眉間に皺を寄せ、こちらを睨んでいる。






 グ~~キュル~ギュルル~~~~………






レイのお腹が鳴った。

だが、恥ずかしがることもなく、逆に「私はこんなにお腹が空いているの」と言いたげな視線をシンとマイに送っている。




「ご……ごめんなさいね、レイ」

「夕飯、まだだろ? ほら、お寿司買ってきたから食べよう? ね?」




マイは申し訳なさそうな表情を浮かべ、両手を合わして謝る。そしてシンは、機嫌直しも兼ねて買ってきた特上寿司を見せた。




「………甘エビ……ある?」




ぶんぶん、と音が聞こえるくらいの勢いで首を縦に振る二人。レイに喜んで貰う為に買ってきたのだ。抜かりは無い。

ニンマリと笑顔を浮かべたレイは、突っ伏していた机から立ち上がると、小皿と醤油を用意し始める。

目に見えない重圧(プレッシャー)から開放されたシンとマイは、そこでようやく、ホッと一息つくとことができた。

しばらくして、「「「いただきます」」」「クワァッ 」という声がリビングに響いた。




















「あら、眠ったようね」




後片付けをしていたマイは、リビングが静かになったので覗いてみた。

夕飯後――――― レイは、待たせ過ぎたお仕置きということで、ソファーに座っているシンの肩に頭を乗せ、満腹感にまどろんでいたが、昼間ヒカリ達と遊んだ所為か、そのままスヤスヤと眠ってしまっていた。




「ずっと前から気付いてたくせに」




何をいまさら、という顔のシン。




「脹れてないで、レイをベッドに寝かせてきて」

「りょ~かい」




シンは、肩に乗っているレイの頭をゆっくりと退かし、ひとまず起こそうとする。




「駄目よ。 起こしちゃ、可哀想でしょ。 抱っこしてあげて」

「ええ!? ちょっと、母さん!?」

「シーッ! 大声出さないの」




有無を言わせぬマイの微笑。こころなしか、ニヤついて見えるのは気の所為か。

さすがのシンも、マイの笑顔とレイの寝顔には勝てなかった。




「………ったく、しょうがないなぁ」




シンは、レイを起こさぬように抱き上げる。右腕をレイの脇に通し、左腕で両脚を抱えた。俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。

その様子を、マイは更にニヤニヤした顔で見ている。

何か無性に悔しいので、お返しすることにした。




「ねえ、母さん」

「なに、シン?」

「今の母さん、ミサトさんにそっくりだよ」

「ぐっはぁ!!」




思わぬ反撃に、マイは心臓の辺りを押さえて蹲った。痛恨の一撃だ。




「お仕置き完了」




ショックで倒れ込むマイを無視して、シンはリビングを後にした。




















レイを抱っこしたままのシンは、脚で器用にドアを開け、レイの部屋に入った。

静かにベッドに寝かせ、布団を掛ける。




「………ムニャ……お兄ちゃん…………ンン……」




零れた寝言に応えるように、シンはレイの頭に手を添える。




「お休み、レイ」




部屋を出ようとした時、一冊の本が机に置かれているのが目に入った。




「そういえば、何か本を読んでるって言ってたっけ。 これかな?」




シンはその本を手に取る。文庫本のようだ。




「前の世界でもレイは本を読んでたよなぁ………どういう本なんだろ?」




書店のカバーがしてある為に題名が判らないシンは、表紙を開いてみた。そこに書かれてあった題名は―――――




























































兄と妹シリーズ 【 禁断の蜜月




































































































――――― 勘弁して」




















第参拾話へ続く








[226] 第参拾話 【 紅の少女 】
Name: SIN
Date: 2005/06/13 03:10






………………………気が付くと、アタシは弐号機の中にいた。

あいつらにグチャグチャにされた弐号機じゃなくて、ちゃんと元通りの弐号機にだ。




何でここにいるんだろう?




アタシが最後に見たのは、泣きながらアタシの首を絞めるシンジ。

苦しいし、起きたばっかりで頭がクラクラしてたから、思わず―――――




「…………気持ち悪い」




――――― って言ったら、急に意識が遠くなって―――――




















君は何を望むんだい?




















――――― そんな声が聞こえたような気がしたけど、気が付いたらここにいた。 プラグスーツ姿でエントリープラグの中に。




何で?

どうして?




そう自問していると、通信が入った。




怒ってる?




日本語じゃない。 久しぶりに聞く言葉、ドイツ語だ。

集中しろ! って言ってる。

うるさいわね………って思ったら、それはドイツ支部の支部司令だった。




本部に転勤? それとも出張?




――――― って、よく見ると、管制室にいるのは、みんなドイツ支部の人間だった。




ちょっと………出張にしては人数 多くない?




ますます混乱したわ。




戦闘は?

本部はどうなったの?

エヴァシリーズは?

ミサトは?

シンジは?




思考の海に沈んでしまったアタシに、支部司令は呆れた声で―――――




「もういい、セカンド………上がれ」




――――― と、命令した。

アタシは混乱したままだったから「誰か、状況を説明して」と訊こうとした。 でも、管制室はみんなが忙しく動き回っていて、とてもじゃないけど訊ける雰囲気じゃなかった。

結局、アタシはそのままエントリープラグから出た。

L.C.Lを洗い落とす為にシャワー室に向かう。 その途中、気付いた。 ここが日本本部じゃなくドイツ支部だってことに。




戻ってきた? 

戻された? 

いつの間に?




手の込んだイタズラとも考えた。 でも、これは度が過ぎてるわ。 一人、こういう事を計画しそうな女を知ってるけど、実行できるほど権力はないし、馬鹿でもない………………………………………………はず。 自信ないわね………。 




う~~~~~~~ん…………………………………………………あ~~~~~、もう!




何の情報も無く考えても埒が明かない。 とりあえず、アタシはシャワーを浴びて着替えた。




あれ?




ロッカーの中に入っていたのは見慣れない服だった。

中学の制服は…………………無い。 けど、持っている私服とも違う。

こんな服、買ったかな? と思った。 でも、袖を通すとサイズがピッタリだったし、ここはチルドレン専用の更衣室なので、これは自分のなのだろうと結論付けた。

その時、不意に更衣室の壁に掛けてあるカレンダーが目に入った。




【 2 0 1 4 】




瞬時に理解した。 自分の身に起きたことを。




















それがちょうど一年前のこと。

そして今、アタシは日本に向かっている。

前と同じ、国連軍の空母『オーヴァー・ザ・レインボウ』で。




















赤木リツコのNERV離反から数週間後。

技術開発部は、彼女の抜けた穴を必死で埋めようとしていた。

後任に抜擢された伊吹マヤ二尉だったが、リツコがNERVを離れたと聞いた時、彼女はショックのあまり 臥せってしまった。

その後、同僚の日向や青葉が「亡くなったわけじゃないし、またGGGと共同作戦をとることになったら逢えるかもしれないよ」と励ましてくれたのが大きかったのか、一週間ほど休んだ後、彼女は職場に復帰した。

そんな彼女が何とか頑張っているものの、やはり赤木リツコという存在は非常に大きかったようで、かつてはリツコ一人で捌いていた仕事を、現在はマヤを含めた技術部員の精鋭四名で請け負っているという按配だ。さすがに通常の業務にも支障が出始めている。

これには副司令 冬月コウゾウも頭を抱え、リツコに代わる人材を探す為、四苦八苦の毎日である。

だが、肝心のNERVのTOP 六分儀ゲンドウ総司令は、そんなことなど気にも留めず、己の計画を進める為に大忙しだった。




「そうだ。 その問題は、既に委員会へ話を付けている。 『荷物』は昨日、佐世保を出航し、今は太平洋上だ」




初号機コアの行方を一向に掴めない諜報部を怒鳴り散らす傍ら、何処かへ電話を掛けるゲンドウ。

荷物――――― そう呼ばれる、自分の補完計画を進める上で最も必要なモノの一つが今、日本に向かっていた。

紅の巨人と共に。




















きらめく太陽に、澄み切った青空。見渡せば360度水平線が広がる素晴らしき風景。

そんな美しい景色の中を、無粋な軍用ヘリが突き進んでいる。NERV所属の輸送ヘリコプターだ。

ヘリには、NERV戦術作戦部 作戦局 第一課の長である葛城ミサト一尉が乗り込んでいた。彼女の目的は、海上輸送されているNERVの新たな戦力『エヴァンゲリオン弐号機』と、そのパイロット『セカンドチルドレン』の引き取りである。

その乗機が陸上から海上へ出て約2時間後、何も変わることの無かった景色に変化があった。大型艦の一団が視界に入ったのだ。




「見えましたよ、葛城一尉」




コクピットの助手席に座っていたコ・パイロットが目的地への到着を知らせる。

ミサトは覗き込むように窓から下を見た。




「へぇ~~、空母が五隻に戦艦が四隻ね………大艦隊じゃない」

「さすがは国連軍が誇る正規空母『オーヴァー・ザ・レインボウ』といったところですか」

「よくこんな老朽艦が浮いていられるものね」

「セカンドインパクト前のビンテージ物でしょう? 多分ですけど」




こいつ、軍事オタクか。




コ・パイロットをそう決め付けたミサトは、無視を決め込み、何も応えなかった。

そんなことなど気にもしないコ・パイロットは、淡々と着艦準備を始める。




「太平洋艦隊旗艦オーヴァー・ザ・レインボウ、応答願います。 こちら、特務機関NERV所属の輸送ヘリMil-55d。 着艦許可願います」

「こちらオーヴァー・ザ・レインボウ、許可いたします。 ようこそ、我が艦へ」




問題無く許可が下り、ヘリは降下体勢に入った。




















「フン! いい気なもんだ。 オモチャの電源ソケットを運んで来おったぞ。 ガキの使いが………」




ヘリが降りようとする空母の艦橋で、艦長らしき男が忌々しそうに呟く。その後ろでは、副官と思われる男が無言でヘリを見ていた。




















オーヴァー・ザ・レインボウの甲板に着艦しようとするヘリの爆音が響く。

それを、艦橋の張り出しに立って見下ろしている少女がいた。紅茶色の長い髪が良く似合っている。




「やっと逢えるわね、シンジ。 今度は叩いたりしないからね」




笑顔がとても綺麗な少女だった。




















そして、そこから少し離れたところでは、少女と同じくヘリを見詰めるロングコートの女性の姿があった。

本土からは、まだかなりの距離があるが、ここはもう日本の領海である。容赦ない真夏の気候に、直射日光。格好が格好だけに、暑くはないのだろうか?

そんな彼女の桃色の髪を、涼やかな海風が靡かせる。掛けている小さな丸眼鏡のズレを直しつつ、女性は呟いた。




「ようやく来たか………ってことは、もうすぐなんだね」




女性はヘリから降りてきたミサトを一瞥すると、視線を大海原に移す。




「さあ………いつでも来な、ガギエル」




















ヘリのローターが巻き起こす風を嫌がり、舞い上がる髪の毛を押さえつつ、ミサトは空母の甲板に降り立った。




「せっかく気合を入れてセットしたのに―――――




――――― と、ぼやくものの、ミサトは任務の為、艦橋を目指して歩き始める。

そんな彼女の前に、一人の少女が姿を現す。先程ヘリを見詰めていた少女だ。




「Hello、ミサト! 元気そうじゃない」

「まあね~~。 あなたも背ぇ伸びたんじゃない、アスカ?」




少女の名は、惣流・アスカ・ラングレー。

エヴァンゲリオン弐号機の専属操縦者にしてセカンドチルドレン。自他共に認める天才少女である。




「他の所も、ちゃ~んと成長してるわよ。 どう?」




アスカは、その成長を見せ付けるように胸を張った。




「そいつはけっこう」




ウンウン と笑顔で頷くミサト。




「で、連れて来てるんでしょ?」

「は?」




ミサトは一瞬呆けた。彼女の言った言葉が判らなかったのだ。

まだ、日本語が不自由なのか? 

そう思ってしまった。

一方のアスカは、訊き返してきたミサトに不機嫌さを表し、言葉が荒くなる。




「は? じゃないわよ。 サードよ! サードチルドレン!」

「サードって………え~と、碇シンジ君?」

「そうよ! ………まさか……ファーストを連れて来たんじゃないでしょうね?」




アスカはキョロキョロと辺りを見回す。




「いいえ、レイは第3新東京市で待機よ。 もし使徒が侵攻してきたら危ないでしょ?」

「だったら―――――

「いない人間は連れて来れないわ」

「………え?」




明るさが取り柄であるミサト。 だが、その表情の暗さに、アスカは嫌な予感がした。




「これはまだ、本部の人間しか知らないことだけど…………………サードチルドレンは死亡したわ」




ミサトの言葉にアスカは震えた。恐怖が背筋を走った。




「な!? 何でよ!? どう言うことよ!? アイツが………シンジが死ぬはずないじゃない!!」




ミサトの腕を掴み、取り乱すアスカ。彼女には、ミサトの言うことが信じられなかった。




「ねえっ!!」

「ちょ……ちょっと落ち着きなさい、アスカ!!」




ミサトは、自分を掴んでいたアスカの手を振り解くと、逆にアスカの肩を掴んで彼女を叱咤する。




「あ………」




ミサトの大声に、ハッとなるアスカ。




「ねえ、アスカ? あなた、どうしてシンジ君のこと知ってるの? サードの情報は、本部で止めてるはずなのよ。 誰に聞いたの?」

「誰でもいいじゃない。 それより教えなさいよ。 本部で何があったの?」

「それは………あっ」




言いかけて、ミサトは周りを見た。すると、甲板上にいる全ての人間がこちらを見ていたのだ。

無理もない。ヘリから降りてきた美女(容姿だけなら)と美少女が言い争っているのである。

ミサトは慌てて小声で話し出す。




「ここじゃ場所が悪いわ。 どっか良い所ある?」




アスカも気付いた。ミサトが話そうとしたことは機密に属することを。




「士官食堂は? 下士官は誰も入ってこれないし、今の時間、士官は全員職務中だから誰もいないはずよ」

「そうね、案内して」




ミサトは、アスカの先導で艦内に入っていく。

その様子を艦橋近くの外通路で見ていたロングコートの女性は、軽く目を瞑りながら溜息を漏らす。




「やれやれ………このままじゃ、あの娘を泣かせてしまうよ、シンジ」




彼女には、二人の会話が聞こえていた。強化された彼女の聴覚にかかれば容易いことだ。

コートを翻し、彼女も艦内へ入った。噂の作戦課長サマにご挨拶する為に。




















士官食堂では、ミサトがアスカに事の成り行きを説明していた。

しかし、その話は一部が誇張・歪曲されていた。NERVに――――― いや、ミサトに都合が良いように。




「その『GGG』って奴らがサードを………シンジを殺したのね!」

「ええ、そうよ! シンジ君は素人なりに頑張ったわ。 でもね、奴らはそんなシンジ君を初号機ごと消滅させたの」

「………シンジ」




俯いて小さく呟くアスカ。

そんな彼女の肩に手を添えるミサト。




「アスカ、私に力を貸して。 使徒を倒す為………そして、シンジ君の仇であるGGGを倒す為に!」

「判ったわ、ミサト。 GGG………絶対に許さない」




そのアスカの様子に満足するミサト。彼女に見えないよう、ニヤリと笑った。自分に忠実な『駒』の誕生に………。

だが―――――




「仇だの、許さないだの、何やら物騒な話だね」




突然、後ろから発せられた声に、ミサトは勢いよく振り向く。椅子を倒さんばかりに。




「………!!(聞かれた!?)」




ミサトは、その声の主を睨んだ。食堂の入り口に立つ、白いロングコートに身を包んだ女性を。

女性は、そんなミサトの視線を臆せず見詰め返した。




「ルネさん」




アスカにルネと呼ばれた女性は、左手を挙げて応える。




「誰よ、あんた?」




あからさまにミサトは怪しんだ。自分がドイツ支部を離れる時には、こんな人間はいなかった。それにアスカとも親しいようだ。彼女が『さん』付けで呼ぶ人間など、片手で数えるくらいだからだ。




「私はルネ・カーディフ。 アスカの護衛さ」




ルネ・カーディフ――――― 彼女の正体は、GGG所属の情報員。そして、Gストーンのサイボーグである。コードネームは『獅子の女王(リオン・レーヌ)』。

彼女の本名には、さらに『獅子王』という名が入る。しかし、それは意図的に外している。GGGとの関係を匂わせない為だ。

第5使徒戦時の共同作戦で、GGGに獅子王という名の人間がいることがNERVに判ってしまった。だが、念の為にファミリーネームを隠したことが功を奏した。

特に、NERVドイツ支部はSEELEのお膝元。

潜入捜査を行うルネにとって、正体がバレる出来事は何としても避けなければならない。その為、Gストーンが嵌め込まれている右腕のサイボーグ部分には包帯を巻き、なるべく人目に晒さないようにしている。まあ、万が一SEELEにバレたとしても、一人で全滅させられるかもしれないが。




「ねえ、ルネさん………加持さんは?」

「げぇ!? あいつもいるの!?」




アスカの言葉に、嫌な名前を聞いたミサト。はっきりとした嫌悪を示した。




「あのバカなら―――――




ルネは振り向くことなく、親指で自分の後ろを指し示す。




「「??」」




アスカとミサトは、そのルネの後ろ、指差された通路を覗き込んだ。

すると、そこには股間を両手で押さえながら小刻みに痙攣する男が倒れていた。




「あ………また?」

「性懲りも無く、私の肩に手を回そうとしたからね」




アスカが「また」と言うように、これが初めてではない。最初は、アスカの護衛を加持からルネに引き継ぐ際の挨拶の時だった。それ以来、あまりにしつこいので、一度 本気で殴ってやろうかと思っている。

そんな加持を無視して、ルネはミサトに問う。




「いいのかい? こんな所で休んでてさ。 任務があるんだろ?」

「あ………」




顔を青くするミサト。本気で忘れていた。




「ア、ア、アスカ、また後でね」




ダッシュで食堂を出て行き、艦橋へ向かうミサト。しかし、例の如く迷子になり、艦橋に着いたら着いたで、艦隊司令と副官の嫌味と皮肉に何も言い返せなかった。




















「アスカ」




ルネは、俯いて座っているアスカに近付く。

さっきまでミサトが座っていた向かいの席に着こうとするが、それを遮るようにアスカが立ち上がった。




「アスカ?」

「ごめん、ルネさん。 しばらく一人にして………」




力無くそう呟くと、アスカは士官食堂を出て行った。




「ふう………」




アスカの様子に嘆息したルネも食堂を出た。




「シンジ………やっぱり、お仕置きだね」




出会ってから期間は短いが、ルネはアスカを妹のように思っている。あんな彼女の姿は見ていられなかった。




















その頃―――――

空母『オーヴァー・ザ・レインボウ』艦底部に近い人気の無い通路。

突如、その床に黒い穴が開いたかと思うと、そこから一人の少年が姿を現した。




「へっくし! ズズ………風邪かな?」




鼻を啜る少年。

彼こそ、先程の話に出てきた少年――――― 死んだはずの『碇 シンジ』であり、現『綾波 シン』その人である。




「さて、ガギエルが来ない内にアダムを回収するか」




上の階に波動を感じる。

シンは、アダムを運んでいるであろう加持リョウジの部屋に向かった。




















士官食堂を出たアスカは、何処に行くというわけでもなく、艦内を彷徨っていた。その姿は、まるで夢遊病者だ。




シンジがいない。




そのことは、アスカの心を深く抉っていた。

ミサトの言うサードチルドレン・碇シンジが『自分が知っている碇シンジ』『自分を知っている碇シンジ』ではないことくらい、最初から理解していた。しかし、だからと言って、彼が死んだという事実――――― もうこの世にはいないという事実は、アスカに希望を失わせた。




もう、シンジに逢えない。

もう、あの笑顔は見れない。

もう、アタシを見てくれない。

もう、あの優しさに触れることができない。




アスカは気付いていた。自分の心に。




彼だからこそ怒った。

彼だからこそ憎んだ。

彼だからこそ嫌った。

彼だからこそ蔑んだ。




けれど、それは全てにおいて裏返しの感情。

彼だからこそ、ここまで心を曝け出すことができたのだ。

しかし、その想いを伝えることのできないまま、彼は逝った。

この持って行き場のない気持ちは如何したらいいのだろう。




そんな思いに囚われながら、アスカは通路を歩いていた。前方に見える角の奥から聞こえてくる足音にも気付かずに。




















一方、その足音の主である少年・綾波シンだが、彼も、角の奥から聞こえてくる少女の足音に全く気付いていなかった。彼の頭には今、アダム回収後の算段が巡っていたからだ。

それぞれ違う思いに浸り、互いに気付かず、近付いていく両者。前の世界でのユニゾン特訓の成果か、二人は同じ歩幅、同じスピードで歩いており、同じタイミングで角を曲がった。

そして当然の如く、二人は出会い頭にぶつかった。ご丁寧に、俯いていた少女の額が、少年の顎にヒットする形で。






 ゴン!!






「きゃあっ!!」

「ぐあっ!!」




しりもちを着き、額を押さえる少女。そして、顎を押さえながらしゃがみ込む少年。




「痛ぁ~~い! ちょっとアンタねぇ………どこ見て歩いてんのよ!!」




自分自身のことは棚に上げた少女は、この激痛の原因たる少年を キッ! と睨みつけると、胸倉を掴んで怒声を浴びせた。

その声に、少年は半ば条件反射的に謝ってしまった。




「あ……ご、ごめん、アスカ」

「何だ、バカシンジか………ったく、ホントに気を付けてよね」

「うん……ほんと、ごめんね」

「もういいわよ。 アタシも考え事してたし………」

「どうしたの? 元気ないみたいだけど」

「………ミサトがね」

「うん」

「シンジのやつが死んじゃったって言って………」

「そうなんだ………僕、死んじゃったんだ」

「それでね、ちょっとブルー入っちゃって」

「アスカ………」

「あ~~あ、アタシもヤキが回ったわね。 バカシンジなんかに弱音を吐いちゃうなんて」

「なんかは酷いな。 でもさ、僕で良かったら、いつでも相談に乗るし、愚痴も聞くからさ」

「………うん。 ありがと、シンジ。 何か、楽になった」

「そう? よかった」

「じゃ、アタシ、部屋に戻るね」

「うん。 じゃあね」




少女は軽く手を振り、その場を離れる。

さっきよりも少し表情が明るくなった彼女を、少年は心配そうに見詰めるが、済まさねばならない用事があるので、彼も先へ進んだ。

しかし、角を曲がり、お互いの姿が見えなくなった所で、二人は ピタッ と歩みを止めた。




「「んん!?」」




何かがおかしいと気付いたのだ。

先ほど交わされた言葉が呼び水となって、二人は思考の渦に攫われる。

あまりに………あまりに自然な会話。だからこそ、この世界では『不自然な会話』だったのだ。




「(え? ちょっと待って………今の、アスカだよねぇ? 何でアスカが僕の名前を? この世界でも僕達はまだ出会ってないし、面識もないはず……何で、あんな自然に……え? 嘘だ 嘘だ 嘘だ 嘘だ 嘘だ 嘘だ! そんなはずない!! でも、まさか……まさか………)」




「(アタシ………いま何て言った? バカシンジ? そう、バカシンジだ! アイツがいた! でも、アイツ………アタシのこと名前で呼んだ……嘘……もしかして……もしかして……アイツはアタシが知ってる………!!)」




いち早く思考の渦から脱出できたのはアスカの方だった。あの少年が『シンジ』だと確信した彼女は、身を翻し、彼を追いかけた。




「シンジィィィッ!!」




















通路に響いたアスカの声で、少年・綾波シンは我に返った。いま逢うのはさすがに不味いと判断し、スキル=レリエルでディラックの海を展開する。確認がてら、そっと通路を覗くと、アスカは神速の如きスピードでこちらに向かってきていた。




「うわっ!」




すぐさま、虚数空間に潜り込む。

まさに間一髪。どうにかシンは逃げ切れた。




















「待ちなさい、シンジ!!」




少年が曲がったであろう角にアスカが辿り着く。しかし、一歩遅かった。そこにはもう、誰もいなかった。




夢だったのか?




アスカの表情は、再び暗くなる。けれども、よくよく思い出してみる。先ほどの声を、先ほどの笑顔を。




夢じゃない!




彼は確かにいたのだ。

そう、彼はいるはずだ。この艦の何処かに。

何故そう思ったのかは判らない。だが、そんな気がする。そうあって欲しい。




「シンジ………生きてるの?」




その呟きに応える者はいない。しかし、アスカは構わず走り出した。

彼を見付ける為に。

彼に逢う為に。




















第参拾壱話へ続く








[226] 第参拾壱話 【 白き方舟 】
Name: SIN
Date: 2005/06/13 22:53






空母『オーヴァー・ザ・レインボウ』艦橋近くの、海が見える外通路。

都合よく人気の無いこの通路に、マンホールの蓋くらいの大きさの、闇色をした穴が現れる。

その穴から、一人の少年が浮かび上がってきた。汗をダラダラ流し、ハァハァ……と呼吸も荒い。まるで、警察に追われる犯罪者の様相だ。

少年の名は、綾波シンと言った。

その彼が通路の手摺に寄り掛かって呼吸を整えていると、突然、背後から呼び掛けられた。




「おい、お前!」

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




飛び上がらんばかりに驚くシン。侵入がバレた! と思い、覚悟を決め、両手を挙げて振り返る。

そこに居たのは、銃を構える兵士ではなく、白いロングコートを羽織った一人の女性だった。




「よう! 久しぶりじゃないか」




そう挨拶する、知った顔の女性――――― ルネ・カーディフ・獅子王。

シンは、ホッ…… と安堵の表情を浮かべ、盛大な溜息を吐き出した。




「はぁ~~~~~………ルネさん、脅かさないでくださいよ」

「それはこっちの台詞だよ。 いきなり目の前に現れるんだから………。 それにしても、何でこんな所に? 計画に沿ってアダムを回収しに来たんじゃないのかい?」

「あ! そ……そうだ、ルネさん! 聞いてください! 大変なんです!!」

「何かあったのか!?」

「アスカがバカシンジって言って、ゴン!ってぶつかったら、凄い勢いで追いかけてきて、つい普通に話しちゃったら、彼女は僕を知っていて、元気になったのは良かったけど、僕は彼女を知っていて」




身振り手振りを交え、ルネに説明するシン。しかし、これまでに無いくらい慌てている為に、全く要領を得ない。文法は間違いだらけの上、身体の動きと言葉も合っていない。

ルネは思った。




これが日本語で言う『しどろもどろ』と言うやつかい?




さすが幾多の修羅場を駆け抜けてきたルネである。落ち着いたものだ。

ルネは、シンの様子に一息嘆息し、




「はぁ………とにかく落ち着けよ。 何を言いたいのか、さっぱり判んない」

「ああ……はい。 え~と、え~と………」




シンは深呼吸をし、ゆっくりとながら、ここまでの経緯をルネに説明する。

そこでようやく、ルネは事の顛末を理解した。




「ふ~~~ん………つまり、こういうことかい? 思いがけず ぶつかってしまい、あの娘に一喝されたあんたは、油断のあまり、つい昔のように謝った。 そこで返ってきた言葉は、前の世界でさんざん言われ続けた自分の名前だった。 それであんたは、あの娘も綾波レイや自分と同じように帰ってきているかもしれないと………。 で、さらには、自分の正体もあの娘にバレたかも知れない………と?」

「概ね……その通りです」




何故か、ルネの前に正座しているシン。その姿は、姉に説教されている弟のようだ。




「GGGの連中には『絶対に油断しないように』なんて言っておきながら、肝心のあんたがコレじゃあねぇ………」

「め、面目ないです………」




情けない自分を反省するシン。




「でもね、シンジ―――――

「あの……ルネさん、今の僕は綾波シンです」

「ああ、そうだったね………いいかい、シン? あの娘がどうだろうと、あんたがしようとすることに――――― あんたがやらなきゃいけないことには、何も変わりはないんじゃないかい? トモロから裏死海文書がもう当てにできないことは聞いたよ。 でも、可能性は残ってる。 今日、葛城ミサトが弐号機の電源ソケットと一緒にここへ来たってことは、『そういう場合』が考えられるんだろ? だったら、慌ててる暇なんかあんたには無いんだよ! アダムを回収するチャンスはココだけだ。 NERV本部に持ち込まれちゃ、秘密裏にって訳にはいかなくなる」

「そう……ですね。 何も変わりはないですね。 でも―――――

「でも?」

「アスカも帰ってきてる………って思うと、正直、凄く嬉しいんですよ。 僕が一番救いたかったのは、世界よりも何よりも、彼女達だったから」




彼女達――――― それは言われるまでも無く、惣流・アスカ・ラングレーと綾波レイ。

シンの言葉は本音だ。彼は世界を救うことよりも、彼女達の幸せを望んでいるのだ。

本当の意味での幸せを。

誰よりも。




















説教が終わった。

ルネの許しを得て、正座を解いて立ち上がるシン。ルネと同じように手摺りに凭れ掛かった。

潮風を受けながら、シンはルネに問う。




「ルネさんはどう思います?」

「ん?」

「やっぱり、あのアスカは―――――

「そう、あんたの知ってるアスカ。 そして、あんたを知ってるアスカさ」




シンは驚いた。アスカのことではない。ルネの、予め知っていたかのような、その口ぶりにだ。




「………………前から知ってたんですね? 何で教えてくれなかったんですか!?」




ルネを睨みつけるシン。だが、彼女は平然としている。




「教えたら、あんたはあの娘と絶対に逢おうとしなかったろ?」

「あ、いや……それは………」




図星を突かれた。

シンの心に、あの時の恐怖が蘇る。

あの赤い海の中で最初に再会を願った他人、それがアスカ。しかし、「気持ち悪い」という拒絶と共に彼女は消えた。その時の恐怖が、未だ心の中に巣食っている。そして、あの病室での行為。いったい、どんな顔をして逢えばいいと言うのだ。




「まあ……あんたがあの娘に逢った時、どういう顔をするのか見たかった………ってこともあるけどね」

「あのねぇ………」




ルネの言い様に、シンは呆れてしまった。脳裏にイタズラ好きの老人が浮かぶ。




「やっぱり、ライガ博士のむす―――――






 ジャキッ!






シンのこめかみにルネの愛銃『ウラニウム弾搭載357マグナム・スペシャル』の銃口が当てられる。こめかみから感じる冷えた鉄の感触が、玩具ではなく本物の銃だと実感させた。




「シン、その続きは?」




ルネのにこやかな笑顔。それが逆に怖い。

シンはNGワードをすっかり忘れていた。何せ、ルネとは約一年ぶりなのだ。




「イエ、ナンデモアリマセン」

「よろしい」




思わぬ迫力でカタコトになったシンに満足するルネ。こめかみから銃口を外す。




「ふぅ………」




溜息をつきながら、シンは額の汗を拭う。その気になれば、ルネは容赦なく撃ってくる。冷や汗も出るというものだ。




「………シン、何を怖がってるんだい?」






 ビクッ!!






シンの身体が震えた。ルネの視線から逃げるように顔を背ける。

ルネは、そんなシンの様子に憤りを感じた。




「予想はつくよ………私もあんたの記憶を見たからね。 だけど、一番肝心なことから逃げてどうするんだい? 口癖だったろ? 逃げちゃ駄目だって言葉」

「ルネさん………」

「それに―――――

「え?」

「あんたを嫌ってる人間が、あんな必死な顔であんたを探すかい?」

「え!?」




ルネは階下の外通路に視線を移す。シンも釣られて視線を移動させると、そこには、汗だくになりながらも必死にシンジを探すアスカの姿があった。




「おーい、アスカ! こっち!!」

「!! ………ルネさん、何を!?」




大声でアスカを呼び止めるルネに驚くシン。突然のことで止める暇がなかった。

そのルネの声を聞き、こちらを振り向くアスカ。




「ルネさん? ………あっ!!」




アスカは、ルネの傍にシンジの姿を認めた。

シンジとアスカの視線が絡み合う。




「シンジ………」

「アスカ………」




ダッ! と駆け出し、こちらに向かってくるアスカ。

シンはその場を離れようとするが―――――




「逃げるな!」




ルネはそれを許さない。厳しい目でシンを見詰める。

シンは、動くことができなかった。

誰も言葉を発しない、波の音と艦の駆動音だけが聞こえる通路。そこに、階段を凄い勢いで駆け上がる足音が聞こえてくる。




「シンジ!!」




ルネ、そしてシンの前に、ハァハァ………と息が乱したアスカが現れた。




「アス……カ」 




歓喜、悲哀、恐怖、希望、絶望………。




シンの心に様々な想いが現れては消えていく。

それはアスカも同じだった。




「シン―――――




近付こうとして、アスカは気付いた。彼がこっちを見ていないことを。

シンは何かを見つけたかのように、視界いっぱいに広がる大海原を見ていた。




「………………来た」

「え?」

「ルネさん! 僕は行きます!」




シンは通路の手摺りを乗り越え、そのまま飛び降りた。




「きゃああああっ! シンジィィ!!」




アスカは悲鳴を上げた。

当然だろう。ここは艦橋に近い外通路だ。甲板からは何十mもの高さがある。

アスカは手摺りから乗り出し、下を見る。しかし、そこにはシンジの姿はない。




「シンジ!? どこ!?」

「あいつのことは心配しなくていい。 大丈夫さ」




シンジのことをよく知っているようなルネの口ぶり。それがアスカには腑に落ちなかった。




「ルネさん? アイツのこと、知ってるの?」

「詳しいことは後で話す。 それより今は時間が無い。 プラグスーツに着替えて弐号機に行きな!」

「弐号機って―――――






 ドガァァァァァァァァン!!






どういうこと? と言いかけて、突然襲ってきた轟音と衝撃にバランスを崩すアスカ。しかし、持ち前の運動神経で、すぐ体勢を立て直した。それに、この衝撃には覚えがあった。




「水中衝撃波!?」

「そういうことさ。 早く行きな!」




そう言って、ルネはスーツケースをアスカに渡す。

アスカは一瞬の間 逡巡したが、艦内に響き渡った警報を聞くと、スーツケースを持って甲板に向かった。エヴァ弐号機を輸送しているタンカー船『オセロー』に運んでもらう為に。

アスカを見送ったルネは、爆発するフリゲート艦と動き回る水柱に視線を移した。




「アスカ、あんたは弐号機をここまで移動させてくればいいんだ。 後はあいつがやってくれる」




ルネは視線を海面に落とす。




「J、頼むよ」




















 ウィーーーーーーーッ!! ウィーーーーーーーッ!! ウィーーーーーーーッ!!






太平洋艦隊全艦に警報が響き渡る。

それは、突然 現れた。

いきなりレーダーに反応が表れたかと思えば、それは時速130ノット以上(1ノット=1.852km/h)という常識はずれのスピードで艦隊に迫ってきたのだ。

警戒指示を出す暇も与えられず、しんがりの艦が沈められた。

爆発しながら沈んでいくフリゲート艦を苦々しく見詰めながら、艦隊司令は叫ぶように指示を出す。




「各艦、艦隊距離に注意の上、回避行動をとれ!!」

「状況報告はどうした!」




副官に応え、各艦から報告が挙がってくる。




〔シンベリン、沈黙!!〕

〔タイタス・アンドロニカス、目標を視認できません!!〕




「くそ! 何が起こってるんだ!?」




軍人として40年以上のキャリアを持つ艦隊司令。その経験と常識を超えた出来事に、彼は的確な指示が出せないでいた。

すると、そこにNERVの作戦課長が姿を現す。




「ちわ~~、NERVですが、見えない敵の情報と的確な対処はいかがっスか~~?」

「戦闘中だ! 見学者の立ち入りは許可できない!!」




艦隊司令はミサトを見ることなく言い放った。構ってなどいられない。




「これは私見ですが、どう見ても使徒の攻撃ですねぇ」

「全艦、任意に迎撃!」

「了解!」




ミサトを無視し、攻撃指示を出す艦隊司令。




「無駄なことを」




顔は真面目だが、ミサトの心の中は嘲りに満ちていた。

ガギエルに対し、次々と魚雷が発射される。しかし、命中しても効果は無く、その体当たり攻撃によって護衛のフリゲート艦は真っ二つにされ、大爆発を起こした。




















「この程度じゃ、A.T.フィールドは破れないか」




加持は格好つけながらガギエルを見詰める。しかし、それは上半身だけで、下半身は、未だズキズキと痛む股間を庇うようにガニマタだった。




















オーヴァー・ザ・レインボウの艦橋では、艦隊司令が一向に動きの止まらない使徒に苛ついていた。




「なぜ沈まん!」

「エヴァじゃないとね~~」

「ぬうっ………!!」




意地悪く言うミサトを睨みつける艦隊司令。

ミサトは、口笛を吹きながら平然と無視した。が、使徒を見詰める彼女の目は厳しい。




「変ね……まるで何かを探してるみたい………」




勘だけは鋭いミサト。

彼女の言う通り、ガギエルは あるモノを探す傍ら、太平洋艦隊を潰しているに過ぎなかった。




















「こんな所で使徒襲来とは、ちょっと話が違いませんか?」




使徒と太平洋艦隊との戦闘を双眼鏡で観戦しながら、加持は、自分に割り当てられた船室内で何者かに電話を掛けていた。




「その為の弐号機と葛城一尉だ。 最悪の場合、君だけでも脱出したまえ」

「判ってます」




相手は髭のようだ。

加持は電話を切り、双眼鏡をバックに詰め込むと、厳重に封じられた耐核仕様のトランクを手にして船室を出た。




















同じ頃、太平洋艦隊から少し離れた海域。




「A.T.ふぃーるど反応! 使徒がぎえるヲ確認!」

「出撃の刻は来た! 発進! ジェイアーァァクッ!!」




















オーヴァー・ザ・レインボウ艦橋。




「オセローより入電! エヴァ弐号機、起動中!!」

「何だと!?」




通信士からの報告は艦隊司令を驚かせ、ミサトを歓喜させた。




「ナイスよ、アスカ!!」

「いかん! 起動中止だ! 元に戻せ!!」




艦隊司令は通信マイクに向かって叫ぶが、ミサトはそれをひったくって弐号機に発進許可を出す。




「構わないわ、アスカ! 発進して!!」

「何だとぉっ!!」




艦隊司令は、ひったくられた通信マイクをミサトから奪い返す。




「エヴァ 及び パイロットは我々の管轄下だ! 勝手は許さん!!」

「なに言ってんのよ、こんな時に! 段取りなんて関係ないでしょ!!」




戦闘中だというのにマイクを掴んで言い争いを始める二人。




「しかし、本気ですか!? 弐号機はB装備のままです!」

「「え!?」」




ある意味、艦橋内で一番冷静な副官の言葉に、艦隊司令とミサトは固まった。




















「行きます!!」




輸送艦オセローから紅の巨人『EVA02 PRODUCTION MODEL エヴァンゲリオン弐号機』が飛び上がる。

間一髪! オセローは、ガギエルの体当たりを受けて爆散した。




「ミサト! 非常用の外部電源を甲板に出しといて!!」

「判ったわ!」




ミサトは甲板の作業員に指示を出すが、ある事に気付いた。




「アスカ! 弐号機はB型装備よ! 海に落ちたら―――――




弐号機の着地点は海の上だった。




「大丈夫! こうすんのよ!」




海面と平行に赤い光の壁が現れる。弐号機は、それを足場にして再びジャンプする。




「凄い……A.T.フィールドを、あんな風に使うなんて………」




ミサトはアスカの行動に驚いたが、自分の予想以上に優秀なパイロットに育ったことを、内心ガッツポーズで喜んでいた。




















オーヴァー・ザ・レインボウの甲板上では、艦橋からの指示に従って、着々と準備が進められていた。




〔予備電源、出ました!〕

〔リアクターと直結完了!〕

〔飛行甲板、整備員退避!!〕

〔エヴァ弐号機、着艦準備よろし!!〕




甲板からの報告に副官は頷く。




「総員! 耐ショック姿勢!!」

「デタラメだ!!」




持っていた常識が崩れていく。艦隊司令は吐き捨てるように叫んだ。




















「エヴァ弐号機、着艦しま~す!」




前の時とは違い、弐号機はバランスを崩すことなく甲板上に降り立った。

結構な高さから降りてきたはずだが、思ったよりも着艦時の衝撃が少なかったことに、艦橋にいた乗員は感嘆の声を上げる。艦隊司令も思わず拍手しそうになった。




〔目標! 本艦に急速接近中!!〕

「外部電源に切り替え!」




艦橋からの報告にもアスカは慌てず、ミサトと一緒に本部から運ばれてきた外部電源ソケットを弐号機に接続する。瞬間、忙しく動いていた活動限界時間を示すデジタルカウンターが[8:88:88]を表示して止まった。これでケーブルが切断されない限り、エネルギーを気にする必要はない。

迫るガギエルを、アスカは睨み付ける。




「よくもシンジとの再会を邪魔したわね。 一撃で決めてやるわ!」




アスカは、弐号機の左肩に装備されたウェポン・ラックからプログナイフを取り出し、それを水平に構えた。

波飛沫を上げながら、ガギエルが海中から姿を現す。その大きさに驚愕したアスカは、目を見張った。




「(前よりデカイ!?)」




ガギエルの大きさは、憂に800mを超えていた。




















「どうするつもりだ!?」

「使徒を倒すには近接戦闘がベストです」




艦隊司令の問いに自信満々で答えるミサト。




「(ようやく私の指揮で使徒を倒せるわ。 見てなさい、GGG。 これで汚名挽回よ!)」




ミサトは拳を握り締め、喜びに浸る。

だがミサト、汚名を挽回してどうする? それは返上するものだ。




















弐号機はA.T.フィールドを展開し、ガギエルのA.T.フィールドを中和する。

飛び掛ってきたガギエルを上手く避けながら、弐号機は、その腹部をプログナイフで斬り裂こうとする。

しかし―――――






 カキィィィィィィィン!!






ナイフは甲高い音を立てて光の壁に阻まれた。




「A.T.フィールドが中和されてない!?」




アスカの表情に焦りの彩が浮かぶ。彼女は第3使徒戦以降の戦闘データを知らされていなかった。その為、使徒の力が前の世界に比べて強化されていることを知らなかったのだ。本部がGGGの情報と使徒戦での失態の記録を隠す為に情報規制をしたことが、結果的に仇となった。

オーヴァー・ザ・レインボウを飛び越えると、そのまま海中に潜るガギエル。体勢を整えると、再び弐号機に向かってきた。




「クッ……フィールドが中和されてないのにナイフだけじゃ………」




思わぬピンチに唇を噛み締めるアスカ。

ガバァッ! っと口を大きく開けたガギエルが襲い掛かってきた。口腔内の鋭い牙が煌く。

アスカが身構えた瞬間!




「反中間子砲、全門斉射!!」






 ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!






突如、海中から赤く輝く八条の閃光が放たれ、A.T.フィールドをものともせず、ガギエルを貫いた。

吹き飛ばされ、海中に沈むガギエル。




「な!? 何だっ!?」

「何が起こったの!?」




いきなりの出来事に、慌てふためる艦隊司令とミサト。

アスカも目を見開いて驚いている。

すると、先ほど閃光が放たれた海中から、白い巨大戦艦が浮上してきた。




「J、がぎえるノこあヲ破壊シテシマッテハ元モ子モナイゾ」

「確かに………パワーが強すぎたようだな」




白い戦艦の艦橋で淡々と話すメインコンピューター・トモロ0117とJジュエルの戦士、ソルダート・J。

静まり返っているオーヴァー・ザ・レインボウに通信が入った。




〔こちらはGGG所属、ジェイアークだ! これより貴艦隊を援護する!!〕




凄絶な力を誇る『超弩級戦艦』が今、その力を発揮する。




















第参拾弐話へ続く








[226] 第参拾弐話 【 巨神激闘 】
Name: SIN
Date: 2005/06/14 12:14






地球衛星軌道上―――――

そこに位置するGGGの根拠地、オービットベースのメインオーダールームに警報が鳴り響いた。




「太平洋、旧伊東沖においてA.T.フィールド反応を確認! 使徒ガギエルです!」

「国連軍太平洋艦隊の護衛に就いていたジェイアークが、ガギエルとの戦闘に入りました!」




牛山に続き、猿頭寺からの報告が入る。

それを聞いたGGG長官 大河コウタロウは、即座に指令を下した。




「総員、第一級警戒態勢! GGG機動部隊はツクヨミにおいて待機! 第3新東京市への使徒同時襲来に備えよ!」

「「「了解!」」」




火麻、ミコト、ガイの三人がメインオーダールームからツクヨミに向かう。




「シン君からの報告は?」

「マダ、ありまセン」




大河の問いにスワンが答える。シンはアダムの回収が済み次第、オービットベースに連絡を入れる予定だった。




「シン君は首尾よくアダムを回収できただろうか………」

「な~に、心配せんでもええじゃろう。 いざとなれば、ルネもサポートに回るわい」

「なら、良いのだが………」




ライガも、大河の不安は尤もだと思う。しかし、だからと言って立ち止まるわけにはいかない。自分達にできることはシンやガイ達、勇者達を精一杯サポートすること。そして、みんなを信じることだけだ。

ライガはそう自分を奮い立たせて、再びメインモニターを見詰めた。




















「こちらはGGG所属、ジェイアークだ! これより貴艦隊を援護する!」

「GGG!? 近頃 噂になってる、あの組織か!?」




戦自関係者や日重の時田もGGGのことは知っていたのだ。国連軍太平洋艦隊司令の耳に届いていないはずはなかった。それでも噂程度の情報だが。

援護を通達してきたジェイアークに艦隊司令が応えようとすると、横からミサトが通信マイクをひったくった。




「GGG所属って言ったわね! あんた達なんかお呼びじゃないのよ! こっちにはエヴァ弐号機があるんだから! アスカ、あいつはGGGよ! シンジ君の仇を取る絶好のチャンスが来たわ!」




シンジの仇という件で、アスカの身体が ピクッ と震えた。

はっきり言って、アスカは迷っていた。

ミサトはシンジが死んだと言う。しかし、さっきの少年は間違いなくシンジだった。

彼は生きている。それも元気に。

では、ミサトの言う仇とは誰を指すのか? 本当にGGGなのか?

アスカはミサトを見るつもりでオーヴァー・ザ・レインボウの艦橋に視線を移す――――― と、艦橋のすぐ下の張り出しにいたルネの姿が目に入った。

弐号機越しにアスカとルネの視線が合う。




『信じろ』




そう聞こえた気がした。

コクリと頷いて微笑んだルネは、そのまま艦内へ戻っていった。

その言葉が誰に対してのことなのかは判らない。だが、アスカは信じることにした。前の世界で一年間、いっしょに暮らした葛城ミサト以上に、この半年の間、親身になって自分を助けてくれた彼女、ルネ・カーディフを。

アスカはオーヴァー・ザ・レインボウの艦橋に通信を入れる。




〔艦隊司令、弐号機パイロットの惣流・アスカ・ラングレーです。 ジェイアークの援護の下、現海域からの撤退を進言します〕




艦橋がざわめいた。とりわけ驚いたのはミサトだった。




「アスカ、なに言ってんのよ!?」

「理由を聞こう」




取り乱すミサトを無視し、艦隊司令は落ち着いた様子でアスカの話を聞く。




〔使徒にはA.T.フィールドというバリアがあります。 使徒を倒す為には、このフィールドを破り、ダメージを与える他ありません。 エヴァが使徒に対して有効だと言われているのは、そのA.T.フィールドを中和する能力を持っているからです。 しかし先程の戦闘で、私は使徒のフィールドを中和しきれませんでした。 それはすなわち、エヴァの現装備 及び 太平洋艦隊の火力で使徒を倒すのは、現段階で不可能だという証です〕




理路整然としたアスカの言に、ミサトは口を挟めなかった。アスカの言うことが正しいなら、自分がいくら頑張って指揮しても、今この場であの使徒を倒すことはできないということだ。エヴァと使徒との戦闘は、A.T.フィールドの中和こそが勝利条件の一つなのだから。

押し黙ってしまうミサト。

しかし、艦隊司令は口を開く。




「我々は国連海軍が誇る太平洋艦隊だ。 それが敵に後ろを見せるわけにはいかん」




それは、叩き上げの軍人である艦隊司令にとって、決して譲れない意地だった。

通信を聞いていたJには、艦隊司令の気持ちが痛いほど判る。彼も三重連太陽系を守る為に戦った、生まれながらの戦士だ。『逃げる』ということが戦いを生業とする者にとってどれだけ辛いか。しかし、Jは心を鬼にして言い放つ。




〔貴様一人が死ぬのは一向に構わんが、くだらん面子の為に部下を無駄死にさせるのは優秀な指揮官とは言えんな〕

「ぬうっ………」




艦隊司令は言葉に詰まった。確かに軍人としての面子を保つ為なら、敵を目の前にして逃げるのは言語道断だ。

しかし、部隊を預かる指揮官としたらどうだ?

Jの指摘は、艦隊司令の任に就いている彼には痛いものだった。

艦隊司令はジェイアークを見上げる。見えたわけではないが、ジェイアークの艦橋にいたソルダート・Jと目が合った気がした。




艦橋に降りる、しばしの静寂………。




そして数瞬後、艦隊司令の下した決断は―――――




「貴艦の援護に感謝する!」

「司令!?」




ミサトは驚きの表情で艦隊司令に振り返った。

艦隊司令は、なおも続ける。




「各艦に伝達! 生存者の救助を急げ! 収容後、太平洋艦隊は全速で現海域を離脱する!!」

「なっ!? 有事の際はNERVの任務が最優先のはずよ! 使徒を倒すのに協力しなさいよ!!」

「我々に与えられた任務は、エヴァ弐号機とそのパイロットを無事に日本へ届けること。 そして、ワシに課せられた責任と義務は、任務を完璧に果たし、部下を生きて家族の元に帰すことだ! それとも何か? 死んでしまった部下達の家族に対して、NERVが補償を請け負ってくれるとでも言うのか?」

「え? あ、いや……それは~~」

「ハッキリ言えないのなら黙っとれ、小娘!!」




言い澱むミサトを一喝し、艦隊司令は再び通信マイクに向かって叫ぶ。




「救助状況はどうなっている! あの白い戦艦を援護しつつ、各艦任意で退避行動に移れ!!(ワシ一人の面子で済むなら安いものだ)」




救助ボートが撃沈された艦から投げ出された漂流者を救出していく。その間に、戦闘能力を持たない補給艦などは先発して戦闘海域を離れる。

Jが太平洋艦隊の退避行動に気を取られていると―――――






 ゴウゥゥゥゥゥゥンッ!!






突然の衝撃と共にジェイアークが揺れた。




「何だ!?」




見ると、ジェイアークの艦体にガギエルが噛み付いていた。




「この短時間で再生しただと!?」




ガギエルはジェイアークの反中間子砲をまともに喰らったはずだ。そのダメージがこんなに早く回復するなど、Jにとっては驚きだった。




「くっ………! 機関最大! 離水!!」




Jの指示を受け、メインコンピューターのトモロ0117は、動力機関であるジュエルジェネレーターの出力を臨界まで引き上げる。

ジェイアークは、ガギエルを伴って空中へ浮上した。




「せ……戦艦が空を飛ぶ?」




我が目を疑った艦隊司令は自分の頬を抓った。




「振り落とせ!!」




ジェイアークは急旋回してガギエルを振り払う。

白い艦体に噛み付いていたガギエルは、その歯牙でジェイアークの装甲に傷を付けながら、海面に落下していった。






 ドパァァァァァァァァァァァン!!






轟音と共に海面に叩き付けられるガギエル。落下の衝撃で吹き上がった巨大な水飛沫が、辺り一帯へ雨のように降り注いだ。




「一気に勝負を付けさせてもらうぞ、ガギエル! フューゥゥジョン!!」




Jは艦橋後壁へ飛び上がると、溶け込むように融合していく。




「ジェイバード、プラグ・アウト!」




Jが融合すると共に、ジェイアークの艦橋部分『ジェイバード』が分離、飛翔した。それに伴い、残った艦体部分『ジェイキャリアー』が機構を組み替え、変形していく。




「メガ・フュージョンッ!!」




飛翔したジェイバードは、さらに三つのパーツに分離し、それぞれが頭部と両腕部を成し、変形を完了したジェイキャリアーに合体していく。

額の部分に十字を模ったJジュエルの輝きが燈ると、白きジャイアント・メカノイドが、その雄々しき姿を現した。それは、全高101mに及ぶ空前絶後の最強人型兵器。




「キングッ……ジェイダーァァッ!!」




















太平洋艦隊の全員が白の巨神に気を取られている中、オーヴァー・ザ・レインボウ甲板の艦載機専用のエレベーターが動き、階下の格納庫から一機の戦闘機が上がってきた。

その動きに副官が気付く。




「Yak-38改!? 誰が動かしている!?」




副官の問いに対して報告が上がる前に、戦闘機から通信が入った。




〔お~い、葛城~~〕

「加持~~!」




予想外の通信主だ。

もしや、その戦闘機で使徒に攻撃を仕掛けるのでは?

ミサトは期待した。彼はかつての恋人。別れたとはいえ、今でも憎からず想っている。そんな彼女は、素直に彼の登場を喜んだ。

しかし、その彼が発した言葉は、さらに予想外だった。




〔届け物があるんで、俺、先に行くわ〕

「はあ?」

「出してくれ」




戦闘機のパイロットは頷き、垂直離陸型の戦闘機を離陸させた。




〔じゃ、宜しくな~、葛城一尉~~〕

「あ、あ、あ、あ………」




呆然とし、言葉を失うミサトだった。




















「あれがGGGのロボットか………。 もっと間近で見たかったが、これも任務だからしょうがないか………」




キングジェイダーを見ながら、独り言のように呟く加持。

彼の任務は、トランクの中身をNERV総司令 六分儀ゲンドウの元に届けること。追い求める『真実』に近付く為には、絶対に成功させなければならない任務だ。SEELEや日本内務省からもGGGの調査を言い渡されているが、自分の目的からすれば、こちらが最優先だ。

Yak-38改は戦闘機としての性能を充分に発揮し、もの凄いスピードで戦闘海域を離れていく。太平洋艦隊や使徒、キングジェイダーの姿が見えなくなったところで、加持は安堵の溜息を漏らした。

するとそこに、操縦席のパイロットから声が掛けられた。




「随分と余裕ですねぇ、加持リョウジさん」




加持は ギョッ! とした。声を掛けられ前を向くと、操縦桿から手を放し、小型拳銃(デリンジャー)の銃口をこちらに向けるパイロットがいたからだ。




「な……何をしてるんだ!? 前を見ろ!!」

「大丈夫ですよ。 スキル=イロウルで自動操縦にしてありますから」

「何を言ってるんだ?」




加持にはパイロットの言っていることが理解できなかった。




「まあ、判らなくてもいいです。 あなたが持っているトランクの中身、戴けませんか?」




パイロットの言葉に、加持の表情が真剣さを帯びる。




「個人でやれることじゃないな………何処の組織だ?」




NERVのはずはない。ならばSEELEか? アダムの横流しがバレたか?




「GGGです。 初めまして」




パイロットの自己紹介に内心驚く加持。だが、そんな素振りはおくびも見せず、冷静に言葉を交わす。さすがは三足草鞋。




「GGG? そのGGG様がコレに何の用があるんだ?」

「全ての使徒を消滅させることが僕達の目的です。 それを考えれば判ることでしょう?」

「(こいつの中身を知っているということか………)悪いけど、タダでは渡せないなぁ」

「条件を出せる状況ですか?」




改めて銃口を加持に突きつけるパイロット。




「こいつは俺にとっても大事なものだ。 それを渡すんだぜ。 それなりの見返りは欲しいものだな」

「感心しますよ、この状況でそこまで言えるなんてね。 何が欲しいのか、一応聞いておきましょうか」

「最近、俺の友人がGGGに入ったと聞いたんだが………」

「赤木博士のことですか? 情報が早いですね」

「話が早くて助かるよ。 それでな」

「はい」

「久しぶりに会いたいんだ。 俺をGGGの基地に招待してくれないか?」




加持の申し出にYak-38改のパイロット、綾波シンは呆然となった。




















「五連メーザー砲!!」




海面直下を泳ぎ回るガギエルに向かって、キングジェイダーは指先に装備されたメーザー砲を発射する。

だが命中直前、ガギエルは海中深く潜り、メーザー砲を躱した。




「何処へ行った!?」




海面すれすれを飛びながら、キングジェイダーは海中に潜ったガギエルを探す。トモロもA.T.フィールド反応を走査する。

海中はガギエルの得意フィールドだ。キングジェイダーにディバイディングドライバーが使えない以上、わざわざ相手に有利な場所で戦うことはない。

しばらくすると、キングジェイダーの死角――――― 後方下の海面に黒い影が生まれる。

トモロがその反応を捉えた。




「J! 後ロダ!」

「ぬうっ!」




振り向く前に、海中から何かが巻き付いてきた。キングジェイダーの腕ほどの太さがあるものが、何重にも機体に絡み付く。




「何だ!? これは!?」




振り解こうと、キングジェイダーは力任せにその『何か』を引っ張る。その動きに合わせて、海面に『何か』の正体が現れた。それは、全長800mを超える巨大な魚天使。




「ガギエルだと!?」




その姿にJは戸惑った。最初に確認した姿とは明らかに違っていたからだ。

それと同時に、機体に絡み付いていた『何か』の先端が動き、キングジェイダーの頭部に近付いた。




「!?」




Jは見た。それは生き物の頭部だった。威嚇するように ガパァッ! と口を開けると、唾液が中空に飛び散った。




「すると、これはガギエルの首か!?」

「形態変化ダ! コノ姿ハ、古代地球ノ生物『首長竜』ニ酷似シテイル!」

「なるほど………さすがは進化を司る『A.D.A.M-SYSTEM』の端末というわけか!」




感心するJを尻目に、ガギエルは新たな攻撃を仕掛ける。極限にまで開かれたガギエルの口から、共振波が発せられたのだ。

ビリビリッ! とキングジェイダーの機体が揺れた。




「ソニックウェーブか!? だが、その程度の攻撃で『ジェネレーティングアーマー』は破れん!!」




キングジェイダーの機体表面には、Jエネルギーを利用した非常に強固なバリアシステムが張り巡らされてある。Jの言う通り、この程度の攻撃では破れるものではなかった。

だが、信じられないことに、キングジェイダーの装甲が次々とヒビ割れ、砕けていく。




「馬鹿な!? この程度の音波攻撃で!?」

「コレハ!?」

「どうした、トモロ!?」




あまりに妙だと感じたトモロは、この攻撃を調べ、その正体に驚愕した。




「がぎえる口腔内ヨリ『えねるぎー・そりとん』ノ発生ヲ確認!」

「何っ!?」




ソリトンという言葉に目を見開かせるJ。彼にも覚えがあったのだ。




「そりたりーうぇーぶダ!!」






【ソリタリーウェーブ】

一般的には『ソリトン』と呼ばれることが多く、日本語では『孤立波』と呼ばれている。
波はエネルギーを伝播する。しかし、エネルギーの伝播手段として考えた場合、波は、すぐに拡散してしまうので、あまり効率の良いものとは言えない場合がある。

ところが、その波の中でも、ほとんどエネルギーを失うことなくエネルギーを伝播する特性を持った波がある。それがソリトンである。

ソリトン、すなわちソリタリーウェーブとは、エネルギーが集中し、形を変える事なく伝播する波のことを言い、その波を対象物質の固有振動数に同調させ、特定物質のみを破壊するというものなのだ。

固有振動数とは外側から掛けられる力の無い、その物体にとって自然な周期の振動、揺れのことを言う。外側から力(エネルギー)を加える周期がこの固有振動数に近いものであればあるほど、力はより効果的に伝わり、揺れ幅は大きくなる。更に外側からの力を加える周期を物体の固有振動数と完全に同調させると、共鳴(共振)が発生し、エネルギーが最も効率よく伝播される。

しかし、このように物体に力を加えても、その物体は一様に揺れるわけではない。部分部分によりその揺れは異なり、したがって力はどこか一部に集中することになる。そのような状態で振動が繰り返されれば、その力が物体を破壊するほど強いものでなくとも、その物体が破壊されてしまうことがある。これは疲労破壊と呼ばれ、その物体の強度に比べ、加える力が比較的弱くても、その物体を破壊することができる。

つまりソリタリーウェーブとは、以上のような原理をもって特定の物体に対して、選択的に疲労破壊を誘発する脅威の武器なのである。GGGにおいてソリタリーウェーブを武器化することに成功したライガ博士の言葉に在るように「相手の分子構造さえ把握しておけば、この攻撃で破壊できない物質は理論上存在しない」のだ。






では、どうやってガギエルはキングジェイダーの分子構造を把握したのか?
 
その答えは、GGGオービットベースのライガが気付いた。




「あの時じゃ! ガギエルがジェイアークに噛み付いていた時、奴はジェイアークを構成する分子結合の仕組みをスキャンしておったのじゃ!」




予想すらしてなかったガギエルの攻撃に大河は唸った。




「くっ! ツクヨミ緊急発進! キングジェイダーの援護を―――――

〔それはMeに任せてほしいもんネ~~!〕

「「「「「「え?」」」」」」




大河の指示を遮って 突然 聞こえてきたその声は、勇者ロボ達の整備を担当している極輝覚醒複胴艦ヒルメからの通信だった。




















第参拾参話へ続く








[226] 第参拾参話 【 旋律が呼ぶ不死鳥の翼 】
Name: SIN
Date: 2005/06/15 01:13






「ぬおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




ガギエルの放つソリタリーウェーブにより、全身に亀裂が入るキングジェイダー。何とか逃れようとするものの、機体を拘束するガギエルの長い首は、一向に緩む気配を見せない。




「トモロ! ジュエルジェネレーターの出力を上げろ! この巻き付いている奴の首を引き千切る!!」

「ダメダ! ソレデハじぇねれーてぃんぐあーまーガ消失シテシマウ!」




トモロの計算では、ガギエルの首による拘束から逃れる為に必要なパワーを搾り出すには、一時的にジェネレーティングアーマーを解除し、その分のエネルギーを回す必要があった。しかし、そうした場合、ガギエルのソリタリーウェーブで一気に機体全てが破壊される恐れがある。それは、キングジェイダー最強の武器『ジェイクオース』を使う場合も同じことが言えた。




「クッ……どうすればいい………」




Jは、この危機を脱する為に思考を巡らす。トモロも同様だ。

ふと、空を見上げるJ。

意味があったわけではない。考えが纏まらない時、視線を上へ向ける癖を持つ人間がいる。三重連太陽系・赤の星で造られた戦闘サイボーグの彼も、どうやら同じタイプのようだ。

しかし、これが彼に希望を齎した。




「ぬっ………!?」




夜でもないのに、天空に一つの光点が輝いた。それは瞬く間に大きくなって――――― いや、違う。こちらに向かってきている!

この光の正体は―――――




「He~y、キングジェイダー! 助太刀に来たもんネ~!!」




戦闘海域に、えらくこぢんまりとした二頭身ロボットが飛来した。




「マイク・サウンダース!? 目覚めたのか!!」




思わぬ救援に驚くJに、オービットベースから通信が入る。




〔聞こえるかの、J?〕

「獅子王ライガ?」

〔地球の格言にな、こういうものがあるんじゃ。 目には目を、歯には歯を〕




そのライガの言葉にマイクが続いた。




「ソリタリーウェーブにはソリタリーウェーブだもんネ~~」




Jは、ライガとマイクが言わんとすることを即座に理解した。




「そうか! 頼むぞ!!」

「OK~! システム・チェーェェンジッ!!」




マイクは、己の真に姿を現す為、変形を開始する。彼の操る武器は、扱い次第で地球を滅ぼしてしまう恐れのある危険なもの。その為、通常時は力を封印しているのだ。

それが今、解放される。




「バリバリーン、Turn over! スタジオ7(セブン)!」




マイクが乗ってきたコスモビークル・バリバリーンが裏返ると、それはマイク・サウンダース専用の舞台(サウンドステージ)に早変わった。




「マイクッ……サウンダースッ……13世!!」




完全に変形を終え、七頭身の人型ロボットに姿を変えたマイク。新たなる勇者ロボの登場だ。




「最高っだゼッ!!」




親指を突き出して、いつもの決めゼリフを吐いた。




「Come on、ロックンロールッ! ディスクX・ジャミングスコア! Set on!!」




マイクは、スタジオ7のスリットから射出されたディスクXを、胸部のディスクドライブ・ユニットに嵌め込んだ。




「ギラギラーンVV(ダブルヴォイス)!!」




同じく、スタジオ7から射出されたキーボード付ダブルネックギターを構え、マイクは演奏を開始する。

マイクのソリタリーウェーブは、音楽に乗せて発振される。これが、マイクが音を武器とする『ブームロボ』に分類される所以であった。






 ♪♯♪~~♪♫~♪♪~♪♩~~~♪♪~♭♪♪~~♪♬~~~♪♪♫~♪♬♪♫~♪~~!!






マイクから発振されたソリタリーウェーブとガギエルのソリタリーウェーブの波動がぶつかり合う。

分子結合の破壊という恐るべき性質を誇るソリタリーウェーブも無敵という訳ではない。エネルギーの波――――― すなわち振動であるがゆえに防御手段が存在する。それは、振動による相殺である。ソリタリーウェーブは、極めて狭い範囲に発生する波動だ。それゆえに防御側から同様にエネルギー振動を発生させれば、水面の生じた波がぶつかり合って打ち消されるようにソリタリーウェーブは無効化され、また無効化されないまでも、振動を乱され、効果を著しく失ってしまうのだ。

その性質を利用し、マイクはガギエルのソリタリーウェーブを打ち消すことに成功した。

ソリタリーウェーブの脅威が無くなった今、キングジェイダーには何も遠慮する理由はなかった。




「トモロ!」

「了解!」




Jに言われるまでもなく、トモロはジュエルジェネレーターの出力を一気に限界まで引き上げる。




「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




キングジェイダーはこの拘束を解く為に、両腕へとパワーを集中させた。

しかし、ガギエルは危機を察知したのか、巻き付けた首を自分から解くと、体勢を変え、長く伸びた尻尾をキングジェイダーに叩き付けようとする。




「くっ!」




両腕にパワーを集中させている為、ジェネレーティングアーマーの効果が薄い。ヒビ割れた装甲のことを考えると、ここで攻撃を喰らってしまったら大ダメージは必至だ。

ガギエルの尾が目の前まで迫る。




「危ない!!」






 ドガァァァァァァァァァン!!






激突の瞬間、ガギエルの尾は赤い光の壁に阻まれた。




「まさか……A.T.フィールド!?」

「Hey、キングジェイダー!」




マイクの呼び掛けにJが後ろを振り向くと、撤退したはずの太平洋艦隊が勢揃いしていた。




「エヴァ弐号機!? どういうことだ!?」

「アンタ一人にいいカッコはさせないわよ!」




オーヴァー・ザ・レインボウ甲板上の弐号機が、仁王立ちで ビシッ! とキングジェイダーを指差した。アスカお得意のポーズだ。




「君達のような勇敢な戦士を見捨てて逃げる者など、我が太平洋艦隊には一人もおらん!!」




ニィッと笑う艦隊司令。

当初、艦隊司令は乗員全てを降ろし、一人でオーヴァー・ザ・レインボウと共にキングジェイダーの援護に向かうつもりだった。しかし、誰も退艦せず、僚艦も皆「旗艦に続け」とばかりに進路を引き返してきたのだ。

組織間のわだかまりを超え、人類の天敵を倒す為にみんなの心が一つになる。

その熱き想いに応えるかのように、マイクは新曲を投入した。




「Year! ディスクP・Jジュエルversion! Set on!」




『POWER』とアメリカナイズにデザインされたディスクを、マイクは胸部にセットする。




「ドカドカーンV(ブイ)!!」




スタジオ7のスリットから、今度は歌謡マイクが射出された。




「Yarァァッ!!」






 ♪~♪♫~♪♪♯♬♬♪~~♪♫~♪♪~~~♪♩~
           ♪♯♫~♪♬♪♪~♭♪♪~~♪♬~~♪♪♫~♪♬♪♫~♪~!!






激しいロックミュージックに乗せてマイクの歌声が戦場に響く。




「コレハ!? じゅえるじぇねれーたーの出力ガ上昇シテイク!」




ディスクPは本来、エネルギーウェーブの発振により勇者ロボ達のGSライド出力を急速に活性化させる物である。しかし今回のディスクPは、Jジュエルのデータを元に、ライガ博士が『こんなこともあろうかと!』と前もって製作していた物だった。尚、その台詞をライガが口にした際、マイとリツコが何故か悔しそうにしていたのはお約束。




「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」




ジュエルジェネレーターから生み出されたエネルギーが機体全身に行き渡る。




「反中間子砲!!」




左腕の砲塔が火を噴いた。

四条の赤き閃光がガギエルの尻尾を貫き、切断する。




「でぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」




追い討ちを掛けるように、ガギエルにA.T.フィールドをぶつけるアスカ。倒せないまでも、動きを抑制させることはできる。

アスカの思惑通り、弐号機の攻撃に怯んだガギエル。動きが鈍った。




「今だ!!」




見た限り、頭部・口腔内にコアは無かった。ならば、体内か!

キングジェイダーが右腕を振るう。




「貴様のコア、貰い受ける! ジェイッ……クオーォォスッ!!」




ジュエルジェネレーターから供給されたJエネルギーが、右腕に装着されているジェイクオースに充填される。赤き輝きを纏うジェイクオースから溢れ出た余剰エネルギーは、紅蓮の炎を紡ぎ出し、火の鳥を形作った。




「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




そして、不死鳥(フェニックス)が羽ばたいた。




「Oh! ジーザス!」




その神秘的な光景に、太平洋艦隊の軍人達は目を奪われる。

ガギエルはA.T.フィールドを展開するが、ディスクPによりパワーを増した不死鳥の翼に、そんなものは関係なかった。

不死鳥はガギエルの巨体を貫くと、再びキングジェイダーの右腕に戻ってきた。その嘴にガギエルのコアを咥えて。

コアを失ったガギエルの巨体が力無く倒れ、海中へと没していった。いずれ、海洋生物のエサとなっていくだろう。




「A.T.ふぃーるど反応無シ。 殲滅ヲ確認」




トモロの確認報告と共に、ガギエル戦は終了した。






 ワアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!






太平洋艦隊から歓声が巻き起こった。生き残った兵士達は抱き合って喜び合う。握手を交わす者達や、マイクやキングジェイダーに向かって口笛を吹いたり手を振ったりして、その勇姿を讃える者達もいる。

そんな中、キングジェイダーはガギエルのコアを手に、ゆっくりと弐号機に近付いた。




「惣流・アスカ・ラングレー………助かった。 礼を言う」

「アタシのこと……知ってるの?」

「ああ」

「なら、一つだけ訊かせて。 GGG所属って言ったわね。 碇シンジ………本当に殺したの?」




アスカは知りたかった。本当にシンジは死んだのかを。シンジを殺したというGGGの人間なら何か知っているのではないか?

彼女は真実が知りたかった。




「お前の言う碇シンジとは、サードチルドレン・碇シンジのことか?」

「そうよ」

「碇シンジのことが知りたければ、綾波シンに訊くがいい」

「綾波………シン? レイじゃないの?」

「綾波レイの兄だ」

「兄!? あの女に家族が………」




Jの言葉に驚くアスカ。




「また会おう、惣流・アスカ・ラングレー。 フュージョンアウト! ジェイアーァァクッ!」




キングジェイダーは合体を解除し、機構を組み替えて白き戦艦に戻る。

マイクも同様、ブームロボ形態から二頭身のコスモロボ形態に戻った。




「さらばだ!」

「ByeByeだもんネ~~!」

「総員! 勇敢なるGGGの戦士達に………敬礼!!」




艦隊司令を始めとして、動ける者は全員、去っていくジェイアークとマイクに向かって敬礼する。

アスカもエントリープラグから出て、彼らを見送った。

ただ一人、葛城ミサトだけは、その光景を、唇を噛み締めながら苦々しく見詰めていた。




















それから数刻後――――― ジオフロント内、NERV本部。

総司令官公務室では、既に日付が変わろうとしているのに髭面の男が誰かを待っていた。




「何故……来ない?」




















二日後。

NERVでの様々な事務手続きを終えたアスカは、第3新東京市立第壱中学校にいた。前と同じように。

担任の老教師である根府川先生に促され、2-Aの教室に入るアスカ。

転入生だと紹介された美少女に騒然とする教室内。「売れるぞ~」とカメラを構える眼鏡のオタク少年は相変わらず。

前と変わらぬ光景にアスカは微笑を浮かべると、教壇に上がって黒板に自分の名前を書いた。テキパキと筆記体のスペルで。日本語を書くのは、まだ苦手らしい。




「惣流・アスカ・ラングレーです。 よろしく」




彼女の笑顔に男子生徒達は一瞬で魅了され、女子生徒達は羨望の眼差しを送るのだった。




















第参拾肆話へ続く








[226] 第参拾肆話 【 SEELEのダミープラグ研究施設 】
Name: SIN
Date: 2005/06/27 01:40






「惣流・アスカ・ラングレーです。 よろしく」




ここから、また日本での生活が始まるわ。

自然と笑みがこぼれちゃう。

教室を見渡すアタシの目に、懐かしい顔が次々と映る。

ヒカリ! また逢えた。 今度も友達になってくれるかな?

ジャージ馬鹿と眼鏡オタクは相変わらずか。

そして、ファースト。 碇――――― おっと、今は六分儀だっけ………その司令のお人形。 前の世界での嫌悪の象徴。

そんなアイツが、前と同じく人形のような目でアタシを――――― って、違う?

ファーストがアタシを見るその瞳は、アタシの知っている視線じゃなかった。

優しい瞳………何処かで見たことがある。

………そうだ、シンジだ。 アイツと同じ瞳なんだ。

どうして? やっぱり、家族がいるから? そこまで変われるものなの?

ファーストの変わり様にアタシが驚いていると、横から先生が声を掛けた。





「惣流さんの席は、あそこです」

「あ、はい」




根府川先生が指定した席に向かうアタシ。 また担任はこの先生なのね。

アタシの席はヒカリの横の席だった。





「よろしくね、惣流さん。 私はクラス委員長の洞木ヒカリ。 判らないことがあったら、何でも訊いてね」




あ……ヒカリの笑顔………。

あれ? 何だか泣けてきちゃった。





「ど……どうしたの、惣流さん?」

「ううん………何でもないわ。 ねえ? 『惣流さん』じゃなくて『アスカ』って呼んで。 アタシもあなたのこと『ヒカリ』って呼んでいい?」

「もちろんよ。 よろしくね、アスカ」

「よろしく、ヒカリ」




ふふ、嬉しい。

アタシはヒカリと握手して席に着いた。





「では、HRを終わります。 一時間目は数学です、準備しておくように。 洞木さん、号令お願いします」

「起立! 礼!」




挨拶が終って先生が出て行くと、アタシの周りに人垣ができた。




「ねえ、惣流さんってハーフなの?」

「いま好きな人いる?」

「後で学校の中、案内しようか?」

「好みのタイプ、教えてよ」

「誕生日はいつ?」




転入してきたばかりなのに話し掛けてきてくれる みんな。 とっても嬉しいけど、アタシには最初にやることがあるの。




「ちょっと、ゴメンね」




そう言ってアタシは人垣から抜け出して、ファーストの席へ向かった。

近付いてくるアタシを見る あの娘。 やっぱり違う。 あの瞳から受ける感じが。

でも、あの娘はアタシのことを『エヴァ弐号機のパイロット』ということしか知らないはず。

最初が肝心よね。 ビシッ!といかなきゃ。





「Hello、あなたが綾波レイね? 零号機パイロットの………。 アタシ、アスカ。 惣流・アスカ・ラングレー。 エヴァ弐号機のパイロットよ。 仲良くしましょ」




右手を差し出すアタシ。 ファーストは立ち上がって微笑み、アタシと握手を交わした。 な……なかなか、いい笑顔するじゃない。

チョット……ほんのチョットよ! 驚いたアタシだったけど、次の瞬間、ファーストからの挨拶には本当に驚かされたわ。





「久しぶりね、弐号機パイロット」

「!!――――― その言い方………」

「あなたのことはお兄ちゃんから聞いているわ。 私達と同じだって」

「同じって………じゃあ、アンタ!」

「そう。 私はあなたが知っている私。 そして、あなたを知っている私」




そう言ったファーストの言葉は、アタシにある事実を連想させたわ。




「私達って言ったわね………それじゃあ、もしかしてアンタの兄貴っていう『綾波シン』って―――――

「碇くんよ」

「………やっぱりね」




予想通り。 オーヴァー・ザ・レインボウで逢ったアイツはシンジ。 そして、今は綾波シンってわけなのね。




「驚かないのね」

「そうじゃないかって思ってたもの。 ま、ほとんど確信に近かったけど」

「そう………」




何か残念って顔してるわね、コイツ。




「………で、その……シンだっけ? 何処? 別のクラスなの?」

「お兄ちゃんは―――――

「レ~~~イちゃ~~~ん」

「きゃっ! ………なに?」




アタシ達の会話に割り込んで、後ろからファーストにしな垂れるように抱きつく奴。 前はあまり親しくなかった女の子。 確か佐藤イツキ。 それにしても今の悲鳴、ファーストが出したの?




「シン君、今日どうしたの~~? 病気~~?」

「綾波シン愛好会のメンバーとしては悲しいわ」

「うんうん」




また一人、この娘は雪島エリ。 その後ろで頷いてるのは夏目ショウコ。 ―――――って、何よ! その『綾波シン愛好会』ってのは。 アタシに内緒でそんなの作ってんじゃないわよ!!




「お兄ちゃんは、お仕事の関係でドイツに行っているわ」

「「「「ドイツ~~~!?」」」」

「………空飛ぶ白い艦(ふね)でね」




と、アタシにしか聞こえないようにファーストが囁いた。




ホントに変わったわね、コイツ。




















何故、シンが学校を休んでドイツへ赴いているのか? 

その理由を語るには、今から二日前――――― 正確には、太平洋上での使徒ガギエル戦、その一時間後まで時を遡らなければならない。




















使徒襲来による全滅を免れた国連海軍・太平洋艦隊が目的地である新横須賀に入港した頃、【秘密結社SEELE】 【特務機関NERV】 【日本政府内務省】の三つの組織でスパイを務める『三足草鞋』こと加持リョウジは、GGGオービットベースにいた。

きつく目隠しをされた上、シンの『スキル=レリエル』の能力で連れてこられた為、加持は「基地の場所が特定できず、外観も判らないか」と、内心悔しがっていたのだが、通路の窓から見えた深遠なる闇の世界と、眼下に広がる青く美しい地球の姿に、ここは宇宙空間なのだと即座に理解した。




「まさか、宇宙に君達の基地があるとは思わなかったな」

「プッ!」




率直な加持の感想。それを聞いたシンは、思わず吹き出してしまった。




「ん? 何かおかしなことを言ったかな?」

「いえ、すみません。 リツコさんと同じことを言われたので」

「へぇ、そうかい(こうして見ると普通の少年にしか見えないんだがなぁ………。 しかし、この歳でGGGのような組織にいるんだ。 普通って訳は無いか)」




戦闘機のヘルメットを脱いで素顔を晒したシンがアスカと同い年くらいの少年であったことに加持は驚いたが、その後、一瞬でこの基地に連れてこられたことの方が、彼には驚きだった。




「(どこまで話を訊き出せられるかな?)」




そう自問する加持が案内されたのは、GGGオービットベース自慢の食堂だった。




「別に腹は減ってないんだが………」

「そうですか………ご馳走を用意したんですけどね。 料理の名前は『情報』というんですが―――――
 
「そりゃあ美味そうだな。 ありがたく頂くよ」




いつの間にか席に着いている加持。その変わり身の早さに、シンは苦笑するしかなかった。




「まあ、こんな所で悪いなとは思ってますよ。 でも、あなたをここに連れてきたことは僕の独断なんです。 それなのに応接室なんて使えませんよ」

「いや、気にしないでくれ。 俺としても、こういう所の方が気兼ねをしなくていいさ」




おもむろに、加持は胸ポケットから煙草を一本取り出し、火を付ける。




「そういえば、まだ君の名前も知らなかったな。 君は俺のことを知っているようだが」

「あ……そうでしたね、失礼しました。 僕は綾波シンと言います」

「綾波? 確かファーストチルドレンも同じ苗字だが………」

「兄です」

「何だって!? じゃあ、彼女は―――――

「今はNERVですよ。 今は………ね」

「なるほど………」




煙草を吸い、紫煙を吐く。見た目には判らぬとも、加持は、柄にもなく興奮していた。

追い求めた世界の真実、その一端が垣間見えた気がしたのだ。

断片的だったパズルのピース。欠損だらけで決して繋がることのなかったものが今、形になるかもしれない。

昂るなと言う方がどうかしている。




――――― で、アダムを渡す見返りに、どんな情報をくれるんだい?」




そうですね………、とシンは加持の対面に座り、とりあえず当たり障りのない事から話し始めた。




















「あら、シン君?」




加持と話していたシンに声が掛けられる。見上げると、そこにはリツコがいた。食事が終わったところなのだろう。トレイの皿は綺麗に平らげられていた。




「いつ戻ってきたの? 太平洋艦隊に使徒が襲ってきたし、あなたからアダム回収の連絡が無かったから、みんな心配していたのよ」

「あ! 忘れてました。 すみません、いろいろ予想外のことがあったので」

「予想外?」




詳しく話を聞こうとリツコがシンに近付くと、彼の前に座っていた男が振り向いた。少年が言った『予想外』の原因である。




「よう、リッちゃん! 久しぶり」

「ええっ!?」




ここにいるということが有り得ない人物の姿に、リツコは持っていたトレイを落としそうになった。彼女はシンの目の前、加持の真後ろから声を掛けたので、少年と話していた男が彼だとは判らなかったのだ。




「ど……どうして加持君がここに!?」




その問いには、加持ではなくシンが答えた。




「リツコさんに逢いたかったそうですよ」

「はあ!?」




リツコは、ニヤニヤと笑みを浮かべる加持と苦笑いのシンを交互に見やる。




「あの、リツコさん……すみませんが、加持さんのお相手をお願いできますか? 僕は報告を兼ねて大河長官のところに行ってきますので」

「え……ええ、判ったわ」




お願いしますね、と言うとシンは立ち上がり、長官室へ向かう為に食堂を出ようとするが―――――




「ああ、そうだ」




何かを思い出したのか、加持の方を向いた。




「ん? どうかしたかい?」

「一つ忠告を…………調子に乗りすぎると、本当に大火傷しますよ」




シンはズボンのポケットから幾つかの小さな機械類を取り出し、机に置いた。




「もしかして………ここのセキュリティ、嘗めてます?」

「………………………」




無言の加持。

さすが、と賞賛すべきか? 仕掛けがバレたというのに、彼の表情は変わらず飄々としている。この程度で一々動揺していたらスパイは務まらないと言いたげだ。




「盗聴器に………これは発信器ね。 あら? この盗聴器、カメラ付なのね。 このサイズで、よくもまあ………市販品じゃ、こうはいかないわ。 もしかして、加持君のオリジナル?」




科学者というより、最近では技術者の感が強いリツコらしい感想だ。機械を仕掛けた加持を批難するよりも、その機械そのものに興味があるようだ。

そんな彼女に、シンは思わず苦笑する――――― が、すぐさま表情を厳しく戻し、鋭い視線を加持に叩き付けた。




「僕が見つけたから良かったものの、これが保安部隊員だったら そう簡単にはいきませんよ。 あなたを連れてきた僕の責任問題だけならまだしも、下手をすれば今後のGGGの行動や隊員の安全にも関わってきます。 『三重スパイ』というあなたの仕事柄、今回は魔が差したということで見逃しますけど、仮に、次も同じことをすれば―――――

「すれば?」

「僕の手で、あなたを殺します」

「ほう………」




少年とは思えぬ冷たい眼光で見下ろされる加持。だが、この程度の脅しなど、彼にとっては日常茶飯事。まさに馬の耳に念仏だ。

シンの代わりに加持の対面に座ったリツコは、盗聴器類を弄っていた手を止め、事の推移を見守っている。少年の能力、そして決意の大きさを知る彼女には、これが単なる脅しではないことが判った。




「生命なんて、とっくに捨てている――――― って顔してますね。 確かに『殺す』なんて言葉、あなたにとっては脅しにもならないでしょうけど、もし、その生命を懸けて追い求めたものを奪われた後なら?」

「んん?」

「全ての真実を教えた後、中途半端に記憶を消します。 全てを知ったはずなのに何も思い出すことができない、という悔恨の念を抱いたまま、死んでもらいます。 真実を知る為に裏切りを是としてきたあなたには、お似合いの最後でしょう?」

「記憶を消す? そんなことができるのかい?」

「信じる、信じないはあなたの勝手。 ただ一つ言えることは、『 僕ならできる 』ということ」




いつの間にか、少年の顔から表情が消えていた。能面のように何も感情を示さないシンの瞳は、裏の世界を知る加持に、絶対的な説得力を感じさせた。

『彼ならできる』と。




「………………………………………………悪かった。 俺の負け、降参だ」




嘆息し、参ったと両手を挙げる加持。

それを見て、シンの雰囲気はいつもの温和なものに戻った。




「じゃあ、リツコさん―――――




後はよろしく、とシンは今度こそ食堂を出て長官室に向かった。




















オービットベース・司令長官執務室。




「そうか………あの男を連れてきたのか」

「申し訳ありません。 勝手な判断をしてしまいました。 責任は僕が取ります」




頭を下げようとするシンだが、大河はそれを制した。




「いや、構わんよ。 我々は、君をサポートする為にこの世界に来たのだ。 君一人に全てを負わせるつもりない。 使徒の能力が使えると言っても、全知全能ではないのだろう? ならば、存分に甘えたらいい。 お互い助け合うことができるからこそ、我々は『人間』なのだ。 『第18使徒 リリン』だと言われようが、運命をそのまま受け入れる必要など、どこにもないのだから」

「そう……ですね。 長官の言う通りです。 ありがとうございます」




礼を言われるほどのことじゃないよ、と大河は微笑み、話題を変えた。




「それにしても、アスカ君まで戻ってきているとはな」

「半年前からガードに就いているはずのルネさんから何の報告も挙がっていませんでしたからね。 僕も吃驚しましたよ。 まあ、ルネさんが意図的に隠してたってことには、ちょっとムカつきましたけど」




半分拗ねたように顔を顰めるシンを、大河はハハハと笑った。




「だが、君にとっては嬉しいことなのだろう?」

「はい」




シンの笑顔は、心からの喜びに満ちていた。それを見た大河は満足げに頷く。




「では、さっそく作業に取り掛かろう。 ガギエル、そしてアダムの浄解だ」

「判りました」




数分後、オービットベース全棟の主要スタッフに、コア浄解作業の連絡が入った。




















オービットベース研究棟・第1研究モジュール。

そこにGGGメインスタッフとソルダートJ、そしてシンと加持が集まっていた。




「何を見せてくれるんだい?」

「あなたが追い求めている真実、その一端ってやつです」




加持の前には巨大な赤い球体があった。




「これは?」

「先ほど回収してきたガギエルの――――― 太平洋艦隊を襲った使徒のコアです。 これを浄解し、元の姿に戻します」

「浄解? 元の姿?」

「まあ、見てて下さい。 スキル=リリン」




シンが能力を発動させると、髪の色は白銀に、瞳の色は赤く変化した。




「!?」




加持からはシンの背中しか見えない為、髪色の変化しか判らなかったが、それでもスパイである彼を驚かせるには充分だった。

コアに施されたプロテクトを解除したシンは、そっと右手を添える。




「クーラティオー―――――




浄解の言霊(キーワード)を唱える少年の身体から、緑色の光が溢れ始めた。




――――― テネリタース・セクティオー・サルース・コクトゥーラ!!」




ガギエルのコアが光り輝く。すると、コアの姿が歪み、変わっていく。やがて光が収まると、パズルブロックを模したような物体が姿を現した。




「これが元の姿ってやつかい?」

「はい、コアクリスタルと呼んでいます。 アダムを含めた17体の使徒………それらのコアクリスタルを全て回収することが、僕達の目的の一つです」

「ほう、17体ね………」




ダラけていた加持の双眸が真剣さを帯び、あらゆる情報を見逃さないように光る。それは正に、スパイの目だった。




「(こういうことに関しては有能なんだよな、この人)」




射るような加持の視線を感じながら、シンは話を先に進める。




「次はアダムの番ですね。 加持さん、トランクを開けてくれますか?」

「ああ」




加持は持ってきたトランクの電子錠とシリンダー錠を開錠し、中からオレンジ色の物体を取り出す。




「既にここまで復元されている。 硬化ベークライトで固めてはいるが、生きている。 間違いなくね」

「人類補完計画の要……か」




大河が呟き、それにシンが応える。




「そうです。 『第1使徒 アダム』………システムの根幹たる存在です」




そのシンの言葉に加持が反応する。聞き逃せない言葉だったからだ。




「システムの根幹? それは補完計画のかい?」

「それもありますけどね」




シンはそれ以上言わず、はぐらかした。まだ加持には教えられない。脅しを掛けたものの、彼がこれから先、どう転ぶかは判らないのだから。

トランクから手の平大の大きさに固められたアダムを取り出すシン。




「まずはベークライトからアダムを解放します。 スキル=リリン、A.T.フィールド・コントロール!」




シンはA.T.フィールドを圧縮・硬質・物質化して紅輝の剣を創り出すと、アダムを中空へ放り上げ、剣を上段に構えた。




「クルダ流交殺法………剣技『暴竜殺(ボルテクス)』!!」




シンの振るう剣が唸る。その刃から生み出された無数の真空波により、アダムを封じていた硬化ベークライトが斬り裂かれていく。

ベークライトの戒めが解かれたアダムは、「キキキキッ 」と奇妙な鳴き声を上げながら、床に落ちた。そして、その直後から肉体の再生が始まった。




「きゃあ!」

「シン君!」




徐々に身体を成していくアダムのおぞましさに、後ろで見ていたGGGスタッフがざわめいた。




「大丈夫です。 肉体ごとコアを浄解します!」




シンはA.T.フィールドの剣を解除し、右手を掲げた。




「クーラティオー・テネリタース・セクティオー・サルース・コクトゥーラ!!」




緑の輝きがアダムを包む。だが、原初の存在たる『第1使徒』も黙ってはいない。シンの浄解に対して抵抗を始めた。




「ぐうぅぅっ! さす……がメインシステム。 一筋縄じゃ……いかない…か」

「シン!」




マイが心配そうに声を掛ける。




「大丈夫だよ、母さん。 完全に目覚めきる前に―――――




緑の輝きが強まっていく。




「浄解する!!」




今までにないくらいの強い光がアダムを包み、研究モジュール内は緑光に染まった。




「うわっ!!」

「きゃっ!!」

「Oh!!」




あまりの眩しさに、皆は目を瞑る。

徐々に輝きが収まっていくにつれ、アダムにも変化が見られた。形が歪み、クリスタルの形状を成していく。




「ふうっ………」




片膝をついたシンが、安堵の溜息と共に額の汗を拭う。シン、そしてGGGメインスタッフの前には、マスタープログラムの中心核を構成するであろう形をしたアダムのコアクリスタルがあった。




「やったな、シン君」

「はい」




ガイの労いに笑顔で応えるシン。

一方、加持は苦い表情だった。




「これで俺はNERVには戻れなくなっちまったな」




自嘲気味に呟く加持。自分からアダムを渡したとは言え、これでNERVから情報を引き出す手段を失ったのだ。

これからどうしようかと考えていると、シンから思いもよらない要望を聞く。




「いえ、あなたにはNERV本部へ行ってもらいます」

「おいおい、手ぶらで行ったら殺されるよ」




確かに、SEELEに内緒でアダムを持ち出したのに、それを「GGGに奪われた」とは言わなくても、ただ「失くした」と言うだけで、それは処分の対象だ。いや、『処理』か。おそらく、次の日の朝日を拝めることはないだろう。




「大丈夫ですよ」




そう言うとシンは、何処からかオレンジ色の液体の入った容器を持ってくる。その容器の中に手を入れ、能力を発動させる。




「これからアダムの偽物を創ります。 スキル=リリン、発動。 A.T.フィールド・コントロール……イメージング展開……L.C.L変換 及び 再構成………」




シンが容器から手を出すと、そこには、先ほど浄解したアダムと寸分の狂いも無いモノがあった。




「ヒュゥ♪ 凄いな………!」




加持は素直に驚く。




「ただ、このままじゃ偽物だとバレてしまうので、このサンプルに………スキル=リリス、発動」




アダムに似せて造られたサンプルが脈動し出す。仮初めの命が与えられたのだ。




「そして、これにアダムの波動を出させる為にプログラムをコピーします。 とは言っても、インパクトが起きてしまっては本末転倒なので、その一部ですけどね………スキル=アルミサエル発動」




これで一連の作業が終了した。




「これでどうです?」




シンは出来上がった『偽アダム』を加持に渡す。




「ああ、大丈夫だ。 細かい注文としては、もう一回ベークライトで固めてくれると嬉しいんだが」

「そうでしたね。 リツコさん、後でお願いできますか?」

「判ったわ」

「悪いな、リッちゃん」




拝むように片手を立てて謝りながら、加持は『偽アダム』をリツコに渡す。




「さて、アダムを渡して頂いた礼としての情報はここまでですね。 これ以上のことが知りたいのであれば、今度はこっちのお願いを聞いて頂きましょうか」

「充分過ぎる程の情報を貰ったような気がするが、まだあるのか………。 で、何だい?」




シンの申し出は加持の予想を超えていた。




「加持さん、四足目の草鞋を履きませんか?」

「!!………いいのか? 君、言ってただろう? 俺は真実の為なら裏切りを是とする男だぜ」




加持は、顎の無精髭に手をやりながらシンに問う――――― が、少年は不敵に笑った。




「構いませんよ。 あなたが流した情報でNERVやSEELEがどんな策略を練ろうとも、僕らはそれごと叩き潰しますから」

「ほう………」

「それに―――――

「ん?」

「向こうに付いても、今後、加持さんに得なんて無いんですよ。 体よく利用されて、使えなくなったらポイです。 それに比べて、僕達はSEELEすら知らない真実を知っていますよ」




このシンの言葉に、加持は堕ちた。




「OK………履こうじゃないか、四足目」

「よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」




差し出されたシンの右手を、加持は断ることなく握った。




















GGGスタッフとの簡単な自己紹介の後、加持はシンと共に再び食堂に来ていた。腹は減ってないとか何とか言っていたにも拘らず、いま加持は、ここの名物メニューの一つである『ギャラクシー牛丼』を頬張っている。ドイツからの船旅が長かった所為で、こういう食事に餓えているんだそうだ。因みに、このギャラクシー牛丼、味は絶品でスタミナ満点らしい。GGG機動部隊オペレーターの卯都木ミコトは、これをどんぶり十杯、軽く平らげると聞いている。

今度レシピを訊いて、家でも作ってみようかな? ああ、でもレイが肉類ダメなんだよな………などとシンが考えていると、トン! と、どんぶりをトレイに置く音が鳴った。どうやら、食べ終わったようだ。




「ごちそうさん」




お茶を飲み、満足げに一息ついた加持。ぽんぽん……と、膨れたお腹を叩きながら爪楊枝を咥えている。

落ち着いた頃を見計らって、シンは話を切り出した。




「お聞きしたいんですが………加持さん、『ダミープラグ』ってご存知ですか?」

「んん? ああ………確か、SEELEの計画を調べてる時に引っ掛かった情報の中にあったな。 プラグというから、おそらくエヴァンゲリオンに関連した物だと思ってね。 本部で情報を整理してから手を付けようと思っていたんだが」

「その情報を教えてもらえませんか? 加持さんの情報と、こちらが今まで調べてきた情報を照らし合わせると、それの研究所の所在がハッキリすると思うんです」




ふむ……と加持は少しの間、思案を巡らす。




シンがこう言うには理由がある。彼はサードインパクトの後、全人類が融け込んだL.C.Lの海から様々な情報を手に入れたが、この世界において、その全てが正しいものであるとは言えなかった。それは、この世界が純然たる過去ではなく、『平行世界』であることに起因している。

つまり、ここは似て非なる世界なのだ。あらゆる出来事に差異ある。

これも、その一つ。

少年の持つSEELEの研究所の情報。調査の結果、それが指し示す場所には、目的の物は何も無かった。

しかし、だからと言って「はい、そうですか」と諦めるわけにはいかないのだ。これに関しては。




「そのダミープラグというのは、GGGにとって重要な物なのかい?」

「あれだけは完成させるわけにいかないんです。 絶対に………」




少年の脳裏には、あの時の光景が甦っていた。パイロットの制止も利かず、参号機のエントリープラグを潰すダミーを起動した初号機。アスカの弐号機に襲い掛かるダミープラグ搭載量産機。そして、その量産機を使って発動したサードインパクト。SEELEの計画を挫く為にも、ダミープラグだけは絶対に破壊しなければならなかった。




「判った。 教えるよ」




加持は、シンの瞳の中に強烈な意思の力を感じた。そんな彼に、加持は断る言葉を持ち得なかった。




「そこに『彼』がいるはずなんだ」




加持には聞こえないよう、シンは呟いた。






















そして時は『現在』に戻る。






















というわけで、僕は今、ルネさん、そしてJさんと一緒に、ジェイアークでドイツに向かっている。




「何もルネさんまで付いてくることなかったのに………。 NERV本部の保安諜報部へ異動したんでしょ? アスカの護衛任務はいいんですか?」

「GGGと碇家のガードが就いてるよ。 護衛対象が固まっているからね。 この方が良いんだ」

「NERV保安諜報部所属のエージェント『ルネ・カーディフ』としては、任務放棄以外の何物でもないと思いますがね」

「………ああ、もう! はいはい、シンの言う通り任務放棄ですよ。………………でもね、そ・れ・よ・り・も! 私は、あんたがここにいることの方が信じられないけどね」




腕組みしながら、ルネさんが横目で僕を睨んでる。




「………何でです?」

「今日はアスカの転入日だろ? わざわざ、そんな日を選んで行動するなんて、私には、あんたがあの娘から逃げているようにしか見えないよ」

「それは………」




図星を突かれ、言い澱んでしまう。そんな僕に、ルネさんは嘆息する。




「ったく……先延ばしにしたって、良い事なんか何もないだろうに………」

「どこまでいっても、僕は『バカシンジ』ですから………」




自分自身、情けなさに苦笑してしまう。


そんな僕の表情を、ルネさんは悲しげに見ていた。




「見エタゾ」




トモロの報告を受け、僕達は地上に視線を落とす。やがて、山々に囲まれた美しく深い森の中にポツンとある、研究施設らしき白い建物が見えた。




















ドイツとポーランドの国境近くに建造された秘密結社SEELEの研究所。

ドタドタドタ………!! と荒々しく足音を鳴らし、研究員の一人がノックも無しに所長室に入ってくる。かなり慌てている様子だ。




「所長! 大変です!!」

「何だね? 騒がしい」




静かに研究資料に目を通していた所長は、仕事を邪魔した礼儀も弁えぬ若い研究員に不快感を露わにした。




「正体不明の白い戦艦がこちらに向かってきます!」




研究員の報告に所長は呆れた。




「戦艦だと? 何を馬鹿な………。 ここには海も川も無いぞ。 君は昨日、徹夜で仕事だったのかね? 寝惚けたままだと、つまらんミスをするぞ。 顔を洗うか、シャワーを浴びるかでもしてスッキリしたまえ」




そう言って、再び資料に目を通そうとすると―――――




「空を飛んで来ているんです!!」

「い―――――




いい加減にしろ!! と所長が怒鳴りかけると、窓の外から大音量の声が聞こえた。




〔我らはGGG、ガッツィ・ギャラクシー・ガードだ。 秘密結社SEELEの研究所に告げる! 今より、そこを破壊する! 生命の惜しい者は即刻退去せよ! 尚、この警告に従わない場合、生命の安全は保証しない!〕




ジェイアークからの通告が辺りに響き渡る。それは通信ではなく、外部音声によるものだった。




「GGGだと!?」




所長は、部屋の窓から上空に浮かぶジェイアークを見る。




「所長!」




焦り慌てる研究員が指示を求める。

それに比べて所長は余裕だった。彼には、秘策があったのだ。




「世界の支配者たる我らSEELEに刃向かうとは愚かな奴だ………。 おい! アレを出せ!」

「アレ? ………あ、はい! 判りました!」




指示を受け、所長室を飛び出していく研究員。




「ちょうど良い。 アレの性能テストだ(ここで奴らを倒せれば、私もあの方達の末席に加えられるかもしれない。 そうすれば……クックックックッ)」




己の野望と未来への展望に、所長はニヤリと顔を歪めた。




















研究所の脇にある巨大格納庫の扉が開き、中から出てくるモノがある。

それは白一色の巨人。トカゲを思わせる頭部が特徴的だった。




「まさか………エヴァシリーズ!?」




シンが驚きの声を上げる。この時期に造られているとは思っていなかったのだ。




「あれがエヴァの量産型か!」

「イヤらしい顔をしてるね」




Jとルネも出てきた量産機を見詰め、その醜悪さに顔を顰める。シンの記憶で見ていたとはいえ、実際に目にすると、それは際立っていた。

この世界では、皮肉にもGGGの存在がエヴァシリーズの開発を早めていた。しかし、それは各国の協力の下ではなく、SEELE独自で秘密裏に行われていたので、まだNERVすら知らないことであった。その為、GGGも情報を得ることができなかったのだ。無論、まだエヴァシリーズの開発時期ではないという油断もあったが。




















「我らがエヴァの力、思い知るがいい」




所長は、既に量産機の勝利を確信しているのだろう。しかし、彼は知らなかった。最強と呼ばれたNERV本部のエヴァ初号機すら、GGGの敵にならなかったことを。

無知は罪である。特に、この所長のように責任ある立場の者にとっては。




















ジェイアーク艦橋。




「シン! あれに人間は乗っているのか!?」




Jに問われ、シンはA.T.フィールドを使って量産機に搭載されているエントリープラグ内を走査(スキャン)する。




「いえ、あれに乗せられているのはダミーです。 それも、機動テスト用に開発された機械式のようですね。 A.T.フィールドの反応はありませんでした」

「ならば!」

「ええ! 遠慮はいりません!」




「うむ!」と力強く頷くと、Jは艦橋後壁へ飛び上がった。




「フューゥゥジョンッ!!」




ジェイアークへ溶け込むように融合していくソルダートJ。




「ジェイバード、プラグ・アウト!」




Jが融合すると共に、ジェイアーク艦橋部分のジェイバードが分離・飛翔し、機構を組み替え、変形していく。




「メガ・フュージョンッ!!」




超弩級戦艦が己のシステムを組み替え、変形したジェイバードと合体し、一体の巨大ロボットを成した。




「キングッ……ジェイダーァァッ!!」




白い巨人の前に白き巨神が立ちはだかった。




















「ふん! GGGが何だと言うのだ。 殺してしまえ、エヴァンゲリオン!!」




所長の声が聞こえたかどうかは判らないが、量産機は翼を広げて羽ばたかせると、大剣を構え、空中のキングジェイダーに襲い掛かった。

ブン! と、大剣が振り下ろされる。




「じぇねれーてぃんぐあーまー、全開!」




トモロが防御フィールドの出力を上げた。






 バキンッ!






打撃音と共に、砕けた破片が中空に飛び散る。

その様子にニヤリと片唇を吊り上げる研究員達。だが、次の光景に我が目を疑った。

砕けたのは大剣の方だったのだ。A.T.フィールドも満足に使えない量産試作型のエヴァに、キングジェイダーのジェネレーティングアーマーは破れなかった。




「邪魔だ!」




鬱陶しいハエを追い払うように、キングジェイダーの巨大な平手が量産機を襲う。勢いよく弾き飛ばされた。

それを見た研究員達は、圧倒的なキングジェイダーのパワーに驚愕する。

一方、吹っ飛ばされた量産機は、慌てて翼を使い、空中で体勢を立て直した。

反撃に転じる為、量産機がキングジェイダーに視線を戻すと、白き巨神が自分に向かって右腕を突き付けていた。




「反中間子砲!」




右腕に装備された砲塔が火を噴く。

四本の条閃が煌めくと、コア、そして試作型ダミープラグ諸共に、量産機の上半身は分子レベルまで粉々に砕かれた。

先程まで量産機であったものが地上に落ち、それは再生することなく朽ちていった。

それを見届けると、キングジェイダーは再び研究所に向き直り、指先のメーザー砲全てを突き付ける。




「3分待つ!」




















研究所から次々と人間が出てくる。絶対の自信があったエヴァ量産機が、あっという間に倒された所為もあるのだろう。みんな、我先にと逃げ出していく。その研究員の顔は恐怖に引き攣っていた。




















「行きますよ、ルネさん」

「ああ」

「スキル=レリエル……ディラックの海、展開」




シンとルネの足元に黒い穴が開き、ゆっくりと沈んでいく。二人は研究所内へ侵入した。




















研究所の地下奥深く、研究所員でもごく限られた者しか入れない場所に二人はいた。




「ここか……」




ルネの目の前には異様な光景があった。

オレンジ色をした液体、L.C.Lに満たされた巨大な水槽。そして、その中に漂う何体もの人の身体。少年と思しきその身体は、皆、同じ顔をしていた。




「これがSEELEのダミープラグ・プラントか………」




常人ならば吐き気を抑えきれないこの光景に、ルネは激しい怒りを覚える。命そのものを弄ぶSEELEのやり口に、彼女は自分にこんな身体をプレゼントした犯罪組織【バイオネット】をダブらせた。




「ルネさん!」




シンの呼び掛けにルネは振り向く。彼の前には、巨大水槽とは別にL.C.Lが満たされた円筒状の装置があった。そして、その中には一人の少年の姿が見えた。




「これだけはあっちとは別物のようだね。 厳重に管理されている………」

「多分、彼がオリジナルです。 魂の波動を感じます」




目を瞑り、筒に手を添えているシン。




「水槽の方は?」

「あっちの方は、ただ造ったという感じですね。 レイの素体とは違い、彼の細胞からのクローニングで造り出されたものですから、魂が生まれなかったようです」

「単なる肉の固まりか」




ルネは水槽を見詰めながら、悲しそうに呟いた。

哀れな犠牲者達。
 
彼女の脳裏には忌まわしき過去が甦っていた。

シンは装置を操作して、円筒内のL.C.Lを抜く。排出が完了すると同時に筒が開き、中の少年が力無く倒れ込む。




「カヲル君!」




床に落ちる寸前で、シンはカヲルと呼んだ少年を抱きかかえた。

この少年こそ、碇シンジの友人にして『第17使徒 タブリス』である。




「カヲル君、もう君は戦わなくていいんだ。 もうすぐ、その運命から解き放ってあげるからね………んん?」




シンには、意識の無いはずのカヲルが微笑んだように見えた。懐かしい彼の笑顔に微笑み返すと、何処からか毛布を取り出し、全裸の彼に被せる。




「ルネさん、戻りますよ」

「判った」




再び開かれたディラックの海に飛び込むシンとルネ。その際、土産として時限式のプラスチック爆弾を置いてくるのを忘れなかった。

黒い穴が閉じて五秒後、大爆発と共に狂気の実験室は消滅した。




















キングジェイダーの艦橋に黒い穴が生まれる。そこから出てきたのはルネと、毛布を巻かれたカヲルを抱きかかえるシン。




「Jさん、いいですよ」

「うむ!」




Jは頷き、改めて両腕の全砲門を研究所に向けた。




「十連メーザー砲、反中間子砲、同時斉射!!」




全部で十八本もの光の矢が研究所に降り注いだ。






 ドゴオオォォォォォォォォォォォォォォン!!






爆音が山々や森林に轟き、動物達や鳥達は逃げ惑う。それを尻目に、研究所は大爆発を起こして跡形も無く消滅した。




「よし! オービットベースに帰還する」




キングジェイダーは合体を解いてジェイアークに戻ると、青く澄んだ空に向かって飛び去り、後には、濛々と立ち昇る黒い煙だけが残った。




















去っていくジェイアークと消滅した研究所を見詰める二つの人影。

一人は、白のローブを纏った蒼銀の髪の毛が印象的な少女。そしてもう一人は、同じ格好をした銀髪の少年だった。

シン達には判らなかったが、もし研究員が残っていれば気付いただろう。水槽内の素体が一体足りなかったことに。




「ありがとう。 君が連れ出してくれなければ、僕は彼の力でクリスタルに浄解させられていたよ」

「時間が惜しいわ。 行くわよ」




少年の礼を無視して、少女は踵を返す。




「やれやれ、随分とせっかちなことで………」




少年も後を追い、やがて二人の姿は何処かへと消え去った。




















第3新東京市、綾波邸。現在の時刻は午後6時30分を少し回ったところである。




「ただいま~」




シンは、救出したカヲルをオービットベースの医療棟に預けたが、一向に意識の戻る様子が無い為、一旦帰宅することにしたのだ。カヲルが目覚めれば、例えそれが夜中でも、シンへ連絡が入ることになっている。




「あれ?」




いつもなら出迎えに玄関まで来るレイやペンペンが、今日は来ない。




「何だろ?」




いやに静かなので、変だなぁ………と思いつつも、リビングに入るシン。

すると、そこには腕組みをし、仁王立ちで彼を出迎える赤毛の少女がいた。




「やっと帰ってきたわね、バカシンジ」

「アスカ!?」




何でここに!? と驚くシンと、やっと逢えた! と笑顔を浮かべるアスカ。

そんな二人を微笑ましく見詰めるマイとレイ、そしてペンペン。




波乱含みの綾波家。




シンの一日は、まだ終わらない。




















第参拾伍話へ続く








[226] 第参拾伍話 【 紡がれる絆 】
Name: SIN
Date: 2005/07/17 22:06






「え? 何で? 何でアスカがここにいるのさ?」




思いも寄らなかった状況を目の当たりにし、シンは困惑を隠せない。

無理もない。いくら『能力(ちから)』があろうとも、彼はまだ、中学生の子供なのだ。しかも目の前の少女は、ずっと心に想っていた女の子。落ち着けるわけがない。




一方のアスカだが、予想通りの少年の様子に、ニヤリ……とゲンドウスマイル真っ青の笑顔を浮かべていた。

悪戯が上手くいった、と言いたげな笑みだが、実際はそうではない。彼女は、堪えていたのだ。

彼は変わっていなかった。あの優しい瞳も、仕草も、そして心も――――― いや 寧ろ、心は『成長』していた。過剰だった臆病さが抜け、ある意味、逞しくなっていた。

それがとても嬉しくて、こんな風に意地悪く笑っていないと、思わず彼に抱きついてしまいそうになったから。

気恥ずかしさで素直になれない少女が、そこにいた。




















綾波邸のリビングには、そんな少年少女の姿しか見えないが、別段、二人きりというわけではない。

二人の様子を見守るように、そこには少年に家族がいたのだ。五~六人はゆうに座れるソファーの後ろに身を隠し、頭半分を ちょこん と出して。

母・マイは「ワクワク……」と半ば興奮気味に事の推移を見ている。時折、「そこよ」とか「ブチュ~と熱いベーゼを」などと小声で洩らし、妹・レイは、ペットの温泉ペンギン・ペンペンと一緒に二人を見ていた。読んでる本の影響か、友人達との触れ合いの所為か、最近、頓に精神(こころ)の成長著しい少女である。優しい微笑を浮かべながらも、どこか興味津々といった面持ちだ。ペンペンは興味なさげに首を傾げているだけであったが。




















数分ほどが過ぎても、未だ困惑から抜け出せていないシンだが、彼とて、アスカとの再会を予想していなかったわけではない。彼女の積極性と行動力を考えれば、いつかこうなるだろうとは思っていた。しかし、早すぎる。昨日の今日だとは思わなかった。

そんなシンの疑問に答えるように、レイがソファーの後ろから出てきて口を開く。何時まで経っても進展が見えない為、痺れを切らしたようだ。同じく隠れていたマイは「レイったら、まだ早いわよぅ」と不満そうだったが、バレてしまっては仕方がないので、諦めて出てきた。




「………アスカは私が連れてきたの」

「二人して、そんなところで何を――――― って『アスカ』!? レイがアスカを名前で呼んでる!?」

「当ったり前じゃない! アタシ達は親友なんだから………ね~~っ♪」

「………ね♪」




笑みを交わす美少女二人に驚いたシンは、両目を擦った。見間違いなのではないかと。




「い…いつの間に、そんなに仲良く?」

「それはねぇ………」




アスカは、何故こうなったのかを話し始めた。それは、今日のお昼時まで遡る。




















第壱中学校。






 キ~~ン……コ~~ン……カ~~ン……コ~~ン!






四時間目終了のチャイムと共に、学校内は急に賑やかになる。これから生徒達が待ちに待った時間が始まるのだ。

2-Aの教室でも、それは同じようで―――――




「さ~~て、メシやメシ! 学校最大の楽しみやからのう!」




ジャージ姿の関西弁少年・鈴原トウジが机に弁当を広げ、その友人の相田ケンスケは購買部にパンを買いに行く。

アスカもパンを買う為に購買へ向かおうとする。転入初日に弁当など持ってこられるはずもなく、作ってくれる人もいない為、「ま、仕方ないか」と諦め顔で席を立つ――――― が、それを遮るように、レイがアスカの前に立った。




「ん? ファースト、何か用?」

「………はい」




レイは、ある包みをアスカに渡した。




「何よ、これ?」




怪訝な表情でレイを見るアスカ。




「………お兄ちゃんが渡してくれって。 あなたのお弁当よ」

「シンジが!?」




レイから渡された思いがけない物に、アスカは目を丸くして驚く。




「………私、お兄ちゃんに言ったの。 『作るくらいなら自分で渡したら?』って………。 そうしたら困った顔して、次に笑って誤魔化したわ。 変なところで意気地がないんだから」




アスカは、そのシンジの表情を思い浮かべ、呆れ顔を作った。




「変わってないのね、アイツ」

「変わって欲しかった?」




ううん、と首を横に振る。




「シンジは……シンジのままがいい」




アスカは、シンジが作った弁当を大事そうに胸に抱えた。そんな彼女を見るとレイも嬉しくなる。自然に微笑んでいた。

そこへ洞木ヒカリがやってきた。アスカと一緒に昼食をとろうと思ったのだが、お弁当は持ってきてないだろうと考え、購買部へ案内しようとしたのだが―――――




「アスカ、お昼は――――― あら? お弁当持ってきたの?」

「え? あ、いや………」

「?」




シンジに想いを馳せていたアスカは、いきなり掛けられた声に動揺し、焦ってしまった。その所為か、上手く言葉が出てこない。

下手なことを言って勘繰られるのは御免だと思い、どうにか誤魔化そうとしたところへ、レイが爆弾を放り投げた




「………これ、お兄ちゃんが作ったの」




その馬鹿正直な答えに、一瞬 教室内の時間が止まり、そして爆発した。爆心地は『綾波シン愛好会』の三人娘だった。




「「「え~~~~!? 何でシン君が惣流さんにお弁当を!?」」」




それに続き、次々と誘爆する教室内。




「どういうことだよ!?」

「二人って知り合いなの?」

「そういえば、前にシン君に告白した娘が言ってたんだけど、シン君、好きな娘がいるんだって」

「じゃあ、それが惣流さん?」

「もしかしてラブラブ?」

「羨まし~~~~い!」

「くそぉ! シンばっかり何故なんだ!!」

「いや~~んな感じ」




騒がしくなった教室に響く赤裸々な噂に、アスカの顔は真っ赤になる。




「い…行くわよ、ファースト!」

「あ………」




恥ずかしさのあまり、アスカは無理やりレイを引っ張って、全力ダッシュで教室から脱出した。




「「「「「「「「「あ~~~っ! 逃げたぁぁっ!!」」」」」」」」」




後日、アスカはシン共々、クラス中の槍玉に挙げられるのだが、それはまた別の話である。




















屋上。適度にそよぐ風が気持ちいい。

久しぶりに全力で走った為か、アスカの息は乱れている。一方、レイの方は至って平静。まあ、引っ張ってこられただけなので、当然ではあったが。

アスカは「スゥ~~~……ハァ~~~……」と深呼吸を数回繰り返し、やっと息を整えた。




「フウッ! ………ったく、バカ正直に答えてんじゃないわよ」

「そう?」

「そうよ! いい、ファースト? アンタは―――――

「………レイよ」

「え?」

「私を『番号』で呼ばないで。 私は、もう『人形』じゃない。 ようやく『人』になれた私から、その『証』を奪わないで」




アスカを見るレイの瞳は、何者にも覆せぬであろう強い意思に満ちていた。

その表情に気圧されるアスカだが、レイの言いたいことは理解できた。そして、そんな彼女に好感も持てた。

自然と笑みが零れる。




「へ~っ、いい顔するじゃない。 前の世界でもそんな顔ができてたら、あんなに嫌うことなかったかもね」

「え?」

「ゴメンね。 もう言わないわ、レイ。 これでいい?」

「うん。 ありがとう、惣流さん」

「アスカよ」

「??」

「アタシは名前で呼んでるのに、アンタは名字で呼ぶの? アタシ達はこれからも一緒に使徒と戦っていく仲間なのよ。 他人行儀なことはしたくないわ」




レイは、やっとアスカの言いたいことが判った。




「アス…カ……?」

「そうよ、レイ。 これからもヨロシクね」




右手を差し出すアスカ。




「………よろしく、アスカ」




同じく右手を出し、握手を交わすレイ。




レイとアスカ。




静と動。




青と赤。




水と炎。




何もかも正反対だった彼女達二人は、ようやく心を通じ合えたのだった。




















「………これ、お茶」

「ん」




レイが水筒からお茶を注ぎ、アスカに渡す。

そのアスカは、目の前のお弁当と睨めっこをしている。ご丁寧に、中身は好物ばかりだった。




「………食べないの?」

「た…食べるわよ! うん、食べるわよ」




箸を持つアスカ。同じくレイ。




「「いただきます」」




礼儀のいい二人である。

アスカは震える手でおかずを一つ、口に入れる。よく知っている味が口いっぱいに広がった。




「シンジの味だぁ………」




懐かしさのあまり、彼女は大粒の涙を零す。




「アスカ?」

「逢いたい……逢いたいよう……う、う、う………」




気持ちが溢れた。我慢できない。止まらない。

そんなアスカの様子を見かねたレイが、ある提案をした。




「今日……家に来る?」

「………え?」




アスカは涙顔のままレイを見る。




「お兄ちゃん、遅くても晩御飯までには帰ってくるって言ってたし、お母さんも逢いたいって」

「レイのママ?」

「うん。 あなたのお母さんと親友だって言ってたわ」

「ママの親友………」

「………どうする?」




アスカの答えは決まっていた。考えるまでもない。




「行くわ。 連れてって」

「判ったわ。 じゃあ、放課後にね」

「ダンケ」




何気ないアスカの言葉に、レイは目を丸くする。




「ん? 何よ?」

「初めて聞いた気がする………」

「何を?」

「あなたからの感謝の言葉」

「そうだっけ?」

「ええ」

「なら……これからは幾らでも言ってあげるわよ、レイ」

「うん、アスカ」




微笑みあう二人の表情は、何よりも美しかった。




















時間は過ぎ、放課後。

ここはマンション・コンフォート24の最上階にある綾波邸。




「ただいま」




アスカと共に家に帰ってきたレイを出迎えたのは、彼女がよく知る一匹のペンギンだった。




「クワァッ」

「!?」




そのペンギンを見て、アスカは驚く。彼女の記憶では、このペンギンの飼い主は葛城ミサトのはずだった。




「何でペンペンがここにいるのよ!?」

「クアァ?」




自分を指差す少女を、ペンペンは「誰だ、コイツ?」という顔で見ている。




「あ、ここでは初めて会うんだっけ………」

「ペンペン、彼女はアスカ。 私の友達よ」

「クワ」




レイの紹介に、ペンペンは右手(羽?)を挙げて挨拶する。




「あ、ヨロシク……ね」




少し呆然としながらも、同じように挨拶するアスカ。




「クワワ」




ペンペンは「こちらこそ」と言うように頷くと、手ぬぐいを持って浴室に向かった。




「アイツ、何でここにいるの?」




アスカは、ペンペンの後ろ姿を指差してレイに訊ねる。




「ゴミの国から逃げてきたところを、お母さんが保護したの」

「なるほどネ」




簡潔ではあるが、充分過ぎる答え。アスカは即座に納得した。




















リビングでは、マイがテレビを見ながら煎餅と玄米茶で寛いでいた。因みに、今日は休暇を取っている。




「お母さん、ただいま」

「お帰りなさい、レイ。 ………あら?」




マイの目に映ったのは、レイに続いてリビングに入ってきた紅茶色の髪が綺麗な少女の姿。それは彼女に、かつての親友を思い出させた。




「もしかして、あなた………アスカちゃん?」




はい、とアスカが頷くと、




「やっぱり! キョウコにそっくりだわ!」




ポンと手を叩いて、マイはアスカに近付いた。




「もっとよく顔を見せて」




マイは、両手で優しくアスカの顔を包み、見詰める。




「え、あ……あの………」




アスカは、マイの柔和な表情に頬を赤らめて照れた。




「あ~~~ん、可愛いわ!」




堪らなくなり、ギュッ! とアスカを抱き締めるマイ。




「むはっ! くる…しい……」

「あらあら、ごめんなさい」




踠くアスカに気付き、マイは彼女を離す。




「大丈夫?」

「は、はい。 平気です」




アスカの言葉にマイは、ほっ…… と安堵の表情を見せた。




「よかったわ。 もしアスカちゃんに何かあったら私、キョウコに合わせる顔がないもの」

「あ………」




キョウコという母の名前にアスカは反応する。




「あ、あの………」

「ん?」




意を決し、アスカはマイに懇願した。母のことを教えて欲しいと。

アスカの記憶にある母の姿は、エヴァに取り込まれ、おかしくなってからの姿が大部分を占めていた。それがエヴァとの接触実験の所為だと判っていても、彼女の心の何処かでは、母親に殺されかけ、目の前で死なれたあの光景が、足枷となって存在し続けていた。

しかし、アスカは弐号機の中に、まだ正常な頃の――――― いや、本当の母親の魂があることを感じている。

だからこそ信じたかった。あの時、エヴァシリーズとの戦いで感じた母の心を、母の想いを、母の愛を。そして、そんな母への自分の愛を。

その必死な願いにマイの心は動く。彼女は、自分に判る範囲で親友キョウコのことを話し始めた。彼女が、いかに素晴らしい人物であったのか。そして、これから生まれてくるお腹の子、つまりアスカをどれだけ愛していたのかを。

その後、母の話を聞いて涙するアスカと、そんな彼女をいじらしく思い、抱き締めるマイ………そして、その姿を羨ましく思い、後ろから母に抱きついて甘えるレイという、ほのぼのと、そして優しさに満ちた光景がリビングに広がった。




















そして、時間は現在に戻る。




















「そんなことがあったんだ」




ソファーに座り、レイ達の話を聞いていたシンは、納得したという表情で頷いた。




「よかったね、レイ。 アスカと仲良くなれて」

「うん」




嬉しい、と笑顔を浮かべるレイと照れるアスカ。




「さ…さあ、シンジ。 今度はアンタの番よ。 ぜぇ~んぶ、話してもらいましょうか」

「あ、うん。 えっとね………」




少々どもりながらも強気な彼女。

そんな様子を「変わらないなぁ」と嬉しく思いながら、シンは、これまでの事の経緯を話し始める――――― が、横から視線を感じた。見ると、レイとマイ、そしてペンペンの二人と一匹が じぃっ…… とシンとアスカを見詰めていた。

その視線に、シンは何故だか、急に恥ずかしくなった。




「ぼ…僕の部屋に行かない?」

「そ…そうね」




アスカもシンと同じようにレイ達の視線に恥ずかしくなったので、彼の提案を断らなかった。後について立ち上がる。




「あら? 家族にも話せないなんて、どんな話をする気なの? 母さん、そんな子に育てた覚えはありませんよ」




マイは拗ねたように頬を膨らます。

それに対し―――――




「育てられた覚えもないよ」




と、シンは言いかけたが、以前にそれでマイを号泣させてしまい、いつもは物静かなレイから『説教』を受けたのを思い出した。滅多なことを言うものではない、と大反省したのだ。




「い…いいだろ、別に。 行こう、アスカ」

「う…うん。 失礼します、おばさま」




アスカはペコリとお辞儀して、リビングを出て行くシンについていく。それを嘆息して見詰めるマイ。




「シンも男の子なのよねぇ。 好きな娘の前じゃ、母親は二の次か………」




それでも嬉しそうなマイ。母親にとって、息子の成長は望むところだ。

しかし―――――




「レイはいいの? アスカちゃんに取られちゃうわよ?」




マイはレイの気持ちを知っている。できることなら応援したい。だが、アスカも可愛いのだ。甲乙付けがたい。




「うん、私はお兄ちゃんが好き。 負けない」

「頑張りなさい」




頬を染めて答えるレイに、マイは柔らかく優しい笑みを浮かべた。




「(でも、レイだけ応援するってわけにはいかないわよねぇ)」




と、思いを巡らせながら、マイは夕食の準備の為にソファーから立ち上がる。すると、 ピン! と脳裏に閃くものがあった。




「そうだわ、お父様に頼んで法律改正してもらおうかしら。 そうすれば、可愛い娘が二人になるものね♪」




何ていいアイデアなのかしら、とマイはイヤ~ンな笑顔を浮かべた。レイは、そんな母を怪訝な顔で見ている。




「お母さん?」




自分の考えにトリップしていたマイは、後ろから掛けられた娘の声に驚き、 ビクッ! と身体を震わせた。




「………もしかして、聞こえてた?」

「何が?」




マイからの問い掛けを、レイは首を傾げて問い返す。




「あ、えと……何でもないのよ、レイ。 さ、今の内にお夕飯の準備をしましょう。 お皿を出してちょうだい」

「うん」




食器を準備するレイの後ろ姿を見ながら、マイは額に滲んだ冷や汗を拭った。




「(シンにバレないように事を進めないとね♪)」




マイは再びニヤリと笑う。近頃、『お節介なお姉さん』化してきた彼女であった。




















第参拾陸話へ続く








[226] 第参拾陸話 【 想い、心 重ねて 】
Name: SIN
Date: 2005/07/18 22:43




少年にとって、彼女はどういう存在なのだろう?

『以前』、友人達は、少女のことをこう言っていた。




「傲慢」  「高飛車」  「生意気」  「変わりもん」 


  「我が侭」  「見栄っ張り」  「薄情者」


「二重人格」  「自意識過剰」  「いけ好かん女」




でも、彼女は想い人。誰よりも、何よりも想う女の子。

そして、傷つけた人。己が獣欲のまま、汚した女の子。




















少女にとって、彼はどういう存在なのだろう?

『以前』、あの空母で初めて出会い、その後、作戦上の成り行きで一緒に暮らした。

その時はこう思っていた。




「馬鹿」   「臆病」   「軟弱」   「スケベ」


  「邪魔者」   「ガキ」   「変態」


「優柔不断」  「グズ」  「鈍感」  「ヘタレ」




いっぱい、いっぱい傷つけた。素直になれず、訳の分からない心のイラつきのまま、罵詈雑言を浴びせ続けた。

でも、気になるヤツ。いつも見ている、とても優しい男の子。




















誰の声だったのだろうか? あの赤い海で聞こえたのは………。




あなたは、何を願うの?




やがて巡る、二人の想い―――――




















シンの案内で、アスカは彼の部屋へ訪れることになった。レイ達が隠れていると知っていた先程のリビングとは違い、今度は完全に二人きりだ。さすがに少し、緊張してしまう。




「さあ、どうぞ」

「じゃ…邪魔するわね……………へぇ~~、結構いい部屋じゃない」

「前の部屋は、元々物置だったんだよ」




興味深げに中を見渡すアスカの言い様に、シンは苦笑いを浮かべた。

確かに前と比べれば、随分と良いだろう。今度の部屋は10帖の洋間で、彼の性格そのまま、きちんと整理整頓がされていた。某女性指揮官にも見習わせたいものだ。




「楽にしてよ」

「そ…そうする」




アスカはベッドに腰掛ける。シンは勉強机の椅子に。




「………じゃあ、さっそく聞かせてもらおうかしら。 何でアンタは死んだことになっていて、しかもレイの兄貴になってるのか。 前の世界には無かったGGGって組織は何なのか。 他にもいっぱいあるわよ」

「ルネさんと一緒だったんでしょ? 聞いてないの?」

「本部に着いたら、すぐどっか行っちゃった」




肩を竦めるアスカ。彼女を信頼しているのだろう、あまり気になっていないようだ。

それとは逆に、シンは渋い表情。




「ドイツに向かうまで一日ほど時間があったのに………面倒くさがって僕に押し付けたな」




正解である。




「何ぶつくさ言ってんの! さあ、早く説明しなさい!」

「う~~ん、口で説明すると時間が掛かりすぎて面倒なんだよなぁ………あ、そうだ!」




シンは『スキル=アラエル』で記憶を見せようと、アスカの額に自分の額をくっつける。その途端、一瞬にしてアスカの顔は茹蛸のように真っ赤になり、甲高い照れ隠しの悲鳴と共に繰り出された往復ビンタと高速踵落としを喰らったシンは、脳天から煙を上げながら床のカーペットに沈んだ。




「エレさんより凄い踵落としだ………」




異世界の友人を思い出しながら、シンの意識は薄れていった。




















「ふうっ……非道い目にあった」

「アンタが変なコトするからでしょうが!」




どうにか意識を取り戻したシンと、未だに真っ赤なアスカ。幾つかの遣り取りの後、ようやくアスカは、シンから事の顛末を教えられた。




「ふうん、なるほど………よく判ったわ」

「そう? よかった」




笑顔のシンだが、次の瞬間、それは凍り付くように固まった。




「でさぁ……アンタの記憶の中で面白いものを見たんだけど―――――

「へ?」




地獄の底から捻り出してきたようなアスカの暗い声と共に、彼女の紅髪が幽鬼のように揺らめき上がっていく。




「な…なに?」




嫌な予感がしたシン。脳裏にレッドシグナルが点滅する。

まさか―――――




「アンタ……人の病室でナニしてんのよ?」




当たった!

こういう時に限って、それはよく当たるものである。宝クジなどは全然当たらないくせに。




「(な…何で!? そんなところまで見せた覚えはないのに)」




シンの思う通り、スキル=アラエルで見せたのは、あのサードインパクト以降の記憶のはずだった。しかし、何故かアスカには全てがバレていた。

滝のように冷や汗を流すシン。

それに比べてにこやかな笑顔のアスカ。だが、これが逆に怖かった。




「さぁて、どうしてくれようかしら?」




笑顔のまま、ボキボキと指を鳴らすアスカ。




「お手柔らかに………」

「そんなことが言える立場?」

「………いえ」

「なら、目を瞑って歯を食いしばりなさい!」




右手を振りかぶるアスカを見て、シンは覚悟を決めた。言う通りに目を瞑り、歯を食いしばる。




「……………………??」




いつまで経っても想像していた衝撃がこない。シンがそ~っと目を開けようとすると、突然いい匂いと共に、身体を柔らかい感触が包んだ。

シンは吃驚して目を見開く。アスカの顔が自分の顔のすぐ横にあった。彼女が自分を抱き締めていたのだ。




「え? うえ? あれ?」




いきなり抱きついてきたアスカに、手をバタバタと振って、真っ赤な顔でパニくるシン。

そんな彼の様子を無視して、アスカは自分の思いを喋り出した。




「アンタのやったコト………正直言えば軽蔑――――― いえ、幻滅ものよ」




さっきとは違う、その諭すようなアスカの声に、シンは徐々に落ち着きを取り戻していき、一言「………うん」と応える。




「でも、あの時のアンタの気持ちや精神状態を考えれば、判らない事もないわ」

「え?」




その思いも寄らなかった言葉に、抱き締められたまま上を向いていたシンは、アスカに視線を移した。




「もしかしたら、逆も有り得たかもしれないしね」




そう言ってアスカは、シンの身体を離す。




「アスカ………?」




シンとアスカの視線が重なる。少女の瞳に怒りの色は見えなかった。自惚れかも知れないが、シンにはそこに、彼女の本当の優しさが見えている気がした。




「だから、コレで許してあげるわ」




アスカはゆっくりと右手をシンの額に近付けると、ビシッ! とデコピンをお見舞いした。




「っ! 痛ぅぅ~~………」




涙目で額を押さえるシン。「情けないわね」とアスカは嘆息する。




「それくらい何よ! A.T.フィールド張れるんでしょ?」

「アスカ相手に使えるわけないじゃないかぁ………」




拗ねたようなシンの声に、アスカは内心「可愛い♪」と微笑んだ。




















「ねえ、アスカ?」

「うん?」

「アスカは僕のこと、嫌いじゃなかったの?」




あのオーヴァー・ザ・レインボウでの再会劇からこっち、シンは心の中で燻っていた想いを吐露する。ずっとアスカの態度が気になっていた。

ルネの言う通り、アスカは自分を嫌っていないのだろうか? ここでハッキリさせておきたかったのだ。

そして、自分の想いにも決着を付けたかった。

シンはアスカを見詰める。そして、アスカもシンを見詰める。

ゆっくりと時間が流れる。そんな気がした。

やがて、アスカが口を開く。時間にすれば、それはほんの数分だったのだろうが、シンには何十時間もの長い時間に感じられた。




「………そうよ、嫌いよ」

「そうだよね……やっぱり………」




判っていたことだが、やっぱり面と向かって言われるのは辛いものだ。特に好意を持っている人間からは。

ハッキリと言われたことにシンは落ち込み、顔を伏せる。

だがアスカは、そんなシンの様子に一つ溜息をつくと、さらに言葉を続けた。




「そうやって、いつもイジイジしているアンタは嫌い。 でも、優しく微笑んでくれるアンタは好き」

「………は?」




聞きなれない言葉を聞き、シンは俯いていた顔を上げる。




「美味しい御飯を作ってくれるアンタは好き。 我が侭を聞いてくれるアンタは好き。 セカンドチルドレンのアタシじゃない、本当のアタシを見てくれているアンタが大好き!」

「アスカ………」




信じられないという表情のシン。アスカの口から『好き』なんていう言葉を聞くとは思わなかった。




「え? でも、だって、さっき僕のこと嫌いって………」

「ねえ、シンジ? 『好き』っていう言葉の反対って何か知ってる?」




突然、話題を変えるアスカ。何を言いたいのか判らないが、シンは律儀に答える。




「………『嫌い』じゃないの?」

「そうね。 言葉としては、それで正解かもしれない。 でもね、アタシはこう思う。 『好き』も『嫌い』も心の変化の一つ。 まったくの同義語。 多分ね、『好き』の反対は『無関心』だと思うの」

「無関心………」




アスカの言葉を噛み締めながら、シンは呟く。




「少なくとも、アタシはアンタの事に関して無関心じゃなかったわ。 ずっとアンタを見てた。 学校でも、家でも、エヴァのことでも」

「………………」

「最初は、全然判らなかった。 何でこんな冴えない奴がアタシの心に棲みついているのか。 でも、エヴァシリーズとの戦いの後、この世界で目覚めて、もうシンジに会えないんだって思ったら、急に寂しくなって、悲しくなって………。 それで気付いたの。 アタシはシンジを求めてる。 加持さんへの想いとは全く違う、これが『人を好きになる』っていうことなんだって判ったの。 もし、この気持ちが恋とは違うっていうのなら、アタシはもう誰も好きにならない。 一生、ずっと一人で生きて――――― !!」




アスカはそれ以上、言葉を続けられなかった。何故なら、シンに抱き締められたから。




「もういいよ、アスカ。 もう……いい………」

「シンジ………」

「誰も好きにならないなんて、そんな悲しいことを言わないで。 大好きだから……僕はアスカが大好きだから………」

「あ…あ……ああ………シンジ……しんじぃ~~」

「………アスカ」




アスカの、そしてシンの双眸から涙が溢れ出る。止まらない。止めることができない。

アスカとシンは感動に包まれていた。本当に好きな人と通じ合えるということは、こんなにも素晴らしいものだったのかと。




やっと言えた。




やっと聞けた。




二人の心は………やっと結ばれた。




















それから暫くの間、シンとアスカはベッドに腰掛けて寄り添っていた。

ずっとこうしていたかったが、「ああ、そうだ」とシンが何かを思い出し、口を開く。




「ねえ、アスカ。 君のお母さんのことだけど………」

「ママの?」

「うん。 ………弐号機のコアのこと……知ってる?」

「シンジの言いたいことは判るわ。 コアの中にママがいるんでしょ? エヴァシリーズとの戦いで感じたもの………ママはずっと弐号機の中でアタシを見守ってくれてたんだって」

「でさ、僕の母さんも………」

「おばさまから聞いたわ。初号機のコアからサルベージされたんですってね」

「うん」

「で、今度はアタシのママの番?」

「アスカが望むなら、今すぐにでも―――――




助ける、と言いかけたシンジの口を、アスカの人差し指が優しく閉じる。




「シンジの気持ちは、とても嬉しい。 アタシもママに逢いたい」

「それなら―――――

「でも、ママには悪いけど、もう暫くは弐号機の中に居てもらうわ。 でないと、アタシが弐号機にシンクロできないもの」

「アスカ………」

「アタシはいつでもママを感じることができる。 だから、ママに逢うのは全てが終わってからでいいわ」




笑顔のアスカ。そんな彼女に、シンは苦笑を浮かべる。少し無理してるのが判るから。




「何だよ……僕と同じで人一倍 寂しがりやのくせに………」




シンにとっては精一杯の皮肉。でも、アスカには通用しなかった。受け流し、笑って返す。




「アンタがいるから寂しくないの。 それに、レイやおばさま達もいるでしょ」




頬を赤く染めて抱きついてくるアスカを、シンは優しく抱きとめる。




「うん、そうだね。 ………でも、これだけは覚えておいて。 僕はアスカやレイに戦って欲しくない。 危険な目に会わせたくないんだ」

「判ってる。 ありがと、シンジ………………大好き」

「僕も………」




シンを抱き締めるアスカの表情は、今まで見たこともないくらい安らいだものだった。




















その後、アスカを交えた夕飯の席は、シンと想いが通じ合ったアスカをマイが祝福したり、そのアスカにレイがライバル宣言したり、そのまま、なし崩し的にアスカと一緒に住むことが決定したりと波乱含みであった。

何はともあれ、こうして綾波シンの長い一日が、ようやく終わった。




















同時刻―――――

とある場所では、世界の闇部分を支配する秘密結社SEELEの秘密会議が行われていた。

暗闇の中に12枚のモノリスが浮かび上がる。




「緊急の呼び出しとは……何事ですかな?」

「議長 御自らの召集など、お珍しい」

「いや、まったく」




闇組織の会議にしては、似つかわしくない和やかな雰囲気。しかし、議長であるSEELE01のモノリスの主、キール・ローレンツの発した言葉が、この会議の雰囲気を一変させた。




「ダミープラグの開発、そして『タブリス』の調整を行っていた研究所が破壊された」

「!!」

「何と!?」

「いったい誰が!?」

「それはまだ判らぬ。 跡形もなく破壊しつくされていたのでな。 手がかりすら残っておらん」

「ぬう………」

「これでは補完計画に支障が!」

「左様、イレギュラーどころの話ではない!」

「シナリオの修正だけでは追いつかん!」

「タブリスだけならまだいい。 しかし、ダミープラグは拙い」

「そうだな。 エヴァシリーズに搭載されるのは心を持たないダミー。 だからこそ意味がある」

「我々の計画にはエヴァシリーズが必要不可欠」

「神へと至る道『セフィロト』に連なる十の位階………」

「その内、我らが現世たる物質世界『マルクト(王国)』を除く九つの門」

「イエソド(基礎)」

「ネツアク(勝利)」

「ホド(栄光)」

「ゲヴラー(公正)」

「ケセド(慈悲)」

「ティファレト(美)」

「ビナー(理解)」

「コクマ(知恵)」

「ケテル(王冠)」

「それら全てを開くエネルギーは、S2機関でなければ発生させることができぬ」

「ならばこそのエヴァシリーズ全9体。 必ず完成させねばならん」

「しかし、誰が動かすというのだ? ダミーの研究は、あの研究所が一手に担っていたぞ」

「焦ることはない。 第3新東京市にコード707がある」

「チルドレン候補か!」

「予備は幾らでもいるということだ」

「なるほどな」

「よろしいですかな、議長?」

「任せよう」

「あと、イレギュラーと言えばGGGだが………どうする?」

「そろそろ本気で邪魔になってきたな」

「研究所の件、もしや………」

「ふむ……ありえる話だ」

「『鈴』と『リオン・レーヌ』を本格的な調査に当たらせた方がよろしいのではありませんか、議長?」

「確かにな………。 だが、それ以外にも何か策を考えねばならん」

「それは、私にお任せ頂きましょう」




突然、今まで口を開くことのなかったSEELE 12のモノリスが話に割って入った。




「ほう? 新参の貴様に何ができる?」

「代替わりしたばかりでは荷が重過ぎると思うが?」

「ククク………議長に取り入ろうと必死だな」




嘲笑が暗闇に響く――――― が、キールは「まあ、待て」と場を静めた。




「任せてよいのだろうな?」

「はい」

「では信じよう」




議長!? と他の者は詰め寄るが、キールの決定は覆らなかった。逆に、これ以上反論すればキールの機嫌を損ね、SEELE最高幹部の証である『十二使徒』の権利剥奪もありえるのだ。皆、何も言わなくなった。




「今回の会議、これで閉会としよう。 皆、ご苦労だったな」




暗闇の中、キールが発した閉会の言葉の後、モノリスが順々に消えていく。そして、最後にキールのモノリスとSEELE 12のモノリスが残った。




「お前には期待している。 頼むぞ、パルパレーパ」




そう言い残し、キールのモノリスも消えた。




「ふん……我等の手の中で踊らされていることに気付かぬ愚か者達よ………叶えられる願いは、唯一つのみ………」




呟きと共に消えるSEELE 12のモノリス。その言葉を聞いたのは、静寂に包まれた闇の空間だけだった。




















さらに同じ頃、NERV本部 総司令官公務室に、大型のトランクを持った男が訪れていた。




「いや~、波乱に満ちた旅路でしたよ。 まさか、脱出の際に使った戦闘機が突然故障して無人島に不時着するなんてね。 まあ、運良く漁船に助けてもらいましたけど」




あっけらかんと話す、この髪を後ろで縛って纏めている男は加持リョウジ。SEELE、NERV、そして日本内務省の諜報員という三足の草鞋に加え、先頃、GGG諜報部という四足目の草鞋を履いた節操無しである。

彼は、本部到着が遅れた理由を総司令 六分儀ゲンドウに話していた。もちろん全部ウソなのだが、真実味を見せる為に、彼はわざわざ漁船をチャーターして、そこから救援の連絡をNERVに送るということをしてみせていた。




「………君は衛星通信の携帯電話を持っていたと思うが?」

「電池切れです」




しれっと言い切る加持。

ゲンドウは疑いの視線を送るが、加持は無視する。




「ふん……まあいい。 例のモノを見せてもらおうか」

「これです」




加持はトランクを机の上に置くと、厳重に封じられたキーを開錠した。

中にあるモノを見て、ゲンドウは笑みを隠し切れなかった。ようやく手に入れることができた、己が計画の最重要ファクター。




「既にここまで復元されています。 硬化ベークライトで固めてますが、生きています………間違いなく。 人類補完計画の要ですね」

「そうだ。 最初の人間……アダムだよ」

「(偽物だけどな)」




加持は心の中で べぇ と舌を出していた。




















それからの数日、アスカとGGGメンバーの顔合わせや綾波邸への引越し作業などで忙しかったが、何事もなく平和な日々が続いた。

しかし、それは突然破られた。






 ビーーーーーーッ! ビーーーーーーッ! ビーーーーーーッ!






NERV本部に警報が響く。一気に発令所内が慌ただしくなった。




「警戒中の巡洋艦『はるな』より入電。 『我、紀伊半島沖にて巨大な潜行物体を発見。 データを送る』」




オペレーター・青葉の報告と共に、同じくオペレーターの日向が『はるな』から送られてきたデータを解析していく。




「受信データを照合………波長パターン『青』! 使徒と確認!!」

「総員、第1種戦闘配置!!」




不在の総司令 六分儀ゲンドウに代わり、電柱爺こと副司令 冬月コウゾウが声高らかに戦闘準備の指令を発した。

使徒イスラフェルの襲来である。




















第参拾漆話へ続く








[226] 第参拾漆話 【 蒼(あお)と紅(あか) 】
Name: SIN
Date: 2005/07/19 01:27






 ビーーーーーーッ! ビーーーーーーッ! ビーーーーーーッ!






第3新東京市の地下深くにあるNERV発令所と同じく、地球の衛星軌道上に存在するGGGオービットベースにも警報が響き渡った。オーダールーム中央部のリフトが稼動し、作戦指令室はメインからセカンドに移行を開始する。




「日本、紀伊半島沖より第3新東京市に向かって移動するA.T.フィールド反応を確認! パターン解析………使徒イスラフェルです!」




移行が完了すると、セカンドオーダールームに常駐する女性オペレーターから報告が入る。それを聞き、司令長官である大河コウタロウが指示を飛ばした。




「総員、第1級戦闘配備!! GGG機動部隊は直ちにツクヨミにて出撃! マイク、及びジェイアークは、使徒の同時襲来に備え、オービットベースで待機してくれ」

〔了解だ〕

〔判ったもんネ~~〕




GGGは既に、死海文書の記述にある襲来スケジュールを当てにしていない。シャムシエル戦から間髪入れず襲ってきたラミエルや、襲来の順番を無視したイロウルなど、この世界は不確定要素が多い。
 
先のことなど判らない。本来はそれが当然で、備えは常に必要だった。

使徒一体に対して全戦力を投入する訳にはいかない。Jもマイクも、それを承知しているからこそ、彼らは異論無く大河の指示に従ったのだ。




「火麻君、頼むぞ!」

〔おうよ!〕




ツクヨミに乗り込んだ作戦参謀 火麻ゲキが、モニターの向こうで大河に応える。それに頷くと、彼は次に、本来の使徒殲滅機関である組織の状況報告を求めた。




「NERVの動きは?」

「二機ノ大型輸送機、及びサポート車両の出撃ヲ確認しまシタ。 当初の予測通リ、使徒の上陸を直前で阻ム作戦のヨウデス」




スワンの報告。そこに猿頭寺が「第3新東京市でチルドレン護衛任務に就いていたボルフォッグも、戦闘予想区域に急行」と報告を付け加える。

大河は「うむ」と頷き、イスラフェルのデータが映るモニターに視線を戻した。




「ふむ……ガギエルの次はイスラフェルか。 今のところ、イレギュラーはイロウルだけじゃのう」




モニター内の別ウインドウに映る使徒の反応を見ながら、ライガが呟く。




「Dr.ライガ、何か気になることでも?」




大河は、ライガの表情からそれを読み取る。いつも陽気な彼にしては、珍しく渋い顔をしていた。




「以前、シン君が話していた『使徒同士の情報伝達』の仮説………覚えておるかの?」

「ええ。 それが?」

「ラミエルやイロウルの行動から推測できるように、使徒は我々GGGを目の敵にしておる。 本来の目的であるはずの『アダムとの接触』を無視してまでもじゃ」

「では、博士はこのイスラフェル襲来の裏に何かがあると?」

「それは判らん。 じゃが、使徒の行動や能力はシン君の記憶にあるものとは明らかに違ってきておる。 それが顕著だったのはイロウルとガギエルじゃった」

「JA乗っ取りにソリタリーウェーブか」




確かに、シンの記憶にある使徒襲来スケジュールを参考に作戦を立てていたGGGにとって、イロウルの襲来、そしてJAの乗っ取りは、予想外以外の何物でもなかった。ガギエルにしても、ソリタリーウェーブを使ってくるなど考えもしなかった。




「このまま、すんなりいくとは思えん。 気が抜けんわい」




〔超翼射出司令艦ツクヨミ、分離! 発進します!〕




大河、そしてライガの心配を余所に、ツクヨミはオービットベースから発進し、大気圏突入の体勢に入った。




















気持ちがいいほど澄んだ青空。所々に点々とする白い雲が、空の青さを一層際立たせていた。

そんな中を二機の大型飛行機、エヴァ専用長距離輸送機が飛んでいる。その懐に抱かれているのは赤いボディが印象的なエヴァンゲリオン弐号機。そして、もう一機の輸送機には、先日改装作業を終えたばかりのエヴァンゲリオン零号機 改。弐号機とは対称的な青い機体色である。

空中の輸送機と同じように、地上でも大型車の集団が疾走していた。NERVの移動作戦指揮車を先頭としたエヴァのサポート車両の一団である。

今回の戦闘地域は設備の整っている第3新東京市ではない為、武器・弾薬等を積んだトレーラーを伴っての出撃であった。

前線で戦う任を背負うエヴァのパイロットであるアスカとレイは、エントリープラグ内で目を瞑り、自らの集中力を高めていた。戦闘前のコンセントレーションである。

いくら前の世界で使徒戦を経験しているといっても、ここが全く同じ世界でない以上、その経験が丸ごと生かされるわけではない。それに、使徒の強さは以前を凌駕している。

決して油断はできない。

シンやマイ、そしてGGGのみんなは「任せろ」と言ってくれているが、だからと言って、それに甘えることはしたくなかった。

みんなの力になりたい。

そして、何よりも―――――




















シンの力に。




















その強き想いが今の二人を動かしていた。

そこに、地上を走る指揮車のミサトから通信が入った。




〔聞こえる? 先の第4使徒、及び第5使徒戦で第3新東京市の迎撃システムは大きなダメージ受け、現在までの復旧率は26%。 実戦での稼働率は0と言ってもいいわ〕




珍しく戦闘前に作戦指示を出すミサト。だが、それを茶化すほどアスカとレイは無神経ではないし、そんな場合ではないことも判っている。二人は黙って聞いていた。




〔したがって今回は、上陸直前の敵を水際で一気に叩く。 零号機、並びに弐号機は、交互に目標に対して波状攻撃。 近接戦闘でいくわよ〕

「「了解」」




前回と同じ作戦だが、客観的に考えてみても非は無い。二人は素直に従った。




















予定戦闘区域である駿河湾の海岸線に到着すると、輸送機はロックを解除して零号機と弐号機を投下した。

地上に降り立った二機のエヴァは、専用の電源装備トレーラーからアンビリカルケーブルを取り出し、背部のコネクターに装着する。今回は、電源設備の無い第3新東京市外での戦いである。これが無くては話にならない。

次に、零号機はパレットライフルを、弐号機は長刀のような武器『ソニックグレイブ』を装備輸送トレーラーから取り出して構えた。

間を置かず、目の前の海に水柱が上がる。その中から諸手を挙げた恰好の人型生物が現れた。




「来たわね」

「ええ」




アスカにもレイにも、見覚えがあった。分裂能力を持つ使徒、イスラフェルである。
 
気合を入れるように、レイとアスカは改めてインダクションレバーを握り締めた。




















「攻撃開始!!」




ミサトの指示と同時に、零号機はパレットライフルを連射する。一拍遅れて弐号機も動いた。

射撃の邪魔にならないように、ソニックグレイブを構えてイスラフェルに突撃する弐号機。アスカは、イスラフェルの身体に着弾する援護のライフル攻撃を見て、使徒のA.T.フィールドが中和されていることを確認した。




「イケる!」




インダクションレバーを握るアスカの両腕に力が込められ、気合が入る。ガギエル戦ではA.T.フィールドが中和できなかった為、満足に戦えなかった。その借りを今、ここで返す。




「たあぁぁぁぁぁぁっ!!」




イスラフェルの手前でジャンプする弐号機。そして、振りかざしたソニックグレイブを思いっきり振り下ろす。






 ザシュッ!!






一刀両断!!

弐号機の速さについてこられなかったのか………イスラフェルは避けもせず、防御することもなく、唐竹割りの如く真っ二つに斬り裂かれた。




「ナイスよ、アスカ!!」




一撃で使徒を両断したアスカを、ミサトは手放しで褒めた。それと同じように勝利に沸き返る指揮車、そしてNERV本部。今までは、全てGGGが使徒を倒してきたのだ。NERV単独で使徒を倒せたのは、これが初めて。しかも、それがエースと噂される天才少女の操る弐号機なのだから、嬉しさは一入である。




「さすがね、アスカ。 あなたがいればGGGなんてメじゃないわ。 これからも頼むわね♪」




グッ! と親指を立て勝利を喜ぶミサト。その後、戦闘終了と撤収を宣言しようとした彼女は、まだ使徒に対して警戒を解かない二機を変に思い、問い掛けた。




「二人とも、どうしたの? 撤収するわよ」




その問いに返ってきた答えは、アスカの叱咤。




〔アンタ、バカァっ!? まだ倒してないわよ!!〕

「へっ?」




呆けるミサト。そんな彼女とは対照的に、指揮車内のオペレーター達は使徒のデータを再確認する。




「これは!? パターン青、健在!!」




日向の報告に指揮車内、そしてNERV本部は再び緊張に包まれる。

その時、左右に両断され、肉塊となったはずの使徒が動き出した。傷口がズブズブと蠢くと、それは瞬時に再生され、二体のイスラフェルが現れた。




「分裂!? なぁんてインチキっ!!」




思わず通信マイクを握り潰すミサト。

彼女の叫びは、レイとアスカ以外のNERV全員の声に等しかった。




















「さあ、こっからが本番よ!」




華麗なバックステップで後方に下がる弐号機と、パレットライフルを捨て、ナイフを手に前進して弐号機に合流する零号機。




〔ちょっと……何してんの、あんた達!?〕




ミサトから通信が入るが無視する。気を取られて使徒の動きを見逃したくはない。ただでさえ、この使徒は『強い』のだ。




「レイ、アンタの動きに合わせるわ。 ぶっつけ本番だけど、アレ……やるわよ!」

「うん」

〔人の話を聞――――― !!〕




怒号のようなミサトの通信を合図にしたかのように、二体に分裂したイスラフェル『甲』『乙』がエヴァに襲い掛かる。

弐号機と零号機はプログナイフを手に、全く同じ構えを取った。




















自分の予想を超えて動く状況に、ミサトは何の対応もできなかった。ただ息を飲み、モニターを見詰めるだけで………。




















「速い!?」




使徒のスピードは、アスカが以前経験したイスラフェルのものよりも増していた。それがアスカを驚愕させ、レイとのユニゾンのタイミングをずらしてしまう要因となった。




「アスカ!!」

「ヤバっ!!」




一瞬の隙をつかれ、間合いに侵入される弐号機。レイはカバーに回ろうとするが、自分の前にもイスラフェルがいる。攻撃を防ぎ、躱すだけで精一杯だった。

だが、そこに―――――




「ウルテク・メルティングガン!!」




上空から火線が降り注いだ。赤い光線は、弐号機の前のイスラフェル乙を怯ませる。




「え!?」




使徒の攻撃に身構えていたアスカは、突然の出来事に呆気にとられる。それは、さらに続いた。




「ウルテク・フリージングガン!!」




同じく上空から青い火線が降り注ぎ、零号機の前にいたイスラフェル甲を怯ませ、後退させた。




「………上から?」




レイとアスカは光線が降ってきた空を見上げる。と―――――




「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」




今度は、大層な叫び声を上げながら、弐号機と零号機の頭上から巨大な影が降ってくる。それは赤い人型のロボットだった。






 ドゴオオォォォォォォォォォォォォォォン!!






どうやら、頭から地面に突っ込んだようだ。瓦礫と粉塵が辺りを舞い、ロボットと使徒の姿を覆い隠すが、ロボットはちゃっかり、そのままの勢いでイスラフェル甲と乙の二体に体当たりを仕掛け、後方に吹っ飛ばしていた。

それに続き、青い人型ロボットが上空から振ってくる。こちらは上手く着地した。




「炎竜、いい加減にしろ! 何年経てば直るんだ? その癖は」

「ハハ、すまねぇ………」




砂煙の中、よっこらせっと立ち上がった赤いロボット・炎竜は、ポリポリと頭を掻きながら笑っていた。




「まったく………」




その弟の様子に嘆息する兄の氷竜。えらく人間臭いロボット達だ。

いきなり空から降ってきた援軍に、呆気にとられるアスカとレイ。

こちらを見詰め、ぼうっとして固まっているエヴァ二体を怪訝に思いながら、氷竜と炎竜は話し掛ける。




「大丈夫か?」

「後は僕達に任せな」




その言葉に ブルッ! と頭を震わせて再起動したアスカは、怒り心頭とばかりに怒鳴り上げた。




「何であんな登場すんのよ! 危ないでしょう!!」




そんなアスカと対照的に、レイは着地に失敗した炎竜を心配する。




「大丈夫?」




そんな彼女達に気をとられていた兄弟竜の背後から、イスラフェル甲と乙が「隙あり」と襲い掛かった。




「「危ない!!」」




弐号機と零号機は、迫り来るイスラフェルに気付き、氷竜と炎竜を庇う為に前へ出ようとする。しかし、その襲い掛かる使徒の前を、銀色に輝く二つの三日月が通過し、攻撃を躊躇わせた。

一瞬止まる使徒の動き。

それを見逃さず、二体の竜は甲、乙に対して同時に回し蹴りを見舞う。




「たああああああっ!!」

「おおおおおおおっ!!」




エヴァによってA.T.フィールドを中和されているイスラフェルは、その蹴りをまともに喰らい、数百mもの距離を吹き飛ばされた。そしてさらに、追い討ちのように後方から撃ち込まれた砲弾が、二体のイスラフェルに直撃、爆発した。

イスラフェルの隙を作った銀の月が空中で螺旋を描き、それを放った者の手に帰還する。海面に突き刺さるように出ている高層ビルの瓦礫の上に人型の陽炎が揺らめくと、そこに紫の忍者が現れた。




「ボルフォッグ推参!」




両手にブーメランを手にしたボルフォッグが、氷竜と炎竜達に合流する。




「油断は禁物です!」

「悪りぃな」

「助かったよ」




ボルフォッグの言葉に反省する氷竜達。と同時に、その後ろから大きな砲塔を装備したオレンジ色のタンク車が姿を現した。ビークル形態・ゴルディータンクに変形したゴルディーマーグだ。よく見ると、砲塔の先が微かに煙を噴いている。先程の砲弾は、どうやらここから放たれたものらしい。




「ふうっ………やっと追いついたぜ」

「ギリギリセーフだったな」




アスカとレイは炎竜の台詞が理解できなかった――――― が、それはすぐに判った。GGGの作戦は、既に始まっていたのだ。




「作戦スケジュール通りですね………来ます!」




ボルフォッグの言葉を受け、勇者ロボ達は、未だ倒れたままの使徒から距離を取りだした。




「何? どうしたのよ?」

「一旦、後退します。 あれを見てください。 巻き込まれますよ」




ボルフォッグの指差す上空に視線を移すアスカとレイ。そこには、一直線にここ目掛けて降下してくる一つの光点があった。




















戦闘区域後方のNERV指揮車でも、その様子は捉えられていた。




「上空より高熱源体が急速降下してきます!」

「いったい何なの!?」

「ただいま確認中!」




指揮車からMAGIを介し、高性能カメラで捉えられたそれは、もの凄い勢いで降下してくる黒き破壊神の姿。誰もがよく知る、あのロボットの名は―――――




「ガオガイガーです!!」

「また……私の邪魔をして………」




ガオガイガーが映る指揮車のモニターを、ミサトは使徒を見る目と同じく憎悪を込めた眼差しで見詰める。思わず握り締めたミサトの手は、この日2個目の通信マイクを破壊した。




















「ディバイディングッ……ドライバーァァァッ!!」




イスラフェルのほんの数十m先に穿たれたドライバーの穴は、ディバイディングコアの解放により、直径数kmにもなる巨大な戦闘フィールドを創り上げる。それは、海中に街が沈んだ足場の悪いこの戦闘区域を、何の障害物の無い平らな土地へと変えた。




「凄い!」




その光景を初めて見るアスカとレイは、その凄まじさに驚く。




「足場が不安定だと、それが隙に繋がるからな」




偉そうに講釈を垂れる炎竜。




「後は私達に任せてください」

「大丈夫なの? あの使徒は………」

「判っています」

「だからこそ、僕達の出番なのさ」




アスカの問いに氷竜は頷き、炎竜は胸を張る。

アスカもGGGメンバーとの対面の時、氷竜と炎竜のことは聞いていた。彼等のAIが完全同型のものであると。

となると、ぶっつけ本番のレイとのユニゾンよりも可能性は高い。イスラフェルとの戦いにおいて、これほど適任な者はいない。




『任せられる』




アスカは、そう判断した。




「判ったわ。 アタシ達は援護に回る。 使徒のA.T.フィールドを中和して、防御力の心配を無くしてあげる」

「ありがてぇ」

「しかし、大丈夫ですか? ディバイディングフィールドの外からでは、かなりの距離がある」

「今のアタシ達のシンクロ率ならA.T.フィールドの中和だけに集中すれば多分、大丈夫。………試したことは無いけどね」




ぺろっと舌を出すアスカ。

そんな彼女を、レイがフォローする。




「私たちに任せて。 やってみせるわ」

「判りました。 では、行きましょう! ガンマシン集結!!」




ボルフォッグは、サポートメカであるガンマシンを呼び寄せる。合体してビッグボルフォッグになると、先陣を切って戦闘フィールドに飛び込んだ。

氷竜と炎竜、そしてゴルディーマーグがそれに続く。サポートしてくれる言ったアスカとレイを信じて。

使徒との戦闘に向かうGGGを見送るアスカとレイ。そこに、指揮車のミサトから怒声にも似た通信が入った。




















ディバイディングドライバーを左腕から切り離し、イスラフェルの前に降り立ったガオガイガー。そして、その傍らに集う最強勇者ロボ軍団。




「GGG機動部隊、参上!!」

「イスラフェル! 貴様のコア、回収させてもらうぞ!!」




獅子の鬣を思わせるオレンジの髪を靡かせ、ガオガイガーは ビッ! と指を突き付ける――――― が、イスラフェルは、それを不敵に笑うようにコアを煌めかせていた。




















第参拾捌話へ続く








[226] 第参拾捌話 【 閃光の果て 】
Name: SIN
Date: 2005/07/21 00:15




バトルフィールドの後方に位置するNERVの戦闘指揮車内。




「GGG………どこまで私の邪魔をすれば気が済むのよ」




怨嗟の呟きと共に、戦闘指揮官 葛城ミサトは3個目の予備マイクを取り出す。




「アスカ! レイ! 聞こえる? GGGより先に使徒を倒すのよ!!」




その通信に、二人の少女は呆れる。さっきの使徒の動きを見ていなかったのだろうか。




〔どうやってよ〕

「へ?」

〔先に倒せって言うからには、何か作戦があるんでしょうね?〕

「あ、え……っと…その、あのね………」

〔単なる思い付きで指示されても、こっちは動きようが無いわ。 具体的な指示を頂戴〕




アスカの指摘通り、ミサトの指示は思い付きというよりも、感情のまま発したものだった。作戦など考えてすらいなかった。

さすがにマズイと思ったらしく、暫らく考え込んだが、何も浮かばない。

期待を込めて自分を見詰める日向を始めとしたオペレーター達や、アスカとレイの無言のプレッシャーが、徐々に彼女を追い詰める。そして、遂には感情の爆発と共に自分でキレた。いわゆる『逆ギレ』である。




「あ~~も~~! るっさいわね!! あんた達は私の部下!! 黙って私の指揮に従って使徒をブッ殺せばいいのよ!! 早く行きなさい!!」




これか、とアスカは思った。シンやレイから聞いていたミサトの無能ぶり。話を聞いた時は「まさか」という感じだったが、実際に目にすると、酷すぎるということがよく判る。ただ突っ込んでいくだけで使徒が倒せるのなら、自分達もGGGもこんなに苦労はしない。

ふう……と一息、わざとらしく嘆息する。




〔話にならないわね………エヴァ弐号機、これよりGGG援護の為、使徒のA.T.フィールド中和行動に入ります〕

〔零号機、同じく………無能は用済み〕






 プチッ






「なっ!? ちょっとアスカ!? レイ!?」




ミサトは必死に呼び掛けるが―――――




「通信……切れてます」

「あんのガキャァァァッ!!」






 バキャッ!!






哀れ。3個目の通信マイクは、使用開始わずか10分でその生涯を終えた。




















そんな遣り取りが行われている最中、使徒と勇者の戦闘は幕を開けた。




「行きます! 超ッ!分身殺法!!」

「ブロウクンッ……マグナァァァムッ!!」

「マーグキャノンッ!!」




ビッグボルフォッグの造り出した光の残像がイスラフェルを惑わす。

そして、その残像を追いかけるようにチョロチョロと動き回る使徒の足元に、ガオガイガーの放ったブロウクンマグナムとゴルディータンクの砲弾が撃ち込まれ、砕け散る地面と巻き起こった砂煙がイスラフェルの視界を狂わせた。




「「今だ!!」」




見事にハモった声が響いたかと思えば、イスラフェル甲と乙は胸部に強烈な打撃を受け、後ろに飛ばされる。

煙が晴れるのと同時に目の前に現れたのは、まったく同じ動きで攻撃を仕掛てくる二体の竜だった。




「「おおおおおおおっ!!」」




蹴撃!

バキャッ!!




殴打!

ドゴォッ!!




ライフル斉射!

ガガガガガガガガガガガッ!!




そして、胸部装甲を展開させてのエネルギー攻撃!




「チェストウォーマー!!」

「チェストスリラー!!」




強力な熱気、そして冷気の攻撃。エヴァによってA.T.フィールドを中和されているイスラフェルに、それを防ぐ手段は無かった。




















見事な連繋で二体に分裂したイスラフェルを圧倒する氷竜と炎竜。その光景を、アスカは驚きの表情で見詰めていた。




「凄い……ロボットがユニゾンしてる………」




















よろめく使徒に隙を見た竜達は、素早く後ろに回り込んだ。氷竜はイスラフェル甲を、炎竜はイスラフェル乙を羽交い絞めにし、その動きを封じる。




「隊長殿!」

「コイツらにトドメを!」

「よっしゃあっ! ゴルディー!!」

「おうよ!!」




このタイミングを逃すわけにはいかない。ガイとゴルディーマーグは、最強攻撃ツールを繰り出す体勢に入った。




















「ゴルディオンハンマーァァッ! 発動っ承認っっ!!」




GGGオービットベース・セカンドオーダールームの大河長官が、黄金の承認キーでセキュリティを解除した。瞬時に承認プログラムが前戦司令部である超翼射出司令艦ツクヨミに転送され、最強ツールの封印を解かれる。




「了解! ゴルディオンハンマー! セーフティ・デバイス……リリーブ!!」




最終ロックを解除する為、ミコトはカードキーをコンソール・スロットに通す。この瞬間、本来この地上にはありえない破壊力を誇る武器の力が解放された。




「ハンマーァァ……コネクトッ!!」




セーフティ・プロテクトを解除されたゴルディーマーグが、最強の鎚・ゴルディオンハンマーと緩衝ユニット・マーグハンドに分離・変形し、ガオガイガーの右腕に合体する。




「ゴルディオンッ……ハンマーァァッ!!」




ゴルディオンハンマーのGストーンとガオガイガーのGクリスタルがリンクし、凄まじいまでのエネルギーを紡ぎ出した。そこから溢れ出た余剰エネルギーが機体表面に溢れ、ガオガイガーの全身を黄金色に包む。

ここに『金色の破壊神』が降臨した。




















「綺麗……」

「うん……」




まばゆいばかりの光を発するガオガイガーを見詰めるアスカとレイ。大きく翼を広げ、光り輝くその勇姿に、彼女達はしばし見惚れていた。




【 破壊神 ジェネシック 】




GGGのメンバーは、ガオガイガーを時折そう呼ぶ。だが、誰がそれを信じるだろう。それほど今の勇者王は神々しく、そして雄々しかった。




















ゴルディオンハンマーを振りかざして己に迫る破壊神を前に、何とかこの二体の竜の戒めから抜け出そうと踠き足掻くイスラフェル。だが、それを許す氷竜と炎竜ではなかった。




「離すものか!」

「逃がさねぇぜ!」




ここで逃がしてしまえばイスラフェルを倒すチャンスは皆無となる。ただ倒すだけなら簡単だ。しかし、『二点同時荷重攻撃』と『コアの回収』という絶対条件がある以上、ここで逃がすわけにはいかないのだ。




「ぬん!」




ガオガイガーは、マーグハンドのタイヤホイール部分から光の釘を二本抜き出し―――――




「ハンマーァァ……ヘルッ!!」




イスラフェル甲と乙、それぞれのコアへ同時に打ち込む。そして―――――




「ハンマーァァ……ヘブンッ!! うおおぉぉぉぉぉっ!!」




マーグハンドから展開された専用バール(釘抜き)がそのコアを二つ同時に抜き取り、一つをガオガイガーの左手が、もう一つをビッグボルフォッグが素早く確保した。




「離れろ、二人とも!」




金色の破壊神が生み出すグラビティ・ショックウェーブは、全ての物質を光の粒子に変換させる。それに巻き込まれてしまえば、さすがの氷竜と炎竜とはいえ、消滅は免れない。

コアが抜き取られた以上、こうしてイスラフェルを拘束する必要はなくなった。二体の竜はイスラフェルを離し、巻き込まれないよう、その場を跳び退いた。

よし!! と、ガオガイガーはそれを確認し、ゴルディオンハンマーを振り上げた。




「イスラフェルよ! 光に――――― 何っ!?」




ガイは驚愕した。左手に確保したコアが、音も無く崩れていく。ビッグボルフォッグが持つコアも同様だ。

さらには、それと同時に、抜き取られたはずのイスラフェル甲と乙の肉体に、そのコアが再生したのだ。




「ちぃぃっ!!」




拙い!

ガイは、振り下ろそうとしたゴルディオンハンマーを止めた。このままコアごと光に換えてしまうわけにはいかなかった。

だが、そこに隙が生まれる。

イスラフェル甲と乙、二体の双眸が光り、動きの止まったガオガイガーにエネルギー波が直撃した。






 ドゴォォォォォォンッ!!






「ぐわぁぁっ!!」




咄嗟のことに防御することができなかったガオガイガーは、衝撃で後方に吹き飛ばされた。




「隊長殿!」

「くっ!」




ガオガイガーの危機を察し、初めに炎竜が動く。それを援護するように氷竜がフリージングライフルを連射した。

しかし、イスラフェル二体はライフルの援護攻撃を難なく避け、まずは向かってきた炎竜に襲い掛かる。




「うおぉぉぉっ!?」






 ドゴォッ!!






成す術なく倒される炎竜。




「炎竜!」




救護に走る氷竜。

すると、イスラフェルは次の獲物を、この青き竜に定めた。




「うわあぁぁぁっ!!」






 ガアァァァンッ!!






弟と同じく倒される兄竜。イスラフェルのユニゾン攻撃に一体ずつでは対処の仕様がなかった。




「氷竜! 炎竜!」




倒される仲間達を助けようと、ビッグボルフォッグの手を借りながら立ち上がるガオガイガー。だが次の瞬間、イスラフェルに起こった変化を見て、ガイ達は目を見開き、驚愕した。




「!!……そんな………」




















セカンドオーダールームの大河達も、その戦況の変化に戸惑っていた。




「何が起こっているのだ!?」

「まさか、タイミングを外した?」




牛山の推測。




「いえ、計算では誤差0.003秒。 充分間に合っているはずです」




チーフオペレーターの猿頭寺が即座にデータを検証し、報告する。




「ぬぅ………ならば何故だ?」

「ん? あれを見ろ!」




腕を組んで唸る大河に、ライガの言葉が届く。

モニターに視線を移した大河、そしてスタッフ達が見たものは、二体のイスラフェル甲と乙から更に分裂し、四体となったイスラフェルが姿だった。




















予想外の展開で動きの止まった勇者ロボに対して、四体のイスラフェルは即座に動き始めた。

標的は破壊神、ガオガイガー。

他の勇者ロボには目もくれず、一斉に襲い掛かった。




「ちぃっ! こいつら!!」




ゴルディオンハンマーを装備している今、ガオガイガーの動きは鈍い。だが、ツールアウトしようにも、その隙を使徒が見逃すはずはない。今できることは、防御に徹し、攻撃を凌ぎきること。ガイはそう判断した。




「プロテクト―――――




防御フィールドを展開しようした刹那、イスラフェル達は四方へ散った。その動きは、今までのイスラフェルのものではなかった。




「これは!?」




後ろから回り込んだイスラフェル乙が、戸惑うガオガイガーの左腕を掴み、フィールド展開を妨害する。




「こいつ!!」




振り解こうと動くガオガイガーの前方からイスラフェル甲が迫る。鋼の輝きを持つ手刀が襲い掛かった。




「くっ! ジェネシックアーマー!!」




オレンジ色の輝きがガオガイガーの機体表面を包む。






 ガガガガガガガガッ!!






機体そのものにダメージは無い。だが、左脚部から胸部にかけての装甲に傷を負ってしまう。




「ぬあっ!!」




そして、そこに間髪入れず、真後ろのイスラフェル『丙』と『丁』がエネルギー波を放った。






 ドゴォォォォォンッ!!






「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」




背面部に強烈な衝撃を喰らい、吹っ飛ぶガオガイガー。地面にうつ伏せで突っ込み、瓦礫や砂埃が中空を舞った。




「「「ガオガイガー!!」」」




救援に向かう氷竜、炎竜、そしてビッグボルフォッグ。追い討ちを加えようとしていたイスラフェル四体に攻撃し、追い払う。




「隊長殿!」

「大丈夫か!」




ガオガイガーを守るように陣形を組み、武器を構える勇者ロボ達。

追い払われたイスラフェル達も、一旦、態勢を整える為、勇者達から離れた所に集まった。

睨み合う使徒とGGG機動部隊。戦闘は膠着状態に陥った。




















チャンスだ!

動きの止まった使徒とGGG機動部隊を見て、ミサトの脳裏にある考えが浮かんだ。

「やれっ!」と耳元で悪魔が囁く。

成功時の場景を思い浮かべ、ニヤリとゲンドウばりの笑みを浮かべた彼女は、さっそく実行に移す為、日向に指示を出そうとする――――― が、そこに指揮車へ通信が入る。待機していたエヴァ弐号機からだった。




〔ミサト、聞こえる? レイと一緒にGGGの援護に向かうわ〕




だが、作戦指揮官殿は即座に却下する。




「駄目よ! そこで待機!」

〔何でよ!!〕

「作戦があるのよ。 大丈夫、任せて」

〔………判ったわ〕




アスカは、ミサトの指示に何か釈然としないものを感じたが、渋々それに従った。しかし次の瞬間、アスカとレイの耳に飛び込んできた通信は、とても信じられないものだった。




「日向君、駿河湾沖で待機中の国連軍にN2爆雷の要請を出して!」

「は?」




ミサトからの突然の指示に、日向は耳を疑った。

『N2』と聞こえたが、どうするつもりだろう?

疑問の表情を作る日向。




「使徒の動きが止まっている今がチャンスよ。 あの穴ん中に目掛けてN2をブチ込むのよ!!」




指揮車内が一瞬にして静まり返る。通信の向こうではアスカとレイの息を呑む音が聞こえた。

それを気にすることもなく、ミサトは言葉を続ける。




「使徒は四体もいるからね………一発じゃ生温いわ。 三発は撃ち込みなさい♪」

「そんな! あそこではまだGGGが戦っているんですよ!」




声を荒げて反論する日向。しかし、ミサトは馬鹿にするような目で見返す。




「どこに? 私の戦いを邪魔するバカは見えるけどね」

「葛城さん!!」

「ウルサイわね! さっさと要請しなさい! あんたは私の言うことを聞いていればいいのよ。 あんた、私の部下でしょ? 上司の命令には従いなさい!!」

「ぐっ………」




日向は言葉に詰まってしまう。NERVは特務機関であり、命令系統は軍隊に準ずるものだ。上からの命令に反論は許されない。

俯き、震える日向の手がコンソールに伸びる。




〔ダメよ、日向さん! ダメ!!〕

〔………やめて!〕




スピーカーから聞こえてきたアスカとレイの声が日向を躊躇わせた。が―――――




「もういいわ……貸しなさい!! 私が連絡する!」




業を煮やしたミサトは、日向のイヤホン付きマイクを奪い取ると、国連軍への通信回線を開いた。




















NERVからの要請に、国連軍の兵士達は大いに戸惑った。使徒という化け物だけならまだしも、N2爆撃要請地点にはエヴァとGGGのロボットがいるのだ。

彼等は、太平洋艦隊に所属する友人達からGGGのことを耳にしていた。酒の席での話ではあったが、彼等は友人達が熱く語るGGGの勇姿に興味を惹かれていた。

太平洋艦隊を全滅の危機から救った勇者達。

言わば、国連軍にとってGGGは、恩人以外の何者でもないのだ。NERVは、その恩人達がいるところに爆弾を放り込めと言う。

当然、躊躇する。しかし、上官である将校は要請に従い、N2ミサイルの発射を指示した。軍において、上官の命令は絶対だ。逆らうことは許されない。

彼等はミサイルの発射ボタンを押した。




「………すまない」




と呟いて。

彼等は知らないことだったが、その将校は、ある組織の一員だった。

その組織の名は『SEELE』。




















超翼射出司令艦ツクヨミのレーダーに三つの影が捉えられた。すぐに分析され、その正体に火麻を含めた全員が驚愕した。




「ミサイルだとぉっ!?」

「種別特定……N2です!」

「一直線に戦闘フィールドへ向かっています!」

「あそこには、まだ機動部隊が!」

「ガイ! みんな! 早くそこから離れて!!」




















迫り来るミサイルにアスカとレイも気付く。




「だめ!!」




その途端、レイは弾かれるように零号機を走り出させ、ディバイディングフィールド内に入っていった。




「バカレイ! 何やってんのよ!!」




レイの行動は考えたものではない。仲間が危ないと感じた時、反射的に動いたものだった。

しかし、彼女は後悔していなかった。好きな人達、大切な仲間達を守る為に、自分は戦っているのだから。

「バカ」とレイを叱ったアスカだが、彼女の気持ちは始めから判っていた。だからこそ、レイに続き、自分も動いた。




「………アタシもバカの仲間入りね」




自嘲気味に微笑むアスカ。以前と違い、こんな風に思える自分が少し嬉しかった。




〔あんた達!!〕




ミサトから通信が入る。「止まれ!」だの「戻れ!」だの煩わしく、五月蝿い。手動操作で通信を遮断すると、即座にインダクションレバーを動かし、高機動モードでレイの後を追った。




















自分の言うことを聞かず、あまつさえ勝手に通信を切った二人に腹を立てたミサトは、戦闘指揮官として、してはならないことをしてしまう。




「全神経接続をカットして!」

「はい!?」

「シンクロ強制カットよ! 何度も言わせないで!!」




思わず聞き返してしまったマヤは、般若のようなミサトの表情に、半ば反射的にエヴァ二体のシンクロをカットしてしまう。だが、その後で ハッ と気付く。今ここでエヴァの動きを止めてしまうことが、どういう結果を招くのか。

日向も、他のオペレーター達も気付いたようだ。進言しようとするが、ミサトの悪魔のような笑みに気圧され、動くことができなかった。




「私の作戦は、誰にも邪魔させないわ」




















指揮車からの信号で、無理やりシンクロをカットされた零号機と弐号機。エントリープラグ内の灯りが落ち、暗闇がレイとアスカを包んだ。




「ミサト!? 何のつもり…いぃぃぃいぃぃいいぃい!?」




全速で駆けていた二機のエヴァ。シンクロをカットされたからと言って、急にピタッと止まることなどできる訳もなく、慣性の法則に従い、もの凄い勢いで前のめりに倒れ、転がった。




「「あああぁあぁあぁあああぁぁぁああぁああ!?」」




衝撃で程好くシェイクされるプラグ内の二人。千数百mほど転がって、やっと止まった所は、奇しくも勇者達の足元だった。




















迫るミサイルから退避しようとしていた勇者達だったが、いきなり足元に転がり込んできた零号機と弐号機に戸惑った。

呼び掛けても応答がない。

何故ならシンクロカットされている上に、彼女達はさっきの衝撃で気絶していたから。




















ツクヨミ艦橋。

予定が狂った。エヴァを二体も抱えては退避が遅れる。火麻は別案を指示した。




「イレイザーヘッド、緊急射出!!」




しかし、返ってきたのは非情な答え。




「駄目です! 着弾の方が早い………間に合いません!!」




















「ならば、残る方法はただ一つ!!」




ミサイルが来る方向を見上げるガオガイガー。N2ほどの威力のある兵器を止める方法は、もうこれしか思いつかない。それは他の勇者達も同じだった。




「隊長! ここは僕達に任せてくれ」

「判った………頼むぞ!!」




炎竜の言葉に頷くと、ガオガイガーはスラスターを全開し、上空へ舞い上がった。それを撃ち落とそうとイスラフェル達の双眸が光るが、氷竜達が牽制する。

地上から3~400mほど上がったところで、ミサイルがガイの視界に捉えられた。




「ゴルディー、やるぞ!!」

「おう!!」

「ゴルディオンッ……ハンマーァァッ!!」




迫り来るミサイルの前に立ちはだかる『金色の破壊神』という名の壁。




「光になれぇぇぇっ!!」




ミサイルは、この壁を突破することができなかった。

ガオガイガーの振り下ろすハンマーが一発目のミサイルを光に変え、返す刀で二発目のミサイルを消し去る。続いて三発目のミサイルを光に変えた時、ツクヨミから緊急通信が入った。




「大変よ、ガイ! 別方向からミサイルがもう一基!!」

「なにっ!?」




振り向くガイの目に映ったのは、逆方向から戦闘フィールドに向かって落ちる弾道ミサイルの姿だった。




















ミサトも与り知らぬ四発目のミサイル。その発射ボタンから手を離す国連軍の将校は、ミサイルの軌跡が映るモニターを見てニヤリと醜い笑みを浮かべる。




「馬鹿正直に気を取られおって………これで終わりだな、GGG……クックックックック」




兵士達は、この上官の突然の凶行に固まっていた。




















全速でミサイルを追うガオガイガー。ガイの額に焦りの汗が滲む。




「みんな、逃げろ!!」




ガイは叫ぶ。だが、氷竜達には判っていた。




間に合わない! ………それなら!!




覚悟を決めた勇者達の行動は早かった。

動けないエヴァ二体を庇い、上に覆い被さる氷竜と炎竜。そして、それを守るように両腕を広げ、ミラーコーティングを発動させるビッグボルフォッグ。




「間に合え……ガジェットツールッ!! うおおおおおおおおおおっ!!」




ガイの選択したガジェットツールが、ガオガイガーの尾から分離するのと同時に爆発するN2ミサイル。凶悪なまでの爆発光がディバイディングフィールドに広がり、ビッグボルフォッグを、氷竜と炎竜を、エヴァ零号機と弐号機を、そしてガオガイガーとゴルディーマーグを飲み込んでいった。




「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




ミコトの悲鳴が聞こえたのか………それは判らない。だが、それと同時刻、極輝覚醒複胴艦ヒルメのメンテナンスルームで眠る風と雷の龍達の瞳に光が宿ったのだった。




















第参拾玖話へ続く








[226] 第参拾玖話 【 悪意の置き土産 】
Name: SIN
Date: 2005/11/25 18:10






 ピチャン………ピチャン………






どこからか水滴の落ちる音だけが響く闇の空間。光がいっさい届かぬ此処を、何の迷いもなく歩む一つの人影があった。その歩の進め方は、まるでこの暗闇の中が見えているかのように思える。

ある時、不意にその人影を目掛けて水滴が落ちてきた。タイミングはピッタリで、躱しようがない。しかし、その水滴は当たる直前、赤い光の壁に遮られた。

一瞬、その光により辺りが照らされる。何もない無機質な空間だと思われていた其処は、とても複雑で幻想的な空間だということが判った。

天井から氷柱のように垂れ下がる岩柱や、畦石(あぜいし)と呼ばれる段々畑を思わせる形をした岩に、溶けた飴細工のような形をした岩など、地上では決して見ることはできないだろう形の岩石の群れ。

そう、ここは俗に鍾乳洞と呼ばれる場所だった。悠久の刻と自然の神秘が創り出した荘厳なる光景がそこにあった。

しかし、その人物はそれに対して何の感慨も示さず、ただ淡々と前へ進む。蒼銀の髪、そして白いローブを身に纏ったこの少女は、行く手を阻むように地面から突き出ている岩々を避け、水溜りを飛び越える。

永遠に続くかと思われる闇の中で、少女は進めていた足を止めた。しばらく正面の空間を見詰めたかと思うと、今度はその視線を、ゆっくりと上へ向けた。まるで、何か大きな物を見るように。

そして少女は呟く。


「………見つけた」


その声に応えたのか、少女の正面の空間が淡く光る。そこには、紅く巨大な球体が存在していた。


「………さっさと起きなさい、寝ぼすけ。 (とき)が来たわ」




















耳を劈くほどの轟音と、視る者全ての瞳を焼き尽くすかのような強烈な光が辺りを覆う。

使徒イスラフェルとの戦闘が開始された駿河湾に面した海岸。そこに戦闘フィールドとして創られたディバイディングフィールドでは、撃ち込まれたN2ミサイルにより『地上の太陽』と表現しても可笑しくない光景が生まれていた。


「状況を報告しろ!!」


上空に待機しているGGGの前線司令部『超翼射出司令艦 ツクヨミ』の艦橋で、参謀の火麻ゲキが吼えた。爆発による衝撃波がツクヨミの艦体を揺らす中、予想もしなかった戦闘展開に艦橋内はパニックに陥っていた。

だが、手を拱いているわけにはいかない。的確に状況を把握し、現状を打開する。これが作戦指揮官である彼に与えられた任務、そして義務と責任であった。

火麻の指示により、卯都木ミコトを始めとした女性オペレーター達――――― 周りからは好意をもって『ツクヨミガールズ』と呼ばれている彼女達が慌ただしく動く。キーボードを叩き、コンソールを操作して情報を集める。


「爆発による電波障害の為、通信途絶!!」

「機動部隊との連絡がつきません!!」

「呼び続けろ!!」


仲居アキコ、高田ハツエらの報告に指示を以って返す火麻だが、通信スピーカーから聞こえてくるのはノイズ交じりの雑音だけだ。

その後も次々と報告が上がってくる。しかし、どれも状況を打開するようなものではない。


「くっ………」


火麻は、苛ついた気持ちを表すように目の前のコンソールへ拳を叩きつけようとした。

だがその時、オペレーター・新井ケイコからの報告が事態を動かした。


「変です! 爆発の光が一向に治まりません!!」


火麻達、艦橋にいる全員がメインモニターに目を向ける。そこには、未だ半球状に煌々と輝くN2の爆発光があった。


「そう言えば………」

「どうなってやがる!?」


ミコト、そして火麻が状況を見詰める最中、別のオペレーター・沼袋クミから更なる報告が上がる。


「戦闘フィールド内に空間の湾曲を確認………爆発に変化が見られます!!」


先程まで治まる気配の見えなかった爆発の火球であったが、その表面の空間が奇妙に歪んだかと思うと、それは少しずつ、少しずつ上昇を始めた。

空へ昇っていくことで爆発光は、徐々にその形を半球状から真球状へ変化させる。

しばらくして、光球は完全にディバイディングフィールドの上空にまで上がった。すると、その真下に、それを押し上げる黒い影が見えた。




「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




爆発光の下から、ボルティングドライバーを掲げたガオガイガーが姿を現した。


「ガイ!!」

「ガオガイガー!!」


わぁっ!! とツクヨミの艦橋が歓声に沸く。


「通信、回復します!!」


その報告と同時に、ツクヨミのメインモニターにガイの姿が映った。


「ガイ! 無事だったのね!!」

〔な、何とかな………〕


N2ミサイルの爆発による電波障害の所為で、モニターにはときおりノイズが走るが、ミコトの声に応えるようにガイは微笑む。だが「うっ………!」と小さく呻くと、苦しげに表情が歪んだ。


「ガイ!?」

「どうした!?」


ミコトが心配し、火麻が焦った表情で司令席から身を乗り出す。


〔爆発の威力をプロテクトボルトの空間湾曲で何とか押さえ込んでいるが、どうにも持ちそうにない〕


ガオガイガーは、空間を制する能力を持つ『ボルティングドライバー・プロテクトボルト』により、爆発エネルギーの全てを、空間を湾曲させることで絡め取り、封じていた。

つまり、プロテクトボルトによって作り出される湾曲空間『レプリションフィールド』と反発力場『アレスティングフィールド』の作用を反転させ、本来ならば爆発により弾けて膨張していく空間を、逆に閉じ込めていたのだ。

爆発が光球となって一向に治まらなかったのは、この為である。

しかしながら現在、ジェネシックの動力回路の一部と化しているガイのエヴォリュダー・ボディは悲鳴を上げていた。

爆発によるエネルギー解放の威力は凄まじく、ゴルディオンハンマーを二度も使った今のジェネシックには、これ程の爆発を長時間押さえ込んでいられるだけのエネルギーが無かった。

だが、ここで疑問が生じる。ジェネシックをオリジナルとして勇者ロボ達へ組み込まれたGSライドは、莫大なエネルギーの発生機関ではなかったのか?

確かにGストーン、そしてGクリスタルは無限情報サーキットであり、使う者の勇気が尽きない限り、それらは無限のエネルギーを生み出す――――― が、今回は少しばかり事情が違う。エネルギーの消費量に対して、供給量が追い着いていないのだ。仮に、GSライドが100のエネルギーを生み出しているとするならば、ジェネシックは今、120のエネルギーを費やしているというわけだ。

それほどN2の爆発力は凄まじく、また、それを空間湾曲で押さえ込むガオガイガーのエネルギー消費量はハンパではなかった。


〔参謀! 時間が無い………早くイレイザーヘッドを……うぐっ!!〕


爆発の威力が湾曲空間を超え始め、徐々に押されていくガオガイガー。ボルティングドライバーを掲げる左腕も、弾けようとする爆発力に負けてきたのか、ブルブルと震えている。


「私達の準備は出来ています」

「いつでもいいぜ」


エヴァ零号機、弐号機を庇っていた氷竜と炎竜が立ち上がり、体勢を整える。

彼等の言葉に頷いた火麻は、すぐさま指示を出した。


「判った! 卯都木ぃっ!!」

「了解! イミッション!!」


ミコトがシート後方に設置されたパッドを殴りつけると、ツクヨミの電磁カタパルトからイレイザーヘッドが射出された。


「「シンメトリカル・ドッキングッ!!」」


氷竜と炎竜がシステムを組み替え、超竜神へと合体した。射出されたメガトンツールを受け取った超竜神は、その照準をN2の爆発光球に向ける。


「イレイザーヘッドXL! 発射ぁぁっ!!」


閃光が輝いた。

イレイザーヘッドを撃ち込まれた光球が、眩いばかりの煌めきを発しながら上空へ、宇宙空間へと爆発エネルギーを放出していく。光の柱のように立ち昇るエネルギーの巨大さが、爆発したN2ミサイルの威力の凄まじさを物語っていた。

しかし、これで作戦が終わったわけではない。これは作戦遂行中に起きたアクシデントなのだ。それが取り除かれた今、作戦は本来の形に戻らなければならない。


「使徒は? イスラフェルはどうした!?」


N2ミサイルに気を取られ、完全に行方を見失っていた。火麻はすぐに索敵命令を出し、オペレーター達はそれに従って使徒の姿を探す。






 ピピッ!!






センサーに反応が出た。ある方向に向かって一定速度で進むA.T.フィールドの反応だ。


「いました! ディバイディングフィールドの外、約5kmの地点! 第3新東京市に向かって侵攻中!」


イスラフェルは一体に戻り、悠然と歩を進めていた。


「いつの間に………。 ちいっ! 追うぞ、みんな!!」

「了か……うぐっ!」


突然、超竜神が呻き声を上げ、片膝をつく。ガシャンッ! と持っていたイレイザーヘッドの射出器であるランチャー・ユニットを落とすと同時に、その両腕に亀裂が走り、爆発して砕けた。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」


倒れる超竜神。


「超竜神!!」

「申し訳ありません………私も」

「ビッグボルフォッグ!?」

「駆動系にかなりのダメージが………動けません」


同じく片膝をついて倒れるビッグボルフォッグに、ガイ達は目を見張る。ビッグボルフォッグの機体は灼け爛れ、ボロボロになっていた。


二体のエヴァ、そしてそれを庇う氷竜と炎竜を守る形でミラーコーティングを発動させたビッグボルフォッグだったが、ガオガイガーのボルティングドライバーにより湾曲空間が展開される僅かな時間、彼はN2ミサイルの爆発エネルギーを一身に浴びていた。

それは、短時間とは言え、彼の身体を焼き焦がすには充分な時間であり、ミラーコーティングでも防ぎきれてはいなかったのだ。

一方の超竜神だが、なぜ両腕が砕けたのか? それは、N2の爆発による衝撃とイレイザーヘッド発射時の超振動に原因があった。

ミラーコーティングによって爆発の熱と炎からは逃れることができた氷竜と炎竜だったが、爆発が起こした急激な空気圧の膨張、つまり気圧衝撃までは防げなかった。その衝撃で機体にダメージを負い、そのまま合体後、イレイザーヘッドを使用したのだ。

通常、使用の際には機体に12rpmもの射撃時振動が掛かるのだが、超竜神は持ち前のハイパーパワーによって、それを押さえ込んでいた。

しかし、今回はそれを押さえようにも、すでに機体はダメージを負っている状況であり、その為、超竜神の両腕は発射時の超振動に耐え切れなかったのだ。


その報告をオービットベースから聞いた火麻は、すぐさま作戦を変更し、新たな指令をガイに出した。


「ガイ、俺達もすぐ後を追う。それまでイスラフェルの足止めを頼む。 だが………無茶はするなよ」

「了解!」

「隊長………すみません」

「申し訳ありません………」


火麻の指示でオービットベースから降下してくるディビジョン艦へ収容する為、その準備に入っている超竜神とビッグボルフォッグは、今回の作戦に参加できなくなったこと、そして足手纏いとなってしまったことを心から反省する。

しかし、ガイたちには判っている。彼らには何の責任もないことを。

結果的に彼らは負傷してしまったが、そのおかげでエヴァを………パイロットである二人の少女をN2ミサイルの爆発から護れたのだ。

誰が彼らを責めることができようか。


「気にするな。 後は任せろ」

「はい」

「宜しくお願い致します」

「おうっ!!………ガオガイガー、先行する! ガジェットフェザーァァッ!!」


ゴルディオンハンマーをツールアウトしたガオガイガーは、ガジェットガオー部の翼を展開させ、イスラフェルを追って飛び立った。


「頼むぜ、ガイ………っと、来たか。 よし! 着陸後、直ちに収容作業にかかれ!」


火麻の指示が飛ぶ。

ガオガイガーの姿が雲の切れ間に消え、それと入れ替わるように上空から全長450mにも及ぶ巨大な飛行艦が現れた。勇者ロボ達の整備・修復を担うディビジョン艦『極輝覚醒複胴艦 ヒルメ』であった。




















「ん?………あれか!」


ガイの視界に、悠然と第3新東京市に侵攻するイスラフェルが捉えられる。四体ではなく一体に戻っているが、余裕綽々で歩を進めるその姿は、まるでNERVやGGGに対して「アホは勝手に潰し合ってろ」と言わんばかりであった。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」


ガオガイガーは急降下し、背後からイスラフェルに近付くと、無防備な背に強烈な蹴りを喰らわせた。






 ドゴォッ!!






完全に油断していたイスラフェルはA.T.フィールドを張っておらず、その蹴りをまともに受けて前方へ吹っ飛んだ。

思わぬ奇襲を受けたイスラフェルであったが、何事もなかったかのようにすぐさま立ち上がった。瓦礫と砂煙が舞う中、上空から降り立つ破壊神に対して戦闘態勢に入ると、能力を発動させ、四つ身に分かれる。


「くっ………だが、今度はさっきのようにはいかないぜっ!!」


ガイの咆哮と共に、第2ラウンドの鐘が鳴った。




















背部スラスターを吹かせ、ガオガイガーはイスラフェルに迫った。右の豪腕を振るい、殴りかかる。

しかし、イスラフェルは慌てることなく四方へ散り、攻撃を躱す。まるで忍者のように散開した四体のイスラフェルは、各々が違う動きでガオガイガーに反撃を開始した。

丙・丁の二体がビームを放ち、破壊神の動きを牽制する。そこに甲・乙の残り二体が硬質化した手刀で襲い掛かった。


「このっ! ガジェットツールッ!!」


尾の先端が分離し、掲げた右腕に装着される。瞬時に機構が展開し、緑輝の刃が姿を現した。


「ウィルッ……ナイフッ!!」


一瞬早く迫るイスラフェル甲の手刀を、ウィルナイフによるカウンターで斬り落とす。攻撃時には、防御用のA.T.フィールドが展開されないのが何よりの救いだ。

もう一方、乙の手刀は、ジェネシックアーマーを集中させた左手で受け止めた。

だが―――――






 ピキ………






「ん!?」


不意に、ジェネシックの中核であるギャレオンを介して、ガイの左腕に違和感が走った。

ほんの一瞬だけ感じた些細な事。

ガイの意識がそっちに向いた瞬間、その隙を逃さず、イスラフェルの力が増した。


「ぐあっ!?」


集中しろ!!


そう自分を叱咤し、ガイは意識を戻す。今は気を抜いていられる状況ではないのだ。

キュイィィィィン! という甲高い音を立てながら、乙の攻撃を受け止めたガオガイガーの左手から火花が飛び散る。ジェネシックアーマーの防御力を超え、徐々に装甲が削られていくが、ガイは臆さない。


「はあぁっ!!」


ガオガイガーはイスラフェル乙の腕を掴むと力任せにブン投げ、再び襲い掛かろうとしていたイスラフェル甲にぶつけた。






 ドガァァァァァァンッ!!






吹っ飛ぶ二体のイスラフェル。

さらに追い討ちを仕掛けたガオガイガーであったが、その攻撃は後方にいたイスラフェル丙と丁が庇った。二重のA.T.フィールドを張って防御する。


一進一退の攻防。


丙・丁の後ろで、吹っ飛んだ甲と乙が何事もなく立ち上がる。ダメージなど微塵も感じられない。斬り落としたはずの甲の右手も再生していた。

これが今回のイスラフェル戦、最大のネックだ。

このイスラフェルは、シンジとアスカが戦ったイスラフェルの動きとは違い、同調(ユニゾン)ではなく連係(コンビネーション)で攻めてくる。だが、ダメージに関しては互いが互いを補完し合っている。

つまり、このイスラフェルを倒す為には、まったく違う動きをする四体のコアを同時に引き抜かなければならなかった。

はっきり言ってしまえば、今のガオガイガーに勝ち目は無い。タイムラグを出さずに四つのコアを取り出す方法がないのだ。

だが、勇者王は諦めていない。

頼もしい仲間が、もうすぐ駆けつける。その為の時間を稼ぎ、使徒を足止めする。

それが、今の彼の使命だった。

再度、攻撃を仕掛けようとフォーメーションをとるイスラフェル達。


「いくらでも来い! 俺は、その度に貴様らを破壊し続けるっ!!」


勇気の証であるジェネシックオーラの輝きと共に、ガイの瞳に『G』の紋章が煌めいた。




















ガオガイガーを見送った後、参謀である火麻は次々と指示を出していく。

時間が無い。一分一秒でも早く、応急処置でもいいから勇者達の修理を終え、ガオガイガーの援護に向かわなければならない。

ボサッとしている余裕は無いのだ。

今、しなければならないこと。それは超竜神、ビッグボルフォッグのヒルメへの収容。そして、エヴァンゲリオン零号機、弐号機の移送だ。


「ゴルディーマーグ」


火麻は、収容作業を手伝うオレンジ色の勇者を呼び出した。頑丈さが機体の特徴でもある彼は、ガオガイガーと合体していた為、超竜神たちほどのダメージはなく、機体表面が焦げ付く程度で済んでいた。


「何だ、参謀?」

「エヴァ零号機と弐号機をNERVの指揮車がある所まで運んでくれ」


驚いた。てっきり一緒にヒルメへ運ぶのかと思っていた。


「それはいいけどよ………この際、エヴァもこっちに持ってったらどうだ? 今やるか、後やるかの違いだろ? それに―――――


ゴルディーマーグは、赤十字のマークがペインティングされた救護車に目を向ける。車内には、エントリープラグの中から助け出されたレイとアスカが、未だ気絶したままベッドに寝かされていた。点適等の医療措置が行われている。


「あの嬢ちゃん達、いつか殺されるぞ」


ゴルディーマーグの言葉に、火麻はあの無能女の存在を思い出した。今回のことも十中八九、あの女が一枚噛んでいるだろう。

シンの記憶で見せてもらった前回のイスラフェル戦。あの時のように、エヴァではどうにもならなくなったからN2を撃ち込んだ。

まったく、余計なことをしてくれる。


「………お前の言うことも判るがな、今はまだ早い。 俺達は、表向きは何の政治的後ろ盾のないゲリラ組織だ。 本来の世界と違ってな」


ゴルディーマーグのAIは、火麻の思考パターンを元に造り出されている。言ってみれば兄弟のような感覚に近い。だからこそ、お互いの言わんとすることが判る。この問題、急いだところで何も良いことはないのだと。


「ヘタ打てば、俺たちは世界を敵に回しちまう………か」


ふうっ……とゴルディーマーグはわざとらしく嘆息すると、零号機を右肩に、弐号機を左肩に担ぎ上げた。


「じゃあ、ちょっくら行ってくるぜ」

「ああ、頼む。 運び終わったら、そのままガオガイガーを追ってくれ。 俺達もすぐ行く」

「了解」


レイとアスカを乗せた救護車を伴って、ゴルディーマーグはNERV指揮車、ミサト達の所に向かった。

それからしばらくして、火麻の元にヒルメから通信が入る。


「参謀! 超竜神、ビッグボルフォッグの搭載完了とのことです!」

「よし! ガオガイガーの救援に向かう! 補給と修理を急がせろっ!!」

「了解!」


火麻の指示に従ってヒルメ、そしてツクヨミの乗員達が動く。
 
両艦の発進準備が整う間際、そこへ更なる通信が入った。衛星軌道上に浮かぶ宇宙基地からである。


「オービットベースより通信!」


オペレーターの報告と共に、ツクヨミのメインモニターにGGG長官・大河コウタロウの姿が映った。


〔火麻君、状況はどうかね?〕

「すまねぇ、機体の回収に手間取った。 今からガイの救援に向かう」

〔それなら大丈夫だ。 そちらは勇者達の修理と補給に重点を置いてくれ〕

「どういうことだ?」


怪訝な表情を浮かべた火麻に、大河は「安心したまえ」と応えた。


〔今、頼もしい救援が向かったところだ〕




















天よりの御使いを名乗る異形の怪物と、鋼鉄の体躯を持つ獅子の破壊神。

凄絶な戦いは、未だ続いていた。




















イスラフェル四体の双眸が同時に輝き、閃光が放たれる。しかし、それだけではなかった。四本のビームは一本に収束され、光の奔流となってガオガイガーに襲い掛かったのだ。


「ちいっ! プロテクトシェーェェドッ!!」


左の掌を翳すガオガイガー。瞬時に防御フィールドが展開され、最強の光盾が姿を現す。

その防壁は、完璧に使徒の攻撃を防いだ。








































―――――― はずだった。


ビームという名の『矛』とプロテクトシェードという名の『盾』がぶつかり合った瞬間、衝撃と共に凄まじい激痛がガイの左腕を襲った。


「ぐあぁぁっ!?」


明らかにおかしい。

プロテクトシェードはイスラフェルの攻撃を防ぎきれていないのか?

ガイはエネルギーを左腕に回すが、何の反応も返ってこない。






 ピシッ






「うっ!?」


先ほど感じた違和感が強まった。腕が動かない。

徐々に防御フィールドの硬度が下がっていく。


「くそっ!」


激痛を堪え、左腕を動かした。






 ビキッビキィッ!!






左腕全体がヒビ割れ、プロテクトシェードが消失した。


「なっ!?」


行く手を阻んでいた光盾が消え去ると、未だに放ち続けられていた光の奔流は、嬉々としてガオガイガーに矛を突き刺した。






 ドゴオオオォォォォォォォォォォォンッ!!






「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


左腕部を構成していたプロテクトガオーは、粉々に破壊されてしまった。




















その様子はオービットベースでも捉えられていた。戦闘時、作戦司令本部となっているセカンドオーダールームが驚愕にざわめく。


「どういうことだ!? 何故、ガオガイガーの左腕が!?」

「長官! これをご覧下さい」


大河の問いに、セカンドオーダールーム中央のサブオペレーター席でデータ解析を行っていた赤木リツコが答えた。メインスクリーンの画像が縦に二分割され、左に戦闘の状況、右にリツコが呼び出したデータが映し出される。


「ボルティングドライバーによってN2ミサイルの爆発を押さえ込んだ際、その力が集約されていたガオガイガーの左腕には、予想を超える負荷(ダメージ)が蓄積されていたようです。 計算上、機体耐久限界の数値を超えています。 それほどN2の爆発力は凄まじかった、ということです」

「なるほど、そこにイスラフェルのビーム攻撃………しかも、四体の収束ビームじゃ………。 プロテクトシェードを展開していたとは言え、既に限界を超えていたガオガイガーの左腕は、防御時の衝撃で砕けてしまった………という訳じゃな、リツコ君?」

「おそらく」

「あのN2は超竜神、ビッグボルフォッグだけでなく、ガオガイガーにまでダメージを与えていたのか!」


リツコとライガの説明に、大河は言葉を失う。

だからと言って、このまま何もしないわけではない。だが、ここからできるサポートと言っても、それは間接的なもので終わってしまう。

今、頼れるのは彼らだけだ。


「彼らの現在地は!?」

「先ほど大気圏ヲ抜けまシタ! 最大戦速デ戦闘区域に向かってマス!」


本来ならばオペレーターの牛山カズオが報告するのだが、今回はスタリオン・ホワイトが答えた。牛山は今、GGG整備班としてヒルメで地上に降りている。


「間に合ってくれよ」


モニターを見詰める大河の表情に焦りの色が浮かび、額に滲んだ汗が零れ落ちる。

彼の言葉はセカンドオーダールーム――――― いや、GGG隊員全ての祈りに等しかった。




















左腕を破壊された衝撃により、ガオガイガーは後方へよろめく。思ったよりもダメージが深いのか、片膝をついてしまう。

崩れた体勢に好機(チャンス)を見出したイスラフェルは、一斉に襲い掛かった。


四方からの同時攻撃。


「くぅぅっ!」


鋼鉄すら簡単に斬り裂くイスラフェルの手刀。鈍く輝く八本の刃が迫る。

右手のナイフ一本だけでは防ぎきれない。

ガイは息を呑み、来るであろう衝撃に覚悟を決め、歯を食いしばった。





















だが、運命は、そんな彼を見捨てはしなかった。





















双頭龍(シャントウロン)!!」

「五連メーザー砲!!」


緑と黄に煌めく光の双龍、そして赤き五条の閃光がイスラフェル四体の身体を貫き、吹き飛ばした。




















第四拾話へ続く








[226] 第四拾話 【 双 頭 飛 龍 】
Name: SIN
Date: 2005/11/25 17:22




「いったいどうなってるのよ! 状況を報告しなさい! レイとアスカとの通信はまだ回復しないの!?」


N2ミサイルの爆心地であるディバイディングフィールドの大穴から少し離れた場所。そこに待機しているNERV指揮車内に作戦指揮官である葛城ミサト一尉の怒号のような、そして喚き声のような大声が響いていた。


「説明して!」

「何とかしなさい!」 

「これは命令よ!」


具体的な指示など何も出さず、ただ結果だけを求める自称『有能美人指揮官』の声に、車内のオペレーター達は呆れ返っていた。ミサトを見る彼らの視線は、15年前に消え去った極寒の地、南極すらも暖かいと思わせるほど冷たく、寒い。

いくら喚かれても、N2の爆発による電波撹乱や爆風その他の障害で、指揮車だけの設備では状況の把握は難しいのだ。本部発令所に応援を頼もうにも、未だ通信さえできない。

だいたい、今のこの状況を引き起こした原因の一つは、紛れも無くこの『葛城ミサト』なのである。N2ミサイルの発射要請にエヴァ零号機・弐号機のシンクロ強制カット。そして、予期せぬ四発目のミサイル。それは使徒ではなく、GGGのロボットとエヴァ二体を巻き込んで爆発した。

爆発そのものはGGGが何とかしてくれたようだが、その後、チルドレン二人との連絡が取れなくなった。同じく、要請外の四発目のミサイルを発射した国連軍の部隊にもだ。

状況を説明して欲しいのはこちらの方である。彼女は、それが判っているのだろうか?

いや、判っている人間ならばこんなにも喚いたりはしない。

これではまるで癇癪を起こした子供だ。自分の思い通りにならなかったことに対して腹を立てているだけだ。

オペレーター達の冷めた瞳は、ミサトをそう捉えていた。彼女の直属の部下あり、心からミサトを信頼していたはずの日向マコト二尉も同じように………。

このミサトの執った行き当たりばったりの作戦行動は、結果として、改めてGGGの高い実力と優秀さ、そしてNERVの底の浅さを露呈するものとなってしまった。




そんな中―――――




「あ、これ………センサー回復! 反応あり!」


懸命に情報を集めていたオペレーター・伊吹マヤ二尉は、こちらに近付いてくる何者かの反応を捉えた。


「何? どうしたの!?」


ミサトが身を乗り出して、ようやく復旧し出したセンサー画面を見る。マヤがちょっと迷惑そうだが、ミサトはそんなこと気にしていない。というか、気付かない。目の前のことで手一杯なのだ。

センサーには、二つの光点がこちらに向かってくる様子が捉えられていた。それと同時に、ズン……ズン……と一定間隔で響いてくる地鳴りのような音が聞こえてきた。


「何よ……この音……」

「あ! この反応、GGGのゴルディーマーグ………それに………エヴァ零号機と弐号機が一緒です!」

「な…何ですってぇっ!?」


指揮車から飛び出したミサトの目にエヴァンゲリオン二体を両肩に抱えたゴルディーマーグが………そして、赤十字のマークを付けた救急車のような車がこちらに向かってくるのが見えた。




















「ちぃっ!!」


迫り来る危機に何の対処が出来ないことを歯痒く思い、ガイは舌打ちする。

太陽の光を反射させ、黒光るイスラフェルの手刀。

その刃で、四体に分裂した使徒が四方八方から破壊神を斬り刻もうとした時―――――


双頭龍(シャントウロン)!!」

「五連メーザー砲!!」


緑と黄に煌めく双龍、そして赤き五本の条閃がイスラフェル四体の身体を貫き、吹き飛ばした。


「こ…これは!?」


突然の出来事に驚くガイの前に、上空から巨大な白いロボットが降り立った。


「無事か? すまない、遅くなった」

「キングジェイダー! それに―――――

「隊長ーぉっ!」


ガイを呼ぶ声と共に、キングジェイダーと同じく空より降り立つ鋼の巨人。中心から右が緑、左が黄と色分けされた、超竜神とよく似たシルエットを持つこのロボットの名は―――――


撃龍神(げきりゅうじん)っ!!」


そう、それが彼の名。氷竜・炎竜の超AIと基本設計を元に造られた可変ビークルロボ『風龍』と『雷龍』が合体(シンメトリカル・ドッキング)することで誕生する勇者ロボである。

元々レスキュー用として開発された氷竜と炎竜とは違い、初めから戦闘用ロボットとして開発された風龍と雷龍の戦闘能力は、GGGの勇者の中でもトップレベル。その二体が合体し『撃龍神』となることで、その能力は遥かにパワーアップするのだ。


頼もしすぎる仲間の復活に、ガイは頬を綻ばせる。


「すまねぇ、隊長………寝坊しちまった」

「いや、よく目覚めてくれた」


心から復活を喜ぶガイ。


「ガイ、ここは我らに任せ、撤退しろ」

「しかし! ……………すまん。 後を頼む」


このままでは満足に戦えない。これ以上は彼らの足手纏いだと判断したガイは、悔しさに顔を歪ませながらも、Jの言葉に従って後退を始めた。

破壊された左腕により生まれた死角を庇いつつ後ろに退がるガオガイガーを、イスラフェルは「逃がすものか」と追う――――― が、そこに二体の勇者が立ち塞がった。


「何処へ行くつもりだ? 貴様らの相手はここにいる!」

「遅刻した分、目いっぱい暴れさせてもらう!  いくぜっ、イスラフェル!!」


撃龍神の咆哮と共に、キングジェイダーの左腕の砲塔が火を噴いた。


「反中間子砲っ!!」




















「そのプログラムはコード045へ転送! ファイルチェック……パターンC.aじゃわい。 スワン君?」

了解(ラジャー)

「スタリー君。 イスラフェルを『以前』通り食い止めるとして、必要なダメージはどれくらいになるかの?」

「計算では、構成物質の72.023674%以上が絶対条件となってマス」

「ふぅむ、出力制御が必要となるか………猿頭寺君」

「はい、組み込みます」


宇宙に浮かぶGGGの作戦司令室、オーッビトベース・セカンドオーダールームでは獅子王ライガ博士の指揮の下、スタッフ全員が慌しく動いていた。ガオガイガーによるイスラフェルのコア摘出作戦が失敗した後、すぐさま次の策が練られていたのだ。

とはいえ、ガオガイガーが撤退した今、分裂したイスラフェルのコア四つを同じタイミングで回収することは容易ではない。キングジェイダーの『ジェイクオース』も撃龍神の『双頭龍』にしても、複数のコア摘出には僅かながらのタイムラグが発生してしまい、イスラフェルの相互補完能力が瞬時にコアを再生させる。


では、どうすればよいのか?


単純な答えとなるが、それは『一瞬では再生できない程の負荷(ダメージ)を一気に与え、イスラフェルをこの場に留める』ということだ。そして、再生が完了して再侵攻を始めるまでの間に新たな作戦を考える。

幸い『以前』のデータ通り、このイスラフェルも、分体の同じ箇所に受けたダメージについては相互補完が作用せず、第3使徒サキエルと同程度のスピードによる再生しか行えないことが判明していた。

だが、GGGには『N2』のような広域破壊兵器がない。敢えて挙げるとすれば『ソリタリーウェーブ』がそれに当たるが、これは対象が限定される上、扱い次第では使徒どころか地球さえ破壊する可能性がある。迂闊には使えないのだ。

ディビジョンⅧ 最撃多元燃導艦タケハヤに搭載された多次元コンピューターの計算では、四重A.Tフィールドを操るイスラフェルの防御を貫いてダメージを与える為のエネルギー量は凄まじく、勇者ロボが一体では――――― それが仮に『ジェネシック』であっても、生み出すことはできないだろうとされた。

しかし、GGGの頭脳(ブレイン)であるライガ博士には、一つの案があった。これならば確実だという案が。その根拠となったのは、かつての三重連太陽系での戦いの最中に起こった、ルネ・カーディフ・獅子王のGストーンとソルダート・JのJジュエルの共鳴現象である。

尽きかけていた彼らのエネルギーを復活させたばかりか、共鳴による相乗効果により限界を超えたパワーを引き出したあの現象。ライガはこの世界に来てから、それについて研究を続けていた。

まだ途中の不完全なデータではあるが、ライガ達は今、それを元にプログラムを組んでいるのだ。撃龍神とキングジェイダー………GとJのエネルギー共鳴融合をサポートするプログラムを。




















撃龍神とキングジェイダーの熾烈な攻撃は、四体のコンビネーションを仕掛けるイスラフェルを圧倒するが、それでもコアクリスタル回収の為に一気に仕掛けられない二機は、無限とも言える再生を繰り返す使徒の前に、次第に劣勢になっていく。


「くっ……厄介な能力だ。 これではキリが無い」


Jは、全力が出せないもどかしさに歯噛みした。

このままでは埒が明かない。オービットベースへ通信を繋げる。


「獅子王ライガ! プログラムはまだか!」

〔そう急かすな! あと少しじゃわい!〕


セカンドオーダールームでは、その作業が終盤を迎えていた。


「猿頭寺、プログラム作成完了!」

「スタリオン、終わりまシタ!」

「スワン、OKデス!」


各員の報告を聞き、ライガは頷く。


「よし! リツコ君」!」

「大丈夫です。 いけます」


複雑なデータと少ない時間の為、数人で分けて作られていたプログラムがリツコのコンソールに転送される。最後の仕上げが彼女の仕事だ。




 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ




キーボードで舞い踊るリツコの細指。それは正に神速のキータッチ。天才プログラマー・猿頭寺でさえ、その動きに見惚れるほどだ。


「プログラム統合……コンプリート!」


Enterキーが叩かれ、全プログラムの構築作業が終わった。


「うむ! Let’s Goじゃ!」


普段と変わらず、おどけたようにポーズを決めたライガだが、手袋は汗で滲んでいた。それは、一抹の不安の表れなのだろうか………。




















「ぷろぐらむ・でーた受信……完了。 圧縮ヲ解凍……ぷろとこる確認」


スーパーコンピューターMAGIに匹敵する演算処理能力を駆使し、トモロ0117はオービットベースより送られてきたプログラムを走査する。失敗が許されない状況だ。万が一のことがあってはならない。




行動予測演算(シミュレーション)開始……パターン01……パターン0704……パターン1,678……パターン48,975……パターン9,740,018……パターン302,448,116……




僅か0.817秒で3億を超える予想結果を弾き出したトモロ。その中からこの状況に最も適し、尚且つ今後の作戦に支障が出ないパターンを選んだ。


「演算終了……撃龍神、でーたヲ送ル。 出力全開。 細カイ調整ハ、コチラニ任セロ」


トモロから送信されたデータを間違いなく受け取った確認の意を込めるように、撃龍神の双眸が輝く。


「Jモイイカ?」

「了解した。 いくぞ、五連メーザー砲!!」


キングジェイダーの右の五指から放たれた閃光が天使達に襲い掛かる。

しかし、間合いが離れていた為か、四体のイスラフェルは難なく避けた――――― が、それは勇者達の誘いだった。


「逃がさねぇぜ! ジャオダンジィ!!」


ガオガイガーとの戦いの時と同じように散開し連係姿勢を取ろうとしたイスラフェル達に対して、撃龍神の右腕を構成するタンクミキサー部『ジャオダンジィ』から凄まじい風のエネルギー波が放たれる。それは巨大な竜巻を生み出し、一瞬にして天使達を巻き込んだ。

イスラフェル四体はA.T.フィールドを張って防御するが、竜巻の風は暴れ狂い、その身を一箇所に固めさせて動きの自由を封じてしまった。

しかし、これでは使徒にダメージを与えられない…………いや、この攻撃はダメージを与えることが目的ではなかった。


「今だ! やるぞ、撃龍神!!」

「おう! キングジェイダー!!」


チャンスは逃がさない。二体の巨人はスラスターを噴かせ、竜巻によって動きの取れないイスラフェルの頭上高くに舞い上がった。

これから繰り出される技は、発動までに時間が掛かる。意外に素早いイスラフェルには暫くの間、じっとしておいてもらわなければならないのだ。


「唸れ疾風!」


撃龍神の右腕、ジャオダンジィが高速回転を始め、風のエネルギーが渦巻いていき―――――


「轟け雷光!」


同じく、左腕に装着されている電磁荷台『デンジャンホー』が超電磁を放ち、雷のエネルギーを高めていく。

二種の異なる力は融け合い、双頭の龍を喚び出した。


「Jジュエルよ、我に力を!」


キングジェイダーの右腕に装備された最強武器『ジェイクオース』に焔の翼が宿る。


「「ぬん!」」


互いに背を合わせ、イスラフェルに対し照準を付けるように撃龍神は左腕を、キングジェイダーは右腕を同時に突き出した。


「双龍よ! 焔の翼を羽ばたかせ―――――

――――― かの敵を喰らい、焼き尽くせっ!!」 



「「双  頭  飛  龍(ツインヘッド・ワイバーン)っ!!」」



撃龍神とキングジェイダー、各々の最大奥義の合体技。だが、それだけではない。

『無限情報サーキット・Gストーン』と『情報制御型エネルギー結晶体・Jジュエル』。この二つによって生み出されたエネルギーの融合と共鳴は、その紡がれし力を爆発的に増幅させた。

炎の翼で羽ばたく双頭龍。巨大な神獣の(あぎと)が、身動きを封じる竜巻ごとイスラフェルを呑み込もうとする。

そのあまりの威力を感じ取ったイスラフェル四体は、A.Tフィールドの出力を全開にした。全力の、しかも四重のA,Tフィールドだ。N2の爆発すら軽く防いでしまう硬度だろう。

だが、飛龍の牙は易々と光の壁を貫き、風と雷と炎の融合エネルギーが使徒を呑み込んだ。






 ドガガアアアァァァァァァァァンッ!!!






N2ミサイル数発を同時に爆発させたような爆音と衝撃。あらゆる物が吹き飛び、大気と大地が揺れた。その振動は、第3新東京市でも『震度3』と観測されたほどだった。

日本各地からでも観測された巨大なキノコ雲。そして、降り注ぐ瓦礫と舞い上がる粉塵を伴った爆煙。

箱根の山々から吹き降ろされる風がそれらを晴らした時、そこにあったのは、直径1000mはあるであろう巨大な爆発跡 (クレーター)。そしてその中心には、全身を黒く焼き焦がし、活動を止めた四体のイスラフェルがいた。




















ツクヨミ艦橋で戦況を確認した火麻は、静かに次の指示を出した。


「機動部隊総員はオービットベースに帰投。 今後の対策を再検討する」

「了解」




















第四拾壱話へ続く








[226] 第四拾壱話 【 予想外の訪問者 】
Name: SIN
Date: 2006/03/19 23:28






「う~~ん、四体分裂……イレギュラーというには単純だけど、強力だなぁ……」


メインスクリーンに映し出された戦闘データを見ながら少年が一人、腕を組んで唸っていた。


「裏死海文書や僕の経験が当てにならないと判っていながら、未だに無意識でもそれに頼っていた……油断、というより『甘え』だね、これは」


GGGオービットベース・メインオーダールームには、制服のままの綾波シンの姿があった。使徒襲来における特別非常事態宣言が解除された後、彼はすぐここに来たのだ。勿論、スキル=レリエルの空間転移を使ってである。

なぜ制服姿なのかというと、シンは使徒戦の際、『適格者(チルドレン)』ではない為に他のクラスメートと同じく、毎度お馴染みとなったシェルター『第334地下避難所』に移動する。新たな指示が出るまで避難しているわけだが、ただ単に其処でお気楽な友人達とお喋りに興じているのではない。相槌を打って適当に相手しながらも、彼はサハクィエルの能力を使い、戦いの一部始終を見ていた。

二体ではなく四体に分裂したイスラフェル。皆を巻き込んだN2ミサイルの爆発。『以前』と同じように、侵攻を食い止めるだけに終わってしまった戦闘。そして撤退。

シェルターから地上へ戻る許可が出ると、シンはすぐさまオービットベースへ向かおうとした。が、そこは中学生の哀しさ。今回の使徒襲来が午前中であったことも災いして、第壱中学校の生徒には授業がまだ残っていたのだ。

これには生徒全員が不平不満を洩らしたが、文句を言ったところで予定のカリキュラムが変わることはなく、皆は渋々、シェルターから教室に戻り始めた。

しかし、少年の気持ちは既に今後の使徒対策に動いていた。一秒でも時間が惜しかった。

そこで彼は、担任の根府川先生に体調不良を訴え、早退を申し出た。級友達の「本当か~?」と怪しむ視線が背中に突き刺さっていたが、老教師は大して気にしていないようで、すぐに了承した。

許可を貰った直後、荷物を持って全速で駆け出したシンに対して「どこがやねんっ!」とジャージ少年以下、いろんなところからツッコミが入っていたようだが、それは丁重に無視した。

その後、誰もいない場所でディラックの海を使ってオービットベースに移動。

やっとのことで辿り着いたシンは、ちょうど撤収してきた機動部隊の面々と共に、作戦会議へ参加しているのだ。




コンソールでカタカタとキーボードを打つ猿頭寺に合わせ、スクリーンに映るデータ表示が目まぐるしく変わる。それについて大河や火麻、ライガ、ガイを始めとした機動部隊のメンバー、そしてミコト達が意見を交わしていく。




今、GGGが置かれている状況を確認すると、現状で動ける勇者(戦力)はゴルディーマーグ、マイク・サウンダース13世、風龍、雷龍、ジェイアークのみ。

先の戦闘においてN2爆発のよる被害を受けた氷竜と炎竜の修理は、問題なく進んでいる。あらかじめ造られていた予備パーツに換装するだけなので、明日にも完了するということだ。

同じくダメージを受けたボルフォッグだが、こちらは少々難しい。ミラーコーティングを発動させて氷竜達を庇ったボルフォッグのダメージは、装甲だけではなく、駆動系を始めとしたフレーム部分全体に及んでおり、変形機構にも数センチ単位の歪みが発見された。破壊されたガンマシンには2号機、3号機といった予備機があり、それにAIメモリを移し変えるだけで良いのだが、ボルフォッグの方はパーツ全てをバラしてのオーバーホールが必要になった。修理を突貫で行っても、完了は使徒の再侵攻予定日ギリギリとのこと。

そして使徒戦の要、肝心のガオガイガーであるが、これが一番難しかった。破壊されたジェネシックマシン『プロテクトガオー』。これまでの戦闘のように破損したのではなく、今回は完全爆散した為、修復は不可能。新たに一から製造することになった。

だが、これについて獅子王ライガ博士は胸を張って豪語した。


「僕ちゃんに任せたまえ。 完璧に仕上げてみせるでな」


さすがはGGG研究開発部と言ったところか。三重連太陽系での戦いを経て、シンジと共にこの世界に来てから一年。各ジェネシックマシンのデータは解析済みである。装甲材質や内部パーツその他は地球製の物になってはしまうが、オリジナルと何ら遜色の無い物が造られるだろう。

とはいえ、今回のイスラフェル戦は間に合わない。製造から機動・性能チェック、合体テストなどの期間を考えると、最低でも3週間以上の時間が欲しい。ガイガー単体ならば問題ないが、ガオガイガーとしての出撃は不可能となったのだった。


「このデータじゃが――――

「Dr.ライガ、それでは――――

「今回の戦闘に際して――――


様々な意見が飛び交う会議の中、戦闘データを見ているシンの表情は、悔しさを滲ませていた。


「くっ……」


唇を噛み締めて床を蹴る。

当初からの計画とはいえ、見ていることしかできない自分に、シンは歯痒く情けない思いをしていた。そして、何よりも護りたい少女二人を戦わせていることが焦りとなってきている。


「完成を急がないと……使徒の強さは増してきている」


そう呟くシンの脳裏には、オービットベース研究棟の特別(ケイジ)で眠っている紫の守護鬼神の姿が浮かんでいた。


「シン君は、それについてどう思うかね? ………シン君?」

「……え? あ、はい!」


大河からの問い掛けに、シンは思考の海から呼び戻された。慌てて俯いていた顔を上げると、みんながこちらを見ていた。


「どうしたのかね?」

「あ、いや……すいません。 ちょっと考えごとを……」

「では、今の懸案事項については?」

「……聞いてませんでした」


シンは、申し訳なく頭を下げる。その様子に大河を始め、スタッフの面々は苦笑した。誰よりも使徒戦に懸ける少年にしては、珍しいことだったからだ。


「何か悩み事でもあるのかの?」

「相談があるなら、いつでも乗るぜ」


ライガ、火麻だけでなく、スタッフ全員が心配そうに見詰める中、シンは首を振って気持ちを切り替えた。自分のことよりも、まずは目の前の問題を片付けなければならない。今は集中する時だ。


「ありがとうございます。 大丈夫です」

「……そうか。 それでは会議を続けよう。 猿頭寺君、先程のデータをもう一度」


大河が指示を出すと、モニターの表示が変わる。シンが手元の書類を取ろうとした時、会議の違和感に気付いた。さっきまでいたはずの女性スタッフの二人の姿が見えない。


「あれ? 長官、母さんとリツコさんは……?」

「それもさっきの懸案に関係があるのだよ」


意地悪く微笑む大河に、少年はバツの悪い思いをしながら笑って頭を下げた。




















〔本日、午前10時58分15秒。 二体に分離した目標『甲』・『乙』との戦闘中、GGG機動部隊が乱入〕


第3新東京市地下、NERV本部施設内のブリーフィングルーム。ここでもGGGと同じく、先の使徒戦における戦闘報告会議が行われていた。

経過を説明しているのは最上アオイ二尉。スーパーコンピューターMAGIを構成する三つの人工頭脳の一つ、『メルキオール』の主任オペレーターで、ショートカットの髪型(ヘアスタイル)が似合うメガネ美人である。本来、この様な会議の進行は伊吹マヤ二尉の仕事なのだが、彼女はNERVを離反した赤木リツコ博士の役職(ポスト)を埋める為に暫定的ではあるが『技術開発部統括代理』に就任しており、現在はケイジでエヴァの修理に追われている。

会議出席者は不在の最高司令官、総司令 六分儀ゲンドウに代わり、副司令の冬月コウゾウ。作戦課長であり前線で指揮を執った葛城ミサト、彼女の副官の日向マコトと同僚の青葉シゲル。エヴァパイロットの綾波レイと惣流アスカ・ラングレー。そして何故か、特殊監査室の加持リョウジと保安諜報部のルネ・カーディフも会議に参加していた。これに司会進行の最上アオイを加えた九人が出席者の全員だ。

このブリーフィングルーム、一風変わった造りをしている。会議室というよりは、映画の試写室のような内装だ。正面にはデータを映す為の巨大なプロジェクションモニター。それに向かい合って並べられた一列七席の座席が三列あり、一番後ろに幹部用と思われる席が三つ並んでいる。

まるで本当に試写室―――― いや、一歩間違えれば映画館だ。


どういう意図で設計されたのか? 誰かの趣味なのだろうか?


まあ、それはともかく、座席の一番前の列にレイとアスカ、ミサトがそれぞれ離れて両端に座り、二列目の真ん中の席に加持、少し離れてレイとアスカのちょうど真後ろの席にルネが、三列目の端の席に青葉、そして奥の幹部席に冬月とデータ処理役の日向、司会のアオイが座っていた。


「何で作戦に関係ないヤツまで……」


ミサトは、加持とルネの参加に良い顔をしなかった。加持に対しては若い頃の関係から、ルネには得体の知れない奴という不信感からだ。しかし加持は「職務内容を査定、査察するのが仕事でね」と笑い、ルネは「チルドレンの護衛だよ」と無愛想に答えた。

加えて、二人の参加を冬月が許可している為に何の文句も言えなかったことが、使徒戦から続く彼女の苛立ちをますます募らせていた。


〔ディバイディングドライバーにより戦闘フィールドを形成後、GGGは目標との戦闘を開始〕


余計な照明を落とされた薄暗い室内に、戦闘状況を説明するスライド写真が映されている。右下には『撮影:NERV総務局3課』という表記があった。

報告ごとに変わる写真を見るスタッフの様子は様々だが、指揮官とパイロットと間には明らかな差が見えた。ミサトは歯噛みしながら報告を聞き、レイは淡々とした表情を浮かべながらも、静かな怒りの視線をミサトへ向けている。そしてアスカは、ぶすっと拗ねた面持ちで横を向いていた。赤く腫らした左頬に濡れたハンカチを当てて。


一体、どうしたというのか?


話は、少し前に遡る。




















 パァァンッ!




会議の準備中、室内に乾いた音が響いた。皆が何事かと目を向けると、そこには怒りの形相で右手を振り抜いた格好のミサトと、彼女と対峙する二人の少女がいた。赤みを帯びて腫れ始めた左頬を押さえるアスカと、その前に庇う様に立ち、烈火の如く燃える赤き瞳でミサトを睨み付けるレイであった。

あまりのことに、皆は唖然となった。ミサトとアスカの衝突なら、まだ話は解る。互いが身に秘めている(さが)の激しさを知っているからだ。しかし、レイのあんな表情は初めて見るものだった。


「……葛城一尉、どういうつもりですか!?」

「それはこっちの台詞よ! あんた達ねぇ! どうして私の指示に従わないの!? 通信は聞こえていたはずよ! おかげで余計な手間が掛かったじゃない!」


決して口には出さないが、ミサトの言葉の端々には『駒は駒らしく、私の命令を聞け』というのが感じ取れる。

それがさらにレイの怒りを昂ぶらせ、アスカの沸点を超えさせた。


「アンタ馬鹿ァッ!? あそこではまだGGGが戦っていたじゃない! 同じ目的で戦っている仲間を助けるのは当ったり前でしょうが!」

「アスカの言う通りです、葛城一尉」

「なに言ってんの! GGGが仲間!? 冗談じゃないわ! あんた達がもう少しきっちりしてれば――――

「それを言うなら――――

「違います、葛城一尉。 あれは――――


激しく言い争う三人だが、その後はただの罵詈雑言の応酬へと発展し、ついていけなくなったレイがオロオロし始めた中、それは加持とルネを伴った副司令の冬月が入室するまで続いた。








GGGと違い、NERVが会議を始めたのは戦闘終了後から四時間半も経ってのことだった。何故こんなにも時間が掛かったのかというと、端的に言えば撤収作業その他に時間が掛かったからである。その原因も、やっぱりと言えばやっぱりなのであった。

エヴァ二体を肩に担いだゴルディーマーグと、アスカとレイを乗せたGGGの救護車がNERVの前線司令部であった指揮車まで来た際、それを迎えたのは感謝の言葉ではなく、ミサトの罵声であった。曰く、汚い手でエヴァに触るな! 曰く、アスカとレイに何してんの!? まさか、治療する振りして洗脳しようっての!? などだ。

これにはGGG救護員だけでなく、さすがのゴルディーマーグも呆れ、口を利くのも億劫になってしまった。

その後、自分を完全に無視して作業を続けるGGGに業を煮やしたミサトは、懐の拳銃を取り出してゴルディーマーグに向かって構えるという暴挙に出た。後ろから彼女を羽交い絞めした副官の日向が、何とか指揮車の中に押し込めて事無きを得たが、ようやく撤収作業が終了した時には一時間半も経っていた。

さらにはアスカとレイの体調回復にも時間が掛かった。二人は、エヴァでの高機動移動中のシンクロ強制カットによる転倒の影響で、船酔いに近い症状を起こしていた。前線で使徒と直接戦った者が会議に出ないわけにはいかず、その回復を待って会議を始めることになった為、時間が遅れに遅れたというわけだ。




















時を戻そう。

会議は淡々と進んでいた。静かなものだ。進行役のアオイ以外、口を開く者はいない。

経過報告ごとに正面のモニターに映し出されるスライド写真。それにも『撮影:NERV総務局3課』という表記がしてあり、GGGのロボットである氷竜と炎竜、ビッグボルフォッグ、ゴルディーマーグらが写っている。


〔エヴァ零号機、弐号機は、指揮官である葛城一尉の指示に従わず、目標のA.T.フィールドを中和。 GGGの行動を援護〕


カシャッ! と音がしてフィルムがスライドし、写真が変わった。使徒に攻撃を仕掛けるGGG機動部隊の姿がある。


「ググ……!」


腕を組んでモニターを見詰めるミサトの表情が鬼の如く歪んだ。噛み締める歯がギリギリと鳴っている。


〔午前11時09分22秒、ゴルディオンハンマーによりコアを摘出するも、目標はさらに四体に分裂。 GGG機動部隊を圧倒しました〕


GGGが苦戦しているスライド写真に変わると、途端にミサトの機嫌が良くなった。底の浅い……というより単純な女だ。


〔同14分49秒、葛城一尉より国連第2方面軍へN2爆雷を要請〕


今度は『N参号作戦概要』と書かれた書類の表紙と、国連軍が撮影した艦隊の写真に変わった。


〔しかし、ディバイディングフィールド内にエヴァ二機が侵入。 指揮車からの制止を無視した為、シンクロを強制切断〕


また写真が変わり、転倒して砂煙を上げる零号機と弐号機が映る。


「はん、私の命令を聞かないからよ。 何よ、あれ。 あんなゴロゴロ転がっちゃってさ。 ダサイったらありゃしないわ」


見下した目付きで嘲笑うミサト。アスカのこめかみに青筋が浮いた。


「フザけてんの!? アンタがやったことでしょう! 高速移動中にシンクロ強制カットだなんて、なに考えてんのよ!」

「……たぶん、その場の思いつき」


隣でボソリと呟いたレイの声。それは思ったよりもよく聞こえた。


「でしょうね。 もしかして、ミサトってバカ丸出し?」

「何ですってぇぇ!? 粋がってんじゃないわよ!!」


お返しとばかりに鼻で笑ったアスカ。安っぽい挑発ではあったが、それに乗ったミサトが激昂し、席から立ち上がる。

睨み合う両者。お互いの間に火花が見えるようだ。


〔え~~……時間もないので続けます〕


司会進行のアオイは、これを完全に無視して会議を進めた。あまりのくだらなさに頭を抱えていた冬月も、これを了承。ある意味、この場で一番逞しいのは彼女だろう。この諍いに半ば呆然となっていた日向と青葉は、ある意味、彼女を尊敬した。

また写真が変わる。


〔GGGはN2ミサイルの着弾を阻止しようとしましたが、結果的にN2はGGGのロボットとエヴァ二機を巻き込んで爆発〕


アスカとミサトは睨み合った姿勢のまま、一旦止まる。太陽のように輝く巨大な爆発火球の写真を見て、二人の言い争いはさらにヒートアップした。

「見なさいよ、アレ!! アタシ達を殺す気なの!?」


〔しかしながら、四発目のN2爆雷については葛城一尉からの要請外であり、なぜ発射されたのかは現在、国連軍からの回答待ちの状態です〕

「待機命令に従わないのが悪いんでしょうが!」


「ふむ……日向二尉、早急に回答するよう督促を出しておいてくれたまえ」

「だからって! 味方がいる場所に撃ち込むバカが何処にいるってーのよっ!」


「了解しました」

「四発目のN2なんて知らないわよ!」


冬月の指示に隣の日向は頷く。すでにアスカとミサトは皆が無視の方向らしい。

「要請出したのはアンタでしょ!!」




〔続けます。 爆発に巻き込まれたエヴァ両機ですが、機体はGGGのロボットに庇われており、深刻なダメージはありません。 ですが、装甲等の換装やシンクロ強制カットによるシステム障害等のチェックに時間を要するとの報告を受けています〕


写真が変わった。それにはケイジでのエヴァの状況が写っており、整備班の人間が忙しく動いているのが判る。


〔この状況における技術開発部統括代理のコメント〕

〔まったく、余計な仕事を増やして……。 赤木博士がいらしたなら、きっとこう仰ったでしょう………『無様ね』と〕


マヤの言葉に、ミサトのこめかみに浮かんでいた青筋が一段と大きくなった。アスカと諍いを続けていても、自分への嫌味だけは聴こえたようだ。因みにこのコメント、ご丁寧に『無様ね』のところだけリツコの声が入れられていた。以前、何処かで録音されていたものだろう。無駄に芸が細かい。


「何よ、今のは!」


ミサトは怒りを露に睨み付ける。しかし、アオイはその形相に負けることなく、冷静(クール)に受け流した。


「私はマヤ―――― あ…いえ、伊吹二尉からの言葉をそのまま流しただけですから」

「いい加減にせんか! 座りたまえ、葛城君! 惣流君もだ」


やっと出た冬月の一喝。ミサトはしぶしぶ席に戻った。

アスカの方には異存などない。つまらない言い争いに辟易していたところだ。やめるのには良いきっかけだった。


〔続きまして……え~~、N2爆発の混乱に紛れ、目標はディバイディングフィールドから脱出。 この後、目標との戦闘域が移動します。 総務局3課による記録が中断された為、ここからは観測衛星からの映像からMAGIが導き出したものになりますが――――


次に映された写真は、GGGによる使徒戦の第2ラウンドだった。画像は多少荒っぽいが、キングジェイダーの他に見知らぬ機体が写っているのが確認できた。


「あれは!?」

 
〔GGGの新しいロボットのようです。 機体形状からの推測ですが、超竜神の戦闘特化型と思われます〕


身を乗り出して反応するミサトだが、事情を知っている数人は落ち着いたもの。つい先日、四足草鞋となった加持は「ほう…」と顎に手を当てて興味深そうにモニターを見詰め、ルネは「後はあいつらだけか、寝ぼすけめ」と未だ目覚めぬ鋼鉄姉妹のことを思い嘆息し、アスカとレイは、声を抑えて周りに聞こえないようにヒソヒソと話す。


「あれって撃龍神ってやつよね?」

「そのようね。 無事に目が覚めたみたいで良かった」


〔午前11時35分28秒、この二体の攻撃により目標は活動停止。 構成物質の約74%を損壊〕


今度は、戦闘後にNERVの第3光学観測班が撮影した写真と科学調査分析部調査局2課の分析結果報告が映し出された。それによると損壊率は『甲』が74.00102289%、『乙』が73.99989782%、『丙』が73.73390514%、『丁』が74.24149325%とある。


「やったの?」

「予想以上の損壊度だが、それでも足止めに過ぎん。 再度侵攻は時間の問題だ」


やけに明るく言うアスカとは反対に、冬月は眉間に皺を寄せていた。


「まったく……恥をかかせおって」


彼がそうぼやくのも無理はない。勝ったのなら、まだいい。この戦闘、国連軍は当然として、戦自の方でもモニタリングされていたはずだ。それなのに、このような失態を晒して敗北し、またしてもGGGに助けられた格好になってしまった。NERVの作戦行動については、全て報告書の提出が義務付けられている。国連議会、さらには予算委員会の反SEELE、反NERV派連中の嘲笑が聞こえてくるようで、冬月は胃が痛かった。


「ま、立て直しの時間が稼げただけ儲けものっすよ」


飄々とした加持の態度に、冬月は怒りを覚えた。この男がSEELEや日本内務省に通じているのは判っている。この場で利敵行為によるスパイ罪で投獄してやりたくなったが、それは何とか抑えて気持ちを整える。この男は、まだ『使える』からだ。

加持を無視するように席から立ち上がった冬月は、僅かに滲み出た渋い顔でチルドレン二人に問い掛ける。


「いいかね、君達。 君達の仕事は何だか判るか?」

「……使徒の殲滅」

「使徒を倒してサードインパクトを防ぐこと」


二人は異口同音に答えた。


「その通りだ。 こんな醜態を晒す為にNERVは存在している訳ではない。 それには君達がもっと葛城君と協力して――――

「だったら! 私達の協力うんぬんの前に、何でGGGとは連携できないの!? 目の前に危機が迫っているのに敵対し合ってどうするのよ!」


アスカは、同じ目的で戦っている組織が対立しているというこの無駄な状況が我慢できなかった。NERV上層部の自分勝手な思惑、私情に駆られた戦闘指揮官という存在が、余計に彼女を腹立たせる。


「あいつらと連携? 馬鹿言わないで。 大体、あいつらは正規の組織じゃないのよ!」


ミサトにはアスカの言うことが理解できていない。自分の邪魔をするものは全て敵なのだ。

しかしアスカにしてみれば、それは幼稚な言い草に過ぎない。


「だから何? くだらないこと言ってんじゃないわよ! サードインパクトが起こったら取り返しのつかないことになるって、アンタいつも言ってるじゃない! 誰が責任取るのよ! それとも何? インパクトで人類が全滅したら誰にも責任追及されなくて済むからいいなんてタカ括ってるのかしら?」

「アスカ!!」


細すぎるミサトの理性の糸が、瞬時に切れた。




 パァァンッ!!




ブリーフィングルームに再び響く乾いた音。

来ると判っていながら、アスカは避けなかった。それは彼女の覚悟の証。


「ミサト……指揮官が感情のままに人を殴らないで。 全体の士気に係わるわ」

「あんた、もう一度殴られたいの?」

「止めろ、葛城。 それ以上はやりすぎだ。 アスカもだ、言い過ぎ―――― って、おい! 何を!?」


また振り上げられたミサトの右腕を掴んだ加持は、彼女のこめかみに銃を突き付けるルネ・カーディフの姿を見て、ぎょっとした。


「あ、あんた…何のつもりよ……?」

「チルドレンの護衛が私の仕事だと言っただろ? これ以上、その娘に手を上げる気なら生命(いのち)を賭けな」


冷たい銃口の感触に僅かに怯むが、それに負けずにルネを睨みつけるミサト。そして、そんな眼光など歯牙にもかけず、冷静な顔付きのルネ。だが、大事な妹分を理不尽に叩かれ、内心は(はらわた)が煮えくり返っていた。

一触即発の雰囲気が辺りを包む。


「二人とも! そこまでだ!!」


冬月の叱責が、そんなピリピリとした空気を霧散させた。


「つまらん諍いは止めたまえ! アスカ君の言うことも判る。 しかし、それでは対使徒特務機関としてのNERVの面子が立たないのだよ」


冬月の言葉に、アスカから失望の溜息が漏れた。


「大人の言い訳ですね。 アタシ達が何の為に戦っているかを考えたら、そんなこと絶対に言えないわ」

「私達は……あなた達の面子の為になんて戦ってない」

「その娘達の言う通りだな」


突然、アスカとレイの言葉を肯定する声が聞こえた。先程の騒ぎの最中、誰も気付かなかったのだろう。いつの間にか開いていた出入り口のドアには、スーツ姿の一人の老人が立っていた。


「冬月副司令、君は先ほど醜態と言ったな。 しかしだ、二人のような少女を戦場に送り出さねばならない今この現状こそ、何物にも勝る醜態だと、私は常日頃、心に感じているのだが、どうかね?」

「ああん? 誰よ、あんた」


不審者を見るような表情のミサトだが、その他のスタッフは全員 驚愕に顔を染め、次の瞬間には立ち上がって姿勢を正し、敬礼した。副司令の冬月までもだ。


「え? ちょっと、みんな……どうしたっての? このジジイが何だって言うの?」

「ちょっとミサト……あなた、本気で言ってるわけ?」


聞き覚えのある声が聞こえた。それは老人の隣に立つ女性からで、その姿はさらなる驚愕をもって迎えられた。


「リツコ!?」

「「「「「赤木博士!?」」」」」


にこりと微笑む。見紛うことなく彼女だ。

冬月は慌てた。自らNERVを離れた赤木リツコがここまで入ってこられるはずがない。この老人の登場にしてもそうだ。何者かの手引きなのか。


「赤木君、どうやってここに!? 君のIDは既に失効して――――

「いませんわ」

「何っ?」

「GGGに入って判りましたが、NERVの対人警備は本当にザルですわね。 返し忘れていましたこのIDですんなりゲートを抜けることができましたし、警備員に至っては、私がまだNERVの人間だと思っている人もいましたわよ」


懐からIDカードを取り出してクスクスと笑うリツコ。

冬月は愕然を通り越して唖然となった。

NERVの情報に関する秘密体質が、こんなところで弊害となるとは。そして、そこへさらに人材不足も加わっている。リツコのIDが抹消されていないというのは、データを処理するMAGIの管理が完璧ではないということだ。やはりマヤだけでは荷が重かったか。

だが、自分達が進める補完計画の実行の為には、有能過ぎる人間を外部から入れることはできない。有能でもなく、無能でもない。そんな条件の人間など、滅多にいるものではない。そう考えると、今いる人間だけで行うしかないが、それでも、これらのミスの積み重ねが計画の遅延に繋がっていくだろう。裏死海文書によってスケジュールが決まっている以上、それは何としても避けたい。

しきりに何かを考えている副司令の様子に、ブリーフィングルームが静寂に包まれる―――― が、それも一瞬だけだった。


「リツコ! あんた、いったい何しに来たのよ! それと、そこのおっさん! あんたは誰なのよ!? いま保安部を呼ぶから動くんじゃないわよ!!」


リツコの隣に立つ老人と自分達の立場を考えたら、あまりに無礼な言葉。冬月は、すぐさま思考の海から引き揚げられた。


「葛城君、いい加減にしたまえ!!」

「へ?」


冬月は激昂するが、ミサトにはその理由が判らない。


「やれやれ……私はここに常勤しているわけではないが、自分が勤める機関が所属する組織機構のTOPの顔くらいは覚えていてほしいものだな。 特に、それ相応の役職にある人間はな」

「申し訳ありません、グランハム事務総長!」


もはや平身低頭するしかない冬月だ。腰を90度曲げて頭を下げている。


「はあ、何よ? 事務総長?」

「国連事務総長 ショウ・グランハム氏。 国連事務局の長であり、その直属機関であるNERVにおいても多大な影響力を持つ方よ。 六分儀総司令でさえ、この方の言葉は無視できないわ」


リツコの言葉で、途端にミサトは姿勢を正し、敬礼した。青褪めた顔での「はは…はは……」と乾いた笑いが何とも哀しい。

そんな中、ショウのことをよく知る一人の少女は、彼の登場に首を傾げていた。


「小父様……どうしてここに?」

「レイ、小父様って?」


隣のアスカが小声で尋ねる。


「大叔父様のご親友なの」

「あ、それでなのね」

「綾波レイ君……今の私は公務で来ている」


いつもは優しく好々爺の表情をしているショウがとても厳しい顔を向けたので、レイは慌てて頭を下げた。自分をフルネームで呼んだことで判るように、公私の区別を付けろということだろう。


「し、失礼しました。 申し訳ありません、事務総長」

「いや、判ればそれでいい。 ……さて、会議で話すことはもう無いだろう? 何をしている? 使徒の再侵攻まで時間が無い今、流れ落ちる砂時計の砂一粒はダイヤモンドよりも高価となっているぞ。 キビキビ動かんか!!」

「「「「「は、はいっ!!」」」」」


ショウ・グランハムの叱責に近い激が飛び、スタッフ達は慌ててブリーフィングルームを出て行く。


「ああ、冬月君は少し待ちたまえ。 葛城君もだ」

「は?」

「…………」

「今回の件で話がある。 何処か適当な部屋を用意してくれないか」

「は……それでしたら、総司令室に」

「うむ。 赤木君はどうするね? 一緒に来るかね?」


そう問われ、少し考えるリツコ。


「……もし、副司令の許可が頂けるのであれば、ケイジでエヴァの修理を手伝いたいと思うのですが……」

「なに言ってんのよ! 勝手にNERVを出て行ったあんたに、そんな事させるわけにはいかないわ!!」


ミサトの言うことも尤もだ。しかし――――


「ああ、構わんよ。 伊吹君に手を貸してやってくれ」

「はぁ!?」


あっさりと許しを出した冬月に、ミサトは言葉を失った。

冬月は、使徒の再侵攻に備えて早急にエヴァを直しておくことが最重要で、尚且つ、リツコの後任となったマヤが毎日悲鳴を上げていることを承知している。今、この世界で誰よりもエヴァに詳しいであろうリツコの申し出は、正直言って有難かった。目の前しか見えていないミサトには、それが判らないのだ。

唸るミサトを一瞥し、リツコはケイジへ向かった。

ショウ・グランハムは冬月の案内で総司令官公務室へ。リツコの姿が見えなくなるまで睨みつけていたミサトは、ようやく一人置いていかれたことに気付き、慌ててショウと冬月の後を追った。




















第四拾弐話へ続く








[226] 第四拾弐話 【 Global movement (前篇) 】
Name: SIN
Date: 2006/05/06 18:26






冬月の案内で総司令官公務室に入った国連事務総長ショウ・グランハムは、嘲るように呟いた。


「相も変わらず、趣味の悪い部屋だな」


何故か不必要なほどに広い部屋は光量を抑えられて暗く、天井と床には『セフィロト』と『生命の樹』が描かれている。その手の趣味の人間ならいざ知らず、オカルトにまったく興味の無いショウにとっては正気を疑うレイアウトだ。


『セフィロト』と『生命の樹』はユダヤ密教と呼ばれる神秘思想『カバラ』において宇宙全体の概念図とされ、神を認識する為のガイドマップ、過去・現在・未来の全てを示した神の設計図とも言われている。

サードインパクトの儀式の際、S2機関を解放したエヴァ量産機がセフィロトを浮かび上がらせ、ロンギヌスの槍を取り込んだ初号機は生命の樹、または『さかさまの樹』と呼ばれるものへと還元された。このことから、GGGでもカバラを始めとした神秘学、宗教学の研究が進められていた。

特に、カバラの基礎となった三つの書、『創造(イェツィラ)の書』・『光明(バヒル)の書』・『光輝(ゾハル)の書』には今後の対策のヒントとなる記述が多くあり、これを綾波マイ、赤木リツコの両博士は、GGGが齎した三重連太陽系 緑の星と赤の星の科学技術と組み合わし、さらには応用することで古代に数多くのオーパーツを生み出していた失われし錬金術を復活させ、『情報制御型エネルギー結晶体・Jジュエル』の改良精製に成功した。この結晶体は『Jマテリア』と名付けられ、新型ディビジョン艦、そしてジェイアークの新たな動力源としての研究が続けられている。

あの赤い海でシンが手に入れた『知識』の中にもカバラに関するものは多くあったが、いかんせん、それらを引き出し、使いこなせるだけの『知恵』がなかった。こればかりは日々の学習がモノを言う為、時おり研究陣に混じって勉強中だ。




閑話休題。話が逸れた。




―――― しかし……いや、まったく…………」


改めて部屋を見回したショウ。思わず吐かれた溜息は、誰が見ても『呆れて物が言えない』という言葉を代弁しているのだと感じさせた。

国連事務総長という役職柄、彼は何度もここを訪れていた。セカンドインパクトの調査・研究機関であったゲヒルンから特務機関NERVへ組織体系が移行した際の表敬訪問を始めとして、視察、予算分担の話し合いなど、機密内容にも触れることもある為、ここに来た時は決まってこの部屋に通された。

その度にいつも思うことだ。


ここは、本当にNERVの総司令室なのか? と。


何も無いのだ。あるのは執務の為の机と椅子。そして来客用のリビングセットが一組。それ以外にはデータ管理用のパソコンと電話くらいだ。天井と床のオカルトめいた趣味・趣向は別にして、これほど殺風景な仕事部屋というのは見たことがない。

国連直属では唯一と言ってもいい特務機関の総司令室。組織の内情は非公開だが、時には各国政府の要人が訪れ、もてなさねばならない事もあるだろう。それにも拘らず――――

……いや、違う。六分儀ゲンドウは、そのような事に関心が無いのだ。他人に気を使う、ゴマをする、媚を売るなどという無駄な事を考えていないのだ。

虚飾に彩られた外面よりも中身が大事と言えば聞こえはいいが、あの男の頭にあるのはただ一つ。世界を動かす権威の追求ではない。かといってNERVのお題目通りに使徒の脅威から人類を救うことでもない。補完計画の果てにあるもの、消えてしまった妻に逢いたいという事、ただそれだけだ。目的達成の為なら、何の妥協も無く切り捨てていく。物も、人も。

その想いの一途さには、ある意味 感心するが、だからといって人類全てを巻き込んで良いということではない。

サードインパクト。ほんの一握りの人間の、その小さすぎる我執(がしゅう)

まさに子供の我儘と言っていいものだ。付き合わされる側は堪ったものではない。

忌まわしきあの日に失われた三十億にも及ぶ生命(いのち)に誓い、必ず止めてみせる。

その為にも――――


「さあ、正念場だ」


そう小声で呟いたショウは、己の決意を示すよう、拳をグッと強く握り締めた。




















「どうぞ、こちらに…………事務総長?」


ソファーを勧める冬月を無視して、ショウはズカズカと奥へ歩を進めた。その堂々とした動きは、まるで彼がこの部屋の主であるかのように錯覚させる。


「あ、いや、あの……事務総長、そこは――――

「別に構わんだろう? 今日は世間話をしに来たのではないのだ」


目の前にあるのは、ゲンドウの執務机と椅子。誰に遠慮することなく、ショウはそこへ座った。

冬月の後ろに控えるように立つミサトは、事務総長を名乗ったこの老人の態度に眉を顰めるが、冬月は逆に訝しんだ。このようなショウ・グランハムは初めて見るのだ。

何かしらの意図があるのは明白だ。


「ご挨拶が遅れましたが、ご無沙汰しております、事務総長」


軽くではあるが、姿勢を正して頭を下げた冬月。それに倣い、ミサトも頭を下げる。


「突然のご訪問、驚きました。 ですが、何の連絡も無くここにお出でになるというのは、NERV設立以来、初めてのように思いますが……」


まずは軽く様子見といった感のある冬月の言葉。だが、それを見透かしているショウは、鼻で笑った。


「だろうなぁ。 私とて忙しい。 さして用も無いのに、わざわざこんな穴倉の中になどは来んよ」

「(―― っ! どういうつもりよ、このジジイ……)」


かつて第3使徒襲来時、サードチルドレン・碇シンジを出迎えたミサトは、このジオフロントを『世界再建の要』、そして『人類の砦』と胸を張った。それをこの老人は『こんな穴倉』と呼ぶ。彼女は頭に来て、不快感に顔を歪めていた。

一方、さすがに老獪な冬月は至って冷静だ。厭味と皮肉が()い交ぜになったような挑発も、さらりと受け流す。この程度でいちいち感情を露わにしていては、とてもゲンドウの副官など務まらないということか。


「では、今日は一体どのような……? 何か急を要することでしょうか?」

「まあ、待ちたまえ。 いざ話すとなると、何から話してよいか迷うのだ。 何しろ、山ほどあるからな。 覚えがあるだろう?」

「さ、さあ…どうでしょうか……」


思わず言い澱んでしまった冬月の頭の中は、心当たりでいっぱいだった。使徒戦の不手際と怠慢。GGG。赤木博士の件もそうだ。特にショウは反SEELE派のTOPでもある。どのようなネタを手に入れているか、気が気でない。


「一つずつ片付けていこうではないか。 最初は赤木博士の件だ」

「はっ……」


一つは当たった。この分だと全て当たりそうだな、と冬月は内心、覚悟を決めた。


「君らは、私と彼女が共にここへ来たことを疑問に思っているだろう。その経緯についてだが、まずはそれを説明しておこうと思う」

「はい」

「今日の使徒襲来における非常事態宣言が解除されて暫く経ってのことだったが、第2東京の国連本部事務局に彼女が私を訪ねてやってきた」


赤木リツコは、GGGからの使者として国連本部を訪れた。その際、同行者が一人いた。ミサトはGGGのメンバーだと決め付けたが、その人物はショウの古くからの知人で、彼女の母親である故 赤木ナオコ博士を通じて彼女自身も昔から親交があったことから紹介を頼まれたそうだ。

NERVからの報告書でリツコの離反とGGGへの参加を知っていたショウは、当初は会おうとせず、警備部に拘束を命じた。何故なら、彼女の行為は国際公務員としての服務規程違反、並びに軍律に準じる特務規定法ではスパイ罪に問われても仕方が無い事柄であったからだ。

同行者である人物の取り成しで、どうにか拘束自体は免れたが、彼女の容疑が消えたわけではない。

そこでショウは、リツコから弁明を聞くことにした。彼女は非常に優秀で聡明な人間だ。それはこれまでの彼女の実績が証明している。NERVを離れたのも、何かしらの理由があるのだろう。それを聞かずに判断を下すのは、少し面白くなかった。


「私は彼女の口から直にそれを聞き、考えた。 そして思ったのだよ、惜しいとな」

「惜しい……ですか?」


冬月には、ショウが何を言おうとしているのか判らなかった。それは一歩下がった位置にいるミサトも同様だ。


「一つ訊きたい。 NERVは赤木博士をどうするつもりだ?」

「……以前、報告書で述べた通り、彼女には然るべき処分を受けてもらいます。 最終的な内容は総司令である六分儀の決定を待つ必要がありますが、処分の是非は変わらぬはずです」


副司令として冬月は、毅然とした態度で答えた。ミサトはうんうん頷いている。

これは既に決定されていることだ。いくらこれまでに数々の功績を残した赤木リツコといえども、組織を裏切っては罪を免れることはできない。それ以上に、ゲンドウが彼女を許さないだろう。


「そうか……判った」


などと答えたショウだが、内心は ほくそ笑んでいた。こうも思い通りに行くとは思わなかった。

脚本通りなのだ。『制作 GGG ・ 構成 赤木リツコ ・ 主演 ショウ・グランハム ・ 助演 冬月コウゾウ   葛城ミサト』というシナリオの。

最初に述べた『事の経緯』にしても、完全に嘘八百である。

とはいえ、油断してはボロが出てしまう。あくまで冷静(クール)に、威厳を持って。


「では冬月君、私の意見を言おう。 先ほど私が『惜しい』と言ったのは、今後の使徒との戦いにおいて、彼女の能力(ちから)は、非常に重要になっていくだろうと考えたからだ。 それはNERVの為、GGGの為など係わらず、人類全体の為にな。 規律を守ることは確かに大切だが、その為に人類にとって不利な状況が生まれてしまえば、それはまったくの本末転倒になってしまう場合がある」

「いえ、事務総長……それは……」


何かしら妙な方向に動き出した話に、冬月は戸惑う。


「赤木博士は弁明の中で、問われるなら大人しく罪に服する覚悟があると言った。 だが、使徒襲来の恐怖が絶え間なく続く現状では、それは難しいと言わざるを得ないばかりか、人類(みずから)の不利益を承知で彼女を投獄するような愚かな真似はできない。 ゆえに、私は彼女の言葉を信じ、処分の執行に一定期間の猶予を与え、身柄と所属は私預(わたしあず)かりのGGG付とした」

「ちょっ……! 何よ、それ!?」


感情が先走ってしまい、完全にタメ口で異論を唱えたミサト。しかし、ショウは無視して続ける。


「今後NERVは、私の許可無く彼女に接触、逮捕・拘束することを禁ずる。 これは国連事務局と、その長である私が持つ裁量権による決定だ。 口出しは許さん。 服務規程違反を犯した国際公務員の処罰も、私の仕事だからな」


一瞬、反論しかけた冬月だったが、あえて止めた。自分一人が何を言ったところで、この決定が覆ることはないと判断したからだ。

これは高度に政治的な話だ。ゲンドウと協議する必要がある。当然だが、作戦課長のミサトごときの異論・反論では何の力も持たない。


「赤木君の件に関しては『理解』しました。 ですが事務総長、『了解』はできません。 口出し無用と言われましたが、その決定について、NERVとしては異を唱えさせていただきます。 六分儀が国外に出張中の為、後日話し合いまして異議申し立ての意見書を提出させていただきたい」


と、はっきりNERVの意思を示した冬月だったが、後でこの話を聞いたゲンドウが、考える間も無く「問題ない」といつものポーズで答えた為に胃痛と頭痛が同時襲来してしまうことなど、今の彼には知りようがなかった。

NERV副司令のそんな憐れな未来を知ってか知らずか、ショウはひとまず満足した。リツコの身柄の安全は確保したも同然であり、仮に彼女が何者かに狙われ、危害を与えられようものなら、それはGGGと敵対しているNERV、またはSEELEの息の掛かった者以外に考えられず、それを理由に彼らの組織力を削ぐ行動を堂々と起こせるきっかけと手に入れられるからだ。

しかし、肝心なのはここからだった。これを誤るわけにはいかない。


「では次の話に移ろう。 今日ここに来たのは、これが本題なのでな」


ショウは、持ってきたファイルから幾束かの書類を取り出し、冬月に渡した。


「これは……?」

「読め。 赤木博士がGGGの使者として国連本部に来た理由でもある。 彼女は―――― いや、GGGは国連に、ある要望を提示してきた」


何か嫌な予感が拭えず、額に汗が滲む冬月。気のせいであって欲しかったのだが、それは的中してしまい、書類内容に愕然とした。


「副司令?」


固まった上司を怪訝に思い、ミサトは隣から書類を覗き込む。と、目に飛び込んできた文面に、彼女は冬月と同じく固まってしまった。




















ジオフロント内に建設されたNERV本部の構造は、大深度地下施設の名に違わず、非常に深く入り組んでいる。空洞内の本部本館と別館、その下には10の階層に分けられた『セントラル・ドグマ』が深度4867mのところまであり、そこから下層、深度6875mまでNERVの暗部全てを詰め込んだ施設『ターミナル・ドグマ』が存在する。ここに人工進化研究所3号分室やエヴァの失敗作が廃棄されたゴミ捨て場、ダミープラントにL.C.Lプラント、そしてリリスの寝所たる『ヘブンズ・ドア』があるのだ。

その地下施設の上層、第3層部分に赤木リツコの姿があった。コツコツコツとハイヒールを鳴らし、颯爽と通路を歩いている。

NERV離反の契機となった使徒イロウルとGGGの戦いから数ヶ月。ここをこうして再び歩くとは思ってもなかった彼女の顔は、懐かしさで自然と微笑んでいた。

リツコは途中、何人かの職員とすれ違った。彼女に気付いた人間は一様に驚いた顔をし、中には侮蔑にも似た表情を浮かべた者もいた。勝手にNERVを離れ、別組織に移った身だ。その程度のことは最初から覚悟していたので気にもしていなかったのだが、むしろ「お帰りなさい」や「技術部の連中が悲鳴上げてますよ。 助けてやってください」などと迎えてくれる者の方が多く、逆に彼女の方が驚かされ、励まされていた。

もうリツコに迷いも憂いも無い。今の自分にできることを精一杯やるだけだ。


「あっ……と、ここだったわね」


いつの間に着いたのか、目の前には目的地のドア。落ち着く為か、気合を入れる為か、リツコは一回深呼吸すると、無断入室防止用の電子ロックにIDパスを通し、ドアを開けた。












ケイジ―――― 本来は獣を閉じ込める為の『檻』という意味の言葉であるが、NERVでは決戦兵器エヴァンゲリオンの待機整備所を示す名称である。

ここでは現在、使徒イスラフェル戦で損傷を負ったエヴァ零号機と弐号機の修理が、急ピッチで行われていた。


〔 弐号機 右大腿部のマイトーシス作業は、数値目標をクリア 〕

〔 ネクローシスは現在、0.05%未満 〕


ケイジ内に満たされた赤紫色に見えるL.C.L冷却水に肩口まで浸かっている紅い巨人。その周辺、通路代わりにも使われるアンビリカルブリッジや隔壁のキャットウォークには、何人もの整備作業員の姿が見える。だが、彼らの中には通常の作業服を着た者以外に、潜水ダイバーのような装備を付けてL.C.Lに潜っていく者もいた。

実は、これも整備・修復作業の一環である。

エヴァの生体部分である『素体』の修復は、滅菌処理されたL.C.Lのプールの中で行われ、それにはそれ用の装備を付けた作業員が任に就いている。なぜ呼吸可能なL.C.L内でそのような物が必要なのかというと、答えは単純。無用な雑菌の繁殖を防ぐ為だ。

汚い言い方だが、病理学的に見て『人間』の身体というものは雑菌の塊だ。普段、どんなに身体を清潔に保っていても、それは変わらない。そんな人間が何十人も入れ替わりで作業するのだ。L.C.Lはすぐに汚染されてしまい、生体部品の素体が感染症を引き起こす可能性が出てくる。

また、だからといって浄化の為にL.C.Lを循環させるわけにもいかなかった。それによって起こる僅かな水流が作業ミスに繋がる恐れがあるからだ。

ゆえに、この作業では皆、あのような重い装備を付けて仕事に当たっている。

まったくもって頭が下がる思いだ。碌な仕事もせず、いつも遅刻出勤に定時退社をする何処かの誰かに見習わせたい。


〔 アポトーシス作業、問題ありません 〕

〔 生体内細胞環境のホメオスターシスの維持を確認。 作業をフェイズ(スリー)へ移行 〕


いま修復が行われているのは、転倒時の擦傷とN2の爆発熱による火傷の治療だ。とはいえ、火傷の方はGGGに庇われたお陰で非常に軽微で済んでいる。人間でいえば第1度。擦傷と合わせても充分に自然・自己修復できるレベルだが、いつ使徒の侵攻が再開されるか判らない現在、態勢は常に万全でなければならない。戦闘に支障が出る可能性は、限りなく(ゼロ)に抑えておく必要がある。僅かな傷とはいえども、放っておくわけにはいかないのだ。


〔 零号機の形態形成システムは、現状を維持 〕

〔 各レセプターを第2シグナルへ接続してください 〕

〔 了解。 スケジュールを再度調整 〕


同時に、隔壁で仕切られた向こうのケイジでは零号機の修復作業も行われていた。

こちらの方にはL.C.Lはない。運良く、装甲版の換装作業だけで済んでいるようだ。周りに設置された移動式クレーンが、せわしなく動いている。

使徒戦序盤に消えてしまった紫の鬼に代わり、今はこの紅と蒼の巨人がNERVのお題目である『人類防衛』の双璧だ。近頃は黒き破壊神にお株を奪われているようだが、二機が大切な機体であることに何ら変わりは無い。使徒との再戦に向け、修理は着々と進む。


しかし、いま最も問題となっているのはハードウェア(エヴァンゲリオン本体)ではなく、ソフトウェア(システムプログラム)の方だった。












「聞こえてるのか!? ほら、そこの神経素子はまだだって!」

〔順番なんか守ってたら間に合いませんよ!〕

「20号の装甲版は零号機のハンガーに移動させてくれ。 腰部装甲版、どうなっている」

〔おーい、弐号機 右足首のチェックだ。 プログラム回してくれ〕

〔よぉしっ! 胸部装甲の接続は慎重にな。 自己修復をアテにして生体部分に傷でもつけたら、貴重なお休みが二日減ると思え!〕

「センサー系の部品、今すぐ発注しとけ! 明日の朝イチに届けろと念を押せよ!」

「ええっ!? ここの回線(ライン)もエラーなの!? いったいどこから壊れてるのよ!」


プシュッという圧搾空気(エア)が抜ける音の後、開かれたドアの向こうから聞こえてきた喧騒。怒号にも似た各整備班と指揮監督担当者との指示・報告のやり取りは、今の状況の全てを物語っている。

ここは、エヴァ弐号機のケイジ上部にある整備監督用のブース。

中は『戦場』と言ってもいい忙しさであったが、そこは勝手知ったる何とやら。赤木リツコは誰に遠慮することなく足を踏み入れた。


「……ん。 さて…と」


キョロキョロと視線を巡らす。と――――


「ああん、もう! 仕事が溜まってるのに~~」


左奥の方から、愚痴りながらも一生懸命コンソールのキーボードとノートパソコンに指を走らせている可愛い後輩、伊吹マヤの声が聞こえた。


「ふふ」


頑張っている彼女の姿に、笑みが零れる―――― が、それはすぐに引っ込んだ。


時折、シンにくっついてオービットベースを見学に訪れる(遊びに来るとも言う)レイやアスカからマヤのことは聞いていた。「先輩、先輩」と自分の後についてくるだけ、自分の言うことに従うだけと、ある意味で盲目的だった彼女が、こうして独り立ちして立派に仕事をこなしているというのは、やはり嬉しいものだ。

しかしその反面、すまないという気持ちもリツコの中にあった。

いま彼女が背負っている苦労は、九割ほどが自分の所為だ。後任人事や仕事の引継ぎ作業などを全くせずにNERVを離れ、GGGに入ったのだ。マヤ、そして部下だった技術開発部員達には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

そう思うのならばと、それを謝ることは容易い。だが、何の解決にもならない。

自分の我が侭から起こした行動。それを通す為に必要なのは、誠意を持って果たさねばならない義務と責任(ケジメ)であり、今日はその為に来たのも同様なのだ。


ここに来た理由を再確認したリツコは、僅かに沈んでいた顔を上げた。そしてマヤの元へ向かおうとすると――――


「ちょっと、あなた!」 


後ろから呼び止められた。見ると、それは元部下の女性オペレーターだった。


「どうやって入ったの!? ここは関係者以外……って、ああ!」


向こうも彼女が誰なのか気付いたようだ。


「カエデ、久しぶりね。 お仕事、ご苦労さま」

「……お、お、お疲れ様ですっ!」


いきなりの元上司の登場。MAGIバルタザールの主任オペレーター・阿賀野カエデ二尉は、そう返すのが精一杯だった。












「おい、あの人……」

「赤木博士……か?」

「いつ戻ってきたんだ?」

「そういえば、さっきブリーフィングに行っていた最上二尉がそれらしきことを……」


リツコの姿に気付いた幾人かが、作業の手を止めた。

それを尻目に、リツコはマヤの傍まで歩み寄ると、彼女の背中越しに仕事の進捗状況を覗き見る。

マヤは気付かない。目の前の作業に没頭しているようだ。


「うう~~~……手が足りない~~」


多くの付箋が貼られた資料とノートパソコンのモニターに映ったデータを見比べ、破損したシステムを修復している。


「(あら……)」


リツコは、少し驚いていた。マヤの能力が格段に上がっていたからだ。

以前なら目を回していただろうシステムプログラムの構築作業を、多少は危ない箇所もあるが、問題なく進めている。

しかし、まだ甘い。この辺りの作業効率の上げ方は、知識を伴った経験がモノを言うからだ。


「そこはC-28からの方が早いわよ」

「えっ? その声――――

「ちょっと貸して」


声の正体にマヤが気付く間も無く、横から伸びた手がコンソールのキーボードの上で舞い踊った。




 ピーーーッ!




システムチェック中……

  ………… ………… ………… …………

  …………システム オールグリーン

 プログラムの正常起動を確認しました




電子音と共にモニターに点滅する表示。

マヤが梃子摺(てこず)っていたプログラムが、あっという間に終わった。


―――― せ、せんぱい……?」

「お久しぶり。 頑張っているようね、マヤ」

「うあ……」


突然いなくなった敬愛する先輩。その人に、また逢えた。そして、助けてくれた。


マヤの先ほどまでの真剣な顔が途端に崩れる。わんわん泣き出し、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてリツコに抱き着いた。


「ったく、何て顔してるの。 いい大人がみっともない」

「だ、だって……だって、せんぱ…い、えぐっ……私…えぐっ……ふえ~~ん」

「ほらほら、涙を拭いて」


差し出されたハンカチを受け取ったマヤは涙を拭い、お約束通り、ぶび~~~ と盛大に鼻をかんだ。


「…………それ、洗って返しなさいよ」


リツコは眉間にシワを寄せ、ちょっと嫌な顔をした。




















第四拾参話へ続く








[226] 第四拾参話 【 Global movement (中篇) 】
Name: SIN
Date: 2006/05/06 18:37






NERV本部 総司令官公務室――――


「GGGを『NGO』にですと!!」

「そんな! 一体どういうことですか!?」


自分の予想の上だけでなく、さらにその斜め横を行ったショウ・グランハムの通達に、冬月もミサトも愕然とした。


「その書類の内容通りだ。 これは使徒との戦いが終結するまでの暫定的なものだが、GGG、地球防衛勇者隊ガッツィー・ギャラクシー・ガードは、日付が変わる明日午前0時00分を以ってNGO組織として承認、登録される。 これにより国連、そして国連事務局は、GGGと連携・協力体制を取っていくことになった」


NGOとは略称であり、正式には『Non-governmental organizations』と言う。開発・人権・環境・軍縮・文化・スポーツなどの様々な分野で国際的な活動を行っている非政府組織、非政府機構、または民間(非政府)団体のことだ。


衝撃を受けた冬月だが、そこは副司令。伊達に特務機関のNo.2ではない。打開策の為の思案を巡らす。


これは看過できない状況だ。あのGGGがこの様な手を打ってくるとは思わなかった。この通達は事実上、国連が非合法武装集団であるGGGの活動を正式に認め、その存在と地位にお墨付きを与えたようなものだ。

恐らく……いや間違いなく、赤木リツコからGGGに情報が流れているはずだ。E計画、アダム再生やエヴァンゲリオン製造に連なる我らの目的、人類補完計画。SEELEが画策するものとは行き着く場所は違うものの、過程は同じだ。GGGが本当にサードインパクト阻止を謳うのなら、必ずや最後の最後まで障害となるだろう。厄介なことだ

それが、GGGがNGOとなることで、さらに厄介さが増す。国連組織の特務機関として、彼らを表立って攻撃することができなくなったのだ。

……しかし、考えてみればメリットもある。それは、NGOの権利履行に付随する義務や制約。その主なものが組織・団体の情報公開と提供だ。これを上手く利用すれば、世界的な影響力を鑑みても、我々がGGGを叩くことは可能だ。


「ふ……」


冬月は自嘲気味に笑みを零した。

このような企みはゲンドウの領分なのだが、長年一緒にいると思考が移るのだろうか。


「そうであるのでしたら事務総長、さっそくですが私どもにGGGに関する情報を――――

「なお、本来NGOには組織機構の公開が求められるが、GGGの活動目的である使徒との戦闘は、国連が定める特秘事項SSSに属する為、事務局の許可、並びに総会で3分の2以上の承認が得られなければ、情報の開示は許されない」

―――― ッ!」


冬月は、そのまま言葉を続けることができなかった。それを遮ったショウの台詞は、こちらの考えを見透かしての、機先を制するものだったからだ。


「事務総長! それは―――― !」

「何か問題かね?」

「国連と協力体制を取ろうという組織の情報が降りてこないのでは―――― あ! いえ、何でもありません……」


異を唱えかけた冬月だったが、すぐにそれを思い直し、どうにか言葉を止めた。藪を突付いて蛇を出してしまう状況になりかねないと気付いたからだ。


情報開示の文言はGGGだけでなく、裏を返せばNERVにも言えることだった。軍に準拠する特務機関では、さすがに機密事項までの開示は出来ないが、

「NERV以上の戦力を持つGGGが情報を公開しているのに、そちらは何もしないのかね?」

などと言い出す輩は出てくるだろう。特に、戦略自衛隊あたりから。

そんなことになれば、これまでNERVに煮え湯を飲まされてきた各国の様々な組織が一斉に動き出す。下手なことをして痛くもない腹を探られるのは何としても避けたい。

今の状況は、あまりにこちら側の不利。鬼が出るか蛇が出るか、と賭けることもできない。両方出てきました、では笑い話にもならず、場合によっては全てが終わってしまう。


そう考えていた冬月だが、そんな思慮など全くと言っていいほど察しない女性が隣にいるのを忘れていた。


「何ですか、それは!? そのような重大なこと、我々に何の相談も無く!」


激しく詰め寄るミサト。作戦課長としても、個人としても、こんなこと容認できない。

しかし、それも予め計算の内だったショウは、さらりと躱した。


「君らは使徒襲来で忙しかっただろう? 通達や呼び出しなどしても、応答することが出来なかったのではないか?」

「ですがGGGに権限を―――― 使徒と戦う大義名分を与えるなど、彼らの増長を招きます!」

「増長だと? お前達からそんな言葉を聞くとは思わなかったが、まあいい。 もう一度言うが、これは暫定的とはいえ決定事項だ。 今後NERVは、使徒との戦闘についてGGGと協議・連携して作戦に当たれ。 これは私からの命令と受け取ってもらっても構わない」

「なっ!?」


絶句。ミサトは一瞬、息ができなくなった。




GGGと連携? 命令? この私に命令? 戦闘指揮官の私に―――― !?




「なに言ってんのよっ!? そんなこと承服できるわけが――――


ミサトはショウに掴み掛かる。が、それは冬月が慌てて止めた。


「立場を弁えんか、葛城君!!」

「しかし! 副司令!」

「いいから黙りたまえっ! この場で最も地位も階級も低い君が、何を言う権利があるかね!」


ぐぅ……! と、ミサトの表情が悔しさに歪んだ。

しかし、冬月の叱責は当然のものだ。部下の考えなしの行動で、これ以上話をややこしくされては堪らない。

事務総長の通達には、明確な根拠がある。冬月も『協議』という言葉で気付かされた。それは、『国連NGO協議制度』と呼ばれるもののことだ。


国連は、国連憲章第71条においてNGOとの協力について定めており、これよりNGOは、国連を始めとした国際機構と連携・協力を行うことができるとされている。

1996年、国連で協議取極決議が採択された。これは、国連がNGOの持つ専門的知識、能力に基づく情報・助言を得ること、経済社会理事会、及び、その下部組織に対して、各専門分野での世論を反映することを目的に、一定の資格要件を満たすNGOに、経社理および関連専門機関との協議資格を与える、という決議だ。

つまり、この制度を利用することで、半ば例外的な扱いにはなるが、NGOとなったGGGはNERVに対して公式に連携・協力を要請することができるようになったのだ。国連組織とはいえ、特務機関であるNERVが要請に応じるか否かは協議の中身に拠るが、明確な理由なく協議そのものを拒否することはできなくなった。

これまで多くの組織がNERVに接触を取ってきたが、全て特務権限を使って拒否している。

だが、非公式ではあるものの、使徒との戦闘において結果を出しているGGGならば、拒否したとしても国連事務局の仲介が入ってしまい、上部組織である人類補完委員会も無碍に断れないだろう。委員会、いやSEELEにとっても、使徒殲滅失敗の果てに待っているのが人類全てを道連れにしての破滅だと判っているのだから。


冬月は、このことをミサトに―――― 無論SEELEの名は隠してではあるが、そして改めて自分に言い聞かせるように説明した。

当然のように知らなかったミサトは、あとほんの少しで出かかっていた文句を呑み込み、喉を詰まらせた。

しかし、冬月には納得できないことがあった。


「ですが事務総長、先ほど命令と仰られましたが、それは越権行為ではありませんか? 我々NERVが従うのは、上部組織である『人類補完委員会』、または国連議会の総意に基づく承認と決定です。 あなたの発言が世論や議会決議に影響を及ぼすとはいえ、我々に直接命令を下す立場ではないのはご承知でしょう」


彼の言う通り、事務総長の役割は国連機構の円滑な運営である。事務局内ならいざ知らず、いくら直属の機関といえども、好き勝手に指示・命令を出せるものではない。


「私を馬鹿にしているのかね、冬月君? 祖国(カナダ)の国連大使を経てから足掛け30年、国連に勤めてきた私だぞ? そのくらい、学者上がりの貴様に説教されんでも判っておるわぁっ!!」




 ゴンッッ!!




と、殴り付けられたゲンドウの執務机に拳大の陥没が生まれた。忙しい中でも週3回のスポーツジム通いを忘れないショウである。御歳68歳でも肉体年齢30歳代と判定された超健康優良老人だ。

一方、冬月とミサトは、ショウの剣幕に驚き、腰が引けていた。有り体に言えば、びびっていた。


「越権だと判っていても、そうせざるを得ない状況だということを汲み取れ」

「……な、何か問題が?」

「世界情勢も知らんのか? お前達は……」


ショウは呆れたように溜息を吐く。しかも、あからさまに。


「君たちが請求する年間何兆ドルもの予算、これが世界経済に与える影響を考えたことがあるかね?」

「は?」


冬月は思わず訊き返してしまった。質問の意図が掴めなかったのだ。

ミサトも同じく、頭に疑問符を浮かべている。


「金というものは、無限にあるわけでも生まれるものでもない。 国連の財政は、加盟国が払う『分担金』と『自発的拠出金』によって賄われ、これらを国連の運営や所属機関の予算に使っている。 それは承知しているな?」

「は、はあ……」

「だが、NERVはその枠を超え、湯水の如く金を浪費し、足りないと言っては特別予算を請求する。 これを捻出する為には、各国に金を出してもらう必要があるが、その為にどれだけの国が苦しんでいると思う? セカンドインパクトの被害から未だ復興を果たしていない小国ではデフレやインフレの嵐だぞ。 知っているか? アフリカや中南米では、既に地図から消えた国もあることを」

「しかし、我々は何としても使徒の脅威を払わねばなりません。 ですが、その資金が無い為に世界が滅んでしまっては本末転倒と考えます」

「その台詞は、これを見ても続けられるものなのかね?」


ショウはスーツの内ポケットから数枚の写真を取り出し、机にバラ撒いた。


「「―――― ッ!?」」


冬月とミサトは言葉を失う。


「先日、アフリカの小国で撮影されたものだ」


それには、死体で埋め尽くされている大地が写っていた。しかし、ただの死体ではない。全身痩せ細り、腹部だけが異様に膨らんでいる。これは、極度の餓えによって死んだ者の特徴だ。地獄絵巻に出てくる餓鬼を思わせる。


「この国は幸い、碇財閥を始めとした民間からの善意で何とか持ち直した。 為政の側に立つ者として、感謝してもしきれん。 だがな、間に合わなかった国も多い。 政府関係者すら餓えに苦しんで死ぬとは、はっきり言って異常だ。 原因は言うまでもあるまい」

「う、あ……」

ギロリ、と目を剥いたショウの視線。その重圧に負けて漏れた呻きは、誰のものだったか。

「このような犠牲を払うことでしか守れぬ未来、掴み取れぬ未来など、私はいらん! 答えろ、冬月コウゾウ! そして葛城ミサト! お前達の望む未来とは何なのだ!!」


答えられなかった。

冬月はゲンドウ同様に碇ユイとの逢瀬を望み、ミサトは使徒への復讐だけを望んでいたからだ。

未来という(とき)に希望を持たぬ者がTOPにいる組織、それがNERVだ。


「使徒襲来という非常事態に総司令官の六分儀が不在な理由も判っている。 各国を飛び回って、直接いろいろな根回しをしているようだな。 報告―――― いや、あれは苦情だな……私の耳に入ってきているぞ。 だが、国連にも他国にも、金銭的な余裕などはない。 何をしようが予算の追加請求は却下だ。 金が欲しいなら、自分達のポケットマネーから捻出しろ。 ただでさえ、高い給料を貰っているのだからな」


ククク、と嘲笑うショウに、冬月は返す言葉を持てなかった。

しかし「はい、そうですか」と引き下がることはできない。予算が足りないのは本当なのだ。このままでは現状、二体のエヴァを維持するだけで尽きてしまう。GGGに対抗する為のエヴァ参号機、エヴァ四号機まで手が回らなくなってくる。


冬月は、最後の手段に打って出た。


「事務総長にも報告書が上がってきていると思いますが、以前―――― 第3使徒襲来後ですが、委員会の席で予算についての話し合いがされております。 その際、一考していただけるとのことでしたが、キール議長は何と仰っているのでしょうか?」


この件は委員会に通っていない、と冬月は考えた。NERVによる使徒殲滅と計画実行を何よりも優先する補完委員会の面々が、これを認めることは無いと踏んでいた。

だが、この目論見は脆くも崩れ去る。


「SEELEを頼る気か? 冬月」

「!?」


一瞬、冬月の顔が青褪めた。何という返し方をしてくるのだ、この男は! その名をここで出すとは!


「ぜーれ……? 委員会ではないのですか?」


聞きなれない、というより初めて聞いた固有名詞にミサトは戸惑う。


―――― ッ!! 事務総長、それはここでは!」


慌てる冬月。SEELEの存在は闇に潜んでこそのもの。光の下に出てくることはない。だからこそ『秘密結社』なのだ。さらには、聞かれた人間というのも拙い。

葛城ミサト。ある意味、無関係ではない人間。

我らとしては、作戦指揮だけにしか用が無いないのだ。余計なことを考える知識を与える必要はないし、下手に動かれてセカンドインパクトの真実を知られるわけにもいかない。彼女だけは、何をしでかすか予想が付かないのだから。


ショウ・グランハムも、それに気付いた。この女の動きは、こちらにとってもデメリットになる可能性がある。それに、取り敢えずの用事は済んだ。ここから先の話は、彼女が居なくても支障はない。


「ああ、そうだったな。 葛城一尉、君はもういい。 仕事に戻りたまえ」

「え、いや、しかし……」

「ここから先の話は機密レベルが格段に上がる。 今の君の役職では聞くことができない」

「なっ!? ~~~~……失礼しますっ!」


作戦指揮官という重要ポストを任されているはずの自分の存在が蔑ろにされていると感じたのか、ミサトは苦虫を噛み潰したかのような顔で総司令官公務室を出て行った。


「……さて、続けるか。 先程の話だが、残念な知らせだ。 キール以下、委員会のメンバー全員が了承済みだ、GGGがNGOになることもな」

「馬鹿な!!」


冬月の顔が驚愕に染まった。






ショウは、リツコと仲介人である綾波マイの訪問を受けた後、すぐさま事務総長としての権限を使い、人類補完委員会を招集した。セカンドインパクトの真実を知っている今、彼らは不倶戴天の仇敵であったが、ショウは私情を捨てて彼ら……いや、キール・ローレンツと会談を持った。

キールは政治経済の世界に大きな影響力を持つSEELEのTOPだが、それは決して世間に知られることはない裏の顔であり、表の顔は国連の委員会、人類補完委員会の『議長』という立場の人物である。

いくら反SEELE派のTOPであるショウ・グランハムからであっても、『国連事務総長』として正式な話し合いの場を持たれては、理由なく「NO」と言えない立場にある。

ほんの数十分の後、苦々しく顔を歪めたキールの頷きにより、その会議は幕を閉じた。GGGの国際的立場が約束された瞬間だった。






「そういうことだ。 NERVが従うのは上部組織である人類補完委員会、または国連議会の総意に基づく承認と決定だと言ったな? ならば、貴様らには従うべき義務がある」


冬月は唇を噛み締める。忌々しさが滲み出ていた。


「先程の会議でセカンドチルドレンが言っていたな? なぜGGGと連携が取れないのか、と。 私も同じ意見だ。 いったい貴様らは何度作戦を失敗すれば気が済むのだ。 面子に拘って任務に支障が出るのなら、それができるようにしてやったのだ。 感謝されることはあっても、批難される謂れはない。 予算の件にしても――――

「ですが! 経費のことを仰るなら、そのほとんどはGGGの戦闘介入、任務妨害による作戦失敗で負った損害です。 それさえなければ、我々NERVは誰もが納得する結果と成果を残せていました!」


子供のような、衝動的な反論。上からの詰問と叱責に耐えかねて、思わず出てしまったもの。言ってしまった冬月自身、それがよく判っている。言い訳というよりも、半ば開き直り、やけくそ気味なものだということを。

だが、それが上手い具合に話の方向性を変えた。


「ほう。 では、先に責められるべきはGGGと方だと……そう言いたいのかね?」

「は……あ、そ、その通りです」

「ふむ……」


よくもまあ、そんなに頭が回るものだ、とショウは感心してしまった。

確かにその論理で言えば、国連機関であるNERVの邪魔をしたGGGこそ、世界から糾弾される存在なのかもしれない。武力をもって己の要求を突き通そうとするテロ集団に見えるだろう。

しかし、それは一方的な見方をした場合だ。返せば、GGG側からも言えること。

立場上、中立姿勢を見せねばならないショウ・グランハム国連事務総長は、一つの提案を示した。


「いいだろう。 明後日までに使徒再侵攻に備えた対処案を出せ。 それが確実なものであるならば、私の責任で特別予算を計上してやる」

「おお……」


それまで切羽詰った顔つきだった冬月の表情が、ほっとしたように緩んだ。


「但しだ、それができない場合は制度に従ってGGGと協力、連携体制をとれ。 いくら超法規が許された特務機関でも、使徒殲滅に必要だと思われる法制度は守ってもらう。 勘違いするなよ。 超法規とは、何をしても良いということではない。 目的達成の為に法令・制度・規律・規範の枠を超えて判断、行動できるということだ。 しかし、この権利を行使するにはあまりに多くの、そして重い責任と義務を背負わなければならん。 判っているな?」

「承知しております」

「ならば良い。 作戦が出来次第、立案者と指揮官を国連事務局の私の所まで出頭させろ」

「はい」

「話は終わりだ。 私は帰る。 頑張りたまえ」


席を立ったショウは一人、足早にドアまで進んでいく。


「あ、お送りいたします。 それと、赤木君も――――

「見送りはいい。 赤木博士は、エヴァの修理が終わるまで預ける。 作戦があっても、エヴァが万全でなければ話にならんだろうからな」

「ありがとうございます。 助かります」

「だが、手は出すな」

「保安諜報部に徹底させましょう」


冬月の言葉に満足げに頷いて、ショウは総司令官公務室を後にした。




室内には、冬月だけが残った。静寂が支配する。しかし――――




 ダンッ!!




と、大きな音が響いた。冬月が両手を机に叩きつけたのだ。


「こちらが手を拱いている間に、いいようにしてやられたということか。 六分儀が居れば、奴の悪知恵で何とかできたものを……何処で油を売っているんだ!」


彼の表情には、苦々しさが滲んでいた。






















同時刻、冬月に悪態をつかれていた張本人は、機上の人だった。

15年前の災厄により、命無き海となった南極の上空。そこを飛行しているのは、ブースター無しで成層圏まで上昇できる超高空飛行機であるSingle stage to orbit(S.S.T.O)。尾翼にUN797というマークがあるということは、国連所属の機なのであろう。

NERV総司令 六分儀ゲンドウは、その機に乗っていた。窓側の席に座り、外をじっと見ている。機内に設けられたTVモニターにはニュース番組が流されているが、そちらには見向きもしない。

そんなゲンドウに、一人の男が近付く。NIKKAウイスキーの瓶を持った中国系の東洋人だ。


「失礼。 便乗ついでにここ、よろしいですか?」


そう訊いてきた男は、返答を待つことなくゲンドウの隣に座った。


「追加予算の修正プラン、難しかったみたいですね」

「使徒の襲来はまだ続く……僅かな金を出し惜しんでいては世界が滅ぶのだと気付かん馬鹿どもなど、いつまでも相手にしていられるか」


ゲンドウは僅かというが、NERVが要求した予算額は、小国ならば丸ごと買い取れるくらいの金額だ。


「使徒はもう現れない、というのが彼らの論拠でしたからね。 ああ、NERV本部の予算追加は駄目でしたが、一つ朗報があります。 米国を除く全ての理事国が、エヴァ六号機建造の予算を承認しました。 ま、米国も時間の問題でしょう。 失業者アレルギーですからね、あの国」

「…………」

「かつては『世界の警察』を声高らかに謳っていたんですがねぇ……。 まあ、国連分担金も延滞気味ですし、巨大になりすぎた国を支える税金も、労働者がいなければ徴収できない。 大変ですね。 ですが、『同じ金を出すなら、何の実績も出さないNERVより無償で敵と戦うGGGだ』というのが本音なのでしょう、彼らの。 たかだか三百年程度の歴史しかない成り上がりの新興国家のくせに」

「…………」

「そのような訳で、任期は後3年残ってますが、あの大統領には舞台から降りていただくことになりました。 よろしいですか?」

「問題ない……好きにしたまえ」

「余裕ですね。 あなたにも言えることですよ?」

「何だと?」

「我らSEELEの息が掛かっている国でも、NERVの存在そのものに疑問の声が出てます。 早めに手を打ってください。 その歳でホームレスはきついと聞きますから」


暗に更迭を囁く男は、クククと嘲笑う。それがゲンドウの癇に障り、こめかみに薄く青筋が浮かぶ。だが、SEELEの使者に表立って逆らうことはできない。視線を合わすことなく、無表情を突き通した。


「君の国は?」

「予算的には問題ありません。 八号機から建造に参加します、第二次整備計画は生きてますから。 ただ、パイロットが見つかっていないという問題もあるのですが、それとは関係なく、建造自体のスケジュールが遅れそうですね」

「何故だ?」

「エヴァシリーズの実働テストを行っていた研究所が、何者かに破壊されたようでして。 上は相当慌ててましたよ。 何せ、設計データ以外の資料の全てが消え去ったのですから」

「…………」


それを聞いても表情に変化の無いゲンドウだが、内心は驚いていた。自分の知らない情報があることに。

補完計画において、必要不可欠なエヴァシリーズの存在。にも拘らず、計画遂行を任されている自分に隠された情報。互いが互いを信用も信頼もしていないことが、改めてよく判った。

しかし、この男は――――


「何故、それを私に話す? 秘匿事項ではないのか?」

「さあ? それはあなたが好きにお考えください。 ただ、SEELEも一枚岩ではない、とだけ申しておきましょう」

「そうか……だが、時の歩みは止められん。 使徒は再び現れたのだ。 我々の道は彼らを倒すしかあるまい」

「私もセカンドインパクトの二の舞は御免ですからね」


それだけを言い残し、男は席を離れた。

窓の外を望むゲンドウの視界に映る南極の海は赤く変色しており、あるはずだった氷も大陸も綺麗に消えていた。






















NERV本部 エヴァ弐号機ケイジ・整備監督用ブース――――


「はい、了解しました。 では、赤木博士にはこのまま……はい…はい……それは問題ありません。 ……判りました。 では、失礼します」


ふう、と安堵の溜息を吐いて、マヤは冬月から掛かってきた内線電話を切った。ここに現れた赤木リツコを拘束しろとの指示かと内心緊張したが、電話の内容はリツコのGGGからNERVへの出向についてだった。期間は、今この時からエヴァの修理完了まで。


それは技術開発部、そして整備班にとっては願ったり叶ったりであった。ただでさえ人手もなく、時間もないこの時に、リツコの加勢は何物にも代えがたいものだった。

まさに神様、仏様、赤木リツコ様といったところだ。


皆が喜んでいる中、リツコは早速、作業に取り掛かろうとしていた。


「さて……お許しも出たことだし、私が手伝えることなら何でもやるわよ。 マヤ、指示してちょうだい」

「ありがとうございます、先輩。 ホント、猫の手も借りたいって状況だったんですよ」

「こんな手でも良いのかしら?」


ぐいっ、と腕まくりをするリツコ。相変わらず綺麗な腕だ。


「とんでもない。 喜んで」

「では、これをお願いできますか?」


と、MAGIカスパーの主任オペレーター・大井サツキ二尉が、分厚い資料と25番のラベルが貼られたキーボードをリツコに渡した。






















世界は常に動いている。

だが、それは、何も人の世界に限ったことではなかった。






















世界の果てとも言える現世と幽世の狭間。光も闇も、ここでは単なる存在に成り下がる。

そんな場所に、中学生くらいだろうか、少年と少女の姿があった。


「もうすぐ最終段階に入るわ。 彼らの準備はいいかしら?」

「それはもう。 七つの封印が解かれるまで、あと二つ。 ラッパを手に入れる日も近いよ」

「始まりにして終わりの時が来るわ」

「そう。 それは、夢の終わりと現実の続き」

「アルファは紡がれたわ。 そして、まもなくオメガの綻びが癒される……」

「その時こそ……」

「彼の地において、三度(みたび)の報いを」


何やら話しているようだが、言葉の意味を理解する者は他にいない。

やがて二人の姿は、靄とも歪みとも判らぬ空間の中へと消えていった。





















第四拾肆話へ続く








[226] 第四拾肆話 【 Global movement (後篇) 】
Name: SIN
Date: 2006/11/26 14:09




GGGオービットベースの一角には、隊員の福利厚生の為のレクリエーション施設がある。主なものとしては、スポーツジム顔負けのトレーニング機器の数々やお風呂にサウナ、スイミングプール、マッサージ機器各種などなど。

中でも休憩室を兼ねた展望テラスは隊員たちに非常に人気で、そこから見える景色は、まさに圧巻の一言。どこまでも広がる宇宙(そら)に浮かぶ無数の星々の煌きや月の輝き、そして眼下に広がる地球の蒼さは、間違いなく見る者全てを感動させるだろう。現に、レイやアスカが初めてここからの景色を見た時、あまりの素晴らしさに1時間以上も飽きずに眺め続けていたほどだ。

その展望テラスに、GGG特別隊員・綾波シンの姿があった。備え付けの自動販売機で買った缶コーヒーを手に、長椅子に座り、溜息混じりに考え込んでいる。


「……さて、どうしようかな」


と、呟いてみたものの、その問いに答えてくれる者はいない。

イスラフェル戦のすぐ後に行われた作戦会議は、途中に何度か休憩を挟んで、都合7時間にも及んだ。しかし、状況を覆すような良いアイデアは何も出なかった。ネックとなっているのは、やはり『四つ身に分かれたイスラフェルのコアを、どうやってタイムラグ無しで回収するか』である。


「誤差プラスマイナス0.0351秒以下なんて無理に決まってるじゃないか……」


今回の戦闘データが示す通り、イスラフェルのコア再生スピードは、『以前』とは段違いであった。殲滅するには前以上に完璧な同調(ユニゾン)が要求され、尚且つ、4つのコアを同時回収しなければならない、と条件が厳しい。

シンは残っていたコーヒーを飲み干して缶をゴミ箱に投げ込むと、はぁぁ~~……と盛大すぎる溜息を吐きながら横向きに長椅子へ倒れ込んだ。


「駄目なんだけど、このまま泥のように眠りたい……」


さすがの彼も疲れていた。リリンとして覚醒しているとはいえ、精神的な疲労というのは肉体のそれを上回る時がある。

ただいまの時間は午後8時40分過ぎ。オービットベースは標準時間を日本に合わせているため、通常業務が2時間も前に終了している施設内は、無駄な照明が抑えられていて薄暗くなっていた。

それがシンの眠りに落ちる速度を助長していく。


「…………すぅぅぅ……」


だが――――


「こぉらっ! こんなところで寝てると、風邪ひくわよ」


沈みかけていた意識が一気に覚める。目蓋を開けると、女の人が覘き込んでいた。


「……ミコト…さん?」

「戻ってこないんで心配しちゃったわよ。 体調悪いの?」

「……あ、会議!」


展望テラスの時計を見ると、9時を15分ほど過ぎていた。寝かけていただけと思っていたが、実際の所はいつのまにか眠りこけていたようだ。

気の緩み。何をやってるんだ! と心の中で舌打ちする。


「すいません! 戻ります」


慌てて起き上がるシンだったが、それをミコトは「大丈夫」と柔らかく制した。


「会議は一旦終了。 長官が、今の状態じゃ埒が明かないって。 で、今日のところは解散して、続きは明日の昼からってことになったわ」

「そうですか……判りました」

「撤退から7時間。 作戦会議しっぱなしだったから、疲れるのも当然か。 私も今日はもうダメ。 ダウン寸前よ」


ふう……と、溜息まじりのミコト。シンも「ですね」と苦笑いを浮かべた。


「で、どうするシン君? ここに泊まるのなら部屋を用意するけど?」

「いえ、レイやアスカも心配ですから……いつものように彼のところに寄ってから帰ります」

「判ったわ。 じゃあ、お疲れ様。 気をつけてね」

「はい、ミコトさんもお疲れ様でした。 お休みなさい」

「おやすみ~~」


大きな欠伸をしながら、ミコトは自室へ帰っていった。

そして、続けてシンもテラスを出る。年寄りくさく、コリをほぐすように肩を回しながら。




正直な話、シンは作戦会議が明日へ持ち越されて助かっていた。状況が状況だけにイスラフェル殲滅の為の作戦会議を優先したが、本当ならすぐにもアスカやレイのところへ飛んで行きたかったのだ。

今日の戦闘、いつものようにスキル=サハクィエルを使って見ていたシンは、NERVの暴走でエヴァの二体が巻き込まれた瞬間、途轍もない衝動と感情に(さいな)まれた。それは、今すぐにでも彼女達を助けに行きたいという衝動と、こんなことをした連中全てを滅ぼしてやろうという負の感情だ。様子がおかしいと心配したトウジやケンスケが声を掛けていなければ、確実に実行していただろう。それくらい危なかった。

理性の上では大丈夫だと判っていても、本能的な部分ではそうはいかない時がある。

本当ならば、アスカとレイにはもう戦って欲しくないのだが、それはこちら側の一方的な思いであり、彼女達の意思を無視するものだ。実際、その話を二人にした時、アスカは「バカにするんじゃないわよ! アタシ達は、そんなに頼りにならない!?」と激昂し、レイは「……前と考えは変わらないわ」と静かながらも怒りに満ちた言葉を返された。

とは言うものの、護ると心に決めた少女二人が戦っているのに、自分は何もできないというのは歯痒くて仕方が無い。


『ネオン・ジェネシス』の完成は急務だ。


シンは改めて、それを強く思うのだった。




















先ほどまでの憤慨した表情も何処へやら。自分の執務室に戻った葛城ミサトは、とても疲れた表情で机に突っ伏していた。原因は、彼女の目の前に広がる、その光景。

山だ。(うずたか)く積まれた書類の山、山、山。まるで紙の山脈。

これらは、以前よりミサト自身が面倒くさがって放置していたものに加えて、今回の使徒戦におけるNERV各部署からの報告書、日本政府や戦略自衛隊、周辺各自治体から届いた抗議文に嘆願書、それにUNからのN2ミサイル使用経費の請求書などである。

あまりの多さにミサトは辟易し、最早やる気はゼロに近かった。


「何で私がこんな目に…………これもみんな、あいつらの所為よ!」


憎々しげに表情を歪める。完全に自業自得なのだが、ミサトは責任の全てをGGGに転嫁していた。


「あ~~~……も~~~……!」


親指の爪を噛む。

冬月から使徒殲滅の作戦を明後日(あさって)の朝までに考えろと言われたが、時間だけが刻々と過ぎていき、何の策も考え付かない。

それにしても苛々することばかりだ。自分は人類の敵である『使徒』を倒そうとしているのだ。なのに邪魔する連中(バカ)ばかりで、思うように動けない。にも拘らず、役目を果たしていない、結果を出していない、と叱責される。理不尽ではないか、あまりにも。


「私は何の為に…………って、もうヤメヤメ!」


このままでは、どんどん思考がネガティブになっていく。そんなことで良い考えなど浮かぶはずがない。

気分転換にと、ミサトはNERV唯一の戦力であるエヴァ零号機と弐号機の修理状況視察に向かった。閉まる扉の向こうで、天井まで積み上げられていた書類の山が無残に崩れたことにも気付かずに。




















 ピッ……ピッ……




規則正しい電子音が響く、白く清潔感ある部屋。その中央にあるベッドには、一人の少年が眠っていた。傍らでは、シンが心配そうに見つめている。


「カヲル君……」


ここはオービットベース医療棟の特別治療室。SEELEのダミープラグ研究所から連れ出されたオリジナルの渚カヲルは、あれからずっと眠り続けていた。

シンの方も、ほぼ毎日と言ってよく、カヲルを見舞っている。それはオービットベースでの仕事が休みの日でも続けられ、その熱心さはアスカやレイを嫉妬させるほどだった。

しばらくの間、シンが椅子に座って彼の様子を見守っていると、プシュッ! という圧搾空気が抜ける音と共にドアが開き、カルテを持った看護師(ナース)が一人、治療室に入ってきた。


「あら、シン君? 今日もお見舞い?」

「あ、どうも、お疲れ様です」


GGG医療部の間宮(マミヤ)ユリ。彼女はGGGのオリジナルスタッフではなく、碇財閥が出資する病院から出向してきた人間だ。

次元を渡ってきたGGGスタッフの人数は、驚くほど少ない。それは彼らが地球から三重連太陽系へ向かう際、残してくるGGGの組織運営やオービットベースの機構管理などに支障を残さないように志願者のみ、最低限の人員で旅立ったからだ。無論ながら、その人数では『こちらの世界』のGGGの動きは立ち行かない。その為、足りない人材は碇財閥から補充されていた。


「カヲル君……どうですか?」

「んー?」


慣れた手付きで医療機器が示す数値をカルテに書き込んでいくユリ。その手を休めず、視線もこちらに向けないまま、彼女は答えた。


「先生が言うには、いつ起きてもおかしくないってことだけどね。 検査はずっと続けてるけど、どうして眠り続けてるのかはまだ判ってないわ」

「そうですか……」


それが気になることだった。

確かにカヲルからは『第17使徒 タブリス』の波動を感じるのだが、それがコアから発せられるものかどうかは微妙な感じがしていた。その懸念は、不安を増大させる。『浄解』を行うにしても、意識が戻らないことには始まらない。彼の身体への負担が予想できないからだ。


「……っと、これでよし」


ユリの手が止まる。カルテを書き終えたようだ。


「数値的には問題なし。 ここに運ばれてから何も変わらず、健康体そのもの。 そんなに心配しなくても大丈夫よ。 プロに任せなさい」

「はい……って、ユリさんに会うと、いつもそう言われますね」

「そう言えばそうね」


笑い合う。が、ここは治療室。患者も眠っている。静かに、静かに。

もう一度、シンはカヲルを見る。変わらず安らかな寝顔だ。


「じゃあ、今日はこれで帰ります。 お先に」

「はい。 お疲れ様」

「お疲れ様でした」


治療室を出るシン。眠るカヲルを気遣ってなのだろうか、背後のドアは音も無く閉まった。




















NERV本部、ケイジ指揮監督ブース。


「やほ~~! みぃんな頑張ってるぅ?」


能天気すぎるミサトの台詞に、技術部員、整備班員全員のこめかみに青筋が浮かぶ。同時に、ギンッ! と怒りや恨みを込めた鋭い眼光の数々が彼女に突き刺さるが、鈍いのだろうか、それに気付かず笑顔だ。もっとも彼女にしてみたら、忙しく頑張っている皆を激励しに来ただけなのだが。


「どう? マヤちゃん。 調子の方は」


マヤは答えない。モニターから目を離さず、一心不乱にプログラムを組み立てている。そこへ――――


「あら? おかしいわね……今の時間、作戦課はそんなに暇なのかしら?」

「……ッ!」


代わって答えた背後からの声に、ミサトは言葉を詰まらせる。その嫌味ったらしい台詞の主など、振り返って確かめる必要などない。姿が見えなかったので、もう帰ったのだろうと安心していたのだが、どうやらそれは間違いだったようだ。


「はん! あんたこそ、みんなが忙しく働いているってーのに、随分と余裕ね」

「そう見えるのなら目薬が必要ね。 私が処方してあげるわよ」


言われた嫌味を嫌味で返したのに、さらにそれを皮肉で返された。二の句が繋げなかった悔しさに唇を噛み締めるミサトの横を、声の主である女性、赤木リツコが通る。その際、彼女からは愛用の煙草の香りが微かに匂った。吸わない者を気遣って、休憩がてら、何処かへ吸いに行っていたようだ。


「マヤ、そこの15番プログラム、去年組んだMAGI用のバイパスデータを応用して組み込んだ方がいいわ」


専用にと宛がわれたコンソールとモニターの前に戻ると、リツコは隣に指示を出した。マヤは少し考えた後、「ああ、そうですね」とプログラムを直していく。

半ば無視される形となったミサト。ひくひく……と口の端を引き攣らせながらも、何とかこの裏切り者をギャフンと言わせようと言葉を続けた。


「まったく……自分から出て行った人間の手を借りなくちゃならないなんて、ウチの技術開発部は、いつからこんなに情けなくなったのかしら? ほんと、参っちゃうわね」


その刹那、彼女を睨んでいた技術部員達の視線が更にきつくなった。お前がそれを言うのか! と。


「(何を言いやがるんだ、この女は!)」

「(元々はテメェの所為だろうが!)」

「(作戦課の奴らも可哀想になぁ……)」


非難と同情、その他諸々の念が渦巻く中、標的のリツコは至って冷静であった。それはマヤも同じで、黙々と目の前の仕事をこなしていく。

周りも、そんなリツコの態度に気付くと、次第に落ち着きを取り戻してきた。そうなると、一人で喚いているミサトが逆に憐れになってくる。


「「「「(やれやれ……)」」」」


皆は心の中で肩を竦めると、「勝手にやっててください」と自分の仕事を再開した。


「(くっ……何なのよ、何なのよ!)」


誰も同調せず、さらには相手にもされなくなると、さすがのミサトも自分のやっていることが馬鹿らしくなってきた。


「ふん……!」


悪態を()いて帰ろうとしたミサトは、ふとコンソール脇のキャスターに置いてあるマグカップに目を留めた。よく見ると、中身のコーヒーが少し残っている。カップに猫マークがあったのでリツコのだろうと当たりをつけると、せめてもの仕返しとばかりにそれを飲んだのだが――――


「冷めてるわよ、それ」

「うぐぅ……」


書類から目を離さなかったにも拘らず、リツコには彼女の行動が判っていた。学生時代からの長い付き合いである。彼女がしようとすることなど、最初からお見通しだ。

ぬるくなったホットコーヒーの何とも言えない不味さが口いっぱいに広がったミサトの機嫌は、さらにさらに下降していったのだった。




















場所は変わり、第3新東京市、マンション・コンフォート24。


「ただいま~~」


スキル=レリエルを使い、自宅の玄関先まで戻ったシン。帰宅を告げると、ペンペンが出迎えにきた。それに続き、マイも。洗い物でもしていたのか、エプロン姿だ。


クア、クアッ

「お帰りなさい、シン」

「ただいま、母さん。 それにペンペン。 お前、まだ起きてたのか? いつもはもう寝てる時間だろ?」

「あなたが帰るまで待ってたのよ、きっと」

「そうなの? ありがとう、ペンペン」

クァァ


シンが頭を撫でると、ペンペンは嬉しそうに一声鳴き、寝床である専用冷蔵庫へと戻っていった。その姿は、とても微笑ましい。だが、それも束の間、シンは何か思い詰めたような表情を母に向けた。


「で、さあ……母さん」

「ん? なに、シン?」


突然、おずおずと訊ね始めた息子に、マイは何事かと身構える。


「レイとアスカ、大丈夫だった……?」


その言葉にマイは一瞬、きょとん とした表情を浮かべた。そして数秒後、何故か照れているシンの様子が可笑しくなって、ケラケラと笑い出した。


「な、何だよ……?」

「アハハハハ……やっぱり、あなたも年頃の男の子なのねぇ。 使命感から……なのかしら? 変に肩肘を張って大人ぶってはいるけど、好きな女の子のことは気になってしょうがない。 けど、面と向かって訊くのも気恥ずかしい、って感じね。 フフ……歳相応の姿が見られて、お母さん、安心しちゃった」

「か、からかわないでよ!」


そうは言っても、真っ赤な顔では図星だと白状しているようなものだ。


「大丈夫よ。 怪我らしい怪我なんて無いし、落ち込んでいるようにも見えなかったわ。 だいたい、ルネさんから報告が来てたでしょ?」

「それはそうなんだけど……さ」


確かに、二人に関しては報告が上がってきており、会議冒頭でもそれは述べられた。しかし、不安なものは不安なのだ。もっとも、それこそマイに言わせれば『想い深き思春期の少年の姿』なのだろうが。


「そんなに心配なら、直接確かめなさい。 あなたが顔を見せれば、あの娘たちも安心するから」

「うん……そうする」


頷いて、シンはレイとアスカの部屋へ行こうとするが――――


「あ、そうそう。 ちょっと待って、シン」


マイも洗い物の続きをとキッチンへ戻りかけてはいたが、何かを思い出して、廊下とを繋げている出入り口から首だけを ひょこっと出した。


「ショウ小父様がいらっしゃってるわ。 何か話があるみたいよ」

「小父さんが? うん、判った」

「それと、晩御飯はどうするの?」


そのマイの問いに即座に反応したのが、少年の腹の虫だ。くぅ……と鳴いて栄養を要求している。「そういえば」とシンは、会議中に出されたサンドイッチと紅茶、展望テラスでの缶コーヒーしか口に入れてないことを思い出した。


「食べる」


照れ笑いながら一言返し、シンはまずリビングへ向かった。




















「おお。 お帰り、シン坊。 邪魔しとるぞ」


リビングのソファーでは、ショウ・グランハムが上着を脱ぎ、ネクタイを外したラフな格好で寛いでいた。目の前のガラスの机には一杯の紅茶が淹れてあり、それの独特な香りがシンの鼻をくすぐった。


「いらっしゃい、ショウ小父さん。 それ、アッサムですね―――― って、あれ? (うち)にあったっけ?」

「ワシが土産にと持ってきたんだ。 まあ、こうやってご相伴に与っとるわけだが」


ずず……、と口に含む。


「他にもダージリンやらアールグレイ、オレンジペコーにセイロン……まあ、いろんな種類を持ってきたから、楽しんでくれ」

「はい。 ありがとうございます、いただきます」


ぺこりと頭を下げ、シンはショウの対面のソファーに座る。

それから少しの間、取り留めのない話をした後、ショウは本題に入った。


「NERV本部を出た後に連絡があったのだが、戦闘ポイントに要請もしていない4発目のN2を撃ち込んだ軍将校のバカな、服毒自殺しおった」

「え!?」


さすがのシンも、これには驚いた。

ショウは、そのまま話を続ける。


「今回の件で事情を訊こうと、司令部の指示で軍警(MP)が拘束に向かったのだがな、艦の自室で死んでいるのが発見された。 遺体は解剖に回し、詳しく調べさせておる。 結果報告は明日まで待たねばならんが、口の中……おそらく奥歯だろうな、そこに毒物を仕込んでいたらしい。 お決まりのパターンだが、アーモンド臭がしたというから、毒は青酸系だな」

「じゃあ、背後関係なんかは……」

「現時点では不明だ。 引き続いて調査はさせるが……まあ十中八九、SEELEだろう」

「でしょうけど……証拠がなければ」

「そう、それで終わり。 『使徒殲滅』という手柄に目の眩んだ一人の将校が暴走した、ということでな」

蜥蜴(トカゲ)の尻尾切り……」


思わず呟かれたシンの言葉は、まさに正鵠を射ていた。

口封じ。古今東西、よく使われる手だ。真相を知る本人が、自ら生命(いのち)を絶つ。これほど効果的なものはない。


「本人は忠節のつもりだろうが、ワシに言わせれば狂信の類よ。 人類の為などと言いながら、実質は己の安寧のことしか頭にない奴らが、いったい何を報いてくれるというのか!」


ショウは言葉を荒げた。どのような理由があれ、生命を粗末にする者に怒りを禁じえない。彼は、セカンドインパクトの際に妻と息子、そして娘夫婦と孫を一度に亡くしている。それから、その思いは一層強くなっていた。

シンもそれを知っている。だから、ただただ頷く。

しばらくして落ち着いてきたショウは、カップに残っていた紅茶を飲み干すと、一つ溜息を吐いた。


「何とも……やりきれんな」

「はい……」


どんな形であれ、『死』というものを止めることができないということは、とても哀しかった。




















その同時刻、新横須賀港に程近い場所にある大学病院では、国連第2方面軍より依頼された検死が、ようやく終わったところだった。


「先生、お疲れ様でした」

「ああ、みんなもご苦労さん。 遅くまで掛かって、すまなかったね」


縫合を終えた鑑定医が手袋とマスクを外し、助手たちを労う。


「いえいえ、これも医学を研究する者の務めです」

「そうですよ、先生。 それに、いい経験になりました。 歯に毒を仕込むなんて、漫画やら映画でしか見れないものが見れましたから」

「だよなぁ」


アハハハハ、と助手たちは笑い合った。既に『死』という一つの結果が出ている為、彼らは気楽だった。背負うものが何も無いからである。


「先生、検体解剖の報告書は、明日午前中までに上げてくれと軍の方から連絡がありましたが……」

「うむ、判った。 では、今日中に書き上げておくか。 悪いが、後の処置は頼むぞ」

「「「はい」」」


鑑定医は器材の片付けを助手に任し、一足先に処置室を出た。


「よし! じゃあ、分担するか。 俺は仏さんを安置室へ運ぶから、お前らはここを頼むな」

「おう」

「はい、先輩」


助手二人が器材や室内の消毒・掃除などの準備に、いったん外へ出ると、残った一人が遺体を運ぶ為に、キャスターにもなっている台の固定フックを外しに掛かる。

と、その時――――




カラ~~~ン




何か、小さな金属が落ちたような音がした。


「あん? 何だぁ?」


床を見ると、長さ5~6cmほどのボルトが落ちていた。


「ありゃ、どこのネジだ? 直しとかないと」


屈んで台の裏を見回すが、外れている箇所が見当たらない。


「おかしいなぁ……もしかして別の器材か?」


ボルトを手にして頭を抱えていると、外に出ていた後輩が戻ってきた。


「先輩、消毒液が足りないんですけど、予備ありましたかね?」

「ああ。 それなら多分、第3ロッカーだ。 確か、こないだ……」


後輩と一緒に、その助手も処置室を出て行く。

その間、忘れないようにと台の上に置かれた出自不明のボルトは、不意に淡い緑の輝きを放つと、霧霞のように消えてしまった。




















夜も更け、時計の短針は10の数字を指していた。

ずいぶん遅くなってしまったので、ショウは、今日はこのまま綾波家に泊まっていくことになった。いつもは無駄に部屋が多いと思っていたが、こういうときには大助かりだ。

そうなると、お茶を出すだけの持て成しで済ませるわけにはいかない。マイは、急に忙しくなった。


「小父様、お風呂に湯を張りましたので、どうぞ、入ってらして」

「何だ? わざわざ張り直したのか?」

「小父様は我が家のお客様です。 残り湯に入ってもらうわけにはいきませんわ」


それも一つの理由なのだが、本当は、その間に客間の簡単な掃除や布団・着替えの準備などをしてしまおうというのが魂胆だった。


「はっはっは、嬢ちゃんたちの残り湯なら大歓迎―――― イエ、ナンデモアリマセン」


どこぞのエロオヤジよろしく、セクハラ発言をしかけたショウを、マイは睨み一つで黙らせた。碇家の女性は、やっぱり強い。


「ったく……しょうがないなぁ」


その様子を、ダイニングで遅めの夕食を取っているシンは苦笑いしながら見ていた。小さくなって、すごすごと浴室に向かうショウの姿は、調子に乗ってマイに叱られた祖父ソウイチロウとそっくりで、「親友って似るものなんだな」と面白がっていた。

そんな時、リビングの電話が鳴った。


「こんな時間に……?」


一瞬、不審に思った。友人なら携帯の方に掛かるはずで、GGGからの連絡だとしても、盗聴傍受されないように暗号プロテクトを掛けたものが携帯を鳴らすはずである。では、NERVか? しかし、それならばレイやアスカに直接連絡が行く場合がある。


―――― って、考えすぎだよ」


疑い深くなってるな、と自嘲しながら、シンは電話を取った。因みに、マイは今、客間の準備で奥に引っ込んでいる。


「はい、綾波です。 あ、どうも、こんばんは。 いえ、こちらこそお世話に……はい……はい、いますけど……今、ちょっと席を外してまして―――― はい、判りました。 お待ちください」


そう言ってシンは、電話の保留ボタンを押す。と、ちょうどそこに、電話の音を聞きつけたマイが戻ってきた。


「誰から? シン」

「ショウ小父さんに電話、国連事務局から。 急いでるみたい。 何かあったのかも」

「あら、そうなの? じゃあ呼んでくるわね」


パタパタとスリッパを鳴らして、マイは奥へ消えた。少しして、事情を聞いたショウがリビングに現れた。しかもパンツ一丁で。服を脱いでいる途中だったのだろう。


「もしもし、代わった、私だ。……ああ……ああ……」


真面目な話をしているのだろうが、傍から見れば、締まらないことこの上ない。

しかし――――


「何だと!?」


ショウの顔つき、口調が重々しいものに変わった。やはり、何かあったようだ。


「確認は……ああ、判った。 すぐ戻る。 それまでに情報収集を終わらせておけ」


部下に指示を出して、ショウは電話を切った。その後も、何か考え事をしているようで、しばらく無言だった。

そこへ、マイが着替えにとソウイチロウの予備の浴衣を持ってきた。


「小父様、その格好では風邪をひきますから、これを着て―――― どうなさったのですか?」


様子の違うショウに、マイは困惑した。そこには『国連事務総長』としての彼がいたからだ。例え、トランクス一枚の姿でも。


「事情が変わった。 国連事務局に戻らなきゃならん」

「まあ! こんな時間にですか?」

「すまんな、ユイ嬢ちゃん」


ショウは心底から謝る。予定外に泊まることになっても嫌な顔一つせず、笑顔で持て成してくれて、部屋に着替えに、そして風呂まで用意してくれた。にも拘らず、その好意を無碍にしなければならない。それは、とても申し訳ないことだった。

マイも、それは充分に判っている。だからこそ何も言わない。ただ一つ笑顔を返して、脱衣所にあるショウの服を取りに行った。


「何があったんですか?」


母とは反対に、シンの方は訊ねずにはいられなかった。これは今後の動きに関わるかもしれないという予感がする。


「……まだ事実確認が済んではおらんのだが、合衆国のコーウェン大統領が死んだそうだ」

「ええ!? アメリカの!?」

「遊説中の交通事故だというが……にわかには信じられん」

「大変なことに……」

「ああ。 法に則って副大統領がその席に座るが、中立派寄りのコーウェンと違い、あ奴は親SEELE派だからな。 油断ができん」


それは世界の天秤、勢力バランスの傾きを意味していた。セカンドインパクトの際の混乱で国力の低下が見られるとはいえ、アメリカは未だ国連内外で強い影響力を持っている。それは、人類補完委員会にも米国が参加していることでも良く判るだろう。そのTOPが入れ替わりSEELEに付くのであれば、それは容易ならざる事態を意味する。最悪のケース、国連軍全てがGGGの敵に回る可能性も出てくるのだ。考えたくもないが。


「これからは私も、いろいろ裏で工作をせねばならんかもしれん。 連絡が付きにくくなるかもしれんが、その時は許せよ」

「それは仕方ありません。 こっちのことは任せてください」

「うむ、頼む」


ショウは、マイが持ってきたワイシャツに袖を通し、ネクタイを締める。皺が目立っていたスーツは、いつの間にか軽くアイロンが当てられていて、その気遣いにショウは頭が下がる思いだった。


「ありがとうな、ユイ嬢ちゃん」

「お仕事、頑張ってください」


その微笑みに亡き妻の姿を見たショウは、僅かに流れかけた涙をぐっと堪え、改めて誓う。もう二度と、誰にもあのような悲劇を味合わせないと。


少しして、マンション一階の共同玄関から迎えを告げるインターフォンが鳴った。シンとマイは、下までショウを送る。


「久しぶりにユイ嬢ちゃんの手料理が食べられて嬉しかったよ。 今度、ソウイチロウの奴に自慢してやる」

「また、いつでもいらしてくださいね」

「ああ。 ではな、シン坊」

「小父さん、お気をつけて」

「お前もな。 あまり気負うなよ」


くかかかかか、と笑いながらショウは迎えの公用車に乗り込み、国連本部、そして事務局のある第2新東京市へと帰っていった。




それぞれの思惑など嘲笑するように、世界は否応なく変わることを運命付けられている。誰も彼も、そして何物も、そのままではいられないのだった。




















第四拾伍話へ続く








[226] 最終章 予告篇
Name: SIN
Date: 2006/12/10 22:11
















神話が終わる……。






















 生は、死の始まり。


 死は、現実の続き。              恐
                           怖
 破
 壊


       安心        共存 


 同化     分
         離
         不
         安


             残酷な他人


 不安な自分




 そして再生は、夢の終わり。 




      私は……


 快楽の海                 現実の空




 私のこと、好き?




 微笑みは、偽り。


 真実は、痛み。

















  溶
  け
  合
  う
   コ
   コ
   ロ













        壊
         れ
          て
           い
            く
             ワ
              タ
               シ

























「まもなく、我らの願いが成就される……。 150億年の刻を経て、我らは真なる世界を手に入れる!」


























「七体か……これで全員が目覚めた」
「充分過ぎる。 支障などあるものか……ゲッヘッヘッヘッヘ」
「では、作戦の確認を」

























七つの封印は解かれ、七人の天使は滅びのラッパを吹き鳴らした。

























「玩具を欲しがるバルディエルに付き合っただけ……仕事そのものは一瞬で済んだわ」
「ふ~~ん……それじゃあ、そろそろ行こうか? 遅くなるとリリスが煩いしね」

























「ウソ……」
「大きくなったわね、アスカちゃん」
「ウソよ……だってママは……弐号機に……」

























ナンバー・オブ・ザ・ビースト……それは獣の数字『6.6.6』

























「アスカ、逃げて! その人は――――
「邪魔しないで、リリスの抜け殻」

























「なぜ僕が【自由意志】を司るのか、それを教えてあげるよ」

























審判の日が訪れる。

























「主命を拒み、我ら天の御使いに刃向かう愚かな者ども……。 なりそこないのリリンよ、運命の時は来た」

























「い…いったい何なのよ、こいつら!?」
「波状パターン『青』、確認! 使徒ですっ!!」
「何ですって!? まるで人間じゃない!」

























「我が、超指向性十字光波の味はどうかね? エヴォリュダー・ガイ」

























「それ、貰っていくよ……」

奪われるコアクリスタル。

























「この宇宙に真の静寂を齎すため、古より定められた神との誓約(テスタメント)、インパクトの発動だ!!」
「我ら自身を鍵として、ガフの扉を開かん」
「スーパーソレノイド臨界」

























「ルネ姉ちゃんをいじめるなんて――――
―――― 許さない!」

























「ウェポンチェック、『クリフォトの樹』並びに『スピア・オブ・ロンギヌス』とのシステムリンク、正常」

























復活の守護鬼神

























紅輝の翼を羽ばたかせたエヴァが舞い降りる。それはとても神々しく、そして圧倒的な存在感を持っていた。

ば、馬鹿な!? リリン如きが、あの存在に辿り着けるはずがない!

使徒は恐れ慄いていた。それもそのはず、自らの天敵が甦ってきたのだから。

























「吹けよ氷雪、轟け雷光」
「唸れ疾風、燃えろ灼熱」
「広がれ暗闇、煌け光輝」

「「「天地陰陽の理を以って交わりし者……舞い踊れ! 荒れ狂え! 汝が名は『混沌』なり!!」」」

「「「カオティック・シェンロン」」」

























受けよ、クロス・パニッシャーァァッ!!

























「なっ!?」
「碇シンジ……貴様の身柄、貰い受ける」

























そして、全ての謎が明かされる。
物語は加速し、それぞれの思惑を孕んで一つの未来を導き出した。
それを手に入れるのは、果たして……。

























「くぅ……や、めて……」
「は、ああ……いかり…くぅん……う、んん、はぁ……」

どことも知れぬ空間、そこはL.C.Lに満たされていた。一糸纏わぬ姿で横たわる少年の身体に、同じく何も纏わず裸の少女が、頬を上気させ、艶かしく潤んだ瞳で舌を這わせていた。

「リリ、ス……放して…もう……」
「……違う。 私は『リリス』じゃない。 あなたには、そんな名前で呼んで欲しくない」

























「あれは……? まさか、エヴァ初号機!?」

勇者たちの前に、使徒戦序盤に失われたはずの機体が現れた。が、雰囲気が違う。

「誰が……誰が動かしているの!?」
「まさか……」
「シン君なのか!? どうしたんだ!?」

シンの瞳に、狂気の光が輝いた。

破滅する……世界が……赤い……赤い海……みんな…いなくなる……消えていく…………僕が……僕がァァァァァァ!!

初号機の背に、本来の彼の能力とは違う『セフィロト』が浮かび上がる。その中の隠されたセフィラー『知識(ダアト)』が、初号機の手に二股の槍を顕現させた。

スピア・オブ・ロンギヌスゥゥゥ!!
「目を覚ませ! シン君!!」
みんな……みんなぁぁぁ…………原初へ、還れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!

























空を覆う数万体にも及ぶエヴァシリーズ。その様は、まるで聖書にある、底無しの淵の破壊者『アバドン』……全てを喰らい尽くす(イナゴ)の群れのようだった。

























「あ~~ら、ひどいわねぇ」
「あんたたち、アスカを殺す気なの?」

「ああ、殺す気だ」

























「ジェイ・フェニックスッ!!」

























「ディビジョン(テン)『神覇戟翔皇鎧艦 アメノトリフネ』 飛翔、承認ッ!!」

クアァァァァァァァァァッ!!

真空であるはずの宇宙空間に鳳凰の産声が上がる。

























それは、究極の破壊神。

それは、新たな未来を紡ぐ為の(しるべ)

勇気と闘志を漲らせ、生命の(ほむら)を燃え上がらせる者。

その名は―――― 勇者皇帝『           』

























激突する2大奥義。

ゴッド・アンド・デビル・インフィニティ……そして、ヘル・アンド・ヘブン・アンリミテッド!

























復元再結合……開始!

























「ピサ・ソールを吸収した!?」

























「あれが使徒の……A.D.A.M-SYSTEMの真の姿」

























襲い掛かる悪を消すほどの容赦を
隣人との完全な同一化を
怒りの完全な消去と適切な行動を
迫害する者の美点だけを思い出すほどの慈悲を

「これは、カバラ秘法の召喚の祝詞……!?」

























「勇気……そして闘志。 それをこの生命の鼓動が刻み続ける限り! 僕たちは、この手に勝利を掴むことを諦めない!!」

よく言った、異世界のリリンよ。 では、貴様らの未来に絶望をくれてやろう……このアダム・カドモンがなぁっ!!

























「これが勇気の……明日を信じる人々の……生命と魂の力だっ!! 光に……なぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」


























新世紀エヴァンゲリオンFINAL

THE END OF MYTHOLOGY(ジ・エンド・オブ・マイソロジー)

制作快調! 2007年 春 公開予定


















※作者より

最終章がようやく形となったので、予告篇を投稿させていただきました。

公開はまだ先になりそうですが、楽しみに待っていただければ幸いです。

これからも『新世紀エヴァンゲリオンFINAL ~勇気と共に~』を宜しくお願い申し上げます。










[226] 第四拾伍話 【 心の隙間の埋め方は 】
Name: SIN◆12c26389 ID:4f336a59
Date: 2008/03/10 19:59

闇の(とばり)は深く、眠れる空は尚も(くら)い。そこに瞬く煌星(きらぼし)の下では、巨大な人型の物体が二体、力無く佇んでいた。

ここは第3新東京市の南西方向にある駿河湾から測って、ちょうど真ん中に位置する場所。昼間、『勇者』を名乗る機神と、この人型物体、『使徒』と呼ばれる生命体との人知を超えた戦闘が行われた所である。

周辺に人家も街も無いここは暗闇に包まれていたが、使徒の周辺は異様に明るかった。それもそのはず。現在この使徒は厳重な監視下に置かれており、国連軍警備の中、NERVのチームがデータ採取を行っているのだ。幾つもの仮設テントが組まれ、その中に様々な機器類が設置されている。発電機のモーターの喧しい音、その電力が生み出す照明の光の下、書類やカメラなどを持った職員たちが忙しなく走り回っており、これもまた、今のNERV本部内の状況と同じく『戦争』と言っても過言ではなかった。

そんな彼らを尻目に、上空から使徒の頭部へ降り立つ何者かの影があった。身長は160cmほど。真っ白なローブを身に纏っており、ローブを目深に被っているために顔はおろか、男か女かも判らない。ただ、ローブの端から銀色の髪が見えるだけだった。

この人物の存在に、NERVも国連軍も気付いていない。いや、気付かないのである。警備用に設けられた対人レーダー等のセンサー類にも引っ掛からず、使徒を照らすサーチライトにも捉えられていないのだ。さらにそれ以前に、何の乗り物にも乗らず、空から使徒の頭に降りてくる者がいるなどと誰が想像するだろう。

そう、判らなくて当然なのだ。かの存在は、この巨大人型生命体と同等のモノ。そして、A.T.フィールドの使い方次第で多少なりとも『世界』に干渉できる『自由意志』を司っているのだから……。


「やあ、お疲れ様。 予定通りとはいえ、見事にやられたね」


それは、よく透き通った声だった。少なくとも女性のものではなく、声変わりはまだなのか、それとも間近なのか、少年と言っていい質のものだった。


「………、…… 」

「なぜ僕が来たかって? 君も予定(スケジュール)は把握してるだろう? 我らが姫は『お仕事』さ」

「…………、……、……… 」

「そう。 リリン達には目先の勝利に酔っててもらうさ。 彼らが何をしようとも、僕らの計画は揺るがない」

「……………… 」

「分っているよ。 それじゃあ、また……5日後の夜明けに」


そう言うと銀髪の人物はローブと共に身を翻し、曇り始めた夜空にその姿を消したのだった。








 ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








ショウ・グランハム国連事務総長が綾波邸を辞した頃とほぼ同時刻、ジオフロントのNERV本部でも多くの職員が帰宅の途についていた。そのほとんどは技術開発部やケイジ整備班の人間で、今回の使徒殲滅終了までは本部施設に缶詰めになることを覚悟していた者達にとっては勿怪の幸いとも言えるものだった。

当初に予定されていた各員の作業シフト。それは徹夜・突貫が当たり前のように組まれていたが、赤木リツコの加勢により作業能率は格段に上がり、シフトは一から組み直された。

その結果、当直の職員は別として、彼らは日を跨がぬ内に自宅へ帰ることができるようになったのである。

半ば他部署の尻拭い的な形で仕事を強いられそうになった職員達にとって、リツコはまさに救世主だった。まるで、暴力に支配された世界を救う某伝説の暗殺拳の使い手のように。もっとも、こちらの敵は『世紀末覇王』ではなく、『新世紀酒乱女指揮官』であったが。

まあ、それはともかく、皆はその『幸い』を有難く受け取ったのだった。


「お先に失礼します、赤木博士」

「ええ、ご苦労様」

「じゃあマヤ、お先に」

「お疲れ様。 また明日ね」


プログラムチェックの関係で遅くなった阿賀野カエデ二尉と大井サツキ二尉が帰宅の挨拶をしてケイジ指揮監督ブースを出て行く。これでここに残っているのは、今日一日の作業の仕上げに入ったリツコと伊吹マヤ二尉技術開発部統括代理の二人となった。

と思ったのだが、実際にはもう一人、残っている人間がいた。何を手伝うわけでもなく、ただコーヒーをちびちびと飲みながら作業を見詰める女性。今回の忙しさの原因の一端となった葛城ミサト一尉作戦課長である。

実は彼女、リツコに嫌味を言われて一度は自分の仕事をする為に戻っていた。が、執務室に着いて扉を開けた後、すぐにそのまま閉めた。一歩もそこに足を踏み入れることなく。

ミサトは見てしまったのだ。自分の執務室に紙の海が出来上がっていたのを。放置していた書類の山々。それが無残にも崩れ、部屋全体に撒き散らされた光景を。

踵を返し、再びリツコたちの所へ戻ったのも無理ないのかもしれない。彼女の性格を考えれば。

という訳で、皆に白眼視されながらも、ミサトはこの時間までずっとここに居続けたのであった。

そんな彼女が今まで閉じていた口を開いた。


「ねぇ、リツコ? 教えてくれない?」

「何を?」

「あんたがNERV(ここ)から出てった理由(わけ)……まだ、ちゃんと聞いてないわよ」

「…………」


リツコはキーボードを打つ手を止めない。視線も動かさず、ディスプレイを見たままだ。しかし、心の(うち)は揺れていた。

もう夜も遅い。邪魔するだけなら適当にはぐらかして追い出そうと思っていたリツコ。だが、これまでの刺々しかった口調とは打って変わり、まるでプライベートの時のような柔らかく穏やかな物言いのミサトの言葉は、知らず知らずの内に作っていた彼女の心の壁の隙間を通り抜けたのだ。

リツコは思い返していた。考えてみれば、これまでの人生の中で一番付き合いのある人間はミサトだけであった。同じだけ長いと言えば加持リョウジも含まれるのだが、NERVの前身であるゲヒルンに入所した時には付き合いらしい付き合いは途絶えていた。大学時代から数えて約10年。それはとても長い時間だ。そう簡単に心というものは離れないものなのだな、と感じた。

そんな思いが自然とリツコを微笑ませる。


「なぁに? 戻ってこいって言うの?」

「そう言いたいのはやまやまだけど、あんた『ええ、分かったわ』なんて絶対に言わないでしょう? 見かけによらず頑固だしね。 でも、何も知らないままってのは友達として情けないじゃない」


友達――――


背凭れを胸に抱くような格好で椅子へ真逆に腰掛けるミサトが向けた柔和な笑みと問い。そこに含まれていた思わぬ台詞に、リツコはすぐに言葉を返せないでいた。あの時、何も語らず勝手に離れた自分である。彼女の中では『友人』などという関係はとっくに終わっていると思っていた。


「……ありがとう、ミサト。 まだそう思ってくれているのは嬉しいわ。 そうねぇ……『世界平和と人類の未来の為』なんてお題目を並べたら―――― 怒るわよね?」

「当然よ。 NERV(ここ)の仕事に嫌気が差した、なんて子供(ガキ)っぽい理由も却下。 本音しか受け付けないわよ」

「それ、私も知りたいです」


隣で作業を続けていたはずのマヤも、いつの間にか手を止めてこちらを見ていた。彼女にしても黙って一人で行かれたのだ。どうしても理由を知りたい。

二人とも熱心に見詰めてくるので、リツコは根負けしてしまった。


「……つまんない話よ。 それでいて面白くない話」

「いいから」

「構いません」

「はいはい……」


キーボードを打つ手を止め、これまでの作業過程のバックアップを取るリツコ。マヤにも同じ事を指示して、それらが終わった後、言葉を選んでいるのか、たっぷり1分ほど黙し、深く息をついてミサトとマヤに向き直った。


「それを真剣に考えるきっかけになったのは獅子王博士からのお誘いだったけど、前々から私の(なか)には(くすぶ)っているものがあったのよ」

「燻る?」

「母さんへの想い……違うわ、対抗心ね」

「対抗……ですか?」


ミサト、そしてマヤも、リツコの言葉に疑問符を浮かべる。


「……私はね、母さんを超えたかった―――― いえ、超えたいのよ」


リツコは少し哀しげな顔を見せた。ミサトとマヤには、それが儚げながらも、とても美しく綺麗に見えていた。








 ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








ところ変わって綾波邸。

ようやくシンが休める時間になったのは、もう夜の10時を半ば過ぎてのことだった。ショウ・グランハムを見送った後、遅い夕食を済ませて自室へ戻ろうとした所、マイが「先にお風呂に入りなさい」と入浴を勧めた。それは何とも抗いがたい誘惑だったが、アスカやレイの様子が気になっていたシンは首を横に振り、「お湯、せっかく張り直したんだから母さんが先に入れば?」と逆に勧めた。風呂の順番など特に決めてはいないが、大抵は子供達が先である。いつもマイは最後の残り湯だ。GGGの仕事だけでなく家事もしているのだから仕方ないことだが、たまにはそんな母が綺麗な湯に浸かってもいいのではないかとシンは思う。

そんな息子の気遣いを感じ取ったのか、マイは嬉しそうに微笑んで――――


「分ったわ。 ありがとう」


と、シンの額に軽くキスをし、頭を撫でた。


「~~~~ッ!?」


瞬間、真っ赤になって離れるシン。完全に不意打ちを喰らった格好だ。


「かっか、かっ、母さんっ!?」

「アスカちゃんやレイには黙っておいてね♪ 睨まれたくないもの」

「い…言えるわけないじゃないか!」


その反論に「フフ……」と何故か艶めいて見えた笑みを残し、マイは浴室へと消えていった。

一方、リビングに一人残されたシンだが、顔を赤く染め、額に手を当てたままの格好で固まっていた。

先程のキス、マイはただ、からかい混じりに欧米風の親子のスキンシップをしたつもりなのだろう。しかし、そういうことに慣れてない彼にとっては、少し刺激が強かった。

言うまでもなく、マイは美人だ。それに若い。シンとレイ、二人の母親としてここにいるものの、エヴァ初号機の中で肉体も精神も眠っていた彼女は、接触実験の失敗で溶け込んで消えたあの時のまま、まだ27歳の女性なのだ。ミサトやリツコよりも年下である。

シンは、そのマイを『母親』としてしっかりと認識・理解している。だが、忘れてはいけない。彼は思春期真っ盛りの14歳の少年である。『第18使徒リリン』として覚醒していようが、『クルダ流交殺法』という異世界の闘技を修得していようが、「綺麗なお姉さんは好きですか?」と問われて「大好きです」と迷わず答える健全な青少年なのだ。見た目『年上の綺麗なお姉さん』であるマイに額とはいえキスされて動揺しない方がおかしい。意識して当然である。

しかしながら、ドギマギしつつもシンは幸せな気分を味わっていた。母からキスを貰うというのは、とても気恥ずかしいものだった。だが、これは幼い時の記憶だろうか、誰憚ることなく母に甘え愛されていた頃の事が思い起こされ、何とも照れくさく、それでいて満たされた感覚でもあった。


「(これも『補完』って言うのかな……)」


この思いは、おそらく真実に最も近いだろう。

『人類補完計画』、すなわちSEELEの画策する『サードインパクト』とは、端的に言えば『母胎回帰』を意味している。人類みんなが持つ心の隙間を全て埋め、完全な生命体として生まれ変わる為に『種としての母』である『第2使徒リリス』へ還ろうとするものだ。

その時の心地良さをシンは覚えている。生きていく上で常に付き纏っていた不安や恐怖、重圧や緊張、怒気、虚偽、否定、疑心、憎悪、怨恨、悲哀、嫉妬、苦心、殺意といった様々な負の感情がどうでもよくなっていき、ただただ安らぎ、温もりに包まれ、まどろんでいく。それはマイのキスによりシンが受けた感覚と共通するものだった。

そう、結局は簡単な話だ。『エヴァンゲリオン』、『使徒』、『S2機関』、『A.T.フィールド』、『セフィロト』、『黒き月』、『ロンギヌスの槍』、これ程までに大仰な仕掛けと舞台を整え、数え切れないくらいの犠牲を払ってまで行う事ではないのだ。友人や親兄弟、愛しい人など、自分を分ってくれる人、理解してくれる者の慈愛と想いがあれば、人間は幾らでも補完されて心の隙間を無くすことができる。どれだけ傷付こうともだ。

シンは上機嫌だった。心は春の日向のように温かい。いろんな事があった今日の疲れも吹き飛んだ。「ンン~~♪」と鼻歌だって口ずさむというものだ。

けれども、幸福というのはあまり長く続かないのが哀しき世の常なのである。










「おかえり、シン。 随分とご機嫌ねぇ」

「……おかえりなさい、お兄ちゃん」

「ぅひっ!」


何の前触れもなく背後から掛けられた声は、陽気のシンを一転させ、瞬時に固まらせた。おどろおどろしいA.T.フィールドの波動(オーラ)を漂わせるそれは、頭からすっぽりと抜けていた「睨まれたくないもの」というマイの言葉を思い出させるのに充分なものだった。


「(見られ…た……っ!?)」


ギギ…ギ…という(グリス)が切れて錆びついた機械のような身体の動きと、心の動揺そのままの青褪めた顔でシンが振り返ると、そこには寝間着(パジャマ)姿の少女二人、アスカとレイがいた。彼女らのイメージに合わせた桃色(ピンク)空色(スカイブルー)、それぞれがよく似合っていて可愛い。


「た、たた…ただだいま、あアスカ、レイい。 は、はは…ははひ……」


噛んだ。その上、強張った笑顔―――― まるで悪戯を見咎められた子供だ。誤魔化そうとして無理やり表情を作った為、頬がヒクついてぎこちない。

そんなシンに対して、アスカとレイが向ける表情は笑顔も笑顔。にっこり全開だ。それを見て、女の子の機微に疎い鈍感少年の彼は、ほっと胸を撫で下ろした。あぁ……大丈夫だった、と。

安堵の息を漏らしたシンだが、そう都合よく事は運ばない。彼は気付いていなかった。彼女ら二人の気配には未だドロドロしたものが渦巻いていて、その笑顔には皮肉と嫌味と勘繰りが混じり合い、目が全く笑っていないものだということに。


「何よ、変な声だして……顔色も悪いわね、大丈夫? シン」

「……お兄ちゃん?」


アスカとレイが心配そうに(・・・・・)近寄ってくる。シンは慌てて首を振った。


「い…いや、何でもないよ! それより二人とも、まだ起きてたんだね。 部屋にいるって聞いてたから、もう休んでるかもって思ってた」


出来るだけ不自然でないよう、シンは話題を変えた。今は大事な時だ。余計な気を遣わせるわけにはいかない。

けれども、彼女らの思いはそうではなかった。


「そのつもりだったんだけどね」


今日はさすがに疲れたから、とアスカは嘆息しながら肩を竦めた。


「でも、『おかえり』と『おやすみ』くらい言いたいねってレイと」


アスカが目配せのように視線を隣に向ける。レイは、こくこくと頷いた。

シンは苦笑いを浮かべた。二人への申し訳なさと自らの不明が綯い交ぜになった複雑な表情(かお)。何だかんだ言って、結局は気を遣わせてしまっていた。


「ごめん、ありがとう」

―――― 感謝の言葉を付けただけ、まだマシね……ちぇっ、内罰的って言いたかったのに……

「えっ? なに?」


アスカの声は小さすぎて聞こえなかった。疑問符を浮かべたシンが訊ねたが、アスカは「別に何でもないわ」と素っ気なかった。


「……お兄ちゃん、小父様は? もうお休みになったの?」


少し眠いのか、しょぼしょぼする(まぶた)を擦りながらレイは辺りを見回した。がらんとして静かなリビングが気になったのだろう。


「実はね、さっき緊急の用件が入ったんだよ。 それで第2東京へ」

「ふぅん……じゃあ、セミ―――― じゃなかった、チョウ―――― でもない……えーっと、トンボがえり……ってやつ?」


アスカは、まだまだ日本語の難しい言い回しが苦手だった。それは彼女も分かっているので、指摘すると「偉そうに……」と途端にジト目を向けて不機嫌になってしまう。だからシンは、敢えてそこに触れず、頷き返すだけにしておいた。後がいろいろ大変なので。

そんなアスカの隣で、レイは寂しそうに肩を落としていた。


「……小父様にも『おやすみなさい』が言いたかった」

「アタシも。 もっとお話したかったわ、楽しい晩ご飯だったし」


その事はシンもショウから聞いていた。今日の夕飯は、ショウが若い頃の話をしたり、アスカとレイが学校での事や友人の話をしたりと、とても賑やかなものだったらしい。セカンドインパクトの悲劇で血縁を全て亡くしているショウにとって、今夜は懐かしい家族団欒と言えるもので、嬉しくもあり、楽しかったようだ。それが『合衆国大統領の死』という予想も付かない事態が起ったとは言え、ああも早々に帰らねばならなかったのは、彼にとっても残念だっただろう。


「忙しい方だからね、仕方ないよ」

「そうね、それじゃあ仕方ないわ、誰もいないんじゃあねぇ…………おでこにチューされて喜んでる男がいても(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「はへっ?」


またもマヌケで素っ頓狂な声を上げた少年は、がしりっ、とアスカに右腕を拘束された。


「リビングまで来てみるとねぇ……なぁ~~んかねぇ~……ママにキスされてニヤニヤ笑ってるヤツがいるのよ~……ムカつくわ」


さらに続けて左腕も掴まれる。今度はレイだ。


「うえっ!?」

「……お母さんばっかり、ずるい」


サァーッ、とシンの顔から血の気が引いた。今頃になって気付いたのだ。そう、とっくに―――― と言うより、初めからバレていたということに。






楽しかった夕飯の後、アスカとレイが先に部屋へ戻っていたのは、シンに大事な話があるというショウに遠慮してのことだった。シンが帰ってきたことは、リビングから少し漏れ聞こえてきた会話ですぐに分かった。しばらくして静かになったので、話は終わったのだろうと見当を付けた二人がリビングまで来てみると、マイがシンの額にキスし、頭を撫でていた。それだけなら、まだいい。母子のスキンシップで済むのだから。

しかし、誰もいなくなったリビングで含み笑いしたり、でれでれと照れ笑いしたりされると、想いを寄せる女としては流石にカチーンと頭にきて、怒りマークの青筋を浮かび上がらせた二人だった。

だが、同時にチャンスでもあった。これをネタに今夜はあれこれ我が侭が言える、と。






しっかりと目標を確保したアスカとレイは、ニヤリと口角を吊り上げ、笑みを深くした。何処ぞの魔女の如く「ケケケケケ♪」と聞こえそうなそれは「ちゃ~~んす」だったり「ばあさんはようずみ」だったりする笑顔であった。なお、ここで言う「ばあさん」は、決してマイの事ではないということだけは追記しておく、念の為。


「え? ええっ!?」


有無を言わさず、シンはそのまま引き摺られながら連行されていく。


「二人とも、ちょっと待ってよ、アレは――――


言い訳しようにも全ては後の祭りである。自室に連れ込まれ、ドアがバタンと閉じられると、「あ~~~れ~~~」という少年らしからぬ悲鳴が家中に響き渡った。成仏してくれ、シン……合掌。










「フン、フ~ン♪ …………あら? 何か聞こえたと思ったけど―――― フフ、気の所為ね、きっと」


広い湯船の中で寛いで湯を愉しんでいたマイにも、微かではあるが、確実に息子の叫びは届いていた。けれども、それに緊急性が全く聞こえなかったことに気付くと、娘二人(一人は嫁の予定)が絡んでいると察し、面白いわ♪ と無視することに決めた。

何気に酷い 騒ぎの元凶(マイ)であった。










「誰か僕に優しくしてよ……」


他人が聞いたら確実に滅殺決定な―――― 何とも贅沢な悩みを吐露するシン。今、彼がどんな状態なのか、それは後に語るとしよう。

子供たちの喧騒(レクリエーション)、果たしてこれは『補完』と言えるのか? 今の彼らに問えば、返ってくる答えは「YES」でもあり「NO」でもあるだろう。しかし、このようなスキンシップも人間(ヒト)の成長には必要なものである。そう考えると、彼らが大人になった時、これらが良き思い出として笑い話になっているのであれば、それは間違いなく『補完』と呼べるものになるのかもしれない。








 ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








「ふぅ……ああ、いい気持ち……」


淡く柔らかい電灯の光が照らし、湯気が濛々と立ち込める浴室に、シャワーを浴びる赤木リツコの美しい裸身があった。30歳には決して見えない張りのある肌と、無駄な贅肉など一切無い肢体(スタイル)。同じ歳の女性なら誰もが羨むだろうその身体を少し熱めの湯が伝い、今日一日の汗や汚れを洗い落として疲れを癒す。

ここは、第3新東京市内のマンションにある伊吹マヤの自宅だ。潔癖症気味の彼女らしい性格がよく出ている。部屋は隅々まで掃除が行き届いていて、このバスルームにも水垢やカビなどのシミは一つも見当たらない。これを保つのは大変な労力がいることだろう。日々の忙しい仕事の中、貴重な休みの日に頑張ってゴシゴシ洗う後輩の姿を思い浮かべるとリツコの頬は緩んだ。

そんなマヤの所に何故リツコがいるのかと言うと、今回の使徒戦に関する仕事が終わるまでの数日間の宿としてマヤに誘われたからだった。

当初、リツコは手近なビジネスホテルに泊まることにしていた。短い間ではあるものの、わざわざ毎日オービットベースから通うという手間を掛けるつもりはないし、そうかと言ってNERV時代の自宅マンションは、離反後すぐに賃貸契約を解除して私物全てを引き揚げている為に使えない。同僚である綾波マイの家へ世話になるという手もあることはある。実際、地球に降りる際にマイからそう勧められていた。しかし、リツコはそれを断っていた。NERV内部の状況にも左右されるが、一日一日の作業終了時間が予測できないのだ。今日は何とかモノレールの終電前に帰ることができたが、明日はどうなるか分からない。組み直した作業シフトは、あくまで予定だ。日を跨いだ真夜中に「ただいま帰りました」と迷惑を掛けるわけにはいかない。ただでさえマイの所には、使徒との再戦で要になるだろうエヴァパイロットの少女二人がいる。彼女たちの体調(コンディション)を崩させてまでエヴァを直しても意味が無い。それこそ本末転倒だ。

そこに声を掛けたのがマヤだった。彼女からの提案は渡りに船で、リツコ自身、今後の仕事やプライベートなどを含めた諸々の事を話したかったので、却って都合が良かった。

そういう訳で、リツコはGGGから出向の間、マヤの家に邪魔させてもらうことになったのだった。


「センパーイ。 タオル、ここに置きますね。 あと着替えなんですけど、もし良かったら私の予備のパジャマ、使ってください。 一緒に置いておきますから」

「ええ、ありがとう、助かるわ」

「いえ」


磨りガラスのドアの向こう、脱衣所の籠にタオル類を入れたマヤのシルエットが離れていく。そうしてまた一人になり、シャワーの水音だけが響く浴室で、リツコは濡れて額に張り付いた前髪を掻き上げながら今日の事を思い返していた。


「あんな話をするなんて…………私も歳を取ったってことなのかしら……。 でも……本当にスッキリしたわ」


良い気分だった。心の内奥に篭っていた悶々とした思いは綺麗に払拭され、憑きものが落ちたように晴れやかだった。あの時は話の流れであれこれ喋ってしまったが、いま思えば、それが却って良かったように思える。一人で抱え込んで、悩んで、苛ついて―――― 焦りが醜い情念を生み、似ているだけなのに少女に当り散らしそうになったのも一度や二度ではなかった。しかし、もうそんな事を考えることすらない。心の持ち方、意識の捉え方でこんなにも人間(ヒト)は変わる。リツコは、今まで何をやっていたのかしら、と自嘲気味に微笑んだ。


「そろそろ上がらないとマヤに悪いわね」


身体は充分に温まった。リツコはシャワーを止め、浴室から出て身体を拭いた。冷めない内にと籠から着替えを手にしたところでピキッと固まった。


「ピンクの地に子猫の柄はまだいいとしても……このフリルだけはどうにかならないかしら……はぁ……」


早計という言葉が脳裏をよぎり、少しだけ後悔し始めたリツコであった。










「ありがとう、助かるわ」

「いえ」


リツコの礼を謙虚に返したマヤは、客間の準備をするため脱衣所を後にした。マヤの自宅は2LDKという間取りで、若い女性の一人暮らしとしては広すぎる感がある。賃貸なので月々の支払いも結構なものだろう。しかし、そこは国連の特務機関所属の国際公務員の彼女。給料もそこらの企業のOLとは比べ物にならないほど貰っているので、このくらいは何の問題は無かった。さらに言えば、セキュリティが完備されているというのも理由の一つだ。

リツコに使ってもらう客間は6帖の和室で、ボストンバック等の荷物は既に運び込まれていた。マヤは、押入れにしまっておいた予備の布団を出し、部屋の真ん中に敷く。

無言。憧れの先輩が泊まるというのにマヤの表情は少し暗い。就寝の用意をしながら、NERV本部でのリツコの話を思い出していたからだった。










「……私はね、母さんを超えたかった―――― いえ、超えたいのよ」

「お母さん……って」

「赤木ナオコ博士……ですよね?」

「ええ、そう」


リツコの告白は、少なからずミサトとマヤを緊張させた。NERVと袂を別った理由を聞かせろと言ったものの、それが本人だけではなく、家族の事にまで及ぶとは思わなかった。本当にこれ以上を聞いていいのか迷う。

赤木ナオコは既に故人の為、ミサトもマヤも直接の面識はない。だが、その名前は否でも知っていた。世界の科学史に足跡を残した偉大な科学者として。


「私は、自分が最初っていう大きな仕事を成し遂げたいの。 MAGIみたいなね」


そう言われ、ミサトはリツコの話に首を傾げた。MAGIのみならず、功績というのならリツコはとっくに超えていると思ったからだ。


「なに言ってんの? MAGIだってエヴァだって、あんたが造ったんでしょうが。 充分じゃない」

「あなた、何も知らないのね」

「それはリツコが私みたく自分のことをベラベラと喋らないからでしょう! フン!」


せっかくのフォローを呆れた口調で返されて、ミサトは不貞腐れた。

あまりに子供っぽい仕草に、マヤは「歳を考えてください」と言いそうになったが、目の前のリツコが微笑んでいたので余計な茶茶は入れずにおいた。


「そうね……私はMAGIをシステムアップしただけ。 基礎理論を作ったのは母さんなのよ」


一息いれようとリツコはサイフォンからマグカップにコーヒーを注ぎ、一口つけた。温かさが染み渡り、落ち着く。


「人格移植OSって知ってる?」


リツコの問いに、ミサトは少し考えて口を開いた。


「えっと……第7世代の有機コンピューターに個人の人格を移植して思考させるシステム……エヴァの操縦にも使われている技術よね」

「あら? 少しは勉強したようね」

「何よ、嫌味? それとも馬鹿にしてんの?」

「両方……って言ったら怒るわね。 冗談よ。 MAGIはね、その第一号らしいわ。 母さんが開発した技術なのよ」


第7世代有機コンピューターとはバイオテクノロジーと電子論理回路を活用したもので、それに人格移植OSを搭載したシステムが『MAGI』である。これらの基礎理論の構築と本体開発により、セカンドインパクトによって数年以上も停滞していた人類の科学技術は格段の進歩を約束された。

そんな母の偉業は、同じ科学者のリツコにとって途轍もなく大きな壁であった。


「母さんはMAGIオリジナルの開発に成功して、科学者としての地位を不動のものにした。 でも、私には何もない。 私だけの『証』がないのよ。 それを残すような仕事がしたいの」

「だからGGGだって言うの?」

「NERVでは難しいからね」

「何が難しいってのよ……」


ミサトは納得がいかないようだ。マヤも同じような表情をしている。

リツコは全てを話してしまいたかった。難しい理由など一つしかない。それは、NERVという組織本来の目的だ。サードインパクトという滅びの果てに『証』を残しても意味はない。

だが、これを話すのはまだ早い。機は未だ熟していなかった。


「MAGIが違うってんなら、エヴァはどうなのよ? あれもそうだっての?」


リツコはミサトの問いに頷いて答えた。


「エヴァは、元々は母さんと一緒に『東方の三賢者』と呼ばれた人たちが造ったの。 まずはシステム理論と素体建造のノウハウを確立させた碇ユイ博士が初号機を、そして弐号機を惣流・キョウコ・ツェペリン博士が。 零号機は初号機の劣化コピーみたいなものだし、半分は母さんが仕上げていたから私が一から造り上げたとは言えないわね。 結局のところ、私がエヴァに対してやった事と言えば、完成間近のそれを引き継いで、使徒との戦闘に耐えられるように調整したってだけなのよ」

「え? 零号機が全てのベースになったんじゃないの? ナンバリングだって『EVA-00』だし……前に私はそう聞いていたわよ」

「それ、私もです」


ミサトやマヤが言っているのは、NERV上層部と人類補完委員会(SEELE)が国連会議での報告用に作成した表向きの建前である。エヴァンゲリオンの建造、特に初号機は、その全てが機密と言っていい代物だ。上位組織の国連にも隠したものを職員に話すことは決して無い。その辺りをあまり詳しく話をすると却って困惑させてしまうので、リツコは当たり障りの無い部分だけを話すことにした。


「開発自体は零号機の方が先よ。 けれど、生体部分の開発が上手くいかなくて、後発の初号機に追い抜かれたの。 それで初号機の設計をベースに組み直して完成させたのが零号機なのよ」


へぇ~、と驚き混じりに嘆息する二人を尻目に、リツコはいつ間にか話の筋が逸れていることに気付いた。


「話が横道に行っちゃったから戻すわね。 大学を卒業した私は、望んで母さんと同じ組織に身を置いた……NERVの前身、ゲヒルンね。 科学者として、研究者として誰よりも尊敬する母さんの傍で頑張り、いつか必ず超えてみせると心に誓ったわ。 でも――――




本当にいいのね?

ああ、自分の仕事に後悔はない。

嘘。 ユイさんのこと、忘れられないんでしょ…………でも、いいの。 私は……。

…………。



接吻を交わす二人。だが、母の想いに応えるべき男の表情は、完全に冷めたものだった。




「母さんは司令と情を通じていた。 それを見て、私の(なか)には母さんを軽蔑する気持ちが生まれたの。 ああ、所詮あの人も只の女だったのね、と」



けれど―――― 同時に羨ましくもあった。



「いろいろあって、母さんは自ら命を絶った。 本当に突然のことだったわ。 それは、とても惨めで…………だから、母さんのお葬式の時、私は思ったわ。 あんなふうにはならない。 女としての自分なんていらない。 母さんのようには絶対にならないって」


それは独白のように続けられる。衝撃的な内容に、誰もリツコに対して何も言えず、ただ黙って聞くだけだった。


「でも、出棺が終わった後――――



君だけだ。 ナオコ君が亡くなってしまった今、私を支えられるのは……。 力になってくれ、お母さんのように。 私を……助けてくれ。



「そう言って縋ってくる司令を見て、私は『勝った』と思ったわ。 あの母さんが手に入れられなかったモノが私のモノになる……それがとても心地良かったのよ。 けど、いま考えれば、それも司令の(はかりごと)だったのよねぇ……」


はぁ、とリツコは悔恨の溜息を漏らした。あれからの自分は、まるで熱に浮かされたように男に入れ込んでしまった。ほとんど強姦そのままに劣情をぶつけられて結ばれた肉体関係も、あの頃は身を焦がし尽くすくらいの愉悦を感じていた。詰まるところ、それは母親ナオコへの意趣返しが含まれていたのかもしれない。尊敬する『科学者』ではなく、愛する『母』ではなく、醜い『女』の情念に負けて死んでしまった母親に対する気持ちの当て付けが……。

馬鹿だ。本当に馬鹿だ。勉強ばかりで人間関係が稀薄だった世間知らずの小娘が見事に騙された。それをリツコは心底悔やんだ。

一方、話を聞いていた側は愕然としていた。内容が内容である。ミサトはまだ耐性がある方だ。自分の紙コップに残っていたコーヒーを飲み干して、なんとか落ち着いた。しかし、問題はマヤである。潔癖症気味の彼女の表情は真っ青で、身体は小刻みに震えていた。持っていたマグカップを落としそうになる。リツコが気付いて直させた。


「変な話しちゃったわね……ごめんなさい、マヤ」

「……あ、いえ……いいんです……話してくださいって言ったのは私たちですし……」


マヤの言う通り、リツコが謝る必要はない。つまらない話、面白くない話と前置きされた上で聞いたのだから。

とは言え、何もしないというわけにもいかない。リツコは声を掛けたり手を摩ったりしてマヤの強張りを解いていった。


「母子そろって司令の愛人か……」

「葛城さん! そんな言い方……っ!」


ぼそりと呟かれたミサトの率直な感想に、マヤは弾かれたように俯いていた顔を上げ、非難した。まだ声は震えているが、彼女は、それでも友達か、と言うようにミサトを睨み付けている。リツコは、そんな後輩を「いいのよ」と苦笑しながら柔らかに抑えた。


「謝んないわよ、私は」


ミサトは、悪びれもせず言い切った。


「怒ってんだからねっ! 何が対抗心よ、バカバカしい! グズグズ悩んで一人で爆発して……だったら何で相談しに来ないのよ!! 私はそんなに頼りない? 友達甲斐のない奴っ!」

「ごめんなさい、ミサト……」


リツコには謝ることしかできなかった。


「フンッ!」


頭を下げるリツコにそっぽを向いて、ミサトは肩肘を怒らせてケイジ指揮監督ブースを出て行こうとする。


「葛城さん!」


責めるマヤの言葉にも耳を貸さない。出入口ドアの開閉スイッチを押した直後、ミサトは大声で喚いた。


「あ~~あ、損したっ! くだんない噂ふりまいてるバカな連中、ブン殴って損したぁっ!!」

―――― え?」


わざとらしい上に恩着せがましい台詞に、リツコは訳が分からず、顔を上げた。

そして、扉が閉まる間際。


「理由は分かった……ありがと。 じゃあね、リツコ」


打って変わった優しい声。「待って」とリツコが止めるも間に合わず、扉は無慈悲に閉じられた。


「ミサト……」


彼女は許してくれたのだろうか。リツコはそう思いたかった。だが、分からないことがある。「ブン殴って損した」ということの意味だ。

その疑問に首を捻っていると、マヤが答えてくれた。


「私がNERV本部(ここ)に配属されて暫くのことなんですけど、食堂で先輩のことを整備班の何人かが口汚く噂話してたんです。 聞くに堪えない内容だったんで私は出て行こうしたんですけど、ちょうどその時、別の席で食事してた葛城さんがその人たちに突っかかっていって、そのまま乱闘に…………覚えてませんか?」


思い出した。数年前、あまりの騒動の大きさに保安部の精鋭まで出動した事件だ。事情聴取を行っても当事者は皆、「申し訳ありません」としか喋らず、それ以外は口を噤んで何も語らなかった為、全員3日間の独房入りになったのだ。


「なるほど、あれはそういう事情があったのね。 整備班にはゲヒルン時代からの古参の作業員もいるから……」


リツコは嬉しかった。自分の為に怒ってくれ、そのまま何も言わず、これまでと変わらずに接してくれていたのだから。

ミサトは友達だ。所属する組織、進む道は別々になってしまったが、友達であることに違いはなく、ミサトもそう思ってくれている。それが確かめられただけ、今日はここに来て良かったと思った。


「さ、ミサトも帰ったし、仕事も一段落した。 私たちも帰りましょうか、マヤ」

「はい」


笑顔を向けるリツコ。マヤには何の異論も無かった。










「いいなぁ、葛城さん……先輩にあんなに思ってもらって。 私にも、何かできることはありませんか? 先輩……」


呟くマヤ。その問いかけに答える女性(ヒト)はここにはいない。しかし、だからこそ口にできた言葉だった。ただの羨望ではなく、嫉妬が入り混じった醜い感情。渇望。


「葛城さんのこと言えない……馬鹿だ、私」


そう自覚して沈んだ気持ちでいると、ふと、マヤの耳に水の滴る音が聞こえてきた。それは窓の外から。カーテンを開けると、そこには予想通りの夜景が見えていた。


「はぁ、憂鬱……明日までには止むかなぁ」


彼女の心を表すように、いつの間にか、外は雨が降り出していた。


「マヤ、お先に。 いいお湯でした」

「あ、はーい」


こんな顔は見せられない。パン、とマヤは自分で自分の両頬を張って気合を入れ、努めて明るく、お風呂上りのリツコにお茶を用意しようとリビングに戻った。








 ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








次の日の朝、空は雨が残ることなく晴れ渡った。まだ雲は少し在るが、綺麗に澄んだ空の青に対するコントラストとしての白だと思えば全く気にならないものであり、それが尚のこと蒼天の美しさを際立たせていた。

その空の下、水溜りを器用に避けてランドセルを背負った子供たちが楽しそうに声を上げながら小学校への(みち)を走っていく。同じように、今度はちょっと年上で制服姿のお兄さん、お姉さんたちが和気藹々とお喋りに興じながら中学校への路を歩いていた。

彼らの中の一人、鈴原トウジは、珍しくジャージ姿ではなかった。理由は昨夜の雨である。妹に「汗臭い」と鼻を抓まれたので、洗濯して干しておいたのだ。しかし降り出した雨に気付かず、見事に湿ったまま朝を迎えたのだ。服に無頓着なところがあるトウジも、さすがにこれは着ていく気にならず、久しぶりに制服での登校になったわけだ。ちなみに、一緒に登校している友人たちは、普段とは違うトウジの格好に「似合わない」「キモい」「変」と言いたい放題だった。特に女子が。

少し凹み気味のトウジだったが、それ以上に疲れた様子でいる友人に気付いた。いろんな意味で尊敬し、「センセ」と好意を持って呼ぶ少年、綾波シンであった。


「何やセンセ、えらい元気ないやんか。 朝メシ食わへんかったんか?」

「あ、トウジ……違うんだよ、ちょっと寝不足で」

「何で寝てへんねん。 昨日センセ、身体の調子が悪い言うて早退したんちゃうんか」

「い、いや……あれは……その」


言い澱む友人の態度に、トウジは「やっぱな」と納得した。非常事態宣言が解除されたあの時、体調不良と言いながらシェルターからダッシュで帰っていったのだ。そう思うのは当然だった。


「仮病やったんか。 ずっこいのう、センセは。 ワイも今度はそう言うて抜けようかいな」


トウジは、からかい混じりに笑った。怒ったり責めたりはしない。むしろ上手くやったと賞賛した。真面目ぶってお堅いだけの人間より遥かに良いし、面白い。


「なに笑ってんだよ、トウジ」


カメラ片手に近付いてきたのは、シンと同じく友人の一人である相田ケンスケだった。今まで離れていたのは、自分たちの前を歩いている女子連中を撮影していたからだ。勿論のこと、無断ではない。卒業アルバム用ということでお墨付きを貰っている。しかし、それでもケンスケは物足りない感じを拭えない。第壱中の男子生徒御用達であり、小遣い稼ぎの最重要拠点でもあった体育館裏の販売店が、『紅い竜巻』と『蒼い吹雪』を中心した女子連合軍に叩き潰されたからだ。死刑(私刑)寸前のところをシンに助けられ、なんとか許してもらったものの、無難なカットしか撮影できなくなったというのは結構つまらないものだった。まあ、カメラ自体を取り上げられなかっただけ、まだマシというものだが。


「おう、ケンスケ。 昨日センセが早う帰ったんは仮病(ウソ)やったっちゅう話や」

「なんだ、やっぱりそうか。 分かりやす過ぎだよな、アレは」


そう言ってケラケラ笑いながら、ケンスケはシンにカメラを構え、笑え、とも何とも言わずにシャッターを切った。「こんなところ撮らないでよ」とシンは困った顔を向けたが、「被写体は自然なのが一番なんだよ」と構わず撮り続けた。


「せやけど、それやったら寝不足のワケは何やねん。 何ぞ用事でもあったんか?」


トウジは、シンの窶れ具合は変だと思った。たった一日で目の下に隈ができているし、足元も少しふらついている。だが、一緒に暮らしている妹のレイや同居人のアスカに変わりはない。昨日の非常事態宣言の原因である化け物との戦いでロボットのパイロットの彼女らが怪我をしたという様子もなく、それどころか、いつにも増して元気で機嫌が良いように見える。となれば看病ということもない。何か、夜通しで疲れるような事をしたのだろうか。


「あ~ん?」


そう考えてトウジは、あることに気付いた。綾波シンは、あれ程の美人と同居している男だ。それが夜中、疲れることがあるとすれば――――


「ちょ、ちょお待てぇっ!!」


年頃のオトコノコは、その例に漏れない想像をした。


「シ…シシ、シン! おま、おまおま、おま」


汗だくで噛みまくる挙動不審なトウジに、シンとケンスケは首を傾げた。


「トウジ? どうしたのさ」

「変なもんでも食ったか?」

「ちゃうわい! シン、お前ェ! 抜け駆けして一人でオトナの階段上ったんかぁっ!!」


シンはコケた。それも頭からズザサーーッと。あまりに予想外で下らない指摘に、身体の力が一気に抜けた。起き上がるのも億劫だ。

しかし、そのシンを無理やり起こし、ガクガクと揺さぶる人間がいた。ケンスケだった。


「シン! それは本当かぁっ!? 俺たちの友情は何だったんだ!!」


半泣きになって責めるケンスケ。その必死さにシンは少し引いた。


「何でそういう話になるのさ」

「オノレが妙に疲れとるからじゃ! ヤることヤったんやろが!!」

「くっそぉっ! 何でお前ばっかり! くぅぅぅ……」

「ち、違うよ! 昨日はアスカとレイが僕を挟んで抱き枕にして寝ちゃったから、逆に僕は寝れなかったんだよ。 だから眠たくて―――― って、あっ」


シンは言ってから気付いた。墓穴を掘ったと。


「だ、だ…だだ、抱き枕ぁ!?」

「間に挟まれ、組んず解れずっ!?」


シンジの口から出た衝撃の真相に、トウジとケンスケはお約束通りにあのポーズを取った。


「「イヤ~ンな感じ」」

「それは、こっちのセリフ……よっ!!」


勢いよく投げつけられた鞄が、ドゴンッ! と見事にトウジとケンスケの顔面にヒットした。投手(ピッチャー)は真っ赤な顔のアスカだった。今年の沢村賞は彼女に決定か。


「くだないことをいつまでもグチグチと……いい加減にしなさいよ、このエロバカコンビが!! ほら、シン、早く立ちなさい! 遅刻しちゃうわ――――



がしりっ



―――― よ?」


倒れたままのシンに手を貸そうとしたアスカは、後ろから羽交い絞めにされて拘束された。捕まえたのは、一緒に登校している友人の一人で、本人非公認団体『綾波シン愛好会』のメンバーだった。


ア~ス~カ~……? 今の話は聞き捨てならないわねぇ……キッチリ全部、丸ごとズバッと吐いてもらいましょうか

「イツキぃっ!? ちょっ……何よ!?」


もがくアスカだが、ビクともしないことに吃驚した。幼い頃からチルドレンとして訓練を欠かしたことのないアスカ。同い年なら男にだって絶対に負けないと自負するだけの力は持っている。けれど、今の佐藤イツキの力は、それを上回っていた。げに恐ろしきはジェラシー・パワー。


「レ、レイ! 助け―――― てぇっ!?」


もう一人の当事者も、同じく友人で愛好会メンバーの雪島エリと夏目ショウコに捕まっていた。黒いオーラを放つ二人を相手に逃げられずにいる。

頼れるのは、あと一人。


「ヒカリ!」

「アスカもレイさんも綾波君も、不潔よぉっ!! で、どんな感じだった?」


味方は誰もいなかった。

男子どもは全員ダウン。女子連中は姦しく大騒ぎ。そして周りの皆は他人の振りを決め込んだ。


「あー……もうこのまま寝ていい?」


なんだかなー、とシンは倒れたままで諦観し出した。しばらくして遠くから遅刻を告げる学校の鐘の音(チャイム)が聞こえると、朝のHRは完全に放棄した。










―――― と、そのまま終わるわけもなく。

この乱痴気(らんちき)騒ぎを鎮めたのはルネ・カーディフ・獅子王だった。キャアキャア喧しい女子たちに拳骨を一つずつ落として静かにさせ、鞄の一撃で目を回して倒れているトウジとケンスケ、地べたで眠りかけていたシンを引き摺り起こし、ぽいっ、と一投げして「学校に行け」と睨み付けた。いきなりの美女の登場にトウジとケンスケは色めき立ち、彼女が誰だか知らないヒカリやイツキたちは困惑した。


「NERVの人だよ。 アスカとレイを護衛してくれてるルネ・カーディフさん」


シンが紹介すると、トウジとケンスケの「「おおー!」」という野太い歓声が上がった。


「ひどい、ルネさん!」

「……痛い」


頭を押さえ、ブーブー文句を垂れるアスカとレイ。イツキたちも、いきなり小突かれては面白くなく、涙目で膨れている。ただ、ヒカリだけは鼻を伸ばしている関西弁の同級生にジト目を向けていた。


「バカだね、あんた達は。 あと10分で一時間目が始まるよ」


呆れるルネの言葉を聞いて、子供たちは「え゛っ?」と立ち竦んだ。慌てて腕時計や携帯のディスプレイを見ると、8時40分が示されていた。


「「「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」」」」


顔に焦りの色を貼り付けて、子供たちは駆け出した。だが、もう既に遅刻に気付いて諦めていたシンだけは落ち着いていて、ルネに、ぺこり、と頭を下げた後、学校に向かった。


「やれやれ……」


そう嘆息するも、ルネは笑顔で手を振り、彼らを見送った。










「そうだ、シン。 忘れない内に渡しておくな、これ」


学校への道すがら、後から追いついてきたシンにケンスケが走りながら1枚のCD-Rを手渡した。


「あ、これって!」


そのラベルには『弦楽四重奏 Kanon パッヘルベル』と書かれてあった。


「頼まれてたヤツ、昨日の夜にやっと見つけたから」

「ありがとう、助かったよ」


それは以前、シンがケンスケに頼んでいた物で、ヨハン・パッヘルベル作曲の『Kanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo(3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調)』の第1曲『Kanon』の楽譜データだった。シンは一応、この曲をそらで弾くことができる。だが先週、自室の掃除や整理整頓をしていた時に楽譜の一部が無くなっていることに気付いた。そんなに必要ではなかったが、揃っていないというのは気持ち悪いもので、ケンスケにプリントアウト用のデータを探してもらっていたのだ。祖父に頼むという手も考えたが、もしかするとパッヘルベル執筆の原本を持ってくるかも、というような、趣味で音楽をやっているに過ぎない人間にとっては洒落にならないことをするかもしれないで、敢えてそこは外しておいた。金持ちは、あらゆる意味で怖い。

ともあれ、手に入って良かった。セカンドインパクトの被害で、今は西暦2000年以前の古いデータが見つけ難くなっていた。


「でもシン、お前クラシックやるんだな。 何か楽器できんの?」

「小さい頃からチェロをね。 ケンスケに探してもらったやつは、そのチェロと3つのヴァイオリンを組み合わせた四重奏曲で有名で――――


あ……、と。

そこまで言いかけた時、シンの脳裏に何かが閃いた。浮かんで消え、消えては浮かんでくる情景。それは昨日のイスラフェルとの戦いの映像。敵味方の動きや様々な状況、バラバラだったそれらがパズルのピースのように組まれていく。そして全てが一つになった時、シンは踊り出したいくらいの興奮に包まれた。


「……おい、シン、どうしたんだ?」


立ち止まったシンにケンスケが声を掛ける。それでも呆けたように宙を見つめるシン。前を走っていたアスカやレイ、友人たちも様子が変だと心配して駆け寄ってくる。


「シン、大丈夫なのか!?」


業を煮やしたケンスケがシンの肩を掴んだ。その途端、最上の笑顔と輝く瞳を向けたシンがケンスケに抱きついた。


「ぎゃあ!!」


ケンスケは悲鳴を上げた。当然だ。彼にそっちの趣味はない。トウジも青い顔で引きまくっている。さらには、ビキッ! とヒビ割れのような音がした、女子側から。

そんな周りの様子など全く気付かず、シンは喜色満面の笑みでケンスケを抱き締めたまま飛び跳ねた。


「ありがとう、ケンスケ! 君は最高の友達だ!! そうだよ、四重奏だよ……何で気がつかなかったんだ!」

「お、おい……」


ケンスケは戸惑った。最高の友達だと言われて悪い気はしない。いや、寧ろ嬉しい。だが、この喜び方は異常だ。それに何より、周りの雰囲気が恐ろしい。


「よし! これなら大丈夫だ、上手くいく……ごめん、みんな! 僕、今日は学校休むから!」


何か一人で納得したシンは、理由なしに欠席だけを伝えて学校とは逆方向へ駆け出した。


「シン! おい、ちょっ……!」


止める間もなかった。ケンスケは、俺を置いていくな、と言いたかった。変な意味ではない。ただ単純に、ここにはいたくなかったのだ。


「シンが男色に走った……」

「……BLは小説の中だけで充分だわ」

「何で相田なのよ……」

「コロしていい?」

「シネバイイノニ」


誰が何の台詞を言っているのか、それはご想像にお任せする。

すまない、ケンスケ。君を救うことは誰にもできない。


「ちょっと待てぇぇぇっ!!」


ぐちゃり、と何かが潰れる音がした。





「なあ、委員長……ワイらは何も見んかったよな?」

「え……? え…ええっ! 何も見なかったわ! 何も……」








 ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








地球衛星軌道上に位置するGGGオービットベース、その作戦司令室であるメインオーダールームでは昨日の会議に引き続き、使徒イスラフェルとの再戦に向けての作戦が練られていた。様々な角度からの戦闘データの検証が行われ、フォーメーションが組み立てられる。そして、それに基づく何通りものシミュレーションの考察を経て、またデータの検証がなされていく。

しかしながら、それのどれもが具体性を欠くものだった。ネックになる4つに分裂した光球(コア)の同時回収。これを可能にする行動パターンが、どうしても構築しきれずにいた。










GGG機動部隊オペレーターの卯都木ミコトは、カタカタと打っていたキーボードの手を休めた。自分用のカップにインスタントコーヒーを注いで一息つく。今日の彼女は、いつもより2時間も早く席に着き、仕事を始めていた。


「ふぅ……」


目頭を押さえるミコト。ずっとモニターと睨めっこしているのは、さすがに疲れた。しかし、泣き言は言えない。最悪でも明日の朝までには作戦を決めなければならないのだ。他のオペレーターのスワン・ホワイトや猿頭寺コウスケ、作戦参謀の火麻ゲキも同じように早く出てきており、作戦を練っている。自分だけ休んでいるわけにはいかない。


「よし!」


気合を入れて席に戻ろうとしたところ、前触れもなく出入口の扉が開いた。誰が来たんだろうと思っていると、入ってきた人物に驚いた。平日の今日、この時間にここにいることは絶対にないはずの少年、綾波シンだったからである。


「シン君!?」


ミコトの声で皆がこちらを向いた。シンの姿を見て一様に驚いている。


「シン、お前どうしたんだ? 今日は夕方まで学校のはずだろうが」


火麻の言う通り、皆がそう思っていた。だから今日の作戦会議は、夕方にシンが来てからを予定していた。


「すみません、火麻さん。 学校は休みました」

「おいおい……」

「Oh,シン。 ズル休み、よくないデース」

「ズルのつもりはないんですけどね……。 で、ミコトさん」


お姉さん口調のスワンに苦笑しながら、シンはミコトに主要スタッフ全員を集めてもらうように頼んだ。


「どういうこと?」

「作戦について提案があるんです。 今すぐ検討をお願いします」


真剣なシンのその言葉は、皆を一瞬で仕事の顔に戻した。










第四拾陸話へ続く






[226] 第四拾陸話 【 反撃の狼煙 】
Name: SIN◆12c26389 ID:4f336a59
Date: 2009/03/30 03:25


物語は、ほんの少しだけ舞台を移す。

日本―――― 第3新東京市がある極東から離れること遥か向こう。そこは、雄大なアルプス山脈を望み、古き情緒が未だ残る西洋の地。EU・ヨーロッパがドイツ連邦共和国、その南部に位置するバイエルン州の州都ミュンヘン。

ドイツの中で一番面積の広い州であるバイエルンの(みやこ)のミュンヘン市は、ドイツ南部に輝いたドイツ宮廷文化の中心地であった。12世紀以来、バイエルン王国のヴィッテルスバッハ家800年に連なる王城の地だ。この王家は、学芸を愛した王や人物を多く排出しており、市の様々な場所には彼らが建設した豪華な宮殿群や膨大とも言える数の美術品が残されている。

ここは第二次世界大戦時、66回にも及ぶ空爆を受けた。これにより壊滅的な打撃を被ったミュンヘン市だったが、この都市(まち)に住む人々は逞しかった。戦後、弛まぬ努力を続け、見事なまでに再建、復興を遂げた。

しかし、20世紀末の西暦2000年、世に言う『セカンドインパクト』が起こる。発生地である南極からは距離が離れていた為、直接的な被害は微々たるものだったが、その後に起こった気象変動による天変地異や政治的・経済的混乱が引き鉄となった飢餓、恐慌、暴動、テロなどにより、この都市は、またもや地獄に叩き落されたのだった。

それから15年。人々は、あの大災厄からようやく立ち直り、僅かずつながら幸せな時を甘受していた。










ミュンヘン市から少しばかり南の郊外へ下ったところにシュタルンベルク湖がある。この湖は南北に長く伸びた形をしており、湖畔には多くの洒落た館に加え、ベルク城という名の古城が残っていて、訪れる観光客は後を絶たない。また、余談ではあるが、作家の森鴎外がここの湖畔で起こった事件を元に『うたかたの記』という短編小説を書き上げている。

そのシュタルンベルク湖を中心としてベルク城から見て対岸側にある小さな街の端に、人々の憩いの場となっている教会と墓地があった。西洋の墓地というのは日本と違って公共性が高い。宗教的な考え方や認識の違いだろうが、まさに公の園と言ってもよく、歓声を上げて広場でサッカーを楽しむ子供たち、ベンチで本を読む女性、芝生にシートを広げて赤ん坊と日光浴をする母親たちなど、様々な人々が余暇の一日を過ごしていた。

しかし、それも終わりが近付いているようだ。太陽は傾き、美しい夕日となった。鮮やかな橙の光が空を茜色に染めていき、昼間とはまた違った景色を見せてくれる。空を映す湖の色も変わる。同じように森や林、大地に街、そして遠くに見えるアルプスの山々も夕暮れに彩られ、それは一枚の素晴らしい絵画のように見る者全てを感嘆の吐息に誘う姿を現していた。

そうして、規則正しく立ち並ぶ石造りの墓碑や教会の建物から伸びる影が時の歩みを告げるかのように少しずつ己の身長を伸ばしていく中、人々は一人、また一人と、それぞれの家路につき始めた。

「神父さま、さよ~なら~~」

「さよなら~」

「はい、さようなら。 気をつけて帰るんですよ」

サッカーボールを脇に抱えて家へ帰る子供たちに老いた神父は笑顔を向け、教会の扉の前から手を振って見送った。こうして、今日一日の人々の安全に対する感謝と明日の幸せを祈ることが、彼、リヒャルト・ケーニッヒ神父の日課だった。それは、街の人間なら皆が知っている事柄で、教会広場に遊びに来た者は、必ずと言っていいほど挨拶を交わしてから帰宅する。中には仕事帰りにわざわざ教会に寄ってから自宅へ帰る者もいる。老神父は、それほど慕われていた。

「さて、もう皆さん帰られましたかな……?」

リ~~ン…ゴ~~ン……、と教会の鐘楼から聞こえる荘厳な音色が、夕焼けの茜から日没の藍に変わりつつある空に溶けていく。老神父は広場や墓地に誰もいないことを確認した後、教会内に戻ろうと扉に手を掛けた。

その時――――

「失礼します、神父さま……」

「……ッ!?」

突然の声。あまりの驚愕に老神父は言葉を発することができなかった。確かめたはずだった、もう誰もいないことを。にも拘らず、不意に声を掛けられた。驚かない方がおかしい。しかし、それでも何とか心を落ち着かせた老神父は、「はい、何ですか?」とゆっくり振り向いた。

そこには、一人の少女の姿があった。黒を基調とした、シンプルながらゴスチックな服装で身を包み、同じく黒のベールで表情を隠している彼女は、腕に大きな花束を抱えていた。歳の頃は13~15歳くらいだろうか、どことなく幼い容姿に見えるのは東洋系の顔立ちが影響しているのか、と老神父は見た。

そして、それ以上に老神父の目を引いたのは、黒い服が一層際立たせているその白い肌と蒼銀の髪。さらにベールの奥に見え隠れする紅玉(ルビー)のような瞳。

まさに神の造形。そう思うほどに少女の姿は美しかった。

「……神父さま、どうしました?」

固まったように動かない老神父に少女が声を掛ける。それを聞き、彼は漸く立ち直った。

「あ……っ、いえ、申し訳ありません。 少し呆っとしていたようですね。 歳は取りたくないものです」

老神父は苦笑いを浮かべた。この裏には、聖職者にあるまじく少女に対して劣情を抱きそうになった自分への誤魔化しがあるのだが、それに気付く者はここにはいない。

「それで、何の御用でしょうか?」

気を取り直して訊ねた老神父は、改めて少女を見た。格好からすると墓参りであろうとは容易に推察できる。だが、もう日は落ちかけている。こんな時間にたった一人でというのは妙な話だ。それならば、こうしてわざわざ教会を訪ねたというのは、何か別の用事があるのかもしれない。

そう内心で考え、老神父は少女の返事を待った。

「夕方遅くに済みません。 友人のお母様のお墓に参ったのですが、なにぶん初めて来たもので、何処にお墓があるのか判らないのです。 ここの墓地に葬られたというのは聞いていたのですが……」

なるほど、と老神父は納得した。確かに辻褄は合う。おそらく彼女は外国人だ。遠い道のりを一人でここまで来て、しかも初めての土地、右も左も分からず苦労して、こんな時間になったのだろう。それに墓碑の並びはチェス盤の目のように整然としている。知っている者の案内無しには探し辛い。

「そうですか……その方のお名前は分かりますか?」

「はい、惣流・キョウコ・ツェペリンさんです」

「ソウリュウ…………ああ」

この国では珍しい名前なので、老神父はすぐに思い出した。あれは、もう10年も前のこと。葬儀には政府の要人も何人か参列していたので驚いたものだ。そして、あの幼い少女。歯を食いしばり、眉間に皺を寄せて、懸命に泣くことを拒否していた娘。母親が亡くなったこともそうだが、子供であることを見せようともしなかった仕草が逆に哀れだった。彼女は今、どうしているのか。

そんなことを振り返りながら、老神父は頷いた。

「分かりますよ。 案内しましょう」

と、言った後で気付き、絶句した。本当は「分かりますよ。 ですが今日のところは」と断るつもりだったのだ。しかし、いつの間にか了承していた。断りきれない―――― 神に仕える者として、何とも抗いがたい感覚に囚われている自分がいた。

「お手数をお掛けします」

頭を下げる少女。ぞくり、と老神父の背筋が震えた。それは歓喜なのか、はたまた恐怖なのか。

「こ、こちらです」

動揺を悟られぬよう努めて隠し、老神父は少女を目的の墓碑まで案内する。

後をついて歩く少女は、妖しく微笑んでいた。彼は知らなくて良かったのかもしれない。何故なら、その笑みはまさに旧約聖書に記された『夜魔の女王』そのものだったのだ。










翌日、タブロイド紙を含む新聞各紙の夕刊一面に『怪奇!! 暴かれた墓! 神父、法衣だけ残して失踪』との記事が載った。当然のことながら街は大騒ぎである。誰もが敬う老神父が忽然と姿を消したのだから。

しかし数日もすれば、その街以外では話題に上ることもなくなった。報道も違うネタを追いかけるようになった。ドイツ国内でもそうなのだから、ヨーロッパ、また世界全体では何も無かったも同然の出来事となった。

だが、この話には裏があった。関係者によると、現場では老神父の法衣の他に成分不明のオレンジ色の液体が残されていたという。荒らされた墓の埋葬者『SORYU-KYOKO-ZEPPLIN』との関連性も含めて手掛かりとして捜査が行われたが、それは突如として打ち切られ、各方面へ緘口令が布かれたそうだ。国連直属の特務機関が干渉してきたという噂があるが、事実は確認されていない。










人間とは忘れ易い生き物である。これが単なる失踪事件でなかったと気付くのは、発生から数ヶ月も後のことになるのだった。








◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








―――― 舞台は戻る。

「以上が作戦の概要です」

地球衛星軌道上に定位するGGGオービットベース、その作戦司令室であるメインオーダールームでは、綾波シンが緊急召集した主要スタッフ全員を前に作戦提案を行っていた。また、その説明に必要な各種データ類が映し出される正面の大型メインスクリーンのサブウインドウには氷竜や炎竜、風龍に雷龍、ゴルディーマーグ、ボルフォッグ、マイク・サウンダース13世といった勇者ロボ達の姿もあり、再戦に向けて修理ならびにメンテナンスを受けている彼らもディビジョンⅨ・極輝覚醒複胴艦ヒルメ内からこの会議に参加していた。

Indeed.(なるほど) 四重奏(カルテット)……やはり、その方向からのアプローチこそがイスラフェル攻略の(キィ)となるのかのう」

研究開発部主任でありGGGの頭脳(ブレイン)でもある獅子王ライガ博士は、ピンとV字型に左右へ伸びた口髭を弄りながら、提示された作戦案に感心するよう「ふ~む……」と唸った

実際、粗さはあるものの、それは良く出来ていた。

そもそも、このアイデア自体はイスラフェルとの初戦撤退後に行われた昨日の作戦会議でも出ており、ライガ達もその観点から考えなかったわけではない。だが、分裂したイスラフェルの個体数やその後の動きが『前の世界』とは違っていたが為に、それは敢えて頭の中から外していた。

しかし、その全てを覆したのがシンの立てた作戦だった。これは、データの裏付けによって確認されたイスラフェルのコンビネーションパターンに沿って構成されており、最大のネックだった『4つのコアの同時回収』にも対応できているものであった。

イスラフェルの動きは、客観性を含んだ大局的な視点でようやく見極めることができた。そのヒントとなったのは、作戦のコンセプトでもある『四重奏』だという。

それによると、行動パターンは4種類に分けられた。『攻撃(アタック)』・『防御(ガード)』・『虚動(フェイント)』・『補助(サポート)』である。これらを戦闘状況に応じて使い分けることで、イスラフェルは勇者王を、そしてGGGを撤退させたのだった。

説明を聞いてGGGスタッフの面々は瞠目した。確かにその通りだったからだ。似て非なる4つの旋律を4つの楽器が奏で紡ぐことで雄大に広がる四重奏曲のように、イスラフェル4体の動きもそれぞれは異なるものであったが、もっと大きな視野で見た時、それらは常に連係して統制・調和が取れており、微塵の隙も遊びも無い戦術の一端であることが分かった。

強い―――― 本当に強敵だ。部隊としての戦力を整えつつあるGGGに真正面からチームワークで対抗し、時間稼ぎをせざるを得ない戦い方をさせたのだから。

だが、恐れることはない。臨機応変にコンビネーションパターンを入れ替えられるのは確かに厄介だが、それは元々GGGの十八番でもある。自分たちとて強大な力を持つゾンダー、機界31原種、ソール11遊星主などをチームワークで撃破してきたのだ。向こうに出来てこちらに出来ない事はない。今こそ『最強勇者ロボ軍団』の底力を見せる時だ。

「よし! シン君の作戦案を承認する。 火麻君、作戦の細かい部分を詰めてくれ」

「おう、了解だ!」

司令長官・大河コウタロウの指示に参謀の火麻ゲキが頷いた。

作戦の骨子が決まり、昨日は停滞した会議が今日は一転して前へ進んだ。立案者のシンを中心に火麻やガイ、ミコト、他の機動部隊の面々といった現場レベルの人間たちが次々とあれやこれやの意見を出し合う。

「四身一体とも言えるこのイスラフェルのコンビネーションに対応できる機体は、氷竜と炎竜、風龍に雷龍――――

「イスラフェルのA.T.フィールド中和は絶対条件ですね。 なら、またNERVと共同作戦を執る必要が――――

「それに合わせた攻撃パターンを習得してもらいます。 可能な限り、1秒でも早く」

<ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕は音楽ってやつは>

<オレもだ>

「勇者が泣き言いってどうすんだ!!」

こうなると開発や整備畑の者たちは半ば蚊帳の外である。餅は餅屋と言うように、自然とミコト以外のオペレーター達はデータ検証の手伝いに専念し、ライガとマイの両博士は作戦成功に必要な技術的アドバイスを出すことが主な役割となった。

と言っても、そう頻繁に意見を求められるものではない。これまでの経験から、ライガはどっしりと椅子に腰掛けて悠然と構えていたが、その隣では、マイが手持ち無沙汰な様子を見せていた。

「暇そうじゃのう、マイ君」

「あっ……! いえ、すみません……戦闘時の話ですから、私の仕事は無いような気がしまして……」

からかい混じりに笑みを向けるライガに、マイは何とも跋が悪そうに縮こまった。

これは、ある意味で仕方のない事と言えた。綾波マイ―――― 碇ユイは本来、戦闘行為とは無縁の科学者である。使徒への対抗手段として『エヴァンゲリオン』を開発したと言っても、それを兵器としてどう運用するかを考えるのは専門外だ。『生兵法は怪我の元』という言葉がある。下手に齧った程度の知識や知恵を偉そうには喋られない。

同じ科学者としてそれが分かるライガは、「No problem.」と頭を振った。

「マイ君は、GGGに参加してまだ日が浅い……その手の経験もシャムシエル戦からじゃから惑い迷うこともあろう。 だがのう、キミが全くの役者不足かと言えば、それは違う。 既存の概念に囚われない柔軟で忌憚なき発想、これに『この世界』にとって異邦人であるボク達がどれだけ助けられたか……何も遠慮することはないぞい」

「恐縮です、ライガ博士」

頭を下げるマイの肩からスッと力が抜けたようにライガには思えた。良いことだ。変に気張ったところで結果は悪い方向にしか進まない。

「とは言え、いまマイ君が受け持っておる仕事も最優先で進めねばならん。 持ち場に戻ってもよかろう。 ここはボクちゃんが居れば大概は済むじゃろうて」

「分かりました、そうさせていただきます」

一礼してマイは席を立つ。手元の書類等を一纏めにして小脇に抱えた。

「それにしても、シン君は勉強の成果が出てきたようじゃな。 まさに『Children have the qualities of the parents』と言ったところかのう」

「ええ、自慢の息子です」

お褒めの意味での『蛙の子は蛙』の言葉にマイは胸を張った。そして「失礼します」と一歩踏み出そうとしたところ――――

「そのシン君が乗る機体じゃが」

柔和だったライガの目元が険しい色を見せた。

「再侵攻まで後4日……『初号機』は間に合わんな」

「はい……素体生成は完了し、現在は第一次装甲の取り付け作業中ですが、新型機関(エンジン)も含めた起動実験、連動試験、シンクロテストと、やることは山ほどあります。 それに――――

「『ロンギヌスの槍』じゃな?」

「あれを組み込まなければ(・・・・・・・・)真に完成とは言えません」

「南極はSEELEが常に目を光らせておるからのう。 隠密に、という訳にはいかんのが問題じゃな……」

コアクリスタルと同様にロンギヌスの槍も絶対に回収しなければならない物であったが、槍が沈んでいる南極の海は、セカンドインパクト発生直後から人類補完委員会(SEELE)の命を受けた国連軍や人工衛星によって監視されている。その網の目を掻い潜ってあれだけの大きさの物を引き揚げるのは今のGGGの組織規模では難しかった。

「しかし、いつでも使えるようにしておかねばな。 前線で戦う皆が後顧の憂いなく動ける態勢を完璧に整えておくのがボクちゃん達の仕事じゃ」

「はい」

ライガの言葉に力強く応えたマイの視線は、メインスクリーンに映る現在のイスラフェルに向けられた。黒焦げた身体を相互補完再生能力で癒す四つ身の使徒。彼らは何を考えていることだろう。完全再生を果たしGGGを打ち倒す……これはその為の準備期間だ、とでも思っているのか。

だが、それはこちらにしても同じこと。作戦は決定した。後はそれに向けて邁進するのみだ。

勝利の為のカウントダウン―――― それは今、ここに刻まれた。








◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








「GGGから出された案でなければ、即座に認めていた内容だな」

キール・ローレンツは苦虫を噛み潰したような顔と声色で吐き捨てた。特徴的なバイザーで隠れてはいたが、その奥の目元も忌々しいと歪んでいることだろう。

使徒イスラフェル襲来から2日後、何処とも知れぬ暗闇に包まれた室内で行われている人類補完委員会特別召集会議。そこでは、委員会議長であり独国代表でもあるキールを始めとした米国、英国、露国、仏国の代表たちが、国連事務総長を介してGGGから提出された使徒再侵攻における対抗撃滅作戦の要綱を検討、考査していた。

彼らが囲む大きな会議机の中央に映し出されているデータのホログラフィ―――― 表紙に『極秘』・『関係者以外閲覧禁止』の朱印が押された書類束がそうである。

「……さて、君の意見を聞こう」

キールの言葉は彼の対面に向けられたものだった。委員全員の視線がそちらへ動く。

この会議には、もう一人の出席者がいた。本来の使徒殲滅機関であるNERVの総司令官、六分儀ゲンドウである。彼は、いつもと同様の格好で表情を隠し、ここに臨んでいた。

「問題ありません。 GGGが使徒を倒してくれるというのであれば、それはそれで結構。 我々はその間に目的遂行の為、力を蓄える事ができる」

ゲンドウは何ら臆することなく言い切った。使徒との戦いなど大事の前の小事に過ぎないと。

“地球防衛勇者隊ガッツィー・ギャラクシー・ガード”を名乗る武装組織の介入というイレギュラーに対処しつつ、目的である補完計画を進めなければならない為に、これまで以上の資金を調達しようと各国を回っていたゲンドウがNERV本部に戻ってきたのは昨日の午後のこと。すぐさま副司令の冬月や各部署からの報告を受けたが、例に漏れず、ゲンドウは「問題ない」の一言で終わらせた。GGGがNGO組織として国連の承認を受けた事、赤木リツコのGGGからの出向の事など、諸々も含めてだ。

キリキリと痛む胃腸と共に頭を抱える苦労性の冬月だったが、ゲンドウにしてみればそんなものなど知ったことではなかった。GGGが代わりに使徒を殲滅してくれるというのであれば、全て任せてもいいと思っている。自分にとって必要なのは、己の補完計画を発動させる要素(ファクター)を整えることである。GGGとの繋がりができることで連中が持ち去ったユイの眠る初号機コアの行方が分かれば、それは歓迎すべき事柄であった。

更には、あわよくば共倒れになってしまえ、とも考えている。使徒もGGGも、その存在は障害以外の何物でもないのだから。

「だが六分儀よ、このままでは我々としてもNERVそのものの存在意義を問わずにはおれん」

そう。キールの言うことも尤もだった。研究機関に過ぎなかったゲヒルンから特務機関NERVへ組織を移行したもの、来るべき使徒との戦いに向けてのものだ。それがあるからこそ、人類補完委員会(SEELE)は国連を隠れ蓑に各国を説き伏せ、時には脅し、多額の予算を供出させている。NERVが結果を出さないのであれば、必ず抗議の声が上がり、行動が起こされるだろう。

臍を噛む。

せめて提示された作戦案がNERVからであったなら、作戦遂行がGGGでも面目が立ったのだ。始めから終わりまで全てが向こうの主導という事実は、GGG以外にも存在する大小さまざまな敵対組織に無用な弱みを見せることに繋がる。

SEELEとNERVの組織力を利用して計画を発動させようとしているゲンドウである。それが本来とは別のシナリオである以上、駒や手足を失うのはあまりにも都合が悪かった。

「議長の仰る通りだ、六分儀」

「左様。 事は君の進退にも関わるよ」

他の委員も次々とキールに賛同し、糾弾を始めた。分かりきっている事をさも偉そうに語る彼らはゲンドウを苛つかせたが、「腰巾着が」と表情に一切出さずに内心でせせら笑うことで気持ちを落ち着かせた。

しかし、言われるまま何も返さないというのは面白くなく、加えてこの老害ども以上の無能を自ら肯定しているようにも思えた。

「……委員会の皆様の懸念は承知しております。 私としても全てを任せるつもりはありません。 善後策を講じ、準備を進めております。 今しばらくのご猶予を」

ゲンドウは格好を崩すことなく口を開き、一先ず適当な言い訳を並べた。自分でも苦しいと思ったが、それで委員の面々は「ふん……」と悪態を吐いて矛先を納めた。

「(単純な)」

虚実を確かめることすらしない連中を嘲笑う。ゆえにゲンドウはそこに突け込み、物事を誘導していくことができる。自分の目的の為に。

―――― 六分儀」

キールの呼びかけは場の雰囲気を瞬時に変えた。その圧力にも似た口調に委員たちは姿勢を正し、ゲンドウは組んでいる指の間に嫌な汗を滲ませた。

「(騙せんか……)」

キール・ローレンツ。彼は政治・経済界の裏表を問わず、海千山千の人物である。他とは格が違うということをゲンドウは改めて思い知らされた。

だが――――

「今回の使徒殲滅に関する作戦内容だが、当委員会はこれを承認する。 GGGと協力し、完遂せよ。 以上だ」

予期せぬ言葉に呆気に取られた。米代表委員の「議長っ!?」という声が無ければ、そのまま暫くは自失していたかもしれない。

「(どういうことだ? あんな苦し紛れを無条件に信じたとは思えんが……)」

油断してはならない人物とキールを評価しているゲンドウだからこそ、先程の言葉を鵜呑みにはできなかった。

何かあるのか? と、裏を考えれば考えるほど疑問は尽きないが、このくだらない会議から抜けられるというのなら、それに越したことはない。

「了解しました」

動揺を悟られる前に、ゲンドウは席を立った。










「説明をお願いします、議長」

ゲンドウが退席した後、委員たちはキールに詰め寄った。口調や表情からは納得がいっていないことがありありと分かる。

「六分儀が言った通りだ、諸君。 今はGGGと徒に対立しても我々に利はない。目の前に迫る使徒の脅威は彼らに任せ、我々は来るべき三度目の報いの時の為に力を蓄えておかなかればならない。GGGが邪魔するというのであれば、その時に叩き潰せばよい」

「しかし……!」

「タイムスケジュールの遅延は明らかだ。 量産機も、この時期の予定数の完成どころか、まだ組み立てにも入っておるまい」

「「「「…………」」」」

委員は一同に押し黙った。キールの言うように、影響は多々でている。余計なことに構わず各自の仕事を全うしなければ、いざその時に補完から取り残されるかもしれない。

それは恐怖だった。知らず知らずに背負わされた理不尽な『原罪』を償うために生かされる、こんな醜悪な世界に残されるというのは……。

「分かりました、議長。 ですが――――

露代表委員が不安を口にした。それはいつも結果を出さず、権利だけ主張して義務と責任を果たそうとしない女のことであった。

「葛城ミサトか……前々から能力に疑問があったが、アレはもう必要ないのではないか?」

「左様。 百害あって一利なしだよ」

「まあ、不幸というものはどこにでも転がっている。そういえば先日、交通事故で死んだ奴もいたな。運がないことだ」

「亡くなったのは君のところの大統領だろう? 国民なら少しは哀悼の意を示したらどうかね。 まるで他人事だ」

クックックッ……と漏れる暗い笑い声。彼らは言外に告げていた。さっさと殺してしまおう、と。

「まあ待て」

キールが止めた。信じられないという表情で委員たちが彼を見る。まさか、これも余計なことだと言うのか。

「葛城ミサトはNERV所属だ。 邪魔だというのなら六分儀が何らかの対策をするだろう。 先程も言ったように、我々には我々の仕事がある」

「ぼ――――

呆けましたか!! と言いそうになって英代表委員は慌てて口を塞いだ。言ってしまったら失言レベルでは済まない言葉だが、それが出かけるほど反射的に驚き、怒りを覚えていた

どうせ「問題ない」で済ませてしまう男が六分儀ゲンドウなのだ。そこまであの女と男を庇う価値があるのか。

だが、キールの言葉に異を唱える程の気概は委員たちにはない。「う……」、「く……」と何か言いかけて止めて、一人、また一人と退席していった。

委員たちを照らしていた淡い灯りが消え、会議室は暗闇に包まれた。キールだけがそのまま残り、何かを考えているようだった。

そんな彼の背後に、前触れもなく浮かび上がるものがあった。それは『13』の番号(ナンバー)が記されたモノリス状の物体だった。

「便宜は図った。 申し出通り、葛城ミサトの件はお前に任せる、パルパレーパ」

<感謝します、議長>

―――― あの人間には大切なものを預けているからな。安易に殺されては困るのだよ。

パルパレーパは、モノリスの向こう側で禍々しく笑っていた。








◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








時間は刻一刻と過ぎていく。

NERVは上位組織の人類補完委員会の承認を得、GGGとの共同戦線に向けて動き始めた。約一名、それに反対する者もいたが、妨害すべき状況ではないことは流石に分かっているようで、憮然としながらも仕事を続けている。

GGGでは作戦の要となる戦闘要員、氷竜と炎竜、風龍と雷龍の訓練が大詰めに入っていた。使徒イスラフェルの戦闘パターンをありとあらゆる角度から検証し、対応するパターン・カテゴリズムを構築していく。

同様に、NERVでもGGGのサポートの為にシミュレーション訓練が行われていた。作戦を成功させる為に必要不可欠な使徒のA.T.フィールド中和の任を務めるアスカとレイは、毎日のようにエヴァのシミュレーション・プラグに乗り込み、データ上の仮想空間内ではあるがGGGと共に使徒と戦いを繰り広げていた。なお、この仮想戦闘プログラムはGGGの猿頭寺コウスケと赤木リツコの自信作である。

そして彼女たちの愛機、エヴァンゲリオン弐号機ならびに零号機だが、こちらも問題はなかった。初戦で受けた損害は、GGGの勇者たちが庇ってくれたおかげで小破だったのが幸いし、あと数時間で修復完了の見込みだ。

今日は、使徒の侵攻再開が予測された日の前日―――― つまり、明日が作戦決行の日である。なんとか間に合った、とNERV技術開発部の職員と整備班の作業員たちは胸を撫で下ろした。

しかし、ただ一人、気持ちの晴れない者がいた。

伊吹マヤだ。

何故なら、エヴァが直るということは自然と赤木リツコのGGGからの出向が終わることを意味していたからである。










様々なデータが映し出されている2台のパソコン端末のモニター。画面では数式やプログラムが滝のように上から下へ流れていく。

そのコンソール・キーボードの上では、女性二人の綺麗な指先が艶やかに、そして軽やかに舞い踊っていた。

「速くなったわね、マヤ」

「それはもう、先輩の直伝ですから」

ここNERV本部、地下深度2090mのセントラルドグマ・レベル3にある、現在はマヤの執務室となった元・赤木博士研究室では今、リツコがマヤに、前にできなかった仕事の引継ぎ作業を行っていた。

とは言っても、業務のほとんどはリツコがNERVにいた頃からマヤが片腕として補助していたために改めて教えるものはなく、専ら膨大すぎる資料や情報の有益かつ有効な使い方をレクチャーしていた。それらは以前のマヤの役職や階級では機密扱いとなっていたものであり、リツコのIDやパスワードがなければアクセスできないものが多かった。

もちろん、その中に人類補完計画に関するデータは無い。というより意図的に除外している。巻き込まないで済むのならば、当然その方が良いのだ。

教えられたことをすぐにモノにしていくマヤを見て、リツコは微笑んだ。仕事の手を一旦止めると、着ている白衣の内ポケットから一枚のROMメモリーを取り出した。

「はい、これ」

「え? 何です?」

怪訝な顔で受け取るマヤ。

「MAGIの開発者コードと裏コード。 それのパスと検索用の一覧データよ」

「ええっ!?」

驚くのも無理はない。リツコが手渡したのは、マヤならずともMAGIに関わったことがある者ならば誰でも分かる最高機密の塊だった。それを使えばMAGIシステムの全てを思い通りに操れると言っても過言ではないからだ。

同時に、マヤは理解した。それを自分に渡す意味を。

「先輩、やっぱりNERVに戻ってきてはくれないんですね……」

「……ごめんなさいね」

可愛い後輩の悲しげな表情を見たくないのか、リツコは伏し目がちに少し顔を背けた。

肯定の韻。

マヤの心を焦燥が襲った。


―――― これでお終い? こんな終わり方でいいの!?


MAGIは、リツコが敬愛し「超えたい」と願う母親の遺産にも等しい物である。それをこうもあっさりと他人の自分に譲ってしまうようなこの行為は、自分たちとの完全な決別のように思えた。いや、そうとしか考えられなかった。

「な、なら! それなら、私も連れてってくださいっ!! 私も先輩の下で一緒に―――― 」

一瞬にして激情がマヤから溢れた。普段の彼女からは想像もつかないようなそれは、尊敬するリツコへの思いの大きさでもあった。

その剣幕にリツコは戸惑うも、すぐにマヤの気持ちが分かった。彼女の肩に手を置き、落ち着かせる。

「ありがとう、マヤ。 そう言ってくれるのは嬉しいわ。 でもね、私はあなたにNERV(ここ)に残って欲しいの」

「ど、どうして?」

「子供たちの為に」

「子供……レイちゃんやアスカちゃんのことですか?」

「ええ、そう。 ねえ、マヤ? 第3使徒の死体から回収した腕、まだあるわよね?」

「え? ……あ、はい。 下の保管庫に保存されているはずです。 でも、その話、どこに繋がるんですか?」

「いいから。 それじゃあ、第5使徒戦でGGGから提供されたポジトロンライフルの改造データは?」

「もちろん残してあります。 消すはずがないじゃないですか、あんな貴重なもの……」

「期待通りね。 じゃあ、プレゼントよ」

リツコは端末の横に置いていた自分のセカンドバッグをごそごそと漁り、中から、今度はDVD-ROMを一枚取り出した。「はい」とマヤに手渡されたそれは、ラベル記載も何も無いディスクだった。

「先輩、これは?」

「エヴァ弐号機、それに零号機の追加武装案とその設計図よ」

「ええっ!?」

マヤは目を丸くして驚いた。視線がリツコとディスクを行ったり来たりしている。

「NERVにいた時にも少しずつ考えていたんだけど、GGGに行ってから漸く目処が立ったのよ。 大河長官とライガ博士からは提供のお許しを頂いているから、後は任せるわね。 でも、私から貰ったなんて誰にも言っちゃ駄目よ。 特にミサトや司令にはね。 あくまで、それはNERVの技術開発部が―――― あなたが考案したことにするのよ。 GGGからなんて分かったら面倒なことになるのは目に見えるから」

「でも、どうしてこれを……? GGGで使った方が有意義に――――」

「アスカとレイを守る為よ。 NERVが使徒殲滅を目的とした機関である以上、前線で戦うのはチルドレンのあの子たちよ。 それに、GGGでも対処しきれない程の力を持った使徒が現れた時、今のままのエヴァで勝つことができるかしら?」

「あ……」

マヤは気付いた。これまでの使徒との戦いがGGGの力によって勝利し続けていた為に忘れていたのだ。考えうる最悪の可能性を。

知らぬ間に根拠の無い安心に任せて、自分たちがしなければならないことを怠っていた。

「そういうことよ。 じゃあ、これで――――」

ポン、とリツコはキーボードのEnterキーを押した。これまでリツコ用だった幾つかのプログラム、IDなどが全てマヤのものに変わり、引き継ぎ作業は終了した。

「全てOKね。 さて、と……後を頼むわ、マヤ。 機会があったら、また一緒に仕事をしましょう」

「先輩……」

マヤは勘違いに恥ずかしくなった。これは決別ではなく信頼。自分を信じてくれたからこその言葉と行為だったのだ。

「平和になったら――――ううん、これからも仕事なんて幾らでもできます。 だから先輩! 私、頑張ります! だから、だから……」

「そうね……頑張りましょう。 私はGGGで」

「私はNERVで」

少し涙目になりながらもマヤは気丈に答えた。

リツコはそんな彼女に微笑んで、軽く抱き締めた。

「……ふえ」

思わぬ不意打ちにマヤの涙腺が一気に緩んだ。

悲しくも嬉しい嗚咽が室内に響き始めた。










それを見ていた一人の女性。傍目には感動的な場面ではあったが、彼女にとっては何となく面白いものではなかった。

「……フンっだ」

ただ一言呟いて、その場を後にする。

邪魔は無粋だということくらいは分かっていた。








◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇  ■  ◇








交錯し、複雑に絡み合う多くの想いと思惑。それは人もヒトも、誰も彼も関係なく、時を経て、同じ処(ところ)へ辿り着くのだった。


今、雌伏の時が終わりを告げる。


夜は明け、遂に決戦の日がその朝を迎えた。










第四拾漆話へ続く








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