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[8232] 【完結】††恋姫無双演義††(部分修正のみUP 三国志演義+真・恋姫キャラ オリキャラ(転生)付)
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/07/17 21:46
※『チラシの裏SS投稿掲示板』に「何番せんじかも知れませんが(三国志演義+真・恋姫キャラ オリキャラ(転生)付)」の表題で、
連載投稿中だった作品を
『その他SS投稿掲示板』に「板変更」させていただくともに、表題をより明快なものに変更させていただくことにいたしました。
率直な御意見、御感想をいただいた皆様にあらためて感謝いたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何番せんじかも知れませんが、この「小説」は2次創作です。

「真・恋姫無双」のキャラを借りてはいますが、
ストーリー的には(多分)「三国志演義」>>「恋姫無双(無印)」>「真・恋姫」になると思いますので、
「真・恋姫」の特定のキャラ、あるいは特定のルートに思い入れ、あるいはアンチがおありの方には、不快を感じる可能性があります。

また、一応R15指定作品のつもりです。

尚、蛇足ですが、以下の設定があります。

オリキャラ(転生系)が出てきますが、主人公ではありません。

書き始めた頃は、原典『三国志演義』の“サブタイトル”の付け方、
「漢文なら1行7文字、2行」にカブレて、こだわってきましたが、
書いている間に、どうも「四字熟語」の方が、気分的に会いそうな講釈が、出来始めました。
そのため、この2種類のサブタイトルが混じっていく事になるかも知れません。

「恋姫」公式キャラ以外の、登場人物の設定については、
一応、「正史」「演義」での、こんなキャラクターじゃなかったかな、と言う解釈が自分なりにあって、
それと、「恋姫」キャラとの関係上で改変すべき部分とを、天秤にかけながら、書いているつもりです。
性別含め。

したがいまして、このキャラは女の子じゃないの、という登場人物も登場するかもしれません。
無論「恋姫(無印)」「真・恋姫」の公式キャラは、「原作」優先です。

主人公が男の子なのに「真名」を聞かれる場面には、正直驚きました。
実は「真名」については、以下のようなことから、自分なりの解釈をしていました。
・真名以外は、本来「男」の名前。(ぶっちゃけて言えば「恋姫」は“性転換”ものですが)
・一方、真名はしっかり、女の子の名前
・主人公をふくめ、男キャラで「真名」の公式設定が確認できない。
・そもそも、男キャラは、モブキャラ以外「恋姫世界」の住人として微妙。
・愛紗(関羽)なんかは「可愛い」とか「美人」だとか言われると、「女扱いするな」「軟弱」などと怒っていた。
 したがって、一線に出て、活躍している女性に対しては、女扱いは、必ずしも礼儀にかなう事でもないかもしれない。

これらのことから「真名」以外の名前は、
本来、男性体制である古代中国で、女性が社会に出て活躍する場合の「公式名」であり、
真名の方が、本来の女の子の名前と解釈しました。
したがって、真名を呼ぶことは、女扱いする事になります。

どこかに、これとは違う設定が、あるかも知れませんが、
この「外史」では、この解釈で、やっていきます。

― 蛇足の蛇足 ―

『中漢演義』とか、そういった題名で、「三国志演義」が原作の架空戦記を書きたいと妄想し、
思い付いては、ボツにする事を、繰り返してきました。

『中漢』とは、前漢・中漢・後漢と言う意味です。
“この時代”を対象にした「架空戦記」で良くあるように、
蜀陣営の漢王朝復興が成功した場合の歴史には、3つの「漢」王朝が存在する事になる。
したがって、彼らの立てた王朝が例えば、後漢と呼ばれ、
我々の歴史における「後漢」は、『中漢』とかいうように呼ばれるのではないか、
つまり、「中漢」王朝末期を舞台とする物語になるという発想でした。

しかし、どこで歴史を改変するかを、思い付いては、ボツにする繰り返しだった時、
「恋姫」シリーズの事を知って、途端にキャラクターが、動き始めました。

そのため、この作品のストーリーは、基本的に「三国志演義」それも、史実とは異なる結末になる「演義」です。

同時に「恋姫†無双」並びに「真・恋姫†無双」のキャラクターがあって、書き始めることが出来た物語です。

それでは††恋姫無双演義††前ふり『聖フランチェスカ学園』より、
講釈を始めたいと思います。


※2009/05/09 少しばかり、文章が読み易くなるように、してみました。
※2009/05/12 チラシの裏より移動
※2009/05/22 外伝「††恋姫無双演義††~黄権伝~」完結
※2009/07/17 「講釈の32『白馬有情』英雄を論(ろん)じて肴(さかな)にする~」の1部分を修正しました。

※追伸 「小説になろう」サイトに、投稿名「高島智明」で投稿中の同名作品ですが、
     少しでも多くの方々に、率直な御意見、御感想をいただきたいだけで、
     まったく、他意はございません。

※ 今回の修正UPは、1話分の内の部分修正のみです。
 すでに完結した作品に対して、今更こうした修正に及ぶのは、ひたすら作者の未熟に原因があります。



[8232] 前ふり『聖フランチェスカ学園』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/12 21:17
††恋姫無双演義††前ふり『聖フランチェスカ学園』


体育館にこだまする、竹刀と防具、あるいは竹刀同士がぶつかり合う音、凛とした、しかし澄んだ声の気合。
何時もの様な、剣道部の稽古風景。
それが、一段落したところで、“唯一の男子部員”が部長に用件がある事を申し出た。
といっても、部長も先刻承知である。なぜなら、生徒会経由の用事だったから。
「すみません、不動先輩」
手早く、道着を学生服に替えると、彼、北郷一刀は用件の場所へ向かった。

ここは、聖フランチェスカ学園。数年前まで「お嬢様学校」として知られ、最近、男子学生を受け入れだした。
その為、男女比が極端に偏っているとされる。それこそ、どこの「美少女ゲーム」だと言う位。
一方、授業料etc.は私立の全寮制としては奇跡的に安く、
そのくせ、学校施設の方は、その「安さ」からは不可能な程、豪華である。
まあ「お嬢様学校」だけあって、OGやら父兄やらからの「寄付」が半端じゃないのだろうが。
「例外は何故か未だプレハブの男子寮ぐらいだな(笑)」
女子寮などは、まさしく「乙女の城」と云うべき豪華さ。剣道部に専用体育館があり、
さらに一学園にしては分不相応な程の歴史資料館があったりする。

実際、学外からの見学申し込みが1度ならずある程の資料館で、実は用件とは「ガイド」だったりする。
では何故、一刀がといえば、彼が「歴史ファン」だがらだろう。より細かく言えば「三国志演義」のファンだ。
実際、プレハブ寮の自室には「演義」が原作の小説やら、劇画やら
「何とか無双」とかのタイトルのゲームやらを持ち込んでいる。

もち論、資料館に展示されているのは三国時代のものだけではない。それなのに誰が彼を推薦したかと言うと、
「まったく、及川のやつ。分かり易いんだからなあ」
数少ない男子生徒仲間であり、一応、親友ないしは悪友が何故、張り切って申し出たかも明白だった。
西宮市あたりの他校の文芸部だとかいう、一行5人中3人は成る程、美少女といっていいが、
しかし、リーダーの少女は明らかに男子部員の1人と「バカップル」としか見えないし、
残る1人の男子部員は及川曰く、
「まちがいなく男の敵、別な意味で女の敵、つまり全人類の敵」で、結局のところ、勝手に自爆していた。

しかし、流石に三国時代のコーナーへくると、一刀にも調子が出てきたこともあって、結構、会話が成り立ちだした。
リーダーの少女に引きずられっ放しだった男子部員が、結構、一刀と議論を成り立たせていた。

「…それでもし、三国の何処かに仕官するとしたら、「何」を選択するか。そう」
「義」を選ぶのか、
「覇」を選ぶのか、それとも
「絆」を選ぶのか。

ここで、リーダーの少女が、そばから割り込んできた。
「むしろ、こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ。
戦乱の時代ということは、無名の民衆が犠牲になっていた時代という事じゃない」
そうかも知れない。後漢帝国の人口は、5000万前後だったと、これは「正史」に明記してある。
しかし、三国の人口は合計して、ある学者の説によると、500万そこそこだったとか。
確かにそんな時代はむしろ早目に繰り上がった方が良かったかも。

「そうなんですよね~。例えばこのフランチェスカみたいな「ハーレム設定」の方がよっぽど平和でいいんじゃないかと」
「及川……(他校の見学者にまで、何が目当てで入学したか、誤解される事もないだろう)」

そんな議論をワイワイとしていたとき、ふと、一刀は不審を感じた。
同じ制服を着ているが、見覚えのない少年(?)
そう、数少ない男子生徒は、ほとんど同じプレハブ寮に押し込まれている。それなのに、顔見知りでない。
だから逆に、同じ制服を着ているのに見覚えがなければ、それだけで怪しい。
それに、田舎の祖父に剣術を仕込まれた、その程度でも判る、
こいつはできる。いや、危険だ。
しかも、隠そうともしていない殺気で、まるで仇の様に展示ケースの中の「銅鏡」をにらみつけていた。

ガイドを終えて、寮に戻ってきても、不審が脳内のどこかで、もやもやと漂っていた。
その結果、竹刀を手に、資料館の方に出かけ…帰って来なかった。

翌朝、資料館の近くに、見事にへし折れた竹刀だけが落ちていて、
一刀の姿はどこにもなく、資料館の玄関の鍵は壊され、ケースはガラスの破片となって銅鏡がなくなっていた。
立派に、強盗拉致事件であり、当局も動いたが、しかし、一刀も銅鏡もあの不審人物も手がかりは出て来ず…

・  ・  ・  ・  ・  ・

…中国の古都、かつての後漢王朝、そしてそれに取って代わった次の王朝の時代の、中華帝国の帝都に、
日本からの修学旅行の一行が訪れていた。その中の1校は聖フランチェスカ学園だった。

ガイドの説明を聞きながら、かすかな違和感を覚える。
何か、べつの「歴史」を知っている様な。
しかし今は、このガイドが説明する「歴史」が「正史」の筈だった。

「…ここは本来、後漢王朝に変わる新たな王朝を開いたその初代皇帝の陵墓です」
後漢末期、いわゆる「無双演義」の時代として知られるこの時代は、群雄割拠の動乱の時代であるのみならず、
女性、それも乙女といってよい若き「天才少女」たちが何十人も
「武将」「軍師」さらにはそれらの上に立つ「君主」として活躍したという点でも、中国史上、特徴ある時代です。

この時「天の御遣い」として、突如歴史上に現れたこの陵墓の主は、
その時代を動かす『英雄』でもあった「天才少女」たちのほとんどを、自分の後宮の妃に迎えました。
その結果として、最悪の場合は何十年かに渡ったかも知れず、
さらに最悪の場合は、当時の中国の人口を1桁少なくするほどの犠牲を伴ったかも知れなかった乱世を、
結果としては数年で収束しました。

そして、天下太平の名君として、後半生を全うした後、この陵墓に葬られました。
その際、見ての通り、陵墓の前面に「天の御遣い」の後宮の「恋姫」でもあり、
時代を動かした『英雄』でもある「天才少女」だった彼女たちの
『英雄』時代の姿の像を祭った「祠(ほこら)」を並べたのです。
その後、彼女たちの物語が「無双演義」の題名で「講釈」や「演劇」として広く普及するにつれて、
「この通り「恋姫祠」は中国における代表的な観光スポットとなりました」

「どうした、及川。解説に退屈してるにしちゃ、妙に神妙じゃないか」
「そうなんや、一刀の事なんや」
「ああ、アイツも連れて来たかったな」
「そういう意味じゃないんや。何かこう…そうや、アイツが近くにいる様な気がしてならんのや」
ふと、そよ風が吹いた、奥の陵墓の方から。

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ずっと、いろいろな方々の作品を楽しませてもらってきました。
何か、自分でも投稿したくなり、いささか無謀な試みを始めてしまいました。
無謀なりに、続くだけは続かせたいとだけは思いますので、
どうか、暖かく見守って下さる様、お願い申し上げます。

それでは、中国ものらしく、続きは次回の講釈にて。
次回は講釈の1『桃園起義』~「天の御遣い」は光り輝いて落ちて来る~
の予定です。



[8232] 講釈の1『桃園起義』~「天の御遣い」は光り輝いて落ちて来る~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:09
注意。オリキャラ(転生系)が登場します。

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††恋姫無双演義††講釈の1『桃園起義』~「天の御遣い」は光り輝いて落ちて来る~


「ここは何処?私は誰?」
いや、「誰」に関してははっきりしている。北郷一刀。間違い無い。
だが「ここは何処?」
どう見ても、聖フランチェスカではない。そもそも、日本であるかすら怪しい。
ひたすら地平線まで続く、黄色い平原。そのど真ん中。

そして、足元で目を回している「黄巾賊」3人組。
そう、一刀が好きな劇画やゲームに出てくる、黄巾賊のコスプレ(?)をしたこの3人にカツアゲどころか、
蛮刀(ただ刀というとなぜか自分の名前を馬鹿にする様な気がする代物)を突きつけられて、
身包み剥がされるかと思った刹那、
颯爽と現れた眼前の美少女が長刀(?)で薙ぎ払ってくれた。
先ず、その事については素直に礼を言っておこう。
だが「ここは何処?俺は何をしている?」

・  ・  ・  ・  ・

沛国譙(しょう)県「この時代」中国中にあったであろう、豪族の屋敷。
その中央にある楼閣を、一刀と同年ぐらいの少年が見上げていた。
「華琳姉さん、何を見ているの」
「何も。強いて言えば時代かしら。そうよ仲徳。時代が動き出しているわ」
楼閣上から、遠く地平を見据えている姉の声に、1人誰にも打ち明けられぬ想いを抱く。
「確かに、時代は動き始めている」
彼、曹仲徳には「前世」の記憶があった。その記憶が、時代が動き始めている事を教えてくれる。
そう「姉」が「兄」でない事に驚く様な類の「前世記憶」が仲徳にはあった。

・  ・  ・  ・  ・

「ええと…つまり」
「はい、私は姉妹の誓いをなした同志と2人、この乱世に苦しむ人々を救いたいと願い」
しかし、個人の「武」では目の前の何人かを救えるのみ、
われらの「武」を活かし、人々を救える主君に仕えたいと、使えるべき主を求めて旅をしてまいりました。
「その折、管路という占者から、この地に「天の御遣い」が落ちて来るとの予言を聞き、あなた様を探しておりました」

「いや、俺はそんな大層な者じゃ…」
「その様な事」
この予言の地に流星と共に降り立ち、光り輝く見た事も無き衣をまとったあなた様は、
まさしく「天の御遣い」に他ならず。

「光り輝く衣って…」
聖フランチェスカの制服は、ポリエステル100%の繊維にコーティングした生地で、しかも色は純白。
確かに陽光を反射して、光り輝いても見えるだろう。
この時代に、こんな生地がある訳でもないのだから、初めて見れば驚くかも知れないが。
そう「この時代」
目に耳に入る全ての情報が三国時代、それも「黄巾の乱」の真っ最中にタイムスリップしたと示していた。
「(落ち着け、落ち着け、俺)」
「(とにかく、現状を整理して)」
一刀が沈黙すると、目の前のサムライ美少女も言葉を待つように沈黙する。しかし、すぐに静かさは破られた。
「姉者―!!」
何やら、黄土を巻き上げて走って来る。いや、それは元気いっぱいの少女だった。

「誰なのだ、このお兄ちゃん」
その言い方がお似合いの年頃に見える「チビッ子」しかし、
一見、その身に似合わぬかとも見える「蛇矛」(?)を軽々と振り回し。
「蛇矛?そういえばあの長刀もまるで青龍偃月刀だな」
三国志ファンの一刀には見覚えがある。
(いやいや、それどころじゃない。とりあえず、とんでもない誤解を解かなくちゃ)
「ええと…さん?(しまった)ごめんなさい、何と呼んだらいいですか?」
「これはとんだご無礼を。あらためて名乗らせて頂きます。わが姓は関、名は羽、字は雲張」
「姓は張、名は飛、字は主君になる人に付けて貰うのだ」
「ええ?!」
関羽に張飛だって。女の子じゃないか。

・  ・  ・  ・  ・

曹操孟徳(真名華琳)と仲徳の姉弟は、祖母であり当主でもある曹騰に対面していた。

性:曹 名:騰 字:季興 真名:華恋(かれん)
華琳の祖母。宦官ではなく、当時の幼帝の乳母から権力を握り、
女性が当主となり、武将や文官として活躍できる先達となった。
しかし「十常侍」などが跋扈する先達にもなってしまったため、
曹一族の政敵etc.からは何かと当てこすられる所以にもなっている。

・  ・  ・  ・  ・

どうやら、単純なタイムスリップというよりは、パラレルワールドとからしい。もう、何でもありだ。
少なくとも、あの「銅鏡」が突然光りだした時から。
そう納得ないしは開き直ってみると、成る程、
女の子だけど、確かに関羽だし、張飛だと思えるようなキャラだし、それに結構可愛い。
それにしても、何故、2人だけ?劉備はどうした?
そういえば、張飛に字がなかったから、まだ、出会う前だったのかな。確か「益徳」という字は「玄徳」からもらった筈だ…

「ご主人様」
「え?」
「あなた様にここで出会った事が、われら姉妹の天命。さあ、われらとこの国の民を救いに…」
「待ってくれよ。俺は「天の御遣い」なんかじゃ無いよ」
たまたま、黄巾賊から救ってもらっただけの、何の力も無い男だよ。
「………………」
「………………」

「分かりました。残念ですが」
また、何時か出会う主を求めて旅を続けます。
しかし、その間も、この国の民は苦しみ続けます。こいつ等の様な賊や、民を護る事を忘れた官のために。

ズキッ…
良心が痛む。関羽の言葉には嘘は無い。
それに、やっぱりこんな可愛い女の子たちがガッカリしているのは見たくない。
「待ってくれよ」
背を向けて歩き出そうとした、関羽と張飛に一刀はもう一度呼びかけた。
「俺は「天の御遣い」なんかじゃ無いかも知れないけど」
君たちが関羽と張飛なら、そしてさっき言った様にここが幽州涿(たく)郡なら、
君たちが仕える筈の人というか、
君たち2人じゃなくて、3人の兄弟、ここでは姉妹かも知れないけど、
その一番上になる筈の人がこの近くにいる筈なんだ。

「まことですか、それは」
「うにゃ、もう1人お姉ちゃんが出来るのだ?」
「その人は劉備玄徳」
涿郡楼桑村の、今は没落しているかも知れないけど漢王朝の中山靖王の子孫で、
この乱世にはお人好しかも知れない、敵からは偽善と言われるかも知れない、
だけどそれだけに、関羽や張飛だったら、一度「妹」になったら、
どこまでも守ってあげたくなる様な、
どこまでも同じ理想を追いかけたくなる様な「義」の人の筈なんだ。

「その様な方がこの近くに」
「そのお姉ちゃんは何処にいるのだ」
「俺が知っている話だと」
確か、楼桑村と言うのは、タワーいや、この時代なら楼閣だよな。そんな感じの桑の大木が地名のゆかりで、
それから、今が君たちの出会いの時なら、おそらく近くに桃の花が盛りの果樹園がある筈なんだ

「うにゃ、あれなのだ」
背伸びしていた張飛が蛇矛を向けた先。
なる程、どこまでも黄色の地平線の中でその方向の彼方だけ、かすかにピンクに霞んでいて、
その向こうから、距離からすると、やけに大きい桑の木らしきものが頭を覗かせていた。
「有難う御座います。やはり、あなた様は「天の御遣い」でした」
いかにも関羽らしい丁寧な礼を残し、張飛の手を引いて歩み去っていった。

用件を1つ済ました気になって、さて、あらためて考えてみると、
「これからどうしよう」
ここは三国時代、それも黄巾の乱の真っ最中の乱世に1人放り出されてしまった。
とにかく、生き残らないと。とりあえず、直近の問題として「一宿一飯」があって、
それから、まだ足元で目を回していた黄巾賊がいる。
とりあえず、こいつらが来たのとは反対の方向が、安全だろうと考えて、先ず歩き出した。
さっきの2人の後を追いかける方向になっているのは、多分、偶然だよな。

・  ・  ・  ・  ・

なる程「楼桑」だな、これは。そう素直に思う桑の大木の根元というか、
「桃園」とその桑との間に、いかにも「没落した元お屋敷」らしきものがあって、塀の破れ目から覗くと、
さっきの関羽と張飛が、遠目にも「美少女ゲーム」の正統ヒロインといった女の子の前に片膝を付いている。
その少女は作りかけの筵(むしろ)らしきものを膝に乗せて、じっと関羽の話を聞いている。
「あれが劉備?やっぱり女の子?」

やがて、劉備らしき少女は、部屋の隅に無造作に立てかけられていた、しかし、
改めて見ると、いかにも「伝家の宝剣」といった剣を手に取った。

・  ・  ・  ・  ・

「中山靖王伝家のこの宝剣を抜く時が来たのでしょう。分かりました。私もあなたたちの姉妹に加えてください」

・  ・  ・  ・  ・

「劉備玄徳」桃花の薄紅とモザイクになった蒼天を「靖王伝家」の宝剣が指す。
「関羽雲長」左右から「青龍偃月刀」が、
「張飛益徳」そして「蛇矛」が合わせられる。

「「「我ら誓う」」」
我ら三人、姓は違えども姉妹の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。
上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。
同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を。
天よ地よ、この心の真実を。義に背き恩を忘れるならば、天も人も殺したまえ!

――― ――― ――― 

ここは、涿郡近くのただし楼桑村とは別の村の豪族の屋敷、
この屋敷の当主である簡雍(かんよう)は、劉備たちの義勇軍の“スポンサー”をかって出たそうで、
現在「桃園」の「2次会」ともいうところの宴会が開催されている。
で、北郷一刀は何をしているかというと、そのドンチャン騒ぎに紛れ込んで、ようやっと「一飯」にありついていた。

「(やっと、性別からして俺の知っている「三国志」通りのキャラがいたよ)」
さて、今度は「一宿」をどうするか?などと考えていると、
宴会の“ホスト”である簡雍がいつのまにかそばに居て、
それだけならともかく、
たしか上座で「爵」(この場合、伝統的な乾杯用の青銅器で間ちがいない)を持っていた筈の3姉妹が、近くに来ていた。

「あなたが「天の御遣い」ですか?」
このとき一刀は、初めて近くで、そして正面から劉備を見た。
「あなたは…」
「君は…」

「姉者、どうされました?」
「どうしたのだ?桃香お姉ちゃん」

劉備玄徳(真名桃香)を見た一刀の頭を駆け巡っていたのは、何と某ラブコメだった。
校則をかいくぐって寮に持ち込まれた「お見合い結婚から初恋と純愛が始まった」とかいう、
そういう漫画の中では有名な。

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それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の2『三顧之礼』(さんこのれい) ~「伏竜鳳雛」を求めて魚は水を得る~
の予定です。

― 蛇足 ―

曹仲徳
曹操「孟徳」という字は、普通「仲徳」とか「季徳」とかいう弟がいる長男が名乗るらしいです。
「正史」「演義」では、曹操の弟は余り目立たないので、返ってオリキャラにつくりやすいと思いました。



[8232] 講釈の2『三顧之礼』~「伏竜鳳雛」を求めて魚は水を得る~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:18
オリキャラの『真名』設定

徐庶=蛍
原典「三国志演義」の徐庶は、孔明の「露払い」役を渋く果たして、静かに退場していきます。
そんな「彼」の渋い科白の1つが「臥竜と自分は、月と蛍」でした。

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††恋姫無双演義††講釈の2『三顧之礼』~「伏竜鳳雛」を求めて魚は水を得る~


「これからどうする?」
ここは幽州涿郡近郊の村の1つ、この村の豪族である簡雍の屋敷のいわば「会議室」
いわゆる「桃園の誓い」とその「2次会」のドンチャン騒ぎもあけて、さて、とりあえず真面目な会議をしている。

先ず、現状だが、簡雍の「部曲」(この時代の豪族が私的に囲っている農民や私兵)とか、
すでに涿郡近辺なら結構あった劉備の人望とか、
関羽と張飛がここまでの旅の途中で出会った人たちとか、
数十人から数百人程度の義勇兵と、当座の軍資金の当てはあった。
とはいえ、そこから先の戦略構想となると、身もフタもなく言って、途方にくれるというところだった。

「(そもそも何で俺はこんな会議に加わっているんだ?)」
北郷一刀は、その『お告げ』によって「桃園の誓い」を成立させてしまったため、
すっかり「天の御遣い」にされてしまっていた。

「(これからどうする?だって。そんなこと孔明にでも聞いてくれよ)」
「一刀さま、いま何と」
「ええ…つまりそれは…(どこまで口に出ちまったか)」
孔明?なんて今のこの子達は知らないよな。なんせ「三顧の礼」は20年ぐらい未来の話なんだから。
少なくとも俺の知っている「正史」なら。
だが、待てよ。
あの見学者は、何て言ってたけな。
「こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ」
人口5000万が500万になる様な時代が20年縮んでしまうなら。歴史を変える、変えないがそんなに大事だろうか。
少なくとも、今この時代を生きているこの子たちはこんなに一生懸命じゃないか。
それこそ、本物の「天の御遣い」とかでもない限り、むしろ黙っている方が傲慢なのかも…

「俺が知っている話だと」
「天の国の予言ですか」
「天下に人知れず天才がいる」
知る人は伏竜鳳雛と呼び、その2人の内1人でも仕官させれば天下をとる事も可能だという。
劉備玄徳は三顧の礼を持って臥竜を招き、まさに水を得た魚の様に自らの求めた軍師を得る。
そして、その軍師の英知によって自らの王国を建てる事になる。

「まことですか。やはりあなたは「天の御遣い」なのですね」
またかよ。
「それで、その伏竜鳳雛とやらはどこに」
「俺が知っている話だと「三顧の礼」の場所は荊州襄陽の近くの…」
「(絶句)」「(絶句)」「(絶句)」「遠いのだ」

当然の反応だろう。
ここ幽州はおおざっぱにいえば「現代」の北京あたり。後漢帝国の版図では、長城にも近い北東の端に近い。
一方、荊州は「帝国」の中心より南よりあたり。
ここから、軍師を迎えに行くなら、ほぼ、国内を横切る事になる。
おまけに今、その国土は黄巾賊が暴れ回っているのだ。
実のところ「正史」の劉備一党は、流浪の傭兵隊としてあちらこちらで戦う事20年、
その結果、荊州に近寄っていたのだが。

「行きましょう」
「え?」「ええ?!」
「伏竜鳳雛を迎えれば、人々を救えるなら、行きましょう」
それに、愛紗や鈴々は旅をしながら、この国や民の現状を見て来たのでしょう。
「この旅はその意味もあると思います」
まるで、天竺へ行くと言う三蔵法師だった。

・  ・  ・  ・  ・

やっぱり、祖母華恋の用件は、黄巾がらみだった。
沛国周辺にまで、黄巾の乱に便乗した変なやつらがウロウロし始めたらしい。
当面、部曲の私兵に警戒させることになった。が、問題は「官」にもあった。
もう引退している祖母はともかく、
現在、療養名目で帰郷しているが、その直前まで帝都で仕官していた華琳には、討伐の官命が下る可能性が少なくない。
そうなると、仲徳もどうやら、連れて行かれそうだ。
「やれやれ…最近「前世記憶」がいよいよはっきりしてきたんだよな。この時期にってのも偶然じゃないんだろうな」
ともすれば、西暦21世紀初頭の日本の大学生、という意識になってしまう、曹仲徳なのであった。

・  ・  ・  ・  ・

ここは荊州襄陽の城内(中国での城とは都市そのものが城壁に囲まれたその都市)「水鏡女学院」の門前。
一刀の知る「演義」の知識でも、
伏竜もとい諸葛亮孔明と鳳雛もとい鳳統士元は「水鏡先生」の弟子、以上の手がかりは実のところ無く、
下手をすると「天の御遣い」も信用を失ってここまでかと、思いはした。
ところが、来てみると「水鏡女学院」があって、
少なくとも「伏竜鳳雛」はこの塾に出入りするものたちの間では、それなりに評判らしい。
さて、1回目は門前払い、というより、適当な紹介もなしに押し掛けた不審人物だったろう。
まあ「三顧の礼」なんだから、2回目までの門前払いは覚悟していたが。

とりあえず、その日は城内に宿をとった。
その宿に、単福と名乗る少女、というより一刀の見た目なら大学生か社会人の年頃といった、
どことなく半分侠客で半分知識人といった感じの女性が現れた。
当然、一刀はその「正体」を知っている。

徐庶元直
若き日は侠客だったという。義理人情を重んじて知人の敵討ちをし、故郷を捨てた。
その一方、母親思いでもあり、心配を掛けた不孝を恥じて、侠を捨てた。
その後、あらためて学問を積んで出直すべく、単福の偽名で水鏡先生の門下に入る。
やがて、孔明の前に劉備の軍師として仕官するが、母を保護した曹操に飼い殺しにされる結果となる。
しかし、自分より優れた「臥竜」孔明を推薦して劉備の下を去り「三顧の礼」の切欠をつくる。

「徐元直殿」
いきなり、そう呼ばれて、思わず侠客時代のように剣に手が出かけたが、
相手からは殺気とは真逆なオーラが出まくっていた。

「私は人々を救うために、あなたの妹弟子の助力を必要としているのです」
幽州からこの荊州までの間、ずっと見てきました。黄巾の徒が唱える「蒼天已死」そのままの惨状を。
こんな世の中を変えたい。でも、非才の私にはどうすればよいのか分かりません。
もし、この女学院でその方法をお教えしているのなら、その一端なりと、お教え下さい。
伏竜鳳雛の英知で人々を救えるなら、
「あなたたちの力を私にとは言いません。この国の民人のためにお貸し下さい」

桃香の様な、魅力だけはありすぎる相手に、こんな風に言われて頭を下げられては、
余程の信念の持ち主でもない限り、グラリとぐらいはするだろう。
まして、義理人情を重んじる徐庶では、クリティカルヒットと言えた。
・  ・  ・  ・  ・
「三顧の礼」2回目。
「桃園」の3姉妹は、今回は徐庶の案内もあって、水鏡女学院の門内には入れた。
しかし、水鏡先生に「好好」とあしらわれて、伏竜鳳雛の本人には会せてもらえなかった。

「すみません、元直殿にもご迷惑を」
桃香たちを門内どころか、結果的に水鏡先生の面前まで入れた事で、後で徐庶はかなり叱られたらしい。
「構いません」
いっそ、破門という事になったらなったで、貴方様に仕えましょう。もっとも、私など臥竜に比べれば、月と蛍ですが。

・  ・  ・  ・  ・

「三顧の礼」3回目。
水鏡女学院の奥にある、水鏡先生のいわば「応接室」
妹たちを部屋の外に残し、桃香と一刀だけが、徐庶に案内された。その徐庶も退室して2人だけが取り残されて、
しばし(実のところ一刀の足がシビレだした頃)新たな人物が入室して来た。
一見、鈴々と大差無い様な「チビッ子」が2人。
「はわわ」とか「あわわ」とか言っている気弱そうな女の子たち。だが、正面から相対すれば、いかにも聡明そうな。
案の定「はわわ」が諸葛亮「あわわ」が鳳統と名乗った。

先ずは、桃香が徐庶にも言った事を繰り返す。
これに対し、はわあわ、舌をかみつつも、中華の現状を、そして将来の展望を語りだす。
「歴史」を知っている、一刀にも、流石と思わせながら。

「現在の黄巾党の騒ぎだけなら、おそらく鎮圧されるでしょう」
しかし、これからも、こうした反乱や、賊は後を絶ちますまい。
さらに、この国内の混迷を見逃さない、南蛮や北狄などの侵掠が外から来ましょう。そして、
これらの討伐を大義名分としたものたちが、賊や侵掠を退けた後を、自らの拠点として、事実上の王国がつくられ、
そうした幾つもの小王国にこの帝国は分割されていきます。
そうした、群雄の中の1人が他の群雄を倒して、新しい「帝国」をつくるまで、天下に太平は来ますまい。
もし、この時代において人々を救いたいなら、自分がその1人になるしかないでしょう。

幾つもの小王国をたてる群雄の中の1人。おそらく、それらの「王国」が3つ程にも淘汰されれば、
一時は天下も安定するでしょう。その「三分」のうちの1人。
そして「三分」もいつかは、ただ1人によって統一されるでしょう。その最後の1人。
「その1人となる「英雄」にしか、結局は多くの人々は救えません」

「私には、そんな力は無いでしょう。妹たちには「一騎当千」の「武」の力はあっても」
それでも、私は何かをしなければなりません。

「……。」「…。」

「力の無い人を苛める世の中を、誰かが絶対に変えなければならないのです!!」
教えて下さい。私に何が出来るのかを。

…  …  …  …  …  

愛紗たちが待っているのとは、反対側の部屋。
徐庶ともう1人。年齢不詳の美女。彼女が襄陽の名士「水鏡先生」こと司馬徽である。
「どうやら、どこぞで伏竜鳳雛の風聞を聞き込んできた、ただの野心家とも限っていなかったようね。蛍」
やはり「三顧の礼」とは、主君となるかも知れない相手の「志」を試すものだった。

…  …  …  …  … 
 
「はうぅ…わ、私たちも」
「あう―…ずっと思っていました」
この私塾で学んできた知識を、困っている世の中の人たちのために役立てたいと。
それを一緒に出来る主君に仕えたいと思っていました。
でも、この乱世をもっと大きくする様な野心家に利用されるのが怖くて、
「ずっと待っていたんです。この人は、民人のために戦おうとしていると、信じられる方を」

…  …  …  …  …  

別室で待っていた、妹たちも加わって、あらためての自己紹介が始まった。が、
「これから私の事は、桃香と呼んでください」
「姉者、いきなり真名をとは」
そう、一刀もそろそろ理解してきた。この世界での「真名」とは、本当に心を許した相手にのみ呼ばせる事を許す、
文字通りの「まことの名前」といっていい。
「これからは仲間だよ。それに…今の私にはこれしか出来ないから」
「姉者がそこまでおっしゃるなら。・・・わが姓は関、名は羽、字は雲張、真名は愛紗。よろしく頼む」
「姓は張、名は飛、字は益徳、真名は鈴々なのだ。よろしく―っ」
「姓は諸葛、名は亮、字は孔明、真名は朱里です。よろしくお願いします」
「姓は鳳、名は統、字は士元、真名は雛里です。よろしくお願いします」

さて、この場には、もう1人いる。
「この方は、私たちを引き合わせてくれた「天の御遣い」です」
「俺は北郷一刀(ほんごうかずと)。俺の国には字や真名といったものがないから好きな様に呼んでくれ」
一刀には、微妙な感慨があった。ただし、それはセコイ疎外感だけではなく…

・  ・  ・  ・  ・

長江に合流する漢水を挟んで、襄陽とは双子都市の樊城。
その間を行き交う渡し舟というよりほとんど「連絡船」に向かって、
名残惜しげに手を振る少女たちと、引率する水鏡先生。
今、彼女の手元から、天に登る前の竜、おおとりのヒナ、とまで期待した愛弟子が飛翔していった。
そして、樊城から北東へと伸びる街道へ続く城門の外。
桃香、愛紗、鈴々は馬上。(それぐらいの“スポンサー”は付いている)
そして「演義」でお馴染みの「4輪車」が「2台」。
1台に北郷一刀が、もう1台には朱里と雛里が並んで乗っていた。
4輪車の側には、ここまで代表で見送りに来た、徐庶が佇(たたず)んでいた。
車中の一刀に、そして馬上の桃香に、中国式の身を屈する礼で、妹弟子を託す。
「元直殿、確かにお預かりします」やはり彼女らしく、いったん下馬し、片膝を付いて礼を返す。
「「蛍先輩、行って来ます」」
4輪は回り始めた。幽州へ、そして「歴史」を回転させるために。

・  ・  ・  ・  ・

幽州から荊州へ、そしてまた同じ道を引き返す。その途上にあるのは、まさに「蒼天已死」
21世紀の平和ボケした日本では、所詮は画面の向こうにしかなかった「現実」
焼け焦げた残骸の散らばる「村だった」場所……
城壁を破られ略奪された街……
遊びで壊された人形のような死体や、それでも命「だけ」は残ったもの……
さらには、流石に少女たちには辛いが、無くなる物が命だけではなかった同性……
そして、守れなかった家族や、恋人や、友人に許しを請い、力の足りなかった自分を呪う者たち……
そうした乱世を、自らの五感で確かめつつ、見た目は可愛い同志たちは「志」を新たにしていった。
そしてまた、一刀も少しずつ思いを固めていた。

ある日、一刀は一同を前にして、こう切り出した。
「あの…桃香、さん」
いきなり、最上位者の真名を呼んだのだから、もし、愛紗の虫の居所次第では、返答は、青龍偃月刀だったろう。
それでも、一刀は「一線」を越えなければならなかった。
そう、互いに真名を呼ぶのは「同志」の証。その中にあえて入る。
「俺が「天の御遣い」をすれば、もっと義勇兵や、支援者は集まるだろう」
特に相手があの黄巾党なんだから、結構有効なんじゃないかな。

北郷一刀が自ら「天の御遣い」として、歴史の中に現れようとしていた。

…  …  …  …  …  

「一刀さん。いえ」
これからは「天の御遣い」として、ご主人様と呼ばせていただきます。私たちの事も真名でお呼びください。

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やっと、前ふりとその続きが終わったと思いますので、ここまで退屈だった皆さんには、申し訳ありません。
これから、政治に戦争に「三国志」らしくしていくつもりです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の3『黄巾の乱賊蒼天を殺し 同志おのおの決意を新たに出陣す』の予定です。



[8232] 講釈の3『黄巾の乱賊蒼天を殺し 同志おのおの決意を新たに出陣す』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:22
あらためて申し上げます。
この小説はあくまで「真・恋姫無双」のキャラクターを拝借して、
「三国志演義」を改変した「架空戦記」のつもりです。
したがいまして、こんなのは「恋姫」じゃないと、お思いの方には、
もう一度、お詫び申し上げます。

さて「演義」でも、あまり出番のない、脇役たちですが「正史」「演義」では、
こんなキャラだったりします。
前回から今回にかけてあまり出番を作れなかったので、ここで救済します。

『簡雍』
旗揚げ当時からの古い同志としては、関羽・張飛の武勇の影に隠れがちで、
文官ポジションとしては、後から来た孔明・鳳統に取られている感じだけど、
旗上げ時点では“スポンサー”の1人ということもあって、ある意味では関・張以上に主要なメンバーで、
また、孔明が来るまで、人材不足だった文官ポジションを何とか埋めていました。
何のかんのといって、結局、蜀まで付いて行きます。

『張世平』
馬商人。「演義」では、劉備たちに軍馬と資金を「投資」します。
「正史」の劉備一党は張世平の用心棒だった可能性があり、北方謙三氏などは、この説です。
当時、いい馬を仕入れられるのは、騎馬民族との国境である長城の辺りしかないので、
治安によってはハイリスクでも、それなりのハイリターンのある商売だったでしょう。
したがって、前回の一行が乗って行ったり「4輪車」を引かせたりした馬も、彼の提供でしょう。

『校尉鄒靖(すうせい)』
後漢の武官では、将軍の次の階級が校尉。
「演義」では、彼の立てた志願兵募集の高札が「桃園の誓い」の切欠でした。
最初に、劉備たちが接触する官側の人間になります。

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††恋姫無双演義††講釈の3『黄巾の乱賊蒼天を殺し 同志おのおの決意を新たに出陣す』


幽州涿郡の群城内、その市場に立てられた高札の前、
桃香もとい劉備玄徳が演説している。
「この前は三蔵法師だったが、今度はジャンヌダルクだな」
さまになっているとは、正直言い難い。しかし、何とかしてやりたくなるのである。
後ろから見ている一刀でもそうなのだから、いつの間にか、市場に集まっていた群衆が、ワイワイ集まっていた。
頃合を見て、無論、演説している当人よりは、冷静な同志が合図して、こう決める。
「私たちには、天が味方しています」
ここで、光り輝く「天の御遣い」の出番という訳だ。

「(やっぱり、こんな時代なんだよな)」
「天」とか、そういう何か人以上の力に頼りたくなる様な時代。だから、黄巾なんかもあれだけ好き勝手出来るんだ。
実は、誤解があるのだが。なまじ「三国志」を知っているが故の誤解が。

ともあれ、次第に義勇兵は集まり、持てる者(つまり黄巾に略奪される物を持っている者)
からは資金や物資の提供もあり、次第に軍勢はささやかにしても整い始めた。
ただし、せっかく集まった兵からの脱落者もいない分けでない。
何せ、愛紗もとい関羽と鈴々もとい張飛の練兵たるや「フルメタル何とか」の類だから。
逆に、それで「生き残った」兵は、それなりのレベルにある事になる。
それに、ただ闇雲にシゴいている訳でもない。訓練計画を立てているのは伏竜鳳雛だ。
その陣形は、一刀には見覚えがある。そう「三国志」ファンなら知る人ぞ知る「八陣図」だ。
とはいえ、実戦を経なければ、八陣図もダンス同然だけど、それでも「ダンス」はさまになりだし、
軍勢全体も「1個大隊」位は揃ったあたりで、高札を立てた当人から、呼び出しが来た。

校尉鄒靖の呼び出し内容は、早い話が出撃依頼だった。
一応、地元では名のある簡雍が代表で聞いて来たところによると、
どうやら「1個連隊」規模の黄巾賊が、接近中であり、
校尉の立てた高札に応じるつもりなら、追っ払ってきて欲しいという事だ。
「依頼」なのは、所詮「私軍」なので「命令」を受ける立場でないという事。
したがって「公認」の軍になれるかどうかも、これからの手柄次第なわけで、それを含めて断る理由は無い。
かくて、初陣の時はきた。

・  ・  ・  ・  ・

郡城の門が開き、まず陣頭に立つのは、3騎の美少女。
そして、俄(にわか)か造りの軍にしては、整然とした歩兵の縦列が続く。
その中軍の「4輪車」には、白羽扇を手にした軍師コンビ。
そして、いま1台には、光輝く「天の衣」を纏(まと)った「天の御遣い」
軍列の後半は「木牛流馬」と名付けられた(この世界の孔明もしっかり発明していた)
輸送車を連ねた輸送隊を兼ねている。
進軍の先に待つのは、蜀の国か、天下太平か。

――― ――― ――― 

行軍すること数日、おそらく明日は敵に接近する。
その晩、天幕の中では、作戦会議が行われていた。

まず、勝つ。これは絶対だ。
さらには犠牲はなるべく少なく。これも、そんなに変でもない。特に主将が桃香なのだから。
そこで、朱里と雛里の立てた作戦とは、
「まず鈴々ちゃんが突入して、敵の主将か副将の内、先頭に出てきている方を倒して下さい」
「突撃、粉砕、勝利なのだ―っ」
「次です。これで、敵の出足が止まるはずです」
「つまり、主導権を奪う」
「そうです。その間に愛紗さんが騎兵を率いて敵の後ろに回って、今度は前方に追い立てて下さい」
張世平の提供した軍馬と、愛紗たちの練兵で、百騎余りながら、それなりの騎兵が揃っている。
「それだと、本軍の方に追いやる事になるな」
「そうです。そのまま八陣図の中に引き込んで、撃破します」
「だがそれでは、姉者とご主人様、それにお主らだけの本陣に敵を追い込む事になるぞ」

「やってみせます」
桃香と「天の御遣い」のカリスマからくる士気、これまで鍛えた兵の連度、必殺の筈の陣形、そして伏竜鳳雛の戦術。
これだけ揃えば、鈴々に出鼻を叩かれ、愛紗に追い立てられ、半分崩れた敵位は撃破出来る。
出来なければ、関羽・張飛の武に頼った以上の戦いはこれから出来ない。

「それに、出来るだけ、ここで劉備軍の名を大きく広く響かせる必要があります。桃香様の理想のために」
「流石に全滅はさせられないでしょう。しかし、ここはバラバラに逃げ散ってくれても、目的は達せられます」
「つまり、逃げ散った賊どもが、わが軍の名を宣伝してくれるという狙いか」
「そうです。ただし敵の主将は逃がさないで下さい。気の毒ですけど」
「承知した。では、1つ派手にやるか」

――― ――― ――― 

翌日、八陣図に布陣した劉備軍の前に、主将、程遠志、副将、鄧茂(とうも)に率いられた黄巾軍が出現した。
「なんだ」
どう見ても、自分たちより少ない。おまけに、官軍らしくも無い。
舐めた。こうなると、賊軍である。官軍がそう呼ぶだけでなく、本当に賊が乱に呼び寄せられた集団といっていい。
一気に揉み潰す積もりになった。

「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」
「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」

「………」
北郷一刀は、内心ビビっていた。
所詮、平和ボケした国から来た学生に過ぎない。
もっとも、一刀だけでもない。この時代とはいえ、修羅場の経験があるのは、
愛紗と鈴々ぐらいだろう。他は全軍、初陣といっていい。
作戦を立てた、朱里と雛里も「はわあわ」も出ず、白羽扇を握り締めている。
4輪車のそばの馬上、決心をにじませた貌の桃香。
それでも数秒間、一刀と見詰め合うと「靖王伝家」の宝剣を握り締め、抜き放つ。
白羽扇を握り直して、軍師もタイミングを計り始めた。

「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」
やっぱ、ヤバい方向に宗教が掛かってやがる。これだから、カルトはテロになるんだ。
まだ、一刀は誤解していた。

遂に、宝剣が、指揮棒よろしく振り下ろされ、
「突撃―っ」
鈴々が真一文字に突入し、文字通り「激突」した賊軍が停止する。
もっとも、賊将、程遠志はもう二度と進軍不可になっていた。

中軍にいた副将、鄧茂は何とか突撃から停止して乱れた軍列を立て直そうとするが、
その前に愛紗を先頭に敵の側を駆け抜けた騎兵が、今度は後ろから襲い掛かった。
まるで、ドミノの様に前方に押し出される。その前面に、ガッチリ布陣した盾と矛が立ち塞がる。
もはや、軍列も無しに右か、左にバラバラに方向転換するが、
右に行った者は、クランクの様にさらに方向転換させられ続け、左に行った者は、Uターンさせられ、
軍師の白羽扇の振られるままに変化する、盾と矛で作られた迷路の中で、右往左往するばかり。
三々五々、わざと開けられた出口から、吐き出されると、そのまま思い思いに逃走しようとする。
「雑魚はさっさと逃げろ。主将は何処だ」
そう一喝されて、情け無くも鄧茂を何人かが押し出そうとした。
「裏切り者!?!」
ほとんど八つ当たりに、さっきまでの部下を切りたてて、思い出した様にギョッとばかり振り向く。
待っていましたとばかり青龍偃月刀が引き裂いて、それで全て終わった。
後は、蜘蛛の子を散らすように、生き残りは逃げ散って行った。

――― ――― ――― 

派手にやった。ええ、まったく。
凱旋してくると、簡雍とか、張世平とか、桃香の母とかは大歓迎だったが、鄒靖はというと、唖然としていた。
「信じるしかない。あんな女子供の率いる雑軍がこんなに強いなどと…」
しかし、それでも、校尉までは出世する男である。
早速、この戦勝を報告することにした。それも、出来る限り自分の手柄として。
とはいっても、それほど面の皮の厚い方でもない。それは両方の幸運だったろう。劉備軍の誰かの性格からすると。
ともかく、適当に「義軍」の機嫌はとるつもりの校尉に対し、この郡での窓口である簡雍を通して、申し出られた要求に対して、
むしろ「それでいいのか」と言いながら、応える事にした。

――― ――― ――― 

校尉鄒靖から手に入れたのは、あちらこちらの官軍への紹介状。
「本当にそれでよかったのか」
愛紗などは「はわあわ」に問い直すものだった。
「すみません。確かに桃香様のふるさとではありますが、それでも桃香様の理想は涿郡だけを救う事では無い筈です」
「そうね。もっと多くの人のために、この国のもっと遠くまで行かないと」
「ですから、これから私たちは、この国の中で黄巾賊に苦しんでいるあちらこちらの地方で戦いながら」
「桃香様の理想を実現する好機を探していくことになります」
「そのために、当面役立つのが、この紹介状です」

・  ・  ・  ・  ・

一日、桃香は楼桑村に帰って、母娘のときを過ごすことになった。
一方、志願してきた義勇兵の中には、故郷を守りたい。あるいは、守りたい人がいるから、志願してきた者もいる。
そうした者たちは、この際、置いて行く事にした。
幸い、校尉鄒靖はこの時代の「官」としてはマシな方らしい。少なくとも、任地を捨てて逃げ出すことは無いだろう。
前回の大勝もあって、しばらくは涿郡は安全そうだった。
「しかし」愛紗などは、せっかく鍛えた兵が減るのに、不平がないわけでもない。
「その点は、余り心配することも無いでしょう。少なくとも、今回の勝利とその評判で、兵はむしろ増える筈です」

――― ――― ――― 

郡城の城門、前回よりはやや少なくなった「義軍」が、前回よりも名残惜しそうな人々に見送られて、出発していく。
これが、見納めとなった者もいただろう。

・  ・  ・  ・  ・

進軍することしばし、いつのまにか、あちらから「1個小隊」またあちらから、という感じで現れては、
黄巾をむしり取って、平伏する。
「なる程、これも計算の上で逃がしたのか」
それに、校尉から木牛流馬に乗せられるだけの当面の物資はパクって来ていたのも。

・  ・  ・  ・  ・

さて、とりあえず行く先を決める段になって、少しばかり揉める事になる。
校尉から紹介状とともに各地の官軍についての情報も仕入れてある。
無論、鵜呑みにはせず、わが軍師が分析して正確度を上げてある。その情報によると、
「敵の首領、張姉妹はずいぶん、移動し続けているな」
したがって、敵の本陣を狙う(現時点での実力がある無しは置いといて)という戦略では、狙いを絞れない。
「(俺の知っている話しだと、張角は故郷で本拠地の冀州鉅鹿から余り動かなかった筈なんだかな。布教のためかな)」
まだ、一刀は誤解に気付かない。

その張姉妹を探しつつ、戦っている、官軍中の遊軍ポジションと言うべき軍を率いている将軍を、盧植(ろしょく)と言う。

盧植
この当時を代表する儒学者にして、エリート官僚。
中華帝国では伝統的にこの両者は一致する。
しかし、王朝末期の迷走のあおりで、一時失脚していた時、地方で私塾を開いていた。
その頃の門下に、劉備がいたという。
その後、黄巾の乱が起こったため、再び将軍として呼び戻される。

当然、桃香としては、どこかの官軍に合流するなら、恩師を助けに行きたいところだが、
「なあ、桃香。盧植先生という人だけど、もしも、前線を視察に来た宦官とかがさ、賄賂を要求したら、
 適当に機嫌をとるとか、出来る人かな」
「演義」では、そのため、罪をかぶせられて護送される盧植に劉備一党が出くわして一騒動、という場面がある。
「桃香の恩師には気の毒だけど、多分そういう騒ぎに巻き込まれる事になるんじゃないかな」
「うーん、でも…」
朱里や雛里に一緒に説得してもらっても、「もしも、水鏡先生だったら…」などとスネられ、
愛紗にまで加勢してもらって、鈴々はこういう場合は場の和ませ役である、ようやっと納得させた。

では、何処へ行くかと言うと、
冀州から移動した張姉妹は、後漢帝国の中心近く、
人数的にも主力と言うべき、最も多くの黄巾賊が暴れているあたりへ、向かった様だ。
その後を追走する様に進軍すれば、地道にかつ着実に戦功を稼げそうだ。

――― ――― ――― 

そして、地道に着実に黄巾賊を追い払って功績をあげ、同時に自軍の経験値を上げる。
開放した街や村から、感謝とともに、補給を受ける。
故郷を無くした者や、降参した元賊で、兵を補充する。
時には、いい経験程度に苦戦する。

…  …  …  …  …  

そんなこんなで転戦していたところへ、新しい情報が入手できた。
やはり、盧植は将軍から失脚したらしい。
それでも、無実の罪は帝都に召還された後で晴れた。
しかし、将軍には復帰できず、帝都で文官になっている。
そこで、代わりに推挙されたのが、地方軍閥の1人で、かつての門下の1員、公孫賛だとか。

公孫賛
白馬をそろえた騎兵「白馬義従」を使いこなし、
騎兵の本場、長城の向こう側の異民族からも「白馬長史」に気を付けろと言われた。
流浪の傭兵隊長、劉備があちらこちらで雇われた群雄の中では、比較的最初に組んだ相手。
盧植門下の兄弟弟子、故郷に近い幽州の軍閥と言う地縁などから、自然な選択だったのだろう。

ほぼ、同じ理由で、反対意見は出なかった。
何時かは、どこかの官軍か、官命を受けた軍閥に合流するなら、公孫賛が無難だろう。
という事で、公孫軍に合流して、今度こそ恩師の恥をそそぐ、という事になった。

・  ・  ・  ・  ・

公孫軍に合流した、劉備軍がやがて進軍していく先では、
さらに、2軍が合流することになる。
「義」を掲げるこの軍に対し、
「覇」を掲げる軍と、
「絆」を掲げる軍。
風雲は英雄を呼び続ける。

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次回は、オリキャラがいる陣営に力点がいくつもりです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の4『治世の能臣官命を受け 乱世の姦雄野望に焼ける』の予定です。

― 蛇足 ―

「一刀が誤解している」と書いている通り、この「外史」でも「役萬姉妹」です。



[8232] 講釈の4『治世の能臣官命を受け 乱世の姦雄野望に焼ける』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:31
『孫子の兵法』
中華帝国の成立以前、後世の中国大陸が、中世ヨーロッパの如く小王国の割拠する時代の
軍師にて兵学者、孫武の残した兵法書。
現代日本でも、戦国武将の用いた「風林火山」の旗印などで有名。
実は、後世に残る「孫子の兵法」は、曹操が復刻して残した書であり、
曹操が実践して天下を取る寸前まで行ったから、有名になったとも言えます。
(私見)日本の武将で、一番「孫子」らしきものは、実は一番曹操ぽい織田信長では。

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††恋姫無双演義††講釈の4『治世の能臣官命を受け 乱世の姦雄野望に焼ける』


後漢帝国の帝都洛陽、未だ、乱世はこの繁栄する都市の表面までは、現れていない。
だが「魚は頭から腐る」ものである。
乱世の原因は、紛れも無くこの帝都の、それも中央にそびえる皇宮にあって、天下にばら撒(ま)かれているのだ。
誰にも増して、それが見える、彼女の目には。
曹操孟徳(真名華琳)は、しかし、そんな胸中の感慨を表にもださず、自分を呼び出した相手の元に赴(おもむ)いた。

黄巾の乱が切欠で、武官職を中心に多くの人事が行われた。その筆頭は、自ら大将軍となった外戚、何進だろう。
同時に「西園八校尉」と呼ばれる皇帝「親衛隊」を名目とする武官が新設された。
華琳は、名族出身で昔からの悪友袁紹などと共にこの8人の内に選ばれたのである。

直接の上官は大将軍になる。そのため、先ずその執務室に赴く事になるが、その用件は何の滞りも無く済ませた。
問題は、受けた命令の内容である。
黄巾賊の跋扈(ばっこ)は、この帝都がある司州に隣り合った予州や兗州(えんしゅう)にも及んでいる。
というより、他州より人数としては多く、もしかしたら賊軍の主力かも知れない程だという有様で、
すでに、皇甫嵩(こうほすう)・朱儁(しゅしゅん)といった将軍が派遣されている。
八校尉としての華琳の初仕事はその援軍だった。

華琳は、城外に待たせておいた兵たちの屯所に戻った。
沛国から曹家と親族の夏侯家の部曲の私兵の内、後の治安が悪くならない程度で、連れて来られるだけを連れて来ている。
志願兵を募集する権限も貰って来たから、早速、官兵ということになる。
引率してきたのは、華琳と弟の曹仲徳、従姉妹の夏侯惇(真名春蘭)と夏侯淵(真名秋蘭)等の親族たちである。

――― ――― ――― 

仲徳にとって、この「世界」は記憶にある限り2度目の世界だった。
21世紀初頭の日本で、20代初めまで生きた。大学生として、ごく普通な日々を送っていた。
そして、平和なあの時代の日本では、彼ぐらいの若者の死因としてはベタな事故にあって、
そして、次の記憶では、ものごごろつく頃の幼児になっていた。
当然、最初はERかどこかに自分の体はあって、脳内で幻覚を見ているのだと思った。
しかし、幻覚にしろ妄想にしろリアル過ぎる事をやがて認めざるを得なかった。
一言「やれやれ」とつぶやいて
その時「家族」は祖母と両親と姉がいた。
その「姉」華琳にさんざん可愛がられて育つ事になる。

――― ――― ――― 

「まず、手近な賊軍は、予州潁川(えいせん)郡で朱儁将軍を手古ずらせている、賊将波才とやらの一党ね」

…  …  …  …  …  

仲徳の「前世記憶」をその地名が刺激する。

『予州潁川郡』
曹操の建国する「魏」その最初の拠点となる地方だ。
この地方を荒らし続けていた黄巾の「残党」制圧が「魏」帝国の始まりだったのだ。
まず、当然ながら、黄巾を追い払った後にこの地方に拠点を構えた。それだけではない。

曹魏の軍師たち、荀彧・郭嘉・程昱らは、いずれも潁川の名士か、
それとも名士同士のネットワークによって、潁川グループに推挙された者たちであり、
むしろ、曹操の方が、彼ら「潁川の名士」によって担がれた、とも言える。
また、許緒・楽進・李典・于禁・典韋といった武将たちも、
潁川を含む予州から隣の兗州にかけて、
こうした名士や豪族の用心棒とか、自警団として村々を守っていたとかしていた、
そういう豪傑たちをスカウトしたり、名士に推挙させたりしたのである。

ここまでが「質」なら「量」の点でも。実はこの時の「黄巾」は青州地方から流れてきた難民だったのであり、
その降伏を受け入れた「青州兵」によって、曹魏の兵力は充足した。
まさに「潁川王国」とも言うべき、地方軍閥から、曹魏は出発したのだ。
ただし、仲徳が知る「正史」では「現時点」より10年近く「未来」の事である。

…  …  …  …  …  

「では、まずこの波才とやらの一党を成敗して」
「ええ、それも朱儁将軍の尻拭いを私たちがする形が望ましいわ」
「そうして、曹孟徳の名を上げる」
「その通りよ。乱世の姦雄には相応しい計略じゃない。治世の能臣なら、そんな不純な事を思わないでしょうけどね」

「月旦評」そんな故事成語を、後世に残すほどに、人物評価での名声があった「名士」
それが、若き日の曹操をこう評したという。
『治世の能臣 乱世の姦雄』
およそ「三国志」原作作品であれば、作中での曹操の登場場面に使われるのがお約束である。
ただし、弟としてみる限り「治世」なら「能臣」で好(よ)し、
しかし「乱世」になれば「姦雄」の名を残してやる。その程度の態度だった。
だが、実際に乱世が近付くにつれ、少しずつ何かが変わっていた。
彼女なりの理想と現実の間で、何かを決意しつつある。
その決意を言わば「発酵」させている様だったのが直近の「療養」の日々だった。

・  ・  ・  ・  ・

華琳たちが潁川に到着すると、朱儁の反応は消極的歓迎というところだった。
曹夏侯一族は、祖母華恋の代からの権勢家であり、
部局の私兵といってもそれなりの人数もいれば、それなりに練兵もされており、装備も官軍らしく揃えてある。

しかし、朱儁の期待した援軍にはまだ不足している上、率いているのが実績のあやしい「小娘」ばかりとあっては。
それでも一応、それらしい歓迎の態度は示した。

さて、朱儁との挨拶を終えると、華琳は仲徳や春蘭、秋蘭たちを連れて、出かけた。
まるで、目的地が近くにあるという風に。
その目的地に来ると「ふんふん」などと1人納得している。
彼女たち以外の人影も無い、取り入れ後の麦畑を見下ろして。
「ねえさん、どうしたの」
「何よ、仲徳も手伝ったじゃない、孫子兵法の注釈を。第十二は何だった」
「(火攻篇…)」
「しかし、どうしてこの地形を」
「秋蘭たちにも見せてあげたわよね。第十三は」
「用間篇」
「では、事前に間者を」
「春蘭の言うような間者じゃなくって、ここの「名士」に話を繋(つな)いでおいたのよ。
 地形についての情報も貰(もら)ったけど、それだけじゃないわ」
「それだけじゃ?姉さん、いったい他に何を」
「ただ勝つだけじゃないつもり」

・  ・  ・  ・  ・

まさしく『侵掠如火』初陣とも思えぬ華琳の火攻めにあった、
それも朱儁の官軍と正面衝突しているタイミングを見図られて。
「うえ……」
焼き殺され、逃げ惑う群衆を、詳しく述べても食欲を無くすだけだろう。
「平和ボケ」の前世持ちには、かなりキツい光景。
それでも、この「世界」で十何年も生きていれば「天の国」からいきなり落ちて来た、
どこかの「天の御遣い」に比べれば、まだ免疫があった。

・  ・  ・  ・  ・

賊将波才の黄巾軍は、潁川から逃げ散った。将軍朱儁の官軍は尚もそれを追って行く。
その朱儁に、あっさり華琳はこの一戦の手柄を譲った。
その代わり、賊の逃げ散りかつ、官軍の転進した後の潁川の守備を請け負った。
さらに、朱儁の添え状を貰って、帝都に報告を送る。

「うふふ」
朱儁の転進した後で、華琳は弟たちに明かした。何を報告したかについて。
「まず、後任の太守を至急決めて欲しいと、言ってやったのよ」
この潁川の太守は任地を捨てて逃げていたわ。誰にとっての幸か不幸か。
「ねえさん、まさか」
「私は誰が太守になりたいとか、書いてないわよ」
ただし、地元の名士一同から、私の知らない処で、推挙の嘆願がされるかもね。
それから、降参した賊兵は、実は青州あたりで本当の賊に捕まって、そのまま無理やり賊兵にされていただけから、
官兵に入って、罪を償えるように、とかね。
それから、前太守と一緒に逃げた文官の補充とか、件(くだん)の降参兵の指揮とかで、人材が必要だから、
現地採用の権限をある程度、とかね。
「(ちょっと、それ、10年早い。いや、からかっているんじゃなくて歴史的に)」
「まあ、ちょうど、朝廷では銭がばら撒かれているわけだし、私への余禄も校尉だけでなくともね」

華琳、仲徳の母、華恋の娘にあたる人は、
この当時、三公(後漢における臣下最高位とされる3つの役職)に就任するべく、帝都で運動中であり、
それは、皇宮の現状では、金銭による工作にならざるを得ない。華琳の八校尉もこの件と無関係ではない。
ちなみに彼女は、華恋が夏侯家から迎えた婿との間に生まれた娘で、
華恋が女性が当主となる事の先達となった曹家の後継であり、
同じ両親から生まれた他の子が夏侯家を継いだ、その娘が春蘭、秋蘭である。

「(まさか…そういえば、華琳ねえさんや、麗羽さん(袁紹の真名)が八校尉になったのも、黄巾の乱の後の筈)」
歴史が繰り上がっている?まさか、俺がいるせい?もしかして、俺、どこかで「未来」をしゃべってしまった?

――― ――― ――― 

予州潁川郡の郡城「許昌(きょしょう)」
その太守公邸での祝宴の席上。
華琳もとい曹操は西園八校尉の1員はそのままに、潁川太守の兼任に任じられた。その祝いである。
宴席には、潁川周辺の「名士」「豪傑」が一堂に会していた。

荀彧(真名桂花)、許緒(真名季衣)、郭嘉(真名稟)、程昱(真名風)、楽進(真名凪)、李典(真名真桜)、
于禁(真名沙和)、典韋(真名流琉)
いつの間にか、華琳たちと、真名で呼び合っている。
すなわち、それは「同志」の証(?)というには、微妙な空気まで漂いだしている。
「やれやれ…真名か。姉さん、弟の字以外を覚えているかな)」

――― ――― ――― 

真名。この世界の女性が名乗る「姓」「名」「字」以外の名。己が認めた者にのみ呼ぶ事を許す「まことの名」
もっとも「字」を名乗る年頃までは、真名のみで、家族の中で育つ。
逆に言えば、字を名乗っている成人を真名で呼ぶ事は、下品に言えば「このガキ」よわばりという事だ。
だが、華琳は「孟徳」を名乗る頃から、弟を「将来の」字以外で呼ばなくなった。
そのくせ、自分の事は「華琳姉さん」以外の呼び方をさせない。
要は「仲徳」とは「孟徳」の弟だと、いう事。
「そのおかげで、従姉妹の春蘭さんや秋蘭さんですら「仲徳」以外、忘れているんじゃないかと疑うこともあるんだがな」
やれやれ……

――― ――― ――― 

「白蓮ちゃ―ん」「桃香―」ハイタッチで、再会を喜ぶ。
「いいですね。同門の友というのは」
「(…聖フランチェスカ学園に帰りたい。やっぱり…いや、自分で「天の御遣い」を選んだんだ)」

…  …  …  …  …  

その晩は両軍の兵士が混じっての無礼講となった。
北郷一刀は「天の衣」をこの時代での目立たぬ服装に着替え、その中に混じっていた。
旧友の再会を邪魔しないためでもある。
ところが、なぜかメンマを肴に1人飲んでいた、美丈夫に捕まってしまった。

さて「天の国」では、まだ一刀は、飲酒を許されていない。当然、自分の酒量など知らない。その結果、どうなったか?
「天の御遣い」の威信の問題だとかで、隠蔽された様である。

――― ――― ――― 

潁川から転進した、将軍朱儁の官軍は、黄巾の主力を追っている事もあって、華琳たちに代わる援軍を必要とした。
その「官命」による要請に応えて、南からまた、1軍が動き始めた。
掲げる旗は「孫」に「呉」

――― ――― ――― 

一方、華琳たちも、潁川だけを守っていればいい訳でもなかった。
元々、受けた「官命」は黄巾の討伐である。
それに、内部事情もあった。
兵の大部分は降参したばかりの青州兵、
それを率いる武将や、主将を補佐する文官、軍師はここ、潁川で仕官したばかり。
それが実質を伴って、曹操の「魏」軍となるためには、実戦を経る必要があった。
戦う相手には不足しない。潁川の周辺は、まだまだ黄巾だらけだ。だからといって、闇雲に戦うだけでも、意味は無い。

華琳が桂花たち軍師と情報を検討した結果、
どうも、皇甫嵩・朱儁らの官軍とぶつかっている、黄巾の「主力」は、「ただの賊」らしいとの結論が出た。
自分たちが「官軍」だからというのではない、
いつでも治安が悪くなれば、変なやつらがウロウロするものだが、
その変なやつらが黄巾に便乗して集まっているだけの様だ。
元々の黄巾党と変なやつらとの違い、それは、カリスマとなる首領を担いでいる事。
つまり、問題の「主力」は首領、張姉妹を伴っていない。官軍も主力をぶつけている、そこから避難しているのだろう。
では、どこにいる?

「怪しいのはここね」
荊州南陽郡城、例によって、太守が黄巾に追い出されたか、逃げ出したか、
その後の情報が官軍にとっては途絶えがちだが、しかし、
華琳は「青州兵」の中から信頼もでき、機転も利きそうな者を選抜して、かつての仲間の中へ送り込んでいた。
その間者からの情報がどうも怪しい。

大手柄の好機。何といっても、賊党の首領以上の手柄などない。
つまり、この潁川の拠点をいよいよしっかり朝廷に認めさせるだけの手柄。
それが「主力」となる大人数とも離れて、この許昌から手が届くかもしれない所にいる。
曹魏軍にとっては、出撃を躊躇(ためら)う理由は無さそうだった。

しかし、華琳たちや、潁川「名士」グループだけが情報を特権的に握っていたわけではない。

――― ――― ――― 

南陽郡といえば、荊州襄陽城とは隣の郡。当然、襄陽「名士」グループからの情報を得た軍もあった。

・  ・  ・  ・  ・

さらには、長江の水上交通からの情報を得た軍もある。

知らず知らず、英雄たちは互いに呼び合い始めていた。

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「呉」ファンの皆様、なかなか出番をつくれなくて、すみません。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の5『役萬姉妹は大吉を歌い 英雄達は賊の城を前に集(つど)う』の予定です。



[8232] 講釈の5『役萬姉妹は大吉を歌い 英雄達は賊の城を前に集う』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:33
『中国での名前の付け方』
2文字の「名」や「字」の場合、兄弟では1文字を共通とするのは、ごく普通だったようです。
一方、親の「名」にある文字を使うことは、大きな不孝とされていました。
同じ理由で、皇帝などは、即位前に余り使わない漢字に改名したりしています。
(「益徳」というのは、あくまでも、「玄徳」は主君である前に「兄」だったから)
そうなると、大失敗をやりました。
華琳の祖母、華恋。
これについては、真名はあくまでも「字」のような表向きの名ではなく、
本来、そうした「礼」の場では秘密の名であるという事で、
この「外史」でのつじつまは合わせる事にしました。(冷汗)
そういうわけで、孫堅の真名に「蓮」が付いているのも、ありとします。

…  …  …  …  …  

オリキャラの『真名』設定

孫堅=水蓮
長江に近い、水の豊かな地方なら、女の子に「蓮」にちなんだ名前を付けるとき、
日本のように、水生の「蓮の花」を連想するでしょう。
ちなみに「白蓮」というのは、特に中国北方では、地上の低木の花です。

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††恋姫無双演義††講釈の5『役萬姉妹は大吉を歌い 英雄達は賊の城を前に集う』


彼にはデジャヴがある。「前世」で学生だった頃、アイドルの追っかけをやっていた悪友に、誘われたことがある。
そのときのデジャヴが、眼前に出現していた。
いや、アイドルのコンサートには間違いない。電気を使った文明の利器が無い以外、全て変わらない。
ただ、その舞台センターに、輝く「スター」というのが……

『数え役萬☆しすたぁず』それが、そのアイドルのユニット名。

「みんな大好きーー!」>>>
<<<<<<<<<<<<<「「「てんほーちゃーーーーん!」」」
「みんなの妹」>>>
<<<<<<<<<<<<<「「「ちーほーちゃーーーーん!」」」
「とっても可愛い」>>>
<<<<<<<<<<<<<「「「れんほーちゃーーーーん!」」」

――― ――― ――― 

「仲徳、どうした」
「春蘭さん。実は…」
ただのアイドルとして、帝都に巡業に来た時の事を思い出していた、とうちあけると
「これだから、男と言う動物は」と書いてある顔をされた。
「いい加減にしておれよ。そうでなくとも、足手まといの新参者を抱えているのだ」
「(それも言い過ぎ。やれやれ)」

現在の曹操軍の内部事情。
兵の大部分は降参したばかりの青州兵、
それを率いる武将や、主将を補佐する文官、軍師は潁川で仕官したばかり。いや、彼女たちが無能な訳ではない。
むしろ、この後漢でも優秀な軍師や、雄将が揃っている。
ただ、華琳もとい曹操を主将として、1つの軍というシステムとして実戦を経た、
その経験が皆無では、チームワークに問題があって当然。沛国以来の、仲徳や夏侯姉妹の様にいくわけもない。
だからこそ、実戦経験を求めて、出陣して来たのである。

しかし当面、行軍速度に問題が出ているのも、現実である。
「仕方ないわね。あなたたちが先行しなさい」
「承知」
「ただし、あくまで偵察よ。本軍も来ないうちに先走って戦わないで。特に春蘭」
春「(絶句)」秋「(微笑)」仲「(やれやれ)」

つまりはこういう事だ。
どうあれ、一郡の主城に、敵の首領を担いだ本来の黄巾党の、その意味では精鋭が篭っているなら、
曹夏侯の私兵程度の軍勢で落とせるものでもない。
そもそも、潁川の本軍を挙げて戦うのでなければ、出戦の意味が1つ失われる。
その同じ事情で、主将の華琳自身は、本軍の手綱を離せない。
だから、仲徳たちが、とにかく先行して、状況を把握する。

もう1つ、潜入させてある間者は「孫氏(用間篇)」にいうところの「生間」である。曰く、
「生間は反り報ずる(生間は返ってきて、報告する)」
「間より親しきものはなし(間者ほど個人的信頼が重要なものはない)」
だから、脱出してくる間者を収容して、報告を受ける。
その情報を元に、本軍の到着を待って、作戦を行う。

…  …  …  …  …  

「(ぶつぶつ)拙速を聞く、ともなかったか」「それって、準備も無しに戦う言い訳でもないと思うけど」

・  ・  ・  ・  ・

荊州南陽郡城、その北側の城壁が見えてきた。

帝都洛陽には及ばずとも、郡という広域を支配する主城。現時点では曹操軍の拠点、許昌も同格の郡城。
流石にそれなりの城である。
あの中に敵の首領がいるのか。それは、脱出してきた間者の報告で確定した。
城内では『数え役萬☆しすたぁず』のコンサートが開催されている。その会場まで潜入してきたという。
影武者、となどということはありえない。それは、1度でもコンサートを経験すれば実感できる。
春「そうか、それなら早く本軍が来ないか」秋「(苦笑)」仲「(やれやれ)」

…  …  …  …  …  

とりあえず、本軍を待たなければならない以上、兵を伏せなければならない。
村人の逃げ去った、郡城郊外の村。このあたりが適当かな、と考えた時、自分たち以外の軍勢の存在に気が付いた。
「曲者」「待って。とにかく正体を確かめる方が先よ」
官軍にしては、軍装が揃っていない。しかし、少なくとも黄巾は付けていない。

「何者か」逆に誰何された。なんか、この小勢には不釣合いかもしれない美丈夫。
前に出ようとする春蘭を秋蘭が止め、仲徳が代表で出る。姉の七光りでも、この場合は、主将の代理だ。
「我々は、予州潁川郡太守の討伐隊に先行してきている。あなた達は何者。賊とも見えないけど」
「我々は、民人のため、大義のため立ち上がった義軍。官命を受け討伐に来た軍の加勢として、
 これより賊の篭る城を攻める」
「雑軍が手柄を取る気か」といいかねない春蘭の口を秋蘭が塞いでいる。
「(やれやれ。姉さんのことだから、この可能性も考えているだろうけど)」

「君がこの軍の主将?」
「いや、私は主たちの剣に過ぎない」
「下っ端が相手になるか、こちらは一応、主君の代理だぞ」
「ほう、この関雲長を下っ端とな」

「いま何だって?もしかしてあの関羽」
春・秋「?」そして、関羽は「おや」という反応。
周りの反応に「しまった」と思いつつも、仲徳は、大急ぎで事態を収拾しようとする。
「つまり、君が関羽という事は、君たちの主将は劉玄徳なのかな」
「ほう、わが義軍の名も予州あたりまで届く様になったか」

よし、間違いない。
とにかく、劉備なら、華琳姉さんに比べれば「お人好し」だし、まだ孔明もいないはずだから、
何とでも出し抜きようもあるだろう。
いくら関羽がいても(おそらく張飛もいるだろうけど)孔明の作戦も無しで、
この頃の劉備軍の小勢力では、あの城は落ちまい。
春蘭さんや秋蘭さんには、たまたま情報を持っていたと後で言っておこう。
この頃の劉備たちは無名だから、そんな小勢力の事を良く知っていたな、位は言われるだろうけど。

「仲徳」「ああ、秋蘭さん、つまりね…」
その時、関羽の後ろから、誰か現れた。仲徳と同じ年頃くらいの少年、
微妙にデジャヴのある、この時代では目立つ服装をしている。
関羽が道を譲ったという事は、もしかして劉備?女の子じゃないのか?
華琳たちがそうだったから、かえって、劉備(?)が女の子じゃないのが意外だったが、
とにかく話しをつけておこうとしたのだが。

「お初にお目にかかります。劉玄徳殿」
「桃香なら向こう側だけど」
「え?」
「この方は、われが仰ぐ「天の御遣い」様だ」
「ええと、劉備じゃないなら、誰です?関羽の主君ですよね」
「まあ、一応桃香とはパートナーだけど」
「ええと、その桃香と言うのが」
「そうか、本人が会ってもいない人に真名で言うべきじゃないね」
(初対面の主将代理とかにタメ口というのもな、「天の御遣い」らしく振舞うためとはいえ)「劉備玄徳だよ」
「やっぱり、劉備も女の子なんですね。そしてあなたとはパートナーだと。それで、今は別行動?」
(それで張飛もここにいないのか)
「まあ、その前に君たちは。潁川太守の軍だといったみたいだけど。その太守というのは」
春「曹孟徳様だ」(傲然(ごうぜん))
「あの曹操?先行してきたということは、君が曹操と言う訳でもないよね。この時期なら夏候惇とか」
「夏候元譲は私だ」
「俺は、曹孟徳の弟の仲徳です。姉から先行隊を預かってきました」
「なあ、愛紗、雛里。どうやら官軍みたいだから、別に秘密にする程でもないんじゃないかな」
「あわわ…」「しかたないですな」

「西側にいま俺たちが加勢している公孫賛の軍がいて、北と南と西から同時に攻撃する事になっているんだ」
春「それでは、東が空いているではないか」
愛「それが狙いだ」
秋「そうか、そういう事なのよ。賊の首領がいるという情報。そちらもつかんでいるのね」
仲「そうか、城を落とす事が狙いじゃない。東門から城外に逃げ出してくれれば、むしろ首領の首を取るチャンスだ。
  公孫賛軍なら確か、自慢の白馬隊がいる筈だから、追撃戦は得意だろうし」
春「おい、それは少しまず…」(ボソ)「こちらにもチャンスかもしれないわよ。どうせ、華琳様の本軍は待たないと」

「たいした策士がついているようですね。(まだ孔明はいない筈なのに)」
「あわわ…照れます」
「この子は?」
そういえば、もう1人「あわわ」などと呻(うめ)いている、内気そうな小柄な少女を従えていた。
「鳳士元。うちの軍師の1人だ」
「鳳統?あの「伏竜鳳雛」の?それに1人と言う事は他にも」
「もう1人の諸葛孔明は南だよ」
「張飛も向こうですね。なるほど、カリスマとなる主将格、戦況を操る軍師、実戦を率いる武将、
 それぞれ2人ずついるなら、2手に分かれる作戦も出来る訳だ」
「(ていうか、なんで「伏竜鳳雛」がこの時期にいるんだよ。こっちだって、桂花や季衣たちがもう揃ってはいるけど。
 こうなると、下手な策は裏をかかれるじゃないか)」
「仲徳」「仲徳、何を1人でうなずいている」
「あ、いや、結局のところ、俺たちにはしっかり報告出来る様にして、華琳姉さんを待つしかないよ」
(確かに「兵は拙速を聞く」かも知れないな。この場合も。やれやれ)

――― ――― ――― 

曹魏軍を多少、気にしつつも、北郷一刀たちは所定の攻撃準備をした。合図を待つ。
「(それにしても、曹仲徳とかいったな、曹操の弟については、俺もあまり知識が無いし、
 それにやたら劉備軍について詳しいし、もしかして、アイツも?でも、はっきり弟だと言い切ったけど……)」
「ご主人様」
「え?」
「合図です」

西門の前に、公孫軍の現在、客将扱いの趙雲が進み出て、大音声に名乗りを上げる。
犠牲を出してまで、無理に城門を破るまでも無いのが、本来はこの策なのだが、
こちらが本気で破るつもりだと、敵には思ってもらわなければならない。
だから、正々堂々と名乗りを上げて、一旦、門外の攻撃軍に注意を引き付ける。
それが両側で連携する別働隊への合図にもなる訳だ。それで…

「…正々堂々じゃなかったのかよ?華蝶仮面ってのは何だ?」
だが、確かに注意は引き付けた。結果として、毒気を抜かれた様な隙を逃さず、南北からの攻撃も仕掛けられる。
結果として、戦いの出足でワンテンポ遅れた、そのまま主導権を奪い返せず、
そのまま3面のどれかを破れるかもしれない、と見えた時。

東門が中から弾(はじ)ける様に開けられ、奔流のごとく、黄巾軍が流れ出した。
そう、彼らにとって、ここはあくまでただ占領した城。
そんなものより大事な首領を抱えているからこそ、有効な戦術。
「やったな」
西門からやや離れた本陣で指揮をとっていた公孫賛(白蓮)は自ら「白馬義従」を率いて追撃しようとした。ところが…

――― ――― ――― 

「ええい、我々も追撃するぞ。張角の首を持っていけば、華琳様も喜ぶ」
「姉さん、落ち着いて……あ?」
何と、引き返してきた。
「何だ、策を見破られたのか?」
「いや違うよ、春蘭さん。あの後ろ」
引き返してきた、というよりもまるで、逃げ込んで来た黄巾軍の後から、行軍太鼓も堂々、別の官軍がやってくる。

――― ――― ――― 

「(絶句)」「(絶句)」「(絶句)」
流石に「伏竜鳳雛」をしても、こんな展開は予想し切れなかった。
「…とりあえず…」
本軍に合流して出直すしかない。

――― ――― ――― 

「一別以来、久しいのう」
なんと、あの将軍朱儁の官軍だった。
愛想がいい。潁川では、窮地を救われた上に、手柄を譲られてるのだから。
それに、前回より増えた援軍がもうすぐ到着すると聞かされれば。

「あれからのう」
将軍皇甫嵩の軍と合流したり、また南から1軍を呼び寄せたりしながら、黄巾の「主力」と戦ってきた。
「ところがのう、皇甫嵩めとは意見を相違するようになった」
どうも「ここ」には賊の首領はいないのではないか。
そんな折り、南から新たに加わった1軍が面白い情報をつかんだ。
その軍は、元来、長江の海賊退治で名を上げたのであり、長江の水運関係からの情報に通じている。
「(なる程、この南陽郡にも、長江の支流と水運は通じているからな)」
そこに、公孫賛の来訪が伝えられた。

――― ――― ――― 

「水蓮様は、表に出て、他軍と応対なさらないのですか?」
「そんな事は朱儁にさせておけばいい。近い内に、戦いで我らの名は上げられる」
「確かに。しかし、出来るなら長江の水と船の上で戦いたかったですな」
「祭らしいわね」

――― ――― ――― 

いまだ、無官の「私軍」に過ぎないため、他の官軍との挨拶は、白蓮に任せて、引き上げてきた陣営で待機していた。
とりあえず、やっている事と言えば、
落ち込む「はわあわ」を桃香が慰(なぐさ)めているとか、憤慨する愛紗を一刀が宥(なだ)めているとか。

…  …  …  …  …  

やがて、白蓮が戻ってきて、話を聞くことが出来た。
やってきたのは将軍朱儁の官軍だと聞いても、大して変わった話でもない。
ただ、朱儁と一緒にやってきたのが、孫呉の軍と聞いて、一刀だけは内心驚いた。
そう「天の国」の者だけが、知っている。劉備と曹操と孫呉が出会う意味を。

――― ――― ――― 

数日後、曹操(華琳)の本軍も到着し、朱儁が他軍の将を招いて、軍議が開かれた。
とはいえ、指揮系統が全く異なる軍が、4軍(劉備軍はあくまでも公孫軍の1員として)も集まっているのだから、
結論は落ち着くところに落ち着いた。
4軍がそれぞれ、東西南北の4門を担当して、同時に一斉攻撃する。
ただ、同時攻撃で無ければならないため、明朝、夜明けを合図にと取り決められた。
さらに、どの軍がどの門を担当するかも、それぞれ、現在、陣営を置いている近くの門で、というところに落ち着いた。

・  ・  ・  ・  ・

軍議から白蓮が戻るまで、あてがわれた天幕で、自軍だけの軍議、というより、
彼ららしく「円卓」よろしく輪になって、和気藹々とした話し合いを続けていた。
そこへ、闖入者があったのである。
「私は曹孟徳。いずれこの名が大陸に轟(とどろ)くことになるわ」
「(確かにそうなるだろうけど……)」

この時、華琳もとい曹操が何をしようとしていたか。
「劉備の理想を、自らの正義に基づいて、偽善と決め付けようとした」
「関羽の主君に相応しいのは自分だと宣言し、引き抜こうとした」
後年の史実からさかのぼって、そうした推測をするものもいるが、
実際には、彼女が何かを実行する前に、さらに闖入者があったのである。

「ふうん、これが「天の御遣い」君なの」
トースト色の肌をした、桃香たち北方出身者とは、また違う魅力を持った美少女。
「水運を握っていると、こんな時代でも、結構、情報は早いのよ。管路の占いとか、幽州に出現した光り輝く少年とか、
 いろいろ噂は聞いていたけどね」
「ええと、君は…」
「孫策伯符。今はまだ母上の跡継ぎでしかないけど、すぐにこの名も轟く様になるわ」
「え…(曹操の次は孫策かよ)」

「それにしても、お互い小勢力からの旗上げだと、ハク付けに苦労しているみたいね」
そうなると「天の御遣い」とは良い所に目を付けたと言うべきか。それに…ふふ…
どうせ、女なら自分でいずれ跡継ぎは生む事になるけど、子種は選びたいしね。
天の落とし子なら、これもハク付けになるわね。

「な……?!」
一刀を除く、同志5人が一斉に赤くなった。
「(おいおい、過剰反応するなよ。孫策の言う事も言う事だけど)」

「雪蓮~~」
またも闖入者。ここで、雪蓮もとい孫策は母親に引きずられて退場。
華琳も白けたか、それ以上は無言で立ち去っていった。

劉備玄徳。曹操孟徳。孫策伯符。三国の英雄たちの、何ともこれが1stコンタクトだった。

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ちなみに、孫権は呉でお留守番です。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の6『本道を失い黄天はまさに死すべし 義軍は功を誇らず北へ還る』
の予定です。



[8232] 講釈の6『本道を失い黄天はまさに死すべし 義軍は功を誇らず北へ還る』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:34
大砲の『砲』という漢字に、石ヘンが入っているのは、火薬発明以前では、投石器を意味したからです。
古代中国では、最大で50人引きの投石器で、訓練次第では(50人の呼吸と力が合わされば)
数十kgの石を数十メートル飛ばせたらしく、立派に大砲の威力がありました。
次回の講釈は攻城戦なので、この「砲」とか、「雲梯」(早い話がはしご車)とかが活躍することになります。
もちろん、恋姫たちが活躍するはずです。

…  …  …  …  …  

『南華老仙』
「演義」では張角に「太平要術の書」を授けて、曰く
「この書にある術を用いて、民を救い世のためになれ。この道を外れれば天罰が下るであろう」
最初は、この教え通り、医療や相互扶助を行う、民間団体だったのです。いかにも、宗教らしく。
それが、王朝の迷走に付け込もうとして、結果は老仙の警告通りになりました。
尚、最終的には、元の民間宗教団体に戻った「五斗米道」は、存続して、中国道教のルーツの1つとなりました。

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††恋姫無双演義††講釈の6『本道を失い黄天はまさに死すべし 義軍は功を誇らず北へ還る』


轟音と爆煙。砲弾、そう言い切ってかまわないだけの威力の大石が、見事に城壁にめり込んだ。
「う~~また外れたのだ~」
そう、実は狙ったのである、城門を。
本来、50人の兵士を訓練して操作させる「石砲」(投石器)を、1人で使いこなす勇士が、公孫・劉軍には「3人」もいた。
つまり、50人では、力と呼吸を合わせて引くのがいくら訓練しても精一杯だろうが、
こうなると、1人が微調整して、着弾を修正しつつ狙い撃ち出来る。

期待通り、愛紗と鈴々、そして趙雲の操る石砲の砲弾は、1撃ごとに、城門に近付いていた。

――― ――― ――― 

「味なまねを」
西門での攻撃ぶりを察して、北門から攻撃中の曹操軍でも、そんな声が上がった。
「どうします。こちらも季衣か流琉にでも」
「無用よ。今回はそれぞれの隊を掌握させるほうが先決よ」
こちらでも、定石通り50人引きの石砲が、それぞれの指揮官の号令で、次第に呼吸を合わせて飛びつつあった。
さらに、雲梯(はしご車)が石砲や弩(ボ―ガン)の援護のもとで、城壁に取り付こうとしていた。

華琳自身、4頭立ての戦車を8本の手綱で操縦して、疾走させるような指揮を続けている。
このいわば「曲芸」を今回限りにするのが、今回の参戦の目的の1つなのだ。
当然、弟の仲徳も、伝令や督戦で駆け回り続けている。
しかし、その間にも、ふと、心をよぎる。

「あの「天の御遣い」はもしかして」
そう、あの光り輝く「天の衣」にもデジャヴがある、
そして「天のお告げ」といわれる知識にも、仲徳には心当たりがある。

だが、そういった、もの思いをするには、いささか前線に近付き過ぎたようだ。
城壁上で何人かを叩き落して跳ね返ってきた「デンジヨーヨー」をあわてて避ける。
「何してる―」
雲梯の上で流琉が「ヨーヨー」を巻き上げて、また何人か城壁から叩き落した。

――― ――― ――― 

今度の愛紗の砲撃は、城門のわずか左の城壁に着弾した。
「負けないのだ~」
今度は、楼門の屋根に落ちて、瓦をバラまく。
次あたりは、ピンポイントでヒットしそうだ。

――― ――― ――― 

「母上…」
どうやら、後に「小覇王」と呼ばれるだけあって、戦場ではかなりテンションが上がる性格だったらしい。
もっとも、小さい頃から戦場に連れ出されていた影響もあるかも知れないが。
しかし、連れ回していた母親の方は、流石に経験の分だけ冷静だった。
「このままでは、北門か西門の方が先に破れますぞ」
元々、劉備軍が公孫軍に合流してしまうと、4軍の中では、孫呉軍の人数が少ない。
それに本来、長江の水上船で鍛えられた軍だ。陸上戦や攻城戦の経験は少ない。
「雪蓮。同時にこの南門に増援する余裕も無いということよ。それに出遅れなければいいのよ。最後の最後にね」

そう、目的は城門ではない。城内に潜んでいる、賊の首領だ。
黄巾「討伐」での孫呉軍にとっては、ほとんど最初の戦いが、最大の手柄を立てる好機になり、
したがって、最後の決戦になるかもしれない1戦になっていた。
それだけに、テンションが上がっているのは雪蓮だけではない。その兵の状態まで、水蓮や祭は、見切っていた。

――― ――― ――― 

「こんな事があるか!」
東門から攻撃していた、官軍を叱咤する将軍朱儁には、受け入れ易い現実ともいえなかった。
それでも、賊に敗れるなどという、本物の悪夢よりはましだろう。
結局、北、西、南の3門はほぼ前後して、突破された。
一番数の多い、それも正規の官軍が出遅れたのである。
しかし、それは、城内側に余裕がもはやないという事。何歩か遅れて東門も破れた。

・  ・  ・  ・  ・

東西南北の全ての門から、官軍が雪崩れ込む。もはや逃げ場はない。
城内にいた黄巾賊は外側から順に殺されながら、内側に追い込まれて行く。
しかし、首領である張姉妹の首を取るまで、戦いは終わらない。

・  ・  ・  ・  ・

夜明けと同時に始まった戦闘も、いつしか太陽は中天を過ぎて、西の空の半ばまで来ていた。
このまま、夜になれば、闇に紛れて大物に逃げられるか?流石に軍の指揮官はそんなことを考え始めた。

…  …  …  …  …  

郡城の太守公邸となれば、帝都の皇宮を小規模にしろ見習っていて、その前面は、それなりの広場になっている。
「本当にアイドルだったんだなあ」
北郷一刀には「天の国」でデジャヴのあるコンサート会場の跡がそこにあった。

…  …  …  …  …  

作戦開始の前、当然ながら唯一ともいえる目標である、張姉妹の情報が全軍に配られた。
ここで初めて、一刀は自分の誤解を知った。
とはいえ、劉備たちや曹操が、桃香たちや華琳だったのだから、これもありだろう。
張角(真名天和)張宝(地和)張梁(人和)が『数え役萬☆しすたぁず』でも。
それに、一刀にも「天の国」での記憶がある。
アイドルとその「親衛隊」というのは、とんでもないエネルギーを持っている。潜んでいるどころか、爆発させている。
むしろ、信じないものには理解できない、宗教関係より理解し易かった。

それだけにここからが、やっかいだった。
この先、公邸の内部に群がっているのは『しすたぁず』がただのアイドルだったころからの「親衛隊」。
自らの「偶像」のためなら死ねる、本物の黄巾党が密集している。
こうなると、知略とか、戦術とかより、個々の兵の戦闘力で力押しするしかない。
おまけに、四方から押し寄せる「味方」との競争にもなっていた。
こうなると、あてになるのは、愛紗・鈴々もとい関羽・張飛・趙雲というところだが、
「(曹操のところにどれだけの面子が集まっているかだな)」

――― ――― ――― 

夏侯惇(春蘭)夏侯淵(秋蘭)許緒(季衣)楽進(凪)李典(真桜)于禁(沙和)典韋(流琉)
といった面子が揃っているだけのことはあった。
公邸の奥にある迎賓閣、その軒先まで、押し込むことが出来た。
太守以上に高位の賓客が訪れたときのためのみに建てられた高楼形式の御殿。
この郡城を占拠していた、黄巾党の考えなら、彼らにとっての最上位者にあてがうだろう建物。
そして、ここまでには、張姉妹はいなかった。いまも尚その周囲を取り囲む「親衛隊」いるならここだ。

とはいえ、他の官軍も数歩遅れで、押し寄せてきた。
こうなると、首取りの競争、ほとんどがそう思った瞬間、
迎賓閣の1階付近から、突然、火炎が吹き出した。

包囲したままの官軍が、唖然とする中で、楼閣は焼け落ちた。

・  ・  ・  ・  ・

その夜、まだ燻(くすぶ)る焼け跡を掘り返す、凪・真桜・沙和の3人娘。
そして、焼けぼっ杭の下から、石蓋を掘り出すと力任せに跳ね上げる。
「曲者」
3人娘を見守る位置から、鋭い声を3人の後方に投げたのは、華琳だった。
「関羽に孔明。貴女達も来たのね」
流石と言いたいけど、ここに本人が居るかどうか、ここと断定して行動に移せるかが、私との差よ。
貴女達の様な部下に相応(ふさわ)しいのは、あんな…。
「そこまでにしていただこう。それ以上は、貴女を許せなくなる」
「いよいよもったいないわね」

・  ・  ・  ・  ・

南陽城内の焼け残った屋敷を接収した、今は曹操軍の本営。
「それで、姉さんどうするつもり」
「そうね、取り合えず、護送していくことになるわね」
「それからどうされます」
「風のいうとおり、それからよ。幸い、ここから帝都に行くには、許昌は順路よ」
迎賓閣の地下の隠し部屋から、張3姉妹を引きずり出したことで、結果、最大の手柄を独占した形の曹操軍だが、
ただ単純に首を撥ねて帝都に送るだけで満足していない。ここが、「治世の能臣」と「乱世の姦雄」の分かれ目だった。
もっとも、朝廷の現状を読み切った上での賭けではあったが。

――― ――― ――― 

孫呉軍が接収した屋敷。
「今回はそもそも出陣で出遅れたわね。でも、これで乱世が収まるとも思えない」

――― ――― ――― 

公孫軍が接収した屋敷。劉備軍にあてがわれた、屋敷内の建物。
冷静に報告しているのは、もっぱら朱里で、愛紗などは曹操の態度に憤慨していた。
桃香の方は、曹操軍とのトラブルにならなかった事をまず喜んでいた。
それに、張3姉妹をここで逃がしたのでは元も子もなかった。おそらく、これで黄巾の乱は収束に向かう。
しかし、乱世がこれで収まるとは思えない。伏竜鳳雛の予測もそう見切っていた。
「三顧の礼」の時、すでにそう予測していた様に、これからさらに内乱、外からの侵掠が続く。
そのなかから、劉備軍が伸し上がる好機をつかむ。
今後の方針をそう決めた上で、今回は公孫軍と帰還するしかないだろう。
どうせ、唯一の大手柄を曹操軍にさらわれたのでは、ほかの手柄をいくら言い立てても「五十歩百歩」だった。

その時、意外な客が来た。愛紗などは青龍偃月刀を取り掛けて、桃香にたしなめられた程、意外な客。

――― ――― ――― 

やはり、確認しておく必要があった。
おそらく、仲徳だけが考えることが出来る。あの「天の御遣い」の「正体」そして、アイツを放置する事の危険性を。

昨夜は、華琳姉さんが何か余計な事を言う前に、孫母娘が闖入(ちんにゅう)したおかげで、
あの時は余計な警戒感を持たれずに済んだが、どうやら、先刻の遭遇でそれも台無しらしい。
まあ、アイツの正体が、俺の推測通りなら、いや、
あの「天の衣」それにあの軍師コンビが居るだけでも、向こうにも「補正」が掛かっている。間違いなく、アイツは。
それなら、曹操と言うだけで、警戒されている筈だ。
そうなると、やっぱり確かめないと。

しかし、警戒されている上に、アイツは「天の御遣い」なんていう立場で、劉備一党の中で1人にならないだろうし、
劉備軍全体が公孫軍と一緒だ。曹操軍での俺の立場だって軽くない。
となると・・・こっそりアイツを呼び出して、2人だけしか知らずに会うというのは不可能だな。正攻法しかないか。
「姉さん、俺も劉備軍について、確かめたい事があるんだ」

――― ――― ――― 

「なぜ、曹操の弟が今頃ノコノコ来る?」
「まさか、先刻の話を蒸し返しに?」
「はあ。それが」
門前で衛兵に出ていて、取次ぎに来た、公孫軍の兵士も今1つ、先方の用件が飲み込めていない感じだ。

「それが、こう「天の御遣い」様にお伝えしてくれとばかり」
「俺?」
「はっ、『これは“めいる”とかで、間に合う話しではないので』…」
「何だって――っ!!」
「いいえ、ですから『直接お話ししたい』と」
「そうじゃなくって、その前に『何で間に合う話しじゃない』って」
「はっ、“めいる”と」
「どうされたのです」「何かヘンなのだ」
「い、いや。会う。確かにこれは俺で無いと分からない話だ。2人だけで会いたい」

――― ――― ――― 

屋敷の庭先にある亭(屋根と柱だけで壁の無い休憩所)立ち聞きするには、隠れ場所が無く、密談に適している。
「『メールで間に合う話しじゃない』なんて言う事は、やはり君も」
「ああ、やっぱり、そうか。それはどこの制服なんだ」
「聖フランチェスカ学園だ。君も学生?どこの?」
「いやその前に確かめたいが、君はその聖フランチェスカ学園とかから、いきなりタイムスリップとかで、来たのか?」
「君は違うのか」
「俺は生まれ変わりなんだよ。前世は確かに日本人なんだがな。時代を逆行して、曹操の弟に生まれ変わったのさ」
「え?じゃあ、その見かけ通りで日本に居たのじゃなくて」
「ああ、大学生の時、事故にあってな」
「そうだったんですか、先輩」
「おい、いきなり先輩か」
「でも、中身は俺より先輩でしょう」

「北郷は元の世界に帰りたくないか」
「帰れれば、正直帰りたいですよ。でも、当面帰る方法も分からないし」
それに、俺は俺の意思で、この世界で「天の御遣い」をやる事にしたんです。
「だが、三国の歴史を知っていて、それでも劉備たちに加担するつもりか」
俺は、元の世界ではどうせ幽霊だし、この世界で曹孟徳の弟、仲徳として生まれ育った。
だから、曹操、華琳姉さんに歴史通り天下を取らせる。
だから、北郷が「天の御遣い」としてその歴史を改変するつもりなら、俺はそれを阻む。
「先輩の立場なら当然でしょう」
でも、力の無い人たちを出来るだけ巻き込まない様に出来ませんか。
その理想は、劉備、桃香たちも、曹操、先輩のお姉さんもそんなに変わらない筈です。

――― ――― ――― 

「何を話しているのだ~?」
「何かあの態度は」
「まるで、同門の友だちか何かみたいです」

――― ――― ――― 

「そうだな。今晩はお互いの立場を確かめただけにするか」
「そうですね。とりあえず、お互いの仲間に対してどこまでうち明けるか。その口裏だけ合わせて置きますか」
「そうだな、しかし、北郷はすっかり「蜀」の連中に仲間入りしているみたいだな。あんなに心配そうにして」
「そういう娘たちなんですよ」
「それだけでもないんじゃないか。劉備とでもできたか」
「な……(昨晩の孫策といい、何だよ)まだ、そんな事」
「まだ?構わないだろう。可愛いし、いい娘じゃないか。華琳姉さんのライバルには違いないけど」

・  ・  ・  ・  ・

曹仲徳が帰った後で、当然、北郷一刀は同志たちに釈明しなければならなかった。
「俺が本当に「天の御遣い」かどうか、確かめに来ただけみたいだったな。ただ、曹操にはいよいよ警戒されそうだ」

――― ――― ――― 

「華琳姉さん。あの「天の御遣い」は、これまで姉さんが取り締まってきた、淫祠邪教みたいな単純な代物とは違うよ」
劉備たちを軽視しない方がいい。本物の「天」がついているぐらいに思っていてもいい相手かもしれないよ。

――― ――― ――― 

荊州南陽郡城を後に「官軍」の各軍はそれぞれ引き上げ始めた。

劉備軍は、公孫賛軍とともに、懐かしい北東へ。

孫呉軍は呉へ帰る前に、朝廷にコネを繋(つな)ぐために、一旦、将軍朱儁に同行して、帝都へ。

そして、曹魏軍は今や自らの「拠点」となった予州潁川郡の許昌へ。
その許昌に、帝都から呼び出しがあった。
今はただの元アイドルとなった『数え役萬☆しすたぁず』を太守公邸の地下に監禁していたが、それすら黙殺して、
ただ上京しろと、大将軍何進から急(せ)かしてきた。
「いったい?」
華琳ですら、また桂花ら軍師たちですら、何が起こっているのか多少戸惑ったが、
仲徳だけは、何が起こり始めているかを知っていた。
「もう1人アイツもな」


『涼州』
長城の北からチベット高地の西にかけて、草原の遊牧民族が、中原の農耕民を脅かす騎馬の民の国。
涼州はすでに、その草原の1角を後漢帝国の版図に組み入れた場所。
それゆえ、そこに住むのは、単にDNAとかの問題だけでなく、
精神文化で、日常の生活で、すでに騎馬の民と漢民族の交じり合ったハイブリッドだ。
そのハイブリッドの騎兵を従えた、軍閥の1つが、やはり帝都に呼び寄せられようとしていた。
帝都の迷走を暴走に変えるとは「天の国」の者のみしか知らずに。

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確かに「恋姫」設定を拝借すると、展開が早送りになります。
したがって「黄巾の乱」が終わった途端に「董卓の乱」となります。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の7『黄巾は滅ぶも蒼天すでに死す 皇宮は迷走して帝都は乱れる』
の予定です。



[8232] 講釈の7『黄巾は滅ぶも蒼天すでに死す 皇宮は迷走して帝都は乱れる』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:36
某青年漫画誌上で連載中の「演義」が原作になっている劇画の登場人物がいます。
劉備の「義」曹操の「覇」といった、「光」の「影」にある「闇」を担当しているような、
人間の中にある、ある種の悪を表現している感じのキャラクターで、
董卓の悪逆非道の相当部分とか、曹操の大義名分を落とした徐州虐殺とかの裏で暗躍したりします。
名前とかまでそのまま使っては盗作かもしれませんが、
「恋姫」設定では、月ちゃんの罪をかぶってもらうキャラは必要なので、インスパイアはさせて頂くことにしました。

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††恋姫無双演義††講釈の7『黄巾は滅ぶも蒼天すでに死す 皇宮は迷走して帝都は乱れる』


皇帝はもう死んでいる―
シャレではない。大将軍何進に呼び出された華琳が、帝都洛陽に到着して最初に「内緒」で知らされた事。
後漢帝国の第12代、まもなく霊帝の諡号(おくりな)をおくられるであろうその人は、皇宮の奥深くで、すでに絶息していた。

なぜ、これほどの重大事が、いや重大事だからこそかも知れないが、伏せられているのか。
黄巾の乱が、完全に鎮圧されたとは言い切れないから、
首領、張3姉妹は、南陽で焼け死んだ(と言う事になっている。実は華琳が監禁している)、
だが、各地の「賊」は尚も右往左往し、官軍が追い回している。だからというなら、まだましだったが。

次の皇帝が、決まっていない。
一応、霊帝には2人の皇子がいる。そのどちらも、
こうした事態になったとき、次の皇帝となるべき皇太子に正式に立っていなかった。
そのため、自分の担ぎ出した皇子を「まだ生きていた霊帝の意志」という事で皇太子にした後で、
その新皇帝の元で栄華を得る。その思惑のためだった。

珍しいことではない、残念ながらこの後漢王朝では。
霊帝自身、先君桓帝からは、かなり縁の遠い地方王族だったのを担ぎ出されたのだ。
その功績が、今、宮廷を跋扈している「十常侍」の出世始めだった。

さらに、今の何進の立場では、新帝担ぎ出しに失敗すれば、身の破滅だった。
元々、大将軍などという、家柄ではない。政敵からは「豚殺し」などと揶揄(やゆ)される様に、食肉を扱う商人の子である。
たまたま、宮廷に仕えていた妹が美貌で霊帝の目に留(と)まり、皇帝の最初の子の母として皇后に立てられた。
その縁で出世したのだ。

ところが、宦官と外戚の権力争いも、後漢王朝の慢性疾患といっていい。
元々、代々の政府高官を出すような「名家」に外戚になって欲しくない十常侍とかが、
何進の妹、何皇后を押し上げたのだが、
兄の何進が大将軍まで成り上がり、外戚らしく振舞いだすと、今度は目障りにしだしたのである。
今度は、何皇后の次に、霊帝が目を留めた美人の産んだ別の皇子を担ぎ出すべく、暗躍しているのだ。
ここで、決然と皇太子を決定できるだけの帝王らしい政治力と決断力があれば、黄巾の乱は起きたかどうか。
結果として、暴走したのが「アイドル親衛隊」だっただけで、誰かが暴走すべくして、乱は起きた。

ともあれ、宮廷内での暗躍となれば、十常侍の方に経験値があり過ぎる。
何進としては、大将軍として動かせる「軍」たとえば「西園八校尉」に取り立てた、華琳や麗羽たちや、
大将軍の地位の権威が効(き)きそうな地方軍閥とかを呼び寄せて、その力で押し切りたいところだったのだろう。

「だからと言って、いったい、何時(いつ)まで待つつもりなのよ」
日数的な問題に限れば、足手まといかも知れない軍勢を引きずって来るのよ。

華琳も、一緒に呼び出された、袁紹(真名麗羽)には、言い切った。
わざわざ、十常侍に「先手を打つなら今のうちだ」と警告するようなものだ。
そもそも、麗羽のような「名家」や、王朝本来のエリート官僚たちから憎悪(ぞうお)されるのも、
十常侍のほとんどは、霊帝個人の盲信だけで権勢をふるっていた、宦官や侍女に過ぎないからだ。

その霊帝はもういない。代わりの皇帝を担ぎ出す手柄はまだ立てていない。
何進がその気になれば、大将軍の職権で、担当の役人に命令すればいい。
十常侍などは、牢屋に放り込んで、それで片がつく。

「うちの軍師の誰かさんと、似た様な事をおっしゃるのね。華琳さんも」

それぐらいの献策をするものぐらい居るだろう。
元々「四代三公」つまり、祖父母の祖父から現在の叔父まで、代々三公に就任してきた名家である。
譜代の人材は、むしろ、あり過ぎる。
華琳の見るところ、麗羽にしろ、妹の美羽(袁術)にしろ、「船頭が多くして船が山に上がる」状態だ。
なまじそれぞれに意見のある人材を抱え過ぎているため、華琳並みの統率力と決断力がなければ、持て余すだろう。

少なくとも、本拠地の留守番をさせる人材には、黄巾の残党を追い回す仕事も含めて、不足はしていない。
そういう事なので、十常侍の掌握している、皇宮警護の兵ぐらいには対抗できる兵力だけ連れて、急行して来ていた。

華琳も、少数ながら精鋭を、許昌から連れて来ている。
大将軍何進が、十常侍相手にクーデターでも起こすつもりなら、麗羽と華琳だけで、兵力は必要にして十分だ。
少なくとも、華琳に指揮を取らせてもらえるなら。
・・・残念ながら、何進の決断力は、麗羽より未満だった。

…  …  …  …  …  

それでも、遂に西園八校尉の兵を率いて、皇宮に乗り込んだ、八校尉の筆頭でもある十常侍の1人の首を取って。
その上で、自らの甥を、後漢帝国の第13代皇帝に押し立てた。歴史上、少帝と呼ばれる少年皇帝である。

ところが、十常侍の残りが後宮に逃げ込み、何大后(この時点で「先帝」の皇后)に泣き付くと、
あっさり、そこで止(や)めてしまった。
妹のお陰でなれた大将軍であり、大后は後宮の人として、十常侍の様な存在を結局、頼っている。
だから、こうなるのだろうが、しかし、
「(甘い。権力が絡んだら、「水に落ちた犬を棒で叩く」位までやるしかない場合があるのに)」
だが、何進自身は、妹を通じて命乞いをしてきた。それだけで、十常侍の生き残りを舐めてしまった。
これは、文字通りの「命取り」になる。

――― ――― ――― 

黄砂を巻き上げながら、行軍する軍列。
後漢の平均的な「軍」としては、騎兵の割合が高く、
そもそも、兵士たちの雰囲気が、中原の農民から徴兵された兵と、どこか異質だ。

――― ――― ――― 

後漢王朝の慢性疾患といっていい、権力争い。
何故か、この王朝歴代の皇帝は、まだ年端のいかぬ幼君のうちに即位し、
成人して後、為政者としての経験を積む時間も、次代の皇帝が成長する余裕も無しに、若死にしていった。

勢い、皇帝の母である大后が実権を握り、後宮に権力が移っていった。
そうなれば、後宮に出入りでき、大后に接触できる者がその実権を振るう。
大后の元々の親族である外戚や、元々、後宮に仕えていた宦官や女官が権勢を次第に握り、
本来のエリート官僚やその出身母体である名家を巻き込んでの権力争いが、繰り返され、帝国は迷走し続けていった。

保守的な知識人は「女禍」(本来、権力を持たない女とその取り巻きのわざわい)などと嘆いていたが、
しかし、麗羽や華琳には、女が動乱の時代の英雄ともなれる時代でもあった。

しかし、権力者が迷走し、腐敗すれば、5000万の人民にとって、それは悪。
時代の恩恵を、おそらくは、麗羽や美羽姉妹に次いで受けながら、いやそれ故もあったのだろう、
誰かが、いやこの曹操孟徳がこの「時代」を破壊すべきだと、華琳の中の「乱世の姦雄」は、密かに咆哮(ほうこう)していた。

――― ――― ――― 

妹である、大后を通じて、十常侍の生き残りが命乞いして来た。それだけで勝ったつもりになっていた。
口では「面倒だ」などと言いながら。
もっとも、実際問題として面倒でもある。妹とはいえ、相手は後宮に居るのだ。
十常侍以外の女官か宦官の使者を通じての、手紙や伝言のやり取りでは、
微妙過ぎる問題でもあって、自分から出向く事にした。

…  …  …  …  …  

華琳は、止(と)めなかった。ただし、麗羽には、兵を動員して置くようには言った。
「(今日で終わりにしてやる。宦官だの、外戚だのなどが権力という玩具(おもちゃ)を取り合う時代なんか)」
代わって、英雄たちの時代が来る。
などと、密かに決意していたのだ、と過大評価する後世の歴史家もいる。結果としては、そうなったのだが。

・  ・  ・  ・  ・

皇宮の門前で待つ、麗羽と華琳たちの前に、門内から投げ返されたもの、たった今までの上官の首。
麗羽は、ものの見事にキレた。
元々、麗羽と華琳がそれぞれの拠点から連れてきた兵力で、十分だったのだ。
ただ、皇宮に突入するという決断だけが、必要だったのである。
十常侍にとっては、自分の首まで落としたのも同然の結果になった。

虐殺。遂に、後漢帝国の皇宮は、虐殺の場になった。
宦官は体質上、髭が生えないと言われる。
髭が薄い官吏が「ズボン」を脱いで、命拾(いのちびろ)いしたなどといった、笑えない「実話」が残っていたりする。

・  ・  ・  ・  ・

虐殺の中で、華琳の方は麗羽よりは冷静であり、いち早く何大后を保護していた。
そう、所詮「帝国」では、皇帝を手中にしたほうが、正義。
だが、十常侍の内の、まだ数人が生き残り、少帝と皇弟の幼い兄弟を拉致して、城外に走り出ていた。
後宮の中しか知らない筈の、宦官と侍女が、皇宮どころか帝都の外へ、それも幼君を連れ出すなどとは、
華琳をしても、想像の斜め上だった。しかも、その斜め上をさらに飛び去った結末が待っていた。
「天のお告げ」でもなければ、予測不可能な。

――― ――― ――― 

予州潁川郡の郡城「許昌」
太守である、姉華琳の代理として留守を預かる、曹仲徳は、ジダンダを踏む思いだった。
今さら、北郷一刀を真似(まね)て「天の御遣い」をしても、相手が姉では末路が見えている。
それでも、このままでは「董卓」が危険すぎる。
どうやって、警告すべきか。

華琳が「孫氏(用間篇)」に準じて用意しつつある、スパイ網からは、すでに涼州軍の動向を報(しら)せて来ている。

――― ――― ――― 

幽州北平郡
軍閥、公孫賛(白蓮)が朝廷から得ている名目は、この郡の太守である。
現在「天の御遣い」北郷一刀は、趙雲子竜(真名星)が再び、浪々の旅に出ようとするのを、
今しばらく、公孫軍の客将でいるよう、説得していた。
その代わりというか「天の国」での、メンマの食し方、つまり「ラーメン」を伝授する事になっていた。
一刀には「天のお告げ」でわかっている。これはこの一時の平和に過ぎないと。

――― ――― ――― 

帝国の各地で、租税として徴収された穀物は、帝都近郊にある「備蓄基地」に一旦、蓄(たくわ)えられ、
その後、順次、帝都に搬入されて、この「百万都市」を養う。
その「基地」に接近しつつある、涼州軍。
中原の民とは、価値観の異なるハイブリッド騎兵を統率するため、
最初に、巨大な食料を見せる必要があると考えたためだ。
そう考え、主君の同意を得て、実行に移した軍師は、兵士の統率に悩んでいた。

古参の兵士、中級以上の幹部は、あの「らしからぬ」主君への忠誠心において問題ない。
問題は、黄巾を追い回し始めてから加わった、新しい兵士だ。
特に済成(成(な)り済(す)ます)などと、ふざけた、見え透いた偽名を名乗っているやつなど、信用なるか。
どうせ、黄巾崩れに決まっている。
たかが、平の兵士1人に神経を尖(とが)らすのも大げさのようだが、何かが気に障(さわ)る。

だが、それどころではない、一大事が起こった。
実は「それどころ」が一大事に結びついて、大いに後悔するなどとは、知る術(すべ)も無かった。

…  …  …  …  …  

涼州軍が目を付けた「備蓄基地」は帝都本体にこそ及ばずとも、それなりの城壁に守られ、
帝都と結ぶ搬入路も、しっかり防御された「かくれ道」になっていた。そのため逃亡者に利用されたのである。

逃亡者たちは、予期しなかった「狼」の群れに、自分から飛び込む結果になった。
あっさりと、十常侍の最後の生き残りは、涼州兵に惨殺され、幼帝兄弟は、董卓軍に保護された。
もっとも「董卓」を見て、幼い兄弟は、ホッとしたのだったが。
その場の、誰もが軽視していた。彼女たちの視界の外から、ギラつく欲望を、向けられている事に。

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次回までは、帝都篇になります。
そのため、申し訳ありませんが、今回、出番の無かった人には、もう少し待ってもらいたいのですが。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の8『帝都蹂躙』~優しき魔王~の予定です。



[8232] 講釈の8『帝都蹂躙』~優しき魔王~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:37
「後漢の地方制度」
「州」・「郡」・「県」の3段階制。
「正史」によれば、州の数は13。郡は百余と記録され、
黄巾の乱以前なら、1郡の人口は、数万から数十万、多いところで百万以上でした。
幽州涿郡が、六十三万余人、予洲潁川郡が百四十万余人、荊州南陽郡が、二百四十万余人
といった記録が残っていますが、これはあくまで、戦乱以前でした。
「三国」の中で最大の筈の「魏」が、この頃の南陽郡程度の人口になってしまった、
そう嘆いたと「正史」は記述します。

…  …  …  …  …  

「涼州」または「西涼」
後漢帝国の13州のうち、もっとも北西の1州。
北は長城の向こう側へ、西はユーラシアの中央へと続く「草原」の中国側から見ての始まり。
そこに住むのは、戸籍上は後漢帝国の臣民でも、草原の騎馬の民と言い切ってもいいかも知れません。
それゆえ「涼州兵」は騎兵としては優秀でも、中国本土の農民や都市民とは、異質の民であり、兵だった筈です。
彼らを統率し、それを自らの強みとしてきた、西涼出身の武将たち、
董卓・呂布・張遼そして馬超といった面々もまた、
名前こそ中国風(記録したのが中国の史書)だけれども、彼ら自身、草原の騎馬の民だった可能性が高く、
中国本土の豪族出身の支配階級、名士出身の知識人などとは、
価値観も発想も異なっていて当然だったかもしれません。

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††恋姫無双演義††講釈の8『帝都蹂躙(じゅうりん)』~優しき魔王~


幽州北平郡の太守公邸。
先日、帝都の文官職を引退して来た、高名の儒学者、盧植を上座に迎えて、宴会が催(もよお)されていた。
太守でこの地方の軍閥である、公孫賛(真名白蓮)は、かつて盧植の門下だったので、
引退して、故郷に返ってきた恩師を、早速、礼をつくして招待したのだ。
この北平を中心に、1地方を実効支配する軍閥でも、今回は弟子らしく、下座で姉妹弟子の桃香と並んでいた。

問題は「引退」の事情である。直近の帝都の有様に憤慨したという。
元々、白蓮たちを教えていた当時も、十常侍たちの跋扈する皇宮で、媚(こび)を振れず、田舎に引っ込まされていたのだ。
その盧植を憤慨させた事情。恩師から聞いている、白蓮や桃香を仰天(ぎょうてん)させていた。
もっとも「天の御遣い」だけは「来るものが来た」と心中、思ったのだが。

――― ――― ――― 

華琳と麗羽はようやく、連れ出された皇帝を追うべく、帝都の門外まで来たが、向こうから近付いて来る、1軍がある。
「涼」に「董」の旗を立てた、何か異質の雰囲気を伴った軍。しかも、皇帝行幸の「プラカード」を押し立てている。
「(絶句)」「(絶句)」流石に華琳をしても、これは想像の斜め上をさらに飛び去っていた。

――― ――― ――― 

盧植は、皇帝を追っていった曹操から、保護した大后の警護と、皇宮の消火を依頼されていた。が、
皇帝を「保護」して乗り込んで来た、董卓軍に追い出されてしまった。
そもそも、2度も宦官の横暴で失脚するくらいである。早速、抗議に向かった。それも、儒学者らしく「礼」は完璧にして。

その時点では、特に問題は無かった。しかし、そのまま涼州軍は居座ってしまったのである。

間もなく、盧植のみならず、帝都を仰天させる発表があった。なんと、少帝と生母の何大后が、2人とも急死したのだ。
当然、裏が疑われた。特に、董卓軍によって占拠され、封鎖されたのも同然の皇宮の現状では。

しかし、董卓というか、董卓軍の軍師は、強引に朝廷を取りまとめた。
こうなっては、残った弟皇子を新皇帝に押し立てるしかないと。
この、いまや唯一となった、この少年皇帝を盛り立てるのが、臣下の道であろうと。
このこと自体は、他にしょうがないことである。しかし、その前に疑惑は、疑惑だ。
先頭に立って、疑惑を言い立てたのが外戚、何一族とその取り巻きの生き残りだったが、
その結果、新帝の即位に反対したとされ、一網打尽に捕らえられた。

この結果、外戚勢力と宦官勢力が共倒れして、両者とも消えた結果になったのである。
後漢王朝の慢性疾患は、誰も予想しなかった荒療法という結末を迎えたのだ。

…  …  …  …  …  

ここまでは盧植も受け入れらなくもなかった。元々、正統的なエリート官僚であり、知識人だ。
外戚や宦官が権勢を奪い合い、もてあそぶ朝廷から、1度は追い出されたくらいなのだから。

だが、2点だけは、見過ごせなかった。
まずは、董卓自身が「相国」という地位に就いたことである。
前漢においても、創業の功臣2名のみがついた人臣最高位、以後は臣下の分を超える者が嫌われたため、
その次席ともいう「丞相」までしか、しかも、後漢では、丞相ですらなく、三公までしか就任せず、
空席が伝統だったのだ。

同時に、少帝と何大后に対し、皇帝と皇后に相応しい「大葬」を、死後に格下げしてまで行わなかったこと。
中国人にとっての伝統的思想では、子孫によって正式に祭られない死者は「キョンシー」になる。
この思想は、19世紀まで残ったのである。
だからこそ、祭る子孫を断絶するのは、本人1人の死刑以上の極刑となっていた。

「礼」を論ずる儒学者としては、見逃せない。
しかし、董卓軍の軍師は、盧植の抗議に対し、別の返答をした。
外戚や宦官の権勢の下で、公正な人事を受けられなかった人材を、抜擢する。それは異論ない。
その中に盧植自身を入れた事で、地位で釣るつもりかと、いわばカチンときたのである。

実のところ、董卓の与党を朝廷に作る狙いでもあることは、隠してもいなかった。

――― ――― ――― 

帰郷した盧植が、弟子たちに「報告」したのはここまでである。しかし、帝都ではこれでは終わらなかった。

――― ――― ――― 

董卓軍の軍師は、皇宮で“クーデター”を実行した袁紹と妹の袁術には、
いまだ、黄巾の乱に便乗した変なやつらがウロウロしている地方の、太守職をあてがって帝都から送り出した。
さらに、現在、袁家の長老格の叔父には、三公より格だけは高い名誉職をあてがい、帝都に留(とど)めた。

一方、曹操に対しては、空洞化した「西園八校尉」より将軍に昇進させて、帝都に留めようとした。
ただし、彼女の母親は、霊帝の生前に十常侍から「買った」三公が、
少帝の即位のドタバタで「ご破算」になった時点で、沛国に呼び戻されていた。
流石に沛国に居る、曹家の当主は大ムジナだった。

――― ――― ――― 

麗羽と美羽姉妹は、出立の挨拶のため、華琳を訪問した。
この人事を、好機としか思っていない。まあ、確かにそうだろう。
華琳が潁川でした様に、拠点を手に入れられる。
「四代三公」の間に蓄えた底力をもってすれは、難しいとは限らない。黄巾も残党に成り果てているのだし。

「(でも、その後は)」
天下を争う、ライバル同士になる。そこまで考えて、今日の挨拶に来たのだろうか?

華琳の方は、校尉からの昇進を、謝絶し続けている。
董卓一党に監視され続けている帝都で、潁川の拠点から引き離されるような、ミエミエの小細工に掛かるつもりもない。

…結局、逃げ出すタイミングだけね……

――― ――― ――― 

董卓軍の軍師、賈駆(真名詠)は、自軍の武将たち、
張遼(霞)、華雄、そして呂布(恋)とその参謀、陳宮(音々音)と言った面々に、詰め寄られていた。
もっとも、普段から無口な恋は、もっぱら、音々音に代弁させていたが。

一言で言えば「兵隊の統制がつかんのや!」
元々、涼州兵は、帝都のような中原の「土の都」とは、価値観も、行動原理も異なる、草原の騎馬の民である。
それを「土の都」に連れてきた以上、統制は細かく眼を届かせなければならない。
それを怠(おこた)って「草原の掟」のままに行動させれば、どうなるか。「狼」を「羊」の群の中に放置するようなものだ。

略奪される物を持っている者からは、略奪する。
富裕階級でなくとも、帝都なら一般庶民でも、草原の素朴な生活からすれば、奪うものがあった。
また、身1つでも女だったら…霞たちには吐き気すらするが。
霞たちも、放置しているわけではない。しかし、兵たちの方が、いう事を聞かない。
むしろ、霞や音々音みたいに五月蝿(うるさ)いことを言わない、
むしろ、先頭に立って「草原の掟」を実践している、李傕(りかく)とか郭汜(かくし)とかの連中の方へ脱走していく始末だ。

「それも誰かが、兵を扇動してまわっている可能性もあるのです」
いつもなら、音々音より先に、詠がそんなものを放置しない。
「それに、盧先生が疑うのも、もっともなのです。というより、詠さんはきちんと釈明していないです」

元々、音々音は中原の知識人だったが、恋との個人的な縁(えにし)で涼州まで来た。
だから、盧植の名声を知っている。詠の態度の方がおかしいことも分かる。

「(ボソ)月はどうしてる」
恋だけではない。ここにいる面々ですら、彼女たちの主君(真名月)に会うことも出来ない。
そもそも、兵達の乱暴も、月の顔を見れば、少なくとも、もっと前だったら、収まっている筈だった。

「大体、月があんな事をする筈がないんや」

…  …  …  …  …  

あんな事。
あるとき、相国、董卓の一行が、城外に遊びに出た。
そこに行き会ったのが、日々の労働の中で、1日の休みを村祭りにすごして帰る、普通の人々だった。
それを、カンにでも触(さわ)ったか、捕らえさせた。
相国の行列を遮(さえぎ)った。税を納めるべきものが怠けた。
たったそれだけの罪で、裁判も無しに罰した。それも「車裂(くるまざ)き」「腰斬(こしぎ)り」などという、残刑酷罰で。

しかも、そんな事を隠そうともしていない。
李・郭といった連中は「これで「調達」がしやすくなった」などと、言いふらしている始末だ。

…  …  …  …  …  

本当に、そこに月がいたのか。
それすら、今の霞たちには分からない。
「そもそも前の陛下は本当にどうなったんや。「あれ」からおかしくなり始めたんやないか」
「・・・」

空気の密度が増したような、沈黙がしばらく、
そこに急使が駆け込んできた。「校尉曹操、脱走」

一瞬だけ、詠は軍師に戻った。
「虎牢関と汜(し)水関を固めて。貴女たちの信頼する兵を率いて」

・  ・  ・  ・  ・

相国府。帝都の「独裁者」董卓の公邸。
その奥の一室で、詠はただ2人、大多数が一目見て「人形の様だ」と言うであろう少女を抱き締めていた。
「(月は、ボクが守る。どんな事をしても。この手を汚しても)」

董卓を天下の主にする。その野望は確かに持った。幼い皇帝兄弟というかたちで、好機が飛び込んだ時。
だから、皇帝を盾にして、皇宮を占拠していた“クーデター”軍を追い払い、涼州軍を居座らせた。
なかなか、いう事を聞きそうもない何大后と実子の少帝を軟禁しもした。そこまでは、確かにやった。だが、
その軟禁していた楼閣から、何者かが、母子を突き落として殺害したのた。

月は無論、詠ですら、この事だけは、関与していない。だが、そんな弁明が通るだろうか。
皇宮の状況から「董卓軍」の何者かのしわざなのは、詠も認めざるを得なかった。
それどころか、あきらかな他殺死体を「大葬」などにして、人目にさらせば、
たちまち「大逆」の大義名分を、権力を狙うものに与えてしまう。
もはや、強引に事を進めるしかない。

新しい皇帝、歴史上献帝とよばれる、幼君を押し立て、相国「董卓」を実現させる。そして、その権力を固める。
その一連の「陰謀」に熱中している間に、兵の統制が甘くなっていたのは確かだった。
元々、詠や音々音のような、中原の知識人とは、行動も価値観も違うのが、草原の民である涼州兵だ。
今までは、その事を知っていて、手綱を放したりはしなかったのに。
それが、目を放している間に、一般兵のみか、李・郭のような幹部までが、何者かの扇動に乗ってしまった。

もはや“魔王董卓”の名で行われた、悪行の数々が中原に、知れ渡るだろう。
そして、それを「大義名分」として、あの曹操のような、野望を抱(いだ)いた姦雄が押し寄せて来る。それでも、
「(月だけは、守ってみせる)」

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今回の講釈に出てきた「丞相」といえば、「三国志」では曹操か孔明ですが、
これも董卓が「相国」として先例をつくったから、復活した官職とも言えます。
やっぱり、時代を切り開く結果にはなったのですね。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の9『天下に諸侯もはや乱立し 連合に合同するも混戦す』
の予定です。



[8232] 講釈の9『天下に諸侯もはや乱立し 連合に合同するも混戦す』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:42
††恋姫無双演義††講釈の9『天下に諸侯もはや乱立し 連合に合同するも混戦す』


黄河と、遠く長江まで続く運河とが合流する、その至近に位置する「敖倉(ごうそう)」
ここは「秦」帝国以来の“物流ターミナル”だ。
産業革命以前の陸上交通の事情、黄河や長江といった大河に恵まれた地勢、
当然ながら、物流における水運の地位は高い。

帝都洛陽の南を流れ、黄河に合流する洛水。
その合流点から、少しばかり(あくまで中国的スケールで)下流に、敖倉は位置する。
結局のところ、下流側から帝都に攻め上る軍は、敖倉を集結点とし、洛水沿いに進軍するしかない。
少なくとも、今回の連合軍ほどの規模になってしまえば、兵站ラインからもそうなる。
その結果、洛水沿いの街道を封鎖し、要塞化された関門が、決戦場となるのも、ある程度の必然性を持っていた。

かくて、連合軍は敖倉に集結しつつあった。

――― ――― ――― 

敖倉へ進軍する公孫賛軍を、追走する劉備軍の軍中。「伏竜鳳雛」は、落ち込んでいた。
本来「郡太守」とか「州牧」とかの「官」を名目としており、
その「官」が勅命を得て、「賊」や「蛮族」を「追討」する名目で編成された筈の軍が、
勅命なくして、帝都へ攻め上る。
これはもはや「軍閥」以外の何者でもない。この事実がむき出しになった。
「三顧の礼」の段階で、予測していたことだ。
予測した上で主君に選んだ劉備(桃香)を、この群雄の1人に押し上げる。その決心で出てきた筈だったのに、出遅れた。

もっとも、北郷一刀は、まだ楽観していた。
一刀の知る「正史」での「出遅れ度」は、現状以上だったが、それでも蜀王国は建国出来たのだから。
一方、桃香本人はといえば、伝え聞く、帝都の民衆の惨状に心を痛め「何とかして救わないと」としか言わない。
一刀にしても、当面、気になるのは別のことだった。そう、この戦いには、やつが出てくる。

「俺が知っている話だと」
張飛、関羽、劉備の3人が、まるで走馬灯の如くかかっても、結局は逃げられたし、
その途中では、危なかったかもしれない程の「モンスター」なんだ。呂布というやつは。

「“もんすたあ”って何なのだ」
「俺の国で、怪物とか、化け物とかいった意味だ」
意味が理解できてしまうから、おそろしい。そんなやつがいる軍を相手にして、
それでも、諸侯連合軍を出し抜いて、劉備軍の名を上げる。落ち込んでいる暇も無さそうだった。
もっとも、愛紗とか鈴々とか星とかは、余計に張り切ってしまったが。

・  ・  ・  ・  ・

敖倉に到着した公孫軍は、空いている場所に、陣営を設営し始め、白蓮は軍議に出かけていった。
いまだ、劉備軍の立場は、公孫軍の中の客軍に過ぎない。だから、軍議には出ない。
「お人好し」の桃香本人よりも、愛紗あたりが憤慨するかもしれないような、不愉快な事が起きるかもしれない、
そんな場所へなんか、わざわざ出るまでもない。
その前に、実績と名を上げる方が先だろう。

公孫軍に混じって、陣営を設営する劉備軍から離れ、一刀は連合軍の陣営の間を歩き回っていた。
光り輝く「天の衣」で知られているから、着替えてしまえば、
どこかの軍に徴用された、雑用の少年がサボっているようにしか見られない。
それをいい事に、密偵と勘違いされない程度に、歩き回りつつ、ある人物を探していた。

・  ・  ・  ・  ・

曹仲徳は、姉である曹操(華琳)が軍議に出ている間に、ある人物を探し出して、接触したいと考えていた。そして…

傍目(はため)には、どこかの軍に徴用された、雑用の少年がサボっていたのを、中級の将が叱っている程度に見えるだろう。
内容は、仰天するか、理解困難か、どちらかの話なのだが。

「軍議の途中経過だが」
現段階では一番名が知られてもおり、一番多くの兵を連れても来た、袁紹が「総帥」で、
決起を呼びかけた曹操が「参謀」と決まった。

「ここまでは「正史」通りですね」
「問題は、どこまで「正史」通りにするかだな」
「最後は、董卓は洛陽を焼き払って、長安へ遷都してしまう。そうなったら、この戦いは結局、連合軍の負けです」
「その通り、うちの軍などは、その時ひどい事になる」
まあ、その後、再起した段階の陣容まで、現段階で充実しているから、あれほどまではならないと思うが。

「それに、桃香の目的は、帝都の民衆を何とかして救う事です」
劉備だから本気ですよ。それなのに長安へ拉致されてしまっては。

「やっぱり、その前に洛陽を包囲してしまうしかないな。そうなると、速攻で2つの関門を突破する事になる」
「問題はおそらく、次の虎牢関で出て来る、あの「モンスター」ですね」
「ああ、アイツが出て来ては、速攻で虎牢関を落とすのは難しいな」
「しかも、その前にもう1つ汜水関を突破しないといけないんですね」
「とりあえず、俺は華琳姉さんや、桂花たち軍師に董卓の「焦土作戦」について、それとなく吹き込んでおくよ」
「その方が、連合軍全体への影響は大きいでしょう。今の劉備軍の立場だと」

――― ――― ――― 

華雄は、汜水関の守りを、急ぎ固めようとしていた。
軍師である詠は、この段階にいたって、自分や霞・恋・音々音たちを集めた。
主君である月の顔も見せた。そして、詠が知っている限りの「真相」を明かした。
唖然とした。一時の詠が他の誰も信じられなかったというのも、納得はしないが、理解した。

その上で、詠は依頼した。
「こうなったら何としても、月だけは涼州に返したい」
だけど、月を逃がす好機を見つけるだけでも、時間が必要なんだ。
君たちは信じられても、他に誰を信じられるか分からないんだよ。
ボクを憎むなら憎んでいい。月のために時間を稼いでくれ。

この時の華雄の心境は、あるいは、まもなく対峙するであろう、関羽には共感できたかも知れない。
いずれにしろ、彼女はこの関門で命を懸(か)けるつもりだった。
後方の虎牢関より先に、時間稼ぎの捨石になるだろう。それを承知で戦おうとしていた。

――― ――― ――― 

軍議の結果は、結局、無難なところに落ち着いた。
波状攻撃、各軍が1軍ずつ順に攻めかかる。
元々、指揮系統のバラバラな連合軍である。
一方、洛水沿いの限られた平原には、全軍を展開はさせられない。
決められたのは、攻撃する順番である。

攻囲、つまりじっくり攻め落とす、という手段も検討されたが、
しかし、なぜか、董卓に時間を稼がれないよう、参謀である曹操は主張した。
「(仲徳ったら。董卓は洛陽を焼き払って、長安へ遷都してしまう。あの子、本気でそう考えているの)」
華琳にしても、本当に実行されれば、最悪であることは理解できる。
しかし、最悪であるがゆえに、同床異夢の連合軍の軍議で、すべてをあからさまにはできない。

・  ・  ・  ・  ・

連合軍対董卓軍の戦いは、汜水関攻撃の第1陣、呉の孫堅軍の攻撃から始まった。

戦況は互角。もしも、孫堅軍の規模が、第2陣の袁術軍ほどもあれば、持ち堪(こた)えられなかったかもしれない、
だが、現実には、持ち堪えた。

シビレをきたしたか、袁術軍が替わろうとし、しばし、混乱する。
無理もない。元々、この規模の軍同士を入れ替えながらの波状攻撃となれば、
同じ指揮系統の軍同士でも簡単ではない。そこにきて連合軍だ。

――― ――― ――― 

「(劉備軍もとい公孫賛軍は、5番手だったな。多分、そこでここの決着は付くだろうけど)」
曹仲徳は、洛陽までの「時間」を今も気にしていた。

――― ――― ――― 

「そろそろ出番なのだ―」
「出来れば、速攻で決めたいんだけど(洛陽を燃やされる前に)朱里か雛里に策はないかな」
桃「それと、出来れば犠牲が出ないように出来ないかな。」
「あうぅ…「上」「中」「下」の3つの策ぐらいならありますが」
「(たしか鳳統がこう言った時だったら)多分、中策が桃香の気に入ると思うけど」
「では、桃香様が陣頭に出て、敵を挑発して下さい」
「え?私が」
「大丈夫です。敵の主将である“魔王董卓”の罪を唱えればいいです」
今回の連合軍の大義名分でもありますし、数えれば十ぐらいはあります。そのあたりで、挑発の効果は出ます。
そうしたら、愛紗さんとの一騎打ちに持ち込んで下さい。多分、それで片が付きます。

「う―っ。鈴々ではダメなのか―」
朱「鈴々ちゃんでは、芝居っ気の点で、敵が乗らないかもしれませんので」

念のため、確かめてみたが「上」は、汜水関だけではなく、虎牢関も無視して、帝都を目指す。
現在の劉備軍程度の小勢なら、抜けられる道ぐらいはある。
「下」は適当に戦ったら交代して後曲に下がり、後は高見の見物だった。やっぱり。

・  ・  ・  ・  ・

「わが名は劉備玄徳。漢の中山靖王の末裔(まつえい)にして、上は国家に報い、下は民を安んずることを誓った身」
良く聴け。現在の地上に“魔王董卓”程、悪逆非道の者がいようか。

先ず1つ……
帝都における涼州兵の、略奪暴行と、それを放置、いや、けしかけるが如き董卓軍の振る舞いを糾弾した。
2つ目には、民衆の虐殺、例として、「車裂」事件を挙げた。
さらには、皇宮の占拠。先帝と母后にたいする大逆。
その結果、生き残った現在の幼帝を押し立てて置いて、自分は「相国」などになり、朝廷の人事を独占。
その人事。さらに、大逆を犯しておいて「大葬」すらおこなわず、それどころか、歴代の御陵に対する盗掘……
等々、並べた末、十番目には今一度、帝都の民衆が現在、如何に苦しんでいるかを繰り返す……
こうして、十の罪を並べ立てたうえで、こう締めくくる。

この連合軍は、正義の軍である。だが、かくの如き罪人を討つのに、
いわんや“魔王の使い魔”如きに、漢王朝の末裔たるこの身が、わざわざ手を汚すまでもない。
わが部下をして相手をさせれば、それで足りる。

ここで、選手交代。右手に青龍偃月刀、左手に杯を持って、愛紗もとい関羽が進み出る。
「この酒が、まだ温かな間ぐらい、わが青龍偃月刀と討ち合って見せたならば、
“使い魔”風情(ふぜい)にしては、中々ぐらいには、みてやろう」

・  ・  ・  ・  ・

「うわ~ん」本陣に帰って来た桃香は、一刀にしがみついて泣き出した。
真っ赤になっているのは、どの時点からだろう。
少なくとも「芝居」の間は持ったらしく、効果は出た。いや、出過ぎた。

・  ・  ・  ・  ・

関城の門が開くというより、跳ね上がって、守将の華雄が飛び出して来た。ところが、
「何も・・・何も知らないくせに!月は・・・月は悪くない!!あの子を貶(おとし)めるなあ!!!」
半泣きどころか、ほとんど全泣きとでも、言うべき状態だった。とても、愛紗の相手が出来るどころじゃない。
愛紗には、半ばあきれつつ、ミネウチにする余裕があった。

この後の攻防戦は、呆気無(あっけな)く終わった。
袁術軍に後をまかせて待機中と見せていた孫堅軍が、
両軍が唖然とする中で、いち早く立ち直り、まだ立ち直っていない汜水関に突入したのである。

…  …  …  …  …  

その夜の陣営は、汜水関より、少しだけ帝都よりに設営された。

しかし、劉備軍の同志達は、第一関門を突破できた勝利感よりも、あの敵将の反応に対する違和感があった。
こちらの策通り、挑発に乗った、だけでは説明がつかない違和感が。

愛紗に気絶させられた華雄は、曹操軍に連行されていった。
それをどうこう言える立場には、今の劉備軍は無い。
しかし、尋問の結果はどうなったのだろう。この違和感の答えは出たのだろうか。
「(その内また、先輩と密談するかな)」
北郷一刀は、曹仲徳を思い浮かべた時点で、彼ら2人が共有する「大問題」の方へ意識を移した。
洛陽を燃やされる前に、虎牢関を突破しないとな。あの“モンスター”が待ち構える関門を。

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違和感の「正体」が今後にどう絡んでくるか。「正史」と「恋姫」の違いがここで出てしまいますね。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の10『汗血を駆るは人中の雄将 今こそ義軍は関を破って名を示す』
の予定です。



[8232] 講釈の10『汗血を駆るは人中の雄将 今こそ義軍は関を破って名を示す』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:45
『汗血馬』
前漢時代、遠く西方(現代のキルギスからウズベキスタン)に名馬を求めて、遠征が実行されました。
そうして、連れて来られた名馬は、血の汗を流しながら、1日に千里を駆けたと「正史」は記述します。
「演義」の赤兎馬は、この「汗血馬」だったとされます。

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††恋姫無双演義††講釈の10『汗血を駆るは人中の雄将 今こそ義軍は関を破って名を示す』


北郷一刀は、連合軍が虎牢関を目前にするまで1人になれず、したがって、曹仲徳との密会の好機もなかった。
ただ2人だけ、速攻で目前の関門を突破する理由を知っている同士である。
しかし、今となっては、姉である曹操にどれだけ、“董卓”の「奥の手」を吹き込めたか、を心配するだけだった。

――― ――― ――― 

虎牢関では、憤慨していた。僚友である華雄が未帰還となった。その覚悟はしていなかったわけでもない。
だが、戦闘の詳細を、逃げ帰ってきた生き残りの兵から聞いて、華雄が挑発されたこと、
そして、その挑発の内容に憤慨したのである。

――― ――― ――― 

虎牢関からやや下って、連合軍は陣営を設営し、軍議を開いた。

軍議から戻ってきた白蓮から、途中経過を聞いて、一同は先ず唖然とした。
「まあ前回、良くも悪くも目立ったようだな。おかげで私まで巻き添えだ」
とはいえ、流石に「伏竜鳳雛」だから対応策はすぐ思い付いた。
で、白蓮は聞かされた修正案を持って、軍議に戻り、
「採用された。曹操と孫堅が賛成してくれたぞ」

・  ・  ・  ・  ・

虎牢関の城門に接近する、公孫賛軍。
今回は、第1陣として、攻城兵器を整えての進軍である。

城内の董卓軍は、相手が公孫軍であることに気付いた。
いや、その軍に混じっている「劉」に『天の御遣い』を示す「十」の旗に気付いた。

楼門の上から、凄(すさ)まじいとしか言いようのない、強弓で放たれた大矢が、
「劉」と「十」の旗の立っている辺りに飛んで来ると、いっそ潔(いさぎよ)い程の勢いで、攻城兵器も捨てて逃げ出す。

そのまま、味方の連合軍の中央を、ひたすら後方へ逃げる。
実は、これが、伏竜鳳雛の修正した策戦だった。
連合軍は、波状攻撃のための、縦深陣を単純にしいているだけではなく、
実は2つの縦深陣を左右に並べていて、その中央には回廊が通っていた。
その回廊を、ひたすら逃げる。「白馬義従」が自慢の公孫軍が主力だから出来た戦術ともいえた。

…  …  …  …  …  

「逃げろや逃げろ」
北郷一刀は、必死で逃げていた。
「何だよ。逃げる演技ばかり上手になって」などと、突っ込みを入れる余裕などなく、本気で逃げていた。
「追っかけてくるのは呂布だぞ」
あの「モンスター」に追い付かれたらヤバイぞ。
おまけにあの「赤兎馬」で追いかけてくるんだぞ。本気で逃げないとすぐ追い付かれるぞ。

荊州への旅の頃から、桃香とかに馬術は習っていた。
教師との相性が良かったのか、運動神経も現代人にしてはいい方だったおかげか、結構、マシになっていた。
今のところ、馬に乗せてもらっている段階だが、馬の邪魔はしていないレベルにはなっている。
乗っている馬も、いい馬である。純白の「天の衣」を引き立てる黒馬。
今の一刀には「宝の持ち腐れ」かもしれないが、今はこの馬が頼りだった。

「伏竜鳳雛」も4輪をガラガラいわせて走っていたが、その車中から、戦況を把握しようとする。
「変です」
「味方が動いていない?!」

早い話が「釣り野伏」戦法の筈だった。
敵を挑発してしまった公孫軍(劉備軍)を、ここで囮にするつもりでも、自分の手柄を見逃したりはしないだろうと、
そのつもりで、修正案を出してみた。
おそらく、曹操や孫堅もそのつもりで賛成した筈だった。
いや、そのつもりにはちがいなかったのだが……

「敵が出て来ていません」
結局、味方の後方まで、全力疾走しただけになった。

「敵にも策士がいないわけでも、その言う事を聞かないわけでもなかったわね」(華琳)
あらためて、正攻法である波状攻撃に切り替えたのだが……

――― ――― ――― 

虎牢関では、憤慨しつつも、敵の狙いを見抜かなかったわけでもない。
帝都の詠からも、ほとんど泣き落としに近い文面で、挑発に乗らないよう警告してきていたし、
この虎牢関でも、音々音が恋に泣き付かんばかりにして止めていたのである。
その結果、抑え付けられた戦意は、むしろ上がっていた。

――― ――― ――― 

あらためて、通常の縦深陣に組み直し、袁術軍から、順に攻めかかる。
その出鼻に、今度こそ、恋を陣頭に立てて、逆襲してきた。

事態を理解した時には、袁術軍の中央を、本当に突破していた。そう見せかける策戦でもなんでもなく。
主将である袁術(美羽)自身、ぎゃあぎゃあ喚(わめ)く間に側近の張勲(七乃)に抱(かか)えられて、安全地帯へ連れ出されていた。

そのまま「汗血馬」の快速にまかせて、第2陣に突入する。そのまま蹴散(けち)らして、第3陣の方へ突破していく。
突破した後の左右や後方に残った敵などは、自隊を中軍でまとめている音々音や、追走してくる霞たちに任せて、
ひたすら、突破していく。

まさしく、20世紀の戦車部隊がお得意の「電撃戦」だった。
「電撃戦」の恐るべきは、戦況の展開が、防御側の対応より速くなってしまい、主導権を取り戻せなくなる事。
そうなりつつあった。連合軍ゆえの連携の弱点もあって。

――― ――― ――― 

現在、劉備軍は後曲に下がって、高見の見物の格好である。
だが「正史」と異なり、現段階の劉備軍には「伏竜鳳雛」がいる。
結果として、戦況を観察できるようになった位置から、介入の好機を探る。

…  …  …  …  …  

「今です」

――― ――― ――― 

「袁」の旗を立てた、一際(ひときわ)豪華な天幕。
連合軍の総帥、袁紹の本陣を視野の内にして、血の汗を流す愛馬を、いま一駆けさせようとした、刹那(せつな)
左と右から、「青龍偃月刀」と「蛇矛」が同時に襲い掛かった。
そう「演義」での顛末(てんまつ)を知っている「天の御遣い」の「お告げ」があって、
もはや、卑怯も体裁もなしに、最初から総攻撃に出たのだ。

さらに、星も「龍牙」と名付けた愛用の槍をしごいて、参戦する。
この3人でなら何とかなるかもしれない。
呂布みたいに、単純に強い相手には、直接の策となるとこれぐらいだった。

「総がかりとは、卑怯なのです~。あ~それにこいつら、月殿を侮辱したやつらなのです~」
「(無言)」ただ一振りする「方天画戟」。
理解した。「お告げ」にあった「もんすたあ」という意味を。

それでも、この「3人」でかかれば、流石に恋も止まった。
その場で「4騎」が渦を巻く。
そして「止まった」事がこの瞬間には重大だった。

元々、恋が「汗血馬」の快速にまかせて突破し続けていてこそ「電撃戦」が成立していたのだ。
その恋が止まって、その場で決闘している。
それはつまり、主導権を奪われていた連合軍側に、立て直しの時間を与える事になる。

「まずいです~」
その事を理解した音々音は、恋を何とか援護するか、決闘の場から連れ出そうとするが、恋が強すぎる。
何人がかりにしろ、その恋と現在、互角に戦っている相手との、凄まじい戦いには割って入れない。
その間に、連合軍の中には、立ち直る軍が出だした。

たしかに、こうなった時に、精鋭度の差が出る連合軍だったが、
その中で、曹魏軍、続いて孫呉軍が立ち直り、虎牢関目指して逆に進撃し始めた。

「ヤバイでぇ」
このまま、留守の虎牢関を占領されたら、帰れなくなる。今までは頼りにしてきた堅城が自分達の帰還をはばむ。
虎牢関に帰れなくなれば、帝都に帰れなくなり、帝都に帰れなくなれば、涼州に帰れなくなる。
「戻るで~。後続のうちらから先に戻らんと、恋たちの邪魔や」
だが霞の部隊の、その動きは華琳に見破られた。
結果、反転した曹魏軍と、正面衝突した。

やっと、音々音の警告が恋に届いた。
「・・・」
思いっ切り一振りして、一瞬の隙(すき)をつくると、そのまま馬首をめぐらす。
「逃げるのか~」と言っても、馬が限界だった。
駄馬ではない。公孫賛自慢の白馬の中から、さらに選んだ馬を借りてきていた。(白蓮だって今さらケチりはしない)
それでも、「汗血馬」が相手では格上、いや別物過ぎた。
体重の軽い鈴々を乗せていた1騎だけは、追いかけようとしたが、
「お馬さん、どうしたのだ。疲れたのか~」

…  …  …  …  …  

少数の留守部隊だけが残っていた虎牢関に、文字通り、先を争って押し寄せる連合軍。
先刻までは、あわや総くずれかと思えば、一転して、虎牢関占領の手柄争いになった。
その連合軍を掻き分けて、帰ろうとする呂布軍に、再び連携を乱され始めた。

――― ――― ――― 

こうなると、周囲の味方が邪魔で、連合軍の他の軍より少数の孫呉軍などは、進軍に苦労し始めた。
「ええい。わが孫呉の軍が袁紹、袁術軍ほどとは言わん」
せめて曹操軍ほどもいれば、前回に続いて、この虎牢関も落せるのに。
水蓮も、娘の雪蓮に同感だった。しかし、孫呉軍を増強するためにも、ここで功績を上げるしかない。

――― ――― ――― 

「今です」
極論すれば、愛紗たち以外の劉備軍(と公孫軍)は、先刻の全力疾走の後、休憩していた。
愛紗たちが、馬を乗り換えれば、まだ戦える。
戦場が虎牢関の方へ動いたため、いま桃香たちがいるあたりは、再び静かになっていた。
そして、虎牢関の前面で両軍が衝突しているため、関城の門の直前に空白が出来ている。
今こそ、劉備軍の名と功績を世に送り出す好機だった。

…付き合い切れん…と白蓮は思ったか、それとも、これ以上、連合軍の中で出る杭になりたくなかったか、
いや、もっと善意で手柄を譲ってくれた(桃香などは正直に信じようとしているみたいだった)のか。
しかし、この場合は、少数精鋭の方が小回りが利く。

…  …  …  …  …  

先刻の恋がそうだったように、
愛紗と鈴々、それに「こちらが面白そうだ」と客将の気軽さで付き合った星が「戦車」役となって突破口を開き、
「劉」と「十」の旗を押し立てた「義軍」は一気に戦場を駆け上がる。

最初に放置してきた、攻城兵器のところまで戻ってくると、そのまま再使用を始めた。
さらに「連弩(れんど)用意…撃て」
古代から中国の戦争では、弩(ボ―ガン)による射撃戦の比重が高い。
「正史」の孔明は「連弩」つまり、連発式ボ―ガンの改良でも有名だ。
一斉射撃とつるべ撃ちで、城壁上の、今はあきらかに数不足の敵兵に頭を引っ込めさせる。
その隙に、楼門の真下まで駆け寄ると、愛紗が鈴々の首根っこをつかんで放り上げた。
楼門上の敵兵が「丸腰の子供が1人?」などと思う暇(ひま)も与えず、
下から投げ寄こした蛇矛を振るって、辺りの兵を追い払う。
「鈴々、向こうだぞ」「承知なのだ」
そのまま、城内の方へ飛び降りると、城門を「内側」から蹴(け)り破った。
所詮、外側からの攻撃に対してこそ固かったのである。
見た目は子供でも「あの張飛」に内側から蹴られては、外側へ開くしかない。

愛紗と星を先頭にして、一気に城内に雪崩(なだ)れ込むと、楼門上に「劉」と「十」の旗を高々と掲(かか)げた。

――― ――― ――― 

この旗が、トドメになった。
何とかして帰ろうとしていた、関城に敵の旗が揚(あ)がるのを見れば、大抵の兵は戦意を失う。
恋や霞だからこそ、それでも戦場に踏み止まって戦い続けられたのだ。

「ここまでなのです。恋殿。今はとにかく戦場を脱出しましょう」
詠も承知していた。所詮、音々音の主君は恋であり、その恋のためには、月を天秤にかけるだけの計算力もある。
その上で、今だけ、恋の武力を月のために、と依頼して送り出したのである。
「どこへ」
「いまはとにかく安全な場所へ。そして再起を図りましょう。かならず、恋殿の力を振るう時と場所があります」

「してやられたわね」
「おのれ、雑軍が手柄を盗みよって」
「今は、私たちのために帝都への道を開いてくれたと思うことにするわ」
忘れないで。本当の大手柄は帝都よ。それに……
張遼といったかしら。この状況でまだ、流琉達の相手をしているなんて、欲しいわね。
あの娘を生け捕りにしたら、一気に帝都へ進軍するわよ。

・  ・  ・  ・  ・

落日の虎牢関。「劉」と「十」の旗が尚も高々と楼門に翻(ひるがえ)る関門を、
次々と連合軍が通り抜けていく。帝都に向けて。
現時点での劉備軍は、楼門上から、それを見送る形だった。

――― ――― ――― 

ひたすら、競うように帝都への道を急ぐ連合軍の中にあって、
曹操軍の1員、華琳もとい曹操の弟である曹仲徳は、ほとんど帝都に心を向けていた。
この時代の「御曹司」と呼ばれる身分に生まれて十数年。帝都は彼にとっての青春の都でもあった。
「焼かれてたまるか。この歴史だけは改変させてやる」

――― ――― ――― 

中国歴代の王朝が天地を祀(まつ)ってきた「名山」その山中に暗躍する何者か。
「傀儡どもが踊るがいい」

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無謀と思いながら書き始めて、やっとここまで、辿(たど)り着きました。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の11『帝都落月』~洛陽は燃えているか(前編)~の予定です。



[8232] こぼれ話(その1)『オリキャラ(転生系)の独白』(クロス有)
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/27 23:03
この短編は「スーパージャンプ」誌連載中の「王様の仕立て屋」とのクロス作品に成っています。

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こぼれ話(その1)『オリキャラ(転生系)の独白』


(…俺…俺は…)
意識や記憶が、ぼんやりとして、途切れ途切れになっている。

受信不良のTVのように、途切れたり、ボケたりする記憶を「その時はそんな状態だった」たと認識できるまでに、
うつらうつらと、夢と現実を行き来するような、そんな状態が、
もしかしたら、さらに数日、いや、下手をしたら数ヶ月すらたったかも知れない。

そんな頼りない意識の中で、“最後”の記憶がやっと浮かび上がって来た。

・  ・  ・  ・  ・

事故に会った。
「平和ボケ」とすら言われていた、21世紀の初頭の日本で、20才を過ぎたばかりの普通の大学生がベタに会うような。
もしかして、俺はERかどこかにいるのか?

・  ・  ・  ・  ・

「起きろ―」
可愛らしい、そして元気な少女らしい声が、自分を起こそうとしている。
(…看護師さんにしては、元気すぎるな…)

どれだけ時間が経過したかすら自覚できない、うつらうつらの状態から、意識がようやっと表面に浮いて来た。

…  …  …  …  …  

最初に知覚できたのは(幼女?)だった。
確かに可愛らしい。しかし、看護師なんかではない。それどころか、こんな幼女に見舞いに来られる理由が思い出せない。
「ネ…ネエ…サ…ン…」
今、俺は何と言った?それに、この声、しゃべり方。まるで……
だが、目前の幼女が姉であると、そう主張する「今まで」とは別の記憶が、脳内に再生されてくる。

「お祖母さま!弟って、本当に「楽しい」わ」
飛び付いて、はしゃぎ始めた「姉」が、パニックに落ち込む事すら許してくれない。
逆にそのおかげで、周囲を観察することが出来たが、
何?変に大きく見えるこの部屋?
それに、変に時代がかっているし。それも「エキゾチック」に時代がかっている。
まるで「西遊記」とか「水滸伝」とか「三国志」とか。

それに、部屋の奥でニコニコしていらっしゃる、微妙に威厳のあるご婦人。貴女がお祖母さま?
いや、俺の記憶のどこかが「お祖母さま」だと主張しているが、何で、貴女も「水滸伝」か何かのコスプレがそんなにお似合いですか。

当然、ERかどこかに自分の体はあって、脳内で幻覚を見ているのだと思った。

だが、俺を抱き締めたまま、はしゃぎ続ける「姉」が、幻覚にしろ妄想にしろリアル過ぎる。そして、精神的な逃避もとうとう許してくれなかった。
俺は、認めるしか無かった。あの事故で「前世」が終わって、生まれ変わったのだと。
「やれやれ」

…  …  …  …  …  

さて、現状分析である。
俺は、おそらく2・3歳くらいの、正確な年齢は後で周囲から教えられた、いわゆる、もの心つく頃の幼児になっていた。
とりあえず、1つは安心できた。赤ちゃんプレイ属性は「前世」から無かったからな。
おそらくは、自我と記憶が出来始める程度に脳が出来上がって来たところだったのだろう。
俺自身の例からしても、輪廻転生はあったわけだが、おそらく大部分はこの時までに「前世記憶」が劣化してしまうのだろうな。

しかし、普通は、生まれ変わるなら未来だろうが。
どうやら、俺は過去に逆行して転生したらしい。
なぜなら、この室内といい、家族や使用人の「コスプレ」といい、少なくとも数世紀は昔の中国と断定できた。

そうなると、この幼児に与えるには豪華な室内といい、家族よりも使用人の人数が多そうなところといい、
どうやら、豪族とか、地主階級の「お坊ちゃま」に俺は転生する事ができたらしい。
これは、非常に幸運と言わざるを得ない。この時代の中国たるや、俺の限られた知識でも、相当の「格差社会」の筈だからだ。

この時「家族」は祖母と両親と姉がいた。
その「姉」華琳にさんざん可愛がられて育つ事になる。

…  …  …  …  …  

同じ幼児でも、“前世”なら「幼稚園」程度に育つと、さらに周囲の情報が把握出来て来た。
この家は「曹」という姓で、当主は宮廷に仕えて出世した後、引退してこの故郷の有力者になっているらしい。
まさかな。
だが、夏侯という姓の従姉弟たちとも遊ぶ、もしくは姉と共謀されて遊ばれるともいう、ようになると、
これは大変な家に生まれたらしい、と考えるようになった。
まさか、俺の「現世」は……

・  ・  ・  ・  ・

ええ、1時は期待しましたよ。
だって、曹操は男で、曹家の長男、つまりは「男の子」の内の最初の子、だと記憶していましたからね。
武者震いしたりもしましたよ。

だが、曹操だったのは、何と華琳姉さんだった。
「真名」だけの幼少期を終わって「字」を名乗る年齢になった華琳姉さんは、公式には曹操孟徳を名乗る事になった。
ついでに、従姉弟の春蘭さんと秋蘭さんは、夏侯惇と夏侯淵だった。

これなんてエロゲ?
いや、突っ込みの仕方はともかく、この「世界」は変だ。
ちなみに、俺が大いなる宦官と記憶していた曹騰は、あの「お祖母さま」だった。

…  …  …  …  …  

もはや、華琳姉さんが曹操だと認めるしかあるまい。だとしたら、おそらく俺の「役」は何人かいた曹姓の武将の誰かなのだろう。

……この頃から、華琳姉さんは、俺の事を「仲徳」としか呼ばなくなった。
そのくせ、自分の事は「華琳姉さん」以外の呼び方をさせない。
要は「仲徳」とは「孟徳」の弟だと、いう事。
そのおかげで、従姉妹の春蘭さんや秋蘭さんですら「仲徳」以外、忘れているんじゃないかと疑う事もあるんだけどな。
やれやれ。

――― ――― ――― 

やがて、俺も公式に曹仲徳を名乗る年齢になり、勉学のために帝都洛陽に送られた。

その帝都で紹介された、姉さんの学友ないしは悪友。
いや、俺は知っていた。“この頃”の曹操と袁紹は、一緒に「花嫁泥棒」などをやってのけた悪友「だった」と。
実際に、やってくれたし。
しかしその悪友が麗羽さんだったのには、もはや「やっぱり」としか言いようも無かった。

そして、もう1つの出会いも、この帝都には待っていた。
その出会いのおかげで、俺の精神は、正常だと確認できた。

――― ――― ――― 

「大いなる天の父よ。兄弟ジャンニ・ビアッジォが、御許に旅立ちます。大いなる父の祝福がありますように」
西暦21世紀の初頭。ナポリ郊外のカサルヌオボという小さな街。
ナポリ仕立てを好む着道楽たちからは、その技術を支える職人たちの集まり住む街として知られている。
その街で、1人の老人が「天命」をまっとうした。

――― ――― ――― 

やっぱり「女の子」だよな。
その日の俺は、華琳姉さんと麗羽さんの荷物持ちだった。
だから、連れて来られた店が、後世のイタリア語では「サルト」と呼ばれる類である事、それ自体は良い。
しかし、そこに並んでいる服に「見覚え」が有り過ぎる。
「メイド服」それも完全に「アキバ」な代物とか、
「ゴスロリ」以外の何者にも見えないフリフリとか、
「ビキニ」なんかで「この」時代のどこで泳ぐのかと言いたい水着とか。

そして「羅馬」からやって来たとかいう振れ込みの、この店の“老師”。
確かにその振れ込みは、真っ赤な間ちがいでも無かった。アメリカ人に取っての、大阪と京都のちがい位のものだからだ。

…  …  …  …  …  

そう、俺のその店にある衣装に対する、知る人ぞ分かる「現代」的な反応から、
その「老師」は俺の「正体」に気付いた。
そして、姉さんたちが「女の子」らしく夢中になっているスキに、俺にささやいて来たのだ。

こうして俺は「現世」で初めて、後に「天の国」と呼ぶ事になる「世界」から来た“同志”に再会した。

・  ・  ・  ・  ・

「老師」の語るところでは、こんな事だった。

ナポリ仕立ての伝説的な「名人」の1人として「天命」をまっとうした。
そして、カソリックらしく天使のお迎えが来たところで、謎の美女に拉致されたという。
で、肉体的には20歳程度若返った状態で、華琳姉さんが生まれる少し前ぐらいの帝都に連れて来られたのだそうだ。

その「老師」の話す「元の世界」は、日本とイタリアのちがい以上には、俺が「前世」で事故に会う前と異なっていなかった。
したがって、俺は正常だ。
少なくとも、俺以上にトンデモない経験をした「同志」が居たのだから。

………。

……。

…現在、俺は、反「董卓」連合軍の1軍である、曹魏軍の1員として、帝都へ進撃していた。
俺の知っている「歴史」通りに成ったら、“現世”での俺にも、多くの思い出のある、あの帝都が焼かれてしまう。
そんな事はさせるものか。

…  …  …  …  …  

俺は、帝都で知り合った何人かの顔を思い浮かべた。
その中には、現状からすれば不謹慎な、微苦笑を浮かべさせるものもあった。

あの「老師」も命知らずな事を言うよな。いくら「お似合い」でも。
あの「女の子」好きな、わが姉が「スク水」なんかで男を誘惑するつもりになる事なんか無いだろう。



[8232] こぼれ話(その2)『花嫁泥棒』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/21 21:53
曹仲徳には「その」物体、純白で装飾満載の物体は、何回見直しても「ウェディング・ドレス」にしか見えない。
いや、あの「羅馬」から来た「老師」がいる以上「これ」がある自体はありだろう。

それに、姉である華琳や、その悪友の麗羽も「女の子」なんだから、
いや、こういったきれいな衣装にあこがれるという点では、
完璧な「女の子」だったから、姉たちがドレスを担ぎ込んで来たまでは理解できる。

だが、問題なのは、ドレスに「中身」があるという事だ。
ついでに、いつもに増して、意気揚々とする華琳に対して、なぜか、麗羽はボロボロになっている。
(…やってくれたな。あの「エピソード」かよ。やれやれ…)

・  ・  ・  ・  ・

「…大体、あの時、他人のフリどころか、大声で「花嫁泥棒はここだ―っ」とは、どういうおつもりですの!」
「あらあら、つまづいて転んだまま、ウンウンうなっていたのは、誰かしら」
それが、自分で立ち上がって逃げる事が出来たじゃないの。
力を尽くして戦うべき時には、あえて死地に放り込むのも兵法よ。

「だったら、そうだと、おっしゃりなさい!」
「バラしちゃったら、死地になんてならないわ。それにそんなヒマも無かったし」
未だ憤慨している麗羽だったが、仲徳にしてみれば、それどころではなかった。

「この娘をどうするんだよ?華琳姉さん」
“三国志ファン”だった仲徳にも「この」花嫁が「その後」どうなったかの、はっきりした知識は無い。
おまけに、曹操や袁紹が、華琳や麗羽になっている「世界」なのだ。

「この娘には、才能があるわ」
いくら、親の命令だからって、あんな無能者の第何夫人かで、飼い殺しなんてもったい無いぐらいのね。

意外とも、曹操らしいとも、受け取れる言い分だった。
なる程、華琳や麗羽が、曹操や袁紹に「なれる」時代なのだから、
例え少女でも、才能と実力しだいで、武将にも軍師にもなれる時代だった。

だたし、親不孝者が、親でもない主君に忠義を尽くすとは信用されない、儒教社会である事は変わらない。
不孝の評判が残ってしまえば、仕官にも差し支える。

「だから、1度は、親の命令通りに嫁いだけれど「不可抗力」で行方不明になった、が1番良いのよ」
もっともらしく、聞こえもするが、しかし、いつもの華琳の「百合百合」ぶりを考えると、
100%その通りとも、言い切れない気もする。
最近の仲徳は、密かに麗羽の貞操を心配していたりした。
(…曹操が袁紹の貞操をなんて、それこそ「歴史」がハチャメチャだよな…)

…  …  …  …  …  

いずれにせよ、華琳が「あ~いう事やこ~いう事」を目的としていない(?)以上、この屋敷でかくまい続けるのは、
かえってまずいだろう。
沛国の本邸や、袁家でも50歩100歩。それでは……

「この機会に、旅に出て、見聞を広めたいと思います」当人がそう言い出してくれた。
それが結局は無難だろう。ついでに、ほとぼりが冷めるまでは、偽名を使って旅をすれば、さらに無難だった。

「だけど、別な問題もあるんじゃないかな」
……この場では、仲徳だけが知っていた。
華琳などは、流石に曹操だけあって、何かを感じ取り始めているかも知れないが。
「黄巾の乱」は、数年後に迫っていた……
治安はすでに、大いに良ろしく無い。あちらこちらで、変なやつらがウロウロし始めている。

「同郷にやはり、見聞の旅に出ようとしている友人がおります」
その友が、なかなか頼もしそうな、旅の道連れを見つけたとかで。
3人で、旅に出ようかと誘われているのです。
華琳は微妙な笑顔で、その友人と道連れの「性別」を確認したが、
同時に「智」と「武」に、それぞれ期待できる人材である事も確認した。

「へえ…同郷の友人ね」仲徳は、質問するつもりとも言い切れない程度に、何気なく語りかけたが、
「はい。予州潁川郡の…」
「これ以上は、今は聞かない方が、彼女のためよ。どういう「名前」で旅立つつもりかも含めてね」
姉の制止にそれ以上、聞きただせなかったのが、多少は残念に思えた。
もっとも、“潁川”の地名が出た瞬間には驚いたし、その驚いた表情を、姉にたしなめられたせいに出来たのは、
あるいは好運だったかも知れない。
それほど、仲徳にとっては驚く地名だった。
あのまま、名乗らせたら、仲徳の「知っている」名前が出たかも知れなかった。

曹操の軍師たち、その大半が「予州潁川郡」の「名士グループ」の出身。それが、仲徳の知る「歴史」だった。

…  …  …  …  …  

結局のところ、彼女が「戯志才」の偽名を名乗って旅をしていると教えられたのは、ほとぼりが冷めた頃、というか、
華琳や仲徳の祖母、華恋とか、麗羽と美羽の母親の揚羽とかが、1件をウヤムヤにしてしまった後だった。

――― ――― ――― 

「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」

戯志才こと稟と、同郷の風、露骨にいえば、旅の用心棒の星の3人が旅する大地は、
すでに黄巾賊が暴れ回っていた。

流石に、いくら頭の中身があっても、稟と風の細腕では、星が頼りだった。
それ程の惨状を、その耳目で確かめつつ、自らの進む道を定めようとしていた。

切欠は、風が見た「日輪を支える」夢だった。
では、その「日輪」とは誰なのか?
直近の真剣な議論の課題は、結局はそこだった。

ここで、貴重な情報源となっていたのは、いま1人の「同郷の友」からの連絡だった。
「桂花は、とうとう袁家を退散して、潁川に帰郷した」
名目は、黄巾に荒らし回られている故郷を何とかする、という事だが。

それが、真っ赤な嘘でもないから、もはや乱世だった。

「なる程「四代三公」の蓄積は大したものだ。だが、それだけに、人材が居過ぎる」
桂花が居てさえ、議論、議論で、決断にたどり着かない。
これでは、上に立つ主君には、余程の統率力と決断力が要るだろう。

「そして、もっとまずいのは、派閥抗争だ」
やはり、姉妹の母である揚羽様が健在であってこそ、麗羽どのと美羽どのの姉妹、
というより、その取り巻きの居過ぎる「人材」に押さえが利いていたな。

その揚羽様にご不幸があった現在、確実に、姉妹の取り巻きに2分、
いや、現在の袁家の当主は、揚羽様の弟で、帝都に居る「四代」目の「三公」だが、
この3者に分裂する。確実に。
いまから袁家に仕官しても、この派閥抗争に巻き込まれる事になるだろう。

桂花からの情報と、稟の分析に、風と星も同意した。

「それで?稟はどうしたいかな」星はさらに踏み込んだ。
「桂花からの情報には続きがある」
稟たちの故郷を荒らし回っていた黄巾賊は、あらたな官軍によって、追い散らされたと言う。
その官軍の将について、桂花はともに仕官しようと誘っていた。

「私は、その御仁を知らない訳でもない。いずれにせよ、自分の目で確かめてみたい」
我々が支えるべき日輪か、そうでないかを。

「了解した。では、潁川までは送って行こう」
「星ちゃんは、一緒に仕官しないのですか?」眠そうにしていた風が口をはさんだ。

「私は、私自身の目で、私の武を捧げる主君を選びたい」
とりあえず、私も、自分の故郷の幽州に戻ってみる事にする。
その上で、私の目にかなう主君がいなかったら、その時は潁川にも、行ってみよう。その時は、よろしく頼む。

・  ・  ・  ・  ・

さらに後年「天の御遣い」から、この時の「花嫁泥棒」の顛末(てんまつ)について、ふとした機会に、尋ねられた事があった。
その時、曹仲徳は、こう答えたものである。

「あの時の「花婿」がどうなったかは、俺も知らんよ。確か、何なんとかとか、いったはずだが」
「それって、大将軍何進の……」
「ああ、あの後の帝都は北郷も知っている通りだったからな」
その大将軍何進と十常侍と「董卓」でドタバタしたからな。
いったい、どうなったやら。



[8232] 講釈の11『帝都落月』~洛陽は燃えているか~(前編)
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:50
あらためての釈明:
大原則として、「恋姫(無印)」「真・恋姫」の公式キャラは、「原作」優先でキャラ設定をしてきましたが、
遺憾ながら「漢女ルート」関連キャラに限り、あくまで作者個人の趣味嗜好に対して不適合が発生しました。
そのため「漢女」キャラ相当のみ、この「外史」においては、オリキャラに含まれる結果となってしまいました。

この点において、これらのキャラのファンには不快を生じる可能性があり、ここであらためてお詫びいたします。
また今回、そうしたキャラの中からの登場を楽しみにしていたかもしれない読者には、さらにお詫びいたします。

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††恋姫無双演義††講釈の11『帝都落月』~洛陽は燃えているか~(前編)


「天の国」では見覚えのある石油とかの「備蓄基地」そのままの光景。
立ち並ぶ、半地下式の「穀物タンク」が、中華帝国のスケールというものを、視覚から納得させる光景。

北郷一刀にしても、敖倉に次いで、2度目に目にする光景だが、これが1ヶ所ではない事に、
あらためて思い知る思いだった。中華帝国、その巨大さを。

その巨大な帝国が迷走し、その帝都にいまや攻め上る、いや、すでに帝都を包囲してしまっているのだ。

…  …  …  …  …  

「間に合ったか。洛陽をまだ燃やされていなかった」
帝都洛陽の城壁沿いに、その周辺を完全に包囲して布陣した連合軍。
一方、劉備玄徳の「義軍」は、そこからやや離れて、帝都近郊の「食糧備蓄基地」を占拠し、
同時に連合軍への兵糧支給を担当していた。

ここに至る、2つの関門で「無名の私軍にあるまじき」手柄をたててしまったがための、
いわば左遷であることは明らかだ。
しかし、連合軍のほとんどに、そこまで記憶に残る功績を上げたのだから、
後は戦後、その実績を上手く利用して立ち回るだけだろう。
というか「伏竜鳳雛」が上手くやるだろう。
というわけで、現在はおとなしく、後方任務についていたつもりだった。

…  …  …  …  …  

聞くところによると、この「基地」を占領していた董卓軍に、皇帝の方から飛び込んでしまったと言う。
まさか、当の本人たちが、同じヘマをする筈もない。
そう思っているから、その事情を知っている袁紹や曹操が、ここを守らせているのだろう。
それでも例の「かくれ道」は一応、抜け道に使われるかもしれないから、一応、警備はしていた。

その警備中に、ひょっこりと現れたのである、ソイツが。

「何者」見た目で侮(あなど)られないため、愛紗もとい関羽が尋問している。無論、他の同志たちも立ち会っている。
「へい。俺は済成。これでも涼州軍では、それなりに兵隊の間で意見をまとめられる野郎です」
(胡散臭(うさんくさ)―っ。成(な)り済(す)ますなんて名乗っている時点で)
一刀の印象では「演義」で知っている“董卓”の強欲貪婪(ごうよくどんらん)をそのままにして、
ある意味での豪傑ぶりだけを「羊の皮をかぶった狼」にしたらこんなんじゃないかな、とも見える。

さらにソイツは、これが暗器(かくし武器)だったら何人殺せるか、というほどの金銀財宝のたぐいを取り出して見せた。
「これで信用して貰えるでしょう。これで足りなければ、またいくらでも」
無論、この面々では、信頼度は下がっている。
だからといって、流石にそれをこの場であからさまにするほど、例えば「はわあわ」とかはお人好しではない。

「それで、何を言いたい」
「謀反人、董卓の首を持ってくるから、その手柄を認めて欲しいのでさ」
「・・・」
「将軍方にも、悪い話じゃないでしょう」
旗揚げした以上は手柄を立てたいでしょうが。
だのに太守だの、州牧だのの官位がないばかりに、こんな兵糧の番人を押し付けられて。
敖倉の段階だったら微妙に当っていた。だから現時点では微妙に外(はず)していた。

・  ・  ・  ・  ・

悪い話じゃないかもしれない。が、この一党の面々には好みじゃないし、それに連合軍にバレたときに、面倒そうだ。

そこで、曹操の陣営に、例の金銀を届け出た。
戦場や政略で敵に回したら、油断も隙(すき)もないが、こういう場合には、袁紹や袁術より、信頼できる。

――― ――― ――― 

華琳は、あっさり、受け取った金銀を、空いていた「長持ち」に放り込んで、封印をした。
「出来れば、本来の持ち主に返したいのですが」
「まあ、貴女ならそう言いそうね。それで、申し込み自体はどうするつもり」
「まだ、はっきり決めていないのですけど…」

そもそも、一刀には「あの」董卓が、あっさり殺されるとも思えなかった。
「正史」の董卓といえば、個人的な武勇でも有名だ。
暗殺するにも、あの呂布を裏切らせなければ、殺せる相手がいなかったぐらいだ。
…確かに「この」世界では、劉備たちが桃香たちだったり、曹操が華琳だったりしたが、それでも、
たとえ女の子でも、確かに劉備たちだし、曹操だというキャラだったし、
“董卓”だって、そんなにキャラが壊れちゃいないだろう???

「まあ、すぐまた来るわよ。お手並み拝見、少し楽しみね」

――― ――― ――― 

「本当に、董卓の首を持ってくるのか?」
「信用してもらえませんかね?これでも」前回より多い金銀の小山。
ここで、どう答えるかは、あらかじめ相談していた。
「首を尋問しても、董卓だと答えはしないだろう」
「これは、厳(きび)しいおっしゃり方で」
「尋問できるように、生け捕りにして来い」
その“董卓”が本人だと、確認出来たら、連合軍にも、済成とか言ったな、そちらの方の条件を取り次ごうじゃないか。

(最初から殺すつもりでも、呂布でもなければ殺せない「あの」董卓だ)
生け捕りなんか不可能だろう。これで、この胡散臭い話も、まともになるだろうさ。

・  ・  ・  ・  ・

また、金銀を届け出ると、
「この済成とかいう奴は、欲深ね」
自分が欲深だから、他人も「コレ」で動く。動かなければ、もっと欲しがっているとしか、解釈できないのよ。

・  ・  ・  ・  ・

数日後、済成は本当に連れて来た。

…  …  …  …  …  

済成が連れて来た、2人の少女。
そこにいた全員が「お人形さんみたい」だと思った、儚(はかな)げな少女。
いま1人は、それをかばう様にして、一同をにらみ付けている。
済成は、この2人が、董卓と軍師の賈駆だというのだが、
「これじゃ“壊れキャラ”も限界があるじゃないか」
とにかく「まずは本物だったら。後の話はそれから」と言って帰らせた。

…  …  …  …  …  

「あんたたち、いったい月をどうするつもり」
「どうするって…(確か俺の読んだ「三国志」だと)」

“董卓”の死骸(しがい)は、帝都の市場にさらされただけではなく、人体ろうそく立てにされ、灯をともさられた。
そして数日間、その灯は燃え続け、これを見て泣くものは死罪とされたという。

…って、どこの「鬼畜系18禁もの」だよ。この子じゃあ…
案の定、賈駆(?)は“鬼畜”“変態”“ロリコン”などと翻訳できそうな、罵詈雑言(ばりぞうごん)の類(たぐい)を、肺活量の限り喚(わめき)き騒いだ。
同志たちも、ジト目である。
「だ、だからさあ、これは“魔王董卓”の末路であって・・・」
この子が“魔王”に見えるかい。

五者五様、しぶしぶ納得したみたいだったが、その途端、桃香が別な事に気が付いたみたいだった。
「すみません。もし本当に貴女が董卓さんだったら、私たちは大変な思い違いをしたかも」
突然、平謝りし始めた桃香を見て、いぶかしげにしていたが、謝る内容から、気が付いた。
華雄を挑発するために「魔王董卓の十の罪」を数え上げた相手だという事に。
その途端、怒るより先に
「ま、まさか。月の事をそんな風に思っていたから、さっきはあんな事を」
などと、月を抱き締めて震え出した。
「いや、だから、その子は“魔王”じゃないんだろう。その子が董卓かどうかより前に」

そこに曹姉弟が現れた。捕虜にしていた華雄や 張遼(霞)を引き連れて。

・  ・  ・  ・  ・

霞たちは、必死になって否定した。
「ちゃうでえ。この子たちは「月」に「詠」っちゅう、ただの侍女や」
そもそも、あの成り済ましものは、兵を扇動して、略奪して回っていたような欲深で、適当にごまかすつもりだ!
だが、必死になり過ぎだ。その態度が、語るに落ちている。

しかし、華琳すら、言葉に出して突っ込みはしなかった。当然、一刀たちにも、突っ込むつもりはない。
結局、華琳が言い出した事は「済成とやらがまた来たら、私の陣営に連れて来なさい」だけだった。

――― ――― ――― 

「いったい、どうなっているのだ―」
鈴々ならずとも、説明が欲しいところだろう。

つまりはこういう事だ。
まず、この月(真名らしい)という少女が、本当に董卓本人だろうが、ただの侍女だろうが、
連合軍が倒すべき“魔王”は他にいる筈だった。
「もしかして、アイツが本当の魔王だったりするのか」
まるきり、直感だろうが「伏竜鳳雛」でも、そう疑ったりしている。
「それに、私たちの目的は、帝都の民衆を解放する事よ。まだ、それは達成できていないわ」
「つまり、まだやっつけないといけない相手が、あの城の中にいるのか」
その通りである。しかも、帝都洛陽を燃やされないようして、倒さないとならない。

――― ――― ――― 

「姉さん、どうするの」
「あの子がたとえ、董卓本人であっても、もう問題は別だわ」
あの帝都の中にいる「董卓軍」を、いま手中にしていて、
おそらく私たちが主張してきた“魔王”の所業を、実際にやってのけた奴を、引きずりだして倒す。
そして、奴らが握ってきた、最大の「宝」を……うふふ。
そのために策を仕掛ける隙を、向こうが見せてきた事の方が、重大なのよ。

「(姉さんは、確かに曹操なんだから、本当に策があるんだろうけど)」
まいったな、あの“壊れキャラ”の後遺症で考えがまとまらない。やれやれ…

――― ――― ――― 

曹操軍の陣営。
劉備軍のときよりも大量の財宝を持参した、済成との交渉で、華琳は洛陽からの退去を承諾させた。
ただし、洛陽に火をかけるとか、民衆を拉致するとかの行為に出た場合は、連合軍が総攻撃するとの、条件を付けて。

ここで、ある条件を“スルー”していたことに、はたして何人が気付いていたか。
承認を求められた連合軍の諸侯からも、その点を言葉に出して突っ込んだ者はいなかった。
「長持ち」の封印を確かめた者はいたが。

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どうも、ここまでで、いつもの1話分の分量になってしまいましたが、
今回分として妄想した内容は、まだ、後半があります。
そのため、前後編にするしかなくなりました。

そういうわけで、続きは次回の講釈で。
次回は講釈の12『帝都落月』~洛陽は燃えているか~(後編)の予定です。



[8232] 講釈の12『帝都落月』~洛陽は燃えているか~(後編)
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 16:53
この時点で主人公は、”羅馬”からやって来た「老師」に出会っていません。

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††恋姫無双演義††講釈の12『帝都落月』~洛陽は燃えているか~(後編)


後漢王朝が帝都としてきた、洛陽の城。その城門の1つ。
西方の、かつての前漢王朝の都だった、長安へ続く門が開かれた。
城外にあって包囲し続けてきた、連合軍の内、この門と街道を封鎖してきた軍が、道をあける。

その道を通って、涼州兵たちが、帝都洛陽を出て行った。

――― ――― ――― 

帝都近郊の「食糧備蓄基地」その「タンク群」を守る城壁の上から、感慨深げな表情で見送る少女2人。

何故か「この」世界の、特に女性の服装は、北郷一刀や曹仲徳が「天の国」で想像していたよりも、
ずっと個性的だった。
例えば、あの「十常侍」の半数は後宮に仕える侍女だったが、
「天の国」なら、秋葉原のメイドカフェにでも居そうな衣装を着て仕えていた。

その「メイド服」を「ただの侍女」と主張した翌日には、主張した霞たちに持たせて寄こしたのである。
いまだ捕虜扱いが完全になくなっていないから、正式の使者として弟の仲徳が付き添っていたが、
伝えた口上は「侍女ぐらいいてもいいじゃない。「中山靖王」のお姫様とか、「天の御遣い」とかなら」
「(華琳姉さん、遊んでいるな。やれやれ)」

もっとも、月本人は、素直に受け取って、詠にも渡した。
そして、取り付いていたものが落ちた様に、桃香や一刀に仕え始めた。
とはいえ、仕えられる側が、身の回りの世話をされた経験が母親ぐらいしかない育ちだったのだが。

ともあれ、かつて率いていたはずの軍を「メイド」姿で見送っていたのである。

…  …  …  …  …  

「貴女たちも涼州へ帰りたいの?」
「桃香様。いまの月はただの侍女です。そう「天の国」では“めいど”でしたか」

――― ――― ――― 

涼州軍が遠ざかるのを待ちかねた様に、連合軍は帝都の城内に雪崩れ込む。
だからといって、ここで火を付けたり、略奪を始めては、自分たちの「正義」に傷がつく。
それよりも、はるかに大きな目標があった。皇宮に。
ところが、先を争って乗り込んだ皇宮には、目指す目標がいなかった。

――― ――― ――― 

洛陽から、長安あるいは、その先の涼州へ続く街道は、西の函谷関を越える。
ところが、洛陽が東の地平線に沈んだ直後、涼州軍を呼び止める1軍があった。

「何だ。約束を破るのか」
いつの間にか、この軍を率いる将軍を気取っていた済成は、自分の方が正当とばかりの応対をした。
「それはどっちよ。おそれおおくも、陛下を拉致してもかまわない等と、わざわざ言う訳がないじゃないの」
華琳の反論に、わざと“スルー”していた事に初めて気が付いた。まんまと、城壁の外におびき出された事も。

な、なんの。曹操軍だけだ。後の連合軍は、まだこっちに気付いていない。
この小娘、手柄を独り占めする気で、他の軍を出し抜きやがった。

その通りではあった。
しかし、このときの涼州軍は、虎牢関などで連合軍が戦った涼州軍とは、別の軍も同然だった。
呂布や張遼、華雄といった勇将もいなければ、賈駆や陳宮の策戦もない。
それどころか、済成や、李傕・郭汜といった連中を先頭に、略奪三昧で調練すら怠けていた。
ひしめく雄将・策士が、潁川以来の連戦で、華琳の操縦するシステムとしても鍛え上げられてきた、
「現在の」曹操軍にかなう筈がない。帝都の、この帝国第1の城壁を盾にしているのでもない限り。

しかも「孫子の兵法」の曹操である。目的のためにこそ手段は選ぶ。
華琳がわざわざ、呼び止めてまで問答したのは「大義名分」のためでもあったが、
こちらに反応した敵の陣形の変化で、読み取ったのである。
こちらに奪われたくないものを陣中のどこに隠しているのかを。

まさしく「徐(しず)かなること林の如く、そして、動かざること山の如く」から突然、変化した。
その変化の突然ぶり、それ自体が奇襲となる。その奇襲の効果があるうちに、
「疾きこと風の如く、そして、動くこと雷霆(らいてい)の如く」目を付けた1点を突破する。
そのまま、華琳みずから抱き取った幼帝を陣頭に「疾風雷霆」のまま、帝都の方へ反転する。

涼州兵たちは、完全に主導権を取られ、組織的な反撃など出来ない。
それでも、済成や、李・郭は、皇帝を奪われては、ただの「賊軍」になってしまうことを理解していた。
かき集められる兵だけかき集めて、曹操軍を追走する。が、
代わる代わるしんがりにつく、季衣や流琉たちに、その度、追い散らされていた。

いま1つ、誤算というか、目前の曹操軍に気を取られて、忘れたいた事があった。
他の連合軍とて、いずれは、皇帝を拉致されたことに気が付く。曹操に出し抜かれたことにも気が付く。
そうなれば、追撃に出てくるという事になる。

――― ――― ――― 

北郷一刀の知っていた「三国志」では、連合軍は、焼き払われた洛陽を目前に戦意を消失し解散する事になっていた。
しかし、その「歴史」は改変された。今の連合軍には、涼州軍の追撃をためらう理由の方がない。
もっとも、劉備軍は「食料基地」で忙殺されていた。
開放された洛陽の民衆に「備蓄基地」の食料の配給を再開する仕事で。

――― ――― ――― 

遅ればせながら、憤慨しつつも、涼州軍を追撃しようと西へ向かった連合軍に対し、
曹操軍を追撃する涼州兵は、自分から接近する結果になった。
連合軍の方には、ここで攻撃をためらう理由もない。たとえ、曹操軍の後退を援護する形になったところで。
結果、涼州軍に対する連合軍の総攻撃になった。
その間に曹操軍は、帝都へそして皇宮へ駆け込むと、自らの一番手柄を宣言する。
皇帝の「御旗」に従うように「曹」と「魏」の旗を立てたのである。

・  ・  ・  ・  ・

帝都洛陽。今晩は解放感に浸(ひた)っていた。
連合軍のほとんどは、帝都の城内に招き入れられていた。

麗羽や美羽、そして華琳も、城内の自家の邸宅に帰っていた。流石に、かなり荒らされていたが。
さらに、名誉職をあてがわれて、帝都に留まっていた叔父を見殺しにした形だったが、
実のところ「船頭が多くて船が山に上がる」ほどに人材を抱え過ぎていた袁家では、
この叔父と麗羽や美羽をそれぞれ「神輿」に担いでの派閥争い状態だった。

一方、華琳は、前回の“董卓”がかぶった悪名を繰り返すつもりもないため、
とりあえず、皇宮の警備は、連合軍から部隊を提供し合う事にして、
自分は曹家の邸に一旦、引き上げていた。

「義軍」一同も、公孫賛軍に混じって、帝都に入城していた。
桃香や一刀ら、主だった者たちが落ち着いたのは、張世平の商家だった。
長年、長城近くで馬を仕入れて、この帝都etc.まで馬群を移動させて来て売っていた。
その経験から、流石に、騎馬の民と付き合う“ノウハウ”を持っていて、無事だった。
逆に、涼州兵たちから、情報を聞き出していた。
やはり、涼州兵たちを扇動して、略奪暴行をけしかけていたのは、あの“成り済まし”だった。
どうやら、先帝と母后を、軟禁されていた楼閣から突き落としたのも、
済成が勝手にやって、知らん振りをしていたらしい。

・  ・  ・  ・  ・

市場には、李・郭など、主だったものの首が晒(さら)されていたが、どうやら、黒幕だったらしい、済成の首がなかった。
いったいどこへ、消えうせたのやら。

――― ――― ――― 

「名山」の山中。「歴史」の陰で暗躍するものたち。
「アイツは傀儡としては、一応の役目を果たしてくれました」
アイツが欲深にふるまった結果、かなり「正史」に近くなりました。
それでも、この「外史」は「正史」と乖離(かいり)し続けています。
やはり、あのイレギュラーたちは、邪魔ですね。
もう少し、この欲深にも、踊ってもらいますか。

――― ――― ――― 

数日、董卓とその軍師は「メイド」姿のまま、生き晒しになった。
「こうするのが、一番いいんです。月さんたちの命を救うためにも」
「伏竜鳳雛」はこう言って、月本人よりも、詠や、主君の桃香を説得したものだった。
自らが主君ではなく、主君に仕える侍女の姿を、天下に晒したのだから、
「公人」としては、すでに死んでいるのも同然だ。
もはや「真名」以外の「公式名」を公式の場で名乗る事も無い、ただの侍女として、生きて行くしかないだろう。

これが隠匿(いんとく)でもしていたのなら「時限爆弾」だったかもしれないが、こうなれば「首」に近い手柄である。
先に2つの関門を突破したときの分も加えて、もう連合軍も握り潰せない。

かくて劉備は、皇帝の拝謁(はいえつ)を賜(たまわ)る事になったのである。

…  …  …  …  …  

拝謁は、形式に従って、執り行われた。
その際、先祖についても尋(たず)ねられた。当然、中山靖王の末裔であると奉答する。

劉備の父は若死にしたため、没落した家を建て直す時間が無かった。それでも、初級の地方官吏にまではなった。
また、伯父が楼桑村の村長を勤めた。
その程度の家柄ではあったこともあって、宮廷に保管してあった、劉家の系図を引っ繰り返せば、
中山靖王の父皇帝、前漢の景帝から、劉備までの系統が確認できるのである。

こうして、劉備(桃香)は、漢王朝につながる“お姫様”として、天下公認になった。

・  ・  ・  ・  ・

「すみません、すみません、すみません」
月や詠に「生き恥」を晒させて、それで自分がお姫様になって、その月たちに身の回りの世話をさせる、
そんな事が平然と出来る桃香ではない。ないから、主君に選んだ者たちばかりなのだ。

その桃香を一国の主にするため、さらに同志たちは、工作を続けるつもりだった。この好機に。
その結果「あの」王国への道が開けようとすることになる。

「この」歴史は、やはり加速しつつあった。

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初めての「前後編」ですが、何とか、一応の形になって、そして次へ続けられそうです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の13『魔王は消えて思惑が交叉し はるか蜀の天地に希望を抱く』
の予定です。



[8232] 講釈の13『魔王は消えて思惑が交叉し はるか蜀の天地に希望を抱く』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/09 23:40
無謀と思いつつ、書き始めて、やっとここまでたどり着きました。
第1部・第2部・・・といった構成なら、ここまでが第1部のほぼ中間あたりになると思います。
この無謀な作品を読み続けていて下さる、
みなさま方には、あらためて感謝いたします。

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††恋姫無双演義††講釈の13『魔王は消えて思惑が交叉し はるか蜀の天地に希望を抱く』


帝都洛陽の皇宮、その一室で、今日も会議が続いていた。
逆賊“董卓”を討つ名目で連合軍に参加した諸侯が「後始末」を協議していたのである。

まず現状だが、董卓と軍師賈駆は「生き恥」を晒した以上「公人」としては、もう死んでいるも同然だ。
もはや、没落王族に仕える、ただの“めいど”に過ぎない。
張遼・華雄は曹操軍に捕らえられ、呂布・陳宮はどこへ落ちのびたか、行方不明。
彼女たちを棚に上げて、涼州軍を乗っ取ろうとしていた、中級幹部は「首」になっている。

涼州にあった元の拠点も、近隣の他の涼州軍閥、馬騰とか韓遂とかによって、現状は「切り取り次第」になっている。
馬騰はここまで連合軍に参加してきたが、このために帰国したがっていた。

もはや、旧「董卓」軍は壊滅したと見ていい。

・  ・  ・  ・  ・

「だから、もう連合軍が帝都に留まる理由はないわ」
最初に決起を呼びかけ、最終的に帝都から涼州軍を追い出し、皇帝を救い出した、
曹操(華琳)にそう主張されては、表立って反対も出来ない。
それぞれに思惑を交叉させている諸侯が寄り集まっていればなおさら。

それに、そろそろ留守にしてきた拠点が気にかかるのは、馬騰だけでもない。

本来、黄巾やその類の「賊」とか「蛮族」と呼んでいる外敵とか、
それやこれやの「討伐」に対して認められてきた軍事権を名目として、軍閥化してきた。ということは、
現実にそうした脅威が存在するということである。

それでも、連合軍に参加するにあたっては、目的もあれば、思惑もあった。
それがある程度、達成されない内は、帰れない気もするのである。が、
最も多くを主張できる立場の曹操が率先して、拠点の予州潁川郡に引き揚げると言い出したのだから、
それぞれに思惑を交叉させているだけに、今後は居座り辛(づら)くなりそうだった。

――― ――― ――― 

無論、華琳は許昌の城に引き揚げる途上で、仲徳、春蘭、桂花etc.…といった側近たちには、思惑をあかしている。

旧「董卓」軍は壊滅、連合軍も引き揚げれば、現在の帝都、洛陽は軍事的に空白となる。
天下太平の治世なら、むしろ正しい形だろうが、今の時勢ではすぐにたえられなくなる。
「そうなったとき、私たちの拠点、潁川は、他より洛陽に近いところにあったわ。好運にもね。」

もしも、居座るものがでたなら、第2の“董卓”として討つか。それとも、その留守の拠点を攻めるか。
華琳が率先して、引き揚げたために、誰かが居座る可能性はそう高くないし、
華琳自身が攻撃される危険性は、とりあえず回避できた。

「それに貰(もら)うものは、貰って来たわ」
おそらく近い内に、陛下と大義名分を迎えられる、その時のために、いますぐすべき事に役立つものをね。

『鎮東将軍』
潁川郡許昌城のある予州から、隣(となり)の兗州にかけて、治安を回復すべしという「名分」
これによって、拠点と勢力の拡大を正当化できる。

おそらく、他の諸侯もこうしたものは持って帰ろうとするだろう。しかし、同じ事なら、すでに先手を取ったのはこちらだ。

――― ――― ――― 

時間は数日さかのぼる。曹魏軍の出立に先立って、洛陽城内、旧「董卓」時代の呂布邸。

恋という少女は、無口で、人とのコミュニケーションが、音々音や月たち、身近な少数以外、苦手で、
何かと誤解されやすかった。例えば、恩賞を金銭で貰いたがるとか。
そのせいか、動物に「友だち」を求めがちだった。
この邸には、あの「汗血馬」となぜか同名のコーギー犬をはじめ、数十の「友だち」が暮らしていた。
音々音と一緒にやって来たセントバーナードから、大はどこから来たかゾウまで、犬、猫、鳥etc.…
実は「お金」を欲しがるのは、えさ代だったりする。

「しかしようもまあ、虎牢関攻めから包囲戦の間に、誰かに食べられるとかしなかったものやな」
大型犬やらゾウやら数十が守っている邸を、襲撃するにも勇気がいっただろうけど。

無論、月や詠、霞たちは、恋のすくない人間の友だちで、この邸にいる「友だち」とも知り合いだった。
その霞たちから、事情を聞いた華琳は、あっさりと手配してくれた。
この邸の維持と動物たちの食料については、洛陽に残していく、曹家邸の留守役に任された。
「これで呂布と陳宮が買えたら安いものよ」
味方にしたくなった相手には、大判振る舞いするのが、華琳もとい曹操なのである。
そういうわけで、曹操軍と出立する前に、お別れに来たのだった。

来ていたのは、霞たちだけではなかった。
「ほんにお似合いやな。前からお人形さんみたいと思っていたけど、こうなるといよいよや」
現在の月と詠は「メイド」だから、基本、主人から離れられない。
北郷一刀が、気を利かせて、連れて来たのである。

霞たちも、洛陽を出立するまでは、捕虜の身だから、曹仲徳が付き添っていた。
野暮(やぼ)を避けて月たちだけにした結果、彼ら2人になったことで「天の国」の言い方で意見交換が可能になっていた。

「公孫賛も、心境複雑のようだな。劉備軍の代弁者にならなければ、自分の手柄もない」
「それでも白蓮さんと桃香の友情までなくすには、桃香はいい娘に過ぎますしね」
「北郷が言うと惚気(のろけ)だがな」

――― ――― ――― 

その後、曹操軍が引き揚げたのち、連合軍の諸侯も、1人去り、2人去りしだした。
孫呉軍や、袁術軍、最大勢力の袁紹軍も、ついに引き揚げを検討しだした。
こうなると、公孫賛(白蓮)も袁紹軍の先手を取って、引き揚げるか否かを決断しなければならない。
現状からも「正史」からも、白蓮にとっては、袁紹軍が最大の脅威であり、
しかも、帝都から自分の拠点まで帰るためには、その脅威の勢力圏を通るのだから。

劉備軍にも公孫賛軍とともに、帰還するか否かの決断が迫りだした。
そんな時、荊州の襄陽「名士」グループから、入手できた情報があった。
益州州牧、劉焉(りゅうえん)、未だ荊洲にあり。

――― ――― ――― 

元々、漢帝国の地方制度では「郡太守」が皇帝に直属していた。州を担当する刺史も、最初は視察が任務だった。
しかし、黄巾の乱などの治安悪化を理由に「州牧」という官職が設けられる。

郡太守の上位に位置する、広域行政職であり「有事」には治安回復の任につく。
すなわち、後漢13州の1つに、行政と軍事の権限を持つ。
もはや「有事」が常態になりつつある現状では、軍閥を正当化するに近い。

劉焉は、当時の霊帝や十常侍、大将軍何進などに運動して、「州牧」という官職を設置させると、
自分は益州の牧に任官された。

・  ・  ・  ・  ・

その劉焉が、益州に赴任するために、隣の荊州まで来ながら、そこで足踏みしている。
その理由というのが、南蛮が暴れていて、治安が悪化しているから。だというのだ。
元々、そのために、権限を与えられている筈だった。
しかし、益州にも入れないため、兵を集められない。とも言っている。
いたちごっこだ。
とはいえ、任務を果(は)たしていないと、難癖(なんくせ)を付ける事は出来る。

それに、劉焉当人は秘密にしているつもりでも「天の御遣い」にはお見通しである。
なぜ「帝国」の西南にある、益州の牧を選択したのかを。結構、バレたらヤバい理由なのだ。
かつて、十常侍などがいたとき、盧植なんかがどういう目にあったかを思えば、州牧を取り上げられても当然だ。

…  …  …  …  …  

荊州から届いた情報を検討していたとき、北郷一刀は、劉焉の秘密の動機をあかした。
その理由は「西南に天子の気があると予言した占者がいた」ことと、自分が「劉」氏である事を結び付けたという。
現代人よ、笑うなかれ。この時代の「占」は、後世の「科学」とほぼ同じ意味なのである。
だから一刀も、最初から「天の御遣い」として、待ち構(かま)えられていた。

結局、この「天子の気」は、別人を予言したものと伝えられる事になる。
益州の軍閥化に成功しても、劉焉の息子が益州から追い払われて、予言の人物が取って変わったのだった………

………北郷一刀の態度が変化した。
「これがもしかしたら最後の「お告げ」かも知れない」
「お兄ちゃん、大げさなのだ」
「そのとおり、余程の重大事をうちあけようとしているみたいですぞ」
「…そうだね…(そう見えるか)」

「伏竜鳳雛」は流石に気付いた。
「ご主人様は真剣です。現に…」
「この場には、白蓮さんや月さんたちもいません。ご主人様はそれを確かめてから態度を変えました」
「(星はいてもかまわんけどな)」

「ご主人様。いえ「天の御遣い」北郷一刀様」
私たちは、私たちの意思であなた様を「天の御遣い」と認めたのです。
だから「真名」を許しました。みな、その気持ちにうそはありません。

わかったよ。桃香、みんな。
「劉備玄徳は「伏竜鳳雛」の英知を得て、自らの王国を建てる。そういったよね」
その国の名は「蜀」・・・そう、今、劉焉が天子の気に目を付けている益州の事。
件(くだん)の天子の気は、蜀の王、劉備を予言していたんだ。

やはり「伏竜鳳雛」だった。数瞬の驚愕のあとは、頭脳が大回転しだした。
「出来ます。劉焉ではなく、桃香様が益州の主になることは可能です」
「あの「天府の国」なら、桃香様に相応しい国がつくれます」

…  …  …  …  …  

……先輩、いや曹仲徳。俺は、桃香を蜀の王にします。
それが「天の御遣い」の役目でしょう。

・  ・  ・  ・  ・

袁紹(麗羽)袁術(美羽)そして、表に出た白蓮も、いまの段階で益州州牧を引き受けるのは「火中の栗」と考えた。
劉焉が立ち往生している理由は、真っ赤な嘘(うそ)でもない。
公孫軍からも離れた、劉備軍の小勢力では、打開可能とも思えない。(実はそう思わせた)
その程度で、あれだけの功績に対して満足するのなら、さっさと面倒事をすませて、自分の拠点に帰ろう。

――― ――― ――― 

袁紹軍、袁術軍そして公孫賛軍も、帝都洛陽から引き揚げ、連合軍はなし崩しに解散した。

そして、劉備軍は公孫軍とも離れた孤軍となって、帝都を出立した。
益州州牧、劉焉と交替して赴任すべく、まずは荊州へ。

――― ――― ――― 

「な?!」
「(華琳姉さんが、筆を落とした)」北郷め、やってくれたじゃないか。
姉さんが「魏」の国を建てるより早く、劉備が蜀を取るのを繰り上げてくれた。
アイツ「歴史」を急加速するつもりか。

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劉備が孔明とともに、ついに拠点を得たとき、曹操は手から筆を落して驚いたと伝えられます。
それだけ、ライバルとして評価していたという例(たと)えですね。
もちろん「正史」では「赤壁」の後の事です。

仲徳にいわれるまでもなく「この」外史「も」どんどん繰り上がっていきます。
どの程度「正史」と乖離して、どこでつじつまを合わせるか。
これからも、無謀を続けます。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の14『西南には希望を求めて出立し 東北には故郷に知己を送る』
の予定です。



[8232] こぼれ話(その3)『凶馬転じて縁結び』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/21 21:52
後漢王朝の帝都、洛陽。
旧「董卓」軍に対する連合軍の出兵は、すでに戦後処理となっていた。
しかし、ここで各陣営の思惑が交叉し、戦場とは別の「闘争」が、昨日までの味方の間に始まっていた。

そんなある時、連合軍の諸侯は、比較的すんなり解決しそうな事案から先に協議した。
戦利品の分配である。もっとも、比較的すんなり分配できそうな物からだったが。

元々が、草原の騎馬の民である、涼州軍閥の1つを壊滅させたのだから、
それなりに良い軍馬が、それなりの数、鹵獲(ろかく)されていた。
ただし、あの「汗血馬」だけは、呂布が乗って行ってしまったが。

その「おすそ分け」は、公孫賛軍の下の「義軍」まで、何頭かは来たのだが。

・  ・  ・  ・  ・

「それにしては良い馬だな」
この時代の、ある程度の武人なら、ある程度は馬の良し悪しは分かる。
「まさか、これでわが義軍の手柄をごまかすつもりか?」
そういったセコい事を考えてないともいえないだろうが、それではもう、ごまかせない程に、手柄は立て過ぎていた。

・  ・  ・  ・  ・

いくら「白馬長史」でも、白蓮ほどの騎兵指揮官が、白馬以外の馬の良し悪しも分からない訳も無い。
「だが、今回は私の手柄まで、桃香たちに立ててもらったようなものだからな。私からも、もらって欲しい」
白馬以外だがな。

桃香などは、素直に旧友の好意を受けているが、北郷一刀には引っかかる事があった。
曹操や袁紹の思惑以外にも、何かがもやもやする。

…  …  …  …  …  

結局、その場で受け取った数頭の馬を宿舎、
その時宿営していた、馬商人、張世平の洛陽での店屋敷、
まで引いて帰って来た。

「ほう」馬は馬商人、だろう。
「鑑定どうかよろしく」というところだったが、
ある1頭を見て、首をかたむけた。

その様子を見て、一刀は思い出した、ある「エピソード」を。
まさか?時期が合わない…
しかし、時期とか、年代とかは、もう微妙に狂っているし…

その直後、一刀はある「暗躍」を始めた。

…  …  …  …  …  

ます、張世平と2人になる機会をつくった。
「あの馬は「的盧(てきろ)」じゃないのか?」
「そのような事まで、ご存知でしたか。“天の御遣い”様は」

次に趙雲(この時期は正式に仕官していなかった)に依頼して、曹魏軍の軍師に居る知り合いを仲介してもらった。
まさか、“的盧”と知っていて、おくり付けて来たんじゃないよな?

――― ――― ――― 

「zzz…」「俺っチたちは、曹孟徳さまこそ、日輪として支えるつもりなんだ。汚い手段だって使う覚悟はあるぜ」
どこからが韜晦(とうかい)なのか。本人はお眠で、頭上の「太陽の塔」らしきものに答えさせている。

「だからって「的盧」は無いだろう」
「ありだよ。それとも、劉備というのは、その程度で守れなくなる主君なのかよ」

…どこからが、本音なのやら。

――― ――― ――― 

結局、一刀は、趙雲にも口止めしておいて、桃香たちに「おねだり」をしたのである。
「今の俺の馬術だと「宝の持ち腐れ」は分かっているけど、逆に、それだけ賢い馬に乗っていたいんだ」

・  ・  ・  ・  ・

数日後、洛陽の城外で、的盧に乗って練習していると、桃香たちがやって来た。
無論、愛紗と鈴々が姉を1人で城外に出すほど、無用心ではない。今の桃香は、漢王朝公認の“お姫様”なのだし。

「やはり、まだ馬に乗せてもらっておりますな」愛紗に言われるまでもない。
「1人で稽古するより、誰かに教えてもらうべきなのだ」鈴々の言っている事ぐらい分かっている。

ところが、想像のななめ上を飛び去る行動に出るものがいた。
乗ってきた馬を降りた桃香が、一刀の後ろに乗って来たのである。
「ちょっと、あの」一刀はあせった。
馬の鞍というものは、1人乗りである。こういう乗り方をすれば、こうなる。
(…ぷにぷに…)
「だから、あの…何をしているんですか?桃香さん」
「馬術の稽古ですけど」

確かに、この頃の一刀よりは、桃香の方がまだマシで、この「的盧」も「持ち腐れ」にならない程度には上手だ。
それに、教える効率だけを言えば、この体勢は効率的だろうが。
だが、しかし…(…ぷにぷに…)…一刀はあせっていた。

「聞きました」(ぷにぷに)
「え?」
「“的盧”の事」
「…。…だったら、なおさら降りてくれよ」

「キライです。そんなご主人様は」
「そんな事を言って。桃香の立場は軽くないぞ。“的盧”のタタリなんかで何かが起こっても良いほど」
「ご主人様はどうなのです?」
「俺は本来、この時代には居る筈の無い存在だしな。劉備玄徳とはちがうよ」
「キライです。そんなご主人様は」(ぷにぷに)
「だ、だから降りてくれよ」

…  …  …  …  …  

本当に凶馬だったかもしれない。的盧がとうとう暴走し始め、2人そろって、洛陽城の水堀に落ちてしまった。

――― ――― ――― 

お約束のように、2人そろってカゼを引いてしまい、張世平商家の奥で数日、寝込む羽目になったが、
これでどうやら、“的盧”の「厄落とし」には成ったようで、すっかり素直な馬に成っていた。

ところが問題は、不特定多数が出入りする商家であるという事だった。
ただの宿営ならともかく、カゼの様にウツるかもしれない病人を隔離できる病室が1部屋しか用意できなかった。

「男女七才にして同席せず」の儒教が支配した古代中国だが、
もっとも、この時代は、すでにある意味「同席せず」どころではなくなっていたが、
夫婦でもないのに同室となると話しは別だ。

結局「緊急避難」という事になった。病人同士で「間ちがい」もないだろう。

――― ――― ――― 

「間ちがいが起きても、かまわんつもりなのだろう」
微妙きわまる笑顔を、趙雲にされて、実に微妙なる表情をする愛紗と、微妙な表情を見合わす朱里と雛里だった。

実のところ「あの“バカップル”は単独行動してくれない」などと言われるのは、今回の「事件」の後だったりする。

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何とか「拠点イベント」らしきものになったでしょうか。
少しずつ、こうした途中での「書き落とし」を拾って置きたいとは、願望だけは持っています。



[8232] 講釈の14『西南には希望を求めて出立し 東北には故郷に知己を送る』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/10 12:50
『天下三分の策』
ここでもう1度「正史」を確認しますが、
「三顧の礼」の時点で、天下の北半分は曹操に、南半分のさらに東半分は孫権に制圧されかけていました。
孔明は劉備に、残る西南に拠点をつくった上で、天下に対する戦略をと、そう勧(すす)めたのです。
しかし、この「外史」では、劉備の「蜀」が先行する事になりそうです。

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††恋姫無双演義††講釈の14『西南には希望を求めて出立し 東北には故郷に知己を送る』


華琳もとい曹操が、手から筆を落して驚いたのを見て、周囲の部下たちの何人かが驚いた。

益州州牧を拝命した。それは確かに、後漢13州の1つを支配し、それを正当化する「名分」を得たということ。
しかし、現にその「名分」を得ていた筈の劉焉ですら、いまだに益州に入れも出来ないでいる。
その劉焉が官兵から、引き抜いていった兵力より、さらに小勢力の「私軍」でしかないのに。

「麗羽(袁紹)にもそう思わせたでしょうね。でも、決定的な違いがあるわ」
劉焉は益州どころか、今、足踏みしている荊州にも、人脈も拠点もないわ。
それが、いまだに立ち往生している大きな原因ともいっていいわね。
でも、あの「お人好し」に仕えている「はわあわ」言っている軍師は、どこの出身だったかしら。

…曹仲徳には、理解できた。
「正史」の劉備も、孔明1人だけを得ただけではない。臥竜とまで荊州の名士グループ内では名声があった秀才だ。
その人脈で、何人もの荊州の名士出身の人材を得て、結集したマンパワーで、隣の益州を侵掠、蜀の国を得たのだ…

仲徳以外にも、理解できだした。彼女たちとて、華琳が期待する人材である。
同時に、彼女たち自身が、予洲潁川「名士グループ」として、華琳を押し立てた。だから分かる。

そう、劉備の軍師は「水鏡女学院」の出身。
師母、水鏡先生自身が荊州襄陽「名士グループ」の中心に近い。
彼女からたどれる荊州名士の“ネットワーク”において「伏竜鳳雛」とまで期待された秀才を仕えさせている。
それだけで、荊州経由での益州侵掠には、どれほど有利か。

いや、下手をすると…
現在の荊州軍閥、劉表でさえ、見方によれば、荊州「名士グループ」の上に乗っているようなものだ。
最悪、益州ばかりか、荊州まで…

「どうされます」
洛陽から、荊州を通って益州へ行くなら、まず、この許昌を通ります。その時に…

「今、邪魔したら、私たちが逆賊よ。まだ、私たちは、陛下をお迎えしていないのよ」
いま、やるべき事は、この予洲から兗州にかけての勢力を充実させる事よ。
予定通り、いいえ、繰り上げてでも兗州へ出陣するわ。
でもその前に、せいぜい、接待して送り出してやりましょう。

――― ――― ――― 

帝都洛陽。
桃香もとい劉備は、皇帝に礼式通り、暇乞(いとまご)いをすませた。後は、出立するばかりである。
ただし、皇帝以外に別れを告げる者たちがいる。

…  …  …  …  …  

白蓮もとい公孫賛と桃香との別れは、単純にはいかなかった。

まず、ここまでの劉備軍は、早い話が公孫軍の傭兵隊だった。
それが「名目」なら郡太守の白蓮を差し置いて、州牧となっただけでも、
白蓮個人の性格と桃香との友情がなければ許しがたい。
もっとも、桃香を推挙(すいきょ)したことによって、白蓮自身も「奮武(ふんぶ)将軍」という肩書きを得て、
軍閥としては「名目」上、州牧と同格になっていた。

結局、白蓮当人としては、この件については、他人が勘繰(かんぐ)るほど、こだわっていない。
「まあ、同門だったころから、なぜか不思議なくらい人望があったからな。桃香は」
いつまでも、私の下にいるとも、心のどこかでは思っていなかったかもな。

このことは、どうやらしこりを残さなかったようだった。
「この上、厚かましいんだけど」
楼桑村を含む涿郡は、劉備一党にとって、故郷である。今も、同志のそれぞれに懐(なつ)かしい人がいる。
そして、そこが公孫賛の勢力圏内にあることも、いまだ変わらない。
「ああ、少なくとも、私が治めている限りは、ロクでもない官吏が赴任したりはしないさ」

…  …  …  …  …  

北郷一刀には、もう2つ心残りがあった。
「天の御遣い」だから、知っている。公孫賛は結局、袁紹に滅ぼされる。
見方を変えれば、そこから逃げ出す形とも言える。

いま1つ、趙雲(星)が、公孫軍の客将から、劉備軍に仕官しても良いと言い出したのだ。
「正史」でも関羽・張飛に続いて五虎将軍の3人目となる、趙雲である。いずれは「蜀」に仕えてほしかったが、
今の白蓮には、より切実に星ほどの雄将にいて欲しい筈だ。
「所詮、客将にしかなってくれなかったしな。私の人望は桃香に及ばないという事さ、ここでもな」
白蓮が桃香に言っているのでなければ、僻(ひが)んでいるような言葉だが、この場合は素直に聞いておいてもいいだろう。

だが、桃香や一刀たちは「お人好し」だけに借りを残して行く気分だった。
北郷一刀は「天の御遣い」として、公孫賛が袁紹に滅ぼされるまでに「犯した」いくつかの失敗について、助言した。
「これで借りを返したことになるかは分からないけど」
「いや、役に立つ」

・  ・  ・  ・  ・

そして、帝都洛陽からの出立の日は来た。

白蓮にしてみれば、麗羽より早く自分の拠点に戻らないとならないし、劉備軍にも、グズグズする理由はない。

・  ・  ・  ・  ・

連合軍の集結地だった「敖倉」まで、両軍は戻って来た。
ここから、公孫軍は黄河を渡って、東北の幽州へ帰る。
一方の劉備軍は、西南の「蜀」へ向かうべく、まずは南の荊州へ進路を転じる。

…  …  …  …  …  

簡雍が手紙を集めていた。
桃香から母への手紙をはじめ、劉備軍のそれぞれが、故郷の懐かしい人にあてた手紙。
簡雍自身、残して行く簡家の跡継ぎについて、指示を書き送っていた。
そうした幾(いく)通もの手紙が、公孫軍に便乗して馬を仕入れに行く張世平に託された。

…  …  …  …  …  

やがて、進軍する道は、分かれた。

桃香は白蓮の姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。

――― ――― ――― 

漢の時代、ある程度以上の身分のものが、来客をもてなし、あるいは目をかけている部下をねぎらう場合、
鼎(かなえ)という三脚の大きな青銅器で、羹(あつもの)、つまり牛や羊の「ス―プ」をつくってふるまう。
いま、正面の庭で、その鼎がグツグツ煮えている。つまり、正式の接待な訳だ。

上座には「ホスト」である華琳と、客人の桃香、
一刀は正式の官位はともかく桃香たちが下座に置く気がないため、桃香の隣。
そのため、釣り合いのためなのか、華琳は隣に弟を座らせている。
その前には、左右2列に向かい合って、曹操軍と劉備軍の諸将が並んでいる。
当初は、にらみ合ってもいたが、酒と料理が回るうちに、それなりに和(なご)んできた。

…  …  …  …  …  

しかし、一刀にはどうも、居心地が良くない。仲徳がいることで、何故か。
その仲徳が、酔って絡(から)んだ「ふり」をしてきて、連れ出されてしまった。

「やってくれたな」
「先輩、邪魔をするつもりですか」
「まだ“赤壁”どころか、はるかに前だぞ。ここで、劉備に蜀を侵掠させるなんて「歴史」の繰り上がりどころか、暴走だ」

「先輩」
俺は「この世界」に落ちてくる寸前「この時代」について言われた事があるんです。

「こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ」
人口5000万が500万になる様な時代が10年か20年縮んでしまうなら、
歴史を変える、変えないがそんなに大事でしょうか。
少なくとも、いま、この時代を生きているあの娘たちはあんなに一生懸命じゃないですか。
それこそ、本物の「天の御遣い」とかでもない限り、むしろ黙っている方が傲慢なんじゃないですか。

「“この時代”を早く終わらせたいなら、北郷たちこそ、華琳姉さんの邪魔をするな」
「邪魔なんてしませんよ。少なくとも「天下三分」までは。「三分」が早く来れば、犠牲者もそれだけ少なくなるでしょう」
「本気で「天の御遣い」にでもなったつもりか」

・  ・  ・  ・  ・

見た目にも、酔いも醒(さ)め果(は)てた一刀と仲徳が引き揚げて来たのをみて、何人かは、不審(ふしん)を記憶した。が、
宴席自体は、白けはしなかった。

客人の側に従ってきた“メイド”として「ホスト」側の陪席者に“メインディッシュ”の羹を取り分けて回る、月たちに、
霞たちが恐縮(きょうしゅく)していたりするのは、むしろ、微笑(ほほえ)ましかった。

――― ――― ――― 

後漢13州の1つ、荊州の主城、襄陽。そして、長江に合流する漢水を挟んで、襄陽とは双子都市の樊城。
そして、樊城から北東へと伸びる街道へ続く城門の外。
ここから「伏竜鳳雛」を乗せた「4輪車」の4輪は回り始めた。そして戻って来た。

・  ・  ・  ・  ・

「「蛍先輩、ただいま」」
あの時「水鏡女学院」を代表して見送りに来ていた、徐庶が出迎えた。
その徐庶の隣にいる、前回、見覚えのない少女。
一刀の見るところ「(良い意味で優等生だな。学生同士で頼りにされそうな)」
ただ、脱色もしていないだろうに、眉の色が髪より薄い。
(眉が白い?それじゃ馬良か)

馬良季常
孔明につながる、荊州「名士グループ」から劉備に使えた中でも、優秀であり、
集団の中でも優れたものを「彼」の眉の色から『白眉』と呼ぶ故事成語を残した。
ちなみに「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」の馬謖は『白眉』の「弟」でもあることからも、孔明は期待していた。

「天の御遣い」は思った。
『白眉』が出てくるようなら、荊州「名士グループ」の協力は、期待できそうだ。益州の侵掠も。

そう、これが迎える側からは、侵掠である事も承知で、それでも理想との狭間(はざま)で揺(ゆ)れ動く。
それも、劉備玄徳らしかった。

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次回から数回は、“『益州侵掠』編”とするつもりです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の15『益州侵掠(その1)』~豪天砲VS八陣図~の予定です。



[8232] 講釈の15『益州侵掠(その1)』~豪天砲VS八陣図~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/12 21:51
オリキャラの『真名』設定

馬良=胡蝶=こちょう
「白眉」から、どうしても眉にちなんだ名前を考えてしまいました。
中国では、女性の眉をほめる場合「峨眉(がび)」と言います。だけど女の子には「峨」は気の毒なので。

法正=狭霧=さぎり
本文中に出て来る通り「蜀」出身者の代表なので、雲とか霧とかにちなんだ名前にしようと思いました。
「蜀の犬はたまに太陽を見ると吼(ほ)える」と他国で悪口を言うとか、言われますが、
しかし、水が豊かで水田での稲作には有利です。「天府の国」の所以(ゆえん)です。

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††恋姫無双演義††講釈の15『益州侵掠(その1)』~豪天砲VS八陣図~


後漢13州の1つ益州の、人口・産業etc.からも主要部である四川盆地を潤(うる)おした長江は、東隣(とうりん)の荊州へ流れ出る。
今度は、荊州の領域を南北に分けながら、さらに東の揚州へ。その揚州との境を手前に、北西から漢水が合流する。


その漢水を挟(はさ)む「双子都市」の片方、襄陽が荊州の主城であり、
もう片方の樊城の郊外に、現在、劉備軍は駐屯していた。

――― ――― ――― 

益州、特にその主要部の四川盆地に、後漢の他の地方から入るルートは、2つしかないといっていい。
北の漢中盆地、そこでは現在「五斗米道」とやらが邪魔である。
あと1つは、東の荊州から「三峡」と呼ばれる。長江の峡谷をさかのぼる。

前任の益州州牧、劉焉は、現在「三峡」の谷口の手前、公安と名付けられた土地にいた。

――― ――― ――― 

その劉焉にあわてて追い付くよりも、いましばらく、ここで待機するよう「白眉」馬良は、劉備軍に勧(すす)めていた。
「いま、足踏みしている劉焉の状況が、急に好転するわけでもありません」
いや「白眉」だけではない。

荊州「名士グループ」からの客人が、入れ替わり訪問してきていて「友達の輪」状態になっていた。
北郷一刀が知る「正史」で「蜀」に仕えた、軍師・文官の内、荊州出身者の面子は、ほぼ揃ったと見ていい。

無名の兵たちも集まっている。
元々、官命で兵を集めるのでも、彼女たち「名士」の地域社会への影響力は必要なぐらいだから。
逆に、地元「名士」からの仕官は兵士も連れてくる。
その兵士たちの調練だけでも、かえって待機する必要があるくらいだった。

「それにしても」
水鏡女学院そのものの人脈とか、そこでの伏竜鳳雛の評判とかの影響力もすごいけど、
やってくる「名士」を仕官するつもりにさせてしまう、桃香の魅力もさすが劉備。
「白眉」なんか、もうすでに「真名」を許している。
「うん。胡蝶ちゃんが勧めるなら。朱里ちゃんや雛里ちゃんも賛成みたいだし」

いま1つ、名士同士の“ネットワーク”を通じて、荊州と益州の「名士グループ」が連絡を取り合っている。
その結果次第で、益州に入る意味自体が変わるかもしれない。

…  …  …  …  …  

やがて、待ち人が現れた。

法正孝直
益州四川「名士グループ」において、劉備を迎え入れた「グループ」を代表する人物。
「正史」では、蜀侵攻の途中で急死した鳳統(無論、一刀はこのイベントを回避するつもり)と交替して、
孔明と軍師コンビとなる。

その法正が現れた。だけではなく、狭霧という「真名」を桃香に許した。
つまり、益州の側に、劉備を主として迎え入れる勢力ができたという事。
「四川には、雲や霧にちなんだ「真名」は珍しくありません」
“蜀の犬は太陽に吼える”などと、悪口も言われますが、それだけ水が豊かで、農耕には有利なのです。
益州は「天府」です。

その狭霧からあかされた益州の現状。
劉焉のさらに前任の益州刺史が戦死した後、その補佐官だった賈龍(かりょう)が有志を集めて、治安を維持している。

だが、その賈龍の元に集まった者たちの中には、劉焉の本心を疑うものがいて、
「三峡」の出口からすぐ上流の巴郡に頑張っていて、劉焉を通さない。
「これを帝都に報告しては流石に州牧は交替でしょう」
しかし、劉備軍に関しては、狭霧もとい法正次第、といって送り出した「グループ」も出来ている。
ただし一方では、劉焉も劉備も侵略者には違いないという意見もある。特に巴郡がそうで、ここでの1戦はありうる。

いま1つ、劉焉を足踏みさせていたのは、荊州水軍の動きだった。
「三峡」をさかのぼるにも、ある程度以上の兵力を運ぶためには、水運に頼るしかない。
荊州軍閥の長江水軍の協力が不可欠なのだ。
劉備軍のように荊州「名士グループ」での協力者がいなくては、荊州州牧、劉表の協力が受けられなかったのだ。

しかし、劉備軍のためには、水鏡先生だけではなく、荊州「名士グループ」から多くの口添えがあった。
それこそ、劉表が変に疑いを持てば、益州ではなく荊州を乗っ取られるかと思う程。
それぐらいなら、この程度の協力はした方がいいだろう、と言う気にはなった。
この程度とは、つまり、荊州水軍の「基地」がある長江本流沿いの江陵で乗船し、
益州側の法正(狭霧)たちが最低限、上陸中の安全は保障している地点まで運んで、船団は引き返す。その程度なら。
この2つの条件が揃い、待機は終わった。

・  ・  ・  ・  ・

その出立は、前回よりもさらに多くの、さらに名残惜しげな見送りを受けた。
前回は双子都市の樊城から北東へ向かったが、今回は、襄陽からさらに南の江陵へ。
いつのまにか「1個旅団」程度の規模になった軍列が南下していった。
途中、さらに調練を繰り返しつつ、南へ道をとる。

…  …  …  …  …  

その進軍の中で、北郷一刀は1人、複雑な気持ちだった。
この道、襄陽から江陵への道は「正史」では、劉備軍、最大の危機を迎えた道。
その危機ゆえに、趙雲や張飛には一代の「見せ場」になった道。
「ご主人様、どうされたのですか」流石に変に思われたか。
「なあ、桃香。自分の子供は可愛いよな」
「?!」何を考えたか、真っ赤になっていた。

・  ・  ・  ・  ・

しかし、曹操軍に追撃される事もなく、劉備軍は無事に江陵へ到着し、乗船した。
船団は、岸沿いの公安にいる劉焉を“スルー”して「三峡」をさかのぼって行く。
何事も無く、雄大な峡谷をくぐり抜け、やがて出迎えのため戻っていた、狭霧と同志たちの待っている地点まで来た。

・  ・  ・  ・  ・

「残念です。巴城の頑固(がんこ)者たちは説得できませんでした」
いきなり、城攻めか。それも郡城クラスの。敵にも味方にも犠牲は出るだろうし、後に恨みを残すだろうな。

もっとも、軍師たちに策がない事もない。
「あうぅ…まずは何とか野戦に持ち込みます。そして…」
「はうぅ…「八陣図」を使わせて下さい」
あの陣形は本来、完全に包囲して殲滅(せんめつ)するための陣形です。
いままでは、兵力不足でできませんでしたが、完全な「八陣図」を実現するだけの兵力が今はあります。
「だめよ。殲滅なんて。私たちは「国づくり」のために来たのよ」
「そうです。だから、包囲が完成した時点で、桃香様が説得して降伏勧告をして下さい」

そこで、次は野戦に引っ張り出す手段になった。
後に恨みを残さないための包囲戦法なのだから、あんまり、えげつない挑発もできない。
「正攻法で行きましょう」

…  …  …  …  …  

巴郡郡城、その前面に劉備一党が進み出た。
「天の御遣い」北郷一刀、劉備もとい桃香、愛紗もとい関羽、鈴々もとい張飛、朱里もとい孔明、雛里もとい鳳統。
ズラリと揃ったが、楼門上からの反応は「何だ。小娘を揃えて」
年齢不詳の美熟女。なる程、この面子では「小娘」揃いにしか見えないだろう。
さらに、一刀と桃香が同志たちより前に出て、説得を始めた。
……自分たちは「侵掠」に見えるかもしれない。しかし、益州の人々と協力してこの「蜀」にいい国をつくりたい……

この説得に応じて開城してくれれば、最善。
しかし、巴郡の将、厳顔は「無礼にも侵略してきたのはそちらだ」と言い切り、
「天の国」なら“パイルバンカー”とかにしか見えない、巨大きわまる弩(ど)(ボ―ガン)を持ち出した。
「ここまでです。鈴々ちゃんを前に出して、後退して下さい」

一番「小娘」の鈴々が前に出て、自慢の「豪天砲」が至近に着弾しても、なお闘志満々なのを見て、
厳顔(真名桔梗)は「ほう」とみた。
元々、益州の武将中でも第1の「老練」であり、男女を問わず「若い」武将たちの「先輩」との自覚が常にある。
だからこそ、劉備軍一党を「小娘」と見たのだし、特に鈴々を見ればどうしても、その感がある。
そもそも「酒に酔い、戦に酔う」などと公言する性格でもある。
それでも「老練」の経験値が「これは挑発」だと警告している。
むしろ、微笑して見守っていたが、身の丈にあわぬ(?)蛇矛をふりまわす張飛をみているうちに、ムズムズしてきた。
いや、桔梗より城内の部下たちが先に体温が上がってしまった。

ついに出陣した、桔梗率いる巴城勢に対し、劉備軍は円陣らしい「老練」な桔梗にも見慣れない陣形をしいた。
その前面と左右にそれぞれ、3将が直属の隊を率いて遊撃の位置につく。

前曲の星には、相手を「八陣図」に誘導する役目だと言ってはあった。
ところが、桔梗の「豪天砲」が何発も着弾し続けると、星自身はともかく、兵士たちがたまりかねる。
まんざら演技でもなく「八陣図」の中へ逃げ込んだ。
それと同時に、愛紗と鈴々のそれぞれの騎兵が左右から迂回し、後方から包囲にかかる。
と歴戦の桔梗は見た。
ならば、あえてその「包囲」に逆(さか)らわず、円陣をしく敵の本軍に一気に突入する。
体温が上がっている部下たちの状態からいっても、ここで敵の本陣を1点突破すれば、勝負はそれで決まる。
そこまで行かなくても、勝って城に帰れる。そう決断しただけでも、流石に「老練」だった。
だが、その「円陣」の正体が、前代未聞だったのである。

敵の本陣があり、主将がいるはずの円陣の中央。
しかし、まるで誘い込まれたようにポッカリと空いた空間に飛び出したかと思うと、周囲の敵が一斉に押し寄せてきた。
歴戦の桔梗ですら経験に無かった、完全な包囲。
こうなってしまっては、一番外側の味方以外、周囲から押し込まれてくる味方が邪魔で
戦う事も、陣形を組みなおす事もできない。
桔梗本人にしても「豪天砲」のような射程の長い武器は、どうしても放つ動きが大きくなる。
周りに押し込まれてくる部下の中でそんな大きな動きができない。
一方、包囲している側は、相手の周囲に沿って味方が展開している分、効率よく戦える。
内側に追い込みつつ、外側から順に殺していく事ができる。だが、

「もうやめてください!」
私たちは、人々が笑顔で暮らせる国をつくるために来ました。
この「蜀」の国を、力の無い人たちが安心して暮らせる国にするために、あなたたちの力を貸してください。
お願いですから、もう降参して下さい!!

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中途半端のようですが、今回はあくまでも(その1)です。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の16『益州侵掠(その2)』~蛮王は貪(むさぼ)り食(く)らう~の予定です。



[8232] 講釈の16『益州侵掠(その2)』~蛮王は貪り食らう~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/12 22:10
††恋姫無双演義††講釈の16『益州侵掠(その2)』~蛮王は貪(むさぼ)り食(く)らう~


益州巴郡の将、厳顔(桔梗)は、捕虜となっても、その態度を崩さない。
降伏したのは、どうせ、あれだけ完全に包囲されたのでは、部下を皆殺しにされて、
結局、巴城を落とされるだけという現実を突き付けられた、だからに過ぎないと。

「さっさと斬らんか、侵略者ども」
捕まえている方が、困惑していた。

「どうしたら、信じて貰えますか」桃香などはむしろ悲しげだ。
「そうじゃな。美辞麗句をいかに並べても、その場だけのことじゃろう。ならば実績を示してもらおうかの?」
「実績ですか」
「そうじゃ。南蛮のやからが、この益州を困らせているのは本当じゃ。やつらの乱暴をやめにして見せられるか」

・  ・  ・  ・  ・

後漢13州の1つ、益州には四川盆地のみがあるのではない。その南に雲南の高地が広がる。
「現代」ですら、山々の間にいくつもの少数民族が伝統を守り続けている。
しかし、すでにこの時代、この地にも、益州に属するいくつかの郡がおかれていた。
つまり後漢帝国の行政範囲にはなっていたのだ。

さらにその南「現代」なら「中国」と「ラオス」「タイ」「ミャンマー」の国境をまたいで拡がる領土を支配する、
南蛮王、孟獲が雲南を侵略している。
「彼女」の主張では、雲南は「漢」ではない。彼女が支配する南蛮と同じ土地、同族、すなわち南蛮だと。
奪われたから「漢」から奪い返すのだと。

――― ――― ――― 

「にゃ―にゃ―にゃ―」
見た目には「わがままロリっ娘」が「ジャングルの女王様」の“こすぷれ”をしている様にしか見えない。
だが、例えば見た目は「あの」鈴々で、中身は「張飛」だったりするのだ。
まさしく「コレ」が南蛮王、孟獲。
いまだ、後漢帝国ほどの「国家」という概念に到達していないはずの、“南蛮”各部族を統一している「王」なのである。

孟獲(真名美以)は、あの小さな体のどこに入るかをすら、超えた量の
「ごちそう」(あくまで南蛮基準、益州とて漢のはしっこ)をぱくついていた。
まるで、これが目的で、益州に攻め込んだ。とでも誤解されそうな光景。
いや、支配するつもりなのが、南“蛮”と“半分”同族の雲南部族だから、“蛮人の王”らしく「見せ掛けて」いるのか(?)

この「わがままロリっ娘」「ジャングルの女王様」に益州の官軍が雲南から追い出されたのは事実。
益州刺史の戦死後、補佐官だった賈龍が何とか四川盆地を死守しているが、それが精一杯で、反撃の余裕もない。

――― ――― ――― 

「蜀」の国づくりのためなら、遅かれ早かれ、果たさなければならない義務と責任。
同志一同に異存は無い。

むしろ、長江の下流の方から、転進する方向を迷わせるような使者が来た。
「荊州東方の夏口。揚州からの侵掠を受けたり」

――― ――― ――― 

孫堅(真名水蓮)は孫呉軍の勢力を伸展させるため、黄巾の乱以来、転戦してきた。

まずは、将軍朱儁の官軍に加わって、黄巾と戦った。
荊州南陽郡に、敵の首領を求めて、南陽郡城の城攻めに加わった。
その後、黄巾の残党を討つ、朱儁の官軍に同行し、そこそこの功績を上げた。
その結果、郡太守の官職を得て、それに応じた軍権を認められた。

そのうち、董卓に対する連合軍が結集すると、拠点のある江東地方(長江下流域)に近い(あくまで中国的スケール)
淮南地方(淮河南方)で拠点と勢力を拡大しつつあった、袁術軍に誘われる形で、連合軍に参加した。
無論、ここで功績を上げて、さらに軍閥として成長するつもりだった。

しかし、1番手柄は曹操軍に取られた。最初に決起を呼び掛けた当人でもあるだけにその差は大きい。
その次は公孫賛軍の傘下にいた劉備軍であり、益州州牧にまで大抜擢された。いくら、漢王朝の“お姫様”とはいえ。

それでも、破虜将軍の「名分」は得た。
この「名分」を活用して、勢力を伸ばそうにも、江東の北には、今しばらく下風に立つしかない袁術軍がいる。
「四代三公」の袁家が蓄積してきた人材、資産、兵力には、新興軍閥では、まだまだ追い付けない。
機嫌(きげん)を取り損ねたら、江東の拠点すら危ない。

東は海、南はこの時代では「中国」の範囲内でなく「南蛮」と意識されている未開発地帯。
ならば、西の荊州を狙ってやる。だが……

・  ・  ・  ・  ・

「水蓮どの。何をあせっておいでだ」
「祭。もう「漢」という「国家」はあてにはならない」
この「呉」が私たちの国。この呉の国を私たちで守るしかない。
雪蓮、蓮華、小蓮。あの子たちや、冥琳たちが笑ってくらせる国に、この呉の国をしたい。
あの子たちが、私たちのように戦う事の無い国にしたい。

「そのためなら、むしろ今はあせられるな。下手な真似をしたら、お子たちにツケを回す事になりかねぬ」

結局、孫呉軍は、袁術陣営にけしかけられる様に、長江をさかのぼった。
長江が荊州の領内から、東の揚州に流れ出す手前に位置する、夏口の城を攻囲したのである。

――― ――― ――― 

荊州の軍閥、劉表に対し、劉備軍は借りがないわけでもない。
荊州水軍を拝借して、益州入りした。
また、荊州の名士や兵を相当連れ出した。
その「借り」を取り立てられたら、この場合、援軍に引き返す「義理」がないわけでもない。
しかし、まだ最初の1勝を上げたばかりで、ここで引き返しては、全てが水の泡(あわ)……

そのとき「天の御遣い」は少しだけあわてて、すぐに冷静さを取り戻した。
「多分、俺たちが援軍に行くまでに、孫呉軍は撤退するよ。孫堅の不運を見殺しにするみたいだけど」

…  …  …  …  …  

荊州からの続報は、劉備軍がまだ巴城に居座っている間に届いた。
「援軍に及ばず」

夏口の城を攻囲中に、孫堅は不慮の事故にあい、あっさり戦線を離脱したらしい。
そのまま、孫呉軍は撤収していった。

――― ――― ――― 

ここに「わがままロリっ娘」がもう1人。
だが声だけは可愛く言っている科白は、
翻訳すれば「○○屋、おぬしもワルじゃのう」
その「○○屋」もとい側近の張勲(七乃)が主君である袁術(美羽)に吹き込んだ“悪事”というのが……

孫呉軍が、海賊退治から身を起こし、新興軍閥となるまで築いて来た、
その勢力のほとんどは、実にあっさりと袁術陣営に横領(おうりょう)された。
その口実は「孫呉は当主を急に失い、跡継ぎはまだ未熟」
真っ赤なうそでもない。そして、現時点では「四代三公」の“ポテンシャル”に逆らうには元々、力不足。
だが、袁術陣営の「保護」下に一旦、入っただけで、再起を諦(あきら)めるなどとは、
孫姉妹とその同志たちを、見くびり過ぎていたのである。

――― ――― ――― 

曹操の「魏」軍は、予州潁川郡から兗州へ、着実に拠点と勢力を拡(ひろ)げていた。

「そろそろ「現在」の帝都、洛陽から何か言ってくる頃かしら」
とはいえ、当面の問題もいくつかある。
予州から兗州の東、徐州の州牧である陶謙に対し、侵掠するにせよ、外交交渉するにせよ、接触する時期だった。

・  ・  ・  ・  ・

さらに、曹魏の勢力圏は、徐州だけではなく、沛国にも近付きつつあった。
「私だって、積極的に不孝娘に成りたい訳でもないわ」
沛国に向ける軍を、徐州方面とは別に編成しようか、その事を含めて軍議にかけていた時、急報が飛び込んで来た。

「徐州軍らしきもの、沛国を急襲!」

一瞬、華琳だけでなく、沛国の曹夏侯一族の出身者たちが、殺気立った。
ところが…

「待って、華琳姉さん。落ち着いて」
「仲徳?!貴様にも親だぞ」
「分かっているよ。春蘭さん。でも、華琳姉さんにここで、自分を見失ってもらうわけにはいかないんだ」
「仲徳?あなた変よ。あなたこそ、いつものあなたじゃないみたい」
「秋蘭もそう思うか。ええい、この大事に仲徳までおかしくなるとは」

……何と言われようと、これだけは許すわけには行かない。
「曹操」の弟であると、自覚できた時から、これだけは「正史」通りにしてはならないと思い続けてきた。
この「虐殺」だけは。
「(どうする。俺の「正体」をバラすしかないのか?)」

――― ――― ――― 

巴郡から、劉備軍は転進した。益州の主城“成都”のある西ではなく、雲南の山また山脈が連なる南へ。
桔梗も、元のまま、巴城の軍を率いて参加していた。

「しかし、お主らの「お館様」も奇妙なお方じゃな。ほんに「天の御遣い」でもなければ知らん様な事を」
確かに「天の御遣い」だから知っていたのだ。孫堅の不運を。
むしろ、見殺しにしたような後味すらあった。

…孫策には、いつか弁解できる機会があるかな。
そんな事を考えてみたりする、北郷一刀でもあった。

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「三国志」である以上「呉」や「魏」を無視もできません。
当面は“三国”を右往左往しつつ『益州侵掠(その?)』~いざ成都~(妄想中)を目指します。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の17『益州侵掠(その3)』~七たびとらえて七たびはなつ~の予定です。



[8232] 講釈の17『益州侵掠(その3)』~七たびとらえて七たびはなつ~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/13 21:06
あらかじめ、告白します。
今回は『銀河英雄伝説』のパクリがあります。

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††恋姫無双演義††講釈の17『益州侵掠(その3)』~七たびとらえて七たびはなつ~


その一言、すなわち「七たびとらえて七たびはなつ」それだけで「伏竜鳳雛」には理解できたらしい。

そう、南蛮王、孟獲をたとえ殺してたところで統制すらとれなくなった“南蛮”各部族がバラバラに略奪しに来るようになるだけ。
“南蛮”の全員を皆殺しにするなど不可能な以上、かえって面倒になるだけ。
それよりも、孟獲の統制の下で侵入してくるのなら、
その王ただ1人に「漢」への侵入をあきらめさせる方が、より完全な解決になるのだ。
少なくとも、南蛮に隣り合う「蜀」の国をこれからも治めていくつもりならば。
そのためには、孟獲には軍事的に限らず、心理的にも「参った」と思い知らせるべきであり、
それまでは孟獲を殺すわけにも行かない。

「(よし、先に言えたぞ)」
孔明にこの戦略を思い付かせた切欠は「演義」だと、馬謖の進言だった。
このため、次の「北伐」でも期待した結果が「泣いて馬謖を斬る」になってしまった。
今回も胡蝶は「妹」を連れて来ていたので、余分な事を言わせない方が無難だったかも知れなかった。

・  ・  ・  ・  ・

山また山脈の雲南でも、そこは大陸。
山と山の間にはそれなりの平野があり、そこに劉備軍と南蛮軍が布陣していた。

「にゃ?こっちの半分くらいだけにゃのにゃ。今回は今まで以上に楽勝にゃのにゃ」
ただし、敵はもう2軍いたのだ。

南から北へ向かう南蛮軍と、北から向かい合う劉備軍。その東から接近する軍の武将は星。軍師は胡蝶。
さらに、西から接近する軍の武将は桔梗。軍師は狭霧。
「儂(わし)らをまるで荊州か、いっそ幽州から連れて来た者みたいに使(つこ)うてくれるのう」
「そんな事も考えていらっしゃらないでしょう。あの方たちは」
ただ「伏竜鳳雛」は、厳将軍が長兵(射程の長い兵器)に熟練しているとは考えたでしょうが。
その通り、桔梗たちには虎牢関以来、自慢の連弩を預(あず)けていたのだ。

…  …  …  …  …  

いかにも蛮兵らしい勢いと、数を頼んで押し寄せる南蛮軍を、
愛紗と鈴々が陣頭に立ち、朱里と雛里が白羽扇を振って押しとどめる。

「しゅぶといにゃ!」

…  …  …  …  …  

「1点集中…狙え・・・撃て―!」
桔梗は自ら豪天砲を放つと同時に、連弩を一斉につるべ撃ちさせた。

狭霧の戦術眼と桔梗の熟練によって、最大効率で統制された1点集中射撃が打ち込まれた。
何本かの矢に襲(おそ)われた1人が、その衝撃で跳ね飛ばされて、周囲の何人かを巻き込む。
あたかも鏨(たがね)を打ち込まれた石が砕けるように、反対側へ陣形を崩した。

その方向には、星と胡蝶の率いる騎兵が待ち構えていた。
「ここは突撃するしかありません」
「聡明なる「白眉」でもすら、そうしかないか。では、全軍に命令…」
第1命令…突撃!第2命令・・・突撃!!第3命令!ひたすらただ突撃!!!

…愛紗や鈴々に比較すれば、地道で着実な武将と思われていたが、
これ以降の星は「全身すなわち肝っ玉」と呼ばれるようになる。

ドミノ倒しのように崩れかかる、その出鼻を思いっ切り叩かれて、
もはや統制を取って戦う兵士ではなく、逃げ惑う群集となった南蛮兵たちは、
唯一、敵のいない方向、すなわち最初の布陣での後方へ逃げ散った。

しかし、これで南蛮王孟獲が負けを認めたとも思えない。
孟獲自らが負けを認めるまで、七度でも追い払わなければならなかった。

・  ・  ・  ・  ・

「あれって?前回と逆」
そうだった。前面には、ほぼ劉備軍の半分ほどの南蛮軍。
右手からは、長弓を構えた弓兵が接近しつつあり、
反対側の左手からは、南蛮軍らしく、戦象をそろえた突撃隊が、好機を窺(うかが)っている。

「前回、こちらにやられた仕返しをそっくりするつもりでしょう。とどめをさす役を自分でするつもりなのも」
「ただし、この陣形は事前に見破られると、各個撃破の好機を与える危険があります」
「そういう訳で、全軍、全速力進発。中央正面の敵から各個撃破します」

…  …  …  …  …  

元々こちらが半分程度でも持ち堪(こた)えられるくらい、軍を預(あず)かる武将や軍師に差があった。
向こうの方が半分程度で、しかも統率する王がいない。他の軍との連携もまだ遠い。これで破るのは容易だった。
中央正面の南蛮軍を撃破すると、そのまま敵の「包囲陣形」の外に飛び出した。
そのまま、戦場をめぐると、弓兵隊の後ろから襲い掛かる

元々弓兵は接近戦、特に正面以外からの攻撃にもろい。
第2の敵も苦戦することなく撃破して、そのまま戦場の中央に飛び出すと、第3の敵と正面から向かい合った。

「こんにゃはじゅではないのにゃ!! 」
それでも、南蛮王孟獲は自軍の陣頭に立ち、戦象に大地をゆらがせて劉備軍と正面衝突した。
そして、見事に中央を突破した。いや、突破「させた」のだ。

そのまま劉備軍は、孟獲軍の左右をすれちがう様に後方へ飛び出すと、
勢いのついた象を止められない間に、方向転換を済ませ、今度は後方から追撃する形になる。

「にゃにゃ!?!向かいにゃおって、反撃しゅるのにゃ!!」
だが、勢いのついた象は急には止まれない。まして、方向転換となれば。
手間取っている間に、連弩の狙いを付けて象が横腹を向けたところに打ち込めば、
象使いを振り落とし味方の歩兵を踏み潰して、勝手々々に逃げていく。
流石に、王である孟獲を乗せていたのは、一番強く一番賢い象だったが、
こうなってしまっては、当人が逃げる役にしか立たなかった。

・  ・  ・  ・  ・

その後も、戦術を変え布陣を変え、南蛮王孟獲は劉備軍と戦い続けたが、
その度ごとに、裏の裏をかかれるか先手を取られるかして、逃走する繰り返しだった。

――― ――― ――― 

曹魏軍の陣営。物語は、沛国からの急報を受けて軍議を開いた時までさかのぼる。

・  ・  ・  ・  ・

「いったい仲徳のやつ、どうなったんだ?」
急報の内容が内容のため、軍議の最初から殺気だっていたうえ、
華琳の弟で、したがって当事者でもあるはずの曹仲徳の、思いもかけぬ態度と発言で、
軍議の行方は暴走するかと思われた。

流石に華琳は、激昂しつつも暴走はまずいと判断した。
そして、姉弟2人だけの話しにするため、一旦、私室に戻っていた。

・  ・  ・  ・  ・

「さあ、なんといって弁明するつもりなの」
「……その前に、姉さん。何を言っても、最後まで俺の話を聞いてくれるか」
「そのために、2人だけになったんじゃないの」
「ありがとう。それと、2人だけにしてくれた事も」
「何よ」こういうときの華琳は姉らしい。元々愛憎とも感情の豊かな、詩人でもある彼女なのだ。

「姉さん。俺は…あの北郷一刀と同じなんだ」
「?!」流石に華琳でも、想像のななめ上を飛び去っていた。

「確かに俺は、華琳姉さんの弟に生まれ、曹孟徳の弟として育ってきた、曹仲徳に違いないよ」
でも、ものごころついた時から、俺の中には別な記憶があるんだ。
あの北郷が落ちてきた、そう、劉備たちが言うところの「天の国」で生きていた、もう1人の俺の記憶が。

そうだよね。怪力乱神を語らず、淫祠邪教の類(たぐい)は容赦なく取り締まってきたのが、曹孟徳だからね。
だから、今までは俺の頭がおかしくなったとでも思われると、そう考えて黙っていたんだ。
でも、今回はそうはいかない。ここで「天のお告げ」を使ってでも、姉さんを止めないと。
「なぜなら、俺が「天の国」で知った限りだと、これから曹操は、その覇道を汚すほどの大失敗をするからなんだ」

「……。…それで…この「天の御遣い」は何の「お告げ」を下さるのかしら」

「親の仇を討ちたくなるのは、当然の感情だよ。今の俺にも親だしね」
でも、何の罪も無い徐州の住民を大虐殺するのは、決して正当化できない。
劉備や孔明は、一生、許さない。(「正史」の孔明は、子供のとき、この虐殺から生き残った難民の出身だったな)
曹操がどんな大義名分を唱えようが、その「正義」を信じない。
それほど、曹操の「正義」を貶(おとし)める結果になるんだ。

しかも、結果として、仇は討てない。
留守にした勢力圏を、例えば旧「董卓」壊滅の後行方不明になっていた、あの呂布とかに乗っ取られかけて、
徐州州牧、陶謙を殺す事すらできずに、力の無い罪も無い住民を虐殺した汚名だけをかぶって、
スゴスゴ引き揚げる羽目(はめ)になる。
おまけに俺の知っている話だと、この事件には陶謙は関与していなかったんだ……

「…言いたい事は聞いたわ…仲徳」
「華琳姉さん?」
「あなたが「天の御遣い」かどうかは、またの話しにするわ」
そんな事より、そんなとんでもない話をしてまで、私を冷静にしようとした事は、認めてあげる。
確かにまだ、何もかも不明だったわね。
攻め込んできたのが本当に徐州軍なのか。
なにより、沛国の一族がどうなったのかも。
殺されたかどうか、まだわからない親の仇討で、冷静さを失うより先にする事があったわね…

・  ・  ・  ・  ・

「何も無かったわ」
軍議の場に姉弟が戻ってきての、第1声がこれだった。
「仲徳は私を冷静にさせようとしただけよ。私が先に逆上したから、自分が逆上できなかっただけ」
一同はそれで納得するしかなかった。なにせ、緊急事態なのである。

「まだ、沛国の曹夏候一族が殺されたという報告までは来ていないわ。ならば、直にする事があるはずよ」
霞、貴女たちが連れて来た、涼州騎兵の快速を役に立ててもらうわ。
至急、快速部隊を選抜して。

春蘭、秋蘭、貴女たちと仲徳は、この快速部隊と一緒に沛国に急行して。
貴女たちの役目は、快速部隊の道案内と、一族に対しての味方だという証人。
だから、貴女たち自身の兵は、足手まといは連れていかないよう、今回だけは最小限。

風、確かにこの徐州軍らしきものは、正体も目的もはっきりしていないわ。用間を使って、調べて。

桂花、稟、この緊急事態のすきをうかがう何者かがでるかもしれないから。例えば、あの呂布とかね。
油断や隙がないように目を配って。

「とにかく、仇討は殺されてからよ。その前に救う事を急ぎましょう」

――― ――― ――― 

益州永昌郡。すでに益州も南端の“南蛮”との“国境”の郡。
南蛮王孟獲の軍は、すでに劉備軍から6度敗走し、ここまで追い返されていた。
「次の戦いは逃がしません。そのために「八陣図」を使います」
「そうだな。次が7度目だったな」

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野神奈々さんの声で「第3命令 ひたすらただ突撃」は書いていても楽しかったです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の18『益州侵掠(その4)』~百戦百勝は善の善ならず~
の予定です。



[8232] 講釈の18『益州侵掠(その4)』~百戦百勝は善の善ならず~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/14 21:47
今回、引用する「孫子の兵法」はあくまで抜粋であり、作者による(ところどころ省略した)抄訳です。

「正史」の孔明は、子供のとき遭遇した曹操による徐州虐殺を、生涯許さなかったでしょう。
しかし、軍師としての「彼」は、実際の戦争に対しては理性的でした。
曹操が復刻し「正史」での世代差から考えると「彼」も読んだであろう、
「孫子の兵法」を否定する事のない戦いを、孔明も実行していきます。

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††恋姫無双演義††講釈の18『益州侵掠(その4)』~百戦百勝は善の善ならず~


益州永昌郡。南蛮王孟獲が率いる南蛮軍と、劉備軍はすでに7戦目を戦っていた。
この第7戦で使用されたのは「伏竜鳳雛」がお得意の「八陣図」
完全に包囲してしまえば、そのまま殲滅するのも降伏勧告するのも、
動機と結果は正反対ながら、こちらの思いのまま。

桔梗などは自分も犠牲者だけに、南蛮に同情すらした。

彼女の時と同様、包囲が完成した段階で桃香が説得を始めた。その途中、
「もう、こうしゃんにゃのにゃ―」
…ちょっと、思いっ切りが良くないか?
「しょのしょうこに、まにゃをおしゅえるにゃ~。みぃはこうしゃんしゅるにゃ―」

「この」世界の少女たちにとって、真名を教える事がどんなに思い意味を持っているか。
これが「漢人」同士なら、これだけで降伏を信じてもいいかも知れない。だが、
「“南蛮”にも、真名ってあるの?」

いずれにしろ「七だびはなつ」の作戦方針からいえば願ったりだ。
南蛮兵たちも次々に武器を捨てだした。一番外側の兵だけは流石に盾を構えて身を守っているが、もうそれだけ。
それを確かめて、軍師の白羽扇が振られる。「八陣図」がまた形を変え、包囲がゆるめられた。

…  …  …  …  …  

降参した南蛮王孟獲(美以)が、桃香や一刀たちと対面している。
見た目やしゃべり方、それに“南蛮”に対する先入観からすれば、話している内容はしっかりしていた。

従来の国境、つまり益州永昌郡までは「漢」の領土だと認め、それより南は“南蛮国”として相互不可侵を誓い合う。
それを信じるか否かは、結局は、美以と桃香が互いに信頼できるかであり、
美以の方は、完全に桃香を信じると言い切った。

さらに細かい条件がいくつか取り決められたが、その1つとして「蜀」と南蛮との貿易関係についても話し合われた。
美以が希望する「蜀」からの輸入品として、“食料”が挙げられた時に、北郷一刀はむしろ意外に思った。

「天の国」つまり現代日本では、熱帯地方からさまざまな農産物を輸入しているからだ。
むしろ“南蛮”の方が食料を輸出しそうな気がしていたのだが。
その一刀の「お告げ」で、南蛮から「蜀」へ「トロピカル」なあれこれが輸出され、
「蜀」から南蛮へ輸出される主食と等価交換される事になった。

そう、等価ということが、この際は重要だった。
つまり「中華」が「南蛮」を対等に扱(あつか)うという事。
やはり「蜀」の面々も「中華」の民である以上、一刀だけがこの発想を持てた。
それだけに、美以の心理には、信頼度という意味でトドメになったかもしれない。

…  …  …  …  …  

美以もとい孟獲は、永昌郡の南の「国境」を越えて引き揚げて行き、
劉備軍は再び、巴郡を目指して北上しつつあった。

南蛮軍が降参する際に投げ捨てた武器。特に南蛮王の持ち物である事も確かな美以本人の武器。
さらに、貿易が取り決められて提供された「トロピカル」な輸入品。
それらを大量に抱(かか)えて北へ帰還した。

「これらを持って帰るのは、これから大事な意味を持ちます」
すなわち、南蛮との問題を解決したという証拠品。
この「証拠」をもって、桔梗さんとかが説得すれば、大きな効果が期待できます。

確かに、巴城に立て篭(こ)もって、劉焉を益州に入れなかった厳顔(桔梗)だから説得力がある。
そこへ「実績」を示すこの「証拠」が加わるわけである。

「それで、成都を守っている賈龍さんが、納得してくれれば、無駄な戦いをする必要がなくなります」

・  ・  ・  ・  ・

魏の曹操が復刻し、後世に残した「孫子の兵法」(その3)「謀攻編」に曰く、

戦争の法則は、国をまっとうするのが上策。敵国を破るのはその次。
これは、最小の「1個分隊」にまであてはまる。
百戦して百勝は、善の善ではない。
戦わずして、屈服させるのが善の善なのだ。

・  ・  ・  ・  ・

桃香や一刀たち、同志一同の目的は「蜀」の国づくり。
戦う事が目的で、益州を侵掠したのではない。
前々任の益州刺史が戦死した後、その補佐官だった賈龍が有志を集めて益州を守ってきた。
その功績を認めるつもりはあっても、出来れば戦いたくは無い。

「(それに、成都の手前には「落鳳坡」があるしな。ここでの戦いはスルーした方がいい)」

…  …  …  …  …  

巴郡まで戻って来た劉備軍は、益州の州都、成都を目指して、四川盆地を横切るように進撃し始めた。
だが、決して、自分から戦おうとはしない。
すでに同志となった、狭霧や桔梗たち、益州出身者たちが同郷の者を説得し、
無血で開城させては、着実に前進して行く。

こうして、盆地の中央付近まで来たところで、劉備軍の主力は進撃を休め、
桔梗や狭霧たちが、成都へ説得におもむいた。

――― ――― ――― 

曹魏軍の陣営。物語は沛国へ向け、救出部隊が急行した時までさかのぼる。

・  ・  ・  ・  ・

「(間に合った。そういえば「正史」では、張遼と涼州騎兵はまだ参加していなかったな)」

とはいえ、軽騎兵だけで急行してきたのでは、侵略してくる何者(?)に対して戦力不足。
曹仲徳たちの役目は、曹夏侯一族を保護して撤収することだった。

仲徳や、春蘭、秋蘭が証人になって、華琳の救援である事は信じてもらえた。
しかし、すでにこの地方の豪族として3代目である。
大人数であるだけでなく、捨てて行くのが惜しい財産は余りにも多い。

だが、そんなものを抱えては、逃げ切れないだけではなく略奪の標的になる。
そう華琳に言われた通り、仲徳たちは説得した。
それを当主である祖母の華恋が聞き入れてくれ、他の一族を一喝してくれた。
おかげで、脱出が可能となった。

…  …  …  …  …  

しかし、一族郎党を引き連れての避難行動となっては、往きの様に涼州騎兵の快速に任せるわけにもいかない。
仲徳たちは何度も襲撃者たちに逆襲の突撃を行い、その間に一族を逃がそうとした。

当然、激戦になる。
それでも、収容のため送り出されて来た、後続のより大きな部隊との距離を次第にせばめていった。

…  …  …  …  …  

後、1回か数回の逆襲で、おそらく収容部隊と合流できる。

その時、春蘭がまともに顔面に矢を受けた。
だが、尚も当面の敵が退却するまで戦い続ける。
その気迫に敵も恐れをなしたか、返って距離を大きく取れた。

・  ・  ・  ・  ・

「春蘭、生きているの!」
ようやっと、華琳自身が率いてきた収容部隊と合流できた途端、
張り詰めていた気が切れたように春蘭が失神し、そのまま陣営に担ぎ込まれた。

春蘭以外の曹夏侯一族の犠牲は最小限ですんだが、当然のように曹魏軍は殺気立った。
しかし……

「華琳姉さん…」
「わかっているわ。わかっているわよ」
「大丈夫、春蘭さんは死なないよ」
「何でわかるのよ。それも天…いや、そうよね」

華琳は自分の復刻した「孫子の兵法」を口に出して、自分を制御しようとしていた。

・  ・  ・  ・  ・

「孫子の兵法」(その12)「火攻編」に曰く、

王は怒りをもって戦争を始めるな。
将軍は怒りをもって戦争を実施するな。
有利にあって実行し、不利にあって止めよ。
怒りはいつか喜びに変わるかもしれないが、
亡びた国は存在しない。死んだ者は生きられない。

・  ・  ・  ・  ・

曹魏軍に冷静を取り戻させたことは、2つあった。

1つは、ふらりと現れた正体不明の医師が春蘭を治療した事。
「命には別状ありません。傷も片目以外は残りません。ただ、失くした眼球を作り出す事だけは出来ませんが」
「それで充分。いや、いくら御礼をしても足りないわ」
「でしたら、いつか貴女様の頭痛を治療しに来た時、僕を殺さないでいてくれますか」
「…?」
ただし、仲徳だけは「?」の意味が異なっていた。

…  …  …  …  …  

いま1つは、風が放った用間からの報告。
「あの徐州軍らしきものの正体は、旧「董卓」軍にいた、済成です」
「「「あの成(な)り済(す)ましもの!?!」」」
しかも、かなり詳細な内情を探り当てていた。
「よく調べがついたわね」
「へへん」何故か、風本人ではなく、その頭上に乗っている「太陽の塔」(仲徳曰く)が代わって答えた。
ああいう欲深は、似たり寄ったりの欲深しか信用できないのさ。
でもよ、そういうお仲間は値段によっては、買えるのさ。
「効率のいいお金の使い方ね」

・  ・  ・  ・  ・

「孫子の兵法」(その13)「用間編」に曰く、

およそ戦争になってしまえば、国庫ひいては民衆の負担がどれほどあるか。
それなのに、間者への恩賞をケチるなど、民衆への情け知らずとすら言える。

・  ・  ・  ・  ・

「裏が取れた以上、こんなバカげた陰謀に引っかかっては、余計に腹が立つわ」
一旦、このバカ騒ぎに巻き込まれないところまで、全軍で離れるわよ。

――― ――― ――― 

益州四川盆地。物語は、劉備軍が進撃を休めた時までさかのぼる。

・  ・  ・  ・  ・

雨が気になっていた。
「申し訳ありません。“蜀の犬は……”」
桃「そういう意味じゃないの」刀「そういう意味ではないんだ」
そう「蜀の王」であれば、気にして当然の事だった。
これから「蜀」の国づくりをしていくのなら。

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どうやら、戦争より政治が大事な段階にきたようです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の19『益州侵掠(その5)』~いざ成都~の予定です。



[8232] 講釈の19『益州侵掠(その5)』~いざ成都~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/15 21:26
††恋姫無双演義††講釈の19『益州侵掠(その5)』~いざ成都~


後漢帝国の人口は5000万前後だったと、これは「正史」に明記してある。
しかし、三国の人口は合計して、ある学者の説によると500万そこそこだった。
その学者の説では、その原因はこう説明されている。
この人口を養っていたのは、黄河や長江の灌漑(かんがい)農業だったから。

皇帝の責任と強大な「リーダーシップ」の下で、治水と灌漑が行われていれば、
これだけの人口をこの時代の技術でも養いうる。それが大河の恵み。
だが皇帝が放棄すれば「恵みの大河」は恐るべき暴竜に一変し、
この王朝からすでに天命が去った事を思い知らせる。
まさしく、飢餓(きが)も大洪水も天災などではない。天命を失った帝王による「人災」なのが中華帝国だった。

・  ・  ・  ・  ・

益州の主要部、四川盆地も例外ではない。いや、むしろ「モデルケース」とすらいえる。
「四川」の名の通り、四方の山脈から流れ出る幾(いく)本もの流れが、この盆地のあちらこちらで長江に合流していた。

…  …  …  …  …  

幽州や荊州の出身者には、珍しいほどの長雨の中で、いつしか不安を感じていた。
そして、その不安は当たりかけた。
劉備軍の駐屯している近くで、堤防が悲鳴を上げ始めたのだ。
地元の狭霧たちはそれを見越して、高目の土地を選んで駐屯させていた。

桃香や北郷一刀たちは迷わなかった。
劉備軍のほぼ全軍を挙げて、堤防の補強工事を始めたのである。

その工事の最中、成都から使者が来た。
成都にいる益州軍も補強工事に参加させて欲しい。と。
「これって、もしかして」
「ええ、認められたようです」
「(…て、誰かが報(しら)せた?)」

…  …  …  …  …  

いずれにせよ、益州の支配者なら当然の責任。それを果たそうとしていると認められた。

劉備玄徳が「蜀王」となる、その時がついに来る。

・  ・  ・  ・  ・

その時。
久し振りの晴天の下、もはや抵抗勢力も無く劉備軍は成都へ進軍する。

開け放たれた成都の城門を前に、益州刺史の補佐官だった賈龍が出迎えていた。
その賈龍が、桃香の前に膝をつき、両の手のひらに錦(にしき)を広げ、その上に乗せたあるものを差し出す。
益州刺史の「印綬(いんじゅ)」―印章とそれを身に付けるためのひもを組み合わせて、皇帝から与えられる。
刺史の戦死後、補佐官の賈龍があずかり益州を守ってきた。

無論、桃香は「益州州牧」の印綬を新たに与えられている。
すなわち、その新しい印綬のみが、これより有効である事を儀式によって示しているのだ。

――― ――― ――― 

その情報は、中華を駆け巡った。

トンデモない陰謀から身をかわすように、一旦、撤収中の曹魏軍へも。

孫呉の復興を信じて、袁術陣営の「保護」下で好機を待ち続ける孫姉妹へも。

――― ――― ――― 

前任の州牧、劉焉が、いまだ滞在中の荊州の公安にも届いた。
いや、わざわざ知らせてきたのである。
その使者にたった胡蝶は、ある人物を伴(ともな)ってきた。

たとえ今は「メイド」でも、同じ「董」姓から1度は相国まで昇った相手に対しての礼は失しない。
いかにも当代の儒学者らしい、この人物が董扶である。
劉焉に対し「西南に天子の気がある」と予言した占者はこの人物だ。

もともと、この益州の名士出身である。
迷走を繰り返す皇宮に仕え続ける気が元々なく、
故郷に「天子の気」などという「占」が出たのを幸い、帝都から逃げ帰ろうとしたのが真相だった。

それだけに、人望仁徳だけは余るほどあり、トドメに光り輝く「天の御遣い」を連れている「劉」氏の“お姫様”に対面して、
あっさりと自分の「占」が予言したのは、この方だと認めてしまった。

「前の牧は、私が説得して帝都に帰らせましょう。ただ、私めに故郷で平穏に引退する事をお許し下さい」

賈龍も、全く同じ事を申し出た。
「これを最後の任務としてお与え下さい」
「でも…これからこの「蜀」にみんなが笑顔で暮らせる国をつくっていきたい。1人でも多くの人に手伝って欲しい」
「お言葉を信じたいと思います。だからこそ、お邪魔をしたくありません」

・  ・  ・  ・  ・

それからしばらく後のこと。
ここは、益州の州都、いや、もはや実質は「蜀王国」の王都かもしれない、成都。
董扶とちがい、賈龍はあっさりお役御免とは、現実にはいかなかった。
政務の引き継ぎ、1州に相応しい規模の量になる書類を引き渡し、その内容を説明しておいて、
始めてその責任が終了するのである。

かくて、一介の傭兵隊であったときには、想像もできなかった大量の書類に挑戦する事になった。
もっとも実質的には、朱里や雛里、胡蝶たち、特に地元出身の狭霧たち、
今はすっかり充実した文官たちが処理してくれたが。

…  …  …  …  …  

引き継ぎも無事に進み、賈龍は董扶ともども最後の任務に出発した。

さらに、主君や文官も日常の政務に落ち着き、軍の再編成も一段落した、
この段階で、ある懸案事項が浮上した。
ある意味では、公私混同かもしれないが、しかし、この「蜀」に国づくりをするならその覚悟を示す事になる。

つまり、幽州や荊州など、益州以外の出身者たちがそれぞれの故郷にいる家族を引き取る事。
主君である桃香自身、楼桑村に母を残してきた。
無名の兵たちにも、それぞれ故郷に残してきた誰かがいる者もいる。
できるだけ、そうした誰かがいる者は後に残してきたが、
それでも、故郷に誰かを残して、この「蜀」まで付いて来た者もいたのだ。

今までは、流浪の傭兵隊だったが、ここに来て落ち着いて生活できる拠点を得た。
ならば、ここで家族とともに暮らす「家」を持つべきではないのか。

・  ・  ・  ・  ・

だが、この懸案事項には「蜀」の外の事情が、絡(から)んでいた。
ここ「蜀」は、後漢も西南。
となりの荊州からならともかく、ほぼ反対の東北の幽州から家族を呼ぶとなれば、
その途中の各地方の情勢も考えなければならない。
例えば、江東(長江下流)の治安状況とか。

なぜ江東かといえば、この時代の陸上交通と水運の地位に関係する。
長江は大河である。
東海岸沿いに南北に物流を運んでいる、この時代なら大型船が、蜀の巴郡までそのままさかのぼれる。
ならば、その「大型船」で、巴郡から幽州の最寄りの港まで往復してしまうのが、なにかと面倒が無い。
まして、今のこの乱世に後漢13州の西南から東北までを往復するなら。
ただし、海賊とか妙なやつらが、水上にまでウロウロしていなければの話である。

「海賊なんか、ついでに退治してくるのだ」
「残念ながら、鈴々ちゃんと愛紗さんには、治水工事の指揮で予定が詰まっています」
四「川」を守る軍なら、戦争の無い時には重要な任務である。間ちがいない。
さらに、愛紗と鈴々は劉備軍の武将の中でも最古参であり、なにより桃香の「妹」であり、いわば「二枚看板」だけに、
可能な限り速やかに、蜀の兵にも民衆にも馴染(なじ)んでもらいたい。その意味での共同作業でもある。

「ですから、護衛は当然付けますが、その指揮は桔梗さんにお願いします。つまり、迎える蜀の側の代表でもあります」
「依存は無い。海賊相手になら、いくらでも豪天砲を使おうぞ」
じゃが、幽州で「顔」の通じていた者を連れていかんと、儂(わし)では先方が信用して付いて来てくれんかも知れんぞ。
なんせ、乱世じゃからのう。

「そのための証人は簡雍さんにお願いします」
どうせ、自分でも、自分の家族を迎えに行く事になっていた。
他にも、自分で自分の家族を迎えに行く者は、無名の兵まで含めて何十人かいた。
逆に桃香たちのような、責任ある立場の者が動けなかった。そのため、簡雍には手紙や伝言も託(たく)された。

…  …  …  …  …  

さて話を戻して、長江の治安状態である。
かつての孫呉水軍が袁術陣営に横領されたとはいえ、解散したわけではない。
袁術陣営とて、治安に関して手抜きしても支配する側の不利益だ、ぐらいは心得ているらしい。
少なくとも、桔梗が護衛している限りは無事だろう。

あとは、船を準備して迎えに行く事になった。

・  ・  ・  ・  ・

長江沿いの巴郡の港。益州水軍の軍港でもある。
桔梗が指揮し簡雍たちが乗り込んだ、堂々たる軍船が長江を下っていく。

見送る桃香が、どことなく未練がありげに、北郷一刀には見えた。
「桃香…」一刀は、部下たちに聞こえないようにして、話しかけた。
「俺だけには弱音を見せてもいいんじゃないか。もう幽州へ帰らないという決心をするという事だったものな」
「これからは、この「蜀」が劉備玄徳の故郷です。それにご主人様は「天の国」から落ちて来られて、お1人」
「でも、桃香たちがいるさ。桃香にだって俺だけではなく、仲間たちがいるだろう」
「そうです。そして、これから「蜀」を本当に、故郷にして育っていく……私たちの子供…」
なぜか、桃色になる桃香。そして、なぜか一刀まで……

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ゲームならここで「拠点イベント」でしょうが、
「恋姫」なのに、なかなか“らぶらぶ”がなくて、申し訳ありません。

それにしても、曹仲徳ならずとも「歴史」の暴走といいたいくらい、
「三国」のトップをきって、「蜀」は建国されてしまいました。
ところで、あとの「二国」はどうなっているでしょう。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の20『曹魏は名分を得て躍進し 孫呉は断金の交わりにて再興す』
の予定です。



[8232] 講釈の20『曹魏は名分を得て躍進し 孫呉は断金の交わりにて再興す』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/16 18:40
『皇甫嵩』
「正史」によれば、黄巾の乱の時に一番手柄をあげた将軍です。
黄巾党の首領、張3「兄弟」の首を取って帝都に送ったのは彼でした。
しかしその後、十常侍やら董卓やらが中央政府をかき回す中で、歴史の主人公から脱落していきます。
なんか「正史」でも「この」外史でも、気の毒な感じです。

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††恋姫無双演義††講釈の20『曹魏は名分を得て躍進し 孫呉は断金の交わりにて再興す』



曹魏の軍師の1人、風が使った用間がもたらした情報は、華琳ですら唖(あ)然とさせるものだった。

・  ・  ・  ・  ・

旧「董卓」軍において暗躍した済成が、ここでもトンデモない陰謀をたくらんでいた。

まず、徐州の州牧、陶謙の部下を偽装して沛国の曹夏侯一族を襲撃する。
ついでに略奪する。

当然、怒り狂った曹操軍が徐州に侵攻する。
そこで、曹操軍による徐州住民の虐殺を天下に言いふらす。
実際に、曹操軍が虐殺などしなくても、済成ども自身が今度は曹操軍を偽装して徐州を襲撃する。
ついでに略奪する。

そこで、曹操と陶謙以外の諸侯に、この虐殺の「悪名」が知れ渡れば、
「董卓」軍に対したように、これを「大義名分」として曹操軍を討つ諸侯が必ず出てくる。
そうなれば、曹操軍は徐州から出て行く事になる。
そうしたら、自分が曹操軍を追い返したような顔をして、ノコノコ陶謙の元に行き恩に着せる。
恩に着せたことを足がかりに徐州軍閥に食い込む。
最終的には、陶謙に取って代わって徐州を乗っ取る。

・  ・  ・  ・  ・

「呆れた。本当にそんな事が上手くいくと思うのかしら」
「行くと思っているんだろうよ。少なくとも、欲がからむと、そう思えるのさ」(太陽の塔)
「劉備みたいに、底抜けの「お人好し」で無欲の振りができれば、結果としてそうなる事もあるだろうけど」
最初から陰謀ばっかり、欲深ばっかりでは、同じ行動の様で同じ結果にはならないだろうな。(仲徳)

ともかく、一族を殺されかけた上に、する気もない虐殺の汚名までかぶせられてはバカバカしい。
曹魏軍は、保護した曹夏侯一族の安全と、いわば虐殺に対する「アリバイ」のため、
全軍「疾きこと風の如く」徐州から遠ざかった。

――― ――― ――― 

当然、曹魏軍が撤収した後に軍事的な空白ができる。

その空白に、突然というか「天のお告げ」通りというか、出現した軍があった。

・  ・  ・  ・  ・

呂布が出た?

「稟。確かね」
「はい、呂布と陳宮が率いる涼州軍の残党にまちがいありません」

…考え中…

「霞。沛国から戻ったばかりだけど、あと二(ふた)働きほどしてもらうわ」
「二働きでっか」
「まず、洛陽に迎えに行ってもらうわ。それから、お使いに行ってもらうわね」

――― ――― ――― 

徐州と北隣の青州との境界線付近。
「セキト」
なぜか同名の馬と犬が、互いに鼻先を擦(こす)り付け合って再会を喜んでいた。
「張々やセキトたちを連れてきてくれた事には、礼を言います。でも、曹操を信頼する事は出来ないのです」
音々音は言い切った。
「なぜなら、霞殿たちは、同じ帝都に居ながら、月殿たちを見殺しにしたのです」
「そやから、あれは…」
「あれで、“魔王董卓”として処刑されずにすんだというのは、分かります。しかし、それはそれ、これはこれです」
そして、今は曹操に仕えているです。あんな事をしておいて、仕えさせている曹操も信頼できないです。
それに、もう、恋殿は誰にも仕えさせたくないです。恋殿の力と武勇を恋殿自身のために使わせたいです。

「それで、言い方は悪いけど、ここで火事場ドロをするんかや」
「好機を見逃さないと、言って欲しいです。それに、あの“成り済ましもの”は、やはり許せないです」
「アイツがここで妙な事をたくらんでいるちゅうのも、ウチが持ってきた情報やけどな」
「それも、お礼は言うです。でも、恋殿が、今から恋殿以外の主君に仕えるかどうかは、別なのです」

恋はこういうときも無口である。ただポツリとこう言った。
「許さない。月に罪をかぶせた」
「ウチもその点は、恋に同感や」
「なら、なぜ一緒に来ないですか」
「ウチらが華琳様を主君に決めたのは、結局はウチらの意思や。月を裏切ったつもりはないで」

――― ――― ――― 

「すんまへん。口ベタで」
「貴女に、そんな期待はしていないわ。それに弁舌なら、稟を付けたでしょう。むしろ、なぜ口を出さなかったの。稟」
「董卓もでしたが、呂布についても、世間の噂(うわさ)には誤解がありました」
あれは子供どころか、幼子です。良い言い方での感情も、悪く言えば欲望も成長していないのです。
そうしたものなどと不均衡のまま、あの強さだけが、成長しているのです。
自分の強さの価値も、それを「買う」ためにこちらが支払うつもりのものの価値も、おそらく分からないでしょう。
むしろ、欲深と判明している相手の方が、弁舌の使い方があったでしょう。
「相手の聞きたい事を聞かせてやるのが、弁舌の使い方というものですから」

…  …  …  …  …  

弁舌の使い方がある相手は、反対の方向から来た。

『皇甫嵩』
「正史」では、黄巾の乱における、一番手柄を上げた将軍だった。
しかし「この」世界では、張3「姉妹」はこの許昌でとりこになっている。
おまけに、その後の帝都洛陽の迷走では「正史」通りに失脚していた。

それでも、連合軍が引き揚げた後の洛陽で将軍に復職し、軍事的に空白となった洛陽の治安を維持し続けてきた。
この不運な将軍の用件は、華琳の待っていたものだった。

…  …  …  …  …  

ただしここで、華琳は一工夫した。
皇帝という「正義」を確保する好機を見逃すつもりは無い。だが”董卓”の二の舞にはなりたくない。

そこで、華琳と稟や桂花たちが皇甫嵩と交渉して得たもの、正確には皇帝に取り次いでもらったもの。それは……

これまで、華琳は「鎮東将軍」の「名分」で洛陽より東へ出兵していた。
これに加えて、洛陽のある司州より「西」でも治安を回復せよとの「名分」を得たのだ。

「しかしそうなると」
「そう、東の徐州で、あんな“もんすたあ”にかかわっている余裕はなくなるわね」
「姉さんはそれでいいの」
「あら、この件にはかかわっては欲しくなかったんじゃない」
「そんな理由じゃないだろう。「孫子の兵法」の曹孟徳は、目的のために手段を選ぶ女だろう」
「その通り。西へ……とりあえず長安あたりの治安を回復したら、その次に、この許昌に返ってくる時は……」
その時はこの曹操が「正義」よ。

――― ――― ――― 

曹魏軍は西へ進軍し、前漢の古都だった長安を確保した。

その代わり、呂布軍が、徐州を荒らしまわる済成の徒党に襲い掛かる結果になった。
一味徒党のうちでも、旧「董卓」軍に所属していた涼州兵は、恋が如何(いか)に“もんすたあ”かは知り過ぎている。
当然のように「呂布が出た!」だけで逃げ散ってしまった。
だが済成だけは、恋も音々音も逃がしはしない。
(作者注・・・「恋姫」ファンの中でも、恋のファンはスルーして下さい。しばらく残酷シーンがあります)

――― ――― ――― 

まったく、役立たずな傀儡ですね。この「名山」のすぐ近くで、あんな醜態を。
また「台本」の作り直しじゃないですか……

――― ――― ――― 

徐州軍らしきものによる沛国襲撃、から始まる一連の騒動は決着したが、
この間の心労のためか、徐州州牧、陶謙がたおれた。
そして徐州の国内に“もんすたあ”が居座っていたのである。

――― ――― ――― 

この情報は、淮南を拠点とする袁術陣営においても、議論の対象になった。
袁術陣営の勢力圏は、徐州と南の揚州の州境をまたいで広がる。
徐州州牧がたおれ権力の空白が生じたのは、北へ勢力を拡大する好機かもしれない。
だが、あの“もんすたあ”が居座っている。虎牢関で、殺されかけた事を忘れたわけではない。
こうなると「船頭が多くして船が山に上がる」ほど人材を抱え過ぎているだけに、議論百出だった。

そして、それを統率し決断するには、主君である美羽が幼すぎた。
こうした状況につけ込むように、こんな意見を出したものがいた。
「北に全力を注ぐべき時なのは、間違いないでしょう。だからこそ、勢力圏の南を安定させておくべきです」
その江東は、もともと孫堅の勢力圏だったのであり、問題はそこにあります。
そこで、こんなときに役立たせるために、孫堅の娘どもを「保護」してきたのでは。

…  …  …  …  …  

議論、議論の間に、この意見は採用された。しかし、
この意見を出したもの。そして、賛成したものの何人かが、
江東「名士」グループによって買収されていた事は、当人以外気付かなかった。

――― ――― ――― 

ここは、江東「名士」グループの1員にてこの地方の豪族の1人、魯粛(ろしゅく)の屋敷。
「上手く行きましたな」
この屋敷の主、魯粛をはじめ、張昭、張紘、そして周瑜(真名冥琳)
みな、孫堅(水蓮)を押し立てて「呉」という新しい国をつくろうとしていた、江東「名士」グループの同志たちである。
当然、水蓮の娘である孫策(雪蓮)や 孫権(蓮華)といった姉妹に、夢を托(たく)していた。
特に冥琳などは、水蓮が健在の頃から雪蓮とは、
「たとえ、金属を断つほどの試練にも切れない」とまでの友情を誓った親友だった。

みながこの時を待っていたが、意外と早く好機は訪れた。
江東における、孫姉妹の「遺産」を活用して、治安を維持する。
今だけ、袁術陣営にはそう思わせておけばいい。
飼い猫にしていたはずの虎を自分の山に帰すようなものだと、今だけ気付かせなければいい。
「「行くぞ。孫呉の夢。母上(水蓮様)の夢を天下に示す。われらが「断金の絆」にかけて」」

――― ――― ――― 

蜀は四川盆地、長江に合流するとある流れに沿ったとある場所。
今日も、愛紗や鈴々たちは治水工事である。
視察に来た桃香と北郷一刀が、南蛮から輸入されてきた「バナナ」を差し入れていた。

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この外史ではどうも、現時点で「呉」が出遅れているようです。
呉ファンのみなさまには、申し訳ありません。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の21『江東に飛翔するは小覇王 都の花は許昌に流れつきて咲く』
の予定です。



[8232] 講釈の21『江東に飛翔するは小覇王 都の花は許昌に流れつきて咲く』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/17 14:01
『銅馬車』
秦始皇帝の陵墓から、皇帝専用車を再現した青銅製の精密模型が出土しています。
皇帝の馬車は「安車」とも呼ばれる小宮殿型の「リムジン」で、
今1台「立車」とも呼ばれる古代戦車を「ベース」にした軍用車もありました。
私見ですが「立車」には儀仗兵を指揮する将軍が乗って、皇帝の「安車」を先導していたと思います。

…  …  …  …  …  

オリキャラの『真名』設定
太史慈=瑪瑙=めのう
元ネタは「走れメロス」です。

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††恋姫無双演義††講釈の21『江東に飛翔するは小覇王 都の花は許昌に流れつきて咲く』


この日、孫策(雪蓮)はある相手を待っていた。
彼女の後ろでは、妹の孫権(蓮華)や親友の周瑜(冥琳)をはじめとする部下たちが見守っている。
黄蓋(祭)・陸遜(穏)・甘寧(思春)・呂蒙(亞莎)・周泰(明命)・・・

長江下流部の南側に広がる平野部には、その名も「太湖」とよばれる大きな湖がある。
雪蓮たちは「保護」下にあった袁術陣営を出発し、長江を北から南へ渡渉した後、太湖を周回する様に戦ってきた。
その間に、1人また何人かと孫呉軍に加わって来た。
遠く洛陽の中央政府よりも、長江の北を占領した袁術陣営よりも、
母、孫堅(水蓮)の夢見た「呉」の国に希望を抱くものたちが集まってきたのである。

例えば、祭のように水蓮の代からの譜代もいれば、思春のように長江の水賊や太湖の湖賊が降参したものもいる。
そうした良く言えば多士済々、悪く言えば雑然とした同志たちが雪蓮を中心に1つになろうとしていた。

…  …  …  …  …  

現在、雪蓮が待っている相手は太史慈、字は子義という。
ここまでの戦いで一番苦戦した相手。というより、
相手の主将よりも部下の太史慈に苦戦したが、主将の方は太史慈を使いこなしてはいなかった。
そのおかげで勝てたといえば大げさでも、使いこなされていればもっと苦戦しただろう。
このことを遺恨(いこん)に思うより、むしろ太史慈を大いに評価した雪蓮は自分に仕官させたいと考えていた。

・  ・  ・  ・  ・

ついに、最後の拠点に追い込まれた太史慈だったが、
その面前に、何と敵将がわずか数騎の側近を連れただけで現れた。

「太史子義よ」
この上は、誰のために戦うつもりなのか。
貴女の主君はもう部下も領民も捨てて、どことも分からず逃げ落ちた。
むしろ惜しい。貴女ほどの武将が仕える主君に恵まれず、この苦境に落ちた事を。
ここで無駄に死ぬよりも、貴女にふさわしい主君のために生きるべきではないか。

…これが例えば、関羽とかなら自分の主君たちをこんな風に言われれば、返答は青龍偃月刀だったかもしれない…

しかし、そういった“カリスマ”を感じさせる何かを、
このときの太史慈は、これまでの主君ではなく目の前の敵将に見てしまった。
城門は開いた。

…  …  …  …  …  

「貴女様に仕えるにあたって、条件が1つのみございます」
「言ってみなさい」
「私1人だけを惜しまないで欲しい」
これまでの戦いで逃げ散った、私の同僚や部下、兵士たちも貴女様に仕えさせて欲しいのです。
お許しがいただければ、私が彼らを説得して、ここに連れてきましょう。
必ず、貴女様のお役に立てるだけの兵力を集めて見せましょう。

雪蓮は許した。そして、日限を約束して送り出したのである。
部下たちは、どちらかといえば疑う方が多数派だった。これっきり帰ってこないと断言するものさえいた。
だが雪蓮は「私は信じるわ。もし、この約束を破るような女なら、惜しくなんかなかったわよ」

・  ・  ・  ・  ・

そして、今日がその約束の日なのである。
そして今、雪蓮たちの目前には、太史慈を送り出した方向からこちらに近付いてくる軍勢があった。
いつの間に作ったか「孫」に「呉」の旗を押し立てて。

「遅くなりました」
「お帰り。子義」
「瑪瑙。この名を孫将軍にささげます。わが真名を」
「わかったわ、瑪瑙。私は雪蓮よ」

――― ――― ――― 

曹魏の拠点、許昌。
西の古都、長安の方面へ遠征していた曹魏軍が凱旋してきた。
だが、許昌のような地方都市では見慣れないような立派な行列を護衛するようにして、静々(しずしず)と戻ってきた。

行列の中央には「安車」とも呼ばれる小宮殿型の立派な馬車。
その1台前の「立車」とも呼ばれる古代戦車に乗って、華琳みずから先導していた。

――― ――― ――― 

雪蓮や冥琳たちはあらたに瑪瑙を加え、軍議を開いていた。

現状、長江の南岸から、太湖の周辺まで確保している。
だが、長江を挟(はさ)んで北には、当面、好機をうかがうしかない袁術陣営があり、
東は海、南はこの時代では「中国」の範囲内でなく「南蛮」と意識されている未開発地帯。
西の荊州もうかつに手を出せば、失敗の記憶がまだ生々しい。
とはいえ、それぞれの境界まで制圧したわけではまだない。
そこで、南は未開発地帯の手前、西は荊州との州境まで進軍することになった。

それぞれの担当も決まる。
南は雪蓮、西は冥琳が指揮する。
ただ、雪蓮は1度だけ冥琳をからかった。
「私が荊州へ行くと、暴走すると思った?」
「雪蓮様(苦笑)」
「わかっているわ。南へ行くわよ」

全軍の拠点は長江南岸の秣陵に置く。
この拠点と孫一族の非戦闘員は蓮華と思春が守る。穏をはじめとする文官たちも秣陵で後方支援に当たる。
さらに遊撃部隊として、太湖の湖賊を再編成した部隊を明命があずかることになった。

・  ・  ・  ・  ・

いずれにせよ、当面の目標は水蓮の時代の勢力圏を取り戻す事。その後は……

ここまでの快進撃ですでに、孫策こと雪蓮は小覇王と呼ばれるようになっていた。
小覇王の快進撃は尚も続く。

――― ――― ――― 

予州潁川郡の許昌は、いまや後漢帝国の帝都となった。

所詮「帝国」では、皇帝を手中にしたほうが、正義。
その「正義」を曹操こと華琳は、ついに手中にした。

だが、あの“董卓”が「相国」という地位にいきなり就いたような、露骨(ろこつ)な反感を買うようなまねはしない。
華琳みずからの地位は「三公」の1人に留(とど)めた。残りの2人は、洛陽から従ってきた朝廷の忠臣に譲(ゆず)った。

一方、河北の拠点に居て一番文句を付けてきそうな袁紹(麗羽)に大将軍の「名目」を譲っておく。

その一方で、欠員だらけになっていた朝廷の文官職は、桂花、稟、風たち、
曹魏陣営の軍師である潁川「名士」グループで埋めた。
さらに曹仲徳、春蘭、秋蘭、季衣、凪、真桜、沙和、流琉たち、曹魏軍の武将たちも、正規の武官職に就任した。
いってみれば、朝廷と曹魏の実質的な「一体化」を優先したわけだ。

…  …  …  …  …  

そうした人事も一段落すると、華琳は「文武の臣」となった部下たちを集めた。
ここで油断するつもりも無い。あらためて現状の分析と今後の対策を討議する。

河北(黄河以北)にあって各軍閥の中でも最大勢力の袁紹陣営が、最大の敵であることは明白だった。
ただし、麗羽の決断力次第である事も確かで、こちらからあわてて挑戦するのも下策のようだ。
では、それ以外は?

「油断のならないのが、2つあるわ」華琳は言い切った。
「劉備と呂布よ」
それなら自分が討ち取ってくると、季衣が言い出し、桂花に笑われた。
「勇気を出せば、討ち取れる相手なら、こんな軍議も無用よ」
「なら桂花には策があるの」
「はい。華琳様」
…でもな。両虎競食の策、とかいっても、劉備のところに呂布が居るわけでもないけどな。仲徳はひそかにそう思った。

――― ――― ――― 

玉門関。万里の長城の西の端であり、後漢帝国の西北の角。
草原の騎馬の民にしてみれば長城の南北、玉門間の東西に関(かか)わらず同じ彼らの草原かもしれないが、
「漢」の側の認識では長城の南、玉門間の東は後漢13州の1つ涼州である。

その玉門関にも近い草原を、2騎の少女が駆けていた。
涼州の軍閥の1人、馬騰の長女、馬超(真名翠)と末娘、馬岱(蒲公英)だが、
最近、騎馬の民らしくもない策謀に熱中している、としか翠には思えない、母親とその参謀たちにイラつく思いで、妹を誘って遠乗りに来た。

いつの間にか、玉門関に近付いていた事に気が付いて流石に翠も馬首を返した。
一応、彼女も「漢」の臣下ではあることは自覚していた。

その時、涼州と西の関外の間に連なっている山々の1つから「声」が聞こえたような気がした。
「何だよ」
「お姉さま。確か、あの山は魔王が落ちて来たと伝えられているあの山なんじゃ」
「蒲公英は信じているのか。あんな話」
「そんなに昔話でもないよ。せいぜいお祖母さまの時代じゃなかったかな」
確か、その魔王が天帝さまにさからったから、
その時から地上でも天子さまがおかしくなったとか。そんな言い伝えだったと思うけど。

その姉妹の背中に届いた「声」は、どこかの「天の国」なら「体育会系」といわれそうな翠すらゾクッとさせた。

「…さびしいよ。まだ、たった50年…500年なんて長すぎるよ……」
……早く来て。三蔵。あたしは待っている。お前があたしのところに来るのを……
…なのにまだ、お前は生まれてもいない……さびしいよ。三蔵……

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実は「公式」キャラが発表されるまで、馬岱の真名は、翡翠=ひすいの「翡」が入っている、と思っていました。
むしろ、孫姉妹や夏侯姉妹、袁姉妹と違って「翡翠」と無関係な真名だったのに少し驚きました。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の22『天の医は仁術で勇士を救い 許昌では名分もって策をめぐらす』の予定です。



[8232] 講釈の22『天の医は仁術で勇士を救い 許昌では名分もって策をめぐらす』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/17 23:18
注意:この「外史」に登場する華佗はオリキャラです。
某青年向け漫画雑誌に連載中作品の登場人物からインスパイアしています。

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††恋姫無双演義††講釈の22『天の医は仁術で勇士を救い 許昌では名分もって策をめぐらす』


流石は「王佐の才」と呼ばれた軍師だけあって、桂花の現状分析は的確だった。

「まず、危険なのは呂布です」
あの恐るべき武力。我々とは思考が違い過ぎて、恐るべき行動に出かねない点。
さらに、呂布が居座っている徐州がこちらの勢力圏に近過ぎます。
したがって、呂布に関しては、外交でも謀略でもすぐに打てる手を打っておくべきです。
幸い、我々は朝廷とともにあります。官位とか名誉とかで、呂布を釣ることが可能です。

これに対して、劉備の危険性はその潜在する可能性にあるでしょう。
確かに、あの益州侵掠は見事でした。それだけの力量を持つ陣営であると認めざるを得ません。
その力量とあの「天府の国」に潜在する国力が結びつけば、いずれ恐るべき敵に成長する可能性は大きいでしょう。

ただし、呂布ほど差し迫った脅威ではありません。
1つには、天下のほぼ中央にあるこちらの勢力圏に対し、そこから離れた西南に位置するという事と、
今1つは益州の地形です。
こちらから、攻撃するには守りの堅いあの「天府」の地形は、向こうから兵を出してくる時にも障害なのです。
「益州から兵を出す道は、事実上1つだけでしょう。長江沿いに下って、荊州に出るしかないはずです」

「では、その道をふさぐ策を取るのね」
「そうです。そうしておいて、我々は、呂布や袁紹から先に対処するのです」

――― ――― ――― 

私は形成外科医だった。
例えばERなどで、生命にかかわる手術をしているときには、救命が最優先だろう。
だが、何とか生命を救えて、いざ社会復帰ということになった時、特に女の子であれば傷を残さない方がいい。
その時が、私の出番だった。

その晩も、私は勤務先で当直についていた。
いつ来るか分からぬ患者を待つ時間を、持ち込んだマンガ文庫でつぶしながら。
突然、そのマンガ文庫から抜け出したような、まるで「その」時代の舞姫のような美女に意味不明の誘いを受けても、
当然、徹夜の当直で半分夢を見ているとでも思った。
続いて、意識が遠くなるのを感じても「いかん。早く目を覚まさないと」としか、考えられなかった。

・  ・  ・  ・  ・

だが、意識を取り戻した私の前にあった光景は、日本ですらなく、そもそも21世紀でもなかった。
なぜなら、自分で自分を診断した結果、夢でも幻想でもなく現実だったからだ。

まるで、中国の山水画のような光景。
それが現実と判断した以上は、次は人のいる場所を探す事にした。

――― ――― ――― 

「次は荊州の現状です」桂花の分析が続く。
荊州州牧、劉表はほぼその勢力圏を安定させていますが、それ以上の野心も余裕も持てていません。
さらに、荊州の州内でも、本拠地の襄陽がある北半分は確保していますが、
長江以南の南半分4郡に関してはそれぞれの郡太守が中小の軍閥となっていて、
それを通じての間接支配に留まっています。

この4郡の太守をこちら側に取り込んで、劉表とは別に劉備に対抗させます。
これで、もし劉備が益州から出てきても、長江の南側には足がかりはありません。
同時に、荊州の南半分をおさえた事も利用して、北半分を確保している劉表に外交上の圧力を加えます。
そして、長江の北側でも劉備を警戒させます。
「これで、劉備の出口はなくなります」

…  …  …  …  …  

後の問題は、劉表の頭ごなしに郡太守たちを取り込むことだった。
劉表には、郡太守の上位にある州牧という「名分」がある。
「我々は朝廷とともにあります。官命を持って使者を出す事が出来ます」

――― ――― ――― 

私は「この時代」の人間と接触した。
彼らは「五斗米道」と名乗った。

私の知識は「この時代」に落ちて来る前に読んでいたマンガ文庫程度だったが、
それでも「五斗米道」については知っていた。
黄巾の乱をおこした「太平道」のほかに、この時代に勢力を持った宗教集団。
だが「太平道」の暴走と破滅とは異なり「五斗米道」は一時期、地方軍閥程度になっただけで、
最終的には、相互扶助や治療を行う民間宗教団体に戻った。そして存続した。
そもそも「五斗米道」のゆかりは、治療費は一律、斛(ます)に米5杯だったことにあり、
その米も扶助のための“ストック”だった。

私は医者だ。いつの時代、どこの国であろうと。
確かにマンガ文庫程度でも、後世の歴史知識がある。しかし、それによって歴史に介入するような野心を持つには、
私は医者に成り過ぎていた。

私は「五斗米道」から、助手やこの時代で入手可能な資材の提供を受け、
米5杯と引き換えに、この時代の技術水準と私の医学知識で可能な限りの治療を行いながら、
三国時代の大陸を旅して行った。
そうして生きていくと決心した時、私はこう名乗った「華佗」

・  ・  ・  ・  ・

結局「本物」の華佗が現れる事もなく、どうやら「この歴史」では「華佗」と認められたらしい。

そうなると「華佗」には、気になる「歴史」が1つだけあった。

歴史が変えられない場合、曹操に殺される事だ。
しかしそれは、曹操も晩年になってのこと。黄巾の乱が起こったばかりの「現時点」では、ずっと「未来」の筈であり、
今のうちに「まだ若い」曹操の信頼を得ておけば助かるかもしれない。
そうすると、確か、都合のいい「イベント」があった筈だった。

そんな事を考えている華佗の前に、あの謎の美女がもう1度だけ出現した。
「春蘭ちゃんが目にケガをしたわよ。春蘭じゃ分からないなら、夏侯惇ちゃんよ」

…  …  …  …  …  

夏侯惇の治療は、片目以外にキズも残さず完治した。やはり、形成外科が専門だと女性にはキズを残したくない。

その結果、曹操の信頼は得たようだったが、華佗の申し出にはやや「?」といった反応をした。
さらに、曹操の弟の反応はどうも微妙だった。

――― ――― ――― 

劉備に対する対策は、あとは荊州南部への使者の人選になった。
これについても、軍師たちの何人から何人かの名があげられ、その内の1人が採用された。

・  ・  ・  ・  ・

次に、西北方面の情勢も議題になった。
前漢の古都、長安には鍾元常という優秀な行政官を派遣していた。
軍事的にも、華琳たちが許昌から駆けつけるまで持ちこたえられるだろう。
その向こう側の涼州ではどうなっているか。
旧「董卓」軍の壊滅後、空白になった勢力圏を周囲の他の涼州軍閥が切り取っていた。
その1人、馬騰の動きが微妙だった。政治的に他の軍閥より1歩前に出るべく朝廷に接触してきている。

――― ――― ――― 

曹魏と接触した後、華佗は長江を南に渡った。
流石に興味が無い事もなかった。劉備か孫策に会ってみるかな。
そんな事を考えながら、治療の旅を続ける華佗の耳に、
孫呉の拠点、秣陵の近くで戦いがあったという噂が聞こえた。

早速、秣陵へ向かった。「まるで「国境のない医師団」だな」

――― ――― ――― 

自分の行いが、恨みを買わない、などと思い上がってはいない。
だが、留守の拠点を一族の非戦闘員ともども狙われて、雪蓮は怒(いか)った。
報復なら、自分に戦いを挑め。
直ちに軍を反転して秣陵へ戻った。

しかし、遠征先から拠点までは遠い。
結局、より近くにいて太湖の水運を利用できる遊撃部隊が、先に秣陵へ戻った。
その明命が率いる遊撃部隊が、秣陵の手前で襲撃軍と衝突する結果になったのである。

…  …  …  …  …  

秣陵の拠点は健在(けんざい)だった。損害は明命の遊撃部隊から出ていた。
明命自身、全身に12ヶ所の傷を負い生命だけは助かった状態だった。
その上、傷が元で高熱を出し意識不明になっていた。“この時代の医療”では、生命さえ危険だった。

そこへ、華佗たち「医師団」が到着した。

早速、華佗はケガ人たちの治療を開始した。
その華佗を遠征先から駆け戻った雪蓮が呼び出し、明命を診察させた。
「生命は助かるでしょう。それに、傷は残さない方がよろしいでしょう。女の子ですから」
やはり、形成外科が専門の発想が抜けない。特に、患者が女の子だと。

しかし、形成手術が必要な傷が12ヶ所もあっては、完治には時間がかかる。
それに、明命に掛かりきりになるわけにもいかない。
結局、日数をかける事になったが、しかし、明命は完治した。傷も残さずに。

…  …  …  …  …  

「世話になったな」
「何。当たり前の事をしただけです。こんな時代ですからな。ケガ人は後を絶ちません」
雪蓮も苦笑するしかなかった。ケガ人をつくる方としては。
「医者としては、ケガ人が少なくなるような世の中にして欲しいだけです。それ以上の報酬はありません」
孫策なら、この話をしても斬られないと華佗は見ていた。
「いずれ、貴女を治療する事になったときでも、他の患者と差別はしません」
今回も1人あたり米5杯だった。

――― ――― ――― 

そのころ、蜀の成都では。
北郷一刀と桃香が「デート」をしていた。
政務の合間に2人だけで出かける事を承知させたのである。
実のところは愛紗とかの方が難関だったが。
それだけ内政に専念できていたのだ。ただし、蜀の外は乱世である。

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それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の23『荊州侵掠』~天下三分の野望~の予定です。



[8232] 講釈の23『荊州侵掠』~天下三分の野望~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/18 23:59
「正史」における「天下三分の策」は、蜀の「1国平和」に留まらず、
蜀を拠点として天下統一を狙う、もっと野心的な戦略でした。
その場合の出撃ルートとして注目していたのが、孔明の「出身地」でもある荊州だったのです。
その荊州を呉と奪い合う形になった事から「正史」では、この戦略は破綻していきました。

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††恋姫無双演義††講釈の23『荊州侵掠』~天下三分の野望~


荊州南部の武陵郡太守、金旋。零陵郡太守、劉度。長沙郡太守、韓玄。そして桂陽郡太守、趙範を、
相次いで官命を名乗る使者が訪問していた。
使者の名は劉巴。零陵出身の「名士」であり、優秀な文官でもあり、
また「名士」としての自尊心に良くも悪くも恵まれてもいた。

その自尊心もあって、劉焉、次いで劉備の益州侵掠を嫌っており本気だった。地元で顔も効く。
その劉巴に説得されて4郡の太守たちは、曹操が主導権を取っていると承知で許昌の朝廷に忠節を誓った。

――― ――― ――― 

蜀の都、成都。
劉巴の活動について、荊州「名士グループ」からの情報が届いていた。

・  ・  ・  ・  ・

桃香や北郷一刀たち、同志たちが公邸の「会議室」に揃っていた。
「現状は以上です」
曹魏が仕掛けてきたのが、蜀に対する「封じ込め」である事はあきらかだ。
「問題の根幹は、桃香様の理想がどこにあるかです」
この「蜀1国」の平和をお望みなら、ここは穏便な外交で対処すべきでしょう。
しかし最終的には天下万民を救うというのが、桃香様の理想ならば、今、弱気になる事は出来ません。

――― ――― ――― 

「蜀軍が動いた?」
今度は、曹魏陣営が情報を入手して会議を開いていた。

…  …  …  …  …  

「華琳姉さん。いいかな」
桂花などは日ごろから「華琳様のそばに男が寄るな。例え弟でも」とでも言いたそうな態度だが、
会議中に公私混同まではしない。

「劉備や孔明の狙いは、おそらく(姉さん以外には、ここはこう言っておいた方がいいだろう)」
「天下三分」だ。
例え、天下の北半分は華琳姉さんに、南半分の東は孫呉に取られても、
南西の三分の一、具体的には益州と荊州を確保して、天下を取る好機を狙うつもりだ。
「蜀の最終的な目的は、天下を狙う、劉備の言い分なら、天下万民を救う事なんだから」

華琳も肯定する。その上で、桂花に次の策をうながす。
「これで、蜀の目的はあきらかになりました」
ならば、その目的を妨害するのです。
例えば、孫呉もほぼ同様の野望を持っている筈です。
益州だけならともかく荊州にまで手を出されれば、蜀と呉のお互いの野望は正面衝突せざるを得ません。
さらに現状の孫呉は、袁術陣営に身を寄せていた私軍が元の勢力圏を回復した、以上の「名分」を持っていません。
朝廷とともにある我々は、その「名分」を使って孫呉を動かす事が可能です。

(稟)「問題は時間だわ」
孫呉は、やっと荊州との境界近くまで勢力を回復したばかりだ。
それに外交は基本的に時間がかかる。
その孫呉を動かして蜀軍を押し止めるまで、荊州南部4郡が持ちこたえられるかどうか。

――― ――― ――― 

洞庭湖。中国最大の淡水湖。長江の南、荊州南部4郡に囲まれるように位置し、
長江の支流の何本かは、1度、洞庭湖に流れ込んでから長江へ流れ出す。

・  ・  ・  ・  ・

益州から長江を下って来た蜀の水軍は、洞庭湖から支流の1本をさか上り、
他の3郡に囲まれる位置にある零陵郡にいきなり上陸した。

…  …  …  …  …  

零陵郡の太守、劉度は仰天した。
蜀軍が荊州を侵掠するならば益州に隣り合う武陵郡からとばかり思い込んでいたため、完全な不意打ちだった。
ほとんど、抵抗する余裕も無しに降伏する羽目になっていた。

…  …  …  …  …  

「速さが大切です」
「伏竜鳳雛」の狙いは「電撃戦」だった。戦況の展開を対応より速くする事で、主導権を取り続ける。
そうすることで、朝廷という「名分」を手中にしている曹魏陣営にも、介入の余裕を与えない。

「次は、この零陵を中心に、武陵、長沙、桂陽の3郡を、同時に侵掠します」
現在の蜀軍には、それだけの余裕がある。
益州で善政を実行してきたおかげで、兵力だけではなく後方支援を含めた「国力」の余裕が出来ていた。
人的戦力でも、軍師も「伏竜鳳雛」だけでなく、武将も「桃園の姉妹」だけではない。

(刀)「だったら(確か)…桂陽に派遣する武将は星。武陵は鈴々。長沙は愛紗でどうかな?」
「よろしいでしょう」
(桃)「後は軍師の人選ね」
(刀)「確か…長沙で手強(てごわ)い相手が出て来ないかな」
(桔梗)「あの将のことかな」
「知っているの」
「旧知じゃ。黄漢升殿の事ならばな」
用兵は老練。長兵(射程の長い兵器)は儂(わし)以上。愛紗殿とて、偃月刀の間合いまで近寄らねば苦労するぞ。

(…やっぱり、黄忠はここで出てくるか。だったら、長沙へ派遣する軍師は…)
(朱)「だったら、私と雛里ちゃんが、桂陽と武陵を担当します」
3戦の中で一番手強い相手よりも、残る2つを確実に片付ける。これにより全体の勝利をより確実にする。
(…これも「孫子」にあったみたいな?…)

…  …  …  …  …  

決定。桂陽に派遣する武将は星、軍師は雛里。武陵へは武将は鈴々、軍師は朱里。長沙へは武将は愛紗、軍師は…
「蛍先輩。よろしくお願いします」
徐庶(真名蛍)もこの時点で仕官していた。
さらには桔梗も副将につく。出来れば、黄忠への説得役を兼ねる。

かくて、3方面同時作戦は実施された。

――― ――― ――― 

「!?!」
華琳ですら、見くびっていたかも知れない。

零陵郡太守、劉度に続き、武陵郡太守、金旋および桂陽郡太守、趙範はすでに降伏。
長沙郡太守、韓玄はいまだ抵抗中だが、3郡を占領した蜀軍は長沙に集中しつつある様子。
使者として派遣していた劉巴は、荊州と揚州の境界付近まで進軍していた孫呉軍の周瑜のもとに逃げ込んだが、
長沙への援軍が間に合うかどうかは微妙。

「やってくれるわね」
(…姉さん、どこか微妙に楽しげ?やっぱり、劉備に対する曹操の反応はこうなのかな。やれやれ…)

――― ――― ――― 

北は長江、西は荊州との州境。やっとここまで冥琳は進軍して来ていた。
この先、州境を越えれば荊州長沙郡。
その長沙まですでに蜀軍に侵掠されていると知って、冥琳ですらまず唖然とした。続いて脅威(きょうい)を覚えた。
そう、冥琳にとっては雪蓮こそ、天下を取るべきなのだ。
その前に立ちふさがる強敵として、曹操と並んで劉備を意識した。少なくともはっきりと意識した。この時から。

とりあえず、今の孫呉軍にとっては、真っ先に欲しい「名分」が劉巴という個人名で飛び込んで来てくれた。
この好機は見逃さない。そして、劉備にも雪蓮の邪魔はさせない。
独断で荊州長沙郡との境界を越えることすら、冥琳は覚悟し始めていた。

――― ――― ――― 

憤慨するたびに桔梗と蛍で愛紗を宥(なだ)めつつ、それでも長沙の郡城を視界にとらえるところまで来た。
確かに相手は、老練、いや百戦錬磨と認めるしかない。
ここまでの遅滞(ちたい)(時間稼ぎ)戦術のために、時間以外にケガ人とかの損害を余分に出さなかっただけでも、
指揮をとるのが、愛紗、桔梗に蛍だったからとすら言える。
だが、今度こそ本番だ。

――― ――― ――― 

「漢升。大丈夫だろうな」
「太守。ご安心下さい。この黄漢升に一筋の弓がある限り」
「うむ。何と言っても、この城には、そなたの愛娘も居るのだからのう」
「……」

…  …  …  …  …  

長沙郡太守、韓玄の前から下がった黄忠に、同僚の武将が話しかけてきた。
「あの太守は、漢升どのの主に不足はないのですか?」
「いわないで。文長」

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今回の行動の前に、桃香や一刀は、散々悩んだはずですが、あえて“スルー”しました。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の24『子を思う弓は偃月刀に挑み 呉を思うゆえに蜀の侵掠をおそる』
の予定です。



[8232] 講釈の24『子を思う弓は偃月刀に挑み 呉を思うゆえに蜀の侵掠をおそる』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/19 21:15
「正史」の周瑜にとっても「天下三分の策」は、孫呉が天下を取るための障害という認識だったでしょう。
「彼」にとっては、天下を取るべきはあくまで孫策でした。
その信念が、結果としては「彼」の悲劇につながります。

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††恋姫無双演義††講釈の24『子を思う弓は偃月刀に挑み 呉を思うゆえに蜀の侵掠をおそる』


荊州南部の長沙郡の郡城を前に、蜀軍は軍議を開いていた。
といっても、出席者は愛紗に桔梗、蛍だ。
…そこへ、見張りの兵が「不審人物」を連れて来た。

「姓は魏、名は延、字は文長」
「貴女でしたか」
「知り人か?蛍」
「どういう行動をしたかは聞いています」

・  ・  ・  ・  ・

「益州侵掠」を前に荊州で待機していたとき、荊州に仕える武官ながら劉備軍へ仕官を申し出た。
それだけでなく荊州の州都、襄陽に劉備軍を引き入れ、益州ではなく荊州を劉備軍に侵掠させようとした。
少なくとも、荊州州牧、劉表の側近はそう疑った。
そのため軍師たちから「ダメ出し」をされたのだそうだ。

「あの時は、劉表陣営からの協力で、益州に入ったのです」
いや、今回の件でも、何とか劉表に恩を着せる形にして「あの」時の「借り」を返す形に出来ないか、
軍師たちは策謀をめぐらせているくらいだ。
「だから、益州にも連れて行けませんでした」

その後、襄陽にも居辛くなって、劉表から見れば間接支配の状態になっている、
この長沙に身を寄せていたのだと言う。

「それで……今度は、引き取ってくれた先を裏切るのか」
「私は劉玄徳様に、忠誠を捧げたいだけです」
その証拠に有益な情報を教えましょう。
黄漢升どのは、私や貴女たちが劉玄徳様に向けている様な忠誠を、
長沙郡の太守、韓玄に向けているわけではありません。
それどころか韓玄は、黄漢升どの愛娘をダシにして戦わせようとしています。
「むしろ、黄漢升どのは愛娘のために戦っているのです」

黄忠とは旧知の桔梗がうなずいている以上、話の内容自体には信憑性はある。
だが、魏延の「裏切り」を認めるかどうかは別だった。

…  …  …  …  …  

翌朝、愛紗は陣頭に立って長沙城に近付いた。
結局、魏延はそのまま帰らせた。だが、黄忠の事情について知ったからは、戦い方に影響しないとも言えない。
「正々堂々の1騎打ちが、武人の情けだ」愛紗らしい結論だった。

だが、その「正々堂々の1騎打ち」が始まろうとした時、
城内から、引き揚げの合図であるドラが鳴らされた。

「何だ?いったい」しかし、いくら愛紗でも、振り上げた大刀の振り下ろしどころがない。

――― ――― ――― 

長沙城の西門に向かって迫る蜀軍。その反対の東門から駆け込んできた1隊があった。
「では、味方になると。周…公瑾どのとか申したの」
「当然です。この長沙まで蜀の魔の手に落ちれば、次はわが楊州ですからな」
朝廷からの使者だった劉巴を伴っているから味方らしいが、兵の数が中途半端だ。
「これから順次到着します」

・  ・  ・  ・  ・

「孫子の兵法」はこうも言っている。
百里の道を急げば、全軍の十分の一しか到着しない。
弱兵から順に脱落するからだ。
五十里を急げば、全軍の半分しか到着しない……

それでも、長沙が持ちこたえている間に、到着する必要があったのだ。
…兵は拙速(せっそく)を聞く…とも「孫子」も言っている。

・  ・  ・  ・  ・

自分自身と証人になる劉巴が間に合うように到着するのが、冥琳にとって最優先だったのだ。
「しかし、こちらの援軍も順次、到着しますが、蜀軍も順次、到着します」
荊州南部4郡のうち、3郡をすでに降伏させた以上、この長沙に全軍が集中してくるのは時間の問題だ。
ただし時間を稼げれば、それだけ情勢の変化もありうる可能性がある。
いずれにしても、少しでも持ちこたえるためには、敵の全軍が集中する前の各個撃破が必要だ。

「ふむ。すると今日、漢升を引き揚げさせたのはまずかったかのう?」
「いえ、むしろ今晩を有効に使うようにしましょう」
今晩はその長沙の勇将を、ご家族とか大切な人と過ごさせてやって下さい。

…  …  …  …  …  

その夜、黄忠(真名紫苑)は1人の母親に戻って、幼い娘、璃々と過ごした。
「眠~い」と璃々が訴えるまで、存分に甘えさせ、抱き締めて眠らせた。
子守唄を聞かせてやりながら、明日の決戦を決意していく。

――― ――― ――― 

翌日、陣頭に立って長沙城に近付く愛紗に対し、紫苑は「1騎打ち」の挑戦を受ける。
陣頭に進み出て、弓を構え矢をつがえる。心中で今は亡き夫、娘の父の面影を浮かべた。
(…あなた…私たち母娘を見守って下さるのなら、私に力を。璃々を守る力を与えて下さい)

「む!?!」
放たれた矢の威力は、愛紗ですら、いや愛紗だから青龍偃月刀で軌道をそらして直撃を免れた。それが精一杯。
…長兵は儂(わし)以上。愛紗殿とて、偃月刀の間合いまで近寄らねば苦労するぞ。
桔梗の警告通りだった。
それどころか近寄れない。急激な回避運動を繰り返させられて、愛紗より先に馬が限界になった。

「初めて、他人の馬に嫉妬(しっと)する気になった」
一旦、替え馬の位置まで下がった愛紗だったが、
「あの呂布を乗せている「汗血馬」にでも乗っておれば」
「無理もありません。今の彼女は乳虎でしょう」
古典的に中国では、危険人物を例えて、
「アイツに出会うなら、乳飲み子を連れた母虎の方がましだ」などという。
「乳虎か」
現実に手強い上に、倒すのに気が進まない事も無い。
「これは手間取るな。しかし、正々堂々が武人の情けだ」
新しい馬に乗って再挑戦していく。

一方、桔梗と蛍は、両軍が「1騎打ち」を見守っている間に、ジワリジワリと自軍を前進させていた。

…  …  …  …  …  

変化は突然だった。
「1騎打ち」を続ける紫苑の後方で、長沙の城門が突然開き、楼門上に「劉」の旗が立った。
「!?!」「!?!」「!?!」
城内にいた韓玄、劉巴そして冥琳も仰天した。
冥琳ですら、とっさに城門を閉める事が間に合わなかった。
それより前に、いつの間にか自軍を前に出していた桔梗と蛍が先に反応し、桔梗が突入してしまった。

――― ――― ――― 

数日後、桃香と北郷一刀を押し立てて、蜀の本軍が到着した。
武陵郡と桂陽郡を降伏させた、という報告を受け次第、零陵郡を進発して長沙郡攻略の援軍に来たのだが、
来て見ると長沙城は落ちていた。

――― ――― ――― 

やっとの事で、冥琳は後続というより、急行軍の途中で置き去りにしてきた部下の兵と合流した。
言い方を変えれば、ここまで逃げてきた。
蜀軍が長沙城の西門から突入してきた時、結局は兵力不足で有効な手段が取れなかった。
いや、自分が蜀の手に落ちて、孫呉が介入した証拠を取られなかっただけで良しとするしかなかった。
韓玄も劉巴も、おそらく蜀の手に落ちただろう。今回はしてやられた。

「だが、渡さぬ。荊州も、天下も。劉備にも、曹操にも」
天下を取るのは、わが孫呉。わが主君たる雪蓮だ!

――― ――― ――― 

突然、城門が開いた。その好機を逃がさなかった事自体は、桔梗と蛍の功績を認める。それが公正だ。
だがしかし、自分から城門を開いた行為については、別に確かめる事があった。

「これは裏切りではないのですか」
本軍に従ってきた胡蝶が、文官として問い質(ただ)していた。
「私は、劉玄徳様にこそ、忠誠を奉げたいだけです。劉表や韓玄ではなしに」
魏延はそう主張した。

「どうかな。悪い人でもないみたいだけど」
(…桃香はそう言っているけどな。確か魏延はトラブルメーカーじゃなかったかな…)

とはいえ、まるで「宝塚スタァ」でも見ているような、見エ見エの態度で桃香を見上げる魏延を見ては、
追放する気にもなれなかった。

一方、劉巴や黄忠にも危害は加えていない。だが、向こうが引きこもっていた。
「「しょうがないわ(な)。こちらから説得に行きましょう(こう)」」
「こちらから?それもお2人おそろいで?」
「それが一番有効でしょう」と桂陽から到着した雛里、武陵から到着した朱里も賛成してくれた。

…  …  …  …  …  

最初は、侵掠したのはそちらだ。と言う態度をどちらも崩さなかったが、
それでも「カップル」で説得に来た事で先入観が変化したようだった。

最初に、幼い璃々がなついた。すっかり、璃々に遊び相手と認められた頃には、
母親の方も真剣にこちらの話を聞いてくれるようになった。
ここで、旧知の桔梗にも加わってもらい、何とか口説き落とした。

・  ・  ・  ・  ・

長沙城の一室。新たな主となった蜀軍が、新たな同志を歓迎していた。
「姓は黄、名は忠、字は漢升、真名は紫苑。よろしくお願いします」
「璃々で―す。これからよろしく―」
「姓は魏、名は延、字は文長、真名は焔耶。よろしく頼む」

・  ・  ・  ・  ・

ここまで来て、ついに劉巴も根負けした。
「どうやら、使命をしくじって、許昌の都にも戻れそうにもありません。成都でも、どこでも連れて行っていただきます」

…  …  …  …  …  

次は外交攻勢である。向こうは朝廷を使える。
その相手に既成事実をどう認めさせるか。
そこで、つけいる好機は見逃さなかった。

――― ――― ――― 

いまや帝都である許昌。古都長安からの報告に華琳たちが困惑していた。

――― ――― ――― 

北郷一刀は心の中で思っていた。
これで、五虎大将のうち4人がそろった。伏竜鳳雛もいるし後1人。

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長安からの報告は「ラスト・ワン」の運命にかかわります。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の25『はるか涼州の草原に燃ゆる心 錦(にしき)の驃騎(ひょうき)は謀に破れて亡命す』
の予定です。



[8232] 講釈の25『はるか涼州の草原に燃ゆる心 錦の驃騎は謀に破れて亡命す』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/20 21:16
オリキャラの『真名』設定

馬騰=翡翠=ひすい
馬超=翠の近親者の誰かの真名に「翡」が付いている筈と、やはり考えました。

龐徳(ほうとく)=翡玉=ひぎょく
「正史」の「彼」は、馬超が涼州軍閥だったときには第1の部下でしたが、
流転の結果として曹操に仕え、最後は関羽に討ち取られる「悲劇の人」でした。

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††恋姫無双演義††講釈の25『はるか涼州の草原に燃ゆる心 錦(にしき)の驃騎(ひょうき)は謀に破れて亡命す』


華琳や、桂花たち軍師たちも、次々に入ってくる報告に困惑していた。

・  ・  ・  ・  ・

まずは、荊州からである。
荊州南部4郡の太守たちが荊州州牧、劉表の名で、その身柄を送り返されてきた。

本来は監察官である刺史ならともかく、州牧は郡太守の上官だ。
その州牧の頭ごなしに別の州の州牧と戦えと命令すれば、例え官命でも、劉表には文句の付けようがあった。

「考えたわね」
郡太守たちが生きたまま、劉表に引き渡された結果、
まず劉備は「益州侵掠」の時の、劉表にたいする「貸し」を返した事になる。
元々、荊州州牧の「名分」で荊州北部に軍閥としての勢力圏を維持していた劉表にしてみれば、
劉表にとって荊州南部の実情は、形式上の上官でありながら、
実際は中小軍閥となった郡太守を通じての間接支配だったのだから、元々、目障(めざわ)りだったのだ。
そこへ、今回の官命である。いよいよ目障りになった太守たちだったが、
劉備から生きたまま身柄を引き渡された事で、逆に朝廷に対する交渉材料に出来たわけだ。

それで、劉備には何が残るか。
曹魏側の策はすでに破れた。
そして、劉備が荊州に欲しいのは拠点である益州からの出口。
劉表に逆に恩を売った形で出口を確保できれば、最低限の目的は達成できた事になる。

「それだけで、満足するつもりかしら」
劉備自身が本当に「お人良し」でも、その軍師たちは油断も隙も無い。
案の定、劉表とも劉備とも、形式上はあずかり知らぬところで、
荊州「名士」グループからの嘆願が朝廷に提出された。
「空席となった太守職を、益州州牧に代行していただきたい」

…  …  …  …  …  

「ええい、抜け抜けと」
武官の中には、憤慨するものまでいた。
「劉表にも「貸し」は返したし、もう遠慮なしですね」
劉表にしても、荊州「名士」グループの協力は、不可欠である以上、無視はできない。
「ここまで「荊州名士」に与党をつくってしまうとは。ただの「お人好し」に見せかけておいて、恐るべき人たらしです」
(確かに、劉備の恐るべきは、恐るべき魅力チートにあるな。やれやれ…)
しかも対策を出すべきは「蜀」だけではなかった。

・  ・  ・  ・  ・

涼州軍閥の1つ、馬騰が中央に接触してきていた。
確かに、涼州州牧の「名分」でも得れば、他の涼州軍閥に対して有利にたつ。
目障りだった「旧」董卓軍が壊滅した好機を逃したくは無いだろう。

涼州に近い古都、長安には、鍾元常という優秀な行政官を派遣していた。
しかし、その鍾元常にしても、馬騰が一族をあげて都へ嘆願に上ると言えば、阻止し切れなかった。

…  …  …  …  …  

長安からの第1報に続いて、馬騰一族の動きは、次々と報告されてくる。もはや、この許昌に近い。

「どうされます」
「いっそ、馬騰の欲しがっている「名分」をエサに使いますか。そして、劉備を討たせるとか」
「いや、劉備よりも、やはり、近くの呂布とかが危険だ。そっちに使ってみては」

確かに、同じ涼州軍閥だった「旧」董卓軍の残党という意味なら、馬騰にとっても呂布は危険だろう。
ただ、相手がいかに“もんすたあ”かは良く知っているはずだ。

・  ・  ・  ・  ・

結局、華琳は馬騰を許昌に招き入れて、精一杯、持てなす事にした。
その結果、次第に馬騰の方も心を許しかけていた。

…  …  …  …  …  

ある日、草原出身同士で話の通じやすい、霞が馬騰をもてなしていた。
「翠。儂(わし)の真名の1字をつけた」
馬騰の真名は翡翠。その1字を長女に譲ったという。ただし、霞が翡翠と呼べるわけではまだ無い。

その長女は、末の妹ともに、涼州に残っている。
この乱世である。一族が1度に全滅する事は避けなければならない。まして草原では。
「末だからな。“翡”も“翠”も真名が足りなくなった。まあ、出来るだけ女らしい真名をつけてやったが」
「確か、花の名前どしたな」
そんな打ち明け話が出来るまで、打ち解けてきた。だが、

・  ・  ・  ・  ・

涼州軍閥の他の1つ、韓遂(かんすい)が、長安を攻撃。鍾元常が救援を求めてきた。
しかも、馬騰が残してきた娘が加担していると、許昌には伝わった。

…  …  …  …  …  

「いったい、どういう事かしら」
「三公」の職権で、華琳は朝廷に呼び出して詰問した。馬騰としても「官命」では、出廷するしかない。
「そんな、浅はかな娘ではない」
「あなたには、自分の娘だから信じたいでしょうね。でも、私は、いえ、朝廷は信じる事はできないわ」

…  …  …  …  …  

容赦なく、馬騰一族の全員が拘束、いや投獄された。
その上で、華琳は曹魏軍をあげて、長安への急援軍を出動させた。

・  ・  ・  ・  ・

長安は前漢の帝都だった。後漢は洛陽を帝都としたが、
それでも13州のどれかの州都に劣らぬ大都市であり、それだけの堅城でもある。
その城を、行政官としても、守備の将としても堅実な鍾元常が守っていた。
涼州兵が精強で率いる将が勇猛でも、簡単には落ちない。結局、華琳が許昌から駆け付けるまで持ちこたえた。

しかし、戦いはそれからだった。

…  …  …  …  …  

「手強いわね。馬騰の娘は」
曹仲徳に言わせれば、それもそのはずだった。

…何せ、馬超といえば「あの」関羽たちと並んで「五虎大将」と呼ばれ「た」くらいだしな。
まてよ、確か黄忠のいた筈の長沙も劉備に占領されたから、後は馬超だけだ…

華琳は、しばし考え込み、ある人物を連れて来させた。

…  …  …  …  …  

「龐徳。あなたは馬超にも、馬騰にも信頼されている、譜代の臣だそうね」
…霞。貴女が聞いたところでは、馬騰は自分の真名を、馬超と龐徳に1字ずつ与えたとか。

「孟徳どの」
そこまで分かっておいでなら、さっさとこの首をはねたらよろしかろう。
翡翠様たちを処刑した後に、それがし1人、生かしておく意味があるまい。

「あるわ」
馬超が主張するところでは「先に」私が馬騰を殺したから、韓遂に加担しているそうよ。
おかしいわね。貴女も許昌に居たでしょう。
馬超が韓遂に加担して長安を攻撃したから、私は馬騰一族を投獄したのよ。
「順序がちぐはぐね」

「……。…何をおっしゃりたい」
「つまり、今のこの状況は、誰に都合がいいかしら」
というより、私が馬騰一族を投獄するまでの状況は、誰に都合が悪かったかしら。

「…まさか…」
「貴女も確かめたくないの?」
馬超も貴女の言う事なら、聞く耳があるんじゃない。馬超の処に行って、確かめて来るのね。

――― ――― ――― 

草原の騎馬の民にとって、天幕は「土の家」より住み慣れた「わが家」かもしれない。
その住み慣れた天幕で、馬超(真名翠)は驚愕していた。

「お姉さま・・・落ち着いてよ」
妹の馬岱(蒲公英)も驚いていただろうが、先に姉に驚愕されて出遅れた。
「翠どの。それがしとて、曹操の言い分を全面的に信用している訳ではない」
龐徳(翡玉)も困惑していた。
「だが、確かに許昌では、翡翠様たちが投獄される前に、翠どのたちが長安を攻撃したと聞いたのです」
「だが、あたしは確かに聞いたんだ。あたしたちがまだ涼州に居る時に、母上や一族が皆殺しにされたって」
「だれから、お聞きになったのです」
「・・・」「…」「…」
「よし、韓遂どのに確かめてくる!」

――― ――― ――― 

翠、蒲公英、翡玉たちは韓遂の天幕に押しかけたが、話し合いは次第にケンカごしに成り始めた。

「まあまあ、落ち着いて下され。孟起どの」
ますます、険悪な空気に成り始めたが、その時、

「敵襲――!!」
主将たちがケンカ中では、とっさに反撃できない。
主将が留守の馬超軍から先に混乱し始めた。

…  …  …  …  …  

「くっそう―曹操め―!」
ようやっと乱戦から抜け出したが、翠の後に続いているのは蒲公英だけだった。
あとの部下や兵士は、どこに逃げ散ったか。

「真相がどうでも、もう、かまうものか。きっと、落とし前はつけてやる」
「でも、お姉さま。どこへ行くの?その前に、ここは何処?」
地平線まで草原の涼州では、見慣れない深山幽谷。
そこに逃げ込んで、ようやく曹魏軍の追っ手を振り切ったのだが、
どこに居るのか、どこに向かっているのか、検討も付かない。

そんな場所を、妹とたった2騎で進んでいる。いや逃げているとなれば、勝気な翠でも内心は心細い。
今は、それさえ曹操への復讐心に加えて、何とか自分と妹を励まそうとしていた。

――― ――― ――― 

「どうやら取り逃がしたようね」
韓遂は、敗残兵を集めて涼州へ退却したと、確認できた。
龐徳は負傷して、曹魏軍に収容されている。
しかし、馬超と妹の馬岱は行方不明だった。
(…やっぱり、蜀へ行ったんだろうな…やれやれ)

「仲徳。華佗を探してちょうだい」
「華佗を?」
「目的は2つあるわ。とりあえず1つは報徳とか、他の負傷者の手当。もう1つは見つかってからの事だけど」
「いいよ。(俺もあの先生には、気になることがあるしな)」

・  ・  ・  ・  ・

さらに留守の許昌から来た、報告があった。
荊州「名士」グループからの「嘆願」が受け入れられた。
無論、文官も武官も全員を連れて来ていたわけではないが、
それでも華琳自身と部下の過半が留守では、やはり「ニラミ」が効かなかったようだ。
もしかしたら、曹魏「シンパ」以外の朝廷の臣下が、劉備を当てにしているのかもしれない。

「これで、劉備の拠点は、益州に加えて、荊州南部4郡。もう見逃せないわね」
(…人材面でも、軍師は「伏竜鳳雛」武将は多分、馬超も行っただろうから「五虎大将」…やれやれ)
北郷、いったいお前は、どこまで蜀を暴走させるつもりだ。

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この無謀な試みも、どうやら、第1部の「完」近くまではたどりつけそうです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の26『蜀には五虎と竜鳳が集結し 比翼連理の王に誠をささぐ』
の予定です。



[8232] 講釈の26『蜀には五虎と竜鳳が集結し 比翼連理の王に誠をささぐ』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/21 21:37
『比翼連理』
中国の歴史時代を代表する「ラブ・ストーリー」というべき『長恨歌』に出てくる、愛の誓いの言葉です。
「天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝とならん」
「比翼の鳥」とは、片方ずつの翼しか持たずつがいでしか飛べない鳥。
「連理の枝」とは、2本の木の枝が互いにからみ合って1つながりのようになった様子。
だたし『長恨歌』自体は唐時代なので、この時代には後世の事になります。

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††恋姫無双演義††講釈の26『蜀には五虎と竜鳳が集結し 比翼連理の王に誠をささぐ』


体育館にこだまする竹刀と防具、あるいは竹刀同士がぶつかり合う音、凛としたしかし澄んだ声の気合。
何時もの様な剣道部の稽古。それが何時もの様に終わった。

「女を待たせるな」そう冷やかされつつ、“唯一の男子部員”は目的地に急いだ。
「聖フランチェスカ学園」直営のカフェレストラン「黎明館」で、やっぱり、先に席についていたその少女。
当然ながらフランチェスカの制服姿の「同級生」しかし、今日からは……

・  ・  ・  ・  ・

北郷一刀は「三国志」ファンである。しかし「三国」以外の、中国の歴史時代に全く興味が無かったわけでもなかった。
ただし、その知識は「三国時代」に比べればかなり片寄っていたのは確かだ。

例えば「長恨歌」の全文を暗唱など出来ない。だが「比翼連理」と言う意味だけは知っていた。
あの「悪友」ほどではないにしろ、人並みに彼女と呼ぶ存在は欲しかったのだし、
その程度のシャレた科白の勉強はしてみたかったのである。
ただ、そこで目を付けたのが「比翼連理」だったりとか、
その科白を実践する余裕が結局は剣道の練習で消えていたりしたのが、一刀らしかった。

それでも、実践の機会がとうとう来た。筈だった。
「桃香……」

…  …  …  …  …  

……夢だった。目覚めれば三国時代。桃香は劉備。そして、ここは蜀の成都。

・  ・  ・  ・  ・

この日、文官、武官ともそろった公式の会議の場で、1つの情報が開示された。

長安方面の戦況。実のところ、この方面に曹魏陣営にとっての不穏の気配あり、
というのが、外交上で蜀がつけ込む好機だった。
だから、戦況についての情報も刻々と追っていたのだが、この方面から最新の報告が届けられた。

涼州の馬超は行方不明となった。曹魏軍に捕らえられたとも、涼州に逃げ帰ったとも考えにくいと報告された。

…  …  …  …  …  

会議後、一刀は数人の同志だけを集めた。桃香、愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑。その席で告げた。

「後世、蜀の「五虎大将軍」と呼ばれる、5人の武将の名が伝説となる。関羽、張飛、趙雲、黄忠そして馬超」
この「五虎大将」と「伏竜鳳雛」がそろっていることが、蜀の理想実現に必要だったと伝えられる。
(そろっていれば、「北伐」も成功したと言われていたな)

すっかり「天の御遣い」としては、信用されるようになっていたから、馬超を仲間にする事自体は問題とはならなかった。

しかし、馬超はどこへ行った?
長安から北西の涼州へ逃げられたとは考えにくい。東を勢力圏にしている曹魏陣営に捕らえられたと言う情報も無い。
では南は……

「長安から南の延長上にはこの蜀がありますが、その間は」
中国でも、ものの例えに使われるほどの険しい山岳地帯。その山中をさ迷っているのか。

「あるいは」
その山岳地帯で、いくらかでも開けているのは漢中盆地だが、そこは「五斗米道」の独立勢力になっている。
「そこに逃げ込んでいるかもしれません」

――― ――― ――― 

「なぜ、それがしを助けました」
「惜しいからよ」華琳は、当然のように、翡玉に答えていた。
「それがしが、孟起どのの行方を知れば、その時は貴女を裏切るとも疑いませんか」
「それぐらいでなければ、惜しくないわね。わざわざ華佗を探したりしないわ」

・  ・  ・  ・  ・

「華佗先生。ありがとうございました」
「医者がケガ人を治療するのは当たり前です」
「先生」曹仲徳は、華佗を接待していたが、その途中で人払いした。
「先生はあの北郷一刀が言っている「天の国」から、来たのではありませんか?」
安心してください。俺もです。その証拠に、「西遊記」も「ドラゴンボール」も知っています。

華佗も信用した。数分ほどは、懐かしい話題を楽しんだが、
「先生も「天の国」から来たのなら、漢中や「五斗米道」がどうなったかは知っていますね」
ついにそう切り出した。
「姉もそれを変えるつもりはありません。ただし、その後の蜀の横取りは別ですが」

華佗は、あくまでも医者でいたかった。「天のお告げ」で歴史に介入するつもりは無い。
しかし「五斗米道」の弾圧は避けたい。それで歴史の改変にもならないなら……
「僕に教団の上層部を説得しろというのかい」
「メッセージを届けてくれればよろしいのです。魏には優秀な外交官が何人もいます」

それに、仲徳としては「天の御遣い」だから、積極的になりにくい理由があった。
「五斗米道」を降伏させた後の漢中争奪戦は、決して曹魏陣営に有利ではない。
しかも「正史」での漢中争奪戦、その当時以上に蜀が充実しているのと反対に、
まだ、魏も呉も「当時」の勢力までは到達していない。
(慎重に様子見だな。漢中に関しては)

――― ――― ――― 

漢中の教団本部では、すでに大騒ぎになっていた。
南の益州には蜀の国が出現。北の長安は曹魏陣営が確保した上に、涼州軍閥を撃退。
もはや、漢中だけを、乱世の別天地にしては置けなくなった。その恐怖に直面していた。
とりあえず、その場しのぎの外交手段だけは行動として決定した。

そこへ、涼州軍閥の残党、馬超が逃げ込んで来た。いや、教団側の主観からは飛び込んで来た。
当然、馬超は、兵を貸せ、曹操と戦えと主張する。
おとなしく、かくまわれようとは思ってもみないようだ。
いかにも宗教団体らしい、教団の代表たちを困惑させていた。

…  …  …  …  …  

そこへ、南から都合のいい密使がやって来た。
馬超の亡命は蜀で受け入れる。曹魏には、馬超など来なかった、と回答すればいい。

――― ――― ――― 

漢中盆地から荊州の平原に流れくだり、長江へと合流する漢水。
「ぶる」「ぶろろ」
なぜか、その漢水を下る船中から、数頭の馬のいななきが漏れていた。
「静かにして。黄鵬、紫燕、麒麟」なだめているのは、馬岱(蒲公英)である。
流石は騎馬の民というべきか、
あの乱戦から馬超(翠)が連れ出せたのは妹1人だったが、愛馬は何頭か持ち出していた。

その姉妹と馬数頭を隠した船は、何も無く漢水を下って行った。
途中、荊州の州都である襄陽を通過したが、なぜか臨検は形式だけだった。
とはいえ、姉妹に加えて馬数頭が、決して広いとはいえない船内に閉じ込められていては快適ともいえない。
しかし、それも長江の南に連なる洞庭湖までだった。

洞庭湖の岸は、益州州牧が郡太守を代行する荊州南部。
もう、追っ手を恐れる事も無しに乗り慣れた馬で進んで行けた。

――― ――― ――― 

「しばらく「五斗米道」は時間稼ぎをするつもりです」
「曹魏に降伏されては、蜀側もあわてる必要があるかも知れませんが、それまでは大丈夫でしょう」
「今は、益州と荊州の現在の拠点を、しっかりと固める事が優先です」
蜀の軍師たちは当面の結論をそう出した。無論、情報と状勢は油断無く見守るという前提で。

かくて、漢中争奪戦は先送りとなった。

――― ――― ――― 

曹魏の側でも、漢中は当面、蜀との中立地帯ないしは「クッション」になってくれた方が都合がいいという結論になった。
呂布、袁術そして袁紹と、蜀より差し迫った脅威となる陣営がいくつもある。
それに、あの華佗を含めた医療集団は、存続してくれた方が都合もいい。

――― ――― ――― 

洞庭湖で上陸してからの旅は、順調いや、快適だった。
行く先々で、すっかり手配済みで、順調に成都に近付いていった。

…  …  …  …  …  

成都に到着した翠と蒲公英は、そのまま主君の前に連れて行かれた。
そしてその場で、古参の武将4名と翠が同格とされた。
喜ぶとか名誉に思う前に、先ず唖然として、そして仕官を承知してしまった。
居並ぶ部下たちからもほとんど異論は出ない。大甘のようで大した統率力といえた。
ただ焔耶だけは、焼き餅焼きも露骨な態度に出てしまい、
蒲公英にお尻から蹴られていたが、笑って終わりにされてしまった。

――― ――― ――― 

中はともかく、蜀を放置しては置けない。曹魏陣営の結論自体は明白だった。
直接兵を出す余裕が無いならば、戦わずして謀りごとを攻める。
そして、その好機もすぐに来た。

――― ――― ――― 

108人もそろっているわけではない。だが、後世を知る「天の御遣い」には「水滸伝」のクライマックスを連想させる儀式。

結集した、蜀の武将、軍師がその結束を、主君への忠誠という形で誓約する。
「五虎大将軍」関羽こと愛紗、張飛こと鈴々、趙雲こと星、黄忠こと紫苑、馬超こと翠。
「伏竜鳳雛」いや、いまや飛翔する竜鳳である諸葛亮こと朱里、鳳統こと雛里。
五虎と竜鳳だけではない。厳顔こと桔梗、魏延こと焔耶、馬岱こと蒲公英etc.……。璃々まで末席で控えていた。

誓いを受ける主君は2人。しかし、本人である劉備こと桃香と「天の御遣い」こと北郷一刀にはそれは問題ではない。
どこまでも、2人一緒に同志たちの先頭に立つことを含め、ともに進むことを天地に誓う。
そんな主君たちを、同志たちも祝福してくれている。
そんな同志たちの見守る中で、桃香と一刀は誓いの言霊(ことだま)を交換する。
「「天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝とならん」」

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無謀と思いつつ、書き始めて、やっとここまでたどり着きました。
第1部・第2部・・・といった構成なら、ここまでが第1部のようです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の27『虚々実々』~人を致(いた)して人に致されず~の予定です。



[8232] 講釈の27『虚々実々』~人を致して人に致されず~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/22 21:07
「孫子の兵法」(その6)「虚実編」に次の1文があります。
『善く戦うものは、人を致(いた)して人に致されず』
主導権を取った方が勝ちであり、そのためには虚と実を敵には逆に見せかけろ。と説きます。
これが「演義」だと、曹操が自分の悪行に開き直って、
「自分が他人を裏切っても、他人に裏切られる事は許さない」と言ったとされてしまいました。
まあ「孫子」自体、読み方によっては、ミもフタもない現実主義の書ですが。

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††恋姫無双演義††講釈の27『虚々実々』~人を致して人に致されず~



曹魏の拠点は天下の中央、古来より中原と呼ばれた中国大陸の平野部にある。
内政面で努力すれば生産力は高く、
どの方面への出撃にも便利ではあるが、
群雄が割拠する現状では、多数の敵に囲まれている状態といえた。
ただし「多数」の敵であり、強大な1つの敵ではない。
それぞれが利害の異なる陣営ならば、そこに付け込んでの「各個撃破」を基本戦略にする。

その場合、連携させてはならないのが袁紹と袁術陣営だった。
「四代三公」の間に蓄積された底力が効果あって、現在のところ袁紹陣営が最大勢力である。
その上、袁術陣営と連携されてはたまらない。
それぞれの君主を担いで、派閥争いをしてくれていて幸いだった。
当然、この派閥争いを助長するつもりはあっても、仲裁する気など無い。

朝廷とともにあることを利用しての「名分」の使い方には、この点も考慮している。
袁紹(麗羽)には、大将軍の「名分」を譲った。
さらに、北部4州、冀州・青州・并州・幽州の州牧を推薦させる、という形式で、その実効支配に「名分」を与えた。
当然、推薦されたのは袁一族か腹心の部下である。
反董卓連合軍の時のような「大義名分」を与えないためなら「名実」の「名」ぐらいは譲れるだけ譲る。
皇帝はこの許昌にあり、朝廷に出仕する文官、武官の過半は華琳の部下でもある。この「実」を押えておけば。

その一方で、袁術(美羽)に対しては完全に黙殺した。
この結果、朝廷とともにある華琳を恨むよりも、姉の麗羽への「ライバル心」へ向かうと、そう読んだ。

だが、実際の反応は、華琳ですら想像の斜め上を飛び去っていた。
いや「孫子の兵法」を実践する合理主義者だからこそ、思い付きもしなかったといった方がいい。

――― ――― ――― 

「いったい、何を思っていますの?!」
麗羽ですら、公式の場ではいつもの誇り高い(高慢ちきともいう)袁紹を保っていたが、
側近の文醜(猪々子)や顔良(斗詩)しかいない場では、妹の「暴挙」を嘆き心配する姉に戻っていた。

――― ――― ――― 

「我々は、所詮「正史」の傀儡に過ぎません」
「だから、せいぜい「正史」をなぞるわけか」
「そうです。この「外史」を消滅させる事も、異分子を排除する事も、すぐには出来ない以上は仕方ありません」
「この「外史」と「正史」を出来るだけ近付けておいて、決定的な分岐点で決定的な行動を取る。それはいい」
「不機嫌ですね」
「機嫌を良くする必要も無い」
「まあ、この「外史」の“袁術”も「正史」と同じ役割をした事になるだけです。我々はほんの少し、演出しただけ」
「まあな、我々の術を多少、披露しただけだがな。それが「天命」を示す奇跡だとは茶番だ」
「“袁術”ですからな」

――― ――― ――― 

黄巾の乱。その原因となった朝廷の腐敗。さらに反董卓連合軍にいたる、さらなる朝廷の迷走。
そして、曹操の傀儡と成り果てた朝廷の現状。これだけ並べ立てた上で、
一転して、自らの拠点、淮南地方に起こった奇跡や瑞祥を並べ立てる。
その上で、これは自分すなわち袁術に「天命」が下ったのであり、すでに正統の天子は交替したと宣言した。
すでに、この国家は「漢」ではなく、袁氏の「仲」であると。

――― ――― ――― 

「バカな事を。しかし、好機だわ」
驚愕はした。だが、その後は何かを謀り始めた。

華琳こと曹操が後世に残した1つが「孫子」13巻の復刻だが、まさにその実践が、このときの戦略だった。

…  …  …  …  …  

「蜀に官命を伝えるわ」
劉備は「劉」氏、つまり、漢王朝の“お姫様”である事を看板にして、蜀を手に入れたり、その行為を正当化してきたわ。
だから、この「僭帝」を成敗しろとの官命にはさからえない。
「ノコノコ出て来るわ。自分の拠点から離れてね」

「それで、出てきたところをどうするつもり。華琳姉さん」
「さあ、煮て食べようかしら、焼いて食べようかしら。まあ、どちらにせよ」
ただの「お人好し」でもなかったし、それに劉備1人に、関羽だの、孔明だの、いっぱい付いて来るから、お得よ。

(…この人材コレクターなのが、やっぱり曹操だな。やれやれ…)
「人を致して人に致されず、よ。これ以上、劉備たちに先手は取られないわ」
ただし、今回の暴挙を好機と考えているのは、他にもいるでしょうけど。

――― ――― ――― 

孫呉の拠点、江東の秣陵。雪蓮を中心に軍議が開かれていた。
「今回は、好機です」冥琳は断言した。

「我々にとって、袁術陣営からいかにして独立するかが、課題だったのですが」
その好機を袁術の方から与えてくれました。
逆賊に成り果てた袁術を討伐せよとの官命をもらえば、堂々と袁術陣営から離脱でき、
「さらには、功績次第で、江東を支配する「名分」を朝廷から引き出せます」

だが、居並ぶ文官の中からは、こんな意見も出た。
「しかし、わが陣営と袁術陣営の勢力の差はまだ存在しますが」
「その意味からも、今回は好機です。逆賊を討伐する「名目」で連合軍の結成を呼び掛けられます」
少なくとも、朝廷を手中にしておればこそ、曹操軍は出て来ざるを得ません。

――― ――― ――― 

徐州の州城、彭城でも、音々音が恋に説いていた。
「好機なのです。現在のままでは、恋殿はこの徐州に居座っているだけなのです」
徐州州牧の「名目」を手に入れるだけの、朝廷に対する功績を立てる、またとない好機なのです。

――― ――― ――― 

そして、蜀の成都。
「今回、この官命に従わない理由がありません」竜鳳の軍師は、断言した。
しかし「遠交近攻」が乱世の常識だ。
国境線で隣り合い直接領土を切り取れる「近国」を侵掠し、その「近国」の背後に同盟国を求める。
「確かに、領土的には骨折り損でしょう。ですから、他に利益を求めましょう。出兵しない理由がない以上」

……現在、蜀の陣容は充実しているが、幽州、荊州、益州etc.…と、出身も仕官した“プロセス”もマチマチだ。
何より、主君の下での1軍になっての実戦経験がない。
最低でも、主力となる「五虎大将」と「竜鳳の軍師」には、この経験があった方が良い。
それも、蜀の国境線に関わる本格的な戦いの前に…

こう言う事らしい。となると、
出陣するのは、桃香と北郷一刀以下、愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠。
これだけの面々が留守にしても、まだ桔梗や蛍たちが残っていれば不安はない。
その意味では、それだけ今の蜀の人材面は充実していた。
一方で、留守中の治安に心配がない程度の兵力を残して行っても、
「五虎竜鳳」がそろっていれば、ある程度は連れて行くほうの戦力は補いがつく。
むしろ、自国の勢力圏を離れて遠征する以上、後方支援の負担が軽くなる。

「ただ、翠さんには、少しだけ問題があります」
曹操に対し、個人的に復讐心を持っている事です。この機会に、それを表面から引っ込めて欲しいのです。
「曹操と仲直りしろってのか」
「形式だけでいいのです。翠さんを「かくまっている」ことを、外交的に付けまれなくするだけですから」
「わかった、今は主君持ちだ。主君の迷惑にはならないよ」
「ありがとうございます。最初の目的から言っても、翠さんには今回、同行して欲しいですから」
「一番新参だから」と横から口を入れたのは、妹の蒲公英だった。

…  …  …  …  …  

後は少数精鋭の兵を選抜して、許昌から催促が来る前に出発。というわけになる。
ただ、焔耶だけは「連れて行け」とダダをこね、留守番の組では「先輩」格の桔梗になだめられた。

・  ・  ・  ・  ・

荊州長沙郡。現在の蜀の勢力圏では、ここが袁術陣営の勢力圏である淮南に近い。
成都を出陣した蜀軍は、当然ながら、一旦はここに集結した。

そこで、2方向からの使者を受ける事になる。

・  ・  ・  ・  ・

1つは、すでに許昌を出陣していた曹魏軍から。
「合肥にて合同せん」
袁術陣営の勢力圏、淮南の中では西南寄り。つまりは蜀軍の待機している長沙寄り。そして曹魏軍は西から来る。
別におかしくはない。合同して、まず合肥を攻略するのは。だが、

「曹操は、袁術を滅ぼした後の事も考えているかもしれません」
この合肥の位置は、今回うまくいって淮南から袁術陣営を追い出せば、今度は孫呉に対する前進拠点になります。
また、うまくいかなくて袁術陣営にトドメを指せなくても、
合肥を確保していれば、西から攻略する曹魏軍には次回の足がかりになります。
その重要拠点を、まず最初に押さえるとともに、
「今回、最も呼び出したかったわが軍を、自分の目の届くところに置きたいのでしょう」

(星)「油断もすきもないな」
「しかし、もし本当に合肥が重要なら、落としてしまえば今回の「義務」は果たせます」
「では、曹操が来た時には、合肥を手土産にしてやるか」
「無理はしないようにしましょう。手抜きもしませんが」
人を致して人に致されないためには、虚々実々の主導権争いは、戦場だけではなかった。

・  ・  ・  ・  ・

そして、もう“1人”の使者。
明らかに1見した記憶のある、孫母娘の面影がある、しかし、もう少し幼い少女。
なぜか、白い虎に乗りパンダをお供にしてやって来た。
見た目は幼くても、孫呉の正式の使者である証拠と孫策自身の書状を持って来ていて、
その書状にはこう書かれていた。
「自分(孫策)の名代として、蜀軍に同行させられたし」

――― ――― ――― 

「なぜじゃ~なぜじゃ~なぜじゃ~~。皇帝になれば、すべて朕の思いのままではなかったのか~」
美羽でなくても、癇癪(かんしゃく)を起こしたいかもしれない。
今や、北からは呂布軍が押し寄せ、南からは孫呉軍。東は海。
西からは曹魏軍とこれに合同しようとする蜀軍が合肥に迫りつつある。

元々「船頭が多くして船が山に上が」っていた、袁術陣営である。喧々諤々(けんけんがくがく)の大論戦になっていた。
それでも、美羽の癇癪を側近の張勲(七乃)がなだめつつ、何とか議事を進行させた。

合肥を占領される不利については、流石に意見の一致を見た。そして1軍を派遣するとも決まった。武将は紀霊。

――― ――― ――― 

荊州長沙郡を進発した蜀軍は、長江を北へと渡渉した。目指すは、とりあえずは合肥城。

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どう考えても、蜀軍のフルメンバーでは、紀霊が気の毒な感じがします。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の28『僭帝憤慨』~ただ1杯の蜜水を求む~の予定です。



[8232] 講釈の28『僭帝憤慨』~ただ1杯の蜜水を求む~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/23 13:02

僭称(せんしょう)
皇帝や王を自ら名乗る者に対し、他から「ニセモノ」扱いする場合の呼び方です。
「正史」でも、袁術の皇帝即位は他の群雄に認められず、僭称者として追い詰められていきます。
ついには「正史」での「彼」は、放浪の中で飢えと疲れに倒れ、
「せめて蜜水の一杯でも」と、憤慨しつつ絶命したと伝えられています。

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††恋姫無双演義††講釈の28『僭帝憤慨』~ただ1杯の蜜水を求む~



官命の形式を取って、曹魏からの通達が来た。
「曹魏軍は、蜀軍と合同して合肥を攻める。孫呉軍も呼応して、長江を渡渉されたし」
指揮系統の異なるいくつもの軍が、分進合撃するのだ。
それぞれの軍が各個撃破されない程度に優秀なら、この程度におおざっぱな作戦の方が融通が利く。

無理をするつもりもなくても、手抜きをするつもりもない。速やかに進発するつもりだったが、蜀軍が気にかかった。
孫呉の勢力圏に隣り合う、荊州長沙郡まで侵掠に成功されている。気にしない方が乱世では「お人好し」だ。
監視を含めて誰か使者を送り、そのまま同行させた方が良いのでないか?そんな意見が出たときだった。
「だったら、シャオが行って来る」

「シャオ。お前は…」まだ若い、とまでは蓮華にも言わせなかった。「子供じゃないモン!」
使者の格という意味なら、実の妹だから雪蓮の「名代」になれる。若い事が問題なら、誰か補佐をつければいい。
一方、他に「名代」がつとまる「格」のある地位にいる者は、今回の遠征と拠点の留守番で手一杯だった
「わかったわ」最終的には、あくまで君主として雪蓮は決断した。
それでも姉としては、妹に「無理をしないでね」と言った。

さて、補佐につく者だが、
「私が参りましょう。あの「妹」の兄であるからこそ、戻ってこなければ、この子瑜の名が地に落ちましょう」

――― ――― ――― 

かくて、長江を渡渉する蜀軍には、孫尚香と諸葛瑾(しょかつきん)が同行していた。

孫尚香
孫策・孫権の妹で「正史」では……いや、よそう。「この」世界では、劉備は桃香なんだから。

諸葛瑾子瑜
諸葛亮孔明の兄。外交官としても、行政官としても、それなりに優秀だったのだが「弟」が有名に成り過ぎた。
ある意味では気の毒だが、しかし、本人たちは「兄弟」とも自分の信念に生きた。

何と言うべきか、孫尚香こと真名小蓮、自称「シャオ」は桃香にも北郷一刀にもすぐに懐いてしまった。
一方、諸葛瑾の方は「公私」の「公」を守って、妹と2人だけにならない。
朱里の方もいつもに増して、例えば雛里の手を握って離さない。

そんな1人1人の、心の動きにもかまわず、戦機は動く。
そうなれば、軍師は「クール」に戻る。

――― ――― ――― 

合肥に派遣された淮南軍の将、紀霊は選択すべき戦術を検討していた。

西から迫る曹魏軍。合肥の南から迫る蜀軍。
合同された兵力で、攻城兵器などの準備を整えられた上で攻め寄せられたら、
篭城しても持ちこたえられるかどうか分からない。

ならば、2軍以上に分かれて進軍してくる敵に対しては、各個撃破という選択肢は、当然にありえる。
その場合、蜀軍の方が兵力が少ない。
その理由も見当がつく。こちらの方が、自陣営の勢力圏を離れて遠征してきているのだ。後方支援の問題だろう。
ならば、魏軍の到着前に蜀軍を叩ければ、それだけ有利になる筈だ。

兵法にてらして、まちがってはいなかった。ただし、敵軍についての情報が、まだ不足していた。

――― ――― ――― 

長江の岸から北の内陸部。合肥城の南の平原。
蜀軍の前面に展開する、紀霊の淮南軍は、きわめて基本的な、したがって特に弱点のない陣形を取っている。
蜀軍も似たり寄ったりの陣形。兵力もほぼ同程度。だがしかし…

…確か、袁術軍の紀霊は「演義」でも、ゲームでも中ボスLVだったよな。
こっちは「五虎竜鳳」がそろっているのに、向こうは紀霊1人じゃ、フクロ叩きじゃないか…

「まず、星さんが真っ直ぐ突入して、敵の出足を止めて下さい」
流石に紀霊の首までは取れなかったが、いきなり陣形を乱され、
その場に踏み止まったまま、体勢を立て直そうとしている。しかしその前に…

「次は、紫苑さんが敵の右手から、連弩を打ち込んで下さい」
修錬(しゅれん)の1点集中射撃に、さらに打ち崩された陣形を、反対側へ移動する事で立て直そうとする。
「ここで、翠さんが反対側から、騎兵を率いて突撃してください」
さらに大きく、陣形が崩れる。ここまでなら、以前にも見た事がありそうだが、

「今回は逃がしません。愛紗さんと鈴々ちゃんが、左右両側から後方に迂回して、包囲して下さい」
「4輪車」の中から白羽扇が振られるたびに、そのまま「五虎大将」によって実行されていく。

もはや逃げ道はない。
それどころか、外側から押し込まれてくる味方が邪魔で、戦う事も陣形を立て直す事もできない。
そのまま、外側から順に殺されていくか降伏するしかない。

ただ、前回なら、ここで降伏勧告だったが。
「気の毒ですが。今回は戦いの目的が違います」
前回は降伏させておいて説得するのが目的だったが、今回は撃破が当面の目標。
しかも、そもそも蜀軍が主体の戦いでもない。
紀霊軍には気の毒だが、ここで撃滅してしまえば、蜀軍にとっては今回の「義務」を果たした事になる。
「う~ん」それでも、桃香は優し過ぎた。優し過ぎるから、蜀軍は成立しているのだが。

…  …  …  …  …  

(子瑜)「お見事ですな。後世、兵法のお手本になりそうです」
(シャオ)「うう、ますます興味シンシンに成って来た~」

――― ――― ――― 

同じ評価は華琳もした。
そして「人材コレクター」の目を輝かせた、太陽の如き笑顔で。

――― ――― ――― 

紀霊軍、蜀軍と会戦して、撃滅される。
その直後に到着した曹魏軍の前に、合肥は大して抵抗も出来ずに落城。
曹魏軍が連れて来た「漢」朝廷、任命の「揚州州牧」劉馥(りゅうふく)合肥に入城。
袁術陣営は緒戦の失敗から主導権を失ってしまった。

・  ・  ・  ・  ・

合肥に入城した曹魏軍と蜀軍の主だった面々は、戦陣の形式ながら、酒食の席を設けて合同の挨拶とした。

その席上、華琳が自分の杯を、翠に与えようとする出来事があった。
何も言わず、何の表情も浮かべず、翠は一気飲みした。
「拒否はしないのね」
「主君を持ったからは、迷惑はかけませぬ」
それだけ言うと、今度はその杯を翡玉に与えた。やはり、何も言わず、何の表情も浮かべず、一気飲みした。
「これが草原の流儀なの?」霞などは、周囲から尋ねられていた。

…  …  …  …  …  

北郷一刀と曹仲徳は、酔って絡み合うふりをして、席を離れていた。
「確か、この面々の連合軍で、袁術を攻めた戦いは、俺たちの知識にもあった筈です」
「ああ、確か、これから袁術の取っ「た」戦術は…今から自分たちがやられるとなると、エグいな」
「これから軍議です。正式に意見具申してみますか。先輩」
「ああ、言ってみるが、とりあえず席に、というか、劉備の隣に戻ってやれ。河豚に成り始めているぞ」

――― ――― ――― 

袁術陣営は緒戦の失敗から主導権を失ってしまった。
しかも、合肥を足がかりに西から迫る曹魏軍、蜀軍だけではない。
北から迫る呂布軍。長江を渡渉して南から迫る孫呉軍にも対応しなければならない。
ますます袁術陣営では、打つ手打つ手が後手に回り始めた。

その間にも、分進合撃する連合軍は袁術陣営の本拠地、寿春に接近しつつあった。

…  …  …  …  …  

袁術(美羽)の癇癪を側近の張勲(七乃)がなだめつつ、
「船頭が多くして船が山に上がる」大論戦の議事を何とか進行させて、出た結論というのが、

「寿春を一旦、捨てる」
決して、消極なだけの作戦ではない。
連合軍の方が遠征軍であり、やたら大軍なだけ食糧事情は厳しいはずだ。
七乃たちの計算では、寿春の城内に袁術陣営が蓄えた食糧を当てにする程度の量のはずだった。
その当てが外れたら引き返さざるを得ない筈、
袁術軍が寿春から食糧を持ち出して、西、北、南から迫る敵のいない東へ、一旦、逃げ出せば追っては来られまい。
食糧を食い尽くした連合軍が、引き揚げれば寿春に戻れる。好機をつかめば追撃戦で打撃を与える可能性もある。

悪い作戦ではなかった。ただし、相手が「後出しジャンケン」でなければ。
「天の御遣い」の噂は聞いていても、その「正体」まで知っている筈もない。
ましてや、曹操の弟まで「この」作戦についての「予備知識」があるなどとは。

――― ――― ――― 

足がかりとなる合肥を占領した曹魏軍そして蜀軍は、袁術軍が北の呂布軍、南の孫呉軍に対応している間に、
合肥に食糧を集積してしまった。
自軍だけではない。呂布軍や孫呉軍、おきざりにされた寿春の住民の面倒まで看る可能性もある。
それを見込んだ大量の食糧を輸送する準備を整えた上で、着実に進撃する。

この進軍での蜀軍は完全に食糧の護衛だった。不満はない。それどころか、セコセコ手柄を稼いでいた。
袁術軍は自軍の戦術上、食糧を攻撃して来る。「五虎竜鳳」が護衛しているのだから、その度に返り討ちだった。
ついに、曹魏軍の「3人娘」凪、真桜、沙和が護衛の交替を訴えたぐらいだ。

…  …  …  …  …  

この食糧戦術の誤算が致命的になった。
もはや、寿春にも戻れなくなった袁術軍は、淮河下流の湿原をさまよううちに自分から崩壊し始めた。

――― ――― ――― 

「蜂蜜じゃ~蜂蜜水を持ってくるのじゃ~」
「ああ、何とお痛わしい(涙)」
漢帝国に取って代わる「仲」皇帝を宣言した筈なのに、運命の急転は急だった。
この人里すらまばらな山野を、もう何日、美羽と七乃のただ2人は落ちのびたか。
もう、美羽には歩く力もない。七乃ももう、息も絶え絶えな幼君を、ただ抱き締めて泣くばかりだった。

その主従に近付いてくるものがいた。少数の部下を従えた、武将風の何者か。
七乃は一瞬、覚悟を決めた。「ああ、私は最後まで美羽様をかばって……」

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それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の29『人物交差』~人とは出会うもの~の予定です。



[8232] 講釈の29『人物交差』~人とは出会うもの~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/23 20:07
今回は、どちらかといえば日常編に近くなると思います。

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††恋姫無双演義††講釈の29『人物交差』~人とは出会うもの~


連合軍は撤収した。撤退ではない。目的を達成しての撤収である。
袁術陣営はもはや再起不能だろう。淮南の領土は連合軍の分け取りになる。
その分配も含めての協議は、朝廷を大義名分とした曹操の主導で1段落した。

――― ――― ――― 

「やむを得ないな」
元々、現在の勢力圏の実効支配を正当化する「名分」の確保が優先目的だった。
その点に関しては曹操に確約させた。
雪蓮には、漢朝廷から任命された正規の将軍職と楊州会稽郡太守。
冥琳にも、隣の郡太守職が用意された。
他の長江以南、荊州長沙郡の隣より東の各郡の太守も、孫呉からの推薦とされた。
雪蓮や冥琳としては、これで満足するしかない。
さらに、長江下流の北岸での占領地は既成事実として認めさせた。

恋もまた(音々音が代弁して)徐州州牧を要求したが、将軍職でとりあえず引き下がった。
州牧については継続交渉となった。

――― ――― ――― 

蜀軍にいたっては、現在の拠点から遠い淮南での「飛び地」など欲しくない。
そもそも「官命」で引っ張り出された戦いである。さっさと、成都に帰りたかったが、
「益州州牧および荊州での太守代行について、朝廷に報告されたし」
という「官命」を持ち出されては、許昌まで付いて行くしかなかった。

「ところで、袁術はどうなったんだろう?」

――― ――― ――― 

「あ…貴女様は、綾羽(あやは)さま」
袁一族の1人で、袁紹(麗羽)の推薦で青州州牧になった人物だった。
「では、ここは青州なのですか」

――― ――― ――― 

曹魏軍とともに許昌に到着した蜀軍の兵士には兵営が、主だった面々には邸宅が提供された。
どう見ても、長期滞在を前提としているように見える、というのは深読みだろうか。

――― ――― ――― 

「ふぎゃあ~~ん」
麗羽は自分の手が真っ赤になるまで、妹のお尻を叩き続けた。
私室などではない。袁家の部下だけではなく、許昌からの使者までがそろった公式の場である。
その上で「芝居」でも何でもない美羽の大泣き顔を、使者に突き付けた。
「お分かりになりまして?華琳さんには、しっかり伝えて下さいましね」

――― ――― ――― 

桃香が皇帝に拝謁している間、北郷一刀は曹仲徳と密会していた。

・  ・  ・  ・  ・

「まったく、こういう機会でもないと、この「バカップル」どもは単独行動してくれないからな」
「先輩、真面目な話じゃなかったんですか?」
「真面目な話だよ。蜀には今、主君が2人いる」
本来なら、そこに付け込んで分断を狙うのが、乱世の常識だがな。「バカップル」では、付け込む隙がない。

「先輩。本気でそんな話だけですか?」
「ああ、そういえば、河北からの使者の件は聞いただろうな」

古来、中国人は家族主義である。
姉妹には変わりない以上、麗羽が美羽の首なり、身柄なりを引き渡しても不人情の評判が立つだけだろう。
だから「船頭が多くして船が山に上がる」ほども居る部下たちも、今回は主君の感情のままにさせた訳だ。

「桂花などは一応、麗羽さんに仕えている妹を通じて、ウラを取ったがな」
「ウラもヒネリもないでしょう。この場合」
「華琳姉さんの結論もそうだった。それに、これ自体は脅威とはならないとも、読んだ」
警戒していたのは、淮南に拠点を持つ袁術陣営が、河北の最大勢力と連携する事だったからな。
淮南の拠点も勢力も壊滅した現在、1人や2人の亡命者が逃げ込んでも、大して変わりがない。
「袁紹陣営が最大の脅威だという点も含めてだがな」

「俺なんかに、そんな事をペラペラしゃべるんですか」
「状況を理解して欲しいからさ。北郷なら知っているだろう。今が劉備と姉さんとの関係で、微妙な時期だって事は」
「知っています。曹操と劉備が一番接近していた時期」
しかし、今の桃香の立場は、俺たちの知っていた「この」時期の劉備とは違う。

「暴走したからな。どこかの「天の御遣い」が。おかげで、余計、微妙な問題になっているじゃないか」
「それで、具体的にはどうしろと?」
「とりあえず、陳登には近付くな」

陳登
徐州州牧、陶謙の部下の中ではエリート官吏であり「名士」陳老人こと陳珪の子。
「正史」の陳親子は、陶謙の遺言で傭兵隊長だった劉備を領主に迎(むか)えようとするが、
残念ながら「孔明なしの劉備」では、呂布や曹操には勝てなかった。
それでも呂布に対しては、何とか劉備を「徐州領主」に復帰させようと、あれこれと親子で暗躍する。
こんな陳登を曹操への使者に送って、徐州州牧に就任しようとした辺りが、戦争以外での呂布の限界だったろう。

「そうか。今の時期ですからね。陳登が許昌に来ているんですか。それで、どちらです?」
「まあ「この」世界だから、当然の疑問だろうが、劉備がいるだろう。それとも、昔の中国だから、後宮でもつくるのか?」

…冗談はさておいて
「先輩の心配は、桃香と陳登が出会ったら、徐州を狙われるという事ですか?」
今の桃香は「当時」の劉備の立場と大違いですよ。
淮南での「飛び地」だっていらないんです。徐州なんて、もっと蜀から遠いじゃないですか。
「徐州での骨折り損を“スルー”して蜀の「国づくり」が出来て、せっかく、うまくいったと思っているのに」

…  …  …  …  …  

しかし、この件に関する限り、この密会は手遅れだった。
そして、華琳の策謀力は、流石に曹操というべきLVだったのである。

――― ――― ――― 

現在、商談中。
片や、初期の「義軍」に投資して大当りした張世平。商談の相手は徐州の糜竺。

糜竺子仲
徐州でも有数の豪商であり「名士」でもある。陳親子らとともに、劉備を徐州に迎えるが、
結果として、曹操に徐州から追い出された劉備に蜀まで付いて行く。
劉備の「妻子」が呂布に殺された時には、自分の妹と結婚させたほど深入りしている。
「弟」の糜芳の方はこの「深入り」には、不満だったらしく、後に悲劇の原因となる。

――― ――― ――― 

拝謁を終えた桃香と一刀は、許昌の街中に出ていた。
正直、成都だと、政務と書類が追いかけて来る。しかし、この許昌では「お客さん」だ。
おかげで“でえと”の時間と余裕がつくれる。

それで、何で?幼女(と言うと怒る)とトラとパンダが付いて来るんだ。
そりゃ、確かに、劉備に孫尚香が懐くのはあるだろうけど、
「この」劉備は桃香なんだぞ。おまけに、何故かこちら、つまり一刀にも懐いていた。

それでも、にぎやかな街中を、女の子連れで歩くのは楽しい。
ただ、ときたま「この」時代にあると想像していた、というより「天の国」で見覚えのある商品に出会うが、
その度に「あの先輩」の「やれやれ」が聞こえる気がするのは、多分、気のせいだろう。

…  …  …  …  …  

しかし、最も呆れるのは、もはや堂々と“こんさあと”を開いている事だろう。
『数え役萬☆しすたぁず』

――― ――― ――― 

華琳は、南陽郡城で捕らえた役萬姉妹の首を、当時の帝都だった洛陽には送らず、
すでに拠点としていた、ここ許昌に監禁していた。
それを咎(とが)めるべき朝廷は、その後、それどころではなくなってしまったが危なくなかった筈がない。
そうまでして彼女たちを手中にしておいた理由は、今や明らかだ。

元々「正史」でも、曹魏軍は「青州兵」すなわち、元黄巾の降参兵で兵数を増強、いや膨張させている。
その目的のためなら、彼らの「アイドル」を利用した方が効率がいい。
現に、今日も「青州兵」で「満員御礼」である。

しかし、こうなってみると『しすたぁず』は、やはりただの「アイドル」でしかない。
そうなると「あの」黄巾の乱の主謀者と言うか、黒幕が他に居そうだが。
実際、南陽郡城の戦いの後も、兵数なら「主力」といえる賊軍が皇甫嵩将軍とかと戦い続けた後、壊滅している。
その時に、主謀者らしきものの首が何人か上がっているが、行方不明になった者もいる。
どうやら、その行方不明の主謀者らしきものの1人が、“あの”済成みたいだという情報もある。
まあ、いくら、あの「成り済まし」でも「あれだけ」念入りに呂布に殺されているなら、もう暗躍も出来まい。

――― ――― ――― 

ともあれ、女の子アイドルのコンサートは、他の女の子を連れた「デートコース」には不適当だろう。
もっと「デートコース」らしきものを探して、とある飯店に入ろうとしたが。
「おや、主どの」
何故か、卓上に山盛りになったメンマと、
相席している「太陽の塔」を乗っけた「お昼寝娘」と、
なぜか鼻を押さえている「メガネっ娘」を見て、別の店にするつもりになった。

いや、別に悪いものを見たわけでもない。
公孫軍の客将になる前というか、曹操に仕える事になる2人が「潁川名士グループ」に呼び戻されるまでは、
3人で見聞の旅をしていたとは聞いていた。だから別に、同席してもかまわなかったのだが、
なんとなく、これ以上に女の子が増えるのが、気恥ずかしいような気がしただけだったが。

――― ――― ――― 

「お帰り。子瑜(しゆ)」
諸葛瑾は「呉」に帰り着いていた。
主筋のシャオを置いて戻る事になってしまったが、出発時の宣言通りに戻って報告しなければならなかった。
流石に分かれる際には、妹と名残を惜しんだ。

――― ――― ――― 

「おや?そちらも「両手に花」ですかな」
新たに入った飯店で隣の卓に来たのは、確かに男1人に女の子2人だった。
ただし「デート」らしくは、どうも見ても見えないが。

おまけに、もう1人やって来た。しかし「ダブルデート」とかには、いよいよ見えない。
それに、やってきたのは張世平だった。当然、張世平がお互いを紹介する。しかし、

(…陳登に糜竺に孫乾だって。orz…)

孫乾公祐
糜竺とほぼ同時期に劉備に仕えた。外交官として有能。
孔明が来るまでは糜竺、孫乾、簡擁が劉備陣営における文官トリオだった。

(…先輩。ご忠告ありがとう。そして無駄でした…)

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すみません。出来れば「拠点イベント」を書きたかったのですが、
そういった「甘~いプロセス」を書くには、自分の文章が乾燥している事を思い知りました。
無念!です。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の30『兵詭道也(へいはきどうなり)』~戦争とは騙(だま)し合い~の予定です。



[8232] 講釈の30『兵詭道也』~戦争とは騙し合い~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/24 10:13
「兵は詭道(きどう)なり」とは「孫子の兵法」の、ほとんど始めの方にあります。
直訳すれば、戦争とは騙(だま)し合うことだ。と言う意味であり、
とことんリアリズムなこの書を代表する1句です。

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††恋姫無双演義††講釈の30『兵詭道也』~戦争とは騙し合い~


「華琳姉さん?今、何て言った」
「徐州の誰かと、蜀の誰かが接触しても手を出すな、と言ったのよ」
「それで、その誰かが、劉備の魅力にたぶらかされたら」
「かまわないわ」
蜀から遠く離れた徐州の「飛び地」なんか重荷なだけよ。
あの“竜鳳”なんかは、そんな事は承知で巻き込まれまいとでもしているでしょうけど、しっかり巻き込まれてもらうわ。
大体、せっかく、拠点から離れてノコノコ出て来たのに、簡単には逃がさないわよ。
それに、蜀より呂布の方がすぐにでも危険じゃないの。

(…となると、俺は余計な事をしたかな。やれやれ…)

――― ――― ――― 

「何?この手紙と言うには、大量の手紙」
益州州牧が益州の任地を離れていても、後に残してきた狭霧や胡蝶がいくら優秀でも、
許昌まで追いかけてくる政務もあるのだ。
それに、荊州で4郡の太守を代行していれば荊州州牧との往復書簡もある。
かくて、許昌でもらった邸宅には、手紙の山というより山脈が出現していた。

桃香と北郷一刀は「アシスタント」に朱里や雛里、愛紗や紫苑まで動員して手紙の山脈と格闘していた。
「許昌にいても、どうせこうなるなら、早く成都に帰るべきだろうな」
全員、異存など無い。だが、そのためには曹操との「虚々実々」の駆け引きになってしまう。

「あの…お茶です」
月と詠がお茶を運んできた。「メイド」だから、当然、主人には付いて来ている。
「えと…お手伝い…」
確かに君主だった「董卓」や軍師だった「賈駆」なら、政務の手伝いには役に立つだろう。
だが「今」の月と詠は、あくまで「メイド」だ。
「大丈夫。何とかなるよ」

「月ちゃん。璃々をお願いできませんか」
最短でも淮南までの遠征になるため、成都に置いては来るには娘がまだまだ小さかった。
ちなみに、今の「メイド服」は最初に洛陽で華琳から渡されたものではない。
女の子に着た切りもあるまい。
「天の国」にあるという、ネタをばらせばフランチェスカの「黎明館」の制服に似せてある。

入れ替わりに星がやって来た。相変わらず、メンマをかじりながら。
しかし、肝腎なところでは、しっかり真面目な星である。稟や風と飲んでいても、お互いに危ない話題は避ける。

だが「虎牢関の戦いについては聞かれたな」星の報告は微妙に危ない。
「今度、呂布と戦ったら勝てそうか?だとか。あの時は我ら3人だったが、五虎大将ならどうかとも言われたが」
「やってみなければ分からん」愛紗ですら、そう言う。「武人としては情けないがな」
あの“もんすたあ”だけは別物だ。それに、不利に追い込めても「汗血馬」で逃げられたら追い付けん。

「そんな話題が出るということは…」
「呂布は蜀から遠い徐州にいるんだぞ。成都に帰る方が大切だろう。今、目の前の手紙も大事だし」
「確かにそうですな」その間も愛紗は算盤をはじいていた。

――― ――― ――― 

徐州の州都、彭城。
帰国した陳登の報告を恋は無言で聞いていた。最も、大抵、聞いているのは音々音だったが。
「おおそれながら、私めは、曹操に対して言いました」
呂将軍は、猛虎です。満腹にさせて置かなければ、人にはなつかないでしょう。飢(う)えさせては危険です。

それに対する、曹操の返答はこうでした。
「ちがうわ。あの娘はむしろ荒鷹(あらたか)ね」
飢えている時は人の与える肉を喰うかもしれないけど、満腹になって飛び上がったら戻って来ないでしょうね。

「虎だの鷹だの無礼なのです」「いい」
「そういうわけですから、今直ちに州牧を授(さず)ける事は、必ずしも将軍のおためにもならないとの返答でした」

・  ・  ・  ・  ・

恋はともかく、音々音は気付いたろうか。陳登も華琳も、恋を「ヒト」以上に危険な存在とみなしていたのである。

――― ――― ――― 

「明細無用」華琳から、風に言い渡されていた。
「太っ腹だねえ。ご主君は」「zzz…」
「用間のお金は惜しまないのが原則よ」

…  …  …  …  …  

費用を押しまねば、用間の効果が出やすい陣営というものはある。
どこかの「お人よしたち」だったら金を突き返してきて、むしろ、結束が固まってしまうかもしれない。
だが、呂布軍の場合、恋と「コミュニケーション」がとれていたのは、結局「ニンゲン」では音々音ぐらいだったのである。

そして、金銀をばらまいただけの効果は出始めた。その報告を受けて、次の手を打つ。

――― ――― ――― 

「正攻法で行こう」
曹操相手では、中途半端に駆け引きを使うほど、ややこしくなる危険があった。
「益州州牧にして、荊州4郡の太守代理を拝命する身でありますから、長く任地を離れては、無責任となります」
そう、まっすぐ朝廷に対して真っ正直に訴えた。そして、通った。

…  …  …  … …  

「こんなにあっさり通るなんて?曹操は何をたくらんでいる」
そんな疑いもかえって出て来るが、成都にとにかく戻ってしまうべきだ。
また変更になる前に、出立の用意をした。

…  …  …  …  …  

「ああ、たまらない。この解放感。なあ、蒲公英」
「お姉さまも正直だね。確かにボクもだけど」
無理もない。合肥で曹魏軍と合流して以来、翠たちは単独行動も、姉妹2人だけの外出も絶対禁止になっていた。
理由は聞くまでもない。

「シャオはどこまで着いてくるの?」
「少なくとも、長江まで。それから船で下ったほうが、呉までは近道だよ」
そんな会話を交わしながら、南へ行軍していった。

・  ・  ・  ・  ・

敵と戦うための進軍ではないのだから、無理はしない。
夜営を繰り返していたのは、通過する村や街に迷惑をかけないためと、
しばらくの間だったが、都暮らしで緩(ゆる)んだ兵の調練を兼ねていた。

…  …  …  …  …  

そうした、何日目かの夜営の陣中。その中央にある天幕。
この遠征のいつの間にか、桃香と一刀は同じ天幕を使うようになっていた。そこに闖入者(ちんにゅうしゃ)が踏み込んだ。
同じ天幕を使っているという事は、18未満だったら想像してはいけません、という状態である。
そんな状態で他の女の子が踏み込んだら、別な意味でも修羅場なのだが、今回の闖入者はただ一言、こう言った。
「月を返せ」

もっとも、一言以上は言う時間はなかっただろう。本来「五虎竜鳳」がそろっていて、ここまで踏み込める筈がない。
ただ、恋が強過ぎ「汗血馬」が速過ぎただけで、次の瞬間には愛紗たちが駆けつけていた。
その後ろから、月と詠も姿を見せた。元々「メイド」である以上、主人の身近で待機しているのが普通だ。

恋の一言を聞きつけた愛紗が、恋をにらんだまま呼び掛ける。
「月!下がれ。それとも“董卓”に戻りたいか」
星が月と恋の間に位置するように、移動する。
愛紗と鈴々は恋の左右をジリジリ回りつつ、まだ1枚の「幕」に包(くる)まったままの2人の方へ移動して行く。
弓をかまえて援護の体制の紫苑は、しっかり璃々をオンブしていた。

さらに闖入、というより音々音が恋に追い付いた。
「月殿。貴女が人質になっていては、恋殿が曹操に降伏させられるのです」
「私はもう“董卓”ではありません」
「月。それは月の本心?」
月が恋に答える前に、
「恋~~!アホな事はやめんか―!」
今度は、霞が指揮する、曹魏側の涼州騎兵が駆けつけて来た。

…  …  …  …  …  

逃げられるとなったら「汗血馬」に乗った恋を、捕まえは出来なかった。

…  …  …  …  …  

「何だったのだ~?」
「はわ…1つだけは確かです」
まだここは曹魏の勢力範囲で、我々は曹魏と同盟軍として戦った後、まだ敵対したわけでありません。
その我々を、ここで襲撃してしまったとなれば…
「あぅ…呂布軍に対して、曹魏、蜀連合軍の戦争になってしまいました」

――― ――― ――― 

徐州彭城に近い、とある村の豪族の屋敷。
「父上、うまく行きましたな」
「うむ。劉玄徳どのが、もう蜀の国主になられていたことは残念だが」
しかし、呂布のような(騎馬の民に対する差別語)よりはましな領主が来るだろうて…

――― ――― ――― 

他にどうしようもなく、蜀軍は一旦、許昌に引っ返し、曹魏軍とともに徐州へ向かった。

これに対し、呂布軍は、というか音々音は彭城より手前で敵を撃破する作戦を採用した。
まず、国境にある蕭関(しょうかん)という、地形からも関門になっている地点で防御陣地を固める。
その後方で、彭城との中間にある小沛という県城に反撃部隊を集結させる。
蕭関で足止めした敵を、小沛から出撃した反撃部隊で撃破する。
蕭関での防御は音々音の、小沛からの反撃は恋の担当とした。
さらに、拠点である彭城の留守の手配もした。一見、問題はない。
ただし、恋と音々音以外の「ニンゲン」が信用できれば、の話だった。

――― ――― ――― 

「徐州側の作戦はこうね」
華琳は、ほぼ充分な情報を入手していた。どこから?
「蜀側から、作戦上の意見はあるかしら」
囮か捨て駒にでもされない限り、口を出す気もなかった。
とりあえず、蕭関の前面まで進軍と決まった。その後の作戦は?
実は、華琳には秘策が合った。文字通りに秘密の策戦が、である。

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それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の31『雄将無情』~正義なき力は正しいか~の予定です。



[8232] 講釈の31『雄将無情』~正義なき力は正しいか~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/24 16:53
オリキャラの『真名』設定

糜竺=燕=つばめ
糜家が裕福な商家だという史実から。
手広く商いをしている家の娘に付けるなら、
遠くへ飛びまた帰って来るような、そんな鳥にちなんだ名前はありと思いました。

孫乾=礼
劉備陣営の外交担当という印象が強いので。
特に中国内部での「外交」には、礼法が重視されていました。
こんな名前を親に付けられて、その道を選んだかな、というイメージです。

…  …  …  …  …  

かつて「ゴットハンド」と呼ばれた、とある格闘家は弟子たちにこう教えたそうです。
「力なき正義もむなしい。正義なき力もまたむなしい」
この2句と「力こそ正義」とまで開き直った1句を比較してみる一方、
曹操、劉備、呂布の主張と行動を比較してみると、その違いが見えるつもりになります。

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††恋姫無双演義††講釈の31『雄将無情』~正義なき力は正しいか~


徐州の州都、彭城の城内。この城内でも有数の商家である糜家では、姉妹ゲンカになっていた。
「分かったわ。この徐州の糜家と商売は貴女に継いでもらうわ」
「姉さんは正気じゃない」

――― ――― ――― 

曹魏、蜀連合軍の陣営。蜀軍の天幕。
「ここまで来たら、戦う以上、呂布さんに勝つ方法を考えなければなりません」
チラリと月たちの方を見て続ける。
「おそらく、呂布さん本人よりも、あの「汗血馬」が勝負の分かれ目でしょう」

――― ――― ――― 

「先輩…」
「北郷。良く抜け出せたな」
「この格好なら、分かりませんよ」
「劉備の胸からだよ」
「真面目な密会ですよ」
曹魏軍の厩(うまや)だったりする。
「桃香は、すやすやオヤスミです。それより、どうしても先輩に聞きたいことがあります」
「俺は、今回の事について、何の「お告げ」もしてないぞ」
そもそも華琳姉さんは、どこまで本気で俺を「天の御遣い」と信じているかな。

「それで、この策謀ですか」
流石は曹操ですね。いや、皮肉じゃないですよ。本当に。だけどいったい、何をしたんです。

「見当はついているんだろう」
口に出しては、俺にも言わんがな。おそらく、真相を知っているのは華琳姉さんと風だけだろう。

「そうですか。やっぱり、俺たちは蜀に帰った方がいいみたいですね」
「姉さんの弟としては、華琳姉さんを裏切れないがな」
しかし、簡単には返してくれそうもないぞ。
「この」時期の曹操が、どれだけ劉備たちに執着していたかは知っているだろう。

…  …  …  …  …  

あまり、成果のある密会でもなかった。
それに最後にもう1関門あった。桃香が目を覚まさないようにして、もぐり込まないと。

――― ――― ――― 

「重大事です」
蕭関での防御を固めるのにいそがしい音々音のところに、陳登が駆け込んでいた。
「裏切りです」
糜竺と孫乾が蜀に寝返りました。糜竺の妹の糜芳が訴え出ましたから、間ちがいありません。
ここまでは本当の事だった。この時、蜀軍では……

糜竺(真名燕)と孫乾(礼)が、蜀軍の天幕に駆け込んでいた。
「私の真名は燕です。徐州の糜家と商売は妹に継がせました」
「私の真名は礼です。これより、我が忠誠と外交能力をささげます」

・  ・  ・  ・  ・

「危険なのは、糜竺がこの徐州の名士であるだけでなく、隊商を往復させ続けている有力商家だという事です」
当然、徐州周辺の地理交通に精通しています。
この蕭関を迂回して、小沛なり、彭城なりを直撃する抜け道に蜀軍を誘導しかねません。

・  ・  ・  ・  ・

その夜。小沛の恋のもとに蕭関の音々音からの伝令だと、陳登が駆け込んだ。
「蕭関を迂回した敵軍が、この小沛に接近しつつあります。迎撃のご用意を」
やはり、糜竺が抜け道を教えたのでしょう。
それに、味方と誤認させるつもりなのか、旧「董卓」軍だった事は同じ、張遼軍が混じっています。

ところが蕭関に駆け戻ると、音々音にはこう言った。
「迂回した敵が、背後から奇襲していようとしています」
やはり、糜竺が抜け道を教えたのでしょう。
それに、味方と誤認させるつもりなのか、旧「董卓」軍だった事は同じ、張遼軍が混じっています。

…  …  …  …  …  

1夜明けて、悲惨極まる「同士討ち」の惨状の中で、恋と音々音は唖然としていた。
「どういう事」「裏切りは陳登もだったのです」

その時、蕭関の方向から喚(と)きの声があがった。音々音と守備兵が留守にしていた関城を突破したのだ。
やっと「同士討ち」を止めたばかりの、呂布軍には迎撃する気力が無かった。
その場どころか、小沛にも踏み止まれずに後退していく。
「これは恋どのでも、立て直しようがないです。早く彭城に戻って、守りを固めるしかないです」

・  ・  ・  ・  ・

だが、体勢を立て直しつつ後退する呂布軍を曹魏軍が追い抜き、
彭城の留守を預(あず)かっていた陳老人が、城門を開いて迎え入れてしまった。

――― ――― ――― 

徐州彭城の城内「糜家商店」。桃香と一刀は、華琳に公邸をゆずって、ここを宿舎にしていた。
「姉の道楽には、ここまでしか付き合えません」(まあ、糜芳ならこんなものかな。蜀まで来てもらう必要も無いし)

…  …  …  …  …  

結局、話題は今日の戦いの事になった。恋の事なので、月や詠も加わっていた。
「それにしても、裏切りだらけだったな。いくら仕掛けたのが曹操とはいえ」

「ボクには分かるような気がする」詠は久しぶりに、軍師の顔になっていた。
多分、虎牢関から後、恋が心を開いていたのは、人間では音々音だけだったんじゃないかな。
主君に仕える武将なら、その主君がたとえば月なら、それでも良かっただろうけど、
自分が主君になった時には、何かが足りなかったんだ。
それなのに、恋は強過ぎるから、あるところまでは通用してしまう。
でも、その後は強過ぎるだけでは、かえって危険なんだ。
それを補うには、音々音も軍師として未熟だったし。

「…強いだけなのに、強過ぎた…」
(「正史」の「張飛」にも、そんなところがあった感じだったな。まあ、鈴々なら大丈夫だろう)

――― ――― ――― 

州牧公邸、今日からの主が昨日までの主の行方を検討していた。
「おそらく、ここね」
現在の彭城とは、川を挟(はさ)んだ古城。

――― ――― ――― 

「気が進まへんな」
彭城の城内にいた、犬の「セキト」以下の恋の「友だち」は、霞が保護していた。
その霞が、不本意ながらも華琳の命令を実行していた。

…  …  …  …  …  

霞たちが目前にしているのは、呂布軍が逃げ込んだ古城。
そこに向かって、恋の「友だち」が呼びかけていた。本能のままに城内にいる「仲間」を感じ取って。

流石に、恋本人は音々音が引き止めていた。
だが、恋が目を離したとき「赤兎馬」が、世話役を振り切って飛び出してしまった。
しかし、曹魏軍の目前まで来ると、流石に「敵」だと気付いたか引き返しかける。
その戸惑(とまど)うように、一瞬だけ停止した「赤兎馬」に、飛び付いて手綱を捕らえた物がいた。
他の者だったら、蹴り殺されていたかもしれない。しかし、蹴れないよう身を捌(さば)きながら説得を続ける。
その「言葉」が届いたか。恋以外に初めて取る態度を見せて手綱をゆだねた。

「見事だったわ」華琳のほめ言葉には無言で礼を返した。
「これが呂布さんには大きな打撃になるでしょう」
「そんな気は無かった。ただ、突然、あの馬があわれになった」自軍の軍師にすら、愛紗はそう答えた。

――― ――― ――― 

「恋はさびしい。「赤兎」まで行った」
幼子そのままにフテ寝してしまったが、しかし、それが致命的になった。
この古城に逃げ込んだ者の中にまで、華琳と風の仕掛けた用間策が届いていた。

…  …  …  …  …  

まるで、本物の虎でも捕らえた様に、雁字搦(がんじがら)めにいましめられた恋。そして、観念した様な態度の音々音。
「正史」の「呂布」の末路を知る一刀や曹仲徳ですら、ため息をつきたくなった。
「さて、どうするかしら」
(…「正史」みたいに、董卓や劉備を裏切っているわけじゃないしな…)

結局、華琳は、恋と音々音にも「メイド服」を着せた。
「しばらく、こうして様子見ね。虎の幼子は猫に育つかしら」

…  …  …  …  …  

「あの馬は欲しくないの?雲長」愛紗が取り押さえた赤兎馬は、曹魏軍が管理していた。主力軍の権限で。
「我が主君からのいただき物であれば」愛紗の返答は明快だった。
「どうかな?桃香」一刀は「その後」の赤兎馬を知っているから、かまわない気だったが。
しかし、桃香が答える前に、曹魏軍の中から「ブーイング」が出た。

「誤解しないでいただきたい」
自分が名馬を欲しいわけでありません。
しかし、関羽は華琳様の部下では無い。
欲しければ、あの時に自分のものにしておれば良かったのです……

華琳は微笑と苦笑をしていた。この時は。

・  ・  ・  ・  ・

実のところ、1頭の馬どころではなかった。またしても蜀軍は成都に帰りそこね、許昌に連れて行かれてしまった。

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まだしばらく、許昌の都が舞台になるようです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の32『白馬有情』~英雄を論(ろん)じて肴(さかな)にする~の予定です。



[8232] 講釈の32『白馬有情』~英雄を論じて肴にする~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/07/17 22:37
今回の「サブタイトル」が「死亡フラグ」かどうかは、次回以降まで引きます。

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††恋姫無双演義††講釈の32『白馬有情』英雄を論(ろん)じて肴(さかな)にする~


現在の「漢」の帝都である許昌。劉備に与えられた邸宅に深夜、不意の来客があった。
「誰だって?」
来客の名前を聞いた途端、北郷一刀は桃香を押し倒していた。
星や紫苑は微笑し、朱里や雛里は「はわあわ」し、鈴々や璃々はキョトンとし、翠は蒲公英に突っ込まれ、
そして愛紗は叱り付けた。
この有様に客もあきれて帰ってしまった。いよいよ憤慨する愛紗だったが、一刀の方はホッとしていた。

流石に“竜鳳”の軍師は何か気が付いた。「ご主人様には、何か考えがあるのですか?」
「俺が知っている話だと、あの客の用件は、曹操の暗殺かもしれなかったんだ」
「「「(絶句)」」」
押し倒したままではサマにもならないが、内容は重大だった。
それこそ「天の御遣い」でもなければ、もっと仰天されただろう。

・  ・  ・  ・  ・

「演義」では、この陰謀さえ無ければ曹操と劉備は対立したかどうかも微妙とすら解釈可能な“曹操暗殺計画”。
その陰謀が密議されていたのは「正史」では、この時期。そのタイミングで主謀者と記録される人物がやって来た。
会うわけにはいかないだろう。この計画は「返り討ち」になるのだから。

・  ・  ・  ・  ・

「やめろと言って、言う事を聞いてくれる筈も無かっただろうしな」
「そうなると、少しでも早く、成都に帰るべきですね」
「そうだな」
(…それに、次は「あの」イベントがあるんだろうし…)

…  …  …  …  …  

今度の来客は曹仲徳だった。
「姉が梅の花を見ながら、酒席を設けたいとの意志です」
(…先輩「あの」イベントですね…)
(…そうだろうな…)2人だけにアイ・コンタクトが通じていた。

――― ――― ――― 

潁川郡太守以来の曹操の公邸。その庭の梅林と泉水に囲まれた亭。
そこに、曹操らしいというより、なんとなく華琳らしい洒落(しゃれ)た酒食の席が設けられていた。
酒と料理は4人分。最初からそのつもりだったわけだ。
最初に2人を見た時の華琳は「天の国」の言い方なら、いかにも「百合」が「バカップル」を見た、という表情をしたが。

…  …  …  …  … 

「黄巾も董卓も袁術も呂布も倒れたわ」
英雄の時代でも、英雄になれるとは限らないのね。後は誰が残っているかしら。

(…始まったよ…)
「袁紹さんでしょうか?」桃香も役割通り(?)だ。
華琳は微笑すらして、首を振った。
「麗羽も妹と同じだわ。「四代三公」の蓄積の上に乗っているだけ」
確かに、人材はあり過ぎる程居るわ。でも、使いこなすだけの統率力と決断力が無いから、持て余しているわ。

「孫策さんは?」
「油断は出来ないわね。麗羽より、もしかしたら危険かも」
でもどこかで焦(あせ)りすぎているわ。それで自分の足元が危なくならないといいけど。
英雄になれるかどうか、まだ保留ね。

「一応、白…伯珪さんについては」
「友だち思いね。でも、公孫賛には、貴女を使いこなすだけの力量は無かったでしょう」

「えぇと?後は…」
「荊州の劉表なんかは、庭の中の番犬よ。後は出遅れた弱小軍閥。結局はいないわね」
ここで、華琳は太陽のような笑顔を浮かべた。
「今の天下に英雄は…」
(…来たよ…)

・  ・  ・  ・  ・

曹操は劉備に向かって言い切った。
「今の天下に英雄は、君とこの曹操孟徳。このただ2人のみだ!」
思わず箸を落として驚愕する劉備。
ここまで評価されている事自体、曹操相手では危険だ。
だが、評価されてこれだけ驚いた事も、また曹操に警戒されるかもしれない。
その瞬間、偶然にも雷が鳴った。
劉備はその雷におびえた振りをして、箸を落とした事と、曹操に英雄などと評価された事をごまかした。

・  ・  ・  ・  ・

「…あ、桃香。ほら、あの空に、変な雲が?もしかして、雷雲かも」
「え?きゃっ?」思わず一刀の片腕に抱きついた桃香に、華琳は決め科白を決める「タイミング」を逃した。
(…先手を取ってくれたな。北郷…)

…  …  …  …  … 

1度、白けた後は他愛も無い雑談になった。その雑談がしばらく続いた頃に、風がやってきた。
「zz」「ほら、寝ないの。報告は何?」
「ふあ?はい。北方から、間者が戻りました」
「それで?」
“太陽の塔”だけが、来客の方を向いた気がしたが?
「公孫賛が袁紹軍に降伏しました」
「降伏?戦死したわけではないのね」
「あの、それで、白蓮、いえ、伯珪さんは無事なのでしょうか?」桃香が握り締めている一刀の腕に、力を加えていた。
「答えていいわよ。風」
「生死不明です。現段階の情報では。少なくとも袁紹は「首」を晒してはいません」
「そうですか」

「心配かしら?」
「はい。恩義はありますし、友人ですし。それに幽州は故郷です」
「助けに行きたい?」
「でも、みんなに相談してみないと」
「主君としては、無責任でもないわね」

――― ――― ――― 

門前まで愛紗が、鈴々を連れてむかえに来ていた。
「桃香様。お顔の色が良くありませんが?」
「ああ、酒や料理もあんまり進まなかったみたいだし」
「そうなのか?お姉ちゃんは、いつもあまり食べないのだ」
一刀としては、突っ込みたいのを我慢していた。
口に出したらセクハラである。
「五虎大将」のほとんどは「飲み食い」の量に関する限りは。
もともと、桃香とは比較にならないだろう。

…冗談はさておいて「邸に戻ったら、相談がある」

――― ――― ――― 

「劉備はあまり、飲みも食べもしなかったようね。それにしては、食べて行ったものが片寄っているかも」
「華琳姉さん?どういうこと」
「女だから気になったの。男が聞くものじゃないわ」

――― ――― ――― 

「これ以上、許昌にいたら、白蓮さんの敵討ちと言われて、今度は袁紹軍と戦わされる危険もあります」
「もしも白蓮さんを救出するために、何らかの行動を起こすにしろ、蜀の国主として自らの意思で行動すべきです」
「例の陰謀にも、巻き込まれるかもしれませんし、やはり、成都に帰るべきです」
竜鳳の意見に異論は無かった。

「そうですね。桃香様のお身体の事もありますし」
「あの紫苑?」「何ですの」
「紫苑さんの微笑が微妙な気がするんですけど?」
「ご主人様。私は璃々の母です」

桃色になる桃香。
北郷一刀は絶句した。
その後の数分間は、ツッコミあり、かけ合いありの集団漫才が続いたが、最後は一同そろっての祝福だった。

・  ・  ・  ・  ・

「いよいよ、成都に帰らないとなりません」

孫乾(礼)の蜀の外交官としての初仕事は、この件での曹魏陣営との交渉になる。

――― ――― ――― 

曹魏陣営の側の軍議。ここで、華琳は劉備の「体調」について問題にした。
桂花などは「だから所詮、男はち○こ…」などと乙女らしからぬ嫌悪(けんお)の発言をし、
仲徳などには(…やれやれ…)と内心で思わせていた。

「これは真剣な話よ」
もし、あの2人の間に子供が生まれたら。ただの赤子が生まれた、のとは問題が異なるわ。
主君が2人いるような蜀も、その2人が男と女になってしまえば、悪い事にはならないわ。
まして、2人の間に子供が生まれてしまったら。
その時は、2人とも首を取れたとしても、その子供が残っていたら。
子供自体の有能、無能は問題ではないわ。例えば「五虎竜鳳」が全員、生き残っていたら。
「その子供を盛り立てて「五虎竜鳳」は、蜀王国を存続させて行く事ができるわ」

曹仲徳は思った。
「正史」での劉備の跡継ぎは無能は言い過ぎで、平凡だけど普通の出来じゃなかったかな。
孔明でも魏に勝てなかったのは「五虎竜鳳」の半数以上に先立たれていたせいもあったし。

「それでは、子供が生まれるまで、何とか逃がさないように?」
「獅子の子に手を出す勇気があるのならね」
「五虎竜鳳」が逃げ出そうとして檻の中で暴れられたら、たとえ討ち取る事が出来ても無傷ではすまないだろう。
華琳の結論に、部下たちも同意した。
「でも、ただ帰すのも惜しいわ」

――― ――― ――― 

「礼ちゃん。つまり」
「はい。関将軍お1人は残留せよ、との名指しでの条件です。はっきり、人質と言われました」
「だけど…どうして愛紗ちゃんなの?」

「天の御遣い」には、曹操が考えている事を説明は出来る。
「曹操は、愛紗いや関羽を自分の手元に置いて置きたいんだ」

「・・・・・」「・・・・・」少しの間、それぞれが考え込んでいたが、
やがて、愛紗本人が断言した。

「私が残ろう。今はたとえ、1人脱落してでも成都に帰る方が、問題の根幹だろう。それに…」
それぞれの性格通りの表情や態度をしている、主君や同志たちを見回した。
「私1人で、こう言って何だが、足手まといが居なければ切り抜けてでも帰れる」
「それはそれで、外交とか、大義名分とかの問題を先送りする場合も在り得ますが」
「まあ、私とて、武一辺倒な訳でもない。通す筋は通すがな(ニヤリ)」

――― ――― ――― 

「そう、関羽は承知するのね」
とんぼ返りの様に、華琳の元に引き返した礼は、愛紗を同行していた。
「それがしからも申し上げたき事がござる。これはあくまでも、この関羽雲長という個人が、独断で希望いたす事にござるが…」
「なあに?」ニコニコしている華琳だが、礼などは礼儀作法の“甲冑”を込んで、華琳の「気」に圧倒されないよう努めていた。

「先ず第1に」作法通りの礼儀は保っているが、言いたい事は言い始めた。
「あくまでも、恐れ多くも陛下のおわす帝都を騒がせたくは無いがため、わが主君は退去いたす。決して曹操如きの脅迫に屈した訳ではない」
「言ってくれるわね」“曹操如き”に何処かの独眼竜が反応したような気もしたが、
「第2に、わが主君が、拠点たる成都まで御無事に帰還なされるまでは、大人しくもいたす。だが、それ以降は1身の勝手を御許し願いたい」
「それで?その以降は」
「したがって第3に、退散すべき時が来たならば、真っ直ぐに御主君の下に帰参させていただく。その期に及んで行手をさえぎる御積もりならば…」
「どうする積もりなの?」

愛紗が答える前に、華琳が大笑いした。いかにも楽しそうに。
「どうせ、劉備たちには、こう言って来たのでしょう。『自分1人で、足手まといが居なければ切り抜けてでも帰れる』」
「恐れ入ります」
「ますます気に入ったわ。これだから、側に置いときたいのよ。本当、劉備には嫉妬するわね」
「さらば御承知いただけるか?ご無礼は重ね重ねなれども、われらが「桃園の誓い」にかけて、これだけは御承知いただきたい」
「いいわよ。ただし、貴女がここにいる間は、存分に口説き落とさせてもらうわ。それでも、同じ事が言い続けられるならね」

――― ――― ――― 

許昌の城門。そこから延びる街道。蜀軍が行軍して行く。今度こそ、帰還するために。
中軍に在って、いつの間にか馬術の達者になった一刀が、桃香に寄り添いながら進む。
そのすぐ後ろから見守るように続き、鞍の前に璃々を乗せた紫苑。
行軍の先頭で元気一杯に先導する鈴々。
頼もしげに、しんがりを固める星。
お馴染(なじみ)の4輪車の朱里と雛里。
正直に晴れ晴れとした態度の翠と蒲公英。

愛紗は見送っていた。周辺では、霞や季衣たち、魏の武官たちに囲まれていた。

やがて、しんがりの星が地平線に没すると、未練を断ち切るように城門の中へ歩みだす。
ただ1人。

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次回は原典「三国志演義」通りならば「原典」でも有数の、関羽の“見せ場”の筈なのですが、そうでなければ、ひたすら作者の未熟です。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の33『汗血流転』~駆け抜ける千里の道~の予定です。



[8232] 講釈の33『汗血流転』~駆け抜ける千里の道~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/24 23:52
††恋姫無双演義††講釈の33『汗血流転』~駆け抜ける千里の道~



「今日も華琳様は、関羽を呼んだのか」秋蘭の見る限り、姉の態度は焼き餅にしか見えない。
しかし、無理も無いとも思う。最近の主君の態度たるや、関羽べったりといっていい。

「おや、ボチボチでんな」こういう時に限って、何故か愛紗の接待役みたいになっていた霞に出くわした。
「また、関羽の「お見送り」か」
「ちゃう。お礼参りの応対や」
関はんたら、華琳様からいただいた金銀財宝の類を、右から左に寄付してしまいよる。
おまけに、華琳様のお名前で寄付するから怒れへん。寄付されたもんのお礼が、華琳様の方へ来てしまいまんねん。

「それで華琳様は」
「ニコニコしてはるわ。ただし、関はんが手元に置く気になる贈り物を何か考えろと、命令されましたわ」

――― ――― ――― 

桃香や北郷一刀たちが許昌に滞在していた時に、与えられていた邸宅。

現在、愛紗は、この邸の門番小屋で生活していた。1人暮らしである。
霞が訪問した時も、自分で応対した。その事を霞に指摘されると、困惑するそぶりを見せた。
「華琳様は、関はんを邸も使用人も無しにするつもりも、そんな事で蜀の方から文句を付けられるつもりも有りまへん」
「しかし、主君持ちの身で、主君以外から身に余る待遇を受ける訳にも参りません。ご無礼をお許し願いたい」

帰りかけた時、ふと、門番小屋に戻らず奥へ向かおうとしている事に気付いた。
「いや、これは…弁明するつもりではないが、厩(うまや)だけは使わせていただいている」
「武将なら、当たり前でっしゃろ。馬の世話人くらい手配しまっせ」「ご容赦を」

…  …  …  …  …  

その次に、華琳に呼び出された時。
帰りかけた時、華琳自身が馬場まで見送りに来た。
「あの馬に見覚えが無い?」
徐州の戦いの時、愛紗自身が取り押さえた馬だ。
何より、手綱を引いて来たのは「メイド」姿の恋だった。

「あの馬に乗ってみたくは無いの?」
「あの「汗血」の名馬に、私がですか?」
まず、隣の華琳に聞き、それから、馬を引いている恋に視線を移した。
「今の恋は“めいど”。もう「赤兎」と一緒に走れない。新しい友だちが「赤兎」にはまだいない」

「されば1度だけでも」と言って、愛紗は赤兎馬に騎乗し何周か馬場を回った。
「気に入ったのなら、そのまま乗って帰ってもいいわよ。ただし、手放さない事が条件」
「まことですか」
「二言は無いわ」
「感謝いたします。この「千里の名馬」なら、成都まででも一駆けで帰れるでしょう」

――― ――― ――― 

「旧」劉備邸の門番小屋。追いかけるように訪問した霞に対し愛紗は明言した。
「私の信念で行動させていただいている。無礼は承知」
その無礼のお詫びの分と、これまでのご厚意のお礼の分は、必ずお返しする。
わが主君を敵としない限り存分に戦い、いわば「義理」を果たした上で、退散させていただくつもりだ。

――― ――― ――― 

「申し訳ありまへん」
「完敗ね」華琳はむしろ、どこかさわやかだった。
ここまで見事だと、いよいよ手元に置いておきたいけど、無理ね。劉備には嫉妬するけれど。

そこへ、桂花が軍師としての報告を持って来た。
「袁紹軍が動き始めました」
ただ、なまじ4州もの広い領土から、兵を総動員するには時間がかかります。
その時間を稼ぐため、自分の直属の精鋭をまず出動させました。

「という事は、指揮は顔良か文醜ね」
いずれにしろ、こっちが総動員数で負けている以上、最初から先手を取られるわけにはいかないわ。
その意味で、悪い戦術ではないわね。だから、そのまま実行させたくないわ。

――― ――― ――― 

黄河は大河である。そして、この時代の水運の地位は高い。
だから、黄河の岸にはいくつもの港がある。
もちろん、それぞれの港は黄河の北岸と南岸で向かい合い、渡渉点を兼ねている。

・  ・  ・  ・  ・

黄河南岸の港の1つ、白馬津。
袁紹(麗羽)の側近でもある、文醜(猪々子)と顔良(斗詩)は、黄河を南へ渡渉し白馬津を占領していた。
まずは、最初に先手を取れた。しかし、斗詩は憂鬱であり、猪々子に疑問に思われていた。

憂鬱の原因は「船頭が多くして船が山に上がる」自陣営の体質である。自分たちが、というより自分がいなくて、
あの主君に常態化している大論戦をさばけるか?斗詩の苦労は、あの七乃だけが同意するかもしれない。

――― ――― ――― 

曹魏軍は、白馬津を占領され、早くも先手を取られたことを知った。
「ならば、先手を取り返すわ。霞。貴女の涼州騎兵の出番よ」
ただ、霞1人に、顔良、文醜が2人がかりになる場合が問題だった。
加勢といっても、涼州騎兵より速くなくては、足手まといだ。

…  …  …  …  …  

電撃戦。対応されるより速く状況を展開させ続ける事で、主導権を取り続ける。
この場合、後年の「戦車」役となる速さと強さを兼ね備えた雄将が、陣頭で突破口を開き、
後方や側面は後続に任せて、ひたすら突破し続ける。

赤い汗を流す快速の名馬に乗った、美髪を翻(ひるがえ)す雄将が「青龍偃月刀」で切り開いて行く。
斗詩たちは無能な将ではないが、戦況の展開が速く、後1歩、対応が後手に回り、
後手に回っている間に敵将が目前に迫った。

「“蜀”の「五虎大将」がうち、一の大刀、関羽雲長…参る―っ」
対応するには「赤兎馬」が速過ぎ、応戦するには愛紗が強過ぎた。
偃月刀の一撃目はかろうじて受け止めた斗詩だが、ほとんど同時に「赤兎馬」の体当たりで馬ごと跳(は)ね飛ばされた。
「斗詩―っ」猪々子が斗詩を助け上げ、一旦、後退しようとしたが、
「アホかいな。赤兎馬から逃げられるわけないやろ。それも2人乗りで、1人は目を回していて」

追い付かれるどころか、追い抜かれ、正面に立ち塞(ふさ)がれた。
「カウンター」にすらなった一撃で、2人そろって馬から叩き落される。
せめての事は斗詩が目を覚ました事だけだろう。互いの背中を援護しあう体勢で立ち向かうが、
しかし、相手が強い。愛紗に勝てるのは恋ぐらいだろう。しかも、今は赤兎馬に乗っている。
猪々子と斗詩の2人がかりでも、討ち取られないだけで靖一杯だった。
その間に霞の率いる騎兵が追い付き、周囲を取り囲まれた。

――― ――― ――― 

「そんな?そんな―!」
曹魏軍の中から、蜀の関羽が、呂布の乗っていた馬に乗って現れた。
それ自体はありえただろう。曹魏と蜀の連合軍が呂布軍を破ったのはこの前だ。
麗羽を絶叫させたのは、猪々子と斗詩が生け捕りになった、という悲報だった。
「そ、そうですわ。公孫賛さんを連れてらっしゃい!」

――― ――― ――― 

袁紹軍から、捕虜交換の申し入れが来た。
「我が曹魏の同盟者でもない公孫賛1人と、顔良、文醜の2人だと」などと言う者もいたが、
華琳は愛紗に微笑みかけた。
「捕まえて来たのは貴女よ。それに、貴女の主君には、助ける理由があったわね」
「もう1働きさせて下され。私はそれでかまいません」
曹魏側からは、白馬津から黄河の対岸への撤退を追加で要求する。と回答された。

…  …  …  …  …  

白馬津の袁紹軍は、白馬に乗った1騎だけを残して撤収した。
「公孫太守。これ以上、巻き込まれない内に、ここを立ち去り、成都に向かいなされ」愛紗はそうすすめた。

…  …  …  …  …  

「良いのですか。袁紹の側近を生還させて」
「そうよ。麗羽が自分の真名を許している程の側近」
でも、他の将が捕虜になる度にこんな事は繰り返せないわね。結局は、不公平なひいきになるわ。
元々、袁家陣営の弱点は、居過ぎる人材の間にむしろ不和の種がある事よ。そこに用間の使いどころがあるのよ。

案の定、中級指揮官の1人が投降してきた。自分が捕虜になっても、顔・文のように救われるとは信じられない。
なぜなら、顔・文以外の捕虜は返ってこなかったが、その中には自分の知人もいる。と言って。
しかも、袁紹軍の作戦を漏らした。

白馬津から撤収した袁紹軍は他の渡渉地点を求めて、やはり黄河南岸の港である延津を狙っている。
この証言は、他の情報からも確認された。

かくて、延津から上陸した袁紹軍と、待ちかまえた曹魏軍が正面衝突した。

…  …  …  …  …  

水際作戦では、待ちかまえていた方が有利。20世紀の戦艦が艦砲射撃でもしない限り。
ついに、曹魏軍は撃退に成功した。

愛紗は赤兎馬を駆けさせ、延津の戦場をめぐって戦った。
ついに袁紹軍を水際に追い落とすまで「青龍偃月刀」を振るい続けた。

・  ・  ・  ・  ・

袁紹軍は、黄河の渡渉に一旦は失敗した。それでもその勢力は大きい。再戦は可能だった。
最も、華琳が恐れていたのは、このまま戦い続けられる方だったが。
どちらにせよ、袁紹軍が体勢の立て直しに入った機会に、曹魏軍も戦線の建て直しにかかった。
そのため、華琳は一旦は許昌に戻ったが、再び黄河の前線へ戻ろうとした時には、愛紗の姿が許昌から消えていた。

…  …  …  …  …  

「けしからぬ。追って捕らえるべきです」春蘭などはそう主張したが、華琳は許さなかった。

「やめなさい。このまま行かせた方が、この曹操の名は傷付かないわ」
それに、無駄よ。赤兎馬に追い付ける?それに、勝てると言い切れる?…

「それから、それどころでもないわ。袁紹軍との決戦は、これからじゃないの」

――― ――― ――― 

愛紗は駆け続けた。千里を行く「汗血」の名馬。運命の流転の結果、今は自分の愛馬となった赤兎馬とともに。

予州潁川郡の許昌から西南へ、予州と荊州を駆け抜けて長江にいたる。
その中原の大平原を、ひたすら駆け続ける。蜀へ。
やがて、陸路は長江にさえぎられた。その長江に沿ってさかのぼるように道を変え、
三峡の大渓谷沿いの山道を尚も駆け続け、やがて道が開ければ、そこはもう蜀の四川盆地。

四川の名のゆかりとなった、いく本の流れと、山脈に囲まれた盆地が織り成す風景。
ここは愛紗が生まれ育った地ではないのに、何故か懐かしい。
いや、その理由はわかっている。ここには自分を待つ人たちが居る。
「私には帰れるところがある。こんなうれしい事はない……帰ろう。赤兎。私と一緒に」
「蜀の犬は太陽にほえる」他国人はそうからかう。そんな雲や霧までが、何もかも今はみんな懐かしい。

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原典「三国志演義」では、どこまでも関羽がかっこいい筈です。
そうでなければ、ひたすらわが力不足に他なりません。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の34『江東急転』~壮士の仇討ちと道士の呪い~の予定です。



[8232] 講釈の34『江東急転』~壮士の仇討ちと道士の呪い~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/25 22:32
于吉
原典『三国志演義』では、民間の信仰を集める道士、として登場します。
本来『演義』は、道士やたたりが「非科学的」などとされる以前に成立した本でした。
孫策の遭難は于吉のたたりという事になっています。

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††恋姫無双演義††講釈の34『江東急転』~壮士の仇討ちと道士の呪い~


「僕の専門は形成外科なんだがな」
流石に「ラマーズ法」を指導してほしい、などと言う注文にはそう答えるしかなかった。

蜀の成都を、華佗は訪問していた。
北郷一刀の「正体」については、魏の曹仲徳から聞いている。久し振りの「現代人」同士での会話。

「妊娠の経過は順調だよ。妊娠直後に、この時代としては大旅行をしたにも関わらず安定している。」
「そうですか…」
「何が気になるんだ」
「孫策の事です。おそらく、現在の展開からすると、そろそろ、あの「イベント」が起こる頃に思えて」
「その事が気になるのかな」
「ええ、孫堅の時には、知ってて見殺しにしたみたいになっていますから。気になっていました」
それに今、孫尚香が結局は成都まで付いて来ていますし。
「天の御使い」なんかやっている間に、何百万人殺したか分からないくせして、偽善かもしれませんが。

「しかし、北郷君の計算では、4500万人助けるために「天の御使い」をする決心をしたのだろう」
まあいい、僕が1人でも何人かでも助けるようにするよ。

――― ――― ――― 

「では、出かけて来ますよ」
「ご苦労だな」
「于吉を名乗っている以上、役割は果たさないといけませんからね」
「ここでも「正史」をなぞるわけか」
「そういうことです。私たちは「正史」の傀儡ですから」

――― ――― ――― 

雪蓮は狩を楽しんでいた。
野山を駆けるうちに1人になっていたが、そんな事を不安に思う彼女ではない。
存分に駆け鳥獣を追っていたとき、突然に森の陰から矢が飛んできた。
1本、2本、3本。前後して飛んで来た結果、偶然にも時間差攻撃になり、1矢が肘に刺さった。
だが、臆(おく)せず、もう片手で「南海覇王」と名付けた愛剣を抜き放つ。
弓を投げ捨て剣を振りかざして迫る3人に、こちらから突進する。

2閃。それだけで2人まで切り倒すと、3撃目で3人目の片腕を剣ごと切り落とした。
腕を押さえてのた打ち回る刺客を、見下ろし問いただす。あくまで冷静に。
「曹操にでも雇われた刺客か?」
「我らは、許貢(きょこう)どのの食客だ」
元は母、水蓮の勢力圏だったとはいえ、一度は孫呉の下を離れた江東を短期間で制圧する間には、
いくつもの大小の勢力を叩き潰していた。呉郡の太守、許貢もその1人だった。
「なる程、貴様らには、当然の仇討ちだな。ならば、これが情けだ」剣を振りかぶる。が、
一瞬、固まった。
「毒矢か」
「卑怯だと思わば思え」
「いや、確実に仇を倒したいなら、これぐらいはあるだろう。ただし」まるで慈母のような笑顔を浮かべ、
「もっと強い毒を使え!」首をはね飛ばしていた。

この直後、やっと、冥琳たちが駆け付けた。

…  …  …  …  …  

まるで、この「タイミング」を計ったように、華佗が呉を訪問していた。

その名医の治療を受けて、雪蓮は1命をとりとめたが、華佗から申し渡されてしまった。
「絶対安静です。最低でもこれから申し上げる期間は」
医者として、せっかく助けた患者に自殺されるほど、虚(むな)しい事はありません。
絶対安静と分かっていて、勝手に心を荒立たせて、勝手に命を縮められるのも自殺と同じです。

雪蓮も苦笑するしかなかった。この時は。

――― ――― ――― 

「こうなると幸運でしたわ。貴女が孫策さんの手にかからなかった事は」
美羽自身は姉の膝の上で聞かされた事を理解したかどうか。少なくとも、七乃や斗詩には納得できた。

――― ――― ――― 

許昌。
「河北から江東へ、使者が出立しました」
「ご苦労。続けて情報を」

――― ――― ――― 

絶対安静を申し渡されていても、君主としては最低のことはしなければならない。
代理で河北の使者にあった蓮華と冥琳から報告を受けていた。
「この身体でなければ、袁紹にけしかけられるまでもない」
袁紹軍に全力を投入しなければならない今が、曹操を討つ好機だ。

「華佗先生が、長江を下って来ていただけでも、幸運だったんだぞ」冥琳はあえて友人としての口調を使った。
「もし、出兵するにしても、私を信じろ」
看護についていた近侍の喬姉妹も冥琳に味方したため、雪蓮はあっさりと降参した。

・  ・  ・  ・  ・

そのころ、孫呉の拠点、秣陵の城内では群衆が集まっていた。
その中心にいるのは、于吉と名乗る道士だ。
最近、急速に江東の民衆ばかりか名士、豪族階級にまで人気が高まりつつある。
現代人ではない。この時代の道術は「科学」なのだ。華佗ですら、名目上は「五斗米道」の道士として活動している。

于吉は、そんな時代の人々が道士に期待するようなことをしていた。
しかし、その行動は、例えば華琳や雪蓮のような統治者を警戒させるものでもあった。
この「歴史」での「黄巾」は道術教団ではなく「五斗米道」は華佗たちであるにもかかわらず、
こうした道士たちの危険性は見抜かれていた。
いや、実はわざと、雪蓮に危険と思われるように行動していたのだ。

無論、最初は、担当の役人が取り調べる。それから、順に上に報告される。
ただし、今は主君が「絶対安静」である。心をわずらわせるか、いなかを先に判断すべきだった。
だが、雪蓮は知った。だれが教えたかは、当然に後日、追及されたが、なぜかうやむやになった。

・  ・  ・  ・  ・

「けしからぬ。このような淫祠邪教(いんしじゃきょう)など、有害無益。」
本来ならさっさと首をはねるべきだが、とりあえず牢にぶち込んで置け。

いつもなら、冥琳たちも異論は無い。だが、今の雪蓮は、気を荒立てる事は避けるべきだった。
つい「穏便に」などとすすめたが、かえって意地にさせてしまった。

…  …  …  …  …  

「では、どうしろと」
「追放してしまえばいいだろう。それ以上、かかわる価値も無い」
そこへ、今度は、こんな報告が来た。
民衆ばかりが豪族までが何人か、嘆願に来ている。
助命だけでなく、最近の日照りで困惑しており、于吉の「雨乞い」が必要だと言う。
「ふっ…」久々に「恐るべき」笑顔を浮かべた。
「いいわ。雨乞いをさせなさい。どうせ失敗する。その時は、それをいんちきの証拠にして処刑してやるわ」

…  …  …  …  …  

牢から出された于吉は、三日三晩の「雨乞い」を実行した。しかし、雨は降らない。
三日目に雪蓮は、火あぶりを言い渡した。

しかし、火あぶり台に連行された于吉は、まるで人を喰ったような態度のままだった。
その態度のまま、火がかけられた瞬間、突然の豪雨が襲いかかり、火は消えてしまった。

今度は、水害に秣陵の城はみまわれる、と多くが思った寸前で豪雨はまたも突然にやんだ。
「あ―はっはっはっは」豪雨が過ぎ去り、火の消えた火あぶり台で哄笑(こうしょう)する于吉。
その周囲を取り囲み、拝まんばかり、いや本当に拝んでいる群衆をかき分けるように、雪蓮は于吉に詰め寄っていた。

「これが、貴様の道術だというのか」
「認められませんかね?小覇王」
「認めるわけにはいかない。この呉の王はこの孫策だ。私が呉を守る。貴様のような、まやかし者に渡せるか」

愛剣を抜き放ち、于吉に振り下ろす。一刀両断したはずの、しかし、死体はなかった。
振り下ろした剣は空振りし、于吉の姿は孫呉から消えていた。
そして、その場に倒れ、雪蓮は意識を失っていた。

…  …  …  …  …  

「何という事を」華佗はむしろ、怒りたかった。
蓮華や冥琳たちが見守り、華佗の診断を待っていた。

「植物状態です」
「?」この時代にはない言葉ではある。無論、説明はするつもりだった。
「植物は動物と異なり動きませんが、生きている事は疑わないでしょう」
理解できた。その場の誰もが理解したくなかったと、一瞬にしろ思った。
蓮華ですらよろめいて、思春に支えられていた。

「それで先生。いつ伯符どのは」冥琳の質問には、華佗ですら答えられなかった。
「わかりません。無責任で言うわけではありません。」
うぬぼれるつもりもないですが、私が呉にいなかったら、息を引き取られていたでしょう。

21世紀の先進国ですら、植物状態からの回復は、奇跡のうちに入る。
しかも、ERにかかわっていた「華佗」ですら、経験の無い症例。
この時代には本当にたたりがあるのかと思いたくなるほどだ。

「そんな…」喬姉妹などは、もう泣き出すのを我慢していた。
「しかし、すぐに亡くなられるわけでも、回復の可能性が無いわけでもありません」
この時代の技術で可能な限りの、植物状態の患者に対する看護と介護の、いわば「マニュアル」を懇切(こんせつ)に説明した。

――― ――― ――― 

「孫策はもう死んでいるんじゃないのか。本当に「正史」通りなら」
「名医過ぎたのですよ。あの「イレギュラー」が。アレをこの「外史」に呼んだ「彼女」を非難してもらいたいですね」
「ふん。それで「眠り姫」の魔法か。」
「結果的にはです。私も命を奪うつもりで術を使いました。アレというより「彼女」の介入が無ければね」
「それが言い訳か」
「今回は言い訳ですが、しかし「彼女」は、もうはっきり、我々を妨害しています。もはや確信犯でしょう」

――― ――― ――― 

急報を受けて成都から駆け付けたシャオは、事後承認を要請された。
「シャオもそれで当然だと思うよ」

・  ・  ・  ・  ・

物語は、雪連が「植物状態」と診断された直後にさかのぼる。

冥琳と張昭は全員を、雪蓮の看護に喬姉妹を残して、他の全員を召集した。
そして、宣言する。
「われら、孫呉は結束する。仲謀様の下に。文台(孫堅の字)様、伯符様の残した「呉」の国を守り続ける」

水蓮から雪蓮に受け継がれてきた、伝家の愛剣「南海覇王」が蓮華にゆだねられた。
まだ、姉の悲運に涙していた蓮華を張昭が叱咤し、冥琳と思春が支えて部下たちを振り向かせる。
蓮華も涙をぬぐって「南海覇王」を抜き放った………

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「呉」のヒロインが、このまま交代するかどうかは、これからの講釈に持ち越させていただきます。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の35『許昌震撼』~陰謀は軽挙するべからず~の予定です。



[8232] 講釈の35『許昌震撼』~陰謀は軽挙するべからず~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/26 22:41
「仕官するなら執金吾」
本文中にもある通り、この「執金吾」とはそれほど華やかでもあり、
大げさに言えば王朝の威信を示す官職でもありました。
「真・恋姫」の「魏ルート」で主人公が就任したのが、もしも、この「執金吾」なら、
実はそれだけでも、ある程度は重用されていた事になります。

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††恋姫無双演義††講釈の35『許昌震撼』~陰謀は軽挙するべからず~


「仕官するなら執金吾。妻をめとらば…」
やがて後漢王朝の初代皇帝になる青年が、まだ無名の末端王族だったころに、
そう公言してあこがれていたと伝えられる。
この「執金吾」とはそれほど華やかな官職だった。
帝都の巡察・警備を司る官であり、その「パトロール」はそのまま、帝国の威信を示す「パレード」でもあった。

その執金吾の「パトロール」が都の大路を「パレード」して行く。
その執金吾が曹仲徳であること自体、現在の許昌の都では誰が権力者であるか、を喧伝していた。

ただ、いつもと異なる事に誰かが気付いただろうか。
いつもの仲徳は、曹魏軍の「3人娘」というべき凪、真桜、沙和のうちの誰か1人を同伴しての「パトロール」が多い。
だが、今回は「3人娘」がそろっていた。

・  ・  ・  ・  ・

物語は、華琳が梅林での酒宴に招待する、その数日前にさかのぼる。

華琳は、この許昌でも、油断無く用間を使っていた。
その1人の報告。ただし、本人の正体は最重要機密であるため、軍議の場で報告したのは華琳自身である。
劉備に与えた邸宅を、昨日の深夜に不意に訪問したものがいた。
劉備本人には会えずに帰ったという報告に、部下たちの多数は興味を薄れさせ、
帰った理由にむしろ吹き出したり八つ当たりみたいな反応をした。

…  …  …  …  …  

「どうしたんだい?華琳姉さん」
「それはこっちの言いたい事よ。さっきは、1人だけ別な反応をしたわね」
来客の名前と訪問先が劉備だということにずいぶん驚いていたし、会わずに帰ったと聞いて安心していたし、
帰った理由が「天の御遣い」の変な行動と聞いて、納得したようだったし。
「何か「天のお告げ」があるのね。あの客は劉備に会わせてはいけない様な」

「そこまで、見破られていたんじゃしょうがないな」仲徳はあっさり認めた。
「俺や北郷が知っている話に間ちがいがなかったら、あの客の用件は、華琳姉さんの暗殺だった可能性がある」

車騎将軍 董承
「正史」によれば、献帝の側近でもあり、外戚でもある。
「演義」では、曹操の「専横」に対して献帝の秘密命令を受けて暗躍する。
劉備を含めた数人の同志と血判を交して、曹操の暗殺の機会をうかがう。

「なんですって?」華琳でも、弟に驚かされる事はあったようだ。
「劉備は会わなかった、というか、北郷が会わせなかったから、加担はしないよ」
「…。…それなら、いいわ。「今」「ここに居る」劉備は、何も知らない可能性があるのね」
「北郷がどこまで教えたかにもよるけどな」

…しかし、成功を疑った劉備は、曹操の「英雄ただ2人」発言もあって、疑惑を受ける前に遁走(とんそう)。
その後「正史」によれば陰謀は発覚して、流石に手を出せない献帝1人以外、全ての関係者が処断される…

ここまでは華琳が聞かなかった。したがって仲徳も答えなかった。
したがって「英雄ただ2人」の「イベント」は、華琳にとっては「やらせ」ではなかった。

・  ・  ・  ・  ・

「でも、ただ帰すのも惜しいわ」

華琳は「人質」の名目で、愛紗を桃香たちから引き離すと、まるで恋人のように関心を引こうとした。
いや、ある意味、華琳は愛紗に恋をしていたのにちがいない。
そして「失恋」に終わる事も、誰より自身が知っていただろう。
最初から華琳に取っては、それ以上の意味など、この件には無かったのである。

――― ――― ――― 

さらに江東からは「小覇王」の遭難が伝えられた。

――― ――― ――― 

車騎将軍の官職にある董承は、曹魏の用間にひそかに「マーク」されていた。

この「世界」でも、董卓の乱の後の軍事的に空白となっていた当時の帝都、洛陽と少年皇帝を守った、
数少ない武官の1人が董承だった。
当然「まだ」少年の皇帝から厚く信頼されている。
それだけに、曹操の「専横」を心中、面白く思っていないことは「正史」と変わらないだろう。
その董承が何人かの廷臣と、最近、忙しく往来している事は確かめられた。

彼らの全員が官職は高く、皇帝に会う機会も多い。それだけに、朝廷=曹魏という「現実」は認め難いだろう。
しかし、曹魏軍相手に実力行使に出るだけの軍事力も無く、知謀に優れた策士もいない。
これでは、他から「軍事力」とか「策士」とかを、誰か引き込むか、それとも、暗殺といった完全な陰謀しかないだろう。
華琳はそう結論付けた。
「この面子では「天の御遣い」が付いている、劉備が逃げ出すわけだわ」

――― ――― ――― 

董承たちは、あせっていた。
一番頼りになると、1度は考えた蜀の劉備は最初にあきれた応対をされたあげく、許昌からいなくなった。

江東の小覇王と呼ばれた孫策も、突然の災難にみまわれた。
どちらにも計画をうちあける余裕もなかった。
では、自分たちだけで?どうやって?
それを合議するために集まっていたのだが。

・  ・  ・  ・  ・

「曹仲徳。執金吾としての職権にて、ご無礼ご容赦」
いきなり、門前で宣言され仰天した。華やかな「パレード」がそのまま、董承の屋敷を取り巻いていた。

…  …  …  …  …  

曹魏の軍師たち、桂花や稟、風たちの意見も一致した。
「陛下には手を出せません。それでは、華琳さまが本当に反逆者になってしまいます」
「ただし、今後は、こうした軽挙妄動は思いとどまっていただくべきでしょう。そのためにも」
「今回の共同謀議に加わったものたちには、容赦はできません」

「私も賛成よ。ただしこの機会に」
何人もの臣下が朝廷からいなくなった。その欠員は曹魏によって埋められた。

そして、華琳自身は、ついに「丞相」の地位に就任した。
後漢王朝において、空席が不文律だった。臣下の極(きわ)み。
「私の「丞相」は、あの“董卓”の「相国」とはちがうわ」
確かにそうだろう。許昌に皇帝をむかえて以来、丞相がすべき事を華琳はやってきた。
本格的な「屯田」を行って荒廃した農地を復興し、難民となっていた民衆や降伏した賊兵に帰る場所を与えた。
その復興の継続に不可欠な、治水や治安の維持に目を行き渡らせた。
その一方で、地道な、そして公正な民政を継続させてきた。

その自負がある。その上での「丞相」だ。そもそも、これまでは何に対して遠慮してきたのか。
「おそらく、麗羽などは、“董卓”の時と同じに、総帥気取りでやってくるでしょうね」
今回の「董承事件」から「丞相」までの一連の事実を、
あたかも、“董卓”が洛陽でやってしまった悪行の如く言い立てて、自分を正当化しようとするだろう。
それを承知での宣戦布告だった。すでに白馬津で開戦しているのだ。

無論、袁紹陣営からの檄文に他の群雄が呼応しないよう、外交と策謀の手段は取っておく。
もっとも、現在、蜀は主君が身重。孫呉は突然に主君が交代したばかりで混乱から抜け切っていまい。
その意味からも、今が袁紹軍との決戦の好機なのだ。

――― ――― ――― 

案の定、袁紹陣営は、お抱えの文章家を動員して書き上げた檄文で、自らの正義を主張した。
幼帝の乳母から権勢をつかんだ祖母に始まって、直近の「董承事件」から「丞相」までを書き連ねた檄文を入手して、
当の華琳が怒るより笑ってしまった。

笑えないのは、袁紹軍の兵力である。河北4州から動員された、その兵力は最低でも10万以上。
勢力圏内の守備隊を残すべきところには残して、黄河を渡渉して遠征してくる、
すなわち曹魏軍と直接戦う決戦兵力だけで10万以上だ。

これに対して曹魏陣営も、勢力圏内の各拠点の守備から、手を抜くわけには行かない。
例えば、袁紹軍の別働隊に許昌を急襲されて、皇帝を奪われてはたまらない。
許昌には、桂花と真桜を残留させた。他の各拠点にも配置した守備軍を差し引くと、
華琳が直接率いて、袁紹軍にぶつける決戦部隊は2万数千。敵の4分の1である。
それでも、天下全体を見渡した戦略からすれば、今が決戦の時だった。

――― ――― ――― 

蜀の成都。
「シャオは、呉にというか、お姉さんのそばに居なくていいの?」
「シャオも考えたよ。でも、お姉ちゃんたちのためにも、蜀に戻った方がいいと思ったんだ」
「おそらく」竜鳳が口を挟んだ。
「孫権どの以上に、孫策どのの「意志」を受け継ごうと、そう決心してしまった人が居るのでしょう」
「それも、孫呉の重要人物の中に。おそらく、地位を継いだばかりの孫権どのでは押さえ切れない程の」
「天の御遣い」には、心当たりがある。しかし、それは新たな悲劇の原因に成りかねない。
「ちがうと言えないよ。でも、シャオは蜀と呉は、争ってはいけないと思うから。そのために戻ってきたんだよ」

――― ――― ――― 

この時代の物流に不可欠な水運の上から、重要な運河である「官渡水」。
その官渡水と黄河との合流点である敖倉に、春蘭の遊軍を配置する一方、
華琳自身の決戦部隊は官渡水を堀とする防御陣地を固めて、兵力の不足を補った。
長大過ぎる黄河では陣地防御で守りきれないと見て、あえて官渡水まで後退したのである。
当然、これ以上の後退は危険だ。華琳は今度こそ、麗羽との決戦を覚悟していた。

「三国志」において、曹操VS袁紹の「天下分け目」と名高い「官渡の戦い」そのカウント・ダウンが始まっていた。

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それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の36『官渡逆襲』~燃える烏巣の夜~の予定です。



[8232] 講釈の36『官渡逆襲』~燃える烏巣の夜~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/26 22:42
††恋姫無双演義††講釈の36『官渡逆襲』~燃える烏巣の夜~


戦線は膠着していた。官渡水を堀にして防御を固めた華琳の戦術は、とりあえずは成功していた。とりあえず。

「孫子」(謀攻篇)に曰く
戦わずして降伏させる事が善の善なのだから、上手な攻め方は策謀、次いで外交的に孤立させる、
次いで敵兵力の撃破、城攻めなどは下策でやむを得ないからするものだ。

孫子とほぼ同時代には墨子という、侵略戦争を否定する手段として城壁都市の防御技術を極(きわ)め、
墨守などと言う言葉を残した者すら居た。

現状の官渡水における華琳は孫子というより、まるで墨子まがいに戦っていた。
だから、4倍か、下手をすればそれ以上の兵力で押し寄せる麗羽と、互角近くに戦っていられたのだが。

・  ・  ・  ・  ・

それでも、優勢な敵相手に、互角では何時かはジリ貧になる。華琳ほどの兵法家にそれが理解できないはずも無い。
思わず、許昌の留守を守る桂花との連絡の手紙で、泣き言めいた文言を書いてしまい、叱咤される始末だった。
日頃の華琳と桂花の関係を知るものからすれば、ありえないとすら思えたろうが、
桂花にすれば軍師の務めを果たしただけで、それほど華琳ですら追い詰めれた心理になる瞬間もあった。
それほど、きわどい戦いが続いていた。

…  …  …  …  …  

「華琳姉さん。大丈夫だよね」
「……。…心配するなんて、弟の癖に生意気よ」
(…無理しているな…)

実のところ、どこまで自分の弟の「正体」について信用しているか。今1つ、仲徳自身にもつかみきれない。
ただ「天のお告げ」には最低限しか頼ろうとしない。

「孫子」(用間篇)は情報の重要性を説く。その後に続いて、こうも言う。
情報は神頼みでも、占いに頼っても得られない。必ず“人”を使って入手せよ。

「卜占」が「科学」だった時代に、こう主張するリアリズムが「孫子」であり、この「書」を後世に残した曹操だった。

(…それは理解しているんだがな、ここは「歴史」通りに勝ってもらわないと…)
「姉さん。「天のお告げ」なんかじゃなくて、弟が部下の1人として進言する、ぐらいで聞いてくれないか」
「何よ」
「烏巣について、情報を取って見たらどうかな」

――― ――― ――― 

黄河の支流の1つ、済水につながる烏巣沢という湖がある。
この時代の物流において水運は重要だが、
その中でも重要な運搬物といえば、帝国各地で租税として取り立てられた穀物であり、
その穀物の「積み換えポイント」と言うべき施設の1つが、烏巣沢のほとりにあった。

その烏巣の施設を袁紹軍が占領して、自軍の食糧輸送と配給のために利用していた。
麗羽とて軽視はしていない。だからこそ、烏巣に淳于瓊といった武将を配置していた。

淳于瓊は、華琳や麗羽とともに西園八校尉に抜擢された実績もある武将だ。
華琳や麗羽のような有力な「コネ」も別に無しに抜擢されたのだから、無能なはずも無い。
しかし、有能だからこそ「コネ」で同僚になっている「小娘」に、内心ではどう思っていたか。
だが、今は「大将軍」で4州の主である麗羽の部下として、食糧を守っている。
しかも敵の主将は華琳で「丞相」まで成り上がっている。
その事が不満なのか。任務に今1つ、気が入っていない様子だった。

――― ――― ――― 

「勝負に出るわ」華琳は決断した。
10万余りの大軍だからこそ、烏巣の食糧を失えば、袁紹軍は一撃で飢える。
しかし、官渡の曹魏軍の陣地から烏巣までは、約「50km」その間は袁紹軍が布陣している。完全に敵中だ。
「奇襲しかないわね。少数精鋭で行くわ」
自ら、5000の精兵を選抜する。残りは官渡の陣地を守り続ける。

・  ・  ・  ・  ・

用間、すなわち情報戦術の効果が表れていた。
官渡から烏巣まで、夜間であれば、5000兵程度はすり抜けられる抜け道を把握していた。
それでも賭けにはちがいない。しかし、華琳は賭けた。

――― ――― ――― 

烏巣。湖の船着き場を囲んで、田舎の県城よりは立派な城壁が守っている。
その中には民家など無い。積み換え用の「穀物タンク」が立ち並ぶ。
備蓄用の「半地下式タンク」とは用途が異なるが、それでも、直径「3m」高さ「5m」程の「地上式タンク」が、
城壁内いっぱいに立ち並んでいた。

その「タンク」が、爆発した。
粉状あるいは粒状の可燃物を貯蔵した容器というものは、消防理論からすると爆発物である。
それも1つだけではない。次々と爆発する。

たとえ内心の不満があっても、淳于瓊も無能な将ではない。何が起きているかは理解した。
だが、応戦と消火を命令する前に、少なくとも、その命令が実行される前に、
奇襲に選抜されていた凪の一撃で鼻をもぎ取られていた。

――― ――― ――― 

袁紹軍の本営は混乱してた。しかし、まだ「パニック」ではない。
問題は、いつもの事ながら、武将や軍師たちの意見が割れてしまった事だ。
「全部の食糧をまだ(この時点では)焼き尽くされたわけではない。直ちに烏巣へ救援を」
「曹操は官渡の陣地を空にしている。今こそ総攻撃の好機。官渡を落せば、曹操の帰る場所が無くなる」

麗羽は決断できなかった。結果、最悪の選択をしてしまった。
烏巣への急援軍と、官渡への攻撃軍を、両方とも派遣してしまった。
当然、それぞれの軍勢は、総勢を挙げた場合より少ない。
しかも、烏巣への救援を主張した張郃・高覧といった武将に官渡への攻撃を命じてしまった。
奇襲を見破れなかった事より、この対応が致命傷となってしまった。

――― ――― ――― 

華琳は尚も烏巣を焼き続けていた。そこへ急援軍が到着したが、
中途半端な兵力だったため各個撃破されてしまった。

――― ――― ――― 

官渡の守りは堅い。元々、兵力不足を補うだけの守りの堅さを示してきた。
仲徳たちが留守を守る官渡を、張・高たちは結局、華琳が戻って来る前に落せなかった。
こうなると、自分の進言とは逆の命令を実行させられていただけに「それ見た事か」という気になる。
戦いの最中では、それも陣地攻撃中の後ろに出撃部隊が戻ってきた時に、そう思えば心が折れる事もある。
この時の張・高たちがそうだった。そのまま、降伏してしまった。

――― ――― ――― 

焼け落ちた食糧。総攻撃の失敗。張・高たちの降伏。
1度に不利になった事を、袁紹軍の兵士たちまでが理解してしまった。
いまだに数万が残っていた筈の袁紹軍は、総くずれになって敗走を始めた。

麗羽も本営を捨てて逃げた。

・  ・  ・  ・  ・

袁紹軍が敗走した後の本営を占領した華琳は、押収した文書をそのまま焼き捨てた。
「いいのですか」部下の中には疑問を口に出す者も居たが、
「何の証拠が必要なの?私に貴女たちを疑う必要があるかしら」

現実には、部下を疑ってなどしている暇も無い。
袁紹軍が大いに優勢、から互角ないしは曹魏軍がやや優勢まで、やっと押し返した段階なのだ。
これからである。これから、得物としてはまだまだ大き過ぎる袁紹陣営を追い詰めていかねばならない。
それも、蜀や呉が再び動けるようになる前に。

――― ――― ――― 

孫呉。蓮華が冥琳から報告を受けていた。
その蓮華の容姿は、少しだけ以前と変わっていた。
姉から伝家の愛剣「南海覇王」を受け継いだ時、その剣で自らのうしろ髪を断ち切ったのだ。

「蓮華様。曹操は官渡の勝利の後、以前より盛んに、用間を放ちました。そう断定してよいでしょう」
「敗戦で、袁家の内部に不満が生まれる。その不満をあおる好機と見て、つけ込んだ」
「御意」
すでに、河北の各処で、反乱が起きています。その中でどれだけが、曹操にけしかけられたかまでは、不明ですが。

――― ――― ――― 

その反乱を制圧して回っていた麗羽たちの元に、急報が届けられた。
留守にしていた拠点、冀州南皮城が「クーデター」にあって乗っ取られた。

袁家の内部なら、一番の「ライバル」のはずの妹の美羽は連れて来ている。
現に美羽の側近、七乃が、麗羽の側近、猪々子と斗詩に詰め寄られて必死に弁明している。
では、誰が。

・  ・  ・  ・  ・

冀州州牧の仕業だった。
反董卓連合軍の当時にさかのぼれば、帝都洛陽で朝廷の名誉職に就任していた、
麗羽、美羽姉妹の叔父に当たる人が当時の袁家の当主である。
その叔父を見殺しにする結果になっていた。
その後、その叔父の子を冀州州牧にしたのは、信頼して見せて恨みを薄れさそうという意味もあった。

袁紹陣営の勢力圏、華北4州の中で冀州は拠点、南皮があるだけでなく、
他の3州に囲まれた中央に位置している。冀州を通じて4州は互いに連絡していたのだ。
さらに、人口、産業の視点からも、4州の中で最も豊かだ。
冀州こそ、袁家勢力の「本国」だったのである。

その「本国」の州牧をあずける事で、信頼と袁家の結束を示すつもりだった。
同時に、近くに置いている方が監視しやすいという事もある。

・  ・  ・  ・  ・

だが、人的組織としても大き過ぎる袁家では、反主流派の存在が避けられない。
そして、その不満は、情勢が不利になった時に表面化しやすい。
しかも、そこにつけ込むものである。当然ながら、曹魏側の用間は。

そして、完全につけ込んでいた。
南皮での「クーデター」とまったく同時に、冀州の州牧公邸が置かれていた城壁都市、
朝廷が機能していた時代での帝都との連絡上から、あまり黄河から離れない位置に置かれていた、
「魏城」が曹操軍に明け渡されていた。

「正史」での曹操陣営が「魏」を名乗るのは、実はこの都市を拠点としてからだったりする。

いずれにしろ、南皮での「クーデター」と魏城の曹操軍の両方に、袁紹軍は同時に対応できなかった。
その後、ズルズルと冀州ばかりか、各個撃破される形になった他の3州までも占領されていった。

…  …  …  …  …  

当事者であれば、なおさら、信じたくもないだろう。麗羽で無くとも。
官渡の戦いの前までは、いや、烏巣が火攻めされた夜の昼間までは、あれほどの強大をほこった袁紹「王国」は、
まるで、CGのポリゴンがほどける様に解体されつつあった。

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「正史」をなぞった「天下三分」も次第に近付いて来たようです。そして「三国」の直接対決も。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の37『倭使渡来』~姦雄と名家の決着~の予定です。



[8232] 講釈の37『倭使渡来』~姦雄と名家の決着~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/27 23:10
「正史」での曹操も、袁紹の勢力圏を侵掠できたのは、
袁紹の「死後」息子たちの兄弟争いにつけ込んでの成功でした。
それだけ袁紹の勢力は強大だったのであり、官渡の勝利はあくまで優勢を逆転したという意味だったのです。

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††恋姫無双演義††講釈の37『倭使渡来』~姦雄と名家の決着~


長城が目前にあった。
曹魏軍のほとんどは、黄河よりも北を見るだけでも初めてだった。
それが今や、長城に到達しようとしていた。

・  ・  ・  ・  ・

冀州州牧の「裏切り」を切欠に、河北4州の侵掠を成功させた曹魏軍だったが、
その内の3州までが、長城を国境にして北方民族と接していた。
その国境の安定という支配者の責任を、麗羽とておろそかにはしていなかった。
長城の北に位置する草原の騎馬の民の内では、当時、最も有力だった“烏丸王国”との友好関係に成功していた。

・  ・  ・  ・  ・

当然、冀州州牧が麗羽に取って代わって河北の袁家勢力を欲するならば、烏丸との関係を解決すべきだった。
華琳にそう言い渡されて、むしろ勇んで北へ向かった。

一方、華琳は冀州と并州の州境付近で、黒山軍を名乗る独立勢力を率いていた張飛燕を降伏させていたりした。

…  …  …  …  …  

冀州州牧が烏丸に返り討ちにされてしまった。
その報告が届いたのは、曹魏軍が一旦、魏城まで撤収していた時だった。

「まさか、華琳姉さんは期待していなかった?」
「どうかしら」
ただ、袁一族の誰かが河北に居座っている以上は、いつかはまた戦う事になるだろうとは、思っていたけどね。
どちらにせよ中華の丞相としては、胡(えびす)を勝ち誇(ほこ)らせておく事も出来ないわ。

今度は、曹魏軍が烏丸と戦うべく、北進する事になった。

「ところで、稟だけど。体調が悪そうじゃないかな」
ただでさえ、俺たち南の人間には気候的にキツい土地への遠征になるだろうし、体調が悪かったら、
連れて行かない方がいいんじゃないかな。それから、今のうちに華佗とかを呼んでいた方が。

曹操は“若死にした”軍師郭嘉を惜しみ「彼」が生きていればと、赤壁で敗れた時に嘆いた。
その「病死」は、烏丸と袁家の残党を討つべく、北へ遠征している時であった。

――― ――― ――― 

遼東
おおざっぱに言えば、朝鮮半島の北に隣り合う、中国東北部の地方である。
後漢末期から三国時代。この地方には「遼東公孫氏」と呼ばれる地方軍閥が割拠していた。
ちなみに、公孫賛とは同姓で地理的にも近いが、同族ではない。
この遼東公孫氏が魏の司馬仲達に滅ぼされた、
まさにその年「倭国」の使者が「魏」に到達したのは、偶然ではなく必然だったのではないか。
隣り合う朝鮮半島、そしてこの半島を経由して日本列島から接触する、最初の「中国」は遼東だった。
遼東公孫氏は「中国」として「倭国」を受け付けていたと考えるべきだろう。

――― ――― ――― 

騎馬の民は、騎兵としては精強である。元々が農民の中国の歩兵より、兵士としては優秀かもしれない。
だが、華琳以下、名高い武将、軍師が率いる曹魏軍はこれまでの「中国軍」のようにはいかなかった。
何回かの激突の末、ついに烏丸軍は長城の北へ撃退されてしまった。

この間に、烏丸軍に協力していて曹魏軍の捕虜になった、袁紹軍の残兵から情報が得られた。
やはりと言うか、麗羽と美羽の袁姉妹は烏丸に逃げ込んでいた。しかし、今回の敗戦で烏丸にもいれられなくなり、
今度は、遼東公孫氏の拠点に逃げ込んだらしい。

…  …  …  …  …  

この際、遼東まで平定するか?曹魏軍が改めて軍議を開いている時、後方の魏城から連絡があった。

華佗の治療などもあり、どうやら、稟は一命を取り止めたらしい。
その稟からの進言が伝えられて来た。

「長城までは遠く、何度もの遠征は困難です」
この機会に烏丸とは、長城が何らかの形で安定するまで、対決すべきです。
一方の遼東ですが、これまで袁家からは脅威(きょうい)こそ受けてきましたが、恩義はありません。
したがって、圧力を加え続ければ、
そのためにも、烏丸に対しては兵を引くべきでありませんが、
袁姉妹をかくまい続けはしないでしょう。
それを切欠にして、とりあえずの友好関係を持つ事も可能です。

この進言を、華琳は採用した。

・  ・  ・  ・  ・

やがて、曹魏軍が、対烏丸と対遼東の本営としていた幽州の州牧公邸に、遼東公孫氏の使者がやって来た。

…  …  …  …  …  

「袁姉妹は、すでに遼東におりません」
何と、“東海の夷国(いこく)”からきた使者に「生口(奴隷)」として下げ渡した、などと言い出した。

「胡散臭(うさんくさ)い」と曹魏側では思ったが、
たまたまその使者が姉妹を見て、王へのみやげ物にしたいと言い出したので、
いい厄介払いと思ったらしい。
流石に信用するかどうかを含めて、曹魏陣営も「ひそひそ話」を始めたが、曹仲徳だけは好奇心を表した。

「その夷国と言うのは、倭国ですかな?」
「おや、将軍はお聞き及びで?」
「もう、倭国に帰りましたか?」
季節風の関係で、まだ帯方郡(朝鮮半島に置いた中国の出先機関)に居ると言う。
「後、どれだけ滞在する予定ですか?この幽州まで往復する余裕はありますか」

華琳も興味を刺激された。それに、袁姉妹について問い質したかった。

・  ・  ・  ・  ・

「倭の大使、難升米にございます」
見事に「古事記」スタイルの使者が、幽州にやって来ていた。

「“漢”の丞相、曹孟徳よ。色々と聞きたいことは有るけど…」
かたわらの弟に続きをうながした。
「倭国の王だけど、やはり女王なのかな?」(曹操が華琳姉さんだから、その逆はありうるよな)
「確かに、卑弥呼様は女王にございます。とても可愛らしい御方にございます」
(やれやれ、ちゃんと女王だったか。それにしても、まだ卑弥呼は若いみたいだな)
そういえば「正史」で、倭国の使者が来たのは「黄巾の乱」から半世紀ぐらい後だった。

しかし、個人的な好奇心は、不審を招かない程度にする必要があった。
「天の御遣い」だと、告白している姉にすら“21世紀”の日本人だとまでは言っていない。
それに、姉以外にはまったく「正体」をうち明けていない。

「それで、遼東で下げ渡された生口だけど」
使者が証言した容姿や言動からすると、確かに麗羽と美羽の姉妹らしい。
「それで、何のために倭国まで連れて帰るのかな」
(あれで見た目はいいから、まさか。女王だって言うし、華琳姉さんじゃあるまいし)
「卑弥呼様は巫女王であらされるため、男子が近寄れません」
お側に仕えさせる女の生口はいく人でも必要なのです。あのような生口は倭国では入手できませんゆえ。

華琳は、難升米の言い分に納得した。
「後は、倭国への船に確かに乗せられて出帆するところを、誰かが見届けるだけね。袁家に関してはそれでおしまい」
「誰かって?」
「この中の誰か」
一瞬、流石に複雑な表情が一同に走った。遼東のさらに先の帯方郡まで行って来いと言うのだから。
「そう、私のために、それだけの事をしてくれる忠誠心。そして私が、帰って来たその子の報告を信用する」
いわば私のその子に対する信頼度。

「ならば、わが姉妹だ」と春蘭が自薦(じせん)し、秋蘭が「やれやれ」という表情を姉に対してだけした。

…  …  …  …  …  

やがて烏丸とは、長城を国境として確認するという内容の協定が成立し、曹魏軍の主力は魏城まで撤収した。
その後を追いかけるようにして、夏侯姉妹が帯方郡から戻って来た。

――― ――― ――― 

春蘭と秋蘭が見守る前で、倭国の使節団が帰国のための船に乗り込んでいる。
その使節団の中に、間ちがいなく麗羽と美羽を確認した。
さらに、舟の漕(こ)ぎ手に紛れ込んでいる斗詩と猪々子、七乃を見付けていた。

――― ――― ――― 

魏城で、華琳は報告を受けた。
「大した忠臣にはちがいないわね」
「しかし、袁姉妹だけならともかく、あやつらがいては、いずれ戻ってくるかもしれませんぞ」
「海の向こうから、何時になったら。その頃には、天下は定まっているわ」

――― ――― ――― 

人は知らない、名山の山中。
「何とか「正史」をなぞってはいるが、テンポが速いな」
「この「世界」はそういう“設定”になっていますからね。「イレギュラー」の存在だけが原因でもありません」
「まあいい。その結果にしろ、この「外史」自体の結末が早くなるならばな」
「それでは、次の布石を打ちに行きましょう。そろそろ、この「歴史」でも「左慈」の出番のようです」

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どうやら「魏」も含めて「正史」の「三国」が出そろった感じです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の38『成都爛漫(せいとらんまん)』~阿斗ちゃんは天の落とし子~の予定です。



[8232] 講釈の38『成都爛漫』~阿斗ちゃんは天の落とし子~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/27 23:18
諸葛孔明に対するひいきの引き倒しで、“あほう”などと流言飛語を飛ばす者もいますが、
「阿斗」とは、本来は「守るべき大切なもの」と言う意味だそうです。
史実においても、はっきり「普通の人」であり、
むしろ、孔明が過労死するほどの人材不足、国力不足の“蜀”を、
何とか、あれだけの年数、維持できたものだという評価をすべきでしょう。

…  …  …  …  …  

以前にも書きましたが、この「外史」の設定では「真名」は“幼名”でもある、としました。
つまり、“「字」を名乗る年頃までは、真名のみで家族の中で育つ。”と言う設定にしたわけです。
例えば、璃々ちゃんなどがそうだと考えました。
そういうわけで、今回は特に「正史」での名前以外での「真名」を設定していません。

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††恋姫無双演義††講釈の38『成都爛漫(せいとらんまん)』~阿斗ちゃんは天の落とし子~


蜀の成都。今日も昨日と変わらない、だが、変わらないこそ大切な1日が更(ふ)けて行く。

・  ・  ・  ・  ・

愛紗は赤兎に乗って現場から戻ってきた。今日も治水工事の監督である。
さて、報告のため「執務室」へと通る。丁度、埋もれるような書類を抱(かか)えた朱里と雛里が退出して来た。
「ご苦労さん。愛紗。こちらも今の報告で、今日の予定分が終わったよ」
北郷一刀は私室へ下がるべく、桃香を補助して立ち上がらせた。

「「ヨイショ」」などと、掛け声を合わせて、重くなった身体を奥へ運んで行く。
どこの名も無い「夫婦」でもありそうな、微笑(ほほえ)ましい光景。
「…夫婦…」「どうしたのだ?」
途中で一緒になった鈴々と、なぜか顔を見合わせてしまった。

…  …  …  …  …  

成都城の一番奥、桃香と一刀の私室に「3人」の人影があった。
「ラマーズ法」の指導を華佗に依頼して「専門外」と言われてから、なぜか出没するようになった謎の美女。
例えば「ハクション大魔王」の娘が無事に成熟したら、こんな感じかとも見える、
「おネェ言葉」以外は完璧な美女である。“貂蝉 ”と名乗られて一刀が納得したぐらいだった
それが、なぜか「ラマーズ法」の指導法を知っていた。

「今日はこれぐらいでいいわねん」
もう“予定日”も近いし、やり過ぎると練習が「本番」になりかねないわよん。

「なあ、貂蝉。「ラマーズ法」に限らず、俺と普通に会話が成り立っているし、もしかしてお前は……」
「残念だけど、アタシは「天の国」から来たわけじゃないわよん」
でもね、例えば、あの「華佗」とかが「天の国」から落ちてきた事とは無関係じゃないわよん。

「?」
「まあ、何時(いつ)かはお話できるかも分からないわね。それより、すぐにでも、大事な事があるじゃないのよん?」
「大事な事?」
「そうよん。親になる人の大事なお役目」
特にね、この世界の女の子たちは、真名というものをどれだけ大事にしているかしらん。

「名前か」劉備の子供の名前なら、すぐに思い出す名前がある。でも……
「ご主人様」一休みしていた、桃香が口を挟(はさ)んで来た。
「まさか、考えていらっしゃらなかったはずはないでしょう」女神の微笑み。
「当たり前、だよ。そ、そうだ。みんなの意見も聞いてみないか?あくまで参考で」
「参考ですね」もう1度、ニッコリ。
「もち論、最後は、俺と桃香で決めるよ」

…  …  …  …  …  

「参考意見ですか」公務上の会食なので、主な面々はそろっていた。
「しかし、まずご自身で、お考えになってはいないのですか?」
何人から、逆にそう聞かれ、一同の注目が集まる。それに、すぐ隣から桃香の瞳に見詰められ、思わず口に出た。
「阿斗…」
さらに、桃香の瞳に見詰められ、
「いや、これじゃ男の子の名前かもしれないよな。もしも女の子だったら、真名は大切だし」
「いいえ、まだ、どういう意味か聞いてみないとわかりませんが?」
「北斗の斗。桃香はどう思う?」
「北斗ですか。星座にちなんだ名前でしたら、男の子の幼名にも、女の子の真名にも使えますが…」

少し考えて、竜鳳の軍師がこんな解釈をした。
「北斗七星は、北極星の周りを回る星座です」
「その北極星は、全ての星々がめぐる中心に位置してほとんど動かないため、玉座に例えられる事があります」
「その場合、北斗は、その玉座を守る7人の将に例えられます」

「もしかして、ご主人様は…」愛紗が何かを思いついたようだ。
「いつか、われら「五虎竜鳳」がそろっている事が、蜀の理想のためだと」
われら7将によって、北斗が北極星を守るように、この御子が守られる事を希望されておられるのですか。

「五虎竜鳳」だけでなく、7人以外も含めたほぼ全員が「我も、我も」と言い出して、
考え過ぎだ、などとは言えなくなってしまった。

「ありがとう、みんな」桃香などは、もう感激しまくっていた。
「あなたはこんなにみんなに愛されて、この地上にやってくるんだよ。阿斗ちゃん」
そんな事を言いながら、一刀の手を取ってお腹に触れさせていた。

――― ――― ――― 

蜀の側では隠すつもりも無い。そのため、この情報は魏や呉にも伝わった。

「北斗…七星に守られる北極星…「五虎竜鳳」に守られる、蜀の王」
華琳にしてみれば、よくぞ見破られた、という感覚だった。

ただし、曹仲徳だけは「真相」を知っていたが。(…考え過ぎだよ。華琳姉さん。やれやれ…)

――― ――― ――― 

蜀の成都では、北斗星から名付けられた「天の落とし子」が、地上に誕生していた。

「天の国」の“らまあず”とか言う風習にしたがって両親が協力して誕生させたのだが、一刀の方は力尽きてしまい、
見かけによらない、もっとも「この」世界の女の子には珍しくないが、力持ちの貂蝉に運び出されてきた。
「とぉっても、可愛いらしいお姫様よん。阿斗ちゃんは」

やきもきしていた愛紗たちが祝福の歓声を上げ、天へも届けどばかりにこだました。北斗七星の見守る空へと。

――― ――― ――― 

呉の建業。孫呉の拠点は、蓮華によって秣陵から改名されていた。

「そう、蜀には「天の落とし子」が……」
姉、雪蓮は「天」を「呉」に呼び込む事を考えていた。
「蜀」をまるで「あらかじめそうなると分かっていた」かのように成立させた「天の力」。
その「力」は、雪連自身を眠らせる結果になったような、邪教とは異なる何かであろうと考え、
呉を守護する「力」として呼び込めないかと、そう考えていたようだ。
「だからといって、私自身が「天の落とし子」を生む事などあるまい」

――― ――― ――― 

蜀の成都。桃香と北郷一刀は協力して、政務と育児を何とか両立させていた。
当然、同志たちも公務などで協力していたが。

最近の愛紗は、自分自身が不審だった。
なぜか、桃香と一刀と阿斗を見ている時に、甘酸っぱい感情がよぎった。
その想いを吹っ切るように首を振ってしまったが、隣りにいた鈴々にいつもの幼さと異なる何かを感じてしまった。

…  …  …  …  …  

成都城外の、とある場所。愛紗は鈴々を遠乗りに誘っていた。
赤兎より先に、荷物の軽いはずの方の馬が息を切らせたので、適当に休んでいたのだが。

「愛紗が思っている事は、もしかしたら鈴々と同じなのか」
「まだ子供には分からん」
いつもの様に、河豚になるかわりに、急に大人びた表情をした。
「鈴々もお兄ちゃんの事は大好きなのだ。でも、お姉ちゃんも好きだから、2人が幸せなのは嬉しいのだ」
「鈴々の言う「好き」とはちがうと思うぞ」
「愛紗も同じなのだ。きっと。でもお兄ちゃんにはお姉ちゃんがいるのだ」
(…バカバカしい。大体、ありうるはずが無い。ご主君に嫉妬などと…)

この場合、姉妹は失念していた。姉妹の長姉は王族、
それも「後宮」が「法制度」として整備されている国家の王族だという事を。

――― ――― ――― 

「いったい、何を考えているのですかな?」
「貴方たちこそ、何が楽しいのん?あんなに一生懸命な子たちの邪魔をするばかりで」
「楽しいかどうかで、行動されても困りますね。我々とて「正史」の傀儡に過ぎませんのに」
「それが融通が利かないのよん。大体、今出かけてる方だってん」
「彼は「左慈」としての役目を果たしに行っただけです」

――― ――― ――― 

21世紀ならば「ひな祭りの五人囃子(ごにんはやし)」というだろう。
ここは数世紀後には日本と名乗る「彼女」たちにとっては夷国(いこく)。
巫女王、卑弥呼が「国事行為」としての「神道儀式」を行っているその間、
いってみれば「BGM係り」をさせられている、珍道中5人組だった。

――― ――― ――― 

「桃香様。いかなる御用ですか」
「あらたまっちゃって。「姉妹」じゃないの」

城の奥にある私室であり、確かに桃香と愛紗と鈴々の他には、まだ口の聞けない阿斗だけだ。
なぜか、一刀も席をはずしていた。

桃香は阿斗に授乳していた。無論、王族だから、乳母くらい付いている。
しかし、桃香自身が王族としては没落していた育ちのせいか、こうした事は面倒くさがらない。
むしろ、幸福そうだ。
(…こんな事を、見せ付けようとなさる方ではない。だからこそ、主君として、姉としてきた…)

「もしかして、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんも、阿斗ちゃんみたいに、ご主人様との子供が欲しいんじゃないの?」
「何をばかな事を」という言葉すら、とっさに出なかった。
「ご主人様のこと、好きなんでしょう」
反論が出来なかった。思わず視線をそらすと、子供と思っていたはずの鈴々が完全な「女」の顔をしていた。
「り…鈴々!あの…桃香様、いや、姉者。た…例え、そうであっても…」
「遠慮する事はないのよ」慈母のような微笑みの桃香。
「最後は、ご主人様が選ぶ事よ。後宮であろうと、何人であろうと」
やっと、長姉が王族であることに思い至った。

「愛紗ちゃんや鈴々ちゃんだけじゃなくて、朱里ちゃんや雛里ちゃん、他のみんなも」
きっと、ご主人様のことが好きなのよ。わかるわ。私もご主人様のことは大好きだもの。
決めるのは、ご主人様。ただ、ちょっと迷っているみたい。
「まさか「天の国」には、後宮が無いのかしら」

・  ・  ・  ・  ・

北郷一刀は、現代日本人である。
一夫一妻が常識であり、恋愛結婚が普通の「世界」から落ちて来た、
大した恋愛経験も無い青年でしかない。
彼の脳内では、少なくともプライベートに関する部分では、桃香と阿斗だけで当面は容量一杯だったのである。

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今回の展開では、後半になって、変な方向へ行ったと思うかもしれませんが、
“原作”がこういう「ゲーム」だった、ということで、ご容赦願います。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の39『天下三分』~新たなる動乱へのいざない~の予定です。



[8232] 講釈の39『天下三分』~新たなる動乱へのいざない~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/28 23:51
左慈
「正史」にすら(そういう時代に記録された歴史ですから)曹操に対してあれこれと摩訶不思議な悪戯(いたずら)を仕掛けたと、
そう記録された道士。
これが「演義」になると、曹操に権力を手放せと言い放って激怒させたあげく体調不調にさせます。
これが「前ふり」になって管路が登場したりします。

管路
「正史」においても、この時代を代表する「占者」です。
「卜占」が「科学」だった時代の「科学者」に相応(ふさわ)しい活躍が「正史」に記録されています。

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††恋姫無双演義††講釈の39『天下三分』~新たなる動乱へのいざない~


曹操は詩人として、文学者としても、後世に“魏武”の名を残した。
例えば、初めて海を見た時、それは遼東の手前まで遠征したときだったが、
その感動を「歩出夏門行」と題して歌ったのである。

……東のかた碣石(けっせき)(名山の1つ)に臨み 蒼海(そうかい)を見渡せば ゆらゆらと波はおだやか
島山は水面にそびえ 樹木は叢り生え 緑なす草は豊かなり
秋風のさっと吹けば 海原に大波は湧立つ
日も月も その中より出ずるがごとし 星漢(ぎんが)は燦爛(さんらん)として その中より出ずるがごとし
ああ幸いなるかな 歌いて以て志を詠べん……

・  ・  ・  ・  ・

しかし現在の華琳は、ただの感傷から回想に心を委(ゆだ)ねている訳でも、
回想のためだけに1度歌った詩を口にしているのでもなかった。

――― ――― ――― 

冀州の魏城。その1角。「正史」では「銅雀台」と名付けた壮麗な宮殿を、曹操が築いたとして有名になる場所だが、
「この」時点では「予定地」に過ぎない。
そこを散策しつつ「歩出夏門行」を口にした華琳だったが、内心では決断を迫られていた。

この詩を歌った時、袁紹勢力の残党を追って遠征していたのであり、
その遠征の結果、ほぼ天下の北半分を制圧できたといえるだろう。
だが、その結果として曹魏勢力の内部も変化せざるを得なかった。

かつて、帝都を洛陽から許昌に移したが、
その後、急速に拡大した曹魏陣営の勢力圏では許昌は中心から外れていた。
特に河北の袁紹勢力を飲み込んだ現在、曹魏勢力の地理的、交通的中心はここ魏城と考えていい。

曹魏政権としての事だけ考えれば、許昌から魏城に拠点を移す事自体は、
華琳いや曹操ほどの決断力の持ち主が迷うような事ではない。
現在の曹魏は、許昌のある予州潁川郡を中心とした地方軍閥でないのだから。

だが、皇帝を目と手の届く位置から放すのは危険だ。と言っても、今度は魏城へ連れて行くべきだろうか。

さらに、許昌の南には蜀と呉がある。それゆえに危険だともいえる。
許昌では、魏城に比べれば、蜀や呉に近すぎるのだ。
天下の北半分はほぼ制圧した。しかし、南半分の西は蜀。東は呉に制圧されつつある。このままでは……

…  …  …  …  …  

「華琳姉さん」いつのまにか、弟が側に来ていた。
「姉さん。俺に「天の国」の記憶があるのは、もしかしたら、この時のためかもしれない」
もしかしたら、俺が「天の御遣い」みたいなまねをするのは、これが最後かもしれない……

……今、天下は三分されつつある。魏と呉と蜀。
俺や北郷が「天の国」で知った話では、この「三国」は1つの時代の間、競合することになる。
だから「三国」が互いに安定すれば、この乱世も一応は……

「一応はどうなるとでも言いたいの」
「“三国”同士での争いが無ければ、もう民衆を犠牲にしなくてもすむようになる」
「それで、天下は誰のものになるの」
「それは…。……」

曹仲徳はためらった末に言った。
「魏も呉も蜀も最後の勝者には成れないよ。「三国」のいずれでもない、新しい帝国が最後に出現するんだ」
俺たちが「天の国」で聞いた通りになれば。

「だから、無駄な事はやめろとでも。本当に「天」から見下ろすみたいな事を」
「だけど、物事の根幹で争う理由があるのかな」
姉さんも蜀の連中も孫呉も、本当は戦う理由にそんなにちがいはないんじゃないかな。

「根幹ではちがわないからこそ、決着はつけないと終われないのよ」

――― ――― ――― 

交州。後漢13州の1つだが「当時」では「南蛮」と意識する諸民族を支配するために置かれた「州」と言ってもいい。
しかし、蓮華たちは、あえて交州を侵掠する決断をした。
西を侵掠すれば蜀と、北を侵掠すれば魏と衝突する危険があるからこそ、その前に、南を固める選択である。
東は海だし。

呉の側からは順調、「南蛮」の側からすればどうだろう、ほどの成果をあげた。
その成果は、朝廷を手中にしている、曹魏への外交にも使う事にした。

――― ――― ――― 

孫呉から、許昌にいる皇帝と魏城にいる華琳へ、仲徳曰く“とろぴかる”なあれこれが送られて来た。
さらに、当時は「呉」の特産品だったミカンが40箱分届けられると予告された。

…  …  …  …  …  

「何よ?これ!」
皮をむくまでは何のキズも無いミカンが、向いてみると身が入っていない?
これが始まりだった。その空っぽ(?)のミカンを、ふらりと現れた怪人物がむくと中身があるのである。
その怪人物は左慈と名乗った。

その後も手を変え品を変え、華琳たち、曹魏の英雄たちを翻弄(ほんろう)し続けた。
その挙句(あげく)にこう言い放った「曹操。あんたも名山に入って修行でもしたらどうだ。こんな事に驚くならな」
天下の事など、蜀か呉にでも勝手にさせておけ。出来ぬか。覇王きどりの小娘には未練がありすぎるか。

聞き逃(のが)せる事ではなかった。元々、邪教には容赦ない華琳でもある。
直ちに、左慈を捕らえさせたが、何と数百人の左慈そっくりの罪人が引っ立てられて来た。
こうなったらかまうものかとばかり、片っ端から斬り始めたが、1人斬る度に傷口から黒い煙か霧が立ち昇り、
いつの間にか、辺りに立ち込めて視界を閉ざし始めた。

その無視界の中で、何者かが曹仲徳に襲いかかっていた。
強い。仲徳の周囲にいる無双の英雄たちと比べても、互角以上に戦いかねない強敵が見えない中で襲ってくる。

…  …  …  …  …  

視界が晴れた時、もち論というか、左慈の姿は無くアヤシげな紙人形が散らばっていた。

――― ――― ――― 

「上手くやりましたね」
「ふん。あれだけ痛めつけておいて、ドドメを指すな、などと手加減の難しいことを言いおって」
「対人地雷と言う奴は、なぜ片足だけを吹き飛ばして、死なないよう手加減して作ってあると思います」
救助のために、もう1人、前線から脱落させるためですよ。
これから、曹魏軍は風土病に悩み、そのため曹操は失敗する事になっているのですからね。
もう1人のイレギュラー、華佗に成り済ましているアイツは、このイレギュラーにかかり切りに成って欲しいものです。

「そんなに都合良く行くか」
「そこが「正史」のというか、自然修復の恐ろしさと言うか、その傀儡である立場からは、便利な設定ですね」
「しかし、その自然修復が当てになるとも限らないだろう。あのイレギュラーどものせいで」
「だから、魏にいるイレギュラーが、曹操に従軍できないようにしたのですよ」
余計な口出しが無ければ「正史」通りに失敗するのは魏ですからね。

――― ――― ――― 

「孫子」(用間篇)は情報の重要性を説く。その後に続いて、こうも言う。

情報は、神頼みでも、占いに頼っても得られない。必ず“人”を使って入手せよ。

「卜占」が「科学」だった時代に、こう主張するリアリズムが「孫子」であり、この「書」を後世に残した曹操だった。

それでも、華琳も時代の子だった。今回の事件は、華琳をしても「卜占」に頼る気にさせていた。

・  ・  ・  ・  ・

「左慈とやらが使った術自体は、目くらましの幻術に過ぎません」
華琳に招待された「占者」管路は断言した。
「そう」とりあえず、華琳は平静を取り戻した。弟も華佗の治療を受けている。

・  ・  ・  ・  ・

「もう1つ、いつかは聞きたいと思っていた事があるのよ。貴方は「天の御遣い」について、予言したわね」

「私はこの世界の理(ことわり)を知りたくて「卜占」を学んできました」
この時代の「卜占」は「科学」であるというのは、こういう意味ででもあった。
「その結果、この世界は何かがゆがんでいるという事に気が付きました」

「ゆがんでいる?」
「乱世を招くような、世の不条理と言う意味ではありません」
私が学んできた「卜占」とは異なる何かが、この世界に干渉しているとしか思えないのです。
その何かは、まだ私にもはっきりとは分かりません。
ただ、この世界に干渉している何かは、この乱世をどこかへ収束させていこうとしているらしいのです。
その何かが「天の御遣い」の予言から、この乱世の収束が始まると、私に教えました。
「私の「卜占」には、そう示されたのです」

「ゆがんでいる。そうね。私のような「小娘」が、そもそもこんな権力を持てるはずは無いわね」
それも何十人もそんな「小娘」が群がって出てくる。どこかがゆがんでいるわね。
でも、だからと言って、私が自分の「天命」をいまさら捨てられないわ。

・  ・  ・  ・  ・

華琳は「銅雀台(予定地)」を今1度、おとずれていた。
「仲徳。貴方が言った「天のお告げ」は、やはり聞けない。この天下は誰かが統一しなければならないのよ」
例え、劉備も孫権も、私と大して変わらない理想のために戦っていたとしても。
もしもそうなら、その中で勝利したものが理想を実現すればいいのよ。

この時、華琳の決意を知っていたか、どうか。
彼女の「ライバル」たちは、まだ平和だった。

――― ――― ――― 

「子瑜。貴公はそれでいいのか」蓮華の方が気を使っていた。
「これでいいのです。妹は蜀に忠誠を尽くし、私は呉に忠誠を尽くす」
この乱世には、これでこそ、心置き無く呉に奉公できます。
いっそ、魏にも諸葛一族の誰かが仕官しておれば、いよいよ心残りがありません。

「私は子瑜を疑ってなぞおらんぞ(微苦笑)」
(…まったく、罪な報告を寄こしおって。お互い妹で苦労するな…)

――― ――― ――― 

「希望が出てきたぞ―」
シャオは一刀も桃香も大好きだもん。そして、3人で…
ありうるよね。この前は愛紗と鈴々。つい、この間は朱里と雛里。
しかも桃香は、それで祝福しているし、だから、今度は、シャオと桃香と一刀で…
それに、見た目も桃香みたいじゃなくても、一刀は大丈夫だよね。
だって、4人のうち3人までがシャオと同じだもん……

・  ・  ・  ・  ・

そのころ、北郷一刀はというと、落ち込んでいた。
「俺は「ロリコン」じゃないはずだ・・・桔梗や紫苑が成熟した美女に見えるんだから」
「あら、ありがとうございます」当人に聞かれてしまうのもお約束だったりする。
「ところで、“ろりこん”とは何でしょうか?「天の国」の言葉ですか」
「何て言うか……(うう、璃々ちゃんを見て、胸が痛む)」

蜀は平和だった。まだこの時は。

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無謀と思いつつも、書き始めて、第1部・第2部・・・といった構成でなら第2部「完」に当たるところまでは、
どうやら、たどりつけたみたいです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の40『覇王襲来』~赤壁へと続く道(その1)~の予定です。



[8232] 講釈の40『覇王襲来』~赤壁へと続く道(その1)~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/28 23:58
荊州は原典『三国志演義』の前半中では、比較的平和な他地方の難民や知識人の避難場所ですが、
「赤壁」以降は北に「魏」東に「呉」そして西に「蜀」と囲まれた、三国による争奪の地となります。
このことを予見した孔明は「まさに用武の地」と評価しました。

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††恋姫無双演義††講釈の40『覇王襲来』~赤壁へと続く道(その1)~


荊州の州牧、劉表は錯乱する気力も尽きる思いだった。
北は「魏」東は「呉」さらには西の益州から南の荊州南部は「蜀」に取り囲まれ、
気が付けば「天下三分」のど真ん中に位置してしまったのである。

おまけに、自分を支えてくれている荊州「名士グループ」が信用できない。
流浪の「傭兵隊長」を蜀の国主に仕立てたのは、彼女たちの「仲間」なのである。

しかも、そういう状態の主君に取り入る、そんな部下もいるものであって、劉表にある事を吹き込んだ。

――― ――― ――― 

蜀の成都。城中の「会議室」である。
「荊州州牧は、表向きは阿斗さまの誕生をお祝いしたいと言っています」
ところが、その「名目」で、桃香と一刀に阿斗を連れて荊州を訪問して欲しい。と要求してきていた。
ところが、護衛の兵は最小限でと。
その滞在中だけは蜀からの侵掠がありえないという、露骨におそれての要求だった。
無理も無い。朱里。雛里。蛍。胡蝶。そして紫苑。
いずれも、現在も劉表がその上に乗っている軍師や文官と同じ「荊州名士グループ」の出身である。
それだけに、劉表の側近もその優秀さを知っている。
それに「グループ」つながりから疑えば、劉表政権の内部すら蜀の間者だらけに見えかねない。

反対に蜀の側でも、劉表側の情報は豊富に入っている。
荊州の州牧、劉表は錯乱する気力も尽きる思いでいるらしい。

――― ――― ――― 

「まさに兵を用(もち)いるべき地、というべきね」
華琳は地図を囲む部下たちを見回した。
現時点で魏、呉、蜀の「三国」に囲まれているだけではない。
元来、後漢13州のほぼ中央に位置し、
西の益州以外の方向は平野が開け、長江、漢水、洞庭湖の水運が四方に延びる。
華琳ほど積極的な群雄が荊州に拠点を置いていれば、ここから四方に出撃しているだろう。

だが現在の荊州州牧、劉表は錯乱する気力も尽きる思いでいるようだった。
それならば、三国による荊州争奪戦になるだけだ。

三国中、荊州を確保した勢力が他の「2国」を中央突破した形になる。
いや、それゆえに、荊州が三国の決戦の地になる可能性も少なくない。
「渡せないわ。呉にも蜀にも。この曹孟徳が覇王と成るか、成れないかが、この荊州で決定するわ」

華琳の宣言に部下たちが呼応する。しかし、その中には華琳の弟が欠けていた。

――― ――― ――― 

荊州の東の境に近く、長江と漢水が合流する夏口の地。
孫呉の初代、孫姉妹の母でもある水蓮が、無念ながら戦線離脱した因縁の地である。
何度目かの孫呉の夏口侵掠が、冥琳の指揮下、陸路と長江の水路から迫りつつあった。

――― ――― ――― 

結論として、蜀では、劉表からの要求を受けた。
ここまで、露骨に蜀からの侵掠をおそれている以上、拒否すれば魏に降伏とかしかねない。
むしろ、向こうから呼び出したこの機会を、説得する好機にすべきだろう。
軍師たちの何人かがそう提案し、桃香も賛同した。
北郷一刀は内心、いやな予感がしないでもなかったが、主君たちの決断が割れるのはもっと危ないと思い、
「天のお告げ」は控えた。まあ完全に「歴史」通りなら、危険だが何とか助かるだろう。

――― ――― ――― 

予州潁川郡にある「現在の」帝都、許昌。
しばらく、冀州の魏城にいた丞相曹操が許昌に戻って来ていた。

…  …  …  …  …  

少年皇帝のご機嫌を伺(うかが)い、溜(た)まっていた政務を片付ける。
その間にも、曹魏軍が続々と集結していた。

旧袁家勢力圏からも黄河を超えて動員されており、天下の北半分から集結した兵数はすでに20万余に達していた。

…  …  …  …  …  

華琳にしても、初めて率いる大兵力である。無論、武将・軍師に不足はしていない。
ただ、弟の仲徳だけが、いまだ魏城から動けなかった。

・  ・  ・  ・  ・

「華佗先生。俺はまだ従軍できませんか?前線に出て戦うつもりはありません。ただ、姉に助言したいのですが」
「せっかく助けた患者に、自殺されたくはないな」
「しかし、先生も「天の国」から来たのなら、知っているでしょう。今度の戦いは「赤壁」に成る危険性があります」

――― ――― ――― 

巴郡から荊州の江陵まで、蜀の水軍が長江を下って来ていた。
しかし、荊州の主城、襄陽まで直に水軍で向かうには、漢水と長江の合流する夏口の孫呉軍が問題だった。
余計な摩擦を避けるため、江陵からは陸路を取る事になった。

江陵から襄陽へと行軍する蜀軍の兵数は、荊州側を刺激しない程度に抑えてある。
しかし、指揮の方は「五虎竜鳳」をそろえてきたから、戦力としては決して弱くは無い。
少なくとも、劉表の側近に妙な考えを起こさせない程度にはなっている。

中軍には、阿斗を抱き締めた桃香と寄り添う一刀。
各所に愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠が配置され、堂々と進軍して行った。

――― ――― ――― 

やはり、無理があった。
魏城から許昌まで移動する間に、仲徳は発熱していた。
おそらく、華佗が付き添っていなければ、許昌までもたどり着けなかったろう。

「しかたないわ。今回、仲徳には許昌の留守を守ってもらうわ」
無論、病床の仲徳を守り、かつ、少年皇帝の周囲での妙な事、
先だっての「董承事件」のような妙な事を、思い止まらせる程度の抑止力になる程度の兵力は置いて行く。
それでも、20数万余の大軍で、進発して行く事になる。

――― ――― ――― 

「おお、これは可愛い」
桃香の胸の中の阿斗に微笑みかける劉表は、まったくの好人物とも見えた。ただ、やけにやつれた様にも見えるが。

・  ・  ・  ・  ・

早速、荊州側から、許昌での動員についての情報が開示された。
あれだけの大軍を天下の北半分から集めていれば、隠せるはずも無い。
たとえ移動中でも「伏竜鳳雛」が見逃す情報でもなかった。

――― ――― ――― 

揚州合肥城に駐屯する揚州州牧、劉馥(りゅうふく)の活動が急に活発になり始めた。
この情報を得た呉の蓮華は、当然ながら許昌の大軍と関連付けた。その結果、夏口の冥琳を呼び戻していた。

…  …  …  …  …  

「これは陽動でしょう。陽動で無かった場合は、曹操に取っては下策です。上策は、荊州を直撃する事です」
冥琳は蓮華の御前で断言した。
「では引き揚げさせたのは、間ちがいだったとでも」
「いいえ、この建業の守りが手薄になれば、下策ではなくなります。それを見逃す曹操でもないでしょう」

――― ――― ――― 

荊州襄陽城。蜀軍と劉表陣営との協議は、双方の軍師や側近が「荊州名士グループ」でつながっている事も手伝って、
それなりに進捗してはいた。
しかし、結論と合意にいたるか、どうかは別の話だった。

要約すれば、劉表の側近たちの言い分は、
「蜀軍が援軍として、当てにならないようなら、魏に降伏する」である。

「だったら、連れてくる兵数に文句を付けるな。こっちに乗っ取られる心配と、曹操の脅威のどちらが怖いんだ」
とでも言い返したいところだが。

ともあれ、やっと、後続を蜀の勢力圏から動員する件について、荊州側からの同意を取り付けた。
この時点ではまだ間に合うだろうと、協議ではそう推測していた。
20数万余の大軍では、それだけ機敏には動けなくなるはずだ。

――― ――― ――― 

いくら華琳や、その軍師・武将が優秀でも、20数万余の大軍は適切に分割して指揮する必要があった。
そのため5個の「師団」に分割した。(“師団”にあたるヨーロッパ語を直訳すると“分割”である)
そして「1個師団」ずつ順番に進発する手はずを整えた。

ここで、細かい情報の中で、曹魏軍が徹底的に秘匿した情報が2つあった。
それは、最初に進発する、いわば「第1師団」に関してである。
まず、幹部クラスについては、華琳以下、春蘭・秋蘭・桂花・季衣・流琉・稟・風・凪・真桜・沙和や霞たち、
最も優秀な軍師・武将がそろっていた。
さらには、騎兵の割合が高い。
旧董卓軍・旧呂布軍の涼州兵や、旧袁紹軍でも長城近くに出身地を持つ騎馬に馴染(なじ)んだ兵を集め、
歩兵や補給部隊とのバランスぎりぎりまで、騎兵の割合を高めていた。

この編成の結果「第2師団」以下を置き去りにする速度で進撃が可能になっていた。
そして、竜鳳の軍師すら予想を裏切られる速度で、荊州に接近していたのである。

――― ――― ――― 

流石に「五虎竜鳳」が、完全に奇襲を受けるはずは無かった。
情報をつかんだ蜀軍は、荊州北部の博望へと急行した。

(…マズイぞ。どんどん「正史」の「赤壁」に近付いている…)
北郷一刀は、内心、次第に焦(あせ)り出していた。
一刀の態度に、まず桃香が不審を覚え、他の同志も妙に思い始めた。それを半分ごまかす様にして、こう言った。
「襄陽の情報に気をつけて欲しいんだ。特に…もしかしたら、劉表に何かあるかも知れない」

………。

……。  

…劉表の側近の1人でもあるが「水鏡」と親しい「名士」でもある、伊籍という文官が自分で急報を運んできた。
「わが主が急逝(きゅうせい)されました」
「それで、残った荊州政権はどうなっている」
「蔡瑁・張允といったものたちが、降伏論に傾(かたむ)いています」
蔡瑁・張允は地元の有力豪族である事もあって、劉表を支えてきた政権内の有力者でもあり、
荊州水軍を指揮している荊州軍閥の実力者でもある。
それが降伏論に傾いているとなると、ここ博望あたりにグズグズしている間に、敵中に孤立する危険すらある。

「急いで、退却しましょう」竜鳳の献策に異議は無かった。

………。

……。  

…退却中にも、今後の戦略を模索していた。

「いっそ、襄陽を、この際に乗っ取って」などといった過激な意見も出たが、
「そんな無理をしても、荊州軍が、わが軍の指揮に従う確実性がありません」
「今一番、確実な策戦は、蜀の勢力圏まで退却する事です。蜀水軍を待機させてある江陵まで急ぎましょう」
こうなると、後に残して来たら人質にされかねない、阿斗や璃々を陣中に連れて来ていた事が幸いだった。

――― ――― ――― 

「そう。降伏するのね」華琳は、上機嫌だった。
「孫子の兵法」曰く「戦わずして降伏させるのが善の善」なのだから。

「劉備はどうしたの」
「一旦、襄陽に立ち戻り、わが旧主、劉表の棺にあいさつすると、そのまま立ち去りました」
「それだけ?」

・  ・  ・  ・  ・

なぜか、曹魏軍はかつての黄巾軍なみの暴虐な軍だという、流言飛語が襄陽とその双子都市に流れ、
多数の難民が蜀軍の後を追いかけて行っていた。

・  ・  ・  ・  ・

「(絶句)」
「分かったわ。誰がそんな流言を流したかは知らないけど、本当の魏軍は民衆をいじめたりしないわ」
銅銭1枚を略奪しても打ち首。直に全軍と城内全部に布告しなさい。

――― ――― ――― 

少なくとも、蜀軍が流した流言ではないだろう。この結果を見れば。
蜀軍は余りにも多数の難民を抱えた結果、
退却離脱しようとする軍事行動からすれば、ノロノロとしか言いようのない速度にまで落ち込んでいた。
(…マズイぞ。本気(マジ)で「長坂」に成り始めている…)

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次回は「原典」“演義”通りなら、趙雲と張飛の見せ場になるはずです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の41『長坂虎豹』~赤壁へと続く道(その2)~の予定です。



[8232] 講釈の41『長坂虎豹』~赤壁へと続く道(その2)~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/29 23:46
漢文の表現では、しばしば「豹」は「虎」のほんの少しだけ弱い亜種、と言う意味に使われ、
「虎豹」といった「対」の意味の、熟語表現もあります。
今回は「虎」に例えるべき“2人”の“ヒロイン”が活躍する筈です。

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††恋姫無双演義††講釈の41『長坂虎豹』~赤壁へと続く道(その2)~


荊州襄陽を通り過ぎて以来、何日目かの夜営。
「このままでは危険です」竜鳳の軍師でなくとも理解できる。
蜀軍は余りにも多数の難民を抱えた結果、
退却離脱しようとする軍事行動からすれば、ノロノロとしか言いようのない速度にまで落ち込んでいた。

「だけど…」
「ここで民を見捨てて逃げる桃香様ではない。ないからこそ、主君に選んだのだ」それは愛紗だけではない。
「そうです。しかし、このまま、無策で曹魏軍の追撃を迎える訳にもいきません」
「ですから、水軍に迎えに来てもらいましょう」

蜀の水軍は、長江の中流にある荊州水軍の「基地」江陵で待機している。現在の蜀軍は江陵を退却目標にしていた。
「夏口にいた孫呉軍は撤収したようです。それなら、漢水をさかのぼって水軍に迎えに来てもらえます」
「後は、水軍を動かす命令を急いで届けるだけです」
それならば、赤兎馬に乗っている愛紗が一番早い。

「しかし、夏口の呉軍は、本当に撤収したのか?」
「それでは、私が夏口に行ってみましょう」朱里の発言に、一同が驚いた。
「大丈夫です。護衛に騎兵の1隊も付けていただければ」
それで危険なら、水軍に迎えに来てもらえなくなります。そちらの方がはるかに危険な事になります。

「雛里ちゃん。後、お願いね」
「あぅ…任せて」
愛紗と朱里は出発した。

「もう1つ、あります」雛里がさらに言い出した。
「最悪の場合を考えて置かなければなりません」
その場合、ご主人様と桃香さまか、あるいは阿斗さまのどちらかに生き残っていただかねばなりません。

「その通りだな」北郷一刀は、雛里の言いたい事を理解した。
「阿斗と「五虎竜鳳」が生き残っていれば、たとえ阿斗が赤ん坊であっても、蜀王国は維持できる」
(…「正史」の阿斗はほとんど孔明1人だったから支えきれなかったんだし「北斗」の7人がそろっていれば…)

「ですから、誰か1人、阿斗さまを救う事に専念して欲しいのです」
(…そうなると、やっぱり…)
「正史」の“長坂”を知っている一刀は、やはり星を見てしまった。
その視線を、阿斗を抱いたまま桃香が追いかける。その視線の先に、いつものようにメンマをかじる星が居た。

…  …  …  …  …  

「承知いたしました。例え…」
「肝脳、地にまみれても、なんてのは無しだ。それでは阿斗を守れなくなるだろう」
「星ちゃん。お願いします。でも、無理はしないで下さい」

――― ――― ――― 

華琳は、荊州側の降伏で、襄陽を占領しただけでは、不充分だと見抜いていた。
江陵を「基地」とする、荊州水軍を接収しなければ、結局は長江で進撃は止まる。
襄陽は追走してきた「第2師団」に任せ、再び、快速の「第1師団」による「電撃戦」を続行した。
目標は江陵。

――― ――― ――― 

「本当に「正史」通りに近付いてきたな」
「我々も、適当なところで、流言を流したりしましたからね。劉表の側近とか、襄陽の城内とかに」
「その程度でこれだけ効果があるのだからな。確かに、おそるべき自己修復だ」
「それに、劉表も上手く「病死」してくれましたしね」

――― ――― ――― 

北郷一刀に取っては「これから」起きる事を、知っている事自体がつらかった。
「長坂」が近付きつつあるにつれて、桃香の手を握り締める力が強くなっていた。
(…先輩はどうなんですか…)
まだ、曹仲徳の戦線離脱だけは知らない。

・  ・  ・  ・  ・

多数の難民を連れている事の、もう1つの不利は、
軍本体は踏みこたえていても、先に難民が「パニック」になってしまう事でもある。
この時は、まさしくそれが起こった。
その「パニック」が軍までも巻き込んでしまい、蜀軍の精鋭のはずが総崩れになってしまった。
予想していたはずの、最悪の事態になったのである。

…  …  …  …  …  

北郷一刀は、桃香を連れて逃げるだけで精一杯だった。ある意味、誰よりもこの事態を予知できたにも関わらず。

「「みんな、生きている?」」
「全然平気なのだ―」
「まだまだ戦えるぜ」
「お姉さまらしいよ」
「さあ、もう大丈夫よ。どうしたの?」
「ふぇ~ん。阿斗ちゃんがいないよ」

一刀、桃香、鈴々、翠、蒲公英、紫苑、璃々…確かに、阿斗と星の姿が無い。

――― ――― ――― 

星は阿斗を乗せた婦人用馬車の側を離れたりはしなかった。夜もまた、その車輪に寄りかかって休んでいた。
しかし「パニック」を起こした難民が津波のように押し寄せた時、切り伏せることも出来ないままに、
車を巻き込まれてしまったのである。

――― ――― ――― 

「これでは、本当に、魏軍が罪も無い難民を虐殺しているみたいなものじゃないの!劉備たちはどこ?」
華琳の方も不本意だった。

――― ――― ――― 

「あぅ…星さんを信じましょう」雛里は軍師の務めとして、主君たちをいさめていた。
「漢水を目指しましょう。愛紗さんと朱里ちゃんが、水軍で迎えに来ているはずです。ただし」
しんがりは必要だ。
「お任せなのだ―」

――― ――― ――― 

「へっへ。赤ん坊の産着にしちゃ、いいものを着せてもらっているじゃないか」
どこかで見たような3人組。
曹魏軍に追い散らされた難民が置き捨てていった、荷物や荷車が散らばる中、
かすかに聞こえる泣き声に誘われるように、近付きつつあった。

「アニキ―。今の大将は、追い剥ぎとかがお嫌いですぜ」
「バーカ。考えてみろよ。あんないい産着を着せてもらっている赤ん坊なんて、きっと親がいい身分だぜ」
「ってことは」
「生かしたまま、大将のところへ持って行きゃあ、いい人質ってことよ」
「さぁすがぁ。あったまいいっすね」
「そうと決まったら、横取りされる前に………」
3人組を思わず絶句させ立ち止まらせるほどの、すさまじい殺気が背中から襲い掛かって来た。

「寄るな」
「「「……」」」
「その御方(おかた)に近寄るなあ!」
「龍牙」の槍が1振り、2振りそして3振りされた。

「ふぎゃっ。ふぎゃっ」
「阿斗さま…」赤子のかたわらに片膝をつき、
「ひぐっ」
「遅くなりました。申し訳ありません」あやすように抱き上げる。
「きゃはっ」
「さあ、参りましょう。ご両親がお待ちですよ。ん…」

「と、冬蘭様。相手が悪過ぎます。あれは趙雲です」
「その趙雲が、あれほど大事そうに抱(かか)えている赤子を前にして、後ろを見せられるか」
華琳様自らの御手からいただいた、この「青釭」の剣にかけて。

本人は真剣である。曹夏侯一族の若武者として期待され、
初陣のはなむけにと手渡された。華琳自身が常に戦場に帯(お)びて行く、その剣と対の「青釭」の名剣を。

星の方は相手にするつもりもない。黙殺して白馬に騎乗したが、
冬蘭の方が見逃さない。追いすがって何騎かで取り囲もうとした。
いつもなら槍の1振りで追い払えるところだが、今は片手に阿斗を抱いている。

長柄の武器は、基本として両手で扱う。さらに馬上、両足だけで馬を操縦し全身のバランスを取って戦うとなれば、
これはもはや雑技だ。
無論、いつもの星なら、その雑技も冬蘭などに引けは取らない。しかし、片手では逆に得物の長さを持て余していた。

ならばと、あっさり、星は愛用してきた「龍牙」の槍をあきらめた。今は阿斗の方が大事だ。
投げ槍の構えに切り替えると、冬蘭の馬の足元を狙う。当然、棹(さお)立ちになった。
そのすきに片手を伸ばすと、冬蘭が背に斜めにしていた宝剣の柄をつかんで引き抜いた。
「役立たせてもらう。わが宝のために」言い終わる前に手綱を両断していた。当然、落馬した。

…  …  …  …  …  

「このォ!曹夏侯一族の面汚し」
「姉さん、やめなさい。冬蘭を絞め殺すつもり」つもりかもしれないと、誰かが思った。
「生きて帰ったから、報告も出来るわ。出来るだけ正確にして」
華琳は寛容だった。正直、相手が趙雲では剣の代わりに首を持って行かれているはずだった。
「趙雲は、その赤子が大事だったのね」華琳は念を押す。
「おそらく、あの子供ね。北斗に守らせようとしたとかの」
「では、やはり逃がしては」
「無用よ。あの趙雲が“乳虎”になっているのよ」
古典的に中国では、危険人物を例えて、
「アイツに出会うなら、乳飲み子を連れた母虎の方がましだ」などという。
「おまけにその乳虎の爪が、あの「青釭」では、無駄に兵士を死なせるだけよ」
「ですが」
「それより、その子供を連れて逃げていく先には、親が待っているはずよ。全軍、追跡よ。追撃でなくね」

――― ――― ――― 

「行く手をさえぎるな!」ボキッ!
「命を捨てるな!」ベキッ!
星が手に入れた名剣「青釭」は、雑兵どもの鉄刀などとは材質からしてちがう。正面衝突すれば折れるのだ。
片手に阿斗を抱いている事すら忘れさせるほどの星の早業で、そんな代物を振り回されては確かに近寄れない。

ひときわ体格のいい兵士が自分の頭ほどの自然石を振りかぶり、頭上に落ちて来る「青釭」の剣を受け止めた。
流石に一旦、剣を引く。
その兵士はニヤリとして、その石を投げ付けるつもりになったか「バックスイング」したが、
その拍子(ひょうし)に“2つに割れて”手元を外れてしまった。
唖然(あぜん)とした兵士どもの頭上で「青釭」を一振りする。首をすくめさせておいて、その上を白馬が飛び越えた。

――― ――― ――― 

戦場となった平野から見れば、蜀軍が逃げる方向の行く手を一筋の流れが横切り、ただ一本の木橋が架かっていた。
その木橋の真ん中に立ちふさがった鈴々は元気一杯に「蛇矛」を振り回していた。
「ここは通さないのだ―」

――― ――― ――― 

「ぶ…ぶろ…」とうとう、馬の方が疲れを見せ始めた。
「頼む。走ってくれ。阿斗さまのためだ」
いっそ、追って来る敵の馬でも奪うか?そんな考えも星が思ったとき、
「お―い!」元気一杯な戦友の声が、聞こえて来た。

「あれは…。…よし、もう一駆けでいい。頼む」

…  …  …  …  …  

「大丈夫なのか―?阿斗ちゃんはどうしたのだ―?」
「ここにおいでだ。後は任せた」
「お任せなのだ―」

――― ――― ――― 

「今度は張飛か?!」
最悪な事に、木橋の幅より「蛇矛」の方が長い。つまりは、その有効範囲を通らずには、向こう岸へ渡渉できない。
たった今、蜀の「五虎大将」がどれほど猛虎か、思い知らされたばかりの兵士たちは突撃する勇気も無かった。
それどころか、
「どうした―鈴々がこわいのか―!!」
橋の中央から何歩か前進されると、その1歩ごとに10歩以上後退する有様。
華琳すら、持病の頭痛がぶり返す気分だった。

無論、魏軍とて、これを「1騎打ち」の好機と考える雄将は何人かいるのだが、
「“1騎打ち”の間に、劉備たちに逃げられるじゃないの。それこそ張飛の思うツボよ」
上流と下流に分かれて、新しい橋を架けなさい。張飛のいないところにね。

兵士たちの大部分は明らかにホッとしていた。
真ん中の橋の上で今も元気一杯に叫んでいる鈴々を見ないようにして、架橋作業にとりかかった。

…  …  …  …  …  

ようやっと、架橋作業が終わって魏軍が渡渉し始めた時には、当然、鈴々の姿も消えていた。
しかし、兵士たちは明らかにホッとしていた。

・  ・  ・  ・  ・

それでも、追撃体勢を立て直して進軍を再開したのだが。

再び前方に蜀軍、というより、ここまで蜀軍に付いて逃げて来た難民が見え始めた。
しかも、その向こうに漢水が流れており、その岸辺で止まっているように見えた。
だが、その岸辺に船団が帆を降ろし、難民たちをすでに乗船させ始めていた。

――― ――― ――― 

愛紗と朱里が、江陵から夏口を経由して回航してきた蜀の水軍が、やっと到着していた。
「急げ」「弱いものが先だ」「荷物はすまんが人がのってからだ」「敵軍が来る前に乗船を終えるぞ」…ガヤガヤ…
という状態だった。

――― ――― ――― 

「逃げられたわね。結局は趙雲と張飛に、いい格好をされただけ」
華琳はそれでも冷静だった。現在の、本来の目的を忘れてはいない。
「江陵へ急ぐわよ」

…  …  …  …  …  

長江本流の北岸にある江陵は曹魏軍に占領された。
江陵を「基地」としていた荊州水軍も、総帥である蔡瑁・張允の降伏にしたがった。

――― ――― ――― 

一方、漢水から長江の本流に入った蜀水軍は本流の南に通じる洞庭湖に入っていた。
洞庭湖の周辺の荊州南部は、すでに蜀の勢力圏である。脱出には成功した。

――― ――― ――― 

この時点で、長江下流の孫呉軍も始動していた。
彼女たちとて、魏と蜀の荊州争奪戦を指をくわえて見物するつもりなどありえなかった。

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原典「三国志演義」通りならば、どこまでも趙雲と張飛の大活躍の筈なのですが、
そうでなければ、ひたすら作者の力不足に責任があります。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の42『争論斬卓』(論を争いつくえを斬る)~赤壁へと続く道(その3)~
の予定です。



[8232] 講釈の42『争論斬卓』~赤壁へと続く道(その3)~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/30 00:03
第1次世界大戦World WarⅠの最中、インフルエンザの感染爆発によって、
WWⅠの戦死と戦災死に倍する以上の病死者が出ました。
この戦争の本当の勝者は、いずれかの国家ではなくウィルスだったとも言えます。
英雄でもある名将、知略優秀な軍師が、敵より先に見えない病原体に敗れる、
それが歴史になるのはWWⅡの最中のアメリカで、ペニシリンが大量生産されてからでした。

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††恋姫無双演義††講釈の42『争論斬卓』(論を争いつくえを斬る)~赤壁へと続く道(その3)~



華琳は檄文を発した。
“漢”の丞相の名分で、今回の荊州における軍事行動をあらためて正当化し、さらに呉と蜀に降伏勧告した。

――― ――― ――― 

「上手なのは、わが蜀と呉に対し、それぞれ個別に降伏勧告している事です」
「もしも、呉がこの勧告にしたがって、2国を同時に相手にする事になったら、苦戦します」

――― ――― ――― 

孫呉の拠点。建業。
蓮華の御前では大激論になっていた。曹操の檄文はそれだけの効果を持っていたのだ。
これまで、孫呉を支えてきた「江東名士グループ」出身の重臣たちの多くが降伏論に傾いていたのである。
しかし、武将たちの中には戦わずしての降伏を受け入れられない者もいた。

蓮華は迷っていた。重臣たちの主張する降伏論が、現実的である事も理解できる。
だが降伏すれば母、水蓮や姉、雪蓮の諸行が無駄になってしまう。

「私が荊州の様子を見て参りましょう」
議論が煮詰まったころ、魯粛がそう言い出した。

――― ――― ――― 

「5個師団」に分割されて、順次、許昌を進発してきた曹魏軍は、順次、荊州に到着した。

州都、襄陽の進駐は後続の「第5師団」に、江陵の守備は「第4師団」を残留させ、
残る主力の「3個師団」と接収した旧劉表軍で、さらに進軍する。
次の目標は、当面、夏口。
江陵の接する長江本流と襄陽を流れる漢水の合流点でもあり、旧劉表勢力のほぼ西の端に位置する。
夏口を確保すれば「旧」劉表勢力の勢力圏をほぼ確保した事になる。
江陵を「基地」として進発し、荊州水軍と長江の水運を利用した後方支援を受けながらの進軍なら、
夏口までの距離は攻勢終末点にならない筈だった。距離だけなら。

――― ――― ――― 

冥琳の預(あず)かる孫呉水軍は、蓮華の命令ありしだい出撃する準備をすでに整えていた。

その前方では、夏口の旧劉表軍はどうやら様子見のようだった。
上部の政権がすでに降伏し、その主力を接収した曹魏軍が進軍してくる以上、当然の態度だろう。
長江は広い。それならば北岸の夏口を“スルー”して、長江の南岸沿いに進軍する事も不可能ではない。

現に、蓮華の使者となった魯粛は夏口を“スルー”して、洞庭湖に逃げ込んだままの蜀軍に接触していた。

――― ――― ――― 

洞庭湖に逃げ込んだ蜀軍は、そのまま成都に退却せず、援軍を呼び寄せる事にした。
長江北岸を曹魏軍が進軍している以上、戦機を逃すわけにはいかなかった。

北郷一刀の知る「正史」と異なり「現状」の蜀軍は「正史」の呉軍程度の援軍は自力で動員できる。
それでも「正史」の「赤壁」をそのままなぞっても、曹操が同じ失敗をしてくれるとは限らない。一刀はそう考えていた。

そして、竜鳳の軍師は「天のお告げ」を全て聞かなくても、具体的な戦略を組み立てる事が出来た。
やはり、呉とは、この際だけでも連合するのが最善と結論していた。

・  ・  ・  ・  ・

華琳の発した檄文に続き、どうやって、つなぎをつけたか?星の元に稟と風から届け物があった。
名剣「青釭」を収める鞘(さや)や佩紐(おびひも)である。
添えられた手紙には、彼女らの主君がいかに「長坂」で感嘆し評価したかが、臆面(おくめん)も無くしたためられていた。

星も苦笑しつつ、その手紙を軍議の席に提出したが、実はさり気無げに、とんでもないことが書き添えられていた。

蛍の母親が曹魏軍に保護されていた。
「やっぱり」
「ご主人様は、ご存知でしたか?」桃香が振り返った。素直に蛍の心配をしている。
「“天の御遣い”だからな」
ここは蛍自身に任せよう。義理堅い蛍が、俺たちの不利になるような事はしないと思うよ。
ただし、蛍はお母さんと一緒に、出来るだけ早く戦いに巻き込まれないように避難すべきだと思う。

…  …  …  …  …  

蛍は決断した。
しかし、せめてもの置き土産と思ったか、手紙を持ってきた使者から、
母親の心配をする振りをして、この孝行娘には振りばかりでもなかっただろうが、
聞き出せるだけの事を聞きだした。
その中には、一刀だけがその重要性を知る情報があった。

曹操の弟、曹仲徳は魏城で怪人、左慈に襲撃され許昌に残留している。
(…先輩がいないのなら、曹操が「正史」通りに失敗する可能性が大きくなってくる…)

…  …  …  …  …  

名残惜しげに、それでも現状での精一杯の見送りを受けて、蛍が出立するのと、
丁度、入れちがいの様に、魯粛が蜀軍を訪問した。

・  ・  ・  ・  ・

魯粛とてこの時代の外交官である。
蜀と連合して魏と戦うなら戦うで、例えば荊州、少なくとも旧劉表勢力の勢力圏は呉に占領させたいと思っていた。
まあ、蜀と分け取りぐらいは交渉の余地ありと考えている。
いずれにせよ、現在の孫呉の勢力圏は最低でも防衛しなければならない。
そのために蜀軍が役立つかどうか。それを見極める事が重要だった。

…  …  …  …  …  

蜀軍のほうでも、呉が魏と戦うのなら、連合の意味はある。と結論は出ていた。
しかし、魯粛の一存で連合までは出来ない。決断するのは蓮華なのだ。

竜鳳は行動を決心した。「魯子敬どのと一緒に、呉へ行かせて下さい。」

――― ――― ――― 

洞庭湖から北の長江両岸は、雲夢大沢(うんぼうだいたく)と呼ばれる、山林藪沢(さんりんそうたく)も名高い大湿原である。
荊州出身者が軍師に多い蜀軍は、前回の荊州南部侵掠にしろ、今回の退却にしろ、
さほど難しくなく長江から洞庭湖に入れたが、
北方出身者が主導権を持つ魏軍は見事に迷子になっていた。
道案内の旧劉表軍ともはぐれて、湿原を迷走してしまった。

――― ――― ――― 

孫呉の拠点。建業。
魯粛が蜀の竜鳳を連れて戻った時点で、尚も大激論が続いていた。

しかし、竜鳳の軍師は、あえてその論戦に加わろうとしなかった。
かえって「連合を説得に来たんじゃないのか?」と、魯粛の方がいぶかしんだ。

――― ――― ――― 

雲夢湿原をやっと抜けた魏軍は、その東側の出口付近で、長江北岸の烏林に停止した。
補給の問題とかではない。江陵から長江の水運で支援されているのだから。
では、何が起こっていたのか?

北郷一刀が三国志ファンでも、現代先進国の医療事情の中で、いわばヌクヌク育った、
しかも、まだ学生の経験しかなくては想像出来なかったかもしれない。

英雄でもある名将、知略優秀な軍師といえども、敵より先に見えない病と戦わなければならなかった。
それが歴史になるのはWWⅡの最中のアメリカで、ペニシリンが大量生産されてからである。
20世紀のWWⅠですら、インフルエンザの感染爆発によって、戦死と戦災死に倍する以上の病死者が出ているのだ。

広い中国の他の地方出身で、まったく免疫が、たとえなどではなく本当に医学的に無い、
そんな者にとっての雲夢湿原は、悪病の魔物がひしめく「ダンジョン」に他ならなかった。

――― ――― ――― 

ついに「水軍基地」を一旦、離れた冥琳が御前会議の場に姿を現した。
「曹操の檄文はハッタリです」冥琳は断言した。
許昌から連れて来た大軍も、今は20万もいません。
しかも、その過半は降伏させたばかりの河北から引き抜いた兵です。
その上、慣れない南方の水辺で、今頃は風土病にかかって戦力を失っておりましょう。
(本当にそう見抜いていたのか?事実はそうだったのだが)
他には、これも降伏させたばかりの荊州兵が数万。
このような敵を恐れる必要はありません。
「わが、孫呉の精鋭をこの周公瑾にお預け下されば、確実に撃滅して見せましょう」

蜀の竜鳳は、議場の隅でうなずき合っていた。
冥琳の主君は、孫権以前に孫策であるといえる。その孫策なら、主君自ら同じ事を宣言しているだろう。
だから、周瑜がこう言うだろう事は予想できた。

よそ者の彼女たちでも理解できる事だ。
案の定、降伏派の列席者の中でも、重臣である張昭が冥琳に噛み付いてしまった。

…  …  …  …  …  

ここで、蓮華が休憩を命令した。
ただ、退出する部下たちの中で、さりげなく魯粛だけが出遅れていた。
その魯粛を主君が呼び止めるのを、蜀の竜鳳が見止めていた。

「子敬。私には、どちらも理があるようにも思えてしまうが」
「私や公瑾どののような、この江東の名士でもあり、名家豪族でもある出身ならば」
曹操はそれなりに待遇してくれるでしょう
また、有能な人材とか有益な人物とかなら、元は敵の部下であっても寛容のようですし。
「しかし、貴女さまはそうはまいりません」

「わが“孫家”は、母が海賊退治から成り上がった、名士でも名家でもない出身だからか」
「そればかりではありません」
敵の国主であるからこそ、その待遇は寛容ばかりでは決められないのです。
姉上様に対する袁術の待遇の失敗は、おそらく曹操は繰り返さないでしょう。

…  …  …  …  …  

会議は再開された。ここで初めて蓮華は蜀から来た軍師に発言させた。
「すべては簡単明快です。孫呉の武力で曹魏軍に勝てないとお思いでしたら、降伏されるのは当然です」
わが蜀は蜀の意志で戦います。呉は孫太守のご意志で、戦うも降伏されるも、ご決断ください。

それはその通りである。確かに、それだけの問題なのだ。
ただし、蓮華の「キャラクター」と、冥琳と魯粛の言葉に対する反応が重なった処へ、こう決断を迫ったのは、
竜鳳の軍師ならではの「タイミング」だった。

蓮華は「南海覇王」の愛剣を抜き放つと、華琳の檄文を持って来させた。
持って来られた書状が、目前の卓(つくえ)に乗せられると「南海覇王」を振りかぶり、卓ごと書状を真っ二つにしてしまった。
抜き身を手にしたまま、部下を振り返る。
「これが、曹操に対する返答だ!もう2度と降伏などとは主張するな!!」

――― ――― ――― 

曹魏軍は烏林で、完全に停止してしまった。
軍中においての、悪病の蔓延(まんえん)は、もはやこれ以上の進軍を許さなくなってしまったのだ。

華琳と部下たちは、やむなく烏林に布陣して、とりあえず守備を固める事にした。
長江の北岸を荊州水軍に守らせ、その後方の陸上に強固な陣地を構築する。
一見、油断もすきも無い防御戦術だった。

この時点で、対岸にあたる長江の南岸が何と言う地名で呼ばれているかまでは、関心を引かなかった。
長江は広い。北岸の烏林からは南岸は見えなかった。
その南岸が赤土を曝(さら)け出した断崖になっている事などまだ知らない。その景観ゆえに呼ばれている名などは。

――― ――― ――― 

蓮華から、あらためて孫呉水軍を預けられた冥琳は長江をさかのぼった。
いまだ、夏口に曹魏軍が到達していないことを知るや、夏口に立てこもる旧劉表軍は“スルー”して、さらにさかのぼる。

烏林に敵軍が布陣していることを確認すると、その対岸の南岸に自軍を集結させる決断を下した。
同時に、蜀軍にも合同を呼びかける。「赤壁にてお待ちする」

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ついに「赤壁」の“地点”には到着しました。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の43『苦肉之策』~赤壁へのCountDown~の予定です。



[8232] 講釈の43『苦肉之策』~赤壁へのCountDown~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/30 12:58
あらかじめ、注意いたします。
この作品は一応R15指定作品ですが、
今回は最悪の場合、R18とかR21とかと、紙一重の作品になる危険性があります。

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††恋姫無双演義††講釈の43『苦肉之策』~赤壁へのCountDown~


長江の北岸、烏林。曹魏軍は着々と陣地を建設していた。
軍中に病兵が続出して、これ以上の進撃が困難になっているとは、
そのために労働力が不足しているとは、思えないほどの強固な陣地だ。
流石は、官渡では「孫氏」よりも「墨子」の如く戦った華琳だけはある。

もっとも「孫氏の兵法」も「軍形篇」では、こうも言う。
勝機でなければ守備。勝機ならば攻撃せよ。余裕がなければ守備。余裕があれば攻撃せよ。
名将は守備ならば、まるで地底に隠れるようであり、攻撃ならば、天上を動くように動く。

・  ・  ・  ・  ・

水上に関しても手抜きは無い。ただし、華琳たち曹魏軍の主力には、水軍がこれまで無かった。
接収した荊州水軍を信任するしかないのだが、
なる程、蔡瑁・張允たちは旧劉表軍閥の実力者だけあって、水軍の指揮では有能だった。

ただし、水軍とか軍船を守備に利用した場合の常套(じょうとう)手段とはいえ、
大型艦船を鉄の鎖でつないで、烏林の岸辺を封鎖した事が、実は災厄を招待するのだが……

――― ――― ――― 

これが「演義」だと、鳳統が「連環の計」で暗躍するのだが、やはり創作だったようだ。
「雛里にわざわざ、間者の真似をしてもらうまでもなかったな」北郷一刀は心中で思った。

なまじ大軍だと、しかも降伏させたばかりの軍が混じっていると、隠しきれない情報もある。
曹魏軍が烏林で停止している事、そしてその原因は、呉蜀連合軍に結局は突き止められた。
しかし「真相」がこんなものだったとは。
確かに、予防注射やらワクチンやらを子供のころから接種させられて育っていては、かえって気付かなかっただろう。

「だけど「この」世界には、華佗先生がいるはずなんだがな?」

――― ――― ――― 

もち論、華佗個人では出来る事、変えられる事にも限界がある。
まして、医学と方術が分離もしていない時代なのだから。
そうなると「五斗米道」という組織機関を「バック」にしている事で、より多くの患者を救えるという事になる。
未分離の時代なら、むしろ教団であることが有利だった。
実際「五斗米道」では、華佗の指導の下、青カビを培養して“ぺにしりん”を生産しようとすらしていた。

――― ――― ――― 

ほぼ、蔡・張の水上陣地が出来上がったころ、朝霧にまぎれて接近する小規模な船団があった。
偵察や遊撃、大型艦船の護衛などに多用される快速船、後年いうところの駆逐艦か、が20隻ほど。

まさか、孫呉水軍の総帥が自ら敵状を、自分の目で確かめに来るとまでは見抜けなかっただろうが、
防御にはぬかりも油断も無かった。20隻の「駆逐艦」はまるで海栗(うに)のようになるまで、矢を浴びせられた。

…  …  …  …  …  

無論、冥琳とて、水上陣地の防御力をなめてなどしていたら、そもそも偵察にもやって来ない。
20隻それぞれの両舷側には、ワラ人形をズラリと並べて乗せて来た。
そうして置いて矢を受け止めたが、その人形も20隻の「駆逐艦」全体も海栗になっていた。

――― ――― ――― 

許昌に足止めされていた曹仲徳は、ほとんど華佗に泣きつかんばかりだった。
「先生が医師に徹底して、“歴史”に干渉しないようにしている事は分かっています」
しかし、先生も分かっているでしょう。このままでは「赤壁」です。魏の兵士にとっては、虐殺です。

「病人が居れば、医者は行くよ」
元々、学生の経験しかない一刀と異なり、成人で医者だった華佗には「赤壁の真相」について心当たりがあった。
「“五斗米道”医師団」を引率して出発して行った。

無論、仲徳は華佗だけを頼るつもりは無い。執金吾の職権で、何騎もの使者を派遣していた。
「呉の降伏。あえて個人名を上げれば、この人物の降伏は絶対信じるな。罠だ」
とかいった密書を持たせて。

ところが、その行く手には白装束の謎の襲撃者が待ちかまえていた。

――― ――― ――― 

「使い物になりそうな矢だけでも、10万本は進呈してもらった」
などと冗句を飛ばしながら冥琳は帰還してきたが、しかし、心中には決意するものがあった。

…  …  …  …  …  

その冥琳を密かに訪問するものがいた。孫呉の先々代、水蓮以来の譜代の宿将、黄蓋(真名祭)である。

「冥琳どの。心中で決心している事があるであろう。儂(わし)では、打ち明けられんか?」
「祭どの程の宿将ならお分かりであろう。あの敵陣には1つの手しかない」

火砲が発明されていないこの時代、戦艦の艦砲射撃で敵艦を撃沈する、という形式の艦隊決戦などは存在しない。
したがって、冥琳や祭も思い付きもしない。

この時代の水上戦といえば、敵船に乗り込んで切り合い、占領する。
あるいは船そのもので体当たりする。そのどちらかだ。
どちらにせよ、接近する事が前提であり、接近する前に海栗では水戦自体が成立しない。

「火攻めしかない」
幸い、この時代なら当然だが、木造船であり、しかもそれならば、わざわざ密集するだけではなく、
互いに逃げられない様にしてくれている。
「だが、それでもある程度は、敵をあざむいて近付かなければ成功しない」
だます相手があの曹操だからな。何か策は無いか。それを思っていた。

「では、何故みなに、特に軍師である穏や亞莎に相談しない?」
「実は1つ策はあるのだが、余りに汚い手なのだ。誰なら泥を被ってもらえるか……」
「ならば、なぜ儂には“ここ”まで打ち明けた?」むしろ、慈母のような微笑だった。

…  …  …  …  …  

その夜、孫呉水軍および来援した蜀軍も招待して、軍議が開催された。
だが、冥琳の偵察した結果が報告され、従来の水戦の攻撃法が成立しないと言われて座がざわめき始めた。

「話がちがうであろう。蓮華様の御前では、いったい何を大言した」
「ちがわん。必ず敵は撃滅する。ただし、いささか策が必要になった。それゆえの軍議だ」
「何を今さら。これではまるで、張子布どのの方に理があった様ではないか。お主は主君をたばかったのか」
「聞き逃せん。祭どのこそお分かりであろう。今の発言が軍規に抵触する事を」
「ほう、軍規をたてに、相手の口を封じるか?えらくなったものだな」
「今は私が、蓮華様からこの軍を預かっているのだ。それゆえの軍規ではないか。撤回なされないなら…穏。亞莎」
「ふぁい」「は…はっ」
「この場合、軍規ではどうなっている」
ガチガチに適用すれば、晒(さら)し首である。
しかし、どう見ても、ただの、いや、くだらないケンカでしかない。
孫呉軍の同席者たちは、もはや軍議より仲裁に必死になった。
しかし、当事者同士が聞く耳を持たない。
「斬れるものならやってみろ」の態度の祭もなら、あくまで総帥の権威を振り回す冥琳も冥琳だった。

…  …  …  …  …  

「いいだろう。晒し首は許してやる。だか、ここまできては、兵士どもに示しがつかん。ムチ撃ち200の判決を下す」
本営の近くの兵士を集合させて演説を行うための広場に、少し離して2本の柱というか杭(くい)が立てられ、
その中間に両手、両足を広げるようにして祭が拘束された。その衣装が破り捨てられる。
そして、ためらう係の兵士に癇癪(かんしゃく)でも起こしたか、冥琳がムチを取り上げて自分で祭の背中に回った。

…以下自粛。R15指定作品が、R18とかR21とかと、紙一重の作品になる危険性があります。

…  …  …  …  …  

「…199…200…ふぅっ……これで、1昼夜、軍規の通りに晒(さら)す。手当ても休息もその後だ。これが軍規だ」

――― ――― ――― 

この間、蜀軍の面々はどうしていたか?
まず、愛紗が憤慨して冥琳に抗議しようとしたが、まず一刀が、続いて桃香、さらには朱里と雛里が加勢して、
結局は説得されてしまった。
しかし、もう軍議にもならないという事で、自軍へ引き揚げてしまった。

…  …  …  …  …  

「いったい、何をお考えか」
こんどは、一刀たちに憤慨する愛紗だったが、
「はわわ…もう大丈夫ですよね」
「何が大丈夫なのだ」
「呉のみなさんに、私たちのしゃべっている事が、聞かれないという意味です」
「桃香様は、何かにお気付きでしたか?」
「私はご主人様に加勢しただけなの。でも、ご主人様は、何かを決心していた事だけは分かったけど」
「俺は確かにある事を知っている」
ただし、それはこの戦の勝利。いや、それだけでなく「三国」の運命にかかわる秘密なんだ。
決して、大げさでも、勿体(もったい)をつけている訳でもないよ。

――― ――― ――― 

深夜、冥琳はある1人だけと密談した。
「明命。私は呉のため、蓮華様のために、そのご主君や戦友までも、今回はだまさなければならない」
それでも、この策を成功させねば、祭どのの忠誠を、それこそ無駄にする。
そのためには、私は、祭どのと、このまま憎み合っている事にしなければならない。
直接に連絡を取って、策を進めることが出来ないだけでなく、明命が両方に出入りしている事も隠さねばならない。
「困難な役目だが、他に頼めるものがいない」

明命の「忍者もどき」の活躍ないしは、暗躍の開始である。

――― ――― ――― 

この騒動は孫呉内部に動揺をもたらし、
元々、曹魏側とすでに連絡を取っていた、降伏派の1部が祭に接近するとともに、
この「内情」を曹魏側に通報する結果をもたらした。

・  ・  ・  ・  ・

あれほど「人を致して人に致され」なかった、華琳と側近たちがこの「苦肉の策」にかかったのは、
それほど、曹魏軍の「病状」が深刻だったのか。
それとも「戦わずして…善の善」の好機と思ったか。
いずれにせよ、具体的な「脱出方法」のうち合わせに入ってしまい、
祭の回復を追いかけるように、具体化されていった。

――― ――― ――― 

華佗が引率する「“五斗米道”医師団」の周辺には、謎の紙人形が散らばっていた。
謎の白装束の1隊に襲われたと思えば、どこかで見覚えのある謎の美女が現れ、舞うように白装束を蹴散らすと、
後は、この光景だった。

「まあ、礼は言わないといけないだろうが」
「それよりも、火傷の手当ての準備でもしておいた方が良いわよん。感染症よりもねん」

そう、すでに「赤壁」は時間的に目前だった。

――― ――― ――― 

祭は曹魏軍とのうち合わせ通りに「脱出」の準備を整えた。
実は、冥琳と明命とのうち合わせ通りの準備を整えた。

・  ・  ・  ・  ・

この段階になって初めて、冥琳は孫呉軍に「真相」を明かした。
具体的な出撃命令とともに。

正確には、作戦計画を立案し、具体化して準備を整える軍師の穏や亞莎はその時間だけ前に打ち明けた。
その他の、実際に出撃する武将には穏や亞莎の立てた作戦と同時だった。
もはや、出撃直前である。
「すまない。だが、これで曹操も気が付く時間が無いはずだ」

「蜀軍にも通報」
そう、冥琳からはこのとき通報された。“戦後”の荊州占領について、出し抜くつもりも確かにあったが、
しかし、この時、蜀軍も同時に軍議を開いていた。

――― ――― ――― 

長江の北岸、烏林。荊州水軍の守る岸辺から陸地に入った、曹魏軍の本営。
その本営の中央にそびえる楼閣上に、華琳の姿があった。

天才詩人でもある彼女は歌っていた。
後年「魏武」の代表作とされる「短歌行」と題する即興詩である。
華琳は歌う。その姿は「人間五十年」を舞う、織田信長を連想するかもしれない。
華琳は歌う。酒盃を手に、高ぶる感情を。おのれの覇道を。
そう、彼女の最大の「叙事詩」は「クライマックス」へ向けて、“カウントダウン”を続けていた。

――― ――― ――― 

呉軍の出撃に合わせて、蜀軍も軍議を持った。
その席上、北郷一刀は「天の御遣い」だけが知る事のできる「決断」を迫られていた。
この時「歴史」が動こうとしていた。


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近付いてくる「赤壁」ですが、それを前にして、ある「決断」がされます。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の44『天命選択』~決断す「外史」の分かれ道~の予定です。



[8232] 講釈の44『天命選択』~決断す「外史」の分かれ道~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/30 23:34
あらためて、もう1度だけ申し上げます。

『中漢演義』とか、そういった題名で「三国志演義」が原作の架空戦記を書きたいと妄想し、
思い付いては、ボツにする事を繰り返してきました。

『中漢』とは前漢・中漢・後漢と言う意味です。
“この時代”を対象にした「架空戦記」でよくあるように、
蜀陣営の漢王朝復興が成功した場合の歴史には、3つの「漢」王朝が存在する事になる。
したがって、彼らの立てた王朝が例えば後漢と呼ばれ、
我々の歴史における「後漢」は『中漢』とかいうように呼ばれるのではないか、
つまり「中漢」王朝末期を舞台とする物語になるという発想でした。

しかし、どこで歴史を改変するかを思い付いては、ボツにする繰り返しだった時、
「恋姫」シリーズの事を知って、途端にキャラクターが動き始めました。

そのため、この作品のストーリーは基本的に「三国志演義」それも、史実とは異なる結末になる「演義」です。

同時に「恋姫†無双」並びに「真・恋姫†無双」のキャラクターがあって、ここまで成立してきた物語です。

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††恋姫無双演義††講釈の44『天命選択』~決断す「外史」の分かれ道~


蜀軍の本営。その中央の天幕。
当然のように、桃香と一刀が一緒に寝ていたり、阿斗の「ベビーベット」があったりするが、
それだけに、入り口には「五虎大将」の誰かが交代で頑張っている。

それなのに、何者かが北郷一刀をそっと、隣りの桃香を起こさない様に起こした。
「お前」見覚えのある謎の美女。
「2人切りでお話しするには、こうでもするしかないわよね」
「そいつは理解できるが、何の話なんだ」

…  …  …  …  …  

「貴方ならお分かりでしょう。もうすぐ大きな分かれ道が来るよねん」
「確かに「赤壁」は、劉備軍が曹操を倒す唯一のチャンスだったろうな。「正史」通りだったならな」
「そうねん。でも「正史」ではそうならなかったわねん」
「ああ、孔明とかが、なぜ見逃したと色々言われているが、結局、あの時の劉備軍では力不足だったんだろう」
「でも「今」はどうかしら」
「そうだな。“蜀”の一番充実した時点での勢力になってしまっているな」
「貴方がそうしたのよん。「天の御遣い」様が」
「つまり、この「赤壁」で曹操を倒す事が出来ると」
「そう、そのまま天下を取る事すら可能性があるわねん。それとも、こうなると思わずにやったのん」

一刀は思わず考え込み、そして口を開いた。
「いや、思わなかったわけじゃない。でも、俺は「天の御遣い」をやる決心をしてから心のどこかで思っていた」
俺は「三国志」で、劉備たちの悲劇を知っている。でも、桃香たちをそうしたくないから、
だから、先輩…曹仲徳には暴走といわれようと、“歴史”に介入して来た。
「だったら、このチャンスを見逃す事は、今までの俺がやって来た事を否定するだけだ」

「そうよねん。そして、それは今、思い付いた事じゃないわよねん」
「そうだな」
俺は、変な言い方だけど、ある意味でタカをくくっていたかもな。
あの先輩が曹操の側に付いている限り、
曹操の方だって、俺の知っている通りの失敗をするとは限らないと思っていた。
しかし、その先輩が……

「そうねん。仲徳ちゃんの側からすると最悪のタイミングで、1時的にしろ戦線離脱。これで貴方は…」
「そうだ。本当に「天の御遣い」の様に大きな力を持っている。このタイミングなら俺は…」
「その力をどう使うかは、貴方にしか決められないわよん。本当の意味でね。だから、後悔しないで欲しいの」
「責任がどうとかは言わないのか」
「それも含めてよん。それも分からないほど、おバカでは無いわねん」
それでも、一番大事なことは、貴方が後悔しない事よん。結局、それしか貴方には出来ないんだから。

・  ・  ・  ・  ・

その翌日、一刀は蜀の軍師たちに確認した。呉軍の動きについてである。
「苦肉の策」の際の一刀の態度も手伝って、彼女たちは呉軍の特に、祭の周囲に注目していた。
ただし、魏側の間者の注目を引かないよう慎重に、だった。
その結果、祭が魏に投降しようとしている可能性をつかんでいたが、一刀は黙殺させていた。

「おそらく、今夜にも黄蓋さんが脱走します」
「ところが、周泰さんが周瑜さんにその事を報告した形跡があるのに、止めようとする動きがありません」
「しかし、呉軍全体の動きは急にあわただしく成り始めました」
「いよいよだな」一刀は同志たちを見回すと、語り始めた。
「まず、朱里や雛里は、どんなふうに結論付けているんだ?」

「おそらく、全てが周瑜さんの計略だった。それでつじつまが合います」
「おそらく、黄蓋さんは脱走と見せかけて、魏軍を奇襲するつもりでしょう」
「その通りだ。これは、呉軍が勝負を賭けた「苦肉の策」だったんだよ」
「ご主人様はご存知でしたか?」何人かがそう言ったが、
桃香はそのつぶらな瞳でじっと見詰めていた。
「この策が魏にばれたら、蜀のためにもならない。だから俺も口に出さなかった。しかし」
ここでもう1度、同志たちを見回す。
「それだけではないんだ」

「もしも、俺の知っている通りになったら」
この戦いで曹操は、最大のピンチ、いや、危機におちいる。
逆に言えば、曹操を倒す最大の好機になる。
それが何を意味するか……

「三顧の礼」の時に言ったよな。
「もし、この時代において人々を救いたいなら、自分がその1人になるしかないでしょう。」
幾つもの小王国をたてる群雄の中の1人。
おそらく、それらの「王国」が3つ程にも淘汰されれば、一時は天下も安定するでしょう。その「三分」のうちの1人。
そして「三分」もいつかは、ただ1人によって統一されるでしょう。その最後の1人。
「その1人となる「英雄」にしか、結局は多くの人々は救えません」

その最後の1人の英雄が曹操となるか、それとも劉備玄徳となるか、その「歴史」の分かれ道なんだ。

だから、そのつもりで選択して欲しい。
とりあえず「天下三分」で安定させればいいのなら、
呉軍から文句が出ない程度に協力して、曹操を見逃してやればいい。
だが曹操を追撃するなら、桃香を後漢王朝に取って代わる新しい帝王にする覚悟で、
曹操を倒すまで追撃するべきだ。
その唯一の好機かもしれないんだ。

――― ――― ――― 

人は知らない「名山」
「貴女は本当に確信犯ですね」
「まったくだ。これでは俺たちまでが道化だ」
「そうですね。あのイレギュラーが、この「外史」を改変するためのお手伝いをした結果になっていますね」
「いいじゃないの。何が正義で、何が悪なんて「正史」でも決められない事よん」
「ほう、面白い見解ですね」
「だから、誰も、自分が後悔しないようにやっていくしかないでしょうん」
「だから、私たちが後悔するのは「正史」を改変された時です。貴女はそれを引き起こそうとしている」
「あらあら、殺気満々で物騒ね」

――― ――― ――― 

数瞬の沈黙。その中から愛紗が立ち上がり、まず桃香に膝をつき、そして北郷一刀に深々と礼をした。
「ご主人様。いえ「天の御遣い」様」
貴方さまが私どもの前に落ちて来られたのは、間ちがいなく、私どもの天命でした。
まさしく、“この”「天のお告げ」をお待ちしておりました。

同志たちが次々に、愛紗に続いた。

「みんな…」桃香は、ほとんど涙目になりながら仲間たちを見回すと、一刀の手を握り返した。
「これからも一緒ですね。“私たち”がどうなっても、いつまでも」

――― ――― ――― 

呉軍は出撃を急いだ。
先陣は、もちろん、降伏を偽装した祭の火攻船団。
その後方から、奇襲を覚(さと)られない程度に離れて、孫呉水軍の主力が追走する。
総帥である冥琳が陣頭に立ち、全軍での出撃である。
軍師や文官である穏や亞莎、あるいは魯粛たちのみを本営に残し、明命や瑪瑙etc.…ほとんどの武将が出陣する。
さらに主君である蓮華も思春らとともに、来援の要請に応えていた。

その出撃準備で大騒ぎ、あくまで対岸の魏軍に知られないように静かに大騒ぎの最中に、シャオが現れた。

・  ・  ・  ・  ・

「シャオを解放してあげて」そう桃香が言い出した。
「貴女は、孫呉の姫として、自分が後悔しないように選択すればいいのよ」
貴女のお姉さんに天下を取らせたくても、それは貴女にとっては当たり前の事なんだから。

・  ・  ・  ・  ・

「何と?この火攻めを利用して、曹操の首を横取りするつもりですと」
(…そのつもりなら、なぜ小蓮様を解放した?あの「伏竜鳳雛」が…)
何のウラがある?まさか、こちらがこの情報にあわてて、今さら作戦をやり直す事を狙って何かを企(たくら)んで?
いや、ならば、このまま押し切ってやる。このままでも、こちらが首を取れる好機はあるはずだ。

「疑(うたが)いの心は、見えない筈の幽霊を生み出す」
竜鳳の軍師はともかく、桃香や一刀は本当に「お人好し」なのだけど。

――― ――― ――― 

「ここは、呉軍の火攻が成功する事を前提として、追撃戦を実行します」
「追撃部隊の1番手は、星さんが指揮してください」
魏軍が火攻から抜け出した直後に、一撃を加えてください。
それで退却する敵軍のしんがりは粉砕できるはずです。
「承知」

「2番手は鈴々ちゃんです」
これだけ大規模な火攻が成功すれば、必ず雨が降ります。
夜が明け、その雨が上がった時、敗走する軍はどうしても休憩を取るでしょう。
その好機を狙えば、大打撃を与えられます。
「お任せなのだ―!」

「3番手ですが…」
「愛紗はダメだ」北郷一刀は初めて「伏竜鳳雛」の作戦に口を出した。
「愛紗は義理人情に厚く、強い者には強い分、弱い者には弱い」
ボロボロになって敗走して来た曹操に泣き付かれて「千里行」の時の義理を持ち出されたら、
愛紗だから弱い。

「何を情け無き事を。わが心底をお疑いなら……」
「誓約するからというなら、なおさらダメだ」
朱里たちは軍規にはきびしいんだぞ。愛紗を斬らなきゃならなくなるじゃないか……
…桃香に天下を取らせるためだ。ここは翠とかに譲(ゆず)ってくれないか?

「ご主人様?翠ちゃんは……」桃香ですら一刀の意図に気付いて、目を見張った。
「アタシなら、曹操に恨みこそあれ、義理はないからな」
「あわ…分かりました。翠さんと蒲公英ちゃんは、華容道に先回りしてください」
「はぅ…おそらく、曹操さんは江陵へ退却しようとするでしょう。そうなれば、この近くを通る可能性が高いです」
しかし、ここでは2本の道しかありません。
華容山を越える細道に崖崩(がけくず)れでも起こしておけば、その華容山と雲夢沢に挟(はさ)まれた1本道しかなくなります。

尚もスネる愛紗を、桃香と鈴々がなだめていた。
(…そうだ)「愛紗にも大事な役目を頼みたいんだが」
適当にごまかしてはいないよ。この作戦は、呉の火攻が成功する事を前提にしている。
呉の黄蓋にとって、成功した場合ですら危険な任務だ。
(「正史」の黄蓋も成功と引き換えに、自分は返り討ちに成りかけたしな)
その黄蓋の支援だよ。
「火攻が成功しなければ、追撃戦そのものが成立しないんだから」

やっと納得したようだった。

(…やってしまったな…)
「歴史」を本当に変えちまった。
劉備いや桃香に天下を取らせて、この「天の御遣い」はその後で、どう責任を取って行く事になるんだ。いったい?

「天の御遣い」が「天下」を取って、どう責任を取るのか?
その意味を思い知るのは、この戦いの後になる。

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果たして、この「歴史」は、いったい誰を次の「皇帝」に選ぶのでしょうか?

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の45『赤壁水火(前編)』~百勝して不覚あり~の予定です。



[8232] 講釈の45『赤壁水火(前編)』~百勝して不覚あり~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/31 11:30
実は「正史」だと、曹操や劉備は孫堅とほぼ同年代で、孫策や孫権、周瑜や孔明はその子供の世代でした。
当然、百戦して百勝してきたと形容できる曹操とは、経験値に大差があって当然だったのです。
この「事実」が「赤壁」での油断につながった可能性はあります。

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††恋姫無双演義††講釈の45『赤壁水火(前編)』~百勝して不覚あり~


「「降伏だ!降伏するぞ―!!」」そう叫びながら、接近してくる船団。
しかし、華琳やその側近が、そこまで油断し切っている訳も無い。
水陣に招き入れる前で「臨検」を行うように命令したのである。
ただ、水軍に直接命令は未だ出来ない。荊州水軍ごと降伏してきた蔡瑁・張允を通じての命令になったのだが、
危機感までは共有できていなかった。名も無い中級指揮官に「臨検」の実施を任せてしまったのだ。

その中級指揮官は、ぶつぶつ言いながらも「駆逐艦」級の汎用船をホンの数隻、
もっとも、大型の「主力艦」はどうせ動けなかったのだが、
それだけ率いて水陣の外に出た。そして、船団の先頭にいる大型の輸送船らしきものに接近したが、
停船を命じる寸前で、ほぼ同じ「駆逐艦」級の快速船に割り込まれた。
先にその「駆逐艦」に文句を付けようとした時、その舳先(へさき)に立ちふさがる美丈夫に気付いた。夜の闇を通して。
「げえ?!関羽」悲鳴を上げ終わる前に、青龍偃月刀が引き裂いていた。
「黄公覆どの!参られよ」愛紗の声がまるで導火線になったようにその船は――爆発した。

…  …  …  …  …  

1隻、また1隻と爆発炎上する大型船が、そのまま烏林の水陣へ突進して行く。
当然だが、祭は完全に風上を選んでいた。
無論、寸前に祭たちは脱出している。その無人となったまま突進するように、真艫(まとも)に風を帆に受けている。
その帆にまでも火炎は巻き込み始めたが、尚も突進する。

これに対して、水陣からは矢の雨と言うより、連弩の嵐と形容すべく反撃するが、
たとえ海栗のように矢を命中させても、こうなっては燃料を増やすだけだった。
やはり「苦肉の策」に気付くのが遅過ぎた。

ついに、水陣を形作る大型艦船に炎上船が衝突した。
そして、鉄鎖につながれたまま逃げようの無いままに、1隻、また1隻と順に延焼していく。

――― ――― ――― 

その惨状は、夜目であるだけに、陸上の本営にある楼閣上からも明々と見えた。
「してやられたわ」華琳は決断した。

――― ――― ――― 

炎上船から脱出した祭たちを収容し、同じ目的で追走してきたのだろう明命に引き渡して、
さて、愛紗は魏軍の側を振り返った。

すでに水陣の外側から、内部へ類焼しつつあり、火の粉は烏林の陸上まで飛び始めていた。
そして、闇の中から孫呉水軍の主力が迫り始めた。

――― ――― ――― 

烏林の陸上陣地を伝令と督戦が走り回り、病み上がりの兵たちを寝床から引きずり出して撤退を急がせる。

その間にも、水陣では延焼に類焼が続き、岸辺から陸上へも火炎は迫り続けた。

・  ・  ・  ・  ・

その火炎に呼応して上陸し、追撃戦に移るべく、
孫呉水軍の主力を把握した冥琳は「タイミング」を見切ろうとしていた。
その冥琳に対して、撤退を急ぐ魏軍の動揺は隠せなかった。
ついに冥琳は烏林への上陸と、総攻撃を命令した。

――― ――― ――― 

それでも、蔡瑁・張允は何とか消火するか、鎖を解いて船団を逃がすかするかしようとしていたが、
ついには、水陣の全体がほとんど1本の巨大な火柱と化してしまった。
荊州水軍の兵たちには水陣の外へ逃亡するか、焼死か溺死の3択を強制されるという事だった。
しかも、烏林の陸陣もすでに炎上しており、その上、孫呉の総攻撃が始まりだしていた。

…  …  …  …  …  

先陣を切って上陸した瑪瑙が、後続の上陸のために踏み止まっていると、
冥琳の主力を追い抜かんばかりに上陸して来た1軍があった。
拠点から駆けつけて来た、蓮華の援軍である。無論、蓮華は思春にしっかり護衛されていたが。

――― ――― ――― 

病み上がりが多い上に、撤退する背中から、火と煙と呉軍に追い立てられている魏軍の兵士たちにとっては、
もはや虐殺だった。溺死が選択に入っていないだけで、水陣の荊州水軍よりマシとはいえるものではない。

その兵士たちを見捨てている事は承知で、華琳と側近の乙女たちは撤退の先頭で逃げていた。
あの兵士たちの仇をとるためにも、自分だけは生き残らなければならない。

・  ・  ・  ・  ・

その華琳の後を追走する魏軍と、その魏軍に襲い掛かる呉軍の中で、愛紗は赤兎馬を駆けさせていた。
確かに竜鳳の言う通り、ボロボロの落ち武者になった曹操には情けをかけてしまうかもしれないが、
今、この戦いの中でなら話は別だ。そう考えて、呉軍に混じって上陸していたのだが、
乱戦の中で立ちふさがろうとする者がいた。

その相手の戦い方、馬の駆けさせ方に愛紗にも心当たりがあった。
「翠か蒲公英に似た流儀だな。では、龐徳か?」
確かに、翡玉だった。
「翠も蒲公英も蜀軍にいる。曹操に仕える理由はあるまい」
「それを承知でそれがしを信じてくださった、その恩義には報いねばならん」
「では、手加減は情けでは無い!」

だが、翠なら愛紗と互角に戦えただろうが、翡玉では翠のLVには達していなかった。
それに、涼州兵の強さは騎兵としての強さである。愛紗は赤兎馬に乗っていた。
結局、赤兎馬ごと体当たりされ、堤防から長江に叩き落されてしまった。
「翠や蒲公英に恨まれるまでもあるまい。それに、これで都合が良かったかもな」
曹操に情けをかける理由のない翠が、万一、ためらう場合があるとしたら、翡玉が出てきた時だったろう。

――― ――― ――― 

尚も火炎地獄の続く烏林を後に、ようやっと雲夢湿原の手前まで逃げて来た。
振り返るまでも無い。背後からの灯りが行く手の湿原を照らし、断末魔が聞こえてくる。

本来、情熱的な詩人の華琳だが、その感情を振り切るように愛馬「絶影」を進めようとしたが、
「“蜀”の「五虎大将」がうち、三の剣、趙雲子龍。見参―ん」
雑兵どもの鉄刀などは、正面衝突すれば折れる名剣「青釭」を抜き放ち、星が追いすがってきた。

「ここで蜀に首を取られたりはしないわ!」
星の出現に逆に勇気を駆り立てられたように、華琳は前方の雲夢湿原へ絶影を走らせた。

…  …  …  …  …  

烏林の岸辺を、陸上を焼き尽くさんばかりの猛火は、上昇気流を呼び、長江や雲夢湿原の水蒸気を巻き込んで、
今度は、夜空が落ちて来るばかりの大雨が降り注いだ。

・  ・  ・  ・  ・

その豪雨が湿原をさらに柔らかくし、道を水没させ、夜の闇を深くさせて、
いつもよりも尚、おそるべき「ダンジョン」に変えてしまい、
ようやく火炎と呉軍から逃走してきた魏兵を消失させていった。

…  …  …  …  …  

しかし、明けない夜も、やまない雨も無い。
雨上がりの夜明けを、華琳と側近たちはトボトボ進んでいた。
しかし、夜明けと雨上がりは華琳たちに安心をもたらすとともに、どうしても前進する気力をうばっていた。

ついに、湿原の中でやや開けた、乾いた場所で、休憩を取る事にした。
周辺は山林藪沢だから薪には困らない。焚き火を起こし雨に打たれた衣装を乾燥させる。
流石に乙女たちだから、その火に架けた衣装を周囲にめぐらせて幔幕(まんまく)のようにした。
何頭かの馬がつぶれてしまったため、解体して食事にした。
いつしか、まったりとくつろいでいたが、それに気付いた華琳は愕然(がくぜん)とした。

「孫子」(その七)「軍争篇」は、敵の気力をうばっておいて、勝て。と説く。
そのための数種類の手段を列記すらする。
まさしく、その状態にハマっている?!

「“蜀”の「五虎大将」がうち、二の矛、張飛益徳!曹操―ここまでなのだ―!!」

ショック死する兵が出ても当然だったろう。それほど最悪だった。
それでも華琳を逃がさなければならない。
絶影に飛び乗った華琳を側近たちが囲むようにして、鈴々から離れようとする。
その円陣から、1騎が飛び出した。霞だった。
続こうとする真桜を凪と沙和が引き止める。今は華琳を逃がす事が優先だ。

「何だ?愛紗のマネか―」
なるほど、霞の得物は愛紗と同じ青龍偃月刀だが、
「愛紗より弱いのだ」
たとえ、霞が「ベスト」の状態でも、鈴々や愛紗以上のLVとなれば恋ぐらいだろう。
しかも「ベスト」どころか、元々が文官の桂花や稟、風たちなどは絶影に付いて行くだけで力一杯の有様だ。
霞だって消耗していないはずが無い。そんな状態で鈴々と戦うこと自体、自殺行為だとは承知の上だった。
それでも、華琳を逃がす時間をつくろうと、防戦優先で引き延ばしていた。

「面倒なのだ―。曹操が逃げるのだ―」
一丈八尺(4m40cm)の長さ一杯に蛇矛を振り回して、霞を追い払おうとしたが、
その手元に「飛翔体」が飛び込んで来た。
蛇矛を逆に振り直して「飛翔体」を打ち落とす。
「身を張って、華琳様を逃がすのは、この“悪来”の役目だ!!」
“デンジヨーヨー”を巻き戻して、再び、流琉が投げ付ける。

“ヨーヨー”の特長は、刀や矛よりも射程が長く、巻き戻しては投げられる事。
その長射程からの連続攻撃に対して鈴々は、飛んで来る度に打ち落としては突撃して行く。
ついに、蛇矛の有効範囲にとらえた、その寸前で今度は、流琉を支援するように矢が飛んで来た。

元々、草原の民である涼州兵は、騎兵だけでなく弓兵としても優秀だ。
恋の「方天画戟」とか、霞の偃月刀が目立っていても。
霞の狙いは正確だ。少なくとも、鈴々自身よりも的の大きい馬を倒せるぐらいには。
ただし、乗っている鈴々に矢を切り落とされなければ。
その間に、今度は流琉が“ヨーヨー”の射程一杯まで後退した。

――― ――― ――― 

道はふさがっていた。ものの見事とすら言って良い崖崩れで。
たとえ、疲れた兵を死なせるつもりで工事を命じても、開通する前に敵が追い付いて来るだろう。
したがって、華容山を越えるこの道は使用できない。

――― ――― ――― 

霞と流琉は交互に「援護射撃」しつつ、逐次、距離をとって、とうとう鈴々から逃げ切った。

「なんちゅうこった。うちら2人で逃げるのが精一杯やなんて」
状態が「ベスト」でなかったという、弁解は成立するにせよ。
「長坂で“1騎打ち”を華琳様が止めた訳やな」
あんな右にも左にもかわせん、2人がかりなんて論外な橋の上で。ゾッとせんわ。

流琉も同意見だったが、華琳を追走する事が優先だった。

・  ・  ・  ・  ・

その主君が、道が2つに分かれている場所まで引き返して来た。
事情を聞けば唖然とする。まさか?

通れる道は、華容山のふもとを通る、もう片側は雲夢湿原になっている一本道。
それしか残っていない。
相手が周瑜や竜鳳たちでは、誘い込まれたかもしれない。

しかも、グダグダ説明するまでもなくボロボロの状態。
「ここで、関羽とかでも出て来たら、泣き付いて許してもらうしかないわね」
それでも、この華容道さえ抜けてしまえば、まだ戦える。いや、大国になった魏の優位に戻る。
「この曹操孟徳が覇道、まだ終わってはいないわ」

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とうとう、この「外史」が「正史」から動いていく、その時になってしまったようです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の46『赤壁水火(後編)』~華容道に夢見果てたり~の予定です。



[8232] 講釈の46『赤壁水火(後編)』~華容道に夢見果てたり~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/31 23:51
ここまでは、原典「三国志演義」の後を追走しながら書いて来れましたが、ここからは「正史」を離れて行きます。
その「外史」を書き切れるかどうか、未熟で無謀な作者に対して、どうか、温かく接していただけるようお願いします。

――― ――― ――― 

「前ふり」以来、何回か提示してきましたが、
後漢帝国の人口は“5000万余人”と記録されるのに対し、“正史”の三国を合計しても、“約500万”とも推定されます。
この“人口5000万”を回復するのは、天下太平を実現した唐帝国においてでした。

百のイデオロギーよりも、この数値によってこそ、1人の皇帝によって統一された『中華帝国』は正当化されるべきでしょう。

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††恋姫無双演義††講釈の46『赤壁水火(後編)』~華容道に夢見果てたり~


焼け残りがくすぶる、烏林の「元」魏軍本営。
占領した呉軍が勝利の儀式を行っていた。

荊州軍から投降した蔡瑁・張允の首はあったが、曹操を始めとする魏軍の主だった者の首が無かった。
趙雲に追われて雲夢大沢(うんぼうだいたく)に逃げ込んだ、までは確認できていた。
「逃げ延びたか?蜀軍の手にかかったか」
冥琳に取って、それが次の戦略に直結していた。すでに、彼女はこの勝利の先を見ていた。
「天下は渡さない、蓮華様以外には。断金の誓いにかけて。そうだろう…雪連」

――― ――― ――― 

華容道を進む華琳たちの、片側の華容山の所々から、これ見よがしの様に狼煙(のろし)が上がっていた。
黙々として、そしてトボトボと進む華琳たちに次第に近付いて来る。
そしてついに、斜面を駆け降りて来た1隊が華琳たちのやや後方に、
それは華容山の地形と、華容道の曲がり具合とのホンの気まぐれだったが、
少し離れた後方に降り立った。

他の場所よりは逃げる機会があるにしろ、それが大きいとも思えない。先頭を切って迫る錦の1騎を見れば。
「ここで馬超を出すとは、本気で殺す気ね」これでも心の折れないのは、華琳だからだろう。
尚も生存と勝利に向って、愛馬「絶影」を進めようとする主君を見上げて、
ニッコリ笑って沙和がその場に座り込んだ。

「何だか~おバカになったみたいなのぉ~。だけど~おバカが1人必要みたいなのぉ~」
他の誰かが何かを言う前に、凪と真桜が沙和の左右に座り込んだ。
華琳が何か言う前に稟が言い切った。息も絶え絶えにも関わらず。
「華琳様は生き延びる義務がお有りです。彼女たちのためにも」
「……。…ありがとう、稟」
沙和、凪、真桜。私は、貴女たちの死後に、忠誠をたたえる詩なんかは歌いたくないわ。
絶対に、生きて帰って来るのよ。

そこまで言うと、絶影の馬首をめぐらせた。側近たちも後を追う。
春蘭などは「加勢を」と言いかけたが、
「華琳様の護衛が必要でっしゃろ」
「無用。いや、予備の剣とかが、あると助かる」
春蘭たちは、腰の剣を抜いて3人の手が届くところに突き刺すと、華琳を追っていった。

「おいおい。見せ付けてくれるじゃないか。曹操どものくせによ」翠にすら、そう言わせていた。

・  ・  ・  ・  ・

やっとのことで、華容道を抜けて、少し開けた湿原よりは地面のしっかりした場所が近付いてきたが、
そこには「劉」と「十」の旗を立て、“八陣図”で布陣した蜀軍が待ちかまえていた。

「是非に及ばず、ね」ついに華琳ですら、そう言った。
いや、華琳だからこそ理解できた。
たとえ「五虎大将」の大半を分散させていても、こちらはいつもの「武」を発揮できる状態のものなどいない。
残る武将、軍師をそろえて、“八陣図”のようなすきも無い陣形で待ち受けられては、もはや奇跡の起こしようもない。

華琳には、あの「お人好し」たちが次にしそうな事まで、予想がついていた。

――― ――― ――― 

「速やかに江陵へ進軍すべきです」冥琳は断言していた。
「曹操を追い払った事に満足するだけならば、遅かれ早かれ、また同じ事になるでしょう」
わが孫呉と、曹魏と蜀に三分された天下を争う、この荊州の地を、
わが孫呉が、天下を取るための、足がかりとして初めて勝利なのです。
したがって、まず最初に確保すべき拠点が江陵なのは明白です。
「しかも、現在、曹操は江陵を目指しており、ここを反撃の足がかりにするつもりでしょう」

――― ――― ――― 

桃香と北郷一刀は、陣頭に進み出た。

「今さら、何を言うつもりなの」華琳の方からの切り出しに対して、桃香は答えた。
「私たちには、もう戦う理由はありません」

・  ・  ・  ・  ・

前夜、蜀軍とて、眠ってはいなかった。
桃香と一刀を盛り立てる蜀軍の主力は、この地点への移動と“八陣図”の布陣に1夜を消費していた。

その間も、桃香と一刀は語り合っていた。
この乱世に理想を掲(かか)げてここまで戦ってきた、心優しき「義」の英雄。
そして、その「彼女」と“パートナー”となった、もう1つの「この時代」を知る「天の御遣い」と。
そう、どれほどの英知に恵まれた軍師でも、忠誠あふれる部下でも決して他人に影響されてはならない、
ただ“パートナー”であるお互いのみが語り合う事の出来る、戦う理由。その根幹。


…  …  …  …  …  

その上で、いま最大の敵である、曹操に対していた。

・  ・  ・  ・  ・

「私たちには、もう戦う理由はありません」桃香は言い切った。
「貴女も私たちも、同じ理想のために戦って来たのではありませんか?」
力の無い人たちが笑顔で暮らせる国をつくりたい。ただ、それだけで。
その私たちがお互いに戦って、これ以上、人々を戦の犠牲にする必要などありません。
「もう、やめましょう。そして、協力してください」

そうだったかもしれない。
ただ、1人は、自分だけの力では理想に届かない事を知りつつも、自分に出来る限りの事をしようとし、
そして、同志たちと、その同じ理想を追いかける事が出来た。
もう1人は、自分の力を信じ、後に続くものたちの陣頭に立って戦って来た。
ただ、それだけが異なっていたのだろうか。

「貴女の科白は、まるっきりのハズレでもないでしょうね」
でも、だからこそ、同じ理想のために戦っていたからこそ、決着はつけるしか無かったのよ。
所詮、天下は1つしかない。天下を三分しても、その3つが互いに争うしかないわ。
天下を三分する、その中のただ1つが他の2つを倒し、喰い尽くして始めて、
貴女の言う、同じかも知れなかった理想が実現できるのよ。
だから劉備。貴女が、この曹操孟徳と同じ理想のために戦うというなら、ここでこの首を取りなさい。
「そして、魏も呉も喰い尽くして、ただ1つになった天下で、貴女と私の理想を実現するのよ」

逆に決断を迫られる形になって、桃香は一刀に寄り添った。
そう、彼女には決断を共にする“パートナー”がいた。

華琳もそれを見止めた。
「貴方たちは、2人で戦って来たのね」
すこしだけ、一刀が勘違いしたかもしれない。
「俺は少しだけ、他のみんなが知らない事を知っていただけだ。それに、曹操にだって……」
「そうね。「天の御遣い」。私は使い切れなかったみたいだけど」
一瞬だけ、桃香も一刀を見詰めてしまった。

「俺たちは、ただ「知っていた」だけだよ」
この時代は最悪の場合、桃香いや劉備も、曹操も、孫権すら地上にいなくなっても乱世が終わらない。
その時には、それこそ最悪なら、曹操は後漢の官僚だったから知っていただろうけど、人口5000万もいたのが、
三国を合わせても500万ぐらいにまでなってしまう。
俺たちはそんな最悪の結果を「知っていた」から、
その前にこの「時代」を終わらせたくて、俺達が「知っている事」をみんなに伝えて来た。
「ただ、それだけだよ」

俺「たち」という所に、ツッコミを入れたい者もいただろう。
だか、それ以上に生々しい数値が、初めて明らかにされた。
一刀も、桃香や蜀の同志たちにも、ここまで生々しく数で告げてはいなかったし、華琳も弟から聞いていなかった。

その生々しさを、当の「天の御遣い」以外は「天」から見下ろすものと、受け取った。
そうかもしれない。まさしく「後世の歴史」というものは、見下ろす視点と傲慢(ごうまん)さを持ちかねない。

一刀は、桃香が自分の腕を抱き締めているのに気付いた。
「ごめん、桃香。もう、阿斗だっているのに」
俺はもう、2度と桃香や阿斗やみんなを「天」から見下ろしたりしない。
おそらく「天の国」に帰る事も無い。
「ずっと、一緒だよ」

その2人を見詰めるうちに、華琳の表情には、側近の乙女たちですら見慣れないような微笑が浮かんでいた。
「この首を取る以外の、決着のつけ方があったわね」
華琳は絶影から地面に降り立ち、腰から剣を足元に落とした。
「華琳。私の真名よ」
この行動と、自ら「真名」を名乗ることの意味は、その場で理解するだけなら簡単だ。
実際、華琳の背中で、春蘭や桂花などは一瞬、驚愕し、次いで号泣してしまった。

その次には硬直してしまった。華琳の一言に。
「私が女で都合が良かったわね。首以外にうばえる“もの”があって」

瞬間、一刀は桃香の胸に埋まってしまった。
「妹」や同志たちには後宮の国の王族らしい態度だったのが、初めての反応だった。
もっとも、そのおかげで一刀は硬直せずにすみ、そのおかげで命を捨てずにすんだ者がいた。
「と、桃香。そ、曹操がああしているなら、もう停戦するべきだろう」
「え?あ?!そうですね!す、翠ちゃ―ん!!」
普段のおっとり振りからは、意外な程の大声が華琳たちの頭上を飛び越えて行った。

結果「3人娘」は「生還せよ」との、華琳との約束だけは守れた。

――― ――― ――― 

赤壁と烏林から、再び進撃する孫呉軍。
長江をさかのぼり、水上から江陵にせまったが、江陵城の上にかかげられた旗は意外なものだった。

「劉」に「十」。
それを視認した冥琳は、旗艦に同乗していた蓮華というより、その横のシャオに向けて、思わず主筋には無礼な程の、
つまり、思わずシャオが姉の後ろに隠れる程の、視線を向けてしまった。

「こ、これはご無礼を。小蓮様を疑ったりなどいたしません。きゃつらは、小蓮様まで引っ掛けたのです」
蜀軍は曹操の首さえ後回しにして、江陵を占領した。シャオには「にせもの」の情報を持ち帰らせて置いて。
この早業はそうとしか解釈できない。

しかし、想像のななめ上を飛び去る現実というものは、存在するものである。たとえ、悪夢だと信じたくとも。

…  …  …  …  …  

事態を把握するとともに、抗議するべきは抗議するため、蓮華の名で使者に出したシャオと諸葛子瑜と魯粛。
最悪、この面々だと、劉備にたぶらかされるとか、竜鳳にあしらわれるとかの危険はあった。
蓮華を裏切る心配などはしていなかったが。
しかし、他の面子では、最悪ケンカになりかねなかった。

結局、シャオは戻って来なかった。
そして、魯粛と子瑜が報告した“事実”。それは冥琳を憤慨の余り、気絶させる代物だった。

曹操以下、魏軍の主要な面々のほとんどが、蜀の「人質」になってしまった。
そのため、江陵ばかりか、襄陽や許昌にまで降伏勧告の急使がすでに出発している。

「うそだ!うそだ―っ!!ありえない。この孫呉が曹操に降伏する以上にありえない」
これが現実なら、天よ。なぜ、この周瑜公瑾と同時に生まれさせた?あの蜀の……

そこまでだった。冥琳は旗艦の甲板に倒れていた。

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クライマックスのはずなのに、シリアスに成り切れなかったかもしれません。
しかし、それが「恋姫」の良いところと、考えてもみたいです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の47『華林酔夢』~後宮の小ばなし(その1)~の予定です。



[8232] 閑話『翡翠めぐり会い』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/05/31 23:51
龐徳(真名翡玉)はやっとのことで、長江から這い上がった。
だが、自軍の陣地は、すでに地上も水上の船団も区別できないまでに炎上していた。

先刻の関羽も、見覚えの無い訳でもない翡玉に気付くまで、何合か撃ち合った程の乱戦なのだ。
その何合かの間に首を取られなかっただけでも、好運だったのだろうか?
だが、あの乱戦にもう1度飛び込んでも、主君に追い付ける希望は少ない。
現在の主君である曹孟徳に報いる恩義がまだあるなら……

・  ・  ・  ・  ・

翡玉を突き落とした蜀の将はと言えば、もはや魏軍を虐殺する呉軍を手伝うまでも無いとばかり、
自慢の「汗血馬」の馬首を返した。

――― ――― ――― 

蜀軍の今回の基本戦術は、呉軍の火攻から逃れる曹魏軍の追撃である。
だが、近未来の戦略としては、勝利を得たら得たで、その勝利の分け前の奪い合いになるのは見えていた。
その最初の奪い合いになるのは、まず間ちがい無く荊州江陵。

したがって、追撃戦の後は、江陵城の包囲戦に移行しつつ再集結する。
孫呉軍と並んで、長江南岸の「赤壁」に布陣していた本営も、そのつもりで出撃時に引き払っていた。

…  …  …  …  …  

竜鳳の軍師をしても、想像のななめ上を飛び去る現実というものがあり得るらしい。
愛紗が合流した時、江陵を包囲している筈の味方は、すでに入城していた。
城内に入った愛紗は、帳(とばり)越しに報告を行った。

・  ・  ・  ・  ・

ここ江陵が「旧」劉表軍の「水軍基地」だった時から、
おそらくは荊州の「小皇帝」だった劉表のために設けられていたであろう、城奥の最も上等の部屋。
4面に帳がめぐらされた豪華な寝台。

その帳の中に、主君たちである北郷一刀と桃香、そして曹操いや、いまや真名で呼ぶべきだろう華琳とともに、
3人で引きこもっていた。
その状態で、愛紗たちの報告を受けるというその事が、今回は、そのまま勝利を意味していた。

…  …  …  …  …  

複雑きわまる内心を、複雑きわまる態度と表情に表した愛紗が、
他の文官・武将の、たまっている場所まで下がってくると、
その中に翠と蒲公英を見つける事が出来た。

「そうか。翡玉がいたか」
「翡玉姉さまの事だから、呉軍の小船を1艘ぶん取って、魏軍へ帰ろうと位はするよ」

――― ――― ――― 

蒲公英の予想の通りの行動を取った翡玉だったが、
やはりと言うか、江陵の近くまで来てみると、周辺の岸辺には、孫呉水軍が進軍して来ていた。
その水軍のスキにつけ込んで上陸し、
おそらくは江陵城を包囲しているであろう、呉軍か蜀軍のスキにつけ込んで入城する。
そのスキをうかがっている間に、突然、孫呉水軍の統制が乱れ始めた。

(…好機…)
まさか、孫呉水軍の総帥が憤慨のあまりに気絶した、とまでは想像し切れないまま、
敵の混乱につけ込んで上陸した翡玉だったが、なぜか包囲している筈の敵軍に会う事も無く、入城できた。

…  …  …  …  …  

奇妙に違和感のある城内で、奇妙にしょんぼりした沙和に出くわした。
「于文則どの。貴女がご無事ということは、丞相もおいでなのであろう。ご無事にちがいなかろう」

連れて行かれた帳の前で、翡玉は放心する思いだった。

いや、実際に記憶が途切れていた。次の記憶では、蒲公英に介抱されていた。
「翡玉姉さま。お久し振り」

………。

……。

…草原が懐かしい。
現在、翠と蒲公英、そして翡玉の前方には、見慣れた涼州の草原が地平まで続いていた。

「3人そろって、涼州の草原に戻って来れるとはな……」
あの大会戦の直前には、むしろ想像のななめ上だった現状。
しかし「現状」では「旧」魏陣営から続いて、涼州に隣り合う「旧都」長安を守護する鍾元常の援軍に来ている。

――― ――― ――― 

涼州軍閥の生き残りである韓遂は、日本戦国における松永久秀とか、宇喜多直家の前世であっても有り得るぐらい、
したたかな反逆者である。

その韓遂にとって、これまでの状勢は、決して不満足でもなかった。

他の涼州軍閥である「旧」董卓軍も「旧」馬家軍も、曹魏軍などの中原の軍に敗れた。
その曹魏軍が「赤壁」で不覚を取った。
涼州を取る好機の筈だった。韓遂にしてみれば。

…  …  …  …  …  

ところが、長安を守護する鍾元常の立場は、そのまま動揺せず、したがってつけ込むスキが無かった。
おまけに、その鍾元常の援軍として、馬超に馬岱に龐徳までそろって来ている。
計算ちがいどころか、想像のななめ上を飛び去っていた。

結果として、韓遂は「羌」(ラマ仏教が伝来する以前のチベット系部族と推定されている)に亡命してしまった。

………。

……。

…玉門関。万里の長城の西の端であり、後漢帝国の西北の角。
この関門を預かる「郡太守格」としての駐屯は、翡玉の出身からすれば「故郷に錦」だった。

だが、翠と蒲公英は、名残惜しそうだった。
姉妹はこれから、基本的には帝都洛陽の「北宮」で生活する事になる。
しかし、翡玉は笑顔で見送った。これが今生の別れでもない。
現在での洛陽と玉門間との「距離」よりも、赤壁と烏林をへだてていた長江の幅の方が遠かった。
あの時の、お互いの立場では。
現在は、実測値としての距離がへだてるだけだった。

そう「天の御遣い」たちだけは知っていた。
「正史」における龐徳の「悲劇」からすれば、これは「ハッピーエンド」なのだと。



[8232] 講釈の47『華林酔夢』~後宮の小ばなし(その1)~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/01 23:30
万能の天才と言うべき曹操は戦争、政治、文学のほかにも酒造方式の「マニュアル」まで後世に残しました。
若き日、“黄巾の乱”以前の県令時代に皇帝に献上した『九蒕春酒法』と呼ばれる酒造「マニュアル」は、
現在の日本酒における「段掛け方式」という醸造法にまで、受け継がれているとも言われます。

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††恋姫無双演義††講釈の47『華林酔夢』~後宮の小ばなし(その1)~


病室に入ってきた北郷一刀の姿を見て、曹仲徳はいかにもぶり返しそうな表情をした。無理も無い。
片手に桃香が抱き付いているのは見慣れていないわけでもないが、もう片手には姉である華琳がぶら下がっている。
現世は華琳の弟で、前世は一刀同様に、一夫一妻が常識の「天の国」での普通の青年だった仲徳だから、
これでは、ぶり返したくもなりそうな光景だ。

「これでは、曹魏軍も抵抗の気力が無くなりそうだな。流石に奇策を思い付いた、と言うべきか」
「先輩、これはですね」
「分かっているさ。いや、そのつもりだったんだがな」
北郷ならばな。劉備みたいな可愛い素直な娘と子供までつくったら、他の女に手を出すとも思わなかったんだがな。

「それは「天の国」での話でしょう。向こうには「後宮」とかは、無いそうね。」
「姉さんには、何時までも驚かされるよ」
むしろ、今までの姉さんからは考えられないな。春蘭や桂花たちは大号泣しただろう。

「あら、私は美しい女の子“も”好きだけど、地上の男全部がブ男だとも考えていなかったわよ」
私とともに覇道を歩む価値の無い男は、ブ男だと考えていただけ。
コイツは「天」から落ちて来た時よりは、けっこう成長していたわ。
劉備が筵(むしろ)織りの小娘から成長するのに合わせてね。
でも、私のところに落ちて来て、私ともに成長させていなかったのが残念かしら。
「仲徳は、どうしても弟だしね」

桃香がめずらしく、後宮のある国の王族であれば、はしたないと教育されるような河豚になっていた。

…  …  …  …  …  

こうした話は、さておいて、
“三国”の英雄となれば、やはりヤボな用件といったものもある。

現在、この許昌には皇帝がいる。
その皇帝の命令という形式で、以下の布告が発せられた。
「益州州牧、劉玄徳に対し、丞相、曹孟徳の職務代行を命ずる」
「丞相府に代わって、旧都洛陽の「北宮」を貸与する」

・  ・  ・  ・  ・

曹操の首をはねる、あるいは免職として新たに劉備を丞相にするよりも、間ちがい無く「スムーズ」に、
丞相、曹操の元で整備された官僚「システム」を、新しい主宰者の元に委譲できる便法だった。
しかも、当人が「北宮」にとらわれていれば。

――― ――― ――― 

後漢の「帝都」だった洛陽には「皇宮」と呼ぶべき宮殿が2つあった。
主に「後宮」としての機能を受け持つ「北宮」と、
それ以外の「官邸」と「公邸」の機能を持つ「南宮」の2つの宮殿が、
直接に隣り合う事も無く、城内に並存していた。

それは、建前では「南宮」をその場とすべき国政が、いつしか「北宮」に移動していた、
後漢帝国の歴史を象徴するのかもしれない。

――― ――― ――― 

この場合「北宮」が「後宮」として周知であった事。これが政略上、大きい。

どういう方法で「蜀」が「魏」を飲み込み、その「王国」を一気に拡大したか、それを認識させる効果があった

…  …  …  …  …  

かつての「北宮」は、十常時と大将軍何進が共倒れした場であり、そのさいに火災にあっており、
その後、少年皇帝が自らの後宮を持つ前に、許昌へと移動していた。
さらに、洛陽自体が「帝都」では無くなっていたため、荒れていても不思議の無い「北宮」だったが、
しかし「後宮」である事の価値を、意外な「プロセス」から取り戻したのである。

――― ――― ――― 

そして、後漢が統一帝国だった時の「帝都」だった洛陽には、それだけの地理的、交通的な有利がある。
“董卓の乱”のさいの戦災を免れたこともあって、都市機能や「インフラ」は温存されており、
現在は許昌にうばわれている繁栄を取り戻すことも可能だろう。

結局、許昌は予州潁川郡の、地方軍閥の拠点だった。
今や、江東の「呉」といくつかの弱小軍閥を除いて、ほぼ全国を接収しようとしている、
広域政権にとっては洛陽を無視できなかった。

――― ――― ――― 

残る問題は、当面、許昌に皇帝を置き去りにする形になる事。
だが今は、洛陽と許昌の距離などよりは、はるかに広い勢力圏を接収しようとしていた。

・  ・  ・  ・  ・

「上手く考えたものだな。しかし、上手過ぎる」
しかし、竜鳳の軍師の考えでは上手く考え過ぎているからこそ、
これを言い出した曹操、いや華琳の降伏は本気だと考えていた。
それほど、竜鳳をしてもウラは見抜けず、どこまでも都合が良かった。

「愛紗は焼き餅なのだ」
「妹」に言われるまでも無く、自覚できている。
「鈴々は、悔しくないのか」
「鈴々だって、焼いているのだ」
これまで「天の御遣い」の寵愛(ちょうあい)を受けて来たのは、一刀とともに桃香を主君とする蜀の同志たちだった。

これからは、おそらく華琳が、桃香に次ぐ「第2妃」となるだろう。どうしても複雑な感情があった。
それでも、一刀や桃香とともに追いかけて来た理想に向って、天下が収束しつつある。
理性では、それは理解できていた。

――― ――― ――― 

流石は後漢帝国の、しかも後宮に権力が移っていた、その後宮である。
規模自体の大きさから、修復は大規模になるが、
しかし、全体の規模相当の修復で、洛陽の「北宮」は後宮としての機能を取り戻しそうだった。
その修復工事が、あわただしく実施されるのと平行して、
「旧」曹魏勢力圏の接収のための、各部隊が出立して行った。

執金吾として許昌を守備していた曹仲徳が、無抵抗で開城した結果、
この先の接収は軍事行動ではなく、行政手続きのはずだった。少なくとも建前では。

接収に当たる各部隊の人事は「旧」蜀と「旧」魏の出身が、適当に混成されていた。
華琳1人、洛陽の「北宮」で「天の御遣い」に抱かれていれば、これで良いはずだった

・  ・  ・  ・  ・

“董卓の乱”のあと、月や詠は「メイド」であり続けて来た。
同様に「北宮」に入った後の華琳も、基本的に政務からは遠ざかっていたが、彼女が退屈などしている訳も無い。
修復中の「北宮」で、土蔵を確保すると『九蒕春酒法』の実験を始めていた。

…  …  …  …  …  

その酒蔵の中。居るのは華琳本人に、
護衛役であるとともに、華琳が「食」に関係した何かを始めると、試食係をつとめる流琉、
そして、同僚たちが「接収」に立ち会うために出立した後も、華琳の側を離れない桂花の3人。

その桂花は、今だに「主君」の境遇に憤慨し、
北郷一刀に対しての罵詈雑言、
およそ百合百合な少女が「男」に対して思い付く限りの、罵詈雑言を並べ立て続けていたが、
華琳の方はといえば「利き酒」の合間に、即興詩を歌っていた。

流石「魏武」の名を残す天才詩人でもある。流琉や桂花を感動させていたが、
内容が、まるでカナリアが人語で歌っているような恋歌だったのに、また落涙する桂花だった。

…  …  …  …  …  

落涙しつつ、尚も一刀を罵(ののし)っていたが、とばっちりが桃香にまで飛び始めた。
「大体、あんな無能者に「覇王」たる華琳様が…」
「“覇王”ね。そう名乗って「劉氏」の「無能者」を追い回していたのが、昔も居たわね」

・  ・  ・  ・  ・

中華の歴史上、おそらくは最強かも知れない。もしも同時代に恋や愛紗が居て、赤兎馬に乗って挑戦しても、
おそらくは、あの「最強の覇王」だけは「別物」だ。
その「最強の覇王」と百戦すれば、百回、逃走した田舎侠客あがりの“無能者”。
中年ないしは初老のころまで、地方のケチな侠客でしかなかった、その「無能者」には、
おそらくは、個人としての魅力しか無かっただろう。
だが、その魅力に引き寄せられた侠客の弟分や、敵からも寝返らせた部下たちに盛り立てられて、
最後の勝者となった。
ついに、皇帝にまで成り上がった、その祝いの席で自ら語ったと伝えられる。

有能か無能かならば、張良、蕭何、韓信と名指しした部下たちに自分は及ばない。と。

張良などは、華琳自身が桂花という軍師を得たとき、その例えにしたほどの名軍師。

その傑出した、自分より有能な部下たちを使いこなして、天下を取った。と。

前漢の初代皇帝、劉邦の事跡である。

・  ・  ・  ・  ・

「桃香(すでに、そう呼んでいる)は、劉邦の子孫だと、今は信じたくもなったりするわ」
最初はね、なんで、あんな無能者に愛紗や朱里がバカみたいに付いて行くのか、それが憎くすらなったわ。
でもね。例えば、私自身が絶影より早く走る必要があったかしら。あの名馬を乗りこなすために。
魅力だけの無能者は英雄になれないなら、“漢”王朝自体が無かったでしょうね。

桂花の頭が悪いはずは無い。華琳の言いたい事は理解できる。しかし、納得できるかは感情の問題でもある。
すっかり考え込んでしまった。

その「忠臣」を黙殺するように、華琳は再び、“恋”を歌いつつ酒を仕込んでいた。
そう、華琳は自分が恋をしていることを自覚し始め、そして、そんな自分を面白がり始めていた。
その「面白さ」を、酒とともに歌っていた。

――― ――― ――― 

北郷一刀と曹仲徳の会話。
「曹操、つまり「魏武」に“恋歌”が無いはずないですね。あれだけ情熱的な、天才詩人に」
「ああ、後世に伝わらなかっただけさ。俺はいくつかは、聞いているよ」
「どうせ、これからいくらでも、聞かされる気がします」
「楽しみにしているんだな。“お義兄さん”」

――― ――― ――― 

華琳は歌っていた。酒を歌い、恋を歌う。
それもまた曹操孟徳だった。“覇王”であると同時に。

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「後宮の小ばなし」と題しながら、色気の無い話に成ってしまったかもしれません。
それでも「恋姫」世界での“三国志演義”を、何とかつじつまが合うまで書いてしまうつもりです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の48『倭人之条』~名家は出戻りする~の予定です。



[8232] 講釈の48『倭人之条』~名家は出戻りする~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/01 23:43
『魏志倭人伝』
正式な名称は「正史」三国志の中の、魏書・東夷伝・倭人条。
日本史が神話の形で伝えられている時代でもある「三国」時代のころの、
おそらく日本について、第3者の視点で記述されている、と評価されています。

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††恋姫無双演義††講釈の48『倭人之条』~名家は出戻りする~


「あれが碣石(けっせき)山だ」
幽州の出身で各地を旅した星は、この名山を初めて見るわけではない。
その星と風と3人で見聞の旅を続けていた稟は、しかし、碣石山を見るのは初めてだった。
風は見ている。その時には、稟は黄河に近い魏城で療養していた。
そして、風とともに碣石山を見た「詩人」の歌った「歩出夏門行」を、星がメンマを片手に口ずさむと、
稟と風に睨(にら)まれた。

その時、風は物見遊山で旅していたのではない。華琳に従軍して、袁紹勢力の残党を追って遠征していた。

この周辺までが、その時、曹魏軍が平定した勢力圏であり、
現在の星は蜀の「五虎大将」の1人として、その勢力圏の接収に来たのであり、
稟と風は「旧」魏から接収に立ち会いに来たのである。

・  ・  ・  ・  ・

ここから先は、遼東公孫氏という地方軍閥の勢力圏になっている。
前回の華琳は遼東までは深入りと考えて、そう進言したのは稟でもあったが、遼東の手前で引き返した。
今回の星たちはどうするか?洛陽の「主君」の決断を仰ぐ間、待機していたのである。

――― ――― ――― 

洛陽「北宮」
「なあ?華琳はこれでいいと思うかい」
「今の時点で、私が余計な口出しをしたら、その方がややこしくなるわよ」
確かにその通りではある。その意味では、微妙な時期ではあった。
結局、竜鳳の軍師にも相談して、最後は北郷一刀と桃香の2人で決断した。

「華琳さんはいいですね。小さくて」華琳は一刀の膝に乗っていた。
そんな事を言う桃香は、一刀に寄り添って微笑んでいた。

――― ――― ――― 

基本。遼東よりも、長城に注意せよ。

前回の華琳も決断の根拠にした、基本条件は変化するものではなかった。
具体的な処置としては、白蓮が幽州州牧に任命されて返り咲いた。

・  ・  ・  ・  ・

「白馬長史」公孫賛の手強さは、遼東公孫も、長城の向こう側の騎馬の民も経験済みだ。
その強敵を、袁紹が滅ぼしてくれたとも言える。
華琳に追われた袁姉妹が遼東に逃げ込んだのも、そこを恩着せがましく振る舞っての事だった。
その白蓮が、袁紹よりも、曹操よりも巨大化した政権の後ろ盾で復帰すれば、抑止力には成る筈だった。

…  …  …  …  …  

結果としては、成り過ぎてしまった。
脅威を感じ過ぎた遼東公孫氏は(現代ならば中国・ロシア国境あたりのウスリー地方の)あたりの、
森林の狩猟民族を引き込んで幽州を襲撃させる、という暴挙に出た。

・  ・  ・  ・  ・

これで、手を焼く辺境とでも思ってくれれば、手を引いてくれるとでも思ったか。
しかし、白蓮に加えて星、稟、風がそろっていては、地方の弱小軍閥には自殺行為だった。
たちまち、拠点の襄平城に追い込まれていた。

――― ――― ――― 

「こうなると計算していたの?」
「はわわ…過大評価ですう」「あうぅ…可能性があるとは思っていましたけどぉ」
しかし、また1つ、竜鳳の軍師の伝説が後世に残った。

――― ――― ――― 

襄平を包囲中の白蓮たちの陣に、倭国からの使節が出くわした。
倭国などの「東夷」にとっては「窓口」になっている「中国」は遼東だったのだから、突発事態とも言い切れない。
むしろ、倭国側が上手な「タイミング」で来たというべきだろう。

稟と風が、洛陽に倭の使節を連れて行くべきだと進め、星も同意して説得した。
これからは、白蓮が、幽州州牧として「窓口」になるのだから。

――― ――― ――― 

現在の、あるいは当面の人事は、原則として「旧」蜀と「旧」魏の出身を適当に混成していたが、
権力の移動を認識させるためには、ゆずってもらう必要のある「ポスト」はあった。

たとえば「帝都」と皇帝を警備し、かつ見た目も華やかに権力を見せ付ける執金吾を、
曹操の弟にそのまま続けさせる事は出来ない。洛陽と許昌に離れていればなおさら。
そのため、執金吾は焔耶(魏延)と交代になった。
曹仲徳はといえば、その前から療養中だったので、そのまま療養という建前になった。

もっとも、一刀には、この方がありがたかったかもしれない。
同性の、しかも「天の国」の話し相手というのは、今の北郷一刀の立場ではいよいよ貴重だった。

・  ・  ・  ・  ・

「史実の劉備は、桃香みたいな「お人好し」じゃなかった、なんて解釈をする作家や歴史家もいましたね」
「そういう解釈をすればするほど、劉邦そっくりに成っていくんだよな。不思議なくらい」
「本当にご先祖だったんでしょうね。やっぱり」
こういった「正史」がらみの話は、当人は論外としても、他に出来るのも華佗くらいだろう。

また、同性の友人だからできる話があったりする。
「北郷の趣味が分からんな」
「先輩?どういう意味です」

――― ――― ――― 

幽州州牧として白蓮は政務とか、長城の向こう側の騎馬の民の相手とかに、しっかり復帰し、
星、稟、風は、倭国の使節たちをともなって、洛陽へ戻って来つつあった。

………。

……。

…洛陽「北宮」
倭の大使、難升米の1行は、真珠・青玉をはじめとする倭国の特産品を献上していた。

これまでは、つまり“黄巾の乱”から以後は遼東公孫氏が受け取って「帝都」には送っていなかったが、
一刀や桃香たちは、許昌の皇帝の元に今回の献上品を送り届け、
そのかわり、“倭の女王”卑弥呼に対して、皇帝の名で「金印」を贈る約束をした。

この行為、すなわち周辺国の承認が行われるという事は、乱世が収束しつつある事を外にも中にも示す事になる。

・  ・  ・  ・  ・

これに対して、倭の大使難升米は、“皇帝”とは別に、この「北宮」の「主」にも献上品を差し出すつもりになった。
二本足の献上品、つまり「生口」をである。

「天の国」では、奴隷の存在は否定されている。(…受け取っておいて、解放してやってもいいか…)

「この生口どもは、歌舞音曲が、中華のもの並にしっかり仕込まれております」
巫女王であられる卑弥呼さまが「まつりごと」(国事行為としての神道儀式)を行う際に、大いに役立ちました。
それをあえて献上いたします事を、卑弥呼さまからの好意とお思いください。

大使がこう口上して「実演」を始めた、いわば“五人囃子(ごにんばやし)”を見てみると、
同席する何人かには見覚えがあった。

…  …  …  …  …  

「お笑いなさい、お笑いなさい。華琳さん」
「そのつもりは無いわ。それに、麗羽たちの今の「ご主人様」は、私で無くて「天の御遣い」よ」

――― ――― ――― 

「旧」袁紹勢力圏、冀州・青州・并州・幽州の4州は、曹魏に降伏したばかりで、今度は蜀軍の接収を受けていた。
どうしても「忠誠心」が中途半端な状態だったところへ、
「旧主」袁姉妹が、蜀の劉備、魏の曹操同様に「天の御遣い」の「後宮」に入れられた、との知らせが届いた。
この情報は、黄河から長城にかけての、人心と治安を安定させる効果は確かにあった。

――― ――― ――― 

邪馬台国。
女王卑弥呼はまだ若い、というより幼いとすら見えた。
後漢帝国の迷走に誘われるように、30余の小国が何とか「バランス」を取っていた倭国は大乱となった。
その乱を、しずめる知恵を誰かが思いついた。
このまだ幼い、しかし「カリスマ」をそなえた巫女を女王にいただき、平和と共存の象徴とする事を。

その女王に、個人としての魅力や、巫女としての神秘性以外にも権威を付けたい。
この平和を続かせたいものは、そう思っていた。
その意味からも、中華の乱世は収束してくれる事を、ここ倭国でも願っていたのである。

――― ――― ――― 

「しかしなあ、いよいよ趣味が分からんな」
張飛もとい鈴々ちゃんに、朱里ちゃん、雛里ちゃん。
そして、聞こえたら怖いが、華琳姉さんに、今度は美羽ちゃんだろ。

「先輩。何を指折り数えているんですか?」
「いや、そういう趣味で一貫しているなら、まだ理解できるんだがなあ」
例えば、鈴々ちゃんと愛紗さんとか、美羽ちゃんと麗羽さんとか、姉妹丼で喰ってしまうし、
おまけに、1番最初に孕ませた、そして今でも1番らしいのが桃香さんだからなあ。
北郷の趣味は分裂してすらいるぞ。

「だから、俺は「ロリ」なんかじゃ。実際、ああいうのを見れば…」思わず指差してしまったのは、お約束か。
「ほう、お館様。何の御用じゃな」桔梗だった。

「いや、コホン。桔梗の方こそ、何か用かい」
「呉から使者じゃ」

・  ・  ・  ・  ・

蓮華の名で来た使者は、穏だった。
軍師クラスの文官だから、使者になったこと自体は問題ではない。
ただ、シャオとの「密談」の許可を求めた。
(…魯粛とか、朱里のお兄さんとかじゃないのは、女の子同士の話があるのかな?…)

・  ・  ・  ・  ・

「もう~小蓮様は~「天の御遣い」様のご寵愛を受けられたのですか~?」
「(…赤…)」
「そうですね~そうかもしれませんね~」
「何が言いたいんだよ―」
「いえ~いま呉の国主は蓮華様ですから~。蓮華様でないと~曹操さんや~袁紹さんのようにはいかないです~」
「?!?!」
「華容道で~曹操さんが~こういう侵掠の仕方もあり~と示してしまいましたから~」
それでなくとも~あの「天の御使い」様には~残しているのはわが孫呉だけ~ですから~
大変なんですよ~冥琳さんなんか~
呉の国とか~蓮華様がそんな事になったら~自分で首をはねても雪蓮様に合わす顔がないとか~
「いっそ~錯乱とかでも出来た方が~気が楽になりそうで~そばで見ているのも気の毒なくらいで~」

…  …  …  …  …  

深夜、穏は「北宮」から洛陽城内の宿舎に引き取った後。シャオは1人、南の空を見上げていた。

シャオには分かんないよ。冥琳はどうしたいの?

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「恋姫」ファンの中でも「呉」ファン。特に冥琳のファンの方には申し訳ありません。
確かに、少しいじめ過ぎているでしょうか。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の49『美周錯乱』~断金の誓(ちか)いは未(いま)だ果たせず~の予定です。



[8232] 講釈の49『美周錯乱』~断金の誓いは未だ果たせず~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/02 23:35
美周朗
原典「演義」における周瑜は、こう呼ばれるほどの今日でいう“イケメン”であり、
極めて「“カッコイィ”キャラクター」として描かれます。
そして、それゆえに、その悲劇がより悲劇的に描かれます。

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††恋姫無双演義††講釈の49『美周錯乱』~断金の誓いは未だ果たせず~


呉から陸遜が使者に来て以来のシャオの態度について、北郷一刀や曹仲徳には心当たりがあった。
“赤壁”で歴史が改変されても、まだ「天の御遣い」の知識がすべて無価値に成ったわけでもない。
むしろ、この「改変」で「正史」以上に追い込まれているであろう、その人物の心当たりがあったのだ。

「やっぱり、周瑜でしょうね。先輩」
「北郷もそう考えるか」

――― ――― ――― 

呉の建業。冥琳と魯粛は、主君である蓮華の御前で論戦になっていた。

――― ――― ――― 

洛陽「北宮」
「周瑜と孫策の間に結ばれた断金の絆。「演義」では、桃園の誓いとか、三顧の礼とかの陰に隠れがちですけどね」
「この「天の御遣い」まで、そう言うか。確かに、絆の強さでは決して劣らなかっただろうな」
「けれども、その絆の強さが周瑜の悲劇の始まりですね」

「そうだ。周瑜はどこまでも、断金の誓いのままに、孫策の「弟」である孫権に、天下を取らせようとした」
「そのためには魏も蜀も最終的には倒すべき障害だったでしょう。でも、その主君である孫権も」
「それに、自分自身に何かあれば、代わって孫権を補佐して欲しいとまで期待した同志である魯粛もだな」

「江東の地方政権を維持する事を優先とし、維持した上での着実な勢力拡大を目指していたのでしたね」
「そうだ。そのためには、孔明の「天下三分」の策をすら、利用しようとした」

「それに対して、周瑜は“三分”ではなく、“二分”を主張しましたね」
“当時はまだ”蜀に手が届いていなかった劉備を出し抜いて、呉と魏で天下を二分する。
次いで、今度こそ天下を賭けて、呉と魏が決戦する。
「それが、周瑜の主張であり、孫権や魯粛に対しても引こうとしなかったはずです」

――― ――― ――― 

呉の建業。冥琳は断言していた。
「今ならば好機です。しかし、この好機を見逃せば、孫呉の安泰すらありえなくなりましょう」

――― ――― ――― 

洛陽「北宮」
「そして周瑜は」
前面の敵だけでなく、後方の味方からまで孤立してでも、蜀を、そして魏を倒すべく出陣する、その直前に倒れた。
憤慨しつつの死だった。

当面、天下三分で、それぞれの主君を補佐する戦略を一致させていた魯粛と孔明が、
密約するか、結託して死に追いやったなどという、そんな説を唱える歴史家までいるが、
「この世界の朱里が、まさか、そこまで黒くないでしょう」

「それはそうだろうがな」
それだけ、周瑜が追い詰められていて、死んだのは「史実」だ。
通説通り、戦場の傷が元での病死でも、そこまで無理をして戦っていたのは間ちがい無いし、
解釈によっては、自殺も同然、
「あるいは孔明と魯粛と孫権に裏切られて、死なされたのも同然とも解釈できる死に方だったな」

――― ――― ――― 

呉の建業。
ついに、冥琳は蓮華を説き伏せていた。
「分かった。全軍の指揮を預ける。だが、孫呉の命運がかかっている事は忘れるな」

――― ――― ――― 

洛陽「北宮」
「“この”世界の周瑜が「正史」以上に追い込まれた心境になる理由は、ありうるでしょう」
まだ「正史」では、魏も蜀も、実は「三分」を完成するまでは到達していなかったから、つけ込むすきもあったでしょう。
「しかし今や、江東の呉をほとんど1つ残して、ほぼ天下を制圧されつつある、大き過ぎる敵が相手ですからね」

「それだけでもないだろうな。個人的には」
何せ、真の敵は、今や劉備でも“曹操”でもなく「天の御遣い」だからな。この「天の御遣い」たるや、
例えば、孫権の首を取るかわりに、たとえシャオちゃんがロリだろうが、姉妹丼で喰ってしまうような「鬼畜」だからな。
周瑜にしてみれば想像するだけで、自分の首をはねて孫策に謝りたいところだろう………

………おいおい。落ち込んでいる余裕もないかも知れんぞ。
マジな話で、“そういう結果”になるか、それとも北郷と、この「北宮」の女の子たちが首になるか、
「2択の勝負を挑んでくるつもりじゃないのか。向こうさんは」

――― ――― ――― 

出撃軍の編成を急ぐ。実は、その編成に秘策が潜んでいた。

建業を出撃する時点では、全軍の陣頭に冥琳が立っているとも見せる。だが、実際の編成は……

――― ――― ――― 

「俺を荊州へ派遣してくれないか」
「先輩をですか?」
「あくまで、魏から蜀へ降参した武将、曹仲徳の待遇で良い」
しかし、北郷と俺とが「歴史」を改変して来たんだ。
その決着を見届ける責任はあるんじゃないかな。

・  ・  ・  ・  ・

たとえ「天のお告げ」が無くとも、この乱世を勝ち上がって来た軍師たちが、情報や情勢に不注意なわけがなかった。
現時点で「北宮」に残留していた軍師、武将が集まっての軍議が開催されていた。

その席上、流石に竜鳳の軍師は、ほぼ孫呉軍の戦略をかなりの正確度で読み取っていた。
現在の情勢、そして、あくまで孫呉の天下をあきらめていないという、その目的。
それらを兵法に当てはめる。この場合、敵将が優秀であるだけに最良の選択をする確率が高い。
だから、ある意味では、その戦略を読み取る事自体は可能だ。
こうして、敵の戦略が読み取れれば、その延長で、
こちらの対応策、および、おそらくは敵が目を付けているであろう、こちらの問題点も浮かび上がる。

浮かんで来た問題は、派遣する人材だった。
現に、この軍議の場にも欠席が目立つ。
各地方の接収。その後の「安定化」のための任務で出払っている。
そして、安定するまでは、最も中枢となる面々である一刀と桃香、愛紗、鈴々、朱里、雛里や、
最重要の「人質」である華琳、麗羽、美羽は、この洛陽「北宮」から動かせない。
こうなると、派遣できる武将、軍師は陣容的にギリギリだった。

したがって、曹仲徳の参戦志願は、実のところ都合が良かった。姉の華琳は「人質」に取ってあるのだし。

この軍議の場にいる者たちは、仲徳が「天の御遣い」である事をすでに知っている。
その“2人”の御遣いは、心中で思っていた。
(…この戦略(予想)からすると「正史」の方へまた、近付けようとしているみたいだ…)
確か「正史」でも、周瑜の最後の戦いの相手は、曹の姓を持つ魏の将だった。
周瑜は「正史」通りの悲劇をたどってしまうのか?この、もうすでに改変されている「この」歴史の中で。

――― ――― ――― 

孫呉の拠点、建業。
冥琳が陣頭に立ち、孫呉水軍は出撃した。赤壁以来の全力出撃である。

…  …  …  …  …  

荊州江陵城。
「旧」劉表政権以来の荊州水軍の「基地」であり、孫呉が江東から勢力を拡大する場合、最初に確保すべき要地。
したがって、冥琳も江陵を攻撃せざるを得ないのだが、孫呉軍が包囲するのと前後して、
洛陽からの急援軍が到着して戦線はとりあえず膠着した。

しかし、孫呉軍は、実は「2個師団」に分割されていた。穏と亞莎が預かる「第2師団」は、一気に長江をさかのぼり、
益州、そしてその唯一といっていい出入り口である、三峡渓谷を目指していた。

これが冥琳の秘策だった。
現在の敵は、江東を除く天下の大部分を得た形だが、荊州より北は曹魏の降伏にしたがって接収したばかり、
黄河以北にいたっては、その曹魏に対しても袁家勢力から降伏したばかりで、またも降伏したのだ。
“赤壁”以前の従来の勢力圏と同様の信頼度で統治できているには、早過ぎる。

この状態で、本来の蜀の拠点である益州を失う、
最低でも、洛陽との連絡を切断してしまえば、根を断ち切られた花も同然だろう。
だが、そのためには、最低でも江陵と三峡の2ケ所を占領する必要があった。
逆に言えば、今ならこの2ケ所を占領するだけでも十分に大打撃を与えられる。
そして、余りに急膨張した勢力圏の接収のため、この弱点を守る兵力や人材が空洞化している事も計算していた。
まさに、今が好機だった。孫呉が尚も天下を狙うなら。今しかないとも冥琳には思えていた。

・  ・  ・  ・  ・

偶然なのか、必然だったのか?冥琳が穏を三峡に向わせたのは。
「正史」で「天下三分の策」を挫折させ、劉備本人にもトドメをさす大敗をしたのが、この三峡周辺。
その相手が陸遜だった。

だが「今」の穏の前に待っている相手は、“正史”の蜀とはさまざまな条件が改変され過ぎていた。

・  ・  ・  ・  ・

孫呉の拠点、建業。
所属する陣営に関わらず切れることの無い、
それゆえに外交官としての価値もあるのだが、
“名士”同士の「ネットワーク」を通じて、魯粛に通報がされていた。

…  …  …  …  …  

「天の御遣い」を2人まで存在させ、しかも互いに協力させている向こう側では、今回の出兵すら待ち受けている?
やはり、これが「天命」なのか?

「美周朗よ。貴女の断金の誓いは、同日に死す盟約だった方が、幸福だったかも知れん」
私は私の信念で、現在の主君への忠誠を貫くしかない。

――― ――― ――― 

荊州江陵の城外。
攻囲する冥琳の孫呉軍を牽制するように布陣した、曹仲徳の救援軍。その本営。
(…これが「正史」の報復なら、俺や北郷ではなく、貴女にかぶってもらうのは不条理だろうが…)
しかし、いまさら「正史」より早く終わってくれるはずの、乱世に戻ってもらうわけにはいかない。
野望の時代は、もう終わりだ。

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最後における周瑜の無念。
おそらく「正史」では“五丈原”での孔明が誰より理解できていたでしょう。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の50『孫呉爆発』~「正史」は引き戻そうとする~の予定です。



[8232] 講釈の50『孫呉爆発』~「正史」は引き戻そうとする
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/02 23:40
1国LVの戦略や政治となれば、確かに劉備は孔明が頼りでした。
しかし、実戦指揮官としては、百戦錬磨と言って良かったでしょう。
「戦ベタ」というイメージには、最後の最後で陸遜に大敗した事の減点がひびいています。
実は、それ以前で負けていたのは、曹操と呂布ぐらいでした。

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††恋姫無双演義††講釈の50『孫呉爆発』~「正史」は引き戻そうとする~


「これは~まさかとは思いますけど「伏竜鳳雛」がお留守だと~こんなこともあるんですかあ」

蜀の本拠地、益州の唯一の出入り口と言って良い三峡渓谷。
その渓谷に沿って、蜀側の縦深陣地が続いている。一見、鉄壁の布陣。しかし、穏はその弱点を見抜いていた。

・  ・  ・  ・  ・

夷陵の戦い
劉備玄徳、生涯の不覚とすら言えるこの戦いを、まるで再現するような蜀軍の陣形。
しかし、ここには桃香はいない。なのに、再現されていた。
そう「天の御遣い」が、今度こそ最後と思いながら語った「お告げ」にしたがって、あえて再現したのだ。
敵将が穏、すなわち陸遜であることを確認して。

・  ・  ・  ・  ・

「おそらく~火攻で~勝てるはずです~でも本当に~竜鳳の他にはぁ軍師らしい人いませんかぁ」

――― ――― ――― 

「法正さえ生きていれば」夷陵の敗報を聞いて、孔明はこう嘆いたという。
しかし「この」歴史では、狭霧は健在で、三峡での軍師を担当していた。

・  ・  ・  ・  ・

法正がその軍師としての実績を示した戦いでは、老練な黄忠を使いこなし、魏の勇将、夏侯淵すら倒している。

…  …  …  …  …  

北郷一刀は、曹仲徳が江陵へ出発する前のあわただしい中で、ある文章について打ち合わせた。
そして、一刀と桃香は狭霧あての詳しい手紙を持たせて、紫苑と璃々、それに桔梗を急ぎ、
三峡の益州側の出口である巴郡まで帰らせていた。

――― ――― ――― 

荊州江陵の城外。
「そうか。火攻か。流石は穏だ」
冥琳は、愛弟子による赤壁の再現を期待すらした。
その時まで現状を維持できれば、勝機は見えてくる。

――― ――― ――― 

孫呉の拠点、建業。
魯粛とて、今さら主君である蓮華に説くのは、冥琳への裏切り以前にだまし討ちである事ぐらい理解している。
しかし、この賭けに失敗したら?本当にこのまま勝利できるのか?
赤壁でも、あれほど強気だったが、今は迷っていた。

――― ――― ――― 

明命は暗躍していた。
実戦指揮官なら、有名無名あるいは男女を問わず、冥琳や穏の作戦の下で戦う中級LVの武将は何人でもいる。

しかし、明命にしか出来ない任務もあった。シャオの救出である。
いくら冥琳が錯乱していても、人質に取られた場合は見捨ててもなどとは、蓮華に向って言える筈が無かった。

――― ――― ――― 

長江の吹き渡る季節風が三峡渓谷に吹き込み、下流から上流へ吹き上げる、そんな夜を待って、
穏は総攻撃に出た。

長江と山脈に挟(はさ)まれて、延々と並ぶ蜀軍の陣地のうちの、
まず、呉軍に近い下流側の陣地が燃え上がった。
そして、上流側へ順次、延焼していく。
ついには、長江に沿って、夜目にも明々と火炎の帯が連なった。

その火に追い立てられ、益州の拠点の方へ逃げて行く蜀兵を追撃し、
そのまま益州を侵掠すべく、呉軍は襲い掛かった。
だが、まるで空の袋を叩いている様な手応えだった。

…  …  …  …  …  

ついに、蜀軍の本営に迫った時、火攻にあって総崩れになった味方に巻き込まれて混乱している筈が、
蜀軍お得意の「八陣図」を布陣して待ちかまえていた。

…  …  …  …  …  

この状況で、致命傷を追わずに撤退できただけでも、流石は穏だったろう。
しかし、三峡からは撃退されるしかなかった。

――― ――― ――― 

蜀の拠点、成都
留守中の治安をあずかっていた霧花(黄権)は、内心ひそかに感情を持て余していた。
「今回」の戦いに霧花を出さなかった事が、主君たち、特に「天の御遣い」の温情である事は理解も出来れば、感謝もしていた。
それだけに、内心では余計に感情を持て余していた。

――― ――― ――― 

信じたくは無い。冥琳にとっては孫呉から「天命」の飛び去る事を意味しているのだから。
「まだだ。この江陵を確保できれば、ここを足がかりにして、もう1度、三峡を攻略できる」
いや。そうするしか、成功させるしかない。

冥琳は強襲を決断した。

城攻めなどは下策で、やむを得ないからするものだ。(「孫子」謀攻篇)

まして、後方に敵の急援軍がいて、戦線が膠着している状態でだ。

冥琳は兵士たちを集めた。収容した「第2師団」の兵を含めた全員に、全てを隠さずに演説し
精神的に「死地」に追い込んだ上で、総攻撃を開始した。

…  …  …  …  …  

文字通り、味方の犠牲者を乗り越えて、城壁に取り付こうとする呉の兵。

当然ながら、江陵城の城内から守備兵が反撃するだけではなく、救援軍の側も攻城軍の後方から反撃するが、
呉軍の後曲が反転して、救援軍と正面衝突する。冥琳はその陣頭で戦っていた。

――― ――― ――― 

「何て事を?!」
仲徳には、冥琳の決断が予想できなかった、という事は無かった。
彼女の心境については、ある程度「天のお告げ」があったのだから。
だからこそ、今の彼女との戦いには余計に閉口していた。

「こうなったら…連弩、1点集中。周瑜個人を狙え」
(…やっぱり、こうなったか…)

風を切る発射音。そして飛翔音。

呉軍の陣頭に掲げられていた「周」の旗が倒れた。

…  …  …  …  …  


仲徳の指揮する、江陵救援軍の陣容は、
中級の武将は「旧」魏の「3人娘」。華琳を「人質」に取ってあるのだから問題は無い。
軍師は蛍。蜀軍を離脱した直後に「旧」魏軍が降伏したため、すんなり復帰できていた。

その沙和、凪、真桜や蛍を前にして、仲徳は語っていた。
「もし、赤壁での「歴史の改変」で、俺たちの「天のお告げ」が無効になっていなかったら」
明日、周瑜は今日の矢傷にもかまわず、もう1度、陣頭に立とうとする。
その結果、その矢傷が破れて……

……それで、自殺する結果になっても、孫策との「断金の誓い」をつらぬく覚悟だろう。
そんな相手と戦うのは、例え偽善でも気が進まないな。
「やっぱり、華佗先生でも呼んでおこうか」

――― ――― ――― 

明命は洛陽の城内にまでは潜入していた。
そして「北宮」へと潜入する機会をうかがっていた。

だが、微妙に違和感があった。
1見、形式通りに警備されている。しかし、宮殿自体が修復中だけではない、何らかの手薄さが感じられた。
もっとも現状では前線ではない以上、手薄になる理由は無いでもない。

――― ――― ――― 

再び、激突する、仲徳と冥琳が指揮する両軍。
しかし、仲徳の方は、もっぱら応戦と戦線維持を優先していた。
そうして、いわばダラダラと戦っている間に……

「う?…!」
冥琳は、前日の矢を受けた場所から出血し、落馬した。

――― ――― ――― 

明命は、ついに「北宮」の内部に潜り込んだ。
しかし「後宮」としての修復が進んで来ているため「ダンジョン」に戻りつつあった。
目指すシャオを探し回っている間に、奇妙な事に気が付いた。
この「後宮の主」である筈の「天の御遣い」も劉備も、蜀の雄将、軍師のそれぞれ双璧である4者も見かけない?

・  ・  ・  ・  ・

とりあえず、シャオを見付けるまで、1時の潜伏に使用するつもりだった酒蔵で、
「人質」のはずの曹操に出くわしてしまった。

――― ――― ――― 

「医者として、せっかく助けた患者に自殺されるほど、むなしい事はありません。いつかもいいましたな」
華佗から雪蓮のときの事を持ち出されては、冥琳もとりあえずは「応」と答えるしかない。

しかし、穏と亞莎に指揮権を移譲すると、何としてでも目的を達成するよう命令、いや厳命していた。

――― ――― ――― 

「残念ね。呉の姫も、一刀も桃香も、愛紗たちもいないわよ」
「まさか」明命にも想像のななめ上を飛び去る話だ。
「そうね。あの6人はこの「北宮」を動けない。それも「人質」の私や麗羽たちを置いてなんて」
そう思っていたわね。貴女も。
確かに、バレ無い様に出かけないと、ややこしくなったかもね。だからコッソリ出かけたわ。
それに、私だって、今さら留守を狙って妙な事をするつもりなら、
「華容道で「女」を差し出したりしなかったわよ」

「……。…」
「どこへ行ったか?かしら」

――― ――― ――― 

成都や許昌よりも、洛陽が有利な点の重要な1つ。
洛陽の近郊を流れる洛水である。
この時代の水運の地位は高い。
洛水は黄河に合流し、黄河からは官渡水などの運河を経由して、長江へ物流が通じる。

・  ・  ・  ・  ・

その「水運ルート」を用いて、少数の大型船とその護衛船からなる船団が、洛陽から江東へ、密かに直行していた。
孫呉水軍が総出撃していたこともあり、その船団は正体を知られる事も無く、長江下流まで来ていた。
それはそれで、治安上の問題があるかもしれないが、長江周辺の海賊は、孫呉3代がかりで全滅させられていた。
だからこそ、水軍の総出撃も可能だったのであり、こんな怪しい船団がやって来れたとも言えた。

この時点で、洛陽では「北宮」の「お忍び」がバレてはいなかった。

――― ――― ――― 

孫呉の拠点、建業。その公邸の奥にある御殿。
蓮華が見詰めるその御殿では、長姉、雪蓮がいまだ植物状態のまま、喬姉妹の看護と介護を受け続けていた。

「お姉さま」
私にこんな決断を押し付けて夢を見続けているとは、無責任ではないのですか?
何分の1かは、本気で愚痴っていただろうか。
この時、蓮華に決断が近付こうとしていた。いま1人の姉妹とともに。

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「三国志」から「恋姫」への分かれ道で、ウロウロしている感じだと思いますが、あと少しだけお願いいたします。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の51『長江悠久』~江東に夢目覚めたり~の予定です。



[8232] 講釈の51『長江悠久』~江東に夢目覚めたり~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/03 23:20
原典『三国志演義』は、例えば「赤壁」あるいは「周瑜の挫折」または「五丈原」の後も続きます。
その最後の方の「エピソード」を、今さらですが今回、紹介します。

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††恋姫無双演義††講釈の51『長江悠久』~江東に夢目覚めたり~


「私が使者の役を断(ことわ)ったりすれば、かえって妹との密約について、心無い噂が立つでしょう」
諸葛子瑜がこう切り出した時点で、使者の内容は、冥琳たちにも見当がついていた。

・  ・  ・  ・  ・

揚州州牧、劉馥(りゅうふく)は合肥城に兵と物資を集めていた。
当然、孫呉が警戒して当たり前なのだが、あえて冥琳は黙殺した。
「旧」魏が「旧」蜀に接収された段階で、兵は解散し物資は没収されるのが、やはり当然と考えたからである。
接収の段階で劉馥が解任されなかったのも行政官として優秀であり、
また、逆に呉を警戒して混乱を避けたと見た。

結局のところ、華琳が自ら「人質」になった効果は、
華琳に抜擢された劉馥のような人材に関しては、冥琳の想像のななめ上だった。
あるいは、冥琳にして、自分の見たいと思う現実を見てしまったか。

…  …  …  …  …  

劉馥は接収を受け入れた後も、黙々として揚州州牧の職務を果たし、
その結果、合肥に集められた兵と物資は、
当然ながら、呉に備えて集めたものだが、
新たな主君から信頼される各級指揮官に把握されていた。
後は、率いる武将と軍師を派遣すれば良い状態になっていたのである。

――― ――― ――― 

北郷一刀と桃香、そして愛紗、鈴々、朱里、雛里たちは黄河から運河をたどって、
長江下流の、江東からは目前まで来ていた。

その存在を明らかにしたのは、一旦、長江北岸の合肥に上陸した時である。
劉馥から兵と物資を受け取ると同時に、長江の上流から蜀水軍を呼び寄せた。

三峡から呉の「第2師団」を撃退した段階で、この方面の主将である紫苑や軍師の狭霧はともかく、
副将の桔梗は行動の自由を取り戻しており、巴郡や洞庭湖から蜀の水軍を集め長江を下った。
そして、江陵の呉軍主力はその妨害をする余裕すら、冥琳が倒れた時点で失っていた。

…  …  …  …  …  

「劉」と「十」の旗を今や堂々と立てて、長江を渡渉する軍が孫呉の拠点、建業を包囲していく。
これに対して包囲される側では、抵抗するどころではなかった。
元々、城内の治安を維持するだけの警備部隊しか残さずに、総出撃していたのだ。思春1人ではどうにもならない。

・  ・  ・  ・  ・

蜀軍の本営。
「強襲するまでもありません。もはや、時間すらこちらの味方です」
その通りだろう。このまま包囲し続けても、こちらか有利にこそなれ、不利になる予想は出来ない。
ただし、油断は大敵であるが。

「……。…」
当然ながら、シャオには呉を裏切る気などない。しかし、すべてを見届ける義務はあると思っていた。

「降伏勧告はいたしましょう」

――― ――― ――― 

建業の城内、公邸の会議室は、激論以上「パニック」未満の状態だった。
「赤壁」前夜ですら想像上のものだった破局が、いまや眼前の現実なのである。
あの時ですら、魯粛と冥琳が、いわば主君の蓮華を引きずって決戦に持って行ったのだ。
その魯粛は沈黙。冥琳にいたっては、ほとんど全軍を率いて行ったまま生死不明。
これでは、降伏論の声が大きくもなるだろう。

だが、前回は机を叩き斬って、決戦を宣言した主君である。蓮華に降伏を強要できる者まではいなかった。
流石に、主家を売って城門を開く者までもいなかったが。

・  ・  ・  ・  ・

「子敬。前回は、曹操に降伏したら、私はどう待遇されるか分からないと言ったな」
今回は、はっきりしている。曹操や袁紹と同じ事になるのだろう。
良い。女の身で国主をしていたのだ。いずれは、跡継ぎは自分で生まねばならなかっただろう。
政略結婚もありえたろうな。だが……

――― ――― ――― 

本来、洛陽の「北宮」に居るべき、蜀の「トップ」集団がその出撃を明らかにした時点では、
その留守の事実に対して、妙な誤解をされない処置がされていた。

・  ・  ・  ・  ・

「草原が懐かしい」
この人手不足で、恋と音々音は「メイド」から武将と軍師に戻っていた。

倭国の使節を幽州まで送り届けた後、星たちは再び、長城の向こう側の騎馬の民を牽制する任務についていた。

その星が、恋と音々音に長城での任務を交代して洛陽に戻った。
確かに、元が涼州軍閥の恋の強さは、草原という場所で騎馬の民を相手にしてこそ発揮されるだろう。

一方「“蜀”の「五虎大将」がうち、三の剣」である星をおいて、洛陽の留守役は居ないだろう。
ただし、華琳と曹魏の軍師「3人組」だった桂花、稟、風が1ケ所にそろっては、
変な誤解をする者がいるかもしれないので、稟と風には途中で別の任務が与えられ、
星に付く軍師は、白眉こと胡蝶と交代になった。

…  …  …  …  …  

当然ながら、合肥に蜀軍が出現した時点で、星と胡蝶は洛陽に帰還していた。

・  ・  ・  ・  ・

「うむ。これは至高の酒というべきでござろう。まさに」
いっそ、この酒につり合う、究極のメンマがないことが、逆に残念なほどですな。

――― ――― ――― 

建業の4つの城門の内、北門は長江に面した水門になっている。いわば水城だった。
その水門の上にある楼門から、蓮華は1人長江を眺め続けていた。
彼女の決断をともにしてくれるものは居なかった。

――― ――― ――― 

同じ流れは、建業を包囲する蜀軍の陣内からも見えた。
一刀と桃香は寄り添って長江を見詰めていた。
「天の御遣い」が「桃園の誓い」を引き合わせてくれて以来、2人はともにいた。比翼連理のように。

・  ・  ・  ・  ・

とうとう、降伏勧告のため、一刀と桃香は旗艦に乗って水門上の楼門に立つ蓮華に相対した。

…  …  …  …  …  

旗艦の上から呼び掛けられる言葉は、華容道で華琳に向けられたのと同じ。
その言葉を代わる代わる呼び掛ける2人の寄り添う姿を見て、蓮華は敗北感のみならず孤独感を感じていた。
そして理解した。あの「覇王」曹操が、なぜ剣を落としたかを。

むしろ、蓮華の決断を重くしたのは、自分だけの孫呉では無いとの思い。
その意味では曹魏は華琳ただ1人。しかし、蓮華は母、水蓮と姉、雪蓮への裏切りに苦しんでいた。

――― ――― ――― 

諸葛子瑜が江陵の冥琳の元へ、蓮華の名で使者に出された。
その面会の際、穏たちは華佗を立ち合わせていた。
やはり、冥琳は憤慨し、そして気絶して華佗の手当てを受けて蘇生し、そして号泣した。

「許せ!許してくれ!雪蓮…お許しを…水蓮さま!」
号泣しながら剣を抜くと、岩に斬りつけた。その折れた剣を敵将、曹仲徳に届けるように泣きながら命じた。
祭、穏、亞莎、洛陽から駆けつけた明命、そして瑪瑙ら、居並ぶ諸将たちが冥琳に習って岩を斬った。

――― ――― ――― 

なぜか「天の御遣い」が、孫策を見舞いたいと、言い出した。

…  …  …  …  …  

その前夜、となりで眠っている桃香や、同じ天幕の中の阿斗が目を覚まさないようにするためにも、
ヒソヒソ話をする一刀と謎の美女がいた。

「眠り姫の呪いを解くのは、王子さまよん」
「俺は、普通の人間だよ。そろそろ「天の御遣い」のタネも付きかけている、な」
お前だろう。何かが出来るなら。お前は「この」世界に関係した何者かなんだろう。

「確かにねん。この「外史」そのものについて、他の人が知らない事を知ってるわん」
でもね、孫策ちゃんが目覚めるのは、貴方のお陰よん。
あの子を眠らせていたのは、この「外史」を「正史」の方へ、引き戻そうとする力につながった力だったの。
でも、その力はどんどん弱くなって、おそらくあの子からは消えかかっているわ。
それがなぜか、貴方が何をしたかは、分かるわよね。
「だから、孫策ちゃんのところへ行って御覧なさい」

…  …  …  …  …  

北郷一刀が雪蓮の枕元に近付いた時、それは起こった。

――― ――― ――― 

曹仲徳たちと冥琳たちは、建業へ向けて長江を下っていた。
その間、冥琳は仲徳に対して、何か探りを入れるような態度に出ていた。
いや何かではなく、仲徳には思い当たる事があった。
(…この歴史が、今までで改変されているなら、起きない筈のエピソードなんだがな…)

「俺が知っている話だと、こんな話があるんだ」
ある国が他国に攻め滅ばされた。国境の要塞を守っていた将軍は負けなかったが、
敵の別働隊に都が開城し、王が降伏してしまった。
その将軍も当面の敵に降伏して、一緒に都へ向ったが、その途中で気が付いてしまった。
敵の将軍は、自分の国で、必ずしも政治的に安定した地位にいるわけでもない。
むしろ、今、攻め取った国を拠点にして、自立する野望が無いとも言えない。
なら、その反逆をそそのかしてやる。そのすきに、滅びた国を再興する機会を狙ってやるとね。
しかし、その陰謀は結局露見して、両方の将軍とも処刑されたよ。
まあ、そのあきらめの悪かった方の将軍を忠臣などと持ち上げる、そんな意見もあるがね。
「しかし、俺はそそのかされた方の将軍みたいに、後世から間抜け扱いされたくないな」

そこまで言って、仲徳は長江に目を向けた。
国家の興亡も、こうした陰謀も、しかし流れ去って行く様な悠久の大河へと。
(…蜀の姜維は、おそらく「この」歴史の表面に出てくることは無いだろうな…)

・  ・  ・  ・  ・

もはや、自分の正気を疑いたい冥琳だった。

雪連が目覚めて、自分の目前で微笑んでいる。
それ自体は絶望の中の光明だった。

しかしなぜ「天の御遣い」を、劉備との間に挟んで、寄り添っているのか?
自分は雪蓮の事を思う余り、やはり狂ったのか?

…  …  …  …  …  

目覚めた雪蓮は、自分が意識を失っていた間に起こっていた事を、しっかりと理解した。
理解するまでは周囲を、呉側だけではなく、蜀側のものまで質問攻めにしていたが。

そして完全に理解した上で、蓮華や冥琳を許容した。孫呉の興亡までを受け入れたのである。
ただし、洛陽への「人質」は自分が行くと言い出した。
「貴方を始めてみた時「天の落とし子」の事を口に出したけど、その時は冗談のつもりだったわ」
でも本物だったようね。この「天の御遣い」は。

・  ・  ・  ・  ・

北郷一刀と桃香。そして雪蓮、蓮華、シャオの孫姉妹を乗せた旗艦に率いられた船団が、
洛陽への凱旋のため、呉の拠点「だった」建業を離れた。

長江は今日も変わらぬように、悠久の流れを見せていた。

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つじつま合わせのためか、ご都合主義な展開にしてしまったかもしれません。
しかし「恋姫」はハッピーエンドになるから、という事で、お目こぼし下さい。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の52『帝都好好』~後宮の小ばなし(その2)~の予定です。



[8232] 講釈の52『帝都好好』~後宮の小ばなし(その2)~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/03 23:24
「正史」の水鏡先生は、何かというと「好好」が口癖でした。
お悔やみを言うべき時にまで「好好」で、流石に奥さんに叱られると「好好」とほめたと伝えられます。
もしかしたら、これが乱世の知識人の生き方だったのでしょうか。

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††恋姫無双演義††講釈の52『帝都好好』~後宮の小ばなし(その2)~


洛陽「北宮」
北郷一刀は「聖フランチェスカ学園」を思い出していた。
何せ、男女比が、ほぼ1クラス分などというのだから、
どこの「美少女ゲーム」の“ハーレム設定”だと、ツッコまれるような学園だった。
そして、目前にあるのは、その「乙女の園」を思い出す光景だった。

「旧」蜀から、桃香、愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠、蒲公英、桔梗、焔耶、璃々……
「旧」魏から、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、季衣、流琉、稟、風、凪、真桜、沙和、霞……
「旧」呉から、雪蓮、蓮華、小蓮、冥琳、穏、思春、亞莎、明命……
その他にも、月、詠、恋、音々音、麗羽、美羽、猪々子、斗詩、七乃、白蓮……さらには華雄。

この時点で、このうちのどれだけが「御手付き」だったかは、後世から結果を見ればヤボとすら言えた。
この「北宮」は「後宮」としての、本来の機能を取り戻したかのようだった。
ただし「まだ」形式上は「正式」の後宮ではない。

――― ――― ――― 

洛陽全体の城壁が“2つ”の「内城」の外側を包み込むようにめぐらされ、その城壁の間に都市が広がる。
それが、漢帝国の「帝都」の基本形だった。

主に「後宮」としての機能を受け持つ「北宮」と、それ以外の「官邸」と「公邸」の機能を持つ「南宮」である。

・  ・  ・  ・  ・

そして現在「南宮」もまた、無人ではなかった。“公式”の住人である皇帝が帰還していた。

…  …  …  …  …  

江東から洛陽への「帰路」は「往路」みたいな“お忍び”はもはや不要であり、堂々の凱旋行軍だった。
そして、その途上「当時」は皇帝の所在地だった許昌に立ち寄り、皇帝に報告した。

劉備玄徳。曹操孟徳。孫策伯符。三国の英雄たちがそろって、少年皇帝の御前に進み出た。
そして、言明したのである。

「本来」の帝都である洛陽から、この許昌へ陛下をお移しいただいていたのは、
洛陽を帝都として成立させていた、天下太平が失われていたからです。
しかし、今回の江東の戦によって、乱世は終わろうとしています。

その通りだった、所詮、許昌は予州潁川郡の地方軍閥の拠点に過ぎない。
その地方軍閥が皇帝を「保護」していたのも、乱世がための「緊急処置」だったのだ。
しかし、天下はほぼ統一されたのである。

こうして、洛陽への「凱旋」は“帝都”に帰還する皇帝の「お供」をするという形式になった。

…  …  …  …  …  

執金吾の焔耶などは、許昌と洛陽「北宮」のあいだで引き離されずに、この華やかな職務を続けられると、素直に喜んでいたが。

・  ・  ・  ・  ・

皇帝は「帝都」の「南宮」に入った。
確かに、未だ「自分の」後宮を持たない少年皇帝だから、当面は「北宮」は必要ないかもしれないが。

――― ――― ――― 

洛陽は、帝都としての繁栄を取り戻しつつあるように見えた。
そのにぎわう市内で、一刀は「制服デート」を楽しんでいた。

と、言っても、一刀が着ているのは光り輝く「オリジナル」の制服でない。
“ぽりえすてる”の無いこの時代では、代えの無い貴重品に成ってしまったため、
「天の御遣い」として、例えば兵士に演説する時とか以外は、
この時代の布地でつくった「レプリカ」を着ている。

光り輝いていない「レプリカ」にしろ「正体」がバレるかも知れない格好で出かけてきた理由は、隣りの桃香だ。
一刀の「レプリカ」と同じ布地でつくった、フランチェスカの女子用制服らしきものを、桃香は着ていた。
細かい事に、リボンの色とかが一刀の同級生のものだったりする。

…  …  …  …  …  

「天の国」にいたころ、人並みにあこがれていて、ついに出来なかった事である。
そして、それを他の誰でもなく桃香にする辺り、一刀の根幹では変わっていないところもあった。

1個の肉まんを半分に割って、買い食いしているところなどは、
ここが「天の国」と錯覚しそうな光景にちがいなかった。

――― ――― ――― 

荊州襄陽城。
「赤壁」直前の1時の混乱も過ぎ去り、城内も城外も「水鏡女学院」も変わらず平和だった。
「好好ね。良くやったわ」

――― ――― ――― 

一刀と桃香の「制服デート」が、華琳と雪蓮にバレてしまった。

華琳の「九蒕春酒法」の実験を一刀は手伝わされ、今度は桃香が河豚になった。

――― ――― ――― 

長城。
馬商人である張世平は、馬の買い付けにやって来ていた。
どうやら、自分の「投資」は成功したようだ。

幽州州牧が帝都の「北宮」に行ってしまっても、長城の向こう側が妙な気配も見せないのだから。

――― ――― ――― 

雪蓮に泳ぎに誘われた。それはいいだろう。いかにも長江育ちらしい。
それに、帝都の城外に出るまでもない。流石に「北宮」には“プール”の役に立つような人工池ぐらいある。
だが、雪蓮の泳ぐ姿は、どう見ても「ビキニ」に見えるのだが?
(…先輩が関わっているんですか?…)

その曹仲徳も、同じ理由で姉から問い詰められ、
「やれやれ」と肩をすくめていた。
そのオチが「スク水」だったりした。

――― ――― ――― 

益州永昌郡。南蛮との国境の郡である。
「しょんなところはしゃむいのにゃ」
南蛮王である美以の返答はこうだった。

帝都の皇帝から南蛮王の「金印」を受け取るよう、益州を預かる狭霧たちがすすめていたのだが。
もっとも、見た目とか、しゃべり方とか、蛮王らしい振る舞いとかの割には漢人の考える事をお見通しらしいから、
疑えば、どの”皇帝から「金印」をもらうべきか、まで考えていた?かもしれなかった。

――― ――― ――― 

「正史」「演義」では、孔明が来るまでは糜竺、孫乾、簡擁が劉備陣営における、文官トリオだった。

簡擁そして燕と礼は、地方を巡察していた。
問題は無いとは言い切れないが、あれだけ急激に「三国」が接収されれば、この程度は当然だろう。
むしろ、急速に安定化に向いつつあるといえた。
1見、あきれるような、帝都の「北宮」という解決法は、どうやら正解だったらしい。

――― ――― ――― 

「北宮」でも、まさか「制服デート」とか「酒造」とか「プール」とかばかりをしているわけでない。
むしろ、政務の合間にやっている。当然だ。

幸いにして、文官にしても治安面を任せる武官にしても「三国」から動員すれば人手に事欠かない。
だから、合間がつくれるのである。

・  ・  ・  ・  ・

本来、最高権力者の「官邸」は「南宮」である。
その機能が「北宮」に移っていた事が、最終的にはこの乱世を招いたとも言える。
そして、見方によれば、それ以上に現状は不自然かも知れない。
その「不自然」を解決する方法はある。しかし、それは形式上の大問題でもあった。

・  ・  ・  ・  ・

いずれにせよ、形式上であれ、本来の「官邸」は「南宮」である以上、公式の「国事行為」は「南宮」で行われるし、
ようやっと機能を取り戻しつつある、帝都の「官僚システム」を稼動させるためにも、
「南宮」には、いわば「皇帝官房」というべきものが置かれる。
その「官房長官」の人事が微妙だった。

流石に「旧」蜀だけでは、これ以上は人手不足だった。
だが「旧」魏や「旧」呉で、なまじ「名前」が知られている人物だと、
まだ、妙な誤解をされるかも知れなかった。
その意味では、微妙な時期だった。

「だから、そういう意味で、下手に名前が知られてはいないけど、実績とか経験は、今から積めば期待できそうな誰か」
についての“参考意見”を、華琳にも求めてみたのだが。

推薦された人名は、一刀と仲徳に密談をさせるものだった。

――― ――― ――― 

まるで「“黄巾の乱”も無かったように」“ただの”「アイドル」に戻っていた『数え役萬☆しすたぁず』の「舞台裏」に、「怪人物」が出現していた。

「「「南華老師?!」」」

――― ――― ――― 

「まさか、ここでこの名前が出るとは。先輩はご存知でした?」
「面識はあったよ。華琳姉さんの弟だからな」

司馬懿仲達
「三国志」を終わらせる人物だった。
「演義」は「死せる孔明、生ける仲達を走らせる」で実質上は終わり、
「正史」の三国時代は、司馬氏の息子や孫たちが、蜀を攻略し、魏を簒奪し、呉を攻略して終わった。

「この“三国志”も終わろうとしているんでしょうか」

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もはや「三国志演義」ではなく「恋姫」FFに成り切ってしまいましたが、
何とか“第3部”の「完」あるいは「起承転結」の「転」までは、
たどり着くことが出来たようです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の53『皇帝決断』~天道に太陽2つ無し~の予定です。



[8232] 講釈の53『皇帝決断』~天道に太陽2つ無し~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/04 23:31
『天に二日なく、地に(民に)二王なし』
こうした言い回しは、歴史上、何回か登場します。
『三国志』関係だと、劉備が蜀の国をうばったとき、あるいは曹丕(曹操の後継者)が後漢を簒奪したとき、
前王を殺しこそしませんでしたが、その身柄は都から追放しました。
その時、決断を迫る臣下が、こう言ったと伝えられます。

南華老仙
「演義」での張「兄弟」は南華老仙の教えで道術を身に付け、教団としての「黄巾」を作り上げたとされています。
そこで「真・恋姫」世界での南華は、名人「プロデューサー」として登場できないか、と考えてみました。

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††恋姫無双演義††講釈の53『皇帝決断』~天道に太陽2つ無し~


北郷一刀は曹仲徳と連れ立って『数え役萬☆しすたぁず』の「コンサート」にやって来ていた。
同性で年齢の近い友人同士が、こういった行動をするのは「天の国」なら、別に珍しい事ではない。
その意味も無いわけではなかったが、それだけで動ける立場でもない事も確かだった。
この「天の御遣い」は時々、その点であやしい行動もするが。

「先輩。俺が落ちて来た時は、もう始まっていましたからね」
「そうだな。北郷は「コンサート」をまともに見ていないんじゃないか」

確かめたい事があったのである。そして、確かめられた。
やはりこの「コンサート」は「天の国」のものに似過ぎていていた。
「俺たちみたいな、誰かが関係しているんでしょうか」
「少なくとも、俺じゃないぞ。俺には、音楽プロデューサーの才能なんか無いぞ」
「“演義”なら、南華老仙でしょうね」

直接の疑問だけは、あっさりと解ける事になった。
『しすたぁず』の「マネージャー」らしきもの、無論、もう「黄巾」は巻いていない、がやって来て舞台裏へ案内された。

そこに待っていた“怪人物”。『しすたぁず』が上座に座らせていた、その人物を「南華老師です」と紹介された。

…  …  …  …  …  

「お前はいったい?何をたくらんで来たんだ」
今度は「南華」に会場から連れ出され、適当な飯店に落ち着いていた。
一刀に見覚えがある謎の美女。
ある時は“貂蝉”を名乗り「天のお告げ」を先に立って導くようにふるまい、
また、“華佗”をこの世界に連れて来たのも彼女らしい。
それが「南華老仙」でもあるらしいとは、どういう事だ?

「アタシが黄巾の乱に関わっていたか、どうかは、貴方たちも知っているわよねん」
「確かにな」
「演義」の「南華老仙」も、張角に道術を授けた時は「世のため人のため」と教え、
乱の最中に病に倒れた張角には、自分の教えにそむいたための「天罰」と宣告した。

「アタシはあの娘たちを「プロデュース」しただけよん。だけど、変なやつらがまわりをウロウロして」
「それはそうだろうな。だが、お前は知っている。俺たちが「三国志」を知っている以上に、“この”世界を知っている」
「そのお前が「南華」を名乗って、張角たちを教えたのは、わざとじゃないのか」
「そうよねん。そうして「外史」が始まったわねん」
「“外史”とは何なんだ?そして、お前は何をして来たんだ」
「アタシはね、この「世界」で一生懸命生きている、あの子たちを見守ってきただけ」
天和ちゃんたちもそう、桃香ちゃんたちも、華琳ちゃんたちも、雪蓮ちゃんたちもそう。
そして、あの子たちを守るのは「天の御遣い」さまの役目かもねん。

「俺に何をさせるつもりなんだ」
「それこそ「天命」が決める事。そして、貴方が後悔しないようにする事」

結局のところ、水鏡先生の「好好」並にあしらわれてしまった。

――― ――― ――― 

『三国志』は「南華」に始まって、司馬仲達が終える。

・  ・  ・  ・  ・

いわば「皇帝官房」だから、皇帝に提出される公式文書は司馬仲達が作成する。
その仲達から提出された文書に、少年皇帝は驚愕した。

『天に二日なく、地に二王なし。また民にも二王なし』
そう始まる文書には、この帝国の現状が率直に、まったく率直としか形容できないほど率直に書かれていた。
その上で、聡明なる決断をと、結んであった。

その「聡明なる決断」が何を意味するかは、これだけ率直な文書からすら理解出来ないほど、愚かでも幼過くも無い。

その周囲にいるものたち、
前回、洛陽から許昌へ、そして今回、許昌から洛陽へと、したがった臣下たち、
また「十常侍」事件から時がたてば、皇帝の周囲に宦官や女官が居ない訳も無いが、
そうした皇帝が個人的に相談できる者たちも、皆、反対する意見は出さなかった。
出せなかったのである。“董承事件”の記憶が薄れるどころか、その後の展開は今回の文書の如くであった。

――― ――― ――― 

「何だよ?これ」
司馬仲達が皇帝の使者として「北宮」にもたらした、その「皇帝の意思」は、今度は北郷一刀を困惑させていた。

「禅譲(ぜんじょう)の御意(ぎょい)にございます」
「それぐらいは分かる。だけど、漢王朝の“お姫様”の桃香ならともかく」
「分かってないわよ」雪蓮と華琳が、見かねたように口を出した。
「あなたは「三国」の「国主」の上に立っているのよ。今はすでに」

・  ・  ・  ・  ・

禅譲
天命を失った事を自覚した前王朝の皇帝が、自ら新たな皇帝にその地位をゆずる。
中華の王朝交代では、武力で前王朝を倒す「放伐」より正統とされた。
それゆえに歴代王朝は、実質は「簒奪」であっても、禅譲の形式にこだわった。

・  ・  ・  ・  ・

今度は、仲達の報告を聞いて、皇帝の方が困惑した。

元来「正史」の“禅譲”の形式では、最終的に皇帝をゆずるまでに、何段階かの様々な『栄誉』が贈られる。
その1段階ごとに、2度以上辞退しては「現」皇帝の方が、強く希望したという理由付けがされ、
3度目に「仕方なくして」受ける、といった形式が順に踏まれて繰り返されて行く。

だから、最初の使者で、いきなり皇帝を受諾する事は形式からもありえなかったのだが、
「天の御遣い」からの返答は、“形式”上の辞退どころか、はっきりした拒絶、
いや、“無かった事にしたい”という意味の、はっきり黙殺と「明言」しての「黙殺」だった。

――― ――― ――― 

この何段階かの栄誉のうちの、最初の1段階目を曹操が獲得した時「王佐の才」と呼ばれた自らの軍師を失った。
軍師は主君に「簒奪者」の汚名を避けるようにいさめ、主君はそれに「無視」で答えた。そして、悲劇は起こった。
「正史」では、そう記録されていた。

だから、桂花が決意を固めた態度でやってきた時、一刀は非難される覚悟は、実は出来ていた。
それでなくとも、華琳に手を出して以来、ほとんど罵詈雑言をぶつけられていたのだから。
だから、逆に相手の科白が信じられなかった。
「天に二日なし」

絶句してしまった一刀のかわりに、丁度、寄り添っていた桃香が聞き返したくらいだった。

「そうよ。私たちは華琳様こそ、日輪と信じた。その日輪を支えようとした」
でも、その華琳様が、自らを差し出してしまったのよ。
その責任を取りなさいよ!!

――― ――― ――― 

竜鳳の軍師をはじめとして「北宮」の乙女たちは、表立ってどころか、あるLV以上は裏工作にすら関われなかった。
それほど、彼女たちに取っても、立場が微妙過ぎる問題だったのだ。

それだけに「天の御遣い」が「黙殺」した途端に、事態は動けなくなってしまった。

…  …  …  …  …  

事態を動かしたのは、やはり司馬仲達だった。

司馬氏は、実はこの時代を動かす「名士」の代表的な1員である。
後漢、三国時代の実相として、無双の英雄であっても「名士」という“手足”に支えられていた。
「最強」の呂布ですら、徐州「名士」の裏切りで没落したのだ。

その「名士」同士の“ネットワーク”で動かしたのだ。
この状況で「鍵」と成り得る人物を。

――― ――― ――― 

「正史」では、劉備の恩師、盧植は「三顧の礼」や「赤壁」の頃には病死している。
そもそも「正史」でも「演義」ですら、董卓に抗議して引退してからは表舞台から消えていた。

・  ・  ・  ・  ・

だが「この」歴史における「年代」は、断言してハチャメチャである。
「正史」の「年表」での、黄巾の乱から盧植の没年までの年数すら、経過していなかった。
そのため「この」歴史における盧植は、故郷である幽州で引退後の余生を送っていた。

――― ――― ――― 

この時代の、そういう意味では「優等生」の桃香では、盧植には反論できない。

そして、華琳にも実は1人だけ、桃香にとっての盧植とは異なる意味で、反論できない相手がいた。
祖母、華恋である。

・  ・  ・  ・  ・

曹操の「祖父」曹騰は、“正史”では没年不明であるが「この」時代に当たる頃には没していただろう。
しかし「この」歴史は華恋が健在な内に、ここまで進行、あるいは暴走していたのである。

…  …  …  …  …  

桃香が盧植に、華琳が華恋に、それぞれ説得されている様子を雪蓮は、蓮華やシャオとともに見守っていた。

…  …  …  …  …  

元々「礼」を重んじる儒学者として名声のあった盧植である。自分自身、半分は渋々の説得であることは見えていた。
それに、説得される方も、劉氏、つまり漢王朝の建て直しを唱えて来た劉備である桃香だった。

その桃香の悩む姿は、面と向って自分が説得されるよりも、一刀の内心に効果があった。
何と言っても、最初からの「メインパートナー」なのだから。

・  ・  ・  ・  ・

一方、華琳と華恋の場合は、もっと決心は、すんなり行った様だった。

そして、雪蓮は、その桃香と華琳を見守っていた。

…  …  …  …  …  

ついに桃香、華琳、雪蓮がそろって一刀を説得し始めた。

――― ――― ――― 

曹仲徳は、ある陰謀のために暗躍した。
その暗躍の相手は、司馬仲達と姉である華琳、そして雪蓮。
暗躍であっても、これ以上動くと、今の立場からは事態をややこしくする危険があった。

――― ――― ――― 

ついに「天の御遣い」が「北宮」を出て「南宮」を訪問した。劉備玄徳。曹操孟徳。孫策伯符。三国の英雄たちとともに。
北郷一刀にとっては、実は始めての、皇帝への正式訪問だった。

…  …  …  …  …  

まだ、少年の皇帝がはっきりと自分の意思で語った。
「皇帝としての責任を何1つ果たす事無く、ここにいたった」
ここに、ただ1度のみであろうと、皇帝の責任を果たしたい。
「天命」を受けて「天子」として認められて、万民を治めるのが「皇帝」である。
「天の御遣い」と、この時代を動かす無双の英雄たちに認められた、その「天の御遣い」の元に天下は平定された。
「これが「天命」である」

北郷一刀は何とか皇帝への礼を保ちつつ、しかし、はっきりと意思を表明した。
「俺は、俺の意思で「天の御遣い」をやって来ました」
だから、力の無い名も無い民衆のために、俺に出来ることをこれからもやって行きます。

だが、もったいぶった、禅譲の形式は不要だとした。
そんな形式を必要とすること自体、無理があるという事ではないでしょうか。
そんな無理がある事にこだわるよりも、それぞれの責任から逃げない事が大切でしょう。

…  …  …  …  …  

この時、一刀の後ろから桃香、華琳、雪蓮の3人が、一刀の肩にある衣装を着せ掛けた。
次期皇帝である太子が、公式の場でまとう衣装である。

・  ・  ・  ・  ・

実は、もったいぶった形式の段階を踏む事も無く、1気のクーデターで禅譲までたどり着いた「史実」はある。
それも、前漢・後漢に匹敵する、統一長期王朝の成立で。

ただし「三国」よりも後世。『北宋』王朝(水滸伝で有名)の場合である。
それに“インスパイア”を得て、かつ、やや衝撃度を柔らかくした方式だった。
この方式を思い付けるほどには、曹仲徳の「前世」も、中国史ファンだったのである。
そして、姉である華琳や雪蓮と謀議していたのだ。

一刀本人と、今だに「メインパートナー」である桃香が知らない処でというのがミソだった。

・  ・  ・  ・  ・

華琳と雪蓮が左右から一刀の肩に着せ掛けた時、一瞬だけ迷った桃香は正面に回って、一刀と向かい合った。
そして、次の数瞬で決断すると、桃香が前から手伝って一刀に着せ掛ける。

まだ少年の皇帝には確かに太子はいないが「本物」の太子がいる、いないに関わらず、
本来は極刑に値する行為の筈だった。皇帝が許さなければ。

そして、皇帝は許した。
それは「天の御遣い」が次期「天子」を受け継ぐ太子として、現在の皇帝から認められたという事だった。

そして、皇帝の代行者としての資格を、これまでの形式上はあやふやだった状態から、
形式としてもその資格を得たということでもあった。

…  …  …  …  …  

その太子としての、つまり皇帝代行としての、最初の正式な布告は次のものだった。
「劉備玄徳を蜀王に、曹操孟徳を魏王に、孫策伯符を呉王に、正式に任命する」
ただし、それは「太子妃」という王族の資格で、である。

実力者によって三分された天下を、最も混乱無く再統一する、実に上手い方式だったのである。

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ますますもって、ご都合主義な展開だと、言いたいかも分かりませんが、
何とか、完結に向けて、つじつまだけは合わせないといけないという事で、お見逃しください。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の54『白鬼暗躍』~正しい歴史とは正義なのか~の予定です。



[8232] 講釈の54『白鬼暗躍』~正しい歴史とは正義なのか~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/04 23:36
「おに」とは、日本独自の“モンスター”であり、
中国での「鬼」は「死霊」の意味に近く、
むしろ「キョンシー」とかをイメージした方が近いでしょう。

――― ――― ――― 

諡号(しごう)=おくりな
歴史上、中国の皇帝など、東アジアの君主の記録された名前は死後におくられた名前です。
したがって「現時点」での皇帝も「献帝」とは、自ら名乗っていませんでした。

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††恋姫無双演義††講釈の54『白鬼暗躍』~正しい歴史とは正義なのか~


玉門関。万里の長城の西の端であり、後漢帝国の西北の角。
草原の騎馬の民にしてみれば長城の南北、玉門間の東西に関(かか)わらず同じ彼らの草原かもしれないが、
「漢」の側の認識では長城の南、玉門間の東は後漢13州の1つ涼州である。

その玉門関からは南東に位置する草原を、堂々と進軍していた。
中華帝国の「次期」皇帝を押したてて。

…  …  …  …  …  

北郷一刀は、帝都の「北宮」から乙女たちのほとんどを連れて来ていた。
「まるで、フランチェスカの修学旅行だ」
一瞬、脳内に浮かんだ妄想を振り切るようにすると、眼前の玉門関を見詰めた。

後漢13州の内、東北の幽州、西南の益州(蜀)東南の揚州(呉)をその目で見、その足で踏んで来た。
残る西北を皇帝になる前に訪問するのは、むしろ当然と思った。
もっとも、後漢12代の皇帝の内、初代皇帝以外は、ほとんどが帝都洛陽の城外にすら出なかったのだが。

それに「天の御遣い」には、長城が気になる理由があった。

・  ・  ・  ・  ・

「正史」では「三国」の後の再統一は、結局は長続きしなかった。
長城の北や、玉門関の西から侵入した騎馬の民に、せっかく再統一した中華の北半分を占領されてしまい、
この「南北朝」時代の後で、後漢以来の長期統一帝国が成立するのは『唐帝国』。
何と、日本では飛鳥時代であり『西遊記』の(モデルになった)時代になってしまう。

もっとも「正史」の「年代」を一刀と曹仲徳で確認した結果は、

黄巾の乱―西暦184年。
騎馬の民の侵掠―西暦304年。
“司馬氏”によって、三国が再統一される―西暦280年。

「この」世界の年代は、断言してハチャメチャだが、それでも“黄巾”から数年しかたっていない。

・  ・  ・  ・  ・

これから出来るであろう新しい王朝が100年以上も存続できるか、どうかも分からないが、
それでも、長城を軽視は出来なかった。

「ここまで「天の御遣い」をやって来たんだ」
力の無い人たちが笑顔で暮らせる国を、少しでも長持ちさせる。それだけじゃないか。
それに俺は1人じゃない。

北郷一刀は、今は同志となった乙女たち、無双の英雄たちを見渡した。
桃香、華琳、雪蓮、蓮華、小蓮……
愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠、蒲公英、桔梗、焔耶、璃々……
春蘭、秋蘭、桂花、季衣、流琉、稟、風、凪、真桜、沙和、霞……
冥琳、穏、思春、亞莎、明命……
月、詠、恋、音々音、麗羽、美羽、猪々子、斗詩、七乃、白蓮……華雄の真名は教えられていたかな?

…  …  …  …  …  

行軍は玉門関の直近で反転して、帝都への帰路へと向かった。

その時、ふと一刀は境界付近の山脈の中に、なぜか心を引かれる山を見つけた。
そして、乙女たちの中の涼州出身者に質問してみた。

「魔王が落ちて来た山ね…」
どこかで聞いた事のあるような気もけれど。
そういえば…ここは玉門関の、つまり「中華」と「西域」の境界辺り…
ここで思い出した。「天の国」にいた頃、計算してみた事があった。
「西遊記」の時代マイナス500年が何時ごろになるか。
「三国志」より数十年前。丁度、今さっき教えられた年代あたり。

「それじゃ、あの山は両界五行山?“西遊記”までありなのかよ。この世界」
もしかして「こんな」世界だから。孫悟空が女の子だったりするのかな。だとしたら、流石にかわいそうな気も……
気のせいか、その山の方から吹く風が、泣いているような気がした。
「…さびしいよ……まだなの…三蔵…」

――― ――― ――― 

帝都。曹仲徳と司馬仲達は「お主もワルじゃのう」的なノリで、自分たちの陰謀について語り合っていた。

「しかし、良くぞ思い付かれましたな。これが「天の御遣い」という“こと”なのでしょうか」
「まあ、そうですな」

・  ・  ・  ・  ・

北宋王朝の初代皇帝、趙匡胤は唐帝国が衰亡した後の「五代十国」と呼ばれた乱世を収束させるだけの、
英雄の力量は確かに持っていた。
その趙匡胤が、その時仕えていた国家に幼君が立つと、軍の将兵の人望が彼に集まったのである。

それを見た、弟で後の第2代皇帝となる趙匡義と、この初代と2代の皇帝を宰相として補佐する事になる趙普が、
兄が酔い潰れている機会に兵士を集め、
そして、おそらくは趙匡義と趙普が用意した皇帝の衣装を、酔い潰れている兄に着せ掛けると、
集まった兵士たちが皇帝への即位を迫ったのである。

ここにいたって、趙匡胤も決断した。北宋帝国の建国を。

・  ・  ・  ・  ・

「しかし、太子殿下とお妃様たちのほとんど全員が「北宮」を留守にしても、この帝都は「南宮」も含め静かですな」
「それが目的だと、あらかじめ、風聞がばらまかれていたからな」
「そう、それが「何の」目的なのか。この「好機」に妙な事をたくらむ者ほど、思い悩んだでしょうな」

――― ――― ――― 

帝都の某所。
繁栄を取り戻しつつある大都市には、多少のあやしい者が潜り込めそうな場所は少なくない。

「だめですね。この「外史」での「献帝」は、あきらめが良過ぎます」
「ならば、コソコソ小細工しても、踊ってくれんという事だろう。傀儡どもが」
「まったくです。この「外史」の献帝と、その取り巻きはすでに「山陽公」の心境ですよ」
“山陽公”とは「正史」の献帝が皇帝をゆずった後の称号である。

「ふん。傀儡のくせに“オリジナル”以上に腰抜けか」
「まあ、この「外史」の“ゆがみぐあい”が、それだけひどいのでしょう」
「で?小細工はもう出来んのなら、どうするつもりだ」
「2つしかありませんね。“イレギュラー”を直接殺すか、この「外史」そのものを直接、消失させるか」
「最初からそうすれば、良かっただろう。セコいウラ工作をたくらむよりも簡単だった筈だ」
「そうは行きませんよ。これは最後の手段です。これで失敗したら、どうなってしまうか」
我々どころか「正史」にだって、予測し切れません。最初に最後の手段を試すのは無謀だったでしょう。

「だがな。もうこの手段しかないのだろう」
「そうです。だから、失敗は許されません」

…  …  …  …  …  

「まったく、ヤボねん」いつの間にか、謎の美女が出現していた。
「貴女こそ、いい加減にしてほしいですね」
「そうだ。どこまで邪魔をする。お前も結局は「正史」の傀儡だろう」

謎の美女はあくまで微笑みながら、むしろ諭(さと)す様に語りかけた。
「そんなに大事な事かしらん。「正史」とか「外史」とかが」
「ほう。面白い見解ですね。自分が「正史」から割り振られた「南華老仙」の役を演じきっておいて」
「あらあら、アタシは、ただの「プロデューサー」をしただけよん」
後の事は、みんな、良い事も悪い事も、間ちがえた事すら、この時代を生きている「あの子」たちが、
一生懸命生きた、その結果。
「この」世界の歴史なんて、“この”世界でしか、つくられないのよん。

――― ――― ――― 

帝都の「北宮」
太子として、正式にこの「後宮」の主となった「天の御遣い」と、
その妃にして「三国」の王とその側近である乙女たちが、帰還して来ていた。
そして、曹仲徳や司馬仲達ら、からの報告を受けていた。

…  …  …  …  …  

正式の報告の後で、北郷一刀は仲徳と「天の御遣い」だけがわかるような、しかし、重要な会話を交わしていた。

「おおまかだが「国勢調査」の最初の報告は出来る」
細かい正確な数値は、さらに調査とデータ処理が必要だろうが、
現在の人口が、2500万人以下の可能性は少ないな。

後漢帝国の安定期には、人口は5000万余人だった。
そして「正史」では、“三国”を合計しても最悪の時点では、人口は約500万人にまで急減していた。

「俺は、というか。俺たちは「正しい事」をしたんでしょうか?」
「さあな。ただ、この「世界」の無名の民衆には、よりマシな事をした筈だ」

――― ――― ――― 

その深夜。
帝都城内を巡回する兵たちのうち「北宮」の周辺にいた兵は、
周辺の市街からワラワラと空中に舞い上がる、アヤしい紙人形を見た。

その紙人形がワラワラと城壁を飛び越えて「北宮」の内部に落ちると、
落下点から、無表情な白装束の人影が立ち上がり、
武器を取って、宮殿の中心部へ駆け込んでいった。

こんなアヤしさ満点の術でも使われなければありえない様な、完全な奇襲だった。

――― ――― ――― 

だが、この「北宮」の乙女たちは無双の英雄でもある。
一方的な奇襲を受けっぱなしになるような、そんな筈も無かった。

たちまち、宮殿中が、激しい戦いの舞台になった。
アヤしい白装束は、実のところ1人ずつはそれほど強くない。
雑兵クラスならともかく、この「北宮」の乙女たちのうちでも武将クラスなら勝てる。
だが、倒しても、倒しても、後から後からワラワラと振って来る。
キリが無い。

しかも、ある1点を目標にしていた。
軍師たちには、直に明らかになった。
「狙いは「ご主人様」です!」

――― ――― ――― 

「“諸悪の根源”め。今夜が最後だ。あの資料館で、死んでいたと思え」

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ここから盛り上がって行くはずでしょうが、
もしも迫力不足とかになった場合は、すべて作者の未熟です。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の55『真相暴露』~真実とは常に?1つだけ?~の予定です。



[8232] 講釈の55『真相暴露』~真実とは常に?1つだけ?~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/05 23:30
「正史」の劉備は“赤壁”までは流浪の傭兵隊長でしたし、
曹操もまた、潁川郡許昌の地方軍閥となるまでには、下積みというべき時代がありました。
この、いわば1番その達成すべき目的から遠かった時代を「スルー」出来たという事で、
この「外史」は加速して行きました。

当然ながら「正史」を“正義”とすれば、許しがたき“暴走”となるでしょう。

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††恋姫無双演義††講釈の55『真相暴露』~真実とは常に?1つだけ?~


まるで無差別爆撃のように、帝都「北宮」に降って来たアヤしい白装束たちは、
当初は出くわす相手、相手に襲い掛かっていた。
そのため、戦闘力の無い侍女や使用人には災厄に他ならなかったが、
逆に戦闘力のあるものの、ほぼ全員が戦闘に参加する結果になっていた。

「不本意で無いとは言えないですね」干吉はそんな、左慈に言わせればノンキとすら言えるセリフを口にした。
「魏軍や呉軍が、蜀軍並みに戦う理由はあるでしょうかね。我々の目的を知ったら」
しかし目指す「諸悪の根源」が、このややこしい後宮のどこに、この瞬間にいるかまでは、
いくら我々でも感知できませんからね。

…  …  …  …  …  

「北宮」のあらゆる場所で戦闘が起こっていたが、突然、すべての白装束が1点を目指して移動しようとし始めた。

その動きを軍師たちが見破った。
正直、戦闘となれば武将たちに援護される形だったが、
しかし、その状況でも、敵全体の動きを目と頭脳で追っていた。
振って来ては、襲い掛かるばかりだった敵が、1つのまとまった動きを見せた。
その動きを見逃さなかったのだ。

「あの白装束たちの狙いは「ご主人様」です!」
ここである疑念が生まれた。「旧」蜀の乙女たちからすれば、である。
「旧」他陣営のものたちまでが、自分たち同様に“ご主人様”のために戦ってくれるのか?
むしろ、彼女たちの、本来の主を解放する好機と思うのではないか。

実のところ、動き始めて以降の白装束どもは、追撃してくる相手への応戦はしても、
目標への移動よりも優先してまで、目の前の相手に襲い掛かろうとしなくなっていた。
見事な統制である。最初の無差別攻撃は、狙う標的を探すまでのものだったのだ。

朱里たちの警告を受けた愛紗たちは、余計にあせりながら、一刀の居場所を目指したのだが。

・  ・  ・  ・  ・

北郷一刀もあせっていた。
彼もまた、突然、降ってわいた白装束に遭遇したのだが、
最初のうちだけは手近な標的に襲い掛かっていた白装束の中のどれかが、たまたま、近くにいた一刀を襲った途端、
次々と周りの白装束までが、標的を変更しだしたのだ。

この時、一刀のそばには、確率論的な問題だったのだが、桃香しかいなかった。
それでも、建物内で1度に襲って来る人数が限られるという事もあって、何とか持ちこたえていた。

――― ――― ――― 

「ほうほう、中々やりますな。関羽や張飛の後ろで、大事に守られていたはずなのに」
干吉にして、誤解していたようだ。
いつものおっとり振りに加えて、関羽や孔明の引き立て役にすらなっていた「演義」での劉備のイメージから。

「正史」の劉備とて、並み居る強敵たちを相手に“赤壁”まで生き延びた、
それも孔明無しでも、負けたのは呂布や曹操ぐらいだった、
百戦錬磨の傭兵隊長である。
個人的な武勇とて「伝家」の名剣が、“宝の持ち腐れ”にならない程度はあった。

北郷一刀の方も「天の国」にいたころの、アマチュア剣道家のままではない。
戦場の場数も踏めば、愛紗や鈴々を初めとする無双の雄将たちの鍛錬も受けて来た。
彼女たちならともかく、今、襲って来る白装束たちよりは強くなっていたのである。

――― ――― ――― 

しかも、干吉たちにとっては、もっと大きな誤算が起きていた。
「諸悪の根源」を発見した後は無差別攻撃を中断していたのだが、
蜀軍以外の乙女たちも負けず熱心に追撃してくるのだ。

彼女たちの中には「いっそ、ち○こを見殺しにすれば自由になれます」などと「旧」主を扇動するものすらいたが、
肝腎の「旧」主の方が陣頭に立って、一刀の援護に駆けつけようとするのだから、後に続くしか無かった。

「おい!話がちがうぞ」左慈の指先では、
華琳が「絶」を振り回し、何人かの白装束が消失した後に、数枚の紙人形が空中を舞っていた。

「そうですね。曹操も孫姉妹も完全にたぶらかされていましたな。これでは、あの傀儡たちでは力不足かも」

――― ――― ――― 

次々に、押し寄せてきていた白装束たちが急に引くと、その向こうから白装束をけちらしながら近付いてくる。
ついに、愛紗たちが駆け付けたのだ。
流石に、1瞬だけホッとした途端、はるかに危険な敵が自ら襲い掛かってきた。

「諸悪の根源め。もう、まどろっこしい事はやめだ。直接、殺してやる」
「お前は?!あの鏡泥棒」

「消え失せろ。貴様が捻じ曲げた「外史」とともに」
強い。危険だ。
しかし、一刀も以前に殺されかけた時の学生のままではない。そして、桃香が一緒だった。
「乳虎」そう、桃香が一緒ならば一刀は最大の力を振り絞れた。そして、桃香だって守られるだけではない。
さらには、2対1の戦いは2×2対1にも、1対1が2つにもなりうる。その意味では正しく“比翼連理”。
その連携攻撃は、左慈の攻撃を「カウンター」で1度は跳ね返していた。

「くそ生意気な。“イレギュラー”と人形の分際で。こうなったら、本気で殺してやる」
そこへついに、白装束を突破した愛紗と鈴々が乱入した。

愛紗と鈴々が得意の得物で斬りかかり、しかも後ろからは朱里と雛里が助言している。
この状況で立ち向かえるのは、これまでは恋だけだったろう。だが、

「気を抜くな。下手をすれば恋以上だ」
「ふん。あんな呂布“らしきもの”と一緒にするな」

さらに、愛紗たちが来た方向とは、別の方向の白装束が蹴散らされた。
乱入してくる華琳。別方向からは雪連。それぞれの後ろからそれぞれの雄将たちが乱入してくる。
逆に、建物内では戦場が狭く成りだした。

「いよいよ、ややこしくなりましたよ」干吉も乱入するが、この状況では、すでに一刀に近寄れなくなっていた。

「出直しましょう。少なくとも最後の最後には、1つの手段だけは残っています」

いきなり、ドス黒い煙霧が立ち込めた。
「この霧!そうよ、アイツは」華琳が左慈に気付いていた。

・  ・  ・  ・  ・

「それじゃ、あの鏡泥棒…いや、あの危険人物が先輩を?それに「左慈」だって?」
「それだけじゃないわよ」
「ああ、もう1人は「干吉」だって言うんだろ」
一刀も「演義」での「左慈」「干吉」の「エピソード」は知っている。
華琳や雪蓮が遭遇したのも、ほぼその通りだった。
その通り過ぎた。

「北宮」のあちらこちらにアヤしい紙人形が散らばっている。倒した白装束の後にそれが残っていた。
幸い、命まで落とした犠牲者は最小限だった。ケガ人は非戦闘員を主体に相当出ていたが。

「何者なんだ」「諸悪の根源なんて「ご主人様」の事を」「もしかして……」

「もしかしたら、俺が「天の御遣い」なんて気取って、“歴史”を変えたからか」
「そうよん。あのヤボたちには、それだけが正義なのねん」
「お前は??」
何度か出現した、謎の美女。

「今度こそ聞かせてもらうぞ。知っている限りの事を」

…  …  …  …  …  

北郷一刀と、ある時は「貂蝉」またある時は「南華老師」を名乗って来た謎の美女、
そして「北宮」襲撃を聞いて駆けつけてきた曹仲徳。
この3人が、まだ襲撃の後も生々しい「北宮」の庭の真ん中にたたずんでいた。

・  ・  ・  ・  ・

「全ては、あのひと言から始まったのよん」

―こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ―

「そのひと言が切欠になって「歴史」というか「世界」を改変する力が働いたの」
「神」とか「可能性」とか、名前はどうであれ、おそろしく都合の良過ぎる力がねん。
その結果が「この」世界。貴方たちも知っている“あの「野望の時代」”をこんなに早く終わらせる方法なんて、
他に無かったわよね。
あの子たちが、みんな女の子になってしまって、しかも、貴方自身がそれを1つにしてしまうくらいしか。

「そんな…バカな」
「でも、もともとハチャメチャでしょう。この世界。“元の「歴史」”を知っていれば」
「でも……」
「まあ、待て。北郷。先に聞いておきたい。奴らは何者だ」
「正しい歴史は1つしかない。その正義にしがみつく何者かが、こんな風にして出来た「世界」を消そうとしたのよ」
その何者かにはね、世界をつくった力に比べれば、いくつかの限界はあるんだけれど、
ある程度は「世界」に介入する力があったわ。
だだし、直接には「世界」に介入できないから。
「人間の姿をした、いわばシステムの端末みたいなものをつくったの」

「それでは、お前は」
「アイツらからすれば、裏切り者。でもね、アタシにはアタシの意思があるわ。あの子たちのようにねん…」
…ねえ…一刀ちゃん。
貴方にとって、そう例えば、桃香ちゃんはなあに。
ある意味、貴方が作り出した「この」世界で、劉備の役を振り当てられた可愛いお人形かしら。

「今までの恩義はあるからな。今のは聞かなかった事にしてやる。もう1度なんか言わせないぞ」
「あらあらこわい。だけど、本当の事でもあるのよ。なんで、そんなに怒るの」

「もし、もしも、貴様の言う通りだとしても、みんな生きているんだ」
桃香も、愛紗や鈴々たちも、朱里や雛里たちも、華琳たちや、雪蓮たちだって、
劉備や曹操とかの、役割を押し付けられているだけじゃないんだ。
たとえ誰がつくった、どんな世界だって、この世界で一生懸命生きているんだ。
この世界が、俺たちが前にいた世界とどう変わっていたって、
それは、この世界で生きている、桃香や華琳たちが自分でつくった世界なんだ。
俺や先輩がやった「天の御遣い」なんて、その手伝いでしかない。
「この世界は、この世界に生きている桃香たちのものなんだ」

「賛成」「へ?!」あっさりと貂蝉に、そう答えられて、むしろ空振りした一刀だった。
「だから、アタシは裏切ってやったのよん」
真実はたった1つしかない、なんてのは「探偵ものミステリー」の世界よね。
世界そのものがいくつ出来てるかすら、わかんないんだから、
誰もみんな、自己責任で自分の真実を追いかけて行くしかないの。
そして、他人に迷惑をかけるのも、挫折して泣くのも自分。
「他人に決めてもらう事は出来ないの」

――― ――― ――― 

遠巻きに見守る乙女たちには、まだるっこしくすらあった。
無双の英雄でもある彼女たちですら、話が終わるのを、
そして、彼女たちに「天の御遣い」が語りかけるのを待っているしかなかった。

――― ――― ――― 

「少なくとも、さっきのが貴方の決心なら、もう前へ進むしかないわ」
アイツらは、泰山よ。そこで、最後の手段になる儀式を行うつもりのはずよ。

貴方は1人じゃないでしょう。
この世界をつくるのがあの子たちなら、これは、あの子たちの戦いでもあるのよ。
むしろ、貴方が、あの子たちと一緒に戦うの。そうよねん。

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「恋姫」世界の設定はこうだった?という疑問やツッコミは、おありだと思いますが、
これは、あくまで作者の解釈です。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の56『無双のつわもの十字の旗に会し 泰山の決戦に天命を賭ける』
の予定です。



[8232] 講釈の56『無双のつわもの十字の旗に会し 泰山の決戦に天命を賭ける』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/05 23:33
††恋姫無双演義††講釈の56『無双のつわもの十字の旗に会し 泰山の決戦に天命を賭ける』


―こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ―
そのひと言と、あの鏡の光から、すべてが始まった……

……北郷一刀にとっても、驚愕しないはずのない真実だった。
だが、この世界の乙女たちには伝えなければならない。

「天の国」のことすら適当にごまかして来たともいえるのに“この”真実をどこまで理解してもらえるか、
伝えるだけでもつらいのに。
それでも、逃げる事だけは出来ない。

1夜を待ったのは、これは逃げでは無かった。
自分自身の心の中を、どれだけ可能にせよ、一旦はリセットする必要があっただけである。

…  …  …  …  …  

1夜明けて、一刀の前に乙女たちが集まった。

いつもならば、最低でも、一刀のそばには桃香が寄り添っているだろう。
また、その後ろには愛紗、鈴々、朱里、雛里といった同志たちが控えている事も多かった。
しかし、今は桃香たちも、華琳たちや雪蓮たちとともに一刀の正面にいた。
そして、一刀と同じ側には曹仲徳と、昨夜からケガ人の手当てに追われていた華佗がいた。

――― ――― ――― 

華佗の所属する「五斗米道」は、蜀の成都と旧都長安の間の漢中盆地に乱世の別天地をつくりかけていた。

これに対して、一刀や仲徳そして華佗の知識にある「天の国」での“宗教法人”での軟着陸が図られ、
教団幹部も、漢中盆地を明け渡す代わりに本来の民間活動を全国的に認められる条件で決着していた。
そのため、教団の活動上は帝都に本部を置いた方が便利になっていた。

したがって、華佗がこの騒動を聞いて駆けつけて来れた。

――― ――― ――― 

北郷一刀は、語り続けた。
先述した事などの理由で断続的になりつつも、精一杯の誠意を込めて、
「天の国」の意識を共有している華佗や、ともに「貂蝉」とも語った曹仲徳にサポートされつつも、何とか語り終えた。

………。

……。

「…ご主人様」沈黙の中から桃香か静かに、そう、何事も無かったように、むしろ穏やかに語りかけてきた。

「おっしゃられた事の全てを理解できたとは限りません。でも」
最後にご主人様が貂蝉さんにお答えになった事は、はっきりと心に届きました。

・  ・  ・  ・  ・

「…ねえ…一刀ちゃん」
貴方にとって、そう例えば、桃香ちゃんはなあに。
ある意味、貴方が作り出した「この」世界で、劉備の役を振り当てられた可愛いお人形かしら。

「今までの恩義はあるからな。今のは聞かなかった事にしてやる。もう1度なんか言わせないぞ」
「あらあらこわい。だけど、本当の事でもあるのよ。なんで、そんなに怒るの」

「もし、もしも、貴様の言う通りだとしても、みんな生きているんだ」
桃香も、愛紗や鈴々たちも、朱里や雛里たちも、華琳たちや、雪蓮たちだって、
劉備や曹操とかの、役割を押し付けられているだけじゃないんだ。
たとえ誰がつくった、どんな世界だって、この世界で一生懸命生きているんだ。
この世界が、俺たちが前にいた世界とどう変わっていたって、
それは、この世界で生きている、桃香や華琳たちが自分でつくった世界なんだ。
俺や先輩がやった「天の御遣い」なんて、その手伝いでしかない。
「この世界は、この世界に生きている桃香たちのものなんだ」

・  ・  ・  ・  ・

「だから一緒に行きます」桃香は一刀をしっかりと見詰めていた。
「一緒に行きましょう。そして」
一緒に戦いましょう。一緒につくってきたこの国を守りましょう。
そして、必ず戻ってきましょう。一緒に生きていくために。

「ありがとう」一刀はただひと言しか言えなかった。

「何よ。1人で全部、言いたい事を言ってしまって」華琳が文句を付けたのは、そこだった。
「こんな時まで、正妻ぶるつもり?」雪蓮にいたっては、何分の1かはおちょくっている。

「五虎竜鳳」が桃香に続き、さらに他の乙女たちもしたがおうとしたが、
一刀は、もう1度だけ確かめた。

「これはある意味「この世界」そのものとの戦いだ。だから強制も命令もしない。連れて行く兵も志願兵だけだ」

…  …  …  …  …  

この宣言があったが、それでも遠征軍の編成と準備は、順調に進行していった。

・  ・  ・  ・  ・

「みんなに受け取って欲しいものがあるんだ」
もはや形容でもなく、出撃前夜にいたって、北郷一刀がそう切り出した。
しかも、なぜかモジモジとしている。

「何でしょうか?」
最初に正面へと立った桃香の頭上に細い銀の鎖をかかげたまま、一刀は硬直してしまった。
「あのな…これは…」

とうとう、見かねた曹仲徳が、苦笑と微笑と溜息を混合した態度で「やれやれ」とつぶやきながら、助けを出した。
「“天の国”での風習ですよ」一刀にはタメ口なのは「天の国」では“先輩”だからだ。
「男が女に婚約を申し込む時というか、女がそれを受ける時に、男から女に贈る物があるんです」
左のくすり指に付ける指輪に、女の誕生月ごとに決まった宝石を入れて贈るんです。

「?」しかし、その指輪らしきものは、銀の鎖の先にぶら下がっている。
「北郷は「天の国」では、まだ学生でしたからね」
桃香は、これにはうなずく。“制服デート”の時に聞いていた。

「だから、そういう場合は、年下の方が学院を巣立つまでは、大っぴらに指に付ける代わりに」
こういう風に銀の鎖を付けて、首から下げて置くのですよ。

桃色になる桃香。祝福するものあり、嫉妬するものありの乙女たち。
「い…いや。みんなにも1つずつあるよ。ちゃんと石も合わせて」ますますあわてる一刀。
「あ…あの…ごめん」今度は、直近の桃香に謝ったりといそがしい。
いかにも王族らしい、おっとりとした反応にホッとすると、あらためて桃香の首に銀鎖をかけた。

そして、1人に1つずつ、銀鎖をかけて行く。
大喜びするものあり、ツンデレのツンあり、どう反応するのかにとまどっている者もいた。

…  …  …  …  …  

「みんな」最後にもう1度呼びかける。
「自分から、受け取ってもらって、勝手だけど」
出撃する時は、この帝都で預かってもらって行こうと思うんだ。
そして、返って来よう。必ずみんなで。

・  ・  ・  ・  ・

そして、出撃の時は来た。

帝都の城外に立ち並ぶ旗、旗、旗。
「蜀」に「劉」、「魏」に「曹」、「呉」に「孫」……
星座の如く、無双の雄将、知略の軍師の旗が立ち並ぶ。
その中央にかかげられる「十」の旗。

目指すは泰山だった。

――― ――― ――― 

黄河沿いに連合軍は進撃する。さらに、水軍も併走していった。

やがて、泰山を目前にして、一旦は布陣する。
泰山とひと言で言っても広い。日本列島なら、九州か紀伊半島ほどもある広大な連山なのだ。
しかも、黄河がふもとを流れているため、後年には「水滸伝」のモデルになる梁山泊のような湿原すら存在する。

しかし、探索の必要は無かったようだ。
ワラワラとあの紙人形が降って来ると、白装束が沸いて出て、あやつりとも思えないほどしっかりと布陣した。

その布陣から逆に読み取れる。この山中のどこに近付かせたくないか。
軍師たちは一応は裏の裏をかんぐったが、結局はウラは無い、と結論付けた。

…  …  …  …  …  

これに対する連合軍の策戦は、突破である。
「貂蝉」の情報は信じるしかないが、それによると「左慈」「干吉」は、この名山の山中で、
アヤしい銅鏡を使用したアヤしい儀式を行うという。
それを阻止する事が今回の目的なのだ。
だから、それを含めて「左慈」「干吉」と決着をつけるべき北郷一刀と、その援護にあたる者たちを、その決勝点に送り込む。
それを目標に、すべての戦術を組み立てる。
それしか無かった。

その“突撃隊”も一刀と桃香の他に「五虎竜鳳」と決まった。
最低でも、これだけは同時にたどり着く必要があるだろう。奴らの危険度からいえば。

・  ・  ・  ・  ・

「だから、この面々は、当面の編成と布陣から外れてもらうわ」華琳は言い切った。
「連合軍自体は、私が預かる。それでいいわね」
今は、一刀が決断すれば良かった。

華琳の布陣は、ある意味は明快である。“電撃戦”だ。
「戦車」役となる打撃部隊の直後ろに、一刀たち「突撃隊」が続き、側面や後ろは後続に任せて突破し続ける。
「戦車」役が攻撃力を、もし失えば、あらたに打撃部隊を投入してでも、ひたすら突破を続ける。

黄河を経由して水軍で参加して来た孫呉軍は、“梁山泊”の水上からの援護を割り振られた。

そして「戦車」役に決まったのは、最大の攻撃力を認められた恋だった。

――― ――― ――― 

恋と音々音が率いる涼州騎兵が陣頭に立ち、その後ろに一刀たちも位置する。
その後方に、華琳の指揮する全軍が布陣した。
「旧」蜀軍や「旧」魏軍だけではない。
「旧」袁家軍や「旧」董軍、何と、青州兵として曹魏軍に組み込まれていたとはいえ「旧」黄巾軍まで出現していた。
孫呉水軍も梁山泊の湿原をこぎ進む。

「突撃!」「突撃!」「突撃―!!」

――― ――― ――― 

帝都「北宮」
「天の国」なら「クリスマスツリー」を連想するかもしれない。
銀鎖に指輪と宝石を付けた「ペンダント」がすずなりに下げられていた。
その下で、1人だけ首から下げた璃々が、阿斗と遊んでいた。

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それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の57『恋姫無双』~乙女たちのLastBattle~の予定です。



[8232] 講釈の57『恋姫無双』~乙女たちのLastBattle~
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/06 23:20
無謀と思いつつも書き始めた、この未熟な作品も、とうとうここまでたどり着くことが出来ました。

ここまで、読み続けてきていただいた皆様には、心より感謝いたします。
また、温かいご意見・ご感想をいただいた方々には、重ね重ね、お礼を述べさせていただきます。

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††恋姫無双演義††講釈の57『恋姫無双』~乙女たちのLastBattle~


泰山
歴代の中華皇帝が山上に“天”をまつり、ふもとに“地”をまつって天下太平を天地に報告してきた「名山」である。

その山中。いかなるいわれがあるのかすら、すでにアヤしい神殿らしきもの。
そんなアヤしさ大爆発な場所で、アヤしい儀式を進めようとしているアヤしい2人組。かすかにあせりが見えなくも無い。
まるで、予想以上に抵抗するイジメられっ子にイラつくイジメっ子の如くに、いらだつ左慈。
そんな相方や目前の状況をすら、どこかで楽しんでいる干吉。
その2人組は、“儀式”の進行を急ぐと同時に、白装束たちを召還して時間を稼ごうとしていた。

――― ――― ――― 

激突と同時に何人かの白装束が消失し、紙人形が空中に舞う。恋の強さは健在だった。
それでも数を頼んで、その突撃を阻もうとする敵に対して、本陣で指揮する華琳が先手を取った。
恋の左から春蘭、秋蘭、右から季衣、流琉が投入されて突進力を取り戻す。

さらに、梁山泊の水上から雪蓮、冥琳たちの指揮する水軍が、矢の雨というよりも火矢の嵐を叩き付けた。
白装束の「正体」が、アヤしい方術か何かをかけられた紙人形と見切っての火矢の嵐である。
当然、陸上でも恋たちの頭ごなしに、火矢の嵐や「石砲」から打ち出された焼石が飛び越えていった。

着弾する辺りから燃えさしの紙人形が飛び散り、それだけ敵の陣形が崩れると、
それだけ味方の突進力が増大していった。

…  …  …  …  …  

ついに、泰山の登山口まで、先鋒がたどり着いた。その先鋒をかき分ける様にして登山道に取り付いたのは、
焔耶が陣頭に立つ「旧」蜀軍だった。
ここはまだ、決勝点ではない。
最終段階での「突撃隊」となる北郷一刀たちを中軍に守って、
焔耶や蒲公英たちが前曲で突破口を開き、桔梗たちが後曲を固めて追撃を撃退しつつ山上へと向って行く。

――― ――― ――― 

ふもとや水辺で戦う華琳や雪蓮たちも、これで「お役御免」とも思っていなかった。
目前の敵と戦い続けると同時に、余裕の出来た戦力から、後を追って泰山へ向う。
「旧」魏軍の中で追走部隊の陣頭に立ったのは、いま1人の「天の御遣い」である曹仲徳だった。

――― ――― ――― 

ついに、神殿の前庭というべき空間に「旧」蜀軍の前曲が斬り込み、そこを守る白装束たちを紙人形へ戻していく。

その後方で、一刀や桃香たち最後の突撃隊が、突入の「タイミング」を見積もりつつあった。

――― ――― ――― 

「これはこれは。我々が相手をせずに、儀式に専念も出来ませんかね。もしかして」
「ならば、奴を殺すまでだ。ノコノコ「諸悪の根源」が殺されに来てくれたわ」

――― ――― ――― 

「ご主人様…」「帰ろうな、桃香。阿斗たちが待っているぞ」

・  ・  ・  ・  ・

軍議の直後、水軍へ戻ろうとする雪蓮を、華琳が呼び止めた。
「ここで貴女と約束しておきたい事があるの。曹操孟徳と孫策伯符の名において」

戦い。それも、すべてを賭けての決戦となれば、最悪の場合を想定して置く。それは敗北主義ではなく、責任だ。
「だから、まだ幼い阿斗が蜀王となる事態になっても、現在の「三国」による「天下太平」は維持する。それでいいわね」
「けっこうだ。妹たちにも約束させよう」

その雪蓮に、華琳は自分の右手を差し出した。
「おのれの武器を持つ利き手をあずけるのは、相手を信じるから。それが「天の国」での流儀だそうね」
同意した雪蓮と華琳は、互いの右手を両手で包むようにして約束した。
「三国」による「天下太平」を。

・  ・  ・  ・  ・

その「約束」を見届けて来たからこそ、必ず生きて帰る。そのために、今を戦う。
「行くぞ」

…  …  …  …  …  

鈴々を先頭に突入して来る一刀たちを視認して、戦意どころか殺意も満々な左慈が逆襲する。
これに対して、星と翠が連続攻撃を仕掛け、朱里が後方から助言を送る。
この間に、左慈をすり抜けた愛紗と鈴々が干吉に襲い掛かり、雛里が助言する。

これが、竜鳳の軍師の策戦だった。
知略で戦う竜鳳だからこそ、冷静沈着な干吉の方が危険と見て、
星・翠より半歩前に出る愛紗・鈴々と、臨機応変な戦術なら朱里に勝る雛里を、干吉にぶつけたのである。

さらに、紫苑が長弓で全体の援護に回る。これで、状況は均衡状態になった。
そして、一刀と桃香は突入の「チャンス」を狙う。狙うのは、神殿の中央にある一刀には見覚えのある銅鏡だ。
「五虎竜鳳」相手に互角に戦い、ほとんど神殿中を飛び回っている2人組が邪魔で突入の機会をつかめないが、
その「ワンチャンス」にすべてが賭けられていた。

…  …  …  …  …  

そのまま「五虎竜鳳」と2人組との戦いは、均衡状態が続く。
そう、これまではおそらく圧倒的な力で、一方的に叩きのめした経験しかなかったかもしれない2人組には、
むしろ、とまどう様な均衡状態が生じていた。
だからといって彼らであれば、いずれは自分からこの均衡を破れたかもしれない。
だがこの時は、その余裕を乙女たちが与えなかった。

白装束は、所詮は「傀儡」と彼ら自身が言う通り、彼らがコントロールしていなければ自分の意思でなど戦えない。
その意味では、訓練された兵士の方がよほど自主的である。
その代わりに、状況が不利になっても“自主的な”敵前逃亡などはしないが、
この場合は、その欠点が表に出た。

コントロールする側が自分で戦っていて、しかも均衡状態なのである。コントロールして戦わせるだけの余裕が無い。
自らの意思で戦っている無双の乙女たちは、急に単調になった敵の動きを見逃さず、次々に突破口を開き出した。

――― ――― ――― 

梁山泊の水辺から上陸した孫呉軍が、泰山を駆け上り始めた。
「我らが水の上以外で戦えないかどうか、見せてくれるわ」
雪蓮はむしろ楽しげに「南海覇王」を振り回しつつ、山道を駆け抜けていった。

――― ――― ――― 

「行きなさい」華琳の振るう「絶」の大鎌が、また何人かの白装束を紙人形に戻した。
曹仲徳は、姉の声に応える様に走る。「天の御遣い」の「天命」を終わらせるために。

――― ――― ――― 

その戦況を切断していなかった最低限のコントロールから認識した時、流石の彼らも危機感を持った。

「いささか、ややこしくなって来ました。ここは、銅鏡を抱えてトンズラするのが利巧でしょうが」
干吉に対する、いつもの左慈の憎まれ口からすれば、雄弁極まる沈黙で答えた。

ドス黒いアヤしい煙霧が立ち込めかけたが、奇妙に香(かぐわ)しいそよ風が吹くと、煙霧が散り散りになった。
「裏切り者めが!」「あんら、アタシはアタシ自身に忠実よん」
この2人組が動揺し、すきを見せたのは初めだったかもしれない。
同時に、それが「天の御遣い」と同志たちには、唯一といっていいかもしれない好機。

初めて敵に見せた左慈の背中に翠の槍と紫苑の矢が突き刺さり、星の名剣「青釭」が首を絶った。
ほとんど同時に、愛紗の大刀と鈴々の矛が干吉の背中を斬った。
そして、一刀と桃香が、この「ワンチャンス」に突入した。

「はわ?!?!」朱里の警告。その意味を考える余裕も無く、
一刀は桃香をかばいながら転がる。その上を左慈の首が飛び越えた。

何と、首を絶たれた左慈の体が、その自分の首をつかんで投げ付けて来たのだ。
飛び越えた向こう側で転がる、歯どころか牙をむき出したその口からドス黒い煙霧というより瘴気を吐き付けて来る。
その瘴気を貂蝉の香風が吹き散らす。

「人外?!」流石に思い知った。人で無い相手と戦っている。
「ならばこうだ」
いち早く立ち直った愛紗が干吉の片足を斬り飛ばし、続く鈴々がもう片足を切り落とす。
それでも、何時まで足止めに成り切るかは保障できない。

この「ワンチャンス」を活用するしかない。幸い、転がった先は銅鏡の手前だった。
桃香を助け起こすと同時に剣を構える。
桃香の「靖王伝家」の宝剣と、雌雄一対となる名剣。
その剣に力をため、銅鏡に狙いを定める。そして、隣り合う桃香とうなずき合う。

「よせ。やめろ」初めて左慈が狼狽した。
「何が起こるのか分からんぞ。俺たちにも「正史」にも分からん。何をしようとしているか、貴様には分かっているのか」

「俺は信じる。この「世界」は、この世界で生きている桃香たちのものなんだ。それを取り戻す」
もう1度。桃香とうなずき合う。
「1、2のチェスト――!!!」
北郷一刀と桃香がほとんど同時に振り下ろした、雌雄一対の名剣に打たれ4つに割れた銅鏡が跳ね飛んだ。

白い光が爆発して、すべてを包み込んでいった。

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この無謀で未熟な作品が、何とか完結までたどり着けたのも、
すべて皆様のおかげです。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の終『英雄は後宮の恋姫となり 天下は太平にして大団円』
の予定です。



[8232] 講釈の終『英雄は後宮の恋姫となり 天下は太平にして大団円』
Name: きらら◆729e20ad ID:c5df10ff
Date: 2009/06/06 23:23
††恋姫無双演義††講釈の終『英雄は後宮の恋姫となり 天下は太平にして大団円』


何も起こっていないかの様だった。白光が1瞬、爆発した後は1見して。

北郷一刀と桃香は、雌雄一対の名剣を構えたまま「間抜け面」とすらいいたい顔を見合わせていた。
いや、2人だけではない。愛紗も鈴々も、朱里、雛里も、星、紫苑、翠も神殿のそれぞれの場所で、同じ顔をそれぞれに向け合っていた。

「五虎竜鳳」と名高い無双の雄将、知略の軍師がこんな顔をする事自体珍しいだろう。

そして、ついさっきまで、彼女たちと激突していた2人組も似たり寄ったりの顔をしていた。
ただし、いつの間にか、首や足がチャッカリとつながっているが。

ただ、貂蝉だけがニコニコしていた。
「もう「外史」も「正史」も無くなったわ」
「お前には何が起こったか分かるのか?」やっと一刀は貂蝉に問いかけたが。
「アタシにも全部は分からないわん。ただ「この」歴史の外からの干渉が無くなったとしか。」
だから「この」世界の事は、この世界でやっていくしかないわねん。
今の「この時代」に居るみんなが、いまから歴史をつくっていくしか、もう誰にも何も出来ないわん。

冷笑的な態度を半分取り戻した感じの干吉に、感情を持て余しているような左慈。
「その2人ならもう無害よん。せいぜい「正史」の「左慈」「干吉」程度の目くらましが使える程度のただの道士」

取り付いていたものでも落ちた様な、しかし、それでも憎々しげな態度を残した「左慈」が一刀に憎まれ口をきいた。
「貴様。後悔していないな」
「何を後悔するんだ。この「世界」を、桃香たちの世界を守れたんだろう。何も起こっていないみたいに見えるって事は」
「しかし、貴方からすれば『聖フランチェスカ学園』のあった、あの「世界」を消したのも同然ですよ」
「まさか、本当にフランチェスカが無くなったのか」かすかに動揺する一刀だったが。
「向こう側の「世界」は世界で存在しているでしょうねん」ニコニコし続ける貂蝉。
「もしかしたら「この」世界の“後世”にも『聖フランチェスカ学園』が設立されるかもねん」

……少しだけ迷って、しかし北郷一刀は言い切った。
「それならいいさ」
「あら、向こう側では、一刀ちゃんは失踪したまま戻って来れないのよ」
「俺には戻れるところがある。桃香たちと一緒に戻れる。それでいい」

…  …  …  …  …  

いつの間にか、神殿の前庭に乙女たちが集まって来ていた。

「おい?いったいどう成った」神殿から出て来た一刀を、曹仲徳が小づいた。
「突然、白装束が紙人形に成ったんだがな。こう言っちゃ何だが、みんな空振り気分に成ったぞ。」
「勝ちましたよ。先輩。この「世界」は桃香や華琳姉さんたちのものです」
この世界の彼女たちが、これからの歴史をつくって行くんです。

その一刀の手を華琳が引っ張り、雪蓮が反対の腕をつかむ。つぶらな瞳を見張った桃香が追いかけた。
いつの間にか、誰が教えていたのか、乙女たちが一刀を胴上げし始めていた。

――― ――― ――― 

司馬懿仲達
北郷一刀が「天の国」で知っていた「彼」は「三国志」を終わらせる人物だった。
「“三国志”演義」は「死せる孔明、生ける仲達を走らせる」で実質上は終わった。

・  ・  ・  ・  ・

「現状」の司馬仲達は「死せる孔明」ではなく、いや孔明ただ1人でもなく、
身重の孔明「たち」のために、逃げ場をすら失おうとしていた。

「三国」の王を筆頭に、文官・武将の大半が「産休」・・・
最高責任者のはずの「皇帝」までが、実質「育児休暇」状態では、
“生き残り”の重臣の惨状たるや、国とか権力を乗っ取ろうなんて野望をあきらめさせるほどの惨状だった。
書類の山脈に包囲されて、仲達はどこへ走る事すら出来なかった。

さらに、仲達にとっては不条理なのは、これで仲達たちのように仕事を押し付けられている者以外には、
国内にも国境にも問題が無いという事である。
現時点での問題は解決済み。予想可能な近未来についても、対策は用意されている。
だから、皇帝が「育児休暇」を取れたり、文武の重臣の大半が「産休」を取れたりするのである。

天下は、すでに太平だった……

…  …  …  …  …  

… … … … … 

……………

……時は移り、人の諸行は「歴史」に成って行く。

・  ・  ・  ・  ・

中国の古都。
かつての後漢王朝、そしてそれに取って代わった次の王朝の時代の、中華帝国の帝都であった洛陽の郊外。
歴代の皇帝たちの陵墓の並ぶ中で、現代でいうところの「観光スポット」に古くからなっていた陵墓がある。

その「観光スポット」でもある「歴史遺産」を案内する「ガイド」の口上に曰く、

「ここは本来、後漢王朝に変わる新たな王朝を開いたその初代皇帝の陵墓です」
後漢末期いわゆる「無双演義」の時代として知られるこの時代は、群雄割拠の動乱の時代であるのみならず、
女性、それも乙女といってよい若き「天才少女」たちが何十人も
「武将」「軍師」さらにはそれらの上に立つ「君主」として活躍したという点でも、中国史上でも特徴ある時代です。

この時「天の御遣い」として、突如歴史上に現れたこの陵墓の主は、
その時代を動かす『英雄』でもあった「天才少女」たちのほとんどを、自分の後宮の妃に迎えました。
その結果として、最悪の場合は何十年かに渡ったかも知れず、
さらに最悪の場合は、当時の中国の人口を1桁少なくするほどの犠牲を伴ったかも知れなかった乱世を、
結果としては数年で収束しました。

そして、天下太平の名君として、後半生を全うした後、この陵墓に葬られました。
その際、見ての通り、陵墓の前面に「天の御遣い」の後宮の「恋姫」でもあり、
時代を動かした『英雄』でもある「天才少女」だった彼女たちの
『英雄』時代の姿の像を祭った「祠(ほこら)」を並べたのです。

その後、彼女たちの物語が「無双演義」の題名で「講釈」や「演劇」として広く普及するにつれて、
「この通り「恋姫祠」は中国における代表的な観光スポットとなりました」

・  ・  ・  ・  ・

「歴史」は「伝説」と成り『演義』と題された「伝説」は、かつて倭国と呼ばれた国まで伝わった……

――― ――― ――― 

……ふと、そよ風が吹いた、奥の陵墓の方から。
「何かこう…そうや、アイツが近くにいる様な気がしてならんのや」

『聖フランチェスカ学園』から修学旅行で訪問していた「恋姫祠」の1番奥、
無双の英雄たちでもある乙女たちの像がまつられている、その奥の「前方後円墳」らしきもの。
その方向から吹いてくるそよ風が、なぜか優しかった。


††恋姫無双演義††   「完」


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ここまで読み続けて来ていただいた皆様方には、あらためて厚くお礼を申し上げます。      作者 きらら


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