首都、洛陽への道を塞ぐ二大関、汜水関と虎牢関。
汜水関が難攻不落であるのなら、
虎牢関は難攻不落絶対無敵七転八倒である。
天才軍師、諸葛亮孔明の言葉である。
1
「よいしょっ……と」
コトン、とセイロに蓋をする。
「これであとは蒸しあがるのを待つだけですよ~」
額に浮かぶ汗を手の甲で軽く拭きながら、一仕事終えたさわやかな笑顔で諸葛亮(朱里)は一刀に声をかけた。
「おつかれさま。しかしお菓子作りまで出来るなんて諸葛孔明は凄いんだな」
「えへへ♪ わたしなんてたいしたことないですけど。でもお役にたてて光栄です」
一刀の隣に腰掛ける。
汜水関陥落の後、虎牢関を守る呂布との戦いが始まって既に半月程が経過していた。
現在先陣として虎牢関攻めを行っているのは袁紹軍と曹操軍。
実質汜水関をわずか半日で、かつ馬騰軍のみで攻め落とした事実を受け、手柄を全て取られると危機感を持った
反董卓連合軍総大将の袁紹が『次はこの総大将のわたくしが虎牢関を落としてみせますわ』と勝手に息巻き、
曹操はそれに半ば無理矢理付き合わされた形になっていた。
結果、噂に違わぬ堅牢さを誇った虎牢関は落ちる気配を全く見せず、ただただ時間が過ぎていくだけであった。
「虎牢関、落ちませんね~」
「落ちないねえ……」
「洛陽の民の皆さんは大丈夫なんでしょうか?」
「そうだねえ……」
「……」
「……」
「あの! 一刀さまでしたらどうやって虎牢関を落としますか?」
どうやらそれが聞きたかったらしい。
「う~ん……虎牢関落ちないんじゃない?」
「ええっ!? じゃああきらめるんですか?」
「だって難攻不落の虎牢関と最強の呂布だよ? 勝てないでしょ?」
「勝てないでしょ? ってそんな……」
「うん。だから虎牢関落とすのを諦めて反対側の函谷関から洛陽に入る」
「!! ……ですがそれでは時間がかかり過ぎるのではありませんか?」
「既に二週間も足止めされてるのに? でも時間はそんなかからないよ。足の遅い袁紹達はこのまま虎牢関で
戦って呂布達董卓軍本隊を留めてもらえばいい。函谷関に向かうのはウチの西涼騎馬隊だけでいいんだ。
洛陽に攻め込まれれば虎牢関は放棄するしかない。その後連合軍の本隊も洛陽へ向かってくれば董卓は終わり」
「……」
西涼騎兵の恐ろしさは戦場での機動力、突破力だけではない。騎馬隊だけの編成であるならば行軍速度が
歩兵の比ではないと言っているのだ。もし西涼と戦う事になった時、戦の準備をし、いざ城を出る頃には既に
西涼軍に囲まれている! という事態がありえるのではないか? そんな仮定をし諸葛亮は背筋に冷たいものを感じた。
「その策を袁紹に提案……しても無駄ですね」
「うん。ウチだけ目立つような策をあの袁紹が選ぶわけないから。だから今は待つしかないかなと」
「さすがですね。わたしはなんとか呂布を野戦に引きずりだすしか手はないかと思ってました」
他に内応させる等黒い策もあるがわざわざ言わなかった。
「汜水関を落とした時もたいへん合理的な策でしたが、どうしてあんな策をなさったんですか?」
「へ? 合理的?」
「総大将に一騎討ちさせる手です。確かに馬超さんは強いですが、万が一を考えたらわたしにはできません」
「まあ劉備弱そうだしね……」
「はい……あ、いえ、それだけじゃなくて、その……」
言いたい事は解る。自分としても一度翠に言われてふっきれたからこその策だ。つまり諸葛亮が聞きたい事は……
そこまで思って諸葛亮の真剣な表情をあらためて見る。やばい、からかいたくなってきた。
「……愛ゆえに」
「愛ですか!?」
朱里は顔を真っ赤に染めて両手で頬を触った。『はわわ……』とか『それじゃ桃香さまにしたみたいに翠さんの胸も……』
『やはり肉体関係が……』『わたしそんな趣味は……どちらかと言えば男の子同士の方が』等とブツブツと独り言を続けた後、
結論に至ったらしい。
「わかりました……あれ? でもそうなりますと一刀さん華雄さんともエッチな事したんですか?」
何故!?
一刀は驚愕した。天才の思考回路はさっぱりわからない。
「はわわ……わたしなんて質問を!? わ、忘れてください!! あ、そうだセイロを」
強引に話題をそらしつつ蒸していたセイロに向かった。
「……ご主人様朱里にまで手をだしたの?」
こんな失礼な事を言うのは当然蒲公英であった。朱里がさっきまで座っていた位置に腰を下ろす。
同時に諸葛亮がセイロの蓋を外した。
「あ、イイにおい。あんまんだ♪ でもなんで?」
「ああ、虎牢関の大将である呂布とちょとあってね、思い出したら食べたくなったんだ。で諸葛亮が菓子作りが得意って
前皆で飲んだ時鳳統が言ってたから頼んでみたんだ」
「へ~って、ご主人様呂布と知り合いなの!?」
「話してなかったっけ? 肉まんとか饅頭とか奢って……」
「どうしたの?」
「……一文無しになった」
「ぜんぜん話が見えないんだけど……呂布が可愛い女の子だって事は解っちゃった」
エスパーか!?
「あ、それで一時期麒麟達に人参分けてくれって頼んでたんだ! たんぽぽご主人様がお姉様に
殴られすぎて頭おかしくなってたのかって心配してたんだ」
見られていたのか!?
「呂布そんなに食べるんだ? たんぽぽお饅頭で破産した人初めて見たかも?」
「人聞きが悪いなあ、女の子に貢いで破産したと言って欲しい」
「そっちのが……どっちもかっこ悪いね」
……そうだね。流石に言葉にはだせなかった。
「おいしくできあがりましたよ~♪」
と諸葛亮があんまんを皿に乗せてきたのと同時に伝令が駆けつけた。
「報告します! 虎牢関より呂布隊、張遼隊が出撃、先陣の袁紹軍、曹操軍を蹴散らしこちらに向かっております!」
2
絶対的に有利であった篭城側の呂布がわざわざ虎牢関の門を開き、反董卓連合軍に襲い掛かってきた。
呂布を上手く挑発したのか? それとも董卓軍が出撃せざるを得ない状況に陥ったのか?
理由は解らないがとにかく異常事態であることはたしかだった。
「はわわ! 急いで戻らないと……これどうぞ。それじゃ失礼します」
「諸葛亮ありがとう。誰か劉備軍陣地まで送ってやってくれ」
「あ、あの朱里でいいです」
「へ? いいの?」
「はい、大変勉強になりました。天の御使いの軍略の基盤は愛なのだ! と」
キラキラした目で言いきられた。
「……」
ふざけるべきではなかった。蒲公英の『うわっ! 何言ってるのこの人』と言っているかのような蔑んだ視線が痛かった。
あんまんの乗った皿を一刀に渡した諸葛亮はそのまま数名の護衛を連れて劉備軍陣地へ帰っていった。
「たんぽぽは急いで撤収の準備!」
「!? 戦わないの?」
「何の策も無く呂布と正面から当たったら全滅する」
それ以上は言わない。馬岱も一刀の真剣な表情を見て『あんまん持ってそんな顔されても……』等と余計な事は言わず
一度頷くと周りの部下達に指示を出しながら馬騰軍本陣の天幕へ走っていった。
そこへ次の伝令が届く。
「現在第2陣の袁術軍、孫策軍が交戦中」
詳細をまとめると(主に大将本人が)だらけきっていた袁術軍が散々に蹂躙され敗走中。孫策軍は不明。
……って抵抗してくれよ!(不明ってなんだ?)
他に袁紹本人は親衛隊と共にとっくに後退。曹操軍は現在軍を立て直している最中とのこと。
大体状況は解った。恐らく曹操と孫策は戦線が延びきった呂布軍を包囲するつもりなのだろう。上手いやり方
だが連携を取っていない以上、戦線をひっぱる側、具体的に言えばおとりにされるこっちは全滅の危険がある。
加えて2陣の本隊である袁術軍が何の役にも立っていない時点で本来休憩組扱いな筈の3陣へ呂布が到達
するのはもはや避けようもなかった。
ちなみに3陣は公孫賛、劉備、馬騰軍である。
「やっぱりただ可愛い腹ペコキャラじゃなかったんだなあ。そういや凄い巨漢をぶん投げてたし」
出来立てのあんまんを一つ口に入れ、モグモグと口を動かしながら次の手を考える。
「今の3陣には翠の他に関羽、張飛、趙雲という五虎将の4人……いかに呂布とはいえ基本は猪系の筈!
劉備軍と上手く連携すれば勝てる……か?」
「ってそういえば翠は?」
急な展開過ぎて翠が今どうしているかすっかり忘れていた。正面の斥候に聞く。
「馬超将軍は準備できていた500騎と共に既に出撃なされました」
うちも猪だった!!!
3
人が飛んだ。
比喩でもなんでもなく、文字通り、いや正確に言えば人が次々と吹っ飛んでいた。
飛将軍呂布が方天画戟を一振りするだけで正面にいた数人の反董卓連合兵士が弾け飛ぶ!
その様はまるで攻撃に特化した現代の魔法少女を彷彿とさせたが、そんな感想は一刀以外に思うわけもなく、
ただ近づけば死ぬというまさに恐怖そのものがそこにあった。
方天画戟を一振りするだけで道が出来るのである。呂布は虎牢関の門を出た後、ただ真っ直ぐに,そして
一度も止まる事無く前進を続けていた。
ガギン!!
その一振りが止められる。
「……ッ重てェ。よう、たしか一回会ったよな」
そんな事が出来る人間等数える程しかいない。
「……お前は、ご主人様の…………女?」
「なっ……★□△○×っ!? へ、へんな覚え方するな! そもそもご主人様の女じゃねーし! あたしは馬超!
って前にも言っただろ!!」
「……(コクッ)」
どうやら思い出したらしい。コクリと頷いた。
「悪いがこれ以上は進ませない!」
「……恋の邪魔をするなら……斬る」
呂布の一振り! それを流れるような槍捌きで馬超は受け流そうとし
「ぐぅッ!」
想像を絶するその一撃の重さに耐えかね、とっさに両手に持ち替えて受け止める。
「……」
無表情に方天画戟を引き戻す。その隙を見逃すわけもなく、馬超は必殺の一撃を呂布にくりだした!
「なっ!」
それを又も無表情に受ける。
「……お前、強い。さっきの恋のこうげき、結構本気だった。……今の衝きもはやい」
呂布がまとっていた空気が変わる。
暑くもないのに翠の額からジワッと汗が滲む。
「これは……(ヤバイか)」
ビュオッ!……と方天画戟の振り下ろしと、横なぎのあまりの速度に空気が悲鳴をあげる。
「……ぐぅッ」
ガギン、ガギン!
と一瞬であるのにもかかわらず二合討ち合った衝撃音が響く。
「しゃおらあああッ!」
ギギギギン!! 今度は三合! 馬超の銀閃が呂布を三方向から襲ったが呂布はそれを全て受け止める。
「……いまのは凄くはやい」
「まだまだぁ!」
……5合、10合、15合。かつて呂布とここまで討ちあえた武将は皆無であった。しかし……
「くっそおおおッ!」
重い等という言葉に単位があるならば一撃につき100重いといっていい程の方天画戟の攻撃についに馬超は
絶えかねて一度攻撃を受けつつ馬を数歩後退させる。肩で息をする。既に腕が痺れて感覚が無くなりつつあった。
あたしじゃ勝てない。くそっ! 時間稼ぎ出来てるのか? ご主人様は後退出来たのか?
別に功をあせったわけではない。報告を聞いた時点で撤退が間に合わないと判断し、時間稼ぎする為に出撃したのだ。
とはいえ自分の実力ならいかに呂布であっても勝てないまでも負けるとは思わなかった。
それはうぬぼれでもなんでもない。ただ呂布の強さがあまりにも別次元だっただけの話だった。
『翠!』
ご主人様の幻聴が聞こえた。
「翠! 後退するぞ!」
幻聴じゃなかった。名馬麒麟に跨った一刀が前線に現れたのだった。
「って、ええっ!? ちょ、何でご主人様が来てるんだよ!」
「撤退の準備は出来た。あとは翠だけだ!」
「ばば、バカ! そんな事言いにくるためにこんなとこくるなっ!」
「……逃がさない」
方天画戟がギラリと光る。一瞬でも後ろを見せれば真っ二つにされるであろうことは明白であった。
「恋!」
「……」
一刀の叫びを無視する。真名を許した男など他にいない。それほどの関係だとしても戦場で敵対したのなら
馴れ合いはするべきではないと呂布は理解していた……次の一言を聞くまでは。
「出来立てのあんまんだ! 食え!」
恋の元に出来たてのあんまんが飛来し……カプリ、と恋は口でキャッチした。
モグモグと咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。
「……おいしい…………しまった」
一刀と馬超は呂布の視点から既に米粒程度にしか見えない距離まで離れられてしまった。
目の前に紙袋があったので拾ってみる。大量のあんまんと一文が添えられていた。
一文の内容は『ズルくてごめん。お詫びにもならないがあんまん食べてくれ。また一緒に』
「……」
さっそく紙袋からあんまんを取り出し食べ始める。
一向に指示がこない為兵士が呂布に指示を受けに近づいた。
「……将軍、追撃なさいますか?」
「……(モグモグ、ごっくん)目的は果たした。虎牢関へ帰る」
「はっ」
結果だけ述べよう。
曹操軍、孫策軍の包囲が待っているであろう筈の虎牢関への道程において、呂布は無事に帰還したのである。
その代わりと言っていいのか解らないが、ある人物は帰還する事が出来なかったのである。
(あとがき)
仕込みってあんまんかよ!?
ああ、石とか投げないで下さい(涙)ふざけすぎですか?すみません。
勿論あんまんパクついて敵見逃すと思えないですがでもあんな無敵っ子なんだからこんくらいの弱点
なきゃ対峙=死ですぜ? 納得いかなかったら実はセキトの件で借りがあるから本心的には
見逃してあげたかったと思っていたと裏設定があったんですとか深読みして下さい(深読み期待すんな)
あとちょうど天の覇王(アニメ)見てて爆笑してしまったので使ってしまった愛ゆえに~。
今回は変な所で切れてしまっていますが今のSS書くペースって週末に二本分書いてるので、毎回
奇数回が仕込みとか繋ぎみたいな話で偶数回が決着回みたいな感じになってて山場が遇数回になって
たりしたので、ちょっと描き方を変えて時系列をシャッフルしてみました。
なので次回はちょっと時間が戻った別視点からの虎牢関戦と、反董卓連合編の完結です。