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[8260] 【完結】真・恋姫†無双SS~馬超伝~
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2011/02/03 22:35



「あっ、お姉様、流れ星」

「ん? 本当だ。凄い近いな」

お姉様と言われた髪の長い少女が言われて見上げた満天の星空に、一際白く輝く星が流れていた。

「近いっていうか…こっちに落ちてきてるよお姉様!?」

「に、逃げるぞたんぽぽ!!」

どこまでも広がる荒野で馬に跨る少女二人、隠れる場所はない。ただ馬を走らせるしかなかった。

ピカリ…と辺り一面に閃光が走った。

「きゃあああああっ」

「くっ、たんぽぽ!」

更に2度、3度と閃光が走る。再び目をあける為に少女達は数秒を要した。

「たんぽぽ無事か!!」

「う、うん。でもいまのなんだったんだろう?」

キョロキョロと辺りを見回すが、人が一人倒れている以外、別段変わった事はなかった。

「…って人が倒れてるよ!!」

「お、おい…ってゆうか、さっき人なんかいたか?」

倒れている人に駆け寄るたんぽぽの後に少女が続いた。

「お、お姉様、この人…」

助け起こそうとしたたんぽぽが深刻な表情を見せて呟く。

「死んでるのか?」

「寝てるよ」

思わず馬からずり落ちる。

「紛らわしい言い方するなッ!!」

「え~、でもあれだけ眩しかったのにこんな気持ちよさそうに寝てるなんてある意味凄いよ」

「…凄いっていうか神経が太いとゆーか…ん? それって凄いっていうのか?」

「そんなことよりお姉様、この男の人なんか変かも? 服もなんだか見た事ない感じだし」

「そんな事ってお前な………ッ!!」

少女は顔を覗き込み、思わず息を止める。白地に何故かキラキラ光る服は珍しい。しかしそんな事より

倒れている男の顔を見て何故か自分の心臓が高鳴るのを感じた。

(ななな…なんだ? べ、別に平凡な顔したアタシと同じ年くらいの普通の奴じゃないか? なな、なんでこんな

ドキドキするんだ????)

「う~ん…起きないなあ、ねえお姉様どうする?」

「…」

「お姉様!!」

「ッ!? なな、なんだたんぽぽ?」

「なんだって、この人どうしようって…あれ~~お姉様もしかして一目ぼれ?」

妙にうろたえた少女をみてたんぽぽと呼ばれた少女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「ばッばばば、バカ言うな!! ぜ、全然そんなんじゃないからなッ」

「ふう~ん、それじゃお城につれてこっか? こんな所で寝てたら五胡の連中に殺されちゃうかも?」

「そうだな。しかしホント起きないな。どうやって連れて行くか?」

「たんぽぽにいい考えがあるよ」




たんぽぽのいい考え(少女と少年を紐で縛り、少年をおぶさるような形で馬に乗る)を行い、二人は城に向かった。

「んん…」

ダカダカと上下に揺れる震動で少年は目を覚ました。

「なんだ? 地震か、っておお! 動けないぞ!?」

「わああッ! こらバカ! いきなり動くなッ!!」

すぐ側から少女の叫び声が聞こえた。

「え? 何だ? 動くなって俺のことか?」

「だああッだから動くなって! 馬から落ちちゃうだろ。しっかり掴まってろ」

「わ、解った」

どうやら自分が叱られていると気づいた少年はとりあえず言われた通り目の前の何かにギュッとしがみついた。

手のひらにムニュリとなにかやわらかい、たまらなくつかみ心地の良い感触が広がる。

「☆□※@▽○∀っ!?」

声にならない少女の悲鳴が耳元で響く。…が

「おお、何だこれ、凄く気持ちいいぞ!」

ムニュムニュと、更に何度も、何か、そう少女の胸をモミしだいた。

「い、いい加減にしろッこのエロエロ魔人がッ!!」

グシャリ…と、少年の顔面に思い切り肘打ちを食らわせ…

「うわッ」

その少年と紐で結ばれ、かつしっかりと抱きつかれていた少女が共に馬から落ち、ゴロゴロと荒野を転がった。


「…何やってるのお姉様」

たんぽぽが心底、本当に哀れそうに目を回して気絶している二人を馬上から見下ろしてそう呟いた。





この時はまだ、互いの名前を知らないどころか、乳を揉んだ男と揉まれた少女という、

ただの痴漢と被害者というだけの関係だった二人は

後に西涼の義姫、錦馬超と大陸全土で謳われる少女翠、そして天の御遣いとして戦乱を収めた北郷一刀。




最悪の出会いだった。











[8260] 2話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:5f32c685
Date: 2009/04/28 23:53





「…」

『ん…う~ん…』

…あっれぇ? どこだここ?

『ん…』

さしあたって一番目の前にある…のはとりあえず大変な気がするからおいておいて、他に目に映るのは

変な色のベッドに、壁の色。

いや変っていうか天蓋付きのベッドにラーメンのドンブリについてる模様みたいな彫刻がしてあるし、

なんだこれ? 龍の掛け軸??

『ん~…』

「……」なんかもう…いかにも中国っぽいですみたいな部屋は?

「昨日…部屋で寝てたよな、俺 どうなってんだ?」

『むにゃ、む~…』

「………(くッ)」

無理!、もうなんか自分を誤魔化せない。


同じベッドで寝てるこの女の子誰!?


フトモモが凄くまぶし…ではなく、赤いリボンでポニーテールにしても膝近くまで伸びる栗色のサラサラ

とした美しい髪、長い睫毛の上に意志の強そうな太い眉が特徴的な、くびれた腰がたまらな…

もとい同い年位の女の子だ。

「凄い美少女だな」

思わず呟いてしまった。 ええいもう覚悟を決めるしかない!!

彼女を起こそうとした右腕が動かない…ってなんで紐で縛られてるんだ俺??

よく見ると彼女と一緒に縛られている…SMプレイ?

「えー」

まさかまさかの自分の隠された性癖を知り愕然とした(いやないよ!?)

『たんぽぽ?』

「は?」

少女の目がパカリと開く。大きな、深い紫色の瞳が俺の姿を映していた。

『☆□※@▽○∀っ!?』

大きな瞳がくわっと更に大きく開き、言葉にならない声が続く。たんぽぽ? 何? 何で花? 暗号?

なんかプルプルと震えている? これはヤバイ、こうなったら…

「お、おはよう」

俺は賭けに出た。別段おかしくなく、そう自然に、笑顔で…


『うわああああぁぁあああああっ!?』









「東京の浅草? たんぽぽ知ってるか?」

「ん~ん、たんぽぽも聞いたことないよ」

気がついたら床に正座させられていたのでどうやら賭けに失敗したらしい。

どうやらというのはなんか記憶がないから。代わりに頭頂部にズキズキと自己主張する痛みが怖かった。

というか顔も痛いしよく見ると全身にまるで地面に転げまわされたかのような擦り傷だらけだった。

そして先ほどのたんぽぽというのは現在部屋に追加された少女の事らしい。

で、ここは涼州の武威だそうだ。どこの県ですかそれは?

「で? お前はどうして荒野で寝てたんだ?」

…俺荒野で寝てたんですか。部屋で寝てたよなあ? 夢遊病?

「解らない。ただもしかしたら…なんだけど」

目を見つめたままコクリと頷かれる。続きを促されたみたいなので俺は言葉を続けることにする。

「体中が小さい傷だらけであとおもいっきり顔を殴られたみたいなんだ。だから部屋で寝てた時強盗に

襲われて外に捨てられたんじゃないかと…」

「それはない」

…ないですか。何故かきっぱりと断言された。

「あ、でも記憶というか感触というか、何か凄くやわらかくて気持ちいいものを触ったような…」

「それは忘れろッ!!」

え~…唯一の手がかりかもしれないのに。

「あらあら? 翠が夜に男の子を部屋に連れ込んだって聞いたから楽しみにしてたのに」

もはや八方塞な状況下、部屋に第3の美少女が入ってきた。

「なッ…ななな、何言ってんだ! あた、あたしが男なんて部屋に連れ込むわけないだろ!!」

「でもお姉様一緒のベッドで寝てたよね。たんぽぽ見たもん♪」

「見たんじゃなくて、たんぽぽが気絶してたあたしとこのエロエロ魔人を紐も解かずにベッドに放り込んで

放置したんだろッ!」

とりあえず朝の謎は解かれたが新たな謎のキーワードが出現した。エロエロ魔人て俺の事ですか?(涙)

「ひっど~い! 気絶したお姉様をお城まで運んだたんぽぽの苦労も知らないで怒るなんて」

「あ、ああそうか苦労かけたよな。でもそういえばどうやって運んでくれたんだ」

「商隊がたまたま通りかかったから運んでもらっちゃった♪」

「お前苦労してないじゃないか!」

仲いいなあ…それにしてもお姉様と呼ばれてる子は表情豊とゆーか、素直なんだなあ。からかってる

たんぽぽって子は小悪魔系だな。

「どっちが好みかしら?」

「え? うーん…いやいや、本気で考えてる場合とかじゃなくてですね」

そう言うこの子もまた可愛い…というより美人? 先ほど翠と呼んでいた子が数年成長した、女子大生位

の感じだろうか?

二人の中間、ちょうど腰あたりまで伸ばした栗色の艶やかな髪と深い紫の瞳が同じだった。

大人の落ち着き成分を足しました。という表現がしっくりくる。

「3人姉妹なんですか?」

「あらあら、 お上手ねえ。そういえば自己紹介もまだだったわね。私は西涼太守、そこで顔を真っ赤にしてる

翠の母で馬騰。字は寿成」

「あ、俺は聖フランチェスカ学園2年、北郷一刀。馬騰さんですか、変わった名前…んん?」

あの子の母親!? どうみても20代そこそこ…いやまて、西涼の馬騰? 三国志にそんな人が…

「翠、たんぽぽちゃんも」

「あたしの名前は馬超。字は孟起。…そこにいる西涼太守馬騰の娘で部隊の隊長をやってる。で、こいつは

あたしの従妹馬岱」

「よっろしくー♪」


・・・


「…………は?」


「なんだよ? 聞こえなかったのか? あたしの名前は馬超!」

相手の紹介に会釈もせず呆けてしまったものだから馬超が唇を尖らせた。いや馬超て…

「お姉様、さっき殴った後遺症で頭が可哀想な事になっちゃったんじゃ?」

「うええ!? そうなのか?」

馬岱がすこぶる酷い事を言っているが考えがまとまらず言葉がでない。いや馬岱て…

「うう…確かに悪いのはたんぽぽだったしな。殴って悪かったよ。たんこぶは…凄い事になってるな」

あちゃーといった顔で馬超が俺の頭を掴み脳天を触った。服の上からでも解る形の良い胸が目の前に広がり、

長い髪がフワリと俺の頬を擽る。いい匂いがするし!!

「…夢だ」

「は?」

「三国志のキャラを女性化する時点で俺の性癖ってなんなの!? とか思うけどアリだ」

「お、おい?」

「おお、困った顔も可愛いな!」

「かか、可愛いって、なな、何を言って…」

「何って、そのままだ。馬超が凄い美少女だなと」

「☆□※@▽○∀っ!?」

言葉にならない悲鳴をあげる口もいとおしく感じ、軽く指で触れる。

「やわらかいな」

「―――っ!?」

馬騰と馬岱が『おおっ!』と一声あげて目を大きくしてるが気にしない。夢だし

「なっ…ななっ…なっ…」

あれ? 夢…だよね?

「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


どすっ!!!


「ぐはっ!?」

馬超の拳が腹に減り込み、正座したまま後ろに倒れるという器用な事をした…らしい(ゴチンと後頭部に痛みが走ったから)

「お姉様、これ3回目なんだけど…」

声のニュアンス的には『またこのオチ?』と『そろそろ死んじゃうかも?』が含まれていたと思う。

「知るかっ! このエロエロ魔人っ!!」



一話つかってまるで評価が変わっていない進展の遅さに驚愕しつつ、俺は意識を失った。




(あとがき)

話が進んでません(汗)西涼編は4話でひと段落つくので

見限るのはもう少しまって頂けると…



[8260] 3話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/05/10 06:38



前回までのあらすじ



北郷一刀は知らない女の子に殴られ、気絶した後、床に正座させられ、エロエロ魔人と罵られたのであった。









―――そして2ヶ月後(え~)






涼州の都市、武威の城内にある馬騰の執務室にまで歓声が届いた。



「翠とたんぽぽちゃん随分帰ってきたみたいね」

たまった書類に目を通していた馬騰が正面で補佐をしていた北郷に声をかけた。

「それにしても凄い歓声ですね」

「大勝かつ被害がほとんどなかったんでしょう。天の御遣いの提案を受け入れたおかげね」

「いやあ、だったら嬉しいんだけど」



あの日(翠に殴られたり罵られたりした日)、どうやら自分はエセ占い師として有名な(エセて…)管路の占い

によって出現を予言された”天の御遣い”らしい。らしいというのは自覚がないからなんだけど、ただどうも

自分の(おそらく三国志世界にタイムスリップした?)を考えるにその可能性は高いとも思えた。

だからといって何か出来るわけでもなく、その日たんぽぽ(まだ真名は許されてない)が

『天の御遣い!? すっご~い、何ができるの?』と目をキラキラ輝かせたのは軽いトラウマだ。

武力が無いのは翠(まだ真名は許されてない)に何度もノックアウトされたので除外として

(相手が悪すぎるという説もある。注:自説)『凄く頭がいいのかも!?』と渡された本

(速読でも期待されたんだろうか?)を見て、字が全く読めない事を知り愕然とし、『何にも出来ないんだな』と、

翠が悪気無く呟いた一言に泣きそうになった。

 ちなみに別外史における彼のあだ名”ちんこ太守””全身性液男”を考えるに下半身が天の御遣いと

言われる程の特殊能力だったのではないかと推測されるがそれは別外史の話。

 結局朝は馬小屋の世話、昼夜は馬騰さん(真名は秘密♪との事)の事務手伝いかつ勉強を教わる生活が

一ヶ月ほど続き、必要に追われて字はかなり読めるようになった。




例えばこんなエピソード



政務一時間後

馬騰『…飽きた』

北郷『え~…まだ書類の十分の一も処理できてないですよ』

馬騰『天の御遣いやっといて♪ 判子押しといてくれればいいから』

北郷『そんな適当な…なんだこの陳情書の莫大な予算! ん? これ馬岱の字じゃ? ん~この単語は確か

小遣いで…ちょッ馬岱の小遣い100倍アップ(増)しろとかなんだこれ? 判子押す所だったぞ? こんな事まで

太守の仕事なんですか?』

馬騰『まさか。たんぽぽちゃんがこっそり書類紛れ込ませたんでしょう。あとでおしおきよね、うふふ』

北郷『いやうふふじゃなくて…うわっ、次の書類も無茶苦茶だぞ? 馬騰さん、これ…』

馬騰『…(zzz)』

北郷『本当に寝てるし!? え? 嘘、マジで俺がやるの!?』



 こんな感じで俺は必死に勉強。そしてこの西涼お金が無いのに実に無駄が多い事が発覚! 出費を抑える為の

方策や無駄手間を省く方法の立案、情報収集の必要性と方策を馬騰さんに色々提案。

一旦関心されるもその提案の矛盾点や疑問点を的確に指摘され、さらに提案書を書く為に字を書き、下手だったり

表現が悪かったらやりなおしを何度も繰り返し、もはやよっぽどの難文でなければ読み書き出来るようにまで成長した。

そして上記条件をクリアした提案は次々に承認され、その一つが今回の翠達への歓声に繋がったらしい。


「”のろり”ね。驚くべき効果だわ」


いや”のろし”です。


「あと例の情報収集、凄い効果よ。特にこの西涼は情報が遅れ気味だったけど格段に良くなったわ」

提案した情報収集方法は西涼に馬や羊を買いに来た商隊の護衛を西涼兵が格安で受ける事。

黄巾党が暴れまわる昨今では護衛の相場が跳ね上がっており、それを格安で、かつ最強の西涼兵が

護衛するのだから商隊からは大喜び、涼州にとっては商隊からの情報や各都市の情報収集がタダで行えるという

方法だった。

まだ馬騰さんには言っていないが商人達のノウハウを盗み、こちらで仲介分も稼ごうと考えている。

また危険な隣国などに強い西涼馬を売らず、出来れば遠方や敵対国なりえない相手と商売したいと考えている。

「というと?」

「黄巾党、本隊が敗れたらしいわ」

早い! っていうか先日入ってきた正規ルートの情報では黄巾党がますます勢力を拡大とか言ってたぞ?

「なんでも陳留の曹操、義勇軍の劉備等の活躍が目立ったそうよ」

そんな情報まで!?

「それと…」

じっと見つめながら…フィっとそらされた。

「…ま、噂だしアレはいいわ。でも天の御使いが来てくれて助かったわ~♪ 翠は書類仕事全然出来ないし、私も

実は苦手だったもの。本当は私も馬に乗って暴れまわる方が性に合ってるのよね」

「…ああ」(ゲームの馬一族のステータスを思い出して思わず納得する)

「今の『ああ』はなんかひっかかるケド…でもこれからは天の御使いに西涼の政治全部任せられそう♪」

「いやいやいや! それ太守の仕事ですから」

「太守になればいいわ。翠の入り婿は不服?」

「ぶはっ!! 不服以前に嫌われてます…いまだにエロエロ魔人だし」

「あ~、あんなの…でもきっかけが要るわね? ねえ天の御使いは戦術には精通してるのかしら?」

「軍師みたいな? う~んゲームではよく落とし穴使って呂布はめたなあ…実際やった事ないのでなんとも…」

「知識はある? へ~え」

あ、今の『へ~え』は何か悪い事を考えてる『へ~え』だ。

「うっ…ゴホゴホッ」

「うわあっ、大丈夫ですか!?」

突然立ち上がり、いきなり咳き込み、ガックリと床に膝をついた馬騰に駆け寄り、倒れる寸前で抱きとめた。

肩に手をやり、仰向けの姿勢にする。

「む、胸が苦しい…天の御使い、さすってください」

「ええっ!? いいの?…じゃなくて…いや解りました。じゃあ失礼します」

そう、やましい気持ちを振り払い、人助けの為に無心であろうと神に誓い、胸に手をあてて擦った…

「母様、ただいま戻りました」 「たっだいま~♪」

「…(え~)」


結論、神はいなかった。(というか馬騰さん今ニヤリと笑った!?)


「母様を押し倒して何をしようとしていたんだこのエロエロ魔人ッ!!」








「模擬戦?」

「そう、今の報告からして五胡の攻撃は当分ないでしょう。その間に更に錬度を上げておこうと思うの」


翠の報告によると、五胡の襲撃を受けた城は北郷の提案書どおりにすぐさま狼煙をあげて、城の防御に徹底。

今までのように、早馬からの報告後、援軍に向かうという手順と違い、狼煙に気づいた各涼州の豪族達がすぐ

さま兵を率いて出撃。翠と蒲公英も武威の兵を率いて提案書に記された地点に集結。狼煙に気づかなかった場合

の保険として従来通り早馬に出ていた兵を拾い、大兵力を引きつれ、襲撃された城に急行。城攻めでまごつき、

ここまで早く援軍が来ると思ってもいなかった五胡の背後から攻撃、城からも兵が出撃して挟み撃ちを行い、ほぼ

五胡を殲滅、そして被害はほとんどなかったという、まさに完勝といっていい内容であった。



「いいんじゃないか? 今日の戦じゃみんななまっちまうだろうし」

「たんぽぽも賛成♪」

「それじゃ翠隊とたんぽぽ隊、それぞれ5000騎ずつ率いて勝負ね」

「ええ~、おばさまじゃないの? たんぽぽじゃ勝てないよ~」

「あらそう? それじゃたんぽぽ隊には軍師として天の御使いをつけましょう」

「はあッ!?」 「ええ~!」

執務室にいた全員が床に正座させられていた北郷に注目した。

何故正座させられていたかについては言う必要もないだろうから割愛する。

「エロエロ魔人のお兄様軍師なんて出来るの?」

「う~ん、やったことないからどうだろう?」

「ははッ、悪いなたんぽぽ、あたしの勝ちは決まったな」

む~とうなる蒲公英に翠が胸をはって勝ち誇った。

「絶対?」

馬騰が翠をじっと見つめる。

「え? ああ、絶対だね。エロエロ魔人が足ひっぱるだろうから負けないな」

その答えを聞いた馬騰が一瞬にやりと笑った。

「じゃあ賭けをしましょう♪ 翠が負けたら天の御使いの事をこれから”だんな様”と呼ぶ事♪」

「はあっ!?」

「おば様、それじゃつまんないよ。いっそ”ご主人様”って呼ばせようよ♪」

馬騰の思惑に気づいた蒲公英が畳み掛ける。

「あらそれいいわね。じゃあご主人様で決定♪ ついでにご主人様なんだからこれからはご主人様に絶対服従

なんてのもついかしちゃいましょう♪」

「賛成~♪」

「ちょっとまて~~~!!!!!」

「あらどうしたの翠?」

「どうしたのじゃなくて!! なんであたしがこのエロエロ魔人を、ご、ご…言えるかあッ!!」

「だって絶対負けないんでしょう?」

「お姉様、勝てばいいんだって♪」

「う、う~…くそッ、ぜったい負けねェ! エロエロ魔人をぶっ殺してやる!」

「(え~!?)ちょッ、何火に油を…」

「勝負は一週間後、場所は武威北方の森が西にある荒野一帯とします」









―――翌日



 北郷は蒲公英と共に模擬戦に指定された場所に馬を走らせていた。乗馬は麒麟。翠が乗馬する3頭の内の1頭

であり、名馬揃いと名高い西涼でも指折りの名馬であった。

模擬戦において乗る馬を借りようと馬小屋を回っていた際、翠に手招きされた時はヤキでも入れられるかと思った

が、

『ちゃんと世話してくれたみたいだな。黄鵬も紫燕も麒麟も毛艶もいいし凄く元気だ。で、だな、麒麟を貸してやる。

どーせ馬なんてまともにのれないんだろ? 麒麟は頭がいいからこっちの期待通りに動いてくれるから』

感謝の言葉を述べると

『べ、別に、模擬戦で負けた理由が馬に乗れなかったじゃかっこ悪いからな』

と麒麟の手綱を手渡された。

いい奴だよなあ…などと思い出していると、

「もうっ! たんぽぽの話聞いてるの!?」

隣を走っていた馬岱に怒鳴られた。

「うわっ、ゴメン、考え事してた」

「ぶ~…お姉様の事?」

「そう。麒麟貸してくれた。馬超いい奴だよな~」

「そんなのあったりまえじゃん♪」

まるで自分が褒められたように嬉しそうに答えた。その表情の遥か先に土煙が上がった。

「お姉様の隊が訓練してるね。集合時間はまだだし先に見に行こうよ」

馬首の向きを変え、土煙のあがった方角に馬を走らせる。

「お、ちょっと待って…おお!」

急な方向転換等はとても出来なかったのだが、並走していた馬岱の馬と俺が傾けた体で状況を察したらしい

麒麟がスムーズに方向転換して馬岱の馬についていった。

「凄い、馬超の言った通りだ。賢いな麒麟」

首をなでると『ひひん』と嬉しそうに鳴いた。



ドドドドド…


と物凄い馬蹄の音と土煙を巻き上げて、数千騎の軍馬が駆ける。

その先頭に、名馬紫燕に跨り、銀閃を片腕で軽々と振り回す馬超の姿があった。

銀閃を右に振り回しただけで、隊が乱れる事無く、かつスピードを落とす事無く部隊が美しいカーブを描くように

曲がった。同じく左へ、蛇行するような無茶な動きに一騎たりとも送れずに無人の荒野を駆け回った。

凄い…しかし、それ以上に先頭で長い髪を風になびかせ、白銀に煌く槍を優雅に振り回し、名馬を手足のように扱う

翠の姿に見惚れた。

「あれが…錦馬超」

「金馬超? 男の人の股についてる?」

字が違う。

「そっちじゃなくて、にしきって字の。美しいって意味」

「お姉さまにピッタリ! それ広めちゃおう♪」

「その必要はないな。誰が見てもそう思うし」

そして2000年は語り継がれる。

「それにしても、あれだけの行軍を見てお姉様の事しか感想がないって大丈夫かな~?」

「あ~いや驚いてるよ。勝てるのあれ?」

「ちょっと何言ってるの!? 勝てるの? じゃなくてエロエロ魔人お兄様が勝つの! じゃないと一生エロエロ魔人

だよ?」

それは本当に嫌だ。

「馬岱も?」

「たんぽぽは普通に呼びたいし真名もおっけーなんだけどね~。お姉様に遠慮ってか先に言っちゃうと意固地になり

そうだし」

さらっと重大な事を言われた気がしたので聞き返そうとするより早く、

「そろそろ皆集まってるよ。行こう!」

と、さっさと集合場所に向かわれてしまった。



 集合していた馬岱隊に先ほど見た馬超隊の動きをしてもらい、馬岱と錬度を確認する。

悪くはないがイマイチ。という感想であったが、続けて馬岱が指揮に入った際はまるで別部隊と思わせるような見事な

動きをみせ、武将の統率力という能力の重要性を実感した。

「どうかな?」

馬上で見学していた北郷に馬岱が感想を聞きにくる。

「うん、かなり凄いと思う」

「え~…そっちじゃなくて、錦馬岱とかないの?」

そっちかよ!?

「じょーだん、じょーだん。でもかなりって言い方はやっぱりお姉様には負けてるって事だよね~」

鋭い。確かに馬岱の統率力はかなりのレベルだが馬超と比べると1、2歩劣る。そして同規模の戦力の場合、その

1、2歩の差で負けるだろう事は予測できた。

つまり策が必要なわけだ。

「馬岱、こんな陣形と行軍は出来るかな?」

地面に木の枝でガリガリと絵を描く。

「やったことないし、これじゃやられちゃうよ?」

「ああ、このまま戦うんじゃなくて…こうして、こう動く」

ガリガリと絵の続きを描く。

「!? これお姉様ならひっかかるかも? じゃあ隊列は森の前がいいね」

「おお、解ってるジャン」

馬岱の頭をグリグリと撫でる。

「んで、もう2手付けたいんだけど、この森馬が走れる抜け道はあるかな?」

「あるよ、細い道を走る練習とかで使ってる。それを突っ切って曲がればこの場所に戻れるよ」

「好都合だな。じゃあ最初の行軍を練習して、馬の扱いが上手い人を4500人まで絞ろう」

「了解、しっかり見てて!」


 何度かの練習を得て、スピードを落とせばなんとかというレベルまでは行っていた。やはりタイミングが難しいらしい。

う~ん…それなら…あまり実践向きではないがタイミングを計る為の方策を馬岱に告げて、かつ馬の扱いがいま

ひとつだった500人を引き連れて森に向かった。その500人を弓の上手い人400、体力自慢を100人とに分け、

模擬戦前日までにするべき準備を指示した。




―――そして模擬戦当日を迎える。






あとがき

繋ぎの話なんでどーにもあれなのはご了承頂けたらと…。




[8260] 4話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/05/10 06:41



「いいわねぇ…」

演習当日。

馬超隊、馬岱隊が対峙する荒野を見下ろす高台で、馬騰は髪をなびかせる風の心地よさを感じながらそう呟いた。

恐らく、いやもう二度と自分はあの戦場に立てないだろう。翠にも話してはいないが自身を蝕む病魔の進行はもう

止めようもなく、命も永くないらしい。後継者である翠は武力においてはなんら心配していないが、政にはいささか、

いやはっきりいって全く期待出来なかった。

 そんな時、翠が拾ってきた天の御使いは破格だった。字も読めなかったのにわずか数ヶ月で支障ないレベル(状態)

まで読み書きを覚え、また政治に明るく、物事の発想が実に効率的であり、かつ責任感が強く恩義にも篤い好人物であった。

 武力は皆無だがそんなもの翠と蒲公英がいるのだから必要ない。ただこの二人をサポート(補助)できる人物であれば

それでいい、内政は解った。欲を言えば軍略に長けてくれれば…それを見極める意味でも馬騰にとって重要な演習であった。






 森を後ろに陣を敷く馬岱隊と対峙する荒野の中央に位置する馬超軍の先頭で、馬超は馬岱軍をいぶかしげな目で

見ていた。

「う~ん? なんであんな所に陣を引くんだ?」

罠か?

とも思ったがそもそも森に入る必要が馬超隊にないのだから罠を張る意味がない。

「背水の陣のつもりか?」

自らの退路を断ち、生き残るには敵を打ち破るしかないと無理矢理士気を上げる策のひとつではある。

まあそんなもんだろうと翠は考えるのをやめる。最速にて突撃を行い、叩き潰す。ただそれだけでいいのだ。

「聞け! 西涼の精鋭達よ!! 相手も西涼兵とはいえこのあたしが鍛えたんだ、今のお前達は最強で間違いない、

この一週間の鍛錬を見せ付けてやれ!!」


おおおおおおおッ!!!


馬超隊の雄たけびが馬岱隊まで届く。

「うわあ、凄い気合だなあ…」

「お姉様人気あるもん。演習とはいえ凄くやる気あると思うな」

「馬超強いもんなあ。人気もあるか…」

「ちがうちがう、いや違くはないんだけど、ふつーに可愛いから人気あるの」

「え、そうなの? あ、可愛いってのは同意だけど」

「うん。まあ本人は気づいてないけどね。あ、でもたんぽぽだって人気あるよ? ね、みんなたんぽぽの為に頑張ってね♪」


ほわーーーーーーッ!!!


「なぬっ!?」

兵達の雄たけびに『馬岱た~ん♪』とか『馬岱たんハアハア』とか何か危険な言葉が混じっていたような…

「まあお姉様には負けるけどね♪」

「…(大丈夫なのか西涼兵)」

西涼兵の以外な性癖を知った直後、演習開始の銅鑼が鳴った。(どんなタイミングだ)



「突撃ッ!!」

馬超の号令と共に、騎馬隊5000騎が砂塵を巻き上げ馬岱隊に向けて襲い掛かった。


「はやッ! じゃあ馬岱ここは頼むな」

「まっかせて♪ 代わりに仕上げはよっろしく~」

馬岱は一刀が森に入ったのを見届けた後、迫りくる5000の騎兵を見、クセであろう、こぶしを口元にあてて

ニッと笑う。

「さあ、行ッこうか!! 馬岱隊とっつげき~!」

迎え撃つ形で馬岱、その後ろに巨大な旗を持った屈強な騎兵2騎を先頭にした馬岱隊4500騎が駆ける。


正面からの突撃騎兵の激突!!


…馬超隊の誰もがそう思っていた展開は大きく裏切られる事になる。

「旗~ッ!!」

号令直後、馬岱隊の先頭を走っていた2騎が巨大な旗を高々と振り上げると同時、馬岱隊は馬超隊を間に

挟むかのように真っ二つに割れた!

「な、なんだあ!?」

相対する正面の敵誰一人とも一合もする事無く、左右に割れ、自軍両脇を駆け抜ける様を見つつ、自分はただ

前に駆け続けるしかないという不可思議な状況に先頭を走る翠はたまらずそう言葉を漏らした。

「わけわかんねェ、意味あんのかそれ?」

確かに虚は付かれた。しかし馬岱隊が自軍を抜きさった後、旋回して敵後方にぶち当たればいいだけだ。

戦いにおいて天才である馬超はこの程度で動じる事無く、次にどうすればいいか既に感覚で理解していた。


しかし、それが読まれていた事を直後に知る事になる。


前面の層が薄くなる。それはつまり馬岱隊最後尾が近づくということ。

「そろそろだ…よしッ旋か…なッ!? とまれ、全軍止まれぇぇッ」


馬岱隊が駆けさった先は無人の荒野ではなく森!!


旋回するスペースどころか今すぐに速度を落とさねば森に激突しかねない距離に森はあった。

「あぶねぇ…へたすりゃ森に激突だったぞ…」

馬超隊は見事な手綱捌きによって一騎も森に激突する事無く、森の直前で止まる事が出来た。

しかし今、馬超隊は森を眼前に必勝の条件であるスピードを完全に潰され、

騎馬隊の命であった突破力、機動力が完全に奪われていた。


そしてその隙を当然の如く次の策が襲う。


馬超隊後方から喧騒が響き、伝令が届く。

「後方どうした!?」

「報告します、わが軍後方に馬岱隊が突撃、最後尾が襲われています!」

「早いッ、どうやって分かれた軍をここまで早くまとめあげたんだ?」

馬超隊を通り抜けた馬岱隊は見事に旋回しつつ合流、スピードを落とす事無く、止まらざるおえなかった馬超隊の

後方に突撃を敢行した。


 高台より見ていた馬騰には馬岱隊の行軍がまるでハート形を描いているように見えた筈である。また同時に

先頭を走る旗の傾きによって何パターン(通り)かの曲がる等の指示があったであろう事を推測した。

「翠、さてどうする?」



「馬術に自信のある500騎我に続け! この森を突っ切る!」

馬超は前方に広がる森に通る一本の道を指し示し叫んだ。

「この道は大きく右に曲がる為軍を立て直すには不向きかと思われます」

「誰がそんな事するか! この森を道なりに抜ければ馬岱隊の右翼側に出る。だから大きく回りながら

馬岱隊の最後尾に我々が突撃し、今攻撃を受けている部隊とで挟み撃ちにする!」

おお…と感嘆の声が上がる。初手において完全に後れを取ったが馬超の策はまだ逆転が可能である事を

部下達に納得させるに十分であった。

「この作戦は今たんぽぽ達と戦っている仲間が少しでも多く残る事が重要だ。急ぐぞ!!」

『おおッ』


 馬超を先頭に精鋭500騎が森を駆ける。本来であれば既に敗北は必至。しかし前を駆ける錦馬超の背中は

それだけで部下達を鼓舞し、森に潜む罠さえなければ逆転の可能性を確実に上げていった。


馬超隊に矢の雨が降りそそいだ。


無論演習である為鏃はないが、規定上矢に当たった部下達は脱落せざるおえない。

「くっそおおおおおッ!!」

翠は自身に飛来する矢を叩き落とす。

「何人残ってる!?」

「…」

死者は口をきけない。森に伸びる一本の道はまさに格好の的であった。

「うっらああああああッ!!」

 更に飛来する矢を叩き落とし、愛馬黄鵬を走らせる。格好の的である筈が、放たれた矢は全て黄鵬が

駆け抜けた後、ただの道に次々と突き刺さる。もはや部下の速度に合わせる必要もない。

馬超はまさに神速で森を駆けた。

「あたし一人か…かまわん、100や200蹴散らしてたんぽぽを倒せばあたしの勝ちだ!」

全く持って無茶な理論。しかし、当代最強の一人である翠にとっては決して無茶でも不可能でもない。

だからこその英傑。それが可能である実力を西の義姫錦馬超は持っていたのである。

矢の雨を蹴散らし、放たれた矢さえ追いつけないまさに神速で、馬超は魔の森を駆け抜けた!


その開放感からであろうか、翠は浮遊感を感じ…


「落とし…穴ぁああああッ!?」


物理的な意味で本当に浮遊状態なだけであった事実を知る。



…馬超隊隊長、つまり翠は落とし穴に落ちたのであった。







コツン…と頭に軽い衝撃を受けて翠は目を開けた。

「馬超討ち取ったり~」

「はぁ?」

頭上には名馬麒麟に跨り、長大な棍を持った北郷が微笑んでいた。


それと同時、演習終了の鐘が鳴り響いた。


「はぁあああああ? ちょ、ちょっと待てあたしはまだ負けてねぇぞッ!」

北郷に掴みかかろうと黄鵬から飛び降りた翠は『うわッ!?』と悲鳴をあげて躓いた。

落とし穴の底を耕していたのであろう、翠の足が膝下辺りまで埋まっていた。

「…ッく~…あたしの負けだ」

棍を放り投げ、ベタリと地面に座り込み空を見上げそう叫んだ。

するとワアッ…と歓声と共に幾本の棍が地面に転がる音が翠の耳にも届く。

「ここまでしてんのかよ」

 苦笑を漏らす。演習とはいえ相手に怪我をさせないように地面を軟らかく馴らし、最後まであきらめないであろう自分

の行動を想定して穴の周囲に長い棍を持たせた兵をかなりの数待機させていたのだ。さしもの馬超もあきらめるしか

なかった。

「黄鵬を引き上げるからロープ…じゃなくて縄を持ってきてくれ」

そう指示した後、麒麟から下りた北郷が翠に手を差し出す。

「馬超、つかまって」

と言って翠に手を差し伸べた。

「…」

(む~)と言った顔で睨む翠に一刀は苦笑し『ありがとう』と呟いた。

「はぁ? 何がだよ?」

「荒野で転がってた所助けてくれた事とか馬岱から色々聴いてるよ。この時代の危険性が今なら解ってる。二人に

拾ってもらわなかったら野垂れ死んでたと思う。なかなか言う機会がなくて遅くなったけど、改めてありがとう馬超」

「…べ、別に助けるのなんて当たり前だろッ」

顔を赤くしてソッポを向く馬超。

 官僚が腐りきり、黄巾賊がのさばり、五胡の襲来を受けるというこの後漢末期、見ず知らずの人間を

助ける事がどれだけたいした事であるか、また本気で『あたりまえ』だと言ってしまえる馬超という少女のやさしさを

改めて知り、一刀は自分が知る未来、馬一族が迎えるであろうこの先の地獄を必ずや回避させて見せようと心に誓った。

「…必ず恩を返すよ。よろしく馬超」

「…翠でいい」

最後まで差し出した手を一度も引かず話し続けた一刀に対してばつが悪そうにそう呟く。

「えっ? 真名って大切なんだろ? いいのか?」

「約束だからな。だからあたしはお前の事をエロエロ魔人じゃなくご、ご…ご…」

「ご主人様すご~いッ!!」

翠が一刀の手を握った直後、一刀の背中に馬の上から飛び降り、体当たりする形で蒲公英が飛びついた。

「うわっ」「ひえッ」「あれ?」

ドシャリ、と3人は穴の底に落ちた。

「あいたたた…も~ご主人様受け止めてくれないとこまるよ~」

蒲公英が勝手な事を言う。

「あれ?」

地面に口付けをしているように見えた北郷の下、土の中にもう一人、二人に潰された翠が埋まっていた。

ドゴッ

…と鈍い音と同時に北郷の体がビクリと浮き上がった後、ゴロリと転がり、口から泡と土を噴出しながら

ピクピクと痙攣し、気絶していた。

「ぶはッ!!!」

土の中からガバリと起き上がった翠は口を手の甲でゴシゴシと拭いた。

「お姉様なんで土の中に埋まってたの?」

「お前らが埋めたんだ!! しかも…しかも、キ、キ…ああああッ」

「?」

蒲公英も、当人である一刀も気づいていない。3人で穴に落ちた時、翠と一刀は口付けをしていた。




後に、趙雲主催の猥談において翠は

『ファーストキスは土の味しかしなかった』と名言を残したと趙雲別伝という書物に記載されているが、

この別伝は後の子孫が改編したものではないか? と言われている為真偽は不明。


どちらにしろ、気の毒な事である。








終了の鐘と同時に馬騰は決着が付いた森の出口に馬を走らせていた。

北郷一刀の能力を知る為の演習の結果は想像以上、最高の結果であった。

これで懸案であった文官、軍師において何の心配も要らなくなった。あとは、そう、誰に似たのか(アナタだ)

翠が意固地になって負けを認めないせいで関係が悪くなるという些細な心配だけだった。

 母の目からみても完全に一目ぼれしているであろうから素直になればいいのにとも思うがそれが出来ないのが

翠なのであろう。

険悪な雰囲気であれば自分が仲介に入って良い方向に向けてやろうという気持ちが馬を更に馬を走らせる事になった。


そして…


「何でたんぽぽがご主人様って言ってるんだ?」

「だってお姉様に勝っちゃったんだよ! すっごいよ、たんぽぽも真名を許してご主人様って呼ぶもん♪」

「ま、真名も!? たんぽぽ! まさかお前…」

「クスクスッ…どーかなー?」


なんともキャピキャピした少女達の会話を肴に集まっていた兵達が笑っていた。

「(…翠、たんぽぽ)」

自分が恥をさらしているようないたたまれない気持ちで声のする方へ馬を下り、近づく。



そこには…


何故か落とし穴の底で精強を誇る馬騰軍の隊長と副隊長が土塗れになって楽しげに口げんかし、

天の御使いが口から泡を吹いて白目を向いて気絶する意味の解らない姿があった。


「ぷッ…くくく、あっはははははははは…」


 たまらず声を出して笑う。自分に気づいた翠と蒲公英がアワアワと何か誤魔化しているがその姿さえ愛おしい。

心配はいらない。西涼は、自分の娘達は大丈夫だ。



そう、この日、精強を謳われた西涼馬騰軍は、軍師を向かえ最強となったのである。





(あとがき)
まあシンプルな計略でw
曹仁のおじさんの小気味良い地雷の踏みっぷりは芸術だと思う。
西涼編はあと一話、閑話休題(意味は解ってません)みたいなので終了です。
翠と蒲公英以外のキャラがよーやくだせます。
そしてやっとエロエロ魔人⇒ご主人様にたどり着けました(長かった)


補足(という名の言い訳)
初接吻はゴロが悪いので。
娘達じゃないけどそんくらい可愛がってるということで。
名前が一致しないのはもう雰囲気で。





[8260] 5話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/05/11 23:41




コツン……と前を歩くご主人様の足に鼻をぶつけた。


どうしたんだろう? とご主人様の視線の先を見る。予想通り食べ物屋、この匂いは確かシュウマイというやつだ。

微動だにしないご主人様を見てこれは長くなりそうだと理解し、少し散歩に出ようと路地に向かう。

「あっ、ワンワンだ♪」大通りから二つ先くらいの民家もまばらな路地でそんな声が耳に入る。ワンワンとは自分の

名前を知らない人間が使う呼称であるので今の声は自分に向けたのだろうと声のした方向を向く。

小さい人間、子供というやつだ。この匂いは多分人間の雌だ。子供の雌の場合大抵は優しく体を撫でてくれる。

 あれは気持ちいいものなので、散歩はとりやめた。そして嬉しそうに近づいてくるのでじっと待つ。

ヒョイと抱き上げられ撫でられる。うんなかなか気持ちがいい。ご主人様が動き出すまで時間がかかるだろうから

しばらく人間の子供と遊ぼう。そう思った時、無粋な声が耳に届く。

「ほらお前達、さっさと運べ」

「へいお頭。しかし真昼間から空き巣とは大胆ですね」

「この辺の連中は昼間でかけてるってのは調査済だからな。しかし予想外に溜め込んでやがったぜ」

「これだけあればしばらく食っていけるんだな。って…子供が見てるんだな」

黄色い頭巾を被った3人組が正面の家から出てきてこっちをビックリした顔で見下ろしていた。

「ば、ばっかやろう!! なんでちゃんと見張ってねえんだ!」

「み、みはりはお頭の役目だったんだな」

「うるせぇ! ちっ、しょうがねえ、捕まえろ!」

 よく解らないが武器を持って近づいてきたので噛み付いてやろうと思ったら子供にしっかり抱きつかれた

せいで動けない。

「ヒッ……おかあさ……むぐっ!?」

子供の手から落ちる。押さえつけた男にガブリと噛み付いてやる!

「いてぇッ!! この糞犬!!」


ドガッ!!


……と、物凄い衝撃を受けてボクは意識を失った。






 少し遅い昼食をとろうと街に出ていた俺はその神秘的な姿に思わず足を止めた。

一人の美しい少女が大通りの真ん中で立ち尽くしていたのだ。

その少女は日に焼けた小麦色の肌に燃えるような紅い髪。二本のまるで触手のような髪が後ろに

垂れ下がっていた。そして澄んだ瞳はじっと露店の饅頭屋を見つめていた。

 なにか饅頭に思い出でもあるのだろうか? 儚げな、悲しげな、なんとも言えない物憂げな表情で

ただただ露店を見つめていた。


ぐぎゅるるるるる~


「腹減ってただけかよ!?」

思わずツッコミを入れる。その声に振り向いた少女は今度は俺をその澄んだ瞳で見つめ続けた。


腹の音を鳴らしながら……





「……いいの?」

「いいよ、饅頭くらい好きなだけ食べな」

その子犬の様な目に耐えられず見ず知らずの少女に饅頭をおごることになった。自分の昼食が饅頭になるのは

どうかと思ったがまあ4、5個も食べれば腹も膨れるだろうと出されたお茶をズズ……っと飲みながら答えた。

「……じゃあ、肉まんと餡まんとごま団子と桃饅頭とちょっと辛い系の饅頭を100個ずつ」

「まいどッ!」


ブバッと茶を噴出す。


「……汚い」

「ああゴメン、ってまて店の主人も! 合計500個ってなんだそれは?」

「……」

駄目なの? と寂しげに訴えるような澄んだ瞳でじっと見つめる。くっ……しかたな……いやいや

「そんな食べきれるもんじゃないし……店の主人も困るからさ」

「いえ、そんなことは全く……そ、そうですねいっぺんにそれは……」

ふざけた肯定をしかかった主人をキッと睨み付ける。

「じゃあお客さんこうしましょう!一皿10個ずつ出しますから食べきったらもう一皿追加って形にしましょう。

そうすりゃあ出来立てのおいしい饅頭を出せますよ」

「そうだな、それがいい。君もおいしい方がいいだろ」

コクリと頷く。一皿10個って時点でどうかと思ったが被害が十分の一で済んだと思えばマシだろう。



そう思っていた時期が俺にもありました……



 食べ終えた皿の山が自分の膝辺りの時点で半笑いだったが自分の胸元辺りに来た時表情が固まり、身長を

超えた時点で涙が出てきた……ツケきくよね?

するとヒョイと自分の前に饅頭を差し出される。…えっと?

「……おなかが膨れれば悲しくなくなる」

「……そうだね、ありがとう」

イイ子ではあるんだよな…甘い筈の饅頭はしょっぱい涙の味がした。


「……何やってるんだよご主人様?」

少女の大食いによって見物客で賑う饅頭屋に翠が二十歳位の美女を連れて声をかけてきた。

「あれ? 翠今日は街の警備じゃなかったっけ?」

「ああ、で今この先の通りで空き巣がでたらしいからそっちに人手やってあたしはこの人のツレが迷子らしい

から捜してるんだ」

艶やかな長い紫の髪とスリットから除くフトモモが色っぽい美人が頭を下げる。

「あの5~6歳位の娘で、私と同じ色の髪をした子なんですが見ませんでしたか?」

「妹さんですか? いえ見てないです、君は?」

フルフルと頭を振る。集まった見物人達も見ていないらしい。

「そうですか。お楽しみの所すみませんでした。あ、名は黄叙、真名を璃々、妹でなく娘です。見つけたら

教えて下さい」

お楽しみというか罰ゲームです(涙)って娘!? 馬騰さんもそうだけどみえないなあ……

「じゃあな、ご主人様!」

この間ずっと刺す様な目で睨み続けていた翠がそう言って立ち去ろうとしたので思わず呼び止める。

「な、なんだよ、言い訳なんて聞きたくねぇぞ!」

 なんだかチョットだけふて腐れたような、何かを期待したような顔をしていたが切羽詰っていたので

あまり気にしない。

少女に聞こえないように翠の耳元で

「いや、金貸してくれない? この子メチャクチャ食べるんだよ」

「……死ね」

生ゴミを見るような目でそう呟いて立ち去っていった。




終わった……そう思い隣を見ると少女がボーッっとしていた。

「あ、お腹いっぱいになったか?」

無限地獄の終了を期待したが、少女は無慈悲に首を左右に振り『……おかわり』と呟いた。

「……でもこれで最後」

「おお! そっかあと一皿で満腹か」

「……違う、思い出した」

「? 何が?」

「……迷子」

「えっ、君迷子だったのか! 通りで……」

「……違う、友達が迷子。探してた」

(え~)探してたっけ? 饅頭屋凝視してなかったっけ? という言葉をぐっと飲み込んだ。

「何処ではぐれたんだ?」

スッ……と、3軒先のシュウマイ屋を指差し

「シュウマイ屋見てたらはぐれた」

「……なるほど」

どういう状況だったか見るように解った。

「じゃあ食べ終わったら探そう。どんな子?」

「……背が小さい」

「(子供かな?)それで?」

「……毛むくじゃら」

「(毛深いのか?)……で?」

「……四足で歩く」

「(赤ん坊?)……うん?」

「……泣き声はワンワン」

「犬ですか!?」

「……そう。名前はセキト」

凄い名前だった。








 饅頭代を払い(ギリギリ足りた。明日から自分がどう生活するのか謎だが)セキトが迷子になった場所から

『多分こっち』という少女の勘で幾つかの通りを抜けると人が賑っていた。何事かと集まっていた警備兵に聞くと

空き巣が入ったらしい。

「空き巣が入ったらしい。こんな人通りじゃ犬はいないんじゃないかな?」

「……セキト」

「えっ!?」

 赤毛の子犬が路地の隙間にグッタリと倒れていた。ヒデェ、どうも蹴飛ばされて路地の隙間に放り込まれた

みたいだった。

少女が子犬を抱き上げ、『セキト、セキト』と呼びかける。その言葉が届いたのかセキトはパチリと目を開いた。

「よかった」「……よかった」

二人同時に安堵の溜息をついた。

目覚めたセキトは最初辺りを見回すと、少女の手から降り、地面の臭いを嗅ぎ、一声吠えた。

「? 何?」

「……ついてこいって」

よく解らないままセキトの案内で人通りの寂しい小屋に辿り着いた。開いていた窓から部屋を覗くと黄色い布を

巻いた3人組の男と、7歳位の子供が縛られ床に座っていた。

「黄巾党!? それにあの子供ってまさかさっきの」

「……あれがセキトの仇、倒してくる」(死んでません)

「ちょっと待ってくれ、人質が……」

「……大丈夫、一瞬で倒す」

そう言ってすぐさま少女は小屋の入口を蹴り壊した。

「な、なんだてめぇは!?」

「……セキトの仇にきた」

 少女に掴みかかろうとしたデブな男は少女に殴られ、一撃で床に沈む。しかしそれが失敗だった。デブが

倒れたせいで小屋の出入口がほぼ塞がれてしまったのだ。

「……しまった」

「(え~)くっ、どうすればってセキト!?」

セキトが窓から小屋に飛び込み、髭面の男に噛み付いた。

「いでェ! この犬またかッ!!」

噛み付かれた腕を振り払い、縛られた子供の側に叩きつける。

「ワンちゃん!」

「うるせェ!!」

髭面の男は怒りで我を忘れたのかこの状態において大切な人質にセキト諸共剣を振り下ろした。

「やめろおおおおッ!」

セキトと同じ、今度は一刀が窓から髭面の男に飛びかかり、二人して床に倒れる。髭面の男は運悪く机の角に

頭を打って気絶。しかし、最後の一人、背の低い男が『お頭の仇!』と倒れている一刀に剣を振り下ろそうとした。



ドガッ!!

「いでッ!」

飛んできた十字槍に剣を弾き飛ばされ

ドスッ!!

「ひぃッ」

飛来した矢に頭の頭巾と小屋の壁に縫い付けられ

ドゴンッ!!

「ぐえッ」

飛んできた気絶した大男の下敷きになり小男は絨毯のように潰れた。







セキトは少女に抱かれ、子供は母に抱かれ、……一刀は翠に地面に正座させられていた。

「ご主人様は弱いクセになんであんな無茶をするんだ!!」

「でもああしないと……」

「女の子と楽しそうに饅頭食ってるし!」

「……それは関係ないんじゃ?」

「あ、あの~……いいかしら?」

子供を抱いた美女が、話の区切りが付くのをずっと待っていたのだろう。が、一向に終わる気配のない状況に

耐えかねて、二人に声をかけた。

「まず自己紹介とお礼を、わたくし益州牧劉璋が配下、黄忠、真名を、紫苑といいます」

「黄忠!? あの老将軍で有名な! って真名いいんですか?」

「老…ええ、娘の命の恩人です。真名で呼んで下さい。そしてありがとうございました。ほら、璃々も」

ピシリと眉間に皺がよっていたがまさに年の功であろう、笑顔を絶やさずそう答えた。

「うん。ありがとーございました。ワンちゃんもお姉ちゃんもありがとう」

「……この子はセキト」

「そう! セキトちゃんありがとう」

頭を撫でる。セキトもワンと吠えた。

主である劉璋が幽州より益州へ移る事になり、よい旅の機会と娘をつれて各州を回っていた折、この街で娘と

逸れてしまい、今に至ったらしい。

「まあ無事でよかったよ。あたしは涼州太守、馬騰の娘馬超、真名は翠」

「あら? それでは亡き夫共々私達家族は馬氏一族の方々に助けられたのですね」

「ん? 何がだ?」

なんでも紫苑さんの亡くなった旦那は以前馬騰さんに助けてもらったらしい。談笑後俺も自己紹介する。

「俺は北郷一刀。真名は……」

「……ご主人様?」

「え?」

「……そう呼ばれてた。違う?」

セキトを抱いた少女が首をかしげる。

「あらあら、そういえば。それでは翠さん、ご主人様、本当にありがとうございました。益州にこられたらぜひ

訪ねて下さい」

「またね、セキトもお姉ちゃんも」

コクリと少女も頷く。黄忠親子は益州へ向け馬を歩かせていった。


「あれ? そういえば名前を聞いてないんだけど?」

残る少女に声をかける。

「……恋」

「恋? それひょっとして真名なんじゃ? いいの?」

「いいわけがないのですぅ!」

どこからともなく聞こえる謎の声!? そしてドドドドッと近づく謎の地響き。

「ちんきゅーきーーーーーーーーっく!」

「ぐぼああぁぁ!?」


ドガガガガガッ…


正座していた一刀は物凄い衝撃に吹っ飛ばされ、三回転半ほど回転し、地面に頭をめり込ませた。

「呂布殿、こんな馬の骨に真名を許すなんてありえませ~ん」

「うわあ、ご主人様生きてるか?」

「な、なんとか。一体何が?」

縞々のニーソックスを履き、空色の髪をした4頭身くらいの小さな少女が小さい眉とツリ目がちの目を大きく

吊り上げながら仁王立ちしていた。

「いやらしい顔をした男が呂布殿を饅頭でつり、人気の無い路地へ連れ去ったと聞いて飛んできたですよ!

この性犯罪者め、このねねが成敗してくれるです!!」

「……ちんきゅー駄目。ご主人様はいい人」

「ぬぬぬ……純粋な呂布殿を垂らしこむとは許せません。そもそも女の子にご主人様等と呼ばせる男が変態

でないわけがないのです」

ある意味真実だった。

「……違う、ご主人様が真名」

違うし!

「真名で呼び合う仲!? お、おのれですぅ~……こうなったらねねも真名で呼ぶのです! そうすれば真名なんて

大した事ないと……ならない気がするのです……」

突然(文字通り)飛んできた少女は驚異的なテンションで自分ツッコミしてこんがらがっていた。

「結局お前らはなんなんだ?」

「耳をかっぽじってよく聞くのです! ねねは軍師陳宮! このお方は天下の飛将軍呂布殿なのです!!」

「呂布!? あの最強の!!」

黄忠に続き呂布!? もうわけがわからない……いや陳宮も凄いケド

「……恋と呼んで欲しい」

「え? ああ……」

「……セキト助けてくれた。お饅頭おいしかった。また……一緒に食べたい」

目をじっと見つめながらそう語る様は、まるで告白されているように感じ、体温があがる。

「もういくですよ! 洛陽で待ってる何進がギャーギャーとうるさいのです」

「……解った。ご主人様、またね」

陳宮が連れてきた馬に跨り、呂布と陳宮は登場と同じく、また嵐のように去っていった。


「翠、俺たちも帰ろう……なんか体ボロボロなんだけど、肩かしてくれるか?」

「……しるかっ!」

翠はスタスタと歩き去った。



この日、ただ昼食を食べに街に出ただけだった筈の一刀は、財布の中身を空にし、翠に軽蔑され、黄巾賊に

殺されかけ、ねねと名乗る少女に蹴り飛ばされ、ボロボロになったのであった。



そう、今はただそれだけの話。





(あとがき)

今回は3話が繋ぎの話だとすると5話は仕込みの話になります。

ええ、何が言いたいかというとココで見限らないでほしーなあ……と。先の話を活かす為に

やらなきゃいけない話でして、後でこのためにやってたのかーとなるかもしれないです。


これにて西涼編は終了。

次回から本編というべき反董卓連合編です。

で、6話は華琳様ルートの話(馬超伝なので主役は翠ですが)








[8260] 6話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/05/17 13:05


漢の皇帝霊帝の死、黄巾の乱より始まった ~ (以下略) ~ 反董卓連合が結成されたのであった。







「……(ふぅ)」

華琳は反董卓連合軍集結地、本陣の天幕から出るなり小さく溜息をつく。

天幕の中では『おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!』と耳障りな笑い声が続いていた。

「全く、あのバカと話すとほんと疲れるわ……」

曹操軍到着の挨拶をすませてさっさと天幕を出た華琳は、チクチクと痛む頭を指先でおさえつつそう呟いた。

「あら?」

「全く、ご主人様のせいで遅れたじゃないか」

「生まれた時から馬にのってる翠達と一緒にしないで欲しい……うぅ尻が痛い……」

一組の男女が本陣天幕に近づいてきていた。男はどうでもいいので女に注目する。

あの独特の服装、涼州の者に違いない。それなら……

「そこのあなた、ちょっといいかしら?」

「あたしか?」

「ええ、涼州の馬騰軍だとお見受けするけど、馬騰はどこにいるのかしら?」

「馬騰は来てないな。アタシは馬超だ。その馬騰の名代としてここに参加することになった。あんたは?」

「私は典軍校尉の曹操。西涼の象徴と言われた馬騰に会ってみたかったけど残念だわ」

「曹操!! 魏の曹操孟徳かあ」

馬超と一緒にいた男が突然話に割って入った。

全く躾けがなってないと思い、男を睨む。と、そこには見知った男がいた。

「……一刀、アンタ何してるの?」

「え?」

「なんだご主人様、知り合いか?」

「……ご主人様~?」

こんな小娘にどんな呼び方をさせてるのかと、思いっきり侮蔑を込めて言葉を吐く。

「いやご主人様ってのは成り行きで……あ、いや曹操さんとは会ったことないぞ!?」

「……なんですって!」

冗談にも程がある。

「いやホント、会ったことないです、ごめんなさい」

「ご主人様、人違いだったら謝る必要ないんじゃないか?」

「いやだって、凄い怖いし……」

どういうこと? この姿に声、この反応は間違いなく一刀だわ。でも嘘をついている目ではない……

「曹操、あんたの見間違いかなんかじゃないのか?」

「……あれだけわたしの体を貪っておきながらシラをきるのね。分かったわ、会ったことが無い事にしてあげる。さようなら」

「!!」「!?」

二人から背を向け歩き出す。まあわたしを驚かせた罰としてこれくらいはいいだろう。

一刀の断末魔の悲鳴が聞こえたがそれどころではないとわたしは急ぎ陣地へ戻った。








「華琳さまお帰りなさいませ」

「桂花、今すぐ主だった将軍をここに集めてちょうだい。それと一刀は今何処にいるのかしら?」

「あいつなら季衣と共に流琉の炊き出しの手伝いに行っていますが……何かございましたか?」

「後で話すわ。流琉達の所へはわたしが行く」

「はっ」





「流琉、皮をむき終わった人参はどうする?」

「そちらの鍋にくべておいて下さい。お手伝いさせてしまってすみません兄様」

「いいってこれくらい、次は玉葱を刻めばいいのか?」

「はい、お願いします。もー季衣も手伝ってよ」

「ボクもーおなかすいてうごけないよ」


「……なにこの幸せそうな家族風景」

炊き出しの準備場所に来た曹操はまるで家族団欒な風景を見て思わず頭を抑える。

「季衣、流琉、一刀も、今すぐ天幕へ集まりなさい」

「華琳なにかあったのか?」

丁度作業の合間だったらしい一刀が近づいてきたのでじっと見つめる。

「な、何?」

作業を他の者に引き継いだ流琉と季衣が同じく側に寄ってきた。

「季衣、流琉、あなたたちと一刀はずっと一緒にいたのかしら?」

「兄ちゃん? うんいたよ」

「はい、兄様はずっとお手伝いしてくださっていました」

「……そう。それじゃ天幕に急いで頂戴」

なにかやってしまったっけ? と多少青い顔をした一刀達を引き連れて天幕へ戻ると主だった武将全てが既に集まっていた。


集まった武将は、夏侯惇、夏侯淵、荀彧、許緒、典韋、楽進、李典、于禁、そして一刀の9名。

全員が集まった事を確認して華琳はとんでもない一言を放った。




「北郷一刀がもう一人いたわ」








場が静まり返る。

あまりにも唐突過ぎて誰も何も言えなかった。すると軍師として華琳の隣に控えていた桂花が俺を睨んでいる。

『アンタがなんとかしなさい!』と目が訴えていた。

「華琳、働きすぎて頭……がッ

飛んできた杯が頭にぶち当たった。

「まあそう言うと思ったわ」

ああ、だから酒も注いでないのに杯もってたんですか。

「華琳様どういうことでしょうか?」

冷静な秋蘭が話を進めようと疑問を呈した。

「そのままの意味よ。西涼の馬騰軍に一刀がいた。一応確認するけどあなた兄弟とかいないわよね?」

「いないな」

「そう、だったら確認するしかないわね。一刀、ちょっと行って来なさい」

「何故!? というか出来れば勘弁して欲しいんだが」

「あらどうして?」

「俺の世界では自分と同じ姿をした人間を見たら3日後に死ぬという言い伝えがあるんだ」

ドッペンゲルガーってたしかそうだよな? うろ覚えな記憶をたどってみる。

「あらそう。それじゃ三日後に一刀が死んだら本物という事ね。分かりやすくていいじゃない」

よくない。

「流石華琳さま、素晴らしいアイディア(考え)ですわ」

コイツは分かってて言ってるし……というか華琳も笑ってる!? 確信犯か!!

「何をしてるんだ北郷? 華琳さまの命だ、早く行って来い」

春蘭はそのままの意味で言っているな。

「いや、その判別方法だと致命的欠陥があるだろ?」

「? 何が問題なんだ?」

「ふふ……さあなあ」

「まあ一刀に死なれても目覚めが悪いわね。秋蘭、墨と筆を用意、春蘭は一刀を羽交い絞めにしなさい」

「「御意」」

いやまて、墨と筆はともかく春蘭はその命令に疑問ぐらい持って欲しい……と思うのだがそういった常識は

この軍には当然なかった。

墨を吸った筆を手に満面の笑みで近づく華琳。

「動かないで」

動けません。

春蘭の怪力にガッチリと固められ、華琳が筆で俺の顔を塗りたくっても抵抗できなかった。




天幕内に笑いが響く。



それはもう見事な顎鬚と口髭を描かれ、髪をオールバックにされ頭に文官が被るような大きな帽子の中に収められ、

裸にされ(涙)文官服に着せ替えさせられた。

俺が裸にされた時の沙和達の嬉しそうな悲鳴はトラウマになると思った。

「さあ、これで同じ姿ではないわね」

まるで陵辱されたような絶望感で泣いていた俺に情け容赦のない言葉を吐く華琳……鬼だ(涙)

「とはいえ、見ず知らずの俺? にどうやって話しかけろと?」

「全く、それくらい自分で考えなさいよ……そうね、一緒にいた馬超結構な美少女だったわよ?」

それをどうしろと?

「察しが悪いわね! アンタ、いつもみたいに鼻水と涎たらしながら『お姉ちゃんおっぱい触らせて~』って馬超に

近づけばいいでしょ」

「隊長……」

「いくら女に餓えてるかてそれは……」

「変態なの」

直属の隊長の俺ではなく、性差別主義者の軍師の言葉を真に受ける部下達に俺は涙した。

「あなたと同じなら天の使いの筈、占い師の芝居でもして変わった相が出てるとか何とか言って素性を聞き出しなさい」

なるほど。

「分かった。馬騰軍だな」

「あ、兄ちゃんボクもいく!」

「それじゃ私も」

季衣と流琉が後についてくる。

「いいわ、でも貴方達はもう一人の一刀を見てもくれぐれも喋らない事。あと一刀がうっかり自分の名前を言いそうに

なった時止めて頂戴」

「分かりました」


俺と季衣、流琉の3人は俺? に会うために馬騰軍の陣地に向かった。







「ああっ!? ほんとに兄ちゃんがふた……ムグッ!?」

「ちょっと季衣、しゃべっちゃ駄目って華琳様に言われたでしょう!」

流琉に口を押さえられる季衣。とはいえ気持ちは分かる。姿どころか服装まで俺と同じだった。

意を決して話しかける。

「ちょっといいか?」

「え、ああ、いいけど……誰?」

誰だろう? 見た目中学生位の可愛い女の子を二人連れた髭を筆で書いた男って……ホントに誰!?

「俺は曹操の部下で北……ごッ!!

飛来した鉄球が頭を掠める。

「兄ちゃんしばい、しばい!!」

「兄様お芝居ですわ~!」

ああそうだった。ありがとう、死ぬかと思ったケド……

「とはいえしばいって言われても……あ、そうだ俺はうらない……」

「しばい?……司馬懿!? 司馬懿仲達かッ!」

「え? えええ~~!?」

何を勘違いしたのか、もう一人の俺は、俺の事をよりによってあの三国志の勝者、司馬懿仲達と勘違いした。

「いや、ちが……(まあいいか)そうだ、私が有名な司馬懿仲達だ」

面倒なのでそういう事にした。

「そうかあ……司馬懿仲達は男なんだ」

ポイントはそこかよ!?

何故かガッカリしているもう一人の自分を見て自分が恥ずかしかった。(もうわけわからない)

「名前を聞いていいか?」

「ああ、俺は北郷一刀、馬騰軍の軍師をしてる」

同じ名前……やはり華琳の言った通り俺!?

「出身は?」

「浅草の聖フランチェスカ2年。わかんないだろうけど」

「東京か」

「分かるのかよ!?」

「(しまった!?)ああ、ほら、司馬懿仲達だから」

「……なるほど、説得力はある……かなあ?」

流石俺、なんとなく理解できる。

「天の御使いだな。どうやってこの世界に来て何故馬騰軍の軍師になったのか教えてくれないか?」

「何でも知ってるんだな。天の御使いについては馬騰さんの案であまり外には広めてない筈だけど……

まあいいや、どうやってって流れ星に乗ってきたらしい」

「何やってるんだ?」

そこに栗色の長い髪をポニーテールにしたミニスカートが健康的で可愛らしい少女が現れた。そういえば

華琳が馬超は美少女っていってたけどこの子か。

「翠、この人は曹操軍の軍師司馬懿。何って、何だっけ?」

司馬懿って紹介された! なんかもうこの偽名引き下がれないぞ?

「ああ、実は軍師の他に占い師もやっていて、不思議な相だったからどうやってこの世界に来たのか

話を聞いてたんだ」

「へ~、やっぱり天の御使いって分かるもんなんだな。あたしは馬超。ご主人様は流れ星に乗って荒野に

落ちてきたんだ」

「そういう事らしい。俺も気絶してて、目が覚めたら翠のベッドで一緒に寝てたんだよ」

「ご主人様!? ベッドで一緒に寝ていた!?」

俺は思わず絶句する。

「……あれ? 食いつくのそこなんだ?」

「こここ、こら! そんな言い方誤解されるだろ!! 何も無い、何も無かったからな!!」

真っ赤な顔で否定する馬超……フラグ立ってるし。


つまり目が覚めたら美少女がベッドで添い寝してて、ご主人様と呼ばせてはべらしつつ、軍師として

西涼で権力を得たと?


目が覚めたら山賊に襲われ、助かったと思ったらうっかり助けてくれた子の真名を呼んじゃって殺されかけ、華琳に

連行されて春蘭に何度も殺されかけ、朝から晩まで仕事に追われ、言う事聞いてくれない部下達の面倒を見て、

軍師に全身精液男と罵声を浴びさせられる毎日を送る自分。……あんまりだ


「兄ちゃん泣いてる!」 「兄様どうしました!?」

ああ、季衣に流琉、お前達だけだ優しいのは。思わず二人を抱きしめる。

「……人の陣地に来て、この人本当に何してるんだ?」

「さあ? 自慢かなあ?」


他人の芝は青く見えるものである(同一人物だが)



「色々分かったよ。じゃあ失礼する」

「へ? あれ占いは?」

「え?……あーっと……」

辺りを見回す。騎馬隊で有名なだけあって陣地には大量の馬がいた。

「落馬に注意。それじゃあ……」

そういってそそくさと馬騰陣地から離れた。

「……いままでの質問で結果がそれ?」



残された翠ともう一人の一刀は3人を呆然と見送ったのだった。





「兄ちゃんがもう一人いた!!」

「そっくりです、見分けつきませんでした」

曹操軍の天幕に戻った季衣と流琉は喋りたくてしょうがなかったのか帰るなりそう叫んだ。

「そう……一刀はどう思ったの?」

「間違いないな。あっちも本物の俺で天の御使いらしい」

「……」

返事が返ってこないので華琳の顔を窺う。珍しい、華琳がキョトンとした顔をしていた。

「え? 何?」

「驚いたわ、自分がもう一人いるのに随分冷静ね」

ああそういうことか。

「俺がこの世界にいるだけで既に無茶苦茶だからな。俺がもう一人いてもそんな驚かないよ」

「あらそう、でもなんなのかしら? あなた分裂でも出来るの?」

単細胞ですか俺は。

「ぶんれつ? 桂花どういう意味?」

「あらそんな事も分からないの? そうね、春蘭を脳天から真っ二つにするとしましょう」

李衣の質問に物騒なたとえ話で答える桂花。

「おいこら!」

「例えでしょう、あんたも聞きなさい。真っ二つになった春蘭は何個?」

「え……? 何人じゃなくて何個? 真っ二つだから二つ?」

「そうね。そして春蘭が生きていたら何人?」

「え? あ? 二人!?」

「そう、そして切れた断面から新しい手足が生えてきて春蘭は元通り。二人の春蘭が出来上がり。これが分裂よ」

色々違うが言いたいことは分かった。

「じゃ、じゃあ兄ちゃんを二つに切れば……ボクだけの兄ちゃんが出来るの!?」

「!?」

場がざわついた。 え? 殺気?

「それええな! 色々実験にもつかえそうやし……」

「沙和も一人欲しいかも」

真桜と沙和がジリジリと寄ってくるので思わず後ずさるとドン、と人にぶつかった。

「あ、凪、流琉! 助けてくれ」

「……すみません隊長」

何が!?

「私も出来れば一人欲しい……なんて」

ちょ!?

「ほらあなた達、少し落ち着きなさい」

華琳の仲裁が入る。助かった。

「まあ無限増殖する兵士なんて便利だし欲しいけど、一刀が10人も20人もいたら気持ち悪いでしょう」

「たしかに」

うんうんとうなずく春蘭と秋蘭。

「二人の一刀、すなわち二人の天の御使い。これが何を意味するのか分からない以上、しばらくは放置しましょう。

一刀も、同じ姿を見たら死ぬならしばらくその格好でいなさい」

「あ、それなんだけど、向こうの勘違いで俺曹操軍の軍師で司馬懿仲達って名乗った」

「軍師!? ちょっとあなた軍師舐めてるわね!」

「ほう、名門の司馬氏を名乗るとは度胸がある」

桂花が怒りを込めて、秋蘭が半ば関心してそう答えた。

「だったらしばらくそう名乗りなさい。軍師を名乗り、名家の姓を名乗った以上今以上の働きをするのね」


そこに伝令が届く。


本拠地の陳留で黄巾党の残党数千が蜂起。近隣の村を襲い、城に向かっているとの事。

「全く何処に隠れていたのやら。では北郷改め司馬懿仲達、兵二千を引き連れて黄巾残党を殲滅、そのまま

陳留の守備に入りなさい」

「お待ちください華琳様! いくら黄巾の残党とはいえ北……司馬懿では危険です、せめて春蘭か秋蘭を」

「あら、名門の司馬懿なら大丈夫よ、でも副官はつけましょう、誰かいるかしら?」

「……私が」

「隊長一人じゃちょっとアレやし……」

「隊長一人じゃ心配なの」

凪、真桜、沙和の3人が前に出る。季衣と流琉も何か言いたそうだったが親衛隊の立場上何も言わなかった。


もしこの光景を馬騰軍の一刀が見れば羨むであろう。曹操軍の一刀もまた愛されているのである。


「いいわ、3人共司馬懿に付きなさい」

「華琳待ってくれ、3人も折角の手柄の機会なんだからここに残れ」

「一刀……じゃなかった司馬懿、城を守るのも十分な手柄よ。それにあなたが心配で気が入らなかったら

こちらが困るわ」

「……御意。華琳一つだけ、この戦い深追いだけはしないでくれ」

「フフ、軍師として最初の助言ね。じゃあ心配になったら援軍に来なさい。ただし城の防御もちゃんとすること」

「御意」




こうしてもう一人の北郷一刀は司馬懿仲達と名乗り、曹操軍の軍師の一人となった。


二人の天の御使いが再び見えるのはまた先の話となる。







(あとがき)

そんなわけで今回の6話から反董卓連合編です(全5話くらいの予定)


前回のあとがき通り、華琳陣営の話ではなく華琳様ルートの(一刀の)話。

オリキャラは苦手なのでオリキャラだけどオリキャラじゃないオリキャラの司馬懿(オリオリうるせー)。

伏線(て程ではない:馬騰さんとの会話ね)は入れておいたケド出すべきかどうか迷っててええいもうだしちゃえ!

と(だから今回更新早いです)。もちろん面白くなると思っての事なんですけど、自分でも悩んでる所でして……

ご意見ご感想いただけると(勿論いらんといわれたから次の話で司馬懿は城に戻る途中落馬で死んだ。とやる

わけじゃないですがw)続編でたら間違いなく司馬懿ちゃんでるだろーからそーいう意味でもアレです(汗)

曹操陣営人数多ッ!!これに風、稟、霞、天和、地和、人和が加わるて物凄いなー(汗)

でも書いてみて思ったのですが役割分担がしっかりしていて大変書きやすく、キャラの性格付けがとても良く

考えられてるなーと感心しました。バッジョさんスゲーです。








[8260] 7話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/05/25 00:27


「……あれだけわたしの体を貪っておきながらシラをきるのね。分かったわ、会ったことが無い事にしてあげる。さようなら」

「!!」「!?」






「ちょ……待ってくれ曹操!」

聞く耳持たずという事か、一刀が呼び止める声など無視し、曹操は歩き去っていった。

「……」

数歩後ろにいる翠が沈黙していた……これはまずい。普段の翠なら『ご、ご主人様、いったいどういう事だよ!』

と詰め寄ってくるのにそれがない。第一声が重要だろうと一度深呼吸し、苦笑混じりに振り向いた。

「はは、たちの悪い冗談だよなあ」


ビュオッ!


と、一刀の首真横に突風が吹きぬけ(具体的に言うと振り向く前に首があった地点に)一刀の髪を数本散らした。

「ごめんご主人様、手が滑った」

翠は無表情にそう答え、そして右手に持った愛槍銀閃がギラリと光っていた。

殺す気か!?

又は、そんな手の滑り方ないよ!! 等と口走る程一刀は愚かではなかった。

「翠の手が滑るなんて珍しいな」

にこやかに答えた。

「ああ、ご主人様の頭に銀閃が突き刺さってる筈だったのに外すなんて、手が滑ったんだと思う」

そっちかよ!?

「ご主人様がエロエロ魔人だってことは知ってる」

知ってるんだ?

「蒲公英と腕組んで歩いてたり、母様と買い物したりして、子供から主婦まで節操が無いことも知ってる」

描写してない拠点イベントネタ!? いや蒲公英はふざけてるだけだし、馬騰さんは未亡人で、外見は二十歳

じゃないか……。

「たとえ節操が無いエロエロ魔人でも、女の子を傷つけるようなご主人様じゃないって信じてた」

評価が高いんだか低いんだかよく解らないが翠はそう吐き捨てると、ジャキッと銀閃を構えた。

「……翠、ええっとそれは」

聞きたくはないがどういった意味か聞かざるを得なかった。

「ご主人様の股の下についてるやつを切り落としてやる!」

ヤバイ、むしろ『ぶっ殺してやる!』とかの方が本気じゃなかろうと安心できるがち○○切り落としてやる!はマジでヤバイ。

普通死ぬケド宦官とかいるし、生々し過ぎる……。

「あっ! ご主人様逃げるなッ!!」

「逃げるよ!!」

ジリジリと数歩後ずさりした後、一刀は一目散に逃げ出した。







どれ程走ったのか? 周りが天幕だらけな連合軍集結地であった為、今何処にいるのかさえ解らない。

とりあえず命の危険があるか確認する為、走りながら一度後ろを振り返る。それがいけなかった。

「きゃあッ!」

「うわッ!」

誰かにぶつかったらしい。ドン……という衝撃音の後、一刀は豪快に転んだ。

止まったら殺される! 一刀はすぐさま立ち上がろうと地面に手をついたが……グンニャリ と手をついた地面が揺れた。

「ひゃんっ!?」

「は?」

意味が解らず、2度3度と地面に置いた手を動かすが、その度に地面がムニュムニュと揺れ、同時に「ひゃう!」とか

「はうぅ!」等という艶かしくも可愛らしい少女の悲鳴が聞こえた。

この時に初めて一刀は倒れた地面を見、自分が可憐な少女を下敷きにし、胸を揉みしだいている事に気づいた。

少女と目が合う。サラサラの長い髪に、羞恥で真っ赤に染まった美しい肌、大きな空色の瞳に薄く涙をためた

もの凄い美少女、だがそれ以上に童顔な顔立ちに不釣合いな大きな、そして軟らかい胸がとんでもない

自己主張をしていた。

「あ、あの、あの、ど、どいてくださ~い」

淡いピンク色に咲いた唇から小鳥の鳴き声のような声が届く。一瞬どうしていいかわからず、無意識のうちにもう一度

胸を揉んだ(何故!?)。

「きゃう!? ひ~~ん 朱里ちゃん助けて~」

「はわわ、と、桃香様いったいどうすれば……」

朱里と呼ばれた少女が頬を染めつつ、オロオロしながら好奇心に満ち満ちた目で桃香と呼ばれた少女を凝視していた。

好奇心が勝ったのか、無意識的に助ける気はないらしい……。

なすがままにされている巨乳美少女、数分後死ぬであろう自分、誰も邪魔をしない現場。

この時一刀は全てを理解した。そう、これが○ん○を切り落とされる前にせめてイイ思いをさせてやろうという神の粋な

計らいであるという事に!

「ありがとう神さま」

一刀は桃香の胸に顔を埋めた。

「は? って、ひゃんっ!? ウソぉ、ダメー、きゃーーーーー!?」




反董卓連合軍陣地に悲鳴が響き渡った。







反董卓連合に参加する為、はるばる北平より兵を率いてやってきた公孫賛、元客将趙雲が連合陣地に到着して

最初にみた光景は桃香強姦事件現場(現在進行形)だった。

「ほほぅ、これが青姦というやつですかな? なるほど、勉強になりまする」

「いや違うだろ……桃香何やってるんだ?」

「はうー、そんなのわたしも解んないよう! 白蓮ちゃん、星ちゃん助けて~」

「朱里?」

「はわわ、えっと、はい、もうちょっと見たいですけど、あ違った、桃香さまを助けてくだしゃい! はう、またかんじゃった……」

全く緊迫感のない2人の懇願を受け、『うむ、まあ仕方ありますまい』と星と呼ばれた少女が一刀の首筋に手刀をくらわせた。





「ひ~ん、朱里ちゃ~ん私もうお嫁にいけない」

「だ、大丈夫です! こういう時は犬に噛まれたと思って忘れればいいんです」

「流石軍師殿! たしかに野良犬に犯されたと思えばこんな程度忘れられますな」

「ひ~ん、そっちのがやだよう」

「それよりこいつどうするんだ?」

朱里と呼ばれた小さい少女に泣きついている桃香、それを本気で感心しているのかからかっているのか解らない星と

呼ばれた少女。そして自分を縛り上げた白蓮の4人の少女に囲まれていた。

「……ぐすッ、あなた誰ですか?」

「ブッ! なんだ桃香知らない人なのか?」

「はい、走ってきたと思ったら桃香さまにぶつかって、そのままエッチな手付きで胸を触って……これ以上は言えません」

それ以上はしてないから! などと反論できないよなあ……

「いやはやあの義勇軍の劉備と言えば黄巾党ですら震え上がるというのに、まさか押し倒すとは度胸がある」

劉備! 劉備玄徳!? やっぱり劉備も女の子だったのか……

「おい、お前もそろそろ何か言ったらどうだ?」

「あ、ああ、俺は北郷一刀、その……ぶつかってゴメン、色々動揺しててつい……」

「ん? 北郷? どこかで聞いたような……」

「あの~すみません……」

その時、翠と蒲公英が酷く疲れきった顔でこの場に現れた。

この時言った一言は100万の五胡兵を相手にする100倍の勇気が必要だったと翠は後に語る。


「すみません、それウチの軍師なんです」







―――数分前


「も~そんなの曹操の冗談でしょ! そんな事もわかんないの!」

「だ、だって……」

「だってじゃなくて! だいたい曹操の噂お姉様も聞いてるでしょ?」

「えっと、男は殺して、女の子は食べちゃうんだっけか?」

「そーそれ! その曹操が男に体を許すわけないでしょ」

「か、体を許すってたんぽぽお前……」

槍を振り回して一刀を追いかけていた翠は噂を聞きつけた蒲公英に呼び止められ、一刀を探しながら説教されていた。

「あーもう恥ずかしいなあ、いい? たんぽぽ達はおば様の代わりなだけじゃなくて、西涼の代表でもあるんだよ?

なのに軍師と隊長が痴話喧嘩して陣地を追い掛け回すなんてたんぽぽ恥ずかしくって表あるけないよ」

「ち、痴話……」

「とにかく、ご主人様が女の子傷つけるわけないんだから、ちゃんと謝って仲直りすること。いい?」

「ちぇっ、わかったよたんぽぽ」


その時


『ウソぉ、ダメー、きゃーーーーー!?』


少女の悲鳴が聞こえた。

「お姉様!?」

「ああ、敵が忍び込んだのかもしれない、行くぞたんぽぽ!」



この後、大勢の野次馬をかきわけてたどり着いた先は、今の会話を全面撤回せざるを得ない場面であった

事は言うまでもない。







―――翌日、反董卓連合軍大本営



「ではこの私……三国一の名家の当主であるこの私が、連合軍の総大将になってさしあげますわ♪」

金ぴかの衣装を身に纏い、天を衝くほどのクルクルドリルヘアーを颯爽となびかせた袁紹が、

タカビーのお嬢様っぽく、口元に手をあててそう宣言した。


果てしなく永い不毛な会議は劉備の発言によってようやく一段落がついた。



会議の主な出席者は

河北の雄、袁紹

河南を治める袁術、その補佐張勲

袁術の客将、孫策の軍師周瑜

幽州の公孫賛

平原郡の劉備、軍師の諸葛亮

俺を地獄に突き落とした曹操

そして涼州馬騰の名代馬超、その軍師である俺だった。



予想通り全員女の子である。昨日来た司馬懿はよっぽどのレアケースらしい。


総大将も決まり、ようやく本題に入れると思った矢先、袁紹を(やむをえず)大将に推薦した劉備が無理難題を

吹っかけられていた。

先陣は最も兵の少ない劉備に任せようと袁紹が発言したのだった。

「ええっ!? 私たちがですか?」

「ええ、先陣は武人にとって名誉ある持場、ならば喜んで受けてくださるのが当然のことでしょう?

これは私からのささやかなお礼ですわ、うふふ……」

こりゃ捨石だなあ……と辺りを見回す。他の諸侯は沈黙を守っていた。う~ん……

「翠、ちょっといいか?」

「なんだよご主人様?」

そっと翠に耳打ちする。

「先陣、俺達がやらないか?」

「はあ? なんでだよ!? ……まさか昨日のアレのお詫びとか言わないよな? そんな事で兵の命をかけられねえぞ!」

お人よしの翠とはいえ、兵の命を預かる大将であり、そんな理由であれば頷けるわけがなかった。

「いや違う。策があるしここで手柄を立てたい。ついでに劉備に貸しが出来ればなおいいな」

「……勝てるんだな?」

「翠がいれば勝てる」

「★□△○×っ!?……おっおだてるなッ! いいよ、ご主人様を信じる」


「袁紹いいか?」

「……誰ですのあなた? わたしは劉備さんとお話してるんですのよ?」

「そりゃ失礼。……俺は北郷一刀。これでも一応涼州連合軍、馬騰の軍師ってことになってる」

「ほんごう……? ああ、あなたですの、最近下々の者が噂してる天の御使いなどという胡散くさーい人は。

でもおかしいですわね? 天の御使いは華琳さんの所にいたんじゃなかったかしら?」

なんだと? 諸侯を含めた全員が曹操に注目する。

「知らないわね。間違った噂でも流れたんじゃないの?」

シラっとした顔で答える曹操。

「それよりアナタ、麗羽に話があるんじゃないのかしら?」

「ああそうだった、その名誉ある先陣は馬騰軍が引き受けたいんだ。どうだろうか総大将?

あえて袁紹ではなく総大将を強調した。

場がざわつく。特に劉備と諸葛亮は目を大きく見開いて驚いていた。

「そうですわね、どうしてもとおっしゃるならしかたありませんわね。ではこの総大将の袁紹が命じます、馬騰軍が

先陣として汜水関に攻め込みなさい!」

嬉しそうに、かつもったいぶりながら袁紹が宣言した。

「解った。じゃあ作戦はどうするんだ?」

「作戦? そんなの決まってますわ」


この直後、袁紹は諸侯を驚愕させる作戦を声高らかに宣言した。


「雄々しく、勇ましく、華麗に進軍、ですわ♪」







―――馬騰軍天幕


「先陣!? だって目標は難攻不落の汜水関でしょ? ウチ騎馬隊ばっかなのにどーするの?」

会議後、陣地に戻った翠と一刀は副将の蒲公英に会議内容を報告し、説教されていた。

「あーいや、あたしもそう思ったんだがご主人様が策があるって言うから」

「え? そうなの? ご主人様どうするの?」

「汜水関の大将は猛将の華雄らしい。翠が一騎討ちして倒せばいいかと」

「……」「……」

作戦でも何でも無かった。

「おいおいあたしがいれば勝てるってそういう事かよ!?」

「……それ以前に守備側が一騎討ちに出てくる意味が解らないよ」

「それは適当に罵って怒らせればいいよ」

「あのなあご主人様、罠だと解ってるのに出てくるわけないだろ」

「そんなことないぞ。例えばたんぽぽなら翠を簡単に怒らせられるだろ」

「そりゃ簡単だけど……」

「よし、じゃあたんぽぽ、今から1分以内に翠を怒らせてみてくれ。翠は絶対怒っちゃ駄目! どうだ?」

「いいぜ、たんぽぽ何でも言ってみろ」

「……いいけど、絶対怒らないでよね?」

「まかせろ」

「じゃあ、今日のお姉様の下着の色はみど……フギャッ!

蒲公英は翠におもいっきりゲンコツを受けていた。

「ッ~た~い! お姉様の嘘つき!」

「ば、ば、ばッバカ! そんなのご主人様の前で言ったら怒るに決まってるだろ!」

「ほら、引っかかっただろ?」

涙目の蒲公英の頭を撫でながら苦笑した。

「うぅ~……」

納得いかない顔で唸る翠、その時伝令が来客を伝えた。


「凄い人数だね」

蒲公英がそう呟くのも無理はない、来客は劉備、関羽、張飛、趙雲、諸葛亮、鳳統。

こっちの主力は翠と蒲公英の二人だもんなあ……そういやウチの翠やこないだ黄忠さんに会ったから

もう五虎将軍に会った事になる。

「あの、今日はありがとうございます」

ペコリと劉備が頭を下げる。用件は予想通り先陣についての事であった。

「気にしなくていいよ。うちの方が兵も多いしね」

ウチが先陣を引き受けたかったから等という余計な事は言わない。むしろぜひ恩に感じて欲しかった為、

あえてそう言った。

「で、ですが騎馬隊では不利じゃないでしょうか?」

「そ、そうです、攻城戦では騎馬隊の性能は発揮できません」

諸葛亮、続いて鳳統が疑問を投げつける。

この時点で既に蜀の軍師二人が劉備の側に揃っていた事も勿論だが、二人とも外見が蒲公英より幼く見える

事が更に俺を驚かせた。最もこの世界の女性の外見年齢等全く当てにならない事は良くわかっている。

「うん。でも色々やってみるよ、駄目だったら後退するから心配しないで」

無論策はある。しかし劉備達が本気で心配しているのかこちらを見定めに来ているのか解らない以上、全て

話す必要はない。

「……」

その時、ジッと自分を見つめる幾つかの視線に気づき、そちらに目をやる。擬音で例えると、ジロジロ、ギロギロ、

ニコニコ、ニヤニヤといったところだった。

こちらをジロジロと見つめていた劉備は目が合うとサッと目をそらした。心なしか頬が赤くなっていたような?

ギロギロと見ていた関羽は目が合うと、更に刺し殺さんという殺気を含めて更に睨み返してきた。

「え、えっと?」

「にはは、愛紗はお姉ちゃんにエッチな事したお兄ちゃんを殺しに来たのだ」

ぶっちゃけ暗殺計画である。というかぶっちゃけ過ぎである。

「こら鈴々! なんと物騒な事を! いや桃香様を辱めた男はどれ程の男かと興味を持っただけで……」

「え~……昨日は細切れにしてやる~とか言ってて止めるのに凄く疲れたのだ。鈴々はお姉ちゃんが責任取って

貰わないとって言ってたからもしかして鈴々のお兄ちゃんになる人かなーと思って見に来たのだ」

「わわわわ、違うんです! わたしそんな事言ってません~」

劉備が真っ赤になって否定する。そしてニヤニヤと見つめていた趙雲が口を開いた。

「ふふ、昨日の詫びに命がけの先陣を肩代わりするとは益々面白い。この趙雲涼州軍の戦いぶりをしっかと

見させてもらいますぞ」


……なるほど、なんとなく解った。基本的に劉備軍は善人の集まりなのだという事が。


「あのさ……」



その夜、翠、蒲公英と共に劉備陣営と酒を飲み明かし、やはり正史では同じ旗の下に集う仲間だからであろう、

簡単に打ち解け、ちょっとした絆のようなものが出来上がっていた。






(あとがき)

おっしゃりたい事は解るのであえて先に言わせて貰うとですね、なんでこんな事になったのか

むしろこっちが聞きたいよ!(逆ギレ?)と。でもですね、もし数分後に死が確定していて、その時

目の前に美少女のおっぱいがあったらどうするのか!? なんて考えるまでもないのではないか?

と(最低のあとがきだ)

あと翠が殺人鬼になってるので違和感のある人は作中通り

『ご、ご主人様、いったいどういう事だよ!』って言って追いかけるに変換しておいて下さい。



次回は汜水関攻略戦です。









[8260] 8話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/06/07 22:30

峡谷を抜けると左右を絶壁に囲まれただだっ広い道が広がる。絶壁の間にあるその道を塞ぐ目的で

作られた巨大な城壁が、近づく者全てを威圧するようにそびえたっていた。




難攻不落の関、その名を汜水関という。






「すごっ……」

反董卓連合軍の先陣を任された馬騰軍の先頭に位置する馬岱が、汜水関の威圧感に押され、思わず呟いた。

「ホント、こんな関まともに戦ってらんないなあ……」

そのまともに戦っていられない汜水関攻めを自らかって出た馬騰軍軍師、北郷一刀がそう言って頷いた。

「たんぽぽ、準備は?」

「ばっちり!」

「よし、じゃあ翠は舌戦の内容暗記したか?」

「う、う~ん、多分」

「多分……まあいいや。それより一騎討ちは任せるぞ」

「ああ、そっちは任せろ!」

「よし、じゃあ一撃で頼む」

「一撃!? おいご主人様、なんかドンドン無茶な話になってないか?」

「本気の翠なら絶対大丈夫」

「なっ……★□△○×っ!? 全く、なんの根拠があって……」

照れ隠しなのか、愛槍銀閃をブンブンと振り回す。

「ん? いや間違いなくこの国で2番目に強いと思うぞ?」

「ああっ、もういい! 行ってくる」

「あ、翠!」

「もーなんだよご主人様?」

「…………頼んだ」

思わず口からでそうになった言葉をグッと飲みこみ、目を見つめながらただその一言を伝えた。

「ああ、任せろ!」

名馬紫燕に跨り、馬超は単騎で汜水関の門前へ向かった。

「……あやしい」

一刀の隣で馬を並べていた蒲公英がジト目で呟いた。

「なにが?」

「すっごく怪しい! ご主人様お姉様と何かあったでしょう! 具体的に言うとご主人様が五胡相手に初陣した後!」

……鋭い。

「……ちょと翠に気合を入れられただけだよ」

わざわざ話す事でもない。ただ大将を心配するのではなく、信用するように変えただけだから。




馬超は汜水関門前にたどり着いた。




「あたしは諸侯連合軍が先陣、馬騰軍の大将馬超!! 汜水関大将華雄将軍に一騎討ちを申し込む!」






「何言うとるんやアイツ?」

城壁で連合軍を見下ろしていた張遼は単騎で突出してきて一騎討ちを挑んできた馬超を見、そう呟いた。

なんで有利な篭城側の大将がわざわざ表にでて一騎討ちしなければならないのか? 全くありえない話だった。

「ほほう? 名指しとあれば出て行かねばなるまい」

「そんなわけあるかい!」

全くありえない話にノコノコと出て行きそうになった華雄にツッコミを入れる。

「いやしかし武人としてだな……」

「武人の前に汜水関の総大将やないか! ちょっとは自重せえ!」


「どうした? 降りてこないのか華雄? 董卓軍の二大将軍の名は偽りか!!」


「おお……あの馬超という奴わかっているではないか」

二大将軍といえば片方は間違いなく飛将軍呂布、それに並び称されたのだから華雄としてはまんざらでもなかった。

「ん? 二大将軍?……ちょとまてぇ!! じゃあウチはなんや! この張遼は数に入っとらんのか~!!」


「ご主人様、なんか華雄じゃなくて張遼が降りてきそうなんだけど?」

「うわっ、それはまずいなあ……」

後方に控える馬岱と一刀は全く予定外の武将が挑発にのってきた状況に冷や汗をかく。

う~ん、三大将軍にしておけばよかったか?


「まあ落ち着け張遼、知名度的にも仕方あるまい」

「うぐぐ……納得いかん」

なんだか上から目線な華雄の態度も含めて張遼は色々納得いかなかった。

「とはいえこの一騎討ち、受けたほうがよいと思うがどうだ?」

「煽てられて勘違いしとらんか? 出てく意味ないし、賈駆っちの策も篭城やで?」

「まあ聞け、馬超と言えば諸侯連合の大将の一人。一騎討ちで倒せばそれだけで諸侯の一角が崩れる」

「むむ?」

「それに篭城とはいえ賈駆の策では汜水関は粘れるだけ粘った後放棄し、虎牢関の呂布と合流して決戦を行う

のが基本方針の筈。馬騰軍は機動力の高い騎馬部隊。もし虎牢関への撤退時に追撃される可能性があると

すればその馬騰軍だ。今潰すのが得策ではないか?」

「……潰すってどうやって?」

「良くぞ聞いてくれた! わたしが一騎討ちで出た後、わが部隊が直後に門を開け突撃、馬超が死んで浮き足立って

いる所をトドメとばかりに蹂躙し戻る」

悪く無い作戦だ。深追いをせず馬騰軍のみを倒すと言っているのも華雄がそれなりに冷静である証拠と思えた。しかし……

「西涼の馬超と言えば五胡にも恐れられる錦馬超やで? 華雄が負けるとは思わんが、一騎討ち大丈夫か?」

「はっはっはっ! 五胡に恐れられているとはいえ所詮蛮族相手の勇名! 官軍にて大兵力の黄巾を相手にしていた

わたしとでは格が違う!」

「う~ん……解った。深追いは厳禁やで?」

「まかせろ。華雄隊出撃準備!!」

「はっ!」



汜水関の様子を監視していた馬岱が汜水関の門が開いた事にいち早く気づく。

「あっ! 門が開いた!」

「どうだ?」

「間違いないよ、兵が出撃の準備してた」

「よし、たんぽぽの合図で突撃するぞ、全員準備!」

「はっ!」

華雄が計画通りにのってきた事を確信する。




「我が名は華雄! 汜水関大将にてきさまが言うとおり董卓軍二大将軍の一人! 望みどおりあいてしてやろう」

「……二大将軍なんて今日初めて言われたくせに」

城壁の上で苦々しく華雄を見下ろす張遼。

「へへ、来たか華雄……いくぞ!」

馬超が華雄へ一直線に駆けた!

「こい馬超! 我が戦斧の血錆にしてくれる!」

華雄も馬を走らせる!

それと同時、門の裏で控えていた華雄隊三万が馬騰軍を殲滅する為門を開き、汜水関より飛び出した。


「しゃっおらぁぁぁぁ!」


馬超の雄たけび!


一瞬の交差!


一合たりとて打ち合う様子もなく、互いに疾風のように駆け抜け、そして馬が止まる。


一瞬の静寂の後……パキリ、と華雄の戦斧が真っ二つに折れ、そのままドシャリ、と華雄は馬から落ちた。



「汜水関が将、華雄はこの馬超が討ち取った~!」



「たんぽぽ!」

「うん! 馬騰隊、汜水関にとっつげき~!!」


おおおおおおおッ!!


雄叫びと共に馬騰軍が汜水関へ突撃する。そう、負ける筈の無い華雄将軍が1合で斬り捨てられるという姿を

目撃し、息を吐く事さえ忘れた華雄隊をその将軍の元へ送り届ける為に……


馬騰軍はその騎馬隊の能力をフルに発揮し、一瞬にて汜水関に到達!

華雄隊は正気に戻る前に首と胴が切り離される輩さえいたという程の早業であった。



「なんや……これは?」


3つのありえない事が起こった。

1つは一騎討ちで、しかも一合で華雄が斬り捨てられ敗れた事。

1つは馬騰軍がありえない速度で汜水関に到達していた事。

そして最後に難攻不落の汜水関が落ちるという事。

張遼が正気に戻った時には既にその3つが確定事項になっていた。

「前提が間違っとった。逆や! 常に侵略を仕掛けてくる五胡と戦ってきた西涼の方が強いんは当たり前や、黄巾党?

むしろアイツらこそ人数が多いだけの農民が武器持っただけの雑兵なんや……」

気づくのが遅すぎた。総大将が一騎討ちを仕掛けてくるんはマヌケやない、勝つ自信があったから。

「いやまだや! さっさと門を閉めんかい!」

「だ、駄目です、華雄隊、馬騰軍が入り乱れて既に門を制御する事が出来ません!」

「だったら城壁から弓で馬騰軍を狙い撃たんかい!」

「華雄隊に当たります! 既に混戦していて弓は使えません」

……解ってはいた。

眼下に広がる西涼騎馬部隊が華雄隊を一方的に蹂躙し、既に一部の騎兵が汜水関に進入していたのだから。

今のは確認の為の儀式のようなもの。やれることはないのだと理解する為の儀式であった。

「虎牢関へ撤退する! 食い物も武器もいらん! とにかく馬に乗って虎牢関へ走れ!」

「華雄隊はどうしますか?」

「……もうアカン、ウチらが逃げるまでの時間稼ぎになってもらう」

「それは!?……御意!」

それは無慈悲ではないか? 張遼の表情を見てそんな事が言える程、董卓軍は腐ってはいなかった。



「難攻不落の汜水関が半日持たず落ちるか……馬騰軍、借りは必ず返すで!! 馬超! 華雄の仇はウチが

取ったる! 必ずや!」







―――曹操軍陣地


「これがもう一人の一刀、馬騰軍軍師の策……」

「華琳さま! こんなもの策ではありません!! 軍の総大将を一騎討ちに出すなんて正気じゃありません」

曹操の呟きを荀彧は必死に否定した。

「でも馬超は一騎討ちに勝った、そして汜水関は落ちた。これは事実よ」

「それは……ですが……」

「桂花、もし私が一騎討ちをする事が最も確率の高い勝利を得られるような時が発生したら、その策を用いなさい」

「そんな……」

「でなければ恐らくあの一刀には勝てないわ」




―――孫策軍陣地


「あら? 随分わたし好みの策を使うわね。さっきわたしが冥琳に言った策を使ってるわ」

「あんな非常識な策使えないわ」

どこか挑発的な孫策の発言を周瑜はピシャリと叩き落した。

「でも馬騰軍は使った。これ信頼かしら? 妬けちゃうわね」

「信頼の一言で片付けていいとは思えない。絶対の自信、未来が見える、又は相手の能力を数値化して判断

でもしているとしか……それとも」

「それとも?」

「頭がおかしいかのどっちかよ」




―――劉備軍陣地


「援軍は必要なさそうですね」

馬騰軍後方にて、いつでも援軍に駆け付けられる地点に陣を引いていた劉備軍の関羽が小さく笑みを浮かべながら

劉備に話しかけた。

「うん、ホントーに騎馬隊だけで汜水関落としちゃうなんて、ご主人様凄い」

「ご、ご主人様!? 桃香さま、それは一体!?」

「へ? あ、違うの、これは翠ちゃんの口癖がうつっただけで!」

「全く、それにしても馬超、あれほどの武とは……」

「鈴々達と同じ位強いのだ!」

「うむ、だが馬上では向こうが上かも知れんな。しかし大胆な策だが我が軍師殿達はどう見ましたかな?」

「……一騎討ちに桃香さまは出せませんね」

「うぅ……わたし弱いもんね」

「あ、いえ、それだけじゃないんですけど……絶対負けないっていう凄い信頼関係があるんだと思います」

「そ、それに騎馬隊の特性を使って攻城戦に勝つのは凄いです」

「うんうん、とにかく勝っておめでとうだね♪」







この日、猛将として名高い華雄を一合で斬り捨てた馬超の武は天下に鳴り響き、難攻不落と謳われた汜水関を

わずか半日で落とした西涼馬騰軍は、精強から最強の騎兵軍団として恐れられる事になったのである。







(あとがき)

次は虎牢関戦です。



[8260] 9話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/05/28 23:24

首都、洛陽への道を塞ぐ二大関、汜水関と虎牢関。


汜水関が難攻不落であるのなら、

虎牢関は難攻不落絶対無敵七転八倒である。



天才軍師、諸葛亮孔明の言葉である。







「よいしょっ……と」

コトン、とセイロに蓋をする。

「これであとは蒸しあがるのを待つだけですよ~」

額に浮かぶ汗を手の甲で軽く拭きながら、一仕事終えたさわやかな笑顔で諸葛亮(朱里)は一刀に声をかけた。

「おつかれさま。しかしお菓子作りまで出来るなんて諸葛孔明は凄いんだな」

「えへへ♪ わたしなんてたいしたことないですけど。でもお役にたてて光栄です」

一刀の隣に腰掛ける。



汜水関陥落の後、虎牢関を守る呂布との戦いが始まって既に半月程が経過していた。

現在先陣として虎牢関攻めを行っているのは袁紹軍と曹操軍。

実質汜水関をわずか半日で、かつ馬騰軍のみで攻め落とした事実を受け、手柄を全て取られると危機感を持った

反董卓連合軍総大将の袁紹が『次はこの総大将のわたくしが虎牢関を落としてみせますわ』と勝手に息巻き、

曹操はそれに半ば無理矢理付き合わされた形になっていた。

結果、噂に違わぬ堅牢さを誇った虎牢関は落ちる気配を全く見せず、ただただ時間が過ぎていくだけであった。

「虎牢関、落ちませんね~」

「落ちないねえ……」

「洛陽の民の皆さんは大丈夫なんでしょうか?」

「そうだねえ……」

「……」

「……」

「あの! 一刀さまでしたらどうやって虎牢関を落としますか?」

どうやらそれが聞きたかったらしい。

「う~ん……虎牢関落ちないんじゃない?」

「ええっ!? じゃああきらめるんですか?」

「だって難攻不落の虎牢関と最強の呂布だよ? 勝てないでしょ?」

「勝てないでしょ? ってそんな……」

「うん。だから虎牢関落とすのを諦めて反対側の函谷関から洛陽に入る」

「!! ……ですがそれでは時間がかかり過ぎるのではありませんか?」

「既に二週間も足止めされてるのに? でも時間はそんなかからないよ。足の遅い袁紹達はこのまま虎牢関で

戦って呂布達董卓軍本隊を留めてもらえばいい。函谷関に向かうのはウチの西涼騎馬隊だけでいいんだ。

洛陽に攻め込まれれば虎牢関は放棄するしかない。その後連合軍の本隊も洛陽へ向かってくれば董卓は終わり」

「……」

西涼騎兵の恐ろしさは戦場での機動力、突破力だけではない。騎馬隊だけの編成であるならば行軍速度が

歩兵の比ではないと言っているのだ。もし西涼と戦う事になった時、戦の準備をし、いざ城を出る頃には既に

西涼軍に囲まれている! という事態がありえるのではないか? そんな仮定をし諸葛亮は背筋に冷たいものを感じた。

「その策を袁紹に提案……しても無駄ですね」

「うん。ウチだけ目立つような策をあの袁紹が選ぶわけないから。だから今は待つしかないかなと」

「さすがですね。わたしはなんとか呂布を野戦に引きずりだすしか手はないかと思ってました」

他に内応させる等黒い策もあるがわざわざ言わなかった。

「汜水関を落とした時もたいへん合理的な策でしたが、どうしてあんな策をなさったんですか?」

「へ? 合理的?」

「総大将に一騎討ちさせる手です。確かに馬超さんは強いですが、万が一を考えたらわたしにはできません」

「まあ劉備弱そうだしね……」

「はい……あ、いえ、それだけじゃなくて、その……」

言いたい事は解る。自分としても一度翠に言われてふっきれたからこその策だ。つまり諸葛亮が聞きたい事は……

そこまで思って諸葛亮の真剣な表情をあらためて見る。やばい、からかいたくなってきた。

「……愛ゆえに」

「愛ですか!?」

朱里は顔を真っ赤に染めて両手で頬を触った。『はわわ……』とか『それじゃ桃香さまにしたみたいに翠さんの胸も……』

『やはり肉体関係が……』『わたしそんな趣味は……どちらかと言えば男の子同士の方が』等とブツブツと独り言を続けた後、

結論に至ったらしい。

「わかりました……あれ? でもそうなりますと一刀さん華雄さんともエッチな事したんですか?」

何故!?

一刀は驚愕した。天才の思考回路はさっぱりわからない。

「はわわ……わたしなんて質問を!? わ、忘れてください!! あ、そうだセイロを」

強引に話題をそらしつつ蒸していたセイロに向かった。

「……ご主人様朱里にまで手をだしたの?」

こんな失礼な事を言うのは当然蒲公英であった。朱里がさっきまで座っていた位置に腰を下ろす。

同時に諸葛亮がセイロの蓋を外した。

「あ、イイにおい。あんまんだ♪ でもなんで?」

「ああ、虎牢関の大将である呂布とちょとあってね、思い出したら食べたくなったんだ。で諸葛亮が菓子作りが得意って

前皆で飲んだ時鳳統が言ってたから頼んでみたんだ」

「へ~って、ご主人様呂布と知り合いなの!?」

「話してなかったっけ? 肉まんとか饅頭とか奢って……」

「どうしたの?」

「……一文無しになった」

「ぜんぜん話が見えないんだけど……呂布が可愛い女の子だって事は解っちゃった」

エスパーか!?

「あ、それで一時期麒麟達に人参分けてくれって頼んでたんだ! たんぽぽご主人様がお姉様に

殴られすぎて頭おかしくなってたのかって心配してたんだ」

見られていたのか!?

「呂布そんなに食べるんだ? たんぽぽお饅頭で破産した人初めて見たかも?」

「人聞きが悪いなあ、女の子に貢いで破産したと言って欲しい」

「そっちのが……どっちもかっこ悪いね」

……そうだね。流石に言葉にはだせなかった。


「おいしくできあがりましたよ~♪」

と諸葛亮があんまんを皿に乗せてきたのと同時に伝令が駆けつけた。

「報告します! 虎牢関より呂布隊、張遼隊が出撃、先陣の袁紹軍、曹操軍を蹴散らしこちらに向かっております!」







絶対的に有利であった篭城側の呂布がわざわざ虎牢関の門を開き、反董卓連合軍に襲い掛かってきた。

呂布を上手く挑発したのか? それとも董卓軍が出撃せざるを得ない状況に陥ったのか?

理由は解らないがとにかく異常事態であることはたしかだった。

「はわわ! 急いで戻らないと……これどうぞ。それじゃ失礼します」

「諸葛亮ありがとう。誰か劉備軍陣地まで送ってやってくれ」

「あ、あの朱里でいいです」

「へ? いいの?」

「はい、大変勉強になりました。天の御使いの軍略の基盤は愛なのだ! と」

キラキラした目で言いきられた。

「……」

ふざけるべきではなかった。蒲公英の『うわっ! 何言ってるのこの人』と言っているかのような蔑んだ視線が痛かった。

あんまんの乗った皿を一刀に渡した諸葛亮はそのまま数名の護衛を連れて劉備軍陣地へ帰っていった。

「たんぽぽは急いで撤収の準備!」

「!? 戦わないの?」

「何の策も無く呂布と正面から当たったら全滅する」

それ以上は言わない。馬岱も一刀の真剣な表情を見て『あんまん持ってそんな顔されても……』等と余計な事は言わず

一度頷くと周りの部下達に指示を出しながら馬騰軍本陣の天幕へ走っていった。


そこへ次の伝令が届く。

「現在第2陣の袁術軍、孫策軍が交戦中」

詳細をまとめると(主に大将本人が)だらけきっていた袁術軍が散々に蹂躙され敗走中。孫策軍は不明。

……って抵抗してくれよ!(不明ってなんだ?)

他に袁紹本人は親衛隊と共にとっくに後退。曹操軍は現在軍を立て直している最中とのこと。

大体状況は解った。恐らく曹操と孫策は戦線が延びきった呂布軍を包囲するつもりなのだろう。上手いやり方

だが連携を取っていない以上、戦線をひっぱる側、具体的に言えばおとりにされるこっちは全滅の危険がある。

加えて2陣の本隊である袁術軍が何の役にも立っていない時点で本来休憩組扱いな筈の3陣へ呂布が到達

するのはもはや避けようもなかった。

ちなみに3陣は公孫賛、劉備、馬騰軍である。

「やっぱりただ可愛い腹ペコキャラじゃなかったんだなあ。そういや凄い巨漢をぶん投げてたし」

出来立てのあんまんを一つ口に入れ、モグモグと口を動かしながら次の手を考える。

「今の3陣には翠の他に関羽、張飛、趙雲という五虎将の4人……いかに呂布とはいえ基本は猪系の筈!

劉備軍と上手く連携すれば勝てる……か?」

「ってそういえば翠は?」

急な展開過ぎて翠が今どうしているかすっかり忘れていた。正面の斥候に聞く。

「馬超将軍は準備できていた500騎と共に既に出撃なされました」




うちも猪だった!!!







人が飛んだ。

比喩でもなんでもなく、文字通り、いや正確に言えば人が次々と吹っ飛んでいた。

飛将軍呂布が方天画戟を一振りするだけで正面にいた数人の反董卓連合兵士が弾け飛ぶ!

その様はまるで攻撃に特化した現代の魔法少女を彷彿とさせたが、そんな感想は一刀以外に思うわけもなく、

ただ近づけば死ぬというまさに恐怖そのものがそこにあった。

方天画戟を一振りするだけで道が出来るのである。呂布は虎牢関の門を出た後、ただ真っ直ぐに,そして

一度も止まる事無く前進を続けていた。



ガギン!!



その一振りが止められる。

「……ッ重てェ。よう、たしか一回会ったよな」

そんな事が出来る人間等数える程しかいない。

「……お前は、ご主人様の…………女?」

「なっ……★□△○×っ!? へ、へんな覚え方するな! そもそもご主人様の女じゃねーし! あたしは馬超!

って前にも言っただろ!!」

「……(コクッ)」

どうやら思い出したらしい。コクリと頷いた。

「悪いがこれ以上は進ませない!」

「……恋の邪魔をするなら……斬る」

呂布の一振り! それを流れるような槍捌きで馬超は受け流そうとし

「ぐぅッ!」

想像を絶するその一撃の重さに耐えかね、とっさに両手に持ち替えて受け止める。

「……」

無表情に方天画戟を引き戻す。その隙を見逃すわけもなく、馬超は必殺の一撃を呂布にくりだした!

「なっ!」

それを又も無表情に受ける。

「……お前、強い。さっきの恋のこうげき、結構本気だった。……今の衝きもはやい」

呂布がまとっていた空気が変わる。

暑くもないのに翠の額からジワッと汗が滲む。

「これは……(ヤバイか)」


ビュオッ!……と方天画戟の振り下ろしと、横なぎのあまりの速度に空気が悲鳴をあげる。

「……ぐぅッ」

ガギン、ガギン!

と一瞬であるのにもかかわらず二合討ち合った衝撃音が響く。

「しゃおらあああッ!」

ギギギギン!! 今度は三合! 馬超の銀閃が呂布を三方向から襲ったが呂布はそれを全て受け止める。

「……いまのは凄くはやい」

「まだまだぁ!」

……5合、10合、15合。かつて呂布とここまで討ちあえた武将は皆無であった。しかし……


「くっそおおおッ!」

重い等という言葉に単位があるならば一撃につき100重いといっていい程の方天画戟の攻撃についに馬超は

絶えかねて一度攻撃を受けつつ馬を数歩後退させる。肩で息をする。既に腕が痺れて感覚が無くなりつつあった。


あたしじゃ勝てない。くそっ! 時間稼ぎ出来てるのか? ご主人様は後退出来たのか?

別に功をあせったわけではない。報告を聞いた時点で撤退が間に合わないと判断し、時間稼ぎする為に出撃したのだ。

とはいえ自分の実力ならいかに呂布であっても勝てないまでも負けるとは思わなかった。

それはうぬぼれでもなんでもない。ただ呂布の強さがあまりにも別次元だっただけの話だった。

『翠!』

ご主人様の幻聴が聞こえた。

「翠! 後退するぞ!」

幻聴じゃなかった。名馬麒麟に跨った一刀が前線に現れたのだった。

「って、ええっ!? ちょ、何でご主人様が来てるんだよ!」

「撤退の準備は出来た。あとは翠だけだ!」

「ばば、バカ! そんな事言いにくるためにこんなとこくるなっ!」

「……逃がさない」

方天画戟がギラリと光る。一瞬でも後ろを見せれば真っ二つにされるであろうことは明白であった。

「恋!」

「……」

一刀の叫びを無視する。真名を許した男など他にいない。それほどの関係だとしても戦場で敵対したのなら

馴れ合いはするべきではないと呂布は理解していた……次の一言を聞くまでは。


「出来立てのあんまんだ! 食え!」


恋の元に出来たてのあんまんが飛来し……カプリ、と恋は口でキャッチした。

モグモグと咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。

「……おいしい…………しまった」


一刀と馬超は呂布の視点から既に米粒程度にしか見えない距離まで離れられてしまった。

目の前に紙袋があったので拾ってみる。大量のあんまんと一文が添えられていた。

一文の内容は『ズルくてごめん。お詫びにもならないがあんまん食べてくれ。また一緒に』

「……」

さっそく紙袋からあんまんを取り出し食べ始める。

一向に指示がこない為兵士が呂布に指示を受けに近づいた。

「……将軍、追撃なさいますか?」

「……(モグモグ、ごっくん)目的は果たした。虎牢関へ帰る」

「はっ」




結果だけ述べよう。

曹操軍、孫策軍の包囲が待っているであろう筈の虎牢関への道程において、呂布は無事に帰還したのである。

その代わりと言っていいのか解らないが、ある人物は帰還する事が出来なかったのである。






(あとがき)

仕込みってあんまんかよ!?

ああ、石とか投げないで下さい(涙)ふざけすぎですか?すみません。

勿論あんまんパクついて敵見逃すと思えないですがでもあんな無敵っ子なんだからこんくらいの弱点

なきゃ対峙=死ですぜ? 納得いかなかったら実はセキトの件で借りがあるから本心的には

見逃してあげたかったと思っていたと裏設定があったんですとか深読みして下さい(深読み期待すんな)

あとちょうど天の覇王(アニメ)見てて爆笑してしまったので使ってしまった愛ゆえに~。


今回は変な所で切れてしまっていますが今のSS書くペースって週末に二本分書いてるので、毎回

奇数回が仕込みとか繋ぎみたいな話で偶数回が決着回みたいな感じになってて山場が遇数回になって

たりしたので、ちょっと描き方を変えて時系列をシャッフルしてみました。

なので次回はちょっと時間が戻った別視点からの虎牢関戦と、反董卓連合編の完結です。




[8260] 10話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/06/07 22:32





「ほらそこぉ! 袁紹軍がハシゴかけようとしとるで! 弓いかけェ!」

虎牢関の城壁にて張遼が指示を飛ばす。

早速指示を受けた董卓軍の弓兵がハシゴをかけようとした部隊に矢の雨を浴びせていた。

防衛線が始まって既に半月。しかしさすが鉄壁の要塞と言われるこの虎牢関、落ちる気配等微塵も無かった。

「とはいえ、袁紹軍はなんやふつーに攻めてきとるだけだから追い返すだけでええし、曹操軍はありゃ手抜いとるな」

このまま一月も粘れば総大将の袁紹辺りが癇癪を起こし、無謀な特攻か解散でもするだろう。そんな勝機が見えた

矢先、洛陽より急使が現れた。

「報告です! さきほど賈駆さまより連絡があり、非常事態あり。虎牢関を放棄し、至急戻られたし とのこと!」

「なんやて……!? 誤報とちゃうやろな」

「本当なのです、ねねも先ほど確認しました」

張遼の元に虎牢関総大将の呂布、そして軍師の陳宮が現れた。

「そんなんできるかい! あとちょっとの辛抱で勝てるんやで?」

「……でも、心配」

「確かに洛陽になにかあったら虎牢関守っとる意味ないけど……」

「……だったら、今からやっつける」

「ん?……なるほど、それありやな。よし、袁紹軍の攻撃がやんだら呂布隊、張遼隊は出撃の準備!」

「はっ」

「ねねは生き残っとる華雄隊と共に撤収の準備」

「了解なのです」







―――袁紹軍陣営


「あっれぇ~……姫ぇ、なんか虎牢関の奴ら、静かすぎじゃないですかー?」

「あら本当ですわ。 向こうも休憩かしら」

「ほんどだ~、何かあったのかな?」

虎牢関を攻撃していた袁紹軍の二大将軍顔良と文醜は軽い休憩を取っていた袁紹と共に虎牢関の異変に気づいた。

その直後、虎牢関の城門が開いた!

「はあ?」

「ええっ、どうして!?」

文醜と顔良がすっとんきょうな声をあげる。

深紅の呂旗を掲げた部隊が真っ直ぐに迫ってきていた。

「うわっヤバイぞ斗詩! 姫ぇ! とりあえず姫は親衛隊と一緒に後方に下がって!」

「お二人はどうするのです!?」

「ここはわたしと文ちゃんで足止めします。麗羽さま急いで!」

「……二人とも、無事で戻ってこないとおしおきしてしまいますからね!」

なんとも麗羽らしい心配のしかたに思わず笑みをこぼす二人。

「当然! 逆に撃退して姫をお迎えしますよ!」

「さぁ、行ってください姫!」

袁紹が下がった事を見計らって呂布隊の正面に立つ。それはつまり呂布の前!

「……文ちゃ~ん」

「まかせろって! 斗詩も姫もあたいが守ってやる!」

「……邪魔」

文醜の決意など知ったことではないといわんばかりに、呂布は馬上から方天画戟を横なぎに振り払った。

「どわぁっ!!」「きゃああっ!」

それぞれ名刀斬山刀、名槌金光鉄槌で受け止めるがその衝撃に耐えきれず弾き飛ばされる。

「……おまえたち、結構強い」

呂布にしてはほぼ最大級の賛辞を二人に送り、正面に向き直って進軍を続けた。




―――曹操軍陣営


虎牢関の城門が開いてからの曹操軍の行動は早かった。呂布隊の正面から避ける位置に移動し、

側面攻撃、あるいは開いた虎牢関の城門から進入を果たそうと考えたのだ。

結果として、張遼隊の優秀さを見せ付けられることになる。

「袁紹軍、突破されました!」

「春蘭、秋蘭!」

「はっ!」

夏侯惇、夏侯淵が後方側面より攻撃をしかけようとしたと同時! 開いたままだった虎牢関城門から

張遼隊が出撃! 呂布隊へ向かい伸びていた部隊の側面へ突撃を受け、部隊を真っ二つにされた。

部隊を再集結させた時には張遼隊は既に九十度直角に曲がりながら前進し、持ち直そうとしていた

袁紹軍を散々に打ちのめした後、また九十度直角に曲がって呂布に蹴散らされた直後の袁術軍へ

襲い掛かっていった。

呂布が真っ直ぐに敵正面を蹴散らし、その直後に張遼隊が強襲をしかける。つまり張遼は呂布が切り開いた

道を拡張し、二度の襲撃で相手の戦意を根こそぎ叩き潰し、なおかつ帰り道を作っているのだった。


「華琳さま、私のミスです。申し訳ありません」

「裏をかかれた……違うわね、こっちが考えすぎたという事かしら」

開きっぱなしである虎牢関の門は罠であり、こちらが虎牢関に近づいたと同時に呂布軍が反転、挟み撃ちをしかけ、先陣

であり反董卓連合の中核である袁紹軍、曹操軍を殲滅する策であると予想したが為の失態であった。

「でもそうなると、呂布出撃の意味が解りかねるわね」

「はい、あまりにも定石を逸脱しております」

「そうね、篭城出来ない理由が出来たか? あるいは……」

「申し訳ありません華琳さま、今秋蘭が軍を再編中。すぐにでも追撃致します!」

夏侯惇が面目なさげに曹操の元へ報告に現れた。

「ふふ、貴方達がこうも簡単に分断されるとは、張遼やるわね」

張遼、噂以上であった。武将として春蘭、秋蘭に匹敵、騎馬隊に限れば凌駕しているであろう。

西涼騎馬部隊の実力を見た以上、是が非でも欲しい人材であった。

「欲しいわね。桂花、策を用意なさい」

「はっ」




―――孫策軍陣営



すぐ隣で袁術軍が呂布隊に蹂躙されている頃、先陣の異変をいち早く察知した孫策軍は袁術軍を隠れ蓑に

ゆっくりと後方に下がっていた。

「ここは前にでて呂布のいない虎牢関を落とすのが得策ではないか?」

黄蓋の指摘に対し

「何か嫌な予感がするのよ」

という孫策の勘にしたがって前進を取りやめた事が、結果として張遼隊の攻撃を免れる事になった。

「そうは言ってもこのままコソコソと隠れていたら笑いものになるわね」

と、嬉しそうに呂布隊へ戦いを挑もうとする孫策に周諭が冷静に諭した。

「意気軒昂なる敵と正面切って対峙するのは愚策中の愚策……その相手は馬超か劉備に任せておこう」

「えーっ! やだやだ! 呂布と戦いたい!」

「ええ、いいわよ」

「ホント!?」

「ただし、敵の進軍が伸び切って、後退してから。それまで辛抱なさい」





―――張遼隊陣営



「ここいらが限界やな」

袁術軍を蹴散らした後、張遼は部下達に呂布隊と合流するよう指示した。

「恋と合流したら曹操と孫策に気ぃつけるよう言っとき」

「はっ! しかし張遼将軍ご自身が呂布将軍におっしゃればよろしいのでは?」

「ああ、ウチは一旦別行動を取る。汜水関に忘れてきた借りをかえさなあかん」

その一言で張遼隊は理解する。

「でしたら我々も! ここにいる全員馬騰軍に借りがあります!」

「アホ! ここを離れたら虎牢関の先、洛陽へ引き返せんようになる。がんばっとる恋達を孤立させる

わけにいかんやろ。お前らはここを死守せェ。……とはいえ少し待って恋が帰ってこんかったら自分らで戻れ。

今なら孫策の追撃も振り切れる筈や」


そこまで言って張遼は単騎で走り出す。呂布隊が切り開いた道を大きく迂回しながら。



前方に部隊を発見。

旗印をみるに部隊は公孫賛、斥候の報告を信じるなら馬騰軍はこの前、つまり追い越した形になる。

そして恋の進軍がここまで届いてこないという事は恐らく馬騰軍が戦っている!

張遼はグルリと馬の方向を変える。

呂布と戦っているなら流石に助からないだろうが、後退してくるなら馬超は恐らく先頭にいる筈!

張遼の狙いは一つ。

馬超が一騎討ちで華雄を倒した時と同じ、一瞬の交差にて正面から馬超に必殺の一撃を叩き込む!

「まあ上手くすればそのまま恋と合流して帰れるしな」

軽くそう一人呟く。実際は無茶過ぎる事は解っている。しかし汜水関での誓いは、あの屈辱は晴らさねばならないものだった。

この時、実際には馬騰軍本隊は公孫賛軍後方に移動していた。結果として張遼は最大のチャンスを得たのである。







「……」「……」

呂布との一騎討ちの後、馬超と一刀は馬騰軍本隊に向かって、馬超を先頭に馬を走らせていた。

その間、全く会話はなかった。何故ならば翠が『う~ッ』と機嫌悪そうに唸っていたから。

一騎討ちの邪魔をして機嫌悪くさせたかな? と考え、何かしら話しかけようとした矢先

「……なあ、ご主人様」

「お、おう」

翠から話しかけられた。

「あたしが二番目に強いって言ってたのは呂布がいたからか?」

「ああ」

「悔しいけど強いな。くそッ! ご主人様がこなかったら負けてたと思う……今のあたしじゃ勝てない」

「……今はな」

「えっ?」

「今は勝てないかもしれないけど、翠はまだ強くなる。あの呂布と同じ位にね」

「な、なんだよ……慰めはいらねェぞ?」

「慰めじゃないぞ? 呂布より強くなるかは解らないけど呂布と同じ位強くなるよ。絶対」

「うぅ~……あたしは解り難い言い方は嫌いなんだ」

「解り難いかなあ? じゃあ一言、翠はまだまだ強くなる! 俺が保障する」

何故ならば正史(演義)において、人材コレクターとしても名高いあの曹操に

『馬超の強さは呂布に匹敵する!』とまで言わしめたのだから。

「んなッ!? ……解った。信じる。あたしはもっと強くなる!」

二カッと笑う。少女に似合う、自信に満ちた笑顔だった。

「……あれ~?」

素直で可愛いが正直物足りなかった。

「な、なんだよッ! ご主人様が言ったんだろ!!」

「いやほら、いつもみたいな変な悲鳴あげて照れてくれないから少しつまらないなあと……」

「なっ……★□△○×っ!? あ、あたしだって武には誇りを持ってるんだ! だいたいご、ご主人様は

あたしをなんだと思ってんだ!!」

「なんだってそんなの……」

顔を真っ赤にしてキャンキャンと吠える翠を見て心が温まる。そうそうこれがないと……あれ? 俺Sだったのか!?

思わず自身の性癖に気づきかけ頭を振る。



その時、単騎の馬蹄の音が、ありえない速さで大きく近づいてきていた。

「馬超~ッ!! みつけたでぇえええええッ!!!」


威風堂々、サラシの上に羽織を纏った袴姿の美少女が口元に不敵な笑みを浮かべながら巨大な大業物、

飛龍偃月刀を軽々と振り回し、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに馬超に向かって馬を走らせていた。


「はああッ!? 確か張遼! どっからきてんだ!?」


ありえない方角、ありえない速度で張遼は馬超に向かって偃月刀を振り上げる!


「我が名は張遼! 馬超、覚悟せえッ!!」

「くっ……うッ!!」

銀閃を構える。呂布との闘いで痺れきった腕に力を入れる、電流が走ったような痛みを感じ一瞬顔を顰める。

そして、それを張遼の鷹の目が見逃す筈がなかった。


だからこそ!!


「でりゃああああああっ!」



ギィィィィン!!



「……ッ!! があああああああッ!!」


張遼の飛龍偃月刀が馬超の持つ銀閃を叩き付けた!!



4


既に疲れきっていた馬超に気付き、張遼は彼女の首ではなく、その得物、銀閃を叩き落す事に決めた。

戦場であるのだからそれは甘いと言えるかもしれない。しかし今張遼が此処にいるのは作戦ではない。

武人としての意地、ただそれだけである。その意地が疲れた馬超の首を落とす事を良しとしなかった。

だが借りは返させてもらう、次に合間見える機会などだれも保障できないのだ。華雄に対する弔い戦を含め、

張遼は馬超に武器落としをしかけ、命ではなく武人の意地を斬る事に決めた!


「くっ……があああああああッ!!」

馬超は歯をギリギリと食い縛る! 痺れ、指の先からこぼれ落ちそうになる銀閃を、まさに武人としての意地だけで

繋ぎとめる。それでも落ちそうな槍を……

「落とす……かああああッ!」

手綱から手を離し、地面に落ちそうな態勢になり、それでも抜群のバランス感覚で落馬せず両手で銀閃を掴みきった。



「はっ! たいした意地や……ウチの負けやな」


やるだけやった。命をかけられなかったのは不満だが華雄に対する義理も果たしただろう。

それ以上に疲れきった体でなお、この張遼の狙った一撃を耐え抜いた馬超の意地に感嘆した。



「さて、あとはウチが逃げるだけやな」

軽く言うが、それがどれ程困難なのかは言うまでもなかった。敵陣の最も深い場所であり、かつ援護を受ける仲間もいない

単騎なのである。もはや個人の武勇でどうにかなる次元ではない。虎牢関にたどり着くなど九分九厘不可能。

よくて武人としての死、あるいは捕まって慰み者にされるといったっところか? 

まあいい。どちらにせよ、武人としての意地を通し、最後まで駆け抜けるのみだ!!

そう決意し、その決意を口にして正面を見据えた。


「さあ、いっくでえええ……ってええええええ!?


決意を決めた真正面に名馬麒麟に跨った北郷一刀がいた。


「ちょッ、どけぇ!!」

「へ?」


馬超に匹敵する超高速の張遼の突進。一刀に避けられるわけがなかった。そう、一刀には!


一刀が跨る名馬麒麟は、西涼一の猛将馬超の愛馬を譲り受けた、名馬揃いの涼州馬の中でもまさに名馬中の名馬

であり、良将が跨ればまさにその名の通り戦場を飛び回る程の活躍をし、たとえ素人が跨ったとしてもその優秀な頭脳で

主人の意のままに動き、他の馬と遜色ない程に戦場をかける、まさに城さえ買える程の名馬である。


だからこそ『このままでは主人共々危ない』涼州屈指の名馬である麒麟は、主人と、そして自身の安全の為、主人の指示が

なくとも張遼の突進をヒラリとかわした。まさに一流の名馬である。……だが騎手はど素人であった。


突然横に動いた麒麟の動きについていけず、一刀は空中に投げ出され……


ドカッ……という音の後、一刀は張遼にしがみついていた。当然手は胸の所に。


「ちょ、おまッ! どこさわっとんねん!! 降りんかいッ!」

「あ、あぶなッ、じゃあ馬を止めてくれ」

「アホいうな! 敵陣のド真ん中で止まれるわけないやろ! さっさと落ちろ!」

「それこそ無茶言うな! この速度で落ちたら死ぬッ!」

振り落とそうと体を捻る張遼に対し、落ちてたまるかと更に強くしがみつく一刀。

そしてその二人を乗せ、虎牢関へ向けて突き進む馬。


その場には翠と主人を無くした麒麟がポツンと残されていた。



「ええええ? ちょッご主人様~!?」







幸い……かどうかは解らないが、敵(どっちの?)に止められる事も無く、一刀と張遼は虎牢関へ

向かって馬を進めていた。


「……おいこら」

「なんだよ?」

「もう落ちろ言わんから、胸につかまるのはやめぇ」

「あ、ごめん」

とはいえ、何処につかまってよいかわからず、申し訳ないと思いつつも、素肌丸出しの腰へ手を回した。

「ひえええッ、そこはアカン! 手付きイヤらしぃやろ!」

「ええっ、そんなつもりは……」

しかたなく手を下に落とすと紐があったのでそれに掴まる。

シュルリ……と紐が解けた。

「んなッ!?」

「あれ?」

ストン……と霞の袴が落ちた。

「ぎゃああああッ!! な、なにしとんねん!!」

顔を真っ赤にして怒鳴るが片手に手綱、片手に飛龍偃月刀を持っている以上、袴を持ち上げる事すら出来ず、

サラシの上に羽織を纏り、袴をズリおろし下半身を露出させるというわけのわからない姿をさらしていた。

「違う、わざとじゃない! 頼むから暴れないでくれ落ちる!」

振り落とされそうになり、羽織に力強く掴まる……激戦に次ぐ激戦によって弱くなっていたのだろう。

ビリリと羽織がちぎれた。

「うわわッ!」

羽織毎落ちそうになった為、一刀は目の前にあった白い紐に掴まる。

それがシュルシュルと解け……

「おまッ、ウチに何の恨みが……サラシひっぱんな!!」

「いや態勢を立て直さないとマジで頭から落ちる!」

必死だった。 一刀も死なないため必死だったのだ。なんとか態勢を立て直し、霞にしがみつきなおした

頃には、霞のさらしはほどけきり、風にふかれ、宙を舞っていた。


「……」


無残だった。神速の良将として大陸に謳われた張遼が今、上半身裸で袴を脱ぎ落とし、膝下以外全裸の

状態で戦場を駆けていた。

ただの痴女である。

あげくに後ろに乗っている一刀は先ほどの動きで疲れたせいでハアハアと荒い息遣いをしていた。

もはや二人の姿はド変態である。


息切れも収まった時、無言の霞に申し訳なく感じた一刀は親切心のつもりで言った。

「……胸、俺の手で隠したほうがいいか?」

「にゃっ……」

「にゃ?」

「にゃあああああああああッ!」


一刀は後に言う、弾丸より早いとはまさにこの事だったと。




「あれ? 霞……と、ご主人様?」

撤退中の呂布を追い抜き




「よし、突撃……いやなんだアレは!?」

「ブッ、ちょっとヤダ、なにあれ変態じゃない! やだちょっと、お腹いたッ……」

撤退中の呂布隊に襲い掛かろうとしていた周瑜を絶句させ、孫策を腹痛で動けなくし





「……華琳さま、あの痴女ホントに欲しいですか?」

「……ちょっと考えさせて」

荀彧が先ほどの失態を挽回すべく、張遼を生け捕る為に考えうる最高の策を用意していたにもかかわらず、

張遼の捕獲を曹操に再考させるに至った。






結果として呂布隊、張遼隊は(肉体的には)無事に虎牢関へ帰還を果たした。

そして馬騰軍軍師、北郷一刀は董卓軍の捕虜となった。(え~)





最後に……張遼もとい霞は、この日大切な何かを失った。






(あとがき)

いきなりアニメの話で恐縮なのですが、ガンダム00の一期最終話で『全て終わった……』と思った矢先に物凄いスピードの

カスタムフラッグに乗るミスターブシドー(グラハム)がガンダムに突っ込んでくるシーン。正直見所が数える程しかないこの

作品において素直におお!!と思ったシーン(後はフェルト14歳巨乳程度しかこの作品に価値が見出せなかった)。これを

やってみたかったんですよ。ええ。なので何故それが 馬上公開強制ストリップ劇場(男優付き)に変わってしまったのかは

全くの謎できっとコナン君でもわからないと思います。

決して霞が嫌いとか酷い目にあわせてやろうwなどという気持ちは全くなく、何故こうなったのかこっちが聞きたい位でして(汗)

しいて言うなら『愛ゆえに~』かもしれません(いやネタでなくたまたまデス)。



ある人物(一刀)は(自陣に)帰還する事が出来なかったのである(某竜○○○○さんより酷ェ)というオチ。

いちおー武将ではなく人物(もう武将でいいのか?)。

某預言者の予言どおり、落馬に注意しなかったので酷い目にあったと(何故か張遼がw)




今回で反董卓連合編は終了

次回から洛陽編の予定(今週末忙しいので一週更新できないです)

読んでくれる方がなんだかどんどん増えてて大変ありがたいです……が、今回で愛想つかされそうな(汗)




[8260] 11話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/06/07 22:45






曹操軍の司馬懿隊は本拠地陳留へ向かう途中、斥候からの報告を聞く為、小休止していた。


于禁は斥候からの報告を聞き、重要と思われる案件のみを抽出し、北郷こと司馬懿に報告した。

一つ、黄巾残党軍の兵数はおよそ6000である事。

一つ、襲われた村は3つ、しかし食料や財産を奪われただけで幸い死者はほとんどないとの事。

一つ、今の行軍速度なら黄巾残党軍より先に城に辿り着けるとの事。

「……あと~……」

それまで淀みなく報告していた于禁が報告し辛そうに上目遣いに司馬懿(北郷)を見た。

「? どうした沙和?」

「あのね、この先の小さな森林に泉があって、そこで女の子が血を流して倒れてたって……」

「はあ? 大変じゃないか! すぐに助けにいかないと!」

血相かえて立ち上がる。

「うん! そうだよね!!」

于禁はパアッっと嬉しそうな笑顔を返してさっさと森林に向かい「隊長~こっちなの」と手をブンブンと振った。

「……沙和はなんで嬉しそうなんだ?」

「それが解らないような隊長だから嬉しいんでしょう」

隣に控えていた楽進も口元をほころばせていた。


もしこれが官軍であったなら『そんなどうでもいいことを報告するな!』等と怒鳴られた事だろう。そんな人物でない

事は于禁も解ってはいたが、いかに司馬懿(北郷)とはいえ重要な任務を与えられたばかりで気がたってしまうのでは

ないか? そのような事を考え、それが全くの杞憂である事を知った三人娘の喜びは大きかった。

「でもま、倒れてるのが可愛い女の子やなかったら隊長助けにいかへんかったかもしれんけどな」

李典が軽口を叩く。

「あのな、可愛いなんて誰も言ってないだろ」

それ以前に男だったとしても助けにいくわい! と内心思っていたがそんな機会なぞついぞあらわれなかったので

真偽は不明である。


泉に辿り着く。……美少女だった。しかも二人。

「やっぱしな……」

一刀のラブコメ体質恐るべし! 李典の呟きをあえて聞き流し介抱しようとするもその異様な光景に声もでなかった。


最初は水かと思った。それほどの大量の血がまるで池となって、倒れている少女を浮かべていた。

黒髪を結って、眼鏡をかけた色白の美人と言っていい顔立ち。しかしそれを台無しにするかのような恍惚と

した表情を浮かべながらピクピクと痙攣していた……生きてるのか?

これは心臓マッサージか人工呼吸か!

そう、これは人助け! やましい気持ちなど欠片程もなく、そそくさと少女の胸に手を伸ばそうとした瞬間!

チャキッ……と金属が擦れる音がして、後ろを振り向く。

真後ろに凪が仁王立ちして司馬懿(北郷)を生ゴミでも見るような目つきで見下ろしていた。

手甲の具合を確認するかのように手をニギニギとしているのは怖いからやめていただきたい。

「……どうしました隊長?」

「いや……なにしてるの?」

「いえ、なにか邪な気を感じたので。隊長は気にせず介抱を続けてください……できるものならですが」

最後の何!?……何故か介抱する側の自分が死の予感を感じて、こちらの少女を3人にまかせてもう一人の

少女を助けることにする。

こちらもまたとんでもない美少女だった。ウェーブのかかった長い金髪に陶器のような白い肌。まるでフランス人形

を思わせる童話にでてくるかのような可憐な美少女……であるのにこちらもそれを台無しにするようなデカイ鼻ちょうちん

を膨らませていた。

こちらは間違いなく寝ていると判断し、とりあえず起こそうと体を揺するが全く起きない。というか鼻ちょうちんでかい……

つい好奇心に負けて鼻ちょうちんを突いてパチンと破裂させた。

「……おおっ?」

パカリと少女の目が開く。イメージ通りのグリーンの美しい瞳。


運命の出会いだった。


少女はそのままゆっくりとまぶたを閉じ……

「……ぐぅ」

また寝た。

「いや寝るなよ!!」

運命の出会いは錯覚だった。

「……おおっ?」

「もう寝ないでくれよな……」

「うぇ?……状況が全くつかめないのですが……ひょっとしてお兄さん風の寝込みを襲っているのですか?」

「んなッ!? ち、違うぞ!」

「オウオウ兄ちゃん往生際が悪いぜ、証拠はあがってんだ」

「そんな馬鹿な!? いやいまの何!?」

それは後に程立の頭の上の相棒宝ケイと解るがそれは別の話。

キョロキョロ見回すが誰もいない……いやいるよ!

「お前ら俺の無実を証明してくれよ……」

「……でも今どもりましたよね?」

「あやしーなあ」

「隊長寝込みを襲うなんてさいてーなのー」

ちくしょう、お前らが最低だッ(涙)

「女の子が倒れてるって聞いて助けにきたんだ。隣の血塗れの死体君の友達?」

「あー結構な量の鼻血でちゃってますねーまたエッチな夢でもみたんでしょう」

これ鼻血!?

「ほら、稟ちゃん、とんとんしますよ、とんとーん」

血塗れの少女を起こして首筋をとんとんと叩く。『ふがふが』と呟きながら目を覚ました。

「いやっ! いけませんそんな!! そんな大きなもの……ああッ!!…………あ?」

「……」

いきなりなに盛ってるのこの人!? とその場にいた全員が眼鏡の少女を見下ろす。

その空気を読んだのか、コホンと咳払いした後

「風、この方達はいったい?」

場の空気を華麗にスルーした。

「さあ~? 誰なんでしょう?」

あれ? この二人どっかで……過去に想いを馳せ、この世界に来たばかりの頃を思い出した。

「ええっと……あの時の二人、だよね?」

「……?」 「どなたさま……でしたっけ?」

本気で忘れられているらしい。真顔で返された。

「……隊長」

「もうちょっと時と場所を選ばんと……」

「けだものなの~」

「違うから。程立さんと、戯志才さんでしょ。たしかもう一人いて、危ないところを助けてもらったんだよ」

「あー。そんなこともあったような……あれ? お髭生えてましたっけ?」

「思い出したわ。風の真名をいきなり呼んだ、あの無礼な貴族!」

「髭は墨。真名の件は……本当にゴメンな。二人はまだ旅してるの? もし方角が同じだったらお詫びもかねて送るよ?」

「そうですか? それでは虎牢関へ」

真逆だった。

「いやいやいや! 虎牢関危ないから! 今大陸で一番人が死んでる所だから!!」

「ええ、ぜひ諸侯の戦いぶりを見ておきたいと思いまして」

しれっとした顔で答える戯志才。

「ほんとは稟ちゃん曹操さんの戦いぶりが見たいだけなんですけどねー」

「は? 何故曹操?」

「稟ちゃんは曹操さんが好きで好きでたまらないのですよー。それで仕官しようと思ったのですが今お留守ですから。

だったら更に見聞を広めて役に立てる人材になる為に諸侯の傑物を見定めようと思ったのですー」

なるほど、と思ったと同時、妙案が浮かんだ。



「だったら今から一緒に手柄をたてて士官する気ないかな?」







数日後、渓谷に挟まれた大地で司馬懿隊は行軍を止めた。

「ここが決戦の場として最適でしょう」

「ですねー」

郭嘉の言葉に程立が相槌をうつ。ちなみに戯志才は偽名で本名は郭嘉との事。

「ではおさらいします。まず我が軍は2000、敵は6000。篭城でもギリギリですが篭城はしたくない」

「ああ。まわりの村が襲われたら意味がないからな」

「したがって野戦を望むが兵は出来るだけ減らしたくない」

「勝った後もこの地を守備しなきゃいけないしね」

「そして二度とこういった反乱が起きないように圧倒的に勝ちたいと?」

「出来れば怖い思いをさせてもう曹操軍に逆らうのはコリゴリだと思わせたいな」

「わがままなのです」

いやホントに。

「ねーねー、ちなみに隊長はどうするつもりだったの?」

「ん? 篭城にみせかけて敵が城を囲んだら背後から突っ込んで城と挟撃するつもりだったよ」

「悪くない策なのですー。でも兵数が違いすぎて逆襲されたら危険なのです」

「うんそう。数千とは聞いてたけど3倍は予定外だったかな」

脱線しかかったので郭嘉がコホンと咳払いして話を進めた。

「ではまず野戦についてですが、これは既に斥候に情報を流させているのでほぼ問題ないでしょう」

「どんな情報をながさせたんや?」

「『曹操軍1000が篭城目的で大量の食料を持って陳留の城へ帰還中。行軍は渓谷を通るらしい』としました」

なるほどと全員が頷く。

「次は兵の損失についてなのですがー、それじゃ戦わないで逃げる事にしますので于禁さんがんばって逃げてくださいー」

「はーい」

「最後に恐怖ですがこれは火を使います。こちらの下準備は私と風でできるでしょう。こんなところですか?」

「……あのさ、一つ付け加えて欲しいんだけど」

司馬懿(北郷)は地図を指差して追加させてほしい一手を説明した。

「出来なくはないですが……大変ですよ?」

「真桜頼む」

「ウチかいな! ……でも隊長これ大変やで?」

「そこを頼むよ。真桜にしか出来ないし、真桜なら出来る。勿論俺も手伝うから」

「しゃあないなあ……ウチらの隊長はホンマわがままやから」

グチグチ言いながらも嬉しそうに頬を染める李典を程立は眠そうな目で、楽進は無言で見つめていた。

「凪も今の追加で忙しくなるけど頼むな」

「はっ!」

楽進は元気いっぱいに返事を返した。こころなしか嬉しそうに。

「ぶーぶー沙和にもなんか言ってほしーの!」

「あー逃げるの頑張れ」

「隊長全然心がこもってないのー!!」

同じく于禁もまた嬉しそうに。その姿を見て程立は思わず「へー」と呟いた。

「どうしたの風?」

「あーいえいえ、なんでもないのですよ」







さらに数日後。

ついに黄巾残党軍6000が姿を現し、渓谷を進む曹操軍1000に対し襲い掛かった。

あまりの数の違いに恐れおののいた曹操軍は大切な兵糧を全て置いて渓谷の先、来た道を実に見事に

逃げ去っていった。

曹操軍恐れるに足らず! 黄巾残党軍は残された兵糧に群がり、歓声をあげた。

それはあまりにも上手く行き過ぎた。

その為、米俵だけでなく地面さえもが何故か湿っていた事に気付けなかった。

そこへ谷の上から火矢が雨のように降り注ぐ。

たちまち火の海となる渓谷。兵糧が湿っていたのは油であった事など今更気付いた所で後の祭りであった。



「おわりですねー」

程立が隣にいる司馬懿(北郷)に顔を向ける。作戦は大成功であるのに司馬懿は何故か苦しい表情をしていた。

その司馬懿が部下に命じて太鼓を鳴らす!

「ふえっ!?」

思わずそう声を漏らす……早すぎる。

李典の工作によってせき止められていた渦水川の水が渓谷に一気に押し寄せ、火だるまとなっていた黄巾残党軍を

押し流した。

そして最後に、水がはける辺りに待機していた于禁隊と合流した楽進隊合計1500が、火に炙られ激流に流され

ボロボロになった黄巾残党軍を捕縛。


結果として村落に被害を与えず、自軍に一兵の損失なく、相手に徹底的な恐怖を植え付けかつ迅速に賊を撃退したのである。


完勝といってよい結果であったが大将である司馬懿(北郷)を程立は眠たそうな目でじっと見つめていた。

「……えっと……何?」

「お聞きしたいことがみっつあるのですがー、聞いてもよろしいですか?」

「いいよ」

「ではまず一つ、曹操さんてどんな人ですかー?」

予想外の質問。

「鬼だな」

「オニですかー」

「とは言っても仕事の鬼だな。自分にも他人にも超厳しい。結構無茶な仕事をさせるし、でもそれは相手のことを理解して

るからで無茶だけど無理な命令は絶対しない。全力とあとちょっとの工夫で達成できる仕事だから達成できた時

凄く充実するしやりがいがあって、で曹操にちょと褒められたらたまらなく嬉しくなる。人使いの天才だな」

「はー。すっかり躾けられちゃってますねー」

「おいおい酷いなあ、そんな……んん!?」

軽く笑い飛ばす筈が何故か笑えなかった。あれー?

「それじゃもう一つ、どして実力もわからない風たちの策を採用したのですかー?」

「別に無条件で信じようと思ったつもりはないよ。策を聞いて正しいと思ったから採用したまでだし……」

「それじゃ最後にお兄さんが付け加えた水攻めと、その発動の早かった理由はなんですかー?」

「火は熱いじゃん」

「熱いですねー」

「ちょっと可哀想かなあと……自分が怖い思いをさせたいって言っといてなんだなあって感じだけど」

「相手は盗賊ですよ? 悪い人たちなのです」

「うん。解ってはいるんだけどね。でも今回の連中はむやみに人を殺してなかったみたいだったから」

「ただの偶然かもしれませんし、ちょっと頭がいい人なら次も奪う為に殺さないのです」

「そうだね。だけどまあ、痛い思いもさせたし凪と沙和が捕縛してるからもう大丈夫だよ」

「捕まえただけでは国費が減るだけで意味がないのです」

「勿論働いてもらうよ。恩返しだけじゃなくて真面目に働けば幸せになれる社会にする為に俺は華琳を

手伝ってるつもりだし。奪うんじゃなくて守る事の大切さとか理解してもらって兵士になってもらってもいい。

今兵は凄く欲しい」

「そんなことできますかー?」

「ウチは凄い矯正施設があるから。城に帰ったら見せるよ」

この後、郭嘉と程立は張三姉妹のステージを見て目を点にすることになるがそれは別の話。



「総合しますとーお兄さんはバカなのです」

「ブッ!!」

「だめだよなーと解ってて相手に情けをかけてたらいつか死んじゃいますねー」

「……はい」

「あとは苛められるのが好きでー、女の子も大好きで、ちょっとエッチなのですねー」

おおうい!! 俺はMじゃないし男は皆女の子好きだぞー!! エッチは否定できないけど……

「結論として、風はお兄さんがとっても心配になってしまいましたー」

「す、すみません」

「いえいえ、だから曹操さんにお仕えするので風と稟ちゃんの活躍を100割り増し位で伝えといて下さい」

「おいおい! あれ? 話繋がってない?」

「ありゃりゃ、お兄さん評に鈍感も付け加えないといけませんねー」

総合すると鈍感バカでマゾで女好きのエッチな男になる。

崖下から「隊長~♪」と呼ぶ声が聞こえ、下を除くと黄巾残党軍を捕縛した于禁隊、楽進隊が集まっていた。

「すぐ行く!」そう叫んで郭嘉と程立に先に下りてるよと一声かけて司馬懿(北郷)は谷を降りた。

「風、私達も降りますよ」

「はい~稟ちゃんこれからは風のこと程昱と呼んでください。まあ稟ちゃんは今まで通り風なのですがー」

「程昱? ああ夢の話ね。そう、担ぎ上げる日輪は曹操さまと決めたということね」

「えへへーそれは秘密なのですよー」



そう言って見下ろした先は凪、真桜、沙和にもみくちゃにされて困ったように笑っている司馬懿(北郷)の姿だった。






(あとがき)

洛陽編といっておきながら洛陽でもなんでもないどころか馬超伝なのに翠もたんぽぽも一刀も出てこない初めての

お話です。

前回超沢山の感想をいただきまして(凄くありがとうございます) 霞を手篭めにした一刀がどのような拷問を受けるのか!

を楽しみにしていた多くの人には本当に申し訳ないです(酷い話だw)。おなじみになりつつある仕込の話です。

ここでやっておかないと後のイベントでちょっとアレになってしまうので、後の話でああこのためだったのか~と

なるかもしれないので隅っこの方に覚えておいて貰えると……まあ結果があんまん作戦とか程度でおいおい!

になる可能性大ですw。


つかこっちの北郷は西涼と違って軍師の宝庫なので司馬懿である必要性ねーなーとw


次は拷問の話?ええそりゃあもうグリフィスもビックリの拷問を受けてゴッドハンドですよ!!(意味不明)




中盤文章がいつもと違うのはちょっと本棚の奥にあった吉川三国志を読み直したから(吉川先生に謝れ!!)





[8260] 12話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/06/21 13:36





―――虎牢関


「呂布殿が折角時間を稼いだというのに霞殿は何をやっていやがるのですか!!」

洛陽へ退却する前に時間稼ぎを兼ねて反董卓連合軍を蹴散らしたというのに、虎牢関へ帰還後いつまでたっても

自室より出てこない張遼に痺れをきらした陳宮が張遼の部屋の扉を蹴り開けながら叫んだ。

「……って部屋暗ッ!!」

不自然な程真っ暗闇であった室内に思わず突っ込みを入れる。

張遼は……いた! 

暗闇に包まれた寝台の上で、膝を抱えてブツブツと何事か呟く張遼の姿を発見した。

「……なんやねねか。なあウチなんか悪いことしたかなー?」

死んだ魚のような目を向けながらそう呟く張遼の姿に寒気を感じ、一瞬陳宮はたじろいだ。

「……先日ねねのオヤツを盗み食いした事は万死に値するですが」

「そっかー……そのバチがあたったんやな……あははははははははははははははははははは」

……笑ってない、目が全然笑っていなかった。

「ええい! 部屋が暗いから気分が沈むのです!」

部屋にズカズカと入り窓を開ける。日の光に照らされて陳宮の瞳に映った張遼の姿を見て愕然とした。

急いで結び直したのであろう袴の紐は絡まりつつ結び目が曲がっており、纏っていた羽織はビリビリに破け、

素肌を隠す唯一のサラシが巻かれていなかった。

「し、霞殿! 何があったのですかー!?」

「……いいたない…………ただウチはもう嫁に行けん体になってしもうた」

「!! そ、それは……」

いったい何をされたのか? 空気を読めないキャラだらけの恋姫無双においてトップクラスに空気の読めない陳宮でさえ、

それ以上の言葉を言えなかった。


何と言う卑劣な!! 全く男とは許せない生き物だ! そういえば先日も呂布殿を饅頭で釣り、暗闇につれさったあげく

ご主人様と呼ばせるというド変態のち●こ人間がいた事を思い出し、陳宮は歯軋りした。


「その声は確かねねか? 頼む助けてくれ!」

「なな!? ねねの真名を呼ぶとは誰なのです!?」

今まで暗闇だった為に気付かなかったが、張遼の部屋の隅で男が簀巻にされ転がっていた。

振り向けない態勢だった様子なので蹴りを入れてこちらに顔を向かせる……噂のち●こ人間だった。

「ねねだったよな? 縄ほどいてくれないか?」

「……」

「あの~もしもし?」

「お前か~ッ!!!!」


正義と怒りの陳宮きっくが炸裂した。


まるでピンボールの玉のように室内の装飾物にぶつかり弾かれ、最終的にグシャリと壁に顔面を打ち据えて、

そのまま壁に血の跡をズルリと残して床に落ちた。

「ぎゃあああああああッ!! 鼻、鼻がッ!! 凄い血の量なんだけど折れてませんかー!?」

「鼻血くらいでギャーギャーとうるさいのです! 呂布殿と霞殿とねねが受けた屈辱を思い知るのです!」

そう叫びつつ、トドメとばかりに一刀をゲシゲシと蹴り続ける陳宮。

「痛ッ! ねねに何かした覚えないんですけど?」

「ねねを真名で呼ぶなどありえませーん!!」

「陳宮本人がねねと呼べといったんですけどー」

「そんな昔の事覚えてないのですよー!」

「今『昔』って言った!? 絶対覚えてるだろ!」

永遠に続くかと思われた不毛な言い合いの最中。

「……霞、ちんきゅー、みんな待ってる」

モグモグとあんまんを頬張りながら呂布が部屋に現れた。

陳宮に踏み潰されていた一刀と目が合う。

「……恋」

「……やっぱりさっきのはご主人様だった」


運命の再会であった。


一人は少女に踏まれ、かたやもう一人はモグモグとあんまんを頬張るという甚だ絵にならない状況ではあったが……

「なれなれしく呂布殿の真名を呼ぶなです~!!」

陳宮はグシャリと一刀の顔を踏み潰し、もっと酷い再会場面であった事を付け加えておく。






呂布は床に転がされ、少女に踏み潰されるという羨ま……もとい哀れな一刀の前で膝を折り、紙袋からあんまんを

取り出すと、二つに割って片方を一刀の口元に差し出した。

何故? と思いつつもとりあえず食べる。口に入り込んだ鼻血のせいで血の味しかしなかった。

「……よかった。約束まもれた」

そいいった恋の口元はいくぶんほころんでいた。

ああそうか……この少女はあの些細な約束を、そして自分が残したメモにかかれた何気ない一文を真っ先に

果たそうとしてくれたのだ。

血の味? 馬鹿な、こんな美味いあんまんが他にあろうか?

「ありがとう恋。おいしかった」

「では最後の晩餐もすんだことですし死刑にするのです」

「ブーッ!!」

陳宮の血も涙もない一言においしいと言ったばかりのあんまんを盛大に噴出した。

え? 何それ? 今のそういう意味だったの?

「……ざんねん」

呂布がそう呟く。うそ? 諦めちゃうの?? 思わず恋の顔を見上げる。

「……ご主人様を捕まえたのは霞。だから恋は何も言えない…………」

捨てられた種馬のような目を向ける一刀の姿を見て、そう言葉を搾り出す恋。

必然的に室内にいる全員が張遼へ視線を向けた。

張遼はジッと一刀達を見ていたらしい。真っ青だった顔に生気が戻っていた。

「ソイツ二人の知り合いか? 何者なんや?」

「……恋のご主人様」 「ち●こ人間なのです!」


……名前すら紹介してもらえなかった。


「……北郷一刀。一応馬騰軍の軍師をしてる」

「……ほぅ、それじゃ華雄の仇なわけや」

「いやそれは……」

「まあええ。処刑はいつでも出来るからソイツとりあえず洛陽までつれてくで」

「……いいの!?」 「なんですとー!?」

「おっ? なんや恋にしては珍しく食付きええな? んじゃソイツ恋にまかせる。ウチも着替えてすぐ降りる」

呂布はコクリと頷く。

どうやら多少は命が延びたらしい。であれば心配しているであろう翠達の為にも自分が生きている事をなんとか

伝えなければ。書くものは……ない。ならば使えるものは……自分が作った血溜り。うう~ん?

とりあえず靴の爪先に血を付けて……なんとか簡単な字を……『どわ~~~ッ!』

書いている途中に首根っこを呂布に捕まれて引きずられる。

「……霞の着替えの邪魔」


一刀達が出て行った後、霞はサラシを巻きなおし、新しい羽織に着替えなおした。

「よしッ!……ってなんやコレ? ホラー(怪談)か?」

正面の壁には、壁に血を擦った跡の他に『生きーーー』という血文字があった。







―――反董卓連合本陣


「却下ですわ」

「何でだよ!?」

呂布と張遼に蹴散らされ、虎牢関から遠く離れた場所に本陣を置いた反董卓連合軍の軍議は当然の如く紛糾していた。

虎牢関から離れすぎではないか? そのような意見に対して総大将袁紹の『だったらお一人で残ったらいいんですわ!』

という一言で却下されていた。

現在の議題は次の虎牢関攻めの先陣をどの軍にするか? であり、上記は馬騰軍大将の馬超が先陣に出るという発言

に対する返答であった。

「何でって……総大将の命令だからですわ!」

「いや姫それはいくらなんでも……」

ありえない回答にそれはまずいと顔良が袁紹に何か耳打ちしていた。

とはいえ、袁紹が反対したのも当然で、馬騰軍は既に汜水関を落とし、袁紹、袁術軍を散々に打ち負かした

呂布を追い払うという活躍をしており、このうえ虎牢関まで馬騰軍に落とされては、まるで反董卓連合は

馬騰軍の強さを称える為の闘いではないか!という思いが袁紹だけでなく、参加するほぼ全ての陣営の考えだった。

「斥候からの報告ではご主人様に良く似た声の悲鳴が聞こえたって話だ……畜生、ご主人様は無事なのか!?」

「そう、それですわ!」

「は?」

「あの天の御使いを人質に抵抗されたら馬超さん戦えるんですの?」

「なっ!?」

間違いなく顔良の入知恵であろうが馬超は咄嗟に二の句が告げなかった。

「とにかく、そーゆーわけだから却下なのですわ。ですから劉備さん!」

「は、はい?」

「あなた私がこーんなに苦労してますのに、ぜんッぜん戦ってないですわよね?」

「それは袁紹さんの命令で……」

「じゃあ命令しますわ、華麗に前進して虎牢関を陥落させなさい!」

「ええッ!? 朱里ちゃんどうしよう?」

劉備の後ろで何か思案するような表情でずっと沈黙していた諸葛亮は一言。

「桃香さま、やりましょう」

と力強く答えた。

「朱里ちゃん……うん解った。私達が先陣ででます! 翠ちゃん任せて! 翠ちゃんのご主人様は必ず助け出すから」

「桃香さま……」

「ちょっと待つのじゃ!」

袁術が立ち上がり、隣の孫策を睨みつける。

「孫策もぜんぜん戦ってないのじゃ! わらわが怖い思いをしている時に何をしておったのじゃ!」

「ごめんごめん、だって袁術ちゃんあっというまに負けちゃうんだもの、助ける暇もなかったのよ。しかたないから

呂布を包囲してやろうと思ったら凄いの見ちゃったし……ププ、やだ思い出したらまたお腹が……」

ゲラゲラと腹を抱えて笑う孫策に変わり、周瑜が一つ咳払いをして言葉を続けた。

「では劉備と共に我々も先陣として虎牢関攻めに加わりましょう」







明日の先陣は劉備軍と孫策軍と決まり、軍議は解散となった。


孫策は自陣へ戻る途中、隣を歩く周瑜に話しかけた。

「で? ほぼ冥琳の予定通りみたいだけど劉備はいいの?」

「ええ、あの場で劉備を排除しては逆に怪しまれるわ。それに劉備の軍師諸葛亮、彼女も虎牢関の様子に気付いてるわね」

「あら? 向こうにも優秀な斥候がいたかしら?」

「いいえ、おそらくはその智謀と洞察力とで現状をほぼ読んでる。手ごわいわよ」

「ふ~ん冥琳が褒めるなんて……じゃあ馬騰の軍師とどっちが上かしら?」

楽しそうに質問する孫策を見て思わず溜息をつく。

個人的には圧倒的に諸葛亮が上だと思うが馬騰軍の軍師はわけが解らない。

総大将を一騎討ちに出す非常識さ。

かといえば騎馬隊で汜水関を落とす手際の良さ。

そしてこれは斥候からの報告だが、あの呂布に食べ物を投げつけて見事呂布を退却させたという。

最後など意味が解らない。

あげくに敵将軍の張遼の馬に跨り、張遼を裸にしたあげく胸を揉みしだきながら虎牢関に突入したらしい。

なんだただの変態ではないか……いやただの変態がどのような形であれ虎牢関への進入を果たしたのだ。

やはり天の御使いはこの世の常識を超えている…………馬鹿らしい。

思考の無駄遣いに気付き、周瑜はあえて質問に質問を返した。

「あの天の御使いが気に入ったの?」

「そりゃあもう! 昨日のアレ最高だったわ!」

された相手にとっては最悪だろう……もはや生きてはいまい。

孫策軍陣地についたと同時、斥候として虎牢関を見張っていた周泰が現れ二人の前にひざまずいた。

「報告します。虎牢関の董卓軍は洛陽へ向けて撤退。虎牢関はもぬけの空です」

「ご苦労。この情報を他の連合軍に与えないよう甘寧と共に虎牢関へ戻れ」

ようは他の反董卓連合軍それぞれが虎牢関に放っている斥候を殺せという命令であった。

「はっ」

その命令を眉一つ動かさず、むしろ当然といった風で簡潔に頷いた。

「あと一つ、馬騰軍の軍師は殺されたか?」

孫策へ気取られぬよう周泰の耳元で聞く。

「いいえ、共に洛陽へ向かったようです」

張遼にあれほどの恥を晒させて生き残った!?

「……解った。いってよい」

「はっ」

周泰は煙の様にその場から姿を消した。


天の御使い北郷一刀……いったい何者なの!?


まさか本当に何も考えず気がついたらそうなっていた。等という一刀の事情など神ならぬ周瑜が知るわけも無く、

北郷一刀という存在の不気味さだけが彼女の胸に冷たい風を吹かせていた。







洛陽への撤退。一刀は信じられない事に、再び張遼の馬に共に乗って洛陽へ向かっていた。

当初は呂布の後ろに乗せてもらう予定であったが『そんな事をしたら呂布殿が穢れるのです! こんな奴は

縄で引きずって逝けばいいです』という陳宮の言に対して『それは拷問だ! というか行くの漢字意図的に変えたよね?』

等と無駄な事をやっていたので張遼が一刀を後ろに乗せる事でとりあえず納めた。

恋にまで同じ目に合わせる訳にはいかないという優しさと『次やったら八つ裂きにする』という一言は忘れなかった。

「で? 陳宮はともかく、アンタは恋に何をしたんや?」

「えっと西涼で偶然会って饅頭を奢った」

「……おい、アンタ恋をなめとんのか?」

「なんで?」

「饅頭奢って貰っただけで恋が真名許す思ってんのか? 言っとくケド恋が呂布って知らん奴にはアレ普通に可愛い女の子やで?

下心持って食い物奢ろうとする男なんぞいくらでもおるわ。それでもあの子の人を見分ける嗅覚はハンパないからな。エエ人にしか

奢られんし、それでもご馳走様言うくらいや。そんな呂布が、ウチは少なくとも恋が男に真名許したなんて初めて聞いた。

それだけ気に入られた理由はなんや?」

奢って貰っただけって500個は多かったよなあ……と思ったがまあ言わなかった。

「う~ん、じゃあ長くなるけど……」

そう前置きしてあの日武威の街であった出来事を張遼に語った。

「……つまりアンタはほぼ見ず知らずの子供と犬を助ける為に、剣振り回してた男に丸腰で掴みかかったんやな?」

「……そうなるかな?」

そう改めて言われると、翠が説教した理由が解るなあと。

「……アホやな」

「そうだなあ」

反論の余地もない。

「ふん……でもまあ恋が気に入ったのも少し解ったわ。ウチもそういうアホは嫌いやない」

「えっ?」

「ほな洛陽まで飛ばすでぇ! しっかりつかまっとき!」

何故か上機嫌にそう叫び、張遼は馬を走らせた。






翌日、劉備、孫策軍は反董卓連合軍の先陣として難攻不落の虎牢関へ攻撃を仕掛けた。


1時間後、連合軍最後方、3陣にて優雅にお茶を飲む袁紹の元に伝令が到着した。

「あらどうしたんですの? もしかして劉備さんあたりが落馬して怪我でもしたのかしら?」

そう言って静かにお茶を飲む。

「いえ、虎牢関陥落致しました」

「ブーッ!!」

「どわーっ! ちょと袁紹さま熱いんですけどーッ!!」

袁紹は口に含んだお茶を正面に座っていた文醜の顔面に吹き出していた。

「文ちゃん大丈夫?」

顔良がタオル(布)で文醜の顔を拭いていた。

「ちょとどういうことですの~!!」

「それが虎牢関が無人だったらしく……」

「なんですって~!?」



そんな袁紹の叫びなど知ったことかと虎牢関の城壁に上がっていた周瑜は部下に指示を出していた。

「では袁紹、袁術軍が全く歯が立たなかった虎牢関を孫策軍と劉備軍はわずか1時間で陥落させたという事実を

斥候を放って江東、荊州、揚州方面に広めなさい」

「はいはーい。でも劉備軍の事は除外しなくていいんですか?」

「不要よ。誇張はいいけど嘘は一切不要。でなければ事実を捏造と疑われる事になるわ」

陸遜の指摘に周瑜はそう答えた。

そう、虎牢関が難攻不落である事は事実であり、袁紹軍、袁術軍が虎牢関攻めの際、呂布に散々痛めつけられた事も事実。

そしてその虎牢関を孫策軍は劉備軍と共にわずか1時間で陥落させたのも事実であった。ただ敵がいなかっただけで

何一つ嘘は言っていない。であるから誰かが反論しようとも真実が覆るわけでもなく、袁術辺りがアイツ等は無人の虎牢関

を盗み取っただけで凄くもなんともないのじゃ! と言ったとしてもそれは虎牢関攻略に失敗した袁術の負け惜しみとしか取られず、

あげく防御の要である虎牢関が無人だったなど誰も信じないのであった。

この時点で孫策軍は戦略目的を達していた。

一つ、敵である袁術軍の損害。

一つ、漢王朝に対して貸しを作ったという実績。

一つ、孫策軍は強いという江東、荊州、揚州方面への印象操作。


そう、反董卓連合軍における孫策軍の戦いは既に勝利で終わっていたのである。



同じく劉備軍も戦勝に沸いていた。

「朱里ちゃんに雛里ちゃんも、虎牢関が無人って事知ってたの?」

「いえ。でも昨日の呂布さんの戦いの意味を考えると、これはありえるんじゃないかと……」

劉備の質問に鳳統が蚊の鳴く様な声で答えた。納得できないのは腕に覚えのある武将達であった。

「でも鈴々は戦えなくてつまんないのだー」

「こら鈴々! とはいえ確かに、このままでは腕が鈍ってしまいますね」

「洛陽で決戦はありますよ」

そこに関内を探索していた趙雲が渋い表情をして現れた。

「おう星、翠のご主人様は見つかったか?」

「う~む……それなのだがな、気になるものを見つけたので皆に来てもらいたいのだが……」

そういって全員でとある一室に向かう。そこへいてもたってもいられなかった翠とたんぽぽも合流した。

趙雲に案内された部屋へ入る。全員が息を呑んだ。

「星ちゃんこれは……」

「うむ、お察しの通り、恐らくは……北郷殿がいた部屋かと」

部屋の装飾品はほぼ壊され、床は人が転げまわされたかのように荒れ、所々血がしたたりおち、一部嘔吐物も

見つかった。そして最も目につくのは壁にこびりついたおびただしい血。そしておどろおどろしい『生きーーー』と

いう不気味な血文字であった。


そう、これはまさしく……


「どうしようお姉様、ご主人様きっと拷問を……」

「馬鹿な! そんなことあるわけが……」

否定したかった。しかしこの現場はあまりにも陰湿であった。

「これはきっと、恐らくですが……」

そう前置きした後の諸葛亮の言葉は翠やたんぽぽにとって悪夢であった。


ご主人様は恐らく、手足を縛られ抵抗できない状態にされた後床に転がされたのであろう。

その上で反董卓連合の情報を聞き出そうと尋問を受けるもご主人様は勇敢に拒否。その為殴る蹴るの暴行を

受け、血反吐を吐きながら、吹っ飛ばされては室内の装飾品を壊し、あげく腹を蹴られ嘔吐し、苦しんでいる所を

無理矢理立たせて壁に顔面を打ち付けられて血の雨を流し気を失ったのであろう。その結果監視の目を一瞬のが

れたご主人様は何とか力を振り絞り、自身の血を使って生きている事を仲間に知らせる為に血文字で『生きてる』と

書こうとするも、途中で気付かれてそのまま室外へ引きずられて行った。


「もうやめてくれ!」

耐え切れずそうさけぶ翠。

「で、でもまだ生きてるって解ったよお姉様」

自身も辛いであろうに、なんとか馬超を慰めようと努めて明るい口調で話す馬岱。

「……そうだといいんだけど……」

「えっ!? どういう事なの雛里ちゃん?」

「最後の『生きてる』じゃなくてホントは『生きたい』だったら……」

「「!!」」

まさか辞世の言葉!? そういわれればそんな気もする。辞世の言葉が『生きたい』であったとしたら?


耐え切れず翠は部屋を飛び出す。そして城壁に上り、洛陽を睨みつけ叫んだ。


「ご主人様! ご主人様!! ご主人様~ッ!!!!!!」


声の限りに、そう、何度も何度もただそう叫び続けていた。


「お、お姉様……」

その姿に耐え切れずたんぽぽは涙する。

劉備達もまた、心打たれ涙を流した。




そして虎牢関にただ翠の叫び声だけがむなしく響いていた。






(あとがき)

なんじゃこりゃ?(苦笑) 

いやひぐらしとか好きなんですよー。(真相とかはお前それはないだろう……なゲームですけど)なので朱里の推理と

真相の読み順を逆にしても良かったかなーと。つまりはたして一刀は生きているのか?的な?

嘘つきーと思われるかと思うのですがーネタバレになるのでいえませんがもうちょっと付き合っていただければ

あーってなるので(そればっかりジャン)。

最近更新が遅れてるのですがそれは単純に1話の文量がほぼ倍になってたりします。今回の話も文量でいくと

1.7話位ありまして……正直量多いよなあ? とも思っているので(4と5の間で切ろうかと思いました)。

今の量で週1回と今回の2つに分けて週2回とどっちが読みやすいですか感覚でいいので教えてください。



ようやく孫策側の話……と思いきや周瑜オンリーです。うん孫策陣営って周瑜さんの能力高すぎて他のキャラ

だすチャンスがないです。バッジョさん的にもやはり二人を退場させるしか手がなかったんじゃないかな?あと被らない

為に忍者とかけっこー苦肉だよなあ。





[8260] 13話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/06/21 13:53




首都洛陽

やばい……到着してしまった。


馬騰軍軍師、現在董卓軍捕虜の北郷一刀は震えていた。

その圧倒的な高さの城壁、大陸一の都の巨大さに圧倒されたわけではない。いや十分凄いのだが今それ所ではなく、

数時間前から全く無言になった張遼に対して怯えていたのである。

最初は偶然だった。

恋との出会いの話をしてから何故か機嫌の良くなった張遼は軽快に馬を飛ばした為、ちょっとした段差でも馬が大きく

揺れた。その際馬に乗りなれない一刀は何度も落ちかけ、摑まっていた手が偶然霞の胸に当たってしまったのである。

勿論すぐさま謝罪したのだがその度に『こらやめぃ!』とか『全く、気ぃつけや?』等そんなに嫌がってない感じだったので

つい調子にのり、後半は馬が揺れる度に『あ、ゴメン』と言いながら胸を触っていたのだが気付いた時には霞は無言で

一切口を聞いてくれなくなっていた。

誤解の無いように言っておくが俺は本来こういったムッツリスケベな人間では断じてない。ただ何故かこのルートだと

女の子と仲良くなったりすると翠に見つかって折檻されるという家庭用向け仕様なのか? と疑いたくなるほど鉄壁の

謎ガードが入り、まあ色々なものが溜まってしまったのが原因なんじゃないかと説明しておく。

例えて言うなら体が勝手に動き出してお風呂を覗いてしまう大神さんのように……

まあルートとか家庭用向けとかそもそも誰に説明してるのか俺にも解らないが。


城門をくぐり、広場まで馬を進めた後、ゲシッと肘打ちを食らわされ俺は馬から転げ落ち、尻餅をついた格好になった。

その股の間にサクッと飛龍偃月刀が突き刺さっていた……ここ石畳だよね?

「……次やったら八つ裂きにする言うたよな?」

張遼は一刀を害虫を見るような目で、氷のような声でそう言った。

「スミマセン、偶然なんです!」

「ああん!? 何回触った思ってんねん!!」

「3回です、スミマセン」

「……なんやと?」

「スミマセン6回でした」

倍に増えた。

「……ホンマに死にたいらしいな?」

「9回でした!! これ以上はホントに偶然です!!」

当初の3倍になり、三分の二は誤魔化そうとしていた計算になる。恐るべし策士一刀!!

「せやったら9分割やな」

「何がですか!?」

張遼は飛龍偃月刀を片手で軽々と持ち上げ、そして!!


『ぎゃああああッ! 翠助けてくれ~!!』







「ご主人様~ッ!!!!」

翠はガバリと布団を跳ね除け、飛び起きていた。

「……ゆ、夢か」

ここは反董卓連合軍馬騰軍陣地。

翌日の洛陽進行にそなえ馬超は天幕にて休んでいた。

ハアと息を吐く。服が汗でグッショリと濡れ、冷たさで体が小さく震えていた。

「ん~……お姉様どうしたの?」

隣で寝ていた馬岱が目を覚ます。

「ああ、いやゴメンたんぽぽ。起こしちゃったか」

「いいけど……またご主人様の夢? だいじょぶだって、ご主人様しぶといんだから。お姉様昨日もあんまり寝てないし、

ご飯も食べてないんだから……せめてちゃんと休まないと駄目だよ」

「ああ、ただ夢の内容があんまりにもご主人様らしくって……少し風にあたってくる」

そう言って天幕を出る。満天の星空の下、洛陽方面へ視線を向ける。

「ご主人様……正夢じゃ、ないよな?」








当然正夢でした。


時系列的に言えば既に起こっていた事ではあるが、一刀は服を9分割され、裸で張遼の馬に乗って

首都洛陽の大通りを歩いていた。

一刀のおいたが過ぎたのも事実だが、張遼としては最初からこの程度の仕返しをするつもりでいたので、

後ろに乗せてシクシクと泣いている一刀に満足し、実に愉快そうに笑っていた。

「どや? ウチの苦しみちょとは解ったか?」

「……オニ」

「なんや? 聞こえんかったけど?」

「いえホントスミマセンでした」

「せやで? ま、これで反省しぃ」

町人の視線が痛い……ああ、アイツらなんかヒソヒソ話してるし!

恋達も酷いよなあ……うう、思い出したらまた泣けてきた。

服を9分割された際、見ていた呂布が『……ご主人様のカワイイ』と言った一言はトラウマになるだろう。

『カワイイって何が!?』と聞き返さなかったのは決してトドメを刺されるのが怖かったからではない。ち●この

事とは限らないし、ち●この事だとしても恋のことだ、馬と比べたらとかそんな理由に違いない! きっとそうだ。

それより許せないのはねねの方だ!

アイツ『これではち●こ人間と言ったらち●こに失礼だったです』とか言いやがった。

愚か者め! 赤面してチラ見しただけなのは知っているのだ。いつか巨大化したの見せて

『スミマセン、一刀様は間違いなくち●こ人間だったのです』と泣いて謝らせてやる。



この時点で色々間違っているしち●こ人間扱いでいいのか? という気もするが羞恥の為思考が鈍っていた

のであろう。

また、この行為が虎牢関ストリップ事件とあいまって張遼将軍はガチだ! と噂が広まり、後に

『戦場の痴女』『痴女傑』『裸族将軍』等さまざまな異名が生まれる事になる。

一刀と関わったばかりに不幸な話である。

それだけにとどまらず、伝聞によって罪の無い市民を裸にして市中を引き回したと改変され、後に董卓の悪行の一つ

として歴史に残る事になる。



「ついたで」

色々アホな事を考えていたがどうやら目的地についたらしい。

「でかッ!?」

目的地であった呂布の屋敷は洛陽の大通りに面した巨大な庭を抱えた豪邸であった。

「じゃあウチは董卓んとこ挨拶に行くから、恋が来るまで屋敷でおとなしく待っとき」


洛陽到着後、呂布と陳宮は兵に指示を与える為広場に残り、張遼は急ぎ董卓と賈駆の元へ行くことになった。

捕虜の一刀は『……ご主人様は恋が面倒をみる』の鶴の一声でとりあえず恋の屋敷に幽閉する事に決まり、軍編成を

見せるわけにはいかないので張遼が城に行く途中、呂布の屋敷まで連れて行く事になっていた。

「いやちょっと! いきなり裸で恋の家行っても入れてもらえないんじゃ?」

「あーそら多分大丈夫や。誰も住んでおらんし、犬達に餌やる為にお手伝いさんがおるかもしらんけど今飯時じゃないから

 おらんやろ。ま、おとなしくしとき、裸じゃ歩かれへんやろけどな」

そう言い残して張遼は城へ馬を走らせて行った。

そういえば腹減ったなあ……と思いつつ9分割された服を持って屋敷に入った。直せるかなこれ?


呂布の屋敷は建物も立派だがとにかく庭が広かった。奥の方などこれ森じゃないか? と疑いたくなる程に木々が生茂って

いた。好奇心に駆られ庭に進む。すると木々の方からキャンキャンと犬が吠えながら一刀に近づいてきた。

「おお! セキトか、もしかして俺の事覚えてるのか?」

自分の周りを嬉しそうに飛び回るセキト。麒麟といいこの世界の動物は頭がいいなあ等と思っているとセキトがやってきた

木々の先から『セキトどうしたの?』と可愛らしい声で動物に呼びかけながら美しい少女が一刀の前に姿を現した。

少女は一刀を見ると一度大きく目を見開き、『……あ、あ』と小さく呟きながら、ジリジリと後ずさりした。

「人いるし!? あ、ちょっと、俺怪しいものでは……」

そういいながら後ずさる少女に近づこうとする全裸の一刀……怪しさ全開だった。

「ひっ! きゃあああッ!」

と叫び庭の奥へ逃げようとする少女!

「わああッ! 叫ばないでくれ! 今人に見つかったら不審人物過ぎる!?」

少女の足は想像以上に遅く、一刀は逃げる少女を難なく捕まえた。とりあえず叫ばれないように手で少女の口を押さえ、

後ろから羽交い絞めにする。

声の出せない少女はムームーと唸りながら必死に抵抗しようとする為一刀は益々体を密着せざる終えなくなり、

傍から見れば全裸の変態がいたいけな少女に痴漢行為を働いているようにしか見えなかった。


……あれ? 何でこんな事に??


ヤバイ、いつものパターンだとここで霞とか恋とかに見られて半殺しになるパターンなんじゃ?

悲しい学習能力を身に着けた一刀はキョロキョロと辺りを見回し、誰もいないことに安堵した。

一方安堵できないのは少女の方である。怪しいものではないと言いながら羽交い絞めにされたあげく庭の奥に

連れ込まれ、連れ込んだ相手は辺りに人がいないか確認した後安堵しているのだ。

酷い目にあわされた後殺される!?

あまりの恐怖に少女は涙を流す。すると摑まれていた手がパッと離された。

「えっ!?」

一刀は土下座していた。

「ゴメン、泣かせるつもりは無くて、ホントに色々誤解なんで話を聞いてもらえないだろうか?」

「……」

流石に判断がつかない、すると側に来ていたセキトが土下座している一刀の側で不思議そうにしていた。

「……あの、とりあえず事情を話して貰えますか?」






「なるほど、至急帰還せえって理由はこーゆーことかい!」

董卓の私室の前で好色そうな笑みを浮かべて扉をドンドンと叩いていたヒヒジジイ共を蹴り飛ばす。

手や袖の下から怪しげな器具をバラバラと落としながら張遼の姿を見てヒヒジジイこと十常侍は腰を抜かしていた。

「ちょ、張遼、虎牢関にいる筈じゃ?」

そんな言葉に返す必要も認めず、コ●シをかたどった器具をバキリと踏み潰し飛龍偃月刀を振り上げる。

「ヒィィ! やめッ……」


ビシャリ……と鮮血が舞った。



「月無事かッ!?」

扉を蹴破り董卓の部屋に入る張遼。

「霞! 良かった、来てくれたのね」

部屋の隅で歯を食い縛って震えていた少女が安堵の表情を浮かべ立ち上がった。

「おお賈駆っちもおったんか?」

「ここはボクしかいないよ。月は安全な所に隠してる」

「そうか、何があったんや?……まあだいたい解るけどな」

「月に泣きついてきた十常侍の連中が恩知らずにも月に欲情して、霞達がいない今を見計らって迫ってきたのよ!

病気って事にして出廷を拒否してたら家にまで押しかけてきて……」

「今にいたっとるわけやな。生き残りは3人やったから今2人斬って……たしか張譲とかおったけど?」

「霞達が来てくれたからもうなにもできないわ。でも虎牢関は……」

「ああ、放棄した。洛陽が決戦の場になる。んで月はどこに隠したんや?」

「恋の家よ。飛将軍の家ならたとえ留守でも怖くて近づかないと思って」

「流石策士やな。あそこなら安全…………安全ちゃうわッ!!!!

「はあ? どういうことよ?」

「あかん……無害に見えて獰猛な種馬を恋の屋敷に放ってしもうた!」

「ちょ、ちょと!?」

「急いで恋の屋敷に行くで!!月の貞操が危ない!」

「なんですって!?」







―――呂布邸


「あはは、それでご主人様なんですか」

「うんそう。まあそれで仲良くなれたからいいけど饅頭500個は辛かったなあ……」

とりあえず色々事情説明して納得して貰った。少女の真名は月。名前は事情があって言えないそうな。

普通逆の気もするが『恋さんやねねちゃんが真名を許してるなら信用できるから』と言ってくれた。

ねねのはある意味許してないような気もするがまあいいや。

とりあえず気を許してくれたので縁側に移って話を続けた。なかなかの聞き上手でつい話続けていたら腹がグゥと鳴る。

「あの、お茶菓子位ならだせますがいかがですか?」

「是非いただきます」

即答で答えると『ちょと待ってて下さいね』とニコニコしながら月は厨房へ向かった。

「今回は平穏にすみそうだ。セキトのおかげだな」

そういって膝の上で寝ているセキトを撫でる。しかし……食べ物より先に服を何とかしてもらうべきだったなあ。

そんな事を考えていると厨房の方から『きゃああああッ!』と月の悲鳴が屋敷に響いた。

膝の上のセキトがガバリと起きだし走り出すので追いかける。


厨房では謎のヒヒジジイが月を押し倒してハアハアと荒い息をしていた。

……な、な、な?

いきなりすぎて目が点になる。

ヒヒジジイは『こんな所に隠れおって』とか『誰も助けにこないぞ』とか『これを使って~w』等といって謎のコ●シを……

「何してんだこのヒヒジジイ!!」

セキトがヒヒジジイの尻に噛み付き、飛び上がった所を思いっきり陳宮キックを炸裂させてやった。

ヒヒジジイは断末魔の悲鳴をあげながら庭に吹っ飛んだ。おお、陳宮キック凄い威力だ!

「ってそれより月大丈夫か!?」

「……あ、私、こ、怖かったです~」

月は一刀に抱き付き泣いた。

「そっか、もう大丈夫だからな」

そういって頭を撫でたと同時

「月無事なの!?」 「一刀! へんな事しとらんやろな!!」

謎の眼鏡少女と張遼が馬に乗って現れた。

「「……」」

何故か二人は無言だった。

「丁度いい所に! 実はへんなヒヒジジイが来て……」

「このち●こ人間がああああああッ!!」

「ぎゃああああああッ!!」

張遼に思いっきり蹴り飛ばされた。何故!?

「そんな奴やないとは思いたかったが……ホンマにち●こ人間だったとは」

「ちょっと待て! 物凄い誤解なんじゃないか!?」

「素っ裸の男! 服はだけさせて泣きじゃくる月!! 床に落ち取るコ●シ!!! 言い訳きくかあッ!!」

「まて~! 裸にしたのは張遼! そのコ●シはへんなヒヒジジイが持ってて、いや月に聞いてくれ! 無実だッ」

当の月はもう一人の少女に介抱され未だ泣き続けていた。

「う……ヒック、お腹が空いたって言うから厨房に行ったら、うう……いきなり押し倒されて……

服を脱がされそうになって……そ、それで……ヒック、詠ちゃん、私、私……」


うんそうだね、そうだけど……肝心な所省略されてませんか?


何も悪い事をしていないのに冷や汗が止まらない。

「大丈夫よ月、アンタは汚されてない、汚れてるのはあのち●こよ!!」


なぜ俺を指差しするのでしょうか? というか初対面でち●こて……人間ですらないし。


「虎牢関で処刑しとったらこんな事にならんかったのに……」

物騒な事言わないで欲しい。いや飛龍偃月刀がギラリと光るのは何の演出ですか?

「待て! 庭にヒヒジジイ……がッ!!

「逃げるなッ!」

庭で気絶してるヒヒジジイを見せようと庭に向かおうとしたら飛龍偃月刀が足元に突き刺さる。

「ちょッ……違う! 庭に真犯人がいるんだ! 頼むこれが最後だから俺を信じてくれ!!」

「……」

張遼が無言で俺が指差した方向へ目を向ける。

「……誰もおらんで」


逃げられたー!!


証人兼被害者の月は泣いている為証言できず、証拠兼真犯人は現場から逃走。仲間のセキトは……いないし!?

何故だろう? 何も悪い事してない筈なのに絶対絶命というかもう終わっているというか……



もはや何も話すことはないとばかり、張遼は無言で飛龍偃月刀を片手で軽々と持ち上げ、そして!!


『ぎゃああああッ! 翠助けてくれ~!!』







「ご主人様~ッ!!!!」

翠はガバリと布団を跳ね除け、飛び起きていた。

「……ゆ、夢か」

ここは反董卓連合軍馬騰軍陣地。

翌日の洛陽進行にそなえ馬超は天幕にて休んでいた。

ハアと息を吐く。服が汗でグッショリと濡れ、冷たさで体が小さく震えていた。

「ん~……お姉様、また~?」

隣で寝ていた馬岱が目を覚ます。

「ああ、いやゴメンたんぽぽ。また起こしちゃったか」

「いいけど……またご主人様の夢? だいじょぶだって、ご主人様しぶといんだから。お姉様今日もあんまり寝てないし、

ご飯も食べてないんだから……せめてちゃんと休まないと駄目だよ」

「ああ、ただ夢の内容があんまりにもご主人様らしくって……少し風にあたってくる」

そう言って天幕を出る。満天の星空の下、再び洛陽方面へ視線を向ける。

「ご主人様……正夢じゃ、ないよな?」








(あとがき)

東のエデンが面白かったんですよ。あのオシャレなアニメを自分流にアレンジしたらこうなりました(え~)

共通点主人公が全裸でしかねェジャンとか言わなくていいです解ってるので(最悪だ)

ええ、はいそうですよね、やらなきゃよかった(涙)

なんだこの伏字だらけのSSは? 禁則事項ですか? きっとあのモザイクが文章化されるとこうなるんだよ(なりません)


う~ん、駄目だ、もとに戻らない……自分は文章とかすぐ影響されてしまって。面白いSS読んでつい……

違和感ありましたらそれが原因です。なんとか来週までには元に戻さないと……展開も遅いし。








[8260] 14話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/07/05 17:19



反董卓連合軍の洛陽攻城戦開始から5日、見方を変えれば一刀全裸事件から7日。

洛陽で篭城する董卓軍の重臣達は謎のジェスチャー(身振り手振り)軍議を行っていた。

7日前、全裸捕虜から捕虜兼董卓の客人と華麗なジョブチェンジを果たした北郷一刀は『何故ジェスチャー軍議?』

と当然の疑問を持ちつつも基本捕虜という立場からその謎の軍議を黙って見守っていた。

賈駆が怒鳴りあげるフリをして陳宮が負けじと言い返す……フリをして張遼が溜息をつくフリをした。

みんな上手いなあ。

一段高い椅子に腰掛けた董卓が必死に睡魔と闘いながら軍議を心配そうに見つめている。

月は演技が細かいな。

そして最後に呂布は……立ったまま寝ていた。

本当に演技かそれ!?


軍議の議題は恐らく昨夜から始まった昼夜問わずの24時間攻撃だろう。恐らくというのはジェスチャーで判断するしかないから。

こんな攻撃続けられたら兵の士気にかかわるから真面目にやったほうがいいと思うんだけど……正直軍議に顔出してるだけで

ありえない身分だから余計な事は言うまい。もしかしたら都ではジェスチャーが流行しているのかもしれないしな。

退屈なので少し離れた場所からみんなの顔を見ていると董卓と目が合った。

月がニコッと微笑みかけてくれた……凄い癒されるなあ。

ジェスチャーのマナーを守りこちらも無言で大きく手を振りつつ、さわやかな笑顔を返した。

最初クスクス笑っていた月がビックリした顔をして急にバタバタと手を振りなにか叫ぶフリをした。

ん? なんだろ? 口パクを当ててみるか? えっと『……く、に、げ、て、!』かな?……は? 逃げろ? 何故?


ボキリ……と聞こえてはいけない音が体内から発生する。無音の陳宮きっくが炸裂し、一刀は軍議のど真ん中に

回転しながら突っ込んでいた。


おおおおお……月が教えてくれなきゃ受身も取れなくて下手をしたら死んでいたぞ!?

無音の陳宮きっくって……いつの間にそんな恐ろしい必殺技を!? 物理法則を超越してるぞ!!


「ってそんなわけあるかー!!」


一刀は付けていたのをすっかり忘れていた耳栓をとった。


「…………の軍議の最中に月殿に色目使うとは何事ですかー! このち●こがッ……って今何を外したのです?」

倒れた背中に馬乗りになっていた陳宮が一刀が耳から外した物を見て首をかしげた。

「昨日から始まった夜の攻撃うるさくてさ、なかなか寝付けなかったから耳栓してたんだ。取るの忘れてた……」


「「……」」




……議題は解決したらしい。






―――数日後、反董卓連合軍曹操陣地


「状況はどう?」

「……あまり芳しくありませんね。昨夜も孫策、公孫賛が攻城戦を繰り返しましたが、董卓軍の士気いまだ衰えていません」

「そう、一刀に聞いた”こんびに”とやらを元に作戦にしてみたけど、敵も何かしら策を用いたようね」

曹操が用いた策は一日を六等分とし、各軍それぞれ4時間ずつ担当とし間断なく洛陽を攻め続けるという大兵力である連合軍だからこそ

出来る策であった。

「董卓の軍師は賈駆と陳宮だったわね。いかにして兵の士気を保ったのか、たいしたものだわ」

よもや捕虜の筈の北郷一刀がなにげなく使っていた耳栓が全兵に支給されたから、が真実であったなどいかな天才曹操でも

見抜くことは出来なかった。

「桂花、次の策に移るわ。文面を用意なさい」

「はっ」







―――同日、洛陽


一刀は市場へ向かう途中、呂布の屋敷の前を通りかかり、あの日の事をふと思い出していた。

張遼に生身を9分割される直前、尻をセキトに齧られたまま玄関を這い出てきた真犯人張譲を見つけ、それを

ひきずってきた呂布のおかげで誤解が解けたのだった。

その時陳宮が『チッ早く来過ぎたのです』と舌打ちしたのはスルーしてやった。

他に『う、ウチ、ホンマは一刀の事信じとったんやで』と微妙な愛想笑いでお茶を濁そうとしていた張遼こと霞。

『ふん、偶然だろうけど月を守ってくれた事は評価してやってもいいわ』と途方もなく上から目線で言い切った賈駆こと詠。

そして月の正体があの董卓であったことが判明し、董卓軍幹部が呂布の屋敷に全員集合した。

というか董卓意外過ぎだろ!!


そしてお詫びを兼ねてなのか霞と『月が許したなら……』と詠の真名で呼ぶ許しを得、恩人として董卓の客人という立場

になり、洛陽の外へ出なければ基本自由にしてよいという破格の許しを貰い現在に至っていた。


「だからって月を連れ出そうとするってどういうつもりなのよ!」

どうしても必要な物があった為、月を誘って洛陽の市場へ行こうとした所詠に見つかってチクチクと説教されていた。

「詠ちゃん、ご主人様は気分転換にって誘ってくれたんだよ?」

「ご、ご主人様って月! 駄目よ、男は狼でケダモノでコイツはち●こだって教えたでしょ!」

「ち●こネタはもうやめたほうが……」

「うっさい! あんたは黙ってなさい!!」

ささやかで控えめな抗議は即効で却下された。この国の客人っていったい?

「でも恋さんもご主人様って……」

「恋は騙されてるのよ。あんなやつバカち●こでいいのよ」

よくない。

「いやまて! 月にそれを言わせる気なのか!? ちょっと聞いてみたいぞ?」

「ほらバカち●こじゃない」

「謀られた!? 流石軍師賈駆!!」

「あんたがバカなのよ」

「詠ちゃん、ご主人様とすっかり仲良くなって……」

微笑を浮かべる月。……仲良くって、この子も結構凄い性格なのかも?

「欲しい物って服なんですよね? そういえば私今の服か裸しか見た事ないような?」

霞に9分割された聖フランチェスカの制服は結局元に戻らなかった。

ちなみに今着てる服は宦官の服だったりする。

「それでいいじゃない。似合ってるわよ」

「それはどーいう意味なんだ?」

さんざんち●こ言ってたくせに宦官服が似合うとはこれいかに? ……嫌味以外ないですね、解ります。

「ほら、着いたわよ」

賈駆が露店の前に立ち止まった。

「ん? あの詠……さん? ここ古着屋なんですが?」

「なによ文句あんの? あんたの服新品で買うなんてありえないでしょ」

いやありえないでしょって(汗)

まあ宦官服以外ならなんでもいいか……と、かぎりなく妥協的なポジティブ思考で適当に服を物色する。


「!? えええええええッ!!!」


そこで一刀はありえない、あってはならない物を見つけてしまった。







一刀があるわけがない物を見て絶句している時、市場が、いや洛陽全体がざわめき始めていた。

騒ぎの中心は白い紙を持った市民、幾人かの所に数十人が集まり、小さいグループをあちこちに作っていた。

「紙? 詠ちゃん何かおふれでもだしたの?」

「出してないわ。ちょっとあんた!」

「あ……おお詠か、何?」

「あいつらが持ってる紙貰ってきて」

「紙? なんだ!? 知らないうちに凄い騒ぎに!?」

騒ぎの輪は更に増え、それに比例して市民の数も増えていった。

「……こりゃあ家に閉じこもってた連中も出てきてるな。解った見てくる」

とりあえずあるわけがない物は考えても仕方がないと判断し一刀は適当なグループに潜り込んで行った。

『……こりゃいい話じゃないか?』『ああ、俺たちに戦争は関係ないし』『どうせ董卓なんて贅沢してるんだろ? だったら』

耳に入る不快な市民の会話に眉を顰めつつも輪の中心にいた紙を持った男の側に辿り着く。

「何が書いてあるんだ?」

「あ? 何ってゲッ!? 宦官様!! スミマセン何でもありません!!」

男は、いや集まっていた輪は一斉に逃げていった。

「嫌われてるなあ……」

まあ十常侍の横行が史実通りだったら当然の反応かもしれない。さして気にもせず男が落とした紙を拾って文面を読む。


「ッ!?……やられた!!」

紙を握り締め立ち尽くす。そこに痺れをきらした賈駆と董卓が駆け寄ってきた。

「何やってるのよもう! さっさとそれよこしなさい」

賈駆は一刀から紙を引ったくり文面に目を通し……

「!! ……まさかこんな手で」

一刀と同じく絶句した。


文面を要約すると


1つ、連合軍は暴虐な董卓の圧政から洛陽の民を救う為に来たこと

1つ、連合軍は洛陽の民を一切傷つけず、財産を守る意思があること

1つ、城門を開けば、衣食住の配給をする用意があること



「城に戻るわよ!」

逡巡は一瞬、董卓の正体が月である事を民は知らないが、早急に対策を考えるべしと賈駆は判断した。

「解った。俺は服買ってすぐ追いかける」

猶予は無い。賈駆は返事もせず月をつれてさっさと城へ戻り、一刀は先ほどの古着屋へ向かう。

「主人、この服何処で手に入れたんだ?」

「ゲッ! 宦官様、それはたしか北方四州辺りで商売する仲介屋から買ったものでして、珍しい生地だってんで

買ったはいいんですが奇抜過ぎて恥ずかしくてそんなの着れるかと、誰も買ってくれなかった品物です」

「……(恥ずかしいて)まあいいや、それいくら?」

「とんでもない、宦官様からお金は取れません。どうぞ持っていってください」

地に頭を付けんばかりに平伏する主人。その態度だけで洛陽がいかに腐っていたかが窺え一刀は怒りを覚えた。

そんな状態から救ってくれたのが董卓や賈駆じゃないのかよ!?

先ほどの住民達の無責任な発言を思い出し叫びたい気持ちを押さえ付ける。

「これ受け取っとけ!」

霞から預けられた財布ごと主人に渡し、奇抜過ぎて恥ずかしいから誰も買わない服を買い取る。


そう、聖フランチェスカ学園の制服を!


その場で着替え、サイズがピッタリである事にいぶかしみながらも急ぎ城へ戻る。

「……ちょとこんなに!?」

財布の中身を確認し、困惑する主人の声を聞き捨てながら。


俺以外にもフランチェスカ学園の生徒がこの世界にいる?

生地で解る。模倣品ではなく本物の制服。大変な事実だが今考えることはそれではない。

この状況を打開する為の方策を、一刀は走りながら持てる(原作)知識をフル稼働させて必死に思考を続けていた。

ちなみにこの後、『ウチの小遣い全部入った財布渡した!? ふざけんな!!』と霞に折檻されたがそれは別の話。







洛陽の城で緊急の軍議が開かれていた。


議題は当然洛陽へ大量に送られた連合軍からの矢文の文面について。

その時間帯、守備隊長として奮戦していた張遼は曹操にまんまと嵌められた事に歯軋りしていた。

正門からの今まで以上の怒涛の攻撃。そちらに意識を集中しすぎて裏門から弓兵による民向けの大量の矢文に

対応できなかったのだ。そしてその文面が張遼の怒りを更に増大させていた。


何進将軍の部下であった張遼は洛陽の実態を知っていた。董卓の暴政? 冗談やない!

洛陽は何進と十常侍の権力争いで最悪の状態やった。お互い相手を貶める事しか考えておらず、民の事など

放置され、それを笠にきて民を守るはずの兵達が暴虐の限りをつくしていた。

そこにきて何進が暗殺され、報復として十常侍の数名が殺された。

その時点で都を制御する者がいなくなり、洛陽は終わった筈だった。そこに現れたのが董卓と賈駆であった。

本来は何進の要請で洛陽に来たらしいが、賈駆の巧みな権謀術数によって被害は最小限に抑えられた。

荒みきった都を建て直す為身を粉にして働き、ようやく復興の兆しが見え始めた所に反董卓連合軍の結成である。


恐らくではあるが、この反董卓連合を結成させたのはその時生き残っていた十常侍。権力の中枢から外されかかり、

焦った張譲が嘘偽りの洛陽の実情を大々的に世間へ流し、渡りに船と手を出したのが袁紹であると張遼は考えている。

しかし最後の一人だった張譲の首も刎ねた為、真相は全て闇の中である。


たとえ真実がそうであったとしても、今洛陽の民は疲弊しており、追い討ちをかけるように連合軍の昼夜を問わない攻撃に

見舞われ疲れ果てており、新たな生贄である董卓を差し出す事で安楽を得ようと考えるであろう事は容易に想像できた。



重苦しい雰囲気の中、賈駆が静かにそう発言した。

「決戦……しかないわね」

そう、他に手はない。一刀の耳栓作戦のおかげで兵の消耗は減り、最大の都である洛陽の特性をいかした篭城によって

長期戦に持ち込めば飽きやすい袁紹辺りが撤退するであろうという目論見があり、勝てないまでも負けない戦になる可能性は

かなり高かったのだ。

しかし民は違う。そんな発想とは別にただ日々の安定と、過去の洛陽の民という栄達を再び得る為に恩など関係なく、

今はただ董卓は必要ないのだ。城に襲い掛かることは流石にないが、いつ城門を内側からこじ開けられるかと考えると、

もはや内と外両方に敵を抱えた状態と同じであった。

「せやなぁ……。こっちの力が残っとるうちに、仕掛けるか……」

裏切られる前に外の敵を排除する。それ以外生き残る道はないと一刀以外の人間はそう覚悟した。


「ちょっといいかな?」

「なによ!」

「決戦に持ち込んだとして、勝てる可能性はあるのか?」

2割あるかどうか。それが張遼が考えていた勝率であり、賈駆もほぼ同数と考えていただろう。不安を煽るだけの

一刀の発言に怒りを隠そうともせず噛み付いた。

「うっさいわね! 決戦が最も生き残る可能性が高いのよ! 何か他に策があるっていうなら言ってみなさいよ!!」


「洛陽を放棄し、長安に遷都する」



「「なっ!?」」

張遼と陳宮があまりの発言に絶句し、一刀を見つめる。 ちなみに呂布はおやつを食べていた。

「あんた何言ってるのよ! そんなことできるわけないでしょ!」

「何で?」

「何でって……洛陽の民を見捨てる気?」

「見捨てるも何も、連合軍の目的はありもしない月の暴虐から民を救うだぞ? 救ってもらえばいいじゃん」

「なっ……でも洛陽は包囲されてるのよ、脱出できるわけない!」

「包囲たって24時間攻撃で実際脱出時に包囲してるのは1軍だけだから多くても2~3万だ。そして恋と霞の突破力は

大陸最強だ。袁紹、曹操、孫策、袁術軍を真正面からぶち抜いて10万の大群突き抜けたぞ? こっちは死ぬかと思ったし……」


誰もが考え付かなかった洛陽放棄、長安遷都。不可能と思われるその策に対する疑念を賈駆がぶつけ、それを

さも簡単に説明してのける一刀。

賈駆は他にも追撃されたらどうするのか? こちらの出方が読まれたらどうするのか?

様々な事例を挙げるがどれも論破された。

ああ、もういいやろ賈駆っち。この策はいける! あとはいつ決行するか決めるだけや。

張遼がそう考えている間も賈駆は何故か必死に反論を続けていた。流石に何故? と疑問を持ったとき、賈駆が反対する

理由に気付き、嘆息した。


この策はあかん……月が逃げられん。


その結論に行き当たった。

賈駆はその事実にいち早く気付き、しかしそれを言ってしまえば月の性格から『みんなが助かるなら』と長安遷都を推奨する

であろうことを察して、あえてそれ以外の理由からこの策を諦めさせようとしていたのだ。

ええい一刀はよ気付かんかい! 賈駆っち必死やないか!! ねねも『ち●こ人間にしては良い策なのです』とか珍しく

褒めとらんと気付け、軍師やろ!!


霞が一人悶々とする間、ついに賈駆は反論を出しつくし一度発言を止めた。

「まだ納得いってないみたいだけど、とりあえず具体的にどうするか説明するぞ? まず虎牢関の時と同じで恋が正門から

長安へ向かって突き抜ける。ねねは軍師として的確な指示を出すこと」

恋がおやつのあんまんをモグモグ、ごっくんと飲み込んだ後、コクッと頷き、ねねが『任せるのです』と無い胸をはる。

「霞はその後追撃してくる連中を追い払いながら恋に追従する。詠は同じく軍師として霞に指示をだす」

そこまではええ。でも問題は次や。気付いとんのか一刀!


「それで俺と月は洛陽に残る。以上だ」


一瞬場が静まり返った後……「「はあああああああ!?」」 全員の叫び声がこだました。






(あとがき)


最初に補足。耳栓は綿とか使って適当に作った物。遷都じゃないけどまあいいやと。

ゲーム本編の洛陽の情勢がどうも意味不明だったので自分なりに解釈してみたらこうなりました。

もしかしてドラマCDとかで真相でてんのかな?

霞の部分はもう言葉が統一せず、気にしないで下さいとしか……いいわけばっかりや。

董卓を差し出せでなく城門を開けるに留めたのは華琳様としてはそこが
限界なんじゃないかなー?と。

バランスを取ろうと意識してみたのですがエロスが足りないです。

ウチの黄金比 エロス2:ギャグ3:ストーリ1:キャラ3:伏線:1 あくまで理想(エロ高すぎだろ!?)







[8260] 15話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/07/12 05:21

【グロ注意!!】
今回の話は暴力シーン、流血シーンが含まれます(あれ? いつもジャン?)
すみません、改めて(まじめに)
今回の話は精神的にキツい部分があります。ドン引きする可能性がありますので
そういったものに抵抗のある方は読まないか7までで読み止めるようお願いします。







―――少女が地獄を見る24時間前



「……どういうこと?」

洛陽の城壁から攻城戦をしかける部隊の旗を見て、賈駆は一人小さく呟いた。


洛陽放棄、長安遷都。董卓軍の基本方針が決まって2日が経過していた。

こちらとしては撤退の準備に追われ、守備隊の兵力を減らさざるを得なかったのだが、連合側がそれに気付いている

のかどうなのか? 24時間攻撃は変わらず続けられていたが明らかに変化が起こっていた。

「あいつに聞けば何か解るかもね。頼りにされてるとでも思われたら癪だけど……」



あいつとは当然今回の作戦を提案した北郷一刀の事である。


2日前の軍議は一刀の『俺と月は洛陽に残る』の一言で紛糾した。

総大将を置いて逃げるなどありえないからだ。

『月を売るつもり!』 と怒鳴りつけてやったらあいつはしれっとした顔で言葉を続けた。

『馬に乗れない位の肥満体で熊のようなヒゲ面の大男。後宮の女官を汚し、農村の婦女を誘拐。歴代皇帝の陵墓暴いて

財宝を奪い、洛陽の金持ちから金品を没収し、逆らう者を焼き払い、数百人の捕虜を殺害して楽しんだ』

『誰よそのケダモノ?』

『董卓』

『あんた……殺してやる!!』

『まてまて! 連合軍は董卓の事をそう思ってるんだよ。だから月を袁紹の所に連れてって『この子が董卓です』って言っても

絶対信じないってか『北郷さんアナタ正気ですの?』とか言われて俺の脳が疑われると思うぞ』

『つまり月を董卓やなくて別人として洛陽に隠しとくわけやな?』

張遼が感心しつつ一刀の言葉を補足した。

『そ。捕虜の俺が牢に置いてけぼりにされててなんらおかしくないからな。董卓に逆らった金持ちの娘も一緒に捕まってた。とか

言えば無事に保護されるだろ。向こうが助けに来たって言ってるからまず大丈夫だし、反董卓連合って言っても洛陽解放が主目的

だからな、ここで解散だろうから帰り道のついでに馬騰軍が月を長安へ送り届けてみせる。どうかな?』

悪くは無い、むしろ最善手といえた。だが……

『……アンタが信用できない』

『詠ちゃん、ご主人様はいい人だよ?』

月の言葉に呂布もコクコクと頷く。

ちがうのよ月、ボクが信じられないのは性格じゃなくてコイツの下半身なのよ!!


そもそも初対面で全裸だし、

ねねの話だと恋に悪戯目的で近づいたらしいし、

霞をお嫁に行けない体にしたって噂もあるし、

あの飛将軍呂布が妙に懐いてるし、

霞もなんだかあいつを無駄に高くかってる節があるし、

ねねは楽しそうに蹴りを入れてるし ← これは偏見

月もなんだか気を許してるし!!


恐ろしい事に気付く。いつのまにか董卓軍の将軍達がこのち●こに関心を抱いているではないか!!

ボクだけでもしっかり警戒しなくちゃ!!

と、自身も一刀の事で頭がいっぱいになっている事に賈駆は気付いていない。


とにかく言葉には出来ない。下手な発言で逆に意識させるのは危険過ぎる。ならば……


『その作戦、一つだけ条件があるわ!』


条件を飲ませ、董卓軍の基本方針は決まった。




賈駆は意識を戦場に戻す。

「そろそろ軍議の時間ね。この場は任せるからなにかあったらすぐ連絡しなさい」

「はっ」

洛陽放棄の時期を決める最後の軍議に参加する為賈駆は洛陽城壁を下りた。








―――少女が地獄を見る23時間前


洛陽放棄の準備はほぼ完了していた。後はいつ決行するべきか?

そのタイミングを見極める為にも連合軍の動きを観察する必要があり、それぞれが気付いた情報を報告しあっていた。

「なんですかこれはー!?」

意味不明な連合軍の布陣を理解できず陳宮は両手をあげて叫んだ。

攻城戦をしかけてきた敵の旗を確認し、並べてみると連合軍は1日を6等分して各軍が4時間毎に交代して攻撃をしかけて

いる事が解った。開始をどこに決めるかはともかく、ローテーションの順番として以下の通りだった。


  孫策軍⇒公孫賛軍⇒劉備軍(前日は袁紹軍)⇒曹操軍⇒孫策軍(前日は袁術軍)⇒馬騰軍⇒劉備軍⇒先頭に戻る


うん、意味が解らないよね……袁紹と袁術に会った事なければ。

「袁紹と袁術軍がいないわね。戦力を温存しているのかしら?」

いやどーせ飽きたとか面倒とか最初に攻撃受けるの嫌だとかそんな理由だと思う。

「もう一つ気になったんだけど、劉備軍の中に曹操軍の鎧を来た連中が半分ぐらいいたわ」

……なんだろ? そこはちょっと解らない。だがその情報が決め手になった。

「洛陽脱出の時期(タイミング)は公孫賛軍後の劉備軍だ」

「なんでや?」

「最初から説明する。まず袁紹、袁術軍がいないのは多分面倒とかだと思う。そんな馬鹿な! とか思うかもしれないけど

袁紹はバカだからとしか説明の仕様がない。その分を孫策と劉備に押し付けたとすればつじつまは合う。で、兵士数が

少ない劉備が曹操に兵を借りたかしたんだろう。って事は連携が取れてない混合劉備軍が狙い目だと思う。しかも追撃が

怖い騎兵の公孫賛軍の後で馬騰軍がずっと先だから追撃の危険性が格段に減る」


ちなみに反董卓連合軍は攻城戦時、反撃の勢いが弱まった事から、近日中に董卓軍が決戦をしかけてくると読んでいた。

その為、最初の一撃を喰らう不名誉な事は御免だと袁紹、袁術が我侭をいい、ここは一刀の読み通り孫策と劉備に

押し付けられ、兵数が少なく困っていた劉備に曹操が兵を貸し与えた。というのが正解であった。


「決まりやな」

「今孫策軍が攻撃してるからほぼ20数時間後、ちょうど明日のこの時間なのです!」


董卓軍最大の脱出劇が20時間後と決まった。







―――少女が地獄を見る3時間前



呂布隊3万、残存華雄隊1万が裏門近くの広場に集まっていた。

「……じゃあご主人様いってくる。皆をお願い」

「ああ、セキト達もちゃんと長安に連れてくよ」

コクッと恋が頷く。

「……あの……さ、出来ればでいいんだけど」

「……?」

「……あ、いや…………気をつけて」

言えるわけが無い! 恋だって命がけなのだ! だから……

「……恋は死なない」

「えっ!?」

「……恋は死なない、ちんきゅーも、仲間も守る。だから、何?」

情けない、結局恋に心配をかけてしまった。

「真っ直ぐ逃げてくれ。出来るだけその……倒さないでやってほしい。ごめん、出発前に言うべきじゃないし、勿論身を守る為に

戦ってくれていいんだ。だけど劉備も結構いい人なんだよ。本気で洛陽の民が困ってるって信じてここまで来てるんだ。だから……」

「……解った。でも、あくまで出来るだけ……」

「ありがとう、それで十分だ」


裏門が開く。

突然の事に呆然としている混合劉備軍へ、その先の長安へ向けて、呂布隊は出撃した。


その姿を見送っていると、ゴチンと脳天に衝撃が走った。

振り返ると張遼が殴ったコブシを開いて手をヒラヒラとさせていた。

「アホ、 聞こえとったで? 恋に甘え過ぎ。軍師失格やな」

全くその通りで流石にしょぼくれてしまう。

「ちょ! そこまで落ち込まんでも……まああんたの立場からしたらしゃあないって、な!」

霞にまで気を使わせてるし……

「霞も気をつけてな」

「ああ、まかせとき! ……そんでな一刀、アンタ連れてきて良かったわ」

「は?」

「結局一刀がおらんかったら月は酷い目にあっとったかもしれんし、ウチらも無謀な決戦しとったかもしれん。

それに、一刀がいたおかげでみんな明るかった思うわ」

「そうか? ねねに蹴られ、詠に罵倒され、……霞に裸にされただけだったような?」

「……いやアレはなあ……噂になっとってウチも反省した。兎に角長安で会おう。で酒でも飲もう」

「解った」

張遼率いる2万の軍勢が、混乱極まる裏門へ突撃する。


洛陽脱出戦は中盤を向かえていた。






あれ? 反撃がないな? と洛陽の裏門から兵7千を率いて攻撃していた劉備が首を傾げたと同時、

洛陽の裏門があっさりと開かれた。

「え? 何で?」

大将である劉備を含め、全員が呆然とした最中、洛陽から飛将軍呂布を先頭に大軍が飛び出した。

「そんな!? どうしよう!……って誰もいないんだった! 向こうが鋒矢陣だから……」

「すみませ~ん! 曹操軍のみなさん、こっちは堰月陣で向かえ討つので陣形を~ってきゃああああッ」


陣形を整える前に呂布隊によって蹴散らされ、劉備軍は簡単に分断され、突破される。

前提として劉備軍は袁紹の我侭によって優秀な武将を2つに分けられてしまっていた。今回攻城戦をしかけていた

劉備軍は大将に劉備、副将に趙雲、軍師に鳳統。主力の趙雲、鳳統は正門を攻略していた為、運のなかった

劉備はわずか7千の兵で突然董卓軍全軍を迎え撃たねばならず、あげく自軍の兵の半数が曹操軍であった為、

連携を取ることもままならなかった。

「突破されちゃった……追撃? それとも洛陽を攻めるべき? ううん、まずは分断された軍を集結させないと!」

劉備が意外な統率力ですばやく軍を再編させる……まさに運がなかった。

「報告します、洛陽より、張遼隊が来ます!」

「えええ~ッ!!」

分断されたままであればむしろ無傷だったかもしれない。集結した直後、またも突撃を喰らい、追撃する事も、洛陽へ

進入する事さえ出来なかった。

ただ何故か死者は驚くほど少なかった事を追記しておく。


劉備率いる劉備軍が立て続けの攻撃によって事態を連絡できなかった事、趙雲隊が反撃が全く無い洛陽を不審に

思い、罠を警戒して慎重になり過ぎてしまった事、洛陽が放棄された事を知ってどちらが一番乗りを果たすかで

袁紹、袁術が揉めた事等が重なり、

結果、反董卓連合軍が無人の洛陽へ上洛したのは董卓軍が完全撤退した3時間後であった。







―――少女が地獄を見る1時間前



張遼を見送った後、大変なイベントを忘れていた事を思い出し、一刀は必死に走っていた。

「月、詠いるか!!」

牢へ入る準備をしている二人がいる董卓の私室を開ける。

「きゃあああああああッ!!」

着替え中でした。

「うわッ……ごめ……ブッ!!

飛来した食器が顔面を直撃する。

「さっそくなの!! 霞達がいなくなった途端覗きをするってあんたどんだけち●こなのよッ!!」

「ほんと スミマセン、決してわざとではなく重大な用件があっ……ブッ!

2つ目の湯呑が同じく顔面を直撃した。

「白々しい。やっぱりボクが残って正解じゃない」

そう、一刀の作戦を了承する条件は一つ、賈駆も董卓と共に洛陽に残るという事であった。

「と、兎に角急いでるんだ。二人とも伝国の玉璽どこにあるか知らないか?」

「伝国の玉璽ですって! あんたまさか皇帝を名乗るつもりじゃないでしょうね!」

「いるかあんな呪いのアイテム! とにかく何処?」

「詠ちゃん?」

「ボクが持ってるわよ。いっとくけどネコババしようとしたわけじゃなくて張譲が隠し持ってたのを取り上げただけよ」

そう言って一刀に玉璽を手渡した。

「で? それをどうするつもり?」

「井戸に捨ててくる。牢は先に行っててくれ」

「はあ!?」「……いいの?」

一刀は二人の返事も聞かずに部屋を飛び出していった。


流石に今がどういった状況か解っている洛陽の民は家に閉じこもっていた為、人通りの全く無い街を走る。

「どこだ? たしか古井戸だった筈だけど……」

途方も無く広い洛陽を走り回り、ようやく古井戸を見つけ玉璽を投げ込んだ。

「はぁ、はぁ……これで、いいだろ。疲れた……」

三国志演義ではこの玉璽を見つけた孫堅が反董卓連合を抜け出している。玉璽が原因だったらこんな呪いのアイテム

持ってって貰ったほうがいいし、玉璽がなくて戦果がないからって孫策が長安まで追撃にこられても困る。

「あとは月達と牢屋で翠かたんぽぽが助けに来てくれるのを待つだけだな」

そう呟いた直後


ドカン!!


と何か巨大な物が吹っ飛ぶ音と共にけたたましい喧騒が洛陽にあふれた。

「正門が破られた? うわぁ、牢までまた走るのか……」

こんな所で連合軍に見つかる訳にはいかない。絶対大丈夫とは言ったが心無い連中が月達を見つけてその美しさにトチ狂った

行動にでるかもしれないのだ。自分を信じて作戦を結構した皆を、無理な頼みを『出来る限りやってみる』と言ってくれた恋達に

報いる為にも、月と詠(あとセキト達)は絶対に無事な姿で霞達の下へ帰さなければいけないのだ。







―――少女が地獄を見る30分前


―――馬騰軍陣地


「お姉様、洛陽がッ!」

「ああ、解ってる」

恐らく今日も寝付けずに天幕で悪夢を見ているのではないか? そう心配していた馬岱は姉と慕う馬超の瑞々しい生気

溢れる顔を見て、思わず息を止める。

長い髪を縛り、トレードマークのポニーテールを軽く整えると、銀閃を掴み天幕を出る。

目の前には一刀の愛馬、麒麟が佇んでいた。

「そうか、お前もご主人様を迎えに行きたいんだな」

その首を優しく撫でた。

「じゃあご主人様を迎えに行ってくる」

「……うん、たんぽぽもみんなをまとめたらすぐに行くよ!」

その言葉に『ああ』と返事を返した馬超は麒麟に跨り洛陽へ……


まるで空を飛んでいるような、袁紹と袁術の軍でごった返している洛陽の正門を麒麟から降りずに、全くスピードを

落とす事無く進み、洛陽に侵入する。

不思議であった。また連れて行かれたのではないか? そんな心配は全く無かった。それどころか今一刀が何処に

いるのかさえなんとなく解っていた。

勘が冴えていた。そんな言葉では説明できない、そう、朱里が聞いたのなら『まさに愛ゆえに! ですね』と答えたで

あろうし、現代の日本人なら『ニュータイプに目覚めた!?』と思われるかもしれない。


……悲しい事に、ニュータイプに目覚めた人の末路は悲劇であるというのに。







―――少女が地獄を見る15分前



「はぁ、はぁ……なんで……まだ、月の部屋…はぁ…に……」

牢屋に駆けつけても誰の姿も見えず、まさかと思い、董卓の部屋に行ってみれば二人は未だ部屋の椅子にちょこんと

座っていた。

「あんたが心配だって月が言うから待っててやったんでしょ! ってあんた凄い汗ね?」

「はぁ、連合軍が……洛陽に入ってるから……はぁ、はぁ……もうここで、軟禁されてたって事に、しよう」

そこまで言って、もはや立っているのも辛くなり、ふらりと倒れそうになる所を正面にいた小柄な詠が受け止め……

られる訳も無く、詠を押し倒すような形でベッドに倒れこんだ。

「ぎゃあ! あんたちょとドサクサ紛れに何処触ってんのよ! ってホントに汗臭いわね!」

「きっと余程大事な事があって走ってたんだよ。今お茶を入れますから詠ちゃんはご主人様の汗を拭いてあげて」

「なんでボクがッ! もう重いんだからどきなさいよッ!」

「……無理。はぁ、はぁ、もうしばらく動きたくねー」

じゃあなんでそんなに頑張ってんのよ!

それは言葉に出来なかった。コイツが頑張っているのは間違いなくボク達の為だからだ。

伝国の玉璽を井戸に捨てる事がどう自分達の事に繋がるのかはさっぱり解らなかったが。

全く、一人でさっさと連合軍へ逃げられたってしかたないのに、何考えてんのよ! どーせイイ所を月に見せてとか

ち●こな事でも考えてるんだろうけど……そういいながら額の汗をハンカチ(布)で拭う。

「ほら、上着も脱ぎなさいよ!」

「はぁ、はぁ……脱がしてくれ……めんどい」

「あんた調子にのってんでしょ!」

いつの間にか体勢は詠が膝枕しているような状態になっていた。嫌そうに制服の上着のボタンを外す。

そこえ月がお茶を持って近づいた。

「ご主人様、お茶をどうぞ」

「はぁ、助かるよ月……って熱ッ!!」

「きゃあ!」

冷たいお茶と思っていた一刀は思わずお茶を噴出し、湯呑みから手を離してしまう。それが月のスカートにかかった。

「月! 早く脱いで! 火傷しちゃうわ!」

「う、うん……」

いそいそとスカートを脱ぐ。ちなみに二人の服装は一刀が特注で作らせたメイド服だった。『何故こんな服を!』という

詠の当然の疑問も、いやそれ囚人服だから。という強引な嘘を突き通した事が功を奏していた。



そして地獄の扉が開かれる。


「ご主人様無事かッ!!」


全く悪意はない筈なのに、考えうる限り最悪のタイミングで彼女が、そう地獄の使者となる馬超こと翠が、見てはいけない

現場を見てしまったのだった。





―――そして少女は地獄を見る



……感動の再会の筈だった。



悪夢にうなされ、食事も喉を通らず、ただ一刀の無事だけを祈った……無事だった。それはもうムカつく程に。

どのような酷い拷問にあっているのか? 本当に心配だった。それがどうだ?


まるで王侯貴族のような豪奢な部屋で、可愛らしい少女を二人もはべらしながら、一人は膝枕させ、自身の上着の

ボタンを外させていた。もう一人にはスカートを脱がす事を強要したのか、少女が涙目になりながら下半身下着だけ

の姿を一刀に晒しつつ、羞恥に頬を染めていた。

当の本人はハアハアといやらしい息遣いと締まらない顔で涎をダラダラと垂らしながら(本当は茶)興奮していた。

テーブルには湯気のたった茶菓子。


……酒池肉林?


噴火寸前のどす黒いオーラを放つ翠に気付かないのか、一刀は気軽に声をかけた。

「はぁはぁ、翠、この二人は月と詠といって、ええっと……ハァ、ハァ、一緒に董卓に捕まってて……」


真名!?


この時、なにか ブチリ と、聞こえない筈の何かの音が聞こえたと詠は後に語る。


これが始まりだったと。


つかつかと一刀の元へ歩く馬超。

あぶない! そう直感が告げて、詠は一刀を放り投げ、呆然とする月を抱き部屋の隅へ退避した。

「あれ? あの、翠……さん? なにか様子が?」

「……」


グシャリ!!


「えっ?」

月が思わず顔を上げる。何が起こってそんな音が聞こえたのか全く理解できなかったからだ。そして道路に潰された

猫の死骸を見るような、内臓を食い破られて海に浮かぶ鳥のような……見てはいけないものを見てしまう。

「え? え?」

「月、駄目!!」

詠が月の頭を押さえ込み、惨劇を見せないようにする。そう、これは序章だった。


バキッ!!

ドガッ!!

ゴキッ!!


身の毛もよだつような音が絶え間なく聞こえる。あえて視界を閉ざした為、その音の恐怖は尋常ではなかった。

何より恐ろしいのは先ほどから北郷一刀の声が全く聞こえない事だった。


「……け……て……

「!!」

微かに、そう微かにだが恩人である北郷一刀の助けを求める声が聞こえた。

今度はわたしがご主人様を助けなきゃ!!

月はなけなしの勇気を振り絞り、押さえつける詠を押し返した。

「月!」

「た、助けなきゃ……ご主人様を……」

怖い、恐怖で涙が止まらない、それでも助けなければ……ただその一心で彼女は立ち上がろうとして転ぶ。既に腰が抜けていた。

彼女は這うように、ゆっくり、ゆっくりと、本人としては全速力で惨劇が繰り広げられるベッドへ向かう。

そして残る力の全てを声に向けて……

「もう、やめ……(ビチャリ)……えッ!?」

月の額に何か暖かい液体が付着する。鉄のような匂い……額から流れ落ち、床に落ちた紅い雫を見て、月は『あっ』と言って

気絶した。

頭から落ちそうになった月を詠は抱きとめた。

「月、月!!」

揺すっても目を覚まさない。いや今は眠ったほうがいい。こんな惨劇、残酷過ぎる。

ただ、そうせめてボクだけは月や霞達の為に見届けよう。ち●こは立派な最後だったとせめて伝えられるよう。

それが最後に残った者の義務だと、彼女はこの地獄を目に焼き付けることに決めた。

これがまだ地獄の入口であったとも知らず。







―――少女は地獄を見ていた



ピチャリ……「あ……」

また意識が飛んでいたらしい。飛び散った血が詠の顔を濡らし、少女はまだ地獄が続いている事を理解する。

詠は自分の精神を守る為、無意識のうちに既に心の鍵をロックしていた。

であるから目の前の光景が不思議でならなかった。

あの鬼は、何故ズタズタの粗大ゴミを殴っているのだろう?

そう、彼女から見える北郷一刀は既に人間ですらなく、汚らしい粗大ゴミにしか写っていなかった。

白い綺麗な部屋だった……と思う。壁も床も飛び散った血で赤黒く染まり、昔の部屋の面影など微塵も無い。

そして甘いお菓子とお茶のよい香りがしていた部屋は、咽返るような血の匂いが充満し、その匂いだけで意識を

失える程であった。

何故こんな地獄を見続けなければならないのかさえ忘れる程の永劫の時間。あまりの恐怖に失禁した事さえ忘れ、

ただ月を抱き続けた。




10


―――地獄の果てに


「お姉様、ご主人様は見つかったの!?」

どれだけの時が流れたのだろう? 数分間だった気もするし、数日間だったような気もする。

ただ、ひとつだけたしかなのはオニはもはや粗大ゴミを殴るのをやめていたということだけだった。

「うっぷ! ちょっと何この部屋? 物凄い血の匂いが……」

先ほどの少女が鼻を摘みながら、咽返るような室内へ入り……『ふぎゃっ!』と悲鳴をあげて転んだ。

「も~……なあに? 床に汚い粗大ゴミなんて置いて!!」

自分の足を引っ掛けた粗大ゴミをゲシッと蹴飛ばして立ち上がろうとして、服にこびりついた血を見てまた悲鳴をあげる。

「お姉様? この部屋もしかして全部血なの? いったい何が……えっ!?」

部屋を見回し、先程の粗大ゴミをもう一度見、それが何か見覚えのある事に気付き、少女は絶句した。

「血に染まってるけど……これご主人様の……服だ…………まさか?」

恐る恐るご主人様の服らしきものを触る。そしてゆっくりと手のひらでなぞりながら首があるほうへ手を滑らす。

「あ……ああ、ああああッ」

両手で顔らしきものを掴み、少女はガクガクと振るえた。



「い……や……いやだ…………いやーーーッ!! ご主人様ーーーッ!!!!!!」




洛陽に、たんぽぽの絶望の悲鳴が響いた。








次回 惨劇に挑め!!(ドン引きされた方は続けて16話を読む事をオススメします)




(あとがき)


ご愛読ありがとうございました(未完)
















といってしまうくらいこれ死んでるだろ!? な感じですよね(汗)

いや酷いノリだけの回だったと。でも大丈夫! あのガンダム種だってコクピッドむき出しで自爆攻撃受けても、

MS大破して壊れたヘルメットが宇宙漂っててもパイロットは平気で生きてるんですから何の問題もありません!!

むしろこの程度で死ぬわけないジャンw 人殺すならビームサーベルで黒焦げにして灰するくらいしないとwな21世紀

ガンダムなのですから恋姫無双キャラがこの程度で死ぬわけがない(いやその理屈はおかしい)。

調子に乗りすぎてるので気をつけますといった矢先にコレなので流石に見限られるかとビクビクしているのですが

ノリの回は今回で最後のつもりで。あと2話で第一部が終了なので見限るのはもーちょっと待ってくださいお願いします。

あと孫堅あたりは諸説あると思うのでー。




[8260] 16話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/09/17 02:06




―――惨劇の現場


「……た、たんぽぽ?」

蒲公英の叫びが届いたのか、一刀がゆっくりと目を開いた。

「ご主人様しっかりして! 誰にやられたの? 董卓!?」

「は、犯人は……」

「犯人は!?」

「犯人はS……」

そこまで言って一刀はまたガクリと意識を失った。


「”えす”? えすって何? 誰なのご主人様~!!」


恐らくドラマや漫画などでよく血文字で表現される犯人のイニシャルを言ったのだろう。この時代で伝わるわけがないが。

それ以前に文字数同じなのだから”翠(スイ)”でいいんじゃ?

と、この事実を後に知った一部の者は思ったが、それだけ一刀がボロボロだった。又は意外と余裕あったんじゃ?

の2派に意見が分かれており、当人が何かしらトラウマを抱えてしまったらしく、この質問をされると、頭を抱えながら

『エロエロ魔人でスミマセン、ごめんなさい、でもけっして浮気なんて……口ごたえして申し訳ありませんでした……』

と、ブツブツと呟きながら数時間落ち込む為、真実は不明である。

ちなみに董卓が聞いた『……け……て……』は『けっして浮気なんて』の頭と最後、”け” と ”て” である(え~)

パッと見は派手だけど呼吸も落ち着いてる。大丈夫だ……意識を失った一刀を膝枕していた蒲公英は、ホッと溜息をついた後、

一刀に付着している血がまだ温かく、乾いてもいない事に気付く。そして自分がこの部屋に駆けつける最中には誰とも遭遇してい

ない。そして血の匂いが立ち込める=密室。



犯人はここにいるぞーっ!!(ジャカジャン!!)



馬岱はいつ襲われても抵抗できるように後ろ手に愛槍影閃をそっと握り締め警戒する。


室内を見回す。容疑者は3人。

一人はヒラヒラした服を着た儚げな美少女。気を失っていた。

一人は同じ服を着た眼鏡の美少女。まるで魂が抜かれたように生気のない顔をしている。

最後はお姉様。両手の拳に血を滴らせ、蒲公英が目を向けるとサッと眼をそらしていた。



犯人ははたして!?



……


「…………お姉様、まさか……?」

「ち、違うぞたんぽぽ!!」

「……違うって何が?」

「☆□※@▽○∀っ!?……いやご主人様をボコボコに殴ったのはあたしじゃなくてだな……」

「……なんで殴られたって解ったのお姉様?」

「はっ……★□△○×っ!?」

「お姉様!!」

馬超はガクリと膝をつき『……あたしがやりました』と、歴史からは抹消されることになる北郷一刀密室暴行事件の

犯行を自供した。そして名探偵馬岱は犯人の意外な動機を知る事になる。

「ご主人様が酒池肉林しててムカついたからぶん殴った~!?」


……意外でもなんでもなかった。



……ああもう、お姉様は全くもう!!


食う、寝る、勝負する! くらいしか趣味の無いお姉様が(酷い言い様だ:いやホントはけっこー女の子趣味隠してるの

知ってるけど)夜も眠れず、ご飯も喉を通らずの心配を続けてたクセに、その気持ちのまま泣いて抱きつけば

ご主人様だってイチコロだったろうに全くもう!!

この愛すべき姉はどんだけ不器用なのかと……誰にやられた? と聞かれたら何と答えればいいのか?

とゆーか助けに来た味方にやられるっていったい!? 現状最年少の馬岱がどう言い訳しようかと頭を悩ませつつ、

とりあえず行動指針を決めようと意識を切り替えた。

「兎に角、ご主人様をお医者様に見せないと……」

「そ、そうだな」

「あ、そこのご主人様の愛人の人も一緒に来る?」

「ボク達は愛人じゃないわよ!!」

先程放心していた眼鏡をかけていた少女が予想外に元気な声で答えた。

「あんた達が馬騰軍の馬超と馬岱ね? ここを出る前にボク達の話を聞いて欲しいの! ……ホントはそこで

死んでる(死んでません)ち●こに説明させるつもりだったけどしかたないわ。ほら月も起きて!」


そして眼鏡の少女から語られる彼女達の正体、洛陽の真実、反董卓連合軍の欺瞞。

儚げな少女から語られる北郷一刀の物凄く誇張された活躍。


「……お姉様、やっちゃったね」

「うわああ……言わないでくれたんぽぽ!」

馬超は頭を抱え、首をブンブンとふりまわした。

「でもこの人が董卓なんて……そういわれても全然解んないよ」

「……そうだな。とはいえ何て呼べばいいんだ?」

馬超が癖なのだろう、両手を腰にあてて片目を閉じつつ二人に尋ねた。

「この子は月、ボクは詠。あんた達に真名を預けるわ」

董卓と賈駆は一度頷き合った後答えた。しかし董卓に繋いだ賈駆の手は微かに震えていた。

「解った。あたしは知ってるみたいだが西涼太守馬騰の娘馬超、真名は翠」

「たんぽぽは馬岱、真名はたんぽぽ! よろしくね」

そう返された賈駆は思わず目をパチクリとさせた。

「ん? なんだよ?」

「だって真名って……信じていいの? ボク達を引き出せば馬騰軍の功績は凄い事になるのよ!!」

策士として絶対に言うべき事ではなかった。真名を名乗った事だってもはや字も使えない事、偽名を使うリスク、

本来の使い方では絶対無いがある意味恭順と情を期待した部分が大きかった。

頼りにする筈だった一刀は全く頼りにならない状況で、初対面の馬超と馬岱を信じるしか手がなかった。

ところが馬超と馬岱はあっさりと自身の真名を名乗り、あげくにこやかに挨拶を返してきたのだ。

「何バカなこと言ってんだ? 真名を返すのは当たり前だし、月も詠も全然悪くないだろ?」

「そーそー、どーせ帰り道なんだからたんぽぽ達が長安まで連れてってあげるって」

このボクがバカ!? どっちがよ!! こんなおいしい功績がぶら下がってるのをほおっておけるほうが変なのよ。

「大丈夫だよ詠ちゃん、だって二人はご主人様のお友達なんだよ」

ニッコリと微笑みかける月。

この時、明敏な賈駆の頭脳が動き出し、月をこの国の王とせずとも平穏に暮らせる方策への道しるべをはじき出す。

後にこの時賈駆が思い描いた計略は大陸の図式を大きく塗り替える事になる。

詠の震えは止まっていた。


「じゃあ行こうか! グズグズしてたらご主人様死んじゃうし♪……ってご主人様の事忘れてた!?」

「「あッ!?」」








馬超一行(馬超、馬岱、董卓、賈駆、一刀を背に乗せた麒麟)は洛陽の中央通りを正門に向かって歩いていた。

一刀を背負い、館を出た時外で待っていた麒麟が一刀の姿を見て一瞬ドン引きしたのは気のせいだと思う。

「あれ? なんだかおいしそうないい匂い♪」

「ああ、炊き出しやってるみたいだな……ってあれ桃香さま?」

大通りに面した広場で劉備軍が洛陽の民の為に炊き出しを行っていたらしい。馬超達に気付いた劉備が配膳を

部下に任せて駆け寄ってきた。

「翠ちゃんたんぽぽちゃん! ご主人様は見つかったの!?……って何でお馬さんに粗大ゴミ乗せてるの?」

「いやその……えっと……」

「!? ご主人様!! そんな……酷い」

粗大ゴミの正体に気付いた桃香が一刀の頭を抱きしめ咽び泣いた。

「あの~桃香さま……実は……」

普段から明るい笑みを絶やさない馬岱が何とも形容しがたい表情で事情を説明しようとすると、桃香はそれを遮り叫んだ。

「董卓さん! 董卓さんがやったんですね!!」

「へ?」

「噂は本当だったなんて、洛陽の人を苦しめるだけじゃなくてご主人様にこんな酷い拷問……董卓さん、なんて悪逆非道な!」

「ちょ、ちょと!! 月はそん……ムグッ!!」

「詠ちゃんダメ!」

たまらず叫びそうになった賈駆の口を塞ぐ董卓。

配給を受けていた人々がこの騒動に気付き、馬超達にゾロゾロと近づいていた。


『うわぁ……酷ェ、やっぱり董卓ってのは酷い奴だったのか』

『捕虜を拷問して楽しんでたって噂だったけど、こりゃ酷い……』

『コイツ見た事あるぞ? 確か張遼将軍に裸で市中引き回しされてた奴だ! あの後こんな目に……可哀想になぁ』

『噂じゃ逆らう者を焼き払って、女官を汚しまくったってのもやっぱり……』

『友達の友達に聞いたんだが、皇帝の墓暴いてたってよ』

『イトコから聞いたんだけどイトコの奥さん董卓に誘拐されて一家全員殺されたってさ』



全くのデマであり、最後など『じゃあどうやってイトコから話聞いたんだよ!?』というような話だが

(よりによって霞のだけ本当)

全く意図せず偽の生き証人となった北郷一刀の存在の為、董卓の悪行は真実であったとされ、

後の歴史書に記されることになる。

結果、羌族に対しても挨拶にくれば肉をもてなし歓迎し、兵を大事にし、機知に富み、士卒の気持ちがわかる立派な

将軍であったが後に暴虐の限りを尽くした悪党になるというわけのわからない人物となり、後世の歴史家を大いに悩ませる。



「と、桃香さま、ご主人様を医者に見せないといけないから!」

賈駆のチクチクと刺さる視線に耐えつつ、微妙な顔で馬超が劉備に言葉をかけた。

「あ、そうだね。あの人なら治せるよきっと! さっき私の兵士さん達何人か見てもらって、馬騰軍陣地に戻ってったよ」

「ありがとう桃香さま。それじゃ」

色んな意味でその場にとどまりたくない馬超一行は『後でお見舞いに行くね~』という劉備の声を聞きながら

そそくさと正門に向かった。







周瑜より密命を受けていた甘寧は、孫策軍中核のメンバーが洛陽の町外れの路地にある寂れた井戸に集まっている

事を知り、そちらに合流、周瑜の姿を見かけ跪いた。

「公謹殿」

「興覇か、首尾は?」

「こちらに。ところで何故ここに?」

甘寧は台帳と地図を周瑜に渡した。

「明命がこの古井戸で何か見つけたらしい……出てきたぞ」

古井戸から周泰がまるで猫のようにひょっこりと顔を出し、巾着袋のような物を手に持ってあがってきた。

「井戸にこんなものがありました!」

「何これ? うっすら光をはなてるみたいだけど。ん……よっと」

『ごくろうさま』と一声かけて巾着袋を受け取った孫策は紐を解き、絶句する。

「小さな……印鑑? 違う、これ……玉璽っ!?」

「なにっ!?……本物だ。これはとんでもないものを拾ったな。しかし何故こんな所に?」

「冥琳様、あの……」

他の者に聞こえない距離で周泰が周瑜に耳打ちした。

「おお、明命、お前が見つけたんだったな。よくやってくれた」

「ちょっと違うんです。実は袁紹より前に洛陽に進入した時、この路地から城に向かって走る馬騰軍軍師の北郷一刀を

見かけて、気になったので路地に近づいたら光る古井戸を見つけたんです」

「!!」

この光る古井戸が他の諸侯に発見されなかった理由はわかった。しかし!

またもや北郷一刀!? 何故こうもその名が出てくる? ……いや、最初からこれが狙いで張遼に近づいたのでは?

であれば董卓と密通していた? 又はこの玉璽を回収し天の御使いの名と共に皇帝を自称する気であったか?

「その北郷ですが、先程ボロ雑巾のような姿になって馬超に回収されていました」

甘寧の報告で更に謎が膨らむ……単純に玉璽泥棒として拷問にかけられたと思ってよいものか?

それとも我々が玉璽を発見した事さえ天の御使いの手のひらの上の出来事ではないのか?

「天佑ね、これは……天の御使いの狙いなんて関係ないわよ。見つけたのは私。そうでしょう冥琳?」

周瑜の悩みを孫策は一言で吹き飛ばした。そう虎牢関を落としたのと同じ、玉璽を見つけ、手にしたのは我等孫呉!!

「ええ、その通りだわ雪蓮。この天佑、存分に利用させてもらおう……」


ならばやることは虎牢関の時と同じ事をするだけ……







―――馬騰軍陣地


「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

天幕に稲妻が走った!

なんで稲妻!?……そんな疑問など些細な事だといわんばかりに、ボロボロだった北郷一刀の姿は瞬く間に綺麗になり

(何故か服も!?)まるでただ眠っているだけな状態になっていた。

「…………病魔、退散!」

うそだあ……と思ったが大切なのはそこではない。馬岱はこの謎の針医者に容態を聞いた。

「どうなの? ご主人様は助かるの?」

「助かる? 何を言ってるんだ。最初から命に別状なんてなかったぞ?」

「えええ~!?」

「パッと見は酷そうに見えるが手加減されていたな。最初から全治3日といった所だったが今の治療で明日には元気に

なってるだろう」

『ほらほら、どうだたんぽぽ!』とお姉様がチョットほっとした顔で言ってたけど睨みつけて黙らせる。

「だって、月も詠も見たでしょう?」

「あの……私気絶しちゃったから……そもそもなんでご主人様が怪我してたのかもよく解らなくて……」

「実はボクも……意識が混乱してて、翠が部屋に現れた所までは覚えてるんだけど……」



この人達恐怖で記憶が飛んじゃってるよ~!!??



お姉様を怖がらずよく付いてきたなと思ったらそういうことだったのかと。

「じゃ、じゃああの部屋覚えてるでしょ? 部屋中が血で染まってたよね?」

『……?』そうだっけ? という表情で返される。あまつさえ『部屋中が血で染まったら出血多量で死んじゃうんじゃ?』と

酷く常識的な意見が出る始末だった。そりゃそーだけど!!


あれ? でもたんぽぽも後から見ただけで実際にお姉様が殴ってる所を見たわけじゃ? いやだってご主人様が

犯人は”えす”だって……あれ? 犯人はお姉様なのに”えす”??


「あれー?」

たんぽぽは頭を抱えてうーんうーんと唸りだした。

見かねた医者に『なんだったら診ようか?』と声をかけられ『たんぽぽの方が病人扱い!?』とショックを受け

天幕を飛び出した。

『あれ?』目の前で黄金の蝶が横切った……気がした。『たんぽぽの気のせいだったのかなあ?』

何故かそんな風に思い、呆然と空を眺めた。


そう、真実はひぐらしだけが知っている。(※気にしないでください)




「じゃあ俺はもう行こう」

「色々助かったよ」

「礼なら黄忠さんに言ってくれ。旅費として金まで預かったからな。しかし、洛陽の人々が元気でよかった。董卓の暴政

ってのは真っ赤な嘘だったんだな」

「えッ?」

董卓が思わず声をあげてしまう。

「どうした? あの噂は嘘だと思う、なぜなら洛陽の人々は別に怪我人も病人も他の街と変わらない程度しかいなかった

からな。戦場になった洛陽でそれだ、たいした治世だったんだろう。それじゃ」

気にしないといったら嘘になる。ほんの少しだけ、今の言葉で華佗は董卓と賈駆の心を治療し、名医華佗は

爽やかに去って行った。


なんでも漢中で黄巾党と戦っていた劉障軍と偶然知り合い、そこで恐らく多くの怪我人が出るであろう洛陽へ

行って欲しいと黄忠が馬超と北郷への紹介状と旅費を渡してくれたらしい。

その手紙には連合軍に参加しなかった事に劉障配下の武将達は歯がゆい思いをしているとも書いてあった。

ちなみに衰弱しかかった馬超を治療したのも華佗である。

『お姉様ならご主人様と会えるって思っただけで元気になったかと思ったよ』『あたしゃ単細胞か!』

との会話があったと聞くが真偽は不明である。







目覚めると天幕の天井があった。

『……あっれぇ? どこだここ?』と周りを見る。翠が椅子に腰掛け、頭と腕を簡易寝台の端に乗せて眠っていた。

「うう……ご主人様、ごめん…………」

いきなり謝罪とかどんな寝言?

「?………………ああッ!!」

「うわあっ!? なんだあッ?……ってご主人様!? よかった気が付いたんだな!」

「……」

「うっ、なんだよご主人様そのジト目は?」

ほほぅ? 一刀は翠をからかってやることに決めた。

「君誰?」

「ななっ、なっ、なに変なこと言ってんだよっ! あたしは翠って解ってんだろ?」

くくっ、焦ってる焦ってる♪

「……翠さん? 俺は……誰だっけ? 頭が痛くて思い出せない」

「なっ……★□△○×っ!? そんな、華佗は大丈夫だって……違う、あたしが殴ったせいで……」

白状したな……んじゃそろそろ許してあげ……『うおっ!?』

突然抱きつかれ思わず声を漏らす。

「ごめん、ごめんなさいご主人様! ご主人様は悪くないのに、あた……あたしがバカなせいで……うわああん」

ちょーッ!! やり過ぎた? 凄い泣いてるんですけどー!? しまった軽い仕返しのつもりだったのに……

『ごめん嘘♪』……駄目だまた殺される……考えろ、考えるんだそう『おっぱ……』いや違う、俺は軍師!

こんな時こそクールに『おっぱい柔らか……』そうおっぱいにクール……違うし!?

駄目だ、抱きついてる翠の胸が気持ちよくて全然集中出来ない! 相変わらずいい匂いするし!!


なんだか懐かしい……翠と初めて会ったのもベッドの上だったなー。あの時も……殴られてるし!


その時、ふと天啓が閃く。『今ならHな事出来るんじゃ?』そう、これは仕返しの一環、失敗してもそれほど

酷い目には会わないのでは? 天啓と言う名の悪魔の囁きに一刀は溺れた。

「翠さん、何か思い出せそうなんだ、手伝ってくれないか?」

「ホントかご主人様!? 分かった何でもする!!」

「ありがとう翠! それじゃスカートをめくってみてくれ」

「分かった、スカートをめくればいいんだな……って何でだよ!!」

すこぶる爽やかな一刀の表情に騙され当然のようにスカートに手をかけてから翠はようやくやっている事のおかしさに気付いた。

「(引っかからなかったか)そうか、うん変だもんな。ごめん本当に何か思い出せそうだったんだけど……翠がそこまで

協力してくれる理由なんてないもんな」

「うぅ~……分かったよ!」

「うん、しょうがな……え、分かったの?」

翠は羞恥で真っ赤になりながらも短いスカートの裾を両手で摘み、下着が見えるギリギリまで捲り上げた。

白い太ももがあらわになり、翠の表情とあいまって恐ろしいほどの嗜虐心をそそられる結果となった。

「な、なにか思い出したのかよご主人様?」

「うん、もう少し、もう少しで見えそうだからもうチョットスカートをあげてくれ」

「なっ……★□△○×っ!? 見えるって何だよ! 記憶を思い出してるんじゃないのかよ!!」

「ああうん、いい間違えた。もう少しで思い出しそうだからスカートをもっとあげてくれ」

「だぁ~~~~っ! もう勝手にしろッ!」

スカートを更に捲り上げる。緑の可愛らしい下着が一刀の目の前にあらわになった。

「おおっ!」

「なっ……ご主人様顔近すぎッ! 息がかかって……ひゃうッ!!…………や、やめ……」

絶対ワザとだろ! といいたくなるような声をあげられ、一刀はもう殆どスカートの中に顔を突っ込んでいるような

言い訳できないような状態であった。


……そう、言い訳できない姿。


「お姉様、そろそろこうた……い……」

いつもの家庭用向けブロックが発動!!

天幕に現れた蒲公英が絶句し、詠がゴミを見るような目を一刀に向け、月が持っていた水の入った容器を落とし、

ガシャンと天幕に音が響いた……その音はまるで立っていたフラグがバキ、ボキ、ペキとへし折れたようにも聞こえた。


「ほら見たでしょ月! コイツはほんとにどうしようもないち●こなんだって!」

「ご主人様、目が覚めてよかったです……けど」

「たんぽぽ、お姉様がご主人様を殴った気持ち少し分かったかも」


「だぁ~~~~っ! 違う! これはご主人様が……」

「違うんだ月! これは翠をちょっとからかってて……」

「ん? ちょっと待てご主人様、今何て言った?」

しまった!!

「ってゆうか、なんで月にだけ言い訳してんだ?」

「いや決して深い意味は……いやまずいって、俺確か怪我してるんじゃないかと?」

「大丈夫、華佗が治したから」

誰それ? ありがたいけど今の状況的にある意味困るんですがッ!



そして惨劇は繰り返される。


何故繰り返されるのか? 誰かこの謎を解いてください。それだけが私の望みです。  



by北郷一刀





(あとがき)

まさか今回はH注意とか書かなきゃいけないんだろうか? と本気で心配してしまうんですが(汗:ふざけてるわけでなく)


蒲公英の出番少ないよなー主役にしたいなー。ここにいるぞ!とかいつ使えるんだよ?決め台詞とか難しいよ。

決め台詞って言えば『じっちゃんの~』『真実はいつも~』とか探偵物だよなー……犯人はここにいるぞ!(ジャカジャン!)

……使い方間違ってるケドいける……か? 探偵かーやっぱり惨劇に挑むべきだよなー、うわ惨劇シーン面白いかも?

ガリガリ書けるし、董卓ネタも入れられるし、人物だすとすぐバレるからどっちとも取れる伏線入れとこう(華佗)。

笑ってくれると嬉しいなーwんで解決編が思いっきりくだらないとなおいいかも?


上記程度の事を考えて15話を仕上げました。ちなみに16話書き上げた上でここにいるぞ滑ってるなー(汗)と

分かってるのでツッコミはいりません(苦笑)




それがまさかあんな結果になってしまうとは申し訳ありませんでした。

15話の最後に『次回惨劇に挑め!』とか一文入れておけばまた違う結果になったやもですが、あそこで

引くほうが興味でるだろ?という私の思い違いでした。


あとHシーンは完全に私の趣味です!趣向です!性癖です! 変態? ええそうですとも、あーっはっはっは!

いえ冗談ですけど(え~)
あとがきくらいは正直に書きますので~(つまり性癖を認めると?)


ひぐらしうみねこはこれっくらいはふざけて入れるSSです(うう……もうこういうのいちいちかきたくないなー)


また予定通りいかなかった。あと1話で終わるのか?下手したら2話で1部終了です(2部構成)

そして群雄割拠になります(今もですが)いつ、隣で笑ってたキャラが退場になるかも?です。だからといって

今回は●●が退場します。読みたくない方は~なんて書けないのです。今回は配慮不足が原因なので

次元は違うのですがそれさえも嫌だという人はいらっしゃると思います。なのでここでそう宣言させて

貰います。誤解されたくないのですが読み手様を選別してるとかとは全然違うのです。読んで欲しいに

決まっているのですがそんな作品とは思っていなかったと失望されるよりはマシだろうという配慮です。








[8260] 17話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/09/21 22:04




―――反董卓連合本営(北郷一刀が目覚める7時間前)



「麗羽、何をグズグズしているの! この気をはずさず、長安へ落ちていった董卓軍を追撃するべきでしょう!」

「あら? どうしてですの?」

机をバンと叩きながら進言した曹操に対する袁紹の回答は、二人の温度差を感じさせるに十分であった。

「アナタね……ここで董卓を討たねばこの連合の意味がないでしょう!」

「そんなことありませんわ。第一私達の目的は董卓の悪政に苦しめられる洛陽の解放ですのよ。

その洛陽に見事一番乗りしたこの私、袁本初の活躍で見事董卓さんを追い払ったのですから目的は十分に

果たされてますわ」

袁紹はお決まりの『おーっほっほっほ』という笑い声と共に『よっ流石袁紹様!』『おめでとうございます姫!』と

文醜と顔良の拍手交じりの一声に上機嫌であった。


駄目だこいつ等…早くなんとかしないと……


曹操は袁紹を見限り、本営に集まっている他の諸侯に目を向けた。


「うう~七乃、妾は悔しいのじゃ!」

「はいはい、でも洛陽二番乗りも十分立派ですよ~♪」


話にならない……次。


「……もう! お姉様ばっかりズルイんだから! たんぽぽだって看病したいのに」

馬騰の名代である馬超の更に代理で来ていた馬岱が、会議など上の空でブツブツと独り言を言っていた。


これも話にならない……次。


「……」

洛陽の復興で手が放せないという孫策の代わりに天幕にいた周瑜はただ目を閉じ、無言を貫いていた。



どういうつもり? 孫策がこの追撃の必要性に気付いていないとは思えないのだけれど?

真っ先に自分に賛同するものと思っていた孫策でさえこの軍義に参加しない現状に痺れを切らしていた曹操に

袁紹が余計な追い討ちをかけた。


「そう言えば華琳さんはま~ったく手柄をたてておりませんでしたわね。だから追撃で活躍したいんでしょう?」

「なんですって!」

微妙に事実である。

馬騰軍は汜水関を。

劉備軍、孫策軍は共同して虎牢関を。

袁紹軍、袁術軍は洛陽の一番乗り、二番乗りを果たしており、結果だけを見れば曹操軍だけ活躍をしていないようにも見えた。


全く気にもしていないし、そもそも虎牢関はおろか洛陽でさえ、もぬけの殻になった所に入っただけではないか! とも

思っていたが事実は事実であり、そのように思われていたと感じただけで曹操は内心怒り狂った。


「だったら結構。劉備、追撃するわよ」

「ええっ!? 私ですか?」

「ええ、今こそ兵を貸した借りを返してもらうわ。出発は日が昇ったと同時、董卓軍が長安に着く前に決着をつけるわ」

「ちょっと華琳さん! 総大将である私の指示も無く勝手に……」

「連合の目的は洛陽の解放なのでしょう? 目的を果たしたと言ったのはアナタだわ。つまり連合はここまで。

もはや麗羽の指示に従う必要もないでしょう」

曹操は振り返りもせずにそう吐き捨て、本営を出て行った。



曹操の剣幕に静まり返る天幕内において、一人の少女が『あたしは完全にスルーかよ!』と自虐しつつ膝を抱えて

すすり泣いた事実は膨大な歴史書のどこにも記録されてはいない(※本気で公孫賛忘れてました:作者)






「そんな事態になっていたとは……」

「そうよ! アンタが翠に変態プレイ(行為)を強要してる間にコッチは大変だったんだから!」


時は戻り現在。一刀の翠へ強要したスカート捲り上げプレイに対する折檻の後、反董卓連合の現状について

報告をうけ、一刀は想定外のイレギュラーが発生していた事に小さな溜息をついた。


「…………劉備軍まで追撃……う~ん……」

「ちょっとあんた! 無視する気?」

史実(演義)を正史とすれば曹操軍が追撃する事は解っていた。自分の目的(馬一族が迎えるであろうこの先の

地獄を必ずや回避する)を考えればいっそここで曹操に消えてもらった方がありがたいとまで思っていたほどだ。

さして親しくも無いが曹操の姿を思い浮べる。結構可愛かったよなあ、恨みはないけれど……


「恨みあるし!!」


「へぅ!?」

冗談だったのかは今もって解らないが曹操の一言によって翠にち●こを切られそうになった事を思い出し、思わず

叫び声をあげ、側で看病していた月がビックリして小さく悲鳴をあげた。

「ちょっといきなり何さけんでんのよ! 月がビックリしたじゃない!」

「……(おかげでむっちりおっぱい……じゃない劉備と知り合えたわけだけど……いや問題はそこじゃなくて……)」

「……(ブチッ)」

兵数が少ないとはいえ今の劉備軍には関羽、張飛だけでなく、文武に優れた趙雲もいる。宴会の時はメンマがいかに

素晴らしいかを得々と語っていただけなので何ともいえないが……そして最も怖いのが諸葛亮と鳳統の2大軍師。

序盤の劉備軍の弱点である軍師不在が解消されているどころが天下を取れる人材とまで言われる臥龍と鳳雛が

既にいるのである。


恋や霞は大丈夫なのか? 演戯では3兄弟が呂布と戦って引き分けた筈だがもし劉備の変わりに趙雲が戦い、諸葛亮と

鳳統が作戦を立てたらどうなるのか? ふと思ったが呂布vs3兄弟って劉備絶対邪魔だよなあ? 関羽と張飛の足引っ張って

引き分けたんじゃないのか? こっちだと3姉妹だけど。

劉備の顔を思い浮べる。そしてむっちりしたおっぱい……劉備は宴会の時に言っていた『民の為に戦う』と。だったらこんな

戦い意味は無い。だが話を聞くに劉備には曹操に借りを返すという義理がある。そして曹操は結局混乱を招いてしまった

董卓を許す気がないのである。


ビシッ!!


「いたっ!」

突然のおでこの痛み。いったい何が? と正面を見ると詠が憤怒の表情で一刀を見下ろしていた。


ビシッ! ビシッ!!


さらに2度、3度と詠のデコピンが一刀を襲う。

「いたっ、いたっ! 人のおでこを何度も突くな」

「うっさい! これでも手加減してあげてるのよ。だいたいアンタがさっきから無視するからよ!」

「無視って……ちょっと考え事をしていたんだ」

「アンタが考え事? どーせいやらしい事でも考えてたんじゃないの?」

半分正解である。

「失礼な! 劉備の事を考えていたんだ」

「桃香さまの事? おっぱい大きいもんね」

「うんそう。思い出すだけであのたまらないむっちり感……違うし! って桃香さま?」

詠との会話? に紛れ込んだ蒲公英の発言に違和感を感じ聞き返す。

「天子様の親戚とかじゃなかったっけ? お姉さまが『じゃあ桃香様だな』って言ってたからたんぽぽもそうしたんだけど」

「かなり遠かった筈だけど……そういえば二人は意気投合して劉備陣と真名交換してたっけ」

益々もって劉備軍とは戦いたくない……だったら?

再び考え込み始めた一刀のオデコに詠の指が近づく。

「あぶなっ!?……ってうわっ!!」

詠のデコピンを避けようとし、寝台から落ちる一刀。避けた方がダメージが大きかった気がするが先程のなにげに痛い

デコピン攻撃が脅し効果となって体が無意識に逃げ出してしまった……ん?


……脅す?


頭の中に浮かんだ言葉を反芻する。自分はどうした? そうだ、寝台から逃げ出したんだ!!


「翠、力を貸してくれ。曹操軍を追いかけたい!」

一刀は立ち上がり、今まで沈黙を守っていた馬超に声をかけた。

「……」

「あれ? 翠?」

馬超は天幕の隅で膝を抱えてブツブツと何か呟いていた。

「お姉様、もしかしてさっきの変態行為(プレイ)見られてまだ落ち込んでる?」

「言うな~!!」

正解だった。

「お姉様、だいじょぶだって。たんぽぽはちゃんと解ってるから」

「うう……ほんとか?」

「もちろん♪ たんぽぽはお姉様がどんな性癖だったとしたってお姉様の事大好きなんだから」

天使の笑顔だった。

「全然解ってないだろ!! あれはご主人様に騙されたんだ!」

「そもそもどんな騙され方をしたらあんな状況になるのよ?」

賈駆がもっともな質問をする。

「……ご主人様が記憶喪失のフリをしたから」

「したから?」

「スカートを捲り上げれば記憶が戻るって言うからしかたなく、しかたなくだぞッ!!」

かなり異次元な理由だった。

「たんぽぽ、お姉さまの将来が本気で心配かも……知らない人とかに付いていっちゃ駄目だよ?」

馬岱が幼子を慈しむような眼差しで。

「というか、どんな口車よ!! それで騙されるって馬騰軍本当に大丈夫なの?」

賈駆が本気で呆れて。

「え、詠ちゃん、そんなはっきり言っちゃ駄目だよ」

董卓が憐憫を含ませて……何気に一番酷い事を言っていた。

「く、くっそ~!! ご主人様のせいで!!」

「俺も本当に引っかかるとは……いや今はそんな事言ってる場合じゃないんだ」

「そんな事ってなんだよ!」

「曹操軍を追いかける。理由は呂布と劉備を戦わせない為だ。かなり賭けな部分があるから下手をすると涼州連合に

迷惑がかかるかもしれない」

冗談を言っている空気ではないと感じた馬超が一刀の真意を見定めようとジッと見つめる。

「何の為にだ? ご主人様」

「翠や蒲公英、馬騰さんを幸せにする為だ」

「なっ……★□△○×っ!?」

「いきなり愛の告白!? ……っておば様もってそれ親子丼? ご主人様凄すぎ」

翠が困惑し、蒲公英が目を丸くしつつとんでもない事を言う。

「ちょっと言い間違えた。守る為だ。蒲公英も危ない発言をしないように」

「は~い」

「だ、だからそーいう事を聞いてるんじゃなくてだな!」

「呂布と劉備達を助ける事が最終的にそこに繋がる。涼州の為にもね」

別にはぐらかそうという意図ではなく、様々な要因(それこそ説明出来ないものも含めて)あってではある。

この先の乱世を知っているからこそ未来の曹操の脅威から防波堤となりうる長安に董卓軍がいて欲しい事。

最悪の事態の時、せめて馬超と馬岱だけでも天寿を全うする事が出来る史実の為。その庇護者となる劉備の生存。

心情としてももはや戦友と呼べる恋達が無事である事。

友人であり、真摯に民の為に戦っている劉備達に死んで欲しくない事。


ただそれらの前の大前提が、このバカ可愛い翠や蒲公英に馬騰達との生活を守る為であり、翠の笑顔の為には

涼州の平和が絶対条件であると一刀は理解していた。

意味の無いIFであるが、もしも北郷一刀が天の御使いとして劉備の元に降り立ったなら民の為と言ったかもしれない。


ただ一つだけ、災いの元凶である曹操を今倒してしまえば? そんな心の誘惑だけは胸の奥に閉まった。

いつか自分達の害になるのだから今殺してしまえなどと割り切る事が出来る程一刀はある意味で強くはなかった。


沈黙していた月と詠の頭にポンと手を置く。

「守るもの少し増えたけどね」

月は「へぅ」と頬を染め、詠は頭に置かれた一刀の手を弾いて「月に触るなこのち●こ!」と顔を紅くしながら怒鳴った。

「……解ったよ。まあ母様もなんかあったらご主人様の言う事聞けっていってたしな」

「うん、それでどうするの?」

「必要な物があって、詠ちょっと」

「なによ?」

賈駆に何事か耳打ちする。

「……あるわ。なるほど、アンタ性格悪いわね」

必要な物を聞かれ、一刀の作戦が理解出来た賈駆がニヤリと笑う。賈駆なりの最大級の賛辞と理解して指示を続ける。

「よし、じゃあ洛陽の案内頼む。蒲公英は兵を連れて詠についていってくれ。怪しまれないように見回りとか適当に言っておいて」

賈駆と馬岱が天幕を出ると続けて董卓に声をかける。

「月、セキト達は?」

「連れてきてます」

「じゃあ出立の準備しといて。あと武威に早馬を送りたいから斥候を連れてきてくれ」

仲間として仕事を頼まれたのが嬉しかったのであろう「はい」と元気に返事をして天幕を出る。

「翠は追撃の準備。曹操に追い付かなきゃいけないから騎馬隊のみで編成。残りは月達と一緒で後でいい……翠?」

何故かモジモジとしている翠に声をかける。

「……ぶん殴ったあたしが言うのもなんだけど、ご主人様が無事で良かった。じゃあ行ってくる」

一刀の返事も待たず馬超は天幕を駆けて出て行った。



後に一刀を覗くこの4人がとある事件によって数奇な縁を持つ事になる。







―――董卓追撃隊、劉備軍


『だいじょうぶ、大丈夫だよね』


劉備軍の最後尾で鳳統と馬を並べて進軍していた劉備が心の中でそう呟いた。

策はある。それでも飛将軍呂布率いる3倍近い軍勢を相手に対峙せねばならないという事実はあまりにも大きかった。

何故こんな大変な事になったのだろう? 劉備は数時間前に行われた軍義を思い出していた。



―――董卓追撃隊、曹操、劉備軍陣地


洛陽より脱出した董卓軍の動向を探らせていた斥候の報告を聞く為、曹操、劉備軍の主だった将軍が集まっていた。

「報告します、呂布隊の一部が隊列より逸れた為、現在張遼隊が長安へ向かって先行中。進軍速度が緩やかな所を見るに

長安到着前に一度合流する予定であると思われます」

「つまり呂布隊、張遼隊は今現在分かれており、呂布の進軍が遅れているという事ね」

「はっ」

曹操は「好都合だわ」と一言呟いた後、斥候からの報告を時に荀彧に確認をとりながら聞いていた。

「大体こんな所かしら? 劉備、貴方から何か質問はあるかしら?」

「えっと……いえ、ありません」

劉備は後ろに控える諸葛亮と鳳統へ顔を向け、二人が首を振るのを確認した後そう答えた。

「そう、では現状を踏まえた作戦を説明するわ。私達はこのまま進軍を続け張遼と戦う。劉備、貴方達はその間呂布を

足止めして頂戴」

曹操はとんでもない事をサラリと告げた為、劉備は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

「え? えええ~っ!? そんな、無理です!!」

「そうかしら? 貴方の部下には優秀な将軍や軍師が何人もいるようだし、決して無理だとは思わないけれど?」

「そ、そんな……」

「お待ちください!」

借りがある為逆らえない劉備を守るように関羽が大声をあげた。

「たしか関羽だったわね、何?」

「曹操殿に申し上げる。確かに私達はあなた方曹操軍に借りがある。しかし死ねと言っているような命令

に従う謂れは無い」

「貴様ッ! 華琳さまに無礼な!!」

夏侯惇が大剣を抜き関羽を睨みつける。

「春蘭下がりなさい! 関羽、その主の為に引き下がらない態度気に入ったわ。でも私は足止めしろとは言ったけど

死ねとは言っていないわ」

「なっ、同じ事ではないか!」

まるで気に入った玩具でも見つけたような嬉しそうな表情でそう告げる曹操に、何か背筋がゾクゾクするような悪寒

を感じつつも関羽は強気に言い返した。

「……あ、あの……ど、どれだけ足止めすればいいんでしょうか?」

関羽の剣幕に驚きながらも、蚊の鳴くような小さな声でそう質問した鳳統を見て、曹操は「あら?」と小さく呟いた。

その質問内容だけでこの少女が、自分が狙っていた意図を正確に理解している事が解る。

報告では劉備軍の軍師との事だが、諸葛亮と比べればあまり目立つ活躍も聞いていなかった為意識していなかったが

やはり部下の報告だけでは漏れがあるものだ。

「2日……と言いたい所だけど1日でいいわ」

「わ、わかりましゅた。あう……かんじゃった」

「ほほぅ? 私にはさっぱりですが流石軍師殿ですな。 鈴々はどうだ?」

「こっちに振らないで欲しいのだ」

「大丈夫でしゅ。……はぅ、わたしも噛んじゃった。えっと、わたしも解りました。桃香さま」

理解は出来ないが軍師を信じている趙雲と張飛はそれ以上何も言わず、諸葛亮が関羽と夏侯惇が火花を散らす

場所からの退出を劉備に促した。

「うん。曹操さん、わたし達作戦の詳細を考えるからもういいかな?」

「ええ、結構よ。劉備、貴方の義理堅さを信じてるわ」

「……失礼します」


「軍師、やはり早急に人材を増やす必要があるわね」

桂花の耳に入れば卒倒しかねない独り言を呟く。これには当然自称軍師となった北郷一刀改め司馬懿仲達は数に

入っていない。

よもやその司馬懿(一刀)がその桂花に匹敵する優秀な軍師を二人も陣営に引き入れていた等といかに天才である曹操

でさえ知る由はなかった。



一方劉備陣は早速軍義を開いていた。

「さて、呂布隊は3万、我々は1万に満たないわけですが」

趙雲の現状報告。はなっから絶望的であった。

「そ、そうだよ、朱里ちゃん雛里ちゃん勝てっこないよ!」

「はい、勝てません」

諸葛亮はあっさりと事実を認めた。

「そうだよ、勝てないよ……あれ?」

「あれれ? それじゃ雛里は何がわかったのだ? 勝てないって事が解ったのだ?」

「ち、違います。曹操さんの狙いが解ったんです。だから自ずとわたし達の取るべき策も決まるんです」

鳳統と諸葛亮が言う曹操の狙いを説明する。かいつまんで言えば以下のようになる。

1つ、現在の兵数曹操軍3万、張遼隊2万、呂布隊3万、劉備軍約1万(演戯とは違う)。

1つ、曹操ははっきりと『自分達は張遼と戦う』と言った事。

1つ、曹操は『戦え』ではなく『足止め』しろと言った事。

1つ、その期間は1日である事。


以上を踏まえた上で、曹操軍は今数に勝る状態で張遼隊を半日以内に倒し、呂布隊を引き付けている筈の劉備軍

と挟撃する形で助けに来ると言っているのである。

「だったらそう言えばいいではないか!」

「無茶な注文に変わりはないですから。でも曹操さんの人物評を見聞きするに無茶な事は言っても無理、不可能な事は

命令しない人だと思います」

偶然にも諸葛亮が語った曹操の人物評は司馬懿仲達(北郷一刀)が程昱に語った事と同じであった。

「あ、あと、解らなければ勝手に死ねって思ってそう……かと」

鳳統がサラリと怖い事を言った。

「でも、それが解ったってどうやって足止めすればいいの? 呂布さんってホントに強いんだよ!」

「「「……」」」

まさにコテンパンにされた劉備が力説したが、劉備軍の猛将達は押し黙っていた。

「はあ、その……」

関羽が曖昧に頷く。

「う~む、桃香さまが力説されてもですな……」

趙雲が回りくどく、遠まわしに。

「桃香おねーちゃんは弱いから信用できないのだ」

張飛がハッキリと言った。

「こ、こら鈴々! そう言う事はハッキリと言うんじゃないとあれほど言ったであろう!!」

そして愛紗が墓穴を掘る。

「え~? 物事はハッキリ言ったほうが良いのだって星が言ってたのだ」

「ええい! あーゆー悪い大人の見本みたいな星の言う事を聞くな!」

「なんと心外な!? いかに愛紗といえど言葉が過ぎるぞ! と、いうか今のはハッキリ言っていいのか?」

「それは……ええい、時と場合によるのだ!」

「愛紗メチャクチャ言ってるのだ」

「ほらほら皆、愛紗ちゃんをからかうのはその辺にして作戦考えよう」

支離滅裂になりつつあった愛紗をある意味絶妙なタイミングで助ける桃香。

「からか……と、桃香さま!?」

「うむ、その通りですな」

「はいなのだ!」

「お、お前達~ッ!!」

「……まあ愛紗ちゃんが一番酷い事言ってたけどね」

そしてトドメを刺した。巷で腹黒説が流れるわけである。

「桃香さまが弱いのは置いておいて、呂布さんが強いのは間違いありません。そして呂布隊の強さの秘密は先陣に立つ

呂布さんがひたすら真っ直ぐに敵を粉砕し、続く兵達が討ち漏らしや逃げた人達を倒すという無敵の殲滅力です」

「陣を組む前にバラバラにされたよ」

思い出し半涙きする桃香。

「つ、つまり、呂布さんさえ抑えれば被害もなく、行軍も遅くなります。だから今回は長蛇陣を敷きますが、目的はあくまで

足止めです。攻めてきたら先陣が私と桃香さまになって逃げます。呂布さんに追い付かれそうになったら3人で

止めてください。相手があきらめて引いたら今度は朱里ちゃんの指示で今にも攻めるように追いかけて下さい」

「……それ一日やるの?」

げんなりした表情で劉備が確認を取る。




以上が数時間前の出来事である。


そして斥候により、先陣が呂布隊を目視出来る地点に到着した事が告げられた。







―――劉備軍先陣(であり最後尾)


ジャーン!

「鐘一つ! 突撃なのだ!」

ジャーン!!

「いや待て鈴々、鐘2つ、後退だ!」

ジャーン!!!

「鐘3つだと!?」

「愛紗、鐘3つはなんなのだ?」

「待機だ! ええい、それぐらい覚えておけ」

「戦いは突撃、殲滅、勝利で鐘1つで十分、覚える必要なんてないのだ!」

「そんなわけがあるかッ!」

「でもいきなり待機って後方で何かあったんでしょうか?」


劉備軍先陣であり最後尾。長安側と言って良いだろう、呂布隊を正面とする張飛、関羽、趙雲、諸葛亮の4人は

後方より鳴らされた待機の鐘に困惑していた。

「足止めだからな。相手が動かないなら休んでいろという事ではないか?」

「それならいいんですけど、相手が動かないって洛陽側が解るんでしょうか?」

現状の理屈上、待機は妥当であった為それ以上の疑問は出なかった。しかし、

劉備、鳳統のいる洛陽側ではとんでもない事態が起こっていたのである。




「本当に間違いないの?」

「はっ、旗の中央に董の一字、そしてあの鎧は間違いなく董卓軍です!」

「あわわ……そんな、ありえません」

斥候の報告にうろたえる鳳統。今まさにありえない事が起こっていた。

呂布隊が留まっていた地点は岩山が多くあり、その山が邪魔をして劉備達がいる場所では前方に展開する

呂布隊が見えなかった。しかし報告では間違いなく3万近い兵がそこにいるのである。

ではあれはなんなのだ! あの高台に陣取っている董卓軍の旗を持った2万近い騎兵隊はいったいどこから

現れたのだ!

洛陽から脱出した董卓軍は5万。であれば張遼隊が隠れていた、又は曹操の斥候に騙された。だがそれはない。

曹操の斥候からの報告を鵜呑みにするほど諸葛亮も鳳統も甘くはない。独自に斥候を放ち最低限の情報を得ていた。

であるから高台の董卓軍の存在はありえないのだ。

「……雛里ちゃん、策を」

なんで? どうして? と混乱する鳳統を正気にする為にあえて慰めでなく、軍師としての働きを促す。

「さ、策……駄目です。ここに留まっていたら、挟撃されたら全滅します。急いで洛陽へ逃げ込むしかありません」

劉備からすればまるで仙人かと疑う程に様々な危機をその知恵で解決してきた鳳統。その天才軍師が逃げるしか無い

と断言した。

「で、でも、それじゃ曹操さんとの約束が守れないよ」

「あわわ! いけません桃香さま!」

そう逃げるしかない。だがそれに簡単に頷けない、曹操が放った呪いの一言が桃香を苦しめていた。

『劉備、貴方の義理堅さを信じてるわ』

なんという恐ろしい一言であろうか、自分には絶対的な強さも、誰にも負けない知恵もなかった。あったのは皇族を

証明する剣だけ。そんな自分が望んだ夢のなんと大きな事か! 何も無いならせめて信頼される人間になろう、

正しい人間でいよう。それが今崩されようとしていた。

仲間や自分の命であるから考えるまでもない。だがここで借りも約束も、義理さえも捨て去れば今まで自分について

来てくれた人間はいったいなんだったのかと思うのではないか? それは絶対にしてはいけない仲間への裏切りでは

ないのだろうか?

無論それは大きな間違いであり、劉備、いや桃香の魅力は天然の優しさである。だが文字通りそれは天然であり、

本人にとっては無自覚で当たり前の事であったからそれが自身の魅力である事を当人は理解していない。



「……雛里ちゃん、あの高台の軍が動いたとして、同時に洛陽に逃げれば大丈夫かな?」

「えっ!? そ、そうですね……確かに距離はありますし、大丈夫だと思います」

「それじゃ待機の銅鑼をならして。高台の軍が動いたり、呂布隊が攻めてこない限りはここを動かない」

「と、桃香さま……解りました。では銅鑼を鳴らした後、朱里ちゃん達にすぐ後退できるよう伝えましゅ……はぅ、噛んじゃった」

「うん、お願いね」







―――呂布隊


「あいつらいったいなんなのですかー!!」

痺れを切らした陳宮が叫ぶのも無理は無い。劉備軍が呂布隊の前に現れてから既に3時間が経過していたのだ。

別に攻めてくるわけでなく、後退するそぶりもない。何か罠を張っているならばなにかしら挑発してくるであろうに

それすらもなかった。

劉備軍は自陣の後方にいる謎の董卓軍を恐れ身動きが取れなかったのだが、岩山に挟まれていた為呂布隊が

その軍の姿を見る事は出来なかった。

動かない劉備軍、それを最前列でじっと見つめていた呂布が隣で喚く陳宮に声をかけた。

「……ちんきゅー、霞と合流する」

「はいなのです! あいつらをやっつけてやるのです!!……ってなんですと~! 退却ですか?」

「……殺気が全く無くなった。逃げても追ってこない」

恋の独特の嗅覚が嗅ぎ取ったのであろう。確かにその時、劉備軍全軍に高台にいる董卓軍の情報が伝わっていたのである。

「呂布どのが言うなら間違いないですが……むむ~全軍、長安に向かって行軍なのです!」

陳宮の号令の元、呂布隊は劉備軍を無視し、長安へ向かった。

「……それに、ご主人様に頼まれた」

「何か言ったですか?」

長安へ、その前に張遼との合流地点へ向かう。劉備軍は追ってこなかった。



「……出来るだけ、戦わないで欲しいって」






―――劉備軍


結局自身の意地で仲間を危険な目に合わせたあげく、稼いだ時間は1日の八分の一という有様に劉備は溜息をついた。

「こんなんじゃ、駄目だよ」

自分は何も出来ない。だからこそ誰かに『桃香がいてくれて助かった』と言って欲しいと願った。

その結果、袁紹にいいように利用され、曹操に借りを作り、あげく自らの名を下げ、ただ仲間を危険に晒した。

夢は『誰もがみんな笑って暮らせる優しい世界』。その夢と、今洛陽へ逃げ帰る無様な姿に接点は何一つなかった。


わたしはどこで間違えたのか? 何がいけなかったのか?


信頼出来る仲間はいる。しかし、唯一の主としてその疑問を聞くわけにも、そして弱音を吐く事も出来なかった。


いつかどこかの外史とは違う、この外史には桃香と同じ立場で迷い、あるいは助言し助け、そして手を繋いで

共に歩んでくれる筈の北郷一刀は現れない。天の御使いがいれば桃香は悩む事はあっても苦しむ事は無く、

様々な矛盾すら打ち破り、最後には運すら味方につけて、共通の敵を呼び寄せるような奇跡は起こりえないのだ。


だから桃香は一人で強くなるしかない。

だが人が簡単に強くなれるわけがない。掲げた旗が大きすぎて振れないのなら、旗を小さくするしかない。

自分が力をつけて大きな旗が振れるようになるまで……


戦うに足るべき夢は? 『誰もが笑って暮らせる国』

何よりも大切なのは? 『共に歩んでくれる仲間』

既に重い……だがこの旗を手放さない。この旗に従えば大切な物を見失う事無く、今回の件も迷う事無く洛陽へ

真っ先に逃げ帰る事が出来た筈なのだから。



この日、ある意味で桃香は強くなり、見方を変えると弱くなった。

その強さは他者から見れば腹黒いといわれる類の強さ。


例えるなら、

自分の仲間と、民の未来の平和の為ならば弱っている同盟国に攻め込める強さを。

借りのある他国で、防御が薄い時期があれば大陸の平和の為、その隙に攻め込む辛辣さを。




元来の優しさと、その黒い強さによって劉備玄徳は乱世に大きく飛翔する事になる。





―――高台の董卓軍


劉備軍の洛陽への後退を確認し、一刀はペタンと麒麟の首にもたれかかった。

劉備軍が董卓軍と勘違いしたのは言うまでも無く馬騰軍であった。

バレないように、賈駆から洛陽に残っていた董卓軍の旗と、幾つかの鎧を借り、それら旗やギリギリ目の良い

人間が鎧を確認できる距離に軍を置く等の配慮をしていた。

一刀にとって運が良かったのは曹操と劉備の軍が別れた事。これで最悪の事態は最初から避ける事が出来た。

予想外だったのは劉備軍がその場に留まっていた事。

普通なら挟撃される前に即座に逃げ出す所、結果3時間も粘られたのだから劉備軍の胆力は空恐ろしい。

「まあ、気持ちは解るな」

グッタリしていた一刀に翠が声をかけた。

「桃香さまからしたら曹操に借りがあったからな、出来るだけ義理を果たしたかったんだろ」

「借りだな。考えようによっては貸しなんだけど、気持ち的には借りを作った。いつか劉備達が困ったら助けよう」

翠の気性を考え、そう言って馬上から頭を撫でた。

「ああ、そうだなって、おい! なんで頭を撫でるんだよ」

「ずっと翠分が足りなかったから補充してる」

「☆□※@▽○∀っ!? ななっ、なっ、なに変なこと言ってんだよっ! なんかエロいぞご主人様!」

そういいつつ頭を撫でられ続ける翠。


「ただいま、翠」


「……ああ、おかえりご主人様」







(あとがき)


夏は誘惑がいっぱい。


7月の連休があってですね、あー久々にエロゲやろーって適当にアキバで買ってきたらけっこー面白くてですね、

ああ、SS書く時間なくなってるし……とかそのままズルズルっといってですね、気が付けば2ヶ月とかビックリです。

マジ恋は何週もプレーしなおして止まらないし、咲はハアハアものでなんかほぼ毎日読み直してるし(不毛な!)

今回は繋ぎの話なのと終盤なので。ギャグとかないですすみません。

次で一部ラスト。伏線ってほどではないですが過去の会話とか色んな線が繋がる話なので

お時間あったら前の話読んでみるとああ~ってなるかもです。


作中で説明しましたが、名前の呼び方については色々こじつけて出来るだけ原作通りに持っていきたいと

思っています。作中で説明できなかったらあとがきで補足する方向性で。

なので早速、

名乗り方は徹底はしてませんが基本的には劉備なら劉玄徳みたいな使い方はあまりしません。した方が締りが良い場合

は使います。理由は馬岱がはぶられるから。

時間とか距離は現代風にしてます。里とか雰囲気でるけど解り難いし。

あと文章中での名前、女の子意識する時は真名とか。くらいかなあ?


しかし全然、全く、これっぽっちも劉備軍は戦わなかったなー(汗)




[8260] 18話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/09/21 22:16







ギィイイイイイイン!!


張遼の巨大な大業物、飛龍偃月刀が弧を描きながら宙を舞い……ザクリ、と大地に突き刺さった。

それは張遼が夏侯惇に一騎打ちで敗れた事も意味した。


「あーあ。負けてもうた」

「ふっ……なかなか良い戦いだったぞ、張遼」

「ウチもや。長安まであとチョットってのは悔しいけど、ま、ええわ……さ。殺しぃ」

嘘偽ざる本音であった。武人としての誇りを持って生きてきた張遼にとって、戦場で好敵手と一騎討ちを行い

全力を持って戦い、死ねるのならばむしろ本望と言ってよかったのだから。

「何を馬鹿なことを……貴様には華琳さまに会ってもらわねばならんのだ」

「曹操に? 何でぇよ?」

「華琳さまが貴様の事を欲しているのだ」

「は? ウチを?……ふむ。惇ちゃん、いくつか質問がある」

「惇ちゃん?」

「まあええやん……曹操は何を目指す?」

「天下統一」

「……どう目指す?」

「誇り高く。堂々と目指す!」

夏侯惇は張遼の瞳を真っ直ぐに見つめ、言葉同様誇らしくハッキリと断言した。

「他に質問はあるかしら?」

その場に夏侯淵、荀彧、そして後ろに親衛隊の2人を伴った曹操が現れた。

「華琳さま!」

「春蘭ご苦労様。張遼、もう質問はないのかしら?」

覇気、とでも言うのであろうか、見た目は小柄な美少女でしかない曹操から溢れ出る威圧感に圧倒され、ゴクリと唾を飲んだ。

「なんでウチなんや?」

「勇を誇り、知に秀で、将として優れている……多少性癖に問題がるようだけど、それは些細な個性だと思っておくわ」

「ん? 性癖? なんやそれ?」

「露出狂……なんでしょう?」

「華琳さま、洛陽の情報では他にも男を裸に剥いて市中引き回して楽しむという趣味もあるそうです」

「それはかなり引くわね……裸にするならせめて女の子にしておきなさい」

「ちょっと待てぇや!! ウチにそんな趣味ないわッ!」

よもやあの事故がそんな形で世に出回っていたとは! 本人だけが知らなかった衝撃の世論に驚愕し、曹操の

明らかに間違っている妥協案にツッコミを入れることさえ出来なかった。

「あら……そう?(そういう事にしたいのかしらね)いいわ、改めて。張遼、あなたのその武を我が覇道のために

捧げなさい。報酬は天下統一という過程を私と共に作り、歩む事。あなたが必要よ」

「お、おうっ!」

他の言葉など思いつかなかった。董卓の時は力になってやりたいと思っても臣下となりたいとは思わなかった。

この少女は違う、曹操が進む覇道を見たいと思わせる何かがあった。

「良い返事ね。丁度今いる将軍が集まっているわ。自己紹介を……」

名を、そして真名を交換する。二大将軍である夏侯惇、真名は春蘭、夏侯淵、真名を秋蘭、親衛隊という

許緒、真名季衣、典韋、流琉。そして今の戦いで張遼隊の機動力を奪う見事な陣を構築し、結果春蘭と一騎討ち

に持っていった軍師荀彧、真名桂花。

「曹孟徳。真名は華琳……張文遠。いえ、霞よ。その力、我が下で存分に発揮しなさい」

「御意! あ、頼みっちゅーかお願いがあるんやけど?」

この後戦うであろう呂布戦には手を貸さない事、部下の命の保障。この2点を曹操は了承した。

「ふふ……裸に剥いて市中引き回し、面白そうな罰だと思わない桂花」

「そ、そんな! 華琳さま以外に裸を見られるなんて……」

そういいつつどこか嬉しそうな桂花。

「あら? 罰の話なのに、なにか粗相をしたのかしら?」

それをサドっけたっぷりの歪んだ笑顔で楽しそうに答える華琳を見、とんでもない所に転職してしまったのでは?

と気付いてしまった霞の耳に ドドドド……と、地響きが届いた。

「なんや?」

「騒がしいわね? いったい何?」

不機嫌そうに眉根をよせる曹操の元に斥候が跪いた。

「て、敵襲! 数万の兵が物凄いいきお……グァッ!!」

ドシャリ!……と、背中に矢が突き刺さった斥候が崩れ落ちる。最初の一矢。数秒も待たず、曹操達の元に

豪雨のような矢が降り注いだ。

「桂花は流琉の後ろに! いったいどこの敵だと言うの!!」

死神の鎌を思わせる大鎌”絶”を華麗に振り回し、降り注ぐ矢を切り裂く華琳。

「私見えます、深紅の旗に……呂!!」

荀彧を背に、矢の雨の先を眼を凝らしながら、典韋が巨大ヨーヨーで矢を弾きながら叫ぶ。

「なんですって! 劉備の役立たず、もう敗れたの!」

荀彧が毒づくのもしかたがない。張遼との戦いが終わった直後、もっとも弛緩した状態であり、張遼隊の機動力を削ぐ為に

荀彧が考案した陣は部隊を広く展開するものだった為、いまだ撤収が終わっていない。そしてこの奇襲を仕掛けてきたのは

大陸最強を謳われる飛将軍呂布なのである。


ザクッ!!


「くッ!!」

一本の矢が曹操の肩を掠め、血が地面に滴り落ちる。

「きゃああああっ! 華琳さまッ!!」

「静まりなさい桂花! ただのカスリき…………くっ!?」

ガクリと膝を付く。一瞬大地が反転でもしたのかと思うほどの目眩と嘔吐感。そして傷口の焼けるような痛み。


……これは…………毒!?


「華琳さま!!??」

「ただの立眩みよ」

何事も無かったかのように立ち上がる。血が沸騰したかと思うほど熱く感じたが、曹操は汗一つかかず平然と振舞った。



どこかの外史で孫策の命を奪った名も無い毒使い。

北郷一刀が他の外史と違い西涼に降り立ったように、この外史では名も無い毒使いは曹操軍でなく、董卓軍に紛れ込ん

でいた。



ただそれだけの事。



「……流琉移動するわ、華琳さまの護衛を!」

「は、はい」

膝を付いたのは驚いたが普段と変わらない立ち振る舞いに桂花は華琳に起こっている異変に気付けなかった。

どちらにせよ華琳達は止まぬ矢の雨をよける為、その場を移動せざるをえず、結果として夏侯惇達とさらに離れて

しまっていた。




矢を放つのは華雄残党軍! 呂布隊の行軍に慣れず、逸れたが為に呂布隊全体の遅延を招き、汚名返上とばかりに

魂の篭った矢を放ち続けていた。

そして、その矢は曹操軍に更なる悲劇を招く。


ズブリッ!!……夏侯惇の左目に矢が突き刺さった。


「……ぐ……っ!」

華琳同様、ガクリと膝を突く。本来であれば大剣、七星餓狼の一振りで矢など吹き飛ばせよう。しかし猛将張遼に一騎討ちで

勝ったとはいえ当然無傷とはいかず、痛みに気を取られた一瞬の遅れが最悪の結果となった。いや、命があるのだから最悪

ではなかろうが。

「姉者っ! 姉者ぁっ!」

側にいた夏侯淵が堪らず叫ぶ。

「…………ぐ……くぅぅ……っ!」

夏侯惇は矢を握り締める。

「春蘭さま!?」

異様な気配を感じ、矢をなぎ払いつつ許緒が夏侯惇に駆け寄る。


「ぐ……あああああっ!、ぐああああああああああああ……っ!」


グジャリ……と、夏侯惇は自らの眼球ごと矢を引き抜き…………


「この五体と魂、全て華琳さまのもの! 断り無く捨てるわけにも失うわけにもいかぬ!

我が左の眼……永久に我と共にあり!」


そう吠え、自身の眼球をガブリ! と、喰らい尽くした。

許緒、夏侯淵はその壮絶さに声もなく、呂布隊の矢の雨さえもが一瞬止んだのである。

「秋蘭、何をしている! 華琳さまの元へ急げ!! 私もすぐに行く!」

「あ、姉者、しかし……」

「だ、大丈夫です! ボクが春蘭さまを守ります!!」

夏侯惇の壮絶さを目の当たりにし、この人は生なければならない! そう心から思った許緒が自分自身生意気だと

思いつつも守ると口にした。

「……頼むぞ。姉者、これを……」

蝶柄の眼帯を夏侯惇に渡し、夏侯淵は激戦の中へ駆けていった。






雨のような矢が降り止んだ後、戦いは歩兵、騎兵が入り混じる第2段階に入っていた。

矢を避けつつ場を移動した荀彧は近くにいた曹操兵を掻き集められるだけ集め、200人程度の集団を作り応戦を

続けていた。

「はああああっ!」

ブオン!……と、典韋の巨大ヨーヨー”伝磁葉々”が唸り、敵兵をなぎ倒す。何人もの兵を弾き飛ばしても、

自分達を囲む人垣が崩れることはなかった。


幸い華琳さまがここにいる事を知られてはいない……けど、このままじゃいつか押し切られる。


荀彧は打開策を得る為にも兵を指揮しつつ現状を観察し、状況をほぼ正確に理解しつつあった。

敵兵の規模は恐らく3万前後、洛陽を脱出した際の呂布隊そのままの数と考えられる。劉備軍の実力は兵を貸した際に

得た情報からかなりのものだと解っており、いかに呂布隊でも戦えば無傷などありえない筈だった。

これはつまり劉備軍が裏切った事を意味する。

呂布隊の攻撃の変化、これは張遼隊が既に捕虜となっていた為、其処へ攻撃がいかないように曹操軍が比較的密集して

いた地点に矢を降り注いだのだろう。偶然にも曹操軍の首脳陣が集まっていた地点に矢が集中して放たれ、結果として

夏侯惇、夏侯淵、許緒、そして張遼と逸れてしまった。


最悪じゃないの!


堪らず舌打ちする。策を準備する暇もなく呂布と交戦した時点で勝敗は決まっていた。

もはやいかに被害を少なくしてこの戦場から脱出するかに思考を移行せざるを得ず、その為に必要な兵は圧倒的に少なく、

それを率いる将とは逸れたままであった。


その不足分を補うには……一瞬頭によぎった策というにはあまりにも愚かな考えを荀彧は頭を振る事で忘れ去ろうとした。

「何か策を思いついたようね桂花」

「か、華琳さま!? いえ、今思いついたのは策ではなく……」

「それを判断するのは私よ……そうね、以前私が言った事、まさか忘れたのかしら?」

「華琳さまの言葉を忘れるわけありません!『もし華琳さまが一騎討ちをする事が最も確率の高い勝利を得られるような

時が発生したら、その策を用いなさい』そうおっしゃいました」

「ええそうね。状況的に一騎討ちではないにしろ……今使える駒がないのなら、王を使えば良いだけだわ」

「華琳さま…………今、この状況から脱するには兵の数、そしてそれを率いる将がおりません」

躊躇は一瞬。曹操も頷き、荀彧の言葉の続きを促す。

「ですが春蘭、秋蘭の実力なら既にある程度の兵を集め、華琳さまの元へ向かっている事は間違いありません。問題は

混戦の為、華琳さまの正確な位置が掴めない事」

「ふふ、つまり敵味方に私が此処にいることを知らしめれば良いわけね」

曹操はそう答えると陣の先頭へ向かう。

「えっ!? ……華琳……さま?」

曹操を守る為、陣の先頭で一騎当千の働きをしていた典韋が、その守るべき対象である曹操がスタスタと歩いて自分の隣

に現れた事に呆然とし、戦場であるにもかかわらず素っ頓狂な声をかけた。

その隙を逃すまいと敵兵が曹操に襲い掛かる!


ビュン……と、小さい風が鳴き、曹操の大鎌”絶”によってその敵兵の首が宙に舞った。

あまりにも華麗な早業によって両陣の動きが一瞬止まる。

「流琉、悪いけれどもう少し頑張って頂戴」

「は、はい!」

戦場とは思えないニッコリとした微笑を典韋に向けた後、曹操は眼前の敵兵を睨みつけ、叫んだ。

「聞けい、恥知らずな雑兵ども!! 我が名は曹孟徳! このような不意打ちで我が覇道を阻もうとした報い、

万死に値する。全身に痛みを焼き付けて未来永劫葬ってくれる。恐れを知らぬならかかってくるがいい!!」


一瞬の静寂の後、ザワザワとした喧騒を得、それが咆哮に変わる。

『大手柄だ!』『仲間の仇!』『犯して俺の物にしてやる!!』様々な悪意の渦が広がり、欲に眼が眩んだ愚か者達が

我先にと曹操に近づき、次の瞬間には”絶”によって首と胴が別れ、無意味に命を散らしていった。






「敵の動きが変わった!?」

曹操と合流する為、一人激戦の中へ向かった夏侯淵は既に兵を2000人程集め、曹操がいるであろう場所に見当をつけ、

その付近で各個に襲われている曹操軍に主の姿を探し、いなければ援護し兵を増やしつつ戦場を走り回っていた。

少集団となっていた曹操軍を数の暴力でなぶり殺しにして楽しんでいた呂布隊がある地点を目指し流れていく。

その先は夏侯淵本人も曹操がいる可能性があると見当をつけていた地点であった。

「敵の渦の先に、華琳さまがいる! ゆくぞお前達、華琳さまを救出するのだ!!」


『おお!!』と答え、曹操軍2000は夏侯淵を先頭に敵の渦へ突き進んでいった。







「だらぁぁぁっ!」

夏侯惇の大剣、七星餓狼が敵を切り裂き。

「ちょぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」

許緒の巨大な鉄球”岩打武反魔”が敵を叩き潰す。

疲れ知らずの許緒がハアハアと息を吐いた。

夏侯淵と分かれ、しばしの休憩の後、夏侯惇が『華琳さまを救出に行く!』と言い、それに従った。

途中、少数で奮戦していた曹操軍100人の集団と合流『こっちだ! 華琳さまの匂いがする!』と夏侯惇を知らなけれ

ば頭がおかしくなったんじゃ? と疑いたくなるような発言を信じ、敵陣へひたすら突き進んでいた。

何十人、何百人を鉄球で叩き潰したかもう記憶にすらない。しかし、それでも曹操の元へ辿り着く障害である敵兵の壁は

厚く、そして遠かった。


ドシャリ、とまた一人合流していた兵が脱落する。いかに精強な曹操軍であっても10倍、20倍の敵兵相手にはあまりにも

厳しかった。

「お前達はもういい! 下がれ!」

夏侯惇が三度同じ命令を下す。しかし『曹操様を助ける手助けをさせて下さい!』そう返されては何も言えなかった。


ドサリ、とまた一人倒れる。共に戦った兵は既に半数にまで減っていた。

「いやだよッ……」

死ぬのが嫌なのではない。いや死にたくは無い、しかし戦場であり、自分は絶対に死なないと本気で考えている程許緒は

能天気ではない……かもしれない?

ただ無駄死にだけは嫌だった。自分が頑張れば流琉や華琳さまが助かるならいくらでも頑張れる。しかし、倒しても倒しても

曹操に近づけない焦燥感が、許緒に弱音を吐かせていた。


こんな時、兄ちゃんがいてくれたら……


決して強くも無い、頭だって良さそうに見えない、それでも頭を撫でながら笑って元気付けてくれる兄ちゃんがいてくれれば

まだ頑張れる。何の根拠もなく、ただそう思った。



「兄ちゃん……兄ちゃん! 助けて!!」



「まかせろ季衣!」



「えっ!?」


閃光が走り……許緒の目の前にいた敵兵が吹き飛ぶ。これは氣弾!!

「凪におくれんなッ! 李典隊突撃や~!!」

ギュイイイイイイン! と、独特の擬音を奏でながらドリル槍”螺旋槍”を手に李典が敵陣に突撃した。


「華琳のやつ、深追いするなって言っておいたのに! 季衣大丈夫か?」

「兄ちゃん? どうして?」

なんで? どうして? 何度も瞬きしつつ、それが幻覚でない事を理解する。そう、謎の少女を前に乗せて馬に跨って

いる胡散臭い手書きの髭を生やした青年は北郷一刀、別名司馬懿仲達であった。






「遅いぞ北郷!!」

「ええッ!? 普通『良く助けに来てくれた!』とか褒める所なんじゃないか?」

言葉通り、褒められると思いきや最初に聞いたのは春蘭の罵声であった。

「華琳さまの危機に臣下が駆けつけるのは当たり前だ! むしろ何をグズグズしていたのかと問い詰めたい所だ」

あんまりにもあんまりだがいかにも春蘭らしい理屈に苦笑しかかった司馬懿(一刀)は春蘭の顔を見て絶句した。

「春蘭、その目は?」

「ん? これか? かすり傷だ」

そんなわけがない。現に今も眼帯の下からおびただしい血が滴り落ちていた。

本来ならもっと後、徐州をめぐる呂布との戦いで目を失う筈であり、その時注意すればいいだろうと考えていた。

この世界は微妙に史実からズレている。確かに遅かったと司馬懿(一刀)は唇を噛んだ。

「ほらお兄さん、こんな所で後悔してる暇はないのですよ~」

司馬懿(一刀)と同じ馬に乗っていた少女、程昱が司馬懿(一刀)の様子の変化を感じ取り、意識を切り替えさせる。

そして敵をある程度追い払った楽進、李典が馬を並べた。

「そうだった、春蘭、華琳はどこだ?」

「この先だ、急げ!」

躊躇なく真っ直ぐに指をさす。ちなみに根拠は『華琳さまの匂いがしたから』である。

「よし、凪、真桜。もう一度突撃だ!」

「それだけの命令だと効率が悪いのですよ。まず凪ちゃんが氣弾ぶっぱなして敵陣に穴あけてください。

その穴をグリグリっと真桜ちゃんがドリルで拡張。穴が広がったらお兄さんのアレを突っ込んじゃうのですよ~」

「よし、いやまて風、なんか表現が変じゃなかったか?」

「ぐぅ……」

すっとぼけ軍師大全開である。

「……じゃあ今の指示通り頼む。本陣が突っ込んだら2人の隊が広げた両翼を押さえてくれ」

「了解しました」 「はいな!」 「……ツッコミ無しは寂しいのですよ」

「よし、司馬懿隊突撃~ッ!!」

おおッ! と援軍、司馬懿隊は曹操救出へ向かった。



それを見送る夏侯惇と許緒。

「春蘭さま……今のって」

「ああ、あの風とかいう軍師、あれが指示を出して凪と真桜が戦う。北郷いらないな……」






曹操は陣の後方で腰を下ろした。

戦況はいまだ不利。しかし光明も見え、敵の攻撃が緩くなった方角に目を向けると、夏侯淵が数千の兵を

つれて奮戦している事が解っていた。荀彧の的確な指示の元、曹操すら一兵士として迫る敵兵を切り伏せ

ていたが、動きに精彩を欠いてきた事に気付いた荀彧が曹操を陣中央に下がらせ休ませていた。

「流石ね、桂花良く見てるわ」

そう独り言を呟く。流石に誤魔化しきれなくなってきていたが、恐らく連戦の疲れと矢傷が原因だと思っている

であろう。実際矢傷が原因であるがそこに塗られていた毒が精彩を欠く原因だとは誰にも気付かれていない。

状態はかなり危険だった。

既に焦点はぼやけ、敵と味方を認識するのがやっとの目。鉛のように重い手足。高熱によって感覚すら失われ、

頭が焼き切れるように熱く、ズキズキと痛みを訴えていた。


「……ああ、これのことだったの」

一刀と別れる時の言葉を思い出す。

『華琳一つだけ、この戦い深追いだけはしないでくれ』

心配性の一刀が生意気にも軍師ぶって一般論でも語ったのかと軽く思っていた。

これはそうではなく、未来を知り、しかし未来を語るなと言った私の言葉を守りつつ精一杯の助言をしたのだという事だ。

「軍師の助言を聞き入れず敗北する……か。麗羽と変わらないわね」

そう自嘲する。自分で袁紹と同等と言う時点で弱気の程が窺えた。

「でもね一刀、私はこうも言ったわ『心配になったら援軍に来なさい』と。アナタは来てくれるのかしら?」

これるわけがない。例え来たところで預けた2000程度の兵では焼け石に水というものだ。

その時、毒に侵されつつも、まだ生き残っていた耳に、桂花の罵りながらも嬉しそうな叫びが届いた。


「援軍! 西方より援軍です!! あの旗は……金繍の布に司馬懿の3文字? あッ……北郷です! 

 北郷(司馬懿)が来ました!! あのバカ遅いのよッ!!!」






ちゅど~ん!!


楽進の気弾が激しい爆発音となって戦場に響き渡る。


ギュイイイイイイイイイン!! ドルルルルルルルルッ!!


李典のドリルが奏でる金属音が大地を揺るがした。



これ三国志? と、何と言うか、当時の人というか、吉川先生とかに謝りたくなるような光景が繰り広げられていたが、

まあ最近の諸葛亮なんてビームだすしまだマシだろうと司馬懿(一刀)は考えるのをやめた。


「さ、お兄さん、今なのですよ」

「よし、本陣、突撃する!!」

程昱曰く

楽進が氣弾ぶっぱなして敵陣に穴あけて、その穴をグリグリっと李典がドリルで拡張し終わったので

広がった穴に司馬懿(一刀)のアレ(本陣)を突っ込んじゃったのである。


そして……


「華琳無事か~ッ!!」


北郷一刀(司馬懿仲達)は華琳(曹操孟徳)の元へ辿り着いたのである。






『華琳無事か~ッ!!』


届いた。爆撃音とドリルが奏でる金属音と共に……その声は曹操へ届いた。


口元がほころぶ。でも返事はしてやらない。心配なら自分で会いに確かめに来ればいい。

「桂花、司馬懿(一刀)の兵はどれほどいるの?」

「えっ……5000、いえ6000はいます!」


預けた兵数の3倍!? 上手く指揮を取れば負けは無くなる!!


「一刀……司馬懿(一刀)の指揮は?」

「な、なんで? 完璧です……あっ!? アイツ、女の子を一緒の馬に乗せてます。聞こえないけどその子が何か

司馬懿(一刀)に助言した後アイツが指示してます! インチキだわ」


そう、桂花が完璧と言わしめる程の軍師を見つけたのね。


司馬懿(一刀)が得た新たな軍師は本当は2人。

黄巾残党軍(後の青洲兵)6000をほぼ無傷で手に入れた司馬懿(一刀)はその捕虜を矯正施設、張3姉妹コンサート

にて洗脳。そこから5000、曹操に預かった精鋭2000から1000の合わせて6000を曹操軍の援軍として編成。

本拠地陳留の守備に預かった兵数と同数の2000を残し、調練に定評のある于禁を大将として、曹操の援軍に

向かうと聞いた途端、興奮して鼻血の噴水芸を披露して倒れた郭嘉を軍師として残し、右翼楽進、左翼李典、本陣に

司馬懿(一刀)、軍師程昱の布陣にて洛陽へ進軍。虎牢関を避け、函谷関側からの進入を目指し、元黄巾の手腕を

活かし、関所を破ったり裏道を使う等として現在に至っていた。



形勢は完全に逆転した。いまだ兵数では圧倒していた呂布隊であるが、司馬懿(一刀)隊6000の援軍によって

勢いは完全に曹操軍が手にしていた。しかし呂布、ただ一人で3万の兵を倒すと恐れられた呂布は未だ姿を見せなかった

のである。






「……見つけた」

「……恋?」

矢の雨が降り注いだ直後、張遼はいち早く戦場を離脱し、戦場に近いが木々が死角となりえる場所に身を潜めていた。

決して戦場が怖いわけではない。ただ攻撃をしかけた部隊が呂布隊である事をいち早く理解した為、ほんの数分前まで

の仲間であり、恐らく自分達を助ける為に戦いを挑んだ呂布隊と刃を交える事などできるわけも無かったのだ。

同じ気持ちであろう部下達も連れてこれるだけは連れてきていた。

「無事で良かったのですよ~、さ、霞殿、急ぎ長安へ向かうのです」

事情を知らない陳宮が嬉しそうにそう声をかけた。

「……スマンな、恋、ねね。ウチはもう曹操に負けてもうた」

「……」

「何を言っているのです! それをこの陳宮の見事な戦術によって覆したのですぞ!」

「ああ、せやな。でも今いった通りや。ウチは負けて曹操に生かされた。せやから長安にはいけん」

「……どうしても?」

「ああ、武人として、ウチのスジは通させてもらう。裏切り者として首斬ってもええで?」

「そんなことできるわけないのですよ~」

陳宮が泣きそうな顔をして張遼を見つめた。

「そんな顔すんな! 死に別れるんとちゃうんやし、いつでも会える」

「それはきっと戦場なのです……」

おそらく、いや間違いなくそうなるであろう。

「……わかった。戦場で……霞、また」

「おうッ! あ、そんでな、ウチの部下そっちに付いていきたいって奴おったら頼んでええか?」

「(コクッ)」

「霞どの~……」

「泣くな! んで恋だけじゃなく月と賈駆っちの事も頼むで。賈駆っちは月の事だと暴走するからな」

そういって陳宮の頭をグリグリと撫でた。

「ううう~……」

「……ちんきゅー、撤退する」

「……はい…………なのですよ」



10


戦場に銅鑼が鳴り響き、呂布隊は長安へ向かって撤退していった。曹操軍は司馬懿(一刀)隊以外ほぼ全滅

状態であり、追撃するのは不可能であった。


「呂布隊、撤退します。華琳さま! 私達の勝ちです」

どう見ても負けであろう……が、最初の段階から考えれば生き残れただけ勝ちと言っていいほどの奇跡であった。

反省は必要だが落ち込む位ならそれでいい。今は軍を建て直す事が重要なのだから。

華琳は返事をしなかった。いや、出来なかった。

全身に毒が回り、もはや声を発する力さえ無かったのだ。


「司馬懿(北郷)のやつ! きっと調子に乗ってるわね。後で絞めてやりましょう!」



司馬懿仲達、いや北郷一刀。

最初は天の御使いとして何か使えるかと興味本位で拾っただけだった。

別に武力も人並み以下、知力もいいんだか悪いんだか解らない。あげく字も読めない。

でも仕事を任せるとなんだかんだと喰らい付いてきた。諦めない所は見所がありそうだった。

権限を増やす。応用力がある。そして公明正大で私欲がほとんど無い。本人は解っていないだろうが

この腐敗しきった後漢末期においてその資質は稀有な存在だった。

見所のある部下を預けてみる。何をしたのか、完全に慕われていた。この絆はそう、相手の為ならば

命をかけて守るであろう程のもの。親衛隊の娘達も兄の様に慕っており、あの春蘭や秋蘭でさえ、一刀を

気に入っていた。この私さえ気付けば一刀を目で追う機会が増えていた。

側に置いておきたくなり、連合軍に連れて行ったら名門の司馬氏を名乗ったあげく軍師を自称してきた。

面白いので了承し、仕事を与えた。精鋭2000を預ける。余程馬鹿な指揮をしなければ倍の兵にすら

楽勝できるほどの精鋭中の精鋭。春蘭、秋蘭に次ぐクラスの武将を3人も預ける。過保護ではあるが

本拠地の守備は必要であった。


そして今日……

預けた兵を3倍にし、荀彧と同等の軍師を登用し、曹操軍の危機を救う一級品の仕事を果たして見せた。



「(馬鹿ね、一刀。あと少し早ければ完璧だったのに……アナタ少し遅れたせいでご褒美は無しよ?)」

どれ程の褒美をくれてやればよいのか? 自分でさえ全く見当も付かないというのに。


もしもこれが私の天命だというのなら、

一刀と出会ったのもまた天命。

アナタが後を継ぐのなら、私の覇道は終わらない。


だから……ああ、駄目だ。春蘭も、秋蘭も、桂花も、そして皆も……時があればいい。でも乱世は目の前なのだ。

そんな時間は、悲しんで停滞する時間はない。休めば乱世に生贄として飲み込まれてしまう。


手を大地につける。砂……最後の運の欠片は残っていたらしい。

力を振り絞り、ただ一点、指先に全てを…………一文字を書き残す。


春蘭、秋蘭、そして一刀。この3人はこの字を知っている。そしてこの字を私が残す意味も………………




一刀、後は任せたわよ





「華琳さま?」

先程から返事がない事にいぶかしんだ荀彧が曹操に近づく。

「お休みになられたのかしら? 仕方ないわね、あんな激戦だったもの……」

曹操孟徳が人前で寝る等ありえない。


ただ、その姿はあまりにも安らかだったから……


「あら? 華琳さま何か字を?」

曹操の手元に砂で書かれた一文字を見つけ、首を傾げる。



乱世の奸雄と評された少女は、乱世の始まりと共に長い長い眠りにつく。


ただ一文字”魏”という一字を残して。






                                                             <第一部 完>





(あとがき)

馬超伝なのに、第一部最後なのに出番ないし(汗)

11話仕込みの話っていうのはほぼ今回の為だったりしました。良い所がご褒美くれる所とか正直?

って思われたかもです。

夏侯惇が風の真名言っちゃってるのは自覚済み。自己紹介出来る状況じゃないので。

華琳の毒は不自然ですよねー。桂花を庇うとかだったんですケドそれやると桂花自殺するわ(汗)と。



この作品がこうなる!とは言えませんが、嫌な出来事とか悲しい事とかは現実で十分なんだから創作物は楽しい

方がいいよなあ? と考える派です。最後は感動とか辛い展開でも納得出来る物でなきゃ嫌だなあとかハッピー

エンドがいいよなあです(あくまで個人的趣向の話)。


ちなみに今の所思い描いているラストでは悲しんでるキャラはいないです。邪悪な高笑いをしてるキャラが

一人いますけど予定は未定。1部だって15話のつもりが3話オーバーだし。2部は1部と合計で33~40話程度。

1~5話:西涼編

6~10話:反董卓連合編

11~18話:洛陽編(追撃編)

でした。





[8260] 19話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/11/01 23:47





ピカリ……と、稲妻が光った。


 董卓、賈駆を伴った後続隊と合流した西涼軍が武威、そして長安に向かう為に行軍を開始した直後の出来事であった。

「わ、何?」

行軍の先頭にいた馬岱が突然の落雷に思わず馬を止めると、その頬にポタリ、ポタリと水の雫が落ちた。

何事? と、空を見上げた馬岱は思わず『げッ!』と呟いた。

先程まで晴れていた筈の空は雨雲に覆われ、5秒と待たず土砂降りとなった。

「うわぁ、ついてないよ」

この大雨は何日も続き、長安までの到着が遅れに遅れ、当初予定の3倍の日数がかかったのである。


ようやく長安に辿り着き、張遼が反董卓連合軍の追撃隊に破れ、曹操に下ったという事実を知り、一刀を含めた董卓達

洛陽組が悲しみに暮れる暇も無く、一刀が武威に送っていた早馬が重大な報告を伴って洛陽に到着した。


馬騰危篤。


長安に着いたその日の内に西涼軍は武威へ大急ぎで行軍を再開。

今にして思えばあの雷は、あの大雨は何かを暗示させる前触れであったのかもしれない。

そう、馬超、馬岱、一刀達が武威へ帰還して最初に受けた報告は馬騰死去の知らせであった。






 馬騰は多少やつれていて、髪が少し短くなっていた以外は生きていた時と変わらない姿で、心なしか笑っているような、

安らかな死に顔であった。

「うわああああああん」

暫くは唇を噛んで悲しみに耐えていたのであろう蒲公英は棺に眠る馬騰を見、一刀にしがみついて大声で泣き、翠は

『母さま……』と一言呟いたきり、ただギュッと拳を握り締めていた。

馬騰の希望との事で武威までついて来る事になった月と詠も馬騰と面識はなかったが静かに冥福を祈った。


そしてこの場にいた5人に馬騰からの遺言状、翠には他に小さな木箱が渡される。

『えっ? ボク達も?』月と詠二人で一通の遺言状が手渡され、文面を読んだ月は思わず『えっ!?』と呟き、詠は

『……ありがたいけど、一晩考えさせてもらうわ』と告げて用意された部屋へ向かい、翠、蒲公英も自室へ戻っていった。


一人残った一刀は遺言状を見、馬騰に何か話しかけたがその時何を語ったのかは文献が残っておらず、ただ歴史の

結果から推測される事実を元に後世の歴史家、小説家達の創作意欲を大いに刺激する事になる。






「ここにいたのか、部屋にいなかったから探したぞ?」

「ご主人様、うん。母さまと飲んでたんだ」

武威の城壁の上、翠は手に持った徳利を一刀に見えるようヒラヒラと振った。

「翠が飲んでるなんて珍しいな。ん? 馬騰さんと?」

「ああ、コレ」

側に置いてあった木箱に視線を向けた。

「アタシ達が帰ってくるのが遅いようだったら腐った死に顔なんて見せたくないからって生前に髪を一房束ねてこの

箱に入れてたんだって」

「そうか、間に合わなかったけど、間に合わな過ぎたわけでもなかったんだな」

そう言って翠の隣に腰を下ろした。

「アタシが母さまの後継いで盟主になるんだってさ。まあ軍閥会議次第だけど」

一刀に酒を注ぎながら苦笑混じりにそう言った。

「反対する奴なんていないだろ、翠頑張ってたしな」

「それだけじゃ駄目なんだ。アタシあんまり頭良くないしな」

「……あ、う~ん、そんな酷くないぞ?」

「そこはフォロー(擁護)しろよ! 今のホントに凹んだぞご主人様!!……やっぱりアタシ駄目なんだな母さまの事も

気付けなかったし」

「翠?」

カラン……と空になった徳利を後ろに投げて新しい酒を煽る。ってか飲み干した徳利が凄い山になってる!?

「おい、飲みすぎじゃないか?」

「母さま草原を馬で駆け抜けるのが大好きだったんだ、アタシや蒲公英を連れて。なのにずっと武威に引きこもってたんだ」

「いいお母さんだったんだな」

「仕事ほっぽりだして五胡退治ばっかりしててしょっちゅう国の財政危なくしてたんだ。なのに急に内政ばかり初めて」

「……それはいいお母さん……無理があるな」

「そんな母さまの変化があったのに病気に気付けなかったんだ」

「俺と内政してる時もよく疲れたフリしてサボってると思ってた。同じだよ、俺も気付けなかった」

「アタシはただ戦場で暴れるだけで、まだ駄目だよ、母さまに教わらなきゃなんないこと、いっぱい……」

ああ、ホントは違うな。気付いた。

「一人でやれなんて書いてなかったんじゃないか?」

「それは……うん、蒲公英とご主人様と協力しろって」

実はそれだけじゃない。一刀に宛てられた遺言状において翠に力強い味方を残す方策が書かれてあった。

何故いないのか? 西涼に来て口に出さなかったが疑問に思っていた事が氷解する事になる。

「それだけ? 何でも相談しろって書いてなかったか? 俺のには書いてあったんだけど?」

「……書いて、あった」

「だから泣いていいぞ、悩んだフリすんな。親が死んで悲しくない奴いるか」

頭を上げ、潤んだ瞳で見つめてくる翠。少しだけ顔が近くなって……

「……お」

「お?」

「おえええええええええッ!!」

飲みすぎによる盛大なリバース(ゲ●)。それはない、今それはないだろう……と。


「うう、アタシやっぱり駄目だ」

振り出しに戻りました。

「……そうだな」

ぶちまけられ、体にかかった嘔吐物を布でふき取りながらそう吐き捨てた。

「うぅ~、悪かったってばご主人様。慰めに来てくれたんじゃないのかよ」

「むしろ今俺が慰めて欲しいんだが?」

「あ、ご主人様臭いから近づかないでくれ」

「酷ッ!!」

「冗談だよ、ご主人様の哀れな姿みたら落ち込んでるの馬鹿らしくなったし」

「……それはなにより」

「ゴメンってば、ほらアタシが拭くよ」

そういって布を取り出し一刀の顔を拭き取る翠。うん、ゲロじゃなく汗とか拭いてくれてたら絵になったかもしれない。

そんな月明かりの夜だった。

「木箱の髪なんだけど、涼州の草原に撒いて欲しいって書いてあったんだ。でも母さまには悪いけどそれは暫く後にするよ」

「なんで?」

「もう少し見守ってもらう。アタシがちゃんと盟主としてやっていけるまで……その時一緒に、その……」

「解った」

そう言って翠の唇を奪った。

「☆□※@▽○∀っ!?」

目を白黒させる翠。ああ、しまった。翠に対してだけは何故かついつい攻めに入ってしまう癖が裏目にでた。

「翠……」

「なななっ、いきなりなにをっ!?」

「ゲロの味しかしなかったんだけど……」


どすっ!!!


「ぐはぁっ!?」

よりにもよってボディブロー。そうこれは翠が悪いのだ。これによって一刀からのリバース物が翠にぶちまけられて

も決して文句は言えない『うわああああ!?』翠の悲鳴を聞きながら、

そう、そんないろんな意味で忘れられない夜だった。






「もう無理」

あの後、なんだかんだとお互い酒を飲みながら語りつくし、翠が眠ってしまったので部屋に連れて行こうと抱き上げて

いたが腕の痺れが限界にきていた。

流石に酔いつぶれたあげくのゲロまみれの姿を誰にも見せるわけにもいかず、スネークミッションをこなしつつ

なんとか自室の部屋に辿り着いた。決してやましい行為の為などでなく、腕の痺れを癒す休憩が必要であり、自室を

中継点とするルートが一番近かったのだと言い訳させて頂く。

左右を確認。誰にも見られる事無く自室に入ることに成功した。繰り返すが決してやましい~以下略。

「ちょっとあんた何処いってたのよ! おかげであんたなんかの部屋で何時間も待ってたのよ!」

自室には詠がいた。あんまりだと思った。

詠が息を呑んだ。まあ傍から見れば酔いつぶれている翠をコソコソと抱きかかえながら自室に連れ込んだのだから

性犯罪の現場を目撃してしまった等と思っているのだろう。その隙に翠を寝台に寝かせる。

「ちょっとアンタ! 落ち込んでる翠を酔わせて何をしようと……ムグッ!!」

騒ぎ出すのは解っていたのですばやく口を塞ぎ、羽交い絞めにする。

「ぼ、ボクまで手篭めにする気!? ってアンタ酒臭いだけじゃなくてなんだか嫌な臭……ムググッ……」

話をしようと手を話した途端マシンガンのように話し出したのでまた口を押さえる。どうしたものか? と悩むまもなく

コンコン、と部屋をノックする音!

「だ、誰?」

いっそう詠の口元を強く抑えつけ、扉を開く事無く声をかける。

「あの……ご主人様、詠ちゃんがさっきから帰ってこなくて、何処にいるか知りませんか?」

よりによって月!? その声を聞いた詠が必死にもがく!

「ムグ、ムグ~ッ!!(月、助けて!!)」

「……むぐ?」

「あ、いや口癖。見てないしコッチには絶対いないと思うぞ?」

「ムグ~ッ!!(アンタこの臭いまさか、耐えられな……)」

口を押さえられた為鼻で呼吸するほか無く、嘔吐物まみれの一刀に羽交い絞めにされていた詠の状態

悪臭地獄の如しであった。

『そうですか、お邪魔してすみません』と言葉を残し月は扉の前から去って行った。

「ふぅ、危ない所だった。あのな詠、なんか誤解してるだろうけどこれは……あれ、詠、さん?」

悪臭に耐え切れなくなった詠は気を失っていた。


酔いつぶれて寝ている翠の隣に気を失った詠が一刀の寝台の上で横になっていた。

どういう状況なんだこれ?

と考えたくも無い状況に溜息をついた後、とりあえず嘔吐物まみれの服を着替えようと服を脱いだ。

「ご主人様、お姉様が何処行ったのか知ってる?」

バン、と蒲公英が元気良く一刀の部屋の扉を開いた。

「…………3P?」

どこでそんな言葉を覚えてくるのか蒲公英とは一度話し合わなければいけないなと思う一刀だった。

「いやそこで締めるのは無理だって。ひょっとしてお姉様を体で慰めてあげたの? ずる~い! 蒲公英も

混ぜて♪」

オチをつけるのは無理だった。

その後詠が目を覚まし、正座させられ説教を受けた後、馬騰から貰った遺言状の内容、そして軍閥会議に

おいて自身の発言に頷いて欲しいという要請を受けた。はなから拒否権などなかったが。


無茶な行軍による疲れの為、結局全員一刀の部屋で寝てしまい、起しにきた月に物凄く起こられた。

詠にいたっては『詠ちゃんだけズルイ!』とか『違うのよ月、アイツに無理矢理……』とか物騒な会話が聞こえたが

もはや自分に何か言う資格があろう筈はなかった。

蒲公英は『たんぽぽなんか臭いかも? お風呂入ってくるね』と部屋を出て行き、最後に目を覚ました翠。

「あれ? ご主人様……おはよう」

いい笑顔だった。

「おはよう翠」

その後『ななっ、なっ、なんでご主人様の部屋で寝てるんだ!?』と一騒動あったがそれはもうご愛嬌である。






 葬儀の後、盟主無き後、初の涼州各軍閥の代表が集まっての会議が開かれた。

始めに盟主馬騰の遺言状が読み上げられ、次の3つが決められ、また了承された。


一つ、西涼太守馬騰の長子馬超が太守、及び連合盟主の座を引き継ぐ事。

以前からその武力、統率力は西涼一と謳われ、反董卓連合軍においては馬騰に変わり西涼軍を率いて難攻不落の

汜水関を落とし、猛将華雄を一合で討ち取り、良将張遼を追い払い、最強を謳われる飛将軍呂布と引き分けるという

錦馬超の名に恥じない大活躍をした馬超の太守就任を反対する者など一人もいなかった。

また既に軍師として認めれれていた一刀についての説明もあった。西涼でも噂はあがっていたが、馬騰が正式に

北郷一刀は天の御使いであると遺言状で認めた。そしてここ最近の内政の充実、国力軍事力の強化等は全て

天の御使いの提案であったと記された。実際は馬騰にかなり手直しをされた部分が多くあり、最新知識しか持ち合わ

せていない一刀の提案に馬騰が血肉を与えていたのだがその部分は伏せられていた。自身亡き後の事を考えて

いた馬騰が一刀のスキルを上げて、最も効果的な時に素性や能力を公開する事で一刀の重要性を西涼諸侯に

認めさせようとしていたのだと一刀は今になって理解することになった。


一つ、西涼諸侯連合は今後も天子様の名の下に西涼を守る立場を続ける事。

これは新たな盟主となった馬超が第一声として放った言葉である。

既に漢王室の権威は地に落ちており、各勢力が次の覇権を狙い勢力争いをするであろう時勢において、新たな盟主は

先代の意思と同じく変わらぬ忠誠と恩、そして義を貫くとそう宣言した。

後の義姫と称えられる所以の一つである。


一つ、先代盟主知り合いの二人の娘を馬騰の養子として認める事。

当人は既に死亡しており、異例ではあったが亡き西涼盟主最後の願いであり、またそれによって体制に影響は無かろう

と反対する者も無く認められた。

当然董卓と賈駆の名は最初から伏せられていた為、結果

董卓こと月は馬の一文字を貰い馬休と、

賈駆こと詠も馬の一文字を貰い馬鉄と名を変える。


かくしてその後の西涼軍の中核となる『馬3姉妹+従妹』の馬家4姉妹が誕生したのである。






「おねえさま、ちょといいかしら?」(cv:青山ゆかり/川神一子ver.)

「「「ぶはッ!!」」」

賈駆こと馬鉄が今後の方針を決める諸侯会議の場で意見を述べる為に放った一言で翠は悪寒から、蒲公英は

堪えきれない可笑しみから、一刀は声優ネタ的な意味で噴出してしまった。

月こと馬休にいたっては『詠ちゃんが壊れた』と呟きガタガタと震えていた。

「ちょっと! あんた達何よその反応はッ!!」

「あーいや……なんだかムズムズするからやめてくれ。背中が痒くなる」

「解ったわよ、翠……お姉様?」(cv:青山ゆかり/途中から川神一子ver.)

「(萌え)殺す気かッ!!」

「何でよ!」

「あーもう翠でいいよ、で何だよ?」

「反董卓連合が解散した今、乱世となるのは必定。私達西涼が生き残るには国力を増強しなければならないわ」

「だからってアタシは戦争を仕掛ける気はないぞ?」

「ええ、だから戦争ではなく、西涼連合に参加する様外交する事を提案するわ」

物は言い様である。言い方を変えれば降伏勧告であり、一刀は勿論会議に参加した諸侯代表者も何人か気付い

ていた。しかし馬超、馬岱の活躍によって大陸最強と言われるまでになった西涼軍の名声を持ってすればそれは

かなり有効な手であり、かつ馬超を丸め込む弁立を見せた馬鉄は『なかなかの者だ』と感心される。

馬鉄=賈駆の正体を知らないのだからこの程度の献策は序の口であり、上から目線でいた諸侯代表者達は

次の一言で謀士賈駆の恐ろしさを知る事になる。

「仲間になろうってのはいいんじゃないか? で、何処と外交なんだ?」

「長安の呂布」

ガタガタ! と何人もの諸侯代表者が驚きで立ち上がり、『一体コイツは何を言っているのだ』とざわめきが起きる。

呂布といえば西涼軍が敵対した董卓の将であり、主君を倒し洛陽から追い出した西涼軍を憎んでいるのは確実で、

今後いかに対策を立てるべきかと考えざるを得ない敵であるというのが実情を知らない者達の一般常識であった。

「前漢首都長安は今や戦場となり荒廃した洛陽に変わる最大の人口を誇る大都市、西方貿易の入口である武威

両方を抑えれば西涼諸侯連合は他国に攻めかかる気さえ無くさせる大国になるわ」

馬鉄は一度馬超を見、頷くのを見てから話を続ける。

「現在長安は洛陽との併用太守であった董卓が不在の為大変不安定な状況よ。その長安を安定させるのは天子さま

にとっても有益と考えるわ。そして占領している呂布としても……なし崩し的にその状況になったに過ぎず、決して望んで

いる状況ではないわ。統治能力の不足が罪……と言う人間がいるのならいいわ、でも呂布の立場ならば無理に罪に

問う必要がない。天子さまに忠誠を誓う馬超が保護したのなら名聞は立つ。そして洛陽の状態を知っている長安の民

にとっても最強の西涼軍に守られるのなら歓迎する筈よ」

長安を併合する事における西涼連合へのメリット、国の方針としての意義、盟主馬超の気質、長安側の立場すら内包

した発言に各諸侯代表者は声も無かった。

そして最も恐ろしい事はこれだけの弁立をしておきながら、はなっから絶対失敗しない出来レースであるという事実である。

所々声が感情的になったり詰ったり、聞く者によっては意味不明な部分もあったが事情を知っている一刀達にとって

は詠の気持ちは痛いほど解っており、詠の隣に座っていた月は詠の手を握り『大丈夫だよ詠ちゃん』と声をかけた。


長安を西涼諸侯連合に組み入れる有効性や可能性は解った。とはいえ所詮は楽観論であり、あの恐ろしい飛将軍呂布

へむざむざと使者を送っても殺されるだけではないか? 恋の気性を知らない者の当然の疑問である。

立場の低い者を送っても失礼に辺り、上の者がいって殺されては堪らない。この状況を最初から察していた詠はある

少女を推挙する。

「おねえさま……じゃなかった翠、外交の使者に馬休(月)を推挙するわ」

つい先程馬休となったばかりの儚げな美少女に視線が集まり、それに気付いた月は恥ずかしさから頬を染め俯いた。

『これは無理だろう? ……でも可愛い』諸侯代表者達総意の思いであった。

「月は魅力が高いから交渉毎において右に出るものはいないわ」

かなり親バカが入っている発言であるが実は事実である。あの呂布、張遼、華雄、陳宮という一流所の武将、軍師を

味方に引き入れたのである。

「ご主人様、どうする?」

「ああ、いいんじゃないか? 月頼めるか?」

今回一刀の仕事はこれだけである。

「はい、がんばります」

「解った、詠(馬鉄)の献策を採用する。月(馬休)は長安へ行く準備、ご主人様は一緒に文面を考えてくれ」


会議は終了した。


「……ご主人様、詠と最初から企んでたろ?」

「さてね」

文面について最初 ”饅頭食べ放題” でスカウトしようと思ったが西涼の財政が下手したら傾きかねないと思い直し

素直な気持ちを書くだけとした ”仲間になって欲しい” そう臣下でなく仲間に。

「これでいつでも呂布と勝負出来るな、おーいたんぽぽ、訓練付き合え!」

「仕事しろよ西涼太守!!」






外交に来た馬休に対し、呂布は二つ返事所か『……(コクッ)』の一頷きで了承。無論それだけで良いわけではないので

長安の長老達を集め説明。月の真摯な説明が効いたのかなんの問題も無く歓迎を受け『お嬢ちゃん一緒にお酒でも』

等と誘われまくったらしい。もしかしたらスケベ爺ばかりだったのかもしれない。

かくして詠と月は知の馬鉄、徳の馬休として西涼諸侯にも一目置かれる存在となった。

賈駆の策略、月を王と出来ないのなら月を保護する国を最強国として月の平穏を創り上げる。を現時点で成し遂げた

のである。

また長安が西涼諸侯連合に加わった事により、同盟国であった天水も自ら連合に加わりたいと馬超に使者を送り、

かくして

元よりの領地である、武威、安定。外交により長安、そして天水の2都市を加え、全4都市を傘下とし、現時点で

動員出来る兵力は10万を超え、人口第2位、現時点では1位の首都長安を加えた事で袁紹を超える最大勢力

西涼軍閥大連合が結成される。


主な将軍及び軍師は馬岱、呂布、馬休(董卓)、馬鉄(賈駆)、陳宮、そして一刀。

そしてその大勢力を治める盟主馬超。


後に、当人である馬超は最後まで天子さまの元での国であると言い続けた為当人達は名乗らなかったが、この時より

他国から、また歴史として他の国名に対してこう残される事になる ”馬” 国と。










(あとがき)


今回の伏線回収

詠の計略(16話)、4人がとある事件によって数奇な縁(17話)。

あとは細々と3話の会話とか6話の司馬懿との会話とか等等。


というわけでオリキャラだけどオリキャラじゃないオリキャラの馬休と馬鉄(オリオリうるせーその2)

どっちが姉?とかでなく名前の響きほっとできる月は休、ツンツンしてる詠は鉄かなと。

蜀ルートみたいに人材飽和でメイドさんなんてさせてる余裕は馬国にはないのですwでも諸侯連合であって

桃香や一刀が良いといったから良いのだ。と詠を軍師に任命。なんて出来るお国柄でないのであくまでも

馬騰さんの養子としての馬休と馬鉄さん。


今回のフォロー

距離間についてはもう本編自体が超適当で世紀末救世主伝説とか言いながら関東平野うろついてた

だけな北斗の拳くらい狭い中国大陸なのでまあリアルタイムは当然無視しつつそれなりの距離なら

それなりに時間かかったよ。的な感じで進行します。襄平にいた公孫賛が翌日には雲南にいたとか

そーゆー無茶はしないです。(3日位?:無茶だ!)

そしてゲロまみれのラブストーリー(最悪だ!)いや詠を気絶させる際にチョークスリーパーだったけど

あぶないよそれは……と思い直したらこんな事になった。思い直さないほうがよかったんじゃないかと?


マジ恋の川神一子ネタはもう駄目だ、もう一子可愛過ぎてもう! まだやってない恋姫声優さんのファンは

やってみるといいかも。風とか鈴々もネタしてくれるですよ(もっといる)

会話の書き方がちと変わったり部分部分大幅にカットしたり……化物語ハマッた影響あるかも。




[8260] 20話~袁紹伝その1~
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/10/25 02:34






―――北平




ドゴッ……ドゴッ、ドゴン!!



 北方の雄公孫賛が篭城する幾層もの城壁を備える堅城易京城。その年輪のように聳え立っていた城壁が、

まるで地盤沈下したようにけたたましい音をたてながら次々と崩れ落ちていった。

「ちくしょー! 麗羽おぼえてろよー!!」

なんの捻りも無い、至極普通な負け惜しみを叫びながら、何人かの部下を引き連れて公孫賛は南方へ逃げ

去って行った。


「顔良にお願いされたとおり兵を配置しなかった南方へ逃げていったけど、本当に逃がして良かったのか?」

「うん。下手に北方の異民族に助けを求めに行ったり幽州に潜伏されたら駄目だったけど普通に逃げてくれるなら

それでいいよ」

敵を逃がしてそれで良かった。可愛らしい笑顔でそう言われても意味がさっぱり解らなかった。

「公孫賛さまは袁紹さまの数が本当の本当に少ない稀少な友達だからな」

文醜の補足でなんとなく意味が解った。

「そうか、袁紹って優しい人なんだな」



……爆笑された。



「うおー腹いてー♪ いやーアニキのボケは最高だな」

「そんな……笑っちゃ悪いよ……田楽さんまだ姫と会ったことないんだから……くっ」

「いや顔良もそんな必死にこらえられると余計辛いんだけど。それ以前に名前間違ってるし」

「おいおい斗詩、またアニキの名前間違ってるぜ? 田んぼに埋まってた田夫さんだよな?」

「文ちゃん、それそのまんまだし……たしか埋まってた田んぼだけ豊作だったから田豊さんでしたよね?」

「……うん、まあ拾ってくれた農家の人が付けただけで本名はわかんないんだけどな」




田豊と呼ばれた青年は苦笑しながらそう答えた。その姿は服こそ違えど天の御使い北郷一刀と瓜二つであった。






――回想


と、言ってもさっきの二人の会話がほぼ全てな気がする。

拾ってくれた人の話だと田んぼのど真ん中で浮いていたそうだ。ただ足跡も何処にも残ってなく、その日流れ星

があったから天から落ちてきて田んぼに埋まったんじゃないか? と。(そんなバカな)

『何で?』『何者?』と聞かれたがさっぱり思い出せず、証明できるものが何かあるかと手持ちの物を探しても

泥まみれでもはやどうにもならず、洗濯して着れるようになった服以外自分を証明する物は何も無かった。

しばらく農家の手伝いをして暮らしていたが凶作。ただ自分が浮かんでいた田んぼだけ何故か豊作であった為

天からの田んぼの神様に違いないと村人達から田豊と名づけられた。

とはいえ凶作で世話になるのも申し訳ないし一向に記憶も戻らないので旅に出る事にした。着ていた服が珍しい

生地だそうなので以前そこそこの値で商人に売り払っていた金を旅費とした。


 最初に着いた町の食堂で顔良と文醜が財布を落としたとかで困っていたので女の子2人分くらいなら立て替えて

あげようかと思い、声をかけた。


……旅初日で無一文になった。どんだけ食ったんだこの2人!?






――回想2


 二人は大勢力袁紹の2大看板と言われる程の将軍だった。普通に可愛い女の子にしかみえなかったんだけど。 

気が付けば2人と意気投合し、2人の側近のような立場になっていた。これは『お金ないならウチで稼ぎなって』

という文醜と『う~ん? 田豊さんの顔どっかで見たような気がするんだよね?』という顔良の言葉が決めてだった。

そもそも行くあても、お金もなかった。流石に兵士というのはビビッていたが『あたいの側に入れば平気平気♪』

『田豊さん一人くらいまかせて』となんとも頼もしい限りだった。



北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその1―――惨敗(え~)



「だ~ッ、また騎兵に翻弄されたー!」

「毎回伏兵の騎馬隊に翻弄されちゃうねー」

「騎兵に歩兵が向かっても蹴散らされるんじゃないか?」

「む? なんだよアニキ、それでも数で押してあと一歩って所で……」

「伏兵の白馬騎兵隊に後ろから襲われるんだよね」

「おいおい、そこまで解ってるんなら策とか考えられるんじゃないか?」

「田豊さんなにか策があるの?」

「う~ん、毎回伏兵にやられるんならこっちも伏兵を用意して挟撃するとか落とし穴でも掘っておくとか?」

「うわッ地味!」 「田豊さんの作戦ってなんだか地味だね~」


おまえら……



北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその2(界橋の戦い)―――勝利






――回想3


 界橋の戦いの勝利によって公孫賛を後退させた顔良、文醜軍はそのまま公孫賛を追って北上。

しかし幽州は公孫賛の本拠であり、顔良、文醜軍の兵数だけで勝つのは難しい状況であった。


「だ~ッ、数が違いすぎる!!」

「今更袁紹さまの本隊に来てもらってもそれを待ってたら公孫賛さん益々勢力戻しちゃうよね」

「兵数はなくてもお金とか食料は結構あるんだろ?」

「む? なんだよアニキ、お金で戦争は勝てないぞ?」

「まあお腹減ってたら戦えないからいちがいには言えないけどねー」

「いやいや、そうじゃなくて、そのお金を使って兵数を増やせばいいんじゃないのか?」

「田豊さんなにか策があるの?」

「う~ん、例えば北の異民族に食べ物あげるから協力して貰うとか現地の人にお金渡して寝返ってもらうとか?」

「うわッアニキエゲツねぇ!」 「田豊さんの作戦って怖いよね~」


おまえら……



北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその3(鮑丘の戦い)―――勝利







――回想4


 鮑丘の戦いの勝利によって公孫賛は撤退を余儀なくされ、易京へ本拠地を移す。

顔良、文醜軍はそのまま公孫賛を追ってさらに北上。

しかし公孫賛が篭城する易京城は幾層もの城壁を備える要塞であった。


「だ~ッ、城壁が多すぎる!!」

「登っても登っても次の城壁だもんね~」

「……」

愚痴りながら二人が何故か俺をジッと見つめていた。

なんだかデジャビュを感じ、首を捻っていると顔良が声をかけてきた。

「田豊さん、何かいい作戦ないかなあ?」

「う~ん、城壁登るのが大変だったら穴掘って進めばいいんじゃないか?」

「うわッ地味!」 「田豊さん相変わらず地味だね~」


おまえら……



北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその4(易京の戦い)―――勝利



そして現在に戻る。






……この2人駄目駄目なんじゃ? 今気付いた。いや戦闘ではメチャクチャ強いんだけど。


「それじゃ、これだけ大活躍した田豊さんを姫に紹介しないとね♪」

「ああ、アニキ面白いから麗羽さまもきっと喜ぶな」

面白いから? 何か聞き捨てならない言葉だったような?

「いやちょっと待ってくれ。確かに俺も少し調子に乗ってたけど実際ちょっと思った事を言ってただけで仕官なんて

ずうずうしいと思うぞ?」

「槍を持って戦えなんていわないって! 軍師として紹介すっから♪」

「軍師!? なお困るって! 袁紹軍なんて大勢力じゃないか、俺なんかが軍師って……」

「あ、心配しなくても大丈夫ですよ。意見なんて採用されませんから♪」

顔良が笑顔で物凄い事を言った。

「は?」

「そーそー麗羽さまが部下の意見なんて聞くわけないしな」

「じゃあ軍師いらないジャン!?」

「なんだよアニキ、あたい達と一緒にいるの不満なのか?」

くっ! コイツ俺に気なんてない癖になんつー可愛い事を!!

「田豊さん……」

ぐはっ! そんな懇願するような上目遣いとか……

「解った、軍師でも兵卒でもいいよ。袁紹に紹介してくれ」

「やったー」「わーい」

物凄い喜んでくれた。そっか、記憶は一向に戻らないけどこの2人と馬鹿やってくのもいいかな?

「よかったな斗詩、これであたいらの苦労も減るからイチャイチャ出来る時間増えるな♪」

「もー文ちゃんたら……でもこれで姫のわがままの半分は田豊さんに行くからとっても助かるね」


……なんですと?


「あ、あと公孫賛さま逃がした責任はアニキって事で」

「あ、穴掘って勝つなんて地味だってお仕置きされるかも? お気の毒だね」

「ちょっとまて! だって逃がした方が喜ぶんじゃないの? 兵も損害が少ない作戦のほうが」

「あーそれとこれとは別だから」

「そーゆー理屈は姫には通じませんから早く慣れて下さいね」

しまった。だから指示じゃなくてお願いだったのか!!


……いやおかしい。絶対におかしい。逃げるなら今しかないのでは?


「ほーらー、ボケッとしてないで、おいてくぞアニキ」

「田豊さん急いで、姫が待ってますよ♪」


二人に手を摑まれる。なんかもう逃げられないらしい。酷い詐欺にあったようなあわなかったような……

それでも屈託無く笑う美少女2人は結局魅力的で、このおかしなコンビが慕う聞く限り無茶苦茶な姫さま

とはどれほどの者なのか? それすらなんだか楽しみになっていた時点で田豊はもう手遅れであった。





田豊こと3人目の北郷一刀(記憶喪失)。それはもう、今までが平穏だったと言うほどに本当の本当に

苦労する事になるが、それはこれからの話。










(あとがき)

注意:今回のあとがきはネタバレがあります。そーいうの嫌な方は見ないで下さい。









今回の伏線回収

聖フランチェスカ学園の制服(14話) 田豊一刀のものでした。

当然ミスリードを狙っていたのですが一応ヒントは北方四州の仲介屋辺り。


武将列伝(個人的な主観が多分に入っております)

演戯ベース

田豊=袁紹軍一の軍師。常に正しい献策を袁紹にしていたが剛直な性格が災いして

キレた袁紹に投獄されてしまう。結局田豊さんの言う事聞かなかった袁紹さんはボロ負け。

『ゴメンよ田豊』と反省したけど田豊さんのライバルが『アイツ失敗した袁紹さまを笑ってますぜ』

と根も葉もない陰口を言って、結局処刑されてしまう悲劇の天才軍師。

曹操さんも袁紹が田豊の言う事聞いてれば勝敗は逆になってただろうと思った程の惜しい人物でした。


田豊一刀の運命はもううわぁ……って感じですねー(苦笑)



んでネタバレですが、これ以上一刀は増えません!!(おかしな日本語だ)

これは別に一刀大戦とかそんなんがテーマ(テーマとか偉そうに)ではなくて、

自分が目指す最終回には3人必要だったからです。

(まあいつもどおりのくっだらない理由なのですが)

んじゃあなんでネタバレしてんのかと言えばこれからも一刀がポコポコでるのかよ?

見たいに思われたらつまんなくなりかねんなあと思ったので。



今回の顔良さんに文醜さんは途中から一刀を試してたんじゃないかな?
あの二人が袁紹の為にならない人材を

推挙するわけがないので(いや想像ですがw)








[8260] 21話~袁紹伝その2~
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/11/02 02:07





―――曹操軍、玉座の間



 深夜、仕事も片付いてそろそろ寝ようと思っていた俺の所に届いたのは、大至急の集合命令だった。

「……むにゃむにゃ」

風はいつもどおりであったが集まった武将、なんと凪ですら立ったまま寝ていた。

俺から見て王座左側の定位置に立つ夏侯惇こと春蘭が大欠伸をしている所を見るとこの緊急招集を指示

したのは未だ現れない夏侯淵こと秋蘭らしい。

秋蘭を除く全員が定位置、俺は軍師が連なる位置に立つ。隣には程昱こと風、郭嘉こと稟。

……荀彧の姿はそこにはなかった。

武官が立つ場所には張遼こと霞、楽進こと凪、于禁こと沙和、李典こと真桜、典韋こと流琉、許緒こと季衣。

扉が開かれ、秋蘭が王座右側に立つ。

現状集まれる曹操軍の武将が深夜の王座の間に集結した。


王座に座る王はいない。


「夜分遅く済まないな。先ほど早馬で、徐州から国境を越える許可を受けに来た輩がいる」

「……何やて?」

「入れ」

「……は」

「な……」

「何やて……!」

秋蘭のぞんざいな入出許可に一言返して堂々と入ってきた武将を見て凪が、霞が絶句する。

「見覚えのある者もいるだろうが、一応名乗ってもらおうか?」

気のせいではないだろう、全く感情の篭っていない声で秋蘭は入ってきた武将にそう告げる。

「我が名は関雲長。徐州を治める劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支える者」







―――徐州、北方の国境地帯


時は半日前に遡る。


「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」


……ああ、うんもう慣れた。

 唐突に始まった袁紹の高笑いを聞きながら田豊は顔良と文醜に紹介されて初めて袁紹と会った

日の事を思い出していた。

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! で、アナタ誰ですの?」

しょっぱなあの高笑いというそれはもう物凄いインパクトだった。

それ以前に高笑いする必要ないだろその会話の流れ?

顔良と文醜が『とっても面白い人だから是非軍師に!』と袁紹に推挙した。

嘘でもいいから『優秀』とか言って欲しいというのは贅沢だろうか?

「はあ? 軍師? なんだか貧相なお顔ですけど? 貴方が~?」

凄く胡散臭そうな目で見られた。その判断は間違っていないので流石に一角の英雄と判断したのは早計だった。

「それではテスト(試験)しますわ。関に篭る敵軍とどう戦いますの?」

さしあたって状況説明が少なすぎて答えようがない気もしたが、事前に二人から受けていたアドバイス通りに答える。

「華麗に進軍する事を進言します」

「あら? それでは敵が逃げたらどうしますの?」

「……華麗に追撃する事を進言します」

「なかなかやりますわね。顔良さんと文醜さんの推挙でもありますし、この大将軍の私が特別に田豊さんを軍師に

任命してさしあげますわ。おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

マジかよ!? というかやっぱりその高笑いおかしいだろ?


ちなみに二人から受けたアドバイスは『頭に『華麗』ってつければOK』だった。





「そうそう。所詮この世は焼肉定食……空しいぜ」

は? 焼肉?

ふと現実に意識を戻すと文醜が意味不明な発言をしていた。まあそんな世の中だったら確かに空しいケド。

「それ、字が違わない?」

袁紹軍の良心顔良がやんわりとツッコミを入れる。この子がいなかったら『常識って何だろう?』という哲学

じみた思考に耽るあまりニートになっていたかもしれない。

「……そうだっけ?」

「文ちゃん……そんな所かっこよく言っても、全然かっこよくないよぅ」

あれ? ツッコミそこだけ? 焼肉定食はスルーするの?

「文醜、弱肉強食と焼肉定食じゃ全然違うだろ? 肉と食しかあってないぞ……あれ? 字的には半分当ってる?」

「じゃあほぼ正解だな」

「文ちゃん惜しかったね」

おかしいな? 全然違う気がしたけどツッコミする程の間違いでもなかったのか?

(注:全然違います。田豊は既に袁紹軍のノリに毒されています)

どうやら袁術との戦いで手一杯の劉備の領地を掠め取る作戦についての話らしい。

「こんな広い土地を美羽さんに一人占めさせるなんて……このあいだお夜食を食べていたら、だんだん腹が

立ってきましたの!」

ああ、『田豊さん、お腹が空いたのでお夜食の用意をなさい』とか言って深夜に叩き起こされたアレね。

『何食いたいんだよ?』って言ったら『満漢全席』とか言い放ったアレね。

俺も思い出して腹が立ってきたよ。

というか夜食と領土拡大を結びつける方程式が解らないよ.。

「ともかく、南にかかりっきりの劉備さんのお城はスッカスカのがらっがらに決まってますわ!

今のうちにわたくしたちの物にしてしまいますわよっ!」

「おー」

「声が小さいですわっ!」

「おーっ!」

「って田豊さん! 軍師が声を出さないとはどういう事ですの!」

いや軍師の仕事じゃないよなあ? と思いつつも

「はいはい。じゃ顔良、文醜いくぞ? せーの」

「「「おーっ!!」」」


……このアホなノリは嫌いじゃないんだよなあ。






―――曹操軍、玉座の間



「なんで関羽がこないな所に……」


「き、きさまああああぁぁぁッ!!!!」

「落ち着け姉者!!」

関羽に飛び掛らんとした春蘭を予測していたのであろう、秋蘭が羽交い絞めにして止めた。

「これが落ち着いていられるかッ!! コイツらのせいで華琳さまがッ!!」

「今はその時ではない! 我等の誓い忘れたかッ!!」

「ぐっ……くぅぅ……」

収まりが付かないのか春蘭はギリギリと歯軋りしつつ関羽を睨み続けた。

さしもの豪傑関羽も流石に多少たじろぎ『そういえば』と前置きした後こう続けた。

「曹操殿がおられないようだが?」




……シン、と場が静まり返る。


「……華琳は忙しいくてな。話は俺たちで聞こう。秋蘭?」

「ああ、後は北ご……司馬懿にまかせる」

「解った。劉備は今南に袁術軍、北に袁紹軍と徐州に攻め込まれ、関羽がこんな所に来ている余裕など

ない筈だが、華琳の所に助けを求めに来たってことか?」

「違う……私は、曹操殿の領地通行許可を求めに参りました」

「……通行許可!? ってことは、まさか!」

「まさかってなんや?」

「あの……」

李典の質問に対し、流琉が察したのであろう。これは『軍義等で気付いた事があれば積極的に意見を言う事』

と俺が全員のレベルアップの為に提案したからだ。

「流琉、続けて」

「はい兄さま。えっと、袁紹さんと袁術さんから逃げるために、私たちの領を抜けて、荊州、又は益州に向かう

という事ですか?」

「……その通りです」

「ズルイ!! ボク達の約束は破っといてまた助けてなんて!」

季衣が怒鳴る。お腹が空いた時や相手にチビだと侮られた時位しか怒らないあの季衣が。

……あれ? 結構沸点低いな。まあそこはいい。季衣の言葉はここにいる全員の気持ちだった。

華琳がこの場にいたのなら『劉備を信頼した私が愚かだっただけよ』と言ったかもしれないが、

劉備を信頼したせいで呂布隊の奇襲を受けた曹操軍は取り返しの付かない程の損害を受けたのだから。

「あれは!……いや」

反論しようとした関羽が口ごもる。理由があったのだろうが結果が伴わない以上言うべきでないという判断だろう。

「……返答をしに劉備の元へ行ってくる。何人か付いてきて欲しいんだけど?」


何だかんだでその場にいた全員が付いてきてくれた。

「……感謝します、司馬懿殿」

並走する関羽が既に戦場での定位置と定めたのであろう風を覆うように馬に乗っていた司馬懿にそう声をかけた。

「その言葉は、無事に事が済んでから聞くとするよ」

「ですね~」



「それはどういう……?」

国境ギリギリの地点で劉の牙門旗が見えた。

「じゃあ行ってくる」

「待て! せめて劉備をこちらに呼び出すなどさせろ!」

兵も連れてきている以上、ここからは人数を絞らなければならない。風を乗せたまま馬で劉備の元へ行こうとする

司馬懿一刀を春蘭が止めた。

「う~ん? 華琳なら、『覇者たらんとしているこの私がそんな臆病な振る舞いすると思う?』とか言いそうだと思って」

「そうかもしれんが、お前と華琳さまでは武力が虎と雑草位違うだろう! 私も行くぞ」

虎と雑草って比べる対象として変だろう? というか雑草に殺傷力ないんですけど?

「お待ちください。ここまで出向いて頂いたのだ。今度はこちらが誠意を見せる番でしょう。数名コチラに来る事を

許可願いたい」

そういうことなら、と頷き返し、関羽は劉備他数名を伴って戻ってきた。

「曹操さん……じゃなくて、え~っと?」

「司馬懿仲達。華琳は多忙な為、かわりに話を聞きにきた」

馬上から返答する。失礼にあたるが曹操軍の怒りの度合いからすればこの程度の失礼は当然だという判断だった。

「そうですか。では貴方を通して、あの時はお世話になりました。そして全滅するわけにはいかなかったとはいえ、

曹操さんの依頼を守れなかった事、ごめんなさい」

「……伝えておく。でもそれで今度は領地を抜けたいなんて随分な無茶を言ってきたな」

「すみません。でも、皆が無事にこの場を生き延びるためには、これしか思いつかなかったので……」


「あ、あの~……」

対面した時から目をパチクリとしていた諸葛亮が、どうやら意を決して話しかけてきたので頷いて話を促す。

「……天の御使いさま、何をしてるんですか?」

「!?」

何で? 俺この子と初対面……あ、そうか、馬超軍の軍師と知り合いなのか。本人さえ欺く俺の変装を見破るとは

流石孔明! 生ける仲達を走らすだけあるなってか俺この子とライバルになるのかなあ?

それよりどうするべきか? そもそも迷信に対する身の安全の為の司馬懿仲達だったが他国にバレて問題が

あるのか? 未来を知っているとはいえ、もはや”稀に似たような出来事が発生する”程度の類似点しかないこの世界。

自分のアドバンテージなどたいした価値もないと思うし……うう~ん?


「何言ってるの朱里ちゃん? この人ご主人様じゃないよ?」

「ええっ!? 何を言っているのですか桃香さま、どう見ても同じ顔でしゅよ! はう、かんじゃった」

「朱里こそ司馬懿殿の顔を良く見てみろ。確か馬国の軍師殿は髭など生えていなかったではないか」

「どーみても筆で書いた髭じゃないでしゅか!」

「愛紗、そんな解り難い特徴を言うから朱里が混乱するのだ。お兄ちゃんと着てた服が違うから別人なのだ」

「服なんて着替えればいいじゃないですか~!」


ちょっと前のバレたらどうすればいいか? そんな想定が全くの無駄である事を劉備軍の武将達の発言で

理解する。

「はわわ……あ、あの司馬懿さんじゃなくて天の御使いの北郷一刀さんですよね?」

「ベツジンダヨ」

「喋り方も全然違うのだ!」

「さっきまで普通に喋ってましゅた! はぅ、またかんじゃった」

ちょと泣きが入っていた。可哀想に……一般常識を持ち合わせた人間の方が間違い扱いされる恐るべき三国志世界。

「……ごめんね、朱里ちゃんがそんなに疲れてたなんて」

「その気遣いは残酷ですよぅ」

なんかもう正しい筈の諸葛亮が病人扱いだった。酷すぎる。

「あの、通行の許可をいただけませんか?」

仕切りなおしにと、改めて目的を告げる劉備。

「……条件がある。通行料を貰いたい」

「うわっ隊長セコッ!」 「なんだかかっこ悪いの~」

そんな野次が聞こえたが無視する。

「朱里ちゃん、あたし達いくらくらいならお金だせるかな?」

「そ、そうですね、ギリギリ切り詰めれば……」

「通行料は……そうだな。関羽でいい」

諸葛亮の言葉を最後まで言わせず、そう告げた。



「…………え?」

劉備が一瞬何を言われたか解らずキョトンとする。

「なに……?」

突然自分の名前が出された事に関羽も困惑した。


ドシャリ……と、司馬懿が落馬していた。というか風に突き落とされていた。


関羽に向かっていた全員の視線が落馬した司馬懿に注がれる。

「いたた……いきなり何を…………なされるのでしょうか風……さま?」

風の馬上から血も凍るような蔑んだ冷たい視線を受け、思わず敬語を使ってしまう司馬懿。

「隊長最低なの~!!」

バチン、と沙和の強烈なビンタ。

「男の屑やな」

ゲシッ、と真桜の突き刺すような蹴り。

「兄ちゃんのスケベ!」 「兄さま見損ないました」

季衣のボディブローと流琉の裏拳。

こ、殺される!

流琉の裏拳で飛ばされた先に凪が立っていた。

「凪、みんなおかしいんだ、助けてくれ!」

「触らないで下さい隊長という名のゴミ屑」

凪に心をズタズタに切り裂かれた。


……いったい俺が何をした?

「相手の不幸に付け込んで女の子をモノにしようなんて隊長最低過ぎるの~!!」

そんな風に思われていたのか!?

「だいたいなんや? 胸か? ウチかてけっこうあるやろ!!」

しかもおっぱい目的? 俺はそーゆー性癖だと?

「違うよ!! 武将として関羽を陣営に加えたいと言ってるんだ!!」

この世界では何故か馬超が大活躍していた為、反董卓連合軍では今ひとつ目立たなかった関羽だが歴史を

知っている俺からすればその強さはまさに5指に入る。そして戦力ががた落ちしている今の曹操軍において、

歴史上顔良と文醜を討ち取った関羽は絶対に必要な戦力であった。

「それほんと~?」 「なんだか言い訳っぽいです兄さま」

純粋だった筈の子供達の目から感じる視線に尊敬という色が消えてなくなっている気が凄くした。

「全く、俺を信じてくれてたのは春蘭、秋蘭と霞と稟の4人かよ」

と、後ろを振り向くと抜刀している春蘭を秋蘭と霞の二人で押さえ込んでいた。

その刀を誰に振り下ろすつもりだったのかは聞きたくなかったので俺にではないと信じて生きていこうと思った。

「期待の篭った視線を感じますが、私は呆れただけです」

そーですか。稟の一言で全滅だった。

「風にはわかっていましたが、なんだかカチンときてしまったのですよ」

解ってたんなら馬から突き落とさないで欲しい。下手すりゃ骨折するから。


「で、どうだろう? もちろん、追撃に来るだろう袁紹と袁術もこちらで何とかするけど?」

「……桃香さま」

「司馬懿さん、ありがとうございます」

「桃香さまっ!?」

「お姉ちゃん!」

「……でも、ごめんなさい愛紗ちゃんは大事なわたしの妹です。鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも……他のみんなも、

誰一人欠けさせないための、今回の作戦なんです。だから、愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ、意味がないんです。

こんな所まで来てもらったのに……本当にごめんなさい」

そう言って劉備はぺこりと頭を下げた。

「桃香さま……私なら」

「朱里ちゃん、他の経路をもう一度……」

「稟、この規模の軍が、袁紹や袁術の追跡を振り切りつつ、安全に荊州か益州に抜けられる経路に心当たりは

あるか?」

「幾つか候補はありますが……追跡を完全に振り切れる経路はありませんし、危険な箇所がいくつもあります。

我が国の精兵を基準としても、戦闘もしくは強行軍で半数は脱落するのではないかと……」

「……っ。朱里ちゃん……」

「……」

「そんな……」

「桃香さま……」

「司馬懿さん……だったら……愛紗ちゃんの変わりに私が曹操さんの部下になります!」

いやいらないし……劉備を陣営に加えた勢力は悉く衰退している。申し訳ないけど……と断りを入れようと

改めて桃香(劉備)を見、その華琳とは系統の違う童顔美少女っぷりと不釣合いな巨乳に思わず生唾を

飲み込みそうになり息を止めた……全員がジッと俺を見ていた。危ない所だった。

「司馬懿殿、その申し出お受けしたい。ただし幾つか条件がある」

「愛紗ちゃん!!」

「言ってみて」

「我が主は桃香さまただお一人。あくまでも客将とし、手柄を立てた暁には桃香さまの元へ帰る事を許して頂きたい」

「関羽! きさまが条件を言える立場だと思っているのか!」

「止めろ姉者。どのような事が手柄とは明言していない。それはある意味我等の度量を試されているのだ」

「なおさらずうずうしいではないか!」

「そうでもないやろ? 逆に言えば何をしても手柄と認めてもらえなければいつまでも曹操軍にいると言っとるんや。

たいした覚悟やと思うで? ウチは気に入ったわ、美人やしな」

「春蘭、秋蘭?」

「勝手にしろ!」 「任せると言った、司馬懿を信じよう」


「曹操代理としてその条件受け取った。手柄をたてた暁には必ず劉備の元へ帰そう」

『感謝する』と一言、一礼して、劉備の元へ跪いた。

「臣下として、主の命に背く事お許しください。ですがいつか必ずや桃香さまの元へ帰りましょう。その時にはどうか、

再び末席に加わることを……」

「愛紗ちゃん、不甲斐ない主でゴメンね。待ってるから……ずっと待ってるから」

「鈴々、朱里、桃香さまを頼んだぞ!」

「嘘なのだ……愛紗と別れるなんて、そんなの……あっちゃいけないのだーッ!!」

暴れだそうとした張飛を強く抱きしめる関羽。


ゴクリ……と凪は生唾を飲んだ。

なんだ……今の氣は? あの小さい体にどれ程の武が渦巻いているのだ? そしてそれを決して友愛だけでなく

受け止め受け流した関羽。この二人強い!!

「凪ちゃん顔色が悪いの。大丈夫なの?」

「あ、ああ沙和、なんでもない」

張飛はいつか曹操軍の壁となる! 凪はそう直感し、更に強くなる事を誓う。


「鈴々、その武、我等の再起の時に取っておいてくれ。すぐ戻る、すぐ戻るからな」

泣きじゃくる鈴々を抱きしめつつ、朱里と頷きあう愛紗。

「星と雛里、それから白蓮どのに挨拶できないのが心苦しいが、すぐ帰って来るからと宜しく伝えてくれ」

関羽はもう一度、膝をつき、頭を落とし涙する劉備に一礼し、曹操軍の元へ入り、クルリと後ろを向く。


曹操軍客将、関羽雲長が誕生した。







―――袁紹軍陣地


「袁紹さま、袁紹さま、袁紹さま~!!」

「なんですの文醜さん、ちょっとうるさいですわよ?」

戦場で忙しい筈なのに何故か『田豊さん、わたくし暇なんですの』と意味不明な事を言い出したので

袁紹の天幕にてだるま落としに勤しんでいた袁紹と田豊の元に文醜が飛び込んできた。

「大変なんですよ袁紹さま! 斥候の報告だと、なんでも劉備の城が今もぬけの空で、全軍で曹操の国に

逃げ込もうとしてるみたいなんですよ!」

「……なぁんですってぇ!」

「今斗詩の方で追撃隊の編成をしてるんスけど、追撃していいっスか?」

「さっさとお行きなさい! それから田豊さん? 軍師として、あなたは何をするか解ってますわね?」

「ああ、放棄された劉備の城に罠がないか調べればいいんだな?」

「はあ? 何を言ってますの? 全く分かってないですわね!」

「え? 違うのか?」

「全然違いますわ。田豊さんのお仕事は遠征の疲れを癒す為にもこの徐州にある温泉を探してくるのですわ!」

「そんなの解るかッ!! ってゆーか軍師の仕事じゃないだろ?」

「あーでもアニキ、あたいも温泉入って斗詩といちゃいちゃしたいかも♪」

「それじゃ広いお風呂がいいですわね、あと露天風呂でお肌にいい温泉にしなさい」

「はいはい、じゃ探してくるから文醜も気おつけてな。顔良にも言っといて」

「あいよアニキ、混浴だったら一緒に入ってもいいぜ、そんじゃ行ってきます」

絶対混浴を探そう。そう誓う田豊であった。







「くぁぁぁぁぁぁぁっ! 生き返りますわーーっ!」

「おばさんくさいですよ袁紹さひゃあっ!」

「このっ、この口が言ったんですの!」

「ふひゃぁっ、ふひゃわわわーーーーっ!」

「うーん、平和だなー」


ここは徐州にある肌に良い効能があると言われる巨大な露天風呂(混浴)。

軍師田豊はその頭脳(普通に足で稼いだ)をふるに活かし、袁紹が望む通りの温泉を見事に

見つけてきたのであった。

ちなみに追撃は曹操軍にボコボコにやられたらしい。めげないなあ……

「田豊さん、貴方も顔良さんのこの生意気な口を反対側からひっぱっておやりなさい!」

「いや、それは無理だから!」

温泉を見つけた褒美に一緒の入浴を許されてはいたが、探す時はついテンションを上げて混浴を探し出しは

したが、いざとなると流石に3人の肌を見るわけにもいかず、3人に背を向けていた。

「そーですよー。姫も前くらい隠してくれないと田豊さんこっち向けませんよー」

「あーら? わたくしは、見られたら減るようなモノとはひと味もふた味も違いますの。全然かまいませんわよ?」

「え? いいの!?」

「アニキ弱ッ!!」 「田豊さん意思弱すぎ!」

言葉の袋叩きだった。

「まあアニキには……」

「ひあっ!? ちょと文ちゃん、そこは駄目ッ!!」

顔良になにをしているんだ文醜!?

「特別にアタイが斗詩のエッチな声と音を聞かせてやっから後でいやらしい妄想に使うといいよ。あ、その妄想はアタイに

教える事。それ斗詩に実践すっから♪」

「良くないよ~……ああん!」

チャプチャプと猪々子が斗詩の胸を揉みしだく音とエッチな声がそれはもう物凄いハーモニーを生んでいた。

「まあなかなかの温泉ですから、軍師になって初めての大手柄ですわね」

初めて褒められたのが温泉探しの功績だった。袁紹軍の軍師は奥が深い、いや広くて浅すぎ!!

「そーですわね、それじゃ特別に、と・く・べ・つ・に・! わたくしの真名を授けますから、これからは麗羽さまと呼んでも

よろしいですわよ」

「おお! やったなアニキ!」 「凄いです田豊さん!!」

「えっ? そんなにこの温泉気に入ったのか?」

「バッカだな~アニキ♪ それだけじゃねーって」

「そーだよ、麗羽さまの軍師で3日以上持った人いないんだから♪」

ああ確かになあ……言ってることメチャクチャだし我侭だし。でも根は悪い奴じゃないんだよなあ、一週回って巻き込まれる

のは大変だけど面白いし、夜食ん時もアレ実は一日働いて飯食ってなかった俺に食わせようとした節があったし……

それは良いほうに解釈し過ぎだなと思い直したが。

「あれ? そういえば顔良が袁紹の事麗羽って言ったの初めて聞いたかも?」

「あたいらだけ真名で呼んでたら仲間外れみたいで嫌だろ? まあ斗詩は別だけどな。そんじゃあたいは猪々子」

「これからは斗詩でいいですよ、改めて宜しくお願いしますね田豊さん」

なんだろうな? 真名なんてルールは俺の記憶には無いから知らない物ではあるけれど、

今凄く嬉しい事だと思った。

「俺は記憶がないから、今は田豊でしかないけど、いつか真名を返すよ。宜しくな麗羽、猪々子、斗詩」

「よろしいですわよ」 「おう!」 「はい!」




この日、袁紹は河北四州に徐州を加え、領土的には馬国を超える最大勢力になったのである。






(あとがき)

司馬懿一刀に限らず、この作品にて史実=吉川先生三国志演戯をベースに+α となってます。

文醜の所とかね。

注意:満漢全席は清時代です。ボクの中国の豪華料理のイメージってこれだけだったりw



さて役者が揃いました。

次回官渡の戦いです。







[8260] 22話~袁紹伝その3~
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/11/12 19:04





河北四州、そして徐州を領土とし、最大勢力となった袁紹は15万を超える大軍を擁して南下、曹操領土へと侵攻を開始。

戦いの回避は不可能。むしろここで袁紹を打ち破り、河北を一挙に制圧すべし!

という曹操軍の方針における詳細な戦略を練る為、曹操軍3軍師が集まり、小会議を行っていた。

「一刀殿はやけに主戦論を展開していましたがどのような公算を持って勝機としているのですか?」

曹操軍において、最も戦略、戦術に長けているであろう郭嘉が司馬懿一刀に話を向けた。

「……何って」

一刀の知る歴史的には勝っていたから。というのが最大の理由ではあったが実際知っている三国志に比べると展開が

随分違う。しかし聞いた限りの袁紹像は正史以上の駄目な人という情報と、あの関羽を味方につけたというのが一刀の

自信に繋がっていた。

う~ん、ちょっとズルイがここは本来桂花が華琳に言った筈の人材に対する勝因でも言っておくか。

「そうだな、例えば袁紹軍は軍法が定まっていないから大軍っていったって烏合の衆だ。二大看板の顔良に文醜も勇ではなく

暴だからたいしたことはない。軍師に至っては……(たしかいないんだよなこっちの袁紹軍は)一人もいない。人材だけでも

これだけの勝因があるわけだ」

自分の言葉ではない。桂花の言なので自信満々に告げた。

「……はぁ」 「……ぐぅ」

溜息つかれた! もう一人に至っては寝てるし!?

「……一刀殿はいったいいつの頃の袁紹軍の話をしているのですか?」

え? 何それ? たしか稟も正史では『袁紹軍の10の敗因』とか言って袁紹のことボロクソに言ってたんじゃなかったっけ?

「まず二大看板の顔良については武は勿論の事、統率力も高く、侮れない存在です。また文醜の武は顔良以上と言われ、突撃、

殲滅戦等といった単純な作戦においては部類の強さを発揮します。そして軍師についてですが、ここ最近袁紹が正式に軍師と

して迎えた人物がいた筈です。先日の軍義でも話があがった筈ですが?」

「え、そうだっけ?」

「お兄さん居眠りでもしてたんじゃないですか?」

「……そのセリフ、風にだけは言われたくなかったよ」

軍師、確かにあの大国でむしろ軍師がいない方がおかしいわけで、情報では袁紹についていけず、今で言うノイローゼになって

3日でやめて行き、なり手がいないとの事だった。


そういえば……桂花も華琳の所に来る前、袁紹の軍師となっていた筈。


気が付いた時には姿を消していた。下手をしたら自殺でもしかねないと思い、捜索させてはいるがいまだ情報はなかった。

無事でいてくれればいいんだけど……

「……さん、お兄さん」

風の声で現実に呼び戻される。

「お兄さん、軍義中に居眠り等軍師としてあってはいけないことなのですよ~」

「いや寝てないし、というか風にだけは本当に言われたくないぞそれ。しかし軍師か、言われてみれば公孫賛との戦いは報告

を聞く限りだとなかなか地味だけど策を使って追い詰めていったよな」

「その件においては袁紹におしおきされたそうですが」

「なんでだよ!?」

意味が解らない。

「地味な作戦でしたからね~。きっと華麗じゃないからとか言ってお仕置きされたんでしょう」

なにその理不尽? どこの誰だか知らないがその軍師には同情を禁じえない一刀だった。

「なんでも先日の徐州攻略の際の働きによって正式に軍師と認められたとか?」

「は? 徐州? でもあれ追撃隊は俺達がコテンパンにして追い返したよな? いや結果だけ見れば見事に徐州を奪ったんだから

確かに……」

そうだ、本来正史では徐州は曹操軍が得る筈だった。これは恐るべき策士かもしれない!?

「なんでも徐州でとても良い温泉を見つけた事が決め手だったとか」

なんでだよ!? それ軍師の仕事じゃないだろ!!

頭が痛くなってきた。きっと袁紹軍の軍師とやらは会った事ないがマゾに違いない。

「名前は確か……」

いや違う、マゾでもなんでも袁紹軍の軍師! 沮授、そして正史において華琳さえ一目おいた田豊辺りが軍師だったら?

ドッと汗が滲む。そうだこの世界はずっと後になる筈だった涼州軍が長安を占拠し、本来曹操が治める筈だった徐州は

袁紹に奪われ、既に死ぬ筈の呂布が生きている!! 正史では牢屋に閉じ込められ才能を発揮できなかった田豊が

認められ、袁紹軍の軍師として官渡の戦いに現れたなら!!

「軍師の名は田……」

そこに袁紹の元へ放った斥候の者が現れ、郭嘉のこの言葉は言い直される事は無くなる。

「報告します。袁紹軍の軍師の名が判明致しました。その名は……」



あってはならない、一刀にとって最悪の名が告げられる。




「……荀彧、袁紹軍の軍師は荀彧殿です!!」







ザッザッ……っと兵が整然と進軍する音と『おみこしワッショイ! おみこしワッショイ』とまったく不釣合いな楽しそうな

掛け声が交じり合った不気味としか表現出来ない痛すぎる行軍。

筋肉神輿に優雅に座る麗羽率いる袁紹軍15万が曹操軍を蹂躙せんと南下していた。


「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! この一糸乱れぬ整然たる進軍! これぞまさに華麗なる進軍ですわ、

やっぱり田豊さんなんかじゃなく荀彧さんを軍師にして正解でしたわね」

お神輿の上で実に楽しそうに笑う袁紹。

「ありがとうございます袁紹様。ですがこれも一重に袁紹様のあふれる気品が雑兵にも伝染した結果です」

「あ~ら、流石荀彧さん、よく解ってらっしゃいますわ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

お神輿の上で実に楽しそうに笑う袁紹に相槌をする人物は紛れもなく曹操に我が子房とまで賞せられた荀彧であった。


「う~、斗詩なんだかこの行軍かったるくて肩がこるんだけど」

「わたしもだよ~。あのお神輿も恥ずかしいし……でも麗羽さまが喜んでるからしかたないよね~」

袁紹軍二大看板の二人がげんなりとしながら袁紹に続いていた。

「ちぇっ、アニキが軍師だったらもっと楽だったのに……そういえば斗詩なんで兜被ってんだ? いつも視界が悪く

なるから被らないっていってなかったっけ?」

「ああこれ? 田豊さんがなんだかすっごく嫌な予感がするから今回だけでいいから頭を守る物をつけてくれって」

心なしか照れくさそうに、嬉しそうに話す顔良。

「あれ~斗詩もか。あたいも同じ事言われたからほれ」

そういって髪をかきあげていつも捲いている鉢巻を見せる。見るとそれは鉢巻でなく鉄板を縫い付けられた額当てだった。

「ほんとだ、な~んだ、文ちゃんにもか」

「今回は出撃前やたらウンウン唸ってたよな? よくでいじゃぶーがどうとか」

「でじゃびゅーじゃなかったっけ? 意味わかんないけど」

「なんか昔も同じような事があったような気がするとかよくわかんねーこと……あ、そうだそれでアニキの奴あたいに

『昔髭生えてた事とかなかった?』とか言いやがったんだ! そんなわけねーっつーの!!」

「あーそれ私も言われたよ『男だった事ある?』とかすっごく失礼だったよ!」

そう言って手のひらを見て『はぁ』と溜息をつく。

顔良の事についてだけは天才的な閃きを発する猪々子はそれだけで何があったか察した。

「アニキの頬が腫れてたのは斗詩がやったからか。あたいもムカついたからいっぱつ入れといた」

「まあしょうがないよね」

「そんで財布を奪った」

「やり過ぎだよ!」

「いやちゃんと返すつもりだったんだって。その金で賭け事やってさー……全部スッた」

「まるで駄目亭主だね」

「流石に悪いなと思ってあたいが使い古した斗詩のパンツをお詫びにあげた」

「なんて事するの文ちゃん! というか何でそんなの持ってるの? 使い古したって何につかったの~!」

「いや~アニキがあんなに喜ぶなんて……予想通りだったけど」

「私は予想外だったよ……何もかもがだけど」

「まあ冗談だけどな」

「どこから!? どこから冗談なの文ちゃん!? それ凄く重要だよ!!」

「そんなの本人に聞けば……ってそういやアニキは?」

「副軍師なんだから麗羽さまの側に……いないね」

出陣の準備で忙しかった為、気付かなかったが、言われてみれば行軍を開始する前から姿を見ていない気がする。

「あの麗羽さま、田豊さんどこにいるか知ってますか?」

「ああ、田豊さんなら今頃牢屋でお留守番ですわ」

「「ええーっ!?」」






看守の視線が痛い。


まあ袁紹軍の軍師になったと思ったら牢屋に閉じ込められていたのだから珍しくもあるだろう。

何を言っているのか自分でも分からないのでここ数日を思い出してみる事にした。


徐州平定後、荀彧という少女が仕官しに袁紹の元へ謁見に来た。なんでも曹操軍の軍師であり、以前は袁紹軍の軍師

でもあった人物であり、曹操を見限り再び袁紹の配下になりたいといってきたらしい。

「あのこまっしゃくれたクルクル小娘では見限るのもしかたありませんわね。よろしいですわよ荀彧さん、また私の部下に

してさしあげますわ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」


ブチッ!!!


と、何かがブチ切れる物凄い音が聞こえた気がしたが、畏まっていた荀彧は『ありがとうございます袁紹さま。この荀彧

必ずやお役にたってみせます』と笑顔で答えたのできっと気のせいだろう……怖い笑顔だったが。

同じ軍師として色々連携する必要があるだろうと声をかけた時、初めポカンとした顔でパチパチと何度も瞬きした後、

まるで親の仇を見るような目で『なんでアンタがココにいるのよこのストーカー(付き纏い)の変態!!』といきなり罵られた。

記憶をなくしているのでもしや古い知人なのかと聞いたところ『嘘……まさか三人目? ホントに単細胞なんじゃないの? この

全身精液男、気持ち悪い、近寄らないで!!』と意味不明かつ人外どころか精液扱いされて拒絶された。

流石にあんまりだと理由をしつこく聞いた所曹操軍時代の同僚で、自分を地獄に突き落とした憎むべき男とそっくりで、

かつその男は万年発情男といわざるおえない最低のド変態だったからとのこと。

こんな幼そうな少女がそこまで罵るとはその憎むべき男とはどれほどの鬼畜な奴なのだと同じ男として怒りを感じその男に

かわって謝罪する同時に『俺はそんな変態男と違うぞ』と、猫耳頭巾の上から頭を撫でたら発狂されたあげく『じゃあ死ね!』

と言われた……荀彧は重度の男嫌いだった。


荀彧が袁紹軍の軍師として加わって10日。関係は悪化の一途を辿っていた。

朝の挨拶をする⇒『話しかけるな! 妊娠するでしょう!!』

仕事の打ち合わせをする為声をかける⇒『あんた、仕事にかこつけて襲うつもりねこの鬼畜!!』

近くを通りかかる⇒『近寄らないで、空気妊娠しちゃうでしょう、この精液男!』


……こいつと同僚だったという男はきっとマゾに違いないと思う。



そんな中あの事件が起きる。

曹操と戦う気まんまんな麗羽にとりあえず持久戦を提案したら『地味ですわ』とサッくり却下されたので『馬超か袁術と同盟を

結んで曹操軍を分断させるのはどうか?』という次策を出したら『この河北四州の覇者袁本初がどうして美羽さんや

馬超さんにお願いしなければなりませんの? 向こうから是非協力させて下さいと言われれば考えてあげても宜しいですけど。

おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!』と笑い飛ばされた。

ここ数日どうも調子に乗り過ぎというか今までにも増して増長気味、その象徴のような筋肉神輿なるものまで考案してたので

せめてあれは止めさせないとなあ……と思案していた所、猪々子に声をかけられ、斗詩のパンツを貰った。

猪々子曰く

「アニキゴメン、先日借りた金全部スッっちゃったからお詫びにあたい秘蔵の斗詩のパンツで許してくれ!」

との事。色々ツッコミたい部分もあったがなんだか結果だけ見るとまるであり金はたいて斗詩のパンツを女友達から売って

貰った最低男みたいだった。せめて宮中の廊下で手渡ししないで欲しい。白に近い薄紫のパンツを持って途方にくれる。

このまま部屋に持って帰ったら変態だし、斗詩に返すのもなんだか凄く返しずらいというか……ハードル高ッ!!

嫌な汗が出てきたので手に持った布で拭く……斗詩のパンツだった。


やばい謀らずも汚してしまった!? 斗詩に返す際のシミュレーションをする。

『も~文ちゃんたら信じられない! えっとじゃあ……』

照れた顔で手を差し出す斗詩にパンツを手渡す。

『すみません田豊さん……あれ? なんだか染みが? それに臭いも? ……田豊さんまさか!?』

洒落にもならないシミュレーション結果だった。



……ヤバイ、超ヤバイ!!

汚していないかとパンツを広げて確認し、汗の臭いでもついてやしないかと匂いを嗅いだ…………宮中で。


ドサドサドサ……と何かが落ちる音。


目を丸くした荀彧が、ガタガタと震えていた。先程の音は両手で持っていた大量の書物を落とす音だった。

「きゃあああああ! 変態、変態よ~!!」

「ちょ、ま……これは誤解……」

「いやあああああッ! 近寄らないで! 妊娠させられるぅううう! 誰か、誰か~!!!」

「大声だしながら逃げるなあああああッ!!」



袁紹軍軍師、田豊ご乱心!!


片手に斗詩のパンツを握り締めながら、泣き喚く荀彧を押し倒し、口元を押さえつけている所を取り押さえられた

田豊の『無実だ!』という叫びはあまりにも空しかった。


看守の趣味なのか、菊の花が飾られた牢に閉じ込められている間に曹操が治める司隸・豫州・兗州制覇の大遠征

が可決。三国志3大決戦の一つ、後に官渡の戦いと言われる戦いの火蓋がきっておとされるのである。







―――曹操軍本陣


許都より出陣した曹操軍は河北河南の国境にあたる平野、白馬の野をひかえた西方の山に沿って布陣していた。

そこの更に高台、白馬の野を見渡せる場所に曹操軍軍師、司馬懿一刀と郭嘉がいた。

白馬の野へ前進する袁紹軍先鋒顔良率いる強兵3万を遠くより見下ろし、司馬懿はゴクリと唾を飲んだ。

「フフ司馬懿殿、いつも側にいる風がいないと心細いですか?」

「いや……うん。まあ今後の曹操軍の為にやらなきゃならない策とやらが風にはあるんだろ? しかし袁紹は金が

あるよなあ。装備軍装が半端じゃない」

「確かに。ですがそれだけです。ただし一点を除いて一刀殿……おっと、司馬懿殿の策で間違いないとこの郭嘉が

保障しましょう」

戦場や事情を知らない者の前ではみな一刀を司馬懿仲達と呼ぶ暗黙の了解があった。

「俺も自信はあったんだけど(史実通りなら)相手の軍師が桂花だろ? アイツどんな策を使ってくるか……」

「政治に長けている……とはいえ軍略も一流ですね。私が来る前の曹操軍の軍略、驚嘆に値します。ですから本当に

残念です。対等な条件で戦えない事に……」

「コッチは兵数が圧倒的に不利だから?」

「いいえ……今なら我が軍が勝つ勝因を10は披露してみせましょう。それほどにコチラが有利、いえ向こうのハンデが

大きすぎます」

「あれ? 先日俺が言った時と全然違くないか稟?」

「……一刀殿はいったいいつの頃の袁紹軍の話をしているのですか?」

「……先日なんですけど?」

「あの軍義の際、司馬懿殿が発言した勝因において、あえて否定しなかった事があったのを覚えていますか? 恐らく

今回の戦いの最終的な勝因はその軍法の差となるでしょう。そして太守袁紹殿の存在。実は荀彧殿と同じく、私も袁紹殿

と会った事があるので多少の人となりは解っています」

「ああ……(たしか正史では先に袁紹の軍師になろうとして謁見して幻滅したんだよな)」

「ご存知でしたか。ですから袁紹殿の気性はある程度……いえ一度でも会えばよく解るのですが、ある意味で途方も無い

大物です。軍師の意見など、正確に言えば正しい言を行う軍師を必要としていません」

袁紹、恐ろしい子!! と一刀は冷たい汗をかいた。そんな一刀をジッと見つめる郭嘉の視線に気付き『何?』と声をかけた。

「……きっと袁紹殿には司馬懿殿のような軍師こそが相応しいのでしょう。もしそうなっていたら手ごわかったかもしれません」

そう、類稀なる適応力でもって相手を巻き込み、また巻き込まれながらも結果良い方向へ導く才能こそが……


「顔良隊、凸形に固まって突撃して来ました!!」

斥候よりの伝令。

「先鋒李典隊、迎え撃て!!」

「まかせときッ!」

郭嘉号令の元、曹操軍先陣李典隊1万が迎え撃つ。



官渡の戦いの前哨戦、白馬の戦いが始まった。







―――袁紹軍本陣


「さすが斗詩さんですわ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

「さっすが斗詩! あたいも早く暴れたいですよ麗羽さま!」

「……」

先鋒である顔良隊が曹操軍と交戦、圧倒している。との斥候よりの報告を上機嫌に聞く袁紹と文醜をよそに、

軍師荀彧は難しい顔をしていた。

圧倒ですって? そもそも大軍を擁していながらわざわざ部隊を小分けにして戦う馬鹿な事をしているのに?

北郷が馬鹿だから……とも思ったがアイツと一緒にいるであろう程昱とやらがそこまでマヌケとも思えなかった。

これは罠ね。恐らくこの後囮部隊を使って保険をかけつつ顔良隊を殲滅にくる筈、だったら……

「報告します! 黄河より渡河した于禁隊、楽進隊計2万が本陣へ向かっております!」

荀彧が策を授ける直前、斥候より第2の報告が告げられた。

「その程度の数で不意打ちかまそうなんて華琳さんもお間抜けですわね♪ 文醜さん、叩き潰しておやりなさい!」

「りょうかいです麗羽さま!」 「え、ちょっと、待ちなさいよ!!」

荀彧の止める声も聞かず、文醜は本陣より飛び出し、文醜隊を引き連れ出陣した。

「なんてこと……袁紹様、止めて下さいこれはおとりです! このままでは顔良が!」

「何を言ってますの? 顔良さんは圧勝中ですのよ?」

「それが罠なんです! 今すぐ本隊を顔良隊に合流させるか、顔良隊を戻すかして下さい」

「こ~んな鮮やかに勝っている戦を止める理由がどこにありますの? ここで合流したら斗詩さんの頑張りに水を

さしますし、引いたら全軍の士気にかかわりますわ」

『……ッ』溜まらず声を漏らす。何て愚かな……話を聞かないどころか話しても物事の一面しか見ていないから都合の悪そうな

話等聞く耳すら持たない。だがこれは仕方が無いし想定内ではあった。袁紹の軍師となるのは簡単だが、意見を聞き入れ

させる関係となるには時間が必要な事も解っていた。

そもそも今回の戦でも大軍とはいえ幽州、徐州からの兵は袁紹に心服するまでこちらも本当は時間が必要だったから

田豊が言っていたように本来は地盤を固めつつ豊かな国力を背景に持久戦をかければ間違いはなかったし、馬超、袁術

と同盟を結ぶのも常道ではあった。



しかし、それでも……


華琳さまの仇をいつまでも討とうとしないどころか、華琳さまを裏切った劉備軍を助けた今の曹操軍を許せなかった。

華琳さまに不意打ちをした憎っくき呂布と同盟を結んだ馬超を許せなかった。

華琳さまの提案を無視した反董卓連合の連中と協力などできなかった……そうこの袁紹だって私の敵。

この全てに華琳さまの無念を晴らした後、やっと私は華琳さまに会いにいける。


いいわ、顔良を生贄に私の言が正しいのだという事を袁紹に学ばせる。



全ては復讐の為。桂花はその黒い、黒い野心で心をゆっくりと落ち着けさせ……

「流石袁紹様! 確かにおっしゃる通りです」

取り繕った笑顔でそう答えた。






―――袁紹軍顔良隊、白馬の野


「李典隊、後退していきます!」

「えっ、本当? どうしよう」

こちらの突撃に対して迎撃に来た李典隊はどうにも覇気がない気がした。終始押し気味に戦えていたつもりだが、

それにしては李典隊の死者は少なすぎる為、何か策があるのではないかと身構えていた所での後退で、顔良は

困惑していた。

「罠……かなあ? でも早く勝って田豊さんを牢から出してあげたいし、活躍しないと麗羽さまにお願いしずらいし……」

田豊が投獄されたのは驚いたが、その理由を聞いてある意味安堵の溜息もでた。

『も~半分は文ちゃんのせいだよ?』 『うへぇ、やっぱそうだよな~……』

そんな馬鹿なやりとりから恩赦を取り付ける為にも二人で功績をあげなくちゃとも思っていた。そもそも麗羽さまも

あまり本気にしていないというより近頃口うるさい田豊さんに自分はこんなに強いんだ! 的な自慢をする為にお留守番

をかねて投獄した節があった。まあ見栄っ張りだから『私達から手柄と引き換えに牢から出してあげて』という方向に持って

いかないといけないなあ……と余計な苦労を背負っていたが。

そこに本陣を狙った曹操軍の分隊の報告、それを文醜が迎撃したという報告が入る。

「ああ、こっちが囮だったんだ。それじゃ追撃します! 李典隊を殲滅して一気に曹操軍を蹴散らしますよ~」

「「「おおっ!! 」」」 と顔良隊も声をあげ、李典隊へ追撃を開始した。






李典隊の追撃を開始した顔良隊を見つめる2人がいた。張遼と関羽である。

「さて、予定通りやけど、いけるか関羽?」

「無論だ。桃香さまの元へ帰る手柄の一つとさせてもらおう」

手に持った青龍偃月刀がギラリと光る。

「そら頼もしいな。じゃあ顔良は任す。ウチは隊の指揮を取るでええんやな?」

「ああ、では関雲長参る!!」

張遼騎兵隊より単騎、李典隊を追撃する顔良隊の先頭、顔良めがけ、関羽は馬を走らせた。

「えっ!? 誰?」

単騎で猛然と近づいてきた関羽に気付き、思わず声をかける顔良。

「我が名は…………今は名乗る名は無い! 主の元へ帰る為に顔良! その首貰った!!」

「なにをッ!!」

顔良の巨大槌”金光鉄槌”がゴウッ! と音をたてて振り下ろされる!!

巨大さゆえに破壊力はあるが隙だらけの武器に見えるがそうではない。例え避わされてもそのまま鉄槌が叩きつけ

られる地面は、岩場であれば石つぶてを、土や砂場であれば粉塵を撒き散らす攻防一体の武器なのである。


ドゴン!! と、かわされた鉄槌が粉塵を撒き散らす前に……


「えっ!?」

ギャン!! という凄まじい金属音。


この後、袁紹に白馬の戦いにおける顛末を報告する事になる斥候が見た光景は、長く美しい黒髪をたなびかせ、顔良の

大槌をヒラリとかわし、巨大な偃月刀を横薙ぎった美しい名を名乗らなかった少女をこう称した”美髪公”と。

早すぎて見えなかったが、恐らくは偃月刀の一撃を受けた顔良の首は胴体から離れ、その勢いで体も空を舞い、黄河へと

落ちた。その時の水しぶきの音がドボン、ドボンと二つであった為首が落ちたのだろうと斥候は語る。


顔良の死と突然現れた謎の死神……時の止まった顔良隊は、張遼騎兵隊の突撃によって散々に打ちのめされ、僅かな兵が

本陣に逃げ帰るのがやっとという程の状態となり、官渡の戦いの前哨戦、白馬の戦いは曹操軍の快勝となった。










(あとがき)


あ、官渡の戦いというより白馬の戦いのお話でしたねー。

吉川先生版だと顔良隊10万、文醜隊10万とか(汗)ちと多すぎるので袁紹軍15万にしました。

なんかもう絶対化物語見たせいだと思う(パンツのくだりとか)

なでこの着たスク水とブルマほしーなーって(パンツじゃないじゃん)

あれー禁書の絹旗のパンツかなあ? 大量のパンツが空を舞うアニメの影響ではない筈。

あえて何かをスルーするあとがき。





[8260] 22.5話~袁紹伝その3.5~
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/11/29 23:29


【注意】ここは外伝というか何と言うか、別枠扱いです。下記の注意書き通りアレな部分ありますし

(完全に誤解ネタですし前回時点で違うよw的に書いてもいますけど一応)、

通して読めば何のこともない筈なんですが。

なので読まずとも何の問題もないように次の話(23話)で配慮してますので。




↓この注意書きの下8は前回削除した部分そのままです。


【注意】今回のお話は、そんな意図はないのですが想像力の豊な人には18禁、というかあまり心臓に宜しくないシーンが

含まれています。xxx版でない以上もちろんそんなシーンではありませんが連想されかねない為注意事項として明記させて

頂きます。なのでそういうのはチョットという方は8以降を読まないようお願いします。






―――袁紹本拠地、冀州城 牢


「斗詩ッ!!!」

牢の寝台で寝ていた田豊はガバリと布団を跳ね除け飛び上がった。

「ゆめ? ……ああもう、なんでまた斗詩が髭顔なんだよしかも顔ゴツイし!!」

後に判明するが田豊の感じていたデジャビュは元の世界にいた頃に遊んだゲームやアニメ、漫画で見た顔良と文醜の

姿であった。

ただまあ夢で良かったと安堵したのだが、夢は続いていたらしい。看守の男が何故か自分の牢の中にいて、胸元を

はだけながら背もたれに背中をあずけ長い足を組み、ねっとりとした視線を自分に注いでいたのだから。

その甘いマスクは男色家なら思わず『ウホッいい男』と呟いてしまう程の引き締まった体の美男子……だから何だ?

そんな趣味は全く無い(でも美少女ふたなりなら全然OK:by恋姫無双)な田豊だがこの夢はあんまりだった。

っていうかどんな夢だよ? まさか牢生活からくる欲求不満か? とも思ったがこれはないだろうと思う。

ただただ熱い視線を注いでくる男に流石にゲンナリし夢だと思いつつも思わず声をかけた。

「お前もジッと見てないで何か言ったらどうだ?」

すると看守は立ち上がり、全裸になった……すごく大きいです。


「やらないか?」

「何をッ!?」


笑みを浮かべながら近づいてくる全裸の看守。 え? これ、夢だよね?


……え?


「アッー!」


ボトリ……と不釣合いにも牢に飾られていた菊の華が落ちた。







笑みを浮かべながら近づいてくる全裸の典獄、逃げ場の無い牢獄。

まさに死を上回る恐怖。この時!!
 

田豊の中の何かがハジけた……


田豊は菊の花が飾られていた花瓶を掴み、典獄の頭を殴りつけた!

典獄は『アッー!』と、まるで某プロ野球選手のあえぎ声のような悲鳴をあげてバタリと倒れ、花瓶にさしてあった

菊の花がボトリ……と落ちた。

「おいおい、何をするんだ」

「こっちのセリフだあああああッ!!」



……誤解、だそうだ。



ジッと見ていたのは麗羽からくれぐれも丁重に扱う事と言われていたからで、近づいてきたのはうなされていた

から心配でとの事。『やらないか?』というのは長時間牢にいて身体が鈍っているだろうから

『『柔軟体操を』やらないか?』という意味らしい(絶対省略してはいけない部分を省略しているようだが……)

解っている。解ってはいるが下手にツッコミを入れるのは危険だと目覚めたペルソナが警告を発していたので

それで納得していた。全裸になったのはうっかり脱ぎすぎただけらしくパンツを履き直していた……パンツだけ?

「貂蝉を知っているかい?」

「ああ、洛陽の踊り子で、その美貌で董卓と呂布を離間の計に貶めた三国志一の美人だな」

「……お前は何を言っているんだ? まあ洛陽の踊り子で人外の美貌の持ち主なのは合っているが」

「え? いや有名な……あれ?」

一刀は三国志にはそこそこ詳しいので典獄が自ら話題にだしておいて話が合わないのが不思議だった。

「もう何年も前の話さ、洛陽で自暴自棄だった俺の目に飛び込んできたのが当時洛陽で新進気鋭の踊り子として

売り出し中の貂蝉だった。強烈だった……一度見たら忘れない強烈なオーラを纏っていた」

「ほう?」

「あんな風になりたいと憧れてな、つい裸を見せたいという習慣がついたと言う訳さ」

「いや全然解んないんですけど?」

「なんだ、貂蝉を見た事がないのか? そうだな、2メートルを超える長身に筋骨隆々な鋼のような筋肉美が焼けた

肌に美しい。頭髪は禿でもみ上げのみ伸ばし、みつ編みにピンクのリボンがワンポイント。基本全裸だが草鞋と

ピンクのパンツに身体と比べると少々可愛らしい大きさの突起物が魅惑のアクセント。厚い唇はまるでゴリラを

連想させる程のぶ厚さだった」

「誰だよそれ!! アンタが裸になった意味は解ったけどそれ以外は何もかも意味不明だよ!!」

ツッコミ所が多すぎてピンクだのアクセントだのの横文字に対するツッコミは空のかなただった。

「どこがだ?」

「貂蝉男じゃないか! いやアンタも男だから意味はあってるけど前提がおかし過ぎる」

「違う、男じゃないぜ、漢女だ!」

「知らないよそんな単語!! それに今の風貌だと美女ありえないだろ?」

「まあ自称だったが。それより田豊、あんた記憶喪失なのに貂蝉を知っていたんだな。別人みたいだったが……」

「は? 記憶喪失? ……ああッ!?」


「俺は浅草の聖フランチェスカ2年の北郷一刀!!」


そうだ思い出した。思い出したけど……あまりにも突飛過ぎる! むしろそっちの記憶の方が夢かなんかなんじゃ?

何か自分が証明できる物は?たしか農家の人に助けられてて、持ち物は全部駄目になってて捨てるか売るかしたから

何も……自分を証明できる物は何もない。ポケットに入っていた布切れを開く……斗詩のパンツだった。

いったい俺は何をやっていたんだと頭を抱えたくなる。もしタイムスリップだとしたら何で袁紹も顔良も文醜も女の子

なんだ? 偶に感じてたデジャビュはゲームやアニメの知識か。道理で髭面のおっさんだと……

「俺が田豊で投獄されて、大軍で曹操領を攻めるって官渡の戦いじゃないか! 猪々子と斗詩が死ぬ?」

色々納得いかないし、何がなにやら解らないだらけではあるが、自分の想像通りであるならばこのままだと二人が

死んでしまう。それは絶対に嫌だ。

「俺は今から麗羽を追いかけなくちゃいけない、悪いんだけど出してくれないか?」

「……アンタさっき北郷なんちゃらって叫んでたけど、それが本名かい?」

「ああ、記憶が戻った。俺は北郷一刀、それで俺の知ってる知識だと猪々子と斗詩が危ないんだ。頼む牢から

出してくれ!!」

典獄にとっては全く持って意味不明だろう。だからただ誠意を込めて頼むしかなかった。

「俺の仕事は田豊を牢に入れて見張る事だ。だから田豊じゃなく北郷一刀ってんなら閉じ込める理由はないな」

「典獄、お前……」


カッコイイじゃないか!



田豊一刀は典獄に別れを告げて馬を走らせ冀州城を後にする。


そう、仲間を助ける為に……




(あとがき)


記憶復活エピソードとして何かがハジけなきゃいけなかったのですよ。

貂蝉ネタで違和感に気付くという流れをやりたいと思って書いてみたです。









[8260] 23話~袁紹伝その4~
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/11/29 23:34





―――洛陽



復興の進む洛陽の城壁にて曹操軍の双璧、夏侯淵が遠く長安がある方角の空を眺めていた。

「……華琳さま」

続きも前置きも無い。ただその名だけを呟く。その呟きにどれ程の意味があるのか表情からは窺い知れない、

いや窺い知る暇も無く『秋蘭さま!』と大声をあげながら典韋が駆け寄ってきた。

「どうした流琉?」

「秋蘭さま、こちらでしたか。たった今馬国へ放っていた斥候が情報を持って帰ってきました」

「それで?」

「馬国に動く気配無し! です!」

「風の言っていた通りだな」

「それでは!?」

「最低限の守備兵を残し、司馬懿隊の援軍へ向かう! 流琉準備を任せられるか?」

「はい! もう始めさせています」

「ほう?」

随分と手際がいい。それに何を聞かれ、何を命じられるか解っていなければ出来ない返答と行動であった。

「あ……余計でしたか?」

しゅん、と叱られた子犬のように小さくなる姿が可愛らしい。

「まさか、よくやってくれていると感心していたところさ。今日中に行けるか?」

「はい! お任せください」

瞬時にパアッと頭を撫でられた子犬宜しく元気よく返事をし、来た時と同じく風のように駆け去っていった。

「あの調子ならもう副将ではなく、部隊を任せられそうです」

目を閉じ、まるで誰かに語りかけるようにそう独り言を呟く。



だから今はただ安心してお休みください。


夢の続きを、覇道への道を………………魏を!!








―――許昌



「春蘭さま! 袁術軍が!!」

「よし来たか!! 腕が鈍っていた所だ! ギッタンギッタンにしてやろう!」

許都の留守を預かっていた夏侯惇の部屋に飛び込んできた許緒の言葉に対し、嬉しそうに立ち上がった

春蘭は……

「……来たと思ったらすぐ引き返して帰って行きました!」

季衣の言葉の続きにズッこけた。

「なんだとう! 季衣どういう事だ!」

「ええっとボクも聞いたばっかりなんですけど、なんでも孫策が反乱を起こしたとかで?」

「な、なるほど、稟が言っていた通りになったんだな……残念ながら」

自国が攻められるのを回避できたのだからなんとも武人な発言である。

「どうしますか春蘭さま? 追撃してギッタンギッタンにしちゃいます? 実はボクもウズウズしてたから準備

できてますよ!」

「おお! 季衣も解ってきたようだな」

『解ってきたって何が!?』 もしこの場に一刀がいれば春蘭の良いんだか悪いんだか解らない(悪?)影響に

ツッコミを入れたかもしれない。

「だがここは稟の言うとおりほおっておこう。えっと確か虎は太らせてから食べるほうがおいしいとか?」

「えっ!? 春蘭さま虎食べるんですか? なんだかスジばってそうで太らせても食べたくないなあ……」

「何を言ってるんだ季衣は? 虎なんか食べないぞ?」

「えっ?」

『春蘭お前が何を言ってるんだ!』と、一刀がいれば~以下略。

「袁術を倒して間違いなく強くなる孫策を倒す! まさに王道ではないか! この例えだ」

「へ~……ボクそんな例え知りませんでした。勉強になります」

『季衣今すぐ春蘭から離れるんだ! バカになるぞ!』と、一刀がいれば~以下略。

「ははは、そうだろう。だから我等が向かうのは北だ!」

「兄ちゃんを助けに行くんだね! あ、ですね。やったあ!」

「まあ北郷は私がついてないと泣くからな。最低限の守備兵を残し北郷の援軍に向かう!」

「おー! それじゃ追撃の準備してた皆に援軍に変更だって説明してきますね」

「おう、季衣まかせた!」

「はいっ!」

来た時と同じく嵐のように駆け去っていった。

「季衣もずいぶん頼もしくなって来たじゃないか。そろそろ部隊を任せてもいいだろう」

嬉しそうに一人うんうんと満足げに頷く。

「華琳さま、暫く許都を留守にすることをお許しください。私がいないと北郷が何をするかわかったもの

ではありませんから」


そう独り言を呟き、大剣、七星餓狼を手に部隊を引き連れ、春蘭は北へ向かう、そう決戦の場、官渡へ……






―――河南省 延津



「だああっ!」

文醜がくりだした身の丈以上の大剣”斬山刀”の振り下ろしの一撃を関羽は『はあッ!!』という気合の声と共に

青龍偃月刀で受け止め、その力のみで文醜をブンッと後方に吹き飛ばした。

文醜は空中でクルリと一回転して着地、距離の開いた関羽を睨みつける。

「こいつ……つえぇ……」

恐らくは曹操軍、袁紹軍両陣営最強の武将同士の闘いは既に渡り合うこと幾十合、未だ決着が付かなかった。

「……(このままじゃ、あたいが負ける……だったら)」

文醜は関羽に背を向け、走り出した。

「逃げるか文醜!」

一瞬虚をつかれた関羽が文醜を追いかけると、黄河が流れる崖の上で文醜は立ち止まった後振り向き、大地に足を

しっかりと付け、”斬山刀”を担ぐように構えた。

「……自らを追い込み、勝機を上げる覚悟か。その挑戦受けよう」

関羽も構え直し文醜を見据える。

「斗詩を倒し、あたいに斬られる奴が名無しの美髪公じゃ許されねェ、名を名乗れ!」

「……斬られるつもりは毛頭無いが、よかろう。我が名は関雲長。劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支える者。

今は故あって曹操殿の客将をしている」

「どっかで見た事あると思った。お前劉備の家臣か、そんな強ェのを隠してたんだな」

「隠すつもりもなかったが……ゆくぞ文醜!!」

一気に駆ける! 近づく関羽に最強の一撃を放つ為、文醜は気合を込め、一瞬の時を待ち『でりゃあああッ!!』

掛け声と共に最強の一撃を関羽の頭上目掛け振り下ろした。

まさに最強、その速さ、込められた威力どれを取っても最強と言えようし、この一撃をかわせる者等呂布を含め

大陸を探しても5人といない。だからそう、文醜唯一の誤算は目の前の少女関羽はその5人の中の一人であった

という事実、ただそれだけ。

文醜の斬山刀が関羽の頭を砕くより早く、関羽の青龍偃月刀が文醜の頭上に振り下ろされた。


ギャン!! という凄まじい金属音を残して、文醜は断末魔の声さえ残さずに崖の下黄河へ落ちた。








―――曹操軍本陣


初戦白馬の地にて顔良率いる顔良隊を破り、延津の地にて輜重隊を囮にする奇策を持って復讐に燃える文醜隊を

罠に嵌め、関羽との一騎討ちを持って袁紹軍二大看板を倒した曹操軍ではあったが、その後大兵力を擁する袁紹軍の

南下に対抗できず、ジリジリと後退、戦場は官渡の地へ移っていた。


「稟どうすればいいと思う?」

……もう軍師として駄目駄目である。

「……手がない事もありませんが、確実とは言えません。ここは戦力が整う時を待つべきでしょう」

郭嘉が言うところの待つべき戦力とは当然夏侯惇と夏侯淵の二人である。曹操領の地理的に西と南に確実な

戦力を待機せざるおえなかったのだが、時期がくればどちらもほぼ空にして問題がなくなるであろうというのが

会戦前の程昱と郭嘉の一致した意見であった。

必ず来る筈の援軍を待つ為、司馬懿一刀率いる曹操軍は連戦に連敗を重ねつつも被害を最小限としながら

耐え続け、ついに念願の援軍到着となったのである。

洛陽にて馬国を監視していた夏侯淵と典韋、許都にて袁術を睨んでいた夏侯惇と許緒がそれぞれ5千の兵を

率いて曹操軍本陣に到着した。


あと一週間も遅れれば胃に穴が開いただろう程に衰弱した一刀が嬉々として総大将を春蘭と秋蘭に変わって

貰おうとした直前『必勝の策である』という言伝と共に斥候が程昱の計略を記した書簡を本陣に届けに来た。

その程昱が送りつけた策を読み上げた後郭嘉は『司馬懿殿、ご愁傷様です』と呟いた。

「……風、恨むぞ」

マジ泣きをしながら司馬懿一刀は官渡における曹操軍の総大将を続けざるおえなくなる。

そう、程昱が記した必勝の策は司馬懿仲達が総大将でなければならない策であった。







―――官渡


程昱の指示で戦書を交わした司馬懿一刀と袁紹は官渡の地にて対峙した。

「おーっほっほっほ、おーっほっほっほ。で? あなたどなたですの?」

袁紹は10万を超える大兵力を背に巨大な櫓の上で曹操軍の陣頭に出た司馬懿一刀を見下ろしながら

不満げに声をかけた。

「華琳の軍師で司馬仲達だ」

「あなたが華琳さんの軍師~? そんな貧相なお顔の軍師さんなんて華琳さんの所はよーっぽど人材不足なん

ですわね、おーっほっほっほ、おーっほっほっほ」

『アンタの元軍師も同一人物じゃない!! むしろなんで気付かないのよ!!』というツッコミ発言を耐えた桂花の

精神力は驚嘆に値する。いやその胸の内にある黒い復讐心がそうさせるのであろう。

ちなみに袁紹は馬国の一刀とも面識がある……全く興味がなかったのであろう、記憶の片隅にさえなかった。

「とにかくあなたじゃお話になりませんわ。華琳さんはどうしたんですの?」

「袁紹程度わざわざ自分が出るまでもないから貴方が倒して来いってさ。この軍の総大将は一応俺だから」

「……なぁんですってぇ!」

なんて簡単なんだこの子!! 即座に挑発にのった袁紹にある意味驚愕する司馬懿一刀。

「猪々子さん斗詩さん! やっておしまいなさい!!」


シン……と静まり返る袁紹軍。


『? なんですの?』そう袁紹が首を傾げながら呟いた後、一瞬ハッとした顔をし、対する司馬懿を睨みつけた。

ああ……見なければよかったと一刀は後悔する。

「全軍突撃ですわッ!!」

頭に『華麗に』の一言がない所に袁紹を知る部下達は彼女の怒りの程を知る。

10万を超える大軍が動き出す。曹操軍を殲滅する為に……

舌戦を終えた司馬懿一刀も馬に跨りさっさと逃げ出す、後悔と共に。

「……くそッ」

睨みつけてきた袁紹の目に涙が溜まっていたのを見てしまった。悪い奴じゃない、ああそんなの誰だってそうなんだ。

立場が違うだけで。そして今相手を思いやれる余裕など曹操軍に、司馬懿一刀にあろう筈もない。


……だから、だからそれは俺じゃない。部下の為に泣ける子の側にいないはずがない。

あの子を守る為に頑張れるどこかの誰か、お前は間に合え!!!






―――河北冀州国境付近


冀州城の牢を脱獄した田豊一刀は袁紹軍と合流すべく、ひたすら南に馬を走らせていた。

脱獄してまでいったい何故!? 答えは簡単、記憶を取り戻したからであった。


(注:22.5話を読んでいない方への補足:

親切な典獄との些細な認識違いにより強い精神的ショックを受けて記憶が戻り、その後事情を聞いた典獄が

一刀を牢から出してくれた心温まるエピソードがあったのだとご理解頂きたい)


記憶が戻ったのなら敗戦濃厚な筈の袁紹軍の元へ何故向かうのか? その答えはもっと簡単である。

麗羽、猪々子、斗詩という大切な仲間が危険だから。


とはいえ休憩も取らずひたすら慣れない馬を走らせていた為、精神的にも肉体的にも限界が近づいていた。

耐えろ耐えろ! と自身を奮い起こす為、仲間との思い出を思い浮べる。


猪々子と斗詩に奢ったら無一文になった事。

大丈夫と言っておきながら3人で公孫賛軍と戦い何度も死にかけた事。

麗羽の我侭に振り回された事。

荀彧に毎日100の罵声を浴びせられた事。

性犯罪者として投獄された事。

典獄に●●●されかけた事(誤解)。


……見捨てて逃げてもいいような気がしてきたのでいい思い出を搾り出してみる。

あ、混浴は幸せだったかも? ……え? それだけ? 自分の記憶に愕然とする。

まあ兎に角……懐にあった斗詩のパンツを握り締める。コレを形見の品にするわけにはいかない!!


田豊は、いや北郷一刀は行動だけ見るとパンツを握り締めて気合を取り戻し、馬を走らせたのであった。






―――曹操軍本陣



「……死ぬかと思った」

1万に満たない兵で10万を超える袁紹軍と対峙し、舌戦で挑発した後、ひたすら逃げ続けた。

……逃げ切った。以上終わりである。

「なんだそれ! 怖い思いしただけじゃないのかこれ?」

風の策だから絶対勝つんだろうなんて思ってたから、なんだかもう相手の総大将の袁紹を心配するような

格好つけたセリフとかなんだったんだいったい? 馬鹿みたいだぞ俺……

愚痴らなければやっていられない見事な敗走っぷりであった。

そこに斥候より程昱の第2の書が届けられる。


『ふふふー……計画通り!…………なのですよー♪』


……最初の文面である。


いつか風をセクハラして泣かせてやろうと心に誓いつつ続きを読む。


『お兄さん実に見事な逃げっぷりなのです! 風もお腹を抱えてわら……心配したのですよ~』

「本音消しとけよ文面なんだから!! って言うか見てたのか? 風のやつ官渡にいるのか?」

『この逃げ術がいつかお兄さんの武器になると風は信じたいと思うのです』

「『逃走』は上手くなっても武器にならないよ! しかも『信じたいと思う』って願望じゃないか」


……いやまて?


たしか司馬懿仲達って、五丈原で孔明の人形を見ただけで『ゲッ、孔明は生きていた! 逃げろ~』

とゆー物凄くかっこ悪いエピソードがあるんだが……まさか今回の件がトラウマになって逃げ癖付いたなんて

言うオチだったりしないよな?


『さて、お兄さん遊びはこの辺にして、真の計略を発動する時なのですよ~』

「遊びだったのかよ! 命がけだったんですけど!」

ん? 真の計略? クシャクシャに丸めたい衝動を必死に堪え、続きに目を通す。

『夜になったらもう一回袁紹軍に闇討ちするのですよ~、そしてお兄さんの逃げっぷりを遺憾なく発揮して下さい』

「また逃げるのかよ!! ……しかしなあ、もうちょっと説明してくれないものかなあ?」

手紙相手に思わず愚痴ってしまう。

『敵を欺くにはまず味方から。なのですよ~』

「心を読まれている!?」

『星はなんでも知っている……黄河も何でも知っている……』by宝ケイ


……文面以上終了である。


…………とりあえず手紙と会話することの不毛に気付いた司馬懿一刀は『みんなお疲れ様。これから夜襲しかけて

また逃げるので宜しく』というブーイング物の命令を下す為に重い腰をあげた。






―――袁紹軍 荀彧天幕


――ザワザワと喧騒が聞こえた。


ああ、またあの悪夢ね。悪夢の出だしはいつもこの喧騒。あの運命の日から何度も何度も桂花はその悪夢を見せ

付けられ、心をズタズタに引き裂かれ続けていた。


董卓軍追撃の後……

仲間達にモミクチャにされた後、春蘭、秋蘭と共に今回一番の手柄をたてた北郷が近づいてきた。

『桂花、よく持ちこたえてくれた』 『うむ、私達がいないのによくやったぞ!』

『ふん、この程度……って春蘭貴方…………』

全員がボロボロだった。中でも春蘭の眼帯に覆われた目はその激戦を物語っていたが、それ以上は言わなかった。

『それより北郷! あんた助けに来るならもっと早く来なさいよ!!』

『……助けに来たのに桂花にも説教されるのかよ。 はあ、まさか華琳も怒ってないだろうなあ?』

『そうだ、華琳さまはどこだ! 無断で体の一部を失った事をお詫びせねばならんのだ』

『華琳さまなら疲れてこの奥で眠ってらっしゃるわ、起こさない方がいいでしょう』

別段おかしくない、ただ事実をそう告げただけであるのに3人の顔色が変わった。


――ザワザワと喧騒が続く。


『寝ている……だと?』 『そんなことはありえん!』 『あれ? 華琳って確か……』

秋蘭と春蘭が血相を変えて走り出す。不思議そうに頭を傾げる北郷と二人きりになってしまった。最悪だ。

『あ、ちょっと、アンタ ”魏” って字知ってる? 知ってるわけないわよね』

『え? ”魏” は華琳が興す国の名前だぞ? ああ、桂花も華琳から聞いたのか』


……なん…………ですって?


何で北郷が知っていて私が知らないのよ!! 私は華琳さま一の軍師で、我が子房とまで言われる位信頼されてて、

古参の春蘭や秋蘭と同じくらい閨に呼ばれていて…………違う、その字を何故今?


『『華琳さま!!』』 春蘭、秋蘭の叫び声が聞こえる。あまりの大声に北郷達の後ろで無事を喜び合っていた季衣達が

驚いて振り返っていた。


『華琳、まさか!!』北郷がそう呟き春蘭達の元へ駆け出そうとしたので死ぬほど嫌だったが腕を掴んで止める。

『ちょっと待ちなさいよ! なんであんたなんかが”魏”を知って……違うわ! さっきからなんなの! 華琳さまは寝てる

って言ってるのに大声ださないでよ!!』

自分でも何を言っているのか解らない程に同様していた。

『違うんだ桂花、俺の知ってる歴史では華琳は人前で決して眠らないんだ』

コイツは何を言っているの? だって現に今…………


――ザワザワと喧騒が続く。


不本意ながら北郷の腕を掴んでいた私は北郷にひっぱられる形で華琳さまの元へ戻る。

『華琳!!』

え? 華琳……さま?


ソコデワタシハナニヲミタ?


そこで私は意識を失い、逆に夢から覚めた。


――ザワザワと喧騒が続いていた。


「うるさいわね! 夢から覚めたのにいつまでザワザワ言ってるのよ!!」

「軍師さま起きられましたか!」

「はぁ?」夢に対する八つ当たりの筈が何故か返事が返ってきた。どうやら天幕の外で兵が私を起こそうと声をかけて

いたらしい。ちなみに男が天幕に入る等ありえないからこれは当然の措置だ。

未だ暗い所を見ると時はまだ深夜? そしてこの喧騒は?

「先ほど曹操軍が夜襲をしかけてきました」

「ふん、この五寨の備えが破られるわけないじゃない。適当に追い払って深追いは厳禁よ、罠に違いないから」

「それがもう袁紹様の命令で全軍追撃となり殆どの兵が出撃致しました」

「はあ!? なんで軍師の私に相談がないのよ!」

「それが『兵は迅速を尊ぶのですわ、おーっほっほっほ、おーっほっほっほ』と。睡眠を妨害された怒りかと思われますが」

「使い所が間違ってるのよ! 今度は兵を生贄にしろっていうの!!」

荀彧は顔良の死によって袁紹軍をコントロールしようとしたが、結果は文醜の暴走を招くだけという最悪の結果であった。

やむなく文醜すら生贄に差し出し、ようやく自身の発言権を増して余計な謀をせずに大兵力をジリジリと南下させて曹操軍を

追い詰めてきた所にこれだった。逆に言えば軍法が定まっていない袁紹軍がこのような追撃を行う事自体自殺行為であった。

間に合うか?

荀彧は天幕を飛び出し、馬を駆って全軍が見渡せる高台に登る。暗い、僅かな明かりを持った兵で大体の陣形を見る。

鉄壁の五寨の備えは既になく、10万の大軍が長蛇の列のように無駄に伸び、側面が隙間だらけであり、特に明かりが

強い所が袁紹のいる場所であろう、その箇所の守りは無いに等しかった。

突如として、方二十里にわたる野や丘や水辺から、かねて曹操軍の配置しておいた十隊の兵が鯨波をあげて起こった。

「右翼の第一隊、夏侯惇」 「二隊の大将、張遼」 「第三を承るもの李典」 「第四隊、楽進なり」 「第五にあるは、夏侯淵」

「――左備え。第一隊関羽」 「二隊、典韋、三、許緒。四、于禁。五、郭嘉」


程昱こと風が必勝の策として授けた”十面埋伏の計”。

十の部隊が、十の方角より同時に襲い掛かる。常に優秀な人材を集め、揃えた曹操の軍だからこそ可能とした計略。

手薄となり、軍法さえ定まらず、率いる武将もなく、軍師の言さえ届かない袁紹軍にもはや勝ち目等なかった。


「……終わったわね」まるで他人事のように袁紹軍軍師荀彧はそう呟いた。

全くの矛盾であるがもしこの追撃が先陣を文醜、後陣に顔良を配置出来ていれば此処からの逆転も不可能では無かった。

それだけの兵力差はあったのだ。

「まだよ、袁術、孫策、劉障、劉表。司馬懿北郷や呂布、劉備を倒せる国はまだいくらでもあるわ」

「それは困りますね~、あ、でも袁術さんはもう駄目っぽいですよ?」

桂花の独り言に当たり前の様に返事をしたのは曹操軍軍師、程昱。

「あんた北郷の……女ね。どうして此処にいるのよ!」

「ふふふー、この機会を得る為に風は潜伏していたのですよー」

「北郷の女ってのは否定しないの?」

「……おおっ? どうでしょう? 曹操さんの臣下に戻ると約束してくれたら教えてあげるのですよ」

「白々しいわね。華琳さまの臣下? 北郷の●奴隷になれの間違いでしょう? 嫌よ気持ち悪い!」

「いえいえ、間違ってないのです。お兄さんは曹操さんの軍師ですから」

「嘘よ! だったらなんで呂布を倒しに行かないのよ! なんで劉備を助けるのよ!! 華琳さまの為ならありえない!」

「……”魏”の為、だそうなのですよ。今呂布さんに戦争をしかけたら勝てませんねー。劉備さんと取引して関羽さんを引き

込まなければ袁紹さんとの戦いももっと大変だったかもしれません。逃げてるのは荀彧さんだけなのですよ」

「……私が逃げてるですって!」

「気持ちは解らなくないのですよ。風もお兄さんで遊べなくなったらちょっとどうすればいいか解りませんし……ですが……

おおっ? 荀彧さんて確か……おおっ!」

『お兄さんと遊ぶ』ではなく『お兄さんで遊ぶ』という所に風の司馬懿一刀に対する複雑な思いが表れていた(注:表れてません)

「ちょとなによさっきから、オットセイじゃあるまいし」

「いえいえ、なんだかおかしいなーと思っていたのですが、今思い出したのですよ。あーそーでしたかー。それじゃ風が言う

事は2点だけです」

「……何よ?」

「一つはお兄さんが目指してるのは司馬魏ではなく曹魏。そしてもう一つ、荀彧さんが袁紹さんの軍師だと知った時お兄さん

が最初に言った言葉なのですが……」

「ふん『裏切り者』でしょう」

「『無事で良かった』ですよ。ちょうど到着しましたから、後は若い二人にお任せなのですよ」

風が指差す方向より司馬懿一刀が馬に乗って近づいてきていた。

「この地点に逃げてくるように前もって指示しておいたのですよ。おーいお兄さんこっちなのです~」

風と桂花に気付いた司馬懿一刀が血相変えて駆け寄ってくる。


この日、曹操軍の各武将が今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れするのを尻目に、逃げ役を任された為ひたすら

逃げ続け、ボロボロな状態だった司馬懿一刀はこの後桂花より1000の罵声を浴びて心もズタズタにされるが

『可哀想なのですよ、よしよし』と風に膝枕されて慰められる。その一部始終を見た桂花が『恐るべし謀士』と呟いた

というが定かでは無い。


かくして曹操軍は

軍略の郭嘉、謀士の程昱、政治の荀彧、程昱の操り人形司馬懿一刀という隙のない4軍師体制となる.。






―――黄河流域


袁紹軍の軍装を身に着けた多くの兵達が我先にと船を奪い合い、北へ東へと逃げていく姿を田豊一刀は呆然と

見送っていた。

……間に合わなかった。

そう、官渡の地にて曹操軍の夜襲にあって大敗を喫し、総大将は行方不明で軍をまとめる者は全て討ち死にし、

軍師は逃げさったとの事であった。その時、目の前に見覚えのある軍装を身に着けた男が通り過ぎた。

「待て! お前麗羽の筋肉お神輿隊じゃないか! 麗羽はどうしたんだ!」

「知らないよ! 袁紹様担いでたら逃げられないから捨てて逃げてきたんだ」

「お前、総大将を捨てるとか何を言ってるんだ!」

「……ッ、うるせえ! 俺は元々公孫賛様の部下だったんだ! 恨みのある負けた袁紹の為に死ねるものかッ!!」

「なッ……もういい! 麗羽は生きてるんだな? どこら辺で置いてきたんだ?」

「……あんた田豊だろ? 袁紹に投獄されてたのに……」

「いいからどこ?」

「真っ直ぐ南で……夢中で逃げたけどそんな遠くじゃない筈だ」

「解った」

田豊一刀は馬に跨り、逃げる袁紹軍に逆流する形で南に向かった。

馬を走らせる事20分、全身金ぴかの鎧に包まれたクルクルたてロールというど派手な髪型の見間違う筈もない姿、

麗羽を見つけた。

「麗羽! 無事だったか」

「無事なんかじゃありませんわ! ってあら田豊さんなんでここにいますの?」

「麗羽を助けに来たんだよ。ほら馬に乗ってさっさと冀州へ帰るぞ」

そこへ『お手柄待つの~』となんだか可愛らしい声を上げながら于禁隊が袁紹を捕縛しようと駆けつけてきた。

「まずいですわ! さっさと逃げますわよ!」

「いや、二人乗りで逃げても間に合わない……麗羽一人で逃げるんだ!!」

せめて麗羽だけでも助けたい! きっとそれが猪々子と斗詩の意思でもある筈。決死の覚悟でそう叫んだ。

「そうですの? それじゃ頼みましたわ」

「あっさりだなオイ! もーちょっとないの?」

「何を言ってますの? あの程度の追撃隊でしたら猪々子さんか斗詩さんなら軽く蹴散らしますわよ」

「あの二人と一緒にするなって、しまった!」

馬鹿なノリツッコミをしていたせいで于禁隊に取り囲まれていた……何をしにきたのかと後悔する田豊一刀に

『あー隊長抜け駆けなんてずるいの~』とのほほんとした声が届いた。

「は?」

「ぶーぶーなの、一番手柄貰ったと思ったのに隊長が先に袁紹捕まえるなんて納得いかないの」

なんだ? 隊長? 誰かと勘違いしてる? だったら……

「あ、ああ悪いな。えっと恩賞で今度奢るから勘弁してくれ」

「本当なの? それじゃ阿蘇阿蘇に紹介されてたお店のバッグと服が欲しいの~」

『お安い御用だ』と頷く。

「それじゃあと杏仁豆腐がおいしいお店って紹介されてたお茶屋さんと……」

一つ了承すると次から次へとおねだりが増えていく。とんでもない強欲な子だった……可愛いのに。

「ああ、任せてくれ」

許してくれ、俺に似てる隊長さんとやら、アンタは間違いなく破産する。

于禁は嬉々として引き返し、その隙に袁紹と田豊一刀は黄河へと逃げていった。

『猪々子も斗詩も関羽に斬られ、黄河へ落ちて死んだ』

ひとまず安全な場所まで辿り着いた後、麗羽から聞いた二人の消息であった。

もっと早く記憶が戻っていれば助けられたのかも知れないのに……もはや出来る事など何もない。

ただ冥福を祈り、花の代わりに斗詩のパンツを黄河へ流した、どうか迷わないように。

「あれー? 斗詩、あたいこのパンツ見覚えあんだけど?」

「ええ~、どうして私のパンツが黄河に流れてるの!?」

聞き覚えのあるにぎやかな二人の声。きっと神様が天国にいる二人の声を届けてくれたのだろうと涙する。

「あー麗羽さま! よかった無事だったんですね」

「ほんとだー、ご無事でなによりです」

……あっさり生きてました。

「あら猪々子さんに斗詩さん、生きてたんですの?」

……反応薄ッ!!

「もう死んだーと思ったんですけど、ほら見てくださいコレ」

顔良がひん曲がり、留め金が千切れた兜を袁紹に見せる。

「田豊さんがコレ被っておけって言ってくれてなかったらきっと死んでましたよ~」

「あたいもほら、額当てが真っ二つ。いや~アニキのおかげで命拾いでしたよ」

「そうでしたの、私も田豊さんがこなかったら捕まってたかも知れませんわ」

「へ? アニキ来てるの?」 「あ、田豊さん……泣いてる?」

泣くよ!! あーもう、全くもう!!

「うわッ」 「きゃっ」 「なんですの!?」

3人をまとめて抱きしめる。ああ、生きてる、麗羽も猪々子も斗詩も生きてる!!!




10


「へーそこは美味い物食い放題なんですか!」 「温泉もいっぱいあるんですか?」 「勿論ですわ~」

3人娘(略して3バカ)がなにやらワイワイと楽しげにおしゃべりしているのを尻目に、田豊一刀は必死に袁紹軍

逆襲のシナリオを考えていた。まだまだ河北四州には兵が残ってるし、何故かこの世界だと徐州も領土だから

逆転は可能なんだ。とりあえず冀州城へ帰って徴兵して…………

「……さん、ちょっと田豊さん!!」

「麗羽? 何だいきなり?」

「話を聞いてなかったんですの? 出発しますわよ!」

「あ、そうか。じゃあ冀州城へ帰るでいいんだよな?」

「はあ? 何を言ってますの? 全然違いますわ」

「え? 違うのか? じゃあ徐州か、青州か?」

「だから全然違いますわ。私達はこれから南の楽園へ向かうのですわ!」

「そんなの解るかッ!! ってゆーかどんな急展開だよ!! 今までの戦いとか何だったんだよ!?」

「あーでもアニキ、南の楽園って美味い物食い放題らしいぜ♪」

「温泉もいっぱいあるそうですよ、楽しみですよね♪」

「いやいやいや、おかしい。タカヤ-夜明けの炎刃王-くらいおかしい。あ、そうだ俺記憶が戻ったんだよ!」

「あらそうですの?」 「ふ~ん、よかったなアニキ」 「田豊さんもその会話の流れどうなのかなあ?」

……いやホント反応薄いね?

「まあいいや。苗字が北郷で名前が一刀。字は無し。この世界の人間じゃなくて多分タイムスリップしたんじゃないかと。

意味解んないだろうけどさ」

「そうなんですの。まあそんなのどうでもいいですから出発しますわよ」

「おー」

「声が小さいですわっ!」

「おーっ!」

「って北郷さん! 荷物持ちが声を出さないとはどういう事ですの!」

あれ!? いつの間にか物凄く降格してるぞ?

いやそうじゃなくて、今北郷って……チラリと麗羽の顔を窺う。

「な、なんですの?」

心なしか赤面していた…………なんだちゃんと聞いてるじゃないか。やばい、麗羽が一瞬可愛く見えたぞ?

「ほら北郷!」 「一刀さん♪」

満面の笑顔で手を差し出す二人。

ああ、ああ全くこいつ等は本当に……


「はいはい。じゃ麗羽、猪々子、斗詩いくぞ? せーの」


「「「「おーっ!!」」」」



……本当に、俺はこいつ等が大好きだ!!





田豊改め3人目の北郷一刀(記憶回復)。

この後、麗羽をミニマムにした我侭お嬢様と、そのお嬢様をこよなく愛する腹黒お姉さんが道中に加わり、それはもう、

今までが平穏だったと言うほどに本当の本当の本当の本ッ当に苦労する事になるが、

それは真・恋姫†無双 漢女ルート(袁家ルート)のお話。





(あとがき)

実は漢女ルート(袁家ルート)に繋がるお話でした。というオチ。

そもそも原作で一刀が袁紹家に拾われてもこうなりますよwって明言されてんですからこれ以外の答えはなかったですケドね。

一応明言されてた袁術でなく袁紹に拾われて、一刀がいなければ猪々子と斗詩は関羽に殺されていた。んで斗詩は結構一刀

を気に入ってて猪々子も妄想HまでならOK! な人間関係をクリアは出来たかと。

30kbは超えまい! というスタンスで詰め込んだら場面はグルグル描写はぶった切りと……

なんで関羽は残ってるの? とか桂花が1000の罵声浴びせて戻った理由とかはそのうち。

そんなわけで19~23話官渡の戦い編終了(官渡で戦った以外の共通点が無いとかw)








[8260] 24話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/12/07 03:00





河北の英雄袁紹敗れる………………英雄である。



 誰もが予想し得ず、負けないまでも長期戦、あるいは引き分けであろうと思われた中原の覇権をかけた

俗に言う官渡の戦いは曹操軍の勝利によって幕を閉じる。

曹操の勝利を予想した僅かな者さえ勝ったとしても河北四州と徐州を併せた広大な領土を支配するのには

時間がかかると考えらており、結果曹操はその予想すら覆す事になる。

理由の1つは一時袁紹軍軍師であり曹操軍に戻った荀彧の存在である。軍師時代に河北の台帳と地図の

閲覧は元より検分資料の悉くを読み漁り、急速な領土拡大による反抗的な豪族や五胡の調査を行って

いた為、荀彧の指示通りに案件を片付けるだけでスムーズに併合が行われた。

もう1つの理由が幽州牧公孫賛、徐州牧劉備の徳であった。元来それなりの善政を敷いて、徳を持って

領土を支配していた二人を追いやっての領土拡大であり、袁紹に対する領民の怨嗟の念少なからずあり、

それを破った曹操軍は行く先々で歓迎された。また荀彧の指示通り、かつ領民の協力によって復興は

順調に行われ、結果文字通りあっという間に河北四州、徐州を完全な支配地域として曹操領として併合。

結果曹操は大陸のほぼ3分の1を支配するに至ったのである。



さて、ここで現在の大陸の情勢についてまとめてみようと思う。


まず益州を領土とする益州牧劉障。中原の混乱等何処吹く風で天然の要害の地を盾にほぼ独立国の様相を

呈していた。決して暴君ではないが良く言って無能なこの支配者の領地経営は酷く、されどなんら対策は採らずに

安全な成都に篭り惰眠を貪り、結果民は貧困に喘いでいた。

荊州との入口を守る黄忠、また益州防衛の要、巴郡城を劉障より任されている厳顔等が治める地域は太守の

能力によって比較的平和であったが、それでも本国より課せられる税によって民の暮らしは楽ではなかった。


続いて陸遜曰く『強い人』と言わしめた荊州牧劉表は言われるだけの才覚を持ち、良い土壌と風土に包まれた

荊州の地を平穏に治めており、また北の脅威である曹操に対抗する為、隣接地にある新野城に黄巾討伐や

難攻不落の虎牢関を落とし勇名を馳せた同族の劉備を客将として迎え入れ、曹操に対する防衛網を張る

という老練な手腕を発揮していた。しかしここで問題が発生する。



その問題の原因とも言える揚州について説明したい。

揚州の支配者であった袁術に対してクーデターを起こした孫策は見事袁術を破り江東の地を支配下に治めた。

この直後孫策は独立を宣言。伝国の玉璽をその正当性の証として江東の地に呉国の建国を宣言したのだった。



混乱したのは先にあげた荊州牧劉表である。突然東に隣接した江東が独立し呉という国になったと思ったら北方

にて10年は争い続けるであろうと予想された曹操と袁紹の戦いはあっという間に終わり、しかも勝者である曹操は

瞬く間に河北を平定しているのだ。

曹操と呉が直接争うならそれでよい。しかし海軍の無い曹操が直接江東に攻め寄せるよりはこの荊州の地を通った

方が都合が良いのである。逆に呉にとっては曹操に対抗する為にこの肥沃な荊州の地は魅力的であり、まさに喉から

手が出るほどに欲しい土地である筈だった。

荊州を守る為に打てる手は限られている。曹操、呉に対抗する国力を得る為に益州に攻め込む。北と東に対する脅威

があるのに今兵を動かせる事など出来るわけもなく、もし戦ったとしても要害の地益州の守りに黄忠、厳顔といった良将

昨今若手ながらその武を轟かせている魏延といったそうそうたる武将を相手に勝てる見込みは少なく、客将の劉備を

派遣して北の守りを薄くしたら本末転倒である。

だからそう、馬国の馬超、天の御使いと言われる軍師北郷と面識があると言っていた劉備を使って第2の大国馬と同盟

を結ぶという選択肢が出るのは自明の理であった。



さて、劉表が利用しようとした馬国はどうか? 正式には後漢における西涼軍閥大連合が本来の名である。

西方貿易の入口である武威、第2の首都長安を主な領地とする北西の強国として領土的には劣るが国力という面に

おいては曹操に次ぐ大国であった。盟主馬超は義姫と称えられる程義に厚く、錦馬超と謳われる程に強く美しく、

西涼の誇りとまで称えられたと歴史書にはある…………酷い捏造である。

最も馬超を知る北郷一刀からすれば『嘘じゃない、嘘じゃないけど物凄く納得がいかない』と言ったであろうがそんな

不都合な言葉など歴史書には残されないのがこの世の常である。







―――馬国 武威


『翠ちゃん、たんぽぽちゃんにご主人様お久しぶりです桃香です。実は今わたしは荊州の劉表さんの所でお世話に

なっていて新野城を任されています。それで今年荊州の地はとっても豊作でそれをお祝いしようという話になりました。

その大宴の主人として礼をとり行うよう劉表さんの代理としてお願いされてて、その劉表さんたってのお願いで是非

涼州の人も招いて欲しいって言われてお手紙を出しました。

荊州の食べ物はと~ってもおいしいので是非来てください、お待ちしております♪』


まあ文面を砕くとこのような手紙が馬超の元に届いた。


「うはっ! 豊作でおいしい物いっぱいだって。楽しみだなご主人様♪」

「えっ!? 翠、ちょとあんた行く気なの?」

罠ではないか? 行くにしても誰を向かわせればよいのか? そんな次元をすっ飛ばして行く気満々の今や大国の

盟主となった馬超の言葉に馬鉄こと詠は『冗談でしょう?』というニュアンスがたっぷりと包まれた言葉を返した。

「当たり前だろ、美味い物……じゃなくて桃香さまは大切な友達なんだ」

正直者である。恐らくこれが精一杯の腹芸だと思われる。

「あんた西涼の盟主なのよ? 今や第2位の大国の代表って自覚あんの?」

翠の事を知っている人間からすれば今更ながら冗談みたいな話である。

「別にいいだろ? 国内の事は詠がやってるし陳情とか月が得意だし軍事はたんぽぽがいるし……あれ?

あたしいらない子なのか!?」

衝撃の事実が今発覚した。

「え~軍事はお姉様がやればいいじゃん? たんぽぽがご主人様と二人で行ってくるよ♪」

「ずるいぞたんぽぽ!」

「ちょっと待ちなさいよ! なんで行く前提の話しになってるのよ、まずこの手紙の意味がどういった物か考えなさいよ!」

「はあ? 意味?」

まるで理解していないと解る返事に詠の目はスウッと細くなった。

「じゃあ翠、この手紙の真の目的は何?」

「美味い物いっぱいあるから食べに来いじゃないのか?」

「0点。あとで補習するわよ」

「なにー!?」

「たんぽぽ?」

「え? えっと……たんぽぽ達と仲良くなりたい?」

「40点。まあ本質は理解してるみたいだから赤点は許してあげるわ」

「ほっ」

「それじゃ月解る?」

「えっと……曹操さんの脅威に対抗する為に同盟を結びたい、とか?」

「流石月だわ! もう100万点あげるわ、まあそういうわけなのよ」

上限何点だよ! 適当なクイズ番組かよ! というツッコミすらできず、話が終わりかかっていたので

『ちょっと待ってくれ詠』と一刀が話を遮った。

「……あんたいたの?」

話を振らないという次元ではなく、存在を認識していなかったというスルー以上の扱いだった事に一刀は冷や汗を

かいた。

「いたよ! たまに話振ってくれる時別の奴がツッコミを入れるから会話に入れなかっただけだよ。というか俺にも

今の問題聞いて欲しかったんだけど?」

正解を知っているのに当ててもらえないのは結構寂しいものだ。

というか最近出番自体が無いどころかたまの出番でさえセクハラして失敗して酷い目に遭う。という汚れ系の

オチ要員のような扱いで自分の存在意義的な意味で某外史”蜀”ルートにおける『このルート一刀いらなくね?』

的扱いになりつつありわりと危機感を持っていた。軍師の仕事詠がやった方が効率がいいし……

「じゃあ聞いてあげるわよ、あの手紙の意味はなによち●こ」

「……魏と呉に挟まれていつ攻められるか解らない荊州は今危機的状況だからな。魏と隣接してる西涼と同盟

を結んで魏を牽制して攻め込まれないようにしようってのが劉表の策だな。翠と面識がある桃香を利用して

断りにくくするつもりだろう」

詠の悪意をスルーして一分の隙も無い回答を朗々と語る(ふふ、ぐうの音も出まい?)

「……チッ」

舌打ちされた!?

「というか魏って何よ? まあ曹操軍の事言ってるのは解るけれど……」

「あ、そうだった」

そう、袁紹を滅ぼした曹操軍は未だ魏を名乗っていなかった。無論正史でもまだ名乗る時期ではないから

おかしくはないのだが、逆に呉は既に名乗っていた。偶然かそれとも魏を名乗らない理由があるのか?

実は曹操軍が魏を名乗らない為に馬(以後西涼連合でなく馬とする)としては動きようが無かった。

動く理由がないのだ。領土的野心を持たない馬超にとって、今回の官渡の戦いも曹操領に攻め込んできた

袁紹との自衛の為の戦いであり、未だ漢王室における曹操領であって攻め込む理由などなく、むしろ曹操

に請われれば袁紹と戦うぐらいの認識であったのだ。

後に魏が攻め込んでくる事が解っている一刀や月の安全の為に脅威を取り除きたいと考えている詠からすれば

なんとも歯がゆい状態であった。魏を名乗れば漢王室に反旗を翻した賊軍として漢王室の臣として馬は戦いを

挑めるのだ。

「つまりカンニング(不正行為)ね。翠と一緒に補習を受けた後『私は卑怯者のちん●です、生まれてきて

ごめんなさい』という反省文を1000回書きなさい」

「鬼だ!」

人生どころか生まれてきた事を否定された!

「10000回に変更するわよ?」

「私は卑怯者のちん●です、生まれてきてごめんなさい」

一刀は土下座して詠に許しを請うほかなかった……カンニングじゃないのに。






「まあ思惑はなんであれ美味い飯を……じゃなくて話を聞いてもいいんじゃないか?」

という恐らく世界一正直者の盟主の発言で方針が決まり、では誰が行くか? という議題に移行する。

「ボクと月が行くのが一番だけどね。正直外(西涼以外)へ出るにはまだ早すぎるわ」

反董卓連合の一件以来まだ数ヶ月(恐ろしい事に!!)。どこに月や詠の正体を知っている者がいるか

解らず、荊州までの旅路はあまりにも危険というのが詠の言葉だった。

「恋ちゃんとねねちゃんも無理だね」

二人とも長安の守りの為この場にいない。

「ほら、やっぱりあたしが!」

「だからたんぽぽが行くべきだって、こないだ詠の実験という名の五胡殲滅戦でボロボロにしたからとーぶん

侵略はないよ」

「ち●こが行けばいいじゃない」

「うん? ああいいけど」

「ご主人様だけズルイぞ!」 「ずるーい! なんでご主人様だけ!」

非難轟々である。

「だってコイツだけ無職じゃない。でも腐っても天の御使いだから相手に失礼にはならないわ」

酷い事を言われた! 馬国の軍師なのに!!

そりゃあ最近軍師の仕事は詠がほとんどやってくれるから自分の仕事なんて月に何回か長安に行って視察

という名の恋とのお食事会だったけど……(いい仕事である)

「詠ちゃん、言いすぎだよ?」

「そうね。ニート(無職)に失礼だったわ。腐ったちん●と同じにしちゃあね」

フッと鼻で笑われた。

いい加減挫けそうな心を癒すかのように隣に座っていた月がそっと耳打ちする。

「あの、詠ちゃんホントはご主人様のこと好きで、かまって欲しくてああ言ってるんですよ」

そうなの? ツンデレなの? ひたすらツンしかないんですけど?

「兎に角ご主人様一人じゃ危ない!」

翠が心配してくれているらしい発言をする。

「そーそー桃香さま犯されちゃうよ? 国際問題だよ?」(国際ではないです)

蒲公英の発言で心配されていたのは俺ではなく、桃香の貞操だった事を知った……なんでだよ!!

「はあ? ちょっとそれどういうこと?」

「ご主人様反連合の時桃香さまを押し倒して胸を揉みしだいていたんだよ」

蒲公英なんて余計な事を!!

「……犯罪じゃない、普通に引くわ。月も離れて! 妊娠させられるわよ!」

詠に生ゴミを見るような目を向けられた以上に、さっき隣で親しげに耳打ちしていた月がススス……と

自分から離れるのがショックだった。


兎に角、荊州大宴の出席者として一刀が数名の護衛をつれて荊州へ向かう事が決定する。





―――数日後


外套を目深く被った2人の護衛を連れて相棒の麒麟と共に一刀は荊州へ旅立っていった。

『今回も頼むな麒麟』と首を撫でる。麒麟もいつもどおり『まかせろ』と嘶いた。

「しかし桃香か、久しぶりだなー。朱里とかも元気かなあ?」

馬上で背伸びしつつそう独り言を呟く。

「みんな可愛いからご主人様は楽しみだね♪」

外套を脱いで姿を現した蒲公英が当たり前のように微笑む。

「まあそうなんだけど……」

「いやーでも美味い物食い放題だろ? 楽しみだよなー」

もう一人の護衛も当然の如く翠。しかも大宴の内容がいつのまにか食べ放題になっていた。

二人の乗っていた馬は黄鵬に紫燕。はなっからバレバレであった。

「へへ、留守番なんかしてられるかっての、詠の勉強に付き合ってたらしんじゃうって」

駄目な盟主だった。


出発の前日、翠と蒲公英が部屋に来て『護衛に変装すっからご主人様も知らん振りしとけ』と、口裏を

合わせに来ていた。

「でも今頃詠怒ってるよ? 帰ったらお姉様どうするの?」

ああ、うん。その心配は無用だたんぽぽ。俺は鞄から詠より預かっていた荷物を取り出す。

「だーいじょうぶだって♪ たんぽぽも心配症だな……ってご主人様なにしてるんだ?」

『はい』と二人に本を渡す。

「? なんだこれ?」 「げっ、まさか……」

察しのいい蒲公英は気付いたらしい。 孫子の兵法書である。

「移動の最中それ読んで勉強しろって。帰ったらちゃんと読んだか確認する為に感想文かかせるってさ」

「ひどーい! ご主人様裏切ったんだ!」

「人聞きの悪い事を言うな。最初っから二人の行動なんて詠に読まれてたよ」

『どうせ荊州に付いて行くだろうからこれ読ませてときなさいよ』とは詠の弁。

『二人も荊州に行って大丈夫なのか?』と聞けば『翠に説明する手間が省けるから寧ろ仕事が捗るし

最近仕事が溜まってきたから都合が良い』との事。軍事においてもまず長安を突破せねばならず、その事態

になってから帰ってきても十分間に合うし、五胡においては大規模な攻勢はまずない事も調査済との事。

いやほんと、敵じゃなくて本当に良かったと思う。

たしか正史では曹操と戦った馬超と馬岱はその時曹操軍の軍師だった賈駆の策によって敗れるのだから。

ブーブー言ってる二人には月から『旅の途中で食べてくださいね』と冷めてもおいしい饅頭を三人前持たされて

いるからそれでご機嫌取ればいいだろう。


一刀改め馬超一行は荊州へ向かう。




―――武威


「ほんと美味しい物食べ放題とか意地汚いわよね」

政務に励む馬鉄がお茶を持ってきた馬休に愚痴る。

「本当はご主人様と一緒に遊びに行きたかっただけだって詠ちゃんも解ってるんでしょう」

クスクスと笑いながら詠にお茶を勧める月。

「ありがと月……月も行きたかった?」

「うん、詠ちゃんも一緒にね」

「ボクは別に……そうねいつか平和になったら」

「そうだね。でもきっとそれはそんな遠くない気がする」

「ふ~ん……まあいいわ。ちょっとくらいは恩返ししないとね」

「素直に遊びに行かせてあげれば良かったのに」

詠の背中を見ながらニッコリと微笑む。

「どーせ兵法書なんて読まないわよ。まあそれをお説教のネタにして帰ったら仕事させるけどね」

振り向いて月と顔を見合わせて笑う。何気に仲良し四姉妹+1だった。








―――許都


『ちょぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!』許緒の巨大鉄球”岩打武反魔”が『はあっ!』典韋の巨大ヨーヨー”伝磁葉々”が

同時に関羽に襲い掛かる。

ゴウッ……と迫り来る鉄球陣を恐れる事無く冷静に軌道を見極めた関羽は手に持った青龍偃月刀を振り上げる。

ガガッ!! という金属音。『わっ!』 『ええっ!?』 季衣と流琉が素っ頓狂な声をあげる。

二人の鉄球とヨーヨーは鎖が絡まりあい、打ち上げられた為結果関羽に引き寄せられるようにワタワタと近づき、

コツンコツンと青龍偃月刀の柄の部分で叩かれて勝負がついた。

「あーまた負けた~」 「関羽さん強いです……」

「まだまだ甘いな。だが連携するという考えは良かったぞ」

「ホント!?」 「本当ですか?」

「う、うむまあな。次は私も危ないかもしれん」

子供の純粋な目に弱いのであろう、関羽が慈しむような目を二人に向けながら微笑んだ。


……帰れなかった。


顔良と文醜という袁紹軍の二大看板を倒した時点で十分な手柄だった筈……なのだが失敗した。

その事を知った季衣と流琉が尊敬の眼差しを向けながら凄い凄いと褒めちぎってくれた事につい調子に

乗り『あの程度たいした手柄でもない』等と言ってしまった事を司馬懿殿に聞かれ『本当!? じゃあもうちょっと

手伝ってくれ』となし崩し的に十面埋伏の計の一角を担ってしまった。全員の手柄であり『じゃあこれで……』

とも言えずズルズルと残ってしまっていた。袁紹と戦う以前なにかと危なっかしい許緒をほおって置けず邪険に

されつつも仕事の手伝いをしてからなんとなく懐かれ、典韋も加わり自身もつい鈴々と重ねて見てしまったせいで

それなりに仲良しになってしまったのが失敗した。張遼もやたら親しくしてくれるがこちらは微妙に貞操の危機的

直感が働くので飲みに誘われても飲みすぎに注意していたが。

つまるところ曹操軍におけるポジションが出来てしまっていたのである。



その光景を見ていた者がいる。司馬懿一刀と郭嘉、程昱である。

「以前袁紹との戦いの際『一点を除いて一刀殿の策で間違いない』と言った事を覚えていらっしゃいますか?」

「うん? あったっけ?」

「ええ、その一点とは関羽殿の武だったのですがまさかこれ程とは思いませんでした」

「このまま帰らないで欲しいけどな」

「無理でしょうね~次は荊州ですから。すぐ帰したら敵になっちゃいますし、だからと言って許昌に置いて来たら

後ろから反旗を翻すでしょうから荊州攻略に連れて行くしかないのですよ~」

「というかこんなに早くて大丈夫か? 桂花が頑張ってくれてるのは解るけど……」

「問題ありません」 「問題ないのですよ~」

二人の返事は同時だった。寧ろ今しかないという危機感さえも感じられた。

「桂花さんのおかげで予想の数倍の早さで河北併合がなってますからね~。ここまで早いとは孫策さんも予想

してなかったでしょう。だから建国したのでしょうが……呉、馬や益州、荊州が同盟を結ぶより早く南下して街道を

塞ぎ、電光石火にて荊州、呉を併合。ここでようやく魏を名乗れるのですよ~」

馬国一刀の懸念通り、馬国盟主馬超の人となりを考えた上で正面から戦うまで魏を建国しない。程昱の考えは

まさにそれであり、少しでも早く魏建国を目指す武将達にとっての奮起材料ともなっていた。




謀士賈駆も、未来を知っている一刀ですらこの歴史の流れの速さについて来ていない。


曹操軍50万の呉征伐。俗に言う赤壁の戦いへ向けて外史は一気に動き出していたのである。







(あとがき)


補足:手紙は砕いて、とあるように桃香らしさを出した訳がなされているので立場上ちゃんとかねーよってのはスルーで。

翠や蒲公英は相手との立場が逆転したとかそんな理由で呼び方返る子じゃないです。

孫子の兵法書は有名なのでネタ的にw メタ発言もこうゆうノリの時は作風とご理解ください。


あと大丈夫だと思いますが本来荊州まで数ヶ月位かかりそうですが恋姫感覚で言うと熱海に三泊四日位のノリですw


文面で読み取れるとは思うのですが自覚とかも双方問題ないと結論つけてかつ任せて大丈夫っていう信頼感です。

これで熱海にミサイルが落ちたって予想できないのおかしい!みたいなんだったら某国がしょっちゅう日本海にミサイル

落としている日本人は外に出るのも常識ねーになるかなと。


というわけで状況説明+新章のプロローグ的な話。

荊州は激戦区。最初はどのシナリオ的にも真恋姫だと荊州の支配者は袁術なんですが呉ルートだと

なんだか複雑。袁術が支配してた筈で孫策が倒したから楊州と荊州は呉になったかと思ったら

いつのまにか荊州の実力者劉表が治めてるという流れ(何故?)。なんで馬ルートにおける荊州牧は劉表さんです。

あと気がついたら魏とか呉とかになってるよね恋姫無双(汗)






[8260] 25話前編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/12/27 04:04


――― 荊州 新野城



荊州の北方、曹操領許昌との隣接地であるこの小城は、荊州の有力者を招く宴と共に劉表よりこの城を

任されている客将劉備の提案で民の為に街でもお祭りをしようという事で街全体が大いに賑っていた。



「すごーい、荊州って結構栄えてるね」

「ああ、見習う所あるかもな」

あ、偉い。戦う事ばっかりだった翠と蒲公英がそういった事に目を向けられるようになっていた。これは詠の

英才教育(個人的にはスパルタだと思う)の賜物であった。俺や馬騰さんが勉強教えようとしたら逃げた癖に。

ちなみに詠からだされた宿題については蒲公英は要領よくパラパラとめくって多分重要そうだと思われる箇所

のみ暗記する方法をとり、翠は『だ~ッ!! こんなの解るかッ!!』と最初の数ページで挫折していた。

そんな俺達3人に大きく手を振りながら近づいてくるチャイナ服の少女。走ると豊満な胸がたゆんたゆんに

揺れる。そう、そのおっぱいの正体は劉備玄徳こと桃香であった。

「ご主人様、大怪我してたから心配してたんだよ、元気になって本当に良かった」

ギュッ……と、桃香に抱きしめられる。 むにゅり……と軟らか温かい感触。例えるなら天国だった(意味不明)。

ああ……これだけで荊州に来て本当に良かったと思うと同時に、涼州に足りない物が何かに気付いてしまった。

「ご主人様、涼州には何が足りないの?」

「おっぱい成分……はッ!?」

蒲公英は手の平を丸めて口元に当ててニヤニヤしていた。何故解った!? 超能力か? と思ったが

『ご主人様の顔見てれば解るよ♪』と蒲公英の目が語っていたというかそれに気付いた時点で俺と蒲公英に

言葉というコミュニケーションは不要だと気付いた(全くありがたくないし使い道ないケド)。

「でもいいなあ……桃香さま胸前よりおっきくなってない?」

「うん、なってた」

即答で答えた……何故か俺が。

「ええっ!?」

桃香が羞恥で頬を染める。

「何でご主人様が答えるんだよ!!」

しまった!? あまりのボリュームについ口にだしてしまった!

「はぅぅ……だって荊州ってご飯が美味しいから……」

は? 真っ赤になった桃香がもじもじと両手を結びながらよく解らない発言を続ける。

「ついついご飯を食べすぎちゃって太っちゃったんだよ~……愛紗ちゃんがいれば食べすぎだったら絶対止めて

くれたのに鈴々ちゃんも星ちゃんも私より食べるのに太らないなんてずるいんだよ」

いやいやいや! たとえ太ったとしても全部胸に栄養がいってるから大丈夫だよ!!……などという慰めをすれば

ウチの盟主に殺されかねないので『ああ、それはお気の毒に……』みたいな顔を向けたら『はぅぅ、ご主人様慰めて

くれないんだ』と落ち込まれた。

まさかこれが後に物ッ凄く美化され自らの不甲斐なさを嘆く”脾肉の嘆”という逸話になろうとは未来を知る一刀さえ

知る由も無かったがそれは後世の歴史家の捏造物語である。


「翠ちゃんに蒲公英ちゃんも……あ、涼州連合の盟主馬超さまに大将軍の蒲公英さま軍師のご主人様だよね。

本当に来て頂けるなんて光栄です」

ペコリと頭を下げる桃香。

「うわぁ、止めてくれ桃香さま、なんだか背中がムズムズする。翠とたんぽぽでいいって!」

「……たんぽぽって大将軍だったんだっけ?」(違います)

「俺もち●こニート(無職)じゃなくて軍師だったって思い出したよ」

詠の俺達に対する扱いって酷いもんなあ……

結局しっくりこないから、とか正しいような間違っているような理由で前の呼び方で。という事になった。

ピンクのチャイナ服姿の桃香に案内され街の中央へ進む。まさにVIP待遇だった。


新野城の客間へ招かれる。テーブルの上には饅頭やシュウマイ、桃や串肉等が山のように置かれた。

「……そりゃ太るよ」

蒲公英が溜息まじりに呟く。

「みんな善意でくれるから断れないんだよ……善意、だよね?」

まさか太守を太らせて笑おうとかいうわけでもないだろう、そう、門から城へ大通りを歩いただけで祭りの

準備で大わらわな町民達が桃香に気付くと次々と食べ物を差し出して『美味しいから食べてくれ』 

『お疲れ様、これ味見して下さい』 『先日子供達と遊んでくれたお礼です』等等両手で収まりきらない程の

お土産を渡されてしまった。この新野で劉備がどれほど好かれているか容易に想像できよう。

「鈴々ちゃんも星ちゃん、朱里ちゃんに雛里ちゃんもみんな大忙しで顔だせなくてごめんね、劉表さんが気を

使ってくれたみたいで急に新野城で宴をする事に決まったから準備で大忙しなんだ」

「だったらあたし達ならほっといていいよ?」

という翠の言葉に

「翠ちゃん達が一番のVIP(お客様)さんだよ」

と苦笑いされた……確かに。

結局町民にもらった食べ物を肴に桃香に接客されながら談笑という一刀から見れば美少女3人との楽しいお茶会

というもうどれほどいたせりつくせりなのかという楽しい時間……そう思っていた時期が俺にもありました。



よりにもよって劉備が洛陽を包囲している時に董卓軍の総攻撃を受け(一刀の作戦です)

その際曹操の借りを返す為追撃したが呂布と董卓の隠し部隊挟まれ結果曹操との約束を破り(一刀の作戦です)

そこで恨みを買い、徐州から逃げる際に通行料として愛紗を奪われ、落ちぶれて同族の劉表を頼り、小城の

太守として食いつないでいるという劉備陣営の境遇を話された。


場はシン……と静まり返っていた。それはそうだ、劉備の落ちぶれのほぼ全てに一刀が関わっていたのだから。

無論本人が気付くわけも無いが、関羽を奪ったのもある意味北郷一刀である(ややこしい)。

「あ、ゴメンね、こんな話つまんないよね」

「いやそんな事は……」

カラカラになった喉を潤す為にズズッとお茶を啜る。

「じゃあさ、ご主人様一つだけ教えて? あの時高台にいた董卓軍って翠ちゃん達だったんだよね?」


ブハッ!! と口に含んだばかりの茶を盛大に噴出さざるをえなかった。






襄陽の会改め新野の会


 荊州の豊穣を祝い、各地の地頭官吏や田吏、文武百官は元より、他国の代表を招いての大宴が始まる。

劉表に代わって大宴の主人役となった劉備もその役を大過なく務め、宴はまず成功といってよいものとなっ

ていた。


「ハックション!」

宴を一時抜け出しての厠の帰り、夜空を見ながら後園を歩いていた一刀は荊州の夜風にあてられて大きな

クシャミをした。

「結構風が冷たいなあ……早く戻ろう」

そう独り言を呟きながら礼館の式場へ戻ろうと視線を前に戻すと、その先にチャイナ服を着た少女が困った

顔をしながらキョロキョロと辺りを見回していた。

「チャイナ服というか……あ、あれだキョンシー服だ!」

思わず声に出すと一刀の存在に気付いたらしい少女と目が合った。

蝋の明かり程度でも解る白い透き通った肌に切れ長の目、端正な顔立ちの美少女だった。

……が、その少女は次の瞬間長い袖で顔を隠し縮こまった。

「ん? 何で?」

何か探し物をしてたんじゃないのかな? と思い一刀は少女に近づいた。

「わ、わ……す、すみません」

「何で!?」

近づく毎にワタワタと慌てだした少女に一刀はいきなり謝られた。

「あ、あの、睨んでたんじゃないんです、わたし目が悪くて目つきも悪いから……」

「は? 睨む? 切れ長の可愛い目だと思うけど」

「ええっ!? そんな、嘘です!」

断言された。

「嘘って……本当に可愛いんだけどな。それより……」

何か探し物してるんだったら手伝うよ? という言葉を繋げる直前だった。

「何をしている?」

ガチャリ!……と金属が擦れる音が真後ろから響く。

褐色の肌に蒼く美しい瞳のこれまた美少女が一刀の背中に剣を向けて立っていた。

「えええっ? 何だ? 君誰?」

「蓮華様!」

キョンシー服の子の知り合いらしい……が、何で剣を向けられているのかさっぱり解らない。

「亜莎、何をされていたの?」

「は、はい、あの……か、可愛いと嘘を言われていました」

「いや嘘じゃないって……というかそれだけだと安いナンパみたいだ」

「なんぱ? 兎に角女の子を誑かそうとした不貞の輩でいいのね?」

良くない!!

「違うって! そうじゃなくてこの子がなんだか困ってたみたいだから声をかけたんだよ」

「『可愛い』と? つじつまが合わないわ」

「いやなんだか睨んでるって誤解されたと思い込んでたから違うって説明してたんだよ」

「そうなの亜莎? もし本当だったら何を困っていたの?」

「ええっ……そ、それは……か、厠はどこでしょう?」

真っ赤な顔を袖の下に隠した。

ああ、そういうの聞くの恥ずかしがる子いるよなあ。


亜莎を脅してそう言わせたんじゃないか? と未だに信用されていないらしく、結局3人で連れ立ってトイレ

まで案内し『失礼します』と割りと急をようしていたらしい亜莎がトイレに駆け込んだ時点で『本当だったみたい

ね』とようやく蓮華と呼ばれた少女は剣を鞘に納めた。

「いきなり剣を突き出して悪かったわ。その……ごめんなさい」

強気一辺倒だった少女は素直に謝罪した。一刀はその素直さに寧ろすがすがしさを感じた。

「ああいいよ。こんな世の中だから女の子はそれ位警戒心が強いほうがいいし」

「そう言ってくれてたすかるわ。でもあなたも初対面の子にいきなり可愛いなんて言うのもどうかしら?」

少しだけ口元が緩くなる、魅力的な微笑。

「でも本当に可愛いと思ったんだよ。それなのにあの子悪い方に気にしてたから勿体無いと思って」

「ええ、そうなのよ、私もそう言っているのにあの子気にしちゃってて……ああ、だったら初対面のあなたに

そう言われて良かったかもしれないわね」

『お世辞じゃないって解るから』そう繋げて軟らかく微笑んだ。

優しい顔をするなあ……この子も凄く可愛いし。

「? どうしたの?」

蓮華と呼ばれていた少女に思わず見とれて声を発するのを忘れてしまったのだが、蓮華からすると急に

黙った一刀を不思議に思ったのだろう。そう言って首をかしげた。長いピンクの髪がふわりと揺れる。

「……ッ、いやこれを言うと本当に俺が胡散臭くなるから黙秘で」

「なによ今更? 誤魔化すほうがよっぽど胡散臭いわよ?」

「うう……いや君も可愛いなあと思った」

「なッ!?……ひょっとしてあなた節操無し?」

「酷い! 無理矢理言わせておいてそれは無い!!」

「フフ、冗談よ。でもそんな事言われたのは初めてだわ」

「なんだそれ? さっきの子もそうだけど君らの周り見る目ない奴ばっかりなんじゃないか?」

「そうじゃなくて……立場的にね、そんな言葉は聞かないし、それどころでもなかったもの」

「ふうん? 忙しかったんだな。そういえば2人はどこの人なんだ?」

「……うん、嘘は言ってないわね」

「は?」

蒼い吸い込まれそうな程に澄んだ瞳でジッと見つめられて思わずたじろいだ。

「こっちの話……って言うのはズルイわね。私達の立場を知っていて近づいていたのか見てたのよ。

姉様程の眼力はないけどあなたの目は嘘じゃないと思う。私は呉の王孫策の妹孫権、あの子は呂蒙

今日は荊州牧劉表代理の劉備に請われて呉の代表として大宴に招かれたわ」

「呉の孫権に呂蒙!!」

三国志を代表する……というか3人の主役の一人じゃないか!! 英傑の名前が突然出て思わず

名前を呼び返す。

「? 荊州ではそれほど名が売れてるとは思えないけど? 知っていたの?」

「あーうん。俺の元の国では有名人。そうか、ん? じゃあさっきの子呂蒙……」

「ええ、あなたの元の国がどうこうはお世辞だと思うけれど、あの子は将来呉を任せるに足る人物になるわ、

周瑜の後継者になれる人材だと確信してる。フフ、これも私の眼力だけど」

「うん間違いない。あの子は大陸でも抜きん出た英雄になるよ。でもえっと……体に気をつけてあげて」

「えっ?」

「ええっと、多分凄く頑張屋だから無理し過ぎて下手すると早死にする。縁起悪い事言いたいんじゃなくて

本当に心配してる」

「……あなた、本当に人を見る目が有るかも知れないわ。そう亜莎は頑張屋なのよ、昼も夜も勉強して、

目を悪くしちゃって眼鏡かけているし……ありがたい忠告と受け取っておくわ。ってそういえば遅いわね?」

ついトイレの前での立ち話が盛り上がって気付かなかったがそういえば随分長いトイレ……だと思ったら

厠の扉から困った顔でこちらを見ていた。

ああ、出ずらいかも……

「あ、じゃあ俺はこれで……」

「待って、あなたの名前聞いてないわ」

「ああそういえば、俺は北郷一刀。馬超の軍師をしている……つもり(の哀れなち●こ)」

畜生ネガティブ教育だ! 昔は堂々と軍師を名乗っていたのに……

ちなみにカッコまでの発言だと詠の一刀評となる。

「あなたが北郷一刀!!」 「ええ~ッ!?」

今度は一刀にとって予想外の反応であった。トイレで隠れている(つもり)の呂蒙さえ声をあげていた。

「天の御使いって有名なのかな? まあいいや、またな」

そう言って一刀は二人の前から立ち去った。


「蓮華様、今の人北郷一刀って……」

「驚いたわ。今呉で最も要注意人物として上がっていたのが今の男だったなんて」






北郷一刀

大胆な計略を使い、難攻不落の汜水関を騎兵のみ僅か半日で落とした稀代の軍略家。

戦場にて猛将張遼の馬に乗り移り、張遼を無力化させて連合の壊滅を防いだ豪胆なる将器。

捕虜となり拷問を受けながらも生き残った強い体と精神力、そして強運を併せ持つ傑物。

柔軟な思考を持ち、部下の荒唐無稽な策を即座に肯定し、呂布を、そして長安を支配下にしてみせた

大陸一の天才軍師。


巷での人物像である。これを鵜呑みにする程孫権も素直ではない。しかし実際に北郷を見た姉孫策は

「あーうんそう、ホントよ、ププッ。是非呉に欲しいわ、あ、そうよ蓮華、あなた天の御使いを婿に迎える

気ない? 天の御使いの血、この孫家にぜひ欲しいわ!」

べた褒めである、あの江東の小覇王がだ。


呂蒙が先輩と尊敬する周瑜曰く

「意味不明。ただしもたらした結果だけ見れば傑物」

との事である。


つまりそう、呉を牽引する二大巨頭のどちらもが、北郷一刀を只者ではないと答えていた。


「ど、どうしますか蓮華様?」

「どうって、だっていきなり……困ったわ」


呉の思惑

劉表の狙いは解っていた。自分達まで大宴に呼ばれたのは意外だがその理由すら呉の頭脳周瑜

は『これは劉備の計らいであろう』と読んでいた。であるならばその誘いに乗り、こちらはこちらの思惑

通り動かさせてもらうまで。この大宴に来るであろう馬の重鎮と会談し、同盟関係を築くこと。あわよくば

そのまま馬へ向かい馬超と謁見して更に深い同盟関係となる事。血縁関係を結べればなおよし。

(孫策の意向としては妹と北郷一刀を婚姻させたいと思っていた)

もし呉と馬が同盟に至れないなら天の御使いを呉へ勧誘する事。

結局の所呉の狙いも馬、細かく言えば天の御使いであった。


全く持って困る。当代会ったことも無い者との婚姻など良くある事だし、孫呉1000年の繁栄を思えば

その程度の犠牲喜んで引き受けようとも思っていた。


それが……


実際の北郷一刀は見知らぬ困った者に声をかけ、剣を向けられても笑って赦し、物事に正直に答え、

他人の能力を見極め、自身の損得を無視して相手を気遣う優しさを併せ持っていた。


だからもう本当に困った。犠牲でもなんでもない。これでは姉様の思惑通りではないか……と。








(あとがき)


1話分が長すぎたので分割掲載にしました。その弊害で山もオチもない話に……次話は多分数日で更新です。

眼力とかはあの蒼い綺麗な目で見つめられて嘘言えるなら言ってみろな設定w




[8260] 25話後編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2009/12/29 23:39




大宴は続く


『そんな……困ります!』 『だ、駄目ですってば!!』

孫権達と別れ、今度こそ礼館の式場へ戻ろうと後園を歩いていた一刀の耳に若い女性のそんな困惑

した声が届いた。

「酒に酔った男女が式場を抜け出し、暗がりの後園の茂みであんなことやこんなことを!!」

なんて羨ま……けしからん輩かと! 招いてくれた大宴の主人役である桃香の宴を下品な場にするわ

けにはいかない! と、声のする方へ誰にも気付かれないようにこっそりと近づいた(おい)。


『ほら、コレを受け取ったらもう断れないでしょう』

男がそう言って女の子に何かを渡そうとしていた。金か? 金で女の子を買おうとは!!

『だ、だからそんなの受け取れません~』

それを拒む女の子。とはいえ徹底的な拒絶という程語気は荒くなかった。

こちら側から除き見るかぎり男の影に隠れて姿が見えないから想像するしかないが、男の身なりから

するに相当高い地位と見えた。これは地位を嵩にきて無理矢理関係を迫っているのだろう。

赦せない!!

「おい! 何をしているんだ!」

『きゃあっ!』 『わあッ、なんだ!?』

そういえば茂みに隠れていたから声をかけられた二人からすればそれはビックリするだろうと声をか

けた後気付いた。さて、このけしからん男女はいったい……

「あれ? ご主人様だ」

桃香だった……大宴の主人役の……

「……確かにお渡ししましたぞ」

男の方は俺にあからさまな不満顔を向けた後桃香にそう言い残し足早に去っていった。

「だから困ります……ってもう! あ、ご主人様何してるの?」

ガックリと膝を付いて落ち込んでいた俺にそう声をかけた。

「うう……桃香がこんな暗がりで男と二人っきりでなんだかエッチ(如何わしい)やり取りを……」

やばい、涙が出てきた。俺のほんわかおっぱい天使が……いや最近腹黒説もあるケド。

「へ? ってええッ!? そんな誤解だよ! もう何を言ってるのご主人様は!!」

「誤解?」

「うん。もう見られちゃったしご主人様だから言うけど……今の人は益州牧劉璋さんの軍師で張松さん。

どうしても内密の話があるからって此処まで呼ばれたの」

……もうちょっと警戒心を持って欲しい。そのおっぱいは正常な男すら狂わせる一種の凶器なのだから。

というか張松は男なんだなあ……ここら辺の法則は本当に解らない。

「聞いていいならだけど、何を渡されたんだ?」

「う~ん、コレ、西蜀四十一州図」

西蜀、つまりは益州の七道三道の通路、山川渓谷、都市村落、蜀の全てが描かれた絵巻物だった。

「なッ!? そんなの客将とはいえ荊州の人間に渡していいのか?」

「いいわけがないんだよ……これはほんっとうに誰にも言っちゃ駄目だよ? いいご主人様?」

『バレたら張松さんも酷い目にあちゃうかもだし……』と無理矢理渡して来た張松すら心配した。

コクリと頷く。

「益州の劉璋さんはとっても困った人で、民の皆が苦しんでるんだって。それで劉璋さんを倒して新しい

益州牧になって欲しいって張松さんが……」

軍師が主人を売った。どう言ってよいか解らない。酷い裏切りなのか、それ以上に民の苦しみを憂いて

の義憤なのか……ただ売った相手が劉備という事実が張松の心根をあらしているようには思えた。

……けどたしか正史では最初曹操の所に行って不細工だとか思われてムカついて劉備に変更したんだよな。

「桃香はどうするんだ?」

「どうするって……お返しするよ、劉璋さんも同じ劉姓の親戚さんなんだよ」

「でも民が苦しんでるんだろ?」

「……ッ、ご主人様、意地悪だよ」

劉備は眉を八の字にして目を閉じて俯く。

「ん、ゴメン。でも預かっておいた方がいいよ。悪い事に使わないならそれでいいと思う。五胡に益州が襲わ

れて助けて欲しいって言われた時それがあれば真っ先に駆けつけられるしね」

なんとも強引な理由付けをした。だが劉備にはいつか必ず役に立つ物だから。

「……そう? ご主人様がそう言うなら……解った、預かっておくね。あ、これでお互い秘密どうしだね」


桃香はそう言って笑った。




 昼のお茶会の時、結局全てを話すに至った。いや本当にどうでもいい一部分だけは嘘をついたのだが。

幼く見える(実際若い)少女とはいえ流石伏竜と鳳雛。事後ほぼ全てを看破していたらしい。

「そっかー。うんじゃあ悪い事してない董卓さん賈駆さん、それに呂布さんと戦わずにすんで本当は良かった

んだよね。ありがとうご主人様」

全ての話を聞き終えた劉備はそういって頭を下げられた。

正しい事だったのか悪い事だったのかの二元論は無意味であろう、ただ最も犠牲が少なくてすむと思われる

方法をとった。結果その煽りを受けてしまったのが劉備軍(実際は曹操軍)であり、その劉備本人にお礼を

言われるのは3人、特に一刀にとってはとても申し訳ないものであった。

「でもそうだね、朱里ちゃんや雛里ちゃんには話すけど他の人には秘密だね。でもご主人様は本当に凄いね」

『何が?』 という問に……

「だってご主人様信憑性を増すために自ら拷問を受けたんでしょう? 言うなれば苦肉の計だね!」

時代を先取りした!?

「ああ、うん、あはは」

笑うしかなかった。一部分だけついた嘘に食いついたのは偶然……ですよね?

隣の真犯人である少女は

「お、蒲公英この饅頭美味いぞ! ほら」

「むぐぐ!? ちょッ、お姉様今口に桃が入って……むぎゅッ」

とか蒲公英の口に饅頭を突っ込んで聞いていないフリをしていた……このやろう。




「ハックション!!」

冷たい夜風に吹かれクシャミと共に回想からも目が覚めた。

「わ、ご主人様風邪?」

「うう……そういえばずっと外にいたんだった」

「この時期荊州は風が強いんだよ。早く戻って温まろう」

桃香に腕をひっぱられて礼館の式場へ向かう。

チラリ……と桃香の顔を盗み見る。やはり元気がなかった。

口に出して言ってはいないが、恐らく劉備の狙いは涼州、荊州、益州、呉を結びつけたうえでの反曹操連合

であったろう。この構想は俺や詠の想像を超えたものであった。

孫権、張松という他国のトップクラスの人物を見れば流石に解る。

その一角となって欲しい益州からの客人にまさかの簒奪依頼をされたのだから。

「ご主人様どんだけ厠長いんだよ!!」

「ご主人様、このお魚すっごく美味しいよ~」

式場に戻った途端翠と蒲公英に捕まった。

格好の外交の場なんだけどね? ホントに食べまくりだよねウチは……

各国の思惑を余所に食べまくりの馬であった。







―――翌日


「だらしないなあご主人様は」

翠が腰に手を当てて溜息をついた。

案の定、一刀は風邪を引いて新野城の客室で寝込んでいた。

「まあまあ、昨日は夜風も冷たかったししょうがないよ」

という桃香のフォロー。

「折角鈴々が遊んであげようと思ったのに駄目なお兄ちゃんなのだ」

「……ゆっくり休んでください」

張飛と鳳統がそれぞれ労わりの言葉を続けた。

「とはいえ遠方より来て頂いた客人を病気にするのはこちらの不手際。この趙雲が最高のもてなしと

看病をしたいと思うがいかがか?」

嬉しい言葉である……ニヤニヤ笑っていなければ!!

「そのお気持ちだけで結構です」

「何を言う翠の主殿! こちらとてそれ相応の誠意を見せねば世の笑いものだ。大人しくこの趙子龍

のもてなしを受けるがいい」

そう言って枕元の机にゴトリ……と謎の壺を置いた。

「……まさかその壷」

「ほほぅ? 察しがついたとは流石天の御使い殿は違いまするな」

「その壷で俺を殴るのか!?」

劉備軍に殴られる理由が多分にあった。

「……翠の主殿が私をどういう目で見ていたのか些か気になりまするが……安心めされい、これは

食べ物でございまするよ」

桃缶みたいなものか? と多少期待したが、壷の蓋をとって部屋に充満する匂いで絶対にそういった

甘い物系でない事が解った。というかラーメン屋とかの匂いなんですけど?

「我が趙家の秘宝、秘伝のメンマでござる!!」

いやいやいや!! 何でだよ! 何で風邪で寝込んでる病人の部屋がラーメン臭くなってるの?

美味しそうな匂いだけど絶対におかしいだろ!!

ツッコミ所が多すぎる。秘宝とか秘伝とか……ところがその場の空気がツッコミを言える状態ではなかった。

劉備軍の驚愕の表情がそのツッコミを言わせなかったのだ。

「星……お前本気なんだな」

公孫賛がそう呟いた……あ、この人そういえば桃香の所にいたんだ。今まで気付かなかった。

「星ちゃん、ご主人様のことそんなに気遣うなんて」

桃香の声が感動に震えていた。

「……信じられません。星さん本当にもてなすつもりなんですね」

鳳統が

「星がメンマをあげるなんて、星も狂ったのだ!!」

張飛が

「その『も』って誰の事言ってるんでしょうか?」

何故か疲れ顔の朱里のツッコミ以外劉備陣営全員が驚いていた。

「ささ、お食べなされ」

箸で摘んで口元に近づくメンマ。

……いやメンマ嫌いじゃないよ? でも食欲ない時にメンマ? 栄養価高いとかそんな食品だったっけ?

とはいえここまでされて食べないわけにもいかない。

パクリとメンマを口に含み、ポリポリと噛み砕いた。

気だるい時にこの体力を使う歯応えはどうだろう? ゴクリと飲み込んだ時、場はワッと賑った。

『食べた、メンマを食べた』 『おめでとうご主人様!』 『メンマ万歳!』

……意味が解らない謎のメンマ祭り。俺はクララかと! この謎の盛り上がりに翠と蒲公英は引いていた。

『参加した方がいいのかな?』という蒲公英の視線に『大丈夫、俺達は間違ってないぞ』とアイコンタクト

を送った。なんだ役にたつジャンこれ。翠はオロオロしてるしな。

騒ぎが大きかったのか一刀の部屋に孫権と呂蒙が現れた。

「北郷風邪を引いたって……」

「え? なんですかこの賑わい?」

そこへ早馬が駆け付け、一刀の部屋で跪いた。

「報告します! 劉表様危篤! 至急劉備様とお客人の方々を連れて襄陽へ来るようにとの事です」

「ええっ!? そんな、劉表さんが?」

「おいおい、そんな急に……」

劉備が、そして公孫賛がその言葉に続く。

「と、兎に角急がないと! えっとじゃあ雛里ちゃん星ちゃん護衛お願い。朱里ちゃんは張松さんに声をかけて」

「は、はい」 「承知した」 「すぐ行ってきます」

諸葛亮が部屋を飛び出る。

「白蓮ちゃん翠ちゃん孫権さん一緒に来て頂けますか?」

「あれ? 桃香私もか?」

「白蓮ちゃんも一応北平太守だったよね?」

「ああそういえば……『一応』!?」

「あたしはかまわないぜ」

何気に傷ついている公孫賛を置いて馬超は襄陽へ向かう事を了承した。

「張松さんも襄陽へ向かってくださるそうでしゅ」

すぐさま帰ってきた諸葛亮が息をきらしながら言葉を噛んでいた。

「……私は遠慮するわ」

孫権のみ断った。

「そっか、ゴメンね、勿論無理強いはしないから新野でゆっくりしていって下さい。それじゃ行ってきます」

慌しく星も『そのメンマもう2~3摘み程度なら食しても宜しい』と迷惑極まりない壷を枕元に置きっぱなし

にして駆けていった。







―――襄陽


襄陽城劉表の寝室、寝台の上で既に物言わぬ姿の劉表が永遠の眠りについていた。

「そんな……そんなあ……」

新野を出て数日、劉備は寝台の側でガックリと膝を落とし、涙を流した。

室内に入ったのは劉備の他馬超、公孫賛、張松の4人と廊下に荊州兵10人。護衛の二人は別室で待た

されていた。

「……おい、これはおかしいぞ?」

寝台に眠る劉表の姿を見、そう呟く馬超。

「なにがだ翠?」

公孫賛がその言葉を聞き言葉を返す。ちなみに新野の宴席で馬の話で盛り上がった二人は真名を許し

あっていた。

「少し前母さまの亡骸を見たがそれに近い。危篤も何もこれは最近死んだ亡骸じゃない」

「?……それは……どういう……?」

桃香の言葉を待つ事無く、ジャキッ……という金属の擦れる音があちこちから響く。

廊下にいた荊州兵が室内に入り、劉表の側にいる劉備達に抜刀した剣を向けていた。

「劉表さんの部屋で何をしているの!!」

劉備が怒鳴りつける。

普段温厚でも名を馳せた英雄、その覇気に荊州兵が一瞬怯んだ。

『曹操からの手紙を受け取った直後に劉表様は倒れられ、意識不明のまま数日後に死去なさいました』

荊州兵、衣服から恐らく高位の武将であろう一人が前にでてそう告げた。

「曹操さんの手紙?」

『降伏勧告です。今から3日前までに回答が無ければ荊州へ攻め込む、と』

「何だって!? だったら何で今呼びつけるんだ! いつ曹操が攻めてくるか解らないんだろ!」

『返答の期限は過ぎましたが、劉備、馬超、益州軍師張松、残念ながら呉の孫権は来ませんでしたが

これだけの首を差し出せば荊州は安泰でしょう』

「おいッ……って私の名前入ってねーし!!」

公孫賛はいろんな意味で怒った。

「わ、私は関係ない!!」

今まで黙っていた張松はそう叫び部屋から逃げようとした所を斬られ、悲鳴をあげる暇もなく事切れた。

「……酷いッ!! こんな、こんなの酷いよッ!!」

「ああ、赦せないな……」

黙っていた馬超は劉備の慟哭にそう答え、ビュン……と銀閃を閃かせた。

「あたしに剣を向けた時点で手加減できしねーし、こんな卑怯なやり方する奴を赦せねーし、今更

謝っても赦さない!!」

もはやなにがあろうと赦さないらしい。ここでとる荊州兵の最善策は武器を捨てすぐさま逃げだす事。

もしかしたら一人くらいは助かったかもしれない。

太い眉をつり上げ、大きな瞳が細くなる。ギラリと光る銀閃と鋭い眼光が荊州兵を後ずさりさせた。

西涼の錦馬超、大陸最強を呂布と二分する武名は荊州にさえ轟いていた。

『武名などハッタリ(虚勢)に決まっている! だいたいこの人数相手にたった3人で負けるわけがない!』

先程の武将の叱咤に荊州兵は騙されたと思う暇も与えられなかった。

「3人? 違うね、あたし一人で十分だ」

それが荊州兵が聞く最後の言葉であった。




「桃香様御無事か!」

劉表の部屋にかけつけた趙雲と鳳統はその心配が全くの杞憂であった事を知る。

10人以上の屍の山に対し、恐らく不意を討たれたであろう張松以外の3人は無傷かつ返り血

さえ一滴も浴びずにいたのだから。

「ちょと遅かったな」

ビャッ……と槍に付いた血を飛ばす馬超。

「うむ、こちらは何も言われず襲い掛かられたのだが、状況は雛里殿の推測通り、我等は曹操

への生贄にされそうになっていたで相違ないか?」

「ああ。しかもいつ曹操が攻め込んできてもおかしくないおまけつきだ」

公孫賛が溜息交じりに答えた。

「成程。さて桃香様、我等は……」

「ちょっと待ってください!」

趙雲の言葉をらしくも無く鳳統が遮って部屋から見える窓へ駆け寄った。

「……あ、あわわ、そ、そんな」

「どうした軍師殿?」




「…………新野城が…………燃えています」







(あとがき)


武将列伝(個人的な主観が多分に入っております)


張松

演戯ベース

益州の文官(軍師じゃないっぽい)。三国志登場人物で不細工と表記されてる稀有な人物。

益州の将来を憂い、曹操に託そうとするもそりが合わずボコボコにされて追い返され、帰りに立ち

寄った劉備の真摯な態度に感動して益州の地図を預け、劉備の蜀望への一役をかった。その

裏切りが劉璋にばれて処刑。


真・恋姫無双ベース

華琳の元を訪れ、華琳が書いたという孟徳新書を本人の前でバカにして殺されかかったので

逃げ出した後消息不明。しかもバカにした箇所は春蘭が書いた部分だったという怒られ損だった。


劉表

演戯ベース

荊州の刺吏。攻めてきた孫堅を防いだ荊州の覇者。後に同族と頼ってきた劉備を食客として

迎え入れた。老いてかつ後継者争いで悩み、劉備に荊州を託そうとするも思いかなわず死去。


真・恋姫無双ベース

いつのまにやら呉ルートで荊州の支配者となっていた人物。

穏曰く「強い人」。消息は不明である。




そろそろお気づきかな? とも思うのですがオリキャラだけどオリキャラじゃないオリキャラはでて

おりますが(司馬懿=一刀、田豊=一刀、馬休=月、馬鉄=詠等)、それ以外は真・恋姫無双で

最低でも名前が出てきたキャラ以外は作中にでません(馬騰、劉表、張松等)。

人それぞれだと思いますし、面白ければそれが正義だし否定はしないですが自分は

基本そーいうスタンス(基本はです。プロット的には一人どーしても出るし:まだでてない)

だからぶっちゃけ高位の武将とかじゃなくて蔡瑁ちゃんとか出した方が楽なんですが出ません。


蔡瑁ちゃん「この下品おっぱい! アンタのせいで荊州メチャクチャよ!!」

桃香「……下品(汗)うう……おっきいの気にしてるのに……どーしてそんなにわたしを嫌うの?

蔡瑁ちゃんだって胸大きいじゃない?」

蔡瑁ちゃん「うっさい! アンタが来るまで荊州一の巨乳武将だったのに影薄くなっちゃったじゃない!

どーせその胸で劉表様を誘惑したんでしょう!!」

桃香「そんなことしてません!! ってまさかそんな理由で?」


……最悪だ俺のオリキャラ(汗:スミマセン本当は苦手なだけ)



補足:

雛里は方角と煙で判断したかと。



[8260] 26話前編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/01/05 22:05






―――劉備が新野城炎上を目撃する2日前



「……という夢を見たんだ」

「それ夢じゃないよ」

一刀はだるい身体を起こし、枕元で桃を剥いていた蒲公英に夢だと思っていた内容を話した答えが

それだった。

「あのメンマ祭りマジだったのか……って枕元に壷あるし」

大丈夫なのか劉備軍?

「それより朱里となんかあったの?」

「は? 朱里が何?」

「ご主人様が寝入った後部屋に残って『本物……本物ですよね?』ってご主人様の顔ペタペタ触って

たんだけど」

なにそれ怖い!?

「顔色も悪かったし、疲れてるのかな?」

「どうだろう? 後で声かけてみるか」

朱里談義の最中、ノックの後、孫権が室内に入ってきた。

「北郷一刀、良かった目を覚ましたようね。話がある……病身の所いいかしら?」

「いいけど北郷一刀じゃ呼び方長いだろ? 北郷でも一刀でも好きによんでくれていいよ」

「そ、そう? それじゃ北……一刀」

「何?」

「えっとその……」

孫権は話があるといいながら口ごもる。心なしか顔も赤かった。

「孫権、顔が赤いぞ?」

「え!? いやこれは……」

「風邪うつしちゃったかもしれない、大丈夫か?」

「これはちがっ……え? あ、ああうん大丈夫だ」

ニッコリと笑った。

「……(え? 何これ?)」

桃をシャクシャクと食べている(一刀の為に皮を剥いていたわけではなかったらしい)蒲公英が意外

な展開に思わず桃を食べるペースを速めた。


そこへ諸葛亮が飛び込んできた。

「た、大変でしゅ!!……はぅぅまたかんじゃった」






夏侯惇将軍を大将とする曹操軍10万の兵が新野討滅を名として南下!!


新野城の留守を預かる諸葛亮が斥候より受けた沙汰である。

「はわわ……大変!!」

報告を受け、執務室でワタワタと一人慌てていた諸葛亮は、まずは賓客の安全を優先すべしと一刀

の部屋へ駆け込んだ次第であった。

「朱里どうするの?」

心配する蒲公英の声に朱里は断固とした態度で

「勿論迎え撃ちましゅ!! ……はぅまたかんじゃった」

と答えた。恐ろしい程に心配だった。

「新野城は死守しますが大切なお客様に何かあってはいけませんからご主人様と孫権さんは襄陽へ

退避して下しゃい」

「退避ったって、今朱里と鈴々しかいないんでしょう? 勝てるの?」

「勝てましゅ!!」

もう噛み噛みだった。それどころか『はぅぅまたかんじゃった』すら無かった。これは相当焦っているな

と感じた一刀はとりあえず会議室にて作戦を聞こうと促した。孫権も『まず作戦を聞いてから動く』と

返答し、新野城に残った諸葛亮、張飛、賓客として一刀、馬岱、孫権に呂蒙というわけのわからない

陣容が集まった。


「博望坡にて迎え撃ちます」

軍議を取り仕切る諸葛亮が第一声にそう告げた。

博望坡は新野の北に位置し、左に予山、右に安林という林があった。

軍を大きく3つに分けて、予山と安林に伏兵を配置し、本陣を囮兵として偽りの逃亡をして敵を誘い

込み、敵軍の通過半ばになった時、予山の伏兵が後陣を討ち火を放ち、安林の伏兵は火が上がった

敵陣中軍に突撃して粉砕。本陣がとってかえして包囲殲滅する。


これが孔明の作戦である。


「ご主人様どう思う?」

「間違いないと思う」

答えを知っている一刀からすれば正史通りの展開である以上この作戦で大丈夫だと確信していた。

同じく孫権も呂蒙に同じ質問をし『迎え撃つ地形、伏兵の位置共にいいと思います』と答えた。

ただ問題があるとすれば将が足りない。正史では関羽と張飛が伏兵となり、趙雲が見事囮兵を指揮

できた事こそが勝利の鍵であった。しかし今新野城には張飛しかおらず、趙雲は劉備の護衛として

襄陽に、関羽に至ってはいまだに曹操の客将であった。

「ねえ朱里? その軍は誰が率いるの?」

「はわわ、そ、それは……私と鈴々ちゃんで……」

痛い所を衝かれた事がありありと解る声と態度だった。事実それでも一人足りない。その様を見て

蒲公英が一刀を見つめて後コクリと頷いた。

変わらずの呼吸である。

「たんぽぽ手伝おっか?」

「いいんですか!! あ、でもそんなわけには……」

物凄い食いつきだった。

「気にしないでいいよ、借りがあるし。でもたんぽぽでいいの?」

「いいなんてものじゃありませんよ! 最強騎兵の将軍ですよ!? 物凄く助かります!!」

『そ、そっかな?』馬岱が照れていた。あー孔明はこういったバランス型の武将好きかも?

演戯だと趙雲ばっかり使ってた印象がある。

「残る一隊はこちらが引き受けようと思うがどうだろうか?」

孫権がそう言葉を発した。

「えええ~!? はわわ、そんなわけには……」

「手伝ってもらおう。孫権と呂蒙なんて呉最強クラスだ」

「ええっ!? そんな違います!!」

一刀の言葉に呂蒙が真っ赤になって否定した。

「みんな顔が真っ赤かなのだ」

張飛の言うとおりだった。なんだこの軍議?


兎に角迎え撃つ陣容は決まった。


本陣に諸葛亮と馬岱

予山の伏兵に孫権と呂蒙

安林の伏兵に張飛

風邪の一刀は新野城で待機

将だけで言えば西涼、荊州、呉連合軍。正史に劣らない豪華な陣容であった。






―――博望坡


当初の予定通り、荊州劉備軍は博望坡にて曹操軍10万を相手に迎え撃った。

夏侯惇が単騎にて前に進み出る。

「全く、宣戦布告していたというにこんな貧弱な兵と愚陣とは、この夏侯惇を舐めているとしか

思えん! その傲慢な鼻っ面を叩き折ってやるから腕に自慢のある奴は前に出ろ!」

曹操軍一、武の大剣を異名とする夏侯惇が片刃の大剣、七星餓狼を担ぐように構え吠えた。

「うわ……朱里どうするの?」

対する荊州劉備軍本陣の先頭にいた蒲公英は自身のやや後ろに控えていた朱里に目を向ける。

朱里はコクリと頷いた後こう告げた。

「頑張って下さい!」

「ちょっと!!」

酷い振りである。

「無理だって! 相手は猛獣夏侯惇だよ!? あんなの同じ猛獣のお姉様とかじゃないと無理だって!」

なにげに(義理の)姉を猛獣扱いである。

「勝たなくていいんです、何合か討ち合って逃げてください」

「何合も持つかなあ……もう借りを作ったのはご主人様なのに酷いとばっちりだよ」

もたもたしている間に夏侯惇は更に叫ぶ。

「どうした! 荊州は臆病者の集まりか!!」


「ここにいるぞ!!」(ジャカジャン!!)


右手を上げて前に進み出る馬岱。

「ふん、少しは……なんだお前?」

いきなり全否定である。それもその筈、蒲公英は正体を隠すために朱里から預かった目元を隠す

謎の蝶柄仮面を付けていたのだから。

「あ、そっか、むしろこっちが聞きたい位なんだけど……」

一瞬動きが止まった蒲公英に朱里が近づき『すみません忘れてました。これを』と蒲公英にメモを

渡した。はて? と思ったが夏侯惇を惑わす策の一環かもしれないと思い、言われた通り読み上げた。


「天知る、神知る、我知る、子知る!

悪の蓮花の咲くところ、正義の華蝶の姿あり!

かよわき華を護るため、

華蝶の連者が一人、華蝶仮面4号 蒲公英華蝶!

ただいま参上っ!」



……ってなにこれ騙された!!!



戦場である筈の場がシン……と静まり返る。

いやただ一人、このメモを預けた朱里が一人、死んだ目をしながら

『……ふふ……ふふふ……これで仲間ですね……ふふ……』と笑っていた。

「酷い、酷すぎる! ってか蒲公英華蝶ってそのまんまじゃん!? これはもう以前朱里達を嵌めた

ご主人様への復讐に違いないと思う。恥ずかしすぎる、もぅ、お嫁にいけないよぅ。

ご主人様責任取ってくれるかなぁ……」

愚痴りながらもチラリと夏侯惇を見る。せめて失笑してやる気をなくしてくれることを願った。

「だらぁぁぁっ!」

ゴウッ!……と大剣が振り下ろされる。

「わわわ!!」

ギャィィン!! 金属音が響く、蒲公英は愛槍影閃でなんとか受け止める。

「あっぷな……!!」

「ほぅ? ふざけているのかと思ったがなかなかやる、華蝶仮面4号、その名覚えておこう」

「……覚えなくていいよ」

続けざまに2合、3合と夏侯惇の七星餓狼が襲い掛かる。

「わッ、とッ!!」

槍で追撃を器用に捌き、受ける馬岱。間合いを離す。

「きさま……いいだろう、好敵手と認めよう!」

スゥ……と残る片目を細め、七星餓狼を両手に持ち直した。

空気が変わった事を肌で感じ、蒲公英はゾクリと震えた。

「やっば……朱里!!」

今までも防御に専念していたからこそ受けきれただけであり、武の次元では明らかにランクが違う。

武人として夏侯惇の本当の技量を感じこの場に留まる危険を察知した。

「はい、もう十分です!」

諸葛亮の返答に『了解!』と答えつつ馬を正面に走らせる、そう夏侯惇の正面へ!

「くるかっ!」

夏侯惇の顔面に飛んできたのは影閃の一撃ではなく土!!

突撃すると思わせて夏侯惇を留め、馬岱は影閃で地面を掘り、抉り取った土を投げつけた。

それを避けて改めて正面を向いた時には劉備軍はおろか既に華蝶仮面4号の姿すら遠い背中しか

見えなかった。

「逃がすかぁ!」

夏侯惇の号令に曹操軍10万が荊州劉備軍へ追撃を開始した。






――― 予山


予山にて伏兵を預かる孫権と呂蒙は目元を隠す怪しげな仮面をつけつつ荊州軍本陣と曹操軍

の戦いを眺めていた。

夏侯惇が単騎にて先陣をきり、孫権達と同じく仮面を付けた馬岱が一騎討ちに応じ、数合交えて後、

これは敵わぬと悟り馬岱は後退した。無論芝居である。敵を誘う込む役の為騎兵隊を中心にすえ、

かつ騎馬適正Sクラスの馬岱を大将にしたこの本陣の布陣は完全に正解であったと言えよう。

夏侯惇率いる曹操軍は逃げる劉備軍に追撃を開始。孔明の策は順調に進んでいると見えた。

「流石孔明……しかし、しかたないとはいえ、これは恥ずかしいわ」

「私はこの仮面の上に眼鏡かけてますから物凄く変です」

孫権の抗議に泣きそうな声で同調する呂蒙。劉備軍に協力していると知られるわけにいかない3人は

何故そんなものを持っているのか知らないが諸葛亮の自室の箪笥奥より取り出された目元を隠す謎

の蝶柄仮面を手渡されていた。

ノリの良い蒲公英が『朱里、何これ? カッコいいね♪』とお世辞9割で言ったら死んだ目をしながら

朱里が『……そうですか、それが本気なら是非変わって欲しいんですけど……無理なのは解ってます、

ええこれは私が一生背負う十字架なんです……ふふ……』と答えた。


……たまたま疲れていたのだと思いたい。


「でもどうして協力する気になったんですか?」

「そうね、まず私達の兵が痛まない実戦を経験出来る。そして曹操軍の強さを直に測る事にもなるし、

荊州軍の実力、諸葛亮の智謀、馬国の将軍の実力も知ることが出来るわ。それにこの戦いに勝つ

事は時間が欲しい呉にとっても有益だわ。あと……まあさんな所かしら」

『一刀に良い所を見せたいと思った』思わず口から出そうになったそんな理由に孫権自身が驚いた。

「はい、勉強になります」

「ええ、早速馬岱将軍の実力が見れたけれど、あの馬術凄いわ」

「はい……でも……」

歯切れの悪い呂蒙の言葉。

「どうしたの?」

「曹操軍の動き、少しおかしいような?」

「えッ……? これは!?」






孫権と呂蒙が曹操軍の動きをおかしいと思ったと同時、追われている本陣の馬岱もその違和感を

感じていた。

追撃が遅すぎるのである。実力不足の大将ならそれもあるだろう。しかし相手は曹操軍最強の武将

夏侯惇将軍なのである。

博望坡の中央と言ってよい位置、ちょうど予山と安林の間程度の最も道幅が狭くなる地点の直前で

夏侯惇率いる曹操軍は完全に馬を止めていた。すると後陣にいた于禁、李典の両将軍が弓兵を携え

博望坡に展開、矢の先に火をつけ、その大量の火矢をそれぞれ予山、安林に向けて放ったので

ある!!



「まずい!!」


新野城の城壁にてクシャミしつつ遠く博望坡を眺めていた一刀は炎の上がる位置を見てそう叫んだ。

孫権が放つ予定の火は敵の後陣の筈で伏兵のいる予山、安林では絶対にない!

だからそう、これは伏兵に気付かれていたのだ。

この時点でもはや策は破られた。一刀は残る守備兵に命じて退却の銅鑼を力いっぱいに鳴らさせた。

距離的に何とか聞こえる位置、しかし伏兵は突然の炎の為に聞こえないのでは―――!?


違和感を感じていた孫権、そして予山よりやや後方の安林におり、上がる炎にて行動する予定だった

張飛は炎の出所がおかしい事に気付いていた。そこにかすかに届く退却の銅鑼の音。

一刀の素早い判断が良かった。伏兵の両部隊はパニックに陥る直前に退却の銅鑼を聞き、この

負け戦を理解したのだから。

全軍が新野城に退却。何故か追撃が無かった為に被害は予想外に少なかった。



しかし、正史において本来勝てる筈の博望坡の戦いに敗れた事実は未来を知る一刀にとって

とてつもない衝撃となり、そして必勝の筈だった孔明の策を破った軍師の名を聞き

『あの預言者!!』と声をあげた。



正史においてその時活躍がなかった筈の軍師、司馬懿仲達。

彼が夏侯惇に策を授けていたのである。





(あとがき)


次はもしかしたら26話の後編じゃなく27話の前編かもです。










[8260] 27話前編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/01/24 10:55






―――許昌(夏侯惇隊が新野城を攻める数日前)



「よし! 返答の期限は過ぎた。これより我が先発隊、夏侯惇隊は荊州新野城の劉備を攻める!」

荊州制覇、呉侵攻の為の大動員が行われている許昌にて夏侯惇将軍は先発隊10万の兵の前で

そう宣言した。

大将に夏侯惇、副将として両翼に于禁、李典の二人を従えたそうそうたる陣容である。

「いや俺も付いていくし!」

さらりとスルーされた北郷一刀もとい司馬懿仲達が自分をアピールした。

「いやしかしな北郷、お前が付いてきて何か意味があるのか?」

酷い事を言われた。

「あるよ! というか最近の活躍凄いんじゃないかと自画自賛するくらい凄いと思う」

「せやかて隊長……」

「あれって全部風ちゃんの策だって公然の事実として皆しってるの~」

公然の秘密ですら無いらしい。いやまあ9割方そうなんだけど……

「だいたい付いてくると勝手に言っているがそもそも貴様は第2陣である本陣の大将だろう?」

「そーそー、また凪ちゃんや風ちゃんに怒られるのがオチなの」

「いやでもな……」

猪突猛進の春蘭、お調子者の沙和、趣味に熱中すると周りが見えなくなる真桜。

「……心配だろ常識的に考えて」


「やれやれなのですよ」

その場に司馬懿仲達の頭脳の本体、程昱こと風が現れた。

「全く2陣の出撃準備もしないでどこで油を売っているかと思えば軍議で決まった事にまだ異

を唱えているのですか……風の操り人形の分際で調子に乗りすぎなのです」

眉根を寄せ、その口から出た言葉はあまりにも辛らつだった。

「おい風、いくら役立たずな北郷とはいえそれは言いすぎではないか?」

「せやで、隊長はアホやけどそれはあんまりや」

「そうなの、隊長は変態だけどお人形さんは可哀想なの」

「お前等……んん?」

一瞬感動しかかったがよく聞くと全然フォローじゃなかった。

「いえいえ、その甘やかしが増長の原因なのです。ここは風も心を鬼にしてお兄さんを軍師扱い

せず、風の弟子、まあ相棒扱いとして呼び方を変えます」

「うん?」

なんだか流れが?

「これからお兄さんのことを包茎2号と呼ぶ事にするのです!」

「ちょっと待て!!」

「おお! 包茎2号、物凄く早いツッコミなのです!」

「その呼び方だけはいくら何でも赦せん!」

「むむ? 風の相棒である宝慧にあやかって包茎2号と親愛を込めたこの名前が気にいらないと?」

「気に入るわけあるかー! そもそも漢字が違うわ! 親愛どころか悪意しかねー!!」

「会話なのに漢字とかお兄さんの言っている事は意味が解らないのです」

あ、それはズルイ。

「言いがかりは感心せんぞ北郷?」

「いやいやいや、兎に角男としてその呼び名だけは赦せん。全身精液男の方がまだマシだ」

この辺、慣れは恐ろしいと後日思いなおす事になるがそれは別の話。

「むー、確かに包茎2号ではお兄さんに失礼だったかもしれません。では男を強調してこの包茎野郎!と」

「問題なのは2号の方じゃないし!!」

「むむ? 全く我侭な、この包茎野郎は風にいったいどうしろと言うのですか?」

「包茎は絶対に駄目! 名誉毀損も甚だしい」

「「「えっ!?」」」

その場にいる全員が司馬懿一刀を見つめた。え? 何その反応?

「おい北郷、見栄を張りたいのは解らんでもないが、嘘はいかんだろう?」

「せやで隊長、大事なんは性能やし」

「沙和は形にもこだわりたいの」

こいつ等が何を言っているのか俺にはさっぱり解らない……事にした。

「お前らは前に見ただろ!? そーゆう冗談は本当にやめ……」

ガシャン!! と、何かが破裂する凄まじい音と共にビシャビシャとその場にいた4人

(風は素早く一刀の後ろに隠れた)が液体を浴びた。

「何だこれ? 水……じゃない?」

「臭ッ! なんだこれは!」

「ベタベタして気持ち悪いの~」

「……油やなコレ」

「凪ちゃんどうしたのですか?」

風の視線の先、粉々になった壷の欠片を持った楽進こと凪が青い顔をして立っていた。

両手がうっすらと光っていたのでどうやら氣が暴発し、持っていた壷を粉々に破裂させ、中の油を

飛び散らせてしまったらしい。

「……隊長」

「ああ、頼んでた油を持ってきてくれたのか……割れちゃったけど」

「うぅ……凪ちゃん酷いの~」 「どないしたん凪?」

「隊長! 私は見ていません!!」

何を!?

「沙和と真桜には見せて私には見せないなんて……隊長、くッ!!」

そう叫ぶと凪はその場から駆けていった。全員を油まみれにして……

「え? 何? 俺が何だって?」

「凪のやつ自分だけ隊長のち●こ見てないってショック受けたんやな」

「仲間外れはよくないの。隊長ちゃんと凪ちゃんにも見せてあげないと駄目なの」

「ああそうか……って見せるもんじゃないだろ! だいたい凪だって見ただろ? 司馬懿に変装

させられた時、意味も無く下着まで剥ぎ取ったの沙和たち3人じゃないか!」

「おお! なんだその事か」

春蘭がポンと手を叩いた。ちなみに一刀を羽交い絞めにした本人である。

「ウチらだけ隊長となんやムフフな事しとると勘違いしたんやろな。あとでフォローしとき?」

俺が悪いのか? 悪いのかなあ?

「それよりベタベタで気持ち悪いの~」

「全くだ、出陣は風呂に入ってからだな」

春蘭達3人が湯浴みに向かう。

「はあ、俺も油を洗い落とさないと……」

3人に遅れて一刀もこの場から立ち去ろうとした所後ろから袖を捕まれ、床にこぼれていた油に足を

取られてビタンと盛大にひっくり返った。

仰向けに倒れた一刀の上にトスンと風が腰を下ろした。

「たたた……風、何をするんだって……おい!!」

司馬懿一刀の抗議などしったことかと風は一刀の腰帯をシュルリと解いた。

「風だけお兄さんのお●ん●んを見ていないのですよ、これは不公平なのです」

「は?」

「見せていただきましょう。これはそう、権利というものなのですよ」

「俺の人権は?」

「知ったこっちゃないのですよ~♪」

「そんなバカな!?」

「本当に包茎か否か? お兄さんにとっても証明しなければならない事なのです」

「確かにそうだけど……って待て! やっぱり解っててからかってたんじゃないか!!」

「今頃確信してる時点でやっぱり軍師失格なのですよ~、ちなみに沙和ちゃんが公然の事実って

言ってる辺りから思いつきました」

そういいながら嬉々として服を脱がしにかかる風。

「それだけは、それだけはやめてくれ~」

「ふふふ~、よいではないか、よいではないか~」

「アッー!!」


ちなみにこの2人が現在大陸最大勢力となった曹操軍の頭脳だったりするのである。




「それでお兄さんは何を心配しているのですか?」

「……新野の劉備軍」

二人の間に何があったのかはあえて語らないが、シクシクと泣く司馬懿一刀にやれやれといった

口調で風は声をかけた。

「兵力は約10倍、しかも劉備軍戦力の要である関羽将軍はこちらにいる。風には何が心配なのか

さっぱりなのですよ」

「孔明と鳳統の策略」

「むむ? 確かに徐州の豊かさを知るになかなかの政治能力とは思うのです。ですが呂布に負け、

袁紹に負けたのもまた事実。それ以上の大軍を有する春蘭さまが負けるとは思えないのですよ」

風の言う事ももっともだった。未来を知る自分でなければ孔明と鳳統の軍略に疑問を持っても

おかしくはない。

「とはいえ、さっきの凪ちゃんの油の意味を考えるにお兄さんには何か策があるのですね」

「うん、まあ絶対じゃないけど」

「それじゃ先陣についていってください」

「え? いいのか風」

「その代わり、本陣出陣前には許昌に帰ってくるのですよ? 出陣の準備は風と稟ちゃんでやって

おくのです」

「そうか、ありがとう風」

「いえいえ、いいものを見せてもらったお礼なのですよ。ふふふ」

「……」


泣いたら負けかな? と思った。






―――博望坡



「敵があっさり退却した場合、博望坡の前で追撃を止める事」

大将である春蘭にそう指示を出した司馬懿一刀は于禁、李典と共に夏侯惇隊の後方に

位置していた。

博望坡は山と林に囲まれた地形の為、左右に大きく陣を広げることができず、必然的に縦長

の陣になる為兵を前曲と後曲に分けることとなった。

後曲、つまり于禁と李典の部隊の弓兵には火矢に使う矢、またその弓兵へ油を満遍なく届けるよう

に足の速い部下に指示と油壷をあずけ、一刀と二人は夏侯惇隊の先頭、春蘭が見える高台に上り

様子を窺っていた。


『全く、宣戦布告していたというにこんな貧弱な兵と愚陣とは、この夏侯惇を舐めているとしか

思えん! その傲慢な鼻っ面を叩き折ってやるから腕に自慢のある奴は前に出ろ!』


春蘭の良く通る声が後曲まで響く。

この挑発に小柄な少女が進み出てきた。

「あれは……誰だ? っていうか何だ?」

張飛でも趙雲でもない。おかしな蝶柄の仮面をつけていた為思わず『何だ?』と声を出してしまった。


『天知る、神知る、我知る、子知る!

悪の蓮花の咲くところ、正義の華蝶の姿あり!

かよわき華を護るため、

華蝶の連者が一人、華蝶仮面4号 蒲公英華蝶!

ただいま参上っ!』


「ただの変態やな……」 「なんだか色々気の毒なの~」

「あ、春蘭がキレた」

何合か討ち合う。華蝶仮面は意外にも春蘭の攻撃を見事に捌いていた。

「春蘭さまちょっと手ェ抜いとるみたいやけど、アイツやるで!」

「華蝶仮面けっこう強いの!」

「誰だ? あの春蘭とあれだけ討ち合えるなんて相当だぞ?」

一刀が華蝶仮面を褒めた直後

「あ、逃げた」

見事な馬術でクルリと反転し、華蝶仮面はそそくさと逃げさっていった。

当然の如く怒涛の勢いで追いかける夏侯惇隊。

「……おい」

「春蘭さま隊長の言ってた事完全に忘れとるな」

「予想通りなの~」

「あーちょっと止めてくる。二人はわかってるよな?」

「まかせとき!」 「大丈夫なの~」

その返事を聞いた後、見事に馬を乗りこなし高台から飛び降りた司馬懿一刀。

死線を何度も乗り越えた経験が一刀の馬術の腕を上げていた。

具体的に言うと程昱の策で散々囮役をやらされたおかげである。

「待て待て! 春蘭ストップ!!」

「おお北……司馬懿! ん? すとっぷとは何だ?」

「止まれって! 博望坡までひっぱられそうになったら止まれって言っただろ?」

「おお! すっかり忘れていた。奴等が逃げるのでつい」

「熊か春蘭は! 兎に角罠だからゆっくり減速して博望坡手前で止まってくれ。後は

沙和と真桜に任せろ」

「司馬懿の言うとおりになった以上しかたあるまい、全軍追撃の手を緩めろ!」

春蘭の号令以後スピードを落とす夏侯惇隊。ゆっくりと進みながら隊列を整え、夏侯惇隊

の左右に兵馬が通れるだけのスペースを空けつつ博望坡の手前で止まった。

そこへ于禁隊が予山、李典隊が安林側に夏侯惇隊が空けた左右のスペースへ兵を走ら

せ、準備していた弓兵隊の矢へ油を湿らせ火をくべる。

「撃つの~!」 「撃ったれー!」

号令、火を纏った矢が山へ林へ降り注ぎ、それが木々に燃え移り火事となった。

喧騒と怒号。炎に包まれた山と林には司馬懿一刀の予想通り、いや正確には知っていた

知識通りに劉備軍の伏兵が潜んでいた。

直後、遠く新野の城から銅鑼の音が届く。

炎に迫られパニックに陥りかけていた劉備軍の伏兵はその音を聞いてそれぞれ新野側より

脱出、先に逃げていた、いや逃げるフリをしていた本隊と合流し、新野の城へと帰還していった。


それを指を咥えて黙ってみている道理は無い。

すぐさま追撃を指示しようとした夏侯惇は司馬懿一刀に止められていた。

「なんだ? まだ罠があるというのか!?」

「いや……ええっと……」

罠は無い、無い筈だった。しかしこの伏兵に気付いたのは未来を知っていたが為に裏をかくこと

が出来たのであって、どこか後ろめたさを感じてしまった一刀は追撃を躊躇してしまった。

この躊躇が危機的状況を招く。

「ケホケホ……なんだか火の回りが速いの~」

「ていうかコレ、ウチらが炎に囲まれて危ないんちゃう?」

「あっ!?」

左右の山と林が火事になる。当然その間に挟まれた道には煙が充満し、道に生えた雑草に火は

燃え移り……

「退却! 退却しろ!!」

結果、どっちにしろ追撃は不可能となった。



于禁、李典隊を含む夏侯惇隊は博望坡よりずっと北へ後退し、ようやく人心地ついた。

予山と安林は、博望坡は未だ燃え続けていた。

「……えっと、ゴメン」

「アホか貴様~!!」

「自分達で火を放って焼け死ぬなんて斬新過ぎるの~!!」

「あかんわ隊長、悪いけどウチもこれから隊長の事この包茎野郎! って呼ぶわ」

「違うし!! ……いやほんとスミマセン」




博望坡の戦いにおいて、劉備軍の伏兵を見破った司馬懿仲達の名は荊州に轟き、

曹操軍の中では敵の伏兵を見破った後自爆するという恐怖の自爆軍師として自陣の

中でもその名を轟かせる事になったのである。







(あとがき)


前回の話のB面みたいな話。せっかくだから交互にやってきたいなーと思ったら倍ストック

貯めなきゃだめだし寒くてかじかんでキーボードうってらんないしで(汗)








[8260] 26話後編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/01/28 00:14





――博望坡の戦い


曹操の右腕、猛将夏侯惇率いる10万の精兵を相手に知略を用い、僅か10分の1以下の兵数で

徹底的に打ち倒し、劉備軍に諸葛亮あり! と世に知らしめた戦いである(演義より)。



本来劉備軍にとって負ける筈の無い博望坡の戦いは、この外史において完敗として終わった。



「あの預言者!!」

夏侯惇隊に従軍していた軍師は司馬懿仲達。斥候よりの報告を聞き、一刀はそう叫んだ。

「ご主人様会ったことあるんですか! 同じ顔でしたよね!? 間違いありませんよね!!」

一刀の一言に朱里が物凄い食い付きを見せた。

「俺と? どうだったかな? 気付かなかったけど」

これは仕方が無い。同じ人間がいる等という前提を想定出来るわけもなく、相手は北郷一刀では

なく司馬懿仲達と名乗ったのだから。

「朱里まだ言ってるのだ。全然別人だったのだ」

「翠も会ったけど何も言ってなかったぞ?」

「そんなあ……」

無残である。よりにもよって朱里以外の目撃者が天然ボケボケ組であったが為、多数決という数の

暴力により正解者が間違いという空恐ろしい現実がまたも発生していた。天動説恐るべしである。

結果として北郷一刀=司馬懿仲達に辿り着く事無く、ただ恐るべき知略を持った司馬懿仲達という

軍師が曹操軍にいるのだ。という事になり、この認識が後大いなる災いとなって降りかかるのである。

「一刀、預言者とはどういう事?」

「連合の時占われて『落馬に注意』って言われたんだ。結果酷い目に遭って……」

「鈴々から愛紗を奪った酷い奴なのだ!」

蓮華の質問に答えた直後、張飛が間髪いれずそう叫んだ。

「どういう事ですか?」

「私達が徐州から荊州へ向かう際に通行料として愛紗さん……関羽将軍を差し出せって司馬懿さん

に言われたんです。やむなく手柄をたてるまで客将として曹操さんの軍へ行く事になって、いまだ帰って

来ません。顔良さんと文醜さんを倒して手柄は十分なはずなのに」

今まで黙っていた亜莎の問に朱里が力なく答えた。

「なんで愛紗なのかな? 鈴々でも星姉さまでもよくない?」

「きっと愛紗のおっぱいに目が眩んだのだ! いやらしい顔をしてたから間違いないのだ!」

……俺と同じ顔って朱里言ってなかったっけ? という抗議を言う暇も無かった。

「……そうですね。曹操軍の他の将軍達からもケダモノを見るような目で罵られてましたから、きっと

ものすごいイヤラシイ人なんだと思います。だからきっと今頃愛紗さんはあんなことやこんなことを……」

「あ、あんなことやこんなことって!?」

「はわわ……抵抗出来ない愛紗さんを紐で縛ったり先の尖った馬に乗せたりなんて言えませんよぅ!」

今朱里がどんな八百一本を読んでいるのか解る恐ろしいラインナップだった。

「きっとおっぱい吸ったり揉んだりしているのだ! あれは鈴々の物なのに赦せないのだ!」

妄想ヒートアップである。

「け、荊州や許昌って進んでるんですね蓮華さま」

「そ、そうね。シャオには聞かせられないわ」

性知識旺盛な都会の女子中高生の会話に赤面する田舎の純朴娘宜しくただ赤面するばかりの蓮華

と亜莎であった。


軍議の結論として

愛紗は今頃エッチな調教されていてそのせいで帰ってこないのだろう(ほぼ朱里の妄想)。

司馬懿仲達はど変態である。

の2点だった……いや違うし!!


「いやいやいや、そこじゃないし!」

「そうだよ! ご主人様が逆らえない愛紗のおっぱいを吸ったり揉んだりしながら紐で縛ったり

三角●馬に座らせて歪んだ性欲を発散させて調教してる話はどうでもいいんだって!」

「……いやたんぽぽ、俺じゃなくて俺に似た人だからな?」

蒲公英の場合は間違いなくワザと言ってるだろうけどな。

「はわわ、そうでした! 今の戦局をまとめましゅ! はぅまたかんじゃった」



初戦、荊州劉備軍の完敗であった事。

負けはしたが撤退が早かった為被害はほぼ無かった事。

博望坡の火災の為曹操軍は暫くは新野へこない事。

新野は領堺も狭く、城の要害は薄弱で篭城しても10万の大軍相手では3日と持たない事。



状況は最悪と言ってよかった。

「私の拙い策によって賓客の皆さんにまで危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ありません」

朱里は地に額をつけようかという程に頭を下げた。

「待ってよ朱里! ご主人様も問題無いって言ってたから同罪なんだし」

「わ、わたしも大丈夫だと思いますって言いました。孔明さんのせいじゃありません」

「そうね、仮にも劉備軍、馬、呉の軍師が勝てると思った策を破った司馬懿という軍師を褒める

べき、問題は今後どうするだわ」

蒲公英、亜莎、蓮華のフォローに対し、朱里は、一度息を吐いた後こう答えた。

「……新野を放棄し襄陽へ撤退します」

「もう逃げるのは嫌なのだ!!」

バン!……と鈴々は机を叩きながら叫んだ。

「そうだよ朱里! 3日持たないって事は2日は持つんでしょう? きっとお姉様や桃香さまが援軍

を連れて駆けつけてくれるって!」

「……それは無理だと思います。蒲公英ちゃんも聞いた筈ですが夏侯惇将軍は『宣戦布告をした』

と言ってました。だから劉表さんは曹操さんが攻めてくる事を知っていた筈なんです。でも新野に

連絡がないばかりかこのタイミング(状況)で桃香さま達を襄陽に呼びつけたのは偶然とは思えま

せん」

「あ……そ、そっか」

蒲公英が絶句する。

「あの劉表さんがそんな事をするとは思えませんし、なにか事情があるにせよ新野は見捨てられた

と見るべきだと思います。私と鈴々ちゃんが戦うのはいいんです。でも絶対に護りきれない新野の住民

の皆さんをむざむざ危険な目に合わせるわけにはいかないんです」

「……わかったのだ」

「でも曹操に無料で新野城をあげる気はないんだよな?」

「!! はい! もちろんでしゅ!!」

意気消沈している鈴々を見かねた一刀が放った言葉に朱里は一度目を丸くした後、力強くそう噛んだ。







新野城放棄。

この無茶な指示に住民達はさしたる文句もつけず、先頭を務める張飛の後に従い襄陽へ

向けて歩み続けていた。いかに劉備が新野の民の気持ちを掴んでいたかが窺えよう。

「おっかしいなあ?」

張飛と共に先頭を任されていた馬岱が日も落ちかけ、だいぶ薄暗くなった中、住民の列をキョロキョロ

と見回していた。

「どうしたのだ?」

「鈴々、ご主人様見なかった? さっきから見当たらないんだけど」

「お兄ちゃんだったら結構前に忘れ物取りに行くって城に戻ったのだ」

「ええっ!? 何忘れたんだろ?」

自分の持ち物(翠の物も含まれる)を見直す。

「詠の宿題の兵法書はワザと置いてきたし……お姉様のは持ってきたけど。しょうがないなあ、

たんぽぽが迎えに……ってげげ!」

いつのまにやら襄陽へ通じる道幅が狭くなっており、数万の行列となっている住民の壁が邪魔で今から

新野へ引き返す事等物理的に不可能となっていた。

「も~心配だなあ、殿の朱里に迷惑かけてないといいけど」






―――新野城


忘れ物を回収し、無人となった新野の街を麒麟に跨り襄陽へ通じる南門へ向けて走らせていた

一刀は、西門へ向かって壁際を走る見知った後姿を見かけ、後を追った。

「お~い朱里」

「はい?」

声をかけられ振り向いた孔明は目を丸くした。

「はわわわわ! 走っちゃ駄目です! 今すぐ馬から降りて、ゆっくりゆっくり壁際を進んでください~」

「えっ? 良く聞こえないんだけど?」

一刀は馬に乗りながら孔明に近づいた。

「ひー!! 馬から降りてくだしゃい!!」

一刀は蒲公英の心配どおりに迷惑をかけていた。





「あれ、ホントだ。この黒い粒は何?」

「……火薬です」

「ぶっ!!」

朱里に言われた通り地面に指を滑らせて指先に付着した黒い粉の正体を聞き、一刀は思わず噴出した。

「もう火薬なんだ……」

「……はい、華蝶仮面登場の時派手な演出が必要だって無理矢理開発させられました……あれ?

『もう』? って言うか火薬をご存知なんですかご主人様!?」

「あ、ああそうか、うんそのうちウチも作ろうと考えてたんだ」

嘘である。演義において孔明の必殺技が火薬を利用した地雷攻撃だと知っており、ただそれを使うのは

蜀平定後だったのでつい『もう』という言葉がでてしまったのだ。

「さ、流石ご主人様……いいえ違いますね、私なんかが思いついたんだからご主人様が火薬について

知ってるなんて当たり前ですよね」

「朱里?」

なんだか物凄いネガティブな声色で心配になり顔を覗き込む。

「どーせ私なんて負けっぱなしの役立たずはわわ軍師だって自覚してますし……ふふふ」

「ちょっと朱里……さん?」

「それでも新野城の留守を任されたのに勝手に放棄したあげく爆破予定なんですから軍師失格

ですよね。最後にご主人様に会えてよかったです。桃香さまには『期待に沿えずすみませんでした』

と謝っていたとお伝えください」

「おいおいおいおい!」

「たんぽぽちゃんには私の代わりに華蝶仮面を宜しくお願いしますと……」

「重いよそれ!! というかそれ嫌がらせだろ?」

「……そうですか、そうですよね、はわわ軍師の遺言を届ける必要なんて……」

火薬の扱いもあるだろうが戦えないにも関わらず殿を張飛に譲らなかった事。

殿も何も新野城に朱里以外残っていなかった事。この辺りようやく合点がいった。孔明は死ぬ気

だったのだ。

「そうだな、遺言なんて届けないよ」

「う……そうですか」

「そう、誰も死なないからな。で、もう準備は終わったのか? まだだったら後なにすればいい?」

「……はい? はわわ、駄目です! ご主人様はすぐ逃げて下さい! もうほとんど時間がありません!」

やはり頭の回転が尋常ではない。今の一言で一刀の考えを朱里は全て見透かしていた。

「言っておくけど朱里が逃げないなら俺も逃げない。賓客護れなかったなんて事になったら劉備の評判

どうなるかな?」

「……ご主人様……酷い…………ですよぅ」

そう言うと朱里はガバリ……と一刀に抱き付き『ううう~』と嗚咽を漏らした。

「うわ、朱里違うんだ! 意地悪とかじゃなくて……」

「わかってます……ありがとう…………ございましゅ……ぅぅ」


反董卓連合での呂布戦、徐州での袁紹戦、そして博望坡での敗戦。立て続けの敗戦で自信喪失し、

精神的にクタクタだったのだろう。だが一刀は、いや一刀だけが知っている。諸葛亮孔明が当代一の

天才軍師である事、そして2000年近く時が流れても天才軍師と言えば諸葛亮孔明だと誰もが答える

程の伝説を作る事。そして孔明の活躍はまさに今から始まるという事を……


だから今泣いている少女にかける言葉など決まっている。

「朱里なら勝てる! 曹操軍に一泡吹かせてやろう」

「はい!」



……ちなみに呂布戦の敗戦の原因が北郷一刀である事は触れないでおく。







―――新野城


「来ました!」

「ああ」

ドドド……と蹄の音が無人の新野城に鳴り響く。

夏侯惇将軍率いる曹操軍10万の大軍が日も暮れた新野の街へ踏み込んだのだ。

西門の上で潜んでいた一刀と孔明はゴクリと唾を飲み込む。夏侯惇将軍は慎重だった。

新野城へ近づいた際、異変、つまり人気が無い事に気付くもすぐに突入する事無く、

まず斥候に新野の街を調べさせた上での進入だった。

新野の街に撒いた火薬には既に日は落ち、しかも黒い粉末だった事が幸いしたのだろう、気付

かれている様子は無かった。そしてもう一手楼上へ積み上げられた乾燥した柴、蘆、茅も。

「朱里?」

「まだです!」

夏侯惇隊は劉備軍を追撃しようという動きは見えず、大部分が新野の街へ入り込んでいた為、

今がチャンスと松明を持った孔明に声をかけたが断固とした声で却下された。

「もうすぐ、もうすぐなんです。この時期、この時間に吹く荊州の風が!」

「あっ!」

一刀も思い当たる。そうだ新野の大宴で夜吹き荒れていた冷たい風を。

そのせいで風邪を引いた事も。

「そういえば風邪もいつのまにか……あっ!」

ビュオオッ!! と冷たい風が吹き荒れ、新野の街に砂塵が舞った。

「朱里!」

「はい、今です!!」

風に乗せて、西門の上から新野の街へ松明を投げ込んだ。

一瞬の静寂の後、ズドン! ドカンドカン!! と火薬に引火した火が街に一瞬で燃え

広がり、爆発音が鳴り響く。新野の街は一面火の海となった。

吹き荒れる風が炎を更に巨大な怪物へと変化させ、楼上に積み上げられていた柴や蘆等が

風に煽られ新野の街に降り注ぎ、更なる炎を生み出すと共に殿桜や高閣等が爆発炎上する。

「火薬凄いな……」

敵ではあるが流石に見ていられなかった。正史ではこの後トドメとばかりにせき止めた川の水で

城から出てきた曹操軍を飲み込むのだが今回の劉備軍にその余裕はなかった。とはいえこの火計

によってその必要もないほどに曹操軍は敗れたであろう、火薬はそれ程の威力だった。

もし司馬懿仲達が従軍せず、博望坡にて曹操軍が一敗していれば火薬を使う事も……くだらない。

その思考を停止する。結局どうにもならないし曹操が司馬懿仲達をこの段階で重視する事等

それこそ一刀が考える意味も無い。

「朱里、もう行こう」

「……はい」

架けていたハシゴを使い西門の外に待たせていた麒麟に朱里と共に跨り、新野城を後にする。


燃え上がる炎と煙は巨大な火柱となり、遠く襄陽まで届く程に燃え続けていた。




10


―――荊州、新野城西門と南門を隔てる森



一晩野宿した後、一刀と孔明は襄陽へ向かう新野の集団と合流する為、新野城西門と南門を隔てる森

の獣道を進んでいた。

最初から南門で待機すればよかったかもしれないが、風向きを考えればどうしても西門に留まる必要が

あったし朱里は新野城で死ぬつもりだった為張飛達と合流するという選択肢がそもそも無かった。

「日が暮れる前に合流したいけど、難しいかもなあ……」

「はい、でもこの森を抜けない事には襄陽へはもっと遠回りになりますから」

ぐぅ……と唐突に腹の音が鳴る。

「そういえば昨日から何も食べてませんね」

朱里がクスクスと笑った。

「とはいえ食べ物は……あった」

鞄からズルリと大きな壷を取り出す。

「星さんの壷!? まさかご主人様が言っていた忘れ物って……」

「うん、趙雲のメンマ。流石に家宝とか言ってたから置いて来たら怒るかなあと」

「はい、危ないところでしたね」

「あれ!?」

てっきり『メンマなんかの為に命かけないで下さい!』と怒られるかと思っていたので

予想外の反応だった。いわゆるツッコミ待ちだったのに……

大自然の森の中で美少女と二人、ポリポリとメンマを食べた。シュールな絵だった。


多少の腹ごなしの後森を進む。方角については新野から登る煙が目印となり迷うことは

無かった。ほぼ鎮火されたようだが街全体が火の海となったのだから完全鎮火までは

まだかかるだろう。


「あっ、ご主人様道が見えました!」

「やったな、これで日没までには合流できそうだ」

空が紅く染まりつつある程の時間獣道を歩いた二人は周囲を警戒する事無く道に飛び出した。

「わ! ビックリしたの~」 「なんやいきなり!?」

「「えっ?」」

ようやく見えたゴールに歓喜して周囲の警戒をおろそかにした事が災いした。一刀達は于禁、

李典率いる曹操軍の目の前に飛び出してしまったのだから。

「……ご、ご主人様?」

「逃げるぞ!」 「は、はい!」

ポカンとしている于禁と李典を尻目に二人は素早く麒麟に跨り、襄陽方面へ向けて逃げ出した。

「……って逃がさないの!」

「弓隊撃てェ!」

李典の号令の後、数本の矢が一刀達に降り注ぎ……

ザシュリ! と、そのうちの一本が一刀の腕を掠めた。

「……ッ、しまった!!」

思わず手綱から手を離し、ドシャリと尻餅をついて一刀は落馬した。

「ご主人様!!」

朱里が叫び、名馬麒麟も急に重さが無くなった事に気付く。

「止まるな!! 麒麟行けッ、朱里を頼む!」

言葉が通じたのかは解らない、しかし主の意思通り麒麟はブルルと一声鳴いた後、朱里を

乗せて駆けだしていった。

「はわわ! そんな、止まって下さ~い! ご主人様が……止まってぇぇ!!」

朱里の言葉を聞き入れる事も無く、結果朱里を乗せた麒麟の姿は遠く、見えなくなった。

「ホント翠はいい馬くれたよ……」

まあしょうがない、別に死にたがりなつもりも英雄願望があるわけでもない。それでも朱里

みたいな子を捕虜にさせるぐらいならと思う。

ジャキリ! 後ろから首筋辺りにひんやりとした空気が触れた。恐らく刃物を突き

つけられているのだろう。


カチリ……ギュィイイイイイイイン!! ギュルルルルルルルルルルルッ!!


怖ッ!!


何この音!? 刃物じゃないの? ドリル? ドリルの音がするんですけど!?

謎のドリル音に硬直していると『さて、名乗って貰おうかい?』と少女の声がドリルの回転音

と共に一刀の耳に届いた。

また捕虜かあ……溜息を付く。すぐ頭に穴を空けられないだけマシかもしれない。


「ああ、俺の名は……」





(あとがき)


26話後編であってますので。荊州編が終わったら整頓する予定。










[8260] 27話後編と28話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/02/21 02:28





新野城炎上、夏侯惇隊の被害不明。


許昌より荊州へ向けて出陣した曹操軍第2陣、司馬懿隊に届けられた第一報である。

博望坡の戦い直後に軍師程昱の使いにより許昌へ呼び戻され、第2陣の総大将となっていた

司馬懿仲達こと北郷一刀は一切の休憩をなくし、進軍速度をあげる事によって報告を受けた

翌日の昼には既に焼け落ちた新野城を目撃する事になった。


夏侯惇隊全滅。


第1陣の総大将、夏侯惇将軍の報告により、軍を再編し、隊に復帰できる兵はおよそ6、7割

程度。つまり残りの死者、負傷者合わせて3~4割。これは全滅と言ってよい数字であった。

夏侯惇こと春蘭は司馬懿一刀の前でただ目を閉じていた。

決して油断していたわけではなかった。程昱によって『この戦いでお兄さんを鍛えなくてはいけな

いのですよ。皆さんビシビシお兄さんを虐め……もとい鍛えてあげて下さいとお願いするのです。

つまり軍師として一皮剥けるとゆー、おお! さっきの包茎2号は伏線だったのですよ!!』後半

いらない気がしたがそんな依頼を受けていたが為に博望坡炎上事件で司馬懿一刀を叱責はした

が、結果としては火傷を負った兵が若干名いたがあくまでも損害は軽微であり、劉備軍による包囲

作戦に気付かなければそれこそ全滅の恐れすらあった事は春蘭含め李典、于禁も理解していた。

よって『新野城が無人だった場合城毎燃やす火攻めの可能性が高い、あと川の上流をせき止めて

水攻めをしかけてくるかもしれないから気をつけて』という自爆軍師の異名を得た司馬懿一刀の

忠告を意識してもいた。

結果新野城上流の川を調べさせて何も無い事を確認し、新野城には先に斥候に道路や民家の

床等に乾燥した柴や蘆、茅等が積まれている様子がないか念入りに調べさせた上での入城であった。


結果が全てである。軍師の忠告を受けていてみすみすその罠にかかった。

「すまん北……「ごめん春蘭!」」

春蘭の言葉を司馬懿一刀は遮り、頭を下げた。側にいた程昱と郭嘉がホッと息を吐いた。

「なんだとぅ? なぜ北ご……軍師が謝るのだ?」

「お兄さんが謝るのは軍師として当然なのですよ。実は風も春蘭さま達へ残した助言をお兄さんから

聞いていてお説教していたのです。気をつけろなんてあやふやな助言無いほうがマシなのですよ」

「いや、しかし司馬懿の助言は半分は当たっていたのだ」

「半分しか当たっていない、とも言えます。水に火、そうですね、後は伏兵に気をつけなさい。と言えば

罠の8割は補えるでしょう。いつ、どのように? どう対処すべきか。そこまで助言できてこその軍師、

このままではエセ占い師と言われてもしかたないでしょう」

春蘭の問に程昱こと風、そして郭嘉こと稟がピシャリと答え、司馬懿一刀は自爆軍師からエセ占い師

にレベルアップしていた。

「例えば火計ですが、これは夜間に行われたのではないですか?」

「うむ、その通りだ」

「夜間の行軍で気付いたのですが、この荊州の地は夜に強い風が吹くようです。であれば火計がしか

けられる確率は夜が高く、風の吹く方角に伏兵の可能性があり、また吹き荒れる風を利用して枯藁を

街中へ撒く為に高台に枯藁が積まれている等が考えられます。そこまでの助言があればいかようにも

避ける手立てがあったのではありませんか?」

「そこまでわかるのか!?」

まるで見ていたかのような稟の発言に目を丸くしながらそれ以外の言葉がだせない春蘭。

「……凄いな稟、流石孔明や鳳統に匹敵する知だ」

「むむ! 風だって気付いていたのですよ。しかし枯藁程度でここまで燃えるとは思えないのですよ、爆発

音とかどういう事なのです?」

「あっ!」

風の一言にまさかと思いつつも小火の残る新野の城に入る。焦げた匂いの他に鉄の、そう火薬の匂いを

感じて地面を見、粒上の黒い粉末を摘む。

「……火薬、もうかよ」

三国志における孔明の必殺技といえば地雷。火薬を使い、南蛮や司馬懿仲達……俺かよ!? をあと

一歩で焼き殺すシーンは有名であるが今の例え通り孔明が火薬を使ったのは蜀建国後だった筈。

「やっぱり未来知識なんて参考程度にしかならないな。このままだと近い将来本当に焼き殺されそうだ」

未来知識を持っていてさえ今回孔明に負けた。司馬懿一刀は三国志演義にてライバルとなる孔明を

意識するが、その諸葛亮孔明こと朱里がよもやもう一人の自分となんかイチャイチャしているとはいかに

未来を知る司馬懿一刀でも知る由がなかった。



「司馬懿殿は何をブツブツ言っているのですか風?」

「さあ? また女の子のことでも考えてるんじゃないですかね?」

風の予想は間違っていなかったがニュアンス的に大分違うのである意味気の毒ではあった。

「しかしさっきは危なかったのですよ」

「そうですね、余計な疑念を抱かれかねませんから」

二人が言っているのは春蘭が司馬懿一刀に頭をさげそうになった事である。序列的に曹操の次が

夏侯惇将軍であり、筆頭軍師とはいえ司馬懿一刀に頭を下げては余計な疑念をまわりにもたれかね

ないという事を二人は思っていた。

真実を知らない者から見ればある日突然名門、司馬家の者が軍師として曹操軍に現れ、見事な

指揮で呂布を追い払い、官渡にて大軍を擁する袁紹を打ち倒すというとんでもない活躍をしていた。

あげくまだ小火にすらなってはいないが曹操が公の場に姿を現さなくなってからかなりの月日がたち、

疑念に思う者もチラホラ出てきていた。口さがない者の中ではクーデターで司馬懿が曹操を追い落とした

等と言う噂すらあったのである。

実際は勝手に司馬懿仲達を名乗り、策は風に丸投げして運よく呂布が撤退し、袁紹戦に至っては稟

の戦況を判断する見事な戦術、戦略眼によって援軍到達までの時間稼ぎを行い、風の十面埋伏の計

によっての勝利である。筆頭軍師の称号も荀彧が失踪し、新参の郭嘉と程昱では些か問題が

あったせいである。

「全く問題が山積みなのですよ……劉備も余計な事をしてくれたものなのです」

「ええ、性急に過ぎますね。補正する為にも呉制圧までに司馬懿殿を本当の軍師にしなければ……」


反曹操連合。

無論証拠は無い。しかし大宴にて曹操陣営に書簡すら寄越さなかった時点で劉備の狙いはほぼ

割れていたと程昱は思っている。南東より呉、南より劉表、西南より劉障、西より馬。これに

公孫賛が幽州へ、劉備が徐州へ檄文を出し、反乱が起これば北と東からも攻められ曹操軍は

壊滅したであろう。荀彧のおかげで北の平定が10年早まったとはいえ民に徳を心酔させるには

やはり時間が必要であった。結局の所『やられる前にやるのですよ』という方法しか曹操陣営には

残されていなかったのだ。無論他にも理由はある。

結局の所、最大勢力となった曹操陣営も決して余裕があるわけではなかったのである。








――― 一方、新野と襄陽を結ぶ道



「ああ、俺の名は北……「はあ? なんでたいちょ……「あの時の詐欺師なの~!!」」」

一刀の発言は真桜の言葉に遮られ、また真桜の言葉は沙和の叫びに上書きされた。

結果一刀は詐欺師となった……おいおいおいおい!!

「ちょっと、いきなり詐欺師呼ばわりは……」

「黙っとき!! 沙和どーゆうこっちゃ? ウチには隊長にしか見えへんけど?」

「コレ隊長じゃないの!! 隊長のフリして沙和の大切な物を奪った酷い詐欺師なの~!」

「うん? どういうこっちゃ?」

普段よく言えば適当、悪く言えば何も考えていない沙和らしからぬ剣幕と不穏な単語に一刀

そっくりな男が目の前にいるにも関わらず冷静に言葉を促す真桜。

「ホントに酷いの! 隊長のフリして何でも買ってあげるなんて言葉で純粋な沙和を騙して……」

「……いやそれに引っかかんのもどうやの?」

「隊長の顔してるから信じたの! それで沙和の大切な物(袁紹の首)を奪ったの~!!」

「うん?」 「お?」

思わず反応する。なんだろう? 女の子が言うとなんだか物凄く深刻な物的に聞こえた。

「そのまま黙って逃げていったの! もう最低なの~!!」


知人のフリをして甘い言葉で女の子を騙し、大切な物を奪ったあげく黙って逃げ去った。


うん、最低である。


最低であるがその『大切な物』とやらが何かで鬼畜か外道か決まる(あんま変わらん)。

話を聞いていたもう一人の関西弁の真桜と呼ばれていた子が深刻な顔をしてゴクリと唾を飲んだ。

「沙和あんたまさか……その大切な物って……アレなんか!!」

『そうなの! 一つしかない大切な物(大手柄)だったの!! 初めて(の大手柄)だけど隊長だから

あげたのにあんまりなの~」

場がシン……と静まり返る。とんでもないカミングアウトだった。

「なんてことや……ウチ親友やのに、気付いてあげられへんかったんやな」

身に覚えの無い既成事実が積みあがっていた。誰? 俺の偽者って誰!?

「真桜ちゃん、いいの、こんな事くやしくって人に言えないの~」

「ええんよ、沙和は汚されてへん、野良犬に噛み付かれただけや、その野良犬も体中に穴空けて

死ぬしな」

「真桜ちゃん……あれ? 汚されるって?」

「もうええ! 何も言わんでええんや、今この野良犬を殺せばそれでええんや!!」

憤怒の表情を浮かべた真桜と呼ばれた少女が野良犬(=一刀)に螺旋槍を向ける。

ギュィイイイイイン……と唸る回転音がそら恐ろしかった。

「待ってくれ誤解だ、俺じゃない!」

「ふざけんなや! おんなじ顔が2人も3人もいて溜まるかいな!! 声まで同じて

どーゆうことやねん!!」

それを俺に言われても困る。

「安心せい、皮を剥いで隊長君2号としてカラクリ人形にして一生可愛がったる。鬼畜外道にはお似合いや」

「誤解で殺されて溜まるかッ!!」

とはいえ達人である李典の槍(?)から一般人の一刀が逃れられるわけもない。

しかし、その生に対する執着は時に奇跡を呼ぶこともあるのだ。


ギャギャン!! という金属音の後、倒れていた一刀の股の間に螺旋槍が突き刺さり、地面を掘っていた。


「誰や!!」


螺旋槍の狙いを弾いたのは銀に輝く十字槍、その持ち主はただ一人!!


「華蝶仮面5号参上!!」


……翠じゃなかった…………いやどーみても翠なんだけど。






新野から襄陽へ続く行路、李典、于禁隊に捕まった一刀の元に現れたのは華蝶仮面、そして……

「私もおりますぞ翠の主殿」

白馬に跨る常山の昇り龍、趙子龍こと星はそう言うと自身の槍、龍牙の双刀の間に一刀が背負った

リュックの紐を器用に引っ掛けるとヒョイっと一刀毎持ち上げて翠もとい華蝶仮面の馬の背に乗せた。

「ありがとう、あとコレ」

趙雲にそのリュックを渡す。袋の中身は趙雲の壷。

「こ、これはメンマの壷!! 趙家の秘宝ではありませんか! まさか翠の主殿はこれの為に……」

「うん、まさかメンマの為に死にかけるとは思わなかった」

「いえ、翠の主殿もメンマの為に命をかける事の出来る偉人でござったか。以後この趙雲の事を星

と及びください。今は他に報いる言葉がこざいませぬ」

いや別にメンマの為ってわけでも……とは思ったが話が終わらないので『そっか、ありがとう』と言う

に留めた。ずっと黙っている華蝶仮面こと翠が気になったから。

「翠も助けに来てくれてありがとうな」

「……あとであの子の大切な物を奪ったとかゆー話はたっぷり聞かせてもらうからな」

聞かれていた!? 人違いなのに。



「って華蝶仮面が大きくなってるの~!?」

今まで翠や星達をポカンと見つめていた于禁と李典はそう叫んだ。

ああ、ちょっと前の蒲公英と同じ仮面だな。二人は似てるし姉妹って言って疑う人もいないし従姉妹だけど。

「なんや? 成長期か、それにしたって限度があるやろ」

寧ろ同一人物と思う前提がおかしい。

「? ご主人様、コイツら何を言ってるんだ?」

「先日の蒲公英と勘違いしてるんだろ」

「はあ? 蒲公英は4号を名乗ったって言ってたぞ?」

……番号なんて気にする奴いるかよ。

ちなみに蜀ルートでないこの外史では恋が3号では無い(念のため)。

「う~ん……なんだかちょっと違う気がするの~」

「いや、胸の大きさはあんま変わっとらんから同じやろ?」

「言われてみればそうなの~」

兵達からも嘲笑が広がった。

後に一刀は語る『なんて命知らずな奴らだろうと』



その時、ビキリ……と翠の中の何かが千切れた音が一刀には聞こえた。



「……1万人位か、いいよなご主人様」

何をする気ですか翠さん!?

「ふむ、私と翠で5千ずつか、少々時間はかかるが不可能ではないな」

ちょっとそこの星さんも!! なにこの勝気コンビ? 原作(演義)と違いすぎる。

「そんなのハッタリ(虚勢)なの! 沙和と真桜ちゃんで十分なの~」

片刃の双剣”二天”を構え不敵な笑みを浮かべる于禁。

「せや、ウチらが相手や」

地に埋まった螺旋槍を引っこ抜き、その腕力を見せ付ける李典。

「ほほぅ? さてどうする華蝶仮面?」

「あたしはそっちの無駄に胸がでかい方をやる」

さっきの発言を根に持っていたらしい。おっぱいに罪はないのだからそんな事で喧嘩をしないで

欲しいと一刀は心から思った。

「無駄とはなんや! 後ろの詐欺師の兄ちゃんもウチの乳ばっか見とったで!」

「ちょっ! なんて事を!!」

喧嘩に巻き込まれた!? これ以上の冤罪は勘弁して頂きたい。

「曹操軍夏侯惇隊副将李典! 隊長の愛人や!!」

「ああっ、真桜ちゃんズルイの~、じゃあ同じく于禁、隊長の恋人なの~」

「そっちのがズルイやろ?」

緊張感がないのか自信の表れか? 二人はどちらともつかない名乗りを上げる。

「劉玄徳が家臣にて常山の昇り龍、趙子龍。対抗させてもらうならそちらの主殿はメンマの友!」

「あたしは西りょ……ムガムガッ!!」

一刀はノリに任せてとんでもない事を口走りそうになった翠の口を押さえた。

「なにすんだよご主人様!!」

「何のために変装してるんだよ!」

「あ、そっか、あたしは華蝶仮面5号! このご主人様は……」

「……ご主人様は?」

そこで黙らないで欲しい。多少の期待を込めて翠を促す。

「う、うっせえやい! 兎に角勝負だッ!!」

「言われんでもいくでぇッ!!」 「先手必勝なの!!」

翠目掛けて突き出されるは凄まじい金属の回転音と共に迫る螺旋槍! その回転する切先は

敵の得物毎粉砕する絶対破壊の攻撃力。それを操る李典の武将としての技量、そして先手。

もはや負けの要素が見当たらないその天を衝く螺旋の一撃は……

「なんやて!?」

馬超の胴体に穴を空けるより早く李典の眼前に迫った十文字の切先により方向転換を余儀なくされ、

ズボボボボボボッ!! という物凄い音で土を撒き散らしながら地に埋まっていった。

「なんちゅう槍捌なん……ってうちの螺旋槍がああああッ!! 埋まる、土に埋まってゆく!!」

「へえ、やるじゃんか」

神速の突きをかわされた馬超こと華蝶仮面5号が李典に賞賛を送る。

李典は眼前に迫った銀閃をかわす為、螺旋槍を手放して後方に飛んだのだ。主の手から離れた

螺旋槍は地に突き刺さり、大地に埋まっていった。

「言うとくけど、武人の誇りとか罵られても知らんで。もともと華琳さまに拾われるまではただの

市民やし、うちの隊長はそんなんにかまけて怪我でもしたらもっと怒るさかいにな」

「右に同じなの~」

于禁が李典の側に立つ。武器を落とした自分を守る為に来てくれたのかと思った李典は……

「ってなんで沙和も手ぶらやねん!!」

「だってアイツめちゃくちゃ強いの!!」

そういって趙雲を指差す于禁。その足元に一本、後方にもう一本二天が地に落ちていた。

趙雲の一撃にて右手に持った片刃の剣を弾き飛ばされた于禁は武力の格の違いを理解し、

トドメの二撃目がくるより早く残された左手の剣を趙雲に投げつけて李典と同じく双牙の射程外

である後方へ飛びずさったのである。

「于禁とやらもなかなかのもの。初撃は剣ではなく首を狙ったのですからな」

「あ、危ないところだったの~」

一騎討ちの勝敗はついた。しかし、于禁と李典が引き連れた兵は1万人。大将の2人が無力化

されたとはいえ、どちらが優勢かなど考えるまでもなかった。


……二人の武神を除いては。


「あと5千ずつ、いいよなご主人様」

「いやよくないだろ!?」

「承知! よろしいな主殿」

「嘘だろ!?」

翠の愛馬紫燕が、星の愛馬、白馬が曹操軍1万へ飛び込んだ。

「しゃっおらぁぁぁぁ!」

翠の雄叫びと共に白銀に輝く銀閃が縦横無尽に振り回され、曹軍の首を次々と飛ばす。

「はいはいはいはいはいッ!!」

星の掛け声の数だけ双牙が打ち込まれ、曹軍の兵の胸に穴が開く。

「うわあああああッ」

最後に一刀が悲鳴をあげた。

「うっさいぞご主人様! 静かにしてろよ」

「この状況で静かに出来るかッ!!」

軽口を叩きながらも翠の銀閃は休まずに敵兵の首を次々と刎ねる、その反動で後ろで捕まる

一刀は馬から落ちそうになり翠に何度も捕まりなおす。その手がたまたまムニュリと、胸に

いってしまってもそれは仕方の無い事であった。

「ちょッ! どこ触ってんだご主人様!? ……んぁッ」

「違う、ワザとじゃない、不可抗力だ……あれ?」

言い訳しようと思ったが何か懐かしい感触だなと思い、思わずムニュムニュと翠の胸を揉みしだいた。

「☆□※@▽○∀っ!?」

「なんだろう? すごく、すごく懐かしい……」

言葉だけ聞けばなんだか記憶をなくした少女が大切な友人と再会し、例え記憶をなくしても、心が、

体が覚えていた。そんな感動的な物語が連想されそうなセリフである。

……まあおっぱいを揉んでいるだけだが。

「い、いい加減にしろッこのエロエロご主人様がッ!!」

グシャリ……と、一刀の顔面に思い切り肘打ちを食らわせ……

「あ!? やばッ、ご主人様!?」 「……あぶなッ!!」

一瞬気を失い馬から落ちかけた一刀は手を伸ばし翠の服の襟首に捕まろうとしたが過去のトラウマ

(霞全裸事件)を思い出し、とっさに掴み先を変更し、翠のミニスカートをむんずと掴んだ。

「なっ……★□△○×っ!?」

一刀は学んでいた。一応紳士である、だからこそ服を破くことは無かった。その代わりに何故スカート

を掴んだのかは解らないが、ミニスカートがひっぱられ、おしり側の可愛らしい緑の下着が露になった。

「構わん、下がれ」

星が気を利かせて翠に一声かけ、硬直しかけた翠は手綱を引いて馬毎後方に飛びんで戦線から

後ろに下がった。

「……ご~しゅ~じ~ん~さ~ま~!!!!!」

怖ッ!! 怒りのオーラがひしひしと感じられた。

「大丈夫だ! 俺しか見ていない!」

「それぜんぜん大丈夫じゃないだろ!!」

一刀の意味の解らないフォローは火に油を注いでいた。

一旦下がった星も翠の隣に馬を並べる。

「ふむ、やはり主殿を後ろに乗せて戦うのはちと難しいようですな」

もっと早く気付いて欲しかった。

「宜しい、翠は主殿を連れて鈴々と合流なされい」

「ん? 星はどうするんだ?」

「殿を務めましょう、まあこの程度なら私一人で問題ありませぬ」

「……一万人いるんですけど?」

「それがなにか?」

強がりでもなんでもない。キョトンとした表情で答える星。

「……解った、星頼むぞ。じゃあいくぞご主人様」 「え? ちょっと翠?」

翠は騎首を襄陽側へ向け走り出した。

「いやだって1対1万だぞ? 翠と星なら馬で逃げ切れるだろ?」

「バカだなご主人様、勝てるんだから逃げる必要ないだろ」

「……勝てるんだ。恋も一人で4万の兵倒したらしいケド」

「それに新野城は星達の城だろ? あたしだって五胡に武威が奪われたら五胡のやつ等全員

ぶった斬ってやりたいと思うしな」

翠なりに気を使ったらしい。

「……無双のゲームかよ」

一刀は五虎将軍の……この姫達の無双なるスケールの違いにただ呆れるしかなかった。






「……」

紫燕に跨り、襄陽へ向かう道程において、星に対する心配を話した以降翠は終始無言であった。

ちなみに華蝶仮面は既に外している。

「翠まだ怒ってるのか?」

「あたりまえだろ!」

「いやほら、李典の言った事なんて気にするなよ、どんなおっぱいにも罪は無いぞ?」

「そっちかよ!? じゃなくて、あたしが怒ってるのはご主人様の事だ!!」

「ああ、ほら初めて会った時わけが解らなかったんだけどあれ翠のおっぱいだったんだな。触り

ごこちで思い出したんだよ」

「ご主人様の頭はおっぱいから離れろっ!! じゃなくて、弱いクセに今度はたんぽぽに黙って

新野城に引き返しやがって! たんぽぽも朱里なんて泣いて心配してたんだぞ!」

「あ、そうか朱里無事だったんだな。あれ? そういえば桃香達はどうなったんだ?」

「……桃香様と雛里は襄陽に残って荊州の連中に兵を出すように説得してるよ。足の速い

あたしと星、白蓮が新野城に急いで戻ったんだ……って桃香様の話かよ」

「ん? なんで?」

「あたしも心配したんだよ……もうあんなの嫌だからな」

翠が言っているのは虎牢関で捕虜になった時の話だろう。『また心配させておきながら別の女の子

の話ってどういうことだよ!』無論口にだしてはいないがそのふくれっ面がそう語っているも同然だった。

悪戯心がムクムクと湧き上がる。先ほど胸を揉んでしまった事が一刀のブレーキを壊していた。

「そうか、ごめんな翠」

「べ、別に……解ればって、おいコラ! どこ舐めてるんだご主人様!」

「うん、翠分補給中」

翠の耳の裏に舌を這わせる。

「ば、バカ! こんな時に……うぅ~なんでご主人様はすぐエロエロ魔人にって……んんッ!」

カプリと耳たぶを甘噛みする。うん自覚してる。

何故かこのルートは家庭用向けブロックが発動するから他のルートと違って色々と溜まると

ゆーか翠にだけ何故かS心が発動するというか……仕方なかったのだ。

 1.我慢する。

⇒2.悪戯する。

ピコン……とそんな天の選択肢音が聞こえた。

(大神君の『体が勝手に……』現象と理解して頂きたい)

『……(ほほう)』

一刀は学んでいた。この状態(片手に手綱、片手に槍)だと抵抗出来ないという事を(霞の際)。

やりすぎると馬から突き落とされるのでジワジワと行く! 耳の中に舌を突っ込む。

「☆□※@▽○∀っ!?」

翠の声にならない悲鳴。これは堪らない!

『……(なんと!)』

「や、やめろ、ご主人様……ひゃうッ!」

反対側の耳に小指を突っ込みグリグリして抵抗力を奪う。

『……ゴクリ』と一刀と翠の耳に唾を飲み込む音が聞こえた。

「え?」 「ああッ!?」 『おや? 気付かれてしまいましたな』

星がいつの間にやら並走していたらしい、しれっとした顔で会釈した。

「星! いつから?」

「耳たぶを齧った辺りですな。いやはや流石馬の国、馬上プレイ(行為)とは高度な技ですな。

ささ、続けなされい。この趙雲邪魔は致しませぬ」

「そんな行為あるわけないだろ! これはエロエロご主人様が無理矢理……」

「星、曹操軍は?」

「おおそうでしたな。十分の一程度倒した所10万規模の援軍が来ましたので流石に逃げて

きた所存、その後はわかりませぬな」

10分の1でも1千!? 相手は歩兵で道幅は狭いから同時に来るのは数名であろう。かつ相手は

同士討ちを避ける為に剣のみの弓無しで足場は死体で悪くなる一方。それを考慮してもやはり

趙子龍の槍はこの外史でも無双だった……って10万の援軍!?

聞き逃せぬ単語がサラリと星の口から放たれた。

「……って聞けよ!!」

恥ずかしい姿を見られた事を必死に誤魔化そうとしているのに無視されて怒りだす翠。

いやいやいや! もうそれどころじゃないから!!







――― 司馬懿隊


「……沙和、真桜!!」

楽進こと凪は元は新野と襄陽を結ぶ道だった筈の場所、もはや死骸が埋め尽くす地獄としか言い

ようの無いその場所で親友の名を叫んだ。

被害の少なかった兵1万を編成し、李典、于禁を大将とした追撃部隊を編成。先行させたという

夏侯惇将軍の話を聞き、司馬懿一刀は2陣の兵を連れて続いた所、夕方に合流した。

いや合流というのは正確ではないかもしれないが。

「た、隊長、凪……」 「負けたの~」

「真桜、沙和! 無事だったか」

フラフラとした足取りで近づく李典と于禁の姿を見、一刀と凪はホッと安堵の息を吐いた。

「沙和ちゃんと真桜ちゃん率いる部隊をここまで倒すとは……これは伏兵にやられたのですか?」

一刀の馬に同乗している風が神妙な顔で二人に尋ねる。

「ち、違うの~……」

「兵やない、相手は2人や」

「2人? たった2人で1万の兵が負けたというのですか!」

ありえないと郭嘉が声を荒げた。

「正確に言えばほとんど一人にやられたの~」

「いったい誰なのです?」

「劉備の将や、たしか名前は……趙雲」


趙雲子龍。


劉備に仕える大陸五指に数えられるであろう武神の一人。この外史において活躍の場がなく埋もれていた

彼女の名は、この日曹操軍の心に恐怖とともに刻み付けられる事になる。








(あとがき)


唐突なセクハラシーンはこの物語における二人の関係の変化を認識してもらう為の苦肉の策

であり、物語のテーマを明確にする為の必要な処置でした(大嘘です)。



「凄く、凄く懐かしい」……はGS美神よりおキヌちゃんの話。

37話後編は実際4まで。ガリガリカットしてったら短すぎたので次の38話くっつけました。

荊州編が終わったら整理します。


カットのシーン一部:

「うちのドリルは天を衝くドリルなんや~ッ!!」李典の放った魂の螺旋は新野城の城壁を

突き破り、多くの兵の命を救ったのである。

理由:そんな兵器あったら攻城戦無敵じゃねーか(汗)


全滅=3割の損耗率としてます。

うん色々思ったのですがこれは真・恋姫無双の二次SSなんだから

正史はどーだとか実際趙雲強いのか?とか1万とかwは許容範囲だなと。

(素振り100回で結構疲れるのに1振り1殺でも1万回槍振るうなんてそら無理だし)

数に違和感あったら減らして読んで下さい。

五指は恋、翠、愛紗、星、鈴々の5人です。人外(漢女とか医者王)は論外。







[8260] 29話前編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/02/23 23:50





「星に翠にお兄ちゃん! 遅かったのだ」


曹操軍10万の大軍による追撃。

この情報を伝えた趙雲、そして伝えられた馬超が全く動揺しない理由を一刀は理解した。


長坂橋


新野と襄陽を隔てる川に唯一かかる橋であり、この橋を落とせば曹操の追撃を暫くは稼げる

というのが劉備軍の狙いであった。その橋を守るのは劉備軍最強の武力を誇る張飛、真名は

鈴々。先ほど一刀達に声をかけた少女である。


補足だが正史において長坂橋は当陽県長坂にあり、また真・恋姫無双においては徐州と荊州

の間にある。


「おう、待たせたな鈴々。あたしらで最後だからもう橋を落としていいぞ」

翠が鈴々に手を振り答える。気が合うのかこの二人仲が良かった。

「まだなのだ」

「ほう? 主殿の他に逃げ遅れた者がいるということか?」

「そんなおっちょこちょいなんてお兄ちゃん以外いないのだ」

「ひどい……」

事実だけど。

「鈴々はまだなんにもしていないのだ」

『はい?』 『ああ』 『ほほう』 一刀、翠、星それぞれの反応で一刀以外鈴々の発言の意味を理解

している事が解るだろう、自分はまだ戦っていない! と張飛は言っているのだった。

「では殿を任せよう。気が晴れたら橋を落とすのを忘れずにな」

「応なのだっ!」

「張飛、数は勿論だけど夏侯惇とか強いのもいるだろうから怪我しないようにな」

「鈴々でいいのだ」

「え? いいのか?」

「朱里を助けてくれてありがとうなのだ。朱里は大切な仲間で、朱里を助けてくれたお兄ちゃんも

大切な仲間なのだ」

両手を頭の後ろで組み、子供らしい邪気の無い笑顔で鈴々はそう答えた。

「解った。俺は真名ないから好きに……呼んでたな。じゃあ殿頼む」

翠と星の馬は長坂橋を後に馬を進める。

「張飛……っと鈴々が強いのは知ってるけど、本当に強いんだよな?」

正史通りであれば強いのは間違いない……が見た目可愛らしい元気な小●生にしか見えず、一刀

本人はいまだ張飛の戦いを見た事がなかったが故の発言である。が、聞いた側からするとかなり

意味不明である。

「はあ? 何言ってるんだご主人様?」

「ふふ、鈴々は間違いなく劉備軍最強ですよ主殿。もっとも真剣勝負ならこの趙子龍負ける気は

ございませんが」

それ何気に自分が最強って言ってません?

「まあ鈴々は強いよ。ご主人様がいなくなった後勝負したことあるんだ」

いなくなった? ああ、虎牢関辺りかと納得する。

「馬超と張飛が? どんだけ名勝負なんだよ!」

「十本勝負してあたしの二勝三敗五分。次はまけねぇ」

「……10回戦ったんだ」

どんだけ体力あるのこの二人? まあ長坂橋で張飛なら……。

「ん? あれ? 長坂橋って……」

思わず並走する趙雲を見る。一刀が背負っていた壷の入ったリュックを、大切な赤子を守るかの

様に腹に抱えて馬を走らせている星。

「主殿? なにか?」

「あ、うん……まさか……ねえ?」

そのメンマ入ってる壷”阿斗”とか名づけてないよな? よもやあの趙雲の名場面が劉備の子供じゃ

なくてメンマの壷とか……いやいやいや、ないないない。

一刀はその疑問を心の戸をパタンと閉めて何も気付かない事にした。そんな真実は嫌だ。







―――長坂橋


「鈴々は張飛!! 命が惜しくないならかかって来い! ただし丈八蛇矛、雑兵の千や二千、

地獄に送るのは軽いのだ」


長坂橋の橋の上、辿り着いた曹操軍10万の大軍を前に張飛はそう啖呵をきった。

その小さき背に抱えるのは矛、しかしそれは矛というにはあまりに巨大過ぎた。持ち主の身の丈

3倍はあろうその武骨過ぎる長大にて巨大なる得物はこの少女が決して虚勢をはっているわけでは

ない事を物語っていた。


闘気というのであろうか、武人でない司馬懿一刀でさえ張飛から発せられるビリビリとした空気を感じ

冷や汗を垂らす。雑兵と罵られた曹操軍の兵さえ気圧され、その場から動くものはいなかった。

「私が行きます」

その張飛の挑発に対し、楽進が前に出た。

妥当ではある。楽進こと凪の強さは春蘭、秋蘭に次ぐ実力があり、弛まぬ鍛錬は更なるレベルアップ

を果たしているといえた。


だがしかし……


司馬懿一刀の知っている歴史と大分違うし、そもそも武将達の性別さえ違うが劉備陣営の関羽、

そして趙雲までもが想像以上の武力を見せ付けていた。このどう見ても小●生位にしか見えない

少女の名は張飛。古今無双、その武は呂布に迫り、関羽をも上回り、馬超と引き分けるというのが

一刀が知っている知識。凪では勝てない、そう判断し、凪に声をかけた。

「凪……」

「分かっています」

司馬懿一刀の言葉は凪の一言でかき消される。

そう、凪は分かっていた、目の前の少女が怪物であるという事を。そしてこの少女を倒さねば自身

が敬愛する隊長の、ひいては曹操が望んでいた覇業の障害となる存在であるという事も。

隊長の剣を自称するならば、勝たねばならないという事を!!

遠く、橋の上に立つ張飛を睨み、構える。


「我が名は楽進。我が命の全てを賭けて、張飛、お前を倒す!!」


「来いなのだ!!」

まだ距離があるにも関わらず構える楽進。

「我が武器は拳。我が鎧はこの肉体。……岩を砕き、鋼も通さぬ硬気功……はああああああああっ!!」

気を練りこみ、凪の右足が黄金色に輝き燃える。


「猛虎蹴撃! 飛べ! 我が内に燃える炎よ!」


遠く離れる張飛に向けてその燃え盛る蹴りを放つ! 足に纏った炎が氣弾となってまさに猛ける虎の如く

張飛に襲い掛かった。

遠距離攻撃。

武神に対抗する為に楽進が取った策は遠距離からの攻撃……ではなかった!!

氣弾を放った直後、その氣弾に追い付かんばかりの速さで一気に橋を駆ける楽進。

そう、楽進が取った策は遠距離攻撃という消極策ではなく、氣弾と自身の拳による二段攻撃!

いかな武人とて氣弾を避けるか弾くかせねばならず、その行動にでた僅かな隙に岩をも砕く渾身の一撃

を叩き込むという気を操る楽進にしか出来ない必勝の策であった。

張飛がたたずむのは左右に逃げ道の無い橋の上。地の利さえもが楽進に味方していた。

対する張飛は迫る気弾と楽進の突撃に微動だにせずにただ一言……


「そんなの……避けるまでもないのだーーーーーーッ!!!」


ゴウッ!!……と、空気が悲鳴をあげた。


張飛は身長の3倍を超える巨大に過ぎる蛇矛を片手で軽々と振り下ろした。

避けるまでも無い。何故ならばその闘気を帯びた蛇矛を振り下ろすだけで、氣弾も、迫る楽進せえも

纏めて叩き潰す事が出来るのだから。

「なにッ!?」

頭上から迫った蛇矛は楽進の目にはまるで避けることの出来ない巨大な鉄柱にしか見えなかった。

「くッ!!」

楽進は前進を諦め、両手を頭上で交差させて迫る蛇矛を手甲で受け止めた。


バギャン!!!


凄まじい破壊音が長坂橋に鳴り響く……誰もがその音に恐怖し、目を瞑った。

「あれ?」

最初に目を開いた司馬懿一刀が違和感を感じそう呟く。そう、何かが足りない。

「……凪?」 「凪ちゃんが消えたの!!」

2陣と合流していた真桜と沙和が橋にいた筈の凪の姿が消失している事に気付き叫ぶ。

「凪!? どこだッ!!」

「まさか川に落ちたんか?」

「で、でも水しぶきもあがってないの~」


「……こ、ここだ」

辺りを見回しても姿が無い、まさか橋から落ちたかと血の気を失っていた司馬懿一刀達に

予想外の方角から楽進の声が聞こえた。

「良かった凪ちゃん、無事って……えええええええッ!?」

沙和が大声を上げる。長坂橋から100メートル以上離れた、司馬懿一刀の遥か後方の崖、

両手をクロスした状態でその崖にめり込んだ楽進の姿がそこにあった。

「か、壁に埋まっとるやん!!」

「こ、この程度……くッ!!」

凪は自力で崖にめり込んだ身体を強引に引っこ抜くと『ごふっ……!』と血反吐を吐く。

フラフラになりながら、それでも楽進は倒れなかった。

「凪ッ!!」

最も近くにいた司馬懿一刀が馬から飛び降り、凪を抱きとめると楽進はようやく力を抜いた。

「大丈夫です。あのまま橋の上で蛇矛の振り下ろしを耐えたら手甲毎両断されていたので

自分で後ろに飛んだだけです……威力を相殺するのにアレくらいしないといけなかったのが

問題ではありましたが」

「100メートル以上飛んだあげく崖に埋まらなきゃ相殺出来ない威力って……いやそれより

大丈夫じゃないだろ血まで吐いて……」

「いいえ、まだです、……まだ、私は…………立てる! 私は隊長の剣に、華琳さまの悲願だった

覇業の力添えを……するんだッ!!」

一刀を押しのけ、自分の足で立つ凪。司馬懿一刀に遅れて駆け寄っていた沙和と真桜が

頷きあう。

「赦せないの~!」 「せや、次はうちらが相手や!」

「な、何!? 駄目だ沙和、真桜! お前達に勝てる相手じゃないんだ」

「でもこのままじゃ凪ちゃん成仏できないの~」

「おいッ!! 私は死んでないぞ!」

「せや、親友の仇も討てんと、天国の凪が笑えへん!!」

「真桜まで!? 勝手に殺すなッ……くッ」

張っていた気が削がれたのだろう、ガクン……と凪の膝が落ち、そのまま二人に抱きとめられた。

「なんや結構元気やん?」

「あんまり心配させないで欲しいの~」

「えっ? あれ?」

無茶をしかかった凪を止める為に気を逸らさせたのであろう、それn今ひとつ状況がつかめない凪。

「一人であんま無茶すんなや凪」

「そうなの、3人で力を合わせて隊長の一本の剣になればいいの~」

「真桜、沙和……そうか、そうだな」

険しい表情だった凪の口元が小さく綻ぶ。

「せやで。なんせうちらは……」 「3人揃えば無敵なの~」

「ああ……その言葉、警邏の時に言って欲しかっ……た」

ガクリ、と凪はそれだけ言って気を失った。

「おいおい今それかい凪!?」

「感動の場面が台無しなの~」

「いや二人の普段の行いが悪いと思うぞ? それより凪を医者に見せてくれ」

二人は凪を医者に預ける。本来なら骨がバラバラになってもおかしくは無い衝撃を受けていた筈だが

恐らく氣を上手く使ったのであろう、見た目ほどの重症ではないとの事であった。


しかし事態はなんら好転していない。長坂橋の燕人張飛は変わらず橋の上で不敵な笑を浮かべていた。

「格闘のお姉ちゃんはまだまだ強くなるから次を楽しみにしているのだ。さあ他に鈴々と戦う奴は

いないのか? 何人同時でも構わないのだ」

10万を超える兵を要していながらたった一人の少女に足止めを食らう。曹操軍にとってはあまりに

屈辱であった。しかし楽進が破れ、于禁と李典も趙雲と華蝶仮面の戦いで万全ではない。夏侯惇は

新野城で再編しつつ3陣を待ち、夏侯淵、張遼、許緒、典韋の4人は未だ到着していない3陣に編成

されており、この少女に対抗出来うる武将など司馬懿一刀の側には存在していなかった。

「やっぱりうちらが行くしかないんか?」 「連携すればもしかしたらなの」

真桜と沙和がそう言って総大将である司馬懿一刀を見る。

「……やめておけ。お前達では勝てん」

一刀が声を発するより早く、一人の少女がそう言って前に進み出た。


司馬懿一刀も思い出す、いやそもそも選択肢には無かった。彼女がここで名乗りをあげるわけが

無い筈だったから。

武神に勝つのは同じ武神のみ。そう彼女はただ一人、この燕人張飛に対抗出来る唯一の武将。


「愛紗!!」


不敵に笑っていた張飛が驚愕の表情でそう叫ぶ。驚くのも無理は無い。愛紗と呼ばれた少女は

張飛の姉であり、友であり、ある意味母親ですらあったのだから。




その圧倒的な強さと美しさから人は彼女をこう讃える、美髪公、関羽雲長と。






(あとがき)


ギャグが無いというこの作品には珍しい話。路線変更ではなくたまたまなのでご安心を。


長坂橋の位置はご容赦を。原作の一刀がツッコミいれてなかったのでこの作品でもスルーしてます。

カット:「長坂橋ここかよ!!」って一刀2人がシンクロするシーン。


蒼天航路における長坂橋の張飛はもう一番面白かったんじゃないだろうか?

楽進VS張飛は鳥肌物だと思うのですよ。なんで21話で凪に因縁を持たせた

うえで地面でなく崖にめり込んでもらいました。

(愛情が歪みすぎてると思います。魏では風と凪が特に好きwあとピンクのおっぱい)


今回思ったのですが風と稟で風鈴コンビだけど、まさか星と翠で聖水コンビなんだろか?

(漏らしただけに……最低だ!)





[8260] 29話後編
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/02/28 02:15




――― 長坂橋


『……やめておけ。お前達では勝てん』


軍勢に紛れていた関羽が于禁、李典を制止するように前に進み出た。

「ではどうするのです? このまま劉備が撤退していくのを指を咥えて見ていろと

いうのですか?」

程昱の挑発。無論今まで沈黙していた関羽が此処で前に出てきた意味は理解していた。

あえて言質を取るが為の行為である。

「知れたこと、わたしが鈴……張飛と戦うと言っている」

「張飛ちゃんは義姉妹と窺っていましたが、戦う事など出来るのですか?」

「仕方あるまい。しかしこの戦いによって義理を果たした事にさせてもらおう」

「……成程、張飛ちゃんの首を取って劉備の元へ帰還すると。この窮地において張飛ちゃん

より自分が劉備の元にいた方がマシだと、そういうことなのですね」

「……」

関羽が程昱を睨みつける。側で聞いていた司馬懿一刀さえこれは言いすぎだと思い声をかけ

ようとするが、先に郭嘉が口を挟んだ。

「風、言いすぎですよ。あの義将関羽殿が恩も返さずにこのまま張飛と共に逃亡するなどある

わけがないでしょう」

郭嘉は風を嗜める振りをして関羽に釘を刺した。

「無論だッ!!」

関羽はそう吐き捨てるとゆっくりと橋の前に進んだ。

「愛紗……」

「鈴々……」

張飛と関羽がお互いの真名を呼び合う。その際関羽はチラリと後ろを盗み見た。

(今の様子なら気付かれてはいない……筈だ)

そう、これは関羽の芝居だった。どのような理由があろうと、愛紗が鈴々の首を取るなどあるわけが

無い。愛紗の狙いは唯一つ、鈴々と一騎討ちを続ける事によって時間を稼ぐこと。新野の民が

無事に避難し、劉備軍が荊州軍と合流すれば荊州における勝敗はまだ分からない。

逆もまたしかり。自分以外が鈴々と戦ってもただ死者を増やすのみであり、曹操軍に対しても

最低限の義理を果たそうとしていた。


なればこそ!!


「行くぞ鈴々!」


「駄目だ! 止まれ関羽!!」

「な、なにっ!?」

愛紗の後方、司馬懿一刀の制止の声に面食らう関羽。

「な、何故止める司馬懿どの!」

関羽は自身の目論見が看破されたかと思わず大声をあげた。

ところが司馬懿一刀の口から出た答えは、愛紗はおろかその場にいる誰もが予想し得ないものだった。


「戦わなくていいよ。姉妹で戦うなんてしなくていいんだ。手柄なんてもう関羽には十分働いて貰ってる

から劉備の所に帰っていいよ」







「は? いやそれは……しかし」

まさに肩透かしを喰らった状況に愛紗の思考は追い付かず司馬懿一刀にしどろもどろな返事を返すのが

精一杯であった。

「いいよ。新野の民も逃げてるんだろ? そんなの攻撃できるわけもないし。とりあえず劉備の追撃は

しない。それならいいか?」

「は、あの……ですが!!」

「ああ、俺が信じられないなら構わない、その橋を落としちゃってくれ」

「ちょッ! 隊長何を言うとるんや!!」

「ええ~ッ!? 橋落とされたら困るの~」

煮え切らない関羽に苦笑いを返しつつ、司馬懿一刀はとんでもない提案を付け足す。そのとんでもなさに

李典と于禁が溜まらず口を挟んだ。

「し、司馬懿どの……」

「急だから報酬とか渡せないしな。その橋を落とすってのが謝礼だと思ってくれればいいさ。今まで

本当にありがとう関羽。恨んだりしないから気にせず橋を落としてくれ」

李典と于禁の抗議も意に介さず、爽やかな笑顔でそう言い切った。

「……」

驚きの表情でただ司馬懿一刀を見つめる関羽。

「うへぇ……どーせその橋うちが直すんやろ」

「ぶーぶー、隊長格好つけすぎなの~」

「ふふふ、そう思うか?」

あーあ、お人よしがはじまっちゃったかと李典と于禁が諦め顔で文句を言うと、その二人と側に

集まっていた程昱と郭嘉までにしか聞こえない声で司馬懿一刀は不敵にそう笑った。

「ん? なんや?」 

「隊長なんだか悪い顔なの」

「逆だ。義理堅い関羽なら『俺が信じられないなら』みたいな言い方したら逆に橋を落とさない!!」

「なんやて!」 「た、隊長黒いの~!」

「相手の心理をついた策と言ってくれ。まあこれからは黒の軍師司馬懿仲達と呼んでくれていいぞ」

「なんや中●病みたいやな」 「おおーでもなんかカッコイイの」

「……」 「……」

真桜と沙和のノリに対して風と稟の軍師二人は目を細め沈黙を続けた。一方そんな自称黒の軍師

の策に気付かない関羽は感動に震え答えた。


「いいえ、いいえ司馬懿仲達どの! この関雲長、決して橋は落としませぬ。それがあなた方への

気持ちだと理解して頂きたい。お世話になりました、結局お目通りできませんでしたが曹操殿にも

よろしくお伝えください」

愛紗はそう言ってしっかりと頭を数秒下げ続けた後、クルリと反転し、橋の上に佇む鈴々を先ほどと

変わって自愛の表情で見つめ『鈴々!!』と張飛の真名を呼び駆け出した。

「おおーひっかかったの」 「黒の軍師確定やな。うちはその名どうか思うけど」

「まあいいだろ。今は姉妹の感動の再会を喜んであげよう」

曹操の名が出て一瞬暗い顔をした曹操軍の面々であったが、沙和と真桜がそんな雰囲気を吹き飛ばす

べくそう声をあげ、自分らで引き裂いておいて随分な言い草ではあるが鬼でも無い。関羽と張飛の感動

の再会をそれなりに温かい目で見送った。


「鈴々!!」


「愛紗…………………………の」


「ん?」


「うらぎりもの~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


ブオンッ!!……と、張飛の怒りの炎を纏った蛇矛という名の隕石が関羽の頭上に振り下ろされた。


「な、何~ッ!!」



バゴオオオオオオオォオォォォォオンンン!!!



……この日、長坂橋は塵となった。







――― 長坂橋…………は、もはや無いのでただの崖



愛紗と鈴々は川を隔てた司馬懿一刀達とは反対側にいた。『ハアハア』と荒い息を吐きながら後ろ、

元長坂橋があった崖を見て冷や汗をかく。関羽はその神がかった身体能力によって蛇矛が振り下ろ

されるより早く駆け抜けつつ鈴々の襟首を掴んで橋を飛んだ。襟首を掴むと同時に蛇矛は長坂橋に

ぶち当たり塵となった。まさに間一髪、火事場の馬鹿力とでも言おうか、本人的には寿命が数年縮ん

だと愚痴る事になる。


「あ、危ないではないか鈴々、殺す気かッ!!」

「当たり前なのだ! うらぎり者には”死”あるのみ!! なのだ」

「裏切り者だと? ええい司馬懿どのの話を聞いてなかったのか!」

「うらぎり者の言葉なんて聞く耳持たずなのだ。それに鈴々は知っているのだ」

「知っている? 何の事だ?」

「愛紗が快楽に溺れてせーよく(性欲)の虜になって鈴々達を裏切った事はもうみんな知っているのだ」

「なんの話をしているのだ!! というかなんだその教育上悪すぎる言葉を何処で覚えた!!」

「フン、誤魔化したって無駄なのだ。愛紗が毎晩あのお兄ちゃんに先っちょの尖がった馬に

乗せられたり、紐で縛られたりしてちょうきょー(調教)されたって事は全部お見通しなのだ」

衝撃の事実を全部お見通しされていた。問題は事実無根という事だが。

「ええい! あることないこと無茶苦茶言うな!」

「『あること』ってやっぱりあることだったのだ! 愛紗は先っちょの尖がった馬に乗って喜んでいたのだ!」

「それは言葉のアヤだ! というか大声で叫ぶな! だいたい何処の誰だそのとんでもない妄想を

言っていたのは!」

「朱里と雛里なのだ『手柄をたてても帰ってこないのはちょうきょー(調教)されたからに違いない』

ってよくコソコソ喋ってたのだ。軍師の言う事はよく聞くようにって愛紗が言ってたから間違いないのだ」

「お、おのれ朱里、雛里!! 」

まさか自分が八百一本のネタにされていたとは夢にも思わなかった愛紗が目を炎に変える。

「『さしもの関羽も性欲には勝てなんだか。惜しい者を亡くしたものだ』って星も言ってたのだ」

幕僚全員裏切り者だった。

「くっ、桃香さまは? 桃香さまは信じてくれているはずだ!」

「桃香お姉ちゃんだったら『ねえねえ朱里ちゃん、●角木馬ってすっごく痛そうなんだけど、それ本当に

気持ちいいのかな?』って赤くなりながら朱里や雛里に聞いていたのだ」

「もはや私の話ですらないではないかッ!!」

最後の希望すら打ち砕かれた愛紗はガックリと崩れ落ちた。

あの正義に燃えていた劉備軍が自分がいなくなった途端駄目な女学校のようになっていた驚愕の事実

に涙すら出なかった。

「ええい、急いで帰るぞ鈴々」

「にゃ? 帰るって何処になのだ?」

「桃香さまの元に決まっているだろう。わたしがいなくなった途端これでは先が思いやられる」

「……それじゃ、愛紗も鈴々達の所に帰ってくるのか?」

「全く、本当に話を聞いていないな鈴々、最初からそういっているだろう」

「……本当なのだ?」

「本当なのだ。ってええい口調が写ってしまったではないか!」

「……それじゃ、それじゃもう先っちょの尖がった馬は飽きたのか?」

「そんなもの最初から乗っていない!!」

「……それじゃ、それじゃ…………」

「今度は何だ?」

「ほんとに、ほんとに愛紗帰ってくるのか?」

「……ああ。ただいま鈴々」

「…………」

「?……鈴々?」

「おかえり、愛紗、おかえりなのだ~~~!!!」

「こら抱きつくな鈴々! 全く……ちょ……ッ、鈴々力が…………痛い、痛いと言っているだろう全く!!」


最後に崖を挟んだ曹操軍に一度ペコリと頭を下げ、結果長坂橋を落としてしまった事を恥じたのだろう

鈴々に抱きつかれたまま愛紗はそそくさとさっていったのだった。







――― 長坂橋…………だった崖の曹操軍陣営



「……隊長?」

「橋が消滅したの~」

「あ、あれぇ?」

それはもう、それはもう跡形も無く、長坂橋という立て看板がある『自殺の名所ですか?』 としか

例えようのない、長坂橋という名の崖が曹操軍の眼前にあった。

「話が違うやんか隊長! これ作り直しちゃう、0からの橋作成やんか!!」

「話が違うにも程があるの~」

「イレギュラーだ! 張飛の行動はイレギュラー過ぎて予想不可能だ」

毎週毎週ラン●ロットに邪魔されて作戦失敗するのにそれを考慮に入れずに次の作戦を立てて

結局また失敗して予定調和なのに『イレギュラーだ』という言い訳をしてナイ●メアを乗り捨てて

逃走する全身黒ずくめの謎の仮面の天才軍略家ゼ●(別名穴掘りル●ーシュ)のような言い訳を

する自称黒の軍師司馬懿仲達はそんな天界語で言い訳した。

「……折角風と稟ちゃんが悪役を買って出たのに台無しなのですよ」

今まで沈黙していた程昱が目を細めてそう呟いた。

「いやいいセンいっていたと思うんだけど……」

「どこがですか? 関羽の義理堅さを利用するならば『関羽を劉備に返す代わりに橋を落とすな』と

交渉すればいいだけではありませんか?」

「……あ」

「稟ちゃんの言は関羽ちゃんを手放すという前提ならですがね~。まあ壊れちゃった物はまた作れば

よいのですよ。問題はそこではないのです」

「なんだよ風、まだあるのか?」

「ありまくりなのです。関羽ちゃんを性欲の虜にしていたとは聞き捨てなら無いのですよ!」

「ブッ!!」

「……隊長」

「せや! うちらをほっぽって関羽とそんなことしとったんかい!!」

「隊長最低なの~」

「ああ凪!? 良かった気がついたんだな。よりにもよってこんなタイミングだけど良かった。という

か嘘に決まってるだろ! あれは何かの罠だ」

「……はぁ、劉備側からしたらなんとしても返して欲しい優将、その人物を悪く言う策などある筈が

ないでしょう」


トンカン、トンカン


「いるぞ! 稟の隣にいるし!!」


トンカン、トンカン 『おう、凪その破片とってくれ』 『解った』


「風が何か?」

「人の事、包茎2号とか酷い事を……」

「あやや? あれは親愛の表れなのですが……そもそもお兄さん優将でしたっけ?」

「……ひどい!!」

「できたで!!」

「真桜? さっきからトンカントンカン……なにそれ? その四足の、三角形の台は?」

「三●木馬やろ? 話聞いて想像するとこんなんちゃうん?」

素晴らしい想像力ですねと絶賛せざる終えない見事な出来であった。

「紐もあったの~」

沙和が余計な物を持ってくる。こんな時だけ二人とも仕事が異様に速かった。

「隊長、どうぞ」

「凪、どうぞって何? この三角木●に乗れ……と?」

「まっさか関羽とは出来て、うちらとはできんとか言わんよな隊長?」

「やってないし! それに乗るのは俺じゃないと思うぞ!?」

風と稟に助けを求める為二人に目を合わせる。

「……これは拷問器具にしか見えませんが、しかしこれはある意味……こんなもので責められたら

私は……ブフーッ!!」

稟が何を想像したのか鼻血を吹いて倒れた。

「おお、稟ちゃんそれ久しぶりなのですよ、ほら、とんとんしますよ、とんとーん」

「今その漫才いいから!!」

「あーでも春蘭さまや秋蘭さまの了承を得ずに勝手に関羽将軍を劉備に返したあげく橋を壊され

ましたからねー。どっちにしろ責任は取りませんと……どんな物か興味もありますし」

「最後何ていった!?」

「隊長、みんな待っています」

ガッシリと司馬懿一刀の腕を掴む凪。あれ? 凪重傷じゃなかったっけ? いや元気なのは喜ば

しいんだけど。そのままズルズルと引きずられ、ニコニコな笑顔で紐をピシピシと弄ぶ真桜と沙和、

そして三角●馬の前へ……



「待ってくれ! これは、これはきっと孔明の罠なんだ!! アッーー!!」







この後、曹操軍の元に荊州から降参の使いが到着。荊州牧劉表の死去、そしてその後継者に

よる降伏が伝えられた。

曹操軍軍師程昱の『劉備はどうしましたか?』という問に、使者はこう答えた。

『劉備は共に降伏する事を否とし、兵を引き連れて荊州の地より忽然と姿を眩ました』と。








(あとがき)


『ゲェ! これは孔明の罠だ!!』このセリフを言わせたかった。これを言わせたい為に早い段階

から色々伏線を盛り込んだ。そして完成……どうしてこうなった!?


三角木●に乗せられて沙和達に紐で縛られながら『これは孔明の罠だ!』と叫ぶシーンって

出来上がった後色々心配になったです(自分頭とか)。

なんで三角●馬? いや孔明の木像から錬成(錬成?)されて気付いたら……



これにて荊州編は終了(長かったな~:汗)

下は以下次号

何故降伏したのか?

劉備は何処へ行ったのか?

翠達蓮華達はどうなったのか?

趙雲の壷は果たして無事なのか?←w

孔明の罠にかかった司馬懿一刀の運命は!?←えっ?


あとタイトルが汚くなってきたので次回掃除します(前編後編統合とか)なので更新数が減っても

気にしないで下さいな。次は30話です。






[8260] 30話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/03/16 02:55




――― 益州 荊州との国境近くの城



ドドド……という馬蹄の音と共に砂塵が舞う。城主黄忠は城門の上でただ黙ってその音を聞いていた。

「報告します、劉備軍およそ5万。この城を落としに来たのはもはや疑いようがありません」

「ええ、そうね」

斥候よりの報告にさして感銘も受けずそう頷く。荊州との国境にある新城、諷陵が劉備に占拠された

にも関わらず太守劉璋からは『気にする必要は無い』等と言う信じられない命令があった後、この城

はおろか益州全体にとある噂が民の間で広がっていた。

『劉備玄徳が内乱に明け暮れ、国を試みない劉璋から民を救う為に益州に来た』

噂の広がり方が早急かつ異常過ぎた。どちらも恐らくは劉備軍の策であろう。この時点で劉備が益州

乗っ取りを計画しているのは明らかであり、新城諷陵の次、実質国境を守る拠点ともいえるこの城に

劉備が攻め込んでくるのは時間の問題であったと黄忠は思っていた。

眼前に広がる劉旗。それに連なる武将達。

「11……いいえ、10人といった所かしらね?」

大陸1、2を争う弓の名手である黄忠の目は尋常ではない。狙いをつければ百発百中が名人、達人

であるならば彼女の称号例えるならば弓神。戦場において誰を狙い撃てば効果的か? 服装、行動

だけではない、2000年近くの時が流れても語り継がれる英傑なのだ、纏う気というものがただの兵とは

違う、それすら読み込んで射抜くのが弓神。そんな彼女の目に映るのは10人の英傑。

写真すら無い時代、まして情勢に疎い益州の地では人物の風貌など解る筈も無いが、黄忠が見極めた

人物は間違いなく劉備軍の中核人物だった。

劉備、鳳統、関羽、張飛、薄っすらと公孫賛。

劉備陣営だけではない。

孫権、呂蒙、孫尚香の呉陣営。


そして……


「何故益州に!?」

見知った人物、こんな所にいていい筈の無い馬国の盟主馬超。同じ西涼の衣服に身を包んだ馬岱の姿を

を見、そう叫ぶ。

更にそう、先程11人を10人と訂正した黄忠は最初の計算が正しかった事を知る。

天の御使い北郷一刀。馬超、馬岱合わせて馬陣営。



いうならば劉備混成軍。望蜀への戦いは今始まったのである。






――― 数日前、荊州


「あっ、ご主人様!」 「ご、ご主人様~ッ!!」

翠、星と共に新野の民や劉備軍と合流した北郷一刀を見つけた蒲公英と朱里は、馬から下りた直後の

一刀に抱き付き、泣いた。

「も~勝手にいなくなるなんてズルイよ! これでご主人様死んでたら監督不行き届きでたんぽぽも

お姉様に殺されてる所だったよ」

「うわーん、私なんかの為に……酷いですよう! もう心配で心配で……ぐすッ」

涙のベクトルは真逆なような気がしたが可愛い女の子に抱きつかれてまんざらでもなかった。

そこに公孫賛が現れた。

「お、北郷無事だったか。朱里に聞いたぞ、敵を千切っては投げ、千切っては投げ、飛んでくる1億

の矢を叩き落としたが朱里を庇って一本だけ喰らってそれでも朱里だけを逃がしたんだってな」

「ないよッ!!」


……物凄く美化されていた。


いやいやいや、千切るって素手? それ人間技じゃないし、恋だってそんなこと……出来そうな気もするな。

まあニヤニヤ笑ってるから公孫賛も解ってて言ってるだろうけど。

「ああっ、ご主人様!」

新野城から逃げてきた民を慰撫していたらしい桃香がこちらに気付き、駆け寄ってかん口一番『ごめんなさい』

と頭を下げた。

「私達の戦いに巻き込んじゃったあげく怖い思いまでさせちゃうなんて……」

「別に桃香のせいじゃないよ。それに無事だったから気にしないでくれ」

「ご主人様……あ、そうだ聞いたよ! 朱里ちゃんを助ける為に敵を千切っては投げ千切っては投げ……」

「それはもういいから!」

なんだかキラキラした目で『ご主人様すご~い』とか尊敬の眼差しを向けられた。もしかして本気にしている?

「星ちゃんもご苦労様。ご主人様を助ける為に翠ちゃんと飛び出しちゃうなんて後から聞いてビックリしたよ」

「は? 主殿を? ……おお、そういえばそんな理由もありましたな」

ポンと手を打って頷く。

「あれ? 違ったの?」

「まあ今となっては米粒程度の理由だったと申しましょうか? それよりこれをご覧下さい桃香様」

そう言って大事に抱いていた鞄からメンマの入った壷を桃香に手渡した。

「これ星ちゃんのメンマの壷」

「さよう、趙家の秘宝です桃香様」

ふふん、と得意気に胸を張る星と、メンマの壷を抱き、ポカンとした表情の桃香。

これはまさかあれか? あの有名なシーンなのか?


一刀はゴクリと唾を飲みそのシーンを想像した。


『こんな物、えいっ!』

ガシャン!! と劉備がメンマの壷を叩き割った。

『何をなさる桃香様!? 私のメンマ、メンマが~~~~~~ッ!!』

跪き、泥まみれのメンマを拾い、咽び泣く趙雲。

『聞いて星ちゃん! メンマはまた作ればいいよ。でも星ちゃんは二人といないんだよ。だからメンマの

為に無茶なんてしないで』

『苦労して集めた至高のメンマが……我が命のメンマがあああああああッ』

『あ、あの星ちゃん?』

『そうだ3秒ルール(法則)! フフフ……このメンマはまだ食べられますぞ!』

『きゃああ、星ちゃんが壊れた~、誰か、誰か星ちゃんを止めて~!』


……なんだこれ? 酷すぎる。


現実は違った、劉備は壷を叩き割る事もなく『わ~壷も無事で良かったね星ちゃん』と朗らかに微笑んでいた。

そう、劉備は自らの意思で壷を放り投げる等と言うことはしなかった。劉備本人は!

壷からすれば長い、それは長い旅だった。爆炎地獄とかした新野城で高温に置かれ、風の強い寒い夜を

過ごし、密林を歩き、一刀と共に馬から落ちた。その後趙雲と共に一万の兵と戦ったのだ。

痛まない分けが無い。傷がつかないわけが無い。


パキリ……と、壷の取っ手が欠けて……『へ?』 『は?』 突然の事に桃香と星はなすすべも無く……


ガシャン!! という壷がコナゴナになる音を聞くしかなかったのである。


「何をなさる桃香様!? 私のメンマ、メンマが~~~~~~ッ!!」

「ち、違うよ星ちゃん! 私のせいじゃないよ~~~~~!!」

「苦労して集めた至高のメンマが……我が命のメンマがあああああああッ」

「あ、あの星ちゃん?」

「そうだ3秒ルール(法則)! フフフ……このメンマはまだ食べられますぞ!」

「きゃああ、星ちゃんが壊れた~、誰か、誰か星ちゃんを止めて~!」


……変わってないし!! というか想像より酷すぎる!


「止めろ星、そんなもん食べたらお腹壊すだろ」

公孫賛に羽交い絞めにされ、至極『そらそうだ』としか言いようの無い説得を受けた趙雲はメンマの墓を

立てた後『おのれ曹操! この恨み晴らさずに置くものか!!』と目に炎を浮かべ、そう誓った。

「そ、そうだよ! 曹操さん酷いよね! だから私悪くないよね?」


「……」

一部終始見た一刀は、閉めていた筈が少し隙間が開いていた心の扉をもう一度ガチャンと閉めた後、

鎖でグルグル撒きにして永久封印する事に決めた。埋めたメンマの山に突き刺した欠けた壷の破片に

”阿斗”(作者名?)と彫られていたのは偶然である。



蛇足ではあるがこの時の働きにより、劉備は趙雲を牙門将軍へ昇進させた。

後世の歴史家も、まさか『チョット後ろめたいかも?』等と言う理由であったなどという真相に辿り着ける

者はおらず、後に恐ろしい程に真実が捻じ曲がり、”阿斗を抱き、曹操軍を駆け抜けた趙雲の一騎駆け”

そして”わが子阿斗より趙雲の無事を心から喜ぶ劉備の人徳”という感動のエピソードが出来上がった

のである。歴史とは全く面白いものだと作者は思う。







「みんな~今帰ったのだ!」 「桃香さま、みんな、関雲長ただいま帰りました」

劉備軍が休憩していた地に張飛が、そして曹操軍に客将として捕まっていた関羽が合流した。

「愛紗ちゃん!!」 「愛紗さん」 「愛紗さん」 「愛紗!」   「……メンマ」

劉備陣営が全員張飛と、そして帰ってきた関羽の元へ駆け寄り無事を喜び合った。

「愛紗ちゃん、愛紗ちゃんだ~」

「桃香様……はい、帰ってまいりました。おお星、私の為に泣いてくれているのか」

「……星はほっといてやってくれ。それよりやっとか、愛紗がいないせいで苦労したぞ」

「白蓮殿苦労をおかけました」


劉備陣営が感動の抱擁をしている時、一人の少女が一刀に近づいてきた。

「ふ~ん? アナタが一刀ね?」

褐色の肌と蒼く美しい瞳、鮮やかなピンクの髪の少女はそう言って、まるで値踏みするように

一刀の周りをグルグル回りながら『ふむふむ?』と一人頷いたり小首を傾げたりしだした。

「そうだけど、誰?」

「シャオの事? シャオ! シャオって呼んでね一刀♪」

「へ? え? それ真名じゃないか?」

「だって未来の旦那様なんだから真名で呼び合うのは当たり前でしょう?」

この少女とんでもない事を言った!

「シャオ! いきなり一刀に何を言っているの!」

「え~? だって蓮華姉さまがグズグズしてるなら『代わりに一刀を籠絡してきなさい♪』って雪蓮姉様

に言われたよ?」

「ちょッ!? な、何を言っているのよシャオ! 一刀! 今のはなんでもないわ! いくわよシャオ」

「何処に? まだ一刀とお話が……ちょっと、蓮華姉さまってば!」

それだけ告げると孫権はシャオを掴み一刀の元から離れていった。

「なんだったんだいったい?」

「さあ? 何だったんでしょう?」

さっきまで誰もいなかった筈の真後ろから、独り言に相槌を打つような形で返事が帰ってきた事に驚いた

一刀はすぐさま振り返り……ぼよよ~ん♪ という擬音が聞こえそうな柔らかあったかいおっぱいに弾き

飛ばされてコテンと転んだ。

「あら~? 天の御使い様って大胆なんですね~」

ノンビリとした口調でニコニコと微笑むおっぱいがそこにはあった。

「え~? 私おっぱいじゃありませんよ。陸遜って呼んで下さいね♪ 小蓮さまの御付で蓮華様の無事を

確認に来ました~」

ペコリと頭を下げる。爆乳がプルンと揺れた。

「あ、ありがとう……じゃなくて陸遜!! いやいや、それでも無くて今心を読んだ!?」

「いえいえ、どういたしまして♪ はい、真名はもうちょっと仲良くなってからですかね~? そんなの顔を

見てれば解りますよ♪」

陸遜を名乗る少女は一刀の支離滅裂な言葉の羅列に律儀に順番を合わせて答えた。

「う~ん? それにしても天の御使いのおっぱい好きは本当だったようですね。これは蓮華さまや小蓮さま

に亜莎ちゃんでは荷が重いかもしれません。どうですか呉に来ませんか? 呉はおっぱい天国ですよ♪」

おっぱい天国……聞いたことも無いような魅惑的な天国だった。

「雪蓮様や冥琳様。祭さまとより取り見取りですよ~」

ゴクリと唾を飲み込んだ後、話の流れが明らかにおかしい事に気付き、急ぎ訂正が必要な事を悟った。

「いやいやいや、そもそも俺はおっぱい星人なんて設定はないよ!」

「あれ? そーだったんですか? 確か死を覚悟の上で初対面の劉備さんのおっぱいにむしゃぶりついた

という汜水関の伝説や、戦場で辛抱溜まらず敵将の張遼将軍の馬に飛び移るという離れ業をした挙句

裸に剥いて胸を揉みしだいた虎牢関の伝説が……」

「それ伝説なの!?」

「ええ、江東の子供が泣き止まない時も「北郷来北郷来(北郷が来るぞ)」と言えば腹を抱えて笑い出すので

必ず泣き止むそうですよ」

「逸話が塗り替えられている!? 『遼来遼来』じゃないの!?」

「あら? よく知ってますねそっちもありますよ。悪さしてると裸の痴女が襲ってくるぞ!って意味で使われます」

「霞ゴメン……」

遠く、今は魏の武将となった張遼に届かない謝罪する一刀、その側にいた陸遜に気付いた呂蒙が声をかけた。

「穏様こんな所にって一刀様!? ご無事でなによりです」

「呂蒙も。結局新野の民に付き合ってくれたんだな」

「そんな、何にもしてませんし、一刀様達がしっかり殿をしてくれたからだと思います」

襄陽への逃避行。孫権と呂蒙は新野の民の命までは預かれないと基本従軍を拒否。しかし二人は結局劉備軍

に同行し、疲れた民を鼓舞したり乱れた隊列の整理や警備の手伝いをしてくれていたと民達が語っていた。

「あらあら~? 亜莎ちゃんが男の人と普通に話してるなんてビックリ」

「へ、えッ? 違います! 普通、普通です!!」

「いや今陸遜さん普通って言ってたよ?」

「ええッ!? あ……う……し、失礼します!!」

そう言って何しに来たのか解らないまま呂蒙も何処かへ消えていった。さっきの孫権もそうだけど、いったい呉の

人達何処に行くんだろう?

「なんだか話がそれちゃいましたね~」

「そうだなって、おっぱいの話しかしてなかったような?」

「あははー、それじゃそんな調子でこれからも蓮華さまや小蓮さまに亜莎ちゃんを宜しくお願いしますね~」

「こちらこそ……あれ? 呉に帰るんじゃないの?」

一刀の問に答える前に、陸遜も何処かへ消えていった。

いやだから何処に消えてるの呉の皆は? 伏線?







「4万? お待ちください桃香様、曹操軍は現在15万以上、更に増援の夏侯淵隊20万が荊州に向

かっています。いくらなんでも4万では話になりません」



現状の確認。そして今後の方針を定める為に本陣用の天幕に劉備陣営に呉、馬の将が集まっていた。

今に至った状況の確認の後、現有戦力について鳳統が報告した。新野より共に撤退した劉備軍1万、

荊州より預かった兵3万の計4万の数を聞き、曹操軍の巨大さを最も理解している関羽が立ち上がり、そう

意見を述べた。

「うんそうだね。それに荊州から借りた兵隊さんは曹操さんとは戦えないんだ」

「おいおい桃香? そりゃいったいなんでだ?」

「……あの兵はあくまでも新野の民を救出する為にお借りしたんです」

「どういうことなのだ?」

「……桃香様、荊州は、曹操さんに降伏する事に決めたんですね?」

鈴々の質問に一足飛びし、真相に行き着いた朱里が変わりに答えた。

「うん。劉表さんの後継者さんは、曹操さんに降伏する事に決めたんだよ」



劉備はそう答えると、荊州で行われた軍議について説明した。


「荊州の皆さんは襄陽、樊城の二大堅城で篭城し、襄陽へ兵を向けられたら樊城の兵が出て

挟み撃ちに、樊城へ兵を向けられたら襄陽城から出陣し、同じく挟撃します。兵を分けてきたら

私達劉備軍が遊撃軍として曹操さんをかく乱します。その間に呉、馬、益州と同盟してそれぞれ

寿春、長安から、手薄になった曹操領へ攻め込んでもらいます。益州からは援軍を出してもらえ

ば勝てましゅ!! ……あぅ噛んじゃった」

劉表の後継者を王座の間に向かえ、荊州の首脳陣の前で軍師鳳統こと雛里は対曹操における

必勝の策を進言して見せた。

最大の勢力を打倒し、最悪の危機を打開し、しかも大陸の王になれるかもしれない魅力的なこの策を、

荊州の武将達は由としなかった。


曰く、兵数が違いすぎる。

曰く、平和に慣れた荊州兵では曹操軍に勝てない。

曰く、呉とは敵対しており、あのしたたかな孫策が同盟などする筈が無い。

曰く、益州の張松はこの荊州で死んでいる。どう釈明すれば良いのか?


話にもならない。だからこその篭城であり、大宴に孫権を寄越した時点で孫策はいかに曹操に対抗

すべきなのか理解している筈で、張松については劉備達にしてみればそこまで責任が持てるものか!

となる。

恐らく劉備達の首を曹操に献上しようと考えていた一派が紛れ込んでいるのであろう。そして新野城の

炎上が皮肉にも事情を知らぬ襄陽にいる全ての将兵が弱気になる原因となっていた『黄巾の乱や

反董卓連合で活躍した劉備軍が城を易々と燃やされているではないか! 兵の数だけでなく、質で

すら劣っている荊州が戦って勝てるのか?』と。


今まで沈黙を守っていた劉表の後継者は『荊州は曹操軍に降伏する』と宣言した。

その考えは早計であり、必ず勝てるのだから再考するべし。という劉備達の主張は、その後に続けて

発した劉表の後継者の一言によって、霧散する事になる。



桃香の話を聞き終え静まり返る一同。一刀が口火を開いた。

「なんだよそれ? 曹操に占領されたら荊州がどうなるかその後継者はわかってるのか?」

未来……いや正史を知る一刀は憤る。この為に新野の民は襄陽に入れずに次々と殺され、劉備軍

も多大な被害を出し、劉表の後継者も暗殺され、荊州を曹操に売った連中も後に敵の策に騙された

振りをした曹操に処刑されてしまうのだ。長坂橋の位置が違う為なんともいえないが、史実に沿うの

なら道のりはまだまだ遠すぎた。

「うんそうなんだよ。ねえご主人様、曹操さんに占領されたら荊州はどうなるのかな?」

「え?」

「……劉表さんの後継者の方に言われたんです『曹操に占領されて何か民に不都合があるのか?』と」

「ああっ! そうか!!」

この世界の曹操は、匿ってくれた人々を間違って殺害していないし、父親の仇だからと徐州の民を皆殺し

にするような非道は行っていない。それどころか見事な統治で旧袁紹領でも人気が高い程であった。


なんだ? じゃあもう戦う必要はないのか? いや、この後執拗に劉備軍を追いかけて大変な事になるんだ!

一刀が見つけた一本の道も、次の鈴々の言葉で消え去る事になる。

「髭のお兄ちゃんは鈴々達をもう追いかけないって言ってたのだ」

「髭のお兄ちゃん?」

「司馬懿殿の事でしょう。司馬懿殿は嘘を言う人物ではありません」

唐突な鈴々の一言を愛紗が通訳する。

「またかよ……」

ましても司馬懿仲達! 博望坡といいまるで未来を見越しているかのような行動指針に溜息が出る。

「おい桃香! まさか私達も曹操に降伏する気じゃないだろうな?」

思いがけない公孫賛の一言。いや違う、ここで降伏するのが普通なんだ! この場で唯一普通な彼女だか

らこその発言であった。

全員の視線が桃香に集中する。

「白蓮ちゃん、降伏は……しないよ」

そう答えると桃香はスクっと立ち上がり隣に座っていた朱里に『朱里ちゃんちょっとこの巻物の端っこ持ってて』

と頼むと、机の上に絵巻物を広げた。それは地図。

「……こ、これは益州の地図!」

「しかも凄い詳細です! いったいこれは!?」

鳳統と諸葛亮が絶賛する。

「”西蜀四十一州図” 私達は益州に行きます!!」

桃香は高らかにそう宣言した。






「益州? なんでまた?」

「朱里ちゃん雛里ちゃん説明お願い」

白蓮の問を桃香は軍師に丸投げした。

「え? は、はい、現在の益州は継承問題がこじれ、内乱勃発の兆候がみられるようになりました」

「内乱が起これば血で血を洗う凄惨な戦いになるでしょう。その隙をついて本城を制圧すれば、

結果的に流れる血は少なくて済みます。今益州に入るのは妙手かもしれません」

「それに太守の劉璋さんの評判、あまり良いものではありませんから」

「例えば?」

「税高く、官匪が蔓延しているのにも気付かず、貴族は豪奢な暮らしにうつつを抜かしているとか」

「それなら攻め入るのに遠慮はいらないな」

問いただした白蓮が軍師2人の説明に納得の頷きを返す。

「そんなわけで、身勝手かもしれないけど……劉璋さんのところにおしかけちゃおう」

「しかし荊州の兵は返さねばなりませんから実質1万で益州にかてるでしょうか?」

関羽の当然の疑問。

「あ、荊州の兵は返す必要はありません」

「どういうことなのだ?」

「事情を説明した所、新野の皆さんは私達について来たいそうです。その新野の民を助ける為に

お借りした兵隊さんですから、当然益州までお供してもらいます」

鳳統、恐ろしい子!! 恐らく此処まで計算した上で兵を借り受けたのだろう。

「うんうん、雛里ちゃん凄かったんだよ。荊州の将軍達の前で『降伏して自分達だけ助かるのが武人

ですか! 劉表様でしたら決して新野の民を見捨てたりしなかった筈でしゅ!!……あぅぅ噛んじゃった』

って目に涙を浮かべながら訴えたんだよね」

「……あれは本当に舌を噛んじゃって痛かったんです」

台無しだった。

益州第一目標は新城、諷陵。そして黄忠が守る城!

黄忠。懐かしい名前だった。紫苑さんに璃々。元気だろうか?

「黄忠さんは知り合いなんだ。俺と翠に任せてもらえないか? いいよな翠、……翠?」

「……」


今まで黙っていた翠がこの後放った一言は軍議を静まり返すが、それは後述とする。






―――時は戻り、益州 黄忠の城


「おーい紫苑さん久しぶり。勝手なのは解ってるけど話を聞いてくれないか!」

隊より進み出て城門まで声の通る地点まで近づいた一刀は左右に馬超、馬岱を引き連れてそう声をあげた。

唖然としていた黄忠は口元に小さく笑みを浮かべ、近くにいた兵に声をかけた。

「紙と筆を用意して下さい」



「ご主人様、やっぱ無理だったんじゃないか?」

「あ! 出てきたよ!」

声をかけてから数分、待ちつかれた翠が愚痴を言い始めたと同時、一旦城門より姿を隠した黄忠が再び

一刀達が見える位置に戻ってきた。手には弓と矢を携えて。

「ちょっと!?」


ザクッ……と、一刀達の跨る馬の前の地面に突き刺さる黄忠の放った矢。

「宣戦布告って事か?」

「あ、違うよ矢文だ!」

ヒョイっと馬から降り、突き刺さった矢を引き抜く蒲公英。

「ご主人様宛だね、はいご主人様」

「ありがとう。しかし俺宛って?」

一刀宛の矢文。軽い気持ちで文面を読もうとして、はたと気付く。『劉備の人柄を知りたいから間に

立ってほしい』等と言う事なら喜んで従えるがこれがもし『玉砕覚悟で戦うつもりですがどうか

璃々の命だけは……』なんて事が書いてあったとしたなら!?

だからといって読まないわけにはいかない。ゴクリと唾を飲み込み一刀はたたまれた文を広げた。


「!!??…………やばッ!!」


やはり読まなければ良かった。思わず声が漏れる。


「おいご主人様、何て書いてあったんだよ?」

「いや別に……天気の話とか?」

「そんなわけあるか! おいたんぽぽ!」

「りょーかいっ、と♪」

パシッといつの間にか一刀の後ろに回っていた蒲公英が一刀の手から文を奪い取った。

「どれどれ? 何これ?」


文面はただ一言



『……老将軍? 誰の事だったかしら?  紫苑より』 



交渉は、始まる前から決裂していた。

書き直そう。


劉備の望蜀の戦いは過去の因縁によりとっくに始まっていたのである。 桃香と全く関係ない所で……





(あとがき)


こんなことでキレるか? とお思いの方は厳ついハゲのおっさんに『立派なハゲ頭ですね♪』と実験してみよう♪

や、真意は不明ですが。

5話の伏線覚えててくれてる人いるのかしら?(汗:10ヶ月前)

修正間に合わなかったのでそのうちコソッとやってると思います。




[8260] 31話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/04/15 18:19




―――益州 黄忠の城


『……老将軍? 誰の事だったかしら?  紫苑より』


「なんだ?……ああっ! 思い出した! ご主人様どうするんだよ!」

「……どうしよう?」

「もーなんなの?」

青い顔をする馬超と一刀。一人事情をしらない馬岱は面白くない。むくれ顔で二人に事情を

尋ねた。

「あたしとご主人様は黄忠と知り合いってのは話したよな」

「うん。だから今回の説得は任せてって話だったよね」

「その時ご主人様が黄忠の事を『老将軍』って言ったんだよな」

「うわっ、ご主人様ひどっ!! あれ位の歳の人が一番そーゆうの気にするのに」


ザクッ!! ……黄忠の城から放たれた矢が3人の中心地点に突き刺さった。


「……たんぽぽは悪くないよ」

「いやどーみても今のは蒲公英のせいだろ!!」

「と、兎に角ご主人様は誠意を見せて謝罪しないと!」

自分の発言を誤魔化すかのように蒲公英はそうまくし立てた。

「悪気はなかったんだよ。俺の世界では本当にそれで有名だったし……とはいえ誠意って何か

いい方法はないか?」

「杖五十の刑なんてどうかな? たんぽぽとお姉様が叩いてあげるよ♪」

「翠と蒲公英に杖で殴られたら死ぬだろ!」

「痛いのが嫌なら三●木馬の刑は? 痛いのは最初だけでだんだん癖になるらしいって朱里と

雛里が言ってたよ」

「ここの軍師腐ってやがる!!」

とゆーかなんだ? この前の三●木馬の異常なプッシュは伏線だったのか?(違います)

敵の城門前で後ろ手に縛られた状態で三●木馬に跨りながら『し、紫苑さん、降伏してくれ、さも

ないと俺の股が……くぅッ!!』とか言うのか? 想像するにもはや意味不明だった。

「……なあ三●木馬の刑ってなんだ? 馬が関係するのか?」

「翠は知らなくていい!」 「おねーさまにはまだ早いかも?」

「なんだよ、あたしだけ仲間はずれかよッ!! 三●木馬って何だ、おーしーえーろー!!」



城壁の上から、何故か少女達が三●木馬を連呼しながら喧嘩する姿を終始眺めていた紫苑は

クスクスと笑っていた。

「相変わらず楽しそうに喧嘩するわね」

危機的状況であるにも関わらず穏やかに笑う黄忠を見て、何事かと城兵が声をかけた。

「黄忠様いかがなさいましたか? 三●木馬に何か思い出でも?」

「ええ……主人が普通では興奮しなくなった時……って違います! 早く次の文の用意をなさい!」

「はっ!」

うっかりとんでもない事を言いかけた紫苑は城兵を怒鳴りつけ、空気を読んだ城兵も既に大量の

文と墨を黄忠に渡していたにも関わらず城下へ取りに行った。


ふぅッ……と紫苑は息を吐く。耳を澄まさずとも聞こえてくる。前からは三●木馬を連呼する少女達の

笑い声、後ろからは城下の民達の劉備来訪を歓迎する声が。

益州は、劉障の統治はもはや限界だった。自分や厳顔がいくら諌めても聞く耳持たず、甘言を述べる

者達だけを周りに集め厳顔を巴郡へ、自分を益州の国境付近へ追いやり、天嶮に守られた成都城で

豪奢な暮らしにうつつを抜かしていた。もはや重税を課せられた民を救う術は自分には無く、現れた

劉備は仁君として名を馳せていた。

民を思うのなら劉備を迎え入れるのが正道であろう。しかし亡き夫の代より前太守劉延からの恩義を

捨てるのは邪道。結局全力を持って劉備と戦い、もし劉備が負けるのであれば益州を救う資格無しと

断ずるよりなかろうと考えていたところに旧知の恩人である馬超と北郷一刀が現れた。

何という幸運!

しかし劉備に囚われ利用されている、別人が成り代わっている。本人であろうと心が変わりかつての

恩人のような人格とかけ離れてしまっているかもしれない。

それを見極める為当人しか知りえない言葉を用いて様子を見た。

結果は疑う余地など全く無く、何も変わらない翠と一刀の姿。まあなぜあの手紙の内容から三●木馬の

話題に意向したのかは聞いていてもその思考回路はさっぱりであったが。

最悪の事態、または最悪の結果を招いたとしても最大の懸念であり、心配毎であった璃々を託せる二人。

これによって、民の未来を、兵達の命を、そして益州に対しても義理も果たせる最良の手が打てる。

紫苑は文を結びつけた矢を三度一刀達の下へ放った。







―――益州 劉備軍陣地


城門前で黄忠説得を行っていた馬超、一刀が劉備軍陣地へ戻ってきた。

「あれ? ご主人様三●木馬はもうちょっと待っててよ、今雛里が工兵に指示して作って貰ってるから」

「いらないからそれ! すぐ止めるように行って来てくれ」

「え~……ちぇっ残念」

黄忠の三矢(2回目の矢文)より先に戻っていた蒲公英が一刀に言い返され、鳳統の元へ駆ける。

「翠ちゃん、ご主人様ご苦労様。黄忠さん、どうだったかな? 蒲公英ちゃんが『理由は説明出来ない

けど三●木馬が説得に必要だから用意して欲しい』って言ってきたんだけど、本当に意味不明だよ?」

「あ~……いや桃香さま、それ蒲公英の悪ふざけだから気にしないでくれ。それより黄忠さんからの文

を預かってきた」

三●木馬とは何か? を強引に聞き出したらしい翠が赤面しつつ黄忠より放たれた矢文を劉備に渡した。

その際

『なっ……★□△○×っ!? なに考えてんだご主人様!』

『だからやらないよそんなの! 無理矢理翠が聞き出したんだろ』

『うううう、うるさーーーーいっ!! 馬を何だと思ってんだこのエロエロ魔人!』

というやり取りがあったが物語上意味がまるで無いので割愛させて頂く。


「ありがとう翠ちゃん。えっと……ええッ!?」

「桃香さま?」 「桃香お姉ちゃんどうしたのだ?」

劉備の側に控えていた関羽、張飛が同時に声をかけた。

そこへ鳳統に公孫賛、孫権陣営が集まってきたので改めて文面の概要を読み上げる。


曰く、一騎討ちを要求する。この黄忠に勝てるのなら城を明け渡す。


その一文を聞いて関羽と張飛がそれぞれ『それは好都合!』 『鈴々に任せるのだ!』と頼もしく

吠えたが次の一文で怒りをあらわにする。


曰く、こちらは黄忠ただ一人。そちらは一対一であるなら何人出てきても構わない。


『なんという侮辱か!』 『鈴々がギッタンギッタンにしてやるのだ!』……この二人物凄く単純だった。

「え? これって?」

何かに気付いた呂蒙が小さく呟くと、鳳統が『恐らく……』と同調するように頷いた。そう、黄忠は恐らく死ぬ

つもりなのだ。その間、関羽と張飛、どっちが一騎討ちに出るかで言い争っている時、孫権が口をはさんだ。


「馬超がもう向かったわよ?」






城門を開き、一人出陣する黄忠。手にするは伝説の鳥大鵬を模した銀に輝く大弓”颶鵬”。

対する馬超、愛馬紫燕に跨り、銀閃を手に劉備陣営から一人飛び出した。

よりにもよって馬超が出てきた事に黄忠は一瞬目を丸くするがそれもまた良しと覚悟を決める。

距離はまだ数百メートル。しかし黄忠は弓を構え弦を引き絞り……矢を放った!


ビュオッ!! ……と、風を突き刺す音。大弓”颶鵬”から放たれた矢は数百メートルという

距離をものともせず馬超目掛け飛び続け、正確に馬超の額に飛び込んできた。

「危ねっ!?」

迫る矢を銀閃で叩き落す。恐るべき飛距離と脅威の精密度。たった一矢で黄忠は大陸1、2と謳われ

るその実力を見せ付けた。当然これはただの開始の合図、弓兵との一騎討ちは弓兵の必勝の一撃

をいかに防ぎ、近づくのかが全て。黄忠と馬超の一騎討ちの開始地点は、今決まった。

「はああぁぁぁ~~~~~~~~~っ!」

馬超は掛け声と共に紫燕を走らせる。馬を熟知している少女は常識では考えられない加速度を見せ

付ける。黄忠が弓神ならば馬超は馬神! 迫る彼女の速度、迫力でもって並の兵なら弓を投げ捨て

逃げ出すだろう。達人でも一矢放てるかどうか? それも狙いを付けてなどでは当然無い。弦を引き

絞る黄忠は冷静に判断する……可能な射数は3!!


ガキン!……いったいいつ放たれたのか!? 馬超は額に迫る矢を馬の速度を落とさずに弾き落とし

た。弾き落とされた事など規定通りと意に介さず、すかさず二射目を用意する黄忠。


一矢で相手の行動を誘い、二矢で相手のバランスを崩し、三矢で相手を射抜く!!


黄忠はさらに迫る馬超へ向けて矢を放った!

矢が目に入っていないのか? 全くスピードを落とさず馬を走らせる馬超。三射目を用意していた黄忠

の方が冷や汗をかく。

「翠ちゃん避けなさい!!」


カッ、ヒュン!! 馬超の額に矢が突き刺さる寸前、空気が捻じ曲がったかのような、異様な音と共に、

馬超の額に吸い込まれていった筈の矢が、黄忠に向かってその鏃を向けて向かっていた。

「なんと!?」 「凄いのだ!!」

『ご主人様と翠ちゃんに黄忠さんは全部任せるって約束したでしょう?』 と一騎討ちを奪われたと憮然と

していて劉備に怒られていた関羽と張飛が馬超の槍捌きに感嘆の声をあげた。

「うそッ……お姉様すごッ!!」

一拍遅れて馬岱も驚きを声に出す。

「蒲公英、翠が何したか見えたのか?」

「見えるわけないよ! あんなの見えるのはもう武将じゃなくて化物だよ」

……見えたっぽい化物が直側に2人程いるようだが。

「槍の構え方と結果で推測するけど、お姉様槍の穂先と枝側の穂先で矢を挟んで投げ返したんだよ」

正確には矢を挟み込み、槍をクルリと反転させて威力をそのままに黄忠へ投げ返したのである。


……『である』って、いやいやいや、人間技じゃないし。


対する黄忠、ありえない出来事に一瞬唖然とするも、こちらも弓神の名に違わぬ能力を見せ付けた。

馬超を射抜く為に引き絞っていた弦をそのままに、三射目の目標地点を馬超の肩から眼前に迫る矢

に変更して矢を放し、そして見事命中させた。それもまた神業、ぶつかった2本の矢は地に落ちる。

しかしそこまで。ビタリ……と黄忠の眼前にはついに辿り着いた馬超の銀閃の穂先がギラリと光って

いたのだった。



10


「私の完敗のようね」

黄忠はそう呟くと、大弓”颶鵬”をガシャン、と地に落とした。

ドオッ! という喚声が城壁よりあがる。

「なんだあ!?」

驚いた馬超が見上げると、城壁の上に大勢の民が馬超と黄忠を見下ろしていた。民の表情は喜びとも苦悩

ともつかない困惑。重税を課す劉障の支配から解放すると現れた劉備の登場はありがたいが、今まで自分達

を守ってくれていた黄忠が今まさに殺されようとしている姿を目の当たりにして、民達が素直に喜べるわけが

なかった。

『黄忠様!』 『黄忠様逃げて!!』 『お願いだ、黄忠様を殺さないでくれ』

喚声の正体は黄忠の助命。彼女がいかに民の心を掴んでいたかがうかがい知れた。

しかもそれだけではない。

「おいおい!」

馬超が溜まらず声をあげる。兵達もまた、城壁の上より馬超目掛けて弓を構えていた。声に出さなくても解る。

兵達の心はたとえ命令違反であろうとみすみす黄忠将軍が殺されるくらいなら不義と罵られようとそれを甘んじ

て受けよう、と。

「貴方達……」

兵や民達の行動に感極まってそれ以上の言葉がでない黄忠。

いや弓を下ろすように命令してくれよ! と馬超が内心焦った。

「おい! あたしは別に紫苑を殺す気なんて……」

「皆さん! 落ち着いてください!!」

翠の言葉をかき消すように、左右に関羽、張飛を引き連れた劉備が城壁の上に集まった全ての人々の耳に

に届くような大声で叫んだ。

「始めまして。私は劉玄徳と言います。私の為に、そして皆の笑顔の為にここに来ました。だから……」

一度小さく息を吐く。そして精一杯の笑顔で、両手を広げて大きな声で……

「だから大丈夫だよぉー! 黄忠さんに乱暴なことはしないからねー!」

そう断言した。


一瞬の静寂の後、喚声が歓声に変わる。

『劉備さま!』 『ようこそ益州へ』 『劉備さま万歳!!』




「あなたが劉備?」

「はい。始めまして黄忠さん」

「一騎討ちに敗れた以上、もはや権利はないかもしれません。ですがあえて聞きます。どうして益州に

攻め入るのです? なぜ戦乱を巻き起こすような戦いを始めるのです?」

黄忠の質問は至極シンプルで、そして綺麗ごとしか述べない人間なら答えにくい質問。益州へ攻め入った

時点でこれは侵略戦争。

そしてそれは荊州で行った軍議にて、新野城を占拠された為、涼州へ帰るには益州まわりから漢中を北上

する以外のルートがなく、劉備達と行動を共にする事になった翠の口から出た疑問に近いものだった。

『武力で攻め入ったら結局曹操と同じじゃないか?』

だからもう答えは決まっている。

「正直に言っちゃうと、それしか方法がないからです」

「方法が無い?」

予想外の劉備の答えに眉根を寄せる黄忠。

「この乱世、それを収めるために必要なものって何です? 人を思いやる心? それとも戦いを愁い、

話し合いで解決する優しさかな? 私がずっと悩んで、辿り着いた結論、必要なものは力でした。誰にも

負けない、大きな力。その力を力無き人々の幸せのために使う。決して私利私欲のためなんかじゃない……

でも理想を実現させることが私欲じゃないのか? って言われちゃうと言い返せないんだけど。これが私の理想」

「……」

「そして何故益州なのか? 人々に求められたから。これが一番大きな理由です。重税が掛けられ、その税が

内乱を続ける軍資金にされている。……それっておかしいと思うんです。私達は内輪もめに熱中し、庶人の

ことを考えもしない人たちをやっつけたい。でないと、この国の人たちは、より大きな戦火に巻き込まれて、

悲しい思いをすると思うんです。これが私の、そして益州の現実」


力がないからいくら叫んでも相手にされず、弱いから奪われ利用された。だから……それでも…………


「劉備さん、貴方は最終的に、一体何を目指そうと言うのかしら?」

「皆の笑顔です!」


それでも桃香の心根は決してブレてはいなかった。



11



「……なんか桃香に美味しいところ全部持っていかれたな」

「お姉様ただの悪役だね♪」

「うっせぃやい! なんだよもう、紫苑殺さないように頑張ったってのに」

「解ってるよ、翠お疲れ様」

「すっごい神業だったよね、やる意味あんまなかったけど」


益州の民や劉備軍が歓声に沸いている少し離れた所で馬国一同の小さなお疲れ会が行われていた。

それを優しい瞳で見つめていた黄忠が3人に近づこうとした所、同じく今日もう一人の主役である劉備が

黄忠に声をかけた。

「あの、黄忠さん」

「劉備様、先程は言えませんでしたがまずは私の命を助けていただきありがとうございました」

「ううん、それは翠ちゃんに言って。勿論翠ちゃんならそんな結果になっただろうなって思ってたけど。それ

よりも黄忠さん、ぜひ私達の仲間になって下さい」

「劉備様……ありがたいお申し出ですが、主人の代からの劉障様への義理を果たした以上、次は私自身

恩義のあるお方のお力になりたいと思っているのです。無論たいした能力はないのですが」

「そんな、黄忠さんくらい皆に慕われてて、弓の腕も凄い人なんて始めて見たよ。でも恩のある人って誰って

聞いていいのかな?」

「恩義ある亡き馬騰さんのご息女、西涼の盟主馬超、そして天の御使い北郷一刀様」

「そういえばお知り合いだって聞いてはいたんだけど」

「ええ、主人の恩人である馬騰さんに恩を返せなかった以上、ご息女の翠ちゃんにお返しするのが一つの筋。

そしてご主人様は我が娘璃々の命の恩人なのです」

「ええっ!? そんな事があったんですか?」

「ええ、最も璃々が殺されそうになった所を丸腰で助けに入って、逆に殺されかけていたのですが……」

「うわあ……朱里ちゃんの時もそうだったけど無茶するよねご主人様」

「無謀ではありますが……恩だけでなく、そんな方のお力になりたいと心から思ったのです」

「そっか、うん、私達の仲間になれないのは残念だけど、そんな理由じゃしょうがないよね」

「申し訳ありません。ですが劉備様に益州の明日を見たのも事実。益州平定まではぜひお力添えさせて

下さい」

「ありがとう黄忠さん。それじゃ私の事は桃香って呼んで下さい。臣下じゃなくても同じ目標を持つ仲間

なんですから」

「はい、では私は紫苑と。それでは」

紫苑は頭を下げ、途中娘であろう駆け寄ってきた小さな少女と手を繋ぎ、馬国一同の下へ歩いていった。

「黄忠さん仲間になってもらえず残念でしたね」

その後姿を眺める劉備に鳳統が話しかけた。

「……うん。翠ちゃんは欲しいものみんなもっていっちゃうなあ」

「桃香……様?」

何故だろう? 桃香のそんな些細な呟きは酷く重く、深く、そして暗く感じてしまい、雛里は思わず桃香の

顔を覗き込んだ。

「さあ、それじゃお城に入ろう! 雛里ちゃんやることがいっぱいだよ♪」

「は、はい、わかりましゅた……あぅ、噛んじゃった」

普段と変わらぬ明るい声と笑顔。雛里は気のせいだったのかな? と先程の違和感を記憶から消し去った。


かくして劉備軍は、黄忠の城を落とし、益州攻略の第一歩を踏み出したのである。





おまけ


『うう~ん』と一刀は唸っていた。目の前には結局完成した三角●馬。

誠意を持って謝る為とはいえ、これに跨って謝る事になるのか? 現代の常識だとふざけているとしか思え

ないが蒲公英が一押しするという事はもしかしたら杖打の刑以上に反省している事を認識させる刑罰かも

しれない。

そう(くだらない事を)悩んでいた所に黄忠親子が一刀に声をかけた。

「お久しぶりですご主人様、壮健そうでなによりですわ」 「お久しぶりですごしゅじんさま」

紫苑にあわせて璃々もペコリと頭を下げた。

「紫苑さんに璃々、二人とも久しぶり、元気そうで良かった。あ、それで紫苑実は……」

「ああっ、お馬さんの玩具だ! ねえねえお母さん乗っていい?」

「さあどうかしら? ご主人様に聞かない……なッ!?」

璃々が言っていたお馬さんの玩具を目撃し、絶句する紫苑。

「お母さんどうしたの?」

「……行きましょう璃々。私は何かとんでもない勘違いをしていたみたいです」

「ええっ!? お、お母さん?」

一刀に背を向け、スタスタとその場から離れる紫苑。三角木●を名残惜しそうに振り返る璃々。

「え? いやちょっと! これは俺の趣味とかでは決してなく! というかやっぱりこんなので誠意なんて

見せられるわけないじゃないか!」

至極あたりまえである。


この後必死の説得により、あわや黄忠仲間フラグ消失の危機を辛うじて脱した馬国は、

軍神の呂布、馬神の馬超、弓神の黄忠という、最強の布陣が完成したのである。





(あとがき)


どうしてもあと1~2話地味な展開が続きますのでご了承ください(略:みすてないで下さい)。

無茶技は無茶すぎ!と思われたら脳内変換していただいて結構です。翠が勝ったが必要なだけなのでー。








[8260] 32話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/04/18 23:32




―――赤壁


長江が燃えていた。


荊州、劉表軍を吸収し、100万と号した(実際は数十万)曹操軍はそのまま江東へ進軍。

江東の覇者であり、呉の王孫策と赤壁にて激突した。

赤壁での戦いを主張し、水軍の総指揮をまかされた周瑜は持てる智謀の全てを注ぎ、万全の

状態で会戦に臨んでいた。


一つ、呉が得意な水上での戦いに持ち込む事。

一つ、劉備軍からの援軍、諸葛亮が鳳統より託されたという敵の船を鎖で繋ぐ連環の計を用い、

曹操軍の動きを封じる事。

一つ、苦肉の計を用い、黄蓋将軍に偽りの投降をさせる事。

一つ、決戦は風向きが変わる今日。


全てをそろえた上での火計、海に炎が上がる。黄蓋の火攻めが成功した事を確信した周瑜は呉の

全軍に突撃を指示。曹操軍に夜襲をしかけた。


「……馬鹿な」


燃えているのはほんの僅かな船。鎖に等繋がれていない長江全域に広がる曹操軍の大船団。


そして……


「祭殿~ッ!!!」


幾重もの矢を受け長江へ落ちた黄蓋の姿だった。







全てを見透かされていた。孫呉の武将にさえ秘密にしていた黄蓋の苦肉の計はあっさりと見透かされ、

連環の計により繋がれていた筈の船は簡単に鎖を切り離し、船はゆっくりと長江全域へ広がり、その姿

はまるで船での鶴翼の陣。孫呉の水軍は変わった東南の風に押され、ノコノコとその陣の中へ船を進め

矢の雨を受けていた。


距離はまだ遠いのか相手は気付いていない。しかし周瑜の策全てを見透かし、逆に罠に嵌めた男を睨みつ

ける。

「何者なのだ……貴様はいったい何なのだ司馬懿仲達!!」


距離、そして戦場での喧騒によって周瑜の叫びは司馬懿一刀に当然届いていない。






―――曹操軍船団


鶴翼の陣に置けるV字型の中央にある船に立ち、司馬懿一刀は戦場を見つめていた。

「……熱いなあ」

偽りの投降をしていた黄蓋が曹操軍の船団に向けて放った炎は、真桜が他の船に燃え移らないように次々

と鎖を切り離し、炎上した船は凪が氣弾で吹き飛ばしたので実際に燃えている船なんてもうほとんどない筈

なのに足が燃えるように熱ッ!!

視線を足元に移す。文官服の裾が燃えていた……って、これは洒落にならないのでは!?

足をブンブンと振り回すも炎は消える事無く、ならばと服を脱ごうとしたが焦って帯が上手く解けなずに何故か

上半身だけはだけたような格好になってしまった。

「誰か! 誰か助けてくれ!!」

「兄様どうしました!?」 「兄ちゃん敵にやられたのか?」

一刀の悲鳴を聞きつけ典韋こと流琉、許緒こと季衣が駆けつけた先には上半身裸で足に火をつけ踊り狂う

司馬懿一刀の姿があった。

「に、兄様? それは何かの呪術ですか?」

「兄ちゃん足に火をつけたら火傷するよ?」

「ゴメン、突っ込む余裕がない! 季衣に流琉助けてくれ!」

一刀の叫びに『ああそういう事か』と理解した二人。

「ぼ、ボクお水汲んでくる」 「まって季衣、それじゃ間に合わない……そうだ!」

何か閃いたらしい流琉が巨大ヨーヨー”伝磁葉々”をジャキリと構えた。はたして?

「そうか! 焼け死ぬくらいならいっそ流琉がトドメを刺してあげるんだね。って駄目だよ流琉!!」

ああ成程……って何?

季衣の制止が聞こえなかったのか?『はあっ!』という流琉の掛け声と共に迫り来る巨大ヨーヨー。

「ぐはッ!!」

何の捻りもなくヨーヨーがぶち当たり、衝撃で吹っ飛ばされ司馬懿一刀は長江にドボンと落ちた。

「どうですか兄様、火は消えましたか?」

一刀が落ちた近くの船縁に捕まり海に向けて声をあげる流琉。

「あ、なんだ、ボクてっきり流琉が血迷ったかと思ったよ」

「もう、私が兄さまにそんなことするわけないでしょう」

あははと屈託無く笑う二人。

「……兄ちゃん浮かんでこないね?」

「まさか兄様溺れて?」

ちなみに水着と真逆の文官服+帯が絡まり身動きが取れない+虎すら殺す伝磁葉々の破壊力である。

サアッっと顔を蒼くした二人が長江に飛び込もうとした時、船から少し離れた水面から一刀が全力で

溺れていますと解る表情で頭を出した。

「今度はボクが!」

季衣はそう言って巨大鉄球(けん玉)”岩打武反魔”の棘のついた鉄球をブンブンと振り回す。

「季衣? ああ、溺れ死ぬくらいならいっそ季衣がトドメを刺すつもりなのね。って駄目よ季衣!!」

流琉の制止が聞こえないのか?「兄ちゃん摑まって!」という季衣の声と共に鎖付き鉄球(棘付き)が

一刀の頭上に振り下ろされた。

『つ、摑まるってどこに!?』その言葉を最後に……ゴン! という鈍い音を残し、一刀は長江の底へ

と沈んでいった。

この光景を見ていた周瑜は『司馬懿仲達が曹操の側近二人に暗殺されそうになった瞬間だと思った』

と、後に語る。

「……季衣、兄様に何の恨みが?」

「ち、違うよ!? ボクは兄ちゃんを助けようと思って……」

二人があまりの出来事に一瞬呆然としてしまった時

「隊長~報告に来たの~ってあれ? 隊長は?」

「なんや? 散々ウチらを働かせておいて戦場も見ておらんのかいな」

「隊長、船の鎮火(という名の破壊)ほぼ完了しました……隊長どこに?」

于禁こと沙和、李典こと真桜、楽進こと凪の3人娘が一刀の船に集結した。

「た、大変なんです! 兄様が足に火をつけて半裸になりながら雨乞いの呪術をして空を飛んで」

「その後長江に沈んで浮かんでこないんだよ!」

……意味が解らない。

パニックに陥った二人はつい妄想と現実をゴッチャにしてしまったらしい。二人の攻撃については

結果論であり本位でなかったのでワザと言わなかったのではなかったのだと述べさせて頂く。

つまり彼女達の純粋な心はいささかも損なわれていないのだという事である(作者注)。

「兎に角、隊長が長江に落ちて浮かんでけえへんのやな?」

「た、大変なの~」

「……皆さがれ」

凪が船頭に立ち、水面を見つめる。

「季衣、流琉、隊長が落ちたのはこの方角か?」

「はい、そうです」 「うん、そのへんだよ」

凪が飛び込んで助けに行くのかと思い返事をする二人。それに頷き返した凪は『はあああああっ!!』

という掛け声と共に氣を練りだす。凪の右足が黄金色に輝き燃える。

「凪? まさか……」

「魚のエサにするくらいなら隊長をバラバラにしちゃうって考えなの~って凪ちゃんそれは駄目なの~!!」

「猛虎蹴撃!」

水面に向けてその燃え盛る蹴りを放つ! 足に纏った炎が氣弾となって水中で爆発した!


ドカン!……と巨大な水柱が上がる。


打ち上げられた魚達と共に司馬懿一刀が宙を舞い……ドサリ、と凪の腕に落ちた。


ワアッと歓声が上がる。

「凪ちゃん凄いの~!」 「やるやん凪」

「……沙和、真桜、お前達さっき私が隊長をバラバラにするって……」

「ウチは信じとったで凪」 「あっ、真桜ちゃんズルイの! ってそんなことより隊長は無事なの?」

「ああ……いや、息が弱い。水を飲みすぎている」

気絶した一刀を船の上に寝かせる。普段帽子に隠していた男にしては少し長めの髪が水に濡れる。

水で重くなっていた文官服も脱ぎ捨て、墨で書いていた髭も落ち、司馬懿仲達ではない、北郷一刀の

素顔がそこにはあった。

「「「「「……」」」」」

その場にいた5人が赤面しつつ沈黙する。

「隊長は素顔の方がカッコイイの♪ それじゃ沙和が人工呼吸を……」

「ズルイぞ沙和!」 「そうですズルイです!」

「な、凪?」 「流琉?」

「「あっ!」」

普段どちらかといえば控えめな凪と流琉の意外な反応に真桜と季衣が目を丸くした。

「全く、曹操軍の主軸が集まって何をしているのですか」

「風が居眠りせずに働いているというのにお兄さんは何全裸で寝てるんですか?」

曹操軍の軍師郭嘉こと稟、程昱こと風の二人も集まってきた。

「ええっと沙和が聞いた話だと~……」

統合すると司馬懿一刀は足に火をつけて半裸になりながら雨乞いの呪術をして空を飛んだ後、長江に

沈んで浮かんでこなかったが水中爆発で宙を舞い、魚のように船の上に打ち揚げられたらしい。

「おお! さっきの謎の水柱はお兄さんだったのですか」

「いえ風、全然意味が解りませんが?」

「おや? 稟ちゃん軍師として想像力が足りませんよ? まあようするに……よっこいしょっと」

テクテクと一刀の側まで歩いた風は一刀の腹の上にポスンと座り込んだ。

ピューっとコントのように一刀の口から水が噴出した。

「うぅ……なんだ? 俺どうしてたんだっけ? うわっ! なんで皆いるんだ? 戦争中じゃなかったっけ?」

「兄ちゃん!!」 「兄様!!」

目を覚ました一刀に季衣と流琉が抱きついた。

「わっ、季衣に流琉? なにがあったんだ? なんだか腹と頭が痛いんだけど知ってるのか?」

「「えっ!? 兄様(兄ちゃん)記憶が?」」

二人はお互い目を合わせ、コクリと頷いた。

「きっと兄ちゃんは敵にやられて海に落ちたんだよ!」

「そうです! きっと矢がお腹と頭に刺さったんです!」

あれ? 純粋な心は?

「そ、そうだったっけ? 矢が刺さったら血が出るような? もっとこう、鈍器のような?」

「こらあっ! ウチらが戦っとんのに何あそんどんのじゃあ! って何で一刀全裸やねん!!」

一刀の船に怒鳴り込んできた張遼こと霞がそのままツッコミを入れた。

「あっ! ホントだ! 着替えてくる」

さしたる羞恥心も無く、至極あっさりと答えたのは決して色々と慰み者にされていて感覚が麻痺していた

からでは決してなく、意識が混乱していたからだ! と後に司馬懿一刀は語る。

「お供します兄様! それにお医者様に見ていただかないと」

「そうだよ兄ちゃん! 手加減したとはいえ心配だよ」

「季衣、流琉……うん? 手加減?」

「「あっ!」」

「えっと……兄ちゃんゴメン!」 「ごめんなさい兄様、悪気はなかったんです」


この後謝った二人と一刀がイチャイチャしたのは別の物語である。






「……なん……だと……?」

このコントを一部始終見ていた者がいた。呉の軍師であり、水軍大都督周瑜公謹。

「何故だ? 何故こんな所に北郷一刀がいる!? 奴は馬国の軍師であり、今劉備と共に益州

にいるのではなかったのか!!」

元より自分の尺度では測れない人物だとは思っていた。解らないのであればいっそ味方に引き入れる

のもよいだろうと孫策の言う婚姻という手段にも賛同した。だがこれはどうだ? 益州にいる筈の北郷

一刀が何故か曹操軍の軍師司馬懿仲達を名乗り、この周瑜の策を悉く打ち破っていた。

予想外などという生易しい言葉では済まない、もはや意味不明。これが天の御使いの力だというのなら

人間である自分が勝てる道理など無い!

「天既にこの周瑜を地上に生ませ給いながら何故、北郷一刀を地上に呼び寄せたのか!」

「ちょっと冥琳、何馬鹿な事叫んでるのよ……っと」

周瑜の魂の叫びは、黄蓋を担いで水中より現れた孫策によって受け止められた。

「雪蓮! それに祭殿! 無事なのか?」

「ええ。直に医者に見せないと駄目だけどね。こんな所で母様の代からの宿将を死なせるもんですか。

それでなんで今北郷一刀なの?」

「私の策を悉く破ってくれたのが司馬懿仲達、その正体が北郷一刀だったということだ」

「それはビックリね」

「まあ信じられないのも無理はないが」

「別に冥琳を疑ってるわけじゃないわ。きっと事実なんでしょう」

「辻褄が合わないわ」

「自分で言っておいてなによそれ? きっと何かカラクリがあるんでしょう」

「カラクリとは?」

「そんなの解んないわ。でもそうね、冥琳が反董卓連合の時、袁紹が面白い事を言っていたと言っていたわ?」

「私が? 袁紹? ……あっ!!」



『ほんごう……? ああ、あなたですの、最近下々の者が噂してる天の御使いなどという胡散くさーい人は。

でもおかしいですわね? 天の御使いは華琳さんの所にいたんじゃなかったかしら?』(7話)


天の御使いは初めから曹操の所にいた? だが自分が脅威を抱いたのは馬騰の所にいた北郷一刀。

偽者? それとも……


「冥琳切り替えなさい。今北郷一刀は関係ないわ。この後呉がどうすべきかよ。撤収し、残存兵力を集め

陸地での決戦をするとして、勝てるかしら?」

「……今は無理ね」

「今はって事はいつかは勝てると思っていいのね」

「ええ。残念ながら呉は一度滅ぶ。でも奪還の機会はある。全くここまで考えた上で孫家の2人と軍師見習い

を国から出していたのかしら? あれを持たせてまで」

「ふふ……全部勘よ。理由はそうね、後付かしら。孫家の血に天の御使いの血が欲しいってのも本音。それじゃ

早く祭を医者に見せたいし、冥琳、後は任せていいかしら?」

「いいでしょう。敵に楔を打ち込んでおきましょう」

迷いは消した。今必要なのは北郷一刀の正体では無く未来の呉。

「全軍聞けッ!! 今より残った船に火をつけて曹操の船団にぶつけなさい! 最も泳ぎの上手い者を残し船を

降り撤退! 最後に残った者もぶつかる直前に脱出、水中に潜れば敵は手出しできないから安心なさい。

この戦は負けた。だがこの屈辱は忘れるな! 必ずや孫呉は復活すると断言しよう、西より孫家の王が呉を

取り戻す為に現れるからだ。その時共に戦う時の為今は生き残れ!!」




赤壁の戦い。


三国志三大大戦の一つとして有名なこの戦は、正史と異なり、魏の勝利で幕を閉じる。

しかし、曹操軍、両翼の大将夏侯惇、夏侯淵の奮戦があったが、呉の火炎船団の総攻撃により魏の被害も

大きく、数倍の兵力差でここまで奮戦した呉の王孫策、そして軍師周瑜の名は些かも翳らなかったのである。





(あとがき)


また1年くらい前のネタとか(汗)。話数かいてますけど読む必要はないですよ。あったんですよ~位です。








[8260] 33話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/04/19 00:03






―――益州


「見えました桃香さま! あれです、あれが成都です!!」

そう言って元気な犬のように桃香の周りを飛び回る少女の名は魏延。

黒髪の一部前髪に白のメッシュを入れ、服装はシャツとボタンを一つ外したパンツの上に上下に分かれた

改造コートの襟を立てるという一昔前の番長のような格好。殴れば簡単に人が殺せそうなゴツゴツとした

紅い手甲と、首に巻いた鉢巻は足にまで届きそうな長さ。奇抜な服装が多いこの三国志世界において

もその奇抜さは抜きん出ており、一見すると近づきがたい印象を見せるが、大きく赤い瞳で桃香を見る

その目は忠犬を思わせる人懐こさがあった。


「そんなの見れば解るじゃん」

答えたのは桃香ではなく蒲公英。

「きさまには言っていない!」

「だったら大声ださないでよ。脳筋は声が大きすぎるんだから」

「よし、その喧嘩買った!!」

「阿呆ぅ!」


ゴン! ゴン!


「ぐはっ……」 「きゃうんっ!?」

二人の頭にゲンコツが落ちる。

「おぬしら、喧嘩は時と場所を考えんか!!」

二人にゲンコツを振り下ろした女性は益州の宿将厳顔。紺色の中華服からはちきれんばかりの

豊満な胸に大きく開いたスリットから除く足が大人の色香を際立たせ、ベルトで留めた左肩の巨大な

肩当に書かれた”酔”の一文字と腰に吊るした徳利が彼女の趣向を表していた。


「まあまあ桔梗さん、焔耶ちゃんもたんぽぽちゃんも喧嘩は駄目だよ」

「申し訳ありません桃香様!」 「はぁ~い」

桃香の取り成しで収拾をつける。


「でも、とうとう辿り着いたねご主人様」

感慨深げに成都城を見る桃香。

そう、巴郡にて厳顔、魏延の二人を仲間に引き入れた劉備軍、望蜀の戦いは、終着地である益州州都成都

にまで辿り着いたのである。






―――数日前、益州 巴郡



「作戦など要らん。誇りと共に進み、奴らの喉笛を食いちぎってやれば良い!」

厳顔の号令の元、厳と魏の旗標を持った約八万の益州軍は正面劉備軍に突撃、対する劉備軍は

「全軍後退だよ~!!」

劉備の号令の元、一兵も戦うことなく、後退していった。無論これは罠、高台にて待機していた右翼関羽隊が

益州軍の側面に突撃し、戦場は混戦となった。

「凄い……ここまで予定通りですね」

左翼孫権隊の軍師呂蒙がそう呟いた。劉備軍軍師鳳統の策は実に用意周到であった。まず劉備が益州

の民を救う為に来たという情報を益州全域に流す。これによって篭城という選択肢を敵から奪う。次いで

敵将厳顔、魏延の人物像により正面からの戦いを挑んでくると読んでの劉備軍の配置であった。

この後左翼を預かる孫権隊が関羽隊と混戦になった益州軍の後方へ突撃、次いで後退していた劉備率いる

本陣が参戦し半包囲を展開、厳顔の性格なら部下を逃がし、自身は死地に赴くであろうと計算、生け捕りを

考え、一騎討ち要因として張飛と馬超、予備に馬岱、説得役として黄忠を本陣に配置という手の込みよう

である。

兵数自体は劉備軍が劣っていた。これは荊州からの兵を一時解散したからである。諷陵と黄忠の城を占領

した以上新野の民を救う名目は完了とし、荊州に家族を残した兵をいつまでも借りるわけにはいかないと劉備

が指示した為である。感動した半数の兵が残り、また半分は家族の為泣く泣く荊州へと帰っていった。

そこに黄忠の兵と義勇兵が集まり、5~6万の兵となったのである。さらに兵の配置的にも気を配り、同じ益州

の民同士で戦いたくないだろうと本陣をほぼ旧黄忠隊にする事で兵の劉備に対する信服は更に高まっていた。

「そうね、学ぶことが多い、だから雪蓮姉様はわたしやシャオを呉に戻さなかったのかもしれないわ」

荊州で穏から『それじゃ蓮華さまと亜莎ちゃんはこのまま劉備さんと一緒に行動してください』と伝えられた時は

呉の一大事にどういうつもりなのかといぶかしんだけれど。

「そういえば亜莎、あの時穏から何か預かったみたいだけどなんだったのかしら?」

「あ、はいお金です。本当に困った時に包みを開けなさいと言われました」

「そう。では今はその時では無いわね。よし、孫権隊敵後方へ突撃を行う、我に続け!」

『応ッ!!』という兵達の掛け声の後益州軍へ突撃。

結果、鳳統の狙い通りに戦況が動き、張飛と一騎討ちを行っていた厳顔が黄忠の説得により降伏。馬岱に

生け捕られていた魏延も劉備の説得であっさりと降ったのである。







―――益州州都成都 劉備陣営


そんなわけで……

「やってきました蜀州都成都。言い辛い!」

「何バカなこと言ってんだよご主人様」

篭城戦に対する編成で飛び回る桃香達を尻目に成都城を見上げて呟いた一言に同じく暇を持て余して

いた翠がツッコミを入れた。

最終戦は劉備陣営のみで落とすべきであろうと暗黙の了解の如く決まり、城を見ようとぶらついていた所に

丁度同じ軍師として何か打ち合わせていたらしい雛里と呂蒙を見つけて4人が集まっていた。

「いやぁ……何だか消化試合っぽくてねぇ。無理矢理盛り上げてみた」

「確かに……敵勢はさすが本城と言うぐらい、兵数に差はありますが、圧倒的にこちらが勝っている

点もありますし」

「えっ? そうなの?」

「将の質の差って奴さ。愛紗、鈴々、あたしもそうだし、紫苑や桔梗に孫権。連戦してきた人間とそうでない

人間の差って結構大きいんだ」

「じゃあ……安心して見てられるかな?」

「油断は禁物ですけど、桔梗さんたちとの戦いに比べれば、ずいぶん楽かと」

「そっか……呂蒙はどう思う?」

「ええっ、わ、わたしですか? えっと、わたしが劉璋さまの軍師でしたら篭城しつつ南蛮か五胡に金銭を

渡して背後から攻撃してもらって挟撃します」

サアッと血の気が引く。それをされたら一溜まりもないのでは?

「えっ!? ……雛里?」

「は、はい、流石は呉の軍師さんです。ですが桔梗さんの話を聞く限りそんな手を考え付く人材もいないと

思います」

「そっか、ビックリした。呂蒙が敵じゃなくてよかったよ」

「そ、そんな……勿体無いです」

照れ隠しに長い袖で顔を隠す亜莎。そこに早馬が現れ一刀達に跪き報告した。


「報告します、北方より騎兵を中心とした5万を超える大軍が南下、こちらに向かっております!」







所属不明の大軍が北方より南下中という早馬からの情報。楽勝ムードから一転、劉備軍は全滅の危機

に晒されていた。

劉備軍は援軍の心当たりなどなく、つまり所属不明とはいえこの軍は劉璋陣営の部隊、または五胡であろう

という結論に至っていた。

「うーむ、まさか劉璋のクソボウズがこのような策を取る知恵があろうとは」

緊急軍議の席で厳顔が『してやられたわい』という表情で唸った。

「いかがなさいますか桃香様! ご命令とあればこの魏文長、例え一人でも桃香様の為、敵を止めて

みせます!!」

「ありがとう焔耶ちゃん。でも今はもっと皆で話し合おう? 雛里ちゃん、情報の整理をお願い」

「はい、こちらの戦力は桔梗さんの部隊を足して約10万。対して現在南下中の部隊はおよそ5万、

騎兵隊を中心とした部隊の為侵攻速度が物凄く速いです」

「敵戦力はこちらの半分程か。だったら全軍でその部隊を倒し、取って返して成都攻略とすれば

よいのではないか?」

「あ、あの、ですがこちらが成都に背を向ければ劉璋軍が門をあけてこちらの背後に攻撃をしかけて

くると思われます」

愛紗の提案に対し、呂蒙が控えめに起こり得る事態を説明した。

「だったら愛紗と鈴々と翠と紫苑と桔梗がそれぞれ1万ずつ相手すればいいのだ!」

「おい! なんでワタシが入ってないんだ!」 「……あーたんぽぽは無理」

メンバーに入っていなかった魏延と馬岱がそれぞれらしい反応を示した。

「ふん、腰抜けめ!」

「そんなの出来るわけないでしょ。全く脳筋は頭使わなんだから。だいたい相手が騎兵じゃ一人二人

相手してる隙に間を抜かれて結局本陣が攻撃されちゃうじゃん」

「ぬ!? そこは気合で!!」

「残念ながら蒲公英ちゃんの言うとおりだと思います。ただ状況として、幸いな事に劉璋軍に未だ

動きがない事です。恐らく援軍を要請したが到着がいつ来るかまで解っていないのかと」

「それじゃ愛紗の策でいくのか?」

雛里の現状報告の追加に公孫賛が発言した。

「そうすると逆に劉璋軍に援軍の到着を知らせてしまう事になるのでしょう?」

「だ~ッ、じゃあどうすりゃいいんだ!?」

紫苑の言葉についに翠が爆発した。

「成都に篭る劉璋軍に気付かれずに兵を移動させて敵援軍を倒すしかないわ」

孫権がそう呟く。

「うん、孫権さんの言うとおりだと思う。問題はどうやってそれを成すかなんだけど」


夜の闇に紛れて兵の半数を向かわせる。堅牢な砦まで後退し、最低限の兵を残して援軍を迎え撃つ。

等様々な案がだされ白熱した軍議は、早馬からの新たなる報告によって前提が覆された。


「報告します。所属不明の部隊の旗を確認、色は深紅! 文字は呂!」

「れ、恋!?」


大陸最強を表すその旗は飛将軍呂布! 現在西涼軍長安太守を務める恋の旗印であった。







「おーい恋!」

涼州領より南下して来た西涼軍呂布隊の先頭にて軍を率いてきた呂布に手を振る。

謎の騎兵隊の正体は涼州の部隊であった。涼州は劉璋と同盟をしているわけではなく、また盟主

である馬超がこの場にいる以上、敵ではないとの判断から、しかし目的が全く解らない為、

馬超、馬岱、そして一刀が真偽を確かめる為に劉備軍より出立となった(黄忠は対劉璋戦に必要な

為陣に残っている)。

「……ご主人様」

「うん、久しぶり、恋も元気だったか?」

「……ご主人様……危ない」

「へ?」

タタタタ……という軽快な足音が近づく。これは……


「ちんきゅーきーーーーーーーーっく!」


ドガッ!!(←蹴り飛ばされる音)

ゴロゴロゴロゴロ(←蹴り飛ばされた一刀が地面を無様に転げまわる音)


「このちん●がッ! 今まで何をやっていやがったのですかー!! 国の盟主と継承権第一位の将軍と

ち●こが行方不明ってふざけるのも大概にするのです!!」

倒れ臥した一刀にトドメとばかりにゲシゲシと蹴りを入れる陳宮は実に楽しそうな笑顔だった。

「……ご主人様に翠にたんぽぽ。元気そう」

「うん、さっきまで元気だったんだけど、今大怪我かもしれない」

「ああ、そっちも元気だったか?」

「恋にねねひっさしぶりー♪」

「全く久しぶりじゃないのですよ! こっちがどれだけ心配したと思っているのですか!」

「ねねの俺に対する所業は心配してる人間のする事じゃないよな?」

「……ちんきゅーも心配してた。これは嬉しさの表現」

「れ、恋殿! そ、そんなわけがないのです!」

グリグリと一刀を踏みつける陳宮。

そうなの? だとしたら歪みすぎだと思うんだけど?

「そんな事より、いったいどうしたんだ? 涼州に何かあったのか?」

今陳宮に踏み潰されている俺は『そんな事』らしい。

「……ご主人様達を迎えに来た」

「ええっ!? それだけの為にこんなに兵を引き連れてきたの?」

「まあ建前上はそうですな」

一刀を踏みつけるのに飽きたのか、茣蓙代わりに座り込んだ陳宮がそう答えた。

「はあ? 建前って?」

「それに俺達が此処にいるってよく解ったな?」

「その疑問のどっちの答えも詠の考えなのですよ。翠達があっさり死ぬわけがないですし、どうせ

帰れなくなって劉備達と行動を共にすると踏んでいたのですな。あとこの部隊の真の目的は翠が

決めればよいのですよ」

「なあ蒲公英、意味解るか?」

「全然」

「宿題の孫氏の兵法書を読んでれば色々思いつくだろうとも言っていたのです」

「「うげッ!!」」

翠と蒲公英がうめき声をハモる。

「ご主人様、なんか解るか?」

助けを求めるような目で翠が声をかける。うん、陳宮に茣蓙にされている俺をまず助けるべきじゃない

だろうか? とも思うがちょっと考えてみる。

「多分だけど……翠に領土的野心があるならこの部隊を使って劉璋と桃香を倒してもいいって言ってる

んだと思う」

「お、おいッ!!」

「又は桃香に味方して劉璋を倒して恩を売ってもいいし、劉璋に味方して桃香を倒し、劉璋に従属関係を

しいたっていい」

「桃香様の味方は兎も角劉璋と組めるわけないだろ!」

「まあ●んこ人間にしてはまずまずの答えなのですよ。ちなみにこの部隊は翠と蒲公英の騎馬隊と恋殿の

精鋭を合わせた涼州最強部隊なのです。敵がこちらの数倍程度の兵数なら圧勝出来る大陸最強部隊

なのです。ここに来るまでに連携等の調練をこなしつつの行軍で確実に実力も上がっておりますし、この

行軍によって成都までの道のりも記しましたから、このまま真っ直ぐ帰ってもお釣がくるほどの成果は

あがっているのです」

「すごッ……でも長安を空けて大丈夫なの?」

「別に全軍を連れてきたわけではないですし、長安の留守は詠が代わってるから問題ないのです。武威には

月がおりますから問題はないですぞ。ただ……」

「ただ?」

「『よくも国の為とはいえ月と離れ離れにしてくれたわね。覚えてらっしゃい』と言伝を預かったのです」

怖ッ!! 国に帰りたく無い!!

とはいえあの詠が国の為に一時的とはいえ月と離れ離れになったのだ。恩ある馬騰さんの養子になった

とはいえ、詠と月の涼州に対する思い入れは本当に大きいものだと感動した。

「それでお姉様どうするの?」

「いやどうするって、このまま帰るしかないだろ? しっかし桃香様達に余計な心配かけちゃったからな」

「じゃあ桃香に協力しよう」

恩を売るのは悪くない。この後赤壁に負ける曹操軍が軍を立て直した後、最初に狙うのは涼州の

筈なんだ。その時蜀と同盟を結んでいれば事態は大分好転する筈!

「う~ん、篭城戦だろ? 騎兵だとあんま活躍できないんじゃないか?」

「いや戦わない、説得(脅迫)するだけだ。恋も折角だから手伝ってくれ」

恋はコクリと頷いた。







―――益州州都成都 城門前


西涼軍(以後馬超軍)は劉備軍と合流。僅か数日で劉備軍の兵が更に増えた事による成都の混乱は

門の外にいる劉備軍にさえ伝わる程であった。

その混乱にトドメを刺すべく、馬超軍の将が前に進み出て名乗りをあげた。


「あたしは涼州連合の盟主馬超!!」

「同じくその従妹馬岱!」

「……おなかすいた」

「こちらにおわすお方は天下の飛将軍呂布殿ですぞ!! そしてその軍師陳宮!」

「一応天の御使いって言われている北郷一刀。涼州の軍師だ」


成都のざわめきが大きくなる。いかに情報に疎い益州ですら解る、錦馬超と謳われる西涼の馬超、

大陸最強と言われる飛将軍呂布、そして天の御使いと言われる北郷一刀。

何故馬国の盟主がここにいるのか!? 最強の呂布と馬超!? 劉備だけじゃないのか? 

天の御使いが劉備の味方? あの騎兵隊はまさか最強と言われる西涼騎馬隊では……

成都の混乱は限界値を超え、狂乱の一歩手前まで来ていた。

翠は『太守劉璋に一言せん』と呼ばわった後、言葉を続けた。

「あたしが此処にいるのは劉玄徳に義を見たからだ。この戦もはや勝敗は決まった、この後に及んで

まだ無益な戦いを続けようというほど無能な州牧であるならそれで構わない。精強を謳われた西涼騎馬隊

が義を持って劉備軍に助太刀すると宣言する!! 但し、降伏するなら決して悪いようにしないとあたしが

保障する。日没までに返事を待つ」


そう言い放ち、俺達は門に背を向け陣に戻った。

「でもホントは美味しい物目当てで荊州に行って帰れなくなっただけだよね」

「ば、ばか! 聞こえたらどうするんだよ!! それに今は違うぞ!」




西涼の義姫錦馬超の名は益州にまで鳴り響いていたのだろう。日没を待たずに益州牧劉璋は降伏を決め、

劉備軍へ門を開いた。


ワアッ!! と歓声が上がる。


翠の名声によって、劉備軍は成都で一兵も失う事無く、成都城を落とし、益州を手に入れたのである。



「全くたいした武名だな翠は」

「む~鈴々の方が翠より強いのだ!!」

「しかしまあ一兵も失わずに良かったじゃないか」

「はい、戦力をこれだけ温存出来るなんて思ってもみませんでした。さあ桃香様入城しましょう」

「…………」

愛紗、鈴々、白蓮、雛里の喜びの言葉に無言を返す桃香。全員がいぶかしみ桃香にまた声をかける。

「桃香様?」 「桃香お姉ちゃん?」 「どうした桃香?」 「どうかなさいましたか桃香様?」

「へ? あ、うん、なんでもないよ。翠ちゃんはやっぱり凄いよね」

「は、はあ……?」 「む~鈴々の方が強いのだ!」

「うん、そうだね、鈴々ちゃんその時はお願い。それじゃ入城しよう」

「任せろなのだ!」

一瞬暗い目をしていた桃香は誰にも気付かれる事なく、いつもどおり明るく元気に返事した。

「桃香様! ご案内します」

そんな劉備達の元へ忠犬宜しく魏延が駆けつけた。

「うん、ありがとう焔耶ちゃん。それじゃお願いね」

「はいッ!!」

『はにゃ?』と鈴々は違和感を覚え、足を止める。

「鈴々は今桃香お姉ちゃんに何をお願いされたのだ?」

「こら鈴々、置いていくぞ!」

「あっ! 待つのだ愛紗、一番乗りは鈴々なのだ!!」

鈴々も、そして愛紗達も適当に鈴々をあしらっただけであろうと誰も深く考えることはなかった。

そして劉備軍は新たなる仲間を連れ、益州州都成都へ入城を果たしたのだった。





歓声より少し離れた所、成都城を一望出来る丘の上に益州の宿将厳顔と黄忠がいた。

「おわったのう」

「ええ、私達の守ってきた国は今滅びました。でもそれは民にとっては良い事でしょう」

「うむ、じゃが滅び行く国を誰も悲しまぬのも寂しいもの、今晩は亡き国を想い飲み交わそうぞ」

「喜んで……この益州の民、お願い致します」

「うむ、紫苑も忠義に励めよ」

「ええ……お互い壮健で」

カチャン……と杯をぶつけ合った。








―――翌日、成都城 王座の間


劉備軍が成都城に入城を果たして翌日、祝勝を兼ねたささやかな酒宴の席にて事件は起こる。


バタン!! と扉が開く。


入ってきたのは息も切れ切れの諸葛亮孔明であった。

「びっくりした、朱里ちゃんお帰り。丁度祝勝会で間に合ってよかったよ」

「ハァ、ハァ、こ、このような席で申し訳ありません。緊急の報告にて失礼します……」

「しゅ、朱里ちゃん?」

尋常でない親友の態度に鳳統が駆け寄る。

「曹操軍は呉と赤壁にて対峙、この戦いによって呉水軍は壊滅、呉は……滅亡致しました」



ガシャン……と、蓮華の持っている杯が床に落ち、砕けた。







(あとがき)

説明文だらけなあげく改行位置もバラバラで読みにくいです申し訳ないです。

行間隔が好きでHPのテキスト向けのEDIT使ってるけどむー?

原作で天子さま天子さま言ってたけど劉備と合流してから民の為って言ってる劉備と合流して

益州攻略(一応天子が益州牧に劉璋を任命したわけだから)の時何も言わなかったんで本当は

葛藤的な部分もあったんだけどカットしました。

多分民をないがしろにしている=天子さまが知れば同じ事をするに違いない!

的思考でいいんかな?

前回の赤壁戦については真・恋姫無双魏ルートの赤壁戦、今回の益州戦は蜀ルートの益州戦。

原作とほぼ変わらないんで描写する必要がないよなあ?と考えて端折りました。

多少導入の展開は違うとはいえゲームの内容に数行変更行入れた文なんぞ意味ないよなあ?と。

どうなんでしょう?








[8260] 34話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/04/27 23:16








―――成都城 王座の間


呉の滅亡。

朱里がもたらした情報はささやかな宴席を凍りつかせるのに十分であった。


「そんなの嘘! 雪蓮姉さまが水軍戦で負けるなんてありえないもん!」

「シャオ落ち着きなさい。諸葛亮、その報告は確かなの?」

「……はい、様々な策を使って周瑜さんが曹操軍に罠を仕込んでいるのは解りました。ですが、その策を

司馬懿さんが全て見破っていて、一矢報いる為に孫呉の船は全て火をつけて曹操軍の船団に突撃させ、

ていました」

「雪蓮姉さまは? 呉の将兵は?」

「解りません。私達は曹操軍の陸路の補給を分断するなどしていて船には乗っていなかったんです。星さん

が最後まで状況を確認する為残ってくれていますが……」


そこに今名前が挙がったばかりの趙雲こと星が王座の間に現れた。

「趙雲ただいま戻りました」

その腕には気を失っている呉の将周泰が抱きかかえられていた。

「明命!!」

呉の3人が周泰に駆け寄る。

「岸に流れ着いたのを拾ってな。急ぎ医者に見せるといい」

星はそう言うと呂蒙に周泰を預けた。

「すまない、私達は席を外させてもらう」

孫権は劉備にそう告げて王座の間から離れた。


「せ、星さん? 早かったですね」

「ふむ、そうか? 朱里と別れて二日程曹操軍を探っておったのだが途中先程の娘を拾ったのでな」

「……人を連れて二日差があって到着がほとんど変わらないんですか」

『……運動しないと』と朱里は落ち込んでいたがこれは星が早すぎるだけであろう。

「それで星、呉が滅亡って本当なのか?」

「おお、主殿も居られましたか。さよう、呉は滅亡、そして……」

「そして何星ちゃん!?」

「……曹操軍は呉の領地を併合、魏の建国を宣言致しました」







「……うぅっ、だ、駄目です」

医者に見せた後、寝かされた周泰は寝台の上で苦しげに言葉を呟いた。

「明命うなされてるね」

「ええ。明命の心は未だ赤壁で戦っているのよ」

「船に火を放って突撃するなんて……うなされてもしかたありません」

周泰の悪夢は恐らく船に火を放ち、曹操船団へ突撃を敢行する仲間達の姿なのであろう。

どれ程の地獄であったのか。明命の心を思うに胸が苦しくなる三人であった。

「駄目、いけませんお猫様!!」

「「「……は?」」」

突然のヌコ登場である。

「お猫様、そ、その穴は駄目です! そこは大切な殿方様にだけ……あッ、んん!! やッ……はわッん!!」

「蓮華姉様、もしかして、これ獣か……」

「ね、猫と遊んでいる夢を見ているようね亜莎!!」

「そ、そのようです蓮華様!!」

辺りをキョロキョロと見回す孫権。

「……明命を診た医者は?」

「幸い席を外しています」

「そう、恩人に手を掛けずにすんでよかったわ。孫呉の威信の為にも明命は猫と戯れる微笑ましい

夢を見ていた。シャオもいいわね?」

「うん、シャオはな~んにも聞いてないよ♪」

「そう、いい子ねシャオ」


「ああッ、いけません、お猫様、お猫さまぁぁぁあああッ!!」

ガバリ!! 布団を跳ね飛ばし目を覚ます周泰。

「……あれ? お猫様? はっ、蓮華……さま?…………ッ!!」

「明命! 良かった、一体何があったの? 雪蓮姉さまは無事なの?」

蓮華は何も聞かなかった事に徹した。

「あ……はい、ご無事です! ですが…………呉は、孫呉は敗れました」


周泰は語る、まるでこちらの手の内を見透かしたかのような曹操軍の戦いを、

船に火を放ち、突撃を敢行した孫呉の勇姿を、

そして孫呉の王が西より呉を取り戻すであろうという周瑜の言葉を伝えた。



「そう、冥琳がそんな事を……」

「やりましょう蓮華様! 呉を取り戻しましょう」

「シャオも賛成♪」

「しかし、今の私は劉備の客将扱い。袁術の下にいた時よりも状況は悪いわ」

そう、袁術の支配下にいた時は自身が水面下で呉の地での地盤固めを行っていたからこその奪還劇。

今、呉の大地はあまりにも遠く、兵もいない……

「いえ、大丈夫です、きっとこの時の為に穏さまは私にお金を預けてくれたんです」

亜莎は穏より預かっていた大き目の巾着袋を袖から取り出し、紐を解く。重さからすると金塊であろう

と思っていた為、中から出てきた物を見て『え? えええッ!?』と素っ頓狂な声を上げる事に成った。

「これは……明命?」

「わ、私も知りません!」

「シャオも知らないよ」

亜莎も明命もシャオも聞かされていない。

なら考えなさい蓮華! 今コレをどう使えば孫呉を取り戻せるのかを……

国を取り戻すには兵が必要、お金に変える? それだけなら金を寄越す筈。それだけじゃないんだわ。

今や呉の領地まで支配下にした曹操……単独では勝てない、なら今曹操と対抗出来る勢力にこれを

渡せばどうなる? これによってただの一勢力ではなく、正当性を伴った国が興れば曹操は確実に

潰しに掛かる。それは呉奪還に必要不可欠。

しかしそんな物を受け取るか? いや劉備は受け取らざるを得ない。



この伝国の玉璽を!!



「亜莎! 劉備と取引をするわ。ついてきて」

「は、はい」


蓮華は……いや孫呉の新たなる王は呉奪還の為動き出す。







―――再び王座の間


同盟国となるであろう予定であった呉が滅亡し、大陸の半分を手に入れた曹操は魏を建国。王座の間は

もはや酒宴という雰囲気はなくなっていた。

大陸の半数を得てからの魏の建国。それは曹操が漢王室の支配を脱却し、新たに大陸を制覇する意思

表示以外の何物でも無かった。

魏の勝利は同時に同盟国となる筈だった呉の滅亡を意味する。いかに益州を支配下にし、巴蜀の地を

治めたとはいえ、孔明と鳳統が考えていた曹操包囲網は完全に瓦解した。


劉備も益州を支配下に治め巴蜀の地を手に入れたが、それにしたって国力の差は歴然であり過ぎた。

西涼連合の盟主馬超と友好関係を築いているとはいえ、2国を合わせても大人と子供程の差があった。


せめて何か、魏に勝る何かが必要だと朱里、雛里が思い悩んでいたその時、呉の王となった孫権が呂蒙を

伴い、再び王座の間に現れた。


「劉備、呉の王として、この益州、巴蜀の地を治める王と取引したい!」

「はい? 王って……私!? で、でも孫権さん、呉はもう……」

「呉は必ず取り戻す。亜莎!」

「はい……諸葛亮さん鳳統さん、これを劉備さんへ……」

「こ、これは……玉璽!?」


王座の間がざわめく。その中に『ゲ!? 呪いのアイテム!!』 『は? 何言ってんだご主人様?』

という声も混じっており、その声を聞いた孫権が一刀に顔を向けた。

「天の御使い北郷一刀、あなたならこれが本物だと解るわね」

そう声をかけられ一刀は『何でその事知ってるの?』という顔をしたが、コクリと頷き答えた。

「……ああ本物だ。間違いないよ」

「ええ、ありがとう一刀」

そう言葉を返し劉備に向き直る孫権。


「私が求めるのは呉との同盟、そして我が呉の民が益州の地へ来た時の保護と行動の自由。そして兵3千」


伝国の玉璽の対価としてあまりにもささやかな要求。その真意を諸葛亮、鳳統が気付かないわけがなかった。

しかし、この先魏と戦うのは必定……であるならば…………


「「受けましょう桃香さま」」


秦の時代より王の証として広く知れ渡っている伝国の玉璽を持って、中山靖王劉勝の末裔 劉備玄徳が

大陸簒奪を謀り、魏を建国した曹操に対し正当性を謳って益州に国を建国する。

これは魅力的であった。

正当性などという言葉は陳腐かもしれない。民にとっては自分の暮らしが少しでも楽になればよいのだから。

しかし、共に甲乙付けがたい良き国であればどうか? その時にこの正当性という言葉が大きな意味を持つ。

そう、それは民の心も、兵の士気にすら影響する。


北郷一刀が呪いのアイテムとして古井戸に捨てた伝国の玉璽は巡り巡って桃香の元に辿り着いた。


そしてこの日、劉備は蜀を建国したのである。



それは同時に三国時代突入を意味する。

本来大陸を上下に割り、北を魏、南東を呉、南西を蜀とする三国時代と異なり、

この外史は大陸を左右に割り、東を魏、西北を馬(本来は漢)、西南を蜀とする異様で異質な三国志が

形勢された。



各勢力の主な陣容は以下の通りである





魏王 曹操

軍師 司馬懿(北郷一刀)、荀彧、程昱、郭嘉

将軍 夏侯惇、夏侯淵、張遼、楽進、于禁、李典、許緒、典韋

諜報 張角、張宝、張梁



(漢 涼州軍閥連合)

盟主 馬超

軍師 北郷一刀、馬鉄(賈駆)、陳宮

将軍 馬岱、馬休(董卓)、呂布、黄忠

客将 孫尚香





皇帝 劉備

軍師 諸葛亮、鳳統

将軍 関羽、張飛、超雲、厳顔、魏延、公孫賛

客将 孫権、呂蒙、周泰














――― 成都 王座の間



蜀建国より数日、その王座にいまや蜀の皇帝となった劉備こと桃香が座っていた。

今は愛紗と共に国の書類関連に目を通さねばならない時間であったが、警邏中の白蓮より、早急に

判断して欲しい案件が発生したとの事で、面倒な書類仕事を愛紗に押し付けて嬉々として座って待って

いた。

「桃香、待たせてスマン」

「ううん、こっちも助かっ……じゃなくて、急な用事って何があったの?」

劉備の問に、公孫賛が歯切れ悪く答えた。

「あーいやすまん桃香、実は厄介で面倒でわけが解らない勘弁して欲しい連中を見つけてしまってな。

私じゃ判断つかないから桃香に判断してもらおうと思ったんだ」

良い単語が一つもなかった。

「ええっ!? 私? 白蓮ちゃんでも迷うのに?」

「いや桃香、お前蜀の王だろ? まあ兎に角会ってやってくれ。おーい、入っていいぞ」

この時、何故白蓮を止めなかったのかと桃香は大いに後悔する事になる。


「おーっほっほっほ、おーっほっほっほ!」


何の前触れもなく突然王座の間に響く高笑い。これは……


「あーら劉備さんお久しぶりですわね。蜀の皇帝になられたそうで、この名門袁本初がお祝いの

一言を言って差し上げても宜しいですわよ、おーっほっほっほ、おーっほっほっほ」

「ええええ~~~ッ!? え、袁紹さん? 何で此処にいるの?」

「こーんな田舎とはいえ劉備さんが皇帝になられたそうですから、河北四州の覇者袁本初がお祝いの

一言を添えて吐くを付けて差し上げようと思ったのですわ。おーっほっほっほ、おーっほっほっほ」

「『元』だろ! あと箔の字が違うだろ!! っていうかお前達無銭飲食で私に捕まったんだろーが!」

白蓮のツッコミなど聞こえないのか? 王座の間には袁紹の笑い声がただただ響いていた。

「あ、あの~劉備さんお久しぶりです」

「いや~立派になられたッスね」

袁紹に続き、ここには……というかこの世にいない筈の少女二人が現れた。

「顔良さんに文醜さん!? どうして? 愛紗ちゃんにやられちゃったんじゃなかったの?」

「いや~あの時はもう死んだ~って思いましたよ」

「ホントに怖かったんですよ。田豊さんっていう私達の軍師のおかげで何とか助かったんです」

あははと笑う文醜とトホホと涙目になる顔良の姿は対照的だった。

「へええ~袁紹さんの所にも軍師さんがいたんだね。私が言うのも変だけど無事でよかったよ」

徐州に攻め込んでおきながら全く変わらない袁紹一行に苦笑に近い『しょうがないなあ』で

なんだか納得してしまう桃香。

「……とまあこいつ等が厄介で面倒で勘弁して欲しい連中なんだが……」

「ああ、うん。ホント、どうすればいいんだろう?」

「実はまだ一人わけが解らない奴がいるんだ」

途方に暮れる桃香に白蓮は更に追い討ちを掛ける一言を放った。

「まだ誰かいるの!? 袁紹さん達だったら白蓮ちゃんに任せればいいやって思ってたのに……」

「おい桃香! 今とんでもない事を言わなかったか?」

「へ? ううん、独り言だよ」

『えへへ』と屈託無く笑った後『白蓮ちゃん、それよりわけが解らない人って誰?』と劉備は話を促した。

「……まあなんだ、ビックリするなよ桃香。おい、北郷入っていいぞ!」

嫌な前置きである。

これ以上ビックリするの? へ? 北郷?

何だか聞き覚えのある名前に首を捻る。


「あ、ええっと始めまして」

入ってきたのは桃香も良く知る人物。

「ご、ご主人様!? なんで袁紹さんと一緒にいるの!?」

「今度はご主人様? こないだは隊長だったのに、いったい俺のソックリさんはどんな奴なんだ!?」

ご主人様と呼ばれて驚いている青年の声もまた、桃香の知っている人物と同じ声。

「あら劉備さん、私の荷物持ちとお知り合いなんですの?」

「に、荷物持ち? ご主人様が?」

服は違うけどどう見たって天の御使いのご主人様である。蜀建国の翌日に翠達と共に馬国に帰った筈

でここにいるわけがないのだから桃香は混乱するしかない。

「あはは、えっと正確には袁紹軍の軍師で田豊さんです。私は一刀さんって読んでますけど♪」

「んでアニキの真名が北郷一刀だったよな」

顔良と文醜のフォローが更に桃香を混乱させる。だってその名前は……

「いやホントは真名とかじゃないんだけど……北郷一刀。まあ麗羽達と一緒に旅をしてる。多分人違いだよ」

「だ、だって顔も名前も声もおんなじで……白蓮ちゃんこれどういうこと?」

「だから言ったろ桃香、ビックリするな、わけが解らん奴だって」

ビックリしないほうが無理だと思う。もはや何が何だか……

「あの~、それで実はお願いがありまして、ちょっと路銀が足りなくなりまして……」

「麗羽さまが食べ過ぎたのが原因なんですよ」

「なぁんですって! 猪々子さんがおかわりし過ぎるのが悪いんですわ!」

「え~ッ、麗羽様が高い物ばっかり注文するからですよ!」

「そんなわけで、暫く雇ってもらえませんか? 私も文ちゃんもそれなりに腕には自身あるんですよ」

「まあ関羽に負けたから説得力ねーけどな♪」

「文ちゃん今それを言っちゃ駄目!」

3人の会話は桃香の耳に入っていない。ただただ田豊を名乗る北郷一刀から視線が離せなかった。




言い直そう、本来大陸を上下に割り、北を魏、南東を呉、南西を蜀とする三国時代と異なり、

この外史は大陸を左右に割り、東を魏、西北を馬(本来は漢)、西南を蜀とする三国に大陸は分断され、

その三国全てに天の御使いと言われる北郷一刀が存在するという、異様で、異質で異常なる

三国志の新たなる外史の幕が今開かれたのである。




改めて、各勢力の主な陣容は以下の通りである





魏王 曹操

軍師 司馬懿(北郷一刀)、荀彧、程昱、郭嘉

将軍 夏侯惇、夏侯淵、張遼、楽進、于禁、李典、許緒、典韋

諜報 張角、張宝、張梁


(漢 涼州)

盟主 馬超

軍師 北郷一刀、馬鉄(賈駆)、陳宮

将軍 馬岱、馬休(董卓)、呂布、黄忠

客将 孫尚香




皇帝 劉備

軍師 諸葛亮、鳳統

将軍 関羽、張飛、超雲、厳顔、魏延、公孫賛

客将 孫権、呂蒙、周泰、袁紹、顔良、文醜、田豊(北郷一刀)






役者は揃い、異様なる三国志外史の最終章が今始まったのである。




<第2部 完>





(あとがき)


あれ? 第2部完? たしか2部構成だったんじゃ?

すみません、荊州編が長すぎてもう区切ってしまえ!と。プロットだと荊州と益州合わせて5話だったので

無理だったです(ホント無茶だったW)

田豊の蜀入りヒントは南の楽園(南蛮に向かってた?)と

(あとがきネタなので正確にはヒントじゃないですが)一刀は3人まで。

次の最終章で戦ってもらう為に片方が投獄されたり風邪引いたりとかしてました。

3部は文量的に実質一章超程度なので。

しかしやっと連載1年でようやく3国時代に辿り着きました。まがりなりにも(苦笑)ベースが三国志なんですから

形式に乗っ取らないと駄目だよねと。


一応兵数が圧倒的な魏、兵が強い馬、武将が粒揃いな蜀……としたかったけど恋一人で

全てのパワーバランスが覆される(汗)




19話~23話:官渡の戦い編(袁紹伝)

24話~29話:荊州編

30話~34話:望蜀・赤壁の戦い編



でした~。






[8260] 35話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/05/06 00:53






――― 武威  特設広場



『ほああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


観客席を掘り下げている為、相対的に高台となったステージ上の美少女3姉妹に向けて

とっても痛々しい歓声が武威の町に響き渡る。

ステージを見ていた馬休こと月はその声にビックリし、思わず『へぅ』と小さく声をあげた。

「みんなー、盛り上がってる~?」

「おーーーーーっ!」

3人が並ぶ中央、ピンクの長い髪に童顔な顔、それに不釣合いな桃香に勝るとも劣らない

巨乳美少女の声に客席が盛り上がる。

「まだまだ盛り上がって行くからねー!」

「おーーーーーっ!」

空色の髪をし、ステージ上で狙ったポーズで客席を興奮させ、甘い声で魅了しているペッタンコ

な美少女の掛け声が続く。

「みんな大好きーー!」

「てんほーちゃーーーーん!」

「みんなの妹ぉーっ?」

「ちーほーちゃーーーーん!」

「とっても可愛い」

「れんほーちゃーーーーん!」

おっぱいの子が天和ちゃん、ペッタンコの子が地和ちゃん、最後に髪の短いクール系の

眼鏡っ子美少女は人和ちゃんらしい。

それぞれ別々の個性を持った美少女3人が先程から見事なマイクパフォーマンスで観客と

一体化し、素晴らしい相乗効果で最高の舞台を作り上げていた。

「凄いな……」

ヘソを出すきわどい衣装が……ではなく、天和ちゃんの巨乳が……でもない。

いやどちらも素晴らしいが感嘆の理由は一刀の目からみても、現代でもトップアイドルとして

通用するであろう見事な舞台に対してであった。


「ほあーーーーー!! あはは、面白いね♪」

一刀と共に舞台を見に来ていたシャオもこの楽しいノリに引き込まれ歓声を送った。

その時、この会場で唯一歓声を送らず、苦々しい表情で舞台を見ていた少女が一人いた。

一刀をこの場につれてきた馬鉄こと詠である。


「もう解ったでしょ? そろそろ行くわよ」

「え~、シャオ最後まで見たい! いいでしょ一刀?」

「ああ、俺も最後まで見た…… 『ビシッ!!』

 いたッ! 『ビシッ!!』

 ちょッ、デコピンは…… 『ビシッ!!』

 逆らってすみま…… 『ビシッ!!』

 うおお!! まだ許…… 『ビシッ!!』

 詠いい加減頭が割……『ビシッ!!』

 …… 『ビシッ!!』」


結局舞台から離れ『哀れなちん●ごときが逆らって申し訳ありませんでした』と土下座するまで

デコピン地獄は続いた。

「大丈夫ですかご主人様?」

そう言って赤く腫れた額に濡れた手拭いをあててくれる月は相変わらず天使だった。相対的に

悪魔となった詠の口からいつもの罵声が続く。

「全く、アンタが楽しんでどうするのよ」

「いやコンサート見に来て楽しむ以外の選択肢はないんじゃ?」

「こんさあと? まあいいわ、じゃあ西涼の残念軍師なんだから気付いた事を言ってみなさいよ」

”残念軍師”!! 酷い称号だ。たった一ヶ月位国のトップとトップ2を行方不明にしただけなのに……

残念ながら反論は不可能だった。

ここで『最高の舞台だった』等と当たり前の事を言ってはいけない。何気に優しい詠はヒントとしてワザと

『軍師なら』と付けてくれているのだ。ここで別の着眼点を披露して名誉挽回が必要だった。

例えば最初に思った事は……

「天和ちゃんのおっぱいが凄かった」 (衣装が西涼らしくなかった)


シン……と場が静まり返る。


『へうっ、ご主人様やっぱり胸の大きい方が……』と月が自分の胸をみつつ呟き、隣に座っていた

シャオがムギュっと俺の頬を抓りながら『シャオだってすぐ雪蓮姉様みたいになるんだから』と頬を

膨らませた。


しまった!! セリフと想像が逆というベタをッ!? と思った時には既に遅かった。

「この腐ったち●こがッ!!」

詠の叫びと共に世界がブラックアウトしたのだった。






「今日は訓練日だったのよ」

結局西涼一の頭脳を持つ詠が答えを告げた。

「ああそういえば今日は紫苑さんが対弓兵戦のいろはを教えてくれる大切な訓練日だった筈だな」

「そう、にもかかわらず客席には大勢の西涼の兵がいた。どういう事かアンタでももう解るでしょ」

「サボりか。でもまあ涼州にはああいった娯楽が少なかったし皆が夢中になるのも解るしなあ……

一回くらいのサボりは許してあげないか?」

「一、二回どころじゃないのよ。アンタ達がいなくなって暫くしてからあの3人が現れたんだけど、兎に角

こっちが訓練日とかの日に必ずああやって舞台を行うのよ」

「偶然じゃないか?」

「今の所はそう思うしかないわ。でももし他国の諜報だったら?」

「!!」

他国、とはいえもはや大陸には西涼を含め3国しかなく、蜀は同盟国でそんな事をする理由が無い。

つまり詠は彼女達を魏の諜報員でこちらの訓練を妨害しているのではと疑っているのだ。

「……偶然じゃないかなあ? 普通は国の悪い噂を流したり城に火を放ったりとかじゃないか?」

他国にアイドルを送り込んで国力低下させるって斬新過ぎる。

「解ってるわよ! でも彼女達が来てから明らかに錬度の上昇率が下がっている、手を打つ必要

があるわ」

「じゃあ直接会って、訓練の日は舞台に上がらないように言えばいいんじゃない?」

そらそうだ。と満場一致し、シャオの発言を実行すべく、一刀一向はコンサート終了後、楽屋(?)

へ向かった。  






「……どうぞ」

この声はとっても可愛い人和ちゃんであろう。盟主の妹である馬休と馬鉄が数え役萬☆姉妹に

会いたいという旨を相手側に伝え、本来なら城に呼びつける等する所だが急ぎの用である為

こちら側から会いに行く事となった。先程の返事は楽屋をノックした際の応答である。



扉を開く。もっとも扉の近くにいて、返事をしたのは予想通り、人和であった。

「一刀さん!?」

「は?」

人和が目を丸くしてそう呟く。

「一刀じゃない! も~、ちぃ達に会いたくて我慢できなかったのね♪」

地和がそう言って腕に抱きつく。

「ええっ!?」

「えっ? ホントだ~一刀寂しくなって来ちゃったんだ♪」

ムギュリ! と頭を捕まれ、そのまま天和の胸に頭毎抱きしめられた。

「……いやちが…………へぅ」

「『へぅ』じゃないわよ!!」

詠の蹴りがわき腹に突き刺ささった後、シャオが数え役萬☆姉妹から一刀を引き剥がした。

「愛人くらい許してあげるけど、正妻のシャオをないがしろにするなんて駄目なんだから!」

「ちょっと! アンタ達こそ一刀に……」 「まってちー姉さん!!」

数え役萬☆姉妹を睨みつけるシャオに地和が反論しかかったのを人和が止めた。

「どうしたの人和ちゃん?」

「二人ともこっちに」

一刀一向から離れ、3人で何かヒソヒソと話し出した。唯一漏れ聞こえたのは

『アレ私達の一刀さんじゃ無いわ』という言葉だった。どういう意味だろう?


結局人違いだったらしく、本題に入った。

「それは出来ないわ」

詠が『こちらの訓練日には舞台に上がらないで欲しい』という提案にたいする数え役萬☆姉妹の

回答である。

「ちょっとどうしてよ! 本当なら強制的に止め……」 「詠ちゃん」

激高した詠を月が嗜める。

「私達は自由に舞台に上がっているだけ。訓練の邪魔なんて最初からしていないからただの

言いがかりね。どうしてもというならこれから先の訓練計画書でも渡して下さい」

『その日は極力興行を行わないようにするから』と締めくくられた。軍事機密でありそのような物

渡せるわけがない。だからと言って出て行け等という真似は国の評判を著しく落としかねなかった。

結局話し合いは平行線をたどり『次の舞台の打ち合わせがあるから』と一刀一向は部屋から

追い出された。





「……詠」

「何よ!」

城に帰る途中、問題が何一つ解決されずに怒り心頭であった詠に今まで黙っていた一刀が声をかけた。

「全部の問題を解決する策を思いついたんだけど」

「……嘘つきはち●この始まりよ」

どういう意味!? まあ信頼度0だという事は伝わった。

「いや俺の言う通りにしてくれれば絶対大丈夫な策だ」

「……ホントでしょうね?」

「ああ、でもこれには翠と蒲公英、あと月と詠の協力が絶対に必要なんだ」

「へぅ、私もですか?」

「うん、月と詠の協力が絶対必要」

「は、はい頑張ります」

「ちょっと月!?」

「詠ちゃん、これはご主人様だけじゃなくて、私達を受け入れてくれた西涼の恩返しにもなると思う」

「月……解ったわよ! その代わり失敗は許さないわ」


「任せてくれ。作戦名は『馬っ子☆姉妹(シスターズ)』だ!!」


詠は後に語る。この時一刀を抹殺していればあんな目に会わなかったのに……と。



ここに西涼の威信をかけた、パクリ120%のアイドルプロジェクトが始まったのである。







―――数日後  数え役萬☆姉妹楽屋



「今日はお客さんあんまり来なかったね~」

「ええ、今日の舞台は赤字だわ。多分あの馬鉄って人が無理矢理訓練に参加させたんだと思う。でもそんな

やり方じゃ兵の士気も落ちるし、一刀……じゃなかった司馬懿の本来の計画通りだから仕方ないわ」


そう、詠が最初から睨んだ通り、数え役萬☆姉妹の目的は馬国に対する妨害であった。


「天和姉さん、人和大変! 城壁で舞台が始まってる!!」

「? ちぃ姉さん落ち着いて、舞台って誰の?」

「あいつ等よ! この国の王様の馬家4姉妹の」

「「……は?」」




―――武威城壁


『ほああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


訓練の為集まっていた数万の西涼兵が城の外で大歓声を上げる


『ほああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


城の中から数十万の民が同じく大歓声を上げる。



「みんなー、今日はたんぽぽ達のこんさーとに来てくれてあっりがと~♪」

「おーーーーーっ!」

白のゴスロリ衣装(衣装デザイン北郷一刀)に身を包んだ蒲公英が元気いっぱいのマイクパフォーマンスを

見せる。

「ま、まだまだ盛り上がって行くからなーッ!」

「おーーーーーっ!」

蒲公英と対になる黒のゴスロリ衣装(衣装デザイン北郷一刀)を着た翠が羞恥に顔を赤くしつつも勢いで

乗り切ろうと声を張り上げ、その翠の姿に嗜虐心をくすぐられた男達が声援を送る。


「じゃいっくよ~小悪魔妹ーっ?」

「馬岱ちゃーーーーん!」

「じゅ、純粋えむッ子ーっ?」

「馬超ちゃーーーーん!」

「と、とっても癒し系?」

「馬休ちゃーーーーん!」

「くっ……つ、つんでれ眼鏡っ子?」

「馬鉄ちゃーーーーん!」


エプロンタイプのメイド服(衣装デザイン北郷一刀)に身を包んだ月と詠が続く。


「く~~~ッ!! (ご主人様覚えてろ!!) じゃああたし達”馬っ子☆姉妹”の新曲、聞いてくれ!!」


「おーーーーーっ!」


言うまでもないが全部新曲である。




「え~っ? 何あれ~!」

「城壁で歌うなんてズルイ! ちぃ達だってあそこで歌えれば……」

「……やられたわ。私達の一刀さんと違うと言ってもやはり一刀さん。舞台演出も完璧だわ」


舞台を見る数え役萬☆姉妹。冷静に見れば歌も踊りも自分達より遥かに劣る。だがその素人っぽさ

が逆に新鮮で売りになるという事を一刀は熟知していた。まして西涼にて絶大な人気を誇る馬家4姉妹

が可愛い衣装に身を包み歌って踊るのである。西涼の民が、そして兵が興奮するのは当たり前であった。


図らずも魏と馬の前哨戦は馬の勝利で幕を落としたのである。







――― 魏 許都  王座の間


ここに魏の重臣達が集まり、次の戦いに向けた軍議が執り行われていた。


「ええい! 北郷の奴はいつ帰ってくるのだ!!」

ドン! と机を叩く夏侯惇こと秋蘭。叩いた机がギシギシと軋んだ。

「落ち着け姉者。心配なのは解るが、凪も付いているから大丈夫だ」

夏侯淵こと秋蘭が姉である春蘭に声をかけた。

「秋蘭! 私は別に北郷を心配しているのではなくてだな」

秋蘭の言葉が終わるより早く、入口の扉が季衣により勢いよく開かれた。

「兄ちゃんと凪帰ってきたよ……じゃない、きました!!」

「おお、帰ってきたかほんご……」 「うむ、無事によく戻っ……」 春蘭と秋蘭が口ごもる。

「凪、隊長まっとっ……」 「おかえりなさいな……の……?」 真桜と沙和も

「おかえりかず……」 「兄さまおかえ……」 霞と流琉までもが口ごもる。


「只今戻りました」 「ただいま。ちゃんと同盟は結んできたよ」 「わざわざ来てやったのにゃ」

「「「にゃーにゃーにゃー」」」

女学生のような服の凪と、司馬懿仲達の格好ではなく、学園の制服を着た本来の北郷一刀の姿

に皆驚いた……わけではなく、その一刀の両手両足にしがみ付いた4人の幼女の姿に迎えた

全員が絶句し、言葉を続けられなかった。

「なんだか広い所だにゃ?」

一刀の腕にしがみ付いていた幼女の一人がパッと手を話し、王座の間をキョロキョロと見回しながら

歩き回ったのを契機に、他の3人も一刀から離れて室内をウロウロと走り回った。

『その子達は誰だ?』という疑問の声はあがらず、全員が絶句したままであった為、司馬懿一刀は

自分から言わなきゃ駄目かと溜息をついた。その間がいけなかった。

「……あんたとうとう幼女にまで手を出したのね。あげく人攫いなんて最低だわ」

冷たい、何処までも冷たい声。荀彧こと桂花が生ゴミを見る目で一刀を見つめそう吐き捨てた。

「北郷、お前……」 「まさかそんな人間だったとは……」 春蘭と秋蘭が真に受けた。

いやいやいや!!

「違うぞ、これは!」 「みぃのことかにゃ?」

一刀が言い訳すると同時に、王座の間を飛び跳ねていた少女が自分が話題になっていると

気付いたのか声を発した。

「みぃは兄(一刀)に赤ちゃんの素を貰う予定にゃ!」

「「「「「「「!!!!!!」」」」」」」

最悪の回答であった。

「隊長、ウチの胸に手ェ付けんと思ったら……」 「沙和のおへそやお尻見てるのはごまかしだったの」

「ボクのこと妹みたいに思っててくれてると思ったのに……ただ兄ちゃんの趣味範囲外だったんだね」

「ショックです兄さま」 「ウチを裸にひん剥いておいて興味無しやて!!」

違うから! しかも最後のは俺じゃないし!!

場の空気から命の危険すら感じ、事実を知っている凪に目を向けた。

「凪、全部誤解だって説明してくれ」

「……私の口からは、とても言えません」

凪は悔しそうに唇を噛み、プイッと首を横に向けた。

「なんで!? やましいことはなんにもないじゃないか」

「しかし隊長! 幼い子供を言葉巧みに騙すのはあまりにも!!」

「言い方悪すぎる!! 頼むから俺の話を聞いてくれ!」



自らをみぃと言う幼女の名は南蛮王孟獲、真名を美以。他3人はシャム、トラ、ミケ。

司馬懿一刀は残る馬と蜀との戦いの為、南蛮と同盟を結ぶ必要性を訴え、凪を護衛に

司馬懿仲達ではなく、聖フランチェスカ学園の制服を着た北郷一刀として蜀から南蛮へ進入した。

『同盟して欲しいなら力を見せるにゃー!』という孟獲に対し、言葉巧みに頭脳勝負を持ちかけ、

足し算を知らない子供に算数勝負を挑むような真似をして勝利し『一刀は天才にゃ!』と尊敬

を受け『みぃの力と一刀の頭があれば最強の子孫ができるにゃー』という理屈により見事

南蛮との同盟締結を得たのであった。


「でも隊長も凪も蜀を通ってよう捕まらんかったなあ」

「いや、一度蜀の関所で止められたんだが隊長を馬の天の御使いと勘違いして通してくれた」

「おおー作戦成功なの~」

「……まあその際『新しい女の子ですか? 相変わらずお盛んですね』と隊長が言われていたが」

「どっちの隊長もおんなじやな」 「お盛ん過ぎるの~」

失礼な!

ちなみに美以達を連れて帰る時には何かヒソヒソと『鬼畜……』『見境が無いにも程が……』等と

言われたのは気のせいに違いない。

まあどこぞの外史にて『ははっ……手強い猫たちだったな』と笑いながら4人いっぺんに喰っていたが

それは別の外史なのでこの一刀は無実である。

「あ、それじゃああっちの兄さまが劉備と一緒に益州に入ったのはホントだったんですね」

流琉がようやく役になる事を言ってくれた。そう、それだけ詳しいという事は蜀と馬の同盟は相当な

物だと推測できるからだ。

「しかしその子が本物の南蛮王か……ううむ? どう見る姉者?」

秋蘭がこれは役に立つのか? と思い春蘭に声をかけた。

「ああ、可愛いなあ……はッ!?」

ニヘラ……と、グンニャリした顔で孟獲を見ていた春蘭が声をかけられ目を覚ました。

「そうだぞ北郷、いくらなんでもこの子達では劉備には勝てまい?」

「なんにゃ? みぃの力が信じられないならみせてやるにゃ!!」

南蛮王の誇りが汚されたのか? 孟獲は小さな背に背負った 肉球型巨大独杵”虎王独鈷” を

振り上げ……

「にゃにゃにゃーーーーーーーっ!」

という気合の掛け声と共に春蘭の机を叩き潰した。

「おお!」

「どうにゃ!」

驚嘆する春蘭に満面の笑みで返す孟獲。

「力もそうだけど美以達南蛮軍のしつこさも凄いと保障するよ」

司馬懿一刀に頭を撫でられ『うにゅー』と満足そうに喉を鳴らす美以。

そう、あの孔明に対して7回負けても諦めなかったしつこさは蜀を引き付けるのに必要だった。


南蛮王国が蜀を引き付けている間に馬を制圧し、そのまま漢中より南下し、蜀を滅ぼす。

司馬懿一刀が描くシナリオは完成した。



ちなみに孟獲が潰した机は、春蘭が事前に痛め付けていたので壊れやすかった事を明記しておく。

これを含めた誤算が大陸の趨勢を決める事になるとはこの時、誰も気付いてはいなかった。







おまけ


―――舞台裏


「へー、やる、たんぽぽがんばっちゃう♪ ね、お姉様」

「いーやーだ! 人前で歌って踊るなんて出来るか!」

「でも宿題やらなかったお仕置きの兵法書の写本なんてしてたら死んじゃうよ? 歌って踊れば免除だし」

「くッ! 卑怯な!! 解ったやるよ、やればいいんだろ」

「やったあ♪ じゃあ、はいお姉様」

「ん? なんだ? !! こんなヒラヒラした服着れるかあッ!!」




「『純粋えむッ子ーっ?』 おいご主人様、えむっ子て何だ?」

「ああ、苛められれば苛められるだけ可愛くなる女の子の事だ」(ちょと違います)

「おねーさまにぴったりだね♪」

「あたしゃ変態かッ!!」


「ちょっと、ボクの『つんでれ』ってのも何よ?」

「普段はツンツンしてるけど二人きりになったりふとした時デレデレイチャイチャして

くれる子の事だ」(かなり違います)

「わー詠ちゃんにぴったり」

「ボクがいつデレたのよ!!」




おまけ2


―――南蛮行 前日


「おお! 俺の制服凪が持っててくれてたのか!」

「はい、いつか隊長がまたその服を着る日が来ると思いまして」

「そっか、洗濯までして……でもやけに皺くちゃだな?」

「そ、それは!?」

「えへへ~、隊長知りたい?」

「沙和!!」

「あんな、実は凪のやつ……」

「真桜!!」

「夜寝る時、その服を抱いて匂いを嗅いだ……ハグッ!!」


ゴキュ!!……という鈍い音の後、ドシャリ!! と真桜は床に崩れ落ちた。


「お、おい真桜どうしたんだ」

「真桜の持病です」

「首がありえない方角に曲がってて泡吹いてる持病なんてあったっけ?」

「……持病です。なあ沙和?」

「(ガクガク)……み、見てないの、沙和は何にも見てないの……」






(あとがき)


拠点イベントな話。前話で三国志の幕が……と書いておいてアイドルプロジェクトとか(汗)

ネタ回は恐らく今回で最後。次から連続で戦闘イベントになります。

これにてリストラキャラ+漢女を除く真・恋姫キャラ全員登場!!(個人的目標その①達成)

名前だけじゃなくて最低限の見せ場的な意味でです。なんで手段と目的が入れ替わってしまったなあ

と反省もあるですが数え役萬☆姉妹出せてよかった。


おまけ2について:6話、華琳によって一刀が司馬懿仲達になる為服を剥ぎ取られた際、凪が一刀の

制服を預かっていて、いつか返そうと思いつつ、つい匂いを嗅いだり抱いて寝たりして返しそびれて

いたというお話。









[8260] 36話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/05/13 23:17






――― 長安 潼関


ドドドドドドドドド!!!


長安と洛陽を阻む関、西涼連合(以下馬国)にとって魏と隣接する防衛上最も重要な関に

鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい怒号が鳴り響いた。

それは兵の叫びか、それとも馬蹄か? ただただ圧倒的な人の波が潼関に押し寄せ、静寂

とは真逆の世界を作り上げていた。


「長安からの援軍はまだか!!」

「早馬がつい先程出たばかりです」

潼関守備隊長と兵卒のやり取りだけで馬軍の動揺の程が伺えよう。いや寧ろ今まだ正気を

保っていられるだけでも流石精強を謳われる馬軍であると褒め称えても良いほどだ。

何故ならば門の先には蟻すら入り込めない程の魏兵の海が広がっているのだから。

「……長安へ撤退する」

100倍の兵力差を相手にした守備隊長のこの発言を誰が責められよう?

違う関とはいえ、かつて難攻不落の汜水関をわずか半日で落とし、大陸に最強を知らしめた

西涼軍を上回る速さで魏は潼関を陥落させた。


曹魏100万、この圧倒的な力が今、馬国を食い破ろうと牙を剥いたのである。






―――長安


「なんですと~!」

潼関への援軍の為、長安より数万の兵を呂布と共に率いていた馬国軍師、いや、長安太守呂布

専属軍師と自覚している陳宮こと音々音が驚愕の声を上げた。

とはいえ『なんですと~!』は音々音が良く使う言葉ベスト3に入るのでその驚愕の度合いが伝わり

難いかもしれない。例としてこれは隠しておいたオヤツをセキトに盗み食いされていた事に気付いた

時『なんですと~!』と叫んだ声量の×3程度だと念頭に置いて頂きたい。


話は逸れるが後世の調査にて、生前音々音が最も多く使った単語は間違いなく『ち●こ』であるが、

これは単語の使い方が違うのでそもそも候補に当たらないと断定する専門家も多く、後世の歴史家が

大いに悩むテーマの一つとなっている。


潼関落つ。


曹魏襲来の報より一日と経たず、この新たな早馬より知らされた報告は陳宮でなくとも『なんですと~!』

と言わざるを得ない事態であった。

決して魏を侮っていたわけではない。むしろ潼関防衛の重要性を理解していた陳宮は常に兵数千を

防衛に当たらせ、また火急の事態には直長安から援軍を出せるように整備を行っていた程である。

単純に100万の兵を一挙投入した曹魏が上手というより滅茶苦茶であった。

「まあ100万は流石に嘘だと思うのですよ」

集めた兵よりもかなり大きい数字を情報として流し、相手の戦意を失わせるのはこの時代の常套戦術

ではある。しかしその数字を錯覚としても受け入れてしまうほどの兵を曹魏が投入してきたのは事実

であった。

「むむむ……」

陳宮が思い描いていた対魏戦はこうである。

潼関にて曹操軍を阻み、敵が疲れた所で門を開き、呂布率いる精鋭がそれを叩く。それを繰り返しつつ

馬超率いる西涼軍本体の援軍を待ち、一挙に殲滅。同盟国の蜀が荊州より許都を襲撃する。

この戦術の前半はかつて虎牢関にて反董卓連合軍を蹂躙した策であり、机上の空論では決してなかった。

「恋殿!」

音々音が発言しようと口を開くと同時、呂布こと恋はただコクリと頷き……

「……ちんきゅーに任せる」

と、一言呟いた。

たった一言。しかし敬愛する主君が自身に全幅の信頼を寄せていると解る一言。

これで奮い立たない軍師がいるだろうか?

「了解なのです! では兵の半分は今すぐ長安に戻り篭城の準備をするのです! 恋殿とねねは残る

兵と共に潼関から撤退する味方を回収するのですよ!」

『はっ!』と呂布隊の精鋭が答える。黄巾討伐の頃よりの部下達である、絶望的な戦力差などこの2人が

いればなんら恐れる必要がない事を兵達は経験から理解していた。

「ふふん、ただでさえ堅牢を誇る長安を恋殿とこのねねが守るのですぞ、10倍程度の兵力差など恐れる

に足らずなのですよ!!」






―――武威 王座の間


『曹魏100万の兵が西涼の1都市、安定の領内に進行中』


王座の間に集まった馬の将軍達は早馬よりの報告に目を剥いた。

「おいこら、100万は嘘だろ?」

「当たり前でしょ。問題は曹操がどうやって安定に侵入したのかよ!」

馬の盟主馬超こと翠の一言にとても盟主に対する物言いと思えない馬の軍師馬鉄こと詠が、

翠の発言を一瞬で消し去った。

集まったのは盟主馬超他、馬岱、黄忠、馬休、馬鉄、北郷一刀、そして孫尚香。


ここで当時馬国領と言われる都市と地形を説明させて頂く。

大陸(ここではユーラシア大陸ではなく、漢における領地を大陸とする)の西北端に位置する馬国

首都武威。その東に安定、安定から南に天水、安定から東が長安となり、この4都市が魏、馬、蜀

の三国時代における馬の領地である。


よって詠が疑問に思った事は安定に魏が進入するには長安を通らねばならず、しかし長安陥落の

知らせは武威に届いていない為本来なら安定に魏が進入する事は考えられないという結論から

であった。

「……でもねねちゃんからは先日長安に篭城するって報告があったんだよね詠ちゃん?」

「そうよ月、だから翠を大将、副将に蒲公英の騎馬隊を援軍とする準備をしてたんだけど……

まさかもう陥落した?」

「ですが飛将軍呂布と言えば情報に疎い益州にさえその武名を鳴り響かせる武の持ち主。曹魏が

大軍とはいえそれはないのではありませんか?」

馬国に加わったばかりであるが、既に優秀な将軍として馬国における弓兵隊隊長の地位を築いて

いた黄忠こと紫苑が詠の発言をやんわりと否定した。

「どうだろ? 恋のことだから食べ物に釣られてあっさり負けちゃったかも?」

握った手を口元につけ小悪魔的な笑みで場を茶化そうとした蒲公英の発言は……実績があったので

誰も笑えなかった。

「……ありえるわね。じゃあ長安は陥落したと考えて策を練る必要があるわ」

「……今の冗談……だったんだけど?」

「おいたんぽぽ、冗談になってないぞ? 空気読め」

「お姉様に空気を読めって言われた!?」

蒲公英がショックを受けて落ち込んでいる頃、馬国のち●こもとい天の御使い兼軍師の北郷一刀は

話題にあがった呂布の事を考えていた。

ゲームとか正史のイメージだと呂布=裏切りなんだよなあ、でも本当に食べ物とかに釣られて負けた

とかの方が恋らしいなと小さく笑う。


うん? ゲーム?


そう、曹魏のこの常識外の侵攻になにか現実感が感じられなかった一刀は、その理由に行き当たる。

武威に届く曹魏の情報はまだまだ足りないが、届いている情報でかなり常識から隔離した事が解る。

一つ、100万と言われる、または錯覚させる程の大兵力の一挙投入。

急速に領土を広げた魏はまだまだ領内が安定せず、蜀の事も考えるとこの大動員はありえない事。

一つ、堅城と言える大都市、かつ守将が呂布という長安を陥落した事。

いかに大兵力でもそう簡単に行くはずが無い。

一つ、潼関を落としてから安定領に入るまであまりにも進行速度が速すぎる事。

輜重隊等を考えると不可能である。


この戦い方はまるでシミュレーションゲームにおける終盤、もはや体勢が決まっているが残る敵も

やっかいなので、全て委任にして全兵力を投入、食料や金等は占領した地の物資を根こそぎ奪い、

次の戦いに利用。民忠や治安が著しく落ちるが、そのまま大陸統一してゲームクリアするか、

敵を後一国程度にしておいて、余った金や米を治安の落ちた国にジャブジャブと後で投入するような

やり方と考えれば納得できた。


では長安についてはどうか?

これもシミュレーションゲームで考えれば、隣接国は強いが、その隣接国を跨いだ国は弱く、しかし

貴重な武将や金に米等の資源があった場合、隣接国に戦争をしかけつつそのままその地を通過、

隣接国を跨いだ国に侵攻して侵略し、資源を奪取。隣接国を孤立させる、またはその国からも隣接国

へ逆侵攻し、挟み撃ちにする。



あまりにも常識外、それこそ2次元のゲームでなければ思いつかないような戦い方。しかし今のこの馬

の混乱を見るにその策は効果的であった。


誰だ? この視点から作戦を考える魏の軍師はいったい誰なんだ!!


「……兎に角昼夜を問わず騎馬隊による一撃離脱を続けて曹操を疲弊させるしかないわ……って

ちょっと、ボクの話聞いてんの!!」


詠が対魏戦における戦い方を説明していたが、何か物思いに耽っていたように見えた一刀に気付き、

怒鳴りつけた。

「ごめん、聞いてなかった」

「なんですって!」

「それより敵の策が多分解った。今から説明するから詠が肉付けしてくれ。あとシャオ」

「何、一刀?」

蜀滞在時に孫権より託され、本人的には一刀の嫁になりにきていた孫尚香こと小蓮は一刀に声を

かけられ嬉しそうに顔を向けた。

「シャオに頼みがあるんだ。この戦いの、というか戦乱を終わらせる為に力を貸して欲しい」

「いいよ♪ 旦那のお願いを聞くのは妻の役目だもん」

「なっ……★□△○×っ!? おいこら、ドサクサ紛れに何を……」

「しーッ、お姉様空気読んで」

「むきーっ! その仕返しセコいぞたんぽぽ! 」







―――安定領 魏軍


魏軍一の騎馬隊である張遼隊は安定領内に入った魏軍本陣よりやや先行しつつ安定の都市に馬を

進めていた。これはいつ西涼軍が襲い掛かろうと即座に対応、かつ追撃できるであろうと期待されて

の先陣であったが、この名誉に対し、張遼は何が不満なのか面白くない顔をしていた。

「降伏せえへんのやったらウチが恋と戦いたかったちゅーねん!」

不満は魏の長安……いや呂布対策についてである。

「まあ司馬懿の言う安全策っちゅーのも解るし惇ちゃんや妙ちゃんが我慢しとる以上しゃーないけど……」

そんな不満タラタラの霞の元に斥候からの報告が届いた。

『正面に西涼軍の姿在り。旗印は馬』


「何やて……!」

後続の本陣へ早馬を送った後、張遼は嬉々として進軍を早め、そして……

「見つけたでぇ! 馬超!!」

馬の旗をかがげた数万の騎馬隊、その先頭に西涼の盟主、馬超の姿を見つけ叫んだ。

馬超も張遼の姿を見つけ、ニヤリと笑う。

『いくぞッ!!』 『いっくよ~!』 馬超の掛け声と同時、隣にいた馬岱も同じく掛け声をあげる。


おおおおおおおおッ!!


最強と恐れられた西涼騎兵数万が張遼隊を滅ぼさんと咆哮を上げ、突撃を開始した。


「うっしゃあ!! 馬超を倒せばウチらが最強の騎兵隊や! その称号貰い受けるでえッ!!」


魏最強の騎兵隊を自負する張遼隊も負けてはいない。『応ッ!!』と答え、迫り来る西涼騎馬隊に

恐れる事無く真っ向から応戦しようと同じく突撃を敢行した。


張遼の正面、西涼騎兵の先頭は当然馬超、その隣に全く遅れる事無く並ぶ馬岱!!

「なんや、先頭争いでもしとんのか? まあええ、この飛龍偃月刀の錆になるんはどっちや? 二人

纏めてでもウチは一向に……構わんでええええええええええッ!!!」

張遼は掛け声と共に飛龍偃月刀を大きく振り降ろした!!






「かかった!」 「ひっかかったあ♪」


馬超と馬岱を纏めて切り伏せようと振り下ろされた張遼の飛龍偃月刀がブオンと、空を切り裂いた。

西涼騎兵隊は馬超と馬岱を先頭に二つに解れ、張遼隊を挟むように前へ駆け抜けた。

「何やて……!?」

虚を付かれた霞が間の抜けた声を発する。西涼騎兵隊は左右に割れ、自軍両脇を駆け抜けていく。

この状態で止まる訳にも行かず、西涼軍に両脇を囲われながらも互いにただ前に突き進むという

奇妙な交戦状態が続いた。

これはそう、かつて一刀が考案し、馬岱が部隊を率いて騎兵最強を誇る同数の兵を率いた馬超を

模擬戦にて完膚なきまでに打ち破った騎馬戦術!!

当時の10倍以上の兵を率いてもこの戦術を見事に成し遂げる程に西涼軍は統制され、まさに

最強の名に恥じない機動を見せ付けた。

「わけ解らん事しおって、突き抜けたら反転して殲滅したる!」

並の将ならこの状況に混乱してどう対処していいか解らなくなるだろう。だからこそ張遼の豪胆さが

尋常ならぬ程と伺た。しかし、それでもそこは当時模擬戦に敗れた馬超と同じ思考の到達点。

張遼は西涼軍という名の霧を突き抜けた時……グニャリ!! と足元が歪んだ事に驚愕する。

駆け抜けた先は草原ではなく沼地!!

「あかん! 湿地帯や!! 全軍止ま……無理かッ、足捕まれる前に駆け抜けェ!!」


ビュオン……と声を張り上げる張遼の元に正確に襲い掛かる一本の矢!!


間一髪その矢を切り落とす張遼。『誰やッ!!』矢の放たれた方角を見る。

沼地を挟んだ先に数千の弓兵隊。

その旗印は黄、その隊の先頭、矢を放ったのは恐らく正面紫の髪の妖艶なる美女。

「我が名は西涼連合が将、黄漢升。張遼将軍、覚悟ッ」

黄忠の号令直後、張遼隊に矢の雨が降り注ぐ。その矢は恐ろしく正確無比に張遼隊の

兵達に突き刺さった。

「なッ……馬は騎兵だけじゃないんかいッ!!」

ある程度の被害を覚悟の上で後退するか、この湿地帯を無理矢理抜けて黄忠率いる弓兵隊を

打ち破るか? 張遼はそんな分の悪い二択さえも既に選択肢を与えられていなかった事を直後

に知る事になる。

矢に襲われる張遼隊先頭の悲鳴を越える後方部隊の喧騒。

『報告します! 先程駆け抜けた西涼騎兵が歪な旋回をして我が隊後方に突撃! このままでは……』

歪な旋回とは分かれた西涼騎兵の二隊が合流し、上から見るとまるでハート形のようになる独特の

旋回戦術。後方の斥候による報告によって、霞は既に自軍が壊滅の危機である事を理解した。

地の利もあろう、しかし虚を付く見事な騎馬戦術、隠し玉の弓兵隊。馬は……恐ろしく強い!!

大兵力を擁していても、気を抜けば魏は負ける。

「全軍反転!! 馬超隊を突き破るでぇ!!」

決して自暴自棄になったわけではない。前進に活路は無いと判断しただけだ。生き残るには自らの

武で敵を突き抜ける他無し。

「続けえッ!!」

張遼は混乱する味方の兵を掻き分け、馬超隊に突き進む。その姿を見、混乱していた張遼隊も流石

歴戦の兵、冷静さを取り戻しそれに従った。

「どけどけェ~!! 死にたくなれば道を空けんかいッ!!」

霞の飛龍偃月刀が縦横無尽に振り回される。その刃に命を落とした西涼兵はかなりの数に上がった。

「霞! 降伏してくれッ」

そんな怒号と悲鳴が飛び交う戦場で聞き覚えのある男の声が霞の耳に届いた。

霞が真名を許した男は2人しかいない。

その二人が同一人物であって同一人物ではないというなんとも滑稽なおまけつきではあったが。

声のした方角を向く。声は届くが一刀の姿のある所はまだ距離があった。

「こっちの一刀かあッ!!」

怒りとも喜びともつかぬ霞の叫び。

「こっちの? まあ兎に角降伏してくれ。勝負は付いただろ」

「積年の恨み、今晴らしたる!!」

「恨み!? 結構酷い仕返しを受けたような?」

「男と女じゃ裸の重みが違うやろ! ウチを嫁に行けん体にしてからに……あげく江夏ではひっどい

噂流れ取るし……」

一刀の周りにいた西涼兵がざわめく。ちょッ……人聞きが悪いにも程がある。誰だ? 

『これだからち●こ軍師は……』とか言った奴は!? 偶然霞の馬に乗り移ってたまたま服を

脱がしてしまって、うっかり丸裸にして戦場を走らせたという不幸な事故なのに……

「というか噂? 流石に江夏なんて行ったことないぞ?」

「江夏の子供達に『遼来遼来』言われて怯えられたわッ! 裸の痴女が襲ってくるぞ!って痴女って

ウチかいな!!」

「あ、あー……陸遜が言ってたのは本当だったんだ。えっと、霞ゴメン」

「ゴメンで済むかあああああッ!!」

今すぐ八つ裂きにしてくれようと一刀に迫る張遼の耳に『魏の援軍到着!』の報が届く。

「ほんまかあッ!?」

「はっ、こちらの急変き気づいた夏侯惇隊、夏侯淵隊が急ぎ向かっています」

その情報は当然西涼軍にも伝わる。

「お姉様、くるよッ!!」

『おうッ!』と馬岱に答えつつ銀閃を振り回し、魏兵を切り裂く馬超。

「ご主人様!!……って何してんだ?」

「……霞に殺されるかと思った」

「ったく何やってんだ? 兎に角全軍予定通り撤退だ!!」

馬超の号令直後、西涼騎兵隊は見事に隊列を組み直し、二隊となって撤退を開始した。

それぞれの隊の先頭は当然馬超と馬岱。

「たんぽぽ、頼むぞ!」

「まっかせて! お姉様とご主人様も」

「おおよッ!」 「ああ蒲公英も気おつけてな!」

「りょーかい♪」 


一つは大きく弧を描くように東へ、もう一つは南へ……



潼関の陥落より始まったこの魏と馬の戦いは、後に”潼関の戦い”として歴史に名を残す激戦となる。





現時点での戦況


魏、張遼隊、全滅。

馬、潼関、陥落。





(あとがき)


というわけで演義においては馬超がついに主役の潼関の戦い編に突入。

演義とは全然違いますのでご了承ください。






[8260] 37話
Name: ムタ◆f13acd4e ID:b19915a3
Date: 2010/06/01 17:55




――― 安定 曹操軍



「黄漢升!? それ五虎将軍の黄忠なんじゃ!?」

「なんや? かず……司馬懿? しっとるんか?」

春蘭、秋蘭の到着により、辛うじて壊滅を免れた張遼はその後本陣を引き連れて合流した司馬懿一刀

を含めた3人の前で敗因を報告、騎馬隊も勿論だが恐ろしく正確無比な射撃精度を誇る弓兵隊を指揮

する馬国将軍の名を告げた。

「なんで蜀の将が馬国にいるんだ? それとも俺が知らない武将かも知れないし……そうだ!

その人もしかしてお婆さんだった?」

「は? 何言うてんねん! あの美人さんが婆さんやったらウチは美少女じゃなく美女になるわ!」


…………沈黙が流れた。


「……確か劉障の配下に黄忠という弓の名人がいたと聞いたことがあるが」

「なに!? 本当か秋蘭」

「ちょ、まてェ! 『え? 何言うてんのこの人?』みたいな沈黙の後ツッコミもないんかい!」

「いや霞は美少女でも美女でもあってると思うからツッコミ所は別にないよ」

「なッ!!」

赤面し、やり込められてしまう霞。

「ほう? では私や姉者は司馬懿としてどう見る?」

秋蘭は珍しく興が乗ったのか司馬懿一刀にそう振った。

「秋蘭は美人、春蘭は……可愛いだと思うぞ」

「何故姉である私の方が美人ではないのだ?」

「うん顔は美人の筈なんだけどなあ? それよりその将軍は黄忠で間違いないみたいだ、強敵だぞ」

「それほどか司馬懿?」

「ああ、俺の知ってる黄忠は武力は関羽とほぼ互角、弓の腕なら秋蘭に匹敵する」

「なんだそれは! 化物ではないか!!」

曹操軍は関羽の武力、夏侯淵の弓を知っている。どちらも天下無双、その2つが合わさった将

と言われれば全く持って化物と形容するほかなかった。

「うーん、だから黄忠が有名じゃないのは不思議……ってそうか!」

黄忠が有名になったのは当時最強クラスである夏侯淵を定軍山で討ち取ったからだと思い至った。

「……なんだ司馬懿? 黄忠が弓の名人と聞いて私が独断専行で一騎討ちでもしないかと心配か?」

思わず夏侯淵こと秋蘭の顔をマジマジと見つめてしまい、感の鋭い秋蘭が小さく笑う。

「なんだとう! 北……司馬懿貴様、秋蘭をそんな猪武将とでも思っているのか!」

「まさか、春蘭じゃあるまいし、秋蘭に限ってそんな心配はしてないよ」

「フフ、そうか」

「うむ、当然だな。秋蘭は私と違って冷静沈着……ってなんだとう! まるで私が攻めるか

突撃するかだけの猪武者みたいではないか!!」


…………沈黙が流れた。


「……せやけど、そんな凄い将て、うちらの諜報は気づかなかったんか?」

「おい!『自覚してなかったのか』みたいな沈黙の後、話を変えるな!」

「……姉者、スマン言葉も無い」

「秋蘭!?」

妹のフォローが得られず驚愕する姉。いや当然ですから。

「う~ん、なんでも『馬っ子シスターズ』とか言う強力なライバル(好敵手)が登場したとか

言ってたなあ」



「え~ん一刀~、涼州のお客さん酷いの~!」

「ちー達の方が歌も踊りも上なのに納得いかないわ!」

「敵の情報? ごめんなさい一刀さん『馬っ子シスターズ』がメジャーデビュー(許都で歌う)

する前にもっと差をつける必要があるの」

天和が泣きつき、地和が文句を言い、人和の眼鏡がギラリと光った。そういえば一日愚痴に

付き合わされた苦い記憶が……



しかし馬には五虎将の2人に呂布とか……地形的に馬国が先とはいえ蜀より大変かもしれない。

「いや前向きに考えよう。馬国には強力な弓兵隊と黄忠がいる。それが早い段階で解ったんだ」

「具体的にはどうするんだ?」

「……騎馬隊を近づけないとか?」

「もう全滅してるぞ?」

「司馬懿のアホ~ッ!!!」

霞が走り去っていった。

「ああっ! 霞、春蘭がハッキリ言うから……」

「なに!? 私のせいか? 全く仕方の無い」

走り去った霞を追いかける為に春蘭も席を外し、司馬懿一刀と秋蘭が残された。

「それで司馬懿……今は他にいないから北郷でいいだろう。私に何を言いたかったんだ?」

二人になるタイミングを見計らっていたのであろう秋蘭がそう声をかけた。春蘭が席を外した

のはそれを察していたからではないかと司馬懿一刀は思う。

「……俺の知ってる話だと黄忠は秋蘭を倒して名を上げるんだ」

あえて告げる。以前危機を濁して伝えた為にどれだけの犠牲を伴った事か……

「!? ほう……」

そしてただ一言

「成程、肝に銘じておこう」


ただそれだけ、魏の双璧夏侯淵は不敵に口元を緩めた。








――― 南蛮 蜀軍


キュポン! と、樽にあけた小さな穴を塞いでいた栓を取る。

田豊一刀は樽の穴からチョロチョロと落ちる水を杯で受け止め、樽の栓を戻した。

ハラハラした顔で見ていた諸葛亮こと朱里、鳳統こと雛里と共に杯の水を覗き見る。

「うん、綺麗な水になった。あとはこの水を一度沸騰させれば飲める筈だよ」

「やりましたねご主人様!」 「す、凄いです」

「朱里また間違えてるぞ? ご主人様じゃないって。それより二人とも俺のあやふやな説明を

一回聞いただけでこんな見事なろ過機を作るほうが凄いよ。流石伏竜と鳳雛」

「えへへ、そんなことありませんよう♪」 「あ、ありがとう……ございます」

頬を染めて嬉しそうに謙遜する伏竜と鳳雛。何かに目覚めそうな可愛らしさだった。



南蛮遠征。



蜀建国後、突如として西方より五胡が蜀領内に侵攻を開始。近隣の村々を襲い始めた為、蜀将

である関羽、張飛、超雲、厳顔、魏延が討伐に向かい、その直後東方より自称袁術を頭目とする

山賊が古城を占拠し、皇帝を名乗り仲国を建国。これを放置できるわけもなく、客将である孫権

率いる呉軍が討伐に向かった。

これで一安心と思いきや、今度は南方より南蛮国が蜀へ侵攻。穀潰しもとい、ただ飯ぐらいもとい、

劉備の友人(?)こと客将の袁紹を大将に顔良に文醜、田豊一刀。蜀の内政で出兵していなかった

諸葛亮と鳳統を軍監として付けた一軍を南蛮へ派遣。なんとも奇妙な南蛮遠征軍が誕生した。

ちなみに成都を劉備一人にするわけにいかず、公孫賛は留守番となっている。



「ちょっと北郷さん、私暑くて死にそうなんですのよ!!」

可愛らしい少女二人に尊敬の眼差しを受ける至福の時間は袁紹こと麗羽の声によって終わりを告げた。

「そりゃ南蛮なんだから暑いだろう? っていうか麗羽は俺にどうしろと?」

「アニキ~、あたい腕つかれた~」 「一刀さん私も~」

巨大な葉を改造した団扇で麗羽を扇いでいた文醜こと猪々子、顔良こと斗詩の二人もグンニャリとして

いた。ウチの主力二人をヘトヘトにして南蛮軍来た時どうするんだろう?

「全く北郷さんは気が利かないですわね、軍師らしく、温泉でも見つけてきて下さらない? と言っている

んですのよ!」

そう言って田豊一刀の腕から杯を奪い取りゴクゴクと水を飲んだ。

「……ちょっと北郷さん、この水全然美味しくありませんわ!」

「あ、おいまだ沸騰させてないから腹壊すぞ?」

「袁家の軍師さんは温泉を探すのもお仕事なんですか?」

「そうだぜ、うちのアニキはそれで出世したようなもんだしな」

何と言う誇れない実績! まあ事実だから否定出来ないけど。



「お前達、うるさいのにゃ!」

「誰!?」

グダグダ感溢れる蜀軍の前に突然の来訪者!! 斗詩が団扇を投げ捨て金槌を握り締め声の

発する方角へ睨みをきかせる。同じく猪々子も斬馬刀を構え、麗羽を守るように辺りを警戒した。

二人とも優秀なんだよなあ……なんで曹操に負けたんだろう?


「我こそは南蛮大王孟獲なのにゃ! ショクとか言う奴らめ! 我らの縄張りに入ってきて、

タダで帰れると思ったらいかんじょ!」

そこには可愛らしい猫耳尻尾の幼女が小さな胸を張りながら立っていた。

「ああ、うん。南蛮⇒南国⇒獣⇒猫耳なんだ。+要素が幼女ってのがマニアックだけど可愛いし

アリだな」

朱里が一刀に『何をブツブツと言っているんですか?』と質問するより早く……

「おーっほっほっほ、おーっほっほっほ! 私は河北四州の覇者袁本初ですわ!」

と麗羽が名乗りをあげた。

誰も聞いてないから!! というか”元”だから!!などというツッコミは不要。

なぜならこれが袁紹。

相手が偉そうに名乗りをあげたならそれ以上に偉そうに名乗りをあげるのが袁家の正道。

「なんにゃ? お前ショクとか言うのと違うのにゃ?」


テキはこんらんした。


「あったり前ですわ! 劉備さんのあ~んな貧乏臭い国と一緒にしないで下さいます?」

「はわわ、蜀ですよう!!」

朱里のツッコミが空しく南蛮に響いた。

「もうどっちでもいいにゃ! みぃの国に来た以上やっつけてやるにゃ!!」

南蛮王孟獲は小さな背に背負った 肉球型巨大独鈷杵”虎王独鈷” を構える。

「おっ、なんだかスゲー得物じゃん! 麗羽様、あたいが行ってもいいですか?」

「勿論ですわ。ギッタンギッタンにしておやりなさい」

猪々子は孟獲の前に立ち塞がり、身の丈以上の大剣”斬山刀”を構えた。極太の刃が

灼熱の太陽を反射し、ギラリと光った。

「ちょと待つにゃ! なんにゃその武器!? 当たったらとっても痛そうなのにゃ!!」

「平気平気♪ 痛いと思う前に首が飛んでっから♪」

爽やかな笑顔でそう答える猪々子。

「お、お前なんか危ないにゃ! そっちのがまだ優しそうにゃ」

猪々子と入れ替わりに麗羽の前にいた斗詩を指差す孟獲。

「えっ? 私ですか? 文ちゃんどうする?」

「ちぇッ、相手が乗り気じゃないんじゃ一騎討ちもつまんないし、斗詩に譲るよ」

「う~ん、しょうがないなあ」

斗詩は一旦地に置いていた巨大槌”金光鉄槌”を持ち上げる。どれ程の重量だったのか、

対面する孟獲の地面が軽く浮き上がった。

「ちょっと待つにゃ!! なんにゃその武器!? 当たったらペチャンコになりそうなのにゃ!!」

「大丈夫ですよ♪ 痛いと思う前に体積が無くなりますから♪」

爽やかな笑顔でそう答える斗詩。

「お前等全員どうかしてるにゃ!!」

失礼な! 一緒にしないで欲しい。 隣にいる朱里と雛里もウンウンと頷いていた。

「こうなったら一騎討ちは止めにゃ! ミケ、シャム、トラ!」

「みゃー」 「ミャー」 「みゃー!」

茂みに潜んでいたらしい南蛮兵が孟獲の一声に続々と集結する。何だろう? 顔のパターンが3

種類しかないような気がするがきっと気のせいに違いない。いやある意味種類が豊富だ。

だいたいうちの兵なんて1パターンだし。

「残酷で恐ろしく嘘つきなショクの連中をやっつけてやるにゃ!!」

「「「おーニャ!!」」」


「あわわ、蜀の評判が酷い事に……」

「とんでもない風評被害ですよう……」

雛里、朱里、本当にゴメン。


後に名高い諸葛亮の南蛮平定戦。七縱七禽として今も有名なこの戦いはなんだか酷い始まりとなった。







――― 続、南蛮 蜀軍


激戦を予想させた蜀軍と南蛮軍の戦いは、蜀軍の一方的勝利となって幕を閉じた(え~)。


勝因は南蛮軍をその知略を持って全く機能させなかった諸葛亮、鳳統の恐るべき智謀。

そして顔良、文醜という良将の活躍。

沸騰させずに現地の水を飲み、途中お腹を壊した為に作戦指揮を一切取らなかった袁紹。

この3つがあげられるだろう。



「ええっ!? 逃がしちゃうんですか?」

「……折角捕まえたのに」

捕まえた孟獲を逃がす。田豊一刀の提案に蜀の二大軍師である朱里と雛里が目を丸くした。

「うん。あの子の気性を考えると、俺達が帰った後必ずまた反乱すると思うんだ。だったら

2度と反乱したくないくらいにやっつける必要があると思う」

「成程、孟獲ちゃんを精神的に蜀に心服させるんですね」

「ですがもう一度倒した程度で諦めてくれるでしょうか?」

「無理だな。俺の予想だと今回含めて計7回は戦うと思う」

予想というか知っている事実だけど。

「た、大変ですね……」

「でもやるしかない。だって……」

チラリと小さな檻に入れられた孟獲に目をやる。

『フシャーーッ! ここから出すにゃー!』

「あの子を処理するなんて、できないよ」

「「ですね!」」

3人揃って苦笑いした。



そこへ成都に待機していた公孫賛が劉備の伝令を携え早馬として到着した。


『朱里ちゃん雛里ちゃん、すっごく大変な知らせが入ったの! 急いで戻って……』

桃香の手紙を読んでいた白蓮が途中で読むのをやめ、コホンと一度咳払いした後

「『情勢に急変有り。反乱を早急に鎮圧し、急ぎ成都へ戻れ』だそうだ」

と簡潔に報告した。

「ってもう終わってたのかよ!! 麗羽の指揮だから此処が一番苦戦してると思ってあたしが

来たんだがなあ……」

「袁紹さんなら天幕で寝込んでますよ」

「なに!? 麗羽のやつ、まさか怪我でもしたのか?」

「……いえ、お腹を壊して寝込んでるんです」

「……南蛮に何しに来たんだよあいつは!! まあ孟獲を捕まえたんなら話は早い。急いで成都に

戻ってくれ」

「それが、孟獲ちゃんはこれから逃がさないといけないんです」

「は? 何でだ?」

「それで後6回捕獲しないと……」

「だからなんでだよ!!」

白蓮の普通のツッコミが南蛮にこだました。







――― 続々、南蛮 蜀軍


テコテコと檻から出され、歩き出した孟獲が、数歩進んだところで再び後ろを振り返る。

「ホントに行っていいにゃ……?」

「はい、行っていいですよ」

朱里がにこやかに答えた。


テコテコテコ。


「ホントのホントに行って良いニャ?」

「ええ、どうぞ」

雛里が微笑みながら答えた。

孟獲は何度も何度も後ろを警戒しながら、徐々に蜀軍から離れていき―――、

「バーカバーカ! おまえらなんて次に会うときはギャフンッて言わせてやるにゃ!」

と、とっても可愛い捨て台詞を吐いて……直後

「にゃにゃにゃーっ!? こんなところになんで落とし穴があるにゃー!」


ズドン……と、落とし穴に落ちた。




白蓮に事情を説明した後、一応の納得はしてもらったが『桃香のすっごく大変な知らせ』

魏の馬国侵攻の知らせを聞き、南蛮遠征にこれ以上時間も掛けられないという情勢と

なっていた。

蜀軍袁紹隊の軍師田豊一刀は『じゃあ今日中に後6回孟獲を捕まえよう』という強攻策

を提案、孟獲への対応を全て朱里と雛里に任せ、田豊一刀は猪々子と斗詩を引きつれ

南蛮の奥深い森に入っていた。

孟獲を逃がす際の条件はただ一つ、次に捕まったら降伏すると約束させる事。そう、正史

では『次に蜀軍と戦って負けたら降伏する』と約束させたのとは違う『次に捕まったら』に

田豊一刀は変更したのである。


「えっと、また捕まりましたけど、孟獲ちゃん降伏してくれますか?」

落とし穴から引き上げられ、再び捕まった孟獲に朱里が声をかけた。

「にゃうぅ、こんにゃの酷いのにゃー! 次は落とし穴なんかに引っかからないのにゃー!」

「じゃあまた逃がしてあげますから、次捕まったら降伏してくれますか?」

「解ったのにゃ! もう一回みぃを逃がすにゃ!」

雛里の質問に胸を張って尊大に答える孟獲は、再び捕らえられた縄を解かれた。



「もう落とし穴なんかに引っかからないのにゃ!」

と、地面を警戒しながらジリジリと蜀軍から離れる孟獲。グゥ~ッと、お腹が鳴いた。

「うにゃぁ……お腹がすいたのにゃぁ……ってお饅頭が落ちてるにゃ!!」

道に落ちていた(何故か皿までひいてある)お饅頭に飛びついた孟獲は、

「にゃぅー! 網が落ちてきたのにゃー!」


ガチャン!!……と、餌の饅頭に釣られて、スズメ獲りの罠にかかった。



「落とし穴とお饅頭に気をつけるのにゃ! そうにゃ、道じゃなくて草の生えてる所を歩けば

落とし穴に気づきやすいのにゃ!」

再び逃がされた孟獲は道から少し離れた草むらを歩き、



ビュオン……と、草むらに隠された足をひっかけるトラップにかかり、逆さ吊になった。


「あぅぅ、頭に血が上るのにゃ! たすけてぇ~、たすけてぇにゃ~!」



「お饅頭と足引っ掛ける罠に気をつけるのにゃ! そうにゃ、道を歩けば罠にかからないのにゃ!」

2つ以上の事を覚えられないのだろうか? 孟獲は道を歩き、


「また落ちたのにゃー! もういやにゃ~!」


ズドン……と、また落とし穴に落ちた。




「それじゃ、また逃がしてあげますね」

合計5回、孟獲が縛られた縄を雛里が解こうとした。

「うー……うー……うー……」

「孟獲ちゃんどうしました?」

もはやクタクタになっていた孟獲に朱里が首を傾げた。

「……う、うえぇぇぇぇ~……もう刃向かうのはやめにするのにゃぁ~……」

ついに孟獲は蜀に対し、降伏を宣言したのである。

「そんな! 困りますよう!」

ところがどっこい朱里が孟獲の降伏を拒否した。

「うにゃぁ? どういうことにゃあ?」

「おいおい、朱里、どうしたんだ?」 「朱里ちゃん?」

疑問の声は当然孟獲の他、白蓮と雛里も続く。

「折角ご主人様があと2つも罠を作ってるんですから孟獲ちゃんは最低でも後2回罠にかかって

もらいませんと……」


悪魔の宣告であった。


「こいつらは悪魔にゃー!!」


「しゅ、朱里?」 「……朱里ちゃん?」

「はっ!? いえ違いますよ! 降伏ですよね。はいわかりました。それじゃご主人様……じゃなかった

田豊さん達を呼んできますね」

ドン引きした2人の視線に気づき、朱里はそそくさとその場を離れた。

「暑いからな」 「そ、そうですね!」

何故だろう? 暑いのに孟獲はガタガタと震えていた『悪魔、悪魔にゃ……』と呟きながら……



「ちぇッ、今度の落とし穴はすっげー深いの作ったのに……」

「文ちゃん落とし穴ばっかりだね。私は今度はおにぎり作ってたんだけど」

「おっ♪ それもーらいッと。アニキは?」

「ラブレター(恋文)作戦用意してた」

「ええっ!? それ文面一刀さんが考えたんですか?」

「いやぁアニキ、それはエゲツないだろ?」

「そうかなあ? 怪我もなくて安全だと思ったんだけど」

罠を作る為南蛮の森で作業をしていた3人が朱里の呼びかけによって戻ってきた。

「みんなお疲れ様。それで孟獲は……何があったんだ、ブツブツ呟いてるけど?」

「きっと疲れたんですよ。一日に何回も罠に嵌ったらしょうがないと思います」

「「……」」

白蓮と雛里は何も言わなかった。

「? まあいいや。それじゃ孟獲は降伏してくれるんだな?」

「……誰にゃ? お前も悪魔……兄!? なんで兄がここにいるにゃ!!」

「はい? また人違いかな?」

「何を言っているにゃ! 兄がショクの連中と戦って欲しいって言うからみぃは頑張ったにゃ!」

「言ってない言ってない! それは人違いだよ」

「いえ、ちょっと待って下さい!」

孟獲と田豊一刀のかみ合わない会話に朱里が割って入った。

「ま、まさか兄という人の名前は北郷一刀と言うのではありませんか?」

「そ、そうにゃ、そういえばたいちょーとも呼ばれてたにゃ~」

「隊長って、前に魏の女の子も俺の事隊長って人と勘違いしてたな」

なんで孟獲は朱里に怯えてるんだろう? と疑問に思ったが今はそれどころではなさそう

なのでスルーした。

「朱里どういう事だ? 馬の北郷が南蛮国を蜀にけしかけたのか?」

「それは無いかと。そんな事をする必要がありません」

「はい、雛里ちゃんの言う通りです。これは、魏の仲達さんの罠です。急ぎ成都にもどりましゅ!

……はぅぅ、久々に噛んじゃいました」


朱里は確信する。司馬懿仲達の正体は3人目の天の御使い北郷一刀!!

同じ人間が2人いるのなら3人いたってもはや不思議でもなんでもない。軍師が

このような考えもどうかと思うが自分や呉の周瑜すら翻弄する智謀。田豊一刀のろ過機の知識や

南蛮への戦い方等、天の御使いは全ての法則を凌駕しているのだ。


とんでもない強敵。でも……恐らく誤算はご主人様……じゃない田豊一刀さん!

いかに神に等しい知識を持っていても、よもや自分と同じ同一人物が無銭飲食の罪で蜀で客将

やっているとは夢にも思っていなかった筈。




かくして諸葛亮は、南蛮王国を心服(恐怖)させ南蛮を見事平定させた。


後に名高い七縱七禽もとい五縱五禽である。







――― 長安


ガンガンガンガンガン……!!


重く、巨大な長安の正門がゆっくりと開く。重苦しい歯車の回転音と鎖の擦れる音が響いた。


「くるぞッ!!」

楽進の声が隊全体に響く。

「準備ええか!?」

李典の掛け声が隊に緊張を走らせる。

「敵が出てきたらいつもどおり一斉に逃げるの~!」

于禁の掛け声が作戦がいつもどおりである事を告げる。


ズズン……と扉が開いた。


李典隊、楽進隊、于禁隊。この正門を北として、東、南、西にそれぞれ隊を並べている3隊に

緊張が走る。

もはや何度も繰り返されたやり取り。長安に篭城する呂布隊に対し、3隊は攻撃をしかけるでも

なく、ただ長安の正門前に陣を留めていた。兵糧攻めかと思われるがそうではない。都市の規模、

食料の備蓄含め長安はその気になれば10年は篭城できる堅城であった。では魏の目的は何か?

最強と謳われる呂布隊の長安への封じ込めである。最強の呂布に対してどう戦うのか? 戦わな

ければ良いというのが司馬懿一刀の策であった。呂布を長安に閉じ込めている間に馬国を落とす。

かつて漢の劉邦の如く最強の項羽を四面楚歌として戦意を挫いた事の再来である。

呂布専属軍師陳宮も魏の狙いを見抜き、何度となく呂布隊を城から出撃させたが、魏の3隊は一切

応戦せず、一合も交えず3方向へ後退。どれか一隊を呂布が追いかければ残り2隊が長安へ戻り、

呂布不在の長安へ攻め込むそぶりを見せる為呂布隊は交戦することすら出来なかった。

隊を分ければどうか? 愚策である。隊を分ければその兵数は3隊の1隊にすら劣り、呂布のいない隊

はたちまちのうちに全滅するであろうし、そもそも呂布隊の強さは大将である呂布の圧倒的な強さが

あって初めて成るものであった。


であるから、今回の長安の開門も呂布隊いつもの悪あがきであろうと魏兵は思っていた。


ガダン!!……と、開かれたばかりの長安の正門が瞬く間に閉じられる。


「なんや!?」 「嘘なの……」 「なんだと!!」 

真桜、沙和、凪の3人が同時に驚きの声を発する。

正門が開かれた際、たった一人が長安より進み出ていた。

それは一人の少女。

呂布隊が出てくればいつものように後退すればいい。しかし、門より現れたのはたった一人。

どうすればいいのか? 息を吐くことすら出来ず、異様な緊張感を含んだ静寂に包まれている

曹操軍の前へただゆっくりと歩む。

降伏の使者? 違う、彼女の腕には最強の武人の証である方天画戟。

童顔な、可愛らしい少女の小さな口から言葉が漏れる。

小さく、しかしハッキリと……


「……恋は、これ以上お前達と遊んでいられない……ご主人様が、待ってる」


曹魏兵達へ終わりの言葉を呟いた。



少女の名は呂布奉先。 真名を恋。





恋姫無双が……始まる。







(あとがき)


孔明の南蛮行。麗羽さまどこ行った?(笑)





[8260] 38話
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2010/09/21 23:43




――― 荊州 呉軍(孫権隊)



「ほ、報告します。商人に変装した明命以下数名、荊州城の守将を拘束しました」

孫権こと蓮華、その隣孫尚香こと小蓮の前で、孫呉の次代を担う軍師呂蒙こと亜莎が小さくなりがち

な声を張り上げて報告した。

「さっすが明命!」

「それもそうだけれど、亜莎の策も見事よ。これで魏に気づかれる事なく建業奪還に望めるわ」

「そ、そんな、勿体無いお言葉です」

蓮華の言葉に目を瞑り、赤面した顔を袖に隠す亜莎。蓮華の言葉は決してお世辞ではない。

蜀軍の客将ではなく、玉璽を使った取引によって同盟国という立場の下、取引の際に了承させた

呉の民の受け入れにより兵数は初期の三千から数万へ膨れ上がった。その兵が殆ど減っておらず、

寧ろ呉領に近づくにつれて更に数が膨れ上がっているのは亜莎の智謀あっての事であった。

周泰らを商人に変装させて荊州に侵入させた手腕も亜莎の策である。


呉の奪還。


赤壁にて魏に破れ、領地を奪われた呉の姫孫権は旧領を取り戻す為に遠く蜀の地より進軍を進め、

通り道である荊州攻略を開始。そしてついに呉の首都、建業へ後一歩という所まで迫ったのであった。

「蓮華様、小蓮さま。只今戻りました。この城も魏兵は殆どいませんでしたから、魏の兵力のほとんどが

馬に向かっているのは間違いなさそうです」

シュタリ……と、周泰こと明命は、まるで忍者のように空から回転しつつ蓮華の前に舞い降り、膝をついて

参上した。

「ご苦労。明命も良くやってくれたわ」

呉の快進撃における知の主役が呂蒙なら武の主役は周泰であろう。

大陸の南にある廃城を占拠し、仲国とやらを建国した袁術を名乗る山賊退治において、予想外に組織化

されていた仲国の部隊を明命は呉の兵を殆ど損耗させず、見事に打ち破った。もっとも敵の大将であった

将軍が『我が名はか……ぎゃああああああッ!!』と、名乗りをあげる途中落とし穴に落ちて指揮系統が

乱れていたというのもあるが、明命がそういった工作や諜報活動と縦横無尽に働いたが故であり、明命の

評価は更に上がっていた。


だがそれ以上に……


「一刀のおかげだね♪」

蓮華の隣、小蓮がまるで自分の心を見透かしたかのようにニコニコとした笑顔でそう言った。

「ええ、そうね。その通りだわ」


馬国軍師北郷一刀から呉に要請されたのは援軍ではなく、この機会を利用して呉を奪還するべしという、

もはや要請ではなく、策の献上であった。

先の先を考えれば呉の再興は馬にとっても益があろうが、実質魏の全兵力が迫る馬は存亡の危機といえた。

同盟国である蜀や呉はこの危機に援軍を出すべきであろうが、呉にとっては同時に旧領奪還の機会でもあり、

孫策が行方不明な今、呉王の立場として孫権は馬を見捨てる選択肢を選ばざるを得なかったであろう。

それを見越してあの男は、一刀はわざわざシャオを馬国領より安全な蜀への使いとして寄越し、馬国を見捨て

たという心の負担すら取り除いてくれたのだと蓮華は思っていた。


「お優しい。流石一刀さまです」

同じく一刀の良い所ばかり見てしまっていた亜莎が同意した。流石雪蓮様や冥琳様が一目置いて、蓮華様の

婚姻相手として迎えようとしただけはあると。

「一刀の気遣いに報いる為にも、呉を奪還するわよ!」

「「おーっ!」」 「……」

「明命? どうしたの?」

「はっ!? あっいえその……おーっ!」

違和感があった。明命にとって知っていた天の御使いは劉備に性的暴行を企てた性犯罪者であり、戦場を

全裸の張遼と駆けずり回った変態であり、玉璽を井戸に投げ捨てた罰当たり者であったから。

『あの……その天の御使い様偽者じゃないですか?』 『雪蓮さま多分冗談言ってましたよ?』何度も喉から

でかかった言葉を結局飲み込んだ。

『まあ害は無いですし……』大人の意見だった。






――― 長安



万を超える敵兵の前にたった一人、それもどこかぼーっとした、10人が見かけたら10人が可愛いと

言うであろう幼い顔立ちの美少女がただ一人ポツンと立っているのである。

大胆な服装の為、瑞々しい肩やヘソ、太股が覗く。やや褐色な肌が健康美を添える。ある者はゴクリと唾を飲み込んだ。

そんな少女の名は呂布。飛将軍と謳われる大陸最強の将なのである。


『何かの間違いではないのか?』誰もが最初そう思い……

『もし本物だとしてもたった一人なら勝てるんじゃないのか?』甘い思考に酔い……

『もしあの少女を倒せば俺が最強になるのか!』愚かな回答を導き出した。

彼女が無造作に持つ最強の武人の証である方天画戟に気づかずに。


無論、これは想像である。何故ならば彼女に挑んだ者全てが、一瞬の後、この世から

いなくなっているのだから。



「……ああ、そっか、そうなんだ」

于禁こと沙和はもはや震えを通り越し、呆然と目の前に広がる地獄絵図を眺めていた。

方天画戟の一振りで数十人から数百人の魏兵の首が飛ぶ。かつて4万(萌将伝では3万)の黄巾兵を

一人で打ち破ったという伝説を聞いてはいたが、それが事実なら剣や槍を4万回振るのか?

10秒で1人殺したとして100時間以上槍を振り続ける等出来るわけもないのだからただの

誇張であろうと誰もが思っていた。しかし事実は単純であった。


ドガン!! ……と、火薬が使われたわけでもないのに爆発音が響き渡る。


方天画戟の横薙ぎの一撃で数百人を葬り、槍を振り下ろせば大地に穴が空くと同時に爆音が響き、千人

が宙に舞った。


誇張でもなんでもない。これが呂布!!


「って見てちゃ駄目なの!! 凪ちゃん、真桜ちゃん!」

「お? おおッ!」 「解っている!!」

同じく呆然としていたらしい真桜と違い、凪は両の拳に氣を纏わせて呂布を見据えていた。

もはや戦端は開かれた。一刀の命令は後退。だが呂布一人が出てくるなど想定していたわけもなく、

また数万の兵がたった一人を相手に戦わず逃げるなど、曹魏としてあってはならぬ事であった。


「お前達下がれ!! 沙和、真桜行くぞ!!」

であれば最も勝てる確率のある手を打つ。たとえ凪一人では張飛の足元にも及ばなくとも、三人揃えば無敵!!

「おっしゃあ!」 「わかったの!」

その気持ちは真桜も佐和も同じ。

「猛虎翔吼拳ーーーーーっ!」

恋に向かって金色に光る凪の手甲より放たれる氣弾。凪は自ら放った氣弾に追い付かんばかりに走り出した。

これはかつて張飛との戦いの時に見せた凪の二段攻撃! 張飛に破られたとはいえその時より技の威力も、

凪の駆けるスピードも数段あがっている。しかもそれだけでは無い。

「いっくでぇぇぇぇえええッ!!」

右翼より螺旋槍を回転させつつ真桜が

「勝負なの~~~ッ!!」

左翼から二刀を構えた沙和が迫る。

氣弾を交えた四段攻撃!! いかな呂布とて避ける術は無い。

「……」

対する呂布は方天画戟を左手に持ち替え右手を前に突き出す。

「……んッ」

バンッ!! と、恋は素手で、しかも右腕一本で迫る氣弾を弾き飛ばした。

凪の氣弾はかつて赤壁において巨大な水柱を作り、その凄まじさから真相を知らぬ地元の人間が後に

水龍伝説を語り継ぐ程の威力を持っていた。そもそもそれ以前に氣弾というものが掴めるものなのか?

恋の武力はそういった次元すら超越していた。


しかし!!


「もろたでぇッ!!」

恋が氣弾を弾き飛ばしたと同時、左翼より迫っていた真桜の螺旋槍が襲い掛かる。

「……」

又も無言。しかし左手に持ち替えていた方天画戟が高速回転した螺旋槍を受け止めた。


バチバチバチバチッ!! ……方天画戟と回転を続ける螺旋槍がぶつかり合い火花を散らした。


「熱ッ! 熱ッ!! ……ウチの珠の肌が焼けるぅぅぅぅッ!!」

「よくやった真桜!!」 「後はまかせるの~!」

本来なら相手の武器毎両断する方天画戟。しかし天才真桜の発明した絶対破壊兵器螺旋槍はその一撃を

耐え切ったのだ。

呂布の右腕を氣弾が、左腕の方天画戟を真桜の螺旋槍が塞ぐ。そして迫る凪と沙和。いかな呂布とて両手が

塞がれては成す術もないかと思われた。


ぐぐ……と、方天画戟を受け止めている真桜の体が浮き上がる。

「熱ッ、熱いわぁッ!! はようしたって……なんや?」

武器を叩き切れないならば投げ飛ばせばいいとばかりに恋は左腕一本で李典の体毎持ち上げ、そして

「あだあッ!!」 「うわあッ!」

正面から拳を光らせ迫っていた凪とドカアッ!という音と共にぶつかり、左翼、恋からすると右翼側より近づいて

いた沙和を巻き込んで恋はそのままブン、と3人を放り投げた。


……3人は星になった。


そんな表現が最も適切であろう程はるか遠くへ投げ飛ばされ、長安は一瞬の静寂が訪れた。

呂布は氣弾を受け止めた右手に一度目をやった後、残る数万を超える魏兵の前で一言静かに言い放った。

「……続き」






――― 長安



魏軍は3将が敗れた後も呂布に戦いを挑み続け、更なる血の海を増量させていた。

最強の称号か? 大将の仇討ちか? 思惑はどうあれ未だ逃げ出すという選択肢は起こっていない。

「……むむむ、奴ら随分粘るのですよ」

「門を開き決戦に望みますか?」

城壁の上、恋の戦いぶりを見ていた陳宮こと音々音の一言に斥候の一人がそう質問した。

「まだなのです、今出ては統制がとれていなくても兵数の差で乱戦になってこちらも被害が多くなるのですよ」

そもそも策でもなんでもなかった。軍議中に恋が『……ちょっと行ってくる』とフラリと王座の間から出て

行った時も厠かおなかでもすいたのかと思っていただけであり、そのままスタスタと城門まで向かい門を

守る兵に『……開けて』と一言告げて外にでて今の状態である。

とはいえその直後、武威の方角よりあがった狼煙を見て『さすが恋殿!』と陳宮は舌を巻く事になったが。

「しかし恋殿にしては調子が悪そうなのですよ」

『どこが!?』と言うツッコミを斥候は耐えた。城壁の下はたった一人の少女に既に数千の魏兵の首が飛ば

されている地獄絵図さながらであり、その数は次々に増えているのだから。

「恋殿ならもうとっくに数万位の兵を倒してもおかしくない筈……ってなんですと~!!」

落ちんばかりに城壁の下を覗き込む。あまりの圧倒的な武力の為気づかなかったが呂布は左腕一本で

戦っていた。外傷は見当たらないが、右腕はただだらりと下がっていた。

「な、何故なのです? ……って先ほどの氣弾使いのせいに決まっているのです!」

そう、凪達3人の攻撃は無駄ではなく、飛将軍呂布に手傷を負わせ、3人揃えば無敵という言葉は決して

ハッタリではなかった事を証明していた。

「今すぐ城門を開き恋殿の援護をするのです! まあ援護不要な気もしますが万が一があるのですぞ!」

「御意」

先程の斥候はそう答えるが、出撃準備等とうに終わっており、陳宮の号令待ち状態であり、斥候の『出陣』

の命令に雄叫びがあがった。

大将一人を戦わせている状態に呂布隊もあらゆる意味で既に我慢の限界であったのだ。

瞬く間に城門が開かれ、まるでせき止められていたダムの水が放流するように、呂布隊が飛び出し、魏兵を

飲み込む。とはいえこの時点でも魏軍の兵数は呂布隊を圧倒しており、戦局は乱戦の様相を呈しかかった。

不運であった。今すぐ槍を投げ捨てて逃げればまだ助かったかもしれない。

魏軍にとってありえない敵が、馬の牙門旗を掲げた、最強の騎馬軍団が武威方面より襲来したのだ。

「突撃~ッ!!」

馬超のシンプルな号令が戦場に響き、ドドドドド……と、魏兵を奈落へ誘う馬蹄の音が戦場を飲み込んだ。


前門の呂布、後門の馬超。正史において、あの曹操ですら正面から戦って逃げるしかなかった最強の2将

に率いられた部隊である。いかな兵数差があってももはや勝敗は明らかであった。



「やっときやがったのですよ」

言葉使いとは裏腹にホッと息を吐く。どのような手を使って長安近くに辿り着いたかは解らないが武威、

安定方面からあがった狼煙は馬超隊が長安へ急行している事を示す合図であった。陳宮としても策を

考えるつもりであったが結局戦場の空気を読む恋の行動が結果として最大の戦果をあげる形となる。

音々は屈伸運動を始める。一刀に挨拶代わりの陳宮キックを放つ為に。さて理由は何にしようかとほくそ笑んだ。







――― 長安 王座の間



「むむむ、成程安定を放棄し武威にて決着を付けるのですな」

「ああ、安定の民の避難は護衛に紫苑を付けて月に頼んでる。魏軍の進軍については蒲公英の足止め次第って

とこだけどな」

「恋右手どうかしたのか?」

「……平気。さっきまで痺れてたけどもう大丈夫」

一刀は、何度か手をニギニギと握り締めていた恋に声をかけた。

「軍議中なのですぞ! ち●こはち●こらしく大人しくたっていればいいのです」

場がシン……と静まり返る。

「いやねね、今のは最悪……」

「陳宮き~っく!!」

ドガッ!! ……ゴロゴロゴロ ←描写の説明は不要だと思っている。

「な、何故……」

「記憶を無くすのです!」

照れ隠しかよ!! と思ったがこれ以上のダメージを恐れ何も言わなかった。ヘタレでは無く、戦略的

撤退である。

「しっかし恋一人で戦うってどんな策なんだそれ?」

「ねねの策じゃないのです。恋殿には戦の流れが見えていたのですな」

フフン、と我が事のように胸を張る陳宮。その場にいる全員が恋を尊敬の眼差しで見つめた。

見つめられた恋は何の事かと首をかしげた後、思った事を述べた。

「……ご主人様が来る気がしたから、道をあけておこうと思った」

例えるなら玄関に石ころが転がっていたので掃除した。ちょっとした主婦の家事感覚であった。

地面がボコボコになっていたのはご愛嬌というものかもしれない。

「そ、そうか、恋偉いな」

一刀はまるで飼い犬が主人に『褒めて』と、ねだるような目で恋に見つめられ何が偉いのか良くわからないが

頭を撫でた。

『そ、そうなのです!』静まった王座の間の静寂を破るように陳宮は唐突に話題を変えた。

「武威で決戦は良いのですがそれでも魏軍の兵力は侮れないのですぞ!」

武威城を守る黄忠隊、遊撃中の馬岱隊に今長安にいる馬超隊、呂布隊を合わせても西涼遠征に動員された

魏軍の兵数はなお強大であった。

魏軍の兵糧を削ぐ為の引き込み戦、気力、体力を奪う為、昼夜を問わずの馬岱隊の一撃離脱攻撃、馬国が

得意な野戦にする為の工作。それでもまだ魏の大軍を破るには遠かった。

「それなら大丈夫だ。なあご主人様」

「翠には何か策があるのですか?」

「おうよ! 最初の段階で桃香様に援軍を要請しておいた」

「……いやそれ俺の策」

「おお! そういえば恋殿とねねも劉備の蜀攻略に手を貸したのですからここで借りを返してもらうのは道理ですな」

体勢は整った。魏と馬の最終決戦は目前に迫っていた。







―――蜀 成都 王座の間



時は少し遡る。


南蛮遠征時に腹を壊した袁紹陣営を除く蜀将の全てが集められ、馬より届けられた情報を元に軍議が

開かれていた。


「はわわ、大変です!! 翠さんやご主人様が……」

「あわわ、あわわわ……朱里ちゃんどうしよう?」

蜀、というか大陸最強の頭脳である諸葛亮こと朱里、鳳統こと雛里の第一声である。

「二人とも落ち着け。あの翠や蒲公英達が簡単に敗れるものか」

「うむ。馬には紫苑もおる。焦るな軍師殿」

関羽こと愛紗、厳顔こと桔梗が場を落ち着かせた。

「そ、そうでしゅ! ……はうぅかんじゃっだ。 雛里ちゃん蜀と西涼の地図を」

「う、うん。朱里ちゃんそっち持って」

王座の間に大陸西方の地図が広げられる。

「急いで援軍を送らないといけません。やはり漢中から長安へ向かうのがいいでしょうか?」

「魏の侵攻速度が解りません。天水から武威へ向かうのがいいかも?」

「両方に兵を分けるという手もありますが……桃香様どうしましょう」

軍師二人が、王座の間に集まった将軍全員が蜀の皇帝劉備こと桃香を見上げた。

「……朱里ちゃん雛里ちゃん。どれも違うよ」

普段であれば真っ先に『翠ちゃんやご主人様が大変! 朱里ちゃん雛里ちゃんどうしよう? 愛紗ちゃん

急いで助けに行こう!!』と軍議そっちのけで走り出す姿が容易に想像できるあの桃香が始めて口を

開いた。

「私達が向かうのはココだよ」

トン、と、武威でも長安でも無い、地図がきれた机の端に指を置いた。

「はい? あの桃香さま、それはいったい? あっ!?」

「朱里ちゃん? えっ!? あわわ、まさか、そんな……」

「どうしたのだ?」 「ふむ? 何か別の道でもあるということですかな?」

事態を飲み込めていない張飛こと鈴々、超雲こと星が的外れな事を言う。

「焔耶ちゃん、私達の目的は何かな?」

「は、はい、全ての民が笑って暮らせる国を作る事です!!」

魏延こと焔耶は桃香に声をかけられ嬉しそうに答えた。

「そうだね。だから私達が向かうのは武威でも長安でも無い。争いを終わらせる為に一番行かなくちゃ

いけないところ……」

桃香が指を置いた所は、もし西方までの地図が広げられていれば長安よりずっと東。

「私達は魏の首都、許都に行きます!! 朱里ちゃん雛里ちゃん策を!!」

「ま、まって下さい桃香様! それじゃ馬国が……」

「……わ、解りましゅた」

「そうですよ! 雛里ちゃんの言う通りです……ってええっ!? 解っちゃったの雛里ちゃん!?」


蜀の参戦。魏と西涼軍閥大連合との戦いだった筈の潼関の戦いは、呉、そして蜀を巻き込み

大陸全土を巻き込む戦いへと様相を変えていたのだった。




現時点での戦況


魏 楽進、李典、于禁隊 全滅

馬 安定 陥落

呉 荊州 制覇

蜀 五胡、南蛮、仲 の反乱を鎮圧




(あとがき)


ちょっと繋ぎの話なのでご了承願います。次盛り上がる……といいなあ。


いやエンジェルビーツが面白くてですね、ちょーどSS書いてた時間帯で手につかなたったってのと

その後萌将伝でてプレーしようと思ったらcpuパワーがダメでパソコン買い替えたりとか色々でした。











[8260] 39話
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2010/09/22 00:19





――― 馬 武威城



ドオオオオッ!! ……怒声とも喧騒ともつかない鳴り止まない騒音。

「今です!」

武威城の城壁、黄忠こと紫苑が良将の条件の一つ、戦場でも良く通る力強い声で弓兵隊に指示を出し、城壁を

よじ登ろうとしていた魏兵に矢の雨を降らす。多くが悲鳴をあげ、大地に叩き落された。

「今よ! 落としなさい」

馬鉄(賈駆)こと詠の指示により城壁に積み上げておいた岩を落とし、裏門をこじ開けようとしていた哀れな魏兵

は潰され、避けたと思い胸をなでおろした兵は詠がしかけた落とし穴に落ちた。


武威攻城戦。


司馬懿一刀率いる曹魏100万の軍勢は馬国首都武威へ攻撃を開始。馬も守将黄忠の指揮、軍師賈駆の

周到極悪な罠をもって抵抗していたが圧倒的兵力差の前に陥落は時間の問題であった。

「あ……ああ……」

ペタリ……と、戦えなくても皆と一緒に武威を守りたいと矢の補充など必死に走り回っていた馬休(董卓)こと

月は腰を落とした。

「月しっかりして! きっと来る、翠も恋も蒲公英もねねもあのバカち●こだって来るわ!……あのバカが月の危機に

駆けつけないわけ無いもの!」

バカにしているのか信頼しているのか良く解らない一刀評が混じる。

かつての詠ならば『何を犠牲にしても月はボクが守る!』と、陥落確実な武威を見捨てて逃げていたであろう。いや

その本質は変わっていない。ただ月に言った言葉を、必ず仲間が来ることを詠が誰よりも信じていただけだ。

「ううん、詠ちゃん違うの……」

小さな頭を左右に振る。その口元は小さく、安堵を含み微笑んでいた。

「ええ、ご主人様も翠ちゃんも、間に合ってくれたわ」

紫苑は疲れた顔を微塵も見せず月の言葉を補足する。彼女たちの視線の先には長安の方角より、砂塵を巻き上げ

ながら一直線に武威の城へ向かってくる騎馬隊。


そのたなびく旗は最強の騎馬隊の証、馬の牙門旗!!


先頭を駆けるは西涼の義姫、白銀と謳われる錦馬超!!!


その後ろに槍も持たず、護身用の剣も抜かず名馬麒麟にしがみ付き翠に続くのは天の御使い北郷一刀!


『遅いのよ……月が心配しちゃったじゃないバカ!!』 詠が悪態をつきながらも浮かべる小さな笑みを見、

月は微笑した後、目を閉じ祈った。

『翠さん、たんぽぽちゃん、恋さん、ねねちゃん、そしてご主人様……みんなどうか無事でありますように』  



「この涼州に土足で乗り込んできた魏の連中を追い払う!! あたしに続けええええええええええッ!!!」


おおおおおおおおおおおおおおッ!!


月達に少し遅れて馬超の到着に気付いた魏軍は武威攻略を中断し、迫る馬超に対して隊列を整える。

「遅っせえッ!!」

翠の持つ十文字槍、銀閃が光を反射して銀色の閃光を放つ。大軍を切り裂き、馬超隊は曹魏100万の大軍へ突撃した!! 






――― 馬超隊



時は少し遡る。



「報告します! 武威城、現在攻撃を受け籠城中。陥落は時間の問題と思われます。また、馬岱隊は予定位置に待機中です」

「蜀から連絡はなかった?」

「……ありません」

斥候よりの報告。西涼連合の存亡をかけた最終決戦はきって落とされていた。

「どうするのです!? もう待っている時間はないのですぞ!?」

蜀の援軍を待つ、または早馬を送り催促を促す。そんな悠長な事を考えている間に武威は陥落する。魏軍の兵力を考えれば

どちらも選択の余地は無かった。

「あと馬岱将軍より伝言があります」

「なんだ?」

「はっ『たんぽぽばっかり働かせ過ぎ!! この戦いが終わったらたんぽぽもう働かないから』……だそうです」

「却下」

即答だった。

とはいえ後に命名されるこの潼関の戦いにおいて、最も過酷な戦いを続けたのは蒲公英である。最強の騎馬隊の半数を

率い、進軍を続ける魏の大軍に何度も一撃離脱の夜襲を続けて相手の進軍を著しく遅延させ、気力体力を奪いに奪った。

なぜ相手に補足されなかったのか? それは西涼連合の特性にある。

涼州は多数の軍閥の集まりである。北の軍閥領地から補給を受けて翌日は南の軍閥領地より出陣、西へ東へと

その都度補給先を変えた為魏は蒲公英の攻撃を予想する事が出来なかった。

月が安定の民を説得し、都市を無人にした事も大きい。進軍速度を優先した為に補給は現地調達を期待していた魏は、無人

となった安定で補給が出来ず、あまたの軍閥を攻略する余裕はなかった。

「お花の戯言はこの際どうでもいいのです。問題は一手足りないという事なのですぞ!」

「……大丈夫、恋が多く戦う」

「しかし恋殿! ……って、それしかないのですな」

「頼む恋、ねね。俺と翠がいけるようならなんとかやってみる。頼むぞ翠!」

「……」

「翠? どうした?」

普段なら『おうよっ!』と頼もしい返事を返してくれる少女はじと目で一刀を見つめていた。

「なあ、ご主人様はどうせ戦えないんだからあたしについてくる必要はないんだぞ?」

「? なんで? 翠と一緒にいたいんだけど?」

「☆□※@▽○∀っ!? ななな……こんな時に何言ってるんだよご主人様!!」

「いや翠だとなんだかポカしそうで心配なんだよ」

『ああ、それはありますな』 「……(コクリ)』 ねねと恋も同意した。

「お前ら盟主をなんだと思ってんだ」

とある外史においてはただのお漏らし少女が曹操、劉備、孫策と肩を並べて国を興しているのである。

……とんでもない外史だった。

「いやホント、正史の韓遂さんも大変だったと思うよ。人の話聞かない翠に腕斬られちゃうし」

「? 何ブツブツ言ってるんだご主人様?」

「独り言。まあ余計な事しないで麒麟にしがみ付いてるから心配しないでくれ」

一応護身用の剣を腰に下げてはいるが、そういえば抜いたことあったっけか?

「心配するにきまってるだろ……まったく。麒麟、ご主人様を頼むぞ」

翠は麒麟の首に腕を回し、自分の頬を当てながら優しく撫でる。麒麟は嬉しそうに目を閉じ、気持ちよさげに

本来の主の抱擁に答えた。


突撃の準備は整った。馬超隊の第一目標は魏軍を真っ二つに切り裂く事。

他の軍閥にその力を誇示する為、涼州の盟主は常に先陣をきる。盟主馬超は隣にいる一刀に顔を向けニッと笑う。

可愛げが無い、というか男前だ。与えられた重責に泣き言を言うでも無ければ、愛のささやきをするでも無い。ただ一言。

「行くぞ、ご主人様!」

「おうッ」

平時では女の子らしくないと嘆く誰よりも女の子らしく愛らしいお漏らし少女は、戦場では美しく、凛々しい

西涼の義姫となる。顔を正面に戻すと栗色の長い髪を束ねたポニーテールがふわりと舞った。


「馬超隊、突撃~~~~~ッ!!」

最強騎兵の証、馬の旗をはためかせ、砂塵を巻き上げながら馬超隊は曹魏100万の大軍へ突撃した。







「おおおおおおっしゃらーーーーーーーッ!!」

馬超の威風ある突撃にまるでモーゼの奇跡のように魏兵が道を開ける。逃げ遅れた、あるいはこの騎神に戦いを挑んだ

無謀者は銀閃の一振によって縦に横にと両断される。続く西涼最強騎兵がその道を押し広げ、または敵の首を落とし

魏の兵達は混乱し、その混乱は更に伝染する。武威までの進軍で疲れ切っていたのもあろう、攻城戦から急遽野戦に転じ

た為に隊列すらままならなかった事もあろう。予想よりも早く、強く……

馬超隊は曹魏100万の部隊を真っ二つに切り裂いた。






―――馬岱隊


「うわっ、早ッ!! お姉さま早すぎるよ……みんな準備出来てる?」

「問題ありません」

馬岱こと蒲公英の慌てた言葉に斥候が簡潔に答える。

魏軍を切り裂く第2陣として待機していた馬岱隊大将の蒲公英は、先陣であった馬超隊の予想以上の速度に嘆息した。

「そっか、それじゃさんッざん働かされた恨みは魏軍にぶつけてね。馬岱隊とっつげき~!!」


おおおおおおおおおおおッ!!!!


馬超隊に両断され、混乱極まる魏軍の側面へ、馬岱率いる西涼騎兵が突撃する。

寝耳に水どころでは無い。予想以上の巨大台風によってボロボロにされた所に今度は全く予想されていなかった同規模の

台風に直後に襲い掛かられたようなものであった。

隊を率いる馬岱の指揮能力は馬超に決して劣らない。単体武力では未だ劣るものの、その乗馬能力はとある外史においては

白馬長史公孫賛と錦馬超を出し抜き勝利する程に長けていた。

その馬岱が最強の騎兵を率いているのである。いかに大兵力とはいえ混乱中の魏軍を突破するなど造作もなかった。






―――呂布隊


第一陣の馬超、第二陣の馬岱隊の縦横からの突撃によって、魏軍は十字に切り裂かれ四分割された。


「……ちんきゅー、行く」

「了解なのです! 呂布隊、突撃ですぞ!!」


おおおおおおおおおッ!!!


最強の証 深紅の呂旗をはためかせ、大陸最強の武を誇る飛将軍 呂布こと恋が、陳宮こと音々音を含む呂布隊

を引き連れて混乱極まる四分割された魏軍の一隊へ攻撃を始めた。

二度に渡る騎兵の蹂躙を辛うじて生き残った魏兵は果たして運が良かったのか? そんなことを考える暇もなく、

恋の方天画戟によって思考力など命毎消え去っていった。


呂布隊の攻撃に続けとばかりに、魏軍を両断した馬超隊は大きく旋回し四分割された魏軍の一隊へ突撃、馬岱隊も

同じく続き、4分割された魏軍のうち3隊が混乱を収める暇もなく、続けざまに戦いの継続を余儀なくされた。



爆ぜる。恋の方天画戟の一振りで数十人という魏兵が吹き飛ばされる。

「……ちんきゅー、あった?」

「みあたらないのです。この隊は外れかもしれないのですよ」

西涼軍の目的は隊を率いる牙門旗。圧倒的兵力差がある以上馬国の勝利条件は敵大将の打破。そして……

「……霞もいない」

「……ですな」

二人は別の目的も持っていた。

「むむむ……ここにいないならもう一つの隊なのです。翠とお花が当たっていない残り1隊を早急に叩きに行くのです!」

奇襲を重ねた上での混乱である。魏の軍勢が混乱から立ち直られれば兵力差で押し返されるであろう、時間との戦いであった。

「……解った。道を作る」

方天画戟を振り上げる。

振り上げた先には数万を超える魏兵、恋は言葉通り、その魏兵を吹き飛ばして道を作らんと方天画戟を振り下ろした。


ガギィィィィィイイイイイン!!!!!


けたたましい金属音が戦場に鳴り響く。

「恋殿の一撃を受け止めたですと~!? 何者なのです!!」

恋の一撃は言うなれば爆砕。それを受け止めるなど並みの人間では不可能であり、ねねの驚きは至極当然であった。

恋の振り下ろしによる風圧で舞っていた砂煙が四散する。


そこには片刃の大剣”七星餓狼”を構える隻眼の猛将、魏武の大剣夏候惇。

「……この時を待っていたぞ呂布!! 貴様の首を華琳様に捧げんが為にわたしはここまで来たのだ!!!」

凄まじい怒気を呂布に叩きつける。武神の感が警戒を発した。それでも……

「……ちんきゅー下がって」

「了解なのです。ですが恋殿、時間はありませんぞ!」

「……大丈夫、多分五合かからない」

それでも飛将軍呂布には夏候惇将軍は五合程度でけりがつく程度の相手と結論付けた。

「なんだとう!! ならば数えているがいい!!」

その言葉と同時、大剣が振り下ろされる。

ギンッ!! 『……1つ』方天画戟の切っ先を当てて剣スジをずらす。恋は律儀に数を数えた。

ギギンッ!!! 『……2、3つ』常人なら目にも止まらぬであろう凄まじい斬撃をこともなげに受ける恋。

「はああああッ!!」

夏候惇の気合を込めた横なぎの一撃を躱す恋。

「……4つ、5つも必要無かった」

恋はそう告げて方天画戟を振り上げる。

対する夏候惇は頭を右に傾けた。

『……?』 意味の無い動き。刃を避けようと無意識に出た行動。結果は脳天から両断されるか肩口から

切り裂かれるかの違いだけ。恋はそう判断し、方天画戟を夏候惇の肩口に振り下ろした。


……ゾクリ


突然の悪寒、恋は方天画戟を途中でピタリと止める……と、同時!!


ビュオン!! と、夏候惇が頭を傾ける前にあった位置から恋に向けて矢が襲い掛かる!!

『恋殿!!』 『……ッ』陳宮の悲鳴、恋は手首を動かし、止めていた方天画戟の切っ先で迫りくる矢を打ち払った。

「だらぁぁぁっ!」

その隙を逃さんと夏候惇の七星餓狼が呂布の首を狙う。

恋はとっさに上半身を反らし切っ先を躱したが、首に巻いたスカーフの先端が数センチ切り裂かれた。

「今のが5合目だったな……惜しかったではないか、5合で貴様の首が飛びケリが付くというな」

「汚いのですぞ! 矢を撃ったのは誰なのですか!!」

ねねが我慢ならんとばかりに唾を飛ばす。

「私だ。悪いがこれは一騎討ちでは無く、我々姉妹の私怨だと理解してもらおう」

夏候惇の後方、曹魏の二柱が一人夏候淵将軍が餓狼弓を構え呂布を見据えていた。

「何を勝手な!!」

「……いい」

「恋殿!!」

「……こっちも二人、おあいこ」

「? どういうことなのです?」

「……恋が戦って、ねねが後ろで見守ってる。だから二人」

「!! 勿論なのです!! 恋殿の勝利を確信しつつ、命懸けで応援しますぞ!」

『うん、心強い』恋はコクリと頷いた後、正面夏候惇に視線を向ける。『……でも、どうして解った?』

夏候淵の言う通り一騎討ちではないしこちらも二人それは問題無い。

ただ真後ろから来る矢がどこに放たれるのかまるで見ていたかのように躱した夏候惇の行動が理解できなかった。

「なんだ? 矢の出所の事か? そんなもの合図を送りあわずともわれらなら解る、それだけだ」

要は以心伝心。五虎将に次ぐ武力を誇る夏候惇と夏候淵の同時攻撃。単純な二人がかりでの攻撃ではなく、

一撃必殺の大剣の攻撃と完全な死角からの正確無比な矢の攻撃。恋は関羽張飛の連携以上の強敵と相対する

事となったのである。







―――馬岱隊


「やッ……と!!」

気合の掛け声と共に愛槍 影閃で敵陣を切り裂く蒲公英。

「いないなあ……外れ引いたかも?」

魏の旗はある。しかし涼州遠征軍の総大将である司馬懿の旗は、蒲公英がしかけた部隊の中には見当たらなかった。

「恋かお姉さまが当たりを引いてるといいんだけ……どッ!! と」

そう独り言を言いながら自分に向かって槍を突き出してきた魏兵を両断する蒲公英。

やはり兵数の差は大きい。馬岱隊と魏軍の一隊の戦いは乱戦となりつつあった。

「しょーがないか、たんぽぽはたんぽぽの仕事するしかないし」

お姉さまや恋みたいな人外の武力を持ち合わせていないたんぽぽにはこの兵数差を覆せない。

だとしても足止めぐらい出来るしやりようはある。

その間にお姉さまか恋が司馬懿を倒せば涼州軍の勝利だもん!!

「さあかかってこい自称する王を担ぐ賊軍の兵共!! がさつな馬に咲く一輪の雛芥子の花こと馬岱はここにいるぞ!!!」


……でも地味なポジション(立場)だよね。






―――馬超隊



「見つけたあああああッ!!」

強引に分断させた魏軍の一隊に突撃した馬超隊大将翠は、眼前に広がる魏軍の先、金繍の布に司馬懿の3文字を見つけた。

あの旗の近くにいる司馬懿仲達を討ち取ればこの戦いは終わる!! 

銀閃を縦横無尽に振り回し司馬懿に続く道を無理矢理に作る翠。

外史に慣れ、いや兵には一般的な光景だとしても、それでも眉の太い、どこか純朴そうな美少女が鋭い眼光を持って白銀に輝く槍を

使い、まるで紙を切るように無骨な男共の首を次々と跳ね飛ばすのだ。相対する魏軍の将兵の恐怖はどれほどであろうか。

それでも大将である司馬懿一刀を誰よりも守らんと心に決めた少女達が翠の前に現れた。


ゴウッ!! と、空気が悲鳴をあげる。棘の付いた超巨大鉄球が翠の側面より襲い掛かる。

「しゃっおらぁぁぁぁ!」

気合の声と共に銀閃で鉄球を打ち返す翠! 宙に消えるかと思われた巨大鉄球はジャララララ……と繋がっていた鎖に

引き寄せられ持ち主の元へ帰った。

魏軍親衛隊許緒。

「翠! 右から来てるッ!!」

「えっ……ってうわあああッ」

ブオン!! と、一刀が声をかけるまで翠の頭があった位置に太極図が描かれた巨大円盤が通り抜け、同スピードで引き戻された。

編みこまれた綱を特殊な技法で円盤に巻きつけているらしい。その円盤の持ち主は魏軍親衛隊典韋。

「兄ちゃんはボク達がやらせないよ!!」 「兄さまの側へは行かせません!!」

一定の距離を保ち、二人の少女が左右から翠を挟む位置で対峙し、睨み構えた。

その距離は翠の銀槍が相手に届かず、相手の鉄球と円盤は翠に届く距離。

「……こいつら」

誰に鍛えられたのか、戦の機微を理解している風な立ち位置に翠は小さく悪態を付いた。






――― 武威



「……まずいわ」

全面に広がる魏と馬の戦いを眺めていた詠は戦況を正確に計算し、そう呟いた。

「そ、そうなの詠ちゃん? ご主人様達みんな凄く頑張って見えるけど……」

「それは否定しないわ。ただ……」

「このままでは負けるわね」

月の問いに答える詠の言葉に付け足すように紫苑がそう呟く。

圧倒的な兵力差がある以上、数に劣る馬は常に先手先手を打っていかなければならなかった。

馬超が攻城戦から切り替えたばかりの魏軍へ突撃分断し、馬岱がその側面より更に突撃。魏軍を4つに分断する。

呂布と陳宮、そして旋回した馬超、馬岱が混乱した魏軍へ攻撃をしかけ、遠征軍総大将司馬懿を討ち取るのが全作戦だった。

作戦は成功するかに見えたが、ここにきて呂布隊、馬超隊の動きが止まり、唯一追撃を受けなかった魏軍の一隊が混乱から

立ち直ろうとしていた。

その部隊が現在交戦中である3隊の後方より攻撃を仕掛けられれば涼州連合は壊滅する。

「詠ちゃん、城に残る全ての涼州兵を集めて頂戴。私が出るわ」

「紫苑さん!?」 

「駄目よ! 紫苑が出れば武威の民は誰が守るの!? それに城に残る兵は弓兵が中心なのよ、むざむざ殺されに出るような物だわ」

「……やり方はあるわ」

『……(無いわ)』天才軍師賈駆の出した結論である。やれる事と言えば時間稼ぎ。その間に他3隊のどれかが相手を打ち破りさえすれば

なんとかなるかも知れないといった綱渡りの妥協策。

『……(西涼の象徴、翠とご主人様が殺されたら涼州は終わる……だけど!!ッ)』

「詠ちゃん紫苑さん……あれを!!」

葛藤する詠に月が声をかける。その指指す方角は武威城からすると南の天水方面。

その先には騎馬隊の一軍が武威に向かって土煙を上げていた。

「そんな……魏の援軍!?」

万策尽きた。詠がペタリと城壁に尻餅を付く。

「あれは……」

鷹の目を持つ紫苑が目を凝らす。掲げる旗は『見えたわ、旗印は”蝶” !』


「……は? 誰?」 「えっと……どなたですか?」 「う~ん……誰かしら?」


戦場はますます混乱した。






――― 謎の部隊



先陣を駆ける蝶柄の仮面を付けた少女が名乗りを上げた。


「天知る、神知る、我知る、子知る!

悪の蓮花の咲くところ、正義の華蝶の姿あり!

星華蝶!」

「……」

「ヒソヒソ(寝台の下、左の隅)」

「……ひっ! あ、朱華蝶!」


「盟友、蒲公英華蝶を助けんがため、

華蝶の連者ただいま」


「「参上!」」


ジャ~ン!! と銅鑼が鳴った。


「……ど、どうしてこんな事に。蝶の旗なんていつの間に作ってたんですか?」

諸葛亮こと朱里は趙雲こと星の隣でさめざめと泣いた。

「はっはっは! いくら私でもあんな酒代がかかるわけがありませんぞ」

横領の告白だった。

「じゃあメンマ代も偽装だったんですか!?」

「いえ、あれは全額おいしく頂きました。研究費とやらで八百八本を買う朱華蝶と変わりませんよ」

「金額が全然違いますし私は自分のお給金で買ってますよう!!」

「むむ? そうなりますと給金のほとんどが八百八本代では?……ゴホン、しかし間に合ってよかったですな軍師殿」

「はあ、もう華蝶仮面ですらないんですね。やっぱり変装する意味ないんですね。ええ解ってます。でも星さんを巻き込んでしまって……」

「はて? 漢中より許都へ向かう筈がうっかり道を間違えて天水へ行ってしまったあげく、思わず武威へ出てしまい、さらに

たまたま同盟国の馬が魏と戦っていたのですから、同盟国として助けるのになんら問題はありませんな」

「星さん……一瞬感動しかかりましたけど、それでいいなら華蝶仮面の変装、やっぱりいりませんよね?」

「それに主殿には軍師殿は命を、私はメンマを助けられたのですぞ。ここで恩を返すのは当然でしょう」

「星さん……また一瞬感動しかかりましたけど、それって星さんの中では私の命とメンマって同格なんじゃないのかな?

という驚愕の事実が判明したんですけど? さっきの質問もスルー(無視)されてますし」

「無論でござる!!」

「即答ですか!?」

「さて、朱里をからかうのもここまで。われらの相手は!」

「はいっ! あの立ち直りかけている魏軍を叩いて下さい」

「さすが朱里! 混乱から立ち直りかけている相手を選ぶとは鬼畜軍師ですな!!」

「……もう勝手にして下さい」

「趙雲隊、前方の魏軍へ……突撃ッ!!」


おおおおおおおおおッ!!



蜀の援軍により、四分割された魏軍は全て交戦状態に入った。

そして勝敗の鍵は翠と恋。魏と馬の最終戦は、最終局面へ突入したのである。




10


――― 呂布隊



夏候惇が剣を振り上げてできたスペースから矢が撃ち込まれる。それを躱すと同時に振り上げられていた

剣が恋の頭上へ落ちる。

「……んっ!」

それを方天画戟で受け止めると夏候惇が横に飛ぶ。その直後矢が二本撃ち込まれ、それを方天画戟を

回転させて撃ち落とす刹那、夏候惇の突きが恋の顔面に迫る! それを体を傾けて躱せば、その崩した体制の

恋に向かって夏候淵が弓をつがえ、矢を放った。


「……ってキリがないのですよ!!!」

陳宮が叫ぶのも無理は無い。夏候惇、夏候淵というただでさえ隙の無い最強クラスの武将が、その僅かな隙すら

カバーしあい、絶え間ない攻撃をしかけ続けるのだ。しかもこの二人の連携は崩れる素振りがまるでなかった。

しかし……

「……ちんきゅー大丈夫、そろそろ慣れてきた」

「ふん! 負け惜しみを」

終始有利に戦いを進めていた夏候惇がニヤリと笑う。その後ろ、夏候淵は冷静に頷き、呂布から見えない位置で

構えていた矢の本数を2本から10本に増やした。

そう、夏候淵は恋が今の攻撃に慣れるのを待っていた。矢の同時攻撃本数は最大2本と覚えさせていたのだ!

2本同時というだけで尋常では無いが、夏候淵は10本同時に狙った所へ正確無比に当てる事が可能である。

ギリリ……と弓を引き絞る。姉者が三撃、その後呂布に向かって頭2、心臓、胴3、両手足、の10か所を狙い撃つ!!


一、二、……三!! こちらの意思を理解している姉者が横に飛びずさる。


今だッ!!



ゾブリ……と、矢が突き刺さった。




…………秋蘭の背に。


「なん……だと?」


後ろを振り向く。魏兵しかいない。誰もが驚愕の表情を浮かべていた。矢を放った者がいない?

「そんな……バカな……馬の弓兵などどこにも……」

更に遠く、馬の兵がいる位置を探る。それは遥か遠く、武威城の城壁の上。

それは秋蘭の目ですら、米粒程度にしか見えない。しかしそこには確かに自分を見据え、矢を放った状態の女性の姿があった。

「フッ、なるほど、あれが弓聖黄忠……」

カラン……と、手から餓狼弓が落ちる。

「いくらなんでもこの距離を当てるとは……北郷、貴様の忠告、役立てようが……なかったぞ」

苦笑いを浮かべ、秋蘭はドシャリ……と、地に崩れ落ちた。


「秋蘭!!」

秋蘭が倒れた音に気付き、溜まらず後ろを振り返る春蘭。それを逃す呂布では無かった。

「……隙を見せるのは良くない」

「しまっ……!!」


ギャン!! と、振り下ろした恋の方天画戟は魏の大剣を打ち砕いた。




11


――― 馬超隊


「翠ッ!」

「おうよっ!」

翠は許緒、典韋の二人に構わず、紫燕を走らせた。今二人を相手にする暇は無い!

「あーっ! ズッコいぞ!!」 「逃がしません!!」

翠と並走する形で左右に展開する許緒と典韋!


「やーーーッ!!」 「たーーーーッ!!」

翠の左から鉄球、右から円盤が襲い掛かる。

「だっしゃらあああああああッ!!」

ギャギャンッ!!

銀閃で鉄球を打ち返し、刹那円盤を打ち返した。馬のスピードを落とすことなく!!

「なっ!? こいつ」 「流石馬超さん……でも!! 季衣行くよ!!」


ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!


「んなッ!?」

翠の後ろに続く一刀は絶句する。

鉄球と円盤の連続攻撃! その波状攻撃を馬を走らせながら銀閃で全て打ち返す翠!

打ち返られても鎖、または綱を巧みにコントロールして何度も鉄球と円盤を翠に繰り出す許緒と典韋。

翠の化け物染みた強さとそれに喰らい付く許緒と典韋。これが最強クラスの武人の戦い。

恐ろしいがそれ以上に美しいとこの戦いを見た誰もが思い、思わず見とれてしまったのはしかたのないことかもしれない。

当然同一人物である司馬懿一刀もそれは同様であり……

「えっ!?」


ドガアッ!!


「なんだ? 今なんかぶつかったか?」

「えっ? ああっ兄ちゃんが空飛んでる!?」 「兄さま!! ちょっと馬超さん今兄さまを引きませんでしたか!?」


司馬懿一刀は翠にひき逃げされた。


グシャアッ!! と、翠の紫燕にひき逃げされた司馬懿一刀は、まるで車田漫画のようにキリモミしながら地面に頭から落ちた。


「うおおおおっ、首、首がッ!! 顔も砂まみれかよっ!!」

片手で首を抑えつつ、残った右手で顔を拭う。その首筋にヒンヤリとした刃物が当たった。

「司馬懿仲達だな? 首なんか切りたくないから降伏してくれ。それでこの戦は終わりだ」

司馬懿一刀の首に剣を突き付けたのは翠の後ろにいた北郷一刀。


戦場で初めて剣を向けた相手が自分自身。異様なる外史の終幕は近い。






(補足)

曹魏100万=ハッタリです。

兵士が「たんぽぽ」馬岱だと合わないのでフィーリングで。

正史=吉川先生の三国志としてます(演義だと、とか正史なら……なんてきりがないので)

恋の「ちんきゅー」「ねね」=ちんきゅーの呼び方が好きなので。真名じゃなきゃいけないところはねねと。
あと連続過ぎて一文の中に”それを”が多すぎ(汗)




(あとがき)


魏側の事情は次回。

場面転換多すぎで申し訳ないです。

大体5割位の伏線とゆーか因縁持たせてた部分は回収出来たかも。

潼関の戦いの名シーン馬超vs許緒。なんだけど恋姫だと許緒が現段階では格下だから典韋とセットで関羽に

鍛えてもらってたとかひっそり仕込んでたり(探すとあるですよこのSS)。



しかし萌将伝やり過ぎじゃない? プロットだと秋蘭2本→3本だったのに、公式10本て(汗:どう持つのさ?)





[8260] 40話
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2010/10/16 14:21




――― 涼州



「司馬懿仲達だな? 首なんか切りたくないから降伏してくれ。それでこの戦は終わりだ」


「……(よりによって俺かよ)」

自らの首に剣を突き付けているのは他ならぬ北郷一刀。どういうわけか存在している

もう一人の自分。司馬懿一刀は絶体絶命のこの危機をどう乗り越えようかと思案した。

チラリと季衣と流琉を見る。俺が人質にされている為に馬超の側で動けずにいた。


ここまでなのか?


こんな所で華琳の夢が終わるのか?


頑張った、やれるだけやった……



それで…………いいわけがないだろッ!!



使える武器を探すんだ。それは剣とか、槍じゃない……この窮地を脱する……何かが…………


あった!!


「先に顔を拭っていいかな?」

「あ、ああいいよ。でも少しでも怪しい動きをしたら斬る」

北郷一刀は聞き覚えのある声に一瞬言葉がでなかったが、司馬懿の願いを了承する。

回転しながら顔面落ちした状態の相手に対して顔の土や砂を拭くなと言う程鬼でもなかった。

また別の側面もあった。降伏以外の言葉を口にしたからと即座に司馬懿を斬ればいくら翠が抑えている

と言っても側にいる許緒に典韋が黙っていないし、乱戦が続けば結局数に劣る西涼が負ける事も

ありえるのだから。


司馬懿一刀はボロボロになった文官帽をポイと投げ捨てる。ボサボサの茶色がかった黒髪が風に

さらされる。汚れた顔をグイと手で拭い、墨で描いた髭を拭った。

そして……

「よう俺、反董卓連合以来だな、元気だったか?」


どういうわけか自分が二人存在しているという情報。馬国の自分が知らない情報という武器を使い、

司馬懿一刀は、もう一人の自分である北郷一刀にニッと笑いかけた。








時は遡る。


――― 孫権軍


「蓮華さま。全ての準備が整いました……今こそ決戦のときかと」

「……ああ」

軍師呂蒙こと亜莎の言葉に頷き、孫権こと蓮華は頷き、小さな、しかししっかりとした

足取りで整列している呉の兵士達の前に立った。

蜀の地より全戦全勝、そのつど兵を増やし、決戦の地である建業についた頃には

10万を超える大軍を要していた。


目を閉じる。

(大丈夫……しっかりやってみせるわ。母様と姉様、そして一刀に褒められるぐらい、

しっかりとした号令をね)

カッと目を開く。青く、美しい眼が呉の兵士達を魅了する。

「孫呉の勇者諸君! これより我が軍は建業奪還、魏軍打倒の決戦を行う!

赤壁の雪辱を……奪われた呉の大地を再びこの手に取り戻す為、この孫仲謀に力を貸してくれ!


おおおおおおおおおおッ!!


兵士達の鳴り止まぬ雄叫び。そんな中、一人の将が蓮華の前で跪いた。

「お久しぶりです蓮華さま」

その人物は呉の猛将甘寧こと思春。

「思春!! あなた無事だったのね! 良かった、本当に良かった」

「はっ! 蓮華様もご無事で……ゴホン、これを雪蓮よりお渡しするように申し付かりました」

鞘に収まった一振りの剣を蓮華に差し出す思春。

「姉様から!? それじゃ姉様も無事なのね!」

「はっ、雪蓮様、公謹殿、祭殿、穏、以下孫呉の兵5万、建業裏門側にて蓮華様の攻撃指示を

待っております」

「ええっ!? ちょっと思春、姉様がいるなら総指揮は姉様が……ってこれは南海覇王!?」

思春が差し出していた剣は南海覇王。それは孫堅より続く、孫呉の王の証。

「ちょっと、これは受け取れな……あっ!!」

ザワザワ、というざわめき。『孫権様が呉の王に』 『西から呉を奪還する王とはやはり孫権様だった』

呉の兵10万がこの歴史的瞬間を見つめており、蓮華はもはや後に引けない空気を感じ取った。

「……思春謀ったわね」

小声で思春にだけ聞こえる声量で呟く蓮華。

「……呉が二度と他国に破られない為の布石だそうです」

「もう、姉様が先陣きって戦いたいだけでしょう」

呉の最強戦力である孫策。だが同時に呉の王である為に先陣をきって戦う機会が得られなかった。

黄蓋に甘寧、周泰。いずれも一騎当千の猛者だが蜀でいう関羽に張飛、魏の夏侯惇に当たる武将が

いない事が呉の課題であった。経験を積み、今や10万の兵を指揮するに足る実力を付けた孫権が

王として中央に構え、孫策が先陣として突撃する。豊富な軍師陣に諜報や隠密に長けた武将達。

正に呉最強の布陣が完成する。


蓮華は南海覇王を手に持つ。

「思春、姉様達に伝令、我々と同時に突撃」

「はっ!」

新たなる呉の王より最初の命令を受け、思春は孫策の元へ一瞬にて飛び去った。

表情は変わらなかったがその足取りを見た周泰こと明命は『凄く嬉しそうでした』と後に語る。

鞘から南海覇王を抜き、刀身を天に向ける。


「呉の勇者たちよ! 孫文台、孫伯符に続く三代目の呉の王として命ずる、

我等の土地を取り戻す! 全軍……突撃ぃーーーーーーっ!」


おおおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!


この瞬間、呉は最強の布陣を手に入れたのである。









同時刻。


――― 建業 現魏領土(旧呉首都)


「…………ぐぅ」

「風……風!!」

「……おぉ?」

程昱こと風は、郭嘉こと凛にガクガクと揺すられている事に気づき目を覚ました。

「……ふああああぁ、寝てませんよ?」

恐ろしく図々しい正に寝言をほざく風。

「そろそろ正門が破られる時間です。脱出しますよ風」

凛はそんな大きな欠伸をしつつ、白々しいボケをかました風をスルーして結論のみ述べた。

ドカン、ドカン! と、凛の言葉を肯定するように、建業を取り戻そうと何人もの呉兵が巨大な

正門に対し、丸太を叩きつけていた。


建業。魏に滅ぼされた呉の首都であり、旧呉領統治の為の中心都市として、郭嘉と程昱が

任されていた。


その建業が今、西より孫権、東より孫策の呉軍勢に挟撃され、陥落は時間の問題となっていた。

「対孫策の準備は出来ていましたが、まさか行方不明だった孫権が劉備と通じて蜀に逃げ込んで

いたとは……」

「全く、風が劉備は危険だとお兄さんに忠告しておいたのに『劉備は呉に逃げ込むから赤壁で

まとめて倒せる』なんて言葉に騙されて、まんまと蜀を奪われたのが納得いかないのですよー」

「まあ今更愚痴を言っても仕方ありません。ただ孫権がここにいる以上、荊州も当然落ちている

でしょう。ならば劉備は……」

「風達が荊州、呉と戦っている隙に蜀を手に入れた劉備なら当然許都に向かいますねー。

桂花ちゃん一人じゃもう落ちちゃってるかもしれません」

「まあ最悪の事態だけは回避してくれるでしょう。だとすればあとは馬国討伐軍ですが……半々と

見ますが風は?」

「むむ~……大将がお兄さんですからねー、戦場で可愛い女の子にでも見とれてたらうっかり敵に

捕まってしまってるかもしれません。あれ? ……凛ちゃん魏もしかして摘んでませんか?」


その時、ドガアッ!! と、ついに正門が破られ、呉兵の勇ましい雄叫びが戦場を包む。


「ふふふ……門が突破されたら白旗揚げろと言っておきましたから孫策さん辺りガッカリしてるかも

しれませんねー」

建業の守備兵は元荊州兵で構成されていた。旧呉領からの攻撃ならいざしらず、蜀方面からの進軍、

即ち荊州は既に敵に征服されている事を意味する時点で士気においても勝ち目はなく、風達が逃げる

時間さえ稼げばよいだろうという判断の元、兵達に門を破られたら白旗を揚げるように伝えていた。


「それじゃ行きますよ風」 「了解でーす」


風と稟は事前に用意しておいた脱出路を使い、建業を脱出。



呉は肩透かしを感じつつも旧領を見事奪い返したのである。







時は戻り


――― 涼州



カラン……と、剣を落とす。

「同じ顔!? ……なんで?」

魏の軍師、司馬懿仲達。最大の敵であったその仲達は何故か自分と同じ顔であり、驚きで手に

持っていた剣を落とした事にさえ気づけなかった。


そこへ、ズドドドドッ……と、単騎、砂塵をまき散らし異常な速度で二人に接近する将が一人。

「一刀ッ!!」

「「霞!?」」

二人の一刀が同時に声を上げる。将の名は張遼こと霞。

「だ~ッ!! 紛らわしいわッ!!」

超高速での接近に誰も動けない、いや動けたとして追い付ける者等いるわけも無く、霞は

司馬懿一刀の襟首をガッシリと掴み、そのまま反転して戦場を脱した。

その際『ぐえッ! 霞、首が絞ま……』という声を一刀は聞いた。


「季衣、流琉!!」

「あ、はいッ!」 「わ、わかりました!」

その一部始終を呆然と見ていた二人は霞の言葉にハッとし季衣は鉄球を地面に叩きつけ、

流琉は円盤を大地に滑らせて砂塵を巻き上げて煙幕とした。


撤退の銅鑼が鳴り響く。徹底的に分断された挙句の混戦の為、魏兵は統制の取れぬまま

バラバラに逃げていった。



「うへぇ……すごい砂埃だな」

翠はペッペッと唾を飛ばしながら立ち尽くしている一刀に近づき声をかけた。

「ご主人様、なんで逃がしちゃったんだよ?」

「……」

翠の言葉に返事も出来ないのは無理も無い。同じ姿、同じ顔。それが三国志の

勝者と言って良い司馬懿仲達を名乗り『よう俺』と声をかけてきたのだから。

「聞いてるのかよッ!! ……ってもしかして怪我れもひひゃッ!? いひゃいッ!!」

心配げに顔を近づけた翠は、沈黙していた当の一刀に頬をツネられて悲鳴をあげた。

「いきなりなにすんだご主人様ッ!!」

翠は頬をツネる一刀の手を弾いて涙目になりつつ睨みつけた。

「……いや夢かと思って」


夢では無いと自覚する。だからそう、司馬懿仲達とはつまり……


「そんなの自分のほっぺたツネればいいだろッ!!」

「いやビックリした。司馬懿仲達って妖術使いだったんだな」


……残念な結論に至っていた。


「……ごめんご主人様。そうだよな、今回結構働いてたし、働きすぎて頭が悪くなったんだな」

「いやその気遣いは酷いと思うぞ翠。というか頭が悪くなったってどういう事?」

普通はおかしくなったとか言うんじゃないだろうか?

それに確か司馬懿仲達は最初会った時から占い師を名乗っていたからその正体が妖術使いでも

不思議は無いと思う。

「ってまあご主人様だからしょうがないか……」

翠の中では俺は頭が悪くなったで結論づいたらしい。

撤退する魏軍をみながら溜息混じりにそう呟き、ポテリ、と紫燕の首に体を預ける。

「……あたしももう……動けねェ」

グッタリと弛緩した。

「翠、まだ仕事終わってないぞ?」

「もーむり、ご主人様に任せる」

「いや西涼盟主の仕事だろ?」

「うう……ご主人様のくせに軍師みたいな事言うなよ」

『え? 軍師だぞ俺』という一刀の言葉も五月蠅そうに、翠はやれやれと体を起こし、

銀閃を天高く掲げて背筋をピンと伸ばす。

馬上の馬超はまさに錦と謳われるに足る美しい姿で、そして大きく息を吸う。



「涼州の、あたし達の、勝ちだ~~~~ッ!!!!」



おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!


西涼諸侯連合は、盛大な勝ち鬨を上げた。



魏と馬(西涼諸侯連合)の戦い、後にいう潼関の戦いは馬超の勝ち名乗りによって、

名実共に馬の勝利となったのである。






「恋? どうしたんだ?」

勝利に沸き立っている馬軍の兵の中、いそいそと馬の用意をしている呂布こと恋を見かけ

た一刀は声をかけた。

「……追いかける」

「追撃するってことか? でも……」

ドドドドドド……

今後を考えれば追撃は全く持って正しい。『でも……』って何を言おうとしたんだ俺?

ドドドドドド……

確かにここ数日ひたすら戦いつつ、武威から長安まで往復しヘトヘトだった。だがそれだけ

じゃなくて、司馬懿を守る為に必死だった許緒や典韋、霞の姿が頭をよぎる。

ドドドドドド……

「ってさっきから『ドドドドドド……』うるさ……」

「ちんきゅーきーーーーーーーっく!!!」

ドガアッ!! と、一刀は背後よりいつものように蹴り飛ばされ大地を転がった。

「ささ、恋殿追いかけますぞ」

「……(コクリ)」

「……いやねね、理由ぐらい言おうよ」

そこまで言ってハッと気づく。あれだけの激戦を戦い抜いたのに俺が司馬懿仲達を逃がして

しまったのだ。それをなじるでなく、スカッとキックの一つで許してくれた陳宮の優しさに泣きそうになった。

「そこにお前がいたからなのです!」

……聞かなければよかった。現実は残酷である。っていうか違う意味で泣いた。

「だいたいこれは追撃じゃないのです」

「え? じゃあなんだ?」

「……取られたものを、取り返すだけ」

「は? ……ああ!! そうか頼むぞ恋にねね」

魏に取られたもの。それは恋達にとって、いや自分にとってもとても大切なもの。

「……うん(コクリ)」 「お前に言われるまでもないのです」


飛将軍呂布は逃げ惑う魏軍を追いかける。

それは奪われたものを取り戻すために……






「た、隊長!!」 「お顔が真っ青なの!」 「い、生きとるん?」

真っ青な顔でグッタリと気絶していた司馬懿一刀に駆け寄る楽進こと凪、于禁こと沙和、

李典こと真桜。

「良かった、3人共無事だったんだね!」

季衣の言葉に3人は軽く会釈する。今はただ司馬懿一刀が心配であった。


馬領南部の森。


武威より撤退した霞先導する魏幹部陣は事前に待機させていた凪達3人と合流した。

隊が全滅した為、凪達長安組に合流しようとした霞が空から降ってきた3人を回収。

そのまま武威へ向かって司馬懿一刀を回収して取って帰ったのである。脅威の移動距離、

移動速度、霞にしか出来ない芸当であった。

司馬懿一刀に霞、季衣、流琉。気を失っている秋蘭を背負った春蘭。そして凪、沙和に真桜。

満身創痍ながらも馬侵攻軍は全員生き残っていた。


「許せん! 隊長をこんな苦しめるなんて!」

「まてまて凪! 気持ちは解るがあかんて!」

「そうなの! 窒息死なんて残酷な事をした馬の連中は許せないけど今行ったら凪ちゃんも

死んじゃうの!!」

怒りの氣を全身に纏い、武威の方角へ歩み行こうとする凪を両脇からしがみ付いて止める真桜と沙和。

「兄ちゃんを殺さないでよ」

……勿論司馬懿一刀は死んでない。

「……あの~それは霞さんが……」

「ま、まあ今は全員が生きてたっちゅう事で良しとしよ、な」

いたたまれなくなって真相を言いそうになった流琉の言葉を上書きするかのように言葉を重ねてこの

場をまとめる霞。

『し、霞、ヤバイから馬に乗せてくれ。このままだと死……』

『スマンな一刀。ウチはもう一刀だけは後ろに乗せんと誓ったんや……もうちょっとガマンしいや』

撤退時に流琉の耳に入った言葉である。


「……姉者、下ろしてくれ」

「秋蘭! 目が覚めたか!」

「ああ。……ッ! 成程、我々は負けたのだな」

背中の痛みに一瞬顔をしかめた秋蘭は、周りを見、溜息混じりにそう呟いた。

魏軍100万。それがいまや見る影もない現状。

しかし、司馬懿一刀達は気絶しているので秋蘭達はその現状を自嘲する時間さえ許されなかった。

『馬の追撃あり。先頭は呂布!!』


斥候より絶望の報告が告げられたのである。






魏を追いかけていた恋が止まる。

威風堂々、名馬に跨り、飛龍偃月刀を手に不敵な笑みを浮かべる少女が道を阻んでいた。

少女の名は魏の張遼、真名を……

「……霞」

恋はそう呟くと、手に持っていた方天画戟をギリリ……と握り直す。

「なんや恋、話が早いやんか♪ せやな、言葉なんか……いらんわなあッ!!!」

ドッ!! と霞の馬が呂布に向かって駆ける。その信じられない加速度が騎手の実力を示していた。

飛龍偃月刀を振り上げる。


「でりゃああああああっ!」


馬の突進力を加味した圧倒的破壊力を持って、霞はかつての友へ渾身の一撃を振り下ろした!!




「はッ!? なん……あたたッ」


霞はパカリと目を開けた。見える世界は青い空。

「恋殿、霞殿が目を覚ましましたぞ!!」

陳宮の声が耳に入り、青い空が陰る。心配顔の恋が空を遮り、霞を見下ろしていた。

「ああ……なんや……ウチは負けて馬から落ちて気失ってたんか……格好悪ッ!!」

「……霞強かった。でも恋の勝ち」

「ハッキリ言わんでも解るわい! でもまあ……最後に恋とやれて最高やったわ」

その言葉に偽りは無い。武人として全力を出し切り、名実共に最強の武人に敗れたのだ。

「って惇ちゃんに負けた時もおんなじ事言うてるやん!! ウチ負けてばっかりやな」

「……?」

「ああ、気にせんでええねん。恋、悪いんやけど頼むわ」

「……?」

「いやそこは解ってくれんと……止めさしてもらわんと」

「……駄目」

「はあ? 何でぇよ?」

「……恋が勝った」

「せやから恋に止めさして欲しい言うてるんやけど?」

「……違う。恋が勝ったから恋の言う事を聞かなきゃいけない。霞は恋の仲間になる」

「……はあ!? 何言うてんねん!! ウチはこれまで何人主君変えてきた思ってんねん!

もう無理やっちゅーねん!!」

いったい何を言っているのかと霞は思わず腰を上げる。

「全く、霞殿こそ何を言っているのですか! 恋殿は霞の言う通り、武人のスジを通した上で

仲間になれと言っているのですぞ!」

「はあ? って、そういやあ洛陽と長安のとこで『……わかった。戦場で……霞、また』とか

言うてたんは、そっちか!?」

「……(コクリ)」

長安直前での会話。ねねに比べて物分りが良かった恋は、つまり戦場で戦って仲間に戻す

とか考えていたから?

「あちゃー……あんな恋、ウチも何進に月に華琳と、んで次は馬超か? どんだけ節操ないねん!

こんなんあかんて」

「……駄目。霞は武人のスジを通す。だから恋と一緒の仲間になる」

諭しても無駄。恋は頑なであった。

「……どうしてもか?」

「……(コクリ)」

はあッと溜息をつき、また大地に寝転がる。青い空が広がっていた。

「ここで駄々こねんのもスジ通っとらんしなあ…………しゃあないんか」


まあこれだけ時間あれば一刀や惇ちゃん達も逃げきれるやろ。なあ? それで相殺してええか?


地面が揺れる。馬蹄の音、馬の数は2つ。一頭は二人乗りで合計3人。

顔を向けるでなく、得られる聴覚と大地からの触覚だけで霞はそう判断した。とはいえ乗っている

人間かまでは解らず、青い空を隠す3つの影の姿を見、目を丸くした。


「霞!」 「霞さん」 「霞!!」


「なんや……董卓軍勢揃いやんか」

詠、月……そして北郷一刀。

「よかっ……ずっと霞さんにはお礼言えなくて」

「ホントよ! 曹操なんかに捕まっちゃって! おかげでボク達がどれだけ苦労したことか!!」


国を追われて名前を奪われても全然変わっとらん……これは、つまり…………

「霞、倒れてるから心配したぞ」

「……」

ムギュリ、と一刀の頬をつねる。

「痛ッ! 何故?」

「はあ? 一刀は身に覚えありまくりやろ!! なんでウチだけ酷い目にあってんねん!! だけどまあ……」


華琳、ウチはスジを通せたか?


「……これで許す。んで酒奢ってな」


それは遠い約束。絶体絶命だった洛陽での……遠い遠い約束。


「ああ、長安でな。随分時間かかったけど」

一刀もニヤリと笑う。

「霞殿」 「……霞」

「おう、ねね、恋。じゃあ宜しく頼むわ」


ねねは飛び跳ね、恋は口元を綻ばせ……


「……霞、おかえり」


「ああ、ただいま」




霞と恋、ねねに一刀がワイワイと騒ぐ。

それを少し離れた所で月と詠が優しい瞳でその輪を眺めていた。

「良かった、霞さん」

「そうね。これで董卓軍完全復活ね!」

「……えっ!?」

「月どうしたの? 何か気になる事でもあったの?」

「あの……詠ちゃん? 気になる事って言うか……その……あと一人」


「月殿に詠殿! 折角董卓軍の再集結なのですぞ! こっちにくるのです!」

「うっさいわね! 今行くわよ。ほら月」

「え、あ……うん」


月は今のこの皆の空気を壊す勇気がなく『あの、あと一人華雄さんが……』という一言を

言えず、記憶にパタンと蓋を閉じた……全てが終わった時、きっと。





張遼文遠


魏の名将。その凄まじいまでの武は江東にまで轟き、孫権を震え上がらせた。

正史において丁原、何進、董卓、呂布、曹操と、数多くの主君を渡り歩く。

それはこの外史でも何進、董卓、呂布、馬超と次々と主君を変えており例外ではない。

しかし、一度として主君を裏切った事は無く、武人としてのスジを通した上での結果である。

また、常に相手側から請われた上での経緯であり、どれほどの人物であったか想像に難くない。

2000年近い歳月を過ぎた今でも張遼を多くの主君を変えた裏切り者等と言う者は一人もおらず、

その武と、スジの通った生き様に対する評価は義将であり名将である。





補足

曹魏100万=ハッタリです。

正史=吉川先生の三国志としてます(演義だと、とか正史なら……なんてきりがないので)

風の忠告=正史設定であり、当外史においてそんな描写は無い。風のちゃっかりっぷりを見事に表現

していると納得して頂きたい(え~)

張遼について=個人的イメージですので。正史だともっと粗暴っぽいとかそーゆーのおいといて。

移動距離について=無茶なのは解ってます。恋姫無双だからまあ……でご容赦下さい。

っていうかイメージだと恋vs霞の場所って前に霞が恋に別れを告げた場所という脳内設定

(無理すぎるので本文には書いてませんが)


(あとがき)


魏側のお話。もう一話続きます。

霞についてようやくケリがついたー。1部の洛陽編11~18話」なんか読んでみると「あっ言ってたやも!?」

な仕込みがあったりなかったりですぜ。

いやなんか魏でマイペースに生きる霞もいいんだけど、董卓の所でみんなのお姉さんやってた霞も

好きだったんでそれに至る外史にできないかな~って思ってまして、ここまで書けてホッとしてたりです。

萌将伝の霞の民族衣装可愛かったw

一刀についてはもうちょっと引っ張ります(妖術使いとか酷過ぎる:汗)





[8260] 41話
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2010/10/24 18:15




――― 魏 首都 許都近くの森


「あいたっ!」


ドカッ……という音と共に感じた尻の痛みで司馬懿一刀は思わず声をあげた。

「な、なんだ? っておおっ!」

地についた尻と腰をさすりつつ辺りを見回すと、目の前には凪のお尻。

「凪? なにがあったんだ?」

服の上からでも解るキュッと引き締まったお尻に一瞬見とれかけたが、尻の痛みを思い出し、

状況を把握する為に司馬懿一刀は凪に声をかけた。

「……」

返事が無い。

状況から察するに寝ていた自分を凪がおんぶしてくれていたが落とされたという所だろうかと想像する。

(実際は気絶だが……)

辺りを見回すと沙和も真桜も……というか皆が愕然とした表情でただ正面を見つめていた。

「みんな何を見てるんだ?」

周りは見覚えのある許昌近くの森。ここまで来てるなら城で起こしてほしかったと思いつつ、凪の尻の為正面が

見えなかったので一刀は自分の尻を擦りつつ、ゆっくりと立ち上がり正面を見た。



「なん……だと……」



許都が、華琳の、俺たちの城が……燃えていた。



「あ、あああ……うあああああああッ!!!」

春蘭は呂布に折られた七星餓狼を握り締め、燃え盛る許昌の城へ向かって走り出す。

「春蘭さま待って!」 「春蘭さまダメです!!」

季衣と流琉が体をはって春蘭を止める。

ただ城が燃えているだけでは無い。恐らくは数万を超えるであろう規模の喧騒、そして城壁にあがる蜀の旗。

許昌がどのような状態であるか一目瞭然であった。


「二人とも放せ!! あそこには……あの城には!!」


「あかんて、そんな折れた剣で何する気ぃや!」

「そ、そうなの! 剣だけじゃなくて春蘭さまだってボロボロなの!」

「それがどうした!! あの城には私の命なんかとは比べ物にならない大切な物があるんだ!!」

真桜、沙和の声も届かない。

「待て姉者!」

「止めるな秋蘭!」

「いや……私も行こう」

「秋蘭さま!?」

春蘭よりボロボロな体で、普段冷静な秋蘭も勝ち目のない突撃に同行すると言い放ち、凪ですら絶句した。

止める事など出来ない。司馬懿一刀ですらかける言葉が見つからない。いや死ぬと解っていても自分も春蘭

達と同行したいと思っていた。

「せ、せや! やっぱウチも行く! あそこにはウチの大切なからくり夏候惇が!!」

「いやそれはどうでもいいだろう真桜!」

なんだか一人台無しな事を言っている者もいたが、結局は全員同じ気持ち。

これを止める事が出来る人間などただ一人。



「お待ちなさい!」



「はい華琳さま!!…………はぃ?」 「……なッ、か、華琳さま!?」

まるで躾の行き届いた犬の様に一瞬で激高が収まる。本人でさえ条件反射で返事した為に何が起こったのか

理解出来ない春蘭と、驚愕に目をむく秋蘭。

春蘭を止めたのは一人の小柄な少女。全員を見下ろせる岩場に立ち、その後ろには猫耳の頭巾をかぶった

別の少女を従えていた。

「全く、一刀も軍師なら武将の無謀な突撃を止めなさい!」

全員を見下ろしていた少女はかん口一番茫然と立ちすくむ一刀を見下しながら叱責した。

「ご、ごめん……いやそうじゃなくて……か、華琳?」

「なんで疑問系なのかしら?」

普通なら感動的な場面なのに、この反応……これはもう夢でも幻でも無く……


「「「「「「「華琳さま!!!!」」」」」」」


間違いようもなく、魏の王、曹孟徳、真名を華琳。


「ちょっと! 私もいるんだけど」

猫耳頭巾の少女、荀彧こと桂花が何故か一刀に対してだけ怒った。







―――華琳秘話 


反董卓連合 最終決戦直後に時は遡る。



「華琳!!」

一刀とその腕を掴んでいた桂花は華琳の元へ先行していた春蘭と秋蘭を追いかける形で走り出した。

「あらん? 病人の近くで大声出しちゃダメよん」

突然、本当に突然シュタリと空から舞い降りた筋骨隆々、際どいピンクのヒモパンツ一枚の大男が

乙女チックなポーズでウインクしつつ、一刀と桂花の目の前に現れた。

「ヒッ……」

小さな悲鳴を残し、桂花はパタリと倒れ気絶した。

「あら、なぁに? 都に咲いた可憐な一輪の花、この貂蝉ちゃんのあまりの美しさに気を失ったのかしら?」

絶対違う。そう思ったが一刀は声が出せなかった。

「これ以上病人増やしちゃったら華佗ちゃんに悪いわ。この美しさも私の罪、ちょっと近くの村の病院にでも

連れて行ってあげるわ、とうッ!!」

桂花を軽々と抱え上げると、貂蝉を名乗る筋肉魔人は空を飛び消えていった。

この時桂花の唐突なリアクションの為に貂蝉が司馬懿一刀に注目出来なかった事が、微妙に外史に影響を

与えた事になるが、それはこの物語において重要では無い。

白昼夢……だったのだろうか? 考えようによっては人さらいな気もしたが今の一刀にはそこまで考える余裕

は無く、貂蝉と名乗った怪物も悪人という気はしなかったので後回しにした。

後に『よくも見捨てたわね!』と司馬懿一刀が桂花に1000の罵声を浴びせられる事になり、桂花もこの時漢女

貂蝉を見たショックで気を失ったのだがあまりに理性の範疇を超えた存在であった為記憶の改変が行われ、

貂蝉を見たのでは無く、華琳の死を見たが故の気絶だったのだと思い違いをする事になるがそれは袁紹伝にて

語られた物語である。


「ぐはあッ!!」 「くッ!!」

華琳の元へ再度走り出した一刀の前に、春蘭と秋蘭が吹き飛ばされていた。

「今度は何だ?」

全裸に独特の結びをしてハイレグ状態のフンドシ、ヒモビキニの上に改造コートを羽織った白髭の大男が

独特の構えをし、仁王立ちしていた。

いやさっきの貂蝉といい本当になんなんだ!?

「ふむん、この謎の巫女、卑弥呼、だぁりんの邪魔はさせんぞ!」

何もかもが間違っている気がしたが本名卑弥呼さんだそうだ。歴史に対して失礼過ぎる。

「いやそうじゃなくて、なんで春蘭と秋蘭はその卑弥呼と戦ってるんだ!?」

「解らん」

「解らん!?」

秋蘭の簡潔かつ衝撃の回答だった。

「華琳さまの傍に針を持った怪しい男がいるのだ! そいつを叩き斬ろうとしたらあの怪物が邪魔をッ!」

春蘭が立ち上がり七星餓狼を構え直す。

「だぁりんの五斗米道の力、大人しく見ているがいい!」

「なんで五斗米道? あんたのいうだぁりんって張魯の事か?」

「違う! だぁりんの名は華佗!」

華佗!? さっき貂蝉もその名を言っていた。その名は三国志に出てくる名医、それじゃ……

「春蘭、秋蘭武器を納めてくれ。この人たちは華琳を助けようとしてるんだ」

「なんだとう! こんなに怪しいのにか!?」

……怪しいよなあ。しかし今はこの謎の巫女(どこらへんが巫女?)と戦っている時では無いと二人は判断し、

武器を納め、華琳の傍へ集まった。

赤毛の若い男が金色に光る針を持ち、倒れている華琳に鋭い視線を向けていた。

「貴様ッ! か、華琳さまを抱き上げるとは!!」

「待て姉者、医者だから仕方あるまい」

秋蘭の説得に『ぐっ』と呻き声を抑え、改めて華琳容態を聞き直す春蘭。

「おい華佗とやら! 華琳さまは大丈夫なのか?」

「……いや、既に死んでいる」

「「「なッ!!」」」

衝撃の告白だった……いや衝撃過ぎた。

「か、華琳さまッ!!!」

「だがまだだ!! まだ息が止まって時間も短い。問題は毒、鍼で毒は抜けないし、既に全身に回っていて施術も意味が

無い。だから蘇生しても毒に耐えうる抵抗力が戻らなければ意味は無い。どこだ!? この病魔に勝つ必察必治癒の

一鍼を決めるべく箇所は!!」

華佗はその気迫のみで春蘭と秋蘭の動揺を抑えつけた。

「おい!? 今、必殺必中って言わなかったか?」

「気のせいだろう。北郷が言うには医者な筈だ」

ほんの数行前から比べて秋蘭の信頼度は『医者』から『医者な筈』に格下げされていた。

「見えた!! 我が金鍼に全ての力、賦して相成るこの一撃! 輝けぇぇっ! 賦相成・五斗米道ォォォォォォッ!

げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


ピカリ……と、稲妻が光った。



『わ、何?』この時遠く、董卓、賈駆を伴い長安に向かっていた涼州軍の先頭にいた馬岱こと蒲公英は、華佗の

放った必察必治癒の一鍼の衝撃波を目撃するが、直後の雨の為、ただの雷と勘違いするがそれは別の話。





――― 数日後 許昌 曹操寝室



華琳目覚める!


蘇生後も根気強い看病と、曹操軍全員の願い、そして華琳本人の強力な覇気によって、曹孟徳は死の淵から蘇った。

大喜びする将達の前で、寝台から脅える視線を向ける華琳に訝しんだ司馬懿一刀は華琳に言葉を促した。

目覚めた華琳は行方不明の桂花を除く将達の前で、とんでもない一言を呟く。


「あの、ここは何処です? 私は誰? 貴方たちは何方ですか?」


……記憶どころか人格すら変わっていた。


華佗曰く無茶な蘇生と毒の後遺症。

五斗米道に伝わる秘薬の全てが記された秘伝の書 青嚢書に記載されていた記憶回復の妙薬の材料を集める為に

華佗は旅立ち、自分の将にすら脅える少女に政務は不可能という華佗の診断を受け、華琳は持病の頭痛が悪化した為、

基本内政に専念し、将達以外と会わないという理由をつけて許昌にて穏やかに過ごした。



その後官渡の戦いが始まり、以後はこの外史にて語られる。








「華琳、それじゃ記憶が戻ったんだな」

「ええ。華佗の煎じた薬を飲んだわ。その直後よ劉備が攻めてきたのは」

桂花の補足によると蜀を欺くために自分達で城に火を放ったらしい。兵を引き払い、街には火が回らないようにしたから

民が傷つく事はないとの事だった。

華佗一行は華琳達の脱出に手を貸した後、なんでも男だけが病にかかる奇病が発生した村があるとかで華なんとかという

武将と共に南へ向かったらしい。

それらの説明の間中、春蘭は号泣し、季衣と流琉もつられて泣き、秋蘭はずっと笑みを絶やさず、三羽烏も喜びはしゃいでいた。

「久しぶりね、一刀……はさっき声かけたわね。春蘭、秋蘭、凪、沙和、真桜、季衣に流琉……霞がいないわね?」

「あれ? 本当だ、凪、霞はどうしたんだ?」

華琳の言葉にフッと我に返る。

「……隊長、華琳さま、霞さまは追撃に来た呂布に対する殿を志願なされました」

「なっ!? 急いで助けに行かないと!!」

いくら霞でも呂布相手はあまりに分が悪い。

「おだまりなさい一刀! それで、霞は何と言っていたの?」

「何も。ただ呂布と戦うのが楽しみだと」

「……そう。霞らしいわね」

霞の覚悟は本心であろうが、その張遼を救う為にまさに私を殺す程の猛攻をみせた呂布ならばたとえ霞が

敗れても命は奪うまいと華琳は瞬時に判断した。

霞を得る為に約束した事を私は何一つ守れなかったのだからとっくに見放されても文句は言えなかった

にも関わらず彼女は最後まで付き合ってくれたのだ。

華琳は目を閉じて小さく笑った。それは自嘲の笑みでは無い。

「霞は問題ないわ。ところで一刀」

何故問題ないかは解らないが、一刀は華琳がこういった断定をする場合間違いは無いという事は理解していた。

「なんだ華琳?」

「桂花から話は聞いているわ、私がいない間よくやってくれていたようね」

「華琳!?」

思わず息を飲む。華琳の労いの一言に、過去の戦いが走馬灯の様に頭に浮かんだ。

ただがむしゃらに戦ってきた。記憶を失い、ただの少女となった華琳に頼るわけにいかず、それでも難題は

次々と襲い掛かった。

大軍を擁し、南下してきた袁紹との官渡の戦い。

国の地盤固めをする暇すら無く、曹操包囲網をしかけてきた劉備と戦う為に荊州攻略を開始した長坂の戦い。

呉との南の覇権をかけた赤壁の戦い。

敗れはしたが、涼州を納める馬超との潼関の戦い。


未来を知っている自分でさえ何度も死にかけた。

官渡の戦いでは風の策で囮役として命からがら生き延び、長坂では自分で仕掛けた火攻めで自滅しかけ、三●木馬

の刑で真桜達3人に痛めつけられた。赤壁では季衣と流琉に殺されかけ、潼関では霞に窒息死させられそうになった。


……あれ?


自分を殺しかかった相手が悉く身内なのは何故だろう? もし一刀が中●病を患っていたらこれが歴史の修正力!?

等と悩んでいたかもしれない。

「華琳、俺だけじゃない、みんなが華琳が掲げた魏を成す為にがんばったんだ」

「いいえ、全て一刀のおかげよ」

一刀の言葉を肯定せず、笑みを浮かべながら華琳はそう断言した。

「私の感覚からすると、まさか寝て起きたら国が無くなっていたなんて一刀、

あなた本当によくもやってくれたものだわ!

女性の笑顔がこんなに恐ろしい物だったという事を、一刀は初めて理解した。

というか『よくやってくれた』と『よくもやってくれた』では一字だけで大違いの詐欺である。

「いやちょっと、結構頑張ったんだけど……」

「あらそう、それで? 結果の伴わない努力を誉めろと?」

「いやそうじゃなくて……春蘭助けてくれ」

「申し訳ありません華琳さま。北郷の暴走を止められず」

速攻で裏切られた。というか助けを求める相手を間違えた。秋蘭に視線を向ける。

「……姉者の言う通りです」

酷い姉妹だった。俺を文字通り切り捨てようとしている!?

仲間に視線を向けるが全員が視線を逸らした、というか凪まで!?

「待ってくれ華琳、まだ河北四州も、呉だって……」


「いえ、呉は既に孫権によって奪い返されました」

「やっぱりここだったのですよ。風の計算通りですね」

一刀の弁明を打つ消すように、郭嘉こと稟、程昱こと風の二人が一刀達の元へ草木を踏み分け到着した。

「あら? あなた達は?」

華琳が二人を見、返事を促す。記憶喪失時に挨拶はした。しかしどうやら立ち居振る舞い的に、記憶を

失っていた間の記憶が今の華琳には無い様子だった。

「その口調、その覇気、まさか曹操様!?」 「おおーそれじゃ初めまして?」

立ち居振る舞いで曹操と理解し、状態も察する凛と風。

「ええ。程昱と郭嘉、あなた達の事は聞いているわ、私のいない魏を盛り立ててくれていたそうね。その働きで

真名を授けるに足る十分な理由と判断するわ、我が名は曹孟徳、真名を華琳。名乗ってもらえるかしら?」

同じく英雄は英雄を知る。華琳もまた二人が誰であるか理解した。

「はじめましてー。程昱、真名を風と申しますー」

「そ、曹操さま……ま、まさかいきなり真名を私に……ぶはっ!!」

ピュウッ、と鼻血の噴水芸を披露した凛はこれ以上ないという幸福そうな顔でパタリと倒れた。

「ちょっと稟ちゃん、ここ下手すると最後の見せ場かも知れませんよー? ただでさえこのSSでは活躍の場がない

んですから最後までネタキャラでいいんですか? ほらとんとんしますよ、とんとん」

「あ、ああ、華琳様、耳に息を……はふぅ!!」

最低だった。というか風がなんだか意味不明な事を言っていたがネタだと理解して頂きたい。

「……残るは河北四州ですが?」

どうしようもない空気を察した秋蘭が話題を反らした。

「そうね、確かに今冀州城辺りに入城できれば天下の趨勢は解らない。いいえ、私が麗羽の持っていた領地を得れば

魏の大陸統一は可能でしょう」

「おお、華琳さまそれでは!」

「でも10年は必要、民をこの先10年戦乱に巻き込むのは本意では無いわ」

「華琳……」

華琳の呟きは、魏の大陸制覇を諦めると聞こえた。

「いいわ、劉備の手腕、見定めましょう。大陸を見事納め、外敵からの脅威を抑える事が出来るのかを」

「大陸統一を諦めるのか?」

誰かが聞かなければならない事、それを聞くのは自分でなければならないと一刀は思い、尋ねた。

乱世の奸雄、生まれながらの覇王、曹孟徳はただ一言。

「まさか」

何をバカな事を聞くのかという風にそう答えた。


「それで一刀? 私を国の無い王にしたあなたはどう責任を取ってくれるのかしら?」

「ええっとそれは……」

「軍師剥奪。私の傍で一生勉強し直しなさい」

「え? それって?」

「返事は?」

「……解った。ずっと華琳の傍にいるよ」

『あらそう』と、そっけなく答えて後、プイと一刀から顔を反らし、全員を見る華琳。

「そうね、南に行くわ。一刀南蛮にツテがあるのでしょう? 道案内なさい」

「あるけど多分蜀に負けたと思う」

「早すぎるわ、恐らくは反乱を鎮圧しただけかただの口約束。劉備が許都に留まるならばいくらでも

やりようがあるわね」

華琳はスタスタと歩き出す。ついてこいとも言わないし、後ろも振り向かない。どちらも必要はないのだから。


「……いや稟気絶してるし!!」

何に対するツッコミか解らない一刀のツッコミを背に思案する。

「そのまま収まるかしらね?」

それは大陸に対する思案。そして……誰にも聞こえない声量で呟いた。

「あなたにしては上出来よ一刀」

この戦乱において自身の大切なもの、春蘭、秋蘭、桂花、季衣、流琉、凪、沙和、真桜、新たな仲間の稟、風。

そして一刀。誰一人欠けていないのだから。

張三姉妹は修行(コンサート)の旅に出ていたらしい。いつか会うこともあるだろう。

霞には約束を破ってしまったのだから一刀の責任では無い。だが彼女に告げた言葉は忘れない。


凛を背負った為に上着が血まみれになって涙目の司馬懿一刀達を引き連れ、華琳は南へと旅立ったのである。



この後、曹孟徳の名は意外な形で再び歴史に名を表す事になるがそれはずっと先の話。




魏 滅亡。

司馬懿一刀、消滅せず。





補足


華琳生存フラグ


華佗が洛陽、長安近くにいた理由=16話

乱世の始まりと共に長い長い眠りにつく(18話)=寝てただけ。

蒲公英が見た光=19話

袁紹伝=20~23話



張魯=五斗米道の教祖。三国志の登場人物で恋姫には登場しておりません。



(あとがき)


というわけで華琳生存のお話……スゲェ石とか投げられそう(汗)

いやでもひぐ●しに比べればもう全然おかしくない……よね?

ひっぱりにひっぱって記憶喪失とか(笑)だって寝たきりとかにするとオムツとか点滴どーすんの?とか。

兎に角これで華佗、貂蝉、卑弥呼登場でこのSS全キャラ登場しました(SS目的の一つ:ちなみに当SSは

真・恋姫無双の二次です)。








[8260] 42話
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2010/10/30 16:08





――― 洛陽



天子見つかる!!



魏の首都、許昌を得た劉備率いる蜀軍は魏領を悉く占領した。その際行方不明、あるいは死亡説すら流れていた

後漢の正当な天子たる皇帝を見つけたのである。

劉備は炎上した許昌の城に変わり、魏によって復興されていた洛陽に天子を迎え入れる。

その天子より発せられた最初の勅命は呉の王孫権、西涼の盟主馬超の洛陽への招集であった。


王座の間にて、高台の椅子に座る天子に跪く劉備、馬超、孫権。その後ろにそれぞれの国の武官と文官が続く。

戦乱を生き抜いた将達の前で、天子は厳かに宣言した。


『戦乱を招き、それを納める事が出来なかったのは自身の不徳。これは漢王朝の天命でもあろう。

現在大陸は3国に分かれ、一応の平和を維持しているがそれは悲しいことである。もしも3国間で争いが起これば

100年は民に平穏が訪れない。よって3人の中の一人に今ここで禅譲を行い、新たなる皇帝の元、大陸統一として

残る国はそれぞれの領地の主として、皇帝に使える事にせよ』



呉、蜀、馬、それぞれの王も、また臣下も声がだせない。天子の言葉に異を唱える事など不可能。しかしその言葉に

従うのであれば争いではなく、今この場で話し合いによって決めろと言っているのだから。


長い沈黙が続く。埒が明かないし、そもそも『では私が皇帝になります』等とこの場で言えるものでもなかろうと察した

天子は『では……』と口を開き、ある少女を推薦した。


『では西涼の盟主馬超、余の後を継ぐ気はあるか?』



「へ? あ、あたし~~~!?」



全く予想だにしていなかった事態に、馬超こと翠は天子の前で素っ頓狂な大声をあげた。






王座の間がざわめく。


推薦されるのであれば魏を滅ぼし、天子を見つけ出し、かつ皇帝と血縁関係がある劉備であろうと

誰もが思っていたからである。


なんてこと言うんだこの人!?


翠の声を真後ろで聞きながら、あいた口がふさがらなかった。武官トップとして同じく隣で跪いていた

馬岱こと蒲公英と顔を合わせ、お互い金魚のようにパクパクと口を開いた。

「(ちょっと! 何言ってるのこの人!?)」

「(解ってない、こんなんだから黄巾の乱がおこるんだよな)」

久々にアイコンタクトで蒲公英と会話する。っていうか蒲公英も大概失礼だな。

「あ、あの、どうして翠さん……じゃなかった馬超さんなんですか?」

劉備の軍師、諸葛亮こと朱里が天子に尋ねた。

そういえば潼関の戦いで援軍に来てくれた星と朱里は礼を受けると『あはは……えっとどうしましょう?』

と意味不明の苦笑いを返すとさっさと洛陽へ向かって兵を動かしていった。

星の『主殿に恩のある我ら二人が漢中方面から進軍するように命令されたのは偶然ではござらんよ』

と、朱里に意味不明の慰めをし、高笑いをしていた星はなんとも男前だった。

まあ今それは重要じゃない。


朱里の言葉を受けた天子はコクリと頷くと推挙した理由を述べた。


一つ、馬援の代より続く後漢の名門であること。

一つ、天子に忠誠を誓い国を興さず、あくまでも漢の下の西涼盟主を貫いたこと。

一つ、曹魏100万の大軍を半分にも満たぬ兵数で追い払ったその武力。

一つ、天の御使いが西涼に降り立ったこと。



……俺のせいかよ!?


名門といえば劉備は皇室の血縁であるし、孫権は孫武の子孫であり翠となんら遜色は無い。

忠誠については劉備は魏に対抗する為やむを得ず皇帝になったのであり、孫権の前代である孫策も

江東の安定の為に呉建国は必然であった。

武力については蜀、呉共に劣らずである。

結局は西涼に自分が落ちた事が劉備や孫権でなく翠が推挙された最大の理由ととれた。


「(ちょっとご主人様のせいじゃん! なんとかしてよ!!)」

「(今考えてる。ちょっと待ってくれ)」


どうすればいい? いっそ正直に言うべきか? ちょっとシュミレーションしてみよう。


『天子様、無理です。ウチの子(翠)バカですから』

『誰がバカだッ!! ご主人様酷いぞ!!』

ドゴッ!!

『ぐはっ!!』

『貴様、余の見る目がないからバカを推挙したと言うつもりか! 首を刎ねろ!』


ギャーッ!!


……まあここまで短絡的な事はないだろうが簡略するとこんなものだろう。

っていうか翠のくだりいらないんだけど……なんで翠に殴られたあげく首刎ねられなきゃならないんだ俺?


しかし全く想定外だった。翠が皇帝とか…………出来なくは、ないのかな?

詠のサポートもあったけど結局長安を含めた広大な領地を問題なく納めたし、武については恋は例外と

しても誰にも負けない。

性格は単純だけど誰よりも純粋で、お調子者で見栄っ張りだけど正直者で、とてもいい子だと思う。

そんな子が、翠が大陸を納めればいい国ができるんじゃないだろうか?

野心ではなく、そんな思いが脳裏を過る。

そんな事を考えていると、ふと視線を感じ、そちらに顔を向ける。劉備がジッと俺を見ていた。

「桃香?」

声をかけるとスッと顔をそむけ、天子に向けてこうべを垂れた。

何を思って俺を見ていたのかは解らない。でも一つだけ解った事があった。


翠じゃ駄目だ。


いや駄目という事ではない。きっと良い皇帝になると思う。でも皇帝になるべきは翠じゃない。翠は馬騰さんが

愛した西涼を見事に守り抜いた。でもそれだけで、戦乱に明け暮れる大陸に目を向けなかった。自分の知っている

少女は弱小勢力で、それでも『みんなの笑顔』という大きすぎる目標を掲げて、大陸を駆けまわっていた。

そんな子が皇帝になるべきなんだ。


それに……


「おいご主人様、どうすればいいんだよ?」

沈黙に耐えられなくなった翠が心底困り顔のまま、小声で話しかけてきた。

草原を駆けまわって、銀閃振り回して暴れまわるのが大好きな翠が、王座に座りっぱなしなんて、

出来るわけないもんなあ……

そういえばついさっきも鈴々に『翠! 鈴々とどっちが強いか勝負するのだ!!』と突然挑戦されたかと思うと

『お、やるかー!』と嬉しそうに相手していた。時間切れの引き分けだったみたいだけど。


兎に角、気持ちは決まった。問題はそれをどう告げるべきか? 翠が桃香を推挙すればそれは翠を選んだ

天子の見識不足だと言うような物であろう。


『馬超、どうした?』

返事を返されない事に痺れを切らした天子が翠に答えを促した。

「は、はい! あ、ちがッ……無理でムググッ!!」

とっさに翠の口元を手で塞ぐ。っていうかこいつ『無理です』とか言おうとした!!

「いきなりなにすんだご主人様!!」

抑えた手を振り払い、小声で文句を言う翠。

「断り方ってあるだろ!? 『無理です』って何? 翠なら出来るって天子が推薦したのに『無理』って!?」

「あたしが天子さまになるなんて無理に決まってんだろ? っていうかそんな面倒なの嫌……ムギュッ!?」

最初だけ小声だったがだんだん大声になり、あげく『面倒』等というとんでもない単語が飛び出した為、一刀は

もう最終手段にうってでた。言い訳は後で何とかするからとりあえず翠の口を塞ぐ為、強引に翠の唇を奪った。


……天子の前で。







唇を離す。プチュリ……と、唾液の糸が垂れる。別に舌を入れていたとかではなく、翠が大声で唾を飛ばしていた

のを強引に口で塞いだのが原因であった。


おお……と、感嘆の声があがる。

「くッ……ぷぷ……凄いわ、あの子また……」

天子の勅命を聞いた後、内心怒り狂っていた孫策は笑いを堪える為に唇を噛み、目に涙をためていたと、

後日周瑜から『お前たちの突拍子もない行動が、戦乱を納めたのかもしれんな』と言う言葉と共に聞く事になる。


「なっ……ななっ……なっ……」

パニックにおちいった翠が目を白黒させる。


「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


どすっ!!!


「ぐはっ!?」


翠の見事なボディブローが一刀の腹にめり込んだ。


「ご主人様のエロエロ魔人ッ!!」


翠は崩れ落ちる一刀をそのままに王座の間から逃げ出した。

2話とまるで同じ光景。馬騰がこの場にいれば『まるで成長していない……!!』と驚愕したであろう。


崩れ落ちた一刀は最後の力を振り絞り、蒲公英を見る。

「ちょっと、ご主人様何やってるの!?」

「……蒲公英、後を……頼む…………」

一刀はガクリと力尽きた。


「えええええええええッ~~~~!?」


酷い、酷過ぎる無茶ぶりであった。

天子さまより『皇帝になれ』と言われたお姉さまは天の御使いのご主人様に突然性犯罪行為を受け、被害者である

お姉さまが痴漢のご主人様をなぐり殺し、現場から逃走したのである……なんだこれ?


前半と後半の繋がりがさっぱり解らない。目撃者は多数、っていうか天子さまも何が起こったのか理解できず、

唖然としていた(そりゃそうだ)。


「ええっと……お、お姉さまは今の通り、涼州の跡取りも危ぶまれる程の照れ屋でして、ああやって抜き打ちで

耐性を付ける特訓中なんです! だから立派な跡取りを作るのも天子さまのお仕事なんだけどそういった面で

お姉さまは相応しく無いということをご主人様は言いたかったんだと思います」


苦しい、あまりにも苦しい言い訳であった。というかどんな特訓だよ!! というツッコミが無い事が不思議で

あったが天子さま本人が『そうか、それなら仕方ないな』と首をかしげつつも納得した為に追求は無かった。




かくして、後漢の後、蜀漢が正式に建国され、初代皇帝劉備が誕生したのである。







――― 蜀漢 首都 洛陽



劉備の皇帝就任が天下に正式に発表され、嵐のような数日が過ぎ、孫権率いる呉陣営は自国領地へ帰って行った。


『呉を取り戻せたのはあなたのおかげよ一刀! いつか必ず呉に来て』

蓮華(真名を授かった)はそういって手を取り、しがみ付くシャオと同じく傍に控えていた亜莎と共にそう言って微笑んでくれた。

『天子さまの前で接吻して殴り飛ばされるって……あなたどこまで面白いのかしら♪ ホント、どうして呉にだけは

落ちてこなかったのかしらね』

呉にだけは……って別に蜀にも魏にも落ちた覚えは無いので意味不明であったが孫策も実に上機嫌で帰って行った。


そして自分達が涼州へ帰る日、劉備は馬と蜀の将全てを集めた小さな宴席を開いてくれた。



宴もたけなわ、皇帝になっても決して偉ぶらず、わざわざ酒を注ぎに来てくれた桃香が一言つぶやいた。

「ご主人様が譲ってくれたんだよね……絶対に皆が笑って暮らせる国にするからね」

そう言って笑う桃香を見て、自分の判断が正しかったのだと理解する。

そう、きっと桃香なら争いの無い、皆が笑って暮らせる国を……ああッ!?

忘れていた、このままではきっと国を滅ぼしかねない蜀の未来の禍根を思い出す。きっとそうだ、これを伝える為に

俺はここにいるんだ。

「桃香!!」

「は、はい!?」

声が大きかったのだろう。宴に参加した全員が注目した。

「一つだけ、どうしても守ってもらいたい事があったんだ。聞いてくれるかな?」

「うん、もちろんだよご主人様。何でも言って」

「ありがとう。桃香が生む子供についてなんだけど……」

「うん……って、はい?」

「劉禅って名前だと思うけど決して甘やかさないで欲しいんだ」

「な、名前って、ご主人様そこまで考えてるの?」

「うん? とにかく桃香の子供だから才能がないって事は無いと思うんだ。ちゃんと教育すれば……そうだ!」

「朱里」

「は、はいッ! わ、私はまだ妊娠してましぇん! はぅ……かんじゃった」

「いや何言ってるの? 桃香の子供なんだけどさ、勉強を、うん朱里は政を教えるんだ」

「は、はあ?」

「で、雛里は知(軍略)を、愛紗は義、星は……鈴々は武」

「……主殿? 何かお忘れではありませんか?」

役を飛ばされた星が呟くが無視する。

「焔耶は忠を、白蓮は馬術を、桔梗は、酒の飲み方かな?」

「はっはっはっ、良いですとも! 桃香さまの子供に酒の味を教えるとは名誉な事だ」

桔梗は豪快に笑った。

「主殿!!」

「いやだって星って悪影響しか与えなさそうな……」

「何を言うか! この燃える正義の心は誰にも負けませんぞ!」

「……そんな人は脅迫や横領はしないと思います」

朱里が呟くようにツッコミを入れた。

「メンマの作り方でも教えてあげるといいよ。それなら迷惑にならないし」

「なんと!? 確かに次期皇帝にメンマの素晴らしさを英才教育すればメンマは天然記念物として……」

メンマですら悪影響になりそうだった。

「兎に角そういうわけでさ、劉禅をしっかり育ててくれれば蜀漢は大丈夫なんだ。頼むよ桃香」

「解ったよご主人様! 私、ご主人様の元気な子供産んでみせる!」

「頼む…………あれ?」

なんだろう? 今何かが間違っているような気がした。


パリン!! ……と、隣に座っていた翠が手に持っていた杯が粉々に砕けた。


「ご~しゅ~じ~ん~さ~ま~ッ!!!」

「待て翠! 今何かがおかしい事に俺も気付いたからちょと待ってくれ!」

「あたしに天子さまの前で接吻までしておいて桃香さまと子作りしてたってどーいうことだーーーッ!!」




「ま、平和だよね」

一刀の断末魔の悲鳴を肴に、蒲公英はそう呟いた。





補足


天子さま=まあ本来は子供なんでしょうがこの外史ではそれなりの年齢っぽいです(オリキャラはそっけなく無個性に……ね)

曹魏100万=ハッタリです。

なぐり殺し、断末魔=死んでません。

袁紹陣営=ここにいません。なんでいないのかは次回。

怒り狂っていた孫策=力で大陸を制覇出来る体制と戦力を整えた矢先に今更天子がのこのこ出てきて

あげく話し合いで王を決めろと言われてブチ切れそうだったという事です。(本文で読み取れないかも?的な補足)



(あとがき)


このオチに帰結する為にウチの翠はちょと嫉妬深いキャラだったり。

別に駄目って言ってるんじゃなくて一番最初はあたしが……位はいいんじゃないかな?

次回で一応最終回。とはいえちょっと伏線が回収しきれてないのでその後おまけが2回? 続くと思います。

もうちょっとなんで最後までお付き合いしてくれると嬉しいです。





[8260] 43話(最終話)
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2010/11/21 02:31




――― 蜀 南方辺境の村



「……だ、そうですよ」

「……そっか。みんなには迷惑かけるな。っていうか宿代は大丈夫なのかよ……?」

「そんなもんなるようになるって! 死んでないんだから!」

宿の2階、寝台で横になりながら、田豊一刀は見舞いに来た斗詩、猪々子と談笑していた。


「それじゃ、あとでお水の替え持ってきますね」

「ありがとうな、斗詩」

しばらくの談笑の後、二人が夕飯の食材調達の為部屋を出た後田豊一刀は『……はぁ』

と小さく溜息をついた。

一刀は今、15~20歳程度の若い男にしかかからないという意味の解らない伝染病

にかかった為、辺境にあるこの村で養生していた。

「そもそもなんでこんなことになったんだっけ?」

寝る以外する事が無い。暇つぶしもかねて一刀(田豊)は少し記憶を過去にさかのぼる事にした。




――― 数日前、蜀 成都


「おい麗羽、お前達本当に出て行くのか?」

「ええわかっておりますわ白蓮さん。確かに成り上がりの劉備さんにはこの名門で

河北四州の覇者、袁本初の後ろ盾がどうしても欲しいという事は」

「いや、そんな事は全く思ってないし、お前達から目を離すと何するか解らんから心配なだけなんだが」

「おーっほっほっほ、おーっほっほっほ。そんな照れなくても解っておりますわ」

話にならなかった、というか会話が成り立っているようで片方に対する意思疎通が全く無かった。


魏への大遠征。


成都の守りとして公孫賛に僅かな守備兵を預け、劉備率いる蜀軍は魏の都、許昌へ向けて出陣していた。

客将であった袁紹一行は麗羽の腹痛の為公孫賛と共に成都で留守番をしていたが、回復した麗羽が

『いつまでもグズグズしていられませんわ! 一刀さんに猪々子さん斗詩さん、南の楽園へ行きますわよ!』

とグズグズしてたのは麗羽のせいなんじゃ? というツッコミをする暇も無く、あわただしい出立となった。

「……猪々子に斗詩、麗羽のお守りを頼む」

会話にならないと判断した白蓮が『はあっ……』と重たい溜息をついた後、二人に向けそう呟いた。

「はい、白蓮さまもお気をつけて」 「なんかあったらあたいと斗詩とアニキで何とかしますから」

麗羽のこんな気まぐれはいつもの事だと二人は全く動じず、にこやかに白蓮に返事をした。

「田豊も馬の北郷に会わせたかったんだが」

「俺と同じ奴だっけ? 馬の軍師ってきっといい生活してるんだろうなあ」

よもや西涼にいるもう一人の北郷一刀がこの数日後、翠に殴られ気絶して、その後半殺しの目に

あうという事等、いかに同じ北郷一刀とて知る由は無かった。

「……まあそっくりさんなだけだろうけど自分が空しくなるからいいよ」

よっこいしょと麗羽の洒落にならない量の荷物を担ぐ。

「……名前も顔も声も同じそっくりさんなんているのか?」

それはもはや同一人物ではないのか? とも思ったが二人並べて比べてみたわけでもない。

並んでみれば結構違うものかもしれないと白蓮はそれ以上何も言わなかった。


その後……


「あ、あら? こんなところでどうしたんですのっ? 美羽さん」

「なんでこんな所に麗羽姉さまがいるのじゃ!?」


同じく没落して行方不明だったらしい袁術、その部下の張勲と合流。何故か俺の持つ荷物が倍に、

そして旅のメンバーが2人増え6人になって数日、立ち寄ったこの村でおかしな伝染病に俺がかかり、

現在に至った。

「……これ伝染病じゃなくて肉体的、精神的疲労による過労が原因じゃないのか?」


「ひゃあああああっ!」

「キ……キモいのじゃぁぁぁっ!」


一刀が思案に耽っていた時、1階にいる麗羽と美羽の悲鳴が2階まで届いた。

「な、なんだ?」

「患者はここかあッ!!」

バン!! と、赤髪の若い青年が部屋に飛び込む。

「どこじゃ!? 若いオノコは何処におる!!」

「優しく介抱してあげるわよん」

続けて化物が2匹現れた。

「あらん? ってご主人様!?」

「なんと! このオノコが!!」

あげく『ご主人様』と言われたのでその化物の姿をマジマジと見る。

何故だろう? おかしなフレーズが頭に響いた。


『2メートルを超える長身に筋骨隆々な鋼のような筋肉美が焼けた肌に美しい。

頭髪は禿でもみ上げのみ伸ばし、みつ編みにピンクのリボンがワンポイント。基本全裸だが

草鞋とピンクのパンツに身体と比べると少々可愛らしい大きさの突起物が魅惑のアクセント。

厚い唇はまるでゴリラを連想させる程のぶ厚さだった』


「ってあんた貂蝉かッ!!」

それは遠い、遠い記憶。性犯罪者として投獄された時良くしてくれた典獄が憧れていると

話してくれた踊り子の姿。実在するんだ……

「なんと!! お主記憶がッ!!」

「愛……ご主人様の愛の力が外史の理を超えてしまったのねん」

「そ、そのような事がありえるのか!?」

驚愕するハイレグふんどし魔人。

「愛の力は無限」 「……おお」

え? 何の話? なんで貂蝉はハアハアと息を荒げながらジリジリと近寄ってくるんだ?

「会いたかったわ、ご主人様~!!」

「アッー!」







「なるほどのう、そういうことであったか」

「目撃情報がアチコチから聞こえてくるわけだわ」

華佗、卑弥呼、貂蝉の旅において、貂蝉の目的は外史の起点である北郷一刀の捜索であった。

ある時は涼州、ある時は幽州、またある時は予州と目撃情報がコロコロ代わった為に見つける

事が出来なかったのだが、その理由は北郷一刀が複数人いたからというとんでもない理由であった。

「目撃情報から逆算すると恐らく3人。でもなぜなのかしら?」

「なんじゃ貂蝉、そんなことも解らんのか? 外史の起点は常に誰かの願いであろう」

「ご主人様が3人、まさにハーレム! あたしの願い!?」

「違うわぁッ!! 恐らくそれは偶然。そして必然が3つ!


どこかの誰かが思い、願ったのだ! 魏呉蜀の3国以外に降り立った北郷一刀の物語を。

どこかの誰かが思い、願ったのだ! 魏の少女の前から姿を消さない北郷一刀の物語を。

どこかの誰かが思い、願ったのだ! おかしな偶然やご都合主義等では無く、

この愛すべき恋姫達誰一人が死ぬことのない外史の物語を!!!」


だからこそ北郷一刀が3人必要だった。一人で成し得ないなら二人、二人で成し得ないならば三人。

ご都合主義やありえない偶然よりよっぽど酷いとんでも外史。

設定など不要。

白服の黒幕が最初に外史に降り立った北郷一刀であり、永続世界を断ち切る為に、絶対に死なない

北郷一刀を殺す可能性のある北郷一刀を呼び出す、またはクローンを創り上げる設定。

外史に降り立つ際に事故により分裂し、3人が融合して萌将伝なる後続外史へ向かう設定。

いらぬ、必要なのは願いであり、想い。


それだけが外史の起点なのだから……






――― 涼州 とある墓地


真新しい碑石の前で、旧董卓軍の将が集まっていた。

「ええ墓作ってもらったんやな」

「はい、遺品も何も……ないんですけど」

霞の言葉に少し悲しげに答える月。そんな月を励ますように詠が続けた。

「そうね。でも墓があるだけマシだわ」

「全くなのです、それに必要なのは死者を想う心なのですよ」

「そうだね、ねねちゃん」

更に続くねねねの言葉に微笑みを返す月。心優しい少女は

『華雄さんの存在忘れてたのに……』等という無粋なツッコミはしなかった。

「……おなかすいた」

そしてそれを台無しにする恋。


戦乱も終わり西涼もようやく落ち着きを取り戻した時、月が詠に『華雄さんのお墓を作りたい』

と相談を持ちかけた。

『華雄? だ……そ、そうね!! 月の言う通りだわ!!』と、自分もそれを気にしていたと

付け足しつつ、詠は翠に相談し、二つ返事で墓が作られた。

一騎討ちにて翠が倒した相手であるからそれを承認した翠の度量が伺えよう。


『お前達ここにいたか。む? 誰の墓だ?』

添えられた饅頭を凝視する恋以外が黙祷を捧げる中、本来墓に眠る筈の当人の声をその場

にいた全員が耳にした。

「なんや、幻聴が聞こえるんやが?」

「ねねにも聞こえるのです。きっと今まで自分が死んだことも解らずさまよっていたのですな」

『おいお前達 無視をするな!』

「……あのお饅頭食べていい?」

『何故私に聞くんだ?』

「……?」

何故と言われても……と小首を傾げ碑石を指差す恋。

碑石には華雄と彫られていた。

『なんだ私の墓だったのか……なんだと!!』

「気づいたのね。アンタもう死んでるんだからさっさと成仏しなさい」

「……あ、あの詠ちゃん?」

「駄目よ月。死者を相手したら自分もあの世へ連れ去られちゃうわ。ここは冷たく突き放すべきなのよ」

『ちょっと待て! 私は生きているぞ!!』

「死人はみんなそう言うわ」

「詠ちゃん違うの、後ろを振り向いてあげて!」

『なんなのよ!』と、いいつつ後ろを振り向いた詠の目に、死んでいる筈の華雄の姿が映し出された。

「ゆ……幽霊?」 「はあ? 何で華雄がおんねん!?」 「ば、化けて出たのですよ!」 「……お饅頭」


「違うわぁッ!!」


華雄。汜水関での翠との一騎討ちに破れた所を数名の部下に助けられ、その後修行の旅に出て仲国の

将軍になった後、村の護衛で医者である華蛇を呼び出す際に二人の怪物と戦い引き分けた事で修行

は成ったと判断。馬超との再戦を望み涼州へ辿り着き、馬超が外出中であった為、先に旧知の仲間

であった董卓一行と再会しようとして現在に至った。

『華なんとかさん』の今までの物語であり、この後馬超との勝負の後涼州の将軍の一人となるが、

それはこれからの『華雄さん』の物語である。




少し離れた別の墓で、董卓一向の騒がしい姿を見ていた親子がいた。

「ねえお母さん、お姉ちゃんたちなんでさわいでるの?」

「お友達と再会できて、とっても嬉しいのよ。さあ、翠ちゃんのご厚意でお引越しさせてもらったお父さんのお墓に

手をあわせましょう」

「うん」

涼州に骨を埋める事に決め、騒乱も収まった為に墓を移した紫苑と璃々の親子。その後も長く涼州に忠誠を尽くす。

かつて一刀が言葉を漏らした通り『老黄忠』と呼ばれたかどうかはあえて明言を避ける。







――― 涼州 とある林


翠と一刀は馬一族がお気に入りの草原へ向かう途中、馬に乗って林を進んでいた。

そして小川に出る。

「ああ、懐かしいな」

「なにがだ、ご主人様? ……ってああここか」


かつて一刀が翠と蒲公英の模擬戦の結果、軍師と認められて最初の五胡侵攻があった。

一刀の策は完璧であり、五胡の死者数千に対し、涼州軍は僅か数名という圧倒的な戦果。

その時翠にお説教された場所がこの小川だった。

圧勝なのに何故? 一刀の策は翠と蒲公英を後方に置き、結果一度も敵と槍あわせすらさせなかった

ことが原因である。

主君を危険に晒す事無く、しかも圧勝。本来なら絶賛されておかしくない功績は涼州では相容れなかった。

涼州は多くの軍閥の集まりであり、その盟主はその実力を常に示し、また責任を負う義務がある。

当時の盟主は馬騰であったが、その代理として馬超がその責務を負う必要があった。

盟主の座を降ろされる可能性。しかしそんな事情、翠の本心には関係なかった。

「一番強いあたしやたんぽぽが前に出るのは当たり前だろ。涼州の軍師が守るのはあたしやたんぽぽ

だけじゃない、涼州全部だ。あたしはご主人様の策を信じるからご主人様はあたしやたんぽぽを信じろ。

絶対に負けない」


これが過去汜水関での華雄との一騎討ちや、盟主となった後も曹魏100万の大軍に先陣をきった

馬超の戦いに繋がる。








林を抜けると草原が広がった。

そのまま馬を進め、辺り一面草原となった所で馬を止める。


「ここでいいな」

翠はそう呟くと、愛馬紫燕に乗せていた鞄から小さな木箱を取り出し、蓋を開ける。

中身は翠の母、前代涼州盟主馬騰の髪一束。かつて遺言で草原に撒いて欲しいとあった髪を、

もう少しだけ見守って欲しいと翠が想い、手元に置いていたものであった。

「もういいのか?」

「ああ。桃香さまが大陸を治めて平和になったし、涼州も大丈夫……だよな? ご主人様」

「なんで疑問系? 大丈夫だよ最近翠も頑張ってるからな」

「そっか、ありがとう」

翠は素直にそう呟く。

「母さま、今まで見守っててくれてありがとう。涼州は、あたしやたんぽぽや皆、それに……」

翠はそこで言葉を止め、一刀を見つめる。


「なあ、ご主人様、ご主人様はいつか天に帰っちゃうのか?」

「……どうなんだろうな。どうなるかなんて、俺にも分からないよ」

そもそも何故この世界に来たのかすら分からない。何かのきっかけで元の世界に戻る事は

十分に考えられた。

「分からないなんて言うな! 帰らないって言ってくれよ!」

ミシリ……と翠が手に持った木箱にヒビが入った……おいおい!

「あああ、母さまゴメン!!」

締まらない。きっとどこかの外史で同じようなやり取りがあったらもう少し綺麗に収まったであろう

問答すらこの有様だった。


ほっておけるわけ……ないよなあ。


「分かった。俺の力が及ぶなら、運命だって変えてやる。ここに残ってみせるよ。翠のために」

「それじゃ駄目だ!」

「駄目なのかよ!?」

いいシーンの筈なのに駄目出しだった。

「力が及ばないなんて理由にさせない。及ばないなら頑張って届かせるんだ。それでも駄目なら……」

「駄目なら?」

「あたしもご主人様の天の国へ連れて行け!!」

「それじゃ涼州は?」

「う……じゃあ涼州ごと連れてってくれればいいだろ!」

「大陸削るのかよ!? ……しかしまあ、分かった」

「涼州ごと天の国に行くのか?」

「そっちじゃないよ! 俺は必ずこの世界に残ってみせる。翠と、なにより俺のために」


「じゃああたしは……ご主人様の側にいるよ、ずっとな」



ザアッ……と、草原に、強い風が吹いた。



木箱に入っていた髪がバラバラに飛び散り、涼州の大地へ駆けて行く。

だからそう、馬騰は涼州の風となった。



「もうお別れはすんだの?」

名馬黄鵬に跨った蒲公英が、翠と一刀に合流した。

「ああ」

「そっか」

たんぽぽは一度静かに目を閉じ、黙祷した。

「折角気持ちのいい草原にいるんだし、おもいっきり走ろうよ!」

目を開き直後、唐突な蒲公英の提案。しかし翠も同じ気持ちだったのだろう。

「よし! 行くぞたんぽぽ!!」

「りょーかい♪」

二人は草原に馬を走らせる。

「やれやれ。それじゃ付き合おうか麒麟」

『ひひぃぃぃんっ!』

麒麟は一刀に答えて大きく嘶くと力強く足を踏み出した。

「ご主人様はやく、はやく~!!」

「おいてっちゃうぞご主人様!」

前を走る二人が大きく手を振り、そして守り抜いた涼州の大地を走る。

前を走るのは馬超の右腕として、戦い抜いた馬岱こと蒲公英。



そして……



天子になりえる資格を持ちながら最後まで野心無く、天子に忠義を全うした少女と、

諸説あるが、新たなる動乱の火種を消し去った天の御使いの青年。二人は今、そして後にこう謳われる。


西涼の義姫、錦馬超。

天の御遣いとして戦乱を収めた北郷一刀。




乳を揉んだ男と揉まれた少女という、ただの痴漢と被害者という最悪の出会いから始まった



二人の物語は…………














補足


翠のお説教=蒲公英が『なんかあったの?』のオチ。どっかに差し込むつもりだったんですが入れる箇所が

なく、結局最終話になってしまいました(8話参照)。

木箱=19話参照。

「アッー!」=貞操は無事だったと明記させて頂きます。

典獄=22.5話参照……ですが過去読まなかった人はスルーして問題ありません。



二人の物語は……=どうでしたか? こんなもはや1日では読み切れない文量のssを最後まで読んでいただけただけでも

本当に感謝です。だから最後はここまで読まれた方それぞれのご感想を当てはめていただければと思います。

『ハッピーエンドだった』でも『ラブストーリーだった』でも『アホ話だった』でも『感動巨編だった』(ねえよ!)。




(あとがき)

つまり第1話の時点で『西涼の義姫』と謳われるって事は天子にはなりませんよ。というネタバレってか第1話最後に

繋がってるのでした。


あといいわけってっかお墓の描写は三国志時代の墓(跡地とかわかるけど)とかお参りとかイメージつかないんで

間違っててもご了承ください。



最後におまけが2回(量少ないんで1回で終わるやも?)ありますのでキチンとしたご挨拶は後日します。

(おまけ2話+あとがきで更新数50でキリがよさげです)


翠と北郷一刀が主役の馬超伝としてはここで終了です。

先ほど述べたおまけ2つは蛇足とかやらないほうがいいのに……と言われるだろうなあ的な部分が

ありますので。お遊びとしてご容赦下さい。





[8260] おまけ1
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2011/02/03 22:28




おまけ その1の1 ifルート ダイジェスト版





魏首都 許昌を攻め落とし、魏領を併合した蜀皇帝劉備は涼州に宣戦布告した。


「はあ? なんで?」


西涼の盟主馬超の第一声に対し、馬鉄(賈駆)は劉備からの書状を読み上げた。

『天の御使いの偽物を担ぎ上げるのは涼州盟主が大陸の簒奪を考えていた証拠である。叛意が無いと

言うのであれば武装解除した上、盟主馬超、並びに偽の天の御使いを洛陽へ出頭させること』


「ご主人様偽物だったの!?」


「……俺も知らなかったよ」


蒲公英の驚きの声に、蜀皇帝に偽物と断定された天の御使い北郷一刀はそう答えるしかなかった。



1-2



「この人が本物の天の御使い北郷一刀さんです!!」



「おーっほっほっほ、おーっほっほっほ! そうですわ、この河北四州の覇者、袁ほん……ムグムグッ!!」

「ちょーッ! 麗羽さま、何やってるんスか!!」

「劉備さんの邪魔しちゃ駄目ですよ! 今一刀さんの紹介してるんですから!!」

「そんなの知ってますわ。ですから北郷さんの主であるこの私がまず……」

「あーはいはい、麗羽、あっち行こうな」

「ちょっと白蓮さん、このわたくしを押すなんて……」


「えっと、改めて、北郷一刀さんです!」

「……どうも」


「ご主人様!?」 「うわッ、ご主人様そっくり……」




1-3



馬超vs張飛


「翠! 勝負なのだ!!」

「おい鈴々! 本気であたしとやるつもりなのか?」

「お姉ちゃんに約束したのだ! 鈴々は翠より強いって証明しないといけないのだ!!」



馬岱vs魏延


「あの時の決着、今こそつけてやる!」

「決着ってたんぽぽの勝ちだったじゃん?」

「あんなの認められるか~ッ!!」



黄忠vs厳顔


「まさか私たちが戦うことになるなんて……」

「皮肉なものよのう。しかし紫苑よ、お主と戦ってみたかったというのも事実。勝負!!」



張遼vs関羽


「生きてみるもんやわ、今度は関羽と戦えるなんてな」

「張遼、お主に恨みはないが……斬る!!」



趙雲vs公孫賛


「はいはいはいはいはいはいッ!!」

「うわああッ、まてまて星! なんでお前が馬にいるんだ!!」

「はて? 星とは誰のことですかな?」

「いや、華蝶仮面ってお前なあ……」



華雄vs顔良、文醜


ガギャン!!

「だああッ」

「文ちゃん!!」

「はっはっは、そんなものか袁紹の二枚看板! この董卓軍の二枚看板の敵ではないな!!」

「斗詩、こいつ強ぇぞ!」

「うん、一緒に!!」



諸葛亮vs鳳統


「雛里ちゃん!! こんなの間違ってましゅ!! はぅかんじゃった」

「……でも朱里ちゃん、私たちはご主人様に勝たないと……」

「どうして? 仲間でいいじゃないですか!!」

「ご主人様は3人もいた。きっともっと……10人、30人といるかもしれない」

「そんなゴキブリじゃあるまいし」

「以前私たちの策はご主人様に敗れた。もし五胡にもご主人様がいたら……」

「だから今自分の策をご主人様で試すの!? そんな、そんなの……全然桃香さまらしくないでしゅ!!」



呂布vs孫策


呉の旗を掲げし大軍が砂塵を巻き上げ迫り来る。その数およそ5万!!


「……来た」

「くやしいですが詠の予想通りなのですよ。呉軍5万、先頭は孫策なのです!」

「驚いたわね、私達がこの機に乗じて攻めてくる事を予測してたなんて。そしてそれを知りながら

今この場にいるのがたった二人。なにか策でもあるのかしら?」

「……策は無い。必要無いから」

「あら? どういう意味かしら?」

「……お前達、恋一人で十分」

「吼えたわね呂布、いいわこの江東の小覇王が相手してあげる!」




北郷一刀vs田豊一刀


「悪いけど、前に俺に化けた妖術師がいたんだ。俺だっていう証明とかあるか?」

「う~ん……学園の制服は売っちゃったしなあ?」

「……俺この服古着屋から買ったんだけど」

「それ俺のかよ!?」 「この制服お前のか!?」




翠vs桃香(あえて真名)


「桃香さま、なんでだ!! ご主人様が偽者なんて、そんなわけないだろ!!」

「いや翠、問題なのはそこじゃないと思うぞ」

「……そんなのわかってる。でも、わたしは、わたしは翠ちゃんに勝たないといけないの!!」



コメント

一応最終章があったならこんな感じを考えてはいました。もうちょっと自分に力量があれば……

です。伏線は仕込んでいたのでラスボスが桃香と思ってた人は半分正解だったです。

つかここまでやらないと田豊一刀の存在価値あんまないです(笑)



ちなみに短いルートだとこんな感じ。


司馬懿一刀、田豊一刀登場せず。

華琳退場せず、退却して1部終了。3ヶ月後2部開始。

華琳、麗羽を破り後、赤壁にて敗北。

桃香蜀取り開始、劉璋「劉備が攻め込んで民が苦しんでいる」と、馬超に援軍を請う。

馬超遠征、鈴々と一騎討ち。馬が優勢だったが民が劉備を望んでおり、劉璋に担がれて

いた事が発覚。成都にて翠の一喝。

帰還時、漢中に夏候淵進軍。同時に曹操軍本陣が潼関へ……

一方荊州に呉が進軍。留守を守っていた関羽が死亡?行方不明と早馬来る。

軍がまだ整っていない蜀軍、呉へ侵攻。夷陵の戦い勃発。

夷陵の戦いによって蜀がボロボロになることを知っている一刀。早く曹操を倒し援軍にいかなければ

ならないというタイムリミット制限。恋と翠の圧倒的な武力で押し切ろうとすると、その二人を相手に

互角の戦いをする謎の美髪公仮面が一刀達の前に立ちはだかるのだった。


なんて(笑)。




おまけ その1の2 一刀四人目


「ご機嫌だな雪蓮」

「そりゃあね♪ 魏と馬にいたんだからこの呉にもいるんじゃないかとは思ってたのよ♪」

魏に奪われた健業奪還の為、騎馬隊を率いて北上する孫策隊の先頭で孫策と周瑜はその後ろに続く青年を

チラリと見、笑った。

青年の名は魯粛。又の名を北郷一刀。

呉領でここ最近、とある商家が養子を向かえてから急速に台頭したと評判の豪商へ援助を求めに行った

周瑜は、そこで出迎えた魯粛と名乗る若者を見、叫んだ。

「北郷一刀!!」

「え? 何で俺の名前知ってるんだ?」



コメント

呉陣営がどうしても出番ないので一時考えていた魯粛一刀。でも田豊だした時点で、あ、これ以上増やすのはまずい!

と思いお蔵入り。呉陣営(袁術含む)はどーしても出番少なかったです。





おまけ その1の3 オリジナルキャラ


涼州軍閥の一人、韓遂が馬超に反旗!!


「ここで謀反!? 時勢が読めてるのかよっぽどの馬鹿? 翠、韓遂ってどんな奴なの?」

「(ガクガクブルブル)」←何かを思い出して震えてる翠。

「……ちょっと翠! 聞いてるの!」

「わああああッ! やめろ、あたしの太股舐めるなッ!!」←トラウマが蘇ったらしい。

「はあ?」

「あちゃー……えっと、韓遂おば……韓遂おねえさまって女の子が好きで、特に太股が好きなんだって」

「それで翠の太股舐めたの? なんて羨ま……うわあ、変態だな」

「お前が言うななのです!」

「な、なんだか曹操さんみたいですね」

「あ、同級生だったらしいよ? 食べた女の子の数競ってたって」

「最低だわ」

「昼寝してたお姉様が韓遂おねーさまに太股撫で回されて韓遂さんの腕へし折って……」

「それも凄いわね」

「それでおば様にやり過ぎだって怒られて謝りにいったら条件だされて……」

「太股を舐められたと……酷い奴だな」

「あんたも翠を脅迫してスカート(腰巻?)に顔突っ込んでたけどね」

「……(古い話を)」



韓遂騎馬隊と馬超騎馬隊が激突!!


「……たんぽぽ」

「何ご主人様?」

「……目の錯覚かな? あの棺桶でウチの騎馬隊どついてる罰当たりな子誰?」


「どくッスよ! この龐徳の桶閃(鎖棺桶)に潰されたいッスか!!」


「げげッ!! 龐徳お姉様!!」

「あ、そーくるんだ」

「何?」

「いやこっちの話(龐徳と棺桶のエピソードは有名だしね)」

「涼州でお姉様と互角に戦えるのは龐徳おねーさまくらいじゃないかな? 以前模擬戦でお姉様の銀閃と

龐徳おねーさまの桶閃(棺桶)が火花を散らす一騎討ちは凄かったよ」

「……棺桶と槍が火花を散らすシーンが想像できないんだけど」



コメント


オリキャラありにしたら絶対入れてた二人。外見イメージは龐徳は咲の桃「~っす」とゆー口調入れたかった。

韓遂は華琳の色違いバージョンみたいな?





(補足)

とゆーわけで一応考えてたり没にした案。

vs劉備戦はもうちょっと自分に実力があれば42話から差し替えで入ってた展開です。

展開上呉の出番がどーしても少ない+魏なら司馬懿、袁なら田豊、蜀なら簡雍、呉なら魯粛。

かなー?と思ったんですが田豊一刀出す時点で『あ、これ以上は駄目だ』と思い封印。

龐徳さんの絵イメージは咲の桃子(一ちゃんの次に好きなキャラ)。~ッスとゆー特徴のある

喋り方がイメージ楽だからってのと棺桶で敵をどつくとかいい味出せるんだけど基本オリキャラ

無しで始めたので没。







[8260] おまけ2
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2011/02/03 22:29




蜀漢が建国され、長い年月が経った。


荒廃した大陸を憂い、それぞれがそれぞれの信念の元で争い戦った恋姫達が生を全うし、祖先達が

束の間の平和の為に命をかけて戦ったことが忘れ去られ、命懸けで掴みとった平和、それが当たり前

のものだと錯覚してしまう程の歳月。



蜀漢はジワリジワリと内より腐り始めた頃…………



五胡襲来!!



そのタイミングを待っていたかのように、五胡が蜀漢に対し一斉に蜂起。長い平和によって既に軍は

形骸化され、槍の持ち方すら忘れた者達が戦場に駆り出され次々と命を落としていった。

武力はあれど策は無い。そう思われていた五胡は見事な統率力と、比類なき武力によって、蜀軍を次々

と撃破。

中でもかつて南蛮と言われていた部族の強さは群を抜いており、一瞬にて成都城を落とし、蜀漢の首都

洛陽まで駆け上がっていったのである。


洛陽陥落。


洛陽の民の前に現れた南蛮王は、小柄ながらも美しい白い肌、光り輝く金髪を左右に束ね、ロールを巻いた

特徴的な髪形の絶世の美少女であった。


名を司馬炎。


かつての魏の軍師、司馬懿仲達の孫娘を自称する少女は、蜀漢を討ち滅ぼし、晋を建国したのである。

では祖母は誰なのか? それについては文献が残っておらず憶測を語る以外に総べは無い。

ただ、後に後宮に一万の美女を集め侍らしたとあり、その常軌を逸した色欲っぷりは司馬懿一刀の子孫に

違いなく、またその女性ながら女好きという性癖は、ある人物を想起させる。

また外見においても、100歳を生きたという洛陽に住む老人が司馬炎を見て『曹操さまはいつまでも若いのう』

と孫たちに呟いたと記録にある。

ここまでくれば祖母は曹操に違いないと言えなくもないのだが、ただ一つ、司馬炎の口癖にある。

『おーっほっほっほ、おーっほっほっほ』と、兎に角高笑いを上げていたという文献に残る一文、このあまりに

特徴的な高笑いが、ある人物を想起させ、

司馬炎の祖母=曹操という定説に疑問を投げかける事により、後世の歴史家を大いに悩ます事になる。






さて、呉と馬はどうか?


馬については多少なりとも武人としての気風が残っていたようで、五胡の襲来に対して多少の抵抗を続けた

とある。しかし南より攻め上がった南蛮軍によって先に洛陽が占拠され、天子も降伏を受けた為に、降伏を受け入れ、

馬騰の代より続いた馬一族による西涼の歴史は幕を閉じる。

最後まで抵抗を続けた呉は、晋の大軍によって滅ぼされ、孫堅の代より始まった孫呉の歴史もまた幕を閉じる。



かくして大陸は従来の歴史通り、司馬炎の晋により統一。以後もまた、従来どおりの歴史が繰り返されるのである。








この時代、黄巾の乱より活躍した恋姫達はみな既にこの世を去っている。


ただ、この物語を読まれた方にとって、馬超と北郷一刀(以後、翠と一刀)がどうなったのか気になる方も

いるかもしれないので、解る限り記そうと思う。

最初に記しておくが、様々な文献があり、真実でありそうな、あるいは荒唐無稽なまるで物語のような物が多様に

残っている為、有名なものをいくつか記す。


一つ、一刀は翠をつれ、天の国へ帰り幸せに暮らした。

一つ、翠や蒲公英、霞達をつれて西方へ冒険の旅に出た。

一つ、歴史を影で操る白装束達との世界の命運をかけた戦いに勝利し、真の平和を導いた。

一つ、蒲公英に後を託し、翠は47の若さで死去した。


おとぎ話のようなものから現実的なものまで様々である。これは錦馬超とまで謳われた馬超の人気が、後世

様々な物語の主人公として登場した事が原因であろうと推測される。

最も現実的らしい、47で死去したという説が有力であろう。


しかし、どの結末においても、翠は一刀と共にあり、幸せに暮らしたと締めくくられる。




それは間違いのない真実であると、筆者は断定し、ここまで読み進めて頂いた全ての人に感謝し、筆を置かせて頂く。






おしまい






(あとがき)


完全な蛇足(笑)。でも司馬懿仲達だしといて司馬炎に繋げなきゃ駄目だよねと。

ずっと前のあとがきにて唯一出すオリキャラが最後に高笑いしておしまいといっていたオチ。

まあおまけなので。これにて伏線全部回収!





[8260] あとがき
Name: ムタ◆88a67b4f ID:5ed20239
Date: 2011/02/03 22:35



あとがき


馬超伝。最後までおつきあい頂きほんとーにありがとうございました。


全43話+おまけ+あとがき=(全更新数)=50。

PV数=480000超。

感想数=約400超。


人気のあったジャンルとはいえちょっと上出来過ぎデス。



おもえば無印プレー時に翠、星、恋の3人が突出して好きで恋は無理でも五虎将はそれぞれ

エンディングあるだろーし翠と星どっちにしよう? うおおスゲー迷う!!と悶えていたら


選択肢:愛紗(おっぱい)

     鈴々(ロリ)

     朱里(ロリ)


「なん……だと!?」

と時が止まったのを覚えています(おっぱい、ロリ、ロリってバランス悪いだろ!?)。

そんな悶々とした時期を過ぎ真・恋姫無双発売!! 個別エンドは諦めたが翠の合流遅いから

出番減ってるし(涙)。

そんな時ここを見つけ、別ルートSSを読み(思いつきもしなかった。皆頭軟らかいなあ!)と感心

と興奮して色々読んでいて涼州ルートSS無いし!!(涙)


いいよもう! 無いなら自分で書くよ!!


こんな感じの動機だったりでした。


SSなんてものは基本(基本ね)自分が楽しめればそれでよし。でも読んでくれる人が楽しんでくれれば

なお良し!!(自分のHPならね)そんな気持ちだったのですがこちらに投稿して

読んでくれる人を意識してかつ人様の容量使う以上キチンと終わらせられるようにしなきゃ失礼だ。

という当たり前の事を学ばせて頂きました(最初から解っとけ!!:というか解ってるつもりだったです。自分甘すぎ)。


前提として翠が主役なのは当然として他に

1.全キャラに見せ場を!
  
  駄目でした(涙:特に袁術含む呉)。苦肉の策で一刀を複数だせば他陣営も書けるとは思ってた。

  でも全キャラ一言は喋ってますよ。

  ただ白服は出さないと決めてました。理由はゲームプレイ中アイツらがでてくると途端につまらなくなった

  から(個人的に)。つか展開の理由付けも悪役も全部押し付ける事が可能になっちゃってそれどうかなと。


2.オリキャラ無し(出ても無個性かつ作中に名前があったキャラのみ)

  これは自分の好みかつキャラ数がただでさえ多いってのと楽過ぎるから。馬休馬鉄は旧モ●娘の2人

  っぽいイメージが作品上あったけどあの翠も振り回す個性は目立ち過ぎだなーと思って出しませんでした。

  あとホント楽なんですよ。例えば星「ほほう、このメンマ絶品ですな!」鈴々「鈴々は鈴々なのだ!」

  朱里「はわわ」雛里「あわわ」オリキャラ「やれやれ話が進みませんな。ではご主人様、私がいきます」

  こんな感じw。オリキャラが作者の持って行きたい方向性進めちゃうから既存キャラはそれっぽいセリフ

  言わせておけばキャラの個性がちゃんと書けてると誤魔化せちゃうw。


3.一刀はそのまま

  3人も出しといてアレですが(笑)。


4.恋姫の雰囲気を崩さないこと

  シナリオの都合に合わせて原作の魅力あるキャラを改変しないこと。兎に角台詞は気を使って似たような

  会話とかは原作の台詞を極力もじってます。


5.最後まで書ききること

  これは本当に感想が励みになりました。いつ終わってもいいように25話、30話、35話のどれかで収まる

  プロット考えて結果30話ルートだったけどそれでも40話超えるとゆー(汗)。ここまでこぎつけられたのは

  読んでくれた方、感想いただけた方々のおかげです。

  

ちなみに一部では翠のとこの一刀、二部は司馬懿一刀が主役で最終決戦でどうやって勝つのか?でなく

どっちが勝つのか?とゆーのを本当はやりたかった。その痕跡が荊州編あたり(無理でした)。


なるだけブレないように上記の事を念頭にいれつつ(だいたい5話=1章形式:ブレ防止の為)にして書いてました。


うん、これで多分伏線及び疑問点とか全部吐き出せたかと。





期間2009年の4月~2010年の11月(現在は2011年2月(汗))


たいっへん長いことお付き合いいただき本当にありがとうございました。

読んでいただいた方、感想くれた方大変励みになりました。

自分も人様の作品読んだら励みになるような感想を書こうと誓いました。


最後にチラシの裏にレールガン佐天さんメイン予定だったss書いたんでそっちもよろしくお願いします一発ネタですが←宣伝!?(台無しだ!)








真・恋姫†無双SS~馬超伝~


第一部

01話~05話:西涼編

06話~10話:反董卓連合編

11話~18話:洛陽編(16話~18話(長安遷都編))

第二部

19話~23話:官渡の戦い編(袁紹伝)

24話~29話:荊州編

30話~34話:望蜀・赤壁の戦い編

第三部

35話~43話:潼関の戦い編


その他

おまけ1:未回収伏線

おまけ2:その後の三国志

さいご:あとがき




でした。


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