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[8078] 吉川的に三回死んだ人(真・恋姫、オリ主転生、TS、オリキャラ)
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/07/12 14:42
  前書き
 始めまして、初投稿になります郭尭という者です。
 この作品は真・恋姫無双のオリキャラ転生物です。以下の条件が嫌いな方にはお勧めできません。

 ・オリ主が恋姫キャラとまともに戦えます。
 ・袁紹が原作ほど馬鹿ではありません。
 ・オリ主の介入でだいぶ原作と展開が変わります。
 ・オリキャラが複数登場予定です。
 ・キャラが一部性格や口調が原作と異なる場合があります。
 ・作者がまだ経験不足のため描写不足の部分があるかもしれません。

 以上の点をご了承ください。
 作者自身の描写力など、諸々の不足は読者の皆様方からの感想などから少しずつでもよくなれるよう努力させていただきたいと思います。感想、ご意見、批評をお願いします。

 それでは本編をお楽しみください。



[8078] 誕生!蝶美しい人っぽい人!
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/04/24 00:55

  仏教には輪廻転生と言う概念が有る。平たく言うと人が死んだらまた生まれ変わると言うものだ。まあ、生まれ変わると言う部分だけなら別の宗教にもある。もっともこんな事を本気で信じているのは本気で宗教を信仰している人間か、あたしの様な実際に前世の記憶を持った人間くらいかと思うんだ。

  あたしの名は張郃。字は儁乂。字ってので分ると思うがあたしの生まれ変わったのは古代の中国。後漢の終わり頃。三国演義の始まるちょっと前。

  何で生まれ変わるのに二千年近く時代を遡っているの?とかあたしもろに三国志の有名武将じゃね?とか、微妙にズレた部分でパニクった記憶がある。今思えばアレも一種の現実逃避なのだろうか。何せ気が付いたら赤ちゃんになって見知らぬ女性に抱き締められていたのだから。

  元々あたしは21世紀の時代に生きていた極一般的な日本人だった。まあ、多少平均よりオタク度が高かったかもしれないが大体の部分では普通であったと思う。

  それともう一つ言うと前世のあたしは男だった。一人称はあたしだが別にそういう趣味があったわけじゃない。喋り出せるようになってから母上から教え込まれたもんだ。この男っぽい言葉使いを維持している分頑張っているんだよ。

  で、それはさて置きあたしが色々混乱してるうちにあたしを抱いている母上と思しき人物に


  「あなたの名前は郃、張郃よ。真名は黒羽にしましょうか」

  と言われた。

  あたしがこの時代が三国志じゃね?と思ったのがこの時。確信を得たのはもう少し先のこと。や、だっていくら名前がアレでも同名の別人って可能性あるじゃん?だから「多分ここは中国で、もしかしたら三国志?」と言う程度の認識だった。

  そして混乱も収まらないうちにある感覚があたしを支配した。空腹だ。まあ、生まれたばかりだから腹の中は空っぽだろうしな。で、腹が減っていると自覚した瞬間突然泣き出してしまった。

  あれ?それほど酷い空腹感じゃないんだが?と疑問に思っていると母上が胸を口元に持ってくる。すると口が勝手に母上の胸に吸い付き母乳を飲み始める。どうにも自我と体の動きに齟齬がある。っつか体が制御がうまく出来ない。

  この体が勝手に動くのが生存本能と言うものの一種なのだろうか?指とか、自由にとは行かないが自分の意思で動くのに対し、一部の行動がフルオートで行われるのは正直精神衛生上よくない気がする。食事とか、おしめの時とか。

  自分の父親に始めてあったのは生まれてから数日経ってからだ。仕事で数ヶ月間家を留守にしていたらしい。

  で、父上のお仕事。袁家の細作(忍者みたいなもの)衆の頭領なのだそうです。この時点での袁家の家督である袁逢と言う人の護衛をしていたが、あたしが生まれたから態々休暇をもらったらしい。ついでに父上配下の細作衆も休暇が取れた一部が付いてきた。細作衆頭領の第一子が生まれたことに、細作衆全体がてんやわんやのお祭り騒ぎになっているらしい。人望はあるようで。

  「おお!この子が俺の子か!」

  あたしを抱き上げ、頬ずりする。よほど嬉しいのだろう、その表情はだらしなく弛みまくっている。

  喜んでもらえていることに関しては悪い気はしない。あたしが何かしたと言う訳ではないが、ここまで喜ばれるとこっちも少し嬉しくなってしまう。だが敢えて言うならば。

  正直きついです。男に頬をスリスリされるのは。父上、勘弁してください。


  「おぎゃー!」


  この時あたしの「ちょっと父上に放してほしい」という感情に体が過剰反応したのだろう、右手で父上の左目を強打してしまったのだ。


  「あ゛あ゛~!目が!目が~!」


  左手で殴られた左手を押さえながらも右手でしっかりあたしを抱きかかえてくれているのはやっぱり愛してくれているのだろうか。

  母上が慌ててあたしを受け取り、父上の部下の人たちが父上を心配そうに見つめている。申し訳ない父上。まだこの体をうまくコントロールできないのです。


  「ふっ・・・ふふ・・・」

  心の中で謝っていると父上が目を押さえながら危ない感じに笑い出した。なんか俯いて片目押さえてるせいで厨二病っぽいポーズになっている。まあ、そういうポーズになっているのは殴ってしまったあたしのせいなのだが。


  「初めて会ったとは言え実の父に対しても躊躇なく拳をぶつけ、更には俺の隙を的確に狙うとは・・・」


  いや、躊躇に関しては自由に体動かせないし、隙云々はあんなデレデレ状態で、ねぇ。周りで見ていた父上の部下らしき人たちも怪訝な表情で父上を見ている。


  「この子は天才だ!きっと刺客の才がある!俺はこいつを歴史に名を残す刺客に育てるぞ!」


  どういう思考でその結論に至ったか知らんが、歴史に名を残す刺客って、父上よ・・・や、確かに司馬遷の史記にはわざわざ刺客伝が立てられているが。と言うかあたしは武将になるのではないのですか?父上よ。





[8078] 第一回 遅すぎる初めてのお出かけと、ちょっと早い気がする出会い
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/05/26 20:55
  父上を殴ってしまったあの日から、父上はあたしに暇さえあれば穏行術や人体の急所などの話をしていた。無論一歳に満たない乳幼児相手に本気で教え込もうとしているわけではなく戯れなのだろうが、それが理解できるだけの自我を持っているあたしには良い暇つぶしとなり、同時に将来役立つであろう知識を溜め込むことの出来る有意義な時間だった。

  あたし自身の生まれの都合上、戦場と無縁な人生は難しいだろうし。もっとも体が動かんので実践で練習できないのだが、これは自分の成長を待つしかあるまい。





  2歳の頃、ようやくほとんどの行動を自分で操れるようになった。まだ座学だけだが、暗殺術も習い始めた。細作の本来の任務には必ず必要な技能ではないが、父上のように要人の護衛の任を受ける場合もあるので手口を知っているほうが良い場合がある。で、父上は本気であたしを本職の刺客にするつもりなのだろう、情報収集の技能は二の次でこっちを習っている。

  後、我が張家に伝わる五禽戯(ごきんぎ)と言う名の武術のレクチャーも受け始めた。何でもこの武術には単純な体術だけでなく、なんと気を使って身体能力を一時的に底上げする術も含まれている。説明を聞き、訝しげな目線で父上を見ていたら実践してくれた。

  部下の人たちに棒で叩かせてそれを折ったり、10秒くらいの間だけ牛を持ち上げたり。ただ、確かに凄かったのだが前世でテレビで似たようなの何度か見ているのでそれ程大きく反応はしなかった。その後で気落ちした父上が部下の人たちに慰められていた。

  正直、かめ○め波的な技を見せて貰えればきっと少年の如く目を輝かせていただろう。でも家の流派にはないと言われた。多少がっかりしたが、「家の流派にはない」と言うことはきっと使える流派があるということで、いつかそんな技をリアルで見れる機会があるかもしれないと前向きに考えよう。

  無論これら全てを父上から直接学んでいるわけではない。袁逢様の護衛の任で家にいるのは一年の内3割にも満たない。殆どは父上の部下の方たちから教わっている。

  それと最近、偶に父上からマッサージみたいなのを受け始める。骨格とかの成長を確認しているらしく、あたしは普通の子より早く鍛錬に入れそうだと嬉しそうに言っていた。

  そして4歳の頃に体術に先駆けて気による身体能力強化術の鍛錬を始めた。本格的に長時間使うのは体に負担を掛けるが、基礎的な部分ならそれほどではないので早めに始めようとのことらしい。




  それから一年ほどたった頃に、初めて父上に連れられて洛陽にある袁家のお屋敷に連れて行かれることになった。袁家の本拠は豫州汝南郡にあるのだが、家督の袁逢(えんほう)様が朝廷の司徒と言う職についてるため、後漢王朝の都である洛陽に置かれた司徒府に訪問することになったわけである。

  と言うわけで地獄のおめかしタイムである。銅鏡を見ながら母上に似た黒い長髪をポニテにする。最近目元が怜悧になってきてますます母上に似てきたと言うのは父上の言。将来は美人系に成長するだろうと。

  服装に関してはエセ中華風といったところか。上は紅いタンクトップに似たもので、下は黒地のキュロットスカートっぽいもの。その上に黒い外套を羽織っているのだが、この外套のデザインが結構特殊だった。

  まず袖が異様に広い。胸元で腕を組んでも膝下まで来る。次にボレロのように前が開いており、水平に付けられた二本のベルトで止めている。裾の高さは腹より上の位置までの短いものである。

  将来胸が出てきたらベルトの間に胸が来るんだろうな。

  この外套、元々家の細作が暗殺などのときに使うもので袖の内側に複数の内ポケットがある。ここに大量の暗器を携帯するためのものである。あたしはまだそういうのは習っていないので、一応護身用の短剣を二本隠している。

  正直、父上や母上は可愛いだの何だのと囃し立てるのが恥ずかしくてたまらん。だが残念ながらあたしゃ女の子なのだ。少なくとも体は。

  そんなこんなで馬車に揺られて1ヶ月くらい掛けて洛陽へ。


  「お久しぶりです、周陽様。私が帰省している内にお変わりはなかったでしょうか」


  おお、家では21世紀のヤンパパ的な態度の父上が畏まっている。ちなみに周陽というのは袁逢様の字だ。

  そう言えば父上の仕事場での姿を見るのは始めてであるのに気付く。片膝を付いて頭をたれる父上の姿を見て、コレがこの時代の主従と言うものかと感じた。大河ドラマとかで見るのとは違う、一種の緊張感のようなものを感じた。

  それにしてもこの日初めてお会いした、我が張家の主である袁逢様。金髪だった。

  いや、それ自体はいいだろう。ここに来るまでの道中、ほぼ初めて実家の外に出たようなものなのだが、アニメ色の髪や瞳の人を見た。我が実家たる張家荘には黒髪しかいなかったし。遺伝子学やら何やら的に色々重大なことかも知れんがこの部分は敢えて触れない。正直驚き疲れたよ。服装とかも昔の絵画とかと違って妙に現代っぽいという部分も。

  まあ、道中何度か驚きで声を上げてしまったが、外を知らないからと思われたのだろう、恥ずかしい程に微笑ましいものを見る目で見つめられてしまった。お供の方たちに。

  もっとも外出したことなかったのはあたし本人の問題じゃなく、家が最寄の村まで馬で三刻(6時間)ほどかかるような場所にあるという、地理的な問題があるのだ。

  話がそれた。問題の袁逢様。金髪が微妙にカールが掛かっている。口元に蓄えたお髭がダンディ。そしてアジア系人種として見た場合、異常に深い彫り。欧米か!と思わず突っこみそうになったが我慢した自分を褒めてやりたい。

  どう見ても中国人違うよ、袁逢様。寧ろナイスミドルな英国紳士です。それでいて豪華な中国衣装が似合うのはどういうことか。


  「君も変わりないようだな。その子が君の子かね?」


  お、あたしの事か。


  「おはつにおめにかかります、名は郃、真名は黒羽ともうします。じゃくはいものゆえ字はまだありません」


  袖に両手が隠れるように手を組みお辞儀をする。組んだ手はお辞儀した際には額の高さだ。いつもと言葉遣いが違うが相手は父上の上司だ。無礼があってはまずい。何しろこの時代、主ってのは雇用だけでなく文字道理の意味で生殺与奪の権限を握られているようなものだ。

  それにしても我ながらこの舌足らずな感じは恥ずかしいものである。


  「ほう、随分礼儀正しいじゃないか」


  掴みは成功したらしい。あたしを見て愉快そうに笑みを浮かべている。


  「はっ、自慢の娘にございます」


  対して父上も嬉しそうに返す。立ち上がった父上はあたしの頭を撫でてくれた。正直気恥ずかしいがここは空気を読んで黙って撫でられておく。笑顔でそれを見ていた袁逢様が、控えていた侍女にお菓子を持ってこさせてくれた。そして部屋の隅に置かれた席に案内されて、そこに座って二人の談話を大人しく見ていることにした。

  暫くほのぼのとした談話が続いたが、やがてキナ臭い方向に話題が変わる。何でもここ数年朝廷の腐敗振りが凄い事になっているとのこと。

  この時代、皇帝が立て続けに若くして崩御。10歳前後の皇帝を立てなければいけないという事態になる。酷い例だと生後100日ほどで皇帝になった者もいるくらいだ。そんな歳若い皇帝に政が出来るわけもないと言う訳で皇帝の奥さんである皇后の一族、即ち外戚が権力を握ることとなる。

  皇帝が若いうちは、それはそれで問題ないかも知れない。だが皇帝が成長し権力を欲したとき、外戚がそれを嫌う場合が多い。当然である。せっかく手に入れた権力を易々と元の持ち主に返そうと思うような人格者は多くない。そこで皇帝は自分の味方が必要になる。

  これが信頼できる忠臣ならば良かったのかも知れない。だが、皇帝たちが頼りにしたのは、幼い頃から後宮で自分たちを見守り続けてきた宦官たちだった。

  皇帝に頼られ後宮で大きな権限を手に入れるに至った宦官たちは外戚たちと権力闘争を表面化。そのとばっちりで多くの忠臣、能臣が無実の罪を着せられたり、隠遁に追い込まれていった。

  これらだけでも国家存亡の危機足り得るのだが、現在の皇帝陛下である霊帝陛下がとんでもないお馬鹿だった。なんと官位を、即ち国政を動かす権力を金で売り出したと言うのだ。三公の地位さえ買うことが可能になり、洛陽の宮廷の前には官位を売る市場さえできていると言う。

  率直言ってありえねぇ・・・

  で、袁逢様が仰るには、袁家は後漢王朝開祖、光武帝が兵を興す際その資金を提供した豪商出身の一族である。その功績と、後の子孫も比較的優秀だったこともあり代々皇帝に次いで高い地位である三公を輩出してきた。現家督である袁逢様も三公の一つに数えられる司徒の職に付いている訳だが、代々漢の碌を食む者としてこの状況をどうにかしたいと言うのだそうだ。

  最近は官位を追われながらも尚王朝に忠誠心を持つ人たち(俗に言う清流派の人たちのことだと思う)と色々相談したりしているらしい。

  正直こんなこと子供の前で言うなよと言いたい。そりゃ普通この歳の子共がそんな小難しい話を理解するなんてないんだろうが。重苦しい空気に癇癪起こすぞ。や、精神年齢的に無理なんだけどさ。

  すっかりあたしと侍女さんの存在を忘れているらしく、沈痛な面持ちで父上と語る袁逢様。父上って護衛じゃなかったんですか?なんでこんなことの相談乗ってんですか。まあ、主のメンタルケアも仕事の内なんでしょうけど。

  慣れた様子であたしの隣に静々と立っている侍女さんを見て、おそらく毎度のことなんだろうなと判断する。

  あたしが重っ苦しい空気をお菓子一個で耐え、そろそろ何か部屋を出る言い訳を考えようとしてた時、救世主が現れた。


  「お父さま~、お父さま~。お客さまですわよ~」

  あたしと同じくらいの年頃かな?外から女の子の声が響いてきた。

  その声に袁逢様と父上も重い会話を止める。


  「おお、麗羽(れいは)か。父はこっちだ」

  袁逢様は部屋の外まで出て声の主を迎える。父上があたしに手招きしながら袁逢様と共に出て行くので、あたしも付いていく。


  「お父さま、曹巨高(そうきょこう)さまがいらっしゃいましたわよ~」


  なんとやって来たのは金髪ドリル!?女の子二人と侍女数人を引き連れた金髪をお蝶夫人の如くクルクル巻きにした女の子。袁逢様をお父様と呼んでいるのだからこの子、袁紹とかの姉か妹か?まさか袁紹本人ということはないだろ。・・・自分と言う例がいるから断言できないが。


  「麗羽、おいで。紹介しよう、張管家の娘さんだ」


  管家(かんか)とは中国で、金持ちなどの屋敷の下働きなどを統率する職業を言う。中国版執事とでも言うべきもので、父上の表向きの身分である。


  「はじめまして、名は郃、真名は黒羽ともうします」


  女の子たちに対し、袁逢様に対してやったように挨拶する。


  「あら、はじめまして。あなたがお父さまの言っていたあたらしい友達ですのね」


  お嬢様だよ。見た目だけでなく喋り方までも。つか舌足らずな声でお嬢語。なんか新しい気がする。いや、あたしが知らないだけか?でもなんつうか、こう、イイね。


  「わたくしの名前は袁紹(えんしょう)といいますの。真名は麗羽、麗羽でよろしいですわ」


  袁紹だったよ。後の有力群雄の一人だよ。


  「それじゃあ、私はお客に会いに行くから娘たちと一緒に遊んでおいで」


  そう言って袁逢様はあたしらを侍女さんたちに任せると、父上を伴って行ってしまった。

  さて、ここであたしは悩んだ。このお蝶婦人のような髪の袁紹、もとい麗羽様にどう接するべきか。家にはあたしのほかに子供がおらず、擬似ヒッキー一歩手前の生活を送ってきた。よって子供同士としての接し方なんぞ分る訳がない。

  そうこう悩んでいると、麗羽様が一歩後ろに控えていた女の子二人を前に出て自己紹介するように促す。そういえば聞いてなかったな。麗羽様のインパクトが強すぎてちょっと注意が向かなかった。


  「あの、私、名前は顔良(がんりょう)で、真名は斗詩(とし)といいます」


  やや緊張した面持ちで挨拶してきたのは黒髪のおかっぱ頭の少女だった。どこにでもいるような素朴さを持った可愛らしい感じの女の子である。それにしても袁紹軍の二枚看板の片割れか。この時点でもう知り合ってたんだな。

  その後ろに隠れるように黄緑の長髪の少女が立っている。如何にも気弱そうで、あたしを見る目が微妙に潤んでいるのは気のせいだと思いたい。


  「文ちゃんも挨拶しないと。ほら、怖い人じゃなさそうだし」


  怖がられていたのかい。麗羽様をはじめ、ここにいる面子の中では可愛いと言う程でもなかろうがまさか怖がれるとは。

  顔良・・・斗詩さんに促されて女の子が前に出る。


  「え、えと、私・・・文醜(ぶんしゅう)です。真名は猪々子(いいしぇ)と言います」


  消え入りそうな声で名乗ったのはなんと袁紹軍二枚看板のもう片方だった。





  これがあたしと、後に大陸有数の大勢力となる袁家の未来の中心人物たちとの出会いだった。あたしの張郃としての最初の友人たちであり、最初の主と仲間との出会い。この日、この瞬間、初めてあたしと言う要素が本当の意味で歴史の流れに組み込まれたのかもしれない。

  このときを振り返り、そう感じたのは随分先のことだった。





  後書き

  どうも、投稿はこの作品が初めてになる郭尭です。この度は拙作を最後までご覧頂きありがとうございます。

  ここ最近の恋姫SSの面白さと、予てからの三国志好きが高じてこのような作品を書き始めるにいたりました。

  拙作の主人公は某・無双では「美しい」あの人に生まれ変った現代日本人です。「真・恋姫」本編開始までに原作武将たちと互角に戦えるような強さまで成長します。

  あと、主人公の介入で、途中からかなり原作から離れた展開になる予定ですが、三国志ファンにニヤリとしてもらえる展開になる予定です。

  また、本編開始前はオリキャラ分が若干高めですが、最終的にはメイン3人ほどで落ち着く予定です。

  長々と書きましたが今回はこれまで。皆さんのご意見、ご感想などを励みに今後もがんばっていきたいと思います。それでは。



  PS.魏の五将軍が勢揃いする所みたいって人ってどれくらいいるんですかね?





[8078] 第二回 幼女遊洛陽
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/04/29 00:44




  父上に付いて洛陽の司徒府に来て早一週間。ここでの生活にも慣れてきた。元々、父上の袁家への帰還ついでのあたしのお披露目のようなもんだった。2,3日であたしだけ送り返される予定だったのだが、なんか麗羽様に気に入られたらしくしばらく逗留することになっている。

  袁逢様にも頼まれたら正直拒否権などない。まあ、子供相手にそこまで意識してはいないのだろうが。

  ここ数日は麗羽様の遊び相手が日々の仕事になっている。少なくともあたしにとっちゃ仕事だと考えんとやってられん。なんでって遊びの内容が問題だ。

  あたしは女らしい衣服を余り持っていない。そういうのは趣味じゃないんだ。今は女とは言え、自我が前世のままだからな。

  と言うわけで、


  「黒羽さん、次はこれを着て見なさい」


  「えと、黒羽さんにはこっちの方が似合うきが」


  洛陽の衣服店でお嬢様方の着せ替え人形になっているわけで。っつうか、何でこの時代にゴスロリっぽいのやワンピースとかあるんだよ!下着だってショーツやらブラジャーやらあるのっておかしいだろ!?誰だ創ったの!麗羽様の黒い下着姿にちょっと萌えてしまって自己嫌悪になってしまったじゃないか!・・・初めて幼女に萌えちまったよ。某魔砲少女にも萌えなかったのに。

  それはそうと、最初は何とか抵抗しようとした。だが今のあたしの体力は肉体年齢相当。麗羽様や斗詩さんたちはあたしとおない歳だから数で押さえ込まれてしまった。猪々子さんは後ろでビクビクしてただけなのが余計悲しかった。

  次に目標を逸らそうとした。斗詩さんを着せ替えようと提案したら麗羽様に却下された。麗羽様がしたいのはヒラヒラなヤツで、斗詩はそういうのが全く似合わないのだそうだ。

  うん、斗詩の素朴な感じには似合わないかも。麗羽様に言われていじけてしまった斗詩さんには悪いがちょっと納得。いや、充分に可愛いとは思うんだが、やっぱこうイメージが会わんと言うか。

  次に猪々子さんはどうか、と提案したら麗羽様に「何言ってんの?こいつ」的な冷たい視線を向けられ、斗詩さんには困った笑顔を向けられた。二人が猪々子さんの方向を見るように目線で促してくる。
品物の影に隠れながらこちらを見ている猪々子さんに目線が合うと、ビクッと全身で反応する。そして怯えるような表情が更に崩れていき、目尻に涙が溜まっていく。それを見て斗詩さんが慣れた様子であやしていく。麗羽様には「これでもあの子にやらせるんですの?」と聞かれ、あたしは素直に降参するしかなかった。

  結局大人しく麗羽様たちに遊ばれる。寧ろ弄ばれる。下着までコーディネイトされた時はマジ泣きしたくなった。

  その後、あたしにあったデザインの服を複数買って店を出た。幼女に物を買ってもらってしまい、色んな意味でやるせない気持ちをあたし自身も今は幼女なんだ、と自分を誤魔化そうとしたら余計にやるせなくなった。

  店の外で待機していた麗羽様の護衛の方たちと合流して屋敷に戻った後、再び試練があたしを待っていた。

  麗羽様のお言葉により、袁家の皆様の前で個人ファッションショーを開催することになってしまった。一番楽しそうにしていた父上よ、お恨み申上げます。




  そんなこんなで更に数日。麗羽様と一緒に行動するのが当たり前になってきてしまっている今日この頃。

  麗羽様に斗詩さんと猪々子、そしてあたしと言ういつもの面々で洛陽を探険しようと仰る。生まれはともかく、物心付いた頃にはもう洛陽に住んでいたこの面々(あたし除く)に探険するような場所など在るのかね?そう思い聞いて見ると意外と行ったことのない区画と言うのは多いらしい。

  後々考えて見ればそれも当然で、麗羽様たちが行ったことのないのは洛陽の城壁付近。つまりは貧民街に当たる部分のことだった。

  ここで説明すると、中国で城とは街を覆っているもので、日本や諸外国のものと大分趣が違う。他国の城が、主に支配者を守るためのものであるのに対し、この国の城は街を守るものなのだ。今でも街のことを「城市」と書くほどだ。

  そしてその城壁に幾つかの門があり、その全てに兵を置き人の出入りを管理している。だが、それでも紛れ込んでくる人間とはいるもので、そういった者達が寄り集まって一種のスラムを形成する。

  漢と言う、この時代では世界屈指の大帝国の首都である洛陽もそこら辺は例外でなかったようである。で、お嬢様方は(厳密には麗羽様のみだが)そのスラムを探険して見たいと。もちろんそんなこと許される訳がない。そんなどう考えても治安がいい筈がない場所に、如何にも良いとこのお嬢様な格好の麗羽様が行ったらと何があるか分ったもんじゃない。

  至極当然だが護衛の人たちの目があるのでそんなことできやしない。よって麗羽様は護衛の人たちの目を盗んで出かけるつもりらしい。

  麗羽様の護衛の人たちは父上の部下の人たちではないので詳しくは知らないが、この人たちの目の届く範囲ならそうそう危険もないだろう。まあ、袁家は力も金もある家系である。愛娘の護衛に、能力のない人間を雇ったりしない。そんな人たちを子供の頭で出し抜けるのだろうか?知恵を貸すと言う意味では協力せんぞ?あたしゃ。

  何か策があるのか麗羽様は自信あり気だ。


  「では黒羽さん、これから出かけますけど貴女いい加減、わたくしが買って差し上げた服を着ていきなさい」


  嫌です。とは言えない。ここ数日何とか頂いた服を着ないで来たが、麗羽様はそれがお気に召さないらしい。でもあたしの精神衛生上余りそういうのは着たくないと言うのが正直なところである。

  何とか今日もいつもの服で通そうとしたが、麗羽様の命令で斗詩さんに押さえ込まれ、無理やり着替えさせられてしまう。ふと思ったんだが斗詩さんって案外馬鹿力?体格がそんなに変わらないのにあたしが暴れてもびくともしなかったよ。

  そんな訳で結局黒いゴスロリ風ファッションで出かけることになった。「お似合いですわよ」と麗羽様は満足げだが勘弁してほしい。斗詩さんも相槌打たないでくれ。斗詩さんの後ろで猪々子さんも顔を真っ赤にしながらコクコクと首を上下させている。

  ここ最近ようやく猪々子さんともコミュニケーションが取れるようになってきた。相変わらず直接対面とは行かないが、これでも随分な進歩だろう。隠れるものがあれば一対一で対話が出来るようになったんだから。

  それはそうと、一応万が一の時の為に匕首を靴に仕込んでおく。・・・この靴も完璧ブーツだよな、デザイン。あと、遊びに行くときは持っていくように言われているアレをポケットに入れて、と。



  そして斗詩さんと猪々子、あたしと護衛の人たちを引き連れて麗羽様がやってきたのは何回か服を買っていただいた服屋だった。護衛の人たちはいつものように外で待機。さあどうするのかと一歩引いたところで麗羽様たちの行動を見ていたが、その作戦は酷く単純なものだった。

  前世の日本だったらスタッフオンリーの札が掛けられているだろう、店の奥への扉をくぐって裏口から脱出すると言うものだった。

  こりゃまずいと、慌てて外の護衛の人たちを呼ぼうとしたが斗詩さんに羽交い絞めにされ、麗羽様に口を押さえられてあたしも連れ出されてしまう。ちょ、お店の人も微笑ましいものを見る目で見てないで助けて!つか麗羽様鼻も押さえてる!息が!息がー!

  じたばたしながらも、あたしはポケットの中に隠してあったアレを取り出す。数珠のように連なった無数の小さな黒い玉。家の細作が尾行をするとき、後から来る仲間に目印として使う匂い玉である。人の鼻では分らないが嗅覚の鋭い動物ならこれを探し出せる。野良犬っぽく汚した犬に追跡させてその後を人がそれとなく付いていくのだ。

  事前に父上にチクって来たからな。それとなく細作衆の人たちが通行人に混じって付いて来ていた筈。直ぐに気付いてくれることを願おう。

  一番後ろにおっかなびっくり付いてきている猪々子さんが匂い玉に気付いたがあたしが「しー」とジェスチャーを送るとコクコク頷いてくれた。

  で、結局あたしが解放されたのはスラムの入り口に入ったところだった。小汚い屋台に、ボロボロの衣服を纏った人たちがたむろしている。如何にも治安など期待できないであろう雰囲気だ。この雰囲気じゃ見回りの兵隊も少人数じゃ入ってこれないだろうな。


  「あの、麗羽様、やっぱり止めませんか?どうにも嫌な予感が止まらないんですが」


  さっきから明らかに好意的でない目線がチラホラしているよ。こう、金になりそうなのが来たぞ的な。


  「何を言ってますの。いずれかん王朝のしちゅうを担う袁家のわたくしが、洛陽で知らない場所があるなんておかしいではないですか」


  ああ!何でそういうこと口に出しちゃうかな、このお嬢さんは!なんかもう何人か目の色変わってますよ!?

  やばい!やばい!やばい!この面々をあたし一人じゃ止められないのは、残念ながらすでに証明されている。斗詩さんはこの面々で最も良識の有る人だが、なんだかんだで麗羽様に逆らえない。猪々子さんは候補に挙げるまでもない。性格的に。

  こうなったら父上の部下の人たちに期待するしかないか。一応あたしも気功術を習っている身だ。今のこの体でも2、3分くらいなら騙し騙しだが使える。相手が一般人なら時間くらいは稼げる筈だ。匂い玉は・・・まだ余裕があるな。

  後気功術使えるならそれで麗羽様たち連れて帰れとかいうなよ?使用可能時間と、その後に来るだろう反動考えるとそういうのに向かないんだ。

  結局どんどんスラムの奥へと進んでいく麗羽様の後を付いていく。後で後悔することになるこの選択は、あたしらの在り方を決めてしまうことになるとは思いもせずに。





  おまけコーナー


  楽屋裏三国志研究所(仮)

  K「どうも!本作主人公、黒羽です!今回から開始のおまけコーナーの一時担当させていただきます!そういうわけでもう一人のメンバー!斗詩さんどうぞ!」

  T「え?え!ちょ!?な、何で私が!?」

  K「いやー、このコーナーもう何話か先で始まる予定だったんだけど、今回切りのいいところで切ったら、予想より短くなっちゃってさ。あたしにとっても予想外でな。で、今出てる中で一番常識人な斗詩に来て貰った訳よ」

  T「私じゃなくてもいいじゃな~い」

  K「や、麗羽様相手じゃどんな問答になるか考えると怖いし、今の猪々子じゃねぇ?で、消去法で斗詩。出番増えて良かったじゃん」

  T「本編で出番がほしいの~。それに本編とこっちじゃ年齢のせいでほとんど別人じゃない」

  K「まあ、本編入ったら出番増える予定だし、ここ担当する予定だった人たちが登場すりゃあたしらも卒業だからさ。あきらめてコーナーを進めよ」

  T「ううぅ。じゃあ、このコーナーは何をするの?」

  K「一言で言うと歴史用語や、正史基準での有名イベント解説だね。恋姫SS見てる人は結構三国志に詳しい人が多いみたいだけど、まあ、某無駄知識の泉みたいに楽しんでもらえたらって感じで」

  T「えと、じゃあ今回は何について解説するのかな?」

  K「次回からはリクエスト方式も考えているけど、今回はホント突発でな、このコーナー書き始めた時点でまだ決まってなくてな」

  T[それって全然駄目じゃない!?」

  K「うん、ダメダメだ。取り敢えず今回は簡単な、且つどうでもよさそうなのを二ついこう。まずは三公だな」

  T「三公って麗羽様の家系が良く出してるって言う?」

  K「その三公だな。三公というのは当時の官僚の役職で、時代によって多少の変化があるけど、後漢では大まかに、太尉、司徒、司空だな。それぞれ軍事、行政、国家規模の土木作業を司る」

  T「えと、麗羽様のお父様の周陽さまが」

  K「行政担当の司徒だ。ちなみにこの時期のちょっと前、曹操の父親、曹嵩様、字は巨高様ですが、この人が金一万両で太尉の位を購入してたんだわ」

  T「前回のあれってただのエキストラじゃなかったんだ」

  K「意味のないとこにも凝ってみたさ。後に曹操が帝を掌握してからは自ら司空になってたな。で、後漢の三公の上に大将軍があって、麗羽様はその位に付く。そういう訳で、意外なことに史実の袁紹は三公のどの位にも付いてないんだな」

  T「あ、三公の上ってあったんだ」

  K「時代によって有ったりなかったり、だね。大将軍も、この時期においては皇帝の次の位だけど、後に董卓が相国、曹操が丞相という過去に有った位を復活させて、皇帝に次ぐ地位に納まっている」

  T「えと、結局一番えらいのは?」

  K「建前の上という事ならば皇帝陛下を置いて他ならない。その建前を武器にしたのが後の曹操な訳だがね。さて、三公から話がそれたけど次の話題に行こう。あたしの家系に伝わっていることになってる武術、五禽戯についてだな」

  T「五禽戯って聞かない名前だね」

  K「厳密には拳法じゃなく、健康体操に属すべきものかな、性格的な部分を考えると。後漢時代、後に神医と呼ばれることになる華陀が虎、鹿、熊、猿、鳥の五種類の動物の動きから考え出したものだそうだ」

  T「あ、五種類の禽獣だから五禽戯?」

  K「その通り。一応気功も含まれててな。恋姫での五斗米道のことで、作者の遊び心が出たそうだ」

  T「本当に無駄な部分で凝るよね」

  K「それがここの作者の生態だ。というわけで今回の話題はここまでかな」

  T「あ、そうなの?じゃあ、えと、ここまでご覧頂いた読者の皆様、どうもありがとうございました」

  K「え~、このコーナーの存続は皆様の評判次第です。皆様からリクエストが有った場合、優先的に扱っていこうかと思います。また、本編でタイミングが良いと思ったネタがあるときはそっちが優先になります」

  T&K「それではここまでありがとうございました!また次回お会いしましょう!」




  後書き

  というわけで書いてる本人にも想定外なことが起きた第二話でした。もうちょっと文をうまくコントロールできないとだめかな、という課題が見えました。

  本来、今回の話と次回の話を一話にまとめる予定でしたが、途中で前回との分量がバランス悪くなるかな?と切ってみたら、逆に分量不足になり急遽おまけコーナーを入れました。試験的なものなので続けるかは皆様の反応を見ながら決めようと思います。

  それでは今回はここまで。また次回よろしくお願いします。



[8078] 第三回 アリカタ
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/05/11 21:52
  あたしは今ものすごく後悔している。やっぱ、無理矢理にでもスラム探険なんざ止めるべきだった。襤褸を着た、如何にも流民といった感じの男たち五人に路地で挟まれながら、あたしは心の中で毒づいた。内二人はそれぞれ鉈と中華料理で使うような分厚い包丁だった。残りの三人はただの木の棒である。

  あたしらを囲んでいる連中は皆痩せ細り、獣のような笑みを浮かべている。尋常な状態ではないのは一目で分る。飢え苦しんでいるところに来た、大金になるかもしれない相手だ。色々とテンパっているのかも知れない。


  「貴方たち!一体誰にぶきをむけているのか、わかっているのですか!」


  怯えている斗詩さんと猪々子さんを背に僅かに体を震わせながらも大人五人に言い放つ麗羽様。子供と思えないほど立派ではあるが、あたしからすればこいつらを刺激するようなことはしてほしくなかった。父上の細作衆が辿り着ければ、訓練もされていない、それも飢えた人間などどうとでもなるだろう。だが、彼らを怒らせた結果誰かが怪我をすれば取り返しが付かない。


  「うるせぇ!餓鬼がガタガタ抜かしてんじゃねぇ!」


  鉈を持った、この連中のリーダー格らしい男が怒鳴る。他の奴らもそうだが、こちらに向ける視線に怒りがある。大方、俺たちがこんなに苦しんでいるのにこの金持ち共が!見たいなものだろう。あたしも前世で、親のおかげで遊んでいるボンボンを見て世の理不尽を感じたりしたこともあったが、この人たちは命の危険とかそういうのまで付いてくるから、そこら辺の感情は当時のあたしの比じゃない。

  もっとも、あたしらに向けられても困るんだけどね、そういう感情。そういうのは経験して見ないと、本当の意味で理解できる訳がないものだと思うから。

  尚も連中に何かを言おうとする麗羽様の口を押さえて無理矢理黙らせる。


  「ちょっ、何を!?」


  「黙ってください麗羽様。斗詩さんたちが怪我するのは嫌でしょう?」


  事態が事態なので、声が荒くなってしまう。麗羽様は一瞬声を詰まらせるが、すぐに納得してくれたのか大人しく頷いてくれた。

  麗羽様を落ち着かせてから、あたしは一歩前に進み出る。兎に角時間を稼ぎたい。そうすれば何とかなると信じて。


  「あの、もしお金が欲しいのでしたらこれらで何とかしていただけないでしょうか」


  あたしは幾つか身に付けていた装飾品を外して連中のリーダー格の前に差し出す。麗羽様から頂いたもので心苦しいが仕方ない。


  「これでしばらくは食べていけると思うんです。これで手を引いて貰えないでしょうか」


  差し出したのは玉や瑪瑙などを使ったもので、売ればそれなりの額になると思う。これで勘弁してくれりゃそれでもいいんだがね。


  「て、てめぇ!馬鹿にしてんのか!」


  鉈を持った男はそう言いながらもにやけ顔であたしの手から装飾品をひったくる。それらを手に、まじまじと眺めている。結構隙だらけな感じだがこれで逃げ出そうとは思わない。あたし一人ならともかく、子供の足ではすぐ捕まってしまうだろう。

  だがこの時あたしは一つだけ、あたしらへの追い風の兆候を見つけた。前にいる三人の更に後ろの十字路で鈍く輝く、クナイの柄の部分をなくしたような形で赤い布を巻き付けた金属片。ヒョウ(金辺に票)と呼ばれる、日本の手裏剣に相当する暗器が何気なく落ちていたのだ。そう、余りにも不自然なものが然も当然のように風景に混じっていたのだ。


  「ちょっと、黒羽さん!それはぶっ・・・」


  それはそうと、またしても怒り出した麗羽様の口をふさぐ。怒る理由は分るつもりだ。友人への贈り物が、その友人の手で物取りに渡されたのだから。


  「後でいくらでも叱られますから。今は押さえて、あたしを信じてください」


  耳元で小声で伝える。怒りが収まらないのだろう、大人しくなってくれはしたがあたしに睨むかのような視線を送ってくる。
  その後ろで震えている二人もこちらに不安げな視線を向けてくる。笑顔を作って二人に向かって頷く。あたしに任せな、と。思い上がりかもしれないが、中身は大人であるあたしが何とかするべきと思っている。それになんと言うか、アレだ。コッチで、黒羽として初めての「友達」を存外に気に入っているらしい。

  問題は挟まれている、ということだ。前に三人、後ろに二人。多少の距離があればどうにかできるんだが。

  いざという時は殺すことも考えなけりゃいけないか。その場合は人を実際に殺したことのないあたし自身が不安要素になるか。

  兎に角こいつらから離れなきゃだよな。


  「おい!餓鬼共!」


  いつの間にか渡したものを眺めるのを止めていたらしい、鉈を持った男がこっちに向けて怒鳴る。


  「怪我したくなかったら大人しく俺たちの言うことを聞きな」


  なんつ~か「ゲヘヘへ・・・」といった感じの、如何にも悪そうな笑いをしながら連中はあたしらににじり寄って来る。ここは大人しく捕まった方が良いかな。


  「・・・分りました。麗羽様も皆も大人しく・・・」


  無駄に抵抗して、怪我とかしないように大人しくするよう言おうとした瞬間だった。パンっという音と共に頬に衝撃が走った。麗羽様に平手を食らったのに気付くのに暫くかかった。


  「なんあのですか、あなたは!さっきからものとりにこびを売るように!」


  え、えと、あれ?何であたしが怒られたんだ?


  「あなたにはほこりはないのですか!そんなやり方が!あんな心までうすぎたないやからに!」


  あ~、あれか?あたしのやり方は麗羽様のプライド的に許せなかったということか?でも、あたしとしては最良を考えての行動だったんだが・・・


  「が、餓鬼が舐めたこと言ってんじゃねぇ!」


  麗羽様の言葉が気に触ったのだろう、鉈の男にいた男があたしを蹴り飛ばして麗羽様の頬を殴りつけやがった。


  「お、親に恵まれただけで人を見下しやがって・・・」


  殴られ、倒れ伏した麗羽様に一瞥しながら男は吐き捨てるように言う。

  あたしの視界が倒れた麗羽様を捉えて放さない。放せない。そして、倒れた時に頭を打ったのだろう、地に赤い色が広がっていく。あ、なんか視界全体が赤みかかって来た?





  斗詩視点

  麗羽様がものとりになぐられた。目の前で大事な人が傷つけられた。倒れ伏している麗羽様を見ても、私の足は、体は動いてくれなかった。


  「れ、れいはさ・・・ま・・・」


  私にしがみつく様にしていた文ちゃんがくずれるように膝をつく。それほどこわいということなんだと思った。私だって体の震えが止まってくれない。

  けど次のしゅんかん、男の人のさけびごえで私たちは無理やりに目を向ける方向をかえられた。麗羽様をなぐったうでから血がふきだしていた。


  「てめぇら、誰に断って人様のともだちに手ぇ出してんだ・・・」


  こわい声だった。さいきん聞きなれてきたはずの声がちがう声みたいだった。

  泣きながらうでを押さえてる男の人の前に黒羽ちゃんが、ひしゅをもったままたっていた。

  私は何もかんがえられなくなっていた。文ちゃんも同じだったと思う。私にしがみついてるだけしかできない。

  そして、私たちの後ろにいた人たちが持っていた棒をふりあげながら黒羽ちゃんに駆けて行った。黒羽ちゃんは一人をよけると、もう一人のひざのうらにひしゅをつきさす。その後は他の人たちも一緒になってらんとうになった。


  「く、ろは・・・さん?」


  あたまから血をながしながらだけど、麗羽様が起き上がる。ここから麗羽様のかおは見えないけど、やっぱり信じられない気持ちなのかな。


  「斗詩!麗羽様つれてけ!」


  黒羽ちゃんの言葉で気が付いた。麗羽様がいる場所はらんとうしてるばしょにちかい。私はとっさにかけだして麗羽様をかついでそこをはなれる。そして私たちが離れるのと同時に近くの物陰から黒羽ちゃんと似たがいとうを着た人たちが何人がかけ出してきた。


  「お嬢様、怪我の具合は?後、他の皆さんはどうです?」


  その内、こっちに走ってきた一人は黒羽ちゃんのお父さんの張管家でした。わたしも、いつの間にか近くまでかけよって来てた文ちゃん。そっか、麗羽様つれてくるのに夢中でおいて来ちゃったんだ。


  「わ、わたくしたちよりも黒羽さんが!」


  自分のけがをむしして麗羽様が張管家に言う。


  「・・・いえ、アレは無事です」


  そう言う張管家が目をむけた先には、あのがいとうを着た人たちの一人に抱えられている黒羽ちゃんがいた。ひしゅをとりあげられているのに、まだ私たちをおそった男の人たちをにらんでた。私たちをおそった人たちはみんな地面にたおれていた。

  そして、私たちを助けてくれた人たちは黒羽ちゃんをだいたままつれて来た。


  「こっちは終わりました、お頭」


  「そうか。ご苦労だった」


  私たちのけががあるかを見ていた張管家が初めて黒羽ちゃんを見る。


  「無事だったか」


  安心したような張管家の言ってるのが聞こえてないのか黒羽ちゃんはまだ私たちをおそった人たちのほうをにらんでる。おこった表情をしていたけど急にそれがあせったのにかわって、かかえてた人にうでからにげ出す。


  「あ・・・」


  なんとなく、黒羽ちゃんがさっきからにらんでた方向を見た。たおれてた男の人たちの一人が体の上半分をおきあがらせて、包丁をなげようとしてた。

  そして黒羽ちゃんが文ちゃんにだきついた。なげられた包丁が黒羽ちゃんのせなかにささった。黒羽ちゃんの黒いかみのけが切れて、黒い服の黒さがこくなっていった。そのまま黒羽ちゃんがたおれてく。

  いちばんさいしょに泣き出したのは私か、文ちゃんか、麗羽様か、私は覚えてない。




  袁逢視点


  「娘たちのこと、ご苦労だったね」


  私は部屋から出て、中庭に設置された石の席に着き、そう口にした。部屋の中では手当てを受けた張管家の娘さんが眠っている。娘も、その友人たちも部屋で彼女の様子を見ている。酷く消沈していたが、だからこそ医者の邪魔になることもないだろう。


  「いえ、お嬢様にお怪我を負わせてしまいました」


  「あれは麗羽自身のせいだ。寧ろ君の娘まで巻き込んでしまった」


  真面目なのは美徳なのは疑いないが、張管家はそれが過ぎる。


  「それに、幼子に人を殺めさせてしまった」


  娘たちが傷つけられた故と聞いた。恐らく張郃の心に付く傷は大きなものになるだろう。


  「何れは通る道です。それが早まっただけかと」


  やれやれ、我が子のことだと言うのに。だが、彼がこう言うのであれば私にこれ以上言う権利はないのだろう。

  ただ、自己嫌悪になりそうな考えだが、今回のことは不幸な事件ではあったが、或いは袁家にとっては無形の財産になるかもしれない。娘の麗羽が如何に子供であろうと、今日のことで何も学べない程度の人物であるとは思いたくない。そして、自分の望み通りであれば、この日を持って麗羽は大きく成長するだろう。これが他者が傷つくという結果を伴ったものでなければどれだけ良かったことか。


  「子供たちのことも気になる。部屋に戻るかね」


  もう日も傾きかけている。細作衆が子供たちを連れ帰ってそれなりに時間が経っているが、あの子は昏睡したままである。傷はさして酷いものではなかったそうだが、それでも幼子の体にとっては多くの血を流し過ぎたのだと言う。

  様子を見に子供たちのいる部屋に戻ろうと部屋の前に来た時、丁度扉が開き麗羽が出てきた。普段の自信に満ちた顔でなく、酷く暗いものになっている。


  「お、お父様・・・」


  丁度部屋を出てきたところに私がいて驚いたのだろう、少し慌てた様子だった。


  「そ、その、お父様。お話し、したいことがあります」


  「そうか。張管家、私は娘と話がある。君はあの子に付いてあげなさい」


  なんとなく、娘が良い方にむかって成長しようとしていると感じる。


  「いえ、私の任は・・・」


  「父親なのだよ、君は。良いから行きなさい」


  職に忠実すぎるな、アレは。もう少し個人の情を出してもいいものを。自分の肩が震えっぱなしであるのにも気付いていないな。

  娘だけを伴い、私の部屋に向かう。その際娘は終始俯いていた。部屋に着いた後、お互い向かい合うように椅子に座る。

  娘がまず口にしたのは今回の件の、事の顛末だった。自分が貧民区に行こうと言い出したこと。物取りに襲われたこと。張管家の娘が物取りと交渉しようとしたこと。事の大まかな部分は全て語ったのだろう、そこから沈黙が続いた。だが、娘はまだ本当に言いたいことを口にしていない。


  「それで、お前は何を言いたいのだ」



  私の言葉に、されど黙ったままであった娘は、やがて意を決した瞳で話し出した。


  「わたくしはまちがっていたのでしょうか?袁家の一いんとして、しもじもの人たちのことを知りたいと思って行きましたの。でも、皆さんをきけんな目に遭わせてしまいました。わたしはどうするべきだったのでしょうか・・・」


  成る程。一歩つづ先に進み始めたか。


  「間違ってはいないよ」


  そう、その想いは正しいものだ。何れ人の上に立ち、天下を動かす立場になる者に必要な想いだ。


  「でもっ・・・」


  「間違っていないことが必ずしも正しい訳ではないんだよ」


  子供にするには難しい話かもしれない。だが、この子が真剣に聞いてくる以上私も真剣に答えねばなるまい。


  「・・・間違ってないことが正しくないことがあるのですか?」


  「ああ。そうだ」


  決して気分の良いものではないが、この子も何れ政の世に入れば知らねばならないことだ。・・・私も張管家を謂えんかな。


  「・・・では、お父様。麗羽はどうすれば正しくいられるのでしょうか」


  最も難しいことを聞くか。


  「常に正しくあり続けることは無理なのだよ。人である限りな。だが、お前が可能な限り正しい人間でありたいというのなら、今回の件を持ってまずは身の程を知りなさい」


  己に出来ることと、出来ないことを見極める眼をまずは持たねばならない。


  「・・・みのほど、ですか」


  「そして学びなさい。今の自分に出来ないことをなすために。本当にやらねばならないことを知るために」


  人の上に立つためにもう一つ必要なもの、心を支えてくれる友を、お前はもう持っているのだから。

  この娘が漢王朝の明日を担う善き支柱となれることを、私は願いながら語り続けた。







  黒羽視点


  「知らない天井・・・すら見えん」


  目が覚めたとき、一番最初に見たのは枕代わりらしい毛布の塊、最初に感じたのは手を握られている感触だった。ずっとうつ伏せだったらしく涎の感触もあった。


  「・・・えと、猪々子さん?」


  眼を向けるとそこにあったのはあたしの手を握ったまま床にうつ伏せになって眠ってしまってる猪々子さんと、それに寄り添って眠る斗詩さんの姿だった。


  「起きたか、黒羽」


  声は父上のものだった。声の方向に眼を向けるが、窓から射す夕日の明かりで部屋が真っ赤に染まって、父上の姿がぼやけて見えた。まるで空気まで何か赤いもので濁っているように見えた。

  赤く、紅く、アカク、あかく・・・・・・?


  「落ち着け!ゆっくり、息を深く吸って、深く吐け・・・」


  気が付いたら父上に抱き締められていた。あれ?息が苦しい。体が寒い?背中から体温が抜けていっているような感触だった。

  そういえばさっきの色で思い出した。


  「あ、あた、し・・・ひと・・・」


  殺した。ころした。この手で、じぶんのいしで、ころしたころしたころした・・・


  「違う!お前は守ったんだ!お嬢様と友人たちを守ったんだ!お前はよくやった!お前のおかげで助かったんだ!」


  まもった?守った、護った・・・


  「そうだよ!黒羽ちゃんが私たちを助けてくれたんだよ!」


  聞こえてきたのは斗詩さんの声だ。この時あたしはようやく自分の手を痛いほどに強く握られているのに気が付いた。

  手を握っていたのは猪々子さんだった。あれからずっと握ってたのか?目尻から涙を流しながらあたしを見ている。


  「私たち・・・黒羽ちゃん好きだよ・・・」


  猪々子さんが言った。なんか、今まで一番はっきりと聞こえた気がする。猪々子さんの声。でも、なんか急に息苦しいのがなくなっていく。変わりにすごく眠くなってきた・・・




  次に目が覚めた時、手を握る感触はそのままだった。


  「黒羽ちゃん・・・」


  日が落ち、月明かりが窓から射す薄明かりの中、猪々子さんの声が聞こえた。


  「おはよう、猪々子さん。それともこんばんわかな、この時間」


  体がだるくて仕方ない。でも、手から伝わる暖かいナニカで妙に口元が弛んでるのが自覚できる。


  「・・・うん・・・よかったよ・・・黒羽ちゃんが起きて・・・怖かったんだよ・・・」


  涙でグシュグシュいいながらも必死に色々伝えようとしていた。興奮しているせいか、内容は支離滅裂だったが、あたしを心配してくれているのが伝わってきてちょっと幸せな気分になった。それと、猪々子さんの話を聞いている間、斗詩さんが猪々子さんの横で眠ってるのが見えた。多分部屋の隅に椅子で座ってる体制の影が父上なんだろう。

  猪々子さんのあたしを心配したり、慰めようとする言葉を聴いていたが、ふと彼女がこんな事を聞いてきた。


  「ねぇ、黒羽ちゃん。あのとき・・・黒羽ちゃんはこわくなかったの?」


  「そんな訳ないじゃん。怖かったさ」


  虚勢を張ってはいたけど心臓はバクバクだったし、足も力が抜けそうになってたし。


  「・・・じゃあどうしたら黒羽ちゃんみたいに勇気持てるの?」


  勇気?あたしみたいに?正直こんな事を言われるとは予想外だわ。


  「黒羽ちゃんいつも男の子みたいでとってもかっこよかったよ。それにとってもやさしいの」


  あ~、うん、元々中身男ですもん。


  「私も黒羽ちゃんみたいに強くて優しくなりたい」


  あたしのように、か。なんとなく嬉しいけどあたしは今の猪々子さんも嫌いじゃないんだけどな。


  「今の猪々子さん、可愛くて好きだよ、あたし」


  「でも私・・・ううん、あたしは黒羽ちゃん見たくなりたいの!」


  なんか、言っても納得してくれなさそうだな。まあ、悪いことではない、のかな。


  「ん~、でもアレだね、自分をあたしって呼ぶの、被るのはちょっとな」


  そういったあたしの言葉が拒絶に聞こえたのか、しゃくりあげてきた。まず、大泣きになる!?


  「だからさ、猪々子さんはアタイ、なんてどうかな。あたしと似てるし」


  「・・・アタイ?」


  キョトンとする猪々子さん。


  「うん、アタイ」


  「・・・アタイ・・・うん、私はアタイ、アタイになる・・・」


  うん、喜んでくれたみたいだ。


  「それと、黒羽ちゃんのこと、お姉ちゃんって呼んでもいい?」


  うん?姉?いやでも、


  「あたしと猪々子さん同じ年じゃん」


  誕生日は確かに先だから姉と言えなくもないんだろうけど。


  「黒羽ちゃんは目標だから、お姉ちゃんになってほしいの」


  「そっか。じゃ、アネキって呼びな。アタイにはそっちの方がらしいよ」


  こそばゆい感じだな、なんか。


  「アネキ・・・うん、アタイ、がんばって強くなるよ、アネキ」


  その言葉と共に見せた笑顔は、とっても輝いて見えた気がした。






  おまけコーナー


  楽屋裏三国志研究所(仮)

  K[どうも!今回で二回目おまけコーナー!司会はこの張儁乂と!」

  T「う~、文ちゃんカワイ~よ~!感動だよ~!」

  K「お~い、戻って来い。斗詩さんや~い」

  T「はっ、文ちゃんの可愛らしさにどこかに魂をさらわれてたよ!」

  K「うん、見てりゃ分る。んな事よりコーナーやるぞ」

  T「う、うん、今回は何の解説をするのかな?」

  K「アンケートがなかったからな、前回。寧ろこれに関する反応すらなかったという悲しむ事実故にこっちで決めることになった」

  T「反応ないのは悲しすぎるよ・・・」

  K「話題が悪かったのかな?えーと、今回はこの時代の武器に関してやって見ようと思う」

  T「武器?この時代の武器って言えば、関羽の青龍刀とか、呂布の方天画戟とか?」

  K[違う。それは8~9世紀のものだ」

  T「・・・え?」

  K「ちなみに三国志は3世紀前後、5~6世紀違う。張飛の蛇矛にいたっては15~16世紀のものになる」

  T「え?じゃあ、私たちの使ってる武器って・・・」

  K「恋姫仕様は問題外として(ドリルとかバンカーとか)演義でも、結構時代的にありえない武器が多い」

  T「えっと、じゃあ実際はどんなのが使われてたの?」

  K「この時代の主力は戟と言う長柄にL字に近い形の金属を付けたやつだな。言うなれば西洋のスパイクのようなものでな、突いて善し、叩いて善しで使いやすいものだったらしい。騎兵は歩兵、この時代の主力兵器だな」

  T「へー、私は主力は槍だと思ってたな」

  K「槍は丁度三国時代の産物でね、登場は三国鼎立した時期だったらしい」

  T「あれ?槍って構造簡単そうだからもっと前に出来てそうなんだけど」

  K「槍の構造そのものは確かに単純なんだけど、素材が問題だったんだ。三国志の序盤の時代ではまだ鋼鉄を練成する技術が普及してなくって、兵器の素材は主に青銅だったんだ」

  T「えと、青銅だと何かまずいの?」

  K「まずい。槍に、というか突くための武器に充分な貫通力を持たせるには鋭い形が必要になる。青銅じゃ脆過ぎてこの形が維持できないんだ」

  T「それって武器として使えないって事?」

  K「使えないな。鎧を突くと折れてしまうんだから」

  T「うわ~、でもだったらどうして演義の武将は色んな武器持ってるのかな?」

  K「キャラの個性を出すためのものだろね。正史じゃ、誰が何使ったとかはない。演義でも無名武将は武器に関する記述はほとんどない」

  T「それじゃ、実際の私たちはみんな戟を使ってたって事かな?」

  K「まあ、ほとんどの武将が戟だったんじゃないのかと思う。でもまあ、あたじらは実在の人物がモデルの虚構の人物みたいなもんだからな。別に何使っても良いだろ」

  T[そ、そうだよね、何使っても良いよね」

  K「うん、それこそ勇者王なハンマーやら艦を両断できてしまいそうな剣でもな。ということで今回の話はここまで」

  T「え?あ、うん。それじゃ読者の皆様、ここまでありがとうございました」

  K「このコーナーは皆様のご感想とリクエストをお待ちしています」

  K&T「それでは皆さん、また次回!」




  後書き

  今回普段よりだいぶ苦戦しました。時間の割にはちょっと微妙なクオリティになった感じです。

  次回から洛陽を出てしばらくオリキャラがメインになる予定です。主人公の修行編みたいな感じに。ついでに物語のメインになるオリキャラもそろそろ登場予定です。一応有名武将で、なぜ恋姫に出ないのか!?と思ってたキャラと、その親族です。とりあえず三国志好きな人には知らない人はいないだろう人物なので楽しみにしていただけたら幸いです。

  それでは今回はこれで。また次回をお楽しみに!



[8078] 第四回 狼雇の相ってエクソシストごっこするためのスキルだと思うんだ
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/07/25 03:10

  ある意味麗羽様たちと友誼を深める切欠になった路地裏物取り事件より早十年。歴史に名を残し得る刺客になるべく鍛錬を始めていたあたしは今、袁家の筆頭軍師である田元皓様に兵法の指導を受けていた。・・・あれ~?

  例の事件の後、怪我の療養に半年近く袁逢様宅にお世話になった。その間、だんだんと明るく元気になってきた猪々子に斗詩と見守ったり(あの件以来、色々あってさん付けはしなくなった)、急に勉学に励みだした麗羽様と一緒に書を読んだりした。

  この時期の一番の事件は猪々子の髪だろう。

  例の事件の時に投げつけられた包丁で、髪も一部一緒に切られて、髪型が変になってしまった。よってあたしの怪我の具合が、床から下りれるようになった頃に一度バッサリと切ることにした。そん時なんか責任取るって猪々子が自分でバッサリである。そう言や猪々子かばって髪切られたんだっけ。猪々子の長い黄緑の髪は結構好きだったんだがな~。

  その後、帰郷してからあたしの鍛錬が始められた。まずはじめに行われたのは体作りのような基礎でなく、いきなり人を殺すことに慣れる事だった。近くで捕まえた賊やらなんやらを捕まえて来て、手足の腱を切って抵抗できなくして「さあやれ」である。正直参ったよ、あれは。前回の時は半ば正気じゃなかったが、眼の前で泣き叫ぶ人間を殺すのは自分に刃を向けられた時以上の恐怖を感じた。あたしが竦んで動けないでいると父上に叩かれた。相手を殺せるまで続き、結局そいつを殺し終えた時にはあたしは医者に連れて行かれることになった。父上に殴られたり蹴られたりで。

  もちろんそれも一回で終わるような類のものではなく、約一年で三十人ほど殺すことになった。最初の五人を殺し終わる頃には、その場で吐くことがなくなった。次の十人でその日の晩飯が食えるようになった。三十人に近づく頃には一日で複数の人間を殺せる様になった。

  正直この頃のことは思い出したくない。後から聞いた話だと、この頃のあたしは例の事件以来情緒不安定気味だったらしい。原因は誰もが察する通りと考えての荒療治のつもりだったらしい。寧ろ悪化しなかったことが奇跡だよ、と思う。そういう意味では父上の言ったとおり、あたしには才能があったのかもしれない。喜ぶ気にはなれんが。

  この時期のストレスのせいか、髪の先の部分が白髪化してメッシュみたいになったのは個人的にかっこいいかな?と思っている。つか、どうやったらこうも意図的にやったとしか思えないような白髪具合になるのか。

  で、本格的に武芸の稽古が始まったのは7歳の頃。最初の一年は基礎の体作り。馬歩と言う、両腕を前に突き出して空気椅子の体制を長時間維持するというものだ。流派によっちゃ違う呼び方もあるがぶっちゃけどこぞの最強の弟子君がやってたアレである訳なんだが、きつい。とにかくきつい。実際、反刻(一時間)もつ様になるまで二ヶ月かかった。全く動いてないのに汗が出るってどんなだよ!

  二年掛けて六刻連続でやれるようになって漸く、五禽戯を学べる訳である。で、いざ学んで見ると以外に技と言うものが少なかった。五禽戯の内容はその殆どが体捌きや実戦心得だった。そこに僅かな技を混ぜての、どういう風に応用できるかで随分変わってきそうだ。尚、五禽戯を使う際、両手に穿山甲と名付けられた手甲を嵌めてやる。二の腕から先を覆う装甲で指先が鋭くなっており、突き刺したり抉ったりすることができる。見た目が一部の特撮系怪人の手に見あるが。

  それと、並行して暗器の鍛錬もこの時期から始まった。最初は座学を中心に、ヒョウ(金に票と書く)のような飛び道具を中心に行った。このヒョウも穿山甲をつけたまま扱えるようにならなければならない。

  これらを毎日続けて十二歳の頃、五禽戯の腕では父上とやり合って勝負の形になるようになった。ヒョウの扱いに至っては10メートル前後の距離で鎧を貫通できるようになっていた。これには父上も驚きつつも褒めてくれた。尤も気功による身体能力の底上げは、どうにも燃費が悪く長く続かない。これに限っては子供の頃から余り成長していない。まあ、出力と言うか時間ごとのパワーは悪くないんだけどな。

  それはそうと、この時期麗羽様たちとはしょっちゅう文通していた。あたしが袁家を出た次の年に妹が生まれたという手紙が来た。麗羽様の母上様とは違う、周陽様の正妻の子だそうだから多分その子が袁術なんだろうな~。麗羽様は喜んでるたけど。そんで、そのお世話役として七乃という人がやってきたそうな。そういや父上の三番目の弟の娘がその名前だったな。たしか張勲、後の衝車な大将軍って従姉妹だったんだ~、とか思ったりしたっけ。たしか、あたしより三、四歳上だったっけ。

  更にそれから二年後。周陽様の知人である曹巨高、即ち曹嵩殿の娘と御友人になられたそうな。真名と思しき華琳と言う名前だけしか書かれてなかった訳だけど、曹嵩の娘って事は曹操のことなんだろうな~。いねぇのかよ!有名どころで男のまんまのヤツ、誰かさー!





  そして、あたしが十三になってすぐの頃だった。

  父上が亡くなった。

  別に危険な任についた結果とかそういうのじゃない。洛陽で少し疫病が流行った。ちょっとした流行り風邪のようなものだろう。そんなもんにやられてポックリ逝ってしまった。なんてこともなく、あっさりと。

  父上の葬儀の時に久しぶりに麗羽様たちと再会した。色々声を掛けてくれていたみたいだったが、余り覚えていない。結構あたしもショックだったのかも知れない。尤も一番ショックだったのは母上だろう。まさか、父上の葬儀から一ヶ月も経たんうちに母上の葬儀も行わにゃならんことになるとは思わなかった。

  その後、身寄りを失ったあたしは周陽様の好意で田元皓様、つまり南皮城にある田豊様の屋敷にお世話になっている。

  聞いた話、父上が死んだことで次の細作衆の指導者を決める必要があるのだが、まあ当然子供のあたしにはまだ無理と言うことで父上の二番目の弟に決まるらしい。後から知ったことだがこの人張勲のお父上だった。

  そういうことで袁家での立場を失うことになったあたしだが、麗羽様がそれを望まなかったらしい。ならば、天下の治安が乱れる兆候のある今、将として育てるのはどうか?ということで軍略に明るい元皓様の下に預けられたのだった。

  そういう訳で、元皓様に軍略を学んだり、武術の鍛錬をしたりの毎日が日々が三年近く続いていた。そこでもやっぱり基本的に外出しないでいる。別にヒッキーとかじゃないぞ?忙しいんだよ、色々と。

  そんなある日、宛がわれた部屋で「墨子」を読んでいると部屋の扉をノックされた。


  「張郃よ~、居るか~」


  「あ、はい」


  「墨子」を机に置いて扉を開ける。そこに立っていたのは杖を突いて漸く立っているような白髪の老人だった。まるで仙人のような感じの姿で、妙に長く見える頭に、長く伸びて垂れている眉毛にされど鋭い視線を隠した河北随一の智謀の士である、田元皓その人である。ただ、如何せん御歳八十六歳。直接戦場には赴くのは無理なお体だ。正直官渡戦時の切り札になると思っていたが、この人官渡に従軍しなかったのって投獄されたんでなく純粋に歳だったのでは?尚、沮授さんとも知り合いになった。あたしより五歳年上のお兄さんなんだが病弱さが酷くて一年の半分を寝所で過ごすお人だ。この人も戦場に出れるか・・・ここ数年で健康状態が良くなったらしないかな~。

  ちなみにあたしの儁乂と言う字は母上の葬儀の時に周陽様にもらったものだ。


  「おお、張郃、お主に仕事があるんじゃ」


  「あたしにですか?」


  これには少し疑問を感じた。普段はあたしに勉学と鍛錬に集中させるために家事の手伝いさえさせて貰えないのだ。それなのにあたしに仕事とは。


  「うむ。お主に迎えに行ってほしい者が居っての」


  話の概要はこうだった。

  たまに文通している学士仲間で司馬徽と言う女性がいるのだそうで、この前手紙で軍略の弟子を取った(あたしのことだ)と伝えたら向こうも弟子がいたらしく、延々と弟子自慢をする手紙が届いたらしい。しかもそれが何通も続いてムカついたので、自分も出来のいい弟子を育てて対抗してやろうという事にしたそうな。

  そういう訳で、以前から目をつけていた知人のお子さんを呼び寄せ、今日の昼頃に着く予定なので迎えに行って来いとのことだった。

  用件は理解できた。唯一つ疑問があったので聞いて見た。


  「あの~、元皓様。弟子ならあたしがいるじゃないですか」


  あたしも一応元皓様の弟子と、この家の人たちに認識されている。あたしのことを書いたりしなかったのだろうか。


  「お主、才能ないからのう」


  返ってきたのはそんな言葉だった。


  「・・・才能、ないですか・・・」


  即答された・・・


  「んむ。お主をどう教えても『頑張った凡人』以上のものにはならんしのう。自慢になぞならん」


  ひでぇ。あたしだって頑張ってんだぞ、一応。元皓様の弟子ってことで屋敷の人たちには尊敬の眼差し受けるから、プレッシャーきついんだぞ。

  そりゃ、司馬徽っつったら正史じゃ実は劉備より年下な水鏡先生だろう。ってことはその弟子は諸葛亮と鳳統だろ。さすがにこの二人と比べられないだろうけどさ。

  あれ?司馬徽と諸葛亮、鳳統コンビって十歳差だったよな、正史だと。ということは弟子って違う人?

  そんなことを考えながらも、仕事を引き受けていわれた待ち合わせ場所、南皮の南門のところで待ち人を待つことになった。

  尤もあたしは件の人物を知らないので、どんな人物か聞いて見たら渋い顔で、


  「笠から黒い絹で顔を隠した二人組みが来たらそれじゃ」


  とだけ伝えられた。何その物凄く怪しい二人組み、とも思ったが顔を知られているほどの有名人の可能性もあることに思い至った。まあ、袁家ならそういうのもあるのかも知れない。皇族出身で曹操の幕僚だった劉曄と言う例もあるし。

  そして、そんな二人組みが来たら確実に門の警備といざこざになり易いだろうからと、事の次第を書いた書状をもらってきている。

  で、南門に着いたわけですが、


  「ですから田元皓殿に招かれた者だ、と裏禍たちは言っているのです」


  「怪しいことなどないので早く城に入れて欲しい、と裏亞たちは要求します」


  「顔を隠した黒ずくめが怪しくなかったらどんなヤツが怪しいって言うんだ!」


  うん、問題絶賛発生中です。

  元皓様が言ってた通り、笠から下がった黒い絹のベールで顔を隠し、その上そろって喪服のような黒い衣装に身を包んでいる二人が警備に捕まっていた。

  絹が薄いのでなんとなく女の子だというのは分る。背は低く、幼い印象を受ける。ただ顔は見えないが、ベールから出ている髪が片方は白、もう片方が赤になっている。この差がないと同じ人間が二人並んでるように見えるな。声も似てたし・・・双子?でも髪がな~。

  そんなことを考えながらあたしは警備の兵に声を掛ける。


  「あ~、すみません。あたし、田元皓様の使いの者なんですけど」


  愛想笑いを浮かべるあたしに訝しげな顔を向けてきたが、元皓様の書状を見せると迷惑そうな視線を二人に向けた後、追い払うようにこの場から立ち去るように言われた。


  「それでは、田元皓様が招いた新しいお弟子はあなたたちでいいのかな?」


  通行の邪魔にならない位置まで移動して二人に聞く。


  「その通りです、と裏禍は答えます」


  「そういう貴女は元皓殿の不出来な弟子と書かれていた張儁乂殿ですか?と裏亞は尋ねます」


  何この電磁波シスターズ。つか元皓様そんな風にあたしを紹介してたのか。


  「はい、姓は張、名は郃、字は儁乂です」


  心中の不満もこの二人には関係ないことなので、表に出さずに対応する。


  「これはこれは、裏禍の姓は司馬、名は懿、字は仲達です、と裏禍は自己紹介します」


  「裏禍の姉で、名は郎、字は伯達です、と裏亞も自己紹介します」


  ・・・・・・なしてこげな人がここにおるですか?

  司馬懿と言えば演義に於いては諸葛亮に迫る智謀の持ち主であり、実際魏に多大な貢献をした傑物である。

  その兄である司馬郎も弟に及ばずながらも、優れた行政官として魏志に名を残している。

  ちなみに赤い髪のほうが仲達殿で、白い髪が伯達殿である。

  この人たち袁家と接点あったか?なんかどんどん知ってる歴史と乖離してるな。いや、女になってるのが何人もいる時点であたしの知識なんざ当てにならんのか?


  「それでは元皓殿の下へご案内いただきたい、と裏禍は要請します」


  「余り遅くなるのは無礼に当たるのではないか、と裏亞は考慮します」


  こいつらは二人で一人か、いつも一緒に喋るな~。大体仲達殿がなんか言って、伯達殿がそれに続く。


  「あ、はい。ではご案内させていただきます。伯達殿、仲達殿」


  第一印象を良くする為に努めて明るさを演出してみる。計算っぽくてアレだがこの二人と友誼を保つのは将来的に結構戦局に響いてくるだろう。ただでさえこっちの知力担当は(あたしが把握している限りは)不安があるのだ。主に戦場に連れて行き辛い言う意味で。可能ならこちらに取り込みたい。


  「その演技は表情がぎこちないのでばれやすいかと、と裏禍は指摘します」


  「声色と言葉遣いに違和感があるので分りやすい、と裏亞は補足します」


  あいた!いきなり悪印象か?

  それにしてもそこまで言われるほど分りやすかったか?目上には大抵この態度だったぞ、この十何年間。


  「ですが裏禍たちを気味悪がらないのは新鮮な感触だった、と裏禍は述べて見ます」


  「人格か、趣向に一般的な人間と乖離があるのかとても興味深い、と裏亞は真情を吐露して見ます」


  二人の表情は見えないが、声からして僅かにやわらかい笑顔を連想させるものだった。なのに一瞬背を走った悪寒は何だったのだろうか。

  結局その感覚の正体は屋敷に戻っても分ることはなかった。





  屋敷に戻り、元皓様の下に二人を連れて行った。その後、元皓様の意向で屋敷の人間全員を集めて二人の紹介を行うことになった。

  あたしの時にもやったが、結構でかい屋敷なのに意外と使用人が少ない。まあ、元皓様以外使用人という支配階級人口の少なさだからな。

  客間に集められた使用人は十人ちょい。これもあたしが来たから雇われた人もいる。

  そして、あたしは元皓様と二人を挟む形で使用人の人たちと相対する位置に立つ。


  「今日から新しく弟子を取った。わしの娘と思って仕えるように」


  元皓様の言葉に、されど戸惑う使用人の皆さん。まあ、顔を隠した人に「はい、今日からご主人様ですよ~」と言われても困るだろうな。


  「ご紹介に与った司馬仲達です、と裏禍は自己紹介します」


  「同じく司馬伯達です、と裏亞は続きます」


  言葉と共に二人が笠を取る。肩まである髪が顕わになる。あたしの位置がやや後ろよりで二人の顔は見えない。だが、逆に使用人の人たちの表情が驚き、次いで嫌悪のそれに変わっていくのが見て取れた。

  何事?


  「では誰か、二人に用意した部屋に案内せい」


  元皓様の言葉に顔を見合わせる皆さん。だが、動く人はいない。厄介事を人に押し付けようとしているような感じだ。普段なら結構従順に仕事をこなすのになぁ?


  「むぅ、仕方ない。張郃、部屋は分るか?」


  渋い表情で使用人の人たちを眺めていた元皓様が聞いてきた。そう言えば最近なんか片付けして使えるようにした部屋があったな。


  「あ~、はい。多分」


  「そうか、すまんがこの子らを部屋に案内してくれんか?」


  「分りました。じゃあ、二人ともあたしに着いて来て下さい」


  そう言ってあたしは両手で二人の手を取る。この時初めて見ることが出来た二人の顔は、正しく双子の顔だった。髪と瞳の色が違うこと以外は全く同じものだった。

  だが二人は動かず立ち尽くしたままだった。


  「どうしたんですか?二人とも。行かないんですか?」


  あたしの言葉に二人は幼さの目立つ、中性的な顔に驚きの表情を貼り付けていた。


  「あ、貴女は何故裏禍たちの顔を見て平然としているのか、と裏禍は問います」


  「貴女は裏亞たちがふ、双子の姉妹だと認識していないのか、と裏亞はた、尋ねます」


  まあ、髪の色でちょっと疑問を感じたくらいだ。それがなかったら双子である事を疑いもしなかっただろう。


  「まあ、初めての時からなんとなくは」


  えと、なんでそんなに驚いてんの?双子だけでなく使用人の人たちにも驚きの目で見られる。ただ、元皓様だけが「良いもん見たな~」的な顔でうんうん頷いている。


  「えと、一体どういうこっとう!?」


  どういうことか聞こうとしたその時、双子に飛びつかれ、頭を打って気を失ったそうな。





  眼を覚ました時には何故か双子に以上に懐かれていた。真名を預けられた上、スール宣言を受けました。何故に?

  後に元皓様から聞いた話では、漢に於いて双子は忌み子とされ、そのせいで実家でも不遇の日々を送っていたと言う。そして双子を普通の人として扱ったあたしの器に惹かれたのだろうと仰った(元皓様もはじめてあったころは嫌われるような言動を取っていたらしい)。

  正直単にそんな風習を知らなかっただけであり、そんなことで大仰に反応されるのはちょっとアレである。寧ろ恥ずかしさが出てきてしまう。

  だからあたしは、彼女たちがそれを望む限り、姉として接して行こうと思った。





  後書き

  ども、お久しぶり郭尭です。
  今回オリキャラだけで本編を進めてしまいました。司馬八達の上二人です。下六人の知名度がめちゃくちゃ低い八兄弟の中ですが、なぜ恋姫はせめて次男を出してくれなかったのでしょう?

  それはそうと今回もキャラが暴走しました。本来この姉妹、某黒いラグーンの双子風に行くつもりだったのに。

  取り敢えず将来的に対蜀戦の切り札になる二人の登場なわけです。ヤンデレが恋姫にいなかったからな~、と。ちなみに双子が忌み子だったのは本当にある風習で、孔子さんが「人は一度に一人子を生み、何人も一度に生むのは畜生と同じだ」などと余計なこと言ったせいで複数胎生んだ親も子も迫害されるようになったとか。なおこれは日本にも伝わってたそうで。

  取り敢えず病む理由がほしかったのでこんな理由にしましたが、もし複数胎のご兄弟、姉妹などがいる方には気分を悪くするかもしれませんが、その場合はこの場でお詫びします。


ps おまけコーナーは不評のため停止します。



[8078] 第五回 勉強しまっせ♪引越しの~○○○♪(修正)
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/06/08 21:54




  司馬懿をゲットしてこれなら曹操にも諸葛亮にも対抗できるぜ!なんて思っていた頃があたしにもありました。




  司馬姉妹がプティスールになってから一年ほどたった。元皓様の軍略、政治の講義の後、二人はよくあたしに分らなかったところを聴きに来るようになっていた。・・・うん、あたしに聴きに来るんだ。

  二人は実家でもいい待遇ではなく、この手の教育を受けたことはなかった。二人の才能云々はあくまで頭の回転とかそういうのである。

  二人の飲み込みは異常に早く、正に天才と言うものだろう。裏禍が軍略、裏亞が政治と、それぞれ偏りがあるものの、あたしとは比べ物にならないほどの成長速度である。

  とは言え、僅か一年である。あたしとて数年間元皓殿の下で勉強してきたのだ。一日の長どころではないがまだまだあたしのほうが二人より上なのだ。

  ・・・笑えねぇ。

  最近は悪徳役人に追い詰められた農民が土地を離れて流賊化して、他の農民を襲うと言う事件が増えている。そんで襲われた側も流民になり、やがて飢えて流賊と化す訳で。

  黄巾の乱まで秒読み開始と言った感じになってきている。この子達の成長が、せめてちゃんとして軍隊を相手にする頃には形になって欲しいな。・・・ただ、事あるごとに抱きついてくる行為は精神的に多くの癒しを運んできてくれるので嬉しいのだが。たまに朝起きたら布団の左右を占領されていることもしばしばである。




  それはそうと最近引っ越しました。都にて麗羽さまが正式に官位を授かり、渤海郡の太守になったのである。ただそれ以外に朝廷の直属の将としても官位を受けたので当分は都を離れられないと言うことらしい。よって太守代行が必要になる訳だが、軍政両略に通じる元皓様が選ばれ、あたしたちも一緒に渤海にお引っ越しと言う訳である。ただ引っ越しの際、「引っ越し~、引っ越し~、さっさと引っ越し~♪」などと言うニュースで聞いた記憶がある歌を誰かが口ずさんでいたのはあたしの気のせいだと思いたい。

  時に渤海って単語がエロいと感じるのはあたしの精神がまだ男である証明だと思うんだ。



  と言う訳であたしらも元皓様の新しいお宅になった渤海の太守府にお世話になっています。

  元皓様が渤海太守代行となって、まず始めたのが人事の刷新である。永らく袁家に仕えていたりする信頼できる人間を査察官として、県令や相の仕事ぶりを把握していく。有能ならそのままにするか、場合によってはより上の地位に取り立てる。無能ならば官位の剥奪。汚職を行う輩は法に拠って裁く。

  当たり前っちゃ当たり前なんだが、金で官位を買った連中が多いせいか、汚職率の高いこと。空いたポジションが多いからそこらの人選だけで大変だったそうな。

  次いで袁家の名に於いて私兵を集め始めた。いくら拠点を得たとは言え、郡ひとつで養える兵には限りがある。そしていざ動かす時にも、城が直接攻められでもしない限り動かすのに、事務的な意味で時間がかかる。その為に急増してきた山賊やらを討伐するための私兵が会ったほうが都合がいいのである。

  本来そんな朝廷にとっても脅威になり得ることが許されることはありえないのだが、名門袁家が宮廷で覚えめでたいことと今の治安の乱れが著しいこの時世によって認められている。理由の大部分が今の皇帝の無能に起因していることは考えないでおこう。

  宮廷で多くの官職と爵位を持つ袁家の碌は凄まじく、貯蓄を一切使わずに養える限界数は一万余だそうで、いざと言う時のために余裕を持たせて一万の兵を募集する予定らしい。

  あたしも最近見習いの将として、仕事を任されるようになった。まあ、見習いなので当然重要なものは回ってこず、寧ろ勉強の日々と言った感じである。

  時に最近猪々子と斗詩が并州から幽州に掛けて近頃活発に略奪などを行っている鮮卑、烏丸の討伐で朝廷からの援軍の武将として活躍しているらしい。麗羽様は合い変わらず宮仕えとの事。




  そんなある日、あたしは書き物をした。内容は屯田に関するもので、嘗て曹操の勢力化で韓浩が行ったものをあたしが覚えている範囲で書き出しているのだ。・・・訂正、これから行うだろう、である。

  文官でもないあたしがそんなもん書いているのには理由がある。先日、麗羽様から送られてきた手紙で華琳さんなる人物(多分曹操)が陳留の太守になったと言う内容が書かれていた。あたしの予想道理この人物が曹操だった場合非常に不味い。

  あたしが知る限り曹操は反董卓連合まで、郡一つを管理できるような官職は経験していない筈である。その後、兗州牧に任じられるまで基盤らしい基盤を持ったことがない筈なのだ。

  にも拘らずやがては袁紹を破り天下の七割とも言われる巨大な勢力を創り上げるに至るのだ。ならばこの時点で曹操が独自の戦力を手に入れるような基盤を手に入れたことはあたしらにとって大きな脅威足り得る。手に入れてなくても凄まじい脅威なのに。

  そんなわけで何でも良いからこっちの勢力を早い段階で少しでも向上させておく必要が出来た。そんな中思いついた、というより思い出したのが屯田である。

  暇な時の軍人に自分らの食う分の兵糧を作らせる軍屯。これは後に蜀や呉でも行われている。

  更に曹操の勢力下でしか行われなかったもう一手、民屯である。これは流民等に空いている土地を与えて開墾させるものである。一見どうと言うことのないように思えるが実際そうでもない。

  流民とは即ち生きるために土地を捨てた人間である。そんな人たちを再び土地に縛り付けなければならないのだ。その人たちの心情的なもの等もあり、近隣住民との諍いが起こりやすいとも言う。更に開墾をするための農具、牛馬、穀物が取れるまでの食料の用意等出費も嵩む。

  と言う訳で、


  「どう思うよ?二人とも」


  軍略はともかく、内政に置いて完全にあたしを上回る二人にアドバイスをもらうことにした。

  二人は一つの竹簡に、同じペースで眼を動かし、同じペースで読み終え、裏亞が次の竹簡をもって来て裏禍が片端を持って広げると言う見事なコンビプレイを見せていた。

  竹簡を読み終わり、二人が視線をこちら見向ける。ちょっと緊張する。


  「すばらしく革新的な計画です、と裏禍は感嘆します」


  「具体的な数値を盛り込めればすぐに草案として通用する、と裏亞は申告します」


  無表情なまま絶賛してくれた。どうやらちゃんと纏めることができていたようだ。思わず片手を握ってガッツポーズをやってしまった。




  この二人、出会った日の出来事以来、あたししかいない時は顔を隠さないようになっていた。だが、永らく他人とコミュニケーションをとることのない生活を送ってきたせいか、一年を過ごしてきたあたしでも表情から一切の感情を読み取ることが出来ないでいる。

  その分体に抱き付いてきたりと行動で示すことがある。そんなときは前世を思い出す。人生に三度あるといわれるモテ期は一度もこなかったが、子供には異常に好かれてたぜ・・・




  「すぐに放棄された田畑と開墾に適した土地の調査計画を起草すべき、と裏禍は提案します」


  「袁家の碌の余剰分で年間で養える人数を早急に計算すべき、と裏亞は提案します」


  読み終わった竹簡を机に纏めるとすぐにこの計画に必要な具体的なデータを纏める計画を話し合い始めた。必要なデータの具体的な内容を他の竹簡に書き込んでいく。あたしはこっち方面ダメダメなので大人しく見ているだけ。

  この後三人で元皓様にあたしの書いた屯田計画書と、司馬姉妹が起草した関連情報調査計画書が渡され、次の日にはGOサインが出るに至る。・・・後から気付いたけど、これってある程度資金力がないと実行できないのが難点だな。




  そんな訳で屯田に使う土地に関する情報の調査は発案者のあたしが担当することになってしまった。尤もこういう作業をあたしが出来るわけもなく、一緒に来た役人に任せている。一応発案者として何もさせないわけに行かなかった、と言うのがあたしがここにいる理由だった。後なんかあった時に護衛の指示とか。

  ちなみに司馬姉妹は農具や牛馬の相場とかを調べて貰っている。

 何箇所か打ち捨てられた廃村を回って使えそうな土地の面積を調べ、残りの土地を3日ほどに分けて調べると言う事前の計画通りのペースで行う確認をとり、解散の流れになった。

  そんで屋敷に戻ったあたしは厨房に立っていた。

  料理。あたしの最近の趣味と言うか何と言うか。

  張儁乂として生を受けて早十七年。前世の味覚が恋しくなることが偶にある。衝動的にそれらの味を蘇らせたくなることがあり、そういう時は自ら厨房に立ち、色々試行錯誤したりする。大まかな作り方が分ってても材料がそろわないものが多かったりするのでそこいらで苦労するが。

  そんでもって今挑戦中なのが、


  「不思議な甘さがある匂いである、と裏禍は評します」


  「妙に粘着質な感じである、と裏亞は評します」


  あたしが鍋の中で掻き回し続けている黄色がかった白濁液を二人はそう評した。

  うん、何度目かのキャラメル再現に挑戦中なんだ。

  作り方が簡単なお菓子やらは幾つか再現に成功してきたが、このキャラメルだけはうまくいかない。ちなみにキャラメル作り中に二人が来たのは今回が初めて。試作品の試食は何回か頼んではいるけど。

  基本的に牛乳に砂糖やら蜂蜜やらを混ぜて水分が飛ぶまで煮続けたり、氷水で冷やしたりなんだがまず最初に材料の生クリームの作り方が分らない。まあ、これは試作品の味を見て変わりになるものを探せば良いだろうと思い、取り敢えず作ってみようとしたんだが意外なことに牛乳がダメダメだった。

  この時代漢人は基本的に乳製品を食べる風習はなく、牛乳を飲み物と認識していない(一部商人除く)。まあ、近くの農民にお願いして売ってもらったが(こんなもんが売れんのか~と驚かれた)味の薄いこと。うん、この時代の中国にホルスタインなんぞいる訳ないもんな。

  と言う訳で牛乳と羊乳を混ぜてホルスタインの味に似せることから始まった。牛乳の比率が高すぎると味が薄くなり、逆に羊乳が濃いと羊乳特有の臭みが出てきてしまう。だがまさか、牛乳を「調合」する日が来ようとはな~。まあ混ぜてる訳だから牛乳じゃないんだが。

  そんなこんなでキャラメルモドキの開発は難航している。そこそこ美味しいゲル状の何かにはなるんだがキャラメルとは、ちと違うんだよな。


  「味自体は強い甘みが口に溶けて行くのがとても新鮮です、と裏禍は賞賛してみます」


  「ただ後味は油が残っているような感触が気になります、と裏亞は批評します」


  う~ん、煮詰めすぎたか?確かに後味のくどい油のような感じがする。舌に感じる味そのものは悪くないんだがな~。

  三人で出来上がったキャラメルモドキを試食しての感想だった。・・・今回も微妙だな。


  「以前作って貰った玉蜀黍のお菓子が一番好みです、と裏禍は述べます」


  「あの茶色の液体のほのかな甘みが良い、と裏亞は述べます」


  ああ、ポップコーンね。カラメルソースを絡めたやつは、そう言えば好評だった。・・・駄洒落じゃないよ?


  「ん~、じゃあ口直しに食べようか。爆米花」


  尚、爆米花はポップコーンのことである。玉蜀黍の実が破裂してできる様を見て使用人の人たちが付けた名前である。この二人がその時厨房にいなかった訳だが、そこら辺の事情は今ここに司馬姉妹とあたししかいないのと同じ理由だ。

  まだこの屋敷の使用人たちに受け入れられていないのである。忌み子と言う悪しき伝統はあたしの想像以上に人の心深くにこびりついているようだ。そのこともあるのだろう、未だ彼女らはあたし以外の人間がいるときは必ず顔を隠している。

  兎に角あたしは作り置いていた糖水爆米花(カラメルポップコーン)を入れた壷を取り出し、その間に二人が新しくお茶を入れてくれる。

  二人と共に、ポップコーンを食べながらお茶を飲む。あたしが何か喋り、裏禍が応答し、裏亞が追従もしくは補足する。本来なら茶房でやりたいところだが人前で顔を隠す二人はそういう場所には連れていき辛いものがある。なのでいつも屋敷の中でお茶をすることになる。

  ・・・そこの所、どう感じているのか。あたしじゃまだその表情や声から彼女らの感情も、心情も察することが出来ないでいる。






  渤海周辺の土地調査を終え、太守府に戻り、報告を纏めて元皓様の居る執務室に向かう。渤海の本城だけでなく、郡内八城(本城含む)全ての調査結果を纏めたものなので竹簡で結構な量になる。両手で持ちきれないので竹簡を運ぶ専用の四角いお盆のようなものを使っている。それでも高々と積み上げられている。

  ええ~い!前が見辛い!

  そういえば最近乳の成長速度が上がってきた気がする。もうそろそろ、足元が見え辛くなってきている。

  恐らく司馬姉妹があたしの胸に顔を埋めるなどのコミュニケーションをとるようになったせいかと思う。正直あたしは巨乳派だがそれが自分の胸についているというのは正直微妙な気分だ。

  そんな事を考えながら執務室に到着。一声掛け、返事を貰ってから入る。


  「渤海郡領内での土地調査結果です」


  元皓様は見ていた他の竹簡を置き、私の竹簡に目を通し始める。


  「では、あたしはこれで」


  「待ちなさい、儁乂。少し話がある。そこで待っていなさい」


  部屋を出ようとするあたしを、元皓様が引きとめた。この後、特に用事があるわけでもないあたしは黙って部屋の隅の椅子に腰掛ける。

  その後、元皓様は黙々と竹簡を読んでいる。一番上に置いていたやつだから渤海本城管轄範囲内のやつか。

  しばらくして竹簡を読み終わったのか、机の上に置く。そしてあたしに向き直る。

  そして放たれたのは、あたしが予想だにしなかった言葉だった。


  「のう、儁乂。お主、将になるのを諦めんか?」



  あとがき

  カプコンが三国志でバサラしてくれないかな~と思う今日この頃。皆さん如何お過ごしでしょうか。郭尭です。

  今回は内政タイムです。恋姫原作で早い段階で曹操が土地を手に入れていたので、俺だったら絶対あせるよな~、と思って何かをやらにゃなとのことで屯田を考えました。うちの張郃は別にこれといって政治の知識があるわけでないので知っていたものを書き出して、司馬姉妹に肉付けしてもらったものです。
本人だけでは制作を形に出来るほどの能力はまだありません。一応学んではいますが受けているのは主に将としての教育なので。

  そんなわけで黄巾の乱までは主人公の成長です。

  それでは次回もよろしくお願いします。


  PS.爆米花は実際に中国でのポップコーンの名前です。これの亜種で米から作った大米花があります(大米は中国の米の俗称)。



[8078] 第六回 黒羽の旅
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/06/14 21:45





  故あって渤海を出、旅を始めてもうすぐ一ヶ月。取り敢えず行く当てもなかったのでこの時代に生まれてから一度も見ていない海を見てみようと東に向かっていた。

  荷物は頂いた驢馬に積み、あたしはそれを引っ張って歩いていく。幸い路銀は結構な額を貰っているからそっちでの心配は今んところはない。そんな訳でトコトコ野を歩く。水と食料も充分あり、あたし自身サバイバル技能があるから野宿も問題なし。なのだが・・・


  「退屈だ~」


  歩けど歩けど道しかない。道の両脇にはやけに背の高い雑草が生えている。

  近頃は賊が出易いそうなのでやっぱこう、長距離の旅は控えている人が多いのかな。道中での出会いにこそ旅の面白みがあるんだろ?それが城や集落を出ると人っ子一人出会いやしない。あ~、賑わいが欲しい。こう、キャラバンとかそういうのと出会って、色々な地方の話を聴いてとか期待してたんだけどな~。


  「・・・喋るバイクが存在して良いんなら、喋る驢馬がいても良いんじゃないかと思うんだがどうかね?」


  驢馬に話しかけてみた。取り敢えず何の反応も返してくれなかった。寂し~な~。もういっそ賊でも襲ってこないかな~。十人くらいなら相手するよ~。


  「盗賊や~い。おいでなさ~い」


  そう声をあげてみる。やっぱり反応はなし。ふと地平線辺りから土煙が上がっているのが見えたのはその時だった。


  「様子を見て見ようか?」


  驢馬にもう一度話しかけるが、やっぱり反応してくれなかった。








  視点変更



  「ひゃあああぁぁぁ!姉ちゃんが雇った護衛全然駄目じゃん!ほとんど逃げちゃったぞ!」


  「うっさい!私に言うな!どうしようもないじゃんそんなの!」


  匪賊の攻撃を受け、混戦になっている商隊周辺の情景を私は親友の依湖と抱き合いながら馬車の中で震えていた。

  幽州で商人をしていた私たちは、匪賊蔓延るこの時世は上手くすれば通常以上の大儲けが出来ると考えた。そして世の中、軍による匪賊相手の戦が増えていくだろうから値が高騰しないうちに駿馬を買おうということになった。

  その資金を作るために今まで商っていた調度品とかを多少損が出ても良いから青洲の商人仲間に売り払いに向かう途中に匪賊に襲われた。一応そういうことも織り込み済みだったから護衛も雇っていたけど匪賊に襲われたらすぐに逃げ出してしまった。

  今は十人くらいしか残っていない。敵は三十人以上いてこっちが押されていた。今は白い装束の女の武人が何とか支えているけど、私たちの居る馬車を守るためにここに釘付けになっている。一応荷物も守って貰わないと困るけどその為に私たち自身の安全を捨てるわけには行かないし。


  「張世平殿、さすがにこの数の差では積荷を守り抜くのは些か厳しいものがありますぞ」


  馬車を守りながら馬上で槍を振るいながら女の武人は言ってきた。


  「いっそのこと荷馬車は捨てて逃げたほうがよいのでは?」


  そう言う女武人の表情にはまだまだ余裕があったが恐らく私たちの安全と残りの護衛の人たちの事のための発言なんだろう。


  「そ、そんな!積荷を守るのも契約の内でだろ!?何とかしろよ!」


  「そうは言ってもこの数の差では貴女方と積荷の両方を守るのは無理ですな。蘇双殿、やはり命あっての物種なのでは?」


  「う~~!」


  女武人の言葉に依湖は涙目になってしまう。女武人の言ってることも確かだけど、私たちにとってこの商隊の積荷は私たちのほぼ全財産に当たる。これらを失ったら、故郷にある僅かな蓄えでは私たちはいずれ路頭に迷うかもしれない。少なくとも今回の積荷分丸々失った場合、楽観的に見ても私たちの代で今の状態までの富は取り戻せないと思う。


  「どうにもならないの?もう」


  「ふむ、せめてもう一人。ここを任せられるだけの者が居れば、私が敵の頭の首を取って追い払えますが。如何せん、そのような者はいないようで」


  言いながら敵を一人突き殺す。確かに彼女なら敵の囲みを単身突き破って指揮している賊将を倒せるかもしれない。でもそれでは私と依湖を守ることが出来なくなる。でも・・・


  「私たちのことはいいわ!敵を追い払って私たちの積荷を守って!」


  決断するしかない。ここで全てを失うくらいなら!


  「ちょっ!姉ちゃんなに言ってんだよ!そんなことしたら・・・!」


  「ほう・・・」


  私の言葉に依湖は驚きの声を上げ、女武人は感心したといったような視線を向けてくる。


  「依湖、私たちは商人だよ。商いに命を掛ける人間なの。ここに持って来てる荷物はちょっとやそっとで取り戻せるものじゃないんだよ」


  怖いけどここで積荷を失うことは許されない。元より博打の要素が強い今回の商売だけど、商談を始める前に負けていいのは、商談の前に死んだ時だけだと思うから。


  「・・・分ったよ、姉ちゃん。じゃあ、あんた!早く連中追い払って僕たちの積荷を守って!」


  震えながらだけど、依湖も最後は賛成してくれた。


  「ふむ、商人と言うのも存外に気骨があるものですな。ならばこちらも私もそれに応えないといけませんな」


  そう言って女武人は槍を払い、賊たちとの間合いを開ける。


  「聞け!賊徒共よ!常山の昇り竜、趙子龍が槍捌き・・・む?」


  趙子龍と名乗った女武人が向上を途中で止めてしまった。不思議に思い依湖と一緒に彼女の見ている先に眼を向ける。その先では商隊を襲っていた賊たちが後退していた。






  視点返還



  さて、驢馬を草むらに隠して自分も草むらの中に隠れながら進んでいく。気分は年老いた蛇さんです。若いけど。

  近づいて見るとどうやらキャラバンに盗賊が群がっているようだった。見た感じではキャラバン側が劣勢かな?なんか結構戦闘要員の数に差があるようだ。お、白い服の女の人つえ~。なんかすげー強いのが一人いる。でもなんか全力を出せていない感じかな?

  盗賊の様子を見るに黄巾賊ではなさそうだ。黄色い布ないし。

  さ~て、どうするかね。キャラバンを助けに入るのもいいけど、ただあたしが乱入して行ってもな~。下手したらキャラバンの人たちまで混乱するかもしれないしな。どうしたもんか。


  「頭を押さえるのがやっぱ一番かな」


  草むらから頭だけ出して周囲を見回す。そして一人だけ馬に跨り、戦闘に参加せずに命令をとばしている男を見つけた。多分あれだろう。

  音をたてないようにゆっくりと、動作を小さくして動いてゆく。

  そして男のすぐ傍まで近づく。まだ気付かれていない。距離もあたしの脚力なら一瞬で詰められる距離だ。袖に隠した暗器から、今回チョイスするのは峨媚刺。

  日本の寸鉄の原型とも言われる暗器で20cm前後の金属棒の両端を尖らせ、中央に中指で固定するための輪がついている物である。物が小さく、扱いも簡単なので光が反射する可能性のある刃物類より隠密性が高い。

  願わくはこの男に、盗賊たちに対して人望がありますように、と。


  「とりゃ!」


  軽く掛け声と共に跳躍。男が跨っている馬の背に着地する。つまりは男の背後でもある訳で。


  「な、なんだてめぇ!」


  突然現れたあたしに驚きながらも、同じく驚いて騒ぎ出した馬を制御するために武器を取ることが出来ない。その隙にあたしは後ろから男の首を左腕で抱え込むように固定し、右手に持った峨媚刺を喉元に突きつける。


  「動くなよ。でないと、言わんでも分るだろ?」


  男の動きを封じ、軽いパニックから馬が回復するのを待つ。そこまで着地で衝撃が伝わらないようにしてたから馬のもすぐに落ち着きを取り戻した。


  「お前、こいつらの親玉?」


  「てめぇ、俺にこんなことして・・・!」


  こっちの質問を無視して喚きだそうとする男の喉に突きつけている峨媚刺を少し食い込ませる。


  「質問してんのはこっち。答えろ」


  出来る限り感情の篭らない声をつくる。相手が怯えてくれれば有利に交渉できる。父上に学んだ尋問術の応用である。


  「うっ、そ、そうだ。俺がこいつらの頭だ」


  「そうか。じゃ、自分に人望がある事を祈っとけ」


  そう言って男に当身を入れて眠ってもらう。そして深呼吸一つ。交渉の真似事を始める。


  「賊徒共!貴様らの頭目は既に我が手の内にある!」


  声を高らかに宣言する。すると手の空いてる盗賊たちがこちらを向く。その表情は一様に驚愕と緊張に染まっていく。


  「ここから去っていけば貴様らの頭目は解放しよう。さもなくばここで貴様らの頭目の喉を掻き切り貴様らも同様にこの手で引導を渡す!」


  明らかに連中は動揺していた。互いに顔を見やり、どうすれば良いか分らないといった感じだ。正直この男に人望がなかった場合、つかあった場合でも数に任せてこの男ごとあたしを殺そうとする可能性のほうが高い。

  一応この人数ならあたし一人でも追い払える自信はある。だが、その場合半数以上の敵を殺すことになる。あたしにとっては特に意味のある戦いで、人を殺すのは可能なら避けたかった。殺すのは得意ではあるけど好きではないので。


  「お、俺たちが帰ったらお前がお頭を殺さない保障があるのか!」


  連中の中の一人がそんな事を口にした。まあ、ここら辺は当然か。


  「そうだ!それにお頭を殺して、この人数相手にどうにかできるとでも思ってんのか!」


  まあ、自信はあるよ。一応渤海でも何回か盗賊退治に借り出されてるし。その経験の上でこいつら程度なら大丈夫だと思う。


  「貴様らのことは恐れる理由があたしにゃないんでね!貴様らの頭目に関してもだ!退けば助かるかもしれないが、このままじゃ確実に死ぬことになるぞ!」


  そう言って男の喉元にさっき仕舞った峨媚刺の代わりに取り出した匕首を首に当てる。それを見て盗賊たちは慌てた表情になる。


  「わ、分った。だからお頭には手を出すな」


  盗賊たちの中でも年長そうな男がそう口にすると、他の盗賊たちもあたしを刺激しないようにするためか、一歩下がる。


  「おい!お前ら!引き上げるぞ!積荷は捨て置け!」


  年長の盗賊の声と共に、他の連中も続々と撤退していく。何者だ?本当に。並みの慕われ具合じゃないぞ。ひょっとすると大物かこいつ?

  盗賊たちが引く際、キャラバン側が追撃しなかったのも良かった。正確には精も根も尽き果てて動けなかったみたいだが。追撃かけられてたら流石に敵も応戦せざるを得ないからな。

  それにしても本当に成功するとはな~。こいつもすごい人望だな。何事もやって見るもんだわ。

  正直自分でも予想外だったが、結果は上々か。ここまでは良かったが・・・これからどうしようか。介入した後どう始末つけるか考えてなかった。

  そんな部分で悩んでいたあたしに、さっき一人突出した強さを見せた白い服の女と小柄な少女二人がこっちにやってきた。


  「えと、賊徒たちが退いて行ったのは、あなたのおかげ・・・でいいのでしょうか?」


  小柄な娘の片方がそう聞いてくる。ちなみにあたしはまだ馬に乗って盗賊たちの頭目を拘束しているからあたしが三人を見下ろす形になっている。


  「あ~、なんか危なさそうだったんで勝手に手を出しちゃいまして。お節介でしたかね?」


  流石に上から見下ろし続けるのはアレなので馬から下りようと、先にこの男を拘束することにした。袖から流星鎚を取り出す。これは縄の先に鈍器を括りつけた物でこれで男を縛り上げる。


  「いえ、決してそのような。寧ろ助かりました」


  声をかけてきた女の子が恐縮したように頭を下げる。あたしは男の両手を縛り、更に馬の首に括り付ける。そんでもってこいつが起きて暴れだしても押さえられるように馬の手綱を握っておく。


  「それは良かった。そんじゃあたしはこれで」


  そう言って驢馬を隠した場所に馬を引っ張って行こうとする。自分の驢馬も気になるし、時間を見てこの男も開放せにゃならんし。


  「あ、ちょっと待ってください」


  呼び止められた。そのまま行くわけにも行かず、取り敢えず話を聞くことにする。

  彼女の名は張世平と言い、このキャラバンの責任者との事。横にいる少女は彼女の商売仲間の蘇双というらしい。彼女らの言うには彼女たちは青洲の北海に向かっているので、あたしに護衛に入って欲しいとのことらしい。

  ふむ、海に向かうと丁度北海の方向に向かうんだよな。そこら辺に不都合はない。報酬も出すと言われたがそっちに関しては困っていない。けどやって見ようかという思いがある。理由はこの二人の横にいる白服の女だ。

  さっきの戦いを見てこの女、相当強い。多分あたしと真っ当にやりあったら、こっちに分が悪い。正直彼女に興味が湧いたし、可能ならこちらの陣営に引き込みたい。そう考えてあたしは、盗賊の頭の男の処遇をあたしに任せる事を条件に彼女らに同行する事を承諾した。

  そして出発してからおおよそ5分くらいたった後、


  「あ!あたしの驢馬と荷物!」


  大事な事を思い出したのだった。






  あとがき

  最近烈火さんの歌を聞くとなぜか魏延が熱唱している映像が頭に浮かぶ今日この頃、皆様どうお過ごしでしょうか?こんにちは、郭尭です。

  今回は次回のための繋ぎのための話なので内容がかなり薄くなってしまいました。せめてもうちょっとネタが積めれたらよかったのに。後交渉が上手く行き過ぎたのは頭目の男の人望ゆえ、ということで。張郃にとっても意外な事態と言うことで。正直自分の発想力不足なんですけど。

  尚、張郃の旅の理由は次回触れます。今回はここまで。それでは次回もよろしくお願いします。






[8078] 第七回 華蝶の交わり
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/06/23 19:38





  「のう、儁乂。お主、将になるのを諦めんか?」


  「へあ?」


  元皓様の言葉の意味を把握しきれずに、思わず変な声を出してしまった。


  「えと、あたしなんか至らない部分があったでしょうか?」


  最近の仕事ぶりを思い返すが、特に失敗した記憶はない。盗賊相手の討伐にも何回か参加してるがちゃんと戦果も挙げているし、訓練の方も最低限人並みには出来ている筈だ。自分が優秀だと思っている訳ではないが、辞めさせられるほどでもない筈なんだが。


  「あ~、そうではない。お主に何かしらの非がある訳ではない。まあ、よくやってくれてはいるよ」


  「ならば何故?」


  元皓様の意図が理解できない。何かを言い辛そうにしている。


  「あ~、そうじゃ、今回の屯田な。あれに他の文官たちがえらく感銘を受けての、是非に郡の政に参加して欲しいと言われての。いっその事文官に鞍替えせんかね?と思っての」


  「元皓様。それ思いっきり今考え出しまませんでしたか?」


  「そ、そんなことないぞ」


  なんかすっげえどもったよね。


  「あの、元皓様?何か隠してませんか?」


  訝しく思ったあたしは元皓様に問いかけた。対して元皓様は黙りこくってしまう。

  しばらく、何か悩んだ顔をしていたがやがて口を開いた。


  「隠しているというのとは違うが・・・。のう、儁乂よ。おぬしは何のために袁家の臣でいる。何のために戦っている」


  出てきたのはそんな言葉だった。


  「へあ?あ、いや、まあ、袁家には恩がありますし、麗羽様たちもいますから・・・」


  突然言われた内容にどう答えていいのか分らず、ついしどろもどろな回答を返してしまう。


  「ふむ。まあ、お主に模範的な回答を期待しては居らんよ。なるほど、袁家に対する恩義と本初様への友誼か。これはまあ本当であろう。疑いはせん。じゃがな儁乂・・・」


  真剣な表情で元皓様は続ける。


  「お主自身にとっての戦う意義は何処にある?」


  「や、ですから袁家の恩と・・・」


  「それはお主が袁家に対するものだ。わしが問うておるのはお主自身に対するものじゃ」


  「あたし自身、にですか?」


  元皓様の伝えたいことがいまいち理解できないでいるあたしに元皓様は続ける。

  元皓様が仰るには、あたしが麗羽様たちに向ける感情を疑うようなことはしてないと言う。問題はあたしの戦う理由がそれだけで埋められていることらしい。自身に志、例え俗な欲望でもいいから己のための理由がない人間は戦場で死に易いと言う。

  元皓様の実体験からのお言葉らしいので大人しく聴いているがいまいちピンと来ない。

  元皓様の若い頃、何度か山賊などの討伐に従軍していた頃。当時の友人には袁家に何かしらの恩義を受け、その恩返しのために戦に参加した者も多かった。そしてそういう者ほど、危険に陥った時に諦めてしまうのだそうだ。そして、元皓様はあたしもその類の人間なのだと言う。そして、そんなあたしが戦場に出て早くに死んでいくのを見たくないと言ってくれた。

  けどそんなこと言われてもな~。


  「お言葉ですが、元皓様。あたしも死ぬのが怖い人間です。そうそう諦めたりするつもりはないですよ」


  永らくこの時代に生きて来て、この時代に染まってきているのは否定しない。だが、流石に「この命尽きるとも!」とかそういう考えはない。他人の死に対して大分ドライになったのは自覚できるが、根っこの部分では相変わらず21世紀日本人のものであるつもりだ。


  「そういう意味とは少々違うのぅ。生きることに意地汚くなれるか、というべきかの?上手い言葉が見つからん」


  どうやら元皓様も悩んでいるようだ。ふむ、危険から離れることには有り難いんだが、それでこっちの戦闘要員が減ることになるしな。猪々子と斗詩の二人の能力は疑いない。知っている歴史通りならば。だが、層の厚さでは完敗してるし、この二人だけでは関渡で詰むことになる。


  「仕方ない。儁乂よ」


  しばらく悩んで、考えが纏まったのか元皓様が声をかけてきた。あたしは黙って聴くことにした。


  「しばらく俗世に塗れて来るのじゃ。思えばお主はわしの元に来てから勉学の日々であったし、その前は鍛錬ばかりであったと聞く。一度俗世を回って見れば、何かしらの変化があるかも知れん」


  元皓様のこの言葉であたしは旅に出させられることに決まった。余程のことがない限り、最低一年は戻ってくるなと付け加えられて。







  「と言う感じで屋敷を追い出されてな~」


  馬車に揺られながら、一時の縁で出会った旅人同士の会話。これが本当の旅ってもんだろう。

  商人二人の乗る馬車の後ろの荷馬車の荷物の上で、寝転がりながら臨時の同僚と語らいをする。相手は白衣の女槍使い。趙雲さんでした。びっくらこいたべさ。まあ、字の子龍さんで呼ばせて貰ってますが。時に子龍さんの槍は某ロンギヌスにしか見えないから困る。

  キャラバンと合流してから数日、一緒に酒を飲みながら互いに身の上話とかをする程度には仲良くなっていた。ちなみに酒はあたしが自腹で飲む都度、張世平さんから買っている。壷入りのやつを瓢箪に幾つかの瓢箪に入れて保存している。


  「ふむ、儁乂殿の師は中々に思慮深い方のようだな。だが、以前言ったあの姉妹はどうしたのだ?間違っても無関心ではいないと思うのだが」


  「まあ、当然泣かれたな~」


  あの後事情を説明したら先ずは「捨てないで~」とばかりにあたしに縋り付きながら泣き叫び、何とかあやして落ち着きを取り戻したら今度は元皓様暗殺計画を相談し始めた。何とか止めることは出来たが、アレは本気の眼だった・・・


  「ほほう、随分と愛されているではないか」


  あたしの話を聴き、口元をいやらしく歪める子龍さん。ここ数日の付き合いで知ったのはこの人は他人をからかうのが大好きなどエスだ。下手な事を話すと、とことん弄り倒されることになりかねない。だからそれ以降旅立つまで毎日同じ床で寝たことも、旅立つ前日の晩に二人に襲われて頂かれてしまったことも絶対に話すものか。


  「あたしはまあ、こんな感じだけど子龍さんはどうしてこんな事を?」


  「ふむ、まあかくかくしかじかでな」


  「ふむ、まるまるうまうまと言うわけか・・・って分かんねぇですよ!」


  子龍さんの話によると、以前は知人二人と共に見聞を広めるための旅をしていたらしい。その後この荒れた世を憂い、世を正すために己を活かせる主を求めて別れたそうだ。その後、仕えるに値する主君に巡り会えないでいるうちに路銀がなくなってきたのでこの仕事に着いてきたと言う。


  「主ねぇ。まあ、あたしゃ仕える相手が決まってるからな~。できれば子竜さんにはこっちについて欲しいんだけどな」


  これは正直な気持ちである。歴史に名高い趙子龍の槍捌きなんぞこの身で味わいたくない。逆に味方でいてくれたらどれだけ心強いか。・・・弄り倒されさえしなけりゃ。


  「ふむ、袁紹殿か。悪い噂は聞かぬが、さてどうしたものかな」


  そう呟く子竜さんの表情はどこか楽しげであった。




  合流してからの数日か、一度盗賊の襲撃を受けたがそれ以外は特にこともなくたびは順調である。

  その際はあたしが飛び道具で広範囲を牽制し、子龍さんが単騎駆けで敵の偉そうな奴らの首飛ばして終わりだった。

  最初の盗賊の男は合流した次の日に解放した。約束は守らんとな。その時にされた自己紹介では飛燕と名乗っていた。こいつ黒山賊の張燕だったのか。なるほど、マイナーだが大物には違いない。っつか最近ここの男女逆転は知名度が関係してるのではないかという気がしてきた。

  それはそうとこの旅も後半日で終わりである。北海の町はもうじき見えてくる頃らしい。


  「そんで子龍さんは今回のことを終えたらどうする気?」


  「ふむ、取り敢えず北にいって見ようかと思っている」


  北と言ったらやっぱ公孫賛くらいか、要注意人物は。


  「そか。まあ子龍さんは敵に回したくないな」


  強いから。


  「私は儁乂殿と刃を交えて見るのも悪くないと思うのだが」


  なんか子龍さんは乗り気である。勘弁だぜ。


  「それで、儁乂殿はどうするつもりなのだ?」


  子龍さんが酒を呷りながら訊いてくる。


  「どうも何も、当初の予定道理海を見に行こうかと。北海も丁度いい方向だし」


  そう、どちらにしても方向的には北海は通る予定だった。


  「そうか、では北海でお別れだな」


  「そうだな~」


  馬車・・・もうちょっとゆっくり動いてもいいんじゃね・・・?






  その後、無事北海城に入り、報酬を手渡されることになった。金銭的には余裕があったから貰わないでも問題はないのだが、二十年近い前世での庶民感覚はまだ根付いていたようで、貰えるものは貰うことにした。

  あたしと子龍さんを含めた、傭兵連中を一箇所に集め、張世平さんが一人一人に直接銭を手渡していく。そして皆が報酬を受け取り、各々解散しようとした時、張世平さんが皆を呼び止めた。


  「今回の旅路、逃げ出すものが多くでたにも拘らずあなた方はここまで私たちを良く守ってくれました。御礼というわけではないですが、小物類の馬車から皆様に一つづつご自由に持っていって下さい」


  歓声が沸き、言われた馬車に傭兵たちが群がる。残ったのは商人二人と子龍さん、そして傭兵たちの勢いにあっけに取られたあたしの四人だった。


  「あ~、いいんですか?こんなこと。売りもんでしょう?」


  さすがに商いの損害になりそうで声をかけてみた。


  「良くはないけど、姉ちゃんが決めちゃったしね。まあ、あんたらがいなけりゃ今頃死んでただろうし」


  そう答えたのは張世平さんの妹分らしい商人仲間、蘇双さんだった。


  「姉ちゃんはあんたとあの白服の槍使いにお礼をしようとしてね。ただいくらあんたたち二人がことさらすごい働きをしたからって、他の連中には何もなしって訳にも行かなくてさ」


  まあ、そこら辺金貰ってやっただけというのがあたしの認識だからちょっと申し訳ない気がする。そういって辞退しようと思ったが意外にも子龍さんから受け取るように催促された。


  「人の好意は素直に受け取るものだ。余り遠慮しすぎるのはかえって失礼だろう」


  「そういうもんかね~」


  「そういうものだ」


  ぼやくあたしに子龍さんが返す。その後張世平さんにも似たような事を言われ、他の傭兵たちも物色し終わったため、子龍さんと共に馬車に上がって小物を物色し始めた。

  何となく目眼についた小箱を開けてみる。閉じる。中身が人の顔のパーツを無規則に配置した赤い卵のようなものが入っていたのはあたしの気のせいだ。多分自分の自覚している以上に疲れが溜まっていたんだ。


  「おお!これは!」


  子龍さんがなんか発見したようだ。こっちからじゃ見えないがまあいい。流石にあの赤いのはいらないので他のを探そう。

  そんで次に手にした小箱を開けてみる。


  「これは!」


  思わず声に出てしまった。小箱に入っていたもの。それは21世紀にも同様の物を見たことがある。装飾品と言うよりは娯楽品のとして認識されてそうなそれは、一時大きなブームメントを創ったある意味伝説の一品だ。


  「な・・・なぜこれが・・・」


  自分の声が震えていることに気付く。

  なんだ!?止まらぬこの震えは!

  感動か!

  畏れか!

  あるいは憎悪か!

  ・・・あ~、ちょっと混乱したようだ。なんかちょっと未来の別の人の電波を受信してしまった気がするが、精神衛生上の理由でスルーする。

  それはともかく何故これがこの時代にあるかだ。少なくともこの国にあるのはおかしいだろ・・・

  そう考えながらも手が勝手にソレへと伸ばされる。

  高貴な雰囲気を醸し出す紫。輪郭を構成する艶やかな曲線・・・

  ふと、目線を上げると子龍さんの手にあるものはあたしが今手にしているものと同じ形、同じ意匠が施されていた。唯一の違いは色か。そして子龍さんの表情・・・あたしと同じ心情なのだろう。

  ふとあたしと子龍さんの視線が交わる。そして同時に頷きあう。


  「「でゅわ!」」


  その後起こった事は思い出したくはない。自分でも何故あんな事をしてしまったのか分らない。ただ確かなのはこの日、あたしと子龍さんは真名を呼び合う間柄になり、数日の内に北海の悪党は根絶されたことである。

  ちなみにあたしはこれらの事には一切関わっていない!いないったらいないんだ!






  後書き

  修行編で一番やりたかったことが出来た・・・余は満足じゃ、な気分の郭尭です。趙雲と絡ませたいがための修行編、華蝶仮面をやりたかったがための修行編。これ以上なにを望もうか!と色々満足しちゃいましたw。まあ、あくまで修行編に関しては、ですが。

  結構早い段階でやろうとしていたイベントで、真名を思いついた時点で思いついたネタでした。やっぱやりたいネタがあるとやる気が出ますねw

  修行編は後一、二話の予定で、番外編が一つ入って黄巾編に入る予定です。こちらは余り長くやる予定はないので結構早くに反董卓連合編に入ると思います。

  主人公が本格的に歴史に関わってくるのはそれからです。

  それでは次回もよろしくお願いします。


  PS.7月は何かと忙しいので更新速度が下がりそうです。申し訳ありません。



[8078] 第八回 各走其路
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/07/24 22:44


  「いや~、それにしても今日も爽快だったな。華蝶仮面、実に良い響だ」


  「言うな」


  「何を言う。黒羽も楽しそうにしていたではないか」


  「言わんで下さい!お願いします!」


  なんだかんだで星、即ち趙雲と北海に留まって数日。旅籠で昼食をとりながら会話を楽しんでいた。主に星があたしで楽しんでいる感じだが。

  北海に着いた日に別れる予定だったが、全てはキャラバンで見つけたパピヨンマスクのせいだ。あれは呪いのアイテムに違いない。あたしの体を乗っ取ってしまっていたに違いないんだ。


  「まあ黒羽を弄るのはまた後にして、だ。そっちは見つかったか?」


  「こっちは全然。そう訊くところを見ると星の方でも駄目だったか」


  午前中手分けして探していたのは武器を造れる鍛冶屋である。匪賊が増えてきたこの時期、武器の造れる鍛冶師は殆どが官に囲われてしまい、民間人に武器を造ってくれる職人が大分減ってしまっている。

  ここ数日のことであたしは飛び道具を大分消費してしまい、補充がしたい。対して星は槍が結構傷付いてきたから鍛え直したいのだそうだ。

  まあ、あたしの場合麗羽様の部下と言う身分を使えば鍛冶師を貸してもらえるだろうが、政治的な意味でよろしくない。現北海太守は孔子の二十代目、孔融。この人、麗羽様と仲が悪い。と言うか袁家と仲が悪い。理由は傍から見れば、少なくとも21世紀的一般市民からすれば下らないことこの上ないものだ。

  後漢王朝に於いて、漢王朝再建に大功ある名家である袁家。春秋戦国時代に興り、儒家の宗家たる孔子の末裔。まあぶっちゃけ俺の方が偉いんじゃい!と言うものである。どうでもええねん。

  更に言えば麗羽様個人としても仲が悪く、以前貰った手紙にも、


  ~ いつもネチネチネチネチ小言をうるさく言ってくれますのよ!?孔子がどう言ったとか儒家の思想はどうとか・・・政では全然役に立たないくせに!私よりも仕事が遅いくせに!き~~~~!!! 

 By麗羽様    


  と言った具合である。まあ多分に麗羽様の主観が入った人物像なんだろうが、関わらんほうが無難だろう。


  「そう言えば張世平さんたちがまだこっちに残ったままだっけか?いざとなったらあの人たちに聞くか?」


  「ふむ、それも手か。だが午後も聞き込みは続けるのだろう?」


  まあ、あの商人さんたちには世話になったから余り迷惑はかけたくないからな。もうちっと情報収集を続けることにする。


  「時に黒羽、最近良く耳にする噂があるのだが知っているか?」


  「噂?」


  星が口にしたのは「天の御使い」なる存在だった。はて、この時期に大陸に流れて来たのは仏教であってユダヤ教ではないはずだが?ちなみにキリスト教は成立してたっけ?まあいいか。


  「またえらく胡散臭いのが出て来たな」


  正直他の感想が出てこない。む?これはあれか?もしかしてこれから張角が天の御使いを称して太平道を興すという流れなのか?


  「だが、このような話が出てきたと言うことは無視できんぞ」


  星の言葉に頷く。噂の出所はともかく、この救世主降臨的な噂が広がるということはそれだけ国の臣民が疲弊していると言うことに他ならない。そして絶対君主国家である漢に於いてその責任は支配者である皇帝と、それを支えるべき官僚にある。

  今は休業中とは言え、あたしも官僚になるんだよな、一応。




  結局その日はいい情報を得られず、次の日に張世平さんたちに聞いたところ、北海周辺の事情に詳しい商人仲間を紹介された。そんで星と一緒にその人の下に赴き、孔融の手が回っていない鍛冶師の情報を貰った。・・・ただではなかったがな、情報。え?金?もちろんあたしの全額負担でしたよ?

  そんで教えてもらった鍛冶師に会いに北海管理下のある村に向かう。

  話によると、その鍛冶師はつい最近まで幽州で修行していて、納得いく作品が作れたから実家の北海に戻って来たということらしい。まだ戻ってきたばかりのためか、まだ孔融の下に入っていない。

  ちなみに孔融は職人に自ら会う事はしない。職人は孔子が定めた下賎な職の一つだかららしい。そういう部分で実際交流のある人たちに嫌われることが多いと言う。他の人が有能な人物を重用しようとして、それが「儒家基準的下賤な身分」出身だとその名声(虚名とも言う)を嵩に妨害してきたりするそうだ。これも麗羽様からの情報だが。

  で、件の村に到着し、村人に道を聞いて目的の鍛冶屋まで着いたわけだが・・・


  「いないな」


  「おらんな」


  はい、誰もいません。教えられた工房は戸も閉められておらず、中に人っ子一人いないのが見て取れる。とは言え、小奇麗にしてあるから使われていないと言うことではないようだが。

  仕方ないので近くの通行人を呼び止めて聞いてみると、なんかここの主は腕は良いらしいが、天気がいいときは仕事をサボることが多いらしい。いまいち理屈は分らないが、日を改めてきたほうが良いといわれてしまう。仕方なくその日は旅籠に戻ることにした。

  その後、幸いにもすぐに天気の崩れた日が巡ってきた。その日、星と共に件の鍛冶屋にいくと中から炉に点された火の盛る音と煙が出ていた。人の気配もあったので声をかけてみた。


  「すみませ~ん」


  「は~い?」


  返ってきたのはハスキーな女の声だった。そして続いて出て来た人物に思わず声が出てしまった。


  「でかっ!?」


  出て来たのは男でもそうそうはいない様な大柄な肉体を持った女性だった。あたしよりゆうに頭一つ分以上高く、眼を合わせると見上げる形になってしまう。体も女性にしては筋肉がついており、女性のボディビルダー一歩手前といった感じである。見た目だけで判断するならあたしや星の十倍は強そうだ。さらには筋肉量からすれば、かなり胸もあるのであらゆる意味ででかいのだ。

  ただその顔はやる気なさそうな、眠気すら感じさせるもので、この人に任せて大丈夫かな?と不安を感じてしまう。見た目に頓着しないのか、服はだらしなく着崩しているし、髪も適当に後ろにまとめた程度である。顔自体は悪くはなさそうだからちょっともったいない気がしなくもない。主に胸のサイズ的な意味で。

  
  「で?注文は?」


  唐突にそう切り出され、ちょっと返答できなかった。


  「うむ、私はこの槍を鍛え直してもらいたくてな。黒羽?」


  そう言って星は軽くあたしの背を叩く。そこで我に返ったあたしは自分の注文を告げる。


  「それにしてもよく仕事の以来だと分りましたね」


  唐突に注文なんか聞かれて驚いたよ。


  「仕事の注文があるから来る場所だろ?ここ」


  ・・・まあ、正論である。でも前置きってもんがあっても良いと思うのよ。あたしも注文を伝えると彼女は頷いた。


  「ふむ、注文をした後でなんだが貴女がここの主で良いのかな?」


  「ああ、鍛冶師の湯だ。名は・・・色々あって訊かないでくれるとありがたい」


  何かしら理由があるのか湯と名乗った女はそう言ってきた。まあ、この時勢、身分が低いながらも、その技術で名を知られるに至る職人は半ば強制的に官僚の管理下におかれることがある。それを嫌い、敢えてフルネームを名乗らない人物は偶にいる。

  ただ、湯さんは槍を受け取っても工房に戻らず、顔を上げて空を見ている。


  「何を見ている?」


  あたしと同様に不思議に思ったらしい星が尋ねる。


  「雨を待ってる」


  湯さんが言うには、彼女にとっては雨が降っていたほうがやり易いのだそうだ。日本の刀鍛冶とかもどこどこの水じゃないと駄目、みたいのがあるけどそんなもんかな。でもだから晴れの日は休むのな。っつかそれで商売成り立つのかな?明らかに休みのほうが多いぞ、ここらの気候じゃ。

  そう思っている内に空がゴロゴロ鳴り始める。


  「うおっしゃー!キタキタキター!あたしの時間が来たぜー!」


  さっきまでのボーっとした雰囲気から一転してむっちゃハイテンションになった湯さん。その湯さんが唐突にこっちに視線を向けてくる。ちょっ、眼が怖い!


  「ほらあんた!あんたの得物もだしな!素手で殴ってる訳じゃないだろ!」


  そう言ってあたしの体をまさぐりだす。訂正、あたしの服を、である。だがやられているあたし自身にとっては大差ない。


  「ちょっ、あっ、やめっ・・・っつか見てないで助けろよ!星!」


  くそっ!にゃろめ、こっち見てニタニタ笑ってやがる!そんなこんなしている内に湯さんがあたしの両袖から穿山甲を探し出した。


  「んじゃ、これも鍛え直してやるからな!」


  「ちょ、ま、何でそんなの使ってるって気が・・・付いた?」


  ちょっと息が苦しいが何とか訊いて見る。


  「相手の動きや体格から、そいつの扱う武器が分らなくて武器職人が務まるか!」


  すっげえ迫力でそう答えられた。武器職人すげえ・・・

  そのまま湯さんは工房に篭ってしまう。中で行われているであろう作業にちょっと興味があったが、火や作業の音に混じって危ない笑い声が混じっているので止めた。

  その後、作業が終わるまであたしらは暇になった。丁度どうするか考えている時に雨が降り出したこともあり、あたしたちは村の中で小さな飯屋を見つけて酒を飲むことにした。

  適当な席に座り、地酒とつまみを注文する。


  「で、何故助けんかった、この性悪青髪娘」


  「おや?私には随分楽しそうに見えたのだがな。助けが必要であったか?」


  さっきのことで恨みのあるあたしは星に絡んで見たが、どうせあたしが一方的に弄られそうなのでやめた。


  「で、そろそろ潮時だと思うんだが、どうよ?」


  星と北海に留まってもう十日近く、そろそろお互い自分の目的のために動き出すべきだろう。


  「そうだな。これ以上ずるずる引きずるわけにはいかないか」


  キャラバンと合流し、星と知り合ってからの時間は僅か十日ほど。麗羽様たちと共に過ごした日々と似たような心地良さを感じていた。気の置けない友人、と言うのはこういう関係を言うのだろうか。

  それは星も多分同様に感じてくれているんだろう。一応とは言え、互いに目的がある身だ。潰せる時間が多くある訳ではない。


  「正直あたしとしちゃ、このままウチんとこに就職しない?星の腕なら結構な待遇出ると思うよ。あたしも職場に、その、さ。親友が増えるのは嬉しいし」


  正直なところ、やっぱり友人と殺し合うことにもなり得るこの時世である。可能なら同じ陣営に属することで、その可能性を潰してしまいたい。


  「それも悪くはない。悪くはないな。だが、自分の命を捧げる相手だ。やはり自分の眼で見定めねばならないだろう」


  真面目なこって。でもまあ、そう言うもんかね。


  「なあ、星。参考までに聞きたいんだがさ。お前の戦う理由ってなんだ?」


  あたしの旅の本来の目的、戦う理由の獲得。では、あたしのような半ば成り行きで戦おうとしているのとは違う、自ら決めた者はどういう目的を持っているのだろうか。


  「黒羽の師より与えられた『己の為の理由』という課題か。そうだな、私の場合は己の存在を何かに、どこかに刻み付けたいのだろうな」


  「刻む・・・か」


  「そうだ、刻み込む。この時に、この場所に、趙子竜と言う人間が生きた証を遺したい。無為に生きるでなく、私と言う人間だから出来る何かを為し、私と言う人間だからこそ掴める何かを掴みたいのだ」


  そう語る星の顔はいつもの澄ましたものでも、あたしを弄る時のようなチェシャ猫顔でもない。今まで見たことがないほど穏やかなものだった。


  「それがお前の『欲』か」


  人が戦うための、大儀や恩義とは違う、自分のための理由。


  「そうだな。志といって貰いたいが、寧ろ欲のほうが近いのだろうな」


  そう言って星は酒を一杯呷る。


  「幸い、私は武芸の才に恵まれた。それを磨きに磨き、百凡の兵など恐れるに値しない強さを手に入れた。私を突き動かしているものは、子供が玩具を見せびらかしたがっているのと大差ないのかも知れない」


  随分卑下して言う。尤もそれらの言葉がどのような心情で吐き出されたのか分らないあたしはただ聞き続ける。


  「だから私はせめてこれを、世にとって良い方向に使いたいと思う。私の力で、力ない者達を守るために使いたいのだ」


  そう言い切った表情を、だがあたしは目をそらして直視しなかった。自分でも正体が掴めない感情。主体のない自分に対する羞恥か、自己の主張を持った星への嫉妬か。


  「そっか・・・やっぱすごいな、お前。ちゃんとさ、指標になる想いを持っているんだから、さ」


  あたしに足りないと言われたもの。人はどうしても自分にないものを持つ人間を羨ましく思うように出来ているのだろうか。


  「そうか?私にはそうは思わないがな。それに、黒羽は・・・いや、私が言うべきではないか」


  そういって再び酒を呷る。星が言いかけたことは気になるが、答えをねだる様なことはしない。こいつが言わないことにしたら、あたしじゃ訊き出せないのは分っている。

  それからしばらく、お互い何を話すでもなく、黙々と酒を呷った。





  雨が止み、雲が散り始め、その隙間から南に向かう太陽が時折顔を覗かせるようになっていた。


  「もう、武器の直し、終わったかね?」


  とうに酒などなくなっていた壷にも垂れながら空色を見ていたあたしは問うわけでもなくそう言った。


  「そうだな。もう終わっているかも知れないな」


  星は追加で頼んだ酒を壷から杯に注ぎながら答えた。


  「じゃあ、あたしは武器が出来てたらそのまま戻るわ」


  そういってあたしは立ち上がる。酒で火照った頬に風が気持ち良い。

  振り向くと星がヒラヒラ手を振っている。あたしは軽く手を振った。


  「星、じゃあな」


  「ああ、達者でな」


  その後、鍛冶屋で勝手に持ってかれた穿山甲と注文していた暗器類を受け取り、そのまま旅籠に戻る。そしてその日の内に北海を出た。






  趙雲視点


  行ったか。恐らく得物を受け取ったらそのまま自分の旅に戻るのだろう。思えば多くの時間を浪費してしまったものだ。私も彼女も。いや、浪費ではないな。浪費ではない。だが、私も彼女も本来の目的に対して長い時間足踏みを続けてしまっていた。

  酒を一杯、呷る。ふむ、風と凛の二人と別れた時と同じだな。一人になっただけで酒の味まで違って感じてしまう。

  あの二人との別れの時も感じたが、これでもう暫くは再会できないだろう。そして、再会しない方が良いだろう。また、この心地良いぬるま湯に溺れそうになりかねない。

  また呷る。やはり美味くない。

  次に会う時はお互いどうなっているのだろうな?風、凛、黒羽、我が友たちよ。何れまた会える事を信じ、私も己が道を進もう。







  後書き

  そろそろ仕事が忙しくなりそうな今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか、郭尭です。

  今回は星との別れと、外伝に関係したお話でした。オリキャラが上手く動かなかった感じですが、外伝でもうちょっと掘り下げられるかな?と。

  ここ数話で出て来たオリキャラはマイナーながら三国演義に置いては超重要キャラだったりするわけですが。商人コンビは劉備が義勇軍立ち上げの際出資した(回収できたとは寡聞に訊かないが)訳ですし、もう一人は何したかはまあ外伝にて。

  時に最近呉、蜀、西涼勢のアイディアが出来てしまい、書きたくてうずうずしています。もっと早く書けたらな~。なんで大まかなプロットまで出来ちゃったし。

  とにかくこの作品を早く更新できるように頑張ります。

  PS.そろそろその他板に移動しようかと思いますがそれに充分なレベルで書けてるでしょうか?皆さんのご意見お願いします。





[8078] 第九回 虎の真似事をやってみるか
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/07/12 15:30





  両手を広げて、思いっきり息を吸う。肺まで拡がるかのような潮の香り。そう、あたしの目の前に広がる光景。それは、


  「ウーーーミーーーー、ダーーーーー!」


  漸く着いたぜ目的の海だー!っつかさぶ!

  北海より東へと、一月近く使って漸く辿り着いた海。で、着いた頃には秋になっていた訳で。別に泳ぐ為に来た訳ではないからその辺はいいとして、海辺だから実際の気温より大分寒く感じる。地理的には日本で言う東北辺りの温度くらいのと言うことになる。

  取り敢えず一応の目的地に着いたことと、周囲に人がいなかったからお約束を実行して見たわけだが、意外と気持ちいいなこれ。

  とまあ、ここまで来たのはいいがこれからどうしよう?海を見たことがなかったのはあくまでこの時代に生まれ変わってからであり、海を目指したのも究極的には他に目的がないからという消極的極まりない理由だ。よって、海を見たからといってこれと言うほどの感動もなければ、感慨もなかった。

  まあ、悩んでてもしょうがない。取り敢えず今日の寝床を探そう。あたしは荷物を載せた旅仲間の驢馬を引いて、海岸線に向かって右側に歩を進める。この海岸は中国大陸の東側にあるので、ここでの右側は即ち南に進路をとることになる。そうすればやがて黄河に行き着くことになる。そこを次の目的地にしよう。・・・あれ?渤海から直ぐに黄河目指してから船で下ったほうが圧倒的に早かった・・・?いやいや、それじゃ星に会えなかったんだ。結果的にはこれで正解なんだ。そういうことにしよう。




  空が赤らみ始めた頃、海岸付近に漁村らしき影を見つけた。そろそろ、今日も野宿かと思っていたのでまともな寝床にありつけるかも知れないということが嬉しくて、歩調が早まっているのが自覚できる。この辺りが辺境すぎ、且つ港町が近くにないのか、客桟(きゃくさん)が全然ないんだよな。

  ちなみに客桟とは古代中国に於ける宿泊施設の一種で、通常街中にある旅籠などとは違い、城と城の間を結ぶ大きな交通経路周辺に造られるホテルである。まあ、路以外には荒野しかない場所とかにポツンとあったりする場合もあり、自分たちの安全を守る意味で傭兵とかが常駐してる場所もある。まあ、有名なのは水滸伝で人肉饅頭を出しているのが、覚えてる範囲で二つほどあった筈だ。

  それはさて置き村に近づくにつれておかしなことに気が付く。妙に村の明かりが多いことに気が付く。かといって火事でもなさそうだ。火事にしては村全体に拡がっているし、それほど火事だったらもっと火が大きいだろうし。一応警戒すべきかね?





  「あ~まさか海賊の村だったとはな~。や~、危なかったわ~」


  何時ぞやのように驢馬を隠し、スニーキング気分で村に近づいたら、どうやら周りの灯りは篝火で、周辺を武装した男たちが見張っていた。この時点で盗賊か、場所的には寧ろ海賊のアジトなのだろう。警戒していて正解だった。


  「な~、聞いてる?少年」


  そう言ってあたしはあたしの足元で尻餅を突いている十四、五歳ほどの少年を足で小突く。中々豪奢な鎧と剣を身に着けていることからそれなりの身分の人間らしいが。盗品の可能性を考えなけりゃな。


  「小突くな!お前俺が誰だか知ってんのか!?」


  「知らんよ」


  巡回にでも出てたのか、それとも立ちションに来たのに見つかったのか、二人の賊徒に捕まりそうになっていたこの少年を助けたはいいが、態度悪いなこいつ。

  けどこんな身なりのやつが何で一人で?ちなみに賊徒はあたしのヒョウを首に受けてそこらに転がっている。


  「とにかく女、丁度いい。あの海賊どもに連れて行かれた人たちを助けたい。俺に手を貸せ」


  つか何様だこのガキ、命の恩人だぞ?こっちゃ一応。


  「で、君は誰よ、結局」


  「あ、うん。俺の名は公孫淵、字は子懿だ」


  ・・・また大物ですよ?なんか。あれ?でも、


  「それって遼東太守の公孫康の御曹子ってことだろ?何でこんなとこに?」


  そう、公孫淵と言えば幽州の東隅っこから更に東に領土を拡大し、燕と言う漢王朝から事実上独立した一大勢力を築き上げた傑物だ。ただ、一時的には魏王朝から見ても無視できない勢力を築き上げ訳だが、惜しむらくは他三ヶ国の争いに殆ど参加しなかったことだ。おかげで三国志を四国志に出来ただけの勢力を誇ったにも拘らず、その知名度の低さは計り知れない。

  ちなみにこの燕国の領土は最盛期では朝鮮半島を平らげ、倭の国にすら及んでいたと言う。

  まあ、それはさて置き、件の子懿は、


  「ここの海賊たちが海を渡ってうちの領民から略奪していったんだよ。それどころか結構な人数の領民が拉致されてんだよ。だったら太守の息子の俺が何とかすんのは当たり前だろ」


  「・・・いやそこは違うだろ」


  ちょっと感心して、肝心な事を忘れるとこだった。ここはまだ地理的に北海に属する筈、孔融の管轄の筈だ。何故幽州遼東郡太守の息子がここにいることの理由になっていない。こう、距離的にも政治的にも。


  「しょうがねえだろ。真っ当な方法じゃ手が出せねぇんだよ」


  子懿が言うには、ここの海賊は数ヶ月前から幽州の沿岸部の集落を襲うようになった。そして公孫康たちも長い時間をかけてこの場所を特定し、孔融に連絡をした。だが、未だ官軍はこの海賊にちょっかいを出していない。

  纏めるとこんな感じだ。

  遼東郡に被害⇒敵拠点発見⇒管轄外=手出し不能

  よって北海郡の孔融に通達を出すのが精一杯らしい。で、北海郡の対応は、 

  北海郡に海賊拠点⇒海賊拠点通達到着⇒管轄内に直接の被害なし⇒優先順位低

  と言う事らしい。まあ、自分らの領内だけならね、それでいいのかも知れんが。一応あそこも他の場所と同じで盗賊が増えてきている。自分らに直接的な被害がなけりゃ、他のからどうにかするのは間違いではない。よそ様の事を考えなけりゃね。

  しょうがないので領内で海賊の標的になり易そうな村々に兵を駐屯させることになった。だが、海辺にある村の数が結構多いこと、近年賊徒増加などに見られる国内の治安低下につけ込んできたと思われる烏丸の動きが重なり、村一つに派遣できた兵力はかなり少なかったそうだ。それこそ海賊たちに負けてしまうほどに。

  それにしても頭いいなここの海賊。


  「で、領主の息子が一人で来たと。バカか君は」


  やろうとしていることは、まあ立派と言えなくもないがその結果を考えていない。

  この時期、一部の例外を除き、ほぼ全ての領主は軍事力を高めて治安維持に努めている。それが民を想う善良な人物だろうが、自己の利権を守らんとす俗物であろうが、である。

  もしここでこいつが死ねばどうなるか。こいつの父親の人となり次第では遼東の兵が北海に向けられることになりかねない。仮に生き残っても、この事が知られれば越権行為がどうとかと、今度は政治問題に発展しかねない。

  嫌な言い方であるのを覚悟で言うなら、少なくとも今この時点では(あたしが伝えられた情報で判断する限りでは)静観するのが一番正解に近いのだろう。心情的なものを無視すれば、そして人の上に立つからにはそうするべき、なのだろう。

  尤も、それを口に出して説教を垂れる立場でもないという自覚はあるから、思うだけにしておくが。


  「とにかく!俺一人じゃ駄目なんだ。手を貸してくれりゃ、遼東に戻った後にちゃんと褒美を出すからさ!」


  「断る」


  表情や口振りから結構必死なのは伝わってきている。本気で海賊に捕らわれた人たちを助けたいのだろう。その心意気はまあいいとして、あたしにこいつ助ける理由も義理もない。欲しいとも思わない褒美に命はかけたくないし。

  つかこいつ直情過ぎ。


  「おい!そりゃねぇだろ!お前旅の侠者か何かだろ?弱者を助けるのが侠者だろ!」


  や、あたし侠者じゃないから。

  とにかく、前回のキャラバンの時は旅のついでという理由があった。こっちはなぁ・・・


  「なんだ?好きな奴でも捕まってんのか?」


  いい加減うるさく感じてきて、苛立ち混じりにそんな言葉を吐いてしまった。だが、返ってきた反応は意外なものだった。


  「う、うるせぇ!それが悪いかよ!」


  あれま、本当に想い人でもとっ捕まってたんか。まあ、これで理由は納得できた。さりとて手を貸すつもりはないが。


  「とにかく頼む。あいつ、もうすぐ許婚と結婚するんだよ」


  おや?


  「その許婚ってお前だよな?」


  なんか言い方が間違ってた?


  「・・・んや、あいつ他に許婚がいるんだ・・・」


  ・・・色々複雑そうだな。む~。


  「で、かっこよくそいつを助けて自分に気持ちを向けさせたいと」


  「そんなんじゃねぇよ。ただ、惚れた相手くらい自分で・・・よ・・・」


  ふ~む、恋愛感情ってのはそういうものかね?あたしゃ、前世じゃ恋愛なんかしたことがないからな。ここら辺の感情と言うのはどうにも分らん。・・・まあ、参考までに聞いてみるか。


  「お前がここまでやろうとする理由は何だ?好きな人のためには命を掛けられるものなのか?」


  星の時もそうだったが、自分の探しているもののヒントになるかも知れないし。


  「多分ちげぇよ。どうせ助けても一緒になれやしねぇんだ。それでも、そいつの為に何か出来たって・・・自己満足なんだと思う」


  今までの勢いと変わり、辛うじて聞こえる程度のか細い声になる。


  「自己満足の為に賭けるのか?大事な命を。そんな価値があるのか?」


  「多分・・・ある。自分に、嘘を吐かなくて済むから。自分に誇れるから。だから、ある!」


  そっか。なんだ。こいつの言葉で気付いた。あるじゃん。あたしにも、自分に対する理由が。あたしの理由はさ。多分あたしが好きな友達に・・・


  「そっか、ならしょうがない。お姉さんが手伝ってやりますか」


  癪だがこいつの言葉でこんな遠くまで来た理由が見つかったんだ。これはまあ、恩返し、とは違うがいいだろう。

  唐突に協力すると言ったあたしに、子懿はポカンとする。


  「手伝ってやるって言ってんの。まあ、条件はあるけど」


  あたしの条件はまず、捕まった連中の救出作戦はあたしの指示に従ってもらうこと。

  一応潜入工作も出来なくないが、元々それを専門で学んだわけではない。基本が同じとは言え暗殺術の応用でしかないから多少心もとない。更に言えば、海賊の拠点の規模と掛かり火の数とかをざっと見た感じ、百は下らないと思う。そんな数の中に潜入した経験はないからな。間違っても正面突破なんて出来やしないし。

  そんで二つ目だが・・・


  「お前の想い人・・・助けられるとは限らなねぇぞ」


  これだけははっきりさせとかなければいけない。人を生かしたまま捕まえたと言うことは大体が売り物として、である。仮にあの村にとっ捕まってたとしてもまだいるか分らない。そもそも生きているのか、生きていたとしてここにいるのか、そしてここにいるとして・・・


  「・・・分ってるよ。それでも・・・」


  俯きながらも子懿はそう答えた。そんじゃ先ずは・・・


  「よし、その鎧とか、全部脱げ」


  「へ?」


  どうやらあたしが言った事を理解できていないと言った表情を返してきた。






  子懿に作戦を告げ、あたしは一旦驢馬のところに戻って装備を整える。

  この作戦の一番の問題はこの時代に通信機器がないことだ。おかげで作戦のタイミングは完全に事前に決めた通りに行わなければならない。時間は四半刻(30分)ほど、それも時計のような正確に時間を計る手段もない。為にあたしは子懿が動き出す前に捕まっている連中の居場所を探し出し、作戦の準備をしなければならない。

  落ち着いていけよ、あたし。あんまり気負うな。な~に、上手く行くに決まってんだ。あたしがやるんだぜ?今までだって上手くやって来たんだ。ちょっとくらい敵との数の差なんて問題になりゃしないって。さ~て、ちょっとした綱渡りを楽しみましょうか!

  軽くストレッチをして、あたしは海賊たちの村に向かった。






  後書き

  最近は気温も上がり、うちの仕事場が機械の熱で灼熱地獄に進化しつつある今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  今回は一話で終わらせるつもりが、何故か続いてしまいました。自分の構成力のなさを実感させられました。

  今回からその他版に移動ですが、これまで応援してくださった皆様、どうもありがとうございます。これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、これからもご意見、ご感想をお願いします。



[8078] 外伝一 金銭豹子祖宗伝 青龍編
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/07/24 01:00





  「賊将はこの関雲長が討ち取った!」


  桃香様と鈴々と共に、力なき人たちを助けるために旅に出て一年余。盗賊に襲われた村を救う為、我らは武器を手に賊徒共と戦うことになった。

  村人たちは賊徒たちに恐れをなした為、私たちだけで盗賊の立てこもる山まで赴くことになった。幸い敵の数が少なかった為、私と鈴々で賊徒共の砦に奇襲を掛け、指揮をとっているらしい者達を狙って切り倒していった。

  その後、恐らく賊徒共を率いることの出来る者がいなくなったのだろう、ばらばらになって逃げ出し始めた。やがて殆どの賊徒が逃げ出したらしく、周りは大分静かになった。


  「愛紗、もう周りに誰もいないみたいなのだ」


  「うむ、なら砦を焼いて桃香様の元に戻ろう」


  無人になった砦に火を放ち、再び賊徒が集まらないようにする。幸か不幸か、狙われていた村は決して裕福ではないのでもう一度あの村が狙われる可能性は少ないだろう。


  「あ、愛紗ちゃん~、鈴々ちゃん~、お帰り~」


  移動していた私たちの耳に聞こえてきたのは桃香様の声だった。賊徒の残党がいるかもしれないと警戒しながら移動していたのに、緊張感を根こそぎ奪っていくような声だった。


  「二人ともやったね、これで村の人たちも喜んでくれるよね」


  花のような笑顔を見せながら私たちに駆け寄って来る桃香様。


  「ええ、これで村人たちへの脅威もなくなりました」


  「鈴々も頑張ったのだ!」


  そう言って鈴々が手に持った槍を振り回す。その時だった。


  「「「あ・・・」」」


  槍の穂先が飛んでいった。






  その後、村で村長に事情を説明したら、砦を燃やした火が村からも見えていたらしく、多いに喜んで貰うことが出来た。是非ともお礼を、と言われたが桃香様はそれを断られた。今の我々の懐具合を考えれば貰えるものは貰っておきたいのが正直なところだが、桃香様らしいその行動に私も鈴々も異を唱えなかった。

  それでも何か受け取って欲しい、との声に、では武器を取り扱える鍛冶屋を紹介して貰うことにした。私たちの懐が余り暖かくない事を説明し、結果まだ修行中ということで格安で村の農具を手がけている鍛冶屋を紹介して貰った。本業は兵器の作製だと言っていたから多分大丈夫だろうとのことだった。

  そして私たちは教えてもらったとおり、湯姓の鍛冶屋を尋ねに隣村に赴いた。そして村人に路を尋ね、鍛冶屋がいると言う村の外れの小屋を訪ねる。


  「頼も~なのだ~」


  私たちの先頭に立っていた鈴々が小屋の扉を叩く。


  「は~い」


  妙に気の抜けた声が返ってくる。そして扉を開けて出てきたのは、


  「でっかいのだ!」


  「おっき~!」


  桃香様と鈴々の言葉がその人物の全てを現していた。女性の中でも比較的大柄な方に入る私よりも大きな背丈、その筋骨は男でも稀に見るであろう見事なものだった。そしてその胸は桃香様に及ばないとは言え、私よりは大きかった。

  一言で言えばあらゆる意味で大きな女性だった。

  その女性は眠たげな表情で口を開いた。


  「・・・で、ご注文は?」


  え?あ、えと・・・

  前振りのなかったその言葉に私はつい動きを止めてしまう。


  「鈴々たちは武器が欲しいのだ!」


  彼女に言葉を返したのは鈴々だった。


  「あ、えと、ですね。隣村の村長さんの紹介で尋ねまして・・・」


  鈴々の言葉を引き継ぐように桃香様はことの説明をする。女性は頷くと私たちを小屋の中に招き入れた。中には大きな炉が二つあり、他にも鍛冶に使うらしい器具がいくつも置いてあった。そして同時に幾つもの武具が置かれている。

  その何れもそれなりの業物に見えるが、果たして私たちに合うものがあるかが問題だ。私も鈴々も長年の鍛錬で得た膂力に耐えられる武具は意外と少ない。山賊との戦いで鈴々の槍が壊れたのも、純粋に槍の強度が鈴々の槍裁きに耐えられなかったもので、槍そのものはさして永く使っていた訳ではないのだ。

  ふと、湯鍛冶師が私と鈴々を交互に見ていることに気付いた。そして壁に立て掛けてあった偃月刀を、そして鈴々に長柄の矛を放って渡してきた。


  「これは?」


  唐突にどういうことか?と尋ねようとしたが、言葉が終わる前に返答が来た。


  「貴方達が学んだのはこれらでしょ?寧ろ何でそんなの使っているの?」


  そう言って私の背に背負っている槍を指差す。


  「お~、おっきいお姉ちゃんすごいのだ~。どうして鈴々たちの武器が分ったのだ?」


  そう、それは私も驚いた点である。私も他の二人も、それぞれ得意な得物に関して語ったことはないのだから。尚、得意じゃない武器を使っているのは純粋に金の問題なのだが。


  「相手の体付きや、動きから得意な得物が分らないとその人に最適な武器なんて造れないでしょ?」


  その返答の語気と目線には彼女が「何を当たり前の事を?」と思っている事を伝えていた。だがそれだけで相手の得物を把握するのは私や鈴々のような永い修練を積んできた武芸者でも出来る者がいるとは聞かない。


  「ふぇ~、加治屋さんってすごいんだ~」


  「うん!すごいのだ~」


  桃香様と鈴々は感心しているが、二人に鍛冶屋に関して間違った認識を持ってしまったようだ。後で言っておかなければならないかも知れない。


  「じゃ、これ、外で振って見て」


  そう言って私たちは外に出るよう促された。

  小屋の裏に通される。そしてそこにあった湯鍛冶師は黒い岩を指差す。


  「これ、斬ってみて」


  そう言われて、私も鈴々も戸惑う。渡された武器は確かに良い物だとは感じるが、岩が斬れるほどには思えない。


  「いいからやって」


  無感情な声に僅かながら苛立ちのそれが混じる。仕方なく私は大刀を振り上げ、岩に振り下ろす。ガツンといった硬質的な音と共に刀身がグニャリと曲がってしまった。


  「うん、なるほど・・・君に相応しい得物は分ったよ。後は作るだけだけど・・・」


  そう言うと急に自分の人差し指を舐め、空に向かって突き立て、自身も空を見上げる。私や鈴々、桃香様もその行動の意味が分らず、ただ黙って見守っていた。


  「うん。運がいいね。明日から取り掛かれそうだ」


  彼女の言葉の意味が分らず、首を傾げる私たちだったが、結局今日は武器を造るのに適した日ではないとだけ言われ、明日来るように私たちに告げると小屋に戻ってしまった。

  仕方なく私たちは前の村に戻り、その日は村長の家に止めて貰うことになった。





  次の日、言われたとおりに再び、湯鍛冶師の小屋に赴く。それにしても天気が悪い。黒い雨雲が空を厚く覆い、何時一雨降るか分らない。

  そして、湯鍛冶師の小屋に着いた時、湯鍛冶師は扉の前で空を眺めていた。その行動を不思議に思うが、取り敢えず挨拶をすると、彼女も私たちに気付き挨拶を返す。

  小屋から伸びている、炉に繋がっているであろう二つの煙突から煙が出ていることから炉に火が入っている筈なのだが、何故この人が外にいるのだろうか?そう思い、それを尋ねようとした時、ポツリと一粒の雨が降ってきた。その瞬間・・・


  「おっしゃー!待ってましたー!」


  唐突に人が変わったかのように叫びだし、体格に似合わぬ速さで小屋に駆け込んでいく。

  暫く呆然としていた私たちだが、雨足が強くなってきたので小屋に入れてもらうことにした。


  「ひゃ~、暑いのだ~」


  その役目を果たしている炉の働きにより熱せられた空気が漂う小屋の中は、外より大分暑かった。ぶ厚い鉄板を炉で熱している湯鍛冶師は僅かな時間しか経っていないにも拘らず、既に大粒の汗を流している。

  暫く三人で彼女の仕事風景を邪魔にならないように見ていた。彼女は暗い、恐ろしげな笑みを浮かべながら鉄板を熱しては槌で叩き、叩いては熱していく。

  彼女が槌で叩く速さは尋常でなく、叩いている間、まるで一繋がりの音のように聞こえてしまう。文字通り、音に絶え間がない。決して広い範囲で腕を動かしている訳ではないから、それほど力をいれることは出来ない筈である。にも拘らず響く音は力強い。これもあの強靭な肉体がなせる業か。

  見る見る間に、鉄板が形を与えられていく。そこから判断するに、今作られているのは大刀か。

  それから数刻ほど同じ事を繰り返していただろうか。桃香様と鈴々は、雨によっていい加減蒸してきたのでさっきから小屋を出たり入ったりを繰り返している。その間も彼女は私たちが存在していないかのように作業を続けている。

  ふと、窓の外に閃光が走った。次いで雷鳴が鳴り響く。いつの間にか雨も大分強くなっているようだった。


  「ふぇ~ん、怖かったよ~」


  「もう、お姉ちゃんは大げさなのだ」


  声のした方を見れば、桃香様が鈴々にもたれ掛かるようにして小屋に入ってきた。ああ、また雷で腰を抜かしてしまったのか。

  苦笑いを浮かべながら二人に声をかけようとした時、ふと、小屋の中の空気が変わるのを感じた。鈴々もそれを感じたのだろう、空気を変えた元へと視線を向けるのは、恐らく私と同時だっただろう(桃香様は気付いていない)。

  湯鍛冶師がやっとこで鉄板を持ち上げ、眺めていた。形はもはや鉄板と呼べず、然るべき殺傷力を持ったものになっている。だが、熱による赤み掛かった光がそれが未完成である事を示していた。

  そして何を思ったのか彼女は舌打ちしてから、それを窓に向けて放り投げた。


  「「「「え!?」」」


  その行動の意味を詮索するよりも先に、大刀の一歩手前の状態の物が窓の格子を裂き、小屋の外まで飛んでいった。そして、


  「伏せろ!」


  気が付いたら彼女の言葉に従っていた。いや、彼女の希薄に押しつぶされたと言うべきなのかも知れない。兎に角体は彼女の言葉に従っていた。そして轟音がそれに続いた。






  「わ~。ボロボロなのだ~」


  轟音は雷が近くに落ちた音だった。どれほど近かったかと言うと小屋が一部が崩れ、炉も片方が潰れてしまっている。幸い屋根はまだ残っているので雨に濡れることはないが、巻き上がった埃で視界が効かない。


  「鈴々!桃香様は無事か!?」


  ぼやける意識を無理矢理に起こし、二人の無事を確認するために声を上げる。鈴々は先の声で分るが、桃香様の声がない。


  「お姉ちゃん、お姉ちゃん大丈夫なのか?」


  何とか起き上がると鈴々が桃香様を支えて立ち上がるのが見える。だが、桃香様は俯いたまま応えない。どこか怪我をしたのか。そう考え二人に歩み寄る。


  「桃香様、お怪我を?」


  私の言葉に桃香様が肩を震わせる。桃香様に肩を貸している鈴々も不安そうに桃香様を見上げる。


  「愛紗ちゃん、鈴々・・・」


  顔を上げた桃香様の目尻には涙が浮かんでいた。


  「ちょっと漏っちゃったよ~」


  ・・・取り敢えず今の言葉を聞かなかったことにして、さっきまで意識が回らなかった湯鍛冶師を探す。丁度、小屋の崩れた一角から出て行く彼女を見つけた。彼女はしゃがみ込むとやっとこで拾い上げる。それは彼女が外に抛った大刀の刀身だった。


  「父さんが言ってた『龍が降りる』っていうのは、こういうことなのかな・・・」


  湯鍛冶師の様子は先ほどまでの狂的な情動が消え去っており、既に初めてあったときのような無感情なものに戻っていた。そして彼女の言葉が気になり、彼女に歩いてゆく。そして、その大刀を間近に見ることが出来た。


  「それは?」


  「雷に撃たれたんだと思うけど・・・面白いことになってるよ」


  そう言ってまだ冷え切っていない大刀の刀身を私の良く見える位置まで持ってくる。それを見て、私は目を見開いた。

  雷に撃たれた際にそうなったのか、その刀身から形になっていない金属が流れ落ちる。その後に残った跡は、当に天に昇らんとする昇竜の姿だった。


  「これは・・・何と言う・・・」


  「あたしも『龍が降りる』のを実際に見ることになるとは思わなかったよ」


  これを前に、私はどんな言葉を出せば良いかすら分らないでいる間に彼女は龍のような紋が刻まれた、否、龍の姿が溶け出した大刀を持ち、小屋の瓦礫を跨いで行き、溜めてあった水の中に刀身を突っ込んだ。

  暫くそれを、水を数回入れ替えながら冷やしていく。よく冷え、武器としての力を得て、水に濡れたそれの放つ輝きは綺羅星と見紛うほどだった。

  彼女は以前から用意してあったらしい金属の長柄に大刀を繋げていく。暫くして完成した大刀を私に放って寄越した。私はそれを受け取ると、手にずっしりとした重さを感じると共に、今まで使ってきたどの武器よりも手に馴染むその感触に驚いていた。


  「その子の名前なんだけどさ」


  私の意識が完全にこの偃月刀に奪われていた最中、湯鍛冶師が声をかけて来た。


  「あたしは『冷艶鋸』がいいと思うんだけど、君に何か良い案はある?」


  名前。私の得物の・・・否、今後戦場を共にする戦友の名。


  「『青龍偃月刀』で良い。私の戦友に華やいた名はいらない」


  湯鍛冶師の「冷艶鋸」も良いが、やはり私はもっと実直なのが好きだ。


  「そうかい?まあ、君がそれが良いのなら構わないさ。それより、そろそろ試し斬りをしてみなよ。雷に撃たれて、どうなったのか、あたしにも分らないんだから」


  そう言って、顎で一つの方向を示す。その方向は昨日斬れなかった岩の方向だった。私は頷き、裏庭に出る。その後に桃香様と鈴々、湯鍛冶師が後に続く。

  そして私は岩の前に立ち、新たな戦友を構える。


  「愛紗ちゃん、頑張って!」


  桃香様の声が、


  「愛紗!がんばるのだ!」


  鈴々の声が、私の新たなる戦友、「青龍偃月刀」の輝きを拠り強くしていくように思えた。私は二人の声に頷き、己が全霊を持って戦友を振り下ろした。





  後書き

  何故か急に気温が下がり、山で事故やら災害やら多発している今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  今回は番外編です。青龍偃月刀の由来を、演義ではなく民間伝承をベースに書き込んでみました。羅慣中著の演義に於いても、劉備三兄弟の武器を造った人物、湯さん。当時の職人の身分が低かったと言う理由で姓しか伝わっていないらしいですが、この人がいなかったら劉備三兄弟のキャラが大分薄くなっていただろうと言う超重要人物だったりします。そんで今回は青龍刀が出来るまでを書きました。「丈八蛇矛」も近いうちに書く予定です。劉備の「双股剣」はどうしよう?恋姫じゃ使わないしな~。

  尚、民間伝承では龍が直接炉に飛び込んでいたり、制作に三日三晩掛かっていたり、試し斬りの一振りで岩どころか雲さえ断ち切ったりしています。半端ねえ威力です。

  今回は中々時間がとれず、更新が遅れてしまいました。暫くこのくらいのベースが続きそうです。申し訳ありませんが、良いものが書けるように頑張りますのでご容赦願います。


  PS.羅慣中も制作に参加していた水滸伝の百八将の中の鍛冶師の姓も湯だそうで。



[8078] 第十回 スニーキングミッション Lv.イージー
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/08/08 02:03





  人の目は夜の闇の中でものを見るのに適した構造を持っていない。故に光の満ちた昼に行動し、光のない夜に休息をとる。

  人が夜に行動するためには目が周りの光景を認識するだけの光が必要になる。文明が進み、電気と言うエネルギーと、電球などの道具が生まれた。だが、この時代では火による灯りしかない。そしてその数も少ない。結果として人の営みの周辺も多くの闇が残っている。

  そんなこの時代、この環境は潜入の難易度を大きく下げてくれる。流石に21世紀並みに灯りが多い場所に潜入なんざ出来やしない。こんな状態でも蛇さん並みの装備とサポートが欲しい気分だ。光学迷彩なんて贅沢は言わん。でもオクトカムくらい欲しい。百人は敵がいるかも知れない場所で仕事するんだからな。

  闇に紛れて村に近づいて見ると、幸いなことに見張りは少なく、見つからずに村に侵入すること自体は難しいことではなかった。今までこいつらに手を出した連中がいなかったのだろう。ある程度以上の集団を見つけられれば良いといった感じの配置で、こうやって少数の人間が侵入して内部工作をする可能性が全く考えられていない。


  「さ~て、まずは情報だよな」


  まずはここの海賊連中から一人とっ捕まえて、捕まった遼東の兵たちがどこにいるのか聞き出さなければ話が始まらない。次いで武器と油を保管している場所だ。子懿の話では三十人近く捕まったらしいから、一戦も交えずに逃げるのは無理だろうしな。

  進入して見ると、やはり元々普通の村をそのまま使っているようである。元々は割りと裕福な村だったのか、そこそこ大きな木造家屋が並んでいる。まあ、海辺の村なら魚介類だけでなく塩も取れるから、内陸の村よりは裕福な場所が多い。

  こそこそと物陰を移動し、村の中心に向かっていく。建物が多い一角に身を潜める。恐らく商店街みたいな場所だったのだろうことが、見た感じで分る。ここなら人を引っ張りこめる死角が多い。時間は惜しいが、建物の陰に身を隠し、人が通りかかるのを待つ。一応ここに来るまでに巡回らしい連中とかが歩いていたからここも人が来るだろう。

  時間が惜しい時は焦れて仕方ない。物陰に隠れて暫く、漸く人の気配が近づいてきた。チラッと顔を出してそれを確認すると幸いに一人だけだった時間もないしこいつから情報を貰うか。

  廃屋らしい小屋の陰に移動し、相手が通りかかるのを待つ。そしてその相手が通り過ぎる。近くに他の人間の気配がない事を確認。後ろから忍び寄って当身を入れる。そして廃屋に連れ込む。その時に地面に引き摺った跡で怪しまれる可能性があるので担いでいく。

  廃屋の中で、事前に用意していた火種(火縄に点火した物を竹筒の入れ物に入れた物。火は数刻もつと言われる)で小さな灯りを起こす。この時初めて相手の顔が見える。小柄な男で、衣服とかに黄巾賊らしい部分は見当たらない。やっぱりただの海賊のようだ。

  そして両方の袖から流星鎚を取り出して両手両足を縛り、動きを封じる。なんか最近流星鎚大活躍な気がする。主に拘束的な意味で。ついでに男の服の袖を破ってそいつの口に詰め込む。これでこいつがパニックを起こしてもある程度声を抑えられる。

  ここまで準備を整え、質問タイムに入る。転がっている男を軽く蹴る。一回では起きなかったので何回か蹴っているとやがて目を瞬かせ始める。そしてあたしは両靴に仕込んである匕首の片方を抜き出して男の首に当てる。同時に男の胸板に肩膝を乗せ、軽く体重をかける。


  「むご!?」


  眼を覚ますや、自分が訳の分らない状態になっているせいだろう、男はパニックを起こして暴れだそうとする。だが事前に四肢を拘束している為、制圧は楽だ。空いている手で相手の髪を掴み、地面に押し付ける。同時に胸に押し当てた膝に掛けている体重を増やす。適度に痛みを与え、動きを更に拘束する事でその注意を引き付ける。


  「静かにしろ。死にたくなけりゃ、こっちの質問に答えろ」


  僅かな間、あたしの言動に呆けた反応を示した男は、しかし自分の首に刃物が当てられていることに気が回ると再びパニックに陥りそうになる。それを再び頭を地面に叩き付けることで黙らせる。その後は脅しや話術、拷問術の応用で軽く痛めつけたりで捕まった兵士たちの居場所と武器の保管場所、次いで油も保存されているであろう食料庫の場所を聞き出す。

  その後、男の口をもう一度塞いで首の骨をへし折る。刃物を使わないのは、万が一でも血の臭いで気付かれないようする為である。人の血は意外と臭いが強いからな。男の死骸はそのまま小屋の隅に転がしておく。


  「そんじゃ、本格的に綱渡りの始まりかね~」


  小屋の屋根の上に立ち、周囲を見回す。同時に、緊張で高鳴る胸の逸りを誤魔化すように軽口が洩れた。

  四方から人の気配は感じられない。高所に立つと、海からの風が全ての匂いも、音もかき消してしまうから。故に人の配置と言う情報は手に入らない。だが欲しいのはそれではない。

  篝火の位置。それが密集している位置にこの村の村長の使っていた屋敷に今の海賊の頭領が住んでいる。当然そこに近づくほど警備は厳重になる。そして厳重にするために自然と篝火を増やしていく必要がある。この油断に塗れた海賊もその例に洩れず篝火が集中している区画があった。まあ、身内の裏切りを警戒したもので、あたしのような侵入者を想定してのものじゃないだろうけど。

  それはさて置き、殺した男から得た情報と、村長の屋敷の位置関係で今回の作戦で把握する必要のあるポイントを、脳内で照らし合わせていく。大まかな位置を推測し終わってからまずは武器庫に向かう。

  近くに人がいない事を確認してから小屋の屋根から下りる。そして海の近くの方に向かう。海賊稼業をしている為であろう、武器庫は船乗り場の近くに造られていた。実際それらしい建物を見つけた。見張りは二人、近くに他の人間は見当たらなかった。

  見張りの二人は建物の扉の前で一緒に酒を飲んでいた。それだけこの村は安全だったと言うことか。こんな家業をしているにも拘らず、すっかり平和ボケしていることに、あたしは呆れると同時に心の中でガッツポーズをした。あそこまでボケてるとこっちにとっては完全なプラスだ。時間は多くない。拙速で行くことにする。

  一度両腕を、広い袖の中に戻す。中に仕込んであった『穿山甲』を装着。次いで軽く袖を振るう。手元に滑り落ちてきたのは絶手ヒョウ。通常のヒョウを二回り以上大きくしたそれは、射程と取り扱いやすさと引き換えにより大きな殺傷能力を持っている。あたしがこれを使うタイミングは二つ。相手を絶対に殺したい時、そして絶対に二発目がない時である。そして今は後者、仕留め損なって増援を呼ばれる訳にはいかない。

  両手に一つづつ絶手ヒョウを握り、ヒョウを放とうとする。その時、突然がやがやとした声が近づいてきた。声はあたしが隠れている建物の横から来ている。避けるように移動しようとすると武器庫の正面に身を晒してしまう。先にこっちに向かってくる連中を始末するか?無理だ。何人いるかも分らないんだからな。上手く行くか・・・

  やって来たのは男が三人。彼らはあたしの潜んでいた通りを通り越し、横に曲がっていく。武器庫の正面に出て、見張りの二人と何か話を始める。

  そしてさっきまであいつらが通り過ぎた場所にいたあたしはと言えば、


  「危なかったわ~、マジで」


  隠れていた建物に宙ぶらりんになって、連中をやり過ごしていた。連中が来る直前、あたしは咄嗟に飛爪と言う、縄を結んだ鉤爪を建物の屋根に投げて引っ掛けてそれを登った。完全に屋根の上に逃げた方が安全だったんだろうが、そんな時間もなく、結局連中が来てしまった為、これ以上音を出さない為に上半身だけ屋根の上と言う中途半端な姿勢で空中に体を固定する羽目になった。腰にクるな、この姿勢。

  この時代にまともな照明があったらあたしはこの間抜けな姿を晒していたことになるのか。

  そして数分ほど見張りのやつらと何かを楽しそうに話した後、連中は来た時と同じようにがやがやとどこかへ向かって行った。あたしは音を出さないように着地すると、気を取り直してもう一度絶手ヒョウを準備する。

  目標は見張り二人の喉。声を上げられないようにそこを貫く。両肩から指先までの全ての関節を動員。可能な限りのスナップを利かせて投擲したそれは寸分も違わずその喉に命中、武器庫の壁に二人を縫い付けた。

  すぐさまあたしは武器庫に近づくと、扉を開けて中に入る。扉には錠がしてあったが、鍵は見張りが持っていた。取り敢えず鞘に入った剣を十本ほど流星鎚で一纏めにして背負う。欲を言えば捕まってる連中の人数分持って行きたいが、んな事をすりゃあたしがまともに動けなくなる。十本でも充分重いが、この程度なら気で軽くブーストを掛ければ問題ない。

  次はこの武器を背負って捕まってる遼東兵のいる場所に向かう。最初に始末した引き摺り出した情報に拠ればここから遠くない場所にある、食料を保存する倉庫のだった場所に詰め込まれているそうだ。元々奴隷として売るつもりだったらしく、一応生かされていると聞いた。

  奴隷ね。まあ、兵士をやってた連中だ。能力的にはいいものだろうさ。体に対して最小限のダメージで心だけをへし折る方法は、まああたし自体が習っているからな~。

  兎に角次の目的地に向かう。食料庫にいた見張りも、武器庫の連中と同様に処理する。扉はやはりと言うべきか、外から錠が掛けられていた。例に洩れずここの鍵も見張りが持っていたのでそれを使って錠を開ける。そして扉を開けようとした時、


  「とうりゃあああ!」


  あたしが扉に触れるより先に扉が開き、中から一人の女が飛び出して来て跳び蹴りをかまして来た。

  罠!?気付かれていたのか!?跳んで来た蹴りを避け、扉から出てきた女と距離を置く。


  「ちっ、賊の癖にいい勘してるじゃないか」


  舌打ちしながらそう言ってきた女は良く見ると両手を後ろに回している。そして彼女がボロボロの衣服まがら兵士の鎧の下に纏う衣服であること、扉の後ろに何人もの、同様の格好をした男たちが立っていることに気が付いた。


  「ちょ、ちょっと待った!なんかあたしたちは誤解してるっぽい!先に聴かせてもらうが、あんたら公孫子懿殿とこの兵士か?」


  あたしの言葉に、相手連中もキョトンとしている。


  「えと、あんた海賊で私たちに奴隷の烙印を押しに来たんじゃないのか?」


  あ~、取り敢えずあたしは子懿に頼まれた事を伝え、同時に彼女も自分らがとっ捕まった遼東の兵たちである事を伝えてきた。先ほどの攻撃は、自分たちを奴隷として売るような事を話していたのを前々から聞いていたので、烙印を押される前に破れかぶれの反撃に出た、と言うことだそうだ。

  まあ、焼き鏝で烙印を押されたらその時点で社会的な身分はどうしようもなくなるからな。その焼き鏝も基本的に国の所有物なんだが、偽造したのか、なんかの伝で手に入れたのか。


  「で、あんたらの中で一番偉いのは誰?」


  こいつらの拘束を解きながら尋ねる。返答したのは先ほど跳び蹴りかまして来た女だった。


  「この隊は元々私が預かっていた。君に我らの救助を頼んだ公孫淵の叔母の公孫恭だ」


  叔母と言う単語に驚き、思わず手を止めてしまうと公孫恭が苦笑いを浮かべる。


  「兄と歳が離れていてな、淵とは三つしか違わん」


  なるほど、見た目あたしと同じくらいにしか見えんかったからな。でもあれ?


  「恭殿、他はみな男ですか?」


  あたしが拘束を解き終わったやつらが、そのまま他のやつらの拘束を解いていくので作業は直ぐ終わったが、公孫恭以外に女を見ていないことに気付く。


  「?ああ、私の部下は皆男だ」


  あ~・・・子懿には申し訳ないが・・・想い人のことは駄目そうだ。


  「捕まっていたのは貴方たちだけ?」


  「ああ、私たち以前にもいたかも知れないが、他は知らない」


  還ってからのこと考えると嫌になるな~。ここの連中も何人逃がせられるかも分らんのに。鬱だわ~。

  あれ?子懿の想い人が叔母さんって可能性は?あたし的にはありだと思うが(エロゲー的な意味で)聴き辛いな。

  兎に角公孫恭たちに剣を渡しながら作戦を伝える。彼女たちにこの辺りにもらい、あたしは分かれて食料庫に向かう。

  目算道理の場所にそれらしい大きな蔵を見つける。ここに見張りがいないのはやはり攻撃されたことがないという安心からか。

  そろそろ時間がやばそうだから一目は気に出来ないか。それに、タイミングさえ会えば派手にやった方がいいだろう。気で身体能力を強化し錠のかかった扉を蹴り破る。食料の入った麻袋なんぞが堆く積み上げられたその中に、瓶や壷のおかれている一角があった。取り敢えずそれらの封を片っ端から開けていく。そんで匂いで中身を判断、でかい瓶のを中心に油や酒のを叩き割り、手ごろなサイズの壷のは食料の麻袋にかけていく。そして小さめの壷を二つ抱えると地面に滴った油とアルコールの混じった液体に火を点ける。火は瞬く間に蔵全体に広がり、あたしは急いで蔵を出る。


  「おい!火事だぞ!どうなってんだ!?」


  多少遠くから悲鳴や怒号が聞こえてくる。人にとって命綱である食料を焼かれ、連中の注意はそっちに向くだろう。あたしは武器庫に向かい、あたしが火を点けたら武器庫に移動するよう伝えた公孫恭たちと合流しに向かう。


  「やっ、どうやらみんなご無事なようで」


  あたしが武器庫に着いたときには既に、公孫恭たちが武器庫の中身で、慌しくも武装を整えているところだった。と言っても何時ここの海賊連中が来るか分らないからちゃんと戦に充分なほど整えるような悠長なことはしていないが。

  周辺に数人死体が転がっているから見つけられたと考えていいだろう。そのうちここに敵が集中してきそうだ。


  「ああ、貴女の陽動で私たちは動きやすかったよ」


  あたしの言葉に、公孫恭は軽く笑みを浮かべて返してきた。へ~、笑顔の気持ちいい、良い女じゃん。今はあたしも女なのが惜しくなるね。


  「もうじき子懿殿に陽動を頼んでんで、そん時に一気に逃げますよ?」


  「何だかね~。助けに来て貰っといてアレだけどさ、うちの甥っ子の無謀さはどうにもな」


  公孫恭は作戦の確認に頷きながらも呆れを含んだ溜め息を吐いた。内心で同意しつつもそれを口に出すのはやめておいた。や、こんなことに参加、と言うか計画及び実行までやってるあたしが言えた事じゃあないんだが。

  暫くして、食料庫の方に集中していた海賊連中が混乱から立ち直ってきたのか、幾つかの集団に分かれて周囲に散る連中が出てきた。


  「おい!もう倉庫の中のものは無視しろ!敵が来る前に逃げるぞ!」


  あたしの声に皆が頷き、武器庫から離れる。


  「おい!官軍が攻めてきたってよ!」


  「嘘だろ!?今まで何もして来なかったのに!?」


  子懿の陽動が成功したらしい。こっちに向かって来ているらしい怒号にそんな会話を見つけた。武器庫の上に立って見れば村の西の方角にある林に篝火が見える。あの小僧上手くやってるようだ。

  こっちも持ってきた壷を武器庫に叩き付ける。それに火を点し、ここを使えなくする。もっとも、持ってこれた油の量のせいで消火されてしまうかも知れないが、こっちが逃げるまで相手の気を逸らせればそれで良い。


  「そんじゃ逃げますかっ!」


  彼の名作脱走映画と比べればお粗末に過ぎる計画だったが、外から介入できたせいか、これと言った抵抗に遭わずに村を脱出できた。偶に見つかってもこっちは武装した一団で、敵の武器は倉庫で燃えている。唯一まともな武装をしていた村の見張りも人数的に敵じゃなかったし。

  結局大した損害もなく(相手にも大した人的被害はないが)無事に子懿との合流ポイントに指定した、村の近くの林を越えた先の平原に辿り着く。


  
  「意外にみんな無事に逃げきれちゃったか・・・嘘だろ~」


  正直想定外に良い結果にそんな事を呟いてしまう。半分くらい逃げられれば万々歳って考えてたから死者ゼロってのは驚きだ。敵が思った以上に優秀だったのが返ってこっちに有利に働いた感じだった。


  「ああ、正直皆生きて逃げ出す事を諦めていたからな。君には感謝の言葉もない」


  「それは甥っ子さんに言うべきでは?」


  「将来人の上に立つべき者がこんな無謀を行うのを褒めろと?」


  公孫恭が子懿の行動に憤慨していたので何となくフォローしてみるつもりだったが、どうやら薮蛇だったらしい。公孫恭の言ってることのほうが正論だからこれ以上何も言えん。


  「で、我が無謀な甥っ子は?」


  「ん~、へま仕出かさなけりゃそろそろこっちに着く頃だと思うんだがね」


  まさかなんかあったのかね?もしへまこいて捕まったりしてても、これ以上面倒は見れないぞ。頼まれたのはあくまでここにいる奴らの救助だからな。


  「お~い、みんな無事かー!」


  そろそろ諦める頃合かな、と思っていた頃漸く子懿が林のほうから走ってきた。お~お~、無事だったか。

  走って来た子懿は初め着ていた豪奢な鎧でなく、あたしが殺した海賊の襤褸を着ている。子懿にはあたしが兵士の救助の間林に篝火を用意して貰い偽兵とし、その後村に紛れ込んで官軍が来たと吹聴するよう言っていた。結果は大成功と言ったところか。


  「無事だったかじゃねー!」


  あたしが声を返すより早く、公孫恭の跳び蹴りが子懿の顎を捉えた。


  「何考えてんだあんた!自分の立場も分らんほど餓鬼じゃないだろ!」


  蹴り飛ばされ、ぶっ倒れた子懿の襟を掴んで無理矢理立たせる公孫恭。怖いわ。他の兵士たちは止めるのかなと目を向けて見れば、あたしの視線に気が付いた兵士たちはサッと目を逸らした。


  「惚れた相手を守ろうとして何が悪いんだよ・・・!立場なんざ欲しくてなったわけじゃねぇんだよ!」


  子懿は声を押し殺してそう返す。その声もあたしの位置からはぎりぎり聞こえると言ったものだ。


  「あんた・・・まだ諦めが・・・」


  公孫恭の顔に苦みばしったものが混ざる。そう言えばこいつの想い人らしい相手はいなかった。多分公孫恭でもないのだろう。さて、どう説明したものか・・・頭が痛くなる。

  二人から目を離し、そんな事を考えていたら開放されたらしい子懿があたしの前を駆けて兵士たちのところに向かっていく。そしてその中の一人に泣きながら抱きついた。


  「・・・へあ?」


  見ると、抱きついてる子懿の顔は赤らみ、なんつうかこう・・・友情とかに起因するアレとかには見えないんだが・・・


  「驚いたか?」


  唐突に肩に手が置かれる。公孫恭だった。特に気配を隠してもいない相手に気付かないとは。


  「えと・・・子懿殿そういう趣味?」


  「残念ながらな。初めての恋からずっとだ。私たちも頭を痛めている」


  やるせない表情であたしの言葉に頷く公孫恭。なんか、子懿とのやり取りでこんな危険を冒したが、なんか一気に後悔してきた。差別する気はないが、だからって手を貸したいと思えるほど理解がある訳じゃない。そしてそれ以上にこう、あたしの苦悩を返せ!と言うか・・・

  ただまあ、本人の顔が余りに幸せそうで、この状況で何か言うのも空気がな・・・

  ちなみに好意を向けられている相手はそれに気付いていないと言う。こっちじゃ女同士はともかく男同士はかなりのマイノリティらしい。だからこそ、そっち方面を疑ったりしないのかね?


  「そう言えば、貴女の名を聴いていなかったな。アレがあの調子だから私が変わりに聴いて良いかな?それに、良かったらうちで働かないか?貴女の実力なら待遇は保障するよ」


  子懿の懸想にも気付かず、いつの間にか胴上げが始まってる男連中を眺めていたら公孫恭がそう言ってきた。そう言えば名乗る時間もなかったな。子懿にもあたしの名は伝えてなかったっけ。


  「あたしは張郃、字は儁乂だ。今は故あって流浪してるけど、本来は渤海太守、袁本初の配下だ」


  この時、あたしは遼東とのパイプを手に入れた。これが今後、あたしが予想だにしない出来事の一因となるとは思いもしなかった。




  後書き

  もうそろそろ夏の祭典が近くなってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  最近はどうも仕事場の熱にやられたのか、小説を書こうにも頭が動いてくれません。言い訳がましくて済みませんが、どうにかもう少しペースを上げていけるか頑張って行きたいと思います。

  本編についてはただ一言。何故俺はこの話にはわわとあわわを出せなかったのだろう・・・それだけが悔いです。



[8078] 第十一回 そう言えばこいつら将来宿敵なんだよな、むしろ
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/09/08 00:05






  北海にて遼東の公孫淵に協力して、彼の部下たちを助けると言う騒動から早半年近く経っていた。

  あの後、あたしは黄河に向かい、初めて見るその広大さに胸打たれる。一応旅の目的を、期せずとも見つけてしまったあたしは、されど一年は帰って来るなと言われているのだ。ならば残りの時間をを楽しもうと、黄河を遡りながら取り敢えず涼州に向かってみることにした。

  将来、あたしの知る歴史道理行けば、袁紹軍は何れ董卓、公孫賛と言った鬼のような戦闘力を持った騎馬軍を相手にすることになる。その時の為に今の内から騎馬の本場で、騎馬の事を学んで見ようと思った。ただ地元に近い并州や幽州は現在、下火になってきたとは言えまだ烏丸等が南下して官軍と小競り合いを続けているらしい。猪々子と斗詩もその戦いに従軍している筈だが、今はどうしているだろうか?

  まあ、兎に角北方は戦時下に近い状態なのでわざわざ遠方の涼州に向かい、羌族のソレを見ることにした訳である。基本は商船に金を払って便乗させて貰って河を上っていった。船は多くの場合、人の足より早いのだが、あたしの場合流れに逆らっていることと、あたしが船酔い起こして長い船旅が出来ないせいで思ったより大分時間をかけることになってしまった。

  で、結果だけ言えばあたしは涼州には入らなかった。実際に羌族と交流のある西域に辿り着くことはなかったのだ。涼州直前の司隷にある、漢帝国の嘗ての都であった長安に着いた辺りでさすがに聞き捨てならない情報を耳にすることになったのである。黄巾賊の蜂起である。

  幽州、并州、涼州、益州のような辺境のを除き、僅かな時間で漢土のほぼ全域に及んだこの民衆蜂起は当然の如く渤海郡の属する冀州にも跳び火したと聞いた。流石にこれは旅なんかしている場合でないと判断し、帰郷の途についたわけである。

  そんな訳で船の都合で、一回冀州の大都市、鄴に入る。帰りは河が下りだったからかなりの速さで移動できた。そっから陸路で渤海を目指す予定だったが、ある意味予想できた展開によりここに足止めを食らってしまっている。鄴が黄巾に包囲されてしまったのである。

  仕方なく旅籠に数日間滞在していたが、どうやら戦況は膠着しているようで、昼間は城壁、つまり四方から戦の怒号やらが飛び交っている。旅籠で聞き及んだ噂だと、鄴を囲っている賊軍は数は、多いので五万、少ないので三万。対して鄴の守備隊は殆どの噂で一万余である。本来は五万ほど動員できるほどの大都市なのだが、間の悪いことに主力は朝廷から黄巾党討伐に派遣された蘆植の軍に編入されてしまってここにいない。そして残った一万余では、指揮しているのが戦に疎い、冀州刺史の韓馥では耐え忍ぶのが精一杯ということらしい。まあ、あくまで噂の中で信じられそうなのを纏めただけなのでそこまで精度は期待出来ないが。

  蘆植の軍勢は鄴より北の広宗の地で五万の兵を持って十万と言われる黄巾の軍勢と対峙しているらしく、援軍も無理だろう。とは言え、現状一応あたしはただの民間人だ。これと言って出来ることもないしな。いっそのこと麗羽様の部下と言う身分を使うべきか?幸い旅に出る際、必要になるかも知れないと元皓様から身分を証明するための手形を貰っている。一応取り次いでもらう事ぐらいはできると思うが。


  「本当に困ったね、朱里ちゃん」


  「そうだね、雛里ちゃん」


  宿の食堂で食事しながら今後の行動を考えていたら、隣の席からえらく幼い声が聞こえてきた。振り向いて見ると、声相応に外見が幼い少女が二人、向かい合って座っていた。

  片方は萌黄色の髪を短くそろえ、リボンの付いたベレー帽を被っている。もう一人は薄い紫の長髪をツインテールにして、御伽話の魔女が被るようなとんがり帽子を被った少女である。二人の着ている服が同じようなデザイン、いやただ着こなしの違いか?兎に角殆ど変わらないこともあり学校の制服のような趣がある。

  宿で食事を取っているということは、地元の人間の可能性は低い。でも保護者もなしに旅が出来るような風にも見えない。それともどっかの良いとこのお嬢様とかで護衛がいる・・・様でもないな。ソレっぽい気配もないし。


  「せっかくもう直ぐで幽州なのに、このままじゃ街から出られないね」


  「そうだね。でも早くしないと劉備さんたちの義勇軍が他のところに行っちゃうかも知れないし」


  気になる名前が出たな、今。確かに黄巾が暴れているこの時期、早ければ耳に上るようになっている名前だろう。あたしはずっと旅をしていたからちょっとした噂程度の情報しか聞かなかったし、鄴に入ってからは外の情報は遮断されてしまっている。そして街の人たちは壁向こうの戦で他のことに気を向ける余裕もない。

  ・・・何か聴けるかもな。声掛けてみるか。そう思い、あたしは席を立った。


  「お嬢ちゃんたち、ちょっといいかな」


  取り敢えず二人を見た目相応な歳と判断して、できるだけ優しく声をかける。以前裏禍と裏亞にぎこちないと言われたが今回は上手くできていると思いたい。


  「え、えと・・・」


  急に声をかけたあたしを不審に思っているのだろう、二人はこちらに戸惑いの視線を向けてくる。


  「失礼。旅の者で張儁乂と言う者で。二人の会話に気になる名前が出てきたからつい声をかけちゃったんだ」


  小さな子が見知らぬ人物を訝しがるのはよくある。だからできる限り声も意識して優しくする。


  「・・・・・・・あ、ああ、あのっ・・・!」


  二人は少しの間、あたふたしながらもアイコンタクトで何かのやり取りをして、やがて意を決したようにベレー帽の女の子がこっちに向き直る。


  「ん、何かな?」


  「えと、もしかして田元皓さんのお弟子さんの張郃さんでしゅか・・・はわわ、かんじゃった」


  「しゅ、朱里ちゃん、頑張って・・・」


  ・・・なんだろう、この微笑ましさは。こう、保護欲を書き立てられるというかなんと言うか。

  まあ、それはさて置き、この子らあたしの事を知っている?


  「ああ、うん。一応元皓様の下で色々教わってたし、確かにあたしの名前は郃だけど・・・」


  あたしの答えを聞いて二人は椅子から立つとこっちに向き直った。


  「え、えと、初めまして。水鏡塾で噂はお聞きしていました。元皓さんのお弟子さんで、新しい屯田制度を創った方ですよね!?」


  「その、あの、おあ、お会いできて光栄でふ・・・あわわ、かんじゃった・・・」


  そう言って興奮気味に捲くし立てる二人。

  それにしても、あ~、可愛いな~コンチクショウ。


  「えと、あたしのこと知ってるようだけど・・・水鏡塾ってことは司馬徳操先生のお弟子さん?」


  たしか元皓様のご友人の私塾がそんな名前だった筈だ。


  「は、はい!水鏡先生の元で学んでいました、諸葛孔明と申しましゅ!・・・またやっちゃった・・・」


  「そ、その、一緒に勉強していた鳳士元と申します。・・・上手く言えた・・・」


  わ~お・・・もうなんか言葉が見つかんね~よ。三国志名軍師トップレベルの内二人とこんな所で遇うとは。


  「あ、ああ、はじめまして。袁本初様配下で田元皓様の不肖の弟子、張儁乂だ」


  なんとか動揺を隠して二人に挨拶する。そこから二人の席に失礼し、ちょっとした会話に入る。

  初めは二人がやたらとあたしが考えた(実際のところはともかく、そういうことになっているらしい)屯田制のすごさをしきりに褒めちぎられ、稀代の軍師二人にそう言われていると思うと口端が釣り上がるのを自覚した。

  そこからあたしの旅の経緯になり、次いで二人のことになった。


  「ふ~ん、劉玄徳の所に天の御使いねぇ・・・」


  水鏡塾で勉学に励んでいた二人は、世の乱れにより苦しむ人たちに対して何か出来ることはないかと考えるようになっていたそうだ。そこに劉備が天の御使いと共に幽州の公孫賛の客将として領民を助けて回っているらしい。評判も良いそうで、二人は自分たちの力を活かす為の主として、その人となりを実際に見て、場合によってその陣営に入れてもらおうと考えていると言う。

  河北を離れて半年ほどでそんなことがあったのか。

  正直あたしは劉備と言う人物に余り良い印象がない。こっちで本人に出会ったことがないから、完全に前世で読んだ歴史による先入観なんだが。

  演義でも正史でも人生をかけて戦乱を広げ、人を裏切り続けたようにしか見えんからな。個人的には。ある意味呂布より質が悪いと思えてならない。

  そして演義に限れば袁家を曹操にけしかけ、袁家滅亡の遠因になっている。まあ、上手く扱えれば対曹操戦で良い牽制になるかも知れんがな~。

  そしてそこに「天の御使い様」か・・・.張角じゃなかったのか。


  「まあ、その劉玄徳殿たちの元へ行く途中、こんな事態に巻き込まれたと」


  「はい、劉備さんや御使い様がもしかしたらこの期に独立して公孫賛さんの場所から離れたら、探すのが大変そうなので・・・」


  まあ、足止め食らってんのはあたしも同じだ。焦る気持ちは分らなくもない。・・・この出会いもいい機会かもしれないな。そう思い、あたしは二人に提案することにした。


  「なぁ、二人とも軍略に強いって聞いてたんだけど、もしここの軍を君らに預けたら、どうにか出来そう?」


  「「え、ええ!?」」

  あたしの言葉に慌てたらしい二人は、傍からは面白いようにあたふたする。その様が余りにも微笑ましくてわざとそのまま放置する。やがて落ち着きを取り戻し、先に口を開いたのはやはり孔明だった。


  「えと、鄴の正規軍に関しても、外の黄巾賊に関しても情報が足りないから正直なんとも言えません」


  「そ、それに、私たちはただの民間人ですし」


  たどたどしいが、なるほど正論を言っている。確かにあたしを含めたここにいるメンバーで、両陣営も信頼できる情報を持っている人間はいない。これでは策の考えようもない。自らを過信するか、敵を侮るかしなければ妥当な回答だ。

  それに、仮にあたしと彼女らに鄴の現状をどうにか出来る能力があってもただの民間人であるあたしらはソレを実行するだけの権限がない。所詮は何の実績もコネもない子供でしかない。

  頃合かも知れない。この出会いは使える。


  「じゃ、ちょっと軍人やってみない?臨時雇いで」


  驚きで二人が大声を挙げる。いちいち反応が可愛いなぁ。周りが何事かとこっち見てるぜ?

  あ、回りに気付いて、赤くなって縮こまった。







  「どうでしょう?なんとかなりそうですかねぇ?」


  あたしらの横で怯えを含んだ声を出しているのは、冀州刺史の韓馥殿。細身で、小柄な三十代そこらの男性だった。

  あの後、あたしは二人を連れて刺史府に赴き、手形を見せて謁見した。一応同じ州で武将やっていたこともあり、と言うか袁家の屯田制の発起人として知られていたようだ。

  そんなこともあり、あたしは鄴に対して漢王朝の将として(正確には麗羽様の部下なので漢にとっては陪臣になる)鄴の防衛に協力を申し出た。鄴を守るべき兵も将も黄巾討伐に駆出されて兵だけでなく、兵を指揮できる人材も足りない有様だった。

  とは言え文官出身の韓馥殿はともかく、ぽっと現れたあたしらに対する他の軍人たちの視線は余り友好的ではない。まあ、当然と言えば当然だが。韓馥殿との会話から察するにあたしはどちらかと言えば文官よりの人間と認識されているらしい。そしてあたしに付いて来た天才軍師二人は今現在は全くの無名なのだから。一部に縋るような視線も混じっているが、外様に頼ろうと言う軍人がいると言うのがこの城の現状を示している。

  そして今、あたしらは韓馥殿に案内されて、城門の上で実際に城外に敷かれた陣営の配置を見ていた。一州の刺史が自らこんな事をしているのは、出来る限り早く安心できる言葉が聞きたいからだろうか。当然か。賊の討伐と言った規模の小さいものだけだったとは言え、実戦を経験したことのあるあたしだって戦の空気で心臓が煩く鳴り、胃が持ち上がる感じになる。

  もう夕方、城壁から十余里か。城を囲むように野営の陣地が幾つもの球形を造って、それら一定の間隔を隔てながら城を包囲している。いや、二つほど他よりでかい陣地があるな、指揮官とかそういうのか?

  野営地から幾つも煙が上がっている。飯時なのだろう。その煙の量に偽装が混じっていないとした場合、


  「孔明、士元、敵の数、どれくらいだと思う?」


  将来敵になるかも知れない天才軍師に聞いてみる。


  「え、えと、偽装がなかった場合、恐らく二万八千ほどかと・・・」


  応えたのは意外にも士元だった。あたしの見立てより細かいな。おおよそ三万、があたしの見立てだったから。

  さてどうするか。正攻法の野戦は無理。こっちの兵は一万二千。指揮官も不足して、疲れも見える。燃やすか?周りに余り草が生えていない。今に限れば風もない。さて、できれば実際周りを歩いて地形を確かめたいが、地図で我慢するしかなさそうだな。


  「・・・援軍があれば・・・」


  ふと、そんな声が聞こえた。振り返る。声の場所には士元がいた。


  「援軍がどうした?」


  援軍、確かに欲しいが、今はどこもそんな余裕があるのだろうか?いや、ありそうな場所には心当たりがある。袁家の管轄下にある南皮と渤海。あそこには元皓様がいて、裏禍と裏亞がいる。この情勢だ、猪々子や斗詩、場合によっては麗羽様も戻っているかも知れない。希望的観測ではあるが、他の場所よりよっぽど可能性がある。


  「この城に援軍か充分な食料があれば・・・勝てなくても絶対に負けない策があります」


  士元の口にした負けない策という言葉。ソレが意味する言葉があたしの思うとおりの言葉なら、ソレは即ちあたしらにとって「勝てる策」と言うことなのではないだろうか。

  今のあたしらにはソレで充分だ。相手は元農民とかが集まった軍勢だ。こっちが負けなければ、援軍と言うのが嘘でもいい、そういう希望さえあれば負けることはない。そうすれば何れ敵は瓦解する。もっともその為には幾つかの条件を満たさなければならないが。


  「それって、あたしは何をすればいい?」


  士元の表情はあまり良くなかった。その意味は・・・彼女は実践を経験したことがないんだったっけ。つい「軍師・鳳士元」として見てしまって、彼女が軍人でない事を忘れていたようだ。逸っているのかな、あたしも。何しろ万と言う単位での戦いはあたしも未経験だ。それでも確実に生き残りたいのなら彼女らに働いて貰わなければならない。あたしじゃ、確実は保障できない。


  「緊張すんな、あんたらがどんな作戦立てようがね、多分正攻法でやるより死人は減ると思うよ。駄目だったらはっきりあたしが駄目出しするさ。気負い過ぎるなよ」


  そう言ってあたしは士元の小さな肩を叩いた。こっちを見上げる士元は相変わらず顔色が悪い。せめて責任はあたしが背負う。心の負担は減らせんでもこれくらいはやらにゃな。


  「えと、雛里ちゃん、私も一緒に頑張るから」


  「うん、ありがとう、朱里ちゃん」


  士元の両手を握って彼女を励ます孔明。ソレを見ていいコンビだなと思った。


  「ま、いざとなったらあたしが敵の大将を暗殺してやるよ。そういうのは得意だからさ」


  そんな二人にやはり気休めでも声を掛けずにはいられなかった。

  ふと、裏禍と裏亞に会いたくなった。





  後書き

  色々とイベントが続き、体力も気力も経済力も消耗してしまった今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  せっかくの休み、一気に書くぞ!と、意気込んでいましたがご覧の有様でした。夏コミや妹らを連れて遊びに行かされたり、さらにはGジェネでたので・・・まあ、最後のは自分が悪いんですがね。

  今回から黄巾編に入りました。直ぐに終わる予定ですが。当然ながら黒羽には恋姫における黄巾の成り立ちは知らないので思いっきり誤解してますが。まあ、魏シナリオでしか詳しくやってないから殆どの群雄は誤解したままなんですかね?

  今回はこんな感じになりましたが、次回からはまた更新速度を少しずつでも上げていくように頑張ります。それではまた次回。



[8078] 第十二回 用間
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/09/25 00:11






  黄巾党で一軍を任されるようになってから俺も随分羽振りが良くなってきやがった。元々食うに困ってたからこんな奇妙な集団に入ったがこの結果は予想外だぜ。飯も酒もそこらの村からいくらでも奪えるし、女にも不自由しねぇ。そんでついには蜂起して天下の朝廷をひっくり返そうって話になった。

  俺は御輿に担いでいる三人姉妹がいる本隊のための陽動としてそこら中で暴れまわるように言われた。

  随分楽な仕事だと感じたぜ。何しろそこら中から略奪のし放題だ。楽しくてしょうがねぇ。

  この蜂起だって成功すりゃお偉いさんになれるわけだし、負け込んだらとっとと色々持って逃げだしゃ良いんだからよ。

  そんで、丁度ここらで一番でっけぇ鄴の街が手薄だって言うから手勢引き連れて囲んだって訳だ。もうちっと早く終わるもんだと思ってたが意外と粘っている。まあいい。どっちにしろ数はこっちが上だし、敵は戦下手だ。俺は城を落としてからの事を考えりゃ良い。そう思って本陣の天幕の中で城攻めの様子を聞いて過ごしていた。

  そしてそんな時だった。部下が奇妙な報告をしてきやがったのは。


  「女が一人だと?本当に忍び込んでたんじゃなく、正面から乗り込んできたのか?」


  「へ、へ~。俺も疑ったんですが、他の連中もそう言うもんで・・・」


  報告してきたやつも戸惑っているようだ。俺は傍に控えているここに寄せ集まったほかの軍勢の頭目に声をかける。


  「程遠志、孫忠、どう思う?」


  俺の両脇に立っている二人の部隊長は一応俺の言う事を聞いているがちゃんとした意味での部下じゃない。俺より預かっている兵が少ないから俺の言うことに逆らえねえんだ。


  「あ~、なんとも言えないね。目的分らんですし」


  「まあ、判断材料もないですし」


  まあ、当然だな。この質問も二人の面目を立てるためのものでしかない。


  「そういうのって本人に聞いたほうが早いと思うよ?」


  そんな声と共に天幕に入ってくる影があった。それは髪の末端だけ白くなっている奇妙な黒髪の女だった。やけに袖のでかい黒い外套を纏い、妙に楽天的で、それでいて挑発的な笑みを浮かべていた。女は皮袋の荷物を持っていたが、他に見える範囲では武器を持ってはいなかった。


  「何だてめぇ・・・」


  思わず腰の剣に手を掛ける。他の二人も同じだ。得体の知れない相手を前に、いつでも得物を構えられるようにする。


  「外の連中はどうした?」


  外で武器を持った兵士に見張らせていた筈だ。


  「や~、ちょっとここの偉い人に用があってさ~。邪魔して来るし人の胸見るし、取り敢えずのした」


  そう言って女は外套の前を腕で抱えるようにして胸を強調する。色香のある表情に思わず生唾を飲んじまう。だがそれも次の瞬間には元の気楽なものに変わる。


  「そんでさ、この軍の中で一番偉いのは誰?」


  「今は俺が一番だ」


  女の言葉にそう返す。いざと言う時に振るえるように剣をしっかり握る。他の二人も同様に直ぐに斬りかかれる体勢にする。だが女は微塵も警戒した様子はない。気楽に笑みを浮かべているだけだった。


  「そうかい。じゃあ、取引の話をしに来たんだ」


  「取引だと?」


  「そそ、取引取引」


  女の笑みがより深いものになる。いよいよ持って胡散臭い。


  「何の取引だ?悪いがこっちは忙しいんだ」


  「まあ、そう言わんでよ。絶対悪い話じゃないからさ」


  この女、人を苛立たせるな。だが、話は聞いておくべきか。ただその前に、


  「程遠志、剣を」


  俺の言葉に頷き、程遠志が剣を抜き女の喉元に突きつける。


  「話は聞いてやる。だが妙な事をしたら殺すぞ」


  「・・・わ~・・・女一人にこんなことします?」


  女の頬が引きつる。少し溜飲が下がった。


  「ここまで一人で乗り込んだ奴が何言ってやがる。これぐらい当然だ」


  「え~、いい年したおっさんが尻の穴の小さい。まあ、いいけどね」


  んなっ、この女ぁ。


  「いいから何の用で来た。人をおちょくりに来たんならただで済むと思うなよ」


  「や~、流石にそんなことしませんよ。あ~、あたし、鄴の無頼の徒を束ねている張春と言いましてね。よかったら城の門を内側から開けてやろうかとね?」


  この女の言葉に俺だけでなく他の連中も驚きを隠せなかった。


  「そんな助けが必要だと思うか?」


  「まあ、城を落とすだけなら必要ないだろね。でもあんまり時間かけると増援とか送られてきて略奪の分け前とか減るんじゃない?」


  思わず舌打ちする。この女が言ったのはついさっき他の二人と話し合っていたことだ。


  「・・・それで、お前はどんな得をするんだ?」


  確かにこっちにとって願ってもない話ではある。だからこそ罠かどうか見定める必要がある。そう思いこいつらがする得は何なのか知る必要がある。


  「や、もちろんお願いとかありますよ?こっちもあたしに付いて来てくれてる兄弟たちのことを考えにゃならんしね」


  待ってたとばかりに笑みを深める。

  張春と名乗った女の語った条件は次の通りだった。

  第一に張春の手下どもの安全だった。家の上に目印をつけとくからその家は見逃せと言う。なるほど、確かに手下の面倒を見るのは簡単じゃねぇ。少なくとも身内での厄介事は減らせるか。

  第二に略奪時の殺しを可能な限り自重。ブン盗って終わりの俺たちと違ってこいつらは将来的にも鄴の堅気の衆を飯の種にしている。あんまり人が死ぬとこいつらも困るのは確かだ。

  そして鄴の蔵から盗る金銭やらの分け前を寄越せと言うものだった。理由としてはこっちの略奪の後暫く城の住民からみか締めやら取れないから、その間に使う金が必要と言うことだった。

  なるほどな。こいつが無頼と名乗ったがその通りだな。武侠が重んじる義より、まるで商人のように利を求めている。だがまあ、要求に特に怪しい部分はねえな。けど何か腑に落ちん。

  それが純粋にこの女の人を喰ったような態度のせいか、それとも何かを見落としているのか。だが、こいつの提案が魅力的なのは確かだ。鄴は規模がでかくて人口が多い。それに金持ちも多いから取れるものが多い。

  実入りが多いのは確かだが、やはりこう、現れた時期の都合が良すぎる気がした。


  「やっぱり信用できねぇな。悪いがその話は蹴らせて貰う」


  「ちょっとちょっと、そうすぐに結論出さないでよ」


  俺の言葉に反応して程遠志の、剣を握る手に力が入るのに気付いた女は慌てて捲くし立てるように話す。


  「こっちもさ、そう簡単に信じてもらえるって思ってなかったからさ、ちゃんと手土産代わりの情報とか有るんで、せめてそれ聴いてから判断してくれない?」


  そう言って女が語った情報は、鄴の官軍が三日後、本陣にに夜襲をかけるというものだった。


  「どうやってそんなこと知ったんだ」


  「兄弟たちに官軍に徴用されたやつらもいてね。城門を開けるのだってそいつらが門の当直になった日を予定してんだ」


  「で、それが本当だってどう証明するんだ?」


  「こればっかは信じてもらわないとね~、話が進まないんだよ。ま、あたしから言わせて貰えばあんたらが生きてるのが証明かね」


  唐突に、女の態度が変わった。それはまるで年上の人間が出来の悪い子供に言って聞かせる、といった雰囲気だった。


  「いい加減作り笑いも面倒だから言わせて貰うけどさ。こっちも命懸けでここに来てんだ。頼み込んでんのはこっちだからな、下手にも出たけどさ。いい加減今の状況も込みで判断できないかな?あんたら騙すにしちゃ無理あるだろ」


  言って聞かせていると言う雰囲気だというのに、殺気にも近い威圧感を発している。戦場にいたことがあるのか、それとも裏稼業をやった結果なのか、こりゃ十や二十どころじゃない数の人間を殺しているな。半端じゃない凄味がある。人の上に立っている立場と言うのもあながち嘘ではなさそうだ。だが、


  「俺たちを騙すにしては怪しすぎる。だからあんたは俺たちを騙そうとしている訳じゃない。騙すならもっと信じられやすそうな奴を使うから。そう言うことか?」


  唐突に声を出したのは静かに事の成り行きを見ていた孫忠だった。


  「そう言うの、本人に確認取るのは悪趣味だよ。まあ、交渉事の得意な兄弟たちもいるから、そいつらに任せても良かったけど、こう言うのは先ず上の人間が出て誠意を見せないとだろ。こっちは誠意見せたんだからそっちにも見せてもらいたいね」


  孫忠の言葉に頷きながら女はこっちに挑発的な笑顔を向ける。もっともさっきと違って目が笑っていないが。

  「へえ、見せなかったらどうすんだ?」


  「組むほどの価値がねえんならその首へし折るだけさ」


  「出来るのか?そんなことがこの状況で」


  「出来ないとでも?そんなことがこの状況で」


  この女、大した肝だ。帰る事は考えていないようだが、だとしても本気でここの三人を相手できると思っているのか?


  「なら聞くが、俺ら三人を殺せばこの軍は頭を失う。そうすればお前らは俺たちに頭を下げずに自分らの縄張りを守れるんじゃねえか?」


  「頭がなくなった蝗がどう動くか分らないからかえって怖いわ」


  そう言って女はげんなりした顔になる。そうなった場合の事を想像してみた、と言うことだろうか。だがこれまでのやり取りでこいつをどうするか決まった。

  俺は孫忠に雑兵に鎖を持ってこさせる。意図を悟ったのか、女は始めてここに来た時のような楽天的で挑発的な笑みに戻る。

  兵が鎖を持ってくると、女は自分からその兵の前に両腕を突き出す。袖から出てきた両手の全ての指に豪奢な指輪が嵌められていた。


  「悪趣味だな。その両手」


  「交渉事の身嗜みだよ。剣よりこっちのほうが言うこと聞く奴もいるからね」


  ま、確かに金のほうが動かし易い人種ってのはいんだがな。こっちの厭味にはのってこねぇか。


  「拘束しとけ。お前を信じるか、三日後だ」


  女の顔は妙に自信に満ちていた。






  そして三日後。新月の暗闇に紛れて攻め入った来た部隊を待ち伏せで返り討ちにした。この日だけ、包囲に使っていた頭数をこっちに回させたのだ。

  結果、暗闇で敵の具体的な数は分らなかったが、それなりの被害を与えられたようだった。あの女から得た情報は確かなものだったと言うことだ。敵がかなりの勢いを見せたことだけが意外だったが、それだけ敵はこの奇襲に期待していたと言うことなのだろう。


  「で、どうよ。そろそろ信じてくれる気になった?」


  そして次の日、天幕でその女と対面していた。女は満面の笑みで縛られた両腕を差し出してきている。その態度が気に入らなかったが、一応こいつを解放してやることにした。

  部下に命令して女の拘束を解かせると、何を思ったのか親指につけていた指輪を投げて寄越してきた。


  「何のつもりだ?こりゃ」


  「ま、契約の証、みたいに思っといてくれ。こっちが多めに代償を払ってれば、アレだ、裏切られた時に容赦なく相手を殺しに掛かれる」


  良い笑顔で物騒な事を言う。







  雛里視点

  今夜の夜襲は予定道理失敗した。待ち伏せを予測して大目の戦力で、兵士の皆さんたちに上手く連携して損害をある程度減らすように指示しましたが、それでも五百近い死傷者を出しました。黄巾党に潜入した張郃さんの援護のために、わざと敵に知られた上で兵を出したのです。これが自分が考え出せる最良の策だとしても。


  「雛里ちゃん、大丈夫?」


  帰還した兵士の人たちの様子を見て立ち尽くしていた私に朱里ちゃんが声をかけてきた。


  「張郃さんだって言ってたよ。それが一番良いって思うんだったら、最後までやった方がいいって」


  そう言えば黄巾に出向く時に張郃さんがそんなこと言ってたな。この策を提案したのに実行にためらっている私にこう言った。


  『どっちにしろ戦になりゃ人が死ぬ。結果としてそれが減るんだったら躊躇う理由はないよ。だから、この策で出る死人に対して君が申し訳なく思わなきゃいけないことは何もないさ。そいつらを無駄死ににしないことの方が大事なんだよ。特に今回はここの兵士にとっちゃ故郷を守る戦いだ。家族も思いでもここにある。待って逃げることも出来ないからさ。だからそれを守るために皆の命を使うんだよ。皆が命を危険に晒してまで守りたいと思っているものをさ』


  その言葉に勇気を貰えた様な気がした。この策が通ったのも張郃さんと、偶然さっきの言葉を聞いていた兵士の人たちが、他の人たちを説得したから。結局誰かに助けて貰わないと、私たちは何も出来ない。だから、もっと私は、ううん、私たちは頑張らなきゃいけないんだ。


  「そうだね、朱里ちゃん。それに救援要請も出せたしね」


  作戦のもう一つとして、本陣に黄巾の戦力が集中した隙を突いて救援要請の書状を持った早馬を送り出すことにも成功した。送り先は周辺の郡の内の幾つかだけどあんまり期待していない。他の所も他所に援軍を出せる余裕がないと思うから。本命は渤海だけ。あそこには直ぐに動かせる私兵があるから。それに渤海への書状は張郃さんに書いてもらったものだし。

  それに、一番大事なのは兵士の皆さんに希望を持ってもらうことで士気を維持することだから。


  「皆頑張ってるんだもの。私たちも頑張らないとね」


  「うん、早く戦を終わらせようね」


  うん、張郃さんが言ったように、死んでしまった人たちを無駄死ににしないためにも頑張ろう。きっと、私の策で死んでしまった人たちに対して、どうしても後悔をなくせないと思う。でも、そう言った私に張郃さんがかけてくれた言葉を思い出す。


  『やらない後悔より、やった後悔の方が多分、まだ気持ちが楽なんじゃないかって思うよ』


  その言葉がホントかどうかは知らないけど、でも思い出してみたらやってみようって言う気持ちが湧いてくる気がした。





  後書き

  気温が上がったり下がったり、不安定で体調を崩しやすそうな今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  え~、恥ずかしながら温度差にやられて二日ほどダウンしてました。それでなくともスピードが落ちてきているのにな~。

  ここ数日ガンダム戦記とセブンスドラゴンで暇が潰れています。他にも幾つか期待してるゲームが控えてて財布に優しくない日々が続きそうです。

  黄巾編は基本この戦いだけで終わらせるつもりですが、なんか妙に長くなってしまいました。元々今回で終わらせる予定だったんですが。なんかもう二話ほど続きそうです。元々正史に於ける張郃の初陣をやりたかっただけだったんですが、何故か軍師ーズまで参加してきちゃったり。暴走が悪い方向に向かわないことだけを祈っています。まあ、こういう予定外な暴走が楽しいと感じるのは俺だけでしょうか。

  と言うわけで今回はここまで。また次回お会いしましょう。



[8078] 第十三回 煽風点火
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/09/27 21:43
  「で?あの二人は何時切るの?」


  夜襲を凌いで三日経った。この黄巾の軍の頭領である波才の信頼を得て、今では彼の天幕で酒を飲む仲になっていた。そんで酔った勢いで色々ここの中の事情を聞きだすことに成功した。

  そして今、話していたのは波才を除く二人の頭目に関してだった。

  他の二人、程遠志と孫忠は波才の部下という訳ではない。軍閥政治にあるたくさん戦力ある方が偉い、と言うそれに近い。その為、軍事的威圧で従わせている状態なので、信用性に問題があるのだ。ま、付け入る隙は多いに越したことはないけどね。


  「何で切るって話になるんだ?」


  波才は無表情で返してきた。


  「だって、あいつらいると分け前減るじゃん。かっぱらったもんを仲良く山分けって感じじゃないだろ、あんた。寧ろこう、『全部俺様のもんじゃー』とかそんな感じだろ?だから結果的に消すんだろ?問題は時期と理由ぐらいかな?」


  大方そんなもんだろ。こいつが漢王朝の腐敗がどうとか、義憤に駆られたとかそういう輩ではなく、純粋に蓄財目的の人間だってことは、ここ数日の付き合いで理解したつもりだ。と言うか、他の二人も同様。ために表向きはともかく、裏では結構ギスギスした関係になっている。全くもってちょっかいの掛けがいがある。今現在でもちょっと火点けると途端に炎上しそうである。それにもっと薪と油を用意して消火不能な大火事に持っていくのがあたしの今回の仕事な訳だ。

  ついでに言えばこれらは全部士元の予測通り。黄巾の野営地の陣形と現場の兵士の証言からここまで推測できたもんだ。二十一世紀だったら間違いなく美少女探偵として有名になってたと思う。見た目子供で本当は高校生なエセ少年探偵とは違うぜ。


  「だが、あいつらも簡単にどうにかできる勢力じゃねえぞ」


  そりゃね、いくらこいつが最大勢力でも、向こうの二人が足並みを揃えれば力関係は逆転する。下手に突けば手を噛まれるじゃ済まない。


  「の割には結構酷使してるよね。結構不満溜まってたみたいだぜ?」


  それ程あからさまではないが、孫忠が意外と頭が良かった。波才が意図的に二人の部隊に損害が集中しやすいように作戦を組み立てていることに気が付いている。既に程遠志と密会しているのを確認している。内容まで把握できはしなかったが、波才にとって愉快な内容であることはないだろう。


  「せめて形だけでも労ってやったらどうだ?良い酒の一壷に礼の言葉でも添えてさ」


  「今更だろ」


  そう言って波才は何を無駄な事を、と言う表情を浮かべている。だからあたしは得意満面の表情を作る。


  「や、目下に対する時間稼ぎには持って来いだよ?これあたしの経験則。そういう気遣いされるとね、こう、良心にちょっと来るもんが出てきたりするのよ。それでちょっとの間は敵対することに戸惑いが出てくるのさ。その内にズバッと解決しちゃえばいいのよ。偶に効かない相手もいるけど」


  最後にオチをつけて冗談半分というように見せる。露骨過ぎると誘導に気付かれかねないし。


  「お前の態度はどうにも素直に信じるのが癪に思えるよな」


  「そこは自分を偽らないあたしの素直ささ」


  自分で言っててなんだが、傍から見ればこれも自虐ネタになるのかね?血の繋がらない妹二人に言われたようにあたしは演技が上手くないようだ。だから素の自分を誇張して嘘を吐く。あたしはどこまでこの時代に順応したのかね。


  「兎に角やって見て損はないと思うよ?なんならあたしが連中の酌をしてやってもいいぜ?」


  兎に角相手に、こっちにとって都合のいい案件を提示する。何れ実行するように、そっと促すわけだが、こうして耳に入れとくだけで一人の時にふと考えてしまうものだ。その方がいざという時背中を押し易いのだ。

  取り敢えずこの日はこれぐらいでいいだろう。いくら冗談っぽく言っても、度が過ぎれば疑われやすくなる。

  二言三言喋って自分にあてがわられた天幕に戻ることにした。




  自分の天幕で待機している間も戦は続いている。偶に天幕を出て攻められる鄴の様子を見たりもするが、心臓によろしい光景は見られないので直ぐに引っ込むことも一度や二度ではない。

  一応あたしの仲間が後七日後に城門を内側から開けた時に決着を着けることになっている。今行われている攻撃はその意図を隠すためのものであり、その為自身の被害を減らすため今までの攻撃より手を抜いている。これで孔明や士元たちも策の準備に回す時間が稼げるだろう。

  それから更に二日後、波才に呼ばれた。要件は以前あたしが提案した酒を送るというやつだった。やっぱ自分の立場が不安なのかね、打てる手は取り敢えず打っておこうと言うことらしい。ついでにあたしにそれとなく連中の考えを聞き出すようにも言われた。

  そしてあたしは食料関係の物資を纏めた区画にやってきた。その中でも酒がある場所にまっすぐ向かう。


  「あ、張春さん、ま~た酒くすねに来たんですか?」


  酒や油といった、液体の物資を集めた天幕の一つを前にし、一人の見張りの兵が声をかけてきた。十五、六歳ほどの少年で何度か酒やらおつまみやらくすねている内に顔馴染みになった訳だが、そろそろ使い時かね。


  「や~、違うって。波才のおっさんに言われてな?程遠志のおやっさんと孫忠のあんちゃんに酒の一壷も差し入れてやれって」


  あたしはそいつに酒を小振りな鼎に一つづつ準備させる。同時に酒器もそれぞれ一通りづつ。ただ、片方には他の人を使っていいという許可を貰ったからこの顔見知りにお使いを頼む。


  「え~、程遠志様の分ですか~?あの人顔が怖いんですよ~」


  青年は溜め息混じりに情けない声で呟く。まあ、言いたい事は分らんでもない。こう、なんと言うか北斗的な強面なんだよな、こう『ヒャッハー、汚物は消毒だぜー!』的な台詞が似合いそうな顔してんだよな~。髪型がモヒカンじゃないのが惜しまれる。


  「まあそう言うなって。ちゃ~んとお駄賃も用意してるって」


  と、あたしは袖に用意した瓢箪に入れた酒を差し出す。


  「さっきちょっとちょっぱって来た。後でこっそり呑め」


  「さっすが張春さんは太っ腹。うちの対大将とは違うね~」


  そいつと軽く談笑しながらさり気なく程遠志に送られる鼎に近づく。そして自分の体で隠しながら右手の人差し指の指輪を弄る。指輪の先端がずれて、中の液体が酒に入る。それを鼎に供えられていた杓子で掻き混ぜる。

  中身は遅効性の毒である。大人一人、飲んでから大よそ半刻ほどで死に至る。酒で薄まり、口に入る割合が下がる事を考えても、助かることは少ないだろう、経験則で判断して。
 

  「ちょっと、人に届ける酒をくすねようとしないでくださいよ」


  「いいじゃん、別に。その瓢箪の分で充分だろ?あんたの分は」


  半ばじゃれあうように見せながらお互い酒を送る相手の元に向かう。他人に見られても怪しまれにくいように自然を装って。






  「・・・と、言う訳で、謀反とか起こす気はないか訊いて来いと言われた訳ですよ。どうする?」


  「成る程、流石に自分の立場を危ぶむだけの頭はあるか」


  と、言う訳で今のあたしは波才派と反波才派の間を飛び回る蝙蝠さんである。双方に情報を貰い、双方に情報を売るわけである。無論渡す情報はあたしが吟味したり、場合によっては改竄したりする。

  波才と比べると孫忠のあんちゃんは結構頭を動かすから情報操作がやり辛いんだよな。

  もっともあたしがこんな立ち位置に収まった理由はあたしからの働きかけではない。夜襲の情報により、波才との間に一応の信頼関係が出来た後、向こうから声を掛けられたのだ。

  雛里に言われていたのもあるが、もう直ぐ戦いの決着が付くだろうこの時期を置いて、相手側を切るタイミングはない。博打に出る人間がいるならば、やはりこの時期だろう。ただ、三人の中で一番慎重そうなあんちゃんが博打に出るとは思わなかった。いや、程遠志のおっさんにそういうこと考える脳みそがありそうにも見えないが。

  ・・・消去法であたしが付け入る相手も孫忠のあんちゃん一択だったか。


  「で、どうする?あたしとしてはあんたが理由つけて軍隊連れて他所に向かうのをお勧めしたいが」


  「ふむ?その場合、契約の代金は払えないぞ」


  そう、当然あたしは波才を裏切るのに条件を出した。夜襲の件の後、協力の条件の一つ、鄴の蔵からの分け前はこちらが二割ということで話がついた。そして孫忠はそれを自分がこの軍のトップになった暁には三割に引き上げてくれることになっている。だが、あたしは敢えてここで乗り気でない風を装う。

  そして、情報を引き出す口実に使うために波才に運ばされた酒を一杯呷る。次いその杯に注ぎ、孫忠に手渡す。孫忠がそれを口にする。こいつさっきあたしが別の杯に注いだのには口をつけていない。取り敢えず孫忠がそれを飲んだ事を確認してから言葉を続ける。


  「元々前の条件でこっちは充分だからね。多く貰えるんなら貰うけど、万が一あんたらが共倒れって結果になったら目も当てられないからね。正直このまま事を進めていいのか迷ってる」


  この言葉に嘘はない。少なくともこっちの予定より早く退場されるとマジで困る。


  「だから下手を打つよりは波才の旦那に鄴を占領させた方が安全なんだよ。博打は勝てばいいが、今回は負けたときに支払うものが価値分よりでかい気がする」


  「負けんさ。波才にこっちの計画を見抜ける頭があるとは思えん」


  同感。でもそれはあたしがどうにかするしね。

  ふと、眩暈がした。時間か。あたしは席から立ち上がる。


  「まあ、いいけどさ。約束通り情報はくれてやる。でもくれくれも・・・」


  言葉を言い終える前に足から力が抜けて座り込んでしまう。


  「おい、どうした?」


  孫忠がこちらに声をかけてくるがそれに返す余裕はなかった。花かなが液体が流れる感触がし、地面に赤い液体が垂れる。


  「波才の野郎、あたしごとかよ」


  目線を挙げれば歪んだ視界にあたし同様に崩れ落ちる人影が見える。波才が毒の入った酒を持って他の頭目の殺害、兵力の吸収を目論んだ。そういう筋書きなのだ。だが、その毒は二人とも殺すには至らず、黄巾への禍根をより深く育てることになるだろう。






  朱里視点

  張郃さんが黄巾党の軍に潜入してからもう六日になる。鄴のお城は今日もその攻撃に晒されている。それでも夜襲を失敗したその日から、前ほどの苛烈さはなくなっていた。

それでも敵のこの僅かな弛緩が策の準備に必要な貴重な時間を作ってくれている。


  「それにしても韓馥さん、出てこないね」


  決行の日、開ける予定の東門の裏での作業を一緒に監督している雛里ちゃんが呟いた。張郃さんが黄巾の軍勢に潜入してから韓馥さんは刺史府から余り出てきていない。と言うより、私たちが来る前から余り督戦に来たりすることは少ないと、他の将兵の人たちが溢していた。韓馥さんは文官だから戦場は向かないし、下手に流れ矢とかに当たるよりはいいって言う人もいれば、一州の刺史様なんだからせめて皆の前で味方を鼓舞するべきだって言う人もいた。

  でも私たちのやることに変わりはない。外の攻撃が弛んでからは城壁の守りを工作に回しているから決行まで余裕が出来そう。


  「大丈夫だよ。作業も予定通り進んでるし、張郃さんもきっと上手くやってるから」


  作戦の都合上、あれ以降張郃さんとの連絡はつかない。変化に弱く、臨機応変な対応が取れないのが今回の策の弱点。だから私たちは張郃さんを信じて自分たちのできる事をやるしかない。


  「お嬢ちゃんたち、油はここらに置けばいいのかい?」


  兵士の人たちが荷車をおしてたくさんの壷を運んで来た。


  「あ、はい、仕込みは夜になってから行いますから向こうの小屋にお願いします」


  「あいよっ」


  仕掛けに使う油を事前に用意して貰った小屋に運んで貰う。

  雛里ちゃんの考えたこの策で、予定調和とは言え沢山の人が犠牲になった。多分そのせいだと思うけど、最近雛里ちゃんの顔色が良くない。


  「おいっ!軍医こっちにつれて来い!怪我人運ぶの間にあわねえぞ!」


  「無茶言うな!軍医の人員だって多くないんだぞ!あいつらまで怪我したらどうすんだ!」


  ふと、近くを担架を担いだ兵隊の人たちが通り過ぎて行った。担架の上では腿に矢を矢を受けた兵士の人が苦しんでいる。私の横で雛里ちゃんの肩が震えだした。だから雛里ちゃんの手を握った。


  「きっと大丈夫だよ。皆頑張ってるし、全部上手く行ってるから。だからそういう顔しちゃ駄目だよ。皆不安がっちゃうよ」


  今回の戦に限れば雛里ちゃんのが多分最良だと思う。だから私は全力で雛里ちゃんを支える。それがきっと、命懸けで戦ってる皆さんと、今はここにいない張郃さんに私が出来る精一杯のことだから。






  「で、なんであたしが波才を殺しちゃいけないんだ?」


  自分で用意した、致死性のない毒で孫忠と一緒に倒れてから半日、眼を覚ましたのは孫忠陣営内のある天幕の床の上だった。

  眼を覚ました際、松明の灯りで天幕に映った影で外に人がいる事を確認、ついでに横に設置された床に孫忠が寝ている(息の質からしてもう起きているようだ)のを確認した。

  そして、あたしは床を下りる。足元がふらつく。ま、当然か。致死性のものじゃないのは確かだが、決して弱い毒を使った訳じゃないからな。


  「どこに行く気だ」


  ふらつく足取りで外に向かうあたしに、孫忠が声をかけてきた。


  「取り敢えず、欲しいものが出来たから取ってくる」


  「波才の首か?行動が稚拙だぞ」


  それを無視して外に出ようとする。


  「誰か、張春を取り押さえろ」


  孫忠の言葉に呼応して、外に立っていた衛兵が二人入ってきて、あたしはそれに取り押さえられてしまう。


  「そんな状態でどうするんだ?流石にそんな有様で首が取れるほど波才も弱くはないぞ」


  「上手いやり方はあるさ。けどそれをやる手勢がないんでな」


  下っ端に取り押さえられながらもそう返す。くそ、マジで振り払えんぞ。

  あたしの言葉を聞いた孫忠は自分の顎に手を置き、何か考えるそぶりを見せる。


  「有るのか?良案が」


  あたしは訝しげな表情を作る。


  「良いのかよ?蝙蝠の言葉を信じて」


  「程遠志が毒殺された。俺たちは飲んだ量が少なかったせいか助かったけどな。向こうがこうも直接的な手段に打ってきたんじゃもう猶予はないからな。藁でも縋りたいのさ」


  孫忠の顔に悔しさが滲む。絵に描いたような冷静沈着キャラのこいつにしちゃ珍しい。


  「ま、信じてくれんなら手はある。幸いあたしの立場は未だ蝙蝠だ。上手く機を作って見せるぜ」


  「立場が危ないのはお前もだろ。お前ごとこっちを消しにきたんだからな。お前も日和見できる状況じゃないだろ」


  まあ、一見して、孫忠と程遠志、そしてあたしに対して波才が生かしておくべきでない、もしくは消さないと不味いと判断したように見えるはずだ。この時点であたしと孫忠が手を組んでもなんら不自然はない訳である。

  さて、こっちでも一応の信頼を手に入れた。そして、上手く波才のおっさんを誤魔化し、更に不安を煽る報告をしてやればいい。そして士元の行った策の通りに動くよう進言すれば良い。それでこの戦はあたしらのもんだ。

  さて、黄巾の皆さん、舞台は整えてやるからよ、楽しく踊ってくれよ。






  後書き

  今更ですが新型インフルが再び流行している今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。親友が新型インフルにやられました。

  最近は連休があるごとにいとこ等の子がPS3やりに来て思うようにSSに時間が取れないでいます。リアルに妹がいる兄と言う生き物であるため、お兄ちゃんと呼ばれても萌えないので厄介な気しかしないです。実の妹とかいなかったら俺も妹に萌えてたのかな?

  それはさて置き、黒羽が色々引っ掻き回し、ロリ軍師ーズが準備を進めています。展開が簡単に読めちゃった人は発想力が貧弱ですみません。そして、黒羽悪女化に失敗した感じです。そして軍師ーズは健気さを出せただろうか。課題が尽きません。

  この頃残業や休日出勤が増えてきたのでまた遅れるかもしれません。申し訳ありません。

  それでは今回はこの辺で。



[8078] 第十四回 彼女たちの策略
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/10/20 19:56







  「で、結局程遠志のおっさんのこともはっきりさせられないまま、作戦決行の日ですか」


  思いっきり溜め息と共に、横にいる男に蔑みの視線を送る。


  「孫忠が動いたってことは確かなんだろ?なら後はお前の策の通りにやるだけだ」


  はいはい、ご信頼ありがたいこって。けどそれに応える気はない。あたしたちの関係も今日この日限りだ。





  あの日、あたしと孫忠が倒れたことは幸いにして波才には届いていなかった。逸早く眼を覚ました孫忠が緘口令を布いたそうだ。尤も噂として流れるのを防ぐことは無理だったが。


  「酒で酔わせて口を滑らせるのは良く使う手段だろ。ついでに体も使う破目になったけどさ。まあ、その価値はあったけど。っつか、そんなことより何で程遠志を始末した?逸ったことしやがって」


  そうやって『お前何先走ったことしてくれてんだ』と相手を疑う振りをする。無論波才がやった訳ではないことは百も承知だ。やったのあたしだし。

  波才の側からすればあたしがやったと疑うだろう。だから先にこっちが相手を疑うことで疑いを逸らすのだ。どこぞの、ロリの精神に寄生してた皇妃もやってたし。

  まあ、結局は孫忠の謀りという結論になった。何故なら程遠志の死が結果として孫忠の利になっているからである。

  まず、波才と他の二人の頭目の仲が決して良いものではないことは、一般の兵士たちも薄々感ずいている。それだけで波才にはこの二人を殺す動機がある。多くの兵が波才を不信の目で見ることになるだろう。

  そして、死んだ程遠志の兵だが、六割が孫忠に預けられた。もし、波才が兵の全てを吸収したら確実に反乱が起こるだろう。それに、全部の兵を孫忠の引き継がせればパワーバランスが逆転する。この比率は兵たちに、波才が程遠志を殺した訳でないと示すための苦肉の策と言うわけである。尤もこれは、兵たちにとって、確信が持てないだろう、という程度の効果しか見込めないが。

  結果として、波才は戸外の連中以外の信頼を失い、孫忠は兵力差を縮めることに成功したことになるのである。

  と、一方的に孫忠が得をしている現状、波才の疑いを孫忠に逸らすことは意外なほど簡単だった。

  今回の戦は、簡単に言うと鄴を落とし、城を利用して孫忠の軍を迎撃すると言うものである。その為に、陽動ということで、孫忠の軍には中から開けさせる東門の反対側、西門を攻めて貰うことになっている。そして波才軍だけで逸早く城内の防衛に主だったものと、防衛に向く施設を制圧して、絶対的な優位を作り出すというものだ。

  ここで孫忠を倒せば、残った兵たちは波才の下に付かざるを得なくなる、と言う訳だ。ま、実際んとこはもっと面倒な細かい部分とか色々あるが、それが実行されることはないので割愛する。

  それはそうと、本格的な戦ということであたしはいつもの服装の上に鎧を身に纏っている。尤も鎧と言うよりプロテクターと言うべき軽装のもので、肩と肘、足と、あたしにとっては寧ろ武器の範疇にあったりする。剣とか槍の穂先を流石に素足で蹴ったりできんしさ。

  と言うわけであたしは波才の隣で戦況を見守っている。こっちの正面に建つ東門の正反対、西門が孫忠の軍に攻められている。それを示すように、向こうから怒号やらの戦場の音が響いてくる。こっちが動かないため、鄴の軍隊は多くの兵を正門に回すことになる。無論こっちにも備えに兵を置いているが、その数は正門に置かれた兵力には劣る。そして日が沈み始め、一日が黄昏時に移り始めた頃だった。門が開いた。


  「よし!先鋒隊突撃!本隊も直ぐに続くぞ!」


  波才の声が全軍に伝わり、大芝居が始まる。あたしは先鋒部隊とともに駆け出した。








  雛里視点


  「配置、言われた通りに終わりましたよ。いつでもいけますよ?」


  私は城壁の上の楼閣で指揮を執ることになっていた。朱里ちゃんは西門の指揮を執っているからここにいない。だから私は、少なくとも作戦が進んで西門の戦力がこっちに車では一人で指揮をこなさなくちゃいけない。


  「わ、分りました。もうすぐ門を開きます。その、その時はよろしくお願いします」


  緊張に声がどもってしまう。


  「了解だ。緊張すんな、嬢ちゃんたちの策は袁家の将軍様の太鼓判もらったんだろ?なら問題ないって」


  そんな私の様子に苦笑いを浮かべながら、伝令の人は励ましの言葉を置いて、私と部隊長さんたちが詰めている部屋を出て行った。

  今頃指定した位置では兵士の皆さんが戦いの始まりを待っているんだろうな。


  「それでは、戦を始めます。敵は張郃さんの工作で私たちの策の通りに動くはずです。後は手筈の通りに動けば私たちの負けはありません。皆さんのお力でこの城を守ってください」


  ここにいる皆さんに頭を下げる。だって私は直接戦うことが出来ないから。自分の力じゃ何も出来なくて、他の誰かに命をかけさせてるから。

  皆さんは掛け声でそれに応えてくれた。皆さんが部屋を出てそれぞれ所定の位置に向かう。私も指揮し易いように外に出る。丁度城壁の外郭から反対側、城壁に囲まれた街を向く。門の内側、城壁と町をつなぐ階段は瓦礫で封鎖されていて、守城用の長槍を持った兵士の人たちが陣取っている。その後ろの階段には弓を持った兵士の人たちが大勢待機している。

  そして門が開けられた。

  後ろから怒声と轟音が巻き起こって、それが近づいてくる。

  そして、攻めてきた黄巾党の人たちが門に雪崩れ込んでくる。本来真っ先に占拠するべき、攻撃目標
の城壁への階段が塞がれているのを見ると、殆どが略奪をするためか市街地のほうに向かう。そしてその人たちは門と市街を遮断するように掘った落とし穴に落ちていった。深く掘って貰ったから普通に落ちただけでも充分な効果が望めると思う。更に、前の方の人が落とし穴に気付いても、後ろからの人たちに押されてどんどん落ちていく。そしてその上に落ちてきた人に潰されていく。

  そんな中、死体らしいものを盾にしながら一つの黒い影が階段に近づいていく。その影は見覚えあるものだった。


  「張郃さん!」


  私は思わず声に出していた。けど戦場の喧騒で私の声は届かなかったのだろう。黒羽さんは死体を放ると、袖から爪の付いた縄のようなものが飛び出し、それが瓦礫の端のほうに引っかける。そこを軸に半円を描く軌道で落とし穴を飛び越えていく。他の兵士の人たちも事前にこの段取りは伝えてあるからそれを邪魔したりはしなかった。

  これから張郃さんは朱里ちゃんたちのいる東門のほうに向かうことになってる。私たちは、後はここを死守すればいい。私たちがここを守りきらなければ、この策全てが失敗になるから。


  「頃合です、火を放ってください!」


  私の言葉が伝わり、少しの時間差の後、油の入った皮袋と火矢が放たれる。その油に着いた火が、更に事前に仕込んでいた、落とし穴の底の油に移って大きな炎が高く立ち上がる。そして私たちは、炎に勢いを削がれた敵をここで押し止めるための戦いを始める。








  落とし穴に火が点けられたのを確認して、あたしは事前に馬が用意されてある筈の場所に向かう。東門側の城壁沿いに北に向かう。少し走った先に縄に繋がれた馬を見つけ、その縄を解いてそいつに飛び乗る。目指すは孔明たちが守る西門だ。

  波才に対しては、城内であたしが、自前の部下で呼応するためにと言って先に入城した。だが孫忠には城に火の手がおこったら次の行動に入るように伝えてある。

  そしてこっちも次の一手を打つ為に人気のない路地を駆ける。今回の戦いは敵を(落とし穴で隔てているとは言え)城内に敵を誘き寄せる為、万が一の事を考えてこの日は出歩かないように布告されている筈である。本来は人波で賑わっている筈の市場が閑散としているし、城門の近くの住民には退避命令も出ているだろう。時折建物から不安げな視線を感じる。

  体感時間で十五分ほどとばしただろうか。西門の階段の近くで馬から飛び降りる。


  「張郃様ですね?お待ちしてました!」


  事前に待っていたらしい兵士が、将兵用の鎧兜一式を持ってこっちに走ってくる。


  「状況はどうなってる?」


  歩を止めず、兵士が持ってきた装備を受け取りながら、あたしは状況を尋ねた。

  聴くに、孫忠の軍は予定通り西門を離れて北側を通って東門に向かったそうだ。これは孫忠に城内で火が挙がったら波才の軍を後ろから急襲するように言ってあったからである。あたしが城内の手勢を集め、街に火を放って波才の軍を足止めすると説明してある。今んとこ全て予定通りか。

  足早に城郭に一室宛がって貰う。道中、周りの人たちになにやら指示を出している孔明と会った。一秒でも惜しい状況だったから声は掛けなかったが、目が合った時に拳を握り、親指を立てて見せる。孔明はほっとしたような笑顔を見せるとこっちに頷き返した。

  宛がわれた部屋に入り、将兵が着る、あまり目立たない普通の鎧に着替える。正直あたしの服装は独特のものだから、黄巾の連中に覚えているやつらが少なからずいるだろう。これからの作戦行動を考えるに、あたしが鄴に組している事をばらす訳にいかないのだ。武器も、服に仕込んでいた分が使えなくなるので代わりに剣をふた振り用意して貰う。得意と言えるほどではないが、一応ある程度は剣術も仕込まれた。

  着替えを終えて部屋を出ると、既に孔明が部屋の外で待っていた。


  「え、えと、本題だけ言います。予定通り、し、志願者だけの騎兵隊、何とか七百を集めました。城内の狭い範囲ですがちゃんと走らせて選考した人たちでしゅ。充分な錬度はあると思います」


  緊張からか、途中で噛んだことにすら気付いていないらしい孔明の様子に、不謹慎ながらも奇妙な安心感を感じた。


  「ん、じゃあ行くか」


  孔明の報告を聞き、外に向かう。門の前に着くと、そこには既に出撃の準備を終えた騎馬隊が並んでいた。志願兵だけを集めたと言うだけあって、成る程士気は高そうだ。皆表情が引き締まっている。


  「一声かけてください。士気はあっても十倍では済まない敵と一戦するんですから」


 あたしの横についてきていた孔明がそう促してくる。演説の類は得意ではないが、そうも言ってられないか。何せこれからあたしが命令して死なせて行く兵士たちだ。

  あたしは用意された馬に跨り、整列している騎兵隊の前に移動する。線を越える目線が一斉にあたしに向く。あまり心地がいいものではないが、賊の討伐の仕事とかでいい加減慣れてきてもいた。


  「この戦で貴兄らの命を預かることになった張儁乂だ!」


  以前よりこういった檄を発する機会は何度かあった。だからこういう場でよく通る声を発することも上手くなってきている自信がある。


  「あたしは以前、都、洛陽に住んでいたことがある!あそこは大きかった!天子様のお膝元、あらゆる財が集まり、あらゆる栄華が集まった。正にこの巨大な漢王朝の都に恥じぬ威容があった!あの場所こそこの地上で尤も尊い場所であると思った!」


  あたしの言葉に、あたしへの視線に疑問の感情が混じる。当然だ。一見してこの状況と全く関係のない事を話しているのだから。


  「だが、貴兄らの住まうこの鄴を見たが、どうだ!?天子様のお膝元であると言う笠はなく!自ずと集まる財も栄華もなく!されど都にも劣らぬ巨大な城壁があり!そして街がある!

  この地に住まう方たちが!ただの民草である貴兄らの親が!先祖が!ただ己らの多くの汗と永き辛酸をもってこの、洛陽にも劣らぬ大都市を築きあげた!これらは如何なる偉業か!天子様の偉業にも迫る偉業を貴兄らの先祖は成し遂げているのである!」


  兵士たちの表情に強い誇りが浮かび上がるのが見て取れる。

  鄴と言う都市についてはあたしの正直な想いだ。本当に洛陽と同程度の都市を、殆ど住民の力だけで築いたのだから。

  「その偉業が今!蝗の如き匪賊の脅威に見舞われている!もしこの偉業が匪賊如きの手に渡っては、この偉業を築き上げた貴兄らの先祖に申し訳が立つか!これよりこの偉業を広げていく貴兄らの子孫に申し訳が立つか!」


  立ち並ぶ兵士たち周囲の空間が歪むような錯覚を感じた。そういうものに敏くないあたしが、彼らに点けた火に、逆に燃やされるような感覚だった。


  「立つ筈がない!ならばどうすればいいか!貴兄らの手でこの偉業を守り抜く他ない!貴兄らの命をあたしに預けて欲しい!必ずこの鄴を守ってみせる!貴兄らの力があればそれが為せる!この偉業を守らんとする者達よ!奮い立て!我が背に付き従い匪賊らにこの地を侵した罪に見合う地獄を見せてやれ!」


  あたしの言葉に、轟音のような雄たけびが返ってくる。体が声によって震わされる。背中を何かが這い上がるような感触に、あたしは自身の高揚を抑え込むのに苦労していた。こっちまでテンションが引き摺られる。


  「よし!開門!」


  馬首を返し城門を向く。そして顔がばれにくいように、兜を深く被りなおす。そして目の前で城門が開いていく。


  「皆!付いて来い!」


  馬の腹を蹴り、駆け出させる。その後ろに七百の騎兵が続く。踏み鳴らされる馬蹄の音が一つの轟音となる。この戦、万が一にも失敗する光景を思い浮かべることすら出来なかった。








  雛里視点

  私たちの守る東門側の戦況は大きく様変わりしていた。

  ついさっきまで炎と瓦礫の壁を盾に辛うじて膠着を保っている状況だった。でも、私たちが点けた火を合図と認識したもう一隊の黄巾の軍が城を攻めていた軍勢を攻撃、最初の軍勢が大いに混乱したからこっちの対応は大分楽なものになった。

  でもそのせいであまりに一方的に最初の軍勢が数を減らして言っている。片方だけが一方的に数を減らすのは、却って不味いから少し焦ってしまう。そんな中、再び戦の流れが変わる。小規模な騎馬隊が現れて二つ目の軍勢の後方を攻撃し出した。張郃さんが率いているはずの部隊だった。だったら、先頭を駆けているのがそうなのかな。

  数のこととかもあってか、あまり深く攻め込まず、普通騎馬隊が良くやるような切り込んで陣形を裂くといった戦いじゃなく、外のほうをどんどん削っていくような戦い方をしていた。その為二つ目の部隊に対する直接的な被害は少なかったけど、騎馬隊のほうも殆ど被害を受けていないようにも見える。そして二つ身の部隊も、自分たちの後方を脅かされていると言うことにより、後ろの混乱を沈めるためにも後方に兵力を回せざるを得ずに、結果として最初の軍勢が体勢を立て直すことに成功した。何とか盛り返し始めた。

  そうなると今度は二つ目の軍勢の損害が増えてくる。


  「もう良さそうですね。狼煙を上げてください」


  城門の上で狼煙の合図を上げて張郃さんたちに退却して貰う。

  最終的に日が暮れてきたことと、兵の疲労で限界が近づいてくる頃合になったせいでしょう、二つ目の軍勢が後退して、次に最初の軍勢も城門から離れて行った。

  それぞれが距離を置いて野営を始めた。こうして黄巾の軍勢が真っ二つに別れ、ここに三つ巴の戦況が出来上がった。







  後書き


  台風がやってきて、あちこちに迷惑を振りまいてった今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  最近仕事場で力仕事が多かったせいか背中の筋肉が変な感じに引きつりました。痛みで一日近く、座るのも苦痛と言う状態でした。近頃体を鍛えねばと言う危機感が募ります。

  それがさて置き、前回下拵えが終わり、今回で漸く料理です。前回まででどれだけ読まれたかと考えると心配で溜まりませんでした。もうちょっと捻った策略を考えられるようになりたい。取り敢えず次回は仕上げ、そして黒羽に再会がある予定。

  それにしても黄巾編は当初二話で終わらせる予定が何故こうなったんだろう?

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。



[8078] 第十五回 老相識
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/10/24 15:15






  士元主導で行われた策が成功し、奇妙な三つ巴状態になって五日たった。その間、あたしらも連中も殆ど動くことはなかった。正確には動けなかったが正しいか。

  一度だけ、戦力に勝る波才の軍が孫忠の軍に仕掛けたが、あたしら、鄴の守備隊が波才の軍を撹乱し、双方の被害に左程差がでないように干渉する。その結果、波才の軍は痛い目見て大人しくなり、孫忠も同じ轍を踏むつもりはないようでこっちも自分から動かない。

  一方、あたしたちの方はというと、連中よりは被害が小さいとは言え、元の数が少ない。それにあたしらが参加する以前から今までの戦闘で、疲弊が大きい部隊が多く、すぐさま動かせ、且つ使える部隊は多くない。波才と孫忠、それぞれの軍に同時に二勢力を相手取る力がないという事実は、こっちにも当て嵌まるのだ。

  結局、どっちも主動的に動くことは出来ず、時間が過ぎていった。

  ところでこの時、戦いが三つ巴と言う形になったため、黄巾の二つの軍は互いの戦力を一箇所に集めて、鄴の城を入れると文字通り三角形を描く形で布陣していた。向こうの連中にとっては挟み撃ちを食らわないようにしている(こっちを挟み撃ちしようとしないのは、そういう作戦を取るための信頼も残っているわけもない筈だ)だけなのだろうが、こっちにとっては包囲がなくなったので、上手く行けば早馬で外と連絡が付くようになった。尤も、足の遅い荷駄とかでの物資の輸送とかは流石に無理みたいだが。


  「失礼します、麗h、・・・袁本初様から書簡が届いたと言うのは本当ですか!?」


  その日、配置こそすれども結局兵を交えることなく日が落ち、夜襲でもない限りその日の軍事行動はもうないといえる時間、つまりは夕飯時の後だが、城外から袁家の使者が駆け込んできた、と言う連絡が部屋で休んでいたあたしに伝えられた。

  その話を聞いたあたしはすぐさま使者が向かったと言う刺史府に向かった。


  「おお、張将軍。これはこれは」


  刺史府の謁見の間に通され、中央の大きな椅子に座った細身の男、冀州刺史韓馥殿が手に木簡を広げていた。椅子への道の両脇には数人の官僚が立っている。所々、立ち位置に空きがあるのはまだ出揃っていないと言うことだろう。まあ彼らにとっても急なことだったのだろう。

  ついでに目線だけで周囲を見回してみたが、孔明と士元はまだ来ていなかった。まあ、時間を置けば来るだろう。


  「先ほど渤海から使者が参りましてな。援軍が既に渤海を出てこちらに向かっているそうです」


  片膝を付き、軍礼を取ったあたしに韓馥殿は嬉しそうに応えた。木簡には一万余の援軍を送った旨が書かれているらしい。これで漸く賊どもを追い払えると喜びを隠さない。

  まあ、元々敵の兵糧切れか援軍の到来を待つ消極的な策だった訳だが、援軍が来るのなら勝ちが大分早くなる。

  兵と一緒に兵糧も少なくない量が蘆植の軍に持っていかれたが、そこは流石に河北最大の都市である。駐留している兵力が減ったのも幸いして、一部を城内の民に回しても結構保つ計算になる。

  対して黄巾の軍はあたしが知る範囲では一度も補給が来ていない。まあ、頭数では官軍を圧倒するほどでありながら、まだ大きな拠点を得ていない彼らに充分な補給を維持できるとは考えにくい。

  その後、連絡を受けて来た孔明と士元も交えて、今後の作戦行動に関する話し合いが行われた。優秀な武将などが軒並み蘆植の軍に参加している現状と、今までの戦の戦果から、あたしと孔明と士元に一時的に城の軍事全権が委譲されることになった。

  まあ、本来の状態がどの程度のものかは知らんが、武の方面の人材不足は結構深刻だし仕様がないのだろうか。所詮盗賊団を大規模にしただけのもの、と言う侮りが有ったのかね?

  最終的には増援に合わせて打って出る、詳細は状況を見て臨機応変に、と言う要するに何も決まってないのと大差ない結論で落ち着いた。ちゃんとした連絡が取れていない現状致し方あるまい。まあ、今は休んでもらってる、使者に来た兵士を呼んで援軍の詳しい情報を聞いて上手く連絡を取れないか尋ねてみることも必要か。





  次の日、使者の兵も呼び出して再度の作戦会議が行われた。

  使者の言によればこっちに向かってきている援軍を率いているのは袁家の二枚看板の片割れ、顔良将軍とのことだった。

  そっか、斗詩が来るのか・・・そういやもう何年会っていなかったか。


  「あの、上手くこっちから援軍に連絡できないでしょうか?」


  孔明が使者の兵士に問いかける。行軍の予定進路は把握しているので、その予定に狂いがなければ可能だと応えた。

  そう言う訳で使者の兵士には一度増援の軍に戻ってもらい、増援が到着する日までにこっちも打って出る準備を整える。敵の片方を叩いてもらい、鄴の部隊でもう片方を足止め、最終的に挟撃に持って行くことで決定。早速出発してもらった。

  その後使者に二回ほど往復してもらい、ある程度まで細かい段取りを決めることが出来た。そして数日間、小競り合いと言う程度の戦闘を二回挟んで予定の日になった。


  「そんじゃ、いい加減連中を追い返さなきゃな」


  日が落ちた頃、あたしは馬を駆り準備を終えた軍勢を背に城門に向かう。今回は本格的な戦闘になるため、以前のような小規模な騎馬隊ではなく、充分な休息を与えた歩兵を含む八千の軍勢が用意された。

  ちなみに、もう連中にあたしの事を隠しておく必要もないのでいつもの外套の上に軽装の鎧のスタイルに戻している。フル装備の鎧兜は動き辛くてかなわん。


  「えと、張郃さん、これで最後ですから、頑張ってください」


  「ぜ、絶対返ってきてくださいね」


  横にやってきた孔明、士元の順にそんな事を言われた。


  「分ってるって。もう後一歩ってところだしな。ここで死んじゃ堪らんよ」


  そう言って手を振る。と言うかここで死んじまっちゃすっげえ割に合わないって。目の前にまで来ている筈の親友とだって久しぶりに話したいこと、聞きたいことが山ほどあるからな。


  「そんじゃ、今日で総仕上げだ。上手く行けば今日の晩は夜通し酒飲んで明日は昼まで眠れるぞ。そのためにもここで負けられん!ここで死ぬ馬鹿はいないぞ!」


  返ってくる雄叫びに硬さがない。この十日あまり、小競り合いだけとは言え、こちらの思惑通りに続いた戦は僅かな弛緩と共に確かな自信を兵士たちに与えていた。まあ弛緩と言っても、今までに得てきた自信がら来る士気の高さから見れば気にするほどのものではないだろう。


  「張将軍!北から灯りが近づいています!」


  城壁の上の見張りが叫ぶ。来たか。


  「門を開け!出るぞ!」










  あの後の展開は一方的だった。正直あたしが驚くほどに。この数日、三つ巴の対峙に疲れ果てていたらしい黄巾の軍は、斗詩の率いてきた増援の登場でいとも簡単に瓦解した。互いに攻撃する軍勢を分けて攻撃したが、当然さしたる抵抗もなかった。敵を追い払い、こっちも損害らしい損害もなかった。唯一不足を言うなら、あまりに早く瓦解し、且つ夜の闇のせいで少なくない敵の逃亡を許したことだろう。

  だがそんなことは一ヶ月近く続いた戦を生き抜いた兵士たちにとってはどうでもいいことで。


  「将軍様方!飲んでますか~!」


  「あ~、飲んでますよ・・・はは・・・」


  敵を追い散らし、援軍を迎え入れての祝宴が始まったわけで。宴の主役になってしまったあたしや孔明、士元、そしてやってきてくれた斗詩の回りには常に酔っ払った兵士が酒を勧めに来て大変だった。さっきまであたしの傍ではわわあわわしていた孔明も士元も酔っ払いの波に飲まれてどこかに消えてしまっていた。

  ちゃんとした宴は後日に準備しているらしいが、今は兵舎の外で行われているどんちゃん騒ぎに参加していた。

  そしてあたしは寄ってくる酔っ払いを何とかかわしながら人を探していた。そして見つけた黒いおかっぱ頭。


  「斗詩!」


  あたしは跳び上がって手を振った。それに気付いてくれた斗詩は、周りの人をよけながら小走りで近づいてくる。


  「斗詩!久しぶり!」


  「うん!黒羽ちゃん!」


  あたしは半ば跳びつくように抱きついた。それを受け止めて微動だにしない斗詩。


  「何年ぶりだ?もう!こんな大きくなっちゃって。相変わらずバカ力だしよ~!」


  「馬鹿力は言いすぎだよ~。それに黒羽ちゃんも私と対して違わないよ。それにお互いもう大人だよ?」


  斗詩があたしを下ろすとあたしらは改めて抱きしめ合う。


  「心配してたんだからね?任務で渤海にいけたのに、黒羽ちゃん旅に出たって言うし、こんな時期に」


  「何泣いてんの。あたしがそうそうくたばるかよ」


  「泣いてるのは黒羽ちゃんもじゃない。それに最後に会った時、黒羽ちゃん思いっきり大泣きしてたじゃない」


  「なっ、ありゃしょうがないだろ、時期が時期だったんだから」


  湧き上がる感情でが抑えられず目元が熱い。


  「ああ!もう!兎に角飲もう!もうなんか気分が可笑しくなってるから!」


  もうテンションがハイになってる。自分でももう何をどうしたいのか分らん!


  「うおし!そこの酔っ払い共!そこの酒、瓶ごと寄越せ!」


  「おお!将軍様が酒を所望だ野郎共!」


  叫ぶと酔っ払い共がまるで祭りの神輿のように瓶を担いでくる。えんやえんやと皆ノリがいい。


  「ちょ、ちょっと黒羽ちゃん、そんなにお酒どうするの?」


  「飲む!浴びるように飲む!」


  やっべ、さっきまでに飲んでた酒が今頃効いたかな、すっげえ楽しい!


  「おお!将軍様の言葉を野郎共聞いたか!」


  ノリのいい一人が叫ぶ。その後に威勢のいい歓声がそれに応える。そして瓶の酒が丸ごとあたしらにぶっ掛けられる。


  「きゃあっ!」


  「おう!?」


  文字通り酒を浴びたあたしら。斗詩は目をぱちくりさせて呆然としている。


  「おめえら、やってくれたな・・・」


  それを見て心の底から湧き上がる衝動・・・


  「上等じゃあ!酒全部ぶっ掛けて来い!一滴残らず飲み乾しちゃらあ!」


  「ちょっ、黒羽ちゃああん!」


  後から振り返ると恥ずかしいほどに暴走していた。






  「いって~。頭マジいって~」


  翌日、目が覚めたら見知らぬ床の上だった。それにしてもアッタマいって~。


  「あ、黒羽ちゃんやっと起きた」


  「んあ、斗詩?」


  寝起きではっきりしない意識を起こそうと頭を振ってみたが、逆に頭の痛みが酷くなって思わず床に転がった。


  「もう、飲み過ぎだよ。黒羽ちゃんが潰れた後大変だったんだよ?はい、黒羽ちゃんの部屋聞いて服持ってきたから」


  斗詩は寝ているあたしの横に服を置く。あたしがそれに着替えている間、斗詩はもう用意が出来ていたのだろう、部屋の机に朝食の点心を並べていく。頭がくらくらするあたしはちょっと外に出て顔を洗ってくる。


  「で、取り敢えず斗詩たちの予定ってどうなってるんだ?」


  斗詩と一緒に朝食をとりながら、斗詩に今後の予定を聞く。一応フリーマンのあたしと違って斗詩たちは正規に派遣された援軍だからな。そこら辺どうするんだろ?渤海や、司馬姉妹らのことも気になるが、後回しにすべきかな。


  「えとね、援軍の半数はこっちに残して黒羽ちゃん連れて返れって、姫様に言われてるんだ」


  斗詩が言うに、流石に今回の動乱の規模が凄まじいものになっているので、麗羽様と猪々子も一時渤海に帰還しているそうだ。久しぶりの再開に心躍らせて着いてみれば、あたしは旅に出ていた訳で。連絡とろうにも携帯電話のような通信機器のないこの時代に、どう動くかも分らない相手に連絡を入れるのは至難な訳だから色々心配かけてたらしい。


  「や~、悪いね、心配かけて」


  「仕様がないよ。元皓さんの指示でしょ?でも早く戻らないと元皓さんも姫様のお小言でちょっと参ってるみたいだったから」


  兎に角、斗詩たちが韓馥殿たちと色々話を済ませた後、斗詩たちと一緒に渤海へ戻ることになりそうだ。


  「そか。じゃあ、あの二人をどうするかな」


  渤海に帰ること自体に異論はないので、孔明と士元が問題になる。誘ってこっちに来てくれると有り難い。あたしが旅に出ている間に有力な新人でも入っていたのならともかく、司馬姉妹が発展途上な今現在では戦場での最高知力があたしと言う惨劇に見舞われかねない。

  自分より頭がいい奴がチームとかにいると頼もしく感じるしさ。それに司馬姉妹にはいい刺激になるんじゃないかな?いい競争相手が出来て。あたしもサポートすれば劇的な進歩が望めるかも知れない。


  「あの二人って・・・ああ、一緒に協力してもらってたって言う二人?」


  そう言えば斗詩には詳しい説明はしてなかったな。と言うか戦場で合流して、城に戻る道中では喋る機会が見つからず、帰還して直ぐに韓馥殿との面会で、結局例の宴会まで真っ当に話せなかったからな。この機にあたしは今までの経緯を説明する。


  「う~ん、私からは何とも言えないかな」


  「あれ?何で?」


  孔明と士元を勧誘する事を提案したら、斗詩からそんな返答が返って来た。てっきり賛成してくれると思ったんだが。


  「う~ん、これ以上問題を抱えたくないと言うか、あの二人を刺激したくないと言うか、ただでさえ文ちゃんと・・・」


  取り敢えず理由を尋ねてみたら、小さい声で何か呟いたが、よく聞こえなかった。

  まあ、取り敢えず消極的な反対と言ったところか。それならやっぱり手放すには惜しいな、あの二人。これから韓馥殿たちに会いに行かなきゃならんのはあたしも孔明たちも一緒だし、後で勧誘してみよう。

  その後、刺史府にて鄴の今後の防備に関しての話になった。大まかに述べると次のような感じで決まった。

  鄴の今後の防備は今回援軍に来た部隊の半数と、指揮官として通用する将を数人残しておくことになった。

  次にあたしだが、当然とも言うべきか斗詩たちと一緒に麗羽様がいる渤海に帰還することになった。同時に、本来ただの旅人である孔明、士元も自分たちの旅に戻ることになった。

  そしてあたしも孔明たちも自分たちの荷物を纏めるくらいしかやることがなくなった頃、まだ引き継ぎとかの仕事がある斗詩と分かれて孔明たちと食事に出かけた。ちょっとした談笑交じりの食事の後、あたしは本題を切り出した。


  「袁紹さんのところに、ですか・・・」


  「ああ、君らが良ければね。あたしとしては君らの力が惜しいんだよ」


  皇帝筋を名乗って皇帝を僭称した野郎(男か分らんが)と天の御使い(イエス的な何かか?)なんぞと名乗る怪しげなやつの元には行って欲しくない、と言うのがあたしの心情だ。


  「えと、お誘いは嬉しいですけど、私たち、ここまで来て・・・」


  「そ、その、最初の目的を、と、途中で諦めたくないと言いますか・・・」


  「あ~、無理にってつもりはないから。気が向かないなら仕方ないし、確かに最初の目的をほっぽり出すってのも良くないか・・・」


  もうちょっと押していくつもりだったが、二人の本当に申し訳なさそうな表情を見せられてそれも出来なかった。






  結局孔明たちの勧誘に失敗してその日は自分の部屋に戻った。あたしは斗詩たちの準備が終わるまでこの城から動けないけど、あの二人どうするかな。

  楽観的な予想を立てるなら、彼女らが劉備とのパイプになって、今後何かしら役に立ってくれるかもしれない。だがもし劉備が天下を狙うような野心を持っているなら、彼女らの頭脳は脅威以外の何ものでもない。どっちにしても過程の話とは言え、正直後者は想像したくもない。

  この場合最も安全牌な選択肢は・・・殺すしか、ないのかねぇ。なんかすっげえ気が重くなった気がした。


  「お~い、黒羽ちゃんいる~?」


  嫌な気分になったから床に寝転がっていたら、斗詩が部屋にやってきた。


  「ん?どうした」


  床から起き上がって聞いてみる。斗詩は普段着に着替えていた。


  「今日はもう仕事がないから一緒に買い物行かない?姫様や文ちゃんにお土産買いたいし」


  「そっか、お土産か。考えてなかったわ。うしっ、付き合うわ」


  あたしは嫌な思考を無理矢理かき消した。








  後書き

  季節が秋めいて来た今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  最近は仕事が多少落ち着いてきたので、前より時間が取れるようになりました。とは言え、頭の中の情景を文字にするのが難しくて中々進みませんでした。

  さて、今回期待されていた方がいるかどうか分りませんが、黒羽個人の戦闘は反董卓連合編まで多分有りません。その為五禽戯もしばらく登場する予定がありません。

  次回はいよいよ軍師ーズとの別れになります。それにしても久しぶりの袁紹軍キャラでした、斗詩。

  もうじき黄巾編も終わります。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。



[8078] 第十六回 身内にとことん甘い親戚って偶にいない?
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/11/24 22:33







  「な~にやってんのかな~、あたし」


  馬の首に凭れ掛かるようにして、黒羽ちゃんは呟いた。その表情は見えないけど、私の表情は多分苦笑いだと思う。


  「その内慣れるよ」


  私たちは鄴を離れ、渤海に戻る道中だった。黒羽ちゃんと一緒にいた二人の女の子と別れてから暫くして、黒羽ちゃんはずっとこんな調子だった。

  その後ろには五千ちょっとの南皮からの援兵。その殆どが南皮で行われた民屯で自分の土地を手に入れた人たちの次男三男とかだった。そして南皮の屯田を取り仕切ってる司馬姉妹が、その発案者の黒羽ちゃんの事を積極的に喧伝してたから、なんと言うか憧れと尊敬の入り混じった視線が黒羽ちゃんに集まっている。


  ・・・あれが張郃様か・・・


  ・・・俺らん家の土地ってあの人が・・・


  ・・・文官なのに黄巾の大軍と戦って・・・


  ・・・有り難や、有り難や・・・


  妙にみんなの士気が高いと思ったけど、兵士の殆どが志願兵だからって訳だけじゃなかったみたいだね。あの姉妹が妙に色々吹き込んでたようだったし。


  「いや、流石に土地公(中国の道祖神みたいなもの)みたく拝まれるのは慣れる気がしないし、慣れたら駄目な気がする。つうかそれはいいんだよ」


  黒羽ちゃんは一旦起き上がってちらりと後ろの軍勢に目を向ける。溜め息を一つ吐くとまた馬の首に凭れ掛かる。馬が歩きにくそうだよ、黒羽ちゃん。


  「でも、だったら何に悩んでるの?」


  「何でだろ~な~」


  そう言って黒羽ちゃんはもう一つ、溜め息を吐いた。










  将来的に敵味方どちらになるか分らないあの二人に対して自分が、何故殺さなかったのだろうか。

  あたしらが渤海に引き上げるのと、時を合わせて彼女らも鄴を出ることになった。そのときに別れの挨拶を交わすことになった。その際、あたしは女の子二人の旅はやはり危ないと、護衛の兵を貸す事を提案した。それに関して斗詩の了解も得ることが出来た。


  「そんな、色々助けていただいたのにそこまで・・・」


  「他人の好意は受けろよ。こっちだって君らには助けられた立場だ」


  無論、純粋な好意ではない。色々考えた結果、あたしは未来の禍根に育ちかねない芽を摘むことにした。よって、適当なところで二人を始末するように命令するつもりでいた。

  そのため、護衛の隊長格の男に声をかけた丁度その時だった。


  「え、えと、張郃さん!」


  「そ、そにょ、お願いが・・・」


  話をする前だったので、兵士に待ってもらって二人の話を聞くことにした。


  「えと、ちょ、張郃さんに、その、私たちの真名を預けたいんです」


  そう言ったのは士元だった。その横で孔明も頷いている。ふむ?


  「唐突だね。や、それだけ信頼されているってのは嬉しいけど、どうして?」


  勧誘を受ける気が有るのなら分るが、それを断られたから、あたしらの関係は最早そこまで進行させるべきではないだろう。そういう理屈じゃないのだろうか?


  「その、張郃さんが居なければ、もしかしたらここを出れなかったかも知れません。私たちが無事にここに居られるのは、半分は張郃さんのおかげだと思うんです」


  「それに、一緒に戦って色々経験が詰めました。そして、教わったものもありました」


  孔明の言葉に士元が続く。


  「それに張郃さんの勇気には感服しました。もし張郃さんが直接敵陣に乗り込んだりしなければ、今回の策、実行は難しかったでしょう。そして一緒に戦ってきて思ったんです。貴女に真名を預けたいと」


  孔明と士元が深々と頭を下げる。えと、どうしよう?ちっちゃい子にこんなこと言われちゃったよ。取り敢えずどうすればいいのか分らなくなったので斗詩に目を向ける。斗詩はなんかこう、いいもん見た、的な顔になっていた。こういう勝手に感動モードに入った人間は当てにならない。早々に見切りをつけてどうするか考えなくては。


  「二人とも顔を上げてくれ。その、な。あたしでいいなら二人の真名を貰わせてもらうから」


  後から考えてみれば、テンパっていたとは言え、簡単に他人の真名を受け取るなどと判断したのは配慮の足りない行動だった。だがこの時点でそこまで思考が行き着くほどの冷静さはあたしにはなかった。


  「あ、はい!ありがとうございましゅ!・・・はわわ。噛んじゃった」


  「あ、ありがとうございます」


  顔を上げた二人の顔に浮かぶ嬉しそうな表情にちょっと罪悪感が生まれる。


  「では改めて名乗らせていただきます。諸葛亮、字は孔明、真名は朱里です」


  「私の姓は鳳、名は統、字は士元、真名は雛里です」


  再び深く頭を下げ、例を取る二人にこっちも合わせる。


  「ならあたしも真名を還させてもらいます。張郃、字は儁乂、真名は黒羽と申します」


  こうしてあたしらは互いの真名を交換するに至った。その後、さっき呼び止めた護衛の兵がさっきの話を聞きに来たが、殺せと命じようとした時、何故か裏亞と裏禍が脳裏を過ぎった。結局彼には絶対無事に劉備の元に送り届けろとしか言えなかった。それどころかわざわざ二人を呼び止めて、劉備への紹介状まで出してしまったのだから頭が痛い。

 ホント何しちゃってんの?あたし。めっちゃ涙目ですよ。つか今まで散々殺しをやってきてなんでこんな大事な時にこうなっちゃうのかねぇ。


  「もう、黒羽ちゃん、何時までもそうしてると皆心配しちゃうよ?」


  ぷうっと頬を脹らませる斗詩。さっきから的外れな慰めをかけてきてたけど、こいつが今の悩みを理解することはないんだろうな~。ここ数日の付き合いで知ったが、ほんと以前と変わらず良い娘なんだよな。暗殺なんて考え、頭を掠めることもないんだろうな~って感じで。

  だがまあ、過ぎた事をグダグダ悩むのもまあ確かに不毛だよな。頭の痛い問題は取り敢えず脳の奥の方に追いやって考えないことにした。


  「ところでさ、斗詩。あたしが鄴に押し込まれてた間、外はどうなってたんだ?いまいち今の情勢の情報が入ってこなかったからさ」


  兎に角頭を使う話題がいいだろうと思い、斗詩に訪ねる。


  「ん?いいよ。何が知りたい?」


  そう言って聞くべきはまあ、将来的に色々大物になっている筈の連中だろうな。

  先ずはここ冀州。今回の黄巾討伐で、麗羽さまが自ら帰還して指揮を執ったそうな。尤も、陣頭に立っていたけど、実務はここ最近体の調子が良いらしい沮授さんと、いつの間にか仕官していた審配さん、都で拾ってきたらしい許攸に任せていたそうだが。まあ、餅は餅屋だし、演義でのイメージはともかくこいつら実力はある面々なんだよな。この参謀陣と、前線は斗詩と猪々子が暴れる。名前を出すまでもない、というか史書にも個別の伝を立ててもらえないようなのに優秀な連中が多いんだよな、うち。まあ、魏が蜀と呉に大きく差をつけれた理由ってこういうレベルでの人材の層の差がも大きかったらしい。

  結局蘆植の軍のこともあり、分散していた黄巾軍を難なく撃破したそうな。まあ、正直この時期に人材の質と量で袁家と並べるのは曹操でも無理だろ、時期的に。

  で、その曹操のことだが、どうやら麗羽様の手紙に以前から出ていた華琳って人が曹操で正解だったらしい。この人は管轄である陳留周辺の黄巾賊を精力的に攻撃しているという。時の周辺の城の救援要請にも応えるなど、一軍で出せる程度の戦力で恐ろしいほどの戦果を挙げているらしい。

  次に気になったのが劉備だが、斗詩が知った時点の情報だとまだ公孫賛の下についているらしい。それまでも結構戦功も立てているらしいし、世論も味方につけていると言う。まあ、自分らを守ってくれて、且つ今のところこれといって失策もない。後は個人的な好き嫌いしか嫌う理由はないな、今のところは。ついでに劉備もやっぱり女らしい。

  で、ここで一番の問題は「天の御使い様」なんだが、これと言って目ぼしい情報はなかった。見たこともない奇妙な衣服を纏った男、と言うあまり役に立ちそうにない情報くらいだった。異民族かね?幽州に近くて、漢王朝と交流が少ない異民族及び国は・・・倭(日本)か?朝鮮系はそれなりに交流がある筈だし。

  他のご近所さんは全体的に何とか踏みとどまっている、と言ったところか。例え大した戦力がない城でも、近くにチート級戦闘力を持った連中がいるから割と助けて貰えるようだ。

  ただこれといった大物がいない青州と、意外にも并州が苦戦していると言う。

  青州は仕方がないとして、并州の苦戦の要因は割と納得のいくものだった。対烏丸で活躍していた当時并州刺史の丁原と、その部下たちである呂布と張遼が中央に転属し、人材的な空白が発生していると言うことだそうだ。成る程、あの面々の穴を埋められる人材がそうそういて堪るか。

  と、まあご近所連中はこんなもんである。他にも色々気になる連中はいるが、斗詩が把握している情報はこのくらいだった。
  

  「って、ことは暫くは付近の城の救援が主な仕事になるか」


  「多分ね。でも黒羽ちゃんはどうなんだろ?ずっと田豊様の弟子っていうだけだから、黒羽ちゃんの立場って結構曖昧なんだよね」


  あれ、そうだったの?てっきり元皓様が適当なポジションにつけてくれてたのかと思ってたよ。


  「だから殆どのお百姓さん、黒羽ちゃんのこと文官だって思ってるみたい」


  おいおい、一応賊退治とかやってたぞ?あたし。それでも武将認識されてないってどんだけ知名度低かったんだよあたし。そりゃ、お手伝い程度の仕事ばっかだったかもだけどさ。


  「んで、私事だけどさ、みんなどうしてる?麗羽様たちとか、家の妹らとか」


  「あ、黒羽ちゃんほんとにあの二人を妹にしたんだ」


  「やっぱり会ってたのか。まあ、どっちも長らく会ってないからな」


  どっちのことも気になると言うのが正直なとこか。麗羽様や猪々子たちと最後に会ったのは父上の葬式の時の筈だが、色々精神的に参っていたのだろう、殆ど記憶がないのだ。だから時折手紙が届いていたとは言え、あたしの中の麗羽様は未だあの誇り高い少女であり、猪々子は気弱な少女のままなのだ。だから今の彼女たちと再会するのが楽しみであり、同時にある意味怖くもある。・・・斗詩は殆ど変わってなくて安心したが。

  それに裏亞と裏禍の二人のこともある。今まで元皓様の屋敷ではあたし以外に心を開いてくれなかった二人である。あたしがいない間どうしているのか、何か有った時に助けてくれる人はいるのか、あの格好のせいで虐められていないか、双子であるのが原因でハブられたりとか・・・不安は尽きないのだ。


  「ふ~ん、みんなの事、知りたい?」


  「そりゃな、あたしにとっちゃ大事な人たちだから」


  そう、今のあたしにとって、きっと一番大切なもの。だからまあ、気にならない訳がない。


  「じゃ、教えてあげない」


  「え、なんで?」


  そこはお色々語りし出してくれるところじゃないの?


  「私たちばっかりやきもきしてたんじゃずるいじゃない。ちょっとは意地悪しても罰は当たらないと思うな」


  そう言って斗詩は可愛らしく舌を出す。え~、別にあたしが進んで心配かけるような行動とってた訳じゃないぞ。この旅だって元皓様の命令だし。


  「ちょっと、斗詩、そりゃないって。あたしが何かした訳じゃないだろ?」


  「それが余計に気に入らないの」


  斗詩はそれだけ言って、結局渤海に着くまで皆の事を話してくれなかった。










  「ですから!貴女のような、脳漿の代わりに筋肉が詰まっていそうな人間はお姉様の妹に相応しくない!と裏禍は考えます!」


  「そもそもお姉様の傍に何年もいなかったような脳筋女がお姉様の妹と認められる訳がない!と裏亞は続きます!」


  「うっさい!そもそもアタイは十年以上も前からアネキをアネキって呼んでんだ!あんたたちみたいなぽっと出にとやかく言われる筋合いはないんだっての!」


  黄巾賊の討伐のために太守を拝命している渤海に帰還してもう二ヶ月近く過ぎています。久方ぶりにご無沙汰していた友人方に会えると思っていたというのに、一番長く会っていない友人は旅に出ていて未だ会えておりません。

  やっと消息を掴んだのは一月ほど前、黒羽さん自身が書いた手紙が届けられた時でしたわ。急いで救援を手配して斗詩さんに向かってもらいましたけど、今考えればあの人選は失敗だったかもしれませんわ。

  抑える人がいないと暴走しやすい猪々子さんよりは指揮官に向くと思っての人事でしたが、結果この目の前で行われている、黒羽さんと言う姉の争奪戦を仲裁する人がいなくなってしまいましたわ。

  それはそうと、斗詩さんと黒羽さんたちが既に帰路についているという連絡も着ていますので、もうそろそろ渤海についても良いと思うのですが。ついでにここ数日の姉争奪戦が寄り激しくなっておりますわね。猪々子は表向きは快活な女の子ですが本質は甘えたがりといっていいでしょう。だから黒羽さんが戻ってきた際に思いっ切り甘える為に決着をつけて置きたいのでしょう。

  まあ、斗詩がそうなったの昔の性格もあるでしょうが、半分くらいは甘えてくる相手を底無しに甘えさせる黒羽さんにも問題があると思います。本人にその自覚はないようでしょうけど。お陰で私も自重するのが大変でしたわ。

  そして、顔を隠している司馬姉妹。そう言えば手紙で知っていましたけど、斗詩さんや猪々子さんには伝えるのを忘れていましたわね。お陰で猪々子さんとあの姉妹の出会いはとんだものになってしまいましたが。

  私は彼女たちが名門司馬家のご息女であり、元皓さんのお弟子で黒羽さんの妹としか知りません。顔を隠す理由についても気にはなりますが、以前手紙でそこには触れないように頼まれていますから聞きませんが。


  「二人ともいい加減になさい。折角のお菓子に埃がまってしまいますわ。猪々子さんも年下にむきになるものではありませんわよ?」


  いい加減鬱陶しく感じ、三人に声をかけました。元皓さんが仰るには、この姉妹を素直に従えられるのは黒羽さんだけらしいですが、猪々子さんはまだ私の言うことに従ってくれますから。


  「え~、けど姫さま~」


  猪々子さんは不満を隠すこともせずにこちらを見つめてきます。どうにも黒羽さんや斗詩さんのことになると我慢が効きませんのね。そして同様に司馬のご姉妹も同様。自分たちと同様に黒羽さんを姉と慕う猪々子さんに敵意を微塵も隠しません。


  「三人とも、です。報告によればもういつ黒羽さんたちが帰還してもいい頃なのですよ?その時貴女方がいがみ合っているのを見たら黒羽さんは悲しみますわよ。身内には底無しに優しい方でしたから。仲良くしろとは言いませんが、せめて表立って争うのはよろしくなくてですわよ?」


  私たちがまだ幼い時からまるで姉のように接して来ていたあの人なら、身内が争うのを見たくない筈ですわ。そしてそれは三人も一応は理解しているようで、渋々ながら其々の席に戻る。

  猪々子さんは乱暴にお菓子を鷲掴んで口に入れ、仲達さんと伯達さんはお茶を口に運びます。


  「それにしても美味いですね、このちっちゃいお菓子」


  そう言って猪々子さんは小皿の上のお菓子を一つつまんで眼前に持って行きます。


  「それはお姉様が考え出したお菓子なのだから当然のことなのです、と裏禍は自慢げに応えます」


  「そして裏亞たちは何年も昔からお姉さま自ら作ってくださった物を食べていたのです、と裏亞も自慢します」


  自分たちが優位に立ったのが分ったからか、お二人がない胸を張り、猪々子さんが本当に悔しそうに表情を歪めます。どうやら私一人ではこの場を収めることは無理のようですわね。私は諦めの溜め息を吐くとお茶を一口啜りました。

  だからこの時駆け込んできた正南(審配の字)さんが持ってきた言葉はある意味救いでしたわ。


  「本初様~、城門の見張りからお味方の軍が見えたとのこと~」


  なにせその声も終わらぬうちに三人ともこの場からいなくなっているのですから。


  「やれやれ、ですわ。まあ彼女たちはよいでしょう。正南さん、私たちはちゃんとした出迎えの準備をしなければなりません。元皓さんたちと統軍府に伝言を送ってくださいな。それで何をするべきか伝わる筈ですわ」


  「はいです~」


  どこか気の抜けた返答を反してすぐさままた駆け出しました。のんびりとした雰囲気に似合わず、行動は素早いのですよね、あの方。

  さて、私も着替えねばなりませんね。友人に会うのにしては些か堅苦しいとは思いますが、私も皆も立場と言うものがありますので。





  結局私が供の方たちと出迎えの行列を従えて城門に着いた時には、例の三人に抱きつかれ地に伏し目を回す女性と、それを見てあたふたしている斗詩さんと、その後ろに呆然としながら居並ぶ軍勢でした。

  流石に私でも軽く戸惑ってしまいましたが、目を回していた女性が三人を纏わりつかせたまま立ち上がりました。その容姿を見て私は、きっと猪々子さんもそうであったように、確信いたしました。


  「お帰りなさいませ。お久しぶりですわね、黒羽さん」


  この時初めて私に気が付いたらしい黒羽さんははにかんだような笑みを浮かべました。


  「ええと、その、お久しぶりです、麗羽様。ただいま戻りました」


  これが私と、どこか年齢以上に大人びた親友との再会でした。












  後書き

  戦国版恋姫でないかな~と、想い馳せる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  すっげえ今更ながら東方人形劇と董卓の野望で時間がとられてしまって申し訳ないです。

  今回やっと再会しました、袁家主従。黒羽が軍師ーズに良くしてたのは性格的なものです。一度手にしたものは手放せないタイプといいますか。まあ、人はたくさん殺しても身内や子供は殺したことはないので。

  さて今後二、三話ほど日常話が入る予定です。さて、うまくコメディできるか、です。まあ、自分の予定が当てにならないのは自覚しているので伸びそうな気がしますが。まあ、反董卓連合編はかなりオリジナルはいる予定です。まあ、幼女の時点で麗羽の覚醒イベントが起きてしまったので原作通りの厄介君主にはならないのですよね。とは言え曹操のようなチート武将にはなり得ないのですが。この面々でどこまでやれるのか。どう暴走するのか自分でも楽しみです。

  それでは次回から暫くインターバル、反董卓連合編に続きます。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。


  PS.黒羽が目を回していたのは、双子に両足に低空タックルをくらい、バランスを崩したところに猪々子のタックルをくらって頭を打ったためです。



[8078] 第十七回 新しいものが認められ難いのは実績不足が一番大きいと思う
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/11/24 22:37





  渤海に帰還してから数日、正式に麗羽様の将としての地位を授けられた。一応武官と正式に言うことになったので訓練とかの仕事も増えたが、メインはやはり屯田だった。

  正直政務の方ではそれほど能力が有る訳ではないが、司馬姉妹が手伝ってくれているお陰で随分助かっている。気が付いたらなんかあたしの直属の部下みたいな扱いになっていたが、本人たちが希望したのを元皓様が了承したらしい。個人的にはもったいない気がするが、あたし自身助かってるし、彼女らが軍師として独り立ちできる頃まではこのままでいようと思う。

  それはそうと麗羽様に自分の部隊を作るように言われた。通常軍は必要に応じてその時々で編成される訳だが、麗羽様個人として信頼できる相手に自由に動かせる部隊を作り、預けると言う事を始めていた。

  これも私兵を雇ったときと同じで有事の際の即応性を重視してのものである。ただ、こういう恒常的に個人が率いる戦力は、いざと言う時に通常の指揮系統では制御できなくなるどころか裏切りの可能性も大きく引き上げる。基本的に行動の許可を事後承諾でとることが多いその性質のためもあり、本当に信頼できる相手を選ばなければならないのだ。

  この専属部隊を持つのは今のところ斗詩と猪々子の二人で、二人とも騎兵を五百ずつと言う編成である。金のかかる、且つ使い方が嵌れば同数の歩兵の二十、三十倍の戦力に相当する騎兵をこの数は実はかなりの大盤振る舞いだったりする。

  北方で異民族相手に慣らした二人と違い、それほど騎馬の扱いはうまくない。乗ってる馬に殆ど負担が掛からないようにあんなドでかい武器を振り回せるってのは正直反則だと思う。まあ、そんな理由で普通に歩兵で申請したらいきなり二千の兵を割り当てられた。それでも騎兵五百より維持費が安いのだから馬にどれほどコストが掛かるか分るだろう。


  「それにしても兵士さんたちに土木作業をやらせようと言うのは奇妙な発想ですね~」


  「そうかい?砦の建設や設営、罠の設置、結構機会は多いと思うけど」


  城外でうちの隊の兵士が他の部隊から借りてきたベテラン兵士たちから素早い設営の指導を受ている中、あたしは渤海の兵器製造を担当している鍛冶屋の工房を進んでいた。多くの武器を造るだけあって大規模、且つ人も多い中を通りながら横を付いてくる長身のショートカットで糸目の女性の言葉に答える。

  彼女の名は審配、あたしが旅に出ていた頃に麗羽様の参謀の一角に入っていた人物である。事守りの戦では参謀陣随一と言われ、沮授の兄ちゃんをも上回るそうな。時にあたしはこの人と、戻ってきた日に会った許攸、うちのプティスールたち、朱里と雛里を思い出して思った。この時代の女軍師連中は知力と乳が反比例するのだろうか、と。

  ちなみにあたしの後ろには、黙っているが司馬姉妹がそっと付いて来ている。


  「罠や設営はともかく、砦は人を雇ってやりますよ~。それほど土木作業の技術は必要ないのでは~?」


  「ついでに治水とかもやって貰う予定で。人夫を雇うのに金も時間も掛かるから。それに戦場で攻城兵器の組み立てや、弩の扱いとか修理とかも覚えて貰わなきゃ」


  「儁乂さんは職人さんたちの仕事を奪う気ですか~?」


  言ってることの内容の割にはのほほんとした表情で首を傾げる審配。見た目、胸以外は成熟したお姉さんなのになんで動作や態度がこんなに幼いんだ?この人。


  「こっちは緊急時の対策です。臣民の仕事奪ったら後が色々大変ですから」


  メインはやっぱり戦争関連の土木作業だからな。この時代のメインに使うのが剣とかそういうのだから塹壕の出番はちょっと減るけど。

  まあ、攻める場面での出番は少ないだろうが、そっちは斗詩と猪々子の突破力があるから、こっちは迎撃用の戦力を整えている。

  それはともかくとして、目的の場所に着く。そこでは兵士たちを指導する職人たちとは別に、決まった形のパーツに別れている木材を組み立てている職人たちがいる。


  「や、親方、様子はどう?」


  この、規模の上では攻城と呼んでも差し支えないだろう工房のリーダー格の男に声をかける。


  「おや、将軍様方。ええ、まあ、あまり良いとは言えませんな。何しろ私どもも作ったことのない代物ですから」


  組み立てられているものは床子弩、弩を大型にした設置型兵器。分りやすく言うと中国版カタパルトと言ったところか。春秋戦国時代に考案され、この時代では槍サイズの矢による反則くさい射程と威力を持っているが、その製作コストと取り扱いの難しさから活躍の場に恵まれなかった兵器である。


  「や、仕方ないでしょう。ただでさえあまり見ないものに手を加える訳ですから」


  この兵器は基本が弩を大型化したものであるためその連射性に問題がある。まあ、これは弩がベースである限り改善は難しい。連弩の発明はもうちょっと先だった筈だし、あたしは作り方とか知らんし。

  だが一番の問題はそこではない。最大の問題はこれが完全な据え置き式兵器だと言うことである。一度セッティングすれば方向を変えることも難しいし、射角調整による着弾点調整も出来ない。という訳で歯車を組み合わせて回転&射角調整できるように・・・しようとしたけどコスト掛かりすぎそうだし部品の大量化とかで生産性や整備性が凄まじいことになりそうだったので断念。素直に改造した荷駄の二輪車に設置して引っ張っての移動と射角調整を可能にした。二輪車の前後に出っ張りを作り、そこに低い梯子方の部品に引っ掛けたり差し込んだりで角度を安定させようと言う訳である。

  見た目ちょっと自走砲的になった訳だが、基本木材なので材料を運んで現地製作が基本になるだろう。極端な話、戦場によっては材料だって現地調達できる。そういう意味では自動化が進む以前の自走砲と比べ、部隊の機動力に影響を与えにくいことになる。まあ、実物が未完成な現状では所詮理屈でしかないんだが。


  「それにしてもよくこんなもん使おうって考えましたね。うちの若い連中なんてこんなものが存在していたことすら知らなかったのが多いってのに」


  「まあ、一応軍人ですからね。そういう文献に触れる機会も多いんですよ」


  「でも張将軍、まだ軍務をやるようになったばかりでしょう?勉強熱心ですな。うちの若いやつらにも見習って欲しいものです」


  や、随分前から軍務には参加してましたよ?一年以上も前から。そんなに存在感なかったですか?あたし。寧ろ渤海の居残り組みで最強武将張ってましたよ?

  まあ、兎に角残念ではあるがこの移動式床子弩は実戦投入どころか、テストもまだまだ先のことになりそうである。


  「まあ、しょうがないですね。あまり急ぎではないのでじっくりお願いします」


  「おう、任せてくださいよ。時間は掛かっちまいそうですが、きっちり仕事はこなしますぜ」


  威勢のいい返事を受けてあたしらは工房を後にした。







  「という訳で今日一日兵士たちに土いじりさせていたと。軍務を舐めてませんか?」


  「いや、舐めてるとかそういうのではなくてですね・・・」


  そんな訳で昼に食堂で食事を取ろうとしていたら説教される破目になりました。あいては黒髪のちびっ子眼鏡。うちの双子や朱里、雛里とどっこいの体格なんだが委員長気質なせいか、なんか苦手な感じがするんだよな~。


  「加奈(かな)ちゃん、儁乂さんも考えがあるようだから~、もうちょっと様子を見てみましょうよ~」


  横から審配が援護してくれるが委員長にはこうかがないようだ・・・。尚審配の真名は八重(やえ)、あたしは呼ばないけど。


  「どんな考えですか!兵士に土木作業の訓練なんて聞いたこともありません!兵士をそんなことに使う前提で訓練なんかしてたら何時まで経っても使い物になりませんよ!」


  今あたしを説教しているのは許攸。加奈は許攸の真名だ。あたしは、審配ともそうだが、それを呼び合う仲ではないが。


  「全く、いくら武官としては素人同然とは言え、ここまでふざけた真似をするとは。小お嬢様が勢力つけてきているこの時期に。お嬢様もいくら幼馴染だからと言ってこんな人事を・・・」


  許攸の言う小お嬢様とは麗羽様の妹様、袁術さま。字は公路。麗羽様が渤海太守に任じられた少し後、汝南太守に任じられた。その辺りから家臣団の一部の動きが変になってきたらしい。本格的な後継闘争が始まるのは時間の問題だろう。

  まあ、渦中のお二人がどう考えているのか分らないから具体的な動きも出来ないが。

  ただ、公路様があたしたちにとって危機感を覚えるような存在になっているのは事実だ。

  公路様が赴任した汝南は、周陽様が政務の都合で南皮に本拠を移すまで袁家そのものの本拠である汝陽を傘下に置くため、袁家のシンパが未だに多く、それを味方につけることに成功すれば南荊州の広い範囲に影響力を持つことができる。

  さらに聞き捨てならない情報。孫策が公路様の勢力化に入ったと言うことだ。

  事が事だけに予期はしていた。けどここまでタイムスケジュールにずれがあるとは正直思っていなかった。朱里と雛里のことも有ったから可能性として警戒できて然るべきだったのだろうか。

  事を大まかに纏めると次の通りである。

  あたしが旅に出るよりそれなりに前、涼州の金城で後漢一の反乱プロデューサー韓遂が近所の武威で太守をやっていた義姉妹の馬騰などを誘って反乱の初プロデュースに挑戦。これを反乱に参加しなかった数少ないご近所さん兼上司の涼州刺史董卓がこれを迎え撃つことになった。

  序盤こそ馬超をはじめとする勇将を多く揃えている西涼連衝が押していたが、董卓の軍師である賈駆の知略策略と董卓軍、武の柱である華雄の奮闘で戦線が膠着した。事態を重く見た朝廷は、董卓軍の救援要請に対し、当時徐州に駐屯していた孫堅文台の軍勢を派遣する。

  初めこそ共闘していた董卓軍と孫堅軍だったが、西涼人を主にする董卓軍と江東人を中心とする孫堅軍の間で何か確執でも起こったのか、この両軍が矛を交える事態になる。涼州連衝にとって絶好のチャンスとなった訳だが、何故かそのどさくさに紛れて馬騰軍が朝廷に投降を申し出る。

  この馬騰軍の行動に動揺したのか、西涼連衝の各勢力が次々と降伏、最終的には韓遂軍の投降でこの騒乱は幕を閉じた。

  詳細な情報が足りず、ことの因果関係が把握できないせいか、訳の分らないことが幾つもあるが、問題は孫堅が軍勢を率いて徐州に帰還する道中で亡くなったということである。死因については詳しく伝わっておらず憶測が流れているだけだが、兎に角その死がその勢力の崩壊の切欠になったのは間違いないだろう。あとを継ぐことになった孫策伯符にどのような不足があるのかは知らないが、結果として彼女の勢力はほぼ離散。僅かに残った部下たちを引き連れて公路様の客将(と言っても家来同然の扱いらしい)に収まったそうだ。

  奇しくもこの頃、荊州刺史劉表が病没。刺史の位が空位となっているが、その座に公路様をつけようとする動きもあると言う。

  兎にも角にも公路様の勢いがえらいことになっているのである。公路様本人もその気らしいし、麗羽様が態度を決めないからうちの連中はやきもきしている訳だ。


  「えっとですね・・・あたしも一応考えがない訳でなくてですね。ちゃんと理由が・・・」


  「政務と軍務を一緒に考えないでください!軍略は基本的に根本が変化しないもの、創造ではなく応用がものを言うのです!土木を扱う軍勢が入り込む余地がどこにあるというのですか!」


  正論である。一度確立された軍略とは基本的に変化しないもの。軍略を変化させるのは基本的に兵器の進化か、それこそ天才と称されるような人物が以前の軍略を徹底的に叩き潰す等の切欠が必要だ。そしてこの時代の軍略に土木作業の得意な軍隊は存在しない。だからか許攸の言葉は間違っていない。彼女はこの時代の人間だから。だから説得が難しい訳で。


  「お言葉ですがお姉様の軍勢は袁紹様の正式な命令で発足したものです、と裏禍は忠告します」


  「貴女にはこの件に直接干渉する権限がない事を忘れないで欲しい、と裏亞は続けます」


  ・・・妹たちよ、援護してくれるのは嬉しいがそこまでバッサリ言うのもどうかと思うよ。喧嘩になるって。

  二人の言葉が効いたのか、許攸は言葉に詰まる。でもあたしを睨み付けるのはやめて欲しい。


  「ここは食事をする場所じゃ。いい加減にせい」


  この険悪な状況に割り込んできたのは老いたる英雄、元皓様だった。あたしじゃどうにもならないこの場の空気をどうにかして下さい。


  「む、元皓老・・・ですが・・・」


  「加奈ちゃん、もういいでしょ~?」


  「八重は黙っててください!」


  それでもしつこく噛み付いてくるか。や、この時代基準ではあたしに非があるんだが。


  「儁乂の兵のことは儂も聞き及んでおる。まあ、そこまで気にするな。袁家の後継争いで苛立つのは分るが、本初殿が所見を述べてもおらなんだ。急いでも仕方あるまい」


  元皓様の言葉に、渋々ながらも頷く許攸。それを見てホッとするしぐさを見せる審配。こういう、場を纏められる人はすごいと思う。


  「・・・分りました、慎みます。私はここで失礼させていただきます。八重、行くよ!」


  「え、加奈ちゃん、私まだご飯・・・あ、待って、引っ張らないで~、ご飯~」


  やっぱり納得いかないようで、怒りを隠せずに審配を引っ張って出て行ってしまった。


  「あ~、悪いことしちゃいましたかね」


  正論を権勢で押し潰した形になっちゃった訳だし。


  「致し方有るまい。儂もお主のやっておる事に疑問がない訳ではないのだ。お主を知らぬあの者ではの」


  元皓様は髭を擦りながら二人が出て行った出入り口に目をやる。


  「だったら何故ですか?」


  疑問に思い、その意図を問う。あたしに味方してくれた理由が分らない。


  「まあ、おぬしの人となりは分っておる。半ば儂が育て上げたようなものじゃからの。それにお主の事じゃ、本初様の想いを裏切らんように努力はしておるじゃろ」


  その言葉は、一応は認めてもらえていると言うことなのだろうか?







  田豊視点


  全く、お家の後継争いというのは嫌な時期じゃのう。周陽殿が袁家の家督を引き継ぐ直前と同じ空気じゃわい。

  己の信じる者を、利権の絡まる相手を家督に就かせる為にまた陰惨な暗闘が繰り広げられることになるか。

  周陽殿のお子は二人ともこの時代には稀な純粋さを持っておる。あまりこのような政治の黒い部分には関わってほしくないが、立場からそれも望むべくもないか。何より本初殿はもう政治の暗部を少なからず見ておる。

  本初殿の周りに集った友人たちに関してもそうじゃ。袁家という権威に媚び諂うこともなく、まるで普通の村娘のような純朴さを失わずにいる。本初殿を支えてくれる友人としてはこれ以上はないだろう。

  一番の気懸かりはやはり弟子たちか。

  司馬の双子は存在そのものを忌み嫌われて生きてきた。そのせいか儁乂に対し異常と言って良い執着心を持っておる。今は儁乂が彼女らの精神を安定させているが、もしそれがなくなったらどうなることか。なまじ末恐ろしい才を持っておるだけにな、このまま伸び続ければ儂の悠に頭の上を行くじゃろう。彼女らの心に溜め込んだ歪みが噴出しないことを祈るしかあるまい。

  だが一番の気懸かりはやはり儁乂か。ある意味で一番壊れているのは彼女かも知れんな。その表裏の激しすぎる人格は時に薄ら寒いものすら感じる時がある。それに彼女は自分の命を軽んじておる節もある。万事に於いて如何に手を尽くしても自信に満ちることのない、ある意味で臆病とも取れる性格の癖に自分の命を危険に晒すことに対しては微塵も途惑わん。今まで出会ってきた者達の中で、見ていて一番不安になるわ。

  折角その性を変える為に旅に出してみれば、乱のお陰で早くに戻ってきおった。肝心の戦の理由も本初殿たちの笑顔が見たい、と。確かに己が欲なのかも知れぬが結局は他者に依存したもの、性根の部分で変化がない。

  全く持って不安が絶えん。儂も齢が九十を数えるようになった。もう長くないが・・・何の巡り会わせか、まだまだ安心して逝けんわい。










[8078] 第十八回 食材の価値は文化で変わるがそれは今回どうでもいいのかも知れない
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/11/24 22:53






  「あら、中々美味しいですわね。変な色の麺で不安でしたけど」


  「まあ、一応何回か実験しましたし」


  この日は暇が出来たので懐かしの味再現実験をやることにした。その際麗羽様と猪々子、裏亞、裏禍に見つかり済し崩し的にちょっとした食事会みたいな感じになってしまった。斗詩だけは部隊の訓練の仕事からまだ戻ってないが。


  「久方振りのお姉様の創作料理なのです、と裏禍は喜びを感じます」


  「やはり時折これがないと物足りなかったのです、と裏亞は感慨に耽ります」


  や、あたしの創作ではないんだけど、まあこの時代にはまだ存在しない料理だしな~。あたしも席に着き一口。うん、成功、結構いける。ただ、予想外に人数が増えたのでちょっと一人当たりの量が減っているけど、まあ今回のもう一つの目的を考えると丁度良かったかも知れない。


  「けどアネキ、これって麺にしちゃ随分食感違うんだけど、何でできてんの?」


  「確かに初めての食感ですわね」


  まあ、そうだろうな。だってあたしが作ったんは麺じゃないし。


  「それ、蕎麦を粉にしたやつに小麦粉を混ぜたやつでして」


  「「「「ブフゥ!」」」」


  あ、吹いた。まあ、分らんでもないけど、この時代の漢人なら。あ、裏亞と裏禍、吹いたのがベールに掛かってる。慌てて水場でスープを落としに行った。


  「ちょ、アネキ、蕎麦!?んなもん食わせたの!?」


  一番最初に声を上げたのは猪々子だった。驚きの表情でこちらを見てくる。

  この時代の中国に於いて蕎麦は食べ物として認識されていない。基本的に家畜の飼料用に作られるだけで、飢饉でもなければ人が口にすることは殆どない。故にこの時代の人間にとってはあれだ、某表向き警視総監の人風に言えば「お前の料理、豚の餌」なのだ。材料的な意味で。

  時に、この時代に麻婆豆腐が有ったりとか、本場のラーメンにこしがあるとか歴史的にありえない筈の料理があったりするが、そこは伝わっていた歴史が間違っていたと言うことにしよう。


  「ちょっと、黒羽さん。いくらなんでもこんな下賤なものを食べさせるなんて悪戯が過ぎますわ!」


  「ハイ麗羽様まさにそこです!」


  あまりにも嬉しい反応に思わず主君を指差してしまったのは後で反省するとして、その言葉こそがこの時代に於いてあたしが蕎麦に求めるものだった。


  「そう下賤!だからこれを食べられる形にすることに意味があるんですよ!」


  つまりはこう言う事だ。


  「つまり市場価値の低い穀物を食べ物として普及させることで我が勢力圏内の食糧事情を改善しようと言う目的である、と裏禍は推測します」


  「成功した場合蕎麦の市場価値は高騰するでしょうが全国的に普及することは漢土の風習上非常に長い年月掛かるでしょうから米や麦よりは安いまま、と裏亞は推測します」


  ・・・あたしの言うことがなくなっちゃったよ。まあ、戻ってきた二人が言っていた通りだ。ちょっとあたしが考えていた範囲よりかなり先まで内容が進んでいるけど。


  「・・・あ~・・・まあ、そんな感じです。最近は黄巾とかが無茶してくれてますから流民が増えて収入減で支出増ですから」


  実際そうでなくても民屯なんていうコストの掛かる政策をやっているのだ。提案者あたしだが。今はまあ一応税収は黒字維持しているが、それはあくまでも袁家の資産を一部提供して貰っているからだ。この時期の戦が終了する頃にはどうなっているかは分らないから、こういう手もありだろう。


  「つまり・・・お蕎麦で食費を浮かせ・・・と言うことですか。有効そうだということは分りますが・・・」


  ふむ、反応は芳しくないか。


  「反対する理由はないでしょ。あたしらと違って、農民は雑穀を口にすることは少なくないでしょうし、兵士の多くは農民の出です。あたしらが普通に蕎麦を食えば彼らも納得するでしょう。それに事情も説明すればいい。浮いた金は彼らの家族を助けるかもしれないものでもあると。第一何も蕎麦だけを食えという訳でもない。今後の献立に特別安い日が追加されるだけです」


  他にも蕎麦の普及は他の穀物の消費を抑える。結果として米、麦の価格高騰に対する押さえにもなる筈だ。これは郡の財政だけでなく、臣民の生活を経済面から援護する結果になると考えたのだ。


  「ん~、さっきは驚いたけど、まあ美味いからいいんじゃない?」


  説明していたら先ず賛同してくれたのは猪々子だった。まあ、ここ数日の彼女の食事を見る限り、あまり素材と言うものに頓着してはいないようだし、美味けりゃいいという感じだ。そういって意味で蕎麦に対する抵抗も少なかったのだろう。

  対して裏亞と裏禍は小声で何か呟き始めていた。多分蕎麦の普及に必要な手段とその経過をシミュレートしているのだろう。

  あたしは黙って、考える麗羽様の返答を待つ。決定するのは彼女で、あたしは自分の分を超えてはいけない。


  「・・・計画を形として纏めてください。それを見て判断しましょう」


  少し間を空けて、麗羽様はそう応えた。


  「はい、と言ってもあたしよりこっちの二人の方が頼りになりますけどね、こういうのは」


  そう言ってあたしは双子に目線を向ける。


  「はい!すぐに蕎麦の市場調査に向かいます!と裏禍は応えます」


  「手分けしてすぐに終わらせてきます!と裏亞も行ってきます」


  「ちょっと量が少なかったからちゃんと外で食って来いよ」


  元々呼ぶのは麗羽様だけだったつまりだから四人で二玉分けることになったからな。さて、あたしも片付けてちゃんと飯を食うか。


  「あ、じゃあアタイももうすぐ訓練の仕事が入ってるから外で食ってくるよ」


  猪々子も出て行くのを見届けてから片付けをはじめる。


  「一つ聞きたいのですけど、黒羽さんはこのことで私を説得するために蕎麦で料理を作ったんですの?」


  ふと背後から麗羽さまが聞いてきた。あたしは片付けの手を止めて振り返るが、麗羽様に続けて構わないと身振りで伝えられた。


  「ん~、まあその目的があったのは確かですね~。まともに食い物って思われてないものを食えって言われて嫌だなって思わん訳ないでしょうから」


  この時代の人間の感覚で言えば間違いなくゲテモノだった訳だし。あたしだったら絶対嫌がるだろ。


  「結果としてちょっと騙すような形になっちゃいましたけどね。まあ、そこら辺は見逃して下さい」


  「それは別にどうでもいいのですけどね。あ、お茶いただけます?」


  はい、と返事を返し片付けを中断する。中身の入っている茶壷を探し、茶碗を二つ用意して麗羽様の座る席に向かう。


  「こういう時、普通新しく淹れません?」


  「美味しくないんですもん、あたしが淹れても。それにこの方が早いじゃないですか。まあ、一番大事なのはあたしが猫舌ってことなんですけど」


  どこか憂鬱そうな麗羽様にそう応えた。







  麗羽視点

  まるで子供を見やる親のような顔をしますのね。笑顔で冷めたお茶を淹れる黒羽さんを見ていると自分の不甲斐なさを見せ付けられているかのような気分ですわ。本人には微塵の悪気はないのでしょうけど。寧ろ親友が国の為に働いているのを見てそのような考えが浮かぶ自分に嫌悪感が湧きますわ。


  「で、何か相談事ですか?」


  尋ねるような口調でしたが、その目線は確信を持っておりますわ。


  「何故そう思いますの?」


  「あたしが死に掛けた頃と同じような顔してましたよ?多分猪々子も気付いてたんじゃないんですかね」


  それは相当分り易かったと言うことかしら。


  「まあ、あの二人は気付いてなかったようでしたけど。あの二人は麗羽様と会って日が浅いですから」


  言いながら淹れたお茶を差し出してきました。次いで自分の分を淹れて席に着きました。


  「ただ、あたし相手の相談はあまりお勧めできませんよ?麗羽様の相談に乗れそうなほど人生経験ありませんから」


  それは遠まわしに拒絶と言うことかしら。冷めたお茶を啜りながらそんな事をのたまいましたわ。


  「相談事は周陽様・・・は洛陽だから元皓様か沮授の兄さんにしてください。あの人たちなら安心です」


  これはやっぱり話すな、と言うことかしら。


  「でもまあ、愚痴とか聞くだけなら出来ますよ。碌な助言は期待しないでいただけるなら。ついでに言えば必ずしも麗羽様の悩みに共感できるとも限りませんので、そこら辺は悪しからず」


  そこまで言ってふと思い出した、と以前作り置きしていたらしい爆米花の皿を台所から探し出して来ました。


  「ではお聞きしましょうか。存分に語ってくださいな」


  さあ、準備は万端とばかりに笑顔を浮かべる黒羽さんを見て、この甘やかしの姉に色々と溜まったものを吐き出しても良い気になってしまいました。

  中央で官職について思い知らされた、権力闘争にかまけ国政を鑑みない高官。民の財を吸い上げることに腐心する地方官僚。

  長い時間を勉学に費やし自信を持って官職に就いたにも拘らず、周囲の真っ当な官僚たちと比べれば自分の不足を自覚させられもしました。そして同時期に官職に就いた華琳さんの手際の良さを見せつかられると、まるで自分の不甲斐なさを見せ付けられているような気分でした。

  そして何より心苦しいのは、私と妹の美羽さんの後継問題で袁家が二つに割れて裏で陰湿な権力闘争が行われていると言うことです。

  そして久しぶりに有った友人にも大きく水を開けられているようですし。






  「要は色々うまくいかなくて自分がへっぽこに思えて惨めだと」


  ええ、その通りですわよ。ですけど、もうちょっと言い方が有るんじゃありませんの?


  「まった予想道理っちゅうか贅沢な悩みですよね~。まあ、最後の一つはまだ見ぬ我が従姉も関わっているでしょうから代わって謝らせていただきますが」


  話し終えた後に待っていたのは黒羽さんの呆れを含んだ表情でした。流石にその態度は少し頭にくるものがありますわね。


  「まあ、言いたいことは分らなくもないんですけどね?人間どんなに頑張ってもどうにもならんことは有るんですよ。素直に諦めるのも悪い考えではないと思いますよ?」


  またこの人は。頭に血が昇りそうになりましたが、無理矢理に自分を押さえつけます。


  「うん、少しは大人になってますね。麗羽様、諦めとか下手に出るようなこと要求されるとすぐ怒ってましたから」


  その後に続いて来た言葉と笑顔が気になりますわね。私だって反省することくらいは出来ますわ。


  「で、結局何が言いたいんですの?」


  「自分なりに頑張ってんならそれで良し。どうしても足りない分は人に頼りましょう。人の上に立つ人間に個人としての優秀さは必ずしも必要ではありませんから」


  「・・・安い慰めに聞こえてしまいますわ」


  「有名な実例ありますよ?高祖とか個人の能力は「それ以上言ってはなりません!」・・・え~、折角高祖の醜態を面白おかしく脚色してみっともなさ三割り増しでお伝えしようと思ってたのに・・・」


  この人は・・・我が王朝の祖に対してなんて事を言おうとするのですか。


  「月並みですけどね、他と比べても仕方ないですよ。どう頑張っても自分が出来る以上のことは出来ないんですから。それが嫌なら誰かの助けを借りないと。才能のある人って、ない人じゃ全然追っつかない早さで突っ走りますからね。うちの妹らもすっごい勢いで成長してきてるんで、後どのくらい姉らしくいられるか、ですよ」


  苦笑いを浮かべて語る黒羽さんの姿は、どこか心地よい滑稽さを感じさせるものでした。


  「ま、どうしても自分の力を上げたいのなら無理な背伸びだけはしないことです。碌なことになりません。これあたしの経験則です」


  「興味有りますわね。一体黒羽さんはどんな失敗をしたんですの?」


  黒羽さんは私たちが出会った頃から常に一歩後ろから見守り、時に助言を与えてくれていた、そんな憧れさえ抱いたことのある人でした。ですからそのような人物の語る失敗と言うのは私の興味を引くのに充分でしたわ。


  「や~、あたしが、その、父上から色々教えられていた頃なんですがね?」


  恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながら話したのは黒羽さんの幼少の頃、お父上から薬物の取り扱いの指導を受けていた頃の話でした。事前に摂取して特定の毒を一時的に受け付けなくなる薬を勝手に調合して、それが失敗して危うく中毒死すしかけたとか。


  「それ・・・笑い話ではすみませんわよ?」


  「や、まあ、一番身にしみたものを選んだんですけどね?まあ、兎に角焦ってもあたしの二の舞ですよってことですよ。ゆっくりやっていきましょう」


  そう言って気遣ってくださる黒羽さんの笑顔が返って痛く感じますわ。


  「最後にあたしが言えるのは一つだけ。あたしや斗詩や猪々子がいるんですから。麗羽様一人で頑張る必要はないんですよ。あたしらが信じられないなら別ですけど」


  「そんな訳ありませんわ!」


  思わず声を荒げてしまいました。


  「なら問題ないですね。麗羽様は人を使う立場の人間ですから、あたしらの知らない苦労もあるでしょうけど、言ってくださればあたしたちがいますから」


  姉が妹に向けるような見守る笑顔は、いつの間にか喜びで輝く少年を思わせるものに変わっていました。


  「そう・・・ですわね。なら早速お願いしましょうかしら」


  「ご命令であればなんであれ、ですよ、我が主」


  凛々しい表情を作って応対してくる黒羽さんに思わず笑いが込み上げて来てしまいました。


  「最近気分が滅入って仕方ありませんわ。何か楽器は出来まして?」


  「母上から花嫁修業と幾つかかじっております」


  それは楽しみな返答ですわね。何事も言ってみるものなのかも知れません。


  「では何かお願いできますか?」


  「麗羽様がお耳にしたことのない楽曲を披露してご覧に入れますよ」


  久方振りの語らいは、私に親友の知らない面を私に教えてくださいました。










  後書き

  フェイトの新作を予約し、今から待ちきれない今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  ついに戦極姫のコンシューマー版が出ましたね。PC版と比べて絵師が随分変わったそうで。ただPC版経験者としては戦闘システムでめっちゃがっかりさせられたから買うか否か悩みどころですが。

  今回は17話書いてたら18話が出来上がっていたと言う珍事が起きた為、更新が大幅に遅れました。お待たせいてしまってすみません。

  内容に関しては、作品の本筋と合流するのは反董卓連合編の予定です。原作キャラとの絡みをご期待の方はもう少しお待ちください。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。





[8078] 第十九話 人生悩みが尽きないものである
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2009/12/15 00:06





  「どうです?ご注文の通りにこさえられたと思いますがね?」


  鍛冶師の親方の言葉と共に品のサンプルを受け取る。鉄を薄く打って緩やかな曲面を作り上げる。長めの木の柄を持つそれは武器としては異様なシルエットをしていた。あたしはそれを手に取り重さを確かめる。


  「・・・うん、頼んだ通りだね。良い鉄サン(金に産)だ」


  鉄サン。それは土を掘るための道具であり、戦場では兵器としても機能する多機能品。なんて言うと仰々しく感じるかもだが要はシャベルだ。農具として似たような物はあるが、木製のシャベルに、先端の部分のほんの一部に青銅の歯を差し込んだだけという物だ。性能も悪ければ耐久性もない。戦場での使用には向かないので、わざわざ鉄製のやつを開発して貰った訳である。


  「そりゃ良かった。では、これと同じやつを五百本でしたね。残り四百九十九本、来月の終わり頃には揃えられそうです」


  笑顔で語りかけてくる親方と別れ、この日は一旦太守府に戻ることになった。ちなみにあたしの左右にはデフォルトとして司馬姉妹がくっついている。


  「あの鉄サンも屯田に回すのですか?と裏禍は尋ねてみます」


  「その場合どれほど作業効率に変化があると睨んでいるのか、と裏亞は尋ねてみます」


  道中、二人がそんな事を聞いてきた。


  「や、流石にアレは屯田には使えないよ」


  確かに鉄の農具は農作業の効率を大きく上げるだろう。だけど民屯の農具は基本的に無償提供だ。確かに被提供者に一時的な増税措置を採っているが、一人当たりで考えると暫くマイナスが続くから財政に小さくない負担をかける。流石にほぼ無償で譲渡する物をそこまで贅沢に出来ない。まあ、場合によっては売り物としてならいいかも知れないが、値段を考えるとやっぱ売れそうにないし。製造費の高さから軍屯でも仕様が躊躇われるし。

  それに完全に農具として作るなら鍬とか犂の方が効率がいいと思うし。農業に詳しくないからイメージ的にけど。

  兎に角鉄そのものの価値が下がらないと無理だろう。


  「それに武器としても振るえる様にっていう側面もあるしね」


  元々土木作業用の道具だが、近接戦闘には充分過ぎる戦果を求められることは第一次世界大戦前後に於ける塹壕戦が証明している。


  「アレは正式な武器としても扱うからな。扱い方は慣れてもらわんとならんし、弩もまだ定数揃ってないし、ほんと軍隊作るのって色々入用で大変だわ」


  全く、色々有る兵装の中から必要そうなのを判断して揃えるってのも結構大変だわ。予算にも制限あるから必要なものとそうでないものの判断がシビアでないといけない。そういう意味では工具と武器を兼任できる(純粋な兵器には劣るが)シャベルは使い勝手が良いのではないか?少なくとも持ち替えのタイムラグがなくなるし。

  その後屋敷に着き、自分の部屋で書類処理に入る。この手の作業は得意ではないが、裏禍裏亞が手伝ってくれるから結構はかどる。

  そして日が傾きかけてきた頃、意外な客人がやって来た。


  「儁乂さん、いますか?」


  戸の外から聞こえたのは、意外にも許攸の声だった。


  「あ、はい、どうぞ」


  処理し終わった書類を纏める作業を中断する。何だろな?あまり会話するほど仲が良い訳じゃないんだが。取り敢えず用事を聞くか。双子が外していた笠を被り、顔を隠したのを確認してから戸を開ける。


  「ええ、もうすぐ祖父のの命日なので久方振りに里帰りすることになりまして。一応挨拶に、と」


  どうやら暫く仕事場を休むからその挨拶回りみたいなもんらしい。律儀やね。その後、礼儀として二三応答して帰っていった。あたしも席に戻って仕事に戻る。

  それにしても・・・・


  「里帰りか・・・」


  そう言えば色々有ったとは言え、元皓様に引き取られてから一度も墓参りに戻ってなかったな~。と言うか思い浮かびすらしなかった。ちょっと親不孝が過ぎるかな。あたしも一回くらいは墓参りに行った方が良いよな。

  最近は黄巾との戦いもこの付近は落ち着いてきたし、許攸が休みをもらえたってことは、あたしも申請すれば休みもらえるかな?偶然にも父上の命日がもうすぐだ。

  ふと、顕わになった姉妹の目がこっちを向いているのに気付いた。


  「どうかした?」


  「いえ・・・お姉様は・・・家族が恋しいのか、と・・・裏禍は疑問を・・・」


  「その・・・お姉様には・・・裏亞たちがいる、と・・・裏亞は・・・その・・・」


  いつもは物事をはっきりと言う二人が珍しく顔を赤くしながら言いよどんでいる。これは・・・慰めてくれてるのかね?


  「別に気を使うようなことじゃないよ?随分昔のことだし。それに今の生活にも満足してるし」


  あたしは二人の間に立ち、抱きしめるように頭を撫でる。サラサラした髪の毛が手に気持ちいい。二人も悪い気はしていないようで、何も言わずにされるがままにしている。大体一、二分程そうして、一旦二人から離れる。


  「や~、そう言やあたしが戻ってきてから何だかんだで二人とゆっくり過ごしたり出来ないでいたよな。良けりゃさ、あたしの里帰りついでに暫く三人でのんびりするか?」









  「・・・と言うやり取りが有りましてですね・・・」


  「・・・それはご愁傷様と言うか、ってことは許攸さんも?」


  「あ~、城を出た直後を呼び戻されたそうで」


  その日、いざ休暇を申請しようとしたその時、見計らったかのように入ってきた大規模な黄巾が冀州に侵攻して来たと言う報告の為、あたしらはそれらを口にするタイミングすら得られずに軍の編成に駆り出された。

  東南から押し寄せた黄巾軍から領民を守るために兵を出すことになった訳だが、一体どうしてこんな急に黄巾軍が雪崩れ込んだのか。聞く所によると小規模の部隊が幾つも現れ其々が近隣の邑々を襲っているらしい。

  幸いこちらも数には余裕があるため、軍を三つに分けて対応することになった。麗羽様と猪々子が一つを率い、斗詩と許攸が一つ、あたしと沮授の兄さんが一つ。元皓様と審配がお留守番である。

  尚、この組み合わせを選ぶ際、許攸と猪々子は絶対に同じ部隊に入れてはいけないという不文律が有った。フィーリングで行動する猪々子と理詰めの許攸の相性の悪さはみなの知るところだということだった。

  で、馬に乗っておよそ一万の軍勢の先頭を歩くあたしと、横に馬車で揺られている青年こと沮授の兄さんは目的地に向かいながらも雑談をしていた。と言っても油断しているつもりはない。斥候は定期的に出しているし、事前に出た情報の分析も終えている。今は特にできる事がないのだ。

  ちなみに裏禍と裏亞には後方の輜重隊の指揮を執ってもらっている為ここにいない。更に言えばあたしの部隊二千も留守番である。まだまだ使い物にならなさそうなので。


  「それにしても急にわらわらと。どういうことですかね?」


  事前情報だとやけに統制の取れていない印象を受ける黄巾の動き。流石に気になるものがある。


  「正直読めませんね。確かにまともな統制を失っているように見えますが・・・もしもあの情報が本当なら納得もいきますが、今は何とも・・・」


  沮授の兄さんの言う「あの情報」。それは曲阿という地で張角が討ち取られたと言うものだった。ただこれに関しては情報が色々錯綜しているため判断が付かないと言うのが出発前の軍師団の結論である。





  結局この一連の戦いは二ヶ月余りでけりが付いた。その際に何人か捕虜を捕る事に成功し、そこで張角のいた本隊が撃破されていたという情報は時事だったと言う裏が取れた。張角の生死は不明だが、黄巾党は完全に統制を失い各地で殲滅されていっている。黄巾の乱そのものの終わりが近づいてきていると言うことだった。

  正直あっちこっちに、小規模な盗賊団程度の規模しかない相手を潰していくのは煩雑で、且つ弱い者苛めみたいで気分の滅入る作業だった。

  その間、北海ともなるべく連絡を取り合って情報交換にも努めていたが、曹操、劉備、孫策の名がよく話題に出るようになってきた。当然と言えば当然なメンツだが、やはり先を思うと怖いと言うのが正直な所だ。この中で劉備だけは朱里と雛里というパイプ(二人が劉備軍に受け入れられたと言うのは護衛につけた兵士たちから報告を受けていた)があるが、天の御使いとか言う奴のこともある。果たして味方にして大丈夫な奴なのか。や、こういう分析はあたしがやるべきことじゃないか。

  兎にも角にも、黄巾の乱が一段落し、あたしらは誰一人欠けることなく再び渤海で再会を果たした。この再会を喜び合ったあたしらは、されど翌日元皓様が提起した会議でなんとも言い難い感情を抱くことになった。


  「先程公路殿の荊州刺史就任が決まった旨が、使者より伝えられました」


  皆を集めた元皓様の言葉に一同がざわつく。ちなみにここにいるのは麗羽様、元皓様、沮授さん、猪々子、斗詩、許攸、審配、そんであたしである。麗羽様陣営の中心が出揃っている。


  「それはもう勅令が下されたのですか?」


  先ず発言、と言うか質問をしたのは許攸だった。


  「いや、荊州管轄内の太守たちが朝廷に推薦し、それが通っての。じゃが、一応乱も収束しきっておるとは言い難い現状、正式な勅令として下されるのはまだ時間が掛かろう」


  ふむ?そうだろうか?本来その混乱を収束させる為にも早く刺史を・・・ああ、乱が中途半端に収まった今からもう権力闘争始めたのかな?宦官と外戚たちの。いや、呉越同舟の理屈で清流派まで復帰しているから更に混沌としかねんのか?もしそうならガチで外を気にする余裕もない?


  「ならば我々も本初様に刺史くらいには就いてもらわなくてはいけませんね」


  許攸のこの発言は袁家の後継争いを意識してのものというのは明らかだ。だが麗羽様は妹様と事を構えたくはないのだろう、顔を顰めている。


  「それでしたら~、幸い、と言ってはいけないのでしょうけど~、青州の刺史が乱の影響で空位になってますね~」


  続いたのは審配である。新参の二人は麗羽様が袁家の跡目を狙う事を前提に話している。それが麗羽様の機嫌を損ねていることに気が付いていないのは、まあ仕方ないんだろう。これも麗羽様を想っての考えだろうし。でもやっぱり、麗羽様の意思をはっきりさせてもらわんといかんかな。


  「すみません、二人とも、まだ麗羽様がどうするか口にしていない以上、そこまで考えるのは早いでしょう」


  あたしの言葉にまず、許攸と審配が不思議そうな表情でこちらに視線を向け、ついで猪々子と斗詩が「ああっ」とあたしの言葉の意味に気が付いたようだった。元皓様と沮授の兄さんは初めから、少なくともあたしと同じところまで考えていたのだろう、特に表情を変えることもなかった。


  「その通りじゃな。我らが主殿は己の為したきを明確にしておらん」


  続いたのは元皓様だった。


  「本初殿がどうしたいか。それを示さぬでは我らに為すべきことはない。御心はお決まりですかな?」


  意地の悪い訊き方するな、元皓様。でもまあ、こればっかりは麗羽様にしてもらわなくちゃならん決断だしな。実の妹と、どういう立場を選ぶのか。多分、麗羽様にとってソレは大きな葛藤なんだろうな。


  「・・・私は・・・美羽さんとは・・・争いたくありませんわ」


  姉として、麗羽様が優先したいのはソレなのだろう。だがそれは私情であり、臣下の立場からすれば決して良い返答ではない。ここにいる人間だけなら兎も角、他の臣下にも伝われば勢力の瓦解に繋がりかねない。何せ麗羽様の下での出世が難しくなるのだ。


  「それは・・・家督を譲るということですか?公路殿に」


  ・・・訂正、ここにも上昇志向の高い人いたわ。許攸ってのが。あからさまに態度が表に出てるな。気持ちは分らんでもないけど。対して麗羽様はそれに目を合わせないでいる。一応分っているって事か。

  さて、どうしたもんかね。麗羽様が公路様と対立したくないのは分る。が、公人としてはよろしくない。けど姉妹喧嘩どころじゃなくなるであろう対立を嗾けるのもな~。あたし自身、立つべき位置を見極められない。う~~~~あ~~~~。


  「・・・誰からも発言がないようですので、僕からよろしいでしょうか?」


  先の麗羽様の発言以降、嫌な雰囲気で沈黙していた会議で発言したのは沮授の兄さんだった。あたしや斗詩、猪々子は色んな意味で発言し辛いし、元皓様は何やら考え込んでいるし、許攸は不機嫌そうだし、審配はオロオロしているし。


  「妹君との関係を心配しているのなら、寧ろ今は後継争いから降りるべきではないと思うんです」


  ん?普通、ここで降りなければ敵対フラグでしかないように思えるんだけどな?当然麗羽様もそれを疑問に思い、沮授の兄さんに問いただす。


  「この場合重要なのはお嬢様方の心積もりより臣下の思惑ですね。忠臣たる者、誰しも自分の主をより高みに押し上げ、名を馳せることこそ生き甲斐です。お嬢様方の持つ袁家という家名、それは大きな武器になるものです。これを獲る事を放棄した場合、お嬢様の派閥は散り散り、結果としてお嬢様と小お嬢様の関係は殺すか殺されるかの二択になるでしょう」


  沮授の兄さんの話では、もし麗羽様の勢力が崩れた場合、後の禍根を断ち切る意味で麗羽様の命が狙われることになるだろう。そして、麗羽様陣営の古参である斗詩、猪々子、そしてあたしも確実に狙われるだろうと。

  これが逆の立場なら、麗羽様が臣下を押さえ込んで公路様を保護することも可能だろうが、少なくとも公路様の側に臣下を完全に制御することが出来る人物は恐らくいないだろうとの事。

  まあ、多分単純な人数は公路様の方が多いだろうな。お家の地元を制御下に置いているのは政治的に大きい。だからこそ組織的に肥大化しすぎて制御が難しくなっているんだそうだ。まあ、黄巾の乱勃発以前から、実質荊州を半ば支配していたようなものだったらしい。それほどの勢力を纏めきるには人材が不足、優秀な人材の大半は孫策配下だから重用するのも危険だそうだ。

  結論から言おう。結局麗羽様に選択肢など与えられていなかったと言うことだった。






  沮授視点

  お嬢様が袁家の次期当主の座を望むことで決着が付き、解散の運びとなりました。各々が自分の仕事に戻る中、お嬢様の顔色が優れなかったですが、いつもの三人が付いているのでさして心配していませんが。と言うよりそれほど余裕もありませんしね。

  そして自分の部屋に戻って仕事の続きをしようと思っていたら元皓さんに声をかけられました。


  「嫌な物言いをするようになったの、沮授よ」


  「いまいち言うことが分りかねますけど」


  険しい顔で語る元皓さんにそう返します。


  「本初殿と公路殿との事じゃ。お主あのような事を言ったがの。本初殿たちなら他の臣下を纏めきれると思っておるのか?」


  確かに、小お嬢様と似たようなことが言える程度にはお嬢様の派閥も小さくない。今のこの派閥を事実上取り纏めているのは元皓さんですからね。


  「難しいでしょうね。そう考えたから元皓さんも敢えて言わなかったのでしょう?」


  僕が思い立った事に元皓さんが考え付かなかった筈がないですしね。


  「・・・まあの。下はもちろんのことじゃが、上も些かな」


  まあ、僕や元皓さんを除くとお嬢様近辺の人間は基本的にご幼少の頃のご友人ですからね。友誼での繋がりですから信頼は出来ますが、それが他人から見て贔屓に見えることもあるんですよね。特に上昇志向の強い人には。今のお嬢様では纏めきれないでしょうね。今の状況を見るに・・・数年待てば或いは儁乂さんが元皓さんの立ち位置に立てそうですかね?今でもお嬢様たちの姉代わりみたいな感じですし。


  「ですが、事実として希望はあるのです。お嬢様たちを信じるだけですよ」


  そう、如何に難しいとしても希望はあるのです。


  「それはそうと元皓さん、お体の加減は如何ですか?」


  「・・・何のことじゃ」


  元皓さんとのやり取りの末に出てきた質問に、元皓さんの表情が一瞬強張ったように見えました。


  「いえ、人間体が弱っていると弱気になるものですから」


  「そう言うお主は余程体の調子が良いのじゃな」


  らしくもない悪態をつき、溜め息を吐く元皓さん。


  「お嬢様たちには僕らと違って確実な未来がありますから」


  そう、僕や元皓さんになくて彼女たちにあるもの。それが元皓さんを苛立たせているのでしょう。僕も、厭くまでここ最近体の調子が良いだけで、実際お嬢様たちの役に立てたことは多くないんですよね。


  「信じましょうよ。僕たちは持てる時間で精一杯やりましょう。後はお嬢様たちにお任せしましょう。それが多分一番良いでしょうし、それしか出来ませんから」


  きっとそれが最良なのだと思いますから。

  僕の言葉を聞いた元皓さんは暫く黙ってから、せめてもう十年遅く生まれていれば、と溜め息を吐いて去っていきました。

  ええ、それは僕も思いますよ。せめて普通の書生程度には、次の朝に目が覚めないという不安が付き纏わない程度に体が丈夫だったらと。







  後書き

  冬の祭典がもうすぐな今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  今月はイベントもさることながら、新作ゲームが目白押しなので色々と財布に優しくない月だと感じましたが皆さんはどうでしょう?

  今回は、と言うかもう暫く反董卓連合への繋ぎの話が続きそうです。おかしい、ここまで延びる予定はなかったのに。

  尚、唐突ですが一年ほど前から友人と計画していた小説がいよいよ本格起動する運びとなったため、本作の進行が多少遅くなる可能性があります。予定通りに進めば今月中にお目見えできるかと。

  序でにそれらとは関係なくちょっとした短編を書こうと考えています。その為次回のお目見えはチラシ裏かオリジナル板になると思います。

  それではまた次回。






[8078] 第二十話 偉くなる事が良い事かは人による
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/01/25 23:20







  人間、仕事とかで偉くなりたいと思う人はどれだけいるだろうか?偉くなれば成る程、相応な責任と時間を代価に、金と所属する組織内での権力が手に入る。そのどちらも人間社会で生きていくに、大いに有用であり、特に金は常に一定以上持っていないと真っ当な生活も不可能である。故に、人はそれらを手に入れるために、時として罪を犯すことさえ厭わない場合もある。

  だが忘れていけないのは、原則として金と権力は責任と時間と言う対価が必要だということである。まあ、相応の対価なしでも可能ではあるが、厭くまで真っ当な手段ではそれらの対価を払う必要があるのだ。

  だが前世に於いてあたしは殊更出世したいと言う欲求はなかった。稼ぎが多くなることは嬉しいが、そのためにプライベートの時間を削る積もりにはなれず、生活と趣味に困らない程度の稼ぎで満足だった。故に・・・


  「・・・沮授さんと猪々子を付けますから黒羽さん、南皮の相を任せますわ。期待しておりますわよ」


  唐突に告げられた言葉に思わず口の中の蕎麦やら汁やらを噴出してしまっても、それは全てあたしの責任、と言う訳ではないと思いたい。


  「ああ!目がっ!目が~!」


  ついでに言えば麗羽様が両目を押さえて叫び続けているのもあたしの責任ではない、と思いたい。


  「唐突ですね。それに何でまたあたしなんですか?」


  何とか呼吸を整え、口元を拭いて問いかける。麗羽様の前でこんな醜態を晒してしまうほど不可解な、先の言葉の真意を聞く必要がある。


  「何じゃ、出世の機ではないか。何が不満じゃ?」


  「いえ、そう言う訳でなく、もっと適任がいる気がするんですが」


  麗羽様の隣に座っている元皓様が問いかけ、それに答える。正直街などの経営に携わるのだからその道に詳しい人に任せるべきだろう。武将上がりの人間であるあたしには余り向いているとは思えない。


  「何、公路殿との後継争いに於いての、これくらいのことは出来る若いのが必要になるじゃろうからの。それに、お主以上の適任もおるまいて」


  元皓様の意図が分らず、思わず左右に侍っている妹二人の顔を見るが、素顔でもその感情を読み取れないあたしが、そのベール越しに彼女達の意思を読み取ることができる訳もなかった。兎に角、他の連中を推薦すべきだろう。沮授の兄さんとか審配とか、後ちょっと面倒そうだけど許攸とか。


  「お主の認識には根本で間違いがある。儂や沮授の事を言っておるのだろうがの、儂らは本初殿の臣ではない。お父上である周陽殿の臣じゃ。この後継問題、周陽殿のお心一つで敵にも回りうる立場なのじゃぞ。儂らは厭くまで周陽殿の命でここにおるのだからな」


  うわ、今の今まで気付いてなかった最悪な事実を認識させられた。そしたらその弟子であるあたしの立場ってどうあるべきなんだろう。正直麗羽様の敵に回って、猪々子たちと戦っている自分が想像できない。


  「・・・何やら考えとるようじゃが、お主は儂の弟子ではあるが、本初殿の願いで受け入れたものである事を忘れるな。お主は儂の部下でもなければ周陽殿の臣でもないわ」


  あ、そういう微妙な扱いだったんですね、あたし。あ、でも元皓様たちを敵に回すってのもな~。


  「貴方たち、何時までも私のこと放置している気ですか!」


  ここであたしのグリーンミスト(緑じゃないけど)から麗羽様が復帰。いえ、正直蕎麦汁にのた打ち回る主は見るに耐えないのです。まあ、犯人あたしですが。


  「兎に角、そういう事情で南皮をお任せしたいのです。私の直臣で条件に見合うのが黒羽さんぐらいなのですわ」


  どうやらあたしが選ばれたのには、消去法と言う側面があるようだ。猪々子と斗詩は余り政治の仕事には向かないことは本人たちも自覚していることである。そして能力的に向いている筈の許攸と審配だが、この二人が群臣の上に立つには些か新参が過ぎる、と言う訳である。正直自分が評価されているのか、微妙な感じで素直に喜べなかった。


  「まあ、教育役として沮授を付けるのじゃ。そうそう問題も起こらんじゃろうし、お主なら仕事を覚えるまで左程時間を掛けんじゃろう。何よりこの上なく優秀な補佐も居ることじゃしな」


  まあ、確かに沮授さんは(体調を崩さない限り)頼りになるし、うちの妹二人が優秀なのも否定する気はない。あれ?あたしでもいけそうな気が・・・してこないな、こんな豪華スタッフがいるのに何故だ?


  「いや・・・やっぱ自信ないんであたしに関しては現状維持を希望したいんですが・・・」


  「却下じゃ」


  にべもなかった。










  あの時、何故麗羽様があたしを性急にあたしを持ち上げようとしていた理由を理解したのはそれからさして時間が掛からなかった。朝廷の方で黄巾の乱に関する論功行賞の関係で麗羽様にも朝廷への帰還命令が出ていた。

  麗羽様は自分が渤海に留まっている内に命令を下しておく必要があったと言うことらしい。兎にも角にもあたしは南皮の相の地位を与えられ、出世してしまったと言う訳である。

  兎にも角にも、麗羽様は斗詩と許攸を伴い洛陽に向かい、元皓様は審配を伴い渤海にて太守代理の役職の遂行を再開した。

  そしてあたしは慣れない、新しい仕事と、未だ途中だった自分の部隊の訓練などで目を回すことになった。何か大事な事を忘れている気がして、そのせいか嫌な予感を感じながらも仕事を続けていた、そんなある日のことだった。


  「平原の相?そう言えばあそこも黄巾の乱で空位になってたっけ」


  「はい、そこに朝廷から新しい役人が相に派遣されて来た、と裏禍は報告します」


  「そしてその新任の相からお姉様への着任の挨拶の書簡が届いている、と裏亞は報告します」


  平原は南皮に程近い城で、あたしは送られてきた書簡は純粋に挨拶を送ってきたか、あたしのバックにある袁家へのパイプを繋ぐのが目的か、と判断して二人の言った書簡を開けてみた。


  ・・・平原の相、劉備玄徳より・・・


  眩暈を感じた。よりによって何でこう扱いが難しいのが来るんだよ。

  劉備と言う人物の扱いは細心の注意が必要だろう。正史、演義、何れから見ても敵にも味方にもしたくない人物である。敵に回せば滅茶苦茶しぶとい、味方に付ければ利用し尽くされる、内部に取り込めば乗っ取られかねない、と言う印象だ。ただ、これは厭くまで本人に会ったことがなく、その実像を知らないと言う事実もある。一度会うなりしてみるべきかもしれない。ただ、天の御使いなんてのを称する奴を側に置いている件は警戒すべきか。

  まあ、取り敢えず手紙を読む。その内容は要約するとこんな感じである。

  初めまして、噂は聞いています。朱里ちゃんと雛里ちゃんを紹介して貰ったりもして御礼申し上げます。これから民衆のため、お互い頑張っていきましょう、と言う無難なものだった。


  「この劉備って人の使者、どうしてんの?」


  「手紙を渡すだけが仕事だったそうなので今日は部屋を宛がって休んでもらっている、と裏禍は答えます」


  「無礼のない様丁重にもてなす様使用人たちには伝えている、と裏亞は補足します」


  「そか。時間を見て返事の手紙を書くから、それまではこっちに留まるようにお願いして」


  一応、今のところは友好的に接しておくのが良いだろう。今から敵対しておく必要はないし、今後どうするかはあたしが決めるべきことでもない。と言うの半分くらい言い訳かもしれない。劉備とその周辺の連中に手を出したら後が怖そうだと言う思ってもいるのも事実だし。少なくとも関羽と張飛がいる筈だし、朱里と雛里も敵に回したくない奴らだ。


  「取り敢えず元皓様にも報告しておくからその積もりで頼むよ?」


  「では可能な限り劉備の素行と経歴を調査させる、と裏禍は答えます」


  「情報が集まり次第書簡に纏めます、と裏亞は補足します」


  一を聞いて十まで理解するからこの娘たちの上司はやり易い。兎に角劉備の資料を纏め上げて、判断は上に任せよう。

  後日、当たり障りない内容の返信を書き、元の政務に四苦八苦する日々に戻る。

  部隊の訓練もある程度形になってきたし(猪々子が手伝ってくれたから戦闘関係の錬度向上が早まった)、床子弩改の試作品も一応の目処が立った。近い内にテストに移れるだろう。取り敢えず事務仕事によってあたしに掛かるストレス以外は概ね順調に地力の拡大を進めていった。

  そしてあたしが自分なりに大奮闘していたこの頃、麗羽様は中央の腐敗をどうにかするために権力を得ようとしていたそうだ。現皇后の姉にして大将軍である何進の派閥の一員として朝廷内での立場を築き、押し上げていっている。

  王朝の腐敗の根本は宦官と外戚の権力闘争なのだが、麗羽様の立場がやや外戚よりなのは、麗羽様が朝廷に出仕してからは宦官の横暴が目立つせいだろう。尤も麗羽様は周陽様がそうであろうとした様に、漢王朝の藩塀たらんとしている訳だから、せめて何進が悪い人物ではない事を願う。麗羽様の精神衛生と、知人と相争うと言うことがないように。

  私室で洛陽からの麗羽様の手紙を読みながらそんな事を考えていた時だった。

  いや、敵対無理だよ!何進死ぬじゃん!董卓が来て!


  「裏禍!裏亞!直ぐに草(隠密)やれる奴、使えるのを選び出せ!」


  悪い予感はこれだったのか?兎に角不味い。董卓が朝廷に来るまで後どれ位かは知らんが歴史に於いて麗羽様は上手く逃げ出している。心配がない訳ではないがまあ良い。問題はその後、反董卓連合結成時に洛陽にいた周陽様を含めた一族郎党皆殺しにされている。麗羽様のお父上でもあるし、あたしにとっても大恩ある方だ。殺されてしまうのが分っているのにそのままには出来ない。

  兎に角そこからはちょっとしたパニックだった(主にあたしが)。周りにはあたしの言葉が余りに唐突でありその理由が把握できず、且つあたしもその理由が未来の知識だと言う訳にもいかず、である。

  部屋が隣だった二人は直ぐにすっ飛んできて、騒ぎを聞きつけた猪々子も来ててんやわんや、ここ最近寝込んでいた沮授さんまで何事かと床から這い出してくる始末。そして本当の事を言うと、頭が可哀相な人扱いされかねないのでしどろもどろな、要領の得ないあたしの説明に、裏禍と裏亞は手紙を読んだ後に居眠りしたあたしがそう言う悪夢を見たんだと解釈、二人に子供をあやすかのように頭を抱かれる。そしてあたしの頭を奪うように慎ましやかな胸へと抱き寄せる猪々子。その際グキっとやな音がし、猛烈な痛みに襲われた。

  兎に角この「原因あたし」な騒動は結局沮授の兄さんが貧血で倒れるまで続いた。

  結局この日は何も出来ずに終わり、翌日董卓が新帝を擁立したと言う知らせが入った。









  忘れると言うことは人間として当然のことではあるが、そのせいで後悔する事が人生で何度かあると思う。

  急ぎ洛陽に人をやって数日、到着するまでまだ日にちがかかると言う頃だった。あたしと斗詩に渤海への緊急の召集命令が来た。詳細は分らないが兎に角急ぎとのことなので仕事の引継ぎを一応終わらせて斗詩と妹二人とで渤海に向かった。

  そこで再会した麗羽様たちの姿に喜び以上に、嫌な何かを感じてしまった。


  「お父様が殺されましたわ」


  麗羽様の絞り出すような声に、あたしは体の末端から力と温度が同時に抜けていくような感じがした。

  人は忘れる。もう二十年くらいも昔に見た本の内容。話の上では殆ど出番のない人物が死ぬと言う、話にしてみればそれだけのことである。でも、もしあたしがこれを覚えていたら、或いは周陽様を助けることが出来たんじゃないだろうか。

  反董卓連合。あたしにとっては想像することも出来なかった始まり。あたしにとって、そして恐らく麗羽様にとっても私情の戦いという側面を持ってしまった戦争だった。








  後書き

  最近ベイブレードでもやってみようかなと思う今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  年末年始のごたごたで小説の時間がとれず、かなり遅れてしまいました。待ってくださってた方は申し訳ありませんでした。他の小説ももう少し遅れそうです。

  取り敢えず序盤の目玉である反董卓連合です。原作キャラを上手く回せるか不安はありますが、皆さんに楽しんでいただけるよう頑張ります。

  それではまた次回。



[8078] 第二十一話 群英会 其一
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/02/01 23:37






  麗羽様たちが・・・麗羽様たちだけが無事に渤海に帰還してからの二ヶ月間、あたしたちは慌しい時間を過ごしていた。

  麗羽様たちは当時、何進と組んで宦官を排除する直前に何進を暗殺され、報復を口実に何進配下だった者を取り纏めてこれを攻撃。そこに曹操が加わっていなかった事を除いて大よそあたしの知る史実通りにことが進み、そしてそれは大よそあたしが知る通りの結果になった。

  宦官との戦いで万が一連中が宮中の近衛を動かした場合の切り札として洛陽城外まで呼び出し、待機させていた董卓軍による政権掌握である。

  史実の通りに幼い少帝を拉致して城外に逃げ出すことに成功した一部の宦官は、史実の通りに董卓軍と遭遇し、そして史実の通りに董卓軍に始末され、少帝は権勢を掌握する道具として利用された。

  そう、史実の通りに。全てがあたしの知る史実の通りに。

  権力を手に入れた董卓はその後少帝を排除し、その異母兄弟である陳留王劉協を帝位につけた。周囲にたいする一種の示威行為のようなものか、その真意は詳しくは分らないが連中が宮中の権力を完全に掌握したことだけは確かだった。

  そして連中は次に軍事力の確保に乗り出した。移動距離による兵糧の問題などもあったのだろう、董卓の率いていた軍勢は当初さして大軍ではなかった。先ずは本来皇帝直属であるはずの近衛軍を宦官を処分した際に掌握。次いで執金吾である、元并州刺史丁原を暗殺しその軍勢五万を掌握。それも北方の異民族との戦いで鍛え上げられた并州の騎兵を含めた五万である。更に言えば呂布と張遼を含めた五万、と言えばその恐ろしさが想像できるだろう。

  もののついでに何進の弟である何苗を殺して何進から引き付いた軍勢も手中に収め、洛陽の軍事力をもほぼ独占するに至った訳だそうだ。

  無論麗羽様をはじめ、宮中の文武百官が何もしなかった訳ではない。だが皇帝を抑えられては無理矢理武力で対抗する訳にもいかず、政治的にも名目上は皇帝の勅令として出される董卓の命令に逆らうのも難しい。

  そしてやはり史実の通り董卓支配下の軍による洛陽住民に対する略奪。流石にこれに関しては独自の兵力を持っている軍人が抵抗した。と言ってもその軍人たちの兵力もちゃんとした兵力ではない。町衆に武装させたりそういうのである。そんなので精強な董卓軍を止められる訳もなく、結果的に戦闘で民間人を含めた被害を増やすだけだっただろう。

  兎に角そんな有様で洛陽城内の治安がどんな感じだったか想像できよう。そんな小競り合いが頻発する中、董卓軍の連中と町衆連中双方のフラストレーションが高まるのは想像に難くない。

  被害が周陽様の元まで及んだのはある意味で当然の成り行きだったのだろう。

  本来皇帝陛下のお膝元で兵を持つなんて不届き以外の何ものでもない。故に周陽様は自衛のための兵力すら持とうとしなかった。王朝の臣としては崇高かもしれないそのあり方は、だが貴族の屋敷に対してすら略奪の対象としか見ない連中には良く肥えた羊でしかなかった。

  周陽様の屋敷が略奪に遭った知らせを受け、屋敷に直走った麗羽様が見たのは原形を留めぬ廃墟と、物言わぬお父上の亡骸だったそうだ。

  その後、父親の仇と言う、董卓を殺そうとするこれ以上ない動機を手にしてしまった麗羽様は向こうに超危険人物として睨まれることになり、何とか知人の力を借りて洛陽を脱出したのだと言う。

  麗羽様が戻って来てからは何とか持ち出すことが出来た周陽様のご遺体、その葬儀。それと並行して洛陽へ兵を動かす用意と諸侯に対し董卓討伐の檄文を送る。最初の返信が来たのは半月ちょっと。董卓の洛陽での暴虐が通商人を通じ、ある程度諸侯に伝わっているようである。

  返信で董卓討伐に参加表明してくれた諸侯に集合地点などの連絡を行った。ただ涼州の馬騰からの返信で、やたら噂の真偽を確認する書状を寄越してきていたのに疑問を感じたが、それを余り気にしている余裕もなく自身の仕事に追われることになった。

  今までの内容で察せられるかも知れないが、今回こう言った外交仕事にあたしも参加させられていた。どうにも最近あたしに任される仕事の内容が多彩すぎる気がする。幸いこっちに関してはあたしはスタッフの一人って扱いだし、軍の方は猪々子や斗詩たちが手伝ってくれているから何とかやれているが。

  そして郡の守備に支障が出ない限りで集めた五万の兵で先に集合場所に指定した陳留の北(曹操の領地だがちゃんと許可を貰った)に宿営地を築いて諸侯の軍を待つ。この前後、あたしの部隊に漸く仕事らしい仕事を与えることが出来た。この設営作業に於いて群を抜いて高い作業効率を見せ、他の部隊の作業を手伝っていたりする。あたしとしては望んだ通りの感じに育っていると感じて多少の満足感を覚えている。尤もこれらの作業が注目されることは有り得ないから、彼らの有用性はまた別の部分で見せ付ける必要はあるが。

  時にこの戦、未だ始まってはいない訳だがあたしの試練は始まっている。

  麗羽様をはじめとした、あたしを含む袁紹軍遠征部隊の陣容は他に斗詩、猪々子、許攸、そしてプチスールたちである。本来纏め役である元皓様も沮授の兄さんもいない。そしてこの遠征軍に於いてあたしが与えられた役割は参軍。まあ、副官みたいなもんです。

  正直、斗詩と猪々子、姉妹は良い。色々協力的だし。だが同様に頭の痛い問題もある。麗羽様はお父上を殺されて怒り心頭どころでないくらいお怒りだが、自身の立場を理解なさってくれている。人前では、以前と比べて感情を出すことが減っていたが、あたしや斗詩たちが暇を見つけては話をしたりしている。結構落ち着いているようだが、まだ他人がいない時に物に当たることがある。やはり相当ストレスが溜まってるな。けどこれは日に日に物に当たる頻度が減ってきているので麗羽様自身もある程度自分の中で折り合いをつけていっているのだろう。

  次いで許攸。こいつが中々に小うるさい。どうにも色々と合わないのかも知れない。一応立場としてあたしが上だから従いはする。小言やら何やら付随するけど。優秀であるだけにこっちも文句が言い辛い。お陰で最近胃痛を感じることがありますよ。胃粘膜が削れてるようで。これが髪にいかないことだけを祈りますよ。一応今は女なんで。

  唯一つ、他の諸侯の軍勢が来るまでは多少仕事に余裕があるということか。

  ・・・そう言えば劉備の軍勢は物資収集に手間取って遅めに着くらしい。まあ、平原だけでは集められる物資も兵もそれほど多くないだろう。







  華琳視点

  麗羽から董卓討伐の檄文を受け取って早二ヶ月近く。調練を増やし、軍備を充実させた軍勢を率いて合流地点に到着してみればそこには野営地と言うには整い過ぎた感のある陣容だった。奥には金糸仕立ての袁の字の牙門旗が見える。そして、少し離れた位置に調練を行っている部隊が見える。


  「桂花、春蘭、麗羽に会いに行くわ、付いてきなさい。他の者はここで兵を休ませる。準備させなさい」


  有能な腹心たちに指示を出し、私は数人の護衛を引き連れて麗羽の軍の野営地の入り口に向かう。そして野営地の出入り口まで差し掛かった所で見張り役であろう数人の兵を伴って、顔を隠した黒尽くめの奇妙な少女が現れた。


  「裏亞は袁家が臣、張郃が義妹、司馬伯達という者です、と裏亞は自己紹介します。申し訳ありませんが、曹孟徳殿のご一行でよろしいでしょうか、と裏亞は確認します」


  「ええ、私が曹孟徳よ。麗羽の元に案内して貰えるかしら」


  「では、ご案内いたしますので馬をお預かりします、と裏亞は下馬を促します」


  そう言って兵に指示を出す。ただその行動にはまるで相手に興味がないかのような、形だけの礼を取り繕っているだけに見え、且つ本人もそれを隠そうとしていないように見えた。ただ、相手を不快にさせるものを感じはしたが、表向きには極普通の対応だったのでそれを表に出すことはしなかった。


  「ちょっと、貴女華琳様に無礼じゃない!」


  「やめなさい、桂花。ここは麗羽の陣地よ。それに私たちがここに何をしに来たのを忘れないで」


  司馬伯達と名乗った少女の行動の底に潜むそれを感じ取ったのか、それとも純粋に顔を晒さないことが気に障ったのか、声を荒げる我が軍師に自重を促し、馬を下りる。桂花と季衣の馬を含め全てを麗羽の兵に任せ、私たちは伯達に案内され麗羽の元に向かう。


  「なあ、所でさっきは何が無礼だったのだ?」


  「はあ?貴女本気で言ってるの?曲がりなりにも主の客人の前で顔を晒さないなんて」


  「いや、単に顔に傷か何かで隠しているだけじゃないか?」


  どうやら二人はこの少女の態度に気付かなかったようね。彼女は私たちを案内している間、私たちが引き連れてきた軍の人数や兵糧等の情報を聞いてきた。隠し立てする必要も感じなかったから正確に答えた。伯達はそれを竹簡に刻み込んでいく。今後の作戦の部隊の配置などを決める際の参考にでもするつもりのようね。

  それにしても随分と装備を充実させているわね。兵の錬度は兎も角、その点では我が軍を超えている。それに麗羽が引き連れてきた軍勢は、見た所四万を超えている。たった一郡の領地しか持っていない麗羽にこれほどの軍勢を出せるだけの人口と生産力があるとはね。

  民屯、予想以上の効果のようね。兗州でも軍屯は行わせているけれど、民屯は莫大な投資を必要とするため、今の私たちでは悔しいけどまだ実行できない。麗羽がこれを実行できたのは袁家本家からの潤沢な資金援助が有ったと言う側面もあるが、それを考案、実行できる部下を麗羽は手に入れているということ。・・・今私の元にいたとしても活かせないと言うのが癪ではあるけれど。


  「それにしても・・・麗羽は領内ではさぞ慕われているのでしょうね」


  「そうですね。地力の強化が目的でしょうが、袁紹が結果として私財を投じて民の生活を潤わせたと言うことでもありますから」


  私の呟きに桂花がそう反してきた。その横では春蘭が「おお!」と何かに納得したような顔をしていた。

  少し歩き、一際大きな天幕の前に着いた。金糸の袁の牙門旗が掲げられ、その周囲に同じく金糸仕立ての旗が立っている。文、顔、張の三つ、どれも心当たりが有った。黄巾の乱やそれ以前の異民族との戦いで名を馳せ、袁家の二枚看板と呼ばれた猛将、文醜と顔良。そして武名では二人に劣るものの、改良された屯田制度の発案人にして実行人、文武両道の賢臣として伝えられている張郃。


  「本初さんは中です。こちらへ、と裏亞は促します」


  促されて天幕に入る。腰掛に座り、地図を眺める旧友の姿がそこに有った。


  「お久しぶりですわ、華琳さん」


  「ええ、久しぶり。麗羽」


  久方振りの麗羽の姿は記憶より僅かにやつれて見えた。


  「周陽公のことは残念だったわね」


  麗羽のやつれは父親を奪われたことが少なからず影響しているのだろう。お互い朝廷から官位を授かる頃には交流が少なくなっていたけれど、私も幼い頃は周陽公に多くのものを学んだ。尊敬に値する方だった。

  周陽公の娘である麗羽は私の幼い頃の友人の中で比較的優秀な人物だ。ものを学ぶ早さはお世辞にも早いとは言えなかったが、彼女は努力をした。昨日は出来なかった事を、時には色々な人の教えを請いながらそれらを出来るようになっていった。そのあり方を好ましいと思った。だから・・・


  「周陽公の仇、私も協力するわ」


  それだけではない。この戦は私にとってこの乱れた天下を征する為の一歩である。だが、彼女の父の敵討ちに協力してあげたいと言う気持ちに嘘偽りはなかった。


  「華琳さん、私たちの目的は洛陽の解放であり、漢王朝の救済ですわ」


  そう、彼女が反してきたことに、私は彼女らしさを感じた。常に漢王朝の藩屏たらんと在り続けてきた彼女らしいと。


  「でも、その気持ちがない訳ではないのでしょう?」


  「・・・ええ・・・否定はしませんわ・・・」


  返ってきた応えは力無く、僅かな自嘲が混ざっていた。









  沮授視点


  「不安か?」


  「当然でしょう」


  僕はここ暫く体調を崩して寝込んでいました。周陽様の凶報を知り、軍が動くと聞いた時には元皓さんが参軍として付いていくものだと思っていましたが、それを儁乂さんに押し付けて自分は後方に留まっていました。


  「儁乂さんにはまだ早いと思いますよ。あの面子を纏め上げるには些か経験不足ではないですか?」


  元皓さんがここに残った目的は分ります。だから心配になってしまうんです。


  「それに今の儁乂さん自身も・・・」


  「あれはまだ冷静じゃよ。周陽殿とは付き合いが左程濃いものではなかったのが幸いだったの。これで亡くなったのが本初殿やらだった場合、今頃一人で洛陽に潜り込んでおっただろうよ」


  あ~、やりかねませんね、彼女なら。鄴での戦では単身黄巾の大軍に潜入するということまでやらかしたそうですし。しかも成功しちゃう姿が想像出来てしまいますし。


  「性質が悪いのはあれなら成功させかねんということじゃな。生きて帰る事を考えねば、ではあるが」


  そうですね。そういう意味では、周陽様と儁乂さんがそれほど会ったりすることが少なかったのは幸いだったのかもしれませんね。儁乂さんはまだ失うには早すぎる、少なくともお嬢様には必要な人ですし。


  「・・・勝てると思いますか、今回の戦」


  これが最重要。僕が思う分には負けは薄いと思うのですが。


  「さあの。どの道ここで負ければ先は無いんじゃ。そろそろ儂らなしでも進んでもらわんとな」


  或いは確かにその通りなのかも知れない。僕にも、元皓さんにも、残された時間は決して多くない。


  「お主、労咳を患ったそうだな」


  「ええ、最近医師にそう言われました」


  診断されたのはお嬢様たちが出立した後、政務の最中に久しぶりに血を吐いてしまったんですよね。


  「もう時間が無いのだ。儂らがあの子たちに教えを残す時間などな。既に無理矢理にでも自分の翼で飛ばさせるしかないのじゃ」


  そうですね。もう本当に時間がなくなってしまったんですよね。あと十年は持つと思ってたんですけどね、よりにもよって労咳ですからねぇ。祈るより他にない現状が腹立たしく思えてなりません。








  後書き

  話題の映画、アバターのストーリーが意外と酷いと言う噂を聞いた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  フェイト エクストラの発売が延期して微妙に凹んでいますが、まあエキプロの新作を楽しみに発売を待とうかと思います。

  取り敢えず本編では華琳さんをはじめ、魏のキャラの一部が登場し出しました。でも今後続々と登場する面子を考えるとリアルに頭痛がします。人が多すぎだよ!取り敢えず汜水関まで結構時間が掛かりそうです。

  本作では麗羽様がおバカでないので華琳さんとはこんな関係になりましたがどうでしょうか?原作に無いことが色々起きているので人間関係とか結構変わります。それを捌けるかが不安ではありますが、同時に一番書いてて楽しい部分でもあります。

  それでは今回はここまで、また次回。



[8078] 吉川的華雄伝 一
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/02/03 00:51






  得物の戦斧を振り回す感触が、私は好きだ。屋敷の庭で愛用の長柄の戦斧、金剛爆斧の重さとその偏った重心による負荷を楽しみながら想像の中の戦場にて武を振るって行く。


  「・・・ふっ!・・・はっ!」


  自身の膂力と得物の重さによる勢いを強引に捻じ伏せてその軌道を変えていく。想像の中の敵を打ち倒していく理想の自分を思い描き、体をそれに追従させ、それに近づけていく。


  「・・・っ!」


  背後から唐突に突き付けられた殺気に反応して、振り向くと同時に眼前に戦斧の腹を構える。

  強い衝撃と同時に金属同士の衝突音が響く。


  「よっしゃ!かゆちゃん覚悟!」


  後ろから射掛けられた矢を防ぐことには成功したが、その後に続く小さな影を防ぐことには失敗してしまった。


  「くっ、やめろ雨(ユウ)!」


  小さな影、それは私が上司の姪の雨だった。頭の両端で結った紺の髪は腰まで届き、幼い容貌が特徴的な人物である。私も人の事を言えないが、露出の多い衣服を好み、上などは端に羅紗をあしらった絹の反物を襷掛けの要領で斜めにした十の字になるように巻き付けただけである。この齢が十を超えた程度の容姿の彼女が、実は涼州に名を響かせる勇将、張繍その人であるとは誰に想像できようか。


  「ぐぇへぅへぇ~、かゆちゃんの肌~」


  「ひゃう!?」


  私に跳びかかった雨は得物の弓を素早く腰に収めると同時に私の背後に回り込む。そして両腕で私の腰を拘束すると背中に頬擦りをし、思わず奇声を上げてしまった。


  「え~、や~だよ~。もうちょっと触れ合おうぜ~。もういっそ邪魔なもん全部脱ぎ捨てちゃって、気持ちいい触れ合いしようぜ~」


  私は、上下に別れ、それぞれ胸とへそ下に伸ばされた両手を掴んで止める。


  「このっ、いい加減・・・にっ・・・」


  雨の得意とする弓術で鍛え上げられた、その細腕からは想像もできない様な剛力を無理矢理に引き剥がしていく。


  「・・・お、おう?」


  彼女の両手首を掴んだまま万歳のような姿勢になる。その際、私のほうが大分背が高いため膝を折って腰を落とす。そして、


 「しろぉぉぉ!」


  両腕を離すと同時に、その開いた両腕で雨の頭を押さえてその顎を肩に固定する。同時に両足を投げ出して尻餅をつく形で、雨の顎に衝撃を伝える。


  「ごぼぉっ!?」


  顎を粉砕する勢いで与えられた衝撃は十二分に伝わったり、雨は後方に一回転して倒れる。


  「・・・はぁ、はぁ・・・全く・・・どう言うつもりだ・・・ふぅ・・・」


  乱れた息を整え、顎を押さえながらのた打ち回っている雨と距離をとる。


  「ぬぉぉ・・・かゆちゃん・・・最近かゆちゃんの徒手空拳の技能が上がり過ぎてる気がするんだけど・・・」


  「雨に何度羌族の技を使われていると思っているんだ。嫌でも覚えるさ」


  この地、涼州をはじめとする辺境には異民族との交流と衝突がある。特に漢土にとって脅威となることも多い程の勢力のある民族を五胡と総称されている。この地はその中の羌族と胡族の交流が盛んであることもあり、雨は時折羌族の人間から彼らの技を学んできたりする。彼らの技は、と言うより五胡の徒手空拳は組み付く技が多く、それを駆使して私に対し・・・その・・・何と言うか・・・兎に角何度もいいように技を掛けられている内に、私もある程度覚えてきたと言うことだ。


  「雨、いい加減お前のその性癖はどうにかならないのか?ここの侍女たちからも苦情が出てきているぞ」


  雨は女に欲情する。まあ、それだけなら然程問題はない。他人に迷惑を掛けないのならば私もとやかく言わない。だが雨の場合、己の欲望を我慢すると言うことが滅多に無い。恐らく起きている時間の半分は本能のままに行動していると思う。さっきの様に女の肌に擦り寄ろうとしたり、胸や尻を触ろうとしたり、およそ色情魔としか呼べない人間だ。


  「ん~、な~に~?もしかしてかゆちゃん焼きもち?だ~い丈夫だって、雨ちゃんの本気はかゆちゃんだけの物だって。他の人は遊びだから安心してってば」


  多少は回復したらしく、立ち上がり服に付いた汚れを叩き落としている雨はそんな戯言をほざく。


  「お~い、そこの仲の良いお二人さ~ん」


  その時、掛けられた声は聞き慣れたものだった。


  「張済殿」


  「ち、これからあたし様とかゆちゃんの嬉し恥かし野外調教が始まるってのに。空気読めってこのババのぁ!」


  現れたのは雨の叔母であり、私の上司である張済その人だった。


  「誰がババアだ、チビスケ」


  声を掛けられるより先に気付いていたらしい雨が文句を言う中、素早く近付いた張済殿が雨の顔面を片手で鷲掴んで持ち上げる。


  「ぬわ~!顔が!割れる!凹む!放せ~!」


  喚きながら雨は宙に浮いた両足をじたばたさせるが、それが彼女を助けることは無く、やがてぐったりと動かなくなった。張済殿は雨をそのまま担ぎ上げる。


  「張奐様から使いが来た。北から胡族が入って来たらしい」


  「分りました。兵たちを纏めてすぐに出立の準備をします」


  張済殿は私と雨の保護者であると同時に上司でもある。張済殿は、涼州刺史である張奐殿の命で州内の城を転々としていた。

  涼州は長らく異民族の脅威に晒されてきた。武威など、一部の重点的に守られている郡は馬騰や韓遂といった名の通った将帥が常駐しているが、他の郡は自衛するだけの能力を持った太守を持たない場合が多い。尤もその多くが太守の能力以上に、異民族たちが強いと言う事実があるが。そしてそういう郡を守るために危機に陥った城を回って戦うのが我ら張済軍なのである。


  「ああ、頼むよ。さて、屋敷の荷物も纏めないとね。チビスケの部屋、頼めるかい」


  「はい、雨の春画は全て処分しておきますので」


  雨を担いで去っていく張済殿を見送り、私は先ずは自分の部屋の荷物を纏めることにした。










  私の記憶は三年前から始まる。それより過去を持たず、自分が何者だったのかさえ知らない。

  三年前、とある村が異民族の襲撃を受けて壊滅した。張済殿たちの部隊が村に辿り着いた時には既に村は焼かれ、動く影すらなかったと言う。

  生存者の存在は絶望的と思っていたそうだが、勝手に村を探索していた雨が私を見つけたと言う。そして私の記憶は宿営する軍の天幕の床の上から始まった。

  母上たちが私を助けたのは村を襲撃した異民族たちの情報を期待していたと言う。だが、自分の名前すら思い出せない私に寧ろ張済殿たちが困惑していたのを覚えている。

  やがて張済殿の部下の一人が言った。私は実は村を襲った異民族の一味なのではないか、私の記憶のことはただの演技ではないのか、と。自身の素性すら分らないで、混乱している私はそれに反論するところまで気が回らなかった。記憶に関しては嘘はついていない。だが私が村を襲った異民族の一味であるという可能性は確かにあるのだ。

  そんな中、それを否定したのは雨だった。根拠として挙げたのは倒れていた私が、見つけられていた時に手に握り締めていた得物だった。金剛爆斧。今でも使い続けている我が爪牙だ。異民族は馬上の戦を好む。そのせいか、斧のような重い武器を好まない。今思えば根拠にできるような理屈ではない。だが、私を拾ったのは雨だった。彼女なりに責任を感じてくれたのかも知れない。兎に角、彼女は私を助けてくれようとした。

  結局私は雨の客人と言う扱いで、一時張済殿の軍に保護されることになった。

  華雄という名もこの頃に見つけたものだ。金剛爆斧に銘と共に刻まれていたのを雨が見つけたもので、本当にこれが私の名前なのかは分らなかったが。

  その後は紆余曲折あり、張済殿に軍の一員として迎え入れられて、やがて雨には真名を許された。だが私は彼女に真名を返していない。知らないのだから。張済殿には自分が親代わりとなって真名を着けようかと言われたが、断らせてもらった。私は記憶を探すことは半ば諦めている。手掛かりが有れば別だが、雨たちの側を離れたくなかった。私は自分の記憶が戻る事を待っている。







  「おっ、見えて来た、見えて来た。思ってたより少ないな~。三千くらい?」


  騎乗したまま駆ける私の両肩の上で、直立不動の姿勢で遠方を眺めている雨が、私の視界ではまだ捉えられない状況を口にした。私には辛うじて土煙しか分からないと言うのに。

  雨は生まれつき目が常人離れして遠くまで見える。冗談なのか本気なのか自ら千里眼の生まれ変わりを自任している。それを生かす為によく斥候を務めることが多い。


  「まだもちそうか?」


  「ん、やっぱあいつら城攻め下手だね。それなりに余裕がありそうだ。あ、でも雨ちゃんたちだけで突っ込むの無しだからね。目で見れる分の情報はもう充分だと思うから戻って合流」


  事前に釘を刺されてしまったか。


  「無理はしない。何も奴らを蹴散らそうと思うほど無謀ではない。我が武と、ここにいる精鋭なら本隊が来るまで敵を撹乱することぐらいは・・・」


  「充分無謀だって、かゆちゃん。雨ちゃん含めて十騎もいないんだから。それに情報は持って帰らないと」


  雨は私の両肩に手を突いて一旦私の後ろに降りると、私たちに並走自分の馬の背に飛び移る。そして私の馬の手綱をひったくると馬の制御を奪っていった。こうなってしまえばもう兵は私の言う事を聞かん。先導されるがままに本隊へと向かって駆けていく。








  本隊と合流し、漸く戻ってきた頃には敵は明らかに鈍いものだった。


  「城攻めに慣れてないんだね、騎兵ばっかってのを差し引いても。多分漢土に出てきたばっかなんじゃない?」


  異民族と長く戦っていると、城攻めでどれだけ部隊を疲弊させるかで、戦慣れしているか分ってくるらしい。初めて聞いた時、「異民族の目的は基本的に略奪だから、城を攻撃する場合は本腰入れずに脅迫するもんだ」と教えられた。正直そんなことせずに城門を破って略奪すれば手っ取り早いと言ったら何故か苦笑いが帰ってきたが。


  「あの程度なら正面から突っ込んでも蹴散らせそうだな」


  「んじゃ、かゆちゃん好みな感じにいく?」


  戦い方は基本的に雨と張済殿が決める。私が何か言っても、何故か二人とも聞いてくれない。だが、話の流れからすれば私の好きな方向に行っているようだ。


  「そうだな・・・お前ら二人で潰して来い。合わせて千で充分だろ」


  「そうだね、あの程度の速さならそんなもんかな」


  雨は馬の背に立ち上がって再度敵の動きを確認して頷く。


  「んじゃ、かゆちゃん行こうか。こんだけ近付いても気付いてない相手だし、かゆちゃんには物足りないかもだけど」


  「なに、私も曲がりなりにも武の頂を目指す者だ。駆け出しの賊徒に歯応えを感じるようでどうする」


  そう、過去を失くした私にとって武に対する、この渇望だけが過去に繋がるものなのだ。


  「先行する!」


  馬の腹を蹴って駆け出す。その後に部下たちが付いてくる。一拍置いて雨たちも駆け始める。私たちは直進する。敵のど真ん中を突き抜けて敵を切断し、連携を断ち切り、そして薙ぎ払っていくのが私と言う将に求められているものだ。

  漸く私たちの存在に気が付いた敵は焦りか、純粋に錬度が低いのか、とろとろと時間を掛けて軍の頭をこちらに向ける。そして真っ直ぐに私たちを呑み込まんと突進を駆けてくる。その早さは通常の漢人の毛兵のそれを軽く上回っている。馬が疲弊し始めているとは言え、騎手の騎乗技術、馬の資質、全てに置いて漢人のそれを上回っているだけはある。

  だが奴らは失念していることがある。長く漢人と渡り合ったことのある奴らなら、絶対に忘れない事を。


  「我が戦斧の剛撃!受けてみよ!」


  敵の先頭の集団を薙ぎ払う。先駆けを失い集団全体が失速する。敵に驚愕が広がり、致命的な隙となる。突き進むままに戦斧を振るい、更に敵を薙ぎ払っていく。私の一振り一振りが正面から押し寄せる人馬の激流を断ち切り、道を創る。それを、私の後に続く精悍なる精鋭が広げてゆく。

  広がっていた驚愕はやがて恐怖へと変質し、本来の動きを縛り付けてゆく。そして私たちにより大きな戦果を与えたる事になるのだ。

  奴らが失念したこと。それはここが涼州であると言うことだ。確かに騎馬民族は強い。多くの場合、同数の異民族と漢人がぶつかり合えば漢人が負ける。だが!同時に、精強なる騎馬民族と戦い、生き残り、鍛え上げられ、漢人の限界を超え、騎馬民族の精鋭すら飲み込んでみせる兵が存在すると言う事を!

  馬騰の軍勢然り、韓遂の軍勢然り、そして常に危急の戦場を巡り続けているこの張済殿の軍も然り。たがだか騎乗に優れているだけの匹夫共に梃子摺るような弱兵などいない!


  「脆い!」


  真正面を突き破り、反対側から突き抜けていく。敵は混乱しながらも、僅かに骨のある奴らが兵を纏めて会頭して追ってくる。その間に割り込むように、敵を迂回してきた雨の五百騎が駆けて来る。隊列の横腹を敵に晒す雨の部隊に、その柔らかい腹を食い破らんとする獣のように走り来る敵兵。だが彼らの爪牙が雨たちに届くことは無い。

  雨の騎兵隊から無数の矢が放たれる。降り注ぐ矢の前に敵は完全に統率を失った。騎馬民族が馬で漢人に負けない要因の一つ、駆ける馬の背の上で矢を射る、この騎射という技能。漢人でも使える人間はいる。騎馬民族との度重なる戦の中で学び取ったこの技能。それも想定していなかったようだから本当に初犯なのだろう。だが、彼らの次の機会は与える積もりはない。雨たちが駆け去り、私たちは会頭し、再度敵の真っ只中を駆け巡る。もはや彼らには私たちに蹂躙される以外の結果など残ってなどいない。









  後書き

  恋姫の弓矢使い=年増のと言う流れに反逆してみた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。書きかけの時に4コマで秋蘭がそんな事を言っていたので吹いてしまいました。

  オリキャラが考えてた通りのキャラになってくれません。司馬姉妹もそうですが書き始めると予定していたキャラと全然違う性格になるのは何ででしょう?

  華雄メインの外伝ですが、本編のネタばれにならない程度に涼州の話を補填していく予定です。結構本編に無い複線とかもありますし。

  取り敢えず今回はここまで、また次回。



[8078] 第二十二回 群英会 其二
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/02/12 19:01









「・・・と言う訳でこれがあたしの手の者で連絡を着けることに成功した、董卓に不満を持つ有力者を纏めた表です」


  麗羽様の天幕の中央の机の上に竹簡を広げ、集まった面々に見せる。ここにいるのは麗羽様、孟徳さん、そして一昨日到着した伯珪さんこと、公孫賛の三人。まだ人数が集まっていないのでちゃんとした作戦会議は出来ないが、取り敢えずこっちが独自にやってきたことに関して情報を共有するくらいはやった方がいいと思い、あたしが麗羽様に提言した。

  そしてあたしが三人に見せたのはあたしが草(隠密)を使って連絡を取ることに成功した、内応要員の書かれたリストである。主に麗羽様の伝をたどったもので、載っているのは尚書令の王允、国舅の董承、そして麗羽様の叔父である袁成様である。細々としたのはまだいるが、挙兵とかを期待できるのはこの三人くらいなのだ。


  「そう。なら、筆を貸してくれるかしら」


  孟徳さんの言葉に、あたしが墨を磨って準備する。こん中ではあたしが一番下っ端なので。

  そして表の後ろの方に二つ名前を書き足していく。荀攸、そして司馬孚という名前が書き足されていた。


  「合流する前に、私たちの方で連絡を取ることに成功した人間よ。それなりに期待できる筈よ」


  ふむ、荀攸はたしか荀彧の甥・・・いや、これまでの前例通りなら姪なのか?兎に角そんな縁者だった筈だ。司馬孚は・・・覚えがないな。まあ、いいや。こう言うのは大いに越したことはないからな。ばれさえしなければ、と言う前提条件が掛かるけど。

  そしてこの人物たちに対する孟徳さんの評価と、期待できる能力を教えてくれた。話が一段落し、何となく目が伯珪さんに向いた。いや、この人さっきから聞くだけで発言しないな~、と思って。すると麗羽様たちも同じ事を思ったのか、それとも単なる偶然なのか、全員の視線が伯珪さんに集まった。


  「な、なんだよ・・・仕方ないだろ、朝廷に知り合いとかいないんだよ」


  たじろぐ伯珪さん。そういう積もりじゃなかったんだが、なんかあたしが悪い事をしたみたいだ。


  「・・・あ~、まあそれは兎も角ですね。問題は洛陽の方もこっちが兵を動かし出した事を察知したようででしてね、関所の監視が厳しくなっているようです。戻ってからの草が都に戻れないって報告してきましたし、逆に洛陽の中の草とは連絡が取れないんですよ。孟徳さん、そちらの方はどうでしょう?」


  取り敢えず話題を変える事にした。まあ、ちゃんと実のある話題だし。


  「そう・・・私たちの方は定時連絡がもう少し先だから分らないけれど・・・細作衆出身の貴女が育てた草が駄目なら私の方も危ないわね」


  ・・・何故この人があたしの出自を知ってんだ。ああ、麗羽様か。麗羽様に目線を移すと小首を傾げられた。可愛いな、コンチクショウメ。


  「まあ、父上の細作衆ならどうにかなったかも知れないですけど、今うちが使っている草は大分錬度に差が有るんですよね」


  一応あたしも指導に参加しはしたけど、あたし自身それ程細作の技能が高い訳じゃないし。いや、隠行に限れば自信はあるけど。


  「ええ、黒羽さんのお父様と、彼が率いる細作衆は河北随一とお父様から聞いておりましたわ」


  「そう、機会があれば会って見たいわね」


  もう居られないんですけど、空気が悪くなりそうなので言わないでおく。麗羽様もしまったって顔してるし。

  ここでまた何となく伯珪さんに視線を移す。や、やっぱり聞くだけで発言がないからね?そして狙ってなのか偶然なのか、又も全員の視線が伯珪さんに集まる。


  「な、何だよ・・・仕方ないだろ、異民族相手にそんなの使う必要なんてなかったんだから・・・」


  再びたじろぐ伯珪さん。ちょっと涙目になっている。何かその・・・ごめんなさい。

  場の空気が危惧していたのと違う意味で悪くなってしまったが、救世主はすぐさま現れた。


  「失礼します、と裏亞は挨拶します」


  天幕に入ってきたマイプティスールがメシアに見える。


  「涼州より馬超殿が到着なさいました、と裏亞は報告します」


  おや?てっきり馬騰本人が来るもんだと思っていたけどな。


  「分りました、入っていただいてください」


  麗羽様の言葉に、裏亞は天幕から出て行く。少し置いて、ポニーテールで太眉毛の快活そうな女の子が裏亞と共に入ってきた。


  「武威太守、馬騰が娘、馬孟起、母様の名代としてこの戦に参加させて貰うよ」


  各々挨拶を返し、あたしが今までこの天幕で話していた話の顛末を伝える。


  「あ~、悪い、そういう難しい話は任せるよ。そういうの得意じゃないんだ」


  孟起さんは苦笑いを浮かべながら、ばつの悪そうに頭を掻いた。そう言うのは余り言うべきではないと思うんだけどね。相手如何では舐められる。こういう場で舐められるのはよろしい事ではない。自分だけでなく、自分の下にいる多くの人間の命にも関わるのだから。まあ、その飾らない態度は個人としては好感が持てるが。後伯珪さん、仲間を見るような目で彼女を見ていますが、貴女とは微妙に方向性が違うと思うんですよ。


  「孟起さん、済みませんが貴女のお母様が来なかった理由をお聞かせ頂けますか?」


  麗羽様の質問に、他の二人も反応して孟起さんに視線を向ける。


  「ああ、ちゃんと訳があるんだ。母様は今、韓遂の叔母様と手を合わせて涼州の、董卓寄りの城を牽制してるんだ。涼州から董卓へ送られる援軍はそれなりに減らせるんじゃないかな」


  お陰で連れて来られる兵が少なくなっちゃったけどな、と孟起さんは無垢な笑みを浮かべた。

  孟起さんが語ったことは、あたしとしてはこの上なく良いニュースだった。伝聞の上でしか知らないが、辺境の騎馬民族の脅威は良く耳にする。その騎馬民族と戦い、育て上げられてきた軍勢が精強であることは疑いようがない。涼州もそのような場所であるだけに、‘涼州からの’援軍がないというのは大きい。と言うか、涼州以外に董卓に援軍を出す場所もないだろうから、その効果は計り知れない。


  「分りましたわ、董卓との戦に勝てれば、何れお礼を申し上げなければいけませんわね」


  麗羽様の言葉が嬉しかったのか、孟起さんは顔を僅かに赤らめながら表情を崩した。

  董卓軍は涼州からの増援を制限され、そして私たちが涼州からの助力を得られた。これは戦の趨勢を決める為の、決して小さくない要素。







  華雄視点


  「どうだ?雨」


  「ん~、ざっと十万近くかな~。今の数なら・・・汜水関で何とか堰き止められるんじゃないかな」


  私の肩の上に立ちながら、遠方を見やる雨はそう言った。


  「その程度の相手なら、一万で先制すれば崩れるのではないか?」


  今の段階なら涼州から引き連れてきた精強な騎兵で蹂躙することも出来るのではないか。そう思い、私は雨に提案した。


  「ん~、もうちょっと早く連中の動きを察知できてりゃね~。ただ、錦仕立ての馬旗が立っちゃってるんだよな~。李儒の野郎、威張り腐ってこれっぽっちも役にたちゃしね~」


  錦仕立ての馬旗。それは私たちにとって因縁ある人物があの場にいると言う証拠だった。


  「ならば雨!尚更今の内に叩いておくべきだ!」


  あいつらは危険だ。敵に回したことがあるから良く分る。羌や胡の騎兵とすら別格と言って良い力を持つ最精鋭だ。正面から相手するには、例え私たちでも容易ではない。


  「無茶無茶。雨たちだけじゃどうにもならないよ。他にも黒縁黒字の曹旗とか、あたしらだけで相手とか有り得ないって。多分かくちんに言っても関を利用して消耗させろとか言うんじゃね?」


  むう、賈駆なら確かにそう言いそうだが・・・いや、賈駆の智謀を信頼していない訳ではないのだ。馬騰、韓遂の反乱の時、悔しいが彼女の智謀がなければ私たちはここにはいなかっただろう。


  「兎に角戻るよ。詳しいことはかくちんに報告してからだね」


  雨は私の肩から自分の馬の背に跳び移る。拠点としている汜水関への道を駆ける。暫く駆けていると、ふと雨が声を掛けてきた。


  「・・・なあ、今思ったんだけど、何で李儒はあいつらの集合場所を知っていたんだ?」


  「む?洛陽の外で動きがあることは前から掴んでいたんじゃなかったか?」


  もう一月以上前に、賈駆がそんな事を言っていたような気がするのだが。


  「そう言う事じゃなくってさ、なんであいつ、連中の集合場所を知ってたんだ?あいつがかくちんより先がけて情報を掴むなり、推理するなりは初めてな気がするぞ」


  言われてみればその通りだ。李儒が謀士として役立った記憶は、賈駆と別行動をとった時くらいのものだ。だが、それ程疑問に思うものだろうか。


  「確かに李儒の智謀は賈駆に劣るが、だから彼女も色々研鑽を積んだのではないか?」


  李儒は賈駆に対し劣等感を口にしたことが幾度かある。隠れて己を磨いていたのだろう。


  「・・・人間全部がかゆちゃんみたいに素直だったらさぞ平和な世の中になってるんだろうね」


  雨が最後に何か呟いていたが、馬の駆ける足音と風を切る音で私の耳に届くことはなかった。







  黒羽視点

  この日の仕事を終え、あたしは自分の天幕から古琴を持ち出し、同じく天幕から持ち出した机の上に置く。

  仕事とかでストレスが溜まったりした時、あたしは料理でよく発散してきた。元々は前世の味の再現が目的だったそれだが、今は立派に趣味になっていた。ただ、戦地にそんな色々食材がある筈もなく、こっちに来てからは専ら前世の頃から覚えている歌を再現することに移っていた。もっとも、耳コピだし、前世のあたしはどちらかと言うと音痴だったのでどこまでやれてるか不安はある。それにこっちの楽器でやり易いように多少アレンジ入れる必要があったりするけど、それも結構楽しかったりするんだよな。

  他に琵琶や胡の類も学んでいるが、曲の再現とかを試している時は大抵古琴を使っている。そんで偶に、休憩中の部隊の奴らの所で演奏してみたりするのだ。そんで今あたしの前にいるのは、麗羽様と孟徳さんをはじめとした、もう到着している軍の偉い人一同。ナシテコウナッタ。


  「麗羽が言ってた、貴女の独創的な曲、期待しているわよ」


  孟徳さんの言葉に絶望した。またですか、麗羽様。余りあたしをお偉いさん方の前に出さないで下さい。緊張で胃腸がマッハです。


  「趣味でやってるだけですから、過度の期待はしないで下さいね」


  あんまり他人の演奏は聞かないから基準が良く分らないんだよな。この時代基準の雅な曲があたしには合わないから。

  さて、曲のチョイスはどうするかな。戦前だし、景気いいのでいくべきだよな。

  ふと、空を見る。完全に日が落ち、篝火だけが明かりをもたらす。電気がまだ扱われる前の世界は、21世紀の都会では想像もできない程に星が良く見える。・・・恋色マスパアレンジでいきますか。








  華琳視点

  独創的、麗羽がそう表現したのが良く分る。奔放で躍動感に溢れる旋律は中原では耳にしたことのないものだった。いや、どこか張三姉妹のそれに似ているのかしら。あれは妖術を使って楽器では出せない音も使っているけど、雰囲気に共通性があるのかしら。

   暗がりである事もあるのでしょうけど、指の先が増えて見える程の速さで弾き出される音程は駆ける様な印象を受ける。けれど意図する旋律には二本の腕では、もしくは古琴一つでは足りないのだろう、時折口笛を織り交ぜ、絡みつく二つの旋律が一つの旋律へと融合を果たす。まるで元々が一つの音であったかのように。

  いつの間にか、私は星空を眺めていた。星はあらゆる事象の予兆を人に伝えると言う。なら、それは星々が自ら望んで行っているのか。それとも天の意思に従っているだけなのか。もし星たちに己の意思があるのなら、それはこの曲のように自由で奔放なのだろうか。

  ふと、他の観客を様子を覗いててみる。

  公孫賛は先の私のように星空に目を向けていた。やはり、星々に思いを馳せているのだろうか。

  馬超は目を閉じ、体を揺らしていた。彼女が奔放な旋律から思い描くものは草原を駆ける馬の快活さだろうか。

  そして麗羽の目線は、ただ真っ直ぐに張郃に注がれていた。




  後書き

  久方振りに何かカードゲームをやってみたいなと思う今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。

  一緒に小説を企画している友人が仕事で香港に行ってしまいました。お陰で計画が頓挫の危機です。

  それはさて置き本編ではお馬のお二人が初登場しましたが如何でしょうか。まあ、後から来た馬さんはほんと出ただけ感がありますが。まあ、袁術合流時にイベント用意してますし、戦闘でも出番があるので、彼女の活躍はちょっとお待ちください。

  余談ですがオリキャラの雨は台詞考えたりするとき何故かモモーイの声になります。

  それでは今回はこれまで、また次回。



[8078] 第二十三回 群英会 其三
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/02/28 22:09






  乾いた音が天幕に響いた。耳に痛いほど静寂が天幕に充満し、その場にいた誰もが凍り付いていた。

  張郃は目の前の事態に、狼狽しながら当事者二人を見回し、何も出来ないでいる。そして天幕の出入り口のところでは入ってきたばかりの白い服で黒髪の女が固まっている。

  かく言う私も、洛陽との連絡が途絶えたと言う報告の途中で話を遮られたまま、呆気にとられてしまっていた。


  「・・・何故じゃ・・・」


  それは嗚咽の混じった声だった。


  「・・・何故父上を守れなかったのじゃ!」


  それは父親の死に対する悲しみと、あたり構わず撒き散らさねば済まない形なき怒りだった。

  立場もない、配慮もない、唯一つの感情のうねりがこの場を支配していた。


  「お~い、麗羽、今やってる馬超軍の訓練が終わったら次は私のところ、が・・・あれ?どうした?何だよ・・・なんで皆こっち見るんだよっ!?」


  この時彼女に注がれた目線に、彼女は半分泣き出した。








  黒羽視点


  麗羽様と一緒に孟徳さんから彼女の側の草に関する報告を受けていた最中だった。


  「麗羽はここかえ!」


  突然入ってきたのは長い金髪に豪奢な衣装の、ひどく小柄な少女だった。


  「・・・美羽さん・・・」


  口にしたのは麗羽様、それはたしか妹様の真名。つまりこの小さな娘が、公路様と言うことになる。


  「えと・・・あの・・・」


  取り敢えず挨拶はするべきだろう。そう思って声を掛けようとしたが、公路様は他に見向きもせずに麗羽様に向かって行く。


  「・・・み、美羽様~、待ってくだ・・・」


  天幕からもう一人、婦警と言うかスチュワーデスみたいな服の女性が駆け込んで来たその時だった。

  パンッと乾いた音がした。右手を振り抜いた姿勢の公路様と、片頬を紅く染めて呆然としている麗羽様。何が起きたのか、見えはしなかったけど、大体分る。

  でもこの場合どうすればいいんだろう?えと、麗羽様を殴ったのはアレだけど、相手は妹様だし、理由も察せられるし・・・


  「・・・何故じゃ・・・何故父上を守れなかったのじゃ!」


  滲み出すような声。正直、動けない、どうすればいいのか分らない。


  「お~い、麗羽、馬軍の訓練が終わったら次は私のところ、が・・・」


  出入り口からの声に反射的にそっちに視線を向けてしまう。


  「・・・あれ?どうした?何だよ・・・なんで皆こっち見るんだよっ!?」


  私以外も伯珪さんの声に反応してしまったのだろう。私以外も彼女に目を向け、伯珪さんはどうやら軽いトラウマになっているらしい。だが、申し訳ないけどそんな事を気にしている余裕は、こっちにはない。

  ああ、どうすれば、どうすれば・・・


  「すみませんが、皆さん。美羽さんと二人にしてくれませんか・・・」


  俯いている麗羽様が、搾り出すようにその言葉を口にする。


  「え、ですけど、その・・・」


  「お願いします・・・」


  そう言われてもなぁ、俯いたままの麗羽様を見て、離れて大丈夫な様には見えない。


  「分ったわ。必要な事は張郃に伝えればいいのかしら」


  返事をしたのは孟徳さんだった。


  「・・・ええ、それで構いません・・・黒羽さん、お願いしますね」


  「えっ、いやっ、・・・お言葉ですけどっ・・・!」


  流石にそれは駄目だろう。そう思い、それを断ろうとしたが、それも出来なかった。


  「いいから来なさい。これは二人の問題でしょう?」


  「ちょっと、空気を読みましょうね?」


  孟徳さんと、白い服の女性に両脇から抑えられ、天幕の外に引き摺られていく。


  「ちょ、でも、あの・・・!」


  「いいから!公孫賛、貴女もよ」


  孟徳さんはものの序に伯珪さんも外に引っ掴んでいく。

  結局あたしらは麗羽様たちの天幕からそれなりにはなれた場所に移動した。後から気付いた事だが、伝令とかを見逃さないよう、天幕と出入り口を結ぶ道の近くを選んでいた。


  「儁乂、戻りたいでしょうけど駄目よ。あれは他人が入り込んではいけない話よ」


  麗羽様と公路様を二人だけにした事に納得いかないあたしに、孟徳さんはそう言った。決して強い語気ではないのに、妙に強制力を感じるその言葉に、あたしは頷かざるを得なかった。


  「それじゃあ、袁術の部下か何かかしら?自己紹介して頂戴」


  そう言って孟徳さんは白い服の女性に向き直る。そう言えばテンパって気にする余裕もなかった。


  「あ、失礼しました。私、美羽様の部下で張勲と申します」


  無邪気さを纏う笑みを浮かべる女性は張勲と名乗った。今まで何かと聞く機会の多かった名前だ。


  「これは・・・始めまして、張儁乂の名前はご存知ですよね?義姉上、とお呼びするべきですかね?」


  「・・・ああ、貴女が・・・そうですね、従姉妹同士で、私が年長さんですからお姉ちゃんですね、確かに」


  この人があたしの従姉妹さんね。そう認識すると途端にその笑みが胡散臭く感じられるから不思議だ。


  「あら、貴女たち縁者だったの?全然似てないわね」


  ・・・?いや、縁者といっても従姉妹だしな。直接的な血縁じゃないからそこまで似ないと思うけど?

  その時、麗羽様たちの天幕に向かう影を見つけた。裏亞だ。トテトテ走る姿が微笑ましいと思う、多分普通に顔が露出していたら。


  「裏亞~、急いでどうした~?」


  今、天幕に行かせるのはアレなので呼び止めておく。


  「お、おねえ、さま・・・ぜは・・・袁じゅ、つさんが・・・ぜぇ・・・先に・・・と、裏禍は・・・伝え・・・」


  ああ、成る程。ぜぇぜぇ、と肩で息をするその姿に、大まかな事情は理解できた。君がしっかりと公路様を抑えていれば、なんて身勝手な考えが過ぎってしまった不甲斐ない姉を許してくれ。


  「・・・ああ、そのことならもういいよ。こっちで何とかするから」


  過ぎてしまった事だものな、それ。


  「所で、後ろで走ってくるあれは何かしら?」


  孟徳さんが指差した方向に、丁度裏亞の後ろを追うように走ってくる紅い服の女性が見え、思わずあたしは釘付けになった。

  メイドカチューシャのような髪飾りに、ふわりと広がるかのような特徴的な浅緑の髪。ちょこんと鼻に乗っかった小さな丸眼鏡の女だった。やたら袖のでかい服で(あたしも人のこと言えんが)露出も激しい。本来だったら目のやり場に困りそうなものだが、あたしの視線はある一点に集中させられていた。

  一言で言おう。巨乳派のあたしにはアレ程の誘惑は未だ嘗てなかった。たゆんたゆん揺れてますよ!身内で一番大きい麗羽様より二周り以上でかいですよ!これが所謂乳革命と言うアレか!?


  「・・・袁じゅ・・・さ・・・一緒・・・に・・・」


  「ああ、無理せんでいいから」


  さっきから息も絶え絶えのこの娘から何か聞こうってのも酷か。そしてやって来た紅い服のおっぱ・・・もとい女の人。


  「・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・置いてい・・・な・・・はぁ・・・ひど・・・」


  取り敢えずこの人も駄目そうだった。





  結果、二人が回復するまで待つ事になりました。


  「で、伯言さんが伯符さんの代わりに挨拶にと」


  「はい~、蓮花様が袁術さんの軍の設営の指揮も押し付けられてしまいまして。失礼ですけど私が代理で来させていただきました~」


  どこか審配に通じるのんびりさを感じる彼女は陸遜だった。彼女の登場で高知能=貧乳説は覆されてしまった。

  そして、この会話の後ろで我が従姉妹殿は、「そう言えばそんなお願いもしてましたね~」とにこやかな笑顔で言っている。


  「まあ、仕方ないでしょう。では、正式な挨拶は後日と言う事で、今日の所はあたしが承るという事でよろしいでしょうか」


  「はい、お願いします~」


  裏亞の竹簡に情報を書き出してもらって、一応の手続き完了とする。まあ、手続きと言うほどのものでもないが。


  「それにしても今日は問題の多い日ね。走ってくる人間が絶えないわ」


  「・・・そうですね。こう言う日を厄日と言うのでしょうか・・・」


  孟徳さんが、またこっちに駆け込んでくる影を見つけて呟き、あたしは溜め息を吐いた。だが、やってきた兵士が伝えてくれたそれは、とても溜め息で済むものではなかったが。







  翠視点

  事の発端は末端の兵士同士の喧嘩だった。所属の違う部隊が集まればよくある事だし、それがこんな幾つもの違う地方の軍隊が集まるような事になれば、そういうことも増える。だから、最初聞いたときはそんなに問題だとは思わなかった。

  相手が孫策の軍だって知ってたらこうはならなかったんだろうな。いや、言い訳か。兎に角、因縁ある相手に、ただの喧嘩は武器を持っての殺し合いに発展していた。


  「・・・久しぶり、とでも言えばいいのかな。孫策」


  「・・・ええ、そうね。嬉しくない再会だけど」


  江東特有の露出の多い赤い服を纏った褐色の肌の女、孫策。そしてそいつと向かい合うあたしはそれぞれ得物を構えている。そしてそれぞれの後ろには百人単位の興奮した兵士たち。

  何年か前、あたしらは韓遂の叔母様に乗せられて漢王朝に対する反乱の片棒を担がされたことがある。その時に戦い合った相手が孫策の母親の孫堅様の軍で、あたしも孫策とは直接刃を交えた事もある。そして、そん時からの兵たちは、そん時の恨みを覚えていたって事だろう。


  「で、事の詫びはないのか?こんな時期だから、今ならそれだ目を瞑ってやる」


  高圧的な態度だけど仕方がない。個々で下手にあたしから歩み寄ったら、後ろの奴らが暴発しかねない。今ここにいる奴ら以外に増えてこないのは、多分蒲公英が裏で押さえてるからだろうし。


  「それはこっちの台詞だと思うけど。先に手を出してきたのはそっちだって聞いたわ」


  孫策も恐らくそこのところはおんなじなんだろう。けど、こっちも引く訳にはいかない。引いたら不味い事になる。それに、こいつらに良い感情がないのはあたしもだ。戦だから、って頭で分ってても、それで感情は納得しない。


  「それにしてもどう言う風の吹き回しかしら。涼州勢の貴女たちが董卓と敵対するなんて」


  「・・・そう言うのは関係ない。寧ろ董卓のやっていることが天道に反しているなら、あたしらが見ている訳にいかないだろ」


  以前の反乱の時は最後の方で董卓に恩を受けたって母様から聞いたけど、だったら尚更董卓を止めなきゃいけない。


  「恥知らずの上に恩知らずなのね、馬家の連中は。それが反乱を起こして涼州を騒がし、王朝を脅かした貴女たちの言葉かしら。実の所、どこかの有力な勢力に取り入って何か企んでるんじゃないかしら?董卓に情けを乞いで罪を免れた時のようにね」


  「お前ぇ!」


  思わず体が動いていた。不味い、と思うと同時に、頭のどこかでこいつを殺してしまえと叫ぶ自分がいるのにも気付いた。こいつは母様を侮辱した。あたしたちにも非があったとは言え、あの戦いで失った仲間たちまで侮辱する事だ。皆、母様やあたしたちを信じて戦って散ったんだから!

  あたしは槍を構えてが孫策目掛けて突き進む。狙いはその心の臓。同時に、孫策も剣を抜いて待ち構えている。


  「仕掛けてきたのはそっち、死んでも恨まないでよねっ!」


  「おおおおぉぉぉ!」


  得物の違いで、先に間合いに入るのはあたし!一突きで終わらせる!

  あたしは彼女の心の臓目掛けて渾身の一撃を繰り出した。

  やってしまった、と思わなかった訳じゃない。でも同時に、やってやった、とも思ってしまった。そしてそれは止められた。


  「あっぶな~・・・ちょっとお二人とも何やってんですか!」


  気の抜けた声に次いで、怒鳴り声。あたしに背を向けるような格好で槍の穂先を踏み付けて軌道を地面にそらし、手甲みたいな物を嵌めた手で孫策の剣を受け止めていた。


  「張郃・・・どうして・・・?」


  「・・・貴女、何者?」


  何故、彼女がここにいるんだろう?


  「取り敢えず、二人とも武器を下ろしてくれませんか?正直貴女たち二人に挟まれているのはきついんですよね」


  そう言った張郃の表情は、確かにどこか辛そうだった。もしかしたらあたしたちの攻撃を防いだ時、どこか怪我をしたかもしれない。


  「お二人とも、後でお話を聞かせて頂くことになるでしょうが、先ずは後ろで殺気立っている連中をどうにかして下さい。これ以上は我らも軍を持って介入せざるを得なくなります」


  しかたなくあたしは得物を引く。孫策も剣を鞘に収めた。


  「さっき馬超が張郃って呼んだわね。貴女は袁家の張郃?」


  「ええ、それが何か」


  「いえ、分ったわ。ならばこの諍い、袁家に預かって貰うとするわ」


  そう言って、孫策は片手を振って後ろの兵士たちの元に向かっていった。多分、袁家の介入を理由に兵士たちを納得させるんだろう。


  「ああ・・・その、張郃、悪いな、迷惑掛けちゃって」


  片手で脇腹を押さえる張郃に、取り敢えず謝る。下手をしたら董卓と戦う前から内輪揉めで戦争どころじゃなくなっていたかも知れないんだ。


  「いえ、大事にならずに何よりです。けどさっき言った通り、後でお話を聞くことになると思いますので」


  腹に据えたものがあるんだろうな、丁寧な口調だけど態度がぎこちない。


  「それにこの事は他の軍の方たちにも伝わっているので、話を聞く時にはそっちの方たちもいて貰う事になると思いますので」


  それだけ言って、彼女は立ち去っていった。その後姿に弱々しさが漂っていたのはきったあたしたちのせいなんだろう。







  雪蓮視点


  「で、言う事はあるかしら・・・?」


  諍いを起こした兵士たちを引き連れて陣地に戻ったところで冥琳に平手を貰った。その後ろでは祭がこっちを睨みつけている。


  「ないわね。完全に私の過失だわ」


  本当は兵士たちを止める積もりだったんだけどね。自分でも驚くくらい自制が効かなかった。


  「頭では分ってたんだけどね・・・自分でも驚いてるわ」


  馬超の姿を見たら頭に血が昇ってしまったわ。


  「全く・・・仲裁に入った彼女には感謝してもしきれないわね」


  そうね。確かに、下手をすればあそこで孫家の独立は消えていたかも知れない。そう考えると、彼女には感謝しておくべきなのよね。


  「策殿、確かに堅殿の死因となった戦傷は馬騰たちとの戦によるもの。だがあれは・・・」


  「分ってはいるのよ、私だって」


  母様は一人の将として戦場に立ち、傷付き、そして斃れた。それを何時まで経っても恨みとして胸の中に抱え込むのは、決してして良い事じゃない。


  「難しいわね。将をやるっていうのも」


  やがては袁術から独立するためにも、嘗て母様が治めていた呉を取り返すためにも、ほんとに難しいわ。






  後書き

  久方振りにカードゲームがマイブームな今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は出だしで盛大にこけました。お陰で違う作品が一つ出来上がってしまうほどに。

  さて、今回は連合軍の内部の問題点を描いてみましたが、どうでしたでしょうか。それなりに上手くややこしく出来たと思います。実際こんな色んなとこの混成軍隊(しかも殆どが潜在的敵対勢力)で問題が起きない方がおかしいと思うので。

  それでは、次回はもう少し早くできるよう努力します、また次回。



[8078] 第二十四回 群英会 其四
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/03/19 19:26







  この日、あたしは自分の天幕で事務仕事をこなしていた。陳留に着いて早一月、演義で活躍の描かれる主だった戦力は劉備勢を除いて既に集まっている。時折、聞き覚えのない、せいぜい脇役レベルの勢力がまだ集まってくる事があるが、もうそろそろ正式に盟主を決めて、作戦会議を始めるべきか。

  そこまで思考を動かしていると見張りの兵から来客の知らせを受ける。


  「お久しぶりです、お姉さま!と、裏禍は再会を喜びます!」


  入ってきたのは暫く仕事で別行動をしてもらっていた裏禍、後から許攸も入ってくる。抱きついてきた裏禍を抱き返してやりながら、許攸の話を聞く。


  「言われていたこの辺り一体から洛陽への地図、作ってきました。出来る限り詳細なものにした積もりですが、流石に汜水関の内側に入ってすぐに見張りが増えたので慌てて戻りました」


  お陰で汜水関以降は然して詳細に出来なかった、とこぼした。地図を軽く確認してみると確かに許攸の言うとおり、虎牢関以降に至っては市販の地図と大差ない。まあ、仕方ないだろう。


  「戻って早々悪いけど、これを見て下さい」


  地図をしまい、私は裏亞が纏めてくれた各軍の資料と、先日の馬軍と孫軍の騒ぎを纏めた資料を渡す。許攸はそれらを見る。その間、片手で裏禍を抱きしめながら、もう片手で事務を処理していく。

  どれくらい経っただろうか、読み終わった許攸は溜め息をついた。


  「成る程、本初様がわざわざ報告を貴女にするように言ったのはこういうことでしたか」


  当然ではあるけど、一度麗羽様の方に行って来たらしい。だけど、報告はこっちに回すよう言われたそうだ。まあ、妹様と二人っきりの話の内容は知らないけど、真っ当に仕事任せられそうな状態じゃなかったしな。まだ引き摺ってるか~。


  「まあ、それは兎も角、随分と面倒な事態になっていたんですね」


  確かに。馬軍と孫軍の諍い。結局あの後、何のお咎めもなしと言うのはまずいという事で、孟徳さんたちとも協議の結果、一応うちの陣営で謹慎して貰っている。尤も、軍事行動に不具合が出ないように部隊との連絡は自由に取ってもらっている。厭くまで形式だけのものだ。


  「まあ・・・一応もう大丈夫だとは思いますが、もしまたこの二軍の間で何か起こるようでしたら、どちらを切り捨てるべきだと思います?」


  不和の種は取り除かねばならない。だがそれは確実な戦力の低下と将来的な怨敵を作る事になる。だが、このメリット、デメリットを考えた上で、やはり二度も寛大な処置を行う積もりはない。


  「まあ、考えるまでもないでしょう」


  「ですよね~」


  まあ、それぞれの立場、今回の戦の相手を考えると、切り捨てるとしたらやっぱり・・・


  「「孫軍ですね・・・」」


  ・・・こいつとハモっても嬉しくねぇな~。








  雪蓮視点


  「・・・って感じで話が纏まってそうよね、私たちに関しては」


  袁紹軍から謹慎場所として提供された天幕で、私は冥琳と祭とでこれからに関して話しをしていた。


  「それに関しては賛成するわ。少なくとも袁紹軍には馬軍を切ってまで、私たちをとる理由がない」


  「逆はあるけどね」


  恨まれる理由はあるのよね~、寧ろ私たちが起こした訳だけど。それに私たちは袁術側と認識されている筈。今の袁家は二つに分かれている現状、向こうからすれば私たちは潜在的な敵と言うことでもある。


  「兎に角、これ以上失態を犯すようなら私たちに明日はないということだな。誰かのお陰で大分難しい戦になったものだ」


  あ~、冥琳が意地悪言う~。分ってるわよ、私が悪いって事くらい。


  「でも良かったの?冥琳だけじゃなくって、祭まで来ちゃって」


  正直、あの時は状況が特殊だったとは言え、私みたいに暴走する人間が出ないとも限らないんだし。


  「それは心配いらん。徳謀が先日、輜重隊と共に到着してな。あ奴なら古参の兵たちの恨みつらみも抑えられよう」


  徳謀、それは祭に並ぶ古参の宿将の名前だった。程普と言う名の、江東随一の怪力を誇る猛将。母様と共に多くの戦場を駆け、そして祭と同様、母様がいなくなってからも私たちの側に残り続けてくれた者。


  「そう、明命だけじゃ不安だったけど、進(ジン)も着いたの」


  これで予定していた戦力は揃った訳ね。


  「そっちの不安が解決した所で、あっちの問題は何なのかしら?」


  そう言って私は目線を天幕の出入り口に向ける。そこに緑の髪の小柄な女の子が立ってこっちを睨みつけている。


  「ああ・・・袁家の将でな。文醜の名前は知っているだろう?」


  「へえ、彼女が。で、なんでその文醜がここに?」


  正直彼女にあんな睨まれる覚えはないんだけど。


  「貴女たちの殺し合いを止めた張郃の妹を称しているのよ。で、愛しのお姉様が体調崩してね。すっかり目の敵にされて、何か問題起こさないか監視だそうよ」


  誰かのお陰で断れなかった、なんてわざわざ言わなくてもいいじゃない。一応、袁家側の配慮で彼女には耳栓がされているから、こっちの会話がもれていたりはしない筈だけど。

  ふと目が合ったら、舌打ちされた。露骨にこっちに聞こえるように。


  「それで、確認だけしたいんだけど、私たちの方針に変化はないよのね?」


  「ええ、勿論。私たちの目的はあくまで袁術からの独立。その為に利用できるものは何でも利用するわ。唯、追加でやる事が一つ出来たけど」


  そう言うと冥琳は米神を押さえる。


  「分ったわ。可能な限り、袁紹たちに借りを返せるようしてみるわ」


  自分の仕出かした不始末を人に助けて貰ったままなのは、気分のいいものじゃない。この戦いの後、どういう関係に落ち着くかはまだ分らないけど、やっぱり後腐れないようにここで借りを返してしまいたい。


  「まあ、最優先事項に変化はないわ。これはあくまで機会が有って、こっちに不利益が出ない程度に、ね」


  さて、この失態、どう挽回するかしらね。






  蒲公英視点


  「な・・・蒲公英・・・」


  「なぁに?お姉さま」


  お姉さまが問題を起こして数日経ち、蒲公英を呼び出だした。お姉さまは怯えを含んだ表情をしているけど、その理由は分ってるんだけどね。


  「愛華さん・・・やっぱり怒ってた?」


  お姉さまが愛華さんと呼んだ人は蒲公英たちの先輩格の武将で、伯母様の部下。今回は初めて大将役をするお姉さまのお目付け役として付いてきたの。


  「う~ん、お姉さまはどう思う?」


  そうやって自分で想像するように促したら、どういう想像に行き着いたかは知らないけど、頭を押さえて呻き始めちゃった。全く、お姉様のお陰で随分心配させられたし、苦労もさせられたんだから。これくらい弄ったって罰は当たらないよね。


  「おぉ・・・神は・・・神の愛はもういいからぁ・・・」


  ああ・・・うん・・・愛華さんの説法は長いかなねぇ・・・それも絶え間ない。そして必ず、いつの間にか神の愛の話に移ってる。あれは一種の拷問といってもいい気がする。そんな事本人に聞かれたらやっぱり説法が待ってるから言わないけど。

  愛華さんの姓は鳳、名は徳、字は令明って言う。

  私たちの住む西涼は国の西端だから、色んな民族や文化が混じっている場所が沢山ある。特に「糸絹の路(シルクロード)」を通って貿易にやってくる羅馬(ローマ)や、砂漠の国の商人たちは漢土でも余りないんだって。

  愛華さんの家は、羅馬の商人が漢人と交わって建てた家だって聞いたことがある。だからか分らないけど、愛華さんの家では孔子の教えじゃなくて、異国の神様の教えを大事にしている。そういうちょっと特別な環境で育ったせいか細かい事を気にしない質の人が多い西涼じゃ珍しく細かい気配りが出来る人だったりする。


  「まあ、その愛華さんだけどさ~」


  ぶつぶつと何かを呟き続けていたお姉さまはビクッと肩を震わせた。やだ、すっごく楽しい。


  「無論怒っていますよ?ええ、怒っていますとも」


  唐突に後ろから掛けられた声に思わず後ろを振り向いちゃった。そこには輝く笑顔を浮かべた阿修羅だった。


  「いいえ、敬虔たる神の使徒ですよ?蒲公英さん」


  「また顔に出てました?」


  愛華さんはよく西涼の人は表情で考えが読みやすいって言う。お姉さまとかは兎に角、蒲公英はそうでもないと思うけど、こういう時はよく考えを当てられちゃう事がある。蒲公英は実は愛華さんは読心の仙術ができるって言われても驚かない。

  金色の長い髪に蒼い瞳、白っぽい肌って言う漢人離れした姿は羅馬の方の人の血らしい。着ているのは漢土では見ない、白と黒のヒラヒラした服。確か修なんとかって服で、愛華さんたちの宗教で女の人が着る、道教の道袍見たいなものだって聞いたことがある。それに革の腰帯に結ばれた瓢箪が多分唯一の漢土っぽさ。一度見たら絶対忘れないよねって感じの格好をしてる。

  でも一番印象に残るのはやっぱり何時も背負っている黒いおっきな棺。鎖が繋がれた、愛華さんの背丈よりもおっきなその棺は愛華さんの武器なんだけど、そんなものを背負ってると当然人の注目を集める。今も見張りの人が愛華さんの棺に釘付けになってるし。「人喰い仙女」なんて物騒な二つ名の由来にもなってるし。


  「そう言うことは今は置いておくとして、翠さん?ご自分の立場をご理解しておりますか?範(ハン)様や嵐(ラン)様にも、出征前に言われましたよね?立場を弁え、為すべきことを理解しろ、と」


  にっこりとした笑顔なのに恐怖しか与えないって言うのは結構すごい事だと思うの。蒲公英が見た事があるのは伯母さまと韓遂の小母さま、そして愛華さんくらい。愛華さんの神様はもしかしたら閻王爺(閻魔大王)みたいな顔なのかも知れない。

  ちなみに範と嵐はそれぞれ伯母さまと小母さまの真名だったりする。蒲公英たちより大分長く軍にいる愛華さんは、二人から真名を許されていたりする。


  「えと・・・その・・・勿論わかってるよ?でもあの時は自制が効かなかったっていうかさ・・・ほら、だって孫家の連中だったんだ。兵士たちの喧嘩で死人も出てたし、仕様がなかったって言うか・・・」


  「それなら尚更大将である翠さんが冷静にならなければいけなかったと分りますね?」


  お姉さまの必死の言い訳をばっさりと両断する愛華さん。うん、まあ、両方言いたいことは分るけど、実際迷惑被った側からすれば蒲公英は愛華さんの味方かな。だからそんな泣きそうな表情で見られても助けてあげないよ?


  「そもそも、人の上に立つ立場の人間が何時までも私怨を抱いていてはいけないのです。そも主は仰られました、汝の敵のために祈れと・・・」


  「分かった!分りましたから!ほんと反省してるから、だから教養っぽいこと言わないで!頭が痛む~!」


  蹲りながら両手で耳を塞ぐお姉さまに延々とお説教、でもいつの間にか神様に関する説法に変わっているそれを前に半泣きになっている。

  お姉さまが説教されてる時の顔って見てるとすごくぞくぞくするんだよね。








  黒羽視点


  裏禍と許攸が戻ってからはあたしの天幕はちょっとした情報交換が行われていた。そして日が暮れだした頃、裏亞が入ってきた。審配が補給隊の指揮をとって渤海からやって来たのだ。挨拶も程ほどに、審配には渤海周辺の近況を尋ねる。


  「元皓さんたちが鄴の韓馥さんから兵糧の提供を取り付けてもらいました~。兵は出してもらえなかったのは残念ですけど~、これで大分領民の負担が減らせますね~」


  他には遼東の公孫恭から派兵が断られた事も聞いた(太守の公孫康が病没し、彼女が代理を務めているらしい)。理由としては朝鮮方面の異民族への備えと言う、あの位置からすれば至極真っ当なものだった。

  姉妹が両腕に張り付いたまま、審配の報告を聞いていく。この後左程大事な情報はなかった。


  「あ、そう言えば大事な事聞き忘れてたな。汜水関の敵、誰がいるか調べられたか?」


  「旗の確認だけしか出来ませんでした」


  結果が不本意だったのか、やや悔しげなものが混じっていた。彼女の報告によると確認できた旗は、張旗が二つ、華旗、徐旗の四つだったと言う。呂布がいないのは演義の通りか。もうほんと史実知識があんま役に立たないな。

  汜水関の張旗、片方は多分張遼だろう。ある意味呂布以上に危険な感じがしないでもない相手。華は華雄、徐は徐栄かな?

  董卓側の兵も十五万程は固いと言う。だが、こっちも既に十五万を超えている。兵力数では負けていない。向こうには砦の利が有るけど、それは同時に騎馬を使えなくさせる。だから総じて言えば今の時点ではそこまで不利ではない筈だ。


  「それでさ、一応洛陽攻略に関しちゃ腹案が有るんだが」


  「奇遇ですね。私も腹案が出来上がりました」


  ・・・ほう・・・出来たと抜かすか。お前の頭は認めているけど、この場で出来た(と言う風に聞こえた)と言うか。あたしはこれらの資料とか読んで結構頭を悩ませたのに。ちなみに裏禍と裏亞は他の仕事が有ったから手を借りれなくって、頭が痛くなったくらいだ。

  結果だけ言おう。あたしが数日掛けて考えた腹案と、許攸の即興の腹案が同じ内容だと分った時は色んな意味でやるせない気分になった。








  後書き


  俺の書くオリキャラって予定した通りのキャラにならないな~と凹んでいる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  最近恋姫の次回作は戦国ランスみたいなシステムで出てくれないかな、と考えています。そして捕まえた女の子を調教して味方に、とか。

  それはさて置き本編、前の騒ぎの始末に関する話でした。劉備勢やち○こ太守の登場を期待していた方は申し訳ありません。

  そしてまたオリキャラが出てきてしまいました。おかしい、こんなに増やす積もりはなかったのに・・・取り敢えず董卓編終わったらオリキャラ紹介でも書こうかな。一応この人らにも活躍の場は用意していますので、無駄キャラにはならないかと。

  それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。



[8078] 吉川的華雄伝 二
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/03/24 00:23







  鉄と鉄がぶつかり合う音、火花、衝撃。その全てが私の感情を昂ぶらせてくれる。例え全力を傾けた命のやり取りでなくとも、強き戦人との手合わせは心躍らせるものがある。

  ぶつかる相手の得物は私と同じ大斧、だが私のものより巨大な諸刃の大斧である。私でも辛うじて扱えない事もない、と言う重量を目の前の女は片手で振り回している。それも片手に一本づつだ。


  「・・・くっ、相変わらず馬鹿力なっ・・・」


  片手でありながら、私の力を凌駕する一撃を捌きつつ反撃を試みる。だが両手に得物を持っているため隙が小さく、ほとんど攻め込むことができないでいる。本来は苛立ちと共に心地良い昂揚を与えてくれる筈のこの状況は、だが私は苛立ちだけしか感じなかった。何故なら・・・


  「ひゃぁ・・・ひっ・・・きゃっ・・・」


  「ええい!気が散る!もう少し真剣に戦えないのか!」


  こうも見事な戦いを見せてくれている相手がこうも情けない声を出しているとこっちが情けなってくるぞ!


  「そんなこと言われてもぅ、怖いんですからどうしようもないですよぅ」


  二振りの大斧を振り回していた少女は涙目でそう反論した。

  彼女の名は徐晃、字は公明。涼州刺史、張奐殿の秘蔵っ子であり、武人出身である張奐殿の愛弟子でもある。

  私と同じほどの背格好で、腰まである栗毛の長髪を三つ編みにした少女だ。黒い服の上に白い布をあしらった独特な衣服を着込み、両手両足をぶ厚い鉄鋼の防具で守っている。顔立ちは私より年下に見え、若干雀斑がある。その容姿は雨が太鼓判を押しているから良い方なのかも知れない(私にも押されている分疑わしくも有る)。

  正直彼女の武の才はまさに天賦のそれである。もし彼女が全力で攻めに転じれば、今の私では確実に負けるだろう。だからこそ、今の彼女に苛立ちを感じてしまう。こいつは臆病に過ぎる。それに気の抜けた悲鳴が余計に神経を逆撫でる。


  「か~ゆちゃん、そこら辺にしときなよ。あんまり苛めるとじょこたん泣いちゃうよ?」


  地面に座って私たちの組み打ちを見ていた雨が声を掛けてきた。


  「そうは言ってもだな、これほどの才が目の前で無駄になっているんだぞ?武人としてこれほど口惜しいことはないぞ!」


  「まあ、言いたいことは分るけどさ、結局他人のことだし無理強いは良くないって」


  むう、そう言われるとその通りかも知れないが・・・


  「えとぉ、すみません、でもどうしても怖くてぇ・・・」


  徐晃は震えながら謝ってくる。ええい、そんな涙目をされたらまるで私が虐めていたみたいじゃないか。


  「いや、興奮した私が悪かった。勿体無さ過ぎると思ってしまってな・・・」


  些か身勝手ではあるが、彼女と全力で稽古が出来れば、我が武も大いに磨かれるだろうと思うとな。まあ、その場合「全力の稽古」でなく「本気の殺し合い」にならない保障はないのだが・・・


  「かゆちゃんもじょこたんも充分だと思うけどね、そんだけ強けりゃ。それに・・・」


  雨は立ち上がると素早く徐晃の胸に抱きついた


  「ひゃあっ!」


  「雨ちゃんとしちゃぁ、かゆちゃんに次ぐこの美乳が傷付かないか心配で。この、でか過ぎず、小さ過ぎずの程良い心地良さが・・・」


  雨は自分の顔を徐晃の胸に擦り付ける。徐晃は驚きの声を挙げ、その際に両手の小野が放り捨てられってぬお!?放り捨てられた斧が顔を目掛けて飛んで来て、咄嗟に倒れ込む様にそれを避ける。


  「危ないだろっ、雨!」


  危うく頭をかち割られる所だった私は、後ろから雨の両肘辺りを掴んで徐晃から引き剥がす。


  「お、おおう・・・」


  そして上半身を雨の両腕を掴んだまま体ごと反転させ、私の背の下に雨の頭が来る体制になる。


  「ちょっ、かゆちゃん!これは駄目だよ!この技、受身がとれ・・・!」


  そして背中から倒れ込み、雨の顔面を地面に叩き付ける。私は起き上がると立ち上がって雨の体が痙攣して、立ち上がれない事を確認すると徐晃に向き直る。徐晃は両腕で胸を押さえて座り込んでしまっている。


  「こっちも成長せんな、お前は。雨が近付いて来たら悪戯を警戒しろ」


  徐晃も雨のこういう悪戯を受けるのは初めてではないと言うのに。彼女に手を貸して引き起こす。


  「そうは言われましてもぅ、友達ですしぃ・・・」


  全く、こいつのこの性情は端から見ていると一人にしたらどうなるかと、不安にもなる。どんな稚拙な嘘にも騙されそうに思う。

  それから暫く、他愛のない会話を続けたが、その後張奐殿から使いが現れて来た。






  私と徐晃が屋敷の評定の間に着き、そこには張奐殿と張済様、そして見知らぬ小柄な少女が二人いた。


  「華雄、招聘に依って参上いたしました」


  「えっと、お師匠様、何か御用でしょうか?」


  私たちは張奐殿に挨拶をし、部屋に入る。


  「うむ、急に伝えねばならん事ができてな。時に張繍はどうした。一緒でなかったのか?」


  張奐殿は非常に高い身の丈で、隆々と膨らんだ筋肉が衣服の上からも見て取れる、白髪の偉丈夫である。私たちが生まれるよりも昔から、異民族等と戦い続けてきた歴戦の勇士である。今ではその顔や肌に多くの皺が刻まれているが、その一挙一動からは微塵の老いも見当たらない。


  「いえ、今日はまだ雨を見ていません」


  「ええ!?」


   説明するのも面倒なので雨の事はしらを切ることにした。張済様はそれで逆に得心したようで、苦笑いを浮かべていた。


  「ふむ・・・今日は侍女たちから苦情が来ておらんから、お前たちといると思って居ったが、珍しい事もあるものだ」


  事情に気付いていない張奐殿は、まあ良いか、と呟くと改めて私たちに向き直った。


  「実はちょいと急な所用が出来てな。洛陽に向かう事になった」


  と言うことは徐晃も着いていくと言う事だろうか?いや、それにしても本当に急だな。


  「もちろん公明、お前にも着いて来てもらう。明日には出るから今日中に仕度を終わらせろ」


  「は、はいですっ」


  徐晃の返事に頷く張奐殿。そして見知らぬ少女二人を前に出す。


  「それで、俺が何時戻れるか分らないからな。俺がいない間の代理を彼女らに任せようと思ってな」


  先ず前に立ったのは気の強そうな、眼鏡を掛けた緑の髪の少女だった。


  「張奐殿から代理で軍政を預かる事になった賈駆よ。字は文和。よろしく頼むわ」


  そして、その横にいた薄い紫の、気弱そうな少女が続く。


  「政務で代理を務めさせていただく事になりました、董卓です。字は仲穎です」


  ふむ、雨ではないが、彼女のようなのを俗にお嬢様と呼ぶのかな?ひらひらした衣服を纏っているが、それが良く似合っている。私や雨では単純に鬱陶しいとしか思えないだろうが。


  「そう言う訳でね、暫くこの娘らが私たちのお上だ。覚えときな」


  そう、張済様が話を締めた。復活した雨が現れたのは半日後だった。







  「それにしても酷いよね、かゆちゃんは。儚げな美少女がいたんでしょ?気の強そうな眼鏡っ娘がいたんでしょ?どっちも美少女だったんでしょ?かゆちゃんのせいで堪能できなかったじゃ~ん」


  次の日、事の顛末を張済様から聞いた雨はそう文句をたれた。寧ろいなくて良かったと思うぞ、その台詞を聞くと。どうやら私は結果的に彼女たちを救ったらしい。こいつの言う堪能なんて意味は一つしかないのだ。少なくとも私は二人の貞操を救った事になる。


  「その言葉を聞くと自分のやった事に誇りが持てるな。それで、それだけ言うために来た訳ではないだろう?」


  本来この時間、雨は騎兵の調練に参加している筈だ。それを他人に任せ、私のところに来ているということはそれなりの事情がある筈である。


  「ん、いや・・・今回の代理の人たち、雨ちゃん会えなかったし、どんな人かなって」


  以外だな、雨なら直接見に行くだろうと思ったが。


  「流石に用もないとね。そこまで図々しくないよ」


  どうやら雨なりに遠慮しているようだ。だがどうせそれも相手の姿を直接見ていないからだろう。あの二人のどちらかでも雨の好みだった場合、こんな遠慮はすぐに吹き飛ぶ。


  「それとさ、結局張奐のおっさんの用も分ってないんでしょ?」


  「そうだな。急ぎとしか・・・」


  陽の内容までは知らされなかった事を伝えると、雨は何やらぶつぶつと呟き始めた。


  「・・・と言うことは・・・政務より優先・・・多分私事じゃ・・・密指?・・・だったら首は・・・」


  「どうした?何か気になることでも有ったか?」


  よく聞こえなかったからそう聞いてみたら、雨は「多分かゆちゃんには難しすぎるから」と言われた。馬鹿にするな。


  彼女が董卓と出会うのはこれから半月後の事だった。勿論それは私と張済様が会わせない様に仕組んでいた訳だった。






  嵐視点


  「そう・・・張奐が涼州を離れた・・・漸くねぇ・・・」


  張奐、永く涼州を守り続けてきた英傑であり、同時に朝廷を盲信する老害。

  能力は有る。人格者でもある。そして領民の生活を護り続けてきた実績もある。言葉にしてみれば領民の求める理想の官吏だ。だけど私から言わせればただの頑固爺だ。

  今の漢王朝は腐り始めている。儒の思想を、私は理解出来ていない。だが、儒の思想として王朝や儒者が喧伝している部分は、弱者に苦しみを押し付けるものでしかない。

  張奐は刺史としてそれなりに良くやっている。けれどそれだけだ。中央から送られてくる無能且つ強欲な官僚は増え、どれだけその不正を摘発しても湧いて出てくる。いい加減中央の意向など無視して涼州は自分たちの歩み方をが必要な時が来ている。異民族と、彼らと交わる私たち辺境の人間を蛮人としか認識しない中原の奴らに任せていては涼州が、いや、漢土全体が駄目になる。

  無論張奐とて無能じゃない。涼州の為、手を打っている。けどその方法が頂けない。涼州に儒を広げる事で中原の思想の中での地位を上げる。異民族と交わる地を、異民族を蔑む教えで纏める事ができるとでも思っているのか?そりゃ、中央や自称識者の連中からの覚えは良くなるだろうが、領内にどれだけの異民族がいると思っているんだ。まあ、それが異民族と交わる事のなかった、軍人の限界なのかも知れない。


  「確かなんだね?愛華」


  この情報を持ってきたのは本来は範姉様の部下である愛華。異国の商人たちが持ち込んできた、耶蘇なる人物が説いたと言う教えの信徒である。その為、涼州内の異国人たちと多くの交流を持つ。涼州にいる異国人は通商人が多いため、その情報網を利用できることは戦略的に大きく、愛華はそれを利用できる稀有な人物なのだ。


  「はい、お金が続く限りは信頼して良い相手からの情報です」


  彼女は「大丈夫だ」と笑顔で示す。その無垢な表情の後ろでどれだけ計算高い思考があるのか。


  「それにしても、貴女が姉様を裏切るなんて、誰も想像すらしないだろうねぇ」


  「人聞きが悪いですね。敬虔なる神の使徒としての責務を優先しているだけです」


  儒の普及は、漢人以外の民族を蛮人と蔑み、文化すら否定している。張奐の、儒の普及と言う方針に危機感を抱いている商人は少なくない。その為彼女のような人間等を通じてこの動きを妨害しようと動きもある。だがやはり張奐は大した人物だ。他の太守たちからの信頼も厚い。異民族との交流が乏しい郡の太守たちは張奐を支持し、その方針を用意に崩すことは叶わなかった。

  結果、異国の商人たちは私たちと手を結ぶ事を選んだ。私たちのような、異民族との交流が盛んな地方では張奐の方針に異議を唱える者も少なくない。ある者は異民族との対立の深化を嫌い、ある者はその兵を不祥の器とする思想が軍の弱体化を招く事を嫌って、など。細かい理由に差こそあれ、私たちは領地を守るために儒を嫌った。


  「それにしても、朝廷を嫌う嵐様が朝廷を利用するとは意外でした」


  「使えるものなら使うだけさね。この件に出資してくれた商人たちに感謝していると伝えといておくれ」


  今回、張奐が涼州を出た理由を、私は知っている。何せ私が仕組んだのだから。

  朝廷内の連中が無為な権力闘争に明け暮れ、政務を鑑みていないことは市中の人間でも知っている事実。その方法には当然命の奪い合いも含まれている。だから皇帝の側に侍る宦官に、扱い易い刺客代わりになる人物を推薦してやった。

  皇帝に程近いあいつ等は容易に密勅を偽造できる。ならば勅令に盲目的に尻尾を振る老犬は実に扱い易いだろうねぇ。齢も齢だから、急に「病死」したりしても不思議はないし。

  その代わり、かなりの額の金をばら撒くことになってしまったけどね。商人連中の援助がなければ難しかったろうね。


  「はい、彼らも喜ぶ事でしょう」


  愛華は嬉しそうな笑顔を浮かべる。尤も、必要とあれば結構えげつない事を平気でやらかす彼女の性格を知っているこちらとしては、素直に綺麗だとは思えなかった。


  「それでは、後はお任せいたしますが、本当に範様が朝廷に弓を引かせることができるのですか?」


  やり方こそ違えど、範姉様も朝廷への忠義を重んじている。だから範姉様が自ら朝廷に弓引く事は確かに有り得ない。けれど別に範姉様に弓を引かせる必要はない。


  「朝廷を動かせば良いのさ。本人の意思に関わらず、動かざるを得なくしてしまえば良い」


  私たちが守り続けてきたこの西涼の地を中原の腐臭に塗れさせる訳にはいかない。範姉様が動きさえすれば涼州の風で大陸中の腐臭を払ってみせる。それだけの力がこの地に、この地に住まう我らにはある。


  「見ていれば良いさ。もう朝廷の風は力を失っている。これからは力強い風を吹かせる我ら辺境の民の時代さ!」


  さあ、もう一仕事終わらせれなくちゃねぇ。







  後書き


  北斗無双の発売が迫ってソワソワしている今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  と言う訳で久しぶりの華雄編です。まだ始動部分ですが、馬騰、韓遂の反乱へと向かっていきます。韓遂と鳳徳が暗躍し、愛されるべきおバカはどう動乱に巻き込まれていくか、お楽しみ頂ければ幸いです。

  それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。



[8078] 第二十五回 群英会 其五
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/05/15 23:57






  人間割かし下らない事でも、他人に殺意を覚える事がある。

  現代社会でよく切れ易い若者がどうたらこうたら言われるが、あたしは自分は別にそのカテゴリーに入ると言う自覚はなかった。少なくとも人並みには忍耐力はある心算だった。だったんだが・・・


  「・・・そも、董卓の横暴を止める事も出来ずに、おめおめと都を逃げ出した本初殿に、此度の軍の統率者に相応しくないと考えます」


  有象無象を含め、結構人が揃ってきた反董卓連合。その盟主を決める会議で、厭味ったらしく演説ぶっこいてる鯰髭のどてっぱらに一発ぶちかましたやりたくて仕方なかった。





  結局、この日の会議で盟主が決まる事はなかった。誰を盟主にするか、妥当な落としどころが見つからなかった。

  この日の会議はこの反董卓連合が本格的に動き出すために、明確なトップを決める為のものだった。あたしとしてはこの時点で最も兵力が多い事、檄文を送りこの連合を興したこと、そして馬軍と孫軍の諍いを仲裁した実績を根拠に麗羽様を盟主に押し上げようと思っていた。

  尚この会議には、各勢力の代表と、一人だけ供をつけることが許されている(天幕の面積と警備の限界から)。

  これ自体は随分前から決まっていた方針だったので麗羽様も承知している。まあ、麗羽様自身は盟主である事に固執していないようだったが、軍の規模を考えると、何か諍いが起きた際に多少強引にでも素早くそれを沈められるのは自分が最適だと考えたようだ。

  正直この時点で一番注意しなきゃならんのは公路様たちだと思っていた。麗羽様には公路様に対して負い目がある。妹様に強く出られたら対抗できないと思っていたし、今でも思っている。

  だが向こうに何か思惑があるのか、盟主の座を欲する動きはなかった。やらかしてくれたのは全くのノーチェックの相手だった。孔融、朝廷内の麗羽様の政敵。他のビックネームに埋もれて(孔融も本来ビックネームなんだが)全く注意をしていなかった。正直に言えば公路様と孟徳さんくらいしか警戒してなかった。

  伯珪さんはあのお人好し具合は寧ろこっちが不安になるくらいだし、孟起さんは孫軍と諍いを起こしたという瑕がある。伯符さんは更に立場が悪い。孟起さんと同様の瑕に、公路様の下に付けられているという事実。それに今彼女が、万が一にもこの連合の盟主になれば、この戦が終わって直ぐに孫家が滅びる事になる。それが読めない程度の人物ではないだろうし。

  政治家が自分の政敵の行動を邪魔すると言う行為が読めなかった訳じゃない。同時に読み切れなかったのは孔融の能力でもない。儒の影響力の強さだった。

  孔融がやった事は、宮中にいながら董卓の政権奪取を止められなかった、などの麗羽様の失点を幾つか指摘した事だった。ただそれだけ。何か代案があるかと言えばそうでもない。純粋に麗羽様の邪魔をしているだけのようだった。

  そしてそれに異を唱えたのは孟起さんと伯珪さんの二人だけ。政治に聡いとは言い辛い人たちだけだった。

  他の連中が孔融の言う事に反対し辛いのは分かる。あたしも内政に携わって痛いほど思い知らされた。儒者を無視して政治は難しい。何故なら都市と言える規模の場所の有力者はかなりの割合で儒者なのだ。故に何かしらの政策、特に地方の開発とかの場合、そいつらへの使者はある程度儒学を嗜んでいないと印象が悪くなる。学校の勉強と同じだ。殆どの人間は好きではないけど、やらざるを得ない。

  心より儒学を好んでいる人間がどれだけいるか知らないが、兎に角儒が行政に無視できないレベルの影響力を持っているのは事実なのだ。

  故に、会議に集まった有象無象は古の聖人の末裔、孔融の主張に異を唱える事ができない。血統を重んじる儒に於いて、儒の開祖の血統にいちゃもんつければ、今後の政に関わるからだ。少なくとも、あたしがそいつらの立場なら(追従はせずとも)対立は避ける。

  今回、麗羽様の盟主就任に賛同を示してくれたのは孟起さんと伯珪さんの二勢力だけ。

  この二勢力は勢力圏内の儒教勢力が弱い事もあり、余りそっちに気をまわす必要がないことが大きかったのだろう。・・・言っちゃ悪いけどあの二人がそういうことを計算積みで発言したとは想像し辛いんだよな。まあ、孟起さんは騒ぎを起こした負い目も有ったかもだけど。

  対してもう騒ぎを起こしたもう片方の伯符さんたちが沈黙を保っていたのはまあ、予想の範囲内だった。いかな負い目があろうと、云わば雇い主みたいな立場にある公路様の後継争いの相手に味方は出来ないだろうし。

  孟徳さんたちは終始沈黙していたが、それが返って不気味だった。麗羽様への態度を見る限り、敵対する行動はなさそうだが、相手が相手だから安心できない。

  ・・・あったま痛ぇ・・・

  なので鯰髭の夕飯に一服盛って来ました。遅効性の下剤を。今宵は眠れぬ夜を過ごせ。胃腸が強ければ明日の朝には治まるだろう。


  「あれ?姉貴、どっか行ってたの?」


  ちょっと邪魔な味方の陣営からスニーキングを終えて戻ってきたところで猪々子と会った。


  「ん、ちょっとこれからの仕事の下拵えって言うかね?」


  「諜報か何か?」


  「そんなとこ」


  多分孔融は明日の会議には出れないだろう。腹を下して。それにしてもざるな警備だった。自陣の警護は各個に委任しているが、簡単に潜入できすぎて逆に不安になったぞ。

  そのまま猪々子たちと夕食を摂りに行き、そのまま談笑(半分は仕事の愚痴)になる。こういう仕事では、食事の時間が安定しない事もあり、二人で一緒に食事したのは久しぶりだった。





  その晩、公路様のところの義姉上から秘密裏に話したいことがあると言う旨の伝言を受け取った。伝えて来たのは元々父上の部下だった人物だったのを覚えていた。そう言えば父上の細作衆を継いだのは義姉上の御父上だったのを思い出した。

  一応、万が一の事を考えて双子に公路様の陣営に行く事、何もなければ誰にも伝えないように言って、義姉上の元に向かった。


  「失礼、お呼びですか?義姉上」


  公路様の陣営にて、衛兵に案内された天幕に入る。


  「はい、お姉ちゃんがお呼びですよ」


  二人分の杯と小さな鼎が置かれた机の横で義姉上が椅子に座って待っていた。あたしが」用件を聞くと、まずは一杯といった感じで酒を勧めてくる。

  まあ、断る理由もなかったので進められた席に座り、杯を受け取り、柄杓で酒をよそいでもらう。そして会釈してからそれを呑もうとし、口元まで近づけた杯を投げつけた。


  「危ないですねぇ」


  本気ではなかったにしろ、義姉上は一応は当てる心算で投げた杯を危なげなく避ける。


  「どういうお心算ですか?義姉上」


  人の酒に盛りやがった。酒自体は義姉上も同じものを飲んでいるから杯に仕込んだんだろう。それもガチで人が死ぬようなヤツだ。それにこの人・・・思っていたより体術が出来ている。今まで会った時に見せていた素人くさい足運びは擬態だった?


  「ちょっとしたお茶目ですよ。本当に飲んでたら寧ろ私が困ってたんですよ?」


  わざと匂いで分かり易いのを使いましたし、とムカつく笑顔を向けてくる。


  「ちょっとした試験のようなものですよ。これに気付かなかったら手を組むのも嫌ですし」


  手を組む、ね。


  「では、本題に入って頂けますか?」


  この人の前はイラつく。どうにも冷静でい辛い。毒を仕込まれたせいか、麗羽様の政敵だからか。多分両方。


  「そうですね。儁乂ちゃん、確か洛陽の協力者と連絡がつかないって言ってましたよね」


  義姉上は父上の育てた細作衆を引きついている。その力を使えば洛陽への潜入を果たし、協力者と連絡を付けることも可能ではないかと提案してきた。


  「何の心算ですか?」


  思わずそう尋ねていた。


  「あれ?悪い話ではないと思いますけど?」


  惚けるように首を傾げる義姉上。


  「それで貴女に・・・もとい貴女たちにどんな利があると」


  こっちにとっては願ってもないことだが、向こうからそれを提案してくる理由が見えない。貸しを作るにしても、こっちから頼みに来るのを待った方が効果がありそうなものを。


  「儁乂ちゃん、忘れているみたいですけど、董卓さんは美羽様にとっても討つべき仇なんですよ?」






  七乃視点


  「分かりました。仔細は後日またお会いするとして、ご助力に感謝いたします」


  この話し合いは、私の提案を儁乂ちゃんが受け入れる形で成立した、と言うことで良いでしょう。


  「いえ、こちらにとっても意味のあることですから。尤も儁乂ちゃんは信用していないようですけど」


  わざと煽った事もありますが、多分決まった部分に火を点けられると自分を押さえられない人ですね。表情は取り繕っていますが、ぎこちなさが目立ちます。儁乂ちゃんのお父さん、どうやら亡くなるのが早すぎたみたいですね。


  「当然です。相手を信用するには、あたしたちの間には色々とあり過ぎます」


  確かにそうですね。お互いの主、立場、色々と。


  「兎に角、儁乂ちゃんたちは洛陽内との連絡手段が欲しい。私たちはそれを持っていますけど、洛陽内に協力者がいない。利害の一致は、信用できるものですよ」


  少なくともそれがづれるまでは。


  「信用しますよ。何時裏切られても構わない程度には」


  正直ですね。相手を苛立たせるために貼り付けている表情が本物の苦笑いに変わるのが自覚できてしまいますよ。相手に乗せられると、思っていたより脆い部分もありますし。


  「今回のことはここまでにしましょう。麗羽様たちにも報告しなくちゃいけませんので」


  そう言って席を立つ儁乂ちゃん。


  「出来れば口頭でもいいから、協力者を教えて欲しいんですけど。行動は早くて損をしませんから」


  「必要ないでしょう?父上の手を離れてからの新入りですか?書簡を写す際は、細工がされていないかよく確認するように言った方が良いですよ、義姉上」


  にっこりと、微塵も笑っていない笑顔を残して儁乂ちゃんは帰って行きました。

  儁乂ちゃんが帰って、直ぐに一人の男性が天幕に入ってきました。


  「交渉は纏まりましたか?」


  「ええ、予定通りに」


  入ってきたのは細作衆の一人。先々代、つまり儁乂ちゃんのお父さんの代の頃からの古参の一人です。優秀な人はその世代に集中しているんですけど、儁乂ちゃんのお父さんは一体どれほどすごい人だったんですかね。


  「明日の会議で多分袁紹さんが盟主就任が決まると思います。一応ずれ込む可能性もあるので、結果が出てから洛陽に向かってください。鄭泰(テイタイ)さんに渡す資料、これも追加してくださいね」


  私は懐に入れていた、内応者の表の写しを渡して、男性に戻ってもらいました。

  美羽様の利害と袁紹さんの利害が一致する限り、私から袁紹さんを切る気はありませんけど、全部を教える理由もないんですよね。ちゃんといるんですよ。私たちにも協力者は。尤も、儁乂ちゃんの場合、薄々感ずいているかも知れませんが。

  ただ、儁乂ちゃんの場合、今回の一件の黒幕の存在には気付いていないようですね。天運と呼ぶにしても董卓さんに都合の良すぎる事態の変遷。後ろで糸を引いているのは誰なのか。今の時点では分かりませんが、美羽様を泣かせた罪は重いですよ。

  盟主の件も、袁紹さんが最良でしょうし、孔融さんの弁舌も、最終的に兵家の現実に勝てる訳がありませんし、曹操さんが動けば多分直ぐに決まりそうですしね。私たちは地元が儒家の巣窟みたいな場所ですから助けてあげられませんけど。

  まあ、今回の交渉は、この戦に勝った際に安全に手に入る功績が確約された訳なので、満足して良いでしょう。袁家の最大の武器は名声ですからね。これは磨き上げておきませんと。

  唯一つ困った事がありますが。


  「この天幕、あくまで会談用の物ですからね」


  自分の天幕は別にあるのですが・・・


  「儁乂ちゃんの最後の笑顔は怖かったですね」


  腰が抜けて自分の天幕に帰れません。そろそろ、美羽様が蜂蜜水を欲しがる時間でしょうし、本当に困りました。





  黒羽視点


  「やってくれやがる」


  義姉上、何を企んでいる?表向きは良い事尽くめの交渉。それが返って苛立ちを増やす。狙いが何なのかは分からないが、少なくともほぼ向こうの思惑通りに決着したのは間違いないだろう。


  「・・・仕方ない。孟徳さんたちにも伝えるべきか」


  兎に角、推測するにも判断材料が足りない。いや、最終的な方向性は想像がつく。けどそれに辿り着くための絵はどんなだ?

  いや、落ち着けよあたし。どちらにしても今の段階じゃ何も見えないんだ。今はあちら側の力をどう使うかだ。その為にもあの鯰髭を出し抜く必要がある。まあ、やってやるよあの鯰髭の土俵でよ。儒学はあたしだって嗜んでる。そっちで押し込んでやる。考やら忠やら、訴えられるものはあるんだ。

  兎に角、麗羽様にはこの連合の盟主、こなしてもらわなきゃならん。

  元皓様に言われた先を見据えた戦。あたしが目指すは袁本初が諸侯を率いて逆賊董卓を誅ったという形だ。あくまで麗羽様が中心になったという形に拘らなければいけない。袁家の最大の武器は代々築き上げてきた名声、これを磨き上げる事が、この戦のもう一つの目的だから。





  後書き


  相も変わらず気候の安定しない今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  という訳で久しぶりの更新です。お待ちしてくださった方にはお詫びの言葉もありません。どうももう一つのSSが筆がのってそっちにいってました。

  今回は主に従姉妹同士の密談です。七乃はこのSSではこんなキャラになりましたがどうでしょうか?原作みたいな馬鹿は些か難しいです。思った以上有能なキャラになっちゃった気がします。

  さて、群英会編もそろそろクライマックスです。皆様お待ち兼ねの劉備一行とち○この登場も迫っています。

  それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。



[8078] 第二十六回 群英会 其六
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/05/29 01:29







  「・・・先も述べたとおり、公には皆様方同様忠によるものであり、天道に則るものです。そして私には御父上の仇討ちであり、即ち孝であり、人道に沿うもので・・・」


  天幕の中心で儁乂が小難しい弁舌をしている。昨日は孔融って奴が良く分からないこと言って気が付いたら会議が流れてたからな。それにしても今日は孔融が腹を下したそうですぐに会議を退出した(孔融が退出する時儁乂と袁術の部下の奴が笑った気がした)。あんまり外に出ない手合いの文官だったのかな?

  まあ、そんなこんなで、昨日と違い、私と錦馬超に、昨日は黙ってた曹操とかも麗羽たちを推した。

  そして昼になり、休憩に入る頃には盟主は麗羽で決まり、午後からは本格的な作戦会議ということになった。


  「くぅぅ~・・・」


  天幕から出て思いっきり背を伸ばす。やっぱりこういう堅っ苦しいのは駄目だな。肩が凝る。


  「ふんっくぁぁ~・・・」


  ふと横で私以外の声が聞こえた。振り向いてみると儁乂が背中を伸ばしていた。


  「どうした?流石の賢臣もこの手合いは疲れるか」


  私に気付いた儁乂は、苦笑いを浮かべながら歩いてくる。


  「や、ああ言うのって息詰まりません?ってかなんです?けんしんって」


  儁乂は肩を鳴らしながら私の横まで来ると、近くに立っている胸元ほどまである柵に体をうつ伏せに預ける。その脱力具合が会議の時と別人の様に見える。


  「まあ、息が詰まるのは確かだな。気の知れた間柄なら兎も角、こういった寄り合い所帯は苦労するものだ」


  「実感が篭ってますね。幽州での戦、援軍が必要な事も多いって聞きますけど、そっちもやっぱりこんな感じですか?」


  「そうそう、朝廷から来た奴らが偶に的外れなこと言うからさ。あれも今思えば金で官位を買った奴らだったのかな」


  私の言葉に苦笑いを浮かべながら儁乂は姿勢を変えて、柵に寄りかかる。


  「そういった輩はこっちで篩いにかけなきゃいけないんですよね。多少能力に心許なくても信頼できる人で官位を埋めちゃうんですよ。そういうの方がマシな場合が多いですよ?馬鹿すぎるとまずいですけど」


  「違いない」


  儁乂とは相性が良いと思う。出が庶民である私は、所謂有力者の家系の人間とは色々と価値観が会わないことが多いのだが、出会って間もない彼女とは上手くやれている気がするし、こうして話していて肩に余分な力が入らない。彼女の人柄、麗羽や彼女の仲間たちは儁乂のそんなところが好きなのかも知れない。

  ふと訪れた心地良い沈黙、そろそろ腹も空いてきたから食事に行こうかと、声を掛けようとした時、麗羽の陣の外に新しい一軍が設営を始めているのが見えた。緑の劉旗、遅れに遅れた親友がやってきたようだ。


  

  黒羽視点


  「どうした?流石の賢臣もこの手合いは疲れるか?」


  天幕から出て、硬くなった筋肉をほぐすために背伸びしていたら伯珪さんが声をかけてきた。


  「や、ああ言うのって息詰まりません?ってかなんです?けんしんって」


  疲れが溜まっているを感じたあたしは、体を目の前の柵に預けながら聞き返してみた。


  「まあ、息が詰まるのは確かだな。気の知れた間柄なら兎も角、こういった寄り合い所帯は苦労するものだ」


  苦笑いを浮かべて語る内容には実感が篭っていた。問い返していた単語に関してはスルーされたが、敢えて蒸し返すほどでもないか。


  「実感が篭ってますね。幽州での戦、援軍が必要な事も多いって聞きますけど、そっちもやっぱりこんな感じですか?」


  幽州の、で思い出すのは幽州最強騎兵隊と名高い白馬義従だった。先を見据えるならこの戦で使い潰しておきたいってのが本音なんだが、異民族への備えってことで幽州に残してきたって言ってたんだよな。それでもあそこの騎兵は見事だったけど。主力じゃなくても精鋭って言って差し支えないレベルだった。


  「そうそう、朝廷から来た奴らが偶に的外れなこと言うからさ。あれも今思えば金で官位を買った奴らだったのかな」


  ああ、それはあるかも。辺境って戦が多いから馬鹿な官吏はすぐに死んで、官位に空きが出来易いから、買い易いとか聞いた事があった。

  ふと、柵に預けていた胸の位置がズレて痛みと息苦しさを感じたので、背中から寄りかかるように体勢を変える。また成長したかな?


  「そういった輩はこっちで篩いにかけなきゃいけないんですよね。多少能力に心許なくても信頼できる人で官位を埋めちゃうんですよ。そういうの方がマシな場合が多いですよ?馬鹿すぎるとまずいですけど」


  幽州は内政面でそれほど優秀な人材がいたという記憶はない。期待していると言うほどではないけど、あたしの言葉を鵜呑みにしてあんまり優秀じゃない人を使ってくれればこっちにとってのプラスだろう。


  「違いない」


  そう相槌を打つ伯珪さんの笑顔は他者を信じ切っているようだった。やっぱり駄目だなこの人。人が良すぎる。オレオレ詐欺とかにかかるタイプと見た。や、ここまで人が良いと、自分の言動にすっげぇ罪悪感。

  ふと会話が途切れる。罪悪感のせいか居心地が悪い。それに、こんな世の中で、こんなにも「良い人」であり続けるこの人が眩しいのかも知れない。や、麗羽様や猪々子たちも「良い人」だから、やっぱり罪悪感か。


  「儁乂、あっちを見てみろ」


  丁度伯珪さんとはそれぞれ真逆の方向を向く形になっていたあたしは、柵を支点に背を反り返らせて後ろに眼を向ける。眼に入ったのは緑の劉旗。皇帝旗と同じ劉字の旗。この連合に皇族は参加していない。だからその旗の正体は容易に想像できた。


  「劉備玄徳、来たか」


  あたしはよっかかってる柵を支点に、バック転の要領で柵越えをする。


  「ちょっと一仕事ありそうなんであたしはこれで失礼しますね」


  さて、裏亞は劉備たちの方に向かっていると思うから、裏禍を探しに行くか。劉備の人となり、一回や二回会ったぐらいで分かるほど人を見る目は持っていないが、それでも見ないとな。・・・ついでに朱里や雛里の事も気になるし。星はもう劉備の下にいるのか分からないが、少なくとも伯珪さんの周囲では見ていない。


  「そうか、私は向こうに挨拶に行ってくるよ。知り合いの旗でな」


  そう言って伯珪さんは、その旗の一団の下へ向かって行った。







  星視点


  「ふむ、やはり随分遅れてしまったようだな」


  反董卓連合の集合地点に到着した頃には、そこは各地より集まった諸侯の軍勢の宿営地がひしめき合っていた。


  「ほわ~、すごい兵隊さんの数だね~」


  少し離れた場所で、どこか気の抜けた声がした。我が主の一人である桃香様だ。軍師の朱里たちや私と同じ武人である愛紗たち。そして天の御使いと呼ばれ、そうあらんとしている我がもう一人の主。皆一様に眼前の大兵力に息を飲んでいる。確かにこれほどの数、黄巾賊を相手取っていた時でも対峙した事がなかった。


  「桃香様、主、驚く気持ちは分かりますが、やる事を片付けてしまわぬと」


  こちらに向かってやってくる、顔を隠した小柄の影を見つけ、そう伝えた。出あった事はないが、その影が旅をしていた頃に聞いた黒羽の妹の片方だという事は想像できた。


  「む、そうだな、取り敢えず設営総大将に面会すべきか。桃香様、ご主人様、こちらから連合軍に使者を送って・・・」


  「それには及びません、と裏亞は声をかけます」


  愛紗の言葉を遮って、顔を隠した黒の少女が私たちの前に進んできた。その変わった喋り方、奇異な出で立ちに、私は心当たりが有った。


  「現在暫定で盟主を務めている袁本初の臣、張郃が義妹、司馬伯達という者です、と裏亞は自己紹介します。申し訳ありませんが、平原の相、劉玄徳ご一行でしょうか、と裏亞は尋ねます」


  まるで感情が乗せられていないような、そんな声だった。黒羽から感情の発露に乏しいとは聞いていたが、これ程とはな。この様子を見る限りでは、黒羽が姉であることに自信がもてないと言っていたのも頷ける。


  「あ、はい、私が劉玄徳。こっちが・・・」


  桃香様が皆を紹介していく。伯達と名乗った少女は、紹介されていく相手たちに目線を向けているのかさへ分からないが。だが私が紹介される番になって、顔を覆う布の下から確かな視線を感じたから、一応は桃香様の言葉を聞いているようだ。


  「それじゃ、伯達ちゃん、総大将の袁紹さんの所まで案内して貰えるかな」


  「ではご案内します、と裏亞は答えます。それでは、御随伴なされるのは何方方でしょうか、と裏亞は尋ねます」


  ふむ、確かに全員仲良く、という訳にも行くまい。設営やら、誰かしら指揮を執るものも必要だ。


  「では桃香様と主は当然として、朱里と雛里、そして私でどうだ?」


  桃香様と主は外せる訳もなし。軍師である二人もいれば、何かしらの交渉事が起こっても大丈夫だろう。そして、護衛も一応必要となる。これには私がつけば、殆どが黒羽と繋がりを持っている事になる。情けない話ではあるが、これから兵糧を無心してもらわねばならないからな。


  「あ~、ずるいのだ!鈴々もあの中を見てみたいのだ!」


  「そうは言っても色々難しい話もあるのだ。ならばこの面子が妥当だろう。幸いにして、私たちは袁家の重臣、張儁乂と面識がある。まあ、それだけで彼女が我々に便宜を図ってくれるとも思えんが」


  打算的ではあるが、今の我らの現状、打てる手は打っておきたい。勿論、私としては黒羽との再会が楽しみだというのは否定しない。尤も、彼女との再会を楽しみにしているのは私だけではないようだが。


  「お姉様と、お知り合いなのですか?と裏亞は尋ねます」


  私の言葉に反応したらしい、伯達はこちらに質問をしてきた。


  「ああ、聞いたことがあるかも知れんが、黒羽が旅に出ていた頃にな」


  そう言った途端、彼女から向けられる気配に一瞬だけ濁りのようなものが混ざったような感覚を覚え、本当に一瞬だけだったその感覚を、私はただの錯覚だと判断した。余りにも短すぎる。そこまで短い時間で押し隠せてしまえるように、人の情とは出来ていない筈だ。


  「興味があるなら後で時間が有れば、話しても良い。だが、その前にやる事を済ませてしまった方が良いだろう。桃香様、主、向かうのは今言った面々で宜しいか」


  「桃香様、ご主人様、私は星の提案も尤もだと思いまが」


  愛紗の言葉に桃香様と主が頷き、袁紹と会談に向かう面子が決まった。袁家の将に興味があるらしい鈴々は些かむくれていたが。ついでに言えば、軍師二人も黒羽との再会が楽しみなのか、妙にそわそわしている。見ていて実に可愛らしい事だ。

  兎に角、設営などの事は愛紗たちに任せ、私たちは袁紹が待つ本陣へと案内して貰う事になった。

  道中、桃香様が袁紹の暫定の盟主という事につき聞いてみると、伯達の無感情な声が一転して苛立ち混じりのものに変わった。何でも、鯰髭の馬鹿とやらが黒羽の邪魔をした(恐らく大分彼女の主観が入っていると思われる)せいで、会議の意見が纏まらなかった、という事らしい。それから話題は黒羽にのものに変わる。そこで気付いたのは、伯達という少女の言葉に感情が混ざるのは、黒羽に関するものだけだということだった。

  また、道中我々の引き連れてきた兵の数やら兵糧などの事を聞かれた際、朱里からの答えを聞かされた時、流石に彼女が数を聞き間違えたかと確認してきた時には、私たちは引きつった笑みを浮かべざるを得なかった。兵の数は僅か、だのにそれを食わせる事にも事欠いている有様なのだから。

  その後、袁紹の宿営地に近付いた頃、伯珪殿と再会を果たし共に袁紹の元に向かう事になった。どうやら、袁紹との橋渡しを買ってくれるようだ。領地が近かったとは言え、袁紹とは礼節上手紙のやり取りが有ったくらいなので、この申し出は有難かった。その際、午前中の会議で袁紹が正式に盟主に就いたことも聞かされた。

  そして、通された大天幕にてその上座に座る金色の、渦を巻いた髪の毛の女性が袁紹なのだろう。煌びやかな印象を受ける。その左右に、その珍しい衣服に驚いたのか、何かに驚いたかのような目線で主を見つめる黒羽と、気の強そうな黒髪眼鏡の小柄な少女が侍っている。眼鏡の少女は軍師か文官だろう。黒羽の後ろ横には伯達と同じような姿の少女がおり、彼女がもう片方の妹か。私たちをここまで案内してきてくれた伯達もその横に立つ。

  更にその両脇に立っている背丈ほどある大剣を携えた小柄な少女と、これまた巨大な金槌を横に侍らせるようにしているの黒髪の少女が恐らくは袁家の二枚看板だろう。


  「直接お会いするのは初めてでしたわね。初めまして、渤海太守であり、この連合を纏めさせていただいてる、袁本初ですわ」


  「えと、初めまして、平原の相の劉玄徳です」


  手紙を介して、僅かな交流を持っていた桃香様と袁紹の挨拶の後、軽く互いの紹介が行われる。先ずは主の紹介から始まった。その際の袁紹一堂の表情を見るに、主にあまり良い印象は抱いていないようだった。恐らく「天の御使い」を怪しんでいるのだろう。黒羽の視線も鋭いものに変わっていた。

  朱里と雛里は自身が紹介された際に緊張しながらも何とか噛まずに自己紹介を終えた。その際黒羽が緩い笑顔で、こっそり手を振っているのを見て二人は嬉しそうな顔になったが、すぐさま硬直したように背を伸ばした。まるで獣の気配を感じ怯えるような様子だが、はて、変な気配は感じないが。

  まあ、その後の会談も問題なく進行し、兵糧の支援も取り付けることが出来た。無論、それは伯珪殿と黒羽の口添えが有ったのは言うまでもないだろう。伯珪殿は生来の人の良さからだろうが、黒羽の場合は恐らく我らにそれだけの価値を見出したのだと思う。他人を甘やかす性質ではあるが、他人に迷惑を掛けるような事だと途端に判断が厳しくなる部分があるからな。

  その後、午後からの会議にて、我が勢力を正式に諸侯に紹介することになった。会議に参加できるのは通常補佐役を入れて二人までだそうだが、我らが双頭体制ということを鑑みて例外として三人での参加となった。

  参加するのは桃香様と主、補佐に朱里となり、私は一度雛里を自分たちの宿営地まで送る事になった。その後、私か愛紗のどちらかになるだろうが、護衛の待機用天幕で会議の終わりを待つ事になるだろう。

  そして私が雛里を伴い戻ろうという頃、意外な事に黒羽に呼び止められた。


  「ふむ?どうした、黒羽。お前の事だから友好を暖めに来たということはなさそうだが?」


  「ああ・・・何と言うか・・・大事な事があってな。悪いがあの北郷という男に関して二人で話したいことがある。何とかならないかな?」


  ふむ?また唐突だな。表情を見るに主に一目惚れした等という面白そうな展開でもなさそうだが。


  「ふむ、まあ大丈夫だろう。急ぎなら今夜にでもどうだ?」


  「いや、急ぎって程じゃないんだが・・・まあ、早い方が良いのかな。ん、じゃあ今晩人を寄越すよ」


  そう言って黒羽は会議の為の天幕に向かっていった面々を追いかけていった。さて、今夜は酒とメンマを用意せねばな。








  後書き


  メダロットが復活したぜ!と喜ぶ今日この頃、真名様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は黒い人と普通の人の思考の違いと再会の話でした。次回で群英会編は終わりの予定です。ち○この影が薄いですが、このSSでは重要人物ではありますが主人公ではないのでよそ様のSSと比べると影が薄くなると思います。ち○こが好きな方はすみません。

  それにしても何時までも戦争に入れないのは何故か、疑問に思ってきましたが、一応戦闘では色々考えているので、お楽しみいただけるように頑張りたいと思います。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



[8078] 第二十七回 群英会 其七
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/06/05 01:24






  「なあ、星よ」


  手元の書類を処理しながら、あたしの後ろで一杯やってやがる星に声をかけた。


  「ん、どうした?」


  「あたしは今晩人を遣るって言った筈だ。何で日も落ちきっていない内にあたしの天幕で酒盛りしてんだ」


  言っても無駄だと分かってても言わないでいられなかった。会議で洛陽への侵攻ルート及び作戦がほぼ決まり、明日から細かい部分の調整に入る。そして、自分の天幕に戻ったあたしは夜までの間にある程度仕事を減らしておこうと考えた。急ぎの仕事はないが、早いに越したことはない。

  そして日が大分傾いてきた頃、酒瓶とつまみの壷を持った性がひょっこりと現れたのだ。


  「何、我が主が気になると言っておっただろう。早い方がいいとも言っていたな。だから私から足を運んでやったのだ」


  そっちの仕事はないのかよ、と突っ込んでやろうかと思ったが、どうせ無駄だろうからやめた。


  「そうは言ってもあたしだって仕事があるんだ。時間まで相手してやる気はないぞ?」


  「何、構わん。ならば適当に陣の中を回って話し相手を探すさ。黒羽は周りに良く慕われているようだったからな。話は変わるが北海の巨悪を打ち倒した二人の仮面の英雄の話なぞ、受けが良さそうだと思わないか?」


  「良し!今日の仕事も終わった事だし、一緒に飲もうか、星」


  書類をしまって机の上をきれいにする。すると星がさも当然のように酒と、つまみの壷を並べていく。つまみの壷の中身はメンマ。まあ、星の場合他の物が入っている訳ないか。


 「で、こんな脅迫めいたことしやがって。どういうつもりだ」


 「心外な。引き裂かれんとする一家、それを救う為に悪逆非道な黒社会(マフィア)の根城に乗り込む謎の仮面の美女二人の物語。一体何の不満があると言うのだ」


  「問題はそれが虚構じゃねえって事だよ!恥ずかしいだろ!」


  人の黒歴史を掘り返すなよ~、若気の至りなんだよ~、寧ろある種の呪いなんだよ~。何でアレつけるとテンションおかしくなんの!?


  「まあ、会議の後一度自分たちの陣に戻ってな。黒羽が主に面会したいと伝えたら時間を作ってもらえたぞ」


  「そりゃありがとさん。出来ればそれだけ伝えて欲しかったよ」


  少なくともここまで疲れることもなかっただろうし。溜め息を吐き、星のいれてくれた酒を口にする。


  「まあ、良いさ。今星に聞いておくのも良いかも知れない」


  「ふむ、聞きたいこととは?」


  「単刀直入に聞く。北郷一刀は何者だ?」


  天の御使いという男。その服装に、あたしは見覚えが有った。や、正確には彼の着ている物に近いデザインの物を知っている。けどそれはこの時代では見た事がない物だった。

  男物の学生服。今時・・もとい前世では珍しくなっていた詰襟タイプの物。白という色と、デザインからあたしの知らない学校の物、という事になる。もしアレが本当に学生服だったら、だが。

  確かにこの時代でも、前世の時代のと似たようなデザインの服は偶に見る。でもこの時代では絶対に見た事がない部分が有った。素材。名前は忘れたが化学繊維だが何だがの類だった筈だ。


  「ふむ、何者か、か。北郷一刀とは我が主であり、天の御使いということにもなっている人物、だな」


  「・・・言葉が悪かったかな。じゃ、北郷一刀の正体は何だ。あいつはどこから来たの人間だ?何が目的で天の御使いを名乗ってる」


  あいつの正体には心当たりがない訳じゃない。だけど、それは荒唐無稽に過ぎる。常識じゃ有り得ない。けど、常識で有り得ないのはあたしという存在も、それと同等に有り得ない存在だけに、それが有り得ることだと考えてしまう。

  もしあいつがあたしが考えた通りの存在だったのなら、あいつは何をしようとしている?


  「正体な・・・知らんな。尤も、黒羽は主の正体に心当たりがあるようだな」


  「遊んでるんじゃないよ、星。今はお前のそういう態度に付き合う心算はない」


  慣れたと思っていた星の飄々とした態度が、今は腹立たしくて仕方がなかった。


  「・・・只事ではないと言うことか。だが、正直に言っても私は主の正体に関することは殆ど知らんぞ。故に答えられる事もない」








  星視点


  「・・・只事ではないと言うことか。だが、正直に言っても私は主の正体に関することは殆ど知らんぞ。故に答えられる事もない」


  尋常ならざる友の様子に、私も真剣に彼女の言葉に返すことにした。


  「星!こっちは真面目に聞いてるんだ!知らないってなんだよ!」


  ふむ、私は正直に言ったのだがな。嘘吐きと思われるのは心外だ。私は空になっていた黒羽の分の杯に酒を注ぐ。


  「呑め」


  「星!あたしは・・・!」


  「呑め!そして落ち着け!今のお前でどんな話が出来る!」


  一喝。何に焦れているか知らんが、このままでは話になどなりはしない。


  「・・・すまん。興奮しすぎた」


  腰掛に深く座りなおし、酒を呷る黒羽を見て、自然と溜め息が出る。一応、話が出来る状態には戻ったということになるか。


  「繰り返して言うが、私は主の来歴に関しては殆ど知らない。伯珪の元で出会い、別れ、そして再会した時、私からその下につくことを望んだ」


  「分かんねぇな。何も知らずに相手を信頼できるもんなのか?」


  幾分ましになったとは言え、苛立ちの抜けない様子の黒羽。


  「必要ないさ。ただ、信じられると感じれば、その過去は然して問題ではない」


  端的に言えば相性が良かった、琴線に触れるものがあった、多分そういうことなのだろう。

  彼らの語った理想を好ましく思った。彼らの瞳の輝きを好ましく思った。理屈でない感覚を、私は好ましく思ったのだ。だから私は彼らの下で名を成したいと思ったのかも知れない。


  「・・・信用できる人物、ってお前は感じている、と」


  私の言葉を総評し、眼を瞑って考え込む黒羽。私はそれを眺めながら壷のメンマを摘んだ。


  「それで黒羽、お前が主に対して懸念しているのは何だ?一体主の何を知っている?」


  黒羽の口振りは、明らかに何かを知っているものだ。無論、主に如何な秘密があろうと私の信義に揺らぎはない自信がある。だが、黒羽をあれ程焦らせる秘密に興味がない訳ではなかった。


  「・・・言えるほどの確信はねえよ。あたしが思ってた通りだったとしても、お前らからすればどうでもいいことかも知れんし。ああ、多分大した問題じゃあないんだ。もう、どうせ分かってたものも確かじゃないんだ・・・」


  後半は、自分に言い聞かせるものだった。どうやら、よほどまいっているようだ。言葉が支離滅裂になってもいる。少なくとも彼女にとって、何かしら大きな意味を持つのだろう。やがて、また少し落ち着きを取り戻したらしい黒羽にもう一杯注いでやる。


  「ああ、そうだよな。そうだ。あたしの考えた通りでも、別にあれはただの人間なんだ・・・すまん、星。色々暴走しちまった」


  眉間に皺を寄せながら黒羽が私の注いだ酒を口にする。


  「まあ、詳しくは聞かんが、お前にとって大事な事だったのだろう?私としては珍しいものが見れた、と言ったところだな」


  黒羽の懊悩の正体を知らない私は、今後彼女をからかう為の材料が出来たとだけ考えて、後は忘れる事にした。







  北郷一刀視点


  反董卓連合に参加したその日の内に、盟主である袁紹の部下、確か張郃って人と話しをすることになった俺は自分の天幕で時間を待っていた。

  星や朱里たちを通して、色々話を聞いた事はある。朱里は勇敢さと無謀の間を見極める人と言った。雛里はどこまでも優しくいられる人と言った。星は情の幅が極端な人と言った。後ついでに結構平気でえげつない事も出来る人とも。正直、良く分からない人物だ。


  「主、客を連れてきた。よろしいか?」


  聞こえてきた星の声に応えて、自分の格好を改めてチェックする。ここの人からすれば珍しい服って部分以外で変な所はない筈だ。

  星と一緒に入ってきたポニーテールの女の子。髪の先端だけ白い、珍しい髪とどこか少年っぽさのある顔が印象的だった。

  形通りの挨拶を交わして、星が天幕から出る。俺は取り敢えず、食糧支援に関してお礼を言う事にした。


  「それに関しては、相応に危険を冒して頂く心算なのでお礼は結構です」


  そう反してきた張郃はどこか緊張した感じに見えた。張郃は一回深呼吸をすると、改めて俺に向き直る。


  「北郷一刀、今回あたしが貴方に面談を要求したのは貴方のことを知るためです」


  そのセリフに少しドキッとしてしまった。なんか、告白みたいだったから。


  「北郷一刀、天の御使いを名乗る貴方は一体何者だ。何の目的があってそんな大仰なものを名乗っている」


  けどその言葉に、そんな感情も引っ込んでいった。同時にちょっと困った。思えばこう正面から聞かれるのは初めてかも知れない。昔、公孫賛に似たような事言われたけど、あの時は桃香が先に応えてたからな。


  「もし、天から降りてきた、などと戯言を抜かすならあたしの権限で貴方方への対応を変えなくてはならない。貴方が恐らく考えている以上に、この会談には意味がある。それを理解した上で答えて頂きたい」


  なんだか知らないけど、これって結構やばい展開なのか?


  「えと、ごめん、ちょっと君の言いたい事が良く分からないんだけど」


  取り敢えずここ一年くらい、この時代で過ごして、皆と一緒に相の仕事をやったりで少しは政治ってものが分かってきた心算だ。拙い答えをしてしまわないように、先ずは相手の訊きたい事を詳しく知りたかった。


  「・・・失礼、少し先走った様です。私が知りたいのは貴方の出生と天の御使いを名乗る理由です。正直、信を置くには貴方は怪し過ぎます」


  まあ、そうなるのかな。寧ろ、今まで誰も天の御使いという存在にそれほど疑問が出て来なかった方がおかしかったのかも知れない(らしくないとか、俺がそうなのかとか言うのならあったが)。


  「正直に言えば、天の国から来たってのは、完全な嘘じゃないんだ」


  俺は正直に話すことにした。信じてもらえるかは分からないけど、そうすることにした。







  黒羽視点

  あたしの予想は大凡当たっていた。未来からタイムスリップしてきた人間。あたしとは違う形でこの時代にやって来たイレギュラー。意外なほど、北郷は簡単にそれを告げてきた。

  それと、本人は何か欲があって天の御使いを名乗っている訳ではないらしい。偶然であった劉備一行の、苦しんでいる民を助けたいという想いに共感し、その手助けをしたいと自ら神輿としてそう名乗っているという事らしい。

  多少、思うところはあるが、まあ良い。あいつがあたしと同じ、最低限近い時代の人間だということは分かった。ケータイなんてまた見ることになるとは思わなかった。

  あいつが今後、どうして行くかは分からない。本人は劉備たちの理想を手伝っていくと言っていたが、それを素直に信じれるほど、あたしは自分の人を見る目に自信を持っていない。だが、今はあいつの言葉を全て額縁の通りに受け止めておいてやろう。少なくとも、今はあそこの将は当てにしているからな。

  そして、あいつが未来人だってことは分かったが、あたしの事はあいつには話していない。あたしはあいつの動きをある程度読める。あいつが大きな動きを見せる可能性の高い場所は予想がつく。そしてあいつはあたしの行動は読めない。あたしのことを教えてないから。

  まあ、今回はこれで良いだろう。成果はあった。相手が何者か。あいつがあたしらに対して毒にならない内は積極に触れる心算はない。下手に藪を突いて、出て来るのが虎所じゃないかも知れない怖さがあるし。だけど、こっちにとって毒になるなら、何とかして潰さな、だよな。

  取り敢えず、これで董卓に集中できそうだ。




  後書き

  段々と夏っぽい気候になってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  という訳でち○ことの対談はこんな感じになりました。正直、本来の主人公の動かし難さが半端ないです。この話を書いてて、自分がゲームでこいつの言動に注意を払ってなかったことを確認しました。

  時に、色々あって次回からタイトルを変える予定です。読んで下さってる方にはご面倒をおかけしますが、今後もよろしくお願いします。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



[8078] 吉川的華雄伝 三
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/06/22 20:23








  「謀反?武威の馬騰がか」


  朝廷より急の使者が訪れ、勅令を持って来たと呼び出されて来てみれば、賈駆の口からそんな戯言が放たれた。


  「有り得ないっしょ。北の馬騰、南の孫堅って言われるほどの勤皇家だよ?」


  雨も呆れた声で反す。他の誰が謀反を起こそうと、馬騰が謀反と聞いて信じる者は涼州には居まい。


  「同感だ。だが、勅使である以上無視も出来まい。董卓、勅使はなんと言っている」


  張済様は私たちに同意しながらも、刺史代行として政務を取り纏めている董卓に問いかける。政務の仕事振りは良いと聞くが、交渉事は余り期待できそうになさそうだな、この様子では。

  董卓より受けた説明によれば、勅使は董卓に刺史代行として馬騰を呼びつけ、尋問するよう要求していると言う。張済様をはじめ、皆が頭を抱えた。


  「馬鹿なの?死ぬの?朝廷の偉い奴ら」


  「そんなことをすれば本当に謀反が起こるぞ。涼州の六割は敵に回るだろうし、異民族もそれに迎合しかねん」


  雨が呆れた表情で呟き、張済様は眉間に皺を寄せる。だが、張済様の危惧する所をどうにかすること自体は難しくない。


  「ならば話は早いでしょう。賈駆、勅使を追い返せば良い。そんな根も葉もない言い掛かりで本当に乱が起こったらかなわん」


  第一、起き得ない事を警戒して、それを起こしては笑い話にもならん。


  「あ~、かゆちゃん、そういう訳にも行かないから皆悩んでんだよ」


  む、何故そんな生暖かい視線を向けられねばならんのだ。


  「あのね、話の内容がどんなに馬鹿らしくて理不尽でも、それを持って来たのはまがりなりにも勅使なの。そんなことすれば私たちが逆賊よ?」


  む、そうだった。相手はまがりなりにも勅使だったか。一応偉いんだったな。


  「だが、それならどうするのだ?馬騰の反応次第で、涼州の大半が暴発しかねんぞ、賈駆」


  「まあ、呼び出すしかないわよね。一筆加えて、穏便に済ませてもらえるようにするしかないわ。幸い、と言って良いのかは微妙だけど、朝廷からの正式な書簡だし」


  難しい顔をした賈駆が溜め息混じりにそう言った。まあ、政治の話は私向きではないのは事実だ。余り口出しし過ぎるのはやめておくか。





  詠視点


  「全く!一体どこの誰よ!こんな程度の低い出鱈目でっち上げたのは!」


  僕は叫びながら、勅使から渡された勅令を机に叩きつけた。我慢ならなかった。私たちがやってきたことを、こんなにも簡単に粉々にしようとしているのは、一体誰だ!何のために!


  「詠ちゃん、落ち着いて」


  いつの間にか月がお茶を用意してくれていた。


  「ちょっと月、そういうのは侍女とかにやらせればいいって言ってるじゃない。月は代理とは言え刺史なんだから」


  何度も言ってるのに、月はこういった家事やらを他人に任せようとしない。


  「ううん、詠ちゃんたちのお手伝いは私がやりたいことだから」


  こんな笑顔を見せられたら何も言えないじゃない。仕方なく、月の淹れてくれたお茶で気分を落ち着かせる。もうじき、このことを調べてもらっている張済から報告が来る筈。


  「賈駆、良いか?」


  暫くして外から張済の声。中に入って貰うと、さっそく調べてきたことを説明して貰う。


  「奴らを酔わせて聞きだした話だから、ある程度誇張やらがあると思うが、それを考慮して聞いて欲しい」


  そんな前置きからの報告。どうやら今回の件、十常侍が絡んでいるらしい。それで尚更分からない。奴らは宮中のことしか興味ないと思っていた。少なくとも今まで地方の政治に直接の干渉をしたと言う話は聞かない。


  「張済、馬騰が失脚した場合、一番得するのは誰?」


  それは一つの可能性。この際、一番得する人間がこの件に関わっている可能性は高いと、私は思っている。仮に濡れ衣を着せるために誰かがそうしたのであっても、少なくとも手掛かりに近い場所に立っている可能性は高い筈だから。


  「・・・遺憾だが、張奐様だな。張奐様と馬騰は涼州の経営方針で衝突している。張奐様は文治派の筆頭であり、馬騰は武闘派の旗頭だ」


  僕は両手で顔を覆った。

  張奐様は洛陽に向かった。その直後にこれでは、張奐様がわざわざ都に上り、宦官なんかの力を借りて政敵を陥れようとしている。そんな筋書きが完成してしまっている。


  「張奐様はそんなことしないよ!」


  僕たちが行き付いたのと同じ結論に達したのか、珍しく強い調子で声を荒げる月。


  「分かってるわよ、月。ここにいる人間で張奐様を疑う奴はいない」


  「問題は、馬騰の陣営がそう考えるか、だ。勘繰るには材料が整い過ぎている」


  張奐様が上洛の理由を明かしていないのも痛い。馬騰派の誰かが必ず追求してくる筈。それに対してどう答える?張奐様が理由を告げなかった理由は想像できる。内容は分からないけど、恐らく密勅。だからこそ、尚のこと、それを言う訳にはいかない。密勅の存在を口にすればそれだけで一族郎党命がない!有効な手なんて残ってないじゃない!


  「・・・馬騰の人柄に頼るしかない、な」


  張済も片手で顔を覆った。事実としてこちらが打てる手は少ない。有ったとしても、結局主導権をどうこうできるようなものはない。


  「一体誰がこんな絵を書いたのよ・・・」


  涼州ほど漢王朝で戦と縁の深い州はない。異民族との衝突。戦禍に対する領民の不満。火種は常に燻り続けていると言うのに、更に派閥争いを表面化させるなんて!


  「詠ちゃん・・・」


  月が心配そうな声をかけてくる。


  「文和、激情を隠すのが下手過ぎる。今この手の問題で一番頼りになるのは君だ。辛いのは分かるが顔に出すな。皆が不安になる」


  くっ、言われなくとも分かっているわよ!自分だって自制の効かない性分だって言うのは理解してるし、改善する努力だってしていない訳じゃないんだから!けそう叫んでやりたかったけど、それだけは耐えた。

  報告することがなくなった張済は部屋を出た。月がまたお茶を淹れてくれてので、それで頭を冷やすことにした。


  「ああ、そうだ、一つ伝え忘れたことがあった」


  唐突に戻ってきた張済に驚いたけど、僕はその先を促した。


  「例の勅使な、あれらの情報を聞き出したのは実は雨でな。他の色のある女も使っては見たんだが・・・まあ、あの雨が言うにな、あれは真症だから断じて君たちみたいな体形の女を近づけるな、だそうだ。繰り返して言うが、雨をして真症と云わしめているんだ」


  ・・・あの勅使を追い返したい理由が一つ増えた。







  「ま、当然こう言う反応が来るよね~」


  武威に使いを出して大よそ十日、本人が来るように要請はしていたけど、「こちらに糾弾される謂れなし!」と手紙一つで突っぱねられた。多分本当に謀反の疑いをかけられていると本気にしていないんだろう。

  実際問題、本当に相手に非がないのだから。寧ろこの件を、張奐様の派閥の誰かの下らない策略かも知れないとも思っているかも知れない。だから、向こうは寧ろ穏便な反応を返してきたと言うことだろう。本来ならば馬騰の反応に関しては感謝すらしていいくらい。だけど・・・


  「不味いわ。馬騰は勅令を無視してしまった」


  こちらの手紙も、本気にされなかった、という事なのだろう。半ば予想できていた答えでもあるから、念の為勅使には知らせなかったのは幸いだった。いや、でも一体どんな手がある?前回の使者が賊に襲われたことにして時間を稼ぐ。けど、どうやって馬騰を動かす?


  「張奐様が居ればな。ここの誰が使者になっても、恐らく向こうは相手にしてくれんぞ」


  張済の言葉に頷く。僕だって同じ立場なら相手しない。

  誰もが黙り込む。張済の言うとおり、ここに誰かが直談判しても効果があるとは――


  「ならば私にやらせてみてくれないか?」


  さっきとは違う沈黙が場を支配した。


  「あ~、えと~・・・ごめんかゆちゃん、今なんて?」


  張繍が震える声で尋ねる。その原因である華雄はさも当然のように、応えた。


  「いや、私に一つ考えがあってな?もし馬騰が伝聞に聞く様な人間なら「てめぇ偽者だな!」ぐは!?」


  不似合いすぎる言葉を口にする華雄に、張繍が飛び掛る。


  「かよちゃんが『考えがある』なんて脳味噌有るようなこと言うもんか!どんな変装術か!?それともそっくりさんか!正体を見せろ!」


  「何とち狂ってる!誰が偽者だ!この!」


  正面からぶつかった張繍は素早く華雄の左腕を極める。華雄は腕が完全に極まる前に前転の要領で解き、張繍の首を捕まえようとする。すると今度は張繍がそれを巧みに避けて、両者とも距離を置いて対峙する。


  「何馬鹿やってる!」


  「ぐへっ!?」


  そして張繍が後ろから張済に締め落とされた。騒動の種が消えたことにより、再び沈黙が訪れる。さっきのものとはまた違った質の沈黙が。


  「・・・あ~、こほん、何か考えがあると、そう言ったな華雄」


  その沈黙を無理矢理破ったのも張済だった。


  「あ、あ~、はい。馬騰が噂通りの人物なら、何とかなるんじゃないかと・・・」


  「そうか・・・賈駆、駄目で元々で行かせてみるか?正直、自体は既に最悪に向かっている。やらせてみるべきだと思うが」


  そう言っている割には張済も余り乗り気ではなさそうだった。だが、このままだとほぼ確実に戦になるのも事実。


  「・・・わかったわ。他に手が思いつかないのも確かだし。でも華雄、これが下手をすればどうなるか、考えた上で、なんでしょうね?」


  私の言葉に、華雄は自信に満ちた表情で頷いた。・・・駄目だ、不安だ・・・





  雨視点


  「で、何故お前が居るんだ?」


  「いや、さすがにかゆちゃん一人で行かせられないでしょ」


  あのババァに締め落とされて、目が覚めれば次の日だった。そして馬騰のところに行くことになったかゆちゃんと一緒に付いてくことが決まってた。

  まあ、かゆちゃんにくっ付いてくことに不満はないんだよ。愚直に過ぎる部分があるから、誰かが横に居ててあげないと色々暴走しかねないし。更に言えば幼児趣味の変体野郎から解放されるのも大きいし・・・雨ちゃんがいない間にかくちんやたくちゃんに手ぇ出さねえだろうな、あの野郎。やべ、違う不安が出来たよ。

  ただ不満なのはそうゆうのを勝手に決められたって事。


  「兎に角、へまする訳には行かないからね。雨ちゃんがばっちり守ってあげるよ」


  「雨より強いぞ。私は」


  ま、腕っ節はね。その分足りてないお頭を補うのが雨ちゃんのお仕事なんですよ。


  「それで考えてるうちはまだまだ独り立ちできないよ?」


  手の掛かるな~。そこんとこが可愛いんだけど。不満気な表情のかゆちゃんは馬の腹を蹴って加速する。それについてく為に雨ちゃんも馬の腹を蹴る。

  でも、かゆちゃんが「考えがある」か・・・ぜんっぜん想像付かないな~。







  後書き


  梅雨なのに雨が降らない今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  そんなこんなで華雄伝は順調に戦へ向かってます。いささかむりやりかも知れませんが・・・どうでしょう?

  それはそうと、以前お話したタイトル変更に関しては、意外と好評だったようなのでそのまま使うことにしました。お騒がせして、まことに申し訳ありません。

  また、リアルで色々有って、エンタメ大賞を目指すことにしました。その為、こっちへの投降頻度が著しく下がると思います。重ねがさね申し訳ございません。

  それでは今日はこの辺で、また次回お会いしましょう。



[8078] 第二十八回 汜水関道中
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/07/09 22:31






  汜水関。我々が今向かっている、この戦最初の難関である。


  「それにしてもすごいな、やっぱり」


  今、我々は行軍中である。十万を超える軍勢の真っ只中に我等はいる。黄巾賊など、敵として十万近い兵と対峙したことはあったが、この数の軍中にいるのは皆初めての事だ。故にこの軍勢に感嘆する主に対し、私も素直に共感できる。


  「そうだね~、こんな数が多いとどんな相手でも負けない気がしてくるね」


  桃香様の呑気な一言にも頷ける。確かにこれほどの軍勢、如何なる敵にも勝てると、そういう錯覚を覚えそうになる。


  「だが黒羽も粋な事をする。これだけの軍勢だ。我らなど当てにされるとは思わなかったな」


  「あれ?当てにされてたの?」


  意外そうな反応を返してきたのは主だった。桃香様も同様に、疑問を顔に出している。


  「ふむ・・・軍師殿方、説明は任せた」


  「「はい!?」」


  説明も面倒だから軍師殿たちに丸投げすることにした。


  「あ・・・あ・・・えとですね。一応根拠としてはですね・・・その・・・」


  「え・・・えと・・・取り敢えず軍勢の前後を比較して下さい・・・」


  そう言われて、主たちだけでなく、偶然聞こえていたらしい愛紗たちも前後を見回す。

  我々の軍勢は五千。軍勢の中央よりやや前方、ちょうど全軍の中央に位置する袁紹軍の前方に位置する。

  行軍に適した縦列陣形で進む軍勢。軍の最前部には最精鋭と言って良い曹操軍。その後方、馬超軍と公孫賛軍が続く。その更に後ろに、我らを挟んで、軍勢の中核である袁紹軍が行進している。そしてその更に後方に存在するのは・・・


  「・・・と、このように後方には弱兵が配置されています。恐らく役に立たないと判断して威嚇用として割り切っているのでしょう」


  「それに、袁紹軍にも大きな弱点があります」


  まず陣営の配置を朱里が解説し、それを雛里が引き継ぎ、今度は袁紹軍の弱点を説明していく。

  袁家の最大の弱点とは即ち、その軍勢の規模からして、不自然なまでに大軍を率いる事のできる将が少ないと言う事である。

  人材に事欠かないという印象のある袁家。主たちは意外そうな顔をする。

  だが冷静に考えると、袁家の武将で名が知れているのは二枚看板を除けば黒羽だけだ。その理由に関しても、我が軍の優秀な軍師たちが説明していく。

  要は渤海周辺が平和過ぎたのだ。無論それは本来良いことだ。それに渤海周辺が平和だったのも、袁紹軍が優秀な証でもある。だが、優秀であった故に初期の黄巾賊との戦しか大戦を経験できなかったことだ。結果論であるが、民を守る事に積極的であり過ぎた、と言ったところか。

  無論、それを貶している心算はない。寧ろより多くの民を救ってきたやり方の結果なのだ。賞賛されて然るべき事なのだ。例えそれが一つの側面で不利益足り得ても、だ。


  「成る程、意外だが、納得のいく欠点だ」


  頷いたのは愛紗だった。軍、という物に関しては、桃香様や鈴々より詳しい。と言うより、他の二人が余りこの手の方向に頭を働かせるのが得意でないと言う印象が強い。


  「た、ただ、逆に兵士の生存率も非常に高いので、実戦経験の多い兵士が非常に多いです。数と装備の充実具合もあって、その、中華有数の精鋭です」


  確かに一つの側面だけなら、馬超軍や曹操軍など、袁紹軍を超える部分を持っている軍勢もいる。だが総合的に見れば、今現在の袁紹軍は間違いなく、最強の一角と言える。

  我が軍が他の軍勢に負けないものは士気の高さくらいか。


  「なので、多分、折を見て、一人武将を借りたいと言う要請が来ると思います。そして、もし袁家が誰かを指名するなら・・・」


  「当然私であろうな」


  雛里の言葉を引き継ぐ。この場合、能力が分からない人間よりは、何かしらの接点である程度知られている私が一番扱い易いだろうという判断だ。


  「あ~、だが星、お前の態度は、向こうと問題起こすなよ?」


  「失敬だな。私の態度のどこに問題があるのだ」


  私ほど誰に対しても嘘偽りなく接することの出来る人間はいないと自負するぞ。


  「星は問題を自覚した上で煽ることがあるから不安なのだ」


  鈴々まで失敬な。煽っていいときと不味いときの区別くらい付く。


  「まあいい。ただ、愛紗や鈴々も黄巾の乱で名が知れている。二人のどちらかが呼ばれる事も有り得る」


  今の袁紹軍の中心が黒羽らしいが、だとしても彼女一人で何もかも決められるわけでなし。

  それにしても、我が友とは差がついているな。今を後悔している訳ではないが、それでも偶に夢想することがある。

  もし私が黒羽の誘いを受けていたら、それはそれで楽しい日々だったのだろうか。

  後悔はしていない。断じて。

  だがまあ、有り得たかも知れない今に対する未練は、或いは有るのかも知れない。

  何故か必要以上にゆっくりと進む行軍の中、ふとそう考えた。






  華琳視点


  日が傾き、野営の準備が進んでいく。このまま順調に行けば明日には汜水関が見える筈。

  今日も大天幕が敷かれ、明日の作戦の最終確認を、諸侯と行った。汜水関の攻略に関しては、敵の出方によって変える必要も出て来るだろうけど、大よその案は出来上がっている。詰めるところも殆ど終わっているので、本当に確認程度の物だった。

  だが、この天幕での会話は面白い。出発前より数が減ったとは言え、大陸中の英傑が集まっているのだから。交わす言葉は多くないが、この場の空気は、中々に楽しい。


  「それにしてもどういうことかしら?ここまで汜水関に動きがないなんて」


  自陣の天幕に戻り、先の会議の内容を腹心たちに告げる。尤も、それを伝えるのは私でなく、会議に同席した桂花だけど。


  「斥候は董卓の軍勢を発見しておりません。如何に涼州と并州の精鋭と言えど我らに気付かれる事もなく監視することは不可能でしょう」


  秋蘭の言葉に頷く。馬超軍と公孫賛軍の騎馬隊を目にした時を思い出した。素晴らしいの一言だった。我が軍ではまだ到達できない高みにある。だがそれでも春蘭たちが鍛え上げた、我が軍の騎兵隊が影さえ追えないものではなかった。


  「来るなら明朝?」


  もし奇襲するなら、それが一番効果的か。少なくとも汜水関まで残された道程は遠いものではない。まあ、敵の方がそもおも斥候を出してきていないのなら奇襲はないのだろう。

  奇襲には情報が必要。

  斥候なくして奇襲の成功はない。林のような隠れる場所があるなら兎も角、この広大な、草原と荒原の中間のような地形で相手に全く悟られずに情報収集が可能なら、それはもはや神仙か妖魅の類だろう。

  一応、対応できるよう用意だけはさせておくことにしよう。


  「まあ、それはいいわ。真桜、頼んだ事、何か分かったかしら?」


  「ああ、袁紹軍の例の資材は、なんやえろう簡単に見せてくれましたよ」


  行軍を始める段階になって存在に気付いた、袁紹軍の木材を満載した牛車。この行軍をゆっくりとしたものにしている一因だった。

  木材と言う事は、大方攻城兵器などに使うものだというのは想像が付く。だが、良く分からない違和感を感じた私は、この手の事に詳しい真桜に調べさせていた。


  「さすがに教えてはもらえませんでしたけど、見るのは自由やったんで大凡の推測は出来ました」


  独特の、方言交じりの言葉で、真桜は推測を述べる。

  資材は既に形が整えられていたという。そして木材の部分部分で長方形に削られていたり、同じような穴が開けられたりしているらしい。


  「多分細く切られた部分を穴に差し込むんかと。木材それぞれに番号も振られとったんで多分手順が決まっとるんかと。」


  「・・・成る程、組み立ての時間短縮かしら。いや、手順まで完全に統一すれば構築方法の習得も早くなる・・・面白いかも知れないわね」


  分かっていた事だけど、麗羽のところも随分と人材の層が厚いようね。こんなところまでてこ入れがされているのね。


  「それだけやないです。そこまで詳しく見れた訳やないですから断言は出来ませんけど、あの木材かなりの部分が再利用されとるみたいです」


  再利用してる?攻城兵器は構造の都合上、一度組み立てて解体した場合、再利用できる部分は少ない。特に攻城櫓のような巨大な物は、自身の重さで構造を破壊していってしまう。それを再利用・・・

  真桜の話によれば、木材の疵やらでそう判断したと言う。本当に学べる物が多いわ。


  「真桜、出来れば向こうの技術を学んできなさい」


  この戦が終わったら麗羽のところに真桜を派遣しよう。大勢の利益になれば自分の利益に余り頓着しないのが麗羽の人となり。麗羽の配下に反対意見は出るだろうけど、やりようはある。

  自身もこの手合いが好きな(些か過ぎる部分があるけど)真桜は声を上げて喜んだ。すぐに、横に控えていた凪に押さえられたけれど。

  そう言えば凪は徒手空拳の使い手だった。麗羽のところの張郃も徒手空拳の使い手。しかも双方とも気功の業を会得している。彼女も理由を作って派遣しようかしら?となるといつも一緒の沙和も理由をつけて送った方がいいかしら。

  既に始まっているに近い戦の最中だと言うのに、私は自分の愉悦を止められなかった。

  



  黒羽視点


  「明日・・・か」


  明日、いよいよあたしらは汜水関を射程範囲に捉える。洛陽の東を守る、難攻不落の名を欲しい侭にする堅城。断崖絶壁を両脇を固めているため、攻める事のできるのは一面のみ。


  「誘き出せればそれに越したことはないんだがな」


  天幕の中で得物の手入れをしながら呟いた。


  「つっても相等堅いんだろ?汜水関って。篭ってた方が楽なら出てこないんだろ?」


  返したのはあたしの部屋に来ていた猪々子。何故かあたしの床の上で馬鹿でかい剣の手入れをしている。猪々子が剣の様子を見るために体勢を変えるたびに床がギシギシいってるんだが、どんだけ重いんだよ、そのデカブツ。


  「ま、端から主導権を握ってんのは相手だからな。上手くやれればどうにかなるかもだが」


  正直策らしい策はない。と言うより守ってる奴が馬鹿でなけりゃ、数の暴力くらいしかないように出来ているのが汜水関、そしてその後ろに控える虎牢関な訳だし。


  「ま、そっちはいいや。麗羽様はどうした?」


  虎牢関はうまくいけば無力化できる筈だが、どっちにしろ汜水関は正攻法でやるってことは決まってる。それより今気になるのは麗羽様だ。


  「また劉備とお話してるよ。随分元気が戻ったようだけど」


  猪々子は少し不貞腐れたように応える。

  劉備と出会って以降、麗羽様はよく劉備と話すようになっていた。どうやらこの二人、結構相性が良かったのか、すぐに親友と言って言い感じの仲である。まあ、あたしたちと麗羽様ほどじゃないけどな。

  公路様とお会いしてから、殊更沈んでいた麗羽様だが、劉備との交流が出来てからはそれがだいぶ和らいでいる。

  麗羽様のことに関してはあたしらも気を揉んでいた。それがぽっと出の他人が、現在進行形で解決中ってのが面白くない、と言ったところか。斯く言うあたしも、正直に言えば気に食わない。


  「けどまあ、麗羽様は楽しそうだしな」


  相手が相手だけに、余り親しくなって欲しくないってのが本音だけど、そう言うのも忍びないんだよな。そういう事もあって、今日の会議で劉備軍には麗羽様の護衛を頼んだ。正直、数やら装備の充実さとか、当てにしたくないってのが本音だが、星たちがいるから遊ばせるには勿体無い。だからいっそこっちに組み込む形で使うことにした訳で。


  「分かってるよ。だから空気読んで大人しくしてんじゃん」


  「あたしに当たるな。面白くねえのはこっちもなんだ」


  苛立ちが隠せない猪々子の態度にカチンときたが、気持ちも分かるので呑み込んだ。


  「だってさ~、姫とはアタイらの方がずっと永いんだぜ?それなのに姫を支えられないってのは情けなさ過ぎるじゃんか」


  「言うなよ、それも。切り替えろ。んな調子で、戦で死んでみろ?麗羽様はどうなる?」


  そんなだっせぇの、ごめんだぜ?


  「言われなくたって分かってるんだって。けどさ・・・」


  「はいはい、姫に甘えられないのが気に入らないんなら、偶にはあたしに甘えろ。姉貴なんだろ?あたしゃお前の」


  手入れを終えた武器を放り出して、床の猪々子の横に座る。ポンポンと頭を軽く叩いてやると、猪々子は不機嫌そうに唸りながらも、あたしの方に寄りかかってきた。


  「・・・姫と斗詩と姉貴がいないとアタイ、『アタイ』でいられないんだよ。また『私』に戻っちゃうんだよ・・・」


  「あたしは昔の猪々子も嫌いじゃないんだけどな。心配すんなって。あたしらの縁が切れんのは死ぬ時だ。そんでな、あたしは老衰以外で誰かを死なせる心算はない。だから後五十年はこの関係が続く予定だ。嫌でも逃がさんよ」


  後ろから猪々子を抱き寄せる。胸元で猪々子の頭を抱えるようにして、頭を撫で回してやる。


  「・・・なあ、姉貴・・・」


  「な~に?」


  猪々子の呟くような声に、お姉さん気分で応える。


  「今日はさ・・・一緒に・・・寝てくれる?」


  「斗詩も呼んで三人で寝よっか。そんで後から麗羽様に伝えて羨ましがらせちまえ」


  「うん・・・姉貴・・・」


  もう、可愛いなコンチクショ~。








  おまけ



  「なあ、愛華さんどうしたんだ?」


  両手を地に着き、頭を垂れる愛華さんを遠目に、あたしは蒲公英に尋ねた。なんか「あれは違う・・・騙された・・・あんなのは偽者・・・」ってぶつぶつ言ってる。


  「あ~、お姉様、劉備軍の天の御使いの噂は知ってるよね?」


  あ?あ~、あの一時期噂になったやつか。


  「なんかすっごい輝き具合で御使い見に行ったんだけど・・・戻ってきたらこんなんなってた」


  え~と、よく分かんないけど・・・


  「基督(キリスト)教関連?」


  「多分」


  あ~、なんて言うかさ・・・


  「「宗教って大変だな(よね)」」




  後書き


  最近梅雨らしい天気になってきたと思う今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  いよいよ次回で汜水関戦です。今回、意図的に出番がなかった面子がいますが、忘れた訳ではありません。ちゃんと理由があります。

  と言うわけで、愛華さんがorzりました。キリスト教的の御使いと現実(一刀)の差がショックだったのでしょう。

  それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。



[8078] 第二十九回 事々難予慮
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/12/13 15:34





  我らが仕え、支えてきた漢王朝。その王朝を幾百年も守り続けてきた難攻不落の砦、汜水関。それが今私たちの目の前にあるのです。

  漢を守り続けてきた要害を、今越えねばならないのですね。

  汜水関にたなびく、董卓軍の旗を目に、拳に力が入るのが自覚できます。

  後ろに並ぶ諸侯の軍気に押されるように、私は前に馬を進めます。


  「麗羽、落ち着いていきなさい。敵の気に呑まれることはないように」


  踏み出す瞬間、横に居た華琳さんがそんな事を言ってきました。私は小さく頷きました。

  全軍の数歩分、前に出ます。後ろに控えていた斗詩さんが隣まで来ます。矢が飛んできても叩き落せるように。


  「国賊董卓に組する者達に告げます!陛下より賜りし役目を忘れ、董卓の暴虐に手を貸すことは天道、人道に背く行為です!彼方方にまだ一欠けらの良心があるのなら今すぐ降伏なさい!今なら陛下に寛大な処置を願い出て差し上げますわ!」


  剣を抜き、関から見下ろす敵兵たちに突きつけながら語ります。戦場の礼節に則っての言葉。期待は込めておりません。いえ、むしろ本心では・・・

  兎も角、これで機会は与えました。それをどうするかは相手次第です。

  やがて城壁の敵兵たちの中心にいた関の守将らしい人たちの中、小柄で両脇に髪を結った女の子が前に進み出ました。その手には一張りの弓。それに矢を番えると私の方向に向けてきました。

  斗詩さんが私の前に進み出てきます。そして、


  「・・・それが返答、ですか」


  足元に射掛けられた矢、それに苛立ちと安著を同時に感じました。私は踵を返し、関に背を向けて軍の前に戻ります。斗詩さんは私の背後を守るために、後ろに陣取ってくださっています。


  「華琳さん、まずは・・・」


  「任せなさい。予定通り、軽く様子見をしてくるわ」


  私の言葉に、華琳さんは余裕を含んだ笑みで応えてくれました。


  「ええ、余計な心配だとは思いますが、くれぐれも無理はなさらずに」


  「ふふ、言われるまでもないわ」


  頼もしい声に頷き、私は後方に控えている自軍の下に向かいました。





  華琳視点

  麗羽が自分の軍勢に戻っていくのを見送り、私は自分の軍勢に向き合う。


  「皆の者、これより我等は天下の難関、汜水関へと攻め入る!漢王朝四百年の歴史の中、ただの一度も破られる事のなかった要害である!その要害を打ち破る策の先陣を我らが務める!我が精鋭たちよ!この戦にて我らの精強を天下に示せ!」


  使い慣れた得物である「絶」を振るう。そして我が軍勢の前進が始まる。決して乱れず、逸らず。

  そも本格的な攻撃は敵がもっと疲弊してから。

  まずは我らが適度に敵を締め上げ、数を活かした波状攻撃で敵を疲弊させていくというもの。誰の番で回ってくるかは分からないけど、正念場はまだ先。


  「さて、敵の癖、観察しておかなければね」


  味方の犠牲を減らすため、敵の守りがどのような思考で組み立てられているのか。私はゆっくり観察する事にした。







  黒羽視点


  遠くで怒号が響いてきた。どうやら戦端が開かれたみたいだな。

  あたしは汜水関から離れた位置で、直属の二千で陣地の構築と攻城兵器の組み立ての指揮を執っていた。

  あたしの部隊はもとより大した戦闘力を持っていない。それは結成されてから今までの、然して長くない訓練時間の少なくない割合を土木作業の訓練に費やしたのが大きな要因だったりする。

  その代わり事土木作業に限っては、職人勢にもそうそうひけを取らないと言う自信がある。故にこの人数だけでローテーションで休む部隊用の宿営地の用意を担当している訳である。

  裏亞と裏禍は現場指揮で動き回ってくれているため、近くにいない。うちの部隊の周りには猪々子の騎兵隊二千と馬軍が、ローテーションを外れて護衛についてくれている。尤もローテーションに加えたところで、攻城戦で騎兵が基本、役に立たないってのもあるからだが。

  それでも伯珪さんの軍には、敵が撃って出てきた場合に備えてうちらと本隊の間の位置に待機してもらっている。

  本隊と別働隊(動いてないけど)であるうち、どっちにも向かえる位置である。

  改めて作業をしている兵士たちに目を向ける。皆戦場が気になるのか、目がチラホラそっちに向かっている。


  「はいはい、皆、手を休めず話を聴いて!」


  両手を叩き、出来る限り通り易い声を作って注目を集める。


  「みんなはこう思ってると思う!何故自分たちは戦場におらず、後方で他人の寝床の準備と機械造りなんかしているのか!武功を立てられないじゃないかと!」


  兵の多くは農民の次男三男とか、将来遺産を相続できない立場の人間だ。軍中での立身を考えている者も多い筈だろう。そういう者達にとってはここは手柄が立て辛い環境ではある。


  「それでも今は耐えてもらいたい!皆のやっていることは、絶対に必要な事だ!」


  この時代、後方支援に対する認識は軽い。兵隊は戦ってナンボという認識だ。

  21世紀で言う所の近代化軍隊は、その半数以上が後方要員でないと充分に機能しないと言う。こと戦闘機などの大型機械兵器、は一つ動かすのに十人近い後方要員を必要とするとまで聞いた事がある。

  対してこの時代の軍隊に於いてこういった任務は、重要度の低い(大抵の場合弱いと認識されている)部隊に押し付けるものである。手柄も立て辛いから受けがよろしくない。


  「人間腹が減っても疲れても、戦えやしない!だからあたしらが他の奴らに安心して飯が食えて休める場所を作っている!」


  軍事行動の七割は土木作業である、という言葉すらあったと思う。兎に角、皆意識の半分くらいをこっちにまわしているのが分かる。視線をこっちに向けて仕事仲間に叩かれてる奴もいた。


  「それに城攻めには攻城兵器がないと犠牲が増えるのもわかるな?けれどここの地形を見れば分かるだろうがこの辺りはあんまり木が生えてないからな!そん為にわざわざこんな遠くまで材木運んできたわけだしな!」


  汜水関が難攻不落であるのは、汜水関そのものの堅牢さも然ることながら、周辺の環境にも理由がある。それは周辺のかなりの範囲にわたって木が少ないことである。この時代の木材が、基本的に現地調達である。そのため汜水関への攻城兵器の投入は難しい。つまり適切な戦力が投入し辛い、という面での堅さもあるのだ。


  「いいか!あたしらの任務は敵を殺すことじゃあない!味方を生かすことだ!死人を減らすことだ!」


  後方支援なくして軍事行動の成功はあり得ない。


  「反董卓連合二十余万、敵を殺す軍は数多だ!が!味方を救うための軍は我ら二千だけだ!誇れ!理解がなくとも!本当に見識のある者は必ずお前たちを評価する!誇れ!まずはあたしがお前たちを誇ろう!」


  兎に角、ここでだらけられてはマジで困る。正直無駄金遣い言われてるからな、この部隊。だからこそこういう、設立目的に沿った部分で失敗は許されない。

  取り敢えず、この演説にそれなりに感じ入るものがあったのか、皆さっきより集中して作業してくれている。

  特に攻城櫓の類は高い位置での作業があるからな。あたしが直接作業を手伝って人心掌握を、とも考えられるけど、今じゃあたしは足手まといなんだよな。皆上手くなっちゃって。

  そんな感じでもうじき正午って頃には前線に送るべき攻城兵器は相応の数が揃ってきた。うん、予定通り第二陣には間に合いそうだ。


  「お姉様、張勲から遣いが来ました。と、裏亞は伝えます」


  裏亞に連れられてやってきたの男は父上から叔父上を経て、義姉上へと渡った細作衆の人間だった。

  あたしは義姉上からの荷物を受け取る。中身は文の書かれた羊皮が二枚、そして粉薬らしいものが入った小さな袋。片方は義姉上の書状だった。その内容は袋の中身の仔細と、もう片方の書状に記されている内容に関して一切の判断を委任するというもの。

  そして、肝心のもう片方の書状に記されている内容に目を通す。


  「・・・この内容、何時のものだ」


  「張勲様の下へ三日、張勲様の下から六日、九日でございます」


  十日近く経ってんのか。


  「他の諸侯の方々には?」


  「伝えておりません。張勲様からはくれぐれも儁乂殿にお伝えするよう言付かりましたので」


  つまり、握りつぶそうと思えば出来るって事か。

  取り敢えず、遣いの者に礼を言って戻ってもらう。そして再び書状に目を通す。

  伝えるべきか、握りつぶすべきか。


  「・・・裏亞、裏禍も呼んできてくれ。相談したい事がある」


  そう伝え、あたしは会議用の大天幕に向かった。

  貰ったもう片方のことは、さて置いて。





  「現在、別行動中の公路様方からの情報で・・・」


  先の義姉上からもたらされた情報について、一部の諸侯の方々に遣いを出して緊急会議を開く事になった。

  汜水関攻めの第一陣を担当して、戻ってきたばかりの孟徳さんと文若さんをはじめ、劉備軍から朱里と星、馬軍からシスターっぽい令明さんに来てもらっている。情報の内容が内容なので、確実に腹芸が出来そうにないな、と思う方々にはご遠慮いただいた。

  ちなみに麗羽様も、軍を斗詩と許攸に任せてこの場にきており、審配は既に任務を終えた輜重隊を率いて渤海に戻っている。


  「・・・都にて我らとの呼応の準備を進めて下さっている方々の名は皆様覚えていらっしゃると思います。公路様方の手を借りるまで一時連絡が途絶えてしまったのは以前お話したとおりです・・・」


  義姉上からの情報を知っているのは現時点であたしと義妹たち、そしてこの会議の前に簡単な説明をした麗羽様の四人である。

  この情報に関する最終的な判断を麗羽様に委ねた訳だが、その結果が今の緊急会議なのだ。ちなみにこの四組だけなのは、内容が内容だけに、全軍に同様が広げないためである。ここにいる面子なら、軍の指揮には影響を与えまい、と考えた。

  さて、義姉上からの情報を要約するとこうである。

  現在あたしらの攻撃に合わせて蜂起を計画してくれている洛陽内の反董卓勢力だが、洛陽及び周辺の警備強化で連絡を経たれた期間があった。その時期に問題が起きたのだ。

  あたしらが董卓を討つに当たって一つ問題がある。今更ではあるが、それは誰も董卓の顔を知らないという事だ。

  本当に今更だが、一応理由はある。まず董卓は元は涼州刺史だった張奐という方の代理で、表に出ることもなかったそうだ。その張奐が洛陽で急死してはじめて真っ当な官位についたのである。

  だが体が良くないのか、それとも他の理由があったのか、体外的な交渉事はもっぱら賈駆など側近に任せて自身は表に出ていないらしい。実際連絡を取れた反董卓勢に董卓の顔を知っている者はいないのだ。唯一情報らしい情報など、董卓が女らしいと言う事くらいか。

  まあ、一応直接董卓と面識があったという人間は、二人いる。だが、そのうち一人である馬騰殿はこの場にいないし、もう一人面識のあったといわれる孫堅殿に至っては故人である。この場にいる孟起さんも、董卓配下の武将たちなら兎も角、董卓本人との面識はない。

  その為、洛陽の勢力には董卓のことに関しても色々調べて貰っていた。

  そんな中での連絡途絶である。一部の内応者を焦らせるのには充分だったらしい。

  特に大きく動いたのが荀攸という人だった。何でも董卓の正体を探る話を、他の反董卓派、鄭泰という人物に持ちかけた。これ自体は上手く回り、二人は協力してことに当たっていた。だが数日後、荀攸宅での密会の際に両者取り押さえられたという。幸い命は奪われていないようで、現在は宮中の天牢(宮中で容疑者を拘束するための牢)に入れられていると言う。

  そしてそれはうちで内応を約束している、王允の密告によるものだと書かれていた。


  「・・・木蓮(ムーレン)が・・・そんな・・・」


  孟徳さんと共に来ていた文若さんの顔色が悪い。声も震えている。木蓮とは荀攸の真名なのだろう。

  兎に角気分がよろしくないなら休んでもらおうかと、孟徳さんに視線を向けた。事情が事情だし。だが、こちらの視線に気付いた孟徳さんは軽く首を振った。


  「それで、その書状の出所はどこなのかしら?」


  「一度義姉上を経由していますが、差出人は司馬孚という方になっています。孟徳さんたちと連絡を取っていた方でしたよね」


  孟徳さんの質問に答える。あの義姉上経由というのが怪しいといえば怪しいが、こんな時に変な厄介事をでっち上げてメリットも、向こうにはない筈だ。


  「・・・そう・・・」


  特に文若さんを気遣っている様子はない。信頼している、ということなのか、多分。


  「この件の発生自体は我々の合流より前の出来事でありますので、我々の情報が漏れていることは考えにくいと思いますが、皆さんはどう考えますか?」


  兎に角話を進める事にしよう。


  「・・・気にする必要はないわ。こちらの行動に変化は必要ない」


  そう告げてきたのは文若さんだった。顔は伏せているけど、その言葉ははっきりしていた。


  「ええ、まぁ、こちらでもその結論になりましたが・・・文若さんはよろしいので?」


  「ええ」


  取り敢えず他の人たちも見回してみる。取り敢えず得心してそうなのが、他に朱里くらいか。令明さんは疑問が表情に出ているし、星は表情で判断できない。


  「あの、すみませんが、ご説明いただけますでしょうか?捕まってしまった方々の救助など、できないと言うのなら兎も角、必要ないというのは」


  多分、言い方が気に入らなかったのもあるのだろう、令明さんが僅かに表情を顰めている。ついでに便乗しようと言うのか、星も聴く気満々のようだ。


  「要はこれが私たち連合軍にとって都合がいいからよ」


  答えたのは、やはり文若さんだった。

  それに付け加えるように説明を引き継ぐ。


  「まず、荀攸さんが捕まった事で洛陽内の警備にまわされる兵は増えるでしょう・・・」



  洛陽の警備に(治安維持のためでなく、間諜の取り締まりのため、治安はかえって悪化するだろう)使う兵を大幅に増やす必要ができた。洛陽ほどの大都市である。平時でも執金吾五万の兵が警備と防衛を司っているのだ。少なくとも一万ほどの人員が追加で必要となるだろう。

  更にこの功績により、董卓の王允に対する覚えもめでたくなるだろう。さすれば董卓のことも調べやすくなるかも知れない。


  「これが向こうとの連絡が再開した後だったら怪しいですが、正直問題ないかと」


  「・・・そう、ですか」


  話を聴き終えて、思案顔の令明さん。だが、一応は納得したのか軽く頷いた。





  華琳視点


  「流石に、瑣事大事問わずに多いものね」


  麗羽たちから持ちかけられた緊急会議。内容としてはむしろ報告会といったところだったけれど。

  多くの勢力が同時に存在するこの軍勢、当然諸事の多さも比例すると考えていた。未だ経験する機会は来ていないが、麗羽や儁乂の様子を見ることは良い経験になっている。

  いずれ私はこの中華全土を手中に治める。そのためにより強大な軍勢、より豊かな国を作る必要がある。当然質も量も兼ね備えたものを。

  だが、それが手に入ったらどうなるか?その一例が目の前にある。

  大量の軍勢の統括、戦場の外で起こる謀略と情勢の変化、非協力的な勢力への牽制。それに引っ掻き回されている張儁乂は目の前の戦に集中しきることが出来ずにいる。総大将である麗羽もその責務を全うするには、この多勢力の混沌は大きすぎるようだ。

  今のこの連合、馬軍、公孫軍、そして我らといった、連合内の主力が麗羽に協力的だからこそ成立している。このうち一勢力とでも関係を拗らせれば、この連合は瓦解する。

  河北随一の知恵者と名高い、田豊老と沮授がいればまた違っていたかも知れないが、この場にいない。この重大な状況で出てこなかったということは、恐らく二人とも長くないのだろう。田豊老はお年を召しているし、沮授の体のことはそれなりに知られている事だ。

  案外麗羽たちも瀬戸際なのね。

  そして私に必要なものはやはり、人、ね。

  今の袁家はその規模に反して、圧倒的に人が足りていない。いや、本来袁家の人材そのものは決して少ない訳ではない。ただ、袁家は人材はあくまで一臣下としての豊富さなのだろう。上の人間が命令を出せば、そつなくこなされるだろう。

  だが、国を創ることは出来ない。当然と言えば、当然。麗羽の理想と、私の理想、それは真逆の方向に向いているのだから。


  「桂花、貴女の姪、荀攸と言ったわね」


  「はっ」


  洛陽に捉えられている桂花の年上の姪。王朝内でも重きを置かれてきた戦略家。多くの人材を輩出し、漢王朝の支柱の一つであり続けてきた荀家随一の兵家と名高い。


  「手に入れるわ」


  言うべきことはそれだけ。これは己の野望のための行為。誰にも感謝されるべきものではないのだから。


  「はっ、必ず、華琳様の役に立つかと」


  必要なのは、「国」を任せられる人材・・・






  後書き

  急速に冷えてきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  非常に長らくお待たせしてしまい、謝罪の言葉もありません。他に優先している事があるとは言え、時間を掛けすぎました。エンタメ向けの作品がようやくノリ始めたのもあって、殆ど放置してましたので。

  一応、始めたからには、完結を目指しているのでやめる心算はありません。もっとも、以前の速度に戻せるかは未知数ですが。

  内容に関してですが、漸く戦闘に入りましたが、本格的なぶつかり合いはまだです。敵方視点も次に予定しています。ご期待いただけると嬉しいです。

  それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。出来るだけ早く・・・




[8078] 吉川的華雄伝 四
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2010/12/13 15:35







  頭が悪い、というのにも種類がある。

  知識がない。勉強すればなんとかなる。頭が良いって言えるほどになるかは別として、大抵普通程度にはなる。

  やり辛いのは性格が馬鹿なの。直情って言うか脳筋って言うか。こういう類は言っても無駄なことが多いんだよね。そも聴かないんだもん。

  んで、かゆちゃんは間違いなく後者。そんなかゆちゃんと武威の城、馬騰との謁見を控えている。


  「ほんとにだいじょぶ?他に手が見つからないから仕方ないにしてもさ」


  「馬騰の人となり次第だな。もとより我等にまともな選択肢など残されていないのだろう?」


  かゆちゃんの言う通りではあるんだけどさ~。

  兎に角、馬騰には勅使に会ってもらわないといけない。でなきゃ涼州を二つに割る内戦が起こる。それにどういう形になるかは分からないけど、絶対に胡族、羌族、匈奴とかが出張ってくる。収拾つかないよね、絶対。

  不安は絶えない。けれど他に手がないってのも本当。でも、よりにもよって、って感じの手だしな~。まあ、決裂するにしても、かゆちゃんだけは守らないとな。







  愛華視点


  「此度の使者、どう思う」


  玉座の間に集められた武威の首脳たる者達。

  錦の名を持つ猛将、錦馬超こと翠さん。その従妹である小ずるい知恵者、蒲公英さん。そして私と、その他武威の政の中枢にいる者達が立ち並んでいます。

  その目の向けられる先に、間違うこと無き「王」の気を纏った女性が玉座に頬杖をつき、背を預けています。

  涼州に名を轟かす最強の軍勢の統率者、馬寿成、範様その人です。


  「どうも何も、結論はもう出ているのでは?」


  議題は涼州刺史代行、董忠頴より遣わされた二人の使者について。

  華雄と張繍と言えば、二人とも涼州では名の通った武将です。当然そこには範様と政敵の関係にある張奐様の子飼いの、という枕詞が付いています。


  「正直に言えば意図が分かりかねます。遣わされてきた両将共に使者の役割りが合う方たちには思えませんでしたし」


  どちらも純粋な武将で、弁舌の才がある訳ではありません。目的はわざわざ推測の必要はありませんが、どこまで本気なのでしょうか?

  武器や兵糧の流れから推測しようにも、元より戦の多い土地柄、判断の基準にするには弱いですし。


  「そうは言っても、相手も来てるんだし、話くらい聴いてやった方が良くないかな?」


  そう言ってきたのは翠さん。性格に表裏が無く、戦場以外では基本的にお人好しに分類できる人柄です。故に彼女が相手を慮る言動をとることは予想の範囲内でした。まあ、相手方の真意も確かめたいのでこれ以上反対する気もありませんが。

  この場は翠さんの言を容れる形で、使者との謁見が決まりました。

  武威に限った事ではありませんが、外交に聡い人材が不足しているんですよね。規模は兎も角として、日常的に戦がある環境もあって、出世する人間は武闘派が多くなるのは致し方ない訳ですが。

  お陰でこちらは会議の内容を誘導し易いのですが。それでも大々的にやり過ぎると範様に読まれかねませんが。

  さて、やがて呼ばれて参上してきたお二人。

  片や小柄で、頭の両端で纏めた紺の髪の将、張繍。

  対して女性の武人としては標準的な体格の、薄紫で短髪の将、華雄。

  彼女達は隊の連携でかなりの戦果を挙げると聞きます。二人は軍礼をとって会談に入りました。


  「我らには疚しきことは微塵もない。上方に睨まれる様な理由もだ」


  まあ当然です。事実として範様以下武威官吏一同、謀反など考えた事もなければ、そのための準備なども一切していないのですから。ええ、私たちは。


  「お怒りは尤も。ですが朝廷より使者が来ているのも事実なのです」


  話し合いは範様と華雄が中心となっています。内容は以前別の使者が来た時と大差なく、進展の無い水掛け論が続いています。やはり、大して弁舌に優れている訳ではないようです。

  ですがそれは、その華雄の言葉によって断たれました。


  「馬騰殿、流石にこれ以上の論議は無意味のようで」


  「ほう、その為に来たんだと思っていたが?」


  華雄の言葉に、面白そうな反応を示す範様。軽い笑みを浮かべた華雄が述べたのは荒唐無稽とも言える内容でした。


  「共に西涼の武人同士です。言葉より、これの方が伝わるものがあるかと」


  拳を突き出し、そう言ったのです。





  雨視点


  耳鳴りするほど静まり返った空間ってのは居心地のいいものじゃない。特に敵地に準ずる場所な訳でもあるし。

  拳を突き出したままのかゆちゃんに視線を向けたままの馬騰。周囲が呆気にとられている中、その内肩が震え始めて、やがて声を挙げて大笑いを始めた。


  「アッハッハッハッ、使者とは弁舌を魅せるものだぞ。それを力で説得するのか?」


  「本より弁舌の才を持つ身ではありませんので。それに我ら涼州人、口先の論よりこちらの方が伝わるものがあるかと」


  武を精神の支柱とすることの多い涼州人の有り様に頼った、それ以外の人間には奇天烈極まりない理屈(ってか理屈になってない)だけど。けれど、様子からして、馬騰には好印象だったみたいだ。下手な打算が入らず、かゆちゃんの良くも悪くも真っ直ぐな性が良い方向に働いたみたい。


  「いいだろう。確かに武は嘘を吐かない。道理や理屈は兎も角として、お前たちの言の虚実くらいは分かる、か」


  まだ笑いが引かず、肩を震わせている馬騰の言葉に拳を握った。もしかすればなんとかなるかも知れない。


  「翠、相手してあげなさい」


  「え、あたし?ん~、まあいいけど」


  特に何か考えた訳でもなさそうな返事が馬超が応えた。選りにも選って錦のですか!


  「わざわざ翠さんを出す事もないでしょう。私が・・・」


  そう言ったのは金色の髪の、異相の女。異民族の多い辺境の地でも目にすること少ない特徴。

  異国人の血を引くという鳳令明か?彼女も「人食い仙女」とか物騒な話を聞くけど、それでも錦のよりましか、この際。


  「いや、人の性根を測るには、貴女は些か頭が回りすぎる」


  言いたい意味は完全には把握できなかったけど、その言葉で不満気に引き下がる金髪。

  いや、そんなあっさり諦めるなよ!もっと頑張れよ!そんでかゆちゃんを傷つけずに負けろよ!


  「ほう、噂に聴く錦馬超が相手なら、幸運だ」


  ああ!もう!なにかゆちゃんもその気になってんの!この戦闘馬鹿!


  「では練兵場を使えるようにしよう。ただ、本気で遣り合ってもらう。覚悟はあるのだろうな?」


  「無論。その程度の覚悟もなければ、何も伝わりますまい」


  望んでいた展開は、めっちゃ怖いものだった。






  さて、暫く時間を置いてやって来ました練兵場の一角。それぞれの武器を軽く振り回すなりして体を温めているかゆちゃんと錦の。

  それを眺めている馬騰たち一行の隣に、雨はいる。これから行われる、死合になるかも知れない試合を見守るために。

  勝ち負けはさして重要じゃない。要はこっちの本気を伝えるのが目的な訳だし。けど、勝ち負けが生死に関わってきかねない技量の相手なんだよね。後、野次馬多いよ。暇な兵士でぐるりと囲まれちゃってるし。人数が結構あるからうざったいったらないね。


  「そんじゃ、始めるか」


  「うむ、腕が鳴る」


  十字槍を手に、準備万端の錦のの言葉に、楽しそうに返すかゆちゃん。こっちの不安も知らないで。


  「では、開始の合図は私が出そう。両者とも本気で遣り合え」


  馬騰もいらない釘を刺す。多少は加減させようよ。そんくらいの度量はみせろって。


  「心配?」


  ふと、そう声をかけてきたのは、確か馬岱とか言う錦のの従姉妹。


  「そりゃね」


  隠してもしょうがないから素直に言う。錦のを向こうに回して安心なんか出来るやつがいたらよほどの馬鹿かだよ。


  「ま、大丈夫だよ。お姉様の強さは聞いてるでしょ?手加減してくれるから」


  良し分かった。こんガキャかゆちゃんを舐めてやがる。


  「勘違いしてもらっちゃ困るね。心配なのはかゆちゃんが楽勝過ぎてこっちの本気が伝わる前に終わっちゃうことさ」


  「え~、逆じゃないの、それ」


  馬岱に目を向ける。向こうもこっちに目を向けてる。

  気に入らない、な。

  うん、こいつは気に入らない。こいつは人を弄る方の人間だ。主にかゆちゃんみたいなお頭の足りないのを対象にした。お前にかゆちゃんは弄らせんぞ。


  「蒲公英さん、余り他人を刺激するものではありませんよ?張繍さんはご友人が心配なのです」


  割って入ってきたのは金髪碧眼の女の人、鳳徳だった。異国装束の女の言葉に、馬岱が引き下がっていく。

  一応会釈すると、人の良さそうな笑顔が返ってきた。でもどこか作り物っぽさというか、自然な筈なのに違和感っていうか。

  まあそれはさて置き、いよいよ開戦となる。かゆちゃんと錦のがそれぞれ武器を構えている。

  かゆちゃんは左半身を前に、戦斧を右下方に構える。相手から見れば武器を体で隠しているようにも見える、出だしの速さを犠牲に振り下ろしの重さを重視した構えだったりする。

  対して錦のは十字槍をかなり下段に向けて構えてる。普通、槍の下段構えで警戒するべきなのは素早い突き上げか、足払いの二つ。

錦のの手の内は想像するしかないけど、一撃の威力はかゆちゃんが上だと思う。けどまあ、一騎打ちだとそれは利点って程のものじゃなくなるけど。


  「では・・・始め!」


  馬騰のよく通る声。その声と同時に錦のが駆け出す。そして待ち構えるかゆちゃん。


  「ふっ!」


  下から突き上げる一閃。かゆちゃんの首元への瞬撃。それは雨が見てきた中で一番早いと断言できる一撃。あれが雨に飛んできたら、十字槍の幅も合って絶対避けられない。避けるなら打たれる前に体勢を崩しとかないと・・・

  とにかく速い錦のの一撃。これをかゆちゃんは、相手に向けていた戦斧の石突で切っ先を外へと逸らした。


  「ぃよっし!」


  「うそ!?あんなやり方・・・」


  かゆちゃんの返しに、体に力が入る。錦のの従姉妹の驚いた声も耳に心地良い。

  使ってる武器の都合で、どうしても掛かりに時間が必要なかゆちゃん。その弱点を克服するために、二人で考えた技だ。もっともあの頃はかゆちゃんが本当に体得するとは思ってなかったけど。

  そして石突を振った、そのままの勢いで斧を振るう。体の中心線を軸に、戦斧の長さを直径にした水平の円を描く。素早さに重きを置いた一薙ぎだけど、かゆちゃんの馬鹿力なら充分な威力が見込める。


  「っちぃ!」


  けどそれを避けてみせる錦の。切っ先を逸らされて、体の筋が完全に伸びきった体勢から倒れこむようにしてかゆちゃんの薙ぎを避けてみせたのだ。

  だけどかゆちゃんの動きは止まらないぜ!この技、振り切った姿勢がそのまま突きの溜めになるんだから。

  そして転がるように立ち上がった錦のへ向けて戦斧で突く。先は横に倒し、斧の幅で横幅を稼いで避け辛くする。

  錦のは十字槍の穂先でそれを受け止める。元より攻撃だけでなく、相手の武器を止めたり絡めたりにも使われるのが穂先の枝な訳で。だけど膂力はかゆちゃんが上なようで、拮抗する事もなく錦のが押し込まれる。

  これは勝てるか、と身を乗り出した時だった。押し込まれていた錦のが自分の槍を足で蹴り上げた!


  「はあ!?」


  基本的に人間、腕力が脚力以上ってことはない。だから、落ち着いて考えれば納得できないことじゃないけど。けれどこれで二人とも大きく体勢を崩した。そうなれば重い得物を使ってるかゆちゃんは立て直しに時間が掛かる。

  そこからは、結構一方的。中途半端な体勢から攻撃を受けたかゆちゃんは、反撃どころか防御さえまともにできない。

  元より、その重さと形で守りに不向きな戦斧を使っているかゆちゃん。それが後手に回ってる今、かゆちゃんが錦のの実直だけど速い攻撃についていけなくなっている。

  そして、決着まで、そんなに時間は掛からなかった。






  後書き

  年末の残業地獄に捕まってしまった今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回も時間をとってしまって、お待たせいたしました。一応言い分けさせてもらうと、11月半ばから残業が増えたり、最近ではモンハン3始めたり、戦国大戦始めたりです。三分の一は自分の趣味のせいなわけですが。

  まあ、という訳で今回の華雄伝、対異民族最前線であるが故に弁舌より行動に重きを置くという判断からこんな話になりました。脳筋らしい知恵を、と言う感じでこんな展開になりました。かゆちゃんに真っ当な知恵が出る訳ないですし。

  という訳で今回はこの辺で。次回は多分アクエリで、となると思います。



[8078] 第三十回 タイムリミットはいつまで
Name: 郭尭◆badafd18 ID:a4521358
Date: 2011/01/15 00:03





  「いい加減びゅんびゅんうるさいっての!」


  立て掛けられた盾の影に身を隠しながら、雨は悪態をついた。

  城壁と並ぶほどの高さの攻城櫓の上から放たれる矢の数は、確かに悪態の一つも吐きたくなる。


  「ったくさっ!やってってもいないことで!恨まれるって!」


  斉射の合間、矢が途絶えた瞬間を縫って放たれた雨の一撃。放たれた矢は攻城櫓の敵兵の頭を性格に射抜いていく。


  「仕方あるまい。兎に角、詠たちが月を救い出すまで耐えるしかないだろう」


  雨と同じく立て掛けた盾に身を潜め、隙を見て弓を射掛ける。やがて乗っている兵士が減ったせいか、幾つかの攻城櫓が後退していく。これで多少は楽になるか。だが暫くすればまた兵を満載して戻ってくる事になるだろうが。

  だが、今この時が楽になったことは間違いない。攻撃が多少穏やかになった場所の兵が女墻まで駆け寄り、城壁に攻め込んでくる敵兵に矢を射掛けていく。


  「それに時間を眺めに稼げれば!敵が勝手に崩れると詠も言っていた!」


  「とは言ってもこれまでの進展の無さを考えるとさ!雨たちがもたないと思うんだよねっ、っと!」


  喋りながらも手は動かし続け、尚且つ兵の動向を把握し続ける。時折指示を出して、兵の動きを采配する。


  「確かに、汜水関の兵がここまで使えんとは思わなかったがな!」


  この戦、汜水関の常駐部隊を中心に展開する心算だったが、攻城兵器が投入されてから見て分かり易いほど動揺が広がった。地理的な要因で攻城兵器を使われた経験がなかったことを後になって聞いたが、所詮は関胡坐をかいた弱兵だったか。

  さて、ここでどれだけ相手を足止めできるか。時間を作れるか。


  「獲られる事も織り込み済みというのが救いか」


  文遠と公明との交代まで、まだ時間があるか。






  加奈視点


  「七番井欄!交代は迅速に!城壁の敵が左翼に移動しています!右翼に隙が!」


  汜水関攻めの一軍の指揮を任され、より一層の栄達の機会を得たのは確かに喜ばしい事だ。だが、それが張儁乂の人事だというのが気に入らない。

  女というだけで侮られ、踏みつけられてきた。それが黄巾の乱などの混乱を機にここまで登り詰めた。本初様という潔癖症のお嬢様に取り入り今日までの栄達を手に入れた。だがその先に行こうとするとどうしても邪魔者が目に付く。

  張儁乂。

  今まではただ目障りなだけだった。文官上がりで戦を知らない、実地の伴わない理屈倒れ。如何な人脈があろうとも、何れは戦場から外されるだろう、あんな不条理な行動をする奴は。

  だがこの一戦でその考えは消えた。儁乂が用意した攻城兵器のお陰もあるだろう。数の優位があるとは言え、難攻不落を謳われる汜水関攻めを我々が優位に立っているのだから。

  確信か、偶然か、兎に角儁乂の軍は役に立った。文官としては幾つかの政策で大きな成果を出し、その上戦場でも。

  認めなければいけないのかも知れない。あの飄々とした、いけ好かないデカ乳女が私の出世の邪魔になりうる人間だと。

  漸く、認められたんだ。あんな恵まれた環境で、ぬくぬく育ってきた奴なんかに負けるものか。

  田豊老という最高の師を持ち、使用人に囲まれて生きてきた奴なんかに。

  私はもっと上に行くんだ。恵まれた奴らを踏み台にして、もっとのし上ってやるんだ。

  そして私を育て、学問を修めさせてくれた郷里に・・・


  「許攸様、第四陣の準備が完了したとのことです」


  「次は顔良ですね。前線の部隊に順次後退するよう伝えてください!次陣と素早く交代を果たしてください!長居すればそれだけ危険ですよ!」


  段取通りの時間に、段取通りに交替する。言葉にすれば簡単だが、万に至る軍勢だとそうでもない。これ程の規模の軍勢を直接指揮するのは初めてのこともあり、どうにも軍勢の動きが遅く感じて仕方がない。

  それにしても敵の動きも鈍い気がする。部隊の後退時は被害が出やすいものだ。いくら敵が汜水関に篭っているからといってこれ程に被害が少ないというのは不自然だ。

  敵の一部に涼州兵や并州兵がいるのは確実だろう。騎兵を軸とした戦に力を発揮するこれらの兵が城砦防衛に不慣れなのは予想の範囲だが、中には長年汜水関を守ってきた常駐部隊もいる筈なのだが。

  兎に角、大した被害もなく交替を完了。私は戦況の報告の為に本陣まで戻ってきた。

  その際目に付くのは、ぼろぼろの装備の、そこらの賊より多少ましな程度の装備の軍勢。平原の相、劉玄徳の軍勢か。

  数も少なく、その上で自分たちの食も賄えないお荷物。兵の錬度も然して高いようにも見えない。この戦の前だったら、こんな足手纏いを抱え込んで、と問いただすのだが・・・


  「厄介なもの」


  競争相手は強大か。

  そんなことを考えながら本陣の大天幕に入る。


  「許攸、ただいま戻り・・・」


  「戻るなんて言わないでくれ!貴女にいて欲しい!貴女が必要なんだ!」


  訴えかけるような表情で公孫伯珪の腕を掴んでいる張儁乂。

  ・・・これは噂に聴く修羅場という奴でしょうか?


  「・・・あの、他人の色恋沙汰に口出しする気はありませんが、その・・・場所と時は弁えてください」


  いや、女同士の恋愛というのも聞いたことはあるから、その、偏見はないつもりだけど・・・見せ付けられても困る。


  「「いや、すごい誤解された気がするぞ!」」


  息もぴったりだ。







  黒羽視点


  唐突に入ってきた許攸に酷い誤解を受けた。


  「いや、許攸、貴女の誤解は後にします。丁度いいので貴女もいてください。伯珪さんも理由、お聞かせ下さい」


  こっちの執務中急にやってきて、幽州に戻らなければいけないかも知れないと言ってきた。この状況で伯珪さんに抜けられると、正直政治的に不味すぎる。有象無象連中が暴走する可能性だって小さくない。幽州を永年守り続けてきた騎馬集団がこちらの陣営にいるということは、それなりに効果があるのだ。

  それに、(この連合に限るが)こっちの派閥から離脱者を出すという事実そのものも不味い。こっちが内部崩壊しかけていると判断して、馬鹿な行動に出る奴がいないとも限らない。


  「いや、私がいないうちに冀州の方で大事になりそうなんだ」


  伯珪さんの事情を纏めると、幽州の厄介なごたごたに関わる。

  伯珪さんのこの時点での役職は、幽州傘下の琢(本来は三水)郡太守である。本来彼女の管轄はその琢郡のみ。だが幽州随一の軍才を誇る彼女は、その能力故に州全体の対異民族戦に参戦していたという実情がある。

  ここ数年は鮮卑族の略奪が比較的活発で、幽州の治安や経済は大打撃を受け続けている。武将である伯珪さんが如何に優秀であろうと、その権限では対処療法しか出来ず、根本的な解決は不可能だった。

  それをどうにかできないかと、具体的な行動に出ようとした人物がいた。幽州牧、劉虞伯安である。

  演義に於いて劉備の人格面でのモデルとなったとまで言われるほどの、徹頭徹尾のお人好し。自称の劉備と違い、正真正銘の皇族。その徳望は遠く異民族まで照らし、皆彼に頭を垂れた・・・て、正史の記述を思い返せばそんな人物だ。正史の反董卓連合の際には次の皇帝として担ぎ出されそうになった(本人辞退)くらいだから、人徳はあったんだろう。

  で、この御仁がやろうとしたのは異民族の懐柔である。まあ、色々と手管使って和平を結んでもいいんじゃね?的な空気を、異民族側に作らせることに成功した。後はこっちが、という段階で面倒な事になる。

  「こっちが血ぃ流してんのに、何断りもなく和睦とかふざけんな!」と誰かが言ったかどうかは知らないが、大体そんな反応が前線からあったそうな。

  そう、この劉虞という御仁、味方への根回しと雰囲気作りを怠っていたようなのである。

  結果州が真っ二つに別れ、劉虞中心の和睦派、伯珪さん中心の反和睦派に。尤も伯珪さんは気が付いたら担ぎ挙げられていて、あたふたしてるうちに降りるタイミングを見失ったそうな。

  で、反和睦派は当然ながら前線を駆け回った武将たちが中心。彼らの言い分では和睦そのものが駄目なんじゃなく、こんな唐突に、且つ勝手に終わらされては兵も民も納得しない。今後、経済的な被害は減るかも知れないが、民衆の支持を失って統治が難しくなるぞ。ということだそうだ。

  まあ、一理ある。

  対して文官中心の和睦賛成派。いい加減戦の被害で民衆が疲弊してんだ。これ以上は民衆の生活が圧迫されて、民衆が黄巾残党とかと迎合して賊になるのが出てきそうなんだよ!と。

  まあ、これも道理である。

  要は被害をもろに受けてた前線エリアの意地と怨恨、直接的な被害の少ない後方エリアの利益と安全のぶつかり合いという事だ。それも、それぞれのエリアの官民双方が、上下一貫しての共通認識でもある。だから民の為、という大義名分が使えないのだ。

  まあ民に限って言えば、家族や知人を殺されるなど、直接の被害にあった人間はどうしてもある程度以上の復讐心が芽生える。今のあたしらのように。ま、それは置いといて、そんな立場の人たちが、戦争終わらせるから全部なあなあで終わらせるよ、と言われて納得できる筈がない。

  逆に直接被害に遭っていない人間にとっては、如何に被害を受けないようにするかが大切であり、被害にあった人間には同情したとしても結局は他人事の域を出ない。自分の命を含め、守りたいものがある人間にとって一番望ましいのは、戦争をしないことだからだ。

  ここら辺の意思疎通をどうにかするのも政治の一環な訳なんだが、この部分が抜けてしまった訳だ。


  「また、頭の痛くなりそうな事態ですね」


  「実際に痛くなるのは胃なんだけどさ。それでも一応私が表に立って色々調整もしたりしてたんだけど・・・」


  漢王朝の制度では同階級の文官と武官では文官がワンランク上の扱いとなるが、そんな事言ってられないのがこの時代。功績と言う意味で幽州では無視できない伯珪さんの存在、更には賊が多い不安定な時代。幽州では武官にも、実績に由来する発言力があった。

  文官も、ストライキをちらつかせられれば強権発動はできない。

  そんなギスギスした時期に董卓が都を占拠、反董卓連合立ち上げ、伯珪さん参加で主立った武将がこっちにいる、と言うのが今までの幽州の内部事情。

  で、問題は反和睦派がこっちにいる今の内に、和睦がごり押しされそうになっていると言う事態だ。

  どうにも一部の見識の浅い文官連中が劉虞の制御を離れて暴走しているのだろう。

  仮にこんな方法で和睦を押し通したら幽州で内戦が起きかねないという事は想像できように。それに思いつかないような馬鹿が、異民族の懐柔に成功する筈もなし。故に劉虞、もしくはその周辺の人間の差し金ってことはないだろう。


  「・・・厄介な」


  割とマジで。こうも次々と、軍の外から厄介事が起こるかね?こりゃマジで連合の空中分解も有り得ちまうぞ。


  「・・・お嬢様に一筆したためて頂くのはどうでしょう?こちらが袁家が仲裁に入れば、せめて戦が終わるまで時間を稼ぐ事が出来るかも知れません」


  「・・・麗羽様に言ってみよう。多分快諾してくれると思う。申し訳ありません、伯珪さん。やはり今はまだ貴女が必要なんです」


  許攸の言葉に賛同する。現状では、それが最良か。


  「・・・その、済まないな、みんな大変なのに」


  俯き具合に言う伯珪さん。うん、大変だよ。っつか地元のゴタゴタこっちに持ってくんな、と言いたい。八つ当たり以外のなにものでもないんだろうけど。


  「いえ、大変なのは皆さんそうですし、こういうことを円滑にしていくのもあたしの仕事の内ですから」


  社交辞令、というかこっちもある意味本音。八つ当たりの言葉も本音だけど。

  さて、敵は董卓一派と味方と時間、か。どれも難敵で骨が折れるよ。






  白蓮視点


  「いえ、大変なのは皆さんそうですし、こういうことを円滑にしていくのもあたしの仕事の内ですから」


  苦笑い交じりの返事は、どこか力がなかった。仕事の内と言っても、明らかにこの戦とは関わりのないことなのに。

  儁乂は伝令を呼んで、麗羽に連絡を送る。出て行った伝令を見送り、儁乂は天幕の中央に掲げられている羊皮の地図の前に立つ。


  「汜水関、後どれ位掛かりそうです?」


  険しい表情で出された問いに、確か許攸だったか、麗羽の軍師兼指揮官が答える。


  「極限まで粘られれば・・・想像もしたくないですね。騎兵で鳴らした涼州并州の兵、すぐにでも息を詰まらせて関を出てくると思っていたんですが・・・」


  「ですよね~」


  同じく険しい表情で答えた許攸に対し、儁乂は気の抜けた声で返した。


  「ちと圧迫を強めた方がいいかね、こりゃ」


  気だるげな表情の儁乂、険しい表情の許攸。私たちの都合で他にも多くの仲間たちに迷惑を掛けている事実が、何よりも情けなかった。





  後書き

  最近WTRPGに嵌り出した今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  やばい、戦争になってから戦局が殆ど動いてない。ここまで動きのない恋姫SSあっただろうか?と最近不安になってきました。城攻めの表現も難しいですし。速く進めて袁術、孫策サイドが書きたいものです。名前だけ出て登場させてあげられないでいる程普とか。

  取り敢えず次回で動きがある筈!多分!できたらいいな~・・・と。

  それでは今回はここまで。また次回、お会いしましょう。

  PS.近いうちオリキャラの纏めとか書くべきかな?



[8078] 第三十一回 涼州の武
Name: 郭尭◆badafd18 ID:685fe876
Date: 2011/03/15 23:39




  「ねえ、華雄ちゃん、そろそろ逃げた方がいいと思うんだけど」


  「分かった。誰か雨と張遼に伝令を!」


  というやり取りがあったそうな。それを聞いて雨たちは逃げ方の協議に入った。


  「で、どういう心算やねん。撤退するんはかまわへんけど、急すぎるわ」


  四人で会議室に集まり、逃げる相談を始める。


  「だってじょこたんが逃げるって言うんだもん。ねえ?」


  「ああ、徐晃が逃げると言うのだからな」


  りょうちんの疑問に、雨とかゆちゃんはそう答えた。じょこたんが逃げると言ったら、死ぬ前にすたこらさっさ。これ、董軍の常識。


  「まあ、兎に角潮時ってことで。じょこたんが言うんだから間違いないよ」


  雨の言葉に、かゆちゃんはうんうんって頷き、じょこたんは恥ずかしそうに俯く。

  まあ、それは兎も角どう逃げるか、だね。

  普通に逃げるのは、無し。逃げるからには関はくれてあげるけど、追撃が怖い。追撃には機動力のある部隊が回されるだろうから、多分馬軍か公孫軍が来ると思う。

  今の士気でこの面子に追撃されたらどうなるか、眼も当てられない。りょふっちの所まで戻れば、士気も持ち直すと思うんだけどな。


  「やはり一度打って出る必要があると思うが」


  この中で一番好戦的な性格のかゆちゃんは一撃加えることで、相手の気勢を削いでからの撤退を主張する。


  「けど、どうせ相手もうちらが出て行くのを待っとるんやろうな~」


  どうしたもんか、と頭を掻くりょうちん。

  りょうちんの言う事は尤もだけど、だからって何もしないとどうなる事か。どんなに早くやっても、多分汜水関の常駐部隊くらいは確実に追撃に捉まる。


  「かゆちゃんが出るなら雨もいくよ」


  かゆちゃんの強さは突進力。後ろどころか左右も見ずに、眼前の敵に突っ込んで食らいつく。陣形を切り裂き、連携を阻む。

  猪突猛進を形にした戦い方がかゆちゃんの強さで、同時に弱さ。

  だからかゆちゃんが戦場に出るときは、絶対に雨が守ってあげなきゃいけない。


  「いや、せやったらうちが出るわ。華雄やと引き際を間違えそうや。張繍もうまく華雄の手綱握れるとは限らへんし」


  ちょっとかちんとくるりょうちんの言葉。まあ、言いたいことは分かるんだけどね。


  「いや~、一人じゃ多分時間稼ぎにもならないよ?向こうさんの豪華陣容見る限り。雨とかゆちゃんの連携に任せなよ」


  雨たち涼州兵と、りょうちんを始とする并州兵は余り上手く連携が取れない。元々并州兵は雨たちが洛陽入りしてからの付き合いでしかない。それから今日まで四ヶ月も経ってない。その間にまともな連携ができるようになるのは色々と無理がある。


  「いや、あれは連携とちゃう。あれは阿呆みたいに四方八方駆けずり回る華雄を張繍が面倒みとるんや」


  「ちょっと待て、張遼。誰が阿呆だと?」


  「他に誰が居るん?」


  おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ。

  二人とも、良くも悪くも真っ直ぐな性格だから、些細な言い争いが武力衝突ぬ発展しかねない。まあ、その後二人で溌剌した表情で戻ってくるからいいんだけど、今は不味い。さっきから特に何も言えずにいるじょこたんもあうあう言ってるし。


  「はいはい、喧嘩してる時間はないからね?外じゃまだ兵士の皆に戦って貰ってるんだから」


  せめてきゅうちゃんかかくっち、李儒の内誰か一人でもいればな~。

  まあ、きゅうちゃんは呂布っちから離れないし、かくっちと李儒は洛陽を押さえるのとたくちんのことで来れない。


  「一応、まだ雨たちが選択肢を選べる立場なんだ。今の内に決めとかないとね」

  知恵者が一人もいないんだ。一度主導権を奪われれば、雨たちには取り返すことは出来そうにない。





  黒羽視点


  堅牢な城壁を攻撃し続けるだけの、命懸けの単純作業とも言うべき戦況が動いたのは正午、一部の部隊が食事に入ったタイミングだった。


  「上手いな。予備兵力の動員が一部遅れるぞ」


  前線からの報告に、思わず毒づく。


  「序に言えば不味いですね。味方の弱卒ぶりで策が体を成さないとは」


  不機嫌さを隠さずに呟くのは許攸。最前線の部隊が有象無象のその他勢のタイミングでもあったのも痛かった。

  本来今回の汜水関攻略は、全軍を数部隊に分け、ローテーションを組んで休まず攻撃をすることで相手側にプレッシャーをかける。それによって騎兵を得意とする相手に野戦を決断させ、相手を引き込み包囲殲滅するという作戦で動いていた。

  敵が出てきた場合、最前列の部隊が戦線を維持しつつ後退、敵を誘導。その隙に後方の部隊が左右から上がってきて敵を半包囲。

  更に、今まで遊軍として温存しておいた冀州の騎兵を投入。前線部隊の後退に伴い放棄された攻城兵器に火を点け敵の退路を断つ振りをする。

  位置的に敵に挟み撃ちに可能性があるからふりだけだけだが、敵の撹乱には充分だと思った。


  「最初の一歩で駄目になるとは」


  敵を引き付けるべき部隊が、易々と陣形を引き裂かれ、腹の内で好き勝手を許している。お陰で次の行動に出るべき部隊が動けない。


  「どうします?許攸。あたしはいっその事、あいつらごと敵に一斉射撃ちこみたい気分ですよ」


  「私か貴女、どちらかが前線を直接見に行くべきでしょう。ここでは情報も不十分で、何ともできません」


  あたしの愚痴混じりの本音をスルーして、許攸はそう提案した。もし前線に行くなら、そのまま戦闘の指揮を執る可能性も考え、直接戦えるあたしが出た方が安全だろう。


  「ここ、ってか総指揮頼めます?」


  「基本的に事前の打ち合わせ通りになら。後はこちらで勝手に判断しますよ?」


  「それで頼みます。この場で一番頭がいいのは貴女なんで」


  この場は許攸に任せ、前方の麗羽様の元へ向かう。猪々子も斗詩も、うちの妹たちも自分の部隊の所で待機している筈だ。


  「まあ、あの惰弱さには私も驚かされた。あれでよく黄巾の乱を生き延びたものだ」


  さて、麗羽様の陣中に到着し、櫓から前線を見るとまあ酷いもんだった。敵の騎兵部隊に腹の内に潜り込まれ、陣形を切り崩されて連携がほぼ断たれている。

  元々実戦に於ける陣形とは、軍を編成する部隊が特定の目的に合わせ相互に連携をとるのに適した配置、というものである。そして騎兵による突撃の、主な役割というのはこの陣形を切り裂き、連携を阻み、その戦闘能力を大きく削る事にある。

  そういった意味では敵の騎兵の動きは見事としか言いようがない。音に聞こえた涼州騎兵は伊達ではないか。

  敵の突進から逃れようと味方にぶつかり、倒れ、踏みつけられていく。騎兵による被害による被害の殆どはこうした逃げる味方によるものだ。そしてそれが前線で実演されている。

  華旗を揚げた部隊が友軍を切り裂き、なんとか反撃しようとする友軍は、張旗の部隊の騎射で動きを封じられる。実によく連携がとれている。

  だがまあ、そんなこととは別に、


  「何故然も当然の如くいるんだ、星」


  横にいる星に問いただす。出あった時からそうだったが、こいつは色々とフリーダム過ぎる。


  「総大将に万が一があってはな。これだけの兵がいればそうそう危険はないだろうが、名のある将は近くにいない。敵の暴れっぷりを見れば多少は不安が出てくる」


  成る程、言いたいことは分かる。こっちは軍の規模にしては、大軍を指揮できる人間が少ない。結果として将を分散して配置せざるを得ず、今駆け回っている敵軍を塞き止められるとは断言できない。


  「まあ、確かに。無人の野を行くが如く、ってなこういうことなんだろうね」


  猪々子や斗詩なら止められないとは思わないが、二人が来るまで持つかは分からない。


  「黒羽さ~ん、どうにかなりそうですか~?」


  下で声をかけてくる麗羽様。う~ん、余り使いたい手じゃないがしゃあないか。


  「すみません、もうちょっと待ってくださ~い」


  麗羽様にそうお願いし、星に開き直る。


  「星、お前ん所に声のいい奴はいるか?」


  「声?」


  「ああ。戦場でも良く通って、兵を鼓舞するに良い、凛とした声の持ち主だ」


  さて、本陣の許攸にも連絡しないとな。踏んだり蹴ったりだぜ、畜生。







  華雄視点


  「正に弱兵だな。必死の覚悟がない分、黄巾賊にも劣るか」


  雨の言に従い、動きの悪い敵が寄せてくるのを待って出撃。前衛を食い破り、その腸を抉り回す。敵は真っ当な抵抗もなく崩れている。

  小部隊単位で、組織だった動きの出来る敵もいるが、それは雨の部隊が牽制して動けない。

  これなら充分な時間が稼げるか。そう判断し、次に突き込むべき敵陣の綻びを探していた時の事だった。敵前衛の裏側で、部隊から零れ落ちた兵や隊が集まりだしていた。


  「ほう、これを立て直せる将がいるのか?名のある者なのだろうが・・・」


  それなりに判断の出来る将だと言う事なのだろう。ふむ、一当てして撹乱すべきだと思うが。ここで立て直されても面白くない。蹴散らせばより長い時間を稼げる。そう判断し、馬首を返す。


  「次は後ろで立て直している隊を蹴散らす!弱卒を束ねたとて我らの敵ではないこと、叩き込んでやれ!」


  着いてくる兵たちに檄を飛ばし、馬の腹を蹴る。真っ直ぐに駆け、邪魔な敵兵を蹴散らしながら。

  目的の敵に近付くにつれ、聞こえてくるその声。馬上に跨る、将らしき二人の女。片や黒い長髪を側頭部で纏めた緑衣の女。片や毛先だけ白い黒髪を後頭部で纏めた黒い外套の女。声は緑衣の女のものだった。


  「・・・お互いを庇い合え!円陣を組んで守りぬくのだ!連携すれば生き残ることは難しくないぞ!」


  戦場の喧騒と怒号の中、よく通る声だ。成る程、兵の集まりがいい訳だ。指揮系統を断たれ混乱に曝された中、力強い声に導かれたのだろう。容姿も、纏う気配も堂々としている。緑衣の将、やるのだろうな。


  「我が名は華雄!武の頂を目指す者!いざ、勝負!」


  駆ける馬の勢いをそのままに、名乗りを上げる。こちらに気付いた緑衣の女は大刀を構え、馬首をこちらに向ける。


  「平原が相、劉玄徳が義の大刀、関雲長!その勝負、受けさせてもらう!」


  もう一人の女に兵の指揮を任せるのだろう、緑衣の女は馬の腹を蹴る。

  近付いていく間合い、全身を駆ける振動。やがて緑衣の女は大刀を上段に構える。両手で柄を握り、右手を頭上に、左手を腰の高さに。大刀で天を指すかのような構え。馬上の大刀使いとしては基本的な構えだが、馬の揺れでも綺麗に体勢を保っている。成る程、よく鍛えている。純粋な武術の腕前は恐らく私より上。

  だが、馬上の武はそれだけで決まるものではない!

  武器を振るう間合いより手前、手綱を操作する。小さく跳び上がる愛馬。そして下降とに合わせて大斧を振り下ろす。


  「涼州の武、その真髄を見よ!」


  自身の膂力、馬の勢い。そしてそこから先にある馬の体重移動、そこに涼州の武の真髄がある!

  そして、刃が交わる。





  後書き


  震災のすぐ後にこういったものを書き続けるのはどうかと思いましたが、生存報告もかねてアップさせていただきます。

  今回の震災につきましては、作者自身が東京在住の為然したる被害はなく、親戚一同大きな被害はありませんでした。

  今回の震災でお亡くなられた方々に哀悼の意を表させて頂きます。また、無事ご避難された方、救助された方々の安全と健康を心から願っております。

  序でこれからも皆様方にお楽しみ頂けるように精進していく所存です。



[8078] 第三十二回 彼女はあたしの最初の吉川的死亡原因です
Name: 郭尭◆badafd18 ID:685fe876
Date: 2011/07/26 19:37





  かゆちゃんの部隊が、敵の外郭の方に向かい出した。馬の背に立つと、散った兵が集まり出した場所がある。どうやらかゆちゃんはそこを蹴散らす心算みたい。

  かゆちゃんの悪い癖が出たよ。戦果を欲張るような戦いじゃないんだ。兎に角雨たちも移動する。いつでもかゆちゃんを援護できる位置に。

  そして始まったかゆちゃんと敵の一騎打ち。馬の体重まで掛けるかゆちゃんの一撃。それを正面から打ち返す敵。


  「うっひゃ~、やっる~」


  中原にも大したのがいるもんだ。かゆちゃんのあの一撃、重さだけなら相当なもんなのに。

  さて、一騎打ちに水を挿すのも悪いとは思うけどどうしたもんかな。そんなに長く戦う必要はないだろうけど。

  そう考えながら周りを見渡してみれば、周りの敵の外で僅かに土煙が舞い始めていた。遠くてよく見えないから部下の騎兵の肩に乗って見渡す。混乱している軍勢の外で黒一色の鎧の軍勢が展開し始めているのが見えた。

  囲む気か?味方ごと。いや、流石にそれはないか。でも回り込まれたら逃げるのが辛いかな。これは刺した方がいいかな?水じゃなくて矢だけど。

  自分の馬の背に跳び乗り、右手に矢を三本、指と指に挟んで持つ。狙うはかゆちゃんと一騎打ちしてる大刀使い。かゆちゃんの背中越しに、狙うは頭。一撃必中なんて格好はつけない。外しても二発目、三発目が待っている。

  雨の速射からは逃げられない。

  矢を添えた弦を引き絞り、放とうという時、それが見えた。かゆちゃんの一騎打ちを邪魔しないように、離れて動いていた騎馬隊。いつの間にか紛れ込んでいたのか黒い外套の女が、騎馬隊を馬ごと引きずり倒している。

  そして騎馬隊の中で暴れながら移動。その位置はちょうどかゆちゃんからすれば死角になる。そして黒外套の手には刃物の光。騎兵の一人の肩を踏み台に、彼女は舞った。

  彼女に矢を向けたのは、多分本能というやつだ。空中で体全体を使って暗器の投擲をしようとしていたらしいそいつに狙いを変えて一撃。大きく振り回すように動かしていた右肩に突き刺さる。それでそいつの体制は崩れたが、そいつの動きそのものは止まらなかった。

  振られた手から放たれたヒョウ。大刀使いと打ち合っているかゆちゃんの背に刺さり、大きな隙が生まれた。かゆちゃんの動きが止まり、だけど同時に大刀使いの動きも止まる。身を屈めながらもかゆちゃんは馬首を返す。

  幸いというべきか、多分武人肌の相手だったようだ。追撃がないのは幸運だ。それより早くかゆちゃんを回収だ。かゆちゃんに傷を付けてくれやがったやつはいつの間にか見えなくなってた。逃げ足の速い。

  黒外套の女は止めを刺しておきたかったけど仕方ない。

  今怖いのはこの一騎打ちで敵の気勢がまた起き上がること。ここで息を吹き返されると、雨たちが出てきた意味がなくなる。だから雨はかゆちゃんを見逃してもらった恩を、仇で返させてもらう。


  「悪いね、出来れば死んじゃって」


  もう一本矢を取り出し、狙いをつける。同時に馬の腹を蹴り、より確実に狙える距離まで詰める。同時に大刀使いもこちらに気付いたようで、顔をこちらに向けてきた。でもこっちも準備は整ってる。雨の三本の矢からは逃げられないよ。

  大刀使いの頭を狙って一撃目、相手は刀身で頭を庇う。その上で上手く視界を確保してる。やる。

  一発目が当たる前に次。今度は脇腹、これにも柄を動かして対応してくる。お見事。でもこれで詰みだ。

  本命の三発目を引き絞る。同時に一発目が刀身で弾かれる。これで動きは固定した。二発目に対応した事でがら空きになった旨に狙いをつける。柄に二発目が当たればそれで終わりだよ。


  「捉えた」


  底冷えする声だった。同時に鐙を踏む左足を掴まれる感触。引っ張られ、体勢を崩したせいで矢は狙いを逸れて飛んでいく。


  「何が!?」


  掴まれている左足に目を向けると、雨のすぐ横を並走している馬の腹の下から手が伸びていた。その手の主は、間違いなくかゆちゃんを傷付けた黒外套だった。

  ちょっ!?怖いよこいつ!

  人間離れした握力で掴まれた脚を振りほどこうとしてもびくともしない。それに気付いた騎兵は、自分の馬の腹にへばりつく敵に剣を突きたてようとして、反対側に引きずり落とされてった。

  こいつ、両足だけで馬の腹にくっ付いてんの!?おかしいだろ色々と!

  落ちてった兵士の心配してる余裕もなく、雨もじりじりと引きずられていく。なんて馬鹿力だよこいつ。


  「放せってんだ!」


  このまま落ちる訳にもいかない。雨は矢を構えて黒外套に狙いをつける。途端に黒外套の力がさらに強くなる。その握りつぶさんが如くの力で雨は一気に引きずり落とされる。

  体が完全に馬から離れる。地面に落ちるのは確実。そしたらただじゃすまないに決まってる。でもこいつの力は振り解けるもんじゃない。

  どんどん引き降ろされていく体。こいつの手から逃げるのは無理。そう判断して矢を手に取り、自分から馬の背を滑り降りる。そしてその勢いで黒外套の首目掛けて矢を突き立て・・・






  星視点


  袁紹の陣から戻り、自軍の主だった者たちが集まっている天幕に入る。


  「あ、星。どうだった?」


  その報告が届いたのは、昼の衝突を終え、展開した軍を纏めている時だった。

  黒羽が負傷し意識を失ったと。愛紗が共にいてまさか、という思いもあったが、誤報でないことは戻ってきた愛紗の様子が物語っていた。


  「軍医の見立てでは命に別状はないそうです。首に浅い傷があるそうですがそちらは後が残るか否かだそうで。一応大事をとって休まされていたが、本人は政務に復帰したがっていました」


  頭を打って少しの間、意識を失っていたそうだが会って見た様子では問題はなさそうだった。

  報告はそういったことで終わり、特に軍師二人が露骨に安著の表情を見せていた。その二人程でないが、黒羽と会話を交わした人間も、一人を除き皆同様に安著した。

  そして夜もいい頃合となり、各々の天幕に戻る段になって、私は唯一の例外の元へ赴いた。


  「邪魔するぞ、愛紗」


  戦働きを終えた得物の手入れをしていたらしい愛紗は、こちらの声に反応して視線を寄越す。


  「どうした、星。こんな時間に」


  馬鹿みたいに重い偃月刀を軽々と扱い、得物の状態を確かめていたのを止め、愛紗は体を私に向ける。


  「いや、怪我をした黒羽を回収したのは愛紗だろう?黒羽の友人として、個人的に礼が言いたくてな」


  「礼を言われるような事ではないだろう」


  どことなく素っ気無い反応を返す愛紗。ふむ……


  「成る程、黒羽とは合わないか」


  呟くように私の口から漏れ出た言葉。だが言葉にしてみると、それは妙に納得がいった。ああ、そうだ。愛紗は黒羽を好かない。


  「む、それはどういう意味だ、星」


  私の言葉に不服なのか、いい反応を返してくる。


  「言葉の通りだ。愛紗は生真面目だからな」


  黒羽は真面目な時と装でない時に落差がある。更に言えば、武人肌に突っ走った感のある愛紗とは見るもの全てが違いそうだ。弄る分には二人とも似ている部分はあるが、黒羽の場合逃げたりもするからな。


  「それに一騎打ちに割って入られたそうだな。戦場の礼に則った正式なものではなかったようだから悪いという事はないが、それでも愛紗は嫌だろう?」


  ばつの悪そうに顔を顰める愛紗。まあ、この身も武人の端くれだ。その気持ちが理解できないではない。武を誇りに、戦を活きるのが武人というものだ。

  対して黒羽の在り方は寧ろ謀臣である。暗殺者としての技能を兼ね備えいているが、それとて目的をなす為の道具としか見ない。友人とするには良い人物だが、そこだけは惜しいと思えてしまう。尤もこれは私も武人であるが故に、友人に理想を押し付けているだけなのだろうが。


  「あれは本質から我らとは違う部分がある。我等が軍師たち程の智謀はないだろうが、それが団体の益となると判断すれば、どんなえげつない事も平気でやるだろうな」


  逆に、そういったものが絡まない分には、充分善人と言える訳でもあるが。


  「お前の言う張郃の人物像は朱里と雛里の言うのと隔たりがあるよな」


  「あれは美化しすぎなんだ。あれは二人が言う程人格者ではない。実力は兎も角な」


  北海で一月ほど床を共にした私が言うのだ。友達甲斐がない訳でないが、義よりも、利や理を重んじる人間だ。目の前で困っている人間がいれば、気の毒に思う程度には思うだろうが、面倒事の気配があれば自分から近づきはしない。必要がある、もしくは利になると考えない限り。

  その代わり、身内にはこれでもかと言う程に甘やかしかねないが。私の時なども、ついつい色々と、な。


  「それに当然悪い所もある。あれは切れると見境がなくなる。理性が振り切れるというか、な」


  まあ、沸点は低い訳ではないが、いや、偶に物凄く低くなるか。


  「それに、話は戻すが愛紗が相手取ったのは涼州人に違いなかったのだろう?だったら、そいつは袁家の将にとっては不倶戴天の仇だ。押さえろと言うのも中々に酷だと思うぞ」


  まあ、その理屈も、愛紗は理解しているだろう。私は近しい人間を誰かのせいで失ったことがない。戦や飢饉といった事象で、というのならあるが。そしてそれは恐らく愛紗も同様だと思う。だから今の袁家の人間の心中は想像することしかできない。


  「なあ、星」


  「ん?」


  不意に愛紗の方から声を掛けられる。


  「お前は儁乂のことが好きなのか」


  「ああ、良い友人だ」


  そう、そこに疑う余地はない。寝食を共にしたこともあり、戦場を共にしたこともある朋友だ。


  「だったらその友人を守りきれなかった事を恨まないのか?」


  ふむ、そう言うことか。


  「恨むも何も、愛紗を推薦したのは他ならない私だ。黒羽からの注文を加味したとは言え、愛紗なら最良の結果を出すだろうと考えてな。そしてその結果が黒羽の負傷なら、それで済んだ事が最良の結果だったのだろう」


  そう、今の時点で我らの陣営で、恐らく最良の将が愛紗に他ならない。だからか、やはり愛紗に悪い感情が湧かないのだ。

  私は気にしていない。同様に袁家の方でもこれといった反応は見せていなかった。更に付け加えるなら桃香様や主が特に問題視していないのだ。咎められるべき理由はないのだ。

  まあ、人一倍生真面目な愛紗である。失敗があると自分を責める部分がある。


  「陰鬱になる話題ならもうういいだろう。それよりも愛紗、そろそろ汜水関の向こう、虎牢関を攻めることを考えた方がいいそうだぞ」


  私の言葉に、意味が分からないという表情を返してくる。


  「黒羽の見舞いに行った時に、その妹の…どっちだったかな?まあ、兎に角黒羽の妹に声を掛けられてな」


  その時に底冷えするような殺気じみた怒気と共に言われたのだ。

  黒羽の役に立つ気が有るのなら、虎牢関の攻め方を考えておいた方がいい。敵は二、三日もしない内に汜水関を引き払うだろう、と。

  まあ、言葉の方はかなり刺々しいものだったが、それはここでいう必要はないだろう。黒羽の妹がどこかが普通でないのも垣間見えたが。


  「黒羽が怪我をしたことに挽回が必要だというのなら、すればいい。黒羽に水を挿されたことが許せないのなら、見返せばいい。どちらにしろうじうじしている愛紗は、らしくなくて見ていられない」


  私は立ち上がり、天幕の出入り口から外を覗く。その方向には宵闇に佇む汜水関。この日異様に多い篝火が煌々と灯りを点していた。


  「まるで夜襲でも準備しているようだ」


  あの灯りならこちらの動きは良く見えるだろう。元より城攻めに夜襲は向かないのに、あれでは僅かな隙も見出せんだろう。逆に隙を見せればこちらを強襲して来るかも知れない。袁家は警戒している様子はないし、軍師たちも夜襲はないと言っていたが。

  そうやって汜水関に目を向けていると、天幕の中から名を呼ばれる。私はそれに声だけで応える。


  「私はな、まだ儁乂殿を好きにはなれそうにない」


  律儀にそう言ってきた愛紗に、私は思わず苦笑いを浮かべた。





  後書き


  暑くてクーラーが欠かせない今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  この作品に於いては本当に久しぶりの更新となりました。戦闘シーンでの不調、他作品への浮気、そして執筆時間そのものが取れないなど色々ありましたが、余りに長くお待たせした事をお詫びします。

  本来色々と裏話やら書くべきだと思いますが、今回はこのまま投稿させていただきます。

  それでは皆様、また次回お会いしましょう。



[8078] 第三十三回 身を休めども心休まらず
Name: 郭尭◆badafd18 ID:685fe876
Date: 2012/02/16 01:35



  天牢などとご大層な名前が付いてはいますが、実の所その中身はただの牢屋に他なりません。


  「いや~、失敗しました」


  白い囚服を纏い、木と鉄の枷で体を拘束され、藁の敷き詰められた牢屋に入れられたのはつい昨日のこと。


  「まさか戦のこの混乱の中でも、事を隠しきれなかったとは。賈駆文和、涼州一の切れ者とは伊達ではありませんでした」


  いや~、兵力を持たない舌先三寸で、董卓のような純武力相手に何処まで通じるか試してみたかったのですが。上手く行きそうな手応えはあったんですがね。


  「所でさっきから私が独り言を大声でのたまう気違いみたいになっているのですが、何かしら反応を返して頂ければと思うんですよ。聞こえておられますかね、叔達(しゅくたつ)殿」


  延々喋っていても反応を返してくれないお隣さん。お味方であった筈の王允殿に売られた方、洛陽に於いて儒の名家、司馬家の家督である司馬孚殿。董卓に政治を壟断されるまで、朝廷に於いて礼節を取り仕切る立場にあった方でも在ります。


  「いや~、私は自分の舌先で天下をひっくり返してみたかった訳ですが、まあ、このようになった訳ですが。叔達殿、董卓を討つのは連合か、獅子身中の虫か、はてどちらでしょうな?」


  「何処の誰であろうと構いません。あの男の暴挙を止め、王朝の社稷を建て直し、万民を安んじることが肝要なのです。天下を遊具にしか見れないのなら、貴女も董卓と如何程の違いがありましょうか」


  おや、酷い。


  「それは酷い誤解です。この董公仁、董卓みたいに俗な欲では動く心算はありません。私は誰かに感謝されるようなことがしたいだけなのです」


  今、董卓ほど人に憎まれている者はいないでしょう。今、董卓ほど死を望まれている者はいないでしょう。

  ああ、もし私が彼の者を討つ事が出来れば、一体どれ程の感謝と賛辞が私に贈られたか。

  ま、そんなもの実際はどうでもいいんですけどね?そんなものもらって嬉しいのは儒者くらいでしょう。


  「兎にも角にも、我らは董卓を討とうとして失敗した、云わば仲間みたいなものじゃないですか。少しは仲良くしようじゃないですか。万が一にも、我らにもまだ機会が巡ってくるなんてことも、あるかもですよ」


  そう、万が一。機会があれば、私はすぐさま動く心算です。自身で武力を用いることなく、舌先三寸にて天下を遊戯する快楽、これを味わい尽くさずして何の弁舌の士か。

  それにしても石の壁に隔たれているお隣様、つれないものです。言うこともお行儀良すぎて面白みもないです。まあ、儒の名家らしいと言えば、らしいのでしょうが。きっと今も、誰も見ていないのにお行儀よく正座してるんでしょうね。

  あ~、やだやだ。つまんないですね。儒者との問答は、こんなもんですか。

  さて、何か面白い事は起きないかと考えていたとき、彼女はやってきました。

  小柄で華奢な体躯、二つの三つ編みになってる青緑の長髪、桃色の枠の眼鏡。


  「おや、文和殿、こんな牢のまで足を運ばれるとは。一体何ごとですかね」


  はてさて、まだまだ我が弁舌を振るうか否か。これが重要な訳でして。


  「貴女たちに手を貸して欲しいの。董卓を討ちたいのでしょう?」


  まあ、取り敢えず、面白い言葉が聞けました。





  猪々子視点


  汜水関を落として、既に一日が経っている。まあ、落としたと言っていいかは微妙な感じだけど。

  敵の攻撃で痛手を受けた連中の部隊の再編が済んでないってことで、この関に足止めを喰らってた。けど、アタイや斗詩の部隊はそんな損害がないから、正直暇なんだよな。

  姫様は公孫賛ん所の問題の話し合いをしている最中だし、斗詩は書類仕事の手伝いをしてる。丁度あの司馬の姉妹が出ばらっているから、アネキの見舞いに行くことにした。


  「アネキ、アタイだけど入っていいかな」


  アネキの天幕の前で声を掛ける。すぐに返事が返ってきて、アタイは中に入った。


  「おう、どうかしたか?あ、お茶は自分で入れてな」


  部屋には、喉に包帯を巻いたアネキが机の上に置かれた竹簡に目を通しながら、足で薬研(やげん)を動かしていた。鼻につく匂いがするけど、何か薬でも作ってんのかな?


  「いや、どうにも暇になっちゃったからさ。アネキの様子でも見ようと思って。もう仕事してても大丈夫なのか?」


  「大したことないって、軍医も言ってろ。それに仕事って言っても体使うわけじゃないんだしよ」


  寧ろ首の傷より、馬から落ちた時の打撲の方がきついわ~、とどこか冗談めかしながら笑うアネキ。


  「そんでさ、何時頃虎牢関に向かうんだ?アタイら正直やることなさ過ぎるんだけど」


  だったら休めよ、その時間、と今度は呆れ顔になる。


  「正直思ったより早く相手が逃げたからな。準備が整っても二日は動かない。ただ、二日後に動けない連中は置いて行ってでも動く」


  二日か。まあ、その時に動けない連中がいるとしたら、今回の戦いで損害受けた弱っちい奴らか。まあ、いなくても問題ないな、あれなら。


  「猪々子と斗詩は并州に駐留してたことがあっただろ?呂布と張遼か、有名所は。勝てそうか?そこら辺」


  気が重い、と言う感じのアネキ。


  「大丈夫だって!アタイと斗詩に勝てる奴なんて「正直にな」……」


  アネキが不安そうだったから大げさに言おうとしたら叱られた。そりゃ~、アネキに褒められたいって下心はあったけど。


  「張遼には武技で負けてはいない心算だよ、本当に。でも馬術の差かな、馬の上じゃ一人で勝てないと思う」


  黄巾賊や、異民族関係で何回か共闘してるから、悔しいけどその強さは直接見てるから。


  「……けど、正直呂布は、あれは……」


  強い弱いの次元じゃない。はっきり言って、アタイたちじゃ……


  「いつも自信満々な猪々子がその反応ね。病気にでもなって死んでくんないかね」


  どうしたもんかなって呟きながら、アネキは竹簡を読み続けている。


  「そういやアネキ、その作ってる薬って何?」


  さっきから足でゴリゴリやって、何かの薬草をすり潰し続けている。


  「今度の戦は大変そうだからな。試しに飲んでみるか?」


  アネキの口振りからすると、戦に使う薬。ん~、痛み止めや血止めの類かな?


  「やめとく。匂いからして苦そうだもん」


  好き好んでそんなもの飲まないよ。だろうな、ってアネキは笑った。




  黒羽視点


  猪々子も帰った後、あたしは改めて現状の確認作業に戻った。一応怪我人ってことで仕事の殆どはよそ様に回された訳なんだが、それでも把握しておかなけりゃ不味い事は色々あるのだ。

  先ずは味方。一応麗羽様をボスとして、他の連中が下に付くという構造なんだが、ちゃんとした組織じゃないからしたが横一列なのだ。そのせいで、いざって時に上下関係で面倒なことになりやすい。汜水関攻略で見方が混乱した時も、他に上位の指揮権持った人がいれば、被害は減らせたかもしれないのだ。

  孟徳さんとか、孟徳さん、それと孟徳さんとか。

  次に、ここに来てくれている諸侯の領土の問題。各州の支配者が、軍を引き連れて出張してきているため、地元の守りが手薄になっていることもある。

  黄巾賊の残党などは、まだ完全に掃討しきっていないこともあり、地元の治安に不安が出てしまうのだ。

  他にも権力闘争も。特に目立つのは伯珪さん所。幽州の軍事を実質取り仕切っている伯珪さんが居ないうちに、そこの刺史であり且つ皇族である劉虞様が対立している異民族と和平に乗り出そうとしていることとか。

  まあ、幽州のタカ派の代表に何時の間にか旗頭にされていたと言う伯珪さんと、ハト派の筆頭劉虞様の対立は結構長いらしい。実際の所、伯珪さん本人は異民族との和睦そのものは構わないが、実際に血を流してきた将兵たちを鑑みないやり方に反発せざるを得ない、というのが実情らしい。でなければ頭である伯珪さんを振り切って、幽州内で変事が起きかねないと。

  他にも寄り合い所帯だから、味方同士に過去の怨恨があったりと、(馬軍と孫軍とか)問題には事欠かない、と。

  後は別行動をしている公路小お嬢様を始とした軍勢だが、定期連絡でのやり取りでは、向こうの行動は順調のようだ。

  やっぱ多勢力連合は足並みを揃えるって部分で既に難易度が高い。今の所表立った問題はないが。まあ、ほんと表側だけは、だが。

  次いで董卓軍。次の関門は虎牢関。汜水関と同等の設備を誇る漢朝有数の軍事拠点である。更に寄せ手側が狭い谷間に展開させられる為、汜水関以上に数の優位を展開し辛い。結果その堅牢さは、汜水関の比ではない。

  勘弁だぜ。

  そんで敵のメンバー。先ず、汜水関から撤退していった面々。

  華雄、張繍、徐晃そして張遼。

  後から判明した訳だが、この面子は次も多分出てくるだろう。実際戦場に出てきたのは華雄と張繍の二人だが。

  さて、華雄と張繍、と名前だけ並べてみると些か地味な印象のある武将だ。

  華雄は関羽に瞬殺される役だし、張繍は典偉の最期の引き立て役。だがこれはあくまで演義の話。華雄は普通に孫堅に斬られているが、それまでは汜水関をよく守ったと言うから、一角の将なのだろう。一方張繍に至っては、三国志最強軍師の一角、賈駆文和をして「陣頭指揮が曹操でなければ誰にも負けない」とまで言われる程、実戦指揮能力で高評価を受けているのだ。

  なんでこの二人をただの引き立て役にいたのか、羅慣中。

  次は徐晃。負けずの徐晃なんて漫画やらゲームやらで呼ばれるほどの逃げ上手。そんなキャラなのに戦闘能力も並じゃない。時代的に結構先のことだが、関羽を撃退することに成功し、その死の一因となった奴である。

  そして張遼。合肥で孫権率いる十万相手に、兵八百を率いてリアル三国無双をやらかした化け物。腕っ節はとんでもなく強くて、おまけに頭も結構いい。そして并州出身だけあって騎兵の扱いにも秀でている(賈駆の見立てではそんな張遼ですら騎兵の扱いは張繍に及ばないそうな)のだ。武将として死角らしい死角が存在しないのだ。

  そして虎牢関からはほぼ確実に呂布が投入されるだろう。流石にここで更に温存と言うことはないだろうし。

  正史に於ける呂布は、人格面に大きな問題があれど、殊戦闘能力はリアルチートと言うのが、日本人の一般的な印象だろう。もしくはあれだ。私欲のままに行動した、ダーク上杉謙信。政治関連は兎も角、本当に強かった訳だよな。

  少なくともこの世界の呂布は、猪々子に別次元の強さと認識されるくらいには強く、一人で三万の敵を壊滅させたなんていう噂さえ聞くことがあった。

  まあ、一人で三万ってのは流石にただの噂でしかないんだろうが、やはりそれが一定の信憑性を持って語られるくらいには強いということは確かだろうし。やはり演義のように、関羽と張飛を充てるべきか?その場合星も危なくなるかも知れないのがな。

  さて、敵の面子の殆どは、騎馬の扱いがとんでもない連中だ。本来なら虎牢関との間にある狭い谷間で上手く動かせるとは思えないが……実際の所は馬軍に動いてもらって確認するべきだよな。涼州から天下に鳴り響く騎馬隊の力、并州騎兵もほぼ同等と見た方がいいだろう。

  さて、欝になりそうなぐらいとんでもな連中が敵に揃っている訳だが、幸いにして、今現在という縛りがあるが味方も豪華ではある。

  馬軍と曹軍、こちらで最も強いのはこの二軍だろう。どっちかを充てれば、張遼か徐晃を止めてくれるくらいは期待している。

  他は……まあ、手元にいない孫軍とかは、今は考えるだけ無駄か。


  「上手くやれればな」


  タイミングが上手く嵌れば、虎牢間をやり過ごせる。早すぎればこっちが余計な被害を受ける。遅すぎれば公路様たちが危ない。あ~、ケータイがとかGPSとか欲しい。

  溜め息一つ。

  竹簡を机に放り出して、足元の薬研に目を移す。嗅いでるだけで味覚に苦味を感じさせそうな匂いの発生源。出血個所に塗り込めば痛み止めと血止めの効果のある薬草である。序でに口に入れると凄く不味い。間違ってももう一杯だなんて言えないくらい。

  まあ、これ単体でも役に立つのだが、応急処置用の薬が欲しいのではない。

  中国の言葉で『是薬三分毒』と言う言葉がある。どんなに良い薬でも、そこにどうしても消すことの出来ない毒がある、俗に副作用と呼ばれる物があるという言葉である。まあ薬と毒の差など人間の体調を変化させると言う効能が、本人にとってプラスかマイナスかという方向性の違いであって、本質的には同じものなわけだ。

  人を治療する為に使う麻酔も、量を間違えれば毒に他ならない。

  今回私が欲しいのは毒としての効能なのだ。痛みを止めるという事は即ち感覚の鈍化。止血の効能は血管の収縮。結果、運動能力の低下を招く。

  まあ、医薬品として使われるものだ。その毒としての効能など高が知れている。これから色々混ぜたり何なりするわけだ。

  それ程顕著な効果はないが、長く体内に留まる麻痺毒が出来上がるのだ。例え虎牢関で仕留め損ねても、次の洛陽で確実に仕留める。そのために三四日は効果を発揮し続ける毒だ。武で戦火を巡る将が、その武を鈍らされたら、それは致命的な筈だ。

  本音を言えば、使わないで済むならそれに越した事はない。正直、イメージが悪くなって、袁家の評判に繋がることもある。だがまあ、猪々子や斗詩、仲間の命には、替えられないか。

  溜め息一つ。あたしは立ち上がり、薬研の中身を布に包み、中身を用意してあった小さめの壷に翳して絞る。ポタポタと、黄緑がかった液体が滴っていく。

  溜め息一つ。天幕内の匂いが酷くなっていく。さて、次の材料を用意しないと。


  「お~い、儁乂、見舞いに来た、くさっ!?」


  うん、その手の反応痛いです、伯珪さん。




  後書き

  もうじき花粉が気になりだす季節な今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  久しぶりのこの作品、無計画に連載を増やしてしまったがために随分と更新頻度が下がってしまいました。

  内容としては、虎牢関までのインターバルです。それにしても拾いたい史実イベントをやろうとするとどうしてもオリキャラが増えてしまう。ここまで増やす心算はなかったのに、というかまだ外せないオリキャラが控えているのに。

  さて、そんな史実ネタの収集元である三国志(史書の方)。赤壁関連を調べてたら凄いモンが書いてあったのです。フル漢文なので周瑜伝などの大凡の意味だけを抜き出します。

  「赤壁の戦いでは孫権軍の援護を受けた劉備軍が、曹操軍相手に大勝した」

  なんと劉備軍が正面切って曹操軍を打ち破ったのだと。ずっと劉備軍って美味しいとこ取りしただけの連中って思ってました。自身の研究不足と言うか勉強不足と言うか、まあもっと頑張る必要があることだけは痛感しました。

  次回もまた時間が掛かると思いますが、見捨てないでいただければと思います。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



[8078] 第三十四回 三十六計、第二計
Name: 郭尭◆badafd18 ID:685fe876
Date: 2012/04/26 00:23




  商船に手を加えた軍艦モドキの中、私たちは命令を待っていました。南皮袁家から提供された軍艦を使って、洛陽北部の港町を攻め落とす手筈となっているのです。そこを拠点に袁術の汝南袁家と合流する手筈なのです。

  船戦を肇とする水辺の戦を得意とする江南の兵を中心とする我々には持って来いの戦です。


  「もうすぐ頃合ですが、占領作戦は宜しくお願いします、徳謀さま」


  私の後ろでは、この艦隊の揚陸部隊を指揮する進さまに、兵が挨拶をしていました。その兵は私の隊の兵で、今回の作戦で私の下で攻撃開始前の撹乱に参加することになっている者でした。


  「……ああ」


  と、一言だけ徳謀さまは凛とした声で、その兵に頷きました。

  船に親しむ孫家の兵は、水に触れる機会の多さから軽装であることを好む場合が多いのですが、進さまとその一同は違います。

  ご本人が真紅の甲冑に全身を覆い、鋼の面具で口元まで隠してしまうほどの重装甲っぷりです。虎の頭を模した飾りの模られた肩当が勇ましく、祭さまに並ぶ長身さもあり、遠目からも目に映える方です。

  それにこの寡黙さが、周りからは渋くてかっこいいとよく言われています。


  「他の兵たちも準備が整っているか確認してきて下さい。遅れている人がいたら急がせて」


  徳謀さまに話しかけていた兵に適当な仕事を与えてこの場から遠ざけます。そしてこの場に残ったのは私と、徳謀さまと、その部下の人たち。

  徳謀さまは周りを見渡し、周囲に他人がいないことを確認してから私に声を掛けてきた。


  「……礼を言う」


  そう、短く一言だけ残して船の端まで移動します。そして面具を外して船から体を乗り出し、


  「ぅおおおおえぇぇ……」


  お吐きになりました。

  実は徳謀さまは水に親しんだ者の多い孫家には珍しく船酔いする方なのです。

  それもその筈、私たちのような比較的新参な者も含めて、孫家の多くは長江流域付近の出身者が多く、子供の頃から水と船と共に過ごします。ですが徳謀さまは遥か北方、幽州の出身なのです。

  私は孫家に使えたのが雪連さまの代になってからなのでお会いした事はないのですが、徳謀さまは先代孫公台さまが幽州に勤務していた頃からの縁なのだそうです。

  そして先代が幽州から丹陽へと異動になった際、一度公職を辞めて先代を追ってきたのだそうです。

  そんな古参の兵の人知れない弱点が、何年経っても治らない船酔いなのだそうです。

  尤も、そんな孫家の将らしからぬ弱点を持った将は、その利点も孫家の将らしからぬものなのです。


  「……すまん、誰か水を頼む」


  喉に残ったすっぱいのが気になるのか、苦い声を出している徳謀さまならではの強み、それは対騎馬戦闘の経験なのだそうです。匈奴や烏丸といった北方の騎馬民族を相手に慣らした重装歩兵部隊の半数以上を江東まで連れてきて、更に江東の兵をも上手く教導して一時期は五千を越える対騎馬用部隊を率いたほどだそうです。


  「情けない所を見せた。だが、助かった」


  兵から受け取った竹筒の水で、喉を漱いだ徳謀さまが礼の言葉をかけてきました。


  「いえ、お気になさらず」


  徳謀さまが面具をかけ直すと、見える装束の内はもうその凛とした双眸だけ。


  「徳謀さま、作戦決行の合図です」


  そこに入ってきた連絡。船と船の連絡は火と鏡を組み合わせて行っているのですが、その合図が来たということでしょう。

  私がそのことを伝えに来た兵に了解の返事をして、次に別の兵に私の部下たちにも伝えるように頼みます。そしてこれから目標の港町まで泳いでいく為に、衣服と武具、防具を脱いで帯で纏めます。やがて甲板に集まってきた部下の兵たちも今の私同様に、さらしと褌だけの格好です。


  「私たちは君たちが一仕事終えてからだ。頼むぞ」


  「はい、任せてください」


  衣服などを纏めた行李を、頭の上に結んで固定する。他の兵たちも準備ができているのを見渡し、私は先頭を切って河に跳びこみました。

  そして、速度を落とした船団に先駆けて港町の方角へと向かいます。やがて港の明かりが見え始めたところで、私たちは岸へと上がりました。

  そして私たちは合流することなく、闇に隠れて衣服と武具を纏い、それぞれが港に向かいます。連れてきた三十人は何れも穏行に優れた兵が厳選されています。我ら孫家でこの面々以上に潜入好作に向いた者たちはいないでしょう。

  そして闇に紛れて私は進む。やがて街に入り、港に向かいます。灯りの位置で見張りの巡回範囲を推測、物陰や建物の上を移動して、集団の巡回をやり過ごします。

  寝静まったこの夜の街で起きているのは巡回の兵士か野犬、そして私たちくらいです。なので巡回の兵の数が少なかった場合は機を見て首を掻かせていただきます。幸いこの街にいる兵はさほど優秀ではない様で、こちらの気配に気付かれる事もなく事は運んでいきました。

  やがて湊の方で火が挙がりました。火を点けるのは武器庫を見つけてからと言う事前の決定だったので、つまりはそういうことでしょう。

  ともかく最初の火は、河辺は風が強い事もあってすぐに周辺に燃え広がるでしょう。私は敵兵が武器庫の消火に専念出来ないように、もう何箇所か火を点けていきます。そこかしこで巻き上がる怒声と悲鳴。一部が民家にも燃え移ってしまっていますが、それが戦争だといってしまえばそれまでです。

  私は民家の屋上に移動して、港町の様子を一望します。所々で火が上がって、駐留している兵はいい具合に混乱しているようです。

  そろそろ頃合ですかね。

  そう考えていたら、港の方で起き上がる鬨の声。孫軍の先鋒として、進さまの重装歩兵部隊が到着したのです。

  街のあちこちに分散している潜入部隊はそろそろ待ちの外に向かっている事でしょう。外を包囲して、逃げ出した敵を封鎖するために。私は作戦の変更の有無の確認も含めて、進さまの方に一度合流するために港へと向かいます。

  道中、偶発的に遭遇した敵を切り伏せながらたどり着いた港で行われている戦闘は一方的なものでした。

  水辺の部隊ではありがちな軽装の鎧を纏った兵士たちを、全身を覆い隠すような赤い鎧の兵士たちが蹴散らして行っています。

  徳謀さまの重装陸戦部隊。

  その誰もが赤い鎧で身を守り、長柄の戟を振るい、石弓を腰に装備し、裏に矢を仕込んだ方牌(盾)を背負っています。私が着込んだらまともに戦えなくなりそうな装備です。

  そしてその中で一際ぶ厚く、豪奢な鎧に身を包んでいるのが進さま。

  他の鎧武者たち同様に方牌を背負い、石弓を携えていますが、その手に持つ得物は鎌一歩手前な長さを持つ枝を備えた戟です。

  放たれる雄叫びと、地を砕く震脚により生み出される剛撃にて、防具も盾も諸共打ち砕くのが進さまの戦い方です。事実、進さまの通ってきただろう道は、踏み砕かれた地面と壁を抉られた家屋。そして鎧ごと粉砕された敵兵が転がっています。

  ただ、徳謀さまの場合、膂力を超えた威力を生み出すための震脚が船の甲板を踏み抜いてしまうため、余計に船戦が出来ないという事態になってしまっているそうですが。


  「徳謀さま、予定通り私の部下たちは街の周囲を固めています。こちらに変わりは?」


  「……相変わらず早いな。こちらも問題ない。間もなく本隊を迎えられる」


  徳謀さまの周囲の敵が排除されたのを確認して、私は近付いていって声をかけました。返って来たのは少しくぐもった声。その言葉には装飾はなく、その声には覇気が篭っています。色々と気力の入っていなかった船上とは比べ物になりません。

  その後、戦は順調に進み、本隊の到着を待たずに敵を無力化することに成功しました。




  冥琳視点


  「これは……成る程、孫堅さまが重用していた訳ね」


  我らの艦隊が目標の港に到着した頃には、既に戦は終着していたといっていい状態だった。今は本隊の兵が街の制圧と消火作業を並行して行っているが、敵兵がすでに抵抗が不可能な状態であるため、その経過は極めて順調だ。


  「まあ、冥琳が来てくれてからは水辺の戦が殆どだったしね。思春がいれば今回の活躍もなかったでしょうし」


  船を降り、雪蓮と共にこの街の行政の中心である官府に向かう。付き従うのは雪蓮と共に戦場を駆けた親衛隊だ。安全は確保されていると考えて構わないだろう。


  「正直に言えば見縊っていたわ。祭殿と比べて、かなり見劣りする将だと思ったもの」


  戦で功を挙げるのではなく、纏め役、部隊間の調停役として重用されていたのだと思っていた。

  事実、私が雪蓮の元に来てから、つまりは袁術の客分になってからは目覚しい戦果もなく、蔡殿や思春の影に隠れている感があった。


  「長柄を主にする部隊でこうも早く敵を駆逐するとはな。向かない任務だった筈なのに」


  「まあ、向かないってのは確かよね。他にいなかったから進にやってもらったようなものだし。それにしても進の通った後って、相変わらず分かりやすいわね」


  辺りを見回しながら、雪蓮呆れ混じりに呟いた。周囲の通りは地面が所々大きく凹み、敵兵ごと抉られたであろう家屋の様。兵の持つ松明の光だけでは地面が良く見えず、時折転びそうになり、その度に雪蓮がニヤニヤとにやけ面を向けてくる。

  それがなんとも癪に障った。


  「兎に角、袁術の隊が到着するまでに終わらせるぞ。今の袁術は違う意味で面倒だ」


  癇癪を起こした子供に構う面倒は御免だ。


  「ええ、洛陽に気付かれる前に南下を始めたいもの。もたもたしてはいられないわ」


  袁紹が率いる主力が虎牢関と対峙している内に我々別働隊が洛陽に圧力をかけることにより、虎牢関の敵兵が後退せざるを得ない状況に追い込むというものだった。

  孫家の祖先の一人孫賓が実際に使った策略、囲魏救趙の計。袁紹の腹心、張儁乂の口から放たれた策の本質は、それだった。




  黒羽視点

  汜水関を落とし、今は虎牢関攻めの準備が急ぎ行われている。遅くとも明日の正午には出立の予定である。正直に言えばそれが怖かった。

  汜水関から虎牢関までの道程は、谷間の道をいくことになる。兵法で言う所の隘路に当たる。最も狭いといってもそれはこの漢土の基準に於いてである。百人以上を横に並べる事はできる。

  行軍に於いては問題ない。だが戦闘になった場合、充分な空間がとれず、相互連携が難しい。前線の後退だってそうだ。機動力を売りにする騎馬隊の活躍は大分制限されるだろう。そう思っていたのだ。

  騎馬民族と対等に渡り合う涼州、并州騎兵を傘下に置く董卓軍。それがこの隘路でどれだけ機能するか、実験として馬軍と公孫軍の騎兵を実際に動かしてもらってみた。董卓軍と同じく涼州騎兵を主にする馬軍と、永らく匈奴との闘争で育まれた幽州騎兵なら、敵と対等のものと見ていいだろうと。

  結果だけ言うならば、知らなきゃ良かったかな、と思ってしまう。

  動くのだ、この上なく。動きは速く、小回りも利く。今まであたしの中では猪々子と斗詩の騎兵隊が最強だった。無論二人のより強い騎馬隊がいることは知っていた。だがそれも所詮は聞いた話でしかなかった。

  そしてこの日、現実としてこの目で見ることになった。

  普通だった。一言で言えばそれだけだ。

  あたしが知っていた最強である、猪々子と斗詩の騎馬隊は、連中の中ではあくまで「普通の騎馬隊」でしかなかった。

  二人の隊以上の動きを見せる隊は、馬軍、公孫軍にはいくらでもいた。戦場の狭さなど、まるで問題にしなかった。これを、敵も出来る。

  敵が関に篭るならそれでいい。その方が都合がいい。だが敵が打って出て来た場合、あたしらは麗羽さまを守れるのか?止められるのか?あんな連中を。まだ控えている呂布を、張遼を。討てなかった華雄を、張繍を。

  麗羽さまを討たせるわけにはいかない。猪々子や斗詩、妹たちを討ち死にさせるわけにはいかない。

  けどそれが、あたしに出来るのか?




  猪々子視点


 
  自分の仕事を終わらせたアタイは、アネキの天幕に向かった。今のアネキは色々と危うい感じがする。普通にしているように見えて、偶に見えるんだ。アタイらが餓鬼だった頃、物取りに襲われた時に見た、本気で切れたアネキの目が。

  多分気付いてるのはアタイと斗詩だけ。多分アネキ自身も気付いてないかも知れない。

  姫さまだって余裕はない。今は大分マシにはなったけど、やっぱ家族を殺された訳だし。化粧で隠しているけど、少し憔悴してるみたいだった。

  いけ好かないチビ姉妹は、多分切れたアネキを見たことがないんだと思う。だからあいつらはいつも道理、アネキに言われた仕事に夢中だ。アネキ自身をみていねぇ。いや、見えていねえんだ。

  そんでも今は軍の仕事をさぼる訳には行かなかった。だってこの戦は姫さまの親父さんの仇討ちだ。だからアタイは自分の仕事だけを終わらせてアネキの様子を見ることにした。本当は兵士の様子を見回ったりしなきゃいけないけど、それは斗詩が引き受けてくれた。やっぱ斗詩もアネキが心配だった。

  けど天幕にアネキはいなかった。怪我は大した事がなかったっつーから出歩いてても不思議じゃないんだけど、何処行ったかな?

  何人か兵士に聞いてみて、アネキが関に向かったって話を聞いて、アタイは汜水関を登った。

  アネキは城郭の上に胡坐をかいていた。夕日に照らされた横顔は、赤く照らされているのにどこか冷たい感じだった。いつも見せてくれる、凛としている筈なのにどこか緩くて暖かい、そんなアネキとは別人のような横顔。

  目線の向こうには夕日が沈んで行っている。その先には虎牢関、更にその先に姫さまの親父さまを失った洛陽がある。アネキが見つめてるのがどれかは分からなかったけど、何か危なっかしく見えて。


  「ア、アネキ、何してんの?」


  どう声をかければいいのか分からず、結局いつも道理の『アタイ』で。


  「んぁ、猪々子。ああ、ちょっと相手の騎馬隊の事考えたらな」


  どこか疲れた笑顔で振り向いてくるアネキ。その笑顔がなんか嫌だった。そりゃ、アネキが辛い表情してるのが見たいって訳じゃないけどさ。


  「あのさ、アネキ」


  だからアタイはその笑顔を見たくないから、


  「アタイも頑張るからさ。アネキは死んじゃやだよ」


  アネキの背中に額を押し付けて、抱きついた。


  「……また甘えたい気分か?猪々子は可愛いんだから」


  少しだけアタイに体重を預けるアネキ。今は、このほんのちょっとの重みを何よりも手放したくなくて。




  後書き

  花粉が過ぎ去り梅雨っぽい天気になってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は漸く孫家のキャラにまともな出番をあげることが出来ました。特に程普は事実上の初登場、前回は名前だけでしたから。

  後あれですね、光栄が三国志の新作を出すからこっちの製作が遅れるんだ!と盛大に責任転換をして見ます。いや、面白いんですもの。ついつい時間が経ってしまいます。

  それはそれとして、董卓サイドをこっちでやるべきか、華雄伝でやるとして秘密を押し通すべきか……

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。



[8078] 第三十五回 無人能敵
Name: 郭尭◆badafd18 ID:685fe876
Date: 2013/01/02 15:06

  半ば袁紹軍に組み込まれたようなような配置となった俺たちは、周囲を金色の鎧を纏った軍勢に包囲されるように行軍していた。

  この時代に来てから知った事だけど、普通行軍って一列か、それに近い陣形でやるんだそうだ。だけど今の連合軍は曹操の軍を最前列に、いつでも戦える陣形になっている。

  両脇を谷で挟まれた地形で、もし董卓軍が仕掛けてきた場合にすぐさま対処できるようにってことらしい。俺たちは話しの上でしか知らないけど、涼州と并州の騎兵はとにかく速いらしい。俺たちはそもそも騎兵隊を持っていないし、見たことある騎兵って言ったら白蓮のとこが一番速かった。他の話では、少なくともそれと同レベル。

  正直ゾッとしない。あんなのに動き回られたら、多分うちの軍じゃついていけない。愛紗や星の馬術は凄いけど、二人だけで軍隊に対応する事なんて出来る訳がないしな。


  「そういえば虎牢関って後どれ位でつくんだ?」


  汜水関を出てから一日半、そんなに遠くない筈だって聞いたからもう着いてもいい頃だと想うんだが。


  「そうですね、何事もなければ多分今日中に到着できる距離になります。ただ、別働隊と時期を合わせる意味で今日は距離を置いて野営して、明日に攻撃を始めることになる筈です」


  隣で答えてくれるのは雛里。朱里もだけど、大陸中の軍事用地図が全部頭に入っているっていうのは何度考えてもすごいもんだ。

  まあ、周りの皆が全体的に凄い人ばっかだから、時折自分の存在意義を見失いそうになるんだけど。

  そんなことを考えていたら、前の方が少し騒がしく感じた。少しすると、曹操軍からの使者が来たという。曹操軍は連合軍の最前部に配置されているから、前で何かあったのかも知れない。




  「こりゃ、完全にしてやられたよ」


  馬の上で器用に胡坐をかいだ張郃さんが苦しい表情で呟く。


  「そうね、ある意味これが最も有効な奇襲となったわ」


  それに頷く曹操。

  今最前列である曹操軍の、さらに前。俺たちを含めた反董卓連合の主だった諸侯や武将が集まっている。原因は俺たちの前で左右に広く展開している、真紅の呂旗を掲げた騎兵だけの一団だ。


  「まさか急襲、夜襲朝駆けでなく、堂々と会戦の構えを出してくるとはね」


  前方に展開し、俺たちと対峙する軍勢。そして百メートルくらい先にいる赤毛の馬に跨った、無表情な少女。

  その手に持った、やたら凶悪そうなデザインの、ハルバートみたいな武器。そして彼女から伝わってくる雰囲気。武術関連に関しては素人に毛が生えた程度の俺でも分かる。彼女は強い。半端じゃなく。

  多分、彼女が三国志最強の豪傑、呂布なんだろう。

  そして彼女は悠然と、一騎で前に出る。誰も手出しできない。俺はまだ詳しくないが、戦の作法みたいなので、一人だけ前に出てきた彼女に手を出せないそうだ。


  「ですが、向かってきたのなら私たちが引く訳には参りませんわ」


  相手の総大将、というか指揮官というか、兎に角それが出てきたのならこちらも相応の人物を出さなくちゃいけない。そこでまず問答や主張のぶつけ合いがある。明確な勝ち負けの基準があるわけじゃないが、内容と結果によっては軍の士気に影響もある。と本に書いてあった。

  そういうわけでこちらの総大将である袁紹が馬を進める。その横には張郃が付き添っている。

  問題はこの問答の後どうするか。なんせ相手は三国志で関羽、張飛、劉備の三人がかりで漸く追い返せたような相手だ。それに、なぁ……


  「ん?どうしたの、ご主人様?」


  「いや、何でもない」


  桃香が武術で役に立てる所が想像できないし。この桃香はあの劉備じゃない、色んな意味で。

  ふと自分の後ろに振り返る。愛紗と鈴々、それに星。三国志通りにいけば、この三人がかりなら寧ろ勝てそうとも思えるけど。

  三人も三人で、得物を手に、いつでもいける雰囲気だ。けどやっぱり呂布のネームバリューは特別だ。踏ん切りがつかない。

  他の武将たちも動けないでいる中、呂布らしい相手が、馬を進める。そして馬具に括り付けられた矢堤と、弓に手を伸ばす。

  手にした弓も矢も、尋常の物じゃない。

  幹の太さと張り具合、そして大きさ。弓に詳しいわけじゃないけど、それでもあれは今まで見てきた中国式の弓と違う。どちらかと言えば日本式の、弓道で見るようなものにサイズが近い。多分あれは幹が長すぎて、馬から下りたら使えないんじゃないか?日本式に言えば短弓がメインの中国式のから見れば結構珍しいと思う。

  そして添えられる矢も、特別だ。

  長くて太い。矢というより投槍、それか短槍を連想するようなものだった。そのサイズだけでまともな威力じゃないことが想像できる。

  その矢を弓に番えられると同時に、愛紗たちが俺と桃香の前に出る。他の勢力のも、武将が前に出たり、大将を下がらせたりしている。俺ももっと距離を置いたほうがいいんだろうけど、俺は呂布の動作に魅せられていた。

  昔学校で見た、弓道の動作のような洗練された美しさとは違う、鋭い動き。ある種の冷たささえ感じさせる。

  そこまで見て違和感に気付く。呂布は矢を何処に向けているのか。斜め上へと向けられた矢は、まさか鳥を射るわけじゃあるまいし。

  そして弓の弦がギリギリまで絞られた時、


  「そっちか、くそっ!」


  耳に飛び込んできた張郃の声。そこに曹操の声が続く。


  「秋蘭!」


  「承知っ!」


  咄嗟に目を向けると馬上で跳び上がる張郃と、空中に矢を向ける夏候淵の姿。そして風を切る三つの音。ほぼ同時に空中で弾ける金属音。そして飛ぶ火花。

  俺の目では確認できなかったが、張郃の暗器と夏候淵の矢が、呂布の矢がぶつかったんだろう。そして俺たちの後方で、何かが折れ崩れる音。


  「……そんな……こんな事を……」


  驚きで枯れそうな声を上げる朱里。その先には、金糸の袁の牙門旗がだったものの残骸。へし折れた木の棒だった。敵の陣営から、轟くような歓声が上がった。


  「これは、退けなくなったぞ」


  笑みを引き攣らせながら星が言う。

  俺としてはこの距離で、それも邪魔が入った上でこんな事をしでかした敵の実力に舌を巻くしかなかった。

  牙門旗は対象の所在と健在を味方に伝える物。高が旗ではあるんだが、この時代の戦には大きな意味を持った旗。旗は対象と同列視される。たとえその対象が目の前にいるとしても、その象徴の喪失は大事だ。

  大将の旗を折られた動揺は、すぐに兵士たちに伝わっていく。俺たちの軍だけじゃなく、全体に。


  「このまま退けば、こちらの士気は崩れて、向こうは大いに盛り上がるでしょう。并州騎兵にそんなことを許すのは危険すぎます」


  騎兵の力はつまり勢いだって、兵法書で読んだことがある。意気が上がっているってのはそれだけで勢いに繋がるもんだし。


  「だったらここは鈴々に任せるのだ!」


  どうすれば良いか考えていると、勢い良く鈴々が武器の蛇矛を振る。まさか一人で呂布とやり合うつもりか?


  「確かに一騎打ちで相手を抑えられれば勢いはこちらに傾きますが……」


  朱里もぶつぶつと考え込んでいる。けど『張飛』である鈴々じゃ、多分『呂布』には勝てない。

  一方でこっちの牙門旗を壊した呂布は、武器を画戟に持ち替え、手招きするように挑発している。

  そしてこっち側の人間では、馬超が鈴々と同じ考えに行き着いたのか、乗っている馬の腹を蹴る。だが、襟首をシスター服の人につかまれて止められている。


  「だがこのままの士気で、調子付いた并州騎兵は止められないかも知れません。更に言えば率いるのが飛将軍とも準える呂布です。万の軍勢の中から大将首を奪う、やってしまいかねません」


  俺の横で星がそう語る。イメージは出来る。それだけに質が悪い。

  更に朱里からの補足として、伝聞によると袁紹軍は賊相手に圧勝し続けてきた。その上数が多いこともあり、一度崩れた場合立て直しは期待できないと言う。


  「ならばたとえ不利であろうと、この一騎打ち、誰かが向かうべきでしょうな」


  星の言いたいことは分かる。けれど相手は三国志最強の呂布だ。行って来いと、どうしても口に出せない。


  「ならばそれは私が行こう。鈴々と星は桃香様とご主人様を頼む」


  だが俺が悩む暇もなく、愛紗が名乗り出る。


  「愛紗ばっかりずるいのだ。鈴々たちはここに着てまだあんまり戦っていないのだ」


  「黒羽の件の汚名返上なら必要ないと言っただろう。出番は譲れ」


  だけど、鈴々も星も譲ろうという気配はない。正直なところ、三人がかりなら勝てそうな気がしないでもないけど、こういう場面で最初からはってのは無理そうだ。だから、


  「星、いざって時は逃げろよ」


  一番引き時を間違えなさそうな星に、まずは頼むことにした。



  黒羽視点


  冷や汗が止まらない。呂布から感じる威圧感に、頬が引き攣る。三国志最強は伊達じゃないか、相手は殺気を覗かせてすらいないってのに。

  さて、目の前で画戟を構える飛将軍。どうしたものか。あんなのあたしがどうこうできるようにも思えないし、誰かにやらせるにしても……

  横では孟起さんがシスターさんに鎮圧される。襟を捕まれて苦しそうだ。

  あたしが行っても無駄死にしか見えないし、かと言って猪々子や斗詩に行かせる訳にもな。誰かが戦死した場合、責任も負いたくないから、他所の軍の人が進み出てくれないものか。そう思っていた訳だが。


  「常山の趙子龍、天下に名高き呂奉先とお見受けする。いざ、お相手願う」


  何真っ先に名乗り出てんの、星!?関羽とかそこらに任せればいいだろに!

  馬上で、赤い二股の槍を構えながら口上を述べる星。対して呂布は無表情に、構えさえ見せず、ゆっくりと馬の歩を進める。それに合わせる様に、敵陣から響く雄叫び。相手がもっと色々と揃った一団だったら、軍楽隊の太鼓とかも加わっていただろう。
 

  「来ればいい」


  言葉など余分とでもいうような呂布の態度。星は馬の腹を蹴って駆け出させる。

  星の神速の一突き。疾く、鋭いその一撃。

  甲高く響く、不快な金属音。一瞬の交差を経て、星の身体が大きくグラつく。何とか平衡を保つも、星は顔を顰めながら、右肩を抑える。

  斬られた訳じゃない。寧ろそれより難しい事を呂布はやってのけた。

  交錯の一瞬、星の突きに合わせ、槍の先端を画戟で打ったのだ。真っ直ぐに突き出す星の一撃は正確であり、且つ神速である。だからこそ、その一撃に合わせるなどというふざけた芸当の衝撃をもろに肩で受けさせられた。恐らく、今の星では最初の一撃のような攻撃は、もう放てない。たった一度の交差で、星の勝ちは完全に無くなった。

  あたしが行くべきか。あの化け物の前に出て生き残れる自信は、はっきり言えばなかった。だが、星を死なせるのも。

  一瞬の逡巡。だがその一瞬で飛び出したのがいた。サイドポニーの艶やかな黒髪、関羽だ。振るわれる轟撃とでも呼ぶべき一撃。それは馬首を返し、星を追撃しようとしていた呂布の動きを止めた。恐ろしいことに、片手で無造作に。


  「戦の礼に失したこと、申し訳ない。だが、仲間を失う訳には行かなかった」


  二発目は無かった。呂布が追撃を止めた時点で関羽も動きを止め、偃月刀を手にしたまま軍礼を取る。


  「不甲斐ないな、私も。申し訳ないよ、全く」


  馬首を返した星が自嘲するように言う。口から出た詫びの言葉は、呂布に対するものか、関羽に対するものか。


  「構わない……二人で来ればいい……」


  それを全く意に介していないかのような呂布の態度。敵陣から歓声が上がる。その声には、敵が何人増えようとも呂布の敗北は無いと、確信を抱いているのが見て取れる。


  「これでは私も退けなくなった、か。改めて、劉玄徳が刃、関雲長、不躾なれどお相手願う」


  星と同じく、馬上で偃月刀を構える関羽。星と関羽、二人で呂布を前後に挟み討つ配置にしないところは武人の矜持というものか。

  二対一の戦いは、関羽の一撃から再開した。重量のある大刀の一振りを、これさえも難なく避けて見せ、呂布は反撃の一撃を振るう。それを刀身で打ち上げるようにして防ぐ。だが星ほどではないが、やはりその威力に関羽の体勢が泳ぐ。

  関羽に出来た隙を埋めるように星が槍を繰り出す。だが一撃目の攻撃と比べ、明らかに速度で劣るそれを、呂布は自ら動くことすらしない。跨っている汗馬が自ら一歩下がり、画戟を振りかぶり攻撃態勢に移っている。

  横薙ぎの一撃を、馬の背に這い蹲るようにしてかろうじて避ける。そこに加えられる関羽の攻撃を、再び呂布が無造作に打ち落とす。

  余りにも差がありすぎる。いくら何でもこれは。

  張飛と関羽を同時に相手して互角、劉備を加えてようやく押し込めるってのは演義のエピソードで創作だ。その筈なのに。

  認めたくない現実が目の前で起きている。武に於いて、天下に名を響かせる英傑二人を相手取って尚、息一つ乱していない。

  異常なのだ、呂布の武は。その動きに技巧としての癖がない、というより型がないと言うべきか。武術という感じが全くしない。

  適当に武器を振ったら、それが結果的に理想的なまでに効率的な動きだった、そんな感じだ。駆け引きはない、ただ打ち、振るい、刺す。それぞれの動き、その全てが速く、重く、鋭い。

  武術を修めたが故の洗練さとは、全く違う形の無駄の無さ。武術とは全く別種の強さ。かと言って猪々子のような野性的なそれには無い泰然とした重みもある。

  なんだ、天賦の才って言うのだろうか、こういうのも。

  兎に角、戦いは不味い方向に向かっている。肩を痛めただろう星だけでなく、疲れからか関羽の動きも悪くなっていく。対して呂布の動きは、戦い始めた時と殆ど変わりが見えない。

  呂布の一薙ぎ。それは星と関羽を同時に間合いに捉えた一撃。先に受ける位置の星が馬の背に仰向けるように避けるも、自身の限界を超えた動きに落馬しないだけで精一杯といった感じ。

  その一撃を、関羽が偃月刀の柄ごと体当たりするように受ける。もう全身の体重を掛ける以外に呂布の力を受け止められないってことか。だがそれでもやはり大きく体勢が流れる関羽。そして呂布は一薙ぎの勢いをそのままに、画戟を振り上げる。

  後は振り下ろすだけで終わる。星はまだ馬上で起き上がれずにいて、援護は出来ない。狙われている関羽は完全に何も出来ない体勢。


  「愛紗から離れるのだーー!」


  だが呂布の一撃は、飛んで行く蛇矛によって阻まれる。呂布の顔面目掛けて飛んでいた蛇矛を画戟の柄で弾いて見せやがった、タイミング的に不意打ちの筈だったのに、だ。

  弾かれた蛇矛を追うように劉備たちの下から駆け出す小柄な影。赤い髪の少女、たしか彼女が張飛だったか。

  馬ではなく、自身の足で駆け出した張飛は驚異的な跳躍力を見せ、空中で回転する『丈八蛇矛』をキャッチする。そしてそのまま空中で体を捻り、遠心力と重力を乗せて呂布へと振り下ろた。


  「ふんにゃあああぁぁぁぁぁ!」


  猫のような雄叫びと共に繰り出された蛇矛は、巻きつけられている旗並みの布と全身で回転する動きもあって、竜巻のように見えた。

  そして甲高く響く金属音。弾かれていく張飛の小さな体。そこに機が生まれた。


  「……っ!?」


  張飛の渾身の一撃に、呂布の体勢が初めて揺れた。関羽に対する必殺の一撃から無理に体勢を変えたこと、そして張飛の攻撃の威力に、それを受けた呂布の腕が跳ね上がり、上体が泳いだ。

  気が付けば体を捻り、右手を後ろに向けて振りかぶっていた。袖の内から掌に滑り込んでくる絶手ヒョウ。確実に相手の命を奪う為の大型暗器に、弱く長い効果を期待できる麻痺毒を塗った、特別に用意した物。

  狙うは心臓。そのまま貫けば良し。そうでなくとも体のどこかを傷付けさえすれば、毒で侵してやれる。

  だが、そのチャンスをあたしが活かせることはなかった。

  呂布が体勢を崩した僅かな時間、反応したのはあたしだけでなく、戦っていた星もだった。呂布の背後に近い位置から放たれる一刺。ほぼ死角からの攻撃を呂布は身を傾けて回避、それを何と掴み取って強引に奪い取った。そして勢いに引っ張られ落馬する星を無視し、二股の槍を投擲した。

  あたしに向かって。


  「なんっ……!?」


  咄嗟にヒョウを持ったまま両手で胸元を守る。手にしたヒョウを砕き、両手が胸当てにめり込む。

  肺から空気を押し出され、視界が青一色に変わり、そして黒く染まった。





  愛華視点


  呂布さんの投げつけた槍、それは総大将の本初さんではなく、その横の儁乂さんを馬譲より撃ち落としました。


  「黒羽さん!?しっかりしてください!」


  「胸当てが凹んで息が出来てないんです、姫様、どいてください!」


  馬を降り、儁乂さんの様子を窺う本初さんと顔良さん。今の一瞬、儁乂さんが何か動こうとした?


  「アネキっ!……おまえぇぇぇ!」


  そして巨大な両刃剣を振りかざし、馬を駆けさせる文醜さん。ご友人を攻撃されたからか、激昂しているご様子。

  これは、一人武器を失っているとは言えとうとう四対一ですか。

  武器を失った玄徳さんの所の槍使いを除く三人を更に捌き続ける呂奉先。後から加わった文醜さんを含め、皆剛力の持ち主だというのに、まるでそれを意識させません。

  一対一ならまだしも、最早如何なる手段を用いても負けることはできませんね。


  「蒲公英さん、翠さんをお願いします」


  襟を掴んで吊るしたままになっていた翠さんを蒲公英さんへ放り、首から提げたロザリオに口付けます。


  「主よ、私はこれより罪を犯します。給うならこの場の全ての罪を我が魂へと」


  我が戦の全ては信仰の為。ですが人を傷付け殺すという罪を犯し、犯させることも事実。ならば、魂に刻まれる罪は犯させる我が身に、煉獄の炎に焼かれるのは我が魂魄のみである事を望みます。

  背中に担いだ鋼の棺。それに繋がっている鎖を握り締め。


  「鳳令明、いざ、お付き合い頂きます」


  馬の腹を蹴って駆け出し、棺を肩口に担ぐように振り上げます。そして呂布の眼前で馬に急停止を指示、勢いに合わせて渾身の力で振り下ろします。


  「っふん!」


  「……遅い」


  ですが私の攻撃はいとも簡単に弾かれました。重さが持ち味である私の棺の一撃に対し、掌が痺れるほどの反動。力で負けるなど、何年ぶりの事でしょう。


  「桃香様!武器を!」


  声は落馬していた子龍さんのもの。彼女の槍は呂布に放られています。代わりの武器を必要としたのでしょう。その声に応えて放られる、金と翡翠、宝玉で彩られた宝剣。それは子龍さんより大分手前で地面に刺さり、それを取りに走っていきます。

  そして私の横を駆けていき、その背を追う奉先さん。


  「うにゃぁぁぁ!」


  「てめえの相手はこっちだ!」


  奉先さんの正面に回り込むんできた文醜さんと、復帰して後ろから追いかけてきた翼徳さんが挟み撃ちます。振るわれる大剣と蛇矛、それを馬の背に寝そべるように交わす奉先さん。そのまま一気に子龍さんの背後で画戟を振り下ろします。


  「くぉっ!」


  辛うじて剣を手にするのが間に合った子龍さんは頭上に構えて攻撃を受け止めました。ですがその重さに片膝をつきます。


  「星!おのれ!」


  そして奉先さんの横に馬を付けた雲長さん。奉先さんの前を遮るような横薙ぎの一撃。


  「……視野が狭い」


  突き出した画戟の枝で大刀を受け止め、顔の近くで刀身の腹を晒させます。そこに飛んできた一本の矢。雲長さんの大刀に弾かれたその矢の軌道の先では矢を放った体勢の妙才さんが舌打ちを。

  ですが一連の行動で奉先さんの汗馬の速度が僅かに鈍りました。今この一瞬のみ、赤毛の汗馬よりも私の白馬の速度が勝ります。


  「っふ!」


  背後を取り、切り札を使おうと棺を前に構えようとし、すぐさま薙ぎ払う構えに変えました。私の切り札は、必ず相手の意表をつくことが出来るこその必殺の絡繰。一度知られればそれは威力の高いだけの飛び道具に墜ちてしまいます。そう思っての切り替え。

  ですが振り下ろす前に奉先さんの画戟の石突が私の胸元を打ちました。かはっ、と強制的に息を吐き出され、身体が揺れます。それでも咄嗟に手綱を引いて落馬を免れました。

  そして奉先さんは唐突に馬首を返しました。


  「……疲れた」


  奉先さんはポツリと呟きました。そして目線を自陣に向けました。


  「恋殿ー!もう充分ですぞー!」


  真紅の呂旗の下、子供のような可愛らしい少女が叫びます。充分、というのは奉先さんのとんでもなさを、連合軍の兵士たちに充分見せ付けた、ということでしょう。

  奉先さんは頷くと、自陣へと歩を進み出します。それを止める力も気力も、私たちにはありませんでした。




  後書き

  初詣日和の今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。明けましておめでとうございます。

  今回は久しぶりの本作の更新となりました。待っていてくださった方々には本当に申し訳ありません。他の作品書いたり、嘘予告書いたり、一応サボっていたわけではないのですが。

  さて、今回は三国志武力最強キャラ呂布の登場回となりました。それに伴う戦闘描写が難しい回でもありました。

  さて、原作では途中から埋もれた感のある恋の強さですが、初登場時は正にバランスブレイカーだった気がします。正直、彼女を今後どうするかが最大の悩み所だったり。味方にしても敵に回しても扱いに困りそうです。

  というわけで今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。今年が皆さまにとって良いお年でありますように。



[8078] 第三十六回 陰謀詭計
Name: 郭尭◆badafd18 ID:97cde76b
Date: 2013/08/01 23:00





  一方的にしてやられた先の会戦。いえ、会戦というにはあまりにも小さな戦い。この戦いに於いて、私たち連合軍は大きな痛手を被った。

  兵は一人として失っていない。物資は微塵も減っていない。兵糧は一粒もなくなっていない。にも拘らず士気は大いに損なわれた。

  一矢の下に牙門旗を圧し折られた。連合軍に名立たる武将たちが、飛将こと、呂奉先一人にあしらわれた。

  この結果、呂布の強さは強烈に兵士たちの内に恐れを刻んでしまった。そのせいで背後を見せて悠々と去っていく敵に手を出すことも出来ず、進軍も一時止めざるを得ないと思っていたのだけれど。


  「まだまだ見縊っていた、ということね。麗羽を」


  最前列を進んでいた先までと違い、麗羽たちの軍の後ろを進みながら、私は素直に賞賛した。

  崩れた士気を立て直すのは容易ではない。だがそれでも行軍ができるまでには立て直して見せた。麗羽自らが先頭に立って進む事によって。


  「このような事、華琳様の兵なら指揮官をこのような危険に晒す必要は生まれません」


  そう言うのは桂花。その言葉に異論はないわ。即座に戦う事は無理でも、春蘭や秋蘭で充分上手くやってくれるだろう。だが、果たして自分で考えたのか、それとも誰かの入れ知恵か。兎も角として麗羽は自分の危険を顧みない行軍を行っている。

  もし、今が乱世へ続く時代でなければ、素直に友の成長を喜ぶことが出来たのかしら。

  いえ、有りもしない仮定の話を考えても無駄ね。


  「秋蘭、貴女は前に上がって麗羽を守ってちょうだい。ないとは思うけど、万が一にまた呂布が出てくれば、せめて逃がさなければいけないわ」


  「承知しました。姉者、華琳様を頼むぞ」


  「うむ、任せておけ」


  応える春蘭の声に笑みを浮かべ、馬の腹を蹴る秋蘭。


  「華琳様、そこまで袁紹に尽くす必要はないのでは?」


  「麗羽が死ねば私たちの負けが決まるわ。そうすれば私たちは逆賊。麗羽には生き残ってもらわないと困るのは分るでしょ?」


  隣で尋ねてくる桂花にそう答えた。そう、これは必要な事だと判断したから。そう、これは合理的な判断なのだから。






  詠視点


  「つまり、王尚書令にわざと情報を漏らし、その決起に便乗する形で後宮に篭った董卓を討つ、ということだが……」


  「その場合、どのような形で漏らすですかね。私も含めてこの中で王允に繋がり持ってる人います?私の言葉は多分、向こうが信じませんよ?」


  今、王宮の一室でボクたちは『董卓打倒』の策を詰めていた。

  この場にいるのは西涼閥のボクと張済、李儒。協力を条件に天牢から釈放した董昭公仁と荀攸公達。片や武装蜂起を扇動しようとし、片や暗殺という、異なる手段で『董卓』の抹殺を試みた気骨の士。

  どちらも失敗したとは言え、董昭は智謀の士ではなく弁舌の士であり、荀攸は共謀者の裏切りが原因。少なくとも無能の輩と言う訳じゃない。

  唯一、同じく天牢に繋がれている中で、儒家に影響力を持つ司馬孚の協力を取り付けられなかったのが残念だった。


  「王允は公達殿を売る事で董卓に近付くことを狙ったっス。結果として後宮への出入りを許されたっスね。儒家の名門に生まれ、辺境の蛮人と、我ら涼州閥を蔑んできたあの爺さんが本心でうちらの風下に入ることなどあり得ないと思うっスけど……」


  そう口にしたのは狐目とちょこんとした小振りな唇が印象的な少女。鼻に小さな丸い黒眼鏡をかけ、紫の布で髪を頭の両端で包んでいる。

  馬韓の乱から陣営に加わった謀略の徒、李儒。当時次々と砦を落とされる中、砦をよく守った数少ない指揮官でもあった。


  「アイツの対応はアンタがやれば問題ないんでしょう?この所、結構な額の賄賂が贈られたんでしょう」


  「ええ、そうまで董卓の普段の所在を掴みたいんっスねぇ。お陰で私の府内は結構な貯蓄が出来たっスよ」


  にまにまと、だけど感情の篭らない笑顔を貼り付けている李儒。その表情に合わないハキハキした物言いと、気だるげな仕草。まるで合わない継ぎ接ぎのような奴だけど、能力は確か。

  そして王允は、董卓誅殺の突破口を李儒に定めた。なら彼女に王允の動きを操作させれば良い。

  幸い、と言っていいかは和からいけど、王允には若干の私兵を持っている。他の清流派官吏も、戦力を有している者達も王允に追従する筈。


  「今の所はうまく制御できてるっスよ。時が来れば、すぐにでも情報が漏らせる用意があるっス」


  「けれど我々にも余裕はないでしょう。聞けば、并州閥との関係は決して強固な物ではないのですよね」


  董昭と同じく、白地に囚の字が描かれた囚人服のままで会議に参加してもらっている荀攸は、こちらの戦力の確認をしてきた。


  「ええ、呂布を肇とした并州閥は私たちとはあくまで密約で結んだ同盟関係。執金吾だった丁原の仇をとる代わりに戦闘に協力してもらってるだけ」


  元々の主を殺された仇討ちがあるとは言え、状況が逼迫すればこっちを見捨てて洛陽を離れるかも知れない。所詮は密約だし、更に言えば派閥の代表者たる呂布や、次いで発言権のある張遼は多分、兵たちを犠牲にしてまで仇討ちに固執しないだろう。参謀役の陳宮も、退き所を誤ることは多分ない。


  「国舅の董承も焚き付けましょう。根本が欲呆けた小物です。王允以上に扱い易いでしょうな」


  董承も、宮中で相応の勢力を有する立場にある。そして何進死後、自分が宮中の権勢を握ろうとしたようだけど、結局宦官に出し抜かれた程度の奴。だからこそ扱い易い。

  やたらと董姓多いけど、誰一人血縁って訳じゃないのよね。


  「そうね。董昭、貴女の投獄はまだ誰にも伝わっていない筈よ。国舅の誘導は任せられる?」


  「勿論。言いだしっぺですし、当然自信あってですよ」


  「……確認しておくけど、貴女の家族はこちらの管理下にあるわ。分るわね?」


  余りに緊張感のない態度に、一応釘を刺しておく。


  「心配性ですね~。こういう企み、下手したら私も命がないんですよ?手は抜きませんって」


  イッシッシと、信用ならない笑みを浮かべる。

  本当にドイツもコイツも素直に信用したらいけないような雰囲気の奴ばっか。張済が洛陽に残せたことだけが救いだわ。洛陽内のなけなしの涼州兵は全て彼女の下に付けている。いざと言う時の切り札として。

  その後、一応の方針が決定し、会議は解散。洛陽組の前では話せないことがあるから李儒と単独で話をしようとしていた所を、そいつは声を掛けてきた。


  「あ、文和殿、一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


  声を掛けてきたのは董昭。色々と油断ならない相手。


  「何?貴女にはすぐに動いてもらいたいんだけど」


  国舅の董承は小物。だからこそ効果的に使うには早めに仕込をしておきたいんだけど。


  「いえ、まあ他の人がいると訊き難かったんですけどね?私たちが、いや、貴女たちが、が正しいんですかね?兎に角、どうにかしようとしている董卓って、結局誰なんですか?」


  自分の唾を飲む音が、遠くから聞こえた気がした。


  「……貴女の言ってる事の意味が分からないわ」


  平静を装うけど、上手くいった自信はない。


  「おや?私の勘繰り過ぎでしたか?」


  何もかも分っているとでも言いたげな笑みを浮かべる董昭。でも、全てを知られている筈はない。そんなへまはする筈がない。何よりあいつは天牢から出てきたばかりだ。充分な情報なんて集める時間があったわけがない。


  「思えば私、董卓の顔を知らないんですよ。私だけでなく、この場にいる貴女方涼州組以外全員が。そして彼の顔を知っているであろう人間は、劉協陛下を除き、誰一人生きていない。少なくとも宮中では。興味そそります」


  そう、確かにこいつの言う通り、董卓と面識のある人間は今の皇帝だけということになっている。他に馬騰と韓遂は涼州を動いていない。そう、董卓の顔を知っているのは私たちだけということ。


  「貴女に伝えるべきことはない。陛下を救い出し、他の男を一人残らず首を落とせば同じ事よ。どうせあそこには董卓に追従する者しかいない」


  「ふむ、道理、ですかね。そういうことにしておきましょう」


  それ以上は追求せず、董昭は立ち去った。


  「いいんスか?何処までかは兎も角、何かしら気付いた様子っスよ?」


  本来呼び止める筈だった李儒が自分から声を掛けてくる。


  「厄介になるかもね。でも、だからって処理できないでしょ。少なくとも今は」


  私たちと洛陽組に、信頼というものは存在しない。何時互いを裏切っても不思議じゃない関係。それでも互いの利益になり得る関係だから手を取っているに過ぎない。


  「んじゃ、取り敢えずは放置の方向で。そんで、場所を変えるっス。『月』の居場所を見つけたっスよ」


  その言葉に、今すぐ叫びだしたい衝動に駆られた。


  「確かなの?」


  「だと思うっスよ?一応、他人の意見が欲しいっスね」


  「分ったわ。張済、貴女も来て」


  月が監禁されている場所。漸く先が見えてきた。まだまだ穴だらけの計画だけど、必ず上手く行かせて見せる。






  嵐視点


  洛陽目指して、陳留から連合軍が西進しているであろう今、私たちは涼州の董卓派勢力の鎮圧と牽制をして回っていた。

  涼州の東南部を中心に、州の三割が董卓の勢力だ。州刺史でありながら州全土を掌握しきれなかったのは、彼女が正式に着任した期間の短さと、姉様の影響力の強さ、そして私が裏で色々と引っ掻き回したから、ねぇ。

  それに対し、私たちは範姉様を中心に反董卓派を糾合、これに対抗している。尤も姉様の軍勢は反董卓連合にも回されているから、こっちの主力は反董卓派の各郡太守の兵になってるけどね。

  そして私は今、董卓勢力化で最もでかい城である天水の付近に展開している姉様の下に足を運んでいた。


  「姉様、連合の方の連絡が来たんだって?」


  天幕に入った私は、中央で椅子に腰掛けている姉様に声を掛ける。


  「ああ、愛華の纏めたのがな」


  そう言って椅子の横に積まれていた幾つかの木簡を次々投げ渡してくる。


  「あれま、姉様の言ってた事が当たってたみたいだねぇ」


  そこに書かれていたのは陳留から発ち、既に汜水関での戦闘を始まったと言う内容だった。まあ、陳留から天水まで、どうしても日数が掛かるから、情報の新鮮さは期待できないけど。

  まあ、そこは然して重要じゃない。想定できてた事だ。私たちにとって大きな意味を持っているのはその前の軍議に関するもの。

  軍議で諸侯は董卓を『彼』と呼んでいたと言う。


  「董卓は偽者。恐らくは宮中の誰かに身柄を押さえられた、ってことだろうね」


  「そして董卓の名を隠れ蓑にして、先帝(劉弁)陛下を手に掛けた、ということだ」


  姉様の声には確かな怒り。姉様は漢王朝に対する忠誠心が強いからねぇ。ほんと、私が唯一姉様の事で好きになれない部分。それさえなけりゃ理想的な君主になれるってのに。


  「で、どうるのさ。連合に説明するのかい?董卓は偽者で、本物に罪はない、とかさ」


  姉様は無言で俯く。姉様は情に篤いが、それだけで動くほど青くはない。


  「……現状はこのままだ。董卓には借りがあるが、私事だ。それに、私の推測が真実だとして、董卓の罪がなくなった訳ではない」


  そりゃそうさね。それが表に出たとしても、欺君犯上の罪こそ免れるかも知れないが、今度は軍勢を利用され皇帝の権勢を侵すに利用されたことになる。死罪には余りある過失だね。


  「そうさね。一筆したためて、姉様とこのにお嬢にでも送ればいいんでない?事後、皇帝に董卓の罪を軽くするように訴える内容のを。それで義理は果たせると思うけど」


  死罪を免れるかは兎も角として、九族誅滅は免れるかも知れないからね。


  「考えておく。嵐、暫く軍を頼めるか?」


  「姉様の頼みなら何なりと」


  応えて、私は天幕を出た。そして自分の天幕に戻る。部下を通じて幾つかの命令を前線に送る。

  積極的に戦う必要なんてない。ただ、時間稼ぎをしていれば、洛陽は墜ちる。并州勢が董卓についた事だけが想定外だったけれど、所詮それだけさ。

  結果は決まっている。この戦いで、漢王朝は完全に止めを刺される。諸侯に土地を切り取られるだけの存在に成り下がる。

  今の所は、事態は私の掌中に。





  後書き

  天気が安定しない今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。


  久しぶりの吉川的の更新、暫くは嘘予告とかがメインだったので、お待たせしてすみません。

  今回は主に連合以外の視点で描きました。前回までは「連合には時間がない」という感じでやってきましたが、「実は董卓側にも余裕はない」という回。

  恋の強さに関しては……まあ、強くしすぎたかな、とは思っています。だが、書いた以上この実力差で通しますが。

  華雄伝と相互ネタばれになりやすいので、今後は華雄伝の頻度が上がると思います。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。



[8078] 吉川的華雄伝 五
Name: 郭尭◆badafd18 ID:91dccffa
Date: 2013/11/27 23:32

  「成る程ね、愛華は本当に使える奴だねぇ」


  私室で愛華から送られてきた手紙を見ながら、私はほくそ笑むのを止められずにいた。

  手紙の内容からして、姉さまは董卓の要請を受け入れ、出頭すると言う。まあ、あの娘の事だ、この手紙も姉さまが武威を発ってから送ってこさせたものだろう。そういう面でも気の利く娘さ。

  立場としては姉さまの臣下だが、それ以上に異国の教義を重んじる愛華。だからこそ基督教にとって都合がいいと認識させれば色々と動いてくれる。教義の為ならば命も投げ出せる類の人間は、だからこそ動かし易い場合もある。

  それにしても姉さまが動くとはねぇ。強権や脅迫に屈する人じゃないから、まあ、上手く誠意を伝えたのがいたんだろうさ。でも、そうなると董卓の使者は弁舌の徒じゃなかったってことかねぇ。

  ……儒に組する立場の奴らにも、涼州人の気質を覚えてる奴らはいるってことかい。気に入らないねぇ。

  まあ、いいさね。どちらにしても掃うことに違いはないんだからさ。


  「誰か!辺章殿に使いを出すよ!」


  さあ、もうじき舞台が整う。間もなく涼州全てが腐敗した漢に牙をむく。冷涼なる涼州の風が、強欲な愚者共を凍てつかせるのさ。姉さまの下で、ねぇ。

  さて、早く手紙の準備をしないとね。宮廷内の馬鹿勝手に殺し合いして、自分らの首を絞めてる間に事を起こさないと。

  嗚呼、大変だ、大変だ。姉さまが張奐の姦計で捕らえられてしまったよ。

  嗚呼、大変だ。フフフ……


  「時か、文約殿」


  部屋に入ってきた、大柄な女。私の笑に、この配下はそう尋ねた。


  「ああ、時さ。彦明」


  小さな三つ編みを無数に作った独特の髪型、女にしちゃ大柄な背丈。私の配下では最強の武将、閻行 彦明。


  「そうか。成公英が張奐の元に潜り込んで二年だ。思ったより掛かったな」


  「ちまちま戦いながらだったからね、物の貯まりも悪くなるさ。だけどおかげであいつは郡を一つ任される立場さ。やりようも増えるってもんさ」


  あいつは実力は本物だからね、張奐なら出世させるだろうさ。


  「だが、良いのか?文約殿」


  「いいのさ、何度も言っただろう」


  これは何度も繰り返された遣り取り。


  「頂点に立つ人間は潔白でなくっちゃいけない。私みたいなのは裏でこっそり汚れ仕事を片付けていれば良いのさ」


  そう、私心で動く、私のような人間では。


  「その方が世の中上手く回るってもんさね」


  万が一私みたいなのが天下を握ったらさ、世も末ってもんさ。



  
  詠視点

  武威太守、馬騰が来てくれたと聞いた時は、正直信じられない思いだった。どうやって話し合いに持っていくか、散々頭を悩ませていたのはなんだったのか、とも。よりにもよって、あんな脳みその替わりに筋肉が詰まってそうな連中の、代表みたいなのが事を成し遂げるなんて。

  いや、今はボクの胸中より、馬騰との会談。

  馬騰一行、二百騎がついて来た。今は、私たちが拠点にしているこの敦煌ではなく、少し離れた位置にある砦に駐屯してもらっている。無礼と言われれば否定は出来ないけど、きな臭い所の多い勅使に対して、邪魔されずに会っておく必要があると考えたから。

  月の側を離れる事に少し不安は有るけど、そこは張済を頼るしかないか。張奐さまの側に長年仕えてきた経験に。

  砦に着いた私は使いの者を手配し、馬騰一行の都合を伺う。私と月は涼州刺史の代行ではあるけど、正規の官位を持っていない。なのでこちらが格下ということになり、礼を失しないように注意しなくてはいけない。

  そして少しの休憩の後、本来は軍議を行う為の部屋で面会を行うこととなった。欲を言えばもっと密談に適した場所が良かったけど、そうするにはこちらに信用が足りない。


  「それで、華雄は何故いないの?」


  「かゆちゃんここにいてもあんま意味なさそうじゃん?錦のと練兵場でじゃれあってるよ」


  先に部屋に通され、馬騰たちを待つ。その間合流した張繍に色々と訪ねておく。どこか不貞腐れた様子の張繍。ぶーぶーいいながらも、こちらの質問にはちゃんと答えてくれる。


  「兎に角怪しいところは見つからなかった。馬騰がやらかした訳じゃない、って感じに見えるな、雨には」


  「まあ、兵馬や武器、兵糧の出入りなんて、涼州じゃ何の手掛かりにもならないし」


  涼州に限らず、異民族と小競り合いの多い辺境の地は、枯れた土地が多いことも含めて自給が足りないことが多い。物資は常に買い続け、そして使い続けている。反乱を起こせるほどの量は動かないけど、もし十年とかそういう長い期間で準備していたとすれば、出来なくもない。

  馬騰が反乱を起こすとは思えないけど、それを行う実力と動機は持っている。涼州刺史、張奐様に、馬騰を陥れる動機と状況証拠があるように。


  「やっぱり朝廷が動くような情報はないわね」


  「そうだな。私もその辺り気になるな」


  こちらの会話に入ってきた声。目を向けると茶色がかった長髪と、太い眉毛が印象的な女性が扉の場所に立っていた。


  「武威太守、馬寿成。召喚に応じさせてもらった。それで、君は董仲頴か?それとも賈文和か?」


  「張刺史より、州の軍務を代行している賈文和です」


  椅子から立って軍礼を執る。横で張繍も倣う。馬騰の後ろでも、彼女についてきた金髪碧眼の黒い衣服の女が同様にしている。


  「私は回りくどいことは苦手だ。だから手っ取り早くやらせてもらう。愛華、例の物を」


  馬騰の言葉に頷いた黒い衣服の女は部屋の出入り口の方向に向かって両手を叩く。そして数人の文官風の者たちが竹簡を手に部屋に入ってくる。そしてそれをボクの目の前に積み上げていく。


  「武威の今年度分の収支、出来ている分だ。兵糧も武具の費用も全てだ」


  ボクの前に、小山になっていく竹簡。


  「本気ですか?そんなもの」


  「言っただろう。回りくどいのは苦手だと。それに、何事もなければ年の終わりには刺史の目に通る資料だ、困るものでもない」


  言っている事は正論。粉飾がなければ、だけど。でも、それも見ればおかしい所は見つけ出せる自信はある。


  「取り敢えずは、協力に感謝します。ここで見せてもらっても?」


  「勿論。ただ時間が掛かりそうだし、私は部屋に戻らせてもらうよ。聞きたいことがあれば、令明を残しておく」


  馬騰の言葉に金髪の女が会釈する。鳳令明、異国の宗教を信仰していることで、有能だけど悪い意味でも有名な人物だ。

  ……いや、相手の人となりも今はいい。ある意味で馬騰以上に油断ならない相手なのだろう。


  「それでは、僭越ながら意向質問は私が承ります。我々の潔白は、証明できるものかと」


  「それが何よりです。西涼が戦で荒れるのは望む所ではないので」


  ボクは目の前の竹簡を手に取った。





  蒲公英視点

  練兵場の一角、最早訓練後の恒例のようになっている、華雄ってのとお姉様の手合わせ。時に馬上で、時に徒歩で。互いに死手(本気で殺す心算の攻撃)を出さないとは言え、当たれば死なずとも無事では済まないもの。

  どっちも馬鹿正直な攻めをするけど、見る側への印象は大分違う。


  「速いのは確かだし、無駄な動きをしないから力も篭る。それでもやっぱり素直すぎると思うんだよね~。それがお姉さまらしさだって言っちゃえばそれまでなんだけどさ」


  一撃の重さを重視した華雄とかいう相手のじゃ姉さまの技に追いつけていない。反応は鈍くないんだけど、武器の差が大きすぎるのもあるのかな。初動の早さが全然違う。武器の特性って言えばそれまでなんだけど。

  二人とも頭ん中まで筋肉詰まってそうなのだから、挑発で乗せ易そうだし。って言うかお姉様は確実に乗せられるし。

  けどまあ、正直お姉さまが有利に戦えてるのは、やっぱり攻め手を維持できてるからだよね。実直な攻めは一撃の重さを生む。お姉さまの槍術が高い次元で速さと威力を両立できてる。

  それに比べて華雄ってのも実直な攻めを身上にしてるっぽい。でも武器が両手持ちの大斧ってのもあるんだろうね、初動がどうしても遅い。その分一撃の威力はお姉さまどころじゃないんだけど。

  ま、本人が考えたんだか、あのちっこい弓使いが知恵貸してるのかは知らないけど、色々とやってるみたいだけど。

  結論だけ言えば、一騎打ちなら圧倒的にお姉さまが有利ってことだね。初動の差で、華雄はお姉さまの攻撃に対応できなくなってって、押し切られて終わり。

  けど戦場で、万が一華雄が先手を取ったら、、ちょっとどうなのかな?


  「お姉さまが有利ってのは変わらない、かな」


  「あんたのお姉さんがなんだって?」


  蒲公英の声に、わざわざ噛み付いてくるやつ。


  「べっつに~。あんたには関係ない話。うちのお姉さまはあんたの所のより全然強いなぁってだけだから」


  「っち、まあ、錦のが強いのは否定できないけどさ。サシで強いからって、戦場でもああなるとは思うなよ」


  イラつくな~、さっきまで人が心配してたことを。


  「はあ?何ソレ、負け惜しみにしかきっこえな~い」


  「分かった、ケンカ売ってんだね」


  あからさまに睨みつけてくるちっこいの。


  「ったく、挨拶に来たのに、ケンカにしかなりゃしないよ」


  「挨拶?何の?」


  「勅使の接待。何でか雨が一番気に入られちゃってね。これ以上ここにいても役に立つ機会もなさそうだし」


  そう言っていやそうに眉を顰めるちっこいの。でもこのちっこいのを気に入るって、そういう趣味の人?


  「何ならあんたも来る?雨が少しは楽になりそうだし」


  「絶対行かない」


  中央からの勅使、碌でもないね。


  「ま、そうだわね。雨でもそうするよ。じゃあ、戦場でやりあわないことを願ってるよ」


  気怠げに場を離れていくちっこいのの背中を見送った。




  後書き

  色々とお隣の国がキナ臭い今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は久しぶりの華雄伝です。最近寧ろ涼州伝ってタイトルにすべきだったかなと考えていますが。

  それはそれとして、戦争までもう少し。正直ここまでもたもたし過ぎている気もしますが、もう少しお付き合いください。

  それでは今回はこの辺で。また次回、お会いしましょう。



[8078] 第三十七話 洛陽の蠢動
Name: 郭尭◆badafd18 ID:91dccffa
Date: 2014/09/23 11:18



  「世の中アレだ、嫌なことは続くもんだな」


  北の港からの定期連絡が途絶えたのが少し前。虎牢関辺りの戦いで気が回せなかったのは、数に劣る側の悲しさだな。


 「悔しいけど有効ね。関で数が活かせないならと開き直ったってこと?」


 「思い切りが良いのは確かか。もしくは頭の不足が良い方向に転がったか、だ。洛陽の全兵力が動かせれば各個撃破も可能だったのがな」


  洛陽にある兵力はその大半が元々が死んだ何進、その弟何苗の兵だ。涼州や并州の兵と比べると練度は低い。何より『董卓』に諭されて都を略奪して回った連中だ、信用なんてできたものじゃない。涼州軍の一部を監視の為だけに使わざるを得ない程に。


  「やはり虎牢関から兵を引き上げる必要があるぞ。敵の狙い通りにな」


  并州兵のほぼ全て、そして華雄たち、うちの武力担当は私を除いて虎牢関に割り当ててしまったからな。


  「仕方がないか。張済、悪いけど騎兵二千で北からの敵に時間稼ぎ頼めるかしら。虎牢関の方も撤退の損害を減らすには準備が必要だろうし」


  「構わんが、相手は孫堅の娘の軍がいる筈だろう?大した時間は取れないぞ」


  江東の虎の娘、陸の戦いならうちに分があるが……


  「騎馬との戦い方が上手い部隊があった。あれがまだいるかも知れん」


  涼州での反乱の際の共闘と敵対。お蔭で連中のことはよく分かっている。私一人じゃ荷が重い。とは言え別に良い案もない。


  「二、三日は出来るでしょう?こっちにまともな武将が残らなくなるのは避けたかったけど、こっちの敵側も同じなのがせめてもの救いね」


  反董卓で纏まっている洛陽勢力。帝国の都は永らく太平の世を維持し続けた結果、戦を生業とする武官の勢力が弱かった。そして近年の動乱で多くは外敵、内患との戦で都を離れたまま。残りは宮中の権力争いについていけずに、役割に求められる実力以外の要因で淘汰されている。だからこそうちも武将の殆どを東の関所の防衛に回せてた訳だが。


  「兎に角、あんたがいなくてもこっちは何とかして見せるわ。兵はこっちの方が強いし、向こうはうまく連携できる程纏まりはないし」


  「承知した。部隊の編成さいて、今日中に出よう。虎牢関の方はうまく頼むぞ」


  「……やれるだけやってみるわ」


  返ってきた答えは力なく。まあ、やるしかあるまいよ。





  王允視点


  高祖が開きて四百年の、この漢王朝。天下万民を総べるべきお方はかどわかされ、古の紂王が如く暴虐の徒に蹂躙されている。


  「耐え難いものだ」


  我らの王朝である。我らの天下である。父祖が築き、育て。我らが受け継ぎ、守り。そして子らに、孫らに引き継いでいかせるもの。


  「辺境の蛮人共に踏み躙るままにさせるものか」


  徳を軽んじ、武に頼る粗野なる者ども。そのような者どもが権勢を得ればどうなるか、今の都の荒廃の様が物語っている。

  庭を眺めつつ、鬱々と酒を仰ぐ。逆賊を葬る手立ては整いつつある。その為に志を同じくする彼奴等に売りすらした。

  今や洛陽の外では諸侯によって反董卓の兵が挙がっている。救国の志か、欲目故か。この際構うまい。ただ彼奴等めの目が外を向いている今ほどの好機はあるまい。せめて陛下の御身だけでもお救いせねば。もう一度董卓が如き悪鬼の跳梁を防ぐ為にも。


  「あら、深酒は駄目よ?お爺さん、いい年なんだからん」


  そこに声を掛けてくる者がいた。私の屋敷の使用人はこのような口の利き方はしない。自ずと声の正体は限られる。


  「……貂蝉……殿、か」


  どうも、一種の嫌悪感が声色に混ざってしまう。

  私に声を掛けてきたのは戦が始まる少し前、都で狼藉を働く董卓の兵から民を守る為に悶着を起こしていた人物である。

  その偉丈夫ぶり、他者の為に悪人に刃向う義、それらを見て私はこの男を私宅にて客人として匿っていた。


  「詳しくは聞かないけど、何をするにしても体が大事なんだから」


  その言葉には気遣いの色がある。貂蝉を屋敷に招いてまだ一月に満たないが、それでもその為人は多少理解できたと思っている。どこか食えない部分があるが、人間的には悪い人物ではない。ないのだが……


  「貂蝉殿、服は着ておられるのか?」


  「んもう、お爺さんったらん、美しいものは包み隠さず曝け出されてないといけないと思わない?」


  「美しかろうが醜かろうが常識を弁えい!そしてそのむさ苦しい筋肉を美しいと思う者がそうそう居るか!」


  「誰がむさ苦しさで周囲に筋肉を感染させそうな化け物ですって~!」


  「言うておらぬし、訳が分からぬわ!」


  この人物を真に理解できることは一生ないだろう。





  善人ではあるが、正体の掴めぬ怪人との言い争い。益のあるものとは言い難い行為であることに思い当たり、無理矢理自分を落ち着かせる。


  「まあ、儂の事は置いておけ。そなたの尋ね人の件、少しは進んだのか?」


  「進展なしね。というより、相手がまだ洛陽に着いていないみたいなのよねん」


  貂蝉は元々人を探しに洛陽に来たと言った。貂蝉の知人がある人物を利用し、良からぬ事を企んでいるのだと。それがどのような事情かは深く追及する心算はないが。


  「そうか……改めて忠告しておく。何時でも逃げられるしておけよ」


  時が来れば兵を挙げる。今の洛陽で安全な場所などありはしないが、それでも決起した軍の首謀者の屋敷よりは良いだろう。


  「不義理な感じで悪いとは思うけどそうさせてもらうわ。でもお爺さん、貴方が無理に兵を動かす必要はないんじゃないかしら」


  思わず貂蝉に目を向ける。儂からは挙兵の事を話してはいない。どこで知ったのか。まさか外に話が漏れているのか、と。


  「外でドンパチやってる連中に任せればいいじゃない。お爺さん尚書令でしょ?本業は戦の後じゃないの?」


  「得手ではないのは自覚している。だがそれは自ら動かない理由にはならない」


  国の為ならば、命を懸けるべき立場にあるのだ。天下を総べる王朝の臣たるならば。


  「そう言われちゃうと、こっちは何も言えなくなっちゃうのよね」


  困ったような、諦めたような声。どういう表情なのか、想像できそうだがやめておく。


  「司空さま、お客様が……っひぃ!筋肉の化け物!?」


  「だぁれがムキムキ汗テカ筋肉振動式発熱機能付きの化け物ですってええぇぇぇl!」


  「そこまでは言っておらんかっただろうが!」


  若干の騒ぎはあったが、貂蝉に部屋に戻るように伝え、客を迎えに行く。予定通りの時間に来た、守銭奴の李儒との会合に。






  李儒視点


  「……と、王允所の様子はこんなもんっスね、想定外の動きはなし、順調々々」


  「そう、取り敢えずご苦労様」


  尚書令を騙す簡単なお仕事の報告、賈駆に上手くいった旨を伝える。


  「で、月の居場所はどう?」


  「何とかそれらしい場所を三か所っスね。つっても確信持てるもんじゃ無いっスよ。もう何度か直接後宮行く機会があるんで、そん時に探り入れる予定っス」


  本物の董卓の居場所、これが分からなければ計画に余裕がなくなる。董卓救助の段が行き当たりばったりになってしまう。その後のことを考えると、時間は掛けられない。


  「それじゃ、私は『あいつ』んとこ行ってくるっス。何もしなくても戦況は気になるようっス」


  「そう、しっかり頼むわよ」


  『董卓』との取次は私が担当している。賈駆では感情が表に出過ぎるし、他も腹芸が出来ない連中ばかりだからだ。

  素っ気ない賈駆の言葉。本人に悪意はないのは知っている。だがそれは付き合いがあればこそだ。

  普通は、その表面の態度で親しく付き合おうとは思わないだろう。能力主義的にならざるを得ない辺境の地なら兎も角、中原では敵を増やすだけだった。事実、洛陽に来てから新しく味方にできたのが、同じ辺境の出である并州勢だけである。それも薄い同盟関係のようなもの、頼れるものではない。

  賈駆と言う軍師としての才は、他者を引き付けられる神輿の下にあってこそ十全に機能する。要は嫌われやすいということだ。

  まあ、いいことだ。彼女が優秀なのは変わらないし、信頼できる味方が増えることもない。おかげで私は仕事がやり易い。


  「そいじゃ、行ってくるっス。函谷関の方、頼むっスよ?」


  最終的には洛陽から逃げなければいけない。洛陽西の関所、函谷関の工作が上手くいかなければ、私たちは逃げ道を失う。


  「手抜かりはないわ。途中まで強行軍になるだろうから、あんたの受け取ってきた金品、持ってけないけどね」


 「ま、命には代えられないっスからね~」


  元よりそんなものは欲していない。中原の人間を偽り、操るには有用だから、多く有れば便利という程度のもの。何故中原の人間が餓鬼の如く金銭に群がるのか、私達には理解できないが。尤も、これも私の仕事をやり易かった一因なので、まあ善しとする。

  賈駆と別れ、私は後宮に向かう。

  実の所、董卓の居場所は把握している。今教えると、知恵の回る賈駆のこと、私の事を確実に疑うだろうから伝えないでいるが。いや、この言い方は語弊があるか。まあ、いい。

  『董卓』は常に後宮にいる。当然だ。今や洛陽中の人間が『董卓』首を望んでいる。最早『董卓』は人前に出る事すら敵わない。


  「ど~も~、貴方の李儒ちゃんっスよ~」


  後宮にて、『董卓』が隠れ住んでいる部屋に入り、私はいつもの馬鹿らしく
見える喋り方で声を掛ける。


  「お、おお、李儒か」


  返ってきた声には不安と安堵の色が同時に混ざっていた。この男が、本物の董卓を捕え、洛陽にて暴虐の限りを尽くした『董卓』。


  「外の様子はどうなっている?本当にどうにもならんのか?」


  外、というのは当然洛陽の外のことだ。


  「いや~、無理々々っスよ。数は違うわ、戦上手も揃ってるしで」


  努めて明るく、己が内の不安はちらりとも見せてはいけない。


  「で、では、やはり逃げるしかないのか。これ程の栄華を捨てるしかないのか」


  「まあ、惜しいのは分かるっスけど、命有っての物種っスよ?」


  死んだことになっている何進の弟、何苗。能が足らないなりに、黄巾鎮圧を指揮し、王朝の延命に貢献した大将軍の血族。

  この男の実態に、その名に相応しいものはなかったが。

  元々才気があるとは言えない男だ。それがこれまでの酒色に溺れた生活を送り、足りない才を更に曇らせてきた。愚かしく、且つ小心。故に扱うに容易な小人。


  「それで、逃げ道の方はもう確保できているんだろうな?」


  「当然っスよ。私も死にたくないし、貴方が捕まって私の事話されれば私も終わりっスから」


  やるべきことはもう終わっている。腐った王朝の都と心中する理由はない。


  「取り敢えず洛陽脱出までは面倒見ますよ。そん後は名前を変えて、ほとぼり冷めるの待ちましょう」


  もう二度と手を貸すことはないが。それでも、我々の邪魔にならない限りは命の保証はしてやる心算だ。良い傀儡として役立ってくれたのだ。それなりの義理は返そう。

  彼に伝えるべきことを伝え、用のなくなった私は部屋を出た。そして幽閉されている帝の元に向かう。

  負け戦を上手く負けるには、それなりに準備が必要になるのだ。忙しい、忙しい。




  後書き

  めっきり涼しくなり始めてきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。

  今回は永らくぶりの恋姫、まあ、この作品でどうにも詰まって、気分転換に別の書いたらそっちばかり筆が乗ったといいますか。正直今回はかなり苦戦しました。その上で満足いくものには仕上がっていないという。今後のクオリティアップは必須ですね。

  さて、今回は洛陽の様子の一部、董卓周辺の動きを書きました。董卓は書いてないですが。さて、恋姫董卓が良い子であり、拙作の良いキャラになった麗羽さまの組み合わせじゃ反董卓連合発生しない気がしたのでこうなりました。他には董卓のキャラ改悪以外思いつかなかったんですが、流石にそれは避けたかったので。

  それはさておき、最近フルメタTRPG買いました。艦これ、メタガなども含めて友人とやろうやろう言ってるんですが、時間が合わず物だけが溜まっていく。早くやりてぇ。

  それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。


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