ガンプラバトル……それはアニメ「機動戦士ガンダム」から始まったガンダムシリーズに登場する機動兵器「モビルスーツ」や「モビルアーマー」のプラモデル、通称「ガンプラ」を戦わせる遊びだ。
今から約8年程前に発見されたプラフスキー粒子と呼ばれる特殊粒子がガンプラに使われているプラスチックに反応し、それを流体的に操作する事でガンプラを実際に動かす事が出来るようになり爆発的に広まった。
今では毎年世界大会も開催される程だ。
今回の世界大会は5回目となる。
第五回大会も盛況に終わり開催国である日本もガンプラバトルを行うファイター達の世界大会の熱が未だに収まる事は無かった。
東京のとあるゲームセンターの一画にはガンプラバトル用のバトルシステムがいくつも置かれている。
このゲームセンターは都内でもガンプラバトルに力を注いでおり日々ファイター達が己の腕を磨いていた。
「良い腕だが少しもの足りたいな」
バトルコーナーの片隅でユウキ・タツヤは他のファイターのバトルを見学していた。
ファイターの腕は良いがタツヤが求めるファイターではない。
高校進学と同時に日本に帰国して数か月。
帰国後のドタバタでこのエリアの世界大会地区予選にエントリーする事は叶わなかったが、世界大会の中継を見てタツヤの中のファイターとしての血が騒いでいた。
そんな折、世界大会終了を記念してプラフスキー粒子関連の技術を独占しているPPSE社がガンプラタッグバトル大会を開催すると言う告知がなされた。
その大会は二人一組で行われる大会で大会のバトルには少し前までは世界大会で使われていたバトルシステムが使われると言う事でタツヤはすぐにエントリーをしようとした。
しかし、そこで問題が発生した。
大会に出場する為には相方が必要だったのだ。
間が悪い事にタツヤは日本に帰国したばかりでタツヤの通う聖鳳学園に友人がいない訳ではないが、学園では模型部に入部するもその名の通り模型を制作する事が主な活動内容でガンプラバトルが全くと言って良い程流行ってはいなかった。
制作する模型の中にはガンプラも含まれているがやはりアニメに出て来るロボットと言う印象で余り大々的にガンプラを作る事が出来ず当然、ガンプラバトルを行う事もない。
それ故に友人関係で共に大会に出場してくれる当ては無い為、こうして連日都内のゲームセンターなどを回り相方となり得るファイターを探していた。
ファイターは星の数程いてもタツヤが組みたいと思えるファイターと出会う事が出来ずに時間ばかりが過ぎて大会は来週に迫り、エントリーは明日で締め切られる。
時間は無いが、だからと言って誰とでも良いと言う訳にもいかず、そこは決して妥協は出来なかった。
「あの人だかりは一体?」
バトルを見終えると別のバトルシステムの周りに人だかりができていた。
それに興味を持ったタツヤは人だかりの方に向かう。
「おいおい。あの外人何考えてんだ。いきなりイヌイの奴とバトルしようなんてよ」
「何でもこの店で一番強い奴を出せって言って来たらしいぜ」
周囲のギャラリーの声を聴く限りイヌイと呼ばれたファイターはこの店で一番強いファイターらしい。
相手が外人はタツヤと同い年くらいの少年だ。
白い髪に灰色の目を持ち確かに日本人には見えない。
そして、白い皮手袋にまだ夏の終わりだと言うのに白いマフラーをしている事が特徴的だった。
「アンタがここで一番かよ。この程度か……期待外れも良いところだ」
「言ってくれるな。くそガキが……」
白い髪の少年はバトルも前なのにイヌイに対してそう告げる。
その挑発的な態度にイヌイも怒りを隠す事はしない。
周囲もその態度にイヌイの実力を知らないで良く言えるななどとせせら笑う。
だが、タツヤには少年から目が離せないでいた。
理由は分からない。
ただ、ファイターとしての感がそう告げていた。
少年はただ者ではないと。
「分かるんだよね。俺、バトルが強い奴と弱い奴が臭いで。まぁ良いか。サクッと終わらせるか。あんまり無駄な時間を使ってる場合でもないし」
「言ってろ! 叩き潰してやる!」
二人はバトルシステムにガンプラのデータが入力されている小型端末「GPベース」をセットしてガンプラを置いた。
するとやはり周囲は少年に対して苦笑しこのバトルがイヌイの勝利で終わると確信されている。
「パーフェクトストライクね」
「そんなしょぼいガンプラで良くも大口を叩けたものだな」
相手のガンプラを見て二人はそう言う。
イヌイのガンプラはパーフェクトストライク。
機動戦士ガンダムSEEDのHDリマスターに登場するモビルスーツだ。
元々、ガンダムSEEDの主人公機のストライクガンダムはストライカーパックと呼ばれる装備を換装するタイプのガンダムで外伝などでも多数のストライカーが登場している。
アニメ本編においては中距離での高機動型のエールストライカー、近距離の格闘戦用のソードストライカー、遠距離ので砲戦用のランチャーストライカーの3つのストライカーパックが登場し、パーフェクトストライクはその3つのストライカーを全て使ったいわゆる全部載せの形態だ。
一方の少年のガンプラはパーフェクトストライクとは対照的に全身が白く塗装され手持ちの火器などの武装は一切、見受けられない。
「AGE-1ベースの改造機……運動性能と機動力を重視した高機動型のガンプラか……」
周囲が少年のガンプラを見て笑う中、タツヤは冷静に少年の白いガンプラの事を分析する。
全身を白く塗装されているが胸部には「A」のマークが入っている事やバックパックにはレーシングカーを思わせるウイングが付いている事からベースとなっているのはガンダムAGE-1だと判断した。
ガンダムAGE-1は機動戦士ガンダムAGEの主人公機だ。
戦闘データから自身を強化するプランを提示するAGEシステムを搭載し、四肢を換装する事が出来る。
装備を換装すると言う点ではイヌイのパーフェクトストライクと同じコンセプトだが、少年のガンプラとイヌイのガンプラでは印象がまるで違う。
手持ちの装備を持たないAGE-1のガンプラだが、腕部や脚部に追加装甲が見られるが機体の至るところにスラスターが増設されている為、タツヤは機動力を重視し、装備を持た無いのは運動性能を重視しているからだと考えた。
「言ってろ」
少年はイヌイや周りの反応に反応する事はない。
まるで周囲の反応には興味が無いかのようだ。
「ちっ……パーフェクトストライク! 出るぞ!」
「ガンダム∀GE-1(ターンエイジ)。出る」
バトルシステムが起動し少年のガンプラ、ガンダム∀GE-1とイヌイのパーフェクトストライクのバトルが開始された。
バトルフィールドはオーソドックスな宇宙だ。
障害となるデブリや小惑星の類もなく、フィールドのギミックもない事が特徴である為、フィールドを活かした戦いをする事は出来ない。
「どうでる? 射程の差は大きい」
少年の∀GE-1は火器を持っていないがパーフェクトストライクにはランチャーストライカーの火力がある。
幾ら機動力を重視しても障害物の無いこのフィールドではファイターの腕が問われている。
パーフェクトストライクは320mm超高インパルス砲「アグニ」を構えた。
「こいつが耐えきれるか!」
パーフェクトストライクはアグニを放つ。
∀GE-1は軽く動いただけで回避した。
しかし、パーフェクトストライクの攻撃はそれに留まらない。
アグニは連射が効かないが、可能な限りの速さでアグニを連発する。
∀GE-1はヒラリとパーフェクトストライクの攻撃をかわしている。
(あの動き……攻撃を読んでいる? 違う……ストライクの動きと同時に反応している!)
一見、パーフェクトストライクの攻撃を∀GE-1が回避しているだけのように見えるがタツヤはある事に気が付いた。
∀GE-1の動きはパーフェクトストライクがアグニで狙いを定めた瞬間に回避行動に入っている。
恐らくは狙いを定める為に動いた瞬間に相手の動きを予測し最前の行動を判断してガンプラを動かしているのだろう。
相手の動きに瞬時に反応すると言うのは世界レベルのファイターでなくとも可能だが、それに加えて相手の動きを見切り行動の選択を行いガンプラを操作するとなれば話しは別だ。
その時間は1秒にも満たない。
(彼は一体……完璧な超兵だとでも……)
「ちょこまかと! 防戦一方の癖に!」
「やっぱこの程度かよ」
攻撃の当たらないイヌイは苛立ちを隠さず一方の少年はまだ余裕と言った表情だ。
「そろそろ。終わらせる」
少年がそう言うとタツヤは少年の周りの空気が変わったと感じた。
そして、∀GE-1はパーフェクトストライクの方に向かい始める。
パーフェクトストライクはアグニで迎撃するが、∀GE-1はビームをギリギリのところで回避しながら前進している。
(思い切りが良過ぎる! あれでは少し操縦をミスすれば終わりだ!)
∀GE-1の動きはビームが当たるか当たらないかギリギリのところで回避している。
一歩間違えば直撃を受ける程だが、少年は気にした様子は見られない。
寧ろ、絶対に当たらないと言う自信すら垣間見える。
「くそ! 何で当たらないんだよ!」
「そのガンプラを選んだのはお前のミスなんだよ」
∀GE-1はパーフェクトストライクを中心に大きく円を描くように回り込もうとしている。
時折肩のスラスターを使って方向を急転換してパーフェクトストライクを揺さぶる。
「パーフェクトストライクは本編に登場した3つのストライカーを全て積んで一見強そうに見える。だが、実際のところは重量が増した事で機動力を低下させてエールの特性を殺るなど非常に扱いが難しい。扱いこなすにはそれ相応の実力が必要となって来る」
少年の言う通りパーフェクトストライクのマルチプルアサルトストライカーの評価は本編中でも扱い難いとされている。
今でも左右に大きく振られて砲身の長いアグニでは狙いが殆ど定まらずにバックパックについているソードストライカーの対艦刀「シュベルトゲベール」は砲撃戦においてはデットウェイトにしかならずに機体を安定させられない原因の一端ともなっている。
「自分で扱いこなせないガンプラを選んだ時点でお前は負けてんだよ」
完全に狙いを付けることが出来なくなったパーフェクトストライクに腰に装備されているビームサーベルを両手に持った∀GE-1は接近してアグニを切り裂く。
「舐めるな!」
「お前がな!」
パーフェクトストライクがシュベルトゲベールを抜こうと掴むがそれを抜く前にアグニを切り裂いたのとは違う手のビームサーベルを腕に突き刺した。
そして、すぐさまビームサーベルを抜いてもう片方のビームサーベルを振るいパーフェクトストライクを胴体から切断した。
プラフスキー粒子による爆発のエフェクトと共にバトルが終了したと言う事を示すアラートがなる。
「こんなものかよ」
バトル開始当初は勝つと思われていたイヌイがバトルが終わると手も足も出せずに大敗した事で周囲のギャラリーがざわついている。
そんな様子を気にも留めずに少年はガンプラを回収して去って行く。
「まさか……エントリーの締切を明日にして彼のようなファイターに出会えるなんてね……これは運命だ」
タツヤはそう確信していた。
大会のエントリーは明日が締切で偶然あれほどのファイターと出会う確率は極めて低い。
もしも、これが出会うべくしての出会いで言うのであれば運命としか言いようは無い。
そう確信したタツヤはすぐに少年の後を追った。
下手をすれば見失うかも知れなかったが、タツヤはすぐに少年を見つけることが出来た。
少年はすぐに帰る事はせずにゲームセンター内の自販機で紙パックの牛乳を買っていた最中だった。
「君!」
「何?」
少年は物凄く面倒そうに返事をしながらパックにストローを指して咥える。
「君を凄腕のファイターと見込んだ。僕と組んで大会に出ないか?」
それが後に世界最強の座を巡り戦う事となる二人のファイターの出会いだった。