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[4768] ロードス島電鉄 (現実→ロードス島伝説)
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/07/11 17:28
 まず最大の注意事項。
 タイトルに意味はありません。
 ロードスで電車会社を興すとか、そう言う話ではありません。
 勘違いされた方にはほんとごめんなさい。

 ありがちな現実→作品世界(ロードス島伝説)です。
 ついでに主人公達はとても強いです。
 おまけに主人公(?)TSだったり、色々と痛いお話です。
 原作登場人物の性格がなんか違う様な気もします。
 それでも読んでみようと思う方はどうぞ。


 2008年11月11日連載開始。
 2008年12月10日にその他板に移動しました。



[4768] 序章 進め!未来の超英雄
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/07/11 17:26
 ロードス島電鉄
  序章 進め! 未来の超英雄


GM 今日のセッションは、気分を変えて新しいキャンペーンを始めたいと思う。

プレイヤーA って、また?
プレイヤーB いい加減、投げ出したセッション多すぎ。

GM うるさい、だったらお前らもたまにはGMやれよ。

プレイヤーC ごめんなさい、文句はありませんです、はい。

GM ったく。

プレイヤーB で、舞台はどこになるんだ? やっぱり定番のオーファンあたりか?

GM いや、今日は「気分を変えて」って、言っただろ。

プレイヤーD すると、西部諸国10チルドレンと見た。
プレイヤーC じゃ、僕はイーストエンドに一票。

GM 10チルドレンはともかく、そんな公式設定ろくにない下手物地方できるかよ。

プレイヤーA 俺、侍やりたい。
プレイヤーB 俺、忍者。
プレイヤーC じゃあ、あたし、巫女。

GM プレイヤーABD きもっ。

プレイヤーC ごめん。僕も自分でも思った、きもっ。
プレイヤーD 潤いが欲しい…… 何が楽しくて土曜の深夜に野郎5人で……

GM それは言わない約束だろ……

プレイヤーA 誰か女の子つれてこいよ。
プレイヤーC と言うか、TRPGやろうって言うメンツだって近場にはなかなかいないのに……
プレイヤーD 俺ら固定メンバーだよなあ。

GM はいはい、言ってて虚しくなってきたから、その話題は辞めよう。で、話を戻して。

プレイヤーD じゃ、俺、虚無僧ね。

GM そこじゃない!

プレイヤーA はいはい、で、舞台は?

GM 呪われた島ロードス。

プレイヤーA おおぉ。

GM 時代は魔神戦争。

プレイヤーB 百の勇者だね。

GM そう、百の勇者。

プレイヤーD 6英雄のための捨て駒か。
プレイヤーC それは言わない約束にしよう。事実だけど、萎えるから。
プレイヤーA でも、あの迷宮攻略ひどくね?
プレイヤーB 酷いよな、てか、あれで俺、6英雄の評価下がった。
プレイヤーC 僕も。
プレイヤーD いや、伝説は4で完結だろ? あるいは漫画準拠で。

GM はいはい、そこまで。脱線多すぎ、時間は有限だぜ。──と言うことで、キャラメイクしてくれ。

プレイヤーA 普通につくりゃいいのか?

GM 魔神戦争だぜ? 百の勇者だぜ? 強くなくちゃ、だろ? PCも4人しかいないしね──と言うわけで、今回は各種ボーナス有り。

プレイヤーC おお。GM太っ腹だ。
プレイヤーD ……確かに、最近腰回り太くなってねえか?

GM お前ら二人、ボーナス無し。

プレイヤーCD ええっ。
プレイヤーC 僕もなの?

GM まあ、冗談だ。──で、能力値に下駄履かせるほかに、経験値もたっぷりだ。

プレイヤーA おお。GM痩せっ腹。

GM なんだそりゃ。──とにかく今回は高レベル域のキャンペーンをやってみたいと思う。

プレイヤーB しかし、無謀な…いつも3レベル程度で投げ出しているのに、いきなり高レベル? 破綻が目に見えているような…

GM うるせ。だから練習を兼ねて今回はパワープレイで高レベル試行なんだよ。──ま、別に要らなきゃいいんだぜ、経験値。

プレイヤーB いや、要らないとは言わないけどな。高レベルかぁ。ちょっとドキドキするな。
プレイヤーD 俺も。

GM ま、それもあるから、生まれ表ふらんでいいわ、相談して好きな職選んでくれ。

プレイヤーA ドラゴンプリースト。
プレイヤーB 暗黒神神官。
プレイヤーC ダークエルフ。
プレイヤーD ハイエルフ。

GM お前ら息合いすぎ。──職は一般的なの限定。ただでさえ高レベル域のマスタリングって初なのに、そんなやっかいなのやられてたまるか。──って、最後のは有りなのか?、何か微妙と言うか、ぎりぎりグレーゾーンと言うか。

プレイヤーB じゃ、まじめな話。俺、ソーサラやっていい?
プレイヤーA 他に希望者いなきゃいいんじゃね?
プレイヤーB ふっふっふ、シナリオブレイカー呼ばわりされる高レベルソーサラー、腕が鳴るぜ。

GM ……お手柔らかに頼む。

プレイヤーC 僕、プリースト。もちろんマイリー。6英雄とか言って、マイリーいないの変だよね。僕が歴史を変えてみせるよ。
プレイヤーD そこまで続かねって、絶対。

GM うるせ。

プレイヤーD じゃ、俺はシャーマンやる。いいか?
プレイヤーA いいよ、じゃ、俺、ファイターだな。
プレイヤーB しかし、こんなけ経験値あると、サブにも色々取れそうだな。……俺はソーサラだから余裕無いけど。

GM そのあたりも相談して決めてくれ。なるべく、ファイター、ソーサラー、シャーマン、プリーストをメインで育てたキャラで頼む。バランス的に。


キャラメイク。
サイコロころがし、悲喜こもごもの声が上がる。
しかし、GMがふり直しを割と緩く認めたり、ボーナスも上げたり、経験値たっぷりで、皆、満足いく数字になった模様。


GM と言うわけで、キャラクターの発表を。

プレイヤーB 俺は人間のソーサラー。名前はブラドノック。年はもちろん25歳。──なぜなら、魔法使いだからだっ!

GM なるほど、魔法使いなのか。

プレイヤーC 拙僧はドワーフのプリースト、もちろん宗派はマイリー。神官戦士じゃ。名前はギネスと言う。
プレイヤーD 私はエルフの女シャーマン、名前はサシカイア。

GM プレイヤーABC きもっ

プレイヤーD(以下サシカイア) うるせ、お前らが一人くらい女キャラが欲しいって言ったんだろうが。
プレイヤーB(以下ブラドノック) 言ったは言ったが、やっぱりきもいモノは…
サシカイア お前ら、それを言うなら永遠の乙女ディー……
ブラドノック 言うな~。
プレイヤーC(以下ギネス) 中の人なんていないんだ~。

GM で、冗談はともかく。

プレイヤーA 俺は人間、男、ファイターメインで。生まれは騎士な。

GM 生まれのサイコロふったんかい。

プレイヤーA おうともよ。サイコロ振らずして何がTRPGか。──で、名前はシュリヒテ・シュタインヘイガー。どう?、名前、騎士っぽくね?

GM 長いよ。シューちゃんでいいか?

プレイヤーA(以下シュー) よくねえ、てか、以下シューは辞めて。
サシカイア まあまあ、シューちゃん落ち着いて。
ブラドノック そうそう、落ち着きな。シューちゃん。
ギネス では、拙僧が静心(サニティ)を唱えてあげましょう。落ち着くがいいですぞ、シューちゃん。
シュー ……お前ら。

GM なかなか息のあったパーティになりそうだね。


シュリヒテ・シュタインヘイガー(通称シュー 男 19歳)
器用度 17+1(+3) 敏捷度 15(+2) 知力14(+2)
筋力 16+2(+3) 生命力 20(+3) 精神力16(+2)
冒険者技能 ファイターLV10 セージLV6 レンジャーLV5 バードLV5
一般技能 ノーブルLV3
冒険者レベル 10
特殊装備 魔法の長剣(+1)(必要筋力18)


ブラドノック(男 25歳魔法使い)
器用度15(+2) 敏捷度13(+2) 知力17+1(+3)
筋力13(+2) 生命力13(+2) 精神力16+2(+3)
冒険者技能 ソーサラーLV9 セージLV9
一般技能 なし
冒険者レベル 9
特殊装備 魔力の発動体、指輪


ギネス(ドワーフ 男 43歳)
器用度21(+3) 敏捷度10(+1) 知力12(+2)
筋力20(+3) 生命力25(+4) 精神力25(+4)
冒険者技能 プリーストLV10(マイリー) ファイターLV8 セージLV5
一般技能 クラフトマンLV5 金属加工(武器・ウェポンスミス)
冒険者レベル 10
特殊装備、魔法の戦槌+1(必要筋力20)


サシカイア(エルフ 女 114歳)
器用度22(+3) 敏捷度24(+4) 知力21(+3)
筋力5(+0) 生命力9(+1) 精神力16(+2)
冒険者技能 シャーマンLV10 シーフLV5 レンジャーLV4 セージLV1
一般技能 なし
冒険者レベル 10
特殊装備 魔法のショートソード+1(必要筋力3)


GM こうしてみると、景気のいい数字が並んでるなあ。何というチート。厨キャラクターズ。

サシカイア 全くだ……いや、全くですわ。
ギネス GMが経験値とかをくれたんだし、拙僧らに文句言われても困る。

GM ま、そりゃそうだがね。

シュー ブラ、9レベルソーサラーの魔法、大丈夫か? 使い慣れてねえだろ?
ブラドノック 努力する。──それはともかく、人の名前を勝手に略さないように。しかも、女性用下着みたいに。
シュー お前らが言うな。
ギネス いや、シューはシューじゃろ?
ブラドノック シューはシューですね。
サシカイア シューはシューよね。
シュー ……もういいよ、勝手にしてくれ。

GM じゃあ、お許しが出たところでキャンペーンを始めよう。ええと、最初の舞台はアラニアにしよう。アラニア北部の田舎町、祝福の街道沿いで名前はええと、アダモね。さて──って、あれ? みんなどこ行った? ──え? ──え? ちょっと待てよ、なんの冗談だ、これ? おい、ちょっと! 冗談辞めろよ!










リウイ一行がイーストエンドに行っている事、これを書いた当時は全然知りませんでした。
なので、公式と色々違うと思いますが、このお話の中では、イーストエンドは「日本風らしい」とだけ予想される未知の土地という事でよろしくお願いします。



[4768] 01 ロードス島へようこそ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:15
 ロードスという名の島がある。
 アレクラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島だ。大陸の住人の中には、この島を呪われた島と呼ぶ者がいる。邪悪な怪物どもが跳梁跋扈し、人間を寄せ付けぬ魔境が各地にあるが故に。

 そして今、ロードスはまさしく呪われた島と呼ぶにふさわしい状況にあった。
 モス地方の南東部に位置する小国、スカードの国王ブルークが、もっとも深き迷宮の奥深くに封じられていた魔神王を解放したのだ。
 解放された魔神王は即座に配下を率いてドワーフ、石の王国を強襲、これを壊滅させた。
 これは、ただ単にドワーフの一部族の壊滅を意味しない。地下に広がる大隧道、それこそロードス全土に蜘蛛の巣の如く広がったそれの大半を、魔神が支配したことになるのだ。
 事実、その直後からロードス各地に魔神王の眷属達が出没し、壊滅した辺境の村々は数知れず、挙げ句には鏡の森、エルフの集落まで壊滅、黄金樹を奪われている。
 ロードスは今、魔神の跳梁する、まさしく呪われた島となっていた。


 タイトル / ロードス島電鉄
  01 ようこそロードス島へ


「ううん」
 と聞きようによっては悩ましげな声を出して、大地に伏していた少女が目を開ける。
 ぼんやりとした眼で左右を伺い、ゆっくりと身体を起こす。
 光の海のごとく広がっていた長い金髪が身体を起こすにつれて持ち上がり、少女の顔を隠してしまう。
 世の女性が見ればうらやむ事間違いなしのきれいな金髪を、うっとうしそうにぞんざいな手つきで払いのけ──すぐに重力に引かれて元通り顔の前に来てしまうのを、再びぞんざいな手つきで払う。
「うぅ」
 身体を起こしたモノの覚醒には遠いのか、少女はぼんやりとした動作で髪を払い続けている。
 その、長い金髪の間にのぞく少女の耳は、笹の葉のように長く先端がとがっている。
 エルフ。
 少女は、このフォーセリア世界に住まう妖精族の一つ、エルフだった。
「ううぅ」
 なかなか払えない髪の毛にいらいらを募らせたらしく、エルフ娘は今まで以上に乱暴な手つきで髪の毛を払う。
「──痛っ」
 直後、小さく悲鳴を上げた。
 いくらか手指に髪の毛が絡まった状態で、思い切り腕を振り抜いた。当然、髪の毛は思い切り引っ張られ──そうなれば痛い。
 至極当然の帰結。
 だが、エルフ娘は酷く理不尽な眼にあったように顔をゆがめ──
「なんだよ、こりゃ」
 と、酷く乱暴な、見た目に似合わぬ口調で毒づいた。
 顔の前にすだれの如く落ちてきている自分の髪の毛を、奇妙なモノを見る視線で眺め。
 やっぱり、乱暴な手つきで払った。
「──痛っ」
 学習能力ゼロですか?、と尋ねられても仕方のない行為の繰り返し。結果も同様。
 頭を押さえて顔を下げ、エルフ娘は小さく震えていたが、すぐに痛みが引いたらしく、勢いよく顔を上げる。
「てか、なんで頭が痛いんだよ」
 原因と結果の因果関係が分からないと叫び、エルフ娘は今度は慎重な手つきでもって、種族的特性である自分のささやかな胸の前あたりで髪の毛を捕まえる。
「なんだよ、これ…… いや、髪の毛なのは分かるんだが」
 呟きつつ、ゆっくりと髪の毛をたどる。
 どんどん腕は上がっていき、終点、自分の頭にたどり着く。
 今回はさすがに用心して痛くないように軽く引っ張る。
 何故、そうすると自分の頭が引っ張られるのか理解できない、そんな具合にエルフ娘は首をかしげ。
 今度は臭いをかいでみる。──なんだか良い匂いがした。
 太陽に透かしてみる。──まぶしかった。
 手櫛で梳いてみる。──良い手触りだった。
「これ、自前の髪の毛か?」
 おそるおそる、認めたくないが、とつぶやくエルフ娘。
 返事はない。
 それから、エルフ娘は何となく自分の身体を見下ろして、硬直する。
 酷くささやかだが、その胸はふくらんでいる。かなり微妙なサイズだが、確かにふくらんでいる。あまりにささやかすぎないかとも思うが、確かにふくらんでいる。見間違いかと目をこすってみるが、やっぱり変わらずふくらんでいる。
 慌てて手を乗せて、その感触を確かめる。詰め物じゃない。まだ若干堅いが、しっかりとした肉の感触。触ってるという感触も、触られているという感触もある。ちょっと揉んでみる。ボリューム的にものすごく物足りない。しかし、間違いなく自分の身体だった。
「ま、まさか…」
 エルフ娘は慌てて立ち上がると、下に履いているぴったりとしたズボンをゆるめてのぞき込む。
「おおぅ下も金色……じゃなくて」
 エルフ娘はいったん息を大きく吸い込むと、世の理不尽の全てを声に乗せるみたいにして叫んだ。
「なんじゃこりゃっ!」


「んんぅ、なんの騒ぎだ」
 力一杯叫んだせいでふ~ふ~と息を荒げていたエルフ娘は、突然の声にびくりと肩を震わせる。
 振り向けば、今の今まで気がつかなかったのが不思議なくらい近くに、男が3人転がっている。
 一人は黒くてぼてっとした野暮ったい暗色のローブをまとった男。
 一人はたくさん装飾の入った高価そうな板金鎧をまとった男。
 一人はなんだか人間離れしたずんぐりした体型で、全身を金属鎧で覆った男。
「うるせーな」
「ううん」
 と、どうやら今の叫びが呼び水になったらしく、3人が3人とも覚醒したらしく、身を起こしてくる。
 用心深く腰を引き、いつでも逃げ出せるような格好になりつつ、身を起こしてくる男達をエルフ娘は見つめる。
「一体何がどうなって……」
 と言いながら、ローブの男が真正面からエルフ娘を見る。寝ぼけていた眼が、エルフ娘をとらえた途端、大きく見開かれる。
「おおぅ、美形のエルフっ娘」
「はあ、何寝ぼけて──て、まじかよ」
「すごい、リネ2の美形コスプレエルフ娘目じゃないハイクオリティ。しかもリアルで、フォトショの修正抜きで。ほんとに可愛い、可愛すぎる」
 エルフ娘を前に、3人が色めき立つ。
 カメラカメラ、と懐を探りかけ、板金鎧が手を止める。
「何これ、何これ、なんで俺までコスプレ?」
「うわ、僕もだ」
「てか、お前ら誰だよ」
「お前こそ誰だよ」
「てか、ここどこなのさ」
「しるかよ」
 男3人、慌てふためいて騒ぎ出す。
 その様子に。3人の格好から推測できる職構成に。エルフ娘にはピンと来るモノがあった。
「ああ、もしかして、お前ら──」
 そして、それは正解だった。


「……まじかよ」
「……信じられねえ」
 人間の男二人──ローブの男と板金鎧の男が力無く首を振る。
「全くだよ、なんで……」
 全身金属鎧の男──こいつはドワーフだ──が肩をすくめる動作まで加えて首を振る。
「なんで、お前がプレイヤーD?」
 そして揃って叫ぶ。
「そっちかよ!」
 エルフ娘は力一杯叫び返す。
「そっちだよ!」
 板金鎧男が更に力の限り叫び返す。それから頭を振り乱すみたいにして言う。
「なんで、お前が、お前が……男なんだ? 無いだろ、それ!」
「そうだ、そうだ。ありえないぐらいすごい美形エルフなのに男? そんなの無いよ!」
「かわいい男の子、それってむしろご褒美じゃね?」
「……いや、この身体は女みたいだが」
 なんか不穏なこと言ってる奴がいやがると顔をしかめつつ、エルフ娘。
「マジ、見せてっ! 情報の公開を要求するぞ!」
「そうだ、証拠見せろ! 我々には真実を知る権利がっ!」
「馬鹿言うな、そんなかわいい子が女の子のわけないだろ?」
「血走った目で見るな迫るな近づくなっ! 怖いだろうが!」
 勢いづく3人にびびり、大あわてで胸なんぞ押さえつつエルフ娘は飛び退く。
「と言うか、それを知ってるって事は、見たの?」
 ぽつりと、ドワーフが呟く。
 はっ、と人間の男二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
「聞きましたか、奥様?」
「まあ、思春期の少年ですからねえ、興味があるのも仕方がないじゃないですか」
「でもねえ」
 気持ち悪く身体をくねらせながらおほほと笑い。それからまっすぐにエルフ娘に向き直ってはやし立てる。
「エッチだ、エッチだ」
「すけべだすけべだ」
「エロエロだぁ」
「……お前ら、ちょっと黙れ」
 いい加減苛立っていたエルフ娘がドスのきいた声で告げると、3人はぴたりと口を閉ざす。なまじっか顔立ちが整っている、整いすぎているだけに、怒りを見せたときの怖さ迫力は半端じゃない。
「この異常な状況で、それか? もっと他に、考えることあるんじゃないか?」
「……この異常な状況を考えたくなくて、現実逃避してたんだが」
 ぶつぶつと板金鎧が呟く。
「いつまでもそうやってられないだろ。空見ろ、空」
 エルフ娘の指摘に空を見れば、いつの間にか日差しが陰ってきている。
「だな」
 夜が近づいている。こんな訳の分からない状況で、森の中で夜を迎えたいと思うモノは4人の中にいない。いや、異常な状況じゃなくてもひ弱な現代人に野宿は辛い。
 ふざけていた3人も真剣な顔になる。
 しばし4人の間に沈黙が満ちる。
「──で、だ」
 そして、代表して口を開いたのは板金鎧。
「ここ、どこだと思う?」
 森の中、と混ぜっ返すものはおらず、再びの沈黙。
「そんなことある訳ねーだろ、そうじゃないと嬉しいなあ、なんて俺は思うけど。──それでもやっぱりここは……」
「……やっぱり、そうなのかなあ?」
「……ああ、奇遇だよなぁ。俺もすごく嫌な事考えてるよ」
「若い娘が俺とか言うな。──まあ、それはともかく、俺の意見もやっぱり……」
 せーの、と4人は声を揃える。
「ロードス」
 再びの、今度はすごく嫌な沈黙。
「……時代はいつだと思う?」
 再び板金鎧。
「魔神戦争時代」
 今度も4人の声は唱和した。



[4768] 02 食卓にエールを
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:15
 本格的に夜が来る前に、意外に近くにあった村に転がり込めたのは幸いだった。
 村の名前はアダモ。祝福の街道沿いに存在する、どこにでもあるような典型的な田舎町、らしい。
 この得体の知れない状況で、野宿だなんてぞっとしない。得体が知れててもやっぱり野宿は勘弁だが。村が発見できたときには4人は心底ほっとしたモノである。
 どうやら村で一軒きりらしい宿を見つけて早速4人はチェックインする。
 宿の名前は「幸せの始まり」亭。この世界の一般的な宿で、一階は酒場や食堂を兼ねており、二階部分に宿泊者用の部屋が並ぶ。一部屋で良いじゃないかという3人の意見を却下してエルフ娘サシカイアは2人部屋を1人で確保した。
 ちなみに4人で相談し、キャラクターネームで呼び合うことにしていた。本名を避けたのは、周りの人間に違和感を抱かせないため。何しろ、鏡像魔神(ドッペルゲンガー)なんて人の姿を真似る魔神までいる。変だと思われたら最後、こいつは怪しいと吊し上げ、尋問という名の拷問、処分、なんて事になりかねない。だから、明らかにこの世界風でない日本人の名前はまずいだろうとの判断。他の3人には、サシカイアをどこから聞いても男の名前で呼びたくない、なんて思惑があったかも知れない。ところで、自分たちのキャラクターネームが果たしてロードス風なのか、そう言う疑問もあったが、こればっかりはいくら考えたって分からないので仕方ないと割り切る。
 サシカイアは部屋に荷物を置いて、ちょっとした用事を済ませると一階に戻る。
「おせえよ」
 と、テーブルを一つ確保した仲間達3人、その内の元板金鎧、今は鎧下のみになっている男、自由騎士のシュリヒテ・シュタインヘイガーから文句が飛んでくる。
「うるせ。トイレ行ってたんだよ」
 平気な顔して大声で言い返すサシカイアに、周りの客がぎょっとしたような顔を向ける。
「ちっさいほうだって言うのにズボンはおろか、いちいちパンツまでぬがにゃならんし、慣れてねえから零しかけたし、ああ、くそ、鬱陶しい。ついてるモノがついてないと、なんて面倒くさいんだ」
 天使級美貌、可憐な容姿の妖精娘が恐ろしく乱暴で品のないことを口にする、その破壊力たるや…。しかし、当人は周りの視線などいっこうに気がついていない。
「あ~」
 シュリヒテは横に座る二人──魔法使いのブラドノックと、ドワーフの神官戦士ギネスに助けを求めるような視線を向け。
 二人はあたりまえのようにその視線に気がつかない振りをした。
「すまん、俺が悪かった。だから、頼む。頼むからその顔でそういう発言は勘弁してくれ」
「はぁ?」
 シュリヒテの懇願に、サシカイアは訳が分からないと首をかしげた。


 ロードス島電鉄
  02 食卓にエールを


 とりあえずビール、そんな感じでサシカイアはエールを注文。見れば他の3人の前に、既に半ば空いたエールのジョッキ。戻ってくるまで少しくらい待てよ、お前ら、とは喉の奥に引っ込める。ウェイトレスのお姉ちゃんが素早く持ってきたエールを受け取り、一気にあおる。
「うわ、温っ。きんきんに冷やして欲しいよなあ、これ」
 エールはどうやらビールの一種のようなモノらしい。サシカイアは日本人らしい感想を零し。このおファンタジックな世界では無い物ねだりだなと諦め。それでも冷たくないビールなんざ人間の飲み物じゃないとぼやきつつも勢いよく喉を鳴らしてんぐんぐと飲む。一息で半分以上飲んでいったんジョッキから口を離し、たたきつけるようにテーブルに置く。ぷは~っ、と大きく息を吐き出すと、袖で口元についた泡を乱暴にぬぐう。その様子は風呂上がりのおっさんに近いモノがある。
 その様子を、3人がジト目で見ている。
「…なんだよ」
「美少女が、そう言う飲み方するなよっ」
「お願いだからもうちょっと上品にっ。エルフってのはもっとこう、神秘的で美しいモノであるはずなんだよ」
「やっぱ男の子じゃないとダメだ」
「ほっとけ」
 サシカイアはぶーたれて、そっぽを向く。
「外見がどうだか知らんが、中身俺だぞ? くだらない期待をすんな」
「…まあ、確かに中身がアレだと思うと」
「アレなんだよねえ…」
「アレだもんなあ…」
「その発言もたいがい失礼だな」
 そんな具合に納得されるのもおもしろくない。けっ、とわざと下品に吐き捨て、サシカイアは3人の方に向き直る。
「──で、これからどうするんだ?」
 現実逃避ばかりはしてられない。4人はちょっとだけまじめになった顔を見合わせる。
「どうすりゃいいと思う?」
「それがわかりゃ、世話ねえよなあ…」
 ああ~、と揃って嘆息すると天を──天井を仰ぐ。そこにはもちろん、模範解答なんて書かれてない。
「ちょっとここの会話を拾っただけでも分かった。やっぱり今、魔神活動の真っ盛りだ」
 3人とて、サシカイアが来るまで無為に酒を飲んでいただけではないのだ。飲みつつも、酒場でかわされる会話には慎重に耳を傾けていた。おかげでいくらかの情報は手に入っている。
 そして、困ったことに予想は的中。シュリヒテが最悪だ、と顔をしかめつつ告げる。
「最初の不意うちからのやられっぱなし状態は脱却。何とか各地で魔神に反攻する勢力が出てきて、多少は小康状態にあるかな、と言う感じではあるらしいが──」
 反抗する「国」じゃないあたりが救いがたい、と、ブラドノックが嘆息する。本来、民を守るのが仕事のはずの国、正規兵はどうにもフットワークが重い。と言うか、国の上層部、貴族などの財産生命を守る事を中心として活動させられており、民衆の安全平和にはほとんど役に立ってないらしい。
 だからがんばっているのは正規兵以外の、魔神に対する反抗勢力。それは即ち。
「百の勇者か?」
「まだ、ライデンは魔神の首に賞金を賭けてないみたいだ」
 シュリヒテはエールで唇を湿らせる。実態はともかく、その名前はまだ登場してきていないと言うこと。
「ま、ぶっちゃけ、そのあたりはどうでも良い。俺ら、百の勇者なんて柄じゃないし」
 自分のキャラ設定、目の当たりにした自国上層部の腐敗、なかなか民を救おうとしないことに忸怩たる思いを抱き、独自に行動するために不名誉印を自ら刻んで騎士団を抜けた高潔な騎士、なんてのを棚の上に放り投げている。──が、3人は突っ込まない。キャラ設定など、それはそれ、これはこれと簡単に割り切っているのだ。ぶっちゃけ現実に命の危険がある状況で、ロールプレイなんてやってられない。
 だからシュリヒテの意見に、うんうん、と残りの3人はうなずく。
「意見が合って重畳。──てか、最後、6英雄+1を残して捨て駒だもんな、百の勇者」
 魔神王の前まで道を開くための捨て駒。その他扱いの百の勇者の最後はそんなもんである。下手に戦力として残して後の混乱の原因になって欲しくないという各国の思惑も分かる。何しろ力も名声も持っている国に仕えていない武装集団。既存の国にとって、こんな扱いに困るモノはないだろう。だが、捨て駒にされるのは面白いはずもない。
 かと言って英雄候補、最終決戦のメンツに選ばれたりするのも困る。魔神王と対戦なんてノーサンキューだ。確実に死ねる自信がある。
 結論、百の勇者なんて危険な代物には関わらないのが一番。
「──で、それは良いとして」
 サシカイアはエールのおかわりを要求した後、まじめな顔になる。
「俺らはどうする?」
 百の英雄には関わらない。それは良い。だが、ならばどうする?
「俺らの目的はもちろん、もとの世界に戻ること──なんだが…」
 シュリヒテの声には切れがない。
 他の3人も苦い顔になる。
 その目標に否はない。こんなおファンタジックな世界で一生暮らしていかねばならないなど、勘弁願いたい。だが、どうやればその目標が達成できるのか、元の世界へ戻れるのか、全く分からないのだ。だいたい、なんでこんな事になっているのかだって分からない。酷く理不尽で、理解不能な現状。わめいて叫んで泣いて大暴れしたいくらい。たぶん、4人連れだったから何とかこらえていられるんだろう。一人だったらきっと実行している。いや、布団かぶって泣き濡れているかも知れない。
「賢者の学院て、まだ残ってたか?」
 この世界の知識の宝庫と言えば、やはり賢者の学院だろう。何かを調べようとするなら基本はやはりそこ。ロードスにおけるそれはこの国、アラニアにある。確かバグナードに焼き討ちされて壊滅するが。いや、既にしてるのか?、と首をかしげるサシカイア。
「たぶん、まだ大丈夫だと思う」
 そのイベントは魔神戦争が終わってからだったはずだ、と、ブラドノック。
「しかし、賢者の学院がどれだけ当てに出来るやら」
「だよなあ」
 と、揃って嘆息。
 こんな状況、あり得るはずがないのだ。そのあり得るはずのない状況に対処する方法が、果たしてあり得るのか。何とも望みは薄い。絶望的でため息しかこぼれない。さっきからため息ばかりだ。ああ、幸せが逃げていく。
「当面は、まずは生きる残ること、だよな」
 だから次善と言うべきか、まずは現状最優先すべき事は、とサシカイアは指を一本立てて言った。
「ま、そだな。なんというかロードス酷い状況みたいだし、どこが安全かさっぱり分からないが、基本的に君子危うきに近寄らずで」
 うなずくシュリヒテ。
「てか、ぶっちゃけ俺ら強いのか? 設定じゃあ、相当なもんだったけど、実際はどうなんだ?」
 強ければ弱いよりは出来ることは広がる。そうでなくともこの危機的状況下のロードス。弱いと生き残ることだって難しそうだ。是非とも設定の通り、パワープレイが可能な超絶スペックが欲しいところだ。
 ……もっとも、それでも魔神王あたりには一蹴されておしまいだろうが。
 魔神王、実にレベル20! 原作の登場人物、ベルドがいくら超絶スペックの持ち主でも、本来勝てるはずのないレベル差なのだ。ちなみにベルドはレベル11、十分人外級だが、それでも魔神王とのレベル差は大きい。言わんや超英雄ポイントを持たない自分たちなんて、話にもならないだろう。配下の魔神将相手だって厳しい。
 もう一度結論、自分たちが設定通りの高スペックだったとしても、百の勇者なんて論外。
「明日にでもどっかで確かめてみるか。……ここで精霊王呼ぶわけに行かんし」
「呼べるのか?」
「よくわからんが、呼べそうな気がする。……呼べて欲しい。……呼べると良いな。10レベルなはずだし」
 とりあえず、とサシカイアは指を伸ばす。精霊魔法の使い方は、何となく分かるんだ。と、シュリヒテのエールのジョッキ触れる。そのままもにょもにょと詠唱。
「…ん」
 と、顎で促すと、何したんだこいつ、とおそるおそるではあったがシュリヒテがエールのジョッキを取り上げ、一口。
「…水だ」
 ジョッキの中身は元はエール。それがただの水になっている。つまりは。
「浄水(ピュリフィケーション)か」
 その名の通り、水の精霊にお願いして、どんなに汚れた水からでも浄水を作り出す精霊魔法である。
 目の前で行われた「魔法」に感動したらしいギネスがおおいにうなずき、自分のジョッキを差し出してくる。
 こちらにもやれと言うことかと合点して、サシカイアは再び詠唱。と言うよりは、精霊に対する語りかけ。
「うわ、本当に水になってるよ。魔法、SUGEEEEEE」
 それを聴いたブラドノックも、無言でジョッキを──
「いい加減もったいねえだろ」
 精神力もエールもと、手を振って拒否すると、ブラドノックはがっかりして肩を落とす。俺だけ仲間はずれかよ、と嘆くのは3人揃ってきれいに無視する。
「とりあえず、魔法は使えるんだな」
「みたいだぞ」
「くっ、こっちも使ってやる。ウエイトレスさん、レアの焼き鳥お願い」
 ブラドノックがウェイトレスを呼んで注文する。
「それかよっ!」
「お約束だろうが」
「神聖魔法は──やった、酔いが消えたよ」
「解毒(キュアポイズン)かよ」
「神の奇跡で酔い覚ましかよ、神様泣くぞ」
「いや、これも由緒正しい解毒の奇跡の使い道でしょ」
 と、こっちもリプレイネタで、ギネスは悪びれない。
「まあ、今んとこ上限は分からんし、ここで試すわけには行かんけど、一応最低限のことは出来ると……期待しても良いよな?」
 一人ルーンマスター技能を持たないシュリヒテが寂しそうに、わいわい魔法を使って喜んでいる3人に問う。
「と言うか、本当に冒険者するの?」
 ギネスが尋ねる。気が向かない、と言う表情だ。
「僕としては、それにこだわらずに、もっと平穏無事な生活をするのもありじゃないかと思うんけど?」
「ん~」
 と、シュリヒテがうなる。
「それも考えないでもないけど……、俺らって、他に出来ることねえし。ギネスみたくに一般技能持ちならともかく、俺らはなんの能もない。手に職持たない上に何のコネもない俺らが仕事を得ようとしても、難しくないか?」
「だいたい、魔神大暴れで景気も治安も最悪だろう? まっとうな仕事がはたしてあるかどうか」
 ちょうどやってきたウェイトレスからレアな焼き鳥を受け取ると同時に、人数分のエールのお代わりを注文して、ブラドノック。焼き鳥に向かって、すぐに魔法使用、「着火(テンダー)」、きっちり火を通して、大喜び。
「そっか、そうだよね」
 出来れば戦いたくないな、と言う様子ながら、ギネスがうなずく。
「後さ、ロードス捨てて、アレクラストに逃げるのもありだと思うんだけど」
「あ、それいいな」
 ナイスアイデアと、サシカイアが飛びつく。ロードスの航海技術はかなり未発達で、海を渡るのには危険が伴う。しかし、魔神を相手にするよりはましかも知れない。別段ロードスに思い入れなんてないし、やばいとなれば逃げ出すのも有りだ。
 なのだが。
「しかし何より、何をするにしても先立つものが乏しいのがきつい」
 シュリヒテの言葉にサシカイアは、首をかしげる。
「金もGMにたっぷり貰えたろ?」
「いや、色々高品質だの魔法の武器防具だので固めたせいで、持ち金が乏しい。具体的には3桁切りそう…」
「おまっ、もう少し考えて金使えよ」
「どうせこのキャンペーン、何度も続きそうにないんだから、将来の買い物見越して残しとくよりもぎりぎりまで使い込んだ方が良い、って考えたんだよ」
 シュリヒテの言葉にああと納得、揃ってうなずく。
 確かに、いきなりの高レベルでのプレイ。どこかで破綻するだろうという思いは共通してあった。あのときはこんな事になるとは夢にも思ってなかったから、その考えは分からないでもない。実際、貰った経験値の方はみんななるべく使い切ろうとしていたし。
「サシカイアだって、かなりいい武器防具揃えてただろ?」
「ま、ね」
 名指しされて、サシカイアはうなずく。
「でもまあ、こっちは筋力低いせいで、高品質にしてもかなり安価だったけどな」
 必要筋力の高い武器の方が一般的に値段が高い。高品質、あるいは魔力の付与されたモノにしてもそう。だから、同じように良い武器を揃えようと思えば、必要筋力18のシュリヒテと必要筋力3(シーフ技能のため実際の筋力の半分・端数切り上げ)のサシカイアでは、必要となるお金が変わってくる。具体的にはプラス1の魔剣で、それぞれ必要筋力にあったものを買うためには、シュリヒテは17000、サシカイアは3400の金が必要になる。えらい差である。防具の方は単純に重いモノ程高いというわけではないが、優秀な能力値を持っているシュリヒテの場合はやっぱり高価となる。また、前衛職は打撃を受ける機会も多くなるから、可能な限り良いもので身を固めたいという思いも強い。元々の持ち金が一緒であれば、買い物終了後の残金に大きな差が出る。シュリヒテが貧乏になるのも仕方のないことだ。ついでに筋力20、神官戦士でやっぱり前衛をすることになるギネスも。
 割合持ち金に余裕のあるサシカイアとブラドノック、余裕のないシュリヒテとギネス、とグループ分けが出来ている。
「こっちは多少の余裕はあるにはあるが、それにしても有限だしな」
 せこいことを言うつもりはないから、二人の持ち金が足りなくなれば分けてやるのは構わない。ないのだが、それではじり貧。何かの収入を得なければ、いずれはなくなる。
「──で、冒険者か」
「そうだな」
 うん、とブラドノックが頷き。
 ギネスが解毒の魔法を使えた。即ちそれは最低でも3レベルはあると言うこと。高品質な武器防具の後押しもあるし、最悪でもそれなりに戦えると期待して良いだろう。
「とは言え、魔神につっかかって行く趣味はないぞ」
「僕だってないよ」
 と、ギネスも頷き。
「小さな事からこつこつと。やっぱり、ゴブリン退治あたりで地味に稼ごうよ」
 それって絶対戦神マイリーの神官の台詞じゃないよなあ、と3人は苦笑しつつ、それでも頷く。
 サシカイアにしたところで、なるべく危険は避けたいのが本音。他に能がないから冒険者をやるのは仕方ないと思うにしろ、可能な限りの安全マージンを取って仕事をしたい。実際に命がかかっているのだ。適正レベルの仕事をして莫大な報酬を得るよりも、報酬は少なくても良いから楽な仕事をしたい。ローリターンで良いからローリスクにしたい。
「……10レベルでゴブリン狩り」
 くすり、とサシカイアが笑う。何というか不意に笑いの衝動に駆られたのだ。
 皆もそれなりに飲んで酔いが回っていたせいで──ギネスも途中醒めたことを取り返すように飲んでいた──簡単に笑いは伝染する。
「俺ら、すげえ情けねえ」
「だけど、まあ、それが僕ららしいって言えばらしいよね」
「所詮小市民だしな。英雄なんて器じゃない」
「まあ、魔神は6英雄に任せて、俺らは俺ららしく、小さな事からこつこつと」
 とりあえずその他のいろんな問題は一時棚の上にどけて、あははははは~、と脳天気に笑う4人。
 そこへ。


 息せき切った男が酒場に飛び込んできて、彼らの将来設計は変更を余儀なくされる。



[4768] 03 どらドラ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:17
 サシカイアらは気がつかなかったが、アダモの村は実のところ、厳重な警戒態勢を敷いていた。
 村で狩人をやっている男がつい先日、近くの山に半日ばかり踏み込んだところにある古い砦跡に、異形の影を見た、なんて報告をしていたのだ。このご時世、異形と言えば魔神だろう。住民総出で村をぐるりと囲む柵の補修を大あわてで行い防御力の強化。その一方で足の速い男二人をそれぞれ北のマーファ神殿と南の首都アランにやって助けを求めた。
 その両者は先日町に帰ってきて、一人は吉報を、もう一人は残念な報告を持ち帰っていた。
 吉報の方は北から。マーファ神殿は調査、必要とあれば魔神の殲滅のための戦力を送り込んでくれると約束してくれた。マーファの神官戦士と、神殿と同盟関係にあるドワーフ族の屈強な戦士が、近日中に町にやってきてくれるという。村の人間は大いに力付けられ、安堵の息を零した。
 残念な方は南から。国の方は、なんの確約もしてくれなかった。むしろ、余計な報告を持ってきやがって、そうでなくともそこら中にそんな話があふれてる、そしてその大半はガセか見間違いか。そうでなくたって人手が足りない。一応、報告は上にあげておいてやる。だから、感謝して待ってろ。対応した役人の反応は概ねそんなところ。なんのために税金を払っているんだ。こうしたときに守って貰うためではないのか、と村の人間は大いに不満を抱いた。──そう言った国に対する不信感が後の英雄パーン、黒幕スレインによるアラニア北部の独立運動に繋がるわけだが、当面関係ないので今は置く。
 とにかく、マーファ神殿の方だけでも色よい返事をしてくれたのは幸いだった。とにかく数日だけ待ってマーファ神殿からの助っ人が到着すれば、きっと事態は良い方に向かう。なんとかなる。
 と、安堵をしたのは本当につかの間。
 その数日のうちに事態はますます逼迫し、予断を許さなくなってきていた。
 件の狩人の男、なんだか妙な責任感を感じたらしく、再びその砦跡に偵察に出かけ──かれこれ今日で3日、帰ってきていない。はたして彼はどうなったのか。皆の脳裏に最悪の状況が浮かぶ。どうやら本格的に、砦跡にいる連中はやばいらしい。
 更に偵察に──なんて人をやるのも難しい。少なくとも、その狩人の男は村一番の腕前の持ち主だった。他の人間が近づくことが出来るか疑問である。また、わざわざ危険に向かうことを立候補してくれる人間もいそうになかった。
 村人達に出来ることはさらなる防御の強化。新たに物見櫓やもう一重、逆茂木を組んだ柵なんかが作られ、武装した村の男達が順番で昼夜の見張りをすることになった。村の外での活動も、可能な限り避ける。小さな事からこつこつと。それが魔神相手にどの程度有効かわからないが──いや、きっぱり気休め程度でしかなかろうが、それでもなにもしないよりはましだろうし、何もしないでいる、と言うのも精神衛生上よろしくない。
 他、村を捨てて首都、あるいはマーファ神殿に逃げ込む、と言う意見も出た。
 首都へ逃げ込むという方は即座に却下。先の冷淡な国の反応があるし、首都に送り込んだ男の見てきたところでは、既に逃げ込んできた辺境の人間は大量にいるらしい。市街地に入りきれず、城壁の外に簡単粗末なテントを作って暮らしている難民までいるとの事。今から向かっても、きっと城壁の中へは入れず、そこへ仲間入りすることになるのはほぼ確実。不自由すること確定な上に、城壁の外では安心も安全も得られない。むしろ、そう言った場所は犯罪やら病気やらの温床になりがちで、余計な心配まで抱え込むことになりそうだ。
 マーファ神殿に逃げ込む、と言う方は一考に値した。こちらは、国と違って彼らを放り出すようなマネはしないだろう。──が、こちらもまた、逃げ込んできた人は大量で、神殿の周りはやっぱり難民キャンプ。まだ、神殿が食料を出してくれたり、治安維持、病人の治療なんかをしてくれている分首都よりはましだが、やはりかなりの不自由は免れない。
 また、村を逃げ出すことは財産の大半を投げ出すことにもなる。同時に仕事も。将来に大きな不安を抱えることになる。だから出来れば逃げずにすませたいという思いは大きい。
 逃げる逃げない、どちらの意見も一長一短。結論は出ない。逃げることを主張する人たちだって、好きでそれをしたいわけではないから、反対意見があればなかなか思い切れるモノではない。まもなくマーファ神殿から人がやってくる。彼らの調査を待ち、その結果次第、問題なければ現状維持、やばければ逃げるように言われるだろうから、その言葉に従うことにすればいい。あと数日のこと、これまで大丈夫だったのだから、きっとそれくらいは大丈夫だろう。根拠のない楽観論を唱え、村人達は概ね、そんな具合に結論していた。


 ロードス島電鉄
  03 どらドラ


 この日の見張り番に、鍛冶屋のタンカレーがいた。
 職業柄、重いハンマーを振り上げ振り下ろすタンカレーは、そこいらの戦士程度よりはよっぽど腕っ節があった。また、若い頃の一時期荒れてやくざな冒険者なんぞをしていたことがあり、戦士としての修行も積んでいた。アダモの村一番の使い手は誰かと問われれば、誰も疑問を挟むことなくタンカレーの名前を挙げるだろう。タンカレー自身も、自分がアダモで自分が一番強いという自負は持っていた。頼りにしているぞ、と言われれば、その立場でもって、自信たっぷりに任せろ、と応えた。
 しかし。
 タンカレーは身の程を知っていた。
 この村で自分は一番強い。しかしあくまで村勇者。小さな田舎村故の最強。もう少し視野を広げれば、自分程度の腕前の持ち主なんぞ腐る程いるし、それが決して高いレベルでないことも知っている。冒険者のレベルで言えば、せいぜい駆け出しに毛が生えた程度、自分の実力はそんなモノだと理解している。
 だが、それを正直に言っても詮無いこと。ただ村の人間の不安をあおるだけ。だから、内心びびりまくっているのを隠しつつ、タンカレーは村の人間の期待する「強者」を演じている。不安な顔を見せず、ただ堂々としている。それだけで村人が安心するなら安いモノ。なのだが、ただそれだけのことが、酷く疲れる。抜け毛が増えた気もする。村の人間で心底マーファ神殿のからの助っ人を待ちわびているのが誰かと問われれば、真っ先に自分と答えるだろう。強者の振りをしなくてはならないここ数日で、タンカレーは非常な疲れを蓄積させていた。
 タンカレーは自前の剣を腰に佩き、腕を組んで物見櫓から村の外を眺めていた。
 予定通りならばもう数日──早ければ明日にでもマーファ神殿からの助けは来る。
 だから、この苦労はもうすぐ終わる。
 なあに、これまで大丈夫だったのだから、きっと今日も大丈夫。きっと明日も明後日も。たぶん、マーファ神殿からの助けが来るまで、平穏無事にすむだろう。
 疲れもあり、タンカレーは殊更に意識して楽観的に考え──


 ──直後に裏切られた。


「──!」
 夜の闇を切り裂くような悲鳴。
「何だ?」
 見れば、柵のそばを巡回していたタンカレーの3軒隣に住む農夫の親父が、闇よりなお黒い大型の犬に組み敷かれていた。まっとうな犬でないことは一目で知れた。何しろ、その口元からちらちらと赤い火が零れているのだから。
 確かアレはヘルハウンド。
 かつての冒険者時代の記憶から、その正体を引っ張り出す。
 一見大型の黒犬だがその実異界の生き物で、地獄の番犬とも呼ばれる恐ろしい怪物だ。もちろん、タンカレーが出会うのは初めてのこと。あたりまえだ、そうでなければこうして生きてはいない。駆け出し冒険者など瞬殺、中堅どころでも厳しい。そう言うレベルの敵。その肉体的な強さも恐ろしいが、更に口から火まで吹く。はっきり言って手に余る。
 親父の悲鳴は盛大に続き、突然にとぎれた。親父がどうなったかなど、見ずとも分かる。
「ひっ、ひぃいい」
 タンカレーと同じく物見櫓で見張りをしていた男が、喉の奥で悲鳴を上げ、震える手で柵の向こうを指さしていた。
 タンカレーがそちらを見ると、闇の中に煌々と輝く光──何か、恐ろしいモノの目が見えた。その数は……数える気にもなれない。
 なんてこった。もうちょっとすればマーファ神殿から助けが来たのに。そうすれば、全て丸投げして、俺は休ませて貰うつもりだったのに。なんで今来るんだ。来るんじゃない、とまで贅沢は言わない。せめてもう数日だけ、後にしてくれれば──
 なんだかとりとめのない、現実逃避的な思考がタンカレーの頭の中を流れ。
 それでも、タンカレーは声を上げていた。
「ドラを鳴らせ!」
 定められていた手順を実行しろと、呆然としている他の連中に告げる。
 命令を受けて、呆然としていた男達が動き始める。鳴らし手の内心を表すように、盛大に、かつ調子っ外れのドラの音が鳴り響く。これを聞いた村人達は扉を固く閉ざして隠れるか、村長の家へ避難するかするだろう。自分たちの仕事はそれまで時間を稼ぐこと。
「戦える奴は武器を持って集合」
 柵のそばで巡回をしていた人間の多くは持ち場を放棄して逃げだし、ほんの数人が必死で対抗しようとして、悲しいくらいにあっさりと蹴散らされている。
 当初から分かっていたこと。彼我の実力差が大きすぎる。
 畜生、俺が行ってもやっぱり蹴散らされるんだろうな。
 そう自覚しつつ、それでもタンカレーは剣を抜く。逃げるわけにはいかない。なんとしても、無理でも何でもここで食い止めなければならない。なぜならタンカレーの後ろには、村には家族がいるのだから。
 状況は最悪。だが、ほんのわずかに救いもあった。
「誰か──お前で良い。すぐに宿屋へ走れ」
 近くで震えている村の若者に、怒鳴るように命令する。
 そこに救いがある。
 宿屋には幾組かの、いわゆる冒険者連中が宿泊している。その大部分は取るに足りない雑魚。暮らしが立ちゆかなくなって、冒険者に身を落とした、その程度の連中ばかり。はっきり言って自分にも劣る者ばかり。こいつらはきっぱり使えない。
 ──だが。
 どこからやってきたのか、何をやっていたのか知らないが、今日の夕方、日が落ちかけたころになって村にやってきた4人組。こいつらは違う。
 一人は騎士崩れ。鎧に付けた紋章に不名誉印を刻んでいたから間違いない。年は若いが、その武器や防具はかなりの業物。鍛冶屋をやっているタンカレーだからこそ、余計に分かる。あれだけの装備をしている人間だ。ただ者じゃないはず。
 一人は魔法使い。あの野暮ったいローブ姿、陰気な顔立ち。間違いなく魔法使いだ(←偏見有り)。タンカレーは魔法使いに対する嫌悪感を、この世界の人間らしくあたりまえに持っている。いるが、こうした状況では非常に頼もしい。あいにくとタンカレーの冒険者時代、仲間に魔法使いがいた試しはなかったが、一流とされる冒険者グループには魔法使いが普通にいたものだ。そう言うものなのだ。好悪の念はともかく、それくらい奴らの能力は大きいと言うこと。
 一人はドワーフ。ドワーフ自体が、頑健な肉体を持つ種族であり、戦士としての素質に長けている。同時にこいつはマイリーの紋章を抱いていた。マイリー、それは戦の神。ならば当然戦えるはずだ。やはり装備していた武器防具も業物揃い。間違いなく、強いだろう。
 一人はエルフ。見た目では全く強そうには見えない。むしろ華奢で弱そうに見えるが、騙されてはいけない。森の妖精であるエルフは、生まれながらにして精霊使いとしての高い素養を持つという。その力、期待して良いはずだ。
「例の冒険者連中に助けを求めろ。報酬を求められたら、村長が払うっていっとけ」
 完全に事後承諾。だが、まずは生き延びること、助かる術を探ることこそ最優先課題。
──もっとも、それはかなり難しそうだ。
 あっさりと柵を崩して村に進入してくる異形達を前に、タンカレーは恐怖から来る震えをこらえると、剣を構えた。


 タンカレーの命令通り、宿屋へ村人が泡を食って飛び込み──
 4人の計画は変更を余儀なくされる。



[4768] 04 僕たちには勇気が足りない
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:17
 なんだかおどろおどろしくも聞こえるドラの音をバックに、宿屋の扉を吹っ飛すような勢いで開け、息を荒げた男が一人、転がり込んでくる。
 そして、息が整うのも待たず、大声で叫んだ。
「助けてください。化け物が……たくさんの魔神が……お願いです、助けてください」
 その言葉を主に向けられた4人組の冒険者は──
 男の期待や予想とは違い、顔色を変えて盛大に狼狽えた。


 ロードス島電鉄
  04 僕たちには勇気が足りない


 村人らしき男が飛び込んできたのは、ちょうどサシカイアらの未来設計図が大まかに定まったところだった。
 他に能がないこともあり、当面は冒険者として身を立てる。ただしリスクは抑えめに。出来うる限り簡単な依頼のみを受けることとする。昨今ロードスで大流行なのは魔神であるが、それはスルー。だってあいつら強いしうざい特殊能力持ってたりするから勘弁だ。出来れば初心者の友、ゴブリン退治あたりで行きたい。コボルドでも可。そしてある程度金を貯めたら、ロードスを逃げ出してアレクラストに渡ることも考える。
 そんな情けない結論は、宿屋に駆け込んできた村人によって出した直後に駄目出しされた。
「魔神の襲撃?」
 酔いなんて一瞬で引いた。
 魔神とは戦わないように生きていこうと、意見がまとまったばかりなのにこの展開。酷すぎる。
 泡を食って立ち上がったギネスの背後で、椅子が倒れる音がする。顔面蒼白、話が違うと狼狽えるギネスを笑える者はいない。
 自分では見えないが、サシカイアだって同じような顔色、表情をしているに違いない。そう言う自覚があった。
 なんてこった、神様。そりゃ無いよ。
 と、欠片も信じていない神様に内心で毒づく。
「ど、どどどどどうするのさ」
「う…うろたえるんじゃあないッ! ドイツ軍人はうろたえないッ!」
 狼狽えるギネスを窘めるシュリヒテの声も冷静とは言い難く、甲高く上擦っている。てか、ドイツ軍人て何さ。
「まずはとにかく、装備と荷物っ!」
 建設的な意見はブラドノックから。こいつも顔面蒼白だが、比較すれば一番ましか? いやダメだ。何の意味があって、焼き鳥の食い残しを集めてポッケに入れようとしているんだ? それでも、その意見は一応まともだ。
 宿屋の、村の中は安全地帯だと早合点して、4人は完璧にくつろいでいたのだ。さすがに武器こそ近場に置いていたが、鎧なんかは脱いで楽な格好になっていた。荷物も部屋に置いてある。何をするにせよ、そのあたりを整えるのが先決、と同意。尻を蹴飛ばす勢いで我先にと階段を駆け上って二階の部屋に向かう。
「くそ、くそ、くそ、何でこうなる」
 話が違う。こんな風に初の戦いを迎えるなんて想定外。サシカイアは罵りの声を上げながら己の部屋に飛び込むと、大慌てで装備を調えていく。防具は上着を羽織るだけで事足りた。──筋力低い上にシャーマンでシーフだから、重厚な鎧はそもそも身につけられない。ちょっとばかり丈夫な服、その程度の装備なのだ。それから、腰にいくつかのポーチのついたベルトを付ける。それぞれのポーチには鍵の束や油の入った小瓶などのシーフのいわゆる7つ道具、魔法使用の際の精神力の肩代わりをしてくれる魔晶石、各種の薬品、地図や方位磁石、幾ばくかの貨幣、そして宝石、筆記用具にメモ用の羊皮紙などの小物を中心に戦闘・探索に必要な様々なモノが入れられている。
 ベルトを調節して動いても弛みが出ないか確認し、バックパックをちらと見て、こちらをどうするか考える。入っているのは着替えやら非常食やらロープやら耐水性の高い布など、腰のポーチに入れるのが難しい、そして戦闘時に緊急性の無い大きめの道具類。上手にコンパクトにまとめられているとは言え、背負えば行動が多少なりとも阻害されてしまうだろう。自分に自信がないだけに、そのデメリットが非常に大きく感じられる。
 とは言え、大事な財産には違いない。
 わずかな葛藤の後、やっぱり背負うことにする。このまま逃げ出す、と言う選択肢もあるから、捨てていくのはもったいない。幸い、テントなどの重めのモノは体格のいい男連中が運んでくれているから重量はさほどではないし、これくらいなら許容範囲だろう。いざとなればその場に落としても良い。そうできるように工夫もされているし。
 そうして準備を整えて隣の男部屋へ向かう。
 こちらでは、まだ装備を整える途中。魔法使いのブラドノックは既に大丈夫のようだが、鎧を着込まねばならない戦士二人はそうはいかない。
 サシカイアはブラドノックと視線を合わせ、シュリヒテの着替えを手伝いにかかる。
 上は本人に任せ、その足下にしゃがみ込んで脛当てを止めていく。
 ブラドノックの方はギネスを手伝っている。ギネスは手が震えて、留め金一つはめるにも多大な苦労をしている様子。見かねたブラドノックがほとんど代わりにやっている。
「畜生、畜生、何だってこんな事になるんだよ。話が違うじゃないか」
「口より手を動かせ」
 かなり追いつめられた表情でぶつぶつ呟くギネスをシュリヒテが窘め、身体を動かして鎧の固定を確認。サシカイアにも確認させて大丈夫と結論、その上にマントを羽織る。剣を腰に佩き、盾を左手に構える。
「どうする? 逃げるか?」
「夜の闇の中を逃げるのもぞっとしないし、とどまって戦うのも勘弁だ」
 答え、どっちもいや。どちらを選ぶにしろ、勘弁して欲しいというのが本音。
 しかし、そうも言ってられないのが現状だろう。相手がこちらの気持ちを汲んでくれるとも思えない。
「バリケードを作って、ここに立て籠もるか?」
「とにかく、下へ。ここで議論してても仕方ない」
 ようやくギネスの装備を整えたブラドノックがもっともなことを提案する。
 とにかく、もっと詳しく状況を知らねばならないだろう。そのためには、報告してきた男からいろいろと聞かねばならない。たとえばどっちからどんな敵がせめてきて、どっちへ逃げると良さそうだとか。
 揃って部屋から出る。
 先頭からシュリヒテ、サシカイア、ブラドノック。殿にギネス。全員腰が引けている。
 そして、彼らが階段の上に姿を現すと、宿屋中の人間が視線を向けてきた。皆が、助けを求める視線を向けている。
「……勘弁してくれ」
 すがるようなその瞳の意味を理解して、サシカイアは口の中で呟く。
 見たところ、村人の他に冒険者らしきモノもいるが、どうにも駆け出しの域を出ていないように見える。身のこなしと言うより、装備的な部分からの判断では。
 そして、サシカイアらの装備は彼らとは隔絶している。魔法の、あるいは高品質の武器防具に身を固めた自分たちは、きっと経験豊富な凄腕の冒険者に見えているんだろうなあ、とため息混じりに思う。
 現実、中身は彼ら以上に完璧な素人。初めての戦いを前に、完全に腰が引けている。まともに戦えるかどうか、はっきり言って自信はない。張り子の虎。助けを求められても困るのである。
 なのに、サシカイアらの内心に気がつかない、報告してきた男が叫ぶ。
「早く、早く助けてください。見張りをしていた者達が──」
 きっと、サシカイア達が装備を整えるのを、じりじりしながら待っていたのだろう。男は入り口のすぐそば、扉も開けたままで、切羽詰まった声表情で身振り手振りを交えて急かす。
 勘弁してくれ、頼られても困るよと思いつつも視線を送ったその男の後ろ。扉を開け放しているせいで見えた宿屋の外。そこに、異形の影が見えた。
「うし──っ」
 後ろと警告するまで、その異形は待ってくれなかった。
 サシカイアは一つ世の真理を学んだ。
 志村、後ろ、に限らず、こうした場合の警告は絶対に手遅れに終わるのだと。
 男は、背後からの攻撃で叩きつぶされた。宿屋の床に赤いモノをまき散らして潰れる。即死。気がつかないまま、一瞬で死ねたのはある意味、幸せだったのかも知れない。
「あ、あぁあああ」
「いやああああ」
 宿屋の中に悲鳴が満ちる。
 冒険者も、村人も、宿屋の従業員も、揃って悲鳴を上げる。
 サシカイアらは悲鳴を上げなかった。その余裕もなく、揃って硬直していた。目の前で始めてみる人の死。それは、あまりに衝撃的で、悲鳴を上げる余裕すら持ち得なかった。あんなにもあっさりと人は死ぬのだ。その非情な現実。ここは平和な日本じゃないと、お前達も例外じゃないと、現実を突き付けられる。
 男を叩きつぶした異形は、その身体に比して小さい入り口に苦労しながら身をかがめ、宿屋の中に入ってくる。
 宿屋の照明で、異形の全貌が見えた。
 それはまさしく異形の怪物。顔は黒光りする外骨格を持つ蟻なのに、身体は獣毛を生やしたゴリラのモノ。悪夢から飛び出してきたみたいな、訳の分からない怪物。
 ゆっくりとその怪物──セージ技能、並びにプレイヤー知識でアザービーストだろうと推測できた──は宿屋の中に視線を巡らせる。そして、もっとも己の近場で立ちつくしてたウェイトレスを次の犠牲者として定めた。
 触覚を震わせ、顎をきちきちとならしながら、一歩前へ。アザービーストに接近されて涙目でへたり込んでしまったウェイトレスを前に、先ほど男を叩きつぶして血に塗れた腕を振り上げる。後は振り下ろすだけ。それであっさり娘は死ぬだろう。
 サシカイアは動けなかった。頭の中身が見事に空白になってしまっていた。回れ右して逃げ出す、そんなことすら思いつかない。金縛りにあったように、足が、身体が動かない。ただ怖い。ただただ怖い。恐怖が心臓を鷲掴みにし、手足が震える。こうして立っているだけでも辛い。これ以上ないくらいに完璧にびびっている。ぶっちゃけ、ちびりそうだ。いや、秘密だがちょっとちびった。
 だが、動いた者がいた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 正直、その声は雄叫びと言うには甲高く裏返り、上擦りまくっていた。悲鳴という方が近い。
 だが、とにかく声を上げて、シュリヒテが動いていた。一気に階段を駆け下りるとアザービーストに向かう。逃げるためではなく、戦うために。引き抜いた剣が宿屋の照明を反射してきらりと輝く。
 シュリヒテの突進に反応したアザービーストが、ウェイトレスを捨て置いて向き直る。明らかにシュリヒテの方が脅威度が高い。そうした判断。両手を広げ、きーきーとした甲高い叫びをあげて待ち受ける。
 ──しかし、アザービーストがどれだけ身構えたとしても、何の意味もなかった。
 シュリヒテの斬撃はアザービーストの──おそらくは本人も含むそこにいた全員の予想を超える鋭さで。
 一撃で、その上半身を斜めに斬り飛ばした。



[4768] 05 戦場のヴァルキュリア
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/03/01 16:09
 わずか一振りでアザービーストを下す。シュリヒテのその戦果に、宿屋中の人間が歓声を上げる。
 その声でようやく金縛りの解けたサシカイアらは、階段を駆け下りてシュリヒテに近寄る。
 シュリヒテは剣を振り下ろした格好のままで、大きく肩を揺らして息を荒げていたが、近づくサシカイアらに気が付くと親指を立ててみせる。
「案ずるより産むが易し。ぶっちゃけ、全然余裕」
 そう言って笑うシュリヒテの頬は盛大に引きつっていたし、上下の歯が小刻みにぶつかってかたかた鳴っている。涙目だし、顔面は血の気が引いて蒼白を通り越して真っ白。親指を立てた腕も思い切り震えている。言葉と違い、どう見たって余裕など無い事は一目で知れる。やせ我慢もここに極まれり。
 それを見て、サシカイアは思わず笑ってしまった。ほんの僅かだが、笑うことが出来た。──きっとその笑みは引きつっていたに違いないし、男や化け物の死体から目をそらしながらだけど。
「……まあ、10レベルファイターだしねぇ」
 呟くブラドノックも、多少の余裕を取り戻した模様。アザービーストなんて所詮は4レベルだし、と続ける。
 一方、ギネスはまだダメらしい。至近で見た死体に耐えきれず、いきなりしゃがみ込んで胃の中身を床にぶちまけていた。
「大丈夫か?」
 とブラドノックが背中をさすってやるが、応える余裕もない。
 それを視界の端に、これからの行動を相談する。
「どうする? ここに立て籠もるか? もちろん逃げるのも当然有りだと思うがぶっちゃけ外に出るのはぞっとしないから是非にもそうしたいと思うんだがその場合は他の連中にも手伝わせてテーブルを並べて即席のバリケードにするのはどうだろうかと提案したいんだがそんなことをしても敵が攻めてきたら戦わなくちゃならなくてそれはそれで正直勘弁かなあとも思うからやっぱり逃げようか?」
 なんだか自分でも吃驚するくらい、性急で早口になってしまった。
 まだまだ本当の意味で余裕を持ち得ていない証左かと、サシカイアは自己分析する。とにかく落ち着かなくてはと深呼吸をしてみるが、血の臭いが鼻についてあんまり成功しなかった。
 そう言えば、死んでしまった男の言では、なにやらどこかで助けを求めているらしいが、もちろん却下だ。こっちだって助けて欲しい。他人を助ける余裕なんて無い。やはり、ここに立て籠もって嵐が過ぎ去るのを待つのが一番の──
「何だ? 火が出たぞ」
 しかし、誰かの声がそれを否定する。
 振り返って見れば、いつの間にか奥の方から煙が流れてきている。火の不始末と言うわけではなく、どうやら魔神の攻撃らしい。おそるおそるで扉の外をこっそり見れば、村のあちこちで盛大に炎が踊っている。きっと、火を付けて回っている魔神がいるんだろう。そして、そのまま焼け死ぬならばそれで良し、炎を逃れようと家から出てきたならばそこを──とやっているのかもしれない。
「どこか、逃げ込むのに良さそうな場所はないか?」
 近くにへたり込んだままのウェイトレスに尋ねる。
 ウェイトレスはそれで我に返り、慌てて恥ずかしそうに両手で下半身を隠す。しかし、隠しようのないでっかい水たまり。どうやら漏らしたらしい。
 変な意味じゃなくて、何か嬉しい。ちょっとした仲間意識で、断じて変態趣味じゃない。
 ウェイトレスは顔を赤らめながら、小声で村長の家という返事。
 外へ出るのはぞっとしない。だが、ここにいてもろくな事になりそうにない。事実、何人かが火元に走ったが、初期消火に失敗した様子。おまけにいつの間にか、そちらとは違う場所にも火がついていた。漂ってくる煙は増えているし、火の精霊が盛大に騒ぎ始めている。早めに行動の指針を立ててここから逃れないと、煙に巻かれてやばいことになりそうだ。
「とりあえず、落ち着いて実力を発揮すれば、敵は目じゃない──と思う」
 シュリヒテが言う。最後が弱気になったのは、それが一番難しいと理解しているから。
 実際、アザービーストは敵じゃなかった。アレは少々できすぎの一撃だったとは言え、ここに至れば自分たちには設定通りの力があると見て大丈夫だろう。ならば大抵の敵は大丈夫なはずだ。
 だが、問題は肉体のスペックではなく、心の方。
「だ、だめだ。僕、ダメ。戦えない。絶対に無理だよぉ」
 既に固形物はなく、胃液を吐いているギネスがえずきながら涙目で苦しげに告げてくる。
 ギネスが一番極端だが、サシカイア達だって情けないと笑える程の余裕はない。敵を前にして、はたしてまともに動けるか。いくら能力が高くとも、それをろくすっぽ発揮できないのでは意味がない。
「──あ」
 と、そこでブラドノックが一つ手を打った。
「俺たちは大事なことを忘れていたぞ」
「え?」
「手がある。魔法だよ、魔法」
 言われて僅かに考えて、サシカイアは思い当たる。なんてこった。本当に頭が働いていなかった。こんな大事で、ごくごく単純なことを忘れていたとは。参ったね。初歩的な推理だよ、ワトソン君。
「そうかっ!」
 シュリヒテも思い当たったらしい。嬉しげな声を出す。
「そう」
 サシカイアは頷いた。ここは代表して自分で言おう。
「魅了の魔法(チャーム)であいつらを言いなりにして──」
 と、宿屋の隅っこからこちらを伺っている他の冒険者達を視線で示し。
「──敵に突っ込ませてる間に俺たちは逃げるんだな」
 幸い近くに観葉植物の鉢があり、ドライアードは調達可能。なんて完璧な作戦だろうかと自画自賛。お前らもさあ褒めてくれたまえと、薄い胸を張る。
「……」
「……」
「……」
「……なあサシカイア」
 ちょっとした沈黙の後、ブラドノックが言った。
「お前のこと、これからスイフリーって呼んでも良いか?」
「な、なんて失礼なっ! はとこの子よ、謝罪を要求するぞっ! あやまれっ!」
 ブラドノックは、俺はグラランじゃないんだがと呟くも、案外素直にすまんと謝罪した。それからぼそりと一言付け足す。
「いくら何でもスイフリーに失礼だよな」
「そっちかよ!」
「そっちだよ! お前、全然頭働いてないだろ? ──いや、変な方向に、無駄に全力全開超高速ですっとんでいるのか?」
「こういうときって本性出るんだよなあ……」
 シュリヒテがなんだか遠い目をして言った。
「普通に考えろよ、普通に」
 ブラドノックが、心底あきれた様にため息を零す。それから、にやりと笑って続ける。
「初歩的な推理だよ、ワトソン君。分からないなら教えてやるから、プリーズとお願いしたまえ」
 なんだか非常にむかついた。かと言って他には何も思いつかず。ゆっくりと正解を考える時間も残されていなさそう。サシカイアは屈辱に身を震わせながら、プリーズと口にした。


 ロードス島電鉄
  05 戦場のヴァルキュリア


 いきなり聞こえてきたその歌声は勇壮と言うには遠い。いや、歌詞は勇壮なのだが、歌い方の問題。どこかおっかなびっくり、腰の引けた印象で、威勢は良くない。気弱すぎて、士気を上げるのに貢献するようにはとうてい思えない。むしろ、その辛気くささで逆に気持ちを萎えさせたとしてもおかしくない。
 だが、その歌が聞こえてきた途端、絶望的な戦いを続けていたアダモ村の人間達の心に勇気が湧き上がってきた。恐慌状態にあった精神が、不意に落ち着きを取り戻していた。自分がどうすればいいのか、どうすれば一番合理的に戦えるのか、冷静に判断を出来る様になった。
 攻め込んできた魔神やその眷属に、これまでさんざんに打ち倒されてきた。村に入れまいとした抵抗は一撃で粉砕され、その後はほとんど一方的な虐殺をされてきた。火を噴く魔獣が村の建物を次々と燃やして周り、魔神達は草でも刈るようにあっけなく、逃げまどう住民達を打ち倒していく。必死で武器を取っても、そんなささやかな抵抗などモノでもないと打ち払われる。刻一刻と村人の数は減っていき。全滅は必至。そしてその時はすぐ目前にまで迫っているように思えた。
 なのに。
 その歌を耳にした途端、それでもなお、自分たちはまだ戦える。そう思うことが出来た。


 その歌は、マイリー神の奇跡「戦いの歌(バトルソング)」と言う。


 とは言え、勇気がわき上がってきたから逆転できるかと言えば、その可能性は皆無だった。現実は厳しい。村人がどれだけ奮闘しようとも、彼我の戦力差、能力差は歴然。元々村人は戦うことを専門にしているわけではない。ゲーム的な処理で言うなら、村人は技能無し。戦闘技能の後押しは無く、即ち能力値ボーナスの追加もないまま平目で戦っている状態。ここに戦いの歌の力で攻撃力+2を得たとしても、所詮は焼け石に水。勝てるはずがないのだ。
 ──だが。
 彼らの登場によって、戦いは一気にひっくり返されることとなる。


 村人と斬り結んでいた魔神。その額に、唐突に矢が突き立った。
 いつでもとどめが刺せるのに、嬲るようにさんざん村人をいたぶっていた魔神の首が、その矢の勢いに押されて後ろに持って行かれ。その首の重みで身体がのけぞるように後ろに傾き。ついには地面に仰向けに倒れる。そのときには既に魔神は死んでいた。
「……何が」
 起きたのか分からない。
 さんざんに悲鳴を上げて涙をこぼし鼻水を垂らし下を決壊させ、必死で剣を振り回して魔神に抵抗していた。あの歌が聞こえてからは、少し冷静になって戦えていた。しかし、それでも村人の剣は魔神に掠りもせず。逆に魔神の剣は嬲るように村人に小さな負傷を与えてきた。いつでも村人を殺せるのに魔神はそれをせず、間違いなく遊んでいた。村人の命は、魔神に握られていた。この魔神がその気になれば、村人を嬲るのに飽きれば、どれだけ必死で抵抗しようともそれが終わりの時。村人にとって絶対の強者であった魔神が、これほどあっさりと、目の前で死体を晒している。
 にわかには信じがたく、村人は呆然とした。いきなり死の危険が目の前から去り、脱力してしまった。あまりに感情の落差が大きすぎ、さすがの戦いの歌の効果も、その瞬間だけはフォローできなかった様子。
 それは隙だらけで、近くにいた他の魔神やその眷属達に取っては格好の獲物といえる状況。──だが。
 矢が走る。
 精霊使いの素養がある者が見たら、その矢にまとわりつくように遊ぶ、風の精霊を感じたかも知れない。
 精霊使いの魔法の一つ、シュートアロー。風の精霊の力を借りて百発百中の矢を放つ魔法。
 今回、一度に走った矢の数は複数。それぞれの矢が、それぞれに狙った敵に過たず命中。防御力でダメージ減算できるとは言え、打撃力20のレーティングに、高レベル高い魔力の追加ダメージで洒落にならない威力となる。その直撃を喰らった魔神達の中には一撃死したモノもいたし、そうでないモノも大きなダメージを受けて苦痛の呻きを上げる。
 村人が矢の飛んできた方を振り返れば、炎の照り返しを受けて輝く金髪。武装した戦士達と、勇気を沸き立たせるあの不思議な歌を後ろに従えて。堂々と立つ小柄で華奢な娘。
 その娘を、幾人かの村人が知っていた。今日の夕暮れ、日が落ちかける頃に村に転がり込んできた4人組の冒険者、その1人。
 あり得ないくらいに美しいエルフの娘。
 その手に握られたショートソードが振り上げられる。
「勇者達よ! 今こそ邪悪なる魔神どもに正義の鉄槌を振り下ろす時が来た!」
 凛としたエルフ娘の声が闇を切り裂く。
「我らは闇を払う光の剣! 我らは無辜の民を守る無敵の盾! 全員抜刀! 敵は正面! 敵は魔神! 全員突撃! やつらに戦争を教育してやれ!」
 そして振り下ろされるショートソード。その切っ先は一直線に魔神達に向けらる。
「うぉおおおおおおおお!」
 そしてその声に応える戦士達の雄叫び。弓から放たれた矢の様に。エルフ娘の後ろから、武装した戦士達が飛び出して行く。その戦士達が、宿屋にたむろしていた冒険者崩れだと、気が付く者は気が付いた。どこかやさぐれていた連中が、今は勇気にあふれ。魔力を付与された武器を振り上げ。同じく魔力を付与された鎧を纏い。歌声とエルフ娘の声に背中を押され。戦乙女に導かれているかの様に迷い無く。村人達の列を抜けて。一斉に魔神達に襲いかかる。
 魔神と冒険者達。彼我の実力差を比べれば、村人達ほど圧倒的な差はないにしろ、魔神の方が優れていた。しかし、その差を先制の一撃と勢いが埋めた。一気に襲いかかり。切り伏せ。突き飛ばし。打ち払い。相手を倒し。相手に倒され。たちまち殺し殺されの血生臭い戦闘が繰り広げられる。
 そして1人。
 明らかに他の戦士達とは隔絶した技量を持つ男が、当たるを幸いと言った感じに魔神達を屠っていく。強い魔力を持つ剣を一閃させるたびに対峙する魔神の身体から血が飛び散る。魔神からの反撃は危なげなくかわし、いなし、盾で受け止める。時に攻撃を受けることもあったが、氏素性のよろしそうな白銀色の鎧が、その攻撃をほとんど通さない。ろくにダメージを受けることなく、あっさりと魔神やその眷属を切り伏せていく。彼我の実力差。それが、この戦士と魔神の間だけは逆転していた。それも、圧倒的な差を付けて。
 魔神は、村人達にとっては死に神に等しかった。
 だが今。その立場は逆転した。この戦士が、魔神達に差し向けられた死に神となって──いや、違う。死に神等という不吉なモノではない。あの「戦乙女」が言ったではないか。
 そう。
 彼こそが闇を払う──「光の剣」



[4768] 06 これが私の生きる道
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:18
 戦乙女の祝福を受け、戦いの歌に背中を押され。高らかに雄叫びを上げて戦士達が飛び出していく。目指すは魔神。その瞳に迷いはなく、その心に怯懦はない。まるで歴戦の勇者の如く、敵に向かう。勝利を、彼らの戦乙女に捧げるために。
「何の罰ゲームだよ、こんちくしょう」
 その背中を見送って、彼らの戦乙女──サシカイアは顔を真っ赤にして小声で毒づく。カンペを握りつぶして投げ捨て、踏みにじる。独創性のない、どこかで聞いた様な恥ずかしい台詞の羅列。普通なら駄目出しだ。
「だいたい必要あるのか、こんな真似。既に戦いの歌でみんなノリノリだっただろうに」
 他の冒険者を仲間に引き込むのは簡単だった。
 実際に戦場に出る前に、一度効果を試してみようと戦いの歌をギネスに歌わせてみた。正直、歌の効果よりもギネスの方が信用できなかったりした訳だが、その心配は杞憂に終わった。ギネスも生き残るにはそれしかないと理解して根性を見せた。それを歌っていれば、自分は戦わなくて良い、と言うのもプラスだったかも知れない。とにかく、まだまだ怯えを多大に残しながらもギネスは戦いの歌を歌い。その効果の確かさを4人は実感した。
 そこで、嬉しい誤算があった。
 戦いの歌の効果は、術者が任意に除外しない限りは聞こえる限り。だから、宿屋にいた他の冒険者達も、この歌の恩恵を受けることになった。はっきり言って使い物にならない、隅っこで震えているだけだったしょぼい冒険者連中も、これで一転、戦える気になったのだ。──人のことを言う資格は4人にはないのだが、それはそれ、である。
 そこで、ブラドノックはすかさず共同戦線を組むことを提案した。
 サシカイア程悪辣なことは考えなかったにしろ、仲間を増やして危険を分散するというのは、ブラドノックも良いアイデアだと理解していた。戦争は数だよと、偉い中将様も言っているではないか。
 他方、冒険者達の方にしてみれば、この提案は渡りに船だった模様。先ほどのシュリヒテの一撃は彼らの度肝を抜いている。いよいよ宿屋はやばげになってきて、外に出なければ焼け死ぬのは必至。自分たちのみで戦うよりは、寄らば大樹の陰。4人と共同戦線を組んだ方が、生き残る確率は高まるだろうという打算。
 協力体制は、提案したブラドノックが拍子抜けする程あっさりと結ばれた。
 ならば後は簡単。戦う準備を整えた後、揃って宿の外に出て、戦いの歌の恩恵を受けつつ、サシカイアの号令の下に敵へと向かう。
「やって損にならないことは何でもやってみるべきだろ? 命がかかっているんだぜ。たとえ無駄に思えても、やっておく価値はある」
 サシカイアのぼやきに応じたのはブラドノック。開戦前の演説。それを提案したのも、やっぱりこいつだったりする。
 この二人、そして、戦槌を胸の前で握りしめて戦いの歌を歌うギネスは、戦士達の後方に控えて様子をうかがっている。幸い、シュリヒテ含む戦士達が奮闘しているおかげで、こちらへ抜けてくる魔神やその眷属はいない。だから、こんな会話を交わす程度の余裕があった。
「だったら、シュリヒテにやらせろよ。この手のことは、戦士にやらせるのが王道だろうに」
「それでも良かったんだが」
 ブラドノックは言って、サシカイアの上から下へ、視線を巡らせる。
「中身はアレだしお腹の中は真っ黒け。──とは言え、今のサシカイアは見た目だけなら最高だからな」
 お腹の中は真っ黒け、の部分を特に強調して言われ、サシカイアはばつが悪そうに視線をそらす。
「……アレはだな、そうアレは、場を和ませようとする冗談だったんだよ」
「確かに、その効果があったことは否定しない」
 サシカイアの言葉なんぞ欠片も信じていないとブラドノック。
「こういう場合の定型が戦士とはいえ、男のシュリヒテが発破をかけるよりは、綺麗な女の子の方が嬉しくないか? 少なくとも俺は嬉しい。絵面もその方が良いだろう? 荒くれ者どもに凛々しく号令を下す美少女、萌えるっ!」
「……そんな理由かよ」
「これ以上ないくらいの重要な理由だ」
 悪びれない堂々としたブラドノックの言に、サシカイアはがっくり肩を落とした。
「さて」
 サシカイアの呆れなど知ったことではないとブラドノックは軽く流し。前方の戦闘に視線を向けると面を引き締める。初撃と勢いで今は互角以上に戦えているが、時間がかかれば地力の差できつくなるだろう。だから、速攻でけりを付けたい。そのためには──
「そろそろこちらも仕事をしよう」
「そうだな」
 サシカイアは両の頬を平手で叩いて気合いを入れる。それからふと、ブラドノックに向き直る。
「それは良いが、お前、精神力は大丈夫か?」
 冒険者達の剣や鎧に魔力を付与したのはブラドノックである。その魔法自体はレベルが高いこともあって楽に使えるが、何しろ人数が多かった。一回一回はともかく、トータルな精神力消費は結構大きくなっているはずだ。
「自前の精神力は温存して、屑魔晶石をいくつか使い潰した。だからまだ余裕だ。──そう言うそっちこそ大丈夫か?」
「まあ、何とかなるだろう」
 サシカイアも初撃のシュートアローで結構な精神力を消費している。こちらも一発あたりの消費は少ないが、魔力の拡大で目標を増やしたから手持ちの魔晶石では賄いきれず、仕方なく自前の精神力を消費している。
「こっちはサポートに回るから、大技はそっちに任せる」
 腰のポーチから屑魔晶石をいくつかつかみ出して掌で転がす。割合簡単な精霊魔法でも、戦っている者達のフォローは出来る。
「分かった、じゃあ行くぞ」
「了解」
 そして、二人も戦闘に参加する。


 ロードス島電鉄
  06 これが私の生きる道


 夜が明けて。
 アダモの村はほとんど壊滅してた。
 それはもう酷いモノである。生き残りも少なくない数いるが、犠牲となったのは必死で戦った男達が中心。要するに働き手。生き残りは女が中心、男は老人子供ばかりだ。そのダメージは死者の数字以上にでかい。だから、壊滅と表現しても大げさではないだろう。
 建物の損害も馬鹿にならない。大慌てででっち上げた柵なんかは当然崩壊。村の中にまで進入した魔神のせいで半分以上の家が焼け落ち、崩れ。──中には調子に乗った、乗りすぎたサシカイアやブラドノックの魔法で焼け崩れたモノもあったりするが──彼らが戦わなければ全滅必至だったし、そのころには既に大概ぼろぼろであったので、村人はそれについては気がつかなかった振りをした。
 それでも、何処彼処で家人や財産を失ってしまった者達の嘆きの声が聞こえ、現状の村の見た目もあって、アダモは酷く寒々しいことになっている。


 村の鍛冶屋、タンカレーは片手を三角巾で吊り、無表情で焼け落ちた自分の家を見ていた。彼は生き延びた。タンカレーが自分で思っていたより強かったと言うこともあるが、主たる要因はそれではない。単純に運が良かったのだ。何より発見が早く、見つけてくれたエルフ娘がヒーリングを使えたことで、魔神の一撃を食らってうち捨てられ、ほとんど死んでいたタンカレーはぎりぎりで命を繋ぐことができた。腕を吊っているのは、未だ違和感があるから。エルフ娘のヒーリング一発で怪我一つ無い健康体に回復したが、しびれが残ってうまく動かせないでいる。身体が吃驚していると言うべきか、怪我が治ったからと言って、即座に元通りとは行かないのだ。ただこれは、決して重大でも珍しくもないこと。時間が簡単に解決してくれる程度の問題だ。
「なるほど、癒しの魔法で速攻解決、万事オッケー、とは行かないのか。現実は数字だけでは表せないって事か。覚えておく必要があるな」 
 などと、エルフ娘は難しい顔でよく分からないことを呟いていた。
 とりあえず、このエルフ娘ともう一人、なんだかおどおどしたマイリーの神官。この二人がいなければ、死者の数は更に増えていただろう。二人が癒しの魔法を使ったことによって、本当なら死んでいたはずの重傷者が、少なくない数、助かっている。
「ヒーリング使えるの便利だが、なんだか納得いかねえ」
 などとエルフ娘はよく分からない嘆き方をしていたが、この娘を含め、大車輪の働きを見せて助けてくれた4人組はよく分からないところが多い。助けて貰ったこともあり、そいつらの出身地方の風習かとスルーしているが、そうでなければ立派な不審人物だろう。それでも、恩人だ。だからタンカレーはこれ以上考えない事にする。
 その後、二人は魔法の使いすぎでぶっ倒れてしまっている。本当に頭が下がる。少なくとも、村人のために全力を尽くしてくれたことは間違いないのだ。
 他の二人。戦士と魔法使いは、戦闘が終わった後は大して働いていない。あれだけの手練れだというのに、二人とも不審な程に死体に慣れていない。村人の死体、魔神の死体を片づける村人を遠目に見ているだけで、頑なに手伝おうとしない。
「つ、疲れているんだ、だからパス」
 と、言った戦士の言葉は奇妙に上擦っていた。
 騎士崩れらしいから、どこかのぼんぼんかも知れない、とタンカレーは思う。幼少時から訓練を積んできたから腕は立つが、決定的に経験不足。人死にに慣れていない。そんなところだろうか、と好意的に判断する。
 なんだか宿屋の看板娘にかいがいしく世話をしてもらい、単純に鼻の下を伸ばしている。このあたりも、いろいろと若く経験不足らしい。
 魔法使いの方は──魔法使いと言うだけで嫌悪感を抱いてしまうことだし、お近づきになりたくもないために無視している。こっちも同様に死体は苦手な様子。宿屋の看板娘がまとわりついて世話をしている戦士の方と違って、こちらは寄りつく者もなく完璧に一人。ちょっと寂しそうだが、魔法使いである。だからタンカレーには知ったことではない。
 タンカレーは焼けてしまった自宅前を離れ、ゆっくりと村の中を散策する。
 本当に酷いモノだ。もはや、この村は立ち直れないかも知れない、とも思う。
 軽く話を聞いたところ、村長は村を捨ててマーファ神殿への避難を本格的に考えているらしい。
 今更──の感もあるが、こんなモノだろう。失って初めて、結論を出せる。そう言ったことはこの他にだっていくらでもあること。
 タンカレーが考えるのは、これから先、己の身の振り方。
 あたりまえに鍛冶屋を再開する。それがもっとも堅実でまっとうなやり方。
 ──だが。
 自分が思ったより強いことは分かった。そして、それでもなお、魔神相手には力不足であるとも。だが、敵わないからと言って、このまま泣き寝入りして良いのかという思いもある。
 タンカレーは生き延びた。だが、彼が守ろうとした家族はこの世にいなくなっていた。
 今のアダモ村にはありふれている悲劇。戦って、死を覚悟した自分が生き延びて。守ろうとした家族は死んだ。何という皮肉。しかし、それでも全く持ってありふれていた。今のアダモには、悲劇なんて一山いくらでたたき売れる程に存在する。特筆することなど何も有りはしない。自分だけでも生き延びたことが、幸運に類する事だ。
 実際、不思議と悲しみはない。なんだか現実感が無くて、家族の永遠の不在を知っても涙一つ零れなかった。これから先も悲しくないのかは分からない。だが、悲しくなったとしても、いずれ時が解決するだろう。そんな、奇妙に冷静な確信があった。
 だから、このまま素直に元通り鍛冶屋に戻ればいい。それが一番冴えたやり方。そうに決まっている。
 だと言うのに、一つの愚かな道が頭に浮かんで離れない。
 仇を、魔神を倒す。
 ばからしい。自分の力不足は痛感した。雑魚相手に四苦八苦するのがせいぜい。敵を取るどころではない。逆にあっさり殺されてしまうに決まっている。
 魔神を倒す。
 そう言うことは、あの4人組のような連中に任せておくべきなのだ。
 魔神を倒す。
 自分みたいな雑魚は、身の程を知っておとなしくしておくべきなのだ。
 魔神を倒す。
 それでも。
 せめても一矢を報いてやりたいと言う思い。自分でも何某かのことが出来るのではないかという思い。
 タンカレーは腰に吊った剣を確かめる。
 目を閉じ、開く。そして、腕を吊った三角巾を取り去る。
 何のことはない。最初から結論は出ていたのだ。とっくに心は決まっていた。
 理性的であれとか。そうする事が利口だとか。身の程を知るとか。そんなことはいっさい関係ない。自分の選択が愚かであると自覚して。それでも、これから先、これ以外の生き方は考えられなかった。
 ──こうして、100の勇者(候補)が一人誕生した。
 同様な事はこの頃、ロードスの各所で起きていて。それが大きな流れとしてまとめ上げられるまでに、たいした時間は必要なかった。




1ST STAGE アダモ村防衛戦
MISSION COMPLETE

獲得経験値 1000

レベルアップ 

シュリヒテ 生命力20(+3)→生命力20+3(+3) 残り経験値0
ブラドノック シーフLV0→LV1 残り経験値2000
ギネス なし 残り経験値1000
サシカイア ソーサラーLV0→LV1 残り経験値1500



[4768] 07 Bの悲劇
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:18
「ところでブラ、一つお願いがあるんだが」
 と、サシカイアは唐突に言った。
「ブラって言うな。──で、何だ?」
「俺に古代語魔法を教えて欲しい」
「はぁ? 何でわざわざ? ぶっちゃけ、レベルアップしんどいぞ」
 そう言うブラドノックは仲間達の中で一人だけレベル9である。古代語魔法はそれくらい経験値食いなのだ。今、1から習得を初めて、まともに使えるレベルになるまでに、果たしてどれだけかかるやら。パーティのことを考えるなら、サシカイアには高レベルのいないシーフの方をがんばって上げて貰いたい。
 また、サシカイア個人のことを考えるのであれば、シュリヒテの様に能力値を上げていくのも有りだろう。特に1.5クレスポしか無くて一撃くらえば戦闘不能になりかねない低い生命力とか、2上げればボーナスが増える精神力を上げた方が良さそうに思えるのだ。……妖精族なので効率は人に比べて悪いのが、ネックだが。
 しかし、サシカイアの決意は固かった。
「使いたい魔法があるんだよ」
「使いたい魔法?」
「シェイプチェンジ」
「ああ」
 と、それを聞いてブラドノックは納得した。シェイプチェンジで何に──いや、どう変身するのか。そんなモノはわざわざ教えて貰わなくても明白である。
「なるほど」
「まあ、そう言うわけだから頼む」
 ブラドノックは納得して素直に頷いた。その気持ちは分からないでもない。たとえどれほど理を説いたとしても、サシカイアがその意志を曲げることはないだろう。
 感謝して立ち去っていくサシカイアの背中を見送り。
「──分からなくはないんだけど。ぶっちゃけ、もったいなくね?」
 何しろ見た目、ものすごい美少女だし。中身とは合っていないが、そのギャップがまた良いではないか。
 幸いと言うべきか、サシカイアはあの魔法の存在に思い至ってないらしい。考えてみれば、低レベルばかりで遊んできた自分たちである。7レベルの古代語魔法なんて知らなくても、気が付かなくとも不思議ではない。実際にソーサラーをやっている自分ですら、高レベル古代語魔法になると今ひとつ理解し切れていない自覚があるくらいだし。
 ──と言うわけで。
 ブラドノックは、「ポリモルフ」と言う他者を強制的に変身させる魔法を、今すぐにでも自分が使えることは秘密にすることにした。
 シェイプチェンジの方は、ソーサラーは経験値食いだからしばらくは大丈夫。サシカイアが使える様になるまでにはかなりの時間がかかるだろう。また、教えるのが自分だからなんとでもなると考え、にやりと笑った。そう、某スリープクラウドのように、世に遺失魔法はあふれているのだから。


 ロードス島電鉄
  06 Bの悲劇


 アダモの村にマーファ神殿から人が送られてきたのは、魔神の襲来のあった翌日の昼過ぎだった。ぶっちゃけ、手遅れ。下手をしたら村人が全滅していた所にやってきて、何しに来たんだお前ら、てな感じになりかねないところだった。
 だから、4人組ががんばったのは、彼らにとっても幸いだっただろう。
 マーファ神殿から送られてきたのは、神官戦士が4人と、ドワーフの戦士が5人。職構成の偏りがあるのは仕方がない。何しろマーファ神殿関係者だから、偏る方があたりまえ。
 アダモの村の人間としては正直、遅いんだよ、もう少し早く来いよ、と勝手な思いを抱くのは避けられないところ。
 ──が、間に合わなかった事を先んじて、それも真摯に詫びられては文句なんて言えるはずもない。元々、わざわざ人を寄越してくれたのだって、全くの無料奉仕に近い行動だし、冷静になれば文句を言う方がおかしいのである。
 更に言えば、彼らはこれからいったん村を離れ、マーファ神殿でご厄介になろう、なんて計画も立てている。文句を言って『家主』の心証を悪くするわけにも行かないのだ。
 もちろん、個人レベルではそんなことを考えずに感情を暴発させた者はいたが、アダモ村の総意としてはそんな感じである。
 そして何より。
 そのメンバーの中に、超がつく程の有名人がいたりしたから、村人の多くは逆に、へへ~てな感じで頭を低くして、彼らを──いや、彼女らを迎えることになった。
 彼女──しっとりした黒髪の小柄で清楚な美少女。大地母神マーファの白い神官衣も良く似合ったその娘の名前はニース。マーファの愛娘とも呼ばれている敬虔な大地母神マーファの神官で、最近ではロードスに住まう5匹の古竜のうちの1、北の白竜山脈に住まう氷竜ブラムドを従えた、なんて噂もあるくらいの有名人である。
 これだけの有名人が来たのである。アダモの村は軽く見られていたわけではない。村人の多くは自尊心をくすぐられ、それだけで十分に満足した。当初マーファ神殿に抱いていた不満(元々かなり自己中な不満だったし)は、すっかり消え失せていた。
 また、アダモの村へ到着後の彼女らの行動も、文句が付けようになかった。
 休んで旅の疲れを取ることもなく、到着した直後から彼女とその一行は怪我人の様子を見たり、後始末の手伝いを始めりと、精力的に活動を開始したのだ。
 命に関わりそうな怪我を負った者こそ昨夜の内にサシカイア、ギネスが治療しているが、そうでない者は後回しにされて、村人の手による簡単な治療を受けたのみ。何しろ、魔法を使うには精神力を使い、高レベルで効率的に使えるとしても、やっぱりそれは有限だ。全員を完全に治療することは二人にも不可能だったのだ。
 マーファの神官達は、手慣れた様子でそうした怪我人の治療を神聖魔法と薬をうまく使い分けながら行い。ドワーフの戦士達はその屈強な肉体を使って崩れた家の始末やら、死体を集めて荼毘に付したりと──葬儀は簡略になったがニースが責任者となって行った──大車輪の働きを見せた。村人は命がけの一夜の後、どこか呆けて気の抜けたようになっている人間も少なくなく、作業は一行に進んでいなかった。彼らの手伝いがなければ、いつまで経っても後始末が終わらなかったところだろう。下手をすると放置されてた死体が疫病の原因になる、なんて事にもなりかねなかったから、いろいろな意味で幸いだった。
 同時に、彼女らは情報の収集も始める。
 異形の影を見たという放棄された古い砦。昨日の襲撃の様子。魔神王復活以前は、魔神なんて、呪われた島ロードスでもそうそう見かけるモノではなかったのだ。だから初見の魔神も少なくない。その容姿、種類や能力なんかは、出来うる限り知っておきたい。今回襲撃されたのはアダモの村だが、既にこれはアダモの村だけの問題ではすまないないのだ。被害の拡大を防ぐため、魔神に対処するためには、慎重に情報を集めて適切な対処をする必要がある。
 そして。
 そう言った話をするのであれば、獅子奮迅の働きによって魔神の襲撃を撃退した冒険者の話題が出てこないはずがない。
 その話を聞いてニースが興味を抱くのはある意味当然。強い冒険者。魔神王を倒すことすら視野に入れているニースにとって、魔神に対抗する強者の情報もまた必要不可欠なモノだったから。
 だから、自らその4人組の冒険者に会うこととした。


 だけどちょっぴり時は戻り。
「んん~」 
 と大きく伸びをして、焼け残った民家の寝床を借りてたっぷり休憩を取ったサシカイアは目を覚ます。しっかり6時間以上の睡眠。ゆっくり休んだおかげで、精神的な疲労は消えている。
「………」
 周りを見回し、自分の髪をつまみ、耳をいじり、胸を確かめ、サシカイアは大きくため息を零す。ため息の理由は、胸がぺたんこに近いからと言うわけではもちろん無い。
 昨日からのアレは全部夢でした、なんて言う超展開を期待していたのだが、目覚めてもやっぱり自分はエルフ娘で、目覚めた場所も自分の部屋とは似ても似つかない場所。悪夢はまだまだ続くらしい。そう言う理由。
 やれやれと、手櫛で寝乱れてた長い金髪を適当に整えながら、徒然と昨日の、昨夜のことを思い出す。
 初撃のシュートアローの後は、スネアで転ばしたりホールドで動きを止めたりと、戦っている戦士連中のフォローに回った。戦闘終了後は怪我人の治療のためのヒーリング。正直、何でヒーリング使えるんだと不満に思ったが、使えるモノは仕方がない。いや、実際かなり便利ではあった。
 とにかく、色々気に入らなくはあったが癒しの魔法を使えた事もあって、酷い傷を負った冒険者や村人を助けるために魔法を使いまくった。屑魔晶石は使い果たし、自前の精神力も限界ぎりぎりまで振り絞ったせいで、眠る前にはほとんど気絶寸前だった。布団に入った途端、すとんと意識が落ち、夢すら見なかった。それはある意味幸いだったかも知れない。何しろ、命がけの殺し合いを生まれて初めて演じたのだ。戦いの歌の助けがなければ、サシカイアの精神は脆弱な現代日本人のものでしかない。下手をしたら、悪夢にうなされたかも知れない。
 サシカイアはいつまでもここにいても仕方がないと、ベッドから立ち上がる。大雑把に身だしなみを整えると、家から出る。とりあえず、他の3人と合流してこれからのことを相談せねばならない。
 外に出ると、すぐにブラドノックを見つけた。
 なんだか隅っこの方で一人、黄昏れている。朝の──時間的には昼をとっくに回っていたみたいだが──挨拶をすると、ぱ~っと表情を輝かせて寄ってきた。犬みたいな奴だ。そう言えば昔ブラドノックをブラノドッグと読み間違えたことがあったなあ、と関係ないことを思い出す。
「何か景気の悪い顔しているな」
 ブラドノックに言い放ちつつサシカイアは村を見回し──どうやら、炊き出しをしているらしいところが見えたので、そちらへ向かう。ブラドノックも付いてきた。
 焼け跡の片隅で、宿屋で見かけた顔が大きな鍋をかき回していた。たぶん宿屋の主人だと思うが、サシカイアに確信はない。とにかく、腹が減っていたのでそちらへ向かってみる。
 その焼け跡では、料理をしている宿屋の主人の他に、柄の悪い連中がたむろしていた。生き延びた冒険者連中。大分数が減っている様に見える。──が、あえてそれは考えない様にしようと首を振る。あいにく、そう言ったことに免疫はない。そうでなくとも、あんなごろつきっぽい連中、出来ればこれ以上関わり合いになるのは勘弁して欲しいし。
 そう考えたのだが、面白くもなさそうな顔でカードに興じていた冒険者の1人がふと顔を上げ、サシカイアとばっちり目があった。
 男はぱ~っと表情を輝かせる。何だか、なんだかひしひしと嫌な予感がした。
 そしてそれは的中。
「我らが戦乙女のお出ましだ」
 男が嬉しそうに声を上げると、周りの者達もこちらを見て声を上げてくる。
 わいわいがやがや、なんだか吃驚してサシカイアは足を止める。
「我らが戦乙女?」
「サシカイアの二つ名みたいだね」
「……何か敵に捕まったら最後、らめ~とか言わされそうな二つ名だな」
「……」
 ブラドノックは呆れた様に沈黙した。
 呆れた様な顔は仕方がないと思おう。サシカイア自身も、自分でもその感想は何だろうと思った。だが、前屈みになるのは勘弁して欲しい。何想像したこいつ。
 それはともかく。なんだか非常に危険なルートに分岐した様な気がするのだが。てか、この原因はブラドノックのせいじゃないか。
 色々話しかけてくる冒険者連中を適当にいなす。サシカイアと会話した、それだけの事実だけで概ね満足してくれたみたいで、それは幸いだった。再び三々五々、適当にその辺りに散ってくつろぎ始める。
 サシカイアは大いに安堵した。そのままいつまでもまとわりつかれるのは勘弁だ。
 そう言えば、腹が減ってここに来たんだったと思いだし、宿屋の主人に食い物が欲しいと要求すると、パンとスープを山盛りでくれた。そして、何度も何度も助けてもらえて感謝しているとお礼を言われた。そう言う意識は正直あんまり無かったので面はゆい。
 こんなに食えないよなあぁ、と、エルフ娘になってからずいぶん食が細くなったのでもてあましそうな大盛りスープを眺め。それでも、にこやかに食べてくださいと言っている主人に突っ返すのも悪いかと思って素直に受け取ると、そこから離れる。同じように食事を貰ったブラドノックも付いてくる。
 座る場所は、と視線を巡らしたら、冒険者連中がテーブルを一つ譲ってくれた。
「──で、景気の悪い顔の理由は?」
 ありがたくそのテーブルについて食事を始めつつ、なんだか聞いて欲しそうだったので、ブラドノックに尋ねる。
「……魔法使いが恐れられて嫌われているって言う設定を、ものすごく実感したんだよ」
 ぼそりと、ブラドノックは呟くように言った。
「そうか?」
 自分に対する周りの視線なんかを思い浮かべつつ、サシカイアは首をかしげる。ぶっちゃけ、そう言う実感はない。むしろ逆だ。逆すぎてやばい気がするくらいだ。
「そうなんだよ!」 
 ブラドノックは力一杯で告げてくる。
「お前が寝てる間、俺に話しかけてくる人皆無だぞ、皆無! こっちから話しかけようとすれば露骨に避けられるし」
「被害妄想じゃないのか?」
「いいや、アレは確実に避けられてますっ! 嫌がらせも受けたし。誰がやったか知らないけど、いつの間にかポッケの中に鳥の骨が放り込まれてたんだぞ。イジメ、カッコワルイっ! だいたい、今のシチューだって、お前は大盛りなのに、こっちは小盛りだぞ」
 何で俺は戦士じゃなくて魔法使いをやろうなんて思ったんだろう。俺だって一生懸命戦ったのに。なんてブラドノックの愚痴をうんざりしながら聞き流す。なんだか苦労したみたいだが、飯がまずくなるので辞めて欲しい。
「なのに、なのに──くそう、シューのやろうっ!」
「そう言えばいないな、どこ行ったんだ?」
 首をかしげ、周囲に視線を送る。建物がだいぶ減っているせいで、アダモの村はたいがい見通しが良くなってしまっている。それでも全てを見通せるわけではないが、とにかく、見える範囲にシュリヒテの姿はない。──ちなみにギネスはまだ寝ていた。
「あの野郎…」
 ブラドノックの声は、地獄の底から響いてくるような陰々滅々としたモノだった。
「光の剣とか呼ばれて、何でかやたらとちやほやされて、村の娘にもててやがる。俺が一人で寂しく放置プレイを強いられていたって言うのに…」
 フォーセリア世界の設定では、かつて魔法使いにそれ以外の者達は蛮族とされ、支配されていた。奴隷扱いされていた。その過去から、魔法使いは恐れられたり嫌われたりしている。原作(戦記の方だが)のザクソン独立運動で、実質の指導者は魔法使いのスレインであったにもかかわらず、自由騎士パーンの名前が前面に押し出されたのは、それ故。魔法使いは信用されないし、人々は英雄を戦士に求めるのだ。つまり、サシカイアらのパーティでは、シュリヒテに。──他にも、貴族身分出身設定のシュリヒテは顔立ちも整っている、と言う理由もある。金髪巻き毛、いわゆる貴族のぼんぼん風に。魔法使いだから25歳、なんて設定のブラドノックでは太刀打ち不可能である。
 それはともかく。
「…許せないな、それは」
 ブラドノックの勢いに押されたというわけではなく、サシカイアは己の正直な気持ちとして言った。何しろ外見は可憐なエルフ娘だが、中身は男なのである。他の誰かが女にちやほやされていると言われれば、嫉妬もしようというモノだ。理性では先のような事情は分かっている。だが、分かっているのと納得するの間には大きな隔たりがあり、そこを埋める方法などどこにも発見されそうにない。たぶん、それが発見されたとき、この世から戦争行為は根絶されるだろう。
「挙げ句に、宿屋のウェイトレスのねーちゃんと良い雰囲気で、揃ってどっかにいっちまいやがった」
 更にブラドノックが火に油を注ぐ。
「な、なんだって~!」
 と、サシカイアは愕然とする。
「ウェイトレスのねーちゃんて、あのねーちゃんか? お漏らししてた」
「そう、あのねーちゃんだ」
 重々しくブラドノックが頷く。そして補足説明。
「ちょっと野暮ったい感じではあったが、ちゃんと着飾れば結構可愛くなりそうな、そして何より胸が結構でかかったあのねーちゃんだ」
「神は死んだっ!」
 サシカイアは大仰に頭を抱えて見せた。
 と、ちょうどそこへ。
「よう、サシカイア、ようやく起きたか」
 なんか一仕事終えた後のようなさわやかな声で──頬を赤らめて身を寄せるウエイトレスのねーちゃんと連れだったシュリヒテがやってきた。
 サシカイアとブラドノックはアイコンタクト。それからイイ笑顔を顔に貼り付けて、ゆっくりとシュリヒテに向き直った。
「……何か言い残すことあったら、今のうちに言っとけよ」
「え?」
 と戸惑うシュリヒテに、二人揃って死刑宣告をした。


 その後、間をおかずマーファ神殿ご一行が到着し、しばらく後にようやく目を覚ましたギネスとともに、4人はマーファの愛娘と出会うことになる。



[4768] 08 バカの壁
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:19
「すごい、本物のニース様だ。握手お願いして良いですか?」
「…………乙女だ」
「すげ可愛いっ! マジ可愛いっ! 思ってたよりちんまいっ。すげえ、頭ちっさっ、目おっきい、肌きれい、お人形みたい。お持ち帰りしてぇ!」
 まるで人気アイドルを目の前にしたファンのようにはしゃぐ3人に、あきれたように、そして恥ずかしげに顔を赤らめて、サシカイアが言った。
「お前ら、空気を読め。もう少し落ち着いて、恥ずかしくない対応をだな──」
 だが、3人は全然耳を貸さず。
 迫られていた娘──マーファの愛娘ニースは、困ったような笑みを浮かべた。


 マーファの愛娘ニースは、思ってた以上に小柄で華奢で若くて。
 そしてものすごく綺麗な娘さんだった。


 ロードス島電鉄
  08 バカの壁


 3人は食事を終えてまったりくつろいでいた。昨夜の緊張からの反動か、どこかふぬけたような状態。自発的に何かをしようと言う気になれず、のほほんと、やってきたマーファ神殿ご一行の働きを遠目に眺めていた。
 やっぱりシチューは多すぎたので、サシカイアは半分以上をシュリヒテに押しつけた。自分のシチューの量が少ない、とか文句を言っていたブラドノックだが、実のところサシカイアと変わらない程度に食が細く、その量で十分だった模様。
 シュリヒテは自分の分を片づけた後だったのに平気でぺろりと平らげて更におかわりまでしている。さすがは肉体労働の戦士である。こちら頭脳労働、これでギャラも一緒──ではなく、胃袋の大きさが違う。そしてウェイトレスさんは、その間、かいがいしくシュリヒテの世話をしていた。
「けっ」
 てなもんでサシカイア、ブラドノックは舌打ちするが、シュリヒテは勝者の余裕で鷹揚に応じる。余裕の態度を崩さない。斯様に持つモノと持たないモノの格差は大きい。
 舌打ちは露骨だったから聞こえたはずだが、ウェイトレスさんはなんだかムキになっているみたいにますますシュリヒテに寄り添う。豊満な胸を押しつけるみたいにしてくっつき、シュリヒテが脂下がる脂下がる。口元をハンカチでぬぐったり、べたべたとスキンシップを繰り返す。世話女房にしてもやりすぎに感じもする。そして合間合間にちらちらと、サシカイアの方に視線を送っている。
 なんだかこちらを気にしてるなあ、とサシカイアはさすがに気が付き、自分がシュリヒテを狙うライバル視されているんじゃ無いかと思い至り──そこで頭から煙を噴いて力尽きた。そんな誤解を受けたまま嫉妬星人をする強さを、サシカイアは持ち合わせていないし、持ちたいとも思わない。
「……ああ、俺はそいつのこと何とも思ってないから、気にしないで好きにしちゃって」
 うんざりとウェイトレスに告げてやると、今度はブラドノックから裏切り者を見る視線を向けられたり。


 ──ニースが自分たちに会いたがっている、なんて話を村人が持ってきたのは、そんな時である。


 とにかく、ニースが会いたがっているのなら会おうと、3人は腰を上げる。
 この世界の有名人。後の6英雄の一人。
 ミーハー的な部分では、是非に会ってみたい。確か、原作ですごい美女とか表現されていたし。
 そして、現実的な部分では、なんだかめんどくさい事になりそうだなあ、なんて恐れもある。
 ゴブリン退治で地味な生活。それがサシカイアらの基本的な未来設計図であるのは変わっていない。
 自分たちのスペックが予想以上に高いみたいなので、もうちょっと敵のレベルを上げても良いのではないかとも思う。それでも魔神はノーサンキューである。繰り返すが、あいつら強いし面倒臭いのだ。
 目指すは一攫千金ではなく、小さな事からこつこつと。やっぱり人間堅実が一番である。既に冒険者という時点でやくざな生活だったりするが、それはそれ。
 なのだがニースに──原作の登場人物に関わると、素敵な未来設計図の変更を余儀なくされるような嫌な予感がするのだ。ただでさえ、なんだか勇ましげな二つ名までゲットして、やばいルートに足を踏み入れた気もするし。
 とは言え乞われて会わないという選択肢も選びがたく、仲間はずれも可哀想だとギネスを叩き起こし、4人で連れ立って向かったのは村長宅。
 そこは村の中で一番堅牢に作られていた。村の中のちょっとした丘の上、周囲は石塀で囲まれ。いざって時の避難場所、最悪最後はここで籠城することも考えて建てられていたんだろう。その甲斐は一応あったようで、焼け落ちることなく健在である。今は焼け出されたり避難してきた村人が転がり込んでおり、ちょっとした人口密集地帯である。屋敷に入れず天幕を張って庭に暮らす準備をしている人までいる。
 その一角、負傷者を集めた場所で、噂のニースはかいがいしく働いていた。
 昨夜の戦闘終了後、ある程度はサシカイアらが魔法で治療したが、途中でギネス共々魔力切れになってやばい重傷者以外は後回しで放置。そのまますっかり忘れていた。そう言った人たちを、マーファ神殿からやってきた神官と一緒になって直して回っていたらしい。
 既に必要な処置はすませて細々とした世話をしているところだったらしく、案内してくれた村人が囁いてこちらに気が付くと、患者を他の神官に任せてやってきた。
「初めまして、私はマーファに使える神官のニースです」
 と、黒髪清楚な美少女が挨拶をして──冒頭に繋がるのであった。


 乗り遅れて宥め役に回らざる得なかったサシカイアの尽力が実り、3人が落ち着きを取り戻すと、ようやく自己紹介。
 それを受けるニースの頬は、ちょっぴり引きつっていた。ああした反応を受けるのは、たぶん初めてなのだろう。
 それでもすぐに気を取り直した模様。居住まいを正すと、ニースはアダモの村を守ったことに対してのお礼と、自分たちが間に合わなかったことを謝ってきた。自分の村でも何でも無かろうに、本気で感謝し、本気で謝罪している。何というか、人間としての出来が違う、違いすぎる。たぶん、それくらいじゃないとほとんど人外なレベル11プリーストにはなれないんだろう。こっちのレベルキャップが解除されないわけだ。
「ちょい、サシカイア、ニース様と並んでみて」
「?」
 等と感心していると、突然シュリヒテに要求されて、首をかしげながら素直に並ぶ。
「すげえええ。超絶美少女二人そろい踏み。俺は今、この光景を心のメモリーに焼き付けるっ!」
「……可憐だ」
「サシカイアも見た目だけなら最高だからねえ」
 そう、人間としての出来が違いすぎる。天と地くらいに。
「お前らなあ…」
 とあきれてため息が零れる。今度もやっぱり乗り遅れてしまったサシカイアはホント、ため息しか零れない。
 それにしても馬鹿すぎる。なんだか隣のニースの視線が冷たいような気がする。たぶん評価は鰻下がり。
 特に良いのかシュリヒテ。何となく付いてきたらしいウェイトレスさんが、私早まったかしら、なんて視線を木影から向けている。もちろん、気が付いてないシュリヒテにわざわざ教えてなんてやらない。一人だけ女にもてるような裏切り行為は、絶対に許さないのだ。
 脱線ばかりでは仕方がないと、いささか強引にニースが軌道修正。
 そしてようやく情報交換。
 こちらが提供するのは、昨日出会った魔神の種類や特殊能力。
 昨夜戦った魔神は下位魔神のグルネルくらい。あとは魔界の獣であるヘルハウンドやアザービースト。そんなところ。これらは、村人にとっては十分に脅威であったが、魔神やその眷属として見れば最下級のレベルだ。それなりの実力を持った冒険者連中であれば、対処することも可能なレベル。
 なのだが、その数が異常だった。
 基本的に魔神の出現頻度はごくまれ。魔神召喚の壺(デーモン・ジャー)のたぐいの例外を除けば、出現するのは遺跡や地下迷宮などの人里離れた場所が基本。出現数もほとんどの場合が単独で、多くても数体程度。昨夜の敵は正確に数えていないが、少なくとも20を余裕で超える魔神やその眷属が揃って攻め寄せてくる、なんて事はこれまで前例がないらしい。
 この魔神の跳梁はもちろん、モスで解放された魔神王に繋がる。ブルーク王だったか、全く余計なことをしてくれるモノである。
「放棄された砦跡に見たという異形の影、そちらも放置してはおけませんね」
 難しい顔をしてニースが呟く。
 なるほどそんなモノがあって、それでこのタイミングでニースらが来たのかと納得。
 ──それはともかく。
「がんばってください、応援してます」
 間髪入れず、サシカイアは言った。
 その反応は予想していなかったんだろう。
「え?」
 となったニース。まじめでりりしい表情がちょっと崩れると年相応、非情に可愛らしい。萌える。
「……あの、手伝ってはいただけないのですか?」
 たぶん、戦乙女とか光の剣とか、威勢の良い二つ名が耳に入っているんだろうなあ、とサシカイアは思いつつ、その評判に従って行動するつもりはもちろんない。
「がんばってください。応援してます」
「……報酬は十分お出しします」
「がんばってください。応援してます」
 困惑したニースの表情は心に痛い。何しろすごい美少女である。出来れば協力してあげたい。それは嘘じゃないが、これは出来ないことである。……だって怖いし。
 ニースは視線をサシカイアからブラドノックに移した。
 ブラドノックはばつが悪そうに視線をそらす。
 ギネスに向き直る。 
 ギネスはばつが悪そうに目を伏せる。
 シュリヒテにすがるような瞳を向ける。
 そんなことをしても無駄である。能力はともかく、中身はへたれな一般人。身の程を知っている。身の丈に合わぬ英雄的行為に走るような馬鹿はいない。
「なあみんな、これは最早この村だけの問題じゃない。ロードス全体の危機だ。ここは是非ともニース様に協力して、ロードスの平和のために俺たちの力を尽くそうじゃないか」
 ところがぎっちょん馬鹿がいた。
 明らかにニースの視線を意識しつつ、芝居がかった口調仕草でシュリヒテ。ニースに、とびきりの美少女に良いとこ見せようと思っている事が露骨に分かる。
「はぁぁぁ?」
 こいつ何言ってやがる、とサシカイアが睨み付けるもどこ吹く風。
 どうやら、ちやほやされて調子に乗って、乗りまくっているらしい。ただの凡人が身の丈に合わない力を苦労や努力もなしに身につけた。そして、その力で苦労なくことを成し遂げ、これまで経験のない、おおいなる賞賛を受けた。おまけに女の子にはもてもて。自分はすごいんだと、壮絶に勘違いしている。しかも今、自分の発言にも酔ってやがる。
「思うに、自分だけが安全であればいい。そんな考え方はきっと間違っている。ここは皆の心と力を一つにして、ロードスに迫る脅威を打ち払うことこそ、俺たちが今ここにいる理由、俺たちの使命じゃないかと思うんだ。そう、俺たちがここにいるのには、ちゃんと意味があるはずなんだ!」
 ぱ~、と、花が咲くようにニースの表情がほころぶ。
 やばいすごく可愛い、萌える。サシカイアもくらりと来かけて踏みとどまる。さすがはマーファの愛娘。ニース、恐ろしい娘っ。
 ニースに感動と感謝と尊敬と、なんだか色々混じった好意的な視線を向けられたシュリヒテは、顔を真っ赤にして脂下がっている。
 見れば向こうからシュリヒテを伺うウェイトレスの目もハート形になっている。
 それで転ぶ馬鹿が二人。
「……もちろんだよ、シュー。僕たちはロードスの平和のためにこの力を生かすべきなんだ」
「……そう、邪悪と戦うことこそ我が使命。民の安寧のために戦う。それこそが我らが使命、我らの生き様」
 シュリヒテに張り合う様にそれぞれが口にする。
「──て、おい、お前ら」
 正気に戻れとのサシカイアの苦情は無視された。ダメだ、程度の差こそあれ、この二人も調子に乗っている。自分の分際を忘れている。下手に苦労なく勝利してしまったが故に、己の実力を勘違いしているとしか思えない。
 特にブラドノックなど、今度はシュリヒテだけにいい目を見させてたまるモノかと意地になっている感もある。
 また、ニースにそれだけの魅力があると言う事も確か。たぶん、付いてるモノが付いてないから、サシカイアは比較的冷静にいられるのかも。
 それはともかく、これはやばい状況だ。
 くそう、こちらも涙目上目使いの可愛らしいポーズでお願いしてみようか、なんてサシカイアは考えたが、やっぱり辞めておく。効果は期待できそうだが、それをやってしまうと、己の中の何か大事なモノが壊れてしまう気がするのだ。いやしかし──
 サシカイアの葛藤、その間にニースがだめ押し。
「あなた方に感謝を。マーファの祝福が、あなた方の元にありますように」
 なんて、とびきりの愛らしくて素敵な笑顔とともに、感謝と祈りを向けている。
 3人は顔を赤らめて、任せておいてくださいとか、威勢の良い事を言っている。
 返すニースの、文句の付けようのない心からの感謝、そして感動の表情。
 ──なはずなんだけど。
 サシカイアはニースの顔に、ちょろい、なんて表情がほんの一瞬だけ、過ぎったような気がした。



[4768] 09 僕の小規模な失敗
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:19
 その砦はかつて、邪神の信者達との戦いの最前線として、数多の激しい戦闘が繰り返された場所であると言う。城壁は血にまみれ、数多の兵士が屍を晒した。戦いの喧噪、勝者の雄叫び、負傷者の呻きと死者の怨嗟、様々な声がこの地に満ち。とにかく、騒がしいことこの上ない場所であったらしい。
 しかし、今は半ば忘れ去られ、崩れ落ち、静かに森に飲まれようとしている。
 かつてあった大地震によって、この砦そばを通っていた街道が崩れ、通行不能になったらしい。復旧が遅々として進まぬうちに、元々は迂回路であった現在の街道沿いが栄え始めた。わざわざ復旧する価値の無くなった街道はそのまま捨て置かれ、迂回路こそが本街道に出世した。本街道から外れてしまった砦もまた、その価値を失いうち捨てられた。
 とは、ニースの説明。
 その後、何度か低級の妖魔が大量に住み着いて近隣の村々の農作物に被害を出したり、盗賊団が根城として暴れ回って迷惑をかけたりしたらしいが、その度にマーファ神殿はドワーフと協力して掃討作戦を展開したそうだ。
 出来れば、妖魔や盗賊のねぐらとなる無用な砦など、綺麗さっぱり崩して再発を避けたいところ。
 しかし、アラニア国はそのための手間と金を惜しんだ。所詮は北部の辺境のこと。アラニア中央の貴族にしてみれば、どうでも良いことの筆頭でしかない。そんなことをするくらいであれば、中央でパーティやら政争やら恋愛やら文化やらに明け暮れていたい。それが貴族の本音。この辺りの領主からしてそんな感じだから、いろいろと終わっている。
 また、マーファ神殿が問題を解決したことも、この場合マイナスになった。国が、領主がわざわざ出向かなくとも、マーファ神殿が何とかしてくれる。ならば放っておいても大丈夫。そんな風に貴族連中は考えてしまったのだ。これで確実に人心がアラニア王国から離れていっているのだが、おめでたいことに彼らは全く気づいていないし、気づいても、民衆が貴族に逆らう事なんて無いと信じ切る、おめでたい頭をしていた。
 では、どうせ勝手にやったところでアラニア王国は気にしないのだから、マーファ神殿が砦の始末を付けてしまえばいい。
 と言うのも、実は難しかった。
「マーファ本神殿とはいえ、基本的に貧乏なんです」
 と、ニースは少しだけ恥ずかしそうに、そして残りの大半は誇らしそうに言った。
 大地に根付き、自然とともに暮らす。それはマーファの教義である。こちら風に言えばスローライフか。信者からの寄進はもちろんあるが、その大半が農民であることもあって、ほとんどは農作物だったりする。神殿も信者も、基本的に金と縁がないのだ。
 砦を始末するとなれば、当然まとまった金がかかる。そしてマーファ神殿では、それを払うことが出来ないのだ。信者の動員、と言う手もあるが、無償でやらせるのは当然まずい。信者に頼めば無償でも、割合簡単に承諾してやってくれるだろう。だが、それに甘えてしまうわけにも行かない。彼らにだって生活はあるのだから。基本的にお人好し。マーファの神官も信者も、だいたいそんな感じである。
 これが国家権力と結びついたファリス教団や、商売の守護者であるチャ・ザ教団であれば良かったのだが。あいつらは本気で金を持っているから。
 ところで、ニースは最近古竜ブラムドを魔法王国太守の呪いから解放し、莫大な財宝を譲り受けている。だから、今ならば金があったりする。しかし、その金も、元々大地震からの復旧に使うつもりで貰ってきたモノで実際そう使い、他のことは後回しになっていた。あまり金をばらまきすぎて物価破壊、ロードス経済をぼろぼろにするわけにも行かないから、何も考えずに全額気楽に使えるモノでもないし。更に言えばマーファ教団にとっても、この砦の優先順位は高くなかったのだ。
「こんな事になると分かっていれば、無理をしてでも壊しておいたのですが」
 この機会に砦の撤去も考えよう、とニースは心を決めたようだが既に後の祭りで、どうやったって今回の事件には間に合わないのである。


 ロードス島電鉄
  08 僕の小規模な失敗


 ニースは、この砦の見取り図を持ってきていた。
 何度かの掃討を行ったと言うことは、即ちこの砦の情報があると言うこと。今回出かけるに際して、マーファ神殿にあった砦の見取り図を書き写してきたのだ。最悪、この砦へ攻め込むことも視野に入れていたのだから、当然の備えだろう。あたりまえの準備を、あたりまえにした。ただそれだけのこと。
 そして、その一方であたりまえの準備を怠った者がいたりする。
 ブラドノックである。
 今になってようやく気が付いたのだが、ブラドノックは使い魔を作ることをすっかり忘れていたのだ。へっぽこーずヒースクリフの烏フレディ(故)、すちゃらか冒険隊ケッチャの黒猫ザザ、オーファンの魔女ラヴェルナの正体不明な使い魔けろぴょんに代表される様な、動物を支配し、己の意志のままに使役する。それが使い魔。また術者と使い魔の間には精神的なリンクが張られ、使い魔の見るモノを術者も同様に見ることが出来る。これは、偵察に非常に役に立つ。
 そう。ブラドノックが空を飛べる使い魔なんかを持っていたら、自分たちは安全な場所から、砦の偵察をして貰うことが出来たのに。
「……そうは言うが、いきなり9レベルだったからさ」
 ソーサラーにとって、普段であれば3レベルに成長は重要なイベントで、嬉々として使い魔を選ぶ所。だが、今回はいきなり9レベルスタートだったから、高レベル魔法の方に視線が行ってしまい、使い魔の設定をついつい忘れてしまったのだ。
 と、ブラドノックは言い訳するが、こんな辺鄙で危険な場所に来ることになった経緯の鬱憤もあり、サシカイアは汚物を見る様な冷たい視線で見下してやる。
 やったのに。
 最初は身をすくめていたブラドノックだが、時間が経つにつれ、ご褒美貰ったみたいにして頬を赤らめ息を荒げる。何というか、罵り、踏んで欲しそうにも見える。こいつ、なんだかやばいスイッチが入ったかも知れない。と、サシカイアは大慌てでブラドノックから視線を外した。


 そんなこんなで。
 今回砦に向かったのは、ニースを筆頭としてマーファの神官戦士が他に1人。ドワーフの戦士が2人、後、案内役のアダモ村の狩人が1人。そして、サシカイアら4人の総勢9人である。
 残りの神官戦士やドワーフ、そしてアダモ村に滞在していた冒険者達は、村人の護衛をしつつ、北へ、ターバ村のマーファ神殿への大移動を開始している。ちなみに、冒険者にはちゃんと報酬がマーファ神殿から支払われる約束になっているらしい。
 こちらに同行する彼らの実力については、出発前、前日に一対一の模擬戦を行う事で確かめてある。これは、こちらの実力の再確認も兼ねていた。
 その結果。
 命の関わらない模擬戦と言う事で実力を十二分に発揮したシュリヒテは、はっきり言って彼らを敵としなかった。明らかにレベルが違った。勝負にならない余裕の圧勝である。最早、10レベルであると言う事を疑う必要もないだろう。
 続いたギネスも、危なげなく余裕の勝利。実力をちゃんと発揮すれば、ギネスだって十分に強いのである。何しろファイター8レベルだし。
 次いでサシカイアも参加して見せて、勝利。ただしこれは模擬戦、当てっこだったから。実戦になれば、結果はひっくり返るだろう。器用で素早いサシカイアは攻撃を当て、かわす事は得意なのだ。しかしその一方で筋力体力が低いから、実戦となれば攻撃を当ててもなかなか有効打にならず、逆に一撃貰えばそれで終わってしまう脆さがある。
 そんな辺りから総合的に判断して、ドワーフの戦士二人はファイター5~6レベルくらい。神官戦士は使える神聖魔法から、ファイター3のプリースト4くらいと予想している。ちなみに狩人さんは案内人で、戦力外である。
 サシカイアは結局ニースに同行していた。きっぱり、はっきり、こんな危険なことはしたくない。平和が一番。今のロードスで平和なんて縁遠いかも知れない。しかし、それならば比較して安全な道を選びたいところ。具体的には、どう考えたって前途に危険てんこ盛りな、6英雄なんて連中とは関わらずにすませたい。辺境の放棄された砦に怪しい影が見えた? それがどうした。自分には関係ない。そう言うのは他の人間に任せて、自分はどこか遠いところで、しょぼくゴブリン退治辺りの仕事をして、地道に金を稼いでいたい。間違っても、魔神と戦う様なマネはしたくない。
 なのに。
 仲間の3バカはすっかりニースに魅せられ、乗せられてしまっている。ニース様のために、と盛り上がり、サシカイアが何を言っても耳を貸そうとしない。必殺、上目遣いの涙目でお願い攻撃、なんてのをやれば聞く耳持ってもらえそうな気がするが、それはダメだ。絶対にダメだ。それだけはダメだ。人として、いや、男として、何か非常に大事なモノを失う様な気がするのだ。ただでさえ大事なモノが付いていないこの身、更に失うことは絶対に避けたい。
 危険には近づきたくない。それは本心だが、だからと言って3バカを見捨てて自分だけ安全な場所にいる、と言う選択肢も選び難かった。村人の護衛をした方が、きっと危険度は低いだろうと推測は付いていて、それでもこちらへ来た。
 正直に言おう。1人残されるのは心細いのだ。
 ここではサシカイアは異邦人である。だから、同郷の3人と別れて単独行動を取ることに恐怖すら覚える。これが元の世界であれば単独行動どんと来いだが、こんな異境、異世界に一人きりというのは勘弁して欲しいのだ。


「ここから見ただけでも、大分老朽化、崩壊が進んでいるな」
 だから、僅かでも危険を減らすべく、慎重に砦の様子を伺う。ちょっと離れた丘の上に陣取り、砦を見下ろし、見取り図と見比べながらサシカイアは呟いた。
 砦は元々は四方を高い石の城壁に囲まれ、その内側にそれなりの大きさの広場、こちらから見て奥まった部分の城壁と一緒になって敷地の半分くらいを占める、見張り塔を持つ大きな建物があった。この建物の中にオールインワン、兵舎や厩、牢屋に武器庫と、必要な施設が全部入っていたらしい。しかし、城壁の何処彼処が崩れてしまっているし、建物もかなり崩れている。唯一塔くらいが、所々を崩落させつつも、往時の姿を残している様子。明らかにニースの持つ見取り図以上に崩壊を進めていた。
「この前地震もありましたし、これも20年以上昔のモノですからね」
 しかし、これが最新のモノでもあるとニースが告げる。要するにそれくらいの期間、この砦は忘れ去られてきたと言うこと。事件が起きなかったと言うこと。そりゃあ、わざわざ壊さないで無視されるわけである。
「で、どうだ、ブラ、何か見えるか?」
 使い魔がいない、それは酷い失態だったが、文句を言っていればどこからともなく使い魔が現れるわけではない。今から使い魔を作るのも現実的ではない。使い魔を作るには準備に3日、詠唱12時間という長い時間を必要とする。それを思い出してブラドノックがうげ~と言う顔をしていた。この件が片付いた後、使い魔を作るための苦労に絶望したのだろう。どこぞのピンクで貧乳でゼロなメイジの様に、キス一発で使い魔ゲットとは行かないのだ。だからどうやったって、この件に使い魔は間に合わない。
 ならば、別の方法での偵察を考えるしかない。
 サシカイアらが角突き合わせて思いついたのは、古代語魔法による偵察。まずはヴィジョンで遠距離からの砦の観察。望遠鏡の様に遠くにあるモノを見ることの出来るこの魔法を使い、砦の様子をうかがう。そのためにここ、かなり距離があるモノの、高所にあって砦を見下ろせる場所に一時陣取っているのだ。
「……特に何も見えないね」
 何度か魔法をかけ直して、たっぷりしっかり観察してのブラドノックの言葉に、サシカイアは大きく頷くと言った。
「よし、問題なし。じゃ、帰ろうか」
 言うが早いか立ち上がって回れ右、足早にその場を立ち去ろうとする。
 その肩をニースががっしと掴まえる。
「おおぅ」
 と、歩みを止められるサシカイア。
 たおやか、細腕なのに意外にニースは力が強い。なんとニースの筋力は14(+2)もある。実にサシカイアの3倍近くである。……サシカイアが非力とも言うが。
「子供のお使いじゃないのですから、結論が早すぎます」
「え~~」
 と不満の声を上げるが、ニースは意見を変えてくれない。おまけにどんなに力を込めても、ニースの手はびくともせず、サシカイアを離してくれない。中身男としては、あまりの非力さに悲しくなるサシカイアだった。
「それで、次はどうしますか? 移動して、砦の中に入ってみますか?」
「……男前な意見だなあ」
 と呟いたらむ~っと睨まれた。痛い痛い、肩痛い、力入りすぎです。
「問題ないのであれば、中に入っても構わないのではありませんか?」
「いや、もっと慎重に行きましょう、ニース様」
 口を挟んできたのはギネス。こいつ、出かけるまでは勇ましいことを行っていたくせに、目的地──砦が近付くにつれて腰が引けてきている。今更ながらやってきたのを後悔しているみたいだ。正直、ここで日和るなら、初手から他のバカ二人に賛成しないで欲しかった。
 と思いながら、やっとニースに肩を解放してもらえたので慌てて距離を取る。肩をはだけてみてみると、手の形に真っ赤になっていた。涙目でそこにふ~ふ~息を吹きかける。何でか、シュリヒテらが慌てて視線をこちらからそらしている。
「でも、ぶっちゃけ、こうなってみると、これまでの俺らって酷い無謀なマネをやってたんだなあ、って思うぜ」
 明後日の方を見ながら、シュリヒテが呟く。
「こういう場合、割合簡単に突入してたな」
 うんうん、と一昨日の方を見ながらでブラドノックも頷く。
 それは現実ではなくて、プレイの話。
 どこそこの遺跡にゴブリンが住み着きました、退治してください。
 なんて依頼を受けたら、低レベル、最初の冒険だろうとも平気でその遺跡に突入してた。こうなってみると、考えられない軽率な行動だ。
 まあ、あちらは神様──GMとの信頼関係がある。間違ってもレベル1の冒険者の前に、戦闘不可避の状態でエンシェントドラゴンを出したりはしないだろう、と言う信頼。何とかそのレベルで戦うことの出来る敵しか出してこないだろうというお約束──、たまにその予定が外れ、敵が強すぎたり味方がへぼ過ぎたりして死人が出る事もままあったりするが。
 また、死んでも現実にはデメリットがないこともあった。キャラクターの死はキャラクターの死でしかない。もちろん思い入れがあったから死ねば悲しいし、ゲーム的なデメリットはある。だが、そのキャラクターが死んだからと言って、プレイヤーが死ぬ、なんてことはあり得ない。
 翻るに今。そんな優しいマスタリングは期待できない。これはいかに真っ当でなく、ふざけている様に思えても、現実なのだから。下手を踏めば死。果たしてこちらでの死はどうなるのか。それは全くの不明。あるいは、死ねば現実に戻れる、なんて事もあるのかも知れないが、それを確かめる勇気はない。少なくとも、怪我をすれば痛いと言うことは、シュリヒテが先の戦いで確認している。死ぬ程痛い目に遭うのも、正気勘弁だ。
「ですが、一刻も早く脅威を取り除く必要があります。幸いなことに、今であれば彼らの戦力も減少しているはずでしょう?」
 アダモの村で、サシカイアらがさんざんに魔神とその眷属を打ち倒している。確かに、数が減っているだろうと言う推測は立ち、間違いではないだろう。魔神とて有限の存在。どこからともなく湧き出してくるわけではなく、殺せばその数は減る。そして、その数は人に比せば決して多くはない。だからこそ、原作では鏡の森のエルフ集落を襲って黄金樹を奪い、そこから最下級の兵士スポーンを生み出しにかかっていたはずだし。
 だが、だからと言って考え無しに突っ込んで、予想外にたくさんいました、手に余ります、と言うのも困る。人に比して少なくとも、ここにいる味方の人数に比すれば、魔神の数は絶望的なまでに多いのだから。
「もう少し、詳しく調べてみるべきだろうね」
 まだまだその手はあるし、とブラドノックが結論するみたいに言って、腰を上げた。
「とりあえずは、もっと砦に近付いた場所へ」
 確かにこの場で調べられる事は多くないだろうと、揃ってぞろぞろと移動を開始した。



[4768] 10 隠し砦の4悪人
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:20
 砦には慎重に接近した。野外生活の専門家、レンジャーレベルの一番高いのはシュリヒテだが、残念な事に彼は金属鎧、歩けば当然やかましい音を立てる。なので、先陣切るのは次点のサシカイアの役目になった。狩人さんには、ここから先戦闘になった場合には足手まといになるため、一足先に帰って貰っている。
 なんてこったと内心ぼやきながら、サシカイアは慎重に砦に近付いていく。時々止まって周囲を伺い、適当速攻で決めたハンドサインなんぞを後方に送りながら、ゆっくりと砦に向かう。
 慎重に動物たちの足跡、ふん、マーキングなどの痕跡を調べ、危なそうな場所は避けて移動したため、予定よりは時間がかかったものの途中変なエンカウントは無く、無事に砦近くにまでたどり着く。
 ここからが本番。サシカイアは一つ大きく深呼吸して、これまで以上に慎重に歩を進める。
 近くで見る砦の壁は大分壊れているが、かつては高く堅牢だったんだろうと思わせる。いくつもの大きな石を組んで積み上げしたそれに、攻め寄せるのにはどれくらいの度胸が必要なんだろうかと考え、自分にはたぶん無理だと結論する。
 後方を振り返って、ブラドノックを見る。
 砦が近付いた事もあり、ブラドノックは先刻、シースルーの魔法を使用している。30メートルの範囲内を障害物すら透過して見る事の出来るというこの魔法は確かに便利だが、使い手の事を考えると酷くやばい魔法だと思う。とりあえず、女風呂のそばをブラドノックが彷徨いていたら殺しても構わない程度にはやばい。なるほど、魔法使いが忌み嫌われるわけである。
 しかし30メートル、微妙な距離である。小さいとは言え砦の全てを見通すには距離が足りないが、とりあえず防壁の上とかを見て貰い、何かおかしな生き物がいないかを確認する。
 大丈夫とのハンドサインを受けて、慎重に防壁の下まで接近。何も怪しげな部分がない事を確認して、後続を呼び寄せる。
「……入り口に回らないのですか?」
 ニースが声を抑えながら質問してくる。
 サシカイアが選んで接近したのは、まだ完全に近い形で防壁が残っている一角。入り口は別にあるし、他にも防壁が崩れた場所なんていくらでもある。一見、内部に侵入するには一番適していない場所としか思えない。しかし、サシカイアには便利な精霊魔法がある。
「大丈夫、石壁だからトンネルで穴があく」
 この砦跡に魔神がいると仮定して。ならば、出入りしやすい場所には、やっぱりそれなりの対処がされているだろう。だから逆に、出入りしにくい場所こそ安全ではないか、そうした判断である。そして、精霊魔法のトンネルであれば石の壁に半径1メートルの穴が容易に開けられるから、この場合たいした障害物にはならない。
「そうだったのですか」
 それを簡単に説明すると、ニースが思った以上に感心してくれた様子。なんだか微妙に喜べない。それくらい、感心しすぎだと思う。考えてみれば、ニースの前では間抜けなところしか見せてこなかった。それを思えば、これくらい感心されてしまうのも仕方のない事かも知れない。……理解は出来てもやっぱりへこむけど。
「──で、ブラ、どうなの? いないよね、敵」
 緊張で顔を青ざめさせているギネスが願望たっぷりに質問する。是非ともいないで欲しい、そう考えている事は一目で知れた。全く、それくらいならば、初手からここに来る事を賛成しないで欲しかったと改めて思う。
「あ~」
 しかし、願いは叶えられない。
「残念。ビンゴだ。魔神がいた」
 ブラドノックは大きく首を振った。


 ロードス島電鉄
  10 隠し砦の4悪人


「ど、どうするのさ」
「落ち着けよ」
 ますます青い顔になったギネスにサシカイアは素っ気なく告げると、ニースに砦の見取り図を広げて貰う。
 表面上は平静を装っているが、実はサシカイアも心臓がドキバグだ。しかし、こちらが慌てるとギネスが恐慌を起こしそうなのでがんばって表には出さない。こんな敵のそばでパニックを起こされ、騒がれてばれて用意もないままに戦わなくちゃならない、なんてのは絶対に勘弁だ。
 ブラドノックに見取り図を示し、何処に何がいるかを教えて貰う事にする。
「ええと……」
 ブラドノックは目を細め、まるで近視の人が遠くを見る様な顔になり、ぐるりと視線を巡らせていく。
「ここと、ここ、これはアザービーストだな」
 そんな具合のブラドノックの報告を、ニースが見取り図の上に書き込んでいく。敵の配置から見るに、予想通りと言うべきか、門や壁の崩れ目なんかを警戒していて、きっちり壁の残っているこちらにはほとんど注意を払っていない。
 要するに考え方に間違いはなかったと言う事。
 ふふん、と薄い胸を張ってみせるサシカイアだが無視された。ちょっと悲しい。
 その横で、ブラドノックが更に詳細にチェックをし、中の様子を知らせていく。
「敵のレベル的には大したこと無いのか?」
「アザービーストメインなら、この人数でも大丈夫か?」
 そんな相談をシュリヒテとしていたのだが、早計だった。
「いや、まだ地下が──」
 と、呟いたブラドノックが嫌な感じに沈黙。
「どうした?」
「あ~。やばそうなのがいた」
 ここ、と、地下の一室を指さしていった。
「ミミズク頭に山羊の身体──マリグドライか? いや、何か微妙に強そうな気もする。うまく言えないが、なんとなく下位魔神と言うよりも上位っぽい感じ? あと、同じ部屋にケルベロスがいる」
 マリグドライがやっかいなのは、幻覚攻撃を仕掛けてくる事。それで精神力にダメージを与えてきて朦朧とさせ、最終的にはマリグドライに自由に操られる下僕状態にされてしまう。そうなると、トランスファーで精神力を譲ってやっても回復しない。唯一マリグドライを倒すしか、その状態から脱却する方法はない。また、マリグドライがケルベロスを従えているというならば、それよりも強そうだと推測する。ケルベロスのモンスターレベルは確か8。それより強いとなると、かなりやばそうだ。チートな自分たちの能力でも、油断は出来ない。少なくとも、アダモ村を襲ってきた連中とは比べものにならないこと確実。
 ちなみにケルベロスの方は首三つの黒犬で、なんと火まで吹くという怪物である。簡単に言えば、アダモ村に攻め寄せたヘルハウンドの首の増えた奴。上位機種といったところか。
「さて、帰ろうか」
 サシカイアは回れ右をする。
 その肩をやっぱりニースが掴まえる。
「いい加減、まじめにやってください」
「いや、まじめな提案なんだが…」
 眉根を寄せて窘めるニースにサシカイアは言い返す。
「この部屋の構造みると、かなりやばくないか?」
 さすがは砦、と言うべきか、マリグドライが陣取った部屋へ至る道はうまく計算されて作られている。複数人数並んで戦うには難しく、対して、待ち受ける側は部屋への侵入者を囲む様にして戦う事が出来る様になっている。ぶっちゃけ戦争でそこまで踏み込まれれば勝敗なんて明らかだろうから、無駄なあがきにしかならないだろうに。もっとシンプルで攻めやすい構造にして欲しかった、とは勝手な感想。
 この場合、こちらの攻撃に気が付けば、近場のアザービーストやグルネルあたりもその部屋へ移動して待ち受けるだろうし、先頭切った人はタコ殴り。かなり厳しそうだ。また、ケルベロスに火を吹かれたら、後ろで渋滞している者ごと、全員巻き込まれました、なんて事になりかねない。いや、気を付けないときっとそうなる。
 そうでなくとも、マリグドライの幻覚も多人数をいっぺんに巻き込む攻撃だし。レベル的にサシカイアらやニースはもしかしたら大丈夫かも知れない。だが、他の神官戦士やドワーフはかなりやばそう。かと言って彼らを戦力に数えないと壁役、いや前衛が足りなくなる。
 戦うとすれば、シュリヒテの突破力に期待して何とか部屋に突入。他の者も続いてのガチンコ。こんな形になるだろう。いつまでもシュリヒテ1人だけ突出させておく訳にはいかないから、並んで戦う前衛が必要になる。しかし、それでニースやサシカイアが前に出るには不安がある。ニースはプリーストとしては超一流だが、戦士としては3レベル程度。サシカイアはシーフで柔らかすぎる。そうでなくとも貴重な癒し、魔法戦力だし後方からの援護をすべきだろう。……決して自分が安全地帯にいたいからと言う理由だけではない。
 ギネスなら十分に壁役をこなせそうだが、戦いの歌や、てんぱっている事を考えるに、こちらもやめておいた方が無難だ。まともならレベル8ファイターですごく期待できる戦力なのだが……
「それは…」
 と、ニースも顔を曇らせる。攻めない、と言う選択肢はないにしろ、苦労するだろう、と言うのは共通見解らしい。それは幸いだ。楽勝ですから突っ込みましょう、とか男前な事を言われても困る。
「だから──」
 と、口を開き、ブラドノックがにやにやしているのに気が付く。なんだかこいつ、余裕がある。おまけになんか非常にむかつく。そう、プリーズを言わせられたときの事を思い出す笑みだ。
「サシカイア、頭を使えよ」
 案の定と言うべきか、まるで物わかりの悪いワトソンに向かってホームズが嘆いているみたいにして告げてきた。
「良いか、俺はシースルーで敵が見えてるんだぜ?」
「…………」
 ぽくぽくぽくぽくと木魚の音が響く様な沈黙。
「あ、そうか」
 とブラドノックが何を言いたいのか理解したらしいギネスの声。
「なるほど」
 と、シュリヒテも頷く。
「ほら、サシカイア、オフィシャルなリプレイを思い出せ。あのシチュエーションだ。敵も同じだろ」
「おぉ」
 さすがにここまで言われれば思い出す。しかし、自分の頭の巡りが一番悪いみたいなのはむかつくなあ、と内心では嘆いてたり。
「それじゃあ、みんなで言うぞ」
 そんな必要は全くないのだが、ブラドノックが提案し。
「せーの」
「ライトニングバインド」
 揃って唱和すると、にやりと笑う。そう、新ソードワールドリプレイの、魔女ラヴェルナのやり方。ライトニングバインドは、視界内の任意の場所に突然出現するたぐいの魔法である。つまり、見えていれば遠距離から、壁を通り越してでも攻撃が可能なのだ。全く、なんてすばらしいインチキじみた魔法だろうか。そして更にすばらしきはこの方法を最初に思いついた人たち。さすがはプロ。
 それにしても3人ともなんて悪者の笑みだろうか、とサシカイアはちょっぴり引いた。端で見ていたニースは事情が分からず「?」を頭の上に浮かばせていたが、この笑みに僅かにのけぞっていた。それくらいの悪者の笑みだった。
 そう思っていたのだが。
「しかし、サシカイア、お前の笑みは黒いな」
「俺か?」
 吃驚してサシカイアは聞き返す。
 見るとニースも大きく頷いていた。


 残念な事に、ライトニングバインドは単体を攻撃する魔法なので、マリグドライのみにしか効果はない。対象を拡大したいところだが精神力的な問題がある。射程距離の問題から魔力の拡大をせねばならず、それをすると神官戦士にトランスファーして貰って精神力を満タンにしても、対象を増やすには足りなくなるのだ。とは言え、ボス敵がいるといないでは大きく話が変わってくるだろう。先制で一方的に倒せるのだから、それで十分とすべき。これ以上贅沢を言っても仕方がない。さらにはその後の戦い方についてもいくつか確認、アイデアを出し合う。
 相談がまとまると、早速ブラドノックが呪文を唱え始める。移動や偵察にかなり時を費やしている。早めにけりを付けたい。身振り手振りの、もにょもにょと詠唱。
「よしっ」
 そしてガッツポーズ。かなり良い具合に魔法が成功したらしい。
 見えないが、この瞬間、建物の中ではマリグドライが雷の縄に捕らわれているはずだ。この縄は18ラウンド=3分束縛を続け、同時にレーティング表20+ブラドノックの魔力分のダメージを与える。減算できるのはモンスターレベルだけ。きっちり決まれば、その瞬間に勝負が付いた様なモノだろう。
 気配を探るに、砦の中が少しばかり騒がしくなった様にも感じる。攻撃を受けた。それが、他の魔神やその眷属にも伝わったのだろう。だが、この攻撃方法の良いところ、卑怯なところに、容易にどこから攻撃されたか分からない事がある。こちらに気が付く前に、ケリを付ける事だって難しくない。だから今の内に一気にたたみかける。
 次はサシカイアの番。
 既に精霊に対する語りかけは終えている。こちらはシースルーなんて便利な魔法を使えないのでトンネルで壁に穴を開けて視界を確保。見るだけなので、威力を絞って小さな穴にしたから、これを発見されたとしても、敵の反撃をあまり考えなくて良いだろう。更に、本命に呼びかける。
「──っ!」
 ぎょっとした様に、サシカイアの脇にいたニースが身を引く。
 サシカイアの横に、巨大な獣が現れていた。大地の精霊王ベヒモス。
「それでは先生、お願いします」
 どおれ、とは応じなかったが、ベヒモスはのそりと一歩前に出て、その前足を振るった。勢いよく大地に叩き付ける。
「──うわっ」
 サシカイアは思わず感嘆の声を出してしまった。
 それは、奇妙な眺めだった。
 地震大国日本。あたりまえに、サシカイアらには地震の経験がある。だから、ある意味地震には慣れている。いるのだが、これは酷く奇妙な地震だった。
 目の前の壁やその向こうの大地、建物は恐ろしいくらいに大きく揺れている。だと言うのに、自分たちの立つ大地は全く揺れていないという、局所限定的な地震。そんなモノは見た事も聞いた事もない。自分でやっておいて感嘆してしまう、非現実的な光景。すごいモノである。精霊魔法、その名もズバリ、アースクェイク。
 こちらはライトニングバインド同様、18ラウンド継続して与えるという凶悪なダメージもさることながら、もう一つ付随的な効果を期待していた。
 それは、建物の倒壊。普通の建物であればひとたまりもなく崩壊、条件次第では土砂崩れや崖崩れも起こりえる。そう言うレベルの地震なのだ。
 さすがに砦や城という様な、堅牢な建物まで崩壊させるのは難しい。難しいが、元々老朽化が進み、更に先だってにも大地震でダメージを受けていた砦である。アースクェイクの魔法単体では無理だとしても、累積ダメージで構造物破壊となる事を期待しても良いだろう。多少、虫が「良い」考えかも知れないが、虫が「良すぎる」程ではないだろうし。
 そうなってくれれば、もし万が一、マリグドライがライトニングバインドに耐えきったとしても、束縛されてほとんど逃げようのない状態、建物の崩壊に巻き込てひとたまりもないはず。うまくいけばケルベロスなんかもぺちゃんこになってくれるだろう。だから、是非に壊れて欲しい。
 と思っている矢先に、塔が崩壊した。根本からへし折れる様にして倒れていく。それも、運が良いことに、建物の方に向かって。
 塔の直撃を喰らって、盛大な土煙を上げて崩壊していく建物部分。これならば、地下部分も酷いことになっていること、ほぼ確実。
「よおし」
 とにかくこれで大体ケリが付いただろうと、ガッツポーズをするサシカイア。
「あれ? ちょっと、やばくないか?」
 と、ブラドノックが水を差す様に指さすのは、一行の目の前にある防壁。
 防壁も魔法の範囲内。かなりやばい感じに揺れていた。いや、確実にやばい。その証明みたいに、脇に防壁を構成していた巨大な石が落下してきた。軽いサシカイアが衝撃で飛び上がってしまうくらいの巨石だった。命中したら一発でぺちゃんこだろう。
 どうやら、こちらの累積ダメージも相当なモノだった模様。
「……」
「……」
 顔を見合わせる二人。
「おおぃ。早く逃げた方が良いぞ」
 シュリヒテの声は、遙か後方から。見れば、他の連中は既に安全な距離を取ってこちらを見ている。
「ちょ、おまえら」
「良いから逃げるぞ」
 あまりに薄情な仲間に文句を言おうと口を開くブラドノックを黙らせて、サシカイアは後ろも見ずに逃げ出した。
 直後、二人の背中めがけて防壁が盛大な音とともに崩壊した。



[4768] 11 死に至る病
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:20
「し、死ぬかと思った……」
 崩壊して倒れ込んでくる城壁から、きわどく逃げ切ったサシカイアは地面にしりもちをついた格好で大きく息を吐いた。これほど死を身近に感じた事はない。具体的には、落ちてきた自分より重そうな石ころがすぐ脇に転がっているくらいの身近さだ。 ちょっと手を伸ばせば届くところにある死。ほんのちょっぴり運が悪ければ、地面に真っ赤な華を咲かせていたところ。心臓のドキバグが止まらない。
「もう、死んでも良いかも……」
 とはブラドノック。
 その声はやたらと至近、自分の顎の下辺りから聞こえてきた気がして、サシカイアは視線を下にやる。
 見れば、ブラドノックが胸に顔を沈める様にして、こちらに抱きついている。
 ……これは、事故だろう。
 不埒な事を考えてではないはずだ。何しろ、二人ともまじめに死にかけていたのだから。逃げに逃げて、最後に城壁が折れて落下した衝撃に突き飛ばされ、二人まとまる様にして転がった。そして、偶然このような格好で地面に転がっていたのだ。だから、罪一等を減じて温情判決、執行猶予を付けてやっても……
「サシカイア、言葉は正確に使えよ。お前、沈める程胸無いだろ。これは、押しつけていると表現するのだ」
 と抜かすブラドノックは、未だに顔を胸から上げようとしていない。
「ひゃうっ」
 どころかそのまま首を左右に振られ、サシカイアは変な声を上げてしまった。
 反省の色無し。どころか、故意の可能性まで有り。
 判決、死刑。
 サシカイアは腕を振り上げると、ブラドノックの頭頂部めがけて思い切り肘を叩き付けた。窮屈な格好故全力とは行かなかったが、それでも気分は戦闘オプション、強打。防御を捨てた必殺の一撃。
「のぉぉぉぉぉぉっ!」
 しがみつきを解いたブラドノックが頭を押さえてのたうち回る。
「うわぁ、今の一撃へたしたら死ぬぞ……」
 なんてつぶやきが後ろから聞こえたが、無視してサシカイアは立ち上がり、転がるブラドノックへ向かう。
 こんな真似、本物の女の子相手なら絶対にしないだろう。中身が男だったらセクハラしても大丈夫だと思っているとしたら、その勘違いは早めに正しておいた方が良い。そう、それはもう徹底的に。
 サシカイアはブラドノックを冷たい視線で見下ろすと、ストンピングストンピングストンピングストンピング、嵐の様に踏みつける。
「さ、サシカイア、気持ちは分かりますが、それ以上は……」
「大丈夫、死ななきゃヒーリングで直せる」
 おそるおそるニースが止めに来るが、素っ気なく言い捨ててストンピング続行。
 気が付けば、ブラドノックは沈黙していた。生命力ゼロ、手加減(?)攻撃故生存、そんな感じ。
 そこでようやくサシカイアは冷静さを取り戻し、大きく深呼吸、荒くなっていた呼吸を整えにかかる。
 なんだか、ニースらがびびっている様な気がする。
 冷静さを取り戻すと、今の行動に後悔の念がわき上がってくる。しまった、大失敗だ。なぜなら、ブラドノックは頬を染め、何かをやりきったという様な、幸せそうにすら見える表情で沈黙している。こいつにはご褒美になってしまったかも知れない。もっと違ったやり方があったはずだ。
「良し、反省終了」
 と宣言して気持ちを切り替える。
「え? それで良いんですか?」
「問題ない」
 戸惑って尋ねてくるニースに応じ、ブラドノックは捨て置いたまま、改めてサシカイアは砦の様子を確認する。
 そこは最早、砦とは言えない有様になっていた。いくらか残っている城壁はあるが、そう言われなければ正体が分からない程に壊れている。建物はほぼ全壊。うまい具合に塔が建物の上に倒れる様に落ちたため、一気に地下部分にまで崩落している様に見える。
 これはあくまで見える、であって確実ではない。
 やはりしっかり確認するためには、近付いて調べるか、ブラドノックのシースルーで改めて見て貰うか──リスクを考えるならばシースルーかと振り向けば、ブラドノックは既に復活していた。ローブに付いた足跡はそのままだが、怪我の方はほぼ回復。別段これは脅威のギャグキャラ回復力ではなく、ギネスの神聖魔法によるモノだろう。
「……で、どうだった?」
「……う~ん、正直ボリュームは全然物足りない。でも」
「……でも?」
「……良い匂いがした」
「……くそ、てめえ、なんてうらやましいマネを」
 そこ、男3人集まって何小声で密談している。
 ここは精霊魔法のウィンドストームで……と思ったが、先刻の地震、効果範囲拡大して使ったせいで、精神力に余裕がない。ぐぬぬ~、と、顔をゆがめ。
「ブラドノック、余裕があるなら生き残りがいないか視てくれ」
 今は我慢と、ひっひっふ~と怒りを追い出す呼吸をしながら指示を出す。
「わ、わかった」
 びくっとブラドノックは小さく震え、すぐにこちらに向き直る。ギネス、シュリヒテも同時にびくっとしたが、まるで自分たちは何も関係ありませんという具合に、口笛吹いたりなんぞしながらそれぞれ明後日、一昨日の方に視線をそらしている。てか、聞こえてたんだよ、お前らの会話。覚えておけよ。
「それじゃあ……」
 と、呪文の詠唱にかかろうとして、ブラドノックは止まる。
「ん?」
「あ~」
 と声を出しながら、ブラドノックは指を伸ばす。
「シースルー使うまでもないや。生きてる奴いるわ。ほれ、あそこ」
 見れば確かに、瓦礫の下から異形の怪物が這い出してきていた。


 心臓が一つ大きく跳ねた様に感じた。
 この感じは覚えている。つい先だって、宿屋に男が助けを求めに来た瞬間に、同じように心臓が跳ねた。
 全身が萎縮する。身体の末端から血が引いて冷えてくる。寒気すら感じる。顔からももちろん血が引いて、その癖こめかみ辺りの血管の脈動がうるさい。お腹の真ん中に、ずんと何か重くて冷たいモノが生じた様に感じる。奥歯が小刻みにぶつかり合って鳴り出しそうなのを、歯を食いしばる事でこらえる。
 この感覚は知っている。
 これは恐怖。
 今更、と思われるかも知れない。だが、遠距離からろくに敵も見もせずに一方的に魔法攻撃するのと、顔をつきあわせて殺し合い演じるのでは、やはり全然違う。前者は魔法なんてファンタジックなモノの存在もあるが、どこか現実感が希薄なのだ。ヴァーチャル感覚? とにかく、己の手で捻り殺したというわけではないのは、かなりの余裕を持たせてくれた。死体はほとんど瓦礫の下で見えないのもいい。また、命の危険がないのも──自分たちのポカでこの上なく危険になったが──落ち着いて行動する事を助けた。
 しかし、敵を目の当たりにする。己の手で、目の前で、相手を殺さねばならない。自分も攻撃を受け、死ぬ可能性がある。それが、心を、身体を縛る鎖となる。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 必死で自分に言い聞かせる。しかし、言い聞かせるたびに思考はあちこちに飛び、現実逃避を試みる。ダメだ、怖い。逃げ出したい。平衡感覚が歪む。世界がぐにゃりと曲がった様に感じ、自分がどんな格好でいるのか、まっすぐ立てているのかすら分からなくなる。
「どどどど、どうするのさ、逃げよう、やばいよ。だから、早くっ」
「落ち着け」
 しかし、自分以上に狼狽えていたギネスの存在がこちらを助けてくれた。ほとんど反射的にギネスを窘める事で、僅かながらに冷静さを取り戻す事ができた。少なくとも、自分はしっかり地面に立っていると認識できた。
 それができると、少しずつ見えてくるモノが増えた。
 これまで意識して見ていなかった敵の姿がはっきりと見える。
 敵はたぶんアザービースト。たぶん、と言うのは、何というか、微妙にレベルが上っぽかったから。そこ、またかとか言わない様に。
 魔神はブリみたいなモノで、成長すると名を変え出世していく。たとえばマリグドライなんか、まさしくアザービーストから成長しましたよ、なんて感じだし、更に成長すれば魔神将デラマギドスだって見えてくる。今ロードスでぶいぶい言わせてる魔神王にしてから、ダブラブルグ→ドッペルゲンガー→魔神王と言った、出世の行程を経てきたみたいだし。それはともかく。目の前のアザービーストは、名前が変わる程ではないが、順調に出世の行程を上がっている途上、そんな感じに見えた。
 そして残念な事に、その出世もここでおしまいになるだろう。
 いかにアザービーストを超越しようとしていても、まだまだ低レベル。ようやく下位魔神の階につま先がかかった程度。これだけの人数でタコ殴りにすれば倒すのに苦労はなさそう。おまけにアースクェイクから生き延びたとは言え無傷とは行かず、半死人みたいな状態なのだ。
 鷹に似たその頭は右目が潰れているし、カマキリの様な前足は左腕が取れてしまっている。山羊に似た右足をたまに引きずるし、どう見たって五体満足には遠い。生命力半減くらいか。おまけに攻撃回数も減ってるっぽい。──それにしたって、アースクェイクの大揺れの中でそれだけのダメージですんだというのは、かなりの運の良さ。最も、魔法行使の途中で集中切らして逃げ出しているから、本来程の継続時間はなかったのだが。
 そのアザービーストは、びっこを引きながらもこちらへ向かってきている。逃げればいいのに。せめても一矢報いようと言うつもりだろうか。
 翻って味方を見る。
 ギネスは狼狽えまくり、間違いなくダメ。シュリヒテ、ブラドノックはこちらとどっこいで、かなり微妙。ドワーフ、神官戦士はあたりまえに大丈夫。
 そしてニースは……意外に緊張している様に見える。
「?」
 と首をかしげると、こちらに気が付いてニースはぎこちなく笑った。
「実は私、まともに戦うのはこれが初めてなんです」
 そう言えば原作ではそうだったかも、と思い出す。確か、モスへ行こうと行動を開始して、どこぞの領主に化けたドッペルゲンガー戦が初陣だったはず。確かそのとき生乳晒すんだよなあ。等と余計な事まで思い出し、おかげで、アダモ村での戦いの時よりは落ち着けている事に気が付く。相変わらずの様で、多少は成長しているらしい。未だ、あんまり戦えそうにないが。
 ちなみに氷竜ブラムドとの一戦は、ニース的に戦いではなく、あくまで解呪みたいである。
「ふぅ」
 と、一つ息を吐く。大丈夫、1人じゃない。これだけの味方がいる。十分に戦える、と自分に言い聞かせる。
「ギネス、戦いの歌行けるか? いや、行けなくても歌え!」
 まずはこれがないと始まらない、と命令を下す。
「う、うん、分かった」
 ギネスもそれを理解していて、泣きそう顔ながら頷いてくれた。
「無用っ!」
 しかし、シュリヒテが拒否してきやがった。
 皆の前に出、まっすぐ横に腕を、剣をのばして味方を通せんぼし、鋭く言ってくる。
「あのアザービーストは、俺が相まみえる。干渉、手助け、一切無用っ!」
「なんだと?」
「良いじゃないか、サシカイア」
 眉をひそめて聞き返すと、横合いからブラドノック。思わせぶりにウィンクしてくる。
「いずれは自前の力で戦わなくちゃならなくなる。アレは、そう言う意味では手頃な相手だと思う」
 その言葉に、サシカイアは納得して頷く。これがニースに良いところを見せようという理由であれば、絶対に反対するところだが、そう言う理由ならば逆に応援できる。
 確かに、いろいろな理由から、戦いの歌に頼り切るわけにはいかない。自分の力だけでも戦える様にならなければ、この先やっていけなくなる。だから、それを考えれば、あのアザービーストはその試金石として手頃なように思える。微妙に強いとは言え、10レベルファイターとは比べモノにならないレベルであるのは間違いないし、何より傷つき、弱っている。理想を言えば、やっぱりゴブリンが良いのだが、贅沢はきりがないし、このくらいは許容すべきだろう。
「やれるか?」
「ご期待にはお応えしよう」
 それでも最後の確認と尋ねると、シュリヒテは堂々と応じ、まっすぐにアザービーストに向かう。
 ……やっぱり、こいつ、ニースの視線を意識している。まあ、それがモチベーションのアップに繋がるのであれば、この際許可しよう。あくまで、今回に限り、であるが。
「良いのですか?」
 ニースが心配げに尋ねてくる。傍目には、危険な一騎打ちを行う必要なんてある様には見えないのだから、これは当然の反応だろう。
「構わない。いずれはやらなくちゃならない事だから」
 サシカイアはニースと、その向こうにいるドワーフたちにも頭を下げる。
「すみませんが、そう言う事でよろしくお願いします。俺たちは、徹底的に殺し合いに慣れていない。だから、ここでその経験値を稼いでおきたいんです」
「?」
 と、理解できない、納得できないという部分もあった様子だが、ニースらは頷いてくれた。


 はっきり言って、シュリヒテとアザービーストの戦いは泥仕合となった。
「何じゃ、あやつ、儂らと戦ったときとはまるで動きが違うぞ」
 と、ドワーフの1人が呟いた言葉が全てを物語っている。
 本来一撃で勝負が付いても不思議でない戦いが、長時間の見るに堪えない泥仕合になったのは、シュリヒテの動きが悪い、悪すぎたから。本来の実力の半分、いや、4分の1も発揮できていないのではないかという無様さ。偉そう、堂々とした態度を見せていたとは言え、あくまで虚勢。中身は酷いモノだったのだろう。
 初陣に比べ、多少の慣れが出ている事が今回、マイナスに働いている様に見える。
 前回、ウェイトレスさんを助けたときは、それこそ無我夢中で余計な事を考える余裕もなかった。ただがむしゃらに突っ込んでいっただけ。放っておけば殺されてしまう結構可愛い女の子を助けるため、なんてわかりやすい行動の理由付けがあるのも良かった。
 しかし、今回。本来は一対一で戦う必要なんて無い。それに慣れが出たと言っても、比較すればであり、まだ殺し合いに慣れているわけはない。緊張は変わらず有り、いや、変に冷静な部分があるだけに、余計な事を考えてしまって注意力が散漫になる。がむしゃら、無我夢中になれない。自然動きは堅くなり、それ故にますます焦りが生まれ、焦りがまた動きを堅くし──と、どんどん悪循環に陥っている様に見える。
 それでも、地力の差故にシュリヒテが優勢に戦いを繰り広げていた。
 アザービーストは傷を増やし、シュリヒテは無傷。いかに魔神の眷属とはいえ、その体力は無限ではない。元々死にかけ。そうでなくとも痛みに耐えるという事は、酷く体力を消耗させるモノであるし。シュリヒテも大分肩で息を始めていたが、それでもこちらの方が余裕がある。
 そして、長い長い戦いもついに終局。
 痛んでいた右足がついに限界を迎えたか、アザービーストが大きく体勢を崩した。対して、シュリヒテは万全の状態。
「ぅ、おおおおおおっ!」
 己を鼓舞する様に叫びを上げて、シュリヒテは鋭い一撃をアザービーストに振り下ろす。
 アザービーストの方も、残った右手を捨て鉢気味にふるって対抗するが、明らかに遅い。
 シュリヒテとアザービーストが交差し。


 シュリヒテの首が飛んだ。


「──え?」
 サシカイアらは戸惑いの声を上げ。
「ええええええええええっ!?」
 次いで、揃って絶叫した。


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  011 死に至る病



[4768] 12 夜空ノムコウ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:20
「し、死ぬかと思った……」
「死んだんだよっ!」
「おふぅ」
 開口一番、のんきに呟いたシュリヒテに、サシカイアは思い切り裏手つっこみを入れた。良い具合に入ってしまい、せっかく気が付いたシュリヒテの意識を再び飛ばしかける。しかしシュリヒテは何とかぎりぎりで踏みとどまったようで、苦労して腕を動かすと己の首をなでる。身体がうまく動かない様だが、これは予想されていた事。蘇生の儀式で命を取り戻しても、一週間程度はまともに動けないのだ。
「……夢じゃなかったのか?」
 尋ねてくるシュリヒテに、サシカイアは重々しく頷いて見せた。
「あ~~、まじかよ」
 シュリヒテは顔を両手で覆い、うなだれる。
「せっかく地道に積み上げてきた、ニース様への俺の好感度がパーかよ」
「安心しろ、元々ゼロはパーになってもゼロだ」
「……落ち込んでるところにひどくね?」
「こっちを死ぬ程吃驚させた罰だ」
 サシカイアはにべもなく言い捨てる。実際、心臓が止まりかねない程、アレは吃驚した。シュリヒテがこっちは本当に心臓止まったんだけど、とか言っているが無視だ。
「で? 何か質問はあるか?」
「スリーサイズは?」
「もっぺん死ぬか?」
 間髪入れずに聞いてくるシュリヒテに、殺意に満ちた視線を向ける。
「冗談だ」
 小さくお手上げ、降参のポーズをして、シュリヒテは首を動かして周りを見る。
「ここは?」
 シュリヒテが寝ているのは、草木が複雑に、がっしり組み合わさって作られた半径5メートル、高さ2メートル程のドームの中。そんなところに寝るのはごつごつしてしんどそうだが、ところがどっこい、床、地面の部分はびっしりと丈の短い草が生え、意外に柔らかくて寝心地が良い。おまけに適度に暖かく、適度に涼しい。何というかやたらと心地の良い空間である。フィトンチッド、マイナスイオンもたっぷり発生してそうだ。
「俺の作ったプラントシェルの中だ」
「おお。これが」
 テント代わりに便利な精霊魔法である。
「で、こいつは?」
 と、次いで自分の隣でうんうんうなりながら寝ているギネスを指さす。
「お前が死んだのに吃驚して意識を失った。蘇生の儀式に参加して欲しかったんだがな」
 死者をよみがえらせる蘇生の儀式は、参加する術者の人数で達成値をプラスできるのだ。
「てことは、ニース様が?」
「そう言う事だ。後でお礼言っとけよ」
 同行者にニースがいたのは実に幸いだった。何しろレベル11プリーストで超英雄ポイント持ち。蘇生の魔法を任せるのに、これ以上安心できる人材はロードスどころか、フォーセリアの世界中探したっていないだろう。
「ああ」
 シュリヒテは素直に頷く。
「で、敵はどうなった?」
「敵は俺が転ばせてドワーフさん達が倒してくれた」
 あの後、慌てて放った精霊魔法のスネアによって、アザービーストはあっさりと転がった。これは余計な事だったかも知れない。アザービーストは既に死にかけで、ろくに動けもしないみたいに見えた。アレが、最後の力を振り絞って繰り出した終の一撃。既に抜け殻、転がって、起きあがるためにもがく事すら苦しそうだった。そこへドワーフの戦士二人が駆け寄って、あっさりととどめを刺した。
「……何で、剣を止めた?」
 愚問と知りながら、サシカイアは尋ねずにはいられなかった。
 あの瞬間、明らかに先にアザービーストへたたき込まれようとしていたシュリヒテの剣は、その寸前で止められた。同時に、身体の動きも。その瞬間、シュリヒテは全くの無防備になっていた。そこへ、アザービーストの捨て身の攻撃が、これ以上ないくらいの見事な角度で入り、シュリヒテは首を飛ばす事になった。
「これで殺せると思ったら、これでこいつが死ぬと思ったら、身体が動かなくなった」
 顔を両手で覆ったまま、シュリヒテが応じる。
 今更、と言う感もある。あるが、それでもそう言われれば、理由としてすとんと納得していまう。自分たちは、殺し殺されることに、どうしようもなく慣れてない。そして、下手に能力が高かったばっかりにリスク管理をなおざりに、その場のノリと勢いで行動し、その覚悟も決めていなかった。
「なら、それでもせめてかわすとか……」
「あの瞬間、世界がすごいゆっくりになったんだ」
 ゾーンとかフローとかピークエクスペリエンスとか言う状態か? 極度の集中状態による時間の遅延、引き延ばし。一流のアスリートがしばしば経験するとか言われている、特殊な状態。後、交通事故の瞬間とか、命の危機にはそこいらの一般人でも経験できたりする。でも、何もできなくて結局ぶつけてしまったりする。実際何もできなくてぶつけた。
「まるでスローモーションであいつの腕が迫ってきて。避けるのはすごい簡単だと思ったのに、身体が全然動いてくれなくて。そしたら、頭の中にこれまでの人生とか、パパとかママとか姉ちゃんとかの顔が浮かんで……」
 こいつ、パパとかママとか言ってるのか? 何処のぼんぼんだよ、とは思ったが、さすがに空気を読んでそれを指摘するのは避ける。
「……どうせ、健康体に戻るまでに一週間かかる。それまでここにいるわけにはいかないが、とりあえず今日は休め」
 サシカイアは言って、小さく入り口開閉のための合い言葉を唱えると、プラントシェルの中から外へ出る。その背中に、シュリヒテの嗚咽が聞こえてきたが、礼儀正しく聞こえないふりをした。


 ロードス島電鉄
  012 夜空ノムコウ


 プラントシェルの外へ出ると、既に日が落ちかけていた。
 大きな木の下、下生えに隠れ、頭の上に張り出した木の枝で煙が拡散して目立たない場所に竈を作り、その上に大きな鍋を置いて夕ご飯の支度が始まっている。
 調理しているのは白い布巾を頭に巻いたニース。お玉を口に付けて味の確認をしている姿にサシカイアは目を細める。
 ああ、何というかすごく癒される光景だ。是非とも、先にご飯にしますか、それともお風呂?、とか言って欲しい。
「あ、シュリヒテさんはどうでしたか?」
「じゃあ、ニースで」
「え?」
 こちらに気が付いて尋ねてくるニースに、反射的に応えてしまってげふんげふんと咳払い。
「気が付いたけど、かなり落ち込んでるみたいだ」
「そうですか」
 少し表情を沈めてニース。
「と言うわけで、こっちのシェルはあの二人専用で。──まあ、ニースが落ち込んでるシュリヒテをいじめて楽しみに行きたいというのなら、別に止めないが」
「そんな悪趣味な真似はしません。……サシカイアじゃありませんし」
 後半は小声で。しかし、しっかり聞こえてますよニースさん。
「……まあ、もう一回言わせて貰うけど、本当にありがとう。おかげで助かったよ」
 それでもしっかりお礼を言っておく。礼儀は人間関係の潤滑油です。
 中途半端な沈黙で気が付いたのか、聞こえちゃいましたか、と口の前に持ってきたお玉の向こうでこっそり舌を出し。それからニースは胸の前で両手を振る。
「いえ、お礼を言われる様な事じゃありませんから。それに、ギネスさんも蘇生の魔法、使えるんですよね?」
 そのはずなんだが、どうなんだろう。正直、今五つくらい不安だ。
「あ~。お腹空いた~」
 と、そこへブラドノックと、ドワーフ、神官戦士の合計4人が戻ってくる。こちらは今まで、すっかり平らになってしまった砦跡で、生き残りがいないか調べていた。特に問題はなかった様子だ。
「もうすぐ食べられますよ」
 ニースがにっこり笑ってねぎらう。
「じゃあ、ニース様で」
「え?」
 反射的に応えたブラドノックがげふんげふんと咳払い。
 何だろう、すごく落ち込む。ひょっとして俺って、ブラドノックと思考形態が似てる?、とサシカイアは愕然とする。それは人として終わっているのではなかろうか。
「サシカイア、シューは?」
 そこへ、やはり気になるのか、ブラドノックが尋ねてくる。
「意識取り戻した」
「そうか、よかった~」
 ふ~~~、と大きく安堵の息をついて、しゃがみ込む。
 その気持ちはよく分かる。ニースの実力を疑うわけではないが、普通の現代人には、蘇生の魔法で生き返る、と言われても、それってなんてファンタジー?、である。首ちょんぱされた死人が甦るなんて、今ひとつ、信じがたいのだ。
「でも、大分落ち込んでいるな。あと──」
 言って、サシカイアは手を差し出す。
「言わなかったのか?」
「言わなかったな」
 くっ、とブラドノックが悔しそうに呻き、懐から金貨を取り出してこちらに寄越す。
 実は二人でちょっとした賭をしていた。気が付いた瞬間に、あの台詞を言うや言わざるや。あの定番の台詞──「知らない天井だ」である。ブラドノックは言うに賭け、こちらは賭けなかった。つまりはこちらの勝利である。さすがにそんな台詞を言っている余裕はないのだろうと読んだのだが、実際はもっと間抜けな台詞だった様な気がする。
 そんなやりとりをしている内に、ニースの手による料理は完成した。それぞれ器についで貰って食事を始める。ニースと神官戦士はその前にマーファ神に向けるお祈りをしていた。こちら二人はもちろん「いただきます」だ。
「ニース様の手料理~」
 と、テンション高いのはブラドノック。今回は器に盛るのが自分だけ少量、なんて事もなかった事に、涙を流しそうに感動している。
 持ってきていた穀物と、その辺で摘んできた山菜と、その辺で捕まえてきたウサギ肉の煮込みという、ワイルドでシンプルな料理だったが、結構美味しかった。一口食べてみて分かったのだが、かなり空腹だったのも、素敵な調味料の一つだろう。──ちなみにウサギを捌く現場は見ない様にしていた。


 自分の腹が満足してから、シュリヒテやギネスの分を持っていこうとする。と、ブラドノックに止められた。
「?」
「俺が持っていく」
「別に良いが、そんなに力を入れて宣言する事か?」
 首をかしげるサシカイアに、ブラドノックは分かっていないと首を振った。
「シュリヒテは身体がろくに動かせないんだぞ? つまりは、持っていった者が食べさせるという事。ニース様やお前がシュリヒテに、「ふ~ふ~」して冷ましたり「あ~ん」なんて食べさせる。そんな美味しい思い、させてたまるかっ!」
「……まあ、がんばってくれ」
 確かにやる方も屈辱かも知れないと、サシカイアはあっさりとブラドノックに任せる。
 任せられたブラドノックはシェルへ向かい。
「馬鹿野郎、お前じゃなくてニース様を。それがダメならせめてサシカイアを要求するぞ。チェンジだ」
「ははは、馬鹿め、そんな美味しい思いをさせてたまるか」
 なんてやりとりが入り口が閉じるまでの間に聞こえてきた。シュリヒテも大分元気を取り戻している様であるから、重畳としておこう。さすが、馬鹿は立ち直りが早い。
 ちなみにギネスはまだうなされていた様だ。


 食事が終わると手早く片づけ。
 その後、夜営時の見張りの順番を決める。シュリヒテ、ギネスの二人は戦力外とし、残りの6人で順番に3交代。サシカイアはブラドノックと組んで一直目となった。これは、二人とも魔法を使って疲労しているだろうと言う事から。同じ理由で、ニース、神官戦士の二人が3直目となった。6時間連続して睡眠を取らないと精神力は回復しないのだ。一番きついのは寝て起きて見張りをしてまた寝る二番目である。あるが、ここは前述の理由もあって、すんなりドワーフ二人が引き受けてくれた。
 たき火のそばに腰を下ろし、周囲を伺いながら、ブラドノックと会話する。
「……死んじゃったな」
「……ああ、見事に死んだ」
 二人して沈黙。
 沈黙は結構な時間続き、それに先に耐えられなくなったらしいブラドノックが口を開く。
「やっぱり、ゴブリン相手にしとくべきだったな」
 手頃な相手だと思えたんだけどなあ、とブラドノックが己の判断を悔やむ。その辺り、サシカイアやシュリヒテも責められない。シュリヒテは自分でやる気になっていたのだし、サシカイアもあっさりゴーサインを出している。
「こちらは後衛だから、自分の手で殺すって言う感覚が希薄だからなあ」
 サシカイアもああ~、っと天を仰ぐ。
 やはり、剣を持ち、自分の手で生き物を殺す。それは遠距離から魔法で殺すのとは全く違うのだろう。実際、夕飯のウサギ、ニースに変わって自分で捌こうかとサシカイアは思ったのだが、やっぱり断念している。現代っ子には、他の生き物を殺す経験なんて積む機会がほとんど無い。それは平和という事で、良い事なんだろうが、こんな世界に投げ出されるとちょっと困る。いや、かなり困る。……これが自分勝手な思いだと自覚はしているが。
「本当に、このまま冒険者を続けようって言うのなら、どこかで殺す経験つんどかないと、やばいよなあ」
 二人が焦るのには、理由がある。
 戦いの歌で何とかなるんじゃないか。と気楽には構えていられない。
 なぜなら。
「ギネスの神聖魔法、まだ大丈夫かな?」
「さてなあ」
 二人は──シュリヒテを入れて三人は、ギネスのプリースト技能が失効する可能性があると判断していた。いや、逆に今使える事の方が不思議に思えてすらいる。当人は余裕がないので、これ以上追いつめるのもよろしくないと、今のところはわざわざ指摘していないが。
 ギネスのプリースト技能はマイリー神の信者のモノ。マイリー神は戦の神。正義の戦いを肯定し、祝福し、逆に卑怯な行動や臆病な振る舞いを否定する。どう考えたって、マイリー神が肯定するとは思えないギネスの現状である。あまりにその神の信者としてふさわしくない振る舞いを続けた場合、そのプリースト技能を失効する場合があるのだ。ニースに確認したところ、数は少ないが実際その種の事は起きた事があるらしいとの返事も貰っている。こちらの考えすぎですませるわけにはいかないという事だ。
 そしてそれ以上に。
 プリースト技能、神聖魔法とは、神に対する祈りの対価。使用するのに信仰心を必要とする。
 信仰心。
 果たしてギネスがマイリー神を信仰しているかと問えば、答えはノーだろう。ただでさえ、信仰とか神とかに関していい加減な日本人。それが、創作の神様を信仰するか、と訪ねられれば、答えは決まり切っている。ギネスは、これっぽちもマイリー神を信仰していない。しているはずがない。
 ならば、神聖魔法を使える方が不思議なのだ。
 ゲーム上の処理として、繰り返してその宗派の信者にふさわしくない行為を続けた場合、GMがその技能を取り上げる事ができるとある。今はまだその執行猶予期間なのか。あるいはマイリー神は思っている以上に太っ腹なのか。
 信仰心皆無の状態で、ギネスが何故マイリーの神聖魔法を使えるのか。その理由は分からないが、たとえばこの瞬間に、ギネスが神聖魔法を使えなくなったとしても文句を言う資格はないと言うのは分かる。
 いつまでも戦いの歌に頼り切っていたのでは、きっと、どこかで手痛いしっぺ返しを受ける事になるだろう。
 だから本気で冒険者を続けるのであれば。
 今は一刻も早く、自前の精神力で、自前の勇気で、戦える様になる必要があるのだ。
「……とりあえず、その辺りも含めて、もう一度まじめに相談する必要があるよな」
 あるいは。あるいはだが、冒険者以外の道を改めて考える必要もある。
 サシカイアは改めて天を仰いだ。
 見上げた夜空には、ちょっと吃驚するくらいに、たくさんの星が瞬いていた。


 そのころ、プラントシェルの中では……
「これ出入り口何処? ちょ、勘弁してよ、まじやばい。やばいよ。僕はトイレに行きたいのに!」
「お前はまだ隅っこでできるだけましだ。俺は身体がろくに動かないんだぞ。──このままだと漏るぜ~、漏るぜ~、超漏るぜ~」
 と、出入りの方法、合い言葉を知らないギネス、シュリヒテがパニくっていた。



2ND STAGE 放棄砦攻略戦
MISSION COMPLETE?

獲得経験値 1000

レベルアップ 

シュリヒテ なし 残り経験値1000
ブラドノック なし 残り経験値3000
ギネス なし 残り経験値2000
サシカイア なし 残り経験値2500



[4768] 13 ベイビー・ステップ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/02/19 20:04
 その時歴史が動いた。
 てな事言う程大仰な話ではなく、人と魔神の戦い、その現状の確認。


 モスの小国、スカード国王ブルークによって解放された魔神王率いる魔神の軍勢は最初、ドワーフ族、石の王国を急襲した。
 完全に不意をつかれた石の王国は効果的な対応が出来ず、あっさりと壊滅した。それも文字通りの壊滅。生き残りは僅かに鉄の王フレーベだけという徹底的な殲滅。長い歴史を持っていたドワーフ、石の王国は滅びた。
 この結果、魔神はロードス地下に縦横に張り巡らされた大隧道を支配する。そして、その大隧道を利用することによりロードス各地に出没する事が可能となり、各地でゲリラ的に活動、混乱を巻き起こした。
 サシカイアらが戦った魔神達も、おそらくこのルートを使って移動してきたモノと思われる。
 この魔神の動きに対し、人は無為無策であったわけではない。──アラニア、カノンあたりの王国はそうとうに無為無策だったみたいだが。
 魔神の出現した最も深き迷宮を国内に有し、それだけに被害も大きいモス各国は魔神に対抗すべく、竜の盟約を発動した。
 竜の盟約。かつて、既に滅びた北の大国ライデンが南征の気配を見せたとき、小国しかなかったモスの国々が同盟を結ぶことによって対抗したことを起源とする。外敵に対してモス各国が力を合わせて対抗しようと言う盟約。
 各王国は同盟してモス公国となり、連合騎士団を結成して魔神に対抗しようとする。
 するのだが、魔神の方が一枚上手を行った。
 モスの1都市マスケトに集合したモス連合騎士団は魔神の第一波を食い止めることに成功する。意気を上げる騎士団だが、翌日にはあっさりその勢いを止められてしまう。
 翌日に再び現れた魔神の軍勢、その先頭に立ち、統率するのは、死亡したと見られていたスカード国王ブルークの姿。
 その瞬間に、竜の盟約による連合騎士団はあっさりと瓦解した。
 元々、外敵に対する為の盟約。魔神対モス公国であると考えたからこそ、発動した盟約。
 ところが、スカード国王が魔神を率いていることで、戦争相手は外敵ではなく、モス公国内の一国、スカードとなり、戦争は内乱となってしまう。
 もちろん人の姿を奪うと言われる鏡像魔神の可能性も上げられたが、残念なことに確証を得られない。そして得られない以上、盟約の続行はなされない。モスの国同士の戦いとなると、各国の思惑が表に出てきて、無心ではいられないのだ。
 モス国内の全ての国が仲良し子良しというわけでは当然ない。どころか、領土をはじめとする各種権利を争っている間柄の国だって少なくない。元々、攻めたり攻め込まれたりはあたりまえの間柄。戦の神マイリー本神殿を国内に構えるくらい、基本的に好戦的な国々なのだ。
 さらには。
 魔神を率いるブルーク王、その第一子を外戚として受け入れていたハイランドの存在が、各国の疑心を煽る。
 これは全て出来レース、南のスカードと北のハイランドによる、モス分割統治の絵図が、両国王の間で描かれているのではないか。魔神の軍勢と戦っているときに、後ろから襲われるのではないかという不安。
 そんな不安を抱えたまま、共同戦線をくめるはずもなく。
 その日の内にモス連合騎士団は解散となった。 
 さらには、モス各国はこぞってハイランドの背信を責め立て、宣戦布告をするに至る。
 モス国内は、魔神に対抗するどころではなく、人と人の争いの場となろうとしていた。


 ロードス島電鉄
  013 ベイビー・ステップ


 その目が、サシカイアの身体を縛り付ける。
 別段、その目がパラライズの魔力を持つ邪眼であるとか、かつての少年マガ○ン連載、頭の上に「!?」なんてマークが踊る人たち張りの威圧効果を持つとか、そんな理由は一切なかった。何の魔力も持たない、ただの瞳。むしろ無力ですらある視線。いかに正面から見つめられようとも、こちらに何の害悪も与えてこない何の変哲もない眼。
 しかし、その瞳は、サシカイアの行動を束縛する。
 激しく数ばかり増えた呼吸は浅く、必要な酸素量を身体に取り込ませてくれない。対峙する、それだけで蓄積していく、目眩すら覚える程の精神的疲労。顔中にびっしりと浮かんだ汗が玉をなし、頬を伝い顎に達すると、滴となって落ちていく。汗に塗れ、額に張り付いた髪の毛が非常に鬱陶しい。
 ナイフを握りしめるその手が、細かく震える。
 ダメだ、怖い。
 彼我の能力差を比べる。いや、比べるまでもない。こちらが断然に強いことなど、最初の最初から分かり切っている。腐ってもこちらは10レベル。向こうはこちらに傷を入れることすら叶わないだろう。相手は敵にすら値しないひ弱で無力な存在。レベル差とか、戦力差とか言う言葉を持ち出すことすら恥ずかしい程の差がここには存在するのだ。
 また、状況もこちらに圧倒的に有利。向こうは手足を束縛され、ろくに動くこともできない。対してこちらは何の縛りもなく、自由自在に行動できる。おまけに相手は単独。対する自分の後ろには、頼もしい仲間達が控えている。圧倒的というのですら生ぬるいと言える程の圧倒的な状況差。
 肉体、状況、天候、環境、味方の数──考えられる限りの、ありとあらゆる外的要因がサシカイア有利に整えられている。何の問題もなく、勝利の約束された状況。一方的な殺戮を可能とする状況。
 それでも、サシカイアはナイフを握りしめて立ちつくす。
 ただ、サシカイアの心のみが、相手に圧倒されている。相手に呪縛されている。
 その目をこちらに向けるなっ!
 心の底で絶叫する。しかし、その目はこちらから逸らされることはなく、サシカイアの身体の自由を奪う。
 酸欠か、視界が霞む。思考が停滞し、同じ場所をぐるぐると回る。己が何故、こんな思いをしなければならないのか。世の理不尽に対する怒りすら覚え始めていた。
 地面がぐらぐら揺れている様に感じるが、それは間違い。揺れているのはサシカイア自身。心の揺れがそのままに、身体までもを揺らしている。
 喉が渇く。ひりつく程に喉が渇いている。
 殺らなければならない。しかし、殺るのが怖い。
 本当にたいした労力も必要ない。その喉にナイフを当てて、ちょいと力を入れて横に滑らせれば、簡単に殺せる。そりゃあもうあっさりと殺せる。非常に簡単な仕事。自分よりもっと幼い無力な子供にだって、この程度のことは簡単にできるだろう。その確信──いや、それが確固たる現実。
 なのに、たったそれだけのことが、今の自分には、片手で白竜山脈をひっくり返すよりも難しいことの様に思える。
「──くっ」
 呻きが喉の底から零れてくる。
 我が身に疲労が蓄積して来ているのを感じる。こうして対峙しているだけで、精神的な疲労は高まり、それがついには肉体にフィードバックしてきている。緊張から体中の何処彼処に余計な力が込められ、明日あたりには酷い肩こりに苦しめられそうな予感がある。特にナイフを握りしめた手には力が入りすぎ、感覚すら失せてきている様な気もする。
 まずい。
 このままでは何か、ひどく致命的なミスを犯すかも知れない。これ以上精神的に追いつめられる前に、できうる限りで早く。一刻も早くケリを付けなければならない。
 このまま睨み合い、千日手を続けていても、事態は一向に改善されない。このままで、何か良くなるという可能性は皆無。逆に、自分がこうして動きを止めていればいるだけ、周りに迷惑をかける。一刻も早い事態の解決こそが急務。
 だからといって。だからといって最速の解決法を選ぶのも躊躇われる。
 その方法は確かに最速であるが、同時に最も簡単で安易なのだ。簡単で安易──本来であればすばらしいと褒め称えるべき事であるが、今回ばかりはまずい。
 その方法──それは、他者にゆだねること。この仕事を後ろで控える者達に丸投げすること。そうすれば彼らは何の問題もなく、あっという間に片付けてくれるだろう。そうすれば自ら手を汚す必要すらない。こんな風に泣きそうになりながら、ナイフを握りしめて立ちつくす必要もない。その方が迅速確実で、これ以上無駄な時間をかけて迷惑をかけることもない。
 だが、それでは自らの成長に何ら寄与しない。それは逃げだ。いつまでも人任せ、己の手を汚すことを避けてばかりいては、今は良くとも、これから先が立ちゆかない。問題の先送りは、ここで終わりにすべきなのだ。今は自らの手を汚すべき時なのだ。
 ほんの僅かな勇気。それさえあれば、事態は簡単に改善する。
 勇気を出せ。勇気を出して、ほんの僅かに腕を動かせ。
 勇気を出す、それが無理なら心を殺せ。心を殺して、ほんの僅かに腕を動かせ。
 それだけで、それだけで本当に簡単にケリは付く。赤子の手を捻るよりも簡単な話だ。
 こんなところで足踏みする自分で満足する気か? このまま一歩も先へ進めず。ここから先、何もできないままで。嫌なことから逃げだし。やりたくないことは全て人任せにして。誰かの後ろでおびえているだけの自分で満足する気か?
 己を必死で叱咤する。
 しかし、心に宿った恐怖はなかなか消えず。手足の縛りは一向に解けない。
 その目。
 まっすぐにこちらを見つめる瞳。無力で、無垢ですらあるその瞳。
 その目を俺に向けるな!
 恐慌じみた心の叫び。
 しかし、相手はまっすぐにこちらを見つめたまま、瞳を逸らそうとしない。逸らしたら最後、己の命が失われる。そう自覚しているかの様に、サシカイアをまっすぐに、正面から見つめている。
 それでもナイフを持ち上げて、その喉に向ける。何とか向けることに成功した。
 途端、喉の奥からこみ上げてくるモノがある。自分は今、非常に簡単にソレを殺すことができる。自分が他のモノの命を奪う、それが恐ろしい。ナイフを動かす。その結果、簡単にソレは死ぬだろう。酷く簡単に作り出される死体。やはり大量に血が流れるだろうか。物言わぬ骸となったソレはどんな風になるのか。傷口に覗く肉は、どんな生々しい色をしているのだろうか。それを想像し、胃の中身が逆流しそうになる。なるが、ここで吐いたらダメだと、必死で己を叱咤し、嘔吐感と戦う。
 その拍子に、意図せずにして震えた腕に握られたナイフが相手の喉に触れ。
 サシカイアは大慌てで手を引っ込める。引っ込めてしまった。
「──くそっ」
 何度目かの舌打ち。
 引っ込める必要など無かったのだ。相手を殺そうとしているのに、傷つけることを恐れて思わず手を引っ込める。その矛盾。
 あまりの己のふがいなさに、涙すら浮かんできた。鼻の奥につんとしたモノが生じる。視界がぼやけ、霞む。そのくせ、相手の瞳ばかりははっきりと見えている。どころか大きくこちらに迫ってきている様にすら思えてしまう。
 どんどん、自分が心理的に追いつめられていることが分かる。分かってしまう。
 なのに、その解決の手法が全く思い浮かばない。どうすればいいのか。どうすれば、この金縛り、堂々巡りの状況から抜け出せるのか──
「なあ、エルフの嬢ちゃん」
 と、そのサシカイアの背中に声がかけられた。
「盛り上がってるとこ、非常に申し訳ないと思うんだが、時間もおしてきているんで早くしてくれねえか?」
「もうちょっとだけ。もうちょっとできちんとできる気がするんだ」
 振り向きもせず──相手の瞳から視線を逸らすことができず、声に背を向けたまま、そのままの格好でサシカイアは応えた。
 そう、自分は先へ進むのだ。そう、いつまでもここでこうして立ち止まっていたりはしないのだ。そう、もうほんの少し。そう、ここまで来たのだから、この先もうまくやれる。そう、きっと自分は大丈夫。そう──そう──そう──。
「先刻からそう言い続けてドンだけ経った?」
 その声に嫌みが混じっているのは、仕方ないことだろうとサシカイアは自覚していた。確かに、彼らにとっては「たかがこの程度の事」に自分は時間をかけすぎている。
「とにかく、こっちも仕事なんで、本当にそろそろ時間がやばいんだよ。やるならやる、無理なら無理で、早いとこ結論出してくれないか?」
「もちろん、やるに決まっている、だからもう少し時間を!」
「だから時間がないんだよ」
 呆れた様に声は応じ、仕方がないとばかりに提案してきた。
「それじゃあ、俺が100数えるまでに結論を出してくれ。それで無理だったら、諦めて場所を俺に譲れ」
「せ、せめて200で」
「1、2、3、……」
 サシカイアの心からの懇願などまるで無視して、声は冷厳にカウントダウンを始めた。
「くぅうう」
 サシカイアは万策尽きたと呻きを上げ。手にしたナイフを力一杯握りしめる。
 これは逆に考えればいいチャンスかも知れない。自分1人では、いつまで経っても思い切りが付かない。しかし、外的要因で締め切りを作られれば、自然、それに間に合う様に行動しようとするだろう。自分に必要なのはきっかけだけだったのだから、いい機会を与えて貰ったと考えよう。ここはポジティブに考えるべきだ。
「47、48……」
 ここは50をきっかけにしよう。あまりぎりぎりでも問題だし、ちょうど半分、非常にきりが良い。たぶん今日のラッキーナンバーは50。そう言うことに、今決めた。
「……50」
 今!
 さあ今だ。なけなしの勇気を振り絞って、今こそ行動に移るとき!
「……ううぅ」
 しかし、再び相手の目に迎撃されて動きを止める。止めてしまった。
「53、54……」
 数を数えていた男は呆れた様に嘆息すると、カウントを休めて呟いた。
「しかし、たかがウサギを絞めるくらいで、そんなに思い切りが必要なもんかねえ」
 男──マーファ本神殿のコック長の言葉に、厨房に詰めていた全ての人間が揃って頷いた。



[4768] 14 はじめの一歩
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:21
 シュリヒテが非業の死を遂げてあっさり復活した翌日。
 一行はアラニアの、ロードス北端の村、ターバ村はマーファ本神殿に移動していた。
 マーファ神官の専用魔法、あらかじめ指定しておいた安全な場所へ瞬間移動できるという「リターンホーム」をニースが使い、それはもうあっさりと一行はマーファ本神殿に着いていた。それこそ、瞬き一つ程度であっさりと。
 本当であれば、リターンホーム→本神殿で余裕を持ってシュリヒテの復活、の手順の方が正しいやり方だったのであろう。が、そうしなかったのはサシカイアらのパニクリぶりのせい。狼狽え喚き嘆き叫びと大騒ぎ。とにかくシュリヒテを何とかしないと立ちゆかない。使い物にならない。そうニースが判断した為である。
 そんな感じでやってきたマーファ本神殿でのサシカイアらの立場は、ニースの賓客。
 マーファの愛娘なんて言われる程の重要人物であるニース。その客である。神殿外にテント何かを立てて難民キャンプ状態の避難民を差し置いて、神殿内に部屋何ぞを用意してもらえている。シュリヒテなどは身体がろくに動かないこともあって、年若い神官見習いの少女なんかを世話係に付けられて上げ膳据え膳状態である。ブラドノック辺りは、これを非常にうらやんでいる。
「だって、あんな若くて可愛い子に下の世話をしてもらえるんだぜ? それってなんて素敵な羞恥プレイ?」
 との言葉は、残念ながら当人以外には理解し難かった。どこまで行くつもりだ、お前、とヌルイ目で見るばかりである。
 そして賓客であると同時に、サシカイアらはマーファ神殿に借金返済の義務を持つ、債務者であった。
 シュリヒテに施してもらった蘇生の奇跡は無料では無く、サシカイアらはそれを支払えるだけの金銭を持ち合わせていなかったのだ。
 ニースなどは別に無料でも構わないという風であったが、同行していた神官戦士がそれを認めず、きっちりと料金を請求してきた。神の奇跡で金取るのどうよ、と言う人もいるかも知れないが、無料にすれば無料にしたで奇跡を求める人が列をなしてしまい、神殿の通常業務が立ちゆかなくなる。これは最近の救急車の利用者事情なんかを聞けば納得いくだろう。安易に奇跡を求められ、本当に必要な人が割を食う。そんな本末転倒な事は避けたいという事情。だから、マーファ神殿に限らず、神の奇跡の行使に際して料金を取り立てるのは一般的だ。別段、マーファ神殿が特別金にうるさいというわけではない。
 そして、当然の事ながら難しい、レベルの高い奇跡程、請求される料金は高くなる。同時に、奇跡を行使してくれる神官の徳が高ければ高い程、やっぱり料金は高くなる。蘇生の奇跡は9レベル。しかも超英雄11レベルプリースト、マーファの愛娘ニースの手による奇跡の行使。当然、すばらしい程に高価である。
 更に今回、確実を期すために力を入れて貰った為にオプション料金まで付いて、神官戦士が請求してきたのは銀貨約2万枚。実はこれでも随分おまけして貰っている。いるのだが、それでも思わず目眩を覚える程の高額である。
 元々の値段設定からしてぼったくりだろう、と内心思ったにしろ、シュリヒテを助けて貰ったのは事実。しかも、自分たちが確実に助けて貰える様に懇願したのも確か。更に言えば通常支払うべき前金すら払わずに全額後払い、しかも借金を許して貰っているという弱みもある。
 そんなわけで、マーファ本神殿にたどり着いたサシカイアらは、料金分の仕事をすることを求められていた。働かざる者食うべからず、おファンタジックな世界とはいえ、金がないのは首がないのと一緒。世知辛いのは変わらないらしい。


 ロードス島電鉄
  14 はじめの一歩


 トイレから出て、サシカイアはマーファ神殿の通路をふらふらと自室に向かう。
 何とか時間ぎりぎりで、ウサギにとどめを刺すことに成功した。しかし、そこから解体できる程の余裕はなく、後を任せてトイレに飛び込み、胃の中身を全てぶちまけた。みっともないことこの上ない。
 それでも、これは偉大な一歩である。人類にとっては僅かな一歩かも知れないが、自分にとっては画期的で、すばらしい程の一歩だ。そう、アームストロング船長の一歩などより、わかりやすくて身近な分、すばらしい一歩なのだ。千里の道も一歩から。この一歩を最初の足がかりとして、更に次の一歩を踏み出し、そこから更に一歩を、そして更に一歩を──そうやってゆっくりとでも先へ進む。一足飛びに全てを解決できる程、自分は──自分たちは出来が良くないのだから。ゆっくり段階を踏んでいくのが一番である。
 とにかく今日はこれで満足しても良いだろう。大きな達成感と、大きな疲労感。その二つを抱えながら、サシカイアは自室に戻ることにした。今日は本当によく働いた。気持ちよく睡眠が取れること間違いない。──間違っても、ウサギの死体を夢に見そうだとか、ネガティブなことは考えない。考えないったら考えない。……だって怖いし。
「あら、サシカイア」
 と、通路でばったりであったのはニース。
 こちらに戻って来てからは忙しく働いていて、顔を合わせる機会も珍しくなっている。高司祭ともなれば、色々な責任、仕事もあり、日がな一日のんきに祈っていれば良いわけではない。割と毎日忙しいらしい。更に、もともと、アダモ村の事件について、ニース程の大物が出張ることに関して神殿内で反対意見も色々とあったらしい。それでもニースが今の内に一度、魔神と相対してみたいとの希望を押し通して出撃したとの事。さらには緊急事態と言うことでろくな引き継ぎもできなかったそうだ。当然、仕事は滞り、戻ってきてデスクの上を見たときは軽く絶望したという話も聞いた。どんな組織も書類仕事とは無縁ではいられない。今も背後に部下らしき者達を従え、両手にちょっとその量どうよ、と言うくらいの羊皮紙の山を抱えている。
「よう、ニース」
 気楽に声をかけたら、背後の部下らしき連中に睨まれた。あまりに気安すぎる、と言うところか。しかし、サシカイアは気にしない。
「今日も仕事、忙しそうだな」
「ええ、避難民が多くて大変。アダモ村の人たちが来る前に、その居住スペースも考えておかないといけないし」
 ニースのリターンホームは、アダモ村の人たちをあっさり追い越した。彼らは、未だ街道をえっちらおっちら進んできている。そのほとんどが女子供、そして老人ばかりであること。更に逃げ出す際に抱えられるだけの荷物を抱えて来ているために、どうしたってその移動はゆっくりになる。アダモ、ターバ間は本来一週間もあればたどり着ける距離だが、その倍くらいを見ておくべきだろうという話。あれからそろそろ一週間、ちょうど半分くらい来ている所だろうか。
 それでも、各地から難民が流れ込んできている昨今、受け入れ準備を今から初めて早すぎると言うことはない。
「東の森を少し切り開いて、仮設住宅を建てる計画もあるの」
 へ~、と頷く。そうしたら、ニースはちょっと変な顔をした。
「てっきり、サシカイアは反対すると思ってたわ」
 そう言えば、エルフは森を切り開くとなると、いい顔しないんだった。サシカイアの認識はその程度。中身がコレなので、所詮はなんちゃってエルフなのである。本物のエルフみたいに、心底森を大事に思ってたりはしないのだ。
「無駄に切り開かなければ良いんじゃないか? そうしなければ立ちゆかないという事情も分かる」
 と、内心慌て気味に付け足す。変に思われてはまずい。何しろ人に化けるダブラブルグやドッペルゲンガーなんてやばい連中もいるし。こいつ変だぞ怪しいぞ、と疑われて魔女狩りの対象になっては洒落にならない。
「そう言ってもらえるとありがたいわ」
 と、ニースが安堵した風に頷く。
「ところで、他の人たちは?」
「ん~。シューは大分回復してきている」
 歩ける様になるためのシュリヒテの努力は涙ぐましいまでのモノがあった。羞恥プレイが嬉しい、等というのはブラドノックくらい。とにかく自分でトイレに──と言うのがモチベーションを高め、経過を見ていた神官の驚く程の早さでの回復となった。今日あたりは中庭で剣を振っているところも見た。寝っぱなしで多少身体が衰えているモノの、ほぼ復活したと見てもいいだろう。
「すごいですね」
 と、素直にニースが感心している。
「ブラはそっちに言われた、ブラムドの財宝の目録作りに精を出してる」
 ニースが手に入れたブラムドの膨大な財宝は、ほとんどが手つかずのままで神殿の宝物庫に眠っている。その中の魔法の道具類は、アラニア賢者の学園への売却が決定している。──が、あまりに数が多すぎ、価値が高すぎるために一括で、とはさすがに行かず、毎年少しずつの取引をして行こうと言う契約がなった程度。今頃、賢者の学園では、購入のための予算のやりくりがなされているだろう。
 これで一見問題なさそうであったが、実は大きな問題があったりした。
 それは、マーファ神殿側では、魔法の道具類の価値がよく分からないと言うこと。
 やはり餅は餅屋と言うべきか、古代魔法王国期のマジックアイテムについてよく分かるのは魔法使い達である。それも所詮は比較してであり、完璧に、と言うのには遠いが。それでも、専門に研究しているだけのことはあるのだ。専門外のマーファ神官とではその知識量が違いすぎる。
 だから、魔法の道具類の値段については賢者の学園の言い値に近いモノがあり、それを懸念する向きもあったのだ。騙される、とまでは行かないにしろ、あちらに都合の良い値段設定にされるのでは?、と危惧を抱くのは当然のこと。そこへ、賢者の学園とは関係のない高位の魔法使いであるブラドノックがニースとともに現れたのだから、この機会に目録を作ってもらおうと神殿側が思い立ったのだ。大きな貸し付けがあり、こき使うのに躊躇う必要がないのがすばらしい。
 かくして、ブラドノックは使い魔契約の儀式どころではなく、それどころか女子更衣室や女風呂に近付くこともできず、本神殿についたその日から宝物庫に放り込まれて目録作りに精を出している。
「……大変みたいですね」
 財宝の量を知るニースが、ちょっと同情するみたいな声を出す。
「大丈夫大丈夫」
 しかし、サシカイアはあっさりと手を振って、同情の必要はないと告げる。
「アレはアレで楽しんでるし。と言うか、ロードス最後の太守って、なかなかイイ趣味してたみたいで、ろくでもないアイテムも少なくないから……」
 ブラドノックがニコニコしながら持ってきたマジックアイテムの数々を思い出して、サシカイアは顔をしかめる。魔法のパンツとか魔法のドロワーズとか魔法のタンガとか魔法のブラジャーとか魔法のペチコートとか魔法のコルセットとか魔法のガーターとか魔法のニーソとか魔法の猫耳とか魔法のメイド服とか。何というか、古代魔法王国は滅びるべくして滅びたんじゃないだろうか、そんな風に思わせるキワ物マジックアイテムの数々。ソレらがやけに高い魔力が付与されていたりするからまた困った話で。是非に身につけてくれと言い出したブラドノックの言葉をはね除けるのに、少し悩んでしまった。低い生命力が悩みの種のサシカイアには、ダメージ軽減の大きい+3で品質のやたらといい魔法のメイド服とかは、ものすごい誘惑であった。
「………そう言えばそうでしたね」
 と遠い目をするニース。こちらも多分、手に入れた時にその種のアイテムを目にしているんだろう。
「で、ギネスの方は──」
 と、間抜けな方に話が行きかけたので、軌道修正。
「あいつは、ドワーフの鍛冶屋の手伝いをしてる」
 マーファ本神殿周りで、鍛冶の仕事をしているドワーフがいて、ギネスはそこで手伝いをしている。あるいは、そのまま弟子入り就職する気かも、なんて懸念も。だが、それならそれもアリじゃないか、そんな風にサシカイアは思っている。もちろん、仲間の戦力減少は痛いが、ギネスにはそちらの方が向いているのではないかとも思うのだ。
 そして、自分自身にも。
 あるいは、冒険者なんてマネをするのはやめて、どこかで平和に暮らすのもアリじゃないか。そんな風にも考えている。殺しに慣れようとウサギを捌くのに挑戦してもみた。確かに一歩先へ進んだが、先がとてつもなく長いのも理解した。あるいは別の、もっと向いている仕事があるのであれば、そちらへ向かうのもアリじゃないか。そんな思いも小さくないのだ。
 そして、こんな事を考えているときに限って。
「それじゃあ、この話はどうしましょうか?」
 う~ん、と少し考えてたニースだが、そちらに結論は委ねます、とばかりに口を開いた。
「言われていた、ゴブリン退治の依頼がこちらの方に入ってきたんですよ」
 ええと、と、ニースは苦労しながら手持ちの羊皮紙の中からその依頼書らしきモノを取り出して、こちらに手渡してくる。
 ニースの言葉通り、サシカイアはそう言った仕事があったらこちらに回して欲しいとニースにお願いしていた。この先冒険者として身を立てると仮定して。それならば、まずはその登竜門、初心者の仕事として、ゴブリン退治をすべきだろう。いや、ゴブリンにこだわるわけではないが、何か簡単な仕事を。魔神相手に戦った後でゴブリン退治というのは順番が違うかも知れないが。とにかく、自分たちが冒険者をやっていけるのかどうか、その辺りの確認をしたかったのだ。巻き込まれたわけではない。勢いとノリで突き進むわけではない。しっかりと考えて。己にその意味を問い。殺したり殺されたりする覚悟を持って。冒険者という仕事に向き合う。その必要を感じ。そのための仕事がゴブリン退治だ。
 全身の血が冷えていく。つばを飲み込む音が、大きく響いた様な気がした。
「今回、私は同行できません。あなた達4人で、この仕事をして貰うことになります」
 ソレはあたりまえだろう。そして、そうでなければいけない。
 ニースが。ニースに限らず他の者がいれば、そちらにきっと頼ってしまう。
 ただ、自分たちだけの力で、この仕事をしなければならないのだ。仕事に向き合わなければならないのだ。
 冒険者として身を立てようと言うのであれば、それだけの覚悟が必要なのだ。
「……とりあえず、保留で。とにかく、他の3人の話も聞いてみなければならないから」
 とか言いつつ、サシカイアの口から零れたのは問題の先送りだった。



[4768] 15 僕たちの失敗
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:21
 今回、ゴブリンの退治を依頼してきたのはイルカ村と言う。ターバから1日程南東へ進んだ場所にある小さな村で、人々は畑を作り、キノコを採り、炭焼きなどを生業にして平和に暮らしていた。これと言った特色のない、良くある田舎村である。
 この村の近くの山に、一つの枯れた遺跡があった。既に何度も冒険者によって探索され、目新しい発見などついぞ無く、調べ尽くされた遺跡。
 その遺跡に、どこからかやってきたゴブリンが住み着いてしまったらしい。
 今のところ、村に被害は出ていないが、山に入りづらくなったせいでキノコ取りや炭作りが滞っている。そうでなくとも、すぐ近くに妖魔が暮らしているなんて安心できない。
 そんな訳で、村人はマーファ神殿に助けを求めた。


 ロードス島電鉄
  15 僕たちの失敗


「アラニア王国じゃなくてマーファ神殿に普通に助けを求める辺り、終わってるよなあ」
 とはサシカイアの感想。
 多分、アラニアのお偉いさんはこの事の深刻さをほとんど気にしていないだろう。今のままで何もせずとも、あたりまえに貴族は民の上に君臨し、民は貴族をあがめ奉る。アラニア建国以来500年あまり、これまで変わらなかったのだから、これから先もずっと変わる事はない。そんな風に脳天気に考えているのだろう。そろそろアラニア北部では王国による徴税を拒否する動きが始まってきているから、それで思い直せばいいのだが──原作を読む限りそれはない。貴族は自分たちの無為無策を省みる事無く、民の反乱とも言えるこの動きに怒りを抱くばかりだろう。
 4人は相談の結果、ゴブリン退治を引き受けていた。
 サシカイアは自分で頼んだ手前、断りにくかったからと言う理由が多分を占めている。ブラドノックは、倉庫での地味な作業にさすがに疲れ、ちょうど気分転換を求めていた様子。シュリヒテは前回死んだこともあってかなり悩んでいた様だが、リハビリ代わり──精神的にも肉体的にも──に手軽だろうと、結局は依頼を受けることを了承した。最後まで迷っていたのがギネスだが、悩んでいるなら来なくても構わないぞ、と言うサシカイアの言葉が逆に決め手になってしまったらしい。大慌てで来ることに決めている。
 イルカの村まで一日。そこで一泊して体調を整える。
 村人達は、光の剣に戦乙女が来てくれたと言うことで大歓迎ムード。
 いつの間にここまで広まったんだ、その二つ名。
 と恐れおののくサシカイアをよそに、既に問題が解決されることが確定したとばかりに、夜には宴まで開いてくれた。
 質素な宴だったが、何処を見ても金のなさそうなこの村の人たちにはとびきりの歓迎だろうと言うことは分かったので、素直に感謝してありがたくいただく。さすがに翌日のことを考えて酒は控え目だったものの、シュリヒテなどは村長の娘(村長の年齢如何を問わずに、基本的に妙齢の美女、あるいは美少女であると世界の真理的に決まっている)に酌をして貰って調子に乗りまくり、リュートを取り出して1人リサイタル状態。やんやの喝采を受けていた。
 そう言えばこいつ、バード技能を持っていたんだった、とサシカイアは思い出し。そうなると、戦う以外のまともな生業への道が開いていないのは自分だけか、と愕然としたり。
 鍛冶屋のギネス、吟遊詩人のシュリヒテ、賢者のブラドノック。対して自分は……泥棒?、となんだか暗澹たる気分になった。
 また、寄ってくるのが村の若者、もちろん男ばかりなのも、中身男のサシカイアには非常にとほほな話である。


 開けて翌日。
 太陽が昇ると同時に、一行はイルカ村を出発。村人の案内を得て移動すること約1時間、ゴブリンが住み着いたという遺跡にたどり着いた。
 ここで村人を帰し、作戦タイム。
「……今回の目的は、真正面から戦うことだ。だから、シースルーからの一方的遠距離攻撃は無しな」
 はっきり言ってわざわざ効率の悪い戦い方をすることになる。
 命の奪い合いなのだ。最大効率で一気に倒す。味方の危険は少なければ少ない程すばらしい。それが一番冴えたやり方。わざわざ危険を求めるなど間違っている。
 そんなことは百も承知。
 しかし、ここはあえて無駄に危険を求める。
 自分たちに足りないモノ、それは命のかかった場面での闘争。殺し合いに慣れる。戦いの経験。その為のゴブリン退治。ヘタレな自分たちでも大丈夫なレベル差。わざわざ、そう言う相手を選んだのだ。ここで安全策をとるのでは意味がない。
「今回俺も前に出て一匹相手取るつもりなんで精霊魔法は期待しないでくれ。ブラも攻撃魔法は間引く程度に控え目で、基本的に味方のステータスアップ系の魔法を中心で頼む」
「了解」
 魔法では間接的であるし、現代人にはどこか非現実感がついて回ってよろしくない。己の手で直接敵を倒す。敵を殺す。それが必要だとサシカイアは考えている。そうでなくとも、サシカイアやブラドノックが本気で魔法を使えば、ゴブリン程度一撃で全滅させることだって難しくないのだ。それでは本当にお話にならない。
「ギネスの戦いの歌も今回は無し。素の状態で戦う事が──戦ってみると言うのが今回の目的だから」
「う、うん、わかったよ」
 青白い顔をしてギネスが頷く。
 最後にシュリヒテに視線を向ける。こちらも、顔色はギネスと大差ない。多分、サシカイア自身もろくでもない顔色をしているだろう。
「シューは今回死なないこと」
「分かってるよ。二度とごめんだ、あんな経験」
 ちょっぴりふてくされて応じたシュリヒテの言うあんな経験とは、死んだことか。それとも、動けない間、年若い娘に下の世話をされたことか。
「……勇者様可愛いですね」
「ぐはっ」
 ブラドノックが気持ち悪い女声を出すと、シュリヒテは精神的に吐血した。つうこんのいちげき。
「くっくっく、女にモテモテの光の剣も形無しだな」
 邪悪な笑みで揶揄するブラドノック。
「俺のは膨張率がすごいんだよっ!」
 所詮は仮の身体。しかし、それでもなお男の尊厳に関わる話題に、シュリヒテが大声で反論する。
「何その全く信用できないありがちな言い訳」
 そこにギネスまでがぼそりとつっこみを入れる。
「いつでも証明してやるぞ! 何なら今すぐにでも!」
 シュリヒテは立ち上がった。既にズボンに手をかけている。そのまままっすぐサシカイアに視線を向ける。
「と言うわけで、サシカイア。俺の名誉と尊厳のために脱いでくれ。大丈夫、お触りも無し、ただ見るだけだから」
「そうだ脱げ脱げ」
「D・V・D! D・V・D!」
 シュリヒテに次いでブラドノック、ギネスまで一致団結、悪のりを初めて囃し立ててくる。
「死ぬか? そんなに死にたいのか?」
 もちろんそんな義理はないので、サシカイアは3人をにらみつけてやる。
 とにかく、馬鹿なやりとりができるだけの余裕はある。ほんの僅か、空元気かも知れないが、今までの経験だって決して無駄ばかりではない。自分たちの状態は少しずつ良くなっているだろう。きっと少しずつでも前に進めているのだ。
 ──そう思いたいという願望が多分に混じっているが。
 決してこれは恐怖や緊張からの逃避行動ではない。みんな微妙に笑顔が引きつってて、冗談が虚しく上滑りしている様に感じても、それはきっと気のせいなのだ。


 そんな騒ぎを遺跡の入り口近くでやっていたわけで。
 当然と言うべきか、中にいるゴブリン達に気が付かれた模様。ちなみに、問答無用、遠距離、遺跡外からの攻撃を控えるとは言え、シースルーによる透視、偵察をしなかったわけではなく、敵がゴブリンシャーマンをボスとし、他に一般的なゴブリン5匹の集団であることは既に確認している。
 ごぶごぶとの叫びとともに、ゴブリン達が飛び出してくる。
 今更ながらだがゴブリンの説明をすれば、彼らは赤褐色の肌色をした小型の妖魔である。その顔立ちは豚に似ており、豚頭鬼と書いてゴブリンとルビを振る様な場合もある。ぼろ切れを纏い、ぼろぼろのショートソードなどで武装していたりする。はっきり言って大して強くはなく、たとえばソード・ワールドRPGでは最初の冒険の敵役になったりする場合が多い。要するに初心者の友。だからこそのわざわざの指名。ちなみに弱い妖魔だなだけに繁殖力が高く、ロードス全土に生息していて、人里近くに出てくることも珍しくない。
 ゴブリンシャーマンはその上位機種と言うべきか。精霊語を使うことができ、即ち精霊魔法を使うことができる。肉体的な強さはゴブリンと違いはないが、精霊魔法を3レベルで使えるから、初心者冒険者あたりが敵に回すにはいささかやっかいな相手だったりする。一般的なゴブリンと比べて、もう少しましな格好をしており、今回のこいつはよく分からないカラフルな鳥の羽なんかで派手派手しく身体を飾り立てていた。
 そんな連中が遺跡から飛び出してきて、こちらを発見すると大声で鳴き始める。見た目頭が悪そうで実際悪いのだが、意外なことに彼らは独自の言葉を持っている。
「威嚇、だな」 
 そのゴブリン語の分かるブラドノックが要約して伝えてくる。
「ブラ、後ろのシャーマンは要らんし下手するとやっかいなことになる。その辺中心に適当に──」
「分かった」
 皆まで言わなくても、ブラドノックは理解し、即座に呪文の詠唱を始める。
 それが敵対行動であることを理解したのだろう、ゴブリンシャーマンが一声上げると、一際大きく鳴き声を上げてゴブリン達がこちらに迫ってくる。
「……」
 サシカイアはつばを飲み込むと、こちらも上位古代語の詠唱を開始した。今回使うのは古代語魔法、プロテクション。名前の通り防御力をアップする魔法で、新米ソーサラーのサシカイアでも使えるレベル1魔法。本当はブラドノックが使う方が効率良いのだが、ゴブリンシャーマンの始末を任せた今回は拡大して前に出て戦う3人にかける。
 その間にシュリヒテはゴブリンと接敵。剣を振り回して牽制する。
 次いでブラドノックの魔法が炸裂。ゴブリンシャーマンは雷撃の網にからみつかれ、その場にすっころんだ。前回は見えない場所で使ったライトニングバインドである。すぐにこんがりと雷撃で焼け焦げて、ゴブリンシャーマンは動きを止めた。この程度の相手にはもったいないくらいの魔法である。
「のわああ」
 しかし、ライトニングバインドの発動と同時にブラドノックもゴブリンシャーマンの魔法を喰らっていた。足下から飛び上がった石ころがブラドノックに叩き付けられる。ストーンブラスト、LV3の精霊魔法。抵抗に成功して大事に至ることはなかった様だが、それでも無傷とは行かなかったらしく、痛みに顔をしかめている。
 ここで、ようやくサシカイアは自分のミスを悟る。
 ゴブリンシャーマンだけでも、遺跡の中にいる内に始末しておいても良かったのだ。そうでなくとも、ここは自分がミュートあたりで真っ先にゴブリンシャーマンの魔法を封じるべきだったのだ。実はこのパーティ、サシカイアは突出して早いが、他の者達はさほど敏捷度が高くないのである。ブラドノックでも期待値以下でゴブリンと一緒だし、ギネスはドワーフだからそれ以下、あたりまえに遅い。とにかく自分は直接戦う、と言うことに頭が行ってしまっており、問題になりそうな敵は先に間引いておけばいいと言う発想が出てこなかったし、あるいは自分が魔法を使って敵を攻撃すると言う方法を初手から除外していた。 
 やはり、無駄に緊張していて、思考が硬直していたのだろうか。これから先、冒険者を続けるのであれば、あたりまえにもっとシビアな状況に置かれることになるだろう。その時には些細なミスが致命的な状況を招くかも知れない。もっともっと頭をしっかりと働かせなければならないと己を戒める。
 ──と、サシカイアが周りを見、思考を巡らせていられたのもここまでだった。
 ボスが一撃で倒され、一度動きを止めたかに見えたゴブリン達だったが、更に甲高い雄叫びを上げてこちらに殺到してきたのだ。ヤケになったか。あるいは、離れているのは魔法の標的になってまずいと判断したのか。
 シュリヒテとギネスがそれぞれ2匹ずつを止めるが、残った1匹が2人を迂回してこちらへやってくる。
 ショートソードを強く握りしめる。それは望むとおりの出来事。魔法は使わず、剣で片を付ける。
 最初にそう決めていたはずなのに、実際こうして対峙すると、誓いを破りたくなる。
 と言うか、逃げ出したい。
 恐怖が心臓を鷲掴みにし、足が地面に張り付いたみたいに動かない。
「Gobubu~!」
 と、セージLVの低いサシカイアには分からないゴブリン語の叫びを上げて、ゴブリンがショートソードを振りかざして向かってくる。
 何処かで拾ったのか、錆の浮いたショートソードが振り下ろされてくる。見ただけで分かる。切れ味は最悪だろう。そんな酷い状態のショートソードだが、それでも頭なんかを思い切り叩かれれば十分に致命傷になる。油断は禁物。
 ゴブリンの初撃は問題なくかわせる。特筆するところもない速くも重くもなさそうな一撃。そう、全く問題ない。
 なのに、サシカイアは泡を食ってぎりぎりで大仰に避ける。軽くかわして逆に攻撃をたたき込むことは十分に可能。頭ではそう判断したはずなのに、身体が裏切った。攻撃するどころではなく、無様に大きく避けてしまった。いや、避けるのがやっと。
 身体が重い。手足が震え、思う様に動かない。シュリヒテの言っていたことが思い出される。殺すのも、殺されるのも怖い。
「Gobububu~」
 あざける様に、笑われた様な気がした。
 こちらの臆病を見透かしている?
 馬鹿にされたと感じても、腹も立たない。立てる余裕もない。
「ちょ、こっちに来るな!」
 不意に声は後ろから聞こえ、振り向けばブラドノックが一匹のゴブリンに迫られていた。ギネスが抜かれたらしい。
 ゴブリンは頭が良くないとは言え、全く知恵を働かせないわけではない。前にいる硬そうな連中を叩くより、後ろの柔らかそうな連中を叩く方が楽だ。そして、柔らかそうな連中の1人も殺すことに成功すれば、前の硬そうな連中も冷静ではいられない。そんなことを見越したのか。
 幸い、ブラドノックは回避の重要性を考え、古代語魔法を教える対価としてサシカイアに盗賊流の戦い方、身のこなし方の初歩的な訓練を受けていた。だからへっぴり腰ながらショートソードを構えてゴブリンに対処しようとしている。倒すのは無理かも知れないが、防御専念でしばらく耐えるくらいならば、何とか出来るだろう。訓練をしていなかったらきっと酷いことになっていただろう。先見の明。これは酷く幸いな事柄──
 そんな風に考え、サシカイアは大慌てで飛び退いた。
 自分は何をやっている? 敵と対峙しているときに、こんな風によそに気を取られて。よそ事を考えている間は、敵が待ってくれるとでも思ったのか?
 もちろん、ゴブリンは待ってくれなかった。
 サシカイアの隙をついて接近、容赦なく振られたショートソード。
 大慌てで避けようとするが避けきれず、その切っ先がサシカイアの脇腹を叩く。
 斬られた?
 脇腹に感じた衝撃と熱。
 全ての思考が頭の中からすっ飛び、真っ白、パニック状態に陥る。
 ゴブリンから視線を切ることが出来ず、代わりの確認と慌ててそこへやった手がぬるりとした感触を覚え、ますます混乱する。
 やばい、斬られた。血が出た。大怪我? 死ぬのか?
 目の前が真っ暗になる程の絶望感。死への恐怖。
「Gobugobu~」
 そこへ、かさにかかる様にゴブリンが迫ってくる。振り回されるショートソード。それが、まるで死に神の大鎌の様に見える。僅かに掠めただけでも、こちらの命を奪いかねない恐ろしい凶器に見える。
 脇腹を押さえながら、サシカイアは大きく下がる。ゴブリンに背中を向けることだけは何とかこらえた。背中を向けたら最後だ。きっと簡単に頭をかち割られてしまう。それだけは理解していた。
 だが。
 よたつく様に逃げるサシカイアは、自分の足に蹴躓いてしまった。
「あっ」
 と、思ったときには地面が迫っていた。斬られた脇腹を押さえたまま、おかしな格好をしていたせいで受け身を取ることもできず、左肩をしたたかに打ち付けてしまう。
「Gobu~」
 苦痛にのたうつ余裕もない。
 勝利を確信したかの様にゴブリンが迫ってくる。
 立ち上がる余裕はなく、ショートソードをゴブリンの方に突き出して牽制。しかし、そのショートソードを横から叩かれ、あっけない程簡単に、手の中からすっ飛ばされた。
「──!」
「Gobubu~」
 無手になった所へ迫る追撃を仰向けに倒れることによって何とか避け。自分がますます致命的な状態になってしまったことを理解して蒼白になる。
 そこへ間髪入れず、ゴブリンが顔めがけて剣を振り下ろしてくる。
 その瞬間、時間の流れがゆっくりになって見えた。
 元々、たいした早さでもなかったゴブリンの斬撃は蠅が留まる如く。下手をしたら真剣白刃取りなんぞ出来るのではないか、そんなことを考えてしまう程にゆっくりに。
 これならば、問題なくかわせると考え、実行に移そうとして凍り付く。
 白刃取りどころじゃない。己の動きもまた、蠅の留まりそうな程にゆっくりでしかない。もどかしいまでに身体が動かない。
 不意に、父母の顔が頭に浮かんだ。幼なじみの顔が浮かんだ。懐かしい思い出が次々とサシカイアの目の前を通り過ぎて行った。



[4768] 16 傷だらけの栄光?
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:22
 目の前に繰り広げられる走馬燈。
 父親の顔が浮かんだ。母親の顔が浮かんだ。幼なじみのあの子の顔が浮かび。楽しかった小学校の遠足の思い出や、中学の運動会、高校の文化祭、打ち上げのキャンプファイアー。卒業式の校舎裏。懐かしいセピア色の光景。記憶に新しい最近の出来事。嬉しかったことも楽しかったことも腹の立ったことも悲しかったことも色々とあった。目の前を様々な光景が流れていく。
 思わずそのまま動きを止めそうになって。
 サシカイアはシュリヒテの言葉を思い出す。
「まるでスローモーションであいつの腕が迫ってきて。避けるのはすごい簡単だと思ったのに、身体が全然動いてくれなくて。そしたら、頭の中にこれまでの人生とか、パパとかママとか姉ちゃんとかの顔が浮かんで……」
 走馬燈。
 ……それは死に神の異名。


 ロードス島電鉄
  016 傷だらけの栄光?


 我に返った瞬間、時間感覚が元に戻っていた。
 すぐそこに迫るゴブリンのショートソード。
 それから逃れようと必死で、精一杯首をよじる。
 がつんと、左耳の僅かに上の地面で堅いモノを打ち付ける音。左耳に感じるかすかな痛み。
 何とか致命的な一撃を受けずにかわすことに成功。危うく片耳エルフになるところだったが、ゴブリンの一撃は地面を叩いていた。生き残ることが出来た。
「Go、Gobu~」
 思い切り地面を叩いて手が痺れたのか、ゴブリンが情けない声を上げる。
 生存を喜ぶことも、安堵する余裕も今はない。サシカイアは必死でその剣を握るゴブリンの腕にしがみつく。
 次もかわせるとは限らない。いや、きっと無理だ。今回は運良くかわせた。しかし、こんな酷い体勢。次は絶対にかわせない。この隙に何とかしなければ殺される。
 その思いから、ゴブリンの腕を捕まえる。もちろんゴブリンはそれを嫌がってこちらから逃れようとするが、必死でしがみつく。
 このまま腕を捻って剣を取り落とさせれば……
 顔に衝撃。
 一瞬、意識が飛んだ。
 何が起きたのか分からない。それでも腕をつかむ手を離さなかったのは僥倖。
 鼻の奥に鉄の匂いが広がる。ぽたぽたと落ちる何かアカイモノ。
 血。
 鼻血。
 何が起きた?
 そこへもう一度顔に、右の目元に衝撃が来た。
 がくんと顔がのけぞり、ゴブリンの上半身が眼に入る。
 ゴブリンはこちらに剣を握る右腕を掴まれたまま、左腕を振り上げている。
 振り上げられたゴブリンの左腕。サシカイアの見ている先で、握られたその左拳が振り下ろされる。
 今度は右の頬に衝撃。
 一瞬の暗転と、眼の奥に飛び散る火花。
 殴られた。
 やっと、何が起きたか理解する。
 ゴブリンに殴られた。
 更にゴブリンは左腕を振り上げる。
 顔を殴られた。
 殴られた鼻が痛い。殴られた右目が霞む。殴られた頬が熱を持っている。鼻血が顔の下半分をぬらしていて気持ち悪い。口の中も切ったのか、それとも鼻血が流れ込んだのか、不快な血の臭いと味。こみ上げてくる嘔吐感。
 血が頭に上った。
 たかがゴブリンごときに。
 たかがゴブリンごときに顔を殴られた。
 それも、この超絶美形なエルフっ子である自分の顔を。
「ぅぅあああああああああああああああああああ!」
 意識せず、喉の奥から絶叫が零れた。
 それは。それは万死に値する行為。絶対に許されない行為。美に対する冒涜。償うには命を持ってしか、いや、それですら対価としては釣り合わない。
 怒りともに身体の奥底から力が湧いて出る。恐怖とか、怯懦とか、悲観とか、不安とか、今まで自分の行動を阻害していた全ての感情が、怒り一色で上から塗りつぶされていく。
 こちらが下であちらが上。圧倒的に相手が有利な体勢。だが。幸いなことに、ゴブリンはまともなマウントポジションにない。だから不自由とは言え、まだまだ十分に身体を動かす余地はある。
 身体を捻り、ゴブリンの腕を胸元に抱き込み、巻き込む様にして横に転がる。こちらは正直非力だが、ゴブリンだってものすごい怪力と言うわけではない。そもそも人に比べて小柄だし。タイミングと、そして勢い。そして、身体の構造。特にゴブリンの身体は変な作りをしているわけではない。腕の関節なんかは人と変わらない。その辺りも利用する。
 うまいこと、こちらの回転に併せてゴブリンも転がってくれた。抱き込んだゴブリンの腕で何かが折れる様な感触があり、やたらやかましい声を上げた様な気もしたが、構って等いられない。構う気もない。
 地面を数度転がり、うまいこと身体を入れ替えて上になることに成功する。そのまま身体を動かして、両足でゴブリンの両腕を押さえつける格好になる。
 完璧なマウントポジション。
 ゴブリンがその右腕に膝を乗せたとき、一際甲高い叫びを上げた。これは完璧に折れてる。折ったのは自分だが、同情も後悔もない。そんな余裕がないというのが本当。余裕を持ってはいけないというのが本当。このまま勢いのままに突き進む。それしかない。
 背中、腰の後ろに手を伸ばし、予備の武器であるダガーを鞘から抜き取る。
 右手逆手に握りしめ、柄頭に左手を置いて。大きく振り上げ、ゴブリンの顔めがけて思い切り振り下ろす。
 がつんと、両手に衝撃。
 先刻のサシカイア同様に首を振って逃れようとするゴブリン。そのせいでダガーはまともに当たらなかった。ダガーはゴブリンの頬を切り裂いたモノの致命傷とはならず、頬骨を滑る様にしてずれて地面を叩いてしまう。
「つっ!」
 衝撃に手が痺れる。
 だけど、ここで手を休めるわけにはいかない。その気もない。
 痛みも痺れも一切合切を我慢して、もう一度振り上げる。
 ゴブリンの瞳がまっすぐにこちらを見ている。涙を浮かべて助けを求めている様にも見えたが、それは無視する。気が付かない振りをする。そう、自分は全く何も気が付いていないのだ、と言い聞かせる。
 一瞬の躊躇。
 しかし、思い切り振り下ろす。
 今度は右の眼窩にダガーの切っ先をたたき込むことに成功。
 ゴブリンの血が飛んで、こちらの身体を汚す。
「う、うわぁああああああああああああ」
 絶叫。今度は先刻の様な怒りによるモノではない。恐怖。己のやろうとしていることに。己のやったことに。
 だけど、最早ここで止めるわけにはいかない。最早元に戻ることは不可能。分水嶺はとっくに越えた。後は進める方に進む事だけしかできない。やりかけたことをやりきるしかない。ここで手を止めれば、きっと自分が殺される。躊躇は自分の死を招く。ならば突き進むしかない。
 もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。もう一度振り上げて叩き付ける。
 恐怖に背中を押されて何度も何度も繰り返しダガーを振り下ろす。
 そして狂乱の波が引き、不意に我に返る。
 確認してみるまでもなく、ゴブリンはとっくの昔に死んでいた。
 殺人事件で、被害者がやたらとたくさん刺されて殺される、なんて事がある。アレは別段猟奇的な理由やら、怨恨によるモノばかりではなく、単純に恐怖から。本当に殺せたのか分からず、怖くて無駄にたくさん傷つけてしまうのだ。そんな話を聞いたことがある。
 それを今、サシカイアは実感していた。
 ぐちゃぐちゃになってしまったゴブリンの顔。それは最早原形など留めておらず、スプラッタでグログロな、何だかよくわからないものになってしまっている。自分は一体何度ダガーを突き立てたのか。手に残る不気味な感触。命を奪うという感触。それは、ウサギの比ではなかった。
 慌てて立ち上がり、馬乗りになっていた死体から飛び退く。少しでも遠くに離れようと思ったのに、膝から力が抜けてすぐそばで尻餅をついてしまう。
 視線を逸らしたいのに、逸らすことが出来ず。今し方自分が生産したばかりの凄惨な死体に視線は引き寄せられ、目を閉ざすことも思いつけない。
 喉の奥、こみ上げてくるモノがあり、サシカイアは堪えきれずに嘔吐した。
 四つんばいになって何度も何度もえづき。地面に胃の中のものをぶちまける。苦しみ。悲しみ。恐怖。いろんな感情が飽和してどうしようもなく涙を流しながら。思い切り吐き。吐き続け。吐く物がなくなって。
 それでようやく、そんな場合ではないことを思い出す。
 今の自分が全くの無防備状態。敵がその気になればあっさり殺されかねないと、ようやく気が付く。全身の血が引いていく。気が付かないままに殺されていたかも知れない、自分のあまりの愚かしさ。
 口元を乱暴に袖口でぬぐいながら、はじかれた様に身を起こし、大慌てで周りを伺う。
 すると、ちょうど戦いは終わるところだった。
 シュリヒテの斬撃が、最後のゴブリンを切り伏せるところ。さすがにこれまでも前に出て戦ってきたシュリヒテである。サシカイアの様に無様な攻撃ではなく、鮮やかな、鮮やかすぎる斬撃。さすがはLV10ファイターと感心できる程のすばらしい斬撃。一撃で身体を斜めに分断されたゴブリンが、あっさり死体となって大地に転がる。
 そして、ソレを見届けたシュリヒテが顔を逸らして嘔吐する。
 感心した事がなんだか、損した様な気分になった。結局、シュリヒテもサシカイアと大差ないらしい。
 その近くでは、右肩を押さえたブラドノックが地面にしゃがみ込んでいる。
 ギネスはちょっと離れたところで、既に死体となっているゴブリンに、繰り返し戦槌を振り下ろし続けている。先のサシカイア同様、パニック状態なのか。一体何度戦槌を振り下ろしたのか、餅でもついているみたいな音が耳に障る。
 吐くもの吐いたシュリヒテがこちらに視線をくれた後、よたつきながらもギネスの方に向かったので、サシカイアはブラドノックの方へ向かう。
「斬られたのか?」
 見れば、だらりと下げた右腕のその先に、決して小さくない血だまりが出来ていた。
「ああ、頼む」
 苦痛を堪えながらのブラドノックの声に応え、接触しようと腕を伸ばし、未だダガーを握ったままなのに気が付く。
 血にまみれたダガーの刃先が大きく欠けている。一体、何度地面を叩いたのだろうか。何度敵に叩き付けたのだろうか。ダガーは柄まで、どころか己の袖口も肘の辺りまでどす黒く染まり、更にその上にも身体にも、黒いものがべっとりと染みついている。さらには肉片やらヨクワカラナイモノまでこびりついている。怖くなって大慌てでダガーから手を離そうとするが、それが果たせない。
 まるで自分の腕じゃないみたいに言うことを聞かない。開けと命じているのに、指の関節がダガーをしっかりと握りしめたまま硬直してしまっている。仕方がないので、空いている方の手を使って一本一本指を剥がす。これがまたうまくいかない。右手がそうなら、左手も自分の腕ではないみたいだった。男が泣いて良いのは急所を蹴られたときと親が死んだとき、後は財布を落としたときの三回だけだというのに、またもやぼろぼろ涙がこぼれてきた。
 それでも努力の甲斐あって、ようやく手を空けることに成功。そのころには涙は何とか止まった。
 手を伸ばしてブラドノックに接触。知られざる命の精霊に声をかけ、ヒーリングの魔法を使う。
 目に見えて、ブラドノックの表情が楽になる。一発で傷を癒すヒーリングは伊達ではない。
「助かった」
 言って、ブラドノックは安堵の息を吐き、次いでサシカイアを見ると顔をしかめる。
「……そっちも酷い顔だな」
「………」
 そう言えば、殴られて鼻血を流したんだった、と思い出す。その上泣いて喚いて鼻水垂らして返り血浴びてゲロ吐いて。自分は見えないが、色々混ざって斑になってで、ブラドノックの言うとおり酷いことになっているのだろう。。
 鼻血は恐慌の間に止まったらしい。多少詰まって鬱陶しいが、鼻骨が折れたとかではない様で、これは幸いだ。気が付いてみれば、右の視界が妙に狭い。腫れているのかと手を伸ばし、想定よりも遠い場所で自分の顔に触れてしまい、走った痛みに悲鳴を上げる。どうやら予想以上に腫れている様子。脇腹の斬られた場所も確認して、こちらは思わず苦笑してしまう。どんな酷い傷を受けたのか、致命傷かと慌てふためいたのが馬鹿らしい限り。服こそ裂けて出血はしているが、大したことのない打ち身と小さな切り傷しかない。
 もう一度、知られざる命の精霊にお願い。自分の傷を癒す。嘘の様に痛みが引き、右の視界が回復する。やっぱり魔法は偉大である。
 シュリヒテが嘔吐しているギネスの背中をなでているので、ブラドノックと二人、立ち上がってそちらへ向かう。
 近くで見てみると、シュリヒテも楽勝には遠かった様子。泥にまみれ、血にまみれ、左頬をはじめとして腕なんかに小さいとは言え、傷をいくつか作っている。
 三度ヒーリングを使ってシュリヒテも癒す。
 ギネスは未だ吐き気が収まらずにげーげー言っているが、こちらは全身くまなく纏うタイプの鎧のおかげか、怪我らしい怪我はない様子。
「10レベルでゴブリン退治」
 ぼそりと、ブラドノックが呟いた。
「無傷で終わっても不思議じゃない仕事なのにこの体たらく。我が事ながら、呆れてしまうな」
 全くその通りで、言い返す事なんて出来なかった。
 いくつものミスを犯し。泣いてわめいて鼻水垂らして。これは最高級の秘密だが小便を漏らし。地面を転がり砂まみれになって。敵に殴られ鼻血を流し。恐慌状態で敵にやたらとダガーを叩き付ける。完全なオーバーキルでミンチを作り、敵の返り血なんかでぐちゃぐちゃになる。終われば終わったでべそをかく始末。全くみっともなさすぎて笑い話にも出来そうにない。
 これで本当に冒険者なんてやっていけるのか?
 あまりに暗澹とした前途を思い、サシカイアは無言で天を仰いだ。



3rd STAGE ゴブリン退治
 MISSION COMPLETE

獲得経験値 1000

レベルアップ

シュリヒテ 生命力20+3(+3)→生命力20+4(+4) 残り経験値500
ブラドノック なし 残り経験値4000
ギネス なし 残り経験値3000
サシカイア ソーサラーLV1→LV2 残り経験値500



[4768] EXTRA ミッション・インポッシブル
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:22
 アラニアは地震頻発地帯である。と言うわけで、結構な数の温泉があったりする。
 マーファ本神殿でも、源泉から引いてきた素敵な温泉が存在する。そう言うことに今勝手に決めた。
 それを、中身日本人のサシカイアが見逃すはずがない。何しろ、現代日本人はほとんど潔癖性なまでの綺麗好きで知られる民族なのだ。自分は別に綺麗好きじゃないぞ、と言う人でも、毎日お風呂に入るという人は珍しくないだろう。しかし、これが世界全体で見ると酷く希有なことだったりするのだ。先進国だってそうじゃない国が割とあったりする。むしろ、臭いがセックスアピールだなんて言う国もあるくらい。
 だから、アダモ村から廃棄砦での戦闘までの数日間、お風呂に入れなかったのは中身日本人のサシカイアらにとっては非常に不快で辛いことだったりした。
 そのサシカイアがマーファ本神殿に温泉を発見して、入らずにいることが出来ようか。出来るはずがないのである。


 ロードス島電鉄
  EX ミッション・インポッシブル


 自作の「清掃中」の看板なんかを入り口に立てると、うきうきとスキップ踏みかねない勢いでサシカイアが脱衣所に消える。
 それを見送る怪しい影。
「こちら、スネーク。本部、応答願います」
 通話の護符と言われる遠距離通信マジックアイテムに小声で囁く怪しい男。
『こちら本部、スネーク、状況を報告せよ』
 護符からはすかさず返答が帰ってくる。
「目標は、鳥籠に入った。繰り返す、目標は鳥籠に入った」
『状況了解』
「これより、潜入作戦を開始する」
『スネーク、相手は鋭い、大丈夫か?』
「偽装は完璧だ。気取られる心配はない」
 それに、とスネーク──もといブラドノックはほくそ笑む。
 こちらはシーフ技能を目標当人に教えて貰うことで習得している。あちらは、こちらが戦闘時の回避力アップのために習ったと本気で信じている。その油断をつかせて貰う。
 さらには言葉通り、偽装も完璧である。たとえあちらのシーフレベルの方が格段に上でも、発見される心配など皆無だ。
「……何をしているんですか?」
 そこで、思い切りうろんなモノに向けるみたいな声が投げかけられて、ブラドノックは飛び上がった。
 まさか、ばれた?
 そんなはずがないと思いながらも、覗き穴から確認。
 そこにいたのはニース。まっすぐにこちらを見ている。どうやら、ばれているらしい。
「くっ、さすがはおファンタジックな世界、こちらの常識が通用しない」
 口の中で呟く。
「声からすると、ブラドノックですよね、その中にいるのですか?」
 中身までばっちりばれてる。
 仕方がないのでブラドノックは完璧な偽装──すっぽりとかぶっていた箱から外に出る。やはり、段ボールでなかったのが画竜点睛を欠き、ニースに発見される運びとなったのだろうか。
「……かくれんぼですか?」
 ほとんど信じていませんよ、と言う口調でニース。ニースの視線はブラドノックと近くの脱衣所の出入り口を行ったり来たり。
「もちろん、かくれんぼです」
 力強く、ブラドノックは断言した。やましい所など欠片もありません、そう信じたくなる程にきっぱりと。
 それを聞いて、ニースは良かった、と大きく頷く。
「何しろ、もし覗きをしようとしていたのなら、マーファの戒律に従って、ちょん切らなくちゃいけなくなりますから」
「ちょ、ちょんぎる?」
 ブラドノックの声はみっともなく裏返ってしまった。
「な、何をちょん切るんですか?」
「……」
 ニースは答えず、にっこりと笑った。
 ものすごく魅力的な笑顔だったが、ブラドノックは冷や汗が流れるのを止められない。腰も引けている。しかし、男ならば仕方のないことだろう。
 と、そこで、ブラドノックはニースがマイ洗面器を持っているのに気が付いた。
「ニース様もお風呂に?」
「ええ、ようやく時間が取れましたので、気分転換も兼ねまして」
 覗いたら、ちょんですよ、と、指ではさみを作って何かをちょん切る仕草をする。
「ええと、今、サシカイアが入っているんですが……」
「じゃあ、背中の流しっことかできますね」 
 ニースは嬉しそうに両手を軽く打ち合わせる。
「どうも神殿の人たちだと、私が背中を流しましょうかと言っても恐縮されてしまって、なかなか仲良く洗いっこってできなかったんですよ」
 サシカイアなら大丈夫ですよね、と本当に嬉しそうに笑う。子供っぽいかも知れませんが、憧れていたんですよ、と屈託のない笑顔を見せる。
 否、違う意味で全然大丈夫じゃないです、とか思ったが、あまりに嬉しそうなニースに水を差すわけにも行かずに、ブラドノックは曖昧な表情で応じる。曖昧な表情は得意だ。だって日本人だから。
「それでは。──繰り返しますけど、覗いたらちょん、ですよ」
 と、ニースは言って、脱衣所に消えていく。清掃中の看板はスルーだ。
「あ~、まあ、良いか。今のあいつはちょん切られるものもないし」
 その背を見送ったブラドノックは何となく天を仰いで、全ての問題を棚上げした。
『こちら本部、スネーク、どうした?』
 そこへ、本部──あてがわれた自室で療養しているシュリヒテからの通信が入る。後でイリュージョンによる再生を約束しているので、おとなしく待っているわけだが。
「こちらスネーク。残念な事に……いや、幸いなことに、作戦実行前にニース様にばれた。いま、ニース様は脱衣所に入った」
『……どうする? 作戦を続行するか?』
「あ~~~、やめとく。マーファの戒律とやらがかなりヤバイし、なにより、サシカイアならともかくニース様にセクハラしたら、本物の悪者になってしまう」
 サシカイアが聞いたら憤慨すること間違い無しだが、護符の向こうのシュリヒテも納得して大いに頷いている様だ。
 と、そこへ。
「え、ちょ、ニース? 何で?」
 温泉の方から、サシカイアの悲鳴に近い声が聞こえてきた。


EXTRA STAGE マーファの湯・極秘潜入作戦
 MISSION FAILED……

獲得経験値 0

成長
シュリヒテ なし
ブラドノック なし
ギネス なし
サシカイア ちょっぴり大人になった


お風呂編。
時期的には廃棄砦の一戦の後、マーファ本神殿でウサギとにらめっこしたりでぐだぐだしている頃と考えてください。



[4768] RE-BIRTH ハクション魔神王
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/10 22:23
 ロードスという名の島がある。
 アレクラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島だ。大陸の住人の中には、この島を呪われた島と呼ぶ者がいる。邪悪な怪物どもが跳梁跋扈し、人間を寄せ付けぬ魔境が各地にあるが故に。


 ロードス島電鉄
  RE-BIRTH ハクション魔神王


「ううん」
 と聞きようによっては悩ましげな声を出して、石の床に伏していた少女が目を開ける。
 ぼんやりとした眼で左右を伺い、ゆっくりと身体を起こす。
 影のごとく広がっていた長い黒髪が身体を起こすにつれて持ち上がり、少女の顔を隠してしまう。
 世の女性が見ればうらやむ事間違いなしの、烏の濡れ羽色、艶のある黒髪を、うっとうしそうにぞんざいな手つきで払いのけ──すぐに重力に引かれて元通り顔の前に来てしまうのを、再びぞんざいな手つきで払う。
「うぅ」
 身体を起こしたモノの覚醒には遠いのか、少女はぼんやりとした動作で髪を払い続けている。
「ううぅ」
 なかなか払えない髪の毛にいらいらを募らせたらしく、黒髪娘は今まで以上に乱暴な手つきで髪の毛を払う。
「──痛っ」
 直後、小さく悲鳴を上げた。
 いくらか手指に髪の毛が絡まった状態で、思い切り腕を振り抜いた。当然、髪の毛は思い切り引っ張られ──そうなれば痛い。
 至極当然の帰結。
 だが、黒髪娘は酷く理不尽な眼にあったように顔をゆがめ──
「なんだよ、こりゃ」
 と、酷く乱暴な、見た目に似合わぬ口調で毒づいた。
 顔の前にすだれの如く落ちてきている自分の髪の毛を、奇妙なモノを見る視線で眺め。
 やっぱり、乱暴な手つきで払った。
「──痛っ」
 学習能力ゼロですか?、と尋ねられても仕方のない行為の繰り返し。結果も同様。
 頭を押さえて顔を下げ、黒髪娘は小さく震えていたが、すぐに痛みが引いたらしく、勢いよく顔を上げる。
「てか、なんで頭が痛いんだよ」
 原因と結果の因果関係が分からないと叫び、黒髪娘は今度は慎重な手つきでもって、大きいとは言わないが形の良い胸の前あたりで髪の毛を捕まえる。
「なんだよ、これ…… いや、髪の毛なのは分かるんだが」
 呟きつつ、ゆっくりと髪の毛をたどる。
 どんどん腕は上がっていき、終点、自分の頭にたどり着く。
 今回はさすがに用心して痛くないように軽く引っ張る。
 何故、そうすると自分の頭が引っ張られるのか理解できない、そんな具合に黒髪娘は首をかしげ。
 今度は臭いをかいでみる。──なんだか良い匂いがした。
 手櫛で梳いてみる。──良い手触りだった。
 先っぽで鼻の頭をくすぐってみる。──こそばゆかった。
「ふぇ、へくちっ!」
 と、可愛らしいくしゃみも一発。
「うぅ……、これ、自前の髪の毛か?」
 鼻をすすり、認めたくないが、とつぶやく黒髪娘。
 それから、黒髪娘は何となく自分の身体を見下ろして、硬直する。
 なんだか涼しいとは感じていたのだが、今の自分は一糸まとわぬすっぽんぽん。その上、なんと、まるで女性の様に胸がふくらんでいる。
 大きいとは言い難いが、その胸はふくらんでいる。何というか、ちょうど自分好みな程度にふくらんでいる。なかなか素敵な形で、確かにふくらんでいる。見間違いかと目をこすってみるが、やっぱり変わらずふくらんでいる。
 慌てて手を乗せて、その感触を確かめる。詰め物じゃない。まだ若干芯があるが、しっかりとした肉の感触。触ってるという感触も、触られているという感触もある。ちょっと揉んでみる。何となく癒される感触。間違いなく自分の身体だった。
「ま、まさか…」
 黒髪娘は慌てて立ち上がると、首を伸ばして双丘ごしに下をのぞき込み、硬直した。
「つ、ついてない?」
 そこに本来存在すべき男のシンボルの不在を確認。黒髪娘はいったん息を大きく吸い込むと、世の理不尽の全てを声に乗せるみたいにして叫んだ。
「なんじゃこりゃっ!」


「んんぅ、なんの騒ぎだ」
 力一杯叫んだせいでふ~ふ~と息を荒げていた黒髪娘は、突然の声にびくりと肩を震わせる。
 振り向けば、今の今まで気がつかなかったのが不思議なくらい近くに、化け物が3匹転がっている。
 化け物──そう、化け物だった。
 一匹は頭頂部に二本の角を生やし、背中には4枚の羽を持ち、口からは二本の鋭い牙をはやした異形の怪物。
 一匹はやたら頑健そうな巨体に、黒山羊の頭をした化け物。
 一匹は大形の鳥に似た下半身に毛皮に覆われた巨体。背中には翼を持ち、その顔は梟という、何というか非常に分かりづらいビジュアルの、やはり化け物。
「うるせーな」
「ううん」
 と、どうやら今の叫びが呼び水になったらしく、3匹が3匹とも覚醒したらしく、身を起こしてくる。
 黒髪娘は呆然としてしまう。こんなモノ、いるはずがない。あまりの出来事に硬直し、逃げ出すという選択肢を思いつきもしないまま、身を起こしてくる化け物達を黒髪娘は見つめる。
「一体何がどうなって……」
 と言いながら、梟顔の化け物が真正面から黒髪娘を見る。寝ぼけているように見えた眼が、黒髪娘をとらえた途端、大きく見開かれる。
「おおぅ、裸の美少女」
「はぁ?、何寝ぼけて──て、まじかよ」
「痴女? それでもこんなけ可愛ければ全然オッケー。すごい、可愛い。可愛すぎる」
 黒髪娘を前に、3匹が色めき立つ。
 カメラカメラ、と懐を探りかけ、山羊頭が手を止める。
「何これ、何これ、なんで俺の手こんなに毛深いんだ?」
「うわ、化け物?」
「てか、そう言うお前だって化け物だろ」
「お前こそ化け物だよ」
「てか、ここどこなのさ」
「しるかよ」
 化け物3匹、慌てふためいて騒ぎ出す。
 その様子に。3匹の口調仕草反応に。黒髪娘にはピンと来るモノがあった。
「ああ、もしかして、お前ら──」
 そして、それは正解だった。

「……まじかよ」
「……信じられねえ」
 化け物三匹が顔を見合わせて、力無く首を振る。
「全くだよ、なんで……」
 山羊頭の化け物が肩をすくめる動作まで加えて首を振る。
「なんで、お前がプレイヤーD?」
 そして揃って叫ぶ。
「やっぱり俺かよ! ──じゃなくて、そっちかよ!」
 黒髪娘は力一杯叫び返す。
「そっちだよ!」
 山羊頭が更に力の限り叫び返す。それから頭を振り乱すみたいにして言う。
「なんで、お前が、お前が……男なんだ? 無いだろ、それ!」
「そうだ、そうだ。ありえないぐらいすごい美形娘なのに男? そんなの無いよ!」
「かわいい男の子、それってむしろご褒美じゃね?」
「………でも、付いてるモノ付いてないよね?」
 と、梟頭がぼそりと呟く。
「………確かに」
 じろじろと、無遠慮な視線を黒髪娘にはわせて3匹。
「ちょ、お前らじろじろ見るな!」
 その視線に、背中をナメクジに這い回られる様な不気味さを感じ、慌てて黒髪娘は自分の裸身を隠そうとする。
「……何か、その恥じらいの仕草、良いかも」
「……うん、何か新しい嗜好に目覚めるかも」
「馬鹿だなあ、男の娘、最高じゃないか」
 にまにまと3匹が笑う。笑いながらもその目は黒髪娘の裸身をガン見している。
「お前ら、いい加減にしないと怒るぞ」
 言いながらも、なんだか身の危険を感じて黒髪娘は後ずさり、そこに転がっていたモノに蹴躓いてすっころぶ。
「あいてっ」
 と、上げた黒髪娘の悲鳴は、3匹の歓声でかき消される。
「な、ナイスアングル!」
「僕は今の瞬間を心のメモリーに記録したよ」
「鼻血が……」
 はっとして黒髪娘は身を起こし、大慌てで足を閉じて手で押さえる。
 しかし、3匹はしっかり見てしまった様子で、幸せそうな表情で親指を立てて見せる。むやみに歯がきらきら光りそうなくらいのイイ笑顔だった。
「……貴様らなあ」
 ぶるぶると震えながら、黒髪娘は自分が蹴躓いたそれを掴み、持ち上げる。
 それは、一本の剣だった。刀身が真っ黒なグレートソード。何というか、やたらめったらに禍々しい雰囲気を持つ剣だった。ちょっと切られただけで魂が砕けちゃいそうなくらいに。
 黒髪娘の細腕では明らかに重すぎるようにしか見えないそれを、軽々と構えて切っ先を化け物三匹に向ける。
「ちょ、たんま、たんま」
「暴力反対、話せば分かる」
「その剣、何か異様に禍々しくってやばいって」
 慌ててわたわたと手を振って、黒髪娘を落ち着かせようとする三匹。
「この異常な状況で、それか? もっと他に、考えることあるんじゃないか?」
「……この異常な状況を考えたくなくて、現実逃避してたんだが」
 ぶちぶちと、二本牙がぼやく。
 そちらに切っ先を向けてやると、もにゃもにゃと口を閉ざす。
「いつまでもそうやってられないだろ。話が進まないんだよ」
 黒髪娘の切実な叫びに、三匹はようやく頷く。
「だな」
 しばし、1人と三匹の間に沈黙。
「──でだ」
 沈黙を破ったのは黒髪娘。
「何というか、俺、お前ら三匹の容姿に思い当たるモノがあるんだよなあ」
「俺もその剣に何か感じるモノがあるぞ。黒髪の美少女だし、やっぱりそうなのか?」
「って言うと、このダンジョンの奥底みたいな場所は、あそこになるのかなあ」
 それぞれ、なにやら思い至るモノがあるらしく、顔を見合わせて再びの沈黙。
 それから、今度も黒髪娘が口を開く。
「違ってたらそうだと言ってくれ。まず、お前」
 と、指をさすのは山羊頭。
「ゲルダム」
 それから指を二本牙へ。
「イブリバウゼン」
 そしてそのまま梟頭。
「デラマギドス」
「そしてその剣が──」
 と、二本牙が続ける。
「魂砕き。となると必然的にお前は魔神王?」
 4人が揃って結論する様に呟いた。
「ま、まじかよ」
 その言葉に応えるモノはなく、声はダンジョンの闇に吸い込まれる様にして消えた。


MISSION START!
 ロードス島を占領せよ




何となくいじっててできた。
続きはありません。



[4768] 17 命短し、恋せよ乙女
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/03/18 15:29
 激しい雨が大地を叩いていた。


 空をひっくり返した様に雨が降っていた。
 痛い位に叩き付けてくる激しい雨に外套など気休めにしかならず、瞬く間に服を通り越して下着までずぶ濡れになってしまう。髪の毛などもべったりと頬に張り付いて非常に鬱陶しい。体温があっという間に奪われていき、すぐに寒気すら感じ始めた。
 しかし、そんなことなど全く気が付いていないかの様に、豪雨の中、シュリヒテは無言で立ちつくす。頼りなく肩を落とし、雨に煙るその様はまるで幽鬼の様にはっきりとしない。
「シュー」
 思わずといった風に声をかける。そうしなければ、いまにもこの世界から消え失せてしまいそう。それほどに、その背中は弱々しく儚げで、頼りなかった。
 ゆっくりと振り向いたシュリヒテの顔には表情の一つも浮かんでおらず、のっぺりとした能面の様。しかし、その内心までが表情にふさわしい無感動であるとは限らない。いや、おそらくはその真逆。様々な感情がこの天候以上に激しくうごめいているに違いない。
 シュリヒテは焦点の定まらないぼんやりとした視線を彷徨わせたまま、ゆっくりと唇を動かす。
「……俺は、魔神と戦うよ」
 発した言葉は淡々とした口調でなされ。
 感情がまるで込められおらず。
 しかし、それが──


 シュリヒテ・シュタインヘイガーの、魔神に対する宣戦布告だった。


 ロードス島電鉄
  017 命短し、恋せよ乙女


 それは、運命的な出会いだった。
 まるで奇跡のようなボーイミーツガール。


 いい加減17年も生きてくると、色々と現実という奴が見えてくる。
 白馬に乗った王子様なんて珍妙な生き物が自分の前に現れて愛を囁いてくれる。
 そんなおとぎ話を信じられる程に子供ではいられない。
 現実はもっと散文的で、夢も希望もない──とまでは行かないが、色々シビアでなかなか都合良く行かないモノである。
 そんな風に考えられるくらいに、大人になった。


 生まれたのはアラニア北部の村。何処にでもあるような取り立て特徴もない田舎町。村人全員があたりまえに顔見知りで、毎日がほとんど変化のないままに過ぎていく退屈きわまりない場所。
 そこで、自分が結構な器量よしであるらしいと気が付いたのは、長じるに従って村の男連中にちやほやされ出しての事。独身の若者はともかく、妻子持ちまでがいるのはどうだろうと思いはしたが、綺麗だ可愛いと褒められれば悪い気はしないし、家業を考えるならば、それはすばらしく幸いなことだった。
 家業は宿屋。母親を早くになくした為、子供の頃から色々と父親の手伝いをしてきた。
 田舎町に宿屋?、需要はあるのか?
 なんて疑問を抱くかも知れないが、そこはそれ、この辺りは祝福の街道、なんて宿屋家業には素敵すぎる道が通っている。
 北のターバ村、マーファ本神殿に続く道は、毎年、大勢の既婚未婚のカップルが巡礼に利用する。
 マーファ神は大地母神──農耕の守護者であると同時に、結婚の守護者でもある。となれば、その聖地で祝福を受けたいと願うカップルは少なくない。
 だから暖かくなってきた春先なんかの巡礼向きの季節には、千客万来。それこそシーツの乾く間もないくらいに回転率が高い。──年若い乙女としては、色々刺激が強すぎるのが難点だったが。
 それ以外の季節にも、王都アランの三つ星レストランで修行をしてきた父親の料理の腕が良いこともあって、村人達の憩いの場として宿屋一階の酒場は繁盛している。
 あと、そこの素敵な看板娘の存在も忘れてはいけない。──自分のことだけど。もっと子供の頃から給仕として父親のお手伝いをしてきたから、人あしらいにだって慣れたもの。最近胸も大きくなってきたし、アダモで一番綺麗でスタイルが良いのは自分だってどうどうと胸を張れる。これはうぬぼれじゃなくて、アダモ小町、なんて呼ばれているくらいだから客観的な事実。最近ではお客さんの半分くらいのお目当ては料理よりこちらみたいだし。ちやほやされて褒められて、口説かれるのは悪い気分じゃない。自分が魅力的だって確認できるわけだし。……ただ酔っぱらいにおしりを触られたりするのは、正直勘弁して欲しいと思うけど。


 そんな概ね平穏な毎日が続いてきた。これから先も続いていくと思っていた。どこか遠くの国で魔神王なんて物騒な代物が復活した、なんて噂を行商人のお客さんに聞かされたりもしたけど、同じように思っていた。今日の次には変わり映えのない明日が来て、明日の次にもまた変わり映えのない日が来る。そのまた次の日も──そんな風に考えていた。
 せいぜい、大きな変化と言えば、そろそろまじめに結婚を考え始める時期だって事くらい。白馬の王子様には期待できないから、村の中で見繕わなくちゃならない。正直、誰もこれも気乗りがしない。どいつもこいつも山出しの田舎もの。よりどりみどりでも、これはあんまりだと思うが、こんな田舎町だから仕方がない。そんな風に諦観もしていた。
 その毎日が急変したのは、魔神王なるものの噂を聞いて幾ばくも経たないうち。
 何だかどこそこの村が魔神に襲われた、なんて話がちょくちょく入ってくるようになって。お友達と物騒だね、なんて、それでも人ごとで話をしていたら、村の近くの古い砦跡におかしな生き物がいた、なんて話が持ち上がった。
 その日から、目に見えて、村の雰囲気が変わった。
 村長さんをはじめとする大人達は深刻な顔をして相談しているし。マーファ本神殿や領主様へ助けを求める人が送られた。冒険者を雇おうか、なんて話も出て、町内会費の臨時徴収なんかも行われたのは最近家計を預かるようになったこの身には結構な痛手。ちょうど村を訪れていたごろつきみたいな冒険者が雇われて、うちを常宿とした。──正直、この人達柄が悪いし下品だしお尻触るから勘弁して欲しいのだけど。
 そして数日は何事もなく過ぎた。だけど、深刻さの度合いはますます高まっていた。
 村一番の狩人──この人にも何度か口説かれた──が件の砦跡に偵察に赴き、帰ってこなかった。
 領主様の返事はなく、自分たちは見捨てられたと大人達が嘆き、何のために税を払っているんだと怒っていた。
 そんな最中のマーファ本神殿が人をくれるという話に、大人達は顔を輝かせた。久々に明るい話題で、その日はお客さんも気持ちが良い表情でお酒を飲んでくれたので、私も嬉しかった。──お尻触られるのは勘弁だけど。
 そんな日々に、その人は──私の運命の人は現れた。


 正直、最初はあんまりその人に目は行かなかった。
 最初に目が行ったのは、その連れ、エルフの娘。
 ありえない、あんなのアリ?、それが初見の印象。
 綺麗なさらさらの金髪。優美なカーブを描く細い眉毛。ちょっと目尻の上がった大きくて青い瞳。すっと筋の通った形の良いお鼻。小振りで可愛らしい桜色の唇。そう言った最高のパーツが、卵形の小さな顔に絶妙の配置で並べられた、ものすごい美少女。さすがは人外の妖精。幻想的としか言い様が無い程の現実離れした美貌。同じ女として、完全に敗北した。シャッポを脱ぎました。堅牢な城塞に竹槍で突撃かますくらいの、どうしようもない彼我の戦力差。アダモ小町と威張ったところで、所詮自分はちょっと小綺麗なだけの田舎の小娘。しかるべき大きさの街に行けば、平凡よりもちょっとマシ、と言う程度の場所で埋もれてしまう、その程度。そんな、知りたくもなかった現実って奴を目の前に突き付けられた。本物の美少女って奴はこういうレベル。自分がうんとお洒落しても、絶対に手の届かない高みに存在するんだって思い知らされた。
 しかもエルフ。奴ら、ほとんど不老不死。私がこれから年老いていくというのに、このエルフ娘は永遠に若いままなのだ。そんなの絶対にずるいと思う。
 ──まあ、胸はこちらの完勝だけど。
 色々むかついたけど、それでも客商売。尻をなでられてもニコニコ笑いながら接客してきた経験は伊達じゃない。良い笑顔を顔に貼り付けて接客。出来たら、永遠の若さを保つ秘訣、なんてものを教えてもらえたら嬉しいなあ、と言う下心もあったり。
 それから、ようやく連れに視線が行った。
 1人は魔法使いみたいで、暗色の野暮ったいローブ姿。ちょっと不健康そうな顔色をしているので好みじゃない。
 1人はドワーフで、これはもう、その時点で攻略対象外。
 そして、もう1人、この人が運命の人だった。金髪巻き毛、整った顔。どこかの騎士崩れか?、立派な鎧を飾る紋章には深いバッテン印──不名誉印が刻まれていた。
 4人は何か深刻な表情で話をしていた。嘆いたり感動したり、何だか忙しい。途中、魔法使いがレアな焼き鳥、なんて変な注文をしていたけど、魔法使いなんて生き物は偏屈で変人だって相場が決まっているから気にしてもしょうがない。
 そんなおかしな闖入者はいたモノの、その日はこのまま平和に終わる。
 そんな風に考えた所で、それがいかに甘い考えかを思い知らされた。
 よその世界の出来事だって信じて疑わなかった魔神の襲来、なんてものが、この村にもやってきたのだ。


 正直、この状況で何が出来る、と問われても困る。きっぱり何も出来ない。お尻をなでてくる助平のあしらい方の経験を積んではいても、それが魔神なんて化け物に通用するはずもない。
 だから、目の前で化け物が青年団の1人を叩きつぶした腕を振り上げるのを、恐怖で身をすくめて見上げることしかできなかった。こんな風に人生が終わってしまうのか。ならば、恋の一つもしておけば良かった、等と考えても後の祭り。村の男達はカボチャやジャガイモに見えて、なかなかお相手としてふさわしく感じられなくて、ついぞそう言った感情とは無縁でここまで来てしまった。そうでなくとも、あいつら酔うとお尻触るし。でも、今ではそれは大後悔。こんな風に死んでしまうのであれば、一度くらい経験しておけば良かった。お隣の新婚のお姉さんの話や宿泊客の様子を見るに、恋愛の先のアレって相当気持ちいいみたいだし。せめて一度、否、一度目は痛いらしいからもう少し回数を経験してみたかった。
 しかし、死は訪れなかった。
 見れば、私を殺そうとしていた絶対の死は、開きにされて転がっていた。
 目の前にあったのは、運命の人のたくましい背中。
 ピンチに颯爽と駆けつけて助けてくれるヒーロー。そんな、おとぎ話みたいな存在が目の前にいた。
 思えば、この瞬間にやられてしまったのだ。これが恋。胸のどきどきが止まらない。──おしっこ漏らして、非常に絵にならない状態だったけど、これは運命の出会いなのだ。最高にして最良のボーイミーツガール。ここから素敵な恋物語が始まった。


 彼は、ものすごく強かった。何でも、村の自警団を軽く一蹴した魔神達をほとんど1人でやっつけてしまったらしい。件のエルフ娘も大活躍したみたいだけど、これは眉唾物。話を聞けば後ろで偉そうにしてただけらしいし。その話を持ってきたのは村の男だってあたりも信用できない。きっとあの美貌にやられて目がくらんで高評価をしているに違いない。一番活躍したのは彼に決まっているのだから。
 彼の活躍は大評判。村の娘は目の色変えて彼の気を惹こうとする。
 もちろん、こっちだって負けていられない。女は度胸と気合いを入れて、念入りにお洒落をして、とびっきりの勇気を出して告白。
 天にも昇る気持ちって、きっとこういう事を言うのだろう。
 そのまま、初めての経験。ちょっと性急すぎると思わないでもなかった。けれど、夕べは死にかけた。彼がいればそうそうそんなピンチにはならないと思うけど、それでも、先送りして心残りを持ったままで死ぬ、なんて事になったら目も当てられない。彼も喜んでくれたし。
 その後エルフ娘に出会ったら、ものすごく焼き餅を焼いてきて溜飲がぐっと下がった。どちらが綺麗かと問われると、残念ながらエルフ娘の方が上だけど、女としてはこちらの勝ち。彼はもう、私のものなのだ。エルフ娘の最終的にそう認めてくれたみたい。潔い。意外に良い奴かも知れない。
 その後、彼らはマーファの愛娘、ニース様と一緒に、砦に巣くう化け物退治に出かけた。ニース様もすごい綺麗な人だからちょっと嫉妬。悔しいけど、あのエルフ娘とニース様が並ぶと、すごく絵になる。まあ、彼は私のことを綺麗だと言ってくれるからいいのだけど。
 そしてその一方で、こちらは村を捨ててマーファ本神殿でごやっかいになることになった。魔神の襲撃で人が──それも、若者を中心に男の大半が死んでしまって、どうにも立ちゆかなくなってしまったのだ。大荷物を抱えてマーファ神殿へ向かう村人の表情は沈んでいる。こちらもTPOを考えて神妙な顔をしているけど、心の中は実は浮き立ってたりする。これが恋。恋はパワー。世界がバラ色に見えていた。
 彼は英雄で、これから名をなしていくことは確実。そうすれば、鎧の不名誉印が削られる日だって遠くないだろう。お家を再興する彼。その彼の横に妻として立つのは誰か、もちろん決まっている。
 そんなバラ色の未来を夢見ていた。


 だから、今の状況は絶対に夢。
 今の自分の運勢は最高。良いことばかりが続いて悪い事なんて起こりっこない。
 ああ、もしかしたら、これは、私と彼を更に深く結びつけようとする神様の粋な計らいかも知れない。この絶体絶命なピンチに、再び颯爽と彼が現れて助けてくれる。そう、きっとそうに決まっているのだ。でも神様も分かってない。そんなイベントをわざわざ追加しなくても、私は彼にぞっこんなのに……


 ……もちろん、現実は彼女が考えるよりももっと、残酷に出来ていた。



[4768] 18 気分はもう戦争
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/19 17:26
「やはり、基本は農業改革、ノーフォーク農法導入なんてのが最近の鉄板だと思うんだが」
「……で? 輪栽式農法は良いが、何をどう順番に植えればいいのか、お前分かってるのか?」
 シュリヒテの提案に、サシカイアはすかさず駄目出しをした。
「分かっていないならば、時間をかけて調べる必要がある。それ以前に、そのための土地はどうする? 資金はどうする?」
「ええと、ニース様に借りる?」
「ただでさえ借金まみれ借りだらけなのにこの上更にか?」
 正直、お願いすればニースは答えてくれそうだが、その部下が拙い。ただでさえ、サシカイアらはマーファ神殿内でうろんな目で見られている。ニースの賓客なので表立って何事か言われる場面は無いが、裏では色々と言われているらしい。その状況で更に借りを作るのはよろしくないだろう。
「それに、どうしたって時間がかかる。それまではどうする? さらに、そのやり方だと結局、生産力を上げて儲かるのはマーファ神殿だ。俺たちの土地、いや領地、なんてものがあれば良いんだろうがな」
 このおファンタジックな世界に知的財産なんて考え方があるはずがない。この農法が成功したとすれば、あっさりと周りはマネをするだろう。そして、その場合に自分たちに何らかの報酬が入ってくるかと言えば、きっぱり期待できない。尊敬くらいは得られるかも知れないが、それではお腹はふくれないのである。
「アルコール関係は?」
 今度はギネスが口を開く。
「確か、北のドワーフ族は粗悪なワインしか手に入れられなくて、それを更に蒸留して火酒云々、なんて記述が原作にあったと思うけど」
「そこで、俺らが品質の良い酒を造って販売、一財産を作るってか?」
「うん」
「……で? 酒の作り方なんて知ってるのか?」
「ええと、猫を飼う?」
 ウイスキーキャットのことだろうか。そんな答えが戻ってくる辺り、何も知らないと言うことだろう。
「はっはっはっ」
 ブラドノックがそれを聞いて笑う。
「お前達、甘いな、甘すぎて虫歯がうずきそうだ」
「きちんと歯を磨け。──それはともかく、そう言うお前には何か良いアイデアが?」
「もちろんだ」
 サシカイアの問いに、ブラドノックは胸を張る。
「ここは一つ、蒸気機関を作り上げるんだ。幸いと言うべきか、石油の存在は原作で明らかにされている。燃料は存在するんだ。蒸気機関ならば、大体の仕組みは分かるし、目指せ産業革命だ。どうせならば、これで蒸気機関車なんかも作って、ロードス全土に路線を引くのもありだろう。目指せトランスポートタイクーン。そうすれば、タイトルに偽りアリ、なんて前書きも削ることが出来るし一石二鳥じゃないか」
 はっきり言って、お話にもならない。何しろ、これまでさんざん指摘した「そのための資金」をどう得るか、その辺りがすっぱり欠けているのだから。その上。
「精霊使いとして言わせて貰えば、蒸気機関なんて作ったところで、狂った水か風かあるいはその複合精霊が大暴れして、実用化は無理だと思うぞ」
 サシカイアの言葉には、かつて自分でも検討してみたという感じの響きがある。
「ここはおファンタジックな世界だって事を忘れるなよ。世界の法則が似ているようで、精霊とか魔法とか神様が本当に存在する、似て非なる世界なんだから」
「むむ」
 ブラドノックはうなり声を上げて黙ってしまう。
「──で、偉そうに駄目出ししているお前のアイデアは?」
 と、そこでシュリヒテが逆襲に出る。自分の素敵なアイデアに駄目出しされたことが気に入らないらしい。
 そう言われるとサシカイアも困ってしまう。視線を宙に彷徨わせながら、思いついたことを適当に口にする。
「とりあえず、シューが街々を巡ってリサイタルを開いて俺たちを食わせてくれるって言うのはどうだ?」
 バード技能LV5もあれば、ちょいと歌うだけで十分な報酬をゲットできる。もっとも、昨今のロードス状況を考えると、庶民が娯楽に回せる金がどの程度あるか疑問ではあるが。
「大却下だ」
 しかしサシカイアの意見はシュリヒテにすかさず否定される。
「人に頼るな。てか、お前だって具体的なアイデアなんて無いんじゃないか」
 実はその通りだから困る。こうした場合、仲間の1人くらいは工学系とか理工系とか農学系なんかの人間で、役に立つすごい知識を出してくれるものなのに。残念なことに現実は厳しく、本当に4人揃ってぼんくらである。悲しいくらいに役に立たない。
「大体、まともな仕事出来ないのってサシカイアだけなんだよね」
 ぼそりと、ギネスがサシカイアの恐れていたことを口にする。
 シュリヒテはバード技能を生かして吟遊詩人の道を。ギネスは一般技能で鍛冶屋の道がある。ブラドノックはセージが高いので、賢者として生きていくことが出来るだろう。なのにサシカイアは真っ当な生業の道がない。技能を生かすとすれば後ろ暗い仕事、シーフくらいしかできないのだ。出来れば真っ当にお天道様の下を歩いていきたいから、それは勘弁である。
「大丈夫。サシカイアなら、ちょっと露出度の高い格好をして、夜の駅裏辺りに立っていれば、いくらでも稼げ──」
「買った」
 ブラドノックに皆まで言わせず、すかさずシュリヒテが立候補。
「あ、ずるい、僕だって買うよ」
「じゃあ、俺は技術指導と言うことで一番最初に」
「あ、ずるいぞ」
「てか、シューは宿屋のウエイトレス娘がいるでしょ」
「それはそれ、これはこれ」
「うわ、開き直りやがった」
「シューはずるいよ。だいたい、僕なんてドワーフなんだよ? 同種族は絶対に趣味じゃないし、どうすればいいのさ」
「大丈夫、サシカイアなんて付いてないんだから、それよりはまだマシだろう」
「……お前らなあ」
 遂に怒りを爆発させたサシカイアを囃し立てながら、3人はてんでバラバラに逃げ出した。


 ロードス島電鉄
  18 気分はもう戦争


 ゴブリン退治を終えた4人は、感謝の宴を開いてくれるという村人の好意を遠慮して、そのまま寝床に直行した。とても何かを食べて飲むという気にはなれなかったのだ。
 開けて翌日、村人が仕事の完遂を確認、報酬を貰うと、逃げるようにイルカ村を後にした。とにかく一刻でも早く、自分たちの繰り広げた惨劇の舞台から離れたかったというのが本当。
 マーファ神殿へ戻る道すがら、彼らの話題となったのは、冒険者以外の生きる道の模索。どうやら自分たちは根本的に冒険者に、荒事に向いていないんじゃないかという疑惑。これまで持っていた自信のようなモノも完全喪失。ゴブリン退治であんなに苦労するくらいである、それ以上のモノを相手にして生き残る事が出来るはずがないという結論を出していた。
 だから別の仕事について考える。出来れば現代知識を生かして財をなし、素敵な人生を送りたい。
 そんな具合で様々な意見が出たが、どれもネットの創作やら二次創作やらからいただいたアイデアばかり。ちらっと聞くだけであれば素敵なアイデアに見えたそれも、根本的な理解が足りていない。現実にものにする為には、資金を筆頭に色々と足りないものばかり。
 結局はこれという意見もなく、マーファ本神殿に到着してしまう。
「おや?」
 そこで、サシカイアは長い耳をぴこぴこと動かした。
「どした?」
「何か騒がしいな」
 エルフイヤーは地獄耳。意味もなく長いわけではない。感度は抜群である。
 言われてみれば、と3人も周りを見回す。
 何というか、難民キャンプのみんなも、どこか落ち着かない雰囲気である。元々不自由な生活で落ち着かないのは最初からだが、更に、落ち着きがない。不安げな顔をして、ぼそぼそと小声で会話を交わしている。おまけに、幾人かの神殿関係者があわただしく走り回っているの見える。
「何かあったのかな?」
「どちらにせよ、いい予感はしないよな」
 と、先の展開に不安を覚えつつ、しかし回れ右をしても向かうところもなく。4人は仕方なく「おいでませマーファ本神殿へ」、「ブライダルフェア開催中」なんて垂れ幕の下がった入り口の門をくぐる。
「お帰りになられたのですか、ちょうど良かった」
 途端、顔見知りの神官戦士──砦に一緒した──に見つかって声をかけられる。
 見れば、彼は完全武装。どころか、部下らしき者まで10人近くつれている。もちろん、その部下達も完全武装である。
 物も言わずにサシカイアは回れ右。
 しかし、回り込まれてしまった。
「あなた方に仕事を依頼します」
 何事もなかったかのように神官戦士は口にする。
「ええと、一仕事終えて帰ってきたばかりなので、少し休憩したいなあ、なんて思うんですけど」
「却下です」
 にべもないとはこの事である。サシカイアの希望は一言で切り捨てられる。
「こんな事は言いたくありませんが、あなた達は我々に借りがあるはずです」
 借金のことである。ぶっちゃけ、まだ全然減ってない。本当であれば、ブラドノックの宝物鑑定でいくらかの報酬を得ているはずなのだが、残念なことに彼らはそれに気が付いていなかった。特にブラドノックは太守の特殊な秘宝の研究に耽溺してしまい、報酬について等頭に掠めてもいない。掠めていたとしても、現金貰って借金返済よりも、物納を望んだだろう。出来れば魔法のメイド服を手に入れて、サシカイアに着せてやりたい、そんな具合に。
 借金の話を持ち出されると弱い。黙り込んでしまった4人に、神官戦士が告げる。
「ウドの村が魔神に襲われて壊滅しました」
「まじかよ」
 ウドの村とやらが何処かとかはともかく、起きたのはろくでもない事件であろうことは予測が付いていた。まあそんなことだろうとは思いつつ、驚きは隠せない。──しかし、コーヒーの苦そうな名前の村である。
「あいつら一体ドンだけいるんだ? いくら何でもいすぎじゃないのか? アレか? 一匹見かけたら30匹はいるのか?」
 アダモ村、そして廃棄砦。サシカイアたちからして、かなりの数を倒したはずである。他にも、マーファ神殿の高位の神官や神官戦士なんかも、魔神退治に精を出しているらしい。なのに、まだどこかの村を襲って壊滅させるだけの戦力が残っている。しかも、奴らの本拠から遠く離れたこのアラニアの地に。ぶっちゃけ、人が魔神に勝つことをサシカイアらは知っている。しかし、それでも本当に勝てるのかよ、と絶望してしまいそうな数がいそうだ。
「……我々が甘く考えていたと言うことはあります」
 神官戦士は反省を口にする。
 こちらも、アラニアにおける魔神の蠢動は最早小規模な物にとどまるだろうという予測を立てていたらしい。ところがそれは予測ではなく、希望的観測。願望であった。魔神はより大胆に、大規模に攻勢をかけてきている。
「幸いと言うべきか否か、ここアラニアにいる奴らの数が残り少ないと言うのは確かなようです」
「それで壊滅?」
「ええ。奴らは減った分の戦力を、ゾンビを作ることで補った模様です。生き残り、こちらへ報告を持ってきてくれた者の話では、魔神の数は片手で数えられる程。代わりに数十の、百近い数のゾンビの軍勢に村は襲われ、壊滅したそうです」
 忘れがちだが、魔神は皆魔法使いでもある。暗黒魔法か古代語魔法、あるいはその両方を使う。魔神王に至っては、その両方を15レベルという文字通り人外レベルで行使する。そして、そのどちらにも、ゾンビを作る魔法が存在する。──ちなみに古代語魔法の方は一般に失われて久しい。いわゆる遺失魔法である。
「百近い?……それって、もう戦争じゃないか? アラニア国軍は?」
 サシカイアが何となく返事が予想できているんだけど、それでも一縷の望みを込めて尋ねる。
「アラニア国軍が各地の兵力を王都に集中、防御を固め、治安維持にいそしんでいるようです」
 それは、王族や多くの貴族がいる──為政者が自分たちのいる首都以外の土地を見捨てた、と言う意味だ。
「どんだけ腐っているんだ? アラニア王国」
 予想通りだがちっとも嬉しくない。ブラドノックがうんざりと呟く。これにはサシカイアも大いに同意する。滅びてしまえ、アラニア王国。
「しかし、それだけの敵相手にこれっぽっちの数で向かうのか?」
 シュリヒテがぐるりと神官戦士達を見回して言う。総勢10人、あまりに少ない。
 ゾンビはぶっちゃけ弱い。しかし、数が数である。いくら武器と神聖魔法を使いこなす神官戦士でも、たかだか10人で軍勢と言っても良い数を相手取るのは厳しいように思える。これがウィザードリィの世界であったなら、プリーストはアンデッド退治の専門家だ。精神力とか一切の消費必要なしで繰り返し使用も可能な対アンデッド一撃必殺技能ディスペルがあるが、残念な事にSWの世界ではそうではない。ターンアンデッド、デストロイアンデッドとか、まさしく名前からしてアンデッド向きの魔法はあるにはあるが、効果や 効率が今ひとつだったりする。確実に退治できる魔法じゃないのだ。いや、ニースがデストロイアンデッドを使えばその魔力の強さで一撃必殺かも知れないが、普通の神官にそれを期待するのは酷だろう。
 しかも、その背後にはそれだけのゾンビを従える、それだけの魔法を使える魔神が控えているのである。ここにいる神官戦士ズではいかにも頼りない。
「ですから、あなた方がこのタイミングで帰還したのは幸いでした」
 マーファのお導きに感謝を、と神官戦士は祈りを捧げる。
 ものすごい大きなお世話だよマーファ、とサシカイアは思ったが、賢明にも口には出さず、神官戦士達を見回す。
「ニースがいないようだけど?」
 そう、せめてもニースがいればいいのだが、その姿がない。
「……ニース「様」は、いま、鉄の王国を訪問しています」
 とある部分を強調しつつ、神官戦士。
「大体、あなたがそれを示唆したんでしょう?」
「おぉ?」
 サシカイアは首をかしげる。
「忘れたんですか? 下手をすると、鉄の王国のドワーフたちが暴走するかも知れないって、ニース様に言ったのはあなたですよ」
 そう言えばそんなことを言ったような気もする。ここは原作知識を生かしてニースの好感度アップ作戦、なんて阿呆な事を考えて。
 原作の流れで行くと、鉄の王国のドワーフたちはモスのスカード王国に攻め込むべく、軍勢を派遣する。
 彼らドワーフ族にとって、南の同族国家、石の王国が魔神に滅ぼされたことは、もちろん許せないことである。すぐにでもモスへ赴き、魔神を討ち滅ぼしてやりたいとあたりまえに思っている。だが、それでも暴発することなく堪えていた。モス公国が一枚岩になって魔神に向かおうとしていると言うこともあった。自分たちが行けば余計な波風を立てることくらいの理解はある。
 しかし、モス公国軍はスカード国王ブルークが魔神を率いて登場したことであっさりと瓦解、解散の運びとなった。ここで、ドワーフ族にとって重要なのは、スカード国王が魔神を率いていたと言うこと。
 ドワーフは一般的に律儀で、同時に頑固である。約束事はしっかりと守るし、当然相手にも絶対遵守を求める。もし、相手が約束を破るようなことがあれば、彼らは絶対に許さないだろう。
 スカード国王はそれをした。
 スカード王国と南のドワーフ族、石の王国は、エールの誓いと言う名の友好条約を結んでいた。両国は仲良く手を携えてこれまでやってきた。スカードは特産のエールをドワーフ族に納め、代わりにドワーフの手による優れた工芸品などを手に入れ独占交易。これによって豊富な財をなした。その財を使って経験豊富な傭兵などを雇うことで、小国に似合わぬ軍事力を持ち、モス国内では大国に当たる隣国ヴェノムに併合されることなく独立を保ってきた。また、いざとなればドワーフ族がスカードのために戦うことも辞さなかった事も、その独立維持を助けていた。
 スカード王が魔神を率いているのであれば、その約定を破り、ドワーフ族を攻め滅ぼしたと言うこと。
 それを知った北のドワーフ族は激昂し、モスへの軍の派遣を行う。最早堪えることは出来ない。スカード王国を、そこに巣くう魔神どもを滅ぼしてくれる、と。
 しかしまとまった数の武装集団がアラニア国内を移動すれば、当然アラニア王国ともめる。他国の──ドワーフ族とはいえ、他国には違いない──の軍勢が国内で好き勝手にする。それがアラニア北部に限られているうちは今回の魔神騒ぎ同様見ないふりをするかも知れないが、残念なことにモスへ向かうには南下する必要がある。王都方面へ向かうことになる。そうなればさすがのアラニア王国も見て見ぬふりは出来ず、対抗して軍を上げるだろう。話し合いで済めばいいのだが、それは期待薄。両者の激突は必至。
 その無駄な流血を避けるために、ニースは北のドワーフ族、その石の王を説得し、それを切っ掛けにモスへ向かうことを決意する。
 それが原作の流れ。
 そのうち、北のドワーフ族の動きを、サシカイアはまるで自分が考えついたみたいにしてニースに伝えていた。どうも馬鹿と思われているような気がしたので、ここで一発頭の良さそうな振りをしてやろうという、他愛のない点数稼ぎ。
「……そう言えば、そんなこともあったかも」
 この場合これは大失敗だったかも知れない。
 明らかに失敗だと思ってるらしい、シュリヒテらのジト目が突き刺さって痛い。てか、ブラドノックは胸に視線を向けてきているみたいだが。その上残念そうな、気の毒そうなため息まで吐きやがった。何だか非常にむかついた。いつか殺す。
 話を戻す。その話を受けて、どうやらサシカイアらのゴブリン狩りへの出発に前後して、ニースも鉄の王国へ向かったらしい。その結果、ドワーフ族は原作以前、軍を派遣しようとする所でニースの説得を受けることになったのか、今のところ南へ向かうドワーフの軍勢の話は聞こえてこない。
 これでアラニア王国とドワーフ族の戦いという最悪のシナリオは回避された。サシカイアの手柄でも何でもなく、原作でも回避されているのだが。もっともこれで未然に防いだのだから、アラニアのドワーフに対するヘイトが高まらない分良かったと考えることも出来る。
 しかし、こうなるとちっともよろしくない。
 正しく原作通りの展開であれば、魔神のゾンビ軍団に対してドワーフの軍勢をぶつけるという手が取れたかも知れない。と言うか、位置的に放っておいても勝手にぶつかっていたかも知れないくらい。そうでなくともマーファ神殿とドワーフ族で共同作戦をとれれば少数で多勢に当たる必要もないし、それに何より、その場合にはそこにロードス1優秀なプリーストであるニースもいた。
「これがバタフライ効果か?」
 僅かながら、原作の流れから逸脱してきている。原作にゾンビ軍団の襲撃なんて無かったし、これは自業自得だがニースがドワーフの暴発を未然に押さえているし。あるいは近い将来、原作の流れを知っているというアドバンテージが失われるかも知れない。──まあ、どうせ魔神退治に深く関わるつもりはないのだが。
「とにかく、そんなわけで我々は急いで出撃しなければなりません。あなた方も同行してください」
「疲れているんだけど?」
「トランファーしますか? 怪我も病気も治せますよ」
 他にサシカイアが口にしそうなさぼりの理由を先読みして言われる。神官なんて嫌いだ。
「ゆっくりしている暇はないのです。報告では、魔神のゾンビ軍団は、どんどん北上しています。そして、奴らは誰かを殺すたびにその人数を増やして膨れ上がっているようなのです。早いうちに何とかしないと、本当に手が付けられなくなるかも知れません」
 と言われても、サシカイアらは顔を見合わせるばかり。
 理屈は分かるが、ぶっちゃけ怖い。ゴブリン相手にろくでもない戦闘を経たばかり。魔神と戦えるかと問われれば、最初の戦闘時以上に不安を感じてしまう。また、ゾンビも勘弁だ。元は人。人は死ねば死人になるのではなく、物、死体になる。とは言われているが、理屈だけで片付く問題ではないだろう。やりにくさではゴブリン以上となることなんて簡単に想像が付く。躊躇して、こんどこそ死にかねない。そしてその場合に今度はニースはおらず、下手をするとこっちまでゾンビにされてしまうかも知れない。ちょっと考えるだけでこれだけの問題点。ますます気が乗らない。
「こんな事は言いたくありませんが」
 ところが時間を惜しんだ神官戦士が、ついに伝家の宝刀を抜く。
「あなた方は我々に借金があります。ここで今すぐ全額返してもらえないのであれば、我々の言葉に従ってもらいます。これは、命令です」
 どうやら、サシカイアらに選択の自由はないらしい。



[4768] 19 どなどな
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/19 17:27
 曇天模様の空の下、騎乗の神官戦士団に囲まれて一台の馬車が祝福の街道を南に下っていく。
 馬車は、件の神官戦士──マッキオーレと名乗った。それなりに偉く、一行の責任者になるらしい──がサシカイアらのために急遽用意してくれた。実は、冒険者の持つ当然のスキルに乗馬がある。あるとはいえ、実際には馬になんぞ乗ったことのない4人である。本物の馬を目の当たりにして躊躇していると、マッキオーレがあっという間に用意してくれたのだ。
 もちろんマッキオーレには、これ以上ごねられて時間を浪費したくないという思いはあっただろう。同時に、仕事明けで疲労している4人をいたわり、馬車で楽に移動して貰おうという思いも、確かに存在した。しかし、その思いは4人には全然通じていなかった。その証拠と言うべきか、4人は馬車に収まると、陰気な声でとある歌を歌い始めた。晴れた日の午後に荷馬車に乗せた子牛を市場へ売りに行く歌である。
「曇ってますが?」
 空は分厚く雲が覆い、今にも崩れそうである。おまけに歌のように荷馬車ではなく、屋根付きのきちんとした馬車である。
「いや、そう言う歌詞だから」
 御者をやってくれているマッキオーレのつっこみをあっさりスルーするサシカイアの横で、3人は陰気に合唱している。
「♪可愛いエルフ~、売られていくの~」
「って、俺かよ」
 その変え歌は待て、と今度はサシカイアが突っ込み。
「いや、一番高く売れそうなのお前だし」
「売る気かよ」
 ブラドノックの非道な言葉に更に突っ込み。
「だってお前、手に職無いから役に立たないし」
「ふっ」
 と、その言葉にサシカイアは笑う。
「残念だったな。考えてみれば俺は女シャーマン。シャーマンは素でも精霊力に作用して病気の進行を遅らせる能力がある上に、ヒーリングにレストアヘルスで怪我や病気の治療もばっちり。ヒーラーとして身を立てる道が残されていることを忘れていたぜ」
「なるほど、じゃあ、問題ないよな」
 ブラドノックが大きく頷くと言った。
「と言うわけで、借金は地道に働いて返しますんで、ここで回れ右というのは──」
「却下です」
 あっさりと神官戦士に切り捨てられる。
「大丈夫、ちゃんとマーファ本神殿から離れたところで開業します。シマ荒らしはしませんから」
 やはり、神殿近くで開業するのはシェアの問題もあるからよろしくないのだろう。下手に近くで開業するとシマ荒らしと取られて、地回りのマーファ神官なんぞに「ああ~ん、お前何処の誰に断って商売してるんだ?」なんて因縁付けられても困るし。
「そう言う問題ではありません」
 人聞きの悪いこと言うな、とマッキオーレ。
「とにかく、即座に借金を返して頂けない以上、今回の依頼ばかりはきっちりとこなして頂きます」
 しょうがないので再び件の歌でも歌おうかとするが、そこでブラドノックが口を挟む。
「歌はもうやめておいた方が良くないか? 下手をすると、魔神王よりやっかいなのを召喚する羽目になるかも。そう、恐怖の拝金モンスター、JAS……」
 ──不意の暗転。


 ロードス島電鉄
  19 どなどな


「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ」
 だらだら脂汗を流しながら、右手を顔の前に置いてブラドノックが言った。
「『俺はまだ目的地への道中にいると思ったら、いつの間にか到着していた』、な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった……、頭がどうにかなりそうだった……、催眠術とか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいモノの片鱗を味わったぜ……」
「他意のないただの場面転換だろう。馬鹿なこと言ってないで、ついたみたいだし、降りるぞ」
 サシカイアは、素っ気なく、そう、その問題に関わることを避けるようにして必要以上に素っ気なく言うと、ブラドノックに背を向けると馬車から降りた。


 一行が目標となるウド村の手前、エミル村に着いた頃には、辺りはすっかりと暗くなっていた。落日まではもう少し時間があったはずなのだが、分厚い雲が太陽を遮っているせいで、闇が満ちるのも早くなった。
 本当であれば、もう距離を稼いでおきたいところだが、暗い中を行動するのはよろしくない。
 何しろ相手はゾンビや魔神。あたりまえに暗視持ちであり、暗闇を苦としない。対するこちらはドワーフのギネスこそ暗視持ちだが、他の者達はそうも行かず、夜に、暗中でエンカウントしてしまえばどうしたって不利になってしまう。出来れば明るい時間帯に移動し、敵と戦いたい。無理をして先へ進むよりも、ここは一つしっかり休み、日が登ってから再び移動を開始しよう、という運びになった。これは別に、サシカイアらが希望を押し通したわけではない。あくまで冷静な判断である。
 と言うわけで、エミル村に一夜の宿を求めようとしたわけだが、何だか非常に雰囲気が悪い。
 どれくらい悪いかというと、村の入り口には逆茂木を並べてかがり火を焚き、武装した村人たちが周囲を警戒しているくらいに。何だかちょっと既視感を感じたり。
 一行も見張りに誰何されたが、マーファ神殿から来たことを知らせると、一転歓迎された。
「……つまりは歓迎されるような事情があるって事だよなあ」
 マーファ神はアラニア北部に限ればお膝元と言うこともあり、ほとんどシェア独占という位に信仰されている。だからマーファ神官はあたりまえに尊敬され、歓迎される。とは言え、それだけでないのは村の警戒態勢を見れば分かる。分かってしまうだけに、シュリヒテのつぶやきは苦くなる。要するに、押しつけてしまいたい厄介事が存在すると言うことなのだから。
 村の中に入ればその思いは更に強くなる。
 村の中央の広場、そこに、我々は焼け出されてきましたよ、そんな感じの女子供、そして老人が、身を寄せ合うようにして炊き出しを受けている。若者、特に男は非常に数が少なく、おまけにいても大抵は怪我をしている。何か厄介な連中と戦って、多くは死亡、生き残りも怪我をした。そんな感じか。
 神官戦士たちは顔を見合わせると、素早く散って怪我人の治療に入る。サシカイア、ギネスも治療に向かう。
「あなたは戦乙女っ!」
 すると、サシカイアを見た冒険者風の男が声を上げる。その声を聞いた避難民たちが、サシカイアに向けて歓声を上げる。
 ここでもそれかよ、とちょっとうんざりする。それが最初のけちのつき始め。あんまり嬉しいとは思えない。一体何処までこの二つ名広まっているんだ、と恐れおののき。
 それから首をかしげる。
 何だか、件の冒険者風の男、どこかで見たことがあるような気がする。さらにはその横にいる男も、何だか記憶にあるような。
「あんた、確かアダモ村の」
 と、サシカイアが答えを出すより先に、シュリヒテが真相に思い当たったらしい。
 なるほど、見覚えがあるわけだ、とのんきに考えるサシカイアと違い、シュリヒテはかなりまじめな表情になっている。大慌てで避難民の中に駆け込んでいく。
 どうしたんだ、あいつ、と首をかしげながら、サシカイアは男の1人に手を伸ばす。
 男は額を切られたのか、包帯みたいにタオルを巻いている。赤黒く染まったタオルの下ではまだ出血が続いているのか、たらりと血が伝い落ちてきて、思わずサシカイアは逃げ出しかけるがぐっと我慢。いずれヒーラーとして身を立てるのであれば、こうした怪我には慣れなくてはならない。
「……って、結局血に慣れなくちゃならないのかよ」
 それは盲点だったと愕然としつつ、それでも殺し合いを演じなくてすむ分は良いのかと前向きに。
 サシカイアのしかめっ面に不審げに首をかしげる男に曖昧に笑ってみせると、もにゃもにゃと命の精霊にお願い。ヒーリング発動。一発で男の怪我は治療される。
 男はタオルを剥がすようにして外すと、怪我が無くなっていることに感動してお礼を言ってくる。それにぞんさいに応じると、次の患者に向かおうとして止まる。
 10人↑の神官戦士が治療を始めたのだ。怪我人がたいした数のいない事もあって、既に皆回復している。
 皆? いくら何でもこんなに簡単に?
「おいおい、なんかえらい数減ってないか?」
 思わずの呟きに男が答えてくれた。
 運のないことに、アダモ村の人間がちょうど件のウド村にさしかかったところで、魔神率いるゾンビ軍団の襲撃を受けたらしい。同行していた神官戦士やこの男たちのような冒険者はそれに対抗しようとしたが、どうにも数が違いすぎた。ゾンビは正直弱く、目の前の一体二体に対抗するのは難しくないモノの、あまりに数が多すぎた。いつの間にか取り囲まれて孤立して四方八方から殴られて倒れる者。いくら倒しても減ったように見えない敵の数、疲労からミスを犯して負傷する者。そうやって戦闘可能な人数が減れば、益々状況は悪くなる。ついにはゾンビが防壁となっていた彼らを抜いて村人にも襲いかかり、そうなればもう終わりだった。パニックに陥りてんでバラバラに逃げ出し始めてしまった村人たちを守りきることは出来ず、近くにいた者達だけを集めて守りながら、這々の体で逃れるのがやっとだったらしい。
「おい、あんた、トリスはどうしたか知らないか?」
 そこへ、戻ってきたシュリヒテが切羽詰まった声をかけてくる。
 聞き覚えのない名前に首をかしげる。
「宿屋の娘だ」
「ウェイトレス娘か?」
 男が教えてくれたので、ようやく思い当たる。そうか、そんな名前だったのか。飲んだらハワイに行けそうだ。
「で、どこにいるんだ?」
 シュリヒテの再度の質問に、男は目を伏せた。
「分からない。俺たちも一杯一杯で、これだけ守って逃げてくるのがやっとだった」
「──!」
 その答えを受けたシュリヒテはすぐに立ち去り、また他の男を捕まえて同じ質問をしている。
「素敵なおっぱいだったのにもったいない」
「いや、まだ死んだと決まったわけでは……逃げ切れているかも知れないし」
 あっさりMIAとするブラドノックにサシカイアはつっこみを入れる。しかし、その自分の発言を信じることはできなかった。シュリヒテには悪いが、よほどの幸運がない限り、生存は望めないだろう。
 そこへ、どうやら村長らしき老人を連れだってマッキオーレがやってくる。
「どうやら、魔神は北上しつつどんどんゾンビを増やしているようです」
 告げるマッキオーレの表情は苦い。
「南下すればいいのに」
 思わずサシカイアもぼやく。そうすればさすがにアラニア王国も重い腰を上げるだろう。あるいは、それを見越して北に向かっているのかも知れない。魔神は外見が化け物だから馬鹿と思われがちだが、実際は知能が高い。魔神に対して消極的なアラニア王国はとりあえず放置、先に積極的に向かってくるマーファ神殿や北のドワーフ族を倒そう、そんな運びか? 下手にアラニア王国にちょっかいを出してマーファ、ドワーフと連合されるより、各個撃破の方が利口なやり方、そう言うことか。──いや、この辺りもアラニアの国土なんだが、それでも動かないアラニア王国ってどうよ。
「魔神の最大の失敗って、モスで復活したことかもな」
 なんて思わず考えてしまう。年中国内でドンパチやって戦慣れしているモスではなく、動きが鈍く戦慣れしていないアラニアで復活すればきっと、もっと酷いことになっていただろう。いや、マーファ本神殿や北のドワーフ族、鉄の王国がある分だけ、これでもカノン王国あたりよりはマシか。下の下と比べても救いにはならないが。
「どちらにしろ、夜の強行軍は利口なやり方ではありません。今日はここでゆっくり休ませて頂いて、明日にでも──」
 マッキオーレは当初の予定を変更するつもりはないようだ。村長あたりは即座に動いて欲しいそうではあるが、さすがにそれを聞くわけにはいかない。下手をして返り討ちにあいました、となれば最悪だ。
 その場合でもアラニア王国が動くか分からず、代わりにドワーフ族やマーファ本神殿が軍隊規模で動く事になるだろう。それまでにどれだけ犠牲が増える事になるのか。いや、それ以上に、その場合自分たちがどうなっているかの方が問題である。きっと、ろくでもないことになっているに違いないから。
 そんなことをサシカイアが考えていると。
「来た~!!」
 悲鳴に近い声を見張りをしていた村人が上げた。
「ゾンビだ、ゾンビが来たぞ~!」
 あわただしく鳴り響いて危機を知らせるドラの音。素早く動き始める神官戦士たち。
 そんな中に取り残されて、サシカイアは心の準備すらさせてくれないのかよと、心の中で盛大に毒づいた。



[4768] 20 屍鬼
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/25 20:11
 冒険者100人に聞きました。
 あなたが一番戦いたくないモンスターは?


 一番人気は燦然と輝くモンスターレベル20な魔神王だろうか? 通常攻撃は全くの無効。と言うか、生命力にダメージを与えるたぐいの攻撃一切合切が通用しないというインチキさ。効果があるのは精神力にダメージを与える系統の攻撃のみ。それなのにそうした魔法は精神抵抗値42に阻まれて、まずまともに通らない(サシカイアで普通に魔法を使うと13+6面ダイス2個。最高のソーサラー、荒野の賢者ウォートですら15+3(マジックアイテム補正)+6面ダイス2個)。そうなればあっさりモンスターレベルの壁の前に効果は出ない。しかも精神力100と文字通りの桁違い。さらには古代語魔法、暗黒魔法ともに15レベルなんて冗談じみた強さで使いこなす。ぶっちゃけ強すぎて勝ち目がない。こんなの絶対に相手にしたくない。
 それとも ヴァンパイアのおじいちゃん、アンデッドの王様、その名もずばり不死の王、ノーライフキングか? モンスターレベル15。魔神王に比べれば低いが、これは比べる相手が大間違い。これだって手を出しかねるくらいに高いレベル。暗黒魔法10レベル、視線による麻痺、生命力回復などの特殊能力もてんこ盛り。その分弱点はあるが、それを本人(?)だってよく把握しているからうまく突くことは難しいだろう。おまけに眷属だってお手軽に作れちゃう。その気になれば国民皆兵総バンパイア化だって夢じゃない。更に苦労して何とか倒したとしても、邪れ土、アンホーリー・ソイルが残っていれば、何度でも甦るという鬱陶しさ。こんなの相手にしたくない。
 ここはやっぱりファンタジーの王様モンスター、古竜、エンシェントドラゴンも捨てがたい? ドラゴンである。肉体の頑健さは折り紙付き。攻撃力だってとんでもない。ロードス最強の生き物と言われる魔竜シューティングスターだと、打撃力40なんて酷いレーティング表を使う範囲攻撃、炎のブレスを放ってくる。おまけにその咆哮には魔力があり、精神力抵抗に成功しないと恐怖に捕らわれてまともな行動ができなくなってしまう。更に更に、実は古代語魔法まで10レベルで使えるのだからふざけている。ぶっちゃけ、こんなの相手にしたくない。
 御三家、強いモンスター筆頭はこの辺りか。
 もちろん、これ以外にも強力で厄介な魔物はいくらだっている。
 そう、いくらだっているのに。
 だけど、今現在。
 今現在に限定すれば、思わずゾンビに一票入れてしまいそうだ。
 サシカイアは暗澹たる表情で、柵の向こうに押し寄せてくるゾンビの集団を見つめた。


 ロードス島電鉄
  020 屍鬼


 ゾンビ。
 ブゥードゥーの秘術とか、ハイチあたりの呪術師云々はこの際置く。
 ロードス、いや、ソードワールドにおけるゾンビは、暗黒魔法や古代語魔法によって作り出される、動く死体である。
 そのモンスターレベルは1。
 ソードワールドRPGをする上で、「初心者の友」、「まずはゴブリン」とまで言われるゴブリンよりも更に低い。要するに最弱レベルのモンスターである。
 知能は低く、攻撃力も弱い。ゲーム的な話をすれば、10レベルファイターのシュリヒテあたりであれば、こいつが百体で攻め寄せてきても1人で駆逐できるだろう。基本的にゾンビの攻撃は当たらず、もし当たってもダメージが通らず、逆にシュリヒテの攻撃はほぼ百発百中、一撃必殺である。──36回に一回の大成功or大失敗、6ゾロ、1ゾロはおく。最も、それがあったとしても、よほど勢いよくシュリヒテが1ゾロ連発しない限り大丈夫だろうが。
 もちろん、これはゲームの上での話。現実に百体相手にするとなれば蓄積する疲労も馬鹿にならないし、数で圧してくるような真似をされれば厳しくなる。また、ゲームではダメージが通らないゾンビの攻撃も、生身の身体となるとそううまくはいかないだろう。何より中身のへっぽこさがあるし。
 それでも、ゾンビが弱いことは間違いない。
 何しろ、死体を魔法で無理矢理動かしているモノであるから、非常に動きが鈍いのだ。ゆったり、のったり、もっさり、擬音で表現するならこんな感じの動きである。力こそそれなりに強いが、落ち着いて対処すれば、駆け出し冒険者──否、一般人だって退治することは、苦労をするが不可能ではない。そんなレベルだ。
 また、こいつらは頭も悪い。文字通り脳みそが腐っているのだから当然かも知れないが、術者の下す簡単な命令を遵守することしかできない。ちょっと複雑な命令を下しても、応えてれない、その程度の頭の出来なのだ。行動は酷く単純であるから、命令の種類を理解できれば、それを逆手にとってこちらから罠にはめることだって難しくないだろう。
 要するに、その程度のモンスター。単体で見れば脅威度は限りなく低い。
 ……ゴブリンで醜態見せまくったサシカイアらであるから、油断は禁物だが。
 それでも、サシカイアが戦いたくないモンスターの筆頭に名前を挙げようか、等と考えてしまうにはもちろん理由がある。
 ゾンビ。
 それは動く死体。
 動く「人間の死体」なのだ。
 たとえばまさしく異形、とでも言う格好をしている魔神とはまるで違う。ゴブリンだって、人型をしているとは言え、明らかに人とは違う。奴らは文字通り人外のモンスターだった。
 ゾンビだってもちろん、分類上はモンスターには違いない。しかし、こいつらは以前は普通の人だったのだ。
 普通に泣いて笑い食べて飲んで吐いて出して、と普通に暮らしていた、サシカイアらと同じ人間なのだ。──サシカイアはエルフ娘 とか言う無粋なつっこみは無しで。
 ゾンビ、動く死体。
 既に死んでいる。
 心臓は止まり、脳の活動は停止している。魔力・マナや、邪神の奇跡によって無理矢理動かされている死体。そう、完全に死んでいる。命はない。
 とは言え、ゾンビと戦うと言うことはやはり、ゾンビを殺すと言うこと。
 人を殺す、その心理的抵抗感は魔神やゴブリンの比ではない。既に死んでいるとしても、それでもやっぱり感情的には「人殺し」なのだ。
 更に難儀なことに、ゾンビは既に死んでいる。いるから、首を飛ばされたり心臓を貫かれたり頸動脈を切り裂いたりと、普通の人間なら死ぬような攻撃をされても死ぬことはない。何しろ既に死んでいるのだから。首を飛ばされたなら飛ばされたままで、平気な顔をして──顔は飛んでいってしまっているが──命令のままに襲いかかってくるだろう。手足を切り飛ばしても同様。足が無くなれば腕で這ってでも、命令を完遂しようとするだろう。それを止めるためには、それこそ四肢を斬り飛ばして動けなくするか、炎辺りで完全に焼いてしまう等、破壊しきるしかない。
 ただでさえ元は人、と言うことで攻撃を躊躇させる上に、猟奇的なバラバラ死体にするか、動いている奴に火を付けなくちゃならない、なんてのはかなり来るモノがある。罪悪感にさいなまれること必至。気が進まないこと甚だしい。
 更に更に。
 こいつら死体である。
 エンバーミングも防腐処置も何も施されていない死体である。
 当然腐る。
 現代人であれば、防腐剤の入った食材を食べまくっているせいで生体濃縮されて死体がなかなか腐らない、なんて都市伝説があったりするが、残念なことにロードスの食事は天然物ばかり。あたりまえに腐る。当然の如く腐る。例外なく腐る。見事に腐る。
 腐りきってしまえばゾンビからスケルトンにクラスチェンジをして、これは骨格標本みたいなモノだから色々と罪悪感無く相手できそうな気もするが、敵は無視できない数のスケルトン未満、即ちゾンビだらけ。
 それも皆一様に同じ状態な訳じゃない。そりゃあもう、状態は千差万別である。ぐずぐずに腐り、タールマンも吃驚な酷いビジュアルになっているモノから、顔色が悪い程度のモノまで様々に。どちらにせよ、見ていて嬉しいモノじゃない。すばらしいまでのスプラッタでグログロなビジュアルの持ち主だらけ。一見しただけでギネスが吐いてしまったのも伊達じゃない。そんな恐ろしい見かけの連中が100なんてオーダーで攻め寄せてくるのだ。気が滅入ること甚だしい。
 また、ビジュアルだけじゃなく、臭いの問題もある。
 とにかく臭いのだ、こいつら。
 腐敗臭、そんなモノを全身からまき散らしながら攻め寄せてくる。特に年季の入った感じのゾンビに攻撃を加えると、何だかよく分からない汁をまき散らしながら、同時に酷い臭いまでぶちまけてくる。下手によく分からないその汁をかぶってしまった日には、もう泣くしかない。多分念入りに身体を洗っても、しばらくは臭いが取れそうにないこと明白。身体にかぶらなくても大地にまき散らされたそれも、きっちり存在感を表して、周囲に酷い臭いをまき散らす。どう転んでも最悪の状況。どっちを向いても救いのない、酷すぎる罰ゲーム状態である。
 幸いなのは唯一、ゾンビに殺されたモノもゾンビになる。なんてゾンビモノの物語の定番が当てはまらないくらい。不衛生だから、病気にくらいはなるかも知れないが。
 何にせよ、幸いなんて言えるのほんの僅か。その他の悪い部分で帳消しどころか思い切りマイナスだった。


 できれば回れ右、尻に帆かけて逃げ出してしまいたい。それが偽らざるサシカイアの本音。特に、冒険者以外の生活の道が見えてきた今現在、その思いは以前の比ではない。元々、冒険者なんてやくざな商売を好きこのんで選んだわけではない。他に生きていく道がないと思っていたからこそ、仕方が無く選んでいたのだ。他に安定した生活を営む方法があるというのであれば、今すぐにだって転職したい。
 しかし、借金がそれを縛る。
 とにかく、今はこいつらと、こいつらの背後に控える魔神を何とかして、借金を返し、晴れて自由の身になる必要がある。
 そのためにならば、鬼にも悪魔にでもなろう。
 幸いなのは、先のゴブリン退治のように将来を見据える必要はない。この場を乗り切ってしまえばいいのだ。わざわざ「殺しに慣れるため」なんて理由で選択肢を自ら狭める必要はない。どんな手を使っても構わないのだ。
 だから、サシカイアは当然のようにギネスに指示を出す。
「ギネス、戦いの歌!」
 今回が最後、後は戦う必要がないとなれば、この便利な戦神の奇跡を使用することに躊躇う理由はない。いや、サシカイアらの最大の問題点、戦闘に対する躊躇、恐怖を取り去ってくれる戦いの歌は必須とも言える。高レベルプリーストのギネスを、これに注力させてしまうのは明らかにマイナスだが、無ければまともに戦えない。どうしようもないのだから、戦力的に非常に痛くても仕方がない。
「わかった」
 当然そのことを承知しているギネスが震える声ながらも応え、奇跡を神に祈り始める。
 祈り始める。
 祈り……
 祈り…………?
「ギネス?」
 一向に戦いの歌が始まらず、あまりに間が空いてしまったため、サシカイアはギネスの方を振り返る。
 そこにあったのは、ギネスの真っ青な顔。顔中が嫌な感じの汗にまみれ、唇を戦慄かせている。いや、唇どころか全身が震えている。戦いの前のギネスの態度としてはいつものこと? いや、それにしても尋常じゃないように見える。
「どうした、戦いの歌!」
 見えるが今は何よりもこれが必要と、サシカイアは再び告げる。ギネスの体調感情を考慮するのは事が終わった後。今は四の五の言わずに歌って貰うしかない。こちらも余裕はあまり無いから、焦れて、少しだけ声が鋭くなってしまった。
「……ないんだ」
 対するギネスの声は小さく、よく聞こえない。
 サシカイアは視線で問い返す。
「……ないんだ」
「聞こえない、もっとはっきり大きな声で!」
「聞こえないんだ!」
 怒鳴りつけるようなギネスの返答にサシカイアは耳を押さえる。
「いや、それは俺の──」
 言ったことだろうという言葉は、ギネスの声に遮られる。
「声が──マイリーの声が聞こえないんだっ!」
 恐怖と絶望に彩られたギネスの叫び。
「何の冗談……」
 言いさしてサシカイアは絶句する。
 失効。
 脳裏に浮かぶ赤ゴシックの大文字。
 プリースト技能の失効。
 ブラドノックらと懸念していた状態。
 あまりにその信徒としてふさわしくない人物から、プリースト技能が失われることがある。戦の神様の信徒としては全く持ってふさわしく見えないギネス。そもそも、使用に際してその神への信仰心が必要とされる神聖魔法。なのに信仰心皆無のギネス。そのギネスからプリースト技能──神聖魔法を使う技能が失われる可能性は高いと、前々から懸念していた。心配していた。
 しかし。
「このタイミングで来るかよ!」
 思わずマイリーに対する罵りが零れてしまう。神の悪意すら感じてしまう。よりにもよっての、最悪のタイミング。


 世界は、サシカイアが考えている以上に冷酷にできていた。



[4768] 21 残酷な神が支配する
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/01/25 20:12
 ギネスからプリースト技能が失われる可能性。
 それについては考えていた。心配していた。
 そうなった場合について、覚悟もしていた──つもりだった。
 そう、「つもり」だったのだ。
 それでも何とかなるだろう。まだしばらくは大丈夫だろう。そうした、根拠のない楽観。自分が、世の中を甘く見ていた、それを思い知らされる。
 世の中はそんなに都合良くできていない。楽観をあざ笑うような現実のしっぺ返しは珍しい事じゃない。たとえば学校の試験なんかで、何度も味わったこと。何とかなるだろうと考え、何ともならなかったことなどいくらでもある。別段、これはサシカイアにとってと言うだけではなく、満遍なく、万民に共通しての話。責任を求めるのであれば、それは自分たちの楽観にこそ求めるべきだろう。
 だが、それでも。
 それを承知でも。
 何故今ここでこうなるのだ?、何故自分に、自分たちに不幸が降りかかってくるのだ?、と神を恨まずにはいられない。
 なにしろこのロードスには、本当に神様がいるのだから。
「糞ったれ」
 だから、その神様に罵りの声を捧げる。エルフだから──なんて理由じゃなく、サシカイア個人として、もうこれから絶対に神を信じることはしないと、心に誓う。誰が信じてやるモノか。
 だが、残念なことに、思いつく限りの罵倒を神に向けても、事態の改善には全く役に立たない。
 ゾンビの群は村を守るべく作られた柵の向こうにまで迫っており、既に自警団との間で命のやりとりが始められている。
 そして、残念なことに自警団が抜かれるのも時間の問題。何しろ自警団の練度なんて知れたモノである。その上に、数が違いすぎるのだ。抜かれるならまだ幸い。むしろ、押しつぶされてしまう心配をしなければならない。
 だから、今は頭を切り換える必要がある。
 どうやって生き残るのか。そんな手段を使えば生き残れるのか。
 そうしたことに限られたタスクを振り分ける必要がある。神に文句を言い連ねるなんて、時間の無駄。愚の骨頂。
 それを承知の上で。
「くたばれ、マイリーっ!」
 サシカイアは、心からの罵りを高々に叫んだ。


 ロードス島電鉄
  021 残酷な神が支配する


 とにかく、生き残るために何をすべきか考えろ。
 光の5大神の一柱に罵りの声を上げたサシカイアに、ぎょっとした視線を向ける周りをよそに、必死で頭を働かせる。
 すでに、戦端は開かれている。防御用の柵を挟んで、自警団が必死でゾンビを倒そうと奮闘している。
 しかし、悲しいかな自警団の練度が低い。悲しいかな装備は劣悪。悲しいかな数が違う。
 ほとんどラッシュアワー時の通勤電車並みの密度で押し寄せるゾンビの群。自警団はそこへ向かって即席の槍を突き出し、古びた剣を振り下ろししているが、今ひとつ、効果は薄い。何しろ相手は既に死んでいる。今更刺し傷の一つや二つ増えたところで、一向に痛痒に感じない。文字通り痛感だって無かろうし。声すら上げずに柵に向かい、その圧力で押し倒してしまいそうな勢い。
 時間の余裕はほとんど無い。
 柵が倒れれば、殺到する数の圧力に、味方はあっさりと押しつぶされてしまうだろう。味方が強いとか弱いとか問題じゃない。あれだけ密集して押し寄せる数の圧力に抗しきれるはずがないのだ。戦いは数だという偉い中将閣下の言葉が酷く実感できる。
「ど、どうする?」
 ブラドノックの声。こちらも予想外の──「予想をしていたつもり」だけだった、この急な事態に声が上擦っている。
「どうするも何も、倒すしかないだろう」
 そう、倒すしかない。どんな手を使ってでも。
 サシカイアはぐるりと視線を巡らせる。
 シュリヒテは剣を抜き、しかし腰が引けた格好で控えている。能力だけならばシュリヒテは強い。だが、中身が何処まで信用できるか。それに、いくら強くとも単騎では多寡が知れている。
 ギネスはダメ。その場にしゃがみ込み、頭を抱えて嗚咽を漏らしている。ここは使い物にならないと見た方がいいだろう。
 他に神官戦士、そして冒険者たち。何故かサシカイアの方を見ている。指示待ちか?
 何で自分が──と思うが、要するに「戦乙女」なんてろくでもない二つ名をゲットしてしまったせいだろう。
 なんて罰ゲームだ。
 口の中でののしりつつ、更に視線を巡らせ。
 煌々と焚かれたかがり火に視線を止める。
 ああ、そうだ。今はどんな手を使ってでも、ここを切り抜ける。後のことは後で考える。本当のところを言えば、後ろに控えている魔神との戦いがある場合を考えて、精神力は温存しておきたかったが、そんな贅沢を言える状況じゃない。半分は、ゾンビを相手にしたくない言い訳だったし。乾電池──トラスファーで精神力を補充してくれる神官の数は足りている。
 ならば。
「火を焚いてくれ。盛大に、派手に」
 やってやる。やってやろうじゃないか。
 すとんと、腹が決まった。
 ゾンビ? 人の死体?
 それがどうした。
 己を鼓舞するように、乱暴に吐き捨てる。
 今は何より、己が生き残ること、それが大事。きっと後悔する。後で夢に魘される。だけど、どちらも所詮は後のこと。まずは目の前、この場を切り抜ける。
 そう決意したサシカイアの眼は、酷く座っていた。


 村人たち──自警団の男たちは奮闘していた。
 凶悪な濁流の如く村を飲み尽くそうと押し寄せてくるゾンビを、即席の柵を間において、何とか押しとどめていた。
 もちろん、彼らだってゾンビが平気なわけではない。あたりまえに気持ち悪く感じているし、怯えている。おまけにその数は圧倒的。動きが鈍く大して強くないとは言え、何の訓練も積んでいない村人よりは強い。それでも彼らは、挫けずに武器を振るう。自分の村が襲われる。自分の背後に大切な人がいる。そう言う理由は、わかりやすく彼らを覚悟させる。わかりやすく力を与える。
 涙目になりながら、自警団は柵の隙間から槍を、剣を突き出す。幸いと言うべきか、敵は密集していて、目を瞑っていたって必ず当たる。逆に不幸なことは、その効果が見えにくいこと。前述の通り、一度や二度武器を突き立てたところで、ゾンビは気にしているようには見えない。逆に柵の隙間から手を突き出して彼らを捕まえようとしてくる。捕まったらどうなるか、それは不幸な隣人が教えてくれた。勢いよく槍を突き出したはいいが勢いがつきすぎ、柵に近付きすぎてしまった隣人は、ゾンビに捕まり引き寄せられ、揉みくちゃにされて囓られて──と、酷い目に遭って死体となった。絶対に我が身では体験したくない。
 柵の向こうのゾンビはまるで減らず、逆に密度を増している。一途に命令を遵守し続けるゾンビたちは、前が詰まっても構わずに前進してくる。その結果、押し合いへし合い、中には同じ仲間のはずのゾンビに押し倒され、踏みつぶされてぐちゃぐちゃになってしまうようなモノまで出している。しかし、それでも彼らは全く気にしない。ただただ前へ前へと進もうとする。
 その結果、即席の柵が悲鳴を上げ始めた。繰り返し繰り返し、絶えること無く加えられ続ける圧迫に、即席の柵ではそう長く保ちそうもない。
 そして柵が倒れてしまえばそれで終わり。
 柵を押し倒す程のゾンビの圧力に、何の遮蔽物もなく晒されることになれば、耐えきれるはずがない。あっさりと押し込まれ、踏みつぶされて蹂躙される。必死で戦っている彼らはもちろん、その背後の村まで。
 自警団は涙目で、必死で武器を振るう。それは破滅を先送りできているかすら定かではない、絶望的な行動。しかし、彼らにはそれしかできない。できることがない。
 益々柵は絶望的な軋みを上げ始め、限界はすぐそこに来ている。
 それを悟り、自警団は浮き足立つ。ここでこれ以上ゾンビを止めるのは不可能。ならば、柵が壊れてゾンビに飲み込まれる前に逃げた方がよいのではないか。幸いゾンビの足は速くない。必死で逃げて、逃げまくれば助かるのではないか。
 そんな弱気に飲み込まれそうになったとき。
 彼らの背後から風が吹いた。
「うわっ」
「あちぃ」
 思わず悲鳴が零れる程の熱風。
 振り返れば、彼らの背後で赤々と燃えさかる炎。
「──なっ?」
 いつの間にこんな炎が。
 村と自分たちを分断するようにも見える盛大な炎に、彼らは狼狽える。
 通りのど真ん中、ちょっとやそっとでは越えられそうにない壁とも見える盛大な炎。
 その存在理由は?
 もしかして、自分たちは見捨てられたのか? 
 自分たちを見捨て、村を、村だけを守るためにこの炎の壁を立てた?
 そんな思いが頭を掠め、彼らは狼狽える。
 ──が。
「アレは?」
 誰かが、声を上げて指をさす。
 天を焦がさんばかりに燃え上がる炎の壁の前。
 そこに堂々と立つ1人のエルフ娘を彼らは見つけた。
 名は知らない。しかし、そのエルフ娘が「戦乙女」と呼ばれていることは彼らも知っていた。その可憐で瀟洒で華奢な見栄えに似合わず、アダモ村を襲った魔神を撃退した勇者の1人。その勇名は、彼らにも聞こえている。その様を実際に見たという、避難民と同道していた冒険者たちの中には彼女の親派、ほとんど信仰していると言っていい程の者もいる。
 ところが見た目、そのエルフ娘は全然強そうに見えない。おまけに容姿が整いすぎている。実力は二の次、ただのアイドル的な人気ではないのか? この村の者達の中には実物を見たことでその活躍について半信半疑になった者もいた。
 が、それも今、この時まで。彼らはその名の意味を実感することになる。
 そのエルフ娘が炎の壁の前に、足を開き、薄い胸を張り、その前で腕を組んで堂々と立っている。
「エフリート」
 まっすぐに正面を見据えたままの、その呼びかけは決して大きな声ではなかったが、彼らの耳にはっきりと聞こえた。
 そして見よ。
 エルフ娘の言葉に応え、その背後の炎が大きく脈動する。盛大に火の粉をあげて、歓喜の声を上げるが如くに膨れ上がる。黄金色の輝きを上げ、踊るように大きくうごめく。
 そしてそれが現れた。
 でんでんでんでんでんでんでんでん……なんてBGMが聞こえそうな勢いで、炎の中から巨人が登場する。エルフ娘同様の格好、胸を張って腕を組んだ炎の巨人が、ゆっくりと炎の中からせり上がってる。
 圧倒的なまでの存在感を持つ、炎を全身に纏ったその巨人。
 それは破壊を司る炎の精霊王、エフリート。
 唖然とすることしかできない村人たち。
「なぎ払え!」
 呆然と彼らが見つめる先、背後の巨人を振り向くことすらなく、エルフ娘が腕を組んで前を見据えたままで指示をだす。
 それに従い、腕組みのままでエフリートがゾンビの群に視線を巡らせる。
 直後、唐突に、ゾンビの群の中で炎が膨れ上がった。
「うわっ」
 と、押し寄せる熱風に思わず顔をかばう自警団の前で、炎が踊る。ゾンビを飲み込み、巻き上げて、真っ赤な炎の竜巻が蹂躙する。彼らは知らないが、それは専門用語でいえば精霊魔法ファイアーストーム。その、あまりに圧倒的な光景に、彼らは呆然と口を開けて見守ることしかできない。何故、冒険者たちが彼女を「戦乙女」と呼ぶのか。何故、崇拝に近い感情を抱くモノまでいるのか。彼らはそれを、この上なく理解した。理解させられた。
 強大なる炎の巨人を従え立つエルフ娘。エルフ娘の容姿が天国的な程に整っていることもあり、それは一幅の名画のようで。まるで美しい幻想のようで。──まるで、神話の一場面のよう。
 思わずその場に跪き、崇拝の念を示してしまいそう。そんな事を考えた村人もいた。
 ──なのに、更に続きがあった。
「ゴッド、バード!」
 エルフ娘が叫ぶと、エフリートの巨体が宙に舞う。空中でその巨体を一際大きな炎が覆い尽くし、天に巨大な炎の球体が出現する。火球は金色の輝きを放ち、それはまるで太陽のごとし。次の瞬間、その火球がさらに輝きを増し、ほどけて巨大な炎の鳥を顕現させる。金属を打ち鳴らしたような甲高い叫びを上げ、その炎の鳥は大きく羽ばたく。破壊と再生、二つの事象を司る炎の精霊王。その二面性の内、破壊を司るのが炎の巨人エフリートであれば、こちらは再生、そして浄化を司るモノ。聖なる炎の鳥、フェニックス。
「行けっ、科学忍法火の鳥!」
 エルフ娘が腕組みを解き、まっすぐにゾンビに向けて神の造形、細く、しなやかな腕を突き出す。
 その指示に応えるが如く、もう一声鳴き声を上げると、フェニックスが炎の矢となる。地表すれすれ、一直線にゾンビの群を貫いていく。その進路をふさぐモノを一瞬で焼き尽くし、ゾンビの群を蹂躙する。盛大な炎の柱がいくつも立ち上がり、ゾンビを巻き上げて燃え上がる。
 敵陣を突き抜けた炎の鳥は、それで役目を果たしたとばかりにもう一声上げると、中空で炎と転じ、すぐに消えていく。
 残されたモノは呆然と口を開けている村人、自警団と、あれだけいた数を大きく減じたゾンビの群。
「勇者たちよ!」
 そこへ、エルフ娘の声が響き渡る。
 美しきかんばせは凛々しく引き締められ、振り上げたショートソード、そして戦場によく通る澄んだ声。これはまさしく戦乙女。そう彼らに納得させる。その二つ名に嘘はない。
「邪悪なる技によって眠りを妨げられた同胞に安らぎを! 悪逆なる魔神どもに正義の鉄槌を! 全員抜刀! 今こそ、我らが力を思い知らせてやれ!」
 戦乙女が剣を振り下ろし、まっすぐに未だうごめくゾンビに向けて号令を下す。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
 それに応える雄叫び。
 戦乙女の後ろから、それぞれの獲物を構えた冒険者たちがゾンビの群に向かって突撃を敢行する。いつしか、自警団の者達も同様に雄叫びを上げ、彼らと並んでゾンビに向かう。
 最早何の心配もない。
 彼女はまさしく戦乙女。彼女がいる限り、彼女が導いてくれる限り、我らに決して敗北はない。
 そんな確信を抱いて、彼らはゾンビの群を駆逐にかかった。


 膝を落としかけて、サシカイアは堪える。
 見た目派手だが現実はファイアーストームの連打は、サシカイアをかなり消耗させた。
 疲れた。もう動きたくない。働いたら負けかと思う。自分の仕事は果たしたと、ひっくり返って休憩したい。
 だが、今はまだそれをなしていい時ではない。
 そして疲労以上にに恐ろしいのは、その魔法行使の結果。目の前に突き付けられる現実。
 未だ何処彼処で燃え続ける炎。その炎に照らされた地獄絵図。そこら中に目に付く死体、死体、死体、死体。真っ黒焦げになった人の死体、死体、死体、死体。真っ黒の棒のようになった手足をつっぱらかせ、目鼻立ちもわからない程に焼け焦げた死体、死体、死体、死体。己の招いた凄惨な状況。死体、死体、死体、死体。地獄をひっくり返したような、この有様。
 臭いもいけない。肉の焼ける臭いが、胃の中身をはき出せとばかりに刺激してくる。きっと、しばらく焼き肉は食べられそうにない。
 疲労、そして恐怖から来る全身の震え。連続して襲ってくる吐き気。今更の後悔。他にもっと冴えたやり方があったのではないかという疑念。男が泣いて良いのは急所を蹴られたときと親が死んだとき、後は蜂に刺されたときの三回だけだというのに、またもや涙がこぼれてきそうになる。
 そうした一切合切のマイナスの感情を押し隠し、サシカイアは堂々と立つ。
 似合わないと承知の上で号令をかけるなんて真似をしたのだ。ならば最後までやりきらねばならない。ここで自分がぶっ倒れてみせれば、きっと前線で戦っている者達は動揺する。だから、サシカイアはここに堂々と立っている必要がある。絶対に揺らいではならない。
「男の子には、意地があるってもんだ」
「いや、今お前女」
 己への叱咤へ、すかさずのブラドノックのつっこみ。
 む~、と睨む視線には応えず、ブラドノックは背後に振り返り、神官戦士ズにサシカイアと自分にトランスファーするように指示を出す。ちなみにブラドノックも地味にエンチャントウエポンなんかで冒険者を支援していた。こちらが派手な攻撃魔法を使わず補助に回ったのは、単純に、どちらに華があるかという話。正直火を盛大におこす必要のある精霊魔法より、ブラドノックの古代語魔法の方が準備要らずで簡単だった。だが、ブラドノックよりも美少女エルフ娘サシカイアの方が華やかで、士気高揚に向いているだろうという判断だ。戦乙女、と言う以前からの知名度もあるし。
 駆け寄る神官戦士をよそに、サシカイアとブラドノックは視線を前線に送る。
 大きく数を減じたゾンビを味方が駆逐していく。問題は数の差。それさえ緩和されれば、状況はひっくり返る。まだまだ敵ゾンビの数は多いが、これくらいの差であれば今の勢いなら何とかできると期待してもいいだろう。中には素のゾンビではなく、もうちょっと強力なブアウゾンビや、暗黒魔法サモンアンデッドあたりで呼び出したのであろうカボチャ頭の死霊──ジャック・オー・ランタンなんかの姿も散見したが、全てを承知の上でサシカイアに騙された振りをして、己をごまかしつつも覚悟を決めたシュリヒテが向かっている。見たところ、村人、冒険者と揃って雄叫びを上げながら敵を倒している。だから、このままで何とかなるだろう。
 そんな風に安堵した瞬間。
 順調に敵を下していたシュリヒテが、一体のゾンビの前で唐突に動きを止めた。
 そして無防備に立ちつくす。
「──?」
 何をやっているんだと首をかしげ、次の瞬間サシカイアは顔色を変えた。
「なっ!」
 同時に気が付いたらしいブラドノックも声を上げる。


 シュリヒテの前のゾンビ。
 その性別は女で。
 生前の名を、トリスと言った。


 世界は、サシカイアが考えている以上に悪意に満ちていた。



[4768] 22 ベルセルク
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/02/19 20:05
 その少女を心から愛していたかと問われれば、正直首をかしげてしまう。


 あのときの自分は、完全にテンパっていた。
 生まれて初めての殺し合い。これまで平和に暮らしてきた自分には、あたりまえに初めての経験。
 己に叩き付けられる殺意。相手に突き返した敵意。死が死を呼び、血で血を洗うような凄惨な戦闘。
 その時には、戦の歌の効果。そして、とにかく必死だったせいで深く考えることもなく戦うことができた。
 だが、戦いが終わり、戦の歌の効果が切れた後はもういけない。
 腕に残る、剣で肉を切り裂く感触。盾を叩き付け肉を潰し、骨を砕いた感触。飛び散り我が身を濡らす敵の血潮。身体を掠めた攻撃。僅か数センチ先を通り過ぎた死の気配。背筋が冷え、心に刻み込まれた恐れ。
 その全てが、深甚な恐怖を伴って思い起こされる。
 心身共に疲れ果て、とにかく眠りたいのにそれもなしえず。僅かに睡眠を取っては、恐怖を伴う夢にたたき起こされるという一夜を過ごし。
 朝が来たら来たで、日の光の元、くっきりはっきりと視界に映し出される惨劇の傷跡。物言わぬ死骸となった村人や冒険者たち。己が殺した魔神やその眷属の死体。
 余裕なんて持ちようもなく、ただ青い顔をして震えるだけ。押しつぶされそうな程の後悔。自分がどうしようもなく間違ってしまったという恐怖。理不尽な現状に対するいらだち。
 とにかく、テンパりまくり。周りの目など気にせず、喚いて嘆いて泣き叫びたくなるような、しかしそれもなしえない程の深い絶望。
 そんな時に、その少女は声をかけてきた。
 助けたことに対するお礼。そして、自分に対して好意を持っているとの告白。
 自分がその少女に対して好意を持っているか、と問われれば、正直微妙。
 とにかく、出会ってからの時間が短すぎる。ただでさえ、昨日からの驚きの連続。まじめに好きとか嫌いとか考える余裕もなかった。ただ、見栄えはよい少女だったから、好きと言われれば悪い気はしないのは確か。
 あくまでその程度のこと。
 何より自分は異邦人だし、本気でつきあえるかと問われれば、首をかしげてしまう。
 だけれど。
 だけれど、このすさんだ心理状態。
 それを僅かでも払拭するのに、初めてのセックスという奴は、逃避先としてかなり優秀なように思えた。
 ただ、それだけのことだった。


 ロードス島電鉄
  021 ベルセルク


 その少女は、うつろな表情でシュリヒテの前に立っていた。
 割合、感情が表に出やすい少女だった。
 サシカイアに対抗してシュリヒテにべたべたした時などはそれが顕著に現れていた。必死な表情をして胸を押しつけ。サシカイアが、シュリヒテを狙うライバル視されている事に気が付き力尽きた後には、安堵と、そして優越感に満ちた表情をはっきりと表に浮かべていた。それ以外の場面でも、喜怒哀楽が正直に表情に出ていた様に思う。そしてそれは、少女の大きな魅力でもあった。
 しかし、今の少女からは、生き生きとした表情の全てが、完膚無きまでに失われていた。
 快活さを振りまいていた大きな瞳は暗く濁り、曇ったガラス玉の如く何も映してはいない。まるで痴呆の様に力無く、だらしなく小さく開いた口元。生気を感じさせない作り物じみた土気色の顔。お洒落には気を使っていたはずなのに、今では艶を、水気を失い乱れるままとなった頭髪。肩を落とし、両手を重力のかかるままに下へ向かって投げ出し、足を引きずるようにしてシュリヒテの方へのそのそとした動きで向かってくる。
 生気を感じさせない。それはあたりまえ。この少女は既に死んでいるのだから。
 大きくえぐられた左の胸元。ごまかしようが無く致命傷。完膚無きまでに死んでいる。死んで、怪しげな魔力か、あるいは邪神の奇跡かで動かされている、動く死体。ゾンビに、この少女は成り果てていた。
「──! ──!」
 後ろの方で、見知った女の声が、何事かを叫んでいるのが聞こえてくる。
 しかし、そんなモノはシュリヒテの脳裏で意味をなす言葉にならない。ただ左耳から右耳へ、脳みそを完全にスルーして虚しく通りすぎていくのみ。
 シュリヒテは、ただ目の前の少女に視線を固定したまま立ちつくす。
 少女が、右腕を振り上げる。そして、それを振り下ろす。
 自分に向けて叩き付けられてくる少女の右腕を、シュリヒテはぼんやりと見送り、避けることなく受けた。
 右の肩口、鎧の肩当てに、少女の腕が叩き付けられる。
 が、シュリヒテは微動だにしない。
 素性の良い優れた鎧、魔力のこもったそれが、少女の一撃を軽く受け止める。鎧下がその衝撃をあっさりと分散してしまう。シュリヒテは全く痛痒を感じない。
 逆に壊れたのは少女の腕の方。鍛えていない少女の腕は、自らの攻撃によって傷つき、壊れてしまう。躊躇のない全力、素手で鎧を叩く、そんな真似をした少女の右腕は、皮が破れ、肉が崩れ、骨が砕けてしまう。大きく開いた傷口を空気にさらしながらも、少女はまるで気にしていない。普通ならば痛みに悶絶するところを、欠片も気にする事無く、今度は左腕での攻撃。同様の末路をたどる左腕。そして更に傷ついた右腕をぶつけ──と、まるで壊れた機械のように左右の腕で交互に攻撃を繰り返し、その度毎に少女の腕は壊れていく。
 繰り返す内、一撃が頭に命中。それはさすがにシュリヒテをよろめかせる。
 己が傷つくことも、痛みも、躊躇もなく振るわれるゾンビの腕。それが繰り出す力は、シュリヒテの頭から兜をすっ飛ばすことに成功していた。
 その結果に喜ぶこともなく、これまでと同じように、少女は壊れた腕を振り上げる。
 このまま、殺されてやるのもいいかも知れない。
 そんな思いがちらとシュリヒテの頭を掠める。


 少女の顔は、耳まで真っ赤になっていた。
 両手はスカートをきつく握りしめ、口を開きかけては躊躇い、再び開きかけては躊躇いした後、思い切ったようにその言葉を口にした。
「す、好きです! わ、わた、わた、私とつきあってくださいっ!」
 そして、これ以上赤くなりようがないだろうと思っていた顔を、更に赤く染め上げた。


 少女の腕が、自分めがけて振り下ろされてくる。
 さすがに、アレをまともに頭に食らえば、確実にどうにかなってしまうだろう。
 先の頭への一撃も、結構効いた。兜をすっ飛ばされたときに傷めたのか、左のこめかみ辺りを流れていく血の感触。
「──ヒテ! シュリヒテ! この糞馬鹿、また死ぬ気か?」
 先刻から後ろで叫んでいる女の声が、ようやく意味をなした。
 サシカイアが、シュリヒテの名前を呼んでいるのだ。しかし、それもどうでも良いことだった。
 ただ、シュリヒテは振り下ろされる少女の腕を見つめる。


 腕の中で、少女は笑った。
 痛いのだろう。それも相当に。
 男なのでよくわからないがそう言うモノらしいし。
 目尻には涙が浮かび。
 それでも、少女は笑った。
 とてもぎこちない笑顔。 
 なのに、少女はすばらしく幸せそうに笑った。
 満ち足りた表情で笑った。
 こちらも嬉しくなるような、そんな笑顔だった。


 ぎりりと、噛み締めた奥歯が鳴った。
 シュリヒテは踏み込み、少女の腕をかいくぐると、横殴りに剣を振るう。
 未だに慣れることのない肉を切り裂き、骨を断つ不快な感触。
 そんな感触だけをシュリヒテの腕に残して、少女の身体が腰斬されていた。上半身と下半身が逆の方向へ回転しながら、重力に引かれて地面に落ちて転がる。
 それでもすぐに腕を使って上半身を起こそうとする少女。僅かでも動ける限りはオーダーに従い、生あるモノを殺し尽くそうとする。この程度のことで行動を止めることはない。
 その胸の中央に、シュリヒテは剣を突き込む。
 あっさりと剣は背中にまで抜ける。
 まるで展翅された蝶のように地面に貼り付けにされた少女は、それでもなお、腕を伸ばしてシュリヒテを捕まえようとする。しかし、壊れた両腕ではそれはなしえない。凝固した血と、何かヨクワカラナイモノで腕当てを汚すのみ。そうしている内に、少女の動きはどんどん緩慢になっていき、ついには動きを止めると地面に力無く腕が落ちる。
 シュリヒテの持つ魔法剣。その魔力が、少女の死体を動かしていた魔力と干渉、そして駆逐した。そんな理屈はどうでも良かった。
 トリスという名の少女は死んだ。
 たとえ、既に死んでいたとしても、少女を殺したのは自分、シュリヒテ・シュタインヘイガー。他の誰かがそれは違うと指摘しても意味はない。シュリヒテにとっては、それが真実だったから。
 喉の奥から酸っぱいモノがこみ上げてきて。堪えきれずに、シュリヒテは顔を少女から背けると、胃の中身を全て吐きだした。
 どうしようもなく涙がこぼれてきた。
 胃からこみ上げてくるモノをまき散らしながら。
 チャンスと見たのか、横合いから襲いかかってくるカボチャ頭を一撃で切り捨てる。返す刀で、近くにいたゾンビも開きにする。
 再びの嘔吐。こみ上げてくるモノをぶちまける。
 更に向かってくる敵を切り捨てる。
 己の心臓の鼓動がうるさい。胃のうずきが止まらない。
 しかし、シュリヒテは止まらない。
 否、止まれない。
 こみ上げてくるモノは、胃の中身だけではなかった。
 身体の奥底から、心の奥底から、どうしようもなくこみ上げてくるどろどろとした、昏くて熱いモノ。
 それを、吐き出さずにはいられない。敵に叩き付けずにはいられない。
 このまま、それを身体の内に留め置くなんて事はできない。そんなことをしたら最後、内圧が高まりすぎて身体が内から弾けてしまいそう。今すぐにそれを、余すことなく敵に叩き付けてやりたい。やらなければならない。やらずにはいられない。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!」
 自然に、口から絶叫があふれ出していく。たとえ僅かなりとも、身体の中に生まれた熱いモノをはき出そうとしているように。
 そして、己の心が命じるままに、シュリヒテは敵中に躍り込んだ。


 その戦う様は、まるで暴風。
 蹂躙としか言いようのない勢いで、シュリヒテが敵を倒していく。容赦なく、慈悲無く、躊躇無く、あれほど嫌なゾンビを、他のアンデッドを、魔神を、己の前に一瞬以上立つことすら許さず、切り伏せていく。
「ふぅ」
 と、それを見たサシカイアは安堵の息を零した。
 無防備に、ゾンビの前に立ちつくすシュリヒテを見たときは肝が冷えた。あの、廃棄砦の一件がまざまざと思い返された。
 思わず叫んで駆け出しかけたサシカイアだったが、シュリヒテは致命的な一撃を受ける寸前に動き出し、少女のゾンビを切り捨てた。
 その行動に、どれほどの思い切りが必要だったのか、それはシュリヒテにのみわかること。傍観者であるサシカイアにはわかる事はないだろう。それでもとにかく結果オーライ。シュリヒテには悪いが、サシカイアにとって、少女とシュリヒテの命では比べものにならないのだから。
 そして、直後に別種の心配。
 シュリヒテの周りに感じられた、怒りの精霊ヒューリーの気配。それに取り込まれてしまえば、それもまた、酷いことになる。原作、戦記のオルソンの様に、我が身を省みることなく破壊をばらまくバーサーカーになって貰っても非常に困る。
 しかし、シュリヒテは寸前で踏みとどまった模様。
 怒りに支配され。しかし、支配され尽くすことはなく、崖っぷち、ぎりぎりの所でバーサーカーになるのを免れたようだ。その証拠というべきか、シュリヒテの叫びは「URYYYYYYY!」ではなかった。叫び声の種類が不安を完全に払拭させ、サシカイアを安堵させた。
 ともかく、今のシュリヒテは強かった。
 10レベルファイター。チートとしか言いようのない自分たちの能力。しかし、これまでは中身の弱さから真実発揮されることの無かったその力を完全に──否、それ以上に奮い、敵を下していく。
 そして、シュリヒテは、サシカイアらと同時にそれを見つけた。
 人型、角や牙を持たないシンプルな造形。ただし、その背中には4枚の羽を持つ魔神の姿を。
「ギグリブーツ」
 ブラドノックがその名を呟く。
 上位魔神ギグリブーツ。角や牙を持たない辺りからもわかるように肉弾戦は今ひとつ。代わりに、魔法を操る能力に長けている。そうした能力から、後方支援、あるいは──


 ゾンビや魔神兵を作る仕事を中心にしている。


 原作でも、大隧道、ドワーフ石の王国の廃墟内で、ゾンビ作りにいそしんでいた。
「貴様かぁ!」
 こちら同様にその正体を悟ったシュリヒテが吠えると、ギグリブーツにすさまじい勢いで向かっていく。
 こいつが敵。
 こいつこそが憎むべき敵と、そこへ至る道を阻もうとする敵を左右に切り開き、一直線に向かう。
 ギグリブーツは魔法を使ってそれを阻もうとし。
「させるかよ!」
 そこへ、サシカイアは沈黙(ミュート)の精霊魔法をぶつける。
 ここが大事と、回復して貰ったばかりの精神力の大半をつぎ込み、己にできる最大強度で放った魔法は、確実に効果を顕した。
 突然、言葉を発することができなくなった己にギグリブーツが戸惑いの表情らしきモノを見せ、それでもすぐに切り替えたらしく、両手に持った武器を構える。
 そこへ、シュリヒテが飛び込んだ。
 斬撃。
 両者の剣と剣がかみ合い、互いの魔力が火花を散らす。更に返す太刀、さらなる斬撃。 
 剣と剣が乱舞する。
 他の者が手を出しあぐねる、すさまじい戦い。
 その戦いは、シュリヒテ優位で進んだ。 
 目に見えて、シュリヒテの勢いが勝っていた。
 己の中の怒りを叩き付けるような激しさで振るわれるシュリヒテの攻撃を凌ぎかね、ギグリブーツの身体から血が舞い始めるのはすぐのこと。元々、肉弾戦が得意でないと言うこともあるし、レベルでもシュリヒテが勝っている。順当な展開と言ってもいいだろう。
 ついにはシュリヒテの一撃がギグリブーツの右腕を切り飛ばし、それで勝敗の帰結は見えた。
「……勝ったな」
「ああ」
 ブラドノックと短く会話。
 ゾンビの数は大分減っている。他の者達で駆逐しきるのはもう間もなく。最大障害と見えるギグリブーツの方も、シュリヒテに開きにされるのは時間の問題。色々焦りまくった戦いだが、最早、こちらの優位は動かない。
 そう思われたとき。
 シュリヒテが慌て気味に盾をかざす。
 その盾にぶつかって拉げる小柄な、おそらくは子供と見えるゾンビ。
 盾で受けたとは言え、その勢いに堪えることができずに、シュリヒテはギグリブーツの前からすっ飛ばされてしまう。
「──なっ」
 ごろごろ大地を転げるシュリヒテを気遣う余裕もなく、サシカイアは我が目を疑う。
 自分の目が確かならば、そのゾンビはかなりの勢いで宙を飛んで来た。
 己でジャンプして、と言う風ではない。
 誰かが──何かが、そのゾンビを投げつけたのだ。いくら小柄、子供と見えたとしても、そんな真似をするのに、果たしてどれだけの力が必要か。ファリスの猛女、ほとんど人外筋力25を誇るイリーナ・フォウリーにだってこんな真似は不可能だろう。
 そのゾンビが飛んできた方向へ、サシカイアは視線を向ける。
 そこにいたのは。
 無慈悲に、己の道を邪魔する、味方のはずのゾンビをポールアックスでなぎ倒しながら、それがゆっくりとこちらへやってくる。
 概ね人型。二メートルを超える身体。体型は雄偉と言うよりはしなやか。腰などは細いと感じるくらい。それでいて、目を見張る程の筋肉の付いた太い両腕。何より人と違うのはその顔。豪奢なまでの鬣に包まれたそれは、百獣の王ライオン。
「──」
 止めていた呼吸を、ようやく思い出して再開する。
 こんな魔神は知らない。
 知らない、が、わかってしまったことがあった。
 全身から発散するその雰囲気。そのありよう。そのたたずまい。
 上位魔神?
 否、違う。
 これはそんな生やさしいモノじゃない。
 そんな優しげな存在じゃない。
「……魔神将」
 ブラドノックが呆然と呟く声が絶望を伴って、隣にいるはずなのに酷く遠くから聞こえた様な気がした。



[4768] 23 ライオンキング
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/02/06 17:10
 右腕を切り飛ばされたギグリブーツが背中の4枚羽根を羽ばたかせ、這々の体で逃げ出していく。しかし、そちらへ注意を向けている余裕などはなかった。
 未だ残る炎の照り返しで豪奢な鬣を輝かせながら、そいつはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
 身の丈は2メートルを越える。シュリヒテよりも頭二つ分くらいでかい。猫科肉食獣が直立した、そんな印象を抱かせるのは必ずしも顔のせいばかりではない。猫背気味で、強靱さと敏捷さを同時に存在させる、しなやかと言う表現がぴったり来る細身の体型にも、その理由は求められた。そして、一番の理由はもちろん人と異なるその顔。鬣をたたえたそれは、百獣の王ライオン。
 構える武器は、三日月型の刃を持つ赤い長柄の斧。+1か2か、あたりまえのように、淡く赤い魔法の燐光を帯びている。全体的に細身の体型の中で、武器を携える両腕だけは不自然なくらいに太く、でたらめな力を持っていることを容易く想像させる。その腕力で振るわれる武器がどれくらいの威力を持つのか。我が身で確認したいと思う者はいないだろう。
 こんな魔神は知らない。
 だが、見ただけで分かる。
「……魔神将」
 サシカイアは口の中でその意味を確かめるように小さく呟き、つばを飲み込もうとして、口の中がからからに乾いていることに気が付く。
 こいつは強い。それも、途方もなく。
 全身に、じっとりと嫌な感じに汗が浮かんでくる。
 思えば、これまでの戦いも楽勝とは行かなかった。しかし、その原因は全て中身のへっぽこさに求められた。脆弱な自分たちの精神が、戦いを恐怖し、躊躇し、その結果、要らぬピンチを招き、ダメダメでぐだぐだな戦いを繰り返す羽目になった。
 そう、ダメダメでぐだぐだ。
 そんな酷い戦い。
 それでもなお、自分たちが生き残り、勝ち続けてきたのは肉体のスペックが高かったせい。ほとんどチートとも言える能力。10レベルという、人としては限界近くにまで鍛えられていたこの能力。
 結果、敵は常に格下となり、多少のミスは簡単に取り返しが付いた。ぶっちゃければ、本来無傷で楽勝となっても不思議でもない相手ばかりだったのだ。
 それが故に、中身がとことんへっぽこでも勝利することができた。
 しかし、今。
 こちらに向かう魔神将。これは、間違いなく格上の相手だった。
 張り付く髪の毛が鬱陶しく、額を手の甲で拭う。そこは自分でも吃驚する程に汗にまみれていた。
 これまではぐだぐだでも何とかなってきた。
 しかし、今回ばかりはそうはいかない。
 自分たちの全力を出して──それでもなお、はたして勝ち目があるのか疑問。
 魔神将とはそう言う相手なのだ。


 ロードス島電鉄
  23 ライオンキング


 逃げるか?
 サシカイアの頭に真っ先に浮かんだ思いはコレ。
 完全な状態でも荷が重すぎる相手。なのに、自分たちは既に戦いを経て、精神力が減少した状態。疲労だって馬鹿にならない。勝ち目のない戦いに向かう程、自分がヒーローではないことをサシカイアは知っている。そして、そんなモノになるつもりだってない。こういう化け物は、本物のヒーローに任せるべきだ。具体的にはベルドを筆頭とする六英雄とかに。ベルドあたりであればきっと、嬉々として一騎打ちもどきで下してくれるだろう。いや、ここは戦記にナの字も出なかった癖に伝説で主役を張ったナシェルに割を食った感のあるファーンに任せるべきか。ファーンにも、せめて一匹くらい魔神将を下して欲しかったと思った読者は少なくないだろう。少なくともサシカイアはそうだった。そう、ベルドやファーン達、原作登場人物達に花を持たせるためにも、ここは逃げるべき。オリキャラが出張ってボスクラスを倒すなんて最低SSだし。
 借金?、そんなモノもこの際知った事じゃない。死んでしまっては何の意味もないのだから。
 なのに。
「そうか、貴様がボスか」
 すっ飛ばされて転がっていたシュリヒテが立ち上がり、敵を見つけたとばかりに魔神将に向けて言い放つ。逃げる、なんて選択肢はありません。そう言う顔だった。
「あの馬鹿」
 相手が魔神将だと、自分より格上だとわかっているのかいないのか。否、コレはきっとわかっている。わかっていても、向かっていこうとしている。冷静でいられない、それはわからないでもないが、馬鹿という評価は訂正するつもりになれない。いや、むしろ上方修正、すごい馬鹿、これでも足りない。
「どうする?」
 言外に見捨てるか、とブラドノックが問うてくる。
「……そんな後味の悪い真似ができるかっ!」
 ああ、くそう、俺も馬鹿だ。
 サシカイアは心の中で己を罵る。
 利口なのは、沸騰してまともな状況判断のできない馬鹿を見捨てて逃げること。シュリヒテなら勝てないまでも、足止めくらいは期待できるだろう。その間に本気で逃げ出せば、逃げ切ることも夢ではなさそう。自分が生き残る。それ一点だけを考えるのであれば、これが一番冴えたやり方。非難があるのは百も承知。それでもなお、みんな仲良く全滅しましたよりはよっぽどマシな結末だろう。
 だが、感情がそのやり方を否定する。
 結局の所、これまで戦いを躊躇したあたりと一緒。甘いのだ。緩いのだ。現代日本人の感性? 本気で命のやりとりをする場面で、情なんてモノは酷くマイナスになる。生き残るためには冷静に、冷徹に最良の手段を選び実行すべき。勝てない相手は勝てないと素直に認めて逃げるべき。そんなことはわかっている。わかっているのだが、くだらない見栄や、仲間意識や、その他諸々の感情が、生き残るためのベストと思える方法を選ばせてくれない。
「……なんか返事するまでに間が空いてないか? 肌が黒くなりそうなこと考えてたんじゃないか?」
「とにかくっ」
 鋭く声を出してブラドノックの突っ込みをスルー。黒い肌に付いてくる+4の精神抵抗値は魅力だが。とにかく、戦うと決めたからには、できうる限りの最善手を打っていく必要がある。ここでくだらない言い訳をしている余裕はない。そう、都合の悪いことを誤魔化しているわけではないのだ。
 まず、何より先にしなければならないことは。
「アッバーム、弾もってこいっ!」
 サシカイアは振り向き、そこにいた神官戦士達に命令する。
「回復役を何人か残して、他は俺たちにトランスファーを」
 首をかしげる神官戦士達に、ブラドノックがすかさず通訳する。
 魔神将の登場に、凍り付いたように動きを止めていた神官戦士達が慌て気味にやってくる。彼らも大分疲れているようだが、ここは乾電池として使い潰させてもらう。回復役、キュアウーンズを使う者を残しておく必要はあるが、それ以外では、精神力をサシカイアらに融通してもらった方が役に立つ。──と言うか、サシカイア達ですら、魔法が通じるかどうか、魔神将とはそう言うレベルの敵なのだ。神官戦士達のレベルでは、確実に抵抗されると考えていい。
「サシカイアばっかじゃなくて、こっちも」
 なんだかサシカイアの方にみんな集まってきて、誰が行くか牽制しあっていたようだが、ブラドノックに文句を言われて、ようやく神官戦士達がばらける。
「失礼します」
 一言断ってから、神官戦士がサシカイアの肩に手を乗せる。トラスファー・メンタルパワーは対象に接触──触れる必要があるのだ。ひょっとしてそれで牽制しあってたのか?、とサシカイアは頬を引きつらせる。神官戦士は男ばかり。そしてこちらは超絶美形エルフ娘であるからわからないでもないが。何というか、こいつら、意外と余裕があるのでは?、なんて考えてしまう。
「いいから急いで」
 とにかく突っ込みや、お触りはいくらと請求するのは後回し、今は急いで貰わなければならない。
 この魔神将は見た目、魔法を使うよりも肉弾戦と言うタイプと思える。だが、それで安心できるわけではない。同じく肉弾戦特化型と見える魔神将ゲルダムでも、暗黒魔法をレベル9で使える。魔神将となれば、あたりまえに魔法を使える、そう考えておいて間違いない。この魔神は肉弾戦向きみたいだから魔法は使えないだろう、なんて考えるようでは、無能を通り越して害悪ですらある。
 そして、魔法を使われたら間違いなく酷いことになる。基礎魔力が高いから低レベルの魔法だって洒落にならない威力になるし、高レベル魔法となれば阿鼻叫喚の地獄絵図になるだろう。先のサシカイアのファイアーストーム連打。ああいう攻撃をされると非常に困る。そうなると生命力の低いサシカイアは間違いなく死ねるから。そりゃあもう、簡単に死ねる。
 だから、とにかくサシカイアの仕事は精霊魔法で敵の魔法を封じること。
 トランスファーで精神力を融通して貰う間が空いた分、敵の先手を許すことになる。なるが、今の精神力で魔法を使っても、よほどうまく行かないと通じない。いわゆる会心の一撃レベルが必要。そんな幸運、低い確率にすがるくらいならば、一撃喰らう覚悟でここは精神力の回復、その後の全力による魔力拡大で成功確率を高めてミュートを使い、魔神将の魔法を封じる。
 その前に攻撃魔法を喰らって一撃死することだけは回避したいと、サシカイアは気合いを入れて精神的な集中の準備。魔神将に魔法攻撃の様子が見えたら、抵抗専念で何とか堪えたい。──それでも、うまくいってようやく死にかけでとどまる事ができる。そんな感じのサシカイアの生命力だが。
 視線の先で魔神将は。
 その獅子の顔、口の両端を大きく持ち上げた。
 笑っている?
 サシカイアがそう思った直後、魔神将は大声で吠えた。
「GAOOOOOOOOOO!」
 ふう、ちょっとほえてみた。なんてレベルではない、大音量の咆哮。空気が震えるどころか、咆哮を浴びせられたサシカイアらの皮膚や、服の表面までもがびりびりと震える程の咆哮。ほとんど物理的な圧迫。これだけで後ろにすっ飛ばされてしまいそうな迫力があった。
 ──なのに。
 その咆哮が徐々に小さくなっていくようにサシカイアは感じた。鼓膜に痛い程の大音量が、奇妙に遠い。そこかしこで燃え残る炎のおかげで、不自由しない程に明るい周りの様子が、目の前に薄い幕でも下りてきたみたいに暗くなっていく。奇妙な浮遊観。足下が不確かになり、何か、どこかへ落ちていくような──
「──くっ!」
 コレはヤバイ。
 足下にぽっかりと空いた暗くて深い穴。落ちていく先は奈落。そこに救いなど無い。
 我に返り、何とか踏みとどまる。
 ずしんと重力が全身にかかってくる。倒れかけのおかしな格好になっていたせいで踏みとどまるのに酷く苦労した。鉛でも飲んだよう。身体が重い。全身に嫌な感じで冷たい汗が浮く。心臓が鼓動を止めかけているような心配がして、右手で拳を作り、胸を叩く。直後、心臓がその存在を大きく主張し始める。こめかみの血管が痛い程に脈動している。頭がくらくらする。全身に酸素が足りない。あえぐように呼吸をする。寒気まで感じ、震える己の両肩を抱きしめる。
「くそっ」
 罵る。
 持って行かれた。
 この疲労、この倦怠感。
 今の咆哮は間違いなく、精神力にダメージを与えるたぐいの効果を持つ。
 この元々疲労した状態でこれはきつい。今のでごっそりと精神力を持って行かれた。これでは魔力の拡大、最大強度で魔法を使うどころか、普通に使うことですら厳しい。下手したら、意識まで持って行かれていた。
 そのサシカイアの背中に、何かがぶつかってきた。
 何か。
 それは、サシカイアにトランスファーをしようとしていた神官戦士。
「おぉ?」
 体重を預けられ、もとより体力筋力のないサシカイアでは支えられず、蹈鞴を踏み、体を捌いて逃れる。
 よりかかる者の無くなった神官戦士は、そのまま、棒が倒れるみたいにあっけなく地面に転がる。昨今の子供を馬鹿にできない、手を出して支えることも受け身も何もない、逆に見事なくらいな倒れ方だった。
「おい?」
 と声をかけ、直後、サシカイアは喉の奥で悲鳴を上げた。
 精霊使いの感覚が知らせてくる。
 倒れた神官戦士の身体から、急速に消え失せていく生命の精霊の気配。感情の精霊の気配。生き物があたりまえに持っている、各種の精霊の気配。
 何事が生じたか。
 簡単なこと。この神官戦士は死んでいるのだ。
 意識を持って行かれる?、そんな優しいモノじゃなかった。
 精神力にダメージを与えるたぐいの攻撃を喰らった場合、限界を超えると普通は気絶する。だが、気絶を通り越して、酷くあっさりと死んでしまうたぐいの攻撃もある。生命力がゼロになった場合には生死判定という一つの段階を経ることになるが、この種の精神力への攻撃の場合はそれがない。ゼロ、即座に死亡と言った具合になる。この種の攻撃はイリーナを殺したアンデッドナイトの攻撃のように、アンデッド系のモンスターの持つ特殊能力に多いが、この魔神将の咆哮もまた、同じような効果を持つらしい。
 サシカイアは倒れた神官戦士を呆然と見下ろす。
 さっきまで生きて動いていた者が、一つの外傷もなく死んでいると言うのは、酷く納得しがたい。酷く、恐怖を伴った。危うく自分もこうなりかけた。そのこともまた、恐怖を増幅する。
「──くっ」
 呻きながら、慌て気味に周囲を見回す。
 ブラドノックは青い顔であえぎ、膝を付いているがなんとか無事。こちらも相当に精神力を持って行かれた様子。生きてはいても、これ以上何かできるかというのは疑問。できないと見た方がいい。
 酷いのは神官戦士達。半分近くが地面に崩れ、残りもブラドノック同様に地面に膝を付いている。
 幸いなのは咆哮の魔力の効果範囲はそう広いモノではないらしい。少し離れてゾンビと戦っている冒険者や村人達の方には悪影響は出ていない。これで聞こえる限り、なんて効果範囲だったら、あっさり逆転、全滅してしまいそう。これは本当に幸いだった。
 ……この魔神将が暴れ出せば、この程度の幸い、簡単にひっくり返してしまいそうだが。
 とにかく、今は、彼らは普通に戦えている。
 逆にこちら、至近では、まだ両足で立っているサシカイアが一番マシ、そんな風に思えるくらいの総崩れ。
 ──否。
「おぉおおおお!」
 雄叫びとともに、シュリヒテが長剣を魔神将に向かって振り下ろす。
 どうやらこちらはぴんぴんしている。精神抵抗値はサシカイアと同じだが、シュリヒテの方は見事に咆哮に耐えきったらしい。
 そして、このことから示唆される事実。それは。
「抵抗、効果消滅か?」
 咆哮の魔力に耐えきれば、精神力を持って行かれることはない。これは酷く幸いだ。効果軽減であった場合、魔神将くらいの高レベルになると、抵抗に成功しても、基礎魔力だけで洒落にならないダメージがくるのだ。
 シュリヒテの剣と魔神将の赤いポールアックスがかみ合い、魔法の火花を散らす。
 とは言え、こちらが不利になったのは間違いない。乾電池は役立たずに、サシカイア、ブラドノックに精神力の余裕はなく、やっぱり役立たず。まともに戦えるのはシュリヒテのみ。
「……圧倒的に不利じゃないか」
 サシカイアは呆然と呟く。
 圧倒的に不利──それですら高評価だろう。ぶっちゃけてしまえば、勝ち目など皆無。シュリヒテは強い。強いが、魔神将を相手に一騎打ちで勝てると考える程、脳天気ではいられない。魔神将は、そんな優しい相手ではないのだ。
「くそっ」
 己を罵ることしかできず、サシカイアはシュリヒテと魔神将の一騎打ちを、食い入るように見つめた。



[4768] 24 激突─DUEL─
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/02/06 17:11
 淡く白い輝きを宿すシュリヒテの剣と、赤い光を灯す魔神将の三日月型ポールアックスが打ち合わされて、魔力の火花を飛ばす。返す刃が再びかみ合う。一合、二合、三合、稲妻のごとき斬撃の応酬が繰り返され、その度毎に両者の気迫は高まり、戦いは激しさを増していく。
 シュリヒテは強かった。
 人はこれほどに強くなれるのか。
 そう感心してしまう程に。
 反射神経、運動神経は冗談じみたレベル。今の攻撃を何故かわせる?、何で今の攻撃で頭を持って行かれないですむんだ?、と見ているサシカイアは感心することしかできない。
 はっきり言って、ベルドとかファーンとか、これ以上に強い人間が存在することが信じられない。
 それほどにシュリヒテの強さは極まっていた。
 しかし。
 それでもなお。
 魔神将には届かなかった。


 ロードス島電鉄
  24 激突─DUEL─


「ベルドはどんだけ化け物だよ」
 思わずそんな言葉がサシカイアの口から零れてしまう。
 魔神将を魔法の援護を受けているとは言え、一騎打ちもどきで下す。そんな真似のできるベルドの強さとは、一体どれだけのモノなのか。上には上がいる。そんな言葉があるが、それにしたって限度があるだろう。
 一騎打ち、激しい戦いを繰り広げているシュリヒテと魔神将。
 サシカイアのレベルでは、その剣尖の煌めきを目で追うのがやっと。身体なんてあたりまえに付いていかない。振り回される刃の範囲内に入ってしまえば、為す術無く切り刻まれて終わりだろう。文字通りにレベルが違いすぎる。
 シュリヒテの強さはまさしく極まっている様に見える。これまでいささか持て余していた感のある10レベルファイターと言う技能を、十全に使いこなしている。あるいは、それ以上に。ここに来てようやく、心と体が噛み合ったとでも言うべきか。力に振り回されることなく。精神に引きずり降ろされることもなく。その高いスペックを見事に発揮している。
 だが、それでもなお、魔神将には届かない。
 鋭く横殴りに振られたポールアックスの刃が、シュリヒテの鎧の胸甲を掠め、耳障りな擦過音を立てて通り過ぎる。至近を掠めた死に萎縮することなく、この隙にとばかりに踏み込み、全身の体重をかけるようにして振り下ろしたシュリヒテの剣は魔神将に届かず。不十分な体勢から振り回されたポールアックスにはじき返されてしまう。今度はシュリヒテの体勢が崩れかけ、そこへ鋭すぎる刺突。なんとか盾を割り込ませる事に成功するが、足が浮いて短く空中遊泳。すぐに着地するも後方へ向けて数歩下がる事になる。そこへ踏み込み魔神将が斬撃。無理矢理踏みとどまったシュリヒテも渾身の斬撃を返し、かみ合う刃と刃、魔力の火花が散り、お互いに数歩ずつ後ろに下がることとなる。
「ふわっ」
 一度間を取って伸し切り直し。サシカイアは気づかず止めていた呼吸を再開する。
 心臓に悪い。悪すぎる。
 スピードだけであれば、シュリヒテは魔神将に引けを取っていない。だが、体力はもちろん、筋力も大きく水をあけられている。シュリヒテが全力、思い切り体重を込めての斬撃を繰り出しても、魔神将の方は腕先だけのスイングで容易くはじき返してしまう。
 おまけにリーチが違う。身長で負けている上に、相手は身長に比して長い腕を持っている。おまけに武器も長柄のモノ。シュリヒテとしては相手の懐に飛び込みたいところだろうが、魔神将は容易に許さず。結果、遠い間合い、相手の武器は届いてシュリヒテの武器は届かないという距離での戦いを強制されている。
 幸いなのは。
 いや、幸いと言っていいのか。
 魔神将はどこか、戦いそのものを楽しんでいる風がある。
 追撃がどこか控え目で、一気に畳み掛ければいいのにそれをしない、そんな場面も何度と無く見えた。逆に、それが故に堅実で隙が無く、なかなかシュリヒテが効果的な反撃に出られないというデメリットもあるが。少なくとも、こうして長く戦えているのは、理由の半分以上をそれに求められるだろう。
 そして、幸いと言いきれないのは、魔神将が勝つためにはそれでも十分だと言うこと。
 シュリヒテの息が荒くなってきている。
 こちらは先から戦い詰め。いい加減疲労もたまってきている。今はまだ、シュリヒテ本人が疲労を大して自覚していないだろう。かなり感情的に突っ走っていることもあるし。己の疲労度になんかに無頓着、気が付いていない様に見える。だが、いずれ気が付く。気が付かないはずがない。体力は無限でないし、気持ちだけで何時までもごまかせるモノではない。そして気が付いてしまった時、それで一気に崩れる可能性が高い。
 魔神将はまったり戦いを楽しみつつ、のんびりとその時を待てばいいのだ。どう見たって、魔神将の方がシュリヒテより体力がない、なんて大どんでん返しはあり得なさそうだし。
「くそ、なんて役立たずだ」
 己を罵る。
 戦いを見ていることしかできない。その不甲斐なさ。これ以上の魔法行使をすれば限界を迎えてダウンしてしまうか、あるいはあの咆哮でとどめを刺されてしまう。時折、魔神将はこちらへ視線を送ってくる。警戒か? とにかく、こちらが魔法を使えば、待ってましたとばかりにあの咆哮がくるだろう。かといって短剣握りしめての参戦も無謀。どう考えたって一撃で開きにされる未来しか予想できない。あるいは、最悪シュリヒテの足を引っ張る結果にもなるか。無力で無能。涙がこぼれそうだ。
 サシカイアの視線の先で、シュリヒテが相手の攻撃の力を利用し、盾で受け、受けたその勢いのままに大きく後方に飛ぶ。距離を取って仕切り直しか。
「は~っ」
 大きく伸びをするように息を吸い、そのまま身体を縮め、力を束ね、弾ける。シュリヒテは一気に魔神将に向かって飛び込む。
 自分が不利とかそうでないとか、そんなことは全く考えていない。シュリヒテは何処までも前がかり。
 しかしこれは無謀とも思われる突撃。万歳、神風アッタク。
 魔神将は慌てず騒がずにポールアックスを振り下ろす。
 その凶悪な斬撃を──
「くぐった?」
 ブラドノックの歓声。
 シュリヒテは身をかがめ、髪の毛を吹き散らされながらも際どく頭上にやり過ごす。
「入った!」
 一気に魔神将の間合いの内側へ。
 慌て気味に返されてくる魔神将の攻撃を更に身を低くして再びくぐる。今の距離だと、今度はこれまで利点だった武器の長さが邪魔になって持て余すことになる。今の攻撃は正確さも力強さも欠いていた。
 これが最初で最後のチャンスとばかりにシュリヒテは全力の斬撃を魔神将に振り下ろし──かけて慌て気味に首をねじ曲げる。
 がつん。
 と、シュリヒテの顔の横でかみ合う牙。
「かみつき?」
 ライオン顔は伊達じゃない。とばかりに、魔神将のかみつき攻撃。食らい付けば肉どころか骨までごっそり持っていきそうな凶悪な牙が、口の中に覗いている。
 無理矢理顔を背けたシュリヒテの斬撃はそれでも魔神将の右の肩口に叩き付けられ、止まった。バランスの崩れた状態からの、ろくに力も体重も乗せられていない一撃は、魔神将の身体を浅く切り裂いたのみ。ほとんど当たっただけでダメージは皆無に近い。
 がつん、がつんと追いかけてきて顔の至近で噛み合う牙を必死で避けながら、シュリヒテはほとんど無効と終わった剣を引こうとするが、魔神将がそれを許さない。あっさりと貴重な得物であるポールアックスを投げ捨てた右腕で、刀身を押さえて離さない。
「──!」
 シュリヒテが力を込めて剣を引く。が、彼我の筋力の差がここで響いた。両腕で対抗しても剣を取り戻せない。
 そこへ牙が迫る。
 のけぞるようにしてかわすシュリヒテの顔の真ん前、本当の鼻先で牙が噛み合う。
 ほとんど倒れかけのシュリヒテ、体勢が拙い。
 そこへ、かぎ爪の生えた左腕が振り下ろされようとしている。
 長柄の武器だから懐へ飛び込めば何とかなるかも知れない。
 そんなモノは幻想だった。
 こいつは、武器なんて持って無くても十分以上に戦えるのだ。
 為す術もなくかぎ爪に切り裂かれるシュリヒテを幻視するサシカイア。
 しかし、シュリヒテの方はそんなにあきらめが良くなかった。
 崩れた体制、のけぞって後ろに倒れかけの体勢から、地面を蹴りつけて飛び上がる。ちょうどうまい具合に剣を魔神将がつかんでくれている。そこに半ば体重を預け、さらに魔神将の膝を蹴って高く身体を持ち上げる。
 ほとんど地面に対して身体が真横になりつつ、背中の下に魔神将の左の一撃をやり過ごす。
 さらに。
 重力に引かれて落っこちる前に剣に身体をたぐり寄せ。剣の鍔を掴み、身体を丸めて両足を束ねると、思い切り魔神将の胸を蹴りつける。
 伸び上がる全身の力。
 流石に片手でこれに対抗することは魔神将にもできず。
 その手から剣を引っこ抜くことに成功。
 思い切り胸を押された格好の魔神将は後ろへ蹈鞴を踏み。
 その間にシュリヒテの身体は短く空中遊泳した後、地面に落っこちる。しっかり受け身を取り、ごろごろと転がって距離を取ると、すばやく立ち上がる。
 これなんてワイヤーアクション?
 インド人も吃驚。じゃなくて、シーフ技能持ちのサシカイアでも吃驚してしまう程のアクロバット。
 しかし、それでもなお、仕切り直しただけ。魔神将は懐に飛び込んでも容易く倒せるような相手ではないとわかってしまっただけの結果。
 構えるシュリヒテの視線の先で、魔神将はゆっくりと投げ捨てたポールアックスを拾い上げる。
 隙だらけ?
 いや、悠然としたその動きが、容易に飛び込ませない。飛び込めない。わかってしまうのだ。できるならやってみろと、相手がそれだけの余裕を見せられる、強者であることが。
 魔神将はポールアックスを担ぐと、右手の平をぺろりとなめる。先に剣を引っこ抜いた際に、その掌を切り裂くことに成功していたのだ。──とは言え、大局に影響のないかすり傷であるが。
 己の血をなめ取った魔神将は、獰猛に笑う。楽しそうに。嬉しそうに。
「GAOOOOOOOOOOOOOO」
 今度の雄叫びは、魔力を伴わない純粋な歓喜の雄叫び。
 戦いを楽しんでいる。戦いそのものに喜びを見いだしている。そんな確信を新たにする。
 魔神将はゆったりとした動きから急転。神速の踏み込みでシュリヒテに襲いかかる。
 嵐の様な斬撃、斬撃、斬撃。その全てが、当たれば必殺の一撃。
 シュリヒテはそれをかわし、はじき、いなし、盾で受けて防いでいく。
 しかし、徐々に押し込まれていくのが傍目にもわかる。魔神将の重い攻撃に押され、反撃の手数が目に見えて減っていく。あっという間に防戦一方になってしまう。そしてその防戦も危うい。
 盾は魔力を帯びた素性のよろしい逸品だが、そんなこと無関係とばかりに今にも叩き割られそう。実際、表面が傷だらけに、縁も欠け始めてきている。剣の方も同様か、気のせいだと思いたいが、魔力の淡い光が弱まってきているようにすら思える。
 がしんと、激しい音を立てて一撃がシュリヒテの鎧、その右の肩当てをすっ飛ばす。
 必死で割り込んだ返す斬撃は、激流のごとき魔神将の攻撃の前にはじき返され、お返しの一撃が頬をえぐる。血が舞った。体勢が崩れたところへの攻撃を何とか盾をかざして受けるが受けきれず、身体ごとすっ飛ばされてしまう。
 地面をごろごろと転がるシュリヒテ。
 魔神将はそれを傲然と見下ろす。
 今追撃すれば確実にシュリヒテを倒せたのに、それをしない。
 もっと自分を楽しませろと、その顔が命令している。
「くそ、むかつく顔しやがって」
 その顔の意味を悟り、シュリヒテは罵りつつも立ち上がろうとして。
 膝が崩れた。
 限界。
「まだだっ!」
 どなり、己で膝を殴りつけて叱咤。シュリヒテが立ち上がる。
 まだ戦える。そう言って前に出る。
 しかし。
 シュリヒテは自覚してしまった。
 己が疲れていることを。疲れ果てていることを。
 激しい呼吸に肩が揺れ、あえいでいる。動きは軽やかさを失って、重い荷物を背負っているよう。
「──くっ」
 ダメだ、もう、魔神将の相手にもならない。
 それを悟ったサシカイアは、矢も楯もたまらず、己の短剣を握りしめて前に出ようとする。
 その肩を、ブラドノックが捕まえる。
「よせ、無理だ」
 そう無理だ。指摘されるまでもなくわかっている。
 自分程度では、高々五レベルシーフでは、相手にもならない。そうでなくても脆弱非力なサシカイアである。魔神将の重い一撃の前に、抗する術はない。よしんば攻撃を当てたとしても、分厚い防御力を貫く力はない。
 わかっている。
 そんなことは先刻承知。
 しかし。
 それでも。
 たった1人。
 勝ち目の欠片も見えない敵に。
 全身細かな傷だらけ。
 満身創痍で疲労困憊。
 それでもまだ向かっていこうとする馬鹿を。
 ──放っておくことなどできない。
「ダメだ。お前が行っても足を引っ張るだけだ」
 ブラドノックの叫びがサシカイアの足を止める。
 前に出ても、助けにもなれない。
 それどころか、足を引っ張ることしかできない。
 残酷な現実。
「くそっ」
 それが自分でもわかってしまう。わかっているのだ。
 だから、サシカイアは罵ることしかできない。
 できなかった。


 絶望的な状況。
 それをひっくり返す奇跡を起こすのは。
 誰からも、すっかり存在を忘れられていた男だった。



[4768] 25 ブレイブストーリー
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/02/13 17:12
 ぱたぱたと血が大地に落ちる。
 シュリヒテは剣を杖のようにして身体を支えていた。
 その左手に盾はない。
 酷使に耐え続けてきた盾は遂に限界を迎え、魔神将の一撃でたたき割られた。そのまま籠手を砕かれ、刃は腕にまで達した。流石にその頃には勢いが弱められ、腕を切り落とされるようなことはなかったが、それでも負った傷は浅くない。零れる血が止まらない。
 激しく肩を揺らし、荒い呼吸をしているシュリヒテ。
 眼光は鋭く魔神将をにらみつけ、まだ心は折れていない事を端的に現している。
 しかし、身体の方は限界に近い。そうでなくとも、出血や痛みは疲労を加速させるファクターだ。最早限界までの猶予は乏しい。
 そのシュリヒテを、魔神将は傲然と見下す。
 戦えない豚はただの豚だ。
 魔神将の瞳がそう告げている。
 そして、戦えない豚は屠殺するだけ。
「見下してるんじゃねえ」
 シュリヒテはうなり、剣を構える。しかし、それだけのことが重労働の様で、動きに軽やかさを欠いている。
 サシカイアは、せめてヒーリングで怪我の治療だけでも、と一歩前に出るが、すかさず魔神将の視線が飛んでくる。
 余計な手出しをするな。
 その視線が告げてくる。
「──くっ」
 ヒーリングは、一発でHPが全回復するというすばらしい精霊魔法だ。だが、その使用方法に難がある。女性限定というのもサシカイアの心が折れそうな分類だが、それはとりあえず置く。今問題なのは、効果を顕すためには対象に接触する必要があると言うこと。こんな一騎打ちの状態、しかも動きをいちいち警戒されているとなれば、使うどころか対象に近付くこともできない。
 ならば、マーファ神官戦士達のキュアウーンズ──こちらは有効距離10メートルで離れていても大丈夫──をお願いしたいところ。しかし、神官戦士達は先の魔神将の咆哮による精神力へのダメージが大きく、なかなか行使へ踏み込めないでいる様子。次の咆哮が来ればおそらく神官戦士達のほとんどが終わる。そして、魔法を使ってくるならば吼えるぞ、と魔神将が牽制してくる状態で、それでも使え、と促す事も難しい。
 魔神将は、こちらから視線を切ると、シュリヒテに向き直る。今こそ、と動きたいところだが、残念ながら、それでもこちらに注意の幾ばくかを払っていることがわかる。わかってしまうだけに下手な動きができない。ただ、シュリヒテを見守ることしかできないでいた。
 膝が震えつつもようやく立って構えている。
 そんなシュリヒテの様子に、ふん、とばかりに鼻を鳴らすと、魔神将はポールアックスを構えた。興が冷めた。その視線がそう告げている。
 それは死の宣告。
 そのまま魔神将は無造作に距離を詰めて、その得物を振りかぶる。
 シュリヒテは反応しようとするが、悲しい程に身体が動いていない。
「──!」
 打ち倒されるシュリヒテを幻視し、思わず悲鳴を上げかけたサシカイア。
 そこへ。
「FALTZ!」
 1音節の神聖語の高らかな叫び。
 魔神将が、まるで見えない何かを喰らったように、顔をのけぞらせる。否、喰らったように、ではない。実際に何かを喰らった。おそらくは神聖魔法のフォース。不可視の衝撃波を敵に叩き付ける魔法。
 残念なことに、この一撃は魔神将の分厚い面の皮を貫くには至らず、ダメージは皆無。しかし、それでも不意に鼻面に一撃を食らえば驚き、僅かなりとも動きが止まる。
 ほんの一瞬の停滞。しかし、その一瞬が、シュリヒテが魔神将の攻撃から逃れる為の貴重な時間となった。ほとんど転がるようにその場から逃れ、魔神将から距離を取る。
「──!」
 サシカイアは魔神将に一撃を加えたのは誰かと視線を巡らせ、驚きに絶句する。
 そこに立っていたのは、全身鎧に身を包んだドワーフの神官戦士。
 完全にリタイアしたと思われた自分たちの仲間。
「ギネス!」
 ブラドノックが驚き混じりにその名を呼ぶ。
 それに応じ、ギネスはちっちっちと舌を鳴らした。
「違うね」
 あのへたれが嘘のように自信に満ちあふれ、ギネスは堂々と嘯いた。
「生まれ変わった今の僕はもう先刻までのギネスじゃない。そう、今の僕は、スーパーギネス!」
「……なんか、発泡酒とか、第3のビールみたいで安っぽいな」
 ぼそりとサシカイアの感想。
「もとい、スーパーギネス改め、超絶ウルトラ・グレート・デラックス・ギネス2!」
 どうやら聞こえたらしい。ギネスが名乗りをやり直す。
 それでもやっぱりだせえ、と、今度は口の中だけでサシカイアは呟いた。


 ロードス島電鉄
  25 ブレイブストーリー


 ギネスにとって、この世界は恐ろしいばかりだった。
 あたりまえに人を殺す魔物が跳梁跋扈する異世界。剣と魔法の世界。日常的に殺し合いが繰り広げられている世界。
 ファンタジー世界には憧れていた。もし、自分がファンタジー世界で冒険をすることになったら、なんて夢想した。だからこそ、TRPG、ソードワールドで遊んでいたわけだし。
 しかし、憧れるだけ、ファンタジー世界なんてゲームだけで十分だった。
 死の危険がすぐ隣の存在する世界。
 そんな物騒な世界、創作やゲームであるからこそ楽しめた。現実、命の危険を隣に置いて勇者する。そんな真似、平々凡々と安閑に生きてきた一般の現代日本人にできるはずもなかった。武器を振るい、魔法を使って敵と戦う。そんなことは、命に危険がないからこそ楽しめる事柄だった。現実に生き物の命を奪うなんて事は、恐ろしすぎた。
 ギネスにとって、この世界は恐ろしくてたまらない。
 それでも、なけなしの勇気を奮って、これまで何とかやってきた。
 この世界に3人しかいない自分の同胞。その仲間はずれにされる。それもまた、死と同じくらいに恐怖を感じさせることだった。寄る辺なく、ただ1人異邦にて孤独に存在する。そんなことは耐えられそうになかった。
 だから、べそをかき、反吐を吐き、小便をちびり、恐怖に心を削られながらも、戦ってきた。
 しかしそれも、神聖魔法の剥奪、と言う事態によって限界を迎えた。
 正直なところ、ギネス自身もその可能性を考えなかったわけではない。
 自分が戦神マイリーの神官らしからぬ性格、行動をしていることなど百も承知だ。だからと言って、容易く改められるモノでもない。承知していても、怖いのだから仕方がない。
 おまけに、マイリーを信仰しているかと問われれば、もちろんノーだ。
 信仰にいい加減な日本人。あたりまえにクリスマスを呪い──だって独り身だから──、お正月は初詣、バレンタインデーもやっぱり呪い、灌仏会はスルー。将来の結婚式は相手次第で洋風和風が決定されるだろう、アレは女性のためのイベントだとギネスは思っている。で、葬式は普通に仏前か、坊主にやる金がもったいないような気もするから無宗教もありか。その程度、ちゃらんぽらんな典型的な日本人なのだ。都合良く取捨選択し、あくまでイベントの一つとして楽しむ。ある特定の宗派にこだわることはない。仏教だって神道だってキリスト教だって創○や鸚○だって自分に都合が良ければ何でもいいのだ。……訂正、やっぱ後ろの二つはやだ。
 とにかく、ある特定の宗教を信仰することなど、考えたこともない。
 おまけにマイリーは創作、ゲームの神様なのだ。そんなモノを信じられるかと問われれば、もちろん信じられるはずがない。信じる方がおかしい。いくらファンタジーな物語を好み、ファンタジーを舞台に遊んでいるとは言え、現実と空想の区別は付く。
 何故、信仰心絶無の自分がマイリーの神聖魔法を使えるのか疑問に思いながら、使えるのだから、そう言うモノ。疑問のいくつかを都合良く忘れたふりをして、都合良く棚上げして、深く考えないことにして、これまでやってきた。
 そして、多分、これから先もやっていけるだろう。
 そんな風に考え始めていた矢先の、プリースト技能の失効。
 元々折れかかっていた心はあっさりと折れた。
 泣き叫び、頭を抱えて蹲る。
 恐ろしい。全てがみんな恐ろしくてたまらない。
 この死が身近にある世界で、拠り所としていた力を失い、戦って行くなど考えられない。
 いや、力がそのままあったとしても、戦って行きたくなどない。
 戦える方がおかしい。
 戦いとは即ち殺し合いに他ならない。自分が殺されるリスクを負い。そのリスクを回避するために相手を殺す。血で血をあがなう殺戮の連鎖。そんなモノに、関わりたいなどとは思えない。
 正直なところ、あっさり化け物との殺し合いに順応していくように見える、他3人の仲間に対してすら、恐怖を覚える。彼らもまた、化け物ではないかという疑いを抱いてしまう。
 頭を抱え蹲り。それでも視線を向けたその先で。
 サシカイアが敵を焼き払っていく。
 信じられない。アレは既に死んでいるとは言え元は人。それをあんな具合にあっけなく、あっさりと焼き払う。何故、そんな恐ろしい真似ができるのか、理解できない。
 シュリヒテが敵を斬り下していく。
 信じられない。アレは既に死んでいるとは言え元は人。それをあんな具合にあっけなく、あっさりと斬り払う。何故、そんな恐ろしい真似ができるのか、理解できない。
 恐ろしい。恐ろしくてたまらない。やはり彼らもまたモンスターではないかという懸念。
 そして、もっと恐ろしい奴が現れた。
 一目で知れる格上の敵。これまでに苦労して戦ってきた敵が、子供に見える程に桁の違う敵。
 魔神将。
 無理だ、勝ってこない。あんなのと戦うなんて、絶対に間違っている。なぜなら、絶対に勝てないから。敗北が招くのはゲームオーバーじゃない。招くものは死。この世界は恐ろしい。生きていくのが辛い。それでも、死ぬのはもっと嫌だ。だから、ここは逃げるべきなのだ。
 あうあうと言葉にもできずに唸るだけのギネスの視線の先で、シュリヒテが魔神将に挑んでいく。
 無理だ。絶対に無理。 
 そのギネスの思いは正解だった。
 シュリヒテは信じがたい程に強かった。しかし、それでもなお、届かない。魔神将の強さは、シュリヒテの更に上に存在した。
 挑み、打ち払われ、傷を負い、疲れ果て。
 シュリヒテは限界を迎えようとしている。 
 それでもなお、敵に向かおうとしている。
 馬鹿だ。
 勝てるはずがないのに。
 サシカイアが短剣握りしめて助太刀しようとして、ブラドノックに止められている。
 こちらも馬鹿だ。 
 勝てるはずがないのに。
 ここは逃げるのが正解なのだ。そう、逃げればいい。
 今、魔神将が警戒しているのはシュリヒテ。そしてサシカイアの、傍目にもよく目立つ活躍をした二人。二人の活躍の度が過ぎて、他の存在は眼中にない。だから、最初でリタイア、蹲って泣いていたギネス1人が逃げ切れる可能性は低くない。
 殺し合いに易々と踏み込んでいった、化け物みたいな連中のことなど、知ったことではない。
 魔神だって放っておいても、本物の英雄、ベルドやファーンと言った連中が片付けてくれる。原作通りであれば、魔神の最終的な敗北は確定している。ここで局地的な勝利を魔神に与えたとしても、大勢に影響などアリはしないだろう。
 だから、ここは逃げても大丈夫なのだ。
 所詮自分など、この魔神戦争で何事かできる、そんな大物ではない。いてもいなくても特に影響のない、取るに足りないどうでもいい存在。最悪、百の勇者に数えられるようなことになっても、いつの間にか死んでいました、と言う感じ。その最期すら1行だって描写されないその他大勢がいいところだ。
 だけど。
 ギネスは、震える手で自分の武器を握りしめる。
 逃げるのが正解。
 そんなことは百も承知。
 だけど。
 視線の先、魔神将の一撃で盾をたたき割られたシュリヒテが、大きく距離を取る。その左腕は力無くたれ、赤いモノをまき散らしている。
 勝負は既に付いたようなモノ。
 そして、シュリヒテが、目の前の障害がいなくなれば、魔神将は他の駆逐にかかるだろう。そして、それに対抗できる存在はいない。一方的に蹂躙されて終わるだろう。
 逃げるならば、これが最後の機会。今が最後のチャンス。
 だけど。
 勝てっこない相手に挑む馬鹿など、放っておけばいい。
 大事なのは自分の命。ヒロイックな行動など、ヘタレの自分には似合わない。身の丈に合わない行動など、しても何も救えない。他人はもちろん、自分自身すら救えない。そこに何の意味もない。
 だけど。
 ここで、仲間を捨てて逃げるのも、絶対に間違っているとの思いが頭から離れない。
 ギネスは涙やら鼻水やらよだれやら吐瀉物やらで汚れた顔を持ち上げる。武器をつかんで立ち上がる。
 だけど。
 サシカイアが再び無謀な突撃をしようとしてブラドノックに止められている。 
 ブラドノックの行動が正解。たかだか5レベルシーフ、しかも筋力体力に不安有りの脆弱エルフ娘が接近戦を挑んだどころで瞬殺が落ち。
 だけど。 
 ドワーフの8レベルファイターであれば?
 やはり勝てないかも知れない。
 きっと勝てないだろう。 
 勝てるはずがない。
 だけど。
 だけど。
 彼らは友達なのだ。
 友達を見捨てて逃げることは、絶対に違うと思う。
 蛮勇?
 蛮勇だ。
 愚かな行動?
 愚かな行動だ。
 そこに意味など無い。
 そこに勝算など無い。
 それでも。
 ギネスは武器を構えて立ち上がる。
 武器を固く握りしめる。
 震える足を前に出す。
 全ては友達を救うために。
 そこで──
 声が聞こえた。
 圧倒的な存在感。あまりに存在のレベルが違う。あまりに荘厳で。あまりに高次元すぎて。その声を、その言葉を正確に理解することは不可能。
 しかし、その大雑把なニュアンスは理解できた。
 曰く──


  ──《汝の勇気を祝福しよう》──


 知らずに涙がこぼれてきた。
 これまでこの世界で幾度と無く流した、絶望と恐怖による冷たい涙ではない。
 感動と感激、大いなるモノに再び連なることができた、歓喜の熱い涙。
「……マイリー様」
 意識せずとも、あたりまえに敬称が付いた。付けずにはいられなかった。
 思わず跪いて祈りを捧げたくなる。
 以前、神聖魔法を使うときに聞こえてきた声とは違う。アレは、どこかシステマチック。まるでコンピューターの合成音声の様。しゃべる炊飯器と会話しているような感覚。何処までも作り物じみた平坦な声だった。そこに神性を感じることなど皆無。
 しかし、この声は違う。
 圧倒的な存在感があった。圧倒的な力感があった。圧倒的な感動があった。これこそがまさしく神、一片の疑いもなく、そう信じることができた。
 人の理解が届かない、絶対的なまでに大いなる存在。その巨大な存在の一端に触れる、その喜び。
 この喜びは、神に仕える者にしか感じることはできないだろう。そして、この喜びの前には、他の喜びなど、些細なこととしか思えない。
 今まで、自分が戦いを、死を恐れていたことが馬鹿らしく思えてきた。
 恐れる必要など何処にも存在しない。
 戦いこそ、我が神の喜び。
 ならば。
 戦いこそ、我が喜び。
 そして、力及ばず倒れたとしても、それもまた問題ではない。
 その戦いが正当なモノであれば、たとえ死んでも、マイリー神の喜びの野に召されるだけのこと。
 この、大いなる存在の元へ、行くことができる。
 それは恐怖ではなく、喜び。
 そして、ギネスはさらなる神の啓示を受ける。それもまた、ギネスに喜びを与えた。神より、自分にだけ与えられたモノ。その「特別」に喜びが溢れんばかり。
 最早この世に、恐怖などは存在しない。ただ正しく戦って、戦い続け、敵わなければ死ぬだけの話。
 ギネスの視線の先で、シュリヒテが魔神将に打ち倒されようとしている。
 ここから飛び込んでも間に合わない。かなりハイスペックなギネスのボディだが、敏捷度だけは低い。何しろドワーフだし。
 だからギネスは、慌てず騒がず手を突き出す。
 神聖魔法は失効した?
 それはもちろん、過去の話。
 今の自分は、あたりまえに神聖魔法を使える。
 そんな確信とともに、1音節の神聖語を高らかに唱える。


 そして、ギネスは名乗りを上げた。



[4768] 26 ビューティフルネーム
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/02/19 20:06
「猛き戦神マイリーよ、忠実なる信徒の祈りに応えてその威光を顕し、戦いに傷つきし勇敢なる戦士を癒したまえ」
 ギネスの祈り、マイリー神の癒しの奇跡キュアーウーンズによって、シュリヒテの左腕、そして頬の傷が瞬く間に癒される。
「助かった」
 左手を握り開きして調子を確かめ、シュリヒテは礼を返す。そして、疑問を口にする。
「どうなっているんだ? プリースト技能は失効したんじゃないのか?」
「取り戻したんだ」
 ギネスは胸を張る。
「絶望のずんどこまで落ちた僕が、なけなしの勇気を振り絞ってシュリヒテ達、友達の為、すげえ格好良く立ち上がろうとした、まさにその時、偉大なるマイリー様の電波が届いたんだ」
「で、電波?」
 シュリヒテはその表現にちょっぴり身体を引く。
「そう、今の僕はマイリー様の電波を絶賛受信中」
 宗教にはまった人間特有のぐるぐるした瞳で、ギネスは堂々と応じる。その言葉が、どれだけ普通の人間をどん引きさせるかなんて、全く考えていないらしい。と言うか、逆に誇らしげですらある。心なし、魔神将まで引いているような気もした。
「とにかく、絶望の淵から勇気を胸に立ち上がったナイスガイな僕に、マイリー様がこうおっしゃったんだ。《汝の勇気を祝福しよう》って。いやあ、その時の喜びはとても言葉では言い表せないね。これぞまさしく神秘体験。蒙が晴れたって言うのか、世界が違って見えるよ。僕はあの瞬間に生まれ変わったんだよ。そう、まさしく今の僕は超絶ディ・モールト・ハイパー・グゥレイト・ギネス2!」
 ものすごい勢いで、ギネスは喜びを口にする。さっきと名乗りが変わっている、と言うのは、きっと無粋な突っ込みだろう。
「それはともかく、セーブソウルやリザレクションは──」
 シュリヒテは腰が引けていながらも、これは重要な事と、ギネスに尋ねる。使えて欲しい。そうすれば──と言う必死さがあった。
「ごめん、取り戻したと言っても、またレベル1からの出直しなんだ。今まで貯めてきた経験値と今回分先取りで当座のレベルアップはしたけど、まだ、そこまで高レベルな奇跡には届かない」
 しかし、ギネスは首を振り否定。それから、シュリヒテの落胆の表情を見て慌てて付け足す。
「でも、元のレベルに戻るのは結構早いんじゃないかと思うよ。今の僕には元信徒割引が適応されるから、成長に必要な経験値が半分で済みそうだし」
「……………そうか」
 長い沈黙の後、シュリヒテはようやく頷いた。
 いくら力を取り戻すのが通常の半分の期間で済むとはいえ、それではシュリヒテが望んでいることには到底間に合わない。それが故の長い沈黙。
「とにかく、今は」
 シュリヒテは剣を構え、こちらを伺っている魔神将に向き直る。
「あのくそったれな魔神将を倒す。他のことは全部、その後だ」
 そして、自分に言い聞かせるように、宣言した。


 ロードス島電鉄
  26 ビューティフルネーム


「性格が変わっちゃってるじゃないか……」
 それを、ちょっぴり離れた場所で聞いていたサシカイアがぼそりと呟く。
「それに何より、アレを聞いて、俺、何となく思うところがあるんだが」
「偶然だな、俺も何となく思い浮かんだ言葉があるんだ」
 ブラドノックも、ギネスのあまりの変わりように、頬を引きつらせながら応じた。
「自分で技能を取り上げておいて、あっさり声をかけて再び与える。──なんてマッチポンプ」
「て言うか、これって性質の悪いマインドコントロールじゃないか? ぎりぎりまで追いつめたところで優しい言葉をかけて依存させる。それでもって、めでたく信者獲得。典型的なパターンじゃないのか?」
 ブラドノックが言うのは、いわゆる悪徳新興宗教なんかの信者獲得方法。
 第1段階として、とにかく、信者候補を徹底的に追いつめる。それは肉体的であったり精神的であったりするが、たとえば、精神的なモノで行う場合。その信者候補を、徹底的に否定してやる。人格、容姿、考え方、その他諸々、全てを否定してやる。悪口雑言の集中砲火、多人数で1人を否定してやったりなんかするのもいい。その信者候補に、自分は全く価値がない、そう思わせてやる。生きている価値がない、そう思わせてやる。世界に味方は1人もいない、そう思わせてやる。とにかく、徹底的に追いつめてやる。
 そうやって、いい具合に信者候補をぼろぼろにして。
 そこで、満を持し、教祖様登場である。
 精神的に追いつめられた信者候補に、教祖様はうってかわって優しい言葉をかけてやる。信者候補を肯定してやる。
 そうすると、信者候補は唯一の味方である教祖様に救いを見、依存し、帰依してしまう。
 そう言った、ある種の定型。
 ちなみにこれは尋問の手法なんかでも使われている。厳しく詰問し人格まで否定する責め役と、逆に優しく肯定し味方してやる宥め役の分担。いわゆる「仏の──」なんて二つ名付きはその宥め役である。
 それが、今回のギネスに酷くはまっているように思えてしまう。
 しかも、そう言った一般的な手段にプラスして、本物の神秘体験まで付いてきているのだから余計に質が悪い。ギネスは完全に、いわゆる「目覚め」させられてしまっている。
「……それでも、使えるようにしてくれた、って感謝するべきなのか?」
 酷い荒療治。しかし、それくらい無ければギネスが使い物になったかどうかは疑問、とブラドノックは首をかしげる。
「どちらにせよ、俺は益々マイリーを信じられなくなったね」
 サシカイアは吐き捨てる。
「それは重畳です。是非マーファを信仰してください」
 声は背後から。
 振り返ると、そこにはマッキオーレをはじめとする神官戦士達の姿。全員相当に精神力を削られている様子で、一様に顔色が悪い。
「いや、エルフだから宗教全般お断り」
 マイリーに隔意を抱いている。とは言え、他の神様を信仰する気もない。サシカイアはほとんど反射的に首を振って否定する。こういうときエルフはいい。エルフが種族的に神様を信じない事はこの世界の常識である。日曜日に聖書片手のおばちゃんが尋ねてきても、あっさりと断ることができる。それはとても素晴らしいことである。
「それは残念です。あなたなら、ニース様と並んで信者獲得のための広告塔になってもらえそうでしたが」
 と、言葉程残念そうでもなく、マッキオーレが応じる。
 お前らもか、マーファ神官。
 こちらもろくでもない、と思わず口元を引きつらせるサシカイアに向かい、マッキオーレは一転、表情を引き締めると言った。
「我々も、覚悟を決めました」


 シュリヒテ、ギネスは連携して魔神将に挑みかかった。
 魔神将は、二対一を卑怯と罵ることもなく、逆に楽しくてたまらないという風に迎え撃つ。
 そう、まだ魔神将には楽しむ余裕があるのだ。
 ギネスの重い一撃をポールアックスではじき返し、その隙を──と迫るシュリヒテの斬撃を柄の部分で受け。いなし、石突きの部分で腹に一撃。鎧で受けたからダメージはなさそうだが、シュリヒテは突き飛ばされて彼我の距離が開き、ギネスとの連携を妨げられる。
 全く、繰り返すが、こういう連中と一騎打ちのできるベルドは、心底化け物だ。シュリヒテは強い。ギネスだってシュリヒテには劣るが十分に強い。一撃の重さに限ればシュリヒテ以上ですらある。なのに、その二人を敵に回して、平気で優勢に戦う。魔神将という生き物は、見た目通り、いや、見た目以上の化け物だった。
 だけど。
 こちらは所詮、ベルドのような英雄の器ではない。
 わざわざ、魔神将との一騎打ちにこだわる必要はない。どころか、手段を選ぶつもりもないのだった。
「万物の根元にして万能なるマナよ……雷撃よ、万条の雷よ、我が指する所のものを囚える牢獄とならんっ!」
 流石の魔神将も、二対一となれば、こちらへの警戒もゆるんだ。
 その隙を付いてのブラドノックの詠唱。
 その背後に累々と倒れているのはマーファの神官戦士達。まるで死体のようにぴくりとも動かない彼らは、その精神力を限界まで絞り尽くしている。トランスファー・メンタルパワーによる精神力の譲渡。それを文字通り、最期の1ポイントまでの全てを、サシカイアとブラドノックに行ったのだ。
 精神力限界までの行使。これは、ゲームをする上では割合頻繁に行われる。特に、敵が精神にダメージを喰らわせてきて、その結果が死や従属を招くような場合。計算して精神力を使い尽くし、自ら気絶する。あらかじめ精神力がゼロになっていれば、それ以上の精神的な攻撃を受け付けない。自分から気絶してしまった者は、敵の精神的な攻撃による死や支配から逃れることができる。これは、リプレイあたりで使われた事もあって、既に常套手段、確立した手法となっている部分もある。
 しかし、現実。
 気絶する程に精神力を使い尽くすのは、そんなに簡単に行えることではなかった。
 何しろ、気絶。それは即ち無防備な状態で戦闘の場に転がると言うこと。流石に直接の斬り合いの場からは離れているだろうにしても、安全、安心とは遙か遠くに存在する。敵がその気になって攻撃してくれば、あっさりと殺されてしまう。そんな状態に自ら陥る。生死を、運命を他者に委ねる。生半可な覚悟でできることではない。仲間によほどの信頼がなければできることではない。
 特に今回、神官戦士達にとっては、慌てて組んだ得体の知れない4人組との共同作戦。両者に隔意もあったし、信頼関係の醸成などしている時間はなかった。その上で、敵は格上。全員でかかっても勝ち目などほとんど無い。そう言うレベルの敵。まともに戦えるのがサシカイアらだけだとしても、実際に己の命、未来を預けるのに、どれだけの覚悟が必要であったか。
「ならば、その覚悟に応える!」
 ブラドノックが珍しく吼え、魔法を発動する。
 ライトニングバインド。雷の縛鎖。
 しかし、その思い、勢いとは裏腹に、魔神将はきっちり抵抗して見せた。
「アレ?」
 と、首をかしげ、納得いかないという顔をするブラドノック。ここは格好良く魔法がかかり、勝利を決定的に引き寄せる。そして自分はヒーロー。シュリヒテばっかりじゃなくて、これで自分も美少女、美幼女を中心にモテモテになる。そんな都合のいい未来予想図を描いていたのかも知れない。
 しかし、この魔法は凶悪きわまりない代物。抵抗されたのはもちろんマイナスだが、それでもなお、その行動にペナルティを付けるのだから、意味は十分にあった。
 雷の鎖に縛られ、明らかに動きが鈍くなった魔神将。
「今だ!」
「突貫!」
 そこへ、シュリヒテ、ギネスが襲いかかる。
 魔神将は迎え撃とうとして。
「風の精霊よ、この一撃を敵に運べ!」
 二人を追い越した一矢の襲撃を受ける。サシカイアの精霊魔法、シュートアロー。
 風の精霊に運ばれるこの矢は同じく風の精霊による守り、ミサイル・プロテクションなどの防御手段をあらかじめ用意しておかない限り、必ず命中する。
 とっさに翳した魔神将の太い右腕を掠め、矢は見事に魔神将の顔──その右目に突き刺さった。
「GUGYAAAAA!」
 魔神将の苦鳴。
 そこへ、シュリヒテ、ギネスの斬撃。
 それでもギネスの一撃をはじき返す魔神将。
 しかし、シュリヒテの攻撃は魔神将の防御をすり抜け、初めてクリーンヒットしていた。魔神将の右の肩口に命中、刃が大きく深く切り裂く。人外の血が舞って、驟雨の如く地面に降り注ぐ。
「今だ、畳み掛けろ!」
 勢い付き、シュリヒテが吼えて、さらなる攻撃を加えようとする。
 ギネスも続き──
「FALTZ」
 それは、先刻も聞いた1音節の神聖語。ただし今度はギネスではなく、魔神将の口から発せられた。
 瞬時に。魔神将を中心に、不可視の衝撃波が爆発的に広がっていく。神聖魔法、否、この場合は暗黒魔法フォース・イクスプロージョン。
 シュリヒテを、ギネスをはじき飛ばし、更に広がってそれはサシカイアらの場所にまで届いた。
「──!」
 油断して近付きすぎていた。
 シュリヒテがピンチで前のめりになっていた。それで彼我の距離が短くなっていた。それを今の今まで深く考えていなかった。魔神将がこれまで魔法を使ってこなかったにしても、油断しすぎだ。
 今更何を後悔しても遅い。甘い自分を罵っても遅い。サシカイアは精神を集中、身体の中のマナを活性化させて必死の抵抗。
 全身、前面に見えない衝撃がぶち当たる。腰を落として堪えようとする。
 多分、抵抗には成功したのだろう。でなければ間違いなくこの一撃で死んでる。まだ生きているからには、きっと抵抗に成功しているはず。
 だが。
 小柄で細身、華奢で体重の軽いサシカイアは、抵抗に成功してなお、あっさりと吹き飛ばされていた。射程ぎりぎりだったおかげもあって、短い空中遊泳で済んだ。とは言え、地面にたたき落とされて痛打。受け身を取ることもできなかった。意識が飛びかける。何だか一瞬殺風景な河原が見えた。何だか子供が石積み遊びをしている。なになに、この川の渡し賃は金貨六枚?、それは高いだろう、まけてくれ。この世のモノとは思えない美しい向こう岸、彼岸で手を振っているのはおばあちゃん? これはヤバイと大慌てで覚醒したらしたで、全身痛くて息が詰まる。
 ひっひっふーと、痛みを追い出す呼吸。ヤバイ、これはきっと生死判定寸前だ。涙目で、歯を食いしばって身体を起こす。もにょもにょと命の精霊にお願い。嘘みたいに痛みが消える。しかし、これで精神力が再び底を突きかけだ。ファイアボルト一発で気絶できる自信がある。
 糞、ミュートが正解だったか、と言うのもまた、今更の後悔。精神力を融通して貰ったとは言え、ソレはなけなしの僅かなモノ。あまり達成値の拡大はできそうになかったので、抵抗を貫けるかどうか不安。だから隙を作ると言うことに注力して、反撃前に一気にケリを付けようと目論んだのだが、どうやら虫が良すぎた。
 ここで例の咆哮もきついが、これで魔神将が路線変更して、武器戦闘から魔法戦闘に切り替えてきても、こちらの勝ち目は僅かにもないだろう。
 そう思い、絶望的な気分になるが──
 魔神将はシュリヒテの一撃を食らった右肩を押さえ、立っている。
 治療中?
 いや違う。
 未だ変わらず、雷撃の鎖が、その身を縛っている。残念なことに、そのモンスターレベルに阻まれて、抵抗されたライトニングバインドの攻撃力ではダメージを全く出せていない様子。せいぜい、毛皮の表面を焦がす程度。
 しかし、それでも、雷撃の鎖はその行動を邪魔する。何だか血行が良くなって肩こりが取れそうに見えても、ソレは勘違い。確実に-4のペナルティが付いているはず。だと言うのに、魔神将はディスペル・マジックで解除することもしない。
 何故?
 あるいは、古代語魔法を使えないという可能性もある。
 しかし、怪我の治療をしないのは不審だ。フォース・イクスプロージョンを使ってきたと言うことは、最低でも5レベルのプリースト技能(ファラリス)があるはず。多分、他の魔神将と同様に、9レベルと見ておいて間違いないだろう。ならば、治癒魔法を使えるはず。文字通り人外の体力持ちとはいえ、シュリヒテの与えた傷は決して浅くない。放置しておく理由はないだろう。追撃を優先するというならばともかく、ただ立っているだけなのだから、それくらいできる間があったはず。
 何故?
 首をかしげ、サシカイアは視界の隅に捉えたゾンビの死骸に目を開く。
 ゾンビは、誰が作っていた?
 上位魔神ギグリブーツ。ソレは間違いないだろう。原作でもそうだったし。
 しかし、ギグリブーツだけで、あれだけの数を準備できたのか?
 その準備に使えた時間は、最長で見積もってもせいぜい2週間程度だろう。サシカイアらが多くの魔神やその眷属を屠ったのがそれくらい前。その後に方針転換、ゾンビ作戦となったようだし。それ以前には、ゾンビの集団なんて噂はなかったらしいから、推測だがこれはほぼ正解のはず。おまけに、サモン・アンデッドで招いたと見えるカボチャ頭なんかの存在もある。
 ──となれば、ギグリブーツ一匹であの数は無理があるのではないか?
 魔神将に視線を送る。
 ライオン顔のせいで、その表情の動きは良くわからない。
 しかし、どこか疲れているように見えなくはないか?
 あるいは、サシカイアら以上に、連日のゾンビ作りで精神力を消耗した状態だったのではないか?
 己に都合のいい妄想?
 そうかも知れない。
 そうでないかも知れない。
 どちらにせよ、ここで弱みを見せるのは拙い。
 はっきり言って、精神力は限界近い。それでも、こちらはまだまだぴんぴんしていますよ、そう言う顔を無理して作る。作れていると信じる。
 シュリヒテ、ギネスも立ち上がっている。至近で受けたというのに、こちら二人は先刻のサシカイアよりも余裕がありそう。
 くそう、生命点の大きい奴がうらやましい。
 我が身、エルフの脆弱さに涙しつつ、魔神将に向かい立つサシカイア。
 尤も、他の3人もサシカイアよりも余裕があると言うだけの話。怪我はギネスがマイリーに祈って即座に治療しているが、蓄積している疲労はどうしようもない。ブラドノックはサシカイア同様精神力切れ寸前だし、シュリヒテもいい加減疲労の極みにある。これまであまり働いていないギネスはまだ余裕があるが、1人だけではどうにも厳しい。
 さあ、どうする? どうすればいい?
 このまま戦いを続けても、勝てるビジョンが欠片も見えてこない。いくら魔神将が雷鎖の呪縛を受けて動きを阻害されている、怪我で多少は弱っているとはいえ、それでもこちらよりは余裕があるように見える。純粋な体力勝負では、もとより人に勝ち目はない。
 いくら考えても画期的な逆転の方法が見つからない。
 本当に頭働いているのか? ああ、糖分が欲しい。
 疲労のせいか、思考も千々に飛んでまとまりがない。焦りが更に思考の停滞を招く。
 そんなサシカイアの背後に人の気配。
「ゾンビ他の始末終わりました。戦乙女、我らに指示を」
 それは、ゾンビの始末をしていた冒険者や村人たち。見れば言葉通り、あれだけいたゾンビなんかは片付いたらしい。
 はっきり言って、魔神将を相手に戦うには、力不足というのですら高評価。そんな連中。だが──
「ギネス、戦いの歌!」
 サシカイアは鋭く命じる。
「え? うん、わかった」
 ギネスは素直に頷き、一つ息を吸い込む。
「僕の歌を聴け~っ! ──きらっ!」
 星が飛びそうなウインク一発。ポーズを決めてマイリーに祈りを捧げると、ギネスは高らかに歌い始める。それは、まさしく戦いの歌。いつかの、腰が引けた軟弱っぽいソレとはまるで違う。その歌詞はもちろん、歌声もまた、士気を高揚させる勇壮なモノ。
「おぉ」
 と初めてこれを聴く村人達は感嘆の声を上げている。彼らも疲労しているだろうが、戦いの歌の効果で高揚し、これでまだまだ戦える、これなら魔神将とでも戦える、そんな風に感じているのだろう。
 だが、残念なことにそれは思い違い。鎧袖一触、十把一絡げ、そんな感じで屠られるモブキャラはあくまでモブキャラのまま。少々のステータス補正など、魔神将との絶対的なレベル差の前には気休めにもならない。
 ならないが、モブキャラなだけに数はいる。その連中がやる気満々で武器を構えて並んでいる。もしサシカイアの推測通り、魔神将の精神力に余裕がないのであれば。高レベル魔法という範囲攻撃を使えないのであれば。──雑魚とはいえ、この数が鬱陶しいことになりはしないか?
 そしてもう一点、戦いの歌を要求したのは、例の咆哮の無効化を狙ってのこと。原作、ロードス島戦記で古竜の咆哮すら無力化した効果を期待してのこと。あの種の特殊攻撃は精神力を消費しないだろうから、封じておかないと、この場合すごくヤバイのだ。咆哮一発で、ばたばた倒れて全滅されてしまっては、なんにもならない。
 さあ、どうする?
 そう視線に込めて、真っ正面から魔神将をにらみつける。
 実際にこの連中をけしかけたりはしない。そちらがやる気ならやってやるよと、睨み合いに留める。戦いは数だよと言った偉い中将閣下の言葉を信じたいが、それでも勝てる気がしなかったりする。実のところ9割9分9厘まではったり。しかし、それくらいしかもう、打てる手を思いつかなかった。自分の命がかかっていなかったら、あっさりお手上げするところだ。
 最悪、こいつらが戦っている間に逃げることにする、とは考えていない振りをしておく。肌が黒くなってしまったら、精神力抵抗+4は魅力だが、やっぱりヤバイし。
「──っ」
 小さく、魔神将が喉の奥で笑ったように見えた。炯々たる光を宿す隻眼はサシカイアを射抜き、そのはったりをあっさり見透かしているようにも見える。冷や汗が頬を伝う。
 しかし魔神将は戦いを再開しようとはせず、目に見えて、その身体から力が抜ける。
「我が名はラガヴーリン、魔神将ラガヴーリン」
 武器を肩に担ぐと、魔神将は下位古代語で高らかに名乗りを上げる。
「しゃ、しゃべった?」
 誰かの驚きの声。
 何度目かの繰り返しだが、重要なことなのでもう一度言っておく。見た目化け物なので勘違いしがちであるが、魔神の知能は割合高い。魔神将ともなれば、相当なレベルになる。人に遜色ないどころではなく、下手するとそれ以上に。
 それにしても、ヒュ○ケルや○リスでなくて良かったと、サシカイアは心底思う。特に後者はダメだ。斧をぶんぶん振り回すよっ!、って全然勝てる気がしない。(@公式画像掲示板)
 サシカイアの安堵をよそに、魔神将ラガヴーリンはシュリヒテに、そしてサシカイアに視線を向けて問う。
「人の剣士と妖精の娘よ、貴様らの名前は?」
「シュリヒテ! シュリヒテ・シュタインヘイガー!」
 戸惑いの顔はほんの一瞬。堂々とシュリヒテが名乗りを返す。
「超絶ダイナミック・エクセレント・ギネス2!」
「ブラドノック・ケルティック!」
 この二人は聞かれていないと思うのだが。
 ギネスの名乗りがまた違うのは、もう突っ込んではいけないことなのだろう。
 てか、ブラドノック、姓あったのか。……何だか無理矢理臭い。ギネスの名乗りに対抗して、今この瞬間にでっち上げたというのが真相かも知れない。
 その二人の名乗りを魔神将がすげなくスルー、視線はまっすぐにサシカイアに向かう。
 その視線に応え、サシカイアは薄い胸を張り、堂々と名乗りを上げた。
「ペペロンチャ!」
 ……何だか色々と台無しだった。



[4768] 27 うたわれるもの
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/03/07 16:27
「ペペロンチャ!」
 サシカイアの堂々とした名乗りに対して、シュリヒテら3人は「はぁ?」という顔を見せた。
 雰囲気台無し。もうちょっと空気を読んで欲しい。
 そう言った反応に、サシカイアの方こそ、言い返したいことは山程あった。
 何故、安易に敵に名前を教えてしまうのか。
 SWには無かったかも知れないが、ファンタジーで、名前を通して呪いをかける、なんてのは珍しくもない話。
 たとえば、大好きなファンタジー漫画、惚れた女性を助けるためにドラゴンと戦ってその解放に成功するも結局ふられた王位継承権持ちの主人公などは、まさしく名前を通して呪われることを避けるために、本名を隠してアルファベット2文字で通しているし。陰陽師では、名前を呼んで金縛りにかけたりしているし。有名な海外魔法少年小説なんかでも、敵の名前をまともに呼ぶことを避けようとしていたり。エトセトラ、エトセトラ。名前関連の呪い、なんて珍しくもない話。ぶっちゃけ、リプレイで変身して分裂するようなラスボスやら悪の秘密結社みたいなモノが登場した時点で、サシカイアはある種の諦観とともに、SW、フォーセリアは何でもありな世界なんだ、と思ったモノである。知らないだけで、名前関連の呪いくらいあって不思議はなく、むしろそれくらいは可愛らしい部類に入るとすら思う。
 もちろん、サシカイアらの名前は便宜上のモノ、本名は別にある。これはあくまで、TRPGを遊ぶために作ったキャラクターの名前。3人が気楽に名乗ったのはそれが故でもあるだろう。だけど、このキャラクター、この身体の名前は、まさしくサシカイアであるわけだし。僅かでも危険があるならば、避けるが賢明だろう。
 ……そうでなくとも、魔神将に名前を知られていいことなど、あるようには思えないし。
 この場の雰囲気に流されて、格好付けて名乗る、なんてサシカイアには考えがたい。シュリヒテらの軽率さこそ、責められるべきモノだと感じている。
「シュリヒテにペペロンチャ、その名、この傷とともに我が身、我が心に刻んだ」
 幸い、3人の反応に、魔神将ラガヴーリンは気が付かなかった模様。サシカイアの名乗りを、素直に信じている様子。
 安堵するサシカイア。
 それを余所に。
「超絶マスター・グレード1/1ギネス2!」
「ブラドノック・ケルティック!」
 スルーされた2人が、どこか悲しげに再び名乗りを上げている。
 ……しかし、魔神将はやっぱりスルー。
 何だか2人の背中が煤けているようにも見えた。名乗るのは馬鹿だ。そう考えつつ、サシカイアはその寂しげな背中に、思わずほろりと来そうになってしまう。
「この場は貴様らの奮戦に免じて、こちらが引こう」
 それは、敗北を認めると言うことか? いや、魔神将の顔を見るに、ここは見逃してやる、と言う方が正解か? 残念なことに、ライオン顔で表情が読みづらいが。
 何でもいい。兎に角この流れは、魔神将の側から引いてくれそうだ。
 ならばもちろん、サシカイアの答えは決まっている。是非そうしてください、どうぞどうぞ、だ。
 思わず安堵の息が零れそうになるのを堪える。まだ、安堵して気を抜くには早い。安堵するのは敵が、魔神将が完全に撤退したことを確認してから。色々とポカの多い自分たちである。油断大敵。ここはぐっと気を引き締めるべき。家に付くまでが遠足です。シチュエーションはこれに近いだろう。
 そう己を戒めるサシカイアの前で。
「だが、ここで我が名に誓う」
 一転、魔神将の声に獰猛なモノが混じった。隻眼に煌々とした光を灯し、まっすぐにサシカイアを、そしてシュリヒテを睨み付ける。
「再び貴様らにまみえた時。その時には、貴様らを引き裂き、はらわたを喰らい──我が血肉としてくれんっ!」
 猛る魔神将。
 その身体に変化が表れる。びきびきと筋肉が血管が浮き上がり、骨の鳴る音。背中、肩胛骨のあたりが盛り上がり始める。そして、瞬き5つ程の間に、まさしく悪魔と言った趣の、蝙蝠のモノによく似た皮膜の翼が生えていた。
「古代語魔法の変身(シェイプチェンジ)──て感じじゃないな」
 ブラドノックの呟き。
 漫画版の魔神将ゲルダムも、こんな感じで翼をはやしていた。魔法ではなく、おそらくは魔神将固有の能力による肉体の変化、変身。大体、呪文の詠唱をしていないし。
「ちっ」
 と、サシカイアは小さく舌打ち。
 これがシェイプチェンジだったら、飛び上がったところへブラドノックにディスペルマジックを飛ばさせるところ。うまくすれば変身が解けて魔神将は落下。距離拡大で高みに登ってからの落下とできれば、かなりのダメージが期待できるところだったのに。
 まあ、ブラドノックも精神力の余裕があんまりなさそうだし、贅沢を言ってはきりがないと、気持ちを切り替える。
 ここは、敵が引いてくれて生き延びることができそう、それで良しとしよう。欲をかき、かきすぎて大失敗となったら目も当てられないし。
「逃がすかよっ!」
 ポジティブにいいこと探しを始めたサシカイアの思いを余所に。
「てめえはここで死ねぇえ!」
 シュリヒテが叫ぶ。
 ああ、この馬鹿たれ、格上の敵がせっかく見逃してくれるというのになんでお前はわざわざ向かっていくのか。空気を読むべきなのはお前の方だ、と慌てるサシカイア。
 シュリヒテはそんなモノは知ったことではないと、剣を構え、大地を蹴って、一直線に魔神将に突進する。
 全ての技術を放棄したかのように。一直線に最短距離を全力、全速で詰める。そのままの勢いで、ほとんど身体ごとぶつかるようにして魔神将に突きを放つ。愚直でなりふり構わない、己の命すら度外視しているような、それだけに鋭く、速く、力強い一撃。
 この一撃をかわされればあとがないというぐらいの覚悟で飛び込んできていたら、お前の勝ちだったかもしれんぞ。
 原作、戦記の一場面がサシカイアの頭に浮かぶ。一騎打ちで負けることはないと公式に設定された剣匠カシューをして、そう言わしめたパーンの突きとは、こうしたモノだろうか?
 シュリヒテの魔剣。その切っ先が風を切り裂き、鋭く魔神将の胸元にのびる。
 魔神将は背中の翼を羽ばたかせて、僅かに宙に浮いたところ。体勢は十分とは言えない。
 これならば──
 ぎぃん、と鋭く金属同士の打ち合わされる音。刃と刃が噛み合い、火花が散って。
 サシカイアの幻想は、期待はあっさりと打ち砕かれる。
 吹き飛ばされたのはシュリヒテの方。地面に叩き付けられて大地を転がる。
「急くな」
 赤い斧槍を担いだ魔神将は悠然と、倒れたシュリヒテを見下ろす。
「今回は互いに万全とは言い難い状態での戦い。先も言ったように、せっかくの戦い、楽しまなければ、互いに全力を尽くさなければ面白くない。だから、決着を付けるのは次回だ」
 だから、ここは見逃してやる。
 高みから見下ろす魔神将の視線は、そう言っていた。
「……ふ、ふざけるなよっ」
 血が混じって真っ赤になった唾を吐き、シュリヒテが立ち上がろうとするが膝が笑っている。いい加減、限界なんて遙か昔に通り越してしまっている。高ぶる感情で無理矢理身体を動かしているようなモノ。その無茶ももう効かなくなってきていた。
「貴様は、貴様らはトリスを殺した。だから、俺は絶対に貴様らを許さないっ!」
 だから、動かない身体の代わりに、怒りを、言葉を魔神将に叩き付ける。
 その血を吐くシュリヒテの叫びに、魔神将は口元をゆがめる。笑ったのだ。シュリヒテの心からの叫びを、楽しげに。最高の愉悦だと。
「ならば、再び我に挑め。その時には、心ゆくまで相手をしてやろう」
 言い捨てて、魔神将は力強く背中の翼を羽ばたかせると飛び上がる。すぐにその姿は小さくなっていく。
 その背中へシェイドでもぶつけてやろうか、等とちょっぴり考えたサシカイアだが、ここはぐっと我慢する。魔神将もかなり精神力を消耗していた臭いから、シェイドを、と言う選択肢は悪くないとは思う。ディスペルじゃなくとも、気絶→落下→タコ殴り、となったら最高だ。だが、残念なことにこちらの精神力も限界寸前。距離の拡大とかダメージの確実化とか達成値の上昇とかもできない素シェイドしか打てそうになく、それでは魔神将の抵抗を抜くことは難しい。それではきっとダメージがでない。
 魔神は一般的に暗視能力持ちであるから、シェイドは見えない。それでも、やっぱりぶつければ効かなくてもわかるだろう。突っかかっていったシュリヒテは見逃してもらえたが、更にサシカイアが失敗しても、もう一回見逃してもらえる、とまで虫の良いことは考えられない。無用なリスクは避けるべき。
 とにかく、生き延びることに成功したらしい。今はそれを喜ぶべき。それで十分とするべき。
 再戦云々については──もちろん遠慮する。シュリヒテには悪いが、ああいう手合いはベルドとかファーンに任せてしまうべきなのだ。
 とりあえず今は疲れた。考えることも億劫だ。もう、全てのことは後回しにして、どこかでゆっくりと休みたい……
 そんな風に考えたサシカイアの後ろで。
「うぉおおおおおおおおおおお!」
 爆発的な歓声が上がった。
「おおぅ?」
 その圧力に背中を押され、思わず前に向かって蹈鞴を踏んでしまう程。
 振り向けば、歓喜の表情を浮かべ、天を突かんばかりに腕を振り上げた村人や冒険者達。
「勝った。俺たちは勝ったぞっ!」
「オラ達の村は救われたっ!」
「うぉおおお、すげええ!」
「俺TUEEEEEE!」
 勝ち鬨。
 はっきり言って、魔神将に勝った気など欠片もないサシカイアである。
 しかし、村人や冒険者達にとっては、村を守った。敵が引いた。その事を以て、自分たちの勝利と考えているらしい。それも間違いじゃない。コンプリートサクセスとは言えずとも、ミニマムサクセス、いや、もうちょいとマシな成功だろう。特に村人にとっては、魔神の退治よりも、自分の村を守れたことの方が重要だろうし。魔神との会話は下位古代語でなされているから、わからない人間の方が多いと言うこともある。
 そして彼らの叫びはいつしか、この戦いにおける功労者の名前の連呼になった。
「光の剣、シュリヒテ万歳っ!」
「戦乙女、ペペロンチャ万歳っ!」
 何時までも終わりがないように叫び続ける彼らの声を聞いて。
 サシカイアは、何かを致命的に間違えてしまったような恐れを抱いた。


 ロードス島電鉄
  27 うたわれるもの


 この島、ロードスは呪われた島と言われている。
 戦乱は尽きず。
 魔物は跋扈し。
 今では、更に魔神王とその眷属が、暗黒の時代を呼ぼうとしている。
 南のドワーフ族は滅び。
 鏡の森のエルフの集落は襲われ。
 彼らの守護していた黄金樹は奪われた。
 大陸への海路は封鎖されてロードスは孤立し。
 モスの小国は占領されて魔神の王国となった。
 更に魔神王とその眷属は侵略と殺戮の手を伸ばし。
 ロードスの各地で死と絶望をまき散らしている。

 だがロードスの民よ。
 絶望するには当たらない。

 汝は知るや?
 赤髪の傭兵を。
 ロードス最強の戦士を。
 その名はベルド。
 ライデンを封鎖していた魔神将を、一騎打ちで屠った男を。

 汝は知るや?
 光の剣を。
 その名はシュリヒテ。
 アラニアを襲った魔神将を撃退した男を。

 汝は知るや?
 戦乙女を。
 麗しき妖精の娘、その名はペペロンチャ。
 荒くれ者どもを率いる勝利の女神の名を。

 そしてまた、汝は知るや?
 ロードスの各地で立った綺羅星のごとき勇者達を。
 その名は百の勇者。

 汝は知るや?
 魔神に立ち向かう、勇敢なる者達の物語を。
 それは勲詩。
 英雄達の物語。


 とある酒場で、吟遊詩人がリュートをかき鳴らし、高らかに歌う。
 今一番ホットな話題。
 それはやはり、百の勇者だろう。
「百の勇者が立ち上がれば、ロードスから魔神は一掃される」
 ライデン評議会議長アイシグの言葉は、ライデンが魔神に勝利したという宣言とともに発せられ、瞬く間にロードス中に広がっていった。
 同時に、魔神の首に懸賞金がかけられたことも。上位魔神で5年は遊んで暮らせる金額。魔神将となればその10倍、魔神王はさらに10倍。尤も、いくらがんばっても、普通の人間には魔神将どころか上位魔神だって厳しすぎる相手である。アレクラスト大陸に済む人間を、レッサーロードス人と呼べる程に強者揃いのロードス島の住人達とは言え、流石にベルドら六英雄程の人間は多くはないのだ。
 それはともかく。
 このライデンの動きに呼応するように、アラニアは賢者の学院、幸運神チャ・ザの教団、知識神ラーダの教団も魔神の首に賞金をかけた。後、ファリス教団も。ファリスだけ別枠なのは、その値段設定がかなりしょっぱいから。ファリスにしてみれば、教義的に、魔神を退治するのは「あたりまえのこと」で、わざわざ賞金をかけるようなモノではないという思いがあるから。決してケチだからというわけではない。また、戦神マイリー教団は、魔神退治に立ち上がった勇者達に、神官戦士を同行させるという宣言を行っている。
 そして、最初にその賞金を得た、魔神将殺し、赤髪の傭兵ベルドの名前がロードス全土に轟いた。
 更に一拍遅れ。
 アラニアを荒らし回っていた魔神将を撃退した2人の、戦士と妖精娘の名前も、ロードス全土に知れ渡ることとなった。
 これは、ロードスの人々に大いなる安堵をもたらした。
 魔神将とは──魔神とは。
 人に、倒すことができる存在なのだ。
 絶望する必要はないのだと。


 その一方で、絶望にさいなまれている者もいたりする。
 無責任に連呼される英雄の名前。
 赤髪の傭兵ベルド。
 光の剣シュリヒテ。
 他にもファリスの聖女フラウスや白の騎士ファーン、荒野の賢者ウォートやマーファの愛娘ニースなんかの名前も。
 そして。
 戦乙女ペペロンチャもまた、あたりまえに人々の口に上る名前だった。
「……何だか致命的な失敗をした気がする」
 ご飯でも食べようと入った酒場で吟遊詩人の歌を聴かされたサシカイアは、力尽きたようにぐったりとうなだれた。
 そしてある意味、サシカイアのその危惧は正解だった。





 4th STAGE ゾンビ退治転じてvs魔神将
    MISSION COMPLETE

   獲得経験点 基本点 1000
           SPボーナス 2000

 成長

 光の剣シュリヒテ・シュタインヘイガーのレベルキャップが解放されました。
 超英雄ポイントが1点、与えられました。

 戦乙女ペペロンチャのレベルキャップが解放されました。
 超英雄ポイントが1点、与えられました。
 ………………………該当者がいません。


   シュリヒテ 技能成長無し 超英雄ポイント0→1 残り経験値3500
   ブラドノック 成長無し 残り経験値8000
   ギネス プリーストLV0→LV5 残り経験値500(取り直しの為、必要経験値は半分)
   サシカイア 生命点9→10 残り経験値1000



[4768] REACT 我が青春のアルカディア
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/03/14 15:31
「皆さん、お元気でいらっしゃいますか? 世界平和をあなたと共に考える、愛と誠のレポーター、ブラドノックです。私は今、皆さんよ~くご存じの、あの、銭湯に来ております。ごらんのように、清掃中の札がかかっております。つまり中では、サシカイアが服を脱ぎ、サシカイアがかけ湯をし、サシカイアが湯船に浸かり、そして、サシカイアが身体を洗う。とまあ、そう言った、良くある光景が繰り広げられております。私も正直言って、このどきわくを、隠し仰せることは出来ません。──世界に平和を。人類に明るい未来を。と言ったところで、早速中に入ってみたいと思います」
 ブラドノックが蛇男劇場の乗りで、カメラ目線でべらべら~と言葉を続ける。
 もちろん、マイクを握りしめる手、その小指は立っていた。


 ロードス島電鉄
  REACT 我が青春のアルカディア


 ブラドノックの前には、マーファの湯、入り口があった。入り口にかけられたのれんに大書きされた文字は「女」、そう、ここは女湯だった。
 自作の「清掃中」の立て看板を用意して、サシカイアが中に消えたのはついさっき。
 それを見送ったブラドノックは、静かに行動を開始した。
 前回の失敗。それは、この世界が自分たちの知る現実世界とは似ていて、しかし違う世界であると言うことを軽視したため。そう、ここはおファンタジックな世界。神が、魔法があたりまえに存在する似て非なる世界。あちらの世界のお約束が、こちらの世界では通用しない。そんな当然のことを見落としていたのだ。今にして思えば、失敗したのはあたりまえのことだった。むしろ、致命的な状態になる前にそれが発覚したのは、幸運だったとすら言えるだろう。
「しかし、俺は諦めない。待ちに待った時が来たのだ。多くの英霊が無駄死にでなかったことの、証のために!」
 今回、ブラドノックが選んだ方法。
 それは前回の反省を生かし、この世界のルールに則った力。
 即ち魔法。古代語魔法のコンシール・セルフ。この魔法は、術者の存在を他者から完全に隠匿する効果がある。見えず、臭わず、音を立てても気が付かれない。ドラ●もんの道具で言えば「石ころぼうし」がこれに近い効果を持つ。そんな効果が、術者の集中している限り継続する。気が付かれずに女湯に潜入するのに、これほど適した魔法はないだろう。まさしく、その為に作られたと言っても過言でもない程に。
「再び男の理想を掲げるために。男の浪漫実現のために。マーファの湯よ、私は帰ってきた!」
 既に、本当にその効果があることは確認済みだ。ぶっつけ本番で行動する程ブラドノックは無謀ではない。
 それでも最初の一歩を踏み出すには勇気が要った。己を鼓舞するように拳を握りしめて宣言すると、ブラドノックは慎重にのれんをくぐった。
 そこで感動にしばし身体を震わせる。女湯に入る。成年男子に決して許されることのないその行為を、今自分は誰に咎め立てされることなく行っている。それが、ブラドノックに大いなる感動を与えたのだ。この一歩は人類にとっては小さな一歩だが、ブラドノックにとっては偉大な、偉大すぎるくらいの一歩なのだ。
 とは言え、何時までもここで感動しているわけにはいかない。
 ブラドノックは歩を進めると、ゆっくりと視線を巡らせて脱衣所内を観察する。
 脱衣所は閑散としている。これは想定通りのこと。サシカイアが元々人の少ない時間を見計らい、更に入り口に「清掃中」の看板を勝手に掛けて入浴制限してしまっているため。貸し切り状態もおかしな話ではない。
 ブラドノックは大きく深呼吸。その場の空気を胸一杯に吸い込む。気のせいかも知れないが、ブラドノックは場の空気がピンク色をしているように感じていた。
 今、男の自分が、不可侵の領域であった女湯、脱衣所にいて、その空気を吸っている!
 何度目かの感動に心を震わせた後、ブラドノックは一つだけ使用中の脱衣籠に近付いた。
 そこには、サシカイアの脱いだ服が入っている。きちんと綺麗に畳まれていたことに意外性を感じつつ、そっと手を伸ばす。
「まだ暖かい、近くにいるな」
 等と、阿呆な事を呟きつつ、ブラドノックはそれ以上何をするわけでもなく、その場を離れる。
 ブラドノックは自他共に認める変態である。もちろん、女性の下着に興味はある。あるが、それは基本、中身付きの場合である。意外かも知れないが、それ単品を愛でる趣味はあまり持ち合わせていないのだ。何より、優先順位を間違えてはいけない。目標はあくまで、脱衣所ではなく浴場にいる。時間は有限、余計なところにかまけている余裕はないのだ。
 ブラドノックはゆっくりと、その必要もないのに足音を殺し、息を潜め、脱衣所と浴場を隔てる扉の前まで移動する。
 そこで静かに深呼吸。
 この扉の向こうに広がるのは夢の世界。桃源郷。我が青春のアルカディア。
 どきどきする心臓を宥めると、ゆっくりと扉の手を伸ばし──
「この時間に清掃中?」
 不意に脱衣所入り口の方から聞こえてきた声に飛び上がった。
 大慌てで脱衣所の隅っこに移動して身を縮める。コンシールセルフの効果を信じれば、わざわざそんなことをする必要はないのだが、それでも、脱衣所の真ん中に立っているような度胸はない。
「……また、サシカイアの仕業かしら」
 声は仕方がないなあ、と言う風に嘆息し、暖簾をくぐって脱衣所に入ってくる。
 声の主は黒髪清楚な美少女、ニースだった。
 隅っこに寄ってはいるが、隠れているわけではないブラドノック。普通ならあたりまえに気が付かれるところだが、コンシールセルフはきちんと効果を発揮していて、ニースは気が付かない。破裂しそうな程に激しく脈動する心臓を宥めながら硬直しているブラドノックの前で、ニースは脱衣籠を用意する。
 これからニースはどうするのか? 
 答えは決まっている。
 お風呂に入りに来たのだから、服を脱ぐに決まっている。
 ぐびび、と音を立てて唾を飲み干し。
 しかし、ブラドノックは顔面を蒼白にする。
 拙い、非常に拙い。
 サシカイアはいい。中身男だし、セクハラしても冗談で済む──とブラドノックは考えている。もちろんサシカイアの意見は違うが。
 だが、ニースは拙い。
 いつかの言葉を思い出す。
 ニースにセクハラをしたら、本当の悪者になってしまう。
 その通りだ。
 ブラドノックは変態である。だが、これまで己に恥じることなく、その道を歩んできた。
 しかし、このままニースの脱衣を、入浴を覗き続けたら?
 それは悪だ。その時には、最早、元の自分には戻れなくなる。決定的に違ってしまう。
 そんな確信があった。
 これから先、光の元を歩けなくなる。人生の裏街道をこっそり、ひっそり歩かざるを得なくなる。
 その非常なリスク。
 一番利口な行動は、即座に脱衣所から立ち去る事。
 そうすれば、明日もこれまで通りのブラドノックでいられる。それこそが、一番冴えたやり方。
 そんなことは百も承知で。
 ぐびび。
 とブラドノックは喉を鳴らした。
 だが、男として。
 このチャンスを棒に振っていいのか?
 男には、全てを犠牲にしてでも、やり遂げなくてはならない事、やり遂げなくてはならない時があるのではないか?
 そして、今がその時だ。
 ブラドノックにはそんな確信があった。
 これから先、後ろ指を指されるだろう。陰口をたたかれ、石もて追われるだろう。腐った生卵だってぶつけられるかも知れない。手紙にはきっとカミソリが入る。最早、安息の地はこの世界の何処にもなくなるだろう。安息の時が訪れることもないだろう。その罪過は一生涯ブラドノックの背中にのし掛かり、いずれその重みに耐えきれなくなって押しつぶされるだろう。月のない晩に背中を撃たれ、人の通らぬ路地、ゴミための中に倒れて緩慢に死んでいく。それですらマシと思える、そう言う末路しか、自分には用意されないだろう。そして死してもなお、その罪はブラドノックを責め立て、墓は荒らされ、人類の歴史に最低最凶の極悪人として記されるだろう。救いは永遠に訪れない。
 そんな一切合切を承知の上で。
 ブラドノックは目を見開いてニースに注目した。
 そこには、覚悟を決めた「漢」がいた。
 その見事な漢っぷりには、思わず超英雄ポイントをプレゼントしたくなるくらい。
 今、人生を賭したこの瞬間の全てを、己の記憶に刻み込む。瞬き一つだって、もったいなくて出来ない。大丈夫。きっと、この記憶さえあれば、茨の道だって歩いていける。
 そんなブラドノックの前で、ニースは身をかがめて、マーファ神官の制服、貫頭衣じみた白いワンピースの裾に手をかけた。
 その瞬間。
 かがめたニースの腰が、椅子の上に置いたマイ洗面器を突き飛ばした。
 上に置いたバスタオルや着替えをまき散らしつつ、がちゃんと金属音を立てて洗面器が床に転がる。
「ああ~」
 と、自分の失敗に小さく嘆きの声を上げつつ、ニースがしゃがみ込んで散らばってしまった着替えやらをかき集め始める。
 その中には乙女の神秘、白い小さな布きれなんかもあったが、ブラドノックの視線は違うモノに引き寄せられていた。
 お風呂道具や着替え類に混じって存在するには違和感のありすぎるそれは、落ちたときに金属音を立てたモノ。
 脱衣所の灯りを反射する、鮮やかに銀色に輝くそれは。
 ──大型のハサミ。
「マーファ様に戴いた、大切なものが」
 ニースは慌て気味にそのハサミを持ち上げて、付いてもいない埃を払う。
 アナライズ・エンチャントをして魔法がかかっているかの確認をするまでもない。明らかに自然とは異なる輝きを灯すそのハサミは、間違いなく魔法の道具。それも、古代語魔法と言うよりも、何か別種の──おそらくはマーファ神の手による祝福を受けている。言うなれば神器、祭器の類。
「ふふふ。ちょん切り丸は、今日もいい感じですね。最近は使用機会がなかなか無いのがアレですが」
 しゃきん、とそのハサミで素振り?をして見せるニース。
 ブラドノックは即座に回れ右をして、集中を切らさない程度の、しかし可能な限りの速度で脱衣所を後にした。決して、後ろを振り返る事はなかった。




REACT STAGE マーファの湯・極秘潜入作戦Ⅱ
 MISSION FAILED……


獲得経験値 0

成長
シュリヒテ なし
ブラドノック 超英雄ポイントあげようかと思ったけど、最後にへたれたのでやっぱなし
ギネス なし
サシカイア なし


お風呂編、その2
 ニースの性格がアレだとか、途中で明らかに集中切らしてるだろうとか、色々突っ込みどころだらけだと思いますが、ギャグだと思ってぬるくスルーして頂けると幸いです。


アイテム

名称:神罰のハサミ(ちょん切り丸)
知名度:20(ただし、マーファ神官は必ず知っている)
魔力付与者:大地母神マーファ
形状:大型のミスリル製のハサミ
必要筋力:1(打撃力6)
基本取引価格:非売品
魔力:攻撃力、追加ダメージ共に+3 
大地母神マーファ自ら作り、鍛え上げ、人に与えた聖なるハサミ。いわゆる神造兵器。
覗き魔に対して攻撃した場合、必ず命中、クリティカルしてちょんぎる。
このダメージで生命点が0以下になっても、生死判定は必ず成功する……死んだ方がマシかもだけど。
負った怪我はキュアウーンズやヒーリングによる治療が可能だが、リジェネーションによる再生治療は不可能。
覗き魔以外が相手だと、まるで効果無し。ダメージを与えられない。



[4768] RF 新牧場物語
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/04/18 18:53
 今回別作品とのクロスオーバーです。
 ご注意下さい。



 彼は正直なところ、敵をなめていた。
 自分たちに比べれば脆弱な生き物。軽く撫でてやるだけであっさりと死に至る。その程度の相手。敵と表記する事すら大げさに過ぎると。
 ここのところ、連中のコミュニティーを襲いに行った一軍が全滅したり、ねぐらにしていた砦を落とされたりと、ろくな事が起きていない。いないが、それも敵の強さを示す出来事ではなく、全ては襲撃隊イヌさんチームや守備隊ミミズクさんチーム連中の怠慢や無能が招いた結果だと思っていた。愚かな仲間を持つと苦労する。尻ぬぐいも楽ではない。しかし、こうやって無能が淘汰された以上、これから先は多少は仕事も楽になるだろう。そんな風に彼は考えていた。
 そして彼は、本隊ライオンさんチームの特攻隊長として、直属の上司と共に、ゾンビの群を率いていくつものコミュニティーを滅ぼしていった。
 ほら見ろ、やっぱりこいつらは弱っちい。自分たちが本気を出せば簡単に滅ぼす事が出来る、との確信をあらたにしながら。
 しかし。


 彼らの前に立ちふさがった長耳娘が、彼の傲慢をあっさりと焼き尽くした。



 ロードス島電鉄
  RF 新牧場物語



 それは、圧倒的な火力だった。
 炎の精霊王イフリートが睨み、フェニックスが羽ばたく。その絶対的な火力によって、率いていたゾンビの群はほとんど一瞬で焼き尽くされ。幸い彼自身は直撃を避けたモノの、その余波だけで全身に重度のやけどを負う事となった。
 そして長耳娘の一撃は、彼にやけど以上に深刻な傷を与えた。彼の精神に恐怖という名の傷を刻み、その心を叩き折ったのだ。
 敵は脆弱な生き物。
 彼の抱いていた確信は、ただの幻想、己に都合の良すぎる勘違い。敵は脆弱どころか圧倒的、恐怖を覚える程に強かった。
 劫火を背後に、薄い胸の前で腕組み、仁王立ちする長耳娘。アレは化け物。アレは既に滅びたはずの王国魔術師並の生き物。アレは彼のチームの隊長ばりに突き抜けた存在だった。彼の事など、蚊を叩きつぶす程度の労力で、あっさりと屠ってしまう事が可能。そう言うレベルのモンスター。
 心を折られた彼は、最早戦士たりえず。最早、戦場にとどまる事も出来ず。
 ライオンさんチームの特攻隊長としてのプライド。順調に進んできた出世街道、将来への展望。
 そんな、全てのモノを投げ捨てて、彼は後ろも見ずに逃げ出した。
 追いかけてくる長耳娘の幻影に怯え、兎に角遠くへ遠くへと恐怖心の命じるままに必死で逃げまどい。
 気が付けば1人、何処とも知れぬ場所に迷い込んでいた。


 そもそも、このあたりは彼の、彼らの世界ではない。文字通りの異世界。地理に不案内であっても、何ら不思議な話ではない。
 しかし、今の状況でこれは最悪だった。
 強靱な肉体を誇る彼であるが、それにしたって呑気をしていられない程の全身のやけど。何時またあの長耳娘が現れないとも限らないというのに、チームとはぐれてただ1人。自分を、心細さ、なんて軟弱な感情とは無縁の生き物だとこれまで思って生きてきたが、それは大きな勘違いだった。今は何より仲間が恋しい。1人孤独に、寄る辺なく立つ事が、とんでもなく心細い。
 彼は仲間を求めて闇雲に歩き回り、体力を消耗させていった。
 彼の傷は深い。その上、食事や睡眠を省略した無茶な行動は、確実に彼をむしばんでいく。積み重なる疲労。そうして遂に彼は力尽きてしまう。
 普段の調子であれば、なんて事のないぬかるみ。そこに足を取られ、次の瞬間には地面に倒れていた。そして、そうなってしまうと、彼には立ち上がる体力、気力が残されていなかった。
 このまま、自分は死んでしまうのか。
 こんな、何処とも知れぬ異界の森の中で、仲間ともはぐれ、1人寂しく。
 冗談ではない。チームの特攻隊長として、赫々たる戦果を上げ、順調に出世街道を歩んできた自分が。
 誰からも省みられることなく虚しく死を迎える。
 そんな話が認められるわけがない。
 と、喚いたところで体力を消耗させ、死を近づけるだけ。
 泣き叫び、喚く事を堪えるのに、彼は超人的な努力を払う事となった。
 そして。
「大丈夫ですか?」
 いつの間にか意識を失っていたらしい。誰かの声が耳朶を打ち、それによって彼は覚醒する。
 気が付けば、金髪の少女が彼を見下ろしていた。
「酷い怪我をしているようですが、何か私にして欲しい事はありますか?」
 おっとりした声で、少女が彼に話しかけてくる。
 苦労して彼らの言葉ではなく、下位古代語を思い出しつつ、水と食べ物が欲しいと告げる。
「わかりました」
 彼に一つ頷くと少女はきびすを返し、近くにあった家の中に入っていく。
 よほど疲労し、余裕を失っていたのだと、彼は改めて思い知る。こんなに近くに民家があったとは、これまで全く気が付かなかった。それほどまでに視野が狭まり、疲労していたのだ。
 程なくして、少女は戻ってきた。
「はい」
 そう言って、彼に渡してくれたのは。


 じょうろだった。


 それも、酷くぼろぼろで穴の空いた。
 まじまじと少女の顔を見直す。
 少女は、にこにことおっとり微笑んでいた。
 もしかして、自分の下位古代語が間違っているのだろうか?、と彼が首をかしげていると、少女は「あっ」と小さく声を上げて一つ手を打つ。
「そう言えば、食べ物もでしたね」
 言うと再び家の中に入り、すぐに戻ってくる。
 そうして、彼に手渡したモノは。


 くわだった。


 それも、酷くぼろぼろでさび付いた。
 まじまじと少女の顔を見直す。
 少女はにこにことおっとり微笑んでいた。
 もしかして、自分の下位古代語が間違っているのだろうか?、と彼が再び首をかしげていると、少女は「あっ」と小さく声を上げて手を打つ。
「これもお渡ししないと」
 そう言って彼に手渡したモノは。


 かぶの種だった。


 まじまじと少女の顔を見直す。
 少女はにこにことおっとり微笑んでいた。
 もしかして、自分の下位古代語が間違っているのだろうか?、と彼が三度首をかしげていると、少女は微笑みながら、彼に告げた。
「働かざる者、食うべからずです」
 既にその力も残されていないのですが、と彼は目で訴えるが、少女はまるで気が付かない。
「と言うわけで、あなたにはこの牧場を貸して上げます。がんばって耕してください」
 何その超展開、と狼狽える彼に構わず、少女が指し示すのは近くに広がる牧場。と言うか、農場? 厩舎らしきモノがあるにはあるが、老朽化は致命的なまでに進んでそのままでの使用に耐えそうにない。隣接する無駄に広い耕作地らしき場所も、既に放棄して久しいのか、カラフルきわまりない雑草が生い茂り、でかい石ころが転がり、何故か切り株がたくさんの、ただの荒れ地にしか見えない。
「牧場の名前はどうしますか、ラグナさん」
 ラグナ? 誰の事?、と首をかしげるが、どうやら彼の事らしい。彼の種族がラグナカングであれば納得のネーミングだが、残念ながらそうではない。しかし、少女は名前がないのは不便ですから、等とぬかし、あなたはラグナさんです、とこっちの事情など一切合切を無視して決めてしまう。
 そうして再び、少女は牧場の名前をどうするか尋ねてきた。
「今までは、私の名前を付けてミスト牧場って呼んでましたが、ラグナさんが好きに付けちゃって良いですよ」
 それじゃあ別の名前を、と促されるままに考え、すぐに思考停止。何故だろう。好きに付けて良いとか言ってくれているが、別の名前にすると、この少女の機嫌を酷く損ねてしまうような気がするのだ。
 いや、そもそも、何故自分はこの少女のペースに乗せられているのか。
 気にせず、この少女を頭から丸かじりにして飢えを満たすという選択肢もあり、そちらの方がよほど利口なように思える。──のだが、彼の背中は、何故か冷たい汗にまみれていた。
 彼に深甚なる恐怖を味合わせた長耳娘。アレに匹敵する、否、それ以上の恐怖を、彼は目の前の少女に感じていた。彼は、彼の最上級の上司に相対している気分になっていた。逆らう事など、思いつきもしない。
「それじゃあラグナさん、がんばってくださいね」
 との少女の言葉を受けて。
 彼は、以後、ミスト牧場小作人ラグナとして、農作業に従事する事になる。


 世にも珍しい、農作業にいそしんで村人と共存していた魔神は、モスはハイランドからやってきた双子の王子によって討ち取られる事となった。
 討ち取られたその魔神は、何故か、解放されたようなすっきりとした顔をして、事切れていた。
 彼が何を思って農作業に従事していたのか。
 彼が何故、解放されたような顔をして死を迎えたのか。
 それを知るものは一様に口をつぐみ、真実は謎のままとなった。
 彼が面倒を見ていた畑では、静かにかぶが、収穫の時を待っていた。


 呪われた島ロードス。
 そこには、一つの噂があった。
 モスで解放された魔神王。
 それとは別に、アラニアの北、白竜山脈にも、封じられたもう一体の魔神王が存在するという、真偽の定かではない噂が……







例によって短時間、その場の思いつきだけで書いたお話です。
農作業デーモンは無視すると言った舌も渇かないうちにこれ。
いずれ狼が来たと叫んでも誰も信じてくれなくなりそうです。
兎に角、色々問題点はあると思いますが、温い目で見て頂けると幸いです。
ちなみに、ミストさんは最初の嫁、大好きです。



[4768] 28 少年期の終わり
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/03/18 15:29
 石壁に背中を預けて立つサシカイアの前を、まるで檻の中の熊か何かのようにぐるぐると、シュリヒテが行ったり来たりを繰り返している。気持ちはわからないでもない。なので、しばらくは我慢していたがどうにも目障りだ。
「シュー、少し落ち着け」
「あ? ああ、わかっている」
 生返事。反射的に応じただけというのが丸わかり。その証拠に、シュリヒテはぐるぐるを継続している。
 サシカイアは嘆息し、仕方がないかと、正面にある扉に視線を向けた。
 重厚な石の扉。
 ここはマーファ本神殿の奥深く。精緻な装飾の施されたその扉の向こうは、いわゆる儀式の間。その名前の通り、大がかりな祭事、あるいは奇跡の行使のために儀式を行う際に使われる、ある意味、この地上において最もマーファ神に近いと言える場所。聖域。
 話の種にと、サシカイアも一度そこを覗かせて貰ったりした。が、物理的に塵一つ無く清められているとか言う以前に、あまりに静謐で清浄、そして神聖な雰囲気に中てられて、いたたまれなくなって短時間で退場している。何というか、その場にいる自分自身が穢れとなり、この場を汚している、そんな風に感じてしまったのだ。これは別段、サシカイアが腹黒いから、とかそう言う理由では無い。無いと思う。……多分。
 ともかく、今現在、この儀式の間では、ニースを中心にして蘇生の儀式が行われている。耳を澄ませばうっすらと、「ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ」の声が扉の向こうから零れてくる。この儀式は昨日の朝に始まり、昼夜をまたいで間もなく丸一日。よくよく目をこらせば、画面の右下あたりに「少女祈祷中……」の文字が見えるかも知れない。


 ロードス島電鉄
  28 少年期の終わり


 魔神将との決着が先送りとなって。それでも、ゾンビ騒動だけは一応のけりが付いた。
 その後にしなければならないのは、もちろん後始末である。
 あちこちに転がるゾンビの死体(?)。人の残骸と言うべきか。これを放っておくことは衛生的によろしくない。これからの季節、放っておけばあっという間に腐敗が進み、下手をすると疫病が発生することになってしまう。早期の片づけは急務だった。
 とは言え、全員激しい戦いの後でへろへろ。シュリヒテも疲労の極致にあるし、サシカイア、ブラドノックの精神力もガス欠寸前。他の者達だって大差ない。ギネスだけは途中参戦およびその他の理由で、やたらとハイになっていたが。
 それでもシュリヒテは、トリスの遺体の回収だけは済ませ、それが限界。その日はみんなバタンキュー。魔神将が気を変えてもう一回襲いかかってきたら、エミルの村は簡単に壊滅していただろう。懸念していた悪夢に魘される、なんて余裕もなく、サシカイアは確保した村の宿屋、個室のベッドに入った途端に意識を飛ばしてしまった。 
 明けて翌日。
 太陽の光の下で見る惨劇の傷跡に顔をしかめているサシカイアらに、神官戦士のマッキオーレが謝罪をしてきた。そして知らされる事実。
 今回、脅迫のような形で戦いを強要したことへの謝罪。実は、アイテム鑑定の料金で、とっくに借金の返済は終了していたこと、等々。
 唖然とするサシカイアらであるが、しっかり頭を下げて謝罪をされてしまうと、なかなか文句も言えない。謝罪がなければ、どんなに酷い仕返しだってできるのだが、下手に出られてしまえば、更に文句を言いつのる事はできなかった。サシカイアらがどう見られているかはともかく、基本的に人は好いのだ。そもそも、4人とも本格的に金で苦労したことのない年代なので、かなり考え方が緩いと言うこともある。また、今回のゾンビ騒動への対処のため、マッキオーレが必死だった、と言う事情もわかる。それに、サシカイアらが参加しなければ、神官戦士達だけであったならば、酷いことになっていたことは確実。──何より、所詮は凡人、喉元過ぎればの諺が示すように、事が済んでしまえば、あっさりと今回の苦労を半ば忘れ、何とかなったんだし、まあいいか、と言う楽観論が思考を浸食し始めていた。一仕事済んで、良くも悪くも気が抜けたタイミングだったと言うこともある。
 そしてもう一つ。
 今回の働きの報酬として、マーファ本神殿に──正確にはニースにお願いしたいこともある。だから、神殿関係者を頭ごなしに怒鳴りつけ、非を責め立てるなんて真似もできない。関係の悪化は避けるが吉なのだ。
 その、お願いする事とは。


 それはもちろん、トリスの蘇生である。


 正直なところ、マーファ神殿はトリスの蘇生に難色を示した。
 今回の戦いにおける被害は大きい。一般人だけではなく、マーファの神官戦士にも大きな被害が出ている。参戦12人中(先に難民と合流して護衛をしていた者もいた)、8人が死亡している。ただでさえ、高位の神官戦士を中心に、アラニア北部での魔神との戦いで人を取られている。そっちも被害は皆無とは言えない。更にマーファ本神殿周りに難民キャンプが出来、そちらの治安維持やら炊き出しやらなにやらと、兎に角人が足りない状況でのこの被害。どこもかしこも人手不足で悲鳴が上がっている。
 そんな余裕のない状況で、言葉は悪いがただの一般人の小娘をわざわざ蘇生する為に人手を割く価値はあるのか、と言う疑問。
 しかも。
 トリスの状態が益々否定的な人を増やした。
 マーファ神殿にたどり着いた時点で、既に死後一週間以上を数え、プリザーベイションを使える者もいなかったために、トリスの遺体は腐敗を始めていた。死後の日数は、蘇生の難易度に密接に結びつく。ゲーム的な数値で言えばこの時点で必要な達成値は最低でも27。これは、知力ボーナス4のプリーストレベル11で基本魔力15のニースといえども、容易い数字ではない(素の状態で行うのであれば、15+サイコロ2個でそれ以上の数字を出す必要がある。出目12以外ダメ、ほぼ絶望的だ)。マーファ神殿的には、その顔とも言えるマーファの愛娘、ニースに疵を付けたくないという思惑もある。と言うか、そもそもこの時点でニースは未だ帰還しておらず、蘇生の難易度は更に上昇することが確実である。大人数の儀式、ニース自身の魔力の拡大等で成功確率を上げるにしても、やっぱり厳しいことには違いない。ニースには超英雄ポイントがあるから絶対成功、難易度なんて関係無しで大丈夫、とも行かない。超英雄ポイント、超英雄ポイントと気楽に言うが、ゲーム上の処理ではともかく現実では、どんな判定でも必ず成功する、なんてのは嘘だ。もし、本当に全ての判定が成功するというのであれば、原作、ロードス島戦記において、黒の導師バグナードは、ラルカスのかけたギアスを、ディスペル・オーダーの魔法で解除できていたはずである。しかし、バグナードはノーライフキングに生まれ変わるまで、その呪いから逃れることは出来なかった。現実はゲームのようには行かないのである。超英雄といえども、何でも出来るわけではない。無理なモノは無理として存在するのだ。
 その、反対派と真っ向対決してくれたのは、やはりマッキオーレだった。マッキオーレはねばり強く関係各所と交渉、硬軟様々手段を使って状況を整えてくれた。
 そしてゴーサインが出ると、即座に早馬を仕立てて北ドワーフ族は鉄の王国に赴いているニースに帰還を促し、同時に、儀式に参加する人間をかき集めた。
 各所を調整して時間を融通して貰い、何とか10人集めたところでタイミング良く、ニースが大慌てで帰還した。
 そこでまずは簡単な情報交換。
 ドワーフ族はニースの説得を受け入れ、準備していた軍勢の派遣を中止した。タイミング的にぎりぎりだったらしい。兎に角、これでアラニア王国のドワーフヘイトが高まらないで済んだと、サシカイアはお礼を言われた。
 とは言え、ドワーフ族が諦めたのは大人数、軍勢としてのモスへの派遣である。これまた原作知識からサシカイアの告げた方法、目立たないよう数人ずつのグループでバラバラに移動して、現地で集合、と言うやり方でモス入りをすることにしたらしい。
 更に、ニース自身も、己の目で魔神の本拠の現状を見るためにモスへ向かうことを石の王と約束しているらしい。これも、原作通りである。
 サシカイアらの方からニースへ知らせることは、ゾンビの大群は何とか退治成功したこと。更に、ボスの魔神将がいて、こちらとは引き分けたことなど。そこまでは良かった。──が。
「ところで、ペペロンチャと言うのは?」
 小首をかしげたニースの質問。
 サシカイアがなんと言って応えるか悩んでいる内に、ブラドノックが真相を教えてしまった。
 それに対するニースの反応は。
 サシカイアに対する何とも言えない視線だった。咎めたわけではない。生ぬるいわけではない。
 しかし、サシカイアは盛大に悶絶した。
「やめ~。その、母親がやんちゃな悪ガキに向けるような視線はやめて~。この年でその視線はきつい~」
 さすがは大地母神、マーファの高位神官。母性と慈愛に満ちた暖かい視線だったのだが、サシカイアにはかえって効いたみたいである。
 閑話休題。
 ともかく、まずは蘇生の儀式。ニースは旅の汚れを落として身を清めると、疲れを取る為の休憩は省略。マッキオーレがニースの帰還に合わせて準備していた儀式の間へ直行した。
 これで安心と気を緩めかけたシュリヒテだが。
「全力は尽くします。ですが、成功するとは限りません。それは覚悟しておいてください」
 マッキオーレがしてくれた準備は、状況が許す最大限。11レベルプリーストのニース主導で、儀式の補助に神官を10人。さらに、儀式の時間として丸一日。これが、神殿上層部とのやりとりでマッキオーレが引き出した全て。今のマーファ神殿を取り巻く状況を考えれば、これは良くやってくれたと言っていいだろう。サシカイアが盗賊スキルを生かして小耳に挟んだところでは、これでマーファ神殿におけるマッキオーレの出世の目はなくなったらしい。むしろ、どこかに飛ばされてもおかしくないとの事。時期的なことを考えると、飛ばされる先は多分モス。これを聞いてサシカイアは、素直に頭を下げた。頭が下がった。


 そして、ようやく「少女祈祷中」の文字が消える。
 扉がゆっくりと開き。
 そこから姿を現したニースの表情を見て。
 それだけで、結果がわかってしまった。
「……」
 シュリヒテもサシカイアと同じ事を感じたらしく、とっさに声を出せない。
 そちらへ向かって、ニースが頭を下げる。
「ごめんなさい。私の力では、届きませんでした」
 マーファの愛娘。竜を手懐ける者。次期最高司祭候補。いろんな立派な肩書きがあるとは言え、ニースは17才の少女でもある。しかも、元々旅の疲労のあったところへまともな休み無し、一日がかりの儀式である。疲労に頬がこけ、目の下に隈を浮かべ。なんだか身体が一回り小さくなったようにすら見えた。偉大なる二つ名に目を眩まされていたが、実はこんなに小さな女の子だったんだ、と、サシカイアは今初めて気が付いた。
 そのサシカイアの思いを余所に。
「──!」
 拳を握りしめ、シュリヒテが口を開く。
 そのシュリヒテとニースの間にサシカイアは大慌てで身体を割り込ませた。シュリヒテが馬鹿な行動をしようとするならば、壁になる。なったところで、シュリヒテ、サシカイアの肉弾戦における彼我の能力差を考えれば、壁にすら成り得ないかも知れないが。兎に角、ニースに向かって馬鹿な真似をすることだけは阻止しなければならないと、サシカイアは必死だった。
 眦をつり上げたシュリヒテは口をわななかせ、開き、閉じし、握りしめた拳を振るわせて。
 ──不意に大きく息を吐くと、天井を見上げ。
「……済まなかった」
 一言囁くように言うと、ニースに頭を下げた。
「いえ、私の方こそ力が足りず……」
 そこへ、車輪付きのベッドに乗せられたトリスが運ばれてくる。顔まで隠すように身体の上にかけられた真っ白な布を、横に控えていたマッキオーレが厳粛な顔、静かな動きでめくり上げて、トリスの顔を露出させる。
 遅ればせながらプリザーベイションの奇跡によって保存され、さらには死化粧が施されている。セーブソウルの奇跡による魂の救済をなされたその顔は、穏やかですらある。
 シュリヒテはゆっくりと、おそるおそるという風に手を伸ばして、トリスの頬に触れ。その温度に吃驚したように手を引っ込め。手を引っ込めた自分自身を許せないような表情を浮かべ。
 そこで、サシカイアは背中をニースに押された。
 振り返ると、ニースは無言でこの部屋の出入り口を示していた。
 サシカイアも無言で頷くと、ニースに続いて、この部屋から外へ出た。
 閉ざした扉の向こうから聞こえてきた嗚咽。しかし、サシカイアは何も聞かなかったことにした。


 葬儀は翌日に行われた。
 既にトリスの肉親はない。父親もまた、ゾンビ騒動で命を落としているらしい。そうした無縁仏は昨今珍しくもない話で、マーファ神殿裏の共同墓地に葬られることになる。
 その日は朝から雨が降っていた。
 参列者が少ないのは、それが理由ではない。
 そもそもトリスを知る人間、アダモ村の生き残りがごく少数なのだ。村への魔神の襲撃、避難中のゾンビの襲撃と、二度の不幸に見舞われたアダモ村は、魔神王が退治されてロードスに平和が戻っても、最早コミュニティーとして成り立つ人数を割り込んでしまっている。多分、このままひっそりと地図から消えてしまうのだろう。
 葬儀の段取りを仕切ったのはマッキオーレ。司祭としてはニース。ニースの存在もあって、手の空いていた神官や、他の村の人間などが、本当にごくごく少数ながら参列してくれた。
 激しさを増していく雨の中、それでも葬儀は寂しく、粛々と進み。
 そして終わる。
 皆が三々五々散っていき、最後まで残ったのはシュリヒテ。真新しい墓石の前に立ち、静かに雨に打たれている。
 後ろ髪を引かれる表情を浮かべていたニースも、他の神官に促されて神殿に戻り。雨足が速まる中に残る他の参列者もおらず、残ったのはシュリヒテの他にはサシカイアら3人だけ。
 シュリヒテの姿は叩き付けてくる雨に煙り、まるで幽鬼のよう。今にも消えてしまいそうな儚さ。
「シュー」
 だから、たまらず、その背中にサシカイアは声をかけた。
「……正直に言うとさ。俺、トリスのこと好きかどうかって、未だによくわからないんだ」
 ぼそり、とシュリヒテが呟く。
「ぶっちゃけると、あの時、俺テンパってたから、何でもいいから現実逃避がしたかったんだ。なにか、すがるモノ、おぼれるモノが欲しかったんだ。そう、本当にそれだけだったんだ」 
 小声で、うまく聞き取れない。無いが、これはただの独白。サシカイアらの返事なんて初手から期待していないのだろう。だからサシカイアらは沈黙を守る。
「だけどさ。あのとき、腕の中のトリスはさ、すげえ幸せって顔をしていたんだよ。こっちはこっちの都合で、便利だからって、好都合だからって、ただそれだけで抱いたのにさ。こっちも色々初めてだったら気遣う余裕なんて無くて、かなり痛かっただろうにさ。だけど、ものすごく幸せそうに笑ったんだよ」
 シュリヒテは己の掌を見つめ、続ける。
「すごくくだらない理由で、すごく自分勝手な理由で、ただやりたかっただけで抱いたのにさ。なのにあんなに幸せそうに笑うんだぜ? これで、本当に幸せにならなければ嘘だろ? その時、心からそう思ったよ。──なのにさ」
 掌を握り込み、シュリヒテは声のトーンを落とす。
「だからさ、俺は魔神と戦うよ。この落とし前を付けて貰わないと、どうにも我慢が出来ないんだ。ああ、そうさ。俺はすげえ勝手なことを言っている。そんなことは百も承知。だけど、それくらいしなくちゃ、我慢できないんだ」
 静かな口調でなされた、それはシュリヒテの魔神に対する宣戦布告。
 ゆっくりと振り向いたシュリヒテの顔は、つい先だってまであった幼さをそぎ落とした、男の顔をしていた。



[4768] 29 ああ、勇者さま
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/03/28 13:11
 さてシュリヒテは魔神と戦う決意を固めたわけだが。
 サシカイアは未だに魔神と戦う気になったわけではない。原作ロードス島伝説の魔神戦争では6英雄、即ち6人しか生き残らなかった。それを知っているから、シュリヒテがそうするならば付き合おう、なんて気楽に考えることは出来ない。特に、魔神将の強さを目の当たりにした今、自分だけは特別に生き残る、なんて楽観的にはなれない。10レベルのチートキャラ、自分のことをそう認識しているサシカイアだが、その程度、20レベルの魔神王を筆頭にして10レベルオーバーの魔神がごろごろ出てくる魔神戦争では、絶対に生き残れるという保証になどならないのだから。
 さらに、他に生きる道も見つかったことも理由の一つ。高レベル女シャーマンであるサシカイアは、命の精霊関連の魔法を駆使すれば、優秀なヒーラーになれるのだ。女、と言う部分に引っかかりを覚えはするが、難民キャンプの人間何人かの治療をして、これは商売に出来るとの確信も抱いたばかりであるし。開業資金は今のところ無いが、流しで適当に稼ぎつつ、ゆっくり貯めていけばいい。少なくとも、冒険者なんてやくざな商売を選択して、魔神、魔物を相手に殺し合いなんぞしながら暮らしていくよりも、よっぽど真っ当な道を歩いていける。やっぱり人間、地味でも堅実な生活が一番だ。
「──つー訳で、俺らどうする?」
 考えは似たり寄ったりだろうと、シュリヒテを除いた2人の仲間、ブラドノック、ギネスと一緒にターバ村の宿屋で昼飯を取りながら、相談を持ちかける。
 食事時を微妙に外しているのだが、宿屋一階の酒場兼食堂は結構な人がいる。ターバ村は避難民によって人口過密気味なのだ。
 さて、サシカイアが取るべき態度で一番簡単なのは、見捨ててしまうこと。
 シュリヒテが魔神と戦うと言うのであれば、戦えばいい。だけど、こちらはこちらの道を行く。死ぬことがわかっている選択肢を選ばないからと言って、非難される謂われはない。
 ──と、あっさり割り切ってしまえないのが、困った話で。
「難しいよなあ。説得が効くようにも思えないし」
 ブラドノックも腕組みして難しい顔になる。
 今、シュリヒテはマーファ神殿で、神官戦士連中と一緒に鍛錬をしている。そこには、鬼気迫るものがあった。ほとんど人の限界である10レベルファイター、それを更に越えようとばかりに、己の身体を痛めつけている。その様は、サシカイアらの説得に耳を貸すようにも思えない。最悪、1人でも戦い続ける、そう答えるに決まっている。
「何が難しいのさ」
 ところが、ギネスはあっさりと言い捨てた。
 何かいいアイデアがあるのか、と顔を向ける2人に、ギネスは簡単に言ってのけた。
「僕たちも魔神と戦えばいいじゃない。て言うか、戦わなくちゃ。必要な、目の前にある正当な戦いから目を背け、逃げ出すのはマイリー様的にダメダメだよ。戦って戦って戦って、力及ばなかったらマイリー様の喜びの野に行くだけの話でしょ?」
 こいつ、とサシカイアはまじまじとギネスの顔を見直した。
 アレは一時の気の迷い。テンパってテンパってテンパリマくった所へ神の声なんぞ聞いてしまったために、一時的にハイになってしまった。しかし時をおいて落ち着けば生来のへたれな性格に戻る。そんな風に考えていたのだが、どうやら想像以上に根が深い。甘く見ていた。勘違いは未だに継続中。ぐるぐるした宗教家特有の熱い瞳には、迷いなんて欠片も存在しなかった。こいつ、本気で言っている。
 ブラドノックと視線を合わせる。こちらも困惑の表情。
 処置無し。
 互いの瞳には、同じ文字が書かれていた。
「俺たちはどうする?」
 仕方がないので、身の振り方はブラドノックと2人で相談しよう。
 そう考えたサシカイアに、ギネスが口を挟んでくる。
「2人とも、戦いに参加する。決まってるじゃないか。特に、サシカイアは絶対に」
「何で俺は絶対なんだよ。勝手に決めるなよ」
 文句を言うが、ギネスは何処吹く風。そして、決定的な言葉を口にした。
「だって、サシカイアはマイリー様の啓示を受けた、僕の勇者様なんだから」
「……はいぃ?」
 サシカイアの声は裏返ってしまったが、それは致し方ないことだろう。


 ロードス島電鉄
  29 ああ、勇者さま


「ものすごく格好良く僕が復活したあの時、マイリー様の声を聞いたって言ったよね。その時、同時に啓示も受けていたんだ。汝の勇者はサシカイアであると。これから先、己の勇者であるサシカイアを助け、導き、魔神と戦うべし、って」
 ギネスは頬を紅潮させ、無駄に熱意の溢れまくっているぐるぐるした狂信者的な瞳で、口から唾を飛ばして熱弁する。
「自分の勇者を、マイリー様の啓示を受けて手に入れる。これは、マイリー神官としては素晴らしい誉れだよ。だから、サシカイアには、絶対に戦って戦って戦って、死んでマイリー様の喜びの野に行って貰うんだ」
「死ぬの確定かよっ!」
 ぶっちゃけヒットポイントに不安があるだけに笑い話で済まない。思わず裏拳で突っ込みを入れるサシカイアだが、ずんぐりむっくりで重心の安定したドワーフ相手である。非力なエルフの一撃ではびくともしない。
「……何で今更、そんなことを?」
 と、ここでブラドノックの疑問。確かに、あの戦い以来、時が経っている。何故今更。真っ当な疑問だ。
「色々ごたごた、立て込んでたからねえ。とりあえず、シューの件が一応の決着を見るまでは、様子をみといた方がいいかな、って考えたんだ。この勇者に対する僕の気遣い、素敵だね。従者の鑑だと思わない?」
「おもわねえよ」
 逆に一撃入れた自分の手が痛くなってしまい、涙目でふーふーしながらサシカイアは一言で切り捨てる。
「てか、人の生きる道を勝手に決めるな」
「決めるよ。だって、これは確定事項なんだから」
 ギネスは聞く耳持たない。身体を机の上に乗り出すようにして、熱弁を振るう。信者にとって神の声は絶対かも知れないが、巻き込まれるサシカイアには非常に迷惑な話だ。本当に勘弁して欲しい。
「大丈夫、僕自身も、サシカイアに勇者の資質を感じているから。不本意ですぅ、なんて言わないから安心してくれていいよ。ぶっちゃけ、筋肉オーガ、むさいムキムキ男よりも、見た目だけでも可憐な容姿の女の子の従者の方が、色々美味しそうだし」
 何処に安心材料があるのやら。おまけに、不本意です不本意です言われても、金髪美人のマイリー神官の方まだましだ。何しろギネスは髭を生やしたむさいドワーフなのだ。そばにいて貰って嬉しいヴィジュアルじゃない。……あくまで比較対象として、「まだまし」だが。どちらにせよ、戦いを避けたいサシカイアからしたら、ウォーモンガーなマイリー神官の勇者認定なんぞ、遠慮したいというのが基本。そんなことを考えながら、サシカイアは突っ込みどころを口にする。
「美味しいって何だよ!」
「もちろん、今のままのサシカイアじゃあ、ダメだよ。何より腹黒いし、性格も悪いから」
 と、ギネスはサシカイアの言葉をスルーして、失礼なことを平気な顔で告げてくる。
「うん、資質はあっても、未だ何者でもない人物を導いて、何処に出しても恥ずかしくない立派な勇者に育て上げる。マイリー神官として、これほどやりがいのある使命はないよ。特に、今は魔神戦争の真っ最中。名をあげ、勇者となる為に必要な試練には事欠かない。全く、マイリー様のお考えは素敵すぎるよ」
「ちっとも素敵じゃねえ!」
「──と言うわけで、とりあえずサシカイア、マイリーの信者になってみない?」
 今度は勧誘かよ、とサシカイアは、遠慮無く盛大に顔をしかめる。その顔は当然ギネスに見えている。見えているというのに、ギネスはまるで見えてない顔をしている。都合の悪い部分は簡単に見ないふり、聞こえないふりしてしまえるらしい。この厚顔さ、以前のギネスにはなかったモノだ。本当に色々と変わってしまったらしい。
「ならねえよ。てか、俺エルフだからSWのルールではプリースト技能手に入れられ無いんだよ」
 以前のギネスはもういない。それに一抹の寂しさ──は特に感じず、サシカイアはあっち行けと言った具合にひらひら手を振って応じる。
「信仰ってのはそう言うモノじゃないよ。技能技能ってせこいことは言わないでいいよ。勇者としての器が知れちゃうでしょ」
 要は心の持ちようなんだから、と、ギネス。
「それに今なら、サービスとして洗剤も付けちゃう」
「何処の新聞の勧誘だよ!」
 突っ込みどころありすぎる、と声を上げるサシカイアだが、ギネスはやっぱり、あたりまえにスルー。
「まずは3ヶ月。3ヶ月だけでどう? ダメなら1ヶ月でも。今時、宗教信じていないなんてダメだよ。そんなのが許されるのは小学生までだよね」
 キモーイとか言い出しそうな口調で、ギネスが勧誘を続ける。
「喜びの声だってたくさん届いているんだよ。ほら、『僕はマイリー神を信仰した結果、貧弱な自分にさよならして、女の子にモテモテになりました』、とか、『マイリー様のお導きで、身長が5センチ伸びました』、とか。見てよ、この素晴らしい御利益の数々」
 どこからともなく羊皮紙を取り出して、べらべらべら~っと奇跡の事例を読み上げていく。
 はっきり言って、ものすごくうさんくさい。サシカイアは思わず指先を唾で濡らして眉をなでてしまう。
「モテモテ?」
 のだが、その言葉にブラドノックが反応する。腰を浮かしてテーブルの上に身を乗り出す。
「騙されるな」
「……いや、しかし」
 ブラドノックは多少、いや、かなり惹かれているらしい。こんなんで騙されるなよ。馬鹿かお前。と言うサシカイアの視線に、ブラドノックは悲しげな顔になった。
「だってなあ。俺、本当にもてないんだよ。さっぱりもてないんだよ。いや、贅沢言わないから。女の子と仲良くできるだけでもいいんだよ」
 それは、心からの思いの発露。思わず、そこまで言うなら仕方がないか、と納得してしまいそうな程の思いのこもった声だった。
「シューの野郎なんざ、あんな事があったばっかりだって言うのに、例の世話してくれた神官見習いの女の子といい雰囲気になっているんだぜ。だと言うのに俺は……俺は……」
「な、なんだってー!」
 思わずサシカイアは大声を出してしまう。宿屋の他の人からの視線を集めてしまい、軽く頭を下げると、声を押さえて事実確認。
「本当なのか?」
「本当だよ」
 と言うブラドノックの声は悲しみにまみれていた。
「落ち込んでいたシュリヒテを見てられないって感じで、なんかやたらとかいがいしく世話やいてるし。流石に昨日の今日ですぐにどうにかなるってのはないだろうけど。──くそう、何で俺は魔法使いなんて選んでしまったんだ。こっちなんて、やたらと忌み嫌われているみたいだし。何故だ? 女湯や女子更衣室のそばを歩いているだけで、すごい嫌そうな目で見られるんだぞ!」
 いや、男が女湯や女子更衣室のそばを彷徨いていたら嫌な目で見られるのは仕方がないだろう。そんなことを本気で口に出来るあたり、もてるもてないはきっと、魔法使い云々以前の問題だ。そう指摘してやろうとするサシカイアより先に。
「それなら、このマイリー様特製の「幸せを呼ぶ多宝塔」なんてどうかな? これを持つと、運気が変わって、明日からきっとモテモテになるよ。本当は信者限定の商品なんだけど、僕とブラの仲だから特別に、今ならもうワンセット付けて、特別ご奉仕価格で提供するよ?」
「買った!」
 どこからともなく安っぽい置物を取り出すギネスにブラドノックが即答する。
「買うな!」
 サシカイアは財布を取り出そうとするブラドノックに慌ててストップをかける。
「仲間内でそう言う怪しい商売をするな」
「怪しいとは心外だね。ちゃんとメイド・イン・マイリーの刻印も入った純正品だよ? マーモあたりで作られているパチもんとは違うんだよ」
「……なんて商売しているんだ、マイリー」
 サシカイアは頭を抱える。ますます、ロードスの宗教全般を信じることができなくなりそうだ。いや、既に出来ない。
「それはともかく」
 と、ギネスがどこか明後日の方向へ進み始めた会話の軌道修正。
「サシカイアには魔神と戦って貰わないと、僕が困るんだよ。だから、僕を助けると思って」
「……勘弁してくれ」
 拝んでくるギネスに辟易して、サシカイアは心底、頭を抱え。そこで天啓を受ける。にやりと笑って口を開く。
「いや、考えてみれば、俺はギネスの希望に添うことは出来ない」
「なんでさ」
「なぜなら、そもそも俺はサシカイアじゃなくて、ペペロンチャだからだ」
 ほら、魔神将にもそう名乗ったし。サシカイアって誰?、ととぼける。
 内心ではなんて素敵な切り返しだろうかと自画自賛するサシカイア。しかしこれは考えの浅すぎる、大失敗だった。
「ペペロンチャ様?」
 そこで突然脇から聞こえてきた驚きの声は、仲間ではなく第三者──4人目のモノだった。
「え?」
 と、視線をそちら向ければ、きらきらした瞳でこちらを見つめる娘が1人。この酒場のウエイトレス娘で、ちょうどブラドノック注文の、レアな焼き鳥を運んできたところ。
「すごい、本物の戦乙女ペペロンチャ様ですか? うわ、すごい。きれ~。やっぱり噂通り、すごく綺麗なエルフさんなんだ」
 お盆を胸に抱き、あこがれの視線をサシカイアに向けながらきゃーきゃーとミーハーに声を上げるウェイトレス娘。その声は酒場中に響き渡り、各所で「アレが噂の戦乙女ペペロンチャか?」、「話半分で聞いてたけど、本当にすげえ美少女だ」、「………可憐だ」、「嫁に欲しい」とか何とか、一部不穏当な囁きが聞こえてくる。
「きゃー、すごい。これでうちもワールドワイドな宿屋? 握手してくださいっ!」
「あ? ああ」
 勢いに押されて、何となく握手。
 ウェイトレス娘は勢いよくぶんぶんと握手した手を上下に振る。何だかすごく嬉しそうで、今更嘘です、ペペロンチャなんて知りません、とは言えない雰囲気である。
「ふっ、そして、この俺がペペロンチャ・パーティの知恵袋、賢者ブラドノック」
「僕がペペロンチャの従者、マイリー神官の超絶ダイナミック・ブリリアント・ギネス2」
 ウェイトレス娘はミドルティーンの可愛らしい娘だったので、ブラドノックとギネスもさりげなく髪の毛を掻き上げたりなんぞしながら、早速自分の売り込みを始める。
 が。
「あの、シュリヒテ様は?」
 ウェイトレス娘はすげなくスルー。きょろきょろと視線を彷徨わせながら、尋ねてくる。
「あ? あいつは今、神殿で訓練中」
「そうなんですか?」
 と、残念そうにウェイトレス娘は肩を落とし。それから、上目使いにサシカイアを見つめてお盆で顔下半分を隠し、聞きにくそうに、それでもしっかりと質問してきた。
「あの、ペペロンチャ様とシュリヒテ様が恋仲だという噂は……」
「ぶっ」
 この時サシカイアが口の中に物を入れて無くて幸いだった。入れていたら、ウェイトレス娘めがけて吹き付けていたところ。
「無い、絶対にそれは無い!」
 あってたまるか、とサシカイアは可能な限りの早さで勢いよく左右に首を振る。
「あ、そうなんですか」
 ぱ~~、と顔を輝かせて、ウェイトレス娘が頷く。私にもチャンスが?、なんて小声で呟いているのが聞こえた。
 周りの男連中が上げる、「ペペロンチャは独り身なのか?」、「だとしたら俺の嫁に」、「ペペロンチャは俺の嫁」、「屋上、前歯」とか聞こえてくる声は、精神衛生上、聞こえないことにする。
 自分の掘った墓穴に呆然とするサシカイア。先刻のアレは天啓ではなく悪魔の囁きだったのだと悟るが、既に遅い。進退窮まった気分で視線を彷徨わせる。
 そこへ救いの手がさしのべられる。
「おい、仕事しろ」
 それは、宿屋の親父のモノ。
「え~、だってお父さん」
 とぶーたれながら、それでもウェイトレス娘は引き下がる。
「済みませんね。しつけのなってない娘で」
 と言いながら、どん、と、親父はテーブルにエールのジョッキをのせる。
「うちのおごりです。ぐっとやって下さい」
「ああ、ありがとう」
 やたらテンションの高いウェイトレス娘から解放されたことに安堵し、ほとんど反射的にお礼を言って、サシカイアはありがたく戴くことにする。
「それで、一つお願いがあるんですが……」
 ジョッキを傾けるサシカイアに向けて、親父が色紙とサインペン(嘘、羊皮紙と羽ペン)を取り出した。
「サインを戴けませんか? いや、うちに有名人が来たときにはサインを貰ってましてね。ああやって飾るのが──」 
 と言いながら親父が酒場の壁の一角を指さす。
 そこには、ずらりと並んだサインの数々。ニースはもちろん、ドワーフは石の王ボイルとか、賢者の学院長ラルカスとか、様々なロードス有名人のサインが並んでいる。──が、思わずサシカイアは「嘘だっ!」と見開きで叫びそうになった。アラニア建国王カドモスⅠ世とか、エルベク王国エルベク王とか、そのエルベク王国を打倒したヴァリス建国王アスナームとか、一体何百年前の人物だ? 帰らずの森はハイエルフの族長ルマースとかも非常に怪しい。引きこもりのハイエルフ一族、その大親分がわざわざこんな所まで出てくるとは思えないし。シーフ技能で真偽判定、宝物判定するまでもなくわかる。きっと半分以上、いや、9割方が偽物だ。
 それでも、是非に、と言う親父のすがるような目に促され、どうでもいいや、と言う捨て鉢な気分でサシカイアは羽ペンを取る。さらさらさら~っといい加減な手つきで、ペペロンチャ、とサイン。
「これで、いいのか?」
 と言いかけて。
 親父の後ろにずらりと並んだ男連中を見て、サシカイアは絶句した。
「あの、俺にもお願いします」
「私にもお願いします。あ、ギブソンさん江、ってお願いします」
「俺にも。あ、サインはこの枠の中へ」
「てめえ、それよく見たら婚姻届じゃないか!」
「あの、ここのところにぶちゅ~っとキスマークを」
 期待に満ちた男どもの顔に、サシカイアは口元を引きつらせ、死んだ鯖みたいな目でペンを取った。


 ……ブラドノックとギネスはその間、ウェイトレス娘に無視されたことにうなだれ、テーブルにのの字を書いていた。



[4768] 30 陽あたり良好
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/04/12 21:01
 マーファ本神殿の食堂でブラドノックと一緒に食事を終えて、まったりくつろぎタイム。正直なところ、マーファ本神殿の食事は肉気が足りないので村の酒場に行きたいところだが、前回のアレがあったばかりで行きづらい。
「う~ん、髪の毛が大分鬱陶しくなったなあ」
 そこで、ふと、自分の前髪をつまみ、サシカイアはぽつりと呟いた。微妙にのびてきた前髪が目にかかりそうな長さになり、少しばかり邪魔臭い。適当に切って視界を確保すべきだろう。──それならば。
「ついでにばっさりやって、ショートにでもするかな」
 そうすれば印象も代わり、村に出ても騒がれなくて済むようになるかも知れないとの、淡い期待もある。そもそもエルフ自体の数が少ないので、淡い以上には期待できないが、何もしないよりはマシだろう。
 ところが、それまではぼんやり話を聞いていたブラドノックがその言葉に目をむいた。
「な、何を言っているんだ。そんなことが許されるわけがないだろう!」
 力強く駄目出しをしてくるブラドノックに、サシカイアは顔を顰める。
「許す許されないって、何でお前にそんなことを言われなくちゃならないんだ?」
「言うさ」
 ブラドノックはサシカイアの言葉を封じるように声を出し、この世の真理を告げるみたいな口調になって続ける。
「いいか、サシカイア。エルフと言ったらロング。これは世界の定めたルールだろうが」
「……何を大げさな」
 またこいつ馬鹿なこと言い始めたぞ、とサシカイアは白い目で見るが、ブラドノックは気にしない。
「ディードに始まり、ルシーダ、セレシア、マウナ、シルヴァーナ、シャイアラ、ナジカ、ユーリリア、みんなロングだろ?、エルフ娘ってのは、金髪ロングであるべきなんだ! コレは世界の定めた摂理。決して破ることの出来ないルール。……あ、あと銀髪もあり」
 握りしめた拳を震わせながら、歴代リプレイキャラやら小説キャラやら、ずらずらずら~とエルフキャラの名前を並べてブラドノックが力説する。
「……リーフはショートだろ?」
「あれはハーフエルフ」
 マウナもそうだが。ユーリリアもハーフだっけ? とりあえず、自分の意見に都合の悪い部分についてはスルーするつもりだと、その発言で知れる。まともな議論が出来ると期待してはいけないと言うこと。──話題からして既にアレだが。
「兎に角、エルフって言うのは、金髪ロングでなければいやなんだよ。金髪ロングであるべきなんだよ」
 ぶんぶん手を振り回して力説するブラドノック。
「世界の摂理とか言って、お前の趣味じゃないか」
 それを鯖目で見ながら呆れ気味に言って、サシカイアは処置無しという風に首を振る。
「俺の髪型を俺がどうしたって、俺の自由だろう。──だいたい、長い髪の毛って割と邪魔っけなんだぞ。洗うのも大変、濡れりゃ重いし、なかなか乾かないし。おまけに引っかけると痛いと来ている」
「だが、それでも、それでも、俺はエルフに金髪ロングを求め続ける! 何故か? そこにエルフキャラがいるからだ!」
「勝手にやってろ」
 処置無し、とブラドノックとの不毛な論戦を打ち切ろうとするサシカイア。
 しかし、それでもなおブラドノックが言いつのってくる。金髪ロングエルフは男の浪漫だの、金髪ロングから覗く長耳がたまらないだの、やはり髪の毛を洗うときはティ○テの格好をするのかとか、非常に鬱陶しい。
 いい加減我慢の限界を迎えたサシカイアは、実力行使で黙らせようかと考え始める。それを誰に責められようか、いや、責められない。反語表現で気持ちを定め、その方法としてチョイスするのは精霊魔法のスリープ。兎に角コレで眠らせれば、望めば永遠におとなしくさせることが出来る。何しろこの精霊魔法スリープによる眠り、ディスペルマジック等で解除をしない限り、地震雷火事親父、何が起きたって絶対に目覚めない。しかも眠りは魔法的で、何年だって、そのままの姿で眠り続ける。老けもせず、床擦れだって出来ないすばらしさ。そんなすごい魔法なだけに、昔は離れていても使えたはずが、いつの間にか魔法行使に接触──相手に触れている必要ができてしまい、戦闘時に使いづらくなってしまった。しかし、今ブラドノックに使う分には、その制約もなんら問題ない。
 さて、と手を伸ばしてブラドノックに触れる。コレで悪は滅びる。ロードスは救われるのだ。ひょっとしたらこの功績で、超英雄ポイントだってゲットできるかも知れない。「?」、と首をかしげているブラドノックに構わず、もにょもにょと精霊に語りかけ。
 しかし、そこで。
「何をしているのですか?」
 周りの迷惑になりますから、こんな所で騒がないで下さい。
 そんなニュアンスを交えた声をかけてきたのは、ニースだった。


 ロードス島電鉄
  30 陽あたり良好


「いけません」
 事情を説明してブラドノックの説得をニースにも頼んでみたのだが、コレは失敗だった。
 何故か、ニースはブラドノックと共同戦線を組んで、サシカイアの説得を始めてしまった。
「なんでだよ。俺の髪の毛を俺がどうしようが、別に構わないだろう?」
「もったいないじゃないですか、せっかくの綺麗な金髪なのに」
 ニースまでブラドノックと同じ事を言うのか。いい加減、原作登場人物が別人になりすぎ。そろそろ悔い改めないと怒られるぞ、と思いながらサシカイアは反論。
「そんな大騒ぎする程の問題か? 髪の毛なんてほっといてもまた伸びるだろう?」
「そう言う問題ではありません」
 いいですか、とニースは指を一本立ててサシカイアに言い聞かせるように続ける。
「世の中には金髪に憧れても、どうしようもない人間だって少なくないんですよ?」
 ちなみにニースは黒髪である。
「染めればいいじゃないか」
 そう言う染料はSW世界にきちんと存在する。たとえば、バブリーズのリプレイに出てきた宗教国家アノスの女神官戦士の金髪は染めたものだったはず。
「そんな不自然な行為、マーファ様的に許されません」
 そこまで大げさか、とサシカイアは首をかしげる。
 そのサシカイアにニースは手を伸ばし、髪の毛を一房つまみ上げる。
「こんなに綺麗な金髪を──て、これ、どんな手入れをしているんですか?」
「ん? 特に何も」
 まじまじと髪の毛を見つめるニースにサシカイアは気楽に応じる。何しろ中身は男である。だからほとんどヘアケアに気を使っていない。元々の世界でも、寝癖を直すくらいしかしなかった。気を使うとしたらもう少し年をとってから。それも、わかめを食べたり不○林だったりサク○スだったり等のハゲの警戒くらいか。ノーモアザビエルを合い言葉に頭皮を刺激する、それくらいだろう。
 だから正直に答えた途端、ニースからなにやら無言の圧力を受けたような気がした。それもかなり黒い感じの。
 エルフは妖精族。人に比して長い寿命を持つ上、老けると言うことがない。1000年くらいの寿命だが、20才くらいの容姿に成長したら、後は老けず、そのままである。そしてサシカイアはそのエルフでもまだまだ若年の設定。アンチエイジングとか言っても、やっぱり、本物の若さに勝るモノはないだろう。お肌の曲がり角?、なにそれ?、経年劣化、活性酸素だってへっちゃら。髪の毛さらさらお肌つやつやで、それがず~っと続く。人間の女性から見たら、これなんてチートと、文句を言いたくなるのもおかしな話ではない。
「……コレだから、エルフは」
「え?」
「いえ、何でもありません」
 おほほほほ~と、ニースはなにやら誤魔化すように笑う。横でブラドノックが黒い雰囲気に中てられたのか、ガクガクブルブル震えている。サシカイアも、藪をつついて怖いものを出す趣味はないので、これ以上の追及は避けようと心に誓った。
「兎に角、ショートは無しで」
 先刻の黒い雰囲気が後を引き、サシカイアはニースのその言葉に、ただただ無言で首を縦に振った。振るしかなかった。


 ショートにするのに反対したのだから、と言いながら、ニースが髪の毛を切る役を買って出てくれた。いい加減書類仕事の連続に脳みそが茹だりそうになっていたところ、気分転換、これはいい息抜きになる、との事なので、サシカイアはありがたく受けることにした。
 今日は天気がいいから、なんて理由で、神殿の中庭で散髪しようと言う運びになり、サシカイア、ニースはそちらへ移動した。
 ちなみにブラドノックは、ニースがどこからともなくマイ・ハサミを取り出した途端、青い顔になって腰を引き、慌てた様子で余所へ行ってしまった。何がどうしたのやら、とサシカイアは首をかしげるだけ。それにしてもニースのマイ・ハサミ、コレ、魔法の品では無かろうか。おまけに材質はミスリルのようだし、かなりの謂われのありそうな品物だ。散髪なんぞに使ってもいいのかと疑問を抱く。かと言って、他に何を切るのが正しいのか、サシカイアには解らないわけだが。
 中庭へは椅子を持ち出し、ニースはそこへサシカイアを座らせると、早速散髪にかかる。
 白い布でてるてる坊主──ただし頭出し、と言った格好になったサシカイアの背後に立つと、まずは梳る。
「本当に、妬ましいくらいにさらさらの髪ですね。癖もないし」
 と言うニースは、微妙に猫っ毛なのが不満であるらしい。本当に微妙にで緩やかに波打つ程度。それはそれで似合っていると思うし、サシカイアは気にすることなど無いと思うのだが、それでも当人には不満があるらしい。
「子供の頃には、なんで自分が金髪じゃないのかって、両親に埒もない文句を言ったこともあります」
 苦笑しながら、ニースの昔話。
「ニースの髪の毛だってすごい綺麗だと思うけどなあ」
 と言うサシカイアの言葉は心からのもの。ぶっちゃけ、ニースの髪の毛だって他者から羨ましがられる類のものだろう。生粋の日本人だってここまではそういないと言うくらいの烏の濡れ羽色、緑の黒髪。おまけに最上質の絹のような艶がある。キューティクル、天使の輪っかも当然のように装備している。
「私はそれなりの努力を払って、この髪質を維持しているんですよ」
 と、サシカイアの怠慢、その癖、荒れることなく綺麗なままの髪の毛が妬ましいとニース。
 やぶ蛇かと肩をすくめるが、ニースの方からもうこの話題は辞めようと提案があり、サシカイアは間髪入れず飛びつく。
 そのまま後は無言で、ハサミの音だけ。
 ぽかぽかいい陽気。何時しかサシカイアは眠気に誘われていた。
「はい、終わりです」
 それも、ニースのこの言葉に断ち切られ。
 縁取りは金細工、精緻な彫り物の施された大きな鏡で前後左右を確認させられる。何だか、この鏡もかなりの魔力持ちの品物に見える。──真実の鏡? まさかな、と首を振って否定する。こんな事に使っていいような品物じゃないし。そんなはずはない。ないよね?──と自分を言い聞かせるサシカイアに、ニースは感想を求めてくる。
 正直、サシカイアには前髪が煩わしくなくなった程度。あんまり違ったようには見えなかったのだが、ニースによると会心の出来らしい。なんてやりがいのない、と項垂れるニースを懸命に宥め。後片付け。
「せっかくだから、耳掃除もしましょうか」
 コレで終わりかと思えば、ニースがこんな提案。ありがたく受ける。
 そばの芝生の上、座り込んだニースが自分の膝をポン、と叩く。
「膝枕?」
「他にどうしろと?」
 これはシュリヒテらに自慢が出来る。いや、奴らを嫉妬星人にしないために、黙っているのが賢明か、そんなことを徒然考えながら、お願いしますと、ちょっぴりドキドキしながらニースの膝の上に頭を預ける。
「それじゃあ、始めますね」
 今日はぽかぽか気持ちのいい天気。お日様は心地よく、先刻の眠気がすぐにぶり返してきて。サシカイアが覚えていたのは、ここまでだった。


 ニースが気が付けば、サシカイアは静かに寝息を立てていた。
 無防備な寝顔に自然に口元に笑いが浮かんでしまう。
 黙って立っていれば、吃驚するくらい整っている顔立ち。目尻が上がり気味なせいもあって、下手をすると冷たさすら感じさせるまでの美貌。しかし、やんちゃ小僧じみた表情のせいで冷たさを感じさせることは滅多にない。当人には秘密だが、ころころ変わる表情とピコピコよく動く耳のおかげで、割と考えていることが読みやすかったりする。
「寝ていると、ホント、天使のようね」
 と、ニコニコ見つめていたが、次いでニースは飛び上がり、腰を浮かせかける。
「冷たっ。え? よだれ?」
 それは勘弁して欲しいと、それでも静かにサシカイアの頭を持ち上げると、ゆっくりと膝を抜く。白の神官衣を濡らしたサシカイアのよだれに困った顔をしながら、頭を芝生の上に降ろす。枕が無くなったことでサシカイアの眉根にしわが寄るが、それもすぐに消え、規則正しい寝息が戻る。
 そろそろ、こちらも仕事に戻らないとマッキオーレあたりが困っているかも知れない。とは言え、サシカイアをこのままここに放置するわけにも行かず、こんな無防備な寝顔を見ていると起こすのも忍びない。
 さて、どうしようか、とニースは天を仰ぎ、太陽のまぶしさに瞳を細める。
 今日は本当にいい天気だった。寒いターバ村の、ごくごく短い過ごしやすい時期。その時期でもとびきり素敵な陽気。今日はそんな日。
「さて、どうしましょうか」
 そんなことを呟きながら、素敵な陽気に誘われて、ニースは小さくあくびをした。


「ニース様は?」
 息抜き、休憩にと執務室を出てから、一向にニースが戻ってこない。
 石の王との約定に従うため、モスへの視察に出かけることを決めたニースは、ここ数日、引き継ぎのための業務なんかで24時間戦えますか状態。流石に休憩を、と勧めたのはマッキオーレの方だが、ここまで戻ってこないと何か問題でも起きたのかと心配にもなる。ニースの決済を待つ書類も結構たまってきているし。
 そんなわけで神殿内を探し回り、中庭近くで見かけた女神官に声をかけてみると、返答は唇の前で立てた一本指。
「?」
 静かに、と言うことかと口を閉ざしつつ、理由がわからず首をかしげるマッキオーレ。
 その不審顔を理解したのか、女神官は顔で中庭、芝生の方を示して見せた。
 マッキオーレがそちらを見れば。
 美しき眠り姫が2人。
 サシカイアとニース、2人仲良く寄り添ってお昼寝中。
 思わず苦笑してしまったのは、2人の格好のせい。
 大の字、両手両足を放り出すような女らしくない豪快な格好で眠るサシカイア。相変わらず、その美貌に反比例しているかのように、行動その他が暴力的というか破壊的というか。そのギャップがいいという意見もあるが。
 そして、そのサシカイアの左腕を枕に、横向き、僅かに身体を丸めるようにして静かに眠るニース。こちらはまさしく眠り姫と言った風情。あるいは小動物か。愛らしく、清楚でたおやか、そんな印象は眠っていても変わらない。
 何だか、2人の性格の違いが表れてように見えて、それがおかしみを感じさせた。
 女神官が用意してきたらしいタオルケットを2人を起こさないようにと慎重な手つきで腹にかけ。
 それから、女性の寝顔をまじまじと眺めるのは感心しませんという具合にマッキオーレの退場を促す。
 さて。 
 とマッキオーレは外を眺め。
 今日は本当にいい天気。お昼寝するには最高の陽気。
 最近のニースは働き過ぎ。もう少し休ませて上げても問題ないだろう。……もう1人の方にはもう少し何か仕事をしろと言いたくもあるが。
 このまま2人は眠らせて、自分たちで出来る仕事を片付けていくかと、マッキオーレはきびすを返した。



[4768] 31 呪縛の島の魔法戦士
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/04/12 21:02
 リズミカルな走りに合わせて、後頭部でまとめた黄金色の髪の毛が揺れる。その髪型の名前の通り、まるで子馬のしっぽのように。
 本当なら煩わしいロングは辞めて、ばっさりショートにしようと考えたのだが周囲に駄目出しをされてしまった。ブラドノックだけであれば余計なお世話と突っぱねるところだが、ニースにまで言われては仕方がない。泣く泣くショートは諦めた。──とは言え、運動するのにやっぱりロングは邪魔。それでサシカイアの出した答えがコレ。ポニーテイル。
 さて、基本怠け者のサシカイアがわざわざ運動しようなんて考えたのには、もちろん理由がある。
 魔神将との戦いではっきりとした自分の問題点、己の肉体の貧弱さを解消するため。
 肉体の貧弱さ。それは主に哀れな程の胸のサイズ──ではなく、体力の無さである。
 確かに胸の方もかなり貧弱であるのは間違いない。胸を上から撫で降ろせば、ほとんど引っかかりもなく臍まで到達しそうな程の貧弱さ。しかし、サシカイア自身はあまり気にしていない。貧乳はステータスだ、希少価値だ、と声高に主張するつもりもない。どちらかと言えば、どうでもいいことに類する事柄だ。何しろ、見た目がいくら美少女エルフでも中身は男。下手に巨乳だったりしても始末に困る。あれはあれで色々と苦労があるらしいし、我が身で確認したいとは思えない。……我が身ではなかったら、別の感想を抱くかも知れないが。
 話を戻す。
 サシカイアが弱点解消のために自らに果たしたのは、毎日のランニングを中心とする体力作り。どれだけがんばっても所詮はエルフ、貧弱なのは変わらないかも知れないが、それでももう少し体力──HPが欲しい。文字通り死活問題なのだから。
 と言うわけで、今日もサシカイアはマーファ神殿の敷地内でランニングをしていた。
 さすがは本神殿、その敷地は十分な広さがあり、一回りするだけでもかなりの距離となる。おまけに山の斜面に張り付くようにして建っているため、起伏にも富んでいる。まじめに毎日ランニングをするだけでも、かなりの体力が付くだろう。
 が。
 困ったことに、サシカイアの中身はぼんくらである。その能力は高いとは言え、いきなり付いてきたモノ。そこへ至るまでの非常な努力をしてきたわけではない。
 要するに、地道にトレーニングを継続する為の根気に欠けている。時間が経つにつれて、当初に抱いた危機感はあっさりと薄れてきている。それに連れて、トレーニングへの熱意もどんどん冷めていく。元々の世界でも、体力作りを考えたことはある。が、その為のトレーニングが長く続いた事はない。中身はそう言う人間である。そろそろ頭の片隅に、もう三日坊主じゃないよね、なんて思いが居座り始めている。天気の悪い日が来れば、嬉々として休養日に当てるだろう。そして、その休養日を過ごした後、トレーニングを再開できるかと問われれば、非常に微妙な感じである。あるいは、特に理由なんか無くても、明日にも休養日を作るかも知れない。
 とは言え、今日はまだ天秤が、まじめに走ると言う方に傾いた。
 息を荒くしながらも、ノルマとした周回を済ませ、ゴールと定めた本神殿隅の人気のない小さな空き地へ到達する。
 人気のない場所をゴールとしたのは、最近、ペペロンチャの名前だけではなく、顔まで売れてきてしまったため。あの酒場、どうやら絵心のある者もいたらしく、ペペロンチャ直筆のサイン付きの美人画が、当人に無断で売り出されてしまったのだ。無断なだけに、もちろんサインが直筆というのは嘘である。マーファ神殿が即座にそれが嘘であることを発表してくれて、それで一山当てようとしていた件の男はつるし上げを食ったらしい。しかし、サシカイアがざまあ見ろと思えたのもつかの間。今度はマーファ神殿がおみやげ物として、ペペロンチャ公認の、自筆のサイン入り美人画を、ニースのそれと並べて販売しはじめたから元の木阿弥。どころか事態は更に悪化してしまった。こちらは交渉の結果、経費を除いたあがりの5割をサシカイアが受け取ることになって話がついた。と言うか、どうやらそのあたりを企画したらしいマッキオーレに文句を言いに行ったはずが、いつの間にか丸め込まれて、その条件を飲まされてしまった。何がどうなってそうなったか、未だによくわからないが、契約書にサインをしてしまったのは確か。ここでごねれば、違約金が発生してしまってよろしくない。
 兎に角、下手に顔が売れてしまったせいで、本神殿から出れば非常に煩わしいことになってしまう。否、本神殿内でも、ちょっと油断すると男神官を中心にサインや握手を求められたりして、非常に鬱陶しい。それ故に、こんな隅っこの方へ引っ込んで、トレーニングをする羽目になっている。
 ゴールしたらゆっくりと歩きながらクールダウン。
 同じくこの小広場で剣を振っていたシュリヒテが、タオルを投げて寄越してくれたので、受け取って汗を拭う。
 シュリヒテの事情も似たようなもの。つい先日までは神官戦士と一緒に訓練をしていたが、流石に相手になるレベルの者はいなかった。そして、有名で強いだけに指導を求められる。自分の訓練よりも神官戦士を指導してやる、そんな時間を多く取る羽目になり、それならばいっそ、個人でトレーニングした方が自分の為に時間が使えてまだマシ、なんて判断だ。
 ちなみに他の2人、ブラドノックは現在、使い魔を作るための儀式中。どうやら烏を使い魔にすることに決めたらしい。これから先、女子更衣室や女湯周りで烏を見かけたら、問答無用で撃ち落とさなければならないだろう。30メートルまではシュートアローで一撃だが、それ以上の遠距離のことを考えると、レンジャーを伸ばして弓の技術を上げた方がいいかも知れない。
 ギネスの方は難民キャンプでマイリーの布教をしている。同じ光の陣営の神様とはいえ、マーファ本神殿お膝元で、くそ度胸な話である。今のところ、マーファ本神殿からの正式な抗議は来ていないが、ヒヤヒヤものであることは間違いない。……なんと言っても辞めそうにないし、困ったものである。
「ふぃ~、あちい」
 今、ターバ村あたりは、一年で一番過ごしやすい季節だ。氷の精霊王フェンリルが生息している、なんて言われている白竜山脈を近くに持つせいで、このあたりはロードス島でも一番寒い地域だ。冬は長く雪に閉ざされ、夏は過ごしやすいが酷く短い。今は春が終わり夏に入り始めた頃。寒くもなければ暑くもない、ちょうどいい感じの気温が続く日々。
 それでも運動をすれば暑くもなる。サシカイアは徒然考えながら、襟元を開き、ぱたぱたと手で扇いで風を送り込む。
 その様子にシュリヒテがぎょっとした顔をして、慌てて視線を逸らすがサシカイアは全く気が付かない。
 中身男なだけに、非常に無防備なのだ。
 そのまま、サシカイアはストレッチで身体をほぐす。
「あれは男、あれは男」
 と現在髪型がポニーテイルなせいもあり、前屈したサシカイアのうなじ、そして汗で張り付いた後れ毛なんかが見えて、ちょっぴりドキリとしてしまったシュリヒテが、小声で自分に言い聞かせているのにも全く気が付かない。
 サシカイアは女性としての動きが身に付いていない上に、警戒心が非常に緩い。下手にミニスカートなどはいた日には、サービスショットを連発してしまう事、確実である。
「一回、勝負しないか?」
 サシカイアは、シュリヒテが明後日の方を向いて手を休めているのを見て、休憩中と判断。提案しながら模擬剣を取り上げる。
 シュリヒテは少し考えると、頷いてこれまで振っていた重り付きの剣を脇の木に立てかけると、やはり模擬剣を取る。それから、にやりと笑って言う。
「何か賭けるか?」
「……一回勝負。俺が一分保ったら、今日の飲み代はお前のおごり」
 サシカイアは少し考えて、提案する。
 勝ち負けではなく、サシカイアがどれだけ保つことが出来るか。2人の実力差は、そんなモノである。どちらも10レベルとは言え、シュリヒテは戦士でサシカイアは精霊使い。魔法抜きの近接戦闘となれば、サシカイアの使用できる技能はシーフとなり、これは5レベル。素早くて器用なサシカイアは攻撃力や耐久力を問わない当てっこ、避けっこならばかなり強いが、それでもシュリヒテ相手では厳しい。能力値に差はほとんど無いし、レベル差が大きすぎる。ゲーム的な強さ比べ、ごくごく単純にして言えば、レベルと対応能力値ボーナス(能力値を6で割った数字。括弧内の+3とか)の合計にサイコロ二個振って出た数を足して大きい方が勝つと言うルールで、レベル差5。この差は大きい。まともに戦ったら、サシカイアの勝ち目なんて有りはしないのだ。
「じゃあ俺が勝ったら、お前の耳、触らせてくれ」
「……」
 サシカイアはジト目でシュリヒテを見つめた。
「いや、だって、エルフ耳なんて触ったことないし、コレは純粋な興味からで不純な動機では……」
 ぐだぐだとシュリヒテが言い訳をするが、本当に純粋な興味からかは微妙に信じがたい。
 何時までも暗い顔をしているのも鬱陶しいが、立ち直り早すぎだろう。しかし、こいつエルフ耳萌えだったのか。これから先、色々と気を付けた方がいいかも知れない。ブラドノックだけでも大概迷惑なのに、更に面倒くさい話になった。あれ? 最近ギネスも鬱陶しいし、俺って心を許せる仲間いない? 
 驚愕の事実に一瞬魂を飛ばしかけて首を振り、なんとか気を取り直してサシカイアは口を開く。
「……訂正、俺が勝ったら、一週間お前のおごり」
「いいだろう」
 と、シュリヒテは自信満々で応じた。それでも勝てる、と確信している顔だ。
 面白い、とサシカイアは唇をぺろりとなめて湿らせる。目に物見せてくれる。
「それじゃあ、これが地面に落ちたら初めと言うことで」
 時間を計るための砂時計をひっくり返し、彼我の距離を慎重に測りながら、サシカイアは近くに転がっていた石ころを拾い上げる。
 シュリヒテが頷いたので、それでは、とそれを放り投げる。
 加減して、シュリヒテの右、1メートルあたりに落ちるように。
 そして、石ころが落ちた瞬間。
「あばよ、とっつぁ~ん」
 サシカイアはくるりと振り向いて、脱兎の如く逃げ出した。


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  31 呪縛の島の魔法戦士


「あれはいくら何でも卑怯だろう」
 シュリヒテの当然の抗議を、サシカイアは耳のない様な顔をして無視をした。
 追いかけっこになれば、敏捷度の高いサシカイアは一分くらい余裕でシュリヒテから逃げることが出来るのだ。通常、近接状態から逃げるときには回避にマイナス4のペナルティが入るのだが、それを避けるために距離を十分に取っていたし、何より意表を突いたせいで、シュリヒテはろくに反応できなかった。初動で優位を取れば、後はますます簡単な話である。
「一分保ったら俺の勝ち。ルールはそれだけ」
「しかしだな」
「阿呆みたいな事を言うからだ」
 サシカイアはにべもなく切り捨て、今度はまじめに模擬剣を構える。
「さあ、今度はまじめにやるぞ」
「それは俺の台詞だろう」
 なんかなあ~、と首を振りながら、シュリヒテは剣を構える。
 今度は特にスタートの合図も決めず、そのまま始める。
 サシカイアはシュリヒテの周りを軽やかなフットワークで回りながら、隙を探そうとする。
 しかし、気持ちを切り替え、まじめな顔で剣を構えるシュリヒテに、容易に隙を見いだすことは出来ない。前述の通り、そもそもサシカイアは格下、シュリヒテとはレベルが違うのだから。
 このままシュリヒテの周りを回っていても、どうしようもない。バターになってしまう前に行動を開始すべきだ。
 そう考えたサシカイアは一瞬身体の力を抜いて、脱力する。これで隙を作ってくれないかな、なんて考えながら、直後、一気にシュリヒテの懐に飛び込む。
 のだが、当然シュリヒテは隙なんか作らず、サシカイアを迎撃。
「のわっ」
 振り下ろされた鋭い一撃を、悲鳴を上げつつ何とか翳した模擬剣で受けるが、そのまま潰されそうな圧力。模擬剣を斜めにして受け流し、やり過ごそうとするが、あんまり成功したとは言い難い。返す横からの斬撃を模擬剣で受け、その勢いを利用するように横っ飛び。即座に追いすがるシュリヒテの鋭い突きを、肝を冷やしながらぎりぎりで避け、大きく距離を取る。
「こ、殺す気かっ!」
 ばくばくと鼓動を高めた胸を押さえながら、思わず文句が口から出てしまう。
「模擬剣だし、死にはしないだろ?」
「最後のクエスチョンマークはなんだよっ!」
「しかし、流石に早いなあ。今の突きは入ったと思ったんだが」
「こっちはエルフなんだよ。華奢なんだよ。貧弱なんだよ。HP少ないんだよ。もう少し気を使えっ!」
「大丈夫だって、今ならニース様もいるし」
「蘇生前提? 冗談じゃないぞっ!」
「じゃあ、今度はこっちから行くぞ」
「話聞けよっ!」
 残念なことにシュリヒテは聞く耳持たない。先刻の敗北が、よほど悔しかったのかも知れない。一気にサシカイアとの距離を詰めてくる。
 うなじの毛を逆立てながら、最初の斬撃を受ける。その一撃で模擬剣を取り落としてしまいそうな圧力。手が痺れる。次撃はまたもや横殴り。大きく下がってやり過ごす。胸がもう少し大きかったら持って行かれていたところ。サシカイアは密かに己の貧乳に感謝する。一瞬でその距離は詰められ、袈裟懸け。何とか模擬剣を合わせるが、痺れはいよいよ強くなり、その次の一撃で模擬剣は手からすっ飛ばされていた。すっと静かな動きで、シュリヒテの模擬剣の切っ先がサシカイアの胸元に向けられる。
 見事なまでにあっさりとサシカイアの敗北である。一分保ってない。攻撃なんて最初から放棄して、防御専念でコレである。まじめに戦えば、2人の実力差はこんなモノである。賭けでシュリヒテが強気になるのは、別段過信でもなんでもないのである。
「これっ位で剣を吹っ飛ばされていたら、話にならないぞ」
「だから、こっちは非力なんだよ」
 勝ち目なんて無いと解っていても、それでも負ければ悔しいと、サシカイアはぶすっくれる。痺れる手をひらひら振りながら、すっ飛ばされた模擬剣を拾い上げる。
「もう一勝負するか?」
「もちろんだ、ぎゃふんと言わせてやる」
 模擬剣を握りしめる手の調子を確認。とりあえず、痺れは取れた。
「逃げるの無しな」
 シュリヒテが釘を刺してくるが、コレは余計なこと。何も賭けていない訓練である。逃げては意味がない。
「卑怯な手も無し」
 それは約束できない。と言うか、まじめに戦ったら今の二の舞である。
「それじゃあ──」
 始めるか、と言いかけたシュリヒテに、サシカイアは掌を向けて止める。
 それから視線を脇の茂みに向ける。
「誰か知らないけど、のぞき見は感心しないな」
 性的な視線には元の性別のせいもあって、どうにも無頓着なサシカイアである。あるいは、性的な視線を向けられていることに気が付きたくない、と言う心理が働いているという可能性もある。流石にブラドノックくらいあからさまであれば気が付くが、そうでなければ酷く鈍感で、無防備な動作で頻繁に周囲をどぎまぎさせている。しかし、それ以外の視線には割と鋭い。それは偏に、所持しているシーフ技能のおかげ。そうでなくとも相手がシーフ、あるいはレンジャー技能持ちじゃない素人臭い隠れ方だったと言うこともある。
「ふむ」
 と、それ以上誰かは隠れる気がないのか、声を出して茂みを掻き分けてくる。
 男とも女とも判別の付きづらい中性的な声。知らない声。
 ん?、と微妙に嫌な予感を覚えるサシカイアの前に、その誰かは姿を現した。
 その誰かは、一言で言えば不審者。
 百人に聞けば百人が、同様の評価をするだろう。何しろこいつ、仮面を付けているのだ。これ以上ないくらい不審だ。仮面ともう一つで顔の大半は隠され、外気に曝されているのは口元くらい。身長は高くもなく低くもなく、ゆったりした格好のせいで身体のラインが見えず、声同様、男とも女とも解らない。腰に佩いた剣の存在もあって、とりあえず戦士であることは解る。身のこなしから見て、シュリヒテと同レベルの戦士。
 それだって十分に驚異的な話だが、そんなモノは二の次で、サシカイアの視線はその誰かが顔に付けているもう一つ、額のサークレットに引きつけられた。
 不思議な光を宿す宝石を二つ、まるで両の瞳の様に埋め込んだ特徴的なサークレット。魔法のかけられた気配も、びんびんに感じる。
 ロードス島シリーズの読者としての知識が、この誰かの正体を簡単に判明させた。
「なっ、カーラっ!」
 シュリヒテが驚きの声を上げる。
 そう。
 この誰かはニースと同じく6英雄の1人、その伝説に名前を残さなかった魔法戦士。原作の戦記でシリーズ通しての主人公パーンの敵役。灰色の魔女カーラだった。



[4768] 32 ドキドキ魔女審判
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/04/12 21:02
 陰謀史観というモノがある。
 人の世の裏に潜み、世界を、歴史をコントロールしてきた秘密結社が存在する。実は2度の世界大戦も今回の大不況も、果ては郵便ポストが赤いのも、宝くじで高額当選したことがないのも、その謎の秘密結社がそう望み、そうなるように状況を整えたのだ。──なんて考え方。それが本当であれば酷い話。特に宝くじとか宝くじとか宝くじとか。
 そしてこれ、創作の分野では、割とよく見かけたりする。ガン○ムヨコハチで言うならばイノベー○ーがそうだし、種死ならば軍需産業複合体の■ゴスとか。銀○伝ならば地球教。バッタ男ならば「ゴル○ムの仕業だ」と言った具合。ぶっちゃけると、わかりやすい悪役として重宝するのだ。
 そしてここロードス島にも、歴史の裏に潜み、操作し、己の思う方向へと未来を歪ませる魔女が存在する。
 それが灰色の魔女カーラである。


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  32 ドキドキ魔女審判


「なっ、カーラっ!」
 私はあなたのことを知っています。
 と、わざわざ教えてやってくれたシュリヒテに、相手に自己紹介して貰う手間が省けたね、ご苦労様、なんて感謝が出来るはずがない。
 カーラという人物、扱いを間違えれば非常に危ういと言う認識がサシカイアにはある。そんな危険人物、こちらの持ち札は可能な限り伏せたまま対応したい。なのに何もしないうちから札を切っていったシュリヒテの行動は、余計なことの最たるモノ。
「この糞馬鹿っ」
 だから、サシカイアは思わず罵りの声を上げ──直後に後悔した。
 シュリヒテのことを罵れない。自分のこの反応もまた──
「なるほど」
 カーラが静かに頷いた。
「お互い、わざわざ自己紹介をする必要はないようですね」
 余計な手間が省けて重畳。そう告げるカーラの雰囲気は、登場時よりも確実に温度の低いモノになっていた。


 灰色の魔女カーラことアルナカーラは、古代魔法王国カストゥール末期の魔術師である。
 カストゥール王国末期は、同時に全盛期でもある。
 魔力の塔の完成を経て、カストゥール王国の魔術師達は、簡単な額への水晶埋め込み手術を受けるだけで無限の魔力の供給を受けられるようになった。それはもう、漫画雑誌の背表紙あたりに宣伝されている手術以上に簡単なモノで。
 それまではどちらかと言えばへっぽこで、何度も滅びに瀕しての復活を繰り返してきたしぶといだけが売りのカストゥール王国。しかし、これで奇跡の大逆転。目を見張る程の快進撃が始まった。
 無限の魔力をいい事に、達成値の100倍拡大だってお茶の子さいさい。それなんてチート、インチキなまでの強大な魔法を使い、敵対する者達を滅ぼし、あるいは封じ、支配した。古の、それも神殺しなんてレベルのドラゴンすら支配、使役したと言うのだからとんでもない。カストゥール王国は文字通りの大陸の覇者となった。
 彼らは大地だけではなく、空に、水上に、水中に、地底にと壮麗な都市を次々と築き、その版図を広げた。カストゥールの魔術師にあらずんば人にあらず、てな感じで、魔術を使えない者達を蛮族として蔑み、その支配下におき、奴隷としてこき使った。時にはコロシアムあたりでモンスターと殺し合いなんかもさせたらしい。おまけに無限の魔力でシースルーだって自在に使えて覗きだってお茶の子さいさい。女子更衣室へ忍び込むのだってコンシールセルフで安全確実。絶大な魔法、圧倒的な力を良い事にやりたい放題、この世の春を謳歌したのだ。──現在、魔術師が嫌われるのは、この時代のカストゥール魔術師の所行が故である。
 ちなみに今現在のロードス最大の問題である魔神。コレを召喚、使役することを可能としたのも、この時期である。
 得意の絶頂のカストゥール魔術師達。
 ところが、崩壊は彼らの想像よりも早く訪れた。
 地の底に作り上げた新たなる王都、精霊都市フリーオン。コレを維持するために括っていた大地の精霊王ベヒモスが突然変異して、周囲の精霊力を際限なく取り込んで巨大化する滅びの魔物、 魔精霊アトンとなってしまったのだ。これが、彼らの栄光の終わり、滅亡の始まりだった。
 魔精霊アトンは、最高の魔術師でありカストゥールの王であるファーラムシアの肉体を原材料に、最高の附与魔術師ヴァンが鍛え上げたファーラムの剣を用いることで、機能停止状態に追い込むことが出来た。滅ぼしたわけではなく封印、問題の先送りだが、とりあえず、世界の破滅だけは免れた。
 しかし、その代償は大きかった。
 アトン封印時の魔力の暴走。空中都市は地に落ち、水中都市は水圧に押しつぶされ、水上都市は水底に沈んだ。さらに、彼らに無限の魔力を供給していた塔の崩壊。コレが決定打になった。
 外付けの供給装置に頼り切っていたカストゥールの魔術師達は、気が付かないうちに己の魔力を練る術を失っていたのだ。
 力の大部分を失った魔術師達。そうなると日頃の行いがものを言う。
 仲間の魔術師以外を一段も二段も低く見、蛮族、奴隷として扱ってきたツケを、彼らは支払わされることとなる。力で押さえつけていた反動。蛮族、奴隷と蔑まれた者達は、カストゥールの魔術師達に心服したから従っていたわけではないのだ。好き放題やってくれた傲慢な支配者の弱体化。被支配者たちを押さえつけていた力がなくなれば、その後どうなるかは分かり切ったこと。
 間を開けず発生した、大規模な蛮族の反乱。
 彼らの魔術師に対する恨みは大きかったし、チャンスを逃す程お人好しでもなかったのだ。
 魔術師達は魔力を失ったとは言え、それまでの富や技術の蓄積がある。強力なマジックアイテムや従えた強力な魔法生物などを使って対抗する。凄惨な殺し合いが発生し、多くの命が失われた。しかし、魔術師達の必死の抵抗も、焼け石に水としかならなかった。王を失い、魔力を失い、統一された行動の出来ない魔術師達は各所で打ち破られ、滅びを迎えることとなった。
 これが魔法の時代の終わり、剣の時代、ソードワールドの始まりである。


 カーラは、この滅びを目の当たりにした。
 絶対と思われていたカストゥール王国のあっけない崩壊。世界の全てを、どころか異世界までを掌握したと驕り高ぶった彼らの時代も、過ぎ去ってみれば、僅か50年程の栄光にしかすぎなかった。
 蛮族達は力を失ったカストゥールの魔術師達に容赦などしない。それだけの恨みがあったし、同時に、恐怖もあった。再び魔術師達が力を取り戻し、彼らを奴隷の地位にたたき落とすかも知れない。その恐れが、彼らから容赦というモノを奪う。
 栄光から破滅への転落。その落差の大きさ。目の当たりにした多くの悲劇。殺し殺される凄惨な戦い。怨嗟の声と血の臭いが大気に満ち、屍の上に屍が積み重なり。まるで地獄がこの世に顕現したかのような有様。カストゥール王国人であるカーラにとってはまさしく、世界の終わりに等しい。
 その様は、 カーラの心に大きな傷を刻み込んだ。
 その様は、カーラに一つの確信を抱かせるには十分だった。
 曰く。
 力が一点に集中すると、その崩壊時には大きな被害がでる。何か一つの力を頼ることは、それは即ち破壊へと向かうこと。目の前に繰り広げられる、永久の繁栄を続けると思われたカストゥール王国のあっけない、そして徹底的な崩壊が、それに連動して起きる悲劇が、人の死が、カーラの思いを補強し、確信とまで昇華させる。
 力の集中は危険。一時はいい。一時であればそれは、素晴らしい繁栄を約束するだろう。しかし、それはごくごく短時間で、すぐに世界の破滅を誘発する。一時の繁栄などとは到底釣り合わない、徹底的な破滅を。
 ならば、いくつもの力を絶えず拮抗させ、その一点への集中を妨げればいい。絶えず続く戦乱は、いくつもの悲劇を生み出すだろう。だが、それすら、一極集中の愚に比べれば断然マシなのだ。
 どう見たって粗だらけ、周囲から突っ込みを入れられそうな考え。しかし、その時にはカーラに突っ込みを入れられるような人間は全て鬼籍に入っており、誰も彼女に駄目出しをしてくれる事はなかった。……もっとも、たとえ駄目出しされたとしても、カーラは意見を変えなかっただろう。それほどに、彼女の心に刻まれた傷は深かった。
 そしてカーラの、歴史の裏側での暗躍が始まる。
 かつて破壊の女神カーディスの信徒がロードスを席巻しようとした時には、マーファ神殿と英雄カドモスを助けてそれに対抗した。カドモスの興したアラニア王国がロードスに覇を唱えようとすれば、有力貴族の対立を助長して内乱を誘発し、その野望を挫いた。ライデン王国がその版図を爆発的に広げようとした時には、対抗馬とすべくモスの小国群に味方し、竜の盟約締結に力を貸した。
 力の一極化、ロードス統一がなされることの無きように。
 天秤がどちらか片方に傾きすぎないように。
 カーラは、ロードスの歴史に介入を続けてきた。


 しかし、カーラは人である。人は永遠には生きられない。変身、シェイプチェンジの魔法で若返りを繰り返したとしても、200年程生きるのが限界。それ以上は、人の精神が保たないとされる。(1000年の寿命を持つエルフはそもそも精神的な構造が違うらしい。3日くらいなら何もせずにぼーっとしていられるらしいし)
 では、人であるカーラはどうやって王国滅亡以来500年もの長きにわたり、暗躍してこれたのか。
 その答えはカーラの額のサークレットにある。
 「私は人間を止めるぞ!、サルバーンッ!」と言ったかどうかはともかく、優秀な附与魔術師であったカーラは、己をサークレットに封じ込めたのだ。更に、このサークレットに着用者の肉体を奪い、カーラの意のままにするという効果を附与して。それに対抗するには精神抵抗25と言うべらぼうに高い数字をクリアする必要がある。ちなみに世界最高の魔術師ウォートですら素の状態で15+サイコロ2個と言う、分の悪い勝負になる。能力的にそれ以下、普通の人間に抵抗はほぼ不可能。確実にカーラに支配されると思っていいだろう。ベルドですら11以上の出目を出さなければならないのだから。実の所、原作戦記の最終巻、レイリアのサークレット着用再挑戦は物語の締め的にはともかく、きっぱり無駄で危険なだけの所行だよなあ、と思ったりもした。
 そして厄介なことに、この呪いじみた力は、わざわざサークレットを着用しようと思わなくとも、カーラの仮の肉体を破壊した時にも発動する。カーラを殺した場合、どうしようもなくサークレットを付けたくなってしまうのだ。つまり、カーラに戦って勝てば、今度はその勝者が肉体を奪われてしまう格好になるわけだ。殺さずに無力化すればその支配の力は発動されないが、そんな手心を加えつつ勝利できるような、生やさしい相手ではないのだ。ウォートをして、勝つのは可能だが、しかし、──と言わしめるのは伊達じゃない。
 こうして、カーラは500年の間、肉体をとっかえひっかえしつつ、暗躍をしてきたというわけである。


 カーラが厄介なのは──
 古代語魔法10レベル以上、精神点30という非常に高い数字はもちろん、件の己を倒した者の肉体を奪うという力も鬱陶しい。
 鬱陶しいが、さらにもう一つ。
 説得が通用しないと言うこと。
 いくらサークレットにカーラの記憶、知識、考え方が封じ込められているとは言え、それは最早亡霊と変わりない。既にカーラは死者なのだ。
 人は学び、成長し、変化し、進んでいく。
 しかし、カーラはそれが出来ない。
 カーラは既に、サークレットに己を封じた時点で、前進を止めてしまっているのだ。
 カーラは学ばない。カーラは成長しない。カーラは変わらない。カーラは進まない。
 いつまで経っても。
 どこまで行っても。
 封じられた時の思いのまま、封じられた時の考えのまま。
 ただ一つの行動理念に従って暗躍し続ける。
 ただただ、己をサークレットに封じたときの思いのままに行動する。
 ロードスの統一を妨げるために行動する。
 その考えが間違っていると告げようとも、カーラは考えを変えない。
 その考えが時代にそぐわないと警告しようとも、カーラは行動を改めない。
 彼女は既に完結しているのだから。
 彼女の有り様は、既に完成してしまっているのだから。


 そんな人間が登場したわけである。
 たまたま遊びに来ました。通りがかったら見かけたので覗いてみました。なんて気楽な状況であるはずがない。カーラの返答は、こちらのことを知っていると告げるモノであったし。そもそも10レベルの冒険者なんて、いくら強者揃いのロードスとはいえ希有な存在。それだけでカーラに警戒されても仕方がないだろうし。この邂逅を偶然で片付けるのは無理だろう。
 何にせよ、ろくな事になるとは思えない。
 サシカイアは用心深く精神集中の準備をしつつ、カーラの様子をうかがう。
 僅かに幸いなのは、カーラの肉体が女とも男とも解らない中性的な人物であること。コレが老人だった日にはすごくやばいところだった。原作によれば、その老人の身体は限界近く。つまりはその場合、こっちの肉体を奪いに来たと言うことだったから。
 少なくとも、身体を狙われているわけではない。
 では、どんな理由か?
 原作によれば、この時期のカーラは基本、魔神を相手に戦うというスタンスを取っていたはずだ。魔神王、それは、カーラの考える力の天秤を危険なまでに傾ける存在。モンスターレベル10で国レベルの危機。15で大陸レベルの危機だと言うのに、魔神王はモンスターレベル20。本当に洒落にならない存在なのだ。カーラが危険視するのも当然と言える。
 しかし、その一方でウォートの野望を危険視し、ナシェルの破滅を画策した。
 その行動はロードスの統一を妨げるという事で間違いないのだが、どうにも考えが浅い部分も見える。ナシェルの破滅は、下手をすると魔神に対する人の完全敗北を招きかねなかった。また将来、パーンらに対抗するために破壊の女神を復活させようと試みる。しかし、これは流石にやりすぎだ。魔神王は神に匹敵するとか言われてはいるが、流石に神に比べれば小粒だろうし。パーンは好きな主人公だが、流石に破壊神相手に戦えるとは思えない。カーラの行動はどう見たって本末転倒。(カーラの考える)危険を排除するために、さらなる危険を──それも対処不能なまでに酷い、人が、世界が滅びかねない危険を招こうとするのだから。
 現状、自分たちがそこまで危険視されていると思えないのが幸いだが。
「……それで、そのカーラさんが、こちらに何の用かな?」
 そして、いくら怖い相手だと言え、いつまでも無言でにらみ合っていても仕方がない。話が進まないというメタな理由はともかく。と言うか、先に緊張に耐えきれなくなるのは、どこまで行っても中身へっぽこなこちらの方という確信がサシカイアにある。ならば精神的に疲弊するより先に、良かれ悪しかれ、事を済ませた方がいい。
「噂の英雄を一目見ておきたいと思いまして」
 カーラはシュリヒテ、サシカイアを見据えながら口を開く。
「魔神将と互角の戦いをして退けたと言う〈光の剣〉シュリヒテ・シュタインヘイガー、冒険者達を率い、ゾンビの群を撃退した〈戦乙女〉ペペロンチャ……」
 そこでサシカイアは一つ手を打った。頭の上で豆電球が灯った格好だ。
「あ、そう言うことなら、関係のない部外者は退場します」
「はぁ?」
 とシュリヒテが変な声を出すが、サシカイアは無視して続ける。
「俺の名前はサシカイアです。センスライを使って貰えば解ると思うけど、俺はサシカイアです」
 大事なことなので二度言いました。慎重に言葉を選びながら、サシカイアはカーラに告げる。
 センスライ、嘘感知の魔法は、相手が嘘を付いているか否かを、判別することが出来るようになる古代語魔法だ。相手の言葉が嘘であれば、「──嘘だぴょん」と言った具合の語尾が付いて解るらしい。
「くだらない嘘は止めて貰いたいですね」
 カーラは懐からマーファの公認印の入ったペペロンチャのサイン入り美人画を取り出してこちらに示し、サシカイアと見比べつつ告げてくる。さすがはマーファ本神殿お声掛かりの画家と言うべきか、サシカイアの顔の特徴を捉えた、見事な似顔絵である。
「だから、センスライを使えば、俺が嘘を言っていないことは解るって。似たエルフは世に3人はいるって言うし。俺はサシカイアです、間違いありません」
 しかしサシカイアは堂々と応じる。少しでも怯んだところを見せてはいけないと、己に言い聞かせながら。ここで自分はペペロンチャではありませんと言えば嘘になるが、自分がサシカイアであると主張するのは嘘にならない。そして、嘘でなければ、センスライには反応しない。詭弁のようだが、この魔法は本当にそう言うモノなのだ。何にせよ、世に完璧なモノはないと言う事か。
 カーラは僅かに首を傾けながら、割合素直に呪文の詠唱。再び繰り返したサシカイアの名乗りに、混乱したように沈黙する。
「と言うわけで、後は若いお二人に任せて……」
 おほほほほ~、と見合いの席をセッティングした遣り手婆のようにわざとらしく笑いながら、サシカイアはフェードアウト──しようとしたのだが、シュリヒテが素早くその後ろ髪、尻尾を捕まえる。
「んがっ」
 首が引っこ抜けそうになってのけぞるサシカイア。
「なにしやがるっ!」
 当然の抗議をシュリヒテはあっさりスルー。
「ペペロンチャはお前だろうが、お前が魔神将に名乗った偽名だろうが」
 逆ギレ、怒鳴りつけてくる。
「ばっか、何でばらすんだよっ!」
「お前、俺見捨てようとしただろうがっ!」
 死なば諸共、とシュリヒテ。
「……ほう、私を騙そうとしたと?」
 絶対零度の声はカーラから。
「いや、俺の名前がサシカイアだってのは嘘じゃないし、エルフ流のお茶目な挨拶というか、場の雰囲気を和らげようとしたと言うか……」
 サシカイアはもごもごと口の中で呟き、助けを求めるみたいに視線を彷徨わせる。側頭部を自分の拳でコンと叩いて、てへっと可愛らしく笑っても見せるが、見捨てられかけたシュリヒテは冷たい目で見ているし、カーラもやっぱり冷たい目を向けてくる。
 こほん、とサシカイアはわざとらしく咳払い。
「ごめんなさい」
 素直に謝罪。深々と頭を下げる。
「……まあ、この場の空気の読めない馬鹿はともかく」
 シュリヒテが話を進めるべく口を開く。
 誰が馬鹿だ、とサシカイアは思ったが、ちょっぴり今の自分は立場が弱いという自覚があったので、涙を飲んで突っ込みは控える。
「俺たちに何の用ですか?」
「用は……別にありませんでした」
「はいぃ?」
 カーラの答えに声が裏返ってしまう。
「最近噂になっている新たなる英雄、その様子を見ておこうと思ってきただけのこと。見つからなければ、軽く観察だけして、立ち去るつもりでした」
 ひょっとして、俺やっちゃった?、とサシカイアがおそるおそるシュリヒテを見れば、お前、余計なことをと言う視線に迎撃される。
「ですが、こうして話をすることになったのですから、いくつか質問させて頂きましょうか」
「……答えられることなら」
 サシカイアは用心深く応じる。
「そんなに警戒する必要はありません。私にとってあなたの脅威度は低い」
 戸惑うサシカイアに、カーラは言う。エルフで女性、その時点で、アイドル的な人気を得ることが出来ても、最終的な求心力の中心にはなれない、と。他種族であるエルフに人を統べる事は出来ない、王になる事は出来ないと。結局の所、この世界の覇者は人間。エルフはマイノリティなのだ。
「そう言う事では、あなたの方こそ警戒に値する」
 カーラが視線を向けたのはシュリヒテ。
 シュリヒテは戦士で人間。古代魔法王国の事もあり、人は戦士に英雄を求める。ロードス島戦記で人々が、魔術師スレインではなく自由騎士パーンに希望を見たように、戦士こそを担ぎ上げようとする。
 カーラの言葉に、サシカイアは大きく安堵して胸をなで下ろす。胸をなで下ろすのは得意だ。何しろ女性としてはちょっと、と言う感じの胸部の起伏が乏しい体型だから、なで下ろしやすい事この上ない。それにしても、体力無い上に女エルフなんて、最初の選択で間違えた。絶望した。なんて思っていたが、こうなってみると結果オーライ……かも知れない。……いや、やっぱり、納得行かないモノも多々あるから結論は保留か。
 対してシュリヒテはごくんと唾を飲み込み、それでもカーラをまっすぐに見て言った。
「幸いな事に、こちらは大それた野望なんて持っていない」
「野望のあるなしではなく、時流に乗せられ、逃れられなくなる事もあります」
 英雄なんてモノは他人に担ぎ上げられてなるモノ。そこに本人とは言え個人の考え、意志など黙殺される事も珍しくない。現実、サシカイアにしろシュリヒテにしろ、英雄になりたくて行動してきたわけではないがこの現状である。原作で近い将来、ロードス統一王として担ぎ出されそうになったナシェルにしたって、本人よりもウォートを初めとする周りの野望によるモノだったし。
 兎に角、自分の話ではなくなったとなると緊張が解け、ようやくサシカイアの頭が働き始める。残念な事に、元々たいした頭ではないが。自分に危険がないのであれば、多少の無茶はできる。どうにかして、この出会いを有効に利用できないモノだろうか?、そう考えて、唇をぺろりとなめて湿らせる。やってみるか。ごくんと唾を飲み込み、心を定める。
「──だったら、あんたもそうならないように協力してくれ」
 サシカイアは言葉を選ぶようにして、カーラに告げた。シュリヒテが危険視されず、自分たちの助けになるカーラの利用方法。賭ではある。あるが、分はさほど悪くなかろう。考え方の善悪はともかく、カーラは悪人ではないのだ。傍目にどう見えようとも、ロードスのために行動しているつもりなのだから、問答無用で殲滅、とはならないはずだ。……ならないといいな。
「俺たちが、元の世界に戻れるように。──俺たちが、この世界からいなくなれば、あんたの心配は杞憂に終わるだろう?」
 兎にも角にも、賽は振られた。



[4768] 33 Q.E.D.─証明終了─
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/05/13 16:16
 サシカイアの脳裏に、夜に書いたラブレターは朝見直せ、なんて言う言葉が浮かんでいた。
 夜、滾りまくった情熱のままに書き綴ったラブレターなんて代物は、お日様の下での鑑賞に堪える代物ではない。読まされる方も大概だが、それ以上に書いた当人の精神が。それをネタに脅迫された日には無条件で言いなりになるしかない、そんなレベルのモノに仕上がっていたりするから危険きわまりない。
 これは勢いだけで行動するとろくな事にならない、その場では良い思いつきだと思っても、すぐに行動せず、少し時間をおいてからもう一度検討してみましょう。そんな戒め。……もっとも、ラブレターなんて代物、後先見ない程の勢いに乗らなければ、なかなか出せるモノではないのだけど。
 何故、こんな事をここで思い浮かべるのかと言えば、要するに。
 口に出した直後に、サシカイアは後悔していたのだ。
 あまりに拙速だったのではないか?
 仲間の承諾も得ずに、カミングアウトは問題ではないのか?
 果たして、カーラにこれを話した事による影響は?
 ぐるぐるぐると、頭の中で様々な問題点が浮かぶ。それに対処する方法は、残念ながら全くと言っていい程思いつかない。ここでサシカイアは素晴らしいアイデアを思いついて大逆転、なんて展開は欠片も期待できない。自分がカーラにロックオンされていないと知って得た余裕、そんなモノは既にどこかへ消え失せて、焦りばかりが募っていく。それで、さして出来の良くない 頭の回転が落ちるのだから、全くもって救えない状況。
 しかし、ここで失敗しました、なんて顔をするのは拙い。そう考えるだけの理性は残っていた。シュリヒテに、こいつ思いつきで行動してもう後悔してやがる、と思われるのも拙いし、カーラに弱みを見せるのだってよろしくない。
 だから、サシカイアは表情を引き締め、内心の葛藤や後悔やらを出さないようにと努力する。努力したのだが。
「あ~~」
 シュリヒテが、呆れたような、疲れたような声を出す。その表情は、お前、やっちゃったな、と言った感じ。
 何をおっしゃるうさぎさん。全ては「計算通り」です。と、サシカイアは新世界の神を目指した男張りに、自信満々の表情を作る。作ったつもり、なのだが。
「耳」
 と、短くシュリヒテの指摘。
 そう言えばこいつエルフの長耳に変な興味を持っていたな。こんな緊迫した状況でまだ言うか。と、全力でどうでも良い事に思考を回してしまったサシカイアに、シュリヒテは気の毒そうに告げた。
「お前、内心分かり易すぎ。耳、垂れてるぞ」
 あわわわわ、と、サシカイアは耳を押さえてシュリヒテ、カーラに背中を向ける。これがはったりだった日には救いようが無く引っかかっているところだが、実際サシカイアの、エルフ特有の長耳はしっかり垂れていた。これではシュリヒテの言うように内心分かり易すぎ、引っかかるも何もないのは幸い。幸い、なのか……?
 猫背気味の格好で、ちらりと背後を振り返る。
 シュリヒテが何とも温い視線でサシカイアを見ていた。心なしか、カーラもそんな表情をしているような気もした。……多分気のせいだと思うが。
「ああ、糞」
 がりがりと髪の毛が乱れるのも構わず乱暴に頭をかき、サシカイアは2人に向き直る。
 内心の後悔も何もかもモロバレ。ならば──と、サシカイアは逆に開き直る事が出来た。時間が戻せない以上、もう、口にしてしまったモノは無かった事には出来ない。このまま話を進めていくしかないのだ。TRPGと言う奴はある意味即行劇。それで鍛えた弁舌の冴え、見せつけてやろうではないか。
 ……実際は重要な交渉事の前にたっぷり時間を取って仲間でアイデアを出し合うのはあたりまえ。GMの性格やら隔離するような場所の余裕も無かったせいもあって、単独交渉の場面だってあんまり厳密にせず、その場にいないはずの回りが茶化したり突っ込みを入れたりで結局はフォローが入っていた事。その上でも、間抜けな真似をしてセッション失敗なんて珍しくもない。キャンペーン途中投げ出しが多いとGMを非難していたが、PLであるサシカイアらのせいで致命的に破綻してしまった事だって多かったのだから、実はアレ、一概にGMばかりを責められる話じゃなかったりする──なんて事は都合良く忘却の彼方にして、自分を鼓舞する。
「兎に角、かくかくしかじか、そう言うわけで俺たちはこの世界の人間じゃないんだ」
「……そう言うわけでと言われても、前後のつながりが解らないのですが」
 残念ながら、TRPGのセッションではともかく、現実はかくかくしかじかでは通じないのである。
 いきなり最初から躓き、でかい壁にぶつかったとしどろもどろになりながらも、カーラに向かう。シュリヒテのフォロー、最早口をつぐんだところで意味はない──も得て、自分たちの現状について説明していく。どうにも段取りが悪く話は前後するし、説明のための語彙が足りない。そもそも価値観が違うどころか世界が違うわけで、カーラは難しい顔をしている。サシカイアらが知っていて当然だと思っている事も、カーラにとってはそうでない。そのギャップ。
 たとえば、TRPGとはなんぞや、なんて話もしなければならないのだ。そして、説明した後でも、カーラにとっては、「何でこいつら、そんな事をするんだろうか?」なんて疑問が付いてくる様子。そのあたりの疑問について説明しても、やっぱりカーラの視線は冷たかったりする。「いい年して、ごっこ遊びか?」、どうやらそれが、カーラのTRPGに対する最終的な認識。
 何だかこれでは絶対に収支が合いそうにないぞ。赤字決算確定。そんな風に思える程の苦労をしつつ、どうにかこうにかカーラに説明をしていく。
「ふむ」
 と、カーラは左腕を腰に回し、右腕を縦に、手の甲を顎に当てるという、見るからに考え中です、と言う格好で沈黙思考する事しばし。
「──と言うわけで、俺たちはロードスの覇権とか、名声とかよりも、自分たちの世界に帰りたいというのが本当。何か方法があるならば、是非に教えて欲しい。俺たちが元の世界に帰るのが、お互い、問題にならない一番良い方法だと思うが?」
 長い沈黙に焦れてサシカイアが言い、カーラに反応を促す。
「正直な話をすれば、未だに信じがたいというのが本当ですね」
 その反応は理解できる。いきなり異世界から来ました、と言われて、信じる人間の方が珍しいだろう。しかも、あなたのいる世界は、あなた達の活躍は、自分たちの世界では小説となっています、なんて。お前俺をからかっているのか?、と怒り出されても仕方がない。無いが、カーラはそれをしない。それはサシカイアらの真摯な態度に理由が求められる──訳ではなく、単純に嘘感知、センスライの効果による。この魔法の効果は一時間続く。それを考えた上で、サシカイアはカミングアウトしたのだ。いかに信じがたい話でも、嘘を付いているのではないと解って貰うには、これが一番手っ取り早い。色々ぐだぐだだが、流石にその程度の頭は働かせていた。
「あなた達が嘘を言っていないのは解ります。解りはするが、その上で、今度は正気なのかという疑問が出てきますね」
「正気、だと思う」
「正気だよなあ」
 と、サシカイア、シュリヒテは顔を見合わせる。
 やっぱりカーラの反応は理解できる事。自分たちだって、口にして何とも信じがたい話だと思いを新たにする。
 TRPGで遊ぼうとしたら、自分のキャラになって、その舞台となる世界にいました。
「今時のライトノベルだってもう少し設定捻るよな?」
「そうだな、せいぜい、出来の悪い二次創作くらいのレベル? しかも、基本俺TUEEのくせに最強にしないあたり、批判避けの為の卑怯なバランス感覚というか……」
「無意味なTS要素といい、──うっ、なんだか心が痛くなってきた……」
 どちらにせよ、そんな事を真顔で口にする奴に出会ったら、お近づきになりたくないというのが本当。もう少しお節介だったら、特殊な色合いの救急車の手配をしてあげるところ。
 また、サシカイアらは全てを話したわけではない。特に、この後のロードスの流れについては言葉を濁し、大雑把に話したのみ。何しろカーラはロードスの歴史に深く関わる人物。余計な事を知らせて、流れを変えてしまっても困る、──と言うのはもちろん建前。自分たちに関わりなければ、ロードスがどうなろうが知った事ではない。ただ、カーラはもちろん、ウォートらを敵に回す危険がありそうな為。それでカーラに納得してもらえるか、と言う心配はむろんあったが、今のところ、深く尋ねては来ていない。後で尋ねられるかも知れないが、それでも今は安堵してしまう。
「あるいは──」
 口を開いたカーラに、え?、とサシカイアが聞き返す。
 カーラは再び沈黙した後、判断材料が足りない為に粗だらけの推測に過ぎないと前置きして、言った。
「あるいは、あなた達は、アズナディールの用意した「魔神王の暴走に対処するための安全装置」かも知れませんね」


 ロードス島電鉄
  33 Q.E.D.─証明終了─


 古代魔法王国カストゥール、その遺跡なんかには、ちょっとした共通点が見受けられる。
 それは、大きな力を封じた場所には、その力に対抗するためのアイテムが安置されている場合が多い、と言う事。
 たとえば風と炎の砂漠にある砂塵の塔。ここには、風の精霊王ジンが封じられている。そして同時に、精霊王を抑える為の魔剣サプレッサーと防具一式が隠し部屋に安置されている。
 たとえばモスの遺跡。炎の巨人を封じたこの遺跡には、その巨人を倒すための魔剣ジャイアントバスターが。ロードス以外の話になるが、神殺しの竜「噛み殺しくん」を封じた異次元の要塞には竜殺しの剣が。──と言った具合に、巨大な力、その暴走に備え、安全装置として何らかのアイテムが同じ遺跡に用意されている。そうした例は珍しくない。
 そもそも、魔神王の持つ魔剣ソウルクラッシュからして、当の魔神王を倒すためのアイテムであるわけだし。
 要するに、登場人物達よりも強い相手と戦うため、それでいて強くしすぎないための一点特化型ドーピングアイテム、と言う物語的、TRPG的なアレ……と言う身も蓋もない話はとりあえず置いておいて。
 カーラが言うには、もしかしたらサシカイア達4人は、魔神王の解放、暴走に対処するために準備されていた安全装置として、このロードスに招かれたのではないか、と。
 カーラの説明は続く。
 魔神王クラスの巨大な力が暴走する危険に備えて、何らかの安全装置が用意されていたとしても、おかしくはない。多分に運が良かった、と言う事もあるが、魔神王を呼び出し使役する事に成功した召喚魔術師アズナディールは決して無能ではない。有能な人間、それはリアリストであると言う事。都合の良い事ばかりではなく、都合の悪い事にも当然目を向ける。あたりまえにいざと言うときのための備えをしておいたと考えても、間違いはないだろう。
 前述のように、魔神王の持つ魔剣ソウルクラッシュがソレなのだが、この時点ではカーラも知らない。ちょっぴりもどかしい思いを感じつつ、サシカイアは先を促す。
 話は僅かに変わる。
 普遍的な英雄の物語がある。どこからともなくやってきた勇者が、懇願を受けて困難を打ち破り、平和を取り戻すと言った、何処にでもある、ありふれた英雄譚、他愛のないおとぎ話。そう言ったお話の中には、異世界から呼ばれた勇者、と言うパターンがある。異世界から呼び出された特殊な能力を持つ勇者(世界を越える際に力を得た、なんてパターンもある・最近では能力無しの現代知識活用内政モノとかも)が、やっぱり懇願を受けて困難を打ち破り──と言う件の英雄譚の亜種。
 今回のサシカイアらの立場は、これではないか。
 異世界から呼ばれ、魔神王に対抗する事を期待された勇者、英雄候補。
「……エレファントだな」
「……エレファントだね」
 カーラの説明を聞いたサシカイア、シュリヒテの反応。
 エレファント言うのは、この場合は数学の証明の評価に使う言葉。綺麗に証明できるとエレガント。そうでないとエレファントとなるらしい。
「……最初に、粗だらけだと前置きしておいたはずですが?」
 カーラが知るはずがない言葉であるのだが、どうやらニュアンスは通じてしまったらしい。どこか不機嫌な響きの声だった。
 正直、カーラの示したこの話は、真偽はともかくありがたい。トラックにはねられて死んだら異世界に転生していました、みたいな、どうしようもなく超常の力によって事が起きたわけではなく、その世界のルールに則った力でこの現状がある。その方が、まだ救いはあるだろう。人の手によって起こされた事象。ならば、人の手によって問題を解決する術があるのではないか?、そんな期待が持てるのだから。──どれほど望み薄だとしても。
 カーラの無理矢理の推測も理由は多分それ。自分のあずかり知らない不可思議、超常の力が働いていると考えるよりも、自分の知る、納得できる何らかの力によって現状がある。ロードスの状況を整えるのに腐心しているカーラには、訳のわからない力の存在によって世界の流れを左右される、と言うのは面白くないだろう。
 しかし、それでもカーラの言葉、あるいは期待に、素直に頷く事も出来なかった。
「いや、だって、そもそも、俺らよりベルドとかの方が断然強いし」
 せめて初手から超英雄ポイント持ちとして作ったキャラだったら、あるいは、なんて考えられたかも知れない。しかし、残念な事にそうではなく、今のレベルであればせいぜい上位魔神が適当な相手だろう。魔神将となれば厳しいのは先の戦いの通り。これが魔神王となれば、瞬殺されるのが落ち。特に体力に不安のあるサシカイアが真っ先に。とてもではないが、魔神王の対抗存在、なんて自分たちの事を考える事は出来ない。ゴブリン相手のあの苦戦だって、まだまだ記憶に新しい。自分たちは英雄ですと、うぬぼれる事なんて出来ない。原作を知る、と言う事もあるが、やはり魔神王と戦うのは、ベルド達6英雄の仕事であるとの思いは強い。スペック的にも、精神的にも。
「確かに、赤髪の傭兵ベルド、彼は、彼が今この時にある事を神に感謝したくなる程の戦士ですね」
 実際に刃を交えたカーラは、サシカイアの言葉に素直に頷く。500年以上、ロードスを見守ってきたカーラにしても、やっぱりベルドは傑物らしい。
「と言うわけで、俺たちはそんなご大層な存在じゃなくて、出来れば、平穏無事に、百の勇者の皆さんの活躍を安全な場所から応援していたいわけで」
「いや、あの魔神将だけは俺が倒す」
 間髪入れずにシュリヒテ。
 魔神王を倒すと言わないだけ、まだ、現実を見ていると評価して良いのだろうか?、判別の付かないままに、サシカイアはきっぱり言う。
「こいつはこんな事言っているけど、俺はぶっちゃけ、魔神なんて怖い連中と戦いたくない」
 この言葉にシュリヒテが裏切られたみたいな顔をするが、偽らざるサシカイアの本心である。サシカイアには、シュリヒテ程の魔神と戦う動機はない。何より、言葉通り怖い。
「そもそも、なんでわざわざ異世界から?」
 それ以上、戦う戦わないで議論したくない。サシカイアはそんな気持ちもあって話を変える。
 カーラの言葉を正しいと仮定して。あまりに効率が悪すぎるだろう。
 わざわざ異世界のぼんくらに英雄足る能力値を附与してまで、勇者として呼び出す。無駄がありすぎる。ぼんくらを英雄に仕立て上げる、そんな事が可能ならば、そこいらを歩いている村人を捕まえてそうした方が、手間が少なくて済むだろうに。おまけに、村人にとっては自分の住む世界の事。問題に対するモチベーションだって高いだろう。サシカイアらのように所詮は他人事、可能であればどこかで平和が戻るまでのんびりしていよう、なんて無責任な事を言い出さないに違いない。
 しかし、サシカイアの言葉を、カーラは取るに足りない事だと否定する。
「手間がかかろうと、可能であればそうする。なぜならば──」
 ここでもったい付けるように一呼吸。
「アズナディールは、召喚魔術師なのだから」
 それだけで十分な理由だとカーラは言う。
 異世界より英雄がやってきて脅威を取り除く。それは、ありふれた物語。しかし、現実にはありえない空想の産物でもある。一般に、問題を取り除くのはその世界に住んでいる人間なのだ。現実逃避が産んだ、仕立て上げられる勇者の都合なんて考慮していない、夢物語。只のおとぎ話。
 だが。
 アズナディールに、それを現実に出来るだけの技術があったとしたら、彼はきっとそうしただろう。
 そう、カーラは断言する。
 魔神王を呼び出し、使役する事を可能とした偉大なる魔術師。専門とするのは召喚魔術。ならば、万が一の事態に備えるのに使うのは、やはり召喚魔術だろう。もし、カーラ自身が何らかの問題に対処するためにどの魔術を使うかと問われれば、専門の附与魔術にするに決まっている。実際、カーラのサークレットは附与魔術を駆使して作られた。ロードス最後の太守サルバーンがカストゥール崩壊に巻き込まれての自分の死を逃れるために選んだ手段は、専門である死霊魔術を駆使したアンデッド化、ノーライフキングへの転生。あれ?、やっぱり死んでる? それはともかく、やはり、ピンチに頼るべきモノは己の専門分野。自負もあれば自信もある。それが、高位の魔術師であればある程に。
 そして、ソレが普遍的な物語、しかも実際にはありえない夢物語そのままの事を現実に出来るとすれば?
 それは素晴らしく快絶な話ではないか?
 どちらにせよ。これは乏しい情報から勝手に推測した事。真実と遙か遠くに離れていたとしても不思議はないが。
 そう付け足して、カーラはサシカイアらの表情を観察するようにして続ける。
「そして、その種の物語は、使命を果たした勇者が元の世界へ帰還することで締めくくられる」
「──お姫様と懇ろになってめでたしめでたしのパターンもあるんじゃないか?」
 カーラの言葉に、サシカイアが突っ込み。
 対してカーラは口元にかすかな笑みを浮かべた。サシカイアの言葉は、お姫様にあたりまえに付いてくる権力を得るという話。その場合、その度合いが過ぎた場合、カーラがどういう行動に出るか。ソレを端的に示した笑みだった。
「もし、私の推測が正しかった場合、魔神王を倒してみれば、何らかの事態の変化が訪れるかも知れません」
「正しくなかった場合は骨折り損のくたびれもうけ? いや、もっときついか」
 とサシカイアはぼやく。何度も言うが、魔神王は気楽に敵に回して戦える相手ではない。くたびれもうけで済んだら幸い。事が済む前にこの世からリタイアしてしまう可能性の方が大きい。
「魔神王を倒しても事態の解決がならなかった場合には、私も力を貸しましょう」
「?」
 サシカイアは首をかしげる。カーラはまるで、自分が協力すれば帰れるとでも言うような口をきいている。
「世界の特定さえ出来れば、ゲートを開く事は不可能ではありません。たしか、あなた方の仲間には、高位の魔術師もいたはず。彼に異界を探知する術を授け、それで自分たちの世界を見つける事が出来れば──」
 その世界を知る人間が探す必要があるため、カーラでは不可能、ブラドノックが行う必要があると言う。知らないモノは探しようがない、そう言う話。
「アレか? 新戦記の最終巻?」
「ゲートってディメンジョン・ゲート?」
 カーラの言葉に思い当たるモノがあって、サシカイア、シュリヒテは互いに声を上げる。
 新ロードス島戦記の最終巻、終末へと落ちていく小ニースとスパークを呼び戻すために、スレインは探知の糸を異界へのばし、2人を発見し、ゲートを開いて送還した。
 世界の特定さえ出来れば、古代語魔法ディメンジョン・ゲートで二つの世界を繋ぎ、帰還する事が出来るのだ。そう、自分たちの元々の世界を発見する事が出来れば。
「何だよ、カーラに話して大正解。俺の判断間違ってなかったじゃないか」
「カーラ最高! さすがはロードスの、いや、世界安定の担い手」
 目の前に示された希望、帰還の術。正直なところ、半ば以上諦めていた。しかし、困難はあるにしろ、十分に可能な事であると教えられた。
 これを喜ばずにいられようか?、いや、いられない。
 2人ははしゃいでハイタッチ。それから2人の騒ぎに面食らったカーラの手を取ると、ぶんぶん上下に振り回す。口から溢れるのはカーラを賞賛する声ばかり。危険人物? 誰がそんな事を言ったのやら。この人は素晴らしい人物ですと、大はしゃぎ。ロードスの未来はあなたの肩に掛かっています。いよっ、大統領と大絶賛。
 しかし。
「むろん、ただで教えるつもりはありません」
「え?」
 と、2人で手を取り合って、訳のわからない踊りを踊っていたサシカイア、シュリヒテが凍り付く。
「靴を舐めろってんなら、舐めますよ? ──ブラの奴が」
 代償が必要ならば、とサシカイアは提案。大丈夫、ブラドノックであれば、きっと喜んで舐める。
 しかし、そんな特殊な趣味はないと、カーラは顔を顰めて否定。
「あなた達には、魔神と戦って貰います」
 と、主にサシカイアに向けて告げる。これはサシカイアに素質を見いだしたとかではなく、やる気の問題。
「あるいは、本当にあなた方が安全装置であった場合、不在では話にならない可能性もありますし、そうでなくとも、魔神は強い人間がいくらいても足りないような相手です」
「あ~、俺エルフ」
「しかも、あなた方がいくら名声を高めようとも、私にとって警戒に値しない、と言う事も素晴らしい」
 サシカイアの小声の反論は、耳のない様な顔で無視された。
「あるいは先刻言ったように、私が術を授けるまでもなく、魔神王を倒せば全てはうまくいくかも知れませんよ」
 そう告げるカーラの顔は、それを自分でもあんまり信じていないように見えた。



[4768] 34 GO WEST!
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/05/17 10:11
 マーファ本神殿内の自分にあてがわれた客室のベッドに寝転がり、サシカイアは天井を見つめていた。
 カーラとの邂逅により、元の世界へ帰る目が出てきた。それは良い。世界の特定にかなりの困難が予想されているが、それでも、これまでの当ても何もなかった状態に比べれば格段の差。希望がある、それだけでも十分にありがたい話。
 しかし、その技術を授ける代償として出された使命に、大いなる不安を覚える。
 魔神と戦え。
 それが、カーラの出した交換条件。
 雑魚魔神と戦って、適当に時間つぶし。6英雄が魔神王を倒すのを待つ。なんて出来るのであればそれも良いが。
 魔神と戦う。それは即ち、百の勇者に参加するという事。
 これから先、百の勇者のかたりが大量に出現する。彼らは魔神と戦おうともせず、あちこちの村で昼間から飲んだくれて無銭飲食を繰り返したりとろくでもない行動を続け、その結果、まじめに魔神と戦っている者達まで白い目で見られるようになる。どこぞの村では平和的に農業にいそしむ魔神なんてのも出てきて、「おらが村に百の勇者は要りません」なんて言われたりもする始末。国にしてみればそれは好機。自分たちに従わない力持つ存在なんて鬱陶しい事この上ない。民の支持を失っているのであれば、後腐れ無くこの機会に始末してしまえばいいとなる。魔神と戦う者達の居場所が無くなる、そのタイミングを見計らったウォートが、ライデンの議長アイシグに言わせた「真の百の勇者であれば、魔神に支配されたるモスへ赴け」により、否応なく、国に属せずフリーで魔神と戦う者達はモスへと集合する羽目になる。そして、モスで待ち受けるのは魔神との戦争。そして、最後のダンジョン、最も深き迷宮の攻略。
 この課程で、百の勇者は次々と倒れ──中には「幸運にも」戦傷によって途中リタイア、命だけは繋いだと言う者もいるモノの、概ね全滅。ナシェル死亡にぶち切れたウォートがわざとそうし向けたと見える部分もあるが、兎に角、魔神との戦いの果てに生き残るのは6英雄。それが原作の流れ。
 それを知るだけに、魔神と戦う事に、サシカイアは躊躇を覚える。
 自分だけが生き延びる。自分たちは大丈夫。そんな楽観論は到底持ちようがない。自分たちは強い。強いが、それはあくまで肉体のスペックで、中身は只のぼんくら。これまで何度、判断ミスをした事か。そして、強いと言っても、魔神王、魔神将はもちろん、上位魔神にだって、こちらより強いモノはいくらでもいる。これから先、敵の本拠へ向かうとなれば戦いはどんどん厳しくなっていく事確実。使命はシビアに、条件はタイトに。これまでのような頻繁な判断ミスは許されなくなるだろう。そして、ベストの選択肢を選び続けたとしても、生き残れるとの保証にはならないのが辛いところ。
 それでも。
「帰れるもんなら帰りたいよな」
 ベッドの上で身を起こし、サシカイアはぽつりと呟いた。


 あの後、当然、ブラドノックやギネスにもカーラとの出会い、その交渉を報告した。何勝手にカミングアウト、と言う2人の視線は、カーラの示した解決策の前にあっさり霧散。掌返したように、サシカイアの好判断と賞賛された。しかし、魔神と戦う事に難色を示す者が2人、サシカイアとブラドノック。逆に、シュリヒテ、ギネスは積極的に魔神と戦おうと望み、そのあたりの温度差が、はっきりと表に出てきた。
 そこで、4人角突き合わせての相談タイム。
 その場で、カーラではなく、ウォートに相談してみるのはどうか、と言う検討もなされた。
 荒野の賢者ウォート。ニースやカーラと同じく6英雄の1人。遠距離分解消去(通常はゼロ距離、接触で使用)や偽りの金(永続の幻術)など数々のオリジナルスペルを持ち、古代魔法王国カストゥールの魔術師カーラに匹敵する、フォーセリア世界最高レベルの魔術師。ロードス島戦記の頃にはかなりの偏屈じじいになっているが、この時代ならばまだそこまでではないだろうし、彼がロードス統一王にしようとしているナシェルの話、カーラが狙ってますよ、と言う情報提供で、協力を取り付けられないか?、と言う提案はサシカイアからなされ。
「……うわ、あんだけカーラべた褒めしといてそれかよ」
 と、シュリヒテにちょっと引かれたりしたが、それはともかく。
 しかし、その考えはブラドノックによって駄目出しをされた。
 帰還の肝となる、「異世界を探知する魔法」、これをウォートが知っているかどうかが微妙らしい。
 原作新戦記によると、この送還関係の魔法は黒の導師バグナード発ヴェイル経由でスレインにもたらされた。これがウォートからならば良かったのだが、そうではなく、どうやらこの系列の魔法はバグナード一門秘匿の魔法になるらしい。今現在であれば賢者の学院崩壊前で、只の学生でしかないバグナードの手元ではなく、学院の書棚あたりに普通にあるかも知れない。が、確実とは言い難い。何しろ、バグナードは将来邪竜ナースの財宝を手に入れたりしているし、そっちにありました、では目も当てられない。やっぱり、確実を期してカーラを頼るべきだろうという結論が出された。
 ちなみに、同時に元の姿を取り戻す方法も、ここで検討された。流石に女エルフのままで元の世界に戻っても困るのだ。是非ともサシカイアにはそのままの姿で戻って欲しい? ──だが断る! そう期待する人間の気持ちもわかる。サシカイアだって、これが自分以外の話であれば諸手をあげて賛成するだろう。エルフ、それも、自分で言うのも何だが超絶美少女エルフなのだ。これが世界から消えるのは、世界の破滅に匹敵しかねない重大な損失だろう。だが、その美少女エルフが自分となればそうも言っていられないのである。朝起きたときに元気な息子と対面できない。そのやるせなさは、体験した者にしか解らない、男として筆舌に尽くしがたいモノがあるのだ。そう、これは男の尊厳の問題なのだ。
 話を戻して、その方法。
 サシカイアは単純に、ソーサラー技能を上げてシェイプチェンジを、とか考えていた。そのつもりで、ソーサラー技能を上げてきたわけであるし。
 しかし、この場で 他の方法が提案された。
「はあ? そんなもんポリ──」
「ここはっ!、ディレイトスタッフとシェイプチェンジのコンボだね。──残念な事に、ブラムドのお宝にも、ディレイトスタッフは無かったんだけど、カーラなら普通に持っているんじゃないか?」
 なんだかブラドノックが慌て気味にシュリヒテの言葉を封じたような気もしたが、サシカイアはわざわざ自前でソーサラー技能を上げる必要がないという点に注意力を取られて、あっさりとスルーしてしまった。しまった、無駄な経験値の使用だったか。それならば体力上げるのに使っておけば良かったと言った類の、主に後悔に。
 ディレイトスタッフについて一応説明すると、これは、魔法を封じ込めておける杖である。合い言葉を定めておけば、呪文詠唱する必要なく、その封じ込めた魔法を使う事が出来る。この道具の肝は、この杖を使う人間は、その魔法を込めた人間でなくとも良いという事。たとえば、高速飛行を可能とするフライの呪文は術者にしか効果を及ぼさない。他の人間を飛べるようにする事は不可能。しかし、このディレイトスタッフを利用する事で、他の人間の為に使う事も可能となる。効果・術者の魔法が、効果・この杖を持った人間、になるのだ。その使用の際には、使い手がソーサラースキルを持っている必要もない。それを、シェイプチェンジの魔法でやろうと言う話。
 今現在ディレイトスタッフの当てが無いのが残念だが、いずれ男に戻れる。これは素晴らしい。帰還に続いて、ちょっぴり自慢の息子を取り戻す事にも希望が見えた。
「……まあ、方法を見つけたからって、即座に、ってのは止めた方が良いぞ」
 と、そこへ水を差すようなブラドノックの忠告。
 確かに、元の肉体を取り戻すという事は、能力値ががた落ちするという事。華奢な女エルフよりは筋力・体力がある──とは信じたいが、その他、器用度やら敏捷度やらは格段に低下する事確実。そして、肉体のスペックが落ちれば魔神と戦う事がますます厳しくなる。
 スペック、戦闘のための効率だけを見るならば自分に戻る事は後回し、とりあえず男になる事を優先して、シュリヒテのコピーになる、と言う手もある。肉体のスペックは高いし、おまけに美形と来ているから、きっと女の子にもモテモテ。素晴らしい事ばかりのように見えるが、鏡像魔神(ドッペルゲンガー)みたいな連中が彷徨いている今、いきなりシュリヒテそっくりさんが現れたら面倒な事になるに決まっている。これも控えた方が良いかも知れない。最近、変に知名度が上がっているだけに余計に。
 今は、当てが出来ただけで満足するべき。それが結論。


 控え目なノックの音。
 それが、思考の海に沈んでいたサシカイアを現実に立ち戻らせる。あるいは、少し眠っていたかも知れない。
「サシカイア、ちょっと良いですか?」
 扉越しに聞こえるのはニースの声。
「ん、どうぞ」
 ニースならば問題ないと、サシカイアは入室を促す。ブラドノックはダメだ。以前部屋に入れたとき、一番最初にしたのはいきなりのベッドへのダイブ。そのまま布団に顔を押しつけたうつぶせの格好で深呼吸。臭いを胸一杯に吸い込むという最低な真似。「美少女エルフスメル~!」とか馬鹿な事を言っている所を部屋から蹴りだし、もう二度と部屋に入れないと誓いを立てた。中身が男だからセクハラしても大丈夫だと間違った考えを抱いているブラドノック。近いうちに、きっちりと思い知らせてやる必要があるだろう。
 扉を開けて、ニースが入室してくる。その顔には、お願い事がありますと書いてあった。それが解る程度には、出会ってからの時間も流れている。
「何?」
 と、ベッドの縁に腰掛けたサシカイアは尋ねる。ニースは言いにくそうにしていたが、再度促すと、思い切ったように口を開いた。
「私は、近日中にモスへと出発します」
「うん」
 ニースは、北のドワーフ族、石の王ボイルと、モスへ赴き、魔神の様子を偵察してくると約束している。それは、原作でもあった話で何らおかしな事はない。その事を改めて説明した後、ニースはサシカイアの表情を伺うようにしながら、本題を口にした。
「──つきましては、サシカイアにも同行をお願いしたいのです」
 この言葉を聞く前から、サシカイアには予感があった。この時期に。ニースが言いにくそうにする事。マッキオーレあたりにも、直接的には言われていないが、何かと言外に臭わされてきた。
 原作では、ニースは単独で行動するが、やっぱりそれは無茶である。いくら超英雄ポイント持ち11レベルプリーストとは言え、接近戦のスキルはファイターLV3でしかない。なにより、見目麗しい17才の娘。魔神の存在抜きにしても、この人心の荒れた時期に女の一人旅は危険きわまりない。ニースと技能レベルである程度釣り合いが取れ、マーファ本神殿に信用をされている……信用されているよね?、少しくらいは、な冒険者と言えば、やっぱりサシカイア達である。同行者として白羽の矢が立つのは予想できる事だ。
 そして、ニースが言いにくそうにしたのは、サシカイアが魔神と戦いたがっていない事を知っているから。
 流石に、対外的にはマッキオーレの尽力によってこの事は伏せられている。偉大なる英雄、戦乙女ペペロンチャが「戦いたくないでござる」、「戦ったら負けかと思う」、なんて言っている、とはとても公表できるような事ではない。「ペペロンチャ直筆サイン入り美人画」他、「ペペロンチャ特製、エルフの笹耳まんじゅう」なんかのマーファ本神殿土産物の新商品も売れ行き好調だから、水を差したくない。そしてそれ以上に、そんな話が広まってしまえば、魔神将撃退などでせっかく上向いてきた避難民の気持ちが大暴落する事は間違いないのだから。
 超英雄ポイントを取り逃したサシカイアは気楽に構えている。いるが、魔神の被害が広がり、各地からその情報が集まって来るに連れ、「英雄」の影響力は強くなってきているのだ。あんまり無軌道な真似をすれば、即座に民衆の心にダメージが入ってしまう。
 ともかく。
 ニースはサシカイアが戦いたがっていない事を知っている。いるだけに、その言葉が言いにくそうになってしまう。
 そして対するサシカイアの返答は。
「いいよ」
「そう言わないで、お願いします。実は既に他の3人には承諾を──」
 こちらはほとんど躊躇無く、あっさり返したサシカイアを説得しようと言葉を続け。ニースは何かがおかしいと僅かに首をかしげ。顎先に人差し指を当てて視線を宙に飛ばし。
「え? ええ~~?」
 と、驚きの声を上げた。
「……何だか大概失礼だな」
「ご、ごめんなさい。──え? でも、サシカイアが? あれ? え? なんで?」
 と鯖目になったサシカイアにニースは反射的に謝罪し、それでも理解が追いついてないとばかりに視線を彷徨わせる。
「ひょっとして、鏡像魔神に入れ替わられている、とか?」
 ニースはおそるおそると様子をうかがう。
「本物だよ! くそ、そこまで信じてもらえないなら、止めるぞ」
「ああ、ごめんなさい」
 と、ニースは平謝り。
「……でも、一体どうしたんですか? 何かおかしなモノを拾い食いでも? 食事が足りないなら、厨房に伝えておきますから、そんな真似は」
「ニースが俺の事をどう思っているか、よくわかる反応だな」
 もう、文句を言う気力も残っていません、とサシカイアはぐったりする。
「冗談です」
「ちっともそうは聞こえねえ」
 ニースはこほんと、小さく可愛く咳払い。話を仕切直しましょうとそれで提案して、再び問う。
「で、一体どういう心境の変化ですか?」
「もちろん、素晴らしい人格者の俺は、ロードスの平和のために、この力を生かすべきだと思ったんだよ」
 サシカイアの言葉に、うわあ胡散臭いとニースは顔を顰める。
 実際、サシカイアはこんな殊勝な事を考えていない。考えるわけがない。
 ニースと同行。それは結構美味しいと考えたのだ。ギネスのプリーストレベルが下がった今、高位の神官は是非とも仲間に欲しい。何しろプリーストはパーティの生命線、継戦能力を左右する重大な存在だ。そして、ニースとなれば、前述のようにロードス最高のプリースト技能持ち。怪我の癒しはもちろん、病気や呪いの類だって簡単に解いてくれるだろうし、たとえ死んでも──よほどおかしな死に方をしない限り、生き返らせてもらえる。これ以上は存在しない、最高の救急箱なのだ。カーラとの約定に従って、どうせ魔神と戦わなければならないのであれば、ニースと同行するのは非常にありがたい事なのだ。こちらから頼みたいくらい。
 そして、もう一つ、口には出さないが、サシカイアはリタイアの方法、なんてのも考えている。
 馬鹿正直に最も深き迷宮に突入して、戦死者名簿に名を連ねるくらいならば、それ以前に、適当に重傷を負ってリタイアしてしまうのもありではないか、と。ニースがいるから、怪我はびしばし治されてしまう。しかし、それでも大怪我となれば、そのリハビリに時間を取られるのだ。うまい事タイミングを見計らって大怪我をすれば、一番危険な最終決戦辺りを欠席できるのではないかと、せこい計算をしているのだ。そう、これは不可抗力。カーラも鬼ではあるまいから、それであれば仕方がないと思ってくれるのでは無かろうか? 正直、痛いのは嫌だが、死ぬのはもっと嫌だ。だから、その程度は我慢するしかない。そしてその場合でもニースがいれば、安心度が違う。手足の一二本失っても、ほぼ確実に治してもらえるのだから。
 ……ただ、ニースと同行するという事は、そのレベルに見合った厳しい戦いをする事になる、なんて事をすっかり失念しているサシカイアだった。
「──て言うか、先刻何言いかけた? 他の3人は承諾、だったか?」
 内心、後ろ暗い事を考えているサシカイアである。ニースの胡散臭いモノを見る視線を向けられると落ち着かない。
 だから、これ以上追及される前にと、さりげなく話を逸らす。
「ええと」
 今度は尋ねられたニースの瞳が泳ぐ。
「……きっとサシカイアは断ると思いましたので、先に他の3人の承諾を得ておいた方が良いかな、と思いまして」
 外堀を埋めるとか、将を射るにはまず馬からとか、ニースは口の中でごにょごにょと言った後、誤魔化すように、てへっと笑って見せた。
 その笑顔が可愛かったので誤魔化される事にして、サシカイアはその上での疑問を尋ねる。
「シューとギネスの2人はともかく、良くブラが頷いたな」
 シュリヒテはあの魔神将を倒すと息巻いているし、戦神マイリー信仰に目覚めてしまったギネスは戦いから逃げるなんて考えもしないだろう。しかし、ブラドノックだけは、立ち位置はサシカイアに近いはずである。
「がんばって魔神と戦って名を高めれば、きっと女性人気も上がりますね、と言ったら二つ返事で」
 ちょろいです、とニース。
 ちょろすぎだ、とサシカイアは頭を抱える。
「兎に角、そう言う事ですので、よろしくお願いしますね」
 ニースはサシカイアに頭を下げ、それから、言い忘れていたと続ける。
「報酬として、先に宝物庫を開きます。そこで武器防具アイテムなんかを整えてください」
 マーファ本神殿の宝物庫には、ブラムドの守ってきた財宝が唸っている。その財宝の中には、今では滅多にないような、素晴らしいマジックアイテムなんかも大量に存在する。
「太っ腹だな」
 おまけに、特に金額的な上限を定めるつもりはないという事。死蔵しておくよりも、このロードス全土の危機に活用した方が良い、との判断。それでもやっぱり太っ腹だ。基本、金銭に疎く、商売っ気の薄いマーファの信徒だからだろうか。──割に土産物で稼いでいるようだが、アレはマッキオーレとかの金勘定にさとい一部の神官の仕業である。基本、その他の大多数は呑気なものである。
「ただし、まじめに選んでくださいね。この場合無意味な、変な趣味に走った道具は、流石にお渡しできません。具体的には、惚れ薬はもちろん、スカートを巻き上げる風を起こす事だけが出来る魔法の団扇とか、上着を透かして下着を見る事の出来る魔法の眼鏡とか、そう言った類のモノはダメです」
 誰がそれを選ぼうとしたのか、サシカイアは尋ねるまでもなく理解してしまえた。
「ところで、ディレイトスタッフは、本当にないのか?」
 とりあえず、これを確認しておきたいと、サシカイアは尋ねる。
「え? ええ」
 なぜだか、ニースは少し慌て気味に頷いた。
「ブラドノックに無いと言えと──いえ、げふん、げふん」
「え? 何?」
 ニースの声は不明瞭で小さかったため、サシカイアの耳には届かなかった。エルフの長耳も万能ではないのだ。
「なんでもありませんよ」
 おほほほほ~、とニースは笑う。
 何だか胡散臭いモノを感じないでもなかったが、サシカイアはそれ以上の追及をせず、己の手を見つめた。
 これから自分は死地に飛び込む。しかし、それも全ては元の世界へ帰るため。その為なら泥をすすってでも生き延びる。生き延びてみせる。
「……絶対に死んでたまるか」
 それこそ、どんな卑怯な手段を使ってでも。
「どうかしましたか?」
「いや、只の決意表明」
 言って、サシカイアは己の手を握りしめた。




 そして2日後。
 それぞれ新装備に身を包んだサシカイアら総勢5名は、マーファ本神殿の裏門にいた。
 盛大な見送りなんてのは望んでいない。だから、出発はこっそりと裏門から。
 見上げる空は、何処までも青く澄んでいる。
「これで、行き先が魔神の本拠地、とかじゃなかったら最高の陽気なんだがな」
「全くだ」
 ピクニックに出かけるなら最高の陽気なのに、とのサシカイアの言葉に頷くブラドノックに対して、ギネスが首を振る。
「何を言うのさ、この絶好の出発日和。これはきっと、戦いに赴く僕たちを、マイリー様が祝福してくださっているんだよ。ありがとうございます、マイリー様」
 感謝を示すために五体投地を始めそうなギネスにうんざりした顔をして視線を逸らす。
「良いですか、くれぐれもニース様をお願いしますよ」
 数少ない見送り、マッキオーレにシュリヒテが繰り返し注意されている。遠足前のお母さんでももう少しマシ、と言ったその様子に、横のニースがもうその辺で、と困ったように、恥ずかしそうに頬に朱を散らしている。
「それじゃあ、そろそろ」
 放っておけばいつまで経ってもマッキオーレは繰り返すだろうと、サシカイアが口を挟む。
「まだ、私の注意事項は108項目まで……」
「夜になっちまうよ」
 言い捨てるサシカイアに、仕方がないかと、マッキオーレも頷く。
「私も、もう少ししたら正式にモスへの出向命令が出る事になっています。またあちらで会いましょう」
「ん? ああ」
「何ですか、その投げやりな返事は。良いですか、くれぐれもニース様の安全を最優先で……」
「マッキオーレ、もう、その辺で」
「いえ、ニース様、彼らにははっきり言っておきませんと……」
「ああもう、終わり。本当に、そろそろ出発するぞ」
 サシカイアはマッキオーレの言葉を切り捨てて、仲間を見回す。
 新たな魔法の鎧に身を包み、やっぱり新しい魔法の剣を腰に佩いたシュリヒテ。盾もやっぱり魔法のモノだ。
 残念ながらブラムドの財宝にあった鎧は人間用ばかりだったために鎧はそのままだが、武器と盾を新しくしたギネス。
 ソーサラースタッフ(魔法の達成値にボーナス+2)を手に、ローブも新調したブラドノック。
 ニースは原作ではモス入りした後、フレーベにミスリルチェーンメイルを与えられているが、今回はサシカイアらのコーディネートでこの段階から魔法の武器防具に身を包んでいる。
 サシカイアも、新しい武器に防具、どちらも強力な魔法の品を選んでいる。
 ディレイトスタッフが無かったのが残念だが、とりあえず、現在可能な限りの最高装備。文句を言ったら罰が当たる。
「よーし、それじゃあ」
 サシカイアはくるりと振り向いて裏門の外へと身体の正面を向けて、腕を前に突き出して出発の号令をかけた。


 ロードス島電鉄
  34 GO WEST!



  1ST CAMPAIGN
    ”LONG PROLOGUE”
           ──END──

 獲得経験点 1000

 成長
  シュリヒテ 成長無し 残り経験値4500
  ブラドノック 成長無し 残り経験値9000
  ギネス 成長無し 残り経験値1500
  サシカイア 成長無し 残り経験値2000


        TO BE CONTINUED NEXT CAMPAIGN



[4768] SUPPLEMENT オリジナル登場人物データ、他
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/06/06 17:06
ロードス島電鉄
 SUPPLEMENT オリジナル登場人物データ、他


 タイトル通り、オリジナル登場人物やらの、この時点でのデータです。
 特に目を通さなくても、全く困りません。
 ですから、こういったものが好きな方だけどうぞ。

 かなりいい加減にでっち上げたモノです。
 ミスを見つけても、なるべく温い目で見て頂けると幸いです。
 また、予告無くデータを改ざんする事もあると思われますので、あしからず。



シュリヒテ・シュタインヘイガー

MEMO:
通称シュー、二つ名は光の剣。
人間、男、年齢19才。
NEUTRAL-GOOD
金髪巻き毛の貴公子然とした顔立ちの美形。
主人公的な立ち位置、行動をする。
ロードスでモテ期に突入。

器用度 18(+3) 敏捷度 15(+2) 知力14(+2)
筋力 18(+3) 生命力 24(+4) 精神力16(+2)
冒険者技能:ファイターLV10 セージLV6 レンジャーLV5 バードLV5
一般技能:ノーブルLV1
冒険者レベル:10
超英雄ポイント:1
所持経験点:4500

言語:
ロードス共通語 会話○ 読文○
下位古代語   会話○ 読文○
エルフ語     会話○ 読文○
ドワーフ語    会話○ 読文○
ハーピー語    会話○ 
ジャイアント語  会話○ 
マーマン語    会話○
リザードマン語  会話○  
ゴブリン語    会話○

呪歌:
ヒーリング、レストア・メンタルパワー、ビブラート、チャーム、ヌーディ
注)主戦力であるため、戦闘中に使う呪歌は基本無し。ビブラートはジャイアンリサイタルの現実化のため。他二つは趣味。

特殊装備:

炎の魔剣・フレイムタン
知名度=13
魔力付与者=不明
形状=赤い刀身のバスタード・ソード
必要筋力=17(打撃力17 発動時には+10 両手使用時は更に+5)
基本取引価格=銀貨15万枚
魔力=攻撃力、追加ダメージに+1 
    コマンドワードを唱える事で萌え擬人化、フレイムたんになる……嘘。
    コマンドワードを唱えることで自前の精神点を消費して擬似的なファイアウエポンがかかる。

普段は通常の+1の魔剣と変わらないが、コマンドワードを唱えることで、刀身が赤く輝き、ファイアウエポンがかけられたのと同様の効果を持つ。
ただし、効果時間は通常の半分、9ターンとなる。
その際に、所持者は5点の精神点を消費する(ソーサラー技能レベルアップによる軽減は無し)。
炎が効果無い相手にはファイアウエポン強化分は無効。
その場合でも基本打撃力17(両手で22)+1魔剣の効果は保証される。


炎の鎧・フレイムメイル
知名度=13
魔力付与者=不明
形状=赤色のプレートメイル
必要筋力=17
基本取引価格=銀貨10万枚
魔力=回避力、ダメージ軽減に+1点。例外的に、炎、冷気の攻撃に対してはダメージ減点2、抵抗力に+2となる

炎の魔剣・フレイムタンとセットになる魔法の鎧。
こちらの魔力は常時発動型で、コマンドワードを唱える必要はない。
高品質であるため、22のレーティング表を使用する。


勇気ある者の盾(シールド・オブ・ザ・ブレイブ)
回避力に+1 ブレス攻撃に対して抵抗力に+2 所有者に攻撃を集中させる。

抗魔の護符(アミュレット・オブ・カウンターマジック)
精神抵抗に+2 カウンターマジックの重ねがけは不可能。



ブラドノック・ケルティック

MEMO:
通称ブラ。
人間、男、年齢25才魔法使い。
TRUE-NEUTRAL
縮れた黒髪、血色悪い。
変態。

器用度15(+2) 敏捷度13(+2) 知力17+1(+3)
筋力13(+2) 生命力13(+2) 精神力16+2(+3)
冒険者技能:ソーサラーLV9 セージLV9 シーフLV1
一般技能:なし
冒険者レベル:9
超英雄ポイント:0
所持経験点:9000

言語:
ロードス共通語 会話○ 読文○
下位古代語   会話○ 読文○
エルフ語     会話○ 読文○
ドワーフ語    会話○ 読文○
ゴブリン語    会話○
フェアリー語   会話○
ケンタウロス語 会話○
ミノタウロス語  会話○


特殊装備:

ソーサラー・スタッフ
魔法の達成値に+2。

ソフトレザー+1
回避、ダメージ軽減に+1点

魔法のローブ+1
ソフトレザーの上に着込む暗色のローブ。
魔法のダメージを1点減少。

パリー・パリー
回避力に+2

勝利の女神の護符(アミュレット・オブ・ペペロンチャ)
と言う名目でマーファ本神殿が売り出したお守り。
実質効果無し。
お守りの中には縮れた短い金髪が一本……



ギネス

MEMO:
自称、超絶○○・○○ギネスⅡ
ドワーフ、男、年齢43才。
LAWFUL-GOOD
髭面の一般的なドワーフ、全身金属鎧。
信仰の目覚めと共にへたれからウォーモンガーにクラスチェンジ。

器用度21(+3) 敏捷度10(+1) 知力12(+2)
筋力20(+3) 生命力25(+4) 精神力25(+4)
冒険者技能:プリーストLV5(マイリー・取り直しボーナス有り) ファイターLV8 セージLV5
一般技能:クラフトマンLV5 金属加工(武器・ウェポンスミス)
冒険者レベル:8
超英雄ポイント:0
所持経験点:1500

言語:
ロードス共通語 会話○ 読文○
ドワーフ語    会話○ 読文○
下位古代語   会話○ 読文○
エルフ語     会話○
マーマン語    会話○
インプ語     会話○

特殊装備:

魔法の戦槌+1
マイリーの聖印入り。

ミスリル・フルプレート
全身を包むドワーフ特製、魔法の鎧+2
フレーベのモノの簡易版。
あれほど超絶な防御力は持たない。

ラージシールド+1
マイリーの聖印入り。

アミュレット・オブ・カウンターマジック



サシカイア

MEMO:
ペペロンチャの正体、その場合の二つ名は戦乙女。
エルフ、女、年齢114才(若すぎた……)
CHAOTIC-EVIL
金髪碧眼の美少女。
せこい小悪党。

器用度22(+3) 敏捷度24(+4) 知力21(+3)
筋力5(+0) 生命力10(+1) 精神力16(+2)
冒険者技能:シャーマンLV10 シーフLV5 レンジャーLV4 ソーサラーLV2 セージLV1
一般技能:なし
冒険者レベル:10
超英雄ポイント:0
所持経験点:2000

言語:
ロードス共通語 会話○ 読文○
エルフ語     会話○ 読文○
下位古代語   会話○ 読文○

特殊装備:

氷の刃・アイスエッジ
知名度=12
魔力附与者=不明
形状=透き通った氷のごとき刃を持つ短剣
必要筋力=3
基本取引価格=銀貨12000枚
魔力=攻撃力に+1 追加ダメージに+1 刀身は氷の精霊力を宿している。

刀身は氷のように透き通り、常に冷気を発しています。
これは刀身が氷の精霊力を宿しているためで、精霊使いであれば、これを元に氷の精霊フラウの力を借りた魔法を使う事ができます。
ただし精霊力を利用する場合は、鞘から抜いておく必要があります。

コールド・クローク
回避力、ダメージ減少に+3 
また、炎系の攻撃に対して抵抗力に+3

パリー・パリー

アミュレット・オブ・カウンターマジック




タンカレー(元鍛冶屋)
器用度14(+2) 敏捷度12(+2) 知力11(+1)
筋力18(+3) 生命力21(+3) 精神力12(+2)
冒険者技能:ファイターLV3
一般技能:鍛冶屋LV2(小さな村の何でも屋的鍛冶屋、特に専門無し、あえて言えば農具)
冒険者レベル:3
特殊装備:なし



マッキオーレ(マーファ神官戦士)
器用度12(+2) 敏捷度14(+2) 知力16(+2)
筋力13(+2) 生命力14(+2) 精神力16(+2)
冒険者技能:プリーストLV4(マーファ) ファイターLV3
一般技能:マーチャントLV5
冒険者レベル:4
特殊装備:なし





魔神将ラガヴーリン
モンスターレベル=14 知名度=18
敏捷度=18 移動速度=18/23(飛行時)
出現数=単独 出現頻度=ごくまれ
知能=高い 反応=敵対的
攻撃点=斧槍:23(16)/かぎ爪20(13)/牙20(13)
打撃点=28/20/23
回避点=21(14) 防御点=19
生命点/抵抗値=45/28(21)
精神点/抵抗値=40/26(19)
特殊能力=古代語魔法9レベル(魔法強度/魔力=19/12)
        暗黒魔法9レベル(魔法強度/魔力=19/12)
        咆哮(精神ダメージ 抵抗の目標値23/消滅 打撃力10 追加ダメージ14)連続使用不可。
        マルチアクション 武器攻撃と同時に魔法使用可能。ただし魔法の達成値に-2のペナルティ、牙の攻撃が不可能になります。
        変身/飛行 1ラウンドかけて背中に翼をはやす。収納にも1ラウンドかかる。飛行時には近接戦闘の命中と回避に+1。
        毒、病気に冒されない。
        精神的な攻撃は無効。
生息地=地下迷宮、遺跡。ただし魔神戦争時には人間社会にも。
言語=下位古代語
知覚=五感(暗視)
アラニアに混乱を巻き起こすべく派遣された魔神将。
燃え上がる様な赤い鬣を持つ獅子の顔、身体は獣毛に覆われ、人に似た形をしています。
身の丈は2メートル半ば程。
戦うときは魔法のかかった赤い斧槍を振り回して戦います。
また、その咆哮には魔力が籠められており、目標値23の精神値抵抗に失敗したものは精神点ダメージをうけます。精神値抵抗に成功した場合には、効果は消滅。このダメージで精神点が0以下になると即死します。他の行動と同時使用、そして連続使用は出来ません。
基本的に肉弾戦を好みますが、魔法の方も高レベルで使用可能です。
斧槍は両手持ちであるため、かぎ爪を使用できるのは武器を持っていないときだけです。その場合はかぎ爪(左右)、牙の3回攻撃となります。
マルチアクションで魔法を使う場合、呪文詠唱が必要になるので口の攻撃、牙は使えなくなります。(武器+魔法、あるいはかぎ爪(左右)+魔法に)

赤い斧槍・正式名称不明
知名度=20
魔力付与者=不明
形状=赤い三日月状の刃を持つ巨大な斧槍
必要筋力=23
基本取引価格=トレード不可
魔力=攻撃力、追加ダメージに+2 穴が三つ空いており、そこに石をはめ込む事で効性、防性などのエンチャントが可能

特産の石ころと素材となる斧を組み合わせて腕利きの鍛冶屋が鍛えると、ごく僅かな確率で制作する事が出来た斧槍。
最近では別の方法による制作も可能となった。
もう一度鍛える事で特殊な石を使ったエンチャントが可能となる。
ただし、修理が不可能となり耐久度の回復が出来なくなるというデメリットを抱える事に。



[4768] 35 山賊たちの狂詩曲
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/05/23 19:44
 ロードスという名の島がある。
 アレクラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島だ。大陸の住人の中には、呪われた島と呼ぶ者もいる。遙かな昔から激しい戦乱が打ち続き、忌むべき魔物が跳梁跋扈するが故に。
 そして今。
 ロードスはその呼び名にふさわしい状況にある。
 モスの山奥に眠っていた古代魔法王国の遺跡から、異界の住人である魔神たちが解放されたのだ。そして魔神たちは人間をはじめ、大地の妖精族であるドワーフや森の妖精族エルフと言ったロードスの住人たちに、戦いを挑んできたのだ。
 魔神たちの初手、先制攻撃によって南のドワーフ族の集落、石の王国は滅亡した。石の王国の滅亡と同時に、魔神たちはロードスの地下に広がる大隧道をも支配し、それを通じてロードス各地へと散らばっていった。モス公国はもちろん、ヴァリス神聖王国で、アラニア王国で、カノン王国で、自由都市ライデンで、魔神達の襲撃が相次ぎ。ロードス各地で滅ぼされた集落は数知れず、魔神たちによる被害が続出していた。


 モス公国では石の王国に続き、鏡の森のエルフの集落が魔神に襲撃されて壊滅した。これを知ったモス諸国は、魔神の次の狙いはスカード王国と見て急遽、竜の盟約を発動。いつもはいがみ合い、戦いを繰り返してきたモス諸国が団結し、魔神の軍勢に向かう。
 魔神は多くの場合、単体では人に勝る。しかし、その総数は人より少ないし、モス公国の兵と言えば前述のように戦いを繰り返してきただけあって経験豊富。軍としての戦いでは人が勝り、スカード王国に押し寄せて来た魔神の第一陣はモス公国軍が打ち払う事に成功した。
 勝利で士気を高めたモス公国軍は勢いに乗り、このまま、魔神に対して優位な戦いをする事が出来る──と考えたのもつかの間。
 魔神たちは竜の盟約の隙をつき、モス公国大同盟を無に帰してしまう。
 竜の盟約。それは、小国林立状態のモス公国が外敵に対抗するための盟約。モスの一国一国は、ヴァリスやアラニア、カノンなどに比べれば規模が小さく、もし攻められた場合に単独では対抗が難しい。それ故の、対国外勢力のための大同盟。モス公国内の王国同士の戦いでは、竜の盟約が発動される事はない。魔神たちは、そこをピンポイントで突いてきた。
 スカード王国王城グレイン・ホールドへと攻め寄せる魔神の軍勢。
 その先頭には、行方知れずとなっていたスカード国王ブルークの姿があった。
 この瞬間、竜の盟約は破綻した。魔神軍が実はブルーク王率いるスカード王国軍であるかも知れない。この戦いは外敵との戦争ではなく、いつものようなモス公国内の内乱なのかも知れない。その疑いが生じた瞬間、大同盟は崩壊した。各国の騎士たちは疑心暗鬼となり、共に戦う他国の騎士たちを信用できなくなった。無条件で他国の騎士を信じる事が出来ないくらいに、モス公国内の争いは長く長く続いていた。この戦いもまた、どこかの国の謀略であるかも知れない。気を付けなければ、味方だと信じていた相手に背中から斬りつけられるかも知れない。ろくな連携も取れず、そんな疑いを抱いて戦う者達が、魔神を相手に勝てるはずもなかった。
 モス公国軍はほとんど自滅と言っていいような形であっさり敗北、解散。スカード王国は魔神に支配される事となった。
 どころか、モス諸国はスカード王国の王子ナシェルを迎え入れていたハイランド王国こそが黒幕、あるいはスカード王国と共謀しているのではないかとの疑いを抱き、こぞって宣戦布告。モス諸国はおのおのが睨み合いを始め、魔神との戦いどころではなくなってしまった。


 神聖王国ヴァリスもまた、混迷の中にあった。
 ヴァリスは折悪しく、長く病床にあった国王ワーレンがいよいよ重篤な容態となり、次の国王が誰になるか囁かれ始めていたところだったのだ。
 宗教国家ヴァリスの国王は世襲ではない。ファリス大神殿が上級騎士の中から最も優れたと見る人物を指名し、世俗の──治安維持、国家防衛、そして統治を任せる。そうした形式を取っている。
 今回、その国王選定の会議が紛糾していた。
 優れた人物がいないわけではない。能力、そして人柄共に問題なく国王にふさわしい、そう言う人物はきちんと存在する。次期国王は誰が良い?、なんて世論調査を行えばダントツでその名があげられるであろう人物は、白の騎士ファーン。長いヴァリスの歴史の中でも、これだけの人物はなかなかいないと言われる程に傑出した、高潔な聖騎士。
 だが、たとえ上にファリス大神殿が存在するとはいえ、巨大な権勢を持つ事になるヴァリス国王。その選出となれば綺麗事だけでは済まず、多くの人間の、様々な思惑が絡んでくる。
 あくまで国家の主権はファリス大神殿に。そして世俗の事は王に任せる。それがヴァリスのあり方。
 しかし、本神殿とて世俗の事を全て切り捨てる事は不可能。人は信仰のみで生きる事は出来ない。いかに神官とはいえ、霞を喰って生きていく事は出来ない。神殿や組織の維持にも、お金は必要。お布施イコール信仰心なんて生臭いことを言わなくとも、この地上に生きていく上で、やっぱり全ての世俗から背を向けることは不可能なのだ。
 また、権力に結びついた宗教は堕落する。秩序、正義をその教えとするファリス神に仕える神官たちもまた、そこから逃れる事は出来なかった。むしろ、宗教的な権威よりも世俗の富、権勢を重視する者こそ、今のファリス大神殿には増えてきていた。──ろくに神聖魔法を使えない神官が多いのもうなずけるというモノ。彼らにしてみれば、優れた人物よりもむしろ、多少ぼんくらで自分たちの都合で動かせる人物が国王になってくれた方がありがたい。高潔で傑物のファーンが王となれば色々やり辛い。そんな考えを持つ者達が一定数以上存在し、結果、国王選定は群を抜いて優れた候補者が要るにもかかわらず、遅々として進まなかった。
 実質国王不在、国家の舵を取る人物が不在のヴァリスは、何をするにも後手後手、その進むべき方向をうまく定められずにいた。


 アラニア、カノンの両王国も例に漏れず、魔神に対して後手に回っていた。
 どちらも長い歴史を誇る国。しかし、長い歴史は支配階級の間に、腐敗と堕落を産んでいた。
 貴族たちにとって政治とは権力闘争の事。民の生活を守る事よりも、いかに自分が多くの利益を得るか、権益を得るかと言う、駆け引き、パワーゲームの類に堕していた。あるいは逆に、政治に対する情熱を持たず、日々、美食に、芸術に、恋愛にと、己の趣味に耽溺している貴族も少なくなかった。
 そうした貴族たちに代わって統治の現場を仕切っているのが文官たちである。残念なことに、上が腐っているのに下が清いまま、とはなかなか行かないモノ。腐った蜜柑がエチレンガスを発生させ、箱の中の他の蜜柑も腐らせるように、こちらもまた、貴族同様に腐敗していた。上の監視が緩いのを良い事に、彼らの間では賄賂が横行し、おのれが儲けるのに一生懸命。こちらの視線も民に向いてはいなかった。
 彼らにとっては、魔神から民を守る事よりも、自分たちの生命財産を守る事の方が大事な事。
 魔神に対抗し、治安維持に回すべき軍事力を、自分たちを守るために振り分け。結果、辺境区を中心に、多くの軍事的な空白地帯を生んだ。辺境の村々は無防備に魔神の前に差し出され、両国共に魔神の本拠であるモス公国からは遠く離れているというのに、呆れる程の大きな被害を出していた。
 両王国は急速に民の求心力を失っていく。しかし、常と変わらぬ贅沢な生活に明け暮れる貴族たちは、民の目に宿る光に、未だ気が付いていなかった。


 そんな各国ぐだぐだな状況にあって、魔神と戦う主役たちは、国とは関係のない場所にいた。
 自由都市ライデンの評議長アイシグの呼びかけに応えて立ち上がった「百の勇者」と称せられる義勇兵たち。彼らが魔神戦争の主役となって、各地で魔神と戦い、そして、打ち破っていく。
 その中には、ロードス全国区で知られるようになった、「英雄」と称せられる者達も誕生していた。
 ライデンを封鎖していた魔神将と戦い、これを一騎打ちの末に打ち破った、マーモは蛮族の出身、ハイランドのマイセン王に代わってロードス最強の戦士と目されるようになった「赤髪の傭兵」ベルド。
 ファリスの正義をその細い両肩に背負い、各地で魔神と戦い続ける神官戦士長、「ファリスの聖女」フラウス。
 アラニア北部で暴れ回っていた魔神将と戦い、倒すまでには至らなかったものの撃退には成功した、自由騎士、「光の剣」シュリヒテ・シュタインヘイガー。
 荒くれ者をまとめ上げて魔神に対抗、自身は魔神の軍勢を精霊魔法で焼き払ってアラニア北部からたたき出したエルフの娘、「戦乙女」ペペロンチャ。
 氷竜ブラムドを古代魔法王国の呪いから解放した「竜を手懐けし者」「マーファの愛娘」ニースも、魔神の本拠、モスの現状を視察するためにマーファ本神殿から出立したという。
 各地で生まれいずる、綺羅星のごとき新たな英雄たち。
 魔神との戦いは、新たなフェイズを迎えようとしていた。


 ロードス島電鉄。
  35 山賊たちの狂詩曲


 アラニア王国では前述のように、多くの村々が魔神たちの襲撃に合い、壊滅の憂き目にあった。
 村は壊滅──とは言え、何とか逃げ延びる事に成功した人間もいる。
 焼け出された人たちは泣く泣く生まれ故郷を捨て、救いを求めて移動する。その行き先はアラニア王国王都アランをはじめとする近隣の大きな町であったり、北部であればマーファ本神殿であったりした。ろくな財産も持ち出せなかった彼らは早急な援助を必要としていたし、寄らば大樹の陰的な思考、近場の大差ないちっぽけな村へ逃げ込むよりも、大きな町の方が安心感があった。中には魔神に襲われてからでは遅いと、家財道具を抱えて避難しようとする者もいる。多くの人間が難民となり、大きな町に殺到する事となる。
 だが、いかに大きな町と行っても、その許容量に限界はある。避難民の数はそれをあっさりと超えてしまった。さらに王国のフットワークの鈍さもあって、ろくな対応策も取られることなく、彼らの多くは無造作に城壁外へあふれる事となった。彼らはそこに難民キャンプを作り、身を寄せ合って耐えながら、不安な日々を送っている。
 そんな中でも、マーファ本神殿に避難できた者達は幸せな方。
 普段であればマーファ本神殿は基本的に貧乏。日々のまじめな信仰と、農業労働の共同生活と言った感じで、金とは無縁。ごく少数の商売にさとい人間が土産物やらで稼いでいる程度。しかし、今はちょうどニースが氷竜ブラムドの財宝を手に入れたばかり。避難民に炊き出しやらをする余裕があったから。
 また、彼らは気持ちの余裕も持てた。マーファ本神殿に逗留していた2人の英雄──「光の剣」シュリヒテと「戦乙女」ペペロンチャの働きによりアラニア北部を蹂躙していた魔神の軍勢が撃退されたという胸がすく報告があり、彼らの顔には多少の笑顔が戻りつつあった。
 しかし、それは希有な例外。
 アラニアトータルで見れば、避難民の生活は厳しいモノだった。支配階層の人間は、前述のように権力闘争に、あるいは芸術、恋愛にかまけていた。城壁の外では飢えに苦しむ民衆がいる事に目を向ける事もなく、連日の如く豪華なパーティを開いて大量の食材を食い散らかし。どうしようもなくなった民衆が暴発しそうになれば、本来彼らを守るべき兵士を差し向けて鎮圧。
 そんな状況の中、全ての人間が真っ当に生きていけるかと言えば、そんなはずもなく。
 避難民の中には、悪事に手を染める者が出てくる。世情が不安になれば犯罪発生率が上がる。それはやっぱり、このおファンタジックな世界でも変わらなかった。


 アラン、ノービスに続く第三の規模を持つ町オバマ。街道を南に行けば王都アラン、西へ行けば第二の都市ノービス、そして北へはマーファ本神殿のあるターバ村へと至る祝福の街道と言う、アラニア王国内の交通の要所と言うべき町である。
 更にもう一本、北西へ延びる街道もあるが、こちらは最終的にはノービスへ至るとはいえ遠回りだし、街道沿いにたいした町もないしで、重要度は低い。
 この街道沿いで開業した「暁の山賊団」を名乗る男たちもまた、最初は生きるために仕方なく、窮余の策として、犯罪行為に手を染めていた。
 だが、人は易きに流れる生き物である。犯罪行為を繰り返しているうちに、当初あった罪悪感は薄れ、今では犯罪行為に後ろ暗い喜びを感じるようになっていた。以前の真っ当にお日様の下で汗水流していた生活を、馬鹿らしい事をしていたとまで思いはじめていた。
 彼らの多くは元農民。苦労して作った農作物は、税と称してその大半を国に持って行かれる。農作物の、食べ物の作り手でありながら、常に空きっ腹を抱えると言う馬鹿らしい生活。その上、彼らが本当に困ったとき国は、助けてもくれなかった。これは世間に対する復習であるとの思いで自分を理論武装。しかし結局の所、自分たちがやっている事は、自分たちと同じく弱い人間を苦しめているのだとは、全く気が付いていなかった。いや、気が付いているのかも知れない。しかし、ちょっと悪い事をするだけで簡単に手に入る、真っ当に生きていた頃には手が届かなかった贅沢。そんなものに目が眩んでいて、彼らは己を省みるつもりはなかった。
 むろん、犯罪者には犯罪者のリスクがある。
 たとえば、討伐隊を差し向けられる事。
 しかし、わざわざ重要な街道を外れた場所で悪さをしている事もあって、彼らのピンチにそうだったように、アラニア王国の動きは鈍い。せいぜい、地元民にはした金で雇われた英雄志願の冒険者が差し向けられる程度。実は彼らの実力的に、それだって十分なピンチだったが、「協力者」の与えてくれた戦力もあって、これまで、問題なく撃退に成功していた。
 協力者。
 彼らの事を考えると、正直、思う事がないでもない。怪しげな神に祈っているみたいだし、そもそも人間なのだろうか、なんて疑問もあったりする。するが、逆らうと怖いし、今が良いからそれで良いと、思考停止していた。少なくとも、ギブアンドテイクの関係はうまくいっている。彼らの要求は、老若男女問わず、人を捕らえて渡して欲しい、との事。怪しげな神様に祈っている連中である。引き渡した人間に待ち受ける運命については、ろくな事がなさそうである。しかしそれ以上思考を進めると怖いので、それについても深く考える事は放棄しておく。兎に角、要求に応えていれば、戦力を貸し与えてもらえるし、その報酬やおこぼれで美味しい目にもあえる。だから、わざわざ藪をつつく必要など無いのだと。
 そして今日も、暁の山賊団は脇の茂みに隠れて街道を監視し、獲物が通りかかるのを待っていた。
 昨今、流石に少々やりすぎた感もある。
 この街道周りで人さらいがでる。それは近隣の町や村に知れ渡り、街道を利用する人自体が減ってきている。代わりにやってくるのは前述のような、英雄志願の冒険者たち。それだって捕らえてしまえば協力者に渡して報酬が得られるのだが、その為に一般人を相手にする以上の労力がかかるのが面倒くさい。──主に戦うのは彼らではなく、協力者の貸してくれた連中であるのだが。
「お頭、来やしたぜ」
 と下っ端の報告を受けて街道を見れば、こちらへやってくる武装した5人組。
「ちっ、また冒険者かよ」
 舌打ちが零れる。めっきり街道を利用する人間が減っているから、選り好みをしていてはノルマが達成できない。面倒くさい事だ──と思いながら観察して、お頭は考えを改めた。
「女がいるな。しかも、神官にエルフか?」
 ひゅ~~、と、下っ端の1人が嬉しげに口笛を吹く。
 協力者に要求されているのは、捕らえて生かして引き渡す事。それだけ。つまりは、生きて引き渡しさえすれば、引き渡す前に何をしたかは問われないのだ。獲物が女となれば、引き渡す前に色々と楽しめて一粒で二度美味しい。
 さらに、獲物を渡す毎に報酬をくれるのだが、種族や老若男女、そして職業でそれぞれ値段が違ってくる。特に良い値段を付けてくれるのが、エルフや神官。エルフがそうである理由はよくわからないが、神官は怪しげな神様に祈っている協力者たちの事、おそらく商売敵だからだろうと想像している。
 彼らが獲物と目した5人組は、すぐに目鼻立ちまで見て取れる距離までやってきた。それを見て、お頭をはじめとして山賊団のメンバーは益々やる気に溢れていく。何しろ、エルフ娘と神官娘の2人、女がいて、趣が違うとはいえ、どちらも容姿が最高レベルに整った美少女達だったから。
 エルフ娘は金髪碧眼、さすがは人外の妖精族と言うべきか、夢見るような完璧な美貌。胸が薄いのが少々欠点だが、基本華奢なエルフ娘だからそんなモノ。贅沢を言えばきりがない。天使級美貌だけで十分おつりがでる。
 神官娘は黒眼黒髪。どこかおっとり、慈愛に満ちた感じの柔らかな美貌。どうやらマーファに仕えているらしく、ゆったりした法衣に身を包んでいるせいでスタイルは解らないが、これは着やせするタイプ、隠れ巨乳に違いないとお頭は見て取った。
 兎に角、滅多に見ない高レベルな美少女が2人も。
 そちらに注目しすぎて、彼らは、この5人組の装備が、整いすぎているくらいに整っている事には、全く注意を払わなかった。そもそも、戦いは協力者の用意してくれた戦力に任せてしまえばいいと、気楽に考えていたという事もあるが。
 目配せやらハンドサインを駆使し、5人組に気が付かれないように、包囲状態を作ろうとする。
 が。
「いるのはもうばれてるから、とっとと出てきなよ」
 エルフ娘は彼らの存在にとっくに気が付いていたらしい。足を止めると、まっすぐにこちらを見て告げてきた。
 どうするか?
 部下達と目配せ。やはり、こいつらの目的は自分たちの討伐。自信たっぷりの態度が気にはなる。
 しかし、とっくに結論は出ていた。
 これだけの上玉、見逃すなんてもったいなすぎる。これまでの冒険者よりも腕が立ちそうではあるが、それでも、協力者に貰った戦力のある自分たちにはかなわない。何しろ、これまで負けた事がないのだから、今回もきっと負けないに違いない。
 お頭は一つ頷くと、既に彼女らを捕らえた後の事を考えていきり立とうとする息子をまだ早いと宥めながら、街道へ降りていった。


 街道で5人組と対面したお頭達であるが。
「すげえ、なに、このテンプレ通りの山賊、って感じの生き物は」
「区別つけづれえなあ。そもそも、登場人物書き分ける実力に欠けているって言うのに」
「まあ、便宜上左から山賊A、山賊B、山賊Cって感じで」
「どうせ今回限りの使い捨ての敵キャラだしねえ」
 まるで緊張感の無いメタな対応をされて、思い切り面食らった。
 それでも、馬鹿にされている事はよくわかったので、お頭は額に井桁マークを浮かべる。
「……そうやって、余裕ぶってられるのも今のうちだぜ。すぐにお前らは後悔する事になる。そっちのエルフ娘とかは、俺の下でな」
 しかし、怒って声を荒げるのも小物臭いと自重、お頭は余裕ある態度を心がけながらあざけってみせる。
「なっ」
 この言葉に激しく反応したのは暗色の野暮ったいローブの男。
「俺のサシカイアをえろい目で見るなっ!」
「誰がお前のサシカイアだっ!」
 すかさず、エルフ娘が怒鳴りつける。
 どうやら、このエルフ娘はサシカイアという名前らしい。その名前に思い当たる事は何もない。これが(ありえないと思うが)ペペロンチャだったりしたら、回れ右をして逃げ出すか、土下座して謝り倒すしかないところ。しかし、ペペロンチャとは関係なさそうな、全然聞いた事のない名前なので問題ないだろう。
「そうだよ、サシカイアは僕のモノなんだから」
「違うっ!」
「そうそう、俺の──」
「それも違う!」
「……こほん」
 と、そこでマーファの神官娘が咳払い。話が進みませんので、そろそろ止めましょう。そう言って4人の言い争いを止めると、お頭の方をまっすぐに見る。
「あなた達の噂を聞いてきました。今すぐ悔い改める気はありませんか? 捕らえた人たちを解放し、自首して罪を償うもりはありませんか?」
 その黒く深い瞳に吸い込まれそうな気がして、お頭は頭を一つ振ると、自分では太々しいと思っている笑みを口元に貼り付けた。
「その気はねえな」
 そもそも、最早彼らが捕らえた人たちが生きているとは思えない。自首したところで、待ち受けているのは極刑だろう。自首する意味など感じない。
「俺も元々はまじめに生きてたけどな。働いても働いても暮らしは楽にならねえ。税と称して農作物の大半は持って行かれるし、魔神に村が襲われたって言うのに、国は何もしてくれやしねえ」
「──だから、魔神の配下になると?」
 ずばりと指摘されて、お頭は言葉に詰まった。
 そうではないか、と言う疑念は持っていた。気が付かない振りをしていた。だけど、これでもう、その振りは出来ない。自分が、自分の生活を台無しにしてくれた魔神の走狗をしている事に、気が付かされてしまった。
 ──だが。
「はっ、もう後戻りはできねえし、するつもりもねえよ」
 お頭は笑う。
「少なくとも、以前よりも今の方がよっぽど楽しんでるぜ。お前達みてえないい女を抱くチャンスなんて、以前の暮らしからは考えられない事だ」
「実はチャンスなんて欠片も無いけどね」
 ぼそりとドワーフの呟き。
「夢を見るくらいは自由だろ?」
 逆に同情的にローブの男。
「俺はそれすら不愉快だ」
 エルフ娘は自分をそう言う対象に見られる事が我慢できないと、眉をつり上げる。
 彼らから感じられる余裕。それがお頭の癇に障る。自分たちを取るに足りない相手と見ている。それが、もの凄く腹立たしい。だから、彼は切り札を切る。
「おい、お前ら、出てこい」
 背後の藪に向かって命令する。エルフ娘が、「山賊Cは仲間を呼んだ」とか言っていたが、とりあえずそれは無視。
 お頭の声に応えて、がさがさと藪を掻き分けて出てきたモノは、異形の怪物達。これが、協力者に与えられた戦力。5人組を信じるならば魔神であり、お頭は素直にそれを信じた。
 しかし、残念な事に5人組は、お頭が期待したような驚愕の様を見せる事はなかった。
「魔兵(スポーン)A~Fがあらわれた。──と、アレは?」
 お頭達はその詳細を知らなかったが、エルフ娘の言うように、ほとんどは魔兵と呼ばれる魔神達の作り出した疑似生命体。そして、その中に一体、与えられた戦力の主力となる、一際大きな体格を誇る魔神がいた。
 体高は4メートルに達し、概ね人型。ただ、首が存在せず、顔は半ば胸に埋まるような形で付いている。そして、更に特徴的なのが両方の腕。右腕は身体に比して大きく太く逞しすぎるモノが一本付いており、逆に左腕の方は細長い、身体に比して貧弱なモノが5本も生えている。酷く左右のバランスが悪いその魔神は。
「ええと……火炎王?、があらわれた」
「古っ」
 エルフ娘の言葉に、ローブ男がすかさず突っ込む。
「てか下位魔神をロードデアボリカと一緒にするなっ! そいつは下位魔神のヴァルブレバーズだ。SW2.0の方で出てきた魔神で、レベルは……ええと4くらい?」
 指折り数えて計算しながら、ローブ男。
 お頭をはじめ暁の山賊団の構成員も、そうだったのかと頷く前で、ローブ男がずらずらずら~とそのヴァルブレバーズについて説明する。SW2.0とかレベルとか言うのをはじめ、よくわからない単語も多々あったが。
 説明を聞き終え、お頭はそこで胸を張って声を張り上げる。
「どうだ、これが俺様の配下の魔神だっ!」
 借り物だが、それは言う必要はない事。
「痛い目にあいたくなかったら、降伏するんだな。そうすりゃあ、扱いに気を使ってやってもいい。──そうだな、エルフ娘と神官娘は素直にしとけば、あいつら引き渡さないで、俺の愛人て事にしてやっても良いぞ」
 引き渡した場合もらえる報酬は魅力的だが、近くで2人を見てみて気が変わった。これだけの高レベルな容姿を持つ娘2人、二度とお目にかかれないかもしれない。奴らにくれてやるのはもったいない、生かして有効活用するべきである、と。
 お頭ずるい、俺にも分けて、なんて声が山賊たちの間で上がる。これまでの事もあり、彼らは既に勝ったつもり。
 しかし、5人組はこれまでの相手と違って魔神を見ても絶望などせず、むしろ温い目でお頭達を眺めていた。
「ああ、ぶっちゃけ、その雑魚魔神が自信の源だってんなら、降伏するのを勧めるぞ。はっきり言って、時間の無駄にしかならんし」
「そうです。今自首するならば、助命嘆願書に署名するくらいはして上げますから」
 エルフ娘、神官娘の言葉を、お頭は戯れ言としか思えなかった。こいつらは魔神の強さを理解していないのだ、としか。
「ふん、魔神の強さも知らない田舎者かよ。所詮はマーファ神官なんて、山奥の方でこそこそ畑耕しているしか能の無い連中だしな。大地母神? しょぼいんだよ」
 元々、お頭は農民。普通にマーファを信仰していた。しかし、道を踏み外した今、その信仰を失い、むしろ逆に嫌悪していた。自分が困ったときに全く助けてくれなかった神。ふん、馬鹿らしい、と言った具合に。
 しかし、その言葉は死刑執行書へのサインとなった。
「しょ、しょぼい? マーファ様が?」
 ぴきっ、と。
 これまで温厚な表情を浮かべていた神官娘の額の当たりで、こんな音がしたように聞こえた。
「……サシカイア」
「は、はいっ」
 そして神官娘の小さな声は、まるで地獄の底から響いてきたみたいに不穏当なモノを感じさせ、エルフ娘が背筋を伸ばした直立不動の格好になって返事する。
「この破戒者達に、世の中の道理というモノを教えてやってください」
「イエス、マム!」 
 びしり、と敬礼をすると、エルフ娘は他の3人の男達に命令を下す。
「お前ら、やってしまえっ!」
「あらほらさっさっ!」
 男達も慌て気味に応え。
 そして山賊のお頭は、大人げない程の戦力差と言う奴を思い知らされる事となった。



[4768] 36 尋問遊戯
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/06/06 17:07
「オラの盾をみるだよ~」
 と盾を構え、シュリヒテが敵中に飛び込む。
 以前の盾を魔神将にたたき割られ、新調したシュリヒテの盾は「勇気ある者の盾(シールド・オブ・ザ・ブレイブ)」と言う魔法の品物。この盾には敵の攻撃を持ち主に集中させるという厄介な効果も付随している。それはほとんど呪いのようなモノで、好き勝手にオン/オフは出来ない。今回は敵が強いから集中攻撃は勘弁と思っても、この盾を持っていればどうやったって集中攻撃を受けてしまうと言う常時発動型。本来コマンドワードを唱える必要はないのだが、これはもうお約束という奴だ。
 ところで、何でまた、そんな厄介な付随効果を持つ盾を?、と問われれば、実はこの盾、それ以外の部分を見れば結構高性能なのである。また、シュリヒテなりにサシカイアの体力の低さを考えてのこと。攻撃を喰らえば一撃で死にかねない貧弱なHPのサシカイアである。だから、なるべくそちらへ攻撃が行かないように、サシカイアの倍以上のHPで防御力も高い自分が壁になってかばおうと考えたのだ。……残念なことに、後者の理由を口にしていないせいもあって、サシカイアは物好きな奴と思っている程度。その心遣いに全然気が付いていなかったりするが。
「フレイムたん、萌えぇ!」
 更に、新たに手に入れた炎の魔剣フレイム・タンのコマンドワード。剣は即座に応え、萌え擬人化、幼女フレイムたんになる──事はなく、その刀身が真っ赤な炎に覆われる。所持者の精神力を消費して、擬似的なファイアー・ウエポンの効果を発生させる。それが、この魔剣の特殊能力。
 赤い閃光。残光を宙に焼き付け、シュリヒテが鋭く魔剣を振るう。
 途中、その軌道上にあったモノはあっさりと分断される。熱したナイフでバターを切り裂く以上に、本当にあっさりと。だてに打撃力が上がっているわけではない。
 途中にあったモノ。それは魔兵スポーン。魔神が自分たちの数の少なさを補うため、黄金樹の枝を原材料に、何だかよくわからない方法で加工して作り出した疑似生命体。主に戦闘や雑務に利用する、ぶっちゃけてしまえば雑兵。それでもモンスターレベルは3あるから、一般人や駆け出しの冒険者あたりであれば、十分な脅威。……流石に10レベルファイターであるシュリヒテの相手としては、全然物足りないが。
 盾の効果でスポーンの集中攻撃を受けながらも、シュリヒテは危なげなく、順調にその数を減らしていく。一刀ごとに撫で切りにしていくその様は、一方的な蹂躙。大人げない程に強さが違った。
 そのシュリヒテと並んで、ギネスも同様にスポーンを打ち倒していく。こっちだって8レベルファイター。戦神マイリー信仰に目覚め、へたれでなくなったギネスは十分以上戦力として数えられる。おまけに攻撃はシュリヒテに集中しているから気楽なモノ。反撃をさほど恐れる必要もなく攻撃専念。スポーンを一方的になぎ払っていく。
「馬鹿な、魔神が、こんなにあっさり……」
 絶対の強者と位置づけていたらしい魔神が一方的にうち減らされていく様を見て、山賊のお頭が呆然と呟く。
 しかし、サシカイアらには順当すぎて驚くことなど何も有りはしない。これまでは精神の脆弱さでスポイルされていたが、きっちり実力を発揮すればこれくらいは余裕なのだ。──調子づいて油断していると、また誰かの首が飛ぶかも知れないので気は抜けないが。
「田舎者はそっちだったな」
 サシカイアがにやりと笑って言ってやると、山賊のお頭は悔しそうに顔をゆがめ、それでも必死に虚勢を保つように言い返してくる。
「くっ、まだだ。こちらにはまだ、主力の火炎王が──」
「ヴァルブレバーズな」
「そう、それがいる」
「いた、だな」
 もう過去形だ。
 そう告げるサシカイアの言葉通り、その両腕の攻撃をかいくぐって接近したシュリヒテの一撃が、あっさりとお頭の希望を開きにする。
「──なっ」
 驚き、言葉を失う山賊たち。
 ヴァルブレバーズの売りはその生命力。うえ、こいつまだ動いているぞ、なんてシュリヒテに気味悪げな声を出させるが、それだけ。流石に開きにされてしまっては、最早ちぎれたトカゲの尻尾がぴくぴく動いているのようなモノ。気味は悪いが無力、戦闘能力はない。旺盛な生命力と言っても、当然限界はある。このまま放っておいても、多少は時間がかかるかも知れないが、あたりまえに死に至るだろう。
「もう一度問います。悔い改めて、自ら罪を償おうと言うつもりにはなりませんか?」
 ひっひっふーと、サシカイアが教えた怒りを追い出す呼吸で自分を取り戻したニースが、慈悲深いところを見せる。
「ふざけるなよ」
 しかし、お頭は己の得物を振り回して叫ぶ。追いつめられた表情。顔と言わず全身汗にまみれ。それでも意地を張る。張り通す。
「こちとら、こんな稼業に身を落としたときから覚悟は決めているんだ。今更悔いも、償いもねえ」
「あ、俺、反省してます」
「俺も、俺も」
「お頭に脅されて、仕方なくやってたんです」
「うん、俺たち本当はこんな事やりたくなかったんです」
 しかし、その配下の下っ端連中は、お頭程の覚悟を決めてはいなかったらしい。武器を足下に放り捨てホールドアップ、あっさり掌を返して責任をお頭に押しつけようとする。
「……て、てめえら」
  それなりに苦楽を共にしてきたというのに簡単に見捨てられて、呆然とするお頭。
 サシカイアもその見苦しさに顔を顰め。──同族嫌悪とか言ってはいけない。罵り合いを始めた山賊連中に付き合うのも面倒臭いとばかりにブラドノックに目配せする。 
 ブラドノックはそれに応えて呪文詠唱。いきなり山賊たちを包み込むように煙が上がる。
 これは、基本的な古代語魔法と言っていい、眠りの雲(スリープクラウド)の魔法。名前の通り、効果範囲内、発生した雲を吸い込んだ人間を眠らせるという魔法。低レベルから使える、非常に重宝する魔法だ。……近い将来、アレクラスト大陸はオーファン王国のごくごく一部で、遺失呪文扱いされたりするが。
 とにかく、それで戦いは終わりだった。


 ロードス島電鉄
  36 尋問遊戯


「ふうっ」
 と呼気と共に緊張を解き、サシカイアは額の汗を拭う。
 生きている人間と戦うのはこれが初めて。今回はレベル差が大きくて、殺さずに無力化することも余裕だろうという推測もあり、何とか取り乱すことなく戦えた。しかし、それでも結構緊張していたらしいと、額を濡らした汗から判断。魔神と戦うことは大分慣れた──ような気もするが、それでも人との戦いは別物か。やっぱりゾンビとも違う。嫌な感じに血が冷える。
 これから先、モスに入れば人とも戦う事になる。百の勇者に参加すれば、魔神側に寝返るマスケト兵との戦争イベントはおそらく必至。はてさてその時戦えるか──と考え、そこで思考停止。それはその時考えようと、問題の先送り。何しろサシカイアはぼんくら。未来のことを早くから真剣に考え続けていられる程、緊張感の続く人間ではない。早めに覚悟を済ませておいた方が良いに決まっているのだが、ソレが出来ないが故にぼんくらなのだ。きっぱり、夏休みの宿題もぎりぎりになって慌てるタイプだ。
 それより今は目先のこと。
 魔法の効果で眠ってしまった山賊連中を、サシカイアは手際よく武装解除。更にシーフ技能を生かしたロープワークで手早く拘束。
「おおぅ、見事な後ろ小手縛り」
 と、横から見ていたブラドノックが感動の声を上げている。何だか自分も縛って欲しそうに見えるのが不安だ。ところで後ろ小手縛り、これはいわゆる江戸時代の罪人縛りという奴。時代劇なんかで見たことある人も多いだろう。現代日本では趣味でやる人くらいしかいないが、もちろんサシカイアは実用的な束縛方法としてやっている。
 スリープクラウドによる眠りは、精霊魔法スリープなんかとは違って、ごくごく浅いモノ。山賊達はすぐに意識を取り戻すが、後ろ手に縛られてしまっていては、最早抵抗することも不可能。お頭はぶすっくれた表情で、サシカイアらを睨み付けるだけ。
 他の山賊連中は、反省しているのに酷いだの、お頭が全て悪いだのうるさかったので、黙らないと物理的に永遠に黙って貰うと軽く脅しをかけると、すぐに静かになってくれた。
「さて」 
 手をはたいて埃を落とし、サシカイアは腰に手を当てると、山賊たちを見下ろす。
「お前らの仲間はこれで全部?」
「……」
 お頭は口をへの字に、顔を背ける。お前に漏らす情報はないと全身で主張している。
 しかし、そんなことは無駄な行動。
 サシカイアが顔を他の下っ端連中に向けると、彼らは先を争うように答えてくれた。
 彼らの言葉を信じるならば、この山賊たち──暁の山賊団というらしい、は、ここの5人で構成員の全てであるらしい。ねぐらにしている山小屋の場所まであっさり吐いてくれたが、魔神との関係については芳しい情報が得られない。そもそもこいつら、魔神のことを魔神と解っていなかったみたいだし。
 一応の用心と、こっそりセンスライの魔法を使ったブラドノックに確認すれば、嘘は付いていないとの返事。
 こいつらからこれ以上の情報を引き出すことは出来そうにないと、あまり期待はしていないが、一応、黙りを決め込んでいるお頭にも向き直る。
「あんたにも、知っていることを余さず吐いて欲しいんだが?」
「……」
 お頭は強情そうに口をへの字に曲げてそっぽを向く。
 ふん、とその態度にサシカイアは鼻で笑う。
「そう言う態度に出る人間をどうやって素直にするか。いろんな方法があるって知ってる? 算盤責めとか簑踊りとか……」
 にっこりと魅力的な笑顔を浮かべ、サシカイアは腰のポシェットを探る。
 正直なところ、魔法を使うのが一番手っ取り早い。たとえば、ドライアードの力を使った魅了の魔法で惚れさせる。そうすれば、良いところを見せようと、情報をぺらぺら吐いてくれること確実。男とはそう言う悲しい生き物なのだ。
 しかし、背後に魔神が控えているとなれば、ここはマジックポイントを温存しておきたい。
 MP使用制限するならば、シュリヒテの呪歌によるチャームという手もある。効果時間を除けば精霊魔法のソレと大差ないから、それでも良いのだが。サシカイアには、ここで一つ試しておきたいモノもあった。
 試してみたいモノ。
 サシカイアが取り出したモノは。
「パンパカパーン、今回はこれっ!」
「……そ、それはっ」
 ファンファーレを口で、高々と掲げて見せつけるようにしたソレに、恐れおののきの声を上げ、顔面を蒼白にするのは仲間の3人。1人ニースは、何故それをそんなに恐れる必要があるのかと、きょとんとした顔で首をかしげている。
「ま、まさか、そいつはっ」
 お頭はかなり小物、おまけに山賊稼業に身を落としてからの時間はごくごく短いと見えるが、それでも裏に生きた人間。これの恐ろしい用途については。これを使った血生臭い歴史については、知っているらしい。
 逆にニースは益々首をかしげている。こちらはこれでいい。真っ当にお日様の下で生きてきたニースは知らなくて当然。これからもそのまま、何恥じることなく、お日様の下を真っ当に生きていって欲しい。──何だか自分たちで色々ろくでもない影響を与えているような気もするが、多分、これならまだ大丈夫。大丈夫だと思う。……大丈夫だよね?
「そう、そのまさかだよ」
 とりあえずニースのことは棚上げ。まずはこちらと、サシカイアはソレを指先で弄びながら、自分でも冷酷と思える笑みを浮かべてやる。
 そうして目配せをすると、心得ているシュリヒテ、ギネスの2人が両側からお頭を押さえつける。もう1人は「サシカイアの拷問? ハァハァ」とか言っている。ダメすぎる。
 じんわりとした頭痛を覚えるも、とりあえずそいつは無視。ゆっくりお頭の背後に回ったサシカイアは、手早くその拘束を解く。
 お頭は両手が自由になったと見るや、すかさず暴れて逃れようとするが、シュリヒテ、ギネスの2人に、即座にその両手を掴まれては抵抗も虚しい。そのままあっさり地面にうつぶせに。
「やめろ、やめろぉおおおお」
 必至で首をねじ曲げて、背後に立つサシカイアに向かってお頭は叫ぶ。その瞳は恐怖に揺れ、涙目になっている。
 しかし、サシカイアは止めない。酷薄な笑みを貼り付けて、お頭のシャツの裾を掴む。
「大陸、ロマールの盗賊ギルドで代々伝えられている尋問の秘術。その身で味わってみるがいいさ」
 吐かぬなら、殺してしまえホトトギスと、サシカイア。
 ロマールと言えば、アレクラスト大陸最大の裏マーケットや闘技場を誇る国である。この国の盗賊ギルドは国から正式に認められている上、そんな暗躍しがいのあるモノを持つわけだから、その規模は相当に大きい。そのロマール盗賊ギルドでは、尋問・拷問専門の屈強な精鋭部隊が、日夜これを手に情報引き出しに励んでいるという。
「さあ、恥か死か、好きな方を選べ」
 言いながら、どちらかを選びやすいように、その手にした「ピンセット」をお頭に見せつけながら弄ぶ。
 ロマール盗賊ギルド式の恐るべき尋問。
 それは背中毛の長さを測り、どころか、背中毛をピンセットで抜くという恐ろしいモノ。どんな屈強な男も、背中が綺麗になる前に泣いて謝ると言われるソレをすると言われたお頭の心は、遂に折れた。



※注釈
背中毛の拷問とは、SWリプレイNEXT、ぺらぺら~ずで出てきたネタです。
これは、最初は冗談で、ロマールの盗賊ギルドで背中毛の長さを測って拷問する、なんてのが登場し、その後ことあるごとにこの話題を繰り返しているうちに、いつの間にか半公式みたいな形になって行ったモノです。
盗賊ギルドに預けたNPCから情報引き出せたか尋ねたら「3センチだった」。
敵が、PLがロマールの盗賊ギルド所属と知って「あの背中毛の……」と恐れおののく。
そんな繰り返しがあった後、ロマール盗賊ギルドでは、筋肉ムキムキ、半裸の精鋭部隊が、ピンセット片手に背中毛の長さを計り、背中毛を抜く拷問をしている。
と言う具合になって行きました。
今回の背中毛の拷問とは、これをそのままネタにしています。

知らない人には本当に解らないネタで申し訳ありません。



[4768] 37 ドリーム・クラブ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/06/06 17:07
 しくしくしくと、半裸、つるつるの背中を露出させた山賊のお頭が泣いている。
 その横でサシカイアは太々しい笑いを顔に貼り付けたまま、事後の一服、ぷは~っと盛大に煙を吐き出す。──なんて事はなく、耳を垂らし、げんなりした表情で項垂れていた。
 最初は良かった。
 Sっ気全開で楽しんで嬲っていたのだが、実行段階になって、大きな問題に直面した。
 むさい男の背中毛を抜く。こんな特殊な行為に喜びを感じるような趣味嗜好を、サシカイアは当然持ち合わせていなかったのだ。むしろ、そんな真似、金を積まれたってやりたくない類。横で見ていたニースにはどん引きされるし、ブラドノックは息を荒げるし、良い事なんて全く有りはしない。どうして事前に、このあたり前の事実に気が付かなかったのだろうかと頭を抱えるも後の祭り。
 僅かな幸いと言うべきか、この拷問の効果はてきめんだった。一言だってしゃべるモノかという顔をしていたお頭も、すぐに素直になってくれた。……効果があるだけに、このうんざりする行為を中断できなくなってしまったが。
 そうやって、精神的に多大な犠牲を払って入手した情報は。
「……予想通りだとはいえ、たいした情報無かったなあ」
 遠い目をして、サシカイアは呟く。
 結局、入手できた情報は、先に下っ端連中が話してくれたことと大差ない。あれだけの精神的ダメージの対価としては、釣り合わないこと甚だしい。
「こんな事なら、素直にチャームした方が良かったか? シュー×山賊のお頭、なんて需要があったとは思えないが」
「俺かよ?」
 男に迫られる、そいつは勘弁と、シュリヒテが顔を顰める。
「せっかくバード技能持ってるんだから、死にスキルにするのはもったいないだろう?」
 と、ソーサラー技能がすっかり死にスキル状態のサシカイアは言った。


 ロードス島電鉄
  37 ドリーム・クラブ


 いったんオバマの町へ戻り、山賊たちを引き渡したサシカイア達は、今度はその足で山賊たちのねぐらに向かった。
 山賊を捕らえたとは言え、こいつらはそれこそ、何の事情も知らない使い捨ての下っ端と言ったところ。オバマ界隈を騒がせている拉致、誘拐事件を真実解決しようと思ったら、こいつらを使っていた連中を何とかしなければならない。大元を絶たなければ、遠くない未来、再びこいつらみたいな山賊が現れる可能性が大きい。
 しかし、その黒幕についての情報は思い切り不足している。
 山賊たちはふらりと現れる男に言われるままに人をさらい、引き渡し、代わりに報酬や戦力を与えられていたらしい。その正体とか、本拠地とか、そう言ったことは全然知らない。知ろうともしていなかった。それで良いのか、と思うが、「だって、下手に知りすぎた、とかなったら怖い事になりそうだし」と言われて納得してしまった。藪をつついて蛇を出すのはやっぱり避けるが利口である。下っ端なりの処世術としては、あるいはこれはこれで正しいのかも知れない。
 兎に角。
 このままではどうしようもないので、サシカイアらはダメ元で、手がかりを求めて山賊たちのねぐらを漁ってみることにしたのだ。


 ねぐらは情報通りの場所にあった。
 どうやらどこかの誰かの炭焼き小屋を無断拝借して使っていた様子。そんな小屋の脇に、でんと隠しもせずに鉄格子も物々しい檻が置いてある。檻の中は現在空っぽ。これも山賊たちから得た情報通り。つい先日、拉致被害者を黒幕に引き渡したばかりとのこと。
 まずは小屋の中の探索。扉を開けて中を見て、サシカイアはそのまま扉を閉じて回れ右をしたくなった。
 小屋の中はまるで、この世の果てとでも言うような荒れ具合、生活臭がありすぎるくらいにありすぎ。きっとあの山賊連中は小学校の頃の通信簿に「整理整頓を心がけましょう」なんて書かれていたに違いない。
「……さあ、みんなで手がかりがないか調べようか?」
「いや、俺たちシーフ技能ないし」
 サシカイアの提案に、中をのぞき込んで露骨に身を引いたシュリヒテが答えてくる。
 そう言えばそうだったと納得しかけ。
「待て」
 サシカイアは手を伸ばして、さりげなくフェイドアウトしようとしていたブラドノックの襟首を捕まえた。
「サプリメントでも書き忘れてたけど(※修正しました)、そう言えばお前、シーフ技能持ちじゃないか」
 ブラドノックは万が一接近戦を挑まれる羽目になった場合の回避力アップのために、1レベルだけシーフ技能を取得している。……サシカイアらのレベル域で1レベルだと、ほとんど気休めでしかないが。
「私も手伝いましょうか」
 と、腕まくり。こんな魔境みたいな場所をそのままにしておくのは我慢がならないとニース。
「いえいえ、ニース様は休んでいてください。こういうヨゴレはサシカイアの仕事です」
 揉み手なんぞしながらブラドノック。
 誰がヨゴレか。こいつ、いつか殺す。と思いながら、それでもニースの好意は辞退しておく。ニースもやっぱりシーフ技能を持っていない上、やりたいのは手がかり探しじゃなくて掃除みたいだし。
 それにしてもニースに限らず6英雄、シーフ技能軽視しすぎである。下手をすると魔神王の元にたどり着く前に致命的なトラップで全滅、なんて事になりかねない職構成だ。……かく言うサシカイアたちのパーティもシーフ技能は低かったりするのだが。
 はてさて。
「……うぇえ」
 とサシカイアは顔を顰めながらも仕方なく、何か手がかりはないかと小屋の中を調べる。これがゲームであればサイコロ二つ転がせば簡単に結果が出るのだが、現実はそうはいかない。耳が曲がりそうな臭いに耐え、この世界ではサルマタケが実在することを確認し、なんだか得体の知れないモノを踏みつけて涙目になったりしながら、それでもがんばって小屋の中を探す。
 その結果は。
「手がかりなしか」
 疲れ果て、遠い目なんぞしながら呟く。世の中、努力が必ず報われるとは限らないのである。
 しかも。
「……なんてしわいGMだ。こういう場合、魔晶石の一つ二つ見つかっても罰が当たらないだろうに」
「いや、あんな山賊が魔晶石持ってる方が不自然だと思うぞ。……それでも、銀貨の数枚くらいは見つかっても良いと、俺も思ったがな」
 サシカイアのぼやきにブラドノックが応じ、それから、困ったように頭をかく。
「しかし、これで手がかり無しだと、きついな」
 現時点では情報が足りなすぎる。これから先、闇雲に動き回って黒幕捜しをして見つけられる程、世の中は甘くないだろう。ひょっとすると、今回ミッション失敗か。そうなると経験値が半分の500点になって非常に悲しい。いや、命の危険がほとんど無しで500点もらえると考えれば、ラッキーかも。
「なあ、この足跡どう思う?」
 と、そこへ、小屋の周りを探っていたシュリヒテが声をかけてくる。シュリヒテにシーフ技能はないが、野外での活動、探索向きのレンジャー技能は持っている。サシカイアが小屋を漁っている間中、地面とにらめっこして何か手がかりはないかと探っていた様子。そしてどうやら、こちらはその甲斐があったらしい。
 ん?、と揃ってそちらへ移動。あ、そこ踏むな、なんて警告を受けたりしながら、サシカイアもしゃがみ込んで、シュリヒテの指す地面を調べる。
「足跡……人と、この裸足の人外は魔神か?」
 サシカイアも森の妖精のたしなみとしてレンジャー技能を持っている。ここにあると指し示されれば、見つけるのはそう難しくない。
 見れば、いくつか入り乱れた足跡が、サシカイアらがやってきた街道の方とは別の側へと伸びている。その行き先を探って見れば、ぐりりと輪を描いてシュリヒテの後ろに続いていました、なんて落ちはなく、獣道みたいな細道があり、足跡はそこへ、さらにその先へと続いている。
「それじゃあ、この足跡を追ってみるか」
 手がかりらしい手がかりのない今、これを辿るくらいしかすることはない。
 この先に事件解決のための何かがあることを願って、サシカイアはそう号令した。


 途中、ランダムエンカウントでゴブリンに出会ったりしたが最早一行の敵ではない。シュリヒテがあっさりやっつけると、先を急ぐ。途中何度か見失いかけるが、割合足跡が新しいこともあって何とか再発見。程なくして、空を飛んで先行偵察していたブラドノックの使い魔が、足跡の進行方向に村を発見した。
 ちなみに、ようやく手に入れたブラドノックの使い魔はカラスで、名前はネグリタ。カラスならば諭吉だろうというサシカイアの提案を、こいつは牝だし、何よりくちばしが黒いからダメと退けて、そのように命名した。
「こんな所に村ですか?」
 ブラドノックの報告を受けたニースが首をかしげる。流石にこのあたりはニースの地元とは言い難い。だけど、気にしすぎかも知れませんが、こんな所に村があったとは初耳です、と告げてくる。
 サシカイアらはこの言葉に顔を見合わせる。
 用心しておこうと、例によってまっすぐ村へと向かわず大きく迂回。近くの村を見下ろせる高台へ移動。そこからブラドノックがいつかも使ったヴィジョンによって視力強化、センスオーラも併用しての観察。ブラドノックの使う古代語魔法のセンスオーラは精霊使いのそれとは違い、視覚的に精霊力や魔力を見ることが出来る。漠然と精霊がいることがわかる程度の精霊使いのそれよりも、かなり便利だ。更に、使い魔ネグリタにも空からの偵察を行わせる。
 それによると、何の変哲もない村のように見えるとのこと。村人がアンデッドである可能性も考えていたが、オーラを見る限り生きた人間であるらしい。もっとも、山賊たちの前に姿を現していた黒幕も、見た目は人間らしいから、これでこの村は無関係であるとの結論は出せない。更にもう一点、建物なんかが微妙に新しいようで、つい最近出来た村のように見えるとのこと。
 新しい村ならばニースの記憶とも狂いはない。ないのだが。
「ん~、この魔神活動真っ盛りに、こんな街道から外れた場所に村を作るってか?」
 一応柵なんかで周囲を囲んでいるが、魔神相手では力不足なのは既いろんな村で証明されている。そう、これまで魔神に襲われ壊滅した村にだって、その程度の備えはあったのだから。
「でも、逆に盲点かも知れないね。こんな所に村があるなんて、魔神も思わないかも」
 ギネスが不用心じゃないかというサシカイアの疑問に答え、それでも、と続ける。
「足跡はそっちの村の方に続いているんだよね。だったら、何にせよ用心しておく必要があるね。不用心なのは、魔神を敵対視する必要がない、と言うことかも知れないし。──その場合は戦いだね。うん、是非に戦いたいから、それがいいね」
 戦い~っ、と鼻息荒くする。
 結局それかよとまじめに取り合うのは止め、村を見下ろし、サシカイアは考える。
 たまたま足跡がそちらに向かっているだけで無関係という可能性もあれば、この村ごと、今回の拉致、人さらい騒動の黒幕、あるいはあの山賊たちのように、それと知らずに魔神に協力しているという可能性もある。どれが正解か、現時点の乏しい判断材料では結論を出しようがない。
 はてさて、どうするべきか。
 一行は角突き合わせて相談。この段階で敵と解っていれば、いつかのやり方──ベヒモス先生に地震で一撃して貰うところ。流石に確証がない以上、そんな問答無用な真似は拙い。
「何にせよ、早く結論出さないと、夜が来そうだな」
 シュリヒテが、傾いてきた太陽を示す。
「野宿? うう~ん」
 サシカイアは首を傾けて唸る。
 テントなんかの夜営道具は当然持っている。あるいは、精霊魔法のプラントシェルという手もある。しかし、中身ひ弱な現代人。なるべく野宿は避けてまともなところで休みたいという思いは強い。また、気づかれないように村を観察するとなれば、火をおこすことも避けた方が良いだろう。不自由に不自由が重なる、それは出来れば避けたい。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、ここはマイリー様の加護を信じて、村に行ってみない?」
 要するに行き当たりばったり。問題がなければ良し、逆に問題があったら戦えるのだからオールオッケーってな感じで、ギネスが提案してきた。
 それにサシカイアらが頷いたのは、半ば思考停止に近い反応だったかも知れない。


 このご時世である。流石に見張りくらいは立てていたようで、サシカイアらが村に近付くと既に、村人総出でお出迎え状態。鍬や鋤なんかを抱えている人もいて、ちょっとだけ回れ右したくなる。
「あ~、俺たちは怪しいもんじゃないよ」
 両手をあげてひらひらひら~っと振りながら、サシカイアが告げる。
「ほら、こうしてマーファの神官とマイリーの神官がいるし」
 光の陣営の神様に仕える神官の存在で、そのPTの初見時の信用度が変わってくる。破戒僧でもない限り、PTに神官がいれば、そうそう悪いことはしない、出来ない。たとえば、へっぽこーずでヒースが悪さをすればファリス神官イリーナが鉄拳制裁したみたいに。ぺらぺら~ずで、マーファ神官のマロウがPTの良心だったみたいに。
 だからサシカイアはニース、ギネスの存在を前に出して、我々は悪者ではありませんと主張する。
「……あんたら、ひょっとして、百の勇者か?」
 村長なのか、恰幅の良いおっさんが一歩前へ。背後に村人を従えて訪ねてくる。
「不本意ながら」
 そうなるんだろうな~と、サシカイア。
 それを聞いた村人達が一斉に動く。
「──!」
 と、半歩退いて身構えるサシカイアらだが。
 村人達が掲げたのはダンマク。書かれている文字は。
「ようこそカダフィ村へ。歓迎、百の勇者様……?」
 思わず口に出して読み上げるサシカイアの前で、村長さんはにこにこと満面の笑みを浮かべる。
「はい、我々は、日夜魔神と戦い続ける百の勇者様を応援しています」
 さあさあ、歓迎会を開きますので、どうぞこちらへ。なんて言われて、村長は村の中でも大きめの建物へ一行を案内しようとする。
「?」
 と、展開について行けないで顔を見合わせるサシカイア、ニースの横で、綺麗どころがシュリヒテらの腕にしがみつくみたいにして引っ張っていく。
「私はカルーアって言います。騎士様、よろしくお願いしますね」
 なんて言いながら、なかなか綺麗な娘さんが、抱きついたシュリヒテの腕にもの凄く恵まれたその胸をぐいぐいと押しつけている。
 こうなるともういけない。シュリヒテなんぞはデッサンが崩れる位に鼻の下を伸ばしっぱなし。抵抗する?、そんなこと考えたこともありませんと行った感じに、腕を引かれるままに、その建物へ向かっている。
 ふう、とサシカイアはニースと揃ってため息を零し、仕方がないとばかりに後に続いた。


 大きな建物は、宿屋兼酒場だった。この世界の一般的な、一階は酒場、二階は宿屋という商売形態。だけど、照明はちょっぴり暗め。アダルティックな雰囲気を醸し出している。
 その酒場で、サシカイアらは歓待を受けていた。
 ソファーに座ったシュリヒテらの左右には先刻カルーアと名乗った娘を始め、ちょっぴり露出度高めな格好をした綺麗どころが侍り、何かと世話を焼いてくれている。ソファーの高さに比べてテーブルが低いのだが、何故そうなっているのかはすぐに知れた。テーブルの高さがこれでは、お酒のおかわりなんかを用意しようと思えば身をかがめる必要がある。そして綺麗どころが身をかがめると、ソファーに座っているシュリヒテらの場所からは、大きく開いた首元やら腋やらから中身が見えそうなアングルになる。特に圧巻なのは件のカルーアで、中身が見えそうどころか零れそうだ。
「むほ~~」
 と鼻息を荒くするのはシュリヒテ。アルコール摂取でメートルを上げ、お前もう少し落ち着けよ、と忠告してやりたくなるくらいに興奮している。きっと草葉の陰でトリスが泣いているに違いない。
 如才なく綺麗どころと会話を楽しんでいるのはギネス。マイリーの教義では、男女の関係もまた戦い。ならば戦いの神に仕える自分が後れを取るわけにはいかないと、うまく会話を弾ませて、綺麗どころを笑わせたりして良い感じ。
 逆に、全然ダメなのがブラドノックだった。こいつが一番はしゃいで、このチャンスにとばかりお触りしまくるかと思いきや、両側から身体を押しつけるみたいにしてくる綺麗どころに緊張して、かちんこちん。──変な意味じゃなくて。肩を狭め、膝に置いた両手を突っ張らせて、見るからに全身、無駄に力が入っている。
「シャッチョさん、リラックス、リラックスよ」
 見かねたらしい、横に座った綺麗どころが緊張をほぐすよう声をかけるが、効果はない。
「……ぼ、ぼく、こういうところ初めてですので」
 どもる上に一人称まで違ってしまっている。さすがは魔法使い。本物の女性と向かい合うのは苦手らしい。
「はっはっは、ブラ、硬くするのは身体じゃなくて、ここ」
 シュリヒテの方はオヤヂっぽさ全開。しょうもない下ネタを連発している。
「騎士様のエッチ~」
「ねえ、騎士様、フルーツ取ってもいいですか?」
 腕にしがみつき、胸を押しつけながらのカルーアの提案にシュリヒテの鼻が伸びる伸びる。
「いい、いい、どんどん取っちゃえ」
「ありがと~、騎士様太っ腹~」
「騎士様すてき~」
「はっはっは、任せなさい」
「一番テーブル、フルーツ入ります!」
 べたべた、きゃいきゃいと大騒ぎ。
 そんな様を余所に。
 サシカイアは思いっきりぶすっくれていた。
「どうしましたか? 美しいエルフのお嬢さん」
 きらきらきら~っと、無駄に白い歯を輝かせながらサシカイアに話しかけてきたのは、横に付いた黒服のイケメン。軽そうだが無駄に色男で、何だかその顔の真ん中に拳を叩き付けたくなるくらい。
 そう、サシカイアとニースの付いたテーブルに侍るのは綺麗どころの女性ではなく、ホスト然としたイケメン集団。中身男のサシカイアである。男に侍られて喜ぶ趣味は断じてない。出来れば自分もシュリヒテ達のテーブルに行って、綺麗どころのお姉ちゃん達に歓待して欲しい。
 が、ここにニース1人を残していくのも不安だった。
 サシカイアのすぐ横に座るニースは、特に周囲のイケメンズを気にした風ではなく、エールをかぱかぱハイペースであおっている。
「ちょ、ニース、ペース早すぎないか?」
「大丈夫ですよ」
 ニースは心配するサシカイアに平気平気と応じて、更におかわりを要求。
「本神殿はドワーフ族とつきあいがありますからね。飲む機会はいくらでもありますし、お酒の飲めない人間なんて、ドワーフ族には一人前扱いしてもらえませんよ」
 私は逆に、一目置かれています、とニース。どうやらうわばみらしい。更におかわりを要求し、んぐんぐんぐと、気持ちいいくらいの勢いで飲んでいく。
「それにしてもこのエール、美味しいですね。この微妙な苦みが、良い感じです」
「冷たくないエールなんぞ、人間の飲み物じゃないが……確かに、ターバあたりで飲んだ奴と比べると、かなり良い感じだな」
 サシカイアの言葉に、ニースは苦笑い。聞けば、ターバ村周りでは、ろくなお酒が造られていないらしい。白竜山脈を近くに持ち、綺麗な水なんぞ掃いて捨てる程ありそうなのに、どうしたわけか美味しいお酒が無い。酒好きのドワーフ族は仕方なく、出来の悪いワインを更に蒸留して火酒を作っている。
「これは、スカードエールの逸品ですから」
 と、イケメンがこのエールについて説明してくれる。独自のルートで入手しましたと自慢げだ。
「スカードってあそこだよな。モスの、魔神に滅ぼされた、チート王子の国」
「チート王子とやらは存じませんが、ええ、魔神に滅ぼされた国です。ですから、このスカードエールも、今の在庫が切れれば、お仕舞いとなりますね」
 もったいないことです、とイケメン。
 あれれ?
 とそこでサシカイアは首をかしげる。 
 スカードエールって、市場に出てたっけ? あれ? 原作では全部ドワーフ、石の王国に貢いでいたんじゃなかったっけ? 記憶違いか?
 と、思考を進めつつ周囲を見れば、いつの間にか随分静かになってる。
 気づけば、隣のシュリヒテ達のいたテーブルでは片づけが始まっていた。
「?」
「男性陣は、お先にお休みになるそうです」
 サシカイアの視線の問いにイケメンが答え、続けて、意味ありげな流し目くれながら言い添える。
「あなたも、お休みの時は言ってください。お望みであれば、私達が添い寝をするサービスも……」
「いらん」
 即答。
 そして首をかしげる。
 見れば、シュリヒテ達の他に、カルーアを始め綺麗どころも何人かいなくなっている。それはつまり──
「ひょっとして、あいつらもその添い寝サービスを?」
「はい。騎士様などは二人も」
「あいつら~~~~」
 なんてうらやましい。
 と憤慨するサシカイア。
 その興奮の度合いが過ぎたのか、肘がニースの持つエールのジョッキを叩いてしまった。
 零れるエール。
 慌ててそれを避けようとしてサシカイアは立ち上がり。その拍子に脛を低いテーブルにぶつけてしまう。
「──っ、弁慶っ!」
 涙目になって痛む脛を押さえ。
 片足立ちになったせいでよろけてしまう。
「おっ? ととっ」
 と片足跳びでケンケンして何とか立ち直ろうとするが、テーブルとソファーの間なんて狭いスペース。あちこちぶつかって、立ち直るどころかヤバイ感じに身体が傾く。
「お、おおぅ?」
「危ない」
 と、ニースが警告。手を伸ばして支えようとしてくれるが、最早致命的にバランスは崩れていた。助けも間に合わず、そのままサシカイアはひっくり返ってしまった。
 どんがらがっしゃんと大きな音を立てて、ソファーをも巻き込んだ転倒。自覚するよりアルコールが効いていたのか、シーフ技能持ちらしからぬ大間抜け。
「……む、胸打った」
 あいたたた、と倒したソファーにぶつけた胸を押さえてサシカイアはうめく。ニースくらいボリュームがあれば衝撃を吸収してくれたかも知れないが、サシカイアの場合はすぐに肋骨だ。ぶつけた衝撃がそのまま響く。いや、実感したことはないが、でかい胸もぶつけると痛いと言う話も聞くし、善し悪しなのか?
 例の痛みを追い出す呼吸をしながら、そんなことを考えていると。
 サシカイアの背中を、爆笑が叩いた。
「ん?」
 と振り向いてみれば。
 同じテーブルに着いていたイケメン達がサシカイアを見下ろして笑っていた。
 一階に残っていた、3人の指名を取れなかったらしい綺麗どころが笑っていた。
 カウンターの向こうで、グラスを磨いていた酒場の亭主らしき人物が笑っていた。
 みんな、サシカイアが転んだのが、その失敗がおかしくてたまらない。笑いを我慢できないと、腹を抱えて爆笑している。
「──!」
 従業員が、客相手にとって良い態度じゃない。眉毛をつり上げ、そんなに面白いかと、思わず怒鳴りつけようとするサシカイア。
 ──だが。
 笑い声を上げる村人達からにじみ出るように揺れる黒い靄のようなモノを見、その言葉を飲み込んだ。



[4768] 38 笑っていいとも
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/06/20 18:26
 間抜けを晒したサシカイアを、おかしくてたまらないと爆笑するイケメン達。その身体からにじみ出る黒い靄のようなモノ。
 黒幕は人の姿をして、山賊たちの前に現れていた。人の姿と言われてサシカイアが連想した魔神には二種類の系統がある。
 一つは変身系。鏡像魔神ドッペルゲンガーやダブラブルグなどの、人の姿を真似る魔神。現在ロードスでぶいぶい言っている魔神王もこの系統らしい。
 そしてもう一つは、人に取り憑く魔神。ガランザン、ザワンゼンと言ったモノがこちら。これらの憑依系の魔神は人を操るわけではない為、サシカイアは考慮の外に置いていた。しかしイケメン達の身体からにじむ靄を見れば、憑依系の魔神と考えるべきだろうか。
 しかし、何より今は。
「──」
 サシカイアはニースとアイコンタクト。
 こいつらはヤバイと2人揃って下がり、イケメン達から距離を取る。
「シュー、ブラ、ギネスっ! こいつらやばいぞ、気を付けろ!」
 そうしておいて、階上へ向かって大声で警告。ニースと2人ではまともな前衛不在でこちらもヤバイが、それ以上に今はシュリヒテ達がヤバイ。
 おそらく、あちらの綺麗どころも何かに取り憑かれていると考えるべきだろう。そうでなくとも、こいつらの協力者であることは確実。そいつらが、シュリヒテらを楽しませることだけを目的にしているはずがない。何かのろくでもない思惑があるに決まっている。
 おまけに、きっと3人は油断しまくっている。油断しきっているところへ不意打ちを食らえば非常に拙い。いくら高レベル冒険者とは言え、急所に一撃喰らえばやっぱり死ぬのである。
 サシカイアはこの警告が間に合うことを、心の底から祈った。
 一方、イケメン達は腹が立つくらい爆笑を続けていたが、サシカイアの警告の叫びを受けて、ようやく笑いをおさめる。そうして、まっすぐにサシカイアに視線を向けてくる。その瞳はまるでガラス玉のよう。先ほどまでの友好的な雰囲気は消え失せ、表情を失い、酷くのっぺりした顔になっている。
「ティキキキキ。気が付かなければもっと穏便に事を進められたのに、残念ティキよ」
 さほど残念に思ってもいない口調で、イケメンが奇妙な笑い方をする。どうやら、こちらの方が素らしい。
 そちらを牽制するように、サシカイアは抜きはなった短剣を構える。澄んだ刀身にひんやりとした冷気を纏うこの短剣は、ブラムドの、マーファ本神殿の財宝の中からいただいたモノ。銘は「アイス・エッジ」。+1の魔法の短剣で、何よりサシカイアが気に入ったのは、刀身に宿る冷気──氷の精霊力。この短剣を抜きはなっていれば、何処でも何時でも、氷の精霊フラウの力による精霊魔法が使える。色々と場所の──その場に存在する精霊力の制限を受ける精霊魔法である。フルコントロールスピリットと併用して合計二種類の精霊を同行させられるというのは非常に嬉しい。ちなみに、サシカイアが現在フルコントロールスピリットしているのは風の精霊シルフである。スカートめくりに最適な精霊だ。
 また、サシカイアは装備のほとんどをそのまま身につけていた。シュリヒテらは流石に鎧を脱いでいたが、サシカイアはそうしていない。そこまで油断していなかったというのは理由の半分。残りの半分は、元々サシカイアの装備は筋力の都合で、込められた魔法を除外すればちょっと丈夫な服程度のモノでしかない。身につけっぱなしでも何の不自由もなかったと言う消極的な理由だが、この場合は幸いだ。
「ティキキキキ」
 短剣を向けられたイケメンが、大仰に身を逸らして笑う。
「無駄な抵抗ティキよ。武器を捨てて投降するティキ」
「ふざけるなよ」
「それが一番利口な行動ティキ。痛い目に会いたくは無いティキ?」
 貴重な器候補を傷つけたくないとイケメンは笑う。
「器?」
「そうティキ。お前達2人とあの騎士には、我々の仲間の器になって貰うティキよ。残りの2人は生け贄にして、我らが神に捧げるティキ」
 器=取り憑く、と言うことか。生け贄にされるよりは穏便かも知れない。いや、それだってろくでもないか、とサシカイア。しかし。
「……どういう判断基準だ?」
「見て分からないティキか?」
 イケメンは、酒場の人間をぐるりと示す。
「綺麗な娘やイケメンがちやほやすると、人間は簡単に油断するティキよ。お前らのお仲間もそうだったティキ。──そうやって我々は、この村までやってきた物好きな連中を、労せずして無力化してきたティキよ」
 言われてみれば、不自然な程に容姿の整った人間が多い。こういう店だからと言うだけではなく、最初、村の入り口で迎えてくれた連中も、村長などの一部の例外を除けば美男美女が多かったような気がする。
「お前や、そちらのマーファ神官娘なら、店一番の売れっ子になれるティキよ。だから素直に投降するがいいティキよ」
「……そうやってべらべら内情を教えてくれるのは、負けフラグって言うんだぜ?」
 やっぱりろくでもない。サシカイアは言外に誰が投降するか、と切って捨てる。
「ティキキキキキ」
 しかし、イケメンは気にせずに笑う。おファンタジックな世界では、こちらの常識は通用しない? いや、こいつらにはそんな負けフラグを気にしない程の、絶対の勝利の自信があるらしい。どうして、そんな風に思えるのか?、それはすぐに知れた。
「投降しないと言うティキならば、彼らに相手をして貰うティキよ」
 イケメンはぱちんと指を鳴らし、背後の二階への階段へ振り向く。
 この隙に斬りかかってやろうか、なんてサシカイアは考えたが、好奇心、あるいは嫌な予感に命じられるままに、素直に階段の方を見ることにした。
 そして、盛大に顔を顰める。
 背後で、ニースの息をのむ気配。
 階段を、ぎこちない動きで下りてくる男が3人。3人は一歩一歩、己の身体の動きを確認するかのような慎重な足取りで階段を下りきると、道を開いてくれたイケメン、綺麗どころの間を抜けて、最前列に出てくる。
「ティキキキキキ」
 勝ち誇るようにイケメンが笑う。
「さあ、どうするティキ? 仲間同士で殺し合いを演じるティキか?」
 いやらしい笑い声を上げるイケメンの言葉通り、その3人は仲間。どうやら警告は間に合わなかったらしい。揺らめく靄みたいなモノを背負い、のっぺりとした無表情、どんよりとした瞳を向けてくるのは、シュリヒテ、ギネス、ブラドノックだった。


 ロードス島電鉄
  38 笑っていいとも


「きゃっ」
 前に出てきた3人、主にシュリヒテを見て、ニースが小さく悲鳴を上げて視線をそらす。
 3人は二階へ綺麗どころと共に上がっていった。二階=宿屋の部屋。当然ベッドはある。さて、そこで男女が2人切り(シュリヒテの所は3人か?)で何をするか。ナニである。では、服はどうするか。普通は脱ぐ。
 と言うわけで、3人は半裸。
 サシカイアは視線こそ逸らさなかったものの、顔をゆがめてしまうのは避けられなかった。
 ギネス、ブラドノックの2人はまだいい。この2人はステテコパンツ一丁。それだって見た目美しくないし、徹底的に嬉しくない。ニースには目の毒。だが、まだ許容範囲内。
 しかしシュリヒテは。
 ニースが困ったように、視線のやり場を探している。あううぅ、とかうめくニースの顔は、耳まで真っ赤になっている。(※注)
 何しろシュリヒテは、上着こそ着ているが、下の方はすっぽんぽん。風もないのにぶ~らぶら状態。どうやら、3人の中でこいつが一番性急だったらしい。最近、脱チェリーを果たしたばかり。兎に角やりたくてたまらない時期なのだろうと理解はするが、焦りすぎだ。まったくもって勘弁して欲しい。これが女の子であれば大歓迎するところ。上着だけ着ている女の子、素晴らしい。靴下も許可。──しかし、男ではちっとも嬉しくない。
「ティキキキキ、さあ、どうするティキ? 仲間同士で殺し会うなんて馬鹿なことは止めて、投降するのが利口ティキよ?」
 シュリヒテが、普段はしないような下卑た笑いを浮かべ、まるだしの下半身を見せつけるみたいに突き出してくる。どうやら、真っ赤になったニースの反応を楽しんでいる様子。まるっきり質の悪い露出狂だ。
 更に、サシカイアの方が平然としているのが気に入らないのか、今度はこちらへ見せつけてきた。
 サシカイアは、酷く冷めた目でそれを見つめた。恥じらえと言われても、その期待には到底応えられない。
 何しろ、サシカイアの見た目こそ美少女エルフでも、中身は男なのである。そんなモノは生まれた時からつい先だってまでの長い長いつきあいで見慣れている。最近の生き別れ状態が非常に悲しい。早い内に是非とも戻ってきて欲しい。それはもう切実に。
 そんなことを考えながら、サシカイアは目をそらすことなくそれを見つめ。
 なるほど、いつかのシュリヒテの世話役をしていた神官見習の娘が、「可愛い」と称する訳である。なんて納得をした。
「ふっ」
 そして思わずといった風に、微笑みを浮かべた。
 その笑みは、蔑みでも哀れみでもない。ただ、可愛らしいモノ、微笑ましいモノを見て自然に零れてしまった。そうした笑み。しかし、悪意とは全く無縁なその微笑みこそが、この場合、最も残酷だった。
「はうっ!」
 シュリヒテが激しく反応する。まるで、何かに胸を打ち抜かれたように両手で押さえ、よろりらり、と大きくよろめく。
「ん? 何事ティキ? 何で勝手に動くティキよ」
 そのシュリヒテの口から焦りの声。憑依して自由を奪ったはずが、どうやら思い通りに動かせなくなったらしい。
「まさか、暴走?」
 なんて声も聞こえる横で、シュリヒテはふらふらふら~っと力無く酒場の隅っこまで移動。棚と観葉植物の間にはまり込むみたいにして、膝を抱えて座り込んでしまった。「動け、動け」なんて言葉がその口から零れているが、シュリヒテは動かない。目の幅涙を流しながら、る~るるる~、っと黄昏れている。
「……1人無力化に成功したな」
 これは思わぬ大ラッキー。なにやら仲間の精神に深刻な傷を与えたような気もしないではないが、この場は良しとしよう。ニースもヤバイモノが視界から消えて、安堵の息を零しているし。
「くっ」
 イケメンは悔しげに顔を歪め。しかし、すぐに口の端をつり上げるような笑いを顔に取り戻す。
「1人ダメになっても、まだ2人もいるティキよ」
 その言葉の通り、まだ、ブラドノックとギネスの2人が敵の支配下にある。こちらはステテコパンツを身につけているから、シュリヒテのような方法で無力化することは出来ない。元々、意図したわけではない棚からぼた餅的な勝利だったと言うこともあるが。
「ティキキキキキ。どうティキ、これでもまだ戦える──」
 と言って前に出てきたのはブラドノック。
「セクハラ野郎撲殺パンチ!」
 が、皆まで言わせずにサシカイアは、その顔の真ん中に拳をたたき込んだ。
「……な、何をするティキよ、こいつは仲間──」
 殴られた箇所を手で押さえ、慌ててブラドノックが言ってくるが、サシカイアは無視。躊躇無く、二撃目の準備。腕を振り上げる。
「セクハラ野郎抹殺チョップ!」
「……ま、待つティキよ」
「セクハラ野郎轢殺キック!」
 サシカイアはちっとも待たなかった。
「セクハラ野郎絞殺チョークスリーパー!」「セクハラ野郎滅殺地獄突き!」「セクハラ野郎圧殺デコピン!」「セクハラ野郎刺殺目つぶし!」「セクハラ野郎爆殺膝かっくん!」「セクハラ野郎轟殺ブレンバスター!」「セクハラ野郎貫殺ビーム!」「セクハラ野郎必殺トルチョック!」
 ついには倒れたブラドノックに馬乗りになって、日頃のセクハラの恨みをこの機会に晴らしてやろうとばかりの殴打の嵐。君が泣くまで! 殴るのを止めない!
 そして。
「……悪は滅びた」
 サシカイアはふらりと立ち上がり、一仕事終えた満足げな笑みを浮かべて額の汗を拭う。その足下には、ぼろ切れみたいになったブラドノック。流石に殺す気はないので手加減(?)攻撃。瀕死だが命はあり、びくんびくんとちょっとやばげな痙攣をしている。その手元の床に血文字で書かれた「エルフ娘」のダイイングメッセージをさりげなく踏みにじって消すと、サシカイアは本当にイイ笑顔を浮かべる。
 その笑顔は、素晴らしく爽やかで魅力的な笑顔だった。元々、顔立ちが非常に整っていることもあり、世の男連中がこの笑顔を見れば、一発でいちころ。──が、その白皙の頬に点々と飛んだ真っ赤なアクセントが、その笑みの魅力を台無し、ある種の迫力を与えてしまっていた。違う意味でイチコロ、てな感じに。
「さあて、次は?」
 と、にっこり笑ったサシカイアが一歩前に出ると、そのステキな笑顔に気圧されたように、ギネスを含めたイケメン連中は後ろに下がる。
「こいつ、仲間にも容赦なしティキよ」
「何て酷い奴ティキ。血も涙もないティキ」
 なんて呟きが癇に障るが、これ以上仲間を人質として前面に出されても困るから、良しとする。時に躊躇いは余計に酷い状況を招く。必要とあれば覚悟を決めて、非道と思えることでもしなくてはならない時があるのだ。そして、今がその時だった。ただそれだけのこと。日頃の鬱憤を晴らしただけ?、いえいえ、そんなことはありません。
「ならば、こっちの娘ティキよ」
「え?」
 と、戸惑いの声を上げるのはニース。ニースの見た目はおっとり美少女だし、こちらの方が与しやすそうだと、矛先を変えたらしい。
 イケメンの1人が、両手を広げてニースに迫る。
 拙い。流石にニースを人質に取られてしまっては、身動き取れなくなってしまう。ブラドノックあたりを見捨てるのとでは、意味合いが違いすぎる。ニースを見捨てでもした日には、今まで築いてきた正義の人のイメージが台無しになってしまう。
 そんなことを真面目に考えるサシカイアだが、心配は無用だった。
「きゃっ」
 と、小さく悲鳴こそあげたが、跳ね上がったニースの足がイケメンを蹴りつけていた。それもクリティカルで。どういう具合にクリティカルだったのか。その命中音を漫画的な擬音で表すならば、「キンッ!」と言った感じの金属質のモノだった。これで理解して頂きたい。
 蹴られたイケメンは、かなりヤバイ感じで床に崩れ落ちた。この場に審判がいたら、即座にKOを宣言して救護班を呼びつける、そう言う倒れ方。イケメンはそれでもなんとか立ち上がろうと床の上で藻掻いているが、足にうまいこと力が入らない。生まれたての草食動物みたいにぶるぶる震える足は簡単に崩れ、足掻いてもろくに身動き取れていない。蒼白を通り越してヤバイ色合いになった顔面は嫌な感じの汗にまみれ、舌を突き出し、呼吸困難みたいに喘ぎながら、必死で嘔吐感に抵抗していた。
 しかし、ついには限界。
 イケメンは耐えきれず、えれえれえれ~っと、なにやら黒い靄みたいなモノを吐き出した。
 靄は寄り集まって、体長20センチくらいの、複眼、かげろうみたいな羽を持つ、黒い小型の魔神に変じ。直後、がっくりと脱力すると、再び靄に。靄はそのまま拡散すると、空気に溶けるみたいにして消えた。残されたイケメンの方は、白目をむき、泡を噴いている。はっきり言って、先のブラドノック以上にやばげな痙攣をしている。センスオーラで確認すれば、なぜだか勇気の精霊力の臭いが薄まり、知られざる命の精霊の臭いが増してきているような気もする。
 うわあ、とその哀れな末路に腰を引きながら、サシカイアは、今度の敵が何かを悟っていた。
 こいつは、こいつらは魔神ティキラ。先のヴァルブレバーズ同様、SW2.0で登場した魔神で、モンスターレベルをこちらに換算すれば6と言ったところ。ルールブックには人に取り憑くような特殊能力は記載されていないが、公式リプレイでは取り憑いていたから、そう言うモノなのだろう。
 とりあえず、憑依された人間を生死判定に追い込めば、こいつらは離れ、滅びるらしい。それが早い段階でわかったのは幸い。憑依された者を殺さなければ滅ぼせない、魂に取り憑くガランザンやザワンゼンに比べれば、良かったと考えるべきか。
「やりましたよ!」
 そんなことを考えているサシカイアの横で、ニースが勝ち鬨を上げていた。魔神を一匹倒しましたと、喜びに溢れたガッツポーズ。同時に、消滅した魔神が床に書き残した「マーファ神官娘」のダイイングメッセージをさりげなく踏みにじって消しながら、本当に良い笑顔。そこにはただ敵を倒したという喜びがあり、自分が床に倒れた男にどれほど酷いことをしたのか、全く理解していない。そう言う、屈託のない笑顔だった。
 サシカイアはこの瞬間、唐突に、この世の真理とでも言うモノを理解した。
 長年連れ添った夫婦、仲の良い恋人同士。そうした人たちは、お互いに相手をのことを理解していると思う。理解し合えていると考える。しかし、それは錯覚だ。ニースの晴れやかな笑顔を見れば分かる。男と女は、どこまで行っても、決して分かり合えることなど有りはしないのだ、と。
「サシカイア?」
 呼ばれて、サシカイアは我に返る。
「何故、サシカイアまでそんな顔で?」
 ニースはちょっぴり不満そうな顔。
 サシカイアはうなじの毛を逆立たせ、腰を引いた格好になっていた。そうして、怯えの表情でニースの方を見ていた。それは、他のイケメン連中と、見事なまでに同じ格好だった。
 ごほんと、サシカイアは誤魔化すように咳払い。まだ僅かに腰を引き気味にぎくしゃく歩いてニースの隣に並ぶと、イケメン連中に向き直る。
「見たか。俺たちに人質など無意味。特にこちらのマーファ本神殿の最終兵器、「男殺し」ニースにかかれば、お前達もこの男同様の屍を晒して、あの世で後悔することになるぞ」
 誰が男殺しですか、変な二つ名を付けないでください、と言うニースの抗議は聞こえないふり。今は何より、人質が無意味だと思わせることが大事。
「くっ」
 イケメン連中に取り憑いた魔神は、素直にサシカイアの言葉を信じたらしい。目の前であんな残酷なモノを見せられては、信じるのもあたりまえかも知れないが。
「確かに、貴様らのような冷血漢には、人質は通用しないみたいティキね」
 言って、皆で目配せ。同時に指を口に突っ込んだ。
「え?」
 と戸惑うサシカイアらの前で、喉を刺激して嘔吐感を誘発。えれえれえれ~、と揃って嘔吐。幸い、口から吐き出されたモノはヤバイモノじゃなくて、黒い靄。いや、これも十分にヤバイのだが、何だか安堵してしまった。そのサシカイアの前で靄はそれぞれがゆっくりと集まり密度を増して、20センチ程の蜻蛉の羽を持つ人型、魔神ティキラになる。その数はここにいたイケメンらの人数と同じ、20程。
「ここは不利だから外へ」
 ニースの手を掴むと、サシカイアは入り口の扉へ向かって走り出す。
 サシカイアは精霊使い。精霊魔法の大きな問題点は、精霊のいない場所では、その精霊力に基づく魔法を使えないと言うこと。むき出しの大地がなければ、大地の精霊による魔法を使えず、火がなければ火の精霊の魔法を使えないといった具合。以前、エフリートを呼び出すために盛大に炎を焚いたのも、このルールによる。また、基本精霊力は自然に宿るモノ。人工物、今回であれば家の中では、使える魔法を酷く限定されてしまうのだ。これが新戦記最後頃のディードになれば、水から離れた場所にだって水の精霊王を呼べたりするのだが、流石にサシカイアでもその域にはない。──てかあれは反則だろう。多分超英雄ポイントの恩恵だと思うが。
 外へ逃げる事は、シュリヒテ達を放置することになる。が、今は戦って勝つことを考える。勝てなくともニースを逃がす事を最優先。最悪、ニースさえ生き残れば、死んでもリザレクション出来るのだから。
 ティキラは現在姿を固定しようとしていて、こちらへ攻撃は出来ない。離脱のペナルティ有りで攻撃を受けることは無く、おまけにさりげなく場所を移動して入り口近くに来ていたから、2人は問題なく外へ飛び出す事へ成功。
 外は既に闇に包まれていた。
 サシカイアは精霊使いの能力の一つ、インフラビジョンで暗闇でも何とか見通すことが出来る。しかし、それだってお日様の下に比べれば不自由が多い。そして何より、ニースの方はそれすらない。だからサシカイアはポシェットから光晶石を取り出す。
「ピィ~カ~」
 合い言葉を唱えることで、光晶石は光り、周りを照らし始める。これで、暗闇の不利は消えた。
「待つティキよ」
 ティキラの群が宿屋から飛び出してくる。更にティキラ達が周りの家に声をかけると、わらわらと、他の家からも、ちょっと吃驚するくらいの数のティキラがあふれ出してくる。
「ちょ、ちょっと待て、その数は反則だろう」
 これはたまらんと、サシカイアはニースの手を引いて村の中を逃げ回る。幸い、遠くから観察したこともあり、村の建物なんかの配置はわかっている。
 しかし、敵の数は膨大だった。しかも、背中の羽は伊達でなく、空まで飛べると来ている。
 何時しか、サシカイアとニースは、袋小路に追い込まれていた。
「ティキキキキ、おいかけっこは終わりティキよ」
「お前ら、どんだけいるんだよ」
 背後は壁。残りの正面と左右、そして上に溢れるティキラ達。いくらなんでも数が多すぎる、反則だと、サシカイアが罵る。
「ティキキキキキ」
 ティキラが笑う。
「我々、かげろうさんチームは、魔神王様の解放以来、我らが神に供物を捧げ、地道に仲間を増やすことに尽力してきたティキよ。その甲斐もあって、今の我々は百を超えるまでに至ったティキよ」
 おそらくは暗黒魔法のイモレイトか。生け贄に神を降臨させて、願いを叶えて貰う。あんまり大きな願い事をかなえて貰うのは不可能だが、ティキラを増やすくらいは応えてくれるらしい。
 ティキラの言葉は続く。
 正面からぶつかって殺し合うばかりが能ではない。そんな脳筋な真似をしていては、こちらの被害も馬鹿にならない。現実、ライオンさんチームは壊滅に近いし、やぎさんチームはそのトップまで討たれた。だから我々は違う道を行く。地道に仲間を増やし、こうして村を作り。更に発展させて村を町に。町を都に。そうやって少しずつ数を増やして支配領域を広げていき、人間が気が付いたときにはその勢力は逆転しており、いずれロードス中を我々が支配するようになるだろう。
 そんな気の長い未来設計図を、サシカイア達にべらべら話してくれる。
 追いつめたところで自分たちの計画を教える。それはやっぱり負けフラグだと思うのだが、勝利を確信したティキラ達は気にしてもいない。
「──と言うわけで、お前達には我々のバラ色の未来のため、接客の要としてがんばって貰うティキよ」
「お断りだね」
 サシカイアは言い捨てた。
 その髪の毛を、風が梳る。
 今日は、良い風が吹いている。それこそ、ヤイサホーと叫びたくなるくらいに。
 不意に突風が吹き抜ける。
 空中のティキラの何匹かがバランスを崩し、慌て気味の声を上げる。
「油断しすぎだぜ、お前ら」
 サシカイアは言うと、高らかに精霊に語りかける。
「まとまりすぎだ、一網打尽にしてやるぜ」
「──っ!、魔法を使わせるなっ!」
「いいや、限界だ、使うね」
 殺到しようとするティキラに、サシカイアは言い捨てた。
 風は高まり、いよいよ強く。巨大なる存在がここに顕現しようとしている。
 行ける。
 サシカイアにはそんな確信があった。
 敏捷度24は伊達じゃない。ティキラ達の妨害よりも早く、この魔法は発動する。
 そしてそれ以上に、今回の魔法は完全に決まるという確信を、サシカイアは早い段階から抱いていた。今回の呪文詠唱は完璧。自分でも怖いくらいに、見事なまでに、完璧。10LVシャーマンとはいえ、これほど近くに精霊を感じることは希だ。これだったら(効く効かないはとりあえず置いておいて)魔神王の精神力抵抗だって抜くことが出来る。そんな確信と共に、サシカイアは高らかに告げる。
「偉大なる風の精霊王よ、疾くきちゃりて……」
「きちゃりて?」
 何処の言葉ですか、と首をかしげるニースの前で。
 サシカイアは詠唱を中断、口元を押さえてしゃがみ込んだ。
「……ひょっとして、噛みました?」
 ニースの言葉に、サシカイアは涙目で頷く。
「な、何やってるんですか」
 ニースの声は悲鳴に近い。ここでそれは、致命的に過ぎる。
 呪文詠唱をとちってしまったので、魔法は失敗。吹き始めていた突風はそよ風となって消えてしまう。出現しようとしていた巨大な気配もまた、雲散霧消していた。
 そして、隙だらけになったサシカイアらは、殺到するティキラ達に飲まれ──はしなかった。
「ティ~キキキキキキキキ」
 ティキラ達はサシカイアの失敗に大爆笑。足を止め、腹を抱え、呼吸困難に陥りそうなくらいに笑っている。
 ティキラは、人の失敗が大好きなのだ。それ故か、人の失敗を見るために、ごくごく限定的ながら運命すらねじ曲げる。そう、今回のサシカイアの失敗は、彼らの特殊能力「不運」のせい。この「不運」、自動的成功を自動的失敗にねじ曲げる。6ゾロを1ゾロに、強制的に変えてしまう能力。今回、サシカイアの魔法の出来が良すぎたために、この条件に引っかかって不運発動、強制的に失敗させられてしまったのだ。
 ティキラ達は随分長いこと爆笑していた。
 おかげでサシカイアも痛みから立ち直るだけの時間が出来たのは幸い。
 しかし、ここから先が問題だった。
 魔法は空振り。それでも、しっかり精神力だけは消耗している。しかも、彼我の数の差がありすぎ、一撃で決めないと反撃が拙い。一網打尽を狙って魔力の拡大をしていたため、サシカイアの精神力はこれでほとんどガス欠状態。魔晶石は持っているが安いモノばかりで、一網打尽を可能とするような大魔法を拡大して使うには足りない。長丁場になれば、数の差、前衛不在でじり貧になるのは確実。なんとしても早いラウンドでケリを付けないとならない。
「ニース、トランスファーお願い」
 だから、サシカイアはニースに願うが、流石にそれを見逃してくれる程、ティキラ達も甘くはなかった。
「させないティキよ」
 笑いを終えたティキラ達が言って、呪文の詠唱を始める。
「ま、待て。それだけの数を喰らったら、俺たち死ぬぞ?」
 特に俺が真っ先に。生かしておいて器とやらにするんじゃなかったのか?、焦ってサシカイアは制止するが、ティキラ達は詠唱を止めない。
 正直、一撃であれば大したことはない。レベルはサシカイアらの方が上であるし、装備も良い。防御を抜けてもちくりと来る程度。だが、数がいけない。大勢のティキラ達から一斉射撃を受ければ、何かの拍子に抵抗を抜いてくる奴もいるだろうし、サシカイアらの側が抵抗に失敗する可能性もある。また、ちくりだって積み重なれば大ダメージになる。
「お前らは──特にそちらの娘は危険ティキよ」
 と、サシカイアが背後にかばうニースを示す。なんでですか、とニースは憤慨するが、サシカイアは大いに頷いた。アレはヤバイ。あの蹴りだけは本当にヤバイのだ。そして、当人がそのヤバさを自覚していないのだから、更に倍だ。
「だから確実に無力化させて貰うティキよ。なあに、死んでも大丈夫ティキよ。必要なら、我らが神に蘇生を願うティキから」
 そうすれば、一週間の説得期間を設けることが出来る。大丈夫、我らのコーディネートで、指名数ロードス1を達成してみせるから。なんて、ちっとも大丈夫でないことをティキラが言う。
 ニースがサシカイアの肩に手を触れ、トランスファー・メンタルパワーの準備はしているが、どうしたって一拍遅れる。その遅れの間に、雨あられと攻撃魔法を喰らうことになる。どうしようもなく致命的だ。
 どうする?、どうする?、どうすればいい?
 サシカイアは知恵熱を出しそうなくらいに必死で頭を働かせ。


 そして、起死回生の一打を放つ。





(※注)
この物語では、ニースはちょん切り丸オーナーなので、ここで今更顔を赤らめたりする反応はおかしいと思われるでしょう。
その通りです。
それもあって、最初、シュリヒテに生暖かい視線を向けるのはニースの役目でした。
ですが、その場合シュリヒテのダメージはサシカイアの時以上で再起不能になりそうですし、やっぱり平然としているより顔を赤らめて欲しいなあ、と言う書いている人の願望で、矛盾を承知でこうしました。
申し訳ありませんが、そう言うことで一つお願いします。



[4768] 39 電鉄の勇者の伝説
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/06/27 17:57
 ティキラ達の呪文の詠唱は幾重にも重なり合い、まるで大きな唸りのよう。かき集められていくマナは、一体一体ではともかく、総量としてはとんでもない規模になるだろう。
 拙い、これは非常に拙い。
 サシカイアは、ティキラ達の詠唱を為す術無く見つめていた。
 先の失敗で精神力は底を尽きかけている。魔晶石を握りつぶしたところで、手持ちのモノではたいした魔法を使えない。使用可能な魔法を使って、ここで一匹二匹落としたところで大勢に変化は期待できない。短剣握りしめての特攻も同様だ。戦いは数。偉い中将閣下の言葉はやっぱり正しい。しかし、尊敬を新たにしたところで、救いにはならない。
 何か、事態を改善するような画期的な手段はないモノか。
 必死で頭を働かせるが、生憎とサシカイアが自分で思っている程に出来の良くない頭、ろくな事を思いつけない。
 ニースに頼るか?
 ニースであれば、マーファ神専用の神聖魔法ピースで強引に引き分けに。あるいは神様呼んで、問答無用に。
 いや、ダメだ。 
 今からそれを行うには時間が足りない。なまじ、サシカイアがトランスファーを要求してしまった事もあり、ここから切り替えて別の奇跡を、となると絶対的に時間が足りない。
 ティキラ達の魔法は、今まさに放たれようとしている。
 手がないのであれば、諦める?
 ティキラ達の言葉を信じるのであれば、彼らの神によって蘇生してもらえると期待できる。何しろ、サシカイアは超絶美少女エルフ。彼らの目的のためには、生き返らせて使う価値は十分以上にあるだろう。そうして、雌伏の時。誰かが助けに来てくれるのを待つ?
 原作では、ティキラの王国がロードスに栄えたという話はない。だから、ティキラ達の計画は頓挫すると期待しても良い?
 サシカイアらの存在で、既に魔神との戦いが原作とは違う流れに向かっている可能性もある。あるが、彼らの王国が大きくなればなるほど、事が露見する可能性は大きくなる。何時までも秘密の村ではいられないはず。
 そして、このあたりは割合放置気味な北部の辺境とは違い、アラニア王国の支配力の強い場所。そこで王権を脅かす存在が誕生したとなれば、流石にアラニア王国も重い腰を上げるだろう。いまいち頼りにならないイメージのあるアラニア王国軍だが、それでもそこは正規軍、ティキラ達を倒してくれることを期待しても良いのでは無かろうか。また、それで敵わずとも、放置と言うことはないだろう。どうやってもアラニア王国の手に余るとなれば、いずれ本物の英雄、ベルドあたりが登場して、きっと何とかしてくれる。
 他力本願、何もしないでも、何とかなる?
 いや、ダメだ。
 サシカイアは即座にその考えを破棄する。
 その場合、救われるまでの期間、ティキラ達に操られるまま、特殊な接客業務に従事することになる。それはダメだ。それだけはダメだ。絶対に。男として、既に大事なモノを無くして久しい。これ以上、無くす物を増やすのは勘弁だ。アッ~!、なんて悲鳴を上げるような事は絶対に嫌だ。結婚するまで、いや、死ぬまで清い身体でいたいのだ。
 ──ならば、絶対に諦めるわけにはいかない。
 しかし、残された猶予は僅か。
 時間の制約。それがまた、サシカイアを追いつめ、思考の停滞を招く。気ばかりが焦り、一行に建設的な思考が出来ない。きっと今の自分は暖かいお布団の中、これはきっと夢なんだ。なんてダメも極まる現実逃避をするあたり、完全に終わっている。
 サシカイアの状況に配慮する必要のないティキラ達の詠唱は、遂に終わりの時を迎え。
 魔法が放たれる。
 その寸前。
 サシカイアは、力の限りに叫んでいた。


「のっぴょっぴょ~ん!」


 ……
 ………
 …………
 世界が、嫌な感じの沈黙に支配された。
  トランスファーを中断。ああ、こいつ、恐怖で逝かれてしまったのか、なんて生暖かい視線をニースに向けられ。
 もの凄くいたたまれない空気が周囲に満ちていた。
 しかし、直後、それは破られる。
「ティキキキキキキキキキキキキ」
 ティキラ達の爆笑によって。
 何その間抜けな語感の叫びは──と、ティキラ達は笑い。魔法を使うどころではないと腹を押さえ、涙まで流して爆笑している。かき集められたマナは、先のサシカイアの精霊魔法失敗時同様、制御を失って霧散していく。
「効いた?」
 サシカイアは疑問系で言って、それから慌てて首を振る。
「計算通りっ!」
 クールな口調を心がけて言い直す。行き当たりばったりが、たまたま上手くいったわけではありません。全ては深慮遠謀、素晴らしくナイスな考えの元に行動した当然の結果です、と言う態度を取ってみせる。
 どうも最近、あほの子だと認識されているようだから、ここで知的キャラにイメージを一新しようと言う試みだが、ニースの目を見る限り、とても成功とは言い難かった。
 それはともかく、サシカイアがぎりぎりの土壇場で思い出したティキラの性質。それは、「笑い上戸」。先のサシカイアの魔法大失敗を見て大笑いしたように、ティキラは人の失敗が大好き。そして、それを見たら笑わずにはいられない。これは有利不利関係のない、そう言う性質を持った生き物なのだ。
 その性質を利用し、期待した起死回生の一打。
 それは渾身の、あるいは捨て身の一発ギャグだった。
 笑いやすい生き物ならば、笑わせてやれと、半信半疑、通じるかどうか自分でも疑問のそれは、見事に通用した。ティキラ達は笑い転げ、こちらに襲いかかるどころではなくなっている。
「今がチャンス!」
「はい」
 ニースに鋭く告げると、気持ちを入れ替えて、鯖目でサシカイアを見るのを止めてくれた。ちょっぴり安堵。ニースにそう言う目で見られるのは結構来るのだ。
「ティキキ……なんの、これしきっ」
 ティキラも、同時に笑いから己を立て直そうとする。
 そこへ。


「がちょ~~ん!」


 サシカイアは二の矢を放つ。
 日本の誇る偉大なコメディアンの必殺ギャグ。このギャグ、一見簡単そうに見えるが、現実にはこの動作を、口調を真似ることは素人には非常に難しい。真似をしようとしても、全く価値のない別物になりかねない高難易度の技なのだ。
 しかし、サシカイアは、これをほとんど完璧にやってのけた。
 そうなれば、数多の実戦をくぐり抜け、その効果を証明されてきた必殺の技である。
「ティ、ティキキキキキキ」
 自分たちに向かってくるサシカイア、ニースに痛烈な反撃を。そう身構えたティキラ達は、他愛なく再びの大爆笑。
 サシカイアはそこへ、容赦なく攻撃を加える。
 魔法の短剣アイス・エッジの一撃を、一番近くにいたティキラの首に突き込む。ゴブリン以来の、生き物に刃物を突き立てる感触に眉を顰めつつ、後悔も反省も余裕が出来てからと切り捨て。左手に握りしめた屑魔晶石を握りつぶしながら光の精霊ウィル・オー・ウィスプを複数召喚。空中で腹を抱えて笑い声を上げるティキラ達に叩き付ける。
 ニースもショートソードを振るってティキラを切り伏せ、一音節の神聖語と共に突き出した掌から不可視の衝撃波を放って打ち据える。
 ティキラ達も笑いながら反撃に来る。が、魔法は使えず、笑いながらではやっぱり力を込め辛いし動きにぎこちなさが出る。本来、近接戦闘の能力ではサシカイアやニースより上の実力を持ちながら、それをうまく発揮することが出来ず、一方的にうち減らされていく。
 逆にサシカイアとニースは即行ながら見事なコンビネーション。お互いの背後をかばい合いながら、確実にティキラを落としていく。
「ティキキ……くっ、みんな、落ち着くティキよ!」
 いち早く笑いから立ち直ったティキラが仲間を叱咤。
 しかし。


「コマネチっ!」


 放つは三の矢。
 がに股になり、くいっ、とレオタードの股間の切れ込みの角度を両の手刀でしめすサシカイア。
 最近は映画監督なんかやってたり屑な弁護士のモデルだったりする人の、これまた必殺ギャグにティキラ達は他愛なく笑い転げる。
 更にサシカイアは容赦しない。
「しぇ~~~~!」
 おフランス帰りのざますな気障男の叫びをポーズまで完璧に再現。
「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」
 必殺だったり人情派だったりする人の決めぜりふ。
「加藤ちゃん、ぺっ」
 落ちそうな突け髭を押さえるふり。
「あっちょんぶりけ」
 もちろん、顔を手で両側から挟みます。
「ヒッジョーにキビシィーっ!」
 手は頭の後ろを回して耳を掴みます。
「ダメだこりゃ」
 下唇を突き出しましょう。
「死刑!」
 ポーズが下品です。気を付けましょう。
「飛びます、飛びます」
 目の小さい方です。
「なんで、そ~なるのっ」
 目の垂れてる方です。
 ティキラ達の笑いがおさまりそうになればサシカイアが必殺のギャグを飛ばし。笑い転げる隙にその数を減らしていく。ティキラ達は為す術無く、一方的に倒されていく。サシカイア達優位に戦いは進んでいく。一見順調、このまま問題なく、ちょっと時間さえかければ殲滅できるように見える。
 しかし。
「ニーーースっ!」
 サシカイアは切羽詰まった声で叫んだ。
「そちらも何かギャグをっ!」
 そう、流石にギャグもそろそろネタ切れ。
 今、サシカイア達が優位に戦えているのは、ティキラ達がまともに戦闘状態にないから。しかし、これが戦闘に注力できるようになれば、あっさり逆転されるだろう。かなり数を減らしたとは言え、その差はまだまだ圧倒的。ネタの切れ目が命の切れ目。だから、この流れを断ち切るのは拙い。
「え?」 
 しかし、ニースは思い切り戸惑いの表情になる。
「わ、私はそう言うのは、ちょっと無理です」
 そう言うキャラではありません、ヨゴレはサシカイアの役目です、と否定してくる。
「無理でも何でも。こっちもいい加減、ネタが切れそうでやばいんだよ」
 人のことヨゴレ言うなと反論。サシカイアは、笑いながら襲いかかってきたティキラの攻撃を身を開いて回避。そのサイドへの踏み込みと同時に短剣を脇腹に突き刺し、更にえげつなくひねりを入れる追撃。人外の血と悲鳴を上げて崩れるティキラ。それを捨て置いて、更に次へ。更にその次へ。
「アジャパー!」
 これ実は、半分は方言で出来てます。
 ギャグを一発はさみ、いくつ目かの魔晶石を握りつぶして精霊召喚。ポーチから抜き取った短矢を、風の精霊に運ばせる。鋭く飛んだ短矢は、ニースの後ろに迫っていたティキラ打ち抜く。
「布団が吹っ飛んだ!」
 更にここでギャグの追加。しかし、咄嗟にこんなモノしか出てこない辺り、本当にネタ切れが近い。
 幸い、それでもティキラは大爆笑。
 しかし、それも何処まで続くか。
 今はいい。
 今は、くだらないギャグでも受けるだろう。今はうまいこと状況が整っている。場が暖まっている。いくつもの必殺ギャグの積み重ねで、何を言っても受けるという空気が作られている。言うなれば、修学旅行や林間学校なんかの消灯時間後の大部屋の雰囲気とでも言うのか。怖い先生が回っている。静かにしなければ廊下で正座なんかの罰則を受ける。しかし、そうしたときに限って、冷静であればちっとも面白くないことが笑えて仕方がない。そんな経験をしたことがないだろうか? 修学旅行なんかの夜は常に女部屋へ行っていたから、あるいは恋人と密会していたから、そんなこと言われてもわからない、とか言う人は死ぬと良いよ。──ともかく、今ならば、勢いだけで押し通せる。それこそ箸が転がるだけでも受けるだろう。
「半鐘はおよしよ、おジャンになるから」
 だが、それでも質の低いギャグを繰り返していれば、場の温度は下がる。
 そして、一度冷静になってしまえば、場が冷め切ってしまえば、最早同じ手は通用しないだろう。リバウンドが来て、今度は逆に、優れたギャグを飛ばしても、容易には受けなくなってしまう。
 兎に角今は場の維持が肝要。間をおかず、優秀なギャグを連続して投入する必要がある。
「おーか喰わねえ、たった一膳」
 しかし、それも厳しい。
 まだ、ティキラの数はたっぷり残っている。対して、引き出しは有限。サシカイアの手持ちは、知っている優秀なギャグは底を尽きかけている。
「お呼びでない? お呼びでないね。こりゃまた、失礼しましたっ」
 クレイジーで猫な、C調でタイミングで無責任な人の決め台詞。
「おめでとうございますっ!」
 可能な限りハイテンションに。こちら頭脳労働、でもギャラは一緒。
 本当に、そろそろネタが無い。それなのに、ティキラの数はまだまだ脅威。
 じり貧。そして、ミスが出る。
「大阪名物ぱちぱち……」
「サシカイア、何を」
 ぎょっとしたようなニースの言葉に、上着を脱ぎかけていたサシカイアは我に返る。ヤバイ。全く抵抗無く胸を晒すところだった。今は女の身であることをすっかり忘れていた。おまけに、極々ささやかとはいえ、サシカイアの胸にもふくらみはある。無駄な見栄を張っているわけではなく、現実の話。ささやかではあるが、本当にふくらみがあるのである。そして、いくらささやかであっても、そこを平手で叩きまくるのは拙いだろう。
 しかし、参った。この後は下も脱いで捨て身の人間打楽器でも──なんて考えていたのだが、これはもっとダメだ。下手をしたら×××版へ移行する事になってしまう。いや、品が無さ過ぎるという以前に、そもそも足りないモノがあって芸として成り立たない。我が家のお稲荷さんは現在行方不明。お稲荷さん不在の女の身では、いくら激しく腰を振っても太股にぶつかるモノが無く、音が鳴りようがない。これでは人間打楽器失格だ。
 兎に角、大至急代わりのネタを──
 思考の助け、発想の弾みになるモノを求めてサシカイアは周囲を見回し。
 そこで、笑い声が止んでいることに気が付く。
「……布団が吹っ飛んだ」
「それは先刻聞いたティキよ」
 酷く冷めた声で生き残りのティキラが言う。
 ネタの重複。これがトドメ。完全に場が冷えた。
 笑いを止めたティキラ達。未だ20以上の数を残している。
 これまでに80近く落とせたのはすごい話だが、その分、疲労もしている。魔晶石の方もほとんど使い潰してしまった。アイス・エッジを構えるが、その重さが疲労した腕に厳しい。
「もう、お前達に手加減するのは止めるティキよ。徹底的にやっつけてやるティキ」
 告げるティキラ達の身体が霞む。
「これまでの地道な努力を台無しにしてくれた貴様らには、残酷な死を与えてやるティキ。恐怖と絶望にまみれて、死ぬが良いティキよ」
 黒い靄となったティキラ達は、集まり、混じり合って一塊の大きな靄になる。そして、その靄は徐々に人型に、そして実体を持ち始める。
 これもまた、ティキラ達の能力。
 群体。
 群体とは、本来はもうちょっとシンプルな生き物──無性生殖によって増殖した個体がそのまま一つの個体のようにひっついているモノのことを指す。たとえば珊瑚。これはもう、ほとんどの種類が群体である。
 ティキラ達の場合の群体は、複数の個体が集まり、あたかも一つの生物の如く変形し、行動する。分かり易く言えばスライムが集まってキングスライムになるようなモノか。あと、ゲショとかサンドウォームとか。他には、国語の教科書にのっていたスイミー。これは見た目だけで違うか?
 とにかく、この群体ティキラを、ティキティキと称す。特殊能力はティキラに準ずるが、モンスターレベルが上がって、大体8~9レベル相当になるのがきつい。体格が大きく重くなった分、近接戦闘の打撃力は増すし、寄らば文殊の知恵なのか、使える魔法のレベルも上がる。
 数が一体になったのはありがたいが、ありがたがってばかりもいられない。
 何しろ、こちらは魔力切れ。おまけに近接戦闘の能力はサシカイア、ニース共にティキラにだって劣ったのだ。より上位のティキティキに比べるまでもない。
「隣の家に塀が出来たって、へ~」
「無駄ティキよ」
 サシカイアのあがきを一言で切り捨て、ティキティキが迫る。
「話せばわかる」
「問答無用ティキ」
 ティキティキが豪腕を一閃。慌てて下がるサシカイアの胸元を掠め、蹈鞴を踏ませる。立ち直る暇を与えないと、更に踏み込み、拳を突き出してくる。
「よっ、ほっ、たわっ」
 変な声を上げながら、サシカイアは回避専念。近接戦闘で明らかにレベルが上のティキティキの攻撃を避けられているのは、素性のよろしい防具の効果が大きい。サシカイアの装備はコールドクローク。+3の魔法の防具で、回避に限れば、シーフレベル5が8相当へ、ティキティキとほぼ同レベルにまでアップするのだ。そうなれば、敏捷度が高くて元々かわすのは得意のサシカイアである。回避専念すれば、おかしなミスをしない限り、なんとかなる。
 しかし、避けてばかりではじり貧なのは間違いない。そうでなくとも、これまでに疲労は蓄積しており、少々足下もおぼつかなくなってきている。
 対して魔神は文字通り人外のタフネスを誇る。あれだけ笑っていたというのに、さしたる体力の消耗もなさそう。
「サシカイア!」
「ダメだ、ニースは来るな」
 こと近接戦闘に限れば、ニースはサシカイアより弱いのである。ニースはファイター3レベル、それではティキティキを相手にするのはきつい。最悪、こうしてサシカイアが相手取っている間に、ニースは逃げるというのもありか。
 しかし、それは本当に最後の手段。
 サシカイアは振り回されたティキティキの腕をかいくぐると、意を決して大きく踏み込む。回避専念から突然の方針転換だったこともあり、ティキティキは虚を突かれた様子。見事にティキティキの間合いの内側に。そのまま身体ごとぶつかるようにしてティキティキの腹に短剣を突き立てる。
「まだまだっ!」
 そのまま、短剣に体重をかけて、強引に切り下げる。
 腹を上から下へ、真一文字に切り裂かれたティキティキの悲鳴を頭上に聞き、しかし、背筋を冷やすモノに命じられるままにサシカイアは大きく飛び退く。
 際どく身体を掠めて過ぎ去るティキティキの腕。
 サシカイアの一撃で、通常の生き物だったら腑をぶちまけているところ。
 しかし、ティキティキは群体。通常の生き物の身体とは大きく異なっていた。あるいは、他の一般的な群体とも。傷口周りが霞んだかと思うとティキラになり、足下に落下。そのティキラは致命傷を負っており、霞んで溶けるように消える一方、周囲から湧き出した靄がティキティキのお腹にぽっかりと空いていた欠損部分をあっさりと埋めた。
「なんてインチキっ!」
 思わず罵るサシカイアに、知ったことではないとティキティキが猛攻をしかける。
「わっ、ほっ、ひっ」
 大慌てで避けるサシカイア。また、先の繰り返し。
 攻撃するティキティキに、攻撃を避けるサシカイア。そして、サシカイアは虎視眈々と攻撃の機会を狙う。
 その図式は。
 にやりと笑ったティキティキによって破られた。
「FALTZ!」
 1音節の神聖語。
 ティキラを中心にして爆発的に周りにぶちまけられた不可視の衝撃波。魔神将ラガヴーリンも使った、暗黒魔法フォースイクスプロージョン。隙間無く、あらゆる方向へ放射されたそれは、避けることなど不可能。唯一可能なのは、精神力抵抗の成功によるダメージ軽減のみ。
「しまっ……」
 全てを言い切ることも出来ずに、サシカイアの身体を衝撃波が打ち据える。体重の軽いサシカイアは、至近で受けたその衝撃波に押されるままにあっさりと足が浮き、そしてそのまますっ飛ばされてしまう。
 後方にあった家の壁にぶち当たり、サシカイアの短い空中遊泳は終わる。
 全身の打撲。背中を強打したせいで呼吸困難。おまけに頭もぶつけて、意識がもうろうとする。
 ほとんど無意識でポーチを探り、魔晶石を探す。ヒーリングを早くしないと、ヤバイ。そんな切羽詰まった思いがあった。
 そこへ、容赦なく迫るティキティキ。
 霞む視界にそれを捕らえ、何とか逃げようとするが、まるで身体に力が入らない。
 ニースが向こうで何か叫んでいるが、耳鳴りがして、その言葉を理解できない。
 兎に角逃げなければと思うのだが、立ち上がることすらおぼつかない。
 そこへ、ティキティキの腕が伸びてきた。
 サシカイアの頭を捕まえると、地面から引っこ抜くみたいに持ち上げる。強制的に立ち上がらせられ、更に持ち上げられてしまう。
 万力みたいに締め付けてくる手のせいで、頭が痛くてしょうがない。その腕に短剣を突き立ててやろうかと思ったが、いつの間にかすっぽ抜けてしまったらしく、手の中にアイス・エッジがない。仕方がないので爪で代用してがんばるが、ティキティキはまるで痛痒を感じていない。そもそも、自らの手に力を込められているのかすら、おぼつかない。
「捕まえたティキよ」
 嬉しそうに、嗜虐的な響きをたっぷりたたえた声がサシカイアに投げつけられる。
「……昆虫顔を近づけるなよ。正直、キモい」
 せめてもと、言い捨てる。
 ティキティキは、もの凄く良い笑顔で笑った。子供が見たら泣き出すこと間違いなしな感じの。サシカイアもちょっぴり後悔したが、最早取り消しも効きそうにない。
「FALTZ!」
 つい先刻痛い目に会わされたばかりの神聖語に、サシカイアは思わず身体を硬くするが、今回打ち据えられたのはティキティキの腕の方。ニースの神聖魔法フォース。この一撃で頭を締め付けていた指が弛み、サシカイアは地面に落下。残念なことに、せっかく解放してもらえたのに、足が萎えて踏ん張れず、そのまま地面に崩れてしまう。
「無駄だったティキなぁっ!」
 今の一撃をくれたニースに笑みを向けつつ、ティキティキは足を引く。
 地面に倒れたサシカイアを蹴りつけようと言うのだろう。
 それがわかっていても、サシカイアは避けられない。ダメージ、そして疲労が大きくて、ろくに動けそうにない。
 自分に迫るティキティキの足──死をサシカイアは為す術無く見つめることしかできない。
「──ぺ」
 遂にティキティキのつま先がサシカイアを蹴り飛ばす。
 その寸前。
 ニースが、力の限りに叫んでいた。


「ペペロンチャ!」


 ……
 ………
 …………
 世界が、嫌な感じの沈黙に支配された。
 完璧に虚を突かれたティキティキの足はサシカイアを外れ、空振りになったのは幸い。
 しかし、ニースはいきなり何を言っているんだ?、このピンチにニースまで逝かれてしまったのか?、それは非常に拙くないか?、とサシカイアがぐるぐる思考を彷徨わせつつ視線を向けると、叫び終わった格好のままで固まっていたニースの顔は徐々に赤くなっていき、最終的には頭から湯気を噴きそうなまでになった。
 もの凄くいたたまれない空気が周囲に満ちていた。
 しかし、直後、それは破られる。
「ティキキキキキキキキ」
 ティキティキの爆笑によって。
 何その間抜けな語感の叫びは──と、ティキティキは笑い。その身が霞んでばらけ、複数のティキラに戻っていた。どうやら、笑いすぎ、群体を維持できなくなったらしい。
「や、やりました!」
 見事に受けを取りました、とニースは喜びの声を上げ。直後に、慌てて首を振る。
「計算通りです」
 そう、これは全て綿密な計算の上で行ったこと。間違っても、追いつめられてのダメ元な、行き当たりばったりではありませんと、クールな口調でニースが言い直す。
 ジト目をそちらに向けてやると、ニースは火照りの残った顔を明後日の方に向け、もにゃもにゃと祈りを捧げてキュアウーンズ。サシカイアの身体から、嘘みたいに痛みが消えていく。
 何でアレが受けるのか。癒してくれてありがとう。色々思うところ、納得いかないこと、言うべき事は山程あるが、今は全部後回し。今現在やらなければならないことは。
 近くに転がっていたアイス・エッジを拾い上げ、疲労を押し殺してサシカイアは立ち上がる。
 ティキラが笑い転げている今がチャンス。それもおそらく最後の。これを逃すわけにはいかない。
「兎に角、こいつらをやっつけるぞ!」
「はいっ」
 ニースは応じ、それから首を振る。
 ん?、とサシカイアが首を傾げるその先で、ニースは表情を改めると、びしりと敬礼の真似事をして言った。
「あらほらさっさ!」


 ロードス島電鉄
 39 電鉄の勇者の伝説


「──ペペロンチャ!
 その絶体絶命のピンチに呼ばわったのは、魔神の天敵、戦乙女の名前。
 その名を聞いたティキラ達は恐怖に囚われて、一目散に逃げ出してしまったのじゃ。
 そうして、このカダフィの村に平和が取り戻されたのじゃ。
 以来、魔神ティキラに出会った時にペペロンチャの名を大声で呼ばわれば、
 戦わずしてきゃつらは逃げ出すと言われるようになったのじゃ」


 カダフィ村の語り部、カルーアさん(64才)の昔語りはこうして締めくくられた。おひねりを貰って退場するカルーアさんを見送り、若い戦士は興奮気味に言った。
「このあたりでも、ペペロンチャが活躍していたのか」
 7英雄の中で、やっぱり男に人気が高いのはペペロンチャ、そしてニースの美少女2人。ベルド、ファーンの強さに憧れるモノも少なくないが、それでもやっぱり美女が好き。特にペペロンチャは種族的に、40年近く経った今でも、伝説にうたわれた美貌を維持しているはず。一度は出会ってみたいと考える男は多い。おまけに、未だ自覚はないが、この若い戦士はエルフスキーの気があったりするから余計にだ。
「まあ、ペペロンチャの出自ははっきりしていませんが、名前が初めて出てきたのはアラニアですからね」
 あるいは彼女が私の探し求める星だったらいいかもしれない、なんて感じで、顔色の悪い魔術師が相づちを打つ。それから、仲間のエルフ娘の様子に首を傾げる?
「どうしましたか? そう言えば、あなたも迷いの森出身でしたね。あるいは、ペペロンチャと同郷とか?」
「知らない。ペペロンチャなんて聞いたことも無いわ」
 水を向けられたエルフ娘は、首を振る。
「──と言うか、そのペペロンチャって、本当に存在したの? もの凄く胡散臭いんだけど」
「胡散臭いって、何がさぁ?」
 興味なさそうな顔で酒を喰らっていたが、実は耳を傾けていたらしい。頬にばってん傷のある盗賊が尋ねる。
「だって、あたしより若いって言うのに、四大の精霊王を自在に使いこなしたって、どんな天才よ」
 このエルフ娘は村に帰れば若木──子供呼ばわりされている。その自分と同い年くらい、つまりは伝説時代にはさらに40も若いとなれば、本当に子供と言っていい年齢。それで精霊王を行使できるなんて絶対に嘘だと、エルフ娘は言う。
「大体、精霊王を従えられるなんて、あたしたちの村の長老くらいよ」
 これは、単純にこのエルフ娘が世間知らずと言うだけの話。マーモ島のダークエルフの長老はもちろん、彼女の許嫁だって、実は精霊王の力を借りることが出来たりするくらいだから。──最近、森から出てきたばかりだから、世間知らずも仕方がないのだが。
「ふん、自分が出来ないからと言って、他人にもできんと言うことはあるまい?」
 馬鹿にしたように口を挟むのは、ドワーフの戦士。一般的に、ドワーフとエルフはあんまり仲が良くない。このまま冒険を重ねれば、気心も知れてこういった対立も解消されるだろうが、今はまだパーティを結成したばかり。このドワーフとエルフ娘も、やっぱりその例に倣う。
「何ですって?」
「まあまあ、落ち着いて」
 激昂するエルフ娘を宥めたのは、本当は一行の中で一番ハンサムなはずのに、挿絵のせいで太っちょザビエルとしか見てもらえないファリス神官。その高い魅力値の前には、悪者にさらわれた王女様だっていちころなのに。
「──確かに、ペペロンチャについては、色々異説がありますからね」
 口を挟むのは先の顔色の悪い魔術師。彼は、賢者に共通することの多い、うんちくを語らずにはいられないという悪癖を当然のように持っていた。
「名前の残されていない魔法戦士に次いで、謎の多いのがペペロンチャです。出自はもちろん、魔神戦争以前の経歴は不明。更に、魔神戦争後にはまるで名前が出てきません。彼女の活躍が確認されたのは、本当に魔神戦争の極々短い時期だけですからね。これはまあ、森の奥に引っ込まれてしまえば、人には調べようがありませんから、ただ、それだけの話かも知れませんが」
 口ではそう言いつつ、魔術師も今ひとつ納得できないでいる風だ。
 なにしろ、ほとんどターバ村、マーファ本神殿から出てこないニースや、石の王国の奥に引っ込んでしまったフレーベ王、最も深き迷宮のそばに塔を建てて隠棲しているウォート。この三人だって魔神戦争以後の露出はほとんど無い。無いが、それでもこの程度の情報は出てきている。しかし、件の魔法戦士とペペロンチャだけは、何処へどう消えたのか、本当に欠片程の情報もない。
「それこそ、ペペロンチャなんてエルフは最初から存在しない、なんて話もあるくらいですからねえ」
 実は、ペペロンチャの功績とされるモノは、別のエルフの功績を纏めたモノだ、なんて話すらある。同じく百の勇者でエルフの精霊使いであるサシカイアとかスパゲッチャとかナポリーとかカルボナラとかの働きが、すべてペペロンチャの功績とされて伝えられている、なんて話もあると魔術師が告げる。
 ほら、と勝ち誇るエルフ娘だが、ドワーフの方が首を振った。
「ペペロンチャは本当におるぞ」
「往生際が悪いわね」
「儂じゃなく、ニースが言うたんじゃから、嘘はないぞ」
「そう言えば、ペペロンチャはニース様の親友とか?」
「うむ」
 と、魔術師の言葉にドワーフが頷く。伝説でもうたわれているが、その2人は魔神戦争時、一緒に行動していたことが多いとされている。そのニースの言葉であれば、疑う余地はないだろう。
「ただ……」
「ただ、何ですか?」
「いや、何でもない」
 ドワーフが何かの機会にその名を出したときに、ニースは何とも言いようのない顔で苦笑した。その反応は相当に微妙な感じがしたのだが、それをわざわざ伝える必要は無かろうと、ドワーフはそれ以上の質問を拒むように、自分のジョッキを取り上げて飲み干しにかかる。
「いつか俺も、ペペロンチャや他の英雄達のように、このロードス中に名前が知れ渡るような英雄になってみせる」
 酔いが回ってきたのか、若い戦士が力強く宣言する。
「がんばってね、僕は君の親友だから、信じてあげることにするよ」
「少なくともゴブリン相手で死んでしまうようでは無理じゃな」
「まずは、3無い主義を返上して欲しいわね」
「夢を見るのは、自由さぁ」
「冷静に考えて、その可能性はかなり低いかと」
 ところが周囲からフルぼっこ。
 がっくり項垂れる若い戦士。
 しかし。
 彼は将来、この島の名を冠する騎士になる──のだが、それはこの物語とはあんまり関係のないお話。




5th STAGE カダフィ村解放戦
    MISSION COMPLETE

獲得経験点 1000


特殊成長
 ニースが、新たな称号「男殺し」を取得しました。
 サシカイアが、一般技能:ヨゴレ芸人を取得しました。


 成長
  シュリヒテ 成長無し 残り経験値5500
  ブラドノック 成長無し 残り経験値10000
  ギネス プリーストLV5→6 残り経験値0
  サシカイア 一般技能:ヨゴレ芸人LV0→1 生命力10→11 残り経験値500





(注)
ティキラの笑い上戸が発動するのは、人の失敗を見たとき、即ち1ゾロを振ったときです。
本来は上質なギャグを飛ばしたからと言って、その性質が発動することはありません。
要するに、拡大解釈どころか、ルール無視、捏造だったりします。
実は、このモンスターを見た時に連想したモノがGS美神の悪魔ヴァイパーでした。
以来、このネタを使ってみたくてたまらず、ルール無視を承知でこのようなエピソードをやってしまいました。
申し訳ありませんが、そう言うことで、温い目で見て頂けると幸いです。
今回ホントに好き放題、こんなんばっかりで申し訳ないです。



[4768] DICTIONARY 幻想用語の基礎知識 第一版
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/07/11 17:27
ロードス島電鉄
 DICTIONARY 幻想用語の基礎知識 第一版

 色々、わかっているつもりで書いて、知らない人を置いてきぼりにしているので、作ってみました用語集。
 でも、読んでも、わからないものがわかるようになるか微妙なモノになってしまいました。
 自分用のメモみたいなモノになってしまったかも。
 目を通さないと続きがわからなくなるとか、そう言うことはありません。
 気楽にスルーして頂いて大丈夫です。


【あ行】

アイシグ 【人名】
・ライデン評議長。
・ウォートにそそのかされて、百の勇者の演説をしました。
・以来、演説の楽しさに目覚めてしまったようです。

アイスエッジ 【アイテム/オリジナル】
・氷の短剣。
・これを抜いていると、氷の精霊フラウの力を借りられます。
・単純に+2にするよりは他の効能を、と考えた結果のオリジナル武器です。

アザービースト 【モンスター/魔神】
・魔神の眷属。
・いくつかの動物を組み合わせたような姿形をしている。
・モンスターレベルは4。

アダモ 【地名/オリジナル】
・この物語、始まりの町。
・二度に渡る魔神の襲撃によって、住民はほぼ全滅。
・トリスはこの町の宿屋の看板娘でした。

アミバ 【人名】
・何となく、この名前がないとダメだと思ったので。

アラニア王国 【国】
・ロードス北東部に位置する歴史ある国です。
・別名千年王国ですが、現実は500年程度だったりします。
・歴史が長い分、内実はかなり腐敗しています。
・北部にドワーフ族の「鉄の王国」、支配に否定的なマーファ本神殿が存在していて、目の上のたんこぶ状態です。

アレクラスト大陸 【地名】
・ロードス島の北に位置する大陸。
・SWのメイン舞台です。

イブリバウゼン 【モンスター/魔神】
・魔神将。
・魔法に長けているらしいです。

イリーナ・フォウリー 【人名】
・公式、真SWリプレイ準ヒロイン。
・他の皆が違うと言っても、エルフスキーにとってはマウナがヒロインなんです。
・ベルド以上の筋力25を誇るファリスの神官戦士。

イルカ 【地名/オリジナル】
・ゴブリンが近くに住み着いてしまって困っていました。
・シュリヒテの血を引く子供が誕生するかも知れません。

ヴァリス神聖王国 【国】
・ファリスを国教とする国。
・でも、結構腐ってたりします。
・ファーン、フラウスはこの国の人間です。

ヴァルブレバーズ 【モンスター/魔神】
・腕が特徴的な魔神。
・SW2の魔神も出しますよ、と言う予告的に登場させました。

ウィル・オー・ウィスプ 【モンスター/精霊】
・光の精霊。
・光源としても使えますが、ぶつけることで攻撃魔法としても使えます。
・クリスタニアだと、確か防御力無視のダメージを与える強烈なモノでしたが、残念なことにロードスではそれほどでもありません。

ヴェノン 【国】
・モスの国の一つ。
・別名ドラゴンスケール。
・領土的野心が大きく、色々動いて悪者みたいな立ち位置です。
・でも、がんばってる感がして結構好きです。

ウォート 【人名】
・6英雄の1人、世界最高レベルの魔術師。
・荒野の賢者。
・百の勇者はこの男の発案による。

ウド 【地名/オリジナル】
・コーヒーは苦いです。
・魔神に襲われて壊滅しました。

エール 【飲み物】
・麦酒と書いてルビを振る。
・ビールのようなモノと認識しています。

エフリート 【モンスター/精霊】
・炎の精霊王。
・破壊を司ります。
・一般的に、エルフは炎の精霊を嫌います。
・間違えてイフリートとかになっている場合も多々あります。

エミル 【地名/オリジナル】
・ゾンビに襲われた村です。
・ペペロンチャが神の如く崇められています。
・流石にこの村では、シュリヒテの血を引く子供は生まれそうにないです。

エルフ 【種族】
・亜人、森の妖精族。
・一般に精霊魔法に長けています。
・寿命は約1000年で、20才くらいの容姿になったら老けません。
・笹穂耳が特徴で、髪の色は明るい金や銀なんかが多いです。
・ぶっちゃけ、大好きです。

オバマ 【地名/オリジナル】
・アラニア王国第三の都市。
・多くの街道が交差する重要地点。
・誘拐やら拉致やらをする山賊団に困らされていました。

【か行】

カーラ 【人名】
・6英雄の1人、古代魔法王国の魔術師。
・灰色の魔女。
・正体はサークレット。
・光と闇のバランスを取ることこそが、破滅回避のための最善手と信じ、歴史の裏側で暗躍しています。
・魔神戦争では、闇の勢力(魔神)が強すぎる為、バランス取りに百の勇者に協力しました。

カダフィ 【地名/オリジナル】
・魔神ティキラによって作られた町。
・シュリヒテの血を引く子供が誕生するかも知れません。

カノン王国 【国】
・アラニアに次ぐ歴史を持つ国。
・ぶっちゃけ、特徴もなければ売りもない国。
・だから、英雄戦争であっさり占領されます。

カルーア 【人名/オリジナル】
・リキュール。
・女の子は、こいつで作ったカクテル、ブラックルシアンやホワイトルシアンには気を付けましょう。
・甘いけど、アルコール度数がヤバイよ。

ギグリブーツ 【モンスター/魔神】
・人型4枚羽根の上位魔神。
・魔法が得意で、ゾンビとか作ってます。
・シュリヒテに片手を切り飛ばされた奴が一匹逃げ延びていますが、特に伏線とか考えていません。

ギネス 【人名/オリジナル】
・黒ビール。
・かなり低カロリー。

クラーケン 【モンスター/精霊】
・水の精霊王です。
・どうせならカルドセプトのダゴン様みたいだったらいいのに、手足のある鯨の化け物みたいです。
・敵対すると、緑豆や海の牧羊犬みたいなキチガイ犯罪者集団に狙われるかも知れません。

GM 【神】
・俺がルールブックだ。
・現在、何してるんでしょうかね。

グルネル 【モンスター/魔神】
・青銅色の肌をした魔神。
・魔剣を持ってたりします。

ゲルダム 【モンスター/魔神】
・魔神将、やぎさんチームボス。
・ベルドに倒されました。
・息が臭くて、下手するとそれだけで殺されてしまいます、注意しましょう。

ケルベロス 【モンスター/魔神】
・魔神の眷属。
・三つの首を持つ大きな黒犬です。
・ヘルハウンドの変種だと考えられています。
・火を噴きます。

光晶石 【アイテム】
・魔晶石の種類の一つ。
・合い言葉を言うと光って周りを照らします。

抗魔の護符 【アイテム】
・カウンターマジックの効果を持つ護符です。

ゴブリン 【モンスター/妖魔】
・初心者の友。
・最初のシナリオは、適当なダンジョンにこいつを放りこんどけば大丈夫です。

コンシールセルフ 【魔法】
・古代語魔法。
・見えない聞こえない臭わないと、覗きに最適。

【さ行】

サシカイア 【人名/オリジナル】
・イタリアワイン。
・トスカーナの宝石。
・サッシカイアの方が表記として正しいかも知れませんが、語感からこちらを選択しています。

シースルー 【魔法】
・古代語魔法。
・モノを透過して見ることが出来ます。
・着ている服だけを透かすとかも出来るみたいです。
・ブラドノック、自重。

シェイプチェンジ 【魔法】
・古代語魔法。
・対象が良く知るものに変身できます。
・サイズの制限があり、極端に大きなモノ、小さなモノには変身できません。
・術者限定です。

ジャック・オー・ランタン 【モンスター/アンデッド】
・カボチャ頭の亡霊。
・ハロウィンのアレ。

シュートアロー 【魔法】
・精霊魔法。
・風の精霊の力を借りて、百発百中の矢を放つ魔法。
・実はあんまり効率は良くないのですが、それでも多用するのは、単純に格好良くて好きな魔法だからです。

シュリヒテ・シュタインヘイガー 【人名/オリジナル】
・ドイツ特産のジン。
・シュリヒテはシュタインヘイガーの中では一番有名らしいです。

勝利の女神の護符 【アイテム/オリジナル】
・アミュレット・オブ・ペペロンチャ。
・マーファ神殿が売り出したお守り。
・特殊な効果はありません。
・中身が本物かどうかは、とりあえず秘密。

シルフ 【モンスター/精霊】
・風の精霊です。
・ジンの子分?
・マッパの少女の姿みたいです。
・スカートめくりに最適な精霊。

ジン 【モンスター/精霊】
・風の精霊王です。
・サシカイアがちゃんと呼び出せていれば、ぼーはははー、と笑いながら登場させるつもりでした。
・個人的なイメージは、アラビアンな巨人。

スカード 【国】
・モスの小国。
・魔神戦争の発端となった国。
・ここのエールは美味しいらしいです。

スポーン 【モンスター/魔神】
・魔神達が黄金樹の枝から作った魔兵。
・いわゆる雑兵。

スリープクラウド 【魔法】
・古代語魔法。
・眠りに誘う雲を発生させる魔法。
・将来、アレクラスト大陸の一部では、遺失魔法とされます。

セーブソウル 【魔法】
・神聖魔法。
・アンデッドなどになり、穢れてしまった魂の救済をします。

背中毛の拷問 【拷問法】
・ロマール盗賊ギルドで行われている拷問。
・半裸、マッチョの精鋭部隊が、ピンセット片手に、対象の背中毛の長さを測り、抜いて尋問や拷問をしているらしいです。
・元々はリプレイ中の軽口が、ネタとして何度も繰り返されるうちに、半ば公式化したものです。

ゾンビ 【モンスター/アンデッド】
・いわゆる動く屍。
・モンスターレベルは低いけど、現実に相手にすることになったら、臭いわ汚いわビジュアル最低だわで、色々大変だと思います。

【た行】

ターバ 【地名】
・ロードス最北の町。
・マーファ本神殿が存在する。
・書いている人の勝手なイメージは長野市と善光寺。

ダブラブルグ 【モンスター/魔神】
・人に化ける魔神です。
・ドッペルゲンガーの劣化版です。

魂砕き 【アイテム】
・魔剣ソウルクラッシュ。
・対魔神王の為の武器。
・でも、現在の所有者は魔神王。

タンカレー 【人名/オリジナル】
・イギリス産のジン。
・ケネディとかが愛飲したらしいよ。

チャーム 【呪歌】
・この歌を聞く者を魅了します。
・歌い手ではなく、歌に惚れ込みます。
・歌詞にして欲しいこと、教えて欲しいことを盛り込むことで、相手の行動を操作できます。
・効果は歌っている間限定です。

チャーム 【魔法】
・精霊魔法
・植物の精霊の力を借り、対象を魅了します。
・術者に惚れ込みます。
・効果は一週間続きます。

チャ・ザ 【神】
・光の5柱神の1柱、幸運神。
・他者に不幸をもたらす行為を禁じています。
・また、人と人の交流を推奨しています。
・商売の神様という側面もあり、信者は商人が多いです。

超英雄 【名詞】
・ただの英雄では収まらないようなすごいことをした人。
・倒せるはずのない魔神王とかを倒しちゃった人たちのために作られたカテゴリ。

超英雄ポイント 【ゲームシステム】
・上の超英雄が持つすごい能力。
・消費することで、色々便利な事が出来ます。
・持ってるとすごい、この程度の認識で十分だと思われます。

ちょん切り丸 【アイテム/オリジナル】
・ミスリル製のはさみ。
・マーファの神造兵器。
・女の敵に対して絶大な効果を持ちます。
・歴代のミスマーファが所有します。
・現在の持ち主はニースです。

ティキティキ 【モンスター/魔神】
・8~9レベル相当の魔神。
・SW2にて登場。
・ティキラが集まってこれになります。

ティキラ 【モンスター/魔神】
・6レベル相当の魔神。
・SW2にて登場。
・このお話の中では、かなりの拡大解釈をしてます。

ディスインテグレート 【魔法】
・古代語魔法。
・対象を分解消去します。
・その際、魂も消し去りますので、蘇生は不可能です。
・しかし、魔神王には無効。
・通常は対象に接触して使う魔法ですが、ウォートは離れた場所の対象にも使用可能です。

デラマギドス 【モンスター/魔神】
・魔神将。
・何だかわかりづらいビジュアルをしています。
・幻覚が凶悪です。

ドッペルゲンガー 【モンスター/魔神】
・別名鏡像魔神。
・人の姿、記憶を奪います。
・魔法ではなく能力なので、センスマジックとかには引っかからないため厄介です。
・こっそり国の上層部とすり替わったり、がんばって暗躍しています。
・魔神王はこの上位機種らしいです。

トリス 【人名/オリジナル】
・を飲んで、ハワイへ行こう。
・戦後、洋酒ブームの火付け役になった国産ウイスキーの代表格。
・イメージキャラクターはアンクルトリスと言います。

ドワーフ 【種族】
・亜人、大地の妖精族。
・背は低く、筋肉質のずんぐりした体型。
・髭を生やしています。
・頑健な肉体を持ち、戦士に向いています。
・酒に強いです。
・ぶきっちょそうな見かけにもかかわらず、手先が器用で、大抵クラフトマン技能を5レベル持ってます。

【な行】

ナシェル 【人名】
・スカード王国王子。
・別名チート王子。
・能力値はニースの上位機種と言った感じです。
・未登場。

ニース 【人名】
・6英雄の1人、世界最高レベルの神官。
・マーファの愛娘、竜を手懐けし者、の二つ名を持つ。
・黒髪の美少女。
・魔神戦争当時は17才。
・個人的に、ロードスはおろかフォーセリア世界全体で一番の美少女だと思っています。

人間打楽器 【技】
・この場合は、ポージングをしつつ腰を激しく振り、お稲荷さんを太股にぶつけて音を出すという宴会芸。
・教養時代に住んでいた男子寮では受けましたが、学科に移ってからの女子寮併設の寮ではどん引きされました。
・でも、ぞうさんは受けたんだよ?、差別反対。

ネグリタ 【固有名詞/オリジナル】
・ラム酒。
・意味は「黒人の少女」。

【は行】

ハーフエルフ 【種族】
・エルフと人の間に生まれた半妖精。
・忌み子です。
・惚れっぽかったりするみたいです。

ハイエルフ 【種族】
・亜人、エルフの上位機種。
・寿命が無いらしいです。
・唯一、ロードスの迷いの森にだけ存在するようです。
・戦記のヒロイン、ディードリッドはこのハイエルフです。

ハイランド 【国】
・モスの国の一つ。
・別名、ドラゴンアイ。
・ナシェルが身を寄せたおかげで、現在モス中の国から宣戦布告されてます。
・竜騎士というチート兵種を持ちます。
・ここの国王に無能はいないと言われています。
・その割に、モス一国も統一できない辺り……

ひっひっふ~ 【呼吸法】
・痛みや怒りを追い出す呼吸法。

ピュリフィケーション 【魔法】
・精霊魔法。
・真水を作り出します。

ファーン 【人名】
・6英雄の1人、高潔な聖騎士。
・白の騎士の異名を持つ。
・ぶっちゃけ、ナシェル登場で一番割を食った人だと思われます。

ファリス 【神】
・光の5柱神の1柱で、至高神とも言われています。
・正義、秩序をその教義とします。
・邪悪と認定したモノと積極的に戦うことを推奨しています。
・支配階層に信者が多く、有名な信者にファーン、フラウスがいます。

フェニックス 【モンスター/精霊】
・炎の精霊王。
・炎の二面性、こちらは破壊の後の創造を司っています。
・公式掲示板を見ると、別のソフトハウスにFEZをいじって欲しいという要望多数。

フォース 【魔法】
・神聖魔法。
・1音節の神聖後で発射できる気弾。

フォースイクスプロージョン 【魔法】
・神聖魔法。
・フォースの無差別範囲攻撃。
・ちゃんと考えて撃たないと、味方も巻き込みます。
・サシカイアにとって鬼門的な魔法になりつつあります。

フラウス 【人名】
・6英雄と共に魔神王に挑み、帰らなかった人。
・ファリスの聖女。
・ベルド好き好き。

ブラドノック 【人名/オリジナル】
・ローランドモルトの代表と言っていいお酒。
・でも、入手は困難。

ブラムド 【モンスター/幻獣・ドラゴン】
・ロードスに住まう5色の魔竜の一つ。
・氷竜、でも、炎系の攻撃は通じないって有り?
・古竜かと思ったら老竜でした。
・ニースによって古代魔法王国太守による呪いを解かれ、自由になりました。

ブルーク 【人名】
・ナシェルパパ。
・スカード国王。
・魔神戦争の元凶。

フレイムタン 【アイテム/オリジナル】
・多重領域・炎の魔剣。
・傾天平面(たかまがはら)と炎状刃(フランベルジュ)を重ね合わせることで作られる。
・泥人形の腕を一撃で落とせます。

フレーベ 【人名】
・6英雄の1人。
・ドワーフは石の王国の王。
・なのに鉄の王。
・ミスリルフルプレートで全身がちがちに固めて突っ込みます。

ベヒモス 【モンスター/精霊】
・大地の精霊王です。
・別名、先生。

ペペロンチャ 【人名/オリジナル】
・多分、スパゲッティーが食べたかったんだと思う。
・偽名なので、オリジナルキャラをネーミングする際のルールに外れています。

ベルド 【人名】
・6英雄の1人、最強の戦士。
・赤髪の傭兵の二つ名持ち。
・蛮族出身。
・赤紙の傭兵となっていたら、変換ミスです。

ヘルハウンド 【モンスター/魔神】
・魔神の眷属。
・見かけは黒い大型犬。
・でも、火を噴きます。

ポリモルフ 【魔法】
・古代語魔法。
・対象を変身させます。
・シェイプチェンジと違い、術者以外にも使用可能です。
・サシカイアはこの魔法の存在に気が付いていません。

【ま行】

マーファ 【神】
・光の5柱神の1柱、大地母神。
・自然であること、を教義としています。
・この場合の自然とは、文明否定のエコライフではなく、人としての自然な生き方のことです。
・一般信者の多くは農民で、有名な信者にニースがいます。

マイセン 【人名】
・ハイランド国王。
・ベルド以前のロードス最強戦士。
・後に金竜に名前をプレゼントします。
・すごい名君らしいけど、竜騎士持っててモス一国も統一できないってどうよ、って思ってしまいました。

マイリー 【神】
・光の5柱神の1柱、戦神。
・戦いを司る神様です。
・全ての正しき戦闘行為を肯定します。
・信者には傭兵や兵士などが多いです。
・モスに本神殿があるらしいけど、何処にあるんだろう、情報求む。

魔晶石 【アイテム】
・マジックポイントの肩代わりをしてくれる石です。
・古代魔法王国時代には通貨として使用されていたらしいです。

魔神王 【モンスター/魔神】
・魔神の軍勢を束ねる王です。
・黒髪全裸の美少女の姿をしています。
・はっきり言って、勝てっこないです。

マッキオーレ 【人名/オリジナル】
・イタリアワイン。

マリグドライ 【モンスター/魔神】
・下位魔神。
・ミミズクさんチームを率いて砦を守っていましたが、遠距離壁越しライトニングバインドとアースクエイクによって崩れた塔の下敷きになりました。
・幻覚がかなりヤバイです。
・デラマギドスの劣化版。

モス公国 【国】
・小国家が常に争い続けているような国。
・魔神王が復活した最も深き迷宮はここにあります。
・ドワーフ、石の王国がありましたが、壊滅しました。
・エルフの集落、鏡の森も、酷いことになってます。

【や行】

やらないか 【台詞】
・あっ~!

喜びの野 【地名?】
・マイリー信者が死後、行くとされる場所。
・永遠の宴と戦いが繰り広げられているらしい。
・ぶっちゃけ、北欧神話の死せる戦士の館。

【ら行】

ラーダ 【神】
・光の5柱神の1柱、知識神。
・全ての者が賢明であれば、世界はうまくいくという教えです。
・信者には賢者、魔術師が多いです。

ライデン 【地名/町】
・どの国にも属さない自由都市。
・戦国時代の堺の町みたいなモノだと認識しています。
・魔神に海上封鎖されて青色吐息でしたが、ベルドが魔神将を倒して息を吹き返しました。

ライトニングバインド 【魔法】
・古代語魔法。
・雷の鎖で対象を縛り上げます。
・完璧に決まれば身動き不能(魔法も無理)で、ダメージが入ります。
・しかも18ラウンド継続、鬼です。
・抵抗に成功しても、全ての行動にペナルティ、更にダメージ、やっぱり鬼です。
・シースルーを併用しての壁越しアタックはまじ凶悪。

ラガヴーリン 【モンスター/魔神/オリジナル】
・スコッチウイスキー。
・意味は水車小屋の窪地……今調べて初めて知ったよ。

リィーナ 【人名】
・ナシェルの血の繋がらない妹。
・魔神王はこの娘の姿をしています。
・ナシェルお兄ちゃん大好きっ娘、っていうと萌えキャラみたい。

リザレクション 【魔法】
・神聖魔法。
・死者を復活させます。
・安易に使わせると、人の生き死にが軽くなります……とほほ。

ルシーダ 【人名】
・ベルドに同行していたエルフのシャーマン。
・魔神将ゲルダムにミュートを成功させるあたり、かなりの高レベルと思われる。
・貴重なエルフ娘要員だったのに、登場機会を作れないまま、死亡。

ルマース 【人名】
・迷いの森、ハイエルフの長。
・全身がぴかぴか光ります。

レアな焼き鳥 【食べ物】
・公式リプレイ、へっぽこーずにて登場。
・ティンダー(発火)の指輪を買うつもりで騙されてパチモン(ティソダー)を掴まされたマウナをからかうため、ヒースが注文したおつまみ。
・これに古代語魔法ティンダーで火を通し、マウナをからかいました。

ロードス島 【地名】
・物語の舞台となる島。
・呪われた島と言われています。

ロードス島伝説 【書籍】
・原作。



[4768] RE-BIRTH02 今日からマの付く自由業
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/07/18 17:58
「6英雄とか怖いから、アレクラスト大陸に渡るのもありだと思うんだ」
 これからどう行動するべきか。
 その問いにへたれた答えを返したのは、やっぱりギネスだった。


 番外編、気が付いたら、魔神王とその配下の魔神将になってました。詳しい事情は省く。ぶっちゃけ、何でこうなったのかわかっていないし、事情の説明をしようがないというのが本当。
 兎に角、いつまでも黄昏れていたってどうしようもないと、4人は角突き合わせて相談タイム。
 ちなみに、4人はちょうど遊ぼうとしていたTRPGのキャラネームで呼び合うことにしていた。何時までもこんな穴蔵の底、最も深き迷宮で暮らすつもりはない。外へ、人前へ出るならば、魔神王とかゲルダムとか呼び合うのも問題だろうと言う判断。かと言って本名、山田太郎(仮)とかの日本人の名前も、おファンタジックな世界では据わりが悪いような気がしたのだ。「光虫」で「ぴかちゅう」とか「金星」と書いて「まーず」とか、そう言った名前ならこの世界でも違和感も少なそうで良かった(?)のだが、残念なことに4人ともごくごく普通の日本人的な名前だったのだ。最近の子供の名前を見ていると、何が普通か議論の余地がありそうではあるが。ちなみに、金星をマーズと呼ばないことは、わかって書いてます。
 なお、魔神王=サシカイア、ゲルダム=シュリヒテ、イブリバウゼン=ブラドノック、デラマギドス=ギネスとなっている。
 この4人組、一番レベルの低いイブリバウゼン=ブラドノックでも13ある。魔神王サシカイアに至ってはレベルは20、しかもHPダメージの一切無効というでたらめさ。唯一精神点への攻撃のみ有効で、それも100というSWにあるまじき数字を誇る。さらには、原作のように各個撃破される愚を犯すつもりはないから、4人は揃って行動する予定。そうであれば、たとえ6英雄相手だって優位に戦える……はず。
 しかし、ギネスのへたれた提案に。
「ナイスアイデアだ、ギネス」
「そっか、別にロードスにこだわること無いんだよな」
「もし人と戦うことになっても、超英雄なんて人外の変態もいないうえ、生息してるのがレッサーロードス人の大陸の方が断然マシだよな」
 サシカイアを始め、大絶賛。
 ちなみにサシカイアは近くに転がっていた、この身体のオリジナル、スカード太守の血の繋がらない娘、リィーナ王女の着ていたらしい衣服に身を包んでいる。しかし、女物のパンツ、しかも使用済みのモノに足を通すのは心理的抵抗が大きく、今は履いてない状態だったりする。何だか尻が気になって仕方がない。裾の長いスカートとは言え、下に開けている格好というのも慣れおらず、非常に心許ない。おまけに、何を想像しているのか、ブラドノックがこちらに頻繁に視線を送りつつ、やたらと鼻息荒くするのも非常に鬱陶しい。──しかし、ブラドノックがゲルダムでなくて幸いだった。下手にハァハァ致死性の毒息を吐かれていては、思わぬ大惨事になりかねないし。
「と言うか、わざわざ人間に敵対する必要なくないか?」
 シュリヒテが腕組みをして提案。
「俺はアレだけど、お前らは古代語魔法使えるよな? シェイプチェンジやポリモルフで人に化けて、そのままばれないように大人しくしとけば良くないか?」
 自身の発言のように、シュリヒテ=ゲルダムは使えないが、他の魔神将の2人は9レベルまで、魔神王は15レベルまでの古代語魔法が使える。そうであれば、シュリヒテの提案のように、変身の魔法で人に化けることだって可能だ。そもそも、それを見越してキャラネームで呼び合うことにしたわけだし。
 しかし、古代語魔法15レベルってどんな魔法があるんだろうか。やっぱりエターナルフォースブリザードとか、フォン・ド・ボーとかなんだろうか。○○で相手は死ぬ、みたいな。
「そうだな、俺も魔法で男に──」
「それはダメ」
 サシカイアの発言に、他3人が揃って即座にダメ出し。
「何でだよ」
 桜色の唇をひん曲げて、サシカイアは不機嫌に尋ねる。中身男で外見女。意味のないTSは叩かれるし、そんなへんてこな状態は早いところ解消したい。カムバック、マイサン。出来れば、シェイプチェンジで男に戻るときに、気持ちサイズアップするのも有りかも知れない、なんてせこい事を考えながら。
「美少女がこの世から減るのは、もの凄い損失だよ?」
「人生に潤いが欲しいんだよ」
「中身男の美少女……ごくり」
 3人が口々に、サシカイアが男になることに反対意見を出してくる。特に不穏なのはもちろんブラドノックだ。
「巫山戯んな」
 しかし、サシカイアは言い捨てて、相手にするのも馬鹿らしいと実力行使に移る。
「万物の根元にして万能なるマナよ……」
 お定まりの台詞から始まり、もにゃもにゃもにゃっと、上位古代語の呪文詠唱。ちなみに、魔法の発動体は持っていないが、問題ないという確信があった。何しろその身は魔神王。文字通り人外の存在だ。
「ああ~~~」
「なんて事だ」
「神は死んだ」
 大げさに嘆く3人の前で呪文は完成し、魔法発動。
 しかし。
「……アレ?」
 そこには変わらぬ黒髪の美少女がいた。
「ちょっと待て、何でだ?」
 自分の胸のふくらみの確認なんぞしながら、サシカイアはうめく。
「確認、俺も手伝おう」
「いらん」
 と、嫌な感じに手をわきわきさせて近付くブラドノックをけっ飛ばし、再び呪文詠唱。
 やっぱり結果は一緒だった。
「……魔神王ってドッペル系の上位機種みたいだし、そちらの変身能力の方が、古代語魔法のそれよりも力を持っているとか?」
 首をかしげつつ、ギネス。あるいは達成値の比べ合いで負けたとか、なんて気楽に言ってくる。
「僕らはどうなんだろう」
 そのままギネスは呪文詠唱。
「──俺らは大丈夫みたいだな」
 そこに現れたマッパのドワーフを見て、シュリヒテが顔を顰める。そう言えば、魔物は裸、人に変身してもやっぱり裸のままだった。早いところ装備をどうにかする必要があると、今更ながらに気が付く。
 それにしても。
「しかし、何でわざわざドワーフ?」
「え? だってギネスはドワーフって設定だから」
「まあ、俺らのオリジナルになっても、へたれた能力値でどうしようもないよな。6英雄相手じゃなくてもきっと死ねる」
 それくらいならばこの名前の本来の持ち主、その設定通りのキャラになる方が良いかと言いながら、ブラドノックも人間のマッパ25才魔法使いに。当然の顔をして、そこに転がっていた女物のパンツに足を通そうとする馬鹿はサシカイアがけっ飛ばす。
 シュリヒテは自力で変身できないので、ギネスが手伝ってやった。
 何で俺だけダメなんだとぶすっくれたサシカイアの前で、3人は互いを見合ってわいわいわい。どうせならここのサイズをアップしてくれないか?、なんてシュリヒテがこっそりお願いしたり。
「これなら、人里にでても大丈夫だよな」
 もちろん、服を用意する必要はあるが、とシュリヒテ。
「そうだな。元の世界に帰る方法なんかを探しながら、平和的に暮らしていこう」
 うんうんと頷く4人。
 そこへ。
「やりましたよ~、やりましたよ~」
 甲高い声を上げながら、カラスの化け物が走り込んできた。
「うわ、化け物」
「何言ってるんですか~、私は魔神王様の忠実な部下~、黒羽のガラドですよ~。と言うか~、魔神将様方~、一体その格好は何ですか~?」
 何だか理由はわからないが、シュリヒテらの正体はわかるらしい。
「ちょっとした気分転換だ」
 シュリヒテが適当に応じ、それから、ガラドに何をやったのか続きを促す。
「そうでした~」
 ガラドは頷き、サシカイアに向かって祝福の言葉を継げる。
「おめでとうございます~、魔神王様~、初戦は我々の完勝です~」
「初戦は完勝?」
 何だか非常に不穏当な言葉で、サシカイアは眉を顰める。
「あ、いえ~、大勝と言うところですかね~、すみません~、完勝は言い過ぎでした~」
 それをどう取ったのか、ガラドが慌てて言い直す。
「──兎に角~、ここの近所のドワーフの王国~、ご命令通り滅ぼすことに成功しました~」
「石の王国か?」
「攻め込んだのか?」
「なんで?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~」
 4人がかりで詰め寄られて、ガラドは涙目。
「だって魔神王様が攻めろっておっしゃったじゃないですか~」
 私に文句を言われても困りますよ、と実際困った顔になる。
「そ、そうだったか?」
「はい~」
 ガラドが頷く。
「ああ~」
 サシカイアは天井を仰いで顔を顰め、それでもガラドを労う。
「そうか、ご苦労だったな。とりあえず、休め」
「はい~」
 何か違和感を感じているのか、ガラドが首をかしげつつ退場。
 それを見送り、ゆっくり100を数えてから、サシカイア達は大慌てで顔を見合わせた。
「どういう事だよ、もう戦争ふっかけてんのか?」
「俺に言うな。俺だって初耳なんだから」
 俺を責められても困る、とサシカイア。
 拙い、非常に拙い。すでに、ロードスの住人VS魔神の図式が出来ているとなれば、これから先、どうすればいいのか。どうなっていくのか。
 4人は互いの顔に答えを探すが、模範解答は何処にも書かれていなかった。


 ロードス島電鉄RE-BIRTH
  02 今日からマの付く自由業


 魔神王とは言うモノの、他の魔神に対する支配力が期待していた程でないことは、すぐに知れた。


 原作における魔神達は、無駄に戦線を広げすぎた。ただでさえ数が限られ、人よりも少ないというのにロードス全土で大暴れ。どうやったって陣容が薄くなり、各個撃破されるわ、各国でヘイトを買って百の勇者誕生を助けるわで、人並み、あるいはそれ以上の知能を持つモノとしてどうよ、と言う行動をしていた。
 人と戦わなければならないのであれば、敵を絞るべきだ。具体的には、当面モス一国に。一番近いし、既に竜の盟約は発動、モス各国はそれぞれに軍勢を整え、魔神との戦い、最前線になると目したスカード王城グレイン・ホールドにて合流しようとしていた。まずはこいつらを叩き潰すことに全力をつぎ込むべきだ。他国は後回しにして問題ない。わざわざ余所の国を助けるために兵を出そうと考えるような酔狂な国は、正義を標榜するヴァリスの一国くらい。それも、当面は助けようとする当のモス公国の拒否にあって手出しは出来ないだろうし。アラニアやカノンは己の国が狙われるまでは、所詮人ごとと無視するだろう。だから順繰りに一国ずつ片付けていけばいいのだ。やっぱり、各個撃破は戦いの基本だろう。
 それにしても。
「ナシェルの動き、早いな」
「さすがはチート王子」
 残念ながら、感心ばかりはしていられない身の上が悲しい。
 スカードの王子ナシェルは、魔神によって石の王国が滅亡させられたを知ると、即座にスカード王国をヴェノン王国へ降伏、併合させた。
 スカード王国は、ヴェノンの従属国と見なされている。であるから、竜の盟約に加盟できない。加盟していない以上、当然、竜の盟約の発動に何の権限もない。結果、他国の助けは期待できず、単独で魔神に当たらねばならない。
 その場合の勝敗の帰趨は明らか。
 石の王国を滅ぼす程の戦力を持つ魔神に単独で当たり、何とか出来るような力があれば、スカードは小国のままであったはずがない。間違いなく、戦えばスカードは為す術無く滅亡する。
 だが、ヴェノン属国となったことで、事情は大きく変わった。ヴェノンは歴とした竜の名を冠するモスの一国。自国の領土となったスカードを狙ってくると推測される魔神の軍勢に対抗するため、ヴェノンは即座に竜の盟約発動を宣言した。スカードにはその権利がなく、ヴェノンにはその権利がある。そして使えるのであれば、躊躇うはずもない。屈強なドワーフたちの王国を滅ぼす程に強力な魔神の軍勢、自国一国で立ち向かって被害を出すのはばかげている。旨味は独り占め、被害はみんなで分け合いましょう。極々あたりまえの思考だ。
 その盟約発動に最初に応えたのは、ハイランド王国。そちらへ身を寄せていたナシェルのロビー活動故か、あるいは原作のように鏡の森を魔神が攻めていないために余裕があったのか、迅速に反応したハイランド王国は即座に竜騎士を派遣してきた。
 ヴェノン、ハイランドの二国が動けば、様子見をしていた他の国の動きも定まる。
 かくして、旧スカード王国王城グレイン・ホールドは、昨日までの敵国同士が仲良く剣を並べる、多国籍軍──モス公国軍の本拠地となっていた。
「がんばってるねえ。それに比べて、我が軍はどうよ」
 瀟洒な黒いドレス姿のサシカイアは魔神王の玉座に収まり、はあ、とため息を零した。サシカイア=魔神王は、月の姫と呼ばれ、その美貌が喧伝されていたスカード王女リィーナの姿をとっている。そのアンニュイな様は、非常に容姿に似合っており、目にしたブラドノックが心持ち頬を赤らめたりしている。
 それはともかく。
 サシカイアがアンニュイになるのにも、もちろん理由がある。
 前述のように、己の配下に対する支配力の弱さ、それを痛感しているのだ。
 無駄に戦線を広げるのは馬鹿のすること。
 その考えを元に、サシカイアはロードス中に散っていこうとしている魔神達に待ったをかけた。
 だが、その命令に従ったのは全体の6割程度。残りの4割は命令、何それ?、状態で、ロードス各地で暴れまくっているとの報告が入ってきている。
 しかも、命令に従ってくれた魔神達の集結にも、予想以上の時間を費やしてしまった。スカード降伏からヴェノン王国による竜の盟約発動、モス各国よりの軍勢集結まで、いかに迅速に動いたとは言え、一日二日で済むことではない。本来であれば貴重な先制攻撃のチャンス、あっさり棒に振ってしまうことになった。
 どうにも魔神は皆、我が強すぎる。とても統制だった魔神軍としての行動を期待できない現状。ため息も零れる。
「……まあ、みんなファラリスの信者だもんねえ」
 と、ギネスが諦め気味に言う。
 そう、魔神は大抵ファラリスの信者である。たまにマーファの信者になったのか、農業にいそしむ馬鹿も出てくるようだが、それは極々少ない例外中の例外。〈〈汝のなしたいようになすがいい〉〉なんて抜かす神様、それがファラリス。その信者が、自分以外の者の指示に容易に従うか否か? もちろん否である。
 そうでなくとも、魔神達は500年ばかり、古代魔法王国の召喚魔術師アズナディールの作り上げた異次元の牢獄に閉じこめられていた。刺激の少ない空間で500年。精神活動が人とは異なるため、それで狂うと言うことはないが、退屈は退屈だった模様。彼らは刺激に飢えていた。そこへようやくの解放。はっちゃけるのもわからないではない。
 また、魔神達は実の所、勝利を求めてはいない。
 彼らのこの世における姿は所詮仮初め。本体は異界にあり、魂が投影されているような状態。倒されても滅びることはなく、本体に帰ることが出来る。──その際、下手をすると魂の変質を招くが、それでも異世界でうだうだやっているよりもマシだと考える向きもある。
 結果、わざわざ討たれてやるつもりはないが、討たれても別に構わない。勝つために我慢をするよりは、負けても構わないからそれまでは好き放題やってやろう、なんて思考に支配されがちになっている。
 ひょっとして、自分たちも討たれることで元の世界に戻れるんだろうか?
 なんて思いもあるが、確証がないし、痛いのもいやだ。それに、魔神王の敗北は精神的ダメージによるものしか考えられない。これはニアリーイコールで魂の破滅となりそうで危険きわまりない。もうちょっと他の安全そうな方法を考えた方が無難だろう。
「4割も逆らったと言うよりは、6割も従ってくれたと考えるべきだろうなあ」
 何事もポジチブに、とシュリヒテ。
「いや、逆に誰も従ってくれなかった方が楽だったかも」
 サシカイアは首を振る。
 サシカイアはほとんど反射的に、配下の魔神達に命令を下してしまった。これで、誰も従わなければ、それこそ魔神を見捨てて自分たちだけが生き延びる道を模索することも出来た。しかし、6割とは言え、命令に従う者が出てしまったせいで、それも難しくなった。これで、トップとしての責任が生じてしまったのだ。自分の命令に従ってくれた、ならば、彼らのために何かをなさねばならない、そんな具合で。
 従ってくれた配下の魔神にどう応えるか。やはりここは、この戦争、魔神側の勝利を目指すしかないだろう。ロードスに魔神の楽土を築いてやろう、と言うことで4人の意見はまとまっている。
 人と戦うことに抵抗感はないのか?
 それが、不思議な程になかった。
 あるいは、身体に思考が引きずられているのか。その辺りをうかがわせると言うべきか、サシカイアがスカートの裾も気にせず胡座をかいているのは魔神王の玉座。本物の髑髏なんかで飾られた悪趣味きわまりないモノであるが、特に気にもしていない。趣味が悪いとは思うがそれだけ、特に不気味とも感じていないし、恐怖もない。
「いや、少しは気にしようよ」
 サシカイアは中身男であるだけに、当然スカート姿には慣れていない。どうしても防御がおろそかになってしまって、ブラドノックをたびたび喜ばせている。……最近は本物の女の子も防御がおろそかだったりするか? それはともかく、今回もスカートが大きくまくれ上がって中身が見えてしまっており、目のやり場に困るし、隣のブラドノックの息が荒くて気持ちが悪いと、ギネスが警告してくる。
 サシカイアはブラドノックをけっ飛ばして、流石に足を揃えて座り直す。ちなみに、3人組の防具なんかと一緒に、サシカイアの服やパンツもガラドに命じて用意させた。何で女物でしかもスカート、と思ったが、とりあえずそれしか用意できなかったと、何かと気の利くガラドが言うのだから、そうなのだろう。まさか普通に服屋に買いに行くわけにはいかないのだから、そう言うこともあり得るのだろう。だから当面はこれでしょうがないと諦めた。その報告の際、背後で3人が親指を立てていたことには、残念ながらサシカイアは気が付いていなかった。
「で、どうするよ? 即座に決戦?」
「そうだな」
 サシカイアは頷いた。
「原作通り、ブルーク王を前面に出して接近すれば、奴ら勝手に自滅するだろうしな」
 ちなみにブルーク王は配下のドッペルゲンガーに化けさせたモノ。オリジナルは既に死亡している。──が、ばれなければいいのである。
 竜の盟約は、あくまでも対外戦争のための大同盟。ロードス規模で考えれば、おのおの小国でしかないモス各国が、外来の侵略者に対抗するために一時的に手を組む。それが竜の盟約。
 これは、モス国内の内乱には適応されない。あくまで外敵向けの同盟だ。
 スカードのブルーク王が前面に立って戦いを挑めば、外敵の襲来ではなくモス公国内の勢力の襲来。いつもの内乱となり、竜の盟約は失効、大同盟はあっさり瓦解するだろう。原作でそうだったという力強い保証にプラスして、竜の盟約と言ったところで所詮は同床異夢の呉越同舟。彼らは心の底からの仲良し小良しではないのだ。昨日まで互いに牽制しあい、何度も殺し合いをしてきた連中である。特に今回、ハイランド王国はスカードのナシェル王子を受け入れている。そこへ魔神を率いる(ように見せかけた)ブルーク王の登場となれば、全てはこちらの戦力をすりつぶすためのハイランド、スカード共演の陰謀ではないのか?、なんて疑いを、サシカイアらが何する必要なく育てて自滅してくること確実。
 また、食糧の問題もある。所詮は小国の王城グレイン・ホールド。堅牢とはいえ、モス中から集った兵隊を喰わせるだけの備蓄があるかと言えば、もちろん無い。ヴェノン本国から大慌てで運び込んでいるようだが、大兵力であるが故に、長引けば非常に厳しくなることは目に見えている。このまま放置していても、遠からず瓦解するだろう。腹が減っては戦は出来ぬ。これは真理なのだから。
 勝ちが見えているだけにサシカイアらは気楽なモノ──だったのだが。
「魔神王様~、大変です~」
 玉座の間に駆け込んできたのは、前回同様カラスの化け物、ガラド。
「配下の一部が~、グレイン・ホールドへ勝手に攻め込んで全滅しました~」
「……まじかよ」
 全くもって、前途は多難なようである。







以前なんとなく書いた番外、魔神王編の続き。
これって書き進めると、俺TUEE内政モノになりそう。
アレって書いている人の知識量がものを言うジャンルだから、かなり厳しそうです。
続きはあんまり期待しないでおいてください。



[4768] RE-BIRTH03 なまえのないかいぶつ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/07/18 17:59
 旧スカード王国王城グレイン・ホールドに星が降った。
 そして、その日のうちに、旧スカード王国は魔神王の支配するところとなった。


 グレイン・ホールド城を舞台にした人と魔神の戦い第二幕は、魔神王サシカイア率いる魔神軍優勢で始まり、終わった。
 見事なまでのワンサイドゲーム。その理由の最大のモノはもちろん、目立つ場所に立ち、魔神軍を率いているように見せかけたスカード国王ブルークの存在である。
 魔神軍、即ちそれはスカード王国軍。
 そうなったとき、対外向けの連合である竜の盟約、モス公国軍は破綻した。魔神との戦いはモス公国の存亡をかけた対外勢力との戦いではなく、頻繁に行われているモス公国内の勢力争いとなった。途端、各国兵士達は隣にいる他国の兵士を信じることができなくなった。
 特に、ハイランド王国、こいつらが一番ヤバイ。
 ハイランド王国は、ブルーク王の子ナシェルを迎え入れ、ハイランドの王族として遇している。実際、ナシェルの母親はハイランド王家ゆかりの人物であるから血統的には間違いではない。しかし、それがこの場合問題とされた。魔神を率いる王の息子がハイランドにいる。そこに、ハイランドの恐るべき野心が隠れているのではないか? いち早く竜の盟約に賛同して行動を起こしたのも、怪しいと思えば怪しい。これまで、誰もハイランドと魔神の関与を疑っていなかった。そう思わせるための、最速の行動ではないのか? 大体、一緒に戦っていたはずのナシェル王子はいつの間にかいなくなっているし、全てはハイランドの思惑通り、自分たちは踊らされていたのではないか?
 その他にも、国同士の諍いの種はいくらでも転がっていた。モス地方は長いこと戦乱に明け暮れてきた。騙し騙され、殺し殺され。各地で利害関係がぶつかり合い。そんなことを延々と続けてきた間柄に、真実の同盟が可能か? いくらモスの騎士が豪放な性格で、細かなことには拘泥しないと言ったって、限度というモノがある。恨み辛みの種は、何処彼処に転がっている。
 それでも、竜の盟約がきちんとしているうちは良い。自分たちの祖国の防衛。分かり易くモチベーションを高められ、恨み辛みを棚上げしやすい理由だ。よそ者をたたき出せ、を合い言葉に共に戦うことが出来た。しかし竜の盟約という看板を失った今、他国の人間と剣を並べて戦うことなど、ほとんど不可能ごとになった。
 一度疑いだしてしまえば、その全てが怪しく思えてしまう。疑心暗鬼に捕らわれて、相互の連絡すら不自由する状況。正面の魔神と同じくらい、あるいはそれ以上に、横の、味方であるはずの他国軍に注意を振り分けざる得ない状況。そもそも単体での強さでは魔神が勝っている。それでも人が抗し得たのは組織力によって。複数で連携、協力して一つに当たることで力の差を埋めて、だ。なのにてんでバラバラ、おまけに集中を欠いた状態では、まともな戦闘にすることすら厳しい。
 翻って魔神軍。
 原作で勝利した、と言う事もあり、魔神王サシカイアはこの戦いの帰趨を心配していない。
 自分たち魔神軍は勝つだろう。
 正直なところ、組織力と言うことでは一歩も二歩も人に譲る状態。今回は人間側をろくな連携を取れない状況に陥らせることで、こちらと同じ地平に引きずり降ろした。こうなってくれば、単体での強さがものを言う。個々の武力による、単純な力押しでも何とかなる。
 勝つ、それはほぼ確定。
 サシカイアは、そこから更に思考を進めた。
 ──ならば、どう勝つか。
 魔神の数は、人よりも少ない。モス全土の兵士を糾合すると7000程度になると言う。実のところ、魔神の数はそれにすら届かないのだ。一緒に封じられていた魔神を全て集めれば一万にも届くかも知れないが、その半分近くはサシカイアの指揮下になく、勝手気ままにロードスで暴れ回っている。これでは戦力とは数えられない。先の勝手な攻城、敗北もあり、サシカイアの手元にあるのはせいぜい5000と言ったところ。しかも、その大半はアザービーストなどの魔神の眷属──要するに雑魚でしかない。魔神将はシュリヒテら3人、上位魔神で100に届かない。上の方が少ないピラミッド型の人数分布はあたりまえの話だが、それでももう少し上位魔神が欲しいと思ってしまう。ちなみに、黒羽のガラドは上位魔神だ。リプレイでは魔神将とか言っていたような気もするが、多分気のせい。あの程度の強さで魔神将はない。
 しかも、人間側はそれで全てではない。民兵、傭兵など、まだまだ集める余地はある。しかも、これはモスに限った話。ロードス全土を見回せば、もう笑ってしまうしかないくらいの数となる。
 兎に角、ただでさえ数で負けている魔神を、この戦いでなるべく減らさないように勝ちたい。
 そう考えたサシカイアは、先制攻撃で星を降らせることにした。
 星を降らせる──10レベル古代語魔法メテオストライク。
 魔神王の高いソーサラーレベル、そして潤沢な精神力(命に関わるので無駄遣いは禁物だが)によって、範囲、そして距離の拡大がなされ、雨の如く降り注ぐ隕石の群。堅牢なはずの城壁はあっさりと破壊され、城の天井をぶち破り、中にいた人間にも手ひどいダメージを与える。何しろ、魔力による追加ダメージだけで19点もあるのだ。更にレーティングの50という凶悪な威力。期待値で29点という大ダメージは、大抵の人間を一撃で屠る。
 たとえば、電鉄本編サシカイアがこれだけのダメージを喰らった場合、レベル減算10点で被ダメージは19。体力11なのでマイナス8。生死判定突入である。そして、大抵の兵士はサシカイアよりレベルが低い。体力はあるかも知れないが、そんなモノは焼け石に水だろう。
 しかもこれは爆風のダメージだという。直撃したら破片も残らないだろう。
 元々、士気が下がっていたところ。
 そこへ、先制の凶悪すぎる一撃。
 あっさりとモス公国軍は軍としての体裁をなさなくなった。剣を交える前に、既に勝負は付いていた。混乱し、最早戦うどころではない。
 そこへ、満を持して突入する魔神軍。
 一方的な殺戮、蹂躙が、グレイン・ホールド城を舞台に繰り広げられた。


 その日、モス地方には雨が降っていた。
「調子に乗りすぎた……大失敗だ」
 占拠がなったグレイン・ホールド城、雨漏りのする一室で、サシカイアは頭を抱えた。
 大勝利。
 それは良い。
 良いが、得たモノは穴だらけになったお城。
「……やりすぎた」
 なんて感想も零れるというモノ。雨まで降ってきて、城の中でも気を付けないと濡れてしまうと言うのが、益々気を滅入らせる。おまけに何処彼処に死体も転がっている。特に後悔も自責の念も感じていないが、それでもヴィジュアル的に麗しいモノではなく、これまた気が滅入る。気が滅入るので、サシカイアは死体を、下っ端魔神に命じて片付けさせる事とした。
 破損の少ないモノは魔法の得意な魔神にゾンビにするように命令。やはり、簡単に撃破される雑魚だとしても、ある程度は数が欲しい。ゾンビは頭も悪いので、あまり役には立ちそうにないが、少なくとも的を散らすくらいは出来るだろう。
 一方で、破損の激しいモノは、飛行できる魔神に命じ、夜の闇に紛れて、どこか適当な町や村へ持っていって放り捨ててこさせる。その際に、モノを腐敗させる暗黒魔法ロッツをかけて熟成させること。井戸に捨てる事が出来たら最高だが、無理はしない。戦闘は厳禁、捨てたら逃げてこい。これで死体の処理でもミスって疫病でも発生してくれたらラッキー。何しろ魔神は病気にならないから、人間側のみに一方的な被害が期待できて疫病は美味しいのだ。
「まあ、魔神達の被害は押さえられたんだし、良しとしようよ」
 そう言ってサシカイアを宥めたのはギネス。
 その言葉通り、魔神達の被害は大分押さえられただろう。流石に被害ゼロとは行かなかったが、メテオストライク抜きの場合より、少ないことは確実。
「大変なのはこれからだし、前向き、ポジティブに行こうよ」
 最初は一番のビビリだったギネスだが、随分前向きになっている。何でも、神の声を聞いたとか聞かないとか。怖いから、詳しい追及はしていないが。
「これから、これからか」
 サシカイアも、何時までも落ち込んでいても仕方がないと精神的再建を果たす。時間は有限。ロードスが落ち着いて、揃って魔神に対抗しましょう、となれば数で圧しきられるのは原作の通り。ならば、その前に、きっちりと周囲を固めて、戦える、戦って勝てる状態に整えたい。
「まずは、城の修復」
 本拠となる場所はそれなりであって欲しい。防御力と言うよりも、生活空間的に。最も深き迷宮? 穴蔵の底に住むのはドワーフだけで十分だ。やはり人間、真っ当にお日様の元で暮らすべきである。──今は魔神だけど。
「……なんだが、金がないぞ」 
 と、言いつつ入室してきたのはシュリヒテ。城の宝物庫を調べに行っていたのだが──
「見事に空っぽだ。ちくわしか持ってねえ」
「ちくわ?」
 と聞き返すと冗談だと言われた。
 そう言えば、原作でスカードがヴェノンに降伏する際、ナシェルが財宝の一切合切を国民にばらまいていた。太っ腹と言うよりは、どうせ滅亡、ヴェノンのものになるのであれば──と言う感じの捨て鉢の思考によるモノだろうが、そのあたりはこの際どうでも良い。大事なことは、金がないという事、その一点。その現実の前には、細かな理由なんてどうでも良いのだ。
「……金がないのは首がないのと一緒」
 涙を飲んで城の修復を先送りするにしても、金は必要だった。
 一応、数が少ないながら旧来のスカード住人が残っていたりするし、出戻り組も少なくない。こいつらを食わせなければならないのだ。
 かつての王様が魔神を率いて暴れ回っている。
 そんな状況下、気楽に難民なんてしていられるはずもない。無関係と叫んだところで、実際彼らが無関係だとしても、周りの人間はそう思ってくれない。「あのスカードの人間」と、迫害を受けるに決まっている。そうでなくとも、土地も家も失って他国で暮らす難民なんて生き方、楽なはずがないのだ。既に書類上、彼らはヴェノン国民になっている。いるが、それでもやっぱり心情的にヴェノンは他国だ。それも、そちら大国、こちら小国という悲しい力関係。これまで幾度となく無理難題を出され、煮え湯を飲まされてきた嫌な国筆頭。その国に、これまで以上に迫害され、蔑視され、苦痛に満ちた生き方を強いられる。それくらいならばいっそスカードに戻って──と考える者が出るのも不思議な話ではない。
 魔神は怖い。
 しかし、ブルーク王に率いられているならば、そう酷いことにはならないはず、と、己の恐怖心を誤魔化すことは出来る。
 一般的な住民以外、騎士なんかも同様。ヴェノンに仕えたとしても、周囲の目がきついのは変わらず。しかも彼らは外様。出世の本道からは大きく外れてしまっているのは疑いようがない。どころか、僅かなミスで領地を取り上げられかねない。危険な任務も、優先的に命じられるだろう。ヴェノン王国としては、信用できない新参よりも、気心の知れた自国の騎士こそを優遇したいというのは、あたりまえの思考なのだから。また、魔神の強さが、野心を刺激したと言うこともある。敵に回せば手強い魔神。これが味方となれば? いずれは魔神の軍勢によって、これまで何かといやらしい真似をしてくれたヴェノンを破り、モスにスカード有りと言われるまでになるかも知れない。どころか、ブルーク王はいずれ、モス公王の座を手にするかも知れない。──そうなったとき、彼らも栄光に満ちた地位に至ること出来るのではないか、そんな期待、野心もあった。
 そんなわけで、今では結構な人間がスカード領内に存在する。改めて国王ブルークに忠誠を誓った騎士もいる。
 しかし、残念なことに、それを喜んでばかりもいられない。
 今、スカードには、彼らを食わせるだけの食料がないのだ。
 なにしろ先の多国籍軍によって、元々生産量の多くないスカード国内の食料は、ほとんど根こそぎ徴発されているのだ。早いところ何とかしないと、あっという間に彼らは飢えることになる。
「食料は軍隊が残していった奴があるにはあったが……」
 と、今度はブラドノックの報告。
「あるにはあったが?」
 歯切れの悪い言葉に続きを想像して顔を顰めつつ、それでもサシカイアは先を促す。都合の悪い報告を聞かない。それは最も愚かなやり方だ。良い情報も悪い情報も、大事な判断材料なのだ。
「そもそも量が無かった上、大半は焼失。残った奴も、どいつがやったか知らないが、ロッツの呪いで……」
 先も出てきた暗黒魔法ロッツ。日本語で言えば腐敗。文字通り、モノを腐らせる魔法だ。この魔法を使えば、腐るモノであれば何でも、僅か30分で腐らせてしまうことが可能だ。
「プリザベは?」
 プリザーベイションの魔法は、ロッツの対抗呪文。ロッツが腐らせているモノを、腐る前の状態に戻すことが可能なのだ。が。
「試したけど、ダメ。もう完璧に腐ってた」
 ただし、腐らせている課程であれば、と但し書きが付く。30分経って、既に腐りきってしまっていれば、流石に腐る前に戻すことは不可能。そうなると、いかに対抗呪文といえども無力なのだ。
「ああ~~」
 と、サシカイアは頭を抱える。が、犯人捜しをして追及するつもりはない。
「……魔神は別に飯要らないモンなぁ」
 魔神は飲まず食わずでも生きていける。迷宮の奥深くに、何百年も番人として存在していたり出来るのはそれが故。食わなきゃ生きていられないでは、早々と餓死してしまう。中には人を喰らうモノもいるが、それは必要だからではなく、趣味嗜好の問題。原作でゲルダムは人の子供を喰っていたが、今のシュリヒテ=ゲルダムは人を食うつもりはないだろう。てか、あったら縁を切る。いくら身体につられて人を殺す事への忌避感がないとは言え、何処までも許せるわけではない。──話が少々ずれたが、魔神達にとって、食べ物は別段必要なモノではないのだ。
 ちなみに、サシカイアらは三食ちゃんと取っている。人とのしての意識が強いため、食べないと腹が減るような気がして落ち着かないのだ。現実には必要ないのだが。
 兎に角、そんな魔神であるから、食料については扱いがかなりいい加減。と言うか、ロッツをかけた奴は逆に気を使ったと言ってもいいくらいだろう。魔神は食べ物がなくても良いが、人は食べ物がなくては困るのだから。下手に取り返されて人に利用される危険を残すくらいであれば、どうせ不要なモノ、腐らせて使い物にならなくしてしまえばいい、と。そう言う気遣いが出来る奴ならば、罰するどころか逆に、取り立ててやっても良いくらいだ。
 しかし、今回はその気遣いも、余計な親切大きなお世話の好例になってしまったのが痛い。
 魔神の数を考えれば、この先、人の協力は必要不可欠だろう。地道に召喚魔法何ぞを使い、数を増やすにしても、そんなに簡単に行かない。潤沢な精神力を持つ魔神王。とは言え、それが出来るのがサシカイア1人しかいないから呼び出せる数は限られているし、潤沢は無限とは違い、やっぱり有限なのだ。だから、せっかくの国民、大事にしたいのだが。
「……やっぱり鏡の森攻め込んで、スポーンの材料ゲットするか?」
 スポーンも喰わせる必要のない、どころか労働環境を整える必要すらないお手軽な戦力ではある。数が必要というのであれば、こちらはどうだ、とシュリヒテ。
「……やめとこう」
 しかし、その提案にサシカイアは首を振る。
「ちょっかい出さなきゃ、エルフは引きこもってくれると期待できるだろ」
 元々、人間なんかを一段低く見て馬鹿にしている向きのあるエルフ達。自分たちに害がなければ、魔神がぶいぶい言わせてても、また人が馬鹿なことやってると、上から目線で傍観するだけに留めるだろう。
 それにスポーン、手軽なのは良いのだが、きちんと訓練した兵士相手には有効と言い難いのだ。エルフを敵に回すことと比べると、わざわざ作る価値を認められない。……これにはエルフスキーであるサシカイアの嗜好が判断に影響している可能性もあるが。
「金、金、金かあ」
 魔神王って、そんな心配しなくちゃいけなかったのか? 想像と違うぞ、とぶすっくれるサシカイアだが、ぶすっくれていれば問題が解決するわけではない。
「とりあえず、当座の金だけでも何とかしないと」
 まずは住人を飢えさせないこと。
 それにしても、スカード王国ゲット。この先は現代人の知識を生かして内政モノで俺TUEE、俺SUGEEかと思ったら、いきなり資金難かよ、と頭を抱える。
「グルネルあたりに魔剣を作らせて売るか? いや、敵に思いっきり塩送るぞ、それ」
 魔神グルネルは、自作の魔剣何ぞを持っている。即ち自分で魔剣を作れると言うこと。それを大量生産させて売る。確かに金にはなるが、その魔剣で人間=敵が強化されてはどうしようもない。実効のない魔力附与、刀身の照り返しを見ると背中にみみず腫れが出来るとか、なんとなくご飯がまずくなるとか、カラスの繁殖を助けるとか、夏はちょっと疲れ気味とかであれば害はなさそうだが、それでは誰も欲しがりそうにない。おまけにバブリーズ以来、マジックアイテムの値段はだだ下がりだし、旨味にも乏しいか。武器輸出はやめておいた方が良さそうだ。
「しかし、本当にスカードって、売りがないよなあ」
 他にもいくつかの意見交換。
 しかし、今までの所、有効なモノは出ず。しみじみと言ってサシカイアはため息を零す。
 奥まった場所にあり、交通の便は悪い。 目立った産業は無く、唯一の売りは石の王国との交易品。その石の王国は魔神が滅ぼしてしまったから、最早見事なまでに何の取り柄もない国だ。──それくらいだから、竜の盟約に名前を連ねることすら出来ないちんけな一小国であった、と言うことだろうが。ナシェルが国を売る決意を早々とするわけである。
「石の王国、石の王国かあ、──あっ」
 ぶつぶつ言っていたブラドノックが、一つ手を打つ。
「そう言えば、スカードって石の王国に特産のエールを貢いでたよな。アレって、売りにならないか?」
 原作に依れば、スカードエールは確かに味が良いと評判らしい。しかし、これは南のドワーフ族に全て貢いでいたために、これまで金を得る手段とはならなかった。ドワーフ族亡き今、これをスカードの特産品として、ライデン商人あたりに卸して新しい売りにする。悪い意見ではない。ないが。
「技術者流出して、ダメなんじゃないか? そうでなくとも、今必要なのは今日のお金で、将来の大金では意味がないし」
 その為の原材料費他の資金がない。あっても、仕込みやら何やらで、完成、売り物になるまでに時間がかかるのも問題。できあがる頃には住民は飢え死に、国家は破産してるだろ、とサシカイア。もし再現するとしても、それは余裕が出来てからの話だろう。……可能であれば、技術者の確保ぐらいはやっておきたいが。
「いや」
 ブラドノックは首を振る。
「今から生産じゃなくて、石の王国に残ってないか、って話だ。残っていたら、高く売れないか? 魔神に滅ぼされた王国の幻の酒。今のところ、追加生産は絶望的なビンテージモノだろ?」
「ヴィンテージの用法が違うような気がするが、確かに。すぐに人をやって──」
 調べてみる価値はあるだろう、とサシカイアが呼ばわるのはガラド。こいつ、気が利いて使い勝手が良いのだ。リプレイではせこい小悪党と言ったところだが、脳筋だらけの魔神軍において、その気質は稀少だ。信用度について不安が無くはないが、見たところ絶対の強者、魔神王には従順。その下での出世を狙っている模様。とりあえず相性の悪い凶角のゴディスあたりと組ませなければ当面は問題ないと見ている。
 あたふたとやってきたガラドにかくかくしかじかと命令。即座に飛んでいったガラドを見送り、これでうまいこと行って、一息付けると良いなあ、と、サシカイアは大きく息を吐いた。


 ロードス島電鉄
  RE-BIRTH03 なまえのないかいぶつ


 一息付けました。
 逆に言えば、一息しか付けなかったとも言う。
「足元みやがってこんちくしょうめ」
 石の王国で、スカードエールの発見はなった。穴蔵の底だったこともあり、保存状態も最高。これはありがたいと、すぐにライデンへ運ばせて取引。
 一財産出来る、と期待して挑んだ商談。
 だが。
 海千山千のライデン商人は一筋縄でいかなかった。
 マーチャント技能のないサシカイアら。しかも飛び込み、すぐに金が必要です、って顔に書いてあるような連中である。鴨がネギを背負っているようなモノ。商売のプロを相手に手も足も出ず、足元見られてさんざんに買いたたかれてしまった。
 ぐぬぬぬぬ、くそう、ライデン滅ぼすか?
 なんてサシカイアの頭に掠めるが、止めておく。手を広げすぎるのは失敗の元なのだ。
「それやると、多分俺の死亡フラグ」
 そう言ったのはシュリヒテ=ゲルダム。原作でゲルダムは、ライデンを経済封鎖していたのだが、そこを評議会に雇われたベルドに襲われて死亡している。
「星を降らせるとかなら良くないか?」
 遠距離から一方的に。何だか、この酷い作戦、基本的な手段になりそうな雰囲気である。
「それって結局、百の勇者誕生を促すんじゃない?」
 右の頬を張られて左の頬を差し出すようなマゾヒストは希有な存在だろう。ライデンがそんな希有な存在とは到底思えない。叩かれれば、その潤沢な資金を使って報復を考えるに決まっている。
「……止めておこう」
 今のところ、ライデンは静観中。下手に藪をつつく趣味はない。
「だが逆に、百の勇者の宣言をしたら目にもの見せてくれるぞ、ふっふっふ」
 その場合は遠慮なく、星を降らせてやる。サシカイアの不気味な笑いに、3人はどん引き。
「まあ、仕方ないから、次の金策を始めるか」
 他の金策の手段も、これまでに色々と考えていた。一息、とは言えその時間は無意味ではなかったのだ。
 多くは現実的じゃないと早々に却下。これから実行しようとするそれも、リスクを考えると色々難儀ではあるが、この際背に腹は代えられない。
「色々考えたけど、結局これしかないんだよなあ」
「……正直、気は進まないけどなあ」
 一番レベルの低い俺がヤバイよ、とブラドノックは引き気味だが、他に手はないのだから仕方がないと、ため息を零した。


 一時しのぎにしかならなかった金策。
 内政で俺SUGEEとやろうと思えば、どうしたって潤沢な資金が必要である。最大にして唯一の取り柄であったドワーフとの交易を失った今、このままではスカードは枯れてしまう。
 ここは、多少の危険を冒してでも、金を──大金を得る必要がある。
 そう考えたとき、サシカイアらの脳裏に浮かんだもの。
 それは、モスはアルボラ山脈に住まう古竜、金鱗の竜王マイセンである。
 ロードスに住まう五色の古竜は、太守の秘宝を中心とする莫大な財宝の守護者である。そして、原作においてマイセンは、ニースによって呪いを解かれ、その財宝をハイランド王国に与え、それは対魔神の軍資金となった。
 それを、今のうちにこちらでゲットしておくのは、色々と美味しい。金がない現状を解消できる上、将来の敵の軍資金を奪うことが出来る。見事なまでの一石二鳥である。
 百の勇者が勇者隊として活躍できたのは、ライデン商人のバックアップの他、このマイセンの財宝があった故である。軍隊なんて何も生産せず、ただ消費しかしない連中である。喰わせ、戦わせるには色々と金がかかる。兵隊だけいても、戦争は出来ないのだ。
 今、マイセンの財宝を奪うことで、将来の敵の規模を縮小できるかも知れない。数で劣る魔神軍にとって、それは非常に美味しい話である。
「──と言うわけで、やってきましたマイセンの巣穴」
 サシカイアは言って、目の前にぽっかりと空いた穴に、無造作に足を踏み入れる。
「ちょっと待て」
 と、その後に続くのはシュリヒテら三人。
 どうせHPダメージは無効だし、と普段着、気楽な格好のサシカイアに対して、こちらの三人は様々なマジックアイテムを身につけている。魔法を防ぐ護符やら、炎を吸収する魔法の水晶やら、各種の指輪やらを。ちなみに全て魔神ブランド。その一つ一つを指さし確認。もちろん格好は人間形態ではなく、魔神将本来の姿に戻っている。
「気持ちはわからないでもないが、話が進まない、行くぞ」
「くそう、俺らと違って、無敵の魔神王様はいいなあ」
「代わるか? 付いてないんだぞ? 代われるなら是非代わってくれ」
「……やっぱ遠慮しとく」
 苦渋の決断という顔でシュリヒテ。命は惜しいが、男の尊厳も惜しい。その狭間でかなり揺れはしたが、結局は踏みとどまり、男の尊厳を選んだ様子。
 しかし。
「俺は代われるなら代わってみたいなあ。美少女になって周りからちやほやされるのも良くね? 後、色々と神秘の探求とかもしてみたいし。女湯だって入りたい放題なんだぜ? ……くそぅ、シェイプチェンジで化けるにも、アレはよく知っているモノにしか化けられないのが辛いっ!」
「さあ、行こうか」
 魔法使いブラドノックの言葉をみんなで綺麗に無視して、一行は竜の洞窟を奥へ奥へと入っていく。
 硫黄の臭いが高まり、ごつごつしていた岸壁がなめらかになっていく。竜の身体に削られたのだ。
「そんだけ硬いって事だよなあ」
 うんざりとしながら、自前の得物、長柄のグレイブを担ぎ直すシュリヒテ。これも強力な魔法の品だが、ドラゴンの鱗を削るのは苦労しそうだとため息。出来れば戦いたくないが、果たしてどうなるか。光竜──即ち光の神の眷属みたいだから、魔神=闇の神の眷属とは相性が悪いだろうという推測は立てられ、楽観は出来ない。それが故の魔神将形態。そして戦いとなれば、魔神将三人は肉体へのダメージが有効──死の危険があるだけに、サシカイア程気楽にはなれないのだ。
 そこへ。
「邪悪なる異界の王よ、何用か」
 不意に、奥から声が響いてきた。
「へ~、ロードス共通語だね」
 ギネスが感心したように言う。ドラゴンと言えば、下位古代語、あるいはリザードマン語を使うモノと決めつけていた。ルールブックにもそう書かれていたし。しかし、マイセンはロードス共通語まで使いこなすらしい。
 ちょっと先の曲がり角を越えると、その向こうに金色の巨体を横たえているモノがいた。エンシェントドラゴン。金鱗の竜王マイセン。
「すげえ、なんか感動。本物のドラゴンだぜ?」
 サシカイアが子供みたいに喜ぶ。その気持ちは他の者にもわかった。幻想の生き物の王様。それがドラゴン。まさか、本当に生きて動いている奴を見る機会があるなんて、考えても見なかった。
「邪悪なる異界の王よ、何用か」
 マイセンは再び同じ言葉を繰り返す。その瞳には、警戒の色が濃い。
「金鱗の竜王マイセン。我々はお前にかけられた呪いを解きに来た」
 サシカイアは表情を改め、堂々と宣言する。
 が、それを聞いたマイセンは首をかしげる。
「マイセン? 我はそのような名前ではない」
「……あれ?」
 サシカイアも首をかしげ。
「そう言えば、その名前って解放されてからだっけ?」
「確か、そう。マイセン王の名前を貰ったはず」
 ブラドノックがサシカイアに小声で教えてくる。
「そうか、なら」
 サシカイアは仕切直しと、再び胸を張って堂々と立つ。
「俺はこれからお前にかけられた呪いを解き、更にお前に名前を与えてやろう!」
 確か、ナシェルが乗騎となる竜をゲットするとき、名前を与えるのが決め手となったはず、とサシカイアは思い出す。このまま、うまくやれば、マイセン──もとい、金鱗の竜王を乗騎としてゲットできるかも。そうすれば、戦いにおいて非常に心強い味方になるだろう。何しろモンスターレベル16は、サシカイアはともかく、他の3人よりも上なのだから。
「ほう、我に名前を、だと?」
「そうだ、かっちょいい奴をくれてやるぞ。──うん、うん。決めた」
 腕を組み、首を僅かに傾げて黙考。そしてすぐに思いついたのか、顔を輝かせて手を一つ打つ。そして告げる。
「ペペロンチャ! お前の名前はペペロンチャだ」
 金鱗の竜王ペペロンチャ、どうよ? すごく格好良いだろう?
 と、小鼻をふくらませ、この俺の素晴らしいセンスに涙しろ、と威張るサシカイア。背後でシュリヒテらが腰砕けになっているのに気が付かない。
 そして。
「巫山戯るなよ、この邪悪なる魔物めがっ! 我を愚弄するかっ!」
 金鱗の竜王ペペロンチャ(予定)の返答は、咆哮のごとき大喝だった。
「え?」
 と、サシカイアは、その激しい反応に首をかしげた。
「まさかとは思うが、気に入らなかったのか?」
「気に入ってたまるか、この異界の化け物がっ!」
「この素晴らしいセンスに満ちあふれた名前に駄目出しをするとは、贅沢な奴だな。……だが、わかった。なら次を考えてやろう。──ええと、うん、そうだな」
 再び腕を組み、首を僅かに傾げて黙考。そしてすぐに思いついたのか、顔を輝かせて手を一つ打つ。そして告げる。
「スパゲッチャ! お前の名前はスパゲッチャでどうだ?」
 金鱗の竜王スパゲッチャ、どうよ? すごく格好良いだろう?
 と、小鼻をふくらませ、この俺の素晴らしいセンスに涙しろ、と威張るサシカイア。背後でシュリヒテらが再び腰砕けになっているのに気が付かない。
 そして。
「もういい、貴様は黙れ!」
 金鱗の竜王スパゲッチャ(予定)の返答は、やっぱり咆哮のごとき大喝だった。その上今度はそれで終わらず、首だけではなく、身体全体を起こし、威圧するかのように正面面積を大きくする。
「え、これも気に入らない? わがままな奴だな、なら、カルボナーとかは……」
「邪悪な魔物め。滅ぼしてくれるわっ!」
「交渉決裂? なんで?」
 本気で首をかしげながら、サシカイアは慌てて金鱗の竜王から距離を取る。
 金鱗の竜王は財宝の守護者であるため、狙う者──サシカイアらがいるせいでそこからは離れられないらしい。しかし、鼻息も荒く、首をもたげてこちらを睨み付けてくる。その様は迫力満点。さすがはドラゴン、ファンタジーの王様モンスターと言うところ。
 しかしサシカイアは吐き捨てる。
「ちっ、所詮は爬虫類、トカゲの王様か、センスがねえ」
「……俺はお前のセンスの方が心配だがな」
 シュリヒテが、どこか疲れた様にサシカイアに応じる。
「って言うか、本気で言っているんだったらすごいよね。ある意味、すごいセンスだ」
 ギネスもうんうんと頷いている。
「だよなあ」
 ブラドノックも頷き、はあ、と三人は揃ってため息を零す。上手くすれば戦いを回避できそうな雰囲気だったのに台無し。もうこうなってしまえば、戦いは不可避だろう。
「そう言うお前らだったらどんな名前付けたんだよ」
 口々に非難されたサシカイアが、ぶすっくれる。
「え? そうだな、ステキな名前と言えば、スクミズとかニーソとかシマパンとか……」
 応じたブラドノックが指折りステキな名前とやらを並べる。
「……正直、お前にだけは馬鹿にされたくないぞ」
 それはステキな物かも知れないが、竜に与える名前としては絶対に間違っている。シュリヒテ、ギネスもこの言葉に頷いてくれた。はぁ、とため息を吐いて、サシカイアは気持ちを切り替える。
「兎に角、こうなったら戦いしかないな。本気で行くぞ」
「しょうがねえな」
「え? スクミズってステキな名前じゃね?」
「その前に、強化忘れちゃダメだよ」
 頷く三人。いや、ブラドノックが頷いたかどうかは微妙だが、真面目に相手をするのも馬鹿らしいとはこの事。それ以上の議論はしない。
「行くぞっ!」
 各人分担して、肉体強化呪文をはじめとする戦闘補助魔法でがちがちに固め、サシカイアの号令と共におのおのの武器を構えて金鱗の竜王に突撃する。
 彼らを迎えたのは竜王のブレス。
 ほとんど閃光のような炎が扇状に吹き出し、4人を包む。
「熱っ、ちょい、熱いっ。ダメージはないみたいだけど、むちゃくちゃ熱いぞ、これっ」
 魔神王に肉体ダメージは無効である。そのつもりでまっすぐに飛び込んだサシカイアは悲鳴を上げる羽目になった。
 攻撃を受ければ、しっかり痛いらしい。これは、嬉しくない発見だ。
「ダメージがないだけマシだろう」
 ぼやくのはブラドノック。身体から煙が上がっている。横っ飛びで逃れようとしたが、思ったよりブレスの攻撃範囲が広くて無理だった様子。抵抗には成功したみたいだが、きっちりとダメージを喰らっている。
 その視線がサシカイアを捕らえ。
「ぶぱっ」
 と、鼻血を噴水の如く吹き上げて、その勢いで仰向けに倒れそうになる。ぎりぎりで何とか踏みとどまり、しかし、慌ててお尻を後ろに突き出すみたいにして腰を引く。足下には赤い水たまり、その顔は下半分が血にまみれているが、表情はとてつもなくいい笑顔。おまけに右手はサムアップ。
 ドラゴンの強烈なブレスに、サシカイアはノーダメージ。だが、その装備は多大な被害を受けた。どうせ平気だからと普通の服を着ていたのは大失敗。ミスリルさえ溶かすというドラゴンのブレスに、ただの服が抵抗できるはずがない。下着まで簡単に焼け落ちてしまい、サシカイアはマッパ。
「~~~~~!」
 と、胸と股間を押さえて隠すサシカイア。
 ところが、それどころではなかった。
「シューが!」
「え?」
 ギネスの悲鳴に見てみれば、真っ黒ローストされてぴくりとも動かないシュリヒテ。
「……死んでる」
「えええええっ? なんでだよ、何でそんなに簡単に──って」
 その理由に思い当たる。
「ワードパクトっ!」
 ギネス、ブラドノックも同時に思い当たったらしい。3人の声がハモる。
 ワードパクト。それは呪いの一種。ある種類の攻撃では死なないと言う呪いをかける魔法。──これだけ聞くと呪いと言うよりは祝福のようにも聞こえるが、そうではない。たとえば、刃物によるダメージでは死なない様にすると、首をはねられたって、その攻撃が刃物を使ったモノであれば死なない。原作ではサイコロステーキの材料になりそうなまで切り刻まれたが、それでも難なく自力で復活しているくらい。しかし、それ以外の──たとえば鈍器の攻撃を受けた場合、被ダメージは大きくなるし、簡単に死んでしまう。上手くはまれば便利だが、そうでない場合のリスクが大きすぎるのだ。
 ゲルダム=シュリヒテの場合はこの魔法により、原作でそうであったように、刃物による死への耐性を持っている。
 そしてその代わりに、それ以外の攻撃──この場合はドラゴンブレスによるダメージが増大し、非常に死に易くなっていたのだ。
「いきなり1人死亡かよ!」
 シュリヒテは死亡。ブラドノックは生きているが出血がヤバイし、腰を引いてろくに動けなさそう。ギネスもそれなりにダメージを受けている。実質戦力半減、あるいはそれ以下か。
「邪悪なる異界の王よ。貴様も仲間の後を追わせてやるぞ」
「巫山戯るなよ」
 撃墜1と勝ち誇る金鱗の竜王に、サシカイアは怒鳴り声をぶつける。
 兎に角、今はこいつを倒すのが先決、最優先事項。他のことは後で考える。
 そう心を定めると、サシカイアは黒い大剣、魔剣ソウルクラッシュを振り上げ、まっすぐに竜王に向かった。
 ……マッパで。



[4768] 40 絶望
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/08/18 19:06
 ターバ村を出発しておおよそ2週間。
 一行はようやく、アラニア第二の都市ノービスに到着していた。
 ノービスは、アラニア西の国境の街だ。要所であるため基本、アラニア王族がこの街の領主を務める。現在の領主はゲイロード公爵。彼は女性と芸術をこよなく愛し、政治にはほとんど無関心という典型的なアラニア貴族である。
 このノービスの街より西に進めば風と炎の砂漠を経由して、将来のフレイム王国、そして自由都市ライデンへ。街道沿いに南へ下れば、ヴァリス王国はアダンの町へとたどり着く。普通に考えればリスクの大きい砂漠越えよりも、安全な街道沿いを選ぶところ。しかしニースはこの時、このまま西進して砂漠越え、道無き道を進み最短距離でライデンへ、そして南下してモス入りするという、男前なルートを考えていたりする。
「それにしても、ここもやっぱり難民キャンプが広がっているなあ」
 ニースの考えているルートを知らないサシカイアは未だ気楽なモノで、ノービスの街をぐるりと囲む城壁の外に広がっている難民キャンプを呑気な顔で眺める。
 これは、オバマの街でも見た光景だ。辺境、あるいは周辺の村から安全と思われる大都市に逃げてきたのはいいが、結局街中で暮らすことは出来無かった人たち。街中に転がり込む知り合いがいない。宿屋に泊まり続ける金がない。小屋を建てられるような場所は既に同じように逃げてきた他の者に占拠されていた。景観保護のために追い出された。そう言った人々が、城壁のすぐそばで寄り集まって暮らしている。
 廃材や安っぽい布きれなんかで作られた、あるいは雨風を凌ぐことが出来るかも知れない、なんて程度の小屋とも言えないような粗末きわまりない家が、互いに寄りかかるように軒を連ねている。栄養状態の良くなさそうな、酷く疲れた顔をした者達が、ノービスの城壁、門へと向かうサシカイアらを見るともなしに見つめている。その瞳に浮かぶ色合いは絶望か。
「アラニア王国は、ちゃんと 難民対策をしているのでしょうか?」
 ニースが眉根に憂いを乗せて呟く。
 それに対して、至極あっさりとサシカイアらは首を振って見せた。
「期待するだけ無駄無駄」
「だってアラニアだし」
「歴史だけのしょぼい国って印象だよなあ」
「ぶっちゃけ、良く滅びないモノだって思うよ」
 4人のアラニア王国の印象なんて、こんなモノである。
 そして実際、ここのところ、アラニア王国はまるで良いところがない。魔神の襲撃に対して無為無策。北部を中心に民の心は確実にアラニア王国から離れて行っており、将来のザクソン独立運動の下地が、どんどん作られている状態。
「……そこまで言いますか?」
 あんまりアラニア王国に好意を持っているようには思えないニースだが、なんだか逆に弁護の必要を感じてしまった様子。ターバはマーファ信仰の聖地で、半ば独立自治状態とはいえ、それでもアラニア王国内の村である。つまり、ニースだってアラニア国民と言える。愛国心の様なモノの欠片、くらいは存在するのかも知れない。
 兎に角、あげつらってばかりも問題。アラニア王国にだって良いところはある。あるはずだ。あるよね?、と首を傾げながら、ニースが良いところ探しを始める。
 しかし、うんうん唸り始めてしまい、なかなか答えを出せないニース。
 その顔の前でいきなり、鋭い金属質の音を立てて鉾槍が打ち合わされた。
「──!」
 これにサシカイアらは素早く反応する。
 ぼんくらだって、それなりに場数を踏んできている。それなりに経験し、それなりに学習している。いつまでたっても、緊急事態に驚いて思考停止、ぼんやりするばかりではない。
 サシカイアはニースの肩を捕まえて引っ張り、己の身体の後ろへ。その時には既に腰の後ろから得物──アイスエッジを抜き放っている。
 シュリヒテは前に踏み込むと同時に、抜き打ちに魔剣フレイムタンを跳ね上げ、左右から通せんぼするみたいにクロスされた鉾槍をはじき飛ばしている。
 ギネスも戦槌、盾を構え、シュリヒテとは逆の側、前へ出てサシカイアらをかばう格好に。ブラドノックは後方で杖を構え、何時でも魔法を使えるように集中を始める。
「こいつら、抵抗するかっ?」
 臨戦態勢となった一行に向かって叫んだのは、鉾槍を跳ね上げられた男。追い剥ぎ、盗賊等のごろつきではない。きっちりと揃いの鎧を着こなし、その上衣に描かれた紋章はアラニア王国のモノ。
「門番?」
 一行は、ちょうどノービスの町の城門の前まで来ていた。鉾槍を突き付けたのは、その城門の守衛だった。
「ああ、悪い。誤解だ」
 サシカイアは慌ててアイスエッジを腰の後ろの鞘に収めると、ひらひらひら~っと、手を振って、敵対の意志がないことを示す。同時にシュリヒテらも下がり、構えていた剣を下げる。
「いきなり目の前に鉾槍を突き付けられたモノだから、反射的に動いてしまったんだ。アラニア王国に害をなすつもりはないよ。いや~、アラニアって本当にいい国だよね。治世は完璧、王様はステキ、住民達は恵まれているねえ」
 先刻の酷評が聞こえたのか?、とサシカイアは内心で恐れながら愛想笑いを浮かべ、揉み手でもしそうな勢いでアラニア王国を褒め称えて誤魔化しにかかる。
「そちらの女は、マーファ教団の者だな」
 しかし、友好的であろうというサシカイアに対して、4人いる守衛の表情は硬い。シュリヒテらの剣の間合いから逃れつつも、鉾槍をこちらに突き付けてきている。その関心の中心は、どうやらニース。アラニア王国の悪口が聞こえたから怒ったというわけではないらしい。
「そうですが……?」
 罪人でも見るような目を向けられ、戸惑いつつニースが応える。これがサシカイアであれば、違います、マーファ教団と関係なんてありません、と平気な顔で言いそうだが、ニースはそう言うキャラではない。大体ニースはマーファの聖印──額に付けた三日月型の飾りを隠していないのだから、誤魔化しようがない事でもある。それでもサシカイアなら反射的に否定してしまうだろうが。
「反逆罪で貴様を捕らえる!」
 守衛の1人が、大声を上げる。
「反逆?」
 戸惑いの声を上げるニース。
「ニース、なにやったのさ?」
「やってませんっ!」
 国王の肖像画に落書きでもしたのか?、なんて間抜けなことを言うサシカイアを怒鳴りつけ、ニースは守衛に向き直る。
「サシカイアならともかく、私には心当たりがありませんが」
「黙れ!」
 守衛はニースを怒鳴りつけた。
「各地の村を扇動し、住民の蜂起を煽っているのは知っているぞ!」
「その事ですか……」
 ニースはため息を零した。
「マーファ教団は、反乱を扇動などしておりません。村人達が王国への不満を募らせ、納める税を滞納しているのは知っています。しかし、それは王国が魔神に対して無策でいるためでしょう?」
 ニースの言葉通り、アラニア王国は魔神解放以来、株を下げ続けている。やったことと言えば、王侯貴族の生命財産を守るために、戦力を大都市部に集中させたことくらい。戦力は有限である。それを、過剰なまでに中央に集中させた結果、辺境、地方の村や町を守る戦力が無くなってしまった。地方の村や町は、魔神の前に無防備に、それこそ皿にのせてさあどうぞ、と差し出されたような格好。魔神は当然遠慮などすることはなく、いくつもの村や町が襲撃を受け、甚大な被害を出している。中には、アダモ村のように村は焼かれ、村人は殺され、と、全滅したような所も少なくない。
 そんな酷い状況。
 しかし、それも最近になって、魔神問題に限れば改善の兆しがある。
 もちろん、これはアラニア王国の手柄ではない。
 サシカイアらが魔神将を撃退して以来、魔神達の行動に統制が失われたのだ。それまでは、軍団を形成して一気に村や町を襲って大きな被害を与えていたモノが、極々少数、あるいは単独での散発的な襲撃に、やり方が変わってきているのだ。現在アラニアにいる魔神達は、おそらくトップ不在、それぞれが好き勝手にやっているのだろう。
 それでも。
 たとえ単独でも、魔神は一般人の手に余る。
 サシカイアらもラスターへの道中、先のティキラ戦のように、いくつかの魔神による襲撃や陰謀を解決している。しかしそれは、アラニア全体で起きている魔神関連の事件の極々一部分に過ぎない。サシカイアらの能力は優れているが、それでも所詮は1パーティ。しかも他に目的地のある旅の途中。アラニア全土をカバーするには当然足りない。全ての事件に関わることは不可能。
 その、足りない部分を代わりに埋めたのは。
 マーファ神に仕える神官戦士達だった。


 ロードス島電鉄
  40 絶望


 アラニアの各地で、マーファの神官戦士達は村人を守るために魔神と戦い、治安を維持するために尽力していた。
 残念なことに、マーファの神官戦士達は、サシカイアらに比べるとレベル的に低い。能力的に劣っている。下位魔神でいい勝負。上位魔神ともなれば手に余る。むろんこれ以上に強い者もいれば弱い者もいるが、平均すれば大体、こんなレベル域である。自然、神官戦士達にも少なくない数の被害が出ることになる。
 とある村で、襲ってきた魔神を倒すためにマーファの神官戦士は命をかけて戦い、破れた。しかし、彼もただやられたわけではなく、魔神を消耗させ、深手を負わせることに成功していた。その後、村人は猟師達を中心にしてほとんど総出で戦い、消耗していた魔神を何とか倒すことに成功した。
 その村人達は、倒れたマーファ神官に心から感謝し、本来、アラニア王国におさめるはずの税を、マーファ神殿に寄進した。彼らにとっては、守ってくれない、当てにならないアラニア王国よりも、命がけで自分たちを守ってくれたマーファ神官、そしてマーファ神殿こそが領主にふさわしいという、当然の思いの発露。思えば先の大地震の時も、復興に尽力し、人を出し金を出して助けてくれたのはマーファ神殿で、アラニア王国は何もしてくれなかった。その癖、税だけはしっかり徴収に来るという厚顔さは、彼らに大きな不満を抱かせていた。彼らがアラニア王国を見限る下地は、とっくに出来ていたのだ。
 そして、その動きはあっという間に波及した。
 最初は、近隣の村々。そしてそれは噂を聞きつけた他の村へと。それだけ、アラニア王国に不満を持っていた者は多いと言うこと。今までは潜在的なモノであったそれが、今回の魔神の襲来によってとうとう表に出てきたと言う話。村人達の堪忍袋も、遂に緒が切れたのだ。
 それだけ、住民達の不満は深刻で重い。対処を誤れば、アラニア王国の歴史が幕を閉じるかも知れない。それほどの重大事。
 そんな状況で。
 期待を裏切らずに下手を打つのが、今のアラニア王国である。
 ノービス公ゲイロードは自らの行いを反省することなく、周辺の村や町の徴税拒否をマーファ神殿の扇動によるモノと判断した。この件で利益を得るモノが犯人とでも、彼は考えたのだろう。即座に報復として、ノービスの街のマーファ神殿を封鎖した。
 当然の如く、この処分に対する反発が起きる。
 領主の館には、マーファの信者達からの抗議が殺到した。国に仕えている騎士や役人の中にだって、マーファ信者はいる。もともと、アラニア国内にはマーファの本神殿があり、信者の比率が高い国なのだ。
 また、ノービスの街のマーファ神殿は、難民達に炊き出しを行っていた。それが、神殿の封鎖によって行うことが出来なくなった。代わって街から援助を行えばいいのだが、ゲイロードはこれまで通りにそれを怠った。自然、難民達は飢え、追いつめられてきていた。ちょっとした事件が起これば、彼らは暴発しかねない程、内圧を高めていた。
 マーファ信者と難民達。彼らがこぞって反抗したら、あっさりとノービスは蹂躙され、最悪アラニアはひっくり返るだろう。
 ゲイロードは恐怖もあり、過剰に反応した。
 彼は信者に要求されたマーファ神殿の封鎖を解くことはせず、逆にマーファ神官の拘束を命じた。更に治安維持の名目で兵士達の巡回を密にして、武力で不平不満を押さえつけようと試みた。これにより、ますます両者の緊張は増し、のっぴきならない状況になりつつある。
 ニースがノービスにやってきたのは、ちょうどこういう時期だった。


 ニースの言葉は、正しい。
 ただ、正しいことだからと言って、素直に受け入れてもらえるかというと、そうでもない。怒らせるには本当のことを言えばいい、なんて場合もあるくらい。たとえば、ハゲにハゲと言うとか、デブにデブと言うとか。大巨人に扁平足と言えば確実に激怒させることが出来る。そんな具合に。自覚があるからこそ腹が立つ、そう言うことだってあるのだ。
 今回のニースの言葉も、守衛達を怒らせる役にしか立たなかった。
「黙れ、罪人のくせにっ! 偉そうな口を叩くな」
 激昂する守衛に、ニースはいささか疲れたように応じる。
「聖職者は、王国の法では裁けないはずです。我々は、神の教えにのみ従っているのですから」
 ここで言い争っていても埒があかないと、ニースは守衛を無視して街の中に入ろうとする。言っては悪いが、所詮、守衛は下っ端である。貴族ですらないただの雇われ。事態の解決には、もっと上の方の人間、たとえばノービス公ゲイロードあたりと話し合う必要があるとの判断。
 しかし、再び守衛達は鉾槍をニースの前で交差させて行く手を遮る。更に左右からニースを捕まえようとして寄ってくる守衛を視線で制し、ニースが口を開く。
 より早く。
「ええい、静まれ、静まれい!」
 サシカイアが口を開いていた。
 突然の大声に吃驚した顔になったニースの前に出ると、サシカイアは大音量で守衛達に告げる。
「このマーファ聖印が目に入らぬかっ!」
 と、ニースの額の聖印を示す。
 目に入らぬも何も、別に隠しているわけでもなく、あたりまえに見せているから、見えますよ、と首を傾げる守衛達。
 その視線には構わず、サシカイアは続ける。
「ここにおわすお方をどなたと心得る。畏れ多くもマーファ本神殿、次期最高司祭最有力候補、マーファの愛娘、竜を手懐けし者、男殺しの数々の異名を持つ、ニース高司祭にあらせられるぞ」
「誰が男殺しですかっ!」
 と真っ赤になって訂正を要求してくるニース。
 それはともかく、サシカイアの言葉で守衛の1人の顔色が変わった。
「ニース高司祭?」
「誰だ、それは?」
 その一方で怪訝な顔をする者もいる。これを情弱、と切り捨てる訳にもいかない。ロードス島は中世ファンタジー世界。現代日本のように、情報が氾濫している世の中ではないのだ。村々を回る商人達や冒険者、あるいは吟遊詩人達によるうわさ話、そんなレベルでしか、一般人には情報を得る手段がなかったりするのだ。わからないことがあればググればいい、とは当然行かないのだ。……それでも、マーファ信仰のメッカ、アラニア王国でニースを知らないのは問題のような気もするが。
「知らないのかっ!」
 教える守衛の顔に呆れが見えたところを見ると、やっぱり情弱と切り捨ててもいいのかも知れない。
「古の呪いから氷竜ブラムドを解放し、ブラムドが蓄えていた財宝で、地震と大雪で困窮していた北部アラニアの人々を救済したお人だ。大地母神の生まれ変わりとまで呼ばれている高司祭様だぞ」
「俺は大地母神の信者じゃない。そして、こいつはただの罪人だ」
 あまりに考えの足りない発言に、怒るよりも呆れ、サシカイアらは生暖かい目で男を眺めた。
 その視線を受け、説明をしていた男の方が恥ずかしげに顔を真っ赤にする。
「馬鹿か、お前はっ!」
 馬鹿と言われて喜ぶ人間は少ない。言われた男は反射的にむっとした顔になるが、それ以上の剣幕に押されて、口を開いて反論するのは堪える。そこへ更に、説明役が言葉をかぶせていく。
「今、この人を捕らえたら、何万人という大地母神の信者が反乱を起こすぞ。この町にだって、何千人という大地母神の信者がいるんだ」
「マーファ信者達が反乱を?」
 ようやく事の重大さを理解したらしい男が、顔色を変える。自分が、反乱の引き金を引く。そんな事態はごめん被りたいと言うのは、あたりまえの感情だろう。
「しかもだ」
 しかし、説明役は容赦せずに、更に続ける。
「ニース様と一緒にいる美しいエルフ娘と言えば、戦乙女ペペロンチャと相場が決まっている。精霊王を使役し、魔神の軍勢を焼き払った、あのペペロンチャだぞ? こちらにだって、少なくない数の「信者」がいるんだぞ?」
 と言いつつ、男が懐から取り出したのは勝利の女神の護符。大事そうに握りしめつつ、視線はサシカイアの顔へ行き、何故か下がって胸を通り越して更に下へと向かう。
 説明役の顔が、何だか赤くなってきて、サシカイアはその視線に居心地の悪いモノを感じつつ、言った。
「いや、俺はペペロンチャなんて偉大な人物じゃないから。ただの素エルフで名前はナポリー。ここは可愛らしく、ナポリーたん、と呼ぶのもあり」
 その後頭部をニースがひっぱたいた。
「……たっ」
 結構いい音がした上に痛かったらしく、サシカイアは涙目で蹲る。
「あなたという人は……。そのいい加減な名乗りはもうやめてください」
 サシカイアの後頭部を見下ろしながら、ニースが怒り半分、呆れ半分で言葉を投げ降ろす。
「ちなみに、俺はシュリヒテ・シュタインヘイガーだ」
 と、そこでシュリヒテが名乗りを上げる。
「──光の剣っ!」
 驚く守衛に、シュリヒテは俺の知名度も捨てたモノじゃないな、と、うんうん頷く。最近、どうも目立たないし、いいところが無いような気がしていたが、コレならば大丈夫。きっとナンパ成功率は維持されているはずだ。なんてろくでもないことを考えていそうな、鼻の穴の広がり具合だった。
 それを見た、2人の男も動く。
「ふっ、俺はパーティの知恵袋、二つ名は定冠詞を付けてザ・賢者、ブラドノック・ケルティック!」
「僕はペペロンチャの従者、マイリーの寵児、スーパー・マーベラス・シャイニング・ギネス2!」
「……ええと、誰?」
 本気で首を傾げる守衛達に、ブラドノックはドちくしょうと天に向かって吼え、ギネスは地面にのの字を書き始める。
 その2人を無視し、説明役の守衛はしゃがみ込んだサシカイアを示しながら、ニースに尋ねる。
「ええと、こちらは?」
「ええ、コレがペペロンチャで間違いありません」
「やっぱり」
 と、嬉しそうにお守りを握りしめる。
「ふっ」
 そこで素早く立ち直ったブラドノックが笑みを浮かべつつ、おもむろに懐に手を突っ込み、男と同じお守りを取り出した。
「おお、あなたも」
「ちなみに会員番号2番」
「なんと、一桁っ! 私は253番です」
 盛り上がる2人に首を傾げ、後頭部をさすりつつサシカイアが立ち上がる。ちょっとニースに視線をくれるが、はたいたことを欠片も悪いと思っている風でもない。文句があるならば受けて立ちますよ、常々あなたには言いたいことがありますから、この機会に徹底的に話し合いましょうか、てな感じで胸すら張っている。サシカイアに文句はあったが、話し合いで勝てる気はしないので、諦めてブラドノックの方に向き直る。
「何の話だ?」
「もちろん、ペペロンチャ公認のファンクラブ会員番号だ」
「一体誰が何時、公認なんてしたよ!」
 自筆サイン入りの肖像画といい、聞いていないことが多すぎるとサシカイアが怒鳴るが、ブラドノックは何処吹く風。
「ちなみに、ファンクラブ限定の特別アイテムなんかも販売していたぞ」
「俺はそれも知らないぞ!」
「このアミュレットもそうだ」
「聞けよ!」
 残念ながら、ブラドノックは全く聞いていなかった。説明役の男同様、何だか視線が顔ではなく、下の方に向いているような気がして酷く不穏だった。おまけに顔が赤くなってきているのも、恐ろしく不安を煽る。
「そのアミュレット、マッキオーレが用意していたモノですね」
 そこで口を挟むのはニース。
「ん? ニースも絡んでいるのか?」
「いえ、そのあたりはマッキオーレの仕事で、私はノータッチです。よくわかりませんが、金髪の信者の皆さんから、髪の毛を譲り受けてましたよ」
「──!」
 その言葉に愕然として、ブラドノックと男が激しくニースに向き直る。
 その血走った目に気圧され、びくりと肩を震わせてニースが後じさる。
「なんと、言いました?」
「え? あの、マッキオーレの仕事で私はノータッチ……」
「その後です! 金髪の信者の、何ですか?」
「ええと、髪の毛を」
 がっくりと、ブラドノックと男が地面に膝を付く。いや、見ればシュリヒテとギネス、更に守衛のもう1人も同様に膝を付いていた。
「な、何事ですか?」
 戸惑うニースが、助けを求めるみたいにサシカイアを見るが、残念なことにこちらも事情がさっぱりだ。
「終わった。そう、全てが終わったよ」
「真っ白に燃え尽きちまったぜ……」
「俺の熱い青春の迸りは……無駄撃ち ?」
「……ふふふふふ、ふはははは、とんだお笑いだ。笑えよ、愚かな俺を」
「何だかとっても疲れたよ、パトラッシュ……」
 理由は不明だが、膝を付いた男達はすっかり黄昏れてしまっている。深い絶望、この世の終わりみたいな表情で、涙を流している者までいる。
「……よくわからないが、グダグダだな」
 説明を受けていた男の呟きが、見事に現状を表現していた。



[4768] 41 神々の山嶺
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/09/01 17:06
「神よ、私は美しい」
 豪華な調度品に溢れた一室で、メイドに持たせた一抱えもある鏡に己を映して悦に入っている男。名前をゲイロードという。アラニアの王族にして、ノービスの街の領主の地位にある。
 確かに、公平に見ればその、いわゆる貴族的な容貌は整っているし、50過ぎという年齢にしては引き締まった身体をしている。
 しかし、突っ込みどころのありすぎる呟き。
 それでもそこはプロフェッショナル。鏡を抱えるメイドは眉毛の一本も動かしたりしない。沈黙は金。決して突っ込みなど入れたりはしない。なにしろおかしな反応をしようものならば、まず間違いなく職を失う。最悪、不敬であると命すら落としかねない。アラニア貴族にとって、平民なんてこの程度の軽さなのだ。ちなみに、椿の花の方は奉公開始早々に、ゲイロードによってすでに落とされてしまっている。このメイド娘だけではなく、この館で働くある一定以上の容姿を持つ女性はみんなそうだ。何しろ、ゲイロードは自称、女性と芸術を愛する紳士なのだから。
 政治に関心が無く、女性と芸術をこの上なく愛している。これはゲイロードに限った話ではなく、アラニア貴族の典型だ。むしろ、ゲイロードは女性限定なだけ、まだまともな存在と言えるかも知れない。アラニア400年以上の歴史は、その貴族達を見事に腐らせている。
 また、ゲイロードは王族なだけあって、もう一方のアラニア貴族のたしなみ、王都アランで日常の如く繰り広げられている激しい権力争いからも一歩引いた立場にあった。既にゲイロードはアラニア第二の都市ノービスの領主である。これより上の地位となると、もはや至高の座しかない。そこまでの野心はないし、王を目指すのはリスクが大きすぎると判断している。全てを得ようとして全てを失ったのでは意味はない。それよりも足るを知り、今の地位で満足して安寧に過ごす方がいい。実際、今の地位でも趣味嗜好的に概ね満足な生活は出来た。美女に傅かれ、芸術に囲まれた、素晴らしき悠々自適の生活。これが王ともなれば、ただ煩わしいだけの政治へも今以上に関わらねばならないのだから、趣味の時間を減らす必要が出てくるだろう。だから、これで十分。
 こうして、これまでゲイロードは女性と芸術に耽溺する生活を日々続けていた。


 平時であれば、それで問題なかった。
 いや、問題はあるのだが、それが表に出る事はなかっただろう。
 別段ゲイロードが直接出張る必要はなく、たとえ遊びほうけていても何とかなってきた。街の行政は役人がやってくれるし、領地の経営は徴税官と巡察官に丸投げで問題ない。アラニア王国の歴史は400年以上を数え、膨大な量の前例という形で、そのあたりのノウハウを貯め込んでいるのだ。特に優れた人材がいなくとも、その前例に従って対処しているだけで何とかなってしまうのだ。
 そう、平時であれば。
 今回の魔神の跳梁のように、前例のない特殊な事態に陥ると、途端にそのやり方では対処できなくなってしまう。
 役人、徴税官、巡察官達はこれまでマニュアルに沿って、言い換えれば自分の頭で考えることなく仕事をしてきた。仕事が出来た。これが、自分の頭で考えねばならない事態になったとき、これまでぬるま湯のような仕事を続けてきた弊害が一気に表に出る。状況に合わせて自分で判断、思考、実行する能力が彼らから失われていたのだ。
 問題の他者への押しつけ。責任の放棄。たらい回し。右往左往。指示待ち。先送り。棚上げ。お蔵入り。辻褄合わせにもなっていない辻褄合わせ。いわゆる「お役所仕事」と陰口叩かれそうな、いい加減な仕事が横行し、これまで大きな問題なく行われてきたアラニア国政は大きく滞ってしまっていた。
 また、魔神との戦いについても、うまく行っているとは言い難い。
 多くのアラニア王国の貴族にとって、モス公国なんて、この世の果てにあるド田舎の小国、この程度の認識でしかない。そんな遠隔地で魔神がどれだけ暴れていようが、全く関心がない。極論すれば、モス公国など滅びてしまったって全然問題ない。だから今のところ、積極的に魔神との戦いを援助するつもりなど無い。勝手にやってくれればいい。自分たちに影響がなければ、完全に無視しただろう。
 しかし、魔神はここ、アラニア王国でも活動をしていた。
 しかも、ここノービスの街も魔神の襲撃を受けている。魔神の目撃報告は多数寄せられ、実際に少なくない数の被害者も出ている。
 それもゲイロードの住まう領主の館にまで魔神は侵入してきていた。館に被害こそ無かったが、この魔神をゲイロード自身も目撃していた。
 真っ黒なのっぺりした人型。同じく真っ黒な顔にナイフで切れ込みを入れたかのような、三日月を横にしたような真っ赤な口。
 その忌まわしい姿を思い出しただけで、背筋に冷たい汗が浮く。
 そんな化け物が、自分の街を、自分の館を自由自在に出入りしている。
 ゲイロードにそれを許容できるはずがなかった。
 ゲイロードは即座に館の警備を強化する一方、遅まきながら配下の騎士達に街中の巡回をさせることとした。
 だが、残念なことに、その結果は芳しくなかった。
 騎士達は下位魔神を一匹、屠ることに成功した。それは喜ばしいことだったが、その為に払った犠牲がいただけない。3人の死者と、5人の重傷者。下位魔神一匹にこの被害。どう考えたって収支は赤字だ。
 この結果に、ゲイロードは過剰に反応した。
 魔神とは、かくも強力な存在なのだ。恐怖したゲイロードは、周辺から兵士を集めてノービスの街に厳重な警備態勢を敷いた。ノービスの街に魔神の跳梁を許すまいとするそれは、今のところうまく行っている様子。最近では、襲撃どころか目撃報告すら減少している。
 ほっと安堵の息を零し、これで枕を高くして眠れるとゲイロードは考えたが、そうは問屋が卸さなかった。
 今度は魔神ではなく人の問題。周辺の街や村からの突き上げが始まったのだ。


 ノービスの街に集めた兵士達。彼らをどこから集めたと言えば、周辺の町や村からである。過剰なまでの戦力の偏りにより、周辺の町や村の防衛力は格段に落ち、魔神の前にほぼ無防備で差し出されることになってしまった。
 ノービスの街でこそ、魔神の襲撃、目撃報告は減少した。
 しかし、その減った分は周辺の町や村へ移動しただけの話。倒したわけではないのだから、魔神の数は変わっていない。むしろ、被害の大きさで言えば増している。
 何しろ戦力は有限。一点集中した結果、広範囲の無防備地域が出来てしまったのだ。そこを襲うことを、魔神達が遠慮する理由など有りはしない。各地の街や村が、為す術無く魔神に蹂躙されることとなった。
 被害を受けた住人、そして、これから受けるかも知れない住人達が、アラニア王国に、ノービスの街に、守護を願い出てくる。
 残念なことにゲイロードの中では、そちらへ振り分ける戦力など何処にも有りはしなかった。王都に援軍を要請したが、あちらの事情もノービスの街と変わりはしない。ゲイロードを含むアラニア貴族達にとって、優先すべきは己の命であり己の財産だ。兵士達に守らせるのは、そう言ったモノになるのはあたりまえの話。その他、平民の命や財産など、優先順位は下から数えた方が早いくらい。民とは、貴族のために犠牲になるモノだ。真顔でそう言い捨てるのが、アラニア貴族だから。
 陳情にやってきた住人達を、わがままを言うなと怒鳴りつけて帰すような一幕もあり、確実に住民達の心はアラニア王国から離れていっている。
 そして、それは徴税拒否として表に現れてきていた。
 自分たちを守ろうとしない国に納めるものなど無いという住民達の当然の主張は、アラニア貴族にとっては住民の義務を果たさぬ許されざる暴挙と見えた。両者の主張は何処までも平行線で、折り合いを付けることなどは不可能。ただただ緊張感だけが高まっていくという最悪の悪循環。
 その住民の動きを牽制するためにゲイロードが打った手もまた、最悪と言っていいモノ。
 今回の徴税拒否の黒幕、民衆を扇動して混乱を呼び込んでいるとして、ノービスの街のマーファ神殿を封鎖してしまったのだ。
 これにより、きな臭さは一気に増した。マーファ本神殿がアラニア国内にあることもあって、その信者の数は馬鹿にならない。そうした人たちを全て敵に回したようなものなのだから。
 これ以上下手をうてば、アラニア全土において大規模な反乱が巻き起こるかも知れない。そうした危機的状況。


 そんな最中に、ノービスの街に招かざる客がやってきた。
 砂漠を越えてやってきた3人組の「百の勇者」。
 きっぱり、お呼びでない。とは言え、無視するには彼らのネームバリューがありすぎた。
 ライデンで壮絶な戦いの果てに魔神将を屠ったという、ロードス最高の戦士、「赤髪の傭兵」ベルド。
 各地の王に招聘され、その度に有益な助言をして名前を高めた魔術師、「荒野の賢者」ウォート。
 ヴァリス神聖王国はファリス本神殿、神官戦士団団長、「ファリスの聖女」フラウス。
 いわゆる百の勇者の中でも、トップクラスに有名な者達。気づかなかったふりをして無視するには、あまりに大物過ぎた。
 ゲイロードは仕方がないと諦め、この3人を館に招待することにした。下手に街中を自由に動かれて、ろくでもない事になるのを避けるため。手元に置いて行動を掣肘、もしくは監視と言う理由もある。きっぱり、気が進まないが。
 それとほぼ時を同じくして、更にろくでもない事態が起きたとの報告があった。
 次期マーファ本神殿、最高司祭最有力候補、氷竜ブラムドを古代魔法王国の呪いから解放してその盟友になったと言われる「竜を手懐けし者」、「マーファの愛娘」等の二つ名を持つ高司祭ニース。
 彼女が城門に現れ、その身柄を確保したとの報告があったのだ。
 ゲイロードはこれを聞いて頭を抱えた。
 確かにゲイロードは、徴税拒否の動きの背後にマーファ神殿がいると決めつけて、ノービスの街の神殿を封鎖、そしてマーファ神官を捕らえるようにと命令を下していた。
 しかし、これは相手が悪すぎる。
 ニースは大地母神の生まれ変わりとすら言われているような女性なのだ。ニースが捕らえられたと聞けば、アラニアに住むマーファ信者は黙ってはいまい。間違いなく武器を持って立ち上がるだろう。下手をすると、国王以上の影響力を持つ。それが、高司祭ニースという女性なのだ。
 しかも、ニースは氷竜ブラムドや北のドワーフ族を動かせると言う。そんな連中まで敵に回ったら、いかに千年王国アラニアと言えど、酷いことになってしまう。
 また、そのニースのお供もろくでもない。
 アラニア北部を荒らしていた魔神将を、凄絶な戦いの末に追い払ったという「光の剣」、自由騎士シュリヒテ・シュタインヘイガー。
 同じく、アラニア北部での魔神との戦いで名前を高めたエルフ娘、勇者を導く者、「戦乙女」ペペロンチャ。
 他二名。
 片方の組だけでも手に余るというのに、よりにもよってもう一組、まるで示し合わせたように時期を合わせてノービスの街にやってくる。
 正直、勘弁して欲しい。
 とりあえず、ニースらは捕縛ではなく、賓客として遇するように配下に命令を出す。
 その一方で、ゲイロードは思い切り力を入れてめかし込んでいた。気が付けば、鼻歌なんぞまで零れ始めていることに気が付き、咳払いをして誤魔化す。
 鏡を支えるメイドは、礼儀正しく、その鼻歌に気が付かない振りをする。そのあたりの教育は完璧である。
 ゲイロードは、髭の角度を整えて、満足げに頷いた。
 完璧だ。
 鏡の中には、完璧なまでにダンディーなアラニア貴族の姿が映し出されている。
 ニース高司祭は、若く美しい女性だと聞いている。ペペロンチャも、この世の者とは思えないような美貌の持ち主だとか。
 そんな美しい女性達を迎え入れるのだから、アラニア貴族として、精一杯めかし込むことはあたりまえのこと。
 ゲイロードは、50歳を超えている。
 しかし、日頃から節制をしているため、醜く肥え太ってはおらず、まだまだ壮年の容姿を保っている。貴族的な品のある顔も、年齢を重ねた事で深みが出て、最早いぶし銀の渋さを持ち合わせるに至っている。いわゆるロマンスグレーという奴だ。
 と、ゲイロードは思っている。
 そして。
 恋とは、いつ生まれるかわからぬもの。
 多少の年の差など、問題にならない。親と子程も年の離れた男女が恋仲になる。そうした事例だって、珍しいかも知れないが皆無ではない。そして、今回がその事例だという可能性だってあるのだ。ただ、初手から諦めてしまったら可能性は皆無に、ゲームは終了してしまう。それだけははっきりしている。無駄かも知れない。それでも、欲するならば行動するべきなのだ。
 既にゲイロードの頭の中からは、アラニア王国を、そして自分を取り巻くろくでもない状況について等は綺麗さっぱり消え失せていた。替わって、いかにして2人の美少女を口説くか、そんな思いに占拠されてしまっていた。
 そして、それこそがあたりまえの「アラニア貴族」だった。


 ロードス島電鉄
  41 神々の山嶺


 何だか項垂れた男連中と共に、サシカイア、ニースはノービス領主の館へと案内された。
 絵画や彫刻に埋め尽くされた感のある部屋は、応接間のようである。さすがは貴族、それも王族のそれとあって、豪奢きわまりない。ないが、残念なことにサシカイアには芸術的素養が無く、せっかくの一流の絵画、彫刻も、猫に小判、馬の耳に念仏状態。一応シーフスキルで鑑定出来るが、それは知識から値段のゼロの数がわかるというだけ。本当にその価値を理解できているのかと問われると、非常に心許ないのだ。
「私の屋敷にようこそ」
 にこやかな笑顔を浮かべた初老の紳士が、ソファーから立ち上がって迎えてくれる。
 台詞から察するに、この男がノービス公ゲイロードらしい。
 同時に、サシカイアはちょっと安堵していた。名前が名前であるから、ソファーに座ったままで服の胸元を開いて「あの台詞」を口にされたら、回れ右して逃げ出すしかなかったところだから。──いや、今のサシカイアは女性だから、その場合の守備範囲外か。とは言え、芸術以上にBL的素養のないサシカイアである。自分に被害がないからと言って、ゲイロード×シュリヒテとかを許容できるかと言えば、そうでもない。そう言うモノは、遠く離れた、自分の気が付かない場所でやって欲しい。
「私が、ノービス公ゲイロードです」
「ニースと申します」
「スパゲ……いえ、サシカイアです」
 ぎろりん、とニースに睨まれて、サシカイアは素直に名乗りを上げる。
 それを受けて、ゲイロードは微妙に眉を動かす。
「コレが、ペペロンチャです」
 ニースが補足し、ゲイロードの疑問に答える。
 しかし、「コレ」は無いのでは?、とサシカイアはニースに視線を送るが、まるで気が付いていないふりをされて無視されてしまう。
 次いでシュリヒテ、ブラドノック、ギネスも名乗りを上げる。ちなみに、ゲイロードもやっぱり後者2人の名前に聞き覚えはないらしい。
 部屋には、巨木を輪切りにした丸テーブルがあり、その周囲に精緻な彫刻の施された椅子が並べられていた。勧められるままに5人は腰を下ろし、その際に、誰がニースの横で座るのかでちょっとした悶着があったが、特筆する程でもない。結局ホスト権限でゲイロードと、外見は同性と言うことでサシカイアが左右を固めることになった。
「マーファ教団は、反乱を扇動する意志はありません」
 全員が座るやいなや、前置き無くニースが口を開く。
 ゲイロードはそれを受けて、何度か小さく頷く。
 そして、2人の間で現状について、真面目な会話が繰り広げられる。両者ともに、住民の反乱なんて望んでいない。ゲイロードは保身のため、ニースは住民に死傷者が出ることを嫌ってと、互いの内心は大きく乖離しているが。
「すげえ、メイド喫茶のなんちゃってじゃない、本物のメイドだよ」
 その間、サシカイアらは飲み物やちょっとしたお菓子を持ってきてくれた本物のメイドに感動して、小声で囁き合っていた。
「本物は思ってたよりシックな感じの格好だね」
「やっぱりミニじゃなくて、ちゃんとしたロングスカートじゃなくちゃダメだよね」
「お持ち帰りしてえ」
 ニースとゲイロードの会話は続く。
 両者の温度差は大きい。
 ニースは、民のために貴族、騎士が奉仕するのはあたりまえのことだと考えている。しかしゲイロードの方はその逆。貴族、騎士のために民が犠牲になるのはあたりまえだと思っている。しかし、ゲイロードがニースの意見に表向き迎合する形で、話し合いは進められる。
「メイドさん、メイドさん、お名前は?」
「彼氏いる? いなかったら俺なんてどう?」
「シュー、抜け駆け厳禁だよ」
「あ、あの、ご趣味は?」
 ニースのこめかみに井桁が浮かんだが、サシカイアらは気が付かない。
 結局の所、2人の話し合いは、ニースが譲歩することとなった。アラニア王国の不始末から始まった、今回の民衆のプチ反乱。それを、ニースが、マーファ神殿が取りなす、と言う形でまとまったのだ。
 ゲイロードにしてみれば、この結論はしてやったり、と言うところ。自分たちの、アラニア王国の不手際をマーファ神殿に押しつけることが出来たのだから万々歳。実際、一瞬とはいえ表情にそれが出てしまっていた。
 ここで反乱が起きるとなれば、民衆に大きな被害が出るし、現在ロードス最大の脅威である魔神との戦いにも影響が大きい。人と人が争う。それは魔神達を利するばかり。であるから、ニースは色々譲歩して仲裁役を買って出たわけだが、やはり面白からぬ思いが生じるのは避けられない。世間一般の評価はともかく、ニースとて人間である。理不尽な物事に対しては怒りが生じるし、納得できない思いも抱く。
「メイドさん、メイドさん、ジュッテーム」
「シュリヒテ・シュタインヘイガーは世界中の誰よりもあなたを愛しています」
「ねえねえ、メイドさん。ピーマンすき? ニンジン食べれる? お納豆にはねぎ入れる方? え? ホント? 僕たち、気が合うかも」
「生まれる前から愛してましたっ!」
 そう、世の中の理不尽な物事に、怒りを感じるのだ。だからニースは、その怒りの全てを己の足に込めた。
 ずどん、と。
 結構な音がニースの足下付近から聞こえ、堅牢、結構な重量があるはずのテーブルが僅かに浮いたような気がした。
 直後、サシカイアの顔が真っ赤に、直後真っ青になる。
「あ、足~~」
 涙目になってサシカイアは慌ててヒーリング。机に突っ伏すみたいに身を伏せて、己の足を押さえる。
 その格好から、ニースの方に咎める視線を向ける。
「……何か?」
 しかし、絶対零度の視線で迎撃されて、サシカイアは静かに目をそらす。ヘタレと言う無かれ。思わずそうしてしまう程、ニースの瞳には物騒な光がちらついていたのだ。
「と、兎に角」
 ゲイロードの声も、僅かに震えているような気がした。
「直ちにマーファ神殿の封鎖は解きましょう。高司祭殿には、神官や信者達の説得をお願いします」
「承知しました」
 ニースは頷き、差し出されたゲイロードの手を取って握手をする。その瞬間、きわめて僅かながら、ニースの眉が顰められた。おそらく、ゲイロードの手を握る事に対する嫌悪感だろう。
 いい加減離せよ、と横からサシカイアが突っ込みを入れそうになるくらいゲイロードはニースの手の感触を楽しんでいたが、それはノックして入室してきた執事らしき人物によって終わりを迎えることとなる。
「どうやら、別のお客人が見えたようです。あなた方もお会いになりますか? 魔神将を倒した英雄ベルド殿とそのお仲間なのですが」
「ベルド? 魔神将殺しの?」
 ちらりと、ニースの視線はシュリヒテに。
「……どうせ俺は倒せなかったよ」
「いえ、そう言う意味では」
 若干慌て気味にニース。
「てか、倒せるあちらの方が変なんだって」
 ひらひらひら~と、軽く手を振るサシカイア。本来魔神将なんて、倒せる敵として設定されていないはず。フォーセリア世界には、こういうどうしようもないレベルの敵もいますよ。そんな感じで、サプリメントの一つとして設定されたような敵。それが魔神将なのだ。
「そうも言ってられないのが魔神戦争だろう?」
 うんざりとブラドノックが告げてくる。
 そう、その通りだから洒落にならない。多分、あのライオンヘッドな魔神将、ラガヴーリンとの再戦はある。そんな予感がする。いや、確信か。少なくとも、見つけたらシュリヒテが突っかかっていくのは決定事項だから、間違いなく巻き込まれることになる。
「どうしますか?」
 とニースが、横道にそれかかったサシカイアらに、会うかどうかを尋ねてくる。ニース自身は、会いたいと思っている。それが顔に出ていた。
「会おう」
 うん、と4人は頷く。
 ニースの思いを無碍にするつもりはないし。それ以上に何より。
「フラウスもやっぱり美人なんだよな」
「ちょっと宗教がかっているのが痛そうではあるけど」
「ベルドラブで、こちらにはつけいる隙がないのもマイナスだよねえ」
「略奪愛で……って、やくざの女に手を出すよりも怖いぞ、それ」
「とは言え、美人は目で愛でるだけでも心を豊かにしてくれますぞ」
 そんな理由ですか、と、宗教がかっているニースが冷めた目で4人を。いや、ゲイロードを含めた5人を見つめた。


 ゲイロードは、ベルドらとの顔合わせを歓迎パーティの会場でと考えていた様子だが、サシカイアらが望み、先に会わせて貰うこととなった。
 執事によって応接間へ導き入れられたベルド達を、サシカイアらは椅子から立ち上がって迎える。
 サシカイアらの興味の中心は、先のようにフラウスだった。そして実際、想像通りフラウスは結構な美少女だった。
 しかし。
 サシカイアらの目を、最も惹き付けたのはベルドだった。
 その通り名の由来でもある長い縮れ気味の赤毛。無骨で、とびきりのハンサムというわけではないが、どこか魅力的な顔立ち。筋肉の段々がばっちり浮かび上がった半ば裸の上半身には、得体の知れない獣の皮を纏い、左腕には小手代わりか、鋲を打った革ひもをぐるぐると巻いた蛮族出身の戦士。確かに非凡な容姿をしているが、それだけでは説明がつかない程、目を惹き付けられてしまう。
「コレがカリスマか? 流石は後の暗黒皇帝、半端無い」
 思わずそんな呟きが零れるくらい、ベルドの存在感は突出していた。将来、黒の導師バグナードや暗黒司祭ショーデル、ダークエルフの族長ルゼーブと言った、一癖も二癖もある者達から真実の忠誠を得る男。それは伊達ではないということだろう。
「本日はお招きに預かり──」
 ウォートは見るからに頭の良さそうな、秀でた額が特徴的な男で、如才なくゲイロードに挨拶をしている。ただ、目元や眉根に寄った皺に、どこか鬱屈したモノを感じさせる。後に偏屈爺になる兆しか。
 フラウスは前述のように、予想通りの綺麗な少女だった。明るい金髪は、動きやすいようにと言うことか、首の後ろあたりでばっさり切り落としている。意志の強そうな青い瞳。太めの眉毛が凛々しい。立ち姿もきっちりしている。きっちりしすぎているくらい。この辺りは秩序を重んじるファリス神官と言うことか。
 ニースとの初対面では騒いだシュリヒテらだが、今回は大人しい。何しろ、ニースと違い、フラウスは冗談が通じなさそうなイメージがある。不真面目な態度をとると、本気で怒られそうな気がするのだ。それにフリーのニースと違い、こちらはベルドの女である。この頃はまだかも知れないが、それでもそのイメージが強い。実際に口にしているが、やくざより怖い男の女にちょっかいを出すのは、やっぱり恐ろしい。
「そちらの方達は?」
 と言うウォートの言葉を受けて、ゲイロードがサシカイアらを紹介する。
 まるで旧知の間柄のように馴れ馴れしいこと、そしてサシカイアのことをペペロンチャと紹介したのがちょっと気に入らなかったが、沈黙を守る。本当は、「いえ、俺の名前はカルボナ──」とやりかけたが、ニースに脛をけっ飛ばされた為の、仕方なくの沈黙だったが。
「なるほど、お三方のご高名は聞き及んでおります」
 俺らはやっぱり無視かよと嘆く2人をうっちゃって、ウォートがニースに握手を求め、それをシュリヒテがインターセプトした。何しろ、原作でウォートはニースといい雰囲気になっている。そのあたり、きっぱり敵だ。他の3人で、いや、ゲイロードまで含めて4人で小さく親指を立てて、シュリヒテのナイスガッツを称える。
「さて、本日は皆さんのために歓迎の宴を開く準備があります。部屋を用意させますので、その時間までどうぞおくつろぎ──」
「いえ、その前に」
 上機嫌に告げるゲイロードの言葉を遮ったのは、ギネスだった。
 ん?、と首を傾げる全員の前を、すたすたと真っ直ぐベルドに向かって歩いていく。その途中で、懐に手を突っ込み、取り出したのは手袋。
 皆の注目の中、ギネスはその手袋を、ベルドの分厚い胸板に投げつけた。
「!?」
 なにをやっているんだ、こいつ。
 と驚愕するサシカイアらの視線の先で、ベルドが笑った。
 口の端をつり上げ、歯をむき出しにした獰猛な笑み。ありがちな表現だが、空気が帯電したかのようにサシカイアは感じた。穏やかだった場所が、一瞬で絶対の死地に変わった。気分としては人食いのドラゴンと一緒に檻に閉じこめられたようなモノ。いや、そちらの方がまだ救いがあるかも知れない。ベルドは人食いのドラゴンなんて程度の可愛らしいモノじゃない。思わずのけぞってしまう、圧倒的な迫力。
「どういうつもりだ?」
 問うベルドの声は、楽しげですらあった。
 応じるギネスは居住まいを正し、きわめて真面目な表情になると迷いのない落ち着いた口調で告げた。
「あなたに、一騎打ちの真剣勝負を挑ませていただきたい」
「アホたれ~~!」
 その後ろ頭を、サシカイアは思い切り殴りつけた。生憎とサシカイアは非力なエルフで、相手は頑健なドワーフ。彼我の被害でいえば、サシカイアの方が大きかったような気がするが、とりあえず拳の痛みに悶絶するのは後回し。今は何より、この馬鹿を止めるのが先決。
「何考えているんだ、お前はっ!」
 涙目で拳を押さえながら、サシカイアはギネスを怒鳴りつける。
「何って」
 涙目で後頭部を押さえながら、ギネスが応じる。
「だってベルドだよ? 赤髪の傭兵だよ? ロードス最強の、いや、フォーセリア世界最強の戦士だよ? マイリーの神官としては、戦いを挑んで玉砕するしかないじゃないか」
 それは、まるであたりまえのことを告げるような口調。どこか、サシカイアの無知、無理解 を咎めるようですらある。
「玉砕前提かよっ!」
 色々突っ込みどころはあったが、まずサシカイアが突っ込んだのはここ。確かに、ただの8レベルファイターが、殆ど人外11レベルファイターで超英雄ポイント持ちに戦いを挑んで勝利することが出来るか?、と問われれば、その通りであるが。
「強い相手との戦いこそ、マイリー神官の誉れだよ。大丈夫、あのベルドと戦って死んだ、なんてなれば、喜びの野でも自慢が出来るでしょ?」
「お前は何処のデーン人だ!」
 ぐるぐるぐると、確実に電波を受信している狂信者の瞳で応じるギネスに、サシカイアは思い切り裏手突っ込みを入れる。確かに喜びの野とか、モチーフはどう考えてもあっちの方だろうが。
「兎に角、決闘ダメ、絶対」
 両手でばってんを作って、サシカイアは駄目出し。
「え~~~」
 不満げにギネスが口をとがらせる。
「お前、俺の従者だろ? だったら言うこと聞けよ。ただでさえうちのパーティ、前衛2人しかいなくてちょっと厳しいのに、ここでお前が欠けてシュー1人なんてなったら、もう、目も当てられないぞ」
 せめてもう1人、可能であれば2人、前衛向きの人材が欲しい。今のパーティ構成では、乱戦になったとき、後衛まで直接戦闘する羽目に成りかねない。そして適正レベル域の敵と接近戦となれば、サシカイアやニースでは確実に力不足。あっさり終わってしまいそう。──その辺の危険を見越して、シュリヒテは攻撃を己に引きつける効果を持つ魔法の盾、勇気ある者の盾を装備しているわけだが。
「で、どうするんだ?」
 ベルドが尋ねてくる。こちらも、戦いに否はないという表情。特に何かの宗派の信者というわけではなかったはずだが、マイリーの信者と言われれば納得してしまう程、戦い好きなのがベルドである。でなければ、魔神将相手に擬きとはいえ一騎打ちなど挑むはずがない。
「とりあえず、模擬戦というか、命のやりとり無しで」
 サシカイアはそこで僅かに考え、シュリヒテの方に顔を向ける。
「ついでにシューも相手してもらえよ。魔神将よりも強い相手と戦っておくのも、良いんじゃないか?」
 ベルドVSシュリヒテというカードを見てみたい。果たしてシュリヒテの強さとは、原作最強キャラに何処まで迫れるのか。そう言う思いもあるが、サシカイアの言葉に嘘はない。サシカイアらは、経験不足の10レベルという歪な存在。だから、ここで少しでも経験を蓄積しておくことは、悪い事ではないはずだ。特に、命の危険なく、自分たち以上に強い相手と手合わせできる経験なんて、素晴らしく稀少で貴重だろう。36回に1回の1ゾロについては考えないでおく。
「……光の剣か」
 ぼそり、とベルドが呟く。
 一応、ベルドにシュリヒテは知られているらしい。俺ってすごい?、と他愛なく喜ぶシュリヒテに、自分たちの知名度の低さから、ブラドノック、ギネスがやっかみの視線を向けている。
「どうせなら、何か賭けるか?」
 なにやらベルドがサシカイアの方に視線を向けて提案してきた。
 ベルドは戦いが好きで好きで堪らないサイヤ人みたいな人種だと思っていたので、条件を出してくるなんてサシカイアの予想の外にあった。ん?、と小首を傾げながら、それでもサシカイアは先を促す。
「俺が勝ったら、お前、俺の女になれ」
「はいぃ?」
 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「もう、いい時分だろう。何より、そろそろ独り寝も飽きた」
 その瞬間、何かの感情がベルドの瞳を掠めたような気がした。ベルドは基本あまり語らない人間だし、豪放な印象があるからわかりづらいが、意外にセンチな部分があるのかも知れない。多分、瞳を掠めたのはゲルダムに殺されたエルフ娘ルシーダの影。サシカイアがどうこうと言うよりも、同じエルフ娘と言うことで口にしたのだろう。ベルドは近い将来「お前が死んだら忘れる」と自分の女になったフラウスに口にする。しかしそれは、要するに「死ぬな」と言うこと。将来のロードス統一への動きもフラウスの遺志に従った格好。実は、周りが思うよりも繊細なのかも知れない。
「ベルドっ!」
 しかし、今はそんなことよりも重要な問題があると、一気に場が騒然とする。その中で、誰よりも早く、そして大きな声を出したのはフラウスだった。
「女性をモノのように扱うのは感心しませんっ!」
「冗談だ」
 本当に冗談だったかどうか。
 いや、サシカイアは心から冗談であって欲しいと思うが。
 ベルドはフラウスの説教を煩わしそうに適当に応じ、ぼそりと言う感じで呟いた。
「正直、エルフは顔立ちが整っているのは良いが、胸や尻が絶対的に足りなくて、あまり抱き心地が良くないしな」
 基本、エルフは華奢である。ベルドの言葉通り、人の女性に比べると、胸やお尻の肉付きが圧倒的に足りない。サシカイアも当然そうで、胸などは寂しい限りだ。原作戦記でも、エルフ娘のディードリッドが、人間娘シーリスと我が身を比べて悲観していたりする。が、中身男のサシカイアとしては、でかい胸がついていた方が扱いに困ってしまうので、コレはコレでオッケーと思っている。なにより、真面目にベルドにロックオンされても困るし。
「絶望したっ! 赤髪の傭兵ともあろうモノが、そんな道理のわからないことを口にするなんて、絶望した!」
 そこへブラドノックが余計な口を挟む。
「貧乳はステータスだ! 希少価値だ! 確実にそう言うニーズも存在する。たとえば俺。サシカイアのちっぱいも、素晴らしく貴重で、素晴らしい個性で、素晴らしいおっぱいだ!」
 拳を振り回して力説までしている。
「う~ん。俺はある程度の大きさは欲しいなあ。やっぱり、こう、挟めるくらいの」
 とシュリヒテまで会話に加わる。しかし、挟めるって何だ。
「それを考えるとトリスは素晴らしく理想的な……、くぅ、トリス」
「はいはい、湿っぽくなるのは無し。僕としてはやっぱり掌にちょうど収まるくらいの適乳が良いかな。大きいのも良いけど、年取って垂れると目も当てられないと思わない?」
 コレはギネス。誰もその趣味など聞いていない。のだが、誰しも絶対に譲れないモノがある。そしてコレがそうだとばかりに、3人は場も弁えずに盛り上がり始めている。
「俺は今に生きるっ! てか、マイリー神官が未来のことなんか口にしても説得力ねえよ」
「う、確かに」
 基本、突撃ハッピーなマイリー神官。どこぞの迷宮街の住人達以上に生命線は短そうである。
「ダメだダメだダメだ」
 納得しかかるギネスをブラドノックが叱り飛ばす。
「貧乳こそ最高なんだ。良いか、想像してみろ。己のちっぱいにコンプレックスを感じているサシカイアが、毎晩姿見の前で、少しでも育てようと、涙目で己の胸をマッサージなんぞしている姿をっ! そこに萌えはないか?」
「おかしな想像をするなっ!」
 呆れ気味、引き気味でおっぱい談義を眺めていたサシカイアだが、おかしな事実を捏造されるのは我慢できないと怒鳴りつける。
「う、ちょっと良いかも」
「うん、宗旨替えしても良いかも、なんて思った」
「そっちもだ、人をネタにおかしな想像は無しっ!」
 げしっと、ブラドノックをけっ飛ばしながら、シュリヒテ、ギネスも怒鳴り飛ばす。
「いや、しかし、これは人生におけるもの凄く大事な事柄だよ?」
「そう、やっぱり巨乳こそ正義」
「なにを? 貧乳こそ至高」
「お前らいい加減に──」
「いい加減にしたまえ」
 意外にもそこで、威厳に溢れる口調で阿呆なやりとりを制止したのは、ゲイロードだった。腐ってもアラニア王族か、真面目な顔をすると、それなりに偉そうに見える。いや、実際に偉いのだが。
「貧乳だ、巨乳だ、とレディの前で愚かしいことを」
 もっともな言葉だったので、シュリヒテ、ブラドノック、ギネスの3人は項垂れる。ようやく、ニースやフラウスが汚物でも見るような視線を向けてきていることに気が付いた様でもある。ちなみに事の発端とも言えるベルドは楽しそうに傍観していた。
「いいか、君たちはまだ若いから、色々と世の中の道理がわかっていないと言うこともある。だから、それを咎めるつもりはないが、年長者、先達として一言だけ言わせて貰おう」
 ゲイロードはそこで一息つくと、これまで以上に厳かに口を開いた。その様はまるで、神の言葉を伝える預言者のよう。
「世の中の女性の胸に、貴賤はないのだよ。大きいモノには大きなモノの、小さなモノには小さなモノの。もちろん、適度な大きさのモノには適度な大きさのモノの、それぞれにすばらしさが存在する。そう、全ては神々の作り給うた素晴らしき天然の芸術作品。その全てが究極にして至高。文字通りの、神の造形なのだから。全ての女性の胸に対して尊敬と慈しみを持って接する。それこそが真の紳士というモノだ」
 全然一言じゃない、と言うか、お前もかゲイロード!、とサシカイアは内心で突っ込みを入れるが、呆れたことに男連中はその言葉に感心、感動しているようだった。
 そして。
「いやはや、これこそまさしく賢者の言」
 感極まったように結論するウォートの言葉を受けて、サシカイアは思い切り脱力した。



[4768] 42 マイ・フェア・レディ
Name: ひのまる◆8c32c418 ID:ab74ed03
Date: 2009/09/01 17:07
 場所をゲイロードの館の片隅、練兵場へと移して行われたベルドとシュリヒテの一騎打ちの結果は、順当なモノとなった。
 もちろん、それはベルドの勝利。
 シュリヒテは練兵場の床に仰向けにひっくり返り、荒い息を吐いている。
 対するベルドは、多少息を荒げてこそいるが、まだまだ余裕はありそう。おまけに、こちらはきちんと二本の足で立っている。
 勝者と敗者が、非常に分かり易い。
 ちなみにギネスは早い段階でノックアウトされて、練兵場の片隅にひっくり返っている。これまた、順当な結果だろう。
「まあ、最初から予想されていた結果だよな」
 どちらが勝つか、なんて賭は成り立たなかった。何しろ、仲間であるサシカイア達からして、シュリヒテの勝利なんて欠片も信じていないのだから。どころか、おそらくシュリヒテ自身だって、己の勝利なんて想像も付かなかったに違いない。
「すごいですね」
 一緒に戦いを眺めていたニースが、感嘆するしかない、そんな風に言葉を漏らす。
 息が詰まりそうな緊迫感を持った睨み合いから、転じてすさまじい斬撃の応酬。訓練用の刃引きされた剣とは言え、その勢いであれば掠めただけで致命傷となりそう。そんな斬撃を、時に受け、時にかわし、時にいなす。めまぐるしく立ち位置を変えて、己に有利な場所を占位しようとし、激しく身体をぶつけ合う。
 ニースとて戦士の訓練を積んでいる。だからこそベルドとシュリヒテ、この2人の呆れる程に他と隔絶した強さがよくわかるのだろう。そして同時に、この2人のレベルになってようやく戦える、魔神将の強さも。ニースの眦に浮かぶ険しいモノは、これから先の魔神との戦いを思ってのものに違いない。その戦いは熾烈を極め、多くの犠牲者を出すだろう。そのあたりが、善人のニースには辛いのだろう。
「しかし、正直なところ、シュリヒテはこっちの予想以上によく戦えていたなぁ」
「そうなのですか?」
 サシカイアの言葉に、ニースは小さく首を傾げる。コレは、原作のベルドの強さを知っているサシカイアと、知らないニースの認識の差。ニースにしてみれば、シュリヒテだって頭抜けて強い戦士なのだ。
 ベルドとシュリヒテ。
 その戦いは、先刻の言葉通り、サシカイアの戦う前の予想よりも良い勝負だった。仲間甲斐のないことだが、圧倒的に強いベルドにシュリヒテが蹂躙される、そんな戦いになると思っていたのだ。しかし、実際にやってみれば、意外にも両者の戦いはほぼ互角と見えた。
「考えてみれば、いくらベルドが強いって言っても、レベル的にはシュリヒテと1しか違わないんだよな」
 原作フィルターがかかりすぎていたのか?、と、サシカイアは自省する。シュリヒテ10レベルファイター、ベルド11レベルファイターで、その差はサシカイアの言葉通り1でしかない。能力値だって、圧倒的な水を空けられているわけではない。どちらもシュリヒテ不利は間違いないが、相手にならない程の極端な差はついていないのだ。その時の賽の目次第では──もとい、その時の心身の状態や運の善し悪しで、簡単にひっくり返ってしまう程度の差でしかない。
「レベル?」
 と横でニースが首を傾げている横で、サシカイアは己の思いに沈む。
 シュリヒテの思わぬ善戦。これは良い。仲間は弱いよりも強い方が良いに決まっている。だから、良い事なのだが、少し気になったこともあった。そして、それはこうして考えているよりも直接答えを聞いた方が早いと、ベルドの方に向かうことにした。
 ベルドの横では、フラウスが甲斐甲斐しく世話を焼いていた。汗を拭うためのタオルを渡し、喉を潤す為の水を渡しと、まるで世話女房のよう。そのフラウスがベルドに接近するサシカイアに気づき、途端、何かを警戒するような色を瞳に浮かべた。
「……気が変わって、やっぱり俺の女になる気になったか?」
 ベルドも同様にサシカイアの接近に気が付くと、阿呆な事を言ってきた。
「その気は欠片もないよ」
 ひらひらひら~っと手を振って、主に、今のベルドの台詞で警戒の度合いを高めたフラウスに告げる。
 サシカイアの見るところ、余計なことを言ってくれたベルドの口調には真剣味が感じられなかった。本気で言っているわけではないのだと簡単にわかる。と言うか、じゃないと嫌だ。それをいちいち真面目に受け取るフラウスは、そう言う性格だと言うこともあるのだろうが、それ以上に、いわゆる恋は盲目状態。事が事だけに余裕がないのだろう。原作では割と物わかりのいい女、ベルドの浮気に寛容だったが、アレはベルドの女になってからの話。それ以前の今の段階では、そうした余裕を持てないのだろう。
「横に抱き心地の良さそうな人がいるんだから、そっちを口説けばいいんじゃないか?」
 睨み付けてくるフラウスの視線に、矛先を逸らす必要を感じてサシカイアは提案してみた。アライメントがあちら寄りであるし、早急に対処しないと、邪悪認定されて滅ぼされてしまう危険もある。
「なっ」
 フラウスはコレを受けて絶句。僅かに頬を赤く染める。あうあうと、咄嗟に言葉が出てこないようで、助けを求めるみたいにして視線を左右に彷徨わせている。
 これでサシカイアを警戒する余裕もなくなった様子。試みは成功したと、僅かに安堵。
 しかし、ベルドはフラウスを眺め、言った。
「こいつは硬すぎる」
「ベルド!」
 ベルドの言葉にフラウスは激しく反応した。
「訂正を要求します。確かに私は戦士としての訓練を積んでいますから、普通の女性より筋肉質なのは認めます。しかし、まだ十分女性としての柔らかさを保っているはずです。だいたい、女性に向かってそのような──」
「頭の話だ」
 その剣幕に辟易したように、短くベルド。
「……」
 かぁーっと、音を立てそうな勢いでフラウスの顔が赤く染まっていく。多少冷静になって、自分が興奮して何を口走っていたのか、理解してしまったのだろう。
 それを眺めつつ、サシカイアはフラウスに抱いていた当初の苦手意識が解消されていくのを感じた。
 割と話が通じる。と言うか、結構からかい甲斐のある人間なのでは?、これまでのやりとりを見てそんな風に感じた途端、緊張し身構えている必要を感じなくなったのだ。
 結局の所、サシカイアがフラウスを苦手に感じたのは、一般人が警察官に抱く苦手意識のようなモノだったのだろう。別に悪いことをしていなくとも、警察官を見かけると、思わず緊張してしまう。そうした小市民的な感覚。しかし、その警察官の中身が知っている人であれば、緊張は軽減される。それだけの話。
「それで、何の用だ?」
 こいつをからかいに来た訳じゃないんだろう?、とベルドが聞いてくる。
「ん。いくつか聞きたいことがあるんで」
 と頷き、前置きして、サシカイアはいくつか質問させて貰うことにする。
「うちのエースはどうかな?」
「強いな」
 返事は即座に帰ってきた。その口調、表情から、サシカイアはこれはリップサービスではなく、ベルドの正直な感想だと判断した。そもそもベルドは、その種のリップサービスをする人間だとも思えないし。
「正直なところ、ここまでやるとは思わなかった。残念ながらやり合ったことはないが、ヴァリスの白の騎士とか、ドワーフの鉄の王あたりとも十分戦えるんじゃないか?」
 大絶賛。これは、最大級の賛辞と見て良いのではなかろうか。
 しかし。
「割に、あんまり楽しそうじゃなかった理由は?」
「……気が付いていたのか?」
 そう、それがサシカイアの感じた疑問。ベルドはシュリヒテとの戦いの途中から、極々僅かながら、興が失せたという表情を見せるようになっていたのだ。ベルドと言えば戦い大好き。それも、一方的な蹂躙ではなく、強い相手とのぎりぎりの戦いに喜びを感じるタイプ。サシカイアはそう言う認識をしている。それが、一見良い勝負をしている最中にその表情。サシカイアでもなくとも気になるだろう。
「実は、手を抜いて相手をしていた?」
「いや、本気だった」
 サシカイアの考えた可能性に、ベルドは首を振って否定する。
「俺は世辞は言わん」
 特に、戦いについては、お世辞がそいつを殺すことになりかねないからな、とベルド。
 己の力量を正確に測れず戦うことは、時に死を招く。そして、ベルドのような有名で圧倒的に強い人間の言葉は、過剰にして過分な自信を与えてしまう危険がある。「あのベルドが認めたのだから」、と自分の実力を実際より高く見誤ってしまいかねない。だから、お世辞は言わない。弱いならば弱いとはっきりと告げる。ベルドは口にこそしなかったが、そう言うことだろうと、サシカイアは理解した。
「じゃあ、あの表情の理由は?」
「あいつは確かに強い」
 未だ練兵場の地面に転がって立ち上がれないシュリヒテをさしてベルド。いつの間にかニースがそちらへ行って、水なんかを渡している。これは見栄を張る場面だから、未だ寝ていると言うことは、本当にろくに動けない程に疲労しているのだろう。そして、それを承知の上で、邪魔をしなければと言う思いがサシカイアの頭を掠めるが、流石にベルドとの会話中と言うこともあって、涙を飲んで自制する。
「だが、怖くない」
 サシカイアの内心の葛藤に気づくはずも無く、ベルドが続ける。
「怖い?」
 首を傾げて聞き返すと、僅かに考えてベルドが補足する。
「あいつには俺を倒そうという気持ちが無い。俺に勝てると初手から思っていない。勝てるはずがないと思っていやがる。実力こそ劣るが、その点では、あっちのドワーフの方がマシだった」
 と、端っこの方に倒れたギネスを指さす。
 しかし、それは当然だろうとサシカイアは考える。
 何しろベルドと言えば、ロードス最強の、否、フォーセリア世界最強の戦士である。シュリヒテが、シュリヒテごときが勝てる相手ではない。勝って良い相手ではない。そんな思いがある。もちろん、勝てる方が魔神との戦いが楽になるものわかっているが、原作ファンとしては、なかなかに譲れない一線でもある。やっぱり、ベルドを含む6英雄には強くあって欲しいのだ。
「もちろん、あっちがどんなつもりだろうが、俺は負ける気はない。それが、初手から勝つ気のない相手なら、なおさらだ」
「だからと言って手を抜いているわけではないと思うけど?」
「そう言う話じゃねえさ」
 精神論的な話だろうか?、とサシカイアは首を傾げる。
 ベルド自身も、うまく説明出来ない様子。あるいは、その気がないのか。
 何となく、サシカイアは沈黙してしまう。
「さてさて」
 そこで手を打ち鳴らして注目を求めたのはゲイロード。あまりこちら方面の興味はなさそうに思えたのだが、しっかり同道してベルドVSシュリヒテ戦を一緒に見学していた。その横には、彼を師匠と崇めるようになったブラドノックと、そこまでは行かないが一定の尊敬を抱いた様子のウォートがいた。
 ゲイロードはまるで舞台俳優のように、周りの人間の視線を計算しているかのような大仰な仕草で告げる。
「どうやら決着が付いたようですな。まことに見応えのある、見事な戦いでした。まさしく、お二人の強さは勇名に違わぬモノ。このアラニア王族である私、ノービス公ゲイロードも心から感服いたしましたぞ」
 べらべらべら~っと2人の戦いを賞賛すると、話題はこの後のパーティの話となった。こちらの方が主題だろう。確実に言葉に入っている力が違った。
 長々としたゲイロードの語りは右耳から左耳へ。要約すれば、ゲイロードは、サシカイアらの歓迎のパーティを盛大に開いてくれるというのだ。そして、それだけわかれば十分だった。
「部屋と着替えを用意いたしました。そちらでパーティの時間までおくつろぎ下さい。なお、パーティは大宴会場「ベヒモスの間」で夕刻よりを予定しております。皆さんお誘い合わせの上、是非参加してください」
 と、事務的な補足は、ゲイロードの後ろに控えたメイドからなされた。
 そして、ここからが、サシカイアの悪夢の始まりだった。


 ロードス島電鉄
  42 マイ・フェア・レディ


「止めろ、しょっ○ー、ぶっとばすぞぉ!」
「誰がその、しょっ○ーですか?」
 サシカイアの心からの叫びは、ニースにあっさりと切り捨てられた。
「ニース、こちらなんて良いと思いませんか」
 メイドさんの手によって、サシカイアにあてがわれた部屋に運び込まれたドレス掛け。そこにいくつも並べられたドレスの中から、草色のモノを選んで、フラウスがニースに同意を求めてくる。流石はアラニア王族ゲイロードの用意させたドレス。デザインも素材の品質もお針子の技術も、全てが最上級。着用者の魅力を高めること間違いなし。その種の事に興味のないサシカイアでも、自分に関わりがなければ、最大級の賛辞を送る、そんな逸品。
「てか、何でフラウスまでいるんだよっ!」
「せっかく協力してくださるというのに、その言い方は感心しませんよ」
 めっ!、とニースがサシカイアを窘める。
 パーティまでの休憩時間、旅の汚れを落とした後、与えられた部屋でくつろごうと考えていたサシカイアの計画は、あっさりと破綻した。この2人、ニースとフラウスの不意の襲撃によって。
「いや、いいから。俺には必要ないから」
 サシカイアはぶんぶん手を振って否定する。
「俺は普段着で十分だから」
「ダメです」 
 しかし、ニースはにべもない。あっさりとサシカイアの言葉を切り捨てる。
「せっかくの滅多にない機会です。サシカイアも、きっちり着飾ってパーティに出るべきです」
 そう、どんなに素晴らしいドレスも、自分が着用しなければならないとなれば、素直に評価できなくなる。
 普段通りの格好で良いやと気楽に考えていたサシカイアに、ニースらは駄目出しし、きちんと盛装、ドレスに着替えることを求めたのだ。
「ゲイロード公はアレでアラニア王族ですからね。その彼が開くパーティです。村の祭りとは違うのですから、きちんとした格好をしなければ失礼に当たります」
「何でそんなに積極的なのさ」
 ドレスを持って迫るニースに、サシカイアの声は悲鳴に近くなる。
「てか、ここは、『このようなご時世に贅沢なパーティを開くだなんて。世の中には食うや食わずの人たちが溢れているというのに』……とかって、眉を顰めて否定的な態度とるんじゃないのか?」
「……誰の物まねですか」
 無駄にシーフ技能を使って見事に物まねをして見せたサシカイアに、不機嫌な表情を向けるニース。しかし、ここで怒るのも大人げないとでも思ったのか、頭を軽く振ると感情をリセット。一転、優しい声になって言い聞かせるみたいに告げてくる。
「ええ、サシカイアの言うようなことは承知しています。いますが、ここでそれを言っても詮無いことも同時に理解しています。ゲイロード公にそれを告げたところで、彼が生活を改めるとも思えません。パーティの為に準備された食材が、飢えた人たちに回されることもないでしょう。ならば、せめて我々が用意されたパーティを楽しまなければ、本当に全てが無駄になってしまいます。締めるところは締める。抜くところは抜く。常に緊張状態では、これから先、おそらく長期戦になるであろう魔神との戦いを切り抜ける事は出来ません。大事なのはメリハリです」
 ニースってこんな頭柔らかかったっけ?、と首を傾げるサシカイア。それから我に返り、慌てて言う。
「楽しむってのが主眼なら、俺は普段着で良いから。ドレスなんか着たら色々と楽しめないから」
「そうなんですか?」
 ニースが小さく首を傾げて尋ねてくる。
「そうなんです」
 ここが大事と、サシカイアは瞳に巌の意志を込め、真っ直ぐにニースの目を見ながら頷く。
 しかし。
「……でも、だめです」
「え?、ちょっ」
 問答無用ですか?、何でそんなに乗り気なんだよ、と色々サシカイアは考えるが、わかったことは一つ。ニースには譲る気は欠片もないと言うこと。
 ならば、と頭を切り換える。
 正面突破が無理ならば、別の方向を考える。押してもダメなら引いてみろ。舌先三寸がダメなら、腕先一尺で。いや、流石にニースに暴力は拙いので、それ以外の方法で。
 つまり。
 サシカイアはにげだした。
「逃がしませんよ」
 しかし、まわりこまれてしまった!
 いつの間にか、ニースとアイコンタクトか何かで意思疎通したフラウスが、逃げ道を封じるように部屋の入り口の方に移動していた。いくら敏捷度に自信のあるサシカイアとはいえ、行動を先読みされては出し抜くことが難しくなる。おまけにフラウスだって能力値は悪くないのだ。扉の前に踏ん張られてしまえば、それを抜いて脱出というのは不可能だろう。
 入り口は封じられた。ならば窓か?、幸いシーフ技能持ち。多少の高さであればシーフ技能で無傷で飛び降りることが出来る。この部屋は二階に位置している。いくら天井の高い立派なお屋敷とは言え、飛び降りても全く問題ない高さだ。
 だが、部屋の入り口へ行こうとしてその後の方向転換。その一瞬の無駄が、明暗を分けた。
 がしっと。
 音が立ちそうな勢いで、背後からニースの手がサシカイアの肩に乗せられていた。
「逃がしませんと、言いました」
 にっこりと、もの凄くステキな笑顔でニースが言う。肩に乗せられた手は万力の如く──と言うのは言い過ぎだが、非力なサシカイアでは振り払えない程度に、しっかりと捕まえている。
「話せばわかる」
「問答無用です」
 ニースはあくまでステキな笑顔を崩さない。
「ドレスで着飾るのはもちろんですが、お化粧もしっかりしましょうね」
 結婚の守護者でもあるマーファ流お化粧術の腕の冴え、見せて上げましょうとニース。コレでマーファ神官は、数多のカップルをゴールに叩き込んできたのですよ、とノリノリである。
「化粧までっ!」
 満面の笑顔のニースとは逆に、絶望に顔色を変えるサシカイア。
「……正直、良い機会だと思うんですよ。素材の良さの上に胡座をかきっぱなしで、その種の努力を全くしてこなかった人が着飾るには」
「努力をしないでコレ?」
 フラウスも、何だかとっても納得いかないという顔をして、サシカイアの方に近付いてきていた。
「ルシーダの時も思ったけど、これだからエルフはっ」
「ええ、全く、これだからエルフはっ」
 2人の連携の理由はコレか?、と思い当たるも、それが救いになることはない。
「とりあえず、剥きますか」
「そうですね、とりあえず剥きましょう」
 どころか、不穏当な会話を成立させている。
「ちょ、待て、いや、待ってくださいっ!」
 もちろん、2人は待たなかった。
「無駄な抵抗は止めてくださいね」
「ちょ、や、やめっ」
 悲しいかな、サシカイアは非力だった。ニースはもちろん、それ以上に力持ちのフラウスにはなおさら敵わない。必死に脱出チェックを試みるのだが、これは筋力ボーナスを使う判定なので、非力なサシカイアでは本当に無駄な抵抗にしかならない。
「はい、脱ぎ脱ぎしましょうね」
「だ、だから、やめっ」
「あら? 何ですか、この色気のない下着は」
 おまけにこんな駄目出しまでしてくる。
 中身男のサシカイアとしては、女の子女の子した下着の着用には躊躇いを覚えてしまう。その為に、一応女性用と言えなくもないが、男性用でも通用するんじゃ?、なんて言う微妙な感じのモノを選んで着用している。きっぱり男用にしないのは、それもまた何か違うような気がするという、微妙な、多分サシカイアにしかわからないであろう微妙なこだわりによるモノである。
 そのあたりのサシカイアの微妙なこだわりは、残念ながらニースらには通じなかった。特に今の2人は、変なスイッチが入っている状態。第三者の制止がなければ、何処までも突き進んでしまいそう。そしてここには第三者はおらず。まるで、これが神に与えられた己の使命だとばかりに、容赦がない。
「コレも着替えですね」
「え?、ちょ、ホントに?」
「さあ、脱いで、脱いで」
「ちょ、それはヤバイって、本当にっ」
「うふふふ、何か背徳的な喜びに目覚めそうです」
「ら、らめぇええっ!」
 サシカイアの悲しい叫びがノービス領主、ゲイロードの館に響いた。


 八本の柱で支えられた巨大な広間。その中央には白い布を敷き詰めた食卓がいくつも並んでいる。
 二十人を超える楽士が音楽を奏で、道化が即行劇を演じている。正装した執事やひらひら分の多い美形のメイドさん達──いわゆるパーラーメイドさん達が、飲み物や食べ物を、これでもかって位に運び込んでくる。
「流石接客の為に厳選されたパーラーメイドさん、美女、美少女揃いだ」
 と、それを見て感心するのがブラドノック。
 パーラーメイドとはお客の取り次ぎ、客間での食卓の準備や給仕役のメイドのこと。その仕事の性質上、主人や客の前に出る機会が多いため、基本、容姿の整った者が選ばれるし、着用しているメイド服も、その容姿を更に高めるようなモノになる。具体的には、フリルやらレースやらを多用した、見た目可愛らしく美しいモノに。メイドの花形と言えば、このパーラーメイドである。
 そんなメイドさん達が忙しく働く中、シュリヒテらはお客さんであるから、既に席に着いている。こちらはサシカイアのように否定的感情を抱く理由もなく、フォーマルな装いとなっている。──たとえばブルマパンツにラメ入りタイツであったりしたら強硬に反対しただろうが、幸い、そうではなかった。もちろん、その服装はゲイロードに借りたモノである。ギネスは自前のマイリーの神官衣を着ているが、聖職者であればコレが正式な装いなので問題ない。
 問題となりそうなのは、ベルドの格好。こちらは、正装、何それ?、俺たちゃ裸がユニフォーム、とばかりに半裸に近いいつもの格好。例の得体の知れない獣の毛皮を纏ったまま。ベルドは蛮族の出であるから、コレが正式な格好と言えば、言えなくもないのであるが。
 ゲイロードはベルドの格好を見て僅かに眉を顰めたものの、何も口にすることはなかった。いくらアラニア貴族、王族とはいえ、ベルドに物申すのは怖い、そんな感じだろうか。学校の先生だって、怖い不良には服飾違反の警告を何となく控えたりする物だし。
 そのゲイロードに執事が耳打ち。途端、ゲイロードの顔が喜び一色に染め上げられる。
「どうやら、今夜の主賓達の準備が整ったようです」
 この言葉に、俺らはそうじゃないの?、と思った者もいたかも知れないが、すぐにその感情は消えた。
「ニース様、ペペロンチャ様、フラウス様、ご入場です」
 執事の先触れの声に続き、部屋に入ってきた2人の女性の美しさに、少々の不満など吹き飛んでしまう。ゲイロードを筆頭に感嘆の叫びが上がる。
 豊かな黒髪を結い上げて、白いシンプルなドレスに身を包んだ美少女。髪の黒とドレスの白のコントラストが素晴らしい。大きなぱっちりした瞳は、夜空よりもなお深い色合い。小振りだがすっと通った鼻筋に、桜色の小さな唇。良くできたお人形さんのようにできすぎな容姿。その表情、雰囲気の静謐さで、メリハリのある体型の割に不埒な感情を抱かせない。「清楚」とタイトルの付いた至高の芸術作品。そんな美少女はニース。
 このニースを見て、ゲイロード、ウォートが素直に感嘆の言葉を口にする。
 もう1人は金髪の美少女。いつもは短くしている金髪にウィッグを付け足して、花飾りを付けている。宝石、エメラルドのごとき色合いの瞳には強い意志を感じさせ、少女に凛とした印象を与えている。着用したドレスは空色の、大きく肩を露出させたモノ。胸の谷間もばっちりで、普段のお堅い格好との大きな落差が、得も言われぬ色気となっている。こちらの美少女はフラウス。
「……化けやがった」
 フラウスを見て、大きな反応を見せたのはベルド。口元に酒杯を運ぶのを忘れてしまったように動きを止め、一言呟く。
 2人はゆっくりとパーティ会場であるベヒモスの間に踏み込み。
 直後に回れ右。
 扉の向こうに引っ込むと、もう1人の両手を捕まえて引っ張り出してくる。
「おおぉ」
 と3人目を見て思わずといった具合に歓声を上げるのが3人。
「へ?」
 と顎を落っことしそうになったのが3人。
 後者の3人は、シュリヒテ、ギネス、ブラドノック。
 何しろ、3人目は、きっちりドレスに着替え、化粧までしたサシカイアだったのだから。
「遂にそっち方面に転んだのか? あいつ?」
「俺、転ぶかも知れない。転びそう。てか、転ぶ」
「目を覚ませ。寝たら死ぬぞ」
「そっちは行っちゃダメだよ」
 ぼんやりと夢見るように呟いたブラドノックに、シュリヒテらが思いとどまるように必死で声を掛ける。ダメだ、そっちは奈落に通じるヤバイ場所だ。踏み込んだら最後、元の無垢な自分には戻れなくなるぞ。なんて声を掛けているが、それはブラドノックにと言うよりむしろ、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
 えっへんと言った具合、己の手柄を誇るみたいにして両者ともに豊満な胸を張るニースとフラウス。
 その2人に左右を固められて立つ着飾ったサシカイアは、ちょっぴり目がうつろに見えるのがマイナスだが、それをさっ引いても十分に、十分以上に魅力的だった。
 後頭部で編み上げた鮮やかな金髪。微妙に目尻が上がり気味の目元には、普段はないくっきりとしたアイライン。小さな唇にも、鮮やかな紅が挿してある。ほんの僅か。本当にごく僅かなお化粧が、また普段と違う印象を与えている。元々の天国的な美貌に、素晴らしいアクセント。そしてその身を包むのは、草色のドレス。割合ぴったりしたタイプのドレスなせいで、そのありえない程の腰の細さが際だっていた。胸や尻の肉付きは、ベルドの台詞ではないがエルフ故に当然薄いのだが、それを補って余りありそうな腰の細さ。それだけで体型に大きなメリハリがついている。
「これは、3人とも素晴らしい」
 歯が浮きそうな賞賛の言葉を臆することなく口に出来るのは、流石は百戦錬磨のアラニア貴族と言うべきか。ゲイロードがしきりに褒め称えながら席を立つと、エスコートしようと三人娘の方に向かっていく。
 遅れてなるかと、慌てて続くシュリヒテら。大慌てで、ちょっと待ったコール。
 それぞれが牽制しあい、無言の丁々発止の後、結局、ニースをゲイロードが、フラウスをベルドが、そしてサシカイアを漁夫の利か、ウォートがにらみ合う3人組を余所にエスコート。
 こうして、歓迎の宴が本格的に始まった。


 宴は、ゲイロードの独壇場となった。
 ずっと俺のターンとばかりに、間断なく話を続けていく。その知識量、話術はたいした物であったが、残念なことに話の内容が芸術方面に偏っており、興味を持っているのがゲイロード1人だけという、悲しい状況になってしまっていた。これが、女体の芸術であれば、もう少し追随する人間も出てきたであろうが、三人の美少女の前、流石にそれは自重したようである。
 結果、ゲイロードの話に応じるのは、ウォートただ1人。流石にセージレベル11。芸術への造詣も深く、時にゲイロードを唸らせたりもしていた。しかし、せっかくのご高説も、はっきり言って高度すぎ、他の人間にはちんぷんかんぷんな内容になってしまい、どん引き状態。最初から我関せずとばかりに酒杯を空け続けていたベルドに倣い、それぞれ飲み、食べる方に注力する。
 それに漸く気が付いたゲイロードは、芸術談義についてはまた後日とウォートと約束して、今度はダンスにニースを、そしてサシカイアを誘いにかかった。フラウスは、ベルドが怖いらしい。それでも、ニースが気が乗らないと断り、サシカイアはうつろに笑うばかりで相手をしないとなると、勇気を出して誘いを掛ける。残念なことに、フラウスは毅然とした態度でその誘いを拒絶したのだが、ブラドノックやウォートあたりは、賢者であるばかりではなく、勇者でもあったのか、と感心しきりだった。
 食事が終わり、ダンスをする者もいない。話も合わない。こうなってくると、流石のゲイロードも興醒めしたらしい。所用を思い出したと言って、皆さんは存分にお楽しみ下さいと言い残して退場してしまった。
「やかましいのが、ようやくいなくなりましたね」
 と、その背中を見送って、直後に酷いことを口にするのはフラウス。
「手厳しいね、フラウスは」
 ウォートが容赦のない言葉に苦笑する。
「ああ見えて、あの方は偉大な賢者で、同時に勇者でもあるのだよ? おまけに芸術の守護者でもある。特に神々の芸術作品、神々の造形への理解の深さは、先に皆が知るとおりだ。確かに、魔神との戦いには役に立ちそうにはないが、もう少し、相応の尊敬を払うべきだよ」
「……」
 フラウスはその言葉に、何とも言えない顔で沈黙した。
 BGM、歌劇は未だ続いていたが、楽士達はパトロンの退場で目に見えて手を抜き始めていた。単なる雑音、までは行かないにしろ、気の入っていない演奏など耳障りでしかない。しかし、不穏当な会話をするには、やかましさも役には立つ。先ほどのフラウスの言葉が、執事やメイドの耳に届かなかったように。
「ここで一度、お互いの情報を交換したいのですが」
 と、ニースが提案する。
 これまで、そうした時間は持てなかった。宴前の休憩時間にやっておけば良かったのだが、別のことで時間を潰してしまった。しかし、後悔は欠片もしていないニースだったりする。むしろ、会心の仕事? 素材が良いのはもちろん知っていたが、ここまでの出来になるとは、ニースの想像の上を行った。
「そうですね、確かに、情報は重要です」
 と、ウォートの言葉が返ってきて、ニースはよそ事に逸れかけていた気を引き締め直す。
「魔神将を倒されたとか?」
 ニースは、無言で酒を飲み続けていたベルドに訊ねる。
 この言葉に、ベルドは憮然とした顔になる。
「世間では、そうなっているな」
 面白くもなさそうに、ウォートを軽く睨みながらベルド。
 それに僅かに苦笑しながら、代わってウォートが口を開く。
「魔神将を倒したのは間違いありません。しかし、世間で知られているのとは、少し事情がね」
 言葉を濁すウォートに、ニースはその、世間に知られていない事情を尋ねる。これから先も、ニースは間違いなく魔神と戦う。だから、魔神将の強さを含め、魔神についての可能な限りの情報を知っておきたい。シュリヒテやサシカイアからももちろん話は聞いてるが、情報源はたくさんあった方が良い。おまけに、この4人組の説明はモンスターレベルだの何だのと、聞き慣れない言葉が混じるのでわかりづらいのだ。
「魔神将の本当の強さが伝われば、立ち上がる勇者は1人も──いえ、立ち上がる勇者は殆どいなくなってしまいます」
 途中、シュリヒテらを見てウォートは言い直す。つまりは、そう言うレベルでなければ戦えない敵なのだとニースは再確認して、暗澹たる気持ちになる。
「それこそ、ここのベルドや、そちらの光の剣くらいの人間しかいなくなってしまうでしょう。出来れば、ベルドが一騎打ちで倒したことにしておきたいのです」
 この言葉にベルドは顔を顰め、面白くなさそうに酒杯を干した。ウォートの言いたいことは理解する。しかし、自分の手柄でないものを自分の手柄のように世間に広められることは面白くない。これではまるで道化のようだとでも、思っているのかも知れない。
 それからいくつかのやりとり。マーファの教えに従い、これが自衛のための戦いと考えるニース。ニースは、魔神との戦いで命を落とす者達を痛ましいと考えている。その上で、彼らを勇者として称えよと言うウォート。そして、正義のためであれば戦う事はあたりまえ、正義の行使のためであれば命をかける事は当然であると考えるフラウス。それぞれの立ち位置、考え方の違いが明らかなになったりもしたが、3人ともにその目的が、ロードスよりの魔神の一掃と言うことで合意は得ることができた。
 その上で、ウォートがニースに明かした魔神将ゲルダムとの戦いの顛末は、原作通りのモノであった。
 一騎打ち擬きで魔神将ゲルダムを下したベルド。首をはねて勝ったと思った所で手痛い逆劇を喰らって腹に風穴を開けられ、それならばと文字通りの細切れになるまでバラバラにして、さあこれでもう大丈夫、と考えたら、今度もまた、大丈夫ではなかった。そんな状態からも魔神将ゲルダムは数日で復活してのけ、トロフィーとしてベルドが持ち帰った首を取り戻しにライデンへ。そして、たまたまベルドの部屋に1人で残っていたエルフ娘ルシーダを惨殺した。
「それでも、死なないのですか?」
 と、唖然とするニース。首をはね、更にハンバーグの材料にするしかない位にミンチにして、それでも復活してくる。こんな相手、殺しようがないのではないか?、どうやれば、そんな相手を倒せるのか?、と驚くニースだが、もちろんタネはある。
 それは、禁呪〈ワード・パクト〉。魔神将ゲルダムは、この魔法により、剣に対する絶対的な加護を得ていたのだ。剣の攻撃であれば、どれだけ喰らおうと、それこそ、身体を細切れになるまで切り刻まれても、絶対に死なないという呪い。
「それが呪いなのですか?」
 祝福なのでは?、と首を傾げるニースだが、ウォートは首を振って、コレはやはり呪いだと告げる。
 うまい話には裏がある。そんな感じで、この禁呪にももちろん巨大なデメリットが存在する。剣に対する絶対的な加護を得る。その一方で、剣以外の攻撃には極端に弱くなってしまうのだ。たとえば、鈍器でこづいてやれば、あっさりと死んでしまう、と言った具合に。うまく条件が合えば絶大な効果だが、外れた場合のリスクが大きすぎるのだ。
 その後、魔神将ゲルダムはフラウスのメイスの一撃で屠られている。
 しかし、その一撃を叩き込む為に、ウォートら3人は多大なる苦労をすることになった。実は魔神将を倒せていませんでした、なんて事が知れ渡れば、ウォートの目論見は水泡と帰す。であるから、秘密裏に、迅速に退治しなければならない。再度の戦いではウォートも本気を出した。賢者の学園においてはその存在すら秘匿されている、古代語魔法最強の攻撃呪文、隕石召喚〈メテオ・ストライク〉すら使っている。もちろん、ベルドも間違いなく本気であったし、フラウスもそう。それでようやくの、薄氷の勝利。何かの、ほんのささやかなアクシデントでもあれば、簡単に勝者と敗者はひっくり返っていただろう。
「魔神将とは、そう言う存在なのです」
 ウォートがそう話を締めくくる。
 ニースは、絶句して言葉を返せなかった。
 それが。そんな化け物が魔神将。困ったことに、このレベルの敵が確実に一体、おそらくはその他にもまだ数体存在しており、さらにその背後には、魔神将すら膝下におく魔神王が控えている。思わず絶望に目の前が暗くなりそうな、酷い現実だ。
「お話下さいまして、ありがとうございました」
 それでも、目を閉ざして逃避をしても、何にもならないことをニースは知っている。たとえ相手がどれほど強大であろうとも、戦うしかないのだ。そう決意するニースだが、僅かに声が震えるのを、堪えきれなかった。


「さて、次はこちらが、そちらの話を聞かせて貰いたいですね」
 と、今度はウォートらの側から、質問が飛んでくる。
「私は、魔神将との戦いには参加しておりませんので、そちらはサシカイアやシュリヒテに」
「サシカイア?」
 と、ウォートが首を傾げる。ペペロンチャ、では?、と言う視線を受けて、ニースは言った。
「この馬鹿の、ペペロンチャの本当の名前です」
「ペペロンチャというのは偽名なのですか?」
 何故、そんな偽名を?、とウォート。
「……魔神将に名を尋ねられ、本名を名乗るなんて危険な真似が出来るか、と。後、勇者だ英雄だと祭り上げられるのも鬱陶しいし、頼られても困る。やばかったら、俺は逃げるから──と言うことらしいです」
 ちょっぴり恥ずかしそうに、ニースが答える。こんなのが、アラニア北部を中心に、信仰に近い支持を集める英雄の、戦乙女の正体だと言うのは、私もあまりにあんまりだと思います。と口にはしないが、表情で告げる。
「嘘を付いたのですか?」
 素早く反応したのはフラウス。ファリスの教義では、嘘は悪である。そして、悪即斬もまた、ファリスの教義。流石に斬はなくとも、とりあえずヴァリスのファリス本神殿へ連行して、地下の精神鍛錬コースへ叩き込むべきでは?、なんて物騒な視線でサシカイアを睨み付ける。エルフには信仰という概念が存在しない。だが、その機会に徹底的にファリスの教えを叩き込み、あるいはファリスを信仰するエルフ、なんて存在を作り出すことが出来れば、ファリスの宗教史に金文字で刻み込まれる快挙となるだろうし。
「そいつはいい」
 一方で、これまで面白くもなさそうな顔で酒を飲んでいたベルドの方にはうけたらしい。肩を揺らして笑っている。
「ベルドっ!」
 どうしてこんな不謹慎なことを面白そうに笑うのですか、とフラウスが怒りの声を上げるが、ベルドは気にしない。
「みんながみんな、ファリス信者じゃないんだ。1人2人はこういう面白い奴がいてもよかろう。世界中の全ての人間がファリス信者だったら、きっと俺は息が詰まる。……まあ、逆にこいつみたいな奴ばっかりでも、それはそれで困るだろうがな」
「そればっかりは、やめてください」
 ニースがロードス住人全部サシカイア、みたいな状況を想像し、身震いして拒否する。そうなれば、毎日毎日突っ込みを気の休まる暇もなく続けることになってしまう。それは絶対に勘弁と言うところか。
「まあ、偽名の善し悪しについては、私は論評を避けさせて貰うよ」
 ウォートはとりあえずそんなことよりも重要なことがあると、それかけた話を元に戻しにかかる。
「さて、話を聞きたいんだが……ん?、光剣はどこへ?」
「え?」 
 と、ニースが見れば、シュリヒテの席はいつの間にか空になっている。どころか、ブラドノック、ギネスの姿も見えない。
「一体何処へ?」
 と、首を傾げるニース。
 疑問に答えてくれたのは、ベルドだった。
「あいつらはメイドと意気投合して、連れだって出て行ったぞ」
「……」
 何で私の仲間はそういう人ばかりなのでしょうか。って言うか、つい先日似たようなハニートラップで騙されたばかりなのに、反省は無しですか? 私何か悪い事しましたか、マーファ様。なんて、己の立ち位置に疑問を抱いてしまったらしいニース。
 対して、ベルドは再び面白そうに笑ってフラウスに怒られている。
「いやはや」
 ウォートも困ったモノだと苦笑して、サシカイアに視線を向けた。魔神将との戦いの顛末について聞くのであれば、こちらでも構わない。いや、むしろ、直接斬り合っていた光の剣よりも、後ろで戦場をコントロールしていたと聞く戦乙女の方が、視野を広く取れ、色々見えていたかも知れないと、己を励ますように考える。何だか、口から魂が零れ掛けているようなサシカイアのうつろな表情が、不安を煽るが。
「それでは、戦乙女の方に話を聞かせて貰うとしましょうか。さて、って、聞いていますか?」
「サシカイア、真面目に答えないと、また──しますよ」
「ら、らめえぇ!」
 ニースがぼそりと耳元で呟くと、サシカイアは声を上げて再起動する。
「ごごごごごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 がたがた震えて謝るサシカイアに、何をしたんですか?、とおそるおそる尋ねるウォートの視線に、ニースとフラウスはそれぞれ明後日と一昨日の方向にそっぽを向く。
「何にせよ、コレでは、話が出来ないのですが」
「大丈夫です、ほら、静心〈サニティ〉」
 ニースの神聖魔法、心の平静さを取り戻させる効果を持つ、を受けて、サシカイアが強制的に落ち着きを取り戻す。
「……あれ?」
 と首を傾げるサシカイアに考える余裕を与えるなとばかりに、ニースがウォートに質問をするように視線で促す。
「それではいくつか質問をさせて貰います。まずは──」
 ろくでもない展開が続いたせいか、ウォートも自分の中で纏めていた質問内容を、一時的に失念したらしい。何から尋ねるべきかと首を傾げ、まずは考えを纏める時間稼ぎにコレを、と口にする。
「そう言えば、ハイエルフの協力は、どの程度当てに出来るのでしょうか?」
「ハイエルフ?」
 サシカイアは首を傾げた。
「何でいきなりハイエルフが出てくるんだ?」
「何でって、あなたはハイエルフでしょう?」
「え?」
 とウォートの言葉に、サシカイアは驚きの表情になった。
「俺って本当にハイエルフだったのか。──って、あっ」
 そして、己の失言に気が付いたときには、既に遅かった。
 ウォート達からサシカイアに、うろんなモノを見る視線が向けられていた。



[4768] FINAL THE SPIRITS M@STER SASSICAIA
Name: ひのまる◆80793813 ID:d3a90a36
Date: 2010/09/18 21:08
最終話 希望を胸に、全てを終わらせるとき

 遂に魔神戦争も終局を迎えようとしていた。
 名も知れぬ迷宮の底で対峙するのはサシカイアと魔神将ゲルダム。
 疲労も激しく膝を付くサシカイアに対して、余裕の表情で見下ろしてくるゲルダム。その黒山羊の顔には勝利を確信した歪な笑みが浮かぶ。
 その笑みが、折れかけていたサシカイアの心に火を灯す。怒りという名の火を。
「チクショォオオ」
 その叫びは不甲斐ない己に対してか、それとも、目の前で笑うゲルダムに対してか。心の内の衝動に押されるままに、サシカイアは疲労した肉体を叱咤して立ち上がる。こいつを倒す。その目障りな笑みを止める。こいつの「におい」を止めてやるッ!、その思いに突き動かされ、萎えかけた足を前に進める。同時に、あまねく世界に存在する精霊達、その王に語りかける。最早出し惜しみをしている場合ではない。最後の切り札、それを切るのは今。
「食らえゲルダム! 新必殺魔精霊アトン!」
 サシカイアの叫びと共に、呼びかけに応えて顕現した地の精霊王ベヒモスを中心として、火の精霊王イフリートが、水の精霊王クラーケンが、風の精霊王ジンが1点に収斂していく。彼らは混ざり合って変質し、サシカイアの手の中に、一振りの漆黒の剣を形作る。全ての色を混ぜ合わせれば黒となる。そうした黒さ。さらに剣は貪欲に周囲の精霊力を喰らい、より暗く、黒くなっていく。それは、黒よりもさらに暗い闇。
「さあこいサシカイア!」
 対してゲルダムは己の大鉈を構える。掠めただけで人など簡単に消し飛びそうな凶悪なそれを振り上げ、己に向かってくるサシカイアに向かう。その顔には、未だ余裕の表情が張り付いている。サシカイアを格下と見下し、あざ笑う。
「俺は実は一回刺されただけで死ぬぞォォ!」
 言わなくていいことまで口にしたのは、その余裕が故か。
 しかし、対するサシカイアは失言を聞く余裕すらなかった。魔精霊アトン。それは確実にサシカイアの手に余った。周囲の精霊力を貪欲に吸い禍々しさを増していくアトン。無差別に吸い上げる精霊力。その精霊力には、サシカイアの持つそれも含まれていたのだ。サシカイアの感情の精霊力──怒りが、悲しみが、喜びが、寂しさが。肉体に宿る精霊力──火の、水の、地の、風の、そして生命の精霊力が吸われていく。一歩ごとに目が霞み、力が萎え、思いが薄れていく。それどころか、己自身の存在すら虚ろになっていく。全てを吸い取られて消えていく。恐怖を感じたのはほんの一瞬。次の瞬間には、その恐怖すら消えていく。その先にあるモノは漆黒の奈落。一切の無。
 ただ、サシカイアは最初の勢いの惰性で、剣の切っ先をゲルダムに向けて進んでいく。それは隙だらけ、無謀きわまりないバンザイアタック。
 ゲルダムの失敗は、勝利を確信し、サシカイアをさらに嬲ろうと考えたことか。素直に、無防備なサシカイアの頭に大鉈を振り下ろせば、それで終わっていただろう。しかし、ゲルダムはさらなる戦い──否、一方的な蹂躙の継続を望んだ。猫が虫をいたぶるように、サシカイアの心が折れるまで、嬲り続けることを望んだ。彼ら魔神にとって、他者の絶望こそ甘露。
 また、サシカイアの構える武器が剣の形状をしていたことも、ゲルダムの油断を助長した。ゲルダムは剣に対する絶対的な耐性を禁呪/ワードパクトの魔法によって得ているのだ。例え、身体をバラバラにされても、それが剣によるモノであれば絶対に死なないという呪い。必殺のはずの一撃が効果なし。それを知った瞬間に浮かべるであろう絶望の表情を見る為であれば、わざと我が身でその攻撃を受けて見せる事も選択肢の1つとして考えるほどに油断していた。
 そして、その油断が生死を分けた。
 ゲルダムは大鉈でサシカイアの構えた漆黒の剣を払いのけようとし──その大鉈が消し飛んだ。触れる端から、魔法の武具であるゲルダムの大鉈が塵すら残さず消え失せる。そのろくでもないまでの威力。
 驚きの表情を浮かべるゲルダム。ようやくサシカイアの構える漆黒の剣、その禍々しさに気が付くも、既に全てが遅かった。
 殆ど倒れ込むようにして突き出された剣の切っ先は、冗談じみたあっさりさでゲルダムの胸板を突き破り、背中へと抜けた。防御点無視の反則武器、カシュー王の愛剣ソリッドスラッシュだってここまではいかないという反則級の威力。
 そこで、ゲルダムはありえないことが起きていることに気が付いた。剣に対して絶対の加護を得ているはずの自分。だと言うのに。だと言うのに、己が死に向かっている。滅びに向かっていることを理性によらず理解したのだ。
「グアアア! こ、このザ・フジミと呼ばれる魔神将のゲルダムが……こんな小娘に……ば、バカなアアアアア」
 その叫びを残し、ゲルダムは絶命した。


 ロードス島電鉄FINAL
  THE SPIRITS M@STER SASSICAIA


 どことも知れぬ場所、どことも知れぬ部屋で。
 3匹の異形の怪物達が出待ち……もとい会話をしていた。
 彼らもまた、ゲルダムと同じく魔神王に仕える魔神将。魔神の軍勢の最高幹部達。4枚の翼をもった人型、頭頂部に太い角、長い牙を持ったイブリバウゼン。梟の顔を持つ醜悪な幻術使いデラマギドス。強靱かつしなやかな体躯に獅子の顔を持つラガヴーリン。どの魔神将も、並の人間では太刀打ちできない凶悪無比な能力を誇る。
「ゲルダムがやられたようだな……」
 同じ魔神将のシンパシー故か、ゲルダムの死に気が付いたイブリバウゼンが視線を宙に彷徨わせて呟く。彼の目は、ここではない場所で絶命したゲルダムの姿を捕らえているのかも知れない。
 そのイブリバウゼンの言葉を、デラマギドスがせせら笑う。
「ふふふ、……奴は魔神将の中でも最弱」
「人間ごときにやられるとは魔神将の面汚しよ……」
 その言葉に同調し、ラガヴーリンも嗤う。
 しかし、直後に彼らの笑いは凍り付く。
 蝶番を吹き飛ばしそうな勢いで部屋の扉が開き、飛び込んでくるのはサシカイア。その手にした漆黒の剣は、はやにえの如くゲルダムを貫いたまま、禍々しき切っ先を3匹の魔神将に向けている。
「くらええええ!」
 思わぬ場所で3匹の魔神将と遭遇したサシカイアの驚きは一瞬。アトンの主たる精霊力吸収の対象が一時的にゲルダムに移ったが故か、僅かに取り戻した活力を吐き出すような叫びと共に、身体ごとぶつかるようにして魔神将達に向かう。犠牲者を得てさらに禍々しさ鋭さを増した切っ先は避ける暇も与えず、次々に魔神将達の身体を捕らえていく。
「グアアア」
 その威力は特筆モノで、魔神将達は悲鳴1つを残し、次々に絶命していく。
「やった……」
 瞳は霞み、膝は震え、息は絶え絶え。己の頬を両側から思い切りはたくという自傷行為で消えかけている感覚やら感情やらを必死で取り戻し、サシカイアは額の汗を拭う。
 苦悶の表情を浮かべて絶命した4匹の魔神将を見下ろし、大きく一息を付くと、サシカイアは決意を新たにするかのように呟く。
「遂に魔神将を全滅させたぞ。……これで魔神王のいる「最も深き迷宮」の扉が開かれる」
 最後の決戦の地へ心を飛ばすサシカイア。後は敵の首魁である魔神王を倒すのみ。それで全てが終わる。それで全てが報われる。これまでの戦いの途中で倒れていった仲間達も、それでようやく青空に笑顔で浮かんでくれるだろう。
「よく来たな。戦乙女サシカイア。……待っていたぞ」
 そこへ、声が響く。同時に、どこか近くできしりながら開く扉の音。
 全ての上に君臨することに慣れた、慣れきった尊大で傲慢な口調のそれは──
「こ……ここが最も深き迷宮だったのか! 感じる……魔神王の魔力を……」
 思わずひれ伏したくなるほどの圧倒的で絶対的な存在感。どんなに鈍い人間だって感じられそうな程に濃密な魔力は、既に物理的圧力を持つほどで。
 圧倒的な魔力の流れに逆らって進むことに萎えそうになる心を叱咤しながら、扉をくぐり抜けた向こうにあったは謁見の間。サシカイアの視線の先、髑髏で飾られた玉座に座すは黒髪の美しい少女。
 だが。
 美しい少女のなりをしているとは言え、纏う雰囲気が違う。纏う迫力が違う。瞳の向こうにかいま見える魂の暗さが違う。どうしたって見間違えようのないそれは──最強最悪最後の敵。
 ──魔神王。
 魔神王はサシカイアに、全てのモノが自分より下の存在であることはあたりまえだと言った傲慢な視線を向け、口を開いた。
「サシカイアよ。……戦う前に一つ言っておくことがある。お前は私を倒すのに魔剣ソウルクラッシュが必要だと思っているようだが」
 そこからこぼれるは衝撃的な言葉。
「……別になくても倒せる」
「な、なんだって!?」
 設定無視も甚だしい告白に、サシカイアは驚きを隠すことができない。
 そこへ追い打ちするが如く、魔神王の告白は続く。
「そしてお前が元の世界へ戻るためのディメンションゲートは私の後ろの開いておいた。後は私を倒すだけだな、クックック……」
 確かに、言葉通りに魔神王の座す玉座、その背後に浮かぶ銀色の鏡に似たものは、魔法のゲート。こことは別の場所へと繋がった扉。繋がる先は、魔神王の言葉を信じるならば、懐かしきサシカイアの世界。
 帰れるのだ。あの扉をくぐり抜ければ、懐かしい自分の世界へ。
 走馬燈のように、ロードスでの思い出が脳裏を流れていく。楽しかった思い出がある。悲しかった思い出がある。辛かった思い出がある。幾度と無く繰り広げられた、命を賭した激闘。出会った顔、別れた顔。いくつもの大切な記憶。サシカイアは元の世界に戻っても、それを、それらを一生忘れることはないだろう。誇りと共に永遠に心に刻まれた、黄金の記憶。
 そこで頭を振って故郷に飛んでいた思いを現実に引き戻す。まだだ。まだ、それを考えるのは早い。早すぎるのだ。
 元の世界に戻るためには、故郷に戻るためには、超えなくてはならないハードルが存在する。
 ──そのためには、目の前の魔神王を倒さねばならないのだ。
 しかし。
 しかし、倒せるのか?
 魔神王の強さは圧倒的。己の魂を磨り潰すような思いをしてようやく倒した先の魔神将でも、その足元にも及ばない。これだけのお膳立てをしてくれたのは、魔神王の、自分が負けるはずがないという絶対の自信の現れであり、実際に彼我のデータを見比べる限りでは魔神王の考えは正しい。
 それでも。
 サシカイアは口元に笑みを浮かべた。
「フ……上等だ」
 浮かぶ笑みは何の暗さもない最高の、心からの笑み。
 状況は非常にシンプルで分かり易く、それは即ち素晴らしい事だ。
 サシカイアはそう思ったのだ。
 これ以上に分かり易い事はない。悩みも躊躇いも戸惑いも、何もかも一切が必要ない。余計なことなど考える余地はなく、只勝ちを目指して戦えばいい。勝てば全てを得、負ければ全てを失う。オール・オア・ナッシング。勝ちさえすれば、全ての問題が解決する。当たり前で酷く単純。本当にそれだけだ。
 覚悟を決めると、気持ちがすとんと落ち着いていくの感じた。
 疲労は変わらずある。あるが自分は、これから現状で最高のパフォーマンスを発揮して戦うことができるだろう。
 その確信。
 ならばもう一つ。
「俺も一つ言っておくことがある」
 もう一つ、己の最大の秘密を明かして、全ての心残りを取り払おう。それはまた、色々とお膳立てをしてくれた魔神王に対する礼儀でもあるような気がした。
 サシカイア最大の秘密。それは──
「俺はLV10シャーマンで美少女エルフのような気がしていたが、別にそんなことはなかったぜ!」
「そうか」
 魔神王は素っ気ない口調ながら、そこに驚きの気配を感じてサシカイアはまた笑う。
 本格的な戦闘開始の前に、既に一矢は報いることができた。これは非常にさい先が良い。
 サシカイアは笑みを納め、魔神王に向き直る。
 最早語り合うときは終わりを告げた。
 それを両者同時に理解する。
 後は戦って決着をつける。それだけ。
「うぉおおおおおお」
 雄叫びは意識することなく口から零れた。意識は完全に切り替わり、これよりサシカイアは一個の戦闘機械となる。
「行くぞ!」
「さあ来い、サシカイア!」
 魔神王の叫びを受けて、サシカイアは前に踏み出す。
 そして、ロードスの──世界の運命をかけた最終決戦が始まる。



 サシカイアの勇気が世界を救うと信じて。

 ロードス島電鉄、ご愛読ありがとうございました。






















ネタです。
本編で新必殺魔精霊アトン無双とかは考えていません。
ただ、更新が滞ってしまった場合は、これが正式な最終回になる場合も……


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