父上に付いて洛陽の司徒府に来て早一週間。ここでの生活にも慣れてきた。元々、父上の袁家への帰還ついでのあたしのお披露目のようなもんだった。2,3日であたしだけ送り返される予定だったのだが、なんか麗羽様に気に入られたらしくしばらく逗留することになっている。
袁逢様にも頼まれたら正直拒否権などない。まあ、子供相手にそこまで意識してはいないのだろうが。
ここ数日は麗羽様の遊び相手が日々の仕事になっている。少なくともあたしにとっちゃ仕事だと考えんとやってられん。なんでって遊びの内容が問題だ。
あたしは女らしい衣服を余り持っていない。そういうのは趣味じゃないんだ。今は女とは言え、自我が前世のままだからな。
と言うわけで、
「黒羽さん、次はこれを着て見なさい」
「えと、黒羽さんにはこっちの方が似合うきが」
洛陽の衣服店でお嬢様方の着せ替え人形になっているわけで。っつうか、何でこの時代にゴスロリっぽいのやワンピースとかあるんだよ!下着だってショーツやらブラジャーやらあるのっておかしいだろ!?誰だ創ったの!麗羽様の黒い下着姿にちょっと萌えてしまって自己嫌悪になってしまったじゃないか!・・・初めて幼女に萌えちまったよ。某魔砲少女にも萌えなかったのに。
それはそうと、最初は何とか抵抗しようとした。だが今のあたしの体力は肉体年齢相当。麗羽様や斗詩さんたちはあたしとおない歳だから数で押さえ込まれてしまった。猪々子さんは後ろでビクビクしてただけなのが余計悲しかった。
次に目標を逸らそうとした。斗詩さんを着せ替えようと提案したら麗羽様に却下された。麗羽様がしたいのはヒラヒラなヤツで、斗詩はそういうのが全く似合わないのだそうだ。
うん、斗詩の素朴な感じには似合わないかも。麗羽様に言われていじけてしまった斗詩さんには悪いがちょっと納得。いや、充分に可愛いとは思うんだが、やっぱこうイメージが会わんと言うか。
次に猪々子さんはどうか、と提案したら麗羽様に「何言ってんの?こいつ」的な冷たい視線を向けられ、斗詩さんには困った笑顔を向けられた。二人が猪々子さんの方向を見るように目線で促してくる。
品物の影に隠れながらこちらを見ている猪々子さんに目線が合うと、ビクッと全身で反応する。そして怯えるような表情が更に崩れていき、目尻に涙が溜まっていく。それを見て斗詩さんが慣れた様子であやしていく。麗羽様には「これでもあの子にやらせるんですの?」と聞かれ、あたしは素直に降参するしかなかった。
結局大人しく麗羽様たちに遊ばれる。寧ろ弄ばれる。下着までコーディネイトされた時はマジ泣きしたくなった。
その後、あたしにあったデザインの服を複数買って店を出た。幼女に物を買ってもらってしまい、色んな意味でやるせない気持ちをあたし自身も今は幼女なんだ、と自分を誤魔化そうとしたら余計にやるせなくなった。
店の外で待機していた麗羽様の護衛の方たちと合流して屋敷に戻った後、再び試練があたしを待っていた。
麗羽様のお言葉により、袁家の皆様の前で個人ファッションショーを開催することになってしまった。一番楽しそうにしていた父上よ、お恨み申上げます。
そんなこんなで更に数日。麗羽様と一緒に行動するのが当たり前になってきてしまっている今日この頃。
麗羽様に斗詩さんと猪々子、そしてあたしと言ういつもの面々で洛陽を探険しようと仰る。生まれはともかく、物心付いた頃にはもう洛陽に住んでいたこの面々(あたし除く)に探険するような場所など在るのかね?そう思い聞いて見ると意外と行ったことのない区画と言うのは多いらしい。
後々考えて見ればそれも当然で、麗羽様たちが行ったことのないのは洛陽の城壁付近。つまりは貧民街に当たる部分のことだった。
ここで説明すると、中国で城とは街を覆っているもので、日本や諸外国のものと大分趣が違う。他国の城が、主に支配者を守るためのものであるのに対し、この国の城は街を守るものなのだ。今でも街のことを「城市」と書くほどだ。
そしてその城壁に幾つかの門があり、その全てに兵を置き人の出入りを管理している。だが、それでも紛れ込んでくる人間とはいるもので、そういった者達が寄り集まって一種のスラムを形成する。
漢と言う、この時代では世界屈指の大帝国の首都である洛陽もそこら辺は例外でなかったようである。で、お嬢様方は(厳密には麗羽様のみだが)そのスラムを探険して見たいと。もちろんそんなこと許される訳がない。そんなどう考えても治安がいい筈がない場所に、如何にも良いとこのお嬢様な格好の麗羽様が行ったらと何があるか分ったもんじゃない。
至極当然だが護衛の人たちの目があるのでそんなことできやしない。よって麗羽様は護衛の人たちの目を盗んで出かけるつもりらしい。
麗羽様の護衛の人たちは父上の部下の人たちではないので詳しくは知らないが、この人たちの目の届く範囲ならそうそう危険もないだろう。まあ、袁家は力も金もある家系である。愛娘の護衛に、能力のない人間を雇ったりしない。そんな人たちを子供の頭で出し抜けるのだろうか?知恵を貸すと言う意味では協力せんぞ?あたしゃ。
何か策があるのか麗羽様は自信あり気だ。
「では黒羽さん、これから出かけますけど貴女いい加減、わたくしが買って差し上げた服を着ていきなさい」
嫌です。とは言えない。ここ数日何とか頂いた服を着ないで来たが、麗羽様はそれがお気に召さないらしい。でもあたしの精神衛生上余りそういうのは着たくないと言うのが正直なところである。
何とか今日もいつもの服で通そうとしたが、麗羽様の命令で斗詩さんに押さえ込まれ、無理やり着替えさせられてしまう。ふと思ったんだが斗詩さんって案外馬鹿力?体格がそんなに変わらないのにあたしが暴れてもびくともしなかったよ。
そんな訳で結局黒いゴスロリ風ファッションで出かけることになった。「お似合いですわよ」と麗羽様は満足げだが勘弁してほしい。斗詩さんも相槌打たないでくれ。斗詩さんの後ろで猪々子さんも顔を真っ赤にしながらコクコクと首を上下させている。
ここ最近ようやく猪々子さんともコミュニケーションが取れるようになってきた。相変わらず直接対面とは行かないが、これでも随分な進歩だろう。隠れるものがあれば一対一で対話が出来るようになったんだから。
それはそうと、一応万が一の時の為に匕首を靴に仕込んでおく。・・・この靴も完璧ブーツだよな、デザイン。あと、遊びに行くときは持っていくように言われているアレをポケットに入れて、と。
そして斗詩さんと猪々子、あたしと護衛の人たちを引き連れて麗羽様がやってきたのは何回か服を買っていただいた服屋だった。護衛の人たちはいつものように外で待機。さあどうするのかと一歩引いたところで麗羽様たちの行動を見ていたが、その作戦は酷く単純なものだった。
前世の日本だったらスタッフオンリーの札が掛けられているだろう、店の奥への扉をくぐって裏口から脱出すると言うものだった。
こりゃまずいと、慌てて外の護衛の人たちを呼ぼうとしたが斗詩さんに羽交い絞めにされ、麗羽様に口を押さえられてあたしも連れ出されてしまう。ちょ、お店の人も微笑ましいものを見る目で見てないで助けて!つか麗羽様鼻も押さえてる!息が!息がー!
じたばたしながらも、あたしはポケットの中に隠してあったアレを取り出す。数珠のように連なった無数の小さな黒い玉。家の細作が尾行をするとき、後から来る仲間に目印として使う匂い玉である。人の鼻では分らないが嗅覚の鋭い動物ならこれを探し出せる。野良犬っぽく汚した犬に追跡させてその後を人がそれとなく付いていくのだ。
事前に父上にチクって来たからな。それとなく細作衆の人たちが通行人に混じって付いて来ていた筈。直ぐに気付いてくれることを願おう。
一番後ろにおっかなびっくり付いてきている猪々子さんが匂い玉に気付いたがあたしが「しー」とジェスチャーを送るとコクコク頷いてくれた。
で、結局あたしが解放されたのはスラムの入り口に入ったところだった。小汚い屋台に、ボロボロの衣服を纏った人たちがたむろしている。如何にも治安など期待できないであろう雰囲気だ。この雰囲気じゃ見回りの兵隊も少人数じゃ入ってこれないだろうな。
「あの、麗羽様、やっぱり止めませんか?どうにも嫌な予感が止まらないんですが」
さっきから明らかに好意的でない目線がチラホラしているよ。こう、金になりそうなのが来たぞ的な。
「何を言ってますの。いずれかん王朝のしちゅうを担う袁家のわたくしが、洛陽で知らない場所があるなんておかしいではないですか」
ああ!何でそういうこと口に出しちゃうかな、このお嬢さんは!なんかもう何人か目の色変わってますよ!?
やばい!やばい!やばい!この面々をあたし一人じゃ止められないのは、残念ながらすでに証明されている。斗詩さんはこの面々で最も良識の有る人だが、なんだかんだで麗羽様に逆らえない。猪々子さんは候補に挙げるまでもない。性格的に。
こうなったら父上の部下の人たちに期待するしかないか。一応あたしも気功術を習っている身だ。今のこの体でも2、3分くらいなら騙し騙しだが使える。相手が一般人なら時間くらいは稼げる筈だ。匂い玉は・・・まだ余裕があるな。
後気功術使えるならそれで麗羽様たち連れて帰れとかいうなよ?使用可能時間と、その後に来るだろう反動考えるとそういうのに向かないんだ。
結局どんどんスラムの奥へと進んでいく麗羽様の後を付いていく。後で後悔することになるこの選択は、あたしらの在り方を決めてしまうことになるとは思いもせずに。
おまけコーナー
楽屋裏三国志研究所(仮)
K「どうも!本作主人公、黒羽です!今回から開始のおまけコーナーの一時担当させていただきます!そういうわけでもう一人のメンバー!斗詩さんどうぞ!」
T「え?え!ちょ!?な、何で私が!?」
K「いやー、このコーナーもう何話か先で始まる予定だったんだけど、今回切りのいいところで切ったら、予想より短くなっちゃってさ。あたしにとっても予想外でな。で、今出てる中で一番常識人な斗詩に来て貰った訳よ」
T「私じゃなくてもいいじゃな~い」
K「や、麗羽様相手じゃどんな問答になるか考えると怖いし、今の猪々子じゃねぇ?で、消去法で斗詩。出番増えて良かったじゃん」
T「本編で出番がほしいの~。それに本編とこっちじゃ年齢のせいでほとんど別人じゃない」
K「まあ、本編入ったら出番増える予定だし、ここ担当する予定だった人たちが登場すりゃあたしらも卒業だからさ。あきらめてコーナーを進めよ」
T「ううぅ。じゃあ、このコーナーは何をするの?」
K「一言で言うと歴史用語や、正史基準での有名イベント解説だね。恋姫SS見てる人は結構三国志に詳しい人が多いみたいだけど、まあ、某無駄知識の泉みたいに楽しんでもらえたらって感じで」
T「えと、じゃあ今回は何について解説するのかな?」
K「次回からはリクエスト方式も考えているけど、今回はホント突発でな、このコーナー書き始めた時点でまだ決まってなくてな」
T[それって全然駄目じゃない!?」
K「うん、ダメダメだ。取り敢えず今回は簡単な、且つどうでもよさそうなのを二ついこう。まずは三公だな」
T「三公って麗羽様の家系が良く出してるって言う?」
K「その三公だな。三公というのは当時の官僚の役職で、時代によって多少の変化があるけど、後漢では大まかに、太尉、司徒、司空だな。それぞれ軍事、行政、国家規模の土木作業を司る」
T「えと、麗羽様のお父様の周陽さまが」
K「行政担当の司徒だ。ちなみにこの時期のちょっと前、曹操の父親、曹嵩様、字は巨高様ですが、この人が金一万両で太尉の位を購入してたんだわ」
T「前回のあれってただのエキストラじゃなかったんだ」
K「意味のないとこにも凝ってみたさ。後に曹操が帝を掌握してからは自ら司空になってたな。で、後漢の三公の上に大将軍があって、麗羽様はその位に付く。そういう訳で、意外なことに史実の袁紹は三公のどの位にも付いてないんだな」
T「あ、三公の上ってあったんだ」
K「時代によって有ったりなかったり、だね。大将軍も、この時期においては皇帝の次の位だけど、後に董卓が相国、曹操が丞相という過去に有った位を復活させて、皇帝に次ぐ地位に納まっている」
T「えと、結局一番えらいのは?」
K「建前の上という事ならば皇帝陛下を置いて他ならない。その建前を武器にしたのが後の曹操な訳だがね。さて、三公から話がそれたけど次の話題に行こう。あたしの家系に伝わっていることになってる武術、五禽戯についてだな」
T「五禽戯って聞かない名前だね」
K「厳密には拳法じゃなく、健康体操に属すべきものかな、性格的な部分を考えると。後漢時代、後に神医と呼ばれることになる華陀が虎、鹿、熊、猿、鳥の五種類の動物の動きから考え出したものだそうだ」
T「あ、五種類の禽獣だから五禽戯?」
K「その通り。一応気功も含まれててな。恋姫での五斗米道のことで、作者の遊び心が出たそうだ」
T「本当に無駄な部分で凝るよね」
K「それがここの作者の生態だ。というわけで今回の話題はここまでかな」
T「あ、そうなの?じゃあ、えと、ここまでご覧頂いた読者の皆様、どうもありがとうございました」
K「え~、このコーナーの存続は皆様の評判次第です。皆様からリクエストが有った場合、優先的に扱っていこうかと思います。また、本編でタイミングが良いと思ったネタがあるときはそっちが優先になります」
T&K「それではここまでありがとうございました!また次回お会いしましょう!」
後書き
というわけで書いてる本人にも想定外なことが起きた第二話でした。もうちょっと文をうまくコントロールできないとだめかな、という課題が見えました。
本来、今回の話と次回の話を一話にまとめる予定でしたが、途中で前回との分量がバランス悪くなるかな?と切ってみたら、逆に分量不足になり急遽おまけコーナーを入れました。試験的なものなので続けるかは皆様の反応を見ながら決めようと思います。
それでは今回はここまで。また次回よろしくお願いします。