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[6301] 東方~触手録・紅~ (現実→東方project)
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2010/02/12 00:34
こんばんわ、ねこだまです。


私はここの投稿、捜索掲示板をよく拝見させていただいており、

今回若気の至りで胸に貯めていたストーリーを投稿することにしました。

内容はニコニコの幻想入りシリーズの小説版です。





前回の触手録・黒に引き続き、今回から東方~触手録・紅~を始めたいと思います。

今回は触手録・黒の数日後から物語りは始まり、

黒の彼が帰る方法と自分の正体を求めて幻想郷の中を彷徨うものです。


※設定について

この作品は原作の設定+作者の考察を交えた設定を使用させていただきます。

なのでたまに「こんな設定あったっけ?」と思われる場面があると思います。

そんな場面を見つけたら感想版でお知らせください。

がんばって解説するか、筋が通るように書きなおします!


前回 東方触手録・黒( http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate={cate}&all=4149&n=0&count=1 )




=========================================================
2月12日午前 1時前  [20]投稿

2月11日 ひそかに19話の誤字修正 報告感謝!

1月19日午後11時頃  [19]投稿

10月29日午後12時頃  [18]投稿

10月06日午後05時頃  [17]投稿

9月04日 午後01時頃  [16]投稿

8月07日 午後01時頃  [15]投稿 ※※※を修正

7月11日 午後10時頃  [14]投稿 報告にあった誤字修正

6月24日 午前3時頃  [13]投稿 報告にあった誤字修正

6月15日 午前0時頃  [12]投稿

6月01日 午前2時頃  [11]投稿

5月25日 午前1時頃  [10]投稿

5月02日 午前0時頃  [⑨]上投稿 
     午後2時頃  [⑨]下投稿

4月14日 午前3時頃  [8]投稿

4月 2日 午後2時頃  [7]投稿

3月16日 午前4時頃  [6] 投稿

3月16日 午前4時頃  触手録・設定 投稿

3月 5日 午前3時頃  [5] 投稿

2月25日 午前5時頃 [4]投稿

2月19日 午前4時頃 [3]投稿

2月10日 午前1時頃 [2]投稿

2月2日 午前4時頃 [1]投稿

2月2日 午前2時頃 東方~触手録・紅~ (表紙投稿&[1]編集開始) 





[6301] 東方~触手録・紅~ [1]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/02/10 00:21





ポカポカとした柔らかな午後の日差しが優しく幻想郷を包みこんだ皐月のある日、

心がリンと引き締まるような朝の空気はいつの間にか空に溶けてしまい。

棘の抜けた日差しの暖かさがゆっくりと暴虐の魔の手をのばし始めた。

それはこの博麗神社にも例外なく襲いかかった。



「ふあぁぁぁぁ・・・はふぅ」



現に縁側で霊夢もその魔の手に襲われていた。





沸き上がったそれを隠そうとも噛み殺そうともせず、

彼女は小さな口を大きく開けて欠伸をする。

まったく、誰も見ていないとはいえ年頃の女の子がそれでいいのかねぇ?

と妙にジジ臭いことを考えながら俺は触手で急須のお茶をコポコポと湯呑に注ぐ。


今朝、居間に置いてあった文々。新聞を眺めていると

(自分のことが載ってある新聞を見るには少し勇気が必要だと初めて知った。)

突然やることがあるから手伝えと霊夢に蹴っぽられた。

居候という立場上断るわけにもいかずしぶしぶ神社の仕事の手伝いをすることになった。

掃除やら洗濯やらは午前中に終わってしまったのだ。

こんなに早く終わるとは霊夢も思っていなかったようで縁側でお茶となった。



ほれ、はいったぞ。



「んー」



お茶を気の抜けた声で受け取った霊夢は喉をコクリと小さく鳴らしてそれを飲み、

彼女はふぅと一仕事終えたように息を吐いた。

御茶の入れ方は昨日のうちに霊夢から最優先事項として教えられたものだったが…。

どうやら、味に文句はないようだ。

それを確認してほっと胸をなでおろし、俺も霊力補給をすることにした。

体に白い紐で固定していた赤い瓢箪。

萃香にもらった新しい酒入れだ。

これなら硝子のように簡単に割れはしないだろう。

その瓢箪の口を塞ぐコルク栓をポンと抜いて口を体に差し込む。

柔らかく広がる温かい感触を楽しみながらその酒に含まれた霊気を全身に回す。

うん、霊気の味も酒の味もなかなかだ…ふぅ。

霊夢が湯呑から二口目を飲み終えたとき、ふとその動きがぴたりと止まった。

どうかしたのかと彼女の顔を見上げると、

霊夢は少し怪訝な顔をして自分の手の中にあるお茶を覗き込んでいた。







「……熱くないわね」



ぽつりと霊夢がそう言葉を零す。

その呟きを聞いて何だそんなことかと俺は安堵した。

そりゃ熱かった舌をやけどするだろ?

まぁ霊夢が猫舌かどうかは知らないけど…。

とりあえず熱湯に少し井戸水を入れただけだ。

それを知ってか知らずか霊夢はすこし眉をひそめた後、

ハァーと長い溜息をついて俺をにらむ。

その視線に少しビビったがだがその瞼は少し重たそうで迫力に欠ける。



「よけい眠たくなるじゃない。

 あ~ぁ、いつもならもうちょっとやることあって暇つぶせるのに。

 …あんた仕事覚えるの早すぎよ。」



そういってお茶を脇に置き、重たそうにクテリと縁側の柱に寄りかかった。

…それにしても『無駄』はないだろ?



=そとでは ひとりぐらし だったからな =



大学に進学するために始めた一人暮らし。

生活する上で勝手に身についてきた家事のやり方はそう簡単に忘れたりはしないのだ。

まぁ使う道具は掃除機なんてないから箒やハタキ、雑巾を使う…高校以来だな。

まぁ基本は上から掃除して外にはき出す。

それに霊夢からいくつかおしえてもらえればある程度できる自信はある。

問題はそれをこの体で再現できるかだったが、実際のやってみると逆にこの体の方が楽に感じてしまうのだ。

ん?猫の手も借りたい?

おk、何本必要だ?



「ふぁあぁぁ…まぁ…楽っちゃ楽なんだけど…ね…」



再び大きな欠伸をした後、ふと彼女のこえが徐々に小さくなっていった。



霊夢?



声が聞こえなくなった彼女の顔をそっと窺うように覗きこむ。

霊夢は柱に寄りかかった状態のままぴくりとも動かなくなってしまった。

薄く開けられた口から細い息がすーすーと漏れている。

ためしに目の前で一本、腕をヒラヒラと動かすが瞼さえ動かない。

完璧に寝たなこりゃ。

俺は霊夢の顔から視線を外して再び酒を体の中へ注ぐ。

昼寝ができるヒトはいいな。

気絶したとき以外眠ることができないこの体ではその最も簡単なひまつぶしさえできやしない。

さて何をして暇をつぶそうか?



…とりあえずお茶は冷めるだろうな。

そう結論を出す。まぁ結局は結論の先延ばしでしかないのだが。

俺はスルスルと腕を伸ばし、さっさと急須と軽くなった霊夢の湯呑をお盆に戻す。

…これ片付けたあとどうしようか?

そしてお盆を台所に持っていこうと持ち上げようとしたとき、

視界に入ったものを思わず見つめてしまった。

それは寝息とシンクロして上下する霊夢の両肩だ。

…冷めるだろうな。

さっきと同じ言葉を使ってそう思った俺はお盆を縁側に置きなおし、

居間にあるこげ茶色のタンスに向かう。

あー、この段かな?

スーっと音をたてないように慎重にかつ適当にタンスの最上段を開ける。



何枚ものタオル



この段じゃないか。

その下の段を開ける。



霊夢のいつもの赤服が数着。


ところで何枚おんなじ服があるんだ?

仕事服なのか、もしかして?

…まさか巫女服とは言わないよな?

肩出しフリル付きの服で神事をする光景は想像するだけでシュールすぎる。

ここでもないな。

更に下の段を開ける。


…?巻物?


そこには白い円柱状のものが何本かおさまっている。

これは包帯?いや、包帯にしては布地がしっかりしている。

いや、どっかで見たことがある。


もしかして…

俺は思わず一度ちらりと縁側を確認し、音を立てないようにそこをしめた。

普通のこういうのは別にしまう場所があるんじゃないか?

確かに俺が来る前萃香と霊夢の女二人暮らしだったかもしれないが…なぁ?

とりあえずこのタンスにはないか。

じゃあ押入れのほうか?



居間を抜けて押し入れのある客間へ向かう。

そして触手を伸ばして押入れを開ける。

立てつけの悪いのか引くとガタガタと音が出た、しかしここなら少しぐらい音が出ても大丈夫だろう。

押入れを開けると下の段には低いタンスが押し込まれている。

これは…開けない方がいいな。

いやな予感がするそのタンスを無視して視線を上にあげるとそこにはお客様用の布団と毛布おさまっている。

本当はタオルケットみたいなのがいいかもしれないがこれでもいいだろう。

触手を数本伸ばして上下の重そうな布団が雪崩落ちないようにしっかり支えながら

間の薄いピンク色の毛布をひっぱりだす。

ズボリと抜いたそれを一度畳の上に置き、慎重に押入れを閉める。

コンと音を立てて押し入れが閉じたのを確認、毛布を頭上でかぶるように持って縁側の方に向かった。

縁側ではさっきと同じ姿勢で寝t…。



「ん~…」



…寝ている霊夢の顔を見つめている小さな影がひとつ。

朝忙しい時にいないと思ったら何やってんだあの小鬼は。

萃香が難しそうな顔をして霊夢の寝顔をのぞいている。

よく見るとその小さな手に何か握っている。

体を伸ばして目を凝らすとそこにあるのは先端に黒いものが滲みた筆だった。

まさか顔に落書きでもする気か?

命知らずな。

止めようかどうしようかとあまり乗り気のない思考を巡らせながら縁側に出る。

すると眉間に皺を寄せていた萃香がこちらに気づき

自らの口元に人差し指を突き立ててその口からシッーっと空気を漏らした。

口がない俺にそのジェスチャーの意味があるのかと悩みつつ縁側に一度毛布を置く。

そして代わりに電子辞書を手に取った。

…手に取ったはいいがなんて言ってやればいいだろうか?

あー…。



=ほどほどにしておけよ ? =



それを読んだ萃香の口元が凶悪なまでににやりと歪んだ。

そして袖をまくるふりをした後、筆先を霊夢の頬に近づける。

俺は何もしてないぞ?萃香の独断だぞ?

寝ている霊夢に伝わるはずもないがそう念じておく。

あ、その前に。

しゅるりと腕を伸ばして萃香の細い腕をつかむ。

なんだいきなりと不服そうに口をとがらせる萃香の頭を押し付けるように撫でた後、

霊夢の肩にかかるように後ろからふわりと毛布を掛けてやる。

せっかく持ってきたのだからな。

ついでにこれで萃香も派手に落書きはできないだろう。毛布にシミがついたら最悪だし。

そっと手を離し、毛布がずれ落ちないことを確認した後、

俺はどうぞと隣の小鬼に眠る彼女を差し出した。


すると小鬼は待ってましたと言わんばかりに霊夢の隣に陣取り、

筆を持つ手を彼女のほほに伸ばした。


そっと俺は後ろから聞こえる萃香の鼻歌にすこしあきれながら縁側から下に降りつ。

もし今霊夢が起きて共犯にされるのはごめんだ。


今のうちに距離をを置くことにしよう。

それにしても霊夢も寝てしまったし萃香もだいぶかかりそうだし、どうしようか?

呆然と考え、とりあえず景色良さそうな博麗神社の鳥居の上にでも登ろうかと決めた時。



「おい、」



突然すぐ後ろから声をかけられた。

いきなりのことで霊夢が起きたのかと跳び上がりそうになった。

だがその声が萃香のだと気付いて後ろを振り向く。

しかし俺の後ろに萃香はいなかった。

おや?と思っているとさっきの縁側に見なれた栗色の髪が揺れているのが見えた。



「どこいくんだ、くろすけ?」



またも至近距離で丸い声が聞こえた。

目の前に透明のスピーカーがあるようで驚いたが、

まぁ幻想郷だしなの一言でかたずけることにした。

どこに行くって言われてもすぐそこの…。

そう答えようとして俺はピンときた。

なるほどそっかその手があったか。



=さんぽに いってくる =



見えるかどうかわからないがそう書いた電子辞書を縁側に向かって掲げて見せた。

すると、またも目の前から



「んー、きをつけていけよー」



とのお達しが聞こえてきた。

俺はこくりと向こうにも見えるように大きくうなずき、今度は鳥居の元へと向かった。

よくよく考えてみると俺は博麗神社の周りの地理について全然知らなかった。

ここに初めて来たとき俺気絶してたし、その後も魔理沙に担がれてここを出た。

一昨日も霊夢と空から帰ってきたらしいし…。

赤い博麗神社の鳥居の下、階段の上から緑いっぱいの幻想郷を見渡して俺は思った。


これからは帰る方法を探す上で外からの帰り道ぐらい覚えておかないとな。


そう決意して体を大きく広げる。

思い出すのはあの山犬の姿。

体から一本ずつ感覚を確かめるように足を作り出す。

丸い体が徐々に骨と肉を持つ姿へと変わっていく。

首を伸ばし、頭を作り、口を裂く。

そして瞼を開いて耳をピョコリと作り出した。

あとは…、あぁしっぽ。

腰のあたりから触手を出すように太い尻尾を出した。



これで少しは犬っぽくなったか?

少しまだ慣れない感覚に首を震わせた後、

前足の爪でカツカツと鳴らして俺は神社の階段を下りて行った。





====================================================





視界を緑に染め、遠くの鳥の声を聞き、足に伝わる冷たい感触を踏みしめて蹴りだす。

幾重も重なった葉っぱの隙間からこぼれる日光をかいくぐり、俺は思った。

うん…。

…ここ本当に参道でいいんだよな?

俺の目の前にある道は獣道とでも間違えそうなほど見通しが悪い。

参道というともっとこう石畳がきちんとしかれているものではないのか?

まして結界の外よりも科学の発達が遅い幻想郷なら神様がいる神社に向かう道をもっと整備するものだと思っていたが。

これではいつ森の住人と鉢合わせするか分かったものではない。

参道を照らす光の少なさも問題ではないだろうか?

道に綺麗なまだらを描く木漏れ日も悪く言えば日光を遮るものでしかない。

俺は立ち止まって首を擡げる。

太陽はちょうど俺の上にあるはずなのだが全然眩しさを感じなかった。

それこそ葉っぱ風が揺らめかせた時にすっと緑に透き通る太陽が目に心地よいほどだ。

だが夕方にもなるとここらは真っ暗になるだろうな。

明日にでも霊夢に相談して参道の上だけでも綺麗に切り落としてやろうか?

そうすればここも少しは見栄え良くなるだろうに。





そんなことを考えながら神社の参道を下りていき、数十分ほどたったころだろうか。

突然先ほどまで悪かった視界が嘘のように広がった。

木の下でうっそうと茂っていた藪がなくなり、

背の低い草が点々と生えた地面と広葉樹が代わりに参道を挟む。

動物の気配も若干遠のき始めているし、これは森がそろそろ途切れるということだろうか?

ふと道の奥に自然の森には見えない赤い色が見えた。

アレは…鳥居?

歩みをそっと緩めてその鳥居に近づく。

荒れた参道とはうって変わって柱の根元にさえ傷がないほど、

その鳥居だけが妙に綺麗なままだった。

俺は上にある博麗と浮彫で書かれた額を見上げ鳥居の下をくぐり。

同時に森を抜ける。すると空を覆い隠していた木の葉がなくなり、

ポカポカとした太陽の光が俺の体を包んだ。

突然の日光の明るさに一瞬眩惑されたが、すぐに視界は元に戻った。

目に映る鳥居の外は境内とは雰囲気が驚くほど違う。

森の縁に沿って遠く向こうに伸びる道はいっぱいに日の光を浴び、

まるで田舎の田んぼ道のような印象を受けた。

そしてそこには今まで感じなかったヒトの気配、匂いがあった。

その匂いを感じて俺の中で何かがわき上がった。

食欲ではない。

ヒトが生活する上で作り出す空気。

それは久しく触れることのできなかったものだった。

まるで明かり一つない暗い道で街灯を見つけたような気分になる。

俺はその嬉しさをこら得ながらその道を踏みしめた。

ゆっくりと歩きながら遠くの山の緑と天高い空の青に目を細めた。

森の外は開けた視界と柔らかにそよぐ風のおかげで、自然にさわやかな気分にしてくれる。

いや、森の中が陰鬱なだけだろうか?

…そんな中でよく霊夢と魔理沙たちは暮らせるな。

いや、森の中に住んでるからあんな風になったのか?

勝手にそう思ってふと俺は心の中で笑みをこぼした。



ふと俺の耳に風の音でも鳥の羽ばたきでもない何かの音が聞こえ、

ぴたりとその歩みを止めた。



音?

違う…。

これは喋り声?



声という言葉が頭に浮かんだ瞬間俺は音を立てずに森の中に突っ込み、

手ごろな木の根元で身を屈めた。

そして警戒しながらそっと頭を擡げ、辺りを見回す。

また人の言葉を喋る妖怪か?

あの幼い金髪の少女の姿をした妖怪が頭の中に浮かぶ。

もしあんなのと鉢合わせして戦闘になったら厄介だ。

でもあの時とは違って霊気は酒で補給できるんだ戦う必要ない。

…全力で逃げてやる。

いつでも逃げ出せるように犬の姿を保ったまま耳に意識を集中させた。

気配がだんだん自分のいる方へ近づいてくる。

それにつれて耳に聞こえる声もだんだんはっきりとしてきた。



「……」



「…」



「……!」



しゃべり声は3つ…この声は子供か。

木陰に隠れながらそっと体の一部を出してそこに視界を移す。

道の上には小さな影が2つ並んで歩いていた。

いや、正確には3つなのだがそのうちの2組の足が絡みそうなほど寄り添って歩いていたせいで

地面には2つしか影が映っていなかった。

そして俺の隠れる木まで十数メートルほどになったとき、

ようやくその影の持主の顔がよく見えた。

その姿は声と同様、年を十超えるかこえないかというほど幼い子供たちだった。

やんちゃそうな男の子を先頭に、隣で眼鏡をかけた男の子があるき

その子の腕にぴったりと小さな女の子がへばりついていた。

前の二人は楽しそうだが女の子は今にも泣き出しそうな表情でいる。

あの子たちは…妖怪…には見えないな。

彼らの出す空気にも妖気が全く感じられない。

それに気づいて俺はホッと体の力を抜いた。



俺はその時、完全に油断していた。

体から力を抜いたその時俺の体が木からはみ出していたことに気づいたのは

女の子と目が合った瞬間だった。

彼女はカッと目を大きく開いて俺を見て硬直していた。

それに気づいた男の子達が彼女の視線を追い、同様に固まった。

そして



「よ、よよよ妖怪だ!!」



…っ!?



「走れ!逃げろっ!!」



突然、先頭の子どもが俺を指差して叫んだのを皮切りに。

子供達はそう叫ぶと踵を返して元来た道を走り出した。

あるものは唇をかみしめ、あるものは目に涙を浮かべ。



彼らに共通しているものは、

顔を青ざめ、表情に死の恐怖を湛えていたことだった。



妖怪…?



ふと俺は目の前に小さな影がうずくまっているのが見えた。

それはさっきの小さな女の子だった。

少女は腰が抜けたようでガクガクと震えながら俺を見つめていた。



その視線に俺は思わず足を退いた。



その眼は言っていた。



化け物。



俺はその視線に耐えきれず彼女を刺激しないように姿勢を低くして走り出した。














>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

長らくお待たせしました第2章突入です。

ようやくテスト期間が終わりましたよ。

そしてテストが終わった次の日から春休みという素晴らしき大学生活。

これから大量の暇ができそうなので更新速度を上げられればいいなと思います。



それでは内容について

なんですけど…さっそく難題にぶち当たりましたよorz。

本当はこの回は番外編として投稿する予定でしたが、

子供たちと会ったおかげでシリアスシーンが…

悩みに悩んで急遽2章[1]に昇格しました。


そのおかげでかなり1話内での温度差がかなり激しく…。

前半が番外編風の明るさ、後半が本編風の暗さというアンバランスさ。




徒然と小説を書いていくとこんなことになるから大変です。



それでは、彼がこれから誰と出会っていくのか妄想しつつまた次回お会いしましょう。








「〇ぬ〇〇り〇み〇」 ⇐次回登場予定キャラ




しかし、この時間まで編集してるとすごく眠たくなりますね…



[6301] 東方~触手録・紅~ [2] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/02/19 04:05



いつの間にかそよいでいた風はやみ、時間が止まったかのようにゾッとした静けさが広がっていた。

唯一聞こえるのは彼女の震える口から歯が細かくぶつかりあうカチカチという音が、

幽かにしかしはっきりと俺の耳に入ってきたのみ。

目の前の少女は泣き出すこともなく、ただ目を開いて俺を見つめている。

その目に浮かぶ色は真っ黒に染まっていた。

それはいつか見た怯えの色だった。

なぜおびえるんだとわかりきった問が頭の中を埋め尽くしていく。

俺はお前に何もしてないだろう?

少女同様に俺も相手を見つめて立ち尽くしていた。

自分が何をしたというんだ。

ただ隠れていたのを前たちが見つけただけだろう。

なぜ?



一瞬のうちに起ったこの出来事に俺の頭の中はまっしろになっていた。

何をすればいい?

何をしなければいい?



呆然とする俺の胸の奥からふと、何かがわき上がった。

それは遠くから聞こえるかすれた声のように聞きとりづらいが、それが何を言ってるかすぐに理解した。



はやく…ここから離れなきゃ…。



胸の中で呟かれたそれは、まるでしなければいけない責務のように俺の頭の中を新たに満たす。

何も考えきれないまま俺はゆっくりとできるだけ姿勢を低くして後ずさった。



その時、突然俺の後ろ足がパキッという音を立てて地面に落ちていた枝を踏みつけた。

俺はその小さな音に驚いて思わず身構えた。

あぁ、しまった…!そう思う間もなく。

とたんに少女の眼にブワリと涙が眼尻にあふれだした。

その滴を見たのを皮切りに俺は思いっきり後ろに飛びずさり、

地面に足がついたと同時に少女の反対方向に走り出した。

見てはいけないものを見たような気分が俺の胸を押し付ける。

その息苦しさに俺は思わず奥歯をかみしめた。



もはやこの距離では聞こえないだろうはずの少女の泣き声がえんえんと耳に響く。

俺はそれから逃げ出すようにがむしゃらに森を走り抜けた。



===========================================================




どこを通ったか、自分がどこにいるのか全く分からない。

ただ森の藪や枝が俺の体を何十回も叩く感覚だけを感じていた。

見たこともない川を跳び越えて数分たった頃だ。

徐々に俺は自分の体が重くなっていく事に気が付き、初めてスピードを落とした。

だんだんとコントロールが利かなくなっていくこの感覚、明らかに霊気切れだ。

体にそう強く言いかけようやく俺はがむしゃらに動かしていた足を止めた。


そしてヨロヨロと手近な巨木の根元に倒れこみ、

一息の間もなく俺は体の中から瓢箪徳利を引きずりだしてドクドクと自らの体に注ぎ込んだ。


体に注がれる液体の一瞬の冷たさを感じながら

俺は後悔の念でいっぱいにだった。





…少し調子に乗っていたのかもしれない

この体になって森をさまよっていた俺は一人絶望しかけていた。

多分あのまま誰にも会わなかったら自分は自分ではない何かになっていただろう。

だが今は…、いまだにこの体でいながらも俺は絶望していない。


霊夢と魔理沙のおかげだ。

二人が俺をヒトとして扱ってくれたおかげで俺はヒトを捨てずにいられた。

俺は俺を捨てずにいられた。

この瓢箪はその証と言ってもいい。



あぁ、俺は。

いつの間にかヒトとして扱われることが普通だと思い始めていたのではないか?

だから子供たちを目の前にした時、あんなに油断してしまったのだ。



体から徳利の口を離して溜息をつくように力を抜いた。



俺はバカだ。

今の俺は彼女たちのおかげで俺が生きているという事を忘れて、そのまま彼女たちの好意に身を委ねているだけだ。

この数日間俺はヒトになるために何をした?

ただ霊夢のところで家事を手伝っていたのみ。

それも元々霊夢一人でできていた事の手伝いだ。

仕事を分けてもらい、居場所をわけてもらった。



俺は…。



俺は……



オレは……。



俺はそこでふと胸の中で自嘲気味の笑みを浮かべた。

いつの間にか再び体に籠っていた力をそっと緩める。



考えるだけか?



ここで考えて悩んでもどうせ糸口がどこにあるのか分かりっこない。

糸口を見つけるもっとも簡単な方法は糸を手探りで手繰ることだ。

行動を起こさなくては何も改善するはずがない。

少しネガティブに走りすぎた。





俺は体に力を回し始める。

先ほどまでの無駄な力ではなく、自分を立たせる十分の力だけを。

そして再び山犬の姿になり瓢箪を体の中にしまったの確認して、

俺はヨシッと体に気合いを入れて4つ足で立ちあがった。

まずは神社に帰ろう。

明日から、いや、帰ってすぐにでも何かしよう。

自分が何をすればいいかはそれから考えよう。





ところで俺はどれほど走っていたんだろう?

体に注いだ酒の中の霊気を体に染みわたらせながら俺は空を見上げた。

いつの間にか透明だった太陽の光に西日のオレンジが混ざりかけている。

今が6月だから…日没は5時ごろか?

太陽があの位置にあって4時前ってところか。

これは早めに帰らないと真っ暗になるな。

ここらの地理は全く分からないんだ、暗くなってしまっては今日中に帰るのが難しくなる。



ヤバいなと軽く焦りを覚えながらどこを向いても同じような光景を見渡す。


どっちに進もうか?

見たこともない名前も知らない広葉樹が広がり、ツタの葉が木と木とを結ぶかのようにうっそうと生え、

木々の奥に先ほど跳びこえた川の飛沫が見える。

そう言えば俺は幻想郷にきて自然の河川を見ていない。

ふと耳を澄ますとゴウゴウという轟音が木々の奥から響いている。

この音は…滝か?ここまで音が響くとなるとかなり大きな滝だな。

だとするとここは山の奥の奥の方ということか?



そこまで考えて俺は少し焦りを感じた。

いや、ためしに木の上に登ってみるか。

もしかしたら上から見たら神社がどっちの方向か分かるかもしれない。

背中から4本の触手が飛び出しさっきまで身を委ねていた木の幹に突き立てる。

同時に4本の足で幹に踏ん張りながらガツガツと触手を動かして登って行った。

そうしてすぐに一番上の太い木の幹に辿りつき、触手を上に突き上げる。

限界まで伸ばしたそれの先端に「目」を移し辺りを見回した。

その触手から見える視界。

それを見て思わず俺は頭を抱えた。

今俺がいる場所はちょうど周りを山が囲む盆地のような地形になっていた。

そのうえ周囲は博麗神社から見渡せる光景と全く符合しているものがない。

特に周りを囲む山の形が全然違う。

博麗神社から見られる山はたいていなだらかな三角形をしていたが、

ここの山はまるでお椀をひっくり返したような急な斜面を持つ独特な形をしていた。

いつ間にか俺は山を越えてしまったのか


そう思って首を傾げた瞬間、

俺の体に比べ物にならないほどのゾッとした焦燥感を覚えた。

それは首にかけた瓢箪がチャポンと音を出した瞬間だった。

恐る恐る触手を伸ばしてそっと瓢箪を揺らしてみる。

大きくはない瓢箪からは揺らすたびにチャポチャポと軽い音が鳴った。



軽い、これはマズい。



縁側で1回、今先ほど1回飲んだ。

あと中にどれほど入っているのだろうか?

とりあえず半分もないと思う。



どうする?

え?どうする…!?

このままじゃあ霊気を満たせない…!



俺は焦りに背中を寒く感じながら頭を回転させた。

落ち着け、俺。



霊気切れはじっとしていれば3日ほど補給なしでもいられる。

いや、だがそれでは帰ることはできない。だめだ、黙って死を待つようなもの。



じゃあ帰り道を探すか?

しかし犬の姿で山を彷徨うとなると動き回って1日持つか持たないか…。

いつもの姿で動けば1日半は持つかもしれないが、

視点も低いし障害物を越える時にガッツリ霊気を消費するのだ。

山を越えるには向かない。



一日…瓢箪の酒を飲んでももって二日…。

参道から走ってここまで2、3時間ぐらい。

距離にして決して近くないが遠くもないはずだ。

問題はそう、方角だ。

幻想郷は結界に囲まれていると聞いたが…。

生態系が保たれる程度だ、その結界は狭いものではないだろう。

もしあらぬ方向へと進んでいけば良くて野垂れ死に、

…最悪また何かを襲っちまうかもしれない。

その襲う物が獣だったらまだいいがヒトや妖怪だったらもっと最悪だ。

せっかく射命丸の新聞で俺が本能だけの化け物じゃないと乗せてくれたのに…。



俯いて考える俺の耳にゴウゴウという滝の音が響く。

あぁ、まったく持って五月蠅い。

これでは集中できないじゃないか。

そうザワザワと苛立った思いを胸の中で吐き出した時、

ふと俺は音と新聞であることを思い出した。

そう言えばあの白猿の事件の時、射命丸の新聞に幻想郷の簡易地図が載っていた。

その地図では確か墓場を結んだ線の他に一本の滑らかな曲線が描かれていたはずだ。

地図の上のあたりから真ん中の人里と書かれた場所を通って下の端まで延びた曲線。



あの曲線はもしかして…川?



俺は今までうざったいと思っていた音にピンと耳を欹てた。

じゃあ今聞こえている滝はその川に続いているのかもしれない!

そしてその川をたどれば行きつく先は人里、

確か人里の東に博麗神社があったはずだ!

そう思い俺は足を踏み出そうとしたが、

ふと『人里』という言葉に静止する。

なぜかその言葉が頭に浮かんだ瞬間胸を不安が満たした。

あふれ出るそれを押し殺すように俺は自分に言い聞かせた。



すこし、ほんのすこし通り過ぎるだけだ・



頭を上げて音のする方を探す。

滝の音は木々の幹に反射して自分を囲むように大きく辺りに響いていたが、

耳をある方向へ傾けたときにひと際大きな飛沫の音が聞こえた。



向こうだ。



俺ははやる気持ちを抑えてその方向に向かって足を大きく動かした。

足が地面を蹴り、体が藪を抜ける都度、その音はドンドン近づいてくる。



滝までもう少しだ。



しかし突然、俺は歩みを止めた。

自分でも一瞬なぜ走るのを止めたのかわからなかった。

体を包む違和感に気づくまでは。



頭がその違和感を理解するより先に体が周囲を警戒する。

周囲の音を警戒し、周囲の光景を警戒し、周囲の匂いを警戒する。

地面を伝う振動を探り、木の葉を揺らす風を睨みつけた。



なんだろう、ひどく不快だ。



違和感は自分を包んだまま何も起こらない。

だがそれが逆に不気味だった。

まるで俺を…。



そうか、もしかしてこれが『視線を感じる』という感覚なのだろうか?

ヒト出会った時は視線なんて雰囲気としてしか感じることはできなかった。

だが今となってはその視線に含まれる意思さえも感じられるような気がする。



その証拠に監視するかのように息をひそめる気配に耳の後ろがざわつく。



中の方も大分ヒト離れしてきたのかな。



いつでも跳べるように足に力を回す。

あえてその動作を大きくして地面を鳴らしてみた。

静かな森の中で爪がガリガリと地面を削る音が異質に響く。

だがそれでも気配の元の何かは一つのアクションも起さなかった。

それが逆に不気味だ。



できれば戦闘は避けないと…。

逃げる分には困らないだろう。

全速で走るのはちょっとだけ霊気を削るが、

戦闘に突入すればちょっとやそっとの問題ではない。

もしかしたら瓢箪をまた開けることになるかもしれない。

いや、だめだ。

ここから人里経由で博麗神社にいく道がどれほどの距離かわからない以上、

戦闘で大量の霊気を失いたくない。

人里のなかで霊気切れとかシャレにならんぞ。



だがここでじっとしていても状況は悪化するだけか・


俺は意を決して足を前に出す。

もちろん周囲への警戒は怠らない。

ゆっくりとゴウゴウと鳴り続ける音源に向かって歩く。



シャン



ふと俺の背後で何かが枝をはじく小さな音が聞こえた。

後ろだ。遠くない。

振り向くか?

いや、無視しよう。

まだ俺に危害を与える存在とは限らない。

俺はただ滝を目指しているだけだ。

相手の逆鱗に触れることはないだろう。

ふと前方の木の向うがまぶしく見えた。

開けた場所特有の日差しのまぶしさ。



もうすぐだ。

走り出したくなる衝動を抑えて後ろを気にする

動く気配はない。

よし。

俺は気合いを入れて森の藪を抜けた。

視界に森の緑に包まれた川原が広がった

清水が大きな岩に当って飛沫を爆ぜながらざぁざぁと流れていく。

その音を肌で感じた瞬間俺は一瞬だけほっと息をついた。


だがその直後だった。



「待ちなさい!」



背後の気配が爆発したような錯覚を覚えた。

ヒュンと空気を切り裂く音。







舌打ちをして俺はダンと河原の地面を蹴って右に飛び退く

次の瞬間ザクリとその場に肉厚な曲刀が突き刺さった。

やっぱりこうなるのかと諦めにも似た思いを吐き出しながら、

爪を立てて水気を含んだ苔の生す川の岩の上に着地する。



それと同時にザッと刀が地面から引き抜かれた。



「……本来わたしの仕事は哨戒活動なんですけどね…同族の好として警告します」



ヒュンと空気を切り裂いてついた土を振り払った後、

ガチャリと重たい音を立てて刀の切っ先が再び俺の方へ向けられる 。



「ここより先は天狗の治める地…」



山伏のかぶる頭巾を挟むようにふわふわの白毛に包まれた尖った耳がぴくりと動き、

ふわりと彼女の後ろで太く大きな尻尾が揺れた。

それはとても柔らかそうで…



「これ以上先に進むというなら実力行使を行います」



刀と楓の模様が描かれた盾で武装した少女。

ふわり

まだあどけなさの残る目が真剣に、俺をジッと睨みつけた。

ふわり

その視線に含まれるものは今まで感じていた視線と同じものだった。

ふわり

しかしこの先へ行くなと言われても困る。

ふわり

この川が唯一神社へと帰る手がかりなのだ。




俺は思った。






…尻尾、もう少し落ち着け。
















>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

いやー、今回イロイロトラブルがあって投稿が遅れました。

今回の話は一人暮らし先ではなく実家で書いたものなんですけど。

アパートに求聞録忘れたorz

そのせいで妖怪の山周辺についての資料があまりないんです。

椛が待機している滝が本当に人里に続いているのかは作者もわかりません。

頭の中では妖怪の山 → 霧の湖 →  人里につながっていると予想。


まぁ作者の妄想はこれくらいにして内容にまいりますか。

今回、番外から急遽本編に出てもらうことになった椛君登場。

本来彼女の仕事は天狗の領域から人を遠ざけたり、偵察哨戒の任務が主で、

黒い彼のような危険性がありそうな妖怪が近づけはいち早く報告に行く必要があるのですが、

彼女は同族の好として威嚇攻撃を行い、山奥に帰そうとしました。

白狼天狗(狗賓?)は山犬や狼が長い年月をかけて天狗になったものらしく、

椛から見れば彼は巨体を持ち、妖気(霊気)を含んだ者、いわば同族候補にみえたのです。



と、まぁ内容解説のはずが薀蓄を話しただけになってしまいました。

もうしわけないです。

それではまた次週あたりにお会いしましょう ノシ












尻尾が揺れすぎなのは久しぶりに同族(候補)の男の子に会えたという嬉しさからという妄想は不要ですか?



[6301] 東方~触手録・紅~ [3] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/02/25 04:38




ザアザアと川の水が渋木を立てて苔の生す大小様々な岩石に衝突する音をBGMに

白毛小柄な少女が巨大な片刃の剣を俺に向けていた。

少女が右片腕で向けるその刃は鋭そうに木漏れ日をギラリと反射し、

数メートルも離れていながら鋭い棘がちらつく気配を放った。

予想していたが警戒態勢から攻撃態勢をとられるのはなれないものだ。

俺は心の中で幻想郷での毎回の初対面時の処遇に嘆きながら、

今まで通りできるだけ相手を刺激しないように全身の力をゆるく抜いた。

それに対して目の前の彼女は手中の刀と同様に鋭い視線を俺に放ち、

耳をピンと立てて俺の一挙手一挙動を睨みつけている。





だが…。



しかし…。



パタパタ



なぜか背後で大きく揺れる太い尻尾がその雰囲気をブレイクしていた。

彼女の視線には(おそらく、(たぶん))真剣なものがこもっているのだが、

どうも彼女の尻尾が揺れるたびにこちらの体の力が余計に抜ける。

呆れるというか和むというか…。

とりあえずさっきまで背後の気配に張り詰めていた自分の緊張はなんだったのかと聞きたいほどだ

思わずがくりと力が抜けた俺を見て少女はムッとしかめた



「な、何和んでるんですかっ!?」



彼女のその大声に俺はビクと気づき、おずおずと警戒態勢をとって見せた。

少し気を抜きすぎた。



…まさか新手の戦意喪失を狙った攻撃手段か?



……いや、だったらわざわざ敵に今の声をかけるはずないな。

俺が気を抜いている間にバッサリ切れるんだし。

じゃあなんで尻尾振ってるんだと俺は思わず小首をかしげた。

ふとそこで俺は彼女の言葉を思い出した。

そう言えばこの娘は同族がどうのと言っていたな。



もしかして狼や山犬はしっぽを振ることで相手に本格的な敵意がないことを伝えるのか?

確か犬はあえて他の犬に欠伸をして見せてこちらには敵意がないと伝えると聞いた。

しかし彼女の犬的なものは耳としっぽのみ、

尻尾を振るという事は欠伸の様に無駄な争いを避けるための伝達なのかもしれない。


よし、ではこちらも尻尾を振ってみるか。こちらも戦闘は避けたいんだ。



俺は構えを少し緩め水平にピンと伸ばし、

尻尾に力を回して彼女の尻尾の様に身時からの黒い尻尾を左右にゆらりゆらりと揺らしてみた。

彼女はすぐに俺の尻尾が揺れ始めたことに気が付いた。

だが俺の予想を反してそれを見た彼女は小首をかしげている。

どうしたと、もしかして違うのかという焦りを感じつつそのまま尻尾を揺らし続ける。



パタパタ



ゆらりゆらり



パタパタ…?



ゆらりゆらり



パタ…パタ………っ!?



数秒俺の尻尾を見ていた彼女が突然盾のついた左手をパッと後ろに回した。

当然、彼女の左手にふさりと自分の尻尾が当たる。

しかし少女は自分の手に当たったものに驚いように目を見開いた。

そしてその場でクルクルと回りだした。



……な、なにしてんだ?

それも何かの伝達法か??



2、3回ほど回った後ようやく少女は首を伸ばして後ろを肩越しに振り返り、自らの尻尾を確認した。

その時にはすでに彼女のしっぽの揺れはなくなり、

彼女の燃えるような赤で縁取りされた黒いスカートに垂直にシャンと立っていた。


……?



俺はその行動に逆に混乱した。

やはり尻尾の揺れは敵意と関係なかったのか?

ポカンと少女の奇行に呆然としていると、

当の本人がビクリと肩を一度震わせ、ゆっくりとこっちに目を向けた。



目と目が合った瞬間少女が硬直し、数秒間俺の耳に川のBGMのみが流れた。



そのまま数秒が数分になりそうに感じたとき、

パシャリと川の飛沫の一滴が彼女の頬を濡らした。

それでようやく少女はハッとしてすぐさま先ほどの様に切っ先を俺に向ける。



だがその空気に棘も威圧もへったくれもないのは当然である。



「……」



 ………あ、赤くなった。



徐々に彼女の顔が朱に染まっていく。

そして喉まで真っ赤になったころクッと喉を鳴らし、

今度は左手の盾を前に突き出して剣をいつでも振るえるように後ろに伏せて構えた。

それは確か妖夢もしていた構えだ、自らの体で刀身を隠す。

いつでも剣を薙げるような先ほどとは違う実践的な構えだ。

現に右手の剣の柄からギリと強く握る音が聞こえる



「も、もう一度言います!ここは妖怪の山、余所者が勝手に踏み込んではいけない場所です!

 これ以上しゃきへ進もうというのなら実力行使を行いましぇ!」



早口で彼女はそういって剣の刃をちらつk………。



「……。」


……噛みまくったな。


「……っ!! 」




突然少女は(顔を真っ赤にして)息を短く吐き、体ごと回転させて剣を薙いだ。

だが間合は全然遠いはず…。

弾幕か!?

彼女を中心にグルリと緑色の弾幕が展開される

そう気がついた時には目の前を無数の緑の光弾が迫っていた。



油断した!まじで敵の戦意喪失手段か!?

首と上体を不自然なまで反らしてなんとかその光弾の隙間に体をねじ込む。

ジリリと俺の肩に一発の光球が掠った。

ギリギリ光の波をかいくぐった俺はそれた視線を彼女に戻す。

だがそこに彼女はいなかった。



シュン



喉元にゾクリとした何かを感じた俺はとっさに前足で力強く岩を蹴り飛び上がる。

上半身を宙に浮かせたと同時に俺の首の下を何かが通り、空気を鋭く切り裂いた。

思いっきりのけぞりながら視界を下に向けると、

そこには低い姿勢から抉るように白線を描いた彼女がいた。

眼に籠っているのは怒りと憎しみと…羞恥心。

そして眼尻に涙。



それを見て俺は後悔した。

あぁ、怒らせちまった。


俺が回避したのを見た少女は素早くその場で姿勢を低くしたままザッと回転し、

その勢いのまま今度は浮き上がるように片手で剣を縦に切り上げてきた。



やばっ!?



俺はとっさにいまだに揺らしていた自分の尻尾に力を回す。

ヒュンと一瞬にして尻尾が後ろに伸びて岩をつかみ、体を思いっきり引っ張った。

同時に後ろ足で思いっきり岩を蹴り、後ろに跳び退く。

触手を伸ばした瞬間体の中でガリガリと霊気が削れるような気がした。

くるりと空中で体を捻ってさせてゴツゴツと穴の開いた大岩の上に跳び乗る。

なんとか避けられたけど実際かなりヤバかった。

四足歩行で前足が伸びきっていると前にしかジャンプできないのだ。

焦りが表に出ないように気をつけながら俺は体の中の瓢箪を気にかける。

少し霊気が減った。

後でほんの少しでいいから補給しないと…。

突然俺が宙を舞ったように見えた少女は目を白黒させて俺を見上げている。

しめた。

距離が開いた今のうちに俺は身をひるがえして川の下流へと駈け出した。



「あっ!止まりなさい!そ…!」



後ろで少女が何か声を上げたが、川の轟音がかき消す。

待つわけがない。闘って無駄に力を消費するのは御免だ。

俺は飛ぶようにデコボコと並ぶ岩の上をトントンと跳びまわる。

するとどんどんゴウゴウという滝の音が大きくなってきた。



ひと際大きな岩の上に飛び乗り、さらにジャンプしようとしたその時だった。

目の前に大自然が広がった。



滝…てか絶壁!?



滝があると予想していたがこの高さは予想できなかった。

川幅の大きさもあってもはや日本の滝という規模ではない。

川が落ちているという表現が最適ではないか?

俺は慌てて四肢をつき伸ばし、爪を岩に突き立てて急ブレーキをかける。

爪がギャリギャリと岩の表面を削る。

だがスピードが0になる目前で岩が切れて断崖となっていた。

このままでは崖下に真っ逆さまだ。

やむなく俺は背中から触手を撃ち出した。

先端をフォークの様に鋭くとがらせる。

2本の巨大フォークを岩に突き刺す。

ガクンと言う衝撃と共にスピードがようやく0になった。



断崖から突き出した岩の先端、

そこからはみ出した前足をゆっくりと戻した後、俺は恐る恐る岩に突き刺したそれを覗いた。


ほんとに刺さるとは思わなかった。

せいぜい引っかかってくれればと思って伸ばしたのに。

目の前の崖下の風景より自分の触手が岩に突き刺さったことに驚いた。

愕然としている俺の背後でコツと小さな硬い音が鳴った。



「ようやく止まってくれましたね?」



滝の轟音の中でも耳に届いたそれにビクリと肩が震えた。

俺は触手ばれないようにさっと戻し振り返ろうとした。

しかし喉元でチャキリと剣の切羽の部分が鳴り、思わず俺は動きを止める。

俺は硬直したまま目を動かしてちらりと彼女の顔を窺った。

その表情は先ほどよりも険しく俺を睨んでいる。

まさか…。



「…あなた山犬じゃないですね。」



うん、ばれました。



俺は図星を突かれて思わず身じろいだ。

それをみて少女は更に俺の喉に剣を突きつけた。



「いったい何者です?言葉も分かるようですし、ただの動物でもないでしょう?」



あーさてどうしたものか?

刃をあてられても別に焦燥感を感じない。

彼女が剣を引く前に体を硬くすれば斬られないと体が理解しているからだと思う。

白猿の一件以来、ある程度の攻撃なら凌げる自信がついていた。

まぁ光の弾幕は防ぎようがないが…。

刃の煌きに本能的な恐怖すら感じなくなった自分に妙な違和感を覚えていたその時、

俺は耳に入ってきたある音にその思考を一時停止させた。



ピシリ



隣で流れ落ちる滝の音にかき消されそうな小さな音だ。

だがなぜかその音が大きく体の中で響いた。

もちろん今のは隠喩ではない。

文字通り体に『響いて』聞こえたのだ。

この感じは…。

じかに音が振動として伝わってくる時に感じるものだ。



ピシ…ピシ…



…じかに?



俺は視線をそのままに、視界をチラリと動かして下を見下ろし、

そして後悔した。



俺と少女の立つ岩に大きなひびが入っていたのだ。

そのひびは今も細かいひびを伴いながら岩を横と斜めに裂くように岩肌を這っていく。


馬鹿な、二人岩の上に乗っただけでひびが入るわけがない。こんな脆いはが…!?


一人息を呑んでそのひびを眼で辿っていく。そのひびは少女の足元まで続き、

岩に開いた四つの穴に続いていた。

その穴には見覚えがある。



ピシリ



どう見ても俺がさっき触手を突き立てた穴だった。



俺はサーと胸の熱が急激に冷えていくのを感じる。

そして同時にタイミングの悪いことに、



「さぁ、答えてください…!」



少女がそう問いて一歩、足を前に踏み出し剣を更に突きつけた。



ビキッ



その瞬間響くひび割れ音。

今度はさっきより重い音だ。

グラと足元の岩が揺れる。

それは俺にとって大きな揺れに感じたが

彼女は気づいて無いのか俺をにらんで剣を突きつけたまま動こうとしない。

気づけ馬鹿!

心の中で悪態をついた次の瞬間。



バキン



水の落ちる轟を打ち消す程でかい破裂音が渓谷に響きわたり、

そしてグラリと俺たちの立つ岩が崖に向かって傾き始める。



「っわふ!?」



そこまできてようやく犬娘が岩の異変に気付き、

彼女はドンドン急角度のついて行く岩から急いで跳び退こうとした。



鈍感すぎないか?



岩の上で俺は呆れつつアワアワと退避行動をとる姿を見て逆に冷静になれた事に感謝した。

さぁ、俺も上流の方へ跳んで逃げよう

さすがにこの岩の下敷きになりたくはない。

なにもやってないのにセルフ封印は御免だ。

ふと頭の中で西遊記の孫悟空が岩山の下敷きになって封印された場面がよみがえったが、

すぐに俺はオーコワイコワイと頭を振って考えていたことを捨てて足に力を込めた。



その時だった。



ガクンと巨大な音を立てて岩を支えていた下の岩壁が崩れたのだ。

突然の振動に足を取られた俺は思わず足を突っ張らして踏ん張る。

だが直後岩は岩壁からせり出し、その半身を宙にさらした。

そして再び角度がついて行く。

さっきと比べて急速に傾いていく岩から落ちないように爪を食い込ませ、

同時に俺は歯を食いしばって舌打ちをした。



くそ、今のでタイミングを逃した。

今から跳ぶのは遅すぎる…!

これはもう空中でどうにかするしかないか。

“どうにかする”の内容は全然考えていない。

だがブッツケで切り抜けるしかない。



俺が無駄に気合いを入れて角度のついた岩の上から崖下をちらみした時だ。



「きゃん!?」



俺の前方でなんとも可愛らしい悲鳴が聞こえた。



は?



俺が慌てて視線を前に戻すと、

目の前で白毛の少女がずっこけている。



ってなにしてんだこいつ!?

さっき退避したんじゃないのか!!?



思わず作った目を皿の様に丸くしていると少女は白い両膝をゴツゴツとした岩肌についき、

なんと俺の方に左手を精一杯に伸ばしてきたのだ。

少女は岩と擦れる膝からうっすらと赤いものを出しながら叫んだ。



「っやく!掴まってください、飛びます!!」



必死の表情で少女はまっすぐに俺を見つめていた。

呆然とその眼をみた俺は。



…幻想郷の女の子、強すぎだろjk。


呆れたように少し余裕のできた頭の中でそうつぶやいた俺はカチと一度少女に歯を鳴らして見せ、



その直後俺は背中から触手を出して少女の手を振り払った。



少女が目を大きく開いたのは俺が背中から触手を出したことか、少女の手を振り払ったことか。



飛ぶ?馬鹿を言うな。



振り払ったその触手を彼女のお腹に巻きつける。



「え?」



岩にしがみついてる俺を引き上げようとしたら落下する岩に巻き込まれるだろ?

彼女が引っ張るタイミングに合わせて爪を引っ込めればいいが、

タイミングが遅かったら巻き込まれ、

早かったら俺が岩から弾かれて真っ逆さま滝壺着水そこに岩がドーンで



グッと一度締め付けを強めて簡単には外れないことを確かめる。

足場は…悪いがまだギリギリ間に合うか。



「ちょ、なななにを…」



突然拘束されたことに驚く彼女をよそに俺は後ろを確認。

…多分大丈夫だろう。

降りむいたことで俺が何をしようとしているのか気づいたのか少女の顔がみるみる青くなっていく。



「……まさか」



…飛べるんだよな?


視線でそう聞いた後、返答を聞く前に俺は爪でがっしりと岩にしがみつき



「まっ…!!」



少女を崖の上の空に向かって投げ飛ばした。



フェードアウトする悲鳴と共に空を回転する彼女を見届けた。

その直後岩がとうとうバランスに耐えきれず岩壁から滑り落ちた。



やはりな…。



落ちてくるのはこの大岩だけとはかいらない。

それに伴って小さな岩も落ちてくる

いくら飛べると言ってもそんな落石の雨の中無事では済まない。

最悪二人揃って滝壺に岩を抱いて沈むことになっただろう。



俺は落下する岩からそれを追うように落下してくる大小様々な岩を見上げた。

もしこのまま何も考えないでいまいが見ついている岩を蹴ったらこの岩の群れに突っ込むことになる。

うまく避けても着水後頭上から岩の雨だ。



さて、“どうにかする”か。




俺は落下する岩から爪を浅く抜き、触手を展開させた。











































>あとがき

こんばんわ、おはようございます(?)ねこだまです。

今回[3]投稿ですが、なんと2話目の段階ですでにpv1万に達しました。

目を皿にするほどびっくりです。     (皿w皿)/

くだらないことはさておき、         ↑くだらないこと


さて内容にまいりますか。



今回はなんかちょっと作品がスランプ気味です。

文体が全くまとまってない気がします。

うーんやっぱりプロットをきちんと整理しないとこころがもやもやして作品に手がつかないですね。

ネタばれとして

このあと迷いの森でもいこうかな?と思っていたんですけど人里挟んで反対方向はこれといった用がないんですよね。

この件は先延ばし改善の必要性ありです。


そこで申し訳ないんですけど。

来週は新話投稿を見送ります。

今週一杯は頭を冷やしながら物語の骨組みを見直していきたいと思います。

その代わりと言ってはなんですけど来週は新話ではなく設定集をあげておこうと思います。



…そろそろ眠たくなってきたので失礼したいと思います。

それではまた次回、お会いしましょう ノシ



[6301] 東方~触手録・紅~ [4] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/03/05 01:57





突然だが俺は映画が好きだ。

ありえない動きと強運にまみれたアクション映画、

泥臭く不運続きの戦争ドキュメンタリー、

襲いかかるモンスターに生存者による孔明の罠が光るB級ホラー。

ありえない非常事態を主人公たちが傷つきながらも

必死で生きようとする姿を見て俺は心が震えるほどワクワクする。

故に小さい頃はブラウン管の向うで起こる非日常に憧れさえ抱いていた。



しかし別に俺は特別なヒトでもないし、これと言って特別な境遇で生まれたわけでもない。

大人まであと一歩の今の俺はそんなこと忘れたと自分に言い聞かせて

必死に割り切ろうとしていた。たぶん本当に忘れようとしていたのだろう。

だが気づくと俺はほぼ毎日散歩をしていた。

何かないか。

面白そうなものはないか。

そうして日常の中で何か非日常を探していたのだ。

休日はもちろん、平日でも放課後にしばしば日が沈むまで散歩に出かけて。



そうして散歩をして、俺は気づいたことがある。

空を見上げて気づいたことだ。

その時の空の色や模様、それは決して二度と同じ様になることはない。

決してその様は『常』ではない

目にうつるなんでもない全ての風景もその時限りで二度と同じ光景になることはないのだ。

だから俺は暇があれば外に散歩して風景を見て、空を見上げていた。

それで満足しようとしていたのだ。

だから俺は



今現在の光景に胸の底から言葉の出ない恐怖と狂喜を感じていた。



だって仕方ないだろう?

垂直落下する大きな石の側面に立ち、見上げる先には追いかけてくるように無数の落石。

隣には滝があるのだが岸壁がかなりの速度ですれ違い、水が俺と同じスピードで落ちている。

こんな光景、日常にあるはずがない。

いや、こんなこと普通体験できるものではない。

そういえば幻想郷にきてから非常識なことだらけだな。



まったくもって飽きが来ない。



俺はひとりそうほくそ笑んだ後、行動を開始した。

まず岩に食い込ませていた爪を引き抜き、

代わりに伸ばした触手の内の2本を足元の大岩につき立てて体を固定する。

これで踏ん張れるし、足が自由だからいつでも岩を蹴って離脱できるだろう。

だが今跳んで無事でいられるかと言われると自信がない。

なんせ俺の立つ岩を同じ速度で落ちる岩の群れが囲んでいるのだ。

跳んで脱出しようにも空中で他の岩に当って滝壺に撃墜されてしまう。

それは御免だと残りの触手を一斉に伸ばした。

出せる限りの、操れる限りの数本の触手を伸ばし、一瞬で周囲の岩を振り払う。



軽そうなものは触手で弾き、重そうなものは突き刺して他の岩にぶつけて軌道をそらした。



うん、こう言うとずいぶん簡単に聞こえるな。

だがこう言う時に問題が起こるのもお約束なんだろう。



グラリと岩の向きが傾いていく。

体を固定している側面を下にするように傾いた。

俺は思わず(わざわざ口の中に舌の様なものを作って)久しぶりに舌打ちをする。



まてまてまて、このままじゃ撃墜よりひどいことになる。

滝つぼの底で大岩にサンドされるのは絶対にいやだ。



くそ、傾きがついたせいで上の岩が払うには限界がある。

それにこれはもうここに立っていられない。

チラリと下を確認するもう滝壺が目の前に迫っていた。

ふと俺の眼に滝から何か黒いものが突き出ているのに気づいた。

それは岩壁から突き出した岩に落水が叩きつけられて黒く染まったものだった。

表面には緑色のコケがむしている。



アレに飛び移ればこれをしのげるかもしれない。



俺は一か八か触手を岩から引き抜き、

岩から離れるように岩を4つの足で思いっきり蹴り退いた。



俺はバカだった。

現実は映画のように甘いものではない。



空中を落下し、瞬間で何メートルも移動するものを踏み台にしてもそれほど跳べるはずがないのだ。

踏みしめようとした足場がすっぽ抜けるような感覚に俺はゾッと背筋を凍らせた。

そしてどう考えてもこの飛距離では岩に飛び移れるわけがなかった不可能だ。



ならっ!!



俺は犬の変形を解いた。



頭の中で必死にそれを思い出す。

あの時は再現できたんだ、あの感覚を思い出せばいい!



空中で丸かった体が変形する。

4つの触手が伸び、それがある程度の長さで個々に変形を始める。

四本の触手の先に五本の細い触手をのび、

二本の触手を覆うように根元から体が広がる。

大まかな形ができたと同時に、一瞬で頭の先から熱が広がり全身に伝わった。

その熱の広がりともに体の各部分に細かい装飾が再現された。

熱が完全に収まったのを確認した次の瞬間俺は目を開いた。



迫る黒い岩。



俺はちらりと視界にここ数日中に見なれた細い腕とそれに装着された色違いの袖を確認した直後、

全身を空中で思いっきり捻った。

何も踏ん張ることのできない空中では手足を振り回しての遠心力によって体を捻ることしかできない。

だが俺にはそれで十分だった。

右腕の形を崩し、ヒトの手の形からただの触手に戻し、

それの先端を更にとがらせて折り曲げた。



そしてつるはし状の触手を遠心力でのばすと同時に黒岩に向かって振り下ろした。

触手の切っ先が苔の幕を突き破り、岩に突き刺さる。



よし、これでもうだぐぁっ!!?



伸ばした右腕で体を引っ張ろうとした俺の目の前が一瞬真っ黒になった。

それが落石の直撃だと理解する前に俺は触手が力なく岩から抜けたのを感じ、

真っ逆さまに俺は落ちた。

目前に水面がせまる



このままじゃたきつぼにおちる…。

うごかなきゃ…。



漠然とした頭で必死な声がそう叫ぶ、だが体が全く反応しない。

耳に大岩が着水した轟音がとどろく。滝壺が近い。





あぁ……、これはしっぱい…したな……。







胸の中が空っぽになるような何かを諦めた時の感覚は



何度味わっても最悪なものだ。



空っぽなら落ちることもないだろうに…。



最後にそう考えて嘲笑した俺のほほを風がなぜた。



風?



次の瞬間俺は驚いて目を見開いた。



体が水面に叩きつけられる直前。滝壺から巻き上がるように突風が吹いたのだ。

いや、突風ってレベルじゃない、まるで爆風だ。

その爆風に俺の小さな体はあおられ体が成すすべなく回転して吹っ飛ばされる。

助かった?こんな速度で叩きつけられればどこに着地しても結果は同じだ。

よくて気絶は免れない。



そして



「きゃふんっ!?」



ぃだっ!?



可愛らしい悲鳴を上げる柔らかいものに叩きつけられた。







「――――っぅ!!―――ぅぅぅっ!?」



幸い当たり所がよかったのか俺は気絶することなく仰向けに倒れた。

広がる視界には雲がかる空と遠く高くに崖の先端が見えた。



…おれ…いきてる?



謎のBGMを聞きながら空を見上げてポカンとする俺の視界を

逆に覗きこむように一つの影が落ちた。



「あーっと……くろさん?…でいいんですよね?」



見覚えのある頭襟の白い装飾とショートの黒髪が垂れ下がっていた。



……射命丸?



それはよく神社に遊びに来る烏天狗の彼女だった。

まだ鈍い体の反応に四苦八苦して俺は袖の中から電子辞書をとりだす。

さすがにこの体で腹から無機物出したら気持ち悪いだろうからな。



=あぁ おれだ =



「あ、やっぱりですか。いやぁ~間に合ってよかったです」



にこりと営業スマイルと安堵がまざった笑みを浮かべた射命丸がそう答えた。

間に合った?



=あのかぜは しゃめいまる の ?=



「はい!私の能力で貴女を此方に吹き飛ばしたんです」



そうか、あの爆風はやはり自然のものではなかったのか。



=ありがとう たすかった =



ふと射命丸はにんまりと笑みを浮かべて手を膝につき腰を曲げて俺の顔を覗き込んだ。



「いえいえ、どういたしまして。

 ところでくろさん。その姿はどうしたんですか?

 一瞬霊夢さんかと思いましたよー」



あぁ。



=とっさに うかんだのが あのかおだったんだ =



体を起こした俺は額を押さえて頭を振った。

感覚が頭部に集中するからなのかヒトの体を模すとどうも頭が重く感じる。



「―――っん!ー――うぅっ!?」



………ん?



=なぁ しゃめいまる なにか きこえない か ?=



「っぷふ、クククククっ…!」



俺がそう聞くと射命丸はなぜか今にも吹き出しそうなものを必死に抑えて肩を震わせた。

なんだ?何か変なことを聞いたか?



「く、くろさん、じぶ、自分のお尻の下を見てみたらどうですかぁ?」



ん?



そう言われて俺は首をひねって視線を自分の下に向けた。



あ…。



「―――……くぅん」



そこに赤い頭襟がのったフワフワ白い髪に、ペタンと三角形の耳が力なく伏せられていた。



あぁ!すまん!



声が出ないのを忘れてパクパクと口を開きながら俺は思わずそこから跳び退いた。

だが跳び退いてから俺は気づいた。



ゆっくりと前に傾いていく体。

そう言えば俺…。



「うぅぅぅ、文さぁん。気付いてたんならはやくに…」



そう言えば俺まだ立てないんだった。

目の前にはまだ膝をついて立ち上がろうとしていた犬娘。

俺は慌てて手を振り回してバランスを取ろうとするが…。

時すでに遅し。



「引っ張りだすか教えてきゃぶ!?」



俺は覆いかぶさるように少女を巻き込んでずっこけた。

再び地面に押し付けられた少女が言葉にならない悲鳴を上げてピンと尻尾を太くした。



「っぷあはふはははは!ははははひゅも、もうだめ…!あははははひゃっ!!」



後ろでとうとう射命丸が噴き出した。

視界をそちらに移すと射命丸が地面に両手をトシトシと叩いて笑い転げていた。

だ、だいじょうぶか…?

なんかこっちよりそっちが心配なんだが…。 

視界を後ろに向けたままがっくりと体の力を抜いたとき俺の下からか細くよわよわしい声が聞こえた。



「あの…どいてください…。」



…あぁ、わるい。








=============================================





犬の姿に戻り彼女の上から退いた俺から後ずさるように距離を置いた少女は

しゅんと耳としっぽを伏せて正座して顔を俯せた。

垂れる髪からはみ出したうなじが真っ赤に染まる。

あー、さすがに知り合いからこんなに笑われたらそうなるわな。



射命丸が落ち着くまでやることなく数十秒間

ずっと俺は時折隣から感じる私怨のこもった視線に居心地の悪さを感じるはめになる。

いや、そんな顔されてもなんとも言えないんだが…。



未だひぃひぃと引きつった息を整えつつもやっと射命丸が膝をついて立ち上がった。



「い、いひゃ…コホンいやごめんなさいくろさん、ちょっと、つぼってしまって…っぷふ」



あー…まだだめだったか。



言葉の途中で再び噴き出した射命丸に少女が顔を真っ赤にしたまま抗議した。



「あ、文さん!もういいでしょう!そんなに…笑わなくてもぉ…」



少女の尻すぼみな声に射命丸は涙の浮かぶ眼尻手の甲で拭う。



「はぁー、ごめんごめん。

 椛があんな必死になっておいて結局二度も下敷きになるなんて思ってなかったから」



必死に?



俺がその言葉に首をかしげると射命丸は再び笑みを頬に浮かべた。



「えぇ、びっくりしましたよ。

 飛んできた椛をキャッチしたらいきなり「文さん!!!」

 おあっと!?」



突然射命丸の言葉を遮るように少女が跳び出して彼女の口をふさぐ。

最短距離を進んだためかアキレス腱を伸ばすような恰好でビシッと手を突き出した。

その一生懸命全身を尻尾の先から耳の先端まで伸ばす彼女の恰好はすごく…シュールである。



射命丸は自らの口をふさぐ顔を赤くした少女、

椛の頭をクシャクシャとかき撫でながらわかったわかったと繰り返して謝った。

まるでその様は姉妹の様に微笑ましい画だったので思わず俺も頬が緩んだ。

直後椛が俺の方を肩越しにジト目でにらんだので慌てて顔を戻したがな。



「そう言えば、くろさんはどうしてこんなところに?」



俺を睨んで威嚇する椛の耳をピッと引っ張って止めさせた彼女がそう聞いた。

俺は耳が引っ張られると同時に目の前で白毛に包まれた尻尾がビシッと垂直に立った事に驚きながら、

背中から触手を出して電子辞書を用意する。

そういえば俺迷ってたんだったな。

ちょうどいい彼女なら神社までの道を知ってるし、

どうせなら送っていってもらうか。



=ちょっとまよtt =



…。



ふと俺はその先を打とうとして動きを止めた。

送っていって…もらう…。



……またか。



俺はバックスペースのボタンにそっと力を入れて、

再びタイピングしなおした。



=ちょっと さんぽの とちゅうだ =



「散歩…ですか?」



あぁ、そうさ



…また…ヒトに頼るとこだったな。

俺は頷いて見せた後4つの足に力を入れて立ち上がった。



=ところで このかわは ひとざとに つづいてるのか?=



「え?ぁ、あぁはい。そうです。

 この川を下って一刻半もすれば人里につきますよ」



=わかった ひとざとをひとめみてみたかったんだ ありがとう=



俺はそう書いて見せた後、

軽く彼女たちに頭を下げて足早に川の流れを追って立ち去ろうとした。



「…。」



彼女たちが突然立ち去ろうとする俺の挙動を不審がるのは分かっていた。

だがこれ以上この場にいると本当に妥協してしまいそうだ。

俺の信念はそんなに強いわけではない。





逃げるように駆ける俺の耳にふと何かの音が聞こえた。



…ん?



「――――…すとおぉぉぉぉっぷ!!」

ふぐぉっ!?





突然後ろから突き飛ばされて俺は前に数メートルずべりこんだ

いや、何かが高速で突っ込んできて俺の上に馬乗りになったのか。

背中の上に何か人一人分より少し軽い重みを感じる。



「おっと急ブレーキが聞きませんでしたね。

 何かに乗ってしまいましたがまぁいいですか。

 あ、これから先は独り言なんで気にしないでいいですよー。」



ならどけ。

犬の姿で人に乗られるのってなんか屈辱だ。

自分が格下みたいじゃないか。

首をひねって睨みつけて抗議するが射命丸はそれを無視して飄々言葉をつづけた。



「この先にある湖の北に赤い洋館が立っています」



…?



「確かその赤い洋館の『南東』に神社が建っていたようなきがしますねー」



…!?



「おっと、もうこんな時間ですか。さ~て椛もみもみの時間だーっと」



…っ。



次の瞬間その言葉を残して背中の重さが突然消えた。

直後俺はすばやくバッと後ろを振り返るが後ろにも空の上にも射命丸の姿はなかった。



ただ目の前でゆらりゆらりと黒いカラスの羽根が風と踊っていた。


羽ひとしきり躍った後フラフラと俺の鼻先に不時着する。







……やはり幻想郷(ここ)の女の子にはかなわないな。





俺は触手で地面をガリガリと削った後、

その羽根を首に下げた瓢箪の紐にしっかりとくくりつけた。

そして川の水の流れを追跡した。



あぁ、見てくれたかどうかわからないが

一応礼は書いたぞ?ありがとうって。








































>あとがき

椛もみもみ!ねこだまです。

今回の第4話、遅れて申し訳ございません。

案外悩むことなくすんなりとかけたことに驚いています。

これも椛の脱力技のおかげだと思います。

あぁ、ポケモ〇のしっぽを振るで攻撃力が下がる理由がわかったよ。

そんなことはさておき、内容の解説を。

今回でやっと主人公の妖怪の山脱出に目処が立ちました。

妖怪の山編終了です。

今回の妖怪の山編はいつもの~編と比べると結構短く感じますが、

1話の内容が以前の触手録・黒と比べると増量した結果ですかね。

あ、あとバトルシーンがないからかな?


さて、次回はくろ君、霧の湖へ行く の巻です。

次回登場してくれるのは彼zy「あたいったらちいきょうね!」

…。

「…。」

…ちょっと出てくるのが早い。あとさいきょうの字が違う。

「わ、わざとよ!こっちのほうがオチが落ちるでしょ!」

オチは落ちるものではありません、つくものです。



















おまけ






「ところで文さん」



「んー?」



「私に用があったみたいですけど…なにかあったんですか?」



「あー大丈夫、もう片付いたから。

 まさか一緒にいるとは思ってなかったけど。」



「はい?」



「なーんでもないっ!」



「わひゃい!?いいいきなり尻尾触るのはやめてください!!

 セクハラですよ!」



「椛!」



「ひゃい!?」



「触る!」



「宣言しないでくださいっ!」





















それにしても何で天魔様はあんなに焦っていたのだろうか?



[6301] 東方~触手録・紅~ [5] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/03/16 03:45








幻想郷とは魔理沙曰く山奥の山奥の山奥にあるという。

それ故に霊夢も魔理沙も海というものを見たことがないらしい。

じゃあ魚は淡水魚しか食べたことないのか?

と思ったが二人とも鯛やマグロも食べたことがあると胸を張っていた。

特にマグロの話を魔理沙としている時の霊夢の反応は見ものだった。

まさか霊夢のアレが……

まぁそんなことはともかく

重要なことは幻想郷が山間部にあることだ。

山間部の日中は短い。

背の高い山が東にあると日の出が遅くなり、

背の高い山が西にあると日の入りが速くなる。





しまったな。



どっかの誰かのフライングボディープレスを受けてから1時間はたっただろう。



川原から見上げた空は先ほどの青空と白い雲とはうって変わり、

西日が雲を黄土色に染める夕方直前の顔に変っていた。

できれば湖で日が沈む方向を確認したかったが…。

胸の底をくすぐるような焦りを感じた俺は八つ当たり気味に葉っぱのカーテンの向こうを睨みつける。


だがその途端、葉っぱの隙間から洩れた日差しが視覚を集めて形成した目に直撃して俺は一瞬目をくらませた。

思わず顔をしかめた俺はやりきれない不満をこめて地面を強く蹴って走った。

それにしてもこのままだと湖に着く前に日が暮れてしまう。

さすがに夜空を見て方角がわかるほど俺は星に詳しくはないからできれば日没目に洋館を見つけたい。

あの烏は人里まで歩いて一刻半…今で言うとだいたい3時間ぐらいか。

そう言っていた。

俺の足ならヒトより早くつける自信はある。

だからそろそろ湖についてもいいような気もするのだが。

まぁ近くはなっているだろう。

川の幅は滝の周辺と比べても広くなっているし。



そう信じて歩みを進めていると突然視界が白くぼやけた

湿り気?

霧か?

いや、今日は晴れていたし気温も低くはなかった、

いくら水辺でも夕方に霧ができるはずがない。

体を包んだ怪しすぎる霧に歩みを進めつつ周囲を警戒した次の瞬間。

うお!?

突然視界が一段右に傾いた。

そしてボチャンという音と前足に伝わる冷たさを感じ、

反射的に 俺は跳び退いて姿勢を低くして身構えた。

…簡単な話ビビッて跳び上がっただけだがな。



警戒して思わず身構えた俺はふと一瞬前足に感じた感触に首を傾げた。

川じゃない?

川だったら前足にある程度流れを感じるはずだ。

恐る恐るその水に近づいて水面に顔を近づける。

ためしに鼻先を水面に近づけてみるが水は流れず岸の壁にぶつかってチャポチャポと音を立てていた。



ここが射命丸の言ってた湖か。


霧のせいで湖かどうかを確認することはできないが水たまりではないだろう。

ペッペと鼻先と前足に付いた水を振り払いながらためしに右の空を見上げた。

しかし俺の視界に夕日を捕らえることはできない。

んー、北から南下してきたから右手の方が西のはずだが、

霧で太陽が見にくい。

これでは方角も分からないな。

とりあえず今まで辿ってきた川はさっきの太陽の位地を見る限り、

どうやら湖の北西から流れ込んでいるようだ。

左に行けばその洋館とやらにつくだろうか。

そう考えて体を左に向けたその時、俺は思わず自分の目を疑った。

突然周囲の霧が赤く染まり始めた。

まるで白い液体に赤い液体を落とした時の様にそれは一瞬にして広がった。

周囲のいきなりの変化に戸惑いキョロキョロと辺りを見回した。

そしてふとあることに気づいた。

この赤は…。

燃えるようなその赤に見覚えのあった俺は思わず振り返った。

振り向いた西の方角から赤い霧を突き抜けるように一筋の鮮烈な紅の光明がさしている。

この光は…夕陽?

燃えるような赤い光の光度がだんだん強くっていき

次の瞬間まるでそれを嫌うかの様に霧がブワリと音を立てそうなほど急に消滅した。



…。



そろそろ幻想郷にきて一か月近くなるがここの自然現象の原理は全く理解できない。

一瞬のうちで白くなったり赤くなったり晴れたりする慣れない環境にに若干疲れを感じながら顔を上げる。

目の前には今まさに山の裾に沈みかけている太陽があった。



ってもう日没が始まってるのか。

このままだともう10分もたたずに日が完全に沈むな

俺は呆然とする頭を無理やり切り換え、霧の晴れた湖を見回した。

沈む間際の太陽に照らされた湖は澄んだ水に満たされ、

山と森の木がそれを暖かそうな色で包んでいる。

やはり湖と言うだけあるな。向こう岸まで1,2キロはありそうだ



湖を見回した俺はふと紅く染まる光景の中に一点違和感を覚えた。

それは湖の畔に建てられた唯一の人工物のせいだった。

あれが洋館か。

洋館と聞いて普通に西洋風の建物だと思っていたが、

遠くからでもはっきり見えるどっしりと屋根の上に身構える時計台や

それを囲む長い塀がまるで洋館というより一つの城のような雰囲気を出していた。

その厳粛な雰囲気にも驚いたがそれ以上に



…赤っ!?



洋館は周りの風景と同じく夕陽に染められているが、

どう見てもその赤は夕暮れの赤というより絵の具の赤のような鮮烈な色だった。

更に屋根は壁の赤とは比べ物にならない沈んだ深紅。

夕方に来たからまだいいが真昼にきたら絶対風景に浮いてるだろ。



あの洋館ヒトが住んでるんだよな?

まぁそれ以外の可能性もあるが住んでいたとして

あそこまで赤く染める館の主のセンスを一度見てみたい。



…わがままな性格だろうな、賭けてもいい。



何かのしきたりでもない限り原色の赤を塗るにしたら絶対家族とか従者とか誰かが反対するはずだ。

それにそんな注文、設計者や建築者でさえ戸惑うだろう。

なのにそれを押し通して紅い洋館を作るように命じる主人とそれをなだめようとする従者。

そんな光景が脳裏をよぎった。



…まさかな。



このままここで正解かどうか確認できないものを予想していても意味がない。

俺は妄想いったん中断して一度後ろを振り返る。

あぁ、はやく洋館の方へ行かなくちゃ。

太陽はもう三分の一が山に突っ込んでいる。

いつの間にか下ろしていた腰を上げた俺は慌てて洋館に向かって走り出した。



======





湖岸沿いに走って5分ぐらいだろうか。

全力で走ったおかげで太陽が全部沈みきる前に何とか洋館を囲む塀まで辿りつくことができた。

近くで見るとやはり大自然の中でぽつんとそびえ立つ3,4階建ての赤い館は

すさまじい違和感となにか近づきがたい雰囲気を出していた。

ふとそしてここまできてようやく違和感の原因がひとつ分かった。

紅い壁もそうだがこの洋館、湖を背にするように北向きに建てられているのだ。

普通建物は日光を取り入れるために南を向いているはずだが…。

それに湖の方をを向いた南側は大きなテラスが一つあるだけで窓はほんの少ししかない。

その窓もすべて遮光カーテンで遮られていて中の様子が全く分からない。

これでは部屋の中が暗すぎやしないか?

違和感のオンパレードな館の後ろを回り込むように塀と湖の間を歩きながら俺は首をかしげた。



まるで館その物が太陽を嫌っているみたいだ。



ふと何か背筋に寒いものを感じた俺はそそくさと塀のはじっこを目指した。

塀は洋館を守るように方形に伸びている。

館が完全に北を向いているとしたら、館に向かって左手奥が南東の方角だろう。

なんだ太陽関係ないじゃないか。

そう考えて少し安堵したがホッとする間もなく俺はふむと悩みだした。

問題は正確に南東まっすぐに進めるかだ…。

触手をまっすぐに伸ばしていくか?

長さに限界があるし曲がっても気がつかないだろう。

磁石でもあればなー。

今持っているのは傷付いた電子辞書と少ししか入っていない瓢箪徳利。

うーむ、ちょっとの散歩のつもりだったからな、ろくなもん持ってないぜ。

徳利か…そう言えばお腹すいたな。

滝で触手を使っちまったからな。

霊気補給して2時間もたってないのに空腹感を覚えてしまう。

くそぉ、あの犬っころめ。

さっさと逃げてくれれば無駄に消費することなかったのに。

…………まぁ手をのばされて嫌な気はしなかったがな。



その時、突然頭の中で犬が烏にいじられてキャンキャン鳴いている姿が飛び出した。

……出てくんな。



頭を振ってそいつらを頭の中から追い出した直後、

ようやく塀が直角に曲がる場所についた。

塀の東側にはまだ若くて細い木が塀に沿って植えられており、

そこから湖に向かって小さな並木道の様になっていた。



塀の角も確認したし、ここでちょっと霊気を補給しよう。

俺は犬の形を崩して久しぶりに元の丸い体に戻り、

適当に選んだ並木の一つによじ登った。

一応道みたいだからヒトが通る危険性もある。

正直、まだ彼女たち以外のヒトに会う勇気がないのだ。

元の姿に戻ったのは今の大きな犬のままではこの木は折れそうだったからだ。





紅蓮から群青に染まる空をバックに枝が分かれた部分に体を落ち着かせる。

そして黒い羽根がくくりつけられた瓢箪のコルクをキュポンと引き抜き、

太陽の最後のひとかけらが山に沈んでいく様を眺めながら中の酒をトクリと少量口に含む程度を体の中心に送り込んだ。

ジワリと体の奥で酒が発熱し、その熱が全身へ沁み渡っていく。

くぅ…、もっと飲みたいが今はこれで我慢しよう。

今はとりあえずの分だけで十分だ。

俺は後ろ髪を引かれる思いで再びコルク栓を閉めた。



コルク栓を閉めてフゥと気持ち溜息をついたその時だった。

ふと俺は覚えのある違和感を覚えて思わず身を固くする。

この感覚は…視線?

誰かが俺を見ているのか?

だが椛の視線の様にチクチクとした敵意は感じられなかった。

それが逆に俺を戸惑わせた。

視線は館の方からだったが…。

てっきり俺はこの館の住人が俺に警告を込めた視線を送っているものだと思ったのだが、

視線からはまるっきりそう言った敵意やら殺気やらを感じることはできない。

俺は体を硬直させたままその視線の元を探した。



視線の主はあっさりと見つかった。

なぜかというと、暗くなっても赤が映えるその館の数少ない窓の縁からそれはは
み出ていたからだ。

腕ではない。足ではない。頭でもない。

それは宝石だった。

それぞれ色鮮やかな光りたたえた宝石が一つの枝のようなものに生っていた。

夜が今まさに訪れたにもかかわらずそれは、それ自体が輝いているのか紅い壁の中でとても目立っている。

なんだあれは?

ただの装飾ではないだろう。

俺が窓のはじっこから飛び出た謎の物体に首を傾げたその時、

その物体Xの隣からちょこんと白いものが飛び出した。



…饅頭?



白い饅頭はユラユラと数秒揺れた後ほんの少しだけ浮き上がった。

そしてチラリと金色の瞳がこちらを覗いた。



子供…!?



ゾッと背筋が凍る。

また恐がられるのではないかと目の前が暗くなる。

全力で逃げよう。

あの子が叫べば館の中のヒトが出てくるかもしれない。

俺は子供が怖がる前に木から飛び降りようとした。



だが次の瞬間少女が予想外の行動をした。

俺が木から飛び降りようとした瞬間、

窓の隅からのぞいていた子供があっと口を開いて窓に両手をついて隅から跳び出した。

それを見て思わず俺はピタリと木の上で動きを止めた。

気のせいかもしれない、

俺がそう見えるように望んだからかもしれないが…。

その姿はまるで俺を呼び止めるように見えたのだ。



当の本人は窓に両手のひらをついて口を薄く開いたままジッとこちらを見ていた。

窓にへばりついていたのは年を10行くか行かないかというほど幼い少女だった。

日没と同時に館の中はぼんやりとした光がわずかにともっているだけだったが、

少女の容姿はそのわずかな光を反射していた。

薄い黄色の髪に太陽を浴びたことがないような真っ白な肌、

そして何より暗い室内で少女の金色の目が光を反射してキラキラと綺麗に輝いていた。

そうとても綺麗に…。

その瞳の中には俺が映っているはずなのに恐怖や焦りが微塵も感じられなかったのだ。



なぜだ?



俺は胸の中で思わずそう呟いた。

別に怖がってほしいわけじゃない、

だが室内にいたとしても家の周りわけのわからん生き物が徘徊してると思ったら

普通怖がるもんじゃないか?



少女は窓越しに俺を見つめ、キョトンとした表情で俺に首をかしげて見せた。

突然動かなくなった俺に、どうしたの?と問いかけるようなその仕草に

戸惑った俺はどうすればいいのかわからなかった。

そして思考が停止状態のままの俺は何を思ったか首を傾げる少女のまねをするかの様に体を傾かせた。

すると今度は少女が首を反対側へかしげた。

それにつられるように反対側へ傾く俺の体。

さらに少女の首は体ごと傾いてく。

更にそれにつられるように傾いていく俺の…うおっ!?



俺は自分が今乗っている木が細いことにその時になって思い出していた。

体が枝からこぼれおちそうになって必死に手を伸ばす。

ガシャンと葉が擦れる音と共に木が大きく撓む、

がギリギリで小さな棘状の触手を喰い込ませられたおかげで地面にダイブぜずにすんだ。



…も、もう少しで落ちるとこだった。



枝にしがみついた俺の必死な様を見て少女の頬にニヤと小さなえくぼが浮かぶ。

もしかしてわざとか…!?

枝に垂れ下がった状態から俺が必死に足掻いて枝の上に登った時、

彼女はとうとうクックッと噴き出して小さな肩を揺らした。



このっ……。



俺は急いで枝の上で体制を立て直し、体を大きく見せる。

小さな子に笑われるのはなんか…

こう…年長者としての威厳が崩れるような気がしたのだ。



だが俺の威嚇を見ても少女はクスクスと笑いつづけていた。

悔しいことにそれを見ているうちにだんだんと虚勢を張ることがばからしく思えてくる。

まったく…、と子供のいたずらに呆れるような気持ちになった俺は体を元に戻した。

その時だった。

少女が何かを見つけて突然アッと小さく口を開いて驚き、

一生懸命下の方を指差した。



「だれか…いるんですか?」



ふと塀の向こうから女性の戸惑った声が聞こえた。

あぁ、まずい。

さっき木を揺らしたせいで館のヒトが出てきてしまったか。

俺は急いで木から下りる。

着地したと同時に塀から遠ざかりながら犬の姿に変形して離れるつもりだった。



あぁ、その前に。



変形する前に俺は振り返ると少女はまだ窓にしがみついてじっと俺を見つめていた。

その表情がすこし悲しげに見えたのは気のせいだろうか。

少女の表情を見て俺はその場で触手を一本作り出した。

先端を丸から5つに分裂させてその一本一本に関節を作る。

更に少し色をつけてやった。

こんなに暗くちゃ黒は見づらいだろうからな。



そして俺は即席でできた肌色の大きな腕を彼女に見えるように大きく振った。

少女はすぐにそれに気付いてこちらに答えるように大きく手を振り返した。

窓の中で白い肌が大きく揺れるのを確認したこと、塀の方からガチャリという鍵が外れる音が聞こえた。

ってそんなとこに裏口なんてあったのか!?

俺は慌てて山犬の姿に変形し地面を蹴る。

これでは振り返る暇もない。

どうして俺はもうちょっと落ち着いて出発できないのかねぇ?

触手を戻し体から霊気少し削れたのを感じながら、

俺は塀の角が指す方角を確認して暗い湖畔を走った。





==========================





塀の角が指す方角には綺麗な三角形の形をした小山が存在していた。

だからその方角を目指せばおのずと博麗神社の近くへ行けるはずだった。

できればその方向へ一直線に進みたがったが、

残念なことに湖は方形ではなく大きく歪んだ丸い形をしていた。

そして塀の角と三角の山の直線上に湖があった。



これは湖を渡った方が近道だろうか?

一応おれはおぼれることもないし…。



館から少し離れたところで走りながら湖を眺めたその時、

ザバンとおおきな水音が湖面に響いた。

それは遠くで、そうかなり遠くで一匹の魚が宙にはねた、

どうみてもその音の発生源は館より遠くで起こったものだ。

そこからここまで容易に目視できるほどの大きさ。

うん、やめよう。でかすぎる。

……てか何だ今のっ!?え、魚!?



ギョッとして思わず歩みを止めた瞬間そこで巨大な水柱が上がった。

あー、どうやらこの湖にはなんか主的なものがいるようだ。

…入らなくてよかった。



水中であんなものにあたらただじゃ済まなかっただろうなという安堵と同時に

そう言えば俺さっき湖ん中に突っ込んだっけなと思い出して背筋に寒いものを感じた。

次の瞬間。

立ち止まった俺の目の前でブクブクと湖面が泡立ち始めた。

ま、まさか今のバカでかいやつがまだいんのか!?

ハッとして身構えたがそれより早く湖面から水柱が上がった。

俺は水と一緒に大きな石でも跳んできたのか何かに当たって思わず体制を崩した。

そして目の前に巨大な影が現れて俺にのしかかろうとした。



ヤバい!?



俺は無理な体勢で必死に後ろ足で地面を蹴り、

その場から脱出した。

同時に岸に上がった来たその影の主を見た。



その影は魚ではなく、あの魚ほど大きなものではなかった。

だがそれでも馬ぐらいのおおきさはあるそれは…。



か、カエル!?


なんと湖の岸から姿を現したのは、

テラテラと不気味に光る緑に茶色のまだら模様をもった巨大なカエルだった。

ソイツは横に細い瞳孔をギョロリと動かして俺を睨みつけた。

…ん?俺を睨んだ?

それにしては視線が俺の視線から外れてい…。



「あうぅぅ…。」



突然俺の上から何かのうめき声が聞こえた。

なんだなんだと首をひねると、

そこにいたは陽炎のようなうすい羽根をもったサイドポニーの女の子が

俺の背中の上で干された布団のように引っかかっていた。

え?どういう状況だこれ!?


さすがの急展開に俺はパニくった。

そして目の前で牛…って規模じゃねぇな、

象ガエル(仮称)がゲコと低い声を湖面に鳴り響かせた。









































>あとがき。

こんばんわ!ねこだまです。

あちゃー、やってしまった。

久しぶりの予告ブレイク。

チルノが出てない。

いや、一応もう場面の中にスタンバってるですけど、

今回は大ちゃんのあーうーで区切ってみました。

そういえば今回も会話なし、名前なしの大妖精。

通称大ちゃんの登場です。

なぜカエルと一緒に登場かは…チルノが絡めば誰でも予想できますね。


さて、今回微妙に妹様登場。

よく妹様は2次創作で発狂キャラだったり地下室に閉じ込められているという設定が使われていますね。

実際のとこ妹様は気がふれているだけで発狂していませんし紅魔館の中は自由に移動しているようです。

以上のことを絶対覚えておいてくださいね!

フラン怖くないよ、かわいいよフラン。






[6301] 東方~触手録・紅~ [6] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/04/02 14:04







ぐっと唇を噛んだ。

私は持てる力、その全力を尽くした。

だが目の前の存在は圧倒的で、あまりにも大きすぎた。

ヌルヌルとした見た目に反した頑丈な皮膚は自分の弾幕をいとも簡単に弾き、

その重たい体から放たれる攻撃はくらえば一発で意識を断たれそうなものだった。

対して自分はとても小さく、そして弱すぎた。

弾幕ごっこが大好きで持ち前のスペルカードを操るあの子さえかなわなかったのだ。

得意技もスペルカードも持っていない自分が敵うわけがない。

それでも友達一人助けられない自分の非力さに思わず涙がこぼれそうになる。

分かっている、だけど諦めるわけにはいかない



助けなくちゃ…。



あの子は今どれほど怖い思いをしてるだろう。

身動きも出来ずに真っ暗なところに閉じ込められたあの子は。



私が…助けなきゃ…。



いましがた夜になったばっかりで、頼りになる友達が来るにはまだ早い。

今、彼女を助けられるのは自分しかいない。



グズとこぼれそうになるものをのみこんで

少女はキッと目の前に立ちはだかる者を睨みつけた。



「返して…くださぃ」



必死に絞り出した声は蚊の鳴くような小さく震えたものだった。

少女はぐっと手のひらに爪が食い込むほどつよく握り締めて膝の震えを抑えようとする。

そして再び声を上げた。

怖いのが自分にもわからないように、大きな声で。



「あの子を…!返してください…!!」



叫んだ声は恐怖に引きつって震えていた。

それが自分でもひどく情けなく思えてさらに悲しくなる。



グゥエェッ!



突然、少女の訴えをあざ笑うかのように目の前でグバリと裂け目が開き、

低く這うような声が夜の空気を震撼させた。

ビリビリと空気が張り詰める。

その声を聞いた瞬間背筋にゾッと悪寒が走り、うなじの毛が逆立つ。

怖い。

だけど負けるわけにはいかない。

助ける。

助けて見せる!!

少女は目の前の巨大な影に向かって顔を上げ、

全身に小さな力をフル回転させ、掲げた手のひらに弾幕を集めた。





少女は圧倒的な体格差の相手に立ち向かう。

負けると分かっていてもなお。

そんな少女に俺は声の出ない喉で叫んだ。







シ リ ア ス シ ー ン は 余 所 で や れ !!





思いをこめて振り上げた右前脚を思いっきり地面に叩きつける。

それにより地面からはみ出した木の根っこが巻き添えを食らって一瞬で木片へと変わり、

文字通り木端微塵となった。

予想以上大きいバーンという炸裂音が湖畔に響きわたった。

突然鳴り響いたその音にちびっことカエルはギョッとして俺の顔を見つけた。

そう『見つけた』のだ。

こいつら今になって俺に気づきやがった。

もし自己主張しなかったらこのまま事を始めるつもりだったのか?

特にこの羽根付きチビッ子、わざわざ人の背中の上でわけわからん決意表明しやがって。

そのうえ助けるやらなんたら言いながら俺の体を握しめたな、痕付くだろうが!



さっさと降りてもらうため俺は少しいやそうな顔を蜻蛉のような薄い羽根をもった

少女に見せた後、

犬がよく体についた水を振り払うように軽く背中を震わせて引っかかっている少女を振り落とそうとした。

…もちろんフリだ。

さすがに本気でこんな小さい子を振り落とすつもりはない。

山犬姿の背中の高さは霊夢一人分あったんだから落ちたらケガするかもしれん。

しかし、俺が体を震わせると少女は落ちまいと首をすくめてさらに必死にしがみついてきた。



こんにゃろ、さっさと降りろ。



再び首を少し後ろに回して少女を睨みつけた。

絹サヤのような鮮やかな緑色の髪を黄色いリボンでサイドポニーに括った女の子は

俺という第三者に恐怖半分なぜか期待半分こもった目で俺の顔を見上げていた。

その眼を見つめて俺はぐったりと首をうなだれた。



…どうしても俺を厄介事に巻き込みたいのか。



ただでさえ霊気が足りないんだ、さっさと離してくれ。

そう眼で懇願したが、ふと少女は何か決意したような表情を浮かべた。

その時なぜか俺の頭の中に諦めろという言葉が聞こえた気がした。

いや、まさかなー。



「お、おねがいです!助けてください!!」



…ですよねー。

なんかこうなるとうすうす感じていたさ。



俺は首を振る。

無論横にだ。

だってこのカエルでけぇんだもん。

一応目の高さは今の俺と同じぐらいだ。

だがカエルってのは体が横にでかい。

正直、体格差は俺の3倍ぐらいあるぜ。

折り曲げている足は伸ばせばそれだけで俺の体長ぐらいはありそうだ。



コレ…動物か?

妖怪じゃねーのか?



どっちにしろただカエルがここまででかくなるのはおかしい。

改めて幻想郷の自然現象(生態系)にはついていける自信がない。

いや、今はそんなこと再確認している場合ではない。

俺は両生類が苦手ってわけでもないがここまででかいとあまり近づきたくはない。

できるなら自己解決してほしいんだが。

俺が嫌だと首を振るのを見た女の子はそれをなんとかとすがりつき、

叫び声のような震える声を上げた。



「お願いします!友達が…!

 私のお友達が『食べられちゃったんです』!!!」



……。



一瞬なんて言ったか理解できなかった。

多分思考が停止してたんだろうな。



………はぁっ!?



数秒の間をおいてようやく女の子の言った言葉の意味を理解し、

思わず俺はあんぐりと口を開けた。

喰われたってこのカエルにか!?

今度は俺がギョッとしてカエルを凝視する番だった。

でかいとは思ったがまさか子供をのみ込む程度だとは思わなかった。

驚く俺の視線を感じてかカエルは瞳孔が横に伸びた目をキョロキョロと動かしている。



冗談じゃないよなと確認の視線を女の子に向けると

彼女はヒクと声を引きつらせながら懇願のまなざしを俺に向けていた。



あー、どうすっかな。



一応人助けと思えばやらなければいけないと思う、人道的に。

だがなんか釈然としないものがその曖昧な使命感を鈍らせていた。

突然現れて突然助けろだ。

しかも喰われたなんて非常識的な状況をどう改善しろっていうんだ。

戦えって言うのか?

戦ってコイツの腹を裂けと?

別に俺はカエルの味方ってわけでもないが

こちらに危害を加えてこない動物を殺すのもなんか気が引ける。




…ところで喰われたって言ってたけど、まだ生きてんのかそのお友達は。

ヒトの子どもだったら胃酸に溶かされる前に救出しなきゃとは思うが

背中の上の子は薄い羽根を持ち明らかにヒトではない。

雰囲気的になんだろう?

なにか花か森の妖精とでもいった印象を受ける。

なら喰われたお友達も妖精か?



ふと俺の頭の中に突然霊夢の顔がぽんと飛び出してきた。

いつだったか霊夢に幻想郷で生活する上で守らなきゃいけないことを教えられた覚えがある。

その中に確か妖怪同士の争いには首を突っ込むなという項目があった気がする。

妖怪の戦いは互いの力を高めるために必要なものでもあるから邪魔をするなというものだ。

あぁ、あとヒトが襲われていた場合は頼まれない限り助けるなともあったな。

つまりヒトに頼まれたら助けてもいいということだが…。

ヒトではなく妖精の場合はどうすればいい?

まぁ喰われたとしてヒトよりは死ににくいとは思うけど…。



むぅと唸っていると薄羽の女の子は俺が迷い始めていることに気づき、

もうひと押しと声を荒げた。



「お願いします!友達を助けてくれたらその…な…なんでもしますから!!」



…なんでも?



その言葉に俺の耳がピンと立ち上がった

再び女の子に視線を向けると彼女はビクリと身を固めつつジッと俺の目を見つめた。

何をされると思ったのか女の子は息を呑んで恐る恐る霞みそうなほど小さい声を上げた。



「お…おねがいです…」



あー、しまった。おびえさせちまったな。

別に変なことを期待したつもりはない。

一応これで博麗神社までの案内役を期待したからだ。

さすがに方角だけで博麗神社を目指すのは少し心もとなかった。

…まぁほんのちょっと、小さい子がビクビク震える姿を見るとなんか虐めたくなるがな。

女の子を乗せたまま俺はザッと音を立てて前足の方向をカエルの方に向けた。


今度は俺の視線を感じたカエルがビクリと身を固める。

カエルには悪いがまた森の中で生活するのは御免こうむりたいので犠牲になってもらうとしよう。

するとカエルは俺が殺る気になったのを感じて巨体を揺らしてズリと湖の方へ引いた。



安心しろカエル、そのでかい口に手を突っ込んでそのお友達を引っ張り出すだけ
だ。

殺しはしないぜ?多分。



そう心の中で呟いてジリジリと近づいていくとカエルの顔からたらりと何かが滴った。

あぁ、これがガマ油というものか?

まるでカエルが冷や汗をかいてるようで実に滑稽だ。

思わず笑えてくる。

牙をむき出しにする山犬の笑みはカエルの眼にどう映っただろうか?

突然カエルがぐえぇっ!?と大きく叫んだ。



なっ!?



次の瞬間カエルは口をグバリと大きく開けて水色の何かを打ち出してきた。

まさかカエルに遠距離攻撃があるとは思わなかった。

だがその一発は霊夢や魔理沙の弾幕と比べると弾速も遅いし狙いもあますぎた。

俺は瞬時に脚へ力を回し、地表を滑るようにカエルが放ったものの弾道の下を潜り抜ける。

そして爪を引っ込めた腕を眉間に叩きこ…!



「きゃぶっ!?」



もうとするが山犬の前足が届く間合いまであとちょっとといったその時、

ふと背中がいきなり軽くなったように感じた。




………背中?

…あぁ!そうだ!

まだ乗せたままだった!!



俺はカエルの青い砲撃をくぐって避けた。

もうギリギリ頭をかすめるかどうかという見事な回避だった。

しかしそれは背中に乗っていた女の子には直撃ルートだったようだ。

俺は慌てて爪を出して地面を削るように滑りながら振り返る。

10メートルぐらい後ろで女の子は撃ち出された青いものに撃墜されてそれともみくちゃになっていた。



何撃ちやがったんだコイツ!?



妖精の女の子はカエルの粘液がたっぷりとついた青い何かの下敷きになってモガモガともがいている。



まさか胃酸じゃ…!?



目の前で女の子が溶けるという最悪の光景を想像して背筋がゾッと寒くなる。

あの子が心配だ、だがカエルを逃がすわけにもいかない。

しかし俺は思わずカエルから視線をそらして後ろを振り返ってしまった。

その時、視線をそらしたカエルの方からドスンという重たい音が突如湖畔に鳴り響いた。



しまった!そう思った頃にはもう遅く、

カエルは後ろの湖に向かって大きな足を限界まで伸ばし切って大ジャンプ。

俺は急いで湖の岸へ走り込むが、巨大な水柱が上がったのははるか遠くで…。



くそっ、逃がした!!



忌々しげに水紋が広がる場所を睨むが水中じゃカエルに勝てるわけがない。

だけどこのまま逃げられるのも後味が悪い。

えぇいどうする、追うか?

巨大生物が住む水に入ろうかはいるまいか足踏みしていると



「チ、チルノちゃん!?」



突然後ろで女の子が驚いた声で誰かの名前を呼んだ。

今度はなんだと俺が振り返ると

そこでは妖精の女の子がベトベトのカエルの粘液に塗れるのも構わず、

自らに直撃した青い物を抱き上げた。

ふと青い砲弾だと思っていたものに肌色の腕と足を見つけた。


まさか…



「チルノちゃぁん!!おねがい、しっかりしてぇ!!」


あぁ、そのまさかだったか。

なんとカエルが撃ちだしたのは妖精の子のお友達だった。

どうやらそのお友達も背中のあたりを見る限り妖精のようだ。

薄い透明の水晶のようなものがついている。

生物的な羽じゃないな。

なにか自然現象の化身か?

青いワンピースに白のブラウスを着たその妖精は

うぅ~と情けない声を上げながらグルグルと目を回して伸びていた。

ぱっと見る限り大きな傷は見当たらずホッとする半面、

ある疑問が頭に浮かんだ。

…あれ?たしかカエルって舌で獲物を押しつぶして喰うんではなかったか?



それに腹の中に入れた獲物をわざわざ吐き出しすのは少し可笑しい。

もしかしてあのカエル食べるのが目的じゃなかったのか?

んじゃ何のために呑みこんだ?

カエルの不可思議な行動に首をかしげつつ、

未だにもつれ込んだままの妖精二人の元に近づいた。

二人とも全身にべっとりと糸を引く粘液にまみれており、

正直近づきたくないがここで彼女らを無視すればただ働きになってしまう。

…まぁ、ほぼ何もしてないがな。



サイドポニーの妖精は未だにガクガクと友達の肩を揺らして起こそうとしている。

俺が近づいたのに気付いてか突然彼女はパッと顔をあげてあせあせと口を開いた。



「わ、ワンコさん!ちょっとチルノちゃんをお願いします!」



は?

突然の命令に思考を停止させた俺に

妖精は友達を俺に押し付けてヒュンと宙に舞った。



「私、紅魔館からタオル借りてきます!!

 ワンコさんはヌルヌルをチルノちゃんからとってください!!」



え、ちょ、ま…



声の出せない俺がさっきの洋館へと文字通り飛んでいく女の子を呼び止めるのは不可能でした。

あっという間に小さな影は小さな点へと変貌し夜の闇へ溶けて見えなくなった。

湖畔に残されたのは呆然と洋館の方角を見つめる俺と粘液まみれの妖精…チルノだけだった。

俺はガックリと肩を落としてぼやいた。



ワンコさんってなんだよ…。



とりあえず、やることはやっとくか。

あの子が戻ってくるまでボーっとしているわけにもいかない。

俺は形態を崩していつもの形に戻り、小さい触手でチルノを背中に担ぎあげた。

持ち上げた時のネットリとした感触に思わず鳥肌を表面に造りたくなる。

よくあの子はこれを我慢してこの子を抱き上げたな、

感心半分近づきたくないといった自分の情けなさ半分の気持のままチルノを湖の岸へと運ぶ。

たぶん水で洗えば落ちるだろ。

風邪ひかないよな?

まぁ見た目ヒトの子供だが妖精だから多分大丈夫だろ。

チルノの背中とひざの裏に触手を回してチャポンと湖にいれた。

とりあえず腕に水を含ませて撫でるようにベトベトを落としていく。



あー、こりゃだめだ。

服が粘液を吸ってるし髪もリボンも服の中も粘液でぐしゃぐしゃだ。

これは脱がして洗った方がいいな。



複数の触手で背中のボタンをさっさと外せたが濡れた服を脱がせるのはやはり難しく、

すこし強引だがズボッと引き抜くように脱がせた。

脱がせたワンピースは触手を伸ばして隣で水洗いし、

新たな触手で首元のリボンを解き、ブラウスも脱がせる。

ブラウスも右の触手に受け渡して洗う。

ふむ、やはりこんな時は腕がいくつもあると楽だな。

洗い終えたワンピースとブラウスを手近な枝にパッパと干しながら水中の彼女の体を拭っていく。

髪を解いて清水のような水色の髪にへばりついたものを落とす。

それにしてもなんだこれ?

カエルの唾液か?

胃酸ではないみたいだからとりあえずいいけど。



…よし、おわた。

ある程度ヌメリが取れたのを確認した俺はザバリと彼女を水から引き上げ、

髪を絞るようにして頭の水気を払ってやる。

あぁ、なつかしいな。

よく従兄妹の子供をこうやって風呂に入れたもんだ。

最近は実家に帰る機会がなくて会えなかったが…。

…なぜだろう、なんか無性に会いたいな。

その子だけじゃない。

父さんにも母さんにも姉貴にも…、

電話越しとはいえ家族の声を一か月も聞いてない。

……はぁ。



「…ぅぃ~」



妙なことで感傷に浸っていると腕の中のものが小さいうめき声を上げた。

そういえばあの洋館に向かったアイツはまだ帰ってこないのか。

早めにタオルか何かで包まないと風邪引くぞ。

何か洋館の方であったのかと心配して視線を洋館の方へ向けたその時、

腕の中でピキと小さな音が鳴った。

わずかな音だったが音の発生源視線を落とすと、

不思議なことにチルノの体から滴ろうとした水が音をたてて急速凍結していた。



…なんだこれ?



突然起きた超常現象に存在しない目を丸くしていると彼女の体についた水が見る見るうちに固まっていき、

氷となった雫がペリペリと彼女の肌から離れていた。

あー、もしかしてコイツは雪女みたいなもんか?

だからだろうか湖につけたとき少し顔色が良くなった気がしたが…。

ためしにもう一度彼女を湖につけてみるとさっきは気づかなかったが湖の湖面に小さな氷が発生し始めた。

もしコイツが予想通りの存在ならこのままの方がいいかもしれないな。

あとは服を早く乾かせれば問題なしか。

…てかタオル必要なくないか?



それに気づかないほどパニクってたんだろうな、あの子。

俺はチルノが流されていかないように注意しながら岸の岩の上でポンと瓢箪の栓抜いた。

残り二口分といったとこか。

中身を確認した俺は瓢箪を傾けてコクリと一口分体に流し込んだ。



触手を使う必要があったかどうかわかんないが、

博麗神社までのナビゲーターを手に入れるためだ。

無益な消費ではなかったはず…。



そう自分に言い聞かせつつ俺は霊気をじっくりと全身に回した。

これで体に残る霊気は神社まで持つだろう。

コルク栓を閉めながら妖精の少女が消えた闇の向こうを見つめる。



あとはあの子が帰ってくるのを待つだけだな。



そしてこの子を渡して、なんでもするという約束通り神社まで道案内を頼む。

あぁ、やっと神社に帰れる、そう思うと安堵で力が抜けた。

そう、


“月符”



この声を聞くまでは。



「ムーンライトレイ…!!!」



…っ!?



聞き覚えのある幼い声にバッ視界を反転させた。

急旋回させた視界に映ったのは青白い閃光。

この攻撃はまさか……!?







































>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

いやはや10日ぶりの更新とは怠けるにもほどがある。

ねぇ、なにもかもニコ動が悪いんだ。

エコノミー解除の2時まで暇つぶしのために書き始めたこの作品がプレミアム会員になったことによって更新が遅れるなんて…。

ぜんぶニコ動のうp主の方々が素晴らしすぎるから悪いんだぁ!



…さて、内容に行きます。

今回は黒いのがチルノを助ける(?)の巻きでした。

だけどほぼ大ちゃんの回ですね。

Pixivの大ちゃんかわえー。

それはさておき、次回は久しぶりに彼女が登場!

…彼女も触手録第3章の番外編から昇格です。



















[6301] 東方~触手録・紅~ [7] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/04/14 03:04
7





そう、



“月符”



この声を聞くまでは。



「ムーンライトレイ…!!!」



…っ!?



聞き覚えのある幼い声にバッ視界を反転させた。

急旋回させた視界に映ったのは青白い閃光。

まさか……!?



答えが頭の中に浮かぶ前に岩の上から転げ落ちる。

目の前で今までのっていた岩の先端を青い光線が吹き飛ばした。

降り注ぐ岩の欠片を浴びながら俺は視界をグルグルと回して周囲の異変を探る。

その時、森の茂みの中が不自然に揺れた。

警戒した瞬間、ガシャンと藪を突き破り地を這うように夜の闇よりも暗い闇の塊が砲弾のように高速で飛翔してきた。



速っ!?



俺は全力ですべてを飲み込もうとする黒い闇から後ろへ体を弾くように飛び退いた。

空中で縦方向に回転する体に山犬の姿を映し着地に備える。

ふと地面が迫ると同時にゾクといやな悪寒が耳の裏を疼かせた。



確信にも似た嫌な予感に俺は前足が地面に着き、


直後衝撃を殺すため屈折した前足を思いっきり突き出した。

人生初めてのバク転が山犬の姿でとは思わなかった。

犬が前足の2本で再び体を浮かすのは不可能だが犬ではない俺にはギリギリ可能だ。

ダンと地面から再び離れる体。

一度着地地点をちらみした後視線を前に戻すと、

先ほど前足をついたところはすでに闇に呑まれていた。



突然闇から白い足が生え、靴が地面を踏みしめた。

次の瞬間集っていた闇が一気に胡散する。

そしてそこから姿を現したのは今だくすぶる闇を纏った一人の少女。



…いや、



少女が右腕を外側へ弾くように振り抜いた。

その腕から生まれた光弾がいまだに宙で体制を整えようとする俺を襲う。

弾幕の厚さはいつぞやの時と比べて比べ物にならないほど厚い

光の飛沫の向こうにいる少女の眼がギロと射抜いた



“妖怪の”女の子か!



その顔は忘れもしない。

あの時、俺がまだ森の中を彷徨っていた時、

俺を喰おうとしたショートカットの金髪に赤いリボンを結んだ少女の姿をした妖怪だった。

俺は犬の姿を一瞬だけ解き、体を懸命に縮めた。



…っ!



しかしかわしきれない一発の光弾が掠め、体の中でギャンといやな音を立てる。

体制を崩した俺はドンと地面に墜落した。

ゴロゴロと地面の上を転がり衝撃を受け流す。

ようやく衝撃を殺し切った俺は視線を素早く視線を前に戻した。

追撃が来るかもしれないと警戒したからだ。

そして目の前の光景に思わずしまったと体を硬直させた

俺の視線の先には湖を背にした妖怪の少女。

一瞬妖怪の少女の視線がチラリと後ろへそれる。

そこにいるのは薄い下着姿で湖に浸けられたチルノ。

正直ほぼ裸だ。

それを確認した少女は再び俺を視界にとらえた。



「…ルノに……」



ボソリと小さな声が俺の耳に届く。

何を言ったかはわからないだがその声に含まれたものは何か分かる。



「チルノに何したっ!!」



少女が叫んだ瞬間チリチリと空気が焦げる。

明らかな殺意と共に彼女の体から漏れだす妖気がゾクリと耳の裏を疼かせた。



まさか、いや、しかし見た目彼女の年格好はチルノやあの妖精の少女と似てる。

…まさかこいつあの子らの友達か?

だとしたら…。



あぁ、最悪極まりない。

ただ通りすがりに俺を見つけて復讐してきたんならまだいい。

この少女はもしかして俺がチルノを襲って剥いだとでも思っているのか…。

いや、状況的にもしかしてというかそんな風に見えたから怒ってるんだろうな。

(…実際剥いだのは正解だからな。)

だが俺は頼まれてやっただけだ、断じて襲っていない。

故にこの状況は最悪なのだ。

もしここで俺が逃げだせば、俺はこの少女の中でチルノを襲ったペド野郎という烙印を押されるだろう。

なら逃げなければいい?

妖精の子が戻ってきて弁明してくれればそれで万事解決だ。

しかし逆にいえば妖精の子が戻ってくるまで、

俺はこの金髪の幼魔の攻撃を避け続けなければいけないのだ。



誤解を解く?

それこそどうやってだ。

電子辞書による意思伝達しかできない俺がどうやって?



反撃?

妖怪の子を何とか気絶させて妖精の子が来るまで待てばいい?

残念ながらそれは無理だ。

霊気の心配とかそんなんじゃない。



友達を守ろうとする子をぶちのめす程、俺は落ちちゃいない。



俺はチルノが沈んでないか確認した後再び少女の手足の動きに注意する。

風が動かない夜の闇の中、ふわりと少女のスカートの端が宙に舞う。

少女が周囲に小さな拳程度の弾幕を作り

それを自身の周りで回しながら突っ込んできた。

動きはとても速く、あまりにも一直線だ。

その時、俺は自らの体の表面に無意識のうちに硬質化させていた部分に気づいた。



だめだ!



急速に迫る少女を見て体が反射的に触手を作り、迎え撃とうとしていたのだ。

それを引っ込め、慌てて回避行動を取ろうとした頃には既に遅かった。

俺の視界にはすでに少女が弾幕の光を帯びた腕を振り上げた姿が映った。

高く掲げられた光が俺めがけて振り上げられる。

なんとかギリギリ…

だめだ、かわしきれない。

防…!!


防御の姿勢を取ろうとした次の瞬間少女の腕が振り抜かれズドンという衝撃と共に俺の体が宙に浮いた。

その一撃は少女の小柄な体格からは想像できないほど重く、

俺はまるで横に打ちだされたかのように吹き飛ばされた。



…っぁ!?



防ぎきれない衝撃になすすべなく木に叩きつけられる俺の体。

体が叩きつけられ、一瞬で頭の中が真っ白に染め上がる。

なんとか俺はギリギリで硬質化させることができた。

それによって体は傷つけることなかったが衝撃を殺すことができなかった。

胡散しようとする力をかき集め、遠くなりかけた意識を必死につなぎ止める。



微かに遠くで何かが空を切る音が耳にとどいた。

来る、なんとかしなきゃ…。



しかし避けようにも防ごうにもホワイトアウトした意識は一時の間体の自由を失い、

コントロールの効かない俺の体は重力にしたがってそのまま木の幹から剥がれるように落ちる。

だが俺は地面に崩れ落ちることも許されずガシと再び木の幹に押し付けられた。

ダンと体に響く強い衝撃に再び目の前が白く暗くなる。

白濁した視界の中少女の黒いドレススカートが宙に舞う。

やべ、ばか…した…。

ぼやける目の前で少女の赤い目が爛々と揺れていた



「答えろ!チルノになにしたの!!」



フーと乱暴に開かれた口から濃い妖気と殺気を漏らしながら少女は声を荒げた。

初めて会ったときとまったく異なるその容姿は体の芯を凍らせるほど激しく、

なのに、



 あぁ、あの時はメチャメチャ怖かったのにな。



その眼の奥は隠しきれないものが揺らめき、澄んだ赤い色をしていた。

この子もまだ俺の事を覚えているのだろう。

肩を貫き、血と妖気を飲んだ俺のことを。

それでもこの子はチルノを守ろうとしているとは。



ギリギリと少女の指が体に食い込んでくる。



「答えないなら…!!」



そう呟くと少女はスカートのポケットに手を突っ込み、素早く何かを引き抜いた。

暗い闇夜の中ひっそりと輝きを湛えたそれは間違いなくあの夜目の前で放たれたものだった。

少女の手中のもの、スペルカードから青い光が漏れだす。

漏れだした光の色はさっき俺を急襲した光と相違ない。

そのことをぼやけた頭が理解した瞬間ゾッとした寒気がようやく俺の体に危険信号を伝え始めた。


この状況はあの時と似ている。

ほぼゼロ距離から放たれる光線。

あの時は防ぎ方を知らなかった。

そして今は防ごうにも防げない。

回避も許されない。



あぁ、ヤバい。

今、撃たれたら完全に意識を…理性を失うかもしれない。

あの時はたまたま霊夢に会えたから今の俺がいる。

だが今回やられたら…。



ヤバい、間違いなく…。

慌てて俺は体に力を回し、木と少女の掌の間から逃れようとした。

しかしそれに気づいた少女の細腕に一瞬で強すぎる力が入り、

グシャと俺の体は再度木に押しつけられた。

ミシミシと背後から木の幹が軋む音が響く。



く、逃げようにもこれじゃ…。



強く俺の体に食い込んだ少女の指は、

少しでも俺が気を抜いたらそのまま木に縫い付けそうなほど鋭い。

確信はないがもし体を貫かれたらどうなるか。

考えたくはないが以前妖夢に楼観剣で刺された後のことを考えると…。

再びそうなる可能性も否定できない。

できれば硬化して防ぎたい。

だが中途半端な硬度を持っては逆にあっさり貫かれかねない。

そうしている間に少女の手の上のカードに彼女の妖気が流れ込んでいく。



だめだ間に合わな…!



「…ミア…!……ぇぇぇえええ!!!」





その時、突然聞き覚えのある幼い声が響いた。

間違いないあの妖精の声だ!

俺はまるで天のお告げを聞いたかのようにその声の元を探した。

目の前で息を荒げた少女もその声に気付いて俺に警戒しながら周囲を見渡し、声の主の姿を探した。

ふと俺は妖怪の少女の肩越しに、

湖の水面近くにぼんやりと薄い緑色の光が奔ったのを見つけた。

遥か遠くにあるように思えたその光はあっという間に距離を縮める。

縮め…。

ちぢ……。



「ルーミアちゃん!!!ワンコさんを虐めちゃだめええええぇぇぇぇぇぇ!」



「だいちゃ…」



 スコーン!



 「がふゅ!?」



………一瞬の出来事だった。

妖精の娘は湖岸から突然飛沫が上がるほど一気に加速し、

俺の目の前の少女を攫って行った。

頭突きと共に。



妖怪の娘は左手で俺を掴み、肩の高さで木に押し付けていた。

そして少女は声のした方、左側へ振り返ろうとした。

必然的に左の脇腹はがら空きになる。

ここまで言えばみんなわかるだろう。

妖精の頭突きがどこに当たったのか。



肺から空気が抜ける音を上げた少女を巻き込み、

妖精はワンバウンドして地面に絡まり落ちた。



「だめだよルーミアちゃん弱い者いじめしちゃ!そりゃ見た目すごく怖いし逆に食べられ
 そうだったけどワンコさんはチルノちゃんと私を助けてくれたんだよ!なのにそんなス
 ペルカードまで使うなんてあぶないよ!」



そしてそのままマウントポジションを取った妖精は捲し立てるように声をあげ、

掴んだ妖怪の少女の襟をブンブンと前後に揺さぶっていた。

最初の一撃が効いたのか妖怪の少女から返事はなく、

揺さぶられるたびにガクンガクンと首が振るわれていた。

あー、折れてないよな?

てかやっぱり見た目怖いのか…orz





「ふえ?ルーミアちゃん?え?ルーミアちゃん!?どうしたの目が真っ白だよ!?

 あ…あぁ!口から!口から泡出てるぅ!?」


口から白いものが泡立ち始めたとき、ようやく妖精は妖怪の少女、ルーミアの状態に気づき驚き、

洋館から借りてきたのだろう白いタオルで奇声を上げながら慌ててグシグシとぬぐ
い始めた。



「わ、ワンコさん!どうしよう!ルーミアちゃんが動かない、ていうか息してないよ!?」



そう言って妖精はぐったりとしたルーミアを胸に抱き上げ、

気絶した本人より顔を真っ青にして俺の方へ振り返った。

あわあわと動揺する妖精の姿に俺はつけない溜息を胸の中で殺し、体の中から電子辞書を出した。

人間の文字が伝わればいいが…。



=それじゃ いき できないぞ。=



「へ…?」



=たおる くちから ぬいて やれ=



「あ、はい!」



よかった、どうやら文字は読めるらしい。

妖精は急いでルーミアの口からタオルを抜いた。

かほ、とタオルが抜かれた口元に触手をかざす。

ん?…マジで息してないな。



俺は妖精からルーミアを取り上げ、湖岸へ急いだ。

チラリとチルノが周囲の水を凍てつかせながらも沈んでいないのを確認した後、

湖の水をすくってバシャンとルーミアの顔にかけた。

氷水のような冷たさにルーミアの体は本能的に全身の筋肉を伸縮し、空気を肺へ送り込み。

それを皮切りにルーミアはケホケホとむせ始めた。

咳ができるならもう息もできるだろう。

そして、さすがにすぐにとはいかないが攻撃もできるかもしれない。

俺はルーミアが一人で体を支え始めたのを確認した後、そっと彼女から離れる。

それを察したのか俺と入れ替わるように妖精が苦しげにむせるルーミアにさっと駆け寄り、

小さな背中を優しく背中をさすった。



「ルーミアちゃん、大丈夫…?私、分かる?」



「えほ、えっほ!けふ、だい…けほ…大ちゃん??」



「あぁ、ルーミアちゃん!無事で良かったぁあ!」



「きゃふ、大ちゃん苦しいよぉ」



よかったよぉ、よかったよぉと何度も声を上げる妖精の背中をポンポンと叩くルーミア。

その姿をみて俺はやはり反撃しなくてよかったと胸をなでおろした。

眼尻に涙をためた妖精はグズリと鼻を鳴らしながら俺を見上げ口を開いた。



「ワンコさん、ありがとう!チルノちゃんにルーミアちゃんも……」



突然妖精は嬉しそうに俺を見上げたままピタリと硬直した。



 ……?



「わ…。」



…わ?



「ワンコさんじゃなかったぁぁあ!!?」



今そこに驚くか!!?

普通真っ先に気づくとこだろ!?



「うぃぁ?」


ふと、隣から何かの唸り声が聞こえた

その声はルーミアのものでも、目の前の妖精のものでもない。

という事は…。



「あ!チルノちゃん!!」



妖精が向いている方向へ視界を向けるとほぼ全裸のチルノが湖岸でへたりこむように座りながら

キョトンとした表情でこちらを見ていた。

彼女の頭の上に?マークがありありと光っている。



「!」



そして?が!へ変わった。

まさかこの状況を理解したのか?



「わかった…!」



「え?チルノちゃ…」



「アンタ!カエルじゃなかったのね!!?」



ビシィっという擬音語をつけながらチルノは俺に向かって指をさした。



 …。



「…。」



「…ふぇ?」





…だれか、こいつらの保護者呼んでくれ。






















>あとがき

今更ですが舞様お引越し御苦労さまでした。

お久しぶりです。ねこだまです。

今回はちょっと内容についてあっちへ行ったりこっちへ行ったりで遅くなってしまいました。

まさか没案が3つもできるとは…。

もう少しで主人公がいつの間にか厨二キャラなるとこだったぜ。


それにしても個人的に最後が丸投げ感満載になってしまったことが残念です。
(´・ω・)

次回でようやく霧の泉編オワリ!

ようやく博麗神社へ…と簡単に終わらせるものか!

作者による主人公いじめはまだ続く。



[6301] 東方~触手録・紅~ [8]  
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/05/03 00:16







「…そーなのかぁ?」



むぅ、親の仇を見るような目というものを聞いたことがあるが、

まさか自分にそれが向けられるとは思わなかった。



「えっと、そうなん…ですよね?」



いや、そこはお前が断言してくれないと困るんだが…。



ワンコさん姿の俺の顔を覗き込む彼女の不安げな表情に、

極力疲れを見せないようにして頷いて見せた。

さすがにこの身体でも精神的な疲れはたまるもんだ。



あっちで幽々子に会う前にルーミアを引き留めることができた後、

彼女は再び俺の姿を見て飛びかかろうとした。

それをダイと、同じくちょうど目が覚めたチルノが押さえてくれてなんとか場を鎮めることができた。

起きたばかりのチルノは状況を飲み込めずにただダイの剣幕に押されただけのように見えたがな。

そして今、後ろからチルノに押し倒されたルーミアが顔だけを上げて俺を睨みつけていた。

ダイもその傍らで膝をついて必死に説得してくれているが、

それでも信じられないとルーミアは俺に牙をむけた。



「でもコイツ!チルノを襲ってたよ!?

 裸にしてチルノの血を飲み干すつもりだったんだ!」



「だ、だから、ルーミアちゃん。 ワン…オモチさんがチルノちゃんの服を脱がしたのは

 チルノちゃんがカエルさんに食べられちゃってそれで…その…あれ?」


ふとダイの説明の声が止まった。



「…なんででしたっけ?」



…だめだ、疲れる。

さっきから電子辞書で同じことを説明しているのだが、

ダイは新しい情報が耳に入るたびに混乱して救いを求めるまなざしで俺を見上げてくる。

…はぁ。


「えっと…チルノ、がカエルのよ…よ…よだれーまみれになったから、

 それをあらり…じゃなかった…あらいながすためにふくを脱がした!です!」



はい、せいかい。



頑張って朗読したダイに小さく○をつくって見せると彼女は小さくガッツポーズをした。

それにしてもめんどくさい。

ルーミアとチルノもこの電子辞書の文字を読めればいいのだが。

さすがに妖怪、妖精の子供が学んでもいない日本語を読めるはずもない。

あぁ、ダイが絵本のおかげでひらがなと簡単な漢字は読めてくれて本当によかった。

もし彼女がいなかったら俺はコイツラに意思伝達できる手段を完全になくすとこだった。



だがあどけない通訳を通した会話がスムーズに成り立つことはなかった。



さっきから回答表記→理解→伝達→疑問→混乱→助けて、をループしているところだ。

ついでに今ので4ループ目だ。



「…ほんとうにそーなのか?」



そしてようやくルーミアの声色が疑いではなく確認のものへ変化し始めた。



「うん、私がオモチさんにね。

 タオルを借りてくるまでチルノちゃんをお願いしますってお願いしたの。」



そのダイの言葉がとどめとなったのか、

ルーミアはぅぅと小さく唸りつつ体の力を少し抜いた。



「チルノー、もうどいて暴れないわ」



「やだ!ルーミアの上柔らかくてなんか楽しくなってきたっ!!」



「そーなの…ってどけぇ!」



必死にチルノを引きはがそうとするが、

彼女はニヤニヤと笑みを浮かべながらルーミアの背中に頬ずりを始めた。

二人が縺れてギャーギャーと騒ぐ姿は見た目の年相応だ。

その光景の微笑ましさにダイは俺の方を見て困ったよう苦笑しながら首をかしげた。



いつもこんなかんじか?



はい、ちょっと疲れますけどとても楽しいですよ?



「ちょ!?チルノ!まくれる!!」



「んー、るみあいいにおいするー」



「はーなーせーっ!!」



その彼女たちのやり取りを皮切りにクスクスとダイが小さく吹きだした。

ダイの声に気づいたルーミアは顔をあ慌ててチルノをひっくり返し、

不満そうに口を尖らせながら立ちあがった。

ばつわるそうに俺を睨む彼女の視線にはまだ恨みがこもっている。



「…一応礼はいうわ。チルノを助けてもらったんだし。」



そう言って突然彼女はビシと人さし指の先を俺に向かって突きつけた。



「でもわたしはあんたのこと許さない!

 あの後の目覚めがどれだけ最悪だったかあんたにわかる!?

 さむいは、だるいは、ねむいは、おなか減ったはで最悪だったんだから!!」



あぁ、あの時は必死だったからな…。

死ぬか生きるかの瀬戸際で、飲む量なんて全然考えられなかった。

…今思うとよくあの時自分を押さえられたもんだ。

あと最後のそれは俺のせいじゃねえ。



「あれ?ルーミアちゃん、オモチさんと知り合いなの?」



「こいつ、ご飯食べてるの時にいきなり襲いかかってきてわたしの血を飲んだのよ!」



「え…?オモチさん…本当に…?」



まさかと表情を硬直させたダイが俺の顔を見上げた。

むぅ、たしかに後半は当たっているが…。



=むしろ おれが さきにおそわれた =

=ちをのんだ のは ほんとうに すまなかったと つたえてくれ=



「…そうなんですか。よ、よかったぁ。あ、疑ってたわけじゃないですよ!?

 ただちょっとその…うーぁー。」



「大ちゃん!わたしよりそっちの饅頭を信じるって言うの!?」



「え!?あ、そ、そうじゃなくて私はオモチさんがそんな人じゃなくてよかったって思って」



「つまり私が…!?」



「だ、だからそうじゃなくて私は…!!」



むぅ、余計な事をいってしまったか?

俺の反論を皮切りにダイが騒動に巻き込まれてしまった。

それにしてもルーミアの主張とダイの言い訳が微妙に食い違っている。

コレは…。



ドスン



「むぅ、これは長くなりそうねっ」



まったくだ。

で?いつのまに後ろに回った?



軽い衝撃を首の後ろに感じ視界を反転させると、、

そこには先ほどまでルーミアを押し倒していた妖精が乗っかっていた。

接している首筋からヒンヤリとした冷たさが広がる。



「ところであんた、わたしのいっちょらをどこにやったのさ?

 まさか食べたんじゃないでしょうね?」



あぁ、そういえばまだ着てなかったな。

あと“いっちょら”じゃなくて“いっちょうら”な。

内心でツッコミを入れつつ俺は腰を上げてチルノを上に乗せたまま一本の木の根元へと向かった。

その木の重そうにうなだれた枝にピシリとしわをのばされた状態で干されている青い服。

それを見つけたチルノはあった!と大声を出して俺の背中を蹴った。

そんなに強く踏み込むことないだろうと内心悪態をつきながら見上げると、

宙に躍り出たチルノの背中から薄い氷の膜のような6つの羽根が広がったところだった。


いつの間にかその姿を現した月と夜空をバックに白い肌がふわりと舞う。

その姿はまさに妖精そのものだった。



「げぇっ、濡れてるー」



やはりヒトの肌のように数分で乾くものではない。

チルノは顔をしかめつつ湿った服に手を掛け、

がむしゃらにバサンバサンと振り回すがそれで乾くはずもなく小さく口を尖らせた。

そしておもむろにその濡れたままのブラウスに頭に通し始めた。

まさかそのまま着るつもりか?

風邪ひくぞ?

俺はあわててチルノの服の端を咥えて軽く引っ張った。

彼女は手も足も頭も出ていないダルマ状態のまま、うい?と振り返った。



「どうしたクロモチ」



=きるな かぜひくぞ =



「…」



 …。



「……なに?」



ダメダ、ツタワッテネェ!!



ガックリと肩を落とした俺はいまだに堂々めぐりの問答を繰り返しているダイの背中を小突いた。



「ひゃん!?ななんですかオモチさん!?」



奇声を上げて振り返ったダイ。

その顔は羞恥の赤に染まっていた。

む、驚かせたか。



=すまん ちるのが きている ふく まだぬれてる かぜひくぞ=



「え、あ!チルノちゃん!その服まだ濡れてるから着ちゃいけないって!

 風邪ひいちゃうよ!!」



電子辞書の画面をみた後でようやく気づいたダイが、

慌ててチルノの強行を阻止しようとする。

だがそれよりも早くチルノは頭をブラウスから出し、

瞬速でズボリとワンピースを被りるようにして着替え終えた。

そして腰に手を当て、胸を張った。



「へいきだい!あたいは元気だから風引かないもん!」



 …。



「…。」



「…風邪引くから元気じゃなくなるんじゃないの?」



ルーミアが呆れたようにそういった。



「だから元気だったら風邪ひいてないでしょ?」



「そーだけど…そーなのか?」



「…あれ?」



そして首を傾げあう二人。



 …いつもこんな感じなのか?



 …はい。




俺にはダイの笑みが少し疲れて見えた。

この二人をいつも相手にしていればそりゃ疲れるか。

だがそれでも彼女の疲れた顔が少し嬉しそうにも見えるのは見間違いではないだろう。

って、あぁそう言えば…。



=ところで そろそろ たのみを きいてくれないか =



「え?あぁ、そう言えば…私にできることなら何でも言ってください!」



差し出された電子辞書を読んだダイは胸を張ってそう答えた。

コレはたのもしいな。

そして俺は電子辞書に最後の目的地をかきこんだ。



=はくれい じんじゃ までの みちあんないを =



「道案内…博麗神社までですね?わっかりました!それじゃあ…」



=ひとざとを とおらないほうこうで たのむ=



次の瞬間ダイの時間が止まった。



「…」



…え?なぜにとまる?



「あの…人里を通らず……ですか?」



ダイの勢いよく張った威勢が見る見るうちに小さくなっていく。

まさか…。



=ここから いっちょくせんで いけないかの?=



「あの…ご、ごめんなさい…。私神社にあまり行ったことなくて…。

 人里からなら道が分かるんですけど…、ここから直接行った事は…。」



マジですか…。



俺の爪が思わず地面に食い込んだ。

ようやく、ようやく帰れると思ったのに。

これでは無駄に霊気を消費しただけじゃ…!



胸のうちに悪態をつこうとしたその時、俺のコツリと上の三角耳がある音を聞き取った。

聞き覚えのある音にふと顔を上げるとその音の元がすぐに分かった。

目の前でダイがしきりに俺に向かって頭を下げている。



「オモチさん…ごめんなさい、私役に立てなくて…本当に…わた…私…」



彼女の若草色の髪がなんども何度も下げられ宙を躍る。

ふと俺はチラチラと見える彼女の目元が潤み、頬が湿っていることに気づいた。

あぁ、この音はダイの息を引きつらせる音か…。



 …はぁ。



俺はため息を殺してしゅるりと肩口から一対の触手を出した。

突如伸びた触手に気づきダイの体がびくりと竦む。



だが俺はそれに構わず彼女の小さな顎に触手を伸ばし、

顔を上げさせてそっとダイの頬をぬぐった。

突然の行動に彼女は雫を溜めた目を丸くしている。



=きにするな =


そう書いた電子辞書を彼女に見せた。

べつに知らないから悪いというわけではない。

知らないことを知らないと言えればそれはそれで1つの間違えではない“答え”だ。

罪悪感を感じる必要はない。

しかし彼女は申し訳なさそうに俯いてしまう。



「でも…。」



俺はその言葉を遮るように彼女の目の前に再び電子辞書を差し出した。



=きにするな いちおう じんじゃのほうがくはわかるから だいじょうぶだ=


な?と首をかしげて俺は彼女の顔を覗く。

ぐずる子供を相手にするときはまず目線な合わせることが第一だ。

だがこのとき俺は大失敗を犯した。

自分が犬の姿であることを忘れていたのだ。

そのせいで俺の長い鼻先がコツリと彼女の鼻をぴしゃりと叩いてしまった。



「きゅ!?」



突然の衝撃に驚いて悲鳴を上げたダイは目を更に丸くしてキョトンと俺を見つめた、

そして見つめたまま数秒、不意に彼女は俺の顔を見てクスリと笑みをこぼした。

…なにがおかしい。



「オモチさん、髭が垂れてますよ?」







「なんだかマヌケです」



そういって彼女はクスクスと笑いだした。

ま、間抜けって、このっ……!?



「こらぁぁああ!クロモチ!大ちゃんになにしてんだぁあ!」



うお!?



突然、俺の横っ面に青いものが体当たりしてきた。

そのままよろける俺にへばりついたチルノはゲシゲシと拳を俺の頭を叩き始めた。



「チルノちゃん!いいの私が悪かったんだから」



ダイが一生懸命チルノを引きはがそうとしたの時、今度は横からドンと強い衝撃と共に何かがしがみついた。

ん?まえにダイでよこにチルノ…じゃあ…。



「どうしたの大ちゃん?コイツが何かしたんならわたしがやっつけてやる!」



ギリギリと首に回された細腕に首が絞められていく。

いや、肺呼吸してないから苦しくないが…怖い怖い怖い!主に背中から伝わる妖気が怖い!



「ああ!ちがうのルーミアちゃん!オモチさんが神社までの道案内してほしいんだけど私わからなくてそれで!」



「ん?神社って鬼巫女の?」



「うん」



…鬼巫女?

いやそれは今突っ込まないでおこう。



=ほうがくはわかるんだが ここから まっすぐいけるかどうか=



「えぇ、方位磁石でもあればいいんですけど…。」



磁石か、確かにほしいところだ。

誰か都合良くもってないものか…。



「ほおいじしゃく?ルーミアー、ほおいじしゃくってしってる?」



「さぁー?」



この二人にはまったくもって期待できない。



「えっと丸くて真中にずっと同じ方向を指し続ける針がある道具だよ」



「そーなのかー」

「そーなのかーってあ、それならあたいもってる!」



 !?



「え!?ほんと!チルノちゃん!」



「もっちろん!さすがあたい、こんなこともあろうかとポケットに入れといたのさ!」



チルノはドンと自分の胸を叩きながらそう言うとスカートのポケットに手を突っ込み、

ごちゃごちゃとかきまわした後握りしめたそれを俺たちに見せつけるように高く掲げた。

それはとても小さく、チルノの手のひらに収まるほどだったが

黒い盤に赤と青の指針、間違いなく方位磁石だ。

となりと上でダイとルーミアがおぉー!と感嘆の声を上げた。

その歓声にひとしきり満足した様子のチルノはそれをそのまま俺の方へ付きつけた。



「アンタにあげる。ダイちゃんを救ってくれたお礼さ!」



!!…いいのか?



「あれ?わたしはチルノが助けてもらったって聞いたよー?」



ルーミアが俺の頭を抑え込むようにしてチルノを覗きこんだ。

彼女の問いにチルノはふんと鼻を鳴らして胸を張る。



「あたいは本当は自力で脱出できたからそのお礼なんかしない!

 だけクロモチは大ちゃんを守ってくれた!だからクロモチにあげる!」



そう言ってチルノは俺の胸にぐいと押し付けた



「チルノちゃん…。」



俺は押し付けられたそれを触手でそっと受け取った。



=ありがとう これでかえれる=



「うむ!れいはいらないぞ!」



 …お礼のお礼をか?



「チルノちゃん…」



俺とダイは最後に顔を合わせて苦笑した。

























「じゃあオモチさん、今度遊びに来てくださいね?」



「じゃあねー!クロモチー!」



「こんど悪さしたらほんとにたべてやるー!!」



「…クロモチいっっちゃったね、」



「うん、ところでチルノちゃん。よく方位磁石なんて持ってたね?」



「うん。さっき変な石ころと一緒に落っこちてたの拾ったんだ!」



「え?変な石?」
























ふふ、さて?これはどうするかしら?



Uの字型の石が月光の届かない岩の陰に沈んでいった。

























>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

先週から学校が始まり、土曜にバイト、日曜日に勢力戦と多忙だったため小説をまとめることができませんでした。

それにしても最近は1週間に1度の更新も危ういですね。

むしろ10日に1度投稿できれば早い方なきが…。

…俺、ガンバル。

さてそれでは内容にまいります。

今回はチルノ×大ちゃん×ルーミア×黒いのでした。

課題は チルノをバカっぽくかつ友達を大切にするいい子に見せること、

そしてなにより一番の不安要素はやっぱりルーミア、

原作だとあんまりバカっぽくないし語尾も普通の女の子ですからね。

全作品のころと比べると異和感満載、あー前作は獲物の血に酔ってたという無理やり設定で勘弁してください。


さて、次回はついに黒いのが神社に帰れ…ない!

まだまだ彼を窮地に追いやりたいです。

某スキマ妖怪にも協力してもらいましたし、次回も主人公いじめが楽しみです。



次回の登場キャラのヒントは  ニュークレラップ!



[6301] 東方~触手録・紅~ [⑨]  上
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/05/25 01:10








息をひそめ、音を殺し。体を硬質化し、動きを止め、地面と一つになる。


いきなりなんでこんなことになってるか?

それはちょっと今説明する暇がないので察してくれ。

潜む俺の体にドスンという振動が体に触れた地面から重く響く。

その振動が大きくなるにつれて俺の聴覚に遠くから地面を這うような低いうなり声が聞こえ始めた。





ルル…ルルル



まるで空気を震わせているようなその音に俺の頭の中の危険信号が一気に跳ね上がり、今にも脱兎の如く逃げ出したくなる。

そんな衝動を必死に抑えつつ上にかぶせた枯草の隙間からジッと覗く。



おかしい、おかしすぎる。

なんでいるんだよ、ここは日本だろ?



そこ居たのは金色にも似た黄土と黒の縞模様、

最初は目を疑ったが紛れもなく、最大、最強のネコ科、虎だ。

ソイツが威嚇音を発しながらゆっくりとこちらに向かってきている。

そして日本にいるはずのないそれは熱く荒い鼻息を吐き出した後、

ゆったりとした動きで周囲を見回し始めた。



俺おちつけ、俺ばれてない、たぶんばれてない。



その時、ソイツの口からどろりと俺の上に何かが垂れ落ちた。

再び思わず飛び出して逃げたくなる衝動を必死に抑える。

今飛び出したら方向がどうのとかいう問題じゃなってしまう。


それにしてもなんで日本にこんなでかいのがいるんだよ…。

竹林に虎ってどこの屏風の絵だ。

こいつなら本当に竜とにらみ合ってるんじゃないかと思うほどのでかい。


俺が必死に地面に擬態しながらそう毒づくとソイツは突然地面の匂いを嗅ぎだした。



バレた!?

ゾッと悪寒が全身を這いまわる。

いや、違う、まだ探してるんだ、

暗い竹林の中で獲物(俺)を。

あぁ、くそ、不要に気配を覗くんじゃなかった!


今更後悔してもその虎の動きが止まることはなく地面の匂いを嗅ぎ続けた。

そして徐々に虎の巨大な縞模様の顔が俺の潜る場所に近づいてきた。



マジでこれはばれるかもしれない、どうする?



…しかたない一か八か飛び出すか。

このままじゃ何れ見つかるのが落ちだ。




そう決意した俺はばれないようにゆっくりと力を回し始めた。

体の中で温まっていく霊力。



だが俺はいつの間にか慣れたその行為にふと違和感を覚えた。

軽いのだ、回せる力の量が。

霊気が、なくなりかけていた。



あれ?俺…触手使ったっけ?



……。



……つかったぁぁぁあ!?



そう言えばあの時、結構俺、触手使いまくってた気がする。

あぁ、なぜあの後補充をしなかったのかと自分を責めた。



この霊気の量で逃げ切れるか?

いや、逃げ切れたとして…。



あまり頭の中で想像したくないものが首を擡げようとしたその時、

ふと、いつの間にか目の前まで近づいていた巨大で凶暴そうな虎がいきなり鼻先を地面から一転、

何かに気づいたように竹の葉がうっそうとしげる空を見上げた。



なんだ?



突然の虎の挙動に俺もつられてチラリとはるか上の方へ視界を向ける。

上の方で風と笹の葉がざわざわとうるさい声を上げているがそれ以外の音はいっさい聞こえず、

そのざわめきだけがザザン、ザザンと響き渡っているのみ。

だが虎は何かを感じたのかめんどくさそうに首を震わせた後、

ザッザと笹の枯れ葉を踏みしめて竹藪の向こうへ消えた。



いなくなった…か?



俺は虎の去った方向から音が聞こえなくなったのを確認した後、

ようやく自らの上にかぶせた笹と土を振り払うことができた。

それにしても咄嗟にとはいえ隠れる場所を探すより地面に穴掘るとは…。

どこの動物だ俺は。



…。



さて、どうしたものか?





ナチュラルに自分の行動が動物めいてきたことに少し一人で沈んだ後、

俺は体の中から瓢箪を取り出しながらちらつき始める焦燥感をごまかすようにそう呟いた。

周囲を見回しても視界に入るのは整然と並びはえる竹、竹、竹。

ご覧のとおり俺は博麗神社にまだ着いていない。

理由は簡単だ。

方位磁石が途中でバカになりやがった。

勿論最初はキチンと北の方角を指していた。

ダイとチルノとルーミア、彼女たちもそれを確認している。

だが妙なことに歩みを進めるにつれて徐々に方位磁石の指針の動きがトロくなり始めたのだ。

運が悪いことに磁力が衰えていたのだろう。

慌てて俺は指針の指していた方向へ急いだが、

ついに博麗神社の付近の森の雰囲気が感じられず。

行きすぎたことに気づいたのは辺りの風景が変わった後だった。

それがただの竹林なら気付かなかったかもしれないが、

生える竹の影から妖精らしいもの(ダイとかチルノとかと比べるとずいぶん力も弱く体も小さい)が

そっとこちらを覗いているのを見つけて俺はここが永遠亭のある竹林だと気づいた。

前に来た時も竹林から視線を感じたがこいつらだったのか。

今もこちらの様子をうかがっている妖精を横目に、

俺は手に取った瓢箪の蓋を取って顔をしかめた。

例えるなら缶ジュースの中が予想以上に少なかった気分だ。

もうここまでくると不安感よりこれからどうしようという絶望感の方が強くなる。

いっそのことこれ飲みきってしまおうか?

しかし足りなくなったら…最悪現地調達も考えておこう。

だが未だにヒトやヒトっぽい妖怪を喰らう勇気は出ない。

シカとかイノシシとかの動物なら、許容はんいだ…よな?



願わくばこれが最後の補給になりますように。



いるかわからない博麗神社の神様に祈りつつ俺は瓢箪に口をつけ用とした



…っ!?



その時、突然空から閃光と爆音が鳴り響き、一瞬、真っ暗な竹林を照らしだした。

本能的にパッと身をかがめた瞬間、体をかすめるように何十発もの光弾が地面を抉った。



弾幕!?



俺は慌てて瓢箪を引っ込め、竹の影へ逃げ込んだ。

その直後俺の真上を七色の光が闇を裂き、真紅の光に包まれた何かがそれを追いかけるかのように空を裂いた。

遅れて突風が地面へ吹き下ろし、竹林の笹をガシャガシャと騒ぎ立てる。


その突風にあおられながら俺の視界に映ったのは七色の光を纏った人影と炎を纏った巨大な鳥…。

いや、鳥じゃない。鳥の形をした何かだ。中心に人影が見えた気がした。


それらが通りすぎた後、警戒しつつ空を見上げると、

あれほど静かがった空はうって変わり何十何百の弾幕が飛び交っていた。

巨大な赤い火の玉と鮮やかな極彩色の光弾。

それが真っ暗な夜の空を燃やしていた。

その光景に俺は唖然として一時思考が停止した。

目の前で繰り広げられる圧倒的な数の光。

熱、衝撃、音。



これが…。



停止した頭の中にある言葉が浮かぶ。



これが『弾幕ごっこ』…か。



このとき俺は初めて『弾幕』の意味を知った。

まさに光の幕。

今まで俺は霊夢や魔理沙の弾幕を目にしてきた。

しかし俺が見てきたのは霊夢が放ったもの、魔理沙が放ったものと別々に見たものだ。

ただ放たれるだけでも圧倒されるそれが、

いざ撃ち合いになるとどんな光景になるか、果たして想像つくだろうか?

光の嵐という言葉では収まりきらない。

まるで巨大な津波と巨大な津波がぶつかり合っているかのようだった。

はじめて目の前にする弾幕ごっこに思わず見惚れていたその時だった、



なっ…!?



再び撃ち下ろされた弾幕が俺の身を寄せる竹を打ち抜いた。

俺は慌てて犬の姿に変身してそこを飛び退いた。

直後バキバキと音を立てて数十メートルの高さのある竹が崩れおちる。


俺は悟った。




俺、ヤバくね?



そう、俺は嵐という言葉が可愛く思える場所のど真ん中にいるのだ。



さ…

さっき逃げればよかった!!

あの虎これを感じて逃げ出しやがったのか!



俺は倒れる竹を滑り込んで交わした後、瓢箪を取り出しゴクンと一口飲んだ。

もうとりあえず飲む量とか考えてなかった。

ただ一口体の中へ流し込み、それを体の中に染みるのを感じる暇もなく俺は地面をけり上げた。

はやくこっから逃げ出したいという本能が警鐘を鳴らしていた。

目の前に落ちた弾幕に飛び退き、掠める火の玉に転げまわる。



キツイ!



幸か不幸か、俺は上で撃ちまくる二人に気づかれていない。

故にこちらに落ちてくるのは撃ち漏らした弾幕のみ。

それぞれかわすのはたやすいがそれが、逆にいえばすべてランダムで落ちてくる弾で予想ができない。

俺は必死に身をかがめてその光弾の雨を走り抜けるしかなかった。



体に何十発もの弾幕を掠りながら走り続けて数分、もしくは数秒。

かなり逃げ回った気がしたが実際はどれぐらい逃げたか覚えていない。

ふと目の前で地面が途切れていた。

崖だ!

慌ててブレーキをかけようとした。

だが俺は完全にスピードがなくなる前に再び走り出した。



崖の影なら安全かもしれない!!



そしてダンと地面を強く蹴って空中へ躍り出た。

眼下に広がるのは真っ黒の竹林。



よし、抜けt…!





空中でバランスを取ろうとした俺の体にドスンという衝撃が穿った。


何が起こったのか俺は理解できなかった。



なぜ自分の体にこんなものが生えているのか。


生えてる?



違う。





なんで…、なんで俺の体に矢が刺さっているのんだ?



俺は着地体制をとることもできずドムと地面へ墜落した。




























>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

なんか微妙に長くなったので上下に分けます。

いつもの解説はその後で。

それではまた後ほど











[6301] 東方~触手録・紅~ [⑨] 下 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/06/24 02:39







で?マジでなんのつもりだ?



犬の姿を解いて体に刺さった矢を引き抜くと、

竹藪の影からそれを放った人物がゆっくりと現れた。



「あら?やっぱりあなただったの?」



…わかってて弓引いたのかよ。



彼女は 悪びれる様子を欠片も見せずにうっすらと笑みを浮かべながら、

そっと音を立てずに俺の方へとあゆみよってきた。

手にしなやかな曲線を描く和弓を持ったその人影には見覚えがあった。

というかその赤と青のツートンカラーなんて少し奇抜な格好は忘れられないだろ?

俺は少しのいらだちをこめて受けとめた矢を永琳にぽいと投げて返した。

もちろんそのまま投げては危ないから矢を横にしてだが、

なんと彼女はひょいっと宙に放られた矢筈、矢の羽のある方を一瞬で掴んだ。



「ごめんなさい、ちょっとそこらの妖怪を追っ払ってたらなんか見たことないものがいるんですもの

 びっくりしてつい打っちゃったわ」



そして何事もなかったかのようにそれを腰に備えた矢筒に戻すと俺の隣へ並び、

何色もの色鮮やかな弾幕に彩られたが空を見上げた。

それにしても『つい』の割には随分正確な射だったな。



「あら、今日はなかなかいい勝負ね」



=しりあい か?=



「えぇ、うちの姫さんと…そのライバルってとこね。

 それにしてもあなた。私が撃っといてなんだけど平気なの?見事に刺さってたけど?」



心配するなら最初から撃つな。



=ただの や だったからな=



そう彼女が撃ったのはただの木製の矢。

確かにある程度の衝撃はあったがそれだけだ。

血も骨も筋肉繊維もない俺にとってはただの高速で飛んできた棒状のなにかだ。



アレに魔力とかはいってたら多分俺はマジで終わってたかもしれないが…。



「そう、なら今度はちょっと『嗜好』を凝らし…

 わかったやらないやらないわ。

 だから触手をうねらせてこっちにこないで…!」



…言わなきゃよかった。


口ではごめんごめんと言いつつも何か頭の中で組み立てている彼女を睨みながら、

俺は意識せずに出てきた触手を戻した。



そしてふと今逃げ出してきた戦闘空域を見上げると

ちょうど二つの光がぶつかりあい、激しい火花を上げた瞬間だった。

ここまで離れても体を衝撃が震わせ、本能が危険信号を発令する。

俺が思わず一歩分後退すると隣からふふっと軽い笑い声がこぼれた。



「あなたほどのものがこれぐらいでビビるとはちょっと驚きね?」



あなたほど?

いつの間に『俺ほど』まで評価されたのか、

俺は見当がつかなかった。



=どういう いみ だ=



「あら?だってあなた、この里で起こった異変を先陣きって解決した立役者として今じゃちょっと有名よ?

 てっきりあの子の新聞を読んでるのかと思ったわ。」



新聞って射命丸の新聞か?

たしかに自分のことは載っていたが、

途中からこっぱずかしくなって最後まで読んでなかった。



「まぁ天狗の書く新聞なんて正確かどうか怪しいとは思うけど、

 なかなか今回の新聞は面白かったわよ?

 霊夢とあなたのダブル夢想封印なんてねぇ?」



…………おーけー、無事帰ったら射命丸〆る。

物理的に。



あぁ、体が異常に重い気がするのは体のせいだろうか?精神的なせいだろうか?

つくことのできない溜息を胸のうちに殺す。

突然隣であぁ、と永琳が何か思い出した声をあげた。



また碌でもないこと言うんじゃないだろうな、と俺は彼女の方へ視界を向けた。



しかし当の本人は突然手を叩いたかと思うと何かの言葉をしゃべり始めた。

日本語ではない。

いや、それどころかまず外の国の言葉じゃない。

英語でもフランス語でもない。

人間が発音できるかどうかすら怪しい言葉を2,3喋った後、



「あぁ、ウドンゲ?ちょっといいかしら?」



今度は普通の日本語で何もない空中を見つめながらしゃべり始めた。

とうとう気でも狂っt…、ウドンゲ?たしかあのウサギの耳をつけた助手の名前だったかな?

なんだ?もしかしてテレパシーか何かだろうか?



「えぇ、あのお酒、私のラポから持ってきて。

 …ほらぁあのてゐがうっぱらおうとしたやつよ。

 …そう…そう、できれば早めにお願いするわ、そろそろ姫さまの『お遊戯』も終わりそうだからね。

 じゃ、よろしく」



まるで電話を使ってで喋った後、それを切るように再びパンと手を叩いた。

そして彼女はこちらに振り返えるとクルクルと指を回しながらこちらを指差した。



「そういえばあの異変で思い出したわ。

 あなた、診療所にアレ忘れたでしょ?

 あの木箱に入った徳利」



…あぁっ!

そう言えば幽々子からもらったあの酒、あの猿ぶちのめしてから一回も見てない!

思わずビクリと俺が体を震わしたのを彼女は見逃してくれなかった。

にんまり、と彼女の口元が歪む





「いや~、大変だったわよぁ~?

 あれ。かなーりご立派なものだっただから

 誰かさんは勝手に飲もうとするし、誰かさんは勝手に売ろうとするし…。

 …ねぇ~?」

 

………。



=ありがとう=



「……ウドンゲ?ちょっとしいかしら?」



まてまてまて…!!



=     なにが   のぞみだ =



「望みなんてとんでもない!私はただちょっと『大変だった』っていっただけよ?
 

 あぁ、でも最近ちょっと研究対象がなくて暇だったのよねぇ~…。」





…っく。



=まて さけとおれのからだを いーぶん にするつもりか ?=



「ふふっ、もちろんそんなつもりはないわよ。

 そうね。博麗神社までの道案内をつけるわ。

 これでどうかしら?どうせ道に迷ったんでしょ?」



ぐ!?な、なぜそれを…。



「ここの竹林は入ったら二度と出られないと噂の迷いの竹林よ?

 そんなとこをぶらついてたら迷子としか思えないわよ。」



完全に逃げ道をふさがれていたどころか、逃げ道という標識さえ見えなかった。



…。



=といち=



「周3」



…っつ。



=はちいち=



「周2」



…っく!



=しゅういち=



「ん~、ま、妥当ね」



彼女の赤い唇がやんわりと歪んだぜチクショウ。



「あの…もういいですか、師匠?」



と突然隣からピョコリと白い一対の耳が飛び出した。



「早かったわね?」



そこにいたのは高校の制服のようなブレザーを着たあのうさ耳の助手だった。

いつの間にそこにいたのだろうか?

俺は全く彼女の存在に気付かなかった。


「それで?例のものは…あぁそれね。じゃ、はい。」



栐琳は助手から風呂敷に包まれた見覚えのある木箱を受け取ると、

まるで見せつけるように上から差し出した。



俺は悟った。

こいつ…絶対Sだ



俺が体を伸ばしてそれに手を伸ばす。

そしてその木箱に手をかけたが彼女の手はその木箱を掴んだまま離そうとしなかった。



「ヤ・ク・ソ・ク。忘れないでね?」



コンニャロウ……。




=あたりまえだ=



そう書いた電子辞書を彼女眼前に突きつけた後、

俺はパッと木箱をかっさらうように奪った。



あぁ、無事だ。よかtt…そう言えば飲むとか売るとか言ってたな…。



サーっと体に走った悪寒に俺は急いで彼女たちの視線から逃れるように後ろを向き、

そぉっと木箱の蓋を上にスライドさせた。

そしてようやくほっと安堵の溜息をつくことができた。

徳利の口には陶器の蓋がきちんとずれることなくされており、さらにそれを封印と書かれた御札が封じていた。

中に入っていたのは間違いない幽々子からもらった徳利だった。



「あら?もしかして疑ってたのかしら?」



後ろから不満そうな永琳の声が上がる。



=ねんのための かくにんだ=



電子辞書でそう書いて見せた後俺は大事にそれを体の中にしまった。

その光景をみてますます彼女の笑みが深くなったように見えたのは錯覚だろう。絶
対。



「ん、そろそろ決着がつきそうね。」



ふと笑みを消した永琳がそう呟いて空を見上げた。

気づくと空ではあれほど激しかった弾幕の応酬がやみ、

闇をバックに七色の光と火の鳥が対峙していた。

その瞬間だけあれほどざわめいていた笹の葉がシンと静まりかえる。

そして…。





“蓬莱の樹海”




“フェニックス再誕”






次の瞬間二つのスペルカードが真正面からぶつかった。

何千、いや何万もの弾幕の互いにぶつかり合い、打ち消し合う。



「っと…!」



「うわ…!?」



…っ!?



そして膨大なな力と力が衝突したとき、そこに相殺なんてものはなかった。

何万もの弾幕が一点で収束し、飽和状態となったエネルギーは次の瞬間一瞬の間の後、

まるで噴火のような大爆発を起こし、真っ暗な夜の空を昼へ変え、爆風が硬くしなやかに伸びた竹林を一気に薙いだ。



ようやく爆風が通り過ぎた後、見上げた空には一点の光も見えず、あの火の鳥もいなくなっていた。

そして音がなくなり数秒、静まり返った竹林はようやく時間を取り戻したかのようにザワザワと再び騒ぎ始めた。



「…また引き分けたみたいね。」



爆風に乱れた髪を手ぐしで整えながら永琳が呟く。

またって…。

コレほど激しいのを何十回やってるっていうのか。

愕然とする俺の目の前で永琳がポンと手を叩いた。



「さて、姫さまも墜ちちゃったから私たちは拾いに行くわ。」



あ?あぁ…って、



=みちあんないは ?=



「おっとそうだったわね。

 ウドンゲ、適当にウサギ呼んで…って

 ほら、いつまでのびてるのよ。」



のびてるウドン  ゲを永琳は強引に立たせると突然バシリと彼女の尻を叩いた。


「ひゃい!?」



するとおかしな悲鳴を上げて助手は兎のようにぴょんと飛び跳ねて起きた。

よほど叩いた力が強かったのか彼女は叩かれた腰を抱えてウーウー唸っている。



「ほら、起きたんならさっさとウサギを呼びなさい。」



「うー、そそれはてゐの方がいいんじゃ…?」



「あの子が呼ぶウサギが真面目に道案内すると思う?」



「…今呼びます。」



ウドンゲはがっくりと肩を落とした後、さっきの栐琳のように空中に向かって何かの言葉を発した。

だが栐琳の時とは何か違う、永琳よりこなれている感じがした。



ウドンゲが言葉を発し終えると突然、目の前の地面がモコモコと膨らみ始めた。

ギョッとして俺が飛び退いたのと同時に、

その地面からニョキと白い何かが生えてきた。

そしてそこから出てきたのは…。



「お呼びですか?レイセン様」



真っ白な毛におおわれたウサギだった。

だが今聞こえたキーキーと高い声の日本語が聞こえてきたのはそのウサギの方からだ。

それも漫画やアニメみたいにデフォルメされてない、

普通にアニマルショップにでも売ってそうな可愛いウサギが喋ってる…。

うわ、なんかド○タードリトルみたいだ。

こんのがこの竹林にはいっぱいいるのだろうか?

なぜか少しワクワクした俺はそう期待を込めて俺は二人の方へ振り返る。



うん、まさか二人まで驚いた顔をしてるとは思わなかった。

二人はぽかんとした表情を浮かべてそのウサギを見つめていた。

その二人の驚く表情をキョトンとした表情で見上げるウサギにウドンゲが声をかける



「…な、なんで地面からでてきたの?」


その声はとても唖然としたものだった。

どうやらこの光景は非常事態らしい。

ウサギはクシクシと自らの鼻についた土を払い落した後、

自慢げにその白いフワフワの胸を張った



「はい、最近姫様方が戦われても逃げないヤツがいるんで、

 安全と最短距離のために下を通ってきました!」


ようは妖怪が怖かったから下をとおってきたと自信満々に言いきるウサギ。

あぁ、そう言えば栐琳もそんなことを言っていたな。



=にげない というと? =


「弾幕ごっこが終わった後は大抵その場に強い魔力や妖力残るのよ、

 妖怪にとっての御馳走がね。」



=つまり それをねらって ?=



「えぇ、特にあの二人は度を弁えないからばら撒き放題ね」



永琳はそう言うとハァと疲れたような溜息をついて見せた。

なるほどだから追い払っていたのか。

確かにあんな激しい戦闘の後に襲われたらたまったもんじゃないし、

診療所の近くに妖怪が多発してはおちおち診察にこれやしない。



そのとき、ふと隣からシゲシゲとこちらを見つめる視線を感じた。



「あの~、栐琳様?このものは?」



あのウサギがこちらをチラチラ見ながら栐琳にそう聞いた。

すると彼女はあの意地悪そうな笑みを浮かべて、



「『上客』よ、この子を博麗神社まで連れてってくれないかしら?」



素晴らしい皮肉のこもった説明をしてくれた。

だがウサギは少し不満げに耳をへたらせる。



「わ、脇巫女のところですか?

 妖怪の私たちだけで行ったらサーチ&デストロイされますよ?」



次の瞬間。



「ブッ」



永琳とウドンゲは俺に顔をそむけて口元を押さえながらプルプルと肩を震わせた

俺は〆る前に射命丸に霊夢の評判というものを聞いてみることに決めた。


「大丈夫よ。…ふふ。

 この子、霊夢のお友達だから送って行ったら人参を2,3本もらえるんじゃない?」



「さぁ、行きましょう!博麗のご友人!」



変わり身はえぇなおい。

ウサギは目をキラキラとさせて自らの出てきた穴をふさぐと

神社の方へ跳ねるように駈け出した。

ってはえぇなおい!?



「ほら、早く追いかけないとまた迷うわよ?」



どうやら彼女はアレを引きとめてはくれないようだ。

俺は二人に軽く触手を上げて見せた後急いで犬の姿へと変身し、

慌てて闇夜へ紛れる白い影を追いかけた。



















































「…なにも言わずに行きましたね?」

「いいわよべつに、あとあとのお楽しみも残ってることだしね。

 さぁて何を用意して『おもてなし』しようかしら?ふふっ」

「うわぁ、」また師匠の趣味かぁ

「何か言った?」

「い、いいぇ!?なにも!」

「ふーん、まぁいいわさっさと姫様を拾いに行きましょ。

 どうせまた「動けないからさっさ運んで~」とかいわれるでしょうけどね」

「あはは…(汗) あ、ところで師匠。

 あの黒い妖怪ってなんなんですか?」

「なに…っていうと?」

「えっと師匠ならアレが何の妖怪か知ってるのかなーとおもって。」

「さぁ?しらないわ。第一アレって一ヶ月ちょっと前に幻想入りした妖怪よ?」

「そう…ですよね?でもなんか見覚えがあるような…ないような…」







































>あとがき。
ここに投稿している[0]を見て気付いたんですけど、4月って2回しか更新してないんですね…。

こんばんわ、ねこだまです。

4月中は進級とともにいろいろと忙しくて小説を落ち着いて書かせてくれる暇がありませんでした。

それにしても成績がいいわけでもないのに小説書く暇ないなんて自分…。(泣)

さてそんなネガティブフェイスは置いといて、今回の内容解説へとまいりましょう、そうしましょう。

今回は複数の自己解釈設定がありますのでそのあたりの解説を。



まず主人公迷いすぎじゃねという突っ込みがありそうですのでちょろっと個人的な幻想郷位置関係を。

ねこだま的に幻想郷は人里を中心において北に妖怪の山、北東(距離的に妖怪の山と人里の中間)に霧の湖、東に博麗神社、南東に永遠亭、

南に太陽の花畑、南西に無名の丘、そして西に魔法の森が広がり、無縁塚へと続くと解釈しております。

なので今回主人公は霧の湖から南東へ向かうはずが南に進んでしまい、永遠亭の方へと進んでしまいました。



永琳とウドンゲの以心伝心について、

これはウドンゲの「波長を操る程度の能力」(別名 狂気を操る程度の能力)を用いて会話を遠く離れた場所でも聞こえるように操ったものです。

確か求聞録にこれを目撃した人がいたようないなかったような。



弾幕ごっこの後の力の残留について

これはゲームをやった人ならわかると思います。

そう、ピチュッた時や相手を倒した後出てくるPや点を表しています。

実際弾幕ごっこの目的として「決闘により妖怪の力を強める」といった感じの内容が含まれていた気がします。

後書き書いてる途中で気づいたんですけど、じゃあ主人公その残った妖気とか食べればいんじゃね?と…。

いや、水に溶けてないから主人公はそれを摂取することができないんだ!ということにしておこう、うん。


さて、今回ニュークレラップの人に出演してもらうつもりだったんですけど、永琳と主人公の会話が案外長くなってしまい、彼女の出演は見送りに…。

ですがこれによって次回の10ではニュークレラップの人と気も遠くなるほど麗しい何かのコンビを出すことができそうです。




そして、次回の舞台はなんと人里へ!?

それではまた次回、お会いしましょう ノシ






余談ですが、今回の下の巻、よし、ウィンドウを最大化して最終確認だ!と右上を押したら最大化ではなく×ボタンを押してしまい編集中の文が消滅しました(´・ω・`)

…2回ほどorz



[6301] 東方~触手録・紅~ [10] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/06/01 02:09

ザザァ、ザザァ



この季節にしては少し強めの風が笹を乱暴に吹きなぜる囁く音をBGMに、

幻想郷の南南東。迷いの竹林と呼ばれるそこは夜になると竹の合間から洩れる月明かり以外の光はすべて遮断され

月明かりの鮮明な白と切り取られたかのような真っ黒の影がまるで紙の上に描かれたような縞模様を描いている。

そんなすこしモノトーンの景色の中を、突然シャ、シャと小さな音を立てて笹藪から黒と白、大と小。

対照的な二つの影が飛び出し、月明かりと影の間をすり抜けていった。




時折、目の前の白い影はピクと歩みを止めて、

耳を大きく動かして周囲を警戒しては再び走り出す。

笹のざわめき以外の音が少しでもなるとビクリと小さな背中を丸めてキョロキョロと辺りを見回した。

コレは少々警戒しすぎではないか?

いい加減早く進みたい俺は彼(彼女?)にそう聞いた。

すると



「『転ばぬ先の杖』、『石橋はたたいて渡れ』ですぜ黒の御方

 ここは迷いの竹林、この竹林で出会うものといえば迷いこんだ妖怪か

 迷いこんだ人間か、迷いこんだ者を食らって生きながらえる猛者ぐらいです」



身震いひとつ抑え込みながらウサギの妖怪はそう言って再び長い耳をピンと立てた。

ふむ、つまりここは竹の籠の中といったところか。

籠の中に迷い込んだものはその籠の中で生き延びるために何かを襲わなければならない。



何かを…。



そう考えて俺はさっきのウサギのようにゾクリと這いあがった悪寒を必死に抑えた。

あの時永琳に会えなかったら俺はどうなってたんだろうか。

出口も分からない竹林の中をグルグル徘徊して…。

霊気のストックがない今じゃなおさらこんなところで迷いたくはない。



「ところで旦那は…」



ん…?



「その…旦那も他の妖怪を喰らうって聞いたんですけど…」



索敵を中断して、ウサギは恐る恐る俺を見上げた。



…。=おそったときも あった=



ビクリと背筋が震える。



「…やっぱり、妖怪の肉とか血って…おいしいものなんですか?」



恐る恐る、ウサギはこちらをうかがいながらそう聞いた。

俺は数週間前の放浪時代を思い出し、その時感じた記憶を電子辞書にたたきこんだ。



=くそまずい=


=かなものを なめたり かみついたりしたときみたいに きもちわるくなる=



「そ、そうですか。あぁ、よかった」


…。


=やっぱり おれが こわいか ?=


「正直言うと少し…。でもあなたは永琳様のご友人。

 先ほどのあなたの言葉を信用したいと思います。」



ウサギはそういうと誇らしげにふわふわの胸毛を張った。

小さいものが背伸びするその微笑ましい光景に俺はふとむんねの中で笑みを浮かべた。

…後で博麗神社についたらニンジンを一本たすように霊夢に掛け合ってやろう。

そう伝えると次の瞬間ヘタレていたウサギの耳が直立した。



「さぁ!黒の旦那!あと半里弱でこの竹林を抜けますよ!

 さすればあとはまっすぐ博麗の地へ。途中に道はございませんが、

 貴方様とわたくしめならばそんな山道、平野と同じでございましょう!」



さっきまでビクビクしていたウサギはぴょんぴょんおと俺の周りを回りながら早く早くとせかし始めた。

やはり妖怪になってもウサギはニンジンが好きなのだろうか。

しかもこの喜び様、確実にLikeを通り越してLoveだな絶対。



「そ、そんなことございませんよ!

 わたくしめはただ貴方様が無事に帰れることを、

 そして自分の使命を果たせることを喜んでいるんです!

 そりゃ…まぁ、えと…使命を果たした後のニンジンの味は格別です…。

 あの歯ごたえ、あの甘さ…。」



ウサギはそう呟くと再び立派に張っていた耳がへなりとしなだれ、

小さな口からはうと熱っぽい溜息を吐いて頬を押さえた。

まるでその姿は恋い焦がれる娘のようで…。

あ、こいつメスか。



ビクリ


それは突然だった。

いきなりウサギは背中の毛を逆立てるとキョロキョロと周囲を見回し始めた。

それは今までの索敵行動とは何か違う。

後ろ足で立ちあがり、真っ赤な眼をクルクルと回し、大きな耳は小さな音も逃すまいとピンと張りつめている。

俺はいきなり豹変したそのウサギの様子を音を立てずじっと見つめた。

どうした?

次の瞬間、ウサギはヒッと息をのんでと地面に前足をつきその場に伏せた。

ウサギは顔色を一転させて真っ青になるとすぐさま俺に伏せるように促す。

慌てて俺もそれに倣い形を崩してウサギと同じ大きさになると、

ずしりと重たいものが地面を踏みしめるのを感じた。

この足音は…まさか…!?

振り返るとウサギは顔を真っ青にして音のする方向を見てガクガクと震えている。



「だ、旦那。ヤバいのがきます!

 どどどどうします!?」



俺は慌てて辺りを見回すが隠れられそうな茂みは見当たらない。

しかし足音は徐々に大きくなっていく。



どこか…どこか隠れられる場所は…!?



俺は慌てていた。故に思わず足に力がこめてしまった。

気づいた時には既にジャッと足が竹林の地表を軽く滑る音が響いた。



…ッ!?

「ひっ!?」



決して大きくもない音が俺ら二人の耳にはひどく反響して聞こえた。

ふと気づくと耳に聞こえていた音はすべて消えていた。

笹がざわめく音も足音も。

いなくなった?

いや、違う。

立ち止まったんだ!



バレた。



音が聞こえていたはずの方向、真っ黒な竹のモザイクの向こうをじっと見つめながら

俺はそぉっと電子辞書に手をかけた。



=あな=



それしか咄嗟に書くことができなかった。

ザワリと首に悪寒が走った途端にゾッとするほどの気配が竹の向こうから感じたからだ。

電子辞書を見たウサギはそのたった2文字で俺が言いたいことを悟り、

濃密な気配に顔を蒼くしながらコクコクと何度もうなずくと地面に小さないろい前足で地面に穴を掘り始めた。

シャッシャッシャとウサギはできるだけ音を立てずに土をかきだす。

穴を掘るスピードはさすが妖怪といったところだ。

だがまだウサギの上半身が隠れた程度、これじゃ…。



ドスリ



と再び地面を踏みしめる音が竹林のざわめきをかき消した。

そして次に聞こえた足音は明らかに力強く踏みしめれていた。



来るぞ!



「え!?だ、だめです!まだ1尺も掘れてません!!」



チラリと視界を外すと足元のウサギはばれたとあって、

もはや音も気にせず我武者羅に地面に掘り起こす。



1尺…だいたい…30センチ。

十分だ!

コイツをぶち込むには!



いまだに地面に上体を突っ込んだウサギを上から踏むように穴に押し込めた。

短い苦しげな叫び声を無視して俺はその上から枯れた笹の葉をぶちまける。



「ちょ、だん…はぶ!?」



呼びかけを遮るように枯れ葉でウサギを埋めたると、俺は山犬に変化した体を更に膨張させた。

あの虎に対して今の体では子犬扱いされてしまう。

だが五秒もしないうちにジャンと竹藪を大きく揺れる、

そして黄土色に切り込みのような黒を重ねた縞模様が突如、藪を突き破って姿を現した。

首を震わせてルル…ルと太い重低音を喉から鳴らしながら巨大な獣はこちらをギロリと見下ろした。

あぁ、改めて対峙して分かった。

でっけぇ。

咄嗟に体を大きくした俺だが、それでも目の前の大虎の肩にさえ及ばない。

さながら大型トラック対黒のミニバンだ。

正直さっさと逃げ出すか距離を取るかしたかった。

しかし俺の真下にはブルブルと震える兎肉があるのだ。

今俺が逃げだしたらコイツはパックリ一口で胃袋まっしぐらだろう。

虎は姿勢を低くしながらゆっくりと俺の周りを回り始めた。

まるで何処からくらいつこうかと吟味しているようだ。

奴の目線が俺の顔に向かっているのをみるとまだ下のコイツには気付いていないと思うが…。

それを悟られてはならないと俺はその場で立ち尽くすしかなかった。

じっと若干盛り上がった地面の上で殺気漂う虎の目をにらみ返す。

ぐるりと俺の周りを一周したそいつはヒクヒクと鼻の皮を震わせると

突然ベロリと真っ赤な舌で口の周りを舐めた。

その視線は…俺の真下。

ビクリと地面が震えた。



コイツ気付いたか?



ふとソイツが舌舐めずりをした時、むっと血なまぐさい匂いが俺の鼻に届いた。

あれ?さっきはこんな匂いしなかったはずだ。

睨みつけてくる金色の眼光からチラリと視線を外すと

ちょうど白い牙の奥に真っ赤な舌が見え隠れした瞬間だった。

…食後のデザートを御捜しですか?



ゴォゥと突然虎の咆哮が顔に激突した。

生暖かく、錆びた鉄のような匂いがむぁっと押し寄せてくる。



もし生身だったら絶対殺気とこの匂いで吐いてたかもしれない。

だが吐く以前に消化器官がない俺はなんとか逃げ出したくなる衝動も吐き気も抑えることができた。

コレほど威嚇しても表情を変えない俺に虎は何か違和感を覚えたのか俺から距離を取ると

再び唸り声を響かせながらウロウロと俺の周りを歩き始めた。



さてどうする?



このまま睨めっこを続けるのだけは避けたいものだ。

試しに俺は前足でザリと地面を引っ掻いた。

瞬間、ザッと虎は姿勢を低くしていつでも飛びかかれる態勢になった。

だが飛びかかってこない。

こちらをじっと窺ったままだ。



その姿を見て俺は思いついた。

そうだ、コイツは野生動物だった。



俺は先ほどの虎のように敢えてゆっくりとした動きで地面を弄った。

枯れ葉がどかされ露わになる白い毛皮。



「っ!?」



短いウサギの悲鳴に虎の耳がヒクと動く。

地面にうづく待ってがくがくと震えるウサギ。

その首筋に俺は、噛みついた。



「ひ!…あ…ぁ…」



ビクン、ビクンとウサギの体は地面で数度痙攣し、

そして動かなくなった。

ジロリと眼球を虎へ向ける。



さぁ、どうする?

獲物は俺をぶちのめさないと手に入らないぞ?



自然界で獲物を奪い合って直接やり合う事はない。

弱肉強食の世界での怪我は死を意味する。

もし争って足を怪我すれば二度と獲物を追うことができなくなるからだ。

さぁ、どうする?

互いに怪我をしたくないだろ?



虎は俺が加えているものを未だにじっと見ていた。

そうして退治して数秒、数十秒。

突然獲物から視線を外し虎はクンと首をもたげた。



…?



そしてヒクンと鼻の上の皮を震わせると、

まるでこちらが見えなくなったかの様に歩き始め、竹林の闇の向こうへ姿を消した。



行った…のか。



巨大な影は竹林の向こうへ消え、

シンと静まった空間の中で俺はホッとすると同時に何かもやもやとしたものを感じた。



諦めたにしては少し様子がおかしい…?



「さ…さすがです!あの猛虎を前にして一歩も動じないなんて!」




地面でうずくまっていたウサギがひょこりと起き上がり、

咥えられてぐしゃぐしゃになった毛皮を掻き下ろしながら称賛の声を上げた。

だが俺はそれにこたえることができなかった。



あの虎の動きは見た覚えがある。

何かを感じたような。何かを見つけたような…。



頭の中で疑問がグルグルと回り始め、気を落ち着けようとしたその時、

ふとまだ嗅覚に訴える何かがあった。



これは血のにおい?

虎はもういなくなったはずだ。



「旦那?」



最初はまだあの虎の口臭でもついたのかと顔をしかめた、

だが違う。

アレよりもっと新しい匂いだ。

…新鮮?



まさか…!?



「な!?え?ちょ!旦那!!?」



俺は犬の姿に戻ると虎が消えていった方向へ駈け出した。

置くれて後方から軽い駆け足の音が鳴るのを確認した俺はスピードを上げる。

すると鼻に集めた嗅覚が空気に含まれる匂いに過敏に反応した。

間違いないヒトの血のにおいが濃くなっている。

体の奥で疼きだした熱を抑え込みながらその匂いの方向を探る。



誰かが、この森の中で誰かが血を流している。

アイツは俺らをあきらめたんじゃない。

興味がなくなったのだ。

もっと簡単に腹を満たす獲物を見つけたから。



硬く踏みしめられた地面を見つけてそれを辿りながら竹と竹の間を走り抜けていく。

その時、ピンと張りつめた耳に聞き覚えのある唸り声が聞こえた。

慌てて足音を消して焦る思いをこらえつつジッと竹林の向こう側を見つめた。

影の中でチラリと黄土色が蠢いている。

そしてその黄土色の向こう側に紅と白いの物が見えた。



紅と…白?



ゾクリと背筋にいやなものが奔った。

まさか、いや、そんなはずはない!

俺は頭の中が真っ白になって思わず飛び出そうとした。



しかし飛び出す前に俺の後ろ脚に何かがしがみついた。

それは白くて小さなものだった。



「旦那待ってください…!

 あ、アレは藤原妹紅ですぜ…!」



ゼイゼイと息を切らしながらも俺を追いかけてきたウサギはそう言った。

藤原妹紅?

視界を一点に集中させて覗いた先には紅いモンペに白のワイシャツを血で赤く染めた少女がうずくまっていた。

顔は垂れた白い長髪でうかがう事が出来ないが、たぶんあの火の鳥中にいたやつだろう。

しかし、それがどうしたというのだ。

助けなければくわれてしまうぞ!



「アイツは姫様と同じ蓬莱人ですから食べられても死にやしませんよ…!」



ウサギは遠くの虎に気付かれないように声を小さく小さく荒げた。



え?なに?死なない…?

それに蓬莱人??

聞いたことない名前だ。



ん?いや、蓬莱…蓬莱…死なない。

それって…。


=ふろうふし か?=



蓬莱って確か竹取物語で出てきた不老不死の薬の名前ではないか?

確か高校の古文の授業で竹取の翁で出てきた名前だ。

それに今いる場所も、栐琳が姫様といっていたのもそれを確証づけていた…。 

そしてさらにちらりと茂み越しに覗いた虎の姿にゴクリと息をのんだウサギは、

コクコクと首を縦に振った。



「ですから虎に食べられたって死にはしません…!

 どうせ数時間もすれば完治してますよ…!」



不老不死。

死なないから喰われてもいいというのか?

ヒトを喰うなとは言わない。

妖怪が人を襲うのは至極当然なことと霊夢に教わった。

でも…。



「…旦那?」



=えーりんに つたえろ もしものときは たのむ れいむを=



霊夢呼んで『処理』を頼む。



俺は踵を返して地面を強く蹴った。

ヒトが喰われるのを黙って見てていいとは教わらなかったはずだ!

藪の中から飛び出すと今まさに大きく口を開けた虎へ向かって一直線に突き進ん
だ。

虎が俺の飛び出した音に気づき視線をこちらに向けようとしている。



一撃。

虎が完全にこちらに振り返る前に虎を妹紅から引き離す。

そのために一発でかいのを叩きこむのが最善だ。

後ろ脚に力を回す。

ぶつかるか?

だめだ、こんなでかい虎をぶっ飛ばすには俺の体じゃ役者不足だ。

一撃。

自分の中で知り得る一番強い一撃…。

頭の中にあるものをひっくり返すようにその最善の一撃を探した。







頭の中に浮上した一撃。

それはこの場面で最も最善であり、

そして俺にとって最も再現したくないものだった。

思い出すだけでむかむかする。

しかし今さら他の物に変身する時間はなかった。

俺は体全体を使って跳び上がり、狙いを定める。

もちろん狙いは生物共通の弱点、頭だ。



虎が妹紅の細い首にくらいつこうと口を開く。



闇の中で白い歯がギラリと空気にさらされたのを見て、

俺は焦燥感を感じて空中へ躍り出た体をひねった。

前に向かった山犬の肩の関節を横へ向け。

前足の関節の位置を変更、関節の位置を移動。

ズムリと背中が盛り上がるのを感じながら急速に伸びた太い指で拳を握りしめた。



回転の勢いを殺さず、構成された『腕』を思いっきり俺は…。



俺は…



…なにをしてるんだろうな?



とび出しておいて今さらなのは分かる。



でもなんで俺はこんなに必死になってるんだろう?



あぁ、椛の時もそうだったな。



自分が死ぬかもしれない状況でアイツを助けた。



なぜだ?



ヒトだったころの俺は自己犠牲なんて現実的にばかげていると思った。



そんなこと映画か漫画の主登場人物がやることだと。



なのに今の自分はどうしたことか?



英雄にでもなりたいのか_



そこまで死んでまでカッコつけたい?



いや、今の俺は死ぬだけじゃなかった。



霊気の予備がない今、妖夢のときみたいに自分を暴走させてしまうかもしれない。



そんな危険を及ぼしてまで、俺は何カッコつけようとしてるんだ?



ましてや目の前で襲われている女の子は不老不死で死なないと教えられているのにだ。



まるで俺は死にに…。


…。



俺は…死にたいのか?



ちがう、そんなはずはない。



俺は生きたい。



生きて結界の外へ帰りたい!



俺は…。



オレは…。



…?



あぁ、そうか。



俺が死にたいんじゃない。



『オレ』が『俺』を殺したいのかもしれない。





握りしめた拳が回転の勢いを殺さずに振り抜かれた。





=====================================




あぁ、もう、なんて最悪な日だろう…。







適当な竹の一本に背中を預けて大きなため息をついた私は、

手で顔に流れた血を拭いながら一つ愚痴をこぼした。



朝から全然ついていない。



靴ひもは切れるし、今日に限って竹林の妖精たちは何か怖がって顔を見せてくれないし、

あのバカに負けたのも運が悪かったとしか思えない。

弾を展開している時にふと眼下で犬のようなものがいたような気がして

弾幕ごっこ中にちょっと下が気になってしまったのだ。

だから私は…。

いやそんなのこと、今はどうでもいい。



右足…逝っちゃったかしら?



空から落ちた時に思いっきり竹に足をぶつけ、

頭から地面に落っこちてしまい、気づいた時にはこの状態だった。



少しでも動かすとギリギリと右足の鈍く、中から喰い破られるような痛みが奔る。




響く痛みに顔をしかめつつ薄く開いた目に関節がもういっこ増えている右足が映った。

あぁ、これは直るのに時間かかるかもしれない。

どう見ても複雑骨折だ。

千年、二千年たっても骨が折れる感覚は慣れないもので怖気が走るが、

それが体の奥でゆっくりと治っていくのを感じるのも嫌なものだ。



…慧音を待つしかないかな。



慧音のことだ、どうせ竹林のそばにでもきているだろう。

互いのラストスペルはいっつも派手だから確認できたはずだ。

それまでここで足が治るのを待つしかない。


その時、静かな竹林の中で重苦しいうなり声が響いた。

本能が背筋に悪寒を走らせる。

なんだ今の…?

このあたりに住んでいる動物や妖怪とは何度か顔を合わせているが。

ココにすんでいる生き物の中でこんな声を放つ者がいただろうか。



知らない声の響く方向をじっと見つめる。

見なれた竹の向こう側。

むくと竹林の影の向こうで蠢く何かがいた。

大きい…なんだろう?



その時、巨大な影の中でギラリと何かが光を放った。

金色に縁取られたそれは縦に裂け、こちらをじっと見つめている。

ヒッと喉の奥が引きつるものをこらえた。

そう言えば慧音が言っていた。

最近永遠亭の道中でなにか巨大なものに襲わせる人がいると。

まさかあれが…。



どう見ても友好的ではないその眼光に迎撃の準備をしようとしたが、

途端に右足から響いた激痛に思わず奥歯をかみしめた。



咄嗟に空へ跳ぼうとした結果。

右足に力を込めてしまい、反響する痛みに体をうずめてそれに耐えようとした。

その耐えようとした一瞬金色の眼光から視線を外してしまい。

気が付いた時には竹の合間を縫うようにそれが近づいてきていた。



そしてその眼光の持主姿がはっきりと私の眼に映った。



虎!?



それは金色に近い黄土色に漆黒の黒を重ねた大きな大きな虎だった。

まずい、今のまま飛ぼうとしたら絶対安全圏に達する前に虎に叩き落される。



そう判断した私は炎を起こしてヤツを遠ざけようとした。

いくら大きくても獣である限り炎には近づきたくはないはず。



腕に炎を宿し、それを投げつけようとするが。

力を込めた瞬間クラリと視界がブレた。

何が起こったのか頭の中で整理がつく前に、

目の前の地面がいつの間にか真っ赤に染まっているのに気が付いた。



ヤバい。血が足りない。



狭まっていく視界にドッ、ドッと重たい音を響かせて虎がすぐそばまで近づいてきた。

濃厚な獣の気配に息が詰まる。

何百年か前に一度、当時はまだ弱かった私は妖怪にむさぼられたことがあった。

死ぬことの許されない私の肉が引きちぎられ、血をすすられる。

それはとてもおぞましく、精神的に耐えられうるものではない。

長い月日を生きた今となってはそんなそんなへまはしなくなったが。

今、現在、その危機に瀕している。

頭の奥でガンガンと継承が鳴り響いた。



逃げ…!



ドスリと虎の巨大な前足が私の脇腹を押えた。

肺の中の空気が一気に出て行った。

フシュと熱い蒸気のような虎の鼻息が顔にぶつかった。

それはとても血なまぐさく、吐き気が喉の奥で暴走しかけた。



視界の端で大きく開けられて露わになった黄ばんだ牙がギラリと光った。



…っ!?



次の瞬間、巨大な虎が鈍い轟音と共に横にぶっ飛んだ。

あの巨体が宙に浮き、そして地面に激突した。

だがそれも一瞬。

受け身を取った虎はその巨体からは想像もできない俊敏な動きで跳び上がると、

低い姿勢で構え、こちらに怒りをあらわにした表情を向けていた。

だがその視線は私を向いてはいなかった。



唖然とする私の前に月の光を遮って何かが立ちはだかる。



それは真っ白な、まるで雪の様な毛並みをなびかせた大きな猿だった。

白い猿はチラとこちらに視線を向けた後、満足げに背中を震わせた。






































>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。
5月病というものを初めて体感しました。
だるだるー
こういうときは風景の写真集を立ち読みするのが一番です。
個人的に『かさねいろ』という写真集が見ていてムラムラします。(創作意欲的な意味で)
それでは内容解説へ。

今回は竹林での話パート3です。
主人公がなぜ原作キャラとの遭遇率が高いのか。
それは主人公の中のやつがジッと好機をうかがっていたからでした。
ある寄生虫の中にはホスト(宿主)の行動に影響を及ぼす種類もいるそうです。
それにしてもこの場合はどちらが寄生しているんでしょうか?
中のヤツ?それとも主人公?

そんなことはさておきようやく妹紅登場!
だが(妹紅視点にはなったが)しゃべってない。
妹紅はモンペのポケットに手を突っこんだままの立ち絵から男勝なり印象が強いですよね。
でも会話をみると一人称は「私」だし語尾は「~よ」が多いです。

…え?慧音はどうしたかって?
今回もまた予想外の長さになったので戦闘シーンと共に延期です。
さすがに2話連続で上下かけるほどねこだま元気がありません。

だれかー、感想板に「リアクション」だけでもお願いします。
おらに元気をわけてくれー \(>д<)/



いったんいつもの改行なしで投稿しようと思ったんですけど、
やっぱり私自身が読みにくく感じたのでやめました。
それに改行を付け足す際に誤字も発見できるのでやめないで生きたいと思います。



[6301] 東方~触手録・紅~ [11] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/06/24 02:38





幻想郷の南東、迷いの竹林と呼ばれるこの竹の群生地帯はいつも、

幻想郷の中でも静かな場所の一つに数えられている。

ヒトも、動物も、妖怪も、この場所にはなにか用がない限り立ち入ろうとしないからだ。

ただでさえ一本一本に特徴もなく単調な竹林は迷いやすく、さらに昼間は霧に覆われて視界も悪い。

夜は夜で背高のっぽの竹と笹が夜空を隠し、月の光を遮ってしまい方向を窺い知ることもできないからだ。

故にこの迷いの竹林は風が笹を撫ぜる音か数日に一度の激しい弾幕ごっこの音しか聞こえないことが多い。



だが、今日は何か違った。

悠々と背の高い竹はその身を風に遊ばせることはなく、

竹林全体が何かの濃密な気配に息を殺していた。

そんな中、黄土色と黒の縞模様が竹の影の間で揺らめき、

低く怒りのこもったうなり声があたりに響く。



そこにいたのは見たことのない巨大な虎と見たことのない猿のような姿をした妖怪だった。


人里で自警団と永遠亭への道案内をしている藤原妹紅は、

体を地面に横たえたままそっと顔を上げた。

長い間ここ(竹林)に来ているが、こんな光景を見るのは彼女自身初めてだった。

巨大な虎が今にもこちらに跳びかかってきそうな体勢で興奮した咆哮を上げる。

瞬間、ゴウと空気が張り詰め、竹が身を震わせた。

咆哮と共に息が詰まるほどの気迫が虎からはなたれる。

それに対峙するのは笹の合間から洩れる月光を

鮮明に反射する雪のような白い毛並みを湛えた巨大な腕の長い猿。

ギラリと牙をむき出しに威嚇する虎に対し、その猿はまるで答える様子も脅えた様子も見せない。

横たわる妹紅を背にただジッと虎を睨みつけている。



異質な空気が漂う空間の中で藤原妹紅は奇妙な感覚にとらわれていた。

目の前で長い腕と短い足で支えられた真っ白な背中。

その後ろ姿はまるで…。





― 私を…かばっている? -



前方数間先にいる獣、その大きさはゆうに3間、いや4間、それ以上はある。 (1間 1.8m)

普通の虎にしては異常な大きさだ。

目の前の猿も確かに大きいがそれでも身長が1間半あるかないかだ。

虎に対して比べるまでもなく体格で劣っている。

しかし白猿はまるで恐れていないことを見せつけるかのように、

ゆっくりとした動きで肩を回して体の動きを確認していた。

ふと自らの肩を確認しながらチラリと白猿の眼が此方に向けられた。

突然ぶつかってしまった視線に私はギョッとして身をよじったが、

白猿はまるで苦笑するかのようにクンと首を振って見せた後、再び虎を視界にとらえた。

虎が再び咆哮を上げる。

ビリと空気が震える。



突如それに応じるかのように白猿は長く太い丸太のような両腕を振り上げ、それ地面に叩きつけた。

ズドンと強い振動がグラリと地面を揺らし、竹をざぁと大きくしなる。

そして白猿は歪な牙がずらりと並ぶ顎を大きく開けた。

だがその口内から虎のような咆哮は放たれない。

しかし、声ではない何かが放たれた。

心臓を捕まれたような、口をふさがれたような気がした。

本能に訴えかけてくるそれはこちらに向けられてはいなくとも

頭の中の警鐘がガンガンと鳴り響かせた。

目の前の虎がグッと前足を踏みしめて身を更に屈める。



巨大な虎がその身の数分の一しかない猿に気脅されていた。

睨みあう2体。



次の瞬間虎が地面を大きく踏み出し一瞬で間合いを詰めたかと思うと、

ドウと大きな音を立てて巨体が宙に躍り出た。

その巨体からは想像もできないほど速く、そして高い。

妹紅はその迫りくる虎を見て咄嗟に力を込めた。



「っぁあ!?」



だが足は妹紅の命令を実行できず、激痛がかえってくるだけだった。


その痛みに思わず声を上げて身を屈める妹紅を影が覆った。

唇をかみしめながら視界の端に映ったものは、どっしりとその場の地面を踏みしめた白猿だった。



受け止めるつもり!?



白猿が長い両手を後ろに引いて構えた。


その潰れた鼻づらはじっと空を覆う虎へ向けられている。



「よけ…!!」



よけろ!相手が大きすぎる。

あの大きさが落ちてくるだけでも脅威だというのに、

向けられた爪と牙そして虎の腕力があれば妖怪といえど、ただではすまないはずだ。

そう叫ぶ前に虎の全体重が白猿の体にぶつかった。

まるで爆発のような衝撃が竹林の中で弾け、

周囲の笹が暴風にさらされたかのようにガシャンガシャンと大きな音をたてた。

妹紅の目の前に映るのは盛り上がった白猿の背中と…



ウソ!?



空中で進行を止められた巨虎の姿だった。

ギリギリと両者の間で何かが軋む音が聞こえる。

だが殺しきれないベクトルに白猿の身体が遅れてクラリと後ろに傾き始めた。

そしてその背後には、



「くっ!?」



妹紅の視界いっぱいに白猿の背中が映った。

潰されると妹紅の背中に悪寒が走ったその時、



「――――――!!」



白猿の口から声のない咆哮が轟いた。

そして突如白猿が満身を込めて体をひねり、

なんと虎の肩と首に腕を回してそれを右に放り投げたのだ。

ズドンと妹紅のわずか数寸隣に白猿が倒れこむ。

巨大な生き物が倒れたその衝撃は一瞬妹紅の体が宙に浮くほどだった。

ゴロゴロと転がった白猿は長い腕をばたつかせて立とうともがいている、

その姿越しに虎がネコ科独特の体のしなやかさで素早く体勢を立て直したのが妹紅の目に映った。

金色の眼光がギラリと怪しく光った。



…!



黄土色の毛並みが一瞬で白猿に投げられた距離を縮め始めた。

その姿を見た妹紅は腕に力を込める。



せめて、一発…!



不老不死の体から流れていた出血はすでに止まっている。

しかし、失った血はまだ完全に戻ってはおらず、体に溜まった疲労感が頭と腕を重たく感じさせた。

いつも何気なく放つ一発にこれほど必死になるのも久しぶりだった。

そして指の先に熱を感じたときは歓喜と共に焦燥感を覚えた。

まだこれでは小さすぎる。



妹紅に迫ろうとする虎に白猿が倒れたまま咄嗟に腕をのばして引き留めようとした。

だが虎は軽い身のこなしでその腕をかいくぐり、さらに妹紅に迫る。

ハッと顔を上げた彼女の視界には既に虎が目前にせまっていた。

前足が振りあげられ、爪が鋭く煌いた。

妹紅はバッと右手にともった小さ紅い光弾を突き出した。



「…っ!!」



ビー玉サイズのそれは一瞬収束し、

次の瞬間紅が弾け、妹紅の指の先から前方一面に炎の壁が広がった。



それは収束された一撃と比べたら威力は全くなく、

広がる紅い炎はただのこけおどしにしかならない。

だが



!!!



野生動物にはそれが最も効果てきめんだった。

虎の視界は炎に撒かれ、一瞬獲物を見失い虎は闇雲に飛びかかる。

しかし炎を出した瞬間身を伏せた妹紅の体に触れることなく跳びこえ、虎は地面に激突した。



やった!



咄嗟に炸裂させた炎弾は彼女の目的とした効果以上の効果を発揮し、

思わず妹紅は自分自身を称賛した。



あっという間に体制を立て直すまでは。

虎は激突した衝撃に体を回転させ、そのまま前足を地面についてこちらを睨みつけたのだ。

その俊敏な行動を頭が理解する前に、虎が咆哮を上げて再びかけ出した。

妹紅は動かせる腕で必死に後ろに後ずさる。

再び炎を作り出す頃にはあの牙は首筋にくらいついているはずだ。

ジャジャと指が枯れた笹をかきわけるが、そんな距離あっという間に詰められた。

目の前に迫る虎の巨大な姿に思わず息が詰まった。

そして虎の顎が大きく開き巨大な影が跳びかかる。

しかし、それを遮るようにあの咆哮が響いた。



「―――――!!!」



次の瞬間妹紅の体を巨大な白い影が跳びこえ、

跳びかかる虎の眉間に大人の男の背中ぐらいはありそうほど巨大な拳が突き立てられた。

まるで落石が地面に激突したときのような鈍い激突音が響いた。

拳一点に全体重を乗せられた一撃に虎は苦悶の声を上げて大きく後ろにのけぞった。

その瞬間を白猿は見逃さず、怯んで浮き上がった虎の顎下から突き上げるように肩口をぶち当て、

なんと下からその巨体を捻り、上下の体位をひっくり返して地面に押し付けた。

次の瞬間虎の腹にまたがった白猿は両腕を振り上げ両手のひらを組み合わせ、それを天高く掲げた。

振りあげられたそれを…



それを…



白猿はその両拳を振り下ろすことなくゆっくりと外した。

しかし右腕で虎の首筋に爪を突き立てるように握りしめ、

虎の目前に自らの牙を見せつけるように大きく口を開いた。

その後、白猿は虎の上からゆっくりと退いた。

瞬間、虎はその瞬間バッと跳び退いて姿勢を立て直し、威嚇行動をとった。

それに対して白猿は再び妹紅を虎から遮るように立ちふさがり、吠えるように大きく口を開いた。

数秒、数十秒虎と白猿はにらみ合った。



そしてふと虎はクシューと一つ荒く熱い息を吐き出した後、

ゆっくりと白猿と妹紅から背を向けた。

黄土色の巨体を揺らしながら、虎は竹林の奥へとその姿を消した。



白猿は黄土色が闇に消えたのを見届けた瞬間全身から力が抜け、後ろに倒れこんだ。



「え?お、おい!?おま…」



妹紅が倒れていく白猿に思わず声を上げた直後、



「!?」



白猿の形が崩壊し、白猿がいた場所にはドロンと真っ黒な何かが地面に落ちていた。




な、なんとかなった…。



俺は笹の向うの夜空を見上げてぐったりと心中でそうこぼした。

正直、あんなバカでかい虎を触手なしでどうにかできると思っていなかった。

あの忌々しい猿に化けるのはかなり抵抗があった、

だが元々ヒトである俺にとって、犬とかの獣よりもやはり腕を自由に使える姿の方がどう動けるか想像しやすかった。

ヒトの形で立てない今両腕を使って戦える姿はそれしか思い浮かばなかったのだ。



あぁ、あのクソ猿め…馬鹿みたいに動きやすかったぞ。



忌々しげにそう呟いた俺の体にそっと何かが添えられた。



「…いきてる…の?」



その声につられて視界を横に向けると、

そこには横になった藤原妹紅が驚き半分心配半分の表情で俺の体に手を乗せていた。

俺は一瞬その問いに答えようか迷ったが、心配をかけるのも悪い気がして体を動かした。

ムクと潰れた体を起こす。

ただの女の子ならここで叫ぶか息をのむぐらいするかと思いきや、

妹紅は一瞬目を皿のように丸くした後、俺に向かって一つ溜息をついて見せた。

そのため息はまるで安堵しているように見えたが…。



「…お前、私を助けてくれたの?」



妹紅は俺の体を撫でながらそう言った。

まるで言葉のわからない動物に対する扱いみたいだ。

妙にむず痒い感覚に俺は体を震わせ彼女の手を振り払った後、こくりと体を縦に振
った。


体を上げた俺の視界にふと彼女の右足が目に映った。

…そこで曲がりますか。

骨を折ったことがない俺は脛の真中あたりからありえない方向に曲がっている足を見て思わずそれを凝視した。



大丈夫なのか?



俺が固まったのに気づいたのか妹紅は自分の足を見て苦笑した。



「これ?ただの骨折なら1時間すれば治るけど…

 こう曲がっちゃ2~3日しないと治らないわね」



自嘲気味に笑いながらそう言った彼女の顔は少し青い。

やはり痛むのだろうか。

…俺がもしこんな状態になったら絶対悲鳴あげるな。うん。



「なぁ…」



ふと妹紅が自分の足を見ながら俺に声をかけた。



ん?



視界をそちらに向けると妹紅は一呼吸おいて口を開いた。



「この足、まっすぐにしてもらえない?」



…ぇ?



想像もしなかった注文に思わず妹紅の顔を凝視した。



「…本当はそろそろ私の…その…友達が来てくれるんだけど

 今日は派手に吹っ飛ばされたから運よく見つけてくれるかどうかわからないわ。

 だからさ、足をまっすぐに直してくれない?そうすればすぐ治るから…。」



あー、正直断りたい。

応急処置の経験なんて全くないぞ。

うまくできるかわからないことに勇んでやれるほどの度胸を持ち合わせていない。

…助けに入ったのは咄嗟だ咄嗟。



「たのむ。できれば早く帰りたいの。

 今日は完全に厄日みたいだから。」



…そうはおっしゃられてもねぇ。



俺は頭の中でため息をした後、

意を決してそっと彼女の右足に触れた。



「…っ!!?」



途端に妹紅の口から苦悶の声が零れ思わず触手を引っ込めた。

まずい、なんか変なことしちまったか?

ひとしきり唇を噛んで苦痛に耐えた妹紅は細く息を吐き出した後、再び俺を撫でた。



「ごめん、…早く」



妹紅は顔を蒼くしながらも短くそう言った。


あー…あー…どうなっても知らないぞ。



俺は5本の触手を体から生み出した。

2本を彼女の足へ、2本を彼女の膝へ。


そして1本を彼女の顔の近くに差し出した。



「?………あぁ、ありがと」



妹紅は差し出された触手に一瞬キョトンとした表情を見せたが、

それが口の近くに来てようやく俺の意図を悟ってくれた

彼女はフゥともう一度覚悟を決めるように息を吐くと、

俺の触手の先端を口に含み、それに歯を立てた。

弱い圧力を触手の先端に感じた。

そして彼女がこくりと頷いたのを確認した後、

俺は触手で彼女の足を掴んだ。



「…っ」



クッと彼女が力んだのを触手から感じた。



…いくぞ?



妹紅は目を閉じ、もう一度うなづいた。

俺も彼女の口の中のから小さな震えを感じ、意を決した。



…っ!



「…!!!…っふ!!!……っっっぁふ!!!」



ググと90度近く折れ曲がった右足を一気にまっすぐに戻した。

瞬間口内の触手が強く噛み締められ、彼女の眼尻から涙が浮かんだ。

俺の仕事は一瞬で終わったが、彼女はいまだに激痛に耐えている。

しかし俺にはその姿を見つめることしかできなかった。

そうして数十秒、

フゥ、フゥと彼女の小さな鼻から荒い鼻息が漏れ始めた。

徐々にだが痛みが治まってきたのかもしれない。

大丈夫かなと俺は思わず彼女の顔を覗き込むと、

妹紅は深い溜息をひとつつき、口を開いた。

そっと触手を抜くと、彼女は大きく息を吸い込み俺に微笑みかけた。



「…ありが…と。…ハァ…うん、楽になったわ」



そう彼女は嘘をついた。

さすがの俺でもそんな嘘すぐに気づくさ。

彼女の顔はまだ蒼いままだ。

大丈夫だろうか?

ふと俺の視界に彼女の口の中にあった触手が映った。

その触手には見事に半月状の葉型がくっきりと残っていた。



……。

…こりゃ消えるのに少しかかるかも。



そう思っていると息を整えていた妹紅がそれを見つけてクスと笑った。



「あー、ごめん。ちょっと強く噛みすぎちゃったわ」



…笑えるならもう大丈夫だろうな。



蒼いが笑みを浮かべた妹紅を見て俺はそう結論し、体の中を探った。

一応電子辞書で彼女自身にに容体を聞いておこうと取り出したその時、

ふと妹紅の視線が俺の後ろに注がれた。



…?



そして次の瞬間だった。



!!?


突然後ろからすさまじい衝撃が全身を襲った。

あまりにもいきなりすぎて俺は衝撃を逃がすことができず吹っ飛ばされ、

竹林の竹の一本に激突して地面に落下した。



何が起きたのか理解できなかった。



ただ俺の視界に入ったのは…。



地面に落ちた電子辞書と…



2本の角と…



赤いリボンだった。















































あぁ、今日は妹紅の負けか。

竹林の入口付近で彼女たちの戦いを私は見届けていた。

それにしても今日の妹紅の動きがおかしかったな。

しきりに下を気にしていたようだったが…。

まぁいい。長きにわたる妹紅と輝夜の戦いは常に一進一退。

今日はたまたま『一退』しただけだ。

妹紅のことだ、どうせ明日になればケロっとしているだろう。

私は妹紅が派手に吹っ飛んで行った方向を確認し、その方向へ散歩気分で歩みを進める。

しかし歩みを進めている途中でとふと地面に大きな足跡を見つけた。

その周囲ではポッキリ折られた竹もあった。

そう言えば人里で最近この竹林に巨大な化け物が頻繁に出ると聞いたな。

そのせいで永遠亭に行くにも行けない人が多いという。

むむ、妹紅とはいえ月の姫とやり合って体力を消費した後では危険やもしれない。

私はそう考えて歩みを速めた。

その時だった、ふと空気の中に異様な匂いを感じて足を止めた。

これは…獣のにおい?

それに幾ばくか血の匂いも幽かにする。

…まさか。

私はいやな予感を覚え、匂いのする方へ竹藪を突き抜けた。



背筋を這う悪寒に急いだ私は真っ暗な竹林の奥に白い一点を見つけることができた。

間違いない妹紅の髪の色だ、リボンの色も鮮明に見える。

安堵して彼女に声をかけようとした瞬間だった。



「……っ…ん」



ふと彼女のくぐもった声が聞こえた。

様子がおかしい。

私は藪の影に隠れてそっと覗いた。

そしてそこにいたのは…。



「ん!…っんふ…んぁ!!」



眼尻に涙を浮かべ、口に何か太いものが突っ込まれた妹紅と、

その下半身でゆらりゆらりと妖しく蠢く黒い影だった。











次の瞬間、幻想郷の迷い竹林の一角に一匹のワーハクタクが現れた。















































>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

みなさんの感想のおかげで今回がんばることができました。

触手録・紅11話です。

今回は主人公(&妹紅)vs虎のお話でした。

正直たったこれだけの事で一話分書けるかどうか不安でしたが、

ほぼ逝きかけましたよ。というかどっかのワーハクタクの暴走で逝けましたよ。

ということで次回はようやく人里編へ行くことができます。

しかし竹林の中で彼はあるものを落としてしまいました。

唯一の伝達手段をなくした彼は人里でどうなる事やら。


さてそれでは皆様また次回お会いしましょう ノシ






















先ほどまでの喧騒が過ぎ去った数分後。

突然ガサリと竹藪が揺れ始めた。

そしてガシャンという大きな音が竹林に響き。


「…ケロ?」

2つの小さな目と頭上の2つの大きな目がキョロキョロと周囲を見回した。




[6301] 東方~触手録・紅~ [12] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/07/11 22:19
12
















ぬくい。




意識がぼんやりと暗い水の中から浮上しかけたときだった。

ふと体の表面温度が通常よりも高く感じた。

はっきりとしない頭がそれをさぐる。



布団…ではないな。



なにか温度を持つ者が俺の体に触れており、

そこからジンワリと熱が俺の体に伝わってきているようだ。

暑すぎないその適度な温度が心地よい。

柔らかなその感触も手伝って久しぶりに俺は起きる直前のまどろみを覚えた。

できるならこのままもう一度意識を手放してしまいたい。

でもそろそろ起きないとな…昨日みたいに朝だと霊夢に蹴り起こされかねない。




…だけど。



…もう少しだけこのままでもいいよな。



こんなに眠いのも久しぶりだ。



お腹もいっぱいだし、もうちょっと寝よう…。



蹴飛ばされたら起きよう。





そう曖昧な判断力で決断しおれは再び意識を離そうとした。

しかし。





「……ん」



と小さな吐息混じりの声が俺の聴覚に届いた。

ずいぶん近くに感じたその声にぼんやりとした頭が疑問符を浮かべる。



あれ?誰の声だ?

霊夢じゃない。

萃香では絶対ない。

魔理沙も昨日は帰ったし。

あれ?昨日?



それを皮切りに俺の意識は急浮上した。

パッとテレビの電源がつくように俺の視界が開かれた。

直後真っ暗だった視界に突然強い光が直撃し、一瞬視界が眩む。



そして視界が戻ったと同時に俺の頭の中は再び少し真っ白になった。

俺の視界に真っ先に入ったのは朝日の線が入り込む一つの窓だ。

白い土壁に丸く切り取られ、赤い格子がついた窓。

こんな窓博麗神社にはなかったはずだ。


ここ…どこ?




混乱も極限に達すると頭の中は真っ白になるらしい。

俺はそのまま停止しかけた思考を引き戻し、

とりあえず昨日のことを思い出そうとした。

昨日は確か霊夢に蹴落とされて…いや、これは一昨日だ。

あー、昨日は朝霊夢を起こして、神社の掃除して…散歩し…



「…ふゅ…」



もう少しですべてを思い出せそうな答えが出かけたその時、

突然先ほどと同じような声と共に俺の体に何かが巻きついてぎゅっと締めつけてきた。

驚いて視界を後ろに反転させると、



「…スー…スー」



白い髪を一つに束ね、肩の前に下ろした女の子が軽い寝息を立てていた。

そして彼女の腕は俺の体へと回されている。



さて、ここまで来ると思考の中はここは誰あなたはどこ状態である。



俺が思わず身も体も硬直させると、

腕の中の異変に気づいたのか少女が「ぅん…?と」眠たげな疑問符と共にうずめていた顔を上げた。

うっすらと瞼が開かれ、ぼんやりとした赤い眼に光が入る。



あれ?この顔どこかで見たような…。



「…ん?…あぁ、気が付いた?」



藤原妹紅は腕の中の俺に首をかしげてそう尋ねる。

昨日とは違い長い髪を一つに束ねていたから一瞬彼女であると全然気がつかなかった。

まだ眠たそうな彼女はゴシゴシと瞼をこすった後、

長い髪を少し邪魔そうに耳にかけた。



そのとき、ふと俺の頭の中で爆発のように昨日の出来事がリプレイされた。



散歩のこと、子供のこと、妖怪の山のこと、湖のこと。



そうだ、俺は昨日竹林から神社に帰ろうとして、妹紅を見つけて…それで…

…それで?

なんで俺は寝た…いや気絶したんだ?

あのバカでかい縞々は追っ払ったはずだし。

別に霊気切れというわけでもなかったし…。



すべて思いだそうとするがなぜか決定的な部分が喉もとでつっかえて思い出せない。


抱きしめているものが無言で必死に悩んでいることなど露知らず、

妹紅はこらえきれない大きな欠伸を手首で押さえ。



「ふぁ…はふ、ん、おはよう黒丸。

 昨日はその…悪かったわ」



と眠気を押さえながら妹紅は挨拶と謝罪の言葉を告げた。


なぜ謝るんだろうか?



とりあえず俺も挨拶を返そうといつもどおり体の奥に保管してる電子辞書を取り出そうとした。


しかし



…っ!!!



弄った体の奥にあるいつもの感触のものがなかった。

いや電子辞書だけじゃない、あの瓢箪もない!



え?ない!え!?



ふと頭の中である光景が浮かぶ。

驚く妹紅の顔、直後グルンと宙を舞う俺の視界。

天高く伸びた二本の角を持つ人影。



地面に落ちる銀色の…。



!!!



まさか…いや…まさか…!



竹林に落とした!?



まずい、それはまずい!

あれがないと会話もできない!てかそれ以前にあれはまだ店主からの借り物だ。

傷はつけてしまったがそれならまだいい、無くしたらなんていえばいい!?

はやく、はやく探しに行かなくては!



精密機器を落としたままにはできない。

そのうえあの竹林は結構湿気が多い。

まさか朝露で濡れてたりなんかしてないだろうか。



考えれば考えるほどあってはならない予測が脳裏をよぎり、

俺は慌てて竹林へ向かおうと彼女の腕をほどこうとした。

だが、



「え?なっ?どうしたいきなり!?

 この…暴れるな!」



そう言って妹紅は飛びだそうとする俺を押さえつけた。

いや、暴れてるんじゃない、この腕を解いてほしいだけだ!!

はやく行かなくちゃ…。

あぁ、まさか妖怪に踏まれたりされてないよな?

あれ以上ボロボロになったらぶっ壊れてしまう!



回された腕から抜けだそうと体を必死に動かしてもその拘束はほどけることはなく、

焦燥感に駆られた俺は犬の姿へと変身して無理やりそれを引きはがそうとした。



「ひゃ!?ちょ、あぶない!あぶないから!!あ、うわ!」



ドンと俺が体を弾ませたその時、ぐらりと彼女の体もろとも俺の視界が反転する。






あぁ、昨日はちょっとやりすぎたな。

私は妹紅の部屋へと続く渡り廊下を下りながら昨日の出来事を後悔した。

結局あれは妹紅の怪我の応急処置をあの“クロ”に頼んだ場面で、

口にその…アレ…じゃなかった触…手を咥えていたのは痛みをこらえるために“クロ”が噛ませてくれたものだったらしい。

そのシーンだけをみた私はいらぬ誤解をしてその応急処置をしていた彼に突っ込んでしまったのだ。

その後妹紅にしこたま叱られてしまった。

なんでも彼は妹紅を救うために襲いかかってきた噂の人食い虎を一騎打ちで叩きのめしたというのだ。

不老不死の彼女にとって死ぬに死ねないという状況が一番最悪だと聞く。

つまり私は生きたまま食われそうになったの妹紅を救ってくれた彼をぶちのめしたことになる。

怒られるのも当然か。

とりあえず今日彼が起きたらまず謝っておこう。



…それにしてもなにか嫌な予感がするな。



妹紅の部屋の前で妙な胸騒ぎを覚えたまま障子に手をかけた。



「妹紅、どうだ?彼は起きた…か…」



私の視界に入ったのは…。



「ハァ、ハァ、ハァ…」



赤い唇から洩れる吐息は荒く、清楚にまとめられた絹糸のような髪は乱れ。



「…ん?けー…ね?」


長襦袢から肌蹴た白い肌の足が艶めかしい輝きをはなち、



ルル?



そして彼女の上で首をもたげた山犬の姿だった。






「も…」


「け、慧音?」


「妹紅に何をしているぅぅぅううう!!!」



!?



「慧音!?まっ…!」



ぎゃッーーー!?









「ほんっっっとうにすまなかった!!」



目の前で畳の床におでこを押し付けるようにして青みがかった髪の女性が土下座をした。


まぁ…暴れた俺も俺だから別にかまわないが…。



あの後、彼女、上白沢慧音にもう少しでマウントポジションをとられてマックノウチされる一歩前だったが、

復活した妹紅がすぐに抉るように振り下ろした一撃を彼女の頭に炸裂してくれたおかげで、

なんとか俺は夢の中への強制送還を逃れることができた。



ふむ、少女にガミガミと怒られて正座してヘコヘコと頭を下ろす女性というのも

なかな見ていて面白かったのは秘密にしておこう。



「はぁ、ごめんよ黒丸。慧音も悪気があってやったことじゃないからさ。

 許してあげてくれない?」



少し呆れたような疲れたような溜息をついた妹紅は振り返りながら俺にそう問うた。

そのつもりだと俺は触手を一本揺らめかせて見せると、

慧音は胸をなでおろすと同時にほうと頷いた。



「…お前はもしかして博麗神社の妖怪か?」




ん?しっているのか?

キョロと視界を向けると慧音は頷き、つづけて口をひらいた。



「ふむ、やはりか。しかし文の話では何かしら意思疎通をできる道具を持っていると聞いたが…。」



多分電子辞書のことだろう。

はぁ、早く竹林に行ってその電子辞書を取ってきたいのだが、

そのことを伝える手段がないのはとっても歯がゆい。

俺は一生懸命身振り手振りで電子辞書が手元にないことを伝えようとしたが、

妹紅と慧音は顔を見合わせて首をかしげるだけだった。

ふと、妹紅があれ?と疑問の声を上げた。



「なぁ、慧音。黒丸はその道具でどうやって意思疎通ができたのさ?」



その問いに慧音は自らの口元に手を添えて。



「確か…その道具で文字を浮き上がらせるとかどうとか…。

 ん?もしかしたらあれで代用できるかもしれないな。」



ちょっと待ってろと呟くように立ち上がり、慧音は障子を開けて廊下へ出て行った。

あそこだったかどこだったかと呟いて出ていく慧音の背中を妹紅と首をかしげながら見送り、

そして数分もしないうちにもどってきた彼女の手には深緑色の四角い板がおさまっていた。



「それって確か…みにこくばん…だったっけ?」



妹紅がその道具の名前を口に出すと慧音はなぜか胸を張って満足げに頷く。


「あぁ、霖之助から寺子屋を改築した記念にと貰ったものだ」



「何百年前よ」



「む、まだ20年もたってないぞ」



…30年?



ちょうど懐の小さな小箱から白い塊を取り出した彼女はどう見ても20代前半だ。

妹紅は不老不死だから30年前のことを知っていてもおかしくないが…。

とするともしかして慧音は人間じゃないのだろうか?



「ほら、チョークだ。使い方は分かるよな?」



思考を中断するようにパッと目の前に差し出されたそれを、

細く伸ばした触手で受け取り、それで黒板に白い線を引いていく。



カッカッカと小刻みな音がとても懐かしい。



“勿論”



久しぶりに『描いた』漢字はグニャグニャでかなり汚いが…。

…まぁ、ギリギリ読める範囲だろう。

黒板に書かれた文字を読んで妹紅は「おぉっ!」と感心したように手をたたく。

しかし正直言ってこれくらいのことで拍手されると少し恥ずかしいものだ。

おっとそういえば…。


カッカッカッカッカ



“きのうの けが 大丈夫 ?”



「ん、あぁ。お前のおかげであの後すぐ治ったよ。ほら」



そう言って妹紅は座ったまま足を投げ出してグリグリと足首を回して見せた。

痛みを全く感じさせないその動きをみて初めてその蓬莱人というものを認識することができた。

本当にあの骨折が一晩で治るとは…。



「はしたないぞ妹紅…あぁ、そうだ。」



ジト目で妹紅を注意した慧音は突然再び姿勢をただすとさっと三つ指を添えて深々とあたまを下げた。



「昨日は妹紅をたすけてもらって本当に感謝している。

 なにも準備していなかったが今日はゆっくりして行ってくれ」



ヒトからこんな風に感謝されるのは初めてかもしれない。

この体になってからもそうだがヒトの時もだ。

だけど…。



かっかかかかっかかかっか



…む、やっぱり筆談はめんどくさいな。



“すまない それは できない”



「…なにかわけでも?」



かかかっかっかかかかめんどくさい




“竹林に大事なものを落し物をした”



「落し物…というともしかしてあの文字を浮かび上がらせる道具のことか?」



俺はこくりと頷く



“気を失う直前に地面に落ちたと思う”



そう書くと突然妹紅がバッと慧音の方へ振り返り、慧音はバッと視線をそらす。

そしてなぜか慧音の細い輪郭に滴が一筋流れていた。



ど、どうしたんだ?

ふたりはそのまま硬直してしまい、部屋の中に異様な空気が流れた。

固まってしまった空気を打開すべく俺は再びチョークを振るった。



“早く探しに行きたい こわれやすいから”



二人が黒板に気づくように一生懸命掲げると妹紅が言いにくそうに口を開いた。



「…そんなに大事なものなの?」



“すごく”



傷をつけてしまったがアレは店主からの借り物だし、

もし電子辞書がなかったら今のような人間的な扱いをされていないだろう。

…本当に魔理沙にペット扱いされてたかもしれないな。

俺にとってはアレが俺をひとたらしめるものなのだ。



その思いが通じたかどうか知らないが妹紅は「そっか」とつぶやくと、

すっと立ちあがっておもむろに腰の帯に手を掛けた。



「…妹紅?」



「ちょっと竹林まで行ってくる」



はっきりとした口調でそう言いきった妹紅は腰帯をたたみながら襖に近づいて行く。



「ぬ、私もいくか?」



「ううん、慧音は寺子屋があるでしょ?

 落ちた場所は分かるんだから私一人で十分」



…って

俺は慌てて黒板に書きこんだ



“おれひとりでも



「…場所わかるのか?」



一人でも大丈夫と書く前にバッサリ斬られてしまった。

ガックリとくたびれた俺を見て妹紅はクスクスと笑う。



「私が覚えているから大丈夫。

 昨日の事もあるんだから一緒に探させるぐらいさせなさいよ」



…ぬぅ。

断ろうにもあの広大な竹林をあてもなく一人で探すわけにもいかないか。

それに忘れていたがあそこは迷いの竹林だったな。

一人でのこのこ探しに行ったら出てこれないかもしれない。



“すまない 頼む”



「あぁ、任せろ」



満足げに笑みを浮かべながらもこうはたたんだ長襦袢を籠の中へしまった。



「…ってなにお前は自然に着替えシーン見ているんだ!出るぞ!」



ぬぉ!?



突然慧音は俺の体を鷲掴みにすると障子に向かってガシガシと大股で歩いて行っ
た。



あーそういえば俺男だったなー。



「どうした慧音?」



「コイツは男だ!」



「…?オスじゃなくて?」



「元人間らしいぞ」



「…っ!?!?!?」





ピシャリと障子が絞められる瞬間の妹紅の顔は彼女の弾幕のように真っ赤だった。





























>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。
まず皆様に重大な物をお知らせしなくてはいけません。
なぜいままで言わなかったのか不思議なくらいです。
本当に申し訳ありませんでした。
では…。



もこたんINしたお!!!


…ふぅ。なんで言わなかったんでしょう自分?
それでは内容解説にまいります。
今回はちょっと短く感じますね。
会話メインになるとどうも私の書き方では短く感じますね。
かと言ってここだけ変えるのも私の技量が追い付かないので…。

とりあえず今回は上白沢家の穏やかな朝をお送りいたしました。
うちの慧音はどうやら頭のねじが少し緩んでいるようです。私のねじはすでになくしました。
さて今回一応ミニ黒板を手に入れました。
主人公にとって白い粉を体の中にいれたくはないので携帯に不便なので今回限りでしょう。
それにしても久しぶりに主人公の発言に漢字が出てきたよ。


では次回予告。
次回は人里から始まり舞台を一時だけ竹林に戻します。
そして竹林でなんとまさかの彼女に出会います。
なぜ「まさか」なのかというとフラグを書き忘れたからです。
たった3文字のフラグを書き忘れたよ!

ということでこっそりそのフラグの3文字を第11話の最後に入れておきます。
たぶんその3文字を見ただけで皆さんはじかいの登場キャラがわかるでしょう。
気になる方はこっそり見てください。

短い内容でしたが第十二話投稿です。

それではねこだまでした。





ちなみに感想板で11話の数秒後のもこたんとけーねの会話がちょろっとあります。
暇があればあんな感じのおまけをちょろちょろっと書きますので暇があれば感想版をみてくださいね

                                  A_A
                                 (・ω・)ノシ マタジカイ





さっそく誤字訂正 報告感謝



[6301] 東方~触手録・紅~ [13]  
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/07/11 22:19
13











「何もしてないな?」



“なにもしておりませぬ”



「本当に?」



えぇ、本当です。

だからそんなに微笑まないでください、

そんな素敵な笑みを浮かべられると体の奥がドキドキします。



…生存本能的な意味で。



俺は妹紅の部屋から強制連行され、気持ち正座させられている真っ最中だ。

そして俺の真向かいにはお察しの通り、

特徴的な立方体の帽子をお召しになっていられる上白沢慧音さんが据わってらっしゃいます。

なぜだろう。なぜか高校時代の二者面談を思い出すぜ。



「ふむ、ところでそういえば、先ほど妹紅を押し倒していたが…。

 あれも本当に「事故」だと言い張るんだな?」



言い張るも何もまさにその通りでございます。

通常形体のままの俺は体を少し起こしてコクコクと頭を縦に振った。

しかし目の前の彼女は未だニコニコと目元に影が見える笑みを崩さない。

これはやばい。なんか俺の精神的なものがヤバい。

とりあえずこういうときは話題を変えるに限ると、傍らに置いた黒板とチョークを手に取った。



“聞きたいことがある”



「ん?」



“俺の瓢箪はどこ?”



電子辞書が落ちたのは気絶する直前にはっきりと見たが、

瓢箪は俺の体の中に置いたままだったはずだ。

ただの酒用瓢箪とはいえ萃香からのもらいもの。

貰ったものは大事にしたいものだ。



黒板を読んだ慧音はあぁ、と思い出した声を出す。



「瓢箪は昨晩妹紅がお前に呑ませていた時にポロリと出てきたそうだ。

 中は空だったが…一応濯いで今は台所で干してある、安心しろ。」



それを聞いてとりあえず不安の種が一つなくなったことにほっと胸をなでおろした。



…ん?のま?



“のませていたって?”



「妹紅の血だ。ソイツは血を飲む妖怪だとおしえたら…な」



慧音の口からそれを聞いたとたんギクリと俺は身をすくめた。



…マジか。



「…む、何かまずかったっか?」



まずいも何も…。

よ、よく襲わなかったな俺。

最悪このヒトの気配のする場所のど真ん中で…なんてこともありえた。

IFの状況を想像して俺が一人ガクガクブルブルして、

背筋が凍りつきそうだと思った次の瞬間本当に背筋が凍りついた。

俺の体の上に置いてあるものは何だ?



「そして一晩中ずっと看病してくれていたはずの妹紅をお前は…。」



ぐっと俺の体のてっぺんが握りしめられる。

そこで区切るな。掘り返すな。

抗議しようと黒板にチョークを滑らせようとした時だった。



「ふむ、百聞は一見にしかずとも言うし、コイツの歴史を覗いてみるのも面白いやもしれないな。」



…!?

まさか慧音も能力もちだったのか!!?

両手をそっと俺の体に乗せようとする慧音。



「どうした、硬くなって?まさか見られて困ることでもあるのか?ぅん?」



いや、そんなことはな…い…は…



―あ…っ!…ふっ…ぅ…くぅっ!?―



―…っふ!ん!…んふぅっ…んぁ!!―



…あれ?なぜ魔理沙さんと妹紅さんが出てきたんですか?

二人とも苦しそうに顔をゆがめ、眼尻に涙をためた表情でいる。



ガッ



「む!?どうしたクロぉ!なにか心当たりでもあるのか?」



俺に触れようとした両の手を受け止めて体から遠ざける。

やましいことはない!

だけどあんたなら誤解する!

絶対する!そんな気がする!



その細腕のどこにこんな力が入っているのか理解できない。

ヒトとのそれとは比べ物にならないはずの俺の力がなぜか一人の女性と鍔迫り合いの如く押し合っていた。

まさかコレが補正力というやつか!?なんのとはいわんが!



「あー、何してるの慧音?」



ふと聞こえた声に、俺と慧音は同時にキッと声の主の顔を見上げた。

白いシャツに赤いモンペをサスペンダーで固定した妹紅が呆然とこちらを見ている。

うん、その顔にまだ少し赤みが残っていることには触れないでおこう。

問いかけられた慧音はふむと力強く頷くと、



「コイツの歴史をもう一度覗こうとしたら拒まれてな。

 なにかやましいことがあるに違いない。」



やましい事は…あまりない!…はず!

再び細い腕に込められた力を押し返す。

妹紅は明らかに状況についていけないといった感じの表情を浮かべて慧音に訪ねた。



「…黒丸、慧音にになんか恨みを買うようなことしたのか?」



「…ちょっとした私情だ。」



明らかに彼女関連ですね。わかります。

目がぎらぎらしてます。

妹紅…助けてくれ…。

その時、ふと慧音が腕の力を緩め、妹紅を見上げた。



「ところで妹紅、ずいぶん着替えに時間かかったな?」



「あー、…ちょっとボタンがうまくかからなくてね。

 えっと黒丸、その落し物を探しに行くのは早めの方がいいんだったよな?」



あぁ!もちろんだ!



するりと体をゆがめて慧音の射程距離から逃れた俺は、

這う這うの体で妹紅の元に駆けつけた。



「っとっと。なぁ黒丸、慧音になにしたかわかんないけど謝っといたほうがいいよ?

 慧音は怒るとすっごく怖いからね。」



…先ほど身にしみました。



「む。もう行くのか?まだ早いと思うが」



縁側に腰下ろす慧音は一度逃げた俺をむっと睨みつけた後、再び妹紅を見上げた。

それに対し、あぁと妹紅は答えたかと思うと、ふと右手の指をパチンと弾いた。

すると擦り合わせたそこから突然ポウと赤い火が宙に舞い上がる。

空中でほんの一瞬踊った炎に俺はおぉ!と心中で感嘆したが、

妹紅は何か不満げに口を尖らせた。



「やっぱりちょっと雨が降りそうだわ。

 すこし空気が湿っているし」



それを聞いて一番ギョッとしたのはたぶん俺だろう。

防水対策をしてある電子辞書というものを俺は見たことがない。

雨が降ったら確実に電子辞書はオジャンだ。



俺は触手を伸ばして妹紅の袖を引っ張った。



「ん?あぁ、黒丸も急ぎたいようだし。

 よいしょっと…じゃ、行ってくるよ」



そう言って俺を抱え上げて慧音に声をかける妹紅。

しかし、バッと立ち上がった慧音が歩きだそうとする妹紅の肩をがっしりとつかんだ。



「妹紅、気をつけろよ?絶対注意を払うんだぞ?おもにその黒いのに」



「え、あぁ、わかったよ」



「…そうか、それじゃあ私は寺子屋の準備をするとしよう」



妹紅に何かしたら私はお前を…。



だからそこで区切るな…。

すれ違いざまに俺にしか聞こえないような小さい声を残して慧音は廊下の奥へ歩きだした。

その背中にはなぜか黒いオーラが見えたのは妹紅に言わないでおこう。



…俺…何か悪いことしたのかなぁ…。



玄関に移動し、妹紅が靴を履くまで俺はずっと今まで行ってきた行為を思い出していた…むぅ。



「よし、黒丸、いくぞー」



紅い靴を履き終えた妹紅は再び俺を持ち上げようと手をさしのべた。

しかし俺はその手を取ることをためらった。



「ん?」



“あるいていく”





せっかくの人里だ。

確かに妖怪が一人で歩いていればヤバいかもしれないが、妹紅がいれば大丈夫だろう。



「歩いていくって…」



妹紅の疑問の声を遮るように俺は玄関を出て四肢と首を伸ばした。

そして首を震わせた後、玄関で目を丸くしている妹紅に振り返った。



「へぇ、猿以外にもなれるんだ。」



“妹紅にでも変身しようか?盛大にころんでもいいんなら”



「ふふ、それは勘弁」



妹紅はクスクスと笑いながら玄関の先の小さな門を開いた。







垣根を一つまたいだ先、それはもはや俺にとっては別世界だった。

初めて目にした人里は和風のような、洋風のような、中華風のような、

まるで文明開化に香辛料を混ぜたようなそんな雰囲気が流れている。

その中で人気はにぎわいを見せる通りには多くに人がさまざまな表情を浮かべ、様々な服を着て、様々な生活を営んでいた。

あぁ、懐かしい。

初めて見た光景の中、俺はふとそう思った

ヒトが息づく騒音が耳に心地よい。



「どうした?黒丸?」



と妹紅に問いかけられて俺はようやく自分が路上で立ち尽くしていることに気が付いた。

慌ててキョトンとした表情を浮かべる妹紅の元に駆けつけ、

俺は彼女の横にぴったりと付きながらキョロキョロと辺りを見回した。

金物の店からトンカンと固い金属音が響き。肉が焼け、醤油が焦げる匂いが焼鳥屋から漂い。

庄屋から複雑な装飾を身につけた女性が使用人と思しき女性とともに満足げに出ていく。

路地では6つに届くか届かないかといった子供たちが小さな子犬とじゃれ合い、

その光景を見手を団子屋の店の前に設けられた竹のベンチ座った老女が眼尻にしわを作っている。



「おはよう、もこちゃん」



ふと、赤、緑、紫、白の野菜が並ぶ八百屋さんから景気のいいおばちゃんの声が響いた。



「…あー…おはようございます」



突然しゃべりかけられた妹紅は通りの喧騒に負けるほど小さく挨拶を返した。

しかしおばちゃんは満足そうに満足そうに頷くと再び接客へ戻っていく。

どうやら妹紅はここらでは有名…というか人気らしい。

それを皮切りに通りの各所から彼女に挨拶の声が響き、今日のお勧めを大声で宣伝する。

しかし次々と上がる挨拶に妹紅は視線を合わせずに挨拶を返す。

視線を合わせない理由は…彼女の頬を見ればわかるだろう。



“人気だな もこちゃん”



通りを歩く人にばれないように妹紅に黒板を見せると、



「うるせっ」



彼女は耳を真っ赤に染めてそっぽを向いた。





とその時だった。

そっぽを向いたはずの妹紅が突然ポケットに突っ込んでいた手をバッと素早く引き抜くと俺に向かって突き出した。







妹紅の腕の速さとあまりにも突然だったため俺は反射的に体を硬直させることしかできなかった。

次の瞬間、パシと何かを受け止める音が彼女の手のひらから聞こえた。

キッと妹紅が手のひらのものが飛んできた方向を睨みつける。




「幸吉、仙太郎…なんのつもり?」



受け止めた石をぽとりと落とした妹紅は低く、自分の中の物を抑え込むようにつぶやいた。

彼女の視線の先、そこにいたのは二人の少年だ。



っ!?



その少年たちの顔を俺は知っていた。

いや、むしろ忘れる事は出来ないだろう。

短髪の少年と眼鏡をかけた少年。

そう、博麗神社の鳥居の前で出会ったあの少年たちだ。



「もこねぇちゃん!そこをどいて!

 ソイツはすずを食べようとしたんだ!ソイツは妖怪だよ!」



短髪の少年が口から唾を弾かせながら妹紅に訴えた。

すず、あの女の子だろう。

妹紅がちらりと俺の顔を見た。



「黒丸…?いや…お前…」


まさかといった表情で俺を見つめる妹紅。



ちがう、俺は…。



妹紅の眼が少年から外れた瞬間、少年が腕を大きく振り上げた。


っ!!


シュッと空気を裂く音が鳴った直後、犬の肩口から生えた針のような触手が石を貫き、



「っ!?」



妹紅の肩口に当たる直前で止めていた。

俺は自分の触手が貫いた石を思わず凝視してしまった。

咄嗟に受け止めようとした。

受け止めようとしたんだ。

しかし俺の触手は固い石を一瞬で貫いた。

その場所は妹紅の目の前で…。

あと数センチずれていたら貫いたのは別のものだった。

俺はポトリと触手についたそれを取り落とした。



「おまえら…!」



突然妹紅が牙をむき出しにどなり声を上げ、握りこぶしを作ると少年たちに向かってそれを振り下ろそうとする。

しかし、彼女が少年たちに近づく前に彼女の動きがぴたりと止まった。

当然だ、俺が押さえてるからな。



「…黒…丸?」



妹紅に呼ばれハッとして彼女の手首に巻きつけた触手をほどいた。

少年たちはうねる触手を見て引きつった表情でクッと息をのんだ。

ふと気づくと周囲の雑踏が足をとめ、肩越しに覗くようにこちらを見ている。



…。




思わず俺は視界を少年たちからそむけた後、

逃げるようにその場を立ち去った。



俺は…。



「…ろ…!」


俺は…ここにいちゃ…。



「黒丸!!」



っ!?



気がつくと俺の周りの光景は変わっていた。

木造建築の平屋が並ぶ光景から俺はいつの間にか田んぼの道の上で立ち尽くしていた。



「はぁ、はぁ…ったく…はぁ…いきなり走り出すんじゃないよ全く」



振り返ると息を切らせた妹紅が額の汗をぬぐっていた。

そんな彼女に俺は黒板にチョークを乱暴に擦りつけ、投げつけた。



“はやく竹林 いこう”



それだけ書かれた黒板を妹紅がキャッチのしたのを確認した俺は、視線を彼女から外した。

だめだ、今ヒトの顔を見るつもりになれない。

掠れる道の先だけをじっと見詰め、足を再び前に出そうとした。

その時、ぽす、と俺の頭の上に何かが置かれた。



「…黒丸、人里が嫌いになった?」



嫌いじゃない。

嫌いなはずがない。

人が息づく場所は大好きだ。

誰もいない、濃厚なケダモノの気配がする森の中で一人でいるよりよっぽど好きだ。

だけど

今の俺がいちゃいけない。

そんな気がした。



「あの子たちは慧音が先生してる寺子屋の生徒でさ、

 元気で、まっすぐで…ほんとはいい子なんだ」



振り返り、少し遠くの人里を眺めながら妹紅は声を紡いだ。



「お前が勘違いされてるってことは分かってるよ。

 お前は人を襲ったりしないってことも私は知ってる」



そう言って彼女は黒板を差し出した。

黒板の文字はぐしゃぐしゃに消されていた。



“そうとは 限らないかもしれないぞ”



差し出された黒板を受け取らず、俺はチョークでそう書いた。

俺は森の中で生き物の血を飲んで生きてきた。

今も血を見れば嫌悪感とともにそれを飲みたいという欲望があふれてくる時もあるのだ。

だが、妹紅は突然ふっと笑った。



「もしそうなら今頃私は虎の腹の中におさまってるよ?」



そういうとゴシゴシと手のひらで黒板を消した妹紅は再びそれをさし出した。



「お前は臆病すぎだ。あいつ等にもちゃんと説明すれば分かってくれる」



…。



「だから…だから人里を嫌いにならないでくれ」



そっと見上げると妹紅がじっと俺の顔を見つめていた。

俺はそっと黒板を受け取り、すっとチョークを滑らせた。


“ぶじだった ?”



「ん?」



“すず は 無事だった?”



「あぁ!もちろん!昨日あいつ等がピーピー泣きなが『すずがいない!』ってしがみついてきてな?

 駆け付けた時にはすずちゃん、森の前で怪我ひとつなしでベソ掻いてたよ。」



そうか…。

俺がいなくなった後他の妖怪に襲われてないかと心配だった。



“よかった”



そうなぐり書きしたあと、俺は黒板を背中に乗せた。

すると妹紅は嬉しそうに笑って俺の頭の上に乗せた手で頭をグリグリと押しつけるように撫で始めた。



恥ずかしいからやめてくれ。



俺は黒板にそう書こうとして…、



あきらめた。







































>あとがき

こんばんわ、ねこだまです。

感想数100突破!皆さんのオーエンに感謝!



今回は久しぶりにシリアスシーンを書いた気がします。

人里で遭遇したのは覚えているでしょうか触手録・紅1話に登場したガキ2人です。

再び怖がられてショボーンする主人公とそれを慰める妹紅、久しぶりに集中して書けました。

信じられるか?最初は姫様みたいに妹紅もエキストラだったんだぜ?

さて次回は主人公竹林に舞い戻ります。

そこでまさかの彼女に遭遇。

…ん?前にもおんなじことを聞いた?

えぇ、本当は今回で竹林まで行くつもりでしたがそこまで行くと長くなりすぎるので次回に回しました。

はたして電子辞書は無事なのか。

ところで予告とかをみて気付いている人もいるかもしれませんが、

彼女がなぜか昨日今日と2日連続で竹林にいますね。

なぜでしょう?


それではまた次回お会いしましょう  ノシ



[6301] 東方~触手録・紅~ [14]  
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/08/07 12:47

















静かだな。

竹林の入り口で竹を見上げてふとそう思った。

竹は無い風にそよぐことはなく、すっと天高くまっすぐに伸びている。

風がないせいであの竹林独特のざわざわという小うるさい音も全然聞こえず

更に10m先も見えないほどに、濃い霧視界を染め上げていた。

隣の妹紅の息遣いさえ聞こえるほどの静寂に満ちる竹林は、

その奥に何かが息を殺しているのではないかと心の奥を燻らせる。



本当に昨晩の場所へ辿りつけるのだろうか。

妹紅は昨日の場所を覚えているというが、ここまで霧が深くても大丈夫か?

隣で「湿気…o rz」をしている妹紅を慰めた後そう聞くと、

彼女はあぁとつぶやいてたち直り、突然人差し指と親指を口にくわえた。

直後、彼女の口元からピィーと甲高い指笛の音が響き、竹林の白亜の向こうへと消えていった。

指笛の音が遠のくと再び竹林には静寂が舞い戻る。

俺は思わず首をかしげた。

今の行為の意味を知りたかった。

黒板を出そうかすこし戸惑った俺はそっと彼女を見上げる。

見上げた先、妹紅の表情はしきりに視線を上に彷徨わせていた。

その姿はまるで何かを待っているようだった。

むぅ、ここは少し黙っていよう。

しつこい男は嫌われると誰かが言ってたしな。



体毛についた水滴をフルフルと振り落とした後、俺は妹紅の足元で腰をおろした。

しかしそれにしてもひどい湿気だ。

風もないし、これはマジでひと雨来るんじゃないか?

そう考えて不安げに俺は笹に覆われた空を見上げたが、

その時、音が絶えたと思われた竹林の中でシャンと小さな音がなった。

風がふいた?

いや、風ならもっと他の場所からも音がなるはずだ。

妹紅がニッと笑みを浮かべた。

何かを見つけたようで彼女の視線は宙一点に固定されている。



「や、おはよ」



親しげに彼女が軽く手を上げてあいさつした先、そこには誰もいない。

いるはずがない、だって彼女が見つめる先にあるのは地上から十数メートルはある高さの竹のてっぺんを見つめていたからだ。

しかし、彼女が声をかけて数秒。

その竹の先端からあのシャンと小さな音が流れた。

それはさっきと同じく小さく笹が揺れた音。



何か…いる?



妹紅がなぜか優しげな視線を送る先を俺もジッと見つめた。

再びシャンと笹がなる。

だが今度のその音は一つではなかった。



シャンシャンシャン。


俺たちが立つ周囲の竹という竹から何かが蠢く音が鳴る。

姿の見えないその音源に俺は思わず腰を上げて気配を探った。


囲まれている…。



音のなる位置。

同時になる音の数。

揺れる笹の本数。



シャンシャン、シャンシャンシャン



…3…いや4つか?



見えない何かが俺たちの周りの竹から竹へと移っている。

シャンシャンシャン、シャン…カシャン!



…っ!



その時、他の音よりもわずかにお翁音が鳴り。直後笹を鳴らすものが4つから3つに減った

同時に空気を切る音がひとつ。



なんかキタ!?



瞬時にその音のなった方向へ視界を向けると何か半透明な何かが宙を舞い、

俺に向かって四肢を投げ出して飛び込んできた。







一瞬迎撃しようかと身構えた俺は慌てて触手の爪を引っ込める。

そして、



ほぶ!?



顔でそれをキャッチすることになった。

顔面セーフ?いいえアウトです。



「黒丸!?」




後ろから妹紅の驚く声が耳に入る。

で、コレはなんだ何がひっ憑いている?

生き物に変身すると感覚の半数が頭部に集中するためいつまでも顔にひっ憑くのはやめていただきたい。

俺は背中から生み出した触手で俺の顔面にへばりつくものを引っぺがした。

ようやくふさいでいたものをどけて光を取り入れられた視界。

その眼の前にあったのは…。



「…。」



 …。

体長30センチ強あるかないかという小さな子供…多分女の子のジト目だった。

勿論このガキが人じゃないことぐらい背中の羽根とにじみ出る自然の匂いから明らかに分かる。



…妖精?



「だ、大丈夫か黒丸?」



触手でその妖精の襟首をつまむように持った俺に妹紅が苦笑した。

ふと気づくと彼女の周りで3匹の緑色の妖精がふわふわと自由気ままに飛び回っていた



“コレ なに”



「あぁ、見ての通りこの竹林に住む妖精さ。

 まぁ正確にいえばこの竹に宿る妖精なんだけどね。

 このあたりは永遠亭のウサギとコイツらのせいで迷いやすくなってるんだ。」





……“もしかして迷いの竹林って”



「ま、全部コイツのせいってわけじゃないよ。

 ただ面白半分で迷わせたりするけどね。」



それって普通の人間にとって生死にかかわることだと俺は思う。



いいのか妹紅はそれで、お前人里の自警団じゃなかったのか?

ヒトを助けるのがしごとじゃないのか?



さっきから俺にダイブしてきた妖精が俺の頭の上でぐてーとしているため、

彼女にそうつっこもうにもつっこめなかった。

おい、ひっぱるな耳を。



「ん?なんだもう気に入られたのか?」



俺の耳の中を覗き込んだ竹林妖精を見て妹紅が少し噴き出すのをこらえながらそう言った。

はたしてこれをどう見ればなついているように見えるのだろうか。

どうみてもただの悪戯真っ最中だろ。

このまま耳をふさいで取り込んでやろうかと本気で考え始めたその時、

妹紅が周りで飛ぶ妖精の一匹を掌にとってそれを覗きこんだ。



「ねぇ、昨日私たちがいた場所。わかる?」



すると彼女の掌の妖精は素直にコクコクと頷いて再び宙へと舞い上がった。

頭上でクルクルと回り始めたそれはぴたりと空中で静止。

そしてピッピッと短い腕を一生懸命伸ばして霧の向こう側を指差した。



「向こうか、行くよ黒丸」



妹紅はそう言って自らの元に戻ってきた妖精を一撫でした後、

その妖精が指さした方向に向かって歩き出した。

って本当にそっちの方向であっているのか?

コイツらは面白半分で竹林に迷わせる妖精なんだろ?

妖精たちを信頼しているのか彼女は何の疑いもなく霧の向こうへ突き進んでいく。



ジーーーーー



…ん?



何やら頭上から視線を感じた俺が視線を上に向けると、

そこにはさっきまで頭の上にいた妖精が俺をジッっと見つめていた。



 …。



「…」



…、“昨日の俺と妹紅がいた場所はどこ ?”



ビシッ



自信満々に妖精はある方向に向かって指差した。

その方向に妹紅の姿はなく、妖精は自らの背中を妹紅に見せつけていた。



 …。



「…。」



おーけー、そっちの方向であってるようだ。


俺はそう確信して妹紅の後を追った






そうしてたびたび妹紅が竹林の妖精に道を尋ねながら竹林の中を進んでいった。

正直言ってもはやどこを通ってきたのか、自分がどこにいるのかも全然わからない。

隣の妹紅は全然そんなことを感じさせない様子でズンズン俺の隣を歩いている。

その姿はとても勇ま…頼もしい。



そして歩き続けて十分は経っただろうか?



「…?」



ふと妹紅が歩みを止めた。

どうした、と彼女を見上げて首をかしげると妹紅は表情を曇らせたまま俺の頭を掻いた。

答えない妹紅に俺は視線を外して周囲を見回した。

ん?もしかしてここは…。



群生している竹の中でそこだけ竹が生えておらず、地面は湿り気を帯びた黒が広がっていた。

そして地面には様々な模様が描かれていた。

それは何か重いものが何度も地面を押し付けた跡。

間違いない、俺たちが昨晩虎と戦った場所だ。



!?



しかし、黒い地面をざっと見渡しても見なれたはずの銀色が視界に入らない。

俺は妹紅の元を飛び出して、地面を弄った。

いや、そんなはずはない。

絶対ここに落としたはずだ。

まさかうまってしまったのか?

いや、一晩で地面に埋まるはずがない。

何かが壊したか?

壊したなら残骸があるはずだと自分に言い聞かせる。



「黒丸、ない…のか?」



俺は一瞬だけ妹紅に振り返って首を振った後再び地面を探った。

なんでだ、確かに地面に落ちたのを見たはずだ!

勝手にどこかに行くわけが…。



体の奥が何かに締め付けられるような感覚を覚えて俺は更に焦った。

故に目の前にあった竹藪にガシャンと鼻先を突っ込んでしまった。

その時、



「うおぉ!?わんこ!?」



突然竹藪の向こうから驚きの声と共にピョンと何かが飛び出した。



!?



咄嗟にザッと地面を蹴って飛び出したものと距離をとり身構えた。

それは何といえばいいだろう。そう“旦”こんな感じのものにてっぺんに2つの目玉がついていた。

多分…いきものだろう。鬼○郎の目玉ファーザーのように瞳孔で瞬きしてるし。

俺は警戒してさっと姿勢を低くした。こんな小さな妖怪でも意外と強い場合もあるらしい。




「び、びっくりしたぁ。」



喋った!?

なんと筒の妖怪からあどけなさの残る声が聞こえたのだ。



「あれ?諏訪子?」



ふと後ろから妹紅の問いかけの声が聞こえた。

どうやらこの“旦”は妹紅の知り合いのようだ。

妖怪か!?



「ケロ?あー、もこたん!どうしてこんなとこにいるのさ?」



「それはこっちのセリフよ。なんで妖怪の山のアンタがここにいるの?あともこたんいうな」



妖怪の山の、というとやはり妖怪か…思った通りだ


「うん、ちょっとね。永遠亭におつかいに…。

 ってそろそろ怒るよそこのワンコ!こっち見ろぉ!」



ぬお!?



突然なにかに首をつかまれたとように感じた次の瞬間。

ゴキリと俺の首が横に90度折れ曲がった。

正直俺に首の骨があったら死んでたかもしれない。



強制的に反転させられた視線の先にいたのはこれまた大きな瞳だった。

ただ今回の違う点はその瞳には瞼があり、顔があり、金糸のようなショートカットの頭髪があったことだ。



「むー、私を驚かせておいて無視するとは無礼な奴だな!」



プクーと不満げに頬を膨らませたのは年が10も行かない少女だった。

あれ?じゃあこっちのは…?

視界を再び“旦”に戻すと少女がその瞬きする“旦”を頭の上に乗せた。

…まさか…いや…帽子か?それ?

その時、ぽんと俺の頭の上に何かが置かれた。



…妹紅?



「黒丸、とりあえず落ち着け。落し物が見つかんなくて焦るのは分かるからさ」



何を言っている?俺は…。



…。



いや。



そうだな少しテンパってた。

俺はいったん犬の姿を解き元の姿に戻って地面に転がった。

やはりこの姿が一番余計な力を使用しなくて済む。

ころんと後ろに転がるように倒れこみ、一度体の中にたまった力を抜く。

度重なる変身で膨張していた体からまるで浮き輪から空気が抜けるかのようにフシューと俺の体が縮んでいった。

その時だった。



「…そぉい!」



突然可愛らしい掛け声が俺の聴覚に届き、小さな影が覆った。



ドムン



ご!?



次の瞬間体のど真ん中に何かが…いや、諏訪子がパワーダイブしてきた。。

重さはさほどでもなかったがあまりにもいきなりだったため硬度なんか全く考えてなかった。

…あやうく俺の体が饅頭からドーナッツへと変貌するところだったぜ。



「うほっ!もこたん!ナニコレ!やっこい!すさまじくやっこい!」



俺の体にグリグリと頬をすりつけながら諏訪子が叫んだ。

興奮したその声にはたから見ていた妹紅は少し呆れつつも羨ましそうにしながら口を開いた。



「あぁ、ほら。博麗神社の妖怪だよ。」



「ん~?…あ!あれか!これがあの黒餅なのか!」



「そうそう、黒も…あ~一応慧音の話では中は元人間らしいから一応自己紹介しといたほうがいよ?」



うん、とうとう俺は妖怪としてではなく食物っぽいのとして広まっているようだ。

あとなぜだろう何度も一応といわれると少し凹む。肉体的にも精神的にも。



妹紅の言葉に諏訪子はハーイと元気よく答えるとのしかかりながら俺を覗いた。



「はじめまして。…だよね?私は洩矢諏訪子っていうの。あ、ケロちゃんってよんでいいよ~」



無邪気にまるで新しくできた友達にでも挨拶するかのようにワクワクと彼女は目を輝かせた。

もりや すわこ…少し変わった名前だな。いや、幻想郷は外とは文化が違うのだから変わっていてもおかしくはないが、

すわこ、と聞くとどうしても頭の中で諏訪湖と変換…。



……洩矢?



まさか、という予感が脳裏にちらつく。

まて、だけどなぜこんな…いや、しかし。



「…へぇ?なかなか賢い子だね?」



ふと諏訪子の口元が弓を引いた。



!?



「たぶん君の考えているとおりさね?」



頭を押しつけながら、彼女の笑みはいつしか無邪気なものから何か含まれた笑みへと変化していた。

考えているとおり…?言ってる意味もそうだが、そう言いきったのは…。



「え?諏訪子?」



「ん~、いやね。この子感心したよ。私の名前を知ってるなんて、ねぇ?」



彼女はニヤニヤとまるでイタヅラっこのような笑みを浮かべながら再び俺の体を覗きこんだ。



「あ、ねぇねぇ。答え合わせしよ?君は何で気づいたのかな?頭の中で考えるだけでいいからさ」



頭の中で…やっぱり思考を読まれているのだろう。

…まぁ彼女が本当にそうならそれぐらい出来て当たり前かもしれない。



まさか『洩矢神』が幻想郷にいるとは思いませんでした。



「ふーん。なんで私が『洩矢神』だとおもったのかな?」



お名前が諏訪、だからもしやと…、



「それだけじゃないでしょ?」



俺はまさに蛇に睨まれたカエル、いやカエルににらまれた虫の如く彼女を上に乗せたまま身動きができなかった。

…はたしてどこまで読まれているのやら。



背格好が…。確か昔ある土地の洩矢の巫女は8歳の子供が引き継ぐものと聞きました。



それに本当に神様ならヒトの願いを聞くためにヒトの思考を読むのはたやすいことだろう。


神社で祈る時、その祈りを口に出してはならない。もし周囲に魔物がいたらその祈りを悪用されるからだ。




「おぉ、結構詳しいんだね?」



祖父の家が諏訪湖の西にありましたので…。諏訪の大社にもなんどか…。




すると幼い洩矢神はにっこりと満面の笑みを浮かべた。



「ほぉ!そうかそっか!地元だったんだ!

 あ、あとそんな恭しくしなくていいよ。オフの日まで祀られたらこっちまで疲れちゃうもん。」



オフの日って…。

…それでいいのですか神様、ずいぶんフランクすぎないでしょうか?



「いいのいいの!私はフレンドリーで友好的な神様なんだから!」



…大事なことなので?



「2度言いました。」



そうですか。



「ふふ~ん♪」



「あーとりあえず仲良くはなったのか?」




妹紅が頬を掻きながら顔を覗く。

はたから見れば諏訪子が一人で上機嫌になってるようにしか見えないのだろう。



「うん、私賢い子は大好きだよ。『ネタも振ってくれるし』!」



「そ、そっか」



「?ねぇねぇ、さっきも聞いたけどさ、二人ともここでなにしてるの?

 この子がいるってことはいつもの散策じゃないんでしょ?」



「…あ!」

 …あ!



俺と妹紅は思わず顔を見合わせた。



「まさか目的忘れてたとか?」

「いや!そんなことはないって!ほら、そこの黒丸の落し物を探しにきたのよ!」



うん、ぜんぜん忘れてないぞ!

ちょっとマジものの神様にあってびっくりしただけだ。

…すこし現実逃避でもしていたのかもしれない。

しかし、次の瞬間動揺していたのは俺と妹紅だけではなくなった。


「え?オトシモノ?」



突然諏訪子がビクリと肩をすくませて妹紅に振り返った。



「えっと…それってもしかして銀色でパカパカ開く感じで電子辞書的な感じだったりする?」



電子じsy!?



「えっと黒丸。確かそんな感じだったよな?」



そうだ!ていうかそのまんまじゃねーか!?

どこにあるんだ!?



「あーその様子だと黒丸の落し物はまさにそれみたいね」



俺が諏訪子のしたで蠢くのを見た妹紅がつぶやく。



「ねぇ、諏訪子。その…デンシシジョだっけ?

 それがないと黒丸が日常生活で困るらしいの。だからもし知ってたら教えてくれない?」



そして俺の元に歩み寄ると膝を折りながら諏訪子にそう尋ねた。



「あーうー…知ってると言えば…知ってる…かな~」



幼い神様の煮え切らない態度に俺と妹紅はじっとその顔を凝視した。

彼女の帽子の目玉もなぜかバツが悪そうに視線を横に流している。



「えっと…あのさ、怒らないでね?」



…まさか…壊した…なんて言わないだろうな?



「ひっ!?ちょ、黒丸!なんか!なんか出てるって!」



気づくと俺の体から意識せずゆらり、ゆらりと数本の触手が揺らめいていた。

まぁそんなこと今はどうでもいいだろう?

そんなことより辞書はどうしたんだい洩矢の神様?

俺の上で揺らめく触手に囲まれた諏訪子は顔を真っ青にしてガクガクふるえながら口を開いた。



「あ、あう。こわ、壊してないってば!ちょっとさ…その…もち…えっちゃ…て」



なんだって?よくきこえませんでしたけど?



「あの…うちに持ってかえってしまいまし…た…」



・・・・・・・。



「てへ。」



「えぇ!!?」

 はぁ!!?



「わわ、ごごめんよクロちゃん!

 いや、だってこんな竹林の中で外のものなんか落ちてたら、

 あの…もう持ち主なんかとっくに小町のお世話にでもなってるかと…。」



 ……あなたのお家はどこですか?



「…妖怪の山の中腹でほんとにごめんなさい」



 よ、よりにもよって…また妖怪の山か。



「あーうー、だったら私が後で博麗神社に届けるけど…ダメかな?」



博麗神社に届ける。

確かにその方法は確実かもしれない。


確実かもしれないが…。

とっても嫌な予感がする。

ちょっと今の状況を確認してみよう。

霊夢達、博麗神社からすれば俺は2日もいなくなっていたわけだな。

そして…実を言うと博麗神社に居候する上で勝手に神社の外に行くなといいつけられていたのだ。

…後は察してくれ。



 今手ぶらで帰ったら言いわけができない!



「…うん、クロちゃんも大変なんだね。」



 …勝手に心を読まないでくれ。



「あーう―…あ!だったらさ!クロちゃんウチに来ない!?」



え?



「うちに来たら電子辞書もあるし、私と一緒に博麗神社に帰れば何かといい訳も楽でしょ!」



まぁ確かにそうだが…。



「よーし!なら決定!ほら立って、私の神社に案内したげる!」



俺は諏訪子にせかされてしっくりこない気分のまま山犬の姿に変身した。

なんか流されているような気がするんだが気のせいだろうか?



「気のせいさ!」



…神様もサムズアップを知っているんだな。




すこし神様のイメージが変わったなぁと頭の隅っこで考えてると、

ひょいと俺の背中に何かがまたがってきた。



 神様って飛べないのか?



「失敬な、飛べるよ!でもどうせだから下から行こう?そうすれば道も覚えるだろうし」


 覚える必要はあるのだろうか。



「そりゃあ、私の住んでる神社だよ?ご利益あるよー?すっごいあるよー

 あ、もこたんも一緒にいくよね?この間山菜取れたからおすそわけするよ?」




俺の上でちょっと胡散臭い言葉を吐いた後、諏訪子は妹紅においでおいでと催促した。

まるで決定事項のようにいわれた妹紅はしかし、んーと唸った後首を横に振った。



「ごめん諏訪子。私今日ちょっと寄りたいとこあるからさ、山菜は明日もらうよ。」



 え?



“一緒に行ってくれないのか?”



「うん。ごめんね。どうしても今日行きたいの」



むぅ、ここで妹紅がいなくなると少し心細く感じてしまう。

これからどこに連れて行かれるかもわからないのに。



「あ、黒丸。瓢箪は慧音の家におきっぱだから用がすんだら来てくれよ?」



あぁ、そうだった。

中は空っぽだとしてもなんだかアレに愛着がわいてきたもんな。

うん、無いとすこし首元がさびしいものだ。



「よ~し!じゃあ黒丸ささーと家によって行こうか。

 とりあえず山の麓まで一直線に案内するからすぐに着くよ!」



本当だろうな?一応妹紅の血のおかげで力はまだあまり余ってるがなくなったら大変なことになるんだぞ。



「だーいじょうぶだいじょうぶ!んじゃ、もこたんまたねー!」



「ん、黒丸も諏訪子も気をつけてな」



わかった妹紅も気をつけて。

俺はこくりと妹紅にうなづいて見せた後、背中の諏訪子に振り返る。



「あっち!」



ん。



ピンと伸ばされた諏訪子の指の指す方向。

そちらに向かって前足をゆっくりと前に出す。そういえばこの姿でヒトを乗せたのは初めてだな。

落とさないようにしなくては。

ゆっくりと歩みを進めた後、体の高さを変えないように徐々に速度をつけていく。



さて、今度こそこれで彷徨うのは最後にしたいものだ。



背中に小さな神様を乗せて、俺は迷いの竹林を抜けた。















「さて、っと…」



妹紅はあっという間に霧の向こうへと消えた黒丸と諏訪子を見届けた後、

誰に呟くでもなく彼女は口を開いた。



「…すずちゃんの家は確かあの通りだったかな」



次の瞬間彼女の背中から炎が噴き上がり、それが巨大な翼を模ると、

彼女は霧を抜けてどんよりと黒い雲が広がる空を駆け抜けていった。



































キュピーン「…ハッ!?」



「ん~?どったのもみもみ。何かいまニュータイプみたいにピキーンで迸ったけど?」




「にゅ、にゅーた…?いえ………なんでもないです。あ、龍王いただきます。」



 カチ



「げげっ!!?」



「ふふん。どうですか。これ玉将をとれば私の…」



「王手」



「わふっ!?え!?まtt」



「待ったなしって い っ た よ ね ~」



「え…あ…」



「~♪」



「…はっ!し、侵入者です!いそがねばなりま…」



ガシ



「さっき気づいた奴だよね?それ絶対」



ギリギリ



「あ…う……………ま…まいりました…」



「よっしゃー!2 連 勝!!」



「…クゥン」





オノレ アノ マンジュウ ユルスマジ













>あとがき

こんばんわねこだまです。

いやはやいつのまにか7月ですね。

もう夏もすぐそこまできてますよ。 

しかしその前にあの強大な敵が…そう期末試験が…。

てなことで次回の更新が8月までストップするかもしれません。

それまでお待ちいただければ嬉しいなと思います。

では、内容解説へまいります。


今回、ようやくケロちゃん登場!

いや~登場させるさせないのアンケートからずいぶん経ちましたがやっと出すことができました。

そして見ての通り、黒の電子辞書は守矢神社にあるようです。

舞台は再び妖怪の山へ!

そしてそこで待ち構えていたのは…。


次回のお料理は、ケロちゃんとかっぱっぱによる椛もみもみ、黒ソース和えです。


それでは次回お会いしましょう。 ノシ






[6301] 東方~触手録・紅~ [15]  
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/09/04 12:40












「ほら!あそこ!」



 あぁ、あの鳥居か?



踏みならされた山道。

妖怪の山の入口たる小さな道の上で俺は首をもたげた。

小さな指先が指す方向をよっく注視するとそこには青々と茂る木々に隠れるように石造りの鳥居の端っこが垣間見えた。



「まぁ、あれは参道の入り口の鳥居なんだけどね?

 私の神社はもっと奥にあるんだー♪」



と諏訪子がうれしそうに声色を弾ませた。

まるで友達に自分の家を教える子供のようだと思うと、

突然ペシっと頭をはたかれた。



 あぁ、子供扱いして悪かった。



そう背中の上に向けて詫びると再びペシリ。

腕を組んだ少女は人の上で大きくふんぞり返ってこう言い切った。



「“まるで”が余計なの!」



 …そうですか。



「そ!」



諏訪子のニッと満足げな笑みを視界にとらえた後、俺は彼女を乗せて山道に入った。



さて、ここに来るのは今回で二度目である。

…正直迷子になった経験からあまり此処には来たくないと思っていたのだが、

24時間もしないうちに再び此処に舞い戻るとは夢にも思わなかった。



曇天をおどろおどろしく背負う妖怪の山をチラリと見上げる、

そびえる鋭い峰にはまるで巨大な生き物の背中のように濃厚な気配が漂っていた。

しかし今回はその気配におびえることもないだろう。

というかおびえることもできないだろう。

なぜなら…。



「か~え~るーが↑け~ろ~けろ↓雨~にも負け~ず~♪」



なんせ俺の背中には小さくも名のある神様が

底抜けに陽気な歌を歌いながら手でリズムを刻んでいるのだから。

…てか。



 なんだこの歌…。



生態系の頂点やら何やら…



「え、クロちゃん!?ケロ⑨デスティニー知らないの!?」



 け、けろ…なんだって?



 今のきゅうって絶対記号の発音しただろ。



「あーうー、けっこう人気がある歌なのにな~!」



ずれ落ちかけた帽子を押さえながら諏訪子はぶー、と不満そうに頬を膨らませた。



 ごめん、知らない歌だ。…幻想郷じゃそういう歌が流行ってるのか?



「ん~、違うよ~」



 ん?人気の歌じゃなかったのか?



「む、人気だよ!再生数もそろそろミリオンいくんだもん!」



 再生数…ねぇ。



ここ(幻想郷)で再生数…そういえば香霖堂に蓄音器があったな。

多分レコードの再生のことだろうな。



 ♪~



妙な言い回しだと考えながら踏みならされた山道をトントンと登っていくと、

諏訪子はその調子に合わせて再び歌いだした。



「まるきゅう~チルノは、美味しそうだけど~♪」



 ん?チルノ?



「神奈子の粥で我慢しよ~お、ふ~と~らせ~て…」



 …。



「た べ る の だ ぁ ↑!!」



 たべっ!?食べるって…!?。



「え!?美味しいよ!?」



 …味以前にまず喰う喰わないを聞いたんだが。



すると彼女は少し小首を傾げた後、ポンと手をたたいた。



「すんごく美味しかったよ!」



 うん、過去形で訂正しないでくれ…。

まぁ昨日会ったチルノは元気だったから大丈夫だったんだろう。



……「美味しかった」が食欲的な意味以外で聞こえたやつは表で…ん?



だれにいうでもなく諏訪子に悟られないように頭の奥底で考えたとき、

ふと視界になにか妙な違和感を覚えた。

俺が自らの背中に乗った諏訪子に振り返ろうとすると、

森の木の幹が妙に揺らめいていた



木が揺れている?

いやあれは木の前が蜃気楼のように揺らいでいるんだ。

しかしこの距離で蜃気楼?

もしかして幽霊か何かだろうか?



俺は山道をゆく歩みを止めてじっとその木の前の空間を見つめた。



「あーうー?どったのクロちゃん?」



よじよじと首元をよじ登った諏訪子がキョトンとした声をあげながら

俺の顔をのぞきこむように頭の上にのしかかった。



 諏訪子、ここに幽霊っていたのか?



「ん~そりゃ幻想郷だから幽霊なんてそこかしこにいるけど、

 まだお昼だよ?昼間にうらめしやーって来られてもねぇ~」



 ・・・だよな?



じゃあアレは浮遊霊の昼の姿とかなのだろうか?

そう思って視線をあの空間のほうへ戻すが、すでに木の幹はまっすぐに見えてい
た。



 どこ行った?



キョロキョロと辺りを見回すが揺らぐ空間は見つけられなかった。



 ・・・?



==========================





「……」



「………」



「……せ、セーーーーフ」



「……わふぅ」



「もう、もみもみ前に出すぎだよ~。無理やりカモフラージュ率あげてるんだからさ。

 もう少しでばれるとこだったじゃん…!」



「うぅ、ごめんなさい。」



「全く・・・何でそんな熱心に見つめてるのかねぇ?」



「な!?ねっ!熱心って私はクロさんなんk・・・」



「椛・・・!シッー・・・!シッー・・・!」



「…っ!…わ、私は諏訪子様を心配で見ていたんです…!」



「へー・・・。私別に・・・・・・あ、うんいや、なんでもないよ」



「な、なんですか?最後まで言ってくだ・・・!」



「もみじ・・・!シー!」



「…!・・・うぅ・・・。」



========================


ゾク



 ・・・っ!?



「どったの?」


 いや、ちょっとまた寒気が・・・。

 うんもう平気だ気にしないで



「?」



そういえば妖怪の山に入る時もなんか似たような奴がゾクっと来たっけな。

・・・この山になにかあるのだろうか?



「あれ、ねぇねぇ?クロちゃん?」



 ん?



ふと諏訪子が思い出したように声をあげた。



「クロちゃんって此処に来た事ってあるの」



あぁ、来たことが、てか迷子になって…な。



「ブッ」



突然破裂音的な噴出音が頭上で響く。



 笑うなよ。



俺の耳にしがみつきながら諏訪子はプルプルと震えていた。



「っ!…く!…だ・・・だってクロちゃんが迷子って…あふっ!?」



噴出して首から落ちかけた諏訪子を受け止めるが、

体勢を崩しながらもケロケロ笑う神様を見て正直このまま落っことせばよかった…と後悔した。



「いやぁ、ごめんごめん!ちょっと意外すぎて。

 それで?どうしたのさ?」



 どうしたって?



「ほら、どうやって帰れたの?ここって迷い込んだら結構でにくいじゃん?

 よくかえれたなーって思って」



 あぁ…。





『これ以上しゃきへ進もうというのなら実力行使を行いましぇ!」』



『さ~て椛もみもみの時間だーっと』





 ・・・・・・うん、お節介やきのカラスとワンコに道を教わってな。



「ふえ?カラスとワンコ?」







「わ、ワンコっていう…ふb」



「ちょ!?もみ・・・!?」







 ・・・ん?



「・・・う?」



 ・・・今のって?



「・・・だぁね」



するりと諏訪子が首から背中に降りたのを確認した俺はトンと地面強く蹴った。

ここらへんだなっと。



「…っ!?」

「!?!?!」



声のしたほうへとジャンプで一気に接近するとヒュっと息をのむ気配が太い木の裏から聞こえた。


あれ?



だがいざその木を回り込んでみると誰も視界に映らない。

いや、なにかいた気配はするのだが…。

誰もいない場所でキョトンと首をかしげると、



「あれ?にとりにもみもみじゃん?どうしたのさこんなとこで?」



突然諏訪子はそこに向かって呼びかけた。

彼女には俺には見えない何かが見えているのか?

すると何もない空間から



「・・・あーぁ、ばれちゃった」



「・・・・・・・・・」



と落胆した声がこぼれ、

次の瞬間ビリビリっとなにかが破れる音とともに電気に似た青い閃光が奔った。

その閃光がビリッと髭に関電して思わす飛びあがった俺を誰が責めようか?

だが上からクックックと押し殺すような笑い声が漏れている。



「クロちゃん驚きすぎ!」



 ふん。



俺は諏訪子の笑い声にそっぽを向き、青い残響が揺らめく木の幹に視線を戻した。

何もない空間からぼやけた二つの輪郭が浮かび、そして姿を現したのは。

三角刑の耳の間ちょこんと赤く小さな頭襟を乗せ、

背中に丸い楯と肉厚の刀を差したその姿。



ジトーーー。



という擬音をまさに具現化させたような視線を送る白狼天狗がそこいた。



 も、もみ・・・じ?



「おりょ?やっぱりお二方とも知り合いかい?」



ふともみじの隣から大きなリュックを背負少女が翡翠色の髪を揺らした。

椛はコクンとうなづいて見せた後。

その手をゆっくりと背中に伸ばした。

まて。なぜ臨戦態勢をとる?



「もみじ?」



突然刀に手を伸ばした椛にキョトンとした様子で諏訪子が呼びかける。



「・・・諏訪子様、そこをおどきください。

 その山犬はとても危険で危ないものです・・・!

 ただの妖怪ではありません!」



キッと俺をにらむ椛。

対する俺は頭の中で 「えーー」 と意味をなさない言葉とともに疑問が渦巻いていた。



 俺って椛にどう認識されてるんだよ…。


いや、そりゃあって本人は馬鹿にされたといって第一印象はいいものではなかったと思う。

しかしここまで危険視されるようなことをした記憶が・・・。



『あの・・・どいてください…。』



あれか!?

いや、まぁ偶発的とはいえ彼女にのしかかってしまったことは認めるけど、

はたして危険視されるほどだろうか?

というか危険で危ないってどんだけ…。



一人あれかこれかなぜだと椛に刀を再度向けられそうになる要員を模索していると俺の頭上からも少し戸惑った声が聞こえてきた。




「へ?いやぁ、そりゃまぁクロちゃんがただの妖怪じゃないってのは知ってるし、

 この姿だって変身立ってのも知ってるよ?」



彼女の目の前で変身したんだから当たり前だ。

だが椛は臨戦態勢を解こうとはしない。



「そうでしたか・・・。

 ですけどその者がこの妖怪の山にとって危険であることは変わりありません。

 ここは彼にお引き取り願うのが一番です!」



願うだけなら右手を柄からはなしてくれないか?



「あー、もみもみ。なんかすんごく殺気立ってるけどとりあえず落ち着こうか?

 それに初めて会う私から見てもあまり危なさそうには見えないんだけど彼…?」



そうなだめるのは翡翠の娘。

ありがとう君はいい子だ。

たぶん。


「・・・・・・・・・。」



しかし椛はジトーっとした視線を俺に送り続けている。

・・・ん?

そういえば先ほどから刀に手を伸ばしてはいるが少女の言うような殺気は感じられない。

というか



ジトーーーー



なんかすさまじい怒りというか憎しみというか…。

俺は謎の視線に少し腰が引けていた



突然パンと炸裂音が鳴る。



諏訪子?



彼女は手を合わせた姿勢のまま口を開いた。



「椛?今回はね、私が彼を『客として招いた』の、

 だからさ、あんまり粗相はしてほしくないんだけど?

 だめかな?」



・・・っ!



突然本能的ななにかが警鐘を鳴らした。

身体の奥、いや魂の芯の部分からドクンと鼓動した何か。

それはまるで俺にあるはずのない心臓の部分がまるで鷲掴みにされた様な錯覚に陥る。

恐怖?ちがう、そんなぼやけた感覚ではない。

身体を全方向から押しつぶすような圧倒的な怖気。

言葉でその一部を表すことができるとしたら何だろうか。

『畏怖』、そうたとえることしかできないほどのものが空気を凍らせた。



「・・・っ・・・っ!?」



「・・・・・・っ」



まさか心臓がないことに感謝する時が来るとは思わなかった。

目の前の二人は本当に心臓を鷲掴みにされているのではないか?

目を大きく開き、ピタリと時間が止まったかのように静止している。

いや、おそらく目を閉じることも指を動かす事も出来ないのだ。

ただ口を薄く開き細い息を細かく吐くことしかできずにいる。

顔色は真っ青だ。



シンと静まった空間の中ポツリポツリと小さな音が空から降り始めた。

それはすぐにさあっと細かい雫の雨となって降り注ぎ始めたが

誰一人としてそれに反応することもなかった。



これは・・・ちょっと。



雨が降り始めて数分、もしかしたら数秒だったかもしれないが、

徐々に彼女たちの顔色がもはや白になり始めていた。

俺は思考回路を全力で押し流し、必死に呼びかけた。

絞り出した訴える声は錆びついたように掠れていて自らの訴える声がどこか遠くに聞こえていた。



・・・子・・・すわ・・・・・・諏訪子…!



「ん?なぁに、クロちゃん?」



掠れた声が諏訪子に届いたことに俺は心から誰かに感謝した。

神様は目の前にいるから『誰か』には該当しないだろう。

すこし現実逃避しかけた俺の顔を諏訪子は何時もの人懐っこそうな笑みを浮かべたままのぞく。

なぁにじゃねえよ。このバカ…。



・・・っ・・・すわ・・・お前二人を睨み殺す気か?



「え?」



必死に絞り出した問いに答える声はひどくキョトンとしていた。



「え、あぁ!?ごめん!ふたりとも!」



次の瞬間ふっと糸が切れたかのように凍った時間が流れ始めた。

そして椛と少女二人は圧迫されたものから放たれてグタリと弱弱しく身体をふらつかせた。

息を吹き返したかのように息を切らせる二人を諏訪子はワタワタと支えた。



「あーう。ごめん、ほんっとごめんちょっとやりすぎた・・・!」



「ハァ・・・ハァ・・・



「ちょ、ちょっとで。しぬかとおもった~…。」



「うぅ、ごめんねにとり~。」



しきりにごめんごめんと謝りながら少女、にとりの腕を諏訪子はしきりに摩ってあげた。

そういえば諏訪子は洩矢神だったな。

タタリガミとして崇められ、恐れられ敬われ愛された神であり、

その歴史は人より長いとされている。

生死問わず本能を持つものが総じて畏れる存在。



「うぅーそんなに力漏れてたかな~…?」



それが今気まずそうにしょんぼりとしていた。



 あぁ・・・もう少しでこれから洩矢様って呼ばざるを得ない雰囲気だったぞ。



「それはいや!」



じゃあ一番謝るべき存在がいるだろ。



「う・・・もみじ、やりすぎちゃった。

 ほんとごめん、許して?」



ぐったりと膝を着いた椛に寄り添い、震える肩を抱きしめた。

ハッハッと細かく息を吐きながら椛は掠れた声で



「・・・い・・・え、私も・・・ハッ・・で、出しゃばった真似をして

 申し訳・・・ございませんでした…」



「もみじぃ~」



椛の額に雨で張り付いた髪を指で撫で払った諏訪子はギュッと彼女を抱きしめた。



仲直りできたとみていいのかな。



ふと隣で息の整え終えたにとり二人が互いに謝りあうのを確認してそっと声をかけた。



「ケロちゃん、とりあえずどこか雨宿りできるとこいこ?

 そのままじゃ椛風邪ひいちゃうよ」



サァと降り注ぐ小さな雫は降り始めたばっかりでやむ気配はない。

確かに早く移動しないと3人とも風邪をひいてしまう。

にとりの提案に諏訪子はコクとうなづいた



「うん・・・。うん、そうだね。椛?立てる?」



諏訪子は椛の手を取ってそっとたたせようとした、

「あ、はい。・・・うぁっ」



しかし、椛はたちあがろうとして腰を浮かせた辺りでペタリと座りこんでしまった。

自分が立ち上がれないことに椛はポカンとした表情を浮かべた。



「あー椛、もしかして・・・腰、ぬけちゃった?」



ニトリの診断に椛は少し泣きそうな顔で見上げた。



「あの、私は後で行きますからその…。」


「なにいってんのさ!私のせいなんだから椛おいていけるわけないじゃん!」



椛の提案を即座に一刀両断する諏訪子。

しかし彼女たちの細腕では彼女を運ぶことができるだろうか。



「ねぇ、クロちゃん・・・だっけ?椛お願いできるかな?」



あぁ、そのつもりだ。



にとりがその提案を言い切る前に俺は脚を前に進めた。



「ク、クロさん・・・」



呪うなら諏訪子を呪うんだな。



伝わらないだろうその言葉を心の中でつぶやいた俺は触手で彼女の背中と膝の裏を支え

そっと自らの背中に置いた。

初めは小さな声で反論しかけた彼女だが背中に乗せると観念したのか静かになってしまった。



「ケロちゃん、雨宿りできる場所は・・・」



「だね、いっぱいあるけどもう濡れちゃってるからウチであったまったほうがいいかも」



ウチ・・・というと諏訪子の神社か?


「うん、さっきの道をまっすぐ登って行けばすぐだから

 クロちゃんは椛つれて先に行ってくれる?」



ん、それじゃ諏訪子たちも風邪をひくぞ?



「あ、それはダイジョブだよ。にとりは河童だから濡れても大丈夫だし、

 私は何より神様だもん風邪なんか引くわけないじゃん!」



あぁ、諏訪子が風邪をひかないってのは神様だからっていう説明だけで十分だな。

・・・って。




にとりって河童なのか?



「?」



俺は驚いて思わずにとりを凝視してしまった。

俺の視線に彼女は頭に疑問符を浮かべている。

人間ではないとはうすうす感づいていたがまさか河童だとは…。

でも河童って皿に甲羅に嘴じゃないのか?



それを聞きたかった俺の顔をペシリと諏訪子がたたいた。



「ホラ、よそ見しないでさっさと女の子を送り届けなさいな!」



あぁ…いや、まってくれ。



俺はせかされて思わず踏み出しかけた足を押しとどめた。



「どうしたのさ?」



諏訪子がまだなにかあるのかと不満そうにほほを膨らませる。



いや、諏訪子。別に俺の背中は一人用ではないぞ?



「え?」



俺は触手で背中の椛を固定しながら、ぐっと身体に力を込めた。



「おぉ!?」



にとりと諏訪子が驚き半分なにか妙な期待のようなものが半分混ざった声を上げた。



「ク、クロちゃんゴッド 拡・大!?」



いや、ただ少しでかくなっただけなんだが・・・。

てかネタ古すぎるしなぜ知っている!?


































>あとがき

こんにちはねこだまです!

な、な、な夏休み突入!なんという解放感!なんという夏なんという暑さ!
散歩が趣味の猫にとっては素晴らしい季節が来ましたぜ。
まぁ試験中も散歩してたんですでに肌真っ黒ですけどね。
今日も諏訪神社の上から青い苗が風になびく様子をマッタリ見ていたいと思います。
さてそれでは内容解説です。

今回も前半後半で温度差が発生。
前半を3日に描いて後半を7日に描いたせいですな。
今日は後半の解説をすわっこの神様っぽいシーンを描きたかったのですが、
少し無理やりな展開に…。
まぁ普段は起こらないケロチャンですが礼儀を守らなかったり自分勝手にことを運ぼうとするとちょっと怒っちゃうってのがうちの諏訪子です。
特に今回は友達が新しくできた友達に突っかかってきたので少しキレちゃったって感じです。
もちろん普段はフレンドリーでにとりや椛とも大の仲良しな設定がねこだまのジャスティス。

さてさて次回は守矢神社に到着となりそうです。
現代人の早苗さんとなんて会話させようか考えつつ、神奈子と諏訪子のカリスマを出そうか出すまいか悩むとします。
それではまた次回お会いしましょう ノシ















http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate={cate}&all=10495&n=0&count=1


ん?なんだこのURL?



[6301] 東方~触手録・紅~ [16] 
Name: ねこだまorz◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/10/06 17:10
16






「あちゃ・・・降ってきちゃった・・・」


見上げる屋根から絶え間なくかけ流れ続ける水のカーテンに東風谷早苗は思わずそうつぶやいた。

昼間の仕事もひと段落し、さて今夜の御夕飯は何にしようかと考えた時だった。

ふと屋根の上がシトシトと賑やかになっていることに気付き、

もしやと障子を開け放つと、外はもはや「うわぁ」としか表現できないほどの雨雫が視界を数メートルに制限していた。

どんよりと暗く低い雲の中から降り注ぐ雫は地面で派手に撥ねて縁側を濡らす。

その光景に早苗は思わずため息をついた。

雨は決して嫌いではない。

彼女の敬う神は自然をつかさどり豊穣もつかさどっており、雨は神の御恵みとして喜ばしいものである。

そしてさらに神社の神様の一人はカエルの背中より生まれし神様。

いつもはこれほど雨が降れば何時も濡れるのも構わずにケロケロと笑って小躍りしているぐらいだ。

そんな姿をこの神社に祀られるもう一柱の髪とともに眺めているとこれまたほんわかとした気分になれる。



・・・そう考えるころも確かにありました



いや、いまも嬉しそうに雨を浴びる諏訪子様を見ると和むのには変わらない。

しかしそれは幻想郷の外で眺めるころと比べるとその楽しみのほか



早苗は一頻り雨が地面を叩く音を聞いた後、ひとつ溜息をついて台所へと向かった。

そして台所の隅、こげ茶色の薬がかかった大きな水がめをそっと覗く。



「あぁ、やっぱりなー…」



今朝は酔っぱらった二人が頭痛いとガブガブ水を飲んでいたからもしかしてと思って覗いた水がめには

満タン時の4分の1ほどにしか満たされていなかった。

飲んだら継ぎ足しておいてくださいねとあれほど言っておいたのにと彼女は二柱の顔を思い浮かべて肩を落とした。

いや、これぐらいでへこんではここで生きてはいけないと(勝手に)学んだ早苗は心を切り替えた。

だが心を切り替えて困ったなあと早苗ののどは思わずむぅと声をあげた。

これでは足りない。

ご飯を一気に炊いてラップして冷蔵庫にポイができないここ幻想郷。

3人分のご飯を用意するにはそれ相応の水が必要である。

その上お味噌汁も作らなければいけないと考えるとさらに足りない。

・・・でもなぁ。



早苗は勝手口をそっと横にスライドさせた。



ザーーーーーーーーーーーーー



「うわぁ…。」



思わず口に出てしまった。

覗きあげるように頭を勝手口から出すが暗い雲の天井に切れ間を気付け出すことはできなかった。

これは通り雨にも見えないし、もしかしたら明日まで降っているかもしれない。

だとしたらいつまでもここで雨を眺めるわけにもいかない。

水がなくてはお料理ができない。

一応今ある食材で水を使わずにできる料理もあるが・・・

・・・わかってはいる、わかってはいるけどこの雨の中を井戸まで突っ走り、

そして水を満たした重たい桶をもって戻るという行為を考えるとどうも足が進まない。



だがこのまま立ち尽くすわけにもいかない…!



「よしっ!」



三食の規則正しいご飯こそ健康の元と育てられた早苗はご飯に対して妥協を許さない。

今日も二人の「美味しい!」のためにたとえ火の中・・・はいやでも水の中ぐらいは我慢せねば。

そう決意した早苗は早速水仕事には邪魔になるので二の腕に装着する白い袖外して勝手口を睨む。

いざ井戸に向かって・・・!



「早苗~!ちょっと今いいかい!」



「あ、はい!只今!」



雨の弾幕の中を通らん!と決意した時だった。神社の表の方から彼女を呼ぶ声が耳に届いた。

脳はその声がこの神社の主のこえだと認識した途端、反射的に彼女は間髪いれずに声を返す。

だが帰したあとで思わず「あー・・・と」こぼしながら水がめと勝手口を視線が一往復。



・・・まぁ水がめに水を入れることも大事だがそれは後でもできるだろう。

返事をした後でそう判断した早苗はすばやく外した袖を取りつけて神社の表へと急いだ。

神社の顔であるさい銭箱と鈴が安置されるそこに駆けつけると見慣れた影が階段の部分に座っているのを彼女の視線がとらえた。

しかしなにか様子がおかしい。



「どうしました神奈子さ・・・ってぅわどうしたんですか!?びしょぬれじゃないですか!?」



早苗はその後ろ姿をみて思わず素頓狂な声をあげた・

そこにいたのは何時もの注連縄を模したカチューシャを外した守矢神社の主、

八坂神奈子が周囲をビシャビシャに濡らして座り込んでいた。

神奈子は額に張り付いた前髪から伝う雫を細い顎からポタポタと垂らしながら、

少しを困ったように自らの巫女を見上げた。



「あぁ、ちょっと。散歩していたら急に降られちまってねぇ」



久しぶりの雨に水を差すのも悪いしねぇと苦笑した神奈子よっこらせと立ち上がり、

少し顔をひきつらせながら立ち尽くす早苗に声をかけた。




「早苗、ちょっとタオル持ってきて。私は着替えとってくるから」



そう言って神奈子は早苗の横を通り過ぎた。



「へ?あ、はい・・・ってぇ!ちょ神奈子様!?そのまま部屋に行く気ですか!?」



ペタペタと濡れた足でくっきりと廊下に足跡を残しながら部屋に向かおうとする神奈子を早苗は慌ててひきとめた。



「あーやっぱりだめかい?」



「当たり前です!あぁ、もう!さっきふいたばっかりなのに廊下グシャグシャじゃないですか!」



「うっ・・・いやだけど私もこんな濡れた服のままは気持ち悪いんだ。

 部屋までちょっとだけだからいいだろぅ?」



「いいだろぅってその廊下を掃除の誰だと思ってるんですか!

 それに部屋に行くって・・・畳が濡れたらどうするんです!」



神の住まう社に大きな染みつきの畳があっては威厳ガタ落ちである。



「う・・・で、でもそれじゃあどこで脱げばいいんだい・・・」



「ここで脱いでください!」



「こ、ここで!?」



「ここで、です!濡れた服は私が干しときます!」



「いや、それはちょっと・・・」



そこには家事の大変さを楯に、神様に対して凄む巫女の姿があった。

事実守矢神社の掃除から家の家事、そして神奈子・諏訪子の衣食を担っているのは早苗であった。

もちろん神’Sの二柱も彼女手伝うことはあるがそれらの実行件等はすべて彼女に委託しているも同然であり。

ゆえに最近の早苗は守矢一家の家庭内パワーバランスの一角を占めていた。

そして今、この日常風景が完成している。


あぁ、小さい頃は『かなこさま~、かなこさま~』って鴨の子供のように可愛かったのに、

何時の間にこんな・・・・・・・・・こんな逞しく育ってしまったのだろう?



ついでに何時の間に脱がされたんだろうな~と八坂刀売命(やさかとめのかみ)は自身の巫女の袖を持たされて立ち尽くした。



「とりあえずそれで顔と髪を拭いてください!あとお風呂にタオルと着替えを用意しておきますから!」



そういうと早苗は神奈子の服を脱水するためにそれを小脇に抱えてさっさと歩み去った

残された神奈子というと自分の服を持って去っていく早苗の後ろ姿を見送った後、

少し間をおいてオズオズと自身の細い輪郭を伝う雫を拭う。

そしてあの後ろ姿を思い出して彼女は小さく心の中でつぶやいた。



うん、稲心配しなくていい。早苗は逞しく育ったよ。



ついでに風呂でも沸かすかとぼやきながら彼女は身震いひとつしてそそくさと風呂場へと向かった。





「はぁ、あとで雑巾持ってこなくちゃ」



廊下には途中まで濡れたスカートを引きずった跡、そして風呂場へと続く足跡。

誰かが滑って転ぶ前に拭きとっておかなければ。

タオルで脱水した神奈子の服に竹竿を差して寝室の一間にかけた後、

さっと廊下を掠め見た早苗溜息一つとともに彼女の部屋へと急いだ。







「神奈子様、着替えをお持ちしました」



神奈子の下着と着替え、そしてタオルを抱えて脱衣所に入るがそこに彼女の姿はなく、

脱ぎ捨てられた下着のみが洗濯かごの中に放置されているのみ。

あれ?と早苗が首をかしげる前に脱衣所の奥の扉の向こうから



「あぁ、早苗。そこに置いといて」



という神奈子の声とともにチャプチャプと水の撥ねる音が彼女の耳に届く。

格子の向こうから白い湯気と暖められた空気がふわりと早苗のほほを撫でた。

早苗は鼻歌交じりに風呂に入る神奈子に対しむぅと不満げに唇を尖らせる。



「・・・・・・神奈子様。そういえば今朝水がめの水使いましたよね?」



自分が部屋に行って服を取ってくる間にお湯を沸かして浸かっているとは、

これから水汲みに行く自分の身にもなってほしいものだ。

一人神力を使って水を出して沸かして楽して極楽気分とは…。

その思いが通じたのか格子の向こうから「うっ・・・」と硬い声が聞こえた。



「い、いやぁあれは諏訪子に頼んだんじゃ「私は『御二方』に頼んだはずですけど?」・・・あー・・・ぅー」



諏訪子様じゃないんですからあうあういわないでください。



「では、失礼します。私は『これから』井戸の水を汲んでお夕餉の支度をしますので」



「え?あぁ!わるい!早苗ほんとにすまなかった!!早苗?さな・・・!?」



コンッ!という小気味のいい音を立てて脱衣所の引き戸が閉められた。







「さて・・・っと」



廊下の濡れた部分を壁に沿って横歩きしながら避けた早苗は気分を紛らわせるために小さく声を出した。

不機嫌なまま料理をしてもおいしいものは出来やしない。



あれ?そういえば諏訪子さまはどこに行ったのだろう?



昨日頼まれたお使いの中に忘れたものがあると言ってお昼前に出て行ったばっかりだが、

そろそろ帰ってきてもいい頃ではないだろうか?

門限が特別あるわけでもないが夕方を夕方になるころには何時も帰ってくるはずだ。

時計の短針はすでに4と5の中間地点を通過した頃。



「…はぁ」



諏訪子様のことだ、絶対ずぶぬれで帰ってくるだろうなぁ。

今のうちに諏訪子様用にタオルでも用意しておいた方がいいだろうか?

自分が雨にぬれる前に…。

あぁ・・・蛇口を発明した人って結構偉い人だったんですね。



そう一人悟った早苗はもう一度溜息をつこうかどうかまよっていると。



「さ~にゃ~え~・・・!」



噂をすればなんとやら。

今度はキッチンの裏口の方から声変わりを知らない高い声が早苗の鼓膜を揺らす。



・・・・・・。



声色からして濡れているだろうなという予想は確信に変わった。



「は~い!今行きます!!」



決して疲れを見せないように気をつけて声を上げた後。

早苗は部屋を通りぬけ、タンスからさっと掠めるようにタオルを引き出した後裏口の方へ駆けた。

だが早苗は顔を出してあれ?と呟いた。

てっきり諏訪子様が土間の方で水を滴らせていると思っていたのだがそこには誰の姿もなかった。

鍵かけたっけ?いやかけてないはず…。

なら何で諏訪子様は入ってこないんだろう?



「早苗~!早く開けて~!今ちょっと手が離せないの!」



その疑問にこたえるかのように勝手口の向こうから諏訪子様は高い声を響かせた。

なるほどなにか手に持っているのだろう。

さすがに足であけるようなはしたない真似は・・・。

・・・なんでしないんだろう?

いつもしてるのに。



「あ、はい!今開けます!」



すこし失礼なことを考えながら早苗はタオルを抱えて土間のサンダルに足を通す。

よし、疑問は後回し。今は諏訪子様をタオルで確保することが最優先事項だ。

土間から勝手口に手をかける間に頭の中でイメージを膨らませる。

素早く扉を開けて素早く諏訪子様にタオルをかけて素早く引き入れる。

後はじっくり諏訪子様の服を…。



別にナニもするつもりなんかないですけどなにか?

では…。



早苗は勝手口の引き戸を思いっきり横に押し出した。

途端ザーっという強い雨音が聴覚を支配し、濡れた空気が肺を満たす。

そして早苗は両手に持ったタオルをひろげ・・・。



「諏訪子様、どうぞタオル・・・を・・・」



硬直した。



目の前にはあの諏訪子様の帽子についた大きなお目目があると思っていた。

しかしいざ扉を開けた先にいたのは。



「え…?」



大きな、それは大きな犬がその真っ黒な顔で勝手口を埋め尽くしていた。



・・・・・・・・・わん?




























>あとがき






すらんぷ  たすけて








[6301] 東方~触手録・紅~ [17] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2010/01/18 22:41
17







「・・・ぇ?」



とちいさな疑問符がサーっと響く環境音の中で妙によく聞こえた。


こういうときはどうしたらいいんだろうね?

いつもの姿でいた方が驚かせないだろうなと思ったのは扉が開いて女の子の肩が見えた時だったかな。

そう考えるのが少し遅かったと後悔しながら今現在目の前で珍しい髪色の女の子が硬直しているんだが。

いい加減驚かれることにもそろそろ慣れてしまいそうだ。



俺は少し現実逃避気味に数分前を思い出していた。




雨が幻想郷の土を濡らして土の香りがふわりと妖怪の山を行く山道を包む中

俺は目の前に現れた長い長い石階段を大きな足で踏み外さないように器用に登りきった。

すると今までうっそうとしていた視界がぱっと開け、そこに大きな神鳥居が影を落とした。

次第に雨粒が大きくなっていることに気付きつつも俺はふと歩みを止めてしまった。



『守矢神社』



白が濡れて沈んだ灰色へと変化した石造りの鳥居にはそう彫りこまれていた。

俺が沈んだ色調の空を背景に鮮やかに映える朱色の文字を見上げていると、

ふと耳元で堪え切れないなにかを含んだ声が誇らしげに囁いた。



「ねぇ?なかなかすごいでしょ!?」



それは黒い幕を頭からかぶったこの神社に住まう神様のお声だった。

視界を目玉から頭の後ろに回す。

そこには黒い膜を頭からかぶった洩矢諏訪子が胸を張っていた。



 あぁ、居候の俺が言うのもなんだが・・・正直博霊神社よりもすごいな…。



決して博霊神社がみみっちいというわけではない。

博霊神社は博霊神社で、迎える者をホッとさせるなにかがある神社だ。

それに対してこの神社は・・・何と言えばいいだろう、圧倒される。

まるで神社の重さが違うみたいだ。

いや、重量の意味じゃない。

左右両翼に腕を広げる神社からはどっしりとした威厳とともに全てを受け止めるという雰囲気がでているのだ。

さらに今は降り注ぐ雨のおかげで濡れた空気がその雰囲気を静かに強調している。



 やっぱり神様が実際にいる場所となると雰囲気がでるのだろうか。



「ふふん、そりゃそうだよ。博霊神社には神様自体いないんだから『比べるだけ』間違いさ!」



 ・・・今の言葉を霊夢が聞いたら神様だろうとボコリに来そうだな。



てかウチに神様居なかったのか。

まぁ当の巫女自身に信仰心があるのかないのか微妙なところである。





「あの・・・ほんとに大丈夫なんですか?」



その時諏訪子の小さな腰に手をまわした椛がおずおずと声を出した。

彼女の上にも黒く薄い膜のようなものがかぶせられその隙間から覗くように諏訪子の顔を見ている。

すこし心配そうな椛に諏訪子はニッと笑みをみせた。



「ん、クロちゃん曰く痛くないから平気だって。心配しなくていいよ。

 それにしてもマジやわっこいねこれ!」



そう言って諏訪子は俺の・・・いやだからって無理に引っ張るな。

3人を一気に運べるように犬の姿で巨大化し、もはやどこかの山犬のお母さん並みに大きくなった俺の背中には

黒い膜ようなもの・・・、俺の身体を無理やり引っ張って膜状になったそれをかぶった諏訪子、椛、にとりの3人の姿があった。

伸ばした皮のようなそれは雨をはじきそれ自体が一定の体温を保っているのであったかい・・・。

・・・とにとり博士はおっしゃった。材質研究は先約があるのでパスおねがいします。

とりあえず俺の背中の上で数人モゾモゾと一匹遠慮がち少し俺の身体を引っ張りこむという現状に至っている。


だがいくら伸びるからといって思いっきり引っ張らないでほしい、強く握られたりすると跡がつくんだから。

そう忠告してみるが神はにょほほと俺の身体をパン生地みたいにこねながら聞こえないふりをし続けた。

・・・俺はすこし背中の上に乗せたのを後悔した。



「え!?い、いや、クロさんのことじゃないです!!

 その・・・いきなりずぶぬれの3人が押し掛けて良いのでしょうか?」


諏訪子の言葉からすこし遅れて椛がそう聞き直した。

あぁ、そのことか。たしかにいきなり3人も押し掛けて大丈夫なのだろうか?



「あ、ダイジョブダイジョウブ!可愛い子が雨に降られてるのを見て見ぬふりするほどウチは心が狭くないよ!」



そう言って諏訪子はドンと自らの胸を叩いて見せた



 ・・・可愛い子限定なのか?


「優先順位は無論高いね。服がぬれて透けていればなおよし」


 何の優先順位だ。



・・・神様の口からそんな煩悩まみれの言葉が出てくるとは思わなかった。

おれのツッコミが不服なのか諏訪子はぷくぅとほほを膨らませ、口をとがらせる。



「むぅ、かわいいは正義って格言をしらないの?」



 誰がそう言ったかより誰がそれを格言に認定したのか知りたいな。



「え?・・・さぁ?」



格言にしたやつより諏訪子にその言葉を教えた人を知りたくなった。



「あー、ケロちゃん何話してるかわかんないけどさ。

 何時までここにいるの?」



鳥居の下で雨音を聞くのにも飽きたのか、

手にした小さなタオルで前方の白い髪を拭きながらにとりが諏訪子にそう提案する。

どうでもいいが諏訪子の声から少し内容を理解したのか椛は髪の毛を拭かれながらも慌てて自らの体に視線を落としていた。



「ま!とりあえずこんなとこでずっと立ってるのもアレだし、さっさと中に入ろう!

 あ、クロちゃん、裏に回ってね。裏口の土間なら濡れてもだいじょぶだし」



との御言葉で俺は境内の中再び諏訪子の指さす方向へと歩き出した。



やはり幻想郷の神社は外の神社と作りが若干違うようだ。

博霊神社もそうだったが幻想郷の神社には社務所がない。

おそらく此方の神社は「神を祀る社」ではなく「神が住まう社」。

簡単にいえば神様が住んでる「家」として存在しているからなのだろう。

家に対して事務所が必要とは思えないしな。

博霊神社も一応祭殿はあるが神社自体はどちらかというと霊夢たちの居住スペースが大半を占めている。

まぁ結論を言えば幻想郷の神社は神様を祀るスペースと居住スペースが一緒になっているため総じて大きく、

そしてすこし裏に回れば生活感を垣間見ることができた。

縁側の奥に見えるタンスやちゃぶ台は明らかに人の生活臭がする。



…ん?



神社の中をのぞいた時、ふと俺はなにか変なものを見た気がして思わず足を止めかけた。



「あ、クロちゃんあそこあそこ」



だが完全に足を止める前に諏訪子が帽子を幕に引っ掛けながら頭を出してチョンチョンと俺に一つの扉の存在を教えた、

違和感の正体が少し気になったがそとで考えるより中で考えた方がいいだろうと思い諏訪子の示す方向に顔を向けた。





 ・・・ちいさ。



そこにあったのは普通の戸口だ。

普通の大きさの戸口なのだが、今の俺の大きさにはちょっと小さすぎた。

人間サイズなのだから当たり前といえば当たり前だが。

頭は入るかもしれないが肩でアウトになるぞ絶対。

だが小さくなったら上の三人が落っこちてしまう。

とりあえず…。



 ほら、諏訪子。ついたんだから降りてあけてくれ。



俺は再び毛布をかぶるように身体を引っ張る神様にそう頼んだ。

しかし…。



「え?クロちゃん開けてよ」



なにいってんのさ。と当然のことをいうかのように諏訪子は言った。

いや、よそものに自分ちのドアを開けさせるのってどうよ?



 この身体じゃ引き戸は開けられないんだが・・・。



ここまで大きく変化したのは初めてなのだ。力のかけ具合がわからない。

はじめましてお邪魔しますと扉を破壊して侵入してくる巨大ワンコを無害だと言い切れるか?

触手であけるという手もあったが・・・。


瓢箪がスッカラカンの現在、予備の霊力がないためできれば力を温存しておきたい。


そんな感じの説明文を頭に思い浮かべると諏訪子はじゃあと突然息を大きく吸い込んだ。



「さ~なーえー!」



と大きな声で扉の向こうに呼びかけた。



 同居人?



「そ、うちの巫女みこ」



巫女か。

あれ?なんか忘れてる気がする。

巫女・・・?

そういえば俺って博霊神社でてからどれぐらい・・・。



ふと扉の向こうでザザッザという摩擦音が鳴った。

諏訪子が土間と言っていたしこの音はサンダルかなにかの音だろう。

その音に気付いた諏訪子がふとなにか思いついたようで、ニヤっと笑みを浮かべた。



「早苗~!早く開けて~!今ちょっと手が離せないの!」



・・・手が離せない?

じゃあ今両手でうにうにもんでいるものはなんだ。

諏訪子は扉の向こうから返事が返ってくるといきなり幕を頭からかぶって俺の中に隠れこんだ。



 まて、なんで隠れて・・・。


いやなものが視界の片隅でチラリと見えた次の瞬間がらりと扉が開いた。


「諏訪子様!どうぞタオル・・・を・・・」



予想通り、突然開かれた扉の奥で一人の女の子が両手に持ったパスタオルをひろげて硬直していた。

まぁ扉を開いたらデカイ犬がいたらだれでも驚く。

それが馬ぐらいの犬がいたらなおさらだろう。

固まった少女に俺は声をかけることもできないため、この際と少女の背格好をのぞき見た。

守矢神社の巫女はウチの巫女より少し年上のようだ。

大体16か17ぐらいだろう。

身長も霊夢より高いし、身体も女性的な丸みを帯びている。

少女と女性の中間。すこし女性寄りといったところか。

長く滑らかな頭髪は名前と同じ早苗の色。

(若々しい緑色なのだが俺はすこし長引いた幻想郷生活で髪の毛に違和感を覚えることはすでになくなっていた。)

左のこめかみ辺りにデフォルメされたカエルの、そして左肩の前に下ろしたひと房の髪に蛇を模った髪飾りをしている。

このままもう数年もすれば美少女から立派な大和撫子に化けるだろう。

ところで彼女が来ている服も巫女服なのか?

巫女服といえば魔を払う紅に純潔を表す白を基調とするものだが、

彼女の巫女服は上が白で真中に青のラインが入ったシャツのようなもの、下が深い藍色のスカートでできていた。

それにしても春も過ぎたとはいえタンクトップ型で肩丸出しでは寒くないのだろうか?

・・・幻想郷の巫女ってこういう肩出し腋出しの衣装が主流なのか。



っとさてどうしよう。ここはひとつワンとでも鳴けばノット有害だと気づいてくれ・・・るわけないよな。

いや鳴く以前に俺には喉笛ないんだった。



・・・だめだ少し冷静にパニクってるかもしれない俺。

てかなんで諏訪子は背中に隠れたままなんだ?

俺はてっきりすぐに顔を出して中に入れてくれるものだと思っていたが

背中の上からはクククと押し堪えられた笑い声がかすかに聞こえるのみだ。

なに笑ってんだ。早く顔出せ。



「え…っとなんの御用でしょう・・・か?」



さて見つめあう互いに微動だにしないまま、俺はできないまま数秒たったころ、

早苗はおずおずと下から不安そうに覗くように俺を見上げた。

ここで驚いて叫ばない辺りはさすが巫女とも言えるかもしれない。

・・・なんか巫女の定義がおかしくなってきたな。

とりあえずせっかく向こうから動いてくれたのだ。

俺は延びた、いや無理やり延ばされた背中の幕を引っぺがした。

途端俺の背中からキャーギャーと悲鳴が上がる。



「!?ちょっ!クロちゃん、水が!水が中入ってきた!」



「諏訪子様帽子傾けないでください!あ、雨が滝でわひゅ!?」



「うわ、椛。だめだよ!アレやっちゃ!だ・・・わぶぶ」



雨が諏訪子の帽子の広いつばから後ろの椛の頭へ、

そして椛が犬の本能かブルブルと頭を振って数多の飛沫を飛ばし、

椛を後ろから支えて座るニトリがその飛沫の犠牲になるという連鎖反応を起こしていた。



「あっ諏訪子様!?」



「ちぇー、ばれちゃった。さなえ~ただいま~」



「こんにちは、早苗さん」



「や、早苗!」


先頭の諏訪子が見つかったのをかわきりに後続の椛とにとりも顔を出して短い挨拶をした。



 ばれちゃったって・・・ばれなかったらどうするつもりだったんだよ。



「そんときはそんときに考えればいいさっ!」



 俺の『そんとき』の身の安全が全く保障されてないのは気のせいか?



「えっと諏訪子様、そのわんちゃ・・・・・・お方はどちらさまでしょうか?」



 椛じゃないんだからわんちゃんいうな。



「あ、これ私の新しい友達!すごいでしょ!」



そう言って諏訪子は大きく胸を張って見せる。

だが広い帽子のつばからざぁざぁと垂れる雨雫の前にはどうもしまらない。

それに何がすごいと言いたいのだろうか?巫女さんも困ってるぞ。



「えぇっと・・・お、おっきいお友達ですね。」



まてその言い方はちょっと・・・。

おれにはそんな紳士的な趣味はないぞ!



「なははは、これがおっきくもなるしちっちゃくもなるんだよこれが!」



だいたいあっているが・・・なにかツッコミをいれたい説明をする諏訪子。

見あげる早苗はなれているのか苦笑をうかべながら数歩後ろに下がった。



「とりあえずみなさん中にお入りください。

 あ、入れ・・・ますか?」



頭を数度傾げてドア幅を測った結果無理やり入れば勝手口の形が変わることが判明した。

・・・測るまでもなかったけどな。



 この身体じゃ無理だ、てな訳で諏訪子さん降りてくれ。



俺は肘を折り、頭を下げてそう促した。

諏訪子はまるで遊び足りないとでも言うようににちぇーと口をとがらせながらも

今度は素直に俺の頭上を滑り降りてくれた。



ついで椛、にとりと地面に降り立つと、

そろって屋根から滴る水滴から首筋を守りながらヒャーヒャーと中へはいっていった。



「うあー髪も服もぐしゃぐしゃだぁ」



帽子取って短いツインテールを解いたにとりが、

水を吸って膨らんだ髪に手櫛をかけて固まった髪をほどいていく。

そんな彼女の頭にぽふりと白い布が覆いかぶさる。



「いきなり降ってきましたからね。」



ニトリにタオルをかけた早苗は次に諏訪子と椛にバスタオルを手渡した。

諏訪子が渡されたバスタオルで自らのほほを拭きつつ椛の髪もわしわしと拭く姿を微笑ましそうに眺めた後。

早苗はあっと思い出したかのように声をあげた。

そして振り返る先は勝手口。

うん、どうやら俺は少し忘れられていたのかもしれない。

少ししょんぼりしながら俺が見上げる先では早苗があれ?と小さな口元から漏らしている。

おそらく勝手口の向こうにいたはずのデカイワンコの姿が見えない事に首をかしげているのだろう。



「早苗~、したした。」


「え?下って・・・」


諏訪子が笑みを浮かべながら示す先に視線を向かわせた早苗が再び硬直する。

おそらく彼女の眼には黒くてまるくてずぶ濡れのなにかが写っていることだろう。

俺はどうも、と手を挙げて挨拶っぽい行為を行った。

まぁデカイ犬が突然目の前に現れたぐらいで驚かない娘がこれぐらいで驚くこともないだろうと思った。



「え?す、諏訪子様!?」



「んー?」



「も、もののけ姫のタタリガミってホントに居たんですか!?」



「ぶっ!!!」



・・・そうきたか


巫女の問いに祟り神の王が奥で吹き出した。

いや、言っておくがあそこまでうねうねしてないぞ俺は。

だが自分の体から出した触手を見返すと濡れてテカりを帯びたはどうもそれっぽく見える。

とりあえず奥で肩を震わせるアレに一言なにか言いたい気分だ。



「それね、クロっていうんだよ。ほら博霊神社の」



ほほに深めの笑窪を作りながら諏訪子はそう説明した。

ところで俺の名前が身体の色で固定化し始めているようだが気のせいだろうか。


「あぁ、そういえば霊夢がウチに厄いのがどうたらって愚痴ってましたね」


ポンと手を叩いて納得したようにうなづく彼女はどうやら霊夢と知り合いらしい。

それも霊夢が愚痴るほどの仲のようだ。

・・・うんなんて言ってたか気になるが聞きたくない。

てか厄いってなんだろう。いい意味じゃないってのは伝わるけど。



「そそ。でさ、昨日私が拾ってきた辞書あるでしょ?

 あれがクロちゃんのものらしいんだよ~」



「辞書って・・・あ!昨日諏訪子様が拾っておつかい忘れちゃったやつですか?」



次の瞬間全員の視線が諏訪子に集まった。



「え、いや、その、うんそれ」



諏訪子は視線を泳がせた。

あ、だから彼女は今日も竹林に来てたのか。




「あー・・・あー!ふくがぐしゃぐしゃだーちょっときがえてこなくちゃ」



わざとらしい棒読み文を吐きだした諏訪子はタオルそそくさと靴と靴下を脱いで上がろうとした。



「あ、着替えでしたらお風呂場に用意してありますよ。」



「き、気がきくね?」



「神奈子様も濡れちゃったのでついでに諏訪子様の着替えを用意しておきました。」



「え?もしかしてお風呂沸いてる?」



「はい、今は神奈子様が・・・「ケシュンっ!!」



突然椛の頭が小さく揺れた。



「はい」



「あ、ごめんなさい」



にとりから渡された散紙で慌てて口元をぬぐう椛に早苗とはクスと笑みを返した。



「んー、このままじゃ風邪ひいちゃうしみんなでお風呂入ってもいいかな?」


「えぇ、神奈子様もそろそろ上がるでしょうし、お客様に風邪をひかれたら大変ですからね」


「よし!クロちゃん!・・・」


 遠慮する。


「えぇー可愛い子が3人もいるのに即答?」



そう言われても俺が風呂であったまっても意味がない。

内臓がないんだから風邪も引けないし。

まぁ目の保養にはなるかもしれないけどな



「むぅ、まいっか。じゃ早苗。クロちゃんの電子辞書おねがいしていい?」


「あ、はい。大丈夫です。霊夢から対処法も聞いてますし。

 クロさんこっちです。取ってくるんで部屋で待っててくださいね。」



・・・対処って、霊夢・・・何をしゃべったんだろう。



「じゃOKだね。よし!みんな靴と靴下脱いで風呂場に突撃!」


「ねぇ、ケロちゃん?電子辞書ってなに?」


「えっとね電子辞書はね・・・」


「おぉ!じゃあさ…」



なんか向こうの会話絡も不吉なものを感じながら俺は部屋の中に通された。













さて、現在俺はひとり案内された客間の座布団の上にさらにタオルを敷かれて安置されている。

座布団はいいね。大きさがちょうどいいから非常に落ち着く

ふかふかと柔らかい座布団に身をゆだねながら俺は視線を部屋にめぐらせた。

やはり神が本当に住んでるせいだろうか広いな。

客間一つで俺のもといたアパート部屋より広そうだ。

客間は裏の庭に面しておりその庭もまた広い。

中心に石橋のかかった池ってどこの邸宅だよ。

博霊神社とは大違いだと思いながら俺は再び視線を部屋にめぐらせた。


・・・。


やっぱりだ。

なにかへんだ。

さっきから内を見回す俺は妙なものを覚えていた。

ぱっと見て別に何らおかしなものはない

だがなぜか視界に入るものに首をかしげてしまう。

なんだろうと視線をぐるりと回した時、ふと廊下の天井に目がとまった。



 ん?



なぜそれに眼がついたのかわからない。

それはどこにでもある蛍光灯だ。

なにもおかしなものは・・・



 ・・・あれ?・・・蛍光灯?



「お待たせしました。クロさんこれですよね。」



廊下の天井をのぞきあげた俺の後ろから突然声がかけられた。

慌てて振り返るとそこには右手に四角い銀色の板を持つ早苗がいた。

その銀色の板には大きな傷。

間違いない、俺の電子辞書だ!




俺はさっきまで考えていたことを裏庭に放り投げて大きくうなづいて見せると早苗は俺の前で膝を折って電子辞書を開いた。

パカリと開くと電源が自動でつき、ディスプレイに広辞苑の文字が浮かぶ。



「うん、壊れてないです。どうぞ」


早苗は文字をいくつか打ち込んでうなづくと満足そうにそれを俺に差し出した。

俺はしっかりと彼女から電子辞書を受け取り、



=ありがとう ほんとに さがしていた=


俺は久々にローマ字に触れて早苗に見せた。

早苗は一瞬驚いた顔でキョトンとしていたが次の瞬間へぇと声をあげた。


「クロさんよく電子辞書の使い方しってますね」


いや、それはこっちのセリフだ。

さっき文字を試し打ちした時のタイピングはずいぶん小慣れたものだった。


=さなえ も よく しってるな=


「電子辞書は高校受験のときにさんざんお世話になりましたから」


なるほどそれなら…。

・・・ん?高校受験?

幻想郷には寺子屋はあるが高等学校なんて・・・。



先ほど放り投げたはずの疑問が再び頭の中に舞い戻ってきたその時、



「おや?早苗、ずいぶんおもしろいものがウチにいるね?」



今度は廊下から人の声が聞こえた。



「あ、神奈子様。早いですねもう上がったんですか?」


早苗が見上げるように誰かの名前を口にした。



「あのロリガエル達が集団で侵入してきたんだよ

 せっかく湯にゆっくりつかってたのに騒がしくてね…。

 それはそうと早苗…そこのなんだけど・・・」


後ろから聞こえる女性の声は低く落ち着いた音で響いた。

その声に俺は思わず息をのんだ。

後ろから洩れる空気が違う。

少しも隠されていない神気が俺の後ろから流れ込んでくる。

あの諏訪子と同じくらいの濃厚な気配。

だが諏訪子の神気とは全然違うそれ。

まて、この神社には神は二人もいるのか?



俺は思わずゆっくりと視界を後ろに向けた



「はい、諏訪子様のお友達だそうです。ほら、あの博霊神社の。

 名前はクロさんっていうみたいです。」



「あぁ、あの噂のヤツか。へぇ、」



え?



「お前さん、ずいぶん荒れたモノと共生しているんだな。」



俺は息をのんだ。



なぜ

















なぜ・・・・・・・・パジャマ。


























>あとがき


おひさしぶりです。ねこだまです。

心配をかけてしまいほんとに申し訳ないです。

皆様の声援のおかげでスランプは無事脱出・・・!

と元気に宣言したいところですが、残念ながらいまだにスランプは継続中・・・ですかね?

難点だった描き方的な問題はなんとかすることができたのですが、ただ今ちょっとメンタル面で創作が遅れている状態でございます。

まぁこれもいずれ治ると思いますのでもうしばらくお待ちいただければありがたいです。


さて、そういえば皆様。最近思い出したことがございます。

この触手録先月でもう1周年を越していたようですね。

これからもまだまだ触手録は続きますが今後ともによろしくお願いします。



[6301] 東方~触手録・紅~ [18]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2010/01/18 22:41
18

















今、俺の両隣には二人の神が坐している。

縁側にて天から降り注ぐ恵みを眺める神様が二柱に正体不明の黒い餅が一つ…。

一柱は日本の一角を統べた祟り神、一柱は日本自体を創った神の血族。

そして一人は数か月前まで立派な人間だった物…。

・・・いやはや、数か月前まで神様なんでどちらかといえばいないんじゃないか?

と思っていたとは口が裂けても言えない状況だ。

本当だったら恐れ多くて身体が数段縮んでしまっていたかもしれない。

だが…。



「!!っっひゃ!あひゃっひゃっははっはあっ!ぱ、パジャ、ぱじゃみゃ・・・!?

 初対面パジャマ・・・!最高!カリスマゼロ!それで胸張って・・・!ふひゃははあは!!!」



と祟り神の頂点、洩矢が腹を抱えて爆笑し、



「・・・いい加減その口を閉じな、口に御柱突っ込んでほしいのかい?」


と八坂刀売神がこめかみをひくつかせた。

彼女は先ほどの淡い色合いのパジャマから胸元に丸い鏡を着け、ゆったりとした真紅の服へ着替えていた。

これが彼女のいつもの服装らしい。



「ははっはっは・・・はふ、で・・・えふ、でもわざわざ着替えてくるってことは気にしてたんでしょ?」



「・・・なんだそんなにペシャンコのカエルになりたいのかい。」



神奈子はヒーヒーといまだ喉を引き攣らせる諏訪子をキッと睨みつけた。

瞬間ゾクリと彼女の神気が俺の頭上を通過してもう一柱に向かう。

すると諏訪子はおぉ、こわいこわいと大きなタオルの中に首をひっこめた。



「いやぁ、勘弁だね。せっかくお風呂あがりたてなのにまた入ることになるはお断りだよ。

 あ、さなえー今日のご飯なにー?」



バスタオルをケープのようにかぶった彼女はケロケロと笑ってそう言った。

あぁ、できれば俺も向こうに参加したかったな。

俺は諏訪子が声をかけた先、台所の方をうらやましそうに眺めた。

台所では早苗、椛、にとりの3人が立っている。



「んー、内緒です、まぁみなさん雨でぬれちゃいましたから温まる物とだけ言っておきます」



火にかけられた鍋になにか調味料を入れながらの返答を返す早苗。

となりの椛とニトリからは黙々となにか野菜をざく切りにする音が聞こえる。

二人はお風呂を借りたのだからなにか手伝いさせろと早苗に要求したのだ、

はたして何時の間に夕飯をごちそうになることが決定していたのだろうか?

てっきり彼女たちが風呂からあがったらお礼をいってさようならーで帰れるのかとおもっていたんだけどなー。

まぁ二人がそう言ってしまったので俺も後には引けず、じゃあ俺も手伝うと申し出てみれば。



「あ、じゃあご飯ができるまでお二人のお相手をおねがいします♪」



そう笑顔でそうおっしゃる巫女さんでした。

そして俺は水色のパジャマに身を包んだ洩矢諏訪子と、

あのピンク色のパジャマから赤い服に着替えた八坂神奈子の間でちっちゃくなっているのだった。



=それにしても ほんとうに かみさま が いるとはな=



睨む視線といなす視線の間はひどく居心地の悪い、

早急に話題をそらすため俺は思わず頭に浮かんだそれを電子辞書につづった。

その文字を見て苦笑をうかべる女性と少女。



「あぁ、この幻想郷の中にも、そして外にも神々はまだ息づいているさ。」



八坂刀売神、八坂神奈子が胡坐に片膝を立てる男座りに落ち着きながらそう言った。

しかしその表情に晴れたものは見えず少し小さな溜息も混じっている。



「んー、私たちも最近までそとで暮らしてたんだけどね。

 やっぱりさ、外じゃもう信仰が薄れていくばっかりでこっちに引っ越してきたんだよ」



と神奈子の言葉に続けて祟り神の長、洩矢諏訪子が理由を述べた。

二人が言うには人の信仰心が神から離れ科学の力を信じ始めたせいで、

外の神々の力がどんどん弱くなってきているとのことらしい。

確かに現代社会では『奇跡』や『神の御業』とかいうものを聞くことはめったにない。

治水はダムやコンクリートの堤防で防がれ、天候は地球の外で衛星が目を光らせる。

もはや人の心は神々から遠のいてしまい、その力を示すこともできないとのことだ。

崇拝することで生まれる神々二とっては肉体的な死は存在しえないが

崇拝する者のいなくなった神は忘れ去られ、消滅する。

ゆえに二人は完全に力をなくす前に科学の影響が少ない新天地、幻想郷で信仰を集め、

そして後は気ままにここで幻想郷ライフを楽しもうとのことで外から神社もろとも引っ越してきたとのことだ。



なるほどだからこの神社に違和感と懐かしさを覚えたのか。



この神社は元々外で立てられた。

だから神社の中には蛍光灯や電灯、足元を見ればコンセントの穴もあいている。

家ごと引っ越すとは何とも豪快で神様らしい。



「ん?どうしたのクロちゃん?」



ふと諏訪子が俺の顔色(常に真っ黒だが)をみて首をかしげた。



=げんだいじんとして すこし みみが いたい=



確かに有名な神社に人は集まるが、

それは信仰心からというより神社などの古い建物の歴史が目当ての観光目的が大多数だろう。

実際自分も諏訪大社に家族に連れられて何度か訪れて手を合わせているが、

やはり観光や出店目当てであった事は否めなかった。



「クロちゃん・・・耳、あったんだ・・・。」



・・・え?そこ?



「んふふ、冗談冗談。別に気にしなくていいよそんな。

 そうだね、ま、神様も時間の波にはあらがえないってことかな?」



さらっと言ったがはたしてそれは簡単にあきらめて良いものだろうか?

神がいなくなっても外の世界ってだいじょうぶなのか?



「大丈夫なんじゃない?人間どうにでもなるもんだし。

 今の私たちにとってはここ(幻想郷)で信仰集めてマターリ過ごすことが優先事項なのだ!」



ビシッと人差し指を天高く掲げてそう宣言する諏訪子、

どうやら今現在外の世界は神から見放された世界となっているらしい、いやはや。



「クロちゃ~ん、ちょっととりあえずできたものだけでももってってー」



ふとその時、台所の方から俺を呼ぶにとりの声が聞こえた



=よばれたようなので ちょっといってきます=



「ん、悪いね。手伝わせちゃって」



いえいえ。

神奈子のねぎらいに気持ち頭を下げた俺は意気揚々と台所に向かった。

口なしの俺にはしゃべり相手より実技的な手伝いのほうがよっぽどおちつくんだ!

俺が台所に来ると鍋を見ていた早苗がいち早く自分の領域の侵入者に気付いた。



「あ、クロさん。すいませんがそこにあげているやつおねがいします」



そう言って早苗の視線をたどると・・・。

ちゃぶ台ではなく人の腰ほどあるテーブルに椅子が3つ。

その上にいくつかの料理が盛られた皿。

料理の内容は和食の前菜にポテトサラダなどの洋食も数点ある。


 あぁ、なんかばぁちゃんの家に来た気分だ。



「そういえばなにか苦手なものとかありませんよね?」



傾けないように慎重に皿を触手で持ち上げると思い出したように彼女がそう言った。

俺は新たに数本増やした触手でもう一枚皿を持ち上げながら電子辞書にタイプする。



=とくにない けど できれば れいき いりの さけ がほしい=



「霊気入り・・・ですか?」



霊気でもなんでもいいけど…いや、厚かましいとは思う。

しかしかといって自分のエネルギー源補給を忘れると大変なことになるのだから仕方がない。

頭の中でそう言い訳をしながら自らの体について説明しようとしたその時、

あのジトリとしたものが背筋を這った。





「・・・クロさん、お酒なくなったんですか?」






・・・なぜそんな目で見つめてくるんでしょうか椛さん。



「文さんから聞きました。お酒、無くなると見境なく襲いかかるらしいですね?」



まてなんかその言い方はおかしい。



=おれh



「え!?クロちゃん、誰襲った!?」



俺は誰も襲ってない。

そう書こうとした矢先すかさずにとりがなにか含んだ笑みを見せて俺を黙殺した。

明らかに椛の言ってる意味を理解してノリやがったこんにゃろ。

次の瞬間、ゾクリと背後に寒気が奔った。



・・・え?



「・・・クロさん、ちょっとお話しませんか?」



さ、早苗さん…?もうその鍋に何も入っないんじゃ?なにをかき回していr――




~~





「なはは、みんな元気だねー」



彼が参加した途端騒がしくなった台所を眺めながら諏訪子がケロケロと笑う。

賑やかな事が大好きな彼女は先ほどまで黒が座っていた座布団を丸めてごろりと仰向けに倒れて笑むが、

対して神奈子はジッと台所の方へ視線を向けたままだった。

その眼が黒い彼を捉えたると彼女のスッと通った眉が顰められる。



「・・・諏訪子」



「んー?」



「あれ、どう思う?」



仰向けからうつ伏せに体勢をなおしながら諏訪子は隣を見上げた。


「いい子だよ。素直だし頭もいいし、何よりさわり心地がいい!」



ゴス



「!!ったぁ!?なにすんのさlこんボケぇ!」



「まじめな話だよ・・・!ったく、・・・で?

 あの妖怪【もどき】をどうするんだい。

 連れてきた以上なんかするつもりだろ?」



「あ、やっぱり気付いた?」



「・・・私を馬鹿にしてるのかしら?確かアレは・・・霊夢んとこのヤツだね」



「だね、天狗の新聞にもいっぱいのってたし。


 あれ?文の新聞ってどこ行った~?確かクロちゃんのインタビューが載ってたっけよね?」



「・・・それならあそこだろぅ」



神奈子が指さすは早苗がお玉をまわす鍋の下。

それをみて諏訪子は苦笑せざるを得なかった。



「あちゃー、」



「っふふ、まぁここに本人がいるんだ。

 聞きたいことがあるなら直接聞けば?」



「あーそれは」



その時、台所から幾つもの皿を触手の上に乗せた話題の彼が現れた。

皿からはホカホカと沸き立つ湯気とともに部屋に満ちるできたての料理の臭い。

諏訪子と神奈子はニッと笑みを浮かべあった。



「御飯のあとでいっか♪」



「・・・それもそうだな」



 これ・・・どこにおけばいい?



少しボロボロになりながら皿を運ぶ彼をみて二人はさらに吹き出した。






~~







「ねぇ~!くろちゃ~ん!おねがい!一生のお願い!」



=だめ ぜったい=



「いいじゃーん!ね?ぜったいもとに戻して返すから!

 あ、なんならバージョンアップさせてもいいよ!」



おねがいだからそれだけはやめてくださいマジで・・・。

さっと電子辞書を振り上げた。

しかしすぐそのあとをニビ色のチューブにマスターハンドがくっついたようなアームが追いすがる。

誰か、こいつを止めてくれ。

俺は救いを求めて辺りを見回すが最初に目のあった諏訪子はニヤニヤと頬にくぼみを作るだけ。

神奈子の杯に徳利を傾けたその姿は助けるつもりはないと悟ってそのもう一柱の神に祈った。



「それでひどいんですよ・・・?

 わたしが必死に手を伸ばしたのにいきなり身体を掴んでポイですよ?

 ありえないと思いませんか・・・?」



「そ、そうだな。差し伸べた手を払われるどころか投げられるとは・・・」


「ですよね!?おかしいですよね!!もし文さんがキャッチしてくれなかったら―――」



・・・逆に神様から救いを求める眼を向けられました。

なんということだ。山の大将が酔っぱらった山の哨戒役に愚痴られてるとは・・・。

最初はチョビチョビと舐めるように酒を飲む椛だったがいつの間にか量が結構いっていたらしく、

いまや顔を真っ赤にして神様相手に愚痴をこぼしていた。

パシリ天狗の愚痴につきあう神さまも神さまだが、

話題を変えようとするたびに目じりに雫が浮かべる相手にどう対処すればいいかなんて俺も知らない。



「にょ?なにもみもみとクロちゃんとの出会い話!?」



「・・・出会い話なんてロマンチックなもんじゃありません、クロさんは・・・」



ふとにとりの意識が俺から椛の話にそれた。

その瞬間を俺は見逃さなかった。

電子辞書をさっと体内にしまい込み、そそくさと縁側に移動する。



「あっー、逃げた!」



後ろでにとりの不満げな声を聞きながら俺はさっと障子の裏に逃げ込んだ。

部屋の中から追いかけてくる気配は感じられず、どうやらニトリはそのまま3人の話に混ざったようだ。

俺はほっとし・・・たかったが少し心配になった。

明らかに「あの事」の椛視点の話だったけど・・・

今更中に入るのもちょっと気が引ける。

俺は死守した電子辞書をしっかりと体の中にしまいこんだ後、

部屋に戻ろうかどうしようかとうろついた後、結局その場でボーっと屋根から伝う雫の幕を見ていた。

日もいつの間にか沈み、あたりは真っ暗だ。

体のおかげで遠くの遠くに空をぎざぎざに切り抜いたような山の影が見えるが、

そのほかに認識できるものは部屋の明かりを反射する雨の雫だけだった。

キラキラと一瞬だけ部屋の明かりで光った雫はあっという間もなく真っ黒の地面に吸い込まれ、雨音をたててはぜる。

その音を聞いて俺は思わずため息をふぅと心の奥で吐き出した。





「あ、クロさんこっちにいたんですか?」


・・・早苗?



後ろから突然声をかけられた。

視界をぐるりと後ろに向けるとそこには早苗が立っているのが見えた。

彼女の手には小さな徳利とおちょこが数個が乗せられた小さなお盆。

早苗はスッと膝を折るとお盆を一度下に置き、



「どうぞ、御所望の霊気入りのお酒です。やったことなかったんでちょっと手間取りましたけど」




案外難しいものですねと早苗は苦笑を浮べながらお猪口を差し出した。

わざわざ探してくれたのか。

霊気入りの酒と聞いて俺はピョコンと体を起してそれを受け取ろうと触手を伸ばした。

しかしふとあることが脳裏に浮かび思わず触手の動きを止めた。



お猪口・・・か・・・。



突然動きを止めた触手に早苗は首をかしげ、



「?どうかしま・・・えぇ!?」



と次の瞬間には声をあげて驚き、危うくお猪口を取りこぼしそうになった。

ほぼ傾きかけたお猪口を落ちる前に持ち直した瞬発力はさすがといったところだ。


どこもおかしいところはないかな?


俺がポカンと口を開けたまま硬直する早苗に視線を戻すと、

彼女の眼球にはしっかりと口を閉じた早苗の顔が写っている。


「その姿って・・・私・・・ですよね?」



衝撃の初対面だったあの時と同じぐらい驚いだ表情を浮かべたまま早苗はそう聞いてきた。

うん、多分相違ないはずだ。

目の前に実物がいるのだから変に間違っている部分はないはずだ。

俺は下に視線を下ろして自分の姿を確認した。

頭をうつ向かせると同時にはらりと降りる緑髪は一本一本細かく滑らかに。

白と藍色の巫女服は目の前の巫女服とこれといった違いは見えず。

腕の長さや足の長さもちゃんと均一だ。

・・・それにしてもやはり霊夢より大きいな。

いや、なにがとはいえないが。



自分の容姿を確認し終えた俺は満足して仁王立ちして早苗に頷いて見せた・・・かった。

腰に手を当てようとした瞬間、突然ガクっと膝が折れ、



Σ#$%&(!?


ベシリと縁側の板に背中を打ちつけて転んだ。

・・・痛くはない。ただ、



「あー、えっと大丈夫ですか?」



早苗の苦笑交じりの声に天井を見上げながら俺は気持ち泣きそうになった

そんな情けない気持ちが顔に出ないように必死でこらえ、

俺は差し伸べられた彼女の手を借りつつ上体を起こす。



=たすかった=



「どういたしまして。・・・それにしてもクロさんどうして私の姿に?」



縁側に足を下ろすようにして座った俺の姿に早苗は疑問符を浮べた。

首をかしげて見つめてくる彼女の視線から逃げるように俺はお盆の方へ視線を泳がせる。

すると彼女は俺の視線にすぐに気付き、同じくお盆の方へ視線を奔らせる。



その先にあるのは先ほど早苗が差し出したお猪口と徳利。



「・・・・・・まさかわざわざお猪口で飲むためにその姿を取って転んだんじゃ・・・。」



 ・・・。



=orz=



「・・・っぷ、くふっ」



早苗は思わず電子辞書から顔をそむけて口をふさいだ。

あぁ、好きなだけ笑えばいいさ。



「ふふあは!く、クロさん、あーごめんなさい。

 だから私の顔でそんな情けない表情しないで下さい!っふふ・・・!」


ふと笑いながら早苗は腕を伸ばして俺の眉のあたりを撫でた。

言われて初めて自分の眉が下がっていた事に気づく。

もしかしたら今さっきの自分の顔はこんな(´・ω・`)のような顔にでもなっていたのだろうか。



「あぁ、だからそんな顔しないでくださいってば・・・!もう、」



ほほに小さな笑窪を作りながら早苗はお猪口を手に取る。

そしてはい、と俺に再びさしだした。

俺は少し額と眉を気にしつつも今度はしっかりと両手で受け取った。

対する早苗も徳利を両手で持つとニコリとほほ笑むと、

「クロさんって案外顔に出るタイプなんですね?」


・・・言わないでくれ。










































>あとがき

しまった!黒を後ろに転ばせないで前に倒れさせればよかった!

そうすれば早苗さんを押し倒せ・・・・・・・・・。

ハッ!?





[6301] 東方~触手録・紅~ [19]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:e7d19998
Date: 2010/02/11 01:11
19











差し出された杯にトクリ、トクリと霊酒が注がれる。

徳利の口から流れ落ちた清水は底に書かれた円をきれいに写したまま中で小さな渦を作った。

ほのかな酒の香りが漂い、コクリと小さく俺ののどが鳴った。

そしてお酒が杯の8分目までを満たすと、くいっと徳利の口が上を向いた。




「はい、どうぞグイッと呑んでください。」



早苗は胸元に徳利を抱えてそう言った。

彼女の顔は自信にあふれつつ、すこし緊張気味だ。

俺は杯をスッと一度掲げた後、その杯に口をつけた。

コクリと口の中に酒を流し込む。

口内に酒が満ちた瞬間俺はビックリした。

霊夢からもらう霊酒と味が全く違う。

もちろん酒の味の違いだけ驚いてるのではない。

霊気の味といえばいいのだろうか?それが全然違うのだ。

霊夢の霊酒は一口飲むと奥の方にしみわたる芳醇な味だった。

それに対して早苗の霊酒の味は真逆の味だ。

一口飲めばサッと広がる爽やかさは軽やかに、抜ける香りはとても清々しく。

そしてすっとキレよく引いていく。少し辛みの強い酒の味もよく合っている。

じっくりとお酒と霊気の味を味わった後、

徳利を傾けている間ずっと期待を込めた眼で見つめてくる早苗に俺は電子辞書を開いた。



=けっこうな おてまえで=



「ふふ。ありがとうございます。あぁ~、よかった。

 お酒に霊気を入れるのは初めてじゃなかったんですけど、飲む為に籠めたのはあまりやったことなくて。」



俺の評価にホッとした様子で胸をなでおろした早苗は、

あっと小さく感嘆符をこぼしながらもう一度徳利を小さく掲げる。

俺もその動きに答えるように手にした杯を掲げて早苗に差し出した。

早苗の霊酒が再び杯を満たす。

二口目はすぐに喉を通し、口から鼻に抜ける残り香を楽しむ。

ん?



=この さけは じかせい? みずは この やまの?=




「えぇっ!?すごい、クロさん。よくわかりましたね」



素直に驚いた表情を浮かべる早苗に対して俺は素直に胸をはった。

この身体は液体の味、『力』の味に敏感だ。

一度飲んだものの味は覚えている。

妖怪の体液の味も霊夢の酒の味も妹紅と魔理沙の血も味も覚えている。

そして妖怪の山から流れる川の水の味もだ。

ん?川の水を何時飲んだか?

多分あの崖から落ちた時に水を思いっきりかぶってしまったときにちょっと飲んじゃったんだろう。

そのことを電子辞書でカタカタと説明をすると


(もちろん崖から落ちた~の部分は省略している)

個人的に「へ~」で終わりそうな内容にも関わらず早苗はまるで心底感心したような視線を俺に向けていた。


「クロさん、タイピングすごい早いですね…。」



あ、そっちか。



「ちょっと『こちやさなえ』ってうってみてください」



カッ



=こちやさなえ=



「はやっ・・・ちょっと貸してもらっていいですか?」



そう言って差し出された彼女の手に電子辞書を手渡す。


すると彼女は左手で電子辞書を持ち右手をそっと持ち上げた。

そしてその電子辞書を見つめ…。



「むん!」



カッカカ・・・カカッカ



・・・。



=こちあyさあんw=


最後wとeを打ち間違えたな。



「あぅ」



=かたてうちは なれないとはやくできないさ=



特に小さい電子辞書のキーボードを片手で打つことは、

パソコンに慣れきっていてかつめんどくさがり屋じゃないとまず【やろう】と思わないだろう。



「はぁ、・・・クロさんって外では何されてたんですか?ずいぶん使い慣れてますけど」



すこし肩を落としながら早苗はそう聞いてきた。



=だいがくせい  ぱそこんせんこうの=



「え?大学生だったんですか!?もっと私と同じくらいだと思ってましたけど」



=こうこうは 2ねんまえに そつぎょう した=



「じゃあえっと・・・だいたい十九か二十歳ぐらいですか?」




=だいたいそれぐらいだ=



「へぇ~、じゃあ私と4つも違うんですね。」



・・・ってことは



=こういち ?=



「だいたいそれぐらいです。去年高1の時にこっちに引っ越してきましたから

 向こうにいたら4月に高2になってたと思いますよ。」



・・・最近の女子高生って大人っぽくて困る。

17歳かぁ~。あぁ、あの頃は部活で馬鹿したりして一生懸命で楽しかったな~

俺が一人あっという間に過ぎ去っていった10代を懐かしんでいると、

ふと隣に座る早苗の視線がそっと揺れた気がした。



「ねぇ、クロさん」



ん?

そっと呟くように問いかけた彼女の声に俺は軽く首をかしげて見せる。



「クロさんって向こうにその・・・好きな人とかいるんですか?」



・・・初対面から3、4時間の女子高生にそんなこと聞かれるとは思いもしなかった。

あまりにも質問が突拍子しすぎて思わず俺は電子辞書を取り落としかけた。

いや、今縁側の下に落としたら雨水でアウトだったぞガチで…。



=なんでそんなことを?=



「へ?ぁ、あぁあ!いえ!別にそのやましい気持ちで聞いたんじゃないですよ?

 ただその、クロさんって外に帰りたがっているって諏訪子様から聞きましたので

 なんか特別な理由でもあるのかなぁ~って思っただけです。ほんと、それだけ・・・です。」



外に帰りたがる事と外に好きな人がいることが=でつながるのか。

俺の思考回路ではパッと思いかばないんだがこれは俺がおかしいのだろうか?



=べつに りゆうはない=



「え…?なにもないんですか?」



早苗はキョトンとした顔で首を横に傾げた。

しかし俺は逆に早苗が何故首をかしげているかがわからなかった。

いや、だってここ(幻想郷)にいつづける理由が俺にはない。

気付いたら俺は幻想郷にいて、気が付いたらこんな体だったんだ。

それで元いたウチに帰りたいというのがおかしなことだろうか?



「あの・・・クロさんは向こうに帰ってどうするんです?」



どうする?



=ふつうに がっこうに=



「じゃあ大学に行きたいから向こうに?」



いや・・・そんなに学校に行きたいという気持ちは一切ない。



「じゃあどうして・・・?」



=たぶん--------



電子辞書にそう書いたっきり俺の指がピタリと止まった。

いやぁ、・・・・・・どうして。

そう言われると少し困る。帰ることが当たり前と俺は思っていたが。

しかしここで答えられないと何か俺が考えていることがおかしいということになりそうな気がする。

だけど頭ん中の「当たり前」を説明しようがない。

そんな一人押し問答が頭の中でぐるりと回りかけたその時、

無意識のうちに俺の指がカタリとキーボードのボタンを押した。



-----なにかやりのこしたことがある-----きがして=



「やりのこしたこと・・・ですか」




早苗の呟きを聞きながら俺は自分が電子辞書に打った文字をジッと眺めていた。

やり残したこと?

いったい何をやり残したんだっけ?

確かにあの時週末の課題はやれなかったがそんなこといつものことだ。


やり残したこと・・・、いやそんな具体的なものははっきり言ってないと断言できる。

しかし何か喉の奥で突っかかっている。



そう言えば早苗も向こうに住んでいたんだったよな?

ふとそう思った俺は電子辞書に再び文字を打ち込んだ。



=さなえは ?むこうに やりのこしたこと ないか?=



「え?私ですか?えっと・・・やりのこしたこと・・・。」



=なんでもいいなにか未練みたいな=



ここで俺はてっきり「そんなのありません」とでも帰ってくるのだろうと予想していた。

だってさっきまで俺が向うに帰るのを不思議がってたのだ。

おそらくもう未練とか乗り越してここに永住することにしたんだろうと俺は思った。

しかし予想に反して早苗の視線は再び宙をさまよい。



「・・・そうですね。すごくいっぱいあります。」



え?



予想外の答えに俺は思わず彼女の顔をガン見した。

通常形態でいたのならガン見していても眼がないため気付かれにくいのだが、

早苗の姿を映した今の姿ではあっさり視線に気づかれてしまった。

クスリと早苗は俺の顔をみて笑った。



「クロさん、また顔が呆けてますよ。」



おっと



「私なら無いっていうと思いましたか?」



=いや、そんなkとぁ=



おぉう、最悪のタイミングでミスった。

思わぬタイプミスに固まった俺の視界に向かい合う彼女のほほにちっちゃな笑窪を視認、

だんだんそれが恥ずかしくなってきて俺は思わず視線を泳がせて外の方へ向けた、

しかし耳から入る笑い声に関してはなんの対策もしていなかったため早苗の笑い声がよく聞こえた。



「ふふ、だからクロさん顔にすぐ出るんですから隠さなくていいですってば
 
 え~と、そうですね~。

 あ、そう言えばこっちに来る前に見ていたドラマとかアニメとかの最終回が見れませんでしたね。

 あとこっちに来た後気付いたんですけど学校に私の・・・

 それに私・・・。

 あと~、あ、あのお店の・・・。」



早苗は指折りながら外の世界でやり忘れたことを次々とあげていった。

学校のこと、友達のこと、その友達に借したCDのこと、ひとつひとつ思いだし、懐かしむように数えていった。

思い出すように、懐かしむように、ひとつひとつ。

折る指が一往復した時だったか、ふと彼女は小さな息ふぅを吐いた。

そしてその頬に小さなくぼみを作りながら口を開いた。



「すごいですね・・・。」



ん?



「私、こんなに向うでやり残したことあったんですね。」



早苗はそうはにかんだ笑みを見せた。

その表情は嬉しそうで、悲しそうだった。

自分より年下であるはずの彼女が見せたその年不相応な笑みを浮かべる横顔に

俺は一瞬思わず見惚れてしまいそうになった。



=それでも かえりたいとは おもわないのか ?=



そしてふと気がつくと俺の手元の辞書にはそんな文字列が浮かんでいた。

今回に限ってなぜ俺はこんなにしつこいんだろうか。

まるである答えを期待するかのようだと一瞬の自己嫌悪。

そして俺はすぐその問い消そうとした。

だがその前に視界いっぱいに若草色の絹糸が写りこんだ。

隣から身を乗り出すように辞書をのぞきこんだ早苗がクスと笑う。



「帰るも何もクロさん、私の家は“ココ”ですよ?

 それ以外に帰る場所はもうありません。」




さも当たり前のように彼女は言った。

なぜ彼女はこんなに綺麗な顔でいいきれるんだろう。

なんであんなに未練があると言っておきながらこんなに綺麗に笑えるんだろう。



=むこうに ・・・



どうやら俺という者は理解できない物に対して意地を張ってしまう性格の持ち主のようだ。

それを感じながらも俺は指をそっとキーボードの上を滑らせた。



=むこうに すきなひとが いたんじゃないのか?=





「へ?」



障子越しの明りの中できょとんと呆けた表情がとても愛らしく、とても可笑しかった。

一拍間をおいた次の瞬間カァッと彼女の顔に表情と顔色が激変する。



「え?ぁ、え?く、クロさん?へ?なんでそんなけつろんがでててたんですか?」



舌は噛むわ、視線は泳ぐわで、どっからどう見てもキョどっているようにしか見えない言動をする早苗。

少女の様子を楽しみつつ俺はトントンと鍵盤を弾くようにローマ字を打っていく。



=さっき おれのかえる りゆう =



あ、と彼女の小さな口からかすかに音が漏れる。

彼女が俺に帰る理由を聞いた時まっさきに好きな人がいるのかと聞いてきた。

何でそんな質問をするか。

外も中身も柔らかい頭で考えた結果が彼女も外に好きな人がいるからじゃないか、

というのが俺の推測だった。



「あー・・・あぁ・・・えっと・・・どうなんでしょうかね?」



言葉を探すように視線を外に向かって泳がせた後、

彼女はコクリと首をかしげ、困ったような笑みを浮かべながら頬をかいた。

否定せず、疑問に思うということは想いを寄せてくる異性がいたということか?

さて、俺にどうなんでしょうかねと聞かれても困るわけで。

とりあえず彼女を見習ってコクリと首をかしげつつ再び電子辞書を持ち上げた。



=ともだち いじょう こいびと みまん ?=



よく恋愛物のドラマや小説で耳にするフレーズをあげてみる。

すると彼女から予想外な反応が帰ってきた。

フッと笑みをうかべて笑い飛ばしたのだ。



「いえ、恋人未満友達『以下』!でしたね!」



そう自信満々に宣言した。

・・・なんともかわいそうな言われ方である。

しかしここで疑問が浮かび上がってくる。

友達以下だと宣言するのであればなぜ「好きか」の問いにNOといわないのだろうか。



=きらいでは なかったんだろ? =



頭の中で勝手に推測しながらそう書いてみる。

しかしまたも予想外の返答。



「いえ、大っきらいでした!」



今度は満面の笑みを浮かべてそう豪語する東風谷早苗。

その彼女に再び注意されるまで俺は思わずポカンと口を開けて呆けてしまった。

開けっ放しで引き攣りかけた頬をモニュモニュと揉み解すとクスクスと笑われた。



「ふふ、えぇ、ほんと大っきらいでしたよあんなバカの事なんか。

 小さい頃からずっと私にちょっかい出してきて、何度泣かされたか思い出せませんよ!

 蛇を投げられたり、髪飾りを壊されたり…!」



そう笑いながら忌々しげに、懐かしげに、



「でも…」



そして愛おしそうに彼女は言った。



「私を・・・本当に最後まで理解しようとしてました。」



「アイツはホント勝手だったんです。

 人のことさんざんいじめておいて、いきなり私の事好きだって言ってきて・・・、」
 


「こっちに来るって決めた時、一度うっとおしくなって私の現人神の力を見せつけた事があるんですけど・・・。

 でも、それでも最後の時まで私のとこに来て・・・。」



「ほんと、わたし・・・アイツのことなんか・・・。」



彼女の言葉最初は苦情を訴えるように強く、途中から何かこみあげてくるものを押さえるようだった

しかし最後の言葉は小さくて俺の耳には届かなかった。

そういうことにしてくれ。

俺は縁側に足をぶら下げたまま腕の力でスッと彼女の近くへすり寄り、

少し視線と肩を落とした彼女の背中をポンポンと優しくたたく。

そしてそっと顔をあげた彼女に俺は電子辞書をさしだした。



=みれんを もうひとつ みつけられたな=



すると最初は少し固めに結ばれていた口元に、柔らかく小さな笑窪を作ってくれた。



いやはや、こういう話は少々苦手だ。



そう心の中で呟きながら彼女の笑窪を確認して俺はホッと胸をなでおろす事が出来た。

だがその時、中の方からちょっと慌てたような高い声が響いた。



「さなえ~!さなえ~っ!!

 もみじがぶっ倒れた!!お布団おねがーい!!」



・・・・・・もみじぃ。



はぁ、俺と早苗は全く同じタイミングで呆れ、そして同じタイミングで吹き出した。



「ふふっ、はーい!!ちょっと待っててください!すぐしきますから!」



大きく張りのある声で返事を返した早苗はぴょんと軽く飛び跳ねるように立ち上がった後、

俺に向かってにっこりと悪戯っこじみた笑みを浮かべてこう言い放った。



「クロさん、残念でした。これは未練じゃありません、私の大切な思い出です!」



そう言い放った彼女はタタッと軽い足取りで廊下の奥の客間へと消えていった。

彼女の背中を見送った後、今日見た中で一番綺麗だったその表情を思い出しながら

俺は徳利をそっと傾け、空になった杯を満たした。



幻想郷の女の子は本当に強いなぁ。



すこし辛口のスッとしたキレ味が火照りを感じる体にとても心地よかった。










































>あとがき

  10月    中間試験
  11月    新しいバイト&椛×触手のエロ妄想開始
  12月    姉の結婚式&冬休み前大量課題
 1月上旬   お正月実家帰り成人式
1月中旬~下旬  期末試験        ←今ここ

いや~、ね、マジで妄想する暇がありませんでした。
さて、今回の早苗さんのお話からお分かりになる方はいっぱいおられるでしょう。
ここのその他SS投稿掲示板の地雷G氏作『ネイティブフェイス』より設定をお借りしております。
地雷Gさん許可本当にありがとうございます!
そして許可をもらって半年以上もこの話を描けなかったという土下座物の失礼をしてしまいましたほんと申し訳ございません!

そして更新もできずarcadiaに顔を出せずに3ヶ月、
いつのまにか東方2次創作小説がいっぱい増えていて浦島太郎気分。
自分が触手録を書き始めたころは東方の連作物が2つ3つ在るか無いかだったので
東方仲間が増えた気分で(一人勝手に)うれしい!いいぞもっと増えれ!できれば才能わけて!





[6301] 東方~触手録・紅~ [20] 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:e7d19998
Date: 2011/08/05 23:43


「・・・ろ。」



ん・・・・・・。



「ねぇ・・・・・クロちゃ・・・ちょっ・・・き・・・てば」




遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。

思考が無意識にがその声の主を記憶の中から探索しようとするが、

どうも頭の中がぼーっとしてはっきりと彼女の声を認識することができない。

何でこうも思考がうまく働かないのだろうか。

あぁ、めんどくさい。

肌に当たる空気を感じる限り音頭はまだ上がっていない。

光度もまだ太陽は上がってないはずだ。

もうちょっと・・・このままでも・・・いいだろう?

誰に言うでもなく頭の奥でそうつぶやいた後、俺は体を小さく縮こませた。



「むぅ、ク・・・ゃん全・・・きやしないや。」



「諏訪子、アンタ昼間になんか無理させたんじゃないの?」



「むかっs、しっつれいだね。そんな変なことしてな・・・なー・・・あー・・・」



「心辺りあるのかい」



「えぇっと、いや!その、ちょっと永遠亭からずっと乗せてもらって途中から山道3人乗り・・・」



「・・・雨の中をかい?」



「うー・・・でもクロちゃんここにきて全然疲れたとか一言も言ってなかったよ」



「・・・喋れたんだったかしらソイツ?」



「あ…うぅ、」



・・・ん、諏訪子と・・・神奈子・・・様?



脳裏にその名前と顔が浮かんだ瞬間、

とろりと思考にまとわりついていた何かがスッと落ちて行った。

再び沈みかけた意識がおもりが無くなった途端突然急浮上する。

そして視界に入ったのは



「あ!神奈子~!クロちゃん起きたみたいだよ。」



と元気な声をあげて隣を見上げる諏訪子の笑みだった。

まだ少し奥に謎の麻痺が残る思考で俺はキョトンと呆けた。

あれ?なんで諏訪子の顔が目の前にあるんだろう?

いや、それ以前に『起きた』ってどういうことだ。

睡眠は俺には必要ないはず。

だって博麗神社で寝た事なんて一回もない。

気を失って運ばれた事は数度あったが自分から睡眠をとった事はない。

あれ?じゃあ今まで気を失っていた?

・・・いやはたして守矢神社で気を失う要因があっただろうか?

早苗と話した後、俺は諏訪子に呼ばれた。

何事かと徳利と盆上に戻して向かうと

顔を真っ赤にして酔いつぶれ、撃沈した木端天狗がなんと神様の膝の上でグースカと寝ていた。

一匹の白い犬を布団に投げるだけの簡単なお仕事でしたっと。

いや、まて別にそんなことはどうでもいい。

その後宴会は椛が落ちたのをきっかけに眠くなったニトリを抜いた俺、諏訪子、神奈子様で呑み直したはずだが、

たしか外の話題とこっちにきての苦労話で盛り上がってた気がするが・・・その後の記憶がない。

酔った感覚はあんまりなかったが・・・飲みすぎたのだろうか?

うわ、神様相手に変なこと考えたりしなかっただろうな?

ふとにっこりとほほ笑む諏訪子の顔が目に入る。



「大丈夫だったよー。変なテンションになったりはしなかったから。」



そうか、それはあんしn



「すんごく冷静に変なこと言ってたけど。」



・・・・・・・・・たとえば?



「うーん、魔○沙のキノコ酒の評価とか霊○の風呂上がり後についての愚痴とか?」



えぇ、ぜひご内密におねがいします。



俺は即座に彼女の膝から降りて土下座のまねごとをした。

宴会の席で何を言ったか曖昧にしか覚えていないが、

本能があの二人の耳に入るとヤバイという警鐘を鳴らした故に俺は頭を下げた。

いや、霊夢の陰陽玉とか魔理沙のマスパとかがこわいわけではありますいませんこわいです。

自分より5歳以上年下の女の子に等身大のゴムボールと熱いシャワーを浴びせられ続けるのは精神的にくるぜ?


「んっふふ~どうしようかな~?あ、クロちゃん、後ろ気をつけてね?」



ふとニヤついた笑みを浮かべていた諏訪子が指先を俺の後方にむかってクルクルまわしながら向けた。

後ろ?

ぐるりと視界を彼女の人差し指から後ろに反転させる。


眼を後方235度ほど回転させてから俺は思わず身を凍らせた。

視界に映るは断崖絶壁垂直落下。



んなっ!?



思わず全身を使ってのけぞった俺の隣からケロケロと笑い声が響く。



「クロちゃんもう少しで『池ポチャ』するとこだったね!」



あぁ、それもちょっとおもしろかったかもな~などと呟く彼女に

俺は口に出せない分の感情を視線に籠めて睨みつけた。

くそぅ、目玉もないから気付いてくれない。

心の奥で消化不良のモヤモヤを練りこめながらそっと直角に落ちる崖下を見下ろしてみる。

するとはるか下にうす暗い闇の中きらきらと揺れる光が見えた。

水だ。

水面に何か金色の光が反射している。

その光を見て俺はようやく自分が屋外にいることに気付いた。

見えあげればいつの間にかちぎれた黒雲の切れ間から月が顔を出し、

世界を満たしていた闇がスッとその身をひそめた。

一昼夜ぶりの月明かりのおかげでやっと俺は自分のいる場所を理解し始める。

ここは湖の上だ。

諏訪子が池ポチャと言っていたからもっと小さな水場の上かとおもったがとんでもない。

視線のはるか向うに対岸があり、波が立っていない水面に綺麗に月が写りこんでいる。

ここはどこだ?

そういえば守矢神社のそばには湖があるって昨日誰かが言ってたような気がする。

もしかしてそこだろうか?

いやしかし、

なんで自分がそんなところにいるのだろうか?



フツフツと湧き上がる疑問と仮説が脳内で空回りする中、視線を諏訪子に戻した時。

あぁ、と俺は思わず感嘆符をこぼしながら理解した。

いまだ綺麗な可愛い笑みを浮かべる諏訪子の後ろ。

そこに幾つもの奇妙な人工物がこの視界を埋め尽くすように乱立していた。

壮大にそそり立つそれは何も知らなかったら何かの遺跡後じゃないかと思っていたかもしれない。

だが目の前に諏訪の神がいるのだ。

とうことはこの柱の群れは全部はアレなのだろう。


たしか御柱・・・だったかな。


それは小さい頃、母の実家、祖父の家の近くで行われていたお祭のときに見た事があった。

長野県無形民俗文化財、諏訪大社式年造営御柱大祭

・・・だったかな?

寅と申の年、七年に一度宝殿を新築し、社殿の四隅にあるモミの大木を建て替える祭りだ。

その主役が御柱、全長17メートル、直径1メートル以上、4つの大社に各4本、

合計16本の大木を山から切り出して社殿の四隅に建てる。

その歴史は最古の資料で平安、実際の歴史はそれをさらにさかのぼるという。

初めて説明されたのはハッピを着てその祭りに参加する祖父に手をひかれながらだった気がする。

それから秋の小社の御柱祭りでもおんなじ説明を受け、

猿年の時の御柱祭とその秋のお祭りでもまたおんなじ説明。

うん、いやでも覚えるもんだ。



話を戻そう。


視界に映る御柱は大きさも長さも不ぞろいだが、諏訪大社の祭りで用いられたものよりもはるかに大きく太い、

それは俺と諏訪子がその上に立ってもまだ十分スペースがあるぐらいだ。

そう、俺たちは今湖にそそり立つ御柱の中の一つの上にいるのだ。

・・・それもなぜか乱立する御柱の中で陸地から一番遠くにあるものの上だ。

俺の後ろには湖が広がるだけ。



なるほどそういう状況か。



俺はある結論に至っておもわず脳内でそうつぶやいた。



「あぁ、『そういう状況』さ。」



ふと上の方から聞き覚えのある声が聞こえた。

おそらく彼女だろう。

何となく諏訪子がいるのだからどこかにいるとは思っていた。

俺は気持ち姿勢をただし、その声が聞こえたほうこうに視線を向ける。



「おはようクロ。酔いはさめたかい?」



ひときわ長く太く大きい一本の御柱の上に彼女は在った。

月の明かりを浴びた背中の注連縄が大きな影を落とし、

その存在をより大きなものに見せていた。



・・・おはようございます。神奈子様



そこにいたのは背中に巨大な円を描いた注連縄を装着し、胡坐で座る八坂神奈子、

胸元の鏡がきらりと光り、うっすらと開かれた口元には小さな笑みらしきものが見える。

あぁ、この状況では八坂刀売神といった方がいいのかもしれない。

記憶の中の、ともに酒を飲んだ時の彼女とは雰囲気がまるで違う。

逆ベクトルといってもいいぐらいの威圧力が俺の体の表面に痺れとして感じられた。

一瞬遅れて心の奥の方にそれが伝導すると体の芯が震える。

体の芯から来るその震えを必死に抑え絞り出された俺の心の声。

俺の声から何かを感じたのか彼女は一拍の間をおいて再び問うた。



「・・・その様子だと自分が置かれている状況をもう理解してるようだね」



全く大きくない声が静かな湖面の上で鈴の音のようによく響く。

その神の問いに俺は答えようと頭の中で言葉を紡ごうとした。

しかし一瞬、脳裏よぎったある考えが脳内思考を停止させた。

はたしてここは素直に喋るべきだろうか?

いや、まて、相手は神だ。

今俺の思考は相手に読まれっぱなしだ。

嘘なんて付いたらそれこそ滅されてしまっても文句は言えない。

別に隠しだてする事もないけど隠しだてできないというのも不安で胸がいっぱいになる。

・・・あるわけないけど、心臓いてぇ。

感覚的に胸に相当する部分がいてぇ。




「・・・・・・?」



ふと神奈子の眉が顰められた。

・・・ってもしかして今まで考えていたこと全部ばればれだったりしないだろうな。

もしそうなら滅フラグでもふんじまったか。

そんなふうに頭の中でひとり戦々恐々としていると隣から



「ん?どしたのクロちゃん?」


いや、頭の中全部読まれるの怖いな~とおも・・・



「へ?」



・・・あ。



気付いた時にはキョトンとした表情で諏訪子が俺をのぞいていた。

・・・そういえばお隣さんにも神がいた。


「もしかしてクロちゃん、今までずっと私たちがクロちゃんのあたまんなか覗いてると思ってる?」


・・・え?ちがうの?


いきなり死亡フラグふんだかと息をのんだ俺に対し、

諏訪子はあきれたような表情をうかべた。



「ちがうのって・・・当たり前でしょ!

 神様が人の頭ん中を奥底まで勝手に覗くなんてまね非人道的な事するわけないじゃん。」



しっつれいだねっ!っと諏訪子は頬を膨らませた。

神様も人道を重んじるのか。

ありがたいことではあるがしかし、

いや、でもそれではどうして俺の言いたい事とかは諏訪子たちに伝わっているのだろうか?



「私たちが感じることができるのは人の心の浅い部分だけだよ。

 人の祈りを聞き届けるぐらいにね。」



俺の疑問に答えたのは諏訪子ではなく神奈子だった。

その口調は先ほどの底しれない何かを含んだものではなく、

いつもの、俺にとって彼女らしい口調だ。

まぁ彼女も少し呆れた口調ではあるがな。



「まったく、人がせっかくシリアスに話を進めようって思っていたのに・・・。

 お前たちはあれか?社会科見学に来た子供か?」



「ちょ、お前達って私も一緒!?」



「当り前さ!てか、いっち番子供っぽいのはお前さんだろ?

 こっから見てるとあんたが一人で怒ったり笑ったりしてるんだもの」



・・・ぁー。



「あうーっ!?なんかクロちゃんいま納得しなかった!?」



“・・・・・・つまり俺の考えていることは俺が伝えたいと思っている部分しか聞こえないってことですか?”



「そう。まぁ確かに少し強引に奥の方も覗こうと思えば覗けるよ。

 でもそんなことするのは野心に満ちた神か悟りの妖怪だけさ。

 うん、いい理解力だ。雑念が混じってない分なかなか聞き取りやすくなったよ。

 頑張れば念でもおくれるんじゃない?」



“ありがとうございます”



「無視ですか。放置プレイですか。あーうーそうですか…。」



そう言って御柱の上から半身を乗り出してブラブラと腕を揺らす諏訪子をみて神奈子は苦笑いを浮かべた。



「ふふ、クロ、このままでは昨日の続きなりそうだぞ」



“えぇ、こちらも真剣な話をするつもりだったんですけどね。”



「うわ、なんか私が悪者扱いされてるし!?

 さ、早苗―、クロちゃんがお腹の中も黒かったぞー気をつけろー!」



俺と神奈子の顔を交互に見て自分が狙われている事に気付いた諏訪子は御柱の上から陸地に向けて大声で叫んだ

諏訪子がうわーんと叫ぶ方向に視線を向けると暗闇の中うっすらと何か建造物の白い影が見えた。

ジッと視線で射殺すつもりで視覚に力を注ぐ。すると視界がじんわりと明るくなりその建物の輪郭がはっきりと映る。

まだしっとりと濡れた屋根と鳥居。

あそこが守矢神社か。



「別にあそこで話してもよかったんだけどね。」



ふと言葉を漏らしたのは神奈子だった。

片膝を立て、それに頬杖をついた彼女は頬に小さな笑窪を作った。



“・・・気を使わせてもらったみたいですね。”



「話の内容が内容だからね。」



俺の声にこたえて口を開いたのは俺に背を向けていた諏訪子だ。

彼女は振り返ると満面の笑みを浮かべてこう告げた。





「殺り合う事になったら3人が危ないからね」






途端、ギュッと体の芯が鷲掴みにされたような感覚が俺を襲う。

先ほどまで優しく包んでくれていた空気が途端に鋭く冷たく感じた

突然の空気の変わりように一瞬思考が真っ白に染まって止まったように感じる。

しかし、ここでビビってしまったら相手の流れに巻き込まれて何も言えなくなってしまうような気がして、

ごまかしきれない体の震えを感じながら俺は自分の体を叱咤した。



“できればそんな事態にならない事が一番ですけど。”



そういうのが精いっぱいだった。

圧倒的な力、それも人知をはるかに超えた神の力が目の前にあるのだ。

しかも場所も場所だ、気が付いたらあの世なんてこともありえる。

ひとり死の予感にガクガクブルブルしていると、

次の瞬間予想外の内容が俺の頭に届いた。



「そりゃあもちろん、クロちゃんと戦って無事で済む気がしないもん。」



・・・ん??今彼女はなんていった?

俺は一瞬自分の聴覚を疑った。



“それは・・・どういうことで・・・?”



「ん?だから、クロちゃんと本気で殺しあったらこっちがやられちゃうかもしれないからって意味だよ?

 クロちゃんも分かっているでしょ?でなきゃわざわざこんなとこにクロちゃんを拉致る必要ないじゃん」



彼女は両手の平を上にして両手をひろげた。

それは御柱の並び立つ湖の上それを指しているものと見ていいだろう。

つまり・・・。




“つまり地理的なアドヴァンテージを得るためにここにつれて来た・・・と?”



「そうだけど・・・あれ?ねぇ!?神奈子!さっき神奈子言ってなかったっけ?

 クロちゃんが状況を理解してるとかなんとか!」



「あぁ、言ったけど・・・。ん?」



あれ?と神の2柱が首をかしげた。



「・・・あぁっと、クロ。ちょっと聞いていい?

 クロは何でここに私たちが連れてきたと思ってるんだい?

 いや、その前にお前はどれぐらい今の状況を理解してるか、教えてもらっていいかい」



神奈子は頬杖ついていたその手で頬をかきながらそうたずねた。

しかしいきなり「どのことをどれぐらいわかっているか」と聞かれると五個から答えて良いのかわからなくなる。



「なんでもいいよ?クロちゃんが気付いたことからでさ」



俺の動揺を感じてか諏訪子はそう促した後、

御柱の縁にひょいと座って足をぶらぶらさせた。

座ってるからいくらでも喋っていいということだろうか?

俺は先ほどの諏訪子の神気に中てられ、いまだにまだ縮む思いのする体の芯をなんとか落ち着かせようとする。

まだ震えが若干止まらないが話を進めよう。



“えっと、とりあえず、今回俺を守矢神社に連れくるっていう予定は前々からあったんじゃないですか?”



「・・・」



「・・・ほう、なぜそう思ったのかな?」



背中を向けて縁に座る諏訪子からの声はなく、

神奈子だけが姿勢を少し正して聞き直した。



“突然の訪問にしては今いる場所の準備がよすぎるから、ですかね。

 ちょうど神奈子様が座っている御柱と守矢神社を基点にされた結界が見えますし。”



それは今いる湖の半分をぐるりと囲むほど大きな結界だった。

まぁ大きいがそれほど強いものではない。

見た目の厚さ的に軽い弾幕を防ぎきる程度のものだ。

実際に触れてもせいぜいしびれるぐらいで終わるだろう。

・・・博麗神社に住み始めた初日にこれ以上分厚い結界張られた事があるぜ。



「へぇ、お前さん結界を見れるのかい。」



“この体にとって結界は半分喰い物でできた壁みたいなもんですから。

 ・・・見えない喰い物なんて満腹になりそうにないですね。

 いや、まぁそれは置いておいてこれほどデカイ結界を作るんなら

 事前に基点を作っておかないといけないんじゃないですか?”



「あぁ、その通りだ。・・・うんなるほど確かにこの結界はお前さんがここに来る前に仕込んでいたものだ。

 だがお前さん用に対して作られたとどうして思ったのかしら?

 もしかしたら別の妖怪に使う物かもしれないよ?」



“もしそうならもっと対弾性がたかいものを張るんじゃないでしょうか?

 それにこの結界はどちらかというと中の物を外に出さないように、

 外のものを中に入れないようにするのが目的の物っぽいですし…。

 あと山の妖怪が今一番警戒しているのは俺だと烏天狗の知り合いから聞いてましたので”



「・・・ふむ、確かに天狗の情報ではお前さん以外の妖怪について危機感を煽る記事はあまりなかったな。

 で?他に気付いたことは?」



・・・あれ?つまり俺について危機感を煽る記事は出てるってこと?



“あとそうですね・・・今回俺を神社に連れてきたのは諏訪子の独断で、

 神奈子様はしらなかったんじゃないですか?”



その時、ヒクリと彼女の口元が動いた。



「・・・その心は?」



“もちろんパジャマ姿”



「ぷふッ!」



 パコーン!




「 うぎゃ!? 」



次の瞬間俺の頭上数センチ上を太さ30センチぐらいのミニ御柱が通過し、

パジャマという単語に吹き出した誰かの悲鳴とともに軽快な音を夜空に響かせた。



「ふぉぉおおっ!?いっつぁ・・・くぅっ!

 ・・・っきなりなにすんのさ!もう少しで落っこちるとこだったじhぼが!?」」



涙目で痛みを堪える奇声を発しながら講義の声を上げた。

しかしその講義の声も言い切る前に俺の頭上を2発目の御柱が通過。

あれって痛いですむものなんだろうか?



「うるさい!この間『まだいいんじゃない?』って言ったのはお前だろ!

 なのにいきなり連れてきて!準備も支度もなにもできなかったじゃないか!」



「いや、だって!クロちゃんが電子辞書ないと大変だって言うし、

 無理矢理拉致ったら後々めんどくさそうだったじゃん!」



“電子辞書があるから・・・って理由だけでも

 結構無理があったと思うんですけど”



俺のつぶやきにじみたその一言に、

強打した鼻の頭を押さえたまま彼女はゆっくりと俺に振り返った。



「…え?マジで?」



まさかぁ、という表情を見せる諏訪子に対し、俺は頭を起こしてコクリと頷いた。



“実際、初対面で見ず知らずの相手を家にあげる理由にしてはちょっと怪しかったですよ。

 あと今思えば道中で椛とニトリの二人に会った時だって、ただ二人が俺を警戒したからというより

 俺があの二人に何もしないように、の牽制が目的だったんじゃないですか?”



「うぅ…。」



「・・・諏訪子アンタの謀り事って毎回どこかポカしてるわよね」



「・・・うっさい」



すっかりしょぼくれた祟り神のトップの後ろ姿を見て神奈子は大きくため息をついた。


「・・・はぁ。本題にもどらないとね。

 さて、クロ。お前さんは何でここに連れてこられたと思う?」



苦笑気味にこめかみをすこし押さえた後神奈子はまじめな顔に戻って俺に視線を向けた。

今のやり取りで気持ちが落ちついた俺はしっかりとその眼を見ながら頭の中を整理することができた。



“俺になにかしらの警告をするため、じゃないんですか?

 もう二度と山には近づくなー・・・とか?”



さもなくば殺す、とか言われたら逃げ場ないぜこれ。

ここは陸地から離れた湖の上の御柱の上、完全に相手のテリトリー内だ。

水の中じゃ動きも遅くなるし、なにしろ相手が諏訪の神だ

一部の伝承では水神としても崇められてる相手に水中で逃げ切れるわけがない。



「クロちゃん・・・」



ふといじけて御柱に指先で「の」の字を書いていた諏訪子がすくっと立ち上がり、

そして



「60点!」



“・・・は?”


「おしい!もう少しで完全正解に近かったのにね!」



「ちょっと酷評すぎないかい?ほぼ正解だと思うんだけど?」



「いんや!あの宴会の雰囲気からいきなり山にくんな!っての流れの説明が不十分なのと、

 何より早苗のくだりだがないから40点減点!いや、むしろ50点減点でもよかったね!」



彼女はなぜか勝ち誇ったような笑みを見せて胸を張った。

なぜか楽しげに笑う諏訪子と再び苦笑の笑みをこぼす神奈子の顔をみて俺は戸惑った



“あー、お二方、できれば俺にも説明してくれるとありがたいんですけど”

 

「あぁ、本当のところ、お前さんが言ったとおりさ。

 本当は妖怪何匹もくらったお前さんに対して忠告するつもりだったんだよ。

 妖怪の山の神として、幻想郷の住人として、ね。

 しってるかもしれないけど私たちは幻想郷にきてまだ1年もたってない。

 なのに新しい住処をいきなり壊されるのも癪だったからね。」



“つもりだった・・・ということは?”



その時、突然俺の視点が一段高くなった。

浮遊感とともに感じる2点で支えられている感触。

視線を上に回すと目の前ににっこりと笑みをこぼす諏訪子がいた。

・・・最近よくされるが二十歳すぎて小さい子にコレされると非常に心が痛いんだが。



「いやー実際クロちゃんに会ってみるとすっごいいい子なんだもん

 優しいし、賢いし、面白いし、柔らかいし!

 だからさ、もっと友好的にやっていけるかなっておもってさ!」



“嬉しいですけど・・・最後の柔らかさは重要なんですか?”



「『餅』ろん!・・・イタっ!?」



一瞬コツンと新品の鉛筆のような物体が彼女の額に命中したように見えたが気のせいだろう。



“・・・そうですか。

 でも、それだけで余所者を信用するにはちょっと理由が薄い気がするんですけど。“



俺自身が言うのもおかしいがそれぐらいだったら俺が猫を被っている可能性もあるのではないか?

そういう意をこめて伝えた俺の言葉に神奈子はふと姿勢を崩して口を開いた。

その口元は小さく笑みを称えている。



「侮らないでほしいわね。私たちは何千年も神様やってるんだ。

 数えきれない神、妖、人の心に触れてきたこの目は一片たりとも曇っちゃいないさ

 とくに心の暗い部分は見抜く程度造作もないね。」



つまり何か企んでも見抜ける自信があるということか、

あとこの二人ならそのたくらみを看破するほどの実力もあるだろうし。



「まぁね!それにクロちゃんを信用するきっかけといえば早苗と話してた時かな?」



“早苗と?”



「うん。宴会を抜けた時早苗と喋ってたでしょ?

 実を言うとね。クロちゃんと早苗を合わせたくて昨日はあんな誘い方しちゃったんだよね。」



“それは・・・またどういうことですか?”



「いやぁ、早苗がね。」



よいしょ、と諏訪子は俺を抱えたまま御柱の上に座り込んだ。



「ここ数カ月慣れない幻想郷生活でちょっとストレスたまってるみたいだったんだ。

 ここは文化レベルが元の明治初期に近いからね。現代っ子にはちょっと慣れない部分もあるわけよ。

 おまけに外の話題だれーにも通じないしね。

 だからクロちゃんを呼んだわけ。

 最近の外来人でしかも電子辞書っていう格好の口実もあったし、もともと呼ぶ予定だったし。」



「あぁ、だから予定を巻くってクロを連れてきたのかい。」



「そういうことー!」



満面の笑みを浮かべて親指を立てる諏訪子に呆れたように神奈子は溜息をついた。

てか神奈子さん。早苗についての説明で妙に納得されてますけど、

貴方はパジャマ姿を見られても早苗のためなら仕方ないで済むんでしょうか?

いや、とりあえず…。



“ではなんで俺をここに?”



会話の流れ的に物騒な方向は無くなったとは思うが、

ではなんで俺はこんな結界に囲まれた湖上の上に連れ込まれているんだろうか?



「だって、用意したもの使わないともったいないじゃん」



“・・・えぇぇぇぇぇ。”



「ふふふ、冗談冗談!

 あのね、クロちゃんをここに連れてきた理由はね。

 クロちゃんの体についてちょっと聞きたい事があったからなんだよ」



“えぇぇぇ・・・・え?”



俺の体について?

視線を諏訪子から神奈子に移すと彼女の表情も少し真剣なものになっていた。



「すこしばかりまじめな話をするけどいいかい?

 クロ、お前さん幻想郷に流れ着いて今までどれくらい妖怪を喰った?

 そして何人の人の血を飲んだ?」



“どれくらい・・・ですか”



いきなりのマジ話にちょっと頭がついてこれない。

必死に混乱しかけた頭であまり思い出したくない記憶を引き出した。



“妖怪は・・・5、6体ですかね。

 人の血はまだ・・・2、3人ぐらいだと思います。”



その時、ふと彼女たちの表情が曇った。



「そうか、6体…。」



「ねぇ、クロちゃんそれホント?本当に5、6匹しかやってないの?」



“え、えぇ。ですけど完全に喰い殺したのはせいぜい4体です。

 あとは殺してしまう前に怖くなって逃げてしまいました。”



なにか気にかかることがあるのだろうか。

二人は顔を見合わせて一度首を傾げた後、小さく横に降った。

さっきまでの柔らかい空気はどこかに消え少しシンとした空気が不安にさせる。



「クロ。」



不意に神奈子が俺の呼び名を呼んだ。

その声はすこし低く、俺の聴覚にとても強く響いた



「クロ、お前さんの体からいろんな妖怪の気配を感じるんだ。」



“いろんな妖怪?それはもしかして俺がの食い潰した妖怪・・・ですか・”



「いや、それだと多くて6体の妖怪の気配しか感じないだろう。」



ザワリと体の芯が疼いた。



「お前さんの体から感じるのは何十、いやもしかしたら百弱の妖怪と魅魍の気配がするんだよ」



百・・・!?



“それは・・・え?・・・つまりどういう・・・事ですか?”



百体なんて妖怪、俺はまだそんな数の妖怪にあったことがない。

もしかしたら自分が無意識のうちに・・・いやそれならあの二人が止めてくれるはずだ。

なにも言わないのはおかしい。



「ねぇ、クロちゃん。」



そっと諏訪子の手が優しく俺の頭を撫でた。

それはまるで小さい子を落ち着かせるようなゆっくりとした優しい手つきだった。



「妖怪にはね、3種類の発生方法があるの。

 自然の化身として、人の心の化身として自然発生する方法と人が何らかの形で妖怪になる方法。

 そして・・・



 人工的に生み出される方法」



“人工的に?”



「うん、クロちゃんは外から来たからゴーレムとかゾンビとかわかるよね?

 よくゲームにもモンスターとして出てくるヤツ。

 そいつらは人や魔法使いが術式で命がないものに命を吹き込むことでモンスター、妖怪になるの。

 そして他にも複数の妖怪を合わせて新しい妖怪を生み出す方法もあるの」



“つまり俺の体は、その・・・複数の妖怪を?”



「うん・・・ごめんね。私たちも詳しく分析なんてできないからほぼ勘でいってるだけど・・・。

 その可能性が高い・・・かな?」



「・・・長い間生きてきたけど、正直お前さんみたいな妖怪は初めてさ。

 こんな数の妖怪を合わせたものを見たのも初めてだし、ましてやそれに人の魂が憑依するなんて」



“そう・・・ですか・・・”



「あぁ、力になれなくて本当にすまないね・・・。」



トーンが大分落ちた神奈子の声に俺は思わず頭を横に振って答えた。



“いえ、そんな。十分です。正直この身体について全然わからなかったので

 ここで情報が聞けるのとは、とてもありがたいです。”



「・・・へへ、クロちゃんちょっと日本語おかしい」



“すいません、いきなりでしたのでちょっと・・・パニくってます。”



「えへへ、クロちゃんってさ冷静っぽそうにみえて意外と混乱しやすいよね?」



“早苗にも言われました。顔に出やすいって”



「あぁ、ってお前さんの顔ってどこだい?」



“ここら辺です”



腕を一本出して自分の視界辺りを指したら二人して微妙な顔をされた。



「「そこ体じゃん」」



“・・・そうですか”



諏訪子の上でがっくりと落ち込むと今度は二人して笑われました。



「ふふふ、まぁいいじゃないか。

 どっかのカエルなんか顔が二つも重なってるからたまにどっちかわからなくなるんだよ」



「む!?ちょっと神奈子!それもしかして私の帽子のこと!?」



「いんや、お前の本体の話さ。」



“え?そっちが本体だったんですか!?”



「ちょ!?クロちゃん!へんなとこで乗るな!」



「あぁ、実はそうなんだよ。たまにあの舌から長いベロが出てるのを見かけるから

 とりあえずソレが生き物なのは間違いないよ。」



“・・・・・・へぇ”



「あ、ちょっとクロちゃん!?なんでそんな引いてんのさ!

 くぉらガンキャノン!妙な事吹き込むな!」



「ハッハッハ!誰が中距離支援モビルスーツだこのロリババァが!」



「なにをぅ!?やるか今ナウここで!!」



“アー諏訪子さん、俺をホールドしたまま臨戦態勢はやめてください

 神気で体の中がすんごく飽和状態になりそうです”



「うぅぅ!・・・そういえばクロちゃん」



“はい?”



「昨日までは呼び捨てにため口だったのに何で今は敬語使ってんのさ?」



“いや、自分から意思を伝えるんなら敬語の方がいいかな、と”



「みずくさい!そんな昨日はあんなに一緒に騒いで呑んだのに酔いがさめたら他人行儀なんてそりゃないよ!」



俺を抱えたままヨヨヨと泣き崩れる真似をする諏訪子。

だがその右手は俺の体をしっかりと揉みつかんでいた。

こんにゃろう泣き真似するか俺の体をもむかどっちかにしろ。

またオンバシラがとんでこないかと神奈子のほうを覗き見ると、

なぜか彼女もその自らの細い輪郭を指でなぞりながら何か考えている。



「うん、諏訪子の言うことにも一理ある。そういえば私に対してはずっと敬語に様付けだね。

 一晩対等に杯を交わした仲なのにそんな態度をとられると逆に悲しくなるよ。」



“はぁ・・・いいんでしょうか。自分のようなものが神様と対等であって”



「あぁ、お前さんになら構わないよ。幻想郷じゃ互いに認め、ともに酒を飲んだらそれだけで『友』になれるものさ

 だから博麗の巫女もお前さんの知る霧雨魔理沙も私にたいしてため口だし呼び捨てだし、

 それを私は咎めるつもりもない。

 幻想郷はそんな場所さ。力を抜いて最低限の礼儀の元楽しく過ごせればそれが一番なんだよ。」



“え・・・ぁあ・・・わかり・・・わかった。八坂神奈子、

 うん、酒飲み友達としてこれからもよろしく頼む”



「あぁ、心得た。昨日の語らいはなかなかに楽しいものだった。

 次に飲める機会があればお前さんを喜んで呼ぶとするよ?」



ニッと何か悪だくみをともに考えた子供のように神奈子笑みをこぼした。

無論俺も心の中でしか笑えないが彼女はわかってくれるだろう。

ふとその時、ポンと頭上で手のなる音が聞こえた。



「あ、じゃあさっ!じゃあさ!!」



諏訪子は満面の笑みを浮かべて本た・・・帽子の中を探りだした。

いや、まさか・・・。



「今飲もうよ!新しい友の証に!!」



そう言ってとりだしたのはひとつの徳利に3つのお猪口。



「・・・諏訪子、まさかお前」



“ずっとそれを中に仕込んでたのか?”



「えっへっへっへ~、クロちゃんだからなんかこんな雰囲気になるかな~って予感はしてたんだよね~!」



「ハァ、ったくお前は…。

 ホラ、そこじゃ3人も座れないだろ?」



呆れた表情で笑う神奈子だがまんざらでもないようだ。

俺たちに向かって手招きを始めた。

諏訪子は片手で俺を抱え直すとひょいと神奈子の座る御柱に向かって、

自分の数倍ある高度差をなんなく飛び越えた。

さすがはカエルといったところか。



「別に二人分座る場所があれば十分だけどね!クロちゃんは私の膝の上に置けばいいし。」



そう言いながら彼女は神奈子にお猪口をひとつ渡し、とっく、とっくとお酒を注いだ。



「はぁ、これじゃ結局昨日の宴会の続きじゃないか」



「それは違うよ!昨日は外の世界を懐かしむ宴会で、これは新しくできた友達を祝うお酒!」



“結局飲むことには変わらないだろ”



そう言うと諏訪子はカエルというより河豚のようにプクッと頬を膨らませて抗議した。



「あーうー!でもさ!せっかく雨の後にこんな綺麗な月が出てるんだから飲みたくなるもんでしょ!?」



“まぁ、それは・・・”



「確かに・・・。あぁ、言われてみれば絶好のシチュエーションじゃないか。

 クロ、今更だが月が出て風がない日の此処は最高だよ?」



“それはうん、なるほど確かに綺麗だ”



気付けば風がなく波もたっていない湖面には雲間から顔を出した月が綺麗に移りこんでいる。

さっきまで少し殺気立っていたから全然気づくことができなかったが。

深い群青の空にそびえたつ山々、そしてキラキラと光る湖面と月と星々がみな筆舌しがたい美しさを湛えており、

湖上の御柱も長く細い影を伸ばしてその風景に一つの華を添えている。



“・・・風景を肴にするにはもってこいだな”



「でしょ!でしょ!!それじゃ!ほら!新しい友に乾杯しよ!乾杯!」



「ヤレヤレ、数日気揉めした出来事がこんなもんで終わってしまうなんてね。」



「何言ってんの!最高の形で終わったんだから文句ないっしょ!ね?クロちゃん」



“あぁ、得るものはあったが失うものはなかった。

 美味い酒も飲めるし、綺麗な風景と女性を見れたんだから俺は満足さ”



「・・・お前さんも口がうまいこと。」



「なはは、んじゃ!二人ともいいかな?さ、乾杯!!!」



“「乾杯!!」”







最高の酒とは一晩に一回だけとは限らないもんだ。




























“ところで・・・”



「ん?」



「なんだい?クロ?」



“ここに連れてきた理由と早苗の事で各20点減点?”



「「早苗で35点」」



連れてきた理由5点配点・・・?























>あとがき


            こ
            う
            し
       わ    ん
       す    は
       れ
       た
  や    こ
  っ     ろ
  て    に
  く
  る
           ねこだま心の川柳


期末が終わり、今回こそ守矢神社編を終わらしてやる!と意気込んだら文字数が通常の2倍になりました。

長っ!

最後らへん疲れて会話文だけになっちゃっいました(泣


















[6301] 東方~触手録・紅~ [21]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:947fcd6f
Date: 2011/12/25 02:06

【ワるイ 送ッてモラッテ】

「ふふ、いえいえ、気にしないでください。
 私もちょっと霊夢さんのところに寄ろうかなって思ってたところですので」


初夏の空を背に彼女は花のような笑みを浮かべてそう返してくれた。

今俺たちは上空数十メートルほど高度でふわふわと空を飛んでいる。
といっても空を飛んでいるのは早苗で俺は相変わらず手荷物のように彼女の胸に抱きかかえられているだけだけどな。
うん、背中の部分あたるやわらかい感触がなんともいえない。
一ついえるとしたら最近の女の子は発育がいいなぁ、霊夢とは比べ物にならn

「え?クロさん何か言いました?」

インや ナにモ

っと変なことを考えるのは控えよう。
念話って密着状態だと考えてる事が伝わり安いのかもしれない。
といっても俺の念話が聞こえるのは早苗と神様コンビだけっぽいの解せん。
椛とにとりに向かって念じてみても首をかしげらたし。
早苗に念話が通じるのはあの神様コンビとつながりがあるからなのだろう。あの二人には普通に通ずるし、というのが勝手な考察だ。


さて邪念はそっと頭の奥においやり、状況を説明するとしよう。
早苗たちの神社で朝を迎え朝食もご馳走になった俺は「そろそろ帰らないと
マジでウチの巫女にどやされるかもしれない」という予感が悪寒とともに頭をよぎったため
早めに帰ります、と言うと早苗が博麗神社まで送ってってくれると申し出てくれた。
さすがに宿と食事と自分迷惑かけすぎだろうと最初は断ったのだが
クロさんまた迷ったらさすがにヤバいんじゃないですか?と言う一言に項垂れるしかなかった。
方向音痴ではないんだがなぁ・・・。

あぁ、共に一晩宿を借りたもみにとコンビとは先ほど山の中腹辺りで別れた。
できれば博霊神社まで一緒に送りたいけどそれぞれ用事と仕事があるからと言う。
んー少々残念だがしかたあるまい。

別れ際ににとりはまた来てね!っと元気に手を振ってくれた。
今度きたときは自慢のからくりを見せてくれると約束した。
あれはもはやからくりじゃなくて完璧にマシーンだと思うんだが動力が妖気ならカラクリになるのだろうか?今度詳しく見てみたいものである。

そして意外だったのが椛の別れ際顔が(´・ω・`)としていたことかな。
アレだけこっち(山)くんなと言ってたのに見送ってくれたときの耳と尻尾のションボリ感がとてもお持ち帰りしたくなる可愛さだったと記憶している。
少し二日酔い気味だったけど大丈夫なのだろうか?

そう考えていると「そういえば・・・」と上から声がかけられる


「クロさんってまだ空飛べないんですね。」

え、

【ソラ トべなイ フつウ 】

「え、でもクロさんなら・・・こう・・・ぶわーっと飛んでいけそうな気がしますけどね?」

ぶわーってなんだよぶわーって
なにか噴出して飛ぶのかよ。
俺はそんな奇天烈生物じゃねーし。
むしろ

【ドウしテ 飛ベる?】

早苗ももともと向こうの世界生まれのはずだろ?

「んー、他の子たちがどうして飛んでられるのか私もチンプンカンプンですけど
 私の場合は諏訪子様と一緒に修行した結果ですね。ココまでなるのに苦労しましたけど・・・あ!」

突然ピコーンという音がどっからか聞こえてきそうなほど
彼女は何かを思いついたという顔でにっこりと笑みをこぼした。

「クロさん。ウチに入信すれば諏訪子様のもとで空飛ぶ特訓できますよ?
 どうですか?これを期に是非・・・!」

なんだそのオカルトめいた入信勧誘。
だけど・・・

【・・・かんガえ さセテ】

いいかも、空とべるの・・・。
だって気持ちイイし。

「是非是非っ!クロさんでしたらいつでもお待ちしておりますよ!
 特別にウチに住み着いていただいてもかまいませんよ?」

そういってにっこりと笑みを返す早苗。
その可愛らしい満面の笑みがなんか胡散臭く見えるぞおぃ。


あぁ、でも飛べるのか。
はたして俺ってどこまで人間離れしていくんだろうな・・・。
ん?そうかんがえると早苗とか霊夢とか魔理沙とか人間なのに空飛んで変な光弾ぶっぱしてるけど、
ぶっちゃけ彼女たちの方が人間離れしてないか?
俺なんて空飛べないし、弾撃てないし!
ちょっと触手だして変身できてへんなわけの分からない力が主食なだけだよ!
・・・なんだろう泣きたい。

「あの・・・クロさん?どうかしましたか?」

【ナンでモ ナ ィ】

あぁ、そういえば帰ったら霊夢になんていわれるのかなぁ・・・。
うっわ、なんか帰りにくいな。

「あの・・・なんかだんだんクロさんが重くなってき・・・って!?
 ちょ!?クロさん!垂れてる!垂れてる!!」

へ?あ、わ落ち・・・!?









「あ~ぁ、行っちゃったね、クロちゃん」

遠く、空の中で点となった早苗と彼を見えなくなるまで見送った諏訪子は
日の光をさえぎっていた手をその整った眉から離し、
ぐっと伸びをしながらそういった。

寂しそうなその横顔を見て隣に座る神奈子は小さく笑う。

「へぇ、諏訪子、あんた彼に本気で期待してるんだね?」

その声にはなにか皮肉めいた物が混ざっている。
それに対し神奈子に向かってニヤリとさらに何かを含ませた笑みをむけ返し、
諏訪子はケロケロと笑った。

「うん、絶対あの子はこの郷ででっかいものになるよ。
 何を成すかはちょっと分からないけどね。」

「問題はそこなんじゃないのかい?
 もちろんそれがイイ方向なら私だって諸手を挙て迎えるわ。
 でもね、それが決していい方向に向かうとは限らないんじゃないかい?」

彼の力は今は小さい、でもその体の特性は喜ぶべき物ではない。
アレはこれから何を取り込むのか、そしてどこまで取り込んでいくのか。
際限のない闇のようなキャパシティからいつかその容量を満たそうと言う欲望が生まれないか。
危険の芽をみすみす泳がせる選択に抵抗がないとはもちろん言えない。
だがしかし私達の選んだ選択は今、青い空の中で愛しの巫女の腕の中。

「ま、いざとなれば・・・ね?」

ぎゅっと土着神の頂点は右手を握る。
その何かを潰すような動作に山坂と湖の権化はフゥンと息をついた。

「あぁ、そうだなその時に全力をだせばいいか、
 今はただ愉しく、アレの行方を見て酒の肴にでもすればいい・・・。

 ・・・あんたたちもそんな感じだろ?」

突然、神奈子は自ら達の背後へと空を仰ぐようにして声をかけた。
彼女の低くしかしよく通る声が当たりに響き、シンとして数拍後、
気まぐれな風が揺らす葉音より大きな音がなるとともにひょこりと黒髪が木の茂みから現れた。

「あややや?やっぱバレてました?」

そういって黒い羽根を羽ばたきカツと石畳に高下駄の音を鳴らしたのは

「毎度お馴染み文々。新聞ですよ・・・っと。」

フリルのついた黒いスカートを軽く揺らして射命丸文が恭しくお辞儀をしつつその身を山の神2柱の前にさらした。
しかしその姿を見て神奈子はにがにがしく眉をひそめる。

「誰が飛び回るパパラッチなんぞに声をかけたかねぇ?
 私は『あんたたち』ってよんだはずだよ?」

そういって神奈子は目の前の文から視線を周りの木々に移した。

ひとつ ふたつ みっつ、まだまだいるようだ。

「あー、そこまでバレちゃってましたか、御見それいたしましたぁ」

神奈子の視線がそれぞれ仲間の居る場所をピタリと睨む姿を見て
さすがにごまかしきれないかと文は手を頭に当ててヘコヘコと頭を下げる。
喰えないねぇ。

「そりゃ昨日の晩からあんなに湖の周りをバッタみたいにぴょんぴょんされちゃ
 いやでも目に付くわ。まったくめざわりったりゃありゃしない。」

吐き捨てるようにそういって冷たい視線を向ける神奈子に
文は顔に貼り付けていた営業スマイルをすこし崩して口から言葉を溢した。

「そんなこと言わないでくださいよー。
 私だってお友達を監視するようなまねしたくはないんですから、」

「っは。組織の意向ってやつかい?」

「えぇ、まったく持って面倒ったりゃありゃしないですよ。
 こっちはただあの黒のお方の記事をちょろちょろ~っと書かせていただければ
 それで十分なんですけどね。」

うんざりとそう語る彼女に言葉にうそはないと見たのか、
それとも文の個人意思に興味がなくなったのか神奈子はこれ見よがしに肩をすくめて見る。
 
「ふぅん、・・・で?アンタ達天狗がなんで彼を追うんだい?
 アンタ達『観察者』だと豪語してる割には今回の件についてはずいぶんシツコイようっだけど?」

『我々天狗は、幻想郷をずっと見守ってきたのです。我々天狗程、幻想郷を見てきた者も居ない。
 我々天狗程、幻想郷に詳しい者も居ない。でも、私は真実を見る観察者なだけで、幻想郷を創るのは貴方達なのです。』

この言葉からも分かるように天狗はただ見守るだけ。
見守り幻想郷を観察し幻想郷の今を最も知る存在、
それがどうしてか、この件についてはずいぶんと天狗社会の上のほうが
積極的に動いてる。そんな気がする神奈子はその得体の知れない気味悪さが気に入らなかった。

「それはまぁ、私でも上の意向なんて計りかねますね。
 確かに彼は危ない一面も持っていますが、それこそできることなんて高がしれています。
 力を手に入れたところで暴れてもこの幻想郷に押しつぶされるのが関の山です。」
 
どうやら、どこも考えていることは同じらしい。
しかし、その言葉は どうも


「・・・気に入らないねぇ。」


言っていることはさきほど、自分達が口にした内容と同じかもしれない。
しかしそれを他人から言われるとなぜか気に食わない。なぜか?

ふと、もしかしたら・・・という言葉が口からこぼれかけるが、

「ふふ・・。」

「どうしたの神奈子?気味悪い笑みなんか浮かべちゃって?」

「気味悪いはよけいだよロリ蛙が。
 ・・・まぁちょっとね、」

私も毒されてるのかねぇ?あれに、





「あ、クロさん!見えましたよ?博麗神社です!」

ゆっくりと空中散歩を楽しむように空を飛んで数刻。
人里の上空を飛んですこしすると緑に茂る木々の合間に
もはや見慣れた赤い鳥居と屋根が見えた。

あー・・・うー・・・んー?

【ナンだロ とてもヒサしぶリ 気ガする】

「そうですか?昨晩は一昨日からブラブラし始めたって聞きましたけど?」

一昨日か?
なんか凄まじく長い時間ココに帰ってない気がする・・・。
気のせいかなぁ?

謎の懐古の情に首をかしげる間に早苗はふわりと青い袖とスカートをたなびかせて博麗神社の石畳に足をついた。

そしてキョロキョロと神社を見渡すが、

「あれ?霊夢さんは留守なんでしょうかね?」

いつもならこの時間、霊夢は表の掃除をしていると思っていたのだが・・・。
奥にいるんでしょうかね?と二人で顔を見合わせていると、

「おー?早苗か?なんか久しぶりだな」

突如、早苗の背中から聞き覚えのある声がかけられた。
その声に振り返るとそこにはちょうど神社の階段を上りきり金絹のくせっ毛を揺らす魔砲少女がいた。魔理沙だ。

「魔理沙さん。そうですね数日前にココに伺ったんですが、
 そのときは留・・「あーっ!!!くろおおおお!?」

早苗の声をさえぎるように魔理沙は俺を指さして大きな声を上げた。
思わずびくりと体を強張らせてしまうがどうするまもなく、
彼女はすぐに早苗の前まで駆け寄ると、
腰を少し折り早苗の胸に抱かれる俺を覗き込むようにガシガシと俺の頭を掻きなでた。

「このやろー!心配したんだぜぇ!」

ガシガシガシガシガシ

うぅ、け、削れる・・・。
でもやっぱり心配かけちまったんだからこれぐらい享受すべきなのかもしれない。
・・・ちょっとだけ、いや、心配してくれたことに感動なんかしてないよ。


「はぁぁぁ、やっぱりこのさわり心地は何度触っても最高だわー」

両手から伝わる感触に魔理沙はとろけそうな笑みを溢す。
その表情を見て思わず早苗も同じような顔をして腕をむにむにと動かした。

「ふふ、このもっちりした感じがたまんないですよね。」

「あぁ、この弾力なぁ。
 ・・・っとそういえば早苗が一緒にいるってことは守矢神社までコイツいってたのか?」

「はい、昨日諏訪子様が拾われてきて一晩諏訪子様達と晩酌のお相手をしていただきました。」

「拾ってきたって犬猫並だな黒いのw」

言わないでくれ悲しくなる。
今回の件でどんだけいろんな人に拾われたことか・・・。
とりあえず心配とお世話をかけた二人にいい様にもまれていると、
神社の障子ががたりと音を立てた。

「あら?早苗じゃない、」

「あ!霊夢さん、おはようございます!!!」

そこから現れたのはもちろん霊夢だった。
まぁここに住んでるのはオレと萃香を除けば霊夢しかいないしな。
出てきたのが萃香だったかもしれない?アイツはまだ寝てるにきまってるだろ?

さて、それにしても霊夢はこれからどこかへ向かうのだろうか。
その片手には愛用の幣、もとい巫女スティックが握られている。

そんな彼女に早苗は語尾に音符が付きそうなほど嬉しそうに元気な笑顔を向けた。
しかしその笑顔を見て霊夢はまるで胸焼けを起こした時ようなゲンナリ顔でかえし、

「あーはいはい、おはよーさ・・・」

突如ピタリ、と霊夢の語尾が止まる。
それとともに霊夢の視線がピタリとある一点にとまっている。
その視線の先には早苗の良く発育した胸、
もとい彼女の腕の中に抱かれる俺・・・ですよね?

あの、なんかすっごいガン見してませんか?
てかもはや睨みつけてますよね?

なぞの緊張感と威圧感が数泊俺と霊夢の間に漂い。
そして

「・・・・・・・はぁぁぁぁ」

と霊夢がため息を一つ漏らすとともにその空気は胡散した。
何だろう今のため息、なんというか凄まじく万感の想いがこめられていた気がする。
おもに呆れとか呆れとか呆れとか?

一人そのため息の意味を模索していると、
その深い深いため息をつき終えた霊夢がユックリと肩を揺らしながら歩み寄ってきた。


あの霊夢さん?

無表情。
何を考えているのか分からない霊夢のポーカーフェイスに、
暖かくやわらかい物が当たっているはずの背中に何か冷たいものを感じる。

あーもしかして今ヤバイ?

ざっ、ざっと霊夢の靴が石畳を擦る音だけが妙に大きく聞こえた。
徐々に霊夢の歩みが早苗と俺の元に近づき、目の前でその足を止めた。

おもむろに彼女がそっとその右手を挙げる。

同時に再び緊張感が俺の背を這ってきた。

正直、今回の件は叩かれても仕方がないと思ってる。
だって彼女からはヘタに動くなと良く言われていて、
それでも俺は散歩と称してちょろちょろ境内を抜け出してしまって、

諦めの感情とともに頭にくる衝撃を覚悟した。


しかし次の瞬間、頭に来た衝撃はあまりにも軽い物だった。


ぽふんという擬音語が的確であると感じるほど、
霊夢の幣を持った右手が俺の頭の上に置かれているのだ。


「・・・。」


霊夢?


「・・・ぉかえり、」


胸の高さから見上げた霊夢の顔は先ほどと同じ無表情、
しかし少しだけ、ほんの少しだけ安堵とも取れる雰囲気が感じられた。

・・・ぁ・・・あぁ、・・・なんというか・・・驚いた。

え?あの?それだけ?

もっとその・・・怒られるとおもt


「・・・でもね、」


その手が軽く腰溜めにひかれる。

・・・へ?


「あんたは・・・」


・・・あ。


「ど ん だ け 人 に 迷 惑 か け 続 け る
 つ も り な の か し ら」


その手には幣の先端が初夏の日差しに輝きを帯びていた。


ブスリ♂


おぅふ!?


「わ!?ちょ!?霊夢!!?」


早苗の驚く声が頭上から降りてくる。


あぁ!やめて!そんな深く刺さないでっ!
ちょ!?ぐりぐり!ぐりぐりやめてっ!!
ひろがっちゃう!あ、穴がひろがっちゃうぅっ!!?

こら魔理紗!腹抱えて笑うな!助けろ!

やめ!あ、あ!アッーーー!





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1年以上も更新遅れてしまっていますね。
マジダラシネェ♂

おそらく皆様に忘れ去られていると思いますが、
今でも皆様の更新を期待していただいているお声に心動かされ
リアルでもひと段落した今更新を続けて生きたいとおもいます。

感想掲示板でお声をかけてくださいました皆様には心からのお礼と謝罪の意を込めて今後も更新を頑張りたいとおもいます。



[6301] 東方~触手録・紅~ [22]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:947fcd6f
Date: 2012/04/11 15:19
散歩気取りで博麗神社を出て3日目、短いようでとてつもなく長くなってしまったオレの放浪旅。
紆余曲折を経て漸く居候先にたどりつくことができました。

いやね、・・・本当に・・・めっちゃくっちゃいろいろあったものだ。

というかこの2日間で何回死にかけたよオレ?
妹紅たちの弾幕戦争に巻き込まれかけたり、永琳の矢で射抜かれたり、
人食い虎に食われかけたり、背中から慧音にド突かれて気を失ったり、
下手すればリアル神様に滅殺されたかもしれなかったり、
よくもまぁ生きていたものだと我ながら関心してしまう。
これはもう奇跡的であると考えても良いのではないだろうか?

なのに。

それなのに。

今の状況はどういうことなの・・・。

隣では腹を抱えてゲラゲラと魔法使いが腹を抱えて笑いだし
目の前の紅白巫女はオレの体を幣で抉りさしている。

過呼吸寸前の魔理沙は彼女のトレードマークでもある大きなリボン付きの帽子を取り落としフワフワの癖毛を大きく遊ばせていた。
・・・ちくしょー、あとで覚えておけよ。

そして霊夢は、うん、めっさジト目でこっちを睨んどります。

軽く腰を折り、早苗の腕に抱かれる俺に向けてジト目の直接照射。
彼女の整った可愛い顔が間近にあるのだが今のオレにその整った顔を眺める余裕がない。

うががががっがgっががが

ぶつぶつとなにやら恨み節のような物を呟きながらオレの体の中をかき回す霊夢に
オレは抵抗できずにただ彼女の陰湿な攻撃に身をさらすしかなかった。
抗いたくても体の中で太くて硬い棒がねじりこまれるたびに体から力が抜けて動けない。
うぅ、気持ち悪くなってきた・・・。

救いはないと諦めかけたその時、女神はいた。

突然オレの体が強く後ろに引っ張られた。
キュポンと大きな音を立てて幣の柄が引き抜かれる。


「ちょっと霊夢!なにいきなり黒さんを虐めてるんです!?
 黒さんがかわいそうじゃないですか!」


そういって早苗は霊夢から離すようにオレを強く抱きしめるとぷんぷんと口を尖らせた。
あぁ、今では早苗が巫女ではなく女神のように見えてくる。
オレは背中に感じる圧倒的なやわらかさを感じながら早苗の体に身を寄せた。

対する霊夢はまるで餌を盗られた猫のように眉をひそめ、口をヘの字に曲げて早苗をにらみつける。


「かわいそう?こっちは魔理沙に引っ張られて一昨日から幻想郷中ずっと駆けまわされたのよ?どっかの誰かが何も言わずに飛び出したおかげで!」


ギロリと霊夢の鋭い視線がオレを射抜く。
あまりの迫力に思わずオレは視線を泳がせてその熱視線から逃れようとした。
みため可愛い子がキレるとマジ怖い。


「黒さんにだって事情があったんですから仕方なかったんですよ!
 いろいろ大変だったんですから、ね?黒さん?」


そういうと早苗は微笑みながら右手で俺の頭をゆっくりとなでた。
あぁ、早苗マジ女神。
視界にちらりと映る紅白鬼子母神は極力気にしない。
だって怖いから。
・・・怖いから。
あー、うぅ、なんか、圧力が、圧倒的な圧力ががが

俺が早苗の腕の中でおびえていると隣で笑い転げていた魔理沙が漸く立ち直った。
まだヒーヒーいってるのは・・・目を瞑ってやろう俺は寛大だから.



後でいつものくすぐりの刑し処してやる。ふふふ触手が疼く。



「はー、はー、ぃ、ぷふっ、ぃやあ悪かった黒、助けなくて悪かった!
 ふふ、あー、にしてもくろー、おまえ本当に犬猫じゃないんだからふらふら出あるいて
 まよってるんじゃねーよな、
 どんだけ霊夢が心配したか想像できるかぁ?」


そういうと魔理沙はニタニタと口の端を上げ、鬼子母神化している霊夢をちらりと視線を延ばした。
しかしその視線は火に油を注ぐ行為に等しとしか思えない。
案の定、鬼子母神が吼える


「魔理沙、これ以上誤解を生むような言い方したら封魔針ぶっさすわよ?
 その口を縫い合わせてあげましょうか?」


ゴゴゴゴゴゴと彼女の背中から赤黒いオーラが幻視(み) える
だがそんなものどうということではないとでも言うかのように
魔理沙はけらけらと笑いを崩さなかった。


「あぁ、確かに五回も心配はしてなかった.
 四回だったか三回だったか覚えてないけど霊夢、私と顔を合わせるたびに
 あいつまだ帰ってきてないの?っていってたじゃねーか」

「だからそれは、この馬鹿餅が変なことしてまた博麗神社(ウチ)に
 みょーなうわさをまた立てられるかが心配だったの!
 そんなことになったらたまったもんじゃないわ」


「はいはい、そういうことにしといてやるぜ?
 あー折角くろが帰ってきたんだからお祝いしよーぜ!
 とびっきりうまい酒もってくるからさ!」

「・・・こんのッ」


話を振っておいて相手の意見に結局取り合わない魔理沙の常套手口。
遂に霊夢はビキリと大きな#マークを額から覘かせて袖の中から数本の針を取り出した。


「ま、まぁまぁ、霊夢。魔理沙さんの言うとおりここ数日忙しかったのでしょ?
 なら今日は黒さんも帰ってきたんですしパーッと飲んで楽しみましょう!」


あわや逃げようとする魔理沙のお尻を狙って霊夢が封魔針を投げつけようとした瞬間、
早苗がその間に割ってはいり鬼子母神を通り越して阿修羅化しかけた霊夢をなだめた。

 なだめるのは一向に構わん、だけど俺をもったまま間に入らないでくれ・・・。

再び霊夢の目前に身をさらした俺に彼女はさも不満そうな視線を向けた後、


「ハァ、」


とおおきなため息をついて針を袖に戻した。
そして、


「黒!」


ハイっ!!?

袖に突っ込んだ腕が神速の速さで抜かれ、ガシリと俺の頭頂部をつかんだ。
思わず身を硬くしてビビる俺を早苗の胸から自分の視線の高さまで持ち上げると


「今後、外出するときは誰かと一緒に行って離れないこと・・・」


ギリギリと彼女の指が俺の頭に食い込む.


「いいわね?」


ハイ!イエス、マム!あいむあんだすたんど!


心の中でそう叫びつつガクブル状態で顔をぶんぶんと縦に振る。
すると霊夢は「そう、」軽く呟き、


「今言霊とったからね、次破ったら餅から毬栗にしてやるわよ。」


といってひざを折り、俺の体を神社の石畳の上にポンと置いた。
俺から手を離し体を起こした霊夢はフンスと鼻から息をついている。
まだ俺の放浪に納得できないがとりあえずこれで許そう、といったところか。

その様子を見た魔理沙が話の区切りとばかりにパンパンと手を叩く。


「ハイハイ!このお話終了!んじゃ霊夢!ちょっと私はうちからイロイロもってくるわ、
 酒とかおつまみの材料とか!」

「わかったわよ、さっさと行ってきなさい、
 ってつまみの材料ってまさか昨日見つけたあのグロいきのこじゃないでしょうね?
 アミアミしたやつとか脳みそみたいなやつとか食べたくないわよ!」

「えーあのアミアミは食えるよ、バターで煮込むとシコシコしてうまいのに。
 あ、でも脳みそみたいなヤツはNGな、煮た時にでる湯気吸ったら中毒起こすぜ?
 まぁあれはあれで立派に魔法薬の材料になるし、食えるっちゃくえr」

「あーもう!キノコ講座なんてどーでもいいからもって来るならっちゃっちゃと持ってきなさい!
 グロイのとキモいのとグチャグチャしたのはダメ!
 あと毒キノコも!」

「・・・ちぇーわかったよ、それじゃくろ!またあとでな!最高のキノコ酒もってくるぜ!」


魔理沙はそういうやいなや箒にまたがり
彗星のごとく箒の穂先からまばゆい光の筋を出しながらヒュンと
青い空の中に消えていった,


「まったく、あいつほんとにわかってんのかしら?」

「キノコ酒ですか、ちょっと興味ありますね。」


妖怪の山( ウ チ の山)にもキノコたくさん生えてますしね、
っと言いながら早苗は頭の中でどうやって作るのか想像していると


「・・・あんたまだいたの?」

「えっ!?そんなひどいですよ霊夢!
 今皆で飲みましょうっていったじゃないですか私!」


霊夢がまるでその存在に今気付いたかのように早苗にジト目をむけた。


「あーそうだったわね」


めんどうくさそうに早苗に向けて手をひらつかせて彼女をなだめようとする霊夢
しかしふと霊夢はその手をぴたりと止めて眉をひそめた。


「ってことはあんたも酒のみに来るの?
 てか来るんでしょうね、」

「当たり前じゃないですか、黒さんを送り届けたのは私なんですから
 私にも黒さんの帰宅祝いぐらい参加させてくださいよ!」

「あー、んー。・・・仕方がないわね。
 いいけどただし、自分が飲む分ぐらいは持ってきなさいよね。
 ウチだってそんなに用意できないわよ?」

「分かってますよそれぐらい、それでは私も一度神社に戻りますね。
 お二人のお夕飯を用意してから来ますので少し遅れますわ」

「あーハイハイ、いってらっしゃい いってらっしゃい」

「もう、少しは私にもやさしくしてくださいよ・・・。
 あ、それでは黒さん、また後で伺いますね?」


霊夢からのぞんざいな扱いに少し口を尖らせる早苗だが、
地面から足を離すと俺に向かって小さく手を振りながら山の方角へと舞っていった

いってらーありがとよー

ココまで送ってくれたことに感謝とねぎらいの意を込めて俺は彼女が見えなくなるまで手を振った。
いやー最近の若い子にしては器量のいい子だ。
・・・たまになんか黒い物を感じる気がするが、

きのせいきのせいと自分の言葉に否定をいれていると突然、ふわっと視線が高くなった。


「さてっと、黒、あんたのせいでこんなこと(宴会)になったんだからしっかり働くのよ?
 いいわね?」


そういって霊夢は俺をビーチボールのように抱えて当たりを見回した。
あー、うん、ですよね。
俺の帰宅祝いでも働かなきゃだめですよね。
本当は漸く帰れたのだからゆっくり休みたいのだがそうは問屋がおろさないようだ。


「萃香 ー!・・・ すいかーぁ!そこらへんにいるんでしょ!?」

「はああああい!どったのれいむ?
 なんかよ・・・おぉぉぉぉ!くろすけえええ!!?」


次の瞬間俺は霊夢の腋からはじかれた、
いや、はじかれたと言うか轢かれた。
突然の声ととも後ろからズドンと小さめの物体が圧倒的な質量を持って俺を貫き、
まるで野球のバッターのように豪快なヘッドスライディングをかました

俺を抱えながら

あばばばばばば


「のっほぉぉおう!くろすけ!くろすけじゃないか!
 心配したんだよ!くろすけ!あとさわらせろ!もちらせろ!
 最近ぜんぜんくろすけに触れなかったからくろすけ分が空っぽなんだよ!
 とりあえずもちらせろぉ!!!」


俺を地面ですり身にしかけた萃香は俺の体の心配など露ほどもせず、
俺の体を胡坐をかいて抱えこみ、グニグニと全身で感触を楽しんでいた。

まるで霊夢から禁酒半日を言われて半日後解禁された瞬間のように萃香はハァハァと荒い息を出しながら俺をもみくちゃにしてその感触を味わっていた。
あぁ、やっとさっき霊夢の棒から抜け出せたというのに今度は幼女の腕が体の中をかき回している・・・。おえっぷ。おなかの中をかき回さないでくれぇ。
しかし今度の救いの手は以外にも霊夢から差し伸べられた。


「ほーら、萃香、黒を触るのはあとでいくらでもできるでしょ、
 ちょっと人里まで行ってきてくれない?」

「ほぇ?」

「魔理沙たちが宴会開きたいんだって、こいつの帰宅祝いだって」

「おぉーーー!宴会!宴会!おしゃけのめるのか!」

 おまえはいつでも飲んでるだろ
「あんたらはいつでも飲んでるじゃない」

・・・あ、俺も?

「まぁ、それはともかく、台所のお酒、あんた昨日飲んだでしょ?」


指摘されると萃香はびくりと猫のように背筋を硬直させる。
またかやったのか?


「うぇっばれてた?」

「あたりまえじゃない、今日の分のお酒なくなちゃったんだから黒と一緒に買ってきて。」

「くろすけと?」

「そ、ちょうど野菜もなくなってきたから適当に食材も買ってきて」


・・・あ、俺も?
え?俺も!?

いや、え?さっきようやく、漸く帰ってきたばっかりなんだが。
てか外出していいのか俺?さっき俺出禁くらった気がするんだが?


「そ、頼みたい物が結構あるからひとりじゃもてないでしょ、
 さすがに人里でおっきくなれないし」


あの、霊夢さん?


「黒!」


ハイィっ!!?


「萃香と離れないで人里まで買い物に行ってきて、
 ・・・いい? 離 れ な い で 行くのよ?」


ハイ!イエス、マム!あいむあんだすたんど!
・・・あれ?なんか俺調教されてね?


「それじゃあ今買い物リスト書いてくるからちょっと黒で遊んでて、」

「はーい♪」


え?ちょtあばばばばば

そういい残して霊夢はとっととひとり博麗神社に入っていった。

あー、ちょ、ま、まって!








サラサラとペン先のインクが紙に滑らかな文字が描かれていく、
香霖堂から『借りた』ぼーるぺんは一つのインク掠れも起こさずに途切れなく紙の上を滑っていく。


「・・・えーっと、あとは岩魚の燻しと、ほうれん草・・・大根に・・・鬼殺しっと」


一つ一つの必要な食材の種類と数、お酒の種類を書き、
合計金額を計算してひとつの野菜をガリガリと線でかき消してまた考える


「まったくただでさえ最近食い口が増えて家計が火の車って言うのに、
 なんでこうもまいど宴会会場がウチになるのかしら・・・?」


神社の外で聞こえる萃香が黒で遊ぶ声を聞き流しながらそうぼやく。
ふと棚に入れた財布を取り出そうとからだをひねると


「・・・。」


霊夢の視界に小さな人形が写る


「はぁ」


彼女は一つ息をつきながらその視線の先にある人形を手に取った。
カタカタと首の辺りが不安定なそれ、一見ただの日本人形に見えるがその手には小さなの盆が載せられている。


「・・・まだ、使えるわよねぇ。」











「はぁあああああ、」


縁側で一つ大きなため息をつくのは博麗の巫女、
手にもつお茶でずずりと喉を潤してため息を飲み下す。

あぁ、はたしてココ数ヶ月で何度このため息をついたことか。
まったく誰のせいか、いや、
ため息の頻度が急上昇した時期と誰かがウチに住み込み始めた頃を考えると
誰のせいかは一目瞭然であろう。

そのうえここ数日はただでさえ疲れているのだ、
もちろん誰のせいかは一目瞭然だろう。


「・・・。」


魔理沙にひきづられて今日も幻想郷中をつれまわされて昨日も今日もはた迷惑な餅探し。
昨日はまだ散歩感覚でフラフラといけたのだが、
さすがに二日連続ともなると疲れるし飽きる。
正直あの黒餅がどうなろうと関係ない、
ただアレがどこかで変なことして博麗神社(ウチ)に妙な疑惑がかかるのは面白くない。

あーでももうほっとこうかしら、
アレにかかわって碌なことあったかしら?
いいえないわね。


「・・・今日は、もう寝ましょ」


ため息を付いた分だけ幸せが逃げると言うが、
はたしてアレのせいで私からいくらの幸せが逃げたことかと

考えるだけで胸にしこりができるというかはらわたが煮えるというか、
とりあえずそれもお茶と一緒に飲み込んでもう寝てしまおう。
霊夢はそう決めて湯飲みに口付けし細い顎をうえにむけてお茶を飲み込もうとするが、


「・・・?」


お茶が唇にふれない。いや、むしろ手に湯飲みが存在しない。
通常ではありえないその状況に、
しかし霊夢はむしろ落ち着き払って再びため息をついた。
ただ今回だけはアレが原因ではないだけまだましか、


「なんかようかしら・・・紫、」

「あら?ぜんぜん驚いてくれないのね?」


虚空に向けた問いはすぐに帰ってきた。

ずるりと宙に一本の線が通り、線がヌッと一枚の幕のように広げられると、
中から一人の女性がしっとりとした艶のある金糸のような髪を揺らめかせながらその身を乗り出した。

その手には先ほどまで霊夢が飲んでいたと思われる湯飲みが乗せられている。
彼女自身の能力で生み出された空間の境目から姿を現した彼女はクスクス微笑を浮かべた。
上品に口元を扇子で隠す彼女のしぐさに思わず霊夢は眉をひそめて彼女をにらみつける。

はたしてこの幻想郷を創造した妖怪の賢者の一人にそのような行為をできる人間は他に何人いるだろうか?妖怪なら数人(数匹?)いるかもしれないが、


「どうしたの?霊夢?女の子がため息のうえにそんな顔してちゃダメよ?
 久しぶりにあえたのに貴女のそんな顔見たくないわ。」


鈴を転がしたように低く、それでいて夜の空気の中妙に響く声が霊夢に耳に届くが
それに対して霊夢は鼻息ひとつ吐き出しながら不満げに口を開いた。


「どうしたもこうしたもないわよ、あんたが送り込んできた変なアレのせいでこっちは散々なめにあってるんだから。」


口をヘの字に曲げて憤慨した声でそう抗議する霊夢に紫ははてさてと首をかしげて見せた。


「何のことかしら?私は彼を送り込んだつもりなんてこれっぽっちもないわよ?」

「とぼけるんじゃないわよ、ったく。
 あんたがなに考えてるかなんて今も昔も分かったもんじゃないけど」

「そんなに褒め」

「てないわよ。というか私のお茶飲まないでよ!ひとでなし、」


間髪もいれず紫の声をさえぎって傾けられた湯飲みをにらみつける霊夢。
お茶の残りは少なかったが飲みきったら寝ようと区切りをつけていたのにそれを持っていかれるとどうも踏ん切りが悪い。


「あらあら?人にあらざる者にに人でなしといっても意味がなくてよ?
 あぁ、お茶がほしいなら今持ってきてくれるわよ、」


そうと言って再びくすくすと笑いながら紫は白い指先をそっと縁側の向こうに向けた、

するとカラカラカラとまるで笑い声のような小さい断続的な音とともに、
何か小さなシルエットが夜の闇から床を滑るように現れる。


「・・・茶運び人形?」

「えぇ、霖之助さんがちょうど修理していた物をいただいたの」

「勝手に持ってきた、でしょ?霖之助さんにとって『も』はた迷惑ね」

「貴女がそれをいうの?失礼ね、
 私は誰かさんと違ってきちんと『対価』を差し上げてるわよ」

「私は払ってるわよ・・・ツケで」


払う気なんてあったのかしら?と言う紫の呟きは聞き流し、
傍らで動きを止めたカラクリ人形から小さな湯飲みを受け取る。
丁稚姿のカラクリ人形は顔にうっすらとした笑みを貼り付けたままじっと何もない空間を見つめていた。
なんとも、夜中に勝手に動くカラクリ人形なんて気味が悪い。

まぁ紫が気味がいいことなんてしたことないか、

せっかく新しいお茶も持ってきたことだし、その言葉はお茶とともに腹の中にしまっておいてやろうと霊夢はそのお茶をズズズとすすり飲んだ。
小さな器に注がれたお茶はほんの一息で半分に減ってしまった。
すこし熱が冷めていたそれはすんなりと霊夢の喉を潤しながら流れていく。
そしてふぅと息をついた後、紫のほうへちらりと視線を覗かせると霊夢は思わず再び眉をひそめた。


「・・・・・・。」


先ほどまでひょうひょうとしていて、
いつもどおりつかみどころのない雰囲気をまとっていたはずの紫が、
じっとおとなしくあるものに視線を合わせていた。
その瞳の先には先ほどのからくり人形が写っている。


「・・・・・・、どうしたの紫。」


妙に黙りこくった紫に数泊の間をおいて霊夢は問いかけるが、
しかし彼女は何も言わず、
唐突にふわりとスキマから降りると霊夢の隣に腰を下ろした。
だが縁側に腰掛けた後もしばらく彼女は口を開かず、
霊夢もまたそんな紫の様子を見て静かに残りのお茶をすすっていた。
二人が口を閉ざすと耳に届くのは周りの森の中で鳴く虫と、
木々の葉をなでる風の音だけとなり、
そのせいかお茶をすする音が無駄に大きく聞こえた


「ねぇ、霊夢?」

「・・・なに」

数分か、数十分か経過しただろうか、
ふと紫が小さな声で隣の巫女の名を呼んだ。

いつもとは違う口調に思わず霊夢も硬い声で返してしまう。
しかし紫はそれを気にすることなく静かにすっと手をのばすと、
直立不動のまま湯飲みが返されることを待つカラクリ人形の頭を撫でた。


「ねぇ、もしこのカラクリ人形が突然作ったときとはぜんぜん違う動きをしだして。
 そして勝手に歩き出したり、勝手に別の仕事をし始めたり、勝手に遊びだしたりしたら・・・。
 貴女はどうする?」


突然何を言い出すのだろうかコイツは?
いきなり訳が分からない問いに思わず口をぽかんと開けて声に出して言いたくなったが、
しかし紫の顔を見てついその気もうせてしまう。


「あー、・・・仕事するんなら別にいいんじゃない?
 遊びほうけてるならアレだけど」


なんか調子が狂うなぁと霊夢は少し居心地悪そうに姿勢を変えながらそう答えた。


「じゃあもしこれが悪さをし始めたら貴女はどうするかしら?
 手をつけられないほどに、貴女に害をなし始めたら?」


はたして彼女は何が言いたいのだろうか?
話の真意を見出せずに霊夢は口を閉ざして紫の顔を覗く、
カラクリ人形を手に持ち、まるで慈しむようにその頭を撫でる紫は
口を薄く開いてひとつ息漏らした後、


「私ならこうしてしまうわ、」


一瞬彼女の腕にぐっと力が込められると
次の瞬間ポロリとカラクリ人形の頭がその首からはずれ、
一度縁側のふちで弾んだあと、ころりと境内の地面に転がり落ちた。

あまりに唐突な出来事に一瞬出す言葉を失うが、
霊夢はすぐに気を取り直すとため息とともに立ち上がった。


「ちょっと紫、うちでゴミをつくんないで・・・よ・・・?」


そういいながら雑事用に置かれた草履を履いて地面にその身を投げ出されたカラクリ人形の頭部を拾う。
そして、いつもと様子が違って不気味さが2割り増しの持ち主に返そうと口を尖らせて振り返るが

そこには既に紫の姿も形もなく、あたりを見回しても縁側にあるのは空になった湯のみが二つと首の取れたカラクリ人形の胴体のみだった。


「・・・帰るなら帰るっていいなさいよね」


ポツリとつぶやかれたその言葉は自分の耳以外に誰の耳にも入らなかっただろう。
誰もいなくなった縁側に再び腰掛けると、霊夢は首の取れたカラクリ人形に手を伸ばした


「・・・。」


首のない人形は首があったころとは違い、まるで人間味がなく。
眺めているととても不気味なものだった。
とりあえず、拾った首をもとあった位置に据える。
どうやら首の骨木が折れたようだが、
着せられている服が上等なためか置いただけでもしっかりと服が頭を支えてくれていた。
すこし首が縮んだ感じがするが、まぁないよりましかな。
試しにカラクリ人形を床に下ろし空になった小さな湯飲みを彼の腕に戻すとカタリと腕が下がった。
そしてくるりとその場で優雅に旋回し、元きた廊下をカタカタと少しぎこちない音を出しながらも帰っていく。


「・・・なんだ、まだ使えるじゃない。」


再び暗い廊下へと戻っていくカラクリ人形の背中に霊夢は少し安堵したようにそう呟いた









「くろー!すいかー!」

「はーい!」

「はい、これ買う物メモとお金。おつりは 絶 対 計算して確認するのよ?」

「まかせなって!」

=なぁ おれも いく のか ? 本当に ?=

「あんたのために開くんだからあんたが働かなくてどうするのよ?」

=いや 確かに そうだけど=

「ハイハイ、つべこべ言わずとっとと行ってきなさい。
 買い物のあとは下ごしらえもしなきゃなんないでしょ」

=それも おれ?=

「当たり前じゃない?なにいってんの」

=ですよね - =

「それじゃあよろしく、・・・ってお金の計算ぐらいできるわよね?」

  b

「なら大丈夫ね、油売らないで萃香の後ろにしっかり付いていってまっすぐ帰ってくること、
 萃香はコイツをキチンと見張っててね?」

「おう!それじゃあくろすけいこ!」

=いって きます=

「いってらっしゃい、・・・ぜっったいすぐ帰るのよ?」ゴゴゴゴゴ

=ハイ YES ぜったい= ガクブル











[6301] 東方~触手録・紅~ [23]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:947fcd6f
Date: 2012/05/02 02:20
トトン トトン トトン

カチャカチャカチャ

ワサワサワサ

カツカツ

博麗神社へと伸びる参道は大きく枝を伸ばした木々に包まれて昼間でも薄暗く人気はまったくないものである。

割れた石畳は土が多くかぶさりわずかにその表面が地面から露出しているのみ、その石畳のかすかな面影さえ、初夏を迎える光を精一杯浴びようと成長した草花が覆い隠そうとしている。

そんな廃道じみた参道の今の姿に誰も気を止めようとしないがそれは当然と言えよう。


・・・だって博麗神社に来るやつらの大抵は空からくるのだから仕方がない。


人が来れば人の足が土をのけ、石畳を靴が磨き、草は撥ね退かれていくのだが。

悲しいかな、神社に来るのは大抵が妖魔と魔法使い程度、人の子など俺が博麗の社にやっかいになってから一人も着た記憶はない。

あぁ、いや、たしか早苗と魔理沙は一応人か?

空を飛んでビームを素手から出す輩を人と認めることに少々違和感をぬぐえないが・・・。

まぁ神社に来るほとんどが信仰なにそれおいしいのと素でいいそうな輩でばっかりで、
来たら来たで巫女と最近では俺をからかって暇をつぶしに来るのが大半だ。
つまり結局この参道を有効活用しているのはせいぜい俺ぐらいしかいないのだ。

だから唯一有効活用しているこの俺がこの参道の真ん中をあるいても誰も咎めはしないだろう?

参道は本来神が通る道であり、そのため人は参道の左を歩き、神様に参道の真ん中を譲るのが正しい参拝方法である。

が、生憎、俺の居候先の神社に神がいるとは、残念ながら、思えない。

何度も言うが巫女があれだからな。

なので居もしない相手に道を譲るなどという一人芝居に似た行為に必要性を感じえなかった俺は、
人里で買い付けた多くの燻製された山魚やら旬の野菜を入れた籠やら酒瓶やらと、ついでに立派な角を頭にこさえた鬼の幼女を背に乗せて参道の真ん中を堂々と、最近では定着しつつある巨大な山犬の姿で登っている最中である。

人の身でこれらの荷物を持ち、足場の悪いこの参道を登るのは結構な重労働になっただろう。

もともとの頼まれた買い物量はそれほどでもなかった、おそらくは萃香ひとりでも十分な料であっただろう。
しかしまぁ、ちょうど神社の醤油や出汁用の煮干、昆布などが切れかけていたはずなのでついでに買っておいたのだ。
お金はなんとか事足りた、それは俺の背中で器用に寝そべってくつろぐ彼女のおかげである。

最初はその立派な角を隠さずに人里へ堂堂と入っていく彼女を引き止めたのだが、

ある店では彼女の角を今日も立派だと褒め、おまけといって少し値引きしてくれたり、ある店の主人は彼女におまけの品を交渉の材料に酒の席に誘っていた。

その様を見る限り、人里の住人はむしろ彼女をキチンと鬼と認めながら軽く接していたようだった。さもなくば角を褒めもせず、見た目幼い彼女を酒の席にも誘わないだろう。
(余談だが後者の店主はその後にこやかに微笑む奥さんに肩をつかまれて誘うの諦めた。)

まったくこちとらわざわざ人里に近づく前に普通の犬に変化してビクビクしながら里入りしたというのに、なんだこの扱いの差は。
どこの世もかわいいは正義なのかとどこかの誰かに問い詰めたくなる。

俺もどうせならかわいい妖怪にとりつきたかった。そうすればこんな苦労もなかったかもしれないのに。
買った品々を絡め持った触手に意識を集中させて持ち直し、ずり落ちるのを防いぎつつ、俺は世の理不尽さに肩を落とした。
すると尻の下でうごめく感触に違和感を覚えたのか

「こらぁ、」

という声とともにビシっと萃香のちいさな手が俺の頭頂部をはたいた。
いきなり人の頭を叩くな。

「んん?べーつにぃ?人の顔を恨めしそーにみてたからちょっとばちをあててやったんだ」

そんな目で女の子を見るのは失礼だぞ!と大平原な胸をふんぞり返す彼女に鼻で笑いかえす。

今度はこぶしが飛んできた。物理的に頭が凹むからやめてくれ。

「うわ、ほんとに凹んだ・・・。」

だからやめてくれ、試すな。
仕返しに体から触手を一本新たに出して彼女の角を小突く。
しかし「ごめんごめん」とくすぐったそうに、まったく悪びれた様子もなく笑いかえされた。
そして

「んんー、ねぇ黒助、なんか里でいいことでもあったのけ?」

と萃香はぽんぽんと俺の背中を叩いて唐突にそう聞いてきた。

「なんか黒助機嫌よさそうだからさ?
 里に行く前はめちゃくちゃ足重そうにしてあるいてたじゃない?」

ただでさえ黒い顔を暗くしてまっくろくろだったよと萃香は笑った。
あー、確かに行きの道中はとても憂鬱な物だった。
何せ今回の用向きは買い物であり、物を買う上で人間に会うことが確定しているわけで、
この間里に入ったときのようなことがなければいいがとビクビクしていたのだ。
だが、その、まぁ、そんな不安はある一件でいい意味で裏切られた。





別に何もなかったよ、と電子辞書で萃香に伝える。
あやしーなーと俺の体を小突き返してくる萃香をいなしながら俺は先ほどの出来事に思いをはせた。


買い物中、じっくり吟味して買いたい、という萃香の言葉で結局最後に立ち寄った酒造の直営店。
萃香はこの酒造の主人とも顔見知りだったらしい。
主人は角の生えた幼女に対し、まるで旧友に出会ったかのように丸い顔に人懐こそうな笑みを浮かべて俺共々快く迎えてくれた。

だがココで少々問題がおきた。
主人を急かして目をキラキラと輝かせながら彼女は酒造の蔵へと俺を置き去りにヅカヅカと店の中に入っていったしまったのだ。
一方一人残された俺はと言うとさすがに気まずかった。
チラチラと番頭さんや丁稚の不思議そうな視線がどうも、ね。

店の中で黒い大型犬がじっと座っていては他の客や店の迷惑になるだろうと思い、
外で待たせてもらおうと腰を上げたときだったか、その際にある女の子と目が合ってしまったのだ。

丁稚の服装とは違った質のよい着物を身にまとった少女、その顔には見覚えがあった。
そう、あの少女だ。

数日前に博麗神社の参道で遭遇し、気付けば俺が幻想郷の中で迷子になった原因となったあの少女、確か名前は・・・鈴、だったか?

・・・さて、時に子供は妙に勘がいい時がある。
いつもは何を考えてるか分からないほどやんちゃなガキでも時として物事の核心をついてくるときがある。

そしておそらく、目のあったその子は間違いなく例のあの子であり、
運悪く、彼女の感はここで冴えわたってしまったようだ。

俺の顔を凝視し顔を強張らせる様子を見て、俺はあわてて入り口のほうへと頭を向けた。
振り返らず足早に店から出て数秒、思わず肩を落としてしまう。
しかしまぁ、あの場で泣かれずにすんで本当によかった。
店の外に出る際、店の者が顔をこわばらせる彼女を「鈴お嬢さん?」と呼んでいた。
もしかして、いや、おそらくこの店の主人が彼女の親なのだろう。

まったくどういうことだ、萃香の顔なじみの店があの子の店とは、なんという不運。
不幸中の幸いとして騒がれなかっただけまだましと考えよう。

あとは、自分が前回のように飛び出して走りだすような愚行はせずにすんだ事にも思わず安堵してしまう。

あの時はまだ、そうだな。
・・・あの時はまだ自分が偶に妖怪であることを忘れてしうことがあったのだ。
博麗神社での生活は忙しく、家主はとてもめんどくさがりで暴力的で、でもそれでもやさしすぎるのだ。神社の境内だけの生活は中途半端に人間として扱われることがあり、それで気付けば何も考えずに人に近づいてしまったんだろう。

ここ数日間に渡る放浪期で良くも悪くも自分の未熟さを実感させられた出来事は多い。
とりあえず、俺はもう人間ではないがまだ妖怪である。
それもいろんなところから目をつけられてる厄介者。
それだけ理解できただけでも十分な成長だろうか。

とはいいつつも以上のことを気にしているから、つい考え込んでしまうわけで。
萃香まだ帰ってこないかなーと忠犬のごとく、買ったもの山の前で座り込み、
人が多く行き交うおとなしくお座りしながら悶々と考え込んでいた。

思考の海に現実逃避気味におぼれていた俺は「ぁの・・・。」というまるで蚊の鳴いたような声に気付くのにしばし時間を要した。

「ぁ、あの!」

うぉぅっ!?

突如かけられた知らない声に俺は思わずビクンとその場を飛びのき姿勢を低く身構えてしまう。
そして声の主を見て俺の脳内は思考の海のど真ん中で漂流しそうになった。


「っ・・・あ、あの、もしかしてくろまるさん・・・ですか?」


そういって妹紅が俺を呼ぶ際に使っていた名前を口にしたのは、
あの娘だった
彼女はひざを抱きかかえるようにしゃがみ、
犬の姿を模る俺の視線の高さに今にも泣きそうな顔で合わせた。

それに対して俺はふいと顔を背け、喧騒に包まれる道へ視線を向ける。
顔を合わせるのがなんだか怖かった。
そして彼女の問いかけに俺はどうしてよいか分からなかった。

「・・・」

 ・・・。



今の俺は萃香の連れのタダの犬、と言うことになっている。
ここで彼女を無視してただの犬になりきれば最悪面倒事は避けられるだろう。
それに根本的な問題としてどうやってそれを伝えればいい?
いきなり体の中から電子辞書を取り出すわけにはいかない。
里を行きかう人の目もある。
そうして彼女をいない物として押し黙っていると
徐々に彼女の目にしずくが溜まっていくのが視界の端に写る。

いや、彼女が泣いたところで子供の癇癪、さして問題になるまい。

俺は彼女を無視することしかできなかった。
面倒ごとをこれ以上起こしたくはない。
霊夢にも迷惑をかけっぱなしにするわけにもいかない。
だから仕方がないんだ。

仕方がないんだよ。

俺は自分にそう言い聞かせていた。


里の中で多く生まれる音と声がどうも遠くに聞こえるなか、
俺と彼女の間に流れる空気が妙に静かに感じた。


「・・・ぁの・・・ね」


その空気にふと小さくかすれがかった声が響いた。
睫毛を伏せ、目じりにしずくを湛えながら小さく口を動かしている


「わたし、くろまるさんに、あやまらなきゃって・・・おもって、」


息をひとつ呑み、ところどころ噛んで、つっかえてはまた息を呑み、
またつっかえながら彼女はかすれていく声を必死につむいでいく。


「くろまるさんがね、ないてたって、
 もこうのお姉ちゃんがね、いってたの。
 わたしが、くろまるさんのこと・・・こわがった、から」


・・・別に泣いた記憶はない。妹紅め、余計なこと言いやがったな、
あー、子供に泣かされたとか変なうわさをとか流されてないよな・・・?


「けーね先生も・・・、ひとを見た目で判断するな、っておこられて、
 ・・・だから」

「こわがって、ごめんなさい。」

許して、くれませんか?そういって彼女は俺の顔を覗く。
思わずのさきほどのように目をそらしてしまいそうになるが、
そこでふと気付く。

これではどっちが子供だか・・・、

相手は霊夢よりも小さい子供だ。
それに対して何だ、さっきから俺は。
彼女は謝ってるじゃないか。

確かにおれの中では少々やりきれない気持ちが心の中で黒い蟠りとして残っている。
人間から向けられた恐怖心、里でぶつけられた石の感覚。
だがまぁ、その黒い物は彼女にぶつけるべき物ではないはずだ。

それにもうなんだかこの件について考えるのが嫌になってきた。
もしかしたらこれが本心かもしれない。

なんだかだんだん自分が妖怪とかどうとかの意見がどうでも良くなってきた。
結局は人間に戻るつもりなのだから、今の黒い塊の『俺』がどんな酷評を受けても別にかまう物ではないのだ。


つまりはせいぜい、後味が苦くならない道を突き進めばいいだけだ。


なんかなにかの悟りにいたったような気がして、俺は軽い全能感に一人酔いしれた。
さて、するとどうだろう?目の前にいる少女の目尻に光る雫ムクムクと湧き上がる物がある。目尻にたまる涙、赤く染まった頬、きゅっとかみ締められた唇。
だんだん目の前の彼女が叱られる寸前の子犬のように思えてきて思わず悪戯心がうずきだしてきた。


「あの、くろま≪コツン≫ ぇ?わ、わわ!?」


突然鼻先に受けた衝撃に彼女はバランスを崩し、キャンと本当に子犬のような悲鳴を上げてしりもちを搗いた。
彼女のぽかんとした表情に加虐心を満足させた俺は満足げに尻尾をふった。

俺がやったことはいたって単純明快だ、犬の鼻面で彼女の顔をトンと前から押しただけ。
鈴はしゃがむだけで尻も手も地につけていたなったので軽く押しただけですぐにコロンと転がった。

俺は何かしらの形で謝罪に対する返答をしたかった、正直言うとあの件は俺が不用意に飛び出したのがもともとの原因なのだ。彼女が一方的に謝る事ではない。
しかし今この場ではこんな形でしか返事ができないのだから仕方がない。

ならば今このときだけ犬になりきろうではないか。

何が起こったのか理解できず、尻餅を搗いたまま呆けてた鈴に歩み寄り、
彼女の頬をペロリと舌で舐めた。
汗か涙か、少しその頬に塩分を感じる。

突然頬を舐められた彼女は一瞬きょとんとして、そして次の瞬間には許された事を悟ったのか小さく花咲くように微笑んだ。


「ありがとう、くろまるさん。
 ごめんね、こわがって・・・」


そういって彼女の手は手を伸ばした。
ぎゅっと首に回される腕の感触に俺は漸く腹の置くの蟠りが溶け心地よい疲労感を味わうことができた。

まったくもってこの一週間は疲れる日々だ。
結局のところ今回のいろいろな原因は俺の容姿の醜さと人から向けられた恐怖心に餓鬼みたいに怖がってそれを感じた子供たちも怖がって。
原因は俺にあるのに一方的に謝らせて、本当に俺はひどいヤツだな。

ふと俺の首に抱きつく鈴の肩越しに見た里に見覚えのある色を見つけた。
2軒、3軒先の建物の影、その影から特徴的な赤がはみ出ており、
そして赤白リボンによってまとめられた銀糸色の髪が風に揺られてフワフワとなびいていた。

俺がそちらに視線を向けたからか、その姿はサっと過度を曲がり見えなくなった。
どうやら今までの行動は誰かさんに監視されていたようだ、
あの銀糸の持ち主には後日『オハナシ』をする必要がありそうだな。
誰が泣いていたのか、この鈴に何を吹き込んだのか、イロイロね。


―――あれ?黒助どこいった?―――


ふつふつと妹紅に復讐心半分いたずら心半分の熱い思いをどうやって彼女にぶつけてやろうか?そう考えているさなかに、少し酔っ払ったような口調で俺を探す声が耳に届いた。
そのすぐ後に店員の声か、外でお待ちですよとの声がつづく。
小さな足跡が店の入り口に近づくのを感じたのか鈴は一度最後に、ぎゅっと腕に力を込めた後子供独特の素早い駆け足で手を離した。


「おーい黒すけ!おまたせー・・・っておや?」


酒屋の入り口から身を乗り出した萃香は不思議そうな顔で俺と鈴を見比べた。
かたや大手の酒屋の令嬢とかたやさっきまで人里にくるのにビビッてた妖怪がならんでたらそりゃ不思議がるか。


「んん?黒すけ?なんで酒屋の嬢と一緒に・・・」



「あ、あ、ぁの・・・ありがとうございました。またごひーきにっ!」


「あれま」


首をかしげる萃香の脇を、ぴゅんと駆け抜けて鈴は店の中に飛び込んでいった。


「どったの?」


きょとんとする彼女の表情が先ほどの鈴の表情に似ていて、俺は思わず内心で苦笑いした。










重たい荷物を背負い、軽い足取りで博麗の神社に付くころには既に太陽がその半身を山に隠していた。
そしてこんなの頼んだ覚えはない!とぶーたれる霊夢と言い争いながら買った物を整理していると、あっという間に空は真っ黒に染まってしまっていた。

霊夢、ココは霊夢の神社なんだから台所事情ぐらい把握しといてくれよ。


「私一人のときは把握できてたわよ、萃香とあんたが住み着いてから減りが異様なのよ」

ぐぬぬ


そういわれると5つ程も年下の霊夢にすら俺は言い返せなくなる。
ちくしょう。とてつもなくむなしくて悔しい。
悲しいけど俺ってヒモなのよね。



霊夢とそんなやり取りをしつつ肴をあぶる。ついでにお米を数合炊いておく。
酒を飲もうが彼女たちはまだ成長期の子供である。
宴を過ぎても酔いつぶれなかった場合、
大概彼女らは口を揃えておなかが減ったという。
それに向けてキチンと対処することは必須である。

・・・いつぞや酔った魔理沙にかじられたことがあるのでそれだけは勘弁だ。

あの時はもう少しで喉につまりかけて大変だったなー、
と数日前の宴を思い出していると、ふと縁側が騒がしいことに気付く。

少し触手を縁側のほうへ一本伸ばして覗くと、
そこには既に魔理沙と早苗、萃香が既に酒やらお菓子やらを持ち寄って先に酒を注ぎあっていた。
萃香てめぇもうちょっと手伝ってから呑めよ。
文句を言おうとした矢先、あぶり終えた肴をもった霊夢までもが台所の料理をほっぽって宴に加わってしまった。
あれ?






「くろー!おつまみまだー!?」

「くろ!わたしはしょっぱいのがいいぜ!さっぱりしたのくれ!!」

「あ、萃香さん、もう、、もれいじょうは、らめれすぅ、、」

「いんや!いけるいける!ほら早苗!お猪口こっちよこせぃ!」



はぁ、



結局俺は宴会場となった縁側と台所を行ったり来たりで酒と肴を用意し、自分の酒を飲む暇すらなかった。
霊夢に凄まれ、とぼとぼと、俺は少女たちの喧騒をBGMにもくもくと一人台所で包丁を振るう。

ところで、この宴の名目はなんだった?
俺の帰宅祝いじゃないのか?


「くーろぉー」

分かったから、分かったから少し待ってくれよ。

台所に持ち込まれた俺専用の高足椅子に陣取り、数本の触手を同時に操作する。
包丁で沢庵を切り分け、炊き上がった白飯をお櫃に入れ替え、アンコールのかかった肴をもう一度炙り焼く。

ふふふ、触手によるマルチタスク(物理)を遺憾なく発揮すればこんな作業造作もない。
・・・できればこれをもっと有効に使いたい物だが。


もし、このまま俺が人間に戻れなかったら、
俺って一生彼女たちの給仕をさせられるのではないか?

・・・。
・・・・・・。


・・・怖いからそんな想像はやめておこう。

一生ヒモという男としてのプライドが砕け散りそうな将来予想をかぶりを振って打ち払いつつ、丁寧にまな板の上で切り分けた沢庵を皿に盛り付けていく。
包丁を沢庵の下に滑り込ませて半分皿にのせて、さらにもう半分を


ん?

皿が無い。
先ほど沢庵の半分をのせた皿がそこから姿を消していた。

あれ?落っことした?

しかし椅子の下を見てもなにも落ちていない。
俺の目は鳥目でもないし暗いから見落とすなんてことも無いだろう。
あれ、あれ、と台所周りを見渡しても沢庵を載せた皿なんてどこにも無い。

俺は狐につままれたような気分に首をかしげた。

・・・とりあえず包丁の腹に乗せた残りをまな板に戻そう。

このまま地面に落っことしたらそれこそ霊夢に叱られる。
残りの半分は皿ごと消失してました、とか言っても叱られそうだが。

結局叱られるルートしかないのかな、と考えて思わず泣きたくなる。
何が悲しいってもう悟ってくれ、博麗神社のヒエラルキーピラミッドの土台部分に居る自分が悲しいんだよ。
台所で俺は一人肩を落とした。


ポリポリ


ん?


「んー、霊夢ったら腕上げたのかしら?なかなか美味しいわね」


突然、背後から声が聞こえた。
知らない声だ。
そして声が聴覚に触れると同時に今さっきまで感じなかった妖気が一瞬で台所を埋め尽くすのを肌が感じた。

今まで感じたことが無いねっとりとした妖気に思わず息を飲みつつふりかえる。
彼女の姿を視界に入れたとたん、ゾクリと背筋に悪寒が走った。
初めて見た顔だった、でもなぜか、彼女が誰だかわかった、いや悟った。

宙に謎の帯のような物が浮かび、その上に緩やかに腰掛けるようにこちらを見下ろす女性の『妖怪』


「こんばんわ、元人間さん?」


右手の人差し指と親指にペロリと赤い下を這わせた後、八雲紫はすっと幽かな笑みを口元に浮かべた。












あとがき(落書き)


短いね、そちんだね。仕方ないね♂

ゆっかりんりん

エロかきたい

東方茨歌仙2巻でたね、狐耳と狐のしっぽついた魔理沙かわゆすハスハス、エロかきたい



[6301] 東方~触手録・紅~ [24]
Name: ねこだま◆160a3209 ID:947fcd6f
Date: 2012/08/31 22:42
「こんばんわ、元人間さん?」


そういって彼女、八雲紫はうっすらと笑みを浮かべた。

電気の無い幻想郷の夜の台所は暗く、頼りとなる光は小さくとも強い光をともした行灯の火のみ
ゆらゆらと微細な空気の動きにその身をゆだねる燈りは妖しく怪しく彼女の笑みを照らしていた。

その姿を視界に納めた俺は気付けば何もできずにただ彼女に向かい合っていた。
まるで金縛りにあったかのように体の動かし方を忘れ、頭の中は白い霧があふれていく。

八雲紫、名前は前から聞いていた。
最初に聞いたのは、、たしかそう香霖堂だったか。
あそこで霊夢手渡された一枚の手紙、あれの送り主が彼女だったはずだ。
俺についての何かが書かれていた手紙。
と言うことは彼女は俺について何か知っているのだろうか。
いや、「俺」について知らなくても何かしら「俺の体」について知っているのでは?
しかし待て、彼女は今、俺に向けて「元人間さん」といったつまり俺のことを、
少なくとも俺が人間からこの姿になったことは知っている。
いやいや、俺が元人間であることは文の新聞に載っていたから知っているだけかもしれない。


最強の妖怪、
幻想郷最古参の妖怪、
妖怪の賢者、


霊夢や文から八雲紫とはどんな人物なのかと尋ねたときがあった。
その時の彼女らはあからさまに顔をしかめてその二つ名をまずに上げ、その後どちらも「胡散臭い」と称した。
正直俺もあまり彼女に会うまであまりかかわりたくは無い類と想っていた。
常に難しく訳のわからない言葉を話しながらいきなり説教してくる変な妖怪、とも霊夢はいっていたのだし。

別に俺は頭が言い訳ではないから直感的に、聞いた限りの八雲紫という人物には会いたくなかった。


そして、今はじめて彼女を目の前にして俺はその直感が正しかった物であると知った。
まるでそこの見えない深みから湧き上がってくるような妖気。
こちらの頭のおくまで見透かすように、目を細めて送られる蛇のような視線。
それでいて口元には先ほどとまったく変わらない笑みが貼り付けられているかのように
弧を描いていた。

何を考えているのか、何を観ているのか、何が視えているのか、
彼女の表情からではまったく何も読み取ることができず、
溢れる妖気からまったく身動きすることが着なかった。


彼女が最初に発した言葉の後、互いに口を開かず、静寂と妖気のみが台所を満たしていった。
その音が殺されたかのような空間に嫌気がさしたのか、ふと彼女は眉を顰めて口を尖らせた。


「いやねぇ?人をそんなに見つめる物ではないですわよ?」


クスクスと鈴を転がしたような笑い声をこぼしながら、彼女はこちらの言葉を促すように首を傾げた。

ぼうっとしかけ、答えの出ない問いを繰り返していた脳内に優しく、
それでいて強制的に差し込まれるようにその声が耳に届き、
俺は少し慌てて電子辞書を広げようとした。

しかしその動きはすっと伸ばされた彼女に腕にさえぎられた。


「その計算機は使わなくて結構よ、貴方の妖力もだいぶ高まってるみたいだから多分念話でも十分貴方の声が聞こえると想うわ」


俺の妖力が高まってる、か。
これは喜ぶ物か悲しむ物か、どっちだろうな。
彼女の言葉に思わずそんな考えが浮かび、なぜか妙に俺の心を落ち着かせた。
頭の中で大きく波打っていた思考が衝撃を受けて逆にその波を治めたのかもしれない。


『・・・失礼イたシました。貴女のようナ女性に会うのハ初めてだったのデつい言葉を無くしてしまいまシタ』


「あら、お上手ね?でも私を口説くには、そうね、あと数年早くてよ」


妖怪の賢者さんはにっこりと微笑んだ
そいつは、どうも、・・・さて

普通に声が相手に伝わっていることを確認し脳内の整理が少し落ちついたところで、
頭の中で軽く震える警鐘をおさえつける。そして戦に挑むように覚悟を決め、


『・・・霊ムに御用ナラ今お呼びしますが?』


そう申し出ながらチラリとこの空間の四隅を確認した。
そして再び彼女を視界に納め冷静に、しっかりと相手の目を見すえる。
彼女は霊夢に用があるのか、それとも・・・、


「いえ、霊夢に今日のところは話すことは無いわ。
 今夜は、貴方に会いに来たのです」


今日のところは、ね。
できれば霊夢に用があったといってくれれば嬉しかったのだが、この厄介ごとは俺が処理しなくてはならないようだ。


「・・・ところで、分かっていることを相手に遠回りに確認することは時として有効であり、
 だがそして相手には失礼にあたいするわよ?」


『・・・ばれテましたか』


「えぇ、もちろん。此処に張った結界の基点を確認しておいてよく言うわ。」


彼女の笑窪が先ほどより深く刻まれそれを隠すように彼女はどこからとも無く取り出した扇子を開いた。


先ほど俺が声を出しながら見渡した限り、この台所を完全に覆いつくすように強い結界が張られココを完全に閉鎖していた。

この結界が強力な物だと判断したのは単に霊夢が此処に来ないからだ。

目の前の妖怪から溢れる妖気はそれはそれは尋常な物ではない。
こんなものが台所から流れてくれば霊夢がすっ飛んでくるだろう。
しかしいくら耳を澄ませど霊夢がこちらに来る気配はない。

この妖気を完全に遮断するほどの結界。
ならばおそらくこの結界の中には入ることもそして出ることもままならないだろう。


ところで八雲紫は今日のところは霊夢に用がない、といった。
つまり今日以外、次の夜かそれとも昨日の夜か、用ができる予定なのか用を済ませたあとなのか。


どちらにしろ今宵は一切霊夢を抜きにして俺と話がしたいということか、
もちろんそちらの用の中身も気になるところではあるが、




『・・・あと、なンにちだ?』



俺の一言に八雲紫の反応は機敏な物だった。
ペロリと自らの唇を舐め、先ほどとはまったく雰囲気の違う笑みをその口元に浮かべた。
その笑みはまるで獲物を静かに狙う獣のようだ。雌豹とでも称そうか、


「いいの?もう化けの皮を脱いでしまって」

『用がアルのはおレなんだろ?』


霊夢にも「博麗神社の居候」でもなく、
そういうと何が面白いのか紫は満足そうにうなづいた。

霊夢や神社の客人であれば俺はもっと彼女を鄭重にもてなすつもりだった、
俺はあくまで居候の身、できるかぎり神社に不利益は出したくない。
俺個人に用があるというならわざわざ相手の下手に出る必要も無い。

そして考えうるに彼女は俺に警告や挨拶のために会いにきたとはおもえない。


「その様子だとわかってるのね?
 私がここに、貴方に会いに来た理由が。」

『・・・あァ、おおよそナ』



それは単に、八雲紫が、どうして『今』、俺に会いにきたのかを思案した結果だった。


俺がこの幻想郷に来て数週間がたとうとしている。
しかし彼女は今まで俺に会いにきたことはない。

幻想郷のいろんな場所で俺を、俺の体を危険視する輩は今まで多くいたしいろんな警告も受け入れてきた。
おそらく彼女も俺をそのように見ていたであろうと思う。


しかし彼女は今まで俺に会いにきたことはなかった。


彼女の動きと言えば香霖堂の店主を通じて手紙を霊夢に渡したのみ。
その手紙の内容を俺は見ていないが霊夢は軽く目を通しただけだったのでそれほど長い内容でもなかったのだろうと想われる。

だがそれは逆に考えればそれぐらいの内容をわざわざ手紙と言う手段で霊夢に伝えたのだ。
あえて俺に直接会わないようにした、そう疑ってもおかしくはないだろう。
そんな彼女が今まさに俺の目の前に居る。

それが今までの彼女の動きからして妙である事は明確だ。
静観していたとも考えられる彼女が『動いた』のだ。
何かしら手紙や伝言などではいえない用事があるのだろう。
それについては一つ想うところがあった。



俺の力が強くなっていること、そして俺がこの体に馴染みだしていること、だ。



そう思った理由は最近だんだん変化にかかる時間が短くなっているような気がしたからだ。
慣れ、と言うのもあるかもしれないが、今では初めて変化する物にも今ではさして時間をかけることも無いし、それに此処のところ体から出すことができる触手の本数も増え、その触手の末端まで感覚をはっきり感じることができるのだ。

考えすぎかもしれないとも思う、しかし先ほどの紫の言葉、そして一部の相手のみだが念話で会話することもできるようになった現状から俺の力の増加とそれが今回紫が動いた事について関わりがあるのは間違いないだろう。



では彼女は何をしにきたのか、



さっきも言ったが彼女が今更俺の力について警告なんてしないだろうし、
おそらく彼女は「俺が、自分の体に何かが起こり始めていることに気付いている」という事に気付いている。
そう思ったことに根拠はない、
だけど彼女はすべてを知ったうえで俺を試している、そんな気がする。


絶対強者の余裕、それは恐らく今の彼女の表情のことをさすのだろう。
そんな顔で俺を見下ろし、気味の悪い微笑をうかべている。

あぁ、誤解を招かないよう言っておこう。八雲紫は美しい妖怪だ。
艶やかな金糸の髪はしっとりと濡れ、肌は白磁の陶器のように白く滑らかで美しい。
しかし、気味が悪い、白い肌と異様に暗闇に映える髪の色からなのかその姿には生気を感じない。まるで本当に白磁の人形のように、

いや、あぁ、そうか。

この妖怪が人形のようだと感じた理由が今分かった。

八雲紫は俺を見ていない。

俺のほうを見ているがその焦点は俺を写していない、俺の奥にある何かを見ている。

ゆえに俺には彼女が生きているようには見えないのだろう。

その眼はただ、俺のほうに向けられているだけで、
その瞳は俺が何に成るのかを、その向こう側を見ているのだ。


俺は、



「オレは、なニになるんだ・・・?」



あと何日で、俺は何に成るんだ、俺は何に成ろうとしているんだ、


何かが、俺の根本が変わってしまうような何かが起こる、そんな漠然とした予感。
八雲紫がその姿を現してその予感は悪寒を帯びた確信へと変わった。
そして、その何か、は八雲紫、幻想郷最強の妖怪が事前に止めようと動かねばならないほどの何かだ。


八雲紫は突如パタリとその手に納めていた扇子を閉じた。


「貴方は、」


その次の瞬間ゾクリと、今まで感じたことがないほどの、背中をえぐられるほどの強い悪寒が背中で蠢いた。


「貴方はあと、、そうね、あと3日で、完全な妖怪となるわ」


完全な、妖怪?


『ドウいう、コとだ?』


完全な妖怪ってなんだ?
俺の今の姿はもうすでに妖怪だろう?
今更完全もくそもあるのか?
いや、まて、それよりも、あと3日?
たった3日?
あと3日ってことは明々後日ってことだろ?
あと3日で、俺、はどうなる、
3日後の俺は、何に、なる、んだ、



「大丈夫?」


『・・・あぁ、まだ、ヘイきだ』



こちらを心配するような雰囲気を載せた紫の声を聞き、
意味を成さない言葉と問いでグシャグシャになりかけた頭を振って落ち着かせる。
俺だって成長してるし覚悟もしている。
これぐらいでまた自分を見失うわけにはいかない。

彼女の言葉が事実なら、確かにもう3日しかないだろう。
だが頭の中を整理するのは数分で十分だ。
俺はゆっくりと激しく波打った脳内を再び落ち着かせる。
頭の中に水面を描き、その水面に起こった波をゆっくりと収めていく。



『教えてくレ、八雲ユかり』


俺が成ろうとしている妖怪はなんなんだ、

いや、そんなことより、

なぜ、

お前はそれを阻止しようとしているんだ。


結果の先のことなんてもはやどうでもいい。
お前が食い止めようとするほどのものが俺の中に居るのか、



「いったでしょう、あなたは完璧な妖怪になる、と、
 貴方はいずれ、この世で、この世界でもっとも力の強い妖怪になる
 ・・・いえ、違うわね。
 もっとも力の強い存在に『成ることができる』妖怪になるわ。
 それこそ、」


神の力に等しいほどの


『  』


彼女が発した最後の言葉に俺は言葉を失った。

強い存在に成れる妖怪?
神?


『・・・なにヲ、いってるんだ、』


絶句のあまりそれを言うのが精一杯だった。
ぶっちゃけ分けがわからん。
いきなり妖怪を飛んで神がでてきたぞ、
話が月面着陸用のロケット並みにぶっ飛んでいる。


だって、ありえないだろう?

数ヶ月前までただの、平々凡々の人間だったんだぞ?


それが妖怪になって、そして神?
なにを馬鹿な、と俺はかぶりを振って否定する。
その行動は相対する紫に対してではなく、自分に言い聞かせるように、


『ありえない』


群疑満腹となった俺は漠然とそう言葉を零すのが精一杯だった。
その言葉を肯定する言葉が欲するように俺は八雲紫の顔を見上げる。
しかし、


「ありえない、と言う言葉は存在しなくてよ?」


そういって八雲紫は俺の言葉を否定した。



『・・・そんな力が、本当に、俺の体にある、のか?』



まるで悪い夢の中の話のように、現実味をまったく帯びてないそれを俺は呟く。
誰かが突然パッと出てきてそれをあっさりと否定してくれないだろうか。
あぁ、本当に夢であれ、そう願う。
だが次の彼女の言葉に俺は再び声を失うことになった。



「いえ、貴方のその体、元の妖怪の体にはそんな力はないはず、・・・と思うわ」



は?



『いや、まテ、さっキからなにを言っている?
 俺ハ、この妖怪の体ガあるからこんなことニなってるんダロ?
 オレが人間ニ戻レればそンな力・・・』


「貴方は勘違いしているわ」


数瞬の間をおいて慣れない念話で捲くし立てるように叫んだ俺の声は紫の発した決して大きくない低い声であっさりと遮られた。

勘違い・・・?


「貴方の能力はその体が元々持っていた能力ではない、
 人間であった貴方自身が持っている能力よ、」


『俺ノ、能力・・・?
 あリえない、そんなわけガない、俺ハ、人間だぞ、
 外ノ人間だゾ!?』


「外の人間だからよ!!」


ッ!?


突然、紫は激昂したように声を荒げた。
ビシリと空気が張り詰め、濃い力の波が叩きつけられる。
先ほどまでの、余裕を感じさせ、嘲笑に似た笑みを浮かべていた彼女の雰囲気は一変し、
その気迫、あふれる妖力に俺は体を縛り付けられ、寸分の身動きすら許されなかった。

そしてどれほどの時間が流れたのか、


「貴方は外の人間よ、」


その言葉と共に、ふと、彼女はその身にまとっていた妖気を胡散させ、少し疲れたようにそう続けた。


「・・・外の人間は皆おんなじ、他人を見て瞻望咨嗟の念を抱く。
 勝手に人の目を気にして、勝手に誰かを妬んで、勝手に誰かを羨んで、勝手に誰かを真似て、
 そうして勝手に『完璧な理想の姿』を妄想し、勝手にそれに成ろうとする」


「例えそれが成れるはずのない物にさえ、人は妬み、羨み、自分の物にしようとする」


『・・・そんナもの、』


「えぇ、そんなもの人間誰しも持っているものだわ、貴方が能力とするものは」


「でも貴方は、その力が強すぎる。
 人間に戻りたい、外界に戻りたいという気持ちが強すぎるのよ」


「その為にあなたの体は、その妖怪の体は外の人間を体現した。
 欲望の腕、定まらない姿、他者の力を飲み込み自分の物にする体。
 ・・・そして、」


「相手の姿と力、その存在を映し、真似て、奪い取る、その能力を体現した」


『ハ?』


欲望?飲み込む?奪い取る?
待て、待て待て待て、

『俺ニ、俺にソンナ力はない、
 俺ガ映セる物ハ目の前にあるモのか、頭ノ中のだけダ!』


馬鹿馬鹿しい、相手の姿を映すことができると言うことはまだ理解できる。
だが能力まで映すなんてできるわけがない。
能力が目に見えるわけでもないものをどうやって真似ろというんだ。


「貴方は見たままに変化するのではない、
 貴方はそこにある存在、どこかに居る存在をその身に映し、
 偽者の本人へと変化するのよ」


『そんナ訳、』


「ではお聞きしますわ、
 ・・・貴方、犬を上手に描けて?」


・・・っ!?


「お分かりいただけたかしら?」



『ぁ、あぁ・・、確かニ、そうダ』


すっ、と紫の細められて視線に俺は思わずくたりと姿勢を崩した。
彼女の少し勝ち誇った視線に少しばかり悔しさを覚えたが、
理解してしまった。その言葉の意味を、


「人の記憶はあいまいな物ですわ」


『あァ、覚えてイてもそれハ完全じゃナイ、』


俺はしばしば犬の姿に変化する。
しかし俺は犬と言う物を完全に知っているわけではない。
骨格、筋肉の付き方、目の位置、肉球、耳の構造、顔にできる皺の寄り方
それらを俺はもちろん、完全に理解していない。
なのに俺は犬の姿に化けることができる。

仮に俺が、俺の記憶を頼りに犬に化けていたとしたら、
それはどこかしら、何かしらデフォルメされた犬になるか、
どこか歪な犬の姿になるはずだ。
だが俺の犬の姿に誰も違和感を口に出した物はいなかった。
里の中でも変な視線を浴びることはなかった。

人間であったはずの俺が完璧に犬に化けることができる。

その事実は紫の言葉を確証するものではないが、
彼女の意見の方が正しく聞こえるにする物として十分だった。

だが、しかし、でも・・・、



『俺ノ能力はそんなニ危険なノカ?』


たとえ彼女の方が俺より真実を射抜いていたとして、
そこまで俺の能力はヤバい物なのか。


「貴方の能力は徐々に強くなっているわ。
 最初はただ形をまねるだけでも、今では完璧にその姿を模すことができている」


その問いに、紫は視線を俺から外し、遠くに聞こえる喧騒、今だ酒に溺れているであろう少女たちがいる方角を望みながら口を開いた。


「貴方の能力は異常なの、知らないはずの物さえ貴方はそれを体現できる、
 それはとても危ない事よ、
 理解できないものまでも体現できるのだから」


『だから神様、か、』


「えぇ、まぁ、それはあくまで例えに過ぎませんわ。
 でももし貴方が人間では理解できない物に変化し、
 仮にその力さえも体現してしまった場合、
 貴方の人間の魂はその力に耐え切れる物ではないでしょう」


その力を抑えきれずただ自分の魂が潰されるならそれでいい、
しかしもしその力に溺れ、暴走してしまった場合、


『それガ俺に会いに来タ、いや、アンタが動いた理由カ』


言葉にした途端、どっと強い疲労感を覚えた。

今まで俺は自分の体を危ない物だと重々承知していたつもりだった。
しかしそれはあくまで俺の食事、妖力や霊力を食いつぶすこの体の飽食に対しての危機感であった。
そして今、更に俺は危ないヤツになっていた。

俺の体、俺の能力、どれをとっても幻想郷に百害有って一理無し、
ならば、八雲紫が俺に会いに来た理由、それは、


『殺スのカ?俺ヲ、』


短く、ただ脳裏をよぎったそれを淡々と彼女へと送る
身構える必要はない、必要がない。
結界に囲まれ、あれほどの力を見せつけられ、
更に彼女には能力、『境界を操る程度の能力』と言うわけが分からん能力がある(らしい)
そんな相手に今の俺程度が身構えたところで何ができるというのだ。



「あら、随分達観してるのね?」


先ほどまでの見下すような視線が嘘のように掻き消える。
小首をかしげ、重力にしたがって流れる金糸の髪の合間から再び胡散臭い微笑みが帰ってきた。

達観しているというより諦めているだけかもしれない。
こうも力の差があると最早どうしようとも思えない。


そんな俺をあざ笑っているのか、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「安心なさい、今、貴方をどうこうするつもりはありませんことよ?
 それに私はまだ貴方を殺せませんわ」


『・・・ナに?』

今は俺を殺せない?
俺が言うのもあれだが、むしろ、今が殺し時ではないのか?
いずれ俺が最悪の危険物となるなら、まだその力を持たないうちに処理すべきではないのだろうか。



「今の貴方は幻想郷に愛されているのですもの、」

 面倒なことにね、と呟く彼女の言葉に俺は再び首を傾げた。


『愛さレてル??』


またコイツは分けが分からんことをいう。
幻想郷が俺を愛している?
どういう意味だかさっぱり分からん。

八雲紫の言葉の意味を掴みかねてると紫は前髪を払いながら俺を見下ろした。


「貴方はとても危ない存在、それは誰しもが理解していること、
 ですのに誰も貴方を駆逐しよう、退治しようと思う輩はいない、
 むしろ貴方と言う存在を受け入れている。

 山の神、妖怪、人里の人間すら貴方と言う存在を認識している。
 認識していてそして皆、貴方を受け入れている」


「できればもちろん、私としては貴方を迅速に処理したい物ですわ。
 ひょっと出の外の人間が力を持って私の幻想郷を犯す様など想像もしたくない。
 ・・・しかし不愉快なことに今の貴方を討てば私が悪者扱い」


微笑みは口元に貼り付けたまま、しかし、目元は鋭く俺を憎むかのように貫いていた。
それも一瞬、すぐに彼女はふっと息をつき、


「それに今ココで貴方を殺したらあの子に怨まれてしまいそうですしね、」


と再び視線を遠くへとむける。
その方角にあるのはもちろん、


『・・・霊夢に、カ?』


霊夢が怨む?
俺が殺されるぐらいのことで彼女がそんな感情を露わにするだろうか?

・・・ねぇな。
むしろ俺が死んで厄介ごとが減ったとしかおもわないんじゃないか?
俺がコイツに殺されたところで・・・、


『・・・』


俺が、八雲紫に、殺される、か。

・・・。



突然、ガタン、と俺の座っていた椅子が倒れて音を立てた。
音は今まで静寂に包まれ、時が静止したような錯覚さえ覚えるこの空気を打ち砕く。

その音に気付かぬはずもなく、ゆっくりと紫が振り返り、
そして俺の姿を捉えるとピクリと彼女の細く形の整った眉が反応した。


「・・・なんのつもりか?」


彼女の口から低い音色が流れ、ほの暗い台所で深く響いた。


『あァ、ちょっとナ』


俺は片腕を地面について体のバランスを何とかとりながら、
握って開いてを繰り返し右手の指の感触を確かめる。
そして問題なく動くこと、
前にこの姿に変化したときよりもさらに体の感覚がはっきりしている事を確認し、
こちらもゆっくりと視線を彼女へと向けた。

彼女の瞳には白く巨大な猿のようなゴリラのような妖怪が映っている。


『ちょっト、命ガ惜しクなっただけサ』


「いまさら?」


今度は彼女の顔に理解しがたいといった表情が浮かぶ。
その表情を見てすっと胸がすくのを感じ、
俺は頬の筋肉の収縮を抑えきれなかった。


『ソ、今更ダ。
 俺ハアンタに殺さレルつもりハ無い
 イヤ、少シ違うナ、
 俺ノ命ヲ、アンタに渡スつもりハ無い。』


「・・・貴方、まさか」


紫のこぼした様に放たれた言葉を聞き、
ニヤリと彼女に向かって見せ付けるように口角を上げる。


『俺ハアイツに何度も救わレた』

あいつが異形と化した俺を一番に、「人」と分かってくれた。
あいつがいたから俺は人間を失わずにすんだ。
あいつが守ってくれたから、
あいつが信頼してくれたから、俺とあいつはこの猿の化け物を討つことができた。

俺のこの命はあいつがいなければ・・・。

ならば、


『俺ノ命は、アイツのモノだ』


あいつが俺の命を奪ってくれるまで俺は、俺を守る。


醜悪な猿の姿でドヤ顔を披露し、
そう宣言したときの紫の顔を俺は死んでも忘れられないだろうな。
ぽかんと呆気にとられた彼女の表情、
と言う物はおそらく天然記念物よりも貴重な物かもしれない。

ドヤァ・・・と彼女を見下してどれほど経っただろうか、
ふと彼女の肩が震えだした。
そして遂に、


「ックプ・・くッ・・・!!」


爆発した。
口元を手に押さえ、必死に声を殺そうとするのは淑女としての嗜みなのだろうか。
しかし抑えきれない声が口の隙間から時折クッ、ククッと声が漏れている。


「あ、あな、た。し、正気?」


『あァ、モチロン、オレハ至って大真面目ダ』


なにを笑うかと真面目な顔で返したが、
なぜが彼女が声を出せるまで再び少し時間をとるはめになってしまった。

彼女が落ち着くまでどうしようもなく、俺はおとなしく倒れた椅子を戻してそれに座った。
椅子がみしみし音を立てるがなんとかもってくれるようだ。
そして漸く彼女の肩の震えが少しばかり収まってきた時、
ふとこんな言葉が聞こえてきた。

「剛毅木訥仁に近し、巧言令色仁 が鮮し・・・」


『ハ?』


「いえ、フフ、ならば剛毅巧言にして令色鮮し、それは石それとも玉どちらになるのかしら?」


『・・・すまナイ、言ってる意味ガ良く分からないノだガ?』


よくわからんが、まぁ、しいて言えば玉だろうな、丸いし、
そう考えたらなんかため息つきで呆れられた。


「えぇ、別に分からなくても結構よ。
 あぁ、そうそう、できればその姿、やめてくださらない?
 その姿でその顔は見るに耐えませんの、
 収めていただけないかしら」


なんとも酷い言われようである。
まぁこの雰囲気的にこれから殺しあうことも無いだろう。
顔がするりと胸の中へと溶けていき、
猿の腕と足がそれぞれ一瞬で何本もの触手にばらけ、体へと収まっていく。
3秒もあれば変化には十分だ。


「まったく、人が先ほど殺す気がないと言ったのに、勝手に殺気だつものではないわよ」


『あぁ、確かニそんな感じノことヲいってた気がするナ』


「貴方ねぇ・・・、」


『悪かっタ、悪かっタ。話を戻ソウ』


「話の腰を折ったのは貴方じゃない、」


『そうだったカ?』


「・・・、」


『イヤ、分かったカラそう睨むナ。
 あー、デ、教えてくれナイか?なぜ俺ニ会いに?』


彼女が俺を殺しに来たのではないとしたら、一体なんのために来たのか、


「はぁ・・・、まぁいいわ。
 私は貴方に取引に来たのよ」


『取引?俺ヲ人間にデモしてくれるのカ?』


俺は半ば冗談でそう口にした。
しかし彼女から帰ってきたのは否定の言葉でも肯定の言葉でもなく、
ただニヤリと上げられた口角だった。


『・・・マじカ?』


「・・・どうかしら?
 私が出せる物は貴方が人間に戻れる『可能性』の情報、それだけよ」


可能性の情報、か。


『戻れルか、戻れないかハ別、と言うことカ、』


「えぇ、例え人間に戻れたとして、貴方に能力が残ってしまえば貴方は外には返れない」


『外に能力ガ在ってハいけないノか?』


「別にかまわないけど、貴方は人の中にあって人でないものになるわよ、」


それに耐えられて?
と続けられた言葉に一瞬言葉をためらった。

この力は幻想郷だから受け入れられているが、外の世界ではどうだ?
他の存在に変化できる能力、
他の存在を羨み妬み、それを自らの物にできる能力。
果たしてこの力を外の世界で使わずにいられるだろうか?
俺は外の世界で普通の人間として生きていけるだろうか?

それに、俺は、俺でいられるのだろうか、
俺だって人の子だ、簡単に人を羨むし、妬ましいと思ってしまう。
その度に変化してしまった場合、俺は元の俺に戻れるだろうか?
一度変化してしまったら、元の俺を羨まない限り俺は元の俺に戻ることはできなくなるのではないか。


・・・。


『俺ハ・・・何ヲ出せばイイ?』


いや、悩める状況ではない、
このままではいずれ、俺は人間の俺で居られなくなるのだ。
妖怪となってしまえば更に人間に戻るのが難しくなるだろう。
目の前の存在に殺されてそれでお終い。

ならばほんの少しの可能性でもそれに託すしか俺に残された道はないのだ。


紫はいつの間にか消え、いつの間にかその手に戻されていた扇子を閉じた状態で、
トントンと自らの細い顎を軽く叩きながら数秒口を閉ざした。
そして


「そうね、仮に貴方が人間に、能力を持たない全うな人間に戻れたとしたら」


「貴方の記憶を戴くわ」


・・・っ、


『この幻想郷ノ記憶、か?』


「そう、この幻想郷、そして此処ですごした日々、そのすべてを、」


『・・・、仮ニ戻れなかっタラ?』


「そのときは諦めなさい、」


塵芥一つ残らず、貴方を殺す、


『去ルか、死ぬカ・・・か』


これは取引と呼べるのだろうか?
半ば脅しに近い、


「貴方が無力な存在として在るのであれば、
 私だって貴方を殺す手間など取りたくない、
 でも貴方がその能力を持ち、脅威となりえる限り、
 私は貴方から幻想郷を守るつもりよ」


紫の強い視線が俺を射抜く、
彼女は幻想郷を守るために俺を殺すか、


『・・・』


辛い、辛い、ツライ

どうあがいても俺に残された道は酷道のみ。
数々の出会い、恩を忘れ、人間に戻るか、
幻想郷を破壊する妖怪として駆逐されるか、


しかし



『情報ヲ、教えてクレ・・・。』



この道をえらんだ。
かすかな希望しかないこの道しか選べなかった。

幻想郷を壊したくない、あいつ等の幻想郷を俺は壊したくない。

ならこの道を選ぶしかないだろう?

















「あー、遅いぜ黒!」


あぁすまな・・・、


すまないと言いかけて、俺は彼女たちに念話が通じないことを思い出し、
忘れかけていた電子辞書と言う存在を取り出した。


=ごめん 皿 みつかんなかった=


「皿なんてなんでもよかったでしょ?」


変なところでこだわるんだから、とぼやきながら霊夢が俺の触手から皿を掻っ攫っていく。
その頬はアルコールが回っているのか綺麗な桜色に染まっていた。


思わず彼女の前をささっと通り過ぎ、今にも酔いつぶれそうな早苗と今から良いつぶそうとする魔理沙、萃香に皿を回していく。

てかリアルで早苗大丈夫か?


「ら、らいじょうぶれす・・・。」


・・・客人用の布団ってどこにあったかな。
ていうか二人とも飲ませすぎだ。
「いやぁ、だってコイツを酔わせると面白くってつい」と魔理沙がいえば
「でかいし柔らかいから揉みがいがあるんだよねー」と萃香が続く
悪びれた様子も無く二人してニヤニヤと酔いつぶれた早苗を視姦する二人に沢庵とそしてついでに軽く拳骨を落とす。

まったく、確かに早苗のアレはさわり心地も質量もなかなかに絶品なものであることは賛同するが、それでも酔いつぶれている間にどうこうするのは解せない。
もちろん、口にださないが、


=しめ は いるか?=


「あー私はまだいい、もうちょっとイケる。
 酒かもん!」

「わたしもー!魔理沙飲み比べ!飲み比べ!」

「私はもうお酒いいわ、持ってきて、
 てかあんたらもうちょっと遠慮しなさいよ、
 明らかに持ってきた分より飲んでるでしょ!」

「・・・うっ」


あー酒とご飯一膳と、・・・水な。

と、あぁ、そうだ、


俺は再び台所に戻る前に魔理沙の肩を叩く。


「ん?どうした黒?飲み比べに参加か?」


お猪口を片手に耳まで赤くなっている魔理沙がご機嫌そうに振り返った。
魔理沙は西洋の血が入っているのか髪は金色で肌は白い。
見た目霊夢よりずいぶんと朱色に染まっているが良く飲めるものだ、

参加したいのは山々だが参加したらうちの家主の視線が怖いからパスだんなもん。
俺も酒飲みたいが、飲みたい気持ちをどうにか押さえ、丸いからだの頭頂部を横に振る。
そしてそっと彼女に電子辞書を差し出した。


=まりさ こうまかん しってる ?=


「ん?紅魔館?あぁしってるぜー?」


=こうまかん の 図書館=


「にいきたいのか?」


今度は頭を縦に振る。
すると魔理沙は俺のその頭をガシガシとなでてニッと微笑んだ。


「オーケィ!何で行きたいのかわかんないけど、
 丁度私も明日行く予定だったからなっ」


ま、霊夢の説得は黒がやれよと釘を刺された。
さすがに魔理沙も霊夢に叱られるのは勘弁らしい。
もし俺を勝手に連れ出したなんて知れたら・・・、

ちらりと魔理沙の視線が霊夢に泳いだのを見て、
俺はささりと魔理沙のもとから離れて台所へと向かう。

廊下の角を曲がる直前、一度振り返ってみると魔理沙がこちらに向かって悪戯っぽくウィンクしつつ両手の人差し指同士でセーフの合図をだしていた。


鬼巫女被害者の会の会員同士、ここら辺のアイコンタクトはばっちりだ。
この話は明日霊夢に話すことにしよう、
酒の入った状態の霊夢はあまり話が通じないから外出許可を求めるなら明日の朝がいいだろうな。







台所に入りながら、ふと先ほどまで八雲紫がいた場所に視線を送る。


人里の北、妖怪の山の麓に位置する霧の湖、その湖畔にある紅い吸血鬼の家城、
そこに大図書館に貴方が求める情報がある。


それが彼女が出した情報だった。
なぜそこにあるのか、と聞くと、
紅魔館の地下にある大図書館は西洋魔術を中心に取り扱っているとの前提を置いた後、彼女はこう口を開いた。


「西洋の魔術はとても怠惰で傲慢な物が多いものよ。
 西洋の人間は彼らが勝手に信じる唯一神の下に自分たちしか居ないと考えている。
 だから西洋魔術は、人の魂や精神を扱う物が多い。
 貴方の現状の打開策として魂と体についての記述を探すのが一番だと思うわ」


とのことをずいぶん嘲りたっぷりに語っていた。
そこまで分かってるならついでに俺のことを調べてくれればいいものを、
と考えたのみで口には出さなかった。
出さなかったのだが悟られてしまったようで


「自分の運命ぐらい自分の手でなんとかなさい!」


と怒られてしまった。
ごもっともなお言葉でしたので俺は素直に頭を下げたさ。

まったく、それにしてもずいぶんと彼女の第一印象と現在の印象が変わってしまった物だ。
最後のあたりはずいぶんと言葉を崩して話してたしな。

そんなことを考えながら俺は体の中から一枚の小さな円盤を取り出す。
せいぜい手のひらサイズにも満たないだろう小さな鏡。

紫曰く俺の妖怪の部分を押さえるマジックアイテムみたいな物、らしい。

なぜ彼女がこれを渡したのか俺には分からない。
俺が妖怪になろうが、人に戻ろうが、
結局彼女にとっては結果なんてどうでもいいはずではないのだろうか?


いつもの自問自答をしようとして、やめた。


まぁいい、使える物は使うしかない、
俺には時間も余裕もなくなってしまったのだがら、



その鏡を再び体の中にしまい、彼女たちのリクエストの品を用意しながら、
今度はふと明日向かう紅魔館に思いをはせた。

たしか俺が妖怪の山に迷い込む前にでかい湖があってそこに紅い建物を見た。
おそらくアレが紅魔館なのだろう。

そういえば、あそこの近くで休んだとき、その館の住人と思しき少女と目が合ったことを思い出す。

魔理沙と比べて少し色の薄い金髪に紅い瞳、
背中には骨のような枝のような何かからパレードの飾りのようなモノをぶら下げていた。


あの子に再び会えるだろうか、


そう思いつつ俺は酒とご飯と水を手に手にもって台所を後にした。















♪~♪~

どこの場所でもない場所でいつの時間でもない時間、
世界と世界の隙間の中で、一つの旋律がその空間を満たし響いていた。






    か ご め   か ご め 



  か ご の な か の と り は



    い つ い つ で や る



    よ あ け の ば ん に



  つ る と か め が す べ っ た



う し ろ の し ょ う め ん だ ー れ

























あとがき===================
急展開、厨二設定あばばばばb


キェェェェェェアァァァァァァクロガシャァベッタァァァァァァァ!!!

念話だけどね

キェェェェェェアァァァァァァクロガシャァベッタァァァァァァァ!!!

まともに話せるの、ゆかりとだけだけどね、

・・・ゆかりがまともに話すだろうか?


なげぇ、前回そちんだったのに、
なんだこのでっかい♂モノ(ファイル容量的な意味で)


ゆっかりんゆっかりんりん、しゃべり方がめんどくさいよゆっかりんりん。
一応自分の言葉を理解している相手には敬語、わからんやつにはタメ口偉そうな口調、







黒×霊夢のエロ妄想が悲愛かヤンデレにしかならない件。
本当に作者の中でこの二人はくっつけにくいなっ!!



[6301] 東方~触手録・紅~[25] にゅー
Name: ねこだま◆d09eab7a ID:947fcd6f
Date: 2012/08/31 22:42

あぁ、今日もいい天気さ、
空の雲はふんわりやわらかく、日の日差しはポカポカとして、

さわやかな風が頭上の白くて薄い何かでヒラヒラと遊んでいる。


=なあ まりさ=


「ん?」


=どうして 俺たち かくれてる ?=


「どうしてって、見つかったらめんどくさいからに決まってるだろう?」

何を馬鹿なことを言ってるんだ、
っといった感じで向けられた視線に俺は怒ってもいいだろうか。


=正々堂々 はいるって=


「あぁもちろんだぜ。正々堂々忍び込むつもりだぜ?」


・・・結局潜入なのか。

時折背の低い木陰からそっと目を細め、
目の前にそびえる紅魔館の正門のほうを覗く彼女の姿はどうも様になっている。
なんともまぁ手馴れておいでで。
まぁ、連れて行ってもらえる以上、彼女に従わないわけにはいかず、
俺も彼女に伴って木陰から触手を一本伸ばし、さながら潜水艦の潜望鏡のようにして
正門を伺っていた。
そんな俺の姿をみて魔理沙が何か言いたげに眉をひそめる。


「・・・。なぁ、黒」


・・・なんだ。


「その頭、大丈夫か」


ふと、ひざを折り、姿勢を低くしたまま、
木陰に身を潜める魔理沙は俺の頭頂部を指差した。
その指差す先には俺の頭にさっくりと刺さった数枚のお札。

あー・・・。


=たぶん 大丈夫=


あの夜から一夜明けた今朝、
退魔札に墨で悪妖退散的な文字を書いている作業をしていた霊夢に声をかけた。その時はまだ昨夜の酒が残っていたのか、少しばかり眉間にしわを寄せつつ霊夢に、出かけてくる。
と告げると、帰ってきたのは許可の声でも侮蔑の視線でもなく、問答無用のお札攻撃だった。

そう、まだ霊力を注ぐ前の札だったにもかかわらず、
ザクザクと俺の頭を貫いたのが頭上で舞う物の正体だ。

ただの紙じゃなかったのか。
いや、風になびいてるところを見る限り見た目柔らかそうなのに、どうして彼女が投げる時はトランプ並みに固くなるのか不思議でならない。

まったく、霊夢め。ただでさえ俺に家計が苦しいと愚痴っているのにお札用の紙を無駄にするとはけしからん。これだってタダではないだろうに。

頭の中でグチグチと彼女への恨み言を呟きつつその紙を回収して体の中にしまいこむ。
しまいこみながらも、後でタンスの中にあるお札入れに返しておこうと考えてしまうあたり、どうにも彼女に染められてしまった感が否めず少し微妙な気分になってしまう。



俺も彼女に習ってそっと紅い洋館に視線を送った。

以前その洋館の傍を通ったときはあまり気にしないようにしていたが、
やはりその名のとおり、紅い。日本の原風景が色濃く残る幻想郷で、その色と風貌はとてつもなく違和感を発している。

じっと見ていると目がおかしくなりそうだ。

一度視界を閉じて目を洋館からその正門へとむけた。正門は館の大きさに対して少しばかり小さく感じるが・・・。紅魔館の主が吸血鬼というし、歩くとはかぎらないから、それほど立派な物でなくてもよいのだろう。


それにしても参ったな、まさか門番がいるとは。


正門の鉄格子の前には、一つの人影があった。
風に深紅の挑発をなびかせ、堂々と仁王立ちする女性。
ベレー帽に星の飾りをくっつけたような帽子をかぶり、同じく浅緑の中華風のベストとスリットが深く刻まれたスカートをまとっている。そしてなぜかシャツだけはフリルが付いているあたり微妙に洋風なのか、

てか・・・、
なんで洋館の門番が中華?

思わずそんな疑問が浮かんでしまう。日本の景色に紅い洋館、そしてその門番は中華風。和洋折中(衷)にも限度と言う物がないか?


まぁそういったもろもろの疑問は頭の隅に投げ捨てておこう、とりあえずどうやってあの中に忍び込むか。

・・・あれ?そういえば、なんで下から進入するんだ?


「なんでって空飛んだらばればれじゃん」


夜ならまだしも昼間は咲夜にみつかっちまうからなと、さもさも当然のように魔理沙は首をかしげた。おいこら、何でそんなこともワカンナイの?ってかんじで見るな。わかるわけないだろ。こちとらこんな屋敷に不法侵入なんてはじめてだ。

ところで咲夜って誰よ?








「よぉ!入るぜパチュうりぃぃいいい!?」


それは魔理沙(とその小脇に抱えられた俺)が真鍮色の金板にLibraryと書かれたドアをあけた直後のことだった。

あぁ、ご覧のとおり、今はあの館の中に俺たちは居る。難関かと思われた正門だったが、なんとも、まぁ・・・、平和っていいよね。門番が居眠りできるのもまた幻想郷が平和な証拠だろう。
いいことだ、


さて、扉を開けた瞬間目の前に広がるのは本の森、
色とりどりの表紙硬そうな表紙を湛えた本が整然と並ぶうわさのとおりの大図書館、


・・・ではなく、鈍い三つの閃光がまず視界に飛び込んできた。
それが何かと悟る前に聴覚が金属的な甲高い音を捕らえる。その音を聞いて、触れている魔理沙の肌に鳥肌が立つのを感じた。
なんだあれは、とその正体を思案し始めた直後、それは薄暗い室内から廊下の光を浴びてその姿をあらわした。

薄く、高速で回転するそれは、
・・・・・・って丸ノコオオォォォォ!?

魔理沙がうひゃっと素っ頓狂な声を上げて上体をそらす。
一枚目の丸ノコが彼女の胸元すれすれをかすめ、彼女の自慢のトンガリ帽子の端に小さな切れ目を作る。


あぁ、近くで見て分かった。
丸ノコっていうより円形のチェーンソウみたいだ、
もしくはガン○ムF91にでてきたビル○ットだけを殺す機械か。


魔理沙が必死こいてその丸ノコを避けている最中にそんなのんきな感想を抱いていると、
突然魔理沙の腕がこちらに伸び、視界が再び大きくぶれた。ナニをするものかと思いきや、彼女の両手が俺をバスケットボールのように魔理沙の目前に突き出した。

俺に向かって残り2枚の丸ノコが迫る。

うん、なんかね。このドアの前についてからそんな予感はしてたよ。

洋館にはいってからというもの、
ちらちらとこちらを窺っては姿を消すメイドらしき妖精を無視しつつ廊下を渡り、
そしてこの図書館のドアに到着する直前になって、いきなり魔理沙が俺を抱えたのだ。
何かあると想っていたがこういうことか、畜生。


俺は悟りと諦めを胸に抱きつつ体を大きく変化させた。いつもの丸いからだから素早く巨大な皿のように体を広げ、全身を硬化させる。石より硬く、鉄より硬く、そう念じると体の中心から波紋が広がるように、全身に力が回り、キンと軽い音と共に硬化した。(なんとも省みてみると便利な能力だ。)

そう思った直後、丸ノコ・・・うっすらとその金属から魔力を感じるあたりこれも魔法か何かで作られた物なのか、それが俺の体に接触する。とたんギャリギャリギャリギャリ!と金属同士がかち合う音が響くとともに、赤と黄の火花が薄暗い老化の中で鮮やかに咲く。
宙を舞い触れる物すべてに鋭利な傷跡を刻み込もうとする刃とただ硬く、ただ弾くことために変化した力が拮抗する。


・・・あーこりゃまずいかな、



俺はてっきりこの凶器が投擲物みたいな物だと思っていた。
だから弾けばそのまま下に落ちると思いきや、丸ノコは勢いそのままに俺の体を削り切ろうと見えない力で突き進んでくる。・・・防いだはいいがこの丸ノコ、止まる気配がない。

どうしようこれ、

俺の体は一度変化して硬くなってしまうと体の形が固定されてしまう。これを跳ね除けようにも、体が今の形に固定化してしまった以上、変化ができない。文字通り手も足も出ないのだ。

と、その時、ぐっと俺の体をつかむ魔理沙の腕に力がこもった。
おい、なんのつもりだ。と魔理沙に抗議しようとした直前


「っどりゃ!」


と威勢のいい声とともに世界が大きく宙返りした。鋼が弾かれた音の直後、気付けば俺の目の前にドアの向かい側、廊下の壁が広がった。ぎょっとキモを冷やした俺の変化はとけ、
ビタンと壁に投げつけられた泥玉のように叩きつけられた。魔理沙め、俺ごと投げやがった・・・。

ずるずると廊下の壁をずりおちつつ、せっかく(いろんなことを諦めて)身を挺した俺を
あっさりと投げ出した魔理沙に恨みを込めた視線を送る。
しかし当の本人はというと、


「おい!パチュリーーー!!」


と怒声を上げながらズカズカと大またで図書室の中へと姿を消した。
俺をおいて、


・・・。


・・・・・・。


・・・・・・・・・はぁ。


はたして彼女にとって俺とは何なんだろうか?
消えていった彼女の小さな背中に恨み節を込めた視線を投げつけつつ、俺は無い肩を盛大に落として図書室のドアをくぐった。

中にはいると、まず視界を埋め尽くすほどずらりと、その身に大量の本を納めた背の高い本棚が目前に迫った。薄明かりの中、その様はまるでどこか欧州にある国立図書館のように燦然としており、思わず、ほぅと感心した声を上げてしまう。埃っぽく、そして紙が饐えたような図書室独特の香りが漂っている。中学高校と学校の図書室に入り浸りハードカバーの本を読んでいた俺としては久しぶりに嗅いだ図書室の香りについ郷愁をかられてしまうが、今はとりあえずこの本の森の中のどこかにいるであろう黒い魔法使いに一発お見舞いしようと聳える本棚を眺めながら自らの歩みを進めた。

どうでもいいが今の俺の姿はいつもの丸くて小さいスライム形態だ。身長はせいぜい30センチか40センチ程度であるため目に付く物すべてがでかく見える。しかしそれを差し引いてもここにある本棚はすべて背が高く、たとえ人の身であっても最上段どころか本棚の中段にさえ手が届き来そうにも無い。天井も馬鹿みたいに高くその巨大な本棚のうえにもう一架こしらえても十分スペースが余りそうだ。

ぼうっとその図書室の広大さに思いを馳せていると、ふと二人分の誰かの声が、というより批難めいた怒声が聴覚に届く。一つは魔理沙のようであるが、もうひとつの声には聞き覚えが無い。おそらくこの声が八雲紫がいう図書室の魔女の声なのだろう。

声のするほうへ本棚の森をかきわけていくと突如、所狭しと並んでいた森が途切れ、少し広めの空間がその身をあらわした。高い天井には巨大なシャンデリアがキラキラと光をおとし、その下にある黒いとんがり帽子を照らしている。やっとみつけた。一瞬この広い図書室で自分が迷子になるのではとひやひやしたが何とか迷わず彼女を見つけることができた。俺が安堵しつつ魔理沙の下に歩みを進めようとしたとき、

「おい!パチュリー!!いきなり客にむかってオータムブレイド投げつけるとはどういうつもりだ!?」

とキンキンと高い魔理沙の怒号が飛んできた。
それに対して次に耳に飛び込んできたのは誰かの盛大なため息だった。


「・・・客?お客なんていつ来たのかしら?記憶に無いわ」

「目の前にいるじゃない!」

「え?・・・私の目が悪くなったのかしら。
 私には毎度のこと不法侵入してくるこそ泥しか目に入らないわ」

「あぁ、こりゃ重症だな。
 こんな所で本の虫になってるからそんな目が濁っちまうんだぜ。
 香霖にたのんで魔法使い用の眼鏡でもこしらえてもらおうか?」

「別に目が悪いつもりは無いけど、
 ・・・霖之助さんが作る魔法使い用の眼鏡ってどういうものか興味があるわ」

「・・・え?」

「え?」


と、突然二人が動きを止めて互いに視線を送る。
なんだこの魔女は店主とも知り合いなのか、と魔理沙の一歩後ろから改めて図書室の魔女を観察する。「魔女」と言うからにはてっきり白雪姫に出てくるようなヨボヨボであくどい顔をしているおばあさんかと思いきや、見た目は魔理沙と同程度の年齢にしかみえない少女だった。桃色に近い紫の縞模様を湛えた、ローブとワンピースを足して2で割ったような衣装を身にまとい、一本一本が細い紫色の髪を腰程まで垂らし、赤と青のリボンでまとめた一房を肩にかけて前に流している。頭上には三日月のレリーフが付いたナイトキャップのような、これまた特徴的な帽子をかぶっている。

色素が少し薄いのか本が大量に積まれ、何冊か広げられている机の上にあるろうそくの明かりに照らされているその顔はまるで陶磁のごとく白く映えていた。

ふとその少女の目がふととこちらを向き、一瞬視線を戻そうとして再び俺のほうをみた。二度見すんな。そしてじっと俺を見た後、突然自らの目元を指で指圧した。

「・・・やっぱり眼鏡作ったほうがいいかしら。
 視界に変な軟体動物的な生き物っぽいナニかが写ってるわ。」

せめて生物として分類してほしい物である。たこやイカと同分類されてしまったことに少しばかり落ち込む俺をみて、魔理沙がけらけらと笑った。さっきから扱いが酷すぎやしないだろうか。

「まぁ、黒、そう落ち込むなよ!生きてりゃいいことあるって!」

それならまずその笑窪を収めやがれ。
俺が声を出せず文句も言えないことをいいことに好き勝手いいやがって。そろそろ怒るぞ。
不満の感情を、触手をうねらせることで表現する。この触手でお前をkラ娶ってやろうか?
俺の体を張った必死の抗議活動を漸く悟ってくれたのか、魔理沙はわりぃわりぃとわびながら俺の頭をなでた。くそ、謝ったはいいが今度は小動物扱いか、


「・・・一体何なのよ?そいつ、」


図書館の魔女の目にはこの状況がはたしてどう写っているのだろうか。
彼女はいきなり現れ、いきなりちんちくりんな生き物を愛で始めたヤツの脳内を心配しているような顔、いわゆる怪訝そうな顔を浮かべて俺と魔理沙を見比べた。


「あぁ、パチュリー、コイツは”黒”っつーんだ。
 一見ただの変な軟体動物的な生き物っぽい何かっぽいがキチンと理性を持ってるし会話もできるイイコちゃんだぜ」


紹介してくれてありがたいが、生き物っぽい何かっぽい、ってもはや生物通り越して静物かすら怪しいような説明はやめてくれ。


「とりあえずスライムじゃないことは分かったけど結局何なのよ?」


あれかしら?これが俗に言うタコとかイカとかじゃないかしらって、タコいうなイカいうな。


「さぁ?」

「さあ?・・・って」

「うーん、詳しいことは霊夢がよく知ってるんだが・・・。
 私が知ってるのはこいつが元人間で人間に戻りたがってるって事だけだぜ」

「元人間?人間やめるにもほどがあるんじゃない?」

「あぁ、そいつには同感だがこれはこれでなかなかイイモノだぜ?やわらかいから昼寝用の枕にはうってつけだし」


ところでタコとイカってどんなのだ?うまいのか?と俺に聞いてくる魔理沙の顔にパチュリーが一度狂人を見るような視線を送った後、今度はマジマジと俺の顔を見つめた。十秒近く俺を眺めた後、パチュリーはフムと鼻を鳴らす。


「なんか分かったのか?」

「・・・そうね、」


ふと口元を歪めたパチュリーがゆっくりとその胸を張った。


「訳が分からないってのが解ったわ」

「 」


このときの頬の筋肉が引きつった魔理沙の表情はとても記憶に残る物だった。
ナニイッテンダコイツバカジャネーノの言いたげな彼女の視線を受けてパチュリーが一つごまかすように咳払いをした。


「だって仕方がないでしょ、魔法だけならともかく、他のわけの判らない術までかけられてるみたいで元が何の魔法をつかっているのかさっぱり判らなくなってるんだから」

「でも・・・、でもさ、今のは無いと思うぜ・・・?」

「・・・悪かったわよ。」


非難めいた魔理沙の視線に、魔女は居心地悪そうに椅子の上で姿勢を直す。


「あー、で?今日は何しに来たのよ?私がこの生き物の正体をしってるかどうか訊きにきたわけ?」

「いや、今日はただこの黒がココに案内してほしいって頼まれたからつれてきただけだぜ?本でも読みたいんじゃないか?」


私は暇じゃないんだけど、と手元に開いたままの本を少し持ち上げながら一声付け足して魔理沙に非難めいた視線を送るパチュリーに、魔理沙はこいつのどこが忙しそうなんだろう?と言いたげな表情を隠しもせずに答えた。
ちらりとパチュリーが一瞬俺に視線を送る、


「コレが?読めるの?」

「あぁ、もちろんだ。多分しゃべれないだけでなんでもできると想うぜ。
 で?大丈夫だよな?」

「もちろんイヤよ?」

「そっか、なら大丈夫だな!パチュリーがイヤなだけ、でダメじゃないんだろ?
 ってわかったわかったわかった、無言で魔道書を引っ張り出すな」

「・・・はぁ、仕方ないわね」


お?


「お?いいのか?」


魔理沙の顔がパッと明るく輝くのを見て、対するパチュリーは呆れたような、疲れたような表情で口を尖らせた。


「どうせ何いっても勝手に読むでしょ?知らないところで勝手に本を持ち出して私の本棚をグチャグチャにされたくないわ」

「さすがパチュリー分かってるな」

「ただし!」


にやりと表情を崩す魔理沙にむかってピシリとパチュリーは人差し指を突きたてた。


「本を汚さないこと!ページを破らないこと!
 か っ て に 持 ち 出 さ な い こ っ ホ!?けほっ・・・!」

「お、おいおい、パチュリー。喘息もちがそんな力むなって」


突然言葉の途中で背中を丸めて咳き込むパチュリーの背中を魔理沙が苦笑いしながらさする。喘息か、なるほど、どうも彼女の顔が暗がりで浮いていたのは顔が白いと言うか血の気が薄いからか。
そういえば俺の喘息もちの友達も顔色が白いと言うか化粧してないと顔色が蝋人形みたいにだったな。・・・あいつはまだ生きてるのかな?いっつも体調が悪いイメージがあるが。


「まぁこいつはさっきも言ったようにイイコちゃんだからそんなことは絶対にしないと想うぜ?魔理沙ちゃんのお墨付きだ!」


なぁ?黒?と首をかしげる彼女に勿論だと胸を張る。俺はライトノベルも読むが普通の小説も読むし高校時代は洋書も少しばかり呼んでいたのだ。本の扱いには慣れているさ。

ところで高校とか中学の図書室の本ってたまに凄まじくぼろいのが混ざってるよな。
背表紙が剥がれかけてたり表紙の端がぐずってたり。懐かしいな。

俺が一人外の世界に思いをはせているといまだ咳き込むパチュリーがジト目で魔理沙をにらみつけた。


「・・・あんたのお墨付き?」


「うん!」


と道路であとあわや轢かれかけた人のような、今にも死にそうな顔でパチュリーはおもむろに


「・・・小悪魔」


と小さく呟いた。小悪魔?悪魔?
すると突然ふわりと俺の後ろで小さな風が舞い起こり、


「はい!お呼びですかパチュリー様?」


突然背後から上げられた少し高い声に俺はぎょっと振り向いた。
だって仕方がないだろファンタジーの悪魔といえば角が映えてて筋骨隆々で足が山羊のあれを想像していたところで背後から人の気配がしたのだ。驚いて当然である。そしてどんな化け物が後ろにいるものかと振り返って、今度は別の意味で驚いた。

そこにいたのは山羊でも筋骨隆々の化け物でもなく、見た目美しい少女だったのだ。見た目は至って普通の、この図書室という空間にぴったりの司書めいた服装だ。白のシャツに黒いベスト、胸元には赤いリボンが映え、すこしぴっちり目のタイトスカートからはすらりとハイソックスをはいた細い足が伸びている。最初は本当にただの人間ではと勘ぐってしまった。しかしよくよく見れば深いえんじ色に近しいロングストレートの髪を湛える頭には一対の小さな蝙蝠のような羽が、背中からは頭部のそれと比べて大きめ蝙蝠の羽が一対、優雅にたたまれていた。


「えぇ、そこに居る黒いのがここの本を読みたいそうだから監視してなさい
 本を勝手に持ち出したりしようとしたら、ぶちのめそうがぶん殴ろうがかまわないわ」


めんどうくさそうにパチュリーがくい、とひとつ顎でこちらを指し示し、なんとも物騒なオーダーを出す。もとより本を持ち出す気などないがぶん殴るのはやめていただきたい。
しかし命令された小悪魔は目をぱちくりと瞬かせると、あー・・・えー・・・となんとも煮え切らない態度で不安そうな視線をパチュリーに送る。


「えぇっと、パチュリー様。わたくしでは逆に魔理沙さんからぶちのめされてしまいそうなんですが・・・」


ふと魔理沙の顔を見上げるとぴゅーぴゅーとへたくそな口笛を吹いてそっぽを向いた。
はたしてこいつは普段ココでナニをやらかしているのだろうかと問い詰めたくなる。


「そんな事分かりきってるわよ。白黒のじゃなくてあなたの足元に居る黒いのよ」


「え?黒・・・いの・・・?」


小悪魔はキョロキョロとあたりを見渡す。その視線を一度俺のほうへと向いたが、俺に気付かなかったのか、そのまま視線を送りめぐらせようとしたところで一時停止。そして「ひゃ!?」と悲鳴と供に飛びのきながらようやく俺を視界に捕らえた。
・・・また二度見されたが、俺ってそんなに、なんというか、衝撃的な存在なのだろうか。


「あ、あの、パパパパチュリー様?これってな、な、」


「・・・お願いだからパを連呼しないで、私がなんか馬鹿みたいじゃない」


「PA☆PA☆PA☆チュリー!」


「・・・・・・まああああありいいいいいさあああああ!!」


「っと!?わかったごめん!ほんとごめん!
 手からなんか出てるからっ!ちょっタンマ!」


「パチュリー様!すみません!すみませんでしたから落ち着いてください!
 ここ図書室ですよー!本棚めちゃくちゃになっちゃいますうううう!!」


あの魔力うまそうだなーとのんきに傍観する俺の隣で、なんとかこの場を治めようと小悪魔が両手を中途半端に持ち上げて右往左往している。その様はまるで恥ずかしげにマイケルジャクソンのスリラーを踊っているようだ。
あ、パチュリーがついにぶっぱなした。
ちょっ!?魔理沙こっちくんなああ!!

・・・。

・・・・・。

・・・・・・・。




「ハァ、ハァ・・・ハァ、ケホ」

「ゼェゼェ・・・」

「ぁ、あぁ・・・」


・・・解せぬ。


結局室内で魔理沙に向かってぶっ放された魔法はまた俺が盾になって魔力を飲めるだけ飲み干した。その甲斐あって、なんとか被害は最小限にすんだ。最近魔理沙が俺を盾にすることに躊躇がなくなっている気がする。


「ハァ、・・・小悪魔」

「は、はい」

「その黒いのから・・・ハァ・・・目を・・・絶対に離さないで、
 この白黒は私が目をつけとくから・・・!」

「わ、わかりませんけど・・・わかりました」

「・・・私もかよ」

「あんたから一番目を離したくないのよ!それにコイツもあんたのお墨付とか絶対に信用できないわ!ハァ、はぁ、エホっ・・・なんかもう、疲れた」

「いきなり叫んだり暴れたりするのは貧血の喘息魔法使いには体に毒だぜ?」

「・・・お願いだからあんたはもう何もしゃべらないで。」

「・・・あー、うん、なんか、ごめん」





・・・。

・・・・。

・・・・・。

さて、ようやく静かになった図書室で俺は漸く本を読む許可を得た。なんであんなことになったのか今思い返すと自分でもわからない。とりあえず目的の閲覧許可を得た俺は小悪魔と供に図書室のさらに奥へと進んでいく。


「それで黒様はどういった本をお探しですか?」


整然と並ぶ本の海に少しばかり見とれてしまい、ゆっくりとその海を渡っている最中、小悪魔が俺の脇を飛びながらそっと長い髪を揺らす。

=魂 肉体 魔法=

「えぇっと人体練成とかの本ですか?」

=なんでも いい それに 関すれば=

電子辞書の小さな画面を覗き込んだ後、
かしこまりました、だとするとこちらですね、と言って彼女は次の角を右へと曲がる。最初は俺をどう扱っていいかと戸惑っていた小悪魔も俺が言葉を理解でき、かつ筆談で答えられるということを理解してもらい、それでいくらか落ち着きを取り戻していた。ふわふわとその立派な羽で羽ばたきをせずに先導する彼女の後についていく、すると、ふと小悪魔が宙に舞いながらふわりとこちらを振り返った


「それにしてもずいぶんと難しそうな分野ですが、大丈夫ですか?
 ここには日本語以外の本が大抵ですが、」


確かに今回りにある本棚に納められている本の表紙の殆どがアルファベットで記されている。だが、


=たぶん 大丈夫 英語 読める=


実際のところ、俺は完璧に英語の本を読めるわけではない。しかし今俺が手にしているのは何か?電子辞書だ。これがあれば何とか洋書も、熟読とはいかなくとも単語が分かればある程度理解できるものと考えている。問題ないはずd・・・


「ココの本は英語以外にも古代ペルシャ語やゲルマン語、古代サクソン語、古期英語の本なんかもありますが?」


・・・・はい?


読めるどころその名前さえ聞いたことすらない言語に思わず思考が停止した。
マジですかと俺が少し絶望めいた視線をおくると


「ぁ、あぁ!でもグリモワールでしたら大抵ラテン語ですし、中にはドイツ語や英語の写本もありますから大丈夫ですよ!・・・ね?」


ラテン語なんてこの電子辞書にのってるだろうか。
とりあえずココにくれば何かしらの手がかりがあるものと考えてきてみれば、とてつもなく文化的な壁が聳え立っていて、思わずその壁の高さに本気で心が折れてしまいそうになる。
どうしようどうしようどうしよう・・・!ラテン語の辞書とかを先に探そうか?いやラテン語の日本語辞書なんて存在しているのか?あるとしてもラテン語からまた別の外国語辞書かも知れない、これでは二度手間、三度手間だ


「えっと、黒様。よろしければお手伝いしましょうか?」


え?


=いいの か=

「えぇ、パチュリー様から黒様の監視を申せつけられましたが、
 特にどうしろ、とはいわれておりませんし、私でよろしければ黒様のお手伝いをいたしますよ?」


・・・。

おい、だれだこの娘に小悪魔なんて名づけたやつは、悪魔どころか天使じゃないか?小悪魔、マジ天使。彼女の申し出に諸手を振ってお願いしたところだが、はたして本当に俺に付きっ切りで大丈夫なのだろうか?これほど広大な図書館だ、管理も大変だろうし、パチュリーの使い魔とあらば主人の世話もあるのではないか。

しかし彼女はご安心ください、と軽く微笑んだ。
彼女曰く「小悪魔」と呼ばれる存在はココにもう一人いるらしい。正確には小悪魔の分身であり、本体でもある。と少々理解しづらい説明をされたが、その子が変わりに仕事を受け持ってもらえるとのこと。

「ただあの子はちょっと子供っぽいのでパチュリー様にご迷惑をかけなければ良いんですけど、」

そういいつつ彼女はすこし恥ずかしげにはにかみながら頬を掻いた。


・・・と、そうこう談笑(筆談で談笑と言っていいのか首を傾げてしまうが)しているうちに漸く目的のコーナーに到着したようだ。

あたりを見回し、棚に整然と広がる本の背表紙の行列をしっかりと確認した小悪魔はこちらに振り返る。


「さ、黒様」

地面に下ろした足をそろえ、姿勢を正した小悪魔は先ほどまでたたえていた少女の顔を収め、一瞬凛とした司書としての顔に戻ると

「不束者ですが、助力させていただきます」

そういってスカートの端をつまみ、すっと恭しく腰を折った。
背筋の伸びた、完璧で綺麗な動作に俺はふむとうなずきかけたがふと思い立ち、体を縦に伸ばした。

そして体から頭をさらに腕を生やす。(見た目はまるでのっぺらぼうがが水溜りから生えているようで少々不恰好だが)
突然変形を始めた俺の体にぎょっとする彼女を尻目に、俺は彼女を真似てやや大げさに右手をふり自分の胸の辺りに添えると深々と腰を折った。

ちらりと彼女のほうをみやると、俺の礼の仕方がよかったのか、それとも可笑しかったのか、口元に手を当ててクスクスと少女の顔で笑っていた。
俺も内心で笑いをこらえつつ、無理やり視線を本棚に移した。



---さて、はじめるか。


---はい!








てきとーなあとがき

中途半端で区切るしかなかったので泣けてくるねこだまです。
何のための回だかさっぱりです。
とりあえずこぁー
もうちょっと先まで書くつもりだったけどあまりにも筆が進まないのでここでくぎりました。orz

パチュリーの登場の仕方に悩み、小悪魔を原作の子供っぽいここぁのにするか、二次創作等で親しみのあるこぁにするかで悩み、リアル用事で悩みで結局6月に書いてた内容を中途半端に区切って投稿することにしました。




次回はとりあえず東方オンリーイベントの紅の広場のあとなのは確実。
次回予告、ふらんち○んうふふ



[6301] 東方~触手録・設定~ 
Name: ねこだま◆160a3209 ID:bedc5429
Date: 2009/06/15 00:01
紅・設定集


時間軸 第123季(2008年度) 日と冬と木の年 5月~

風神録と緋想天の間、緋想天の1~2ヶ月前

触手録・黒の数日後


==============
主人公

触手録・黒に引き続き黒くて丸い主人公。

カッコつけたがりで都合が悪くなるといろいろと理由をこじつけてヘタレることが多い。
最近は外では経験できなかったことを(本人の意思と関係なく)経験して肝が据わりかけてきた。
現在博麗神社に監視保護という名目で居候中。


能力 『形を映しとる程度の能力』(現段階)

目の前にあるもの、頭の中に映るものを体に反映させて変身することができる。
大きさも重さも変化でき、最近は色も現すことができるようになった。
変身時は感覚器官も反映され、視覚は目に集中し、聴覚は耳へ集中し、嗅覚は鼻へ集中する。
(味覚は体の奥にあり、痛覚は存在するが痛みではなく圧力を感じる程度)
変身中の姿でも触手を使う事ができる。


変身レパートリー

通常形体
言わずと知れた(?)通常形体。
丸い形に黒い体。もっちりとした感触からよく食べ物にたとえられる。
大きさは本人の意思で変えられるが一尺半ぐらいの大きさでいることが多い。
重さも大きさに比例して重くなったり軽くなったりできる。
一番力を消費しない省エネモード。
機動性はあまり良くないが全周囲を見渡せる視界に伸びる触手、
意外すぎる程の防御力の高さからこの姿が一番使い勝手がいいと本人は言う。
他称、ジンジャノコシカケ

山犬形体
地面を早く移動するために変身した姿。
4本の足で平地、森林、岩場どこにおいても機動性に優れ、長時間の移動にも瞬発力にも長けている。
背中から出す触手や山犬の爪と牙、機動性もあって戦闘能力は高い。
だが防御力が低く特に側面からの攻撃を防ぐのは苦手で避けるしかない。

霊夢形体
ヒトの姿になれるのかと試験的に変身した姿。
しかし一か月近く2本足で歩いて無かったので立つと膝が笑い、歩こうとするとすぐに転ぶ。
ヒトの姿で歩けるようになることが黒い彼の当面の目標となった。
顔や体格は完全に複製できるが逆に見分けがつかなくて不便だという事で紅白の巫女服ではなく黒白の巫女服を着ている。
(彼の能力はコピーではなく反映なので彼の意志で服の色や体格も変えられる。)
今作では空中で四肢を使って方向やバランスをとるために変身した。(これをAMBACと呼ぶらしい)
霊夢の姿になったからと言って空を飛ぶ程度の能力のコピーまではできなかった。
どうでもいいことだがこの姿、霊夢に不評である。


白猿形体
全作東方触手録・黒の最後に出てきた白い巨大猿形体
身長は3メートル以上あり、前屈姿勢、腕は地面に着くほど長くナックルウォーク(こぶしを地面について歩く)をする。
そのこぶしは大きく、人ひとりの胴周りを余裕で握ることができる。
2本の長い腕を生かした戦闘能力は高く、こぶしが大きいため遠心力により最も一撃の破壊力が強い。
いまだに二足歩行できない主人公にとって4本の手足でバランスをとれるこの形体が最も戦いやすい。
しかし前作ではコイツに痛い目にあっているためあまりこの形体になろうとはしない。
本人いわくあのオ〇テガハンマーがトラウマらしい


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