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[3934] 水色の星(灼眼のシャナ再構成)【完結】
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/11/09 07:25
 このSSは原作とアニメの両方の設定を使って行くつもりです。
 設定をごちゃ混ぜにしたり、大きな設定改変に不快感を覚える方はあらかじめご了承ください。
 
 この世の"歩いてゆけない隣"の世界。
 "紅世"から渡り来た人ならぬ者達に古き詩人の一人が与えた総称を、"紅世の徒"という。
 彼らは人がこの世に存在するための存在の力を奪い、その力で自身を顕現させ在り得ない不思議を自在に起こす。
 思いのままに、力の許す限り滅びの時まで。
 そんな徒達のこの世で最大級の集団の一つとして名を知られている組織、名を『仮装舞踏会(バル・マスケ)』。という
          
 何処か世の空を彷徨う宮殿。『星黎殿(せいれいでん)』。
 その中の一室、ひたすら機械、機械で占められた静謐の区画。
 機械を織り合わせた柱の中程に磔にされた西洋鎧の前に二つの影がある。
「『暴君』が最後に正常に作動してからどのくらいになるかね。フェコルー?」 影の一つ、両腕に鎖を纏わせ、灰色のタイトなドレスを様々なアクセサリーで飾り、三眼の右目を眼帯で隠す妙齢の美女が尋ね。
「最後の『鏡像転移』から半年以上経っています。
 これほどの期間に一度も人間の強烈な感情の発生が無いとは思えません。」
 フェコルーと呼ばれた影のもう一つ、背中にコウモリの羽を生やし、尻尾が細く伸び、その黒髪からは角や尖った耳が覗く。
 しかし、その顔は押しの弱そうな『小役人』とでも表現できそうな顔の男が返し、そして恐々と続ける。
「ぼっ、『暴君』自体の機能に、何らかの異常が生じた物と思われます。"逆理の裁者"ベルペオル参謀閣下」
 フェコルーがベルペオルと呼んだ美女の非難を覚悟し、恐々と告げる。
 しかし、
「困ったねえ、あれは教授くらいでしか手を加えられる者に心当たりが無いからねえ」
 ベルペオルはまるで困っていないように、否、『困っている事こそを楽しむ』ように『困った』と言う。
「まあ、別段焦る必要は無いさ。
 いずれにせよ我らが盟主は例の宝具が見つかるまでは仮の帰還もできないのだからね。」
 ベルペオルは『盟主』の言葉を出す時、横にいるフェコルーが気付かない程ほんの僅か憂いを帯びた表情を見せた。
 しかし、直ぐに常の表情に戻り傍らのフェコルーに告げる。
「だが、『暴君』の修復は急ぐに越した事はない。
我ら仮装舞踏会の大命遂行のためにあの教授の捜索を『捜索猟兵(イエーガー)』を中心に命じておくれ」即座に応えるフェコルー。
「はっ!!」
 しかし、その会話を物陰から聞いている少女がいた。大きなマントと、大きな帽子に着られているような、小柄な少女。
 肩までで揃えられた水色の髪の内の繊細な容貌は、氷の印象を感じさせる。
 少女・"頂の座(いただきのくら)"ヘカテーは仮装舞踏会に於いて、『巫女』の位に就いている。
志向能力、ともに謎多くも仮装舞踏会の徒らから絶大な尊崇を受ける、組織の中核たる存在だった。
 ヘカテーは考える。
 自分の大命の盟約に於いて現状最も優先されるべき『託宣』は、星黎殿の外で行われる。
 若い徒達に『訓令』を説く事も自分である必然性は無い様に思えた。
(ならば、私自らが出向くのも良いでしょう)
 実際には、ヘカテー自らが出向く必要など無いが、同じ最高幹部『三柱臣(トリニティ)』の一柱たる"千変"シュドナイが星黎殿に寄る方が珍しいといった態度をとっている事も手伝って、ヘカテーは自らの考えに忠実に動く事にした。
(それに、)
 自分が『何を求めているのか』という答えを見つけるきっかけになるかも知れない。
 大命のためという目的の他にそんな思いがあった。
 その後、ヘカテーはしきりにかしこまるフェコルーから、目的を告げないまま、『人間社会への介入の方法』を聞き出し、その三日後に星黎殿から下界へと降りた。
 一枚の手紙を残して..。
『感情採集に行って来ます。おじさまも見つけたら捕まえて来ますね。』

 行き先も告げずにヘカテーが降り立ったのは、道路を跨いで建つ二つのA型主塔の頂上。
 真南川に掛けられた大鉄橋。『御崎大橋』である。

(あとがき)
 初投稿です。自分でも知らない内にすごいミスをしてたりしてるか不安なので。指摘を下さるとありがたいです。8月23日の8時頃に一度投稿した際、改行などがあまりにひどかった様なのでタイトルごと書き直してみました。
それと、エヴァ投稿掲示板の方に誤って投稿していた件に関して、皆さんに多大な迷惑をお掛けした事をここに深く謝罪致します。



[3934] 水色の星 一章『白の狩人』 一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/10 23:34
 星空の中を彷徨う星黎殿。
 その食堂のテーブルに一つの手紙を手に、これ以上無い程落ち込んでうなだれている悪魔然とした風貌の押しの弱そうな中年男。
 移動要塞星黎殿の守りを一手に任される紅世の王"嵐蹄"フェコルーである。
 先日、仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女である"頂の座"ヘカテーが星黎殿を飛び出した事を今その手に持っている手紙によって知らされたフェコルーは巫女の行動、そしてその巫女の行動に自分が知らず手を貸してしまった事に頭を悩ませているのである。
 その手紙を参謀"逆理の裁者"ベルペオルに見せた時の事を思い出す。
 常ならば大抵の事象に余裕の態度を崩さない参謀が本当に困った様に嘆息し、思案を巡らせ始めたのである。
 上官の信頼を僅かでも失った事に落胆を覚える。
『三柱臣(トリニティ)』には、"巫女"ヘカテー、"参謀"ベルペオルの他にもう一人、"将軍"千変シュドナイがいる。
 常は『他の徒の依頼を果たす』事を楽しんでいて、星黎殿に立ち寄る事さえ滅多に無いが、この普段は鷹揚にして寛厚な猛獣は、ヘカテーの身の安全に異常に過敏な事で知られている。
 今回の事ももし知れれば自分や、下手をすれば、同じ三柱臣であるベルペオルにさえ危険が及ぶかもしれない。
 巫女が星黎殿から出かけるという程度ならここまで危惧する事は無い。
 大命の為の『託宣』を行う際は星黎殿の外で行われるのだから。
 だが、今回の事はそれほど単純な話でもなかった。
 ヘカテーは星黎殿を出る際に二つの物を持ち出していた。
 一つは、大命遂行時にのみ使う事を許される大杖『トライゴン』。
『託宣』を行う際にアンテナの役割を果たす物である。
 もう一つは同じく大命遂行時に使われる鎖型宝具『タルタロス』、の鎖の一部である。
 この鎖は、特定現象を対象から切り離す事ができる。
 大杖は星黎殿に戻らないまま託宣を行う為、鎖の一部は気配を遮断して、敵である『同胞殺し』から身を隠す為に使うであろう事は容易に想像できた。
 どちらも短期間の外出ならば、持ち出す必要の無い物だ。
 暗にしばらく帰りませんと言っているようなものである。
 加えて、あの手紙。
『感情採集に行って来ます。おじさまも見つけたら捕まえて来ますね。』
(あの大御巫(おおみかんなぎ)がふざけているなどとは考えられませんが..これではまるで...)
 斜め前、食堂の真ん中のテーブルで蜂蜜酒をのんでいる象ほどもある兜虫に目を向け、嘆息する。
夏休みの虫採り少年の様だ。
『感情』と、『昆虫』を入れ替えても『おじさま』を『ツチノコ』に変えても大して違和感が無い。
 大きな兜虫・紅世の王"驀地しん"リベザルがフェコルーの視線に気付き、怪訝な表情をするのを見て、慌てて先程思い浮かべた少々失礼なイメージを振り払い、再び思案に耽る。
(考え辛い事ではありますが...いや、しかし)
 自らの思い至った答に確信を得られずに弱気な悪魔は頭を悩ませ続ける。

 星黎殿の中枢たる一室、望む限りに広がる星空、漆黒の水晶の様な床、円形に配置された白い柱。
 幻想的な光景を広げる『星辰楼』である。
 そこに在って、中心に浮かぶ簡素な祭壇をただ眺め続ける三眼の女性。
 『参謀』"逆理の裁者"ベルペオルである。
 ヘカテーの手紙を読んで、ベルペオルはフェコルーと同じ結論に達していた。
 どうやらあの感情の起伏に乏しい少女は自身理解できているかどうかは定かでは無いが、浮かれている。 いや、それほど明確なわけでは無いがどうやらこの状態を楽しんでいるらしい。
 仮装舞踏会そのものにとってはあまりに危険な行動だと言えるが、今まで永い間少女の側に居た者としてはほとんどの時間を祈りに費やしてきた少女が楽しそうにしているのは悪い気がしない。
(将軍が星黎殿に立ち寄る前にヘカテーが戻って来ればいいんだがね)
 一度なら『託宣』に出ていると言えば何とかなるだろうが、二度目に立ち寄る時にヘカテーがいなければさすがに感付かれるだろう。
 今までの"千変"のヘカテーを僅かでも傷つけた者に怒り狂う様を思い出し、内心冷や汗を流す。
(でも、もし貴方ならば肯定されるのでしょうね、あの娘の願いを)
 今は近くには無い彼女の、彼女らの盟主に問う。
無作為転移した大命の要たる宝具、行動のまるで読めない教授、行き先も告げず気配も遮断してしまったであろうヘカテー。
 それら全てを見つけなければならず、さらに将軍の帰還にも備えなくてはならない。
 計画は滞るどころか不安要素ばかりが増して行く。 だが..それをこそ..嘲う。
(まったく、この世はままならぬのう..)
 たまらないという風に、とても楽しそうに。嘲う

 夜の御崎市を、白いマントをなびかせて一人歩く水色の髪の少女、"頂の座"ヘカテーである。
 ヘカテーは適当に飛んで、御崎大橋にたどり着いたわけでは無い。
 飛んでいる最中に、この街に『トーチ』...人を徒が喰らう、あるいは『同胞殺し』が『使った』際に生じる世界の歪みを緩和させる為の代替物...が大量に存在すると気付いた為である。
 トーチの中に蔵された宝具は、そのトーチが消えると別のトーチの中に無作為に転移する。
 つまり、トーチの多い所の方がそうでない所に比べ宝具が転移して来る可能性が高いのである。
 大命の要となる宝具も例外では無い。
 そういった理由で御崎市に降り着いたヘカテーは今フェコルーから教わった『人間社会への交わり方』をもとに、宿泊先を探している。
 歩き続けていて、ふと、目についた建物をしげしげと眺める。
 『御崎グランドホテル』、名前はありきたりだが雰囲気は悪くない。居心地が良さそうだ。
(今日の所はここに宿泊する事にしましょう)
 フロントに向かい、部屋を借りるべく受付の女性に声をかける。
「部屋を一室お借りします。一人部屋で構いません」
 内心で人間社会の常識を教えてくれたフェコルーに感謝しつつ。ヘカテーは言う。
「あの..お客様お一人ですか?...保護者の方は?」
「いませんが?」
「......」
「......」
「..お子様だけですと部屋をお貸しするのはちょっと...」
「私は子供ではありません」
 結局部屋は借りられなかった。

 ホテルで部屋を借りられなかったヘカテーは当て処もなく歩き回っていた。  当然ホテルの人間を喰らって無理に泊まる様な真似はしない。
 この世と紅世のバランスが崩れる事を恐れて、人間の身の内に入る事で存在の力を喰らわずにこの世に渡り、人を喰らう紅世の徒を討ち滅ぼす"王"と、その王を収めた人間の器・『フレイムヘイズ』。
『同胞殺し』とも呼ばれる彼らは、この世の歪みを感じとって徒を見つけ、討滅する。
『タルタロス』の一部で気配を遮断しているとはいえ無闇に騒ぎを起こして同胞殺し達を刺激するのはうまくない。
(この辛い気持ちも感情採取の一環になるのでしょうか)
『人間社会への交わり』、その第一段階で早くも躓き、宿を取れなかったヘカテーは不毛な事を考えながらついには道端で祈り始める。
「あっ、あの。君、大丈夫?」
 声の方に目を向けると、平凡で優柔不断そうな少年が一人。
(トーチ...)
 胸に灯る灯りを見てヘカテーは即座に少年が「何」であるかを見極める。
「気遣いなど不要。あなたには関係の無い事です」
 祈りを邪魔されるのを嫌うヘカテーは少年の呼び掛けを即座に切って捨てる。
「関係無いって..。人の家の前でいきなりお祈り始めといて『関係無い』とは言わないと思うよ?」
 言われ、正面を向くと確かに家の前だ。二階建ての民家である。
「悠ちゃん?どうかしたの?」
 家の玄関から女性が一人出てきてこちらにやって来る。若い。
 この少年の母親なのだろうが姉と言われてもそれほど違和感が無いほどだ。
「あら。こちらのお嬢さんは?」
 初対面のヘカテーに対して柔和な微笑みを向けてその女性は尋ねてくる。
「ご迷惑をお掛けしました。宿を探しても見つからず、祈りを捧げていたらこちらの家の前だったのです。」
 少年の母親と思われる女性に、ひとまず好感を持ったヘカテーは少年の時と違い、律儀に身の上を語る。
 しかし、実は混乱しているのか傍から聞いているとかなり意味不明な返答を返している。
「あら。泊まる所が無いの?」
 ヘカテーの意味不明な説明も気にした風もなく返し。
「なら...うちに泊まっていく?」
 柔らかく微笑んでそう続けた。
「えっ、ちょっ、かっ、母さん?」
 少年が驚愕して、母に呼び掛けるが。
「悠ちゃん。女の子を夜中に放り出すつもり?」
 息子の目を見据えて女性は言い。
「お名前、何ていうのかしら?」
 息子の返事を待たずにヘカテーに尋ねる。
「ヘカ...『近衛史菜』と言います」
 本名を言いかけて、慌てて別の名を口にするヘカテー。
 近衛史菜というのはホテルでヘカテーを追い払った受付の女性の名前である。
 追い払われた受け付け嬢の名前を後で騙ってやるつもりで名札に書いてある名前を覚えていたのだ。
 ヘカテーのささやかな復讐である。
「そう、素敵なお名前ね。近衛さんか。それで近衛さん?今日は泊まっていってくれる?」
 柔らかく尋ねる女性に対して二つ返事で応える。
「よろしくお願いします」
 ヘカテーは野宿が嫌いなのである。
 嬉しそうに手を引く女性と一緒にヘカテーは家に入っていった。
 完全に取り残された形の少年は(まあ、いいか)、と心中で呟き、先の二人に続いて家の中に入った。
 表札には『坂井』とある。

(あとがき)
 懲りずに投稿しました。 短いという意見があったので頑張って長めにしたつもりなんですがどうでしょう?
 パソコンから見たら行間とかがちゃんとできてないんじゃないかといまだに不安です。



[3934] 水色の星 一章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/10 23:34
 御崎市の中央から少し外れた住宅地にある坂井家の二階で少年・坂井悠二はベッドに突っ伏していた。
 ついさきほど自宅の前で見かけた少女はどういうわけか今晩泊まっていく事になったらしい。
 その少女は今。
 
「近衛さん。お風呂沸いてるから入っちゃいなさいな」
 という坂井悠二の母・千草の言葉に対し、どういうわけか首をかしげてみせ。
 それを見た千草は数秒思案顔をし、またもどういうわけか。
「わからないなら、一緒にお風呂入りましょうか」
 と悪戯っぽく笑って続ける。
 その言葉に少女は僅か表情を緩ませ頷きで返す。
 
 
 という悠二にとって、いや大多数の人間にとって不可解なやりとりの末、千草と共に入浴中である。
 さっきから自分の家のはずなのに、自分こそがこの家の部外者なのではないかと錯覚を抱くほどこの二人のやりとりにとり残されている。
(迷子..かなあ)
 服装といい、道端でお祈りを始めたりする挙動といい、外国に住んでいて日本に来て迷子になったのかも知れないと悠二は想像を働かせる。
 さっきのやりとりも『風呂』という日本語が聞き慣れなかったからこそではなかろうか。
 少女の身の上を勝手に想像し、勝手にその想像に信憑性を感じる悠二。
 その悠二の部屋のドアが軽くノックされる。
 
 千草と共に人生初のお風呂を味わい、風呂上がりの余韻であるほかほかとした暖かさに上機嫌の、青いジャージに着られ...ではなく青いジャージを着た水色の髪の少女。"頂の座"ヘカテーである。
 風呂に入る際に自慢のマントは千草の手によって洗濯物行きとなった(本当なら『清めの炎』という自在法があるため必要無いのだが)。
 風呂を上がった後に、風呂が空いた事を悠二に伝えるよう千草に頼まれていたヘカテーは悠二の部屋のドアを軽くノックする。
 一つの計画を持って。
 
 ヘカテーは右手に着けていた、今はブレスレットのように形を変えている『タルタロス』を外し、一つの力を展開する。
 中にいる悠二がドアを開く瞬間、坂井家全体を陽炎の壁がドーム状に覆い、その壁の中で眩しい程明るい水色の炎が燃え上がり、炎と同色の火線が複雑な紋章の様な文字列を床に描き、空間全体を水色に染め上げる。
 『自在法』...紅世の徒やフレイムヘイズが存在の力を使ってこの世に本来起こり得ない不思議を起こす力の事である。
 ヘカテーが使った自在法は張った内側を周囲の世界から因果の流れを切り離すことで内部を静止させ、また外部から隠蔽する因果孤立空間『封絶』。
 『封絶』の中では徒やフレイムヘイズなどの紅世に関わる者でしか動く事も気付く事さえできない。
 明るすぎる水色の封絶の中、ヘカテー以外に動く者は誰一人としていない。
 人間である坂井千草も、そして坂井悠二も..。  
 
『封絶!?』
 御崎大橋の袂に高くそびえる旧依田デパート。
 その上層の、体積の半分は玩具の山で覆われているフロアの中央、かなり精巧に作られた箱庭の上で、小さな『人形』が驚愕の声をあげた。
「大丈夫だよ。マリアンヌ」
 宙に浮いている人形の後ろに無数に浮かび上がっている白い灯火の内の一つが燃え上がり、その中から純白のスーツの上にさらに純白の長衣を羽織った長身の男が現れ、人形に声をかける。
「でっ、ですが!..」
「強力な徒や、同胞殺しなら、あんなに近くに来るまで私達が気付かない筈がない。
 自在法で気配を隠していたとしてもこの『玻璃壇(はりだん)』に映る筈だ。
 封絶の規模もかなり小さい。徒にしろ、フレイムヘイズにしろ、気に掛ける程の相手ではないよ。
 だからそんなに怯えた顔をしないでおくれ。私の可愛いマリアンヌ」
 狼狽える人形の言葉を遮り、男は優しく諭す様に語り掛ける。
 男の言葉に彼だけにわかる微笑みを浮かべ、人形は言う。
「ですが、弱くともご主人様の計画の妨げになる事は考えられます。その時は...」
 人形の言葉に男はそれまでの優しい微笑みを不敵な笑いに変えて返す。
「わかっているだろう?私の真名は『狩人』だからね」
 さらに続ける。
「それに『ご主人様の』じゃなく、『私達の』だろう?マリアンヌ」
 男と人形は笑い合う。これから手にする『永遠』を思い浮かべて..。
 男と人形は失念し、油断していた。
 『玻璃壇』は『宝具の力』は映さない。
 そして封絶の中の事を、外から知る術はない。
 
 
 世の何処かを彷徨う星黎殿。
「ヘカテーの所在でも掴めたのかい」
 その中で金色の三眼の右目を眼帯で隠す妙齢の美女、"逆理の裁者"ベルペオルは自分の元に息を切らせてやってきた徒に問う。
「いえ、大御巫(おおみかんなぎ)の居場所は未だ特定出来ていませんが、三日前に、捜索猟兵(イエーガー)の一人が中国の北京にて将軍閣下と接触したとの情報を得ました!」
 問われた徒、胸に一対の目と腹に裂けた口を持つ鳥男、仮装舞踏会(バル・マスケ)の『布告官(ヘロルト)』"翠翔(すいしょう)"ストラスは参謀の最も欲する情報では無かった事を残念に思い、しかし顔には出さずに報告する。
「北京...ねえ。千変は一人だったのかい?」
「いえ、"愛染の兄弟"の護衛の最中だとの報告を受けております。」
 好都合だ。
 今護衛している対象がいるならそれが終わるまではまず星黎殿に戻っては来るまい。
 居所がわかっているのも対処がしやすくなる。
 僅かだが希望が見えてきた。
「見張りを付けて感付かれでもしたら意味がないからねえ。
 腕利きの自在師を少数、場所の特定だけできる程度の遠距離から監視につけておくれ。」
「いえ、それが..。」  ベルペオルは言い淀むストラスに怪訝な表情を向ける。
「"愛染他"がかなり高度な気配隠蔽を施しているらしく。
 将軍閣下に気付かれずに発見する事はまず不可能かと...」
 出てきた希望がいきなり小さくなった。
 
 
 ヘカテーは目の前でドアノブにまだ手を掛けたままで静止する坂井悠二を見る。
 もしただのトーチではなく、例の宝具を宿した『ミステス』であれば、封絶の中でも動ける筈だが、悠二はピクリとも動く気配が無い。
 どうやらただのトーチの様だ。
 少なくとも『あの宝具』を宿したミステスではない。
 
 風呂上がりのご機嫌ヘカテーは今なら一発で見つけられそうな気がしていたが、そこまで世の中甘くないらしい。

 右手に再び『タルタロス』を着けると同時に封絶を解く。
「ああ、風呂上がったの近衛さ...ん」
 隔離されていた空間が正常に動きだす。
 しかし、ヘカテーに一声かけた悠二は再び硬直する。
 理由は一目でわかる。
 ヘカテーが着られた様に着ているジャージは悠二が普段寝巻き代わりに着ている物の一つだからである(何を考えての事かはわからないがもちろん千草チョイスだ)。
 どうみても年下とはいえ女の子が自分の服を着ているという妙なシチュエーションについフリーズしてしまったのである。
「おばさまから頼まれたので、貴方に風呂が空いた事を告げに来ました。では...」
 悠二が固まっている間にほとんどジャージに隠れてしまっている口からそれだけ告げると、用は済んだとばかりに階下に下りて行くヘカテー。
 少ししてフリーズから立ち直り、階下に下りて風呂に浸かりながら悠二はふと考える。
(今晩はともかくとして明日からはどうなるんだろう)
 何しろ夜中に宿を探して歩き回っていたような少女だ。明日になれば解決するとは少し思えない。
(まあ、明日の朝に近衛さんに聞けばいいか)
 あまり深く考えずに切り捨てて、風呂を上がる事にする。
 幸い明日は土曜だ。こんな事態でも明日任せにしてゆっくり寝る事ができる。
 風呂から上がり、今日はさっさと寝てしまおうと自分の部屋の前に戻ると、
『男子禁制』
 母・千草の字で書いた紙が貼られている。
 このドアの向こうがどういう状況なのか千草の性格を知っていれば考えずともわかる。
 要は平凡な息子と世慣れしていないらしい少女とどちらを優先させるかという事だ。
 今夜は父・貫太郎の書斎のソファーの世話になる事になったらしい。
 
 
 中国の上海。とあるホテルの一室で一人の給仕服を着た女性が、ぶつ切りのチーズを肴にワインを飲んでいた。
 
 
(あとがき)
 ただでさえ、後々無理が出そうな設定なのに、さらに無駄にややこしくしつつある自分がいます。
 なるべく不自然にならないようにまとめるべく頑張ります。



[3934] 水色の星 一章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/10 23:35
 この日の朝、坂井家の食卓はいつもと少し違う。
  
 いつもの食卓のテーブルにいつもの様に朝食が並び、しかしその数が違う。
 坂井千草の対面、坂井悠二の隣の席に、水色の髪の少女が一人。
 御崎市に潜伏中の"頂の座"ヘカテーである。
 昨日、坂井悠二の部屋のベッドで眠ったヘカテーは、今朝食も坂井家でご馳走になっている。
 しかし...
 ガシッ!ポロッ!コロコロ...ザシュッ!!
 苦戦している。
 そもそも食器をテーブルに出す時に悠二が気を遣って(悠二はヘカテーを外国育ちと思っている)ヘカテーの席には箸ではなくスプーンを用意しておいたのに、
「私は子供ではありません。」
 の一言で、箸と取り替えさせたのだ。
 もちろん千草にではなく悠二に。
 自分だけ食器が違う事に敏感に反応し、子供扱いされたと勘違いしたようだ。
「素直にスプーンで食べればいいのに」
 昨夜、少女に自室のベッドを譲った(少年の矜持は奪われたとは考えない)悠二は頑張る少女の気も知らずに思った事をそのまま口に出す。
 常ならば年下の女の子にはもう少し気を遣う悠二であるが、この少女が自然体そのもの(無遠慮ともいう)で接するのでつい地が出てしまっている。
「私は子供ではありません。」
 悠二の発言に対し、さっき言ったセリフをそのまま口にするヘカテー。
 千草は息子の無神経さに少々呆れながらも不器用に箸で料理をつつくヘカテーを眺める。
 食べ方はともかく、せっせと料理をパクつく様を見れば、この少女の舌にあった事ははっきりわかる。
 ヘカテーの仕草の可愛いらしさも手伝って嬉しそうに微笑む。
「子供じゃないっていうけど近衛さん何歳なのさ。」
 ヘカテーの言葉に、悠二は先程から抱いている疑問をぶつける。
 子供じゃないと言うが、どうみても大人ではない。
 悠二に訊かれ、ヘカテーはホテルでの経験を生かし、自分の見た目相応の年齢を応える。
「15歳です。それが何か?」
 自分の外見に些か以上に自覚の無いヘカテーは自分の隣で固まる坂井悠二をただ不思議そうに見つめる。
 
 
 発展著しい中国は上海市。
 その河岸の街の一区画、通りから隠れるように細く、奥に長い、アール・デコの高層建築。
 フレイムヘイズの情報交換・支援施設『外界宿(アウトロー)』。その一大拠点。上海外界宿総本部である。
 その建造物の一室を今、一人の女性が訪れていた。
 丈長のワンピースに白いヘッドドレスとエプロン、編み上げの長靴、まっすぐに伸ばされた背筋も含めて、完璧にメイド姿である。
 しかもその格好で唐草模様の大きな風呂敷包みを背負っている。
「ああ、北京の『外界宿』からも似たような報告を受けている。」
 その対面、机を挟んだ向かいの席から、スーツ姿に華美な拵えの直剣を腰に巻かれた紅梅色の帯に差した女性が給仕服の女性と話している。
「では、こちらに何か手掛かりになるような情報が送られているのでありますか?」
 給仕服の女性は情感に乏しい声、奇妙な口調で目の前の女性に返す。
「ああ、『歪み』が発生する度、その周辺で何度もサングラスを掛けた男と金髪の子供二人の三人組が目撃されている。
 外見以外の情報は見つかっていない。おそらく...」
 途中で切ったスーツ姿の女性の言葉を給仕服の女性が続ける。
「気配隠蔽の自在法を使っていながら、封絶も張らず、トーチも残さずに人を喰らっているという事でありましょう。」
「推測」
 給仕服の女性の言葉、そして彼女の頭のヘッドドレスから出る言葉にスーツの女性は頷き、訊ねる。
「任せて良いか?私もそう易々とここを空けられぬ身なのでな」
「問題無いのであります。」
「心配無用」
 スーツの女性の言葉に間を置かず返し、話は終わったと判断したのか、立ち上がる。
 そこで、大切なもう一つの用件を思い出し、訊く。
「『零時迷子』に関して、何か情報は?」
 スーツの女性は最近送られてきた情報を思い出し、数秒して返答する。
「いや、それに関する情報は全く無いな。
 そもそも『約束の二人(エンゲージリンク)』が未だ健在かどうかさえはっきりしていない。」
 その言葉に悟られぬ程度眉をしかめ、給仕服の女性は別れを告げる。
「では因果の交差路でまた、"奉の錦旆(ほうのきんぱい)"帝鴻、『剣花の薙ぎ手』虞軒」
「再会約束」
「ああ、また会おう、"夢幻の冠帯"ティアマトー、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル」 
 再会を誓い、給仕服の女性は外界宿をあとにする。
 
 今も世界のどこかにいる彼女の友人と、その友人を絶望させるであろう『宝具』の事を思い浮かべて。
 
 
 御崎市の市街地、人通りの多い一画を、一人の少年と一人の少女が歩いている。
 言わずもがな、悠二と、自称15歳の近衛史奈ことヘカテーである。
『悠ちゃん、近衛さんに街の案内をしてあげてね』
 二時間前の母・千草の言葉である。
 それだけ言ってさっさと『大切な買い物』とやらに出かけてしまった。
 ちなみに悠二は了解どころかうんともすんとも言ってはいない。
 しかし、振り向いた時にすでに白帽子と白マントを身に付け、早くしろと言わんばかりに準備万端な少女を見て、黙って支度を始めたのだ。
 男は黙って何とやらである。
 そのヘカテーは今隣で、街にある物一つ一つに反応しながら市内探索と洒落込んでいる。
 何がそんなに面白いのかキョロキョロと忙しく辺りを見回している。
 無表情だが...
(外国育ちにしても、珍しがり過ぎじゃないか?)
 自分が勝手に外国育ちと決めつけている事も忘れ、思案する。
 そこで、ふと振り返ってみると近衛史菜がいない。
 不味い。あんな世間知らず全開な少女を一人でこんな人の多い所にいさせたら何があるかわからない。
 慌てて辺りを探すと何やら柄の悪そうな男に絡まれている。
「そのタバコを今すぐにやめなさい。空気が汚れます。」 
 訂正、絡んでいる。
 どうやら路上喫煙を注意しているようだ。
 間違った事をしているわけではないが、あんな柄の悪そうな男に絡むのは危険だ。
 男が何やら荒れて言い返している、今にも掴み掛かりそうな雰囲気だ。
(まずいっ!)
 少女を連れてこの場を離れるべく駆け寄る悠二。
 その悠二があと数瞬でたどり着こうというその時。
 スコォンッッ!!!
 景気の良い音がして男が昏倒する。
 ヘカテーがマントの中から中程まで生み出した『トライゴン』を、目の前で堂々と、しかしほとんど視認できないほど早く突き出し、男の額を強打したのである。
 封絶を張って始末する事も一瞬考えたが、この市内探索中にすでに二回、例の宝具を宿したトーチ・『ミステス』を探すために封絶を使っている。
 今日はこれ以上目立つ真似はしない方が良いだろう。
 ヘカテーはそのまま何食わぬ顔でその場を立ち去る。
 倒れた男はかろうじて生きているのか小さく「三角が..三角が..」と呻いている。
 慌ててその後に続く、あまりの事態に固まっていた悠二。
「こっ、近衛さん。今一体何したの!?」
 少女の隣に並びながら動揺丸出しで訊く。
「乙女の秘密です。女性にそんな事を口に出して訊くようだから貴方はダメなのです」
 千草から昨日の夜教わった『エチケット』という概念を早速使ってみるヘカテー。
 言われた悠二としては面白かろうはずが無いが。
 思い切り訊くなと言われている事を重ねて訊けるはずもなく、釈然としない気持ちのまま黙る。
(大体ダメって何だよ。ダメって)
 まだロクに会話してもいない内にどうやら自分はこの少女に『ダメ』な奴と類別されていたらしい。
 実際は、ヘカテーは別に悠二の事を嫌っているわけではない。
 ただ、悠二は自分が思っている以上に考えている事が顔に出る、その表情の変化をヘカテーは、
(変な顔)
 と心中楽しんでいるのである。
 さっきはぐらかしてダメ扱いした時のうろたえながら苦虫を噛むような顔もなかなか面白かった。
 わりと傷ついた坂井悠二は気を取り直して少女に街を案内する。
 
 旧依田デパートの高層フロア、そこにある箱庭を見ている優男。
 その表情には、困惑の色が濃い。
 午前中、二度も封絶を使っておきながら、その封絶が解けた後に何の変化も無い。人を喰った形跡すらない。
 警戒する程の存在ではない。
 そう考えてもいるが、フレイムヘイズなら狩り、徒なら一言釘をさすべきかとも考える。
 しかし、どちらにせよこちらから出来る事は無い。
 場所が特定できない。向こうが封絶を張り、その時そこに向かうしかない。
 とりあえず、次に封絶を張れば、そこに『燐子』を向かわせよう。
 優男はそう結論付けた。
 
 少女と共に歩む、その一歩一歩が少年の日常から少しずつ外れていく。
 その事にまるで気付かずに。
 
 
(あとがき)
 前話の最後の下りで、少し、修正を加えました。
 例の爬虫類(ネタバレ防止の方便)は出すつもりです。
 感想が来るとやたらとやる気出ます。
 感想書いてくれる方、ありがとうございます。



[3934] 水色の星 一章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:5d067ad4
Date: 2008/10/10 23:36
 香港の街の中心部にある繁華街を、三人の外国人が歩いていた。
 一人はリボンをあしらったドレスと鍔広帽子を被った金髪のフランス人形のような美少女。紅世の徒"愛染他"ティリエル。
 もう一人は『お坊ちゃん』という形容の似合う品のいい臙脂色のスーツを着た、ティリエルと瓜二つの金髪の美少年、紅世の徒"愛染自"ソラト。
 そして最後の一人。ダークスーツをまとう、すらりとした長身の男。彫りの深い顔立ちにサングラスをかけ、プラチナブロンドをオールバックにしている。
 全身に緩やかな凄みを漂わせる仮装舞踏会(バル・マスケ)の『将軍』紅世の王"千変"シュドナイである。
「いい加減、フレイムヘイズに感付かれる恐れがあるな。」
 二人寄り添い歩く、ティリエルとソラトの斜め後ろでシュドナイがつぶやく。
 そのシュドナイの言葉に恍惚として、『兄』ソラトに頬擦りをしていたティリエルが少し不服そうに返す。
「あら、何故ですの?私の『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』に守られている立場で、私の力をみくびるような発言は気に入りませんわね」
 その言葉にタバコを取出し、火を点けずにくわえながらシュドナイも応える。
「この国にいる間だけでも何度もソラトが封絶を張るのも待たずに『喰った』からな。
 いくら君の『揺りかごの園』で俺たち自身の気配を隠せても、『歪み』の跡は残る。
 優秀なフレイムヘイズならそろそろ俺たちに行き着いてもおかしくないさ」
 言い、肩を竦めるシュドナイのくわえたタバコの先端にボッと濁った紫色の炎が点る。
「そうなったらそうなった時の事。何のために貴方を雇っていると思っているの、"千変"シュドナイ?」
 ティリエルの言い分に苦笑で応え、あごでこちらを向くティリエルの背後を指す。
(...?)
 シュドナイの仕草の意味がわからず、振り向いた彼女の目に、食『欲』を満たすべく片手に持った大剣を道端の子供とその母親に振り下ろす最愛の兄の姿が映った。
 
 上海外界宿総本部を後にしたフレイムヘイズ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは虞軒から聞いた外見を元に目撃情報をたどり、香港にやってきていた。
 町外れのパン屋の中で、先ほどからじっとメロンパンをみつめながら微動だにしない。
 何やら思い出にふけっているようだが、周りの事に目が行っていない。
 ただでさえ小さな店なのに、大きな風呂敷を背負ったメイドが長いことじっと動かないのである。
 邪魔にもなるがそれ以上に正直怖い。店からすればいい迷惑である。
 そのヴィルヘルミナの感覚が、唐突に世界の歪みを感じとる。
(気配確認)
 人前ゆえに声ではなく、意志を伝えあう自在法で、頭の上のヘッドドレス『神器』ペルソナから『夢幻の冠帯』ティアマトーが契約者に告げる。
(確認済みであります)
 しかし、敵自体の気配が隠されている以上。下手に接近しても逆に不意打ちを受ける恐れさえある。
(ならば..)
 ヴィルヘルミナは瞬時閃いた作戦を実行に移すべく、パン屋から去る。
 レジについていたアルバイトの店員が店内で長い間立ち尽くし、結局何も買わずに出ていった迷惑なメイドを見送った。
 
 
 場所は御崎市駅近くのファミリーレストラン。時刻はすでに2時を過ぎ。
 その中で若い二人組が遅めの昼食をとっている。
 御崎市案内役の坂井悠二と案内され役、"頂の座"ヘカテーである。
 好奇心のまま歩き回る少女のペースに巻き込まれ続け、こんな遅めの昼食となっている。
 二人そろってカレーを食べている。
 しかし、
「...近衛さん。スプーン使ったら?」
 悠二の対面でカレーを食べているヘカテーはわざわざ店員に箸を要求したのだ。
「"私は"子供ではありません」
 当然のようにスプーンでカレーを食べる悠二に、『私は』を強調して告げる。
 わかりづらいが若干得意げに、いや、自慢げにしているようにも見える。
 朝からこの少女のペースに付き合わされて精神的に消耗している悠二は反論せず店の隅に目をやる。
 そこに、見慣れた顔が二つ、何やら目一杯目を見開いて固まっているのに気付く。
 学校の友人である佐藤啓作と田中栄太だ。
 不味い。
 こんな所を見られたらどんな解釈をされるかわかったものじゃない。
 というか自分でも今何をやってんのか理解しかねる状態なのである。
 固まる二人に向けて、必死に身振り手振りをつけたアイコンタクトを送り、誤解を解こうとする。
 悠二の仕草に硬直を解き、二人顔を見合わせて二言三言会話した田中と佐藤は悠二に向けてニッと笑って二人そろって親指を突き立ててみせた。
 どうやらわかってくれたらしい。
 やはり持つべきは理解のある友人である。
 佐藤と田中は悠二とヘカテーより先に軽く手を振って挨拶代わりをした後、店を出た。
 悠二はまだ出れない。目の前の少女はいまだに箸でカレーを切り崩している。
 今朝と合わせて二回しか使った事がないのに、もう箸使いが大分良くなっている。器用な娘だ。
 その悠二の目にまたも不穏なものが映る。
 店の窓から見える道路の向こう側の電話ボックスの中でさっき店を出た佐藤と田中が狭さもものともしないハイテンションでどこかに電話している。
 激しくいやな予感がする。
 どこに掛け、そして何を話している?
 さっきの二人の笑顔とオーケーサインを信じて疑惑を押さえ込む悠二。
「『キイテクレ、イケ、イマ、エキマエノファミレスデ、サカイガカノジョトイルノヲミタンダ。』」
 突然電話ボックスを見ながら片言で喋り出す少女に悠二は驚く、
「『サカイノカノジョ、ズイブンチイサイゾ。ロリコンギワクフジョウダ』」
 そこまで言って手元に視線を戻し、再びカレーの攻略に取り掛かるヘカテー。
 悠二としてはここで訊かねばならない事がある。
「あの、近衛さん?さっきのは...」
「唇を読みました。貴方がすごい表情で彼らを見ていましたから」
 しれっとヘカテーが応える。
「‥‥‥‥‥」
 もう何度目か少女の見せる奇行に対する疑惑だか、さっき少女が言った田中達の電話の内容に対する諦めだかが同時に沸き上がり何も言えなくなる悠二。
 その悠二をよそにカレーを食べ終え、箸を置いたヘカテーが悠二を指差し、一言。
「私はあなたのものではありません」
 と告げた。
 なんだかもうどうでも良くなってきた。
 
 
 先ほど、街中で人間を二人斬り飛ばしてその存在を喰らったソラト。その妹ティリエル。護衛のシュドナイは今、小さな島国に発つべく海に面した所まで来ていた。
 人が多く、様々な店が並び、真っ白い猫のようなマスコットキャラクターまでうろついている。
「全く、封絶はともかく、トーチを残す事くらいは覚えさせた方がいいんじゃないか?」
 先ほどの騒ぎを思い出し、シュドナイは言う。
 通りの真ん中でいきなり人二人が斬り飛ばされた事で、周りは「人殺し!!」と騒ぎだし、その存在を喰らった後は、理由なき大混乱だった。
「あら、もう『討滅の道具』共に見つかったとでも言うの?シュドナイ?」
 危険なはずの事を余裕の態度で言うティリエル。
「あの場所にある程度でも近い場所にいたとしたら、まず気付かれただろうな。」
 タバコを嗜みながら、そう応えるシュドナイの言葉にもティリエルは余裕の態度を崩さない。
「もし、『気配察知』の自在法でも使われたらその時に逃げれば良いでしょう?
 『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』に守られている私達を気付かれずに追えるはずが‥‥」
 そこまで言ったティリエルの言葉を遮るように突然、地面から炎が沸き上がり、辺り一帯を陽炎のドームが包み込んだ。
 突然の事に怯えるソラト、驚愕するティリエル、シュドナイでさえ慌てて辺りを見やる。
 当たり前だ、徒やフレイムヘイズの気配など全く感じなかったのにいきなり封絶の中に取り込まれているのだから。
「確かに、追跡は困難でありましょうな」
 そんな三人に向かって、先ほどから道路の反対側にいた真っ白い猫の着ぐるみが言い、歩みよってくる。
「ならば、こちらが身を隠し、そっちから近づいて来るのを待てばいい」 
 その着ぐるみが無数のリボンに変わり、流れるように解けていく。
 それと共に、中から火の粉がこぼれだす。色は封絶を埋める炎と同じ『桜』。
「おまえは?」
 未だに驚愕の中にいる『愛染の兄弟』に代わり、シュドナイが訊く。
 リボンが完全に解け、姿を表した給仕服の女性が凛とした態度で名乗る。
「『夢幻の冠帯』ティアマトーのフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルであります。」
「覚悟」
 
 
 (あとがき)
 次が初の戦闘描写ですかね。自信無い。
 シュドナイがヴィルヘルミナの顔を知らないかどうかわからないんですが、このSSではここで初顔見せという事にしておきます。



[3934] 水色の星 一章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:5d067ad4
Date: 2008/10/11 04:43
 香港の街外れの小さなパン屋から、アルバイトを終えた青年は自宅へ向かう。
 夕暮れ時だ。暗くなる前に帰りたい。その青年の自宅は潮風漂う海に面した街。
 
 
 御崎市探索も一通り終え、近衛史菜こと"頂の座"ヘカテーは案内役の少年を連れて、坂井家の方に向かっていた。
 その案内役・坂井悠二の腕には分厚い本、へびのぬいぐるみ、羽ペン、長めのチョーク。とにかく街でヘカテーが興味を持った物が提げられている。
 物によっては値が張る物もあったはずだが、この少女はぽんと購入してみせた。
 その隣の悠二は、もはや喋るのも億劫そうだ。
 それでも荷物持ちは当然悠二だ。そこは悠二も了承している。命令されたわけでもない。
 ふと、ヘカテーの目に人通りの多い区画がとまる。
 そこに、人ではなく"人からこぼれ落ちた者達"を数多く認めたヘカテーは続いて、空を見やる。
(逢魔が時‥‥今なら‥‥)
 空は血のように赤く染まる夕方。人々が、光の有無で世界と自己に対する認識を無意識下で変える。
 その境界である夕方や明け方の『変わろうとする揺らぎ』に乗じる事で『歪み』は多少わかりにくくなる。
 通常の徒もこの時に人を喰らう場合が多い。
 今日の所はこれ以上使うつもりは無かったが、あの数なら『当たり』が出るかも知れない。夕暮れなら違和感も気付かれにくい。
 ヘカテーは今日だけで都合二度展開させた自在法を同じ目的で再び発動させる。
 それがもたらす意味を知らずに‥‥。
 
 
 青年が自宅へと向かうバスの中で、いや、その辺り一帯の全てが桜に染まり、静止する。
 
 名乗りを挙げ、自身の姿と気配双方を隠していた装束を解いた『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは、内心自身の無意識の内の軽率な行動を悔やんでいた。
 今までの『歪み』の跡からここから海を渡るであろうと辺りをつけ、自分独自の『気配隠蔽』を使い、待ち伏せた。その思惑は当たった。しかし‥‥。
 知らず、相手を舐めてかかっていた。
 相手が三人な事も、気配を隠され力の規模を測れない事もわかっていた。
 それなのに自分一人で待ち伏せて戦う事に疑問すら持たなかった。
 しかし、今更別の策を講じる事はできない。どう、戦うかだ。
 三人の内の一人、サングラスをかけた男のくわえたタバコの先端に点る濁った紫の炎を見つめ、ヴィルヘルミナは思い、覚悟を決める。
「さて、そろそろ見つかるとは思ってはいたが、よりにもよって『万条の仕手』とはな‥‥」
 くわえていたタバコをプッと吐き出し、"千変"シュドナイは言う。
「伝聞程度でしか知りませんが、それ程のものなの?あれが」
 給仕服という奇妙な姿のヴィルヘルミナを見て、そう訊くティリエル。
「ああ、君らを守りながら勝てる相手では無いな。
 それに、『ピニオン』無しで手伝ってくれる気も無いだろう?」 
「まあ、そうですわね。万一お兄様が怪我でもされたらたまりませんもの」
 兄にその全てを捧げる『愛染他』たる彼女はそう応える。
「先に行っていてくれ。少々派手になりそうだ」
 口の端から紫の炎を漏らしてシュドナイは笑う。
 
 燃え盛る炎、静止する人々、それらに驚愕する青年は窓の外を見る。
 
「随分あっさり見逃してくれたな。」
 目の前の強敵にシュドナイは先ほど先に行かせた二人の事について言う。
 その言葉には応えず(こちらとしても助かったなどとは言いたくない)、頭の上のヘッドドレス、彼女の相棒に戦闘開始を告げる。
「ティアマトー、『神器』ペルソナを」
「承知」
 そう言うと、ヘッドドレスが解け、無数の糸となり、桜色の火の粉を混ぜて、新たな形に変わってゆく。
 数秒、
 そこに、悪夢では決してない夢の住人が立っていた。
 白く尖った狐を模した仮面。その縁からたてがみの様に、広く純白のリボンが溢れ、その周囲を桜色の火の粉が花弁の様に待っている。
「不備無し」
「完了」
 完全に戦装束となった二人で一人の『万条の仕手』は告げる。
「ほう。これが『戦技無双の舞踏姫』か、なるほど美しい。だが‥‥」
 そこでシュドナイの右腕が膨れ上がり、鋭く長い爪を持つ巨大な虎のそれになる。
「花は散りゆく時が一番きれいなものだろう?」
 
 離れているが通りの真ん中に人が二人、片方はさっきバイト先のパン屋で立ち尽くしていたメイド服の女性だ。
 その対面の男の右腕が、突然獣のものへと変わる。
 
 
 ヘカテーは夕暮れの中、封絶を張る。陽炎のドームの中、水色の世界のトーチ、その全てが完全に動きを止めている。
(やはり、そう簡単にはいきませんか‥‥) 
 その静かな水色の封絶の中、人ならざる影が三つ、飛び込んできた。
 マヨネーズのマスコットキャラそのものの三頭身の人形。有髪無髪のマネキンの首を無数固めたような"首玉"。そして滑らかな金髪に、美しいが"妙"に無機的な顔の女性。
 突然の闖入者にも、『来たか』程度にしか動じずにヘカテーは問う。
「ここに飛び込んできた理由を言いなさい。
 用件次第では無粋な闖入に関しては問いません」
 言いながらもヘカテーは思う。
 三体のいずれも『燐子』だ。だが、かなり高度に作られている。特に左端の金髪の燐子は並みの"徒"よりもはるかに大きな存在の力を持っている。
 「こいつ、徒だよね、だったら‥‥」
「我が主からの言伝をお伝えに参りました」 
 ヘカテーの言葉に面白くなさそうに言おうとする三頭身の燐子を遮り、首玉がヘカテーに言う。
「この街で我が主はとても大きく、崇高な計画を立てておいでです。
 恐れながら、御徒がこの街におられる事が主にとってあまり都合が良いとは言えません。」 
 そこまで言った首玉の『要求』を察したヘカテーは最後まで聞かずに応えを返す。
「私がこの街を出る理由はありません。帰ってお前達の主にそう伝えなさい。」
 その言葉に今まで一言も話さなかった金髪の燐子がヘカテーの前に出て、
「御徒、私達はご主人様からこうも言われております。」
 告げる。
「『要求が飲めない場合は殺してもかまわない』」
 
 
 (あとがき)
 戦闘描写までいきませんでしたが、切りが微妙なので続けていきます。
 この後、六話も見ていただけると幸いに思います。
 ヴィルヘルミナの風呂敷に関して指摘があり、指摘された一文を見た覚えもあるのですが、原作を斜め読みしても見つからなくて、坂井家初訪問の時も風呂敷だし、まあいっかと修正しませんでした。手抜きですいません。



[3934] 水色の星 一章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2011/01/27 20:49
 窓の外を見た青年は恐怖に震える。何故辺り一帯桜色に燃えているのか。
 何故皆動きを止めているのか、あの化け物は一体何なのか。
 それら不可解な現象に恐怖し、声も出せずに、青年はその場に蹲り、ただ震える。
 
 シュドナイは『変化』させた虎の右腕を上げ、そのまま眼前の仮面の討ち手に向けて、文字通り"伸ばす"。
 通常、徒はこの世に渡り来る際にとる"自分の本質に見合った姿"を崩す事は無い。
 だが、彼は"千変"の真名の示す通り、状況にあわせてその都度姿を変える。
 文字通りの『変わり物』なのだ。
 『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルはその自らに向かって伸びて来る腕を体を僅かにひねる事でかわす。
 そして、伸びた腕が次の攻撃をする前に軽やかに、その伸びた腕に"乗る"。
 シュドナイは、突然自分の腕に跳び乗った仮面の女に驚愕し、一瞬動きを止める"千変"に向かって、そのまま『腕の上』を風の様に走る。
 自分の腕の上を走るヴィルヘルミナにその口から『炎弾』を放とうとして彼女が今『どこ』を走っているかに気付いたシュドナイは、その彼女の『足下』、自分の腕全体から牙や爪を一斉に生やし、攻撃する。
 ‥‥が、
 その足下から牙と爪が紫の炎を吹き出しながら飛び出すより一拍早く、仮面の討ち手は宙に跳んでいた。
 まるで舞うように‥‥
 宙に舞う女を撃ち落とすべく口から炎を溢れださせた千変の体に、彼女の仮面から溢れるたてがみのようなリボン、その一部、数十にも及ぶ数が、しなり、硬化し、槍衾(やりぶすま)となって突き刺さった。
 「ぐわああ!」
 たまらず、叫び声をあげるシュドナイに構わず、ヴィルヘルミナはリボンに突き刺した獣の体をそのまま投げ飛ばし、後を追う様に桜色の炎弾を放つ。
 そして、爆発。
 
 バスの中で震える青年は爆音を耳にする。
 耳にしてなお、逃げる事ができない。声すらもあげられない。
 
 炎弾を食らわせた。今煙の中にいる敵に対して、ヴィルヘルミナは全神経を集中して構える。
 あの程度で倒せる相手のはずは無い。相手は古くからこの世に在り続ける強大な"紅世の王"なのだ。
 そうして油断無く煙を見やるヴィルヘルミナの"後ろ"‥‥先ほどの巨大な虎の腕の一部が今度は海蛇の姿を取り、目の前に集中していた討ち手をその尾で殴り飛ばした。
「ぐっ‥‥!!?」
 突然後ろから殴り飛ばされたヴィルヘルミナは吹き飛びながらも冷静に状況を分析する。
(切り離していた!?)
(肉体分離)
 先ほどの刺突と炎弾でちぎれたと思われた虎の腕はどうやら千変自ら切り離していたらしいと察する彼女の目に、異様な物が映る。
 二足歩行の、腕ばかり太い虎。しかし、鷲の足、コウモリの羽、虎の頭にたてがみと角まで持っている。
 再び変化した"千変"シュドナイ本体のようだ。
(寄せ集めにもほどがあるのであります)
(悪趣味)
 と酷評する彼女に向けて、その悪趣味な獣が今までで最大の、巨大な炎弾を口から放つ。
 『こう来るだろうと』予測していたヴィルヘルミナは無数のリボンを織り成し、白い半球の形の『盾』を作る。その表面が桜色に光っている。
 その盾にぶつかった特大の炎弾が、そこに刻まれた『反射』の自在式によって飛んできた方向にそのまま跳ね返る。
 しかし、シュドナイに向けて返したはずのヴィルヘルミナの狙いは外れ。跳ね返した炎弾に手応えは無い。

 代わりにその後方遠く、一台のバスが濁った紫の大爆発に呑まれて。消えた。
 
 
 ヘカテーは考えていた。この燐子達の後ろにいるのは、おそらくはかなりの力を持つ"徒"だ。
 この燐子達の出来の良さを見ればわかる。
 そして、先ほどの金髪の燐子の言葉、今の状況を考えて、結論を出す。
(まず、その徒に直接会わせてもらいましょう)
 自分がその徒の都合に合わせるつもりは無いが。こちらの名をだせば、相手から引いてくれるかも知れない。
 正直、軽く倒せる相手では無さそうだ。避けられるなら戦いを避ける。
 
 
 紫に燃え上がるバスの中で、知らず『人間』を失い、知らず『不老』を手にしていた青年が。消えた。
 今度は残りかすも残さずに。
 
 
「こっ‥‥近衛さん?これ、一体‥‥?」
 燐子達の主に引き合わせる様に伝えようとしたヘカテーの耳に、『目の前の事を現実のものと考えていない』そんな色で、聞き慣れた、今聞こえるはずの無い声が届いた。
 
 
 青年に宿っていたものは器を失い、巡り、再び宿る。新しい器に‥‥。
 
 
(あとがき)
 この六話のために書いてきた様な香港サイドストーリーです。
 描写はともかく、発案は原作三、四巻の一文から持ってきています。
 完全オリジナルストーリーとは言えないですね。
 初の戦闘描写ですが、おかしい所、不満、指摘などありましたらお教えください。直せる範囲で直します。
 



[3934] 水色の星 一章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 04:44
「これ、『ミステス』ね」
 首玉が言い、
「封絶の中で動けるなんてよほど珍しい宝具を蔵しているようね」
 金髪の女が目を光らせる。
 水色の少女は驚愕の中、思考が完全に止まっている。
「わーい、ボクたち、お手柄だー!」
 三頭身の人形が怯える少年に手を伸ばす。
 思考が止まっている。何も考えられない。
 封絶の中で動いている。
 ミステスだ。転移してきたのか?だが、あの宝具とは限らない。
 この燐子達に今自分がすべき行動は?
 それらが考えられない。
 ただ、三頭身の燐子が少年に手を伸ばす光景だけが目に映る。
 それなのに。あるいはだからこそ。
 体が動いた。
 三頭身の燐子の手が少年に届く寸前。
 その頭を宝具『トライゴン』が吹き飛ばしていた。
 
 
 バスが吹き飛ぶ少し前。
 全身を突き刺され、炎弾を食らわされた"千変"シュドナイは、今戦っている仮面の討ち手について思いを巡らせる。
 強い。
 変幻自在の自分の攻撃を『体術』で軽々と躱している。これほどの技巧の使い手には今まで会った事が無かった。
 すでに護衛すべき『愛染の兄弟』も逃がしている。
 『槍』無しでこのまま戦えば少々分が悪い。
(そろそろ潮時か‥‥)
 そのサングラスの奥の瞳の色は見えない。
 
 跳ね返した炎弾に手応えを感じなかったヴィルヘルミナの真横、自分が張った『盾』の死角から先ほどの海蛇が、その鎌首が、太い鞭のように彼女を襲う。
 その一撃を『盾』の姿を解いた無数のリボンで受け流し、逆にリボンを絡めて投げ飛ばす。
 その投げ飛ばした海蛇が建物に激突する寸前、たてがみから溢れる無数のリボンで今度は海蛇の全身を包み込む。
 包み込み、その中の海蛇を、リボンに込めた『爆破』の自在式が粉砕する。
 そして、本来の相手、"千変"シュドナイの『本体』との戦いに構えようとし、そこでようやく気付く。
 気配が無い。姿形も無い。
 桜色の封絶のどこにも"千変"シュドナイがいなかった。
 
 
 少年・坂井悠二は今、自分の前に杖を構えている少女以上に混乱していた。
 街を案内して、買い物もして、なぜか同じ方向に帰る少女と共に歩いていたはずだ。
 それが何故"こう"なっている?
 "突然"辺りが水色に染まる世界で少女と、金髪の女性。そして『怪物』二匹が対峙している。
 と思ったら自分の方に怪物の一匹が手を伸ばしてくる。
『これ、ミステスね』
『よほど珍しいホーグをゾウしているようね』
 何を言ってる?
 自分が一体何だと言うんだ?
 思考がまとまらない内に怪物の手が自分に届く‥‥瞬間、怪物の頭が吹き飛んだ。
 今、目の前にいる少女によって。
 
 
「いきなり何をなされる!?」
 首玉が叫んでくる。
(そんな事は私が一番知りたい。)
 思考を取り戻したヘカテーはそう思う。
 この少年が何を宿しているかはわからない。
 そう都合良くあの宝具であるとも思えない。
 いずれにしろ、いきなり燐子に攻撃するなど論外である。
 何故自分があんな行動を取ったのかわからない。
 しかし、今は考えても仕方ない。
 今さら話し合いなどできるわけがない。
 『宣戦布告』は済んでしまっている。
 自分を問い詰める首玉に大杖『トライゴン』を向け、明るすぎる水色の『炎弾』を放つ。
 すでに『戦闘』は始まっていたにも関わらず、"呑気"に詰問していた首玉は当然これを避けられずに砕かれる。
 そしてもう一人の燐子にも大杖を向けたその時、
「近衛さん!ダメだ!!」
 『何も知らない』少年が、ただ自分の感覚として、"少女の凶行を止めようと"後ろから肩を掴む。
 ヘカテーはその、彼女にとっては何でもないはずの力で掴まれて。
 先ほどの自分の『奇行』の時と似た感覚に襲われ、『何故か』一瞬動きを止める。
 その隙に、相手の力の規模から『かなわない』と判断した金髪の燐子は迷わず、逃げをとり、宙を飛ぶ。
 一瞬動きを止めたヘカテーだったが、その燐子の動きに正気に還り、先ほどより大きな身の丈ほどの『炎弾』を金髪の燐子に向けて放つ。
 炎弾は金髪の女性を粉々に爆砕する。
(仕留めた)
 そう思うヘカテーだが、その水色の爆炎の中から小さな粗末な作りの人形が飛び出し、そのまま飛び去る。
(あっちが本体という事ですか)
 『敵』の特性を一目で見分けるヘカテー。
 この街の徒を敵に回してしまった。その燐子を逃がしてしまった。
 『ここ』にある宝具は『あの宝具』なのか。
 など様々な問題はあるが、とりあえずは、
「‥‥近衛‥さん?」
 いまだ混乱の極みにある少年に対する説明が必要だろう。
 
 
 三人の徒に出し抜かれた『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは今、海沿いの観光客狙いのホテル。
 その一室でぶつ切りチーズを肴にワインを飲んでいた。
 彼女の密かな楽しみであるが、その胸中はそれほど明るく無い。
 今回の戦い、自分のした事は世界の『歪み』を無駄に広げただけだ。
 問題の大元もそのまま残っている。
 かつて、戦友と共に戦っていた時。
 そして少し前に悲しい別れをした二人の友人と共に旅をしていた時を思い出し、自分一人の力の無力感を噛み締める。
 だが、まだ終わりではない。奴らの行き先は見当がついている。
(日本でありますか‥‥)
 自らの誓いの証。『偉大なる者』たる愛しい少女と出会った国。
 その思い出に浸りながら『万条の仕手』は再びその地を訪れる事を決める。
 
 自らが探し求めるものがすぐ近くをすれ違い、器を失い、また何処かに移った事。
 彼女はその事をまるで知らない。
 
 
(あとがき)
 バイト休みにかまけてさらに更新します。
 少し短いかもだけど切りがいいのでこれくらいで。
 原作ヒロインは出します。
 しかし、今のまま出すと、ヘカテーとの殺し合いしかシチュエーションが思いつかないのでまだ出せません。
 原作ヒロインファンの方申し訳ありません。



[3934] 水色の星 一章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 04:45
 御崎市依田デパートのフロアの一画。宙に浮く一つの小さな影。
 先ほど『忠告』をしに行った"徒"に思わぬ反撃を受けた燐子。
 『可愛いマリアンヌ』である。
 その火に焦げた体を撫でているのは彼女の主、紅世の王"狩人"フリアグネである。
「ああ、マリアンヌ。ごめんよ。そんな危険な徒がいる所に君を行かせた事を許しておくれ。」
 言い、彼女の体にフッと息を吹き掛け、その瞬間焦げていたマリアンヌの体が元のきれいな状態にもどる。
「ご主人様、どうしましょう。あの徒、かなりの力を持っています。
 おそらくは"王"です。」
 マリアンヌのその言葉にフリアグネは考える。
 確かに、様子を見ようとした事が裏目に出てしまった。
 考えていたよりも遥かに強大な相手らしい。
 しかも、こちらの燐子を攻撃したという事は完全に敵に回ったという事だ。
 何よりその強大な敵は『フレイムヘイズではない』。
 厄介だ。下手に刺激せずに『都喰らい』に巻き込んでしまうべきだった。
 だが、収穫もある。
「マリアンヌ。そのミステスは封絶の中で動いていたんだね?」
 目の色を鋭くしてフリアグネは問う。
「はい。相当に珍しい宝具を宿していると思われます。」
 なるほど。ついているのかも知れない。
 宿主を封絶の中で動かす宝具など、宝具の狩人たる自分でさえそうお目にかかれない。
 それに、マリアンヌの話を聞くにその敵は『強力な炎弾』を使い、燐子二人を瞬殺したらしい。
 "ならば"勝てる!
「私達の永遠のため、邪魔になる者は狩らねばならない。
 今度は私自ら行くよ。マリアンヌ。格の違いを見せ付けてやるさ」
 
 
 少年・坂井悠二は混乱していた。
 『人を喰らう"紅世の徒"』?
 『世界のバランスを保つフレイムヘイズ』?
 『喰われた人の代替物・トーチ』?
 『因果孤立空間・封絶』?
 目の前の少女の言葉はとても信じられるような話ではない。
 だが、目の前の少女の言葉は、ついさっき自分の見た光景は『これが現実だ』とわからさせられる。
 他でもない自分の頭が『現実だ』と確信してしまう。
 だが、そうすると今自分を助けてくれたこの少女は‥‥。
「なっ、なら近衛さんがその『フレイムヘイズ』なのか?」
 頭で考える嫌な予感と逆の事を訊く。
「"いいえ"」
 しかし、かけた希望はあっさりと砕け散る。
「紅世の徒、"頂の座"ヘカテー。それが私の本当の名です」
 ヘカテーはショックを受けた少年の心に止めをさす。
「貴方の言う所の"人喰いの化け物"。さっきの連中と同類です」
 実際にはさっきのは徒の下僕たる燐子なのだが、この少年にとって大した違いもないだろう。
「じゃあ、何で僕を助けたんだ!?
 何で僕はこの『封絶』ってやつの中で動ける!?」
 その悠二の言葉になぜか言葉に詰まり、ヘカテーは質問の内、片方だけに答えを返す。
「貴方は『ミステス』。体内に紅世の『宝具』を宿したトーチです。
 封絶の中で動けるのはそのせいでしょう。」
 少年の顔がだんだん絶望の色に染まっていく。
 少年を『トーチ』と断言したからだろうか。
 ヘカテーはこの少年の表情の変化を見るのが好きだった。
 だが、今の表情を見ているのは‥‥あまり楽しくなかった。
 
 茫然自失としている少年がふと思い出したようにこちらを見る。
 今までの困惑の色に別の感情が混じっている。
 今までヘカテーが何度も見てきたその眼に宿る感情は‥‥。
 『恐怖』だった。
 ヘカテーの胸中はまた変化する。今度は猛烈な淋しさが込み上げて来る。
「そろそろ封絶を解きます。私はまだ、貴方には用があるので、この街を離れません。
 詳しい話はまた後ほど。」
 会話を切るように背を向け、封絶を解く。
 世界が、正しく回り始める。
「行きましょう。」
 少女の言葉に逆らう事なく悠二はついていく。
 だが、坂井家に着くまでの道、少女の顔を見る事はできなかった。
 少女も、少年の顔を見る事はできなかった。
 
 
 坂井家に着くまでの道すがら、坂井悠二は自分の胸中にある程度整理をつけていた。
 自分はいずれ消える坂井悠二の『残りかす』。
 道で見かける人々に自分と同じ胸の灯りを見て、まず考えるのは母や友人達の事。
 知らず残りかすとなってしまったのは自分だけではないかも知れない。
 そしてもう一つ、前を歩くこの少女。
 どうやら自分達をこの少女が喰らったわけではないらしいが、それでも人を喰らう怪物。
 しかし、どんな事情があるにせよ先ほどあの怪物達から救ってくれたのも紛れもなくこの少女。
 まだ、用があるというこの少女にどう接していいかわからない。
 そんな事を考えながら着いたのは、坂井家。
 この少女はどうやらまたこの家に泊まるつもりらしい。
 少女のいつも通りの無遠慮な態度に、こんな時なのに気付かれないほど薄く、苦笑が漏れた。
 
 少年は気付かない。
 少年が見せた表情、そして自身の行動と感情に戸惑い、複雑に揺れる少女の胸中に、
 少年はまるで気付かない。
 
 その夜、坂井千草(悠二はトーチでない事を確認した)のスパゲッティを食べ(ヘカテーは箸だ)、昨夜と同じように部屋分けされた後。
 時刻は12時過ぎ、坂井悠二の眠る。父・貫太郎の書斎のドアが静かに開く。
 白いネグリジェ(昼の間に千草が買ってきた)を着た水色の髪の少女が入ってくる。
 ヘカテーだ。ヘカテーは眠る悠二の胸の灯りを見て確信する。
 灯りが小さくなっていない。
 『零時迷子』のミステスだ。
 これでこの『宝具』が『大命』の鍵たる物である事はわかった。
 だが、この『トーチ』はどうなる?
 どうすればいい?
 わかりきっている。
 まだ『戒禁』を越えるほどの『大命詩篇』は完成していない。
 直接取り出すのはまだ無理だ。
 だがそれならばこのトーチごと『星黎殿』に連れ帰ればいい。
 それが、『巫女』として自分が取るべき事。
 だが、そうした時、この少年はどんな顔をするのだろう?
 また、先ほどのような恐怖の視線を自分に向けるのだろうか。
 そこまで思い、ヘカテーは気付く。
 まだ、この少年は自分を怖れているのだろうか。
 怖れているに決まっている。
 自分達を喰らう存在だと名乗ったのだ。
 そう考えているのに、体は別の行動を取る。
 寝ている悠二の手を取り、自分と悠二の『器』を合わせる。
 自らと他者の器を合わせる"頂の座"特有の能力だ。
 そのヘカテーに悠二の想いの一部が流れ込む。
 怪物に襲われた恐怖。
 この世の事実を告げた時の恐怖。
 自分に向けられた、『人喰い』に対する恐怖。
 そこまで感じて、『器』の接続を切ろうとしたヘカテーに違う感情が流れ込む。
 今までと同じ様に過ごす自分に対する坂井悠二の『安堵』。
 『人喰い』たる自分に対する『喰い残し』たる少年の安堵。
 それが。何故か無性に嬉しかった。
 『器』の接続を切り、そのまま布団に潜り込む。(今日は昨夜と違い、床に布団が敷いてある)
(『大命詩篇』が完成するまで、私がこの街で見張ってもいいはず。
 『感情採取』も終わっていないし、おじさまも見つかっていない)
 そう自分に『言い訳』して、少女は暖かい眠りに落ちて行く。
 
 
 翌日の朝、叫びながら目を覚ました坂井悠二が母・千草に気付かれなかったのは幸運という他はない。
 
 
 (あとがき)
 アニメ版の設定引っ張って来ました。
 ただし、『無限の器』では無く、『かなりでかい器』くらいと思って下さい。
 無限だと何でもありになってしまいそうなんで。



[3934] 水色の星 一章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:5d067ad4
Date: 2008/10/11 04:46
 今日も少女と少年は御崎市を練り歩く。
 退屈はしない。
 話す事は山のようにある。
 とりあえず‥‥
「‥今朝のアレはどういうつもりだったんだ?‥」
 アレとは自分の部屋を貸し与えた(何度も言うが奪われてはいない)はずの今隣にいる少女が朝起きたら書斎にいる自分の布団に潜り込んでいた事だ。
 母・千草には見られはしなかったが、階段の音も無しに一階にいた少女を見て、
「あらあら」
 とか困ったように微笑んでいたからもしかするとあらぬ誤解をされているかも知れない。
「『確認』です。それが何か?」
 なぜ確認を妙に強調するのか気になるが、それ以上に‥‥
「確認って何を?」
 そっちの方が重要だ。
「昨日話した通り、貴方は紅世の秘宝『宝具』を宿しています。
 それが何なのかを確認したのです」
「だったらわざわざ寝てる時にしなくてもいいのに。
 それで僕の中に何があるかわかったのか」
 悠二としては昨日あった事で少女とどう接すればいいかわからなかったが、ヘカテーは呆れるほどいつも通りだった。
 身構えていた自分が馬鹿みたいだ。
 というより、この少女に会ってからマイペースを保てた試しがない。
 どころかマイ・ワールドまで揺らいでいる。
「寝てる時というより、零時を過ぎている事が重要なのです。
 貴方の宝具は『零時迷子』でしたから」
「零時迷子?」
 しかし、昨日の今日でこんな会話を平気でしている自分にも正直驚いている。
 人間でも『坂井悠二』でも無い。
 そのうち消えていく燃えかすだと知らされたというのに‥‥
「いや、やっぱりいいや。
 すぐに消えるのに宝具なんて知っても仕方ないし」
 別にやけになっているわけでは無い。
 本当に知っても仕方ないと思っただけだ。
 どんな物だろうと自分の体の中にあるのでは使えやしないだろう。
「ああ。貴方は消えませんよ?」
「‥‥‥‥はっ?‥‥」
 昨日と話が違う。
 というより今も自分の胸に灯りは見えているのだが。
「『零時迷子』、毎晩零時に、消費した存在の力を回復させる宝具です。
 私の組織が追い求めていた物でもあります。」
「毎晩零時に‥‥、つまり、自然消滅はしないって事か?」
 ヘカテーは少しだけ感心する。
 今の一言で理解できるとは思っていなかった。
 そこでふと隣を見ると何やら警戒の眼差しで少年がこっちを見ている。
 先の自分の発言に思い当たって、少年の警戒を解きにかかる。
「当面、貴方に危害を加えるつもりはありません。
 こちらにも都合というものがあるのです。」
 それを聞いて、悠二はとりあえず安心する。
「ですが、昨日の『燐子』の主は貴方の宝具を躊躇せずに取り出すと思いますよ?」
 安心を瞬時に砕くヘカテー。
 固まる悠二の顔を横からジッと眺める。
 やはりこの少年はこうでなくてはいけない。
 勝手に悠二に妙な役を当てはめながらヘカテーは続ける。
「ただし、私も昨日彼らに宣戦布告をした身。
 だからこそ、今彼らの手掛かりを探っているのです。」
 再起動した悠二。
 というか、この散歩にそんな意味合いがあった事を初めて聞いた。
 知らぬ間に再び生死の危機にさらされていたらしい。
「じゃあ、当面は味方って事でいいのかな。
 近衛さ‥‥じゃなくてヘカテー」
「そう思ってもらって結構です。ゆうちゃん」
 ズルッ  ビタンッ!!
 派手にスリップして地面とキスする悠二。
 激しく痛い。
 だがそれより‥‥
「何だよ!?その悠ちゃんってのは!!」
「坂井ゆうちゃんと言うのでは無いのですか?
 おばさまがそう呼んでいましたが」
「坂井悠二だよ!覚えてくれ!!」
 この少女は、こんなやたらと深い内容の話をする相手である自分の名前すら覚えていなかったらしい。
 というか、そういえばちゃんと名乗った覚えが無い。
「‥‥ちなみに母さんの名前は?」
「坂井千草」
 ‥‥意味も無く悲しい。
「悠二ですね。大丈夫ですよ、覚えましたから」
 なぜか明後日の方を向いて少女は言う。
(肩が震えてるよ。ヘカテー。)
 そこまで情けない顔をしていたんだろうか
 まあ、それは置いておいて話を戻す。
「‥‥これからも人を喰うのか?」
 自分にとってはかなり重要な質問だ。
 だが、それに対するヘカテーの口調はどことなく軽い。
 というよりどこか楽しげだ。
「貴方次第ですね」
 なかなかシビアな事を言ってくれる。
 喰うと断言されなかっただけマシと思うしかないだろう。
「私はこの『宝具』で気配を消しています。
 向こうより先に相手の居場所を突き止めたいのですが、簡単にいきそうにも無いですね」
 右手のブレスレットをかかげてそう言うヘカテー。
(話変えられたけど本当に人喰わないんだろうな)
 とは思ったが、別の事を口にする。
「何か手掛かりになりそうな物とか無いのか?」
 口にしたのは限り無く人頼みな言葉だが。
「見ての通りです。どこを見て回ってもトーチばかりですね」
 若干疲れた風(多分)に言うヘカテー。
「確かに、こんなに大勢いてみんなドクンドクン鼓動してるし。
 あんまりいい眺めじゃないかな」
 心電図みたいで少々嫌だ。
 数が数だし。
 ところで、何やらヘカテーが横から見つめてきている。
 何か恥ずかしい気持ちになるからやめてほしいのだが。
「‥‥鼓動?」
 よく見ると真剣な表情だ。
「ああ、胸の灯りが膨れたり、揺れたりしてるアレの事。
 ヘカテーにも見えてるだろ?」 
 しかし、ヘカテーは首を横に振る。
「私には見えません。
 『零時迷子』の副作用か貴方自身の特性かはわかりませんが。
 どうやら貴方にしか見えない仕掛けがあるという事の様です」
 早速役に立てた様だ。
 貸しにしておこう。
 そこでしばらく考え込むヘカテー。
 しばらくして唐突に口を開く。
「大量のトーチに仕掛けを施す自在法なら、一つ心当たりがあります。」
「それって?」
 促す悠二に応える。
「『都喰らい』、本来ならばこの世の歪みの緩衝材であるトーチを、一斉に分解する事で、本来純度の足りない周りの全ての物を巻き込み、高純度の力の塊を作り出す秘法です。
 数百年前、『棺の織り手』という"王"が引き起こしたのですが‥‥」
「純度の足りないって?」
 最後まで聞いてから質問して欲しいものだ。
「徒は通常、人の存在しか喰らいません。」
「動物とか植物とかじゃだめなのか?」
 話のこしをおる少年には簡潔に説明をする。
 ヘカテーは手に持っていたオレンジの缶ジュースを見せ、
「この缶が『徒』、中のジュースが『人の存在』、そして『人以外』の存在は水です」
「ああ、つまり量を増やそうとして水を足しても薄まるだけ、むしろ残ってたジュースも台無しになるって事か」
「‥‥‥‥‥」
 混乱させようとしたのにあっさり理解されて少々面白く無い。
 だが、思っていたより頭が切れる様だ。
 理解が早い。
 ヘカテーは内心、悠二に『小癪』の形容詞を付け足す。
「話を戻します。
 もし、昨日の燐子の主が『都喰らい』を企てているなら。
 最悪の場合、私達はこの街ごと存在の力に分解されます。
 『ミステス』である貴方までむざむざ巻き込んだりはしないと思いますが、保証は出来ません」
 何やら後ろ向きになり始めているヘカテーに悠二が告げる。
「相手の居場所なら何とかなりそうだよ」
 悠二の発言に怪訝な顔をするヘカテー。
 それはそうだ。
 この少年は昨日まで"紅世"との関わりを持たなかったはず。
 それが何をもって『何とかなる』などと言っているのか。
 坂井悠二自身も不思議に思う。
 こんな異様な世界を当たり前に受け入れ、さらに首を突っ込もうとしている自分を。
 だが、この少女が徒だろうと自分がミステスだろうと、昨日の怪物の仲間を放っておくと自分どころか街そのものが危ないらしい。
 自分に出来る事をやるしかない。
「今度はこっちから攻める番だ」
 
 少年は足を踏み入れる。
 少女と同じ側の世界へ。
 
 
(あとがき)
 悠二とヘカテーが延々喋ってるだけですね。
 すいません必要だったんです。
 少し改行気を付けたんですが、いかがでしょう。



[3934] 水色の星 一章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:5d067ad4
Date: 2008/10/11 10:59
「今度はこっちから攻める番だ」
 
 
 少年の宣言に当然ヘカテーは疑問を持つ。
「居場所が何とかなるとはどういう事ですか?
 伺いましょう」
「トーチの仕掛けを辿っていけばいいんだ。
 仕掛けを起動させるなら、必ず仕掛けた奴に繋がっていると思う」
 
(????)
 トーチの仕掛けを辿る?
 鼓動しているらしい事はわかったが、それを『辿る』とはどういう事か。
 
「ただ鼓動している物を辿るとはどういう事ですか?」
 心中の疑問をそのまま口にする。
「いや、その鼓動の時の振動?が‥‥糸?みたいに繋がってて、それが別の場所に‥‥」
 自分は見えないからか少年の言わんとしている事はわかりにくいが、どうやらトーチの仕掛けが糸のようなもので繋がっているらしい。
「その糸というのは昨日の『燐子』達には繋がっていましたか?」
 もし繋がっていたとすればほぼ確実に徒にたどり着ける。
「いや、昨日はここまで見えたり感じたり出来なかったんだ。
 朝起きたら何かやたらと気配みたいなのがはっきり掴める様になってた」
 
 昨日はダメで今日はわかる?
 寝ている間に何か‥‥、
 アレか。
 
 昨日の晩、少年が寝ている間に『器』を合わせた事を思い出す。
 "紅世の王"である自分と『器』を合わせて感覚を共有した事が少年、あるいは中の宝具の感知能力を引き出すきっかけになったらしい。
 ある意味、当然なのかもしれない。
 並の徒よりは優れた感知能力を持つ自分と感覚を共有したのだから。
 感覚を掴むきっかけにならない方がおかしい。
 元々、潜在的に優れた感覚能力を持っている事自体は予想外だったが。
 
 原因はわかったが今大事なのはそこではない。
「『都喰らい』の時にトーチに編み込んだものが、『鍵の糸』という仕掛けです。
 敵が都喰らいを目論んでいる疑いが濃くなりましたね」
 そう言うヘカテーに坂井悠二は『正解』を示す。
「奴らが僕を巻き込まないつもりな内に、居場所を突き止めなきゃな。」
 そう、敵が何を企んでいようがこっちのする事に変わりはない。
「私にはその『糸』は見えません。
 探索に関しては全面的にお任せします」
「わかった。行こう」
 
 二人は再び歩きだす。
 今度は闇雲ではなく。
 敵に向かって真っ直ぐに。
 
 
 御崎市依田デパートの高層フロア。
 その一画の箱庭の上、紅世の王"狩人"フリアグネと燐子"可愛いマリアンヌ"は語らう。
「マリアンヌ、やはり『玻璃壇(はりだん)』には何も映らないかい?」
 彼の愛する燐子にフリアグネは問う。
「はい。『玻璃壇』に映らないという事は昨日の"王"は自在法ではなく宝具の力で気配を隠している事になります。」
 若干嬉しそうにマリアンヌは返す。
 燐子もその主も宝具には目が無い。
「喜ぶべきか悔やむべきかわからないね、マリアンヌ。
 貴重そうな宝具が近くに二つある。
 しかし、在処はわからず、見つからない内は『都喰らい』は起こせない」
 そう言いながらも目が笑っている。
 宝具の狩人の血が騒ぐ。
「こうなれば、直接この目で探すか。
 昨日の封絶の場所に燐子を向かわせて‥‥」
「その必要はありません」
 
 フリアグネの声を遮り、凜とした声が響く。
 
 同時に、
 
 巨大な気配の出現と共に依田デパートの周辺一帯が陽炎の壁に包まれる。
 
 その中を燃え盛るのは明るすぎるほどの水色の炎。
 
「仮装舞踏会が『巫女』、"頂の座"ヘカテー。
 大命のもとに貴方を滅します」
 
 現れた少女は強く言い放った。
 
 
 
 坂井悠二は御崎大橋から見える陽炎のドームを見ていた。
 
 さっきまで一緒に徒を探していた少女は今、あの封絶の中にいる。
 徒との戦いに際して、悠二は当たり前の如く置いていかれた。
 それが当然だ。
 自分でもそう思う。
 自分がついていったとして昨日のような怪物に何が出来るというのか。
 
『気遣いなど不要。
 貴方には関係の無い事です。』
 
 徒の場所を見つけただけでも大手柄だ。
 
『私は子供ではありません』
 
 あとはヘカテーに任せればいい。
 
『紅世の徒、"頂の座"ヘカテー。
 それが私の本当の名です』
 
 そもそもあの少女だって徒じゃないか。
 相討ちが一番望ましいはずだ。
 
『当面、貴方に危害を加えるつもりはありません。
 こちらにも都合というものがあるのです』
 
 今は何かの理由で見逃してもらっているだけだ。
 いつ殺されるかわかったものじゃない。
 
 "だが"少女は戦いに行った。
 
 
「‥‥‥‥‥はあぁぁぁ」
 長い溜め息を吐く。
 本当に調子が狂う。
 もっと冷静で要領の良い性格だったと思うのだが。
 
 そして少年は足を向ける。
 陽炎のドームへ。
 
 
「まさか、仮装舞踏会の巫女殿とは思わなかったな。

 突然現れたヘカテーにフリアグネは言う。
 それには応えず、彼らの足元に目を向ける。
 これは‥‥
「『玻璃壇』。
 街中のトーチを把握し、『鍵の糸』を仕込んだのもこれのおかげということですか」
 ヘカテーの言葉に僅か目を鋭くし、フリアグネは言う。
「どうやらもう『都喰らい』の事まで見破られているらしいね。
 ああ、この『玻璃壇』でトーチを把握して式を紡いだのさ。
 私は"死んだ君の主"とは違う。
 この宝具を製作者以上に使いこなしているよ」
 
 ‥‥今まででも戦う理由は十分にあった。
 だが、状況次第では命までとる必要は無いかも知れないとも思っていた。
 だがそれもさっきまでの話だ。
 もう、許すつもりはない。
 撤回しても許さない。
 
「"狩人"フリアグネ。
 場所を変えましょうか。
 ここで戦うのは互いに都合が悪いはずです」
 外見から正体を察した"王"に心中の怒りを面に出さずに提案する。
「いいだろう。このデパートの屋上はかなり広い。
 そこで戦ろう」 


 フリアグネは考える。
 封絶が張ってある。
 今は都喰らいを起こせない。
 だが、狙っていた『獲物』は向こうから来てくれた。
 例のミステスの中身も当然もう取り出して持っているだろう。
 用意は完全に整っている。
 後はこの『獲物』を仕留めて、封絶が解けたら。
 都喰らいを起こし、マリアンヌを永遠の存在に変えてやる!
 左手の指輪をさすり、そう思う。
 
 白い狩人は、負ける事など、微塵も考えていない。 
 
 その少し後、
 封絶に覆われた依田デパートの屋上で炎がぶつかる。
 
 
 (あとがき)
 少し短いけれど、開戦前にワンクッション入れるという事で。
 改行について、自分でも本当何回同じ事言われてんのかと思いますね。
 ほとんどくせです。
 ちょっとずつ治していきます。



[3934] 水色の星 一章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:00
 すでに日は落ちて、辺りは暗くなっている。
 水色の炎がよぎる封絶の中。
 屋上の錆びれた遊技場に今、二人の"紅世の王"が対峙していた。
 
 
「自己紹介しておこうか。
 "狩人"フリアグネ。
 それが私の名だ。
 一応聞いておくが、昨日の『ミステス』の中身はもう取り出してあるんだろう?」
 対面の"頂の座"ヘカテーはこれに対し、応えない。
「ふん、つまらないな。
 宝具の狩人としては君の気配を隠していた宝具と合わせて見せて欲しかったんだが‥‥」
 そこまで言ったフリアグネがパチンと指を鳴らすと同時に、その周囲に数十にも及ぶマネキン人形が現れる。
 
 それらがゴスロリ、ナース、メイド、水着等々‥‥の格好をしている。
 
 明らかに製作者の趣味の産物である。
 
「そろそろ狩らせてもらうよ。
 無駄話も嫌いな様だしね。」
 そう言い終えると同時にマネキンの内、ヘカテーに近い位置にいたものが五体同時に襲いかかる。
 それぞれ手に剣や槍などの武器を持っている。
 
 ヘカテーは冷静に戦況を見極める。
 あれもおそらく宝具だろう。
 一匹一匹が燐子としては破格の力。
 それらが宝具を持って数十体。
 だが、問題は無い。
 まとめて倒すのは得意だ。
 
 ヘカテーはその場を動かない。
 ただ、マントから取り出した長い横笛を唇に当てる。
 燐子達の攻撃がヘカテーへと伸びる。
 しかし、伸びのある高音が冴え渡った瞬間、
 ヒュボッ、
 と彼女の周囲を覆った無数の光点が明るすぎる水色の炎となり、迫りくるマネキンを飲み込んだ。
 
 飲み込み、
 それだけで終わらない。
 
 水色の炎は、ヘカテーの周囲を渦巻く高熱高圧の『炎の洪水』となる。
 それが、ヘカテーの笛のもう一吹きで無数の竜を形作り、フリアグネの方へと燐子を十数体呑み込みながら押し寄せる。
 
 自分の燐子をものともせずに押し寄せる竜の怒涛に、フリアグネは驚愕し、だが取り乱しはしない。
 
 左手の指輪を掲げる。
「火避けの指輪『アズュール』よ!!」
 途端フリアグネとその傍らのマリアンヌ(今はウエディングドレスのマネキンに入っている)の周囲に、『火避けの結界』が発生し、『炎』で出来た竜の怒涛を音も無く掻き消す。
 
「火避けの指輪・『アズュール』。
 どんな炎も寄せ付けない。
 美しく、高潔な宝具だ」
 フリアグネは自慢気に少女に言う。
 
 そして内心勝ち誇る。
 予想以上の力、だが思った通りの『炎使い』。
 さっきのがこの"王"のとっておきだろう。
 もう一つの切り札。
 フレイムヘイズ殺しの宝具は使えないが。
 これでもうこの敵は脅威ではない。
 
 フリアグネは名を聞いてなおヘカテーを甘くみていた。
 
 
 
「‥‥‥‥‥」
 一方のヘカテー。
 今の熱量を防いだ結界を少なからず警戒したのだが当のフリアグネが自分からあっさりと正体をばらしてくれた。
 コレクターという人種も案外便利な相手だ。
 
(火避け‥‥か)
 ならば、対処の方法はある。
 むしろ自分の『本領』は『炎』ではない。
 
 そう考え、笛をしまい、かざした右手に宝具・大杖『トライゴン』を生み出す。
 
 それに対して、フリアグネも、右手に‥‥あれはハンドベルか‥‥を生み出す。
 
「苦しまない様に、せめて一撃で吹き飛ばしてあげるよ」
 キーンとハンドベルを鳴らすのと同時に、燐子が今度は二十、飛び掛かってくる。
 
 
 距離が近い。
 トライゴンで攻撃を捌いて、自在法で吹き飛ばす。
 そう判断して大杖を構えるヘカテーの耳に、
 
「下がれ!!」
 聞き慣れた声が届く。
 その声に、頭より先に体が反応して足に存在の力を集中し、後ろに大きく跳躍する。
 
 途端、
 
 こちらに迫っていた二十もの燐子が膨れあがり、破裂した。
 
 屋上の一画を消し飛ばすほどの大爆発が巻き起こる。
 
「ぐ、あう!」
 後ろに下がってなお爆風に吹き飛ばされたヘカテーは体に強い痛みを感じ、思わず声をあげる。
 そして目の前の破壊の跡を目にする。
  
(まともに食らったらただでは済まなかったですね)
 
 そして先ほどの声の主に目を向ける。
 
 何故ここにいるのか。
 昨日の今日で懲りていないのか。
 頭がいいのか悪いのか。
 
 とりあえず、後で一発叩き込んでやろう。
 
 そう心中つぶやくヘカテーの口元は僅かに微笑んでいた。
 
 
 
(‥‥‥出てきてしまった‥‥)
 声の主。
 ヘカテー達がこの屋上に来てからほどなくして到着し、あまりに滅茶苦茶な戦いに影から覗く役に撤していた坂井悠二は大いに困っていた。
 
 
 ヘカテーにはさっきの燐子の爆発を予測できなかったらしい。
 
 その点は役に立てたし、ここに来て正解だったが‥‥‥。
 
 勢いで飛び出してしまったためこの先の事を何も考えていない。
 
 もしかしなくても今自分はとてつもなく危険な状態にあるのではなかろうか。
 しかし、不思議と後悔もしていない自分を自覚もしている。
 
(自然消滅はしないらしいのにな)
 
 これでは消されに来たようなものだ。

 自身の行動に種類のわからない笑みが漏れた。
 
 
 
 フリアグネは驚愕の眼差しで坂井悠二を見る。
 
 まだ中身を取り出されていなかったのか。
 いつからあそこに隠れていたのか。
 いや、そんな事より‥‥
 あの『ミステス』は燐子の爆発を予測した。
 いや、この『ダンスパーティー』の発動を感知したのか。
 
 思っていた以上に珍しい宝具を宿しているらしい。 
 中身が気になって仕方ない。
 
 フリアグネは仕留めそこなった"紅世の王"を目の前にしてそんな事を考えていた。
 
「中身を見せてもらおうか。『ミステス』」
 
 悠二の方に歩み寄ろうとするフリアグネ。
 
 その耳に、
「『星(アステル)よ』」
 
 涼やかな声が聞こえ、
 その目に、
 神秘的な無数の水色の軌跡が映る。
 
 その光景に、刹那目を奪われた。
 
 次の瞬間、我にかえったフリアグネの目に、一体残らず、『火避けの結界』の内にあったウエディングドレスのものも含めて、全てのマネキンが砕け散る様が映った。
 
 
(これであとは"狩人"のみ)
 先ほど、まだ半数以上残っていた燐子をたやすく消し去ったヘカテーは内心呟く。
 ヘカテーが先ほど放ったのは彼女の最も得意な、彼女固有の自在法・『星(アステル)』である。
 『炎弾』とは異なり、星の様な『光弾』を放ち、その性能はあらゆる面で『炎弾』を大きく上回る。
 その威力は今、目の前で消し飛んだ燐子が証明している。
 
 
 フリアグネは大いに焦っていた。
 今自分の燐子達を打ち砕いたのは『炎』ではない。
 『アズュール』の結界は通用しない。
 それは結界の内側で砕かれたマリアンヌ(中身はかろうじて助かり、今はフリアグネの肩にいる)が立証もしている。
 
 燐子はもういない。
 敵の攻撃も防げない。
 もう一つの切り札は"徒"相手には使えない。
 
 
 ここに来てようやく自身の危機を実感するフリアグネに眼前の"紅世の王"が立ちはだかる。
 
 
「終わりです。"狩人"フリアグネ」
 
 
(あとがき)
 『星』の設定は原作では『光弾』であるという以上に細かい説明は今のところされていません。
 炎弾より強いとかはこの小説内での設定で、原作でどうかはわかりません。
 フリアグネ編、もう少しだけ続きます。



[3934] 水色の星 一章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 11:01
 フリアグネは戦況を見極める。
 
 今、自分に残された戦力でこの劣勢を覆す。
 
 燐子を爆発させる『ダンスパーティー』。
 武器殺しの鎖『バブルルート』。
 無数に分裂するカード『レギュラーシャープ』。
 フレイムヘイズを自爆させる『トリガーハッピー』は切り札の一つだが、徒相手では意味がない。
 それと、好みでは無いから使いたくないが、『アレ』。
 マリアンヌはもう戦えないだろう。
 力が残り少ない様だ。
 
 この"王"は強い。
 もはや宝具は二の次だ。
 生き残り、『都喰らい』を発動させる事だけを考える。
 
 あの『光弾』は危険だ。
 攻撃をされる前に"不意討ち"で仕留める。
 
 
 
「終わり‥‥か。
 燐子を破壊したくらいで随分いい気になるものだね。
 あの燐子達を作ったのは私だ。
 当然、それよりはるかに大きな力を持っている。」 
 
 ヘカテーは身構えつつも敵の言葉の内容を考える。
 
 当たり前だ。
 紅世に関わる者なら人間でさえ知っている"常識"である。
 
 何故、今そんな話をする?
 
 そんなヘカテーの疑念を、

 その目に映ったもう使えないはずのハンドベルを持った狩人の右手が、
 
 「下だ!!」
 
 その耳に聞こえる再びの少年の呼び掛けが解消する。
 
 それだけで敵の狙いを読んだヘカテーは、今自分の足元にある、先ほどの燐子の爆発で空いた穴から一歩下がる。
 
 その間にも慌ててハンドベルを鳴らすフリアグネを確認している。
 
 そして、穴から飛び出した、階下に潜ませてあったのであろう燐子。
 
 それを、かざした『トライゴン』から生み出した一陣の突風で、『破壊せずに』吹き飛ばす。
 
 白い狩人に向けて。
 
 自らが生んだ燐子の爆発がフリアグネを包み込んだ。
 
 
 
「ぐっ‥‥‥はあっ‥はあっ」
 
 安全策を取ったつもりが、完全に裏目に出てしまった。
 
 それだけではない。
 『戦い』に集中した事が、結果として『非力なミステス』の存在を思考の外に追いやる事になってしまった。
 
 大体、何故ミステスが徒に味方する?
 
 奴さえいなければ最初の燐子の爆発で勝負はほぼ決まっていた。
 
 自分がその中身を欲していた事も忘れ、フリアグネはそう思う。
 
 『ダンスパーティー』も今の爆発で砕けてしまった。
 もう『都喰らい』は起こせない。
 
 だが、死ぬつもりはない。
 そしてまだ負けたわけでもない。
 
 
 
 ヘカテーはとどめをさすべくフリアグネにトライゴンを向ける。
 
 その錫杖頭の遊環の奏でる透き通った音に合わせて、彼女の周りの光点がその光量を増す。
 
 と、
 
 爆発の煙の向こうから無数のトランプのカードが飛んでくる。
 
 しかし、元来が武器の宝具ではないのだろう。
 
 飛んでくるカードからはそれほどの力は感じない。
 
 予測に違わず、ヘカテーの周囲を取り巻く光弾を前方に集めるだけで簡単に防がれる。
 
 そのまま自在法・『星(アステル)』をカードが飛んで来た方向に放とうとするヘカテーの目に、
 
「うっ、うわあぁぁぁ!」 
 
 今度はカードではないものが、金色の鎖で全身を絡め取られ、こちらに投げ飛ばされてくる少年が映る。
 
 だけではなく、その少年の後を追うように、フリアグネがこちらに向かって走って来る。
 
 少年を楯にして、こちらの光弾を封じるつもりらしい。
 
 しかし、
 
「うぐあっ!」
 
 ヘカテーは飛んできた少年を横に、"フリアグネと自分との間"の外に蹴り飛ばす。
 
 フリアグネは右手に長めの細剣を生み出し、突っ込んでくる。
 
 その動きを見て、確信する。
 体捌きなら自分の方が上だ。
 この突きを流して、
 
 ギィン!!
 
 『星』を叩き込む。
 
 だが、トライゴンで突きを受けた細剣に、ヘカテーは気付く。
 
(これは!!)
 
 瞬間、
 
 激しい火花が散り、『トライゴン』が弾かれる。
 
 そのまま、細剣が深々と突き刺さる。
 
「うああぁぁぁっっ!!!」
 
 
 
 坂井悠二の耳に、少女の悲痛な叫びが届く。
 
 坂井悠二の目に、細剣を胸に突き立てられ、血のように水色の火花を溢れさせる少女の姿が映る。
 
 坂井悠二の胸中に、自分でもよくわからない。
 ごちゃまぜな。だが、今まで‥‥人として生きていた時にも感じた事の無いほどの強い激情が猛然と沸き上がる。
 
 その激情のまま、叫ぶ
 
「っあああああああああああああああ!!」
 
 
 炎が沸き起こる。
 その色は燦然と輝く、
 "銀"
 
 
 
 フリアグネは今、目の前で何が起こっているのかわからない。
 
 
 『ミステス』を楯に使い、その隙を突いて"頂の座"を貫いた。
 
 見事な逆転劇だ。
 『都喰らい』は失敗したが勝ったのは自分たちのはずだ。
 
 
 なのに、
 
 何故、『こう』なっている?
 
 目の前、
 何だ"こいつ"は?
 
 銀色に燃え盛る、歪んだ西洋鎧。
 その手には、たった今自分を襲った両刃の斧がにぎられている。
 
 足元、
 今"斬り落とされた"自分の左腕が白い火花を上げている。
 
 
 少女の前に立ちはだかる西洋鎧。
 そのたてがみのように銀の炎を吹きあげる兜、そのまびさしの下からのぞく、目が、目が、目が、目が。
 
 それら全てが複雑に絡み合う強い激情を持ってこちらを見ている。
 
 
「うっ、うわあぁぁぁ!」
 その目に、初めてにも等しい『恐怖』を感じた"狩人"が迷わず『逃げ』をとる。
 
 恋人であるマリアンヌだけを連れ、屋上から飛び立つ。
 
 
 その飛び立つ後ろ姿を、
 
 水色の流星群が貫いた。
 
 
 白の狩人とその恋人は水色に燃えて、夜の真南川へときえていった。
 
 
 
 
「ヘカテー」
 今、坂井悠二は"頂の座"ヘカテーのすぐ傍らにいた。
 
 もうさっきまでの銀の炎も、西洋鎧も消えている。
 
 
 横たわっている少女の胸からはいまだ水色の火花が溢れ出ている。
 
「‥‥助からないのか?」
 
 こんな事しか言えない自分が心底憎い。
 
「‥‥存在の力が、‥‥足りません。
 "このまま"‥では、‥助かりませんね‥‥」
 
 ヘカテーは、力なくそう告げる。
 
 その言葉に、行き場の無い怒りが沸き起こる。
 
「なら!、僕の存在を喰えばいい!! 
 トーチでも傷を塞ぐくらいできるだろ!!!」
 
 自分が喰われる。
 なぜかその事が大した事じゃないように思えた。
 
 
 その言葉に、ヘカテーは静かに首を横に振る。
 
(っどうしてっ!!)
 
 さらに食い下がろうと身を乗り出す悠二の胸に、
 
 トン
 
 少女が軽くもたれかかる。
 
「貴方‥‥次第だと‥‥言いましたから‥‥」
 
 少年の胸中を読んだように少女は言う。
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 悠二はそんな少女に、
 もう何も言わず、ただその肩を軽く抱いた。
 
 言葉もなく、寄り添う二人の、
 
 心が、
 静かに重なる。
 
 
 ゴオオォン
 
 
 時計塔が、鳴り響く。
 
 その日の終わり。
 あるいは次の日の始まりを告げるため。
 
 
 
(あとがき)
 次が第一部エピローグです。
 不可解に感じる部分を感じる方もいると思いますが、次で整合性をつける(説明を入れる)つもりです。
 感想で教えて頂いた箇所に関しては二部で生かしたいと思います。
 こんな二次創作を読んでくれる方達に今日も感謝を。



[3934] 水色の星 一章 エピローグ
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:01
 週明けの月曜の朝。
 
 坂井悠二はいつもより早くに御崎高校にいた。
 
 自分の席に座り、何も見ていない。
 
 
 あの後、何が起きたのか覚えていない。
 
 あの少女が"徒"を倒し、自身も深手を負い、助からないと、そう言った少女を抱きしめ、最後まで側にいようと思っていたはずだ。
 
 だが、記憶はそこで途切れている。
 
 目覚めたら自室のベッドの上だった。
 
 朝食の時に、母・千草はあの少女の事を口にはしなかった。
 
 自分も訊かなかった。
 『そんな少女は知らない』と言われるのが怖くて、訊けなかった。
 
 "徒"もトーチも、消えてしまえばそこに存在した痕跡さえも消えてしまう。
 
 母があの少女を知らないと言えば、少女が消えてしまったという事になる。
 
 頭ではわかっている。
 ヘカテーは助からないと言った。
 そして目覚めたらいなかった。
 答えは出ている。
 
 だが、それでも千草の答えが怖かった。
 
 だから訊かなかった。
 訊きたくなかった。
 
 
 最後の時、少女は助からないと言っておきながら、自分を喰わなかった。
 
 これからも人を喰うのか?
 そう訊いた自分の問いに対し、『貴方次第』と言っていた少女の、
 あれが応えだったのだろう。
 
 人は喰らわない。
 そして、トーチ・その残りかすであるはずの自分も同様に扱ったという事だ。
 
 色々あったようで、少女と出会ってから三日と経っていない。
 
 
 この三日の出来事全てが夢の中の出来事のように感じられる。
 
 だが、この三日の事は今も確かな現実として、目の前にある。
 
 残りかすの証たる胸の灯りがそれを証明していた。
 自分が人ではない事の証。
 だが、これを今日最初に確認した悠二が感じたのは『安堵』。
 
『あの少女は確かにここにいた』
 
 そう確信させてくれるものだと思えた。
 
 
 これから、どう生きていこう。
 
 自分はもう人ではない。
 だが、ただ消滅を待つだけのトーチでもない。
 
 唯一、答えをくれそうな少女も、もういない。
 
 生徒達が登校してきて、朝のホームルームが始まる。
 物思いに耽ける悠二は、周りの様子に気を払わない。
 
 いつもなら朝に声くらい掛ける彼の友人達が今日に限って話し掛けてこなかった事にも気付かなかった。
 
 当然、その友人達。
 池速人、田中栄太、佐藤啓作の三人がこっちをみながらひそひそ話をしていた事も知らない。
 
 ホームルームの最中、教室のドアが開く。
 
 軽い足音と共に、一人の人物が入ってくる。
 そのまま、教師を無視して教卓の前に立つ。
 
「おっ、おい。君は?
 その制服はうちの生徒か?見ない顔だが」
 
 
 戸惑ったような教師の声に、ようやく悠二が目を向ける。
 
 そこに、
 
 
「今日からこのクラスを受け持つ事になりました。
 近衛史菜です。
 よろしくお願いします」 
 水色の髪の少女を見つけた。
 
 
 
 
「きっ、君!いきなり何を言って、、そもそも君みたいな子供が‥‥‥」
 
 パァン!!
 
「私は子供ではありません」
 
 初対面で自分を子供扱いする無礼者をその手に持ったチョークの一撃で沈める自称新任教師・近衛史菜ことヘカテー。
 
「ちょっ!先生!?」
 前の席に座っていた女子・緒方真竹が騒ぎだす。
 
「やっぱりだ!!あの子、土曜にファミレスにいた坂井のかの‥‥」
 
 パァン!!
 
「私は"悠二"のものではありません」
 
 ヘカテーを指差し、喚き始めた所を高速のチョークの投擲によって田中栄太が沈められる。
 
 が、
 
「「「「「"悠二"!!?」」」」」」
 
 ヘカテーの、自身気付かぬ失言にクラス全体が異様な熱を持って騒ぎだす。
 
「本当に坂井の彼女なのか!?」
「ああ、この間ファミレスで一緒に飯食ってたのを俺と田中が見かけてな」
「佐藤に電話もらった時は信じられなかったけど、『悠二』、ね、なるほど。信じる」
「坂井君!あの娘と本当に付き合ってるんですか!?」
「一美?どうしたの?すごい食い付きっぷりだけど」
「あの娘、お人形さんみたいにかわいい〜!!!」
「坂井君って『あっち』系の人だったんだ」
「クラス受け持つとか言ってなかった?」
「教師‥‥なわけないよね? 制服だし」
 
 もはや、収拾不可能なほどに盛り上がった生徒達は騒ぎ続ける。
 
 額を白く染めて気絶している教師になど誰も気を払わない。
 
 
 そんな喧騒の中、
 騒ぎの根幹たる少年は、周りの事にまるで気付かないように、
 
 ただ水色の髪の少女を見て、
 
 
 一筋、涙を流した。
 
 
 
 少年の非日常は続いて行く
 傍らに一人の少女を伴って
 
 
(あとがき)
 まず、謝罪を。
 前の更新の時に次で整合性をつけるとか言ってたのに、つけてません。
 説明入れるとエピローグ的話なのに、きれいにまとまらなかったんです。
 これまとまってんのか?と言われると答えに窮しますが。
 説明は二部(の頭ら辺)で必ず入れます。ご了承を。
 一部終了を記念して?、二部から感想掲示板にて、書いて頂いた感想に返信する習慣をつけようと思います。
 何かこのSSを読んで、感じた事があれば、掲示板に書いて頂けると幸いに思います。
 一部まで読んで、見放さないでくれる方は、これからもよろしくお願いします。
 最後に一言。短か!!



[3934] 水色の星 二章『欲望の揺りかご』 一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:02
「‥‥で、あの時、一体何がどうなったんだ?」
 
 時は夜の十時過ぎ、所は御崎市坂井家、坂井悠二の部屋である。
 
 結局昼間は散々な騒動だった。
 いや、過去形にすべきではないか、
 この先しばらく大変だろう。
 
 
 突然現れた新任教師を名乗る小柄な少女。
 そして、その少女と恋仲であると判断された少年・坂井悠二。
 
 普通に田中や佐藤が『坂井は小さな女の子が好きで、付き合っている』、と皆に話すだけならば周囲から白い目で見られておしまいだろうが、
 その少女が、
『いきなり教師を名乗って現れ、チョークの一撃で運動神経抜群の田中栄太を仕留めたとても可愛らしい女の子』
 という、強烈なインパクトを持っていれば話は変わってくる。
 しかも、いきなり悠二をファーストネームで呼んだのだから、これほど話題性のある事など滅多にない。
 
 さらにはその坂井悠二がその少女を見つめ、涙を流した事を何人かが確認している。
 
 悠二が正気に帰った時にはもう遅かった。
 
 その日、坂井悠二はクラスメイト達の燃えた目をした全身全霊の冷やかしと追及を受ける羽目になったのである。
 中には何をどう解釈したのか感動して涙を流す者まで出る始末。
 
 いや、あながち勘違いでもないかもしれないが。
 
 ちなみにヘカテーは悠二の必死の説得もあり、教師ではなく、転校生として悠二のクラスに入った(当たり前だが)。
 
 
 今は、そんな疲れる一日を終え、夕食を食べ、二人とも風呂に入った後である。
 
「昨日貴方が気絶した後の話ですか?」
 千草に話を通しているのかいないのか、完全に居候と化しているヘカテーが言う。
「その事もだし、意識がある時も何がなんだかわからない部分あったからできれば全部説明して欲しいんだけど‥‥
 とりあえずどうやって助かったんだ?
 助からないみたいな事言ってたのに、」
 
「"このままでは"と言ったはずです。
 あの時、貴方と『器』を合わせた事で命を取り留めました」
 
「『器』を合わせる?」
 何の事だろうか
 
「私固有の能力です。
 他者と器を合わせる事で同調、あるいは一時的な融合状態となる力です」
 
(なるほど、『器』を合わせるってのはそういう事か、でもそれで何でヘカテーが助かる事に‥‥‥あっ!!)
 
「零時迷子か!」
 
「そう、貴方と器を合わせた状態で昨夜零時を迎えた事で零時迷子は私の存在の力も回復させた、という事です」
 
ようやく合点がいった。
 
 
(ん?。って事は)
 
「あの時の『貴方次第』ってのは‥」
「今後貴方が私と一緒にいるなら、人を喰らう必要がないという事です」
 
 建て前と本音の混じったような応えを返すヘカテー。
 
「まあ、それでヘカテーが助かった理由はわかったけど」
 
 食わない理由も無いのでは?と悠二は思ったが、気が変わられても困るので話題を変える悠二。
 
「あの後の記憶が無いんだけど、どうなったんだ?」
 いつ気を失ったかも覚えていない。
 
 ヘカテーはちびちび飲んでいたお茶を置き、長い説明に備える。
 
「まず、間違いを正します。
 あの時、確かに私も危険な状態にありましたが、一番危なかったのは貴方です。」
「?、僕が?」
 
 それほど危険な目にはあっていないはずだが、せいぜい鎖で投げられたり、ヘカテーに蹴り飛ばされたくらいだ。
 
「あの時に現れた鎧の事は覚えていますか?」
 
 覚えている。
 当たり前だ。
 "狩人"に殺されそうになっていたヘカテーを突然現れて助けた銀色の炎を纏った西洋鎧。
 目にしっかりと焼き付いている。
 
「あれは、一般に"銀"と呼ばれているもの、あまり知られてはいませんが、自然の天災に近いものです。
 人間が強い感情を発するとそれを感知し、その周囲にいる人間の存在の力を使って"顕現"します。
 そして、強い感情を発した人間の願望を代行体としてかわりに行う。
 この一連の現象を『鏡像転移』といいます」
 
 理解していますか?という顔でヘカテーがこっちを見てくる。
 
 何やら前に比べて表情がわかりやすくなっている。
 
 自分が慣れたのかヘカテーが変わったのか‥‥
 両方か。
 
「大丈夫だよ、ちゃんとついてきてるから。
 もしかして、『その感情を発した人間』ってのが‥‥」
「悠二です」
 
「危険な状態だったってのは‥‥」
 
「あの"銀"は貴方の存在の力で顕現していましたから。
 以前『確認』の際に私と『器』を合わせた時に少し力が貴方に足されていたとはいえ、もともとの力がそれほどありませんでしたから。
 十数秒の"銀"の顕現でもう消えかけでした。
 零時までもったのは行幸といえます。

 
 さらっと凄い事を言ってくれる。
 "狩人"だけでなく自分もあの"銀"の犠牲者になる所だったらしい。
 そういえばあの"銀"が現れている間、力が抜けて這いつくばっていた気がする。
 
「あの後、記憶がないのは?」 
 
 最初の質問に戻す。
 
「私と『器』を合わせた状態で零時迷子が力を回復させた時に私に同調していた悠二にも相当量の存在の力が注がれています。
 消えかけからいきなり"紅世の王"並みの力を注がれた反動でしょう。
 零時になるのとほぼ同時に気絶しました。」
 
「‥‥‥‥え?」
 
 "紅世の王"並みの力を注ぎ込まれた?
 
「けっ、けど僕は前と何も変わってないじゃないか!?」
 
 あまりの事につい大声をあげてしまう。
 
 悠二の言いたい事を察したヘカテーが返す。
 
「それは貴方が力を統御できていないからです。
 燃料のいっぱいあるタイヤの無い車です」
 
 ‥‥‥何か馬鹿にされてる気がする。
 
 というより絶対に馬鹿にしている。
 
 そのヘカテーは話は終わったと判断したのか。
 布団を床に敷いている。
 この部屋で寝るつもりらしい。
 
 仕方ないので自分はまた父の書斎で‥‥
 
 そこまで考えて気付く。
 この部屋で寝るなら床に布団など敷かなくてもベッドがあるのだ。
 
「ヘカテー?何で布団なんか敷いてるんだ」
 
 ベッドがあるのに
 
「寝るからですが?」
 
 不思議そうな顔で訪いてくる。
 
 だが悠二の返事を待たずに、
 
「貴方も早く布団に入りなさい。
 明日から朝夜に鍛練をつけます。
 今日は早く眠りなさい」
 
 と、のたまう。
 
「何でいきなり鍛練なんて事になるんだよ!?」
 
 わけがわからない。
 
「それが貴方の願望だからです。」
 
 さらにわけがわからない事を言いだす。
 
 そこでふとさっきの説明を思い出す。
 
 "銀"は願望の代行体。
 
 つまり、あの時ヘカテーの前に立ちはだかり守るあの鎧の姿が自分の願望だという事になる。
 
 なんとなくヘカテーの言わんとしている事がわかった気がする。
 
 だが、それを確認して恥ずかしい思いをするのもごめんだ。
 
 というか、すでにかなり恥ずかしい。
 
 ヘカテーはすでに布団(ベッド)に潜り込んで向こうを向いている。
 
 あっちも恥ずかしいんだろうか。
 
 などと無さそうな事を考えてみる。
 
「もう寝ますよ、電気を消して下さい。」
 
 どうやらこの床に敷いた布団は自分の分らしい。
 
 今逆らうのは少々旗色が悪い。
 おとなしく従って、電気を消して布団に潜り込む。
 明日から大変そうだな。
 
 そう思いながら坂井悠二は意識を手放そうと‥‥
 
「そう、言い忘れていました。」
 
 した悠二にヘカテーがベッドから声を掛ける。
 
「さっき話した"銀"の事。
 他言しないようにして下さい。
 もし、他言したら‥‥」 
「他言したら?」
 
「‥‥‥さらいます」
 
 少し考えてから、そう脅してくるヘカテーが妙に可愛かった。
 
 
 
(あとがき)
 蛇足全開ですね。
 まさに説明のためだけの一話です。
 そしてご都合主義が見え隠れする自滅話と言えます。
 この話から、感想掲示板の方に返信を始めようと思います。
 どうぞよろしく。
 あと、指摘して頂いた誤字を修正しました。
 ありがとうございます。



[3934] 水色の星 二章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:03
 朝の坂井家。
 
 いつもならまだ母・千草しか起きていない早朝。
 
 庭に二つの影がある。
 
 一つはジャージを着こみ、身の丈を超える長い木の枝を手にする水色の少女、ヘカテー。
 
 もう一つは、今も横っ面に一撃もらって見事に倒れている少年、坂井悠二。
 
「もう一度いきます、構えなさい。」
 
 その悠二に問答無用の声がかかる。
 
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!初日からこんなハードにする事‥‥うわ!」
 
 抗弁の途中での一撃を危うく躱す悠二。
 
「だから待ってくれって!いきなりこんなの全部躱せっていうのか!?」
 
 ちなみに二人は今、昨夜ヘカテーが提案した鍛練の真っ最中である。
 
 その鍛練初日の内容は、ただひたすらヘカテーの攻撃を躱す事。
 
 結果は言うまでもないだろう、そういった事情で今悠二はサンドバッグと化している。
 
「貴方の感知能力は私より上です。
 攻撃の気配は感じ取っているはず、それに貴方の身体能力でも余裕を持って躱せる速度しか出していません。
 躱せないのは貴方が怯えて固まっているからです。」
 
 ヘカテーは容赦なく悠二に"事実"を突き付ける。
 
「言い方を変えれば、恐れなければ躱せるという事です。
 『攻撃される』という事に慣れて下さい」
 
「本当に僕で躱せる攻撃か?」
 暗にもっとソフトにしてくれと縋る悠二。
 
「さっきからも、全部躱せていないというわけではありません。
 それに、『あなたはやれば出来る子なのよ』」
 
 最後のセリフは棒読みである。
 明らかに不自然だ。
 
 悠二が怪訝な表情でヘカテーを見ると、どこから取り出したのか『正しい子供の育て方』と書かれた本の表紙をこちらに向けている。
 
 この少女の自分に対する認識が接するごとにわからなくなるのは何故だろう。
 そんな事を考えながら、悠二は、千草が二人を呼びに来るまで色んな意味で叩き上げられ続けた。
 
 
 
「どう?悠ちゃん見込みある?」
 鍛練を終えた朝食の席で千草がヘカテーに訊ねる。
 
 ちなみに千草は昨日の時点でヘカテーの転校について知っていた。
 
 というより、ヘカテーに転入の手続き方法を教えたのが千草である。
 
 以前フェコルーが学校に潜入した際の話を聞いていたヘカテーは、当然の様に教師として『入学』するつもりだったのだが、書類の上では当然、生徒で転入生だ。
 
 ヘカテーは悠二の説得でしぶしぶ生徒で妥協したが、まだ諦めていない気がしている悠二である。
 
 千草は昨日の朝、息子を驚かせようと思って少女の事を訊かれたら、はぐらかそうとしていたのだが、予想に反して悠二は何も訊いて来なかった。
 
 その時に悠二がヘカテーの事を訊いていれば、無駄に感傷に浸る事も学校であんな目に合う事もなかったのだが。
 
「素質はあります。
 あとは気構え次第です」
 そんな千草は自分の息子を小さい少女が鍛えるという不可思議な事を軽く了承している。
 
 そもそも居候の事も千草から推奨し、ヘカテーがすかさず食い付いた形らしい。
 今さら放り出すつもりも無いが、そんな大事な事を相談もしてくれないのはどうかとも思う。
 
「じゃあ、一ヶ月くらい鍛えたら、少しはたくましくなるかしら?」
 
 そんな朝食の席で悠二は会話に取り残されている。
 というより、ヘカテーの行動を見て何か考えている。
 
 箸の上にわざわざ食パンを乗せてかじっている。
 
 これは一度何とかする必要があるなと思う悠二である。
「理想としては確かに一ヶ月で形にはしたいです。」
 
 そこで二人揃ってこっちを見てくる。
 
「‥‥‥最善を尽くします」
 そう応える悠二。
 断じて言わされたわけではない。
 
 
 
 朝の通学路、悠二とヘカテーは並んで歩く。
 
 悠二は昨日の騒動を思い出して早くも頭を悩ませている。
 
 結局、昨日は乱れ来る追及に『遠い親戚の娘なんだ』という応えを返しているが、真に受けている者は誰もいない。
 
 悠二としてはこうやってヘカテーと登下校を共にしていると同居している事がばれてしまいそうで避けたい所だが、
 この少女を一人で放置する方がはるかに不安が大きい。
 
 そんな悩める少年と呑気な少女を、
 
「おはよー!坂井君、近衛さん!」
 
 元気な声が呼び掛ける。
 
「‥‥‥平井さんか」
 
「朝から暗いねえ。
 まっ、昨日のアレの後じゃ無理もないか」
 
 平井と呼ばれた少女は同情しているような口調で言うが、顔は思いっきり笑っている。
 
「けど、昨日の今日で仲良く登校じゃ、誤解してくれって言ってるようなもんだよ?誤解ならね?」
 
「あのね!わかっててからかってるだろ!?」
 
「おはよう、近衛さん。
 私は平井ゆかり、坂井君の友達。昨日の騒ぎじゃ自己紹介どころじゃ無かったから、今改めてよろしく!」
 
 少女・平井ゆかりは哀れな少年の抗議を聞かず、傍らの小柄な少女に微笑んで話し掛ける。
 
「‥‥‥よろしくお願いします」
 
 突然現れた活発な少女に、目をぱちくりさせるヘカテー。
 
「やっぱり可愛いな〜。
 坂井君も隣の席になれて嬉しいでしょ?」
 
「何が"なれた"だよ。
 自分が隣の席にしたくせに」
「おっ!!『嬉しい』事は否定しないわけだ。
 良かったね、近衛さん」
 言いながらヘカテーの頭をなでる平井ゆかり嬢。
 
 ヘカテーは混乱しながらも何か言おうとするが、
 
「大丈夫!このままついてくような野暮な事しないから。
 んじゃ二人とも、また後でね!」
 
 みなまで言うなと言わんばかりにそう言うとさっさと駆けて行ってしまった。
 
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥あの方は?」
 
 しばしの沈黙(混乱)の後、ヘカテーが訊ねる。
 
「平井ゆかり。さっきも言ってたけど、友達だよ。
 昨日ヘカテーを僕の隣の席にした娘、覚えてない?」
 
 そう、平井ゆかりは気を取り戻した教師に対し、
 
「転校してきたばかりの近衛さんは、知り合いの隣の方がいいと思うんです!」
 
 と主張し、自分の席(悠二の隣)にヘカテーを座らせ、自分はヘカテーが座るはずだったその後ろの席に移動したのだ。
 
 一見親切に見えるが、それだけではない。
 
 悠二を冷やかし、さらに噂の二人を観察できる最高のポジションを確保する目的もあったのだ。
 
 とある事情により、平井ゆかりは、悠二にとって一番仲のいい異性である。
 
 当然、悠二は彼女の狙いにも気付いている。
 
 
「‥‥友達、ですか」
 
 何やらヘカテーの歯切れが悪い。
 ああいうタイプが苦手なんだろうか?
 
 というか、いつの間にかヘカテーがこっちを見ている。
 
 何か訊きたがっているような気もする。
 
「なっ、何?」
 
「‥‥何でもありません」
 
 そういう風にも見えないが、まあ、いいか。
 
「それにしても、珍しいものが見れたなあ」
 
 さっきのやりとりを思い出す。
 
「?、何がです?」
 
 不思議そうにヘカテーが訊いてくる。
 
 それを見て、少し笑って応える。
 
「目を白黒させて動揺するヘカテー」
 
 
 調子に乗った少年の眉間に、白いチョークが叩きつけられた。
 
 
 香港の海辺の街から、二つにして三つの影が飛び立つ。
 それらは小さな島国を目指す。
 
 
(あとがき)
 平井ゆかりはアニメ版をイメージして下さい。
 出番少なかったからオリジナル要素が強くなってしまうのが地雷じゃないかと警戒してます。
 そして、セリフとセリフの間に解説?入って読みにくい部分がありますね。
 すいません。実力不足です。



[3934] 水色の星 二章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:04
 御崎高校。
 
 そろそろいい感じに小腹が空いてくる今は四時間目。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 いつもと同じ授業風景。
 だが、今授業をしている英語教師は違和感を感じている。
 
 昨日、転校してきたばかりの少女の視線に。
 
 昨日は何故かクラス全体の様子がおかしかったから気付かなかったが、
 
 なぜかテーブルクロスのかかった机の上、教科書もノートも開いている。
 しかし、ノートはとっていない。
 そして、"熱心"に黒板や自分を見ている。
 
 最初は真面目に受けているのにノートはとらない少女を変だと思っていたが、今はその矛盾がわかる。
 
 この少女は授業を熱心に"観察"してはいるが、真面目に受けているわけではない。
 
 言うなれば、動物園のパンダを観察する類の熱心さで自分を見ているのである。
 
 じぃぃぃぃぃ
 
「こっ、近衛?授業熱心なのはいいが、ノートもちゃんととろうな?」
 
 なぜか弱腰になってしまう。
 
「黒板の内容は覚えています。
 写す必要はありません。
 それよりも‥‥」
 
「なっ、何だ?」
 
 不思議なプレッシャーを感じる。
 覚えていようがいまいが、ノートをとれと言う事も忘れ、訊き返してしまう。
 
「お疲れではありませんか?」
 
「え?」
 
 いきなり何を言い出すのか。
 
「何か、精神的に疲弊していると見受けられます。
 保健室に行くと良いでしょう」
 
 精神的に疲弊しているのはこの少女のせいなのだが‥‥
 それよりも、心配してくれているのだろうか?
 
「まっ、まあ授業があるから、そういうわけにもなあ」
 
 人に心配されるのは久しぶりだ。
 素直に嬉しくなってしまう。
 
「その心配はありません。
 この授業の続きは私が引き受けます。」
 
「はっ?」
 
 何やら表情は読みとれないが、プレッシャーが増した気がする。
 
 しかし、どういう事か訊こうとした所で‥‥
 
「ヘカ‥‥近衛さん!
 ダメだって言っただろ?」
「今回は気絶させていませんし、保健室に行く教員の代理を勤めるだけです」
「へりくつこねるなよ!
 我慢してくれ、帰りに何かおごるから!」
「いいじゃない、坂井君。
 一時間目の近衛さんの授業楽しかったし。」
「良いわけないだろ。
 先生、保健室に行くって決まったわけでも無いんだから」
「では、白玉をお願いします」
「あっ!私も白玉好き!
 ついてって良い?」
「‥‥自腹ならね」
 
 彼女の隣の坂井悠二、そして、彼女の後ろの席の平井ゆかりが小声のつもりで声をかけ始める。
 
「あっ、先生。
 近衛さんの言った事は気にしないで授業を続けて下さい」
 
 坂井悠二がこちらに気付き、そう言ってくる。
 
 言われなくてもそうする。
 というか、気にしたら負けな気がする。
 
 
 そう考えて、実は今日一番被害の少なかった英語教師は授業を再開した。
 
 
 
 昼休み。
 昨日からインパクトのある事しかしていない近衛史菜と、そのオプション・坂井悠二。
 そして平井ゆかりの三人は机をくっつけて昼食をとっている。
 
「大分お疲れみたいだね。
 坂井君?」
 
 ちなみに平井はいつもなら机をくっつけて一緒に食べているわけではないが、今日はいつも一緒に昼食をとる吉田一美が欠席している事と、この近衛史菜を大いに気に入ったという事情から同席している。
 
 悠二に至っては語る必要も無い。
 
 朝からずっとまるっきり保護者である。
 
「そう思うなら少しはフォローしてよ。
 煽るような事しかしないんだもんな」
「だって、一時間目の"近衛先生の授業"良かったし、楽しくない?」
「‥‥そういう問題じゃないだろ‥‥」
 
 話題の中心たる近衛史菜ことヘカテーはなぜ悠二が疲れているかわからずに首を傾げている。
 
 そこへ、
 
「よう、両手に花だな坂井。」
「昼一緒にいいか?」
 
 購買でパンを買ってきた佐藤啓作と田中栄太の二人が近くの机を寄せながらやってくる。
 
 ちなみに悠二の親友(当人達はその言葉を使った事はない)池速人の姿はここにはない。
 
 それに関してはこんな事情がある。
 
 
 入学早々、平井ゆかりは池速人に恋をした。
 
 平井ゆかり、池速人への想いを成就させるべく池の親友・坂井悠二に相談を持ちかける(彼女の親友の吉田一美はまるで頼りにならなかった)。
 
 坂井悠二、全面的な協力を約束。
 
 平井、坂井連合による池速人攻略作戦を開始。
 
 一ヶ月近くに渡る悠二プロデュースによるアプローチを重ね、直情型の平井ゆかり告白。
 
 結果、その翌日、やけ酒(未成年)にひたった平井ゆかりとそれに付き合った坂井悠二、二人揃ってダウン。
 
 
 それが、わずか一週間前の事である。
 
 平井の方はもう吹っ切っている(強い)が、池の方はいまだ気にしてしまっているらしい、微妙に平井(とよくいる悠二)と距離をとっている。
 
 それが池がこの場にいず、悠二と平井が親友している(こちらは両者、その言葉を使っている)理由なのである。
 
 
「花は花でも持つ方というより水やる方みたいだけどな、『悠二』?」
 
 腹立つ顔しながら『美』をつけてもいい少年・佐藤啓作がそういってくる。
 
 昨日からこの『悠二』ネタで散々からかっているのにまだ飽きないらしい。
 
「入学してまだ一ヶ月だぞ?
 坂井、お前の女ったらしっぷりには失望したぞ」
 
 こちらはわりと本気そうに大柄な少年・田中栄太が言ってくる。
 
「何言ってんの!田中君だってすぐそこに春が迫ってるかもよ?」
「何!?、まさか平井ちゃん、俺の事が‥‥」
「違います」
 
 軽く"事実"混ぜながら田中をはげまし、それに対する"冗談"の返事を即座に切って捨てる平井。
 
 例え冗談でも肯定すれば、今も向こうでこっちを見ているスポーツ少女が不安になるからだ。
 
 平井はそこでふと気付いて、近衛史菜に目を向ける。
 
 この少女も悠二との事で不安になっているかと気に掛かったからだ。
 
 しかし、そこでもっと重要な事に気付く。
 
「あっ!!」
 
「どうした?平井ちゃん」
「いっ、いや何でもないよ!
 それより田中君と佐藤君も帰り、白玉食べに行く?」
「いや、今日は俺達用事があるから」
「そっか!なら仕方ないね!」
 
(三人だけの方が話しやすいかもだしね。
 あぁぁぁ!帰りが楽しみ!!)
 
 
 不思議そうに悠二達が見ている事にも気付かずに平井ゆかりは内心で喝采を叫んでいた。
 
 
 
(あとがき)
 次が帰り道と夜の鍛練ですかね。
 短いのは切りがいいから、というより正直に進まなかったからです。
 更新速度と一話の長さ、どちらを優先させるべきでしょうね。



[3934] 水色の星 二章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:04
 午後の授業でもヘカテーが教師から授業の権利を奪おうとし、それを坂井悠二が防ぐという事態を経て、今は放課後、帰り道。
 
 先刻の約束通り、白玉を食べに御崎市中心街を並んで歩く坂井悠二とヘカテー。
 
 そして、
 
「フフ〜ン♪フン、フ〜ン♪」
 
 鼻歌を歌いながらその少し前方を歩く平井ゆかり。
 時々、踊るように回っている。
 
 何が楽しいのか知らないが今日の昼食の途中からずっとこの調子である。
 
 この平井ゆかりがここまで上機嫌な時に自分がロクな目に遭わないと経験で知っている坂井悠二は心中穏やかではない。
 
 だがそれより、
 
(このままだとヘカテーが居候してる事ばれるんじゃないか?)
 
 平井ゆかりの住むマンションは坂井家の付近にある。
 それだけでそうそう簡単にばれるとも思えないが、この平井ゆかりは勘が良い。
 油断はできない。
 
 今まで不用意なヘカテーの発言をカバーしてきたのが全てパーになる。
 
 
「いらっしゃいませー」
 
 店員に出迎えられて甘味処に入り、席に着く三人。
 
 ヘカテーは当然のように‥‥ではなく、少し平井に目を向けてから悠二の隣に座る。
 
 その仕草に悠二は気付かず、平井はさらにこの近衛史菜の可愛いらしさに悶える。
 
「‥‥で?何でそんなに機嫌いいの?
 いい加減気になって仕方ないんだけど」
 
 今まではぐらかされてきた事を訊く悠二。
 
「まあまあ、ここはゆっくり白玉を堪能しようよ。
 ね、近衛さん?」
 
 またもはぐらかし、さらにヘカテーに話を振る平井。
 
「そうですね。せっかくの"悠二の"おごりです。
 味わわねば損というもの。」
 
 "悠二の"を強調して多分本人は気付いていないであろう僅かなトゲを含んで言うヘカテー。
 
 そして、そんなヘカテーが可愛くて仕方ない平井。
 
「うんうん、せっかくの『悠二』のおごりだしね!
 でも食べすぎないようにしないと千草さんの晩御飯食べられなくなっちゃうからほどほどにね!」
 
「っ!!げほっ!ごほっ!!なっ、なななな!!?」 
「"ななな"じゃわからないよ?坂井君?」
 
 面白そうに笑いながらそうのたまう。
 
「おばさまと知り合いなのですか?」
 
 動揺する悠二を無視して平井に訊くヘカテー。
 
「前に二回会った事あるくらいだけどね。近衛さんほどは仲良しじゃないかな?」
 
 ヘカテーの頭を撫でながらそう返す平井。
 
 
 間違いない。ばれている。
 でも何故?昨日も今日もヘカテーに付きっきりだったからヘカテーが話したわけではない事はわかる。
 
 当然、自分も話してなどいない。
 
 そんな悠二の混乱を察して平井が話し始める。
 
「わからない?」
 
 わからない。さっぱりだ。
 
 そんな悠二と、別な意味でわかっていないヘカテーが揃ってコクコクと頷く。
 
 それを見て、さらに笑みを深めながら平井は答を示す。
 
「お弁当よ。お・べ・ん・と・う!」
 
「あっ!!」
 
 そう、悠二とヘカテーの弁当は箱こそ違うが、中身は同じ千草弁当である。
 
 平井は昼食時に目ざとくこれに気付いたのだ。
 
「‥‥‥‥‥」
「?????」
 
 ちなみに沈黙が悠二、混乱がヘカテーである。
 
「どういった経緯なのか聞かせてもらえるかな?坂井悠二君?」
 
 
 結局、紅世の事以外の全てを白状させられる悠二であった。
 
 
 
「そう、平井さんにばれちゃったの」
 
 あれから結局、口止め料として白玉をおごらされた後、平井ゆかりと別れ、今はいつもの夕食である。
 
 わりと重大な問題なのだが、ばれた事に関しての千草の反応は薄い。
 
「そう、って広まったらまずいだろ」
 
 母の呑気さに、やや呆れながらそう返す悠二。
 
「別にいいじゃない。
 ヘカテーちゃんも構わないわよね?」
「はい」
 
 あだ名としてヘカテーと呼ぶ事になった少女に問う千草。
 そして、それにあっさり同意するヘカテー。
 
 この二人に同意を求めた自分が馬鹿だったと思う悠二に、
 
「大丈夫です。ゆかりが同棲の事は話さないと言ってくれました。
 心配は無用です」
 
 悠二が自分と一緒に住んでいる事をあまり知られたくないという事を朧気に理解し始めたヘカテーがそう声をかける。
 
 あの後、甘味処で平井がヘカテーに何か耳打ちしてからヘカテーは平井と妙に仲が良い。
 
 不思議だ。
 
 というか、
 
「‥‥"同棲"はやめてくれ‥‥」
 
 
 千草はやはりあらあらと笑うだけである。
 
 
 
 坂井悠二の部屋、夕食も終わり、風呂も済んだこの場で、悠二とヘカテーは傍から見ると、ただ手を握りあって座っているように見える。
 
 
「わかりましたね?
 では、今の感覚で今度は貴方が存在の力を繰ってみて下さい。
 いざとなったら私が制御しますから」
 
「わかった。やってみる」
 そう、一見ただ座っているように見えるこれは"夜の鍛練"である。
 
 本来ならば、他者が力を使う流れを感じ、自分がその力を使うイメージを作る。
 そして、試し、慣れ、自分の技術とする。
 この過程を経なければ元人間の悠二が存在の力を繰ったり自在法を使う事はできない。
 
 だが、この鍛練はヘカテーと悠二が『器』を合わせた状態でヘカテーが力を使う事により、『自分が力を使う感覚』を最初から感得する事ができる。
 後は実際に自分だけで試し、慣れるだけというわけだ。
 
 今やっているのは存在の力を繰る事による身体能力の強化である。
 
「‥‥‥‥‥」
 たった今感じた『自分が力を使う感覚』をそのままトレースしようと集中する悠二。
 
 その力の繰りを感じとるヘカテー。
 
「‥‥‥ふう、どうかな?」
 
 初めて扱う異能の力に不安と興奮を混ぜながら手をつないだ少女に訊く悠二。
 
「初めてにしては上出来です。
 "これ"自体は存在の力を消費しませんから、今の感覚を日常的に繰り返して慣れて下さい。
 筋肉を動かすのと同じくらい自然に繰れる様になるのが理想です。
 今のを見る限り、扱い損ねて力が暴走する事も無いでしょう」
 
 ヘカテーに予想外に見込まれたらしい事に調子づいた悠二は少し前から気に掛かっていた事を訊いてみる。
 
「あの"狩人"の使ってた宝具って残ってないのか?
 この指輪以外に」
 
 その方が手っ取り早く強くなれそうだ。
 
 
 ちなみにあの時、"銀"に斬り落とされたフリアグネの左腕の指にはまっていた『アズュール』は、あれ以来、悠二の首に紐に通して掛けてある。
 
「"狩人"はあの長衣に宝具のほとんどを収納していた様ですね。
 手元に残った宝具はその指輪と『玻璃壇』のみです」
 
 ヘカテーの応えに肩を落としかけた悠二はふと思い出す。
 
「あのレイピア?はどうなんだ?
 あの時、取り落としてただろ?」
 
「コレは宝具ではありません。」
 
 宝具じゃない?
 しかし、あの時、優勢だったヘカテーの錫杖を弾き飛ばして、貫いたのはあの細剣だったはずだが‥‥
 
 ってコレ!?
 
 見るとヘカテーの手にあの細剣が現れている。
 
「宝具じゃない?」
 
 繰り返し訊く悠二。
 
「ええ、これは‥‥」
 
 そこまで言って"柄元にあるスイッチ"を押すヘカテー。
 
 ギュィィィィィィィン
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 高速回転する刀身を見ながら悠二は一応確認する。
 
「これは?」
 
「おじさまが一時期大量に造っていた。
 "我学"‥‥ではなくて、"浪漫の結晶"ドリルです」
 
「ドリル?」
「ドリル」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 変な事で地道に強くなる覚悟を決める坂井悠二を、高らかな機械音が祝福していた。
 
 
(あとがき)
 フリアグネ編の謎部分をようやく回収です。
 誰も気にしてなかった気もしますが。
 悠二には宝具に『さほど』頼らない人を目指してもらいます。
 悠二は原作では千草弁当作ってもらってなかったと思いますが、このSSでは作られています。



[3934] 水色の星 二章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 14:41
 今日も今日とて朝の鍛練。
 
 早朝から坂井悠二とヘカテーが狭い坂井家の庭で動き回っている。
 
「っ!痛っ!」
 
 昨夜の鍛練で"存在の力"を繰る感覚だけは一応掴んだ悠二であるが、
 
「うわっ!ちょっ、ちょっとタンマ!」
 
 聞いての通り、あまり昨日の朝と変化がない。
 
「何でだ?」
 
「存在の力自体はいびつですが繰れています。
 ただ悠二はまだ『自分から』力を発する感覚しか感得できていません。
 『他者の』繰る存在の力を感じとって躱すのが朝の鍛練の課題です。」
 
 要するに防御がザルだという事らしい。
 
 しかも、こっちの方は『器』を合わせて感覚をつかむ事ができないらしい。
 
 考えてみれば当たり前だ。
 そもそも本来わからない相手の攻撃を躱す事が鍛練の主眼なのだから、感覚共有したら意味がない。
 
 それに、手をつなぎながら体術訓練などできるわけもない。
 
 まあ、とどのつまりは、 
「ぐえぇ!!」
 
 自分はしばらくこの痛みと付き合わなければならないという事だ。
 
 
 
 御崎高校の三時間目、今日はヘカテーにとって初めての体育である。
 
 なのだが‥‥
 
「はあっ、はあっ、はあっ」
「何で、いきなり、マラソン、なんだよ」
「今日は、サッカーの、予定じゃ、なかったか?」
 
 
 ただの退屈な無制限持久走だ。
 
 最近職員の間で広まっている、『授業を乗っ取る転校生』の話を耳にした体育教師によるその転校生への嫌がらせである。
 
 しかし、
 
「はあっ、はあっ、痛っ!!」
 
「ペースが遅れています。
 単純な走行なのですから繰るのは難しくないはずです。」
 
「繰るって?」
 
「筋運動の話です」
 
「遅れてるって、一番前走ってるだろ!?」
 
「志が低すぎです」
 
「痛いって!!」
 
「坂井君、学習したら?」
 
 
 標的たる転校生が堪えていない。
 
 というよりむしろ楽しそうなのは気のせいだろうか。
 一人だけ妙な格好もしている。
 
 そんな苛立ちを覚える体育教師の目に、疲れてしゃがみ込む女生徒がうつる。
 
 授業中の坂井悠二。
 
 存在の力を雑にだが繰れるようになった悠二は今、クラスの先頭を走っている。
 
 朝の鍛練ではわからなかったが今ようやく新たな力を身につけた事を実感し、その事自体には喜びもしている。
 
 が、
 
 そのすぐ後ろにいる二人がその喜びに水を差している。
 
 一人はクラスの先頭を走っているにも関わらず、ペースが僅かでも遅れれば、容赦なくその手に持った竹刀を振るう、一人学校指定でないジャージを着たヘカテー、首に笛をかけている。
 コーチのつもりのようだ。実にわかりにくい。
 
 そして、もう一人。
 ヘカテーが悠々とついて来ているのは当たり前だが、そのヘカテーの隣をこちらも悠々と走って、ヘカテーをあおる平井ゆかり。
 
 実にハイスペックな少女である。
 
 ちなみに田中と佐藤と緒方はその一周遅れ、池はさらに一周遅れである。
 
 田中は運動神経自体は高いのだが、こんな無制限マラソンでやる気など出るわけがない。
 
「ほらほらっ、ペース緩めると、近衛コーチの竹刀がとぶよ!」
 
「ほんっと、体育と英語だけは完璧だよな。平井さん」
 
「だけ、とは失礼な!
 他のだって坂井君よりマシなんだけど?」
 
「‥‥返す言葉もな痛っ!」
 
「勉強の鍛練もつけましょうか?」
 
「いいよ、そんなの」
 
「近衛さん、シー!『同棲』の事がばれちゃうよ!」
 
「っ!平井さん!?」
 
「「大丈夫です。誰にも聞かれていません」」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 最終的にははもっている。
 この二人が組むとあらゆる意味でかなわない。
 
 このマラソンも鍛練の一環としてヘカテーコーチに走らされているのだが、何故授業そのものがこんな内容になったのかがわからない。
 
 いい迷惑だ。朝の鍛練だけで十分疲れているといるというのに。
 
 無意味な愚痴を内心呟く悠二の耳に、
 
「吉田!何を休んでいる!」
 
 その迷惑な教師の声が届く。
 
 
 見れば、平井ゆかりの親友・吉田一美が息を切らしてしゃがみ込んでいる。
 
「お前がサボっとるから皆足を止めとるだろーが!!」
 
 確かに皆足を止めて見ているが、それはどちらかというと理不尽に喚き散らす中年に注目しての事だ。
 
 少し目に余るものがある。
 
 何とかしようとヘカテーとアイコンタクトして、向かおうとする悠二とヘカテーを、
 
「二人共、今近づかない方がいいよ。
 そろそろ危ないから」
 
 平井ゆかりの声が制止する。
 
(どういう事だ?)
 
 この平井ゆかりが教師を恐がって親友を見捨てるなんて事は考えられな‥‥
 
 ドガアァ!!!
 
「ちょっと休ませろっつってんだろーが!!?
 触んじゃねーよこのジジイ!!!」
 
 体育教師が宙に舞い、見事に背中から着地する。
 
 豪快な蹴りとセリフの発信源は、先ほどまで息を切らしていたはずの吉田一美。
 
 クラス中、平井ゆかりとヘカテーを除く全ての人間が唖然として、その光景を眺める。
 
「一美ってたまーに、キレたりするとああなるんだよね。予感的中」
 
 悠二とヘカテーの後ろから平井ゆかりが説明してくる。
 
「あっ!先生。大丈夫ですか?」
 
 言って、体育教師に駆け寄る吉田一美嬢。
 
「よっ、吉田、貴様教師を足蹴にしよったな!?」
 
 げしっ!!
 
 今度は踏み付けられた。
 何やらこのままだと何か不味い気がする。
 
「先生!危ないですよ?
 トラックの中に突然入ってきたら!」
 
 悠二が踏まれてさらに怒りに顔を染める教師に言う。
 
 その言葉の意味を察した友人達、そしてクラス全員がそれに続く。
 
「だよねー、マラソンの最中だもんね!」
「先生もちゃんと気をつけないと危ないですよ!?」
「とっさには避けられないよなー!」
「あはは!先生カワイソ!」
「交通事故みたいなもんだよな!」
 
 この『交通事故』を肯定する騒ぎが起こる。
 
「先生?」
 
 もはや怒りと混乱で言葉も無い体育教師に吉田が声をかける。
 
 笑顔だ。いつも通りの花の様な笑顔だ。
 だが、そこからにじみ出るプレッシャーが、怖い。
 ひたすら怖い。
 
「これからは気をつけて下さいね?」
 
 吉田の言葉にコクコクと頷く。
 
「先生は保健室に行って下さい。私が付き添いますから」
 
「いっ、いや!一人で行けるから大丈夫だ!
 この授業の残りはもう自習とす‥‥」
「いいえ、残りは私が引き継ぎます」
 
「もうっ!それでいいから!!」
 
 半ば泣きながら体育教師は保健室の方に走り去って行った。
 
 
「さて、」
 
 ここからは、
 
「授業を続けます」
 
 どさくさに紛れて授業を奪い取ったヘカテーコーチの授業である。
 
 
 
 夜の坂井家、
 
 結局、当初予定していたサッカーを始めた体育(ヘカテーは参加していたから教師役の意味が無かった)も終了し。
 
 『吉田一美を怒らせるな』という認識をクラス皆に植え付ける一日も終わり、後は寝るだけである(今日の夜の鍛練も昨日と同じ)。
 
「ゴールデンウィークに出かけますよ?」
 
 パジャマ姿のヘカテーが声をかけてくる。
 
 そう、今週末からゴールデンウィークだ。
 
「ああ、いいんじゃない?
 平井さんと何か約束でもしたのか?」
 
 軽い気持ちで了承する悠二。
 
「違います。見つけたいものがあるので、悠二と一緒に探しに行きます」
 
「って僕もか!?『出かけますよ』って確定なのか?」
 
 こくりと頷く。
 
(いや、もういいけど、たまには気を遣って欲しい)
 
 悠二の心中の切ない願いにヘカテーは当然気付かない。
 
「‥‥で?どこに行くって?」
 
 どうせ予定もない。
 
「『天道宮』です」
 
 
 
 香港から飛び立った二つにして三つの影。
 
 それは、海上に現れた巨大な影によって別れた。
 
 
(あとがき)
 本作品の吉田一美嬢は、アニメ版特別編のブラック吉田を参考にしています。
 参考資料が少なくて厳しいかも。
 無理あるとは思いますが、原作のよりブラックの方が好きなのです。
 
 ブーイング覚悟の荒技に出てしまいました。
 
 感想くれる方々、いつもありがとうございます。
 モチベーションが湧き出てきます。



[3934] 水色の星 二章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 11:05
「それでは、おばさま。
 行ってきます」
 
「本当に二人だけで大丈夫?」
 
「私がついています。
 心配はいりません。」
 
「そう。気をつけてね。
 悠ちゃん。いざとなったらヘカテーちゃんを守ってあげるのよ」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「"はい"は?」
 
「‥‥はい」
 
 
 今日からゴールデンウィーク。
 
 前からの口約通り、悠二とヘカテーは出掛ける事となっている。
 
 『探し』に行く事が目的である以上。当然日帰りではない。
 
 見つかるまで探すつもりらしい。
 
 ゴールデンウィーク中に見つけられるかどうかはかなり疑問だが。
 
 
 千草には、『ゴールデンウィーク中にヘカテーが実家に帰る事になり、それに悠二を連れて行く』という事になっている。
 
 行き先すら告げていないのだから普通は怪しむ所だが、千草は、
 
「悠ちゃん。ヘカテーちゃんのご両親にいい印象もたれなきゃダメよ」
 
 これである。
 
 突っ込みたい部分は大分あるがこのまま何も気にしないでもらったままの方が断然都合がいい。
 
「「行ってきます」」
 
 こう言って、出発してしまうのが一番だ。
 
 
 
「それで、その『天道宮』はどこにあるんだ?」
 
 『天道宮』、ヘカテーの属する仮装舞踏会(バル・マスケ)の本拠、星黎殿(せいれいでん)と対をなす移動要塞。
 
 球形中空の異界、『秘匿の聖室(クリュプタ)』に包まれている事でまず察知できない作りになっているらしい。
 
 しかし、説明を受けたのはここまでだ。
 
 『そんなものどうやって見つけるのか?』とか、
 
 『察知できないのにどこに向かうのか?』とか、
 
 『そもそも何でそんなもの探すのか?』などの部分の説明は一切受けていない。
 
「以前、『天道宮』の探索に執着していた"琉眼"という名の仮装舞踏会の捜索猟兵(イエーガー)の消息が途絶えた場所に行きます。
 彼と最後に連絡を取った際に、ベルペオルが彼の周囲に破壊の自在法を使用したとの事です。
 
 もし、彼が天道宮に侵入できていたとすれば、天道宮が墜ちている可能性はあります。」
 
 ずいぶんと頼りない心当たりである。
 
「そんな手掛かりだけでわざわざ探しに行くのか?」
 
 正直、気が乗らない。
 
 いや、もう新幹線の中だから乗るも乗らないもないのだが。
 
「誰のために行くと思っているのですか。
 それに、もし本当に天道宮が墜ちていたとすれば、陸地ならとっくに見つかっているはずです。
 探すのは海中のみに絞り、それでダメなら当面は諦めます」
 
 海中を探すらしい。余計やる気が失せそうになったが先ほどの説明に気になる言葉があった。
 
「もしかして、僕のために探しに行ってるのか?」
 
 またこの少女に振り回されていると思っていた自分を少し恥じる。
 
「『それ』もあります。
 前にも言った通り、私の属する仮装舞踏会にとって、貴方の中の『零時迷子』は重要な宝具。
 いずれ貴方から取り出した時、貴方の存在を保つための代用品が必要になります」
 
 つい、忘れかけていた脅威を思い出させられ、若干青ざめる悠二だが、どうやらヘカテーは『零時迷子』を取り出す事になっても自分を消すつもりはないらしい。
 
 その程度の事だが、何故か消滅の脅威にわずかに勝ってしまう自分が少し可笑しい。
 
 にやけた悠二に不思議そうな顔をしつつヘカテーは続ける。
 
「探しているのは正確には『天道宮』ではなく、その中にあるはずの『宝具』です。
 いざという時、その『宝具』を零時迷子の代わりにするために手に入れておきたいのです」
 
 なるほど、この旅の目的はわかった。
 
 見つからなければ、自分の存在すら危ういという事と、そのためにヘカテーなりに、消えずに済む方法を考えてくれたというわけだ。
 
 見つからなければかなり危険だというのに、妙に嬉しい。
 
 やる気が出てきた。
 
 
「だったら、絶対に見つけないとな」
 
 この小さな少女のためにも‥‥
 
 その時の少年は、自身気付いていなかったが、とても優しい表情をしていた。
 
 
「ところで、その宝具ってどんなのなんだ?」
 
「‥‥‥‥‥」
「ヘカテー?」
 
「っ!?ぎっ銀の水盤『カイナ』です。
 存在の力の消費を抑えるものです。応用すれば零時迷子ほどとはいかなくても代用品くらいにはなるはずです!」
 
 何故か動揺している。
 ヘカテーにしては実に珍しい早口だし、声も大きい。
「?、どうかし‥‥」
「何でもありません!!」
 
 何やら様子がおかしい。 まあ、珍しいヘカテーが見られたので良しとしよう。
 
 
 鈍い少年とウブな少女を乗せた新幹線は目的の街に到着する。
 
 海沿いの小さな街に。
 
 
 
 海上にて巨大な影に襲われた三人の"紅世の徒"。 
 うち、一人"王"が引き受ける形で体を張り、残り二人の"紅世の徒"は先を急いだ。
 
 そしてたどり着く。
 
 海沿いの小さな街に。
 
 
 
(あとがき)
 苦しい。説明が苦しい。
 もはや言い訳のレベルですね。
 
 書いてて悲しくなりました。
 展開失敗したかも。
 激しい自己嫌悪に伴い、短めです。
 
 モチベーションを立て直してきます。



[3934] 水色の星 二章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 14:42
 『誓いは果たした』
 
 『俺の彼女への愛のために』
 
 足場が崩れる、宮殿が墜ち、海に沈む。
 
 冷たい海水が流れ込んでくる。
 
 嵐の中のように柱が、瓦礫が家具が、海流に巻かれて海中を飛びかう。
 
 もう、瞼を開ける事さえ出来ない。このまま、消えていく。
 
 だが、誓いは果たした。
 思わぬ"ご褒美"までついてきた。
 
『満足、だな』
 
 体から火の粉が溢れだし、人の形を保てなくなっていく。
 
 皮を、肉を失い、白骨と化した男の、海流に振り回され、最後に止まった場所。
 "それ"を背に感じ、
 
『ちっ、死に場所だけは最悪だな』
 
 意識の途切れる間際、男の脳裏をよぎったのはそんな思い。
 
 
 数年前の話である。
 
 
 
 
 街外れの小山の中、木の枝が風を切る音と、時折、少年の奇声が聞こえる。
 
 この街についてから三日目の朝である。
 
 あれからこの街のホテルに泊まり(当然の様に同室)、朝と夜の鍛練以外はヘカテーの自在法で身を守りながらの海底探索の生活を送っている。
 
 今は、その朝の鍛練の時間である。
 
「ふっ!!!」
 
 ヘカテーの繰り出す右からの一撃を躱す。
 
 が、
 
「ぐえ!!」
 
 ヘカテーの持つ長い木の枝の柄部分の一撃に捕まる。
 
「単発の攻撃なら何とか躱せる様になってきましたが、連撃になるとまるでダメですね。
 実戦で敵が親切に一発ずつ攻撃してくれるわけではありません。
 ちゃんと連撃にも対応出来る様になって下さい。」
 
 わかりきった事をわざわざ付け足してヘカテーが言ってくる。
 
 前より少しはマシになってきたとはいえ、小柄な少女になす術なくやられ続けるというのは少年の矜持を結構傷つける。
 
「朝の鍛練は夜ほどの伸びはありませんね。
 どうやら貴方は自在師の方に適性があるようです。」
 
 黙ってしまった悠二にヘカテーがさらに語る。
 
「自在師って?それに、夜も朝も大して何も変わってない気がするんだけど」
 
 ヘカテーはその言い方に何か感じたが、とりあえずとして質問に応える。
 
「自在師というのは自在法に長けた者の事です。
 貴方はそちらの方が得意な様です」
 
「ふぅん‥‥。体術よりは少しはマシなのか‥‥」
 
 気の無い返事だ。
 ここでヘカテーは先ほどの違和感の正体に気付く。
 
 どうやらこの少年は拗ねているらしい。
 
 言動の端々にふてくされた態度がにじみ出ている。
 
 拗ねている理由に見当がついているからか余裕を持って観察できる。
 
 かわいい所もあるものだ。
 
 "仕方なく"悠二にフォローを入れる事にする。
 
「本当に自分が成長していないと思いますか?」
 
 その言葉に怪訝な顔を向けてくる悠二。
 
 どうやら本気で気付いていないらしい。
 
「朝の鍛練の成果は証明しづらいですが、夜の方なら具体的な成長を見せられますよ?」
 
 少し楽しげに言うヘカテーに悠二は内心少し腹を立てる。
 
 自分はそんな虚しくなりそうなものなどあまり見たくない。
 
「どうやって見せるんだよ。夜は、『器』を合わせて力を繰ってるだけじゃないか」
 
 あれだけで自在師の適性とか言われても正直騙されてる気分だ。
 
「存在の力を"自在に"、器用に操れる事自体が自在師に向いているという事なのです。
 見ていて下さい」
 
 言ってヘカテーは一本の大木の前に木の枝を持って構える。
 
 いつもの朝の鍛練の時と変わらない。
 存在の力の流れでそれくらいの事はわかる。
 
 ヘカテーが大木に一撃、たたき込む。
 
 バキィィィ!!
 
「今ので成長具合が少しはわかりましたか?」
 
 楽しそうにヘカテーが言ってくる。
 
「‥‥‥‥はい‥‥」
 
 いつもの朝の鍛練で自分が振るわれている一撃。
 
 唖然とする悠二の目の前で、その一撃を受けた大木が、
 
 その幹を大きくえぐられていた。
 
 
 
「お兄様、もうしばらくお待ちくださいね。
 シュドナイが追い付き次第、また贄殿遮那(にえとののしゃな)を探しに行かれて構いませんから」
 
 香港にて『万条の仕手』の襲撃を受け、それを護衛の"千変"シュドナイの力で退けた"愛染の兄妹"は今、日本に渡り来ていた。
 
 そこには"千変"の姿は無い。
 三人は、香港から日本への海上で、ある"徒"の襲撃を受けた。
 
 そして、その徒の相手を常の様に、護衛のシュドナイが勤めている間に"愛染の兄妹"は先に日本に渡ったためだ。
 
 "愛染の兄妹"が、護衛を置いて先に日本に来た理由は、香港で『万条の仕手』と遭遇した時ほどの窮地だった‥‥わけではない。
 単純に、兄妹の兄、"愛染自"ソラトが飛べないため、長時間海上に留まる事を嫌ったためだ(危険でもある)。
 
「うん、ティリエルが、我慢しなくちゃ、ダメだって、言ってたから、でも僕、お腹減っ、た」
 
 ソラトは通常"徒"が使う『達意の言』をまともに繰る事ができないため、その言葉は非常に聞き取りづらい。
 
「シュドナイが来るまで、この私が身を以てお兄様をお守りしますから」
 
 そう、今まで幾度となくしてきた宣誓をし、彼女独自の自在法・『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』を拡大させる。
 山吹色の枯葉を舞わす、特殊な防御陣が周囲に展開される。
 
 その防御陣の中、動きを止めた人間の中に混じる残りかす・『トーチ』へと向けて、ティリエルはその手に僅か灯した山吹色の火線で描かれた自在式を打ち込む。
 
「さあ、お兄様。あれ以外を存分に御上がり下さいな。」
「うん!いただきまーす!!」 
 
 妹の許可を得た兄が子供の様にはしゃぎ、周囲の人間を喰らっていく。
 
「ふふっ、お兄様ったら」
 そんな兄を嬉しそうに眺める"愛染他"ティリエル。
 
 彼女達は気付いていない。
 自分達に近い所に、かつてあしらわれた"紅世の王"が来ている事に。
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 悠二は今、海底、沿岸部に来ている。
 
 ヘカテーの自在法は水圧などの影響を緩和させるといった程度のもので、あまり長時間いると息苦しくなるし、濡れもする。
 
 何も聞いて来ていなかったので水着などの気の利いた物は無い。
 
 着衣で潜っているため服が重い、そして寒い。
 
 まだ五月である。
 
 今までは自在式の力かと思っていたが、これも身体能力を強化できている証拠なのだろうか。
 
 よく考えたら、結構滅茶苦茶な事をしている。
 
 普通なら軽く溺れ死に、漂流している所だ。
 
 だが、そんな無謀な海底探索も報われたのかも知れない。
 
 ヘカテーに確認をとるまでも無い。実にわかりやすい。
 『アレ』が『天道宮』だ。
 
 喜び勇んで、ヘカテーに報告するために(息継ぎをするために)海上に上がり、さっきまでそこでヘカテーが休憩していた場所を見る。
 
 いない、が、置き手紙らしき物の上に石を置いてある。
 
『何か暖かい物を買ってきます。』
 
 気を遣ってくれてるのか気まぐれなのかわからない。
 
 リアクションに困る。
 
「はあ、仕方ないか。」
 
 一人で探して来よう。
 
 今までもヘカテーに比べるとかなり海中移動が遅く。役立たず感があったのだし。
 
 どうせなら、中にあるはずの『カイナ』という水盤も見つけてしまおう。
 
 そして再び海底に潜る。
 もはや崩れて瓦礫の山と化した宮殿の、空洞のある所から中に入っていく。
 
 その奥、上も下も無いほど崩れているが、闘争のパノラマを天井(多分)に描かれた大伽藍。
 
 その隅に、僅かに存在の力を感じる。
 
 『カイナ』という宝具の気配か、とあてをつけて、その気配の上の瓦礫を押し退ける(これもすでに人間業ではない)。
 
「っっ!!?」
 
 そして、一目見て、一瞬で自分の軽率さを激しく後悔する。
 
 根元の瓦礫ごと崩れてきたのであろう銀色の水盤。
 
 おそらくこれが『カイナ』だろう。それはいい。
 
 だがその水盤の上に倒れているボロ布を纏った白骨。
 
 こんな近くに来るまで気付かない程に小さな存在の力しか持っていない、だが、確かに、
 
 "紅世の徒"だ。
 
 
 
(あとがき)
 最近、自分の首を絞めかねない展開ばかり書いてる気がしますね。
 かといって軌道修正効かない所まで来つつあるのでこの感じで行こうと思います。
 こんなのでよければ今後もよろしくお願いします。



[3934] 水色の星 二章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 14:43
(これだけ近くにいて、全く気配を感じなかった)
 
 山吹色の枯葉と炎の舞う、封絶のような自在法の防御陣の中。
 
 他の"人間"達が動きを止めている中。
 
 この防御陣を張った"徒"達以外に一人、水色の髪の小柄な少女が動いている。
 
(攻撃をしてくる気配は無い。
 こちらが狙われているわけでは無い様ですね)
 
 その手には、たった今清算したばかりの二人分の肉まんとコーヒー、紅茶(どちらもホット)。
 
 海底探索の途中で、自分と悠二の分の買い出しに来ていたのだが、どうにも面倒そうなのに巻き込まれたらしい。
 
(『中』に取り込んだにも関わらず、こちらに気付いた様子は無い)
 
 こっちの『タルタロス』の気配遮断を見抜いて、狙ってきたというわけではない様だ。
 
 単なる存在の力の乱獲に巻き込まれただけだろう。 
 自分一人なら、他の徒の乱獲に口を出す事などないが、今はあの少年がいる。
 
 この事を彼が知ったら、初めて自分の正体を明かした時のあの表情を浮かべるのだろう。
 
 自分が通りすがりにそんな目にあわされる道理は無い。
 
 それに、あの徒、あまりに無遠慮に喰らいすぎる。
 
 トーチすら残していない。
 あれだけ雑に喰らうのだから、彼らはこのまま街を去るつもりなのだろうが、まだこの街に留まる自分達には『討ち手』を呼び寄せるような真似をされるのは迷惑だ。
 
 まだ、『天道宮』は見つかっていない。
 
 
 そっと、右手につけた『タルタロス』を外す。
 
 
 "頂の座"ヘカテーはまだ知らない。
 連れの少年がすでに天道宮を見つけだしている事を。
 
 そして、仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女、ヘカテーはもう忘れていた。
 かつて"訓令"の際に自分を襲い、あしらわれた目の前の徒達を。
 
 
 
(‥‥どうしようか)
 
 あの後、悠二は真っ先に海上に上がった。
 
 いきなりの"紅世の徒"の登場に逃げ出した、という理由もあるにはあるが、どちらかというと酸素不足が原因である。
 
 そして、そんな自分に対して何の行動も起こさなかった事で確信した。
 
 この徒は、意識がない(見た目が白骨だから非常に判別しづらいが)。
 
 少なくとも、身動きをとる事すら出来ない。
 冷静に感じ取ると、本当に微々たる力しか持っていない。
 
 人間どころか、そこらのトーチ程の力も無い。
 この『カイナ』によって消滅を免れているだけなのは明白だ。
 
 今の自分に何か出来るとはとても思えない(今朝の鍛練の事を思い出し、内心強がってみる)。
 
 という分析のもと、再び白骨、そして『カイナ』の前に潜ってきている。
 
 この白骨は紅世の徒、人を喰らう存在。
 そして、今の自分なら‥‥いや、普通の人間でも簡単にこの白骨を砕けるだろう。
 
 だが、悠二は有無を言わさず徒を殺せるほど、徒の事を知らない。
 
 何より、知っている二人の"紅世の徒"。
 その片方、今や誰より近しい少女は、とても殺す様な相手では無い。
 
 だが、人を喰らう存在であるという事に変わりは無い。
 自分と一緒にいるヘカテーはそもそも例外なのだ。
 
(これしかないよなぁ)
 
 葛藤の果てに悠二が選んだのは、
 少女との相談。
 
 すなわち、
 
(ふっ!!、くうぅぅ!)
 
 白骨を『カイナ』ごと陸地まで運ぶ事である。
 
(重い!重い!重い!!)
 
 呑気に重たがっているが、陸地でもし人に見られた時。
 白骨を海から引き上げる自分がどんな目で見られるか気付かない辺りが抜けている。
 
 クラスの二人の親友から『微妙に要領が良い(部分的に要領が悪い)』と評される所以であろう。
 
 
 
「なっ!?この気配は!?」
 
 "愛染他"ティリエルは動揺していた。
 
 気配など無かった。
 自分の『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』は完璧な気配隠蔽だ。
 気配察知も使わずに気付かれるはずがない。
 脱出不可能な檻でもある。
 
 そう誇ると同時に自惚れもせず、辺りの気配には気を配っていたはず、
 
 それなのに、こんな小さな『揺りかごの園』の内に入る程の至近にこんな大きな気配の徒、いや、"王"がいる事に気付かなかったとは。
 
 そんな動揺、最愛の兄を危険にさらした自らへの憤り、それらの感情はしかし、
 
 すぐに別の感情へと変わる。
 
 コンビニの中から現れた水色の光を纏う姿によって。
 
 
 かつてあしらわれた屈辱。
 最愛の兄に自分以外で名を呼ばれた存在への嫉妬。
 
 それらへと変わる。
 ほとんど反射的、本能的に『揺りかごの園』を拡大する。
 
 彼女が今まで仕掛けた"燐子"『ピニオン』全てを取り込む大きさ、街全体を覆う程の巨大な大きさまで。
 
 
 『揺りかごの園』は包み込む。
 
 全ての『ピニオン』を、
 
 沿岸にいる少年と白骨を。
 
 
「封絶!?」
 
(気配はまるで感じなかったのに、いきなり取り込まれた!?)
 
 沿岸で白骨を人目につかない様にする事に必死になっていた悠二はその一点のみは助かったが、ひどく動揺していた。
 
 理由はいくつかある。
 
 この封絶が通常の物とは明らかに違う。
 枯葉が舞い、霧のような光で封絶内が霞んでいる。
 気配もどこか掴みづらい。
 色もヘカテーのそれとは違い、山吹色だ。
 
 そして、何より、この気配の数。
 
 大きな気配は二つ、ヘカテーの気配も含めれば三つだが、それ以外にも、徒だと断定はできないが、小さな気配が"数十"にも及ぶ数、ある。
 
 こんな数に今まで気付かなかった時点で驚愕である。
 
 
 ただでさえ、消えかけの徒を前にしているというのに、ヘカテーの方も徒、しかも二人と対峙している様だ。
 
(徒同士だし、戦いとは限らないよな)
 
 とりあえず、楽観的に(現実逃避気味に)そう考える事にした。
 
 
 
「お久しぶりですわね。
 引きこもりのお姫様?」
 
 金髪の徒達の少女の方が隠そうともしない敵意を向けて話し掛けてくる。
 
 その挑発自体には特に何も感じないが、内容に気にかかる点がある。
 
「‥‥お久しぶりですね」
 
 いまいち心当たりが無いが、多分この返答が正解だろう。
 
「貴女の様な方でも下界に下りる事があるのですわね。
 これでも少々驚いていますのよ?」
 
「‥‥そうですね」
 
 どうやら星黎殿で会った事があるらしい。
 
「以前は、貴女に不覚をとりましたが、私達の本来の力は人間の群れにあってこそのもの。
 あのくらいで私達の力を知ったと思わない方がよろしくってよ?」
 
「‥‥そうですね」
 
 脅しが利くならそれで追い払おうかと思ったが、どうやらすでに戦う気満々の様だ。
 
 まあ、この封絶のようなものを拡げた時点でそうだろうとは思ったが。
 
 というか、この徒達は以前自分に不覚を取ったのか、心当たりが‥‥‥ありすぎる。
 
「‥‥‥ところで、星のお姫様?」
 
「はい」
 
「私達の事を覚えていらっしゃいますよね?」
 
「ハイ。モチロン」
 
 片言の喋り方だが元々起伏の薄い喋りなのでそうそうは見破れない。
 
「では、我々の名を答えていただきましょうか」
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 
 ティリエルの周囲から、無数の蔦が地を裂いて現れ、ヘカテーに襲いかかる。
 
 
 戦いが、始まった。
 
 
 
(あとがき)
 何かヘカテーちょっと不自然だったかも。
 ヘカテーと"愛染"の出会いは、短編小説『ボールルーム』からの設定です。



[3934] 水色の星 二章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 14:44
 街の方にあるヘカテーの側の気配、
 それが唐突に大きく、攻撃的になった。
 
 というより、気配など読めなくてもわかる。
 建物が崩れ、薙ぎ倒される轟音がこの沿岸にまで響いてくる。
 
 戦いが始まったのだ。
 
 戦う事になった経緯はわからないが、この二つの大きな(ヘカテーに比べるとかなり小さいが)気配は明らかにヘカテーに向けて攻撃を仕掛けている。
 ヘカテーも『タルタロス』を解いている。
 
(どっ、どうすればいいんだ!?)
 
 白骨の徒の側で、ヘカテーと徒達の様子をうかがっていた悠二は、生涯二度目の窮地にひどく動揺していた。
 
 見つかる見込みの薄かった自身の消滅を免れるための『宝具』を見つけたと思ったら、消えかけの徒を発見し、さらにはその事をヘカテーに相談する間もなく、別の徒、しかもこの数がヘカテーと交戦を始めたのだ。
 
 このタイミングの悪さを激しく呪った。
 
 しかし、そこで気付く。
 
 ヘカテーと、その側の二人の徒以外の気配が動いていない。
 動く気配も無い。
 
 徒や、燐子ではないのかも知れない。
 
 宝具や自在式だというなら、自分でもどうにか出来るかも知れない。
 
 今朝ヘカテーに悟らされた今の自分の力を思い出し、そこまで考えて‥‥すぐに不安要素も浮かぶ。
 
 もし、徒や燐子だとしたら役に立たないどころか犬死にだ。
 この気配の掴みづらい空間の中で、違うという確信も持てない。
 
 直接ヘカテーの許へ助けに向かうのは論外だ。
 フリアグネの時の様に、足手まといになりかねない。
 
 それらの理屈の全てを理解した上で強く思う。
 
 何もしないのは嫌だと。
 
 そして、ふと考える。
 
 この白骨の様な徒。
 消えかけで海底でただ消滅だけ免れていた徒。
 
 自分では確実にはヘカテーの助けにはなれない。
 
 だが、この徒なら?
 
 悠二は徒をどんな場合においても敵だとは思っていない。
 
 当然、危険もある。
 だが、今はヘカテーを助ける事の方が重要だ(悠二はフリアグネとヘカテーしか徒を知らないため、ヘカテーをそんな大層な徒だとは思っていない)。
 
 
 悠二は白骨に手を添える。
 存在の力を注ぐために。
 
 
 
 眼前に、大木ほどもある蔦が襲いかかってくる。
 
 その蔦の横薙ぎの一撃をヘカテーはバックステップで躱す。
 
 そして、躱した先のビルがえぐられ、そのまま崩れ落ちる。
 
 先ほどからこの規模の攻撃を間断無く仕掛けてくる。
 
 下手に防御する事もできない。
 
 体勢を崩して捕まりでもしたらただでは済まない。
 
 攻撃を躱しながらヘカテーは冷静に分析する。
 
(おかしい)
 
 今、自分を蔦で襲っている金髪の少女。
 そして、その少女に甘える様に縋りついている少女に瓜二つの金髪の少年。
 
 そのいずれからも、いや、二人合わせたとしてもこんな滅茶苦茶な規模の攻撃を延々続ける事など出来はしないだろう。
 
 だが、さっきから勢いが落ちるどころか増している。
 
(何か、ネタがありそうですね)
 
 気配からしてこの金髪の少女。
 存在の力を高効率で扱える自在師なのだろう。
 
 この攻撃も何か仕掛けがあるという事。
 
 この手の相手は、時間を掛ければ掛けるだけこちらが消耗させられる。
 
 金髪の少年の方の能力も未知数だ。
 
 加減無しの一撃で早目に勝負をつける。
 
 また一つ、蔦の一撃を避け、大きく上に飛び上がったヘカテーの周囲の水色の光点が、一気に光量を増す。
 
 
(力を注いでも、ヘカテーの助けにならなきゃ意味が無い)
 
 少しの力では意味が無い。
 逆に、少しの力でも自分が殺されてしまう可能性は高いだろう。
 
(ならいっそ、多くの力を注ぐ方が正解だ)
 
 そう結論づけた悠二は自らの半分近く、並の"王"にも及ぶ程の存在の力を添えた手から注ぎ込む。
 
 くたびれた白骨の、存在感が増してくる。
 
 変貌が始まった。
 
 白骨を肉が、皮が覆い、その銀髪が長く伸びる。
 
 ボロは、胴と腰に銀の胸甲と草摺りの装着された青い中世風の衣装となり、頭には冠を模した兜。
 肩から襷の様にかけられた剣帯に、凝った意匠のサーベルが吊られている。
 最後に、左肩から身体半分を覆うマント。
 細身長身の精悍な容貌の青年へと変わる。
 
 
 変貌を遂げた徒。
 その目が、静かに開く。
 
 
 
(‥‥‥明るい‥‥)
 
 目が、景色が見える。
 
(どこだ?ここは)
 
 夢だったのか、あの少女が自分を倒し、手を握り、別れた。
 
 自分は誓いを果たし、海底に沈んで消えたはず。
 
 そこでふと真横で自分を緊張、いや恐怖か、の眼差しで見ているガキがいる。
 
(トーチか‥‥)
 
 まあ、人間だろうと大差無いが。
 
 というか、『あれ』が夢だったとしてもこの状況は何だろうか。
 
 よく見なくても、ここは『天道宮』ですら無い。
 
 少女もメイドも『奴』もいない。
 
 しかも、この妙な山吹色の結界は何だ。
 
 わけがわからん。
 
「おい、子供」
 
 こいつに聞くか。
 
「なっ、何だ」
 
 一丁前にため口か、まあ、どうでもいい。
 
「ここは何処で、お前は誰で、『これ』は何だ?」
 
「ここは天道宮が沈んでた海岸で、僕は坂井悠二だ。
 『これ』が何なのかはわからない。封絶に似てるけど」
 
 天道宮が沈んでいた?
 なるほど、夢では無かったらしい。
 こいつの名前が知りたかったわけでは無かったのだが。
 それより何故自分が生きているのか。
 
「あんたは、天道宮の中で、その『カイナ』の力で消えずに生きていられたんだ。
 『カイナ』の事は知ってるんだろ?」
 
 訊きたい事を訊いてもいないのに答えてきた。
 
 気の利く奴だ。
 
 少年にわずか好感を持つのも束の間。
 指差された自分の座っている場所を見て、『カイナ』の言葉を理解した瞬間、激しい不快感が沸き上がる。
 
 バッッ!!
 
 すぐさま『そこ』から飛び退き、
 
 ボッ!!
 
 その全身を七色の虹の炎が包み込む。
 
「なっ!?『清めの炎』?何で突然!?」
 
「最悪の気分だからだ。」
 
「はっ?」
 
「これ以上ないほどに不快だからだ。
 この上、口に出させるようなら刻むぞ」
 
「‥‥訊きません」
 
 ちなみに、『清めの炎』というのは、体のあらゆる汚れを清める自在法である。
 
 
「それで?何でお前は俺に力を分けた?」
 
 向こうで暴れてる連中なわけも無いだろう。
 
「あっちで仲間が戦ってる。
 あんたの力が借りたい」 
(『仲間』‥‥ねえ)
 
 トーチ、いや、力の大きさからしてミステスだろうが、随分不似合いなセリフである。
 
 まあ、『かわいそうだったから』などと言ってくるよりは信憑性はあるが。
 
「仲間とは言うが、あそこにいる奴ら全員"紅世の徒"だぞ?
 わかってるのか?」
 
 わかってるとは思うが確認したくなるような信じがたい話だ。
 
「わかってるよ。
 でも、ヘカテーは人を喰わない。それに‥‥守りたい」
 
 なるほど、中の宝具は知らないが頭の中身は大層な変り者だ。
 
「どっちだ?」
 
「他のよりも大きい方」
 
(他のって言っても二人しかいないだろ)
 
 とは思ったが、別の事を口にする。
 
「守りたいのは結構だがな。
 どうやら必要はないらしい」
 
 そう言って、復活した紅世の王"虹の翼"メリヒムの指差す先で、
 
 
 水色の大爆発が巻き起こった。
 
 
 
(あとがき)
 メリヒムは原作でも喋った数がレギュラーより少ないので難しいです。
 不自然じゃないですかね?



[3934] 水色の星 二章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/10/11 14:44
(これで、終わりですね)
 
 ヘカテーはたった今、自分の自在法『星(アステル)』の一撃で焦土と化した一帯を見やる。
 
 まだ煙で何も見えない。
 
 何らかの仕掛けを警戒していたのだが、どうやら何事も無‥‥‥
 
「っ!!!」
 
 街全体から急激な勢いで存在の力が、たった今『星』を撃ち込んだ辺りに集中していく。
 
 そして、煙が晴れた時には、傷一つ負っていない金髪の兄妹の姿がそこにあった。
 
 
 
「なっ!これは!?」
 
「驚いたな。この結界の特性か?」
 
 沿岸にいた悠二とメリヒムも今の爆発で勝負はついたと思ったが、爆発の後に街全体から急激に力が集中し、まだ徒二人の気配が残っている事に驚いていた。
 
「助けが必要かも知れんな。
 さっきのがどんな仕掛けなのかもわからないが」
 
 "虹の翼"メリヒムは、軽い口調で傍らの悠二にそう言う。
 
「たっ、助けてくれるのか!?」
 
 少年・坂井悠二が笑顔を輝かせて訊く。
 
 が、
 
「いや?お前に助けに行ったらどうかと薦めてみただけだ。
 俺が動く理由は無い」
 
 そう言って、近くの岩を背もたれにしてくつろぎだす。
 
「そっ、そんな!存在の力を分けて、助けただろ!?」
 
「お前の都合で、お前のために、な。」
 
「うっ‥‥‥」
 
「頼んだ覚えも無い。
 そもそも俺はもう目的を遂げた。
 無理に蘇る必要などなかったしな」
 
 言って青年は目を瞑る。
 
 どうにも助けは期待できそうに無い。
 
 確かに、恩着せがましいのかも知れないし、余計なお世話だったのかも知れないが、
 初対面の(勝手に想像した)イメージから、ここまで無遠慮に突っぱねられるとは思わなかった。
 
(いや、よく考えたら僕を喰ったり、中の宝具を取ろうとしないだけマシなのかも知れないけど)
 
 いずれにしても当てが外れた。
 
「‥‥わかったよ、僕一人で行く。
 このやたらとある気配が宝具なら何とかなるかも知れないし‥‥」
 
 それでも捨てゼリフに不満はこもる。
 
「‥‥やたらとある気配?」
 
 無視されるかと思ったが、怪訝な声が返ってきた。
 
 見れば、さっき閉じた目も開いている。
 
「さっき向こうの徒二人に力を送ってた小さい気配の事だよ。
 あんたも感じてただろ?」
 
「‥‥‥お前、思った以上に変わってるな。
 こんな妙な結界の中で普通はそんな事わからんぞ」
 
 どうやら自分だけしかこの小さな気配の方は掴めていないらしい。
 
(って事は)
 
 向こうもこの小さな気配を『隠している』可能性が高いという事だ。
 
 何故隠す?
 
 簡単だ。
 
 見つけられたら困る。
 
 つまり見つかったら簡単に潰されるという事だ。
 
 希望が見えてきた。
 
 自分でも何とかできるかも知れない。
 
 そう意気込む悠二に、メリヒムが訊く。
 
「お前、まともに力を統御できてないみたいだが、何で助けに行く?
 足手まといになるかも知れんぞ」
 
 気にしている事をズバリ訊いてくる。
 
「彼女は前に僕を助けてくれた。
 それに、短い間だけどずっと一緒にいたんだ。
 何もせずにいるのは‥‥嫌だ」
 
 今、悠二が『自覚できる範囲』での完全な『本音』である。
 
「"彼女"?、お前の仲間というのは女か?」
 
「?、そうだけど」
 
 それが一体何だと言うのだろうか。
 
 そのまましばらく黙っていた"虹の翼"は口を開く。
 
「それはお前の愛する女か?」
 
 ‥‥いきなり何を訊いてくるのだろうか、この徒は。
 
 
 
「あら、もう終わりですの?
 仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女様も大した事はありませんのね」
 
 ヘカテーに対して、嫌味を言いながらもティリエルは内心では冷や汗を流していた。
 
 全てのピニオンを起動させて、街の人間達から存在の力を一気に集めて何とか再生と防御が間に合った。
 それくらいギリギリだった。
 
 とんでもない威力だ。
 
 とてもそう何度も受けてなどいられない。
 
 
 それに対して、ヘカテーの方も動揺していた。
 
 手加減したつもりはない。
 
 やはり、目の前の二人からは今の『星』を防げる程の存在の力は感じない。
 
 だが、現に傷一つ無くそこに立っている。
 
 さっき、街から力が集中してくるのを感じた。
 
 飛び上がった事で見える。
 
 あの二人の後方に位置する所に、先ほどから自分を攻撃していた蔦を根元から生やした巨大な花がある。
 
 自分の勘では、あれが力を集めている仕掛けの鍵。
 
 そしてこの徒達の弱点だ。
 
「名を訊ねておきましょう」
 
 会話して隙を作る。
 
「まあ、よろしくてよ。
 今度は忘れるより早く、貴女自身が消えてしまわれるのですから。
 名も知らずに逝くのは少し不憫ですものね」
 
 そう言いながらも、"愛染他"ティリエルはヘカテーの方を見ない。
 ただ自分の最愛の兄をとろけるような笑顔で抱きしめる。
 
「私は"愛染他"ティリエル。
 そしてこちらが私のお兄様、"愛染自"ソラト。
 今度は覚えられましたか?」
 
「お兄様‥‥という事は兄妹愛という事ですか」
 
 さっきからベタベタベタベタとした態度が気にはなっていたのだ。
 
「そのような呼び方の違いなど、どうでも良い事ですのよ?
 私がお兄様の望みを満たし、お兄様の喜びが私を満たす。
 二人の間の愛さえあれば他のどんな事もその意味をなさない」
 
 そして、ようやくヘカテーに目を向ける。
 
 自らの愛を誇る意思をその眼に宿して。
 
 ヘカテーは、その言葉を概ね、理解出来た。
 
 いや、理解したつもりになっていた。
 
 自分が『盟主』に対して抱いている崇拝、忠誠。
 それらと同じものだと判断した。
 
 判断して、しかし、何か引っ掛かるようなものを感じていた。
 
 自分が『盟主』に向ける崇拝、それと同質の視線を仮装舞踏会の徒から自分に向けられる事はいくらでもあった。
 
 だが、この"愛染他"が兄に向け、今自分に誇るものは、それらと違うもののような気がした。
 
 
 もっと、『今の自分』に、身近なもののような気がした。
 
 
「おわかりになられるかしら。
 それとも、貴女には少し話が高尚に過ぎましたか?」
 
 『わかっている』という言葉が口から出ない。
 
 自分が『わかっていない』ような気がしたからだ。
 
 頭で考えるのでは無く、感じるのだ。
 
 目の前の金髪の少女から受ける感覚を自分にあてはめて‥‥‥
 
 しかし、"愛染他"の言葉に、会話で相手に隙を作るはずが、自分が自らの心に目を向けてしまった『ヘカテーの隙』を、ティリエルの蔦が突く。
 
 蔦の直撃を受け、ヘカテーの体は、派手に横合いの民家を数軒貫いて、ようやく止まる。
 
(しまった‥‥)
 
 戦闘の最中に茫然自失に陥るなど自身信じられないほどの不覚。
 
 だが、それほどの力がさっきの"愛染他"の言葉にはあった。
 
 なぜかそう確信できた。
 だが、今の不意討ちは完璧だった。
 隙をつけるギリギリの時間まで練り込んだ存在の力を全力でたたき込まれた。
 
 端的に言うとかなり痛い。
 ちょっと涙目になりそうだ。
 
 だが、"愛染の兄妹"から距離をとれた。
 
 もう余裕も無い(痛い)。
 ヘカテーはかざしたトライゴンの先端から『星』を放つ。
 
 巨大な花に向かって。
 
 水色の爆炎が巨大な花を包みこむ。
 
(よし、これで‥‥)
 
 と思うヘカテーを、
 
 巨大花を失った空白から飛び出した山吹色の自在式が取り巻いた。
 
 
 
(あとがき)
 感想が百超えたりしてやる気出ますとも。
 あとちょっとで二章も終わりますね。
 頑張ります。



[3934] 水色の星 二章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 19:22
「それは、お前の愛する女か?」
 
 いきなり何を訊いてくるのだろうか、この徒は。
 
 愛?僕がヘカテーに愛?
 
 確かに、助けたいとも力になりたいとも思う。
 
 だが、その気持ちを『愛』か?
 などと問われても掴み所のない感覚に襲われる。
 
 そもそも自分はそういう感情を知らない(昔から男友達に「うそつけ!」と言われ続けてきた)。
 
 だが、ヘカテーに対して相当に強い感情を抱いているのは確かだ。
 
 だが、成り行き上、強い感情を持つなという方が無理な気もする。
 
 
「そういうのってはっきり『そうだ』ってわかるものじゃないだろ?」
 
 『愛』だと断言する事も、否定する事も出来ない。
 そういう気持ちがわからないのだから。
 
 これが今の自分に言えるせいぜいの反論(自己弁護)だ。
 
「ヘタレが。己の愛すらわからんのか」
 
 ‥‥‥返す言葉もありません。
 
 というか、何故こんな質問に答えさせられた挙げ句にヘタレ呼ばわりされねばならないのだろうか。
 
 この徒の真意がまるで読めない。
 
「何であんたにそんな事言われなきゃならないんだよ!?」
 
 その気持ちをそのまま言葉にする。
 
「『あんた』じゃない、"虹の翼"メリヒムだ。」
 
(‥‥人の話を訊けよ)
 
「愛すらわからんのに女を助けに行く、か。
 何故だ?」
 
 どうやらこのメリヒムというらしい徒は愛が最大の基準らしい。
 
「『愛』なんてよくわからないけど、それが助けない理由にはならない。
 何よりほっとけないだろ!?」
 
 もう行こう。
 無駄話している時間は無い。
 
「坂井悠二だったか?子供」
 
「まだ何かあるのか?」
 
 時間が惜しい。
 
「『これ』は貸しにしておくからな」
 
「へ?」
 
「行くぞ、坂井悠二」
 
 マントをたなびかせて、剣士が立ち上がる。
 
 
 
 
「うふふ、ご気分はいかがですか?」
 
 今ヘカテーは、巨大花の消滅と同時に発動した自在式に捕らえられ、ティリエルの蔦で十字架に磔にされたように捕まっている。
 
「あの花は『ピニオン』という"燐子"ですの、この『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』の中で、その周囲の存在の力を私達に供給してくれますの。
 今は、二、三十この『揺りかごの園』の中に仕掛けています。
 もっとも、人間やトーチに偽装してある上、偽装が解ければ罠としての自在式も起動する。
 壊したければどうぞいくらでも、出来るなら、の話ですが?」
 
(なるほど、そういう事ですか)
 
 磔にされながらヘカテーは納得する。
 
 この偽装とやら、確かに自分では見破れそうにない。
 『花』となった後は罠として起動するなら、偽装してある内にたたくしかない(その罠を起動させた結果がこの有様だ)。
 
 自分からべらべら秘密を話すのも納得だ。
 ばれた所で偽装が見破られなければ問題はないのだから。
 
 そして、見破れないという事は今の自分の姿が証明している。
 
(悠二なら、見破れるでしょうか)
 
 "狩人"との戦いで、自分がまるで感じなかった『鍵の糸』を見抜いたあの少年なら、この偽装を見破れるかも知れないと考える。
 だが、そこで思い出した少年の姿が、
 さっきの自分の葛藤に重なる。
 
 眼前の"愛染他"を自分に重ねた時に、その兄の位置に重なるのは‥‥
 
(‥‥悠‥‥二?)
 
 しかし、ティリエルの声が、そこまで考えたヘカテーの思考を『戦い』に引き戻す。
 
「そろそろ、終わりにしましょうか」
 
 
 
「行くぞ、坂井悠二」
 
 最初に見た時から、こいつの雰囲気に奇妙な懐かしさを感じてはいた。
 
 情けない容姿と言動があまりにも懐かしさと噛み合わないので今まで気付かなかったが、
 
『ほっとけないだろ!?』
 
 『主』と似ているのだ。
 
 こいつの雰囲気が。
 
 もちろん『主』と違う所など今ほんの少し接しただけで、はいて捨てるほどあるとは思うが、
 こいつの根幹に、『主』と重なる部分を確かに感じる。
 
 かつて、その優しさで徒達を、自分を惹き付けた。
 自分の『主』と。
 
 
 メリヒムはそんな印象を悠二から受けた。
 そして、その印象は、彼に『気紛れ』を起こさせる理由としては十分だった。
 
 
「さっきの感じからして、お前の言う小さい気配とやらは、あっちの徒二人に力を供給する仕組みだろう。
 お前の指示で俺がその仕掛けを潰して回る。
 それでいいな?」
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥おい?」
 
「えっ、あっ、えっ?」
 
 どうやら、話の移り変わりについてこれなかったらしい。
 
「話を聞いてたか?」
 
 説明しなおす気もないが。
 
「あっ、ああ聞いてた。
 手伝ってくれるのか?」
 
「単なる気紛れだ。
 強いて言うなら、注がれた力に対してではなく、胸くそ悪い棺桶から出した方への礼だな」
 
 どうやら話についてこれなかったというより、俺が手助けするという事が信じられなかったという風だ。
 
 実に心外だ、やっぱり助けるのやめようか。
 
「仕掛けじゃなくて、"直接ヘカテーの所に"行こう」
 
 いつの間にか頭を切り替えている。
 小癪だ。
 
 だがそれより内容が気になった。
 
「罠が張ってあるのを無視して助けに行くのか?
 気持ちはかなりわかるが、今俺達は自由に動ける。
 仕掛けを崩す勝機をむざむざ潰す気か?」
 
 こいつは思ったよりも馬鹿なのだろうか?
 
「その事なら大丈夫」
 
 そう言って振り向いた子供の顔は、
 
「僕に考えがある」
 
 さっきまでとは別人に見えた。
 
 
 
「足止めよりも、見つける方が一苦労だな。」
 
 
 "千変"シュドナイは、"愛染の兄妹"の護衛として、香港から日本へと渡る海上で自分を含めた三人を襲った徒を退け(殺すまで戦うメリットがない)、今日本に辿り着いていた。
 
 シュドナイら三人を襲ったのは"海魔(クラーケン)"。
 
 海洋上で人を喰らう徒の総称である。
 
 海に囲まれた、そこにいる人間以外誰もいない天然の牢獄。
 
 その環境を利用して、船などで海を渡る人間を封絶も張らずにまるごと喰らう徒である。
 
 フレイムヘイズがいなければ何の対策も立てられず、逆にフレイムヘイズのいる船を通常"海魔"は襲わない。
 
 その厄介さが逆に、フレイムヘイズ達の標的として強く狙われる理由となり、昔、"海魔"は集中的に討滅され、今ではほとんど残っていないと思われていたが。
 
 『それ』が海上で、そしてよりにもよって"徒"であるシュドナイらを襲った。
 
 シュドナイはその事を思い出し、眉をしかめる。
 
 早々に逃がした"愛染兄妹"は知らないが、戦ったシュドナイにはわかる。
 
 名も名乗らず、ただ自分に『喰らいついてきた』あの徒は、
 
 通常に徒がその本質的に何を望むかは各々で異なる。
 
 そして、言葉として聞きこそしなかったものの、あの徒の本質的な欲求は間違いなく"共食い"だ。
 
 自分達を襲ったのもそれが理由である事は簡単に想像がついた。
 
 生まれてこの方、自分に対して『食欲』など向けられた事は無い。
 
 力自体は気配の振幅が激しく、掴みづらくてよくわからなかったが、『力以外の恐怖』を強く感じ、早々に逃げる事に決めた。
 
 生理的嫌悪感が強かった。
 
 そんな事を思い出しながら、小さな島国を歩くシュドナイは、
 
 今戦っている依頼主との約束の場所に"気付けずに"、
 
 その街を通り過ぎた。
 
 
 
 
(あとがき)
 海魔自体は原作にもいますけどこの徒自体はオリジナルですね。
 オリジナルキャラは初めてです。といってもセリフもないけど。
 反響が恐ろしい。
 原作で、悠二と『主』で根っこで似てる部分あると思うのは自分だけでしょうか?
 このSSではそんな感じにしたいと思います。



[3934] 水色の星 二章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 19:23
「そろそろ、終わりにしましょうか」
 
 またも戦闘の最中に夢想に入っていたヘカテーを、ティリエルの言葉が戦場に引き戻す。
 
「さあ、お兄様。いつもの様に、『吸血鬼(ブルートザオガー)』の試し切りをなさって」
 
「うん!『にえとののしゃな』が、てにはいる、までは、これでが、まん、するから!」
 
 ティリエルの言葉に従い、兄、"愛染自"ソラトが前に出る。
 
 いつの間に手にしていたのか、その右手にはハリウッドの映画にでも出てきそうな幅広鍔無しの西洋風の大剣が握られている。
 
(まずいですね)
 
 今の自分の状態ではあの大剣の攻撃を避けられない。
 
 この束縛を払う事と大剣を防ぐ事を同時にやるには距離が近すぎる。
 
 どちらにしても捕まっていては話にならない。
 
 蔦を焼き切る。
 
 と、算段を立てるヘカテーの前にソラトが進み出る。
 
 さらにまずい。先手を取られたようだ。
 
「へか、てー!」
 
 だが、叫び、跳び掛かるソラトを、
 
「が、ぐえ!」
 
 ティリエルの蔦が首を絞める形で止める。
 
「今、何とおっしゃいましたの?お兄様」
 
「ぐっ、でぃ、えぐ」
 
「お兄様には私だけ、他の女の名を呼ぶなど、論外」
 
 今まで敵であるヘカテーにさえ向けていない程の怒りを最愛の兄に向けるティリエル。
 
 またもや興味深く観察したい強い衝動に襲われたヘカテーだったが、今度は我慢する。
 
 このティリエルの言動には何か学ぶ事が多い気がするが、さっきからぼーっとしすぎである(自分)。
 
 これは勝機なのだ。
 
 ヘカテーの唇から高い高音が口笛の形で発せられる。
 
 と同時に、ヘカテーの周囲から水色の炎が沸き上がり、その身を縛っていた蔦を焼き切る。
 
 それでようやくティリエルは兄を解放し、ソラトは同時に神速の踏み込みでヘカテーに斬り掛かる。
 
(早い!)
 
 今までのなよなよした態度とはうって変わって、まるで獣か狂戦士の様な動きだ、それも相当な早さで。
 
(だが、間に合う!)
 
 ギィン!!
 
 焼き切れた蔦を振り払い、捕らえられても放さずにいたトライゴンで、ソラトが繰り出す斬撃を、間一髪、受けとめる。
 
 途端、
 
 ソラトの手にした大剣の刀身に、不気味な血色の波紋が浮かび上がる。
 
 そして、
 
 ボバッ
 
 斬撃を受けとめたはずのヘカテーの全身から、水色の火の粉が血のように舞った。
 
 
 
「ちょっ、この運び方‥‥」
 
「うるさい。男を抱える趣味は無い。
 もしお前に抱えられたいなどという願望があるのなら今すぐ斬る」
 
 今悠二とメリヒムは沿岸から街に向けて飛んでいる。
 
 ちなみに悠二はベルトだけ持たれて手提げかばんの様に運ばれている。
 
「それより、お前の考えとやらを当てにしていいんだろうな?
 俺は"まともに"戦うのは数百年振りだ。
 罠に飛び込むような真似は御免だぞ」
 
 と、言うわりには声に自信がみなぎっている。
 罠だろうと負けるつもりも無いが、こちらの考えも気になるといった所だろうか。
 
 そして、思ったよりお年をめされていらっしゃる。
(数百年以上か、そういえばヘカテーって何歳なんだろ?)
 
 などという事を考えながらも質問には応える。
 
「あんたに、ヘカテーと合流できたら、ほんの十秒程度でいいから、あの徒二人を同時に抑えておいて欲しいんだ」
 
「?、たかが十秒程度で何が出来る?」
 
「この仕掛けを崩す。
 そしたら、後は普通のやり方で倒せるはずだ。
 急ごう。向こうもそろそろこっちに気付くはずだし、ヘカテーの気配が弱まってる」
 
「よくわからんが任せるぞ。
 出任せだったら後で斬る。」
 
 メリヒムと運ばれている悠二は速度を上げる。
 
 気配は、すぐそこまで来ている。
 
 
 
「どーだ!ぼくの『ぶるーとざおがー』!けんに、そんざいのちからを、こめると、ふれたあいてが、きずをおうんだ!」
 
 全身から火花が飛び散り、力が抜けていく。
 
 このまま、消えて行くのだろうか。
 
「‥‥悠、二‥」
 
 なぜか、名前を呼びたくなった。
 
 ティリエルが、驚いたような顔を見せる。
 
「貴女も、そんな顔をされるのですね。
 人形の様な女だとばかり思っていましたのに」
 
 貴女"も"?
 一体、どんな顔だというのだろうか。
 今の自分の表情がわからない。
 
「どういう、事、ですか?」
 
 思わず、敵に訊いてしまう。
 
「ご自分の気持ちさえわからないようですわね。
 今に消える貴女に、その事を伝えるのも酷でしょうから、」
 
 ティリエルの周囲の蔦が蠢き出す。
 
「せめてもの情けです。
 先ほど名を呼んだ殿方の顔を思い浮かべながら、逝きなさいな」
 
(悠‥二の顔?)
 
 依田デパートの屋上で、今の様に傷だらけの自分と寄り添っていた時の悠二の顔が浮かぶ。
 
 
 そんなヘカテーを今まさに貫かんとしていた蔦が、
 
 弾け飛ぶ。
 
 虹色の炎弾によって。
 
 
「!!、誰!?」
 
 "愛染他"が叫ぶ。
 
 戦いに夢中で気配に気付かなかった。
 
 炎の色、現れた青年のかつて見た、今あるはずのない姿。
 
 それらに驚くより先に、青年の手に吊られている少年に意識が向いた。
 
(‥‥悠二)
 
 何故か、驚きは少なかった。
 来るような気がした。
 
 そして、嬉しい。
 涙が出そうになるほどに。
 
 悠二が駆け寄る。
 自分を抱きしめる。
 何を考えるでも無く、『器』を開き、重ねる。
 
 そうする事が自然に思えた。
 否、そうしたかった。
 
 
 悠二とヘカテーの存在の力が均等になり、ヘカテーの傷のいくつかが消え、傷が消えた箇所の悠二の体に傷がはしる。
 
 悠二はヘカテーと『器』を重ね、傷を共有しながら、安堵していた。
 
(間に合った!)
 
 もう、『自分達の傷』は致命傷には程遠い。
 
 自分やメリヒムが仕掛けの破壊に向かっていたら間に合わなかった。
 
 自分の判断がヘカテーを助けたのだ。
 
 その喜びと、少女が生きていた安堵を噛み締める。
 
 そこで初めて後ろの徒二人とメリヒムに気を向ける。
 
 あっさりと口約の十秒を破ってしまったが、メリヒムは迫りくる蔦を斬り払って、時間を稼いでくれている。
 
 こっちも急がなければ、いつまでも感動しているわけにはいかない。
 
 存在の力を繰る。
 ヘカテーが夜の鍛練で自分に感じ取らせる感覚に、初めて『ピタリ』と合う。
 
「はあっ!!」
 
 足に『力』を込めて、はるか高くへと跳びあがる。
 
「ヘカテー!集中して!」
 
 その言葉にヘカテーは何を考える暇もなく、感覚を集中させる。
 
 そこで気付く、今まで感じなかった数十の小さな気配。
 
 それを感じ取る事ができる。
 
 これは‥‥
 
(悠二の感覚?)
 
 鍛練の時とは逆、『器』を合わせる事で、"悠二の感覚"をヘカテーに共有させる。
 
 これなら、口で説明などしなくても位置をヘカテーに伝えられる。
 
 ヘカテーと悠二を取り巻く光点が明るさを増す。
 
 そして、ヘカテーの光弾なら。
 
「『星(アステル)』よ!」
 
 全ての燐子を同時に破壊できる。
 
 悠二の感知能力とヘカテーの連弾攻撃の連携。
 
 悠二の狙い通り、空から降る水色の流星群が、街中の『ピニオン』全てを正確に貫いた。
 
 
 
「何故!?ピニオンの偽装が!?」
 
「さあな。俺にもあいつが何をしたかはよくわからないからな」
 
 ティリエルの叫びにメリヒムは軽く返す。
 
「貴方達は一体何者ですの!?」
 
 もはやパニックに陥っている。
 当然だ。ピニオンが無ければ、"愛染の兄妹"は並の徒と変わらない。
 
「何者、か。応えるよりも見せた方が早いな」
 
 言って、その手に持ったサーベルを向ける。
 
 と、同時に、その背に七本七色の光線が輝き始め、その光が彼を飾る。
 
「虹の、翼?」
 
「そう、それが俺の真名、そして‥‥」
 
 知らず、メリヒムの真名を口に出したティリエルに、メリヒムは続ける。
 
「これが俺の『虹天剣(こうてんけん)』だ」
 
 メリヒムが言い終わるか否かという間に、光輝の塊がかざしたサーベルに生まれる。
 
 その彼女らにとって絶望的な力の集中を感じ、ティリエルは咄嗟に自身をかえりみず、最愛の兄に自分を削る程の力を注いだ防御の自在法をかけて横に突き飛ばす。
 
 だが、"愛染他"が全てをかけて守ろうと込めた力は、何の意味もなさなかった。
 
 爆発的な『虹』の光輝が治まった後に残ったのは、かろうじて『虹天剣』の範囲から逃れた"愛染自"ソラトの山吹色の火花を散らす『右腕』と大剣のみ。
 
 
 "愛染自"の右腕が火の粉となって消えた後に、
 
 大剣が墓標の様に突き立っていた。
 
 
 
(あとがき)
 次話、二章エピローグです。
 三章の構想練ってます。
 何編で行くか考え中です。



[3934] 水色の星 二章 エピローグ
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 19:24
 山吹色の枯葉の舞う『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』の中央。
 
 高層ビルの屋上に、二人の"紅世の王"と一人の『ミステス』が立っている。
 
「『これ』が、この妙な封絶を作ってたのか」
 
 ミステス・坂井悠二が言い、
 
「戦いながらあれほどの自在法を行使し続けるのはいくら優れた自在師でも不自然です。
 何らかの宝具の補助があるとは思っていました」
 
 紅世の王"頂の座"ヘカテーが応え、
 
「大した感知能力だな。
 俺には燐子もこれも感じ取れなかった」
 
 紅世の王"虹の翼"メリヒムが感心する。
 
 "愛染の兄妹"の討滅後、『天道宮』と『カイナ』の発見。
 その上で生き長らえていたメリヒム。
 ヘカテーの援護のため、悠二がメリヒムに力を注いだ事など、
 『現状理解のためだけ』の簡単な説明を終え、今は、三人で『ピニオン』とは違う、一つの小さな気配を探ってきての事である。
 
 ちなみに先ほどのジャンプのため、悠二はメリヒムに運ばれず、建物を跳び移って移動する事になり、
 傷は等量のはずなのに何故かヘカテーは悠二の背中の上である。
 
(軽いからいいけど)
 
 そんな三人の前には今、一つの、木製の『オルゴール』が切ない音色を響かせている。
 
「どうやら一度込めた自在式を半永続的に起動させる宝具の様です」
 
「罠とかじゃなさそうだし、封絶の中を修復して自在式を解こうか」
 
「修復?」
 
 悠二の提案に従い、ヘカテーが手のひらに灯る水色の炎から火の粉を街へと飛ばす。
 
 封絶外部との整合化により、街の壊れた建物、砕かれた人間が元に戻っていく。
 『ピニオン』やソラトに喰われた人間は元には戻らない。
 トーチとして復元するしかない。
 
 その事を思い、憂いを帯びる悠二と、位置的に顔は見えないが、その悠二の心境を感じ取るヘカテー。
 
「流石、仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女。といった所か、こんな真似が出来るとはな」
 
 何か一人で感心しているメリヒム。
 
 修復が終わり、『揺りかごの園』が消えていく。
 
 山吹色の花園が、散っていく。
 
 
 
 
 三人は、沿岸、『カイナ』の場所に再び戻ってきた。
 
 もう当たり前に人々は『日常』を生きている。
 
 今の格好のメリヒムと歩くのもわりと抵抗があるが、白骨よりましだ。
 
 何より、血まみれの自分が誰よりも注目を集めている(ヘカテーの火花はもう治まっている)。
 
 西洋の剣士(剣はヘカテーが預かって隠しているが)と白マントと白帽子に着られている少女よりも平凡そのものの自分が目立つとは思いもよらなかった。
 
(あれ?そういえば)
 
「ヘカテー?清めの炎でこの血、何とかなるんじゃ?」
 
「なりますね」
 
「ようやく気付いたか」
 
 確信犯のようだ。
 
 ボッと水色の炎が悠二(ヘカテー)を包んで血や汚れを消し去る。
 
「何で今までやってくれなかったんだよ!?」
 
 結構恥ずかしかった。
 
「勝手に徒に力を注ぐ様な真似をした罰です」
 
「十秒の約束を破った罰だ。
 出任せでは無かったからそれで勘弁してやる」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 どちらにも言い返せない。
 
「これが『カイナ』、ですか。
 本当に見つかるとは運が良いです」
 
 目の前には先ほど海底から引き上げた銀色の水盤。
 
「俺はいらん。欲しければ持っていけ」
 
「そうさせてもらいます。」
 
 ようやく悠二から降りたヘカテー(ずっと乗っていた)が『カイナ』に、手に持った白い羽根を添える。
 
 それと同時に、『カイナ』が水色に光って、羽根に吸い込まれていく。
 
 さっき、メリヒムの剣や、『吸血鬼(ブルートザオガー)』の時にもやっていた"収納"、だったかの自在法である。
 
「貴方はこれからどうするのですか?
 『目的』は遂げたそうですが」
 
 ヘカテーはメリヒムに訊く。
 
 実はヘカテーはメリヒムの言う『目的』に検討がついている。
 
 数百年前の『大戦』以来姿を見せず、『天道宮』にいた。
 
 そして、近年目撃情報の出だした『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 もともと仮装舞踏会は、『天道宮』で『炎髪灼眼』を養成しているらしいという風に睨んでいた(そしてそれは正しかった)。
 
 彼がそれに手を貸していたという事は想像にかたくない。
 
 
「わざわざ自殺する理由も無いからな。
 力が尽きるまで気ままに生きて、紅世に帰るか」
 
「人を、喰わないのか?何で?」
 
 そこで悠二が口を挟む、
 悠二にとっては喰わないというならその方がいいに決まっているが、理由がわからない。
 
「理由?」
 
 メリヒムは曇り一つ無い真顔で、
 
「愛だ」
 
 そう言った。
 
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
 
「何だ、その沈黙は?」
 
 
 まあ、人間に対する慈しみ何てものじゃないんだろうが、何故か凄まじい説得力を感じる。
 
 本当に喰う事は無いだろう。
 
 それはそれとして、そんなこっ恥ずかしい事を真顔で言わないで欲しい。
 
 何故だかこっちが照れてしまう。
 
「気ままに生きるのは貴方の勝手ですが、当面は私達と行動を共にしてもらいます。
 とりあえず今夜はそこのホテルで一泊します。
 大丈夫です。ツインなのでベッドはありますから。」
 
「ちょっと待て。何で俺が今後お前らと行動しなければならん。理由が無い」
 
「悠二には存在の力の永久機関が蔵されています。
 貴方の顕現を保つ事も容易。
 それに、さっきから見ていると、貴方は封絶を使えませんね?"虹の翼"?」
 
「封絶?何だそれは、さっきから何度か耳にしているが、」
 
 メリヒムが『天道宮』に籠もり、外界から離れたのが数百年前、封絶普及以前である。
 
「今や全ての徒、フレイムヘイズが常識的に扱う自在法です。
 先ほどの『修復』や、人間に紅世の事を隠し、歪みを抑える物です。
 これを扱わない事は徒、フレイムヘイズ、人間、全てに有害です。
 これを覚えるまでは同行してもらいます」
 
 ヘカテーの言っている事は仮装舞踏会での『訓令』に近いが、心情的には悠二への配慮が大きい。
 
「‥‥それを覚えるまでだからな。」
 
 しぶしぶメリヒムが了解する。
 
 
 そこでさっきから訊きたかった事を悠二が訊く。
 
「ところでヘカテー?ツインだと、三人は寝られないんだけど」
 
 また、自分が締め出されるのか、という考え、もう一部屋借りればいい、という考え、自分が締め出されたらメリヒムとヘカテーが二人きりの同室で寝るのか?という考えが頭に浮かぶ。
 
 何か焦りの様なものを感じるのは気のせいだろうか。
 
 しかし、悠二の焦り(不安)にヘカテーの非常識な応えが返る。
 
「私と悠二で一つのベッドを使います。
 二つしかないのだから仕方ありません」
 
「‥‥‥は?」
 
「仕方ないのです。ベッドが足りないのだから」
 
「ちょっ、待っ、へ、ヘカテー?部屋をもう一つ借りれぶあ!」
 
 嫌な予感と逆の、しかし間違いなく問題の生じる応えに狼狽する悠二を、強力な力のこもったチョークが沈める。
 
「そういう事です。
 では行きますよ。"虹の翼"」
 
 言って、気絶した悠二を抱えて、てくてくと先を行くヘカテー。
 
「‥‥面白い連中だな。」
 
 彼には珍しくなげやりな声でメリヒムが呟いた。
 
 
 
 次の日、彼らは街を後にする。
 
 御崎市へと、帰っていく。
 
 新たな出会いと戦いを、彼らはまだ知らない。
 
 
 
 
(あとがき)
 とりあえず二章完結しました。
 見てくれたり、感想くれる人もいるようですし、三章もやります、頑張ります。



[3934] 水色の星 三章『桜舞う妖狐』 一話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:35
 小さな島国の何処かの街、どこにでもある街の一画のどこにでもあるファーストフード店の机の一つに、 
 そうそういない服装の女性が一人。
 いや、正確には一人にして二人が座り、机の上に所狭しと書類を散らかしている。
 
「"愛染の兄妹"の情報が、日本に来てから完全に途絶えているのであります」
 
 自分の頭についているヘッドドレスと会話しているメイド姿の女性は、香港で"愛染の兄妹"を襲撃し、"千変"にその討滅を阻まれた討ち手。
 
 "夢幻の冠帯"ティアマトーのフレイムヘイズ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルである。
 
「憶測誤解」
 
 ヘッドドレス型の神器『ペルソナ』から声を発するティアマトーは、どうやら日本に"愛染"が来るというヴィルヘルミナの読みが間違いだったのではないかと言いたいらしい。
 
「しかし、"千変"らしき目撃情報は、予測通りのルートで複数の目撃情報があるのであります。」
 
「複数類似」
 
 "千変"の姿は"愛染"ほど奇抜ではないから似た姿の目撃情報が混ざっているのではないかと言いたいようだ。
 
 この寡黙な王は、妙な熟語の形でしか話さないので慣れない者には意図を読み取り辛い。
 
「情勢確認」
 
「この近辺には、それほど大規模な事件の報告は無いのであります。
 『弔詞の詞み手』が来日したという話こそ聞くものの、標的は知れず、強大な徒を追っているとも書いていないのであります」
 
 ティアマトーの質問にヴィルヘルミナが応え、そこで一つの書類に気付く。
 
「む?」
 
「奇怪事変」
 
「関東『外界宿(アウトロー)』第八支部、トーチの大量発生の確認でありますか。」
 
「最短至近」
 
 確かに、今手元にある情報の中では最も距離が近く、問題がありそうでもある。
 
 大量に人を喰った、あるいは喰っている徒が、もしかしたらまだいるかも知れない。
 
 いなくとも、手掛かりを見つければ追跡できる。
 
「"愛染"の手掛かりが途絶えている現状、いつまでも手をこまねいているわけにもいかないようでありますな」
 
「事態調査」
 
「では、直行であります。
 場所は‥‥‥御崎市でありますか」
 
 "愛染"の可能性は低いが、この国にいる確証も無いままいつまでもこだわってもいられない。
 
 それに、トーチが多いというなら、『零時迷子』の発見につながる可能性もある。
 
 意気込むヴィルヘルミナに、
 
「代金清算」
 
 空気の読めない相棒が水を差すようなタイミングで指摘する。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 とりあえず自分の頭をゴンと殴る事で黙らせた。
 
 
 
 
 御崎市坂井家、いつもの朝の鍛練。
 
 いつものようで、いや明らかにいつもの鍛練とは違う。
 
 まず、いつも悠二を叩き回しているヘカテーがのほほんと縁側で紅茶を飲んでいる。
 
 そして、
 
「反応が遅い。あと少しは反撃してこい」
 
 悠二を、銀髪の青年が叩き回している。
 
「そっ、んな事、言っ、たって!」
 
 そして、今まで回避一辺倒だった悠二の手に、木の枝が握られている。
 
 銀髪の青年・メリヒム(今はごく普通の私服姿)が持っている木の枝とは少し違う。
 
 メリヒムのものより長い木の枝に、それより少し短い木の枝が横に数本巻き付けてある代物だ。
 
 "愛染自"の使っていた『吸血鬼(ブルートザオガー)』は結局、一番弱い悠二が持つ事になり(丸腰なのは悠二だけという理由もある)、ヘカテーいわく、
 
「鍛練時から実戦を考慮していきます」
 
 という理由から、『吸血鬼』に似せた形状にしてある。
 『吸血鬼』は片手持ちの大剣であるため、この木の枝の持つ部分もかなり短い作りだ。
 
 メリヒムが鍛練の相手に選ばれている理由は、片手剣の戦い方を短期間で悠二に感得させるため(大剣ではないが、メリヒムのサーベルも片手持ちだ)である。
 
 ガッ!
 
 メリヒムの斬撃を悠二の木の枝が受け止める。
 
 だが、防御"させられた"悠二の隙をメリヒムの蹴りが捕らえる。
 
「うっ、ぐえ!」
 
 そして、蹴りで見事に体勢を崩した悠二に斬撃が叩き込まれる。
 
「くぅ、痛ってて」
 
 身体能力の強化が出来るようになった悠二に合わせて、斬撃にも存在の力を込めているので当然かなり痛い。
 
「攻撃『する事』にあまりに不慣れですね。
 "虹の翼"、今度は一方的に悠二の攻撃を『受けて』下さい。
 悠二、聞いた通りです。遠慮せずに打ち込みなさい。」
 
 一人くつろいでいるヘカテーが指示を出す。
 
「おい、『封絶』を教えてくれる話はどうなった。
 何で俺が教える側になっている」
 
「近日中に悠二に封絶を教えるので、貴方にもその時に一緒に教えます。
 鍛練は、貴方の宿泊代として受け取りましょう」
 
 メリヒムはあれ以来、連日、御崎グランドホテル(いつかヘカテーが追い払われた)に泊まっている。
 
 金など持っていないのでヘカテーから受け取っている。
 
「‥‥坂井悠二、かかって来い」
 
 観念したらしい。
 
「わ、わかった」
 
 悠二も素直に頷き、メリヒムに斬りかかる(木の枝だが)。
 
 木の枝が直撃しようがメリヒムがどうこうなるはずがないので思い切りやれるのだ。
 
「ふっ!、はっ!」
 
 メリヒムの真似をして(してるつもりになって)木の枝を振るうが、躱され、受けとめられる。
 
(くっ、くそ)
 
 悠二は心中悔しがりながら今まで(ヘカテーの時も含めて)叩かれ続けた鍛練を思い出し、でたらめな動きを少しずつ矯正していく。
 
(力の流れが、)
 
 また一振り、躱される。
 
(自然に、スムーズに流れるように、)
 
 また一振り、躱されるが、惜しい。
 
(今まで相手から感じてきた感覚を、自分が扱うつもりで、)
 
 さらに一振り、今度は受けとめられる。
 
(存在の力の流れを、読んで、流す!)
 
 またも、受けとめられる。
 
 だが、
 
 ガンッ!、ガガン!!、
 
 ガッ、ガッ、ガガガガ!!!
 
 フェイントも何もない。
 ただ、連続で、木の枝で叩きまくっているだけだが、
 
 メリヒムが避けずに受けとめる頻度が増していく。
 
 それに、動き自体は未熟だが、単純なスピードが相当に早い。
 
 夢中で攻めている悠二はそれに全く気付いていない。
 
「っ!」
 
「あっ!?」
 
 メリヒムが、木の枝を上に跳ね飛ばされる。
 
 が、
 
「げふっ!?」
 
 またも悠二が蹴り飛ばされる。
 
「ちょっ、攻撃しないんじゃ!?」
 
「それだけ無遠慮に攻められるなら、もう慣れは必要ない」
 
 上に跳ね上げられた木の枝をキャッチして、メリヒムが言う。
 
「『実戦を考慮に入れた』鍛練に戻すぞ、構えろ」
 
 
 結局、ヘカテーの時の三倍は痛い目に合わされた。
 
 
「どうですか?」
 
 鍛練が終わり、ヘカテーがメリヒムに問う。悠二は今トイレに行っている。
 
「存在の力の繰りは出来ているが、動き自体はまだまだだ。ただ‥‥」
 
「ただ?」
 
「‥‥単に、『腕力』が強い。」
 
 先ほどのスピードも、動きが矯正された事もあるが、こちらの理由が大きい。
 
 木の枝を跳ね飛ばされたのも、隙を突かれたというより、斬撃の重さゆえ、つい手放してしまったといった方が正しい。
 
 まあ、一方的に攻めさせたゆえの結果だが。
 
「‥‥そうですか」
 
 メリヒムには判別がついていないが、ヘカテーは今、やけに嬉しげな顔をしている。
 
 体捌きさえ身につければ、その腕力を存分に振るえるようになる。
 
 悠二が自分と一緒に戦う。
 その姿を想像し、一人悦に入る。
 
 あの"愛染の兄妹"との戦い以来、自分の悠二に対する見方が少し変わったような気がする。
 
 そして、それがあの"愛染他"ティリエルによってもたらされた変化である事も自覚していた。
 
 自分が悠二をどうしたいか、どうされたいのか。
 まだわからない。
 
 だが、星黎殿にいた時に求めていた、『自分が求めているもの』。
 何かすらわからない『それ』は、もうすでに手に入れたような気がする。
 
「ヘカテーちゃん!
 虹野さんも、朝御飯できましたよ!」
 
 坂井悠二の母・千草から声がかかる(メリヒムはヘカテーの親戚、『虹野翼』という事になっている)
 
 
 
 ゴールデンウィークも終わり、悠二とヘカテーの学校生活が、日常が、また始まっている。
 
 
 
(あとがき)
 エピローグに際して、感想くれる方がたくさんいて狂喜します。
 いきなり鍛練描写ばっかりですね。
 しかも、この章だけでまだやるつもりです、鍛練。
 そんな感じで三章、スタートします。



[3934] 水色の星 三章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:36
「くーっ、さあ、ご飯だご飯!」
 
 御崎高校四時間目終了、何が楽しいのかわからないが、元気に伸びをする平井ゆかり嬢。
 
 確かにあの眠気の塊のような数学が終わったのは嬉しいが。
 
 ヘカテーも、あまりご機嫌がよろしくない(実際には、またしても退屈な授業乗っ取りを悠二に阻止されたからなのだが、悠二は知らない)。
 
「ほーら、ヘカテーも気持ち切り替える!玉子焼きあげるから」
 
 言って、自分の箸でヘカテーにパクりと玉子焼きを食べさせる平井。
 
 ちなみにヘカテーというあだ名(表向き)はヘカテー本人があっさりバラした。
 
「本当に仲良いな。あの二人」
 
 悠二の中学からの親友、メガネマン・池速人が机を寄せながら言ってくる。
 
 
 池は、以前は平井ゆかりの告白->拒否という経緯により、平井(必然的にその周囲)から微妙に距離を取っていたのだが、
 近衛史菜(ヘカテー)の転入後四日目に吹っ切ったのか何なのか「昼、一緒にいいか?」と悠二に言ってきたのである。
 
 ちなみに、平井とヘカテーが仲良くなったのが転入二日目、吉田一美が平井と共に悠二達と昼食をとり始めたのが三日目だ。
 
 
 時期的にわりとバレバレなのだが、悠二(親友のくせに)・ヘカテー・田中・吉田は池の挙動の理由に気付いていない。
 
 要するに、佐藤と平井しか気付いていない。
 
 平井にいたっては告白の時のやり取りから、気付く以前の問題なのだが。
 
 
「近衛さんの愛想の無さをカバーして余りあるからな。平井ちゃんは」
 
 佐藤が横から、
 
「なんかもう、姉妹にしか見えないよな。見た目は似てないけど」
 
 田中が斜め前から声をかけてくる。
 
「坂井君のお母さん、お料理上手なんですね。おいしそう」
 
 吉田一美も悠二の弁当を見ながら言ってくる。
 
 あの体育のブラック騒ぎ以来、少し、引っ込み思案な態度が改善されたように感じる。
 
 平井ゆかりが後に(黒時に)訊き出し、悠二に密告したところによると、「カ・イ・カ・ン♪」だそうだが、悠二はあまり想像したくないので即座に忘却した。
 
 というより、弁当に注目しないで欲しい。ヘカテーの事がバレてしまう。
 
 
「あはは、けど吉田さんのお母さんも料理上手いんじゃない?おいしそうだし」
 
 注目されたくないなら話題を変えればいいはずなのだが、ついそう返してしまう悠二。
 
「いっ、いえ、このお弁当、私が自分で作ってるんです」
 
 少し、動揺しながらそう返す吉田。
 
 やはり、普段はおとなしい女の子だ。
 
 微笑ましい光景である。
 
「へえ、吉田さん、料理上手いんだね」
 
「えっ、坂井君、皆の前でそんな事!」
 
「「「え?」」」
 
 突然大声を上げる吉田に悠二どころか男性陣全員が注目する。
 
 
「で・も☆、坂井君がどうしてもって言うなら、明日から坂井君のお弁当も私が‥‥‥」
 
「よっ、吉田さん?」
 
「そんな、「俺のために飯を作ってくれ」みたいな事をこんなひ・と・ま・え・で、キャハ♪」
 
「いや、キャハじゃなくて、吉田さん?聞いてる?」
 
 ちなみにヘカテーは口に料理を"入れられて"いるため(by平井)、口をはさめない。
 
 そのまま、ぶつぶつと何か呟きながらどこかに行く吉田一美嬢(言うまでもなく聞いてない)。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 彼女の事を、『女の子』を体現したような子だ、と思っていた時期もあったなあと思う悠二。
 
 会ってから半年も経っていないのに何故かあの姿が懐かしい。が、もはや過去のものであるようだ。
 
 
「よっ、吉田さん‥‥」
 
「っ!、っ!」
 
 
 何か呟くメガネマンと、何か言いたいような小柄な少女を見て、平井ゆかりは楽しそうに微笑んだ。
 
(うん、ややこし♪)
 
 そんな日常の一ページ。
 
 
 
 夜の坂井家屋根の上、夜の鍛練である。
 
 昼食の時からヘカテーの態度が微妙なのだが、悠二に原因はわからない。
 
 というか、ヘカテーにもわかっていない。
 
 
「では、今日から封絶の鍛練に移ります。
 『器』を合わせた状態で私が封絶を展開しますから、悠二はその『自分が使う』感覚を掴みなさい。
 "虹の翼"はそこで自前で感じとって下さい」
 
「「わかった」」
 
 
 そして、『器』を合わせた状態で、ヘカテーが自在法を展開する。
 
「封絶」
 
 途端、
 
 坂井家全体を陽炎のドームが覆い、火線と炎で彩られた明るすぎる水色の世界が現れる。
 
「ほう」
 
「っ!」
 
 メリヒムはどちらかというとその光景に、
 
 悠二は『自分から発っせられる』力の発現にそれぞれ反応する。
 
「わかりましたか?」
 
「なんとなくなら」
 
「わからん」
 
 ヘカテーの問いに応える前者が悠二、後者がメリヒムである。
 
 
「では、今度は悠二が封絶を展開してみて下さい。
 『器』は重ねたままにして、いざとなれば私が制御します」
 
 存在の力を消費する自在法を、簡単に『試す』事ができるのは、ひとえにこのヘカテーの『保険』によるものだ。
 
「わかった」
 
 悠二は眼をつぶる。
 集中する。
 
 ヘカテーも万一に備えて、身構える。
 
 メリヒムも修得のため、注意深く観察する。
 
 
(自分を形作っている存在の力、)
 
 先ほどのヘカテーが発した感覚を思い出す。
 
(それを一握りすくいあげて、燃やす)
 
 あえて、頭の中で言葉にして繰り返す。
 
(燃やした力を周囲に広げて、)
 
 頭で理解した事を体で体現する。
 
(その周囲と、外部の世界を、切り離す!)
 
 そして発動する
 
「封絶」
 
 先ほどのヘカテーの展開したものと、同規模の陽炎のドームが広がる。
 地面に火線が走り、炎のよぎる空間が外界から隔離される。
 
 完璧な封絶だった。
 
「やった!ヘカテー!」
 
 いつか、人間としてはあり得ない跳躍をした時にも感じた異能の力を持つという自覚、それが今までで一番強く感じられる。
 
「お前‥‥本当に何者だ?、実際に見るのは初めてだが、本当にあったらしいな」
 
 メリヒムがわけのわからない事を言う。
 
 ヘカテーは黙っている。
 
 ヘカテーは予想していなかった。
 
 今まで、『大命詩篇』を宿したミステスが、炎を発するという前例が無かったからだ。
 
 通常ならば、トーチの炎の色は、『人間だった時の自分』を喰らった徒の炎の色を薄めた色になる。
 
 悠二であれば、彼を喰らったであろう"狩人"フリアグネの持つ薄白い炎を薄めた色(薄すぎだ)になるはずだ。
 
 
 だが、今目の前で燃えているのは、
 
 燦然と輝く、"銀"。
 
 
 『零時迷子』に打ち込んだ『大命詩篇』の影響だろう。
 
 これは、"虹の翼"の反応が‥‥‥
 
「まあ、他人の炎の色などどうでも良いがな、それより、体術とは大違いだな。
 一度で成功させるとは」
 
 銀の炎など、確かに幻の類の物だ。
 だが、メリヒムにとっては関係も興味も無い。
 
 大体にして、彼自身、完全に生きた(死んだはずの)伝説である。
 
 悠二もあちらで嬉しそうにしている。
 
 "銀"の重大性をまだ知らないのだろう、まあ、たかが色だ。
 それより‥‥‥
 
「"頂の座"、坂井悠二も封絶を会得した事だ。今度は俺に『器』の共有?で感得させろ」
 
 そこでヘカテーが平静にかえる。
 
 なるほど、"虹の翼"にとっては大した問題ではないらしい。
 まあ、無関係なのだからそんなものかも知れない。
 
 そこで、"虹の翼"の提案を思い出す。
 
 『器』の共有?
 
「ヤ」
 
「は?」
 
「ヤです」
 
「なっ!」
 
 メリヒムにとっては予想外だ。
 ただ手をつないでたようにしか見えなかったのに、『ヤ』って。
 
「何か問題でもあるのか!?」
 
 納得できるはずがない。
 
「変態?」
「‥‥‥‥」
 
 きつい
 
 "頂の座"の言葉もだが、『虹天剣(こうてんけん)』を見て以来、表面上はともかく、眼には憧れの様なものを含んでいた少年の、軽蔑的な視線と沈黙がさらにきつい。
 
「わかった。自力で体得するから、やってみせてくれ。
 そして、汚いものを見るような眼で俺を見るな」
 
 というか、ただの握手(にしか見えない)で変態扱いか。
 
 数百年もの永きに渡って初めて手に入れた称号である。
 
 欠片も嬉しくない。
 
 
「では、悠二は今度は自分一人で封絶の展開、完全にものにしたら、『炎弾』に移ります。
 "虹の翼"は、悠二が反復する封絶を見学してものにして下さい」
 
 とりあえず、視線は素に戻ったが、
 
「"見学"はやめろ」
 
 
 "虹の翼"の夜は長い。
 
 
(あとがき)
 ほのぼの日常パートです。
 一度書いて、手違いで全部消えてしまったために夜遅い更新です。



[3934] 水色の星 三章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 19:37
(要領は封絶と同じ)
 
 眼をつぶり、握った拳をゆっくりと開く。
 
(違うのは、『顕現』する時に込めるイメージ)
 
 同時に存在の力を、手の動きに合わせて『開く』。
 
(イメージ自体は封絶より簡単だ。単純な『敵意』や『害意』)
 
 開くと同時に、かざした悠二の手のひらに、ボッと銀色の炎がともる。
 
 眼を開く。
 
「‥‥‥ふぅ」
 
 ここまではすでに七回目の成功である。
 
「坂井悠二、たかが『炎弾』にてこずるな。
 それより早く『封絶』を解け、俺が張る」
 
「たかが『封絶』にてこずってるくせに‥‥。
 さっきから火出してるだけじゃないか。
 封絶無しであんな派手な火出されると目立って困るんだけど‥‥」
 
 悠二とメリヒムは昨晩からぶっ続けで鍛練している(当然零時は回っている)。
 
 メリヒムいわく、
 
「見ていろ。すぐに会得してやる」
 
 だそうだ、ヘカテーはさっさと眠ってしまった。
 
 これがフレイムヘイズなら、いつ起こるかわからない戦いに備え、余計な力の消費を避けるものだが、
 紅世の徒は、異能の力を持つとは言っても戦いは前提ではない。
 好きなように生きるのが本来の有り様だ。
 
 ただし、徹夜に付き合わされている悠二にしてみればいい迷惑である。
 
「うるさい。俺はお前みたいな『反則』は使っていない」
 
 昨夜の事を根に持っているらしい。
 
「‥‥‥そんなにヘカテーと『器』を合わせたかったのか?」
 
「だから、その眼をやめろ。俺はお前と違って幼女嗜好の気は無い。
 一緒にするな」
 
「ブツブツ‥‥‥標的に向けて、炎を切り離してぶつけるイメージ‥‥‥」
 
 ドン!
 
「出来た!」
 
 見事な銀色の炎弾が飛ぶ。
 
「‥‥‥お前、今の当てるつもりだったな?」
 
 メリヒムが立っていた(避けた)位置がこんがり焼けている。
 
「ショック療法だって、ほら、周り」
 
 いつの間にか、周囲に虹の炎をよぎらす陽炎のドームが出来上がっている。
 
 これで、悠二が焼いた屋根も修復出来る。
 
「‥‥ずっとやっていたのですか?」
 
 眼をこすりながらパジャマ姿のヘカテーが屋根に登ってくる。
 
 今の炎弾のせいで起きてしまったらしい。
 
「うん、僕は『炎弾』、メリヒムは『封絶』が出来た。
 あとは慣れれば‥‥」
 
「おい、」
 
 メリヒムだ。
 
「このまま体術の鍛練に移るぞ。構えろ」
 
 何か眼が怖い。
 
 さっきの炎弾の事を怒っているのだろうか。
 
 ひどい誤解である。
 
「ちょっ、待ってくれよ!ロリコン扱いされてつい撃ったわけじゃないし、本当に飛ぶとは思わなかったし、そもそも僕とヘカテーはそんなんじゃないというか、当たっても大した事無いかなあとか思ったわけでも‥‥‥」
 
「覚悟はいいな?」
 
 言い訳(?)を並べる悠二に歩みよるメリヒム。
 
 そこに、
 
「"虹の翼"」
 
 ヘカテーが声をかける。
 
 庇ってくれるのだろうか。
 
「鍛練の前に封絶を解いて下さい。
 貴方の封絶は目がチカチカします」
 
 違った。
 
 
 またも、メリヒムに叩きのめされる悠二。
 
 メリヒムに炎弾を撃った仕返しにしては被害は軽微であるとも言える。
 
 
 
 
 とある街の廃ビルの屋上。
 
 まるで水の波紋のように、群青色の紋章が街に広がる。
 
「まーた、別の場所で反応しやがったなあ。
 どうするよ?我が報われぬ追跡者、マージョリー・ドー?」
 
 屋上に立つ栗色の髪をストレートポニーにした。
 モデルのような抜群のプロポーションの欧州系の正に『美女』、眼鏡をかけたその美女に、肩にかけた画板ほどもある大きな本から陽気な声がかけられる。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 美女は美貌を歪め、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの顔でしばし黙り、
 
「あーもー!!ムカつく!!」
 
 突然怒鳴る。
 
「こうなりゃやけよ!」
 
 
 肩にかけた本を広げ、それを宙に浮かべたまま、まさに適当な、その場で思いついたような詞を口づさむ。
 
『私のベッドの四つの角に、』
『巡って覗けや四人の天使、』
 
 そこで、天に向けて指を立て、詞を締めくくる。
 
『一人は見張り、』
『残りも見張り!』
 
 美女の指先から、先ほどと同様の群青の波紋が今度は十連発で放たれる。
 
 
 が、
 
 
「み〜ごとにバラバラだなオイ。
 "探知"の自在法で探すのはいい加減諦めた方がいいんじゃねーのか?」
 
「だったら他にどーやって見つけろってのよ?
 これがあるからまだ見失っちゃいないんでしょーが!?」
 
 本相手に口論を始める。
 
 当然、こんな女性が普通の、
 いや、人間であるはずがない。
 
 
「だいたいよお、あんな小物わざわざ追い回すこたぁねぇんじゃねえか?
 標的変えりゃあいい話だぜ」
 
 本の提案を、美女はしかし即座に切って捨てる。
 
「シャツのタグが引っ掛かったみたいに気持ち悪くてたまんないでしょーが!」 
「俺にゃあ、そんなこたぁわからねえけどよ、随分とまあご機嫌斜めだな。我が麗しの酒盃(ゴブレット)マージョリー・ドーよ」
 
「当然でしょ?」
 
 苛立たしげに美女が髪をかきあげる。
 
「この『弔詞の詠み手』が、ハエ一匹にここまで時間を潰されてんだから」
 
 
 
 
「この電車では無かったようでありますな」
 
「初歩失敗」
 
 とある駅のホームで、メイド姿の女性がはた目には独り言を呟いている。
 
「日本は、『天道宮』を出て以来であります。
 それに、あの時節、電車などの交通機関を使用する事は極めて稀であったため‥‥‥」
 
「乗換」
 
「む」
 
 御崎行きの電車が、今にも出発しそうになっている。
 
 ドアが閉まるより早く、中に乗り込む、
 
 しかし、
 
 
 ガチン!
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 
 背中に背負った巨大な登山用のザックがドアに挟まった。
 
「捕獲完了」
 
 反射的に自分の頭をゴンと殴る。
 
 
 そして、殴った後にその行動がさらに人目を引いた事に気付く。
 
 じぃぃぃー
 
「‥‥‥‥」
 
 
「給仕注目」
 
 
 ヴィルヘルミナは、懲りずにもう一度頭をゴンと殴った。
 
 
 
 
(あとがき)
 今日は短め。
 うまい切れ目がわからなかった。
 もうちょっとの間、ほのぼの路線ですね。



[3934] 水色の星 三章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 19:38
「坂井君、昨日約束したお弁当持ってきたんですけど‥‥どうしたんですか?」
 
 いつもの昼休み、吉田一美が坂井悠二に声をかける。
 
 悠二は今朝の鍛練で見た目にわかるくらいにボロボロだ。
 
「よっ、吉田さん?あれ、えっ?約束?」
 
 怪我についてはあえて応えず(説明できないから)、その前の不穏な発言に反応する悠二。
 
「はい。一生懸命作りました。食べてくれますよね?もちろん」
 
 もちろん、と来るか。
 
 悠二の手に千草弁当があるのをはっきり見ているというのにひるむ様子がない。
 
 朝とか授業中とかいつも通りだったのに、今は何か顔の影が濃く見える。
 
 最近、吉田一美嬢のスイッチのストッパーが緩い気がする、と冷静に(というか余裕で)分析するにやけ顔の平井ゆかり。
 
「いっ、いや、でも僕も弁当持ってきてるから‥‥」
 
「大丈夫ですよ。育ち盛りなんですから」
 
 
 吉田一美の攻勢にまるで抵抗できていない悠二。
 
 親友二人の面白いやり取り(自分にとっては)をにやけながら観察する。
 
 ふと周りを見ると、佐藤啓作は自分と同じ(にやけ)見物人。
 田中栄太は、あれは哀れな男子の嫉妬なのか少し怒りモードだ。
 
 池速人は何か哀しげな背中で弁当を買いに購買に行こうとしている。
 
 そして、
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何を言えばいいのかわからずにおろおろと吉田、悠二を見ながら狼狽えている(今の自分ならわかる)、最近もう一人の親友になった小柄な少女。
 
 ふと、こちらの視線に気付いて、助けを求めるような(自覚は無いだろうが)上目遣いをかましてくる。
 
 可愛い。
 
 そして、少しかわいそうだ。
 
(やれやれ、一美には悪いけど、ここはお姉さんが一肌脱ぎますか)
 
 
「うん!一美、ナイスアイディア!
 丁度弁当持ってきてない人もいる事だし、今日は皆でシャッフルお弁当と行こうか!」
 
 言ってすかさず田中、佐藤、ついでに教室を去ろうとしていた池に目を向け、自己主張の激しい視線を飛ばす。
 
(あ・わ・せ・て!!)
 
 こういうノリの大好きな佐藤がすかさず合わせる。
 
「いいな、それ!なんか楽しそうだし」
 
 さらに、
 
「うんうん。女子の手作り弁当にありつけるチャンスだしな」
 
 田中が実に正直に賛同する。
 
「うん。それでいいんじゃないかな」
 
 弁当の無い(佐藤と田中もコンビニ弁当だが)張本人の池も調子のいい事を言う。
 
「はい!満場一致で決まり!一美もいいよね?」
 
 あたかも完全に決まったように平井が締めくくる。
 
「あっ、えと、うん?」
 
 突然の急展開に動揺して曖昧にオーケーしてしまう吉田。
 
 
 そして‥‥‥
 
 
「かーっ!うめえ!流石麗しの千草さんの弁当だな!」
 
「吉田さんのも美味いぞ。やっぱコンビニはいかんな、手作り弁当に限る」
 
「まあ、たまにはコンビニ弁当も悪くないかな」
 
「"ヘカテーの"弁当もいけるよー!」
 
「それを作ったのふぁむ、」
 
「生きてて‥‥良かった」
 
 上から、田中、佐藤、悠二、平井、ヘカテー、池である。
 
 誰に誰の弁当が渡った(クジだ)かはセリフから推測して頂きたい。
 
 ヘカテーの問題発言は平井のタコウインナーが阻止した。
 
 そして、
 
「‥‥‥‥‥」
 
「一美も、たまにはジャンクフードってのもナウいよ!ね?坂井君?」
 
「そっ、そうだね」
 
「はい!たまにはこういうのもいいですね(殺すぞ☆ゆかり)」
 
 
 ひとまず場を収めた平井ゆかりは目の前で自分の作った弁当をつつく、いつもの態度に戻った小柄な親友と、
 本当にコンビニ弁当に新鮮さを感じている、周りの気持ちをどこまでわかっているのかわからない親友を見る(もう一人の親友は見ない、何か怖い)。
 
 
(こんなのその場しのぎなんだからね)
 
 内心で楽しそうに語りかける。
 
 
 
 
「‥‥‥で?ブチ殺すのは大賛成だがよ、さっきのばーらばらの反応のどれを追っかける‥‥ん?」
 
 美女・『弔詞の詩み手』マージョリー・ドーに、彼女の契約者、『蹂躙の爪牙』マルコシアスが語りかける、が、その途中で何かに気付く。
 
「この気配‥‥ラミーのクソ野郎じゃないわね」
 
 マージョリーも気付く。
 
 先ほど放った"探知"にかかった気配の一つが他より、つまり『標的』よりも反応が大きい。
 
 
「ってー事は、こっちの方はいつものごまかしと違ってバリバリ本物の徒だってーわけだ!
 さーてどうするよ?」
 
「見つかりそうな方から当たるに決まってんでしょ?
 大体、他の反応はどうせ偽物だろーから、ラミーの奴は後回し」
 
「んーじゃ、さっさと行って、」
 
 マルコシアスのセリフをマージョリーが、
 
「ブチ殺すわよ」
 
 引き継ぐ。
 
 
 
 
「んじゃ、私駅前に用あるからここまでね、また明日、お二方♪」
 
 学校帰り、悠二、ヘカテーと共に帰っていた平井がからかうように言う。
 
「うん、また明日」
「会いましょう」
 
 悠二とヘカテーも返事を返す。
 
 去って行く平井ゆかりの背中を見ながら、ヘカテーが口を開く。
 
「気付いていますか?」
 
「うん、メリヒム‥‥じゃないよな?」
 
「"虹の翼"には『タルタロス』を一節渡してありますし、この気配はフレイムヘイズですね」
 
「!これが?」
 
 悠二はフレイムヘイズには会った事がない。
 
「私や、"虹の翼"が見つかる事はないでしょう。
 悠二も、あまり大きな力は使わないように。
 しばらく夜の鍛練も、自在法抜きでやりましょう」
 
 って事は、夜もしばらくしばかれるのだろうか?
 
「まあ、たしかに距離縮めても来ないし、気付かれてはなさそうだな」
 
 そもそも、フレイムヘイズってミステスに対してはどんな感じなんだろうか?
 
 徒は倒すのが普通なようだが。
 
「‥‥悠二、位置までわかるのですか?」
 
「?、わかるけど?」
 
「‥‥‥‥はあ、もう今さら驚きませんけどね。
 まあ、ならなおさら大丈夫ですね。
 近づかれたらさりげなく離れるようにして下さい」
 
「‥‥僕まで逃げる必要あるのか?」
 
 先ほどからの疑問をぶつける。
 
「あ・り・ま・す」
 
「‥‥‥‥はい」
 
 
 
 
 
「なるほど、事前の報告よりもひどい状況でありますな。」
 
「大食漢」
 
 御崎市駅前、二人で一人の『万条の仕手』が立っている。
 
「案内人」
 
「すでに手配済み。第八支部から外界宿(アウトロー)の構成員を派遣してもらう口約をしているのであります」
 
「何者」
 
「『近衛史菜』、第八支部の構成員の中で、最も若い女性構成員との事。
 しかし、この街の地理には誰より詳しいという話であります」
 
 そのまま、歩き、有名ハンバーガー店に入る。
 
「ここの、一番右奥のボックス席で待ち合わせをしているのであります。
 ティアマトーも聞いたはず、ちゃんと覚えておいてもらわないと困るのであります」
 
 そして、待ち合わせ場所に目を向ける。
 
 いた。ボックス席に一人で座っている。
 
 だが、若いとは聞いていたが、驚いた。
 
 まさか、女子高生とは思わなかった。
 
 まあいい、さっさと案内をしてもらおう。
 
「『近衛史菜』でありますな?」
 
 
 
 はて?
 
 この女性は誰だろう?
 
 だが、
 
「『近衛史菜』でありますな?」
 
 ヘカテーの知り合いという事だろうか。
 
 だが、それなら確認とるかな?
 
 しかし、
 
(美人+メイド+ピンクの髪+巨大なザック+あります?=‥‥‥キャッホー!!!♪)
 
 
「はい!私は近衛史菜です!!」
 
 
 
 
 その頃、『正真正銘本物』の近衛史菜。
 
 
「ほんっとにお願い!史菜ちゃん。他の人みんな風邪で休んでるのよ!」
 
「先輩!今度ちゃんとヘルプ入りますから勘弁して下さい!
 仕事より大事なバイトがあるんです!!」
 
「仕事よりバイトが大事!?あんた仕事なめてんの!?
 ちょっと奥に来なさい。説教があります」
 
「そっ、そんな〜」
 
 
 一人の少女の日常が、
 外れ始める。
 
 
 
(あとがき)
 本物の近衛史菜は、一章一話に地味に登場しています。
 誰も覚えてなさそうですけど



[3934] 水色の星 三章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/11 19:39
「では、事前に通達していた通り、この街の案内をお願いするのであります。
 近日起こった事件、異変に関しては、その場ごとに説明をもらう、という形式で良いでありましょう」
 
(長く喋るとこの喋り方際立つな〜♪)
 
「街の案内ですね?はいはい喜んで!でもちょっと待ってくれますか?
 すぐに食べおわりますから」
 
 買い物も終わったしこのまま帰るつもりだったけど、こんな楽しそうなイベントが待っていようとは。
 
(明日、坂井君やヘカテーに詳しく話は訊くとして、今日は、私が近衛史菜だもんね♪街の案内なら私にもできるし。
 いや〜本当坂井君達とつるんでから退屈しないね〜☆)
 
 
「‥‥‥それは何でありますか?」
 
「ビッグナスバーガーですけど?」
 
「‥‥ゆっくり食べていていいのであります」
 
 そのまま、注文に行くメイドさん。
 
 どうやら、食指が動いたようだ。
 
 ところであそこの人は何だろう?
 
 
「お客様、どうかされたのですか?」
 
「話しかけるな。今の俺は置物に等しい存在だ」
 
「お客様、置物はテーブルの下に隠れたりしません。
 先ほどからお客様が気にしてらっしゃるメイドさんなら今、注文してますよ」
 
「何?そうか。世話になったな。これは礼だ、釣りならいらん」
 
「えっ、あの?お客様?これ、代金足りな‥‥、くっ食い逃げー!?」
 
 
 銀の長髪の青年が走って店を出ていく。
 あっちのメイドさんは気付いていないらしい。
 
 
‥‥‥本当に退屈しない。
 
 
 
 
「それじゃ、ヘカテー。僕はメリヒムに今日のフレイムヘイズの事と、夜の鍛練無いって伝えてくるから、先に帰ってて」
 
「その帰りに、醤油を買ってきて下さい。
 切らしていたはずです。」
 
「ん、わかった」
 
 
 御崎グランドホテルは帰り道にあるから、ついでに伝えて帰る事にした。
 
「507号室の虹野翼様ですね?
 ちょうどついさっきチェックアウトされておりますが」
 
 チェックアウト?
 
 出かけただけじゃなくて?
 
 何か嫌な?予感がする。
 
 
 
「ただいま」
 
 坂井家、醤油を買って帰った坂井悠二。
 
 眼前には、やや怒りモードのヘカテー。
 
 手に何か紙切れを持っている。
 
 何も言わず、紙切れを差し出してくる。
 
 どれ、
 
 
『俺は旅に出る。封絶も習得した以上、文句は無いはずだ。
 力が不足したらまた来る。お前達が移動する際は行き先を奥方に伝えるのを忘れるな。
 それと、妙な喋り方をする妙なメイドに俺の事を話したら刻む。
 因果の交差路でまた会おう』
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 差出人の名前さえ書いてないが、誰からの置き手紙かなど一目瞭然だ。
 
 随分と、唐突かつ身勝手な別れもあったものである。
 
 まさか、封絶習得したその日のうちに本当に旅立つとは。
 
 そして、何だこれ?
 メイド喫茶にでも入って何かやらかしたのか?あの男は、
 
 そして、実はそのせいで逃げ出したのか?
 
 
「悠二の机の上に置いてありました。
 おばさまには挨拶を済ませたようです。」
 
 ヘカテーは今度は困り顔である。
 
「‥‥‥メリヒムが行って、寂しい?」
 
 自分も少しは寂しいかも知れない。
 
「少しは‥‥‥でも、それより、彼は『タルタロス』の一節を持ったままです」
 
 そういえば、金もヘカテーから借りたままのはずでは‥‥‥
 
「どうしよう‥‥ベルペオルに怒られる」
 
「ペルペオルって、確かヘカテーの同僚の?」
 
 実は保護者みたいなものだろうと疑っているのだが、
 
「ペルペオルではなく、ベルペオルです。
 その間違いは改めて下さい。彼女が泣きます。
 会った時に間違えたらまたしばらく口をききません」
 
 そうか、泣くのか、じゃあ気を付けなければなるまい。
 というか、自分が会う予定があるのか。
 相変わらずだが、そんな話はきいてない。
 
 
 ちなみに『また口を利きません』というのは、以前悠二が、ヘカテーが箸ばかり使うのを治させるために、
 三時のおやつに『タピオカ』を出し、その箸での食べづらさによって他の食器の有用性を示し、
 いじめられたと判断したヘカテーにその日一日口を利いてもらえなかった時の事だ。
 
 まあ、それ以来少しは箸以外も使うようにはなったが(箸好きな事は変わらない)、
 
 
 話が逸れた。
 
「まあ、力が減ったらまた来るだろうから。
 その時に捕まえよう」
 
 そう言って、同僚(多分保護者)に怒られるのを危惧している可哀想な少女の頭をなでる。
 
 よく平井ゆかりがやり、ヘカテーがわりと好きそうだと判断したためだ。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 思った通り、いつものように気持ち良さそうに目を閉じ‥‥‥
 
 あれ?閉じてない。
 こっち見て見開いている。
 しかも顔がちょっと赤く‥‥‥‥
 
「‥‥ヘカテー?どうかした?」
 
「っ!〜〜何でもありません!」
 
 
 言ってズカズカと自分の、というか悠二の部屋に行くヘカテー。
 
 最近、少しわかったつもりになっていた彼女の挙動が読めない事がある。
 
 母さんは困ったような顔をするだけで教えてくれないし。
 
(それにしても、フレイムヘイズか‥‥)
 
 メリヒムが去った以上、ヘカテーに何かあった時には自分しかいない。
 
 自分でどこまで、何ができるのだろうか。
 
 そこまで考えて、
 
 自分の認識に呆れる。
 
 そもそも自分よりヘカテーの方が強いのだ。
 
 ヘカテーに助けられる事はあっても、逆は無いだろう。
 
 そうやって、自分とヘカテーの関係性を『正しく』認識して‥‥‥
 
 心中、いやな種類のため息を吐いた。
 
 
 
 
「てんで、雑魚ね。」
 
「噛み応えのねえ獲物だなあ、おい」
 
 
 『弔詞の詠み手』、マージョリー・ドーの手には今、運悪く"探知"にかかった哀れな徒が火花を撒いて吊られている。
 
「たっ、頼む。見逃してくれ‥‥‥」
 
「見逃すわきゃないでしょうが」
 
「馬鹿か?てめーは」
 
 『弔詞の詠み手』達の残酷な宣言に、しかし徒は笑って応える。
 
「へへっ、この群青の炎、あんた、『弔詞の詠み手』だろ?」
 
「だったら、見逃すかどうかくらいわかるでしょ?」
 
「あんた‥‥"銀"を追ってるんだってな?」
 
 途端、
 
 マージョリーの手がギリギリと音を立てて、徒の首を絞めあげる。
 
「あんた、何か知ってるの?」
 
 先ほどまでとは殺気の桁が違う。
 
「ぐっ!‥‥‥があっ、まっ、前に、"銀"の炎出してる奴見かけたんだ!!」 
「何処で?」
 
 さらに、絞めあげられる。
 
「ごっごごから、北に数キロ進んだ街だ!!
 応えただろ!?見逃しでぐっがああああ!!!」
 
 首を絞められ続けていた徒が群青の炎に呑まれて、消えて行く。
 
「北‥‥‥か」
 
「行くか?」
 
「当然でしょ?」
 
 いつになく、口数の少ない『弔詞の詠み手』が、進路を決めた。
 
 
 
 
(あとがき)
 メリヒム一時退場です。
 今日からしばらく(一、二週間くらい)、忙しくなるので、その間、更新できないと思います。
 更新速度が売りなのに。
 再更新時に見捨てずに、また目を通してもらえると幸いに思います。



[3934] 水色の星 三章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:40
「ここが依田デパート。
 随分前に、閉鎖されて今は地下の食品売り場しかないですけど」
 
 あの後、平井ゆかりは『近衛史菜』として、怪しいメイドに街を案内していた。
 
 たくみに話を合わせながら。
 
「ふむ。もう大分、街を散策したようでありますが、事件らしい話がある場所は無いようでありますな」
 
 怪しいメイド・『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルが言う。
 
「そーですねえ。平和が取り柄みたいな街ですから」 
「で、あればこそ、これほどまで人が喰らわれ、歪みが広がる事態となっている事が遺憾というもの」
 
「平和崩壊」
 
 人が‥‥喰われる?
 
 歪み?
 
 電波な人なのだろうか?
 しかし、それより
 
「あの、さっきの声‥‥」 
「ああ、このヘッドドレスであります。
 私の契約者、『夢幻の冠帯』ティアマトー」
 
「自己紹介」
 
 本当に、ヘッドドレスが喋っている。
 
 じゃあ‥‥
 
「‥‥さっきの、人が喰われてるっていうのは‥‥」
 
「?、何を言っているのでありますか。
 先方の外界宿(アウトロー)から報告を受け、私がやってきたというのに」
 
 何か‥‥わからない。
 
 おかしな事を言っているメイド。そのヘッドドレスが喋っているだけだ。
 
 確かに不思議だが、
 
 "人が喰われている"、そんな事を信じる理由にはならない。
 
 だというのに、何だ?
 
 頭のどこかで、この女性の言葉を肯定しようとしている自分がいる。
 
 それが、何よりわからなかった。
 
「貴女も、いかに若い身の上とはいえ、仮にも外界宿で『この世の真実』に関わる身であれば‥‥‥」
 
「姫」
 
「?何でありますか。ティアマトー」
 
「一般人」
 
 そう、目の前で蒼白になっていく少女を指して、ティアマトーが言った。
 
 
 
 
「つまり、『炎』は存在の力を『顕現』した際にとる姿であるというだけで、見た目そのままの『燃く炎』とは限らないという事です。
 『アズュール』の結界で防げるのは『炎弾』などの『焼く炎』のみです。
 わかりますか?」
 
 近場にフレイムヘイズが来ているので今夜は鍛練では無く勉強である。
 
 さして広くもない悠二の部屋にどこから持ち込んだのか黒板まで持ち込んでいる。
 
 さらに、
 
「物質として具現化された炎や、私の『星(アステル)』、"虹の翼"の『虹天剣(こうてんけん)』などの炎以外の自在法も防げません。
 そういった事を理解した上で結界を張って下さい」
 
 ヘカテーが、いつもの白マントではなく、黒いマント?を着込み、いつもの白帽子ではなく、円柱の上に平面四角を乗せたような学者帽子をかぶっている。
 
 なんというやる気だろうか。
 
 自分の授業乗っ取りの妨害がこれほど彼女に欲求不満を溜め込ませていたとは知らなかった。
 
 何か涙が出てきた。
 たまになら乗っ取らせてあげてもいいかも知れない。
 
「純粋な意味での『炎使い』はむしろ少ないくらいです。
 あまり『アズュール』に頼る癖をつけないように」 
 そんな事を考えながらも悠二は一応授業を聞いている。
 
「それって、ほとんど役に立たないんじゃないのか?」
 
 大体、悠二が今まで見てきた徒は、光弾使い(ヘカテー)、宝具使い(フリアグネ)、花使い(ティリエル)、大剣使い(ソラト)、虹の剣士(メリヒム)である。
 
 徒=炎使いなどという図式は悠二の中では全く成り立たない。
 
「そうでもありません。
 『炎弾』は、最も基本的で、ポピュラーな自在法の一つですし、破壊が不得手な相手ならば、『炎弾』に頼る者も多いのです。
 私も一応『炎』も扱えますしね」
 
 なるほど、使い所を間違えなければ相応に便利な指輪のようだ。
 
 それにしても、ヘカテーは饒舌になっている。
 やる気が溢れんばかりだ。
 
 そろそろ眠いのだが。
 
「次に、『吸血鬼(ブルートザオガー)』の説明に入ります」
 
 まだこの小さな先生は眠らせてくれないらしい。
 
 
 
 
「なるほど。つまり、私の人違いに乗じ、面白半分で成り済ました、というわけでありますか」
 
 あの後、『近衛史菜』ではない事を知られた平井ゆかりとヴィルヘルミナである。
 
「‥‥‥‥はい」
 
「まあ、街の案内をして頂いた事であえて咎めはしないのであります」
 
 ヴィルヘルミナからすれば、街の案内や事件について聞ければ、相手が近衛史菜だろうと平井ゆかりであろうと構いはしない、後は‥‥
 
 
「先ほどの私達の言葉は忘れ、この先関わろうなどとは考えない事であります。
 それが一番‥‥」
 
「賢明」
 
 巻き込んでしまったこの一般人を『日常』に帰すだけだ。
 
「では、これにて」
 
「別離」
 
 
「待ってください」
 
 去ろうとする『万条の仕手』に、少女の声がかかる。
 
「貴女は何で、『近衛史菜』の名前を出したんですか?」
 
 見れば、もう先ほどの動揺から立ち直っている。
 
 しかも、何も理解せずに流される者の眼をしていない。
 
 そこにある事実を、受けとめる覚悟が、その目に宿っている。
 
「『近衛史菜』が、本来私達にこの街を案内するはずだったからであります」
 
「なら、近衛史菜は、貴女の関わる『何か』の、関係者という事ですね?」
 
 なぜ、この少女はここまで噛み付いてくる?
 
 自分と関わりの無い事に対するにしては、言葉から感じる決意の重さが強すぎる。
 
「だったら‥‥」
 
 そして、少女は踏み込む。
 
「私に『この世の真実』を教えて下さい」
 
 
 外れた世界へ。
 
 
 
 
(あとがき)
 いや、前話でしばらく書けないとは書きましたが。
 忙しい中、ちびちび書いて『更新速度が遅れる』程度にしようかと思いまして。
 
 いきなり前言撤回の更新です。



[3934] 水色の星 三章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:41
「‥‥‥はあ‥‥」
 
 ベッドに身を預け、今日の話、そして先ほどの"実感"を思い出す。
 
 今は夜中、悩める少女は平井ゆかり。
 
 
(異世界の"紅世の徒"、それに喰われた人の残骸"トーチ"、徒を倒すフレイムヘイズ‥‥‥か)
 
 
 あの時、あの女性の言葉をなぜか信じる気になった。
 
 その無根拠な確信が、
 
 今は正解だと思う。
 
 小さい頃から、親戚のおじさんに育てられてきて、おじさんは自営業なはずなのに、"なぜか"自分は離れたこの街に小さな頃からいる。
 
 そして、"なぜか"自分の思い出にはおじさんやおばさんと日頃から過ごした記憶がある。
 
 その事を、考えるどころか一点の疑問さえ覚えなかった。
 
 そう、なぜ、自分はおじさんの援助で、"こんなに広いマンション"に一人暮らししているのだろう?
 
 
(喰われた人は‥‥その存在ごとこの世から消える‥‥)
 
 そもそも、"なぜ"自分はおじさんの世話になどなり始めたのか、
 
 いや、世話になっていたと思うのか。
 
 つまりは、
 
(私の‥‥両親は‥‥喰われた)
 
 いきなり両親などと言われても顔すらも知らない。
 
 物心ついた時にはおじさんの世話になっていた。
 
 そして、両親に関して、質問した記憶すらない。
 
 だが、この記憶自体が、
 
 存在の欠落による整合化、というやつなのだろう。
 
 悲しい、わけではない。
 
 それを実感できない。
 
 名も、顔も知らない自分の両親、
 
 それが、喰われて、自分は思い出す事さえできない。
 
 当然、衝撃は大きい。
実感できなくても、自分の両親が喰われたと"理解"したのだから。
 
 今までの自分の常識も覆された。
 
 だが、自分は、
 
『どんな事情にせよ、一般人を巻き込んだ責任上、最低限の要望には応えるつもりであります』
 
 あの、『フレイムヘイズ』の提案に対して、
 
『貴女に近しい人物の生存の確認、もし、貴女が真実、"事実"を知り、受けとめる望みと覚悟を持つのならば、私自らが確認し、貴女に通知させていただくのであります』
 
 
 首を縦に振ったのだ。
 
 どんな真実であろうと、何も知らずに日々を送る事に、納得できなかった。
 
 それに、外界宿(アウトロー)の構成員らしい我が小さき親友、その親友と同居している我が鈍き親友の二人は、もうトーチでは無いと決まったようなものだ。
 
 トーチを案内役に呼ぶわけもないし、坂井悠二は近衛史菜の身の上を知っている風だった(当人はごまかしたつもりなのだろうが)から、当然関係者なのだろう。
 
(そういう事情なら、話せるわけないか)
 
 今まで、真実を話してくれなかった二人の親友を水臭くも思うが、納得もできる。
 
 おそらく、自分が同じ立場でも話せはしなかっただろう。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 明日、あの女性に他の友人達の生存を確認してもらい、そして、二人の親友に、自分も真実を知った事を話すのだ。
 
 こんな重すぎる問題を、あの二人だけで抱え込む事は無い。
 
 いや、抱え込ませなどしない。
 
 自分でも、何かしてあげられる事があるはずだ。
 
 秘密を共有できる仲間がいる。
 
 そう思ってくれるだけでもいい。
 
 力になりたい。
 
 
 少女は知らない。
 
 二人の親友は確かに真実の関係者だ。
 
 だが、"人でないがゆえ"の関係者である事を、少女は知らない。
 
 
 この翌日、乱れた歯車が噛み合う。
 
 
 
「母さん、ヘカテーは?」
 
 今朝起きたらいつものねぼすけがベッドに眠っていなかった。
 
 たまに早起きする時は大抵無自覚な悪巧みをしている時だと相場は決まっている。
 
「ああ、ヘカテーちゃん?
 今日は何か大切な用事があるって早くに出かけちゃったわよ。
 学校もお休みするんですって」
 
「?、へえ」
 
 正直、気にならないといえば嘘になるが、今さら人を喰うわけもないし、プライベートに立ち入るのはマナー違反だ(自分のプライベートなどすでに侵食され尽くしているのだが)。
 
「いただきます」
 
「ああ、待って悠ちゃん」
 
「?」
 
「朝の鍛練は?」
 
「かっ、母さん。今日はヘカテーいないのに」
 
「監督代理頼まれちゃったのよね。女の子との約束破っちゃダメよ?」
 
 抜け目の無い娘だ。
 
「‥‥‥今日は素振りかな」
 
 まあ、いつもに比べれば痛くないだけマシだろう。
 
(それにしつも‥‥)
 
 昨夜見た奇妙な夢を思い出す。
 
 夢なのに、不思議なほどはっきりと覚えている。
 
 
『どうにも、ならないのかな』
 
 夢の中、問い掛ける自分。
 
『どうにも、ならないさ』
 
 その問い掛けに応える、目の前に立つ"真っ黒な自分"。
 
『どうにも、できないのかな』
 
『どうにも、できないさ』
 
 似た問い掛けをする自分、似た応えを返す黒い自分。
 
『どうすればいいんだ?』
 
 この問いに、今度は黒い自分は問い返す。
 
『どうしたいんだ?』
 
『どう、したい?』
 
 目の前の自分が、近づき、対等の相手として再び問い掛ける。
 
『そうだ。どうしたいんだ?、坂井悠二』
 
 
 そこで、夢は途切れた。
 
 交わした言葉と黒い自分、それらは異常なほど鮮明に覚えている。
 
 だが、自分達は何について言葉を交わしていたのだろう?
 
 その辺りはぼやけたように思い出せない。
 
(まあ、いっか)
 
 たかだか夢だ。そう深刻に考える事も無いだろう。
 
「悠ちゃん、早く鍛練しないと遅刻しちゃうわよ」
 
「わかってるよ」
 
 
 鍛練を終える頃には、悠二はもう夢の事を気にする事も無くなっていた。
 
 
 
 
 御崎市近辺で一番高い山の頂に、水色の少女が一人。
 
 坂井家の居候"頂の座"ヘカテーである。
 
 久しぶりの『大命』、であるにも関わらず、お気に入りの山の頂まで行くわけにはいかない現状が、少々歯痒い。
 
 しかし、あまり遠くまで行ってしまうと、悠二‥‥や『零時迷子』に何かあると困る。
 
 いつもの一面白景色ではないから調子が狂うが仕方ない。
 
 
「"頂の座"ヘカテーより、いと暗きに在る御身へ」 
 祈る少女の小さな口から、祝詞が紡がれていく。
 
 そして、長い錫杖を地に突き立てる。
 
「此方が大杖『トライゴン』に彼方の他神通あれ」
 
 声の途切れるや錫杖が、明るすぎる水色の三角形を無数、周囲にばら撒いた。
 
 それらが舞い、砕け、山頂全体を水色の竜巻とも吹雪ともつかない輝きの中へと包み込んでいく。
 
「他神通あれ」
 
 その幻想的な景色は、ヘカテーの張った封絶に隠されている。
 
「他神通ぁ‥‥」
 
 声が吸い込まれるように消え、相貌も光を失い、漆黒の闇を映す。
 
 周囲の三角形は組み合わさり、頂を覆う球体となる。
 
 その内部の闇の中、
 
 銀が一雫、降る。
 
 続けて降り注ぎ、ヘカテーや頂の大地に豪奢な銀の輝きを浴びせる。
 
 やがて彼女の前に、宙に描かれた複雑怪奇な自在式が、銀の炎をもって燃え上がった。
 
「眼へ落ちたるに拠り紡ぐ式も」
 
 途端、漆黒の球体が一挙に砕け散り、銀の雫も掻き消える。
 
「此処に詰みなん」
 
 言葉を終えると同時に、ヘカテーの瞳に水色の光が戻る。
 
 そして抱えるように持つ自在式を小さな珠に変え、錫杖の天辺につける。
 
「どうぞ、お早く‥‥」
 
 
「ふう、」
 
 これで『託宣』は完了だ。
 
 いつもより低い山頂だったせいか"彼"とまともに言葉を交わす事が出来なかった。
 
 その事は非常に残念だ。
 
 しかし、
 
 『トライゴン』の先に取り付けた銀の珠を見て、少女はかすかに微笑む。
 
 これで、『戒禁』を超えて、『零時迷子』に干渉出来る。
 
 もう『零時迷子』を取り出しても、あの少年を消さなくていい手段もある。
 
 そして、『大命』を果たし、ずっと一緒に‥‥
 
 根拠の無い未来を夢想する少女は、なぜ自分がそんな未来を夢想するのかという事にすら気付かない。
 
 
 
 
 御崎市の大通り、清げな老人とすれ違った消えかけのトーチ。
 しかしそれが、いきなり消えた。
 
 
 
 その日、様々な想いが御崎市において交錯する。
 
 
 
 
(あとがき)
 約一週間ぶりの更新です。
 忙しい期間も終わったので再開します。
 大学の夏休みも終わったから前ほどの更新速度は保てないかも知れませんが、頑張って続けたいと思います。



[3934] 水色の星 三章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:42
「あの少年もトーチではないのであります」
 
 朝の御崎市を、御崎高校の通学路を、
 
 平井ゆかりと怪しいメイドが歩き回っている。
 
「一美も佐藤君も田中君もオーケー。あとのクラスメイトは五人くらいです」
 
 平井ゆかりの友人を探し、片っ端からトーチか否かを『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルが確認している。
 
 すごく怪しいはずなのだが、なぜか『吉田専用』と書かれた電柱に二人で隠れるだけで誰にも注目されない。
 
 今朝最初に確認した吉田一美が貸してくれたのだが、なぜこんな物を持っているのだろう。
 
 つまりは吉田には普通に見つかり、はぐらかしたという事だ。
 
「よく、確認などする気になったものでありますな」
 
「どんな事でも、知らずに納得なんてできませんから、それに、提案したのはカルメルさんですよ?‥‥‥あっ、次あそこのメガネかけた男の子です」
 
「あれはトーチ‥‥‥いや、ギリギリで人間のようでありますな」
 
 一瞬ドキッとしたが大丈夫らしい。というかギリギリって何なんだろうか。
 
「ふぅ、この通学路であと二人確認したら、『近衛史菜』と、その同居人の所にいきましょう。
 二人とも親友なんで」
 
 それにヴィルヘルミナがピクリと反応する。
 
「なるほど、貴女が"こちら"に関わろとしたのはそれが原因でありましたか、それにしても、本物の近衛史菜も高校生であったとは‥‥」
 
「見た目はもっと子供っぽいですよ。これがまたかわいくって♪」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナは沈黙する。
 
 どうやらこの少女は、すごく神経が太い‥‥いや、大物なようだ。
 
 あんな衝撃の事実を聞かされたにも関わらず、一晩で完璧な自然体である。
 
「あっ‥‥藤田さん、あっちのメガネの女の子です」
 
「確認」
 
 そして、親友のために非日常に自ら踏み込む。
 
「人間であります」
 
 そんな少女を気に入ってしまった。
 
 もともとは調査の一環のつもりだったのだが‥‥
 
 
 
 
「さてと、どうしようか」
 
 ヘカテーがいない分、朝鍛練の後のシャワーとかが早く終わったから時間に余裕はあるのだが‥‥
 
「‥‥遠回り、するか?」
 
 少年・坂井悠二は感じとっている。
 
 自宅と学校の間に昨日の気配が移動している。
 
 なるべく避けるべきなのだろうが、もともとわりとギリギリに登校するためあまり時間の余裕もない。
 
 それに、正直面倒臭い。
 
「まあ、いっか」 
 
 見張りの少女もいない事だし、フレイムヘイズがミステスに危害を加えるとも限らないし、そもそもばれなければいいのだ。
 
 普通に登校しよう。
 
 気配の規模を極端に抑えて、ただのトーチの振りで、やりすごす事にする。
 
 
 少年は判断を誤り、親友、そして討ち手に引き合う。
 
 
 
 さて、『託宣』も終わった。
 
 帰るには時間がかかるが、今日は学校も休むと言っておいた。
 
 のんびりと街を散策でもしながら戻るとしよう。
 
 一仕事終えたヘカテーは呑気にそう考えるが、その途中で、
 
『坂井君、お弁当作ってきたんですけど』
 
 妙な言葉が頭をよぎる。
 
 何か、急いで戻らなければならないような気がしてきた。
 
(まだ、昼までには時間があるはず)
 
 そう考えているくせに早足になりながらヘカテーは帰っていく。
 
 
 
 
「ここで待機していれば、その坂井悠二と近衛史菜が来るのでありますか?」
 
 道端に不自然に生える電柱に隠れるメイドが訊ね、
 
「はい、この道通るはずです。いつも結構ギリギリに来ますけど‥‥(私もあんまり人の事言えないけど)」
 
 同じく電柱に隠れる女子高生が返す。
 
 言うまでもなく平井ゆかりとヴィルヘルミナ・カルメルである。
 
 坂井悠二の登校ルートで、二人して待ち伏せ中である。
 
 
「‥‥‥あの、少年でありますか?」
 
 やや、暗い調子でヴィルヘルミナが遠くから歩いてくる少年を指して言う。
 
「あっ、はい。あれが坂井君です。今日は一人みたいですね。
 休みかな?」
 
 不安のなさそうな返事をする少女に、あまり言いたくない、が、この強い少女に敬意を表し、『真実』を告げる。
 
「彼は‥‥トーチであります」
 
 
 
 今、カルメルさんは何と言った?
 
『彼は‥‥トーチであります』
 
 坂井君がトーチ?
 
 人間の喰いかす?
 
 サカイクンガトーチ?
 
 だが、外界宿(アウトロー)の関係者のはずの『近衛史菜』と一緒に暮らす関係者のはずだ。
 
 きっと、何かの間違いだ。
 
 少女の内心の混乱をよそに、
 
「貴方に、訊きたい事があるのであります」
 
 『フレイムヘイズ』が、少年に声をかける。
 
 
 
 
 まいった。
 
 よりによって、待ち伏せまでされているとは。
 
 傍目には灯りの強いトーチ、くらいにしか見えないようにかなり慎重に気配を抑えているのに、
 
 遭遇どころか声をかけてくるとは。
 
 自分同様、感知能力の高い、フレイムヘイズなのだろうか。
 
 『真実』を知る者なら、まず、トーチに話しかけたりはしないだろう。
 
 『ミステス』である事までばれているのか?
 
 ミステスに‥‥どんな対応をとってくる?
 
 不運な少年・坂井悠二は頼りになる少女のいないこの窮地について思考を巡らせる。
 
 
「貴方の家に居住している近衛史菜の事であります。
 どういった経緯で同居に至ったか、聞かせてもらうのであります」
 
 ヴィルヘルミナは、外界宿(アウトロー)構成員がトーチと同居しているという不可思議な事象への疑問から、トーチの少年に問いかけるが、その質問は、悠二に別の事を気付かせる。
 
 近衛史菜、という『日常』の中の偽名、そして、自分とヘカテーの同居を知っている人物。
 
 それは母か、一人の少女に限られる。
 
『"頂の座"と同居している』理由を訊ねるのならまだしも、近衛史菜の名を出すという事は、母か一人の少女からしか知りえないはずだ。
 
 即座にそう考える悠二の目に、電柱に隠れていた親友の‥‥平井ゆかりの姿が映る。
 
 それで、瞬間的に理解する。
 
 巻き込まれたのだ‥‥と。
 
 
「‥‥あんたが、彼女を巻き込んだのか‥‥?」
 
 ヴィルヘルミナは疑問に思う。
 
 この態度は、明らかに、"知って"いる。
 
 トーチが?
 
 あまりにも不自然だ。
 
 まさか、
 
「ミステス‥‥でありますか」
 
 確認をとる。
 
「質問に、応えろよ。何で平井さんを巻き込んだ!?」
 
 悠二は激情に任せて叫ぶ。
 
 自分が外れた、人としての日常。
 
 "そこ"にいた、いるべきだった親友を、『こいつ』が巻き込んだ。
 
 自身の危険も忘れ、叫ぶ。
 
 抑えていた気配も露骨に現れる。
 
 バッ!
 
 と、ヴィルヘルミナが距離をとる。
 
 
「‥‥こちらの質問に応えれば、そちらの質問にも応えるのであります」
 
 ヴィルヘルミナは動じない。『ミステス』の中にはこれほどの大きな気配を持つ前例もいる。
 
 それに、まだ敵とは決まっていない。
 
 平井ゆかりは自らの意思で『こちら』に踏み込んだのだから。
 
 だが、それより‥‥
 
「貴方は、自らに蔵された宝具を知っているのでありますか?」
 
 もはや、事実を知るミステスである事は明らかだ。確認をとるまでもない。
 
 そして、これほどの状況。
 
 もはや、一外界宿構成員の事などわざわざ訊くほどの事ではない。
 
 『あの宝具』かどうか、もしかしたら‥‥
 
 
「‥‥『零時迷子』だ。さあ、応えろよ!何で彼女を‥‥」
 
 
 悠二の言葉を最後まで聞かず、
 
 ヴィルヘルミナは桜色の封絶を、
 
 『戦場』を展開する。
 
 
 戦いの時、いつも一緒にいた少女は今はいない。
 
 自分しか、いない。
 
 『戦場』に、自分しか、いない。
 
 
「『零時迷子』のミステス、破壊するのであります」
 
「断固」
 
 
 『万条の仕手』の非情な言葉が、少年に投げ掛けられた。
 
 平井ゆかりはまだ、悠二の『真実』を知ってから、一言も言葉を発していない。
 
 そんな暇は、なかった。
 
 
 
(あとがき)
 更新速度をなるべく保ちたく思います。
 一週間ぶりでも感想くれる人や目を通してくれる人もいるようですし。



[3934] 水色の星 三章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:43
(うそだろ!?いきなり!?)
 
 いきなりの破壊宣告に坂井悠二はひどく動揺していた。
 
 徒ならいきなり討滅されても不思議でもないが、なぜ『ミステス』をいきなり破壊するなどと言う?
 
 だが、明らかにこの『フレイムヘイズ』は本気だ。
 
 殺気がみなぎっている。
 
 こうなった以上、何とかしなければならないのだが、まずすべき事は‥‥
 
 
 今は封絶の影響で動きを止めている親友・平井ゆかりに目を向ける。
 
 後で修復できるとは言っても、こんな所にいさせるわけにはいかない。
 
 それに、すでにこのフレイムヘイズは自分の認識を覆す行動をとっている。
 
 もう、修復するはずだ、などと決め付けて考えない方がいい。
 
 
 眼前のフレイムヘイズからは目を離さずに、静止した平井ゆかりの手に、一枚の白い羽根を握らせる。
 
 途端、
 
 明るすぎる水色の自在式が平井の周囲に展開し、
 
 そして、
 
「えっ、あ?、うぇ!?」
 
 平井が、封絶の中にも関わらず、動きだす。
 
 
 平井に握らせたのは、他の存在の干渉による影響を抑える自在式と、存在の力を込めたヘカテー作の特別な白羽根だ。
 
 本来は悠二の護身用なのだが、そんな事は言ってもいられない。
 
「平井さん‥‥」
 
「はっ、はい!?」
 
 先ほどのやり取り、今目に映る光景などから、混乱の極みにある平井に、悠二が声をかける。
 
「できるだけ遠くに離れて、全速力で。
 あとで‥‥全部話すから‥‥」
 
「うっ、うん?」
 
「急いで!!」
 
「はいぃ!?」
 
 
 状況を把握できないまま、勢いで頷かされ、走りだす平井。
 
 そちらに目を向ける事はできない。
 
 目の前に脅威がいるからだ。
 
 その代わり、心中で先ほどの自分の言葉に付け足す。
 
(もし"あと"に僕がいたら‥‥ね)
 
 そして、さまざまな想いと意味を込め、謝る。
 
(ごめん‥‥)
 
 
「それで、あんたは誰なんだ?」
 
 今度は目の前のフレイムヘイズに向き直る。
 
 さっきのやり取りの間、目こそ離さなかったが、攻める隙はあったはずだが、このフレイムヘイズは攻撃する素振りさえ見せなかった。
 
「‥‥『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。"夢幻の冠帯"ティアマトーのフレイムヘイズであります」
 
 
 ヴィルヘルミナが手を出さなかったのは、この『ミステス』のとった行動の理由が‥‥自分が『零時迷子』破壊を実行する根本的な理由、『友達のため』だったからだ。
 
 
 ミステス破壊は必ず実行する。
 
 だが‥‥事情くらいは教えてやってもいいかも知れない。
 
 もちろん。動けなくして、壊す直前にだ。
 
 
 名乗ると同時にリボンを幾条か伸ばし、悠二に攻撃する。
 
 
 
 
(うわっ!)
 
 会話で時間を稼ごうとしたのに、名前だけ名乗っていきなり攻撃してきた。
 
 しかも、リボン!?
 
 鍛練の時とあまりにも武器の形状が違う。
 やりづらい。
 
 今のは何とか躱したが、かなり疾い一撃。やはり自分の歯の立つ相手ではない。
 
 武器があの疾いリボンでは逃げるのも難しい。
 
 いや、無理だ。
 
 何とかするには、
 
 相手の油断が必要だ。
 
「うおおお!」
 
 ただやみくもに突進して、右の拳を突き出す。
 
 が、
 
「へ?」
 
 視界が回転し、路上の車に派手に叩きつけられる。
 
 車がへこみ、砕けた窓ガラスが飛び散る。
 
 止められるとは思っていたが、まさかほとんど手応えもなく投げ飛ばされるとは。
 こっちの力をほぼ完全に利用して投げなければ、あんな手応えはありえない。
 
 冗談じゃない。
 少なくとも体術は、ヘカテーやメリヒムさえ明らかに凌ぐ実力だ。
 
 前に聞いた話だと、あの二人は徒の中でも相当な実力者のはずなのに。
 
 ヴィルヘルミナの実力を痛感し、内心驚愕する悠二に、無数のリボンが再び襲い掛かる。
 
 すかさず横に大きく跳ぶが、
 
(多すぎる!)
 
 右足がリボンに捕らえられ、そのまま、コンクリートの道路に叩きつけようと振り上げられるが、
 
 バン!!
 
 悠二は両手を地面に叩きつけ、それを防ぎ、足首のリボンを引きちぎると同時に回し蹴りを放つ。
 
 そして、当然のように再び、今度は民家に投げ、叩きつけられる。 
 
 やはり、勝負にもならない。
 
 こっちの攻撃はかすりもしないのに、あっちの攻撃、いや、防御で自分はこの有り様だ。
 
 直接触る事も難しい。
 
 全身の痛みで体が動かない隙に、
 
 悠二は首を気を失わない程度に縛りあげられ、
 
 ヴィルヘルミナの眼前に吊される。
 
 そして、ヴィルヘルミナが語りだす。
 
 
 
 
 その頃、街中を歩くヘカテーは、
 
「偶然ですね、"螺旋の風琴(らせんのふうきん)"」
 
 清げな老紳士と、街中で出くわしていた。
 
「‥‥巫女殿自ら、呼び出し、というわけではないようだな」
 
「ぷらいべーとです。あまり立ち入るのは、まなー違反です」
 
 見栄を張って現代振るヘカテー。
 
 しかし、そんな余裕は次の老紳士の一言で消え失せる。
 
「あちらの封絶は、君とは無関係か?」
 
 封絶?感じ取れない。
 
 いや、かすかに感じる。
 
 かなり遠い。
 
 まさか、
 
「それは‥‥御崎でですか?」
 
「ああ、すまない。私以外には、掴みづらいか
 そうだ、御崎だな。この位置は」 
 
 そこまで聞いて、ヘカテーはすぐさま眼前の徒、そして周囲の人間の目、全てを無視して、右手の『タルタロス』を外し、全速力で飛び立つ。
 
 御崎を目指して。
 
 
 
 
「その『零時迷子』の本来の所有者は、私の友人、『約束の二人(エンゲージリンク)』であります」
 
(『零時迷子』の、本来の、所有者?)
 
「私と『約束の二人』は、紅世の徒の殺し屋、"壊刃"サブラクに襲撃され、『約束の二人』の片割れ、"彩飄(さいひょう)フィレス"は、瀕死の傷を負った、もう一人の片割れ、"永遠の恋人"ヨーハンを助けるため、彼を『零時迷子』の中に封じ、無作為転移させたのであります」
 
(だ、だったら‥‥僕は)
 
「しかし、転移の寸前、サブラクが零時迷子に撃ち込んだ自在式によって、ヨーハンは‥‥」
 
「変質」
 
(じゃあ、もし取り出せても‥‥)
 
「その瞬間を、私とティアマトーだけが見ていたのであります。
 今の状態のヨーハンを、フィレスに見せる事はできない。見せて、絶望などさせられない」
 
(‥‥‥そういう事か)
 
「フィレスは私を助けるため、サブラクを捕らえ、遥か彼方に飛び去った。
 このままでは、いずれフィレスは、ヨーハンを求め、貴方を見つける。」 
 
(友達のため‥‥か。)
 
「『零時迷子』には他の干渉を阻害する『戒禁』がかかっている。無作為転移しか、フィレスから『零時迷子』を隠す手段はない」
 
(でも、『彼女』のしている事は、ただの問題の先伸ばしだ。それに‥‥)
 
「貴方に恨みはないのであります。しかし‥‥」
 
(それで僕が消されるのは筋違いだ。それに、平井さんを巻き込んだ理由にはならない!)
 
「はあっ!!」
 
 掛け声と共に、手に生み出した"銀"色の炎で自らを縛るリボンを焼き切る。
 
「!!」
 
 ヴィルヘルミナがその『色』に驚愕する。
 
(やっぱり!)
 
 ヘカテーやメリヒムに見せた時の反応から、必ず驚いて、隙が出来ると思った。
 
 この隙を突いても、この実力者に、まともに攻撃を当てる事は出来ないだろう。
 
 だが、
 
 ポケットから白い羽根を取り出す、それが一瞬で、大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』に変わる。
 
("防御させる"くらいなら出来る!)
 
 大剣が血色の波紋を浮かび上がらせ、唸る。
 
 悠二、渾身の一撃。
 
 ガッ‥‥
 
 それを、ヴィルヘルミナがリボンで受け止める。
 
 
 しかし、
 
 受け止めた刹那、またしても投げ飛ばされる。
 
 起き上がった悠二が目にしたのは、頬と肩に一筋ずつの傷を負った。
 それしか傷を負わなかったフレイムヘイズ。
 
「‥‥‥‥触れたものを間接的にであっても切り裂く宝具でありますか」
 
 
(‥‥‥気付かれた)
 
 
 
 
(あとがき)
 ヴィルヘルミナはまだ仮面着けてません。
 念のため、説明しておきす。



[3934] 水色の星 三章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:44
(浅かった‥‥)
 
 今の一撃がおそらく唯一の勝機だったのに。
 
 確実に決めなければならないところだったのに。
 
 宙に吊られていた分、落下にかかる時間の分、初動が遅れた(宙から大剣が届くほどには近くなかった)。
 
 『吸血鬼(ブルートザオガー)』は、刃が触れている時に込めた(流した)存在の力で対象を斬り裂く。
 
 ある程度、刃を合わせなければ満足な効果は得られない。
 
 刹那的に投げられたせいで効果が半減‥‥いや、大幅に無力化されたのだ。
 
 一秒、いや、半秒でも刃を合わせる事が出来ていれば‥‥‥
 
 
「宝具の力より、驚愕すべきはその炎‥‥」
 
「奇怪」
 
 
 勝機を逃した少年に、『万条の仕手』が話しかける。
 
「どうやら、思った以上に、不可思議なミステスのようでありますな」 
 
「同意」
 
 言って、頭の上のヘッドドレスに手を添える。
 
「甘くみていた事は認めるのであります。
 ゆえに‥‥」
 
 ヴィルヘルミナの全身から火花がほとばしる。
 
「もはや、遠慮容赦一切無用。神器『ペルソナ』を」 
 その言葉に応えるかのように、ヘッドドレスが解け、拡がり、形を変えて、縁からたてがみのように万条を溢れさせる狐を模した仮面へと変わる。
 
 そこに立っていたのは、悪夢では決してない夢の住人、桜の炎による花弁を舞わす舞踏姫。
 
「不備なし」
 
「完了」
 
 
 もう、不意打ちは通じないだろう。
 
 銀の炎も、『吸血鬼』の能力も割れてしまっている。
 
 さらにはあの姿、本気‥‥という事だろう。
 
 美しい妖狐の姿に見とれながら、悠二は覚悟を決める。
 
(やれるだけ、やってみるしかないか)
 
 
 生き残るための覚悟を。 
 
 
 
 飛ぶ、もっと、もっと速く。
 
 ヘカテーは封絶に向かう。
 まるで流星のように、
 
 
「‥‥仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女殿が下界にいるだけでも珍事だが‥‥あの慌てようは‥‥」
 
 とても興味をそそられる。
 
「今は私も追われる身だが‥‥‥」
 
 場合によっては彼女といる方が安全かも知れない。
 
 それに、いざとなれば追っ手のフレイムヘイズは彼女の方を狙うだろう。
 
「行ってみるか」
 
 老紳士も、封絶に向かう。
 
 
 
 
 無数のリボンが、鋼鉄の硬さを持った刺突となって襲い掛かってくる。
 
 それを紙一重で躱す悠二。
 
 これで、刺突を躱すのは三度目だ。
 
(‥‥おかしい)
 
 さっきまで、こんな数のリボンを躱す事は出来なかったのに。
 
(なんだ‥‥これ)
 
 初めての『自分の実戦』の影響で感覚が研ぎ澄まされている。
 
 確かに、そういう実感もあるが、
 
 それだけでは説明出来ないほどに自分の動きが冴え渡っている。
 
 それに、
 
(気持ち‥‥悪い)
 
 動きが冴えると同時に自分の感覚に異様な違和感を感じる。
 
 そして、そんな違和感を感じる自分にも疑問を持つ。
 
("人間って‥‥こんなに大きかったっけ?")
 
 わけがわからない。
 自分も人間の大きさだし、今まで人の中で生きてきたのに、大きいも小さいもあるはずがない。
 
 だからこそ、こんな違和感を覚える自分をおかしく思うのだ。
 
 
 とはいえ、この現象は今の自分には都合がいい。
 
 違和感はあるが、生き残れている。
 
 
「はっ!!」
 
 大剣を持っていない左手で『炎弾』を仮面の討ち手に放つ。
 
 それを躱した討ち手が、今度はリボンで編み上げた純白の槍を投擲する。
 
 それを、横に動いて躱し、距離をとると同時に炎弾を撃とうと算段する悠二。
 
 しかし、躱し、自分の真横に来た純白の槍が解け、リボンの形状で悠二に絡みつく。
 
(なっ!!)
 
 動揺するも、絡みついたリボンを炎弾のつもりで集めていた存在の力で生み出した炎で焼き切る。
 
 が、
 
 その焼き切る一瞬の隙を、横に薙がれたリボンの一撃が突く。
 
 頭部を派手に殴られて、民家に吹っ飛ぶ。
 
「ぐっ、ああ!」
 
 そして、その悠二の叩き込まれた民家に、
 
「はああああっ!」
 
 ヴィルヘルミナが、特大の桜色の炎弾を放り込む。
 
「!!」
 
 驚愕する悠二をその周辺ごと、桜の大爆発が包み込んだ。
 
 
 
 
「これで‥‥終わりでありますか」
 
 後味が悪い。
 
 あの平井ゆかりとのやり取りの後だからこそ、
 
 なおさら‥‥
 
「!!」
 
(まさか!?)
 
 気配が消えていない!? 
 ドッ!!
 
 力強く踏み込んで、桜の爆炎の中から、
 
 悠二が猛スピードで飛び出してくる。
 
 その周囲には、炎を掻き消すように結界が展開されている。
 
 "狩人"の所有していた、今は悠二が持っている火避けの指輪『アズュール』の結界だ。
 
 
「っだあ!」
 
 そのスピードに乗って、悠二が大剣で斬りつける。
 
 ガァン!
 
 動揺で動きがわずか鈍ったヴィルヘルミナがこの斬撃をリボンで浅く受けてしまう。
 
 『吸血鬼』の特殊能力で、ヴィルヘルミナの足に斬り傷がはしる。
 
 
「もう一発!」
 
 悠二はすれ違いざま、振り返り、さらに大剣を薙ぐ。
 
 が、
 
 これを受けるヴィルヘルミナではない。
 
 今度はリボンが大剣を捕らえ、存在の力を流す間もなく、投げ飛ばされる。
 
 川面に石を投げるように、悠二の体が点から線に、大通りのアスファルトを削っていく。
 
 
(効‥‥いた‥‥)
 
 メリヒムに評される程の悠二の腕力が、この技巧者相手では逆に働く。
 
 斬撃の威力が投げの威力となって自分に返ってくる。
 
 前方から、仮面の討ち手が走ってくる。
 
 作戦どころか、のんきに痛がっているヒマもない。
 
(左腕‥‥いったな‥‥)
 
 左腕だけではない。体中傷だらけの血まみれだ。
 
 特にやっかいなのが、先ほど殴られて切った額の傷、大事な局面で、血が目に入ったら命取りになる。
 
 そして、再びの違和感。
 
 なぜ自分はこれほどの痛みに耐える事ができる?
 
 いや、これは‥‥慣れている?
 
 
 持ち前の分析力でそこまではつかむ。
 
 フレイムヘイズが迫ってくる。
 
(出来るか!?)
 
 こんな事は鍛練で覚えてはいない。
 
 単なる思い付きだ。
 
 だが、試して損は無い。
 
「はああっ!」
 
 先ほどのヴィルヘルミナの放ったものにも劣らない、特大の銀の炎弾を放つ。
 
 一直線に飛んで来る『それ』、『万条の仕手』にとって単純極まるその攻撃を、ヴィルヘルミナは躱すと同時に相手に突っ込もうと構える。
 
 その躱すはずの特大の炎弾が、
 
「弾けろ!!」
 
 悠二の一声に応えるように、炸裂し、辺りに膨大な量の銀炎を撒き散らす。
 
「くっ、むう!」
 
 ヴィルヘルミナはその予想外の攻撃に、しかし、リボンを広げて、その炎を防ぐ。
 
 と、
 
「上空!」
 
 相棒の言葉に上を見れば、銀炎に紛れて、跳びあがっている少年が見える。
 
 今の攻撃のせいで、視界と体勢が、悪い。
 
 
 ぶっつけ本番の自在法が成功した悠二、右手に持った『吸血鬼』を"手放し"、ポケットからもう一つ、白い羽根を取り出す。
 
 そして、今手放した、中空にある、人間にはかなりの超重量の大剣を『足場』にして、ヴィルヘルミナに向かって、全力で『空中から』跳びかかる。
 
 その間に、白い羽根は一本の長い細剣へと変わる。
 
 悠二、最後の奇策。
 
 その突きが、ヴィルヘルミナのリボンに止められる。
 
 だが、
 
 ギュイイイイン!
 
 刀身が高速で回転し、突きを受けとめたリボンをちぎる。
 
 このまま、
 
(いけえ!)
 
 
 
「舐めるな!!」
 
 あと、ほんのわずかで、細剣が届く、という所で‥‥。
 
 
 幾条かのリボンが、悠二の体を貫いた。
 
 
「ぐっ、あああああ!!」
 
 
 
 
 流星のように翔ぶ少女は、すでに封絶を視認できるほど近くまできていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 『吸血鬼』の能力判定について、不満のある方もいるとは思いますが、私の解釈、そしてこの作品ではこんな感じです。
 ご了承を。



[3934] 水色の星 三章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:45
 血が、流れる。
 
 貫かれた肩が、足が、二の腕が痛む。
 
 力が、入らない。
 
 
(はは、やっぱり、弱いんだな‥‥僕は‥‥)
 
 
『ヘカテーは人を喰わない、それに‥‥守りたい』
 
 以前メリヒムに言った言葉が、
 
『あとで‥‥全部話すから‥‥』
 
 この戦いの前に、平井ゆかりと交わした根拠のない約束が、
 
 
 ひどく滑稽に思える。
 
 
(誰が誰を守るだって?)
 
 うぬぼれもいい所だ。
 
("あと"がない可能性が高いのに、『約束』か?)
 
 笑えるくらいに不誠実だ。
 
 
「本来、戦闘用ではないミステスにしては、良くやったのであります」
 
「上々」
 
 貫いた悠二をかかげ、ヴィルヘルミナがこれから破壊する者へ、最後の言葉を送る。
 
 
 戦闘用ではないミステスにしては‥‥か‥‥。
 
(そう、僕は本当に弱くて‥‥カッコ悪い‥‥)
 
「平井ゆかりは、まだ『こちら』に関わって日が浅い、貴方の消滅の悲しみで苦しむ事はないのであります」
 
 自らの窮地に、友達を逃がす事を優先した少年に、せめてもの慰めとして語りかける。
 
(そうさ、弱いから、しょうがないから‥‥)
 
 
 それでも、一緒に‥‥だから‥‥
 
 
「‥‥‥から‥‥」
 
「?、遺言で‥‥ありますか?」
 
「‥‥‥弱いから‥‥」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 もう、意識も定かではないのだろう。
 これ以上は、苦しめるだけだ。
 
 ヴィルヘルミナは、とどめをさす。
 
 
「もはや、苦痛は不要。一瞬で終わらせるのであります」
 
「一撃必殺」
 
 リボンを掲げる。これで、終わ‥‥
 
「だから‥」
 
 声に力が、戻っている?
 
 
「だから精一杯強がるしかないんじゃないか!!」
 
 少年が叫ぶと同時に突き出した右手から、銀炎がほとばしる。
 
 
(まだこんな余力が!?)
 
 咄嗟に自分も手を突き出し、炎弾を放つ。
 
 
 ヴィルヘルミナと悠二、互いに近い距離にあった二人の間で、銀と桜の炎が弾けた。
 
 
 悠二を貫いていたリボンも焼き切れる。
 
 その炎の中、感知に優れた悠二だけがこの状況下で気付く。
 
 
(‥‥来た!)
 
 目の前の討ち手は気付いていない。
 
(今、僕に出来る事‥‥)
 
「‥‥‥‥‥」
 
 それを考えて、ゲンナリする。これだけ精一杯強がって、見栄を張って‥‥
 
 最後には人頼みか。
 
 我ながら‥‥‥
 
「‥‥情けない‥‥」
 
 誰にも聞こえないくらい小さく、呟いた。
 
 一番カッコ悪い所を見られなかっただけマシだと割り切るしかないだろう。
 
 今は、
 
「っああああ!」
 
 連射‥‥などという代物ではない。
 
 ただ、がむしゃらに、次々と炎弾をヴィルヘルミナに放つ。
 
 先ほどの炎弾の破裂は少しは効いているようだが、こんなでたらめな攻撃は当然たやすく避けられる。
 
 だが、それで構わない。当てる事が目的ではない。
 
 意識をこちらに向け続けてくれさえすればいい。
 
 むしろ、避け、離れてくれるのはありがたい。
 
 自分は出血多量に加え、足をやられているのだ。
 
 この場を離れるだけでもかなりきつい。
 
 炎弾を撃ち続けるのにも、限度があるが、
 
 もう、時間がかかる事もないだろう。
 
 
 冷静に、集中して、『悠二の攻撃』を躱す『万条の仕手』。
 
 その背後から、
 
 明るすぎる水色の光が差した。
 
 
 
 
 最初に目に入ったのは、乱れ散る銀と桜の炎、
 
 次に見えたのは、仮面からリボンを溢れさせるフレイムヘイズ。
 
 容姿からみて、『万条の仕手』。
 
 そして、最後に、
 
 左腕を力無く垂らし、全身血まみれの、
 
 坂井悠二。
 
 
 少女・ヘカテーの表情が変わる。
 
 星黎殿にいた時にさえ、一度も見せた事の無いほどの、冷たい表情。
 
 冷徹極まりない、氷像の顔。
 
 
「『星(アステル)よ』」
 
 明るすぎる水色の無数の光弾による流星群が、放たれる。
 
 
 突然の光に、新たな敵の存在を悟ったヴィルヘルミナは、その飛んでくる流星群に驚愕するが、同時に冷静に躱し、いなすために構える。
 
 範囲外に逃げるのは無理だ。
 
 あの少年の先ほどの無茶な攻めは、自分に注目させ、『これ』から、逃がさないためだったのだろう。
 
 そして、構えるヴィルヘルミナに迫る流星群が。
 
 
「‥散れ‥‥」
 
 少女の冷たい呟きと同時に、
 
 流星一つ一つが、さらに無数に割れた。
 
 逃げ場どころか、一部の隙もない、星の雨、あるいは、『壁』。
 
「防御!」
 
 ティアマトーの呼び掛けと同時、『反射』も何もする余裕は無く、ただ硬化したリボンで自身を守る壁を作る。
 
 が、
 
「‥束ねよ‥‥」
 
 その流星雨の軌道が、ヴィルヘルミナ一人に、流れ込むように収束する。
 
「!!」
 
 しかし、今さらどうする事も出来ない。
 
 ただひたすら硬化、防御に徹する。
 
 ズッ、オオオオオ!!
 
 
 『星』の雪崩が、リボンの壁に容赦なく降り注ぐ、否、なだれ込む。
 
 ブッ、ブチッ、ブツン、ブツン
 
 リボンの壁が‥‥
 
 削られていく。
 
 そして、
 
 水色の雪崩が治まった時、
 体を何ヶ所も、細い光に貫かれ、血を流す討ち手が、
 
 倒れた。
 
 
 
 まだ、生きている。
 
 死んではいない。
 
 『星』を放ったあと、地に降り立ったヘカテーが、『フレイムヘイズ』の生存を見て確認する。
 
 そして、大杖・『トライゴン』を倒れている討ち手に向ける。
 
 
(消えろ!)
 
 
 とどめの『星』を放とうとするヘカテーの肩に、
 
 手が掛けられる。
 
「ヘカテー」
 
 少年の手が、
 
「殺す事ない‥‥。そんなに悪い人じゃないんだ‥‥」
 
 自分の行動を制止する声がかけられる。
 
 こんなに、血まみれにされているのに。
 
「だから、そんな顔、しないで‥‥」
 
 表情が、先ほど凍り付かせた心が、揺れる感情の振幅に耐えられない。
 
「僕は、大丈夫だから‥‥」
 
「うっ‥‥‥えぐっ‥‥」
 
 怒りか、悲しみか、安堵か、嬉しさか、わからない。
 
「だから‥泣かないで‥‥‥」
 
「う‥‥うぇ‥‥うう‥‥うわあぁぁん!」
 
 
 ただ、子供のように泣いた‥‥。
 
 
 
 
 さっきから、自分にすがりつき、泣きじゃくる少女を、折れていない右腕で抱きしめ、頭を撫でている坂井悠二。
 
「‥‥すぅ‥‥すぅ‥」
 
 
「‥‥寝ちゃったのか‥‥」
 
 自分の腕の中から、寝息らしき声が聞こえる。
 
 先ほどの、今まで見た事の無い、冷徹な少女の顔、とどめをさそうとする少女の顔。
 
 どれも初めて見たはずの顔なのに、なぜか、全く怖くなかった。
 少女の心の内がわかった気がした。
 
 だから、止めて、なだめようとしたのだが、
 
「結局‥‥泣かせちゃったな‥‥」
 
「そう悪い涙ではなさそうだがな」
 
「!」
 
 
 突然の声に振り返れば、封絶の中にも関わらず、自分に話しかける清げな老紳士が一人立っている。
 
「そう警戒するな。君らに何かするつもりはない」
 
 何を根拠に信用しろと言うのか。
 
「その巫女殿の‥‥知り合い、といったところか。
 だから安心しろ。それに、私の力の大きさはわかるのだろう?」
 
 確かに、トーチより少しマシ程度の力しか感じない。
 気付けないわけだ。
 
 しかし、今のボロボロの自分ならトーチにもやられてしまう自信があるのだが‥‥
 
「とりあえず、名乗っておこうか。私は"屍拾い"、いや、巫女殿のいる場で偽名も無意味か‥‥。
 "螺旋の風琴"リャナンシー、それが私の名だ」
 
「‥‥坂井悠二だ」
 
 もう中身教えて襲われるのはごめんである。
 
 そういえば、自分やヘカテーの事でいっぱいいっぱいだったが、戦いの前に逃がした親友はちゃんと逃げられただろうか?
 
 ふと街の方に目をや‥‥‥
 
 ササッ!
 
 今、一瞬電柱の影に何か見えたような‥‥
 
 
 
 
「あれか!?」
 
「もう、封絶張ってるわね。都合がいいわ」
 
 画板ほどもある本、神器『グリモア』に乗って空を飛ぶ『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーが、街中に展開される一つの封絶を見つける。
 
「このまま、突っ込むわよ!マルコシアス!」
 
「あいあいよー!!」
 
 
 
 一つの戦いは、終わった。
 
 
 
 
(あとがき)
 悠二、ちょっと変だったかも。
 感想もらえてやる気が出ます。
 読んでもらえてるって実感が湧きますしね。



[3934] 水色の星 三章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:46
「このまま突っ込むわよ!」
 
 今までも、徒が"銀"を知っているなどと言う事はあった。
 
 そして、その全てがでまかせだった。
 
 普通なら、期待するなど間違っている。どうせハズレだ。
 
 だが、自分の血は騒ぐ。歓喜と殺意が溢れる。
 
 そう、それでいい。"あれ"は自分の全てなのだから。
 
 そして、向かう封絶、陽炎のドームが‥‥
 
 遠ざかる!?
 
「"移動式"の封絶か!?」
 
 相棒・"蹂躙の爪牙(じゅうりんのそうが)"マルコシアスが、マージョリーの乗る本から声をかける。
 
「取っ捕まえるわよ!?」
 
「おおよ!」
 
 
 そう、逃がさない。必ず見つける。私の全てを奪った『あいつ』。
 
 あいつの全てを、殺して、燃やして、引き裂いて、嘲笑って、
 
 ブチ壊す。
 
 
 
 
「そういうわけだ。私はトーチ‥‥それも消えかけの者しか喰わない。
 まあ、君からすればそれもいい気分はすまいがな。」
 
 なるほど、紅世の徒最高の自在師。
 
 そして、フレイムヘイズを敵に回さないように、トーチだけを喰らい、歪みを生まないようにしている‥‥と。
 
 一応、信用してみようと思う。
 何かしようというなら、とっくにしているはずだし。
 
 なら、こちらの事情も話そう。
 
 柔らかな物腰で接してくる相手。
 
 人間も含めて、悠二にとってかなり貴重な存在である。
 
 まあ、要するに、悠二は一発でこの老紳士が気に入ってしまったわけだ。
 
「僕は‥‥」
 
 
 
 
(さて、あのおじいさんは‥‥敵か?味方か?)
 
 悠二達からほどよく離れた電柱に、少女が一人隠れている。
 
 実は最初から、悠二は見届けていなかったが、封絶の外までは逃げずに、街中に潜んで様子をうかがっていた平井ゆかりである。
 
 実際には戦闘中、ことあるごとに、飛び出して止めようとしていたのだが、次々に爆発が起こったり、悠二が遠くまで吹っ飛ばされたりしていたせいで近づくどころではなかったのだ。 
 突如飛んできた小さな親友の光で一段落ついたかと思ったら、自分が近づく間に今度は何かまたおじいさんが現れた。
 
 先ほどの戦いでも、運が悪ければ死んでいた。
 
 慎重に近づく平井ゆかり。
 
 もはや、事態を想像する気はない。
 
 訊くまでは絶対わからないという確信を持っている。
 
 そして、あんなメチャクチャな戦いを見せ付けられた後だ。
 
 何があっても驚かない。
 
 どんな真実であろうと、受け入れる。
 
 
 
 
「なるほど、それで『万条の仕手』と戦う事になっていたか‥‥『零時迷子』のミステス」
 
「!」
 
 『零時迷子』の名前は、出していないのに‥‥
 
「なっ、何で!?」
 
「『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の名は有名なのでな。それに、仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女殿と共にいるミステスなど、『零時迷子』以外には考えられん」
 
「‥‥どういう事だ?」
 
「"永遠の恋人"に撃ち込まれた自在式の出どころは、彼女だ」
 
「!!」
 
 なら‥‥ヘカテーのせいだって事なのか‥‥?
 
 この、今も自分の腕の中で眠る‥‥あどけない少女の‥‥ 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 いや、ヘカテーが出どころだといっても、撃ち込んだのは"壊刃"という徒だ。
 
「少し、話しすぎたな。私の口から、これ以上の事は言えん。
 知りたければ、彼女に直接訊くといい。話してくれれば、だがな」
 
 
 だが、この老人の言葉を信じるなら、ヘカテーも関わっている事になる。
 
 だったら‥‥ヘカテーが関わっているというなら、なおさら、先ほどから考えていた事を‥‥やるべきだ。
 
 少し、形を変えて。
 
「リャナンシー。頼みたい事がある。
 かなり難しい、いや無茶な頼みだけど‥‥」
 
 『紅世の徒、最高の自在師』、そう聞いた時から、考えていたのだ。
 
「‥‥聞くだけ聞いてみよう。」
 
 
 ‥‥‥‥‥‥‥‥
 
 
「巫女殿の協力と、『カイナ』があれば‥‥あるいは、可能かも知れんな‥‥だが、それでいいのか、君は?」
 
「構わない。その自在式が‥‥ヘカテーに関わってるなら、それは‥‥もう僕の問題なんだ‥‥」
 
「‥‥‥いいだろう。約束通り、零時前に力を分けてくれるというなら、やってみよう。ところで‥‥」
 
「?」
 
「その電柱は何だ?」
 
「うぉお!?」
 
 いつの間にか、『吉田専用』と書かれた電柱が悠二の隣に来ている。
 
「話終わった?坂井君?」
 
「ひっ、平井さん!?」
 
 逃げていなかったのか、なんて危険な!
 
「逃げろって行っただろ!?」
 
「説教も説明もあとあとあと!とにかく、怪我人連れて病院行くから、反論禁止!ああ、けど街がボロボロ‥‥」
 
「いや、街は修復可能だ。それと、病院はまずいな。」
 
「ああ、そうなんですか。ども♪んじゃ、近いし、私ん家に連れてくから、坂井君歩ける?」
 
「えっ、あっ、はい。何とか‥‥‥」
 
 凄まじい勢いでこの面子から主導権を奪い取る平井ゆかり。
 
 思わず素直に応えてしまう。
 
「んじゃ、私がヘカテー。おじいさんがカルメルさん背負って出発!
 それでいいですね?ティアマトーさん?」
 
 今まで、一言も喋らなかった。契約者を案じていた寡黙な王、先ほどまで戦っていた相手にだけは確認をとる。
 
「‥‥介抱?」
 
「はい♪」
 
「‥‥了承」
 
 
 目の前にいる者達の先ほどからの穏やかなやりとり。
 そして、断片的に聞こえてきていた老紳士と少年の話の内容から、契約者を預ける事を了承するティアマトー。
 
 
「‥‥元気な娘だな」
 
「はあ、もう好きにしてくれ」
 
 大体、寝てるだけのヘカテーが運ばれて、重症の自分が歩きか。
 
 そして、この状況でもこの平井ゆかりにペース持っていかれる自分って一体‥‥
 
「‥‥直すか‥‥」
 
 そして、少ない余力なのにこれも自分の仕事だ。
 
 やはり、今回一番の貧乏くじは自分らしい。
 
 まあ、生き残れただけ行幸だろう。
 
 
 封絶の中を修復し、一同は平井宅に向かう。
 
 
 
 
「追い付いた!」
 
 移動式の封絶に追い付き、中に飛び込むマージョリー・ドー。
 
 その目に映る、封絶の中をよぎる炎の色は‥‥
 
 平凡にくすぶる、
 
 "鼠(ねずみ)"
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥惜しかったな‥‥」
 
 相棒の慰めが虚しく響く。
 
「フレイムヘイズか!?」
 
 突然の闖入者に驚く"げい鱗"ニティカ。
 
「「ふっざけんなあああ!!!」」
 
 二人で一人の『弔詞の詠み手』の怒声と共に、
 
 小動物の色した封絶に、
 
 群青の花が咲いた。
 
 
 
 
 目を覚ますと、見た事の無い部屋の天井。
 
 暗い。夜だろうか?
 
 自分は、あの水色の光を浴びた後‥‥一体。
 
 
「起きた?」
 
 事態が呑み込めていないヴィルヘルミナ・カルメルの耳に、
 
(‥‥バカな‥‥)
 
 声がかけられる。
 
 
 幻聴が聞こえるほどの重症‥‥という事か。
 
 確かに、体を少し動かすだけで激痛が走る。
 
 この声が、聞こえるはずがない。
 
 もう二度と‥‥聞く事などありえないはずだ。
 
 
「まだ動かない方がいいよ。傷口自体は小さいけど、数がかなりあるから」
 
 まただ。
 
 彼によく似た声のやつが側にいるらしい。
 
 そう、目を向ければいい、
 
 それで、この声の主が誰なのかわかる。
 
 そして、見る。幻ではない、確かな現実を‥‥
 
 
 
「‥‥‥ヨーハン?」
 
 
「おはよう、ヴィルヘルミナ」
 
 
 
 
「本当にあれで良かったのか?」
 
 平井家、ヴィルヘルミナの寝ている部屋、かつて、平井ゆかりの両親のものだった部屋とは違う。
 
 リビング、老紳士と少年がいる。
 
 零時を回るまで、傷は癒えない。
 この状態を千草には見せられないため、今日はお泊まりだ。
 
 家の主、平井ゆかりは自室にこもっている。
 
 本人いわく、「気持ちに整理をつける」。
 
「私と、自在式に干渉できる巫女殿の力で、"永遠の恋人"を『カイナ』のミステスとして復活させる‥‥当然、『零時迷子』と、それに打ち込まれた自在式は、これからも君の存在につきまとう。
 "永遠の恋人"の変質を聞いただろうに、物好きな‥‥。
 君の方を『カイナ』のミステスにする事も出来たというのに」
 
 そう、最初ヘカテーはそれを強く薦めてきた。
 懇願と言ってもいい。
 
 事情は、話してくれなかったが。
 
 代わりというわけではないだろうが、嫌々ながら、悠二の案には協力してくれた。
 
 かわいそうな事をしてしまった。
 
 そもそも悠二を『カイナ』のミステスにするために、『天道宮』まで行ったというのに、
 
 そのヘカテーは今、入浴中だ。
 
 ある意味、平井ゆかりの事と併せて、彼女が一番の被害者かもしれない。
 
 加害者の可能性もあるのだが。
 
 
 けど‥‥
 
「その自在式が、ヘカテーの問題なら、僕が背負いたい。
 わがまま‥‥かな?」
 
「というか、馬鹿だな。」
 
 一秒も間を置かず、切り返すリャナンシー。
 
 ひどい。嘘でもいいからフォローを期待したのに、逆にきついカウンターだ。
 
「『男の美学』などという事に同意して欲しければ、他を当たれ。
 私はトーチに寄生しているため、この姿だが、これでも女だ」
 
「うそお!?」
 
 かなり素で驚く悠二。
 
「私はもう眠る。約束の存在の力は明日以降で構わない。ではな」
 
 言って、部屋を去る老紳士。
 
 
 確かに、不安要素は嫌になるほどある。
 
 けど、あの戦いと彼女の涙で、決めたのだ。
 
 風呂から上がってきた、少女に目をやる。
 
 
(この娘のために強くなる)
 
 
 
 
(あとがき)
 マージョリーは、期待を裏切る展開でしたでしょうか。
 元々こうするつもりだったけど、感想もらった後にやると罪悪感が‥‥
 ヨーハンに関しての矛盾、指摘もあるでしょうが、次のエピローグで説明します。



[3934] 水色の星 三章 エピローグ
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:47
「あの‥‥ヘカテー?」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 困った。これは無茶苦茶怒っている。
 
 確かに、ヘカテーは自分のためにカイナ探しを計画してくれたのに、昨日の自分は‥‥‥
 
 
 
『カイナの上では動けないという条件は、体内に宝具を宿す、ミステスなら常時側にあるからそれを生かして手を加えればいいか』
 
『けど、自在法を使えなくなるっていうのは?』
 
『ああ、だから有事の際には自らカイナを外せる仕掛けも仕込まなければならん』
 
『その、仕掛けと、"永遠の恋人"の存在をカイナを核にして再構成するのはリャナンシーで、戒禁を超えて、式と切り離すのは、ヘカテー、いい?』
 
『ヤです』
 
『ヘ・カ・テ・ー?』
 
『‥‥‥‥はい』
 
『だが、かなり複雑な式を複数同時に使わねばならん。やれやれ、かなり骨が折れるな』
 
『ああ、それなら多分大丈夫だと思うよ。ヘカテー、オルゴール出して』
 
『ヤです』
 
『オ・ル・ゴ・ー・ル!』
 
『‥‥‥‥‥‥はい』
 
 
 
 あれはちょっと冷たかったかも知れない。
 
 あの時は『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の事で頭がいっぱいだったが、ヘカテーの意見は全く取り入れていない。
 
 しかも、"永遠の恋人"救出の半分はヘカテーのおかげだというのに。
 
 どうしたら機嫌が治るだろうか、もし、自分から『零時迷子』を取り出しても構わない。などと言ったとしても(消えたくもないし、言わないが)、多分、もっと怒られる。
 
 そんな気がする。
 
 
 悠二は気付いていない。
 
ヘカテーは怒っている、というより、悲しんでいる。不安になっている。
 
 かなりの幸運の末に手に入れたカイナ。それを、悠二自らが手放した。
 
 自分と、共に在るための鍵を手放した。それが悲しい。
 
 そして、これからどうすればいいのか。
 
 『零時迷子』は『大命』の鍵。だが、悠二は『零時迷子』が無ければいずれ消える。
 
 悠二は、人から存在を奪う事を認めもしないだろう。
 
 当然、『大命』を優先すべきだ。
 
 それが、巫女として‥‥自分のとるべき‥‥
 
(悠二が‥‥消える?)
 
 自分のとるべき行動を再認識し、それの結果を同時に思い浮かべる。
 
(嫌だ)
 
 今までとは違う。即座に自分の気持ちを理解する。
 
(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)
 
 胸のうちで感情だけの言葉を繰り返すうちに‥‥
 
「!」
 
 ふと思い付く。
 
 そうだ。"虹の翼"や、今後の『約束の二人』が悠二にするように、『大命』のため持ち帰った『零時迷子』から定期的に力を分けてもらえば‥‥
 
 『盟主』や、ベルペオルなら、認めてくれるかも知れない。
 
 そうすれば、ミステスではなく、トーチとしてなら、ずっと一緒に‥‥
 
 そこまで考えて、自分の愚かさに愕然とする。
 
 そう、悠二は、自分と一緒に星黎殿に来るとは、一言も言っていない。
 
 ずっと一緒にいてくれるなどと、一言も言っていない。
 
 カイナが手元にあった時も、今も、自分が思い描いていた未来には、何一つ根拠が無いという事に、
 
 今になってようやく気付いた。
 
 
 
 
 
 二日後、平井宅のマンションの前に、怪しい一団がある。
 
 
「行くのでありますか」
 
「うん、別れは寂しいけど、フィレスを探さなきゃ」
 
 
 今、助けだされた"永遠の恋人"ヨーハンは、御崎市を発とうとしている。
 
 あれから、悠二達としばらく過ごし、消費はしなくとも回復はしない『カイナ』の特性と、存在するだけで力を少しずつ消費する彼の恋人"彩飄(さいひょう)"フィレスの事もあり、力の減少に際して、この御崎市を訪れる事に決まった。
 
 一方的に都合のいい事だけぬかして旅立ったどこかの長髪よりははるかにマシである。
 
 
「またね、ヨーハン」
 
「‥‥‥‥‥また」
 
「今度は恋人連れてきて下さいよ!」
 
 上から、悠二、ヘカテー、平井ゆかり。
 
 いずれもこの二日で友好を暖めた面子である。
 
 ヘカテーとしては、人柄は気に入ったものの、やはりカイナに未練が残る。
 
 リャナンシーはわざわざ見送りなどに来てはいない。まだ御崎にはいるのだが。
 
 そして、
 
 
「本当に、一緒に来ないんだね?ヴィルヘルミナ」
 
「ええ」
 
 『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 
「私は、この地に留まり、『零時迷子』の監察を続けるのであります」
 
「続行」
 
 そう、ヴィルヘルミナは、ヨーハンを助け出したとはいえ、銀の炎のミステスと仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女という怪しすぎる二人組の監察を、この街で続ける事になった。
 
 
 もっとも、当面、破壊も討滅も考えてはいない。という彼女なりの不器用な感謝は、直接的な形に現れない。
 
 しかし、
 
「‥‥‥‥‥」
 
 悠二は、この待遇をいささか以上に不満に思っている。
 
 鈍きこと山のごとしな少年には、そんな討ち手の内心は察せない。
 
 
「じゃあね。因果の交差路でまた会おう」
 
「‥‥風の恋人達に、天下無敵の幸運を‥‥」
 
 
 
 そして、ヨーハンは去っていく。
 
 御崎市をあとにする。
 
 
 
 
「カルメルさん、さっきのは?」
 
「おまじないのような物であります」
 
 微妙にぼかすメイドに深くは訊ねず、平井ゆかりは自分の要件を伝える。
 
「ふーん。まっ、いっか。じゃ、私今からちょっと行くトコあるから、またね!坂井君、ヘカテー」
 
 平井はあれから、翌日には気持ちに整理をつけたらしい。
 
 いつもの元気な少女だ。
 
 わだかまりの欠片も、そこには見いだせない。
 
「行くトコって?」
 
「おやおや、気になるか少年。でも、ここで教えるようじゃミステリアスな女になれないからヒ・ミ・ツ♪」
 
 もっとも、真実を知ったうえでこれからどうするかとかは、彼女本人が口にするまでは誰も、ヴィルヘルミナも訊かない‥‥と暗黙の掟として決めている。
 
「また‥‥明日」
 
 全てを知って自分を拒まなかった親友にヘカテーが声をかける。
 
「うん!明日ね。ヘカテーもそろそろ攻めないと、一美は劣勢になってからが怖いんだよ」
 
 そんな少女の頭をなでながら、隣で頭に?を浮かべる少年を尻目に忠告する。
 
 そして、頭に?を浮かべる少女に悶える。
 
「んじゃ、バーイ!」
 
 そのまま元気よく走り去る。
 
 
 
 
「フゥ」
 
 さてさて、では平井ゆかり、大きな進歩に向けて踏み出しますか。
 
 
 この事を言えば、悠二やヘカテー、多分ヴィルヘルミナでさえ止めるだろう。
 
 協力などしてもらおうと思えば、説得にどれだけかかるかわかったものじゃない。
 
 そんなに気は長くない。
 
 これが‥‥全部知ったうえで自分が決めた道。
 
 幸いな事に、取っ掛かりならもう掴んでいる。
 
 ある程度決まったあとに話して驚かしてやろう。
 
 
「よっし!行くぞ!!」
 
 決意も新たに歩きだす。
 
 いざ、『御崎グランドホテル』へ!
 
 
 平井ゆかり、進路、
 決・定!
 
 
 
 日常から外れた少女は、それでも足をとめない。
 
 歩き続ける。危険な道でも、真っ直ぐに
 
 
 
 
(あとがき)
 三章の締めはこの章影の主役、平井ゆかり嬢です。
 
 三章まできて、原作ヒロイン影も形もありませんね。
 
 この作品を読んでくれる方達に感謝を。
 
 では四章で!



[3934] 水色の星 四章『群青の狂狼』 一話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:48
「はああ、疲れた〜」
 
 今日のお務め、これにて終了。
 しかし、まだだ。これから、同僚達には"バイト"と称している『仕事』に移らなければならない。
 
 書類整理が遅れているのだ。
 
 結局、この街の案内をするはずだったフレイムヘイズとは行き違いで会えなかったし、その分、仕事を上乗せされた。
 
 ホテルの受け付けの仕事もあるのに、ひどい仕打ちだ。
 
 そんな愚痴を内心ぼやく、黒髪をショートカットにした若い女性、近衛史菜は職場をあとにする。
 
 その後を、流した長い髪を両側でちょんと縛った少女が、尾行する。
 
 
 夜の街、美味しそうな匂いが鼻に香る。
 
「お腹空いたなあ」
 
「良かったら、ごちそうしますよ」
 
 おう、ナイスな提案だ。
 
 給料日前には大助かり‥‥‥って
 
「誰!?」
 
 いきなり後ろから話しかけてきた高校生くらいの少女。
 
 よく見れば、さっきホテルで何をするでもなく、ソファーに座り、時折こちらを見ながら延々とテトリスしていた少女だ。
 
「第八支部の近衛史菜さんですね?」
 
「!」
 
 自分と第八支部という言葉を関連付ける事柄は一つしかない。
 
「貴女は一体何者?」
 
 外界宿(アウトロー)だ。今まで、親が構成員だったため、知りこそしていたものの、働き始めてから半年足らず、書類整理と事務しかした事はない。
 
 当然、外界宿の事を知る人物に支部以外で接触する事など初めてだ。
 
 この少女は‥‥人間なのだろうか?
 
 
 
 この応対、名札を見て、そうだとは思ったが、やはりこの女性が本物の近衛史菜だ。
 
 と、なれば、ここが女の正念場である。
 
 
「そう、身構えなくてもいいですよ。私は第六支部から、『万条の仕手』に同伴してきた外界宿構成員です。
 この街の案内を頼んでいた件に関して、確認したい事がありましたので」
 
 途端、目の前の女性は明らかに動揺して、口を開け閉めする。
 
 疑っている様子はない。出任せで言った第六支部の事を詳しく知らない証拠だ。
 
 この構成員、あまりにも場慣れしていないと見た。自分の機転で押し切れる!
 
「詳しく話をお聞かせ願えますか?」
 
「はっ、はっはい!!」
 
「ふふっ、お若いんですね。私も第六支部じゃ一番若いんですけど、こんなに年の近い人いなくて‥‥後で第八支部の方にも案内してもらえますか?
 第六支部にあった地図だとわかりにくくって」
 
「はっ、はい!喜んで案内させて頂きます!」
 
 ちょっと街の案内遅刻の事をテコにして、いろいろ詳しそうな口振りと余裕のある態度でたたみかけたらこの素直っぷり。
 
 チョロいもんよ♪
 
「そういえば、お名前は何て言うんですか?」
 
 その言葉にはすでに疑惑の色は無い。
 
 『年下にも関わらず、フレイムヘイズに同伴しているベテラン構成員』への憧れさえ見てとれる。
 
 
「平井ゆかり。覚えて下さいね♪」
 
("これから"同僚になるんだからね♪)
 
 
 
 そして、その夜遅く、外界宿第八支部に突入し、『万条の仕手』の同居人である事、現役(新米)構成員を出し抜いた事を取っ掛かりとして、支部長から第八支部への出入りの権利を与えられた(勢いで与えさせた)平井ゆかりがすんごい成し遂げた笑顔で帰宅した。
 
 
 
 
 ピピピピピッ!
 
 目覚ましだ。眠い、うるさい。
 
 手を伸ばして、目覚ましをとめる。
 
 朝の鍛練‥‥‥
 
 
 坂井悠二は、ねぼけた頭でそれに思い至る。

 さっさと着替え終えて、ヘカテーを起こし(起こすまではまず起きないから堂々と着替えられる)、ヘカテーが準備している間は素振りで体を暖める。
 
 これが朝の鍛練のいつもの流れ、
 
 
 早く起きて、着替えないと‥‥‥
 
 すぅ
 
 ヘカテーが可愛らしく、かすれる程に小さな寝息をささやく、
 
 あれ?何でこんな小さな寝息が聞こえるんだろ?
 
 思いながら、ベッドに目を向ける。
 
 ベッドにいない。
 
 が、理由は一瞬でわかった。
 
「すぅ‥‥すぅ‥‥すぅ‥‥」
 
「なっ、なっ、ななななな!?」
 
 自分と同じ布団の中にいるからだ。
 
「ヘッ、ヘカテー‥‥さん?」
 
 昨日寝た時点では確かに、別々に寝たはずなのだが‥‥そして、起こすのが目的のはずなのに、恐る恐る声をかける悠二。
 
 その声に反応して、
 
 ヘカテーがむぅっと唸り、身じろぎ、
 
 そのまま起きるかと思いきや‥‥‥
 
「‥‥‥むにゃ‥‥」
 
 ピタッと悠二に張りついた。
 
 目は閉じている。ねぼけるどころか寝ている。
 
 まあ、次の瞬間、起きるのだが‥‥
 
「ほわあぁぁぁぁ!!」
 
 坂井悠二の間抜けな絶叫が、響き渡る。
 
 
 
「まあ、平井さんの?」
 
「はい、平井ゆかり嬢宅に厄介になっている給仕、ヴィルヘルミナ・カルメルというのであります」
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 この沈黙は悠二だ。
 先ほどの騒ぎを収拾‥‥というか、絶叫で一度は起きたヘカテーが、また「むにゃっ」とか言って張りついてまた眠りだしたから、双方の安全(色んな意味で)のため、ヘカテーをベッドに寝かせて、とりあえず下に下りたら‥‥
 
 なんかリビングにメイドがいる。
 
 平井ゆかり宅のメイドのはずが、何故家にいる?
 
「ようやく起きたようでありますな」
 
「起床」
 
 
 さっきの絶叫は聞かれてはいなかったらしい。
 
「‥‥何でいるんだ?」
 
 悠二としては、自分を『監察』するらしい、一度殺されかけた人物だ。
 
 それで無くても、何が面白くて、次から次に怪しい人物を我が家に招かねばならないのかさっぱりわからない。
 
「貴方の習慣と今の時間帯を考慮すれば、自ずと答えは出るはずであります」
 
「推察要求」
 
 
「悠ちゃん、早く着替えてきちゃいなさい。
 カルメルさんが鍛えてくれるそうだから」
 
 
 なるほど。というか頼んだ覚えは無い。
 
 はっきり言って恐い。
 
「早くしなさい。カルメルさん、腹話術の他にも、武術の心得があるそうだし、ありがたく授業受けちゃいなさい」
 
 それは身を以て、嫌という程知っている。
 
 反論しようと口を開こうとすれば、
 
 もう、メイドと話し始めている。
 
 ‥‥‥もう、いいや。
 
 
 時間も無いし、ヘカテーも寝てるからちょうどいいかも知れない。
 
 
 さっさと、着替えるために自分の部屋に上がる。
 
「すぅ‥‥すぅ‥‥すぅ」
 
 まだ寝ている。
 
 なんか、いつも早くに起こしているのが申し訳なくなるような寝顔だ。
 
 手早く着替える。
 
 
 そして、先ほどの事もあるし、今日はギリギリまで起こすまいと決めている少女にまた目をやる。
 
 あどけない顔で眠る少女。
 
 
(この娘のために強くなる)
 
 前に決めた。胸に秘める誓いを、繰り返す。
 
 寝ている少女の頭を撫でる。
 
「むにゃ‥‥‥」
 
 
(いつか、僕が守るって、言えるくらいに‥‥)
 
 
 そして、起こさないように優しく、
 
 
 父親が娘にするように、
 
 軽く額に口づけた。
 
 
 
 
(あとがき)
 四章スタートです。
 今後とも、よろしくお願いします。



[3934] 水色の星 四章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:49
「無駄な動きが多いのであります」
 
「動作余剰」
 
 
 悠二は今、ほうきを持ったメイドに追い掛け回される、という、一部の人なら喜びそうなシチュエーションにいる。
 
 ただし、メイドは無表情、さらには自分は見事に叩き伏されているが。
 
 千草の手前、一応ほうきを持っているが、見ていない時は容赦無くリボンが襲い掛かってくる。
 
 ヴィルヘルミナは、ヘカテーの時と違って、こっちの攻撃の大半を防御もせずに投げ飛ばすのでいつもの倍、無力感を感じる。
 
「とは言っても、ただ動きの無駄を省いて、最短距離を攻撃するだけでは、相手に動きを読まれやすくなる。
 確実に当てられる時に攻撃を加える、多彩な攻撃で相手に隙を生ませる。
 それら全てを力の繰りと共に行うのであります」
 
「学習」
 
 
 だが、さすがは『戦技無双の舞踏姫』‥‥だったか‥‥格闘に関しては今までの誰よりも抜きん出ている。
 しかも、教え方が上手い。
 
 なぜ、ほうきなのかは疑問だが‥‥
 
 
「よーし、もう一丁!」
 
 これはいい。体に直接動き方を教え込まれているような感じだ。
 
(‥‥‥‥あ‥)
 
 やる気を出す悠二の目に、
 
 目を擦りながら現れる。
 
 水色の少女。
 
 先ほど、寝顔を見ているうちに、つい、自分が額に、キスしてしまった少女。
 
 かぁあああ
 
 今さらながらに恥ずかしさと罪悪感が込み上げる。
 
 彼女が寝ている間に自分は何という事をしてしまったのか。
 
 完璧に犯罪者だ。
 
 そんな事を考える悠二はもちろん‥‥
 
「隙だらけであります」
 
「怠慢厳禁」
 
 
 派手に投げ飛ばされた。
 
 
 
 
「悠二‥‥?さっきから、一体どうかしたのですか?」
 
 朝起きて、自分がすべき鍛練の相手を、何故か『万条の仕手』が務めていた。
 
 そして、悠二の態度が少し、おかしい。
 
 目を合わせようとしない。
 
 微妙に距離も離れている。
 
「え?、あっ、いや何でもないよ!別に!」
 
 訊いても、こんな風にはぐらかす。
 
 
 この前の戦いの後、悠二と離れ離れになる‥‥という、当然あり得る可能性にようやく気付いたヘカテーとしては、こんな風に距離をとられると不安になる。
 
 嫌われてしまったのかと考えてしまう。
 
 
 以前は、悠二と離れたくない、と自分が思っている事にすら気付かなかった。
 
 だが、今は違う。
 
 なぜそう思うのかはわからない。
 
 だが、悠二と離れるのは、嫌だ。
 
 すごく‥‥すごく嫌だ。
 
 
 その事だけはわかる。
 
 
 不安をその瞳に宿す少女に、少年は気付けない。
 
 目さえ合わせられない。
 
 
 
 そんな二人を眺める、普段より幾分困ったような笑顔の坂井千草と、朝食にも同席しているヴィルヘルミナ・カルメル。
 
 
(なるほど、この二人、『そういう事』でありましたか)
 
 今まで、この奇妙なミステスと仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女の関係性が今一つはっきりしなかったが、ヴィルヘルミナにとって、今、目の前にある少女の姿は、万言に勝る説明となる。
 
 永い歳月を、叶わぬ想いを抱き続けた‥‥今も抱き続けている自分にとっては、この少女の内心は自らの事のようにわかる。
 
 もっとも、この少女の場合は、叶わぬ想いと決まったわけでもなさそうだが‥‥。
 
「同調」
 
 余計な一言をぬかす相棒を自分の頭ごとゴンと殴る。
 
 ヴィルヘルミナ・カルメルは実に生真面目、かつ頑固者だ。
 
 今まで破壊すると断固として決めていた相手、『零時迷子』のミステス。
 
 もう、"永遠の恋人"ヨーハンの救出により、破壊の必要は無くなったとはいえ、急に素直に礼を言うような真似が出来ない。
 
 しかし、ほぼ、というか以前の自分の考えとしては完全に、絶望的状況にあった友人、ひいてはその恋人たるもう一人の友人をも助けてもらったのだ。
 
 感謝の気持ちがないはずがない。
 
 そんな彼女のとった手段が、少年らが習慣にしている、鍛練。
 
 素直に礼など言えないが、破壊の疑似行為で少年を鍛える事で恩を返そうとしている。
 
 
 実に分かりにくい恩返しである。
 
 当然、悠二やヘカテーもそんな内心には気付いていない。
 
 今朝家を出る時に見た嬉しそうな顔からすると、平井ゆかりは気付いているようだが。
 
 当人達に気付いてもらえなくとも、それでもヴィルヘルミナは構わない。
 
 一度決めたら断固としてやるだけだ。
 
 
 柔軟性のかけらも無い女性である。
 
 
 
(悠ちゃん、何かあったのね)
 
 坂井悠二の母・千草はこの少年少女の葛藤を見抜いている。
 
 そもそも、年頃の二人(と、千草は思っている)が、同じ部屋で寝起きするというのは、
 
 そのテの事に疎いらしい少女はともかく、手を出すような甲斐性もないが、興味の無いはずもない我が息子にはきついかも知れない。
 
 今までは、この話題を口にする度に少女の切ない目線にやられてしまっていたが、そろそろ強行に部屋を分けるべきだろうか?
 
 その前に、この息子の挙動不審をどうにか出来ないものだろうか。
 
 息子の内心に気付けずに、不安に駆られる娘同然の少女のために。
 
 
 しかし、時間は待ってくれない。
 
 
 二人は千草が何を考え付く間もなく、学校に行く。
 
 
 
 
(何だろうね、この空気) 
 
 昨夜の平井ゆかり大活劇を『非日常』側の二人に話してやろうと意気込んで登校してみれば、
 
 片や、顔をわずかに赤く染め、気まずそうに少女と距離を空けているのに、チラッチラッと少女に目をやる少年。
 
 片や元から白い顔色を蒼白にし、不安げな瞳を少年に向ける、いつもの三倍無表情な少女。
 
 
 互いが互いに相手の状態を把握出来ていない。
 
 それが、傍から見ても一発でわかる。
 
 何だろう、この微妙すぎる感じ。
 
 
 面白いからほっときたい気持ちと、無遠慮に質問したい気持ちと、おそらく無駄な不安に駆られる少女への配慮が絡み合う。
 
 
 平井ゆかりが、そんな、くだらない葛藤をしている間に、一時間目が始まった。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何だ、この悲しげな、体が重くなるような空気は‥‥
 
 一時間目担当の日本史の教師が、いや、クラス全体がこの空気を感じ取っている。
 
 いや、自分の悩みに苦しむ、張本人の一人たるバカ(悠二)だけ気付いていない。
 
 いつも、教師の粗を探し、授業の乗っ取りを画策している少女が、授業完全無視で、怯えにも似た切ない不安のオーラを撒き散らしている。
 
 平井ゆかりは後悔している。
 
 朝見た限り、互いにちょっと注意深く相手を見ればすぐ解決する悩み。
 
 なんか間抜けな構図に見えたのだが。
 
 小柄な少女にとっては、大分ヘビーな悩みであったようだ。
 
 とりあえず、あとでバカ(悠二)を殴る勢いで事情を訊いて、何とかしてやるしか無いだろう。
 
 
 そう考える平井ゆかり。 
 そして、その親友の吉田一美が、燃えた眼をして坂井悠二を見ていた。
 
 
 
 
 
「おう、これが約束のブツだ」
 
「へへ、本当にアンタ達には世話かけっぱなしですねえ」
 
 
 とある街、古びた倉庫で、怪しげな、ていうか明らかにまっとうな仕事をしていない、いや、はっきり言ってヤクザと呼ばれる類の連中が取り引きらしきやり取りをしている。
 
 その取り引きが一件落着したかに見えたその時、
 
 ギィィィィ‥‥ガシャン!
 
 閉めきられていたシャッターが開かれ、一人の男が現れる。
 
 
「何だ、てめえは!?」
 
「見られたな。バラすぞ」
 
「おい、てめえら俺たちをはめたんじゃねえだろうな!」
 
 
 口々に喚きたてるヤクザ達。
 
 そんな連中を見て、男は「ふん」と、つまらなそうに鼻で笑う。
 
 それを見て、ヤクザ達全員が、キレる。
 
「「「「ぶっ殺せ!!!」」」」
 
 
 ‥‥‥‥‥‥‥‥ 
 
 
「やっ、やめてくれよ!何で俺たちを!」
 
 ヤクザ達が倒れ伏す中、最後に残ったリーダーらしき男が、自分たちの日頃の行いも忘れて言う。
 
「理由?」
 
 突然現れた長髪の男は、そのリーダーのあごを景気良く蹴り飛ばし、意識を刈り取る。
 
 そして、すでに誰も聞いていないのに、律儀に質問に応える。
 
「生活費だ」
 
 
 
 
(あとがき)
 この章、いつもより長くなりそうな気がしてます。
 
 〜サイドが多くなりそうだから。



[3934] 水色の星 四章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:51
「ふふ、この服の色、結構好きだったのに‥‥ほら」
 
 高速道路の脇を歩く、一人の少女。
 
 自らの纏う、引きつれ、焼け焦げ、破れた服を指して、笑いながら言う。
 
「うむ」
 
 その胸元のペンダントから、遠雷のような声が、短く応えた。
 
 そして、内容には意味の無い。会話自体に意味を込めて、少女に語りかける。
 
「今度の徒は、容易い相手だった」
 
「でも、人にまぎれるための演技は、大変だった」
 
 そんな、不器用な気遣いをする父にして兄、師にして戦友たる、ペンダントに意思を宿す契約者を、嬉しく思う。
 
「だが‥‥‥さすらいの果てに、"そのまま"のお前に接してくれる者も現れよう」
 
 契約者は、つい先刻まで使命のため‥‥他人の存在に自分の存在を割り込ませていた『フレイムヘイズ』に、そう、いずれ来るだろう、出会いを伝える。
 
「そう‥‥かな。そんなの、面倒なだけだと思うけど‥‥」
 
 その気遣いに対して、少女は明確な応えを返せない。
 
「今度は、"王"でも討滅できるといいな‥‥降りたら、服買うね。動きやすそうなの、まとめて」
 
 わずかに怯んだ。それを自覚して話題を逸らす。
 
 だが、話題から逃げたわけではない。
 
「うむ」
 
 そう返す契約者は、少女が強がっているわけでは無いと気付いている。
 
 そう、
 
(私はフレイムヘイズ)
 
 そう念じるだけで、気持ちは完璧にできた。
 
 そうだ。『これ』こそが自分の全て、いや、自分自身だ。
 
(私は、『炎髪灼眼の討ち手』)
 
 
 
 
「坂井君、今日もお弁当持って来たんですけど」
 
 近衛史菜の不調に乗じて、前から画策していたお弁当プロジェクトをまたも実行に移す吉田一美。
 
「えっ、あっ、その?」
 
 いまだに小さな少女の異変に気付いていない坂井悠二。
 
 しかも、今は一時間目終了直後、平井ゆかりもまだ行動を起こしていない。
 
 その手にあり、坂井悠二に差し出された、弁当全体に広がる白い米、その中央にあるドンと居座る梅干し。
 
 完全な日の丸弁当である。
 
「げ」
 
 昼食より前に、自分より早く行動を起こした日常側の親友の行動に、平井ゆかりが声をあげる。
 
 平井ゆかりは、以前は、実は、近衛史菜と吉田一美、どちらの味方と、はっきりと考えていたわけではない。
 
 それこそ、もう一人の親友、幸せな少年が選ぶ事だと考えていた。
 
 だが、非日常を、戦いの中で、涙を流して少年にすがりつく少女。
 
 その少女を優しく抱きしめる少年。
 
 映画のワンシーンのような二人のやり取りを見てから、どちらを応援するかは決めた。
 
 自分も非日常に踏み込んだから非日常側の親友に味方すると考えたわけではない。
 
 単に、吉田一美が坂井悠二にアプローチをかけても、最終的に選ばれる事は無いだろう事を、あの坂井悠二とヘカテーの二人から感じたためだ。
 
 
 
(今朝から、ずっと、こっちを見ない‥‥)
 
 吉田一美が、少年にお弁当を、渡す。
 
 少年は、即座に断らない。
 
 何故か、不愉快だ。
 
 何故だろう。悠二がお弁当をもらう。
 
 ただ、それだけの事だ。
 
 大した事では無いではないか。
 
 だが、何か、嫌だ。
 
 もらって、欲しくない。
 
 しかし、食ってかかる事が出来ない。
 
 そんな事をして、もし、嫌われたら‥‥
 
 しかし、見ている事が、つらい。
 
 止める事も、見ている事もできない。
 
 
 そして、少女は、その場から‥‥
 
 逃げ出した。
 
 
 
 
「ヘカ‥‥テー?」 
 
 坂井君が、ようやく、走り去るあのちびっこの背に目を向ける。
 
 まあ、突然教室から飛び出したら当然かも知れない。
 
 イラッ
 
「さ・か・い・く・ん!」
 
 ゆかりちゃんが坂井君に食ってかかる。
 
 イライラ
 
 まあ、それはそれとして大チャンスだ。
 
 今こそ、鮮やかな逆転劇を見せ付ける時、今まで何だかんだで渡す事さえ出来なかったお弁当を渡すのだ。
 
 イライライライライライラ
 
 そう、ライバルのいない内にこそ‥‥‥
 
 イライライライライライライライライライライライラ
 
「あー!!くそっ!イラつく!逃げてんじゃねーよあのちびすけ!!」 
 
 
 
 
 突然、一美が叫んだ。
 
 逃げ出したヘカテーを、坂井君に追いかけさせようとしていたら(よく考えたらほっといても追いかけてたかも知れないが)、
 
 坂井君にお弁当プロジェクトを仕掛けようとしていた一美が叫んだ。
 
「よっ、吉田さん?」
 
 坂井君が、恐る恐る一美に声をかける。
 
「あ☆、坂井君?私ちょっと近衛さんに話があるからま・た・こ・ん・ど☆」
 
 お弁当渡すんじゃないんだろうか?
 
 
 そして、誰もが呆然とする中、吉田一美は、逃げ出した少女を、追い掛けた。
 
 
 
 
「これ」
 
 デパートの服屋で、色気の欠片もない、動きやすさだけを追及したような服を、まとめてレジにドンッと置く。
 
「あっ、はっ、はい!」
 
 レジの女性も少し驚いてから、応対する。
 
 小さな少女だ。
 
 十二、三歳くらいだろうか?
 
 無骨な黒のライダースーツの上に、黒いコートを身に纏い、それと同じ黒い髪が腰の辺りまで伸びている。
 
 可愛らしい容姿なのに、無骨な格好をしている事に、違和感を感じさせない。
 
 そんな、存在感と貫禄が備わっている。
 
 
 その少女が‥‥突然、何も無い方に振り向く。
 
「‥‥アラストール」
 
「うむ、おそらく‥‥王だ」
 
 少女の一人言?に何か、遠雷のような声が聞こえる?
 
 そして、少女はたった今、購入するために持ってきたはずの服、代金、目の前のレジの女性、全てを無視して走り出す。
 
「あっ、あのお客様!服の方は!?」
 
 呼び掛けるレジの女性に対して、
 
「いらない」
 
 それだけを返した。
 
 
 
 
 何故、あそこで逃げ出してしまったのだろうか。
 
 悠二は、あのまま、吉田一美にお弁当をもらったのだろう。
 
 それだけなら、まだいい。
 
 突然逃げ出すような真似をして、今朝から自分を避けている少年は‥‥どう思っただろうか。
 
 そして、何故、自分を避けるのだろうか。
 
 嫌われて、しまったのかも知れない。
 
 もし‥‥そうなら‥‥
 
 自分はどうすればいい?
 
 
「よう」
 
 この‥‥声は‥‥
 
 声に気付いて、前を向く。
 
 そこには‥‥
 
(吉田‥‥一美‥‥)
 
「逃げんのか?」
 
 逃げる?何に?
 
 しかし、その疑問とは裏腹に、自分は確かに感じる。
 
(恐い)
 
 この、坂井悠二に、積極的に接触しようとする少女が‥‥恐い。
 
「逃げるなら逃げるで別にいいんだけどよー。こっちにすりゃ好都合だし」
 
 好‥‥都合?
 
「けど、逃げるなら坂井君は私がもらうぜ?いいな?」
 
 もらう?
 
 悠二が‥‥とられる?
 
 悠二がとられる。自分の側からいなくなる。
 
(やだ)
 
 悠二が、自分から離れる。吉田一美の側に立つ。
 
(やだ!絶対に、やだ!!)
 
 
「あげません!!!」
 
 沸き上がる気持ちのままに、叫ぶ。
 
 だが、
 
「だったら逃げんなよ、腰抜け」
 
 『敵』はまるで怯まずに返す。
 
 そして、両手でヘカテーのほっぺたをプニッと挟み込む。
 
「嫌なら放すな。まあ、放させるけどな。私が」
 
 そして、自分の頭を、ヘカテーの頭にゴンとぶつける。
 
「勝負な。坂井君を振り向かせた方が勝ちの。
 とりあえず、今日だけは見逃してやるからよ」
 
 取られたくない。
 
 渡したくない。
 
 負けない!
 
「負けません!!」
 
「ああ!?」
 
「この乳おばけ!」
 
「乳とか言うな。おっぱいと言え、おっぱいってよ」 
 
 
 二人の少女は、校舎裏から、言い争いながら、教室に戻って行く。
 
 
 並んで‥‥
 
 
 
 
(あとがき)
 原作吉田どころか黒吉田さえも外れてるかも知れない。
 反響が恐ろしいですね。



[3934] 水色の星 四章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:52
 とある街のオープンカフェに、男が一人。
 
 サングラスをかけ、ダークスーツを着込み、プラチナブロンドの髪をオールバックにしている。
 
 以前、"愛染の兄妹"の護衛を務めていた紅世の王、
 
 ヘカテーの属する仮装舞踏会(バル・マスケ)の『将軍』、"千変"シュドナイである。
 
 
(結局、討滅されたのだろうな)
 
 自分が側にいない間に、フレイムヘイズにでも行き逢ってしまったのだろう。
 
 あれから、おそらく、あの気配隠蔽の自在法の効果であろう‥‥通り過ぎてしまった待ち合わせの街に行き、いくら探しても"愛染の兄妹"は見つからなかった。
 
 自分がその場に居合わせなかったとはいえ、護衛対象を殺されるのはこれで‥‥二度目か‥‥
 
 いや、あの兄妹の妹は、兄の欲望を満たすためなら自分との約束など気にも留めないだろう、もしかして、置いて行かれただけか?
 
 それはそれで何か虚しいが、行き先の見当無しに、あの二人を探すのはまず無理だ。
 
 現に、一応ここしばらく行き逢う徒に兄妹の事を訊いては見たが、誰一人知る者はいなかった。
 
(ん?)
 
 そこで、気配に気付く。
 
 わりと近い。
 
 徒かフレイムヘイズか、今一つわからないが、
 
 さて、どうする。
 
 考えている間に、気配の方からこっちに近づいて来る。結構な速度で。
 
 どうやら、同胞殺しの方らしい。徒が徒に、こんなに急いで会いに来るという事も無いだろう。
 
 心当たりも無い("愛染の兄妹"では無いと断言できる)。
 
 あの二人がいないと、こういう時に不便である。
 
 昼下がりのコーヒーブレイクが台無しだ。
 
「やれやれ」
 
 席を立ち、これから起こるであろう戦いに備える。
 
 気配が近づき、到着に先んじて封絶を展開する。
 
 その陽炎のドームに取り込まれたシュドナイは、その中に見える炎に、気付く。
 
(‥‥紅蓮?)
 
 そして、無意識に浮かんだ疑問は、飛び込んできたフレイムヘイズの姿を見る事で確信に変わる。
 
 
「炎髪灼眼だと!?」
 
 
 
 
「ふん。これがらーめんか。店主、フォークをくれ」
 
「お客さん、ラーメンは箸で食うもんだぜ」
 
「いいからよこせ、わざわざ食い辛い道具を使う意味など無い」
 
「お客さん、『郷に入れば郷に従え』って言葉知ってるかい?」
 
「知るか‥‥む?」
 
「どしたい?お客さん」
 
 
(これは、封絶か?)
 
 最近覚えた自在法が発現されるのを感じる。
 
 結構遠い、封絶を張るまで気配に気付けなかったほどには遠い。
 
 封絶‥‥『自分が生きた時代』には無かった、この世の真実を隠し、歪みを緩和させる因果孤立空間。
 
 徒とフレイムヘイズの戦場。
 
 あれが張られるという事は、徒が人を喰らっている、あるいは、フレイムヘイズと戦っているという事だ。
 
『私も、愛してるよ』
 
 戦いでしか接して来なかった、言葉の意味もろくに知らずに自分にそう言った少女。
 
 その少女が脳裏をよぎる。
 
 そうだ、今の自分なら‥‥また少女に会う事も出来るのだ。
 
『私はもう、新しい時を見ているのであります』
 
 『彼女』が在った頃は、『彼女』への愛によって、『天道宮』にいた頃は自らを白骨へと変えて、その想いを無視していた討ち手には、今、どう接すればいいかわからず、つい会わない選択肢をとったが‥‥少女と会う事には何の抵抗も無い。
 
 もっとも、少女の首にかかっている奴に会うのはひどく不愉快だが‥‥
 
 あれから、数年経っているらしい。
 
 どんな成長を遂げているのか気にもなる。
 
 
 と、
 
 そこまで考えて、馬鹿馬鹿しいと首を振る。
 
 ただ、封絶が展開されただけだ。
 
 この世に徒やフレイムヘイズがどれほどいると思っている?
 
 しかも、自分が奇跡的な復活を遂げてから半年も経っていない、こんな時期に偶然で少女に会えるような事があるか。
 
 しかし、一度考えてしまうと気になってしまう。
 
「お客さん、麺のびちまうよ。はい、フォーク」
 
 
 
 
 
「つまり、ヘカテーが寝てる間に、坂井君が何かして、その羞恥心&罪悪感で変な感じって事かな?狼さん?」
 
「げっ!ぐええっ!!」
 
 時節は二時間目の真っ最中。場所は体育館の裏。
 吉田一美の宣戦布告の間の坂井悠二と平井ゆかりである。
 
 そこまで詳しく話したわけでもないのに、完全にバレ、かつ、もはや断定の態度のヘッドロックで首を締め上げられている。
 
「で?何したの少年?乙女のファーストキスでも掻っぱらったのかな?」
 
 ギリギリギリギリ
 
「っ!、ファーストキスっていや、違っ!おでこにちょっと‥‥‥」
 
「ほう?」
 
「あ」
 
 
(なるほどね)
 
 あっさり白状した少年を見て、やはりかなりバカらしい理由に思えてならない平井ゆかりである。
 
「ところで、平井さん?非常に言いにくいんですが‥‥」
 
「?」
 
「‥‥‥あたってます」
 
「っ!!」
 
 げしっ!!
 
「ぐあっ!」
 
 
「ふんふん。そういう事なら、話は簡単だね」
 
 蹴飛ばされて転がる、デリカシーの無い少年に、救いの手をさしのべてみる。
 
「え?」
 
「つまり‥‥‥」
 
 もちろん、ただの親切では無く、趣味を交えた半からかいの解決策だが‥‥‥‥
 
 
 
 
 御崎市、坂井家、屋根の上。
 
 一人の少年と、一人の老紳士がいる。
 
 いつもいる少女は今、いない。
 
 教室から飛び出した後も、不安が無くなったようでは無く、ただ、奇妙な意地のようなオーラを纏っていた。
 
 夜の鍛練に顔を出さず、今、一階で千草に風呂上がりの髪をいじられている。
 
 実際には、千草が遅くまで起きているのも、今ヘカテーと一緒にいるのも、千草が意図的にしているのだが、少年は知らない。
 
 
「‥‥難しいな。師匠」
 
「初めてにしては上出来だ、まあ、"並"と比べればの話だがな。
 ところで誰が師匠だ」
 
「いや、何となく」
 
 屋根の上である必要性があるのかないのか、半径数メートルのちんまりとした封絶の中で、悠二は銀の、ラミーは深緑の自在式を手の中で遊ばせている。
 
 自在師としての適性と、徒最高の自在師たる指導者を得た悠二は、様々な自在法の行使を学ぶ事が現在の課題だ。
 
 報酬はもちろん、零時前の存在の力である。
 
「けど、もっとこう実戦で使えそうな自在法とかは?さっきから地味なのばっかり‥‥ヘカテーの星(アステル)みたいなのは?」
 
 悠二としては、前のヴィルヘルミナとの一戦の事もあり、早く具体的な強さが欲しい。
 
 そして、本当なら、
 
「メリヒムの『虹天剣』みたいなのは?」
 
 と、訊きたかったのだが、悠二はラミーがメリヒムの事を知らないと思っているので、代わりに『星』と言う。
 
 何だかんだで、あの時のメリヒムは格好良かった。
 
 美しい虹の翼を広げ、かざした剣から放つ閃光、圧倒的な破壊力。
 
 あらゆるものへの格好良さを目指す『少年という生き物』としては、やはり憧れてしまう。
 
 話が逸れた。
 
「『あれ』は、使い手それぞれの"個性そのもの"とでも言うべき固有の自在法だ。
 あの『星』自体を君が覚える事はまず無理だろう。
 君が持つ、君だけの強さのイメージさえ掴んでいれば、今やっているような小難しい自在法より、よほど馴染むものを身に付けられるはずだが‥‥どうやら明確に掴めてはいないようだな」
 
「まあ‥‥ね‥」
 
 正直、自分が強いなどと思った事はない。
 
 イメージもぼやけている。
 
「さあ、次は『飛翔』をやるぞ」
 
「!、はい!師匠!!」
 
 空を飛ぶ、これはこれで凄く覚えたい。強さうんぬん抜きにして、人類共通の夢である(いや、人じゃないけど)。
 
「師匠はやめたまえ」
 
 
 
 
 
「そう、その吉田一美さんが‥‥」
 
 コクッ
 
(どうしようかしらね)
 
 そういう事情で今この少女を息子から引き離そうとしても、反発されるだけだろう。
 
 むしろ、傷つけてしまうかも知れない。
 
 とりあえず、少女の目先の不安だけでも解消すべきだろうか。
 
「ヘカテーちゃん?」
 
 少女がこっちに、無垢な瞳を向けてくる。
 
「ヘカテーちゃん、悠ちゃんに嫌われるのが怖い?」
 
「!!」
 
 少女は肩をびくっと震わせ、うつむく。
 
 本当に、素直な反応をする少女である。
 
「悠ちゃんがヘカテーちゃんの事、嫌いになると思う?」
 
「‥‥‥‥」
 
「信じてあげて?悠ちゃんは、貴女の事、嫌いになったりしないわよ?」
 
「‥‥信‥じる?」
 
 そこで、今まで無言だった少女が、初めて言葉を返す。
 
「そう。こんな可愛い女の子を、いじめたりしないって、信じてあげるの。
 『そんなひどい人じゃない』って」
 
 
(そうだ)
 
 少女は思う。
 
 あの少年は、自分が正体を打ち明けた後も、恐怖を覚えた後も、一緒にいてくれた。
 
 嫌いなら、一緒にいたりしない。
 
 一緒に暮らしたりしない。
 
 
 でも、不安は拭えない。
 
「まだ、不安?」
 
 千草の言葉に、頷く。
 
「不安でも仕方ないの。『そういうもの』だから。
 でも、今度はしっかり悠二を見てあげて?そのくらいの勇気は、ヘカテーちゃんなら持ってるんだから」
 
 勇気?
 
 そう、確かに戦いとは違う、けれど、この不安に立ち向かうのに必要なのは‥‥勇気かも知れない。
 
「もう、大丈夫ね?」
 
 頷く。やるべき事はわかった。
 
「はい、おばさま。大丈夫です」
 
 今度は‥‥目を逸らさない。
 
 ちゃんと少年を見る。
 
 
 
 
 この後、少女は、少年に会う、そして、見つめる。
 
 今度はしっかりと。
 
 
 
 
(あとがき)
 このまま完結まで書いたとして、後で原作最終巻出た後とかアニメ三期見た後にこれ見たらかなり無茶な代物になるんじゃないか?
 とかネガティブな事を、たまに考えたりもします。



[3934] 水色の星 四章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 19:53
 夜の鍛練を終え(『飛翔』は浮く所まで出来るようになった)、屋根の上でラミーと別れた坂井悠二。
 
 今日一日の事を振り返る。
 
 朝、ついその場の勢いで額に口付けてしまった少女。
 
 その事で思い悩んでいるうちに、なぜか少女は教室を飛び出し、それを吉田一美が連れ帰って来た。
 
 そして、その間に、自分は平井ゆかりに、解決策を授けられたのだが‥‥
 
(‥‥本当にやるのか?)
 
 
 
『つまり、今の坂井君は寝ている女の子にイタズラしてしまった卑怯でせこくていやらしい自分に悩んでるわけなの。わかる?』
 
『‥‥‥はい』
 
『そこで、後ろめたさを消すにはどうすればいいでしょう?』
 
『えっ、えーと‥‥』
 
『つまり、ヘカテーが寝てなかったら良かったわけだよ』
 
『へ?』
 
『要するに、堂々と、起きてる時に、もう一回かますの』
 
『そっ、そんな事‥‥』
 
『この際、恥ずかしさには目をつぶるのだ、少年よ。起きてるヘカテーのおでこにブチュッと』
 
『そんな、殺されろって言うのか!?』
 
『罪滅ぼしだよ。やらないと、坂井君が私の胸さわった事、ヘカテーと一美に言うよ?』
 
『僕からさわったわけじゃないだろ!?大体背中でだし』
 
『それが一美に通用するかなー?』
 
『うっ‥‥』
 
『ヘカテーに虫でも見るような目で見られるんだろうなー。坂井君』
 
『‥‥‥‥‥‥』
 
『はい♪決・定♪』
 
 
 
(今日が‥‥僕の命日か‥‥)
 
 
 実際の正解は言うまでも無く、正直に話して謝る事である。
 
 そして、もし胸の事を話したとすれば、危険な目に逢うのはむしろ平井ゆかり嬢の方であろう。
 
 悩める鈍き少年はそれらに気付かずに覚悟を決めつつある。
 
 
 
 
 黒衣を翻し、元は黒い髪と瞳を紅蓮に燃やし、少女は紅世の王の前に降り立つ。
 
「私は"天壌の劫火"アラストールの契約者、『炎髪灼眼の討ち手』、『贄殿遮那(にえとののしゃな)』のフレイムヘイズ」
 
 そこまで、名乗る。
 
 それ以上は名乗らない。
 
「天罰狂いの魔神殿か、本当に復帰していたんだな」
 
 少女が中途半端にしか名乗らなかった事をさして気にも留めず、眼前の紅世の王、"千変"シュドナイは少女の胸の上にある、神器『コキュートス』に声をかける。
 
 表面上は軽口だが、内心はそう穏やかではない。
 
 かつての『炎髪灼眼の討ち手』を思い出す。
 
 怒涛のような騎兵、地歩を占める槍隊、先頭を突き進み、同胞を蹄にかける悍馬、それら全てが、紅蓮の炎で生み出された『軍勢』。
 
 そして、矛斧(ハルベルト)を縦横無尽に振るい、炎髪をなびかせ、灼眼で睥睨する女騎士、マティルダ・サントメール。
 
 徒にとって、『悪しき伝説』、最強と謡われたフレイムヘイズ。
 
 そして、この紅蓮の炎は、『大戦』の最中、砕けるはずのない『大命詩篇』を、砕いている。
 
 自らの属する仮装舞踏会(バル・マスケ)にとって、何より邪魔な存在。
 
 
 ここで、『自分の宝具』の無い今、出会った事を嘆くべきか、それとも、ここで、一対一で倒す機会を得た事を喜ぶべきか、やってみなければ‥‥わからない。
 
 
「アラストール、こいつは?」
 
「"千変"シュドナイだ。古からこの世に在り続ける、強大な紅世の王。気を抜くな」
 
 シュドナイの言葉を無視して、『炎髪灼眼の討ち手』は戦いのための会話をする。
 
(それにしても‥‥)
 
 贄殿遮那のフレイムヘイズ。
 
 この討ち手はそう名乗った。
 
 つまり、あの刀を宿していたミステス、『化け物トーチ』と呼ばれ、徒やフレイムヘイズから恐れられていた『天目一個』。
 
 それを‥‥この討ち手は倒したという事になる。
 
(これは‥‥不幸な方かな)
 
 などと考えているシュドナイに、
 
 
 少女が神速の踏み込みで斬りかかった。
 
「!!」
 
 
 
 
 
 おばさまは、もう寝てしまった。
 
 さっき、封絶の気配が消えたから、多分、もう"螺旋の風琴"は帰って、今、部屋には悠二一人。
 
 今から、自分も部屋に戻る。
 
 そして、今度は目を逸らさずに、訊く。
 
 何故、今日一日、自分を避け続けたのかを。
 
 深呼吸して、気持ちを整える。
 
 一段一段、ゆっくりと階段を登る。
 
 そして、部屋の前、物音はしない。けれど、気配はある。
 
 やはり、もう屋根から降りてきている。
 
 縮こまる体に喝を入れ、ドアを、開ける。
 
 いた。
 
 やはり、昼間と同じ、気まずそうな顔。
 
 しかし、今度は、自分も、悠二も、目を逸らしていない。
 
 よく、見る。
 
 顔が少し赤い。そして、よく見ると、昼間よりさらに気まずそうな顔だ。
 
 怒って‥‥いる?
 
 
「あの‥‥ヘカテー?」
 
 悠二が口を開く。
 
 何を‥‥言われる?
 
「えっと‥‥いや‥‥その‥‥これは、罪滅ぼし‥‥いや‥‥違うのか?」
 
 何を‥‥いいあぐねている?
 
 恐い。
 
 これから、悠二が何を口にするか、考えるのが恐い。
 
「その‥‥っ!ああっもう!!」
 
 突然、悠二が大声を上げて、両手でパンッと顔を叩く。
 
 やはり、怒っている?
 
 椅子に座っていた悠二が立ち上がる。
 
 こっちに、近づいてくる。
 
(恐い)
 
 何を言われる?
 
(恐い)
 
 怒っている?
 
(恐い!)
 
 この場から、逃げ出したい。
 
 しかし、体が動かない。
 
「ヘカテー」
 
 悠二がまた、声をかけてくる。
 
 もう、目の前にいる。
 
 もう、逃げられない。
 
「あとで、どんな罰でも受けるから」
 
 罰?意味がわからない。
 
 そして、短く、
 
「ごめん」
 
「!」
 
 目の前が‥‥真っ暗になった。
 
 何故謝るのかわからない。
 
 何故、謝る?
 
 今、自分は、拒絶する事を宣告された?
 
 もし、そうなら‥‥どうすればいい?
 
 絶望に暮れるヘカテー。
 
 その額に、
 
 
 
 チュッ
 
 柔らかい感触。
 
「‥‥‥え?」
 
 今までの渦巻く絶望的な感情も忘れ、呆気に‥‥とられる。
 
「‥‥‥覚悟は出来てる。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
 
 言って、悠二が床に座る。
 
「うぁっ!‥‥ふぅっ!‥‥ふぇっ!‥‥」
 
 おでこに‥‥口付けされた?
 
 自分でも、何故かわからないが、鼓動が異常に早くなる。顔が無茶苦茶に‥‥熱い。
 
「へっ、ヘカテー?」
 
 そこで悠二が顔を覗き込んでくる。
 
 顔が‥‥近い。
 
「ふぁあっ!‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥きゅう‥‥」
 
 
 そこで‥‥意識は途切れた。
 
 
 
 
 
 目覚めると、ベッドの中。
 
 どうやら、まだ夜明け前らしい。
 
 横に目をやる。
 
 悠二が、床に敷いた布団に寝ている。
 
 そこで、自分が気絶する前のやりとりを思い出す。
 
 かぁあああ
 
 顔が再び熱を持つ。鼓動がうるさい。
 
 しかし、何を言われたわけでも無いのに、もう、悠二に嫌われてはいないと確信出来るようになっていた。
 
 それが、嬉しかった。
 
 ベッドから下りて、悠二の布団の中に潜り込む。
 
 恥ずかしさと嬉しさが混ざったような変な気分になりながらも、布団から出ようとは思わない。
 
『坂井君は私がもらうぜ?』
 
 あの、吉田一美の言葉を思い出す。
 
 頭にくるのもわずか、その言葉の意味を理解する。
 
 いや、正確には勝手に深読みする。
 
(私から、『もらう』という事は、今現在、悠二を、私が所有しているという事?)
 
 その意味する所は。
 
 
(私の‥‥悠二?)
 
 かぁあああ
 
 再び凄まじい恥ずかしさに襲われる。
 
 しかし、同時に溢れだすこの‥‥嬉しさ。
 
「私の‥‥悠二」
 
 今度は、声に出して言ってみる。
 
 胸が、どうしようもない勢いで満たされていく。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 その気持ちに、自分を抑えられず、
 
 寝ている少年の顔を見つめ、近寄り、
 
 その頬に、
 
 
 チュッ
 
 
 口付けた。
 
 
 
 
 
(あとがき)
 悠ヘカのすれ違い編、終了。
 そろそろ日常編から切り替えようかな。とか思ってます。



[3934] 水色の星 四章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/10 18:27
「ね‥‥‥眠い〜‥‥」
 
「貴女まで無理に来る事は無かったのであります」
 
「睡眠可能」
 
「そんな今さらな事言わないで下さいよ〜‥‥カルメルさんと坂井君のお稽古なんて面白そうじゃないですか‥‥むにゃ」
 
「稽古ではなく、鍛練であります」
 
「訂正要求」
 
「はいな。鍛練鍛練」
 
「一度」
 
「は〜〜い」
 
 
 
 
 落ち着こう。いや、すでに騒いでいないだけ少しは落ち着けているのだろうか?
 
 起き抜け、昨日の朝よりも近い位置、ヘカテーの顔がある。
 
 二日連続だとはいえ、騒ぎ立てて少女を起こさなかった自分を褒めたい。
 
 というか、昨日ヘカテーは布団に潜り込んだ覚えは無さそうだったが、寝る前は当然別々。
 
 ヘカテーが寝ぼけて潜り込んできたか、考えたくはないが、自分が寝ぼけて寝てる間にヘカテーを布団に引き入れているのか?
 
 もし、後者なら殺されても文句は言えず、前者でも当然、問題はある。
 
 自分で、自分が暴走しないと断言出来ないのが情けないが。
 
 そろそろ部屋を分けるべきか?
 
 まあ、それはそれとして、そろそろ用意しなければ、カルメルさんが来る時間である。
 
 眠る少女の頭をなで、下に下りる(二度同じ過ちは犯さない)。
 
 
 そこに、
 
「おはよ。坂井君♪」
 
「六分の遅刻であります」
 
「怠慢厳禁」
 
「お客様、待たせちゃだめよ?悠ちゃん」
 
 
 母・千草、ヴィルヘルミナ・カルメルとティアマトーはいい、だがなぜに、
 
「坂井君、我らがアイドルは?」
 
 平井ゆかりがいる?
 
「いや〜、坂井君とカルメルさんの鍛練見たくてさ〜。あと、寝起きのヘカテー」
 
 悠二の心中の疑問に先取って応える平井。
 
「‥‥まだ、寝てるよ」
 
 とりあえずそう応える。
 
 というか、そんな理由でこんな朝に人の家に来るか?普通。
 
「ふっ、ふ〜ん。にゃるほどね。」
 
 言って、素晴らしく楽しそうな顔になる平井ゆかり嬢。
 
 すごく、嫌な予感がする。
 
「しからば、ヘカテーちゃんの寝顔を拝みに行きますか♪坂井君は顔洗っといで!」
 
「ちょっと待ってくれ!」
 
 困る。すごく困る。
 
 ヘカテーが居候し始めてからは、平井ゆかりを家に招いた事は無い。
 
 ヘカテーが寝ている部屋、つまり自分の部屋で寝起きを共にしている事がばれてしまう。
 
 いや、たとえヘカテーが起きて、この場にいたとしても、自分の部屋を平井に見せるわけにはいかない。
 
 不似合いに置かれた黒板、ヘカテーの服を入れるタンス、(一応)自分のベッドの枕元に置かれたヘビのぬいぐるみシリーズも、色違いでそろそろ十に届きそうな数ある。
 
 見られたら一発で同室生活が、ばれてしまう。
 
 
「待・た・な・い♪レッツゴー!」
 
「了解であります」
 
「同伴」
 
 って、あんた達も見たいのか!?
 
「頼むから待ってくれー!」 
 
 
 そして、当然のように、全てばれる悠二である。
 
 
 プライベートって何だっけ?
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 今は、学校、朝のホームルーム前。
 
 あの後、三人でそろって登校したのだが‥‥
 
 てくてく
 
 ニコッ
 
 てくてく
 
 かぁあああ
 
 
 約一名、昨日の悠二以上に挙動不審である。
 
 朝からほとんど口を開かない。
 
 その代わり、何か足取りがフラフラし、時々、突然笑顔になったり、顔を紅潮させたりしている。
 
 しかも、悠二や平井以外でも‥‥つまりは誰にでもわかるようなはっきりとした笑顔で。
 
(まっさか、本当にやるとはね〜)
 
 この様子から、昨日の自分の秘策を悠二がやった事を悟る平井ゆかり。
 
 ああは言ったものの、実際やるとは思ってなかったが、どうやらかましたらしい。
 
 ちなみに、ヴィルヘルミナはともかく、平井は、実はヘカテーが悠二と同室で寝ている事は初めからヘカテーから聞いて知っていた。
 
 直接見るのは初めてだったが。
 
 
 ちらっと横に目をやる。
 
 困惑顔の坂井悠二。
 
 鈍い。不思議なほど、鈍い。
 
 はあっ、と溜め息をつき、前方の挙動不審な妖精を見る。
 
 うん、かわいい。
 
 怪しさ全開だが、かわいいもんはかわいい。
 
 と、そこへ。
 
「坂井君、おはようございます。近衛さんとゆかりちゃんもおはよう」
 
 もう一人の親友、現る。
 
 今のヘカテーの様子を見て、どんなアクションを起こすのか。
 
 まったくもって、楽しみである。
 
 
 
 
「ああ、おはよう。吉田さん」
 
 よかった。今日はいつもの吉田さんだ。
 
 最近、『いつもの』が、どっちかわからないような気もしてきたが‥‥
 
 そういえば、あの時、ヘカテーと何があったのだろうか?
 
 訊いてみようか‥‥
 
 と、悠二の目に、
 
 ヒュン!!
 
 白い軌跡が映る。
 
「ふっ!」
 
 その飛び来るチョークの投擲を、絶妙なヘッドスリップで躱す吉田一美。
 
 躱し、さらにそのまま、自分を射撃してきた少女‥‥近衛史菜に突っ込む。
 
 そして、右ストレート。
 
 ヘカテーも負けてはいない。
 
 迫る右ストレートにかぶせるように、左のクロスカウンターを合わせる。
 
「っらあ!」
 
 ストレートの軌道にあった右腕を払い、クロスカウンターを防ぐ吉田。
 
 同時に左を突き出す。
 
 その左と、クロスカウンターの追撃のつもりで構えていたヘカテーの右ストレートがぶつかる。
 
 ゴォオン!!
 
 拳と拳がぶつかり、派手な轟音が響き渡る。
 
 そこで、両者、距離をとって構える。
 
 シュッ、シュッと空ジャブで吉田を威嚇するヘカテー。
 
 まるで子供を見るような穏やかな、だがどこか見下したような笑顔でヘカテーを見る吉田。
 
 ‥‥って。
 
「二人ともいきなり何やってんの!?」
 
「挨拶です」
 
「大丈夫ですよ、坂井君。スキンシップみたいなものですから」
 
(こんなハイレベルなスキンシップ聞いた事ないんだけど)
 
 
「覚悟‥‥」
 
 言って、チョークを両の手に携えるヘカテー。
 
「ちょっ、ヘカテー!ダメだってば」
 
「いいの、気にしないで坂井君。何て言うのかな。
 ちょっと元気で‥‥お茶目な小鳥と遊んでるようなものかな?って」
 
 あれ?スイッチ入ってる?入ってない?
 
 これなら‥‥なだめられる?
 
「よっ、吉田さん?ほら、吉田さんおとなしいんだから、こんな事、ね?」
 
「きゃふ〜ん☆そんなぁ坂井君。かわいいだなんてかわいいだなんてかわいいだなんて‥‥一美、困っちゃう☆」
 
「‥‥いや、誰もそんな事言ってないって‥‥」
 
 ダメだ、これは。
 
 ヒュヒュン!!
 
「っわ!」
 
「!」
 
「猫をかぶるのをやめなさい」
 
 危うく、こっちにまで当たる所だ。
 
「‥‥‥‥‥ふっ‥」
 
 ムカッ
 
 ヘカテーの言葉を鼻で笑う吉田。
 吉田の嘲いにムカッとくるヘカテー。
 
 両者再びの激突。
 
 そこへ、
 
 パパァン!!
 
「はいはい。ホームルーム始まっちゃうよ、子猫たち?」
 
 割って入り、両者の拳を手の平で受けとめる平井ゆかり。
 
 
「あっ、あの‥‥始めていいの‥‥か?」
 
 いつの間にか来ていた担任が声をかける。
 
「はいはーい♪始めちゃっていいですよー♪」
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥ちっ」
 
 
 吉田、悠二、ヘカテーの反応である。
 
 誰が誰のセリフかは推して知るべし。
 
 そして、少し離れた席‥‥
 
「‥‥私、このクラスで一番運動神経いいのオガちゃんかと思ってた‥‥」
 
「私も‥‥」
 
「自信無くすなー」
 
 中村公子、藤田晴美、緒方真竹が話していた。
 
 その頃、
 
 
「うーん、美人だな。間違いなく」
 
「うんうん。美人、いや、美女というべきだ」
 
 坂井悠二達のクラスメイト、佐藤啓作に田中栄太である。
 
 学校の遅刻も何のその、市街地で、一人の女性を拝んでいた。
 
「ところで田中よ?」
 
「何かな佐藤よ」
 
「あれは、チンピラの山だよな?」
 
「まさしくチンピラの山だな」
 
「あの美女がやったわけ?」
 
「じゃないか?構図的に」
 
 二人の拝む女性、その前に、うず高く、チンピラが積みあがっていた。
 
「まったく、トーチも多いけど、こんなのまで多いのね」
 
「ヒヒッ、わざわざ外界宿(アウトロー)でトーチの多い場所調べるなんて面倒な事までしたんだ。
 これくれえの障害なんてへでもねーだろ?」
 
「まーね。こんだけトーチだらけなら、間違いなく"屍拾い"の奴も来てるでしょ。」
 
「まっ!そのためにわざわざしんどい思いして"隠蔽"までかけ続けてんだからな!
 これで見つからなかったら笑い種だぜ!ヒャハハ!」
 
 バンッ!
 
「笑えないっての。バカマルコ。
 さっさと、案内人!私の事、美人って口にした奴!」
 
「ケーッ、色ボケが。‥‥二人いるな」
 
 
 そこで、女性は振り向く。
 
「‥‥あれ?」
 
「あれだ」
 
 
 
 一人の討ち手が‥‥御崎市に現れた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回初めて気付いたけど。毎回(灼眼のシャナ再構成)ってタイトルに入れなくていいんですよね。
 よく考えたら。
 感想もらって充電した所で、頑張ります。



[3934] 水色の星 四章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/11 14:27
「ってわけで、簡単に言っちまうと。俺達はその人喰いの化け物をブチ殺しに来たってぇわけだ」
 
「「はあ」」
 
 今は、真っ昼間、言うまでもなく授業中の時間。
 
 街の喫茶店で、坂井悠二のクラスメイト、田中栄太と佐藤啓作、そして、フレイムヘイズ・『弔詞の詠み手』が『この世の本当の事』について、話している。
 
 もっとも、マージョリー・ドーは一般人に説明するのが面倒になり、早々に相棒のマルコシアスに任せて紅茶を飲んでいる。
 
「つまり、姐さん達は俺達に悪さする奴らをぶっちめようってんでしょ!?」
 
「まあ、俺達に直接実害があるわけでもなさそうだし、案内くらい構いませんけど」
 
 この信じられない話を、佐藤と田中は、当たり前だが、すぐには信じられず、だが人の話を頭から否定するほど頑迷でもない、という心理から、美女との同伴なら全て良し、態度保留の成り行き任せというお気楽な行動をとった。
 
 結果、流されているうちに本が喋るという現象に慣れてしまっている。
 
 いきなり燐子に接触した悠二。突然、家族の消滅を知った平井に比べ、やたらとすんなりと『非日常』に踏み込んだ二人である。
 
(‥‥今時の子は、また随分とまあイージースタンスねえ。こいつらが特別能天気なのかも知れないけど)
 
 別に驚かせたかったわけでもないし、手早く受け入れてもらった方が都合がいい事は確かなのだが、妙に無邪気な二人についそう思うマージョリーである。
 
 まあ、それはそれとして‥‥
 
「要するに、案内オーケーって事ね?んじゃ、さっさと行くわよ」
 
 この街の散策の方が重要だ。
 
「おいおい、もうちょっとくらい説明してやってもいいんじゃねーか?我が薄情なる要求者、マージョリー・ドー」
 
 軽薄な口調のわりに、実は情に厚いマルコシアスが言う。
 
「道すがらよろしく」
 
「また、俺がか?」
 
 
 
 
 
 御崎高校二時間目、昨日同様、近衛史菜は授業の乗っ取りをしようとはしない。
 
 しかし、昨日のような切ない空気を撒き散らしてはいない。
 
 どこか心ここにあらずで、妙な、というかどこか甘ったるいオーラを発しているだけである。
 
 まあ、少なくとも、重苦しい空気は欠片たりともないので、昨日と違って実害は無い。
 
 普段が、(普通のクラスメイトから見たら)何を考えているかわからない、なのに妙に行動的な少女であるがゆえに、この近衛史菜の異変に気付いているのは吉田一美だけである(悠二と平井を除けば)。
 
 冷静になって見れば、こんな態度をとっている少女の可愛らしさに気付くのだろうが。“警戒心”という先入観に隠されているのだ。
 
 そこで、ふと気付いたように近衛史菜が、授業に目を向ける。
 
((((やるのか!?))))
 
 と、クラスの何人かが思った時‥‥
 
「‥‥ヘカテー、だめ」
 
 坂井悠二が、小声で声をかける。
 
「‥‥‥‥‥はい」
 
 顔をわずか赤く染め、しぶしぶ‥‥というより、素直にうなずく近衛。
 
((((あの二人、何があった!?))))
 
 ここでようやく、クラスの何人か、この二人に注目していたクラスメイトが近衛史菜の異変に気付く。
 
 そこで、
 
 
 ピピピピッ
 
 電子音が響く。
 
「誰だ?学校じゃ携帯は切っておけよ」
 
 わりと、そういう事におおらかな英語教師が注意する。
 
「あっ、すいません。私のポケベルです」
 
 平井ゆかりである。
 
 かばんから、ポケベルを取出し、
 
「っ!、先生!」
 
「なっ、何だ?」
 
「私達、お腹が痛いから早退しますのでよろしく!」
 
「え?ああ、そうなのか。気を付けてな‥‥私“達”?」
 
 その言葉を言い終える前に、平井ゆかりは‥‥いや、坂井悠二と近衛史菜も消えている。
 
「何なんだ?一体」
 
 混乱する教師、その耳に、呟きが聞こえる。
 
「やっ‥‥ろすか?‥ひき」
 
「ん?吉田。何か言ったか?」
 
 吉田一美である。
 
「‥‥‥二匹まとめて‥‥」
 
「よっ、吉田?」
 
 何か、雰囲気が違う?  
「やっぱ殺ぉおーす!!」
 
 
 御崎高校は今日も平和である。
 
 
 
 
「何なんだろうね。平井さん」
 
「ゆかりは意味も無く授業を放棄したりはしません。何か大事な用事という事でしょう」
 
 
 今、平井ゆかりは学校から少し離れた街中の電話ボックスに入っている。
 
 あの時、何故だか引っ張りだされた悠二とヘカテーは二人でその電話が終わるのを待っている。
 
 ヘカテーも、少しは落ち着いてきたようだ。
 
「でも、平井さんの場合、『面白そうな事』が、大事な用事に含まれるからなあ」
 
「ん、出てきました」
 
 電話ボックスから平井が出てくる。
 
 
「お待たせ♪二人とも」
 
「それで、一体何の用だったんだ?」
 
 いきなり学校から引っ張りだされて、理由を訊かないわけにはいかない。
 
「え〜、おほん!」
 
 何やら咳払いなどして勿体付ける平井を、悠二とヘカテーがそろって怪訝そうに見る。
 
「それでは今より、関東外界宿(アウトロー)第八支部より、伝えられた内容をご説明させて頂きます」
 
「アウトロー?」
 
「!!ゆかり!?」
 
 外界宿の事を知らない呑気な悠二と、知っているがゆえに激しく動揺するヘカテー。
 
「もう、私も“そっち”と無関係じゃないって事だよ。坂井君、ヘカテー」
 
 
 
 
「ぐっ、ぬう!!」
 
 かなり疾い踏み込みだ。“愛染自”ソラトと同等、いや、それ以上の速さ。
 
 『炎髪灼眼の討ち手』の一刀を、擦る程度で躱した“千変”シュドナイは、この討ち手を分析する。
 
(そうだ。『天目一個』には自在法が効かない。
 それを倒したというなら、当然こいつの体術も相当なものであって当然‥‥)
 
 ヒュン!
 
 討ち手の大太刀が返しの一閃を繰り出す。
 
 それを何とか後ろに跳ぶ事で躱し、大太刀が空を切るが‥‥
 
(しまった!)
 
 迂濶な避け方だ。
 
 大きく跳び過ぎたために、空中で一瞬隙ができる。
 
 咄嗟に『飛ぶ』暇はない。追撃の『炎弾』を確実に喰らう!
 
 しかし、
 
(?)
 
 撃ってこない?
 
 いや、それどころか中距離に離れ、体勢が崩れた自分にまた斬りかかろうとしている?
 
(どういう事だ?)
 
 今のタイミングなら、炎弾、いや、飛び道具なら確実に当たっていた。
 
 今の隙を見逃す程度のやつにしては動きが良すぎる。
 
 離れたうちに、何か『溜め』のいる自在法を使う、といった事もせずに迷わず斬撃を選んだ。
 
 
 今の一瞬のやり取りで、この討ち手がとった行動の、普通なら気付かないほどの小さな違和感に、“千変”シュドナイは感付いていた。
 
 何かの罠か、あえて隙を作ってこちらの攻撃を誘っているのか。
 
 そんな風に勘ぐるのと同時に、もう一つの、『炎髪灼眼の討ち手』にあり得そうにない答えが頭をよぎる。
 
(まさか‥‥な)
 
 だが、もしそうなら‥‥
 
(試してみるか)
 
 そしてシュドナイは飛び上がり、両手を紫の虎の頭に変えて、上空から次々に炎弾を放つ。
 
 遠距離戦で、自分の仮説が正しいかどうかを確かめるために‥‥
 
 
(もし、俺の仮説が正しければ‥‥‥)
 
 このフレイムヘイズは敵ではない。
 
 
 
 
「そうでありますか。この街に来るまで、貴方は『弔詞の詠み手』に追われて‥‥」
 
「それは少し正確では無いな。途中、獲物を変えたりする事はあったが、私の討滅を諦めたとは思えん。
 まだ、私を追っている可能性は高いだろうな」
 
 平井家のリビングで、メイド服の女性と、清げな老紳士が話している。
 
「‥‥で、あれば、貴方を追ってこの街に来る、という事でありますか」
 
「可能性の話だ。もう見失っているかも知れん」
 
「しかし‥‥」
 
「ああ‥‥」
 
 それから、しばらくの沈黙の後、老紳士・“屍拾い”ラミーは口を開く。
 
「もし来れば、君はどうする?『万条の仕手』」
 
「‥‥止める、でありましょうな。貴方が特別な自在式で制御している、数百年かけてトーチから集めてきた存在の力。
 それが、貴方という手綱を無くした時、どのようになるかわからない」
 
「フレイムヘイズの使命かね?」
 
 ラミーのその何か含むような問いに対して、『それもある』と頷くメイド、ヴィルヘルミナ。
 
 ヴィルヘルミナ・カルメルは、復讐心を糧に生きる通常のフレイムヘイズとは少々異なる。
 そして、復讐を遂げ、使命感の塊となったフレイムヘイズとも違う。
 
 とる行動が使命と重なるためわかりにくいが、彼女は『情に生きるフレイムヘイズ』なのである。
 
 かつての『大戦』での戦い、『天道宮』での数百年、『約束の二人(エンゲージリンク)』との旅、そして、『零時迷子』の破壊未遂。
 
 それら全てが、一見、使命に見えて、実際には彼女自身の友情、あるいは愛情がとらせた行動であった。
 
 そんな彼女は口に出さない。
 
 もし、ラミーを追って来た『弔詞の詠み手』が、あの少年の炎を見る事になったら?
 
 以前、外界宿(アウトロー)で会った時、彼女は歴戦のフレイムヘイズたる自分に、“銀”について執拗に訊いてきた。
 
 あれほどの執着を向けるのは、まず間違いなく『契約』のきっかけとなった『復讐の対象』。
 
 怪しい、しかし、友人を救ってくれた二人(と、ラミー)、この二人と『弔詞の詠み手』が遭遇し、戦いとなるという嫌な未来を、ヴィルヘルミナは口にしない。
 
 口に出せば、現実になるような気がした。
 
 そして、覚悟も決める。
 
 もし、『弔詞の詠み手』がラミーを追ってきたならば、その時は‥‥
 
(私一人で止める)
 
 
 ヴィルヘルミナ自身の感情のみではない。『弔詞の詠み手』を刺激し、余計な戦い、ひいては歪みを生まないためである。
 
 銀の炎を持つミステス、“頂の座”ヘカテー。
 
 どちらも、“屍拾い”よりも、確実に目をつけられる。
 
 特に、あの少年の炎を見た時、『弔詞の詠み手』がどんな反応をするか、予測がつかない。
 
 “頂の座”にも、隠れていてもらった方がいいだろう。
 
 ミステスの少年に至っては論外だ。
 
 リスクは相当に高いわりに、戦力として不満である。
 
 そう考えて彼女は、自分一人で、力づくでも止めると決める。
 
 そうやって、彼女は、
 
 
 また、使命と感情を重ねるのだ。
 
 
 
 ラミーも、ヴィルヘルミナも知らない。
 
 
 『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは、
 
 もうすでに、御崎市にいる。
 
 
 
 
(あとがき)
 なんか、心理描写ばかりで進みませんでした。
 やっぱり長くなりそうです。四章。



[3934] 水色の星 四章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/12 15:28
「と、いうわけ、オーケー?」
 
 平井さんが、アウトロー、フレイムヘイズの情報交換支援施設に、関わりを持った?
 
「『あの時の』見てただろ!?何で自分から‥‥」
 
 自分と、ヴィルヘルミナの戦い、そしてヘカテーの一撃、どれだけ危険か、あの場に隠れていた平井ゆかりが、わからないはずがない。
 
「“だからこそ”、踏み込んだの‥‥自分達だけ危なくて当然なんて思わないでよね」
 
「っけど!、平井さんは‥‥」
 
「『人間』だから‥‥特別扱い?、事実を教えてくれた時と立場が逆だね」
 
「!」
 
 そう、ヴィルヘルミナとの一戦の後、自分達が『人間じゃない』事を話した時、その後も、この少女は‥‥自分達と、今まで通りに、接してきたのだ。
 
「親友なら、私の意思を尊重して欲しいな。大体、これでも悩んで決めたんだから、今さら何言ったって聞かないよ♪
 ほら、ヘカテーもそんな顔しない!」
 
 こちらの心配が杞憂に思えてしまうほど、明るい口調で話す平井ゆかり。
 
 というか、こっちがフォローされてたら世話ない。
 
「それに‥‥」
 
「?」
 
「これでも、結構楽しんでるしね♪」
 
「‥‥‥はあっ‥」
 
 言われるまでもなく、まるわかりである。
 
 とはいえ、こんな境遇にある自分でさえ、これからどう生きて行くかを決められていない。
 
 早々に、覚悟を決め、行動に移した平井に、何を言う事もできないか。
 
 と、いうか、本人も言っている通り、言っても聞かないだろうけど。
 
「ま!まだ正式な構成員じゃなくて、カルメルさんと外界宿(アウトロー)の情報伝達専門の客分って感じだけどね‥‥ん?何、ヘカテー」
 
 見れば、今まで一言も話さず、ただ心配、あるいは不満な目で平井を見ていたヘカテーが、平井の袖をつまんでいる。
 
「なら、ゆかりに、これを渡しておきます」
 
 
 
 
 
「んで、あっちが市街地で、こっから先が住宅街で‥‥」
 
 佐藤啓作と田中栄太の二人は、学校さぼって美女の御崎案内ツアーをしている。
 
 案内の最中に、絡まれたチンピラを軽く叩きのめしたり、それを聞き付けた警官を、額をこずくだけで『自分から』帰らせたり、とにかくこの美女の言葉を裏付けるような不思議を何度か目にしている。
 
 美女・マージョリー・ドーの言葉を信じるどころか、完全に子分気取りの二人である。
 
 今も嬉々として『親分』の役に立っている二人に、その親分から声がかかる。
 
「ねえ、あの屋上吹っ飛んでる建物は?」
 
 言って、マージョリーが指差したのは、かつてヘカテー(と悠二)が“狩人”フリアグネと戦い、戦いの後に封絶内の修復、いや、維持すらできなくなり、破壊されたままになっている依田デパート。
 
「ええ、あれは依田デパートです。ただもう閉鎖されてて、今じゃ地下の食品売り場くらいしか無いですけど」
 
 佐藤が、その質問に応える。
 
「閉鎖された‥‥ね。んで?何で屋上吹っ飛んでるわけ?」
 
「それはもちろん‥‥あれ?」
 
 意気込んで応えようとした田中が、止まる。
 
 佐藤も首をひねっている。
 
「いつ、壊れたっけ?屋上」
 
「いや、何か最初から壊れてたような‥‥」
 
「そんな建物あるわけないだろ」
 
「じゃあ、いつ壊れたってんだよ?」
 
「それだわ」
 
 『依田デパート破壊議論』を繰り広げる田中と佐藤に、マージョリーが割って入る。
 
「姐さん、それって?」
 
「言ったでしょ?封絶内で起きた不思議は、人間には認識すらできないの。
 もし、封絶内を吹っ飛ばして中を直さなかったら、今のあんた達みたいに、『壊れてるのが当たり前』って思っちゃうのよ」
 
「じゃあ‥‥」
 
「あそこが‥」
 
 理解してるんだかしてないんだかわからないような声で言う二人の言葉を、マルコシアスが先取る。
 
「この街をこんなトーチだらけにした野郎の『戦場跡』ってわけだ」
 
 
 
 
 その頃、依田デパート。
 
 
「これは‥‥違う。これ、も違う」
 
 悠二、ヘカテー、平井の三人が、おもちゃの山を探っていた。
 
 理由は、
 
 
『そのミステスと、徒。ああ、坂井君の炎とか、ヘカテーの真名とかは伏せといたんだけどさ。
 その監察に関しては『万条の仕手』に全面的に任せるってさ。
 カルメルさんがビッグネームで助かったね。んで、それはいいとして、御崎市のトーチの発生原因が“狩人”フリアグネであるという事の証明があると助かるんだってさ』
 
 
 と、いう理由からフリアグネの本拠だった依田デパートに来ているのである。
 
 本来、学校さぼるほど急ぎの用でもないのだが、ポケベルで早退してしまったので、ついでというやつだ。
 
 ちなみに、ヴィルヘルミナが有名なのは、かつて『大戦』で活躍した『竜殺し』の英雄、という伝説からでは実は無い。
 
 そういった数百年前の類の話を実体験として知って、生きている者がほとんどいなかったためである。
 
 ゆえに、ヴィルヘルミナの名が知れているのはあくまで彼女が『天道宮』で『炎髪灼眼の討ち手』を送り出して以降の数年の活躍によるものだ。
 
 
 ともかく、三人はまず、おもちゃの山を写真に収め、そのついでに何か宝具でもないか見ているのだが‥‥
 
「ねえ、坂井君。本当にさっきのやつとかも宝具じゃないの?それっぽいのに。」
 
「存在の力を通せば宝具かどうか確信できるから。それにしても、なかなか無いな」
 
「けど、ヘカテーはさっきから次々に『収納』してるけど?」
 
「‥‥‥あれは多分違うと思う」
 
 二人の視線の先で、小柄な少女、ヘカテーが辺りを見渡し、おもちゃの山から次々に手に持った白い羽根に収納している。
 
 宝具を見つけたというにしては頻繁に収納しすぎているし、目を付けるものがかわいい物に偏りすぎている。
 
 ただ単に気に入ったぬいぐるみなどを収納しているだけだろうと推測する悠二である。
 
「そう言う平井さんだってさっきから何の確証があって判別してるんだよ?」
 
 そう、平井ゆかりも探索に参加している。
 
「マイ・シックスセンス♪」
 
 迷わずにそう断言する平井に嘆息してしまう。
 
「おーっしゃ!やるぞー!」
 
 気合いを入れ、おもちゃの山を掘り返す平井。
 
 
 
 
「?」
 
 これは、何だろう?
 
 悠二の読み通り、宝具か否かに関わらず、自分のお気に入りグッズを漁っていたヘカテーが、一つの物を手に取る。
 
 黒い棒のような筒、両端にレンズがはめてある。
 
(望遠鏡?)
 
 前に平井家に泊まった際に知った物かと推測し、レンズを覗いてみる。
 
 しかし、像は歪むだけで、拡大はされない。
 
 望遠鏡ではなかったが、この歪む感じが気に入ったヘカテーはレンズ越しに歪む景色を変えて楽しむ。
 
 その視界に、
 
 平井ゆかりが映る。

 
 
 
 
「えっ!?」
 
「っ!?」
 
 
「?、どうしたの。二人とも?」
 
 特に何もないように見えた光景で、ヘカテーと平井が同時に何か反応した事を訝しがる悠二。
 
「‥‥‥?」
 
「‥‥‥?」
 
「ヘカテー?、平井さん?」
 
 自分の呼び掛けにも反応しない二人に、今度は少し心配になる。
 
 その二人が、互いを指差して、同時に言う。
 
 
「「‥‥私?」」
 
 
 また二人して口を手で押さえる。
 
 何をやってるんだ?
 
 
「平井さん、またヘカテーに何か吹き込んだ?」
 
 平井に訊くと、
 
「悠二‥‥‥平井‥さん?」
 
 いつもと違う呼び方で返し、また口を手で押さえる平井ゆかり。
 
 全く意味がわからない。
 
「ヘカテー?どうかした?」
 
 今度はヘカテーに訊いてみる。
 
「え?坂井君?、ヘカテー?」
 
 今度はヘカテーが妙な呼び方で返す。
 
 いよいよ意味がわからない。
 
 新手のいやがらせか?
 
 
 見れば今度は、ヘカテーが、「ヘカテー?」と平井を指差し、平井が「ゆかり?」とヘカテーを指差している。
 
 
「「‥‥‥‥‥‥」」
 
 しかし、いやがらせにしては全然楽しそうじゃない。あの平井ゆかりが、である。
 
 しかも、二人して黙りこくっている。
 
 心配と不安が入り乱れる。
 
 その悠二に、二人がまた普段と逆の呼び方で悠二を呼ぶ。
 
「‥‥悠二」
 
「‥‥坂井君」
 
 
「なっ、何?」
 
 
「「‥‥入れ替わった」」
 
 
 
 二人の少女の言葉に、少年は「何が?」という思いが頭をよぎる。
 
 
 
 
(あとがき)
 『これ』の元の案は、短編小説『リシャッフル』です。
 知らない人もいると思うので一応。



[3934] 水色の星 四章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/15 00:57
「‥‥‥入れ替わった?」
 
「そう」
 
「はい」
 
「‥‥‥何が?」
 
 こちらの質問に、やはり不自然な返し方をする少女達に、根本的な疑念を訊ねる坂井悠二。
 
「宝具の力ですね。おそらく、使用者と対象者の意志総体を入れ替える力でしょう」
 
 平井ゆかりが、似合わない、生真面目な喋り方で説明してくる。
 
(意志総体、が入れ替わるって事は‥‥)
 
「つまり、今、ヘカテーは‥‥」
 
「ゆかりの体です」
 
「‥‥で、平井さんは‥‥」
 
「イン・ヘカテー」
 
「‥‥‥はあ、それで?何でそんな事になってるんだ?」
 
 そんな宝具もあるのか、とは思いつつ、とりあえずその元凶を訊く悠二。
 
 すでにすんなり受け入れるどころかほとんど驚きも湧かないあたりかなり『こっち』に染まっている。
 
「‥‥‥ゆかりは、入れ替わった時、何を持っていましたか?」
 
「‥‥えーと、何か手当たり次第に掘り返してたような‥‥」
 
 入れ替わった時の事を確認している平井とヘカテー。
 
 いつもと口調も抑揚も違うから二人とも何だか別人のようだ。
 
 いや、中身は違うらしいから別人といえば別人でいいのか?
 
 ヘカテーが茶目っ気のある話し方をするのが可愛いとか、平井さんがいつもと違っておしとやかに見えるとか、今という事態にも関わらず感じる悠二である。
 
「‥‥では、おそらく、私が持っていた黒い筒が原因でしょう。
 ゆかり、入れ替わった時に私が持っていたはずの筒は?」
 
 ヘカテーに問われ、慌てるヘカテーの体の平井ゆかり。
 
「えっ?、筒?」
 
 両手を見るが、何も持ってなどいない。
 
「「「‥‥‥‥‥」」」
 
 三者、沈黙。
 
「‥‥‥平井さん‥‥もしかして、掘り返してた時の勢いで放り投げた?」
 
「ゆかり?」
 
「‥‥‥てへ☆」
 
「てへ、じゃありません」
 
「いや、ヘカテーも人の事言えないよ」
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥ヘカテー?お願いだから私の体で子犬みたいな顔しないで。何かわけもなく情けなくなる」
 
「いや、結構貴重な映像だと思うけど‥‥」
 
「(ギロッ)、何か言った?坂井君」
 
「ヘカテーサイズで睨まれても迫力に欠けるよ?平井さん」
 
 言って、口元を押さえる悠二。
 
 それを見る平井。
 
 どうやら悠二は、後れ馳せながらこの状況を面白がっているらしい。
 
 普段からかっているこの少年にからかわれるのは何か悔しい。
 
「ふんっ!要はその黒い筒探せばいいんでしょ?
 ちょっと、ヘカテー邪魔するよ!」
 
 言って、ヘカテーの‥‥というか自分の?、ポケットを漁りだす平井(イン・ヘカテー)。
 
 ややこしい。
 
 ポケットから取り出したのは二枚の羽根。
 
「それじゃいくよ!『出ろ!』」
 
 言うと同時に上に、羽根を投げ、それが複雑な紋様を描いた銅鏡に変わり、さらにそれが、地に着く直前に『箱庭』に変わる。
 
「きゃっ‥‥」
 
「わっ!」
 
「っ!」
 
 突然現れた箱庭に、おもちゃの山が押し退けられて、三人を飲み込む。
 
「‥‥二人共。大丈夫?」
 
 存在の力を扱えない平井の体のヘカテー、体は徒でも力の扱い方を知らない平井、その状態でおもちゃの山に飲まれた二人に悠二が声を掛ける。
 
「なっ、なんとかね」
 
「‥‥大丈夫です」
 
 ひとまず安心だ。
 
 だが、これは‥‥
 
「この箱庭が‥‥さっき言ってた『玻璃壇』?」
 
 そう、平井が手元にあるもう一枚の羽根で操作して出したのは、先ほどヘカテーに渡された、以前"狩人"フリアグネが使っていた宝具『玻璃壇』だった。
 
 平井が直接戦場に来たりしないように、遠くでサポート出来る『玻璃壇』を渡す、ヘカテーのアイデアである。
 
「レーダーみたいな物だっていうから、何とかなるかなあって‥‥」
 
 と、言う平井。しかし、どちらかというと『出してみたかった』が本音だったりする。
 
「いくら何でもこんなに近くでは意味がありません。
 それに、宝具を映す事はできません」
 
「あはは、だって、てっきり、センサーみたいな物かと思って‥‥箱庭が出るとは思わないじゃない?」
 
 まあ、普通は箱庭とは思わないだろうが。
 
 ところで、笑って誤魔化すヘカテー(顔)はかなり貴重である。
 
「‥‥‥坂井君、あれ、何だろ?あの模様」
 
 平井の言葉に、示された箱庭の一画に目を向ける。 
 あれは‥‥自在式?
 
 だが、この色は‥‥ヴィルヘルミナでもラミーでも、もちろん自分やヘカテーでもない。
 
 青っぽい。
 
「‥‥‥群青」
 
 平井の声でヘカテーが言う。
 
「『弔詞の詠み手』!」
 
 
 
 
 
 『弔詞の詠み手』・マージョリー・ドーとその子分達は、歩いて依田デパートに向かっていた。
 
 飛ばない理由はいくつかある。
 
 一つ、案内人がいる。
 二つ、せっかく気配を消しているのに、飛んで見つかったら馬鹿らしい。
 三つ、単純に急いでいない。『戦場跡』を見に行くだけなのだから。
 
 そして、到着。
 
「‥‥‥何かありましたか?」
 
 ボロボロのデパートを見渡し、佐藤がマージョリーに訊く。
 
「それがわかんないから探してんでしょーが、あんた達も何かおかしな物見つけたら教えなさい」
 
「にしても随分派手にブッ壊れてんなあ。『足場』がこれだけしかねえ高え建物だからこの程度で済んじゃいるが、街中だったらどんだけの被害だったんだろーな!ヒャーハッハッ!」
 
 ヒャハハじゃないだろ、と思いながら佐藤と田中は懸命に辺りを探る。
 
 が、
 
 やはり何も見つからない。
 
 結局、『弔詞の詠み手』一行の依田デパート訪問は無意味に終わった。
 
 
「あーもう!結局今日一日で成果ゼロじゃない!ったく」
 
「そう焦んなって!我がせっかちな追跡者、マージョリー・ドーよお」
 
「わかってるわよ。あんた達、今日はもういいから、明日また探るわよ?」
 
「え?明日って‥‥」
 
「俺達も‥‥なんですよね?」
 
 戸惑いながら訊く佐藤、田中。
 
「?、当たり前でしょーが?」
 
 途端、パアッと明るい表情になる二人。
 
 二人してハイタッチまでかましている。
 
「ヒヒッ、可愛い子分共だなーおい」
 
 バンッ!
 
「おだまりバカマルコ」
 
 マルコシアスを平手打ちで黙らせ、二人にひとまず別れを告げる。
 
「んじゃ、私は今から宿探すから、明日ね」
 
 言って去ろうとするマージョリーに、
 
「あの、マージョリーさん?」
 
 佐藤が声を掛ける。
 
「今度は何?」
 
「宿がいるんですよね?いい所、知ってますよ」
 
 田中も続く。
 
「‥‥‥酒はあるんでしょーね」
 
 
 
 マージョリー達が立ち去った依田デパート。
 
 その天井の一画に、
 
 黒い筒が引っ掛かっていた。
 
 
 
 
「何も逃げる事無かったんじゃないか?」
 
 あの後、悠二達は慌てておもちゃの山を収納し(悠二が)、一目散に依田デパートを立ち去った。
 
「『弔詞の詠み手』はフレイムヘイズ屈指の殺し屋です。
 ミステスの悠二はともかく、『タルタロス』をつけていても、見た目で私だと気付いて、襲ってくる恐れがあります」
 
 ヘカテーは『弔詞の詠み手』の仇敵が"銀"だとは知らない。
 
 そして、今三人は坂井家に向かっている。
 
 理由は単純、体が入れ替わった、しかも結構間抜けな経緯で、という恥を広めたくないからである。
 
 今日は平井(というかヘカテーだが)が坂井家に泊まり、おもちゃの山から先ほどの宝具を見つけ、もう一度同じ事をすれば戻れるだろう、という段取りである。
 
「ラミーさんには知らせなくていいの?」
 
 平井がヘカテーの声でヘカテーに訊く。
 
「"屍拾い"がトーチしか喰らわない事は知れているはずです。それに、彼女がそうやすやすと見つかるとも思えません」
 
 まあ、さっきホテルに掛けてもつながらなかったし、仕方ないと言えば仕方ないのだが‥‥
 
「カルメルさんは‥‥別にいいか、フレイムヘイズ同士だし」
 
「はい、それにもしその事で直接会うという事になれば私達の現状に気付かれる恐れがあります」
 
「現状っていうと、ヘカテーが筒で遊んでるうちに宝具の力で平井さんと入れ替わったっていで!!」
 
 平井の体でも健在のヘカテーのチョークの投擲、『おしおき星(アステル)』が炸裂する。
 
「意地悪をしないで下さい」
 
「ん〜、やっぱ自分がヘカテーの行動とるの見てるのは変な気分がするね」
 
「お互い様です。とりあえず、『弔詞の詠み手』が"隠蔽"まで使っていた以上、早めに元に戻っておいた方が良いでしょう」
 
「ならカルメルさんに教えとけばいいのに」
 
「(ギロッ)何か?」
 
「‥‥‥何でもない」
 
 
 
 
 この行動が、後に影響を与える。
 
 悠二達の気付かぬうちに、事態は徐々に、悪い方に傾いていく。
 
 
 
 
 
(あとがき)
 原作の弔詞の詠み手編と状況が違うとはいえ、大分強引な流れになってますね。
 自分の構成力?の限界を感じたりします。
 そして、いつまで日常編書いてんのかと、何だろこのグダグダ感。



[3934] 水色の星 四章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/16 06:16
「あーはっはっは!ケーサク!いい!ここブリテンのお酒たくさんあって気に入ったわ〜」
 
 スーツドレスを着くずし、だらしなくソファに腰掛けるマージョリー・ドー。
 
 常の威厳もどこへやら、今の彼女はタガを外した単なる酔っぱらいである。
 
 ここは旧住宅地にある『豪邸』と評していいほどの佐藤家、佐藤が日頃娯楽部屋にしている室内バーである。
 
 宿を探そうとしていたマージョリーに二人が提案した宿泊先がここ佐藤家であった。
 
「にゃはははははは!」
 
 その室内バーに蓄えられた酒を飲み、『子分』二人に絡みながら、酔っぱらいは上機嫌に笑う。
 
 そして歌う。
 
「そ〜できるんなら、そ〜したい♪もしできないのならど〜できる♪それともきみはできるのか♪できずにきみはできるのか♪」
 
「たっ、たた助けてくれーご両人!今日は言えるから言うがががたーすけてくれー!」
 
 画板ほどの本型の神器『グリモア』に意識を表出させるマルコシアスをブンブンと振り回し、その風切り音と叫びを伴奏にして、高らかに彼女は歌う。
 
 歌い、突然、ダウン。
 
 
「さっ、酒強いのかと思ってた‥‥」
 
 酔っ払って倒れたマージョリーを見て、田中が呟く。
 
「飲める量自体は普通だ、いろいろ無理してんのさ」
 
 その疑問に、マルコシアスが応える。
 
「無理‥‥‥か。フレイムヘイズは復讐者なんだよな。マージョリーさんにも、フレイムヘイズになってでも復讐したい仇がいるって事か‥‥」
 
 昼間に聞いた説明をもとに、そう考えて佐藤が言う。
 
「まっ、光景としちゃ最悪だったわな。見てみるか?」
 
「「は?」」
 
 マルコシアスの言葉の意味がわからず訊き返す二人の視界を一瞬、群青が埋め尽くし、そして‥‥
 
 
 砕けた石塀、焼け落ちた梁、もうもうたる黒煙、煤と血に塗れた自分の‥‥いや女性の腕。
 
 その、目の前、付近、彼方を、破壊の跡たる赤い炎が埋め尽くしている。
 
 その中で、ただ一つだけ、眼前で"銀色"に燃える狂気の姿。
 
 兜からたてがみのように、銀の炎を巻き上げる、歪んだ西洋鎧。
 
 鎧の隙間から、ザワザワと虫の脚が這い出そうとしている。
 
 その『化け物』が、こっちを向く。
 
 そのまびさしの下にある目が、目が、目が‥‥‥笑っていた。
 
 そこにある全てを、
 
 嘲笑っていた。
 
「「っひ‥‥」」
 
 二人が悲鳴をあげようとした瞬間‥‥
 
「バカマルコ!!」
 
 マージョリーの叫びと平手打ちが、その光景を見ていた者、見せていた者を現実に引き戻す。
 
「あっ、あんた‥‥何勝手に‥‥」
 
 怒りで舌が回らない。
 
「いっ、今のが紅世の徒‥‥」
 
「あいつが‥‥マージョリーさんの大切な人を‥‥」
 
「‥‥違うのよ」
 
 二人の少年の呟きに興を削がれ、再び横になる。
 
 そうだ、違うのだ。
 
「‥‥‥違う」
 
 はじめから‥‥
 
「そんなんじゃないのよ」
 
 大切なものなど何も無かった。
 
 
 
 横になったマージョリーに、佐藤が近寄り、毛布をかける。
 
 そして、前髪にそっと触れようとした佐藤の手を‥‥まだ眠りに落ちていなかったマージョリーがとる。
 
「‥‥‥弱みを見せられると、惚れるタイプ?」
 
「おっ、俺は‥‥そんな!」
 
 そんな他愛無い言葉で動揺する少年を可笑しそうに見て、マージョリーは今度こそ眠りに落ちた。
 
 
 
 
 
 落ち着こう。
 
 と、いうかもう何日連続でこの独り言を頭の中で朝、呟いているのだろう。
 
 いや、落ち着け、今回のこれは絶対やばい。
 
 叫び声を上げたらいつもの倍以上まずい状況だ。
 
 目の前、至近距離、少女の顔がある。
 
 ここまでなら、今までと同じだ。叫ばないで耐えられる。
 
 しかし、その少女の顔は‥‥平井ゆかりである。
 
「‥‥‥‥‥!」
 
(耐えろ!)
 
 目の前の平井ゆかりの瞼が‥‥ゆっくりと開かれる。
 
 どうみても寝呆けている表情が‥‥近寄って‥‥
 
 
 チュッ
 
 
「ほわぁああああ!!」
 
 頬に口付けた。
 
 
 
 
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
 
 あの後、「今日は朝の鍛練を外でしてくる」と言って、河川敷まで来ている三人。
 
 もちろん、ヴィルヘルミナ対策である。
 
「‥‥あの‥‥平井さん?」
 
 悠二が"ヘカテーに"声を掛ける。
 
 そう、平井ゆかりとヘカテーはまだ元に戻れていない。
 
 昨日遅くまでおもちゃ探しをしていたにも関わらず、結局例の黒い筒は見つからなかったのだ。
 
 そして、平井の体のヘカテーが悠二の布団に潜り込み、頬に口付け。
 
 もはや、気まずさとか恥ずかしさで三者三様に朝から黙りこくっている(悠二の叫び声で当然、平井にもばれた)。
 
「あの‥‥何ていうか‥‥ごめんなさい?」
 
「‥‥何で、坂井君が謝るの?」
 
「あ、いや、何ていうか、ねえ、ヘカテー?」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーはただ平井の顔で赤くなって黙るだけである。
 
 寝呆けていたとはいえ、自分のしでかした事に、悠二に対しては羞恥を、平井に対しては申し訳なさを感じるヘカテー。
 
 というか、体が入れ替わった事からヘカテーのミスなのだから何か言えるはずもない。
 
「‥‥‥すいませんでした」
 
 これがせいぜいだ。
 
 
「あーもう!わかったわかった!今回の事は忘れよ!ね?今日もしょうがないから学校休んでもう一回依田デパート行ってみるしかないっしょ?
 元に戻る方が大事!」
 
 ある意味、一番の被害者たる平井が場を締める。
 
「「‥‥‥はい」」
 
 応えながら、悠二は考える、ヘカテーの行動を。
 
 家族の‥‥人のぬくもりに飢えている?
 
 そんな遠回しな考えと、もう一つ。
 
(ヘカテーが‥‥僕を‥‥?)
 
 そこまで考えて、首を振る。
 
 寝呆けていたのだ。何のあてになる?
 
 そんな風に自分の事を考えている悠二。
 
 親友たる平井はそんな朴念仁を見て、ヘカテーの体ではあっと溜め息を吐いた。
 
 
 
 
「姐さん!じゃあ、今日は何処から行きましょうか!?」
 
 昨日そのまま佐藤家に泊まった田中が、意気込んで訊く。
 
「いや、やっぱもういいわ」
 
「「は?」」
 
 田中と、そして同じ場にいた佐藤が同時に疑惑の声をあげる。
 
「もういいって言ったの。何か、今朝から感じてた気配があってね。
 "屍拾い"とも思えないけど、徒ならとりあえずそいつぶっ殺すし、フレイムヘイズならそいつにラミーの事訊くから‥‥」
 
「そっ、それじゃ‥‥」
 
 嫌な予感を浮かべながら、田中が訊く。
 
 その予感を次のマージョリーの言葉が決定づける。
 
「そっ、あんた達の仕事はもう終わり。
 ここからは私の仕事で、終わったらもうこの街に用は無し。」
 
「そっ、そんな、マージョリーさん!俺達も‥‥」
 
「徒なんて、そうそう現れない。一生会わないのが普通、あんた達はもう、一度会ってるから大丈夫よ」
 
「マージョリーさん!俺も‥‥‥」
 
「火無き生あれ、ご両人」
 
 そのマルコシアスの言葉と共に、『弔詞の詠み手』は飛び上がる。
 
 
「あっ、姐さん‥‥」
 
「‥‥散々、人の事利用して、勝手に消えるのかよ‥‥マージョリーのバカ野郎‥‥‥!」
 
 残された少年達に、それを追う術は、ない。
 
 
 
 
「‥‥情でも移りそうになったか?」
 
 マージョリーの足下から、マルコシアスが珍しく真剣に訊く。
 
「‥‥何がよ?」
 
「わざわざ飛んで、気配ばらしてまでこっちの気配追うこたぁねえだろ?
 しかも、これじゃ"屍拾い"にゃ、また逃げられるぜ?」
 
「‥‥‥"俺達も、"の後、何言うつもりだったのかしらね‥‥」
 
「ケーッ!わかってて訊くかねえ?まあ、ご両人にとっちゃ、この方が良かったんだろーがなあ。」
 
 根は優しい狼が、憎まれ口に混ぜて、彼女の行為を肯定する。
 
「ふっ‥‥‥さあっ、行くわよ!マルコシアス!」
 
「あいあいよー!我が尖鋭なる剣、マージョリー・ドー!」
 
 
 
 
 『弔詞の詠み手』が飛び上がった時、"屍拾い"ラミーは、行き逢った『万条の仕手』と共に、御崎アトリウム・アーチにいた。
 
「それでは、やはりまだ"彼"の絵は‥‥」
 
「まあな、だが、その願いが叶う日もそう遠くはないだろう。
 坂井悠二の協力もある事だしな」
 
 アトリウム・アーチの美術品を見ながら、二人は話している。
 
 "螺旋の風琴"が、トーチだけを狩りながら数百年かけて力を蓄え、果たそうとしている望みについて‥‥
 
 ラミーは普段、街中にいくつかの自らの偽装体を置き、それに追跡者が食い付いている間に逃げるという方式をとっている。
 
 だが、久しぶりに個人のつながりを持つ者達が出来たためか、あるいはこの街に彼女にとってこの上なく貴重な少年がいるためか、『逃げる意思』が希薄になっていた。
 
 加えて、それまで全く気配を感じなかった存在への油断。
 
 
 
 
 『万条の仕手』の気配に気付いた『弔詞の詠み手』が、接近するまであとわずか‥‥
 
 悠二達はまだ、依田デパートに着いてもいなかった。
 
 
 
 
(あとがき)
 この話でついに五十話か。一ヶ月半くらい前に書き始めた時はこんなに続くとは想像もできませんでした。それまで書いた事無かったし。
 これも、感想くれる人や見てくれる方のおかげだと思っています。
 この機に感謝の文を。



[3934] 水色の星 四章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/17 01:30
『マタイマルコルカヨハネ』
 
『四方配して寝床の夢を』
 
『破るお化けをこづかれよ!』
 
 宙に浮かぶマージョリー・ドーが適当に思いついた詩を謡う。
 
 『屠殺の即興詩』‥‥通常そう簡単には発現できない複雑怪奇な自在法を、『詩を詠む』という予備動作を自在式構築の代替行為とする事で発動できる。
 
 『弔詞の詠み手』独自の力にして、マージョリーの十八番である。
 
 
 マージョリーの指先から、群青色の波紋が広がり、その波紋が届く範囲の気配の位置を、正確にマージョリーに伝える。
 
「あっちか!?」
 
「行くわよ!」
 
 掴んだ気配の方へ、マージョリーは一直線に飛ぶ。
 
 
 
 
「これは!?」
 
「っ!」
 
「なに、これ!?」
 
 こちらはヘカテー一行。
 
 "察知"の自在法の発現を感じとった悠二。
 
 平井の体でも違和感程度は感じたヘカテー。
 
 ヘカテーの体で、今まで感じた事の無い感覚に戸惑う平井である。
 
 
「これ‥‥昨日の『弔詞の詠み手』ってやつか?」
 
 悠二が、ヘカテーに訊く。
 
「私には違和感程度しか感じませんでしたが、もし"気配察知"を使ったとすれば、他に使う者はいないはずです」
 
「じゃあ、師匠は‥‥?」
 
「あれほど小さい気配なら、"屍拾い"は"察知"にもそう簡単にはかからない。
 おそらく、『万条の仕手』の位置を掴んだものと思います」
 
 傍目に見ると、冷静に情勢を見極める悠二と平井という奇妙な光景。
 
 そして、それを奇妙な気分で、いつもより低い視点で後ろから眺める平井。
 
「って事は、カルメルさんと、その『弔詞の詠み手』、マージョリー・ドーだっけ?、が、会うって事だよね?
 だったらそう気にする事はないんじゃ?」
 
 気楽に、だが普通に考えれば正解を応える平井。
 
「まあ、カルメルさんが説得してくれれば一番いいのかな?」
 
 
 そんな風に考えながら一向は依田デパートに向かう。
 
 その楽天的な考えは、間もなく崩れる。
 
 
 
 
「これは!?」
 
「気配察知」
 
「フレイムヘイズか?」
 
 
 こちらは御崎アトリウム・アーチ、ヴィルヘルミナ(ティアマトー)とラミーである。
 
「徒がわざわざ自分の位置を知らせるような真似をするとは考えにくい、フレイムヘイズでありましょうな」
 
「しかも‥‥こっちに向かって来るようだな」
 
「丁度いいのであります。今、接近している討ち手に私から貴女の無害を知らせる事ができるのであります」
 
「説得」
 
 猛スピードでこちらに向かってくる気配。
 
 それが、御崎アトリウム・アーチに着くと同時に、
 
 "封絶を張る"。
 
 その色は、群青。
 
 
「まさか!?」
 
「‥‥‥『弔詞の詠み手』か」
 
 
 
 
 特殊な、円柱型の封絶がアトリウム・アーチとその一体を包み込む。
 
 マージョリー・ドーはこの中に飛び込み、徒であれば、容赦無く焼き尽くそうという気概で封絶内を見渡す。
 
 しかし、そこで目にしたのは予想を裏切るもの。
 
 徒とフレイムヘイズ、その両方であった。
 
 しかも、どちらも見覚えがある。
 
 あれは‥‥
 
「『万条の仕手』だと!?」
 
「それに、あれ、多分ラミーよ。好都合じゃない」
 
 予想外の討ち手の登場に驚愕するも、自分達の本来の獲物との遭遇に凄みのある笑みを浮かべる。
 
「久しぶりでありますな。『弔詞の詠み手』」
 
 と、そこでヴィルヘルミナが声をかける。
 
「お久しぶり‥‥‥と言いたい所だけど、あんた‥‥何でまた"屍拾い"と一緒にいるわけ?」
 
「そいつは俺達の獲物だぜえ!」
 
 敵意も隠さず、『弔詞の詠み手』は自分達の目的を告げる。
 
「"屍拾い"は消えかけのトーチしか喰らわず、この世のバランスを崩す事のない無害な徒であります。
 それに、彼女が数百年かけて集め続けた存在の力が、彼女の討滅によって制御を失った場合、この街にどれほどの被害が出るか‥‥彼女を討滅する事は、世界のバランスを崩す結果を生むのみ、どうかわかって欲しいのであります」
 
 世に名だたる『戦闘狂』として知られるマージョリー・ドー。しかし、以前の出会いから、彼女がなかなか出来た人格者でもあると考えているヴィルヘルミナが、ラミー討滅の危険性、意味の無さを説くが‥‥
 
「無害な徒ですって?あんた、本気でそんなのがいると思ってんの!?」
 
 マージョリーはそれを鼻で笑い飛ばす。
 
 何か、以前会った時と様子が違う。
 
「徒は全部、どいつもこいつも‥‥殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くすしかないのよ!!」
 
「ミナミナ、引き裂いてぶっ殺す、そういうこった」
 
 異常、ともいえるほどの殺意を振りまいて、マージョリーは吠える。
 
(‥‥だめだ)
 
 ヴィルヘルミナは説得の無意味を内心で悟った。
 
 フレイムヘイズは空になった人間の『器』に紅世の王の力を満たし、異能を得た者。
 
 すなわち、元を正せばただの人間である。
 
 不老を、異能の力を得て、『人間の精神』で永い時を生きていれば、知らず溜まった感情に呑まれる時期というものが当然ある。
 
 それは、徒にさえいえる事だ。徒が、人間しか喰えないのも、人間のいる人間社会やこの世に在ろうとするのも、彼ら紅世の徒が人間と近しい存在であるからだ。
 
 人間も、徒も、フレイムヘイズも、そういった部分には何ら違いはない。
 
 そして、戦いに身を置くフレイムヘイズは、なおさら感情に呑まれる確率は高い。
 
 それは歴戦のフレイムヘイズであるマージョリー・ドーでさえ例外ではない。
 
 そして、どうやら今はかなりひどい時期らしい。
 
 見ればわかる。
 
 切迫感と殺戮衝動の塊。
 
「‥‥どうあっても、止まってはもらえないようでありますな」
 
 問い、というよりは確認。
 
 そう、前から決めていたのだ。
 
 もしもの時は自分一人で止めると。
 
 偶然にも、自分一人(ラミーは戦闘力自体は無きに等しい)。
 
 彼女を止め、この街を去ってもらい、坂井悠二も"頂の座"も彼女の目には留まらず、ラミーも助かる。
 
(それが‥‥)
 
(最善)
 
 ティアマトーとのみ通じるように自分達の行動を確認しあい。
 
 『戦う覚悟』を決める。
 
 その彼女の眼前で。
 
「邪魔するってんなら」
 
「容赦しないわよ!」
 
 『弔詞の詠み手』も臨戦体勢に入る。
 
 ゴウッと群青の炎がマージョリーの全身を包み込み、その炎の塊が形を変えていく。
 
 狼のような頭、熊のような体、鋸のような牙に、鋭い爪。
 
 ここまでだと魔獣のような姿を連想するだろうが、実際には、『そんなイメージアニマルの着ぐるみ』といった方が正しいずん胴の獣の形になる。
 
 『弔詞の詠み手』の纏う戦意の証・炎の衣『トーガ』だ。
 
 対してヴィルヘルミナ、頭上のヘッドドレスが解け、たてがみの様に万条をあふれさせる狐を模した仮面となる。
 
 『弔詞の詠み手』と『万条の仕手』、両者完全に戦闘のための姿をとり、向き合う。
 
 
 そして、激突。
 
 
 
 
 
 その頃‥‥
 
「ヘ・カ・テ・ー!今のまんま行ってもダメだってば!」
 
 平井の体を引き止める、というより引きずられるようにしがみつく小柄な少女、というかヘカテー(見た目)。
 
「‥‥‥でも!」
 
「助けに行きたいんなら一刻も早く元に戻る事!
 依田デパートまで飛ぶから掴まって!」
 
「‥‥ゆかり、飛べるのですか?」
 
「人間やれば出来る!ヘカテーボディだしね♪」
 
 そして、平井に掴まるヘカテー(見た目逆)。
 
「アイ・キャン・フライ!!」
 
 
 そして、
 
 奇跡的に、
 
 
 浮いた!
 
 
 
 五センチ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥走りましょうか」
 
「‥‥‥‥うん」
 
 
 
 少女達は、依田デパートを目指す。
 
 
 
 
 さらにもう一方。
 
「はあっ、はあっ、マージョリーさん!」
 
「どこですかー!?姐さーん!」
 
 
 佐藤啓作と田中栄太の二人が、何の見当もなく、ただ街中を叫んで走り回っていた。
 
 マージョリー・ドーを探しての事だ。
 
 封絶で隔離された空間は、人間には認識できない。
 
 当然、二人にマージョリーの元に辿り着く事など出来ない。
 
 また、辿り着いたところで二人に何か出来る事があるわけでもない。
 
 
 二人はそれをわかっている。
 
 わかってそれでもなお探す。
 
 マージョリー・ドーを。
 
 
 
 
(あとがき)
 11月に原作の新刊発売らしいですね。
 前が外伝だったから本編の新刊は嬉しいです(前のS2、今までの外伝の中じゃ一番良かったけど)。



[3934] 水色の星 四章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/18 03:31
「そー‥っれ!!」
 
 群青の獣が力強く腕を振り、その指先から数十の炎弾が放たれる。
 
 その炎弾の向かう先は、仮面の討ち手ではない。
 
「くっ!」
 
 "屍拾い"ラミーに向けて放たれた数十の炎弾を無数のリボンで編み上げた『壁』で防ぐヴィルヘルミナ。
 
 しかし、その頭上。
 
「ガラ空き!」
 
 腕を大きく振り上げる群青の獣。
 
「!」
 
 ガァアアアン!!
 
 太く、長い腕による一撃を、ヴィルヘルミナはギリギリで躱す。
 
 今立っていた通路が轟音を立てて派手に破壊される。
 
「はあっ!」
 
 一撃を避けた仮面の討ち手は、数十のリボンによる刺突を放ち、群青の獣を貫き、斬り裂く。
 
 しかし、手応えは無い。
 
「ハーズーレ!」
 
「つ〜ぎは当たるかな〜?」
 
 その声に上を見上げれば、マージョリーの纏っていた『トーガ』と同じ姿の群青の獣が数十、こっちを見下ろす形で宙に浮いている。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナは劣勢にあった。
 
 『戦技無双の舞踏姫』と呼ばれるほどの技巧を持つ彼女だが、マージョリー・ドーのような変則的な自在師には相性が悪い。
 
 加えて、マージョリーは隙とみれば"屍拾い"に攻撃を仕掛けるため、それを庇いながら、というのも彼女の枷となっていた。
 
『パンチとジュディのパイ取り合戦!』
 
『パンチはジュディの目に一発!』
 
 マージョリーとマルコシアスが交互に歌い、
 
 『トーガ』の群れが突っ込んでくる。
 
 ラミーとヴィルヘルミナ、双方に。
 
「っ!」
 
 彼女一人なら、この程度の突撃は捌ききれる。
 
 しかし、ラミーはそうもいかない。
 
 すかさずラミーの前に移動し、次から次に『トーガ』の突撃を捌き、投げ飛ばすヴィルヘルミナの耳に、歌が聞こえてくる。
 
『パンチが曰く、もひとついかが!?』
 
『ジュディが曰く、もうケッコー!!』
 
(『屠殺の即興詩』!)
 
 途端、
 
 迫り来る群青の獣、その全てが弾け飛び、
 
 大爆発が巻き起こった。
 
 
 
 
「ゆかり、急いで下さい!」
 
「急いでるって!けどヘカテーの歩幅が狭いんだもん」
 
 走る、体の入れ替わったヘカテーと平井は、依田デパートのすぐそばまで来ていた。
 
 
 
 
「くっ、ううっ‥‥」
 
 自分の傷の具合を確かめながら、後方のラミーの様子をうかがう。
 
 どうやら、何とか爆発からは逃れたようだ。傷もなさそうに立っている。
 
 自分は‥‥
 
「っ!!」
 
 致命傷などには程遠いが、自分で予期していたほどにはダメージを緩和出来なかったらしい。
 
 思っていたより深い。
 
 手負いのフレイムヘイズに、『弔詞の詠み手』が声をかける。
 
「あんた、フレイムヘイズが徒のためにそこまでするこたないでしょーが」
 
「"屍拾い"だけブチ殺して、ハイさよならってつもりだったんだがなあ」
 
「いい加減、邪魔しないでくんない?一応顔見知りブチ殺すのは寝覚めが悪いんだけど?」
 
 『トーガ』の口からポンと顔を出し、マージョリーが語り掛ける。
 
 そうしているとさらに着ぐるみのように見える。
 
 いや、マージョリーが着ているわけだから元々ある意味着ぐるみと呼べるのかも知れないが。
 
 マージョリーの警告に、もちろんヴィルヘルミナは屈さない。
 
「やめる?まさか」
 
 それだけ返す。
 
 マージョリーは、はあっと溜め息を吐く。
 
「そういや、あんたとびっきりの頑固者だったわね。いいわ、だったらこっちも遠慮しない」
 
「殺すつもりでいくぜえ!!」
 
 『弔詞の詠み手』も、自分達が折れるつもりなどさらさらない。
 
 手負いの討ち手相手に、さらなる追い打ちをかける。
 
 『トーガ』の腕を伸ばし、ヴィルヘルミナを攻撃する。
 
 その腕を、ヴィルヘルミナはリボンで絡め取り、投げ飛ばそうとするが、
 
 その腕が、
 
 ブチッ!
 
(ちぎれた!)
 
 さらにそのちぎれた腕が、
 
「はっ!」
 
 マージョリーの一喝と共に弾け、群青の閃光を放つ。
 
「くっ!」
 
 眩しい光に、ヴィルヘルミナは視界を奪われる。
 
 その隙を、『弔詞の詠み手』は見逃さない。
 
『月火水木金土日』
 
『誕婚病葬、生き急ぎ』
 
 曜日の声に合わせて、マージョリーの周囲の火の玉が、七本の炎の剣に変わる。
 
『ソロモン・グランディ!』
 
 視界を奪われたヴィルヘルミナの周囲に、剣が突き刺さり、刃の檻になる。
 
 同時に、薄らと戻ってきた視界でヴィルヘルミナが気付く頃には、もう遅い。
 
(しまっ‥‥!)
 
『はい、それまで‥‥』
 
 『トーガ』の腹が膨れあがり、
 
『よ!!』
 
 獣の口から吐き出された、膨大な量の炎の怒涛が襲い掛かる。
 
 まだ完全に視界が戻っていないヴィルヘルミナに捌ける大きさではない。
 
 炎の剣に閉じ込められて逃げられない。
 
 直撃する!
 
 
 
 
(終わった!)
 
 自分の攻撃の直撃と勝利を、マージョリー・ドーは確信する。
 
 が、
 
(!?)
 
 バリン!!
 
 アトリウム・アーチのガラスを破り、
 
 炎の怒涛に影が飛び込んだ。
 
 そのまま、その辺り一帯を群青の炎が呑み込む。
 
 
「今の、何?」
 
「確認できなかったなあ、まあ、どっちみち"あれ"じゃ今さら確かめられねえ‥‥それより」
 
 マルコシアスが、燃え盛る火の海を指して言い、続きを相棒に促す。
 
「ええ」
 
 言って、マージョリーが振り向く、ラミーの方へ。
 
「いよいよね"屍拾い"、ようやくあなたの滅びがきたわ」
 
「熱いベーゼを受け取りなあ。一生一度の激しさだ」
 
 しかし、ラミーはそれを無視し、マージョリー達の"後ろに向けて"言う。
 
「随分といいタイミングだな。まさか、狙ってやっているのではあるまいな?」
 
 その言葉に、
 
 群青の炎の中から声が返る。
 
「そんな余裕あるわけないだろ。っていうか、何でカルメルさんがいて"こう"なってるんだ?」
 
「なっ!?」
 
 その声に、マージョリーが振り返れば、周囲の炎を円形にかき消すようにして歩みよってくる一人の少年と、『万条の仕手』。
 
「『ミステス』だとぉ!?」
 
 少年の胸の灯りを見て、マルコシアスが叫んだ。
 
 
 
 
 
「ないないない!っていうか暗い!ヘカテー明かり!」
 
「無理です!」
 
 薄暗い、寂れた依田デパートの高層で、平井とヘカテーが、自分達の意思総体を入れ替えた宝具を探している。
 
 坂井悠二は、楽観視していたフレイムヘイズ同士の接触に、『封絶』という、戦いを連想させる現象に嫌な予感を覚え、一人で封絶の方へ跳んで行ってしまった。
 
 ヴィルヘルミナの危機、というだけなら、平井はともかくヘカテーがこれほど焦ることはない。
 
 ヴィルヘルミナが嫌い、というわけではないが、心配しつつも冷静に対処する事ができる。
 
 それが出来ないのは、危機の対象が人の気も知らずに一人でさっさと行ってしまった少年であるがゆえだ。
 
 ヘカテー自身、自分が焦っている事にすら気付いていないが。
 
 そして、
 
「ヘカテー!見つけた!あの天井の鉄骨の所!」
 
 平井が宝具を発見する。
 
「やった」
 
 すかさず二人でハイタッチ。
 
 しかし、
 
「‥‥ゆかり‥‥あんな場所にある物を、どうやって取れば?」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 問題が全て解決したわけではなかった。
 
 
 
 
「徒に、フレイムヘイズに、"ミステス"だと?こりゃ一体何の冗談だあ?」
 
「あんた、また随分と変わった手駒を使ってんのねえ」
 
「使えない手駒なのであります」
 
「軽挙自重」
 
「‥‥何で助けられて偉そうなんだよ」
 
 ヴィルヘルミナに迫る炎の怒涛を、飛び込むと同時に展開した『アズュール』の火避けの結界で防いだ悠二は、何故か叱られている最中のような雰囲気にあてられている。
 
「ノコノコと現れておいて偉そうなのはそっちであります」
 
「介入不要」
 
「やられそうだっただろ!?」
 
 
 最初の出会いが最悪だったため、この二人はあまり仲がよろしくない。
 
 ドンッ!
 
 言い争う二人に、群青の炎弾が放たれる。
 
「『敵』の前でいつまで口喧嘩してるつもり?」
 
「舐められたもんだなあ。俺達も」
 
 
 放ったのは、言うまでもなくマージョリーだ。
 
「‥‥‥狙いは師匠か?」
 
「師匠はやめろ」
 
「討滅の中止は聞き入れてもらえなかったのであります」
 
 さりげなく言ったラミーの一言を華麗に無視し、
 
 悠二は取り出した白い羽根を大剣型の宝具『吸血鬼(ブルートザオガー)』へと変じさせる。
 
「‥‥‥『弔詞の詠み手』とやり合うつもりでありますか?少しは身の程をわきまえるのであります、この‥‥‥」
 
「唐変木」
 
 二人の『万条の仕手』の言葉(悪口)にも、悠二の決意は変わらない。
 
「足手まといにはならない」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 この少年が"ある程度"戦える事を知っているヴィルヘルミナは、その言葉に込められた決意を感じて、心中で参戦は認める。
 
 手負いの自分だけで『弔詞の詠み手』を止めきれないと判断しての苦渋の選択でもある。
 
 認めて、しかし『これだけは』と小声で付け足す。
 
(貴方は決して炎を使わないように)
 
(なんで?)
 
 悠二も小声で返す。
 
("銀"の炎を持つ徒は、『弔詞の詠み手』の仇敵。貴方の炎を見た時、彼女がどんな行動にでるかわからないのであります)
 
(予測不能)
 
(‥‥‥!?)
 
 『"銀"は願望の代行体』。
 
 以前ヘカテーから、そう聞き、かつ自分も"銀"を顕現させた事のある悠二はそれを聞いて驚愕と疑問を抱く。
 
 願望を代行するはずの"銀"が仇敵?
 
 どういう事だ?
 
「返事!」
 
 ティアマトーの返事の催促が、悠二の思考を中断させる。
 
 そうだ。今はそんな事を考えている場合ではない。
 
 このフレイムヘイズを止めなければ師匠がやられる。
 
 そして、そういう事情なら自分が炎を使ってはまずい事もわかる。
 
「わかったよ」
 
 しかし、炎無しとはきつい。
 
 『吸血鬼』くらいしか武器がない。
 
 ?、そういえば何故自分の炎は銀色なのだろうか?
 
 あまり気にしていなかったが‥‥‥
 
 
「来る!」
 
「回避!」
 
「っ!」
 
 
 『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーに対して、手負いのヴィルヘルミナ、坂井悠二を加えての‥‥
 
 
 第2ラウンド。
 
 
 
 
(あとがき)
 『ヴィルヘルミナがマージョリーと相性悪い』というのは、『灼眼のシャナの全て』の作者コメントからです。そして話の都合上、一対一ではやられ気味になってもらいました。



[3934] 水色の星 四章 十三話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/19 07:11
 両手を組んで振り上げ、巨岩をも砕く一撃を繰り出すマージョリー。
 
 その一撃をそれぞれ左右に跳んで躱す悠二とヴィルヘルミナ。
 
 通路を揺るがす轟音が鳴り止まないうちに最初に行動を起こしたのは、
 
 悠二。
 
「ふっ!」
 
 大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を右手で振り下ろす。
 
 ガッ!
 
マージョリーも、長く太い『トーガ』の腕でその一撃を受けるが、
 
 一瞬止めただけでズンッと斬り落とされる。
 
(こいつは!?)
 
(馬鹿力が!)
 
 防御の要たる炎の衣『トーガ』を破られても、『弔詞の詠み手』は驚きはしても冷静さは無くさない。
 
 結局は同じ事。
 
 自分の最も得意な遠距離で、自在法で仕留めるだけ、と、戦法を即座に決める。
 
 悠二の返しの一閃を退がって躱し、そのまま宙に飛び上がる。
 
 それを、空いた左手で炎弾を放ち、追撃したいが諸事情により出来ない事を歯痒く思う悠二。
 
 思い、しかしあの着ぐるみが『アズュール』の火避けの結界で消えなかった事から、
 
("物質化"の炎‥‥ってやつか)
 
 と、分析する。
 
 見上げる悠二の視線の先、飛び上がるマージョリーの頭上に舞う、仮面の討ち手。
 
『サリー、お日様のまわりを回れ』
 
『サリー、お月様のまわりを回れ』
 
 ヴィルヘルミナが硬化させたリボンの槍衾を放ち、それが届く直前、マージョリーとマルコシアスが詩を歌い終える。
 
 ドドドドドッ!
 
 群青の獣が貫かれる、が、同時に分裂する。
 
 群青の獣達がヴィルヘルミナより高く飛び上がり、
 
『キツネの嫁入り天気雨、っは!』
 
『この三秒でお陀仏よ、っと!』
 
 獣達が、炎の豪雨となり、ヴィルヘルミナに降り注ぐ。
 
 しかし、同時に大剣を手にした少年が跳び上がっている。
 
「カルメルさん!」
 
「接近妥協!」
 
 ヴィルヘルミナがリボンを伸ばし、悠二の至近に寄る。
 
 二人まとめて炎の豪雨に呑まれる、と、マージョリーが思った刹那、
 
 悠二とヴィルヘルミナの周囲に降り注ぐ炎だけが掻き消える。
 
「なっ!?」
 
「なんだとぉ!?」
 
 マージョリー達が驚く間に、悠二が最近覚えたての『飛翔』、まだ制御のおぼつかないそれで、唯一、炎の豪雨へと変わらなかった群青の獣へと飛ぶ。
 
「ごふ!?」
 
「げふ!」
 
 が、制御を間違って体当たりしてしまう。
 
 しかし、それが勝機となる。
 
(しめた!)
 
 接近した距離から逃がすまいと、悠二は次々に斬撃を放つ。
 
 それを、『トーガ』はともかく、自身には当たらないように躱し続けるマージョリー。
 
(ちっ!自在法を練る間がねえ!)
 
(さっきの‥‥火避けの結界?)
 
(二人相手だとめんどくせえな)
 
 大剣を掻い潜りながら、断片的にだが通じるように言葉を交わし、戦局を見極める『弔詞の詠み手』。
 
 そこで、
 
「どくのであります」
 
「邪魔」
 
 悠二とマージョリーの攻防の上から、無愛想な声が聞こえ、
 
「っ!」
 
「え‥‥あの‥ちょ‥?」
 
 桜色の、特大の炎弾が放たれた。
 
 
 
 
「『出ろ!』」
 
 天井に引っ掛かった宝具、その斜め下の位置に、昨日『収納』したおもちゃの山を出す平井。
 
「ぃよしっ!これを足場にして‥‥」
 
 助走をつけ、おもちゃの山を駆け上がり、
 
 ジャン‥‥
 
 ガチャーン!!
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥足場が悪すぎたみたい」
 
 
 がんばれ少女達。
 
 
 
 
「あんたどんだけ僕の事嫌いなんだよ!?」
 
「『アズュール』の結界があるでありましょう?」
 
「理解要求」
 
「爆発の衝撃とか全部消せるわけじゃないんだぞ!?っていうか、わかってて撃っただろ!?」
 
「あの場に於いて最適な攻撃手段を選択したのみ、他意を勘繰られるのは心外でありますな」
 
 悠二もろともマージョリーに特大の炎弾を放ったヴィルヘルミナと、巻き添えをくらった悠二である。
 
 悠二の言う通り、『アズュール』は爆風などまで防げるわけでは無いし、何よりアトリウム・アーチの通路の足場の大部分が吹き飛んでいる。
 
 今も大剣を壁に突き立てて張りついている悠二にとってかなり無茶な事をしてくれる。
 
「‥‥‥それで、あのフレイムヘイズは‥‥」
 
「やってくれたわね」
 
 その、悠二の眼前に、肩から額から血を流す金髪の美女。
 
(しまった!)
 
 思い、慣れない『飛翔』を使おうとする悠二の首をマージョリーが掴み、ヴィルヘルミナに向かって思い切り放り投げる。
 
 その予想外の攻撃に驚愕するヴィルヘルミナの耳に、さらに不吉な声が聞こえる。
 
『ハンプティ・ダンプティ』
 
『転がり落ちて‥‥』
 
 ドンッと、悠二がヴィルヘルミナにぶつかる。
 
『砕けろ!』
 
 『弔詞の詠み手』が詩を締めると同時に、首を掴むと同時に悠二に取り巻いていた自在式が変化し、
 
 群青色の鳥籠となって悠二とヴィルヘルミナの二人を閉じ込める。
 
(しまった!)
 
 自分の失態を呪うヴィルヘルミナ。
 
 マージョリーが『トーガ』を纏い、猛スピードで飛んでくる。
 
(やられる!)
 
 と、思う悠二。
 
 しかし、その二人を無視し、群青の獣は飛んで行く。
 
 上へ。
 
 
(何故!?)
 
 一瞬疑問に思うヴィルヘルミナ、しかし、次の瞬間、悠二共々気付く。
 
(師匠か!!)
 
「っだあ!!」
 
 投げられても放さずにいた『吸血鬼』を全力で振りぬき、群青の鳥籠を斬り、脱出する。
 
 そして、悠二もヴィルヘルミナもマージョリーを追いかける。
 
 その時、自身知らぬ間に悠二は『飛翔』を使いこなす。
 
 
 元の階層までマージョリーを追い掛けてたどり着いた悠二が目にしたのは、毛糸の玉を手にする彼の師、そして、自分がとても間に合わないほどに師に接近している群青の獣だった。
 
 
 
 
「ちょっ、ヘカテーすごくない?これ十センチは浮いてるよ!」
 
 ヘカテーの体で研鑽を重ね、初めての時の倍、浮いている平井。
 
「はい、ではそのまま維持していて下さい。あそこまで私がゆかりを投げますから」
 
「荒っぽいけど、それしかないかぁ」
 
 そして、平井の体のヘカテーが小柄な自分の体を、宝具に向けて投げる。
 
 浮遊しているからこその芸当である。
 
「いっけえー!」
 
 もう少しで平井の手が黒い筒に届くという時、
 
「カァァー!」
 
「キャッ!」
 
 カラスが黒い筒を持ち去る。
 
 カラスは光り物に目が無い。筒の装飾が気に入ったと見える。
 
 などといっている場合ではない。
 
 このまま持ち去られたら下手すれば二度と元に戻れない。
 
「ヘカテー!やばい!カラスが!」
 
 当然、ヘカテーも気付いている。
 
 窓から逃げ出そうとするカラス。
 
 それを、
 
「星(アステル)よ!」
 
 ヘカテーが放ったチョークが撃墜した。
 
 
 
 
 どうする?
 
 『吸血鬼』を投げる?
 
 ダメだ、この距離じゃ当たらない。まず避けられる。
 
(カルメルさんが炎弾を撃っても同じだ)
 
 走って、飛んで、間に合う距離でも当然ない。
 
 どうする?どうすれば止められる?
 
 そこで、気付く。
 
(そうだ。止めるだけでいいんだ)
 
 それが正解だとは限らないが。
 
("当たらなくても"止まってくれれば‥‥)
 
 坂井悠二は、『それ』を決行する。
 
 
 
 
(‥‥使うか?)
 
 『万条の仕手』と坂井悠二の二人に任せて大丈夫かと思ったが、どうやら窮地のようだ。
 
 大切に、堅実に、永い時をかけて集めてきた存在の力。
 
 それを込めた毛糸玉を手に、命を優先させる、と判断するラミーの目に、群青の獣を後ろから襲う炎弾が映る。
 
 それを避け、見た獣は、もはや自分などまるっきり思考の隅にすらないといった態度で後ろを凝視し続ける。
 
 彼女を襲った炎弾。
 
 その色は、
 
 燦然と輝く、
 
 "銀"。
 
 
 
 
(そう、これなら、『標的』を変えさせる事が出来る)
 
 悠二がとった手段。
 
 それは、攻撃であのフレイムヘイズを止める事ではなく、自分を狙わせる事でラミーを助ける事。
 
 あえて自分の炎をさらす事だった。
 
「はっ、はは!ははははははははははははは!!」
 
 マージョリー・ドーが、おびただしいほどの憎悪と歓喜、その二つの感情に支配されたような笑いを発する。
 
 これほどの殺意を、悠二は今まで、人間はもちろん徒やフレイムヘイズからも感じた事はない。
 
 だが、それが、不思議なくらい怖くない。
 
 何だろう。この感情は。
 
 むしろ、この『弔詞の詠み手』に対する『敵意』が希薄になった気さえする。
 
 何故、こんな気持ちになるのだろう。
 
 不思議だが‥‥
 
 悪くない。
 
 
 
 
「何を考えているのでありますか!!」
 
 ヴィルヘルミナが、常にない大声で、炎を使った悠二を怒鳴る。
 
 やはり、最悪だ。
 
 この殺気。今までの比ではない。
 
 とんでもない事をしてくれた。
 
「ああしなきゃ、師匠がやられてたよ」
 
「だとしても!『弔詞の詠み手』をどうするつもりでありますか!?彼女はもう‥‥止まらない」
 
「‥‥‥受けとめてやればいい」
 
「は?」
 
 悠二の言葉の意味がわからず、似合わない頓狂な声を出すヴィルヘルミナ。
 
「どうしようもない程にこの炎が憎いんなら、その想いをぶつけさせてやればいい。
 真っ正面から、受けとめる」
 
 この少年は、何を言っている?
 
 この殺気を肌で感じているはずなのに、
 
 なぜそんな馬鹿みたいに大きな事が言える?
 
 しかし、少年の表情には、恐怖や虚勢どころか、緊張の感情すら見てとれない。
 
 そこには、
 
 ただ、どこまでも強烈な‥‥‥
 
「さあ、来い!」
 
 
 燃え立つような喜悦があった。
 
 
 
 
(あとがき)
 『トーガ』はアニメでは『アズュール』で消えていましたが、原作十六巻とか読んだら消える方が不自然な気がしたので、こんな感じにしました。
 『アズュール』と爆風とかの設定も勝手に推測した設定である事は否定しません。



[3934] 水色の星 四章 十四話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/20 22:56
「は‥‥」
 
(見つけた)
 
「はは!」
 
(私の‥‥)
 
「はははは」
 
(私の全て!)
 
「はははははははははははははははは!!」
 
 
 幾百年の時を費やして見つけるどころか、まともな手掛かり一つ見つけられなかった仇敵。
 
 今や自分の全てである、燦然と輝く、銀色の炎。
 
(ようやく‥‥ようやく見つけた!)
 
 "それ"が今、目の前にある。
 
 今こそ‥‥‥
 
(『こいつ』の全てを、引き裂いて、、焼き尽くして、踏み躙って、嘲笑って‥‥‥)
 
 ブチ壊してやる!
 
「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
 
 狂気とも思える笑いを、マージョリー・ドーは堪える気もなく発し続ける。
 
 
 
 
「さあ、来い!」
 
 今、『弔詞の詠み手』に炎をさらした少年が、自ら戦いを挑んでいる。
 
 本来、自分一人で止めて、『弔詞の詠み手』にこの少年の存在すら知らせずにこの街を去ってもらうつもりだった。
 
 それなのに、
 
 説得は及ばず、『弔詞の詠み手』とは戦う事になり、
 
 自分が不覚をとった所に、一番来てはいけない少年がやってきて、あまつさえ参戦。
 
 せめて、銀の炎だけは見せまいと考え、口約を交わしたにも関わらず、
 
 "屍拾い"の危機に、その銀炎さえさらす羽目になる。
 
 あげくの果てに、少年は「受けとめてやる」などとほざいている。
 
 
 
『ここから先は、"一緒"でも意味がない‥‥‥
 分かってるくせに、らしくないわね。いつからそんなに他人に深入りするようになったの?』
 
 かつて背中を預けた戦友の、本当に最後まで身勝手だった女騎士の、意地悪な物言い。
 
『ふふん、"負け惜しみ"かい?』
 
 自分の想いを知り、知ってなお、鼻で笑った、最後まで振り向く事の無かった忌々しい想い人。嫌な、嫌な奴。
 
 そして、今、
 
『どうしようもない程にこの炎が憎いんなら、その想いをぶつけさせてやればいい。
 真っ正面から受けとめる』
 
 人の気も知らずに大言壮語を吐き、さらに実行しようとしている無謀な少年。
 
 
 何もかも、誰も彼もが、
 
(本当に、)
 
 彼女の気持ちなどそっちのけで我を通す。
 
(本当になんて世界)
 
 人も、事象の流れも、いつも彼女に酷い現実を突き付ける。
 
(なのに、)
 
 それでも、彼女は、『戦技無双の舞踏姫』は、仮面の奥に感情を隠して舞い続ける。
 
(なのに、なにも捨てられない)
 
 
 
 
「うおおおお!」
 
 坂井悠二が、憎悪に燃える『弔詞の詠み手』に突っ込む。
 
 その手に燃える炎は、"銀"。
 
 それを、思いのままに叩き潰そうとする群青の獣に、
 
 無数の純白のリボンが絡められる。
 
「『弔詞の詠み手』!止まっ‥‥‥」
 
「グォアアアアア!!」
 
 ヴィルヘルミナの言葉に反応すら返さず、群青の獣は怒声を発する。
 
 その怒声に併せてほとばしる膨大な炎が、彼女を縛るリボンを、地面を、壁を焼いて、仮面の討ち手に迫る。
 
「っ!」
 
 その突然現れた膨大な炎に身構えるヴィルヘルミナを、後方から来た少年の『アズュール』の結界がまたも守る。
 
「はああ!」
 
 そのまま跳び出した悠二が、銀の炎弾をマージョリーに放つ。
 
 ドォォン!
 
 爆炎をくらい、群青の獣が後ろに吹っ飛ぶ。
 
「ガァアアアアアッ!」
 
 しかし、すぐさま飛び上がり、見た目そのままの獣のような叫びをあげる。
 
 その間にも、マージョリーに迫っていたリボンを、牙で、爪で引き裂く。
 
「邪魔を、するなぁ!!」
 
 自分の復讐の妨害者に叫ぶマージョリーの周囲に浮かぶ、ちぎられたリボンの花吹雪、それらの表面が、桜色に輝く。
 
「『爆破』の自在式だ!」
 
 マルコシアスが気付くと同時に、
 
 ドドドドドドォン!
 
 桜の連爆が群青の獣を包み込む。
 
 
 
 
 明るすぎる水色の流星が、御崎市の上空を行く。
 
 それは、陽炎のドームを目指す。
 
 
 
 
「はあっ、はあっ!」
 
 桜の爆炎が晴れ、崩れた炎の衣を纏うマージョリー・ドーが現れる。
 
 しかし、ダメージよりも怒りと殺意が膨らんでいる事は一目瞭然である。
 
 さっきまでの歓喜混じりの憎悪とは違う、"邪魔者"が目障りでしかたないがゆえの殺意。
 
『パイ作ったのはぁ、だれ!?』
 
 マージョリーの歌に併せて、彼女の周りに、無数の炎弾、そして『トーガ』が生まれる。
 
『パイ取ったのはぁ、だれ!?』『かれ!!』『あのこ!!』
 
『パイめっけたのはぁ、だれ!?』『おれ!!』『かれ!!』
 
『パイ食ったのはぁ、だれ!?』『あのこ!!』『おまえ!!』『おれ!!』『かれ!!』『あのこ!!』
 
 歌うマージョリーの即興詩に併せて、炎弾が、『トーガ』が、ヴィルヘルミナに襲いかかる。
 
「っは!」
 
 ヴィルヘルミナは、それら全てを、広がる万条のリボンで捕らえる。
 
 が、
 
 次の瞬間、捕らえた全ての炎が火花となって弾け、さらに、
 
「っな!?」
 
 群青色の自在式になり、リボンを高速でつたわって、ヴィルヘルミナに迫ってくる。
 
「切除!」
 
 ティアマトーの声に反応して慌てて、たてがみのリボンを切り離すが‥‥
 
 バチンッ!
 
「くっ!」
 
 幾条かのリボンを切り離すのが間に合わず、ヴィルヘルミナの体が、宙に縫い付けられるように固定される。
 
(『捕縛』の、自在式!)
 
 気付くヴィルヘルミナの耳に、さらなる『屠殺の即興詩』が響く。
 
『パイ欲しいって言ったのはぁー、スウゥ』
 
 吸気音が聞こえ、群青の獣の腹が膨れあがる。
 
『みんなぁー!!バハァアアー!!』
 
 『トーガ』の口から、溢れんばかりの群青の炎が吐き出される。
 
「っ!!」
 
 『捕縛』に捕らわれ、身動きの取れないヴィルヘルミナに躱す術はない。
 
 しかし、
 
 群青の怒涛が、彼女に届く、その中途で‥‥
 
 ドォオオン!
 
 横合いから放たれた攻撃にぶつかり、融爆する。
 
 放たれたのは、特大の、
 
 "銀"の炎弾。
 
 
 
 
「あんたが戦いたいのは、『これ』だろ!?」
 
 ヴィルヘルミナの窮地を救った坂井悠二は、さらにたたみかけるようにマージョリーに炎弾を放つ。
 
「殺す‥‥殺す。」
 
 マージョリーは炎弾を躱す。
 
 その、躱し、間近をよぎる炎は、彼女がずっと追い求めていた、"銀"。
 
「殺す‥‥殺す‥」
 
 その炎を放った『ミステス』を見る。
 
「殺す‥‥殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
 
 徒ではないなどという事など考えていない。気にも留めない。
 
 ただ‥‥今、自分の全てたる"銀"の炎が目の前にある。
 
 この手で叩き潰せる。
 
 それだけでいい。
 
 
 そんな狂熱に駆られるマージョリー。
 
 それを見て、しかし悠二は動じない。
 
 宙に浮かび、逃げるため、避けるため、攻撃するための位置ではない。
 
 相手が攻撃しやすい、『受けて立つ』位置につく。
 
 それを見て、マージョリーの憎悪と歓喜が奮える。
 
「ああああああ!」
 
「うおおおおお!」
 
 互いに何の策も狙いも無い。
 
 自分の感情を吐き出し、ぶつけるような全力の一撃。
 
 ガァン!
 
 二人の影が交差する時、銀と群青が派手に火花を散らす。
 
 『トーガ』の両腕を、大剣で斬り飛ばされたマージョリー。
 
 獣の爪の一撃を受け、肩から血飛沫をとばす悠二。
 
 両者、それを全く気に留めず振り返り、
 
 憎悪の歓喜と燃え立つ喜悦、異なる笑みを突き合わせ、
 
 またぶつかる。
 
「だあああ!!」
 
 マージョリーが、特大の群青色の炎弾を放つ。
 
 狂気に酔う彼女は、火除けの結界の事を失念している。
 
 それに対する悠二。もちろん『アズュール』の事を忘れてなどいない。
 
 しかし、
 
「っはは!」
 
 爆ぜるように笑い、あえて結界は張らない。
 
 代わりに、こちらも相手同様、特大の銀の炎弾を放つ。
 
 銀と群青の炎が暴れ、アトリウム・アーチの屋上を吹き飛ばす。
 
 
 
 
 ヴィルヘルミナは、『捕縛』に捕らわれたままだ。
 
 ラミーも、戦いの余波に巻き込まれてはいない。
 
 二人はただ見ている、フレイムヘイズ屈指の『殺し屋』と、それに正面からぶつかっている、常は平凡な少年を。
 
 
 
 
「ははっ!」
 
 自分はどうしたんだろう?
 
 こんな戦闘狂と戦っているのに、沸き上がる喜悦を抑えられない。
 
 いや、抑える気にならない。
 
 そして、彼女の憎悪を肯定している。
 
 心から。
 
「もっと、全力で来い!」
 
 その心のまま叫ぶ。
 
 猛るフレイムヘイズは、それを聞き、叫び、さらなる憎悪と歓喜でぶつかってくる。
 
 ドォン!
 
 再びの激突。
 
 今度は先ほどよりも強い一撃。
 
 悠二が弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
 
 やはり、強い。
 
 壁にめり込みながら、悠二は思う。
 
 だが、それでも戦うのだ。
 
 まだ死ぬつもりも、師を殺させるつもりもない。
 
 それに、狂気に酔う彼女には必要なのだ。
 
 その、どうしようもないほどの憎悪を、全力でぶつける相手が。
 
 自分との戦いが。
 
 また飛び上がり、宙に浮き、対峙する。
 
 
『きれいな曲をもうひとつ!』
 
『お願い貴方、弾いてよね!』
 
 マージョリーは両手を頭上にかかげる。
 
 『屠殺の即興詩』の補助で、渦巻く膨大な群青の炎が弾の形をとる。
 
 それは特大の‥‥否、"極大"の炎弾。
 
『ほいっ!きれいな曲をもうひとつ、っと!』
 
 それが、悠二に向けて放たれる。
 
 
(あれは‥‥止めきれないな)
 
 悠二はこの極大の炎弾とぶつかればただでは済まないと理解し、今度ばかりは『アズュール』で防ごうとするが‥‥
 
(‥‥ない!?)
 
 首に下げているはずの火除けの指輪がない!
 
(さっき弾き飛ばされた時に落としたのか!?)
 
 そう考える間に、眼前に迫る巨大な炎弾。
 
「くっ‥そおおお!!」
 
 もう避ける事もできない。
 
 ただ左の掌から全力で炎を放ち、ぶつける。
 
 せめぎ合う、銀と群青。
 
 ジリジリと、いや、もっと急速に、圧されていく。
 
(強さが欲しい)
 
 いつだってそうだ。
 
 自分が考え、口にし、やろうとする事は、それを望んだ自身の無力が原因で潰えてきた。
 
 力が、強さが欲しい。
 
 悠二の脳裏に、今まで見てきた強い者達が浮かぶ。
 
 ヘカテー、フリアグネ、メリヒム、ヴィルヘルミナ、眼前のマージョリー。
 
 そして最後に浮かぶのは、"自分"が顕現させた、
 
 "銀"。
 
 
 何かを‥‥掴んだ。
 
 朝起きて、すぐに忘れる夢のように虚ろな‥‥だが確かに今掴んでいる、強さのイメージ。
 
 そのイメージのまま、力を繰る。
 
 左腕に一瞬、彼独自の複雑怪奇な銀の自在式が絡み、今も圧される悠二の炎が、変化する。
 
 それは、『蛇』。
 
 燦然と輝く牙と鱗を持った、
 
 
 銀炎の大蛇。
 
 
「っおおおおおお!!」
 
 
 
 
(あとがき)
 悠二の『これ』は、原作十六巻にあったやつを参考にしましたが、どうにも独創性に欠ける代物です。
 非難される覚悟は出来てますので。
 こんなに戦闘長くなる予定じゃなかったんだけどなあ。



[3934] 水色の星 四章 十五話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/21 22:11
「っおおおおおお!!」
 
 溢れる銀炎が、大蛇となって今まで圧されてきた極大の炎弾にぶつかる。
 
 少しずつ、いや、もっと急速に炎弾を押し返していく。
 
 そして、ついに炎弾が砕け、群青の炎を撒き散らす。
 
 溢れる群青の炎の海から、銀の蛇が躍り出る。
 
 そして、
 
 群青の獣に喰らいついた。
 
「がああああああっ!」
 
 銀蛇はその牙を、群青の獣に食い込ませ、そのまま"獲物"を振り回す。
 
 そのまま、牙に獲物を捕らえたまま、眼下のアトリウム・アーチに神速で突っ込んだ。
 
 
 
 
(はてさて、元に戻ったはいいけど‥‥)
 
 所は依田デパート、そこに立つのは体も中身も平井ゆかり。
 
(ヘカテーはさっさと飛んで行っちゃうし‥‥)
 
 その手には、今まで自分達の意志総体を入れ替えていた黒い筒。
 
(まあ、もし戦いだったら役に立てるわけないんだけどね)
 
 蚊帳の外というのも気に入らない。
 
 手元には、存在の力の込められた、他の力の干渉を阻害する白い羽根。
 
 そして、宝具・『玻璃壇』。 
 
「『出ろ!』」
 
 一枚の羽根を、『玻璃壇』に変じさせる。
 
 とにもかくにも、まずは知る事ができる範囲の情報全てを集める事にする平井。
 
 閉鎖された建物の中だという油断が招いたのか、平井ゆかりは気付かなかった。
 
 その階層にやってきた、二人の少年に。
 
 
 
 
『はじめから、大切なものなど何もなかった』
 
 銀炎の牙が、炎の衣を突き破り、自身の体に食い込む。
 
『全てを奪われて生きていた』
 
 傷口が、体が、文字通り、灼ける。
 
『だから、私も全てを壊そうと思った』
 
 その蛇の顎の、体の無茶苦茶な力に抗えず、蛇と、それに食らいつかれたマージョリーはアトリウム・アーチを破壊しながら、直下の大地に迫る。
 
『壊して、殺して、奪って、嘲笑って‥‥』
 
 全力でぶつけた憎悪、薄れゆく意識を、『それ』がつなぎ止める。
 
『それを‥‥それも‥‥それさえも"奴"が奪った』
 
 他でもない、目の前の銀の炎が、
 
『私に見せつけるように、』
 
 まだだ、まだ終われない。
 
『私には‥‥もう、壊すものさえ残っていない』
 
 まだ、空っぽのままだ。
 
『せめて‥‥あいつだけでも‥‥"これ"だけでも‥‥』
 
『ッ、ブチ壊させてよおおお!!』
 
「オオオオオオオ!!」
 
 
 
 
「な、んだ?」
 
 狂気のフレイムヘイズに喰らいつかせていた銀炎の大蛇、それが急に‥‥砕かれた?
 
「オオオオオオオ!!」
 
 獣の慟哭、それから一拍おいて、
 
「なっ!?」
 
 アトリウム・アーチ全体から、溢れ出さんばかりの異常な程、膨大な群青の炎が湧き出る。
 
 これじゃあ‥‥
 
「師匠!カルメルさん!」
 
「何でありますか?」
 
「静粛要求」
 
 叫ぶ悠二の背後から、無愛想な声二つ。
 
 それに振り返れば、リボンに老紳士を絡める仮面の討ち手。
 
「あ‥‥無事だっ‥‥」
 
「ひとまず離れるのであります。"あれ"では余波だけでも危険」
 
「"あれ"?」
 
 その言葉に前に向き直れば、そこに‥‥
 
「何だ‥‥あれ‥‥」
 
 アトリウム・アーチの破壊された屋上から、窮屈そうに上半身を出す、群青色の巨大な獣。
 
 炎の狼。
 
 
「グゥオオオオオ!!」
 
 
 その狼が、天に向け咆哮する。
 
 炎が猛り、かなり大規模なアトリウム・アーチの全体が崩れ落ちる。
 
「"蹂躙の爪牙"マルコシアスの顕現であります」
 
「本性現出」
 
 顕現、って事は‥‥
 
「契約者が‥‥実体化したって事か?」
 
「いや、契約者が顕現すればフレイムヘイズの器は砕ける。『弔詞の詠み手』の全力の暴走で、一時的に炎が本性の姿をとっているだけだろう」
 
 悠二の疑問に、ラミーが応える。
 
「要するに、さっきの着ぐるみの‥‥」
 
「最大形態」
 
 ティアマトーが引き継いで、ようやく現状を理解する悠二。
 
「坂井悠二、拾っておいたぞ」
 
 言って、ラミーが手渡すのは先ほど失くした『アズュール』。
 
「さて、どうするつもりでありますか?これほど大規模な顕現、おそらく封絶の外にも影響が出ているはず」
 
「被害甚大」
 
 ヴィルヘルミナの言いたい事はわかる。
 
 今や、悠二もヴィルヘルミナもボロボロだ。
 
 今の二人だけであの暴走を止める事は出来ないであろう事から、「どうするのか?」などと訊いているのである。
 
 しかし、悠二には打開策、というより文字通りの、希望の星が見えている。
 
「"三人"なら、止められるよ」
 
 それは、水色の流星。
 
 
 
 
 OH、ピンチ。
 
 『玻璃壇』の箱庭に立つ平井ゆかり。
 
 そして、
 
「平井‥‥ちゃん?」
 
「今の‥‥どうやったんだ?」
 
 平井の友人であり、たった今、平井の行った不思議を見てしまった、佐藤啓作と田中栄太。
 
「あっ、はは‥‥あれだよ。マジック?」
 
「いや、俺達に訊かれても‥‥」
 
 平井と田中が、間抜けなやり取りをするうちに、佐藤が核心を突く。
 
「平井ちゃんが‥‥マージョリーさんが言ってた気配‥‥なのか?」
 
 今見たものは、彼らの親分が彼らに見せた不思議と似通った部分が多い。
 
 そこから、即座にその回答に結びつける。
 
 そしてこれに、平井も反応する。
 
「‥‥マージョリー‥‥さん?‥‥気配?」
 
 それは、つい昨日聞いたフレイムヘイズの名前。
 
 そして、日常であまり使わないであろう、気配という単語。
 
 今の言動、そして自身の経験から、平井も即座に一つの回答を出す。
 
「"弔詞の詠み手"の‥‥案内人?」
 
 二人の少年と一人の少女は、互いに導きだした回答を、自身信じられぬまま口にする。
 
 それは‥‥ほどなく現実として認識される。
 
 
 
 
「大丈夫、前に比べたら大した事ないから‥‥」
 
 ヘカテーは、到着し、悠二の肩から血を流し、所々焼かれた姿を目にしてから、一言も喋らずに悠二の胸に顔を埋めて、ピクリとも動かない。
 
「心配をかけるものではないのであります」
 
「二回目」
 
 前回の原因がいけしゃあしゃあと言う。
 
 というか、今回も爆撃されたのだが、そこのところどうなんだろうか。
 
「とりあえず、これ以上時間をかけるわけにもいくまい。
 あの調子では人を喰らう恐れすらある」
 
 そう、今、群青の狂狼はただがむしゃらに殺意と破壊を振りまいている。
 
 今、銀の炎が出ていない事で標的を認識できないのだろう。
 
 それほどの錯乱状態にある。
 
 確かに、これ以上放っておくわけにもいかない。
 
「ヘカテー、もういい?」
 
 胸元の少女の肩に手を掛け、顔が見える程度に離す。
 
 コクッ。
 
 頷くヘカテー。
 
 今回は泣いてはいないようだ。目が少し赤いが。
 
 何か埋め合わせした方がいいかもしれない。
 
「よしっ、じゃあ三人で、何とかしよう」
 
 今の自分は、さっきまでの興奮状態にはない。
 
 だが、気持ちはしっかりと残っている。
 
 守りたい。
 
 受けとめたい。
 
 そのための力が欲しい。
 
 
 胸に残った強い気持ちを抱いて、狼の方へ向きあう。
 
 
「『火除け』で突っ込む」
 
 狼の炎で焼ける建物を見て、悠二が作戦を決め、伝える。
 
 どうやら、通常の『トーガ』とやらとも少々異なるらしい。
 
 さっきまでの『トーガ』は物質としての炎だった。
 
 それを聞いて頷くヴィルヘルミナ。
 
 そして、
 
「私‥‥が‥」
 
 自分が代わりにやると言いたいヘカテー。
 
 その頭をポンと悠二が撫でて、説明する。
 
「ヘカテーには、『星(アステル)』であの狼の動きを止めて欲しいんだ。いい?」
 
 ヘカテーは、その、撫でられるという行為と、今の悠二の纏う常にない頼れる雰囲気に、顔を赤くし、つい頷いてしまう。
 
 そして、ヘカテーの思考がまとまる前に、ヴィルヘルミナが動く。
 
 万条をビルとビルの間に張り巡らせ、全力でビンと伸ばし、パチンコの要領で巨大なカタパルトを作りだす。
 
「行くのであります」
 
「投射体制」
 
 そう言う間にも、悠二の体に『防御』の自在式を込めたリボンを巻き付ける。
 
 そして、カタパルトに飛ぶ悠二。
 
「っ!〜〜〜!」
 
 もう、この状態で交代などとは言えない。
 
 全力の援護で少年を守るしかない。
 
「はあっ!」
 
 大杖『トライゴン』を一閃させ、飛ぶ悠二の背中に、一陣の突風を向け、さらに加速させる。
 
 ギリギリギリギリッ!
 
 突風の加速により猛スピードでリボンの壁に着地した悠二が、
 
 バンッ!
 
 反動でさらなる加速で炎の狼に突っ込む。
 
 その、銀炎を発した少年を視界に認めた狼が、今までの狂態とはうってかわって、冷徹な殺意で見据える。
 
「バォオオオオッ!」
 
 無数の瓦礫が、群青の炎を噴射させて悠二に向かってくる。
 
 しかし、
 
「『星(アステル)』よ!」
 
 その瓦礫の弾丸は、悠二の周りを守護するように飛ぶ無数の光弾に砕かれる。
 
 ズバッ!!
 
 『アズュール』の結界を纏った悠二が、炎の狼の中に潜り込む。
 
 
 悠二がその炎の中で見たのは、大きな本を抱き、一糸纏わぬ姿で眠るマージョリー・ドー。
 
 溢れる炎の中、何故かその瞳から涙が流れていたように見えたのは、ただの錯覚だったのか‥‥実際の所は、悠二にも、マージョリー本人にもわからない。
 
 
 この熾烈を極めた戦いの幕を引く。
 
 
 眠るフレイムヘイズに、
 
 悠二はただ、
 
 右の拳を振り抜いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 長かった四章も次のエピローグで終わりです。
 五章、構想が不十分なので少し時間喰うかもです。



[3934] 水色の星 四章 エピローグ
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/22 22:06
 巨大な炎の狼が、崩れる。
 
 その炎の中から飛び出てくる人影二つ。
 
 様子から見て、『弔詞の詠み手』を殴り飛ばした悠二と、殴り飛ばされた『弔詞の詠み手』。
 
 しかも‥‥裸。
 
 
 以前、ゆかりに聞いた事がある。
 男性は、発達した女性の胸部に魅力を感じる事が多いと。
 
 ‥‥大きい。
 
 あの乳おばけよりさらに大きい。
 
 あの姿を悠二が見た事になる。
 
 何か‥‥無性に気に入らない。
 
 と、思う間に『万条の仕手』がリボンで『弔詞の詠み手』を包み込む。
 
 意識がないらしい『弔詞の詠み手』の落下を防ぐためだろう。
 
 何はともあれ、これで裸では無くなった。
 
 ‥‥‥これからは『万条の仕手』ではなく、名で呼ぶ事にする。
 
 
 それはいいとして、
 
「『星(アステル)よ』」
 
 言いたい事は山ほどあるが、この方が伝わりやすいだろう。
 
 
 
 
 ‥‥生きているのが不思議だ。
 
 ようやく戦いが終わったと思った矢先に明るい水色に包まれた。
 
 ひどい。
 
「‥‥ヘカテー、一応怪我人なんですけど」
 
「調子に乗って特攻したあげく、『弔詞の詠み手』を暴走させた愚か者には丁度良い制裁でありましょうな」
 
「適正措置」
 
 ヴィルヘルミナとティアマトーが横から口を挟む。
 
 今、マージョリー・ドーはヴィルヘルミナがリボンで編んだ純白の衣を身に纏い、横たわっている。
 
 ヘカテーはさっき『星』をぶちかましてからそっぽを向いてこちらの言葉に反応してくれない。
 
 どうやら、怒っているらしい。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 いつかの時の勘違いと違い。今度は悠二の認識通りにヘカテーは怒っている。
 
 自身その理由を理解してはいないが、とりあえず、
 
(悠二が悪い)
 
 とする事にしたらしい。
 
 悠二はとりあえず、拗ねている少女は放っておいて、マージョリー・ドーに近寄る。
 
 そこで、
 
「てめえ!もし俺の酒盃(ゴブレット)に手え出してみろ、この場の全員噛み殺すぞ!!」
 
 かたわらにあった、大きな本が声を出す。
 
「‥‥あんた、契約者か?」
 
「"蹂躙の爪牙"です」
 
 悠二の問いに、ヘカテーがそっぽを向いたまま応える。
 
 自分から無視し始めたくせに相手にされないのは嫌らしい。
 
 困った子である。
 
 そこで、
 
 ラミーが、いまだに燃えている群青の炎をひとすくい、
 
 『それ』を、その場の全員に映像として見せる。
 
 
 
 
 目を開く。
 
 自分は、敗けたのか?
 
 横たわっている。
 
 体に力が入らない。
 
 横に目をやる。
 
 『万条の仕手』、"屍拾い"、あれは‥‥"頂の座"?
 
 何故あんな徒までここにいるのだろう?
 
 そして、何故自分は殺されていないのだろう。
 
 それらの思考は、一人の少年を視界に入れた時、どうでもいい事として忘却される。
 
(殺す、殺す!殺す殺す殺すころっ!?)
 
「ぐっ!、あう!」
 
 動けない。傷が痛む。力が入らない。
 
「まだ、動かない方がいいよ。暴走のせいで回復力も落ちてるらしいから」
 
 眼前で少年がそう言ってくる。
 
 今さらのように気付く。
 
 トーチ、いや‥‥ミステスか。
 
 それに気付くと同時に、もう一つの事に気付く。
 
 今の自分は、それに気付ける程度に冷静であるという事に。
 
「悪いけど‥‥見た」
 
 悠二が目をやる先、老紳士のステッキの先に灯る群青の炎。
 
 それは子分気取りの少年達にも見られた映像。
 
 彼女にとっての悪夢。
 
「っ!ああっ!」
 
 痛む体を無理に動かし、その灯りを奪い取る。
 
 そのマージョリーに、悠二が声をかける。
 
 この事は自分に任せて欲しい。
 
 それが悠二がヘカテーやヴィルヘルミナに頼んだ事。
 
 あの映像を見た悠二は戦いの前に聞いた話から抱いた疑問が解けていた。
 
 その上で、何とかしなければならない。
 
「僕は‥‥"銀"じゃない」
 
「っ!、そんな事‥‥」
 
 信じられるか!、そう続けたいマージョリーの声を遮り、さらに続ける。
 
「でも‥‥見た事ならある。正体も知ってる」
 
「!!」
 
 その場にいる全員が驚愕する。
 
 その事を悠二に伝え、口止めしたヘカテーも。
 
「なら答えろ!あいつは何処にいる!?」
 
 もはや、目の前の少年が、ミステスが"銀"ではないとは頭のどこかで理解していたマージョリーが、
 
 今度こその核心的な手掛かりに叫ぶ。
 
 だが、
 
「今は、"教えない"」
 
 その場の全員が、完全に言葉を失う。
 
 これほどの執着を見せるマージョリーに、あろう事か"教えない"である。
 
 しらばっくれるわけでもなしに。
 
「今、"銀"の手掛かりは僕だけだ」
 
 言葉を失う一同に構わず続ける。
 
「"話して大丈夫"だと思ったら話す。それまで、"銀"への憎しみが抑えられないなら‥‥」
 
 自分が求めていたものの正体を話す、その決定的な一言をマージョリーは信じられないように聞く。
 
「また僕"達"が止める。八つ当たりでも、構わない。
 何度でも受けとめてやる」
 
 また馬鹿げた事をぬかすミステスが、近寄ってくる。
 
「っ!」
 
 咄嗟に身構えるが、
 
「大丈夫。何もしないよ。さっきも"マルコシアス"に脅されたしね。貴女に手を出したら噛み殺すって」
 
「うるせえ!今も変わってねえぞ。世界のバランスなんぞ知った事か。
 辺りの存在全部飲み込んで、てめえらみんな殺して殺して殺して殺し尽くしてやる」
 
 自分同様ボロボロのはずの相棒の優しい言葉に数百年ぶりに泣きそうになる。
 
 そして、悠二。
 
「うん、何もしない。ただ、これ‥‥壊れてるけど」
 
 マルコシアスの、フレイムヘイズに力を与える王とは思えない発言に、むしろ嬉しそうにクスリと笑い。
 
 マージョリーに手渡す。
 
 それは、さっき拾ったマージョリーの伊達眼鏡。
 
「それじゃ、"またね"」
 
 それだけ言って、少年は去って行く。
 
 それを後から、小柄な少女が、無愛想なメイドが、老紳士がついていく。
 
 去りゆく少年から流れる火の粉が、壊れた世界を直していく。
 
 その火の粉を、マージョリーは、『あれ』以来、初めて殺意無しで眺める。
 
 
 銀色の光を。
 
 
 
 
「‥‥ぎっこんばったん、マージョリー・ドー‥‥、♪」
 
 大天蓋の縁を、『グリモア』を抱えたマージョリーがヨタヨタと歩く。
 
「‥‥ベッドを売って、わらに寝た‥‥‥、♪」
 
 ボロ雑巾のような体を引きずり、擦れる声で小さく歌う。
 
「‥‥みもちが悪い、女だね‥‥‥、♪」
 
 自分の持てる憎悪の全てを、銀の炎にぶつけた。
 
 今の自分は、悲しい?嬉しい?満たされている?渇いている?よくわからない。
 
「‥‥埃まみれで、寝る、なん‥‥て‥‥、♪」
 
 ぶつけて、吐き出して、その後に振り返って気付くのは、
 
「止めさされず、手当てされて、おまけに八つ当たりしろだって‥‥ねえ、マルコシアス?何だか笑っちゃうくらいボロボロね」
 
 何も持たない自分だけ。
 
「結局、空っぽ!ホント、惨めな女の一人旅♪」
 
 狂気に駆られるわけでも、自棄になるわけでもない。
 
 ただ、事実としてそう思う。
 
「おい、マージョリー」
 
「"俺がいる"、なーんてクサいセリフならやめてよね」
 
「そうじゃねえ、下だ」
 
 マルコシアスの言葉に、下を見下ろす。
 
 そこにいるのは、息を切らし、汗まみれで走ってくる少年二人。
 
「ちっぽけだが、居場所くらい残ってるみたいだなあ」
 
 マルコシアスの言葉に、
 
 ただ吹きゆく風に乗って、煌めく雫がこぼれた。
 
 
 
 
 
「いや、ホント‥‥すいません‥‥でした」
 
 スマキのボロボロ、坂井悠二。
 
 そろそろやめてあげないと零時を回る前に天に召されてしまいそうだ。
 
 自業自得だが。
 
「僕"達"が止める、と。一体どの口がそのような事をぬかすのでありましょうな?」
 
「迷惑千万」
 
「‥‥‥悠二」
 
「坂井君、さすがにフォローできないよ。それ」
 
「やれやれ」
 
 
 今は平井宅、坂井悠二おしおきタイムである。
 
 今回、悠二の身勝手な行動に巻き込まれた面子は当然の権利を主張する。
 
 勝手に炎をさらし、暴走させ、最後の最後で任せて欲しいと言うから任せてみれば、後顧の憂いまでしっかりと残してくれた少年をまさしく袋叩きである。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 あの後、平井は封絶の位置を確認して、佐藤と田中と一緒にタクシーで近くまで向かった。
 
 自分が紅世に関わっている事。ミステスやフレイムヘイズや徒の関係者である事までは佐藤と田中に告げたが、それ以上は教えていない。
 
 自分が何なのか話すかどうかは悠二やヘカテー自身が決める事だと考えているゆえにだ。
 
 まあ、佐藤達の事を悠二達に話すのは構わないから機を見て話すつもりなのだが。
 
 
 そんな思惑を抱きつつ、とにかく荒々しかった一日が過ぎていく。
 
 
 異変といえばその翌日か。
 
 
 
「行くのですか?"螺旋の風琴"」
 
「ああ、永い間フレイムヘイズとの確執は避けてきた。今さら危ない橋を渡るつもりもないのでな」
 
 朝、坂井家を訪れたラミーが、別れを告げる。
 
 『弔詞の詠み手』の事もあり、ラミーはとにかく安全に、確実に力を蓄えたいのだ。
 
 悠二の供給は惜しいが。
 
「師匠、元気で」
 
 実は一番ラミーに傾倒していた悠二が名残惜しげに言う。
 
「‥‥ふむ」
 
 その悠二を見て、何か考え込むラミー、いやリャナンシー。
 
「"頂の座"」
 
 ヘカテーの耳元に顔を寄せ、
 
「これからは、不安になったら黙って抱きついてキスの一つでもしろ。それで何もかもがすぐにわかる」
 
「え‥‥?」
 
 キスの持つ意味とリャナンシーの言葉の意味が明確にはわからないヘカテーが?を浮かべる。
 
 悠二には聞こえていない。
 
「今はわからなくていい。覚えてさえいればな」
 
「いずれまた」
 
「再会」
 
「元気でね!」
 
 どこから出てきたのか平井やヴィルヘルミナまでいる。
 
「さらばだ、因果の交差路でまた会おう」
 
 
 そして老紳士は去って行く。
 
 また会う日まで。
 
 
 
「‥‥キス?、不安になったら?」
 
 そういえば、以前悠二が額に口付けしてきた時は気を失い、熱に浮かされたように自分から頬に口付けた事もある。
 
 あの行為に伴う感情は、よくわからないが‥‥凄い。
 
 研究の必要があるかもしれない。
 
 
 リャナンシーの別れの言葉に妙に意気込むヘカテー。
 
 
「やれやれ」
 
 
「‥‥‥‥‥‥今‥‥誰がやれやれって言った?」
 
 
 
 
 一つの戦いが終わり、悠二達に日常が戻ってくる。
 
 
 熱い季節が、近づいてくる。
 
 
 
 
(あとがき)
 ふぅ、四章終了。五章の構想練るのに少々時間を食いそうです。
 時間食ってる間にモチベーション低下という罠が恐ろしいですね。



[3934] 水色の星 五章『名も無き紅蓮』 一話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/24 20:49
「はーはっはっは!弱い!」
 
 可笑しくてたまらない。
 
 『全てを焼き尽くす』という意味の名を持つ"天壌の劫火"、その契約者たる『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 先代、マティルダ・サントメールはまさにその名にふさわしい炎の使い手、魔神憑きの"化け物"だった。
 
 だが、今、目の前にいるこの『炎髪灼眼の討ち手』は‥‥
 
「どうした?そんな距離で刀を構えても攻めきれんだろう?」
 
 間違いなく"炎もまともに使えない"。
 
 こんな幸運があろうか。
 
 駆け出しか何か知らないが、最も危惧すべき"天壌の劫火"、その契約者とこれほど都合のいい状態で戦えるとは。
 
 『炎髪灼眼の討ち手』と戦う"千変"シュドナイは自分に近寄れないくせに刀にこだわる、いや、こだわるしかない討ち手に、虎の頭のろくろ首を伸ばし、捕らえる。
 
「くっくっ、剣術や体術は大したものだ。自在法の効かない『天目一個』を倒せたのも頷ける‥‥だが‥‥」
 
「くっ!」
 
 虎の首が少女の体を絞め上げる。
 
「それだけでは、歴戦の王には通じない。
 貴様、まだその刀を持っているという事は、"愛染"は貴様に討滅されたという事か?」
 
 そう、かつてヘカテー達を襲い、討ち伏された兄妹のかたわれ、"愛染自"ソラトが日本に渡ってきてまで求めていた刀、"贄殿遮那(にえとののしゃな)"。
 
 それこそが今、目の前の『炎髪灼眼の討ち手』の持つ大太刀なのだ。
 
「愛‥‥染‥?」
 
(やはり、違うか‥‥)
 
 あの二人が、いや、練達の自在師たる"愛染他"がこんな"未熟者"に不覚をとるとも思えない。
 
 だが、いまだにこのフレイムヘイズが『贄殿遮那』を持っているという事は、香港の時のように、運悪く、他の強力な討ち手に逢ってしまい、やられてしまったのだろう。
 
「なに、知らないならいい‥‥それより‥‥」
 
 まったく、運の悪い兄妹だ。あれほどの気配隠蔽を持ちながら、次から次に強者に行き逢ってしまうのだから。
 
「そろそろ別れの時だ。『天目一個』を討ち倒した、磨けば光る逸材だったのだろうが‥‥な!」
 
 せめて、あの兄妹への手向けに炎を贈ってやろう。
 
 あの二人が好みそうな、華美で盛大な炎を。
 
 
 伸ばした腕で何重にも縛った少女を、縛ったまま、腕をブツンと切り離して放り投げる。
 
 そして、とどめ。
 
「ゴァアアアアッー!!」
 
 濁った紫の炎が怒涛の如く身動きを封じられた少女に迫る。
 
 
 その炎が、横合いから消し飛ばされる。
 
 
 横合いから飛び出したのは、一筋の光輝の塊。
 
 それは、今やあり得ないはずの七色に光る『虹』。
 
 
「何‥‥だと?」
 
 視線を向けた先‥‥
 
「仮にも俺を討ち倒した『炎髪灼眼』が、何とも情けない事だ」
 
 銀の長髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべる、傲慢な剣士。
 
 覚えのある、あり得ない姿。
 
「なぜ、貴様が‥‥」
 
「直接やりあうのは初めてか、世話になるよ。"千変"」
 
 混乱するシュドナイに、しかし男は無視するように自分の言いたい事を一方的に告げる。
 
「"虹の翼"‥‥メリヒム!?」
 
「さあ、始めようか、戦いを」
 
 
 
 一週間ほど、前の話である。
 
 
 
 
 
 『弔詞の詠み手』との死闘から約一週間。
 
 御崎高校の図書室に、小柄な水色の少女。
 
(これも‥‥同じ)
 
 書物を調べ、キス、口付け、接吻などの意味を片っ端から調べている。
 
 御崎を去った"螺旋の風琴"リャナンシーに、妙な入れ知恵をされた"頂の座"ヘカテーである。
 
 しかし、
 
(挨拶‥‥額へのキスは、挨拶を示す。私は悠二に挨拶されて気絶した?)
 
 キスと一口に言っても色々ある。
 
 日本はともかく、欧米などでは特に、キスする部位で行為の意味が異なる。
 
 常識に疎いヘカテーは今、書物の内容を深く考えて、振り回されている。
 
(頬へのキスは‥‥親愛。私は悠二に親しさを示した?)
 
 平井や千草に相談する事も考えたが、その相談の過程で自分の行為を言わなければならない事態になるかも知れない。
 
 その事を想像すると、何やら恥ずかしい気分になって憚られたので自力(というか書物)に頼っているのだが、見事に迷走している。
 
("螺旋の風琴"は、不安になったら挨拶しろと言った?もしくは、親しさを示せと言った?そもそも誰に?)
 
 他にも部位によって意味はたくさんあるが、運悪くヘカテーは実体験の部位にしか目を向けていない。
 
「ふぅ」
 
 何やらため息のヘカテー。
 
 挨拶で自分は気絶したのか?何か不自然だ。
 
 あの時、自分は悠二に"親しさ"を示したい衝動を抑えられなかったのか?
 こっちは少し近い気もするが、何か違う気がする。
 
 悩める少女に、馴染みのある声がかかる。
 
「お!いたいたヘカテー。こっちおいで、何か面白そうな事になりそう‥‥っていうか、しそう。私が」
 
 わけがわからない事を言ってヘカテーを引っ張って行く、ヘカテーと悠二の親友にして外界宿(アウトロー)第八支部の協力者(まだ正式な構成員ではない)・平井ゆかり。
 
「ゆかり、私は調べ物が‥‥」
 
「いいからいいから!何なら後で調べ物、手伝ったげるから、物知りなお姉さんが」
 
「‥‥いや、それは‥‥」
 
「レッツ・ゴー!」
 
 
 
 
 ここで、今まで名前くらいしか出なかった一人の少女を紹介しておこう。
 
 緒方真竹。
 悠二達と同じ、御崎高校、一年二組のクラスメイトであり、佐藤や田中とは同じ東中学の出身である。
 
 名前の通り、竹を割ったようなカラッとした性格で、可愛いというより格好いいといった容姿をしている。
 
 そんな彼女は今、悩みを抱えている。
 
「はぁ」
 
 彼女は、あまり知られていないが田中栄太が好きなのである。
 
 中学の時はよく一緒に遊んでいたが、高校に入ってからは部活のバレーや、女友達と遊ぶ事が多くなっていたため接点が薄くなってきている。昼食の時も、田中のいる悠二達の輪の中に彼女はいない。
 
 そのグループにいる女子。
 
 近衛史菜、平井ゆかり、吉田一美。
 
 いずれも一年二組の誇る、色々な意味で凄い三人娘である(吉田は最近になって『凄い』認定された)。
 
 三人とも、田中の事を好きになるとは思えない。
 
 近衛や吉田は言うまでもなく標的が誰の目にも明らかであり、平井も、池速人への告白(平井本人が隠さなかった)の経緯と、今の様子から見て、三人ともあるとすれば坂井悠二である。
 
 しかし、"田中が"あの三人を好きになる可能性は高いのではなかろうか。
 
 女の自分から見ても魅力的だ。
 
 快晴のような明るさと異様な行動力を持つハイスペック少女、平井ゆかり。
 
 その純真無垢な容姿と行動、庇護欲をこれ以上ない程に掻き立てる近衛史菜。
 
 最近、おとなしい、素朴な少女のイメージを(本人の意思とは無関係に)払拭し、影で『姐御』と呼ばれるワイルド、吉田一美。

 
「やっぱり‥‥田中もああいう女の子の方がいいのかな‥‥」
 
 女子のお手洗いで一人、ポツリとつぶやく緒方の後ろで‥‥
 
 バタンッ!
 
「大体、話はわかったよ!オガちゃん!」
 
 平井ゆかりが、
 
 バタンッ!
 
「‥‥‥‥?」
 
 近衛史菜が、
 
 バタンッ!
 
「私達で良かったら、協力するよ、緒方さん」
 
 吉田一美が現れる。
 
 トイレの中から。
 
 
「うぇっ!さっ、三人とも!?いつからそこに?」
 
 独り言、しかもかなり恥ずかしい内容を聞かれた緒方が焦る。
 
「オガちゃんが教室でメランコリーなオーラ出してるの見かけてから。
 何はともあれ、オガちゃんのラブロードに、私達が一肌脱ぐよ♪」
 
「ラッ、ラブロードって‥‥っていうか確信犯!?」
 
「モチよ」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 あっさりと認める平井に何も言えなくなる。
 
 その間に平井がガシッと緒方の両肩に手を掛け、
 
「オガちゃん。こういうのは先手必勝!手数出した奴がそれだけ有利なの、オーケー?」
 
「う‥‥うん」
 
「ライバルいないうちに攻めないでどーするのよ!オガちゃんらしく攻める!私達がラブロードの路上清掃するから」
 
 熱弁を振るう平井に、そこで水を差す声一つ。
 
「ふふ。戦績一戦零勝一敗のゆかりちゃんに言われても聞けないよ。
 緒方さん?私が協力するから、安心して?」
 
「‥‥ははは、一美、そんな事言うんだ?そーだよねー、零勝一敗だもんねー♪」
 
「でしょー?ふふふふ」
 
 
 ゴォオオオン!
 
 
「平井さん!?一美!?ちょっと、ストップー!」
 
 クイクイ
 
「え‥‥何?近衛さん」
 
「らぶろーど‥‥‥とは?」
 
「えーと、それは‥‥」
 
「お子様は知らなくていいんだよ?近衛さん☆」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 ゴォオオオン!
 
 
「もうやめてってばぁー!!」
 
 
 
 かくして、緒方真竹のラブロード、田中栄太攻略への道が、開かれつつあった。
 
 
「頼んでないってばぁー!」
 
 
 知らん。
 
 
 
 
(あとがき)
 構想練るのに時間食うかと思ってたけどピンときました。
 主賓は緒方ですが、平井やヘカテーや吉田も画策します。



[3934] 水色の星 五章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/10/26 00:51
 今は放課後、御崎市の中心街の甘味処に、四人の少女。
 
「えー、では今からオガちゃんと田中栄太君の中を甘い感じにするプロジェクトのミーティングを開始します」
 
「あの‥‥平井さん?ホントにやるの?」
 
「まずどんなアプローチをかけようか?」
 
「?‥‥田中栄太を、どうするのですか?」
 
 妙な会談を実行に移した平井。
 恋に関してはまだ尻込みしてしまう緒方。
 すでにやるものとして発言する吉田。
 何もわかっていないヘカテーである。
 
「あー‥‥、要するにオガちゃんにとっての田中君は、ヘカテーにとっての坂井君みたいなものなの、わかる?」
 
「私にとっての‥‥悠二?」
 
 ここで緒方が、保険、あるいは確認のためヘカテーに訊く。
 
「あの‥‥さ、近衛さんって、坂井君が好きなんだよね?」
 
 ほぼ確信はしているが、一応訊く。
 
 が、
 
「私が‥‥悠二を‥‥好き‥‥?」
 
「?」
 
 思ったより歯切れが悪い。まさか思い違いだったのだろうか?
 
 しかし緒方の疑問は次の瞬間解消される。
 
 ボンッ!
 
 妙な音を出し、顔をゆでダコのように上気させるヘカテー。
 
 何か口をパクパクさせている。
 
(好‥‥き‥‥?)
 
 知識としては、知っている。
 
 今まで理解できないものとして気に掛けもしなかったが‥‥恋愛感情と呼ばれるもの。
 
「好き‥‥‥私‥‥悠二‥‥好き‥‥」
 
 顔を赤く染め、うつむいて、ぶつぶつとつぶやく。
 
 言葉にする事で『それ』は明確なものとして認識されていく。
 
「私は、悠二を、好き」
 
 今度ははっきり言ってみる。
 
 胸のうちにある『それ』を恋愛感情だと実感していく。
 
 そこまで考えて気付く。
 
 『好き』といっても、友人に向けるものや、嗜好を示す言葉として表される場合もある。
 
 にも関わらず、「悠二を好きなのか」と訊かれ、自分は恋愛感情以外の『好き』を考えつきもしなかった。
 
(私は悠二が好き)
 
 その『事実』が、ヘカテーに自らの想いを決定的に自覚させる。
 
 自覚する、自分が悠二を好きである事を理解すると、どうしようもない気恥ずかしさに襲われる。
 
 
 それを見守る少女三人。
 
 いきなり爆発し、顔を真っ赤にしてぶつぶつと、つぶやきだし、
 
 今度はさらに顔を赤くして首をふりふり。
 
(‥‥ヘカテー、まだ自覚してなかったんだ)
 
(‥‥何だろ‥‥この可愛い生き物‥‥)
 
(このガキ‥‥自覚も無しに張り合ってやがったのか‥‥)
 
 
 三者三様に内心でつぶやくが、皆大体はいまだに自覚してなかったヘカテーに呆れている。
 
「コホン‥‥。話進めるよ、ヘカテー。つまりオガちゃんは田中君にそんな感じだからくっつけたげようって話なの。
 今はその作戦会議」
 
「‥くっつく‥‥?」
 
 カァアアアア
 
(‥‥可愛いんだけど、これじゃ話進まないな)
 
 もはや何を言ってもいちいち赤面するゆでダコ少女を置いて話を進める事にする平井。
 
「まあ、酷評するようだけど、私の目から見て田中君は今、オガちゃんを恋愛対象としては見てないね。
 『大切な友達』ってトコかな」
 
「うん、同感。しかも、『自分が好かれる』っていうのを冗談以上に考えた事ないって感じ」
 
 田中栄太を正確に分析する平井と吉田の言葉にガックリと肩を落とす緒方。
 
 話の何を聞いているのか顔をふりふりしているヘカテー。
 
「オガちゃん何落ち込んでんの。それを改善させるためのプロジェクトでしょーが!」
 
「‥‥それで‥‥何をどうすれば‥‥」
 
「ギャップだよ」
 
 あらかじめ考えていたのか、緒方の問いに即答する平井。
 
「オガちゃんの特徴は、『格好いいスポーツ少女』なわけ、そこでそんなボーイッシュなオガちゃんの『女』な部分をガツンとアピールしてそのギャップで落とす!」
 
「おっ‥‥『女』って、どうやってアピールするの?」
 
 平井の勢いに呑まれ、いつの間にかやる事が前提になっている緒方。
 
「お弁当は?」
 
 ギャップの大先輩が自らの得意技を勧める。
 
「悪くはないけど、あの鈍そうな田中君にはちょっと弱いね。それにオガちゃん、確か料理‥‥」
 
「‥‥できません」
 
「と、いうわけで、とりあえず今回は別の手段で行きます」
 
「‥‥‥そういえば、悠二は何処?」
 
 ようやく会話レベルに理性が復活したヘカテーが訊く。
 
 第一声がコレなのはどうかとも思うが。
 
「シルバーは、今、男サイドの味方を引き込みに行ってるよ」
 
「「「シルバー?」」」
 
 平井の妙な呼び方に吉田、ヘカテー、緒方が首をかしげる。
 
「コードネーム。作戦企てるんだから当然要るっしょ!」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 何だか面白がられているような気がひしひしとする緒方であった。
 
 
 
 
 その頃、シルバー(悠二)。
 
「ってわけなんだ。手伝わないか?」
 
「さっすが平井ちゃんだな!こりゃ面白くなりそうだ。」
 
 佐藤と二人で公園で話している。
 
 田中には当然退席してもらった。
 
 あれから悠二は、自分やヘカテーの本当の事を佐藤や田中に話している。
 
 それ相応の覚悟を持って話したのだが、二人はすんなりと受け入れた。
 
 しかし、悠二は少年二人、特に佐藤が、『外れた側』である悠二に、心の奥で、強い羨望を抱いた事を知らない。
 
 あれ以来、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは佐藤の家に住み着いている。
 
 そして、佐藤と田中は憧れの女傑、そして彼女の悪夢の一端を知る者である自分達にちっぽけな誇りさえ持って、何やら日々特訓しているらしい。
 
 鍛えてどうするつもりなのか疑問だが。
 
「よし!それならその作戦はどーなってんだ?」
 
 特訓の事は、それはそれとして、こういうイベントが大好きな佐藤がこのプロジェクトに食い付く。
 
 というか、佐藤は元々緒方と田中はお似合いなのではないかと思っていたから、遊び心抜きにしてもこれには協力的である。
 
「今、平井さん達が作戦会議してる」
 
「‥‥‥‥なあ、坂井。ところで俺達、何か忘れてないか?」
 
「そういえば、僕もさっきから何か引っ掛かって‥‥‥‥」
 
「「あ」」
 
 
 メガネをかけた少年が、寂しく一人で帰路についていた。
 
 
 
 
「さーて、どうしよっかなー」
 
「ゆかりちゃんが言い出したんだから」
 
「助力‥‥しましょう」
 
 今は帰り道。緒方はいない。
 
 演技など出来そうに無い緒方には作戦を伝えるのは逆効果、という結論に達し、緒方の行動パターンを読んで三人が作戦を立てる事になったからだ。
 
「助力しましょう」
 
 ヘカテーは協力的になっている。
 
 というより、自分がようやく自覚した想い、どうすればいいのかわからない。
 
 だから同じ境遇にあるらしい緒方の恋路を参考にするつもりらしい。
 
 そのためには、『成功例』が欲しいのだ。
 
 
「ギャップって発想は悪くねえと思うんだがなあ」
 
「一美、猫かぶりがはがれてるよ」
 
「気のせいだっての」
 
「‥‥ギャップ‥‥」
 
 
 三人の少女は考える。
 
 元々、田中と緒方の相性はバッチリであろう。
 
 作戦運びさえ上手くいけばきっと成功するに違いない。
 
 そして、田中に緒方の『女』を感じさせる方針は悪くない。
 
 何か、手っ取り早くそういうシチュエーションにできる何かが欲しい。
 
 歩く三人は、一つの電化製品の店の前を通る。
 
 そこのテレビに、CMが流れている。
 
 それは三人の目に留まる。
 
 
《夏だ水着だ!御崎ウォーターランド!あっはーん☆》
 
 
「「これだ」」
 
「?」
 
 
 この週末の休みに、それは決行される。
 
 
 
 
 
(好き)
 
 今まで理解できなかった感情。
 
 今は、感じる事だけできる感情。
 
 どうすれば満たされるのか、わからない想い。
 
 悠二が関係している事だけは確か。
 
 知識として知ってはいるが、今一つ、明確な定義がない。
 
(どうすればいい?)
 
 
 一つだけはっきりしている事、悠二と、離れたくない。
 
 悠二を他人にとられたくない。
 
 しかし、どうすればそれを防げるかわからない。
 
(おばさまに‥‥訊く?)
 
 自身の想いに気付いた今、羞恥心と等量、あるいはそれ以上に沸き上がる危機感。
 
 想いが大きければ大きいほど、それを失うという事への恐怖は増していく。
 
 今まで恥ずかしくて訊けなかった事を訊こうかという気にまでなっている。
 
 
 暖かい湯船につかりながら、水色の少女は思い悩む。
 
 
 不安は、無意識下においても現れる。
 
 その夜、いつものようにヘカテーは寝呆けて悠二の布団に潜り込む(ここ最近ずっとだ)。
 
 
 そしていつもより強く悠二に抱きつく。
 
 
 
 そのぬくもりを、失う恐怖に抗うように。
 
 
 
 
(あとがき)
 五章まできてようやくヘカテー攻撃体勢です。
 いや、原作を考えたらようやくでもないのかな?
 ちなみに『御崎ウォーターランド』はアニメ版、『恋と欲望のプールサイド』から抜粋しました。



[3934] 水色の星 五章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/27 22:23
 かざしたサーベルに、七色に輝く光が宿る。
 
(まずい!)
 
  "千変"シュドナイがそれに気付き、避けた空間を、爆発的な破壊力を伴った虹が通る。
 
「なぜ‥‥‥貴様がここにいる!?」
 
「"千変"、これは戦いだぞ?訊きたい事はその爪で、牙で、炎で訊け」
 
 言って、銀髪の剣士は飛びかかり、再びその剣に光を宿す。
 
「俺はこの、『虹天剣』で応えよう」

 そしてまた、虹が放たれる。
 
 
 
 
 最初、自分の耳を疑った。
 
 物心つく頃には一緒にいて、『人間』として生きていた時間の全てを共にしてきた。
 
 一度しか見た事のない姿と、一度しか聞いた事のない声。
 
 しかし、決して忘れるはずのない姿と声。
 
 戦いのみで接してきた、自分が手にかけた、大好きな師。

 
(‥‥シロ?)
 
 あり得ない。
 自分が、この手が知っている。
 
 彼を貫いた、この大太刀が知っている。
 
 あり得ないのだ。
 
 だが、彼は現に今、目の前にいる。
 
 
『驚きに意味はない』
 
 ふと、彼にもらった、最初で最後の『言葉を介した戦いの教え』を思い出す。
 
『現実に在るものを見ろ』
 
 そう、そうだ。よく見ろ。
 あれが、彼以外の何だというのか。
 
『それはそこにある』
 
 そう、彼はここにいる。
 
 自分を助けに現れた。今、戦っている。
 
 かつて人間だった頃抱いた。フレイムヘイズとしての理想の未来。
 
 彼と、今身の内にある契約者と、もう一人の大好きな女性。
 
 みんなで旅をして、紅世の徒と戦う(当時はあの給仕の女性がフレイムヘイズとは知らなかったが)。
 
 今はもう、幻想になったものだと、『完全なフレイムヘイズ』の考えるものではないと無意識下においやってきた‥‥夢。
 
 
 その一端が今、目の前にある。
 
 心が、燃える。
 
 
 炎が、燃える。
 
 
 
 
 パチ
 
 
 目を覚ます。
 
 『あれ』以来、徒とは逢っていない。
 
 『彼』が勧めるまま、久しぶりにホテルで、柔らかいベッドで寝てみた。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 悪くない。
 
 外で座って寝る事に慣れてしまっていたが、やはり寝心地が良い。
 
「アラストール。御崎‥‥だったよね。例の『零時迷子』のミステスと、"頂の座"」
 
「うむ。"奴"はそう言っていたがな」
 
 枕元に置いたペンダント、神器『コキュートス』から返事が返る。
 
 が、
 
「アラストール?どうかしたの?」
 
 
 契約者、"天壌の劫火"アラストールの声に不機嫌の色を感じる。
 
 というか、『あれ』以来ずっと機嫌が悪い気がする。
 
 コンコン
 
 ドアがノックされる。
 
「起きたか?そろそろ行くぞ」
 
「うん。今行く」
 
 ドアを開けた先、銀髪の青年の表情が柔らぐ。
 
「‥‥‥‥」
 
 もっとも、『コキュートス』に目を向けた瞬間、不機嫌になるのだが。
 
 二人とも、機嫌が悪い。 
 
 
 彼女達、『炎髪灼眼の討ち手』は、一つの目的を持って御崎へと向かう。
 
 『カイナ』によって生き長らえ(この事を言う時、彼は物凄く嫌そうだった)、海中に瀕死で沈んでいたところを『助けられた』。
 
 しかも助けたのが、『零時迷子』と"頂の座"。
 
 いくらなんでも出来すぎ、いや、有り得なさすぎる話。
 
 いくら彼の‥‥メリヒムの話とはいえ、フレイムヘイズとして確認は必要だった。
 
 向かう御崎にあるのは、一つの再会と、いくつもの出会い。
 
 
 彼女はまだそれを知らない。
 
 
 
 
 
「うあ〜、駄目〜、もう死ぬ〜、いっそ殺して〜」
 
 "蹂躙の爪牙"マルコシアスのフレイムヘイズたる『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは、床の上でのた打ち回っていた。
 
「マーガレットにジャイルズにクレメント、み〜んなして頭の中で〜鐘鳴らしてる〜、う〜、あう〜」
 
 朝日が容赦なく射す部屋の中、マージョリーは蓑虫のように毛布にくるまってソファーとテーブルの間をゴロゴロと往復する。
 
「ヒッヒヒ、いー薬、いや毒か。どっちにしろしばらく清めの炎はお預け。
 しばらくそうしてろ、我が酔いどれの天使、マージョリー・ドー」
 
「バカマルコ〜、殺す〜、ああ〜、でも死ぬ〜、死んで〜、殺し〜あう〜」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 
 『寝起きの美女』のいる部屋に入ってきたはずなのに、思い描くお色気シチュエーションからこれでもかという程にかけ離れた『怪奇・蓑虫女』と馬鹿笑いする本に出迎えられた佐藤がとりあえず沈黙する。
 
 いや、今更珍しい光景でもないのだが、朝起こしにくるたびに似たような理想のシチュエーションを思い描いてしまう自分が悲しい。
 
 
「あの、マージョリーさん、今日気晴らしに出掛けませんか?
 毎日飲んだくれてたら体に悪いですよ」
 
 そう、あの戦い以降、マージョリーは佐藤家に入り浸り、毎日酒ばかり飲んでいた。
 
 あの時、あらん限りの憎悪を"銀"の炎にぶつけ、その果てに敗北。
 
 そう、自分の全てを受け止められ、あげく、最後には‥‥
 
『何度でも、受け止めてやる』
 
 今の惨めな自分の有り様さえも『肯定』された。
 
 逃げ出すよりも、殺されるよりも、完全な敗北。
 
 
 だが、思ったほど悪い気分ではなかった。
 
 だから、今彼女の足を止めているのは敗北した事ではない。
 
 
 わかっていたはずなのに、もう一度目を向けさせられて、心を折られた。
 
 
 憎悪を吐き出した後に残った‥‥‥空っぽの自分。
 
 
(やっぱりダメか‥‥)
 
 佐藤は毎日飲んだくれているマージョリーを連れだそうと、前から田中と話し合っていたのだが、やはり聞き入れてもらえない。
 
 明日は皆と御崎ウォーターランドに行く約束だから、今日のうちに連れ出したかったのだが、仕方ない。
 
 
「なんか、朝飯頼んできますよ」
 
 諦めて、佐藤家にいるハウスキーパーに朝食を頼みに行く佐藤。
 
「ちょっと〜、酔いざましが先で〜あう〜」
 
「はいはい」
 
 清めの炎による酔いざまし(そういう効果もあるのだ)を切望する蓑虫女に生返事を返しながら佐藤は室内バーを後にする。
 
 
 バタン
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ドアを閉めた先で、佐藤の表情は真剣なものへと変わる。
 
 彼女の、マージョリー・ドーの悪夢を知り、佐藤は『マージョリーについていく』という望みを抱くようになっていた。
 
 そして今、悠二本人から聞いた。悠二が"銀"の手掛り、同色の炎を持つ者だという事実。
 
 
(今の俺達にとって、これはチャンスだ)
 
 同じ望みを胸中に抱いているだろう田中も含めてそう思う。
 
 悠二がいる限り、悠二から"銀"の手掛りでも得ない限り、マージョリーはこの街にいるだろう。
 
 そして、マージョリーに自発的に動く気力がない今、自分達が追い付くチャンスなのだ。
 
 ちなみに、田中とマージョリーについていく事と、田中と緒方をくっつける事は佐藤にとって矛盾しない。
 
 田中がマージョリーに抱いているものが恋だなどとは思っていないのだ。
 
 まあ、自分は恋だ。などとも言えないのだが‥‥
 
 
 形は違えど、悠二と同じように強くなろうと思う佐藤。
 
 
 しかし、佐藤は悠二どころか平井とさえ違う。
 
 『紅世の者の戦い』を、知りもしなかった。
 
 
 
 ところで、佐藤がバーから出て行く時、ポケットから一枚のチケットがこぼれ落ちた。
 
 それはソファーの下に滑り込む。
 
 
 
 
 その日の日中、御崎市中心街のデパート。
 
「かっ、一美。これはちょっと派手すぎるんじゃ‥‥‥」
 
「何言ってるの緒方さん。そんな地味なのじゃ駄目だよ。
 『女』を、つまり『色気』をアピールするためのプールなんだから」
 
 吉田一美と緒方真竹が、水着を買いに来ている。
 
「いや、あの、そのね」
 
「?」
 
 いつもと違い歯切れの悪い緒方に怪訝な表情を向ける吉田。
 
「私、その‥‥‥‥小さいから」
 
 緒方の視線の先、吉田自らの誇る胸部がある。
 
(なるほどな。っつーか、こういう胸の大きさを気にするってのもある意味一つの武器か?
 いや、それをやる前に前提としてある程度『女の子』な部分を見せとかねーと威力半減だな。
 むしろちょっとは胸あるのに気にしすぎ、みたいなのが一番‥‥‥‥けど『これ』じゃ足りねえな。
 少しは私を見習えって‥‥‥」
 
「‥‥‥一美、恥ずかしい持論は頭の中だけにして。それに、小さくて悪かったわね」
 
 いつの間にか、後半は完全に声に出している吉田に、緒方が恨みがましい視線を向ける。
 
 それ以上はしない。まだ死にたくはないのだ。
 
「あれ?私何か言った?そうだ!あれ買いに行こう緒方さん!」
 
「えっ!あれって!?」
 
「パッドだよパッド!結構前に、ゆかりちゃんが(胸が)小さかった時に使ってたって言ってた店知ってるから!」
 
「‥‥‥‥前に?。っていうか水着だけど‥‥」
 
「だから大丈夫っつってんだろが!時代は貧乳に優しいんだよ!」
 
「‥‥‥泣いていい?」
 
 
 吉田が緒方を引っ張って行く。
 
 その光景を、デパートの中なのに何故か生えている電柱から‥‥‥
 
「いけ好かない女であります」
 
「支持」
 
 
 家政婦(給仕)は見た。
 
 
 
 
 その日の夕方、坂井家。
 
「ヘカテーちゃん。水着買って来たの、来てみる?」
 
「水着‥‥‥‥はい。着てみます」
 
「母さん。プールの事誰に聞いたのさ」
 
「カルメルさんよ。夕飯のお買い物で偶然会っちゃって」
 
 千草は、無愛想なヴィルヘルミナとも仲が良い。
 
 というか、千草と仲が悪い人物など想像出来ないような気がする。
 
「ところで悠ちゃん?」
 
「?」
 
「いつまでそこにいるつもりかしら?」
 
 生まれて初めての水着を喜び戸惑って試着にかかるヘカテーはすでに上着は脱いでいる。
 
「っ!〜〜っ!」
 
 恥ずかしさ、そして膨らみの儚い自らの胸部を見られたくなくてヘカテーは悠二を、
 
 ドガァ!
 
 リビングの外に叩き出した。
 
 
 
 
 その夜。御崎市に隣接する大戸市。
 
 関東外界宿(アウトロー)第八支部。
 
 
「あーもー!この書類の山!山!山!
 しかも全然まとまってないし!」
 
「史ちゃん、口動かすより手を動かす!
 明日はプールなんだからは・や・く♪」
 
「プールかぁ。いいなあ、青春‥‥‥って早っ!
 何で私より遅く来たのに私より仕事早いのよ!?」
 
「夏が近いからね〜♪」
 
「理由になってない!」
 
 
 平井ゆかり、今日も絶好調。
 
 
 
 
「あっ、もしもし。坂井?うん、空いてるけど。
 ‥‥‥わかった。じゃあ明日な」
 
カチャ
 

「‥‥‥‥坂井。お前はやっぱり親友だよ」
 
 
 受話器を置いて、そう呟く、メガネが、涙で濡れていた。
 
 
 
 
「佐藤のやつ、本当に、こういう、イベント、好き、だよな」
 
 田中栄太、今日もダンベルを持ち上げ、憧れの女傑へと近付くべくトレーニング。
 
 お祭り好きな相棒と、その仲間達の陰謀を、彼は知らない。
 
 
 
 
 そしてその翌日、
 
 御崎ウォーターランド!
 
 
 
 
(あとがき)
 作品中の時間の流れに疑問を持たれる方もいると思います。
 実は二章と三章の間にメリヒムに現代社会を教えるための隠れエピソード的な期間があり、そこで結構時間が経っています。
 それにしたって不自然ですよね。
 認めます。構成力不足です。



[3934] 水色の星 五章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/28 22:37
 朝、目が覚める。
 
 目の前、最近はもはや日常的となった、朝一番の水色の少女のあどけない寝顔。
 
「すぅ‥‥すぅ‥‥」
 
 この朝一番の寝顔に、動揺が無くなったわけではないが、それでも騒ぎ立てたりする事は無くなっていた。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そっと、少女の髪をなでる。
 
 『弔詞の詠み手』との戦いの前だったか、それくらいの時から起きたら小柄な少女が自分の布団に入っているという一般の高校生からすればかなりの異常事態が続いている。
 
 基本的に起きるのは自分の方が早いので、少女の方は『起きたら寝場所が変わってる』くらいにしか思っていない節があるが。
 
 実際の所、どういった理由で少女、ヘカテーの寝場所が変わっているのか。
 
 ヘカテーがねぼけて潜り込んでいるにしても、何が無意識にそうさせるのか。
 
 妙な勘違いをしてしまいそうになる。
 
「‥すぅ‥‥すぅ‥‥‥‥‥じ‥‥‥」
 
(今‥‥‥何か言ったのか?)
 
 寝言らしきものが聞こえた。
 
「ゆう‥‥‥‥じ‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 どうなんだろうか。
 
 これは勘違いに身を委ねても良いのではないか?
 
 期待してしまっても良いのではないか?
 
 いや待て、期待?
 
 期待も何も自分はヘカテーを‥‥‥‥なのだろうか?
 
 確かに可愛いとも、守りたいとも、一緒にいたいとも、そのために強くなりたいとも思っているのだが、
 
 それは恋だと言えるのか?
 
 例えば、前の『弔詞の詠み手』との戦いは(始めは)師匠・"螺旋の風琴"リャナンシーを守るためだった。
 
 守りたい=恋というのは短絡的すぎではないか?
 
 今まで恋などした事のない、そういう意味ではヘカテー同様に未熟な少年、坂井悠二は『感じる』べき所を無駄に考えて結論を出そうとする。
 
「‥‥‥‥‥悠二」
 
(‥‥‥まあ、いいか)
 
 少女の二回目の寝言、今度は言った後に常に無い柔らかい微笑みを浮かべる‥‥‥を聞いて、無駄な葛藤をやめる。
 
(今は‥‥‥一緒に居られれば)
 
 
 訂正が必要だ。
 
 自らの想いに気付けない分、ヘカテーよりも未熟な坂井悠二はそれだけを思って、
 
 いや、もう一つの考えだけを抱いて、朝の鍛練に向かう。
 
 
 
 
「用意はいいかね?『シルバー』、『チョコ』」 
 
 所は御崎ウォーターランド、悠二とヘカテーに、平井が声をかける。
 
 ところで、朝の鍛練の時、ヴィルヘルミナの様子がおかしい‥‥というより何か考えているようだったが、あれは何だったのだろうか(それでもなお、あしらわれるのが悲しい)。
 
 ちなみにシルバー、チョコは本作戦のコードネームである。
 
 最初、ヘカテーのコードネームは『マシュマロ』だったのだが、ヘカテー本人が強行に『チョコ』に変更した。
 
「‥‥‥‥はい。『リーダー』」
 
 平井は『リーダー』である。
 まあ、異論は無いが。
 
「私達が一番乗りだよ。
 ターゲットは『シュガー』が連れて来てて、ゲストは『ブラック』が連れて来てるよ、抜かり無し」
 
 『シュガー』は佐藤、『ブラック』が吉田。
 
 主賓の二人は『ターゲット』と『ゲスト』で通じるため凝ったコードネームは必要無い。
 
 いや、元々コードネームなどいらないのだろうが、そこはご愛嬌である。
 
 コードネームを呼ばれ、ヘカテーがやる気を出す。
 
「助力‥‥‥しましょう」
 
 水着で体つきが知られてしまう不安を、今は抑え込む。
 
 今は‥‥‥オダ?、いや、オバ。
 
 オバちゃん?何か違う。
 
 ああ、そうだオメガだ。
 
 オメガのらぶろーどを成功させる。
 
 自分の参考とするためにも。
 
 
 思い、傍らの悠二、いや『シルバー』に目を向ける。
 
 はるか太古からこの世にある自分に初めて出来た、『好きな人』に。
 
 
 
 
「皆、遅いな、シュガー。」
 
「そうだなあ、シルバー」
 
「お前ら、何だよその変な呼び方は?」
 
「「「何でも無いって。ターゲット」」」
 
「‥‥‥俺はターゲットなのか?」
 
 今、着替えに時間がかからない男性陣は先に着替えて女子の着替えを待っている。
 
 わかりにくいが、池、いや『メガネマン・アクア』もいる。
 
 一人だけバレバレなコードネームだが、そこは影の薄さがカバーしてくれる。
 
 ちなみに佐藤はチケットを無くしたため、入場に要らぬ出費をかけてしまっている
 
 
 野望と不安を抱いた少女達が現れるまでもう少し。
 
 
 
 
「あ〜、退屈〜」
 
 所は佐藤宅、室内バー。
 ついさっきまで、カクテルのニューテイストを模索していたマージョリー・ドーがゴロゴロとソファーに転がっている。
 
 失敗したのだ。
 
「ヒッヒヒ!退屈でも我慢しな。今日は可愛い子分達はプールでバカンスだぜ」
 
 ぐーたらと時間を潰す相棒を、マルコシアスは怒らない。
 
(ま、雨の日もあらあな)
 
 とだけ思い、本人が自分で立ち直るまで待つ事にする。
 
 幸い、『きっかけ』はこの街にいるのだから。
 
「ん〜?そういや何かウォーターランド行くとか言ってたわね‥‥‥ん?」
 
 だらしなく垂らした手、その指先に、一枚のチケットが触れる。
 
 
 
 
「お待たせしました!御崎高校三人娘!水着ファッションショー!」
 
 一人、司会気取りで先に現れた平井ゆかりが思春期の男共に言う。
 
 自分はさっさと現れてファッションショーとやらに加わらないあたり謙虚なんだか嫌味なんだか。
 
 ちなみに青緑のチューブトップである。
 
「んじゃ、一番、緒方真竹!」
 
 平井の呼び掛けと共に、本日の主賓(のはず)、ゲストが現れる。
 
「どっ、どうかな?」
 
 現れた緒方は訊く、名指しでは無いが、視線は田中のみに向けられている。
 
 ちなみに青と白の模様のワンピースだ。
 
「‥‥‥‥‥」
 
(なるほど、これで気付かないんだから田中は超が付く鈍感だ)
 
 と、人の事を言えない坂井悠二は内心で思う。
 
「ほら、このナイスバディ見て何か感想は無いわけ?」
 
 真剣に見られる事に堪えられなくなったのか、緒方が冗談めかして言う。
 
(((ここで冗談めかしてどうする)))
 
 と、協力者全員が心中で溜め息を吐く。
 
「ふむふむ、なかなか‥‥」
 
 言わんこっちゃない。田中もおふざけのノリで偉そうにあごに指など当てて緒方を眺める。
 
「しかし、パッド入りというのはいただけませんねえ。オガタマタケ君?」
 
「うっ」
 
 胸をグサッと刺されたようにのけぞるゲスト。
 
 っていうかバレてるし、いきなり失敗だ。
 
「えー、二番バッター、ヘカテーこと、近衛史菜!」
 
 これ以上墓穴を掘らないうちに、次に移す平井。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 『男性は女性の発達した胸部に惹かれる』という前情報から、この場に現れる事に少なからず不安を抱いて現れるヘカテー。
 
 水色のワンピースに、部分的にパレオのような布地が付いている。
 
 こちらも、悠二のみに視線を向ける。
 
 それに対する悠二。
 
 
(‥‥‥うん)
 
「‥‥似合ってるよ」
 
 お世辞無しにそう思う。
 
 儚げな容貌と、雪のような白い肌。
 
 確かに胸の膨らみはないが全体的に細く、流麗な曲線を描く肢体。
 
 何より、不安と、ほんの僅かな期待を滲ませるその仕草が、ヘカテーの魅力を際立たせている。
 
 本当に綺麗だった。
 
 
 その掛けられた言葉の嬉しさと、不安を払われた事が、ヘカテーの表情を晴れやかなものにする。
 
 花が咲くように、パァッと微笑む。
 
 
(近衛さんって‥‥‥あんなに綺麗に笑うんだ‥‥)
 
 初めてはっきりとヘカテーの笑顔を見た緒方がつい見とれる。
 
「ではラスト!我らが姐御、吉田一美!」
 
 猫かぶり忘れて不適な笑みを浮かべて現れる吉田。
 
 それは、己の武器を最大限に活かした、黒のビキニ。
 
 司会を名乗ったため目立たなかったが、平井は吉田や緒方よりも全体的に細く、しかもその胸部は吉田よりは小さいが十分に平均以上あるという非のうちどころのないスタイルだ。
 
 吉田は、その細さの差を埋めるべくものを細く、引き締めて見せる黒という色のチョイス。
 
 
 思春期の男共、その全員に凄まじい破壊力を見せつけた。
 
 
 ところで、
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 この企画は、自分の魅力をターゲット(田中)に見せつけるためのものではなかったのか?
 
 何だかんだいって一番目立てなかった緒方が悲しいため息を吐いた。
 
 
 
 
 その後、一同は一つの貼り紙を目にする。
 
 
 それには、『水中カップル騎馬戦』とある。
 
 
 
 女達の戦いが、すぐ間近に迫っていた。
 
 
 
 
 
(あとがき)
 ちなみに、悠二の嫌いな食べ物はマシュマロで、好きな食べ物はチョコレートです。
 補足。



[3934] 水色の星 五章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/30 00:11
『水中カップル騎馬戦』
 
 悠二達一行は今、プールに向かう廊下で、このチラシを見ている。
 
『優勝者には、ペアで夜景の見えるレストラン』
 
 それを見て、優勝した場合の自分の姿を想像(妄想)する吉田一美。
 
 
『‥‥君の瞳に、乾杯』
 
 それは、無意味にタキシードを着込み、ワインを傾ける坂井悠二。
 
 
(うおおぉぉー!!似合ってない!
 似合ってねーよ坂井君!!
 で☆も、そ・こ・が・いい☆」
 
 
「これ!みんなで参加しませんか!?坂井君!」
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何故、自分に訊くのか?
 などと悠二は訊き返さない。
 さっきの恥ずかしい(本人にも他者にとっても)モノローグは後半(といってもほとんど全部)はモロに口に出しているからだ。
 
 
「賛成!出よ、みんな!」
 
 緒方真竹が本来の目的から当然賛成する。
 
 吉田一美の発言が遠回しに自分と田中を勝たせてくれるわけではないと言っているようなものだという事はとりあえずほっといて、参加だけはするつもりだ。
 
「もちろん、出るだろ。
 ちょうど男女四人だしな」
 
 お祭り好きな佐藤がさらに賛同する。
 
 現状、本作戦で一番頼りになるかもしれない。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 二位、『年代物のワイン十本セット』。
 
 ヘカテーには、『ペアで夜景の見えるレストラン』が、どれほどおいしいイベントなのかわからない。
 
 ゆえに、二位の賞品に目をやる。
 
(‥‥そういえば、『飲酒』という行為を、私は知らない)
 
「やりましょう」
 
 シュドナイもベルペオルもフェコルーも飲んでいた。
 
 昔は、興味さえ抱かなかったが、今は『飲んでみようか』という気になっている。
 
 そこに、以前の自分との違いを感じとり、しかし悪い気はしない。
 
 それに、あの乳おばけの狂態(これが正しい、うん)も気にかかる。
 
「よっしゃ!決まり!午後から開始だから、忘れるなよ、皆の衆!」
 
 平井ゆかり、こちらは言うまでもなかろう。
 面白ければ何一つ文句は無い。
 
「‥‥吉田さんと夜景の見えるレストラン」
 
「まあ、いいか」
 
「よーし!やるか!」
 
 無し崩し的に池、悠二、田中も賛同する。
 
 
 悠二一行、参加決定。
 
 
 
 
「あー!ビールが旨い!」
 
「‥‥‥オメエはプールまで何しに来たんだよ」
 
 ウォーターランドのプール脇のパラソルの下。
 
 『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーが、群青のビキニで、ビール片手にくつろいでいる。
 
「だーかーら、この暑い中、プール来ないでどこ行けってのよ」
 
「酒飲むだけならケーサクん家でもいいだろーが」
 
 
 無駄話を続けるマージョリーとマルコシアス。
 
 そこに、一人の女性が現れる。
 
 
「弔詞の詠み手」
 
「?」
 
 目をやれば、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 
 感じていた気配はこのフレイムヘイズだったか。
 
「『あれ』以来、止まってくれている事に、感謝するのであります」
 
 あの戦い以降、暴れていない事を言っているのか。
 
 馬鹿馬鹿しい。
 
「礼言われるような事。何もしてないわよ。
 礼言うなら、あのミステスの坊やにすれば?」
 
「‥‥‥‥彼は、数ヵ月前に無作為転移した"零時迷子"のミステス。
 少なくとも、彼が"銀"そのものという事はないのであります」
 
 マージョリーの無意味な言葉を無視して、彼女の再びの暴走を抑制するために、前に話した事をまた口にするヴィルヘルミナ。
 
「‥‥‥それは前にも聞いたわよ。
 それよりあんた、こんなトコで何してんの?」
 
 予想以上に心配症な討ち手に僅か呆れ、話題を変える。
 
 別に今、あのミステスや目の前のフレイムヘイズに恨みを抱いているわけではないのだ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥現在、私が居候している家主、平井ゆかり嬢は外界宿(アウトロー)に師事しているのであります。
 必要書類、報告事項、書類整理、私本人の返答が必要なもの以外、全て彼女が行っているのであります」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 長々と説明しているが、要約するとやる事なくて暇、という事だろう。
 
「‥‥‥‥飲む?」
 
 とりあえず誘っておくか。
 
 
 
 
 プニ
 
「‥‥‥ヘカテー、何してんの」
 
 プニ
 
 先ほどの吉田一美の兵器に、悠二、その他の男子共が向けていた視線を思い出す。
 
 プニ
 
「‥‥‥気になる?」
 
 プニ
 
 自分の物にはない膨らみを、彼女"達"は持っている。
 
 プニ
 
「‥‥‥‥」
 
 ヘカテーは無言で親友の胸をつつき続ける。
 
 
 
 
 その頃、少し離れた男共。
 
「姐さん、どーしてっかなー?」
 
「どうせ、また飲んだくれてるんだろ」
 
 すでに諦めたように言う子分二人。
 
 そこで、不思議そうな声がかかる。
 
「?‥‥‥佐藤達が連れて来たんじゃないのか?」
 
 悠二である。
 
 ちなみに池はトイレである。
 
「?、連れて来たって何だよ、シルバー」
 
 訊き返すシュガー。
 
 ターゲット(田中)の前で堂々とコードネームを使うあたり、悪ふざけの匂いがプンプンする。
 
「あの人‥‥マージョリーさんか。ここに来てる」
 
「え?」
 
「‥‥‥わかるのか?」
 
 マージョリーが来ているという事実の驚きと、それがわかる悠二への疑惑、その二つを込めて二人は返す。
 
「うん。あの人の気配、特徴的でわかりやすいから」
 
 そんな小さな反発を抱く二人に、無意識にさらに衝撃を与える悠二。
 
 しかし二人はそんな反発を面に出さない。
 
 平気な顔をして"見栄を張る"。
 
「そっか、姐さん来てるのか!俺ちょっと挨拶してくる」
 
 田中が脳天気にそんな事を言う。
 
「はいストップ」
 
「マージョリーさんの様子は俺が見てくるから、な?」
 
 緒方の協力者として田中を止める悠二。
 
 それ+自分自身の都合を混ぜて走りゆく佐藤。
 
 
 そして、午後になる。
 
 
 
 
「よっし、皆いいね?」
 
 カップル騎馬戦の組み合わせ決めである。
 
 ごちゃまぜにしたヒモの先を掴ませ、同じヒモを握っていた組みがカップルとして参加する。
 
 ちなみに佐藤はあれから戻ってこなかったから、女子が一人余ってしまう。
 
「せ〜‥‥の!」
 
 組み合わせは‥‥
 
 田中・緒方。
 
 池・吉田。
 
 そして、悠二・平井。
 
 
 ヘカテーが、余ってしまった。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「ヘカテー、代わったげよっか?」
 
「‥‥‥いいです」
 
 くじに見放されたあげく、同情されたくない。
 
 出たいけど。
 
 
 妙な所で意地っ張りなヘカテーは、応援に回る事になった。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 カップル騎馬戦に赴く友人達と悠二を、若干すねたような様子で見送るヘカテー。
 
 
(皆‥‥‥楽しそう)
 
 この街に来てから未知のものの喜びを知ったヘカテーは、この競技にも興味を抱いている。
 
 端的に言うと、すごく出たい。
 
 意地を張るんじゃなかったかも知れない。
 
 しかし、それをするとあの賑やかな親友が今の自分と同じ状況に陥る事になる。
 
 結局、くじに負けた自分が悪いのだ。
 
 しかし、
 
「‥‥‥出たい」
 
「任せるのであります」
 
「共闘」
 
 
 思わず口にしたヘカテーの独り言に、後ろから無愛想な声が応えた。
 
 
 
 
「ヘカテー、大丈夫かな」
 
 平井を肩車し、少しはマシになったとはいえ、まだ十分に世慣れていない少女を心配する悠二。
 
「坂井君、心配なのはわかるけど、気合い入れてよね。
 やるからには勝ちに行くよ!」
 
 こちらも田中・緒方ペアを勝たせる事など考えていない。
 
 まあ、田中と緒方をペアに出来た時点である程度は成功とも言えるし、こういうイベントは、純粋に楽しむ方が正解なのかもしれない。
 
「池君、いい?少なくともゆかりちゃん達を優勝だけはさせない事」
 
「わかってる、吉田さん。頑張るよ‥‥きっ、君の為に‥‥‥」
 
「あっ!あの二人もう肩車してやがる!」
 
 あっちも気合い十分か。
 
「いい?田中。あんたの機動力にかかってるんだからね」
 
「オーケー、わかってるって」
 
 あっちも、まあ、成功か。
 主賓の緒方も嬉しそうだ。
 
 
「坂井君‥‥あれ」
 
「?、な!?」
 
 平井に促され、前を向けば、さっきいなくなった佐藤。
 
 しかも、その上に、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。
 
 
「ほーら!しっかりしなさいよケーサク!絶対ワイン十本持って帰るんひゃからね!」
 
 そのうえ、明らかに酔っている。

 
「‥‥‥何考えてるんだ?佐藤のやつ」
 
「‥‥‥坂井く〜ん。右の方をご覧くださ〜い」
 
「‥‥‥今度は何だよ」
 
 言われるままに右を向けば‥‥‥
 
 
「こっ、困ります!本大会はカップル騎馬戦でして‥‥」
 
「‥‥女性同士のカップルがダメとはルールのどこにも書いていないのであります」
 
「同性愛」
 
「許可してくださいますね?」
 
 おそらくリボンで編んだのであろう白いセパレートに、明らかにミスマッチなヘッドドレスをつけた『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル、その上に、さっきくじにあぶれたヘカテー。
 
 様子からして、明らかにヴィルヘルミナも、酔っている。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥平井さん。ギブアップしていい?」
 
「ダ・メ♪」
 
「あんなのに勝てるわけないだろ!?」
 
 マージョリー・ドーはまだいい。
 
 騎馬が佐藤なら逃げる事は出来るだろう。
 
 しかし、あれはない。
 
 無表情コンビの最強タッグである。
 
 
「そんなのやってみなきゃわかんないでしょ?」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 この状況で楽しそうな平井が心底うらやましい。
 
(‥‥酔って加減を間違えたりしないだろうな)
 
 自分はともかく、他の友人、というか一般人全てを心配する悠二をよそに。
 
 
 
《それでは、熱く激しいカップル騎馬戦の開幕です。
 よーい、スタート!》
 
 
 
 開戦。
 
 
 
 
(あとがき)
 あ〜あ、こんなに長くなる予定じゃなかったのに、長引いてます。
 溢れかえるぐだぐだ感。



[3934] 水色の星 五章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/10/31 04:23
「いい?坂井君。ルールは『制限時間内により多くのハチマキを奪った者の勝ち』、要するにヘカテー達を避けながら効率良く『その他』を仕留める!」
 
「佐藤もだ」
 
「え?‥‥じゃあ‥‥もしかしてあの金髪美人が?」
 
「『弔詞の詠み手』だよ」
 
「‥‥‥あちゃー、そりゃ強敵だ」
 
 
 悠二の上で平井がわかってるんだかわかってないんだかな呑気な声を出し、しかし効率の良い作戦を示す。
 
 だが、それを考えているのは皆同じ、弱そうな奴から狙う。
 
 
「キャァー、池君、来た!来た!逃げて!」
 
 吉田一美の周囲の騎馬が、おとなしそうな女の子と優等生メガネのペアの弱そうなペアに一斉に襲いかかる。
 
 しかし、それは大いなる勘違いだ。
 
 
「なーんつって‥‥オラァァ!」
 
 吉田達に襲いかかった連中が片っ端から水中に叩き落とされる。
 
 いや、ハチマキ取らなきゃ意味ないのだが‥‥
 
 
 
「僕達も行くよ、平井さん」
 
「お!坂井君、やる気出てきたじゃん♪」
 
 どちらにしろ、吉田達にあの調子でハチマキの数を減らされたらこっちまで勝ち目が無くなる。
 
 出来るだけ早く、多くのハチマキを奪うのだ。
 
「はいよー、シルバー!」
 
 
 
 
 こちらはヘカテー、ヴィルヘルミナペア。
 
(楽しい)
 
 ヘカテーの容姿から、吉田達同様、周囲の騎馬が皆襲いかかったため、『獲物』には不自由しない。
 
 ヴィルヘルミナの手を使えないにも関わらず絶妙な体捌きによって、最高の体勢を作り、相手の意表を突き、ヘカテーがハチマキを神速で奪い取る。
 
 その凄まじいスピード&テクニックで次々とハチマキを獲得していく。
 
(これが、騎馬戦)
 
 元々、ヘカテーは体育の授業が好きである。
 というか、自分の知らないスポーツをやったりするのが好きなのだ。
 それゆえ、体育で筋力トレーニングだったりすると授業を乗っとって内容を変えようとするのだが。
 
 とにかく、そんなわけでヘカテーは今もこの騎馬戦を満喫している。
 
「ヴィルヘルミナ・カルメル。今度はあっちを攻めましょう」
 
「了解であります」
 
「突貫」
 
 
 そして、その喜びを顔ではなく、体全体で表すのだ。
 
 
 
「やっぱ、ヘカテー達が手強いね」
 
「直接対決は避けたい所だけど‥‥ん?」
 
 順調にハチマキを獲得していく悠二・平井ペア。
 
 そこに、ヘカテー、ヴィルヘルミナペアが迫ってくる。
 
「わ!来た来た!一時退却!」
 
「言われなくても逃げるって!」
 
 脇目も振らず逃げの一手を打つ悠二達。
 
 三十六計逃げるにしかずである。
 
「悠二、待ちなさい」
 
「一合も交えずに逃げ出すとは、そのような臆病者に育てた覚えはないのであります」
 
「対決希望」
 
「育てられた覚えもないよ!」
 
「あははは、シルバー!加速加速♪ほら、人参」
 
「それどっから出した!?」
 
 
 騎馬戦改め、鬼ごっこである。
 
 
 
 
 一方‥‥‥
 
 
「オラァア!」
 
「そーれ!」
 
 ガッ、と腕が交差する。
 
 
「なかなかいいモン持ってんるじゃねえか」
 
「ふふん、あんたも小娘にしては上出来だけど、大人の女の魅力には程遠いわね〜♪」
 
「あら、お姉さん、ブクブクとでかくなってるのがそんなに得意なんですか?
 スゴいなー☆」
 
「ブク‥‥、オーケー、いいわよ。あんたに大人の女の恐ろしさを思い知らせてあげるわ」
 
「まあ☆恐い、ヒステリックな女は嫌ですね〜☆」
 
「こーの、ガキガキガキガキ!」
 
「年増女は田舎に帰れ!」
 
 
 吉田一美VSマージョリー・ドー。
 
 互いの豪腕(見た目は違うが)がせめぎあう。
 
 しかし、忘れてはいけないのはこれが騎馬戦である事だ。
 
 当然、下の力量も関係してくる。
 
「おりゃあ!」
 
 マージョリーの下の佐藤が、吉田の下の池に体当たりをかまし、さらに足を引っ掛ける。
 
「うわあっ!」
 
「っ!」
 
 足場(池)が崩れ、倒れ始める吉田。
 
(ちっ!)
 
 心中で舌打ちし、もう体勢を立て直せない事を悟る。
 
(死なばもろとも!)
 
「っらぁっ!」
 
 上半身が後ろに倒れる勢いをそのまま生かして、蹴りを放つ。
 その蹴りが‥‥
 
「ごふぅ!」
 
 佐藤の『みぞおち』に見事に決まる。
 
「え!?ちょっ、ケーサク!」
 
 ドッボーン!
 
 
 池・吉田ペア。
 佐藤・マージョリーペア。
 
 
 脱落。
 
 
 
 
「いつまで逃げ回っているつもりでありますか」
 
 ヴィルヘルミナのその言葉と同時に、悠二は毎朝鍛練で嫌という程に感じている感覚に襲われる。
 
(んな!?)
 
 振り向けば、逃げる悠二を水中から純白のリボンが追ってくる。
 
(くっ!)
 
 ズザッ!とジャンプし、そのリボンの足払いを避ける悠二。
 
 
(どうする?)
 
 あんな半分反則みたいな事をしてくるのでは逃げる事もままならない。
 
 こうなったら‥‥
 
 
「平井さん‥‥"行くよ"」
 
「!、オッケー。いつでもいいよ」
 
 悠二の色んな意味にとれる一言を、親友としての勘。
 だが、確信に近いものを持って理解する平井。
 
 
 そして、悠二がヘカテーペアに突撃する。
 
「行くぞ!」
 
「来なさい!」
 
 やる気満々のヘカテー達に突っ込み、互いの間合いに入る直前、
 
 平井が悠二の頭に手を乗せ、軽業師のように器用に悠二の肩に両足を乗せる。
 
 そして、"跳ぶ"。
 
「いっくよヘカテー!」
 
 驚愕し、固まるヴィルヘルミナの横を、悠二が大急ぎで通り抜ける。
 
 そして、ヘカテーとヴィルヘルミナの後ろ、平井の着地ポイントに立つ。
 
 ヴィルヘルミナの技巧を封じる奇策。
 
 空中戦一発勝負。
 
 
「そーりゃああ!」
 
「っ!」
 
 平井はヘカテーの頭の、ではなく、今までヘカテーが相手から奪ったハチマキの山を狙い、腕を一閃。
 
 しかし、悠二の考えを察していたのは、一人ではない。
 
 同じく付き合いの深いヘカテーも気付いていたのだ。
 
「ふっ!」
 
 肩車の体勢ゆえに下半身が動かないヘカテーは、上体を反らして平井の一撃を避ける。
 
(しくった!)
 
 奇策失敗。しかし着地(悠二の肩に)だけは成功させようと身構える平井。
 
 その足に、
 
「詰めが甘いのであります」
 
 リボンが絡められる。
 
「え‥‥きゃっ!」
 
 そのままブンッと平井を放り投げるヴィルヘルミナ。
 
 ドボーン!
 
 派手な水音を立てて平井がイン・ザ・プール。
 
 
 というか、そこまでするか。
 
 
「あっちゃ〜、やられちゃったね」
 
 若干恥ずかしそうに水中から顔を出す平井。
 本当に丈夫な娘である。
 
 ん?
 
 
「‥‥‥平井さん?、持ってたハチマキは?」
 
「へ?、あれ?」
 
 
 ピィイイイイ!
 
《終了です!優勝は、棚からぼたもち!緒方・田中ペア!!》
 
「「「「へ?」」」」
 
 たった今負かされた悠二・平井。
 優勝を確信していたヘカテー・ヴィルヘルミナ。
 
 その全員が間抜けな声をあげる。
 
 
 そして、視線を向けた先には、
 
 今まで地味に、決して目立たないようにハチマキを集め、かつ、
 
 ついさっき投げ飛ばされた平井が放り投げてしまったハチマキを偶然頭に乗せた‥‥
 
 緒方真竹と、その下の田中栄太。
 
 そのハチマキの所持数は、途中から追い掛けっこをしていたヘカテー達よりも多い。
 
 
「やっ、やったぁああー!!」
 
 
 本日の主賓が、高らかに叫んだ。
 
 
 
「何?あんた達、知り合いだったわけ?」
 
「佐藤、話してなかったのか?」
 
「いや‥‥その‥‥なあ?」
 
 
 今はウォーターランドの帰り道、吉田と池は家の方角が違うためこの場にはいない。
 
 田中と緒方は二人で先に帰らせた(本来の目的からして当然と言える)。
 
 奇しくも『この世の本当の事』を知る面子である(マージョリーやヴィルヘルミナもいる)。
 
「話し辛かったって事でしょ?シュガー」
 
 佐藤がマージョリーに悠二と友人であると伝えなかったのは、今平井が言った通り、マージョリーの敗戦に関する話題を出したくなかったからだ。
 
「♪」
 
 ヘカテーは今、二位の賞品であるワイン十本セットを持っている。
 
 悠二が「持とうか?」と言ったのだが、自分で持つ事にこだわっているあたり、かなり楽しみにしているようだ。
 
「‥‥ったく、子供が変な気遣ってんじゃないわよ。
 あ〜あ、何で私があんな騎馬戦に出て、手ぶらで、しかも少年少女とプラプラ帰らなきゃなんないのよ」
 
 無意味に愚痴るマージョリー。
 
 しかもそれをマルコシアスが笑う。
 
「ヒーハッハ!『水辺で酒飲んで寝ッ転がれりゃ、弔詞の詠み手は満足です』な〜んつってた奴が騎馬戦で、しかも無様にやられちまってんだからな。ヒヒッ!」
 
 バン!
 
「おだまりバカマルコ」
 
 やかましい相棒を、マージョリーは平手打ちで黙らせる。
 
「フレイムヘイズが無闇に力をひけらかすのは感心しないのであります」
 
「‥‥それをあんたが言うか?」
 
 悠二は前の共闘以来、普段はヴィルヘルミナに敬語を使っているが、『こういう場合』にはその限りではない。
 
「あ〜あ、さっさと帰って飲みなおすわよ」
 
 チラリと小柄な少女の腕の中の物に目をやるマージョリー。
 
 別に何か意図を持ってした行動ではない。
 酒好きの性、というだけである。
 
 しかし、
 
「♪‥‥、?‥‥」
 
 上機嫌なヘカテー(ヘカテーは最初からこのワイン狙いだった)がこの視線に気付く。
 
 つぶらな瞳からの視線を、目の前のワインとマージョリーに往復させる。
 
「‥‥‥何?」
 
 そんなヘカテーにマージョリーは落ち着かない。
 
 そういえば、この徒やミステスと、ごく普通に接しているな、と自分自身に驚く。
 
「‥‥‥飲みたいのですか?」
 
 そのヘカテーの意外な言葉に、その場の全員が驚く。
 
 そして、マージョリー。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 コクッ
 
 
 頷いた。
 
 
 
 その日、佐藤家はいつになく賑やかな夜を迎えた。
 
 
 
 
(あとがき)
 長かったプールも終了。
 次の話から炎髪サイド重視にして行こうと思ってます。



[3934] 水色の星 五章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/02 03:10
 世の何処かを彷徨う星黎殿。
 
 そこに今、常は姿を現さない一人の男が向かっていた。
 
「ここに帰ってくるのも久しぶりだな」
 
 プラチナブロンドをオールバックにし、ダークスーツを着込んだサングラスの男、ヘカテーと同じ三柱臣(トリニティ)の一人、"千変"シュドナイである。
 
("炎髪灼眼"に、"虹の翼"か、ヘカテーに聞かせてやったらどんな顔をするかな)
 
 そう、この紅世の王は、巫女・"頂の座"ヘカテーに対して異様な執着を持っているのだ。
 
 もっとも、そのアプローチが報われた試しは一度としてない。
 
(それにしても‥‥厄介な事になったものだ)
 
 『あの時』の戦いを、思い出す。
 
 
 ‥‥‥‥‥‥‥‥
 
 
 
 
「っは!」
 
 自分の放つ炎弾、そのことごとくを『虹天剣』で掻き消し、さらに迫ってくる"虹の翼"メリヒム。
 
(‥‥この破壊力、やはり本物の"虹の翼"か)
 
 幻術か何かの可能性も考えたが、どうやら本当に『大戦』で死んだと思われていた"虹の翼"のようだ。
 
 だが、何故こんな大事な時にこんな強大な王が自分を阻む?
 
 シュドナイは最高のチャンスを前にしていきなり現れた"妨害者"に激しく憤る。
 
「ゴォオアアアア!!」
 
 その、虎の頭に変じさせた両腕から、濁った紫の炎の怒涛を放つ。
 
「ふっ!」
 
 対するメリヒム、サーベルを一閃、『虹天剣』を放つ。
 
 紫の怒涛と七色の閃虹がせめぎあうのも数秒、『虹天剣』が炎を押し退け、シュドナイを襲う。
 
「ぐぁあああ!」
 
 右腕の虎の頭が吹き飛ばされる。
 
 だが、ただ吹き飛ばされたわけでもない。
 
 もう一方の左腕を虎のろくろ首のように伸ばし、今の攻防の隙に忍ばせていた"死角"からメリヒムを襲う。
 
「っ!」
 
 ガッ!と虎の頭が、メリヒムの右腕とサーベルをその牙に捕らえる。
 
 こんなもの、わずかの間しか捕らえておく事などできない。
 
 だが、そのわずかの間で十分だった。
 
「はああああああああ!!」
 
 たった今消し飛ばされた右腕を復元、巨大化させ、眼前の王に一切の加減無しに振り下ろす。
 
「くっ!」
 
 サーベルから赤と橙の光線を発して、虎の頭を消し飛ばすメリヒム。
 
 だが、
 
(避けきれない!)
 
 その巨腕の一撃はもはや目の前。
 
 ガァアアン!
 
 サーベルでその膨大な質量の一撃を受けとめるも、当然のように弾き飛ばされ、近くのビルを貫いて民家に叩き込まれるメリヒム。
 
 その手にしたサーベルは、中途から砕かれている。
 
(今だ!)
 
 肉を斬らせて骨を断つ。
 
 右腕を吹き飛ばされた隙を見事、逆転の勝機へと変えたシュドナイがさらに追い打ちをかけようと構える。
 
 その背後から、
 
「があああ!」
 
 背中を斬り裂かれる。
 
「くっ!?」
 
 振り向けばそこには、
 
(炎髪灼眼の討ち手!?)
 
 先ほど止めを刺しそこねた、本当に止めを刺さなければいけない相手。
 
 しかも、その大太刀に宿るのは、先ほどまでは無かった、紅蓮の炎。
 
 
(炎が出せた、勢いが増してる)
 
 炎髪の少女は、その初めての力に、感覚をゆだねる。
 
(それに、何だか‥‥)
 
 心を燃やす。
 
(熱い!)
 
「っだああああああ!」
 
 
 シュドナイの視界を、紅蓮が埋め尽くす。
 
「うっ!?おおおおお!」
 
 紅蓮に燃えて、"千変"シュドナイが落下していく。
 
 その視界に、叩き込まれた民家から飛び出てくる"虹の翼"が映る。
 
 
 そこでシュドナイの脳裏を、最悪の『現実』がよぎる。
 
 
("炎髪灼眼"と"虹の翼"を、二人同時に相手する?)
 
 いくら自分が強大な紅世の王だとはいえ、無茶にもほどがある。
 
 『槍』も無い。
 
 このまま戦う?
 
 自殺行為だ。
 
(ここは‥‥退くか!?)
 
 
 "炎髪灼眼"を前にして、逃げをとらねばならないこの状況を呪いながら、戦闘術者としての自分は迷わず逃げをとる。
 
(くそ!ここに"虹の翼"さえいなければ!)
 
 
 心中で吐き捨て、体からコウモリの翼を生み出し、全速力で逃げる。
 
 
「離れていいのか?」
 
 
 気障な口調の言葉が、遠ざかるシュドナイの耳に届く。
 
 それと同時に爆発的な力の集中も感じ取り、振り向けば、自分に迫る七色の閃虹。
 
「こっ、のおおお!!」
 
 シュドナイは再び炎を全力で吐き出すが、今度は数秒と保たずに吹き飛ばされる。
 
 メリヒムの『虹天剣』の持つ、圧倒的な破壊力の他にあるもう一つの特性。
 
 『距離によって威力が一切減衰しない』。
 
 
「ぐああああああああ!!」
 
 "千変"シュドナイを、虹の光が包み込んだ。
 
 
 
 ‥‥‥‥‥‥‥
 
 
 
 
 
 あの時、何とか生き残り、気配を隠した自分を"虹の翼"や"炎髪灼眼"は追って来なかった。
 
 おそらく、深追いして不意打ちを受ける愚を犯さないためだろう(事実、それを狙ってもいたわけだが)。
 
 何はともかく、自分が得た貴重な情報を、自らの所属する『仮装舞踏会(バル・マスケ)』、ひいては我らが巫女殿に報告しに星黎殿に戻って来ているのである。
 
 
(ふっ、俺のヘカテーが驚く顔が目に浮かぶな)
 
 
 
 
「ほう?"炎髪灼眼"を討ち損じたと。
 それも"虹の翼"の妨害で?」
 
 星黎殿に着いて最初に会ったヘカテーや自分の他のもう一人の『三柱臣』、"逆理の裁者"ベルペオルに事の次第を話したシュドナイ。
 
 しかし、ベルペオルの反応は思ったよりも小さい。
 
 何故だろう?
 
「"千変"、つくならもう少しマシな嘘をつきな」
 
 ‥‥なるほど、信じていないがゆえの反応か。
 
「嘘じゃないさ。俺がそんな嘘をつく理由がどこにある?ババア‥‥ぐぇっ!」
 
 シュドナイの首が、鎖でキュッと締め付けられる。
 
「その呼び方はやめな。
 ふん、大方、油断して"炎髪灼眼"を討ち損ねた言い訳に"虹の翼"なんて居もしない徒の名前を出したんだろう?」
 
「‥‥‥ふん、もういい。お前に信じてもらえなくても別に構わん。
 それより、俺のヘカテーはどこだ?」
 
 ベルペオルは、心中の動揺を微塵も表に出さずにシュドナイの質問に答える。
 
「ヘカテーなら今は『託宣』に出てていないよ。
 それに、『俺のヘカテー』なんて言ってたらまた嫌がられるよ?いいのかい?」
 
「ふん、その無垢な所がいいのさ、俺のヘカテーはな。
 いないのならしょうがない、どうせなら、今度は『"炎髪灼眼"を討ちとった』と報告してやるさ」
 
 言ってベルペオルに背を向けるシュドナイ。
 
 ところで、今の会話のどこに『無垢』なんて要素があったのか非常に気になる。
 
「おや、もう行くのかい?また寂しくなるねえ」
 
 内心で喝采を叫びながらそう言うベルペオル。
 
「ふん、心にも無い事を。じゃあな、『参謀』殿」
 
 
 そしてシュドナイは星黎殿をあとにする。
 
 
 
 
「お疲れ様です。参謀閣下」
 
 言って、ベルペオルに近づく悪魔然とした中年、"嵐蹄"フェコルーである。
 
「こんな誤魔化しが効くのは一度きりだからね。
 ヘカテーの所在はまだ掴めないのかい?」
 
「‥‥‥はい。手掛かりさえ掴めません」
 
 申し訳なさそうに言うフェコルー。
 
「『暴君』も、『あれ』以来、動いていないんだろう?」
 
 『あれ』とは、ヘカテーがいなくなってすぐに起こった『鏡像転移』。
 
 悠二が"銀"を顕現させた時の事だ。
 
「はい。『あの現象』はおろか、通常の鏡像転移さえ起こっておりません」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そう、あの時、悠二が"銀"を顕現させた時、『暴君そのもの』が転移した。
 
 通常ならまずあり得ない現象である。
 
 それこそ、よほど大規模な『大命詩扁』が起動でもしない限り。
 
 そして、『大命詩扁』に干渉出来るとすれば、ヘカテーか、『零時迷子』本来の作り手たる"彩飄(さいひょう)"フィレスか、あるいは‥‥紅世の徒、最高の自在師"螺旋の風琴"か。(ちなみに『教授』には過去の大戦の事もあり、今は『大命詩扁』を持たせていない)
 
 あるいは‥‥‥
 
 そこまで考えて首を振る。
 
 夢見がちな事など、考える柄じゃない。
 
 "彼"は、ここにはいないのだ。
 
 
 
 そして、他のヘカテーや"彩飄"にしても、看過できない事態なのである。
 
 ヘカテーなら、彼女の身に何が起こったのかわからない。
 
 "彩瓢"なら、再び『零時迷子』の奪取を企てねばならない。
 
 "螺旋"は‥‥まずないだろう。
 
 奴が、自分達を刺激するような真似をするとは思えない。
 
 
「急いでヘカテーを見つけておくれ。
 それと、"壊刃"や"教授"もね」
 
 いずれにせよ、今はただ探すしかない。
 
 そして、気に掛かるのはさっきのシュドナイの言葉。
 
 ベルペオルはシュドナイの言葉を信じていなかったわけではない。
 
 ただ、あの場ではヘカテーの事を悟られないようにあえて、じっくりとこちらの様子を伺えないように首を絞めたのだ。
 
「‥‥‥"虹の翼"の情報も探っておくれ」
 
「はっ!」
 
 そして、傍らでそれを聞き、自身もシュドナイの言葉を信じていたフェコルーが応える。
 
 案外信用が厚いシュドナイである。
 
 
 そして、仮装舞踏会は今日も家出娘を探し続ける。
 
 
 
 
「‥‥‥つまり、あの時に出した炎が初めて、という事か?」
 
 メリヒムは"炎髪灼眼の討ち手"に訊ねる。
 
「‥‥‥‥うん」
 
 自身、『完全なフレイムヘイズ』で在ろうとする少女は、その、自らのコンプレックスを指摘され、言いにくそうに応える。
 
 そして何より、あれ以降、また炎が出せなくなっているというのが何より、自身、情けない。
 
 その事はまだメリヒムにも、首にさがるアラストールにも、告げていない。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 メリヒムは、少女の首にさがるペンダントを睨み付ける。
 
 あれほどの逸材が、あれから数年経っているにも関わらず、いまだに炎もまともに出せていなかったというのは妙な話だ。
 
 そして、その原因はまず間違いなく、常に首にさがっている絶っ対に優しくない(と断言する)魔神の無能な監督によるものだ(と、こちらも断言する)。
 
「‥‥‥‥‥試すか」
 
「?、シロ?何か言った?」
 
「いいや、なんでもない」
 
 あの戦いだけでは不十分だ。
 
 この少女がこの数年でどんな成長を遂げたのか、見極めてやる。
 
 幸い、『手駒』はあるのだから。
 
 
 
 二人が向かう、その先は御崎。
 
 
 
 
(あとがき)
 悠二やヘカテーが一切出ない回でした。
 次回は佐藤家の夜から、御崎サイドを書こうと思います。



[3934] 水色の星 五章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/02 22:13
「「にゃはははははは!」」
 
 悠二達が御崎ウォーターランドに行ったその日の夜。
 
 佐藤家では賑やかに酒盛りが行われていた。
 
 もちろん、二位賞品の年代物のワイン十本セット(+佐藤家の酒)で盛り上がっている。
 
「なあ、坂井。ところであのメイドさん、誰?」
 
 家主たる佐藤が、さっきからさりげなく同行していた怪しいメイドについて悠二に訊ねる。
 
「家のメイドさ〜ん!」
 
 すでに出来上がっている平井ゆかりが横から口を挟む。
 
 以前、池速人に振られた時のやけ酒に付き合った時もそうだったが、酔うと三割増しで賑やかだ(やかましいとも言う)。
 
「平井さん家に居候してるフレイムヘイズだよ。『万条の仕手』」
 
 酔っぱらいはとりあえず無視して家主の質問に答える悠二。
 
「!っ、み、味方‥‥なんだよ‥‥‥」
 
「友人であります」
 
 驚愕し、「味方なんだよな?」と言おうとした佐藤の言葉を遮り言うヴィルヘルミナ。
 
 誰が友人だ。
 
 あれ?。っていうか友達感覚だったのか?
 酔ったから、という理由で嫌いな奴を友達扱いするとも考えにくい。
 
 むしろ、酔って本音が出た。という方がよほど自然だ。
 
 普段の態度から考えてもいなかったが、向こうは友達感覚だったのか、あの態度で。
 
 ‥‥‥少しこの人に対する認識を改めておいた方がいいかもしれない。
 
 
 
 そして、こちらはカップル騎馬戦の功績者たる小柄な少女。
 
「‥‥‥大」
 
 さっきから、マージョリー・ドーの豊満な胸に接触を繰り返している。
 
「何よ、あんた。徒のくせに胸のサイズなんか気にしてんの?」
 
 酔っている小柄な少女に、同じく酔っぱらいの美女が話し掛ける。
 
「‥‥‥男の人は、大きい方が‥‥好き?」
 
 常の丁寧な喋り方ではない。どうやら酔うと言動がやや子供じみてくるタイプらしい。
 
「ま!『これ』は色気の象徴みたいなもんだしね〜!
 やっぱりでかい方がいいんじゃないの〜?」
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
(‥‥‥色気)
 
 ヘカテーは今まで、自分の容姿を特別気に掛けた事などない。
 だが、今、彼女には想い人がいる。
 
 ヘカテー本人が頭で理解しているわけではないが、無意識に『良く見られたい』相手がいる。
 
 自然、自らの容姿に対する関心もわいてくる。
 
 しかし今のこの姿は、ヘカテーの本質に見合った形で顕現したものであり、当然、徒であるヘカテーは外見(つまり背丈や胸)が成長する事などない。
 
「ふ‥‥えぐ‥‥‥ふぇえ〜ん!」
 
「ちょっ、あんた泣き上戸!?えーと、ほら、あんたみたいな小さい子だと胸だけ大きいと逆に不自然っていうか、ねえ?」
 
「そうそう!ヘカテー今でも十分可愛いって!お姉さんが保証します!」
 
 泣かした張本人のマージョリーが酔いを半ば醒ましてフォローし、平井ゆかりがこちらはバリバリに酔ったままフォローする。
 
 何故自分が徒をなぐさめなければならないのかと思うマージョリーである。
 
「ヒヒッ!子供の世話が様になるなあ、我が柔和なる保護者、マージョリー・ドーよ」
 
 しかも、マルコシアスが茶化す。
 
「ったく、えーと、ユージ!この子、あんたの管轄でしょーが。ちゃんと介抱しなさい」
 
 ちなみに、マージョリーはヴィルヘルミナから悠二とヘカテーの関係については聞いている(ヴィルヘルミナの推測ではあるのだが)。
 
「私は悠二のものでは‥‥‥」
 
 ありません。と、いつものように続けようとして、考える。
 
 "私は悠二のもの?"
 
 ボンッ!
 
「‥‥‥ふぇ‥‥ふぁ‥‥」
 
 いつか自分の胸を満たした言葉、"私の悠二"とは正反対の言葉。
 
 しかし、あの時と等量、あるいはそれ以上に胸を満たすこの気持ち。
 
 不思議な感情である。
 
 
「?、泣いてなんかいないじゃないか」
 
「さっきまで泣いてたのよ。いいからほら!」
 
 ポンと軽くヘカテーを押して悠二に押しつける。
 
 そしてまた自分はアルコールを摂取するマージョリー。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーは悠二を見る。
 
 悠二を自分のものにしたいのか。
 
 自分が悠二のものになりたいのか。
 
 この気持ちの持つ矛盾は、何なのか。
 
 どっちが本当の気持ちなのだろうか。
 
 
 実際には、ヘカテーの気持ちはどちらも本当の気持ちであり、それは矛盾しないものなのだが、まだヘカテーにそこまではわからない。
 
 
(‥‥キス)
 
 あれから、自分が悠二に抱く気持ちが恋愛感情だと気付いてから調べなおした。
 
 本によって多少の違いはあるものの、口と口のキスは求愛や、愛情表現を意味するものであり、おそらく"螺旋の風琴"が言っていたのは口と口のキスの事だ。
 
 あの聡い自在師は、おそらく自分が自身で気付いてもいないうちから自分が悠二に抱く気持ちが何であるかを見抜いていたのだろう。
 
 しかし、自分が愛情を表現したり求愛するという行為は、当然相手から拒絶されるという恐怖を伴う。
 
 "螺旋の風琴"が言うように、確かに全てわかるとは思うが、おいそれと出来るものではない。
 
 相当の覚悟が必要だ。
 
 
 そんな風に悩むヘカテーは、自分の欲求から、恋愛感情の意味を手探りで理解していく。
 
(私が、愛情表現して‥‥悠二にどうして欲しい?)
 
 同じように、欲張るならそれ以上に愛情表現して欲しい。
 
(何が嫌?)
 
 嫌われる事、拒絶される事。
 
(つまり?)
 
 恋愛感情は、互いに求めたい、求められたい想い。
 
 悠二を自分のものにしたうえで、自分も悠二のものにされたい。
 
 
 自問自答し、自分なりに恋愛感情を把握していくヘカテー。
 
「ヘカテー、大丈夫?」
 
 今も、心配そうにこちらを見ている、人を気遣う、押しが弱い、そのくせ時々凄く意地悪になる少年。
 
(私の‥‥私の悠二‥)
 
 酒の影響もあるのか、熱に浮かされたように、足が、少しずつ前に出ていく。
 
 今この時だけ、求める気持ちが拒絶される恐怖を超える。
 
「あ‥!」
 
 ふらつくヘカテーを、悠二が支える。
 
 顔を上げて、悠二の顔を、目を見る。
 
(キス‥‥求愛‥‥)
 
 酔いに任せた、ヘカテーの勇気、蛮勇ともいえる。
 
 それはしかし、顔を上げた事で頓挫する。
 
(‥‥‥‥あ‥‥)
 
 頭に回ったアルコール。ヘカテーに一時の蛮勇を与えたそれが、ヘカテーの意識を呑み込んだ。
 
 
 
 
「‥‥‥寝ちゃったのか」
 
 何か、さっきまでのヘカテーは様子がおかしかった。
 
 酔っているという事もあるのだろうが、何か切羽詰まったような‥‥
 
 
「あの引きこもりで有名な"頂の座"がね〜」
 
 眠るヘカテーを支える悠二に、マージョリーが話し掛ける。
 
「ヘカテーが、何?」
 
「‥‥‥はぁ、あんた、長生きしそうね」
 
「??」
 
「何でもないわよ。それより‥‥」
 
 そこで、マージョリーの眼光が僅かに鋭くなる。
 
「"銀"の事、本当に知ってるんでしょうね?」
 
「‥‥‥ああ」
 
 二人の間に、触れたら切れそうな空気が流れる。
 
 少し離れた所にいる佐藤、平井、ヴィルヘルミナがその空気に気付く。
 
「いつか、本当に聞かせてもらえるんでしょうね」
 
 確認、というより脅しの口調で訊くマージョリー。
 
「話すさ」
 
(いつか、壊すものを失くしても大丈夫なくらい、大切なものを見つけたら‥‥)
 
 心中で悠二はそう続ける。
 
「あっ、そう」
 
 マージョリーがそう言った途端、今までの張り詰めていた空気が霧散した。
 
「マージョリー‥‥さん?」
 
 友人と親分との間の危険な空気に神経をすり減らせていた佐藤が声をかける。
 
「今まで何百年も追ってきて、ようやく見つけた手掛かりだもの。
 そっちから話してくれるってんなら、危ない橋渡る気は無いわよ」
 
 その言葉にあからさまにほっとする佐藤。
 
「ヒャーハッハ!またいつに無く気の長えこったな!、こりゃ明日は酒の雨が降るぜえぶっ!」
 
「おだまり」
 
 マルコシアスに言われなくてもわかっている。
 
 自分が一番驚いているのだ。
 
 こんな、他人の、銀の炎のミステスに判断を任せるような選択をした、自分自身に。
 
 
「さ!固い話は終わりにして飲みなおすわよ!」
 
 それに、
 
「おー!」
 
 こんなに『今』を楽しむのは、いつ以来だろう。
 
 いや‥‥‥
 
 
 
「坂井君!おねむのヘカテーをこっちに渡しな!」
 
「渡すのであります」
 
「譲渡」
 
「カルメルさんまで何言いだすんですか!?佐藤、ソファー借りるよ?」
 
「ん?いいけど、って今日はもう泊まりだな。全員」
 
「あ〜!坂井君も佐藤君もまだ素面じゃん!じゃんじゃん飲みなよ!」
 
「いや、俺、酒はあんまり‥‥‥」
 
「私の酒が飲めないってかー!?」
 
「で、あれば無理矢理にでも飲ませるまでであります」
 
「強制飲酒」
 
「やめろって、この酔っぱらい!」
 
「ほう?随分と大きな口を叩くものでありますな?」
 
「侮辱」
 
「「だからやめてくれー!」」
 
 
 
 ‥‥初めて、なのかも知れない。
 
 
「ちょっとユカリ、私の分も残しときなさいよ!」
 
 
 数百年、人間であった時も含めて、初めて‥‥かも知れない。
 
 
 
 
 
 朝、目が覚める。
 
 周りを見渡す。
 
 佐藤。壁に寄りかかって寝てる。
 
 マージョリーさん。怪奇・蓑虫女。
 
 平井さん、ヘカテーと二人で同じ毛布に包まっている。‥‥和む。
 
 カルメルさん、カウンターに突っ伏している。
 
「よー!起きたかい、兄ちゃん!昨日は災難だったなあ。
 我が底無しの酒樽、マージョリー・ドーと妙なメイドのフレイムヘイズ二人の世話までする羽目になっちまってよ!」
 
「‥‥マルコシアスか、本当だよ、何で大人の世話まで僕が‥‥‥ん?」
 
 何か今、聞き覚え、いや、見覚えのある単語を聞いたような‥‥。
 
「‥‥おはようございます」
 
 ヘカテーが起きてきた。
 
 環境が違うから早起きしてしまったのか。
 
 いや、それより‥‥
 
「マルコシアス、さっきなんて言った?」
 
「あ?、災難だったなあ?」
 
「違う、その後」
 
「マージョリーと妙なメイドの世話まで、か?」
 
「妙な‥‥メイド?」
 
 ヘカテーも、反応する。
 
「‥‥妙なメイド」
 
 
 この単語、どこかで‥‥‥‥
 
 
『妙な喋り方をする妙なメイド』
 
 
「あぁああああ!」
 
「ヴィルヘルミナ・カルメル」
 
 
 
 悠二とヘカテーは、ようやく全てを悟る。
 
 
 
 
(あとがき)
 このままチュッと行こうかとも思いましたが、原作でかなり重要な意味を持つイベントだけにやすやすとはさせられないって感情がブレーキになりました。



[3934] 水色の星 五章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/03 20:55
「デタラメであります」
 
「虚言撤回」
 
 ギリギリギリギリ
 
「ギブギブギブッ!何で僕がそんな嘘つかなきゃならないんだよ!?」
 
 
 あの後、悠二は"虹の翼"メリヒムの事についてヴィルヘルミナに訊き、その後、自分達とメリヒムとの経緯について話した。
 
 何か、話したら刻むとか何とか書いてた気もするが知った事か。
 
 面倒ごと(メイド)全部押しつけて逃げ出した骨に肩入れする言われはない。
 
 
 そして、事の顛末をあらかた説明したというのに今、悠二は絞め上げられている。
 
 理不尽だ。
 
 話によると、メリヒムとヴィルヘルミナ、ティアマトー、そして"天壌の劫火"アラストールという王は、『天道宮』で数百年かけて『炎髪灼眼の討ち手』となる人材を探し、育てていたらしい。
 
 ちなみにその『炎髪灼眼の討ち手』とやらについては朝の鍛練の時に、『偉大なる者』だの『使命の剣』だのと自慢気にヴィルヘルミナが話していたので知っている(つまり、比較して悠二を馬鹿にしていた)。
 
 ヴィルヘルミナから『天道宮』で過ごしていた事を今まで聞いた事は無かったが、『カイナ』の事を話した時、少し驚いた風だったし、メリヒムと関連付けても良さそうなものだ。
 
 何で今まで気付かなかったんだろう。
 
 
 そして、ヴィルヘルミナの中ではメリヒムは、その『炎髪灼眼の討ち手』への最期の試練の末、息絶えた事になっているらしい。
 
 要は死に損なって、それを自分達が見つけた、ただそれだけの事なのだが、何故ここまで頑なにデタラメ扱いするのであろうか。
 
 
「そうやってまた私をからかっているのでありますな」
 
「悪趣味」
 
「またって何だよ!?誰がいつからかった!大体何でそこまで信じたくないんだよ!?」
 
 
 ボトッ、と吊り上げていた悠二を落とし、思案に耽るヴィルヘルミナ。
 
(『カイナ』の力で、一命を取り留めた?)
 
 確かに、考えられない話ではない。
 
(それを、この二人が見つけ‥‥)
 
 二人が『カイナ』を探していたのなら見つけたのは必然。
 
(‥‥蘇らせた?)
 
 『零時迷子』の力があれば、それも可能。
 
(‥‥彼が、生きてる?)
 
 そして、本当はわかっている。
 
 坂井悠二がこんな嘘をつく理由も無ければ、そんな性格でもない事を。
 
 
(‥‥信じたくない?)
 
 むしろ逆だ。
 
 今まで、何度この『現実』を呪ったか、何度現実を否定して夢想したか。
 
 死んだ、と。失ったと思っていた。
 
 一目見た時から、惹かれた。
 それからずっと、永い時を"想わされて"きた。
 
 そして、その想いを"知りながら"、振り向かない、話し掛けない、目を向けない、
 
 最後にようやっと掛けた言葉は、自分の想いを鼻で笑う"嫌味"。
 
 本当に、どこまでも忌々しい、嫌な奴。
 
 嫌な、嫌な奴‥‥"でも"‥‥‥。 
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥カルメルさん?」
 
 
 わかっている。
 
 この少年が、そんな嘘をつくわけがない事くらいわかっている。
 
 その言葉は、その真実は、自分がどうしようもない程に望んだもの。
 
 だというのに‥‥
 
「‥‥‥デタラメであります」
 
 言葉にして信じる事ができない。
 
 信じて、希望を持って、また砕かれる。
 
 今まで何度も味わった絶望を、また見たくない。
 
 
 
 彼女を、死なせたくなかった。だから一緒に戦った。
 死なせずに勝つ事でしか、彼女を止める事は出来なかった。
 
『別に、死にに行くわけじゃない。
 駆け抜ける命が、あそこで尽きるだろうってだけのこと。死ぬのは、ただの結果よ』
 
 だから一緒に戦ったのに‥‥
 
『背中を預けるのに、あなたたちほど安心できた戦友はいなかったわ』
 
 その、希望にすがって戦ったのに‥‥
 
『さよなら、ヴィルヘルミナ、ティアマトー。今までありがとう。
 あなたたちに、天下無敵の幸運を』
 
 彼女は‥‥‥‥
 
 
 
 メリヒムの事だってきっとそうだ、ずっと諦めずに想い続けて‥‥あの時、絶望したはずだ。
 
 今信じれば、きっとまた、傷つくのだ。
 
 
 ヴィルヘルミナは、悠二の言葉を信じない。
 
 
 もう、希望を持って、裏切られて、傷つくのは‥‥嫌だった。
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 明らかに様子がおかしくなったヴィルヘルミナ。
 
 その複雑な想いは、無表情の内に隠される。
 
 だがこの場には、その内心を察せる人物が二人。
 
 
(役割分担、わかってるわね)
 
(はい)
 
 
「坂井君、ヘカテー、ちょっと来て」
 
 平井ゆかりが、悠二とヘカテーを部屋の外に連れ出す。
 
 
 そして、
 
「とりあえず‥‥飲む?」
 
 大人の相手は大人である。
 
 
 
 
「って事だと思う。ただの勘だけど、マージョリーさんも同じ見立てみたいだったし、信じてくれていいと思うよ」
 
 廊下で悠二達に説明する平井。
 
「カルメルさんが‥‥メリヒムの事を?
 だからって、何でああなるんだ?」
 
「乙女心は複雑なのよ」
 
 
 今までのイメージから、ヴィルヘルミナと『乙女心』という単語を結び付けがたい悠二。
 
 そこで、別室にいた佐藤が悠二を呼ぶ。
 
「坂井、電話!」
 
 
 
 
 
「ああ、それで?」
 
《あの子の実力を試す。
 やはり実戦に近い方がいいからな。"頂の座"に伝えておいてくれ。》
 
「僕はいいのか?」
 
《子には伝えずに試す。
 鍛練とは違う、お前が出たら本当に消されるぞ》
 
「ああ、そう、わかった」
 
《奇襲のやり方は任せる。
 明日の昼頃には御崎に着くはずだ。忘れるな》
 
「わかった、それじゃ明日」
 
 プツン
 
 ブチン
 
 電話が切れると同時に、悠二の中の何かも切れる。
 
 どうやら、"あの男"は坂井家に電話をかけ、千草にここの電話番号を訊いてからかけてきたようだ。
 
 
 元々、色々と言いたい事があった上に、よりによってヘカテーを腕試しの実験台にしようと言うらしい。
 
 傲慢にもほどがある。
 
 電話では快く引き受けた振りをした。
 
 
 今はその手に乗ったふりをしておく。
 
 
 傍ら、電話の内容を聞いていたヘカテーや平井に目をやる。
 
 
「坂井君、今の人がもしかして?」
 
「うん、メリヒムだ」
 
「捕まえましょう」
 
 
 悠二は、自分が作戦を言いだす前にそう言うヘカテーに少し驚く。
 
「捕らえて、ヴィルヘルミナ・カルメルに差し出すのです」
 
 悠二や平井の目に、ヘカテーから立ち上るオーラのようなものが見える。
 
 そう、今ヘカテーは、
 
 まぎれもなく燃えていた。
 
 ヴィルヘルミナと自分を重ねたのである。
 
 そして、悠二を見る。
 
 見て、すぐ顔を逸らす。
 
 
 昨夜、気を失う前の自分の心を思い出す。
 
 『悠二を自分のものにする』
 
 なんという、傲慢で利己的な考えだろうか。
 
 今、冷静になれば、それがわかる。
 
 だが、あの時、そんな気持ちと衝動を抑えられなかった。
 
 この、悠二への想いは、あまりにも強すぎた。
 
 熱くて、どうしようもなくて、容易く自分を『暴走』させる。
 
 
 だが、その暴走の中で掴んだ気持ちは、大切にしようと思う。
 
(互いに求めたい、求められたい、そんな関係‥‥)
 
 ただ想いに振り回されるだけでは、駄目なのだ。
 
 きっと、それは自分も悠二も傷つけてしまう。
 
 "好きなだけ"では、駄目なのだ。
 
(悠二に、私を好きになってもらいたい)
 
 
 『恋愛』は、一人でするものじゃないから。
 
 
 
 
 
「気配、近づいてきてるな」
 
 今は宴会の翌日昼前、駅前で待機する悠二とヘカテー(平井は封絶を張る予定の範囲の外側である)。
 
 平井いわく、『女の敵』を捕まえろプロジェクト。
 
 メリヒムは一度、ヴィルヘルミナから逃げている。
 
 また逃げる可能性はあるが、今回は腕ずくでも逃がさない。
 
 それゆえ、メリヒムのふざけた案に乗った振りをする。
 
 『炎髪灼眼の討ち手』の腕試しのどさくさでとっ捕まえる。
 
 出るなと言われたが、当然無視して参戦する悠二である。
 
 個人的に言いたい事も山ほどある。
 
 ちなみに、ヴィルヘルミナは相変わらず信じなかった。
 
 理想としては、封絶に気付いてヴィルヘルミナが飛び込んできた時にメリヒムの動きを封じておく事だ。
 
 マージョリーは‥‥まあ、邪魔したりはしないだろう。
 
 
「今、多分駅の中にいるな」
 
「姿を視認すると同時に仕掛けます」
 
 ヘカテーは二重の意味で燃えている。
 
 一つは哀れなヴィルヘルミナのためという事。
 
 そしてもう一つは、悠二との初の(まともな)タッグマッチである。
 
 前回ヴィルヘルミナに戦う悠二の隣をとられた事を少しだけ気にしていたのだ。
 
 
 そんなヘカテーと悠二の目に、やたら目立つ銀色の長髪が映る。
 
「来た!」
 
「封絶」
 
 ヘカテーの声と同時に、辺り一帯を陽炎のドームが覆う。
 
 その中は、水色の火線と炎で彩られる因果孤立空間。
 
「ヘカテー、行くよ!」
 
「はい!」
 
 
 飛び出す悠二の目に、今まで小さくて物陰に隠れていた、黒い影が映り、
 
 一瞬で至近まで跳びだしてくる。
 
「っ!」
 
 咄嗟に握っていた白い羽根を、魔剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』へと変える。
 
 その間に、その黒い影、小さな少女は身に纏う黒いコートから引き出すように少女の身の丈ほどもある大太刀を出す。
 
 
 視界に広がっていた長い黒髪が、燃える。
 
 煌めく紅蓮に。
 
 
 
 
 僕と彼女が、初めて交わしたのは、
 
 言葉でも視線でもなく、
 
 
 
 『剣』だった。
 
 
 
 
(あとがき)
 バトル入るってつもりだったのに一撃だけかい!
 いや、すいません。
 なんか心理描写書き出すと止まらなくなるらしいんです。自分。
 
 PVが五十万超えたー!感想も五百超えたー!(こっちは結構前の事だけど)。
 
 やっぱり見てもらえたり感想もらうとモチベーションが全く違いますね。
 
 こんな作品でも見たいと思って下さる方々、今後ともよろしくお願いします。



[3934] 水色の星 五章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/04 22:40
 
 ギィン!
 
 大剣と大太刀がぶつかる。
 
 そして、少女の姿が目に映る。
 
 小柄な女の子だ。
 
 ヘカテーより少しだけ背が高い程度。
 
 よく見れば可愛い少女が無骨な黒のライダースーツを着込んでいるという妙な組み合わせだが、その貫禄のある存在感のためか似合わないとは感じない。
 
 女の子に対する誉め言葉にはなりそうにないが。
 
 
 だがそんな事よりも目を引くのは、紅蓮。
 
 まさしく燃える様な美しい赤い髪と瞳。
 
(炎髪灼眼の討ち手、か)
 
 ぴったりの称号だなと思う。
 
 
 ギリッ
 
 刃と刃がせめぎあう。
 
 悠二は『吸血鬼(ブルートザオガー)』の持つ、『存在の力を流す事で刃に触れるものを斬り裂く』という特殊能力を使わない。
 
 メリヒムの言う『腕試し』で使うものでもないし、そもそも悠二からすればこの少女は『標的』ではない。
 
 大怪我させるわけにもいかないだろう。
 
 
 そんな他愛無い思考のなか、
 
 目の前の紅蓮の少女が、
 
 ギィン!と大太刀を振り抜き、もう一閃、斬撃を放つ。
 
 再び手にした『吸血鬼』で受けとめる悠二。
 
 戦いにおける初の感想、
 
 その見た目通りの軽い身のこなし。
 
 そして一撃一撃、全体重を乗せるように体ごとぶつける。
 
 攻撃、防御、回避、それら全てを体全体で行うダイナミックで、だが実に素早い戦闘様式。
 
 二撃の太刀合わせでここまでわかる事実。
 
 要するに、
 
(ヘカテーの動きに似てる)
 
 
 
 
(あの、馬鹿!)
 
 こちらは"虹の翼"メリヒム。
 
 襲えとは言ったが、出てくるなと言った少年までいる事に驚愕し、心中で怒鳴る。
 
 あの子には腕試しの事は言っていない。
 自分が前もって話した徒とミステスがフレイムヘイズを警戒して襲ってきたとでも考えているだろう。
 
 このままでは坂井悠二が消される。
 
 どうする?本当の事を話して止めるか?
 
 "頂の座"がついている事だしもう少し様子を見るか?
 
 しかし今の二撃を受けとめるか、あの少年も短い間でなかなかに伸びたものだ。
 
 いや、あいつの成長を見たかったわけではないのだが。
 
 
 悠二と少女がせめぎあう間、メリヒムの頭をそんな思考が巡る。
 
 
 
 
「ふっ!」
 
 今度はこちらから斬撃を放つ悠二。
 
 だが、あっさり受けとめられる。
 
 そして感じた手応え。
 
 『剣と剣では分が悪い』。
 
 
「伏せて!」
 
 下さいを省いた声が後ろから聞こえる。
 
 状況から言って省くのが自然なのだが、珍しいものが聞けた。
 
 などと場違いに呑気な事を思い、悠二は刃を合わせたまま重心を低くしてしゃがむ。
 
 その、大剣と大太刀の交差する上から、
 
 ガァン!!
 
 大杖・『トライゴン』が叩きつけられる。
 
「せぇ‥‥」
 
 重心を低くした悠二と、上から大杖を重ねたヘカテーが、
 
「の!」
 
 力を込めて、大剣と大杖を同時に思い切り振り抜く。
 
「くっ!」
 
 二人分、しかも片方は相当な重さを伴った一撃を大太刀に受け、紅蓮の少女が後ろに弾きとばされる。
 
 そこで、
 
 ドンッ!
 
 横合いから悠二とヘカテーに向けて、虹の炎弾が放たれる。
 
 なるほど、実戦に見せるためにはメリヒムが見学しているというのも不自然だから形だけは介入するつもりか、こっちも二人だし。
 
(好都合だ)
 
 炎弾を避けながら悠二はそんな風に思う。
 
 離れた所でじっと見られているよりも、『炎髪灼眼の腕試し、自分は戦う振りをするだけ』と油断して、なおかつ近くにいてもらった方がこちらもやりやすい。
 
 隙を見て、捕まえてやる。
 
(問題は‥‥)
 
 
 今、ヘカテーと弾き飛ばした少女に目をやる。
 
(本当の戦いだと思ってるあのフレイムヘイズか)
 
 
 そう思い、警戒する悠二。
 
 そこで気付く。
 
(足の、裏!)
 
 紅蓮の少女の存在の力が、足裏に集中するのを感じ取る。
 
 
 ドォオン!
 
 少女の足の裏から"爆発"が起こり、超速の弾丸となって飛んでくる。
 
(早すぎる!)
 
 
 しかしそこで、
 
「っは!」
 
 ヘカテーが大杖を振り、一陣の突風を紅蓮の少女に叩きつける。
 
「っ!?」
 
 それによって、超速の突進は失速する。
 
 速さを失った突撃など、かっこうの的だ。
 
「はあ!」
 
 大剣を持っていない方の左手から炎弾を放つ悠二。
 
 その炎の持つ"銀"という異質な色に少女が動揺する様子はない。メリヒムから事前に聞いていたのだろう。
 
 しかし、攻撃としての脅威には変わりがない。
 
 
 しかし、
 
 少女は体をひねり、炎弾の軌道から自身の体をわずかに外し、来ているコートを文字通りに『広げ』、少女の体を何重にも覆っていく。
 
 恐ろしいまでの反射速度と対応の速さ、だが‥‥
 
(甘い!)
 
「弾けろ!」
 
 悠二の声と同時、少女を通り過ぎ、地面に当たってから爆発するはずの炎弾が、少女の真横、最も近い距離で弾け、銀炎を撒き散らす。
 
 
(防壁みたいなのを作ってたし、あれくらいなら大丈夫‥‥)
 
 とりあえず少女に怪我をさせるつもりのない悠二がそんな事を思う中途で、
 
「ぶっ!?」
 
 顔面を蹴り飛ばされる。
 
 誰に、など考えずともわかる。
 
 今悠二に攻撃してくるのはあのフレイムヘイズかメリヒム以外いないのだから。
 
「くっ!」
 
 たった今自分を蹴ったメリヒムに大剣を振るう。
 
 予測通りに、メリヒムはサーベルを抜いてこの一撃を止めるが、
 
 一つ、予想外な事。
 
 そのサーベルが、中途から、無い。
 
 御崎市を出てからメリヒムに何があったのか、
 
 
 メリヒムの持つサーベルの刀身が砕けていた。
 
 
 予想外の、
 
 
(ラッキー!)
 
「っ!?」
 
 そのメリヒムに、ヘカテーが『トライゴン』を振り下ろす。
 
 危うく躱すが、さらに悠二が繰り出した大剣の斬撃をその中途半端なサーベルで受けとめる事で動きが止まる。
 
「ぐあ!!」
 
 その隙を、ヘカテーの両足の蹴り、ドロップキックが突き、メリヒムの顔面を捕え、ふっとばす。
 
 なんか、今の一撃から殺意を感じとったのだが‥‥
 
「!」
 
 そこで悠二に斬り掛かる紅蓮の少女。
 
 見るに、さっきの一撃はダメージらしいダメージになっていないらしい。
 
 手加減なんてするような相手じゃなかった、と自分の愚かさを嘆く。
 
「?」
 
 そこで少し違和感を感じる。
 
 今、メリヒムがふっとばされて、自分とヘカテーだけが一つの場所に固まっていた。
 
 まとめて自在法や炎で攻撃した方が斬撃よりはるかに良さそうな場面だったのだが、さっきの反応からしてこの討ち手がそんな判断ミスはしそうにない(ちなみに、『アズュール』の事ならメリヒムにも話した覚えはないしこの少女が知るはずがない)。
 
 何で斬り掛かってきた?
 
 
 疑問を抱く悠二。
 
 その悠二の眼前で、大太刀に存在の力の集中。
 
(へ?)
 
 
 ドオン!
 
 至近で、さっき少女の足裏から出されたものと同じ爆発が悠二を襲う。
 
 自在法発現に備えて『アズュール』の火除けの結界を張っていた悠二に、その爆炎は届かないが、爆風などの衝撃が、悠二を後ろに下がらせる。
 
 下がりながら、分析する。
 半ば信じられずに。
 
 
(わざとなわけ‥‥ないよな)
 
 今、少女が存在の力を練り、発現させた爆発。
 
 さっき足裏からだした時は気付かなかったが、あの距離でならわかった。
 
 恐ろしく大雑把で練った、というより集めただけの力の発現。
 
 存在の力の顕現も、全くもって非効率に過ぎる。
 
 爆発を狙ったにしてもあんな構成でする理由は全く無い。力の無駄遣いである。
 
 あまりにも粗雑、爆発というより、炎を出すという単純な顕現に失敗して『暴発』したといった方が正しい。
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 前にヴィルヘルミナから聞いていた話や、さっきからの見事な動きから信じがたい事ではあるが、今、自分が掴んだこの少女の練った力の感覚が決定付けている。
 
 
(この子は‥‥自在法が使えない)
 
 
 その、信じがたい『事実』と、メリヒムのサーベルが折れていた事も踏まえて、戦略を練る。
 
 隣のヘカテーに目をやると、向こうも気付いていたのか悠二の目を見てコクリと頷く。
 
 さっきから、自分の動きや考えを読む、というよりわかっているように動き、欲しい時に援護をくれるヘカテー。
 
 初の(まともな)連携とは思えないほどに、不思議なくらい息が合う。
 
 その嬉しさを感じ、意気込んで、"始める"。
 
 
「ヘカテー」
 
「はい」
 
 
 ただそれだけで、ヘカテーは悠二の意図を察し、メリヒムへと向かう。
 
 
 
「‥‥よし」
 
 そして自分は、先ほどからこちらの出方を伺っていたらしい『炎髪灼眼の討ち手』に向き直る。
 
 
(やるか)
 
 
 向き直る悠二の、大剣・『吸血鬼』を持たない左腕に、
 
 彼独自の複雑怪奇な、
 
 銀色の自在式が絡むように巻き付いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 予定では次でバトルは終わるつもりです(伸びる可能性は捨てきれない、携帯の字数制限のため)。
 
 悠二固有の自在法、名前つけた方がいいかな、無いと書きにくそうな気もする。
 けど無い方がいいような気もする。
 あった方がいい。あるとダサそう。など意見があれば感想掲示板に書いて下さると助かります。
 今回は特に(次話で出すから)。



[3934] 水色の星 五章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/05 15:31
 ヘカテーが、折れたサーベルを持つメリヒムに『トライゴン』を向け、攻め立てている。
 
 いくらメリヒムでもヘカテー相手にあんな折れた剣では対応しきれないらしい。
 
(よし)
 
 悠二の左腕に巻き付いた自在式が消え、轟然と銀の炎が沸き上がる。
 
 
 わかっている。さっきからの太刀合いで、この少女とまともに斬り合うのが無謀だとわかっている。
 
 今まではヘカテーが要所要所でカバーを入れてくれたから助かっているにすぎない。
 
 とにかく、自分から距離を取り、相手が距離を取るように仕向ける。
 
 
「うおおおお!」
 
 ただ後ろに下がっては踏み込まれる。
 
 右手に大剣を、左手に銀炎を携え、紅蓮の少女に突っ込む。
 
 ガッ!
 
 横薙ぎに振った大剣を、少女の大太刀が受け止める。
 
 悠二は構わず、そのまま銀炎を纏う左手を振り上げる。
 
「っ!」
 
 それを察した少女が後ろに大きく跳ぶ。
 
 
 振り下ろした悠二の左手の炎が、少女が立っていた地面を大きな地響きを立てて砕いた。
 
 
 
 
(本当に成長したな)
 
 と、メリヒムは思う。
 
 本来の腕試しの対象たる少女がではない。
 
 その少女が戦っている坂井悠二が、である。
 
 
(俺と最初に会った時とは完全に別人‥‥)
 
 前に別れてから大して時間も経っていないというのにこの変わりよう。
 
 一体何があったのだろうか。
 
 ヘカテーのトライゴンを受けながら、少年が炎で大地を砕く様を見る。
 
(だが、一人であの子に勝てるほどでもない)
 
 どうする?“頂の座”の相手をしながらではいざという時に止められないかもしれない。
 
 少女の腕試しには少し不十分だがここで切り上げるか?
 
 
 タンッ!
 
「?」
 
 そんな事を考えるメリヒムの前で、ヘカテーが突然後ろに跳ぶ。
 
 その動作を不思議に思いはしたが、感知したわけでも、先読みしたわけでもない。
 
 全くの勘、嫌な予感がしただけ。
 
 その勘に従って後ろに跳んだメリヒム。
 
 そのメリヒムが立っていた大地が、
 
 派手に吹き飛んだ。
 
 真下からの、銀炎の大蛇によって。
 
 
 
 
(外した!?)
 
 悠二が地面に叩きつけ、地中からメリヒムを襲ったのは、
 
 自在法『蛇紋(セルペンス)』(ヘカテー命名)。
 
 以前、マージョリー・ドーとの戦いの中で悠二が身につけた、悠二独自の自在法である。
 
 
 今ので仕留めるつもりだったのに、油断してくれていたのに、勝機を逃した。
 
「『星(アステル)』よ」
 
 メリヒムの前にいたヘカテーが飛び上がり、『炎髪灼眼の討ち手』に向け、無数の光弾を放つ。
 
 そしてチラッとこちらに目をやる。
 
(スイッチ!)
 
 ヘカテーの意図を読み取り、少女から距離をとる。
 
 そして、
 
「ふっ!」
 
 先ほどの『蛇紋』、まだ消えずに悠二の左手に繋がっている銀の蛇を繰り、メリヒムを襲う。
 
 
「なっ、何!?」
 
 猛然と襲い掛かる炎の蛇の攻撃をギリギリで躱しながら、メリヒムが驚愕の声を上げる。
 
 おそらく、自在法に対する驚きもあるのだろうが、どちらかといえば、何故少女の腕試しなのに自分がここまで執拗に攻撃されているのかわからないといった所だろう。
 
 
 こっちがメリヒム捕獲を企んでいる事に完全に気づかれる前に何とかしたいが‥‥
 
「この!」
 
 メリヒムの背中に、七色の翼が広がり‥‥
 
「はっ!」
 
 折れたサーベルから放たれた閃虹が、『虹天剣』が悠二の『蛇紋』を吹き飛ばす。
 
 
「‥‥どういうつもりだ?」
 
「‥‥‥‥腕試し?」
 
「嘘つけ!」
 
 
 
 
 ガァン!
 
 ヘカテーの大杖と、『炎髪灼眼の討ち手』の大太刀が火花を散らし、ぶつかる。
 
「お前達、何故私達を襲ったの。シロを助けたのはお前達何でしょう?」
 
 炎髪の少女がヘカテーに話し掛ける。
 
 まあ、フレイムヘイズを警戒したという理由にしてもメリヒムを見て、なおかつメリヒムまで襲っているというのもおかしな話だから疑問を持つのも当たり前だが。
 
「その答えは‥‥“虹の翼”が持っています」
 
 ある意味全ての答えを言い、炎髪の少女との目線が合わさる位置に光弾を生み、放つ。
 
「っ!」
 
 上体を反らし、その光弾を躱し、体を起こす反動で大太刀を振り下ろす。
 
 ヘカテーも『トライゴン』を振り、両者の攻撃がぶつかるが、ヘカテーの方は、今度はただの一撃ではない。
 
「うあっ!」
 
 振った『トライゴン』から生まれた、剣では防げない一陣の突風。
 
 今までで最大級のその風が、炎髪の少女を遥か後方まで吹き飛ばした。
 
 
 
 
「喰らえ!」
 
 悠二は再び『蛇紋』を放つ。
 
 荒れ狂う銀炎の大蛇が、虹の剣士を襲う。
 
「っ!、お前がそういうつもりなら‥‥」
 
 対するメリヒム、こちらも再び『虹天剣』。
 
 
 銀蛇に虹の破壊光が迫る。だがそれがぶつかる前に、蛇の体がうねり、閃虹を躱す。
 
 躱し、メリヒムに迫る。
 
 そして喰らいつく。
 
(やった!捕まえ‥‥)
 
 ドンッ!
 
 しかし、喰らいついた至近から放たれた二発目の『虹天剣』がまたも『蛇紋』を吹き飛ばす。
 
 
「お前が俺を腕試しか?
 少し見ない間に偉くなったものだな」
 
 そして三発目の『虹天剣』。
 
 一閃させた、折れたサーベルから伸びる一直線に伸びた虹が、触れたものを悉く消し飛ばしていく。
 
 必死に避ける悠二。
 
 
「殺す気か!?」
 
「それも悪くないな」
 
 
 せっかくのチャンスにしくじったせいで完全にその気にさせてしまった。
 
 しかも相変わらず無茶苦茶な破壊力。
 
 受ければ冗談抜きで確実に死んでしまう。
 
 剣が折れてはいるがそもそも近付けない。
 
 こっちの攻撃も全部吹き飛ばされる。
 
 八方塞がりだ。
 
 
「?」
 
 そこでふと気付く。
 
(ヘカテーとあの子はどこに行った?)
 
 
「『星』よ」
 
 耳に届く、きれいで澄んだ声。
 
 それを頼もしく思ってしまう自分が少年として情けない。
 
 
「!?」
 
 自分同様に驚愕するメリヒムの頭上から水色の流星群が降り注ぐ‥‥
 
 だけに留まらない。
 
「舞われよ」
 
 水色の光がメリヒムの周囲を巡る。
 
 それに捉われたメリヒムは、自分が回転する星空にでも放り込まれたような幻想的な景色を目にする。
 
「っ!」
 
 しかし危機を自覚し、即座に七色の翼を広げる。
 
 
「抱かれよ」
 
 
 ヘカテーの声に応えるように、メリヒムを取り巻く水色の流星群が、一斉に内へと向かう。
 
 
「はあっ!」
 
 逃げ場は無い。ならば作ればいい。
 
 メリヒムは自らを包む流星群の一箇所に『虹天剣』を放ちつつ、その方向に自分も飛ぶ。
 
 ドドドドドン!!
 
 水色の連爆が巻き起こる。
 
 その中から伸びる一条の虹、そして飛び出てくるメリヒム。
 
 それを、
 
「逃がすか!」
 
 悠二の『蛇紋』がまたも襲い、今度こそ捕らえ‥‥‥
 
「はああああ!」
 
 た、と思った瞬間に、横合いから飛び出してきた紅蓮の少女に阻まれる。
 
 斬り掛かられ、たまらず炎の蛇の顕現を解く。
 
 ギン!ギギン!
 
 流れるような高速の連撃を『吸血鬼(ブルートザオガー)』で必死に受ける。
 
 が、とても受けきれない。
 
 肩が、頬が、二の腕が斬撃を受けて傷ついていく。
 
(くそっ!)
 
 ギン!
 
 大太刀を受けた大剣が、血色の波紋を浮かび上がらせ、
 
 ザシュッ!
 
 その特殊能力によって少女の肩を斬り裂く。
 
「なっ!?」
 
 ダメージより、その不可思議な角度から走る傷口に、少女が驚愕する。
 
 その間に悠二は再び距離をとる。
 
 本当ならこの特殊能力を使いたくなかったのだが、それで殺されるのも御免である。
 
 
 
 一方、メリヒムとヘカテー。
 
 
 こちらは完全に遠距離戦。
 
「『星』よ」
 
「はあっ!」
 
 
 メリヒムが『虹天剣』で問答無用に辺りを吹き飛ばし、ヘカテーが無数の『星』でメリヒムを追い込んでいく。
 
 破壊力対手数の図式である。
 
 
 その均衡を、ヘカテーが破る。
 
 
 高速飛行で『虹天剣』を掻い潜り、メリヒムの懐に飛び込む。
 
 ギィン!
 
 その大杖の一撃を、メリヒムは折れたサーベルで止める。
 
「“頂の座”、話が大分違うようだが?」
 
 いい加減意味がわからなくなってきているメリヒムがヘカテーに訊く。
 
「“虹の翼”、貴方をヴィルヘルミナ・カルメルに差し出します」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
 
 
 この瞬間、メリヒム、この戦い中、最大の隙が出来る。
 
 
 
 
 悠二は握った左手に存在の力を込め、炎弾を放つ。
 
 紅蓮の少女はこれを、今度はさっきのような任意爆発を受けぬよう大きく躱し、足の裏に力を集中させる。
 
(また『これ』か!)
 
 
 
 
 
 ヘカテーの言葉に、完全に固まるメリヒム。
 
 その後ろから、先ほど悠二が『炎髪灼眼の討ち手』に放った炎弾が飛んでくる。
 
 タンッ!
 
「‥‥‥はっ」
 
 隙だらけの状態からギリギリ脱し、上に跳ぶメリヒム。
 
 それを、一拍早く跳んでいたヘカテーが待ち構えている事には、まだ気付かない。
 
 
 
 
「はああああ!」
 
 足裏からの爆火で超速の弾丸と化した『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 先ほどはヘカテーに助けられたその一撃を、悠二は何とか大剣で受け止める。
 
 もう、多少の怪我は負わせる覚悟で『吸血鬼』に存在の力を流す。
 
 だが、大剣に血色の波紋が浮かぶより一瞬早く、剣を合わせた一点を支点に、少女が縦にクルリと回り、大太刀を手放し、悠二の後方に行く。
 
 とんでもない早業、軽業である。
 
 
 そして、
 
「はあああ!」
 
 無防備な悠二の後頭部を、神速の蹴りがとらえた。
 
 
 
 
 跳び上がるメリヒム。
 
 
 その無防備な脳天に、
 
「はあああ!」
 
 ヘカテーは、『トライゴン』による渾身の一撃を食らわせた。
 
 
 
 
 
(‥‥封絶)
 
 昨日、坂井悠二が言っていた時間、言っていた場所。
 
 自分が、断固として信じなかった、いや、認めなかった言葉。
 
 あんな嘘をつく少年ではない。
 
 そして、この時間、この場所で封絶。
 
 
 やめよう。期待するのは、また傷つくだけだ。
 
 
 そう自分に言い聞かせる。
 
 だが、封絶に向かう速度は上がっていく。
 
 早く、早く、早く、早く。
 
 そう急かす体と、いくら言い聞かせても聞かない心の奥深くの気持ちが、
 
 自分をより早くあの封絶へと導いていく。
 
 
「‥‥‥本当に?」
 
 
 ついに、自分を戒める理性を、気持ちが超える。
 
 封絶に飛び込む。
 
 消し飛ばされた、圧倒的な破壊の跡が目に入る。
 
 ドクン
 
(‥‥‥『虹天剣』?)
 
 
 また、速度が上がる。
 
 遠方に見える、また誰かまでは識別出来ない距離に、『四人』。
 
 ドクン
 
 ドクン
 
 さらに近づく、よく、見えてきた。
 
 ドクン
 
 ドクン
 
 ドクン
 
 
 そして目にする。
 
 
 ドクン
 
 
 
 銀髪の剣士を。
 
 
 
 
(あとがき)
前話あとがきで書いた悠二の自在法名。感想をくれた方の案を採用いたしました。ありがとうございます。
 さて、五章はバトルの後の後日談厚めな構成なので、「もうちっとだけ続くんじゃ」。



[3934] 水色の星 五章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/06 22:00
 今、自分の目の前に倒れる"虹の翼"。
 
 そして、少し離れた場所で似たような状態にあるらしい悠二。
 
 そして『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 倒れた悠二にはいくつか切り傷が見られる。
 
 『炎髪灼眼』も肩に傷を負っているが、明らかに悠二の傷の方が多い。
 
 "虹の翼"を気絶させた今、事情を話してこの『腕試し』を中止するべきなのだろうが‥‥‥気にいらない。
 
 そういえば、この『炎髪灼眼の討ち手』は『大命』における最大の邪魔者でもあった。
 今、討ち果たしてしまおうか。さっきの手応えからして、自分なら倒せない相手ではない。
 
「どういう事か、説明してもらう」
 
 刀をこちらに向け、そう言ってくる『炎髪灼眼』。
 
 そのすぐ側には気を失った悠二。下手な真似はできない。
 
「"虹の翼"が全ての答えを持っていると言っていたな」
 
 紅蓮の少女の首にさがるペンダントから、遠雷のような声が発せられる。
 
 
 どうやらこの二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』もこの奇妙な状況に気付いているらしい。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 仕方ない、真相を話そう。
 
 そういえばヴィルヘルミナ・カルメルにとっても大事な人のようだと悠二が言っていた(自分は朝の鍛練の時いつも起きられないから又聞きだが)。
 
「‥‥全ては"虹の翼"が仕組んだ事です」
 
 
 ヘカテーは悠二に近づきながら説明を始める。
 
 その内心は、
 
(‥‥覚えていなさい)
 
 少々執念深い。
 
 
 
 
 "頂の座"が、この状況を説明しながら近づいてくる。
 
 少し後方に下がって、警戒する、だが、その気になれば一瞬でこの『ミステス』を消し去れる距離は保つ。
 
 その間も、話は聞いている。
 
 シロが仕組んだ腕試し、実にありそうな話だ。
 というか『天道宮』で自分がシロと過ごした時間の全てがそれだったとさえ言えるからシロのその行動に何の不自然さも感じない。
 
 言いながら、"頂の座"は倒れたミステスに手をかざし、
 
 ブシッ
 
 と、音を立てて、突然"頂の座"の肩に、頬に、二の腕に浅い切り傷が走る。
 
 見れば、倒れたミステスの傷の深さが半分くらいまで浅くなっている。
 
 変わった力だ。
 
 胸元のアラストールが、驚いたような気配を感じる。確かに、前にアラストールから聞いていた"頂の座"のイメージと今、目の前で『ただの代替物』のために躊躇わずに自身を傷つけるこの"頂の座"がまるで噛み合わない。
 
 というより、はっきり言ってまるっきり理解できなかった。
 宝具を宿しているとはいえ、『これ』は徒どころか人間ですらない(徒は普通、人間の存在を軽視する)。
 
 しかも、『零時迷子』ならば放っといても零時には『直る』はずなのに、今、自身を傷つけてまで『損傷』を緩和させるとは。
 
(‥‥‥変な奴)
 
 紅蓮の少女は、ヘカテーを、『物』に並々ならぬ愛着を注ぐ変人と判断した。
 
 そして、ヘカテーの『器』の共有によりダメージを半減された坂井悠二が、目を覚ます。
 
 
 
 
 目を開ける。
 
 そしてすぐに気付く。
 
(‥‥敗けたのか)
 
 事情を知らない『炎髪灼眼の討ち手』に敗けたのに死んでいないというのは幸運かも知れない。
 
 そして目に入るのは、見慣れた、小柄な少女。
 
(‥‥‥はぁ)
 
 本当に、いつまで経ってもこの娘の前でいい格好が出来ないな。と、見栄っ張りな少年は思う。
 
 そして、自分のダメージの軽さ、傷の位置、ヘカテーが水色の火の粉を零れさせている位置を見て、ヘカテーが自分と傷を『共有』したらしい事を察する。
 
 何故そんな事をしたんだ!と、怒りたい所だが、今更言っても自分に傷は戻せない。
 
 それに、情けないが彼女が心配してくれる、その事自体は嬉しいのだ。
 
 ヘカテーが、自分の傷ついた頬に掌を当てる。
 
 自分も、ヘカテーの水色の火の粉が零れる頬に手を添える。
 
 
 そして言葉も無く、少しの間見つめ合‥‥‥
 
「‥‥"頂の座"。説明の続きをしてもらえぬか」
 
 遠雷のような声が水を差す。
 
「「‥‥‥‥‥」」
 
 というか、見られていたという事を今まで忘れていた。
 
 ちょっと傷口に触れて見つめていただけなのだが、何故か妙に‥‥
 
 
(‥‥‥恥ずかしい)
 
 
「えーと!どこまで話したのかな!?」
 
 無意味に明るく訊いて誤魔化してみる。
 
「"虹の翼"がこの子の腕試しを企んだ。という所までだ」
 
 紅蓮の少女の胸元のペンダントが応える。
 
「え〜と、なら何で僕達がメリヒムまで攻撃したのかを話さないといけないのかな」
 
 さっきまで気絶していたくせに迅速にこの状態を解し、説明する悠二に『炎髪灼眼』が僅かに驚く。
 
 ちなみに、いい所(恋する少女の本能でそれがわかった)で水を差されたヘカテーはおかんむりである。
 
 
 そして悠二は言って気付き、ふと見渡せばメリヒムが、ヘカテーにやられたのだろうが、そこでのびている。
 
 いい気味だ。
 
 
「じゃあ、"カルメルさん"の事から話すよ」
 
 
 
 そして、全ての誤解は解ける。
 
 
 ほどなくして、待ち人来たる。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 夢の中にいるように虚ろな感覚の中、ヴィルヘルミナ・カルメルはゆっくり、ゆっくり歩を進める。
 
 紅蓮の少女が、とても明るい笑顔になり、大好きな養育係に声を掛けたくなるが、今だけは堪える。
 
 水色の少女は、最近仲良くなってきたフレイムヘイズの、再び想い人を目にする瞬間を瞬きすら惜しんで真剣に見つめる。
 
 黒髪の少年は、不器用に編んだ自在式で捕らえた男を逃がさない事に余念が無い。
 
 
 
 あの時、失ったはずだった。
 
『マティルダ・サントメールの望みを果たそう。
 我々は‥‥ただそのためだけに‥‥ともに在ろう』
 
 その言葉通り、マティルダとの誓いのためだけ、それだけしか自分に与えず‥‥
 
『俺は"彼女"の誓いを果たすためだけに、生き長らえてきたのだから。
 君だって、そうだろう?』
 
 その誓いを果たすためだけに、自分から永遠に去ったはず。
 
 
 坂井悠二の言葉どころか、今、目の前にいるこの姿を見てさえ、まだ信じられずにいる。
 
 
 失ったはずの想い人。
 
 
 ゆっくり、ゆっくり近づいていく。
 
 誰一人、口を開かない。
 
 
 今度は、何を疑う?
 
 自分の目か?
 
 幻術の可能性か?
 
 そんな馬鹿馬鹿しい事を頭で考えながら、
 
 心は逆に向いていく。
 
 
(信じて‥‥いい?)
 
 
 彼が‥‥生きている?
 
 
 不機嫌そうにそっぽを向き続ける銀髪の青年。
 
 座っているその男の前に、自分もしゃがみ込む。
 
 
 その存在を確かめたくて、この『現実』を信じたくて、
 
 手を伸ばす。
 
 その手が彼に届くか否かという時‥‥
 
「触れるな、ヴィルヘルミナ・カルメル」
 
 彼から告げられる拒絶。
 
 そう、いつでも自分の想いを無視し続けた。
 
 自分にとって忌々しい、腹立たしい拒絶。
 
 
(‥‥‥ああ‥)
 
 それを、初めて"嬉しく"思った。
 
 ようやく、この現実を信じる事を自分に許せる気がした。
 
 
 彼だ。
 
 自分の想い人、傲慢で、単純で嫌な、嫌な奴。
 
 
 いつも張りつけていた、無表情の仮面が、崩れる。
 
 
「‥‥う‥‥う」
 
 自分にできる精一杯の嗚咽を漏らし、
 
「う‥‥ふぅ、‥‥うぅ〜‥‥」
 
 子供のようにクシャクシャになる顔を両手で隠し、ぼろぼろと涙を流す。
 
 
 堪えきれない嬉しさと安らぎが、涙となってとめどなく流れる。
 
 ダメだ。
 
 彼が一心に気持ちを向け続けたマティルダと正反対の、弱い所はみせられない。
 
 だが、涙は止まらずに流れ続ける。
 
 
 そんな彼女の震える肩に、想い人・"虹の翼"メリヒムが返すのは‥‥
 
「‥‥‥ふん」
 
 相変わらずそっぽを向いたままのそんな一言だけ。
 
 
 全く、この男は‥‥
 
 
(本当に、本当にどこでも‥‥)
 
 
「嫌なやつ」
 
 
 今まで、ヴィルヘルミナ・カルメルという人物を知る者が、誰一人として見た事が無いほどの‥‥
 
 涙に濡れた、どこまでも綺麗な笑顔が、
 
 そこにあった。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回は短めです。そして今回は言い訳無しにここで区切りたかったからです。
 
 きつかったからではないです。



[3934] 水色の星 五章 十三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/11/07 22:10
「んじゃ、あそこの店でランチとしますか」
 
 今、一行はひとまずの話し合いのために移動中。
 
 ちなみに、メリヒムはヴィルヘルミナのリボンでぐるぐる巻きにした上、手首にはしっかり『タルタロス』の一節が固定されている。
 
 『タルタロス』は、気配を隠してくれるが、代わりに異能も封じてしまう。
 
 鎖の一部だと効力が弱まるのでちょっとした事くらいは出来るが、『タルタロス』本体なら一切の異能が使えなくなるのだ。
 
 今メリヒムに付けているのは一部にすぎないが、当然ヴィルヘルミナのリボンを引きちぎる事など出来ない。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 さっきからヴィルヘルミナは黙ったままである。
 
 自分達が育てた『完全なフレイムヘイズ』の前で、私情、それもよりにもよって一番脆いところを見せてしまった。
 
 どんな顔をすればいいかわからなかった。
 
 対する少女、実はヴィルヘルミナが泣いてしまった事に対する失望など微塵も無かったりする。
 
 むしろ、『天道宮』を出る時にヴィルヘルミナが見せた、いや、自分が見抜いた心の痛み。
 
 その罪悪感が沸き起こる。
 
 そして、『完全なフレイムヘイズ』である事を、他者に押しつける気もない。
 
 気になるのはむしろ‥‥
 
 前方の三人、坂井悠二、ヘカテー、平井ゆかりに目をやる。
 
 何故、『これ』からさっさと『零時迷子』を取り出さないのかという事だ。
 
 その方が、シロのためにも絶対いいはずなのに‥‥
 
 そういえば、シロも取り出すという事を言いださなかった。
 
(どうして?)
 
 "頂の座"も、さっきの態度。あの外界宿(アウトロー)の構成員も仲良く話している。
 
(おかしい)
 
 この『この世の本当のこと』を知っている面々が、何故この『ミステス』に、『物』に普通に接するかが理解できない。
 
 まるで、自分の認識が間違っているかのように感じられる。
 
 
 いや、そんな事はない。
 
 トーチは『歪み』を緩和させるための道具。『これ』にはたまたま『零時迷子』が蔵されているにすぎない。
 
 人格など、認める理由にはならない。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何故、こうなってるんだろうか。
 
 前を見る。
 
 "頂の座"、『零時迷子』のミステス、確か‥‥平井ゆかり。
 
 それだけ。
 
 ヴィルヘルミナも、シロも、『コキュートス』に意識を表出させるアラストールさえ別席に移動している。
 
 何でも、腕試しの『採点』だそうだが‥‥
 
 何故自分がこんな得体の知れない連中と一緒に居合わせねばならないのか。
 
 
「それで、一応自己紹介。私は平井ゆかり。
 二人の親友で、外界宿の協力者」
 
 訊いてもいないのに自己紹介してくる。
 
「それであんたは?称号とかは聞いてるけど」
 
 しかもミステスまでが質問してくる。
 
「‥‥『炎髪灼眼の討ち手』、"天壌の劫火"アラストールのフレイムヘイズ」
 
「それは知ってるよ。そうじゃなくて名前とか‥‥‥ヘカテー、野菜もちゃんと食べなさい」
 
「ピーマンは嫌いです」
 
 見れば、"頂の座"がやきそばからピーマンを横のトーチの皿に移している。自分も苦いのは嫌いだ。
 
 
‥‥名前?
 
 そんなものは『完全なフレイムヘイズ』には必要が無い。
 だから、ヴィルヘルミナ達も自分にそんなものをつけなかったのだ。
 
 
「お前には関係のないことよ」
 
 だがそれを、こんなただのトーチに話すことはない。
 
 
 だが‥‥
 
「おやま、随分と過激そうな子だね」
 
 嬉しげに話しかけてくる少女。
 
 ‥‥嫌いじゃない。
 
「‥‥育ての親の教育の賜物だろ」
 
 呆れたようにそう言う『トーチ』。
 
 腹が立つ。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何か、恨みがましい視線を飛ばしてくる"頂の座"。
 
 あまり怖くない。
 
 
 そんな風に思う自分に少し違和感を覚える。
 
 
(‥‥ああ)
 
 そして気付く。
 
 徒との戦いでは、余計な感情の一切を消し去る。
 
 トーチに自分の存在を"割り込ませる"時は、"自分"が接しているわけではない。
 
 
 こんな風に他者と接する事自体が自分にとって不自然な状態なのだ。
 
 
『いつか、"そのままのお前"に接してくれる者も現れよう』
 
 
 少し前にアラストールにそう言われた事を思い出す。
 
 これがそうか。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 よく、わからない。
 
 
 
 
「どういう事か説明してもらおうか。"天壌の劫火"」
 
 少し離れた席、メリヒム、ヴィルヘルミナ、アラストール、ティアマトー。
 
 傍から見ると、ヴィルヘルミナとメリヒムの二人。カップルに見えない事もない。
 
 メリヒムを縛るリボンが無ければの話だが。
 
 ちなみに、この蓑虫男と同行するのを恥ずかしがるような者はこの面子では悠二だけであった。
 
 
「‥‥何の話だ?」
 
 珍しく話し掛けてくるメリヒムに不機嫌そうに返すアラストール。
 
 この"天壌の劫火"アラストールとメリヒムは、先代『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールとの事で互いに互いを激しく毛嫌いしている。
 
 
「とぼけるな。先の戦い、あれほどの者が数年経って炎もまともに使えんとはどういう事だ」
 
 そう、悠二達との戦いでメリヒムはわかっていた。
 
 
 確かに、今の少女は『天道宮』からフレイムヘイズとして巣立ったままの凛々しい姿だ。
 
 そう、あの時のまま‥‥
 
 "成長していない"。
 
 
「あの頃は確かに戦いの指南は俺の領分だった。
 だがフレイムヘイズとなった後に貴様が監督を続けてこの様か?」
 
 ここまであからさまに非難されれば、アラストールも腹が立つ。
 
「ふん。今はまだあの子が本気を出し得る敵に出会えていない。その結果に過ぎん」
 
「‥‥少々強引な言い訳でありますな。」
 
「詭弁」
 
 さらに、ヴィルヘルミナとティアマトーまで紅世の魔神を非難する。
 
 
「"千変"や"頂の座"戦った後にする言い訳ではないな」
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 アラストールは言い返せない。
 
 そう、彼にもわからないのだ。
 
 何故あれほどの者がまだ炎を使えないのか。
 
 
 四人の石頭は、悩み続ける。
 
 
 
 
 夜の坂井家、悠二の部屋。
 
 あれから、『炎髪灼眼の討ち手』はヴィルヘルミナ共々平井家に泊まり、メリヒムは久しぶりの御崎グランドホテルである。
 
 メリヒムの『タルタロス』に密かに自在式の刻印を刻んでいるから、逃げてもすぐにわかる。
 
 
 そして夜の鍛練は最近悠二のマイブームである自在式いじりだ。
 
 "螺旋の風琴"リャナンシーに教えを受けてから、自在式の構成を学んだ悠二はある程度『自習』が出来るようになっていた。
 
 昼間にメリヒムを自在式で捕らえていたのもこれの成果だ。
 
 もっとも、マージョリーやリャナンシーのように瞬間的に構成、発現させる事が出来ないため、まだ実戦に使えるレベルではないが。
 
 
 そんな夜の鍛練も終わり、いつものように悠二は床にフトンを‥‥敷かない。
 
 
 前から考えてはいたのだが、今日いよいよ言いだそうという悠二である。
 
「ねえ、ヘカテー?」
 
 ヘカテーはすでにネグリジェを着て、ぬいぐるみだらけに成り果てた悠二のベッドの上にいる。
 
 
 しかし、ベッドとしての機能はあまり果たしていない。朝にはヘカテーは床に敷いた悠二の布団に潜り込んでいるのだから。
 
 そう、元々がヘカテーを床に寝させないために悠二が床に寝ているのにこれでは意味が無い。
 
 
 死ぬほど恥ずかしいが、ヘカテーが潜り込んでいるという確信を持ち、かつヘカテーを床に寝させないための措置だ、と自分に言い聞かせる。
 
 
「朝、ヘカテー寝る場所変わってるだろ?」
 
 ビクッ
 
 とヘカテーの体が震える。
 
 その意味くらいは気付いていたか。
 
 
 ああ恥ずかしい。
 女の子に「自分の布団に入ってるだろ?」などと言う事が恥ずかしい。
 
 しかし、ヘカテーはもっと恥ずかしいだろう。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 予想通り、真っ赤になって固まる。
 
 これ以上、余計な事は言う事はあるまい。
 
「このままだと、ヘカテー床に寝続ける事になるから‥‥‥」
 
 自分はこれからは父の書斎で寝る事にするよ。
 
 と、続けようとする。
 
 自分としても少々、いやかなり残念な気がするが、そもそも恋人でもない男と女が同じ部屋で寝起きしているという今の現状がおかしいのだ。
 
 
 しかし、悠二の言葉はヘカテーの挙動で止められる。
 
 ちょこちょこと動き、掛け布団をめくり、ベッドの奥に移動する。
 
 コクコクッ
 
 こちらを見つめて頷いている。
 
 顔を上気させ、わずかに潤んだ瞳。
 
(‥‥‥可愛い)
 
 
 しかし、この行動は何なのだろうか?
 
 何故、書斎で寝ようと言おうとしていた自分に対してそんな挙動をとる?
 
 
 ガシッ
 
 半ば現実逃避気味に考える悠二の手をヘカテーが掴む、そしてベッドに引きずり込む。
 
 
 ‥‥もしかして、自分は「同じベッドに寝させてくれ」と言った事にされているのだろうか?
 
 もしそうなら恥ずかしいどころか死にたくなる。
 
 
 しかし、
 
「‥‥‥‥‥」
 
 嬉しそうだ。
 
 可愛い。
 
 自分の羞恥心などどうでもよくなってくる。
 
 
 自分は‥‥ヘカテーに好かれているのだろうか?
 
 懐かれている自信はあるのだが‥‥‥
 
 
 
 
 同じ布団の中、ヘカテーは喜びにうち震える。
 
 『悠二に好きになってもらいたい』
 
 それを自覚したすぐ後の、前から思い描いていた共闘。
 
 そして、悠二の方から近づいてきてくれた。
 
 
 『自分は悠二に好かれている』
 
 
 そんな気持ちになれた。
 
 
 少女の想いは積み重なる。
 
 それは、求める気持ちと失う恐怖。
 
 相反する二つの気持ちは膨らみ続け、この先、少女を蝕んでいく。
 
 
 少年の心を得る日まで。
 
 
 
 
(あとがき)
 なんかグダグダ。
 次までに必要だから書いた感じですね。
 そして炎髪の前にヘカテーにちょい出番を与えるために。



[3934] 水色の星 五章 十四話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/09 04:11
 朝の平井家。家主たる平井ゆかりは学校に行っている。
 
 坂井悠二やヘカテーも同様だ。
 
 そのリビングに、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル、"夢幻の冠帯"ティアマトー、"虹の翼"メリヒム、"天壌の劫火"アラストール。
 
 
「やはり、相手云々ではなく、あの方自身の問題であると判断するのが妥当でありましょうな」
 
「支持」
 
「いや、そこの役立たずのせいだ」
 
「貴様‥‥真面目に考えるつもりがないなら即刻立ち去れ!」
 
「数年監督する立場にあって責任放棄できると思っているのか?無能」
 
「むむむ‥‥」
 
「何がむむむでありますか」
 
 
 アラストールを責めながらも、ヴィルヘルミナにも思うところがないわけでもない。
 
 かつての誓い。
 
 
『‥‥そうね。あなたたちだから、最後まで甘えるわ。
 この、厳しさでしか他人に当たれないくせに、本当は優しくて優しくてたまらない、可愛らしい大魔神に、新しいフレイムヘイズを見つけてあげて』
 
 無二の戦友、マティルダ・サントメールとの誓い。
 
『私はこれから行くけれど、この人は"こんな事"じゃ、絶対に挫けないし、諦めない。
 そんないい男にふさわしい完全無欠のフレイムヘイズを見つけてあげて。
 男を残して死ぬ女の‥‥これが最期のお願い』
 
 数百年の時をかけて果たしたはずの誓い。
 
 
 メリヒムも、かつての誓いに想いを馳せる。
 
 
『さて、あなたの出した条件だったわね‥‥勝った方が相手を好きにする‥‥ったく、女に出す条件じゃないわよね』
 
 そもそも、言い出したのは自分だったか‥‥無論、こんなつもりではなかったが。
 
『知ってるでしょうけど‥‥私はそういう奴にはひどいわよ‥‥‥ねえ?』
 
 そのすぐ後‥‥‥彼女は、胸を貫かれ‥‥誓いをやり直したが、最初は何を誓わせるつもりだったのか‥‥あの意地悪な女の事だ。
 
 どちらにしろ、ろくな事ではなかっただろうが‥‥
 
『約束は三つ。もう人は喰わないで。もう世を騒がす事はしないで。
 私の後に現れる"炎髪灼眼の討ち手"を、"私の愛のために"可能な限り鍛えて。約束破ったら酷いわよ?』
 
 
 ふっ、と笑いが漏れる。
 
 誓いを果たした時についてきた、とても温かい『ご褒美』を思い出す。
 
 
 そう、だからこそ‥‥‥
 
 
((こんなはずじゃないはずだ‥‥))
 
 
 メリヒムもヴィルヘルミナも、今の少女の姿に納得できないのだ。
 
「ふん」
 
 ぽいっ
 
 とりあえず、
 
 魔神の意識を表出させるペンダントは、生ゴミの袋に放り込むメリヒムであった。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「どしたの坂井君?、いつになくうんざりフェイス」
 
「‥‥ヘカテー、気付いてるだろ?」
 
「‥‥見られていますね」
 
「‥‥昨日の子?」
 
 
 登校中の坂井悠二、平井ゆかり、ヘカテーであるが‥‥今日は何かおまけまでいるらしい。
 
 
「ゆかり‥‥気配がわかるのですか?」
 
「視線を感じるってトコかな。あの子だと思ったのはただの勘」
 
「つかず離れずの距離を保ってるな。監視されてるみたいで気持ち悪いんだけど‥‥」
 
「"みたい"じゃなくて、正真正銘の監視だよ。
 昨日も坂井君、メチャクチャ警戒されてたでしょ?」
 
「無視です。無視」
 
「はぁ、何でこう次から次に変なのが出てくるかなあ」
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 フレイムヘイズ『炎髪灼眼の討ち手』は少し離れた建物の上から怪しすぎるミステスを見張る。
 
 フレイムヘイズとして。
 
 朝のヴィルヘルミナ達の話し合いに、また自分だけ退席させられた。
 アラストールまで‥‥
 
 
 自分でも心当たりはある。
 
 あの『腕試し』で、炎をまともに扱えない事を知ったヴィルヘルミナやメリヒムがアラストールを問い詰めているのだろう。
 
(アラストールが悪いんじゃないのに‥‥)
 
 ふがいない自分が悪いのだ。
 
 炎もまともに扱えない自分が‥‥
 
 そこまで考えて、視線の先のミステスの事を思い出す。
 
 
 トーチからミステスになってから、半年も経っていないはず。
 
 しかも、元々はただの人間。何の訓練も受けていないただの人間。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 いくら激戦をくぐったといっても、成長が早すぎる。
 
 何かあるはずだ。
 
 
 と、フレイムヘイズとして分析するのともう一つ、『完全なフレイムヘイズ』である自分が感じてはいけない‥‥いや、感じるはずの無い気持ちが沸き上がる。
 
 
(『あれ』は、そんな短期間でもう炎が使える)
 
 
 気に入らない。
 
 そんな私的感情。個人的な感情。
 
 しかも、よりにもよって『物』に対する『嫉妬』。
 
 
 首を振る。
 
 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 
 
 
 
 
「‥‥‥いい加減、一言言おうか?」
 
 
 あれから一日中、『監視』されている。
 
 今は放課後。平井と三人で寄り道していて、ついさっき別れたところだ。
 
 ヘカテーはいる。
 
「確かに、あまり気分のいいものではありませんね」
 
「よし、ちょっと近づいて‥‥あれ?」
 
 気配が、向こうから近づいてくる。
 
 そしてすぐに姿も現わす。
 
 向こうも何か用があったのだろうか?
 
 
「お前、あんまりうろうろ動かないで。見張りにくい」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 一日中、監視しといてようやく何か言うかと思えばこれか。
 
 『天道宮』あがりはこんなのばっかりか。
 
 いや、ヴィルヘルミナよりひどい、メリヒムといい勝負の傲慢っぷりだ。
 
「僕の勝手だろ。見張りにくいなら、見張ってくれなくていいよ。
 っていうかやめてくれ」
 
「お前の都合なんて知った事じゃない。
 お前みたいな怪しい物を見張るのはフレイムヘイズとして当然でしょ」
 
 
 その言葉に悠二は絶句する。
 
 自分の境遇はわかっているつもりだが、そもそも悠二の認識ではトーチは物ではない。
 
 人間ではないという事はわかっているが‥‥
 
 そして、今まで誰もここまで自分を物扱いなどしなかった。
 
 
 はっきり言って傷ついた。
 
 しかし、目の前の少女をよく見る。
 
 特別、悪意を持って言ったわけではないらしい。
 
 当たり前の認識として言った、という感じだ。
 
 とはいえ、腹立つものはやっぱり腹立つ。
 
 
「‥‥フレイムヘイズだって似たようなものだろ。
 僕がただの物だって言うなら、君だって‥‥」
 
「そうね」
 
 
 反論する悠二の言葉を遮り、『炎髪灼眼の討ち手』があろう事か肯定する。
 
 だが、悠二は納得する気はない。
 
 『ここにいる自分』を、否定する気などない。
 
「僕は坂井悠二だ。物じゃない」
 
「お前はただのトーチよ」
 
 悠二の言葉に全く耳をかさない上に、『彼女にとっての事実』をたたみかける。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーの全身から、殺意が溢れだす。
 
 さっきから我慢していたが‥‥もうダメだ。
 
 我慢の限界だ。
 
 手首の『タルタロス』に手を伸ばす。
 
 しかし、
 
 その少女の手を、少年の手が制す。
 
 
 
 
「‥‥僕は坂井悠二だ。自分が坂井悠二である事を、僕が知っている」
 
 ちょっとした言葉にすぎない。だが、ここは絶対に引けなかった。
 
「お前はただのトーチよ」
 
 少女は繰り返す。
 
「それでも僕は坂井悠二だ。君だって‥‥‥」
 
「私はただのフレイムヘイズ。それだけ。
 ある意味、トーチと同じね」
 
「ただのって言い方、もうやめろよ」
 
「だってそうだもの。
 お前はただのトーチ。私はただのフレイムヘイズ」
 
 『炎髪灼眼の討ち手』も、いい加減苛立つ。
 
 聞き分けがない。
 
 
 互いの信じる認識を感情でぶつけあう。
 
「違う」
 
「違わない」
 
「違う!」
 
「違わない!」
 
「どうして君は‥‥」
 
「?」
 
 突然黙ったうるさい少年に、怪訝な顔を向ける。
 
「名前は?」
 
「?、なに?」
 
「君の名前」
 
 
 名前。その言葉に、何故か怯んでしまう。
 
「‥‥‥名前は無い。ただのフレイムヘイズ」
 
「また言った」
 
「!っ、うるさいうるさいうるさい!名前なんかいらない!
 他のフレイムヘイズと分ける時は『贄殿遮那(にえとののしゃな)のフレイムヘイズ』で通るわ」
 
「にえ‥‥?あの刀か?」
 
「そうよ」
 
 
 悠二は考える。この少女には、何か決定的に何かが足りない。
 
 言い負かされる気もない。
 
(‥‥よし)
 
「じゃあ、君はシャナだ。僕は今からそう呼ぶ」
 
「は?」
 
「君はシャナ。もうただのフレイムヘイズじゃない」
 
(『こいつ』は‥‥何を言って?)
 
「僕もただのトーチじゃない。」
 
 
 私に‥‥‥名前?
 
 
「坂井悠二だ」
 
 
 何故‥‥ここまで動揺する?
 
 何故‥‥言い返さない?
 
「‥‥‥‥勝手に名前をつけないで」
 
 
 何故‥‥それだけ言って立ち去る?
 
 
 自分は何をしているんだろうか。
 
 生意気な燃えかす。
 
 
 何が『シャナ』だ。
 
 本当に変な‥‥じゃない。妙な‥‥違う。嫌な‥‥そう、嫌な奴!
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
『ただのフレイムヘイズじゃない』
 
 
(‥‥‥名前)
 
 
「シャナ‥‥‥か‥」
 
 
 
 周りの誰にも聞こえないように小さく、呟いた。
 
 
 
 
 ヘカテーは思う。
 
 あの『炎髪灼眼の討ち手』は‥‥悠二を傷つけた。侮辱した。
 
 それも確かにある。
 
 だが、他に、あのフレイムヘイズに苛立つ理由。
 
 以前の、いや、少し前までの、常に何かが欠けているような空虚感を持っていた頃の自分を感じさせるからだ。
 
 なるべく、関わり合いになりたくない。
 
(!)
 
 そこで、一つの懸念。
 
 自分は、あの時から変わった。
 
 それは間違いなく悠二によるものだ。
 
 そして、今は自分の想い人。
 
 
 なら、あのフレイムヘイズは?
 
 
 さっき、悠二に『名前』を与えられた‥‥あの少女も、自分と同じように‥‥?
 
 
 冗談じゃない。吉田一美だけでたくさんだ。
 
 
 すぐに考えを振り払う。
 
 大丈夫だ。
 
 さっきも完全に喧嘩腰だったではないか。
 
 
 
 無垢な少女は、自分に言い聞かせる。
 
 それが、不安を抱いているという前提の行動であるという事には、
 
 
 まだ気付かない。
 
 
 
 
(あとがき)
 アニメのシャナ、命名シーンから持ってきましたが、持っていきかたが強引だったかな。とか思ってます。



[3934] 水色の星 最終回『シャナ』
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/11/11 06:28
 夜の坂井家、屋根の上、今日の夜の鍛練は自在式いじりではなく、自在法を使った戦いの鍛練だ。
 
 この鍛練自体はそう珍しい事ではない。だが、明らかに人数がおかしい。
 
 普段は朝の鍛練にしか顔を出さない『万条の仕手』、ひっついて来たのだろう平井ゆかり、理由もなくこんな場に出てきそうにない"虹の翼"メリヒム、そして『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 
「この方が炎を行使する訓練を行なうにあたり、貴方の存在の力を使わせて頂きたいのであります」
 
「即時回復」
 
「この方って‥‥シャナの事ですか?」
 
「しゃ‥‥な?」
 
 フレイムヘイズとして、余剰といえるものは、名前すらも全て切り捨てて育ててきた少女に変な呼び方をされ、ヴィルヘルミナは頭に?を浮かべる。
 
「名前が無いとか言うからつけたんですよ。大体、何で今までつけなかったんですか」
 
「シャナ、か。響きとごろは悪くないかもね」
 
 呑気に賛同する平井と違い、ヴィルヘルミナは内心腹を立てる。
 
 自分達が育てた『偉大なる者』に、勝手に名前などつけるとは何事か。
 
 エプロンの結び目から伸びるリボンが硬化し、鋼の鉄鞭と化す。
 
「けど、それがフルネームってのはまずいでしょ。色々」
 
「うーん、ならシャナ・‥‥‥」
 
 また少女を妙な名称で呼ぶ少年に鋼の鞭を振り下ろす。
 
 しかし、
 
「カルメルでいいんじゃないか?」
 
 ふにゃっ
 
 続くその言葉ですぐさま鋼の鞭はきしめんに変わる。
 
 『シャナ・カルメル』、まるで、親子のようだ。
 
「‥‥ま、まあ、名前などどうでも良い事であります。
 『完全なフレイムヘイズ』に不要とはいえ、敢えてつけぬ理由もなく、その名称でも構わないのであります」
 
「え?」
 
 ヴィルヘルミナの思わぬ了承に、少女、いやシャナは驚きの声を上げる。
 
 その声には微かな、しかし確かな喜びが混ざる。
 
 
「おい待て、なら『虹野シャナ』でも構わないはずだ。そっちにしろ」
 
 元々、『少女を鍛える事』しか誓いに含まれず、『完全なフレイムヘイズ』に対する頓着が無いメリヒムが口を挟む。
 
 
「おまえ達、フレイムヘイズに名前など‥‥」
 
「アラストール‥だっけ?何で名無しにこだわるんだ?」
 
「こだわってなどいない。必要ないから必要ないと言っているまでだ」
 
 必要ないわけないだろ。
 と思いながら考える。なんかよく聞くけど『完全なフレイムヘイズ』って何なのだろうか?
 
 ひどくズレた考え方のような気がするが。
 
「相変わらず石頭だな。別に名前つけて困るわけでもないだろ?」
 
「困る困らないの問題では‥‥‥‥相変わらず?」
 
「?、どうしたんだ?」
 
「我は貴様と前に会った覚えなどないぞ」
 
「?、僕もないよそりゃ」
 
「ならば、なぜ相変わらずなどと言う?」
 
 え?
 
「?、僕、そんな事言ったか?」
 
「うむ」
 
「???」
 
 
 こんなペンダントに会った覚えはないし、性格も今少し知ったくらいだ。
 そんな妙な事を口走る理由は無いと思うのだが、はて?
 
 
 悠二の思考は途中で切られる。
 
 横から飛んできた虹によって。
 
 
「だから!虹野シャナだと言っているだろうが!」
 
「あくまで我を通されるつもりでありますか!?
 シャナ・カルメルであります!」
 
「頑迷」
 
 
「‥‥‥まあ、良かろう、名前くらい」
 
「だろ?」
 
 その、他の育ての親達の姿を見て、アラストールも観念する。
 というか、彼もそこまで執着していたわけでもない。必要ないからつけなかっただけなのだ。
 
 
 というかあの二人、『シャナ』の方には何の不満もないのだろうか?
 
「待ておまえ達。ここは間をとって『シャナ・ストール』と‥‥‥」
 
 ぽいっ
 
「ぬおおおおお!」
 
 名前を決める事が決まるやいなや名付けに参戦しようとする魔神を、メリヒムが即刻投げ飛ばす。
 
 
「ふん、これであとは‥‥‥」
 
「貴方だけでありますな」
 
 折れたサーベルとリボンを両者構える。
 
 
 ああ、そうだ。
 
「メリヒム。その剣何で折れてるんだ?」
 
「前に"千変"に折られた」
 
 そこで、『炎髪灼眼』の名前などに興味が無いがゆえに黙っていたヘカテーがビクッと震える。
 
「ふぅん。ま、いいや。ほら!」
 
 言って悠二は白い羽根をメリヒムに飛ばす。
 
「?、何だ?」
 
 それをメリヒムが受け取り、中に『収納』されているものを出す。
 
「‥‥これは」
 
 それは一本の長い細剣。細身だが、頑丈に作られている事がすぐにわかる。
 
 かつて、この街にいてヘカテー(とおまけで悠二)が戦った"狩人"フリアグネが持っていた物だ。
 
「ふむふむ」
 
 ヒュンヒュンと振り、具合を確かめるメリヒム。
 
 そして、『柄元のスイッチ』を押す。
 
 ギュイイイイイン!
 
 刀身が高速で回転する。
 
 これは気に入らないかな、と悠二は見守る。
 
 ギュイイイイイン!
 
「どうだ?」
 
 ギュイイイイイン!
 
「メリヒム?」
 
 ギュイイイイイン!
 
「もしもーし」
 
 ギュイイイイイン!
 
「‥‥‥ふっ!覚悟しろ。ヴィルヘルミナ・カルメル!」
 
 
 ‥‥どうやら気に入ったらしい。
 
 
 
 
(名前)
 
 自分は今まで、フレイムヘイズ以外のものを全て切り捨てて生きてきた。
 
 そう育てられたし。そもそもフレイムヘイズである事は自分の生き方以前、自分自身だった。
 
 だが‥‥
 
 目を閉じる。
 
 また開く。
 
 
 そこには、自分の名前を、フレイムヘイズ以外を与えようとしている大好きな人達。
 
 そして嫌なやつ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
『いつか、"そのままのお前に"‥‥』
 
 
「私は‥‥」
 
 大太刀をかざす。
 
 
「シャナ」
 
 
 炎が、煌めく紅蓮の炎が沸き上がる。
 
 
(フレイムヘイズ。それ以外の‥‥私)
 
 考えた事の無い概念だった。
 
 だが、今、わかる。
 
 なぜ炎が出せなかったのか。
 
 自分に欠けていたのが何だったのか。
 
 『これ』が、足りなかったのだ。
 
 
 それが、誰かのおかげで‥‥‥
 
 そこまで考えて、何だか癪なので考えるのをやめる。
 
 その紅蓮の炎を、皆、ただ見つめていた。
 
 
 
 
 夜、悠二と同じベッドの中にいるヘカテー。
 
 ひょこっと目を覚ます。
 
 
(悠二)
 
 さっき、メリヒムから"千変"の名を聞いた。
 
 自分は、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女、"頂の座"ヘカテー。
 
 『零時迷子』を、いずれ『星黎殿』に持ち帰らなければならない。
 
 その時、悠二はどうなるだろう?
 
 
 右手にあるのは銀の珠。
 
 『大命詩扁』だ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 『大命』は、必ず果たさなければならない。
 
 だが、今すぐじゃなくてもいいはず。それを、自分に許す。許したい。
 
 
 今、大切なのは、
 
(‥‥‥悠二)
 
 彼と、共に生きていく資格を手にする事。
 
 
 布団に潜り込む。
 
 悠二に寄り添う。
 
 今、自分はこんなにも悠二の近くにいる。
 
 それを叫びたいほどに強く感じる。
 
 
 手の中にある『大命詩扁』。
 
 
(今、これは必要ない)
 
 
 
 このひとがいればいい。 
 
 
 
 
 私たちはこれからも進み続ける。
 
 
 世界が外れる、
 
 ほんの少し前を。
 
 
 
 
 
 流星は流れ、瞬く間に消える。
 
 
 
 
 
 そして‥‥‥
 
 
 
 
 
 
 SECOND STAGEへ。
 
 
 
 
 
 
 かな?
 
 
 
 
(あとがき)
 投稿数多くなってやり辛くなってきたし、そろそろ二部に移ろうかなと。
 しかしまあ、原作ヒロイン出たところで切りもいいかな?、いや良くはねーよ。
 
 反響次第‥‥という事もありますが、多分やると思います。
 
 
 今までこの作品を読んでくれた方々、ありがとうございました。
 
 二部あります。追って投稿したいと思います。
 
 何か、何度やっても新規投稿で『その他』に投稿できず、『エヴァ』にいってしまいます。
 何か間違っているのでしょうか。それとも舞様に連絡すべきなのでしょうか。


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