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[6101] 真・恋姫†無双  短編集 「青空の向こう」 (10/26 更新 
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/10/26 13:56
話数が増えてきたので目録を追加。

これは「真・恋姫†無双」の短編集です。
魏ENDの直前直後の話です。その設定上暗めの話が多いのでハッピーエンドしか見たくないという人はご注意ください。

基本的には一話ごとに魏のキャラ一人と一刀のみしか出ずに、そのキャラの一人称で書いてあります(例外あり)

同じようなシチュエーションでキャラによる違いを出すのがコンセプトなので似た話が多いのも仕様です。別に書き分けができないわけじゃありません。
本当です。嘘じゃないです。

※全キャラ書こうかと思っていましたけど、よく考えたら沙和の一人称や、真桜、霞の関西弁とか書くのが自分には難易度高いことが判明したので書けそうなキャラのみにしておこうかと思いますm(_ _)m


第一話  「この空のどこかに」   凪 

       空 優しい手 おいていかないで


第二話  「その空は遠すぎて」   秋蘭

       笑顔 泣き顔 何も知らなかった


第三話  「空なんて見たくもない」 桂花

       嫌い 不安 認めない


第四話  「せめて空に戻るまで」  風

       隠した顔 野良猫 気づいてしまう


第五話  「空に帰ったとしても」  流琉
 
       兄 手料理 残っていてほしい


第六話  「青空はその色を変え」  一刀
 
       赤燈 止まらない時 祈っているから


第七話  「空に見つけられず」   春蘭

       幸福 新しい世界 なれるはずない

第八話  「違う空の下」      帰還後、一刀

       帰還 遠い夢 君たちはいない

番外編  「空に消えたという人」  桃香

       平和 失った人 何を思って

第九話  「この空になにもなく」  続、一刀
 
       成長 遠い君たち ふざけるなよ

第十話  「ただ空を待つ」     季衣

       ごはん 手をつないで 待ってる



[6101] この空のどこかに
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/06/05 23:04
赤壁の戦いに勝利し、残る戦いは最後の決戦を残すのみとなり、戦続きだった日々もいったんの休止を迎えた。
多忙な日々が続く中、珍しく非番を与えられた私は時間を持て余していた。沙和や真桜と違いこれといった趣味を持たない私は一人では特にしたいこともなく、なんとなく足の向くままに散歩していると城壁にある人の姿を見た。
最近は忙しく警邏の時くらいしか話す機会もなかったのでひさびさに二人でいられるかもしれないと思うと自然とそちらに足が向かっていた。
城壁を上ると先ほど見かけた場所にその姿は変わらずに佇んでいてこちらに背を向けている。
どうやら街を眺めていたらしく私は心を弾ませながらもそれを抑え、いつも通りの調子でその背中に声をかけた。

「隊長。ご休憩ですか?」

そう呼びかけると隊長はゆっくりと振り返り私の姿を見て微笑んだ。私は自分に向けられた笑みを嬉しく思いながら隊長の隣に並び同じように街を眺めた。
雲ひとつないほどの青い空ににぎわう街の様子、果てしなく続く地平線。この景色を飽きずに眺めていた隊長の気持ちも分かる気がする。

「ああ。少し煮詰まったから抜け出してきた」

内緒だぞ、と付け足すと隊長はいたずらっぽく笑った。この人は時々とてもズルイ人だと思う。きっと私がそんな顔をされたら逆らえないのを知っていてやっているのだから。それだけで見逃してしまう私も私なのだけれど。

「凪は今日非番だったっけ?」

「ええ。ですが一人だけ非番というのも時間を持て余してしまって」

それには沙和と真桜が真面目にやっているかが心配だ、という気持ちも込められていて隊長もそれを察したようで苦笑をもらしていた。それは私たちのことを理解してくれている証拠でもあって長い付き合いの証明でもあった。感情表現の苦手なわたしにとってわかってもらえるという事は素直に嬉しく感じられる。

「まぁ、最近忙しかったから多少は大目に見てあげてもいいんじゃないのか?」

「あの二人は忙しくなくてもサボりますから」

結局のところ叱るはずの立場である隊長がこんな調子だから二人も改めないのだがそれを隊長にいっても無駄だということは身にしみている。しかしそんな隊長だったからこそ今の自分たちの関係があると思うとそう悪いことでもないのだろう。

隊長は再び街に目を向けると目を細めた。


「長かった戦争ももうすぐ終わりだな」

こぼす様に呟いたその言葉は私に向けられたものか独り言かは分からなかったが遠くを見ているようなその表情はなぜだか私をひどく焦らせた。
隊長は最近よくこんな顔をする。
穏やかな、大切なものを見るような眼で周りを見ている。それはどこか憧憬のそれに似ていてなぜそんな顔をするのか私には分からなかった。
この人はこんな顔をする人だっただろうか?
どちらかといえば裏表のないまっすぐなところが隊長らしさだと感じていたのに今の隊長はひどく大人びて見える。隣にいるはずなのに、どこか遠い。

「ええ。ですがまだ最後の戦いが残っています。それに私たち警備隊の仕事は終わりませんよ」

まだまだこれからです、と慌てたように言葉をつづけた私の姿は少し不自然だったかもしれないがそれを気にする余裕もない。
そうだな、と穏やかに相槌をうつ隊長からはいつもと変わった様子なんてどこにもないのにひどく胸が締め付けられた。
その姿は隣にいるはずなのに存在が希薄に感じられた、そこにあるのに手の届かない空のように。
澄み切った空の青とその表情はとても調和しているように見え、このまま空に溶けて行ってしまわないだろうか、そんな子供じみた考えが浮かんだがそれを笑い飛ばすことはできそうになかった。

なぜそんなに悲しそうな顔をするのですか?

そんな言葉が浮かんだがそれには何の根拠もなく口にすることはなかった。
どこにも行かないようにとほとんど無意識のうちに隊長の袖を握ると隊長はきょとんとした顔でこちらを見た。

「どうした?」

困ったように笑いながらそう問いかけてくる。

どこにも行かないで。

そう言いたかったけど何かを言えば泣き出してしまいそうで何も言えなくなり、私はうつむくばかりだった。すると下を向く私の頭に温もりを感じ、それが隊長の手だと理解するのに時間はかからなかった。

「今日は珍しく甘えん坊なんだな」

からかうような隊長の声に無性に悔しさを感じたが、私は頭を撫でる心地のいい手の感触と温もりにただ身を任せていた。




北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。

隊長、あの時見ていたのは街ではなく空だったのですか?
遠い空の向こうにあるという天の国を、あなたの帰る場所を見ていたのでしょうか?
泣きながらでもあの言葉を言っていればあなたはそこに帰らずにいてくれたのでしょうか?






[6101] その空は遠すぎて
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/05/16 21:01


城内を歩いていると北郷一刀の姿を見かけた。
せっかくなので一声かけていこうとそちらに向かおうとした時、違和感に気づいた。
やけに歩みが遅い。誰かと話しながら歩いているならばともかく、一人で歩いているにしてはあまりにも遅すぎる。


「ほんご…」



嫌な予感が頭をよぎり、名を呼ぼうと声をかけた矢先にその後ろ姿が崩れ落ちた。



その時に感じた冷水を浴びせかけられたような感覚には覚えがあった。
姉者の眼が射られた時に感じたものと同じだった。


「北郷!」




目の前が真っ白になり、ほとんど無意識にでも体が勝手に動いてくれたのは普段から緊急の事態には慣れているからだろう。
すぐに部屋まで運び医者に見せたが病気の類ではなく、強いて言うならば過労であり特に心配はないらしい。
そう言われ私は安堵を覚えたが、それと同時になぜかそれを鵜呑みにする気にはなれなかった。
確かに寝顔を見ても苦しげな様子は全く窺えず、ただ寝ているだけにも見えた。
しかし本当に何もないとはとても思えなかった。

目の前で眠るその姿があの北郷のものだとは思えなかった。


あまりにも穏やか過ぎる。
北郷の寝顔など何度も見たことがあるはずだった。
静かとは言えない寝息を立て、見ていて思わず笑ってしまいそうになるほど平和そうな顔をしていたのを確かに覚えている。
何度も見たことのある北郷の寝顔はこんな表情をしていただろうか。

血の気の引いた白い顔、何の色も映さない無機質な表情。

こんなにも儚げで、今にも消えていきそうなこの男が本当にあの北郷なのだろうか。


知らずに伸ばした手がその顔に触れた時、我にかえった。
何を不安に感じていたのかとあまりのらしくなさに自嘲がこみ上げてきた。
ちょうどそれが刺激になったらしく北郷のまぶたが震えた。

「…秋蘭?」

目を覚ました北郷は事態が飲み込めてないのか不思議そうな表情を浮かべ、だるそうにしながらも身を起こした。

「倒れことは覚えているか?」

北郷は額に手を当てしばし考え込んだ後で得心がいったようにうなずいた。

「…ああ、そうか。華琳の部屋に向かう途中に目眩がしたんだ」

「まったく。目の前で倒れた時は何事かと思ったぞ。医者にも見てもらったが何事もないらしい」

「ごめん、手間かけたな」

悪い、と手を合わせて謝る様子はいつも通りの北郷に違いはなく先ほどまで感じていた不安も杞憂に過ぎなかったようだ。
そう思うと体から力が抜けていくのを感じ、自分で思っていた以上に心配していたことに気づいた。
この世で三番目に好きだとは言ったが、その一方で自覚が足りなかったのかもしれない。
決して冗談のつもりで口にしたのではなかったが、自分の中を占めている大きさを小さく見積もっていたのかもしれない。

「あまり心配をかけてくれるな。肝が冷えた」

「ああ、最近たまにあるんだよ。俺にもなんでか分かんないんだけど」

まいったな、とそう言いながら申し訳なさそうに頭をかいている。その表情に一瞬だが恐怖が浮かんだように見えたのは私の思い過ごしだったのだろうか。
それを指摘する前に北郷は誤魔化すようにいきなり口調を変えながらしゃべりだした。

「迷惑かけといてこういうのもなんだけどさ、秋蘭がそこまで心配してくれたって思うとなんか嬉しいな。いや、不謹慎かもしれないけど」

おどけるように、それでいて照れくさそうにそう話す北郷をみて思わずため息が漏れた。
今しがた自分の思いを確認した矢先にこれでは女心に疎いというよりわざとやっているようにも思えてくる。しかしその一方でその気取らない様を好ましく思っているのも事実だった。

「北郷。お前は忘れているのかもしれないが、お前は私の恩人でもあるのだぞ。それを心配するのは当り前だろう?」

定軍山で蜀軍と戦った時にもしも北郷が救援を進言してくれなかったら私は今ここにいないだろう。
そう考えた時、その時にも北郷は意識を失ったと聞いた事が頭をよぎった。
なぜかそれが気に掛かり、思考に沈みそうになったところを北郷の声が遮った。

「それはそうかもしれないけど秋蘭は仲間だしさ、そんなたいしたことじゃ」

「ほぅ、つまり私の命はたいしたものではないと言いたいのか」

私はわざと怒ったようにそう続けると、案の定北郷は焦りながら弁解を始めた。その必死な様が思ったよりも滑稽で、溜飲の下がった私は小さく笑った。
それを見てからかわれたのに気づいた北郷は不満そうな表情をしたが、それは私を更に満足させるものでしかなかった。

「なんか秋蘭には初めて会った時からからかわれてばっかな気がするな」

「別にそういうわけでもないだろう。恩人だと思っているのは嘘ではないぞ」

この命が北郷のおかげで救われたのは確かだ。それを仲間だからと言って有耶無耶にするという事は私にはあり得ない考えだった。
北郷はそれを聞くとひどく意外そうな顔をして何かを言おうしていたが、私は構わずに続けた。

「だからこれから先、お前に何かあれば私が助けてやろう。この命の価値ほどには働いてみせるぞ」

私がそう告げると北郷はなぜだか急に顔を伏せた。
それを不自然に思い、どうしたのかと声をかけ顔を覗き込もうとすると、なんでもない、と言いながらゆっくりと顔をあげて、笑った。


「ありがとう、秋蘭」


そう言いながら北郷は笑った。
あまりにも綺麗に、透き通ったように。
けれどそれは泣いているようにも見えて。


その泣きそうな笑顔が、ひどく鮮やかに焼き付いて、今もまぶたから消えてはくれない。




北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。

それを告げた後、華琳様はすぐに部屋にお戻りになった。
季衣や霞、姉者までもが声をあげて泣き、桂花でさえも声を震わしていた。
誰しもが共通して悲しみに沈む中、真桜や沙和に縋りつかれながら呆然と立ち尽くす凪の姿がやけに印象に残った。



北郷を失った悲しみは国に帰った後も簡単には消えなかった。
華琳様は会議中にさえ何かを考えこまれることが多くなり、また他の将たちも同様に塞ぎ込んだままだった。
その結果、私や稟などに負担が多くかかったが、むしろその方が私には都合がよかった。
仕事に追われているうちには余計な事を考えずに済んだ。


そんな日々がしばらく続いたが、ある日華琳様から部屋に来るように言いつけられた。
言われたとおりの頃合いに部屋に伺うと華琳様は私を部屋に入れ、椅子に座るよう促した。
そして話を切り出した。



「ごめんなさい、秋蘭。あなたにばかり負担を掛けてしまって」

「いいえ、華琳様。そんなことはありません。私の事なら気になさらなくても大丈夫です」

華琳様にとって北郷は特別だった。それは確かなことだ。
そんな存在を失ってしまったのだから華琳様といえど塞ぎ込むのも無理はない。
そう答えると華琳様は悲しげ表情を浮かべながらこちらに近づいてこられた。

「秋蘭。あなたは一度でも泣いたのかしら?」

華琳様の言葉に私はひどく驚いた。
そんなはずはない、と思った。しかし確かに他の者たちのように泣いた記憶を私は持っていなかった。

「あなたが悲しむ時間を持てなかったのは私のせいでもあるわ」

華琳様は私の目の前に立たれるとゆっくりとこちらに手を伸ばした。


「だからもう泣いていいのよ」


そうおっしゃった華琳様の手が私の頬に触れた時に、何かを言おうとしたが言葉が出なかった。


なぜ私は泣かなかったんだろうか?
なぜ私は泣けなかったんだろうか?
北郷のことは確かに愛していたのに。
なんで


「ありがとう、秋蘭」



あの時の声が、笑顔が、泣き顔が思い浮かんだ瞬間。



涙が溢れた。



こんな感情を私は知らなかった。
大切なのは華琳様と姉者。
その二人がいれば十分なはずだった。
その二人が生きているのだから喪失なんて味わうはずがなかった。


こんな感情を私は知らない。
姉者の眼が射られた時の怒り。
北郷が倒れた時の恐怖。
それらとは比べ物にもならないほどの痛みがあるなんて。


どうにかして抑えようと声を殺そうとすると、私の体が温もりに包まれた。
それは問うまでもなく華琳様の優しい腕だった。

「……ぁ。わ、わた、しは……」

「いいのよ、秋蘭。思い切り泣きなさい。今日は一晩中ついていてあげるわ。」


そう告げられた私は、もう耐えきれるわけがなく、子供のように泣け叫んだ。

悲しかった。
大切なものを亡くす痛みを初めて知った。
愛した人がいなくなるなんて信じられなかった。


辛かった。
この痛みにこれからも耐えなければならないなんて考えられなかった。
みんながこの痛みを味わっていたのだと初めて知った。


悔しかった。
私は助けられなかった。
北郷が、一刀が、この世界に残りたいと言っていたのを確かに覚えていた。
ならば帰ったのは自分の意思ではないのだろう。
それなのに私は何一つできなかった。
助けると言った私は消えた事にすら気付けなかった。




一刀、私はそこには行けないんだ。
行方不明になったのならいくらでも探してやる。
どこかに囚われているのならどんなに危険でも救いに行ってやる。
けどそこにだけは行けないんだ。
そこには、私や姉者、華琳様ですら届かないんだ。
そこはあまりにも遠すぎるんだ。



[6101] 空なんて見たくもない
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/05/16 21:03
戦の日々が続き、長い間私は仕事に忙殺されていた。
それを心配した稟と風が仕事の一部を肩代わりしてくれ、ようやくできた休みに息抜きとして街へと出かけた。
欲しい本が貯まっていた私はしばらく来ることのできなかった本屋でそれらを手に入れ、ひどく機嫌がよかった。
そうその時までは。

「桂花?」

城に帰り本を読もうと足取り軽く歩きだした矢先、後ろから声をかけられた。
その声には心当たりがあった。
そもそも男で私の真名を呼ぶ人間なんて一人しかいない。
苦々しく感じながらも振り返ると、予想通りの男がいつも通りの間抜け面でこちらに歩み寄ってきた。

「なによ?馴れ馴れしく名前呼ばないでよ」

「いや、声掛けただけでそこまで言うなよ」

まったく、とあきれたように呟きながら肩をすくめる。
その態度が私を馬鹿にしてるように見えてなおさら腹が立った。
だいたいこいつは私に対する敬意が足りていない。
もう少し殊勝なところをみせれば慈悲深い私は少しは寛容な対応をしてあげるというのに。

「なんなのよ。用があるなら早く言いなさいよね」

「用というか…ただ街にいるなんて珍しいから声をかけてみただけだよ。買い物かなんかか?」

「そうよ。本屋に行ってきたの。…これで用は済んだでしょ」

鼻で笑いながら馬鹿にしたように言い放つ。わざわざこんな形で意趣返しをするのは子供っぽいと自分でも感じたが…違う。
私はこいつに程度を合わせてあげているんだ。
幼稚でどうしようもないこいつはこれぐらいじゃないときっと理解できない。
そう自分に言いきかせながら相手の反応をうかがってみると


「そうか。じゃあ警邏に戻るか」


なんでもない顔をしながら、あっさり背を向けた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あんたね、私を無視するなんて何様のつもり!?」

別にこいつと話したいなんて思わないけど、無視されるのは面白くない。
優しい私が仕方なく男なんかの相手にしてあげているのにこいつときたら。

「なんだよ、構ってほしいのか?」

「そんなことあるわけないじゃない!調子に乗るな!変態!死んじゃえ!」

「わかった、わかった。俺が悪かったって」

まいった、と変態は両手をあげて溜息をつき呟く。
そこに呆れたような響きがあったのが多少引っ掛かったがまあ許してあげよう。
最初から大人しくへりくだってればいいのに。
すると北郷は私の持っている本に目を向けた。

「なら荷物を持ちながら城まで送る。それでいいか?」

その提案は存外悪くはなかった。あくまでこの変態にしてはだが。
一緒に歩くというのは気に食わないが、この男に私の荷物を持たせるという構図は悪くはない。
加えて言えば何冊もの本を城まで運ぶのは私には重労働だった。

「あんたにしては気が利くじゃない。なんか下心でも…」

そう呟いた私はその考えに行きついた。
そうだ、そうに違いない、この全身精液男が善意のみで動くはずなんてない。
危ないところだった。
気づかなければ私は恩に着せられた挙句に迫られていただろう。
しかし春蘭や季衣ならともかく私にそんな手は通用しない。

「その手には乗らないわよ、この性欲魔人!恩に着せようなんてそうはいかないんだから、変態!」

「ちょ、ちょっと待て!いきなり人聞きの悪いことを街中で叫ぶな!」

「なにどもってんのよ!やっぱりそのつもりだったのね!このケダモノ!」

「いいから話を聞けー!!」




ひどい目に遭った、そんなことを言いながら北郷は隣を歩いている。
確かに城ならともかく街中で騒ぎを起こしたのは間違いだったかもしれないが、私は悪くない。だいたいこいつの普段の行いが悪い。魏の重臣をことごとく、あまつさえ華琳様まで毒牙にかけたこの男のどこを信用すればいのか。

「あんたが悪いんでしょ」

「俺が何をした!」

「うるさい、変態!」

北郷はため息をつきながら首をふった。
これでいい。こいつは私に従っていいればいいんだ。
男の割には使えるのだからこの態度を維持するのなら多少目をかけてやらないでもない。
そう思うと気分が良くなった。

「桂花の俺嫌いは初めて会った時から変わらないな」

「ふん。変わるわけないじゃない。…それとも変態のくせに私に好かれたいとでも言うつもり?」

それには言外にありえないという意味をこめていた。
私にとってこいつは仇敵なのだ。
華琳様の寵愛を受けるにはとても邪魔な存在だ。

「いや、前は確かに認められたいとか思ってたけどな……」

この男にしてははっきりとせずに語尾を濁していた。
不審に思い顔を見てみると戸惑ったような、困ったような、複雑な表情をしていた。

見覚えのない表情だった。
いつものヘラヘラした顔からはひどくかけ離れていて。

なんなのだろうか。
気に食わない、この男がこんな顔をしていることが。

「なによ、はっきり言いなさいよ」

そうだ、北郷のくせに隠し事をしようだなんて生意気だからだ。そうに決まっている。
北郷は顔を見られたくないのか一歩私の前に出た。

「ん、今となっては嫌われたままの方がいいのかなって思って」

他のみんなはもう遅いけどさ、そうこぼす北郷の顔は見えない。
先ほどと同じような顔をしているのか。
前に出たせいで見える背中がなぜだかいつもより小さく見えた。

煙にでもまこうとしているのだろうか、言っている意味もまるで分からなかった。
ただ一つ分かることは何でもないように発した言葉からは、隠し切れていない寂寥のようなものが滲んでいることだけ。

何かをあきらめたような、そんな諦観するかのような言葉をこぼすような男だったろうか。

いつもみっともなくも必死で、無遠慮で、身の程もわきまえずにヘラヘラしている。
この男はそんな印象を抱かせるような奴だったはずなのに。

一抹の不安が頭をよぎった。
その事になぜだか無性に腹が立つ。
この男に不安だなんてものを感じさせられてしまった。
そう感じた私はそのまま行動に移すことにした。

「痛っ!いきなりなんだよ」

「うるさい」

後ろから北郷を蹴りつけると私はその背を追い越した。
自分が今どんな顔をしているのか分からなかったが、なぜか顔を見られたくなかった。

「言っておくけどね。不本意極まりない話だけど、あんたは華琳様の物なのよ。華琳様から捨てられない限りあんたにどこかに行く権利なんてないんだから。わかってるの?」

そう私がたたみかけると少し間が空いたあと、知ってる、という言葉を背中に感じた。
しかしその言葉から諦念じみた響きは決して無くなっていなかった。


「ありがとな、桂花」


その言葉からさえ、確かな悲哀や寂寥が感じられ、私はそれに答えないまま先に歩きだした。

あんな男の言葉なんかで、心細いだなんて、不安だなんて、私が感じるはずない。


生意気だ、北郷のくせに。本当に。




北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。




私は北郷一刀を認めない。


皆に調子の良いことを言っておきながら、無責任にも帰ったあの男を。
私が感じているのは怒りであって、決して悲しみなんかじゃない。
あんな下品で粗野で野蛮な男がいなくなったところで私が悲しむはずない。
そんな理由はどこにも見当たらない。


だから私は認めない。


私が悲しんでいるなんていうことは。

今も私の頬を伝うものが涙だなんて
私が涙を流しているだなんて


絶対に、認めてなんかやらない



[6101] せめて空に戻るまで
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/05/16 21:02

最近のお兄さんは変です。
もともと変わった人ではあるのですが、最近のお兄さんは特におかしいのです。
よく寂しそうにしていたり、思いつめたような表情をしていたり。
露骨ではないにしろたびたび以前のお兄さんらしくない様子をしています。
そう感じた風は溜まってしまった政務を稟ちゃんにお任せすると、その事を確かめるために城下町へ足を運びました。




「今日は一刀一号達にお話しがあって来たのですよー」

「にゃー」

一刀一号は珍しく風の言葉に耳を貸してくれているようで風の前に座ると返事をしてくれました。
相変わらず二号と三号は我関せずとでも言うように日向ぼっこに興じているようで、風も思わず釣られそうになってしまい……、いけません。せっかく一号が聞いてくれているのですから。

「お話というのもお兄さんのことです。最近のお兄さんはよくボーっとしていたり考え込んでいたりでおかしいのですよ。そのくせにみんなのお尻を追いかけるのは相変わらずなのですが、何かご存じないでしょうか?」

「…にゃあ」

「むー、ご存じないですか。困りましたね。一号なら四号のこともしっかり管理してくれないと駄目ですよー。…はっ。もしやお兄さんはいつのまにか何者かと入れ替わってしまっているのでしょうか」

本当はもしや、と思うことが別にあるのですがあまり考えないようにしています。
軍師としてはいけないことなのかもしれませんが、もしも当たっているとしたら。



そんな事を考えていると向こうから丁度その当人が歩いてくるのが見えました。
本当はお兄さんが警邏で通りかかる時間を見越してここに来たのだから計算通りなのですが。
目が合うと軽くこちらに手を振り、足を速めてやってきて風のすぐ隣にしゃがみました。

「おやおや、お兄さん。メス猫の匂いにでも誘われてきたのですか」

「ちょっと待て。いきなりそれはないだろ」

人聞きが悪い、と脱力するように呟きながらお兄さんは猫に手を伸ばして顎を撫でました。

「今の時間って風は仕事中じゃなかったっけ?」

「ええ、そうですよー。けれど、すこし考え事があったので稟ちゃんにお任せしてしまいました」

「…押し付けたのか?」

「いえいえ、ちゃんと書置きをしてきたのです」

きっと稟ちゃんなら呆れながらもやってくれていると思います。
そんな様子がお兄さんにも浮かんだのでしょう苦笑をもらしていました。

「で、考え事って何なんだ?なんとかなりそうなのか?」

「いえー、それが困った事に一刀一号にも分からないらしいのです」

「…そりゃそうだろ。その前にこいつって二号じゃなかったか?」

心地よさそうにじゃれる猫を撫でているお兄さんにはおかしなところはありません。

聞いてしまいましょうか。


その考えは冷静に考えれば最良の選択に他なりませんでした。
そして風はそのためにわざわざこの場所に来たのです。
今なら他の誰も聞いてませんし、答えてくれるかもしれません。

「お兄さん」


聞くのは本当はとても怖いのです。
けれど
なにも知らないままでいるのは風には、
そろそろ耐えられそうにありません。


「お兄さんは」


風の声は震えていないでしょうか。
いつものように振る舞えているでしょうか。
猫からこちらに目を移したお兄さんの表情に変化がないのを確認すると風は覚悟を決めました。
そしてずっと、聞けなかったことを問いかけました。




「もうすぐ帰ってしまうのですか?」




風の質問を聞いたお兄さんはきょとんとした顔で本当に、本当に不思議そうにしています。
予想外の質問に面を食らったように。
まるで心当たりなどまるで無いかのように。

「?帰るって元の世界にか?帰るも何もまるで手がかりがないことは調べてくれた風も知っているだろ?」

急にどうしたんだ、と言いながら苦笑するお兄さんの様子にまるで不審なところはありませんでした。
本当にいつも通りで、動揺など隠し事をしているようには見えません。
そしてその自然な態度は風に安心をもたらすに足るものでした。

風はそれを見て心から安心しました。
お兄さんはお兄さんのままでした。
どこまでも正直で、隠し事のできない優しいお兄さん。
変わってしまった、なんてことは風の単なる勘違いだと確認できました。
お兄さんは変わってなどいなかったのです。

お兄さんは笑いながら猫いじりを再開しました。

「風が珍しく真剣な顔してたから何事かと思ったよ」

表情にはきっとあらわれていないでしょう。
風が気を抜いたら泣いてしまいそうな程の安堵を覚えた事に。
うりゃ、と猫の顎に手を伸ばしながらお兄さんは猫と遊んでいます。
そして変わらないお兄さんを確認すると同時に

「風にも早とちりってあるんだな」


風は気づいてしまっていたのです。

違いますね、本当はもっと前から気づいていたのです。
それなのに認めようとしなかった風は軍師としては失格なのでしょう。



お兄さんは、いなくなってしまうのですね。



分かってしまいますよ、お兄さん。

あんなに自然に笑っても。
あんなに何気なく表情を作っても。
そんなに誤魔化そうとしても。

分かってしまいますよ、風には。

あんなに必死になって笑ったら。
あんなに頑張って表情を作ったら。
すぐに顔を背けてしまったら。

分かって、しまうのです。例え望まなくても。


「お兄さん」

ん?と猫に顔を向けたままお兄さんは返事をしました。

ここ最近、みんなと常に一緒にいるのは
お別れの準備をしていたのですね。
誰にも気付かれないように、誰にも言わないまま。
たった独りで。
お別れの前の時間を大事にしていたのですね。
限られた時間を慈しんで。

「辛くなったら、風に話してください」

隠し事のできないお兄さんが、
裏表のないお兄さんがあんなにも自然に嘘をつくだなんて。
今までどんな思いで過ごしていたのですか。
そのように演じられるようにまでどのくらいの時間や葛藤が必要だったのでしょうか。
優しいお兄さんは、どんなに悩んだのでしょうか。
きっとお兄さんは覚悟を決めてしまっているのですね。
頑固なお兄さんが決めたことを覆すなど風にはできません。

それでも、せめて弱音を聞きたいと思うのは罪なのでしょうか。

「風なら、きっと大丈夫なのです」

お兄さんは猫を撫でる手を止めるとしばらく黙ったままでした。
にゃあ、と無邪気に鳴く猫の声がどこか遠く感じられ、それと同時に羨ましいとも思えました。
それからお兄さんはこちらを向かないまま小さな声で呟きました。

「……ああ。わかったよ、風」

あぁ、お兄さんはきっと弱音を吐いたりしないのでしょう。
頼ってくれはしないのですね。
本当は風に気づかれることさえもお兄さんには不本意なことだったのでしょう。
お兄さんは弱いところを誰にも見せたくなかったのだと、そう勘付いてしまった風は猫に構っているその頭を後ろからゆっくりと抱き締めました。
しゃがんでいるお兄さんの頭は丁度いい位置にあって、いつもとは逆の立場が風には心地よく感じられました。

「風、どうしたんだ?」

「いえいえ、なんとなくなのです。風の胸では少々物足りないかもしれませんけどお兄さんほどの節操無しならお楽しみできるでしょう」

「なんだそれ」

クスリと笑いながらそう言うお兄さんの声からはさっきみたいな無理は見えなくて、風は安心しました。

できるだけ笑っていてください。
風はお兄さんの笑顔が好きですから。
お別れが、そこにあるとしても。

そう告げることをお兄さんはきっと望まないでしょうから、ただ黙って腕に力を入れました。
少しでもお兄さんとの隙間を埋めるように。



北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。



ねぇ、お兄さん。
風は結局お兄さんに何ができたのでしょうか?
みんなと違ってお兄さんの事に気づいていたのに。
いなくなることを知っていたのに話を聞くこともできませんでした。

…以前、お兄さんは風の事を猫のようだと言っていました。
あの猫たちは変わらずに路地裏で暮らしています。
お兄さんがいた時と何も変わらずに。
本当に、風が猫だったならどんなに良かったでしょう。
何も考えずにお兄さんに撫でられながら眠りにつき、それなのに決して執着しないまま生きていく。


本当に猫のようになれたらこんな痛い思いをしなくて済んだのに。



[6101] 空に帰ったとしても
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/04/09 18:29


「流琉?」

料理を作っている最中に背後から呼びかけられた私は手元に注意しながらもその声に振り返った。
そこにいたのはやはりとも言うべき人物で私は相手を確認すると私は返事をした。

「兄様」

返事を聞いた兄様はゆっくりと部屋に入ってきた。
匂いに釣られてきたんだろうか?
そう思うと相手は年上だというのに微笑ましく思えて私は笑みをこぼした。

「どうしたんだ?急に笑ったりなんかして」

「い、いえ。なんでもないです」

正直に言うのも気が引けて思わず誤魔化した。もし正直に言ったとしても兄様は怒ったりなんかしないだろうけど。

「もうすぐできますからよかったら食べていきますか?」

「いいのか?」

「ええ。いつも通り多めに作っていますから。それに兄様も期待してきたんですよね?」

バレたか、と悪びれることなく呟く兄様はまるで子供のようで私はまたもや笑みをこぼさずにはいられなかった。




うまい、と何度も口にしながら兄様は食べるのに集中している。
何を作ってもそうとしか言わない兄様は料理人としては張り合いがないとも思うが、おいしそうに食べてくれるのは素直に嬉しく思える。

「親衛隊の仕事もあるのに料理作るのって大変じゃないか?」

夢中で料理を食べていた兄様は手をいったん止めて気遣わしげな視線を向けてきた。

「確かに忙しい時もありますけど…」

けれどもそれが辛いと思ったことはなかった。
みんなに喜んでもらえるのはとても嬉しいことでそれだけで頑張れる。

「やっぱり戦争中だからこそおいしいものを食べてもらいたいと思いますから」

それはまぎれもなく本心で私にとっては自然なことだった。
私がそう言うと兄様はなぜか微笑んでこちらを見ていた。

「本当に流琉はいいお嫁さんになりそうだな」

兄様はそんな言葉を口にした。
当然のように兄様は言うけれど、私がそんな言葉に慣れているはずも無くてとても照れてしまう。
顔が赤くなっている自覚がある。
そうだった。兄様はこういうことを平気で言う人だった。
前にも一度言われたことはあったけど色々状況は変わっているわけで、更に言えば兄様と私の関係も変わっているわけで。
兄様は特に意識して言っているわけじゃないと分かってはいるけれど。
それでも私の様子を見て不思議そうにしているにはどうかと思う。

「どうかしたのか?」

「なんでもありませんっ!」

ああ、駄目だ。落ち着かないと。
兄様のこういうところは大好きなのだけれど、少しは自覚というモノも持ってほしい。
すでに兄様は何事もなかったかのように食事を再開している。
こういう時の切り替えの早さは少し憎らしく思える。

おいしそうに食べてくれている兄様をなんとなく眺めていると、ふとある思いが浮かんだ。
兄様はいつもこの世界の料理をおいしそうに食べてくれるけど、兄様が教えてくれる料理はこちらには無いものばかりだ。
食べ慣れていないはずのこちらの料理ばかりで兄様に不満はないのだろうか。
そしてそれは料理だけの問題でもないはず。

兄様は寂しくならないのだろうか。

私も故郷を離れているけれど帰ろうと思えば帰れる距離にある。
それに私には季衣がいる。
小さなころから一緒だった季衣がいるから寂しいなんて思わない。

それなら兄様は?
故郷から離れて、家族とも友達とも会えなくなって。
食事一つとっても全然違う場所にいるのは辛くはないのだろうか。

帰りたいとは思わないんだろうか。
争いのないという世界に。
兄様がそんな風に思ってしまったらと思うと怖くなる。
兄様がそう感じているんだとしたらとても悲しい。
そしてそれが本当になって帰ってしまったら

「あ、あの。兄様!」

思わず声をかけてしまっていた。
兄様に帰ってほしくない。
それは私のわがままなのかもしれない。
もしかしたら兄様にとっては重荷になってしまうかもしれない。
けど兄様はきっと許してくれますよね。

「兄様の世界の料理で食べたいものがあったら言ってください。私、頑張って作ります」

ずるいな、って自分でも少し思う。
きっと兄様のためにじゃないから。
兄様が帰りたいと思わないように、ただそれだけのために言ってしまっている言葉だったから。

「いや、いいよ」

「え…」

とても簡単に言われた否定の言葉に私は少し動揺してしまった。
いつも喜んでくれていたのは嘘だったんだろうかと嫌な考えが浮かぶと、それが顔に出てしまっていたのか兄様は私の顔を見るとひどく焦っているようだった。

「い、いや。違うんだ。なんていうか…流琉の料理が食べたいんだ」

慎重に言葉を探しているようで兄様は少し悩んでいる。
さっきの嫌な考えは勘違いだった、その様子を見て私は少し安心した。
兄様はそのまま少し考えたあと微笑みながら続きを口にした。

「あっちの料理を再現するとかじゃなくてさ、流琉の料理が」

その言葉は予想していたよりもはるかに嬉しい言葉だった。
それは向こうよりこちらを選んでくれたようにも聞こえたから。
大げさだとも思えるけど少なくとも私にはそう聞こえてしまっていた。

だから

「は、はい!ちょっと待っててください。すぐに追加の分も作ります!」

きっと私は舞い上がっていたんだと思う。
嬉しくて嬉しくて。
兄様とずっと一緒だと思えて。

だからあの時は気付けなかったんだ。
あの時の兄様が寂しそうに笑っていた事に。

覚えておきたいんだ

兄様がまるで独り言のように続けたその言葉の意味を深く考えないほどに
私は舞い上がっていた。




北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。




覚えていてほしいと思いました。
だって兄様は優しいから。
もし私や季衣の泣いているのが聞こえたらすぐにでも来てくれるはず。
あれだけ泣いても来てくれなかったってことはきっと兄様に声は届かないってことだから。
ならせめて覚えていてほしいです。
なんでもいいんです。
もう会えなくなってしまった兄様の中に、どんな形でも何かが残っていてくれますように。






あとがき

お待たせしてすいません、すいません.m(_ _)m
いや実際とっくに出来てたんですけどね。メンテ中に書きあがって投稿のタイミング逃したというか…

今回は流琉ですね。イメージは大人な子供。子供だから直感で気づくけど子供だから割と単純。けど大人でいようとする。けど子供。そんな感じ。
分かりにくくてすいません。
誤字脱字があってもスルーしてください。




[6101] 青空はその色を変えて
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/06/10 14:23
目の前には美しい世界が広がっていた。
果てることなくどこまでも続く地平線、そこに夕陽が沈んでいく。
本当なら様々な色を持つそれぞれが例外なく一色に染まる。
森も、荒野も、町も、空の青さえも。赤橙に染まっていく。
生き生きとした声が聞こえてくる町も今はどこか物静かで。
昼と夜の境目はどこか寂しげな、しかし柔らかな世界へと姿を変えた。
綺麗だ、と思った。
自分が華琳たちと守ろうとしたもの、守ってきたものがそこにはあって。
少し冷たくなった風が木々を揺らしながら通り抜けていく。
城壁の上、風を受けながら改めて、感じた。


もうすぐ俺はこの全てを置いて、消えていかなければならないのだと。




この光景から離れづらかった俺はその欲求に逆らうことなくその場で夕日が沈んでいく様子を眺め続けた。
夕焼けを見ていると悲しくなるとよくいうが今の俺には逆に感じられた。
その光は優しくて、すこし穏やかになれる気がした。

「そんな所にいると風邪をひくわよ」

ふいに聞こえた声に少し驚きながら俺は振り返った。
誰もいないと思っている所にいきなり声をかけられるのは心臓に悪い。
振り返ると朱色の地面に落ちた自身の影が長く伸びていて、その先には華琳が立っていた。
少し離れたところから少しずつ歩み寄ってくるその光景に既視感を覚え、思い浮かんだのは凪だった。
ああ、そうだった。
あの時のあの子は何かを察してしまっていたのか不安そうにしていた、まるで捨てられた子供のように。
その姿を可愛いと思ったのはすこし不謹慎なのかもしれない。
そんな事を考えていたら華琳はもうすぐ隣に来ていた。

「何にやけているのよ」

……顔に出てしまっていたらしい。
個人的な事、と誤魔化しになっていない言葉で誤魔化そうとすると華琳はすこし面白くなさそうに鼻で笑った。

「大方女のことでも考えていたのでしょう」

「……なんでわかったんだ」

「あなたは四六時中そんなことばかりじゃない」

呆れたように断言する華琳にやりきれないものを感じたが、反論できる要素はなにも持っていない自分が少し哀しかった。
結局沈黙するしかない俺を見かねたのか溜息を一つついた後に言葉を続けた。


「ここ最近は特に、ね」


華琳はその話をしに来たのだと表情をみて理解した。
それは皮肉で言っているのではないというのは分かっていた。
華琳は俺の事情から察しはついているだろうから確認に来たのか。
華琳にだけ伝えてあるから。
西からさす光は華琳さえも赤く染めて、その凛とした顔がひどく綺麗にみえた。

「ああ。なんていえばいいのか分からないけど」

きっともうすぐ終わりだから。
華琳にだけは伝えたきっと覚める夢の終焉。
他のみんなには伝えずにいると誓った。
風には、気付かれてしまったかもしれないけど。

「少しでも、みんなと一緒にいようと思って」

忘れたくないから。どんなささいなことでも覚えておきたい。
残った時間があとどれだけかは分からないけど、それをみんなと過ごすために使いたい。
まるで死んでしまうみたいだ、と我ながら大げさに感じたがけれど俺にとってはそれほど大事なことだというのは間違いなかった。

「わかっているわ。あなたが考えていることなんて」

「そっか」

それは悪くないな、と冗談めかして返すと華琳は「馬鹿」と呆れたようにこぼした。
するとそっぽを向いていた華琳はこちらを向き、真っ直ぐに俺の目を見つめた。華琳の意志をもった強い瞳は今はらしくなく揺れているように見えた。

「言わないつもりなの?」

なにを、とは言わなかったが、それがなにを意味しているのかはすぐにわかった。
そこに非難は込められてはいなかったのは俺の問題には口を出さないという意志の表れなのだろうか。

「ああ。だから華琳も言わないでおいてくれ」

もうすぐ最後の戦いが始まる。
戦いに勝てば俺が消えてしまうという事を知ってしまったら戦いに影響してしまうかもしれない。
みんなは俺を好きでいてくれる。うぬぼれでも何でもなくそう思える。
だから伝えるわけにはいかなかった。
自分に言い聞かせるようにそう繰り返していた。

本当は、ただ引き止められるのが辛いだけなのに。
最後に見るのが彼女たちの泣き顔だなんて俺には耐えられそうになかったから。
自分さえ騙し切れていない言い訳が馬鹿馬鹿しいと苦笑をもらしながら町に目を向けると、さっきより弱まっている西日に気がつく。
少しずつ沈んでいく夕日のそのほとんどは既に地面に飲み込まれている。

「ええ」

華琳はそれだけしか言わなかった。
顔を見られるのを避けるように前に出て城壁に手を懸けながら。
華琳の髪が夕陽の逆光に透け赤く光っているのが、印象的だった。

「言わないわよ、誰にも」

その声はいつもの覇気に満ち溢れたものとは違う、年相応な少女のそれのようにひどく弱弱しいように感じた。
華琳は弱さを誰にも見せようとしない。それは思った以上に重いことなのだと今回の事で初めて理解した。
生まれた感情を押し殺すということが、零れそうな涙をこらえるということが、こんなにも心を擦り減らすことなんだと初めて知った。
みんなには悟られるわけにはいかないのに。
華琳はずっとそれを続けてきたんだ、こんなにも華奢な体で、誰にも頼らず。

俺は、こんな少女の事さえ置いていかなきゃならないんだ。

伸ばした手は華琳を抱きしめようとしていて、華琳は抵抗することなく腕の中におさまった。
いつのまにか全てを包んでいた赤燈は退いていて、遠くの空のみを赤く光らせているだけだった。暗くなっていく世界の中でその色はより鮮やかに見えた。
だんだんと寒くなっていく空気から逃れるように抱きしめた腕に力を込める。
華琳は後ろから抱き締められたまま小さく、呟いた。

「綺麗ね」

小さなその声が愛しかった。
この子がそんな声を出さずにはいられなかったと思うと、哀しかった。

そんなことを言っている場合じゃないだろ、華琳。
悲しいって、いうべきなんだよ。

いっその事泣いてくれればいい、と無責任にも思ってしまった。
結局のところ俺には傍にいてあげることもできないのに。
ただ何もできずに消えていくしかないのに。
いろいろな感情が溢れそうになって俺の方が泣いてしまいそうになった。

俺がいなくなった後、華琳は誰の前なら弱いままでいられるのだろう。


華琳には誰よりも幸せになってほしいと、こんなにも思っているのに。


「……俺も、そう思うよ」

幸せになってほしいよ、華琳。たくさんの苦痛に耐えてきた分だけ。
俺は、そばにいられないけど。
祈っているから。

「なぁ、華琳」

「なに?」

幸せになって

そう言おうと思ったけどなぜだか俺はその言葉を飲み込んでしまった。
今だけはただそばに居させてほしい。消えてしまう、その瞬間までは。
誰よりも近いこの場所で。

「いや、なんでもない」

そう、とうなづくと華琳はそれ以上追及しなかった。



何も言わず、ただ二人で寄り添いながら馬鹿みたいに空を見ていた。
遠くに見える赤色が少しずつ消えていくのを眺め続けた。
それだけでよかった。それ以上の何も、求めてなんかいなかった。
今、この時には全てがあった。
夕日が消えるまでのこの数分が何よりも愛おしくて。
この時間が終わりませんように、そんな馬鹿げたことをただひたすらに願い続けた。
それでも、遠くに揺れる赤はそんな望み一つ叶えてくれずに当たり前のように沈み


夜が俺たちを包んだ。



願ってみせるよ。
例えば華琳やみんながまたいつか別の誰かを愛するなんてことを今はまだ悲しいって、嫌だなんて思ってしまうけれど。
それでももし君たちがそうすることで幸せになれるというのなら。
そう願ってみせるから。
今はまだ無理だけど、きっと消えるその時までには心の底から、偽りのない気持ちで君たちがそうなることを良かったと思えるようになってみせるから。
だから幸せになってほしい。華琳にも、みんなにも。
俺にはそう願うことしかできない。








あとがき
短編集に順番をつけるとしたらこれが最終話?というかエピローグというかそんな位置づけです。前回のあとがきで言っていたように一刀のやつですねー。書きためてた奴です。ここ2月ほどは忙しくて一切手をつけられませんでした。
実際、締めのssがこんな暗くていいのか……?思わないでもないですが。
この短編集自体はまだ続きます。順番付けるとしたらこれが最後なだけで。
次の投稿はなるべく早くしたいんですけど……。多分、次のキャラは愛すべき馬鹿のうちのだれかだと思います。

感想をもらえるととても励みになるので、一言でもありましたら是非。

追記

時間ができたので読み返したらあまりにも雑すぎたので修正しました。



[6101] 空に見つけられず
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/06/06 21:12
「こんなところで何をしている」


訓練を終え、部屋へと戻る際に庭を通りがかると、北郷一刀が間の抜けた顔で座っているのを見かけた。
一人で何をしているのか気になった私はそちらに近づきながら声をかけた。


「ああ、春蘭か」


北郷は私の姿を認めると、すこし考え込んでいるように唸った。


「んー、あえて言うなら日向ぼっこ、かな」


「それでは何もしてないのと同じではないか」


まったく、こんな忙しい時期に怠けるとはなんてやつだ。
私は今しがた訓練を終えてきたばかりだというのに。
私がそう言うと北郷は困ったように笑いながら弁解をしてきた。


「いいだろ。ちゃんと仕事は終わらせてきたし」


それに、と呟きながら大きく伸びをしながら空を見上げた。
つられて見上げてみるがそこにはただ青い空があるだけだった。


「こんなにいい天気なんだからさ」


そういいながら空を見つめているこの男は何を見ているのだろうか。
予定を終え時間もあり、なんとなく気が向いた私は北郷の隣に腰をおろした。
しかし尋ねるように見てくる北郷に素直にそう言えず意地を張ってしまった。。


「お、お前がどうしてもと言うなら私も付き合ってやろう」


それを聞いた北郷は噴き出す様に笑った後で、こちらを見つめてきた。


「そっか、ありがとな」


「ふふん、構わん」


なんとなくニヤニヤした笑いが気にかかったが、北郷が素直に礼をいってきたので私は気分が良くなった。

北郷は足を伸ばし、後ろに手をつきながら空を仰ぎ見るように顔をあげ、目をつぶった。
見ているこっちの気が抜けそうな間抜け面をしているくせに、なぜかそれはなんとなく私を穏やかにさせた。

とは言うものの何もせずに座り込んでいるだけなのは性に合わず、退屈になってくると思わずあくびがこみ上げてきた。


「疲れてるのか?」


いつの間にか北郷はこちらを見ていて、あくびしている所を見られてしまっていたようだった。


「そ、そんなわけあるまい。貴様のような軟弱者と一緒にするな!」


気恥ずかしさからそんなことを言うが、北郷はそれに怒るのでもなく少し何かを考えるようにすると、いたずらをする童のように笑った。



「春蘭」



名を呼ばれ北郷に手をひかれたと思うと、次の瞬間にはなぜだか私は空を見上げていた。


「どうだ?」


ひどく近くから北郷の声が聞こえると思ったらすぐ上に北郷の顔があった。
そこでようやく北郷の足に頭を乗せているということを理解し、一気に顔に血が上った。


「は、はにゃせ」


「噛んでるぞ」


喉を鳴らすように笑いながら北郷はそう指摘すると、たまにはいいだろ、と呟いた。


「それとも嫌か?」


そう言われると私としても難しかった。とてつもなく恥ずかしくはあったが、不快というわけではなかった。
この男のことは、その、嫌いというわけではないし嬉しいという気持ちが無いこともなかった。


「し、仕方ないから我慢してやろう」


私がそう言うと先ほどと同じように噴き出すように笑った。

その後、北郷はしばらく黙ったままでいた。そのせいか少しずつ初めに感じていた気恥ずかしさも落ち着いていき、だんだんと穏やかな気持ちになっていった。




「幸せだなぁ」


北郷は穏やかな声でそんな事を言った。
下から見上げると北郷は薄く微笑んでいた。


「何がだ?」


「こうしていることが、だよ」


当り前のようにそんなことを口にする北郷は本当に幸せそうだった。
変なやつだ。そう思ったからそれをそのまま口にした。
ひどいな、と言いながら苦笑すると北郷は髪を撫でてきた。振り払おうかと思ったが、なんだか北郷の顔を見ていると反抗するのが馬鹿らしくなってきた。
それにこういうのもたまになら悪くなかった。


「こうしていると戦争中なんて嘘みたいだろ」


それは確かに分からなくもない、こうしている時は平和そのものだった。
普段はあまり意識することはないが、今は暖かい日差しも、柔らかい風も気持ち良くて、この庭園がとても価値のあるもののように思えた。
さっき北郷はこの事を言っていたのかもしれない。
そう思ったが何となく素直に認めるのが癪で、違う言葉を口にした。


「ふん、まだまだだ。華琳さまが天下統一なさればこんなものではない」


私がそう言うと撫でていた手を止め、北郷は意外そうな顔をこちらに向けた。
そんなことがなぜだか私の気分を良くした。


「華琳さまがお作りになる世界ならば今よりも素晴らしいのは当然であろう」


そのために私たちは闘って来たのだから。
それなのにこの程度で満足するなんてやはり変なやつだ。


「華琳が作る世界か……」


「ああ、そうだ」


北郷が目を細めながら呟く。
その世界に思いをはせているように見えた。


「……それは、幸せだろうな」


憧れるかのようにそんな言葉を口にする姿に疑問を感じた。
そんなに遠いものではないというのに。
私たちがそれを勝ち取るのはもうすぐだ。
それなのにやはりこいつは変なやつだ。


「ふん、そんなの当たり前だ」


こいつがどんな風に思っていようが私たちは勝つのだからすぐに私の言ったとおりになる。
そうすればこいつもこんな顔をしなくなるだろう。
こいつがいつものようにヘラヘラしていなければこちらの調子が狂ってしまう。


「貴様は大人しく平和になった後の事でも考えていろ」


私の言葉を聞くと北郷は顔を上に向け、空を仰ぎ見ながら「そうだな」と、呟いた。


「そのほうがいいかな」


「どうせ戦では役に立たんのだ。そのほうがずっとましだろう」


「春蘭に教えられるとは意外だな」


「なんだとぅ!」


私が起き上がろうとするとまた私の頭に手をやり笑いながら、悪い悪い、と繰り返し謝った。
なんとなく誤魔化された気もしたが、その顔をみるといつもようには怒れなかった。
穏やかに見えるその目がなぜか別の何かを意味しているように見えた、


「春蘭は平和になったらどんな風に過ごしたい?」


「む?」


「聞かせてくれないか?ゆっくりでいいから」


北郷はその手で私の髪をすきながら私の話を待っているようだった。
その感触が気持よく、少し眠くなりながらも私は思いついたことから話していった。


「そうだな、店の数が増えるだろうから華琳さまの服をもっと探せるようになる」


「きっと商人もたくさん来るだろうな」


北郷を叩き起して秋蘭と三人で買い物をするのは何度かやったが楽しかった。
きっと今度も華琳さまがお喜びになるものが買える。


「また料理を作ってみるのもいいな」


「今度こそ春蘭の料理が食べてみたいな」


お礼のつもりが北郷には危うく危険なものを食べさせてしまうところだった。
秋蘭たちには悪い事をしてしまったが、きっと今度は大丈夫だ。


「……そ、そうなったらお前に分けてやらないでもない」


「楽しみにしてるよ」


今度はしっかりと流琉に聞いて作ってみるとしよう。
きっとこいつはおいしさに驚くだろう。


「ふむ、遠乗りに出るのも悪くないな」


「それは、楽しそうだな」


きっと北郷は馬に慣れてないから途中で根を上げる。
そうなった時、どうしてもと言うのなら後ろに乗せてやらないでもない。


「華琳さまとのお茶会ももっと増やせるだろう」


「…ああ、そうだな」


こいつも少しは頑張ってきたのだからたまには参加させてやってもいい。
あくまでたまにならだが。


「お前が言っていた立食ぱーてぃーとやらを開くのもいいだろう」


「…本当に、楽しそう、だな。本当に…」


「…北郷、どうかしたのか?」


言葉を重ねるごとに北郷の声は小さくなっていき、最後にはかすれたような声でそう繰り返した。
目を閉じて、噛みしめるかのように。



なぁ、何をこらえているんだ?一刀、お前、泣きそうだぞ



知らずにそんな言葉が出そうになった矢先に北郷はすぐにその表情を隠した。
そして目を開けた北郷は最近見せるようになった微笑みを浮かべるだけだった。
まるでこちらを見守っているかのような、ただただ穏やかな笑み。
本当に、らしくない。


「なんでもないよ。ただ楽しみだな、と思ってさ」


「本当か?嘘をついていたら承知せんぞ」


「本当だよ」


その言葉に何か返そうと思ったが、うまく言葉が出てこなかった。
何も言わないでいると、北郷は何も言わずに繰り返し頭を撫でてきた。その手はとても優しく感じられた。
身を任せているとそのせいか眠気がだんだんと強くなり、またもやあくびがこみ上げてきた。
そんな私を見て北郷は小さく笑った。


「疲れがたまってるんだろ。眠いなら寝てもいいぞ」


「う、うるさい。言われなくてもそうする」


そんな北郷の態度に恥ずかしさを覚え、仰向けになっていた体を横に向け、顔が見られないようにした。
本当ならこいつをおいてどこかに行きたかったが、なぜだか膝から離れがたかった。


本当は心地よかったからなのかもしれない。

暖かい気温も、北郷の手もまるで私を眠らせようとしているようで、少しずつ私の瞼は重くなっていった。


「時間になったら起こすから」


「ふん」


子供をあやすかのような言い方を不満に思いながらも、私はゆっくりと眠りに近づいていった。





「華琳の作る世界で」


そのさなかに北郷が何かをささやいているのが聞こえてきた。私はそれにまどろみながら心の中で返事をした。


「本当に過ごせる日がくるなら、よかったな」


何を言っている。
そう遠い話ではないではないか。
きっとすぐ来る。


「きっと今よりも幸せなんだろうな」


当たり前だ。
そのために闘って来たのだろう。お前も、私も。
お前も頑張っていたではないか。
幸せになれないはずないであろう。
華琳さまとともに生きるのだから。


「警備隊を続けるのも悪くないって、本当にそう、思ってたんだ」


知っている。この間言っておったではないか。
この街で生きていくのだと。
華琳さまの下でともに。
ずっと一緒なのだろう?なぁ一刀。


「春蘭」


なんだ、そんなに情けない声を出すな。
仕方のない奴め。
なにがあったんだ。


「好きだよ」


変なことを言うな。
そんなことは知っている。
今更そんなことを言わずともいいだろう。
どうせいつもともにあるのだから。


「ごめんな」


何を謝る。貴様のことだからくだらないことであろう。
そんなに泣きそうにならずともよい。
私が何とかしてやろう。


「本当、に、ごめん」


懺悔するかのように紡がれた、謝罪の言葉。
それに呼応したように雫が頬に一滴落ちるのを感じると、私は完全に眠りに落ちた。






北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。





許すものか。
この世界で生きると、言っておっただろう。
華琳さまも他のみなも悲しませてまで。
どうしてお前はどこかに行ってしまったのだ?
幸せになりたかったのではないのか?

お前のせいだ。
華琳さまのお作りになった世界なのに。
ようやく戦い抜いて築いた平和なのに。
一刀、お前のせいで幸せになど、なれやしないではないか。







あとがき

思ったより早い更新となりました。
春蘭でした。季衣とどっちを書くか悩みましたが、まあ順番的に消化しておきたかったので。
えー、この短編集の中で一番の文章量となりました。ちなみに二番は秋蘭です。ここらへんに作者の贔屓が見受けられます。
ですが、かなり予想外だったので2500字くらいまで削ろうかと思いましたけど…短いよりはいいんですかね。いつも割と削るんですが。

春蘭は純粋故の盲目的な信頼がテーマです。
信じた人へは何かを不安に思っても、もしかしたら、なんて風にさえ考えません。
今回は拠点イベントの一刀の言葉を信じ切っている形です。
あくまで自分の勝手なイメージですが。





[6101] 違う空の下
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/06/20 22:18
※一刀がかなりヘタレています。嫌な人は注意。







胡蝶の夢。
蝶となり世界を飛び回る。
その果てに自らが人なのか蝶なのかが分からなくなってしまったという。
自分を証明するすべが無くて。

俺は蝶になりたかったよ。
人であることを忘れ、夢を見続けたかった。
いつまでも、いつまでも蝶のままでそっちにいたかった。
けれど、俺は荘周のようにはなれなかったみたいだ。
気づいてしまっていたんだ。
蝶のままではいられない、自分が人でしかないってことに。





「…ん」


カーテンの隙間から射す細い光に照らされ、俺は少しずつ眠りから覚めて行った。
まぶたの裏を赤く染め、その隙間から侵入してくる光は、鈍くなっている意識を必死に浮上させようとしているようだった。
しかし、ひどくゆっくりと覚醒していく意識は、起きることを拒否するかのように体を簡単には自由にしてはくれなかった。
長い、本当に長い夢を見ていた気がする。
自分の一生を凝縮したような、今まで生きていた時間と比べても遜色のないほどに、本当に長い夢。
どこまでも続いて行くような。決して終わることなく続くような。

けれど俺は目を覚ましてしまった。

ようやく自由になった体を起こし、意識を確かめるように周りを見渡してみると、どうしようもない違和感があった。
白い壁も、カーテンも、机も。
周りはいつもの俺の部屋に他ならないのに、長い間見なかったかのような懐かしさを感じたのはなぜだろうか。
今も体を横たわらせているベッドの感触も久しぶりだった。
見あきるほどに見ているはずなのになぜだろうか?毎日寝ているのに。
まるで何かを覆い隠すかのようにそんな疑問ばかりが頭の中を巡った。


「ああ、そうか」


そんなことを少しの間ぼんやり考えたけれど、あまりにも簡単にその答えが見つかった。
その理由を誰よりも自分が知っていた。本当に嫌になるくらい理解してしまっていた。


帰って来たのだと。夢から覚めてしまったのだと。


辛く、優しかった日々。痛みも喜びもひどく鮮明だったあの世界で出会った彼女たちはどこまでもまっすぐで、そんな彼女たちを俺は置いてきたんだ。
最後まで華琳以外には何も伝えなかったのは正しかったんだろうか。
今頃俺を恨んでいるのかもしれないが、それでもいいと思った。泣いて、悲しまれるのが一番痛かった。
そんな風に思う自分をどこか遠く感じていた。





枕元から電子音が鳴り響いた。
久しぶりに聞いた、聞き慣れていたはずの自然界にはあり得ない音。
目覚ましの代わりのアラームだった。頭はまだ正常には働いていなかったけど、それでもしみついた習慣によって俺の手は携帯を開いていた。
いつまでも鳴り続ける音を止めようとボタンを押したときに、ふと画面の隅の日付を目にしてしまった。


予測していたとはいえ、どうしようもない痛みに目の前が真っ暗になる。
数字の羅列が意味したことを理解すると、急に体から力が抜けおちていった。
わずかに軋ませるような音をたて、起こした体はベッドに吸い込まれた。
はっきりと理解しているつもりだった。ちゃんと受け止められているつもりだった。
そんな自信はただ一瞬携帯の数字を見ただけで砕け散ってしまった、あまりにも簡単に。


だって、あんまりだろう?


理解していた。あれが夢なんだということは。
タイムスリップなんて、パラレルワールドなんてありえないんだって。それでも俺はそれが現実だとも思っていた。
いつか覚める夢だと知りながら、どこかに確かに存在する世界なんだと心から信じていた。
けれど彼女たちと共に過ごした長く充実した日々は、無機質な数字によってあっさりと否定された。

なんて弱いんだろう。大人ぶって覚悟を決めたと高を括っていた俺は、結局見ないふりをしていただけで、覚悟なんてできてなかった。
たかが数分。たったそれだけの時間でどうしようもなく視界をグラつかせている。
なぜだか笑いがこみ上げてきた。


「はははっ」


自分でも分かるくらい渇いた、虚ろな笑い。それでもこみ上げる笑いを我慢するのも面倒で身を任せた。
当たり前だ。証拠なんてないんだ。あの世界が本物だって証明する確かなものなんてないんだ。
残っているものは無くて、あるのは結局いつ忘れてしまうとも知れない記憶だけ。
蝶と人、自分がどちらなのかと証明できないのと同じように、蝶として舞ったあの世界の存在なんて証明できるはずがない。
それなのに夢に過ぎなかったという証拠ばかりが明確にここにある。

そんな事さえ理解していなかったんだ。悟ったふりで大人ぶった俺は、帰った後の自分のことなんて何も考えられてなかった。

視界にあるのは白い天井と、光の灯らない電球。しばらくの間、意味もなくただそんなものを眺めていた。




そんなまるで意味のない行為に時間を費やしたが、何一つ変わりはせずに、ただ暗い感情だけが頭を巡った。
このまま何もしたくない、沈んだままでいたいと思ったがそんなことはできるはずがない。どんなに落ち込んでも時間は止まってくれないのだから。

外に出よう。

ふとそんな考えが浮かんだが、誰かに会いたいとは思えなかった。
彼女たち以外の誰かには。
他の誰かは求めてなかった。
こんな顔で会えば心配をかけると分かっているし、何故だか一人でいたかった。誰かに心配されたいとも慰められたいとも思わなかった。
学校に行こうとは思えなかったけれど、それでも少なくともこのまま部屋にこもっているよりはマシだと思い、俺は体を起こし着替え始めた。


安っぽい造りの扉を開けた時に見えた景色は、どこか色褪せているように感じられた。
二年近く通い続けている道をそんな風に思ったことは今日が初めてだった。
どこまであちらに感化されているのだろうか、そんな下らないことを考えながら道に沿って歩いて行った。
地方都市にあるこの学校には都会に比べ、緑はたくさんある。
東京で育った俺から見れば十分自然に囲まれているはずなのに、それが不自然に感じられる。

…本当は違うのかもしれない。
感化されたふりをしているだけなのかもしれない。
未練がましくあっちの世界を美化することで、こっちの世界を否定することで、あの夢を肯定しようとしているのだろうか。
嫌な考えばかりが浮かんでくる。これでは部屋の中にいる時と何一つ変わらない。
それどころか向こうとの違いを見つければ見つける程、何かが削り取られていくように感じる。
それらを振り切ろうとしてか、だんだんと早足になっていた俺はいつの間にか走り出していた。

どこにいこうかなんてまるで考えてなかった。
ただ何も考えたくなかった。馬鹿みたいに走っている間にも重いものだけが胸を巡って、そんな自分にも嫌気がさした。
頭の中が真っ白になり、何も考えられないほどがむしゃらに走り続けると、開けた場所に出た。



石が敷き詰められた道に、規則的に並ぶ木々、丁寧に手入れのされている花壇。
どこまでも続くはずの空は、木々や建造物に邪魔されて、囲われたようにみえる。
狭い、空。

間違いなく、俺が今まで生きてきた世界だった。



それらが目に入ると、酸素を求める体に応じるように膝をついた。
激しい呼吸を繰り返しながら、しかし頭の中はそれどころではなくて。
途方もない喪失感ばかりが胸にあふれた。

当たり前のはずなのに、分かっていたはずなのに。

こんな光景はあっちの世界では決して見ることはできない。
作り物のように整然としたこんな光景が、あの何もかもが雄大で、力強い世界にはあるはずがない。
広大な荒野も、皆と過ごしたあの城も、守ってきたあの町も、

ありはしないんだ、この空の下には。

そう、実感してしまった。初めて現実を受け止めたような気がした。


本当に  帰ってきてしまったんだ。


「あれ?」


まるで別物のように思える空を呆然と眺めていると、頬を暖かい何かが伝った。
問うまでもなくそれは涙だった。ただそれだけのことなのに俺はひどく驚いた。


「なん、で?」


なぜこんなにも簡単に俺は泣いてしまっているのだろう。
別れを確信した時も、華琳に別れを告げたその瞬間さえ泣くことはなかったのに。

ずっと耐えることのできたことが何故今はできないのだろうか。嗚咽がこみ上げることもなく、涙腺が壊れたように涙だけがただ流れた。

悲しいというよりも不思議に思った、なぜこんなにも涙があふれているのだろうか。




ああ、そうか。




当り前だよな。
いないんだから、この世界に彼女たちは。

ここには華琳も 春蘭も 秋蘭も 桂花も 季衣も 流琉も 凪も 真桜も 沙和も 霞も 風も 稟も 天和も 地和も 人和も 誰もいないんだから。
誰も、いないんだ。
だから、見せないように気を張らなくていいのか。


なんだよ、我慢する必要なんてないじゃんか。だっていないんだから、見られる心配もないだろ。
見られて、気付かせてしまうことも、不安にさせることもない。

隠さなきゃいけない相手は、みんなは、どこにもいないんだから。


「……馬鹿、みたいだ」


涙を拭おうとも思えず座り込みながら、知らずに呟いていた。
本当に俺は何一つ理解していなかった。本当は、俺は覚悟なんてできていなかった。
二度と彼女たちに会えずに、元の世界で生きていくという事がどういうことかなんて。
平気だと思っていた。
悲しみも、痛みも我慢できると思っていた。
そんなのは勘違いだった、見ていないだけだったんだ。
見ないふりして、気付かないふりをして。
現実を受け止めないことで、やり過ごしてきただけだった。


俺はこの世界で生きていかなきゃいけないんだよな。
君達と会えないまま、君達を少しずつ忘れながら、生きていかなきゃいけないんだよな。


「本当に……馬鹿みたいだ」


そんな言葉を繰り返していると、ポケットが震えているのを感じた。
なにも考えずに携帯を手に取ると及川から繰り返し着信があったらしい。
きっと何も言わずに休んだからだろう。軽口を叩きながらも心配してくれるのが簡単に想像できる。
分かってはいるんだ。
こっちには及川や他の友達も、両親やじーちゃんもいて、知り合いなんて数え切れないほどいるってことは。

でも、それでも一人ぼっちになったように思えるんだ。
いつかそっちに行った時には感じなかったのに、どうしようもない孤独を感じるんだ。
寂しいよ。まるで世界に俺しかいないように思えてしまって。

何か、一つでもあれば良かった。写真は無理でも、みんなが確かにいたと思える何かを。
それさえあれば、俺はそれに縋ることができたのかもしれない。


そんな無いものに縋ろうとしても、もう彼女たちはどこにもいなくて。
俺は今も震える携帯をとることもできずに、ただ一人泣くことしかできなかった。




わからないよ、華琳。
俺は今までどんな風に過ごしていたのかも、何を思って生きていたのかも。
そんな事さえ忘れてしまったよ、そっちで生きることに必死で。

なぁ、俺もいつかは立ち直るからさ、今はいいよな。
今はただ悲しんでもいいよな。
もしかしたら情けないなんて言われるかもしれないけど。
きっとまた頑張るから。またいつか会えるはずだって信じて、精一杯生きて行くから。
今は泣かせてほしいんだよ。


君たちのいない世界で、生きていかなきゃいけないことを
受け入れることなんて、できないんだ。






あとがき&いいわけ


えーと、帰還ssです、と言い張ってみようかと。
ま、まあ意味的には間違ってないですよね。(元の世界に)帰還ssということで。
本当は、短編集で大人に書きすぎたのでヘタレ分補充しようかなぁ、くらいで書き始めたら途中から……な方向に行っちゃいまして。

立ち直って前向きに努力する一刀はよく見ますけど、落ち込んで頑張れない一刀は見たことなかったんで、まあそんな感じで。
魏のみんなも凹んでそうだし、一刀もこのくらい悲しんでもいいかな、と。
若干、秋蘭との対比を意識してます。華琳に慰められる秋蘭、独りの一刀。
あ、後は春恋は未プレイなので学園の立地などに矛盾があったとしてもスルーお願いします。

次は腹ぺこか鼻血のどっちかだと思います。かなり低い可能性でメガネ三女。



[6101] 番外編 空に消えたという人
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/07/04 23:41


劉備玄徳は静かに、一人考えていた。
訪れた平和のその意味を。





赤壁の戦いが終わった後、勝たなければならなかった最後の戦い。
私たちはそこでも負けてしまった。
愛紗ちゃんたちや呉のみんなもたくさん頑張ったけど、結局華琳さんには敵わなかった。
軍での戦いでも打ちのめされて、華琳さんとの一騎打ちでもまるで歯が立たなかった。
それでも今の私たちは望む世界で、みんなと暮らしている。
私が目指していた平和、華琳さんが治める今。そこには何一つ違うところが無くて、大切な人達は誰もいなくならなかった。
けれどそれは私たちだけの話。

「本当にあなたは似たような事を言うのね、あいつと」

以前、華琳さんは私にそう言ったことがあった。それはお酒の席でのことだったと思うけどはっきりとは思いだせない。


あいつ。


華琳さんはそう言った時、何かを懐かしむように笑っていた。けど、滲みでる悲しみを隠し切れてはなかった。
あの華琳さんにそんな表情をさせる人。
華琳さんの言う「あいつ」という人は華琳さんにとってどんな存在だったんだろう?







「天の御使いさん」

「…いきなりどうしたのですか?桃香さま」

「えっ」

いきなり声をかけられて、顔をあげると、愛紗ちゃんが心配するような顔をしていた。
考えていたことを思わず口にしちゃったみたいだった。
政務中に考え事なんて怒られちゃうかな…。

「ううん、なんでもないよ」

「なんでもないのならいきなり独り言なんて仰らないでください。天の御使いと呟いていましたが…」

愛紗ちゃんは私の独り言が気になっているみたいだった。
話してみようかな。私はあんまり頭が良くないけど愛紗ちゃんならなにか分かるかもしれない。
私はただ持っていただけで動かしていなかった筆をゆっくりと机に置いた。




「うん、ちょっと前の事なんだけどね、華琳さんに言われたの」

「なんてでしょうか?」

「私が天の御使いさんと同じことを言ってる、って」

「そう、なのですか?」

私がそう言うと愛紗ちゃんは不思議そうな顔をしていた。無理もないと思う。
私たちはその人の事を何も知らないんだから。

ただ一つ分かっていること。
華琳さんにとって、とてもとても大切な人だったらしい。
ううん、華琳さんだけじゃなくて魏の人達も同じように大切に思っていたらしい。





決戦の次の日の朝。私たちは幸せだった。
みんなにとって何よりも望んでいたことが叶った日で、とても楽しくて、とても幸せで、お酒のせいで頭が痛くても、そんな事さえ楽しいと感じられた。
みんなが昨日まで敵対してた、なんてこと忘れるくらい生き生きとしていて、みんな笑っていた。

魏の人達にとっても、幸せな朝、だった。


華琳さんと天の御使いさんがいないって春蘭ちゃんと桂花ちゃんが騒いで、秋蘭ちゃんと霞ちゃんが二人で逢引してるんだなんて笑いながら言って二人をからかってた。
それを聞いて稟ちゃんが鼻血を出して、凪ちゃん達三人と季衣ちゃんがズルイなんて言いながら拗ねてて、流琉ちゃんは顔を赤くしてた。
風ちゃんだけはボーっとしてたけど、風ちゃんは不思議な子だからよくわかんない。
とにかく、怒ってたり、拗ねてたりしても、それでもみんなどこか楽しそうだった。
本当に笑って、幸せそうで。見ていて笑ってしまうくらい楽しそうだった。

華琳さんが帰ってくるまでは。


独りきりで、華琳さんが帰ってくるまでは。



泣いていた。悲しんでいた。みんな、辛そうだった。

そんな皆を前にして、私達と呉のみんなは戸惑うばかりで何も言えなかった。

どうしてなのかな、と思った。
勝ったはずのみんなが、どうして泣いているの?
負けたはずの私たちは笑っていて、どうして勝ったはずのあなたたちばかりがそんなにも悲しんでいるの?
変だな、と思った。

誰かが悲しまなきゃいけないとしたら、私たちじゃないのかな?

天の御使いと呼ばれた人が、元の世界に帰ってしまったという。
華琳さんの目の前で、消えてしまったのだと。
華琳さんが、愛した人。
なんで華琳さん達が悲しい思いをしなければならないの?




みんなはこの国を去るその最後まで、沈んだままだった。




「私にはどのような人物なのか知りませんので、なんとも言えませんが」

「うん、私もなんにも知らないんだ」

最近ようやく少しずつ華琳さんは昔みたいになっていった。
それまではボーっとしてたりすることが多くて、雪蓮さんは張り合いがない、って詰まらなそうにぼやいていたのを覚えてる。

「ただね、その人も言っていたんだって。天の御使いって呼ばれるのも好きじゃなくて、みんなと一緒にいられるなら、お金も権力も別に欲しくない、って」

「それは、変わった方ですね」

愛紗ちゃんは言葉を選ぶようにして、そうこぼした。
愛紗ちゃんはそういうけど私には分かるような気がする。

部下になんてならないでくれてもよかった。
一緒にいてくれるなら。
王になんてならなくても良かった。
ただそれが理想への近道だと思っただけだから。
ただ平和な世界が欲しかった。

「私にはね、その気持ちは分かる気がするの。それでもどうしてもわからないことがあるの」

ずっと考えていた。
華琳さんと一騎打ちした時、次の日の涙を見た時。
平和が訪れたことで、御使いさんが帰ってしまったと聞いた時。
それらの時から。

「私は好きな人達と一緒にいたくて戦ってきたの」

みんなが笑っていればいい。そしてみんなと一緒に居られればいい。
私にはそれだけだった。
愛紗ちゃんを見ると真剣に聞いてくれているみたいで、ゆっくりとそれらを口に出した。

「華琳さんはどうだったのかな?平和になったら自分の大切な人が帰ってしまうのに。本当なら大切なものを守るために戦うはずなのに、華琳さんは戦うことで大切な人がいなくなってしまう。それが分かっていたのに、どうして戦えたんだろう?」

私には、きっと無理。
戦えなくなってしまうと思う。
私の理想はやさしい世界。それはみんながいるのが前提だったのに。
華琳さんの理想はどうなんだろう?
失う覚悟をするのも王の条件ならなんて悲しいんだろう。

「天の御使いさんはどう思ったんだろう?天に帰りたかったのかな?それとも帰りたくなくても、離れたくなくても、華琳さんの意志を尊重したのかな?それはどうしてなのかな?」

二人がどんなことを思っていたのか私には想像できない。
心の片隅でずっと考え続けてた。それでも、何もわからなかった。

「それが、分からないの」

語り終えて愛紗ちゃんの方を見ると、何かを考えているようだった。


その後で愛紗ちゃんははっきりとした声音で答えた。

「私は、桃香さまのお優しい心に感銘を受け、お仕えすると決めました。あなたの理想を貫こうとするお姿に惹かれたのです」

愛紗ちゃんはとてもまっすぐな表情をしている。
堂々と、迷いのない目をしている。

「天の御使い殿も、そうだったのではないでしょうか?曹操の何かに惹かれ、共にいたのだと思います。そして曹操も、それを理解していたのではないでしょうか」

「そう、なのかな?」

それは、悲しいことだと思った。

理想を貫こうとする華琳さんに惹かれて。
その姿を支えるってことがお別れにつながってしまう。

天の御使いさんを愛して。
その人に恥じない自分でいるためには、理想を貫くしかない
たとえ失うことになっても。

なんて悲しいお話なんだろう。

「いえ、あくまでも、私の意見です。本当のことは当人に聞かなければ」

愛紗ちゃんはそこで少し笑った。
そうできるようになればいい、と思っているように見えた。

「そうだね」

いつか聞けるようになればいい。
華琳さんの傷をひっかかずに済むようになったら。
華琳さんにも。
それに

「いつかお話できればいいね。天の御使いさんとも」

「はい」


華琳さんたちが帰ってくると信じているその人にも。





あとがき

いつも以上にまとまってませんね。自分自身ここらの解釈がまとまってないので。さすがにそのうち書き直すかと。
散文として成り立ってないような気もしますが、アレです。フィーリングで読んでくれると助かります。
他国から見たケースを書いてみたくて。
たまに桃香が嫌いって聞きますけど個人的には割と好きなので。
真名とかの呼び方は資料少ないから適当で。

遅くなった挙句、予告も破ってほんとすいません。レポート書きまくってるせいか頭使わなくていいss書きたくなって某所でアホなss書いてたりしたせいです。
今月の後半にはもう一本くらいは書けるかなと。
更新が遅れたなら、某ゲームの追加シナリオがもうすぐ来るのでそれにはまって怠けていると考えといてください。



[6101] この空には何もなく
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/07/17 18:49

一刀がさらにヘタレています。
魏に帰還して幸せになってないと嫌だ、という人はご注意。





射し込む光を感じてゆっくりと目を覚ました。
どうも春眠暁を覚えずとはいうわけにはいかないらしく、頭は寝ていたくても体は起きたいがって仕方がないようだった。
あー、だるぅ。飲み会のせいか重くて仕方がないのを我慢して体を起こすと、既に11時をまわっていた。
こんな時間に起きた自分に少しだけ驚き、やっちゃったかと一瞬思った。

「あー…、今日は休みだっけ」

起き抜けであまり回っていない頭で考えてみると今日は珍しく何も予定が入っていないことを思い出した。


大学に入ってからは講義やバイトに時間をとられて暇な時間というのはあまりなかった。
とりあえず朝飯でも食べようと思い、冷蔵庫を開けた。
しかしとても小さいそれの中には缶ビールが数本と調味料が入っているだけで、開いた扉からただ冷気を垂れ流していた。
なにかしらあるよな?他の場所を探しても、一人暮らしの今、自分で買い足した覚えがないのなら見つかるはずもなく、思わずため息が漏れた。

窓に目を向けると春の日差しが差し込んでいた。休みに外に出るなんて億劫で仕方がなかったが、このままでいるわけにもいかなかった。


とりあえず出かけよう。
そう思ったとき何かしらの予定以外で外出するのはひどく久しぶりだったという事を思い出した。買い物なんかも外出のついでに済ましてばかりだった。
ついでに生活用品を買い足しておかないといけないことに気づき、なおさら億劫になったが仕方ない。

顔を洗って身支度をする。
着替えを済ませて薄いドアを開けると、暖かそうな日差しとは裏腹な冷えた風が吹き込んできた。三月は春のイメージが強いが、まだ太陽は遠くにあるらしい。
ジャケットでも着るか。そう思って居間に戻ってクローゼットを開けると、目当てのジャケットとは別に白い服が目の端をかすめた。


聖フランチェスカの制服だった。


夢から覚めてからも二年の間、袖を通した。
そしてそれを着なくなってからさらに三年。


あぁ、もうそんなになるんだっけ。

ぼんやりと思いながらもジャケットを手に取り、3月の肌寒い気温の中、外に出た。





通っている大学はそれなりに有名で、誰もが知っているようなところ。
だからといってそれは特に目標にしていたわけでなかった。ただ時間が余っていたから勉強していたらそうなった。
この世界では生きることはあまりにも簡単で、なにかに打ち込まなければならないって、急かされるような気持ちがあったから。
剣道は続けているけれど、これといってどうということもない。
結局は、経験がものを言う剣道では、夢をみて強くなりました、なんてことはあり得るはずもなく、四段の審査を控えているくらいだが、その程度だ。


忙しい。


そうは言ってもあくまで自主的なものだ。
力を抜こうと思えばどこまでも堕落できる。
怠惰を許してはくれない彼女は、もう隣にはいない。
自分の行いに人の命が左右されるなんてこともない。


ただの、学生なのだから。





息が白くはならなくなった、とはいってもそんなことは程度問題で寒いことには変わりない。
気休め程度にしか暖かさを与えてくれない日差しはやけに眩しく、自然と目を細めていた。
できるなら近くのコンビニで済ませたい。しかし生活に余裕がない身としては余計な出費を抑えなければならない。
食料を求める体の声を無視しながらデパートへと向かう。


今の住居から街の方へは川が続いている。
川沿いの道を進んでいると、柵越しに水面に反射した光が輝き、それがやけに目に焼きついた。


あっちの世界の川はこんなものじゃなくて、どこまでも広大だったな。


そんな言葉が頭に浮かんだが、それだけだった。
そんなことを思っても揺さぶられるようなことはなかった。
溢れ出る感情なんてどこにも見当たらなくて、それがなぜか悲しく感じられた。

無意識にポケットを探り、目当ての物を手に取ったが、乾いた音を立てたそれの中にタバコはもう一本も入ってなかった。

うあー。

なんとなくうまくいかないことにうなだれる。

「なんかグダグダだ」

思わずそんなことを口に出したが、それこそ今更過ぎて口にするのも馬鹿らしかった。







デパートに着くと、人の多さにうんざりした。バーゲンなのか分からないけど休日の昼からこんなに多くの人間が買い物を楽しもうとしている。

休みなんだから家で寝てればいいのに。

自然にそんな言葉が浮かぶ自分がなんとなくダメな人間に近づいているような気がして、その言葉を掻き消す。
とりあえず人の通行の邪魔にならないように端により、ひと息つく。
えーと、食べ物とトイレットペーパー、ほかになんかあったかな?
何を買うのか頭の中で整理しながら自動ドアをくぐった。


所持金はそう多いわけじゃない。カードがあるから下ろせばいいのだが、仕送りとバイトだけの生活からなるべく無駄遣いは避けたい。
昔からは考えられないような主婦的な思考に頭が痛くなったが、養われている身としては当然のことだ。
かさばりそうなものを後回しにするために食料品の売り場に足を向けた。
人にぶつからないようにゆっくりとカートを進ませながら、必要なものを一つ一つカゴに入れる。
とりあえず朝食になりそうな食パンやカップメンを中心に入れていく。大学に入ってからは家で食べるものと言えばこんな物ばっかだ。


もしかしたらあっちにいた時の方がいいものを食べていたかも知れない。
ここには本当に様々な食料があるのに。
どこか皮肉に感じられた。

あの時代では高価だった塩や砂糖なんて笑ってしまうくらいの安値で手に入る。
なんとなくボーっと眺めていると店員に変な目で見られたので、誤魔化す様に笑いその場を離れた。



いざ会計を済ませてみると、買いこんだつもりだったが、思った以上に荷物は少なかった。
自分の貧乏性にため息が出た。その割にはタバコや飲み会など、体に悪いものには財布の緩むのを自覚しているから更にだ。
いや、まあ大学生だし。バイトや講義の息抜きと思えば。
言い訳としてはどうかと思うが、人よりも努力しているのは確かだ。

努力というのは、少し違うのかもしれないけど。

そんな問答を一人しているのもどうかと思うのでとりあえず忘れよう。
出口へ向かっていると、目の前を誰かが横切り、





その姿に目を奪われた。





「あ…」



グシャリと、何かが潰れる音が、遠く聞こえた。


その光る金色の髪から、目が離せなかった。
彼女の色だった、その色から。






痛みを覚えなくなったのは、いつからだっただろう?
こちらの世界で、あっちとの違いを意識するたびに胸をついた、耐え難いくらいの鋭い痛み。
嗚咽がこみ上げ、涙があふれた。叫びだしたい衝動にかられた。
自然となくなっていった。
あの子たちを知る者は誰もいない。あの子たちがいることを証明するものは何もない。

誰かに話しても、夢を見ていたんだ、と笑われてしまうだけなんだよ。

自分に言い聞かせていた言葉を思い出す。


自分の中心にはあの子たちとの記憶があった。
何があっても揺るがないような、大きな気持ちが。
それでも人は慣れて行く。俺もそれは変わらない。
痛みを忘れるために勉強に打ち込む。悲しみを感じる暇をなくすために稽古を続ける。
繰り返しているとまるで薄皮を一枚一枚剥いていくように、少しずつ、けれど確実にそれは削れていった。
記憶は薄れていく。痛みも鈍くなっていく。涙は流れない。
今ではあまりに小さく、歪になってしまっている思い。
みんなの顔や声も温もりも、だいぶ色褪せてしまった。



それでも、それが座る場所だけは昔からまるで動いてはくれない。







顔も背格好も、髪の色以外は何も似ていないその人は既に目の前を去っている。
俺の様子になんて気付くはずもない。
何をしているんだか。馬鹿みたいで笑えてきた。
忘れたつもりでも、たまにこういうことがあるから困るんだよな。
いつの間にか手から落としていた買い物袋を拾い、足早に店を出た。



川沿いに道を戻る。
落としてしまった食料は少しつぶれていたが、卵を買っていなかっただけましだと思えた。
家までの道を歩いていてもさっきのことばかりが頭にチラつく。
あー、俺ってほんとめんどくさいな。
本当に、何してるんだか。やけに感傷的になってしまっている自分は昔に戻ってしまったように思えた。

「…寒っ」

日は朝より高くなり、気温は高くなっているはずが、川の方から吹き込む風は妙に冷たく感じられた。
かじかんでしまった手をポケットに入れる。
このまま帰っても気が滅入りそうだ。そう思うと足は帰り道から外れていた。

どこへ向かっているのかなんてわからない。
そんなことは俺が一番知りたかった。
行きたい場所はどこにあるんだろうか?





そうは言ってもこんな都会でどこに行けるわけでもない。
時計ウサギが現れることも、どこまでもツツジが続く道に迷いこむこともなかった。
不思議な体験なんてあれ以来縁がない。
結局、公園に着いた俺は他の所に行く気にもなれず、そのままベンチに腰を下ろした。
なんだか色々なことが面倒になって空を見上げて溜息をついた。





なんか呪われてるみたいだ。こんなにも縛られていると。


少し呆けた後、デパートで補充したタバコに火をつけながら、そんな風に思った。


いっそ忘れさせてくれればいいのに。
だいたい非現実的だよな。夢を見ただけだって方がよっぽど説得力あるよ。


何度も繰り返してきた言葉を懲りずに反芻する。


タイムスリップなんてあるはずないだろ。
ハーレムを夢見るってどんだけ飢えてんだよ。


自分を説得しようとしたそんな言葉は何度繰り返してもタバコの煙と一緒に消えていく。
結局、いつも通りなにひとつ捨てられない、どこまでもどうしようもない俺だった。



本当に忘れさせてくれないかな、華琳、みんな。
いつもそうなんだ。忘れたと思うとどこからか現われて思い出させて。
苦しい時には助けてなんかくれない。
酒とかタバコはやれても、君達のせいで誰かを好きになんてなれない。誰かと付き合おうなんて間違っても思えない。
華琳たちは俺を馬鹿にするけど、これでも結構モテるんだぞ。
可愛い子からの告白を断って及川にホモなのかと真顔で聞かれた事さえあるんだよ。
それでも、君達が中心から動いてくれないんだよ。



これは罰なのかな、君達を置いていったことに対する。
贖罪なのかな?君達を捨てた罪への




「怨んでやるから」




そんな彼女の言葉を思い出した。






「…ッ」

吸い込んだ煙がおかしなところに入って、ゴホゴホと激しくせき込んだ。
むせ返ったまま呼吸もままならず、体が酸素を求めていた、
そんなどうしようもな状態のなか、未だ整わない呼吸のまま無意識に口を開いていた。

「…ふざ、けんなよ」

腹が立っていた、どうしようもなく。
感情が高ぶっていくのが、なぜか懐かしく感じられた。
口にせずにはいられなかった。


「…誰がっ」


眼尻に浮かんだ涙はせきこんだからだ。
声が震えているは寒さのせいだ
うずくまって顔を隠しているのは、呼吸が整えるためだ。


「誰が、好きで、置いていったっつうんだよ…」




涙なんて、悲しみなんて、尽きたはずだから。
きっとそんなの今更、感じるはずない。

本当に、そんなこと、今更のことだ。








あとがき

一度某所に投稿したんですけど、考えてみれば短編集に入れても問題ないと思いまして。
ヘタレてますね。すぐに帰還したり、変に強く設定しない限り現代社会では
こんなものかと。後味のいいssではないですけれど。自暴自棄にもなりきれずに、投げ出すわけにもいかず…みたいな。

次こそは魏のキャラに戻る…










[6101] ただ空を待つ
Name: nanato◆6d214315 ID:c07f94a2
Date: 2009/10/26 13:54


「兄ちゃん!早く」

「少しは落ち着けって」

今日は兄ちゃんに誘われて街に来ている。
二人で街に行ってご飯を食べようって誘ってくれた。
最近なんだか難しそうな顔をしている兄ちゃんと久しぶりに二人で出掛けられるのが嬉しくて思わずはしゃいじゃった。
追いついてきた兄ちゃんは少しだけ息を切らしていて、なんだか申し訳なくなった。

「兄ちゃん、ごめんね」

「いや、平気だけど。それにしても季衣はあれだけ食べた後でよく走れるな」

「僕、まだまだ食べれるよ」


そう僕が言うと兄ちゃんはおかしそうに笑って頭を撫でてくれた。


「じゃあ次は何が食べたいんだ?」

「あそこの串が食べたい!」

「じゃあ買うか。俺も食べようかな」


僕は十本、兄ちゃんは一本だけ買うとその場で二人で食べ始めた。
一本だけでいいの?と聞くと兄ちゃんは「十分だよ」と言って苦笑いをしてる。
こうやって二人で食べるのはなんだかいつもよりおいしく感じて、すぐに食べ終わっちゃった。

「季衣。ほら」

「ん」

兄ちゃんが服についてる、ぽけっとってところから布巾を出して口を拭いてくれた。
昔にもこうしてもらったことを思い出してなんだか懐かしくなった。






「ねぇ、兄ちゃん」

「ん?」

いつもよりもたくさんご馳走してくれるのはなんでかな?
ちょっとだけ不思議に思った。

「なんで今日はこんなにごちそうしてくれるの?いつもはお金無くなる~、って困った顔するのに」

いつもおなかが減った時に兄ちゃんにねだると困ったような顔をしてた。
それでもいつも一個だけだぞ、って言いながら買ってくれていたのがいつもの兄ちゃんだった。
そうやって聞くと兄ちゃんはほんの少しだけ考えるようにうなった。

「もうお金を残しておいても意味ないからな」


「どういうこと?」


そう言った兄ちゃんは少しだけ、寂しそうに見えた。
なんでだろう?
不思議に思ってじっと見つめると兄ちゃんはごまかすように笑った後、いつも勉強を教えてくれる時みたいに、言い聞かせるように丁寧に説明してくれる。


「戦が終われば華琳からご褒美たくさんもらえるだろ。それなら今はケチらないで季衣にうまいもの食べてもらって頑張ってもらった方がいいだろ」

「ほんと?」

「ああ。それ以外に何かあるか?」

兄ちゃんは笑いながら聞いてきた。
そういわれればそうかもしれない。
兄ちゃんはたくさん頑張ってたから華琳さまもご褒美をくれるのは当たり前だよね。
寂しそうに見えたのはきっと勘違いなんだ。


「そっか。そうだよね」


そう納得したらさっきまであったもやもやするものが無くなったように思えた。
なんだか安心したらおなかが減ってきた。


「じゃああっちの肉まんも食べる!」

「よし任せておけ。ほら」


そう言って手をこっちに差し出してきた。

手をつなぐのはなんとなく照れくさかったけど、でも嬉しくてすぐに兄ちゃんの手を握った。
兄ちゃんの手はすごくあったかくて、こうやって兄ちゃんと手をつなぐのが大好きだった。
いつもみんなに弱い弱いって言われる兄ちゃんだけど、兄ちゃんの手はすごく大きくて、なんだか安心した。


「うん」


ぼくが返事をすると兄ちゃんはゆっくりと歩き出して、僕もそれに合わせて歩いた。
いつもなら走っちゃいたくなるけどこうしているとそんな風には思わなかった。
兄ちゃんと手をつないで歩いているといつもとおんなじ街でもすごく楽しいところのように思える。

たくさんの人たちが兄ちゃんを見ると声をかけてくる。
お店の人とか、警邏中の人とか、子供とか色んな人たち。
街の人に声をかけられる兄ちゃんを見て、みんなも兄ちゃんのことが大好きなんだって思った。
ぼくと同じなんだって思った。
そう思うとなんだか嬉しくなって思わず手を強く握っちゃって兄ちゃんの顔を見上げると、兄ちゃんは笑いながら握り返してくれた。
そうしているととても幸せで、怖いことも、いやなことも何もなかった。


ずっとこうしていたいな、って思った。



兄ちゃんと手をつないでいたいな、って思ってた。




ずっと、ずっと。







北郷一刀は天に帰った。
そう告げられたのは皆がようやく平穏を手に入れたと喜んだ翌日だった。






兄ちゃん、早く。早く帰ってきてよ。
兄ちゃんは帰ってくるよね?
だって華琳様からご褒美もらってないから。
ぼくもたくさんご褒美もらったから今度は兄ちゃんにご馳走してあげるから。
兄ちゃんは優しいから、ぼくたちが待ってたらきっと帰ってきてくれるよね。
兄ちゃんは優しいから、このままいなくなったりなんかしないよね。
やだよ。もう会えないなんてやだよ。
たくさん泣いて、子供だって笑われてもいいから

ずっと、待ってるから。









あとがき

もうすでに待ってくれている方々もいないかもしれませんが書きあがったので投稿。
この短編集書いてて「あれ?三人称ってどう書くんだっけ?」ってなって三人称を書きまくってたら「あれ?この短編集ってどう書くんだっけ?」となってしまい筆が遠ざかりほぼリハビリ作。
そのせいで今までのとは感じが変わってるかも知れません(汗

季衣は子供。実は大人なところもあるとかの捻りもなく、ただ子供な子供をイメージしてかきました。実際書いてて季衣の一人称で使える語彙が春蘭以上に少なくて書きにくくてしかたがない。リハビリ作なので文章量少なめですけど個人的には秋蘭とかのssより凪とかこれのような装飾少なめのシンプルな文章を書く方が好きかもしれません。

PS.絶賛放置中にPV10万いっちゃって感想も100いきそうで嬉しいやら申し訳ないやらですけど、見てくださってる方、感想を書いてくださってるかたありがとうございます。


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