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[3855] 銀凡伝2
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c091ef84
Date: 2009/09/20 20:08
 宇宙暦786年らへんに、伊達と酔狂と革命が三度のメシより好きな男の横で
凡人はただ虚空を見つめて座っていた。

聞こえない、俺は何も聞こえない・・・そう俺はサル!!見ざる・言わざる・聞かざるなのだ
俺の横で、「あのジャガイモやろう・・・」「それがどうした!!」等々威勢のいい啖呵が聞こえるが
全て空耳です!!!気にしたら負けです。下手にかかわって平穏な日々を奪われたら洒落にならん。

ちょっとパニクッてきた・・・こういうときは素数じゃなくて自分の生い立ちを見つめなおして冷静になろう





!!朝起きたら銀英伝へようこそ!!な乗りで、平凡な大学生から
元門閥伯爵家の親無し貧乏亡命者(14歳)になってしまいました。

まぁ、とりあえず徴兵されずに大人しくハイネセンで民間人をやっていれば、
平穏な暮らしができるかなと考えながら孤児院ライフを送る事に
(当然、凡人らしい葛藤や苦悩も会ったわけだが詰まらん上に長いので省略)

まぁ、下手に門閥貴族に生まれて赤金の天才コンビや義眼に振り回されたり、
食詰め貴族にたかられたりする位なら、平穏無事な一般市民生活を遅れればまだいいかと
何とか納得、もとい諦めて貧乏ライフを中二病全開ながらそれなりに楽しんでいた。


いや、人生って甘くないね~学園長が勝手に士官学校に入学手続きをしてくれましたよ。
立派な軍人になって死ねってことですか?問題児は強制退去ですか?

こうして、俺は涙涙の経緯で士官学校に入って今に至るわけです。





どうやら現実逃避してる間に、迷惑な隣はさらに盛り上がってます。頼むからよそでやってくれ!


「ジャガイモ野郎のルールなんか守ってられるか!!」
『なんという暴言!君達は有害図書を秘匿するなど風紀を乱す反社会的な屑だ!』

「たしかに、俺とヘインは乱すのが大好きだ。そう特に乱闘なんかがね」
『ぼっ暴力に訴える気か、そっ、それは民主主義の理念に反するぶっぶぶじょくてき行為!!』
『かっ数はこちらが上だ!二人ぐらいにおびえる必要があるか!!痛い目をみしてやれ!!』

「結構、結構!俺たち二人を侮った事を諸君らにたっぷり後悔させて差し上げよう」
『抜かせ!!』『ぶっ潰してやれ!!』『ボォク!アァルバァイトォオオゥ!』

ちょっおまっr~いつのまにか俺も数に入れてるんじゃネェ!!勝手に乱闘に巻き込むなボケェ!!


    ・・・ヘイン・フォン・ブジン准尉・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~



[3855] 銀凡伝2(気絶篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c091ef84
Date: 2010/02/17 20:56
卒業、新たな道を歩み始める人生の岐路
多くの別れと新たな出会いが待つ次のステップへと
一人の凡人は進んでいく。その先に何があるかを知る事も無く



■魁士官学校■


何とかギリギリの成績ではあるが士官学校を卒業することが出来た。
これで俺も目出度く少尉様だ!!好く知らない人から見れば
エリートに見えなくもないから、もしかしたらカワイコちゃんが引っ掛かるかも?


おっと、式が始まったみたいだな。これで同期の桜ともお別れと思うと感慨深いな
ちょっとセンチな気分に浸りつつ士官学校時代を振り返ってみるか


ときには前だけじゃなく、過去を振り返ってみることも大切だと思うしね



■■

『ヘイン!お前にもこれから栄えある有害図書愛好会の
 一員として活躍してもらうぜ!期待しているからな』


それはギャグで言っているのか?自慢じゃないが俺は事なかれ主義だ
正直、風紀委員に睨まれて懲罰房送りに為る気なんてさらさらないぞ!


『なに言ってやがる。士官学校一の禁書愛好家が加わらないで
 誰がこの愛好会に加わるって言うんだ?風紀委員の目だって?・・』


はいはい、お決まりの台詞は言わなくていいよ
とりあえずは諦めて入るからいいだろ?


『なんだなんだノリの悪い奴だな。俺の名言を遮るなんて
 お前じゃなかったら、鉄拳制裁か銃殺刑にする所だぞ?』


はぁ、なんでこんな革命大好き、お祭り野郎と友達になちゃったんだ?

そもそも、俺が持ってる禁書なんて全部エロ本だぞ?
まぁ、いろいろと規則の厳しい校則でいろいろ溜まっている青少年のために
秘蔵のコレクションのまわし読みや貸し出し、販売取り寄せなんかもやってたけど



いや、やっぱエロってのは儲かるんですわ
そのもうけた金で新たなエロを仕入れ、そのエロがカネを生み出す。

まさにエロ式錬金術である!!おっと話がずれて来たイカンイカン


そもそもアッテンボローとダチになったきっかけは
お宝探しに夢中になって宿舎の門限をうっかり過ぎちゃった時に
たまたま門付近で鉢合わせて、一緒に協力して塀越えを決行したのがきっかけだったんだよな

そのとき、ヤン先輩(正直、巻き込まれたくないので接点を持ちたくなかったが)に
二人して見逃してもらったのが始まりか


あとはドーソンのテスト返しの嫌味に対して「バーローwwww」
なんて返しさえしなければ、ここまで気にいられなかったんだろうが・・・


そういや、一個下のあの疫病神風紀委員のフォークを抹殺しようとして
夜中の学校に二人で忍び込んであいつの机にエロ本20冊ぶち込んだのは傑作だったな
まぁ、あいつが白目剥いて泡吹き始めたのには流石にビビったけど


うん、振り返ってみるとなんかコイツとの関係が深まったのは
なんか自業自得なきがしてきた・・・まぁ、学生時代の悪乗りって楽しいからさ・・


『どうした?ぼけっとして、式の後にはヤン先輩やラップ先輩に
 俺達の卒業を酒の肴にした飲み会に行くって話になってたろ?』


ああ、わりぃ・・ちょっと式が退屈だったんでぼーっとしてた
それじゃ、先輩方にただ酒をたっぷり飲ませて貰うとしますか!




■初めてのイゼルローン■


宇宙暦789年、ヘイン・フォン・ブジン少尉は士官学校を卒業した。
卒業後の一年間は査閲部にて簡単な事務処理に従事し、
翌宇宙暦790年に中尉に昇進後、第四、第六艦隊を経て792年大尉に昇進
その間、特に目立った武功は無かったが、失策もなかったため
戦死者の多さによる上位者不足の恩恵を被り順繰りではあったが順調に昇進する。

そして、宇宙暦792年5月、第五次イゼルローン攻略作戦に
総司令部第2作戦参謀部の一員として参加することとなる。

この戦いがヘインにとってはじめての死線となるのだが
それは、彼の物語においてほんの序章に過ぎない些細な出来事であった。


■■


『わが軍は、四度にわたって眼前のイゼルローン要塞攻略に挑み
 四度に渡って敗退をした。まさに不名誉な記録と言えるだろう』


それで今度は五度目の敗退となるわけですね。よく分かります。
まぁ、総司令部付きだから一先ず命の危険はなさそうだな
後は会議の時に適当に作戦資料でも表示したりするだけでいいから楽なもんだな



『今回の遠征は、この不名誉な記録を中断させるのが主目的である
 記録の更新を防ぐため、各艦隊指揮官および参謀陣には
 作戦を完遂できるよう最大限注力して欲しい。ヤン少佐、資料を』 



ほうほう、いつも帝国軍がやっている要塞主砲射程への誘い込みを利用して
敵にコバンザメのように喰らいついていく作戦か、悪くは無いけど
帝国軍はやばくなったら原作通り、敵味方関係なしに主砲撃って来るんだろうな
やっぱり、正攻法であんな化け物要塞は落とせないししょうがないかもしれんが
それに巻き込まれるのは正直ノーセンキューだ



『ブジン大尉、随分眠たそうだな。ちょうどいい、眠気覚ましがてらに
 作戦に対する君の意見を聞かせてくれないかな?自由に述べて構わんぞ』


うわ、なんか滅茶苦茶見られてるな。これは一発ギャグかますだけじゃダメそうだ
このまま原作通りのシトレ考案の並行追撃と無人艦突撃の二段構えで行けば
敵の無差別砲撃で完勝から完敗の道へ一直線だからなぁ・・。
そこらへんをちょこっと言ってみれば、シトレのおっさんがなんかいい案考えるかな?



「えっと、司令官閣下の作戦は非常に有効かつ効果的な物だとは思います。
 ですが、敵がド低脳だった場合、無差別砲撃によって撃破される恐れがあるかと」


『ふむ、確かに敵も我々の新しい作戦によって、要塞陥落の危機に立たされれば
 なりふり構わずに要塞主砲を乱射しないとは言えんな。少し作戦案に修正が必要か・・
 二日後の会議で攻略作戦を決定する。修正案が出せる者は明日までに提出するように!』



やれやれ、とりあえず赤点は免れたかな?
まぁ、ヤン先輩様辺りが適当に負けない修正案を出してくれるだろう。
凡人のヘイン様はとりあえず明日のために昼寝をして英気を養うとしましょう

さて、とっとと自分の部屋に戻ってゴロゴロしようっと!



『ブジン大尉!』「あっはいっ!何でしょうか司令官閣下」

『君の発言は中々良いものだった。若いのによくリスクを見ている。血の気だけが多い
 青二才に見習わせたいぐらいだ。そうだな、君には並行追撃部隊に加わって貰おう。
 作戦参謀部では分からない前線の流れを学んで来るといい。君の成長に期待しているよ』


えっええ!?なんか肩ぽんってしながら軽くとんでもないこと言いいやがったぞ
あの親父俺に死んで来いって事か!!いつも作戦考える振りをしてるだけってのバレたのか??
 

■■

『アッテンボロー、どうやらブジン大尉はいたく校長に気に入られたみたいだ
 個別の課題を与えるなんてよほどのことだよ。これから扱使わされるだろうなぁ』
「アイツには丁度いいと思いますよ。刺激を与えてやら無いと
 直ぐに怠けるところは先輩とソックリですから。良い薬だと思いますよ」



さて、ヘインが前線でヤン先輩の出すだろう修正案で戦うか・・
なかなか愉快な事になってきたな。俺も今回は一つや二つ武勲を挙げておくとするか


一人だけ置いてきぼりというのは詰まらんからな。
せいぜい派手に暴れてやるとしましょうか





後日の作戦会議で決定された作戦は、ヤンの提出したものを基にした物であった。

並行追撃部隊を三個戦団に分け、敵主砲による迎撃を分散させると共に
最初に敵要塞砲射程に入る部隊を無人艦艇中心に編成し、よりリスクを低減させる方法を採った。


その作戦の実行のため、無人艦艇調達を担当することになる後方士官のキャゼルヌは
開戦直前から戦場さながらの激務に追われることとなるが
その優秀な事務処理能力を如何なく発揮し、見事作戦の前提条件を整えることに成功する。

後に、この功績が元でシトレの次席副官に抜擢されることとなるが
それは、もう少し先の話であった。




■第五次イゼルローン攻略作戦α■


いつものごとく、同盟軍を要塞主砲に引き込もうとする帝国軍の
艦隊行動は単純を極め、同盟軍の意図に全く気付いた要素は無かった。


その余りにも稚拙な帝国軍の対応に総司令官シトレは


『どうやら敵は難攻不落の要塞によって思考力を奪われてしまっているようだ』

と嘆息し、作戦の成功可能性の高さを喜ぶ心情以上に、呆れる気持ちの方が大きかった位である。


そんな司令官の思いを余所に、並行追撃部隊の一員として戦艦の副官待遇で
前線に立たされる破目になったヘインは、周りが哀れむほど終始ガクガクブルブルしていた。


もっとも、後世に書かれる彼の戦記には
『最前線を目前に控え、戦意高揚せしヘインは武者震いを抑えず
 上官、兵卒の注目を大いに受け、また彼らを驚嘆せしむるなり』

と記載され、真実とはことなる描写が事実として語り継がれることになる。



■■


おいおい、イゼルローンの射程内に入ってくなんて
グエン並に頭のねじが緩んでないと無理だぞ!!正直ちびるぞ?




『無人艦艇第一派、敵軍に突入!わが艦も並行追撃体制に移行します』



らめぇええええ、並行追撃らめぇええええ!!!
雷神のハンマーで撃たれちゃいますぅううう!!!!


『よし、乱戦状態に持ち込んだぞ!艦載機を出せ!!要塞相手の肉弾戦だ!!』



あぁああ、もう要塞の壁見えてる見えてますぅうう!!!
もう発射されちゃいます!!相手の通信も興奮してますぅううう
らめぇえぇえええ!!!!


『馬鹿な!!!この乱戦で要塞主砲発射だと???』
『第一戦団三割消失!!!衝撃波来ますっ!』



うおっ・・・、ぐっ・・いってぇえ!!4m位吹っ飛んだ・・のか?体中が痛いぞ・・・

『ソットー艦長!!しっかりしてください!!指揮をお願いします!』



あちゃー、ソットー・キーゼッツなんて名前だから
やばいかなとは思ってたけど、ほんとに気絶しちゃったよ
これは階級からいって俺が指揮をとらなきゃいかんのか?


『副官殿!指示をお願いします。艦長もあなたに指揮を任せると頷いています』


いや、頷いているってE・コクドー中尉、君が首動かしてるだけだろ
『アレ、ナンダカコエガオクレテルケド、ブジンタイイヨロシクネ』


ほんと君のネタ凄いし感心するけど、ちょっと殴って良いかな?
って、なんかやたら沢山ついているメータ-が赤くなってるけどやばいのか?


『サッキノショウゲキハデ、ビームチュウワシールドガゲンカイダヨ』


ほんとこいつは後で殴るにしても、なんとか逃げないとやばそうだ
他の味方も無差別砲撃で恐慌状態だしな。
唯一の救いは有人艦の突入数が原作より少ないせいか、
混乱がそれほど大きくないってことぐらいかな?


こうなったらヤンのパクリとアッテンボローパクリでいこう!
回線を繋げろ!!俺が指揮する!!


『テステス、あーあー、私はヘイン大尉だ!艦長が負傷されたので私が指揮を引き継ぐ
 落ち着いて私の命令に従って欲しい。わが軍は今負けつつあるが、全滅したわけではない
 私の言うとおりにしてくれれば必ず逃げて国に帰れる!では指示を出すので聞いて欲しい
 装甲が厚い無事な戦艦の陰から反撃しつつ、身を守りながら後退してくれ
 わざわざ装甲の万全で元気な敵艦とやりあう必要はないぞ!では各員の善処を期待する!』


ふひー、とりあえずヤンとかアッテンボローの真似してみたけど
何とか為るかは神頼みだな・・・とりあえずイゼルローンに
『撃つな撃つな』って念を送る位しかできんなぁ




ヘインが怪しげな念を要塞に向けて送り続ける中
ヘインの指示を聞いた多数の戦艦は、それを忠実に守りながら
各艦が連携をとり効率的な防御陣を敷きながら撤退していた。



なぜ、周りの艦がヘインの指示に従ったのか?


これは要塞主砲の第一射によって第一戦団の旗艦が消失したため
指揮権がキーゼッツ大佐に移り、その直後に気絶してしまうという偶然が重なり
一時的にヘインが戦団の指揮を預かるような立場になってしまったためだ

もちろんヘイン以上の階級の艦長が何ダ-ス単位かでいたのだが
有効な撤退案など無敵の要塞主砲に対して存在しないので
素直に王道とも言えるヘインの撤退指示に従うことになったのだ。


こうした、様々な要因から旗艦消失後から撤退完了まで
指揮系統の混乱が見られなかったへインの属する第一戦団は
他の2戦団と比べて犠牲者を最小限に抑えて戦場を離脱する事に成功する。


もちろん、その成功の影にはシトレ大将率いる本隊の効果的な援護があったが・・・




■戦後のコーヒー■


攻略作戦に若干の修正を加えたせいか、同盟軍の犠牲はそれほど大きくはなかったが
要塞の攻略に失敗したと言う点では、敗北という結果に変わりは無い。


だが、シトレ大将によって考案された今回の要塞攻略作戦は
画期的なものであり、イゼルローンの厚化粧を僅かな犠牲でもって一部を剥いだ点が
大いに評価されることとなり、作戦終了後に少しの間を置いて彼は元帥に昇進した。


同様にこの作戦の成果に大いに貢献したヤンも一つ階級を進め
決意通り一つ二つ武勲を立てたアッテンボローと揃って昇進していた。


そして、作戦修正の契機を生み出すに止まらず、
要塞主砲に晒された絶望的な状況から多くの兵士を生還させたヘインは
帰国後に少佐に、その8日後に中佐の辞令を受け取ると言う破格の昇進を遂げることになる


本人が望んでいるかどうかは別にして、
以後、へインはヤンとならぶ若手のホープとして注目されていく事になる。


■■


やれやれ、なんとか逃げ延びることが出来たな。
帰ったら安全な後方勤務への異動願いを出そう!



『よう、不死身のヘイン!死に損なったみたいだな?』



うるせー、こっちは冗談に付き合う気力はないぞ・・・
ほんとあと少しで要塞砲喰らって蒸発させられる所だったんだぞ!



『お疲れ様、残念ながら紅茶は無いけど、コーヒーを奢るよ』

あ。先輩ゴチです♪まずいコーヒーでも
タダだと美味しく感じるから不思議ですよね?


『あぁそうだね、出来ることなら代価を払いたくないのは帝国も同盟も同じだからね』
『先輩なら代価を払わずにイゼルローン要塞を手に入れますよ』


『全くの代価なしでは難しいかもしれないが、
 極力少なくすることは出来るかもしれないね』


「外からじゃなく中からって奴ですよね?」
『!!!』『!?』


あれ?なんかへんなボタン押しちゃったかな?
なんか凄い誤解と危ない道への招待状を手に入れちゃった気がする





幾度と無く戦いの舞台となるイゼルローンに、
はじめて訪れたヘインは名声を得たが、残念ながら勝利を掴むことは出来なかった。
そのうえ、規格外の先輩や同窓から多いな誤解も受ける事になってしまうのだが

それが、今後どのような帰結を迎えることになるのか
その答えを見るには今しばらく時間がかかりそうであった。




 ・・・ヘイン・フォン・ブジン中佐・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~



[3855] 銀凡伝2(追跡篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:93292518
Date: 2010/02/17 22:02
追う者と追われし者は互いに名誉と生命を賭けて戦う
その終着点は、果たして栄光か挫折だけなのだろうか?


■無気力艦長ヘイン■

異例の昇進速度で中佐になったヘインは
新造の最新鋭高機動巡航艦の艦長に抜擢されることとなる。

ただ、最新鋭機のため性能テストのため試験航行が主任務であり
猛将と呼ばれるようなタイプの人間にとってはうんざりする様な立場であったが
ヘインのような無気力人間にはある意味最高のポジションだった。


■■


今日も明日もおいらは宇宙を漂うべ~
辺境星域は~トラブルないし平和だな~♪


『艦長、下手な歌を歌ってないで指示を出してください』


おぉ、悪いねラオ大尉!ひまで暇で楽しくてついね!
じゃ、適当に今日もぶらぶら航行してくれればいいよ
あ、ちゃんと運行データは保存しなきゃダメだぞ!


『艦長、航行データは自動記録ですから指示は必要ありませんよ』

あれ?そうだったかな。まぁ、どっちでもいいけどね!
とりあえず俺は昼寝するから、起こした奴は銃殺刑だから注意するように!


■アクシデントは突然に!■


『フェザーン方面哨戒部隊より入電!哨戒任務中の駆逐艦が原因不明の爆発
 宇宙海賊等の襲撃による可能性あり、付近の艦艇には注意されたしとのこと』


ヘインのお気楽な艦長生活は唐突に終わりを迎える。
辺境星域には珍しくない宇宙海賊の手による物とおもわれる
同盟軍艦艇襲撃事件が発生したのである。


■■


『中佐、いかがなさいます?現場へ急行して、事件の解明にあたりますか?』


いや、止めておこう。我々の主任務はあくまでも艦の航行性能テストである。
あえて危険なフェザーン方面へ針路を取る必要はない

航路をイゼルローン方面に定め転進してくれ
別宙域での航行テストに変更する。左舷回頭!!主任務を優先せよ!!


やれやれ、宇宙海賊のいる危険な場所なんて誰がいくか
せっかく楽で安全な任務に就いてるんだ。それを最大限に生かして
まったり、過ごさないと罰が当たるぜ!



■逃亡者■


『ミューゼル艦長、なんとか指向性ゼッフル粒子発生装置のお陰で
 同盟の追撃を振り切れておりますが、予断を許さない状況にあります』

「あぁ、往路より復路の方がやはり困難のようだ。それに気に為ることが一つある」

『やはり、艦長も気になさっておいででしたか・・・
 実は小官もあの巡航艦の動きがどうにも不可解でして』


キルヒアイスだけでなく、ワーレン副長も気づいていたようだな
最初の同盟艦艇撃破時に、我々の索敵範囲ギリギリにいたあの巡航艦・・・

あの艦だけ現場周辺宙域に近づくどころか、
まるで逃げるように離れていき索敵範囲から消えていった。
もしも、我々の正体と意図をあの時点で察知し、先回りをしていたら・・


『たしかに、あの艦の動きは不可解でありましたが、
 我々の意図をあの時点で察知していたのなら・・・』
「他の艦と連携して、もっと早く追撃していたはず・・か?」


たしかに、副長の言は正しい。だが、俺と同じようにその艦長の周りが
無能者揃いで協力が得られない状況だったのなら

たぶん単艦で我々を阻止するため、もっとも疲弊した所を狙ってくるだろう。
同盟にそれほどの男がいるとは余り考えたくは無いが


■■


ヘインがテスト航行していた付近に現れたのは、
開発途上の指向性ゼッフル粒子発生装置を強奪し、
同盟への亡命を目論んでいたヘルクスハイマー伯爵の追跡捕縛任務を帯びた
若き日のラインハルトとキルヒアイスの乗る巡航艦であった。


彼等は試作機の奪還にはあっさりと成功するも
その際の戦闘の余波で同盟領内への侵入が発覚してしまい
厳しい追撃を受けながら、なんとかフェザーン方面から
イゼルローン回廊へ帰還しなければならなくなっていた。

また、奪還時にヘルクスハイマー伯爵が事故死したため
試作機のアクセスコードが分からず、装置を拿捕船から移設できずにいたのだが

伯爵の一人娘にキルヒアイス等が真摯に対応した結果
同盟への亡命を条件に彼女からアクセスコードを聞きだす事に成功し
装置を移設が可能となった結果、船足の遅い拿捕船と別れを告げることになる。


後はイゼルローンをこのまま目指すだけで任務は成功である・・・


■追跡者■


いや、まさかあの襲撃が、金髪の潜入作戦によるものだとは思わなかったな。
下手に他の艦と一緒になって調査したり、追撃してたら・・・・

ゼッフル粒子で金髪に丸焼きにされていたかも知れん
いや、適当なこと言って逃げといてよかった。ほんと良かった


『後方に未確認艦発見!!帝国軍の巡航艦です。おそらく統合作戦本部から
 各宙域警備隊に拿捕若しくは破壊するよう命令されている新兵器搭載艦かと』

『まさか、中佐は最初の時点で宇宙海賊ではなく、帝国軍の仕業であると読まれ
 イゼルローン方面へ転進し、侵入者に対して先回りをしていたというのですか?』


なんか、ラオ大尉以下、艦橋のメンバーに凄く熱い目で見つめられてる
これはホントに宇宙海賊にビビッテ逃げただけなんていえないぞ

よし!とりあえず、適当に分かった振りして知ったかだ!


「まぁ、だれもあの時点では信じないだろうとおもって、皆まで言わず動いたが
 あたっちゃったなぁ・・出来れば外れてくれると、此方としては楽でよかったんだが」





『主砲発射!相手は傷塗れの巡航艦と民間船だ!ブジン艦長の敵ではないぞ!』

威勢のいい砲術士官の一声と共に、ヘインの乗る巡航艦が猛然とラインハルト達に襲いかかり、
幾多の窮地を乗越え、イゼルローン回廊の入り口まで後一歩に迫った帝国の未来の英雄達に最大の危機が訪れる。


■■


『艦長、まずいですぞ!試作機の移設は終わりましたが、後ろの追っ手に加えて
 先回りした新手の巡航艦の相手は、満身創痍の我々には荷が勝ちすぎますぞ!』

「副長の言は最もだが、諦めるという訳にも行かぬ
 先ずは、眼前の強敵相手に知恵を絞るとしようか」


やはり、あの艦が現れたか・・・、単艦で先を見越して我々の目的地に待ち伏せるとは
随分とやる男が同盟にも居るものだ。運命の女神というものは中々、楽をさせてはくれぬようだ。





拿捕した民間船に乗り込みヘルクスハイマーの娘マルガリータの
後見人として同盟への亡命を決意したベンドリング少佐は

先を行く巡航艦に乗るラインハルト達以上に焦っていた。

それもそのはずである。亡命しようとしている先の同盟軍によって
撃墜の危機に晒されているにも拘らず、マルガリータが

『ジークフリードを見捨ててにげることなどできぬ』と喚いて

ラインハルト等が乗る巡航艦から離れるうことを承知せず、
今も激しい砲火に晒され続けているのだから


「通信機器の修理は終わっているか?すぐに亡命を望んでいると
 あの同盟艦に通信を送ってくれ!敵に有らず砲撃を停止されたしと」



■愚者の決断■


『艦長、前方の民間船より通信です。亡命を求めているようです
 一旦攻撃および追撃を停止して、収容と保護を優先致しますか?』


「はぁ?何いってんだよ!敵艦の前でちょろちょろしてこっちを邪魔してるくせに
 攻撃をやめて保護しろだって!ふざけんな、後で保護するからどけって伝えろ!」


まったく、金髪の野郎をぶっ殺すチャンスが、
偶然にも、ほんと~に偶然にも舞い込んで来たんだ!
逃すわけにはいかない。ここであいつをやれば、同盟は概ね安泰だ

とりあえず、こっちがやばくならないまでは追撃を止めない!



『民間船より入電、我々の攻撃によって艦のコントロールが不可能であり
 さらに動力にも異常があり数時間以内に危機的状況になる可能性もあると』

なんだ?いやがらせか?主役は後ろの百太○なみの守護霊でもついてるのか!!


「かまうな!亡命要求は敵の罠かもしれない。いや罠だ!攻撃を続行しろ」


そうだ、いまは金髪赤髪打倒を優先するのが先決だ
ここであいつらが居なくなれば、先の戦いで死ぬ確率が間違いなく減る
亡命軍人には悪いが、こっちの保身を優先だ!ヘイン・フォン・ブジン容赦はせん!


『さらに民間船より入電、当艦には10歳の少女あり、
 せめてその子だけには慈悲を賜りたいと懇願しています』




ヘインの初めての副長を務めたラオは後に
亡命船の保護を受容れた際のヘインの様子を
『まさに断腸の決断かくあるものか』と同僚に語り、

同盟領に侵入した帝国艦を見逃す決断に
大きな葛藤が上官の胸にあったことを証言している。

また、ヘインがラインハルトに対して送りつけた通信文について
言及するような野暮な真似はしなかった・・・

ちなみにその内容は余りにふざけた物であったため
ただの捨て台詞や挑発の類であると思われていたが
後にヘインの恐るべき先見性の発露であったと言われるようになる


「今回のは貸しだからな!お前がもしも皇帝になったら
 金銀財宝・美女3ダ-スに高額年金付きで返してくれよ」



■それぞれの帰路■


『相手の艦長はなかなか奇抜な方のようですね。返信なさいますか?』
「いや、先方もそんな者は期待して無いだろう。構わん、放っておいてくれ」

ヘイン・フォン・ブジン中佐か・・・敵にもっと高みに登れとはなかなかの大言を吐く奴だ
だが、出来る奴だったな。次に相まみえるときには


        
        お互い一個艦隊位は率いていたいものだ。




ヘインと初めての邂逅を期せずして果たしたラインハルト一行は
その名をしっかりと脳細胞に焼き付けながら、イゼルローン要塞に無事帰還する。

この危機を乗越えた彼は、更なる栄達を果たしていく事になるが、
その道は必ずしも平坦ではなく、まだまだ先が見えないものであった。

一方、大魚を逃がす形になったヘインは帰国後、今回の一連の行動によって、
軍人としての声望だけでなく、騎士道精神の体現者としての名声を得ることになる。

相手の意図を一人察知し、絶好の好機を得たにもかかわらず、
悪の帝国から亡命してきた可憐な少女を守ることを優先し、
自らの武勲を捨てる好人物として人気を博すこととなったのだ。

もっとも、当の本人はそんな名声を得た喜びよりも、
金髪赤髪という大魚を逃したことを惜しみ、残念に思っていたが・・・


■■


はぁ。やっぱり撃沈しとけばよかったなぁ。
まったく、ベンドリング少佐も人が悪いぜ。
『今にも舵も効かないですしぃ~艦が爆発しそうですぅ~』
なんて出鱈目言うなんて汚いよ!!

『ちょっと、中佐!小官はそんな気持ち悪い言い方はしてませんよ!』
『そうじゃ、この者は少々気が利かぬそうではあるが、悪い男ではない
 妾が全て考えて無理やり押し通したのじゃ、責めるなら妾を責めるが良い』


はいはい、分かりましたよ。俺はお子様を責めるほど悪人じゃないんでね。
クマの縫いぐるみも取り上げないし、財産も強奪せずに、
ハイネセンまでちゃんとお姫様をお送りしますよ。

『それは、ほんとうか?その方はマヌケそうではあるが良いやつじゃな!
 そうじゃ、この恩に報いねば為らんな。そちに合いそうな良い女子を
 妾は一人知っておる。少々、元気が良すぎるが気立てのよい女子じゃ
 機会があればそちに紹介して進ぜよう。遠距離なのが多少ネックじゃが』


いや、それはいいわ・・。なんかいや~な予感がするんで遠慮しとくよ。

『なんじゃ、遠慮などせずとも良いのに・・まぁ、そちがそれで良いと言うなら良いが』



■休暇の始まり■

試作巡航艦レダⅠの試験航行を無事終えた艦長へインは、
宇宙艦隊司令長官シドニー・シトレ元帥に召還され、長官室に足を運ぶ。

目的地の長官室前についたヘインは、入るか入るまいか扉の前でまごまごしていたが、
たまたま所用で部屋を空けていたシトレ元帥に苦笑い交じりに部屋に招き入れられる。


■■


『まったく、なにも説教をするために君を呼んだ訳ではないのだ
 堂々と扉をノックして部屋に入ればいいだろう。それとも、
 何か悪戯でもして怒られるような事でも有ったかね?ブジン中佐』

「いや、べつに無いですよ!いつもまじめ一直ヘインです!!
 一日一善、三食昼寝付きがモットーであります!元帥閣下!」



『まぁ、座りたまえ・・さっさと話を進めさせて貰おう。先ずは試験運行の方はご苦労だった
 試験航行だけでなく実戦データまで取れた点は、技術科学本部を大いに喜ばせている
 また、昨年から本年にかけて侵入した帝国軍艦を大いに苦しめ、亡命者を救出した行為は
 大いに賞賛すべき物であると国防委員会も大いに評価している。もちろん私も評価している』


なんか、おっさんの言い方が引っ掛かるな。なんかまずい事になるのか?
辺境星域にでも飛ばされるのか?まぁ、安全な後方地域だったら全然OKだけどね。


『評価はしているのだが、残念ながら直ぐに昇進というわけにはいかん
 軍部内でも人事についてバランスを取るべきだと言う意見も多くてな」
「いや、全然問題ないですよ!もう昇進なんてどうでもいいですから
 いっそのこと安全な後方勤務で一生書類の整理でもやらせてください」

『なるほど、君の希望は分かった。宇宙艦隊司令部付を命じる事にしよう
 人事部長の方には私から話を通しておこう。では下がってくれて構わん」




宇宙暦794年2月15日、巡航艦艦長の任を解かれたヘインは
昇進する事無く、宇宙艦隊司令部参謀本部第三作戦室第8分室長に任じられた。

もっとも分室長といってもヘインに退役寸前の老中尉の二人しかいない
いまにも閉鎖寸前のあっても無くてもいいような部署であった。

いまやヤンと共に若き英雄として扱われるヘインが、
このような左遷とも言える配置を受けた事に周りは最初首を傾げたが、
昇進前までの待機期間中の部署だと悟り、羨望や嫉妬の感情を向けるなど
立場に応じて、人それぞれの反応を示していた。


そんな人々の様々な思いに、部屋の主たるヘインは殆ど気付く事無く
頻繁に分室を訪れる大佐に昇進したヤンや、少佐に昇進したアッテンボローと
室内で昼寝をしたり、酒を飲んでつぶれるなど惰眠を貪っていた。

その時、老中尉は若い不良佐官を年長者らしく注意することもなく、
日当たりのいい窓際でゆっくりと舟を漕いでいた。

この分室は直ぐに居眠り分室と呼ばれるようになり、
良識家から眉をひそめられながら見られる事になるが、
当人達は全く気にする事無く、溜まり場を最大限に活用していた。





休暇を思う存分愉しむ凡人の安息はいつまで続くのか・・

それは帝国か同盟のどちらかが戦線を開き、
同盟軍司令部がヘインが前線におくるかどうかによって決まる。
期間の定めが無いとても不安定な休暇であった。


 ・・・ヘイン・フォン・ブジン中佐・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~



[3855] 銀凡伝2(引退篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:93292518
Date: 2010/02/17 22:53
平凡な人生に見えてもそこには様々なドラマがある。
長き歩みを必死にあるき終えた男の背は輝いていてみえた。

その去る姿を見て、残された者は更に歩みを進める決意をしていくことになる・・・



■連戦連戦連■


宇宙暦794年、この年同盟軍は何度か帝国軍と衝突し、
その度にヘインは様々な艦隊で参謀として分室勤務からかり出された。

ヴァンフリート星域会戦では、ボロディン中将の下で参謀の一員として前線に立つが、
特に目立った功績を立てることもなく、失敗を犯すこともなかったが、
ハイネセン帰還後の5月20日に、留め置かれていた大佐への昇進を果たす。


そして、続く第6次イゼルローン作戦が実行されると、
ヘインは頼んでもいないのにイゼルローンの英雄再びと言ううたい文句で、参戦させられることになる。

総司令官のロボス元帥に率いられた同盟軍の36900隻は、
やる気の無いヘインを加えて、再び難攻不落の要塞に無謀な戦を挑む。


■■


今回こそ総司令部の作戦参謀に相応しい安全地帯で戦闘をやり過ごすぜ!
絶対勝てないイゼルローン攻略作戦に誰が本気になるかってんだ!


『我等が同期の誇りブジン大佐殿は、いつもと変わらず弱気でありますな?』
『こらこらアッテンボロー、あんまりヘインをからかうんじゃない』

先輩、アッテンボロー!お互いたまらん作戦に参加するはめになりましたね。
俺としてはさっさと分室にもどって、中尉と仲良く昼ねをしたいんですが、


『そりゃいい、あそこで読書しながら息を抜くのは最高だからね』





駆逐艦エルム3号艦長であるアッテンボローと違って、
数多くいる参謀の一人であるに過ぎないヤンとヘインはお気楽な立場であった。
なにせ、何事も無ければ一番安全な総司令部に居られる身分だからだ。

その上、参謀長のグリーンヒル大将やロボスお気に入りのフォーク中佐と違って、
ぽっと出の若造大佐にはほとんど出番など与えられないのだから・・・



■第6次イゼルローン攻略戦α■


同盟軍は新進気鋭の俊英ホーランド中将が提案した要塞攻略作戦を採用する。
その内容は、先のシトレ元帥考案の作戦をべースにしたもので、
要塞主砲の射程ぎりぎりのラインに艦隊主力を囮として置きつつ、
敵艦隊をそのラインに誘い出している間に、回廊危険宙域ギリギリを迂回した
本命の別働隊によって要塞を直接攻撃するという作戦であった。

この作戦は、作戦参謀でない分艦隊司令官の提案であったため、
それほど司令部首脳には積極的に受け止められていなかったが、
ロボス秘蔵のフォーク中佐が似たような案を出したため、採用されることが決定された。



■士官学校カルテット■


『どうやら、ホーランド少将の作戦案が採用されたみたいですね』
『そうらしいなアッテンボロー、だが、その作戦の採用を決定付けたのは
 ロボス元帥お気に入りのフォーク中佐が似たような案を出したかららしい』

『へぇ~、あの一個下で主席だった奴がですか、陰気なやつだったが
 そうか、早くも中佐殿か・・ヘインお前もうかうかしていると抜かれるぞ』

うるせー、別に抜かれたってかまわねぇーよ・・・と言いたい所だが、
あいつの机に山ほどエロ本ぶち込んだのバレてないような?
陰湿な仕返しとかされたらヤバイな・・・


そうだ!いいことおもいついた!アッテンボローのした事にしよう!
『ちょっとまて!俺はあくまでも従犯で主犯はお前だろヘイン!』


『もうよさないか!まったく、お前さんら二人ともろくでもない学生だったようだな』

「いやいや、キャゼルヌ先輩!俺はほとんど無実です
アッテンボローに無理やり引き込まれただけですよ!」

『へっ、良く言うぜ!発禁図書の保有数・販売数ともにNO1の大悪党が』


『分かった分かった、お前さんたちの仲が良いことは充分過ぎる位にな
 所で二人とも自分の仕事はどうなっているんだ?油を売っていていいのか?』


「いや、作戦参謀って言っても俺はどうやらシトレ派認定されちゃったみたいで
 作戦参謀本部でヤン先輩となかよく冷や飯ぐらいもとい、お昼寝三昧ですよ♪」

『俺も、うちの艦の乗組員は勤勉でして、お飾りの艦長は暇なんですよ
 そこで、やはり暇そうな先輩の顔を見にコイツと一緒によった訳です』


『俺は暇なんかじゃないぞ。ヘインも知っているだろうがセレブレッゼ中将が
 行方不明になったせいで補給関係の仕事が一切合財回ってきたんだがらな』


「いやいや、先輩分かってますよ!俺等が三食食いっぱぐれることなく
 過ごせるのはキャゼルヌ大先輩様のお陰だって事はちゃんと分かってますよ」

『俺も俺も、ありがたくも食事にありつけるのはキャゼルヌ准将のお陰と
 毎度、三度の食事の前には感謝の気持ちを込めて手を合わさせております』

『やめてくれ、お前等二人そろって気持ち悪くなるような事を言うな』


■■


『俺が言っている暇そうな先輩はそちらに座っている
 ヘインと同じ非常勤参謀殿のほうなんですがね・・・』

『だ、そうだ。ヤン、それでどう思うD線上のワルツ作戦は?』
 
「ヤン先輩ネーミングセンスの方じゃないですよ」

『ヘイン先読みするなよ。まぁ、いい・・・悪くない、と思いますよ
 それより君は今回の作戦をどう思っているんだい?聞かせてくれないか』


えっ、俺の???なんかお三方とも凄く値踏みしてるような目で見てるが、
とりあえず、ぼかし目に正解っぽいのを原作からパクって言っておくかな?





急に話を振られたヘインはヤンの考えとほぼ同じよう答えを原作から抜き出して、
いらぬ評価を三者から期せずして得る事になる。

その上、そのまま戦略談議に移ってど壷に嵌りそうに為るが、
アッテンボローが艦に戻るために中座する事になり、
それに乗じてヘインも雲行きが少し怪しくなった席を離れる事に成功する。


後のヤンによるイゼルローン要塞攻略メンバーの構想に、
ヘインが加えられたのはこの時の会話が少なからず影響したかもしれない。
もっとも、その作戦が実行されるのは、もう少しばかり先の話ではあるが・・・



■ワルツの前に・・・■


宇宙暦794年10月から11月にかけて
イゼルローン回廊同盟側入り口において、同盟、帝国軍の双方が制宙権を手に入れるため、
小規模な陣取り合戦を繰り返していた。

これはあくまで前哨戦ではあったが、少しでも戦略・戦術の優位を得るため
双方の首脳部は並々ならぬ労力を無駄に割いていた。


ただ、そんな物質的・人的資源を無駄にする戦いの中でも輝くモノはいるもので、
その中で、一際多くの武勲を立てることになったのが、
少将に階位を進めたラインハルト・フォン・ミューゼル本人と彼に率いられた艦隊であった。

もっとも、その武勲に対する評価は帝国より、
敵対する同盟において正統な評価を下されることになったのは、皮肉な結果であると言う他は無い。


なかでもワーツ少将、キャボット少将率いる艦隊を立て続けに壊滅せしめたことは、
同盟軍首脳陣に看過できぬ事態と認識させることになり、

帝国の小癪な小艦隊への対策を立てるようにロボス元帥は総参謀長グリーンヒル大将に命令を下す。



■初めての共同作業■


『緒戦から現在に至るまで、わが軍に対して少なからぬ被害を与え続ける
 小艦隊が帝国軍に存在していることを諸君等も耳にしていると思う
 今回、総司令部としてその艦隊への対策を立てることが決定された
 必要な資料等を渡すので、近日中に二人で対策を協議し報告して欲しい』

『はぁ、了解しました』「了解しました」





さて、了解とかいったけど正直面倒でやるきなしだぜ。
まぁ、ヤン先輩に全部任せとけばオールOKだ!


『ヘイン、君も少しは考えるフリぐらいしてくれないか?』


「あ、すんませんねぇ~でも、ヤン先輩にはもう考えがあるんでしょう?
 だったら俺が今更なんか考えてもしょうがないし、労力の無駄ですよ」


『なんだか、私に腹を立てる人たちの気持ちが凄く分かった気がしてきたよ
 ヘイン、私の考えている現在の作戦をあてることが出来たら怠ける事を認めよう』


流石先輩!そうこなくっちゃ!!カンニングの達人ヘインは楽々解等だぜ。


■■


ふぅ、わが後輩ながら怖ろしい男だよ・・・
まるで鏡を見ているように私の考えを言い当てて見せるとは、

あのアッテンボローが、一目も二目も置くのも頷けるという物だ。


ここで鼻水を垂らして寝ている姿に騙されている他の同僚達は、
近い将来にその認識を大きく変える事になるだろう。

もしかしたら、私はリン・パオ、ユースフ・トパロウルや、
ブルース・アッシュビーに続く英雄の卵を後輩に持ったのかもしれない。





横で暢気に眠りこける後輩への評価を盛大に誤ったヤンであったが、
帝国の『小癪な艦隊』への対応策は丸一日で完璧に仕上げていた。

翌日、ヤンとヘインはグリーンヒル大将に作戦案を提出し、
その作戦案は採用が決定されるが、総司令官に提出する際、
作戦の発案者をグリンーヒル大将にしてほしいとヤンは総参謀長に述べ、自らの功を捨てるような発言で大将を困惑させる。

グリーンヒル大将はヤンとヘインの名を作戦の立案者として扱うのが、信賞必罰に則った軍としての筋ではないか?と問うも、
ヤンは自分より総参謀長の名前で出したほうが作戦を効果的に遂行できると主張し、
ヘインも自分は横で寝てただけで何もしていないから問題ないと主張したので、

結局、司令部総参謀長発案の作戦として実行されることとなる。

もっとも、ヤンの『兵力の出し惜しみをしないで』という部分だけ、残念ながら守られなったため、
彼らの立てた作戦はラインハルトを苦戦させるだけで仕留めるには至らなかった。

ヘインの方は数少ないラインハルトを打倒する機会だと途中で思い出したため、
作戦中、『撃って!!!撃って撃ちまくれぇええ!!』等々、
突然狂ったように怒号をあげはじめて『居眠りヘイン覚醒す!?』と
一部の諸将に誤解を与えた程度で、歴史を大きく違える道に動かすことは無かった。



■ワルツの終わりに■


結論から言えば、同盟軍の作戦は半ばまで成功していた。
危険宙域を乗越え要塞主砲と帝国軍艦隊の死角を突いたホーランド中将のミサイル砲艦部隊によって、
要塞の一壁を引き剥がす事には成功する。
だが、その意図を正確に読んでいたラインハルトによって粉砕されたのである。


最初、功に逸り出戦していた僚友を尻目に、要塞に篭っていたラインハルトと傘下の艦隊は
ホーランドの攻撃が始まるや否やというタイミングで出陣し、伏兵としてその側面をしたたかに叩き突破したのだ。

だが、その後の展開はすべてラインハルトの思い通りと言う訳には行かなかった。
ホーランドを突破して同盟主力に横撃を加えるに止まらず、
要塞主砲の射線を巧みに利用して戦線を限定し、同盟軍に異常に縦長な紡錘陣を強いて
自身の15倍の敵と互角異常の戦いをする事に成功するも、

ラインハルト一人に武勲を独占されてなるものかと、他の帝国軍将兵が敵の縦長に伸びた紡錘陣を分断せんと、雪崩をうって前進したため、
帝国軍は要塞主砲によって同盟軍を撃滅するという当初の作戦構想を自ら捨去ることになってしまったのだ。

また、同盟軍の方もお粗末なモノで、伏兵によるミサイル攻撃による要塞奇襲作戦が頓挫した時点で撤兵するべきであったのに、
殺到する帝国軍に予備兵力を叩きつけ、本隊の分断を防ぎつつ、
要塞主砲が封じられた状態での乱戦に活路を見出そうとしていた。


こうして、当初の構想を捨てた両軍首脳部の迷走によって、戦線は無秩序な混戦状態に陥ってしまう。


この一連の動きの中、ヤンは全予備兵力の投入をグリーンヒル大将に進言し、
ヘインは「頃合を見て逃げましょうよ」と甚だ不謹慎な進言をするのみで、

戦局を大きく決定付けるほどの行動を示すことは出来なかった。
新進気鋭とはいえ、二人はまだまだ『ただの大佐』に過ぎず、
作戦全体の成否を握る決定を下せる地位に、二人はまだ立つことが出来ていない。


二人が有効な手段を取り得ないまま過ごすうちに、戦闘は確実に終末へと向かっていく。


■■


『補給物資が無いだと!ああ、費えばそりゃなくなるだろうさ!
 ヘインだって分かることだ!それで、おれにどうしろっていうんだ?』


うひゃ~先輩荒れてるねぇ。でもそこの引用に俺の名前出すのは酷くない?


『なにが酷いだ!人が忙しい中、横で永延と昼寝なんかされた日には
 俺だって嫌味の一つでも言いたくなるさ。それでどうだい
 作戦参謀殿、俺たちを帝国軍殿は気前良く勝たせくれそうなのか?』


いや、無理だと思いますよ?できるならとっと逃げ出したい位ですから。

『私も同意見ですよ。敵に一人気の利いた指揮官がいたら
 みんな仲良く揃って、あの世で再会するしかありませんね』





深刻な状況にも関わらず、それについて話す三人は全く深刻そうではなかった。
一人は年長者らしく達観し、もう一人は歴史の傍観者のようであり、
最後の一人は、自分の死ぬ危険性が低い事を知っていたため平然としていた。


だが、彼等と違い最前線で殺し合いをする陸戦隊や空戦隊の面々は、
血生臭い戦いの日々暢気に過ごすわけには行かなかった。

彼等の傍には常に死と武勲が纏わりついているのだから・・・



■混戦は混迷を極める■


激しい砲火を帝国軍と交えながら、同盟軍は何とか混戦状態から抜け出して回廊の外縁部に艦隊を再集結させ、
帝国軍に対する迎撃態勢を整えることに成功する。

この作戦の成功はヤンの提案によるものであったが、
これはヤンとヘインに対し、好意的なグリンーヒル大将が作戦を採用したからである。
総司令官のロボス元帥が直接その提案を聞いていたら、その場で却下されていただろう。


こうして、配置の幸運にも助けられて整えられた迎撃態勢から、
再攻勢に移った同盟軍は、帝国軍を要塞主砲の前方に押し込む事に成功する。

また、その攻勢の中でもホーランド率いる小艦隊の戦果は目覚しく、
彼の戦術的才幹が非凡な物であると周囲の提督陣に印象付けていく。


一方、その攻勢によって大いに損害を被った帝国軍であったが、
効果的な防御迎撃に成功するものもいた。後に帝国の双璧と呼ばれる二人の准将や
黒猪に元撃墜王などの若手指揮官達である。


■リアル追いかけっこ■


「同盟軍の奴等とて、未来永劫この宙域で戦っている訳にはいかんのだ
 一軍を持って敵の退路を絶つか、そう見せかけるだけで充分であるのに
 なぜ、総司令部はそう動かぬのか、総司令部には無能者しかいないのか!」


なんら有効な対策を出すことが出来ず、多勢の同盟軍に押され続ける
自軍のだらしない有様に憤懣やるかたないラインハルとは上層部に自案を上申した。


その上申書を見たミュッケンペルガー元帥は、小賢しい奴だと激怒するも、
その提案の妥当性を認めない訳にもいかず、
自分でやるなら実行を許可すると、半ばなげやりかつ失敗するならしろといった悪意のある返答を返した。


こうして、ラインハルトと同盟軍との壮大な追いかけっこが始まる。
逃げ遅れた者や捕まった者に与えられるのが死という無情な鬼ごっこが・・




■■


良く考えたら、いまの状況ってちょっとやばいかも?
要塞主砲だったら後方の総旗艦とか関係なく消し飛ばされちゃうもんな。

ヤン先輩の案だけじゃ、ロボスの髭爺は中々首を横に振らないからな。
俺も一緒に原作案を丸パクリの撤退案をグリンーヒルに出しておこう。

ラインハルトが後方に回る前にはやく出さないとマズイ。
ヤン先輩にも一応声かけてグリーンヒルの旦那とこに一緒にいくかな?

そっちの方が効果的だよな。総参謀長はク-デタ-起こしちゃうけど、
先輩のことを珍しく買っている原作キャラだった筈だし、

しかし、使えるものはなんでも使う!使わんのは勿体無い!って、
なんかこっちの世界に来て俺って貧乏性になちゃったのかな?





結局、ヤンとヘインの撤退案はラインハルトの後方遮断霍乱作戦の実行前に採用されることは無かったが、
ラインハルトの策を予見したことで、両者の先見性について一定の評価が加えられると共に、
ロボスが計算する打算の方程式の解を、撤退に導くxの値を書き込む事には成功する。


もっとも、原作通りに事態は推移する事になり、
囮のラインハルトに同盟軍はまんまとかかり、我先にと追撃したため帝国本隊との距離を空けすぎてしまう。
そして、要塞主砲の餌食になって、全面壊走一歩手前の状態で撤退していくことになる。

それまでの間、ヤンとヘインは彼等らしからぬ熱意を持って、
小規模の囮部隊の追撃に固執するのでなく、帝国本隊を引連れつつ
要塞主砲射程外に離脱するべきと再三ロボスに上申していたのだが無駄に終わっている。


もっとも、熱意の根源は両者によって多きく異なっていたが、
一方は少しでも戦死者を減らしたいという思いで、
もう一方は、もしかしたら要塞主砲が原作と違ってあたるかもという
恐怖をもとにした保身第一からでた熱意であった。

結局、採用されなかったという点では、どちらも同じであったが・・・


■■


やれやれ、とりあえず生きてまた無駄飯ぐらいの生活に戻れるぜ!


『二人ともコーヒを飲まんのか?冷めてしまうだろう』

先輩ゴチです!

『ヘイン、私の分もあげるよ。ユリアンがおいしいお茶を煎れてくれるので
 軍隊のコーヒーがますます不味く感じられて、こまりますよ・・・』


うらやましいですね~ユリアン君はいい子だし、家事まで完璧!
ヤン先輩にははっきりいって勿体無いくらいですよ!


『お前もなかなか言うね。まぁ、否定はしないが・・』
『おいおい、否定しないじゃなくて、否定できないだろヤン?』

『そうですね』

あれ、何か元気ないですね?やっぱもう少し地位と権限があれば
戦死者が減らせたのにとかうじうじ悩んでるんですか?
しょうがないですよ。人間出来ないことは諦めて出来ることをやりゃいんですよ

さしあたり無事の帰還を祝って酒盛りといきましょう!
アッテンボローの奴が結構酒を隠し持って来てるみたいですから行きましょう


『なんだ、偶にはヘインも良い事を言うじゃないか、ヤン、済んだことは
 どうしようもないんだ。だったら生きのこった者の責任として、次に
 どうしていくかの方が重要だろう?お前さんだってそれは分かってるはずだ』

『そうですね・・すみません私の悪い癖が出たようです。それでは人類の友と
 一緒に待っていてくれる、かわいい後輩のところへ向かうとしましょうか』


そうそう、酒は人生の友!大いに飲んで愉しんでやりましょう!




6度目のイゼルローン攻略作戦はその目的を達成することなく終わりを迎えた。
同盟軍は帝国に倍する被害を被ったものの、要塞主砲の発射までは互角以上に戦ったことで、
戦術的な自尊心を多少なりとも満足させることには成功していた。

だが、その結果は所詮ただの慰めに過ぎぬもので、戦略上の変化を何らもたらす事は無かった。


■定年退職■

宇宙暦795年2月26日
宇宙艦隊司令部参謀本部第三作戦室第8分室長の唯一の部下である
分室次長の老中尉は70才の高齢を理由に退官することとなった。

なお、退役後は大尉格の年金と恩給が支給されることが決定される。
これは一兵卒から長きに渡って職務を果たした男に対する当然の措置であろう。


■■


『いや、ブジン大佐とはわずか1年と少々のお付き合いでしたが
 非常に楽しく過ごさせてもらいました。最後に良い思い出になりました』

こちらこそお世話になりましたサンダース中尉、退官後は思う存分昼寝を愉しんでください。
私もここで負けずに昼寝に励まさせてもらいますよ!あと鶏肉の食いすぎには注意してくださいよ。


『はっはっはっ・・中佐は大人物ですな!暇があれば他の悪たれどもをつれて
 我が家に遊びに来てください。自慢のチキン料理をタップリご馳走しますぞ』


カネール・サンダース中尉、長い間お疲れ様でした!!


■新人さんいらっしゃい~■


しかし、赴任からわずか1年ちょいで人員が半減かつ在籍者一名ってのは
ちょっと酷くないですかねキャゼルヌ先輩?


『何を言っているんだお前さんは?そういうのは一人前にデスクワークを
 こなしてから言う言葉だ。第一、働くどころかヤンやアッテンボローを
 部屋に連れ込んで怠け放題にやってたらしいな。減給されないだけマシだぞ』


アハハ・・いや未来の英雄同士、帝国打倒の策を日夜練っているだけですよ。
先輩ならお分かりでしょう?俺達の帝国打倒にかけるこの熱い思いを!!


『分かった分かった・・・一応、中尉の後任はこちらで手配してある
 794年度、士官学校次席卒業お前さんよりよほど優秀だ
 現在は、統合作戦本部情報分析課勤務だ。何か文句はあるか?』


文句なんてとんでもない!そんな優秀な人材なら全部仕事丸投げできるじゃないですか♪
ほんと、持つべきものは心優しき先輩ですね?

ブジン大佐!感激の極みであります!!!


『あぁ、分かった分かったから、とっとと出て行ってくれ
 お前さんがいると、今日終わる仕事も終わらなくなる』


いや、お仕事中すみませんでした~、では失礼いたします!

『やれやれ、騒がしい奴だ。まぁ、ヘインなら彼女を
 持て余すこと無く使いこなせるだろうし、よしとするか』





居眠り分室にあらたな仲間を迎える事になり、意気揚々のヘインであったが、
残念ながら、歴史は彼に休むという甘えを許してはくれない。

年が変わっても帝国と同盟の戦いは変わらず続いていくのだから・・・


 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大佐・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~



[3855] 銀凡伝2(邪気篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:9b984812
Date: 2010/02/20 17:43
       別れの次には新しい出会い

      出会いと別れを繰り返しながら

       人の繋がりは広がっていく


■初出勤■


同盟の高潔なる騎士、退きヘインに居眠りヘイン・・・
まだ二十台半ばでこれだけの異名を持ち、既に階級は大佐
中にはただの怠け者って誹謗を行う人もいるらしいけど、

先の第六次イゼルローン攻略作戦でも退きヘインの異名に
恥じない働きをしたのは紛れも無い事実。

更にその功で、准将への年内の昇進が内定しているとも囁かれている。
いったい、どんな人物のなのか・・・ちょっと想像出来ないわね。



ふぅ、だめね・・こんな所で怖気づいていたら、
あの人に追いつくとなんて夢のまた夢よ!まずは一歩を踏み出さないと




士官学校をでてまだまもないフレデリカは、得たいが知れないとして、
一種の畏怖を持って見られる男が支配する部屋の扉の前で、一歩を踏み出す決意を新たにしていた。

『英雄』と共に働くことが、士官学校を出て間もないひよっこにとって、
喜びより不安の方の感情が勝ってしまうのは致し方あるまい。


一方、キャゼルヌから新任として自分の部下に配属されるフレデリカのプロフィールを
後から受取ったヘインの感情は複雑なものとなる。

なんせ確定してはいないといえ、エル・ファシルの英雄に持っていかれることが
確実の妙齢の美人が来るのである!叶わぬ思いに悶々としなきゃいけないのか!

と理不尽な運命を呪いながらも、どうせダメならダメ元でなんかやるかと
碌でもない決意をもったりしながら、新任少尉の着任を待つことになる。



■第三作戦室第8分室■


「フレデリカ・グリーンヒル少尉です。第8分室勤務を拝命したので参りました」

『ほぅ・・まぁ、いいそこの席にかけてくれ』「失礼します」


すごい、蔵書が書棚から今にも溢れ出そう・・・、
この膨大な戦史や学術書が大佐からあふれ出る奇術の種のもとになっているのかしら?


『なにか珍しい本でもあったかね?』「いえ、失礼しました」

『いや、構わんよ。さて、私も挨拶をするとしようか、ヘイン・フォン・ブジン大佐
 この第8分室で日々、いかに多くの敵を効率的に殺せるか考えているつまらん男だ』



いま、自分の顔は青褪めているのだろう・・
まさか、いきなり軍の存在意義を痛烈に皮肉るような
自己紹介をされるとは予想することなどできるはずがない。
それでも、沈黙し続けるわけにはいかない。何か返答を返さないと・・・


『どうやら、驚かしてしまったようだね?顔色が悪いようだが大丈夫かね?
 心配しなくても良い、私は君と同じ側の人殺しだ。では、早速で悪いが
 ここに置いてある書類の処理をよろしく頼む。私は別の仕事があるのでね・・』

「了解しました・・ブジン大佐」


■■


私は軍隊に入ってこれほど緊張したことは今までに一度も無い・・
背中から汗の雫が何度落ちたことだろう?

鈍い銀縁のメガネでその鋭い眼光は隠されていたが、
もし、その視線を真正面から受けていたら・・・
そう思っただけで私の心も体も萎縮してしまって、
ほとんど大佐と会話をすることが出来なかった。


けれど、彼との会話で一つだけ分かったことがある。
私は赴任早々に試されているのだ。使える人間か、そうでないのか?と、

そう、効率的に敵を殺すのに役立つ人間かどうか、私を見極めようとしたのだ。


父は彼のことを見誤っている・・彼は温和で無欲な人間などではない。
彼は作業者だ。そう・・、誰よりも多くの敵を殺すことができる優秀な作業者。



■ヘイン博士■


とりあえず何キャラで行くか迷ったが、昨日再放送でやっていた
『羊達の饒舌』に出てきたいちゃった博士の真似をしてみた。

正直、後悔している。なんか少尉ビビリまくり、
『大佐、映画の見すぎですよ!』って感じでかわいく注意してくれると思ったのに、見事に予想が外れた。

無駄に高い伊達めがねとか買ったりして凝り過ぎたのがマズったか?
とりあえず、目下の問題はどこまで物真似を続けるかだよな・・・


『ブジン大佐、ご指示の通りに全て処理致しました!』

「ありがとう少尉、では君に次の仕事を与えよう
 こことそこに置いてある書類の処理をお願いするよ」


しっかし、優秀な部下ってのはいいねぇ・・全部仕事任せられる。
少尉が来てから、ここ二週間は判子押す以外何もやってないぜ!

そういや、ヤン先輩やアッテンボローの方は全く顔を見せないから
たぶん何だかんだで忙しくしてるんだろうな。


『ブジン大佐、一つ質問してもよろしいでしょうか?』
「少尉、望む答えが得られるとは限らぬが、それでも構わんかね?」


『構いません、では伺います。大佐は一体何をなさっているのですか?』


やっべ!ついにヤン先輩の残した本の裏に隠してエロ本とか漫画読んでたのバレたか?
いや、考える振りして寝てるのがバレたのか?

それとも単純にここに来る仕事を、実は全部彼女がやっているって事に気付かれた!?
落ち着けこんなピンチの時でも『レグター博士』ならうろたえないはずだ。

そう俺は知的で猟奇的な恐怖の『ヘイン博士』落ち着け落ち着け~


「何をか・・・根源的な質問であり、故に傲慢な問いかけとも言える
 少尉はまだ人の一面しか見ていないようだ。人にはいくつもの顔がある
 そして、その顔の数だけペルソナを被っている。私は何をしているかな?」


『すいません・・・出過ぎた質問をしました』
「いや、好奇心は人に進歩という革新をもたらすものだと私は思っているよ」


■■


なんとか凌いだか?とりあえず施設で中二病全開だった経験が生かせたようだ。
こんど仕事サボリがバレそうになったら『鎮まれ鎮まれ・・・うぬら!』とか言って
最終手段の邪○眼を発動させるしかもう手がないぞ。


くそ、こんなことなら最初からさわやかお兄さんキャラで行くんだった。
そうすれば今頃はこんな苦労するんじゃなくて、

『大佐~ちゃんと仕事してください~』「ゴメンゴメン♪」

なんてきゃっきゃ♪うふふな楽しいオフィスライフが満喫できたのに。


くそっ、これもアッテンボローやヤン先輩が全然来ないのもいけないんだぞ!
あいつ等が直ぐにでも来てくれれば、『何ふざけてんだよヘイン?』って感じで
訳の分からん演技から解放されたのに・・・・



           駄目だ俺・・早く何とかしないと・・・




身から出た錆、自業自得・・・へインは自らの軽挙によって
第三の目を開眼させるか、魔族の人格を発現させることになるのか、

事態は本人の予想を超えて悪い方向に推移していく。


■新米女性士官■


『ふんふん、それでそれで?どうなのよ!ちょっとは親しくなったんでしょ?』
「アンネリー、ちょっと落ちついてってば、ブジン大佐とはそんなんじゃないのよ」

『ふ~ん?やっぱフレデリカは愛しのエル・ファシルの英雄にゾッコンてわけね』
「はぁ・・・分かった。ブジン大佐の話をすれば満足なんでしょ」

『さっすが親友、わたしフレデリカのこと大好きよ♪』


ほんと、どうしてこんなお調子者と友達になったのだろう?
確かに悪い子じゃないし、士官学校も主席なだけあって優秀なのに、
ブジン大佐へのミーハー振りさえ酷くなければまだ良かったんだけど・・


『それで、愛しのヘイン様は今日も素敵に冷酷で知的だった?』
「ごめん、大佐が冷酷な作業者というのは間違いだったみたい
 大佐は軍人としての責務と道義的な問題の矛盾に気付いていて
 だから、自虐的にも皮肉とも取れるような発言をしたんだと思う」


『へぇ~、悩める智将って奴よね!もう最高♪惚れたわ
 フレデリカ一生のお願い!今度、ブジン大佐を紹介して』


やっぱり、こうなるのよね・・・能天気なアンネリーとブジン大佐じゃ
どうやっても接点が無さそうだし、上手くいかないと思うんだけど





よく恋は錯覚というが、誤解を基に生まれた一方的な片思いとは何なのだろうか?
フレデリカは、ヘインを冷酷無慈悲な男から、軍人という存在に対して葛藤する男と、
後年、ヤンが評されるようになる評価を、誤ってヘインに与えるようになっていた。


その上、士官学校の同期で自分より席次が一つ上、
つまり主席だった親友を気難しい上官に紹介するといった厄介ごとを抱えてしまう。

一方、親友に憧れの人をようやく紹介して貰えるようになったアンネリー・フォーク少尉は、
その喜び素直に飛び跳ねて表現し、そのあどけなさの残る顔と行動の幼さで、
士官学校生どころか、入学前の女学生にすら見えていた。


だが、彼女は先にも述べたようにフレデリカ・グリンーヒルを凌ぎ、
794年度仕官学校を主席で卒業した才媛であり、美人というかカワイ容貌の持ち主でもあった。
そのため、周りからの評判も嫉妬に狂う一部を除いて、陽気で良い奴と高評価で、同期や先輩後輩からのウケも上々である。

そんな非の打ち所の無い彼女の特筆すべき点の一つとして、
790年度主席卒のアンドリュー・フォーク中佐を実兄に持つことが挙げられる。
兄弟揃って士官学校主席卒という偉業を成し遂げたことは異例で、軍部内で彼らは有名人であった。


フレデリカの仲介を得て、ヘインのいる第八分室にちょくちょく顔を出す事になる彼女は、
激動の時代に相応しい数奇な運命を辿ることとなるのだが、

その帰結を見るには今しばらく時がかかりそうである。



■きんてきになくころに・・・■


結局、ヘインの下手糞な演技は暴れる腕を抑える必要が無いうちに
何とか終わりを迎えることができた。


ヘインとフレデリカの二人が分室で勤務しているところに、
駆逐艦での哨戒任務を終えたアッテンボローが訪問したのである。

彼は部屋に入るなり開口一番『お前何やってんだ?』と至極妥当な質問を投げ掛け、
下手な劇の幕をあっさりと降ろしてしまい、
ヘインの人となりは白日のもとに晒されることとなったのだ。

誤解というかヘインに思いっきり担がれていた形になるフレデリカの怒りは相当大きく、
軍事教練のマニュアル通りに悪戯者の股を蹴り上げ、玉無しになる恐怖を思う存分味あわせる。

ちなみに、彼女が主演した制裁劇は、思わず『お見事』とアッテンボローが言うほどの鮮やかさであったらしい。


また、この事実を親友から聞かされたアンネリーは、
『もう、お茶目なブジン大佐って最高♪絶対紹介してね!』と

その情けないヘインの姿とふざけた人間性を聞いても、
恋慕の情をますます募らせる発言をして、フレデリカをまたもや閉口させる事に成功していた。





ヘインがこうして無為に時間を過ごす中も
どんどん銀河の歴史のぺージはめくられていく。

宇宙暦795年、帝国暦486年2月に起きた第三次ティアマト会戦において、
第11艦隊を率いるホーランド中将が、ラインハルトによって撃破され、

同盟は未来の帝国領本土侵攻作戦の司令官たるを自負していた英雄を失うことになる。



 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大佐・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~



[3855] 銀凡伝2(友情篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:275ee42c
Date: 2010/02/20 18:27
やん
激動の時代が近づく中、凡人はただのその渦に巻き込まれないことを
ただひたすら祈っていた。そう・・・祈るだけであった。


■フレデリカの嘆息■


士官学校を主席、次席で卒業して将来を嘱望される二人は、

年相応の楽しみである『買物』や『お喋り』によって、
日々の仕事のストレスを晴らすなど、年相応の休日を楽しんでいた。

女性比率が大幅に高まっているものの、
まだまだ男社会の軍部において、優秀な女性士官のストレスは少なくないらしい。


■■


『フレデリカー!!こっちこっち~!』


はぁ、ちょっとは周りの視線とかのこと考えてくれないのかしら?
そんなにぴょンぴょん飛び跳ねて大声出さなくても、

あなたは充分過ぎるくらい人目につくのよ・・・




 女生徒A・・・
 フレデリカ、あんたなんでアンネリーなんかと一緒にいられるの?
 みんな言ってるわよ!兄に続いて主席間違いなしだから調子に乗ってるって
 
女生徒B
 あの女、アンタの事を引き立て役にしてるのよ!自分が一番ってことを
 みんなに見せ付けるために!あんなコの為に損してるなんて馬鹿みたい
 
女生徒C
 馬鹿女の振りして男に媚びうるどころか、教官に腰でも振って点数稼いでるんじゃない?
 ああいう、ちょっと顔が良くて出来が良く見えるのは、裏では何でもやってるのよ!
 


『ねぇねぇ、次はあそこのアイスクリーム屋さんよ!今日は倒れるまで食べるんだから!』
「はいはい、まずは口に付いてる生クリームを拭いてからね?」
『ん・・、ありがとう。フレデリカ♪」


士官学校時代に妬み・恨み・嫉み・僻みの感情を向けていた子たちも
こんな無邪気な笑顔を見る権利を捨てちゃうなんて・・・ほんと勿体無いわ。


『そうそう、また第八分室には遊びに行くから、よろしくね!』


あとはこれさえなければ、こんな良い子なのに、少しミーハーな所があるのが欠点なのよね。
あのふざけた人が、アンネリーに釣り合うとも思えないし、
まぁ、悪い人ではないし、ふだんは冴えないけど
やるときはやる人だろうとは頭では分かっているけど、やっぱり納得できない。


「なにもブジン大佐じゃなくても、素敵な人は他にいるでしょう?」
『そんなことないよ。多分、フレデリカの愛しのヤン准将と同じくらい
 魅力的な人よ。大丈夫、わたしフレデリカのことも大好きだから、ね?』


な、わたしのことが、その・・好きとかそういうことじゃなくて、
えっと、ただ友達としてあなたのことが心配だからその・・・


『うん、わかってる!心配してくれてありがとう』



■謝罪と和解■


きょう~も、おいらは地味な事務仕事~♪
コピーしてっ!判子押してっ!また明日~♪


『ふざけていないで座って、仕事をしてください大佐』


いや、すみません少尉・・・でも、なんかずっとデスクってのも飽きちゃうというか、
そうだ!!今日は適当に流してどっか飯でもパァーっと食いにいこう!


『賛成!今日はもうつまんない仕事なんか投げ出して遊びましょ~!』


だよね~、アンネリーもそう言ってる事だし!みんなで飯でも食いにいこうぜ。
そうだ、この前勲章と一緒に貰った金一封で奢っちゃうぜぇ~???


『結構です!アンネリーも仕事が終わったんだったら、こんな所で油売ってないで
 早く帰って頂戴、私と大佐はまだ処理しなきゃならない仕事が山ほど残ってるの』


フレデリカちゃん怖い~ヘイン泣いちゃう。
「かわいそうな大佐!アンネリーが慰めてあげる、私の胸に飛び込んできて~♪」


ああ、今いくぜ!アンネリー~!!『早く来て大佐ぁ~!!』

『分かりました。お二人とも部屋から直ぐに出ていってくださいますか?
 もう私が全部やりますからお好きなようになさって下さって構いません』


いや、えっと・・すみません少尉、調子に乗ってました。

あのさっきのグラフの見かたとかが、その・・良く分からなくて
ちょっとやる気がなくなったというか、

ごめんなさい・・・

『私も調子に乗りすぎてた・・・フレデリカ・・ごめんね?』


『はぁ、二人とも分かってくれたなら良いです。あとアンネリー
 出来るだけ早く終わらせるようにするけど、待っていてくれる?』

『あっ、わたしも手伝うわ!三人でやれば早く終わるしね♪』

よ~し!大佐も張り切っちゃうぞ~!
「じゃ、大佐はそれをコピーして綴じといて下さいね♪」


うん、何か最初から戦力外通告されてるっぽいけど、大佐負けない・・・



■■


「先輩、今日はキャゼルヌ先輩を誘う事にしましょう」

『あぁ、それは構わないがヘインを誘うためにここに来たんじゃないのかい?』


「いや~、若人が一生懸命に仕事に打ち込んでいるのを
 外野が邪魔するってのは、少々、無粋だと思いまして」

『まぁ、アッテンボローがそう言うなら私は構わないよ』


どうやら、ヘインも新しい部下と上手くやってるようだ。

まぁ、あれだけの美人二人にせっつかれれば、
いくらアイツでもちょっとは仕事する気になるか・・・
いや、結構結構♪ここは馬に蹴られない内に退散するとしましょう。





意外と友達甲斐のあるアッテンボローが気を利かせたため、
ヤンとフレデリカの再会はもう少し後に持ち越されることとなるが、


珍しく第八分室に大量に廻って来た仕事を、協力してこなした三人は、
仲良く食事に出掛けるくらいに親睦を深める事が出来た。


これ以後、毎日のようにアンネリーは第八分室に訪れるようになり、
『第八分室予備役』としての地歩を少しずつ固めていくことでヘインの外堀を埋めて行き、
彼を狙う多くの野獣たちに先んじることに成功してみせる。



■ブジン遊撃艦隊■


宇宙暦795年、帝国暦486年9月中旬、
ロボス元帥率いる四個艦隊、約36000隻はティアマト星域に集結していた。

同様にミュッケンべルガー率いる帝国軍も約36000隻の艦艇を動員し、
ラインハルト傘下の艦隊を含め、全ての艦隊がイゼルローン要塞に集結させ、
同盟軍の侵攻に対する備えに当たっていた。


この比較的大規模な軍事行動に、凡人へインは第10艦隊の遊撃小艦隊指揮官として参陣することとなる。

もっとも戦後の准将昇進が約束されてはいるものの、
一介の大佐に過ぎぬヘインに与えられた艦艇は、最新鋭の高速戦艦わずか300隻のみ。

この全軍の1%足らずに過ぎない遊撃艦隊の何割が、再びハイネセンの地を踏めるかは、
指揮官の運と才覚と原作知識次第であった。


■■


たしか、この戦いは同盟軍の負けだったよな?
左翼のラインハルトが敵前で側面丸見えの右舷回頭して、
ビックリした同盟軍は指をくわえて見てるだけ・・・

そんであれよあれよと始まった本隊同士の殴り合いに、
左翼から右翼へ移ったラインハルトが横槍をぶちこんで、

同盟軍は撤退・・・残念無念また来襲~・・・・・じゃねーよ!!!!


まずいじゃないか、俺みたいなモブキャラは英雄にやられましたで
人生終わっちゃうかもしれないだろ!

どうしよう、どうしよう・・・・


「ねぇ、どうしようラオ少佐!俺死にたくないよ!」
『大佐、急に変なこと言い出さないで下さい。小官だって死にたくありませんよ』


「そうだよね、少佐も死にたくないよね!それなら仕方がない撤退しよう!
 ウランフ提督に回線を繋いでくれ!ブジン遊撃艦隊は体調が悪いので撤退すると」

『一応回線はお繋ぎしますが、叱責されても知りませんよ?』


OKOK!怒られるぐらいで逃げていいなら幾らでも怒られちゃうぜ!


■■


『おう、ヘイン・フォン・ブジンか、英雄様が緊急回線を使って、何事だ?』


いや、ちょっとおなかが痛くなってきたので撤退して良いですかねなんて・・・

『撤退だと!?』

ちょっ、そんなに眉を吊り上げなくても・・・


『一度も砲火を交えないうちにか?それは少し臆病すぎんか?』


いや、その冗談です。ブジン大佐、頑張ります・・・


『おお、シトレ元帥の秘蔵子の実力をとくと見せてくれ!』




撤退願いを上申したヘインであったが、
その理由があまりにも酷い物であったため、
ジョークとしてしかウランフには受け止められなかっただけでなく、
前線に出して欲しいというパフォーマンスと勘違いされ、

ブジン遊撃艦隊は第10艦隊の最前列に配置される事になってしまう。

この意図せざる藪蛇なアピールが、
ヘインを再び望まぬ擬似英雄へと押し上げることになるとは、
会話を交わした両人も想像することすら出来なかった。



■あっちむいて右!■


惑星レグニツァの遭遇戦で緒戦の勝利を飾った黄金獅子は、
同盟軍との全面対決において、帝国軍の左翼全体を指揮する大役を得ていた。

最も、それは狡猾な罠によって仕組まれた物でもあったが、


「宇宙艦隊司令長官殿からの有難いご命令だ、艦隊を全速前進させろ!」


命令を受けたラインハルトは憮然というより、
半ば傲然とした体で総司令部の命令を守るべく、指令を傘下の艦隊に与えていく。


これに対し、左翼に前進する命令を与えた中央の本隊どころか、
右翼部隊も、それに呼応して前進する気配ですら見せることは無かった。

参謀長のメックリンガー准将は、総司令部に何か戦術的意図があるのか訝しがりながら、
このままでは、敵右翼と敵本隊による攻勢に自分達は晒され、二正面作戦を強いられると
至極真っ当な懸念をラインハルトに述べるのだが、

キルヒアイスから、味方の援護は期待できないだろうと告げられ、
敵ではなく味方によって危地におとしいれられている事実をラインハルトと門閥貴族の関係から推測し、全てを諒解する。


目障りな金髪の若き英雄を、叛徒の力を利用して排除しようとしている首脳部の企みを





「ひとつだが方法がある、無能な総司令官や側近の連中が
 我々の危地を安穏と見ていられなくなるような方法がな」


全てを悟って深刻な顔をする参謀長を余所に、
蒼氷色の瞳に閃光を走らせたラインハルトは、その全身からは覇気があふれ出させていた。
既に、彼の優れた頭脳の中で進むべきは道と方針は定まっている。この時点で、それを実行に移すだけったのだ。


「ミュッケンベルガーの浅はかな考えは読めた!奴は敵の力を利用して俺を排除し、
 その犠牲を基に勝利を得ようという魂胆だろう。だが、我々が奴の思う通りにしてやる
 義理はこちらには全く無い。奴がその気なら、こちらも相応の対処を取ることにしよう』


もはや司令長官に対する敬意を思考の枠外に放り出したラインハルトは、
自らの意図を種無しと垂らし、それにちょび髭と赤髪を加えた四人だけに話した。


これを聞いた四人の中から、その意図する策の危険と大きさに懸念の声も上がるが、
ただ座して、同盟との二正面攻勢に耐える道を選ぶか?と
ラインハルトに問い返され、全ての者はその策を受容れることになる。
どの道、唯々諾々と司令部の命令を聞いて討死の憂き目に遭うくらいなら、
目の前で溢れんばかりの覇気を撒き散らす指揮官にしたがった方が
マシであることを優秀な彼等は直ぐに理解したのだ。


こうして、突出した左翼部隊が右方向に向け敵前回頭し、
無防備に艦艇の側面を敵に晒しながら、敵の正面を横切るという前代未聞の行動が実行に移される。


そして、この暴挙を目撃するパエッタを始めとする同盟将官達は驚愕し、なんらかの罠を疑うだけで動かず、
ただ砲撃を加えるだけという最も簡単な答えに辿り着くことはできなかった。

ただ、無防備に正面を横切るラインハルト率いる艦隊を彼等は黙って見送っていく。


そう、ごくわずかな例外を除いて・・・・



■撃て、撃つな、撃て、撃て、撃て・・・・■


くそ、どいつもこいつもアホタレ~!!
ぼけっとしてないで撃て撃て撃て!!!ラインハルトをぶっ殺すチャンスだぞ!


『ですが、大佐なんらかの罠があるかもしれません』


あるか、ボケっ!!撃て撃て撃て!!!撃ち放題じゃ~!!!
ついでに全通信をひらいて見る阿呆になってないで撃ちまくれって伝えろ!!




同盟軍の大半が悠然と眼前を横切る敵を見送る中、
ヘイン率いる最前線の遊撃艦隊のみが猛然と砲火の口火を切る。


斉射三連の雨嵐のような砲撃を加え、敵を撃墜ないし大破させていく。
それでもヘインの気が狂ったような砲撃命令はやまなかった。

やがて、その興奮が遊撃艦隊全体に伝染し、
ブジン艦隊300隻は12000隻を超える敵艦隊に指揮官の意図せぬ突撃を猛然と開始する。


■■

おいおい、撃てば良いだけだって!!何勝手に突撃してるんだよ!?
ちょっと、みなさん落ち着いてください!!とりあえず戻ろう。な!?


『いてもうたれ!!!』『ぶっ殺し!』『ボォク!アァルバァイトォオオゥ!』


だめだ、最高にハイってやつになってやがる・・・
死ぬ、死ぬ死ぬ!!まわり全部金髪の艦隊の艦じゃねーか。



どうみても完全に囲まれています。本当にありがとうございました。






「敵にも智者がいたようだ。俺の意図を読み
 自戦力で出来うる限りの妨害をしてくれる!」

『はい、ラインハルト様。ですが、『小艦隊』で出来る最大限の妨害に過ぎません
 周りの者に理解されぬ、わずかな智者の力だけでは我々を阻むことは出来ません』


自らの策を易々と破ったと思われる小艦隊の司令官にラインハルトは激発しかけるが、
味方の援護を得られぬ敵に気を取られるべきではないとキルヒアイスに諭され、冷静さを取り戻す。


「ああ、おまえの言うとおりだキルヒアイス、あの艦隊の司令官は俺以上に
 自分の裁量の小ささと、味方の無能さに憤っているに違いないのだからな・・・」



小賢しくも自艦隊へ突入後、亀が甲羅に篭ったように動かなくなり、
同士討ちを誘発させるために止まり続ける嫌らしい敵であったが、

冷静さを取り戻したラインハルトは、その小艦隊の指揮官に奇妙な親近感を覚えることになる。
彼は自分の不遇と相手の不遇に、何か共通した物を見出したらしかった。

もっとも、その共感は全くの誤解から来るものではあったのだが、



■戦場の右端で保身を図・・・■


その後、龍の腹をゴキブリのようなしぶとさで駆けずり回った
ブジン遊撃艦隊はラインハルト艦隊が最右翼地点に抜け、
正面を向くため左方向へ回頭する中、ひたすら直進して死地を切り抜ける。


こうして、交戦域の遥か彼方へ抜けたブジン遊撃艦隊は、
驚くべき事に一隻も撃沈されることなく戦場を離脱する事に成功することになる。

これは、ラインハルト艦隊が右方向への移動を最優先しており、
たかだか300隻の小艦隊の突入に構っているわけにはいかなかった点が大きく影響していた。

ラインハルト率いる艦隊は、突入してきた無鉄砲な小勢を腹に抱えた後は同士討ちを避けるため、
艦隊の腹の中に居座るブジン艦隊を無視してひたすら進軍し続けたのである。

ラインハルトにとって最も重要だったのは左翼から最右翼へ移動することであり
たかだか300隻の加える攻撃や、それに対する追撃に注力する暇はなかったのだ。


こうして、ハイテンションに戦場を駆け抜けたブジン艦隊は
全く追撃も反撃もされること無くラインハルト艦隊を突破し、
自艦隊数の三倍以上の損害を敵に与えながら、戦場の遥か右端に離脱することが出来たのだ。





『ヘインの奴!やってくれましたね先輩』
「あぁ、大した奴だよヘインは・・・」


だが、残念な事に彼の成功に続く者は自由惑星同盟軍にはいなかったみたいだ。
もし、ヘインに一個艦隊、いやせめて3000隻程度の戦力を与えていたら、
この会戦は全く違う展開になっていただろう。


たぶん、ヘインにやられた『あの艦隊』の指揮官も同じように感じているのではないだろうか?


さて、私ももう一度、司令官殿のところに『お願い』に行くとしようかな。



普段の怠けぶりが嘘のような勤勉振りを後輩に見せられて、
ほんの少しだけ、埃を被った勤労意欲を刺激されたヤンは


頑迷な司令官への四度目の忠告を行うが、その成果は父親の考えの正しさを、
身をもって実感するに止まった。

魔術師の不遇は今しばらく続きそうであった。



■傍観者へイン■


左翼から右翼に転じたラインハルト艦隊と本隊によって、同盟軍を半包囲する形になった帝国軍ではあるが

両者の連携は薄く、逆に戦力の集中で勝る同盟軍によって分断され各個撃破される恐れもあった。
だが、同盟にもそのような弾力的な用兵を立案する余裕はなく、

結果、平凡な戦闘に両軍は終始して、乱戦の様相を色濃くしていく。


その乱戦のただ中で、組織的で効率的な攻勢と守勢を実現していた
唯一の艦隊がラインハルトの率いる艦隊であった。

つまり、この無秩序な戦闘の帰結を定める権利をラインハルトは得たのだ。


同盟軍にも、彼の艦隊と同じように完璧なまでに組織的に統率されている艦隊もあったのだが、
わずか300隻の小集団であり、戦場からも遠く離れていたため
この戦闘の結果に対する決定権を持つことは許されなかった。

もっとも、その艦隊の指揮官は、例え戦いの趨勢を決める決定権が有ったとしても
それを行使する事無く、現状の傍観者の地位を維持しようとしたであろうが・・


■■


『大佐、総司令部及びウランフ提督からも戦線への復帰を要請されていますが?』


おいおい、あの乱戦の中にたった300隻で突っ込めなんて
無理じゃボケ!!全艦艇待機、戦況に変化あるまで待機継続だ!

通信は敵艦隊の妨害によって傍受することは出来なかった。
よし!それでいこう。少佐、もう回線切っといてくれ!



■わが征くは星の大海の端っこ■


乱戦が激しさを増す中、同盟総司令部では一つの奇策が
グリンーヒル大将によって立案され、実行に移される。

前線の一部隊を抜き取り、帝国軍後方に迂回させて退路を絶つ様に見せかけ
敵を混乱させ、それに乗じて再攻勢をかけるという策であった。


その実行に当たって、戦闘中の戦線から一部隊を抜くという離れ技をロボス元帥は見事やってのけた。

その鮮やかな手腕は、ヤンを始めとする名将達を唸らせるに足る物であった。





突如として自軍の退路を断とうと現れた同盟部隊に、
帝国軍主力部隊は無様に慌てふためき、無秩序な後退を始め、

同盟軍の勇将ウランフによる攻勢の格好の餌食になっていた。


また、味方と違い一瞬で陽動である事を見抜いていたラインハルトであったが
ボロディン艦隊による執拗な旗艦に対する攻勢によって、前線指揮に慌しく追われて、敵の意図を挫くことは叶わなかった。


そんな混戦の中、陽動という目的を一応果たした同盟部隊は本隊への再合流を果たそうと図るが、
ほぼ同数の艦艇を率いるロイエンタールによる巧妙な側背追撃を受け、全滅の窮地に陥っていた。



■■


『大佐、これ以上の戦列復帰命令を無視する事は難しいのでは
 このままでは、帰国後軍法会議にかけられ、敵前逃亡の罪に・・・』


わかった、分かったよ!戦えばいいんだろ。
俺だって、もうそろそろ戦うかな~なんて思ってたんだって

嘘じゃないって!時期を見てたんだよ!戦機ってやつをね


『陽動部隊!敵艦隊による追撃を受けて壊走中、救援を求めています!』


よっしゃ、援護射撃で友軍を救う。ただし、あくまで援護射撃だ!
敵が、わが艦隊に注意を向けたら即後退しろ!直ぐ逃げるんだぞ!
絶対だからな!!!さっきみたいに勝手に突撃したら泣くからな!!!


■■


『側面より敵艦隊の攻撃です。一定の距離を保って接近はしてきません』


先刻の小艦隊か、やるではないか・・
自分に与えられた戦力では何が可能で、何が不可能かよく分かっている。

凡百の将では到底出来ぬ判断だ。あのお方に痛撃を与えるだけのことはあるな。


「新手の艦隊は無視しろ、追撃も充分だ。一旦陣形を再編する
 後退して、艦隊本隊と合流する!敵の攻勢に備えて油断するなよ」


まぁ、あの艦隊の指揮官が無謀な追撃をしてくるとは思わんが、
それにしても、俺がここまで警戒する相手が叛徒共の中にいるとは・・・





激しい攻勢に出ていた同盟軍であったが、
将兵の疲弊が限界に近づき、その砲火は確実に弱まり始めていた。


「頃合だなキルヒアイス」『はい、そろそろのようですね』


金髪と赤毛の天才が、そう言葉を交わし
彼等の指揮する艦隊が半包囲から一気に同盟軍の
中央を後背から突破する戦法へ切り替えると、神速を誇るミッターマイヤーなどは

瞬く間に艦列を再編し、敵どころか味方が追いつけぬほどの攻勢を同盟軍にかけた。


その勇戦振りに遅れを取るなとばかりにロイエンタール艦隊や
ラインハルト本隊も次々と同盟軍陣中に奥深くへと侵入して行き
完全に同盟軍を分断する事に成功する。

ラインハルト率いる艦隊による後背からの半包囲攻勢に耐え続けた同盟軍には、
もはやその攻撃を防ぐ余力は残っていなかった。





ウランフやボロディンといった同盟軍の艦隊指揮官達は
帝国本隊に対して賞賛に値する戦果をあげ続けていたが、

ラインハルトの攻勢による被害が主な原因としながら、その継戦能力を失いつつあった。


9月16日16時20分、ついに総司令官ロボス元帥は撤退を決意する。
この4時間後、帝国軍もまた帰還を決意する。ラインハルトの艦隊を除けば
帝国軍の損害は下手をすれば同盟軍以上のものであり、

撤退していく同盟軍を追撃する余力は残っていなかった。



■あらたなる誤解の幕開け■


第四次ティアマト会戦は、帝国軍の侵攻を防いだという意味では
同盟軍に軍配が上がるものの、損害の大きさから見てまず敗北といってよい結果であった。


だが、同盟軍の自尊心を少なからず満たすものがあった。
彼等を敗北に追いやった憎き艦隊に対し、40分の1以下の兵力で突撃し
率いる艦艇の三倍以上の損害を与えた。小艦隊の存在である。


また、その小艦隊は陽動作戦を終えて本隊と合流する途中に
敵の追撃を受けた部隊の窮地も救うという功績まで挙げていた。


その上、その一連の武勲を立てるにあたって
1隻の艦も失う事無く成し遂げたのである。


まさにティアマトの英雄と呼ばれるに相応しい偉業であった。


こうして、ティアマトの英雄という異名を新たに得たヘインは
帰国後、宇宙港で報道陣にもみくちゃにされ、

その後向かった統合作戦本部にて准将への昇進辞令を受取る





数奇な運命と偶然によって、将官に上り詰めた凡人
その身に釣り合わぬ地位が、どのような未来を描くのだろうか?

伝説の始まりを告げる鐘が、星の大海に鳴り響いていく・・・


・・・ヘイン・フォン・ブジン准将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~



[3855] 銀凡伝2(招待篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:275ee42c
Date: 2008/09/13 23:03

一部の天才によって運命を翻弄される多くの凡人達
だが、その多くの凡人の中には、一人ぐらい天才の運命を変えた者がいるかもしれない
もっとも、その偉業を成し遂げた凡人の大半は、それを意図してやった訳ではないだろうが・・・


■作られた英雄■


『ブジン准将、今回の会戦において准将率いる艦隊は
 40倍を越す敵を見事撃破なさいましたが、その秘訣は?』

「少なからぬ損害を与えたに過ぎません。秘訣と言われても
引き際を間違えずに、タイミングよく機動力を生かした位です」

『なるほど、ティアマトの英雄に取っては今回の偉業も造作無い事という訳ですね
 あと、今回は窮地に陥った味方を、迎撃の危険を顧みずに救っていますが、
 これは勝利以上に、友軍の無事こそが重要だと考える准将の信念に基づく行動でしょうか?』

「救える人がそこにいた。だから、救った・・ただそれだけです」


■■



『救える人がそこにいた。だから、救った・・ただそれだけです。
キリッって、ふふふっ・・・准将ったらもうカッコ付け過ぎですよ』


わっ笑うなよ・・・俺だってなぁ~もっとカコいい台詞が似合うキャラになりたかったさ
畜生、金髪とか赤髪とか垂らしとかは何言ってもカッコいいのに
やっぱ顔か?きりっと男前じゃないと何やってもだめなのか!!



『あ、でも准将のちょっと気が抜けた表情・・うん、わたしは好きかな
 なんかほっとする感じがして、いっしょにいると安心できますよ♪』



うん、ありがとうアンネリー慰めてくれて、
まぁ、自分で見てても恥ずかしい映像だが、これでも同盟軍で結婚したい男性NO1を
毎月ヤン先輩と争っているわけだから、もてていないわけではないはず!

ちょっと、ワイルドさや危険な香りがしないから
『タダ達でいましょうね?』ってなってるだけなんだ!

そもそも、自分で告白しときながら、『やっぱ友達でいましょうね』はないだろ!!



『そういう風に情けない姿を見せるから、幻滅されるんですよ』
『フレデリカ、そんな未も蓋も無い・・・・』


ちくしょう!!絶対かわいい子をゲットしてやる!!




『もぅ、私でいいのにな・・・』




最後のアンネリーの呟きに気付かなかったのか
ヘインはファンが増えても、モテモテうひゃうひゃのハーレムにならない
この世の無常さを、ただ悲嘆し続けていた。かなり本気で


だが、この確実に増えつづけるファンや信奉者の多さは
権力者にとって利用せずにいられないほどの物になっていた。

作られた英雄であっても、その力はけして小さくは無いのだから


そして、そんな虚構の英雄に運命の招待状が贈られてくる・・・



■ヨブたんリサイタル、来ない奴は憂国騎士団!■


『帝国の圧制による恐怖から、自由惑星同盟市民を守れるかは
 自由惑星同盟軍の肩に掛かっているといって過言ではない!』

『そうだ、そうだ!!』『同盟軍万歳!!! 』



なんか、場違いな場所にきちゃった?
まぁ、いいや♪ただ飯にただ酒が呑めるから無問題!



『だが、この唯一絶対の真理を理解せぬ愚かな平和主義者達は
 軟弱にも軍備の縮小などを唱え、翻って同盟を危機に晒している!』

『片腹痛し!!』『売国奴の唾棄すべき意見!!』



なんか、激しく興奮してるけどあのおっさん達血管切れないのか?
政治パーティってのはもっと待ったりしてるべきだよな

隣のご令嬢の乳をちょっと酔った振りして揉んだりしても
『いけないお人、ホホホッホ』みたいな感じがいいんじゃねーか

ぜんぜん予想してたイメージと違うぞ!どっかのアジ演説と同じじゃないかよ
まったく、これで飯と酒がまずかったらやってらんないぞ?


■■


ようやく、馬鹿演説が終わったみたいだな
あのまま続いてたら飯をタッパーに入れてとっとと帰ってたな。



『これはこれは、こんな所でティアマトの英雄に会えるとは
 私は運がいいらしい。せっかくの機会でもあるし、准将には
 必勝の戦術でも聞かせて貰いたいと思うのだが、構わないかね?』



げぇっ、トリューニヒト国防委員長!!
通りでパーティの参加者が軍国主義丸出しだったり、
KK○見たいな覆面被ってる奴が多いはずだ



『准将、どうかしたかね?是非とも英雄と呼ばれる君の識見を聞かせて貰いたいのだが』

「はっ!委員長閣下にお答えいたします。私にとって必勝の策とは
 まず敵の40倍の兵力を揃え、全力を持って撃滅する事であります!」

『はははは、いや准将はユーモアのセンスも悪くないようだね
 確かに敵にも君のような英雄が絶対にいないとは限らないな』

『全くですなw准将を超えるような逸材が帝国軍におるとは思えませんが
 もしいたとしたら、こちらも40倍の兵力を揃えないと敵いませんなぁ』





ヘインの適当な発言は今をときめく国防委員長閣下に追従する
リップサービスであると好意的に受取られるだけでなく
委員長に随行していたエンリケ・マルチノ・オッパイベロベロ・デ・アランテス・エ・ロリベイラ学長?にも
大いにウケ、そのまま三人で二次会、三次会と飲み明かすこととなった。

酔いのまわったヘインもだんだん調子に乗ってしまい
トリューニヒトの事を『議長』と未来の役職で読んでしまうなど
学長がベロベロしているあいだに全く意図せぬ媚を彼に売ってしまうことになる。


この出会いは一体、どのような流れを生み出すことになるのだろうか・・・



■強制連行■


二日酔いでグロッキーさんになったヘインは
アンネリーと共に中尉に昇進したばかりの、才気溢れる美しい部下から
冷たい視線を送りながら、事務的な態度でキャゼルヌ少将からの言付を伝えた。



『統合作戦本部長室に至急出頭されたし』と



ヘインはその伝言を聞くや否や、またとんでもない宿題を出されると予想し
半休届けを疾風怒涛の勢いで書上げ、室長の承認印を押し
提出BOXにマッハの勢いで投げ入れたのだが・・・



■■


『ヘイン諦めろ、キャゼルヌ先輩からは逃げられない・・・
 さっさとシトレ本部長の所まで行くぞ。なるようになるだろ』


アッテンボロー、いや、心の友よ!後生だから見逃してくれ
ヤン先輩も言ってただろう?あの校長はとんでもない宿題を平然と出す人だって

自慢じゃないが、俺は宿題をまともに提出したことが無い!
なぁ、分かるだろ?今回は見逃してくれよ!!



『分かったと言いたい所だが、今回はだめだな。というよりも無理だ
 シトレ本部長が是非にということで、お前を呼んでいるらしいからな
 ここで逃げれば、いくらティアマトの英雄でも命令違反で軍法会議行きだぜ』


チッ、分かったよ!いきゃー良いんだろ?行きゃーよぉ!!


『結構、では准将どのを本部長室までご案内~♪』



■第11四半個艦隊誕生■


同盟軍の最高司令官である最高評議会議長の下
軍令を担当する統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥は

アッテンボロー中佐に引き摺られるように部屋に入ってきたヘイン達をみると
少しだけ表情を緩ませ、席を勧めた。



『かけたまえ、‘ブジン司令官‘、アッテンボロー中佐』



かつて士官学校の校長として、ヤンなど多くの『風変わりな学生』を
指導してきた彼にとってヘイン達は、『かわいい悪たれ』であった。


遠慮なく即座に座った二人に対し、元帥は直ぐに本題に入った



『知らせたいことがあって来て貰った。正式な辞令交付は明日になるが
 君は今度、11艦隊司令官に就任する事になった。内定ではなく決定だ
 突然のことで驚いたかもしれんが、艦隊司令官への就任の理由は分かるかね?』

「連チャンで負けたからですか?あとさっきのは冗談って事にしときましょう」



ヘインの返答は初老の元帥をほころばせ、小さくない笑い声をあげさせた


『やれやれ、君は相も変わらず私を愉しましてくれる。その上、
 飄々としつつ辛辣な台詞を大したことでもないように言ってのける
私のところで作戦参謀をしていたときから、君はそういう男だったな』


その回答は元帥に、かつての第5次イゼルローン攻略作戦で見せたヘインの姿を
鮮明に思い出させるのに十分過ぎるインパクトを持っていた。



『そうそう、残念だが君の要望に私は応えることは出来ない
 不本意だとは思うが、今の同盟軍には作られた英雄が必要なのだ
 つまり、これは一種の軍人としての任務であるということだ
 それに、統合作戦本部だけでなく国防委員会もこの件について
 積極的に進めるべき、と言う意見も出されている。あきらめる事だ』

「あきらめろって!そもそも艦隊司令官は中将の仕事だろ!
 それをぺーぺーの准将にやれだなんて、おかしいですよ!」



あまりの急展開に脳みその回転と活動が追いつかないヘインは
元帥の言葉にあった国防委員会からの推薦というフレーズに気付くことはなく
ただ、滅茶苦茶な人事をやめてくれよと主張するだけであった。


『少し落ち着きたまえ、新艦隊の編成は通常のほぼ四分の一程度になる
 艦艇3500、兵員40万人というところだ。そして新設の第11四半個艦隊の
 最初の任務は、次に起こる会戦に独立指揮系統の遊撃隊として参加することだ
つまり、会戦の予備戦力として、君の裁量で艦隊を自由に動かすことも可能だ』



ヘインに示された内示は、普通に考えれば破格の待遇であるといって良い
軍部において絶対ともいえる指揮系統を、ある意味無視しても良い権利を
たかだか一准将に過ぎないヘインに与えると言うのだから

もちろん、この非常識な決定は堅実な戦略家として定評がある元帥ではなく
派手な英雄を求める国防委員会によるものであったが

国防委員長と微妙な関係にある元帥はあえてその事について触れなかったが
触れた所でヘインにとってはそんな事は関係なかった。



彼にとって重要だったのは『次の会戦に参加する』という部分であった


■■


はは・・はっはあっはははは・・次の、次の会戦ってアスターテじゃねーか
金髪にぼこられるの確実でかなりの確率で殺されるぞ!!



『どうした?さっさと第八分室、じゃなくて第11艦隊司令部室に戻るぞ
 いまのところ決まっているのは参謀長の俺だけだからな、さっさと
 艦隊司令部の陣容を固めて、初陣に備えて訓練をタップリさせないとな』


「はぁ、お前はいいよな楽しそうで・・・なんで俺がこんな目に遭うんだ
 一生第八分室室長として、平和なお茶のみ後方勤務がしたかったのに」


『まぁ、あきらめるんだな。運命の女神というものは
 嫌がる道に無理やり引きずり込むのが趣味らしいからな』



あぁ、そうだったなヤン先輩も歴史家を目指して軍人に
アッテンボローもブン屋を目指して軍人になってたな
それで俺は・・・って、そういや俺は何目指してたっけ?あはははは・・





ヘインが物凄く暗くなりそうな未来図を前にして逃避の妄想に浸り始める中、
新生第11艦隊の編成作業が待ったなしで始められていく



いつもの如く、ヘインはその作業を大して進めることはなく
ただ、第8分室から第11艦隊司令部室へと看板を代えた部屋で
真っ白になって手をだらりと下げながら、パイプイスに座っていた

そんな役立たずなヘインを尻目に、悪友の参謀長はなんだかんだと
ヘインに文句を言うものの、気に食わない奴の言うことを聞かずに
ケンカができるようになるため、嬉々としてその作業に没頭していく


これは、喧嘩とお祭り騒ぎの為の準備なら、寝る間も惜しむ
アッテンボローの本領が遺憾なく発揮された良い事例の一つであった





ヘインが新任の11四半個艦隊司令として就任したという情報は
発令と同時に、さざなみのように同盟軍内部に広がっていく

そして、その話題はしばしば高級将官用のクラブでも上げられることになる
もっとも、その際は、『オシメも取れぬヒヨっ子が』といった
否定的なものが大勢を占めていたが、


『大樹になるまえの苗木を低いと笑う愚を冒しているかもしれんぞ』と

その話題をウランフに振られた同盟軍の宿将は語り
馬鹿の一つ覚えのように否定的な意見を口ずさむ周りの将校を閉口させた。


その光景をウランフは静かな笑みを浮かべて眺めつつ、グラスを傾けていく・・・




  ・・・ヘイン・フォン・ブジン准将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

              ~END~



[3855] 銀凡伝2(先輩篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:975dd003
Date: 2008/09/28 01:31

第11艦隊、通常の一個艦隊の四分の一以下に過ぎぬ弱小艦隊は
新たなる戦いへ向け、ただ準備に勤しんでいた



■最高のスタッフゥー■


参謀長アッテンボローが選んだ艦隊首脳陣は、能力重視で選抜され
各分野におけるスペシャリストが集められていた。



【艦隊運用を担う副司令官キーゼッツ大佐】

航路担当士官あがりで何度か小艦隊を指揮した経験もあり、
艦隊の運用手腕には定評のある人物だが、度重なる戦傷によって
武勲を掴み損ねることが多く、将官への昇進を逃している不運な男でも有る
また、かつてはヘインの上官として戦場を共にした経験も有している。



【旗艦通信士官E・コクドー大尉】

優秀な通信士官でもあり、危機対応能力も非常に高い士官
芸達者なことでも知られているが、お人形遊びが趣味という
危ない一面を持った少し危険な香りがする男である。



【旗艦艦長ヴァイト少佐】

操船技術以上に気持ちの篭ったファイトで勇名を馳せる名艦長
査閲部から副業の嫌疑がかけられているが、決定的な証拠がなく
正式な処分等はされていない模様



■■


うん、『どうだ!』って感じでリスト出されても・・・
いや、確かにアッテンボローに丸投げしたけど


『なんだ、能力なら軍内部でも折り紙つきの優秀な奴等だぞ?
 確かに性格や趣向、経歴等に少々の問題はあるかもしれんが、
 急増の新設艦隊が集められるスタッフとしてはこれ以上の奴等はないぞ』


わかったよ・・どうせ俺みたいなぽっと出の若造の下に配属される奴は
なにかしら問題がある奴しかいないって言いたいんだろ?


『まぁ、そんな所だな。そうそう副官人事くらいはお前がやってくれよ
こればっかりは相性ってもんがあるし、勝手に決めるわけには如何からな』
 

あぁ、そうだな流石に全部やってもらったら悪いからな
といってももう候補は決まってるけどな

迷う事無くグリンヒール中尉で決まりだろう?


『あぁ、そりゃ駄目だ。言ってなかったか?中尉には艦隊後方士官として
 彼女には補給等を主に艦隊運営面を担当してもらう事になっているからな』



■お節介な親友■


『准将はこれでアンネリーを副官に選んでくれるでしょうか?』
「さて、どうなるかは半々って所だと俺は思うがね」
 

ヘインが部屋を出て行ったあとに程なくして現れたフレデリカは
もう一方の共犯者たるアッテンボローに首尾を確認していた。


『はぁ、准将ってそういう方面では物凄く鈍感そうな気がして
 なんだかとっても不安ですわ・・上手く行ってくれるといいのですが』
「その点の心配はないな。中尉はまだ付合いが短いから分からんかもしれんが
 鈍そうな外見に反して、アイツはどっちかって言うとそっち方面の勘は鋭い方だ
アンネリーが自分に好意を持っていることには、とっくに気付いているだろうよ」


フレデリカはヘインが自分にアンネリーから寄せられている好意に
全く気が付いてないのではないか?と危惧していたのだが

アッテンボローの見立ては彼女とは異なった。
そして、彼の見解の方が正しい答えであった

そう、ヘインは自分に寄せられる想いに気付いていたし、出来ることなら自分の方から
『スキすき大好き~!』ってルパンダイブをかましたい位であった

だが、アンネリーいい子だったのだが、兄上がまずかった・・・
さすがのヘインもフォークの妹である事を考えると
迂闊に虎穴に飛び込む気にはなれなかった。


お節介な親友達の手助けを得ても二人の関係は容易に行きそうには無かった




■副官人事■


う~ん、副官どうすっかな?フレデリカちゃんでいいやって思ってたからな
正直、だれにするか全く見当がつかないな

よし!こういうときはキャゼルヌ先輩に聞いてみよう!


■■


『それで、お前さんは自分の副官すら満足に選べず、他人任せにしようと
このどこからみても忙しい俺のところにノコノコとやってきた訳か?』


いや~キャゼルヌ先輩、その目の周りの隈スポーツ選手が
墨塗ってるみたいでなんかかっこいいですね、なんちゃって・・ハハッハハ・・

いや、俺ちょっと急用思い出したんで帰ります!!


『ヘイン』 はい!

『この士官リストを持って行け、多少の参考にはなるだろう』


流石キャゼルヌ先輩!!ちょっと惚れちゃいそうですよ


『わかったから、とっとといって決めてこい』


■■


『で、アッテンボロー、お前に頼まれたリストを渡したが
 一体なにが目的だ?お前が決めれば済んだ話じゃないのか?』

「いや、それじゃ意味が無いんですよ。今回の場合はアイツに選ばせないとね」


『やれやれ、なにを企んでいるかは知らんが、当然報酬の中には
 その目的や結果を教えるといった項目は入っているんだろうな?』

「ええ、勿論ですよキャゼルヌ先輩♪その報酬をお支払いする際には
 ウィスキーの秘蔵の逸品を何点かを併せて用意させて頂きますんで
 楽しみに待っていてください。もっとも少しばかり掛かりそうですが」

『構わん構わん。旨い酒といい結果を得るには、ゆっくりと熟成させる時間が要るからな』



とことんお節介なアッテンボローはヘインの行動を先読みして
キャゼルヌのところにも抜かりなく、仕込みをちゃんとしていた。

その意図的に作られたリストで、はずれを強制的に引かされ続けた
哀れなヘインは、統合作戦本部内をひたすら歩きまわさる破目になっていたが。


■■


なんだよ!このリストの奴らみんな異動不可で駄目な奴ばっかじゃないかよ
もうどんだけビル内部をぐるぐるまわったか分からなくなって来たぞ

まぁいい、この最後の戦略研究2課勤務の中尉に断られたら
キャゼルヌの野郎にドロップキックしに行こう。

コイツだけ写真も名前も載ってないところがあやしさ爆発だけど
ここまできたら一応コンプしてやろうじゃないか



『あれ、准将こんなところまでどうしたんですかー?』

アンネリーか、この疲れた俺にはその笑顔は眩しすぎるぜ!


『もう、何言ってるんですか。それで今日はどうしたんですか?』

いやちょっと人を探して戦略研究2課まで行こうと思ってね


『あ、そこわたしの所属じゃないですか!直ぐそこですからご案内しますよ』

悪いね。ついでにこのリストの人を副官に誘いに来たんで
ちょっと紹介してくれると助かるかな


『えっと、このぺージの人ですか・・・ふむふむ、えっ・・・♪♪・・・』

うん?どうかしたか?


『准将、嬉しいです・・本当に嬉しいです。わたし精一杯頑張ります
 まずは副官としてですけど、准将のことを立派に支えて見せます!!』


あれ、ええと・・あっまぁ、よろしくお願いします???





予期せぬ抱きつき攻撃で見事撃沈したヘインは目出度く
アンネリーを副官に向かえて艦隊人事をコンプした。


この小さな艦隊メンバー達と過ごした時間は
ヘインにとって忘れ難い大切な、大切な物となるが

このときの彼は、そんな未来図を描がかれるとは全く予想だにしていなかった



■始まりのアスターテ■


宇宙暦796年、帝国暦487年の初頭
ラインハルトに率いられた帝国軍2万隻が同盟領内に侵攻し

同盟軍は4万3500隻の艦艇をもってその迎撃に当たろうとしていた。


■■


スクリーンに映された星の大海に包まれた艦橋に足を踏み入れた
キルヒアイスは、自身の忠誠の対象たる金髪の青年の下まで歩み寄り声をかけた


『閣下、星を見ておいでですか?』

「キルヒアイスか、少しな・・ところで何か用件があるのか?」


問い返されたキルヒアイスは頷くと、現状で分かる敵の動きについて報告を行う

叛乱軍が三つに別れて進軍し、自軍を包囲殲滅しようとして動いている
戦況図を敵艦隊との距離や兵力等をディスプレイに表示しながら


「よく分かった。では、まず数が少なく最も近い艦隊から片付けるとしようか」



■死せる水■

帝国軍との戦闘を行うにあたって
第2、第4、第6艦隊に加えて動員が決定された第11艦隊の
各艦隊首脳陣は帝国軍に対する迎撃作戦を立案するため
超光速回線を利用した作戦会議を一応は行っていた

やはり階級差の影響も大きく、会議におけるヘインやヤンの発言の効果はなく、
原作通りのダゴンの再現を狙う包囲殲滅作戦が採られることになり
ヘイン率いる第11艦隊は原作で2番目に各個撃破される
第6艦隊の支援として行動を共にすることが決定されてしまう。

こうして原作通りにことは推移し、第四艦隊が敵の奇襲にあったとの報せが
作戦開始後程なく、残りの艦隊司令官のもとへと届くことになる


死への恐怖と絶望感でヘインの頭はもう沸騰しちゃいそうであった



■■


まずい、まずいぞ!このままじゃラップ先輩と一緒にムーアの野郎と仲良くあの世行きだ!
とにかく、ムーア中将をラップ先輩と一緒に説得しよう

それでその後どうすればいいかはラップ先輩とかに考えて貰おう
ラップなら、そうラップ先輩なら何とかしてくれる!

まず、ムーアの野郎の所にいって、ラップ先輩の力を借りよう。


「E・コクドー大尉、第六艦隊旗艦に回線を繋いでくれ
緊急事態に付き至急そちらにシャトルで行くと送ってくれ」





戦力の分散をとめる事が出来なかったヘインは
第六艦隊と仲良く心中することだけは避けようと、ヤンお墨付きのラップの将器に縋り
共同でムーア中将の説得に当たることを決意し、即実行に移したのだが

この決断は、より大きな絶望をヘインに与える事になる
そう第六艦隊ムーア中将は、中将は・・・半端なかったのだ



■■


『ウヒョヒョヒョヒョ・・若造がこのムーア様になんのようだ』


これは予想外です。なんかムーアの野郎が丸い球体に入ってうっ、浮いてます・・・

とっとりあえず話を進めようかな・・このさい細かいこと?は無視した方がいいよね
そうだ!まずはこの先生きのこることを最優先に考えるべきだ

では、『ラップ先生』後はお願いします!!


『現在我々は危機的状況にあります。兵力分散の愚を犯し、それを敵に見事に突かれました
この上は、速やかに第二艦隊と合流し、敵より多い兵力を急ぎ揃えることが先決と考えます』


『うひょひょひょひょ、そんなことはせずとも良い。貴様達はバうモス様に任された、
わしに従って行動しておればよいのだ!第四艦隊がやすやすと敗退などしておらぬわ』

『では閣下、小規模で小回りが利く第11艦隊を遊撃艦隊に戻し
その自由な裁量権と行動力によって不測の事態に当たらせるべきです』

『うるさいゴミどもめ!そこまで言うなら勝手に行動しろ
死せる水を飲まされたくなければ、とっとと出て行け!』



■さよなら、先輩・・・・■


「すみませんラップ先輩、なんか司令官との関係悪くしちゃって」
『なに気にするな。俺はお前の予測の方が正しいと思ったから
 進言をしただけだ。お前に頼まれなくても自分で行っていたろうよ』

「でも、敢えてムーアを怒らせて俺たちを第6艦隊から離れれるようにしてくれて・・
 そうだ、ラップ先輩も一緒に行きましょう!とりあえず数の多い第二艦隊方面へ・・」
『いいんだ・・へイン、お前達だけでもヤンのいる第二艦隊と合流して最悪の事態に備えてくれ
 それに、まだ第四艦隊がやられたと決まったわけじゃない。もしかしたら杞憂かもしれんさ』


なに言ってんだよこの人は、俺なんかより頭良くてすごくて
自分がどんなにやばい状況下分かってるはずなのに

ジェシカだってハイネセンで待ってるのに
なんで死ぬかもしれない場所に平気で留まっていられるんだよ!!
なに笑って、俺なんかに気なんか使ってるんですか・・・


『それに、参謀が司令官を見捨てて逃げたら、兵士はどうすればいい?
 兵士を、同僚を置いて俺だけがお前と一緒に行く訳にはいかないだろう?』

「先輩一緒に行きましょう、司令官だって勝手にしろって言ったじゃないですか!
 ジェシカだって、少しでも安全な所にいて欲しいって思ってますよ!!一緒に・・・」





再度、一緒に行こうと懇願する後輩に対し、ラップは首を縦に振る事無く
ただやさしく、それでいて力強く参謀たる者の役目を説いた

最悪の事態を少しでもよくするために、最後まで司令官の傍で
自らが最良と思う作戦を立案し続ける、それが参謀だ・・と

そうして、少しでも多くの兵士を故郷に帰す方法を考えるのが自分の仕事だと


ジャン・ロベール・ラップはあるがままに運命を受容れている
ヘインの目にはそう映り、更なる説得を断念して失意の内に旗艦へと戻った


後ろに回された彼の手の震えに気が付くことなく・・・・



■司令官のお仕事■


ムーアの説得だけでなく、ラップへの説得も不調に終わったため
ヘインはらしくない暗い表情で、艦橋の指揮シートに座り込んでいた


自らの保身と安全を考えるならばラップの勧めは渡りに船であるはずなのだが
同い年でもあり、士官学校在学時代からの友人ジェシカの婚約者でもあり
良き先輩であるラップのことを見捨てる決断がどうしても下せないでいた。

また、ラップを失ったジェシカが辿る道を知っているが故に
ヘインの後ろ髪をより強く引いていた

死にたくはないが、最悪の結末は見たくない
ただ、それを整合させる才能がヘインには決定的に欠けていた

そう、己の能力で先を読み変えることもできるヤンとは違うのだ


だが、罪悪感と希望的観測という最悪なトッピングが
ただ知っているだけの凡人に無謀な選択をさせようとしていた。


■■


そうだ、いいこと思いついた!とりあえず少しだけ第6艦隊から離れて
奇襲を仕掛けてきた帝国軍に、逆に伏兵攻撃してやればいいじゃん!


『ヘイン・・・』


そうだよなアッテンボロー、これで第六艦隊もラップ先輩も助かるぞ
よし、さっそくキーゼッツ大佐にいってこよう。忙しくなるぞ
あぁ、お前には逃げる振り作戦を頼もうかな?そうすりゃ更に助かる可能性が・・


『いい加減にしろ!!・・・お前は最初からこうなる事を予想していただろう
 第四艦隊はやられて、次の標的は第六艦隊と俺たち第11艦隊になったんだよ
 ラップ先輩にも言われたんだろ?ムーアの低脳が説得に応じなかった時点で
 一番数の多い最後に残った第二艦隊と合流するのが、最も勝算が高い方法だと』


 だけど、先輩を見捨てるなんて、それにジェシカも・・・
『そのためになら、他の犠牲者が増えても構わないのか?』



・・・・・・アッテンボロー、司令官なんて・・なるもんじゃないなぁ・・・


より勝算が高い方法を選び、より少ない犠牲で敵に勝利する
たしか、士官学校で習った良い司令官の条件だったよな

でもさ、その少ない犠牲に良い先輩がいて、その犠牲を悲しむ友人がいる場合もあるなんて
俺は習った記憶がないぞ?それとも居眠りしてる時に言ってたか?




「副司令官を呼んでくれ、第六艦隊撃破後の帝国軍の動きと
 第二艦隊の艦隊移動を計算して、最適な合流方法を立案させる」


         『了解しました。司令官閣下』






後背からの奇襲を受けた第六艦隊は壊滅的な打撃を受け
短時間の戦闘で約7割の艦艇を失い、戦闘不能状態に陥った。

その失われた艦艇リストには旗艦ペルガモンの名も刻まれていた。



■■


第六艦隊の無残ともいえる状況をスクリーンで見つめながら
ラインハルトは傘下の提督から戦況報告を受けていた

『敵艦隊はほぼ壊滅状態であり、戦闘不能とみて問題ありません』
「ご苦労メルカッツ大将、次は残りの敵の第三隊に向けて艦隊の針路を取る」


報告に対し、短く指令を出すと通信スクリーンを閉じた
ラインハルトの興味は既に倒した敵にはなく、

ここで倒すはずの消えた小艦隊に移っていた


『敵の第二隊から離脱した小艦隊の指揮官が分かりました。
 ヘイン・フォン・ブジン准将が約3500隻を率いているようです』

「潜入作戦時に俺を追い詰め、ティアマトで味な事をしてくれた・・あの男か」


面白くなってきたとラインハルトは感じていた
正直なところ、同盟の二個艦隊を相手に完勝を収めたものの
あまりにも不甲斐ない相手に少々拍子抜けしていたのだ


『ラインハルト様、油断ならざる敵手がいるようですが、どうなさいますか?
 わずかな犠牲で敵の二個艦隊を壊滅させ、武勲の方はもう充分と言えましょう』

「いや、この際、あの小癪な男もろとも敵の第三隊を撃破しておこう
 いまの戦力と戦意があれば、完勝を望んでも欲張りすぎではないだろう?」


キルヒアイスの慎重論に、悪戯っぽい笑顔を見せながら答えたラインハルトは
完全なる勝利を得る意思を示すと、すぐさまその笑顔を消し去った。


既にその顔は新たな獲物を狙う黄金の獅子の顔に移り変わっていた


多くの犠牲を生み出したアスターテ会戦は遂に最終局面を迎える


・・・ヘイン・フォン・ブジン准将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(孤独篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:975dd003
Date: 2008/09/30 23:03
一気に勝利へと駆け上がる者と
敗北への坂をころがり落ち続ける者

その両者が、最後の衝突を迎えようとしていた


■残り物の艦隊■


『第四艦隊と第六艦隊はもうすでにやられちまったらしいぞ?』
『それじゃ、ティアマトの英雄も第六の奴等と一緒に墓場の中か・・』

残された第二艦隊で兵士達は不安そうな声で
自らの絶望的な状況を喋り続けていた

話したところで状況が改善するわけではなかったが
今の状況で沈黙に耐えられるほど、肝の据わった兵士は多くなかった。

そんな状況の中、司令部は一貫して敵の攻撃に警戒しろの一点張りで
何ら有効な回答を示すことが出来なかった。

もっとも、一人だけ答えを既に書上げている者がいたが
それが表に出るまでには、もう少しだけ時間を必要としていた。





『敵艦隊接近!!方角は・・・・・』


ヤンの予想通りの方角から帝国軍は現れた
盲目的に直進を続けた第二艦隊に対し、

第六艦隊と第11艦隊を破った敵がどのル-トを通るか
ヤンほどの戦才を持つ男が予測することは難しくない

だが、その予測に基く対策を立てる権限はやはりヤンにはなかった


『迎撃準備!敵の攻撃に備えろ!!』


ほぼ怒号に近いパエッタ中将の命令がむなしく艦橋に響く
既に戦機を逃し、むざむざと各個撃破され、二倍の戦力差という
アドバンテージを永久に失った今、この余りにも常識的な命令は
かえって非常識に思え、そう、滑稽ですらあった。


モニターに表示された戦力は味方の一万五千に対し、帝国軍は一万八千
数だけでなく士気の面でも、圧倒的に帝国有利な状況の中、戦闘の口火が切られる。


『全艦砲門を開け!!!』


その命令が忠実に遂行されると同時に、帝国軍も同様な命令を発し終えていた

その刹那、閃光と衝撃が戦艦パトロクロスを乱暴に包みこむ・・・



■第11艦隊、間に合いません!!■


『申し訳ありませんが、その命令の実行は無理ですな』


ヘインから第二艦隊との合流を命ぜられた副司令キーゼッツ
その実現性をにべも無く否定した。


『おいおい、それじゃ何のために第六艦隊を離れるのか分からなくなる
 もし間に合わないのだったら、このまま帝国軍と刺し違えるしかないぞ」


アッテンボローの見立てでは戦闘開始前に第二艦隊と合流することは
十分可能であったため、キーゼッツの発言に驚いた声をあげる


『勿論、我々が第六艦隊の次に敵の各個撃破の標的にされても
 構わないというのならば、十分に間に合わせることは出来ます』


『副司令の仰る通りだと小官も思います。この会戦に当たって
 同盟軍は情報戦で帝国軍に完敗していると言って良いでしょう
 わが軍の通信状況は著しく制限され、定時連絡さえままなりません
にも関わらず、敵は我々の情報を正確に読み行動を先読みしています』


徹底した通信妨害と大量の索敵衛星を利用した情報収集
帝国軍の指揮官がこれらを最大限有効に用いていることは
無視することはできない事実であった。


『つまり、大幅な迂回路を取らないことには第二艦隊に
 合流するどころか、辿り着くことすら出来ないって訳か』


『准将、准将はどうしたら良いと思います?
 私は閣下の命令だったら、喜んでききます』


議論は煮詰まり、副官のアンネリーが決断を促すと
艦橋に集まった者達の視線が全てへインに集まる


■■


いや、どうしたら良いって言われても
実の所、皆さんが議論した最初の部分から既に付いて行けてないのですが
正直、どうすれば良いかは俺が教えて欲しいぐらいだぞ


「まぁ、間に合わないもんは仕方ないよね。多分第二艦隊は粘るだろうから
遅れてきたヒーローみたいな感じで行こう。まぁ駄目だったら合流せずに
スタコラサッサーって逃げればいいかな。とりあえず安全第一の方向で行こう」


『確かに悪くない考えですね。敢えて危険を冒して合流するより
 よほど理にかなっている。第二艦隊の危機を我々の好機に変えるか』

『味方の血で勝利を得たと謗りを受ける覚悟は出来ているようだな・・
 よし、急襲時の部隊編成と指揮は俺に任せろ!敵さんに一泡吹かせてやる』


なんかキ-ゼッツにアッテンが盛り上がってるけど
まぁ、良くわからんですけどお願いするとしましょう


「それじゃ、各員自分の職務を果たしてくれ!」




何だか良く分からないうちに伏兵となったヘイン達は
最後の戦場に針路を静かに取っていた。

そう、深く静かに誰にも気取られないように・・・・



■ヤン代理司令■


会戦後間もなく旗艦が被弾し、パエッタ中将がキ-ゼッツよろしく意識を飛ばしたため
第二艦隊の指揮はヤンに委ねられ、原作通りに事前に準備された作戦が用いられていた。


「くそ!してやられた・・・中央突破を読んでいたのか!!」
『敵艦隊、わが軍の両側を高速で進軍していきます』


緒戦の勢いのまま中央突破による攻勢で同盟軍を分断させようとした
ラインハルト率いる帝国軍の動きを読み、左右に分かれて逆進して
その後背を突こうと動いていた。


『どうなさいます?反転して迎撃なさいますか?それとも・・・』
「敵の第四艦隊司令以上の低脳になるわけにも行くまい
 信号を出せ!伏せておいたファーレンハイト艦隊を使う」


第11艦隊というイレギュラーに備え、ファーレンハイト率いる小艦隊を
伏兵として残していたラインハルトであったが、

敵の予想外の奇策に堪らず、最後のカードを切った


■■


「参った、ここで伏兵を出されるとは予想外だったな」
『閣下、参っているわけにも行かないでしょう。何か対策が?』


何とか上手く言ったと思った矢先に帝国軍の伏兵によって
二手に分けた艦隊の一方が、帝国軍の伏兵によって激しく側面を突かれるのをみて、

ヤンは頭を掻きながら、余り困った感じがしない気の抜けた声で弱音を吐いていた
そのため、その弱音の可聴域にいたラオは、その深刻さを感じない呟きから
なにか策がヤンにあるのだろうと勝手に解釈し、対応策を尋ねたのだが、

そんな物はヤンにはなくお手上げのポーズを見せられ
数瞬ばかり硬直させられてしまう破目にあっていた。


そう、ヤンとて万能ではなく、与えられた戦力以上に出来ることにも限界があった



■張子の英雄■



『ヘイン、怖気づいたのか!ここで帝国軍に横撃を加えてやれば
 勝てないまでも、第二艦隊を助けることぐらいは出来るんだぞ!』

ギリギリではあるものアスターテ会戦の最終楽章に間に合ったヘインは
アッテンボローの再三に渡る急襲許可の要請をひたすら無視し続けていた。


そう、アッテンボローの指摘する通りで
ヘインは自分と比べ物にならない圧倒的な才能の塊・・
『天才ラインハルト』を目の前にして、怖気づき動けなくなってしまったのだ


■■


ほんと昨日まではラップ先輩の意志を継いで、仇を取ってやるなんて思ってたんです
やっぱり無理無理だって!!俺がラインハルトやヤン先輩のガチンコバトルになんか入ったら

あっという間に殺されてしまうわ!このまま大人しくしてればヤン先輩の奇策で
戦線は膠着状態に陥ってラインハルトの野郎も帰っていくんだから


「まだだ、まだ動く時じゃない・・・焦れば戦機を逃すぞ?」
『分かった。もう少しだけお前の言う『戦機』とやらを待ってみるが
 それが、しばらくしても見えないようなら予定通り、動くからな?」



畜生!!まだか?まだなのか?
このままじゃ、アッテンボローがぶちぎれて地獄へ一直線の突撃する破目になっちゃうよ!!


『側進する友軍に敵が、敵の伏兵が!!奇襲を仕掛けていきます!!』

『なるほど、敵さんが出揃うのを待っていたというわけか・・・
 よし、全艦全速前進!戦争ゲームの観賞の時間は終わりだ!』



えっ?ええぇ??ちょっと、だれも突撃しろなんて言ってないぞ
というより、なんで帝国軍にも伏兵がいるんだよ!!そんなのシラネーぞ!!






原作と逸脱する展開に混乱し、戦場へ突入する恐怖でヘインが盛大にパニくるなか
ヘインに自らの職務を遂行するよう命を受けた11艦隊首脳は
その能力に相応しい働きを見せていた。


急襲を完璧な指揮で実行に移し、敵の最も弱いポイントに火力を集中させるアッテンボロー
その攻勢を熟練の艦隊運用手腕で支え、時にはアッテンボローの気付かない穴を
丁寧かつ素早く閉じていくキーゼッツ

目まぐるしく変わる戦況の変化を解析し、必要な情報を提示しつつ指揮者の考えを
艦隊全体に浸透させる媒体としての役目を完璧にこなすアンネリー

そのアンネリーに必要な情報を収集するだけでなく、艦隊の指揮命令系統を乱す事無く
完璧に維持し、艦隊の有機的結合を下支えするE・コクドー

そして、前線の渦中にあって絶妙な操艦技術で幾度も火線を潜り抜け
旗艦の健在振りを見せ付け、周りの艦すらも勇気付けるヴァイト


とりあえず、ヘインは座っているだけで良かった
いや、正確に言うと座っているだけしか出来なかったのだが

才あるものを用いる才に長けたヘインによって生み出された結果として
会戦後、人々は間違った認識を真実として受け止めていくことになる。




■大蛇にたかるは蠅■


『フォーゲル艦隊旗艦轟沈!!シャトルでの脱出は確認できません!!』


ヤンの奇策、ファーレンハイト艦隊と第11艦隊の参戦によって
混迷を極める戦況は、帝国軍にも少なからぬ消耗を与えていく。


40分後、双方の陣形はわっかの様につながり、
同盟の先頭集団は帝国軍の後方部隊を、帝国軍は同盟の後方部隊に喰らい付いていた
それは、お互いを飲み込もうとする二匹の長大な蛇のようにも見えた

また、その二匹の蛇の傍には執拗に突っつき続けるツバメのような小艦隊が二羽いた



■■


「してやられた、このような無様な陣形を強いられるだけでなく
 俺を虚仮にするようなタイミングで、急襲を仕掛けてくるとは』


ラインハルトの苛立ちは最高点に達していた
勝利を確信して敢行した中央突破は、ヤンに読まれ消耗戦に引きずり込まれ

その打開の為に、元々第11艦隊への備えとしていた伏兵の
ファーレンハイト艦隊を戦線に参加させるやいなやの絶妙なタイミングで
逆に第11艦隊に急襲を受けて強引に混戦へと持ち込まれ

この会戦において常に主導権を握っていたラインハルトからしてみれば
これは耐え難い屈辱であった・・・

だが、そこで激昂して我を失うほど彼は愚かではなく
その明晰な頭脳は、戦闘が終結点を迎えていることを悟っていた


『ラインハルト様、もうそろそろ潮時ではありませんか?』
「そうだな、お前の言うとおりだ・・・だが、もう少し良い終わりにしたかったな」


キルヒアイスの進言を受け、ラインハルトは釈然としない顔で
悔しさを滲ませながらも、その正しさを認め撤退を決意する


■■


『凄い・・・わたし、こんな陣形はじめてみます・・・』
「お互いを喰らう二匹の大蛇みたいだろ?そんで、その周りでちょろちょろツッツク俺等は・・」

「『五月蝿いハエだなwww』」



戦況が一段と混迷と膠着を深め、消耗戦に入ったため
ある程度の余裕が出てきたヘインはアッテンボローと軽口を言い合っていた


喉元を過ぎればなんとやら・・・
残念な事に、危機を成長の糧にできる者はそれほど多くはいないのだ



■始まりの終わり■


帰還し始めた帝国軍、ラインハルトからヤンとヘインに一通ずつ電文が届けられたが
受けた両者は返信することなく、残兵の収容と救出に追われていくことになる


戦闘の終わりを見つめるヤンとヘイン、方向は違えど変えることができなかった
二人の司令官の姿は合わせ鏡に映し出された像のようであった・・・


こうして、アスターテ会戦と呼称される戦いは終わった

参加した艦艇は同盟軍4万3500隻、帝国軍2万1500隻
喪失あるいは大破した艦は同盟軍2万4100隻、帝国軍4700隻

同盟の損害数は帝国の5倍にも及び、辛うじてアスターテへの侵攻を防いだものの
大敗を喫したといってよい惨状であった。

一方、帝国軍は自軍に倍する敵に対し、十分過ぎる戦果を挙げていた
ただ、第二艦隊にエルラッハ少将、第11艦隊にフォーゲル中将を討たれ
将官二名を失ったことが、その華々しい武勲に若干の影を落としていた
もっとも、その程度の影ではラインハルトの元帥昇進を阻むことは出来ないが


■■


『終わったな、ヘイン・・』「ああ、なんとか死なずには済んだな・・」


敗戦処理である敗残兵の救出があらかた終わって一息つくと
ヘインとアッテンボローの中で、ラップを失った喪失感が急速に膨れ上がり
ヘインも柄にも無く落ち込んだ表情を見せていたが


『准将!せっかく危ない所を助かったんだから、ハイネセンに戻ったら
フレデリカも誘って、四人で生還祝いを盛大にばーんとやりましょう!』


そんな二人を見ていられなかった優しい副官の
二人を一生懸命元気付けようとする姿にほだされ

二人は、普段通りの陽気さと不敵さを取り戻していく





『なぁ、ヴァイト・・俺等は数に入ってないみたいだし、二人寂しくどっかに飲みに行くか?』
『わりぃ!おれバイト入ってるから一人で行ってくれ』


ハイネセン帰還後のE・コクドーの一人部屋から、
夜な夜な三人ぐらいの人物が酒盛りするような騒ぎが聞こえ

彼が住む官舎は死霊が住む館として怖れられるようになる





  人々に様々な悲しみや傷を生み出した戦いは終わったが
  より多くの悲しみと傷を生み出す戦いは、まだ数多く残っているた・・・



  ・・ヘイン・フォン・ブジン准将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(両雄篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:4b79a94b
Date: 2008/10/04 17:19

戦地へ向かう多くの者達が望むことは、武勲を立てることではない
ただ生きて、日常に戻ることである


■還らざる日々■


ハイネセン宇宙港にはアスターテ会戦から帰還した将兵と
その帰りを待つ家族達で溢れていた

それらの人々以外にも、戦死の報せを受け入れることが出来ず
誰も降りてこないゲートの前で、いつまでも待ち続ける人々がいた・・・





「ヤン先輩、また今度寄らせてもらいますよ!
ユリアンにもよろしく言っておいてください」

『あぁ、そうしてくれ。お前が来ればユリアンも喜ぶからね』


エル・ファシルとティアマトの英雄からアスターテの両雄と呼ばれるようになった
ヤンとヘインは近い将来の再会を約し、それぞれの帰路につこうとしていた


ただ、一方には帰る前に済ませておかなければいけない


大切な用事があった


■■


『あら、珍しい所で会うわね?今や時の人であられるブジン准将が
 ただの一市民に何か御用かしら?生憎とあなたと話すことは無いわよ』

その、なんというか・・ジェシカに渡さなきゃいけないものが


『気安く名前を呼ばないで!!あなたが・・ジャン・ロベールを
 見捨てた貴方だけは許さない!!誰があなたを英雄と認めても・・』


あぁ、そうだ俺は英雄なんかじゃない!俺は逃げた。死ぬのが怖かったから
ラップ先輩を見殺しにした。自分だけでも助かるためにな


『あ、あっ貴方だけは!!貴方だけは私は絶対許さない!!
 返して!!返しなさい、あの人を、ジャンを・・お願い返して・・・』


この封筒はここに置いておくよ。受けとる、受取らないは好きにすれば良い
じゃ、もう行くよ。それと助けられなくて、ごめんな


『待ちなさい!!待ってよ・・、なにか言い訳ぐらいしなさいよ・・ばか・・』





崩れ落ちるジェシカに振り返る事無く、ヘインは逃げるように宇宙港を後にする
ただ、その去りゆく姿は小さく、とても英雄とは思えないものだった

当事者の思いとは別にヤンとヘインは敗戦の傷を隠すため
作られた英雄の階段を登っていく


二艦隊を失い、劣勢の中で襲撃を受けて指揮官すら負傷した絶望の状況下から
奇策を用いて戦況を五分にまで引き戻したヤン・ウェンリー

開戦当初から兵力分散の愚をヤンと共に訴え、帝国の各個撃破作戦が実行以後も
戦略見地上、もっとも正しい再集結案を主張し続け、

批判を覚悟の上で、第6艦隊からの分派行動を取って
被害を最小限に抑える英断を下したヘイン・フォン・ブジン


二人の顔は連日のように立体TVの番組を占拠し続け
アスターテの両雄として、同盟で知らない者がいない有名人の仲間入りを果たす



■弔慰なき慰霊祭■


ハイネセン郊外の軍事施設中心地の中央に位置する統合作戦本部ビル
そのビル内部にある大集会場において、アスターテ会戦の戦没者の
慰霊を目的とした集会が、政治ショーという味付けをされて開催される


この慰霊祭において、主役は次期評議会議長の座を虎視眈々と狙う
国防委員長ヨブ・トリューニヒトその人であった

この慰霊祭において軍令の長たる統合作戦本部長シトレ元帥は脇役に過ぎず
巧言令色を臆面無く垂流し続ける主役の姿を、苦々しく拝聴しつづけるしかなかった


■■


『今日ここに集った市民諸君、兵士諸君!今日我々が集いし目的はなにか!!
 アスターテ会戦で散華した英霊を慰めるためである。彼等は祖国の平和と自由を
 守らんとして、その全てを捧げてくれたのだ!!我々はこの大いなる自己犠牲に
 応えなければならない。あえて私は言おう、帝国の圧制から自由惑星同盟を、
 民主主義の自由と平等の精神を守らんとするこの聖戦に対し、異を唱える物は
 国を損なう者であり、誇り高き同盟国民として資格を欠いた者である!!!
 真の同盟国民たる我々は、全てを犠牲として国家に捧げてくれた英霊の意志を
 継ぎ、帝国の悪しき専制全体主義に抗し続けなければならない!これは国民の
 責務であり!また権利なのだ!!全ての国民にはこの聖戦に参加する権利がある』


なんか、委員長って凄いね~、良くあれだけ長い演説をでかい声で続けられるもんだ
俺には絶対出来ないな。なんか喋ってるうちに目処臭くなって『以下同文』とか言いそう


『さぁ、今こそ立ち上がろう!!祖先が立ててくれたこの国を、この自由と平等を
 共に守るために戦おうではないか!!祖先が!散っていた英霊達が!守り愛した
 我等が祖国のために吾々は立ち上がろう!いざ戦わん!!祖国の、自由のため!
 自由惑星同盟万歳!!共和主義万歳!!帝国を!!専制主義を打倒せん!!!!』


やっべ、とりあえず立って拍手とか適当にしないと
宅配騎士団が大挙してきちゃうからな・・あっ、やっぱヤン先輩は座ってるな
ああいうところが子供っぽいというか・・まぁ、そこが魅力なんだよな

まぁ、俺はそんな魅力を持つより、まずは保身保身だ!
もう、手が真っ赤になるぐらい拍手と大歓声をあげてやるぜ!!


「ブラボォー!!おおぉブラボォォオー!!!」

 




慰霊祭の熱狂が最高潮に達した中、不貞腐れながら座るヤンと
歓呼の声を大きくあげるヘインの姿は、その落差によって特に目立つものであった
そして、その姿は壇上のヨブ・トリューニヒトからもよく見えていた


やがて一頻りの歓声に応えたトリューニヒトが手を下ろし、観衆の声は鳴り止むと
再びご自慢の演説を披露し始めたのだが、聴衆の席の間にある通路を通り演壇に進む
一人の女性によって演説を中断させられる。

そう、ジャン・ロベ-ル・ラップ大佐の婚約者、ジェシカ・エドワーズの糾弾によって


国家に対する犠牲を賛美し、それを国民に強いる自身はそれを実行しているのか?
自分の家族はどこにいるのか?と痛烈な批判を行ったのだ

その鬼気迫る弾劾にさすがのトリューニヒトもたじろがざるを得なかった
彼はすぐさま警備兵を呼び、彼女を半ば強制的に退場させ
軍楽隊による国家の吹奏によって、その場を凌ぐのがやっとであった。




■教え子と元部下■


慰霊祭終了後のヘインとヤンの行動は対照的なものであった

ジェシカと寄り添うように統合作戦方部をあとにするヤンと違って
ヘインは国防委員長やベロベロしている人などに囲まれ、チヤホヤされていた


その姿をどこかの元校長が不愉快そうに眺められているとは気付かずに


■■

本部長からの呼び出しにいつもの如くゆっくりと応えた二人を見て
キャゼルヌは溜息混じりに入室を急がせた。

『ヤン、ヘイン!二人とも遅いぞ。シトレ元帥はお待ちかねだ』
「へいへい、呼んだら直ぐ相手が来るなんてシトレのおっさんも良い身分だね~」


だが、就寝中のところを突然の呼び出しで叩き起こされたヘインは
寝起きの不機嫌全開で悪態を返していた。直ぐ後悔することになるも知らず



『相変わらずだなブジン"少将"、それと一言言っておくが私はこれでも
 統合作戦本部長でね、それ相応の権限を一応は持ち合わせているつもりだが?』
「え~っと、部屋に入ってるんじゃなかったんですか~
いきなり後ろから脅かすなんて、本部長のおちゃめさん♪」


『ふざけていないで入りたまえ、君たち二人が全く来ないので
 所用を済まして、戻ってきた所だ。まぁいい、そこにかけたまえ』


予想外の軍最高幹部の登場による不意打ちに、ヘインは眠気を一掃させ
へこへこするが、シトレはそれを気にする事無く、
二人を部屋へと招きいれ、ヤンに席に着くよう勧めた


『はい、失礼します』「じゃ、俺も失礼しま」『君はそこに立っていろ』
「って、悪戯小僧じゃないんだから座らせろよ!おっさん!!」


『ふん、文句があるのかね?なんならバケツの一つや二つ位
 キャゼルヌに言って用意させても、私は一向に構わんのだよ』
「分かりましたよ。立ってます。たちゃいいんでしょ!」


『校長、話が逸れているようですが?』

しばらくは興味深そうに士官学校時代の校長と後輩の掛け合いを眺めていた
ヤンであったが、余り帰りが遅くなると家で待っているだろうユリアンに
いらぬ心配を掛けると思い、シトレに話を本道に戻すよう促した。


『これはすまん。ヤン少将とブジン少将の二人に知らせて置きたいことが
あって来て貰った。正式な辞令は明日になるが、君たち二人は少将に昇進
する事になった。これは内定ではなく決定だ。昇進の理由はわかるかね?』

『「負けたからでしょう」』


『やれやれ、そう息を合わせんでもいい。まったく二人とも温和な表情で辛辣な台詞を吐く』


予想通りの返答をかつての教え子と部下から得たシトレは
少しだけ嬉しそうな顔を見せ、作られた英雄の必要性を説いた

また、二人が昇進に値する功績を立てた以上
昇進させないことは信賞必罰を欠くことになり
昇進は国防委員会および統合作戦本部の総意であると告げた


『ですが、トリューニヒト委員長の意向はどうでしょうか?』


呼び出し前に、トリューニヒトの息の掛かった憂国騎士団の襲撃を
自宅で受けたヤンは、国防委員会の内実をシトレに説いたが

個人の意向によって将官人事が左右されることはないという建前で
あっさりとシトレに話をかわされていた。



■二人の共同作業■


『ところで話は変わるが、君ら二人が出していた作戦案が
 もしも実行されていたら、わが軍は勝てていたかね?』
 
「ええ、恐らく」『楽勝っすよ』


シトレの突然の問い掛けにヤンは精々控えめに、
ずーと立ちんぼのヘインはぶっきらぼうに肯定する。

それを聞きながら、あご先をひと撫でしてシトレは二人に再度問うた
その作戦案を再び生かし、ローエングラム伯に復讐することが可能ではないか?と


それに対する二人の応えは同じようなものだった

ラインハルトが戦勝に驕って道を誤らない限り、
多数を持って少数を討つ戦法を取るだろうと

『つまり、今回我々は戦略の面においては誤ってはいなかったわけだ
 敵の二倍の兵力を揃えて投入している。では、なぜわが軍は惨敗したのか?』

「しつけーなぁ、おっさん!だって分かってんだろう!有利さに油断しきって
 兵力分散の愚を犯して、兵力の運用方法を誤ったからだよ!それと情報戦の失敗
 兵力の運用を間違ったのは、敵の動きどころか味方の動きも把握できなかったから」


度重なる質問に、足を棒にしながら苛立たしく答えを返したのはヘインであった
もっとも、原作でヤンが指摘した原因をそのままパクっただけであったが


『なるほど、君たち二人の識見はよくわかった』


シトレは何度も満足そうに頷いた。


■■


『ところでもうひとつ、これは決定ではなく内定だが、軍の編成に一部だが
変更が加えられる。第四と第六艦隊の残像兵力を再編し、新たに第13艦隊を
創設する。で、その初代司令官にはヤン少将が任命される予定になっている』


この本来なら驚くべき決定に、ヘインは大して驚かなかった
そう、原作通りってやつだなと思った程度であった

いっぽう、本来なら中将をもって艦隊司令官の任に当てるのではと
ヤンはシトレに問いただそうとしたが、すでに横に『例外』立っている事に気が付き
喉から出掛けた質問を腹の中に再び収めた。


『ふむ、君の察したとおりで第13艦隊の編成はヘインの第11艦隊と同じで
四半個艦隊規模程度になる。艦艇3500隻、兵員40万人というところだ
そして、第13艦隊最初の任務は第11艦隊と共同でのイゼルローン要塞の攻略だ』

『寄せ集めの半個艦隊であのイゼルローン要塞を攻略しろと?』

『そうだ!!!』


ヤンの疑問に何故か力ずくどこかの特務機関の司令官のように応えるシトレを横目に
ヘインはなんだってーー!!!って感じで予想外の展開に驚いていた


『私たち可能だとお考えですか?』
『君達二人に出来なければ、他の誰であっても不可能だろうと考えておるよ』


ヤンとヘインは沈黙していた。一方は成算があり、もう一方は成功を知っていたが
この提案に乗ることが、良い結果に繋がるか判断できなかったのだ。


『二人とも自信が無いかね?』


そう問われても二人は答えなかった。ヤンはシトレ元帥の手に乗るがいやで
ヘインは本当にどうなるのかが分からないので答えを出せなかった。


『もし、君達がこの攻略作戦を成功させれば、ヤン、君に対する好悪はどうあれ
 国防委員長は君の偉業を認めざるを得ないだろう。ヘイン、君は更なる歓心を得て
 より有利に事態を進める力を、そう軍部内の影響力をより強めることが出来るぞ?』


それで、委員長に対する本部長の地位が強化されるだろう。
本当に食えない校長だとヤンは思い。

ヘインはこのおっさん、なに意味わかんないこと言ってるんだ?と
話を真面目に聞いていなかったせいもあり、シトレの含みを持たせた話を
よく理解できていなかった。


『二人で微力を尽くしたいと思います』


ヤンは結局折れ、シトレの掌に乗り、ヘインは勝手に入れられていたが
成功することが分かっていたので特に何も言わず、受け入れた。
実の所、とっとと話を終わらせて座りたかったので何も言わなかっただけであるが


後日、この無謀とも言える作戦案を聞いたトリューニヒトは
作戦の実行自体には反対はしなかったが、第11艦隊の参加には難色を示した

だが、軍令における決定権は統合作戦本部長にあったため
動員される艦隊には変更が加えられることはなかった。



■最高のスタッフぅ~2■

部屋を出ると、さっそく作戦事項にあたって艦隊人員等について相談したいと
ヤンに話しかけられたヘインであったが、

もう足は限界のうえ寝不足で思考回路はショート寸前だったため

「フィッシャー、ムライ、パトリチェフ!!キャゼルヌ先輩に帝国軍艦とかお願いして下さい 
あとはローゼンリッターでもいりゃ十分ですよね!じゃおれは帰って寝ますんでお先です!』


と早口に捲くし立て自分の官舎へと逃げるように帰っていった。

戦争は嫌だ嫌だといいつつ戦略戦術マニアであるヤンの話が
長くなると容易に想像できたため、原作知識を惜し気もなく疲労して
一気に話を終わらせたのである。深刻な誤解を生み出すとも知らずに・・・


『やれやれ、ヘインの奴は相変わらず慌しいね』
『だが、これほど頼もしい後輩はいない。違うかヤン?』


そう問いかけるキャゼルに肯定の意を示した後
再度、ヘインが喋った内容をキャゼルに依頼するとともに

ヘインが言い忘れたであろう副官の人事についても
面倒見のいい先輩に依頼する元祖怠惰男のヤンであった




アスターテの傷を癒す間もなく、自由惑星同盟では
全銀河を震撼させる魔術の準備が着々と進められていく

その先に、待つものを想像する事無く・・・


・・・ヘイン・フォン・ブジン少将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(天空篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2011/01/01 18:18
過ぎたる力を得たとき、自制することは非常に困難である
また、その大きすぎる力はゆがみを生み、
相応しくない所有者を往々にして破滅させる



■それぞれの道■


『ヤン先輩は宇宙港に見送りに行っているらしいな』
そっか・・・

『そっか、じゃないですよ!少将も見送りに行かなくて、本当にいいんですか?
 ジェシカさんだって、ホントは分かってるはずですよ。仕方がなかったって
 ただ、どうしようもない気持ちを、少将に甘えてぶつけちゃっただけだと思います』


そうかな?『そうですよ・・・きっと大丈夫です♪』


今から行っても間に合わないか・・
仲直りはまた今度になりそうだけど
ちょっと気が楽になったよ・・・あんがとさん


『はい!どういたしまして♪』





やさしい副官の励ましで元気になったヘインは
その日、みんなの昇進祝いとフレデリカの送別会を併せて盛大に行う


その結果、翌朝の第11艦隊司令部には二日酔いで死に掛けているフォーク大尉と
意外と平気そうに見えるが、実は吐く寸前のアッテンボロー大佐が
やせ我慢しながら演習計画を立てている姿が目撃されている

また、副指令のキーゼッツ准将等は第13艦隊との合同演習に忙しく
司令部の方に顔を出すことはなく、いつもより静かな司令部に
隣室の住人は頸を傾げつつも、爽快に仕事を進めていた


ちなみにヘインは腹痛と称して一人だけサボり
3人の顰蹙を盛大に買う事になる



■薔薇の騎士■


「えーと、備品や物の調達はキャゼルヌ先輩にお任せでOKですよね?
 あとは艦隊の運用についてはフィッシャーとキーゼッツの二人に任せてと
 ヤン先輩、とりあえず俺等がやることはなさそうですね。帰りましょうか?」

『あぁ、そうしようと言いたい所なんだが、ヘインに一度会って貰いたい男が居てね』
「男ですかぁ~?かわいい女の子なら大歓迎なんですけど」


『まぁ、そう言わないでくれ。とびっきりの美女を落とす為に必要な男だからね』


■■


さて、嫌な予感が高まってまいりました!!!
士官学校時代以降、まったく来たことがない陸戦教練センターを訪ねて見たものの
なんか、猛獣みたいな人がじろじろガン見してきます・・・

超怖い・・・財布出せって言われたら即出しちゃいそうです!


「ブジン閣下、ご足労頂き申し訳ありません。連隊員一同お待ちしておりました。
 小官が連隊長のワルター・フォン・シェーンコップ大佐です。以後、お見知りおきを」


よっ、よろしくブジン少将です。とりあえず歓迎の意は分かったので
取り囲むのはかんべんしてくれるかな?ちょっと近すぎ!!


『これは失礼、ブジン閣下。連隊長も私も同郷の出世頭でもある
 閣下にお会いできると思うとついつい心が逸ってしまいまして』


『ブルームハルト大尉であります!小官もリンツ副連隊長と同じく
 勇名を馳せるブジン閣下と手合わせを願えると思うと興奮してしまいまして』


はぁ?いやいや、ちょっと話を戻そうか?会いに来たら白兵戦教練をって!!
ちょっおまry!!足かついで運ぶなって!!おいおい、いやヘルメットとか渡すなって
いや、『トマホークっすか?』じゃねーよ!!物の違いじゃねんだよ!!


「リンツ、ブルームハルト!少将閣下に恥ずかしい姿を見せるなよ!」



■■


これは・・・、俺もそう長く生きている訳じゃないが
試合開始早々にトマホークを放り投げて、出口に一直線なんて奴は初めて見たな

士官学校開校以来の悪童というから、多少はやると思ったのだが
ヤン提督と同じで、純粋に頭脳だけで生き延びてきたという訳か



『連隊長!シリアスぶってるところ申し訳ありませんが、
 少将閣下相手に、こいつはちょっと拙いんじゃないですかね?』

「リンツ、心配するな。ちょっと強めに撫でただけなんだろう。
 稀代の英雄である閣下が、そんな細かいことを気にすると思うか?」



しかし、些か強めに撫ですぎたか?
痙攣しながら白目を剥いて盛大に泡を吹いている姿を見ると
柄にもなく、申し訳ない気がしてくる。


「クラフト、少将を医務室まで運んでやれ!くれぐれも丁重にだ」



■■


「閣下、申し訳ありませんな。少々手荒い歓迎になってしまったようで・・」
『あぁ、あそこの葉っぱすべて落ちたら・・・俺は天国へ旅たつんだ・・』


「閣下、なんならもっと早く小官がお送りしましょうか?」
『いやいや、結構です!もう、ちょっと冗談言っただけですよ!』


ふむ、多少の非礼で気分を害するほど器は小さくないようだ
少しは『話せる』男ではあるようだが、さてメッキか本物か


「まだ攻略方法について、聞いてしまうのは時期尚早のようですから
 ひとつうかがってよろしいですか、閣下?この無謀ともいえる作戦に、
 なぜ閣下が乗ったかという理由を、是非聞かせて頂きたいと思いましてね」


さて・・・、名声、それとも昇進とでも答えるか
願わくは、ありきたりではない答えを返して欲しいものだが・・・


『分からん、よく考えたら軍人になった理由もあれだし、何で続けてたんだろう
 別にささっと辞表出せば良かったんだ。そうか、そうだよな!いや、抜けてたわ
 って拙いぞ!なんか成り行きでずるずるやって英雄とかになっちゃったからな~
 先輩と同じで辞表提出、サーセンのコンボか!!畜生、大佐どうしたらいいかな?』


サーセン?どういう意味だ?まぁ、それは置いておくとしよう
だが、まさか質問に支離滅裂な質問で返されるとは予想外だった
何にしても、この御仁は俺の虚をいとも容易く突いたと言うわけだ

どうやら品が良いだけの世間知らずなお坊ちゃんとは違うようだ
戦場では俺と同じように虚を突かれた者を容易く葬って来たのだろう
道化を演じ、俺の反応を見てその器を試そうと言う訳か

まったく、試すつもりが試される側にまわるとは・・・


「いつか期待以上の返答をするとお約束しましょう。それまでは私も
 微力をつくすとしましょう。閣下の定まらぬ未来を見届けるため・・」

『あぁ、そう?よく分からんけど、とりあえずよろしくお願いします』 





痛みで頭が良く回らないまま、一方的にかみ合わない会話を
シェーンコップと交わしたヘインは、意図せずに頼もしい味方を得る事になった

もっとも、彼等はその頼もしさ以上に厄介ごとを彼に
なんどもリボン付きでプレゼントする事になるのだが

痛みに耐え、頑張って家に帰ったヘインは知る由もなかった



■イゼルローン回廊へ■


第13艦隊3500隻、第11艦隊3200隻、合算して7000隻にも満みず
半個艦隊以下の戦力しか持たない二個艦隊は
宇宙暦796年4月27日、イゼルローン要塞を目指し、宇宙へと飛び立った


その作戦の実行に当たって、両艦隊の運用についてはフィッシャー准将が全権を持ち
キーゼッツ准将がその補佐をし、寄せ集めとは思えない統率された艦隊行動を可能にしていた。

ときおり、航海の状況についてヤンが確認を取ると
二人は揃って『航海は順調ですよ』と答え、
彼を満足させ、それ以上の質問を必要としなかった。


また、両艦隊の副官のフォーク大尉とグリーンヒル中尉の
相性は当然の如くバッチりで、両司令部の意向は滞ることなく、
両艦隊の細部まで行き届いていた。


もっとも、ここまで完璧な連携が取れるようになるまでは、それ相応の時間が費やされていた
合同演習当初は旧第6艦隊出身者が、第11艦隊の将兵に対して
『見殺しにしやがって』等々の非難をするなど、非常に険悪な関係であったのだが、


軍事演習責任者のアッテンボロー主催の『拳で語る』親睦会によって
両者がとことん語り合った結果、熱い友情が生まれ両者のわだかまりは消えていた
お互いが理解するまでとことん語り合えば、人は理解し会えるのだ

また、合同演習当初から罵声を浴びていたヘインが一言も反論しなかった潔い姿が
頑なになりかけていた第六艦隊旧将兵の心を溶かすのを加速させる手助けをしていた。

もっとも、反論しなかったのでなく罵声にビビッて反論できなかっただけなのだが


そして、彼等が和解できた一番大きな要因は、悲しい事にこれが戦争だということを
第六艦隊の兵士達が良く分かっていたということである。

そう、無能な指揮官の下についた自分達に運が無かっただけだということを・・・
悲しくもやりきれない諦めと共に、兵士達は前線に立つのに馴れてしまっていた


■ローゼン一家■


イゼルローン回廊へ入り、作戦開始ポイントへ到達した
第11艦隊と第13艦隊首脳陣は、最後の打合せとも言える作戦会議を行っていた

参加者の殆どは多少の差はあるものの、顔に緊張感を漂わせていた。
もっとも、敗残兵の寄せ集めの半個艦隊で難攻不落の要塞へと挑むのだ
緊張するなというほうが無理であり、知っているヘインと違って
この状況で居眠りできるほど、彼等の感性はにぶくはなかった。




どうやら、ヤン先輩と不良中年の話は終わったみたいだ
まぁ、このままみんなに任せとけば、この作戦は基本的に問題ないからな
昼寝でもして過ごすかな?いや~勝つ上にまったく危険がないと
分かっている戦いは楽でいいね~♪よし、また二度寝しよう!


『閣下、起きて下さい閣下!さっさと準備してください。行きますよ』


え、あれ?さっきまで艦橋にいなかったけ?
なんでみんな帝国軍の軍服なんかってぇええええ!!

俺もしっかり着取るやないかー!!!


『では、参りましょうか、帝国軍特務大佐殿』


いやいや、嘘だといってよシェーンコップ大佐
って手を引っ張るなクラフト!!ゼブリン足を持つな!!!
せめて、心の準備だけでも!!


『じゃ、40秒で準備してください』





リンツの容赦ない宣告と共に、帝国軍の鹵獲軽巡航艦へとヘインは放り込まれる
恐るべき真実を告げる帝国軍の一員に扮する部隊に、ヘインは見事選ばれていた

一応、元帝国貴族で帝国公用語だけは士官学校時代からほぼ満点の成績であり
今回の要塞攻略法を熟知しているヘインが前線部隊オブザーバーとして
参加してもらえれば、より作戦の成功率を高められるのでは?という

不良中年の提案が作戦会議でなされ、ヤンがそれを二つ返事で了承したためである
反対者は誰もいなかった。四六時中眠りこけるヘインに結構みんなキていたのだ


こうして、ごつい男に囲まれながら自業自得のヘインは
帝国軍ブレーメン型軽巡タイガー・モフ号の一員として
宙空の要塞イゼルローンへと向かうことになる

その際、雑用をやらされるヘインの姿を見て
やたらと親切に手伝うものが数名いたりした


■宙空の要塞イゼルローン■


イゼルローン要塞攻略作戦は些か物足りないほど順調に進んでいた
帝国政府から密命を携えて要塞に向かう途中、同盟軍に襲撃を受けているという虚報によって、
要塞駐留艦隊司令官は騙され、マヌケにも要塞から遠く離れた宙域を目指し、出撃していた。


そして、要塞防御司令官の方を欺くのも、さしたる困難もなく成功しそうであった。

難攻不落の要塞は、見事なまでに帝国軍の司令部の警戒心を腐らせていた・・・



■■


「特務大佐のムス力だ!緊急事態に付き閣下にお目にかかりたい」
『わかった、だが要塞の外では一体なにが起こっているのだ?』


「わからんのかね、すでにイゼルローン回廊の封印は解かれているのだよ」


完璧な帝国公用語で返されたヘイン扮する特務大佐の回答に、帝国軍通信士官は声を上ずらせ
巡航艦の艦長を名乗る不良中年から駐留艦隊の壊滅を告げられると言葉を失った


「さぁ、早く案内をしたまえ!ことは帝国軍の存亡を揺るがす事態なのだよ」


もう、事態のあまりの急展開でヤケクソになり超ノリノリのヘインには怖いものはなく
黒サングラスと黒服を身に纏ったリンツとブルームハルトを引きつれ
要塞司令部へと自信に満ちた足取りで向かう





司令部に通されたヘイン達が部屋に入るやいなや、
シュトックハウゼン大将は声を荒げながら状況の説明を求める


『なんだ、一体なにが起こっているというのだ!』

「お静かに・・・」

『なにがお静かにだ!!この若造が!!』

シュトックハウゼン大将はヘインの態度に激怒し、彼の立つ方に歩みを進めた


その瞬間、潜入者たちは隠された牙を顕わにした!!
シェーンコップは誰よりも素早く要塞司令に遅いかかり、
彼を羽交い絞めに拘束し、その首にセラミック製の銃を突きつける


『なにをする、貴様等!!放せ!はなさんか青二才ども!!』
「言葉をつつしみたまえ、君はイゼロン王の前にいるのだよ」

『貴様!!正気かぁああ!!!』



罵声を揚げるシュトックハウゼンを、ヘインは窘め様と声をかけたが
そのまともとは思えない発言で、更に彼を激昂させる
その際に発せられた敵の司令官の発言に、思わず頷く薔薇の連隊の面々であったが


ヘインは超ノリノリの人類最強だったので全くそれに気付くことなく、
特務大佐を嬉々として演じ続けていく





この茶番劇に帝国軍の殆どの人間がついて行けずに硬直したの
は無理の無いことではあったが、レムラー中佐はいち早く
奇妙な状況に順応することによって、再起動する事に成功する


『すばらしいムス力君!!君は英雄だ!素晴らしい手腕だよ
 だが、残念だったな閣下は人質になるより死を選ばれる方だ』

「やれやれ、君のあほ面には心底うんざりさせられる
 すでにゼッフル粒子散布の準備は整っているのだよ」


ヘインがレムラーに返答した瞬間に床に落ちたゼッフル粒子発生装置から
勢いよく粒子が散布されると同時に、白兵戦武器に持ち替えた薔薇の連隊が
司令室へ大挙して押し寄せ、レムラーもしぶしぶ銃を床に捨てる・・・


あらたなる要塞の王が誕生した瞬間であった・・・



■知り合いのスーパーハッカー■


司令部をいとも容易く制圧したヘイン達潜入部隊であったが
依然として危機的状況に変わりは無かった。

イゼルローン要塞内には、いまだ彼等の1000倍以上の兵力が無傷で残っており
早急にサブコンピュータのコントロールを奪い、
隔壁と空調を利用した無力化ガス攻撃を行わなければ、
要塞をいつ再奪取されてもおかしくない状況であった。

また、要塞防御システムの内、要塞主砲を含む外敵に対するもの
メインコンピュータの制御下にあるため

ゼークト大将が率いる要塞駐留艦隊が戻ってくるまでに、
なんとしても、そちらのほうも制御下に置く必要があった


作戦の成功にはもはや一刻の猶予も残されていない


■■

『クラフト!まだサブPCからメインPCのコントロールを奪えないか?』
『大佐、もう少し時間を下さい。あと少しでプロテクトのほうはいけそうです!』


おいおい、大丈夫かよ!!ここまできて間に合いませんでしたじゃ
しゃれになんらんぞ!ほんと大丈夫なんだろうな!!


『大丈夫ですよ。ああ見えてクラフトの奴はハッキングで
 電子レンジを爆発させる位の凄腕ハッカーって話ですから』


なに!その不安を増大させる、とんでも情報!!
ブルームハルト、お前は実にばかだな!!って、

こっちの世界じゃ家電もみんなPC管理だからできんのかな?


『そうそう、あっちは任せて絵でも描いてれば大丈夫ですよ♪
 あのキー捌きを見てください。あの速さは並じゃないでしょう?』


確かに、あの素早い動きは一秒間に16連射ぐらいしてそうだなって
あいつら、さっきからF5連打してるだけじゃねーか!!
クラフトとゼフリンの二馬鹿は、どこの国のHPをおとそうとしてるんだよ!!!



『ホウヮアアアアアアア!!!!YES GET LOST!YES GET LOST!』


クローネカー!!!お前なんともなんないからって物理的にぶっ壊す気か!!!
マジでやばいぞ・・・あいつら絶対普通のPCすら碌に使えないレベルだ
なんか、もう回線切ってレンネンしたくなってきた・・・


『提督とりあえず、情報通信システムの方は大体掌握しましたよ』


E・コクドー少佐、お前が神に見えてきたぜ!ほんと、お前は立派だよ
いつの間にか消えていても、俺は君の事を絶対忘れないよ!!!


『ちょっと、縁起でもないこと言わないで下さいよ!!
 それより、帝国軍の陸戦隊が異変を察知したみたいです
 司令室に向かって連絡を取り合いながら向かってきてます』


やばいぞ!!あんな調子じゃ、メインシステムとサブシステムの制圧なんか
いつになるか分かったもんじゃない。とりあえず時間を稼がないと・・・


少佐!!敵の防衛司令官の通信を切って、このマイクの音声を全回線にまわしてくれ!!
敵の陸戦隊に偽の命令を適当に出して時間を稼ぐぞ!!





「私はムス力大佐だ!!敵の工作隊によって通信回線が破壊された
 緊急事態につき、私が臨時に指揮を取る。敵はD330‐523地区に
 現在移動している。姿を見た瞬間仕留めろ!慎重に動け、敵は我々
 帝国軍に擬装をしている。事を急ぐと元も子もなくすことになるぞ」


ヘイン扮する適当な通信とそれを巧みにサポートするE・コクドーによって、
帝国軍は疑心暗鬼に陥り、各地で迷走や同士討ちを繰り返すことになり
ヘイン達は何とか時間を稼ぐ事に成功する。

その金銀、財宝、ドラク工バッチ!よりも貴重な時間によって
イゼルローン潜入部隊は奇跡的にメイン・サブシステムをほぼ同時に掌握し

当初の予定通り、無力化ガスによって、要塞内の帝国軍戦力を沈黙させる
駐留艦隊が虚報に気が付いても、おかしくないギリギリのタイミングでの作戦成功であった


ヘインは成功と同時に、要塞の外で首を長くして待っていたヤン達に
入港の合図を送り両艦隊の多くの将兵を狂喜乱舞させる


そう、この瞬間イゼルローン要塞の所有権は、帝国から自由惑星同盟へと移ったのだ・・・!!




■イゼロン王■


居もしない窮地の味方を永延と捜し求めて、
宇宙を流離っていたゼークト大将率いる駐留艦隊は、
ヤンとヘインによって送られた新たな虚報によって、再び喜劇のワルツを踊ることになる


『要塞内で叛乱が起きたから戻ってきて助けてね♪byシュトックハウゼン』


この虚報にまんまとゼークトは騙され、イゼルローン要塞へと慌てて帰還する
そこが、既に新たな王の手に落ちているとも知らずに・・・


■■


『敵、駐留艦隊、有効射距離に入りました!』


「新たなる所有者の誕生を祝って、彼等にイゼルローンの力を見せてやろう!
 旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火、ラーマヤーナでは
インドラの矢と呼ばれたものに匹敵する神の力を見せてやろうではないか!」


『撃て!』


ヘインの前口上を聞かなかった事にしたヤンは、短く命令を下した。
だが、その短い命令から生み出された結果は、ヘインの言葉が
過剰な物ではなかったと思い知らせるのに充分なものであった。


要塞主砲の攻撃を受けた敵の艦隊が消えたのだ。
そう、この世からその存在が永遠に失われたのだ
その驚嘆するべき光景に要塞司令室内の人々は、
みな言葉を失い、思考と肉体は硬直を強いられていた


ただ一人の超ノリノリ馬鹿を除いて・・・・





『なぜ、味方が撃ってくるんだ!!』『どうなっている?反乱部隊が要塞を占拠したのか?』

まさか、同盟軍を撃つべき要塞主砲に自らが撃たれるなどと
想像の端にも置いていなかった駐留艦隊の混乱は凄まじいものであった。


『応戦だ!戦艦主砲を放て!!!』



狂乱状態の中、ゼークト提督は攻撃を命令する怒号を発した
この単純極まる怒号は、その分かり易さゆえに艦隊を一定の方向・・・
とりあえず応戦という、最悪の方向へと向かわせる事には成功する。


『敵艦隊撃ってきます!!直撃来ます!!!』



E・コクドーは絶叫でその攻撃を伝えたが、
ただの戦艦程度の主砲では要塞の外壁を壊されることは無く
放たれた全てのビームは外壁に当たり、むなしく拡散されていった


その光景はイゼロン王ムス力を大いに満足させるもので
彼の小さい気を風船の様に膨らますのには十分すぎる結果であった


「はっはっは、さっさと逃げればいいものを
 あっはっは、あれで奴等は私と戦うつもりか?」


ひとしきり帝国軍の無駄な抵抗を嘲弄し、イゼロン王は新たな命令を下す


「薙ぎ払え!どうした大尉?さっさと撃たんか!」


更なる要塞主砲による砲撃で帝国軍は打ちのめされ
その数を確実に減らしていく・・・

「素晴らしい!最高のショーだとは思わんかね?
 見ろ!帝国軍がゴミのようだ!はっはっはっは」


もはや一方的な虐殺とも言える状況であった
イゼロン王の力によった高笑いだけが、司令室を木霊する



■君をのして■


目の前で繰り広げられる凄惨な虐殺ショーは
同盟首脳陣に力の恐怖を知らしめるのに十分であった。

たった二回の主砲による攻撃で帝国軍はほぼ壊滅状態に陥ったのだ

これはただの虐殺だとシューエンコップに告げられたとき
ヤンは不快感を示すどころか、その意見に全面的に同意し、
帝国軍と通信を繋ぐようE・コクドー少佐に指示を出す





『閣下、敵、同盟の司令官からの通信です!すでに要塞は我等の手中にある
 無益な抵抗をやめて降伏せよ。さもなくは逃走せよ、追撃はしないと・・・』


その通信は全滅という最悪の未来に絶望していた
艦橋に生気をよみがえらせた。『そうか逃げるという手があった』と
助かるかもという希望が湧き上ったのだ


だが、その希望は続く司令官の言葉で打ち消される


『叛乱軍の司令官に伝えろシュトックハウゼンと話がしたい!』



シュトックハウゼンとゼークト・・・同じ階級で同い年、
そのためライバル意識もあり反発しあうことの方が多かった

だが、虚報ではあったがシュトックハウゼンの救援依頼に
ゼークトがいち早く駆けつけたのは紛れも無い事実

そう彼等の心は、みえない絆で結ばれていた
そう、真実の愛がそこにはあった・・・





『敵、艦隊司令より通信!!シュトックハウゼン大将、要塞司令官と話がしたいと言っています』


「いいだろう、三分間会わせてやる!」



降伏・逃亡勧告に対するこの意味不明な返信に固まったヤンにかわって
イゼロン王がそれを寛大に認める返答を送った。

もはや、ヘインは完全に王様気分で得意絶頂になっていた。
さらに冷たく刺さる周りの視線に、露ほども気付くことなく


もっとも、それは小人が不相応な力を手にして酔った姿に対する嫌悪の視線ではなく

フレデカにやったふざけた演技を、性懲りも無くまたやってやがる
といった悪ふざけに対するあきれた視線であった。

もし、ヘインが本当は力によって舞い上がっているだけだという真実に気が付いていたら
彼への評価は変わり、将来に渡って進む道はまったく別の方向になっていただろう

最も、どちらの道を進んだとしても凡人は、凡人以外の何者にもなれないだろうが・・・





通信画面に映るゼークトの前に、シュトックハウゼンが直ぐに連れてこられる
その顔には悲壮な決意が満ちていた。そう、愛しい人のため命を捨てる覚悟は既に出来ていた

いちど画面でゼークトの顔を確認すると、彼は両脇を拘束する二人の兵士を突き飛ばし


その巨体を躍動させながら、猛然とイゼロン王に決死のタックルを喰らわし
地面に叩きつけ、その体格を生かして押さえ込んで腕に噛み付いたのだ!!!



「なにをする!!!くっそ、はなしたまえ、いい子だから!!ほんと痛い痛い痛いって!!」
『みんな、逃げてぇええ~!!ゼークトォォオ!きちゃだめぇええ!!』



その決死の行動を見てゼークトは冷静さを失った。
要塞に向かう無謀な突撃を怒号をあげながら命令をしたのだ!



『シュトックハウゼン~!!!!全艦隊突撃だぁあああ!!!帝国万歳ぃいいい!!!!』



その光景を見ながらヤンは怒りを覚えていた
大切な人を守りたいのは分かる、だがそのために無謀な突撃を行い
他人を巻き込むのは司令官たる者がすることではないと


『砲手!敵旗艦を識別して砲撃できるか?』
『可能です!!敵旗艦に向けて要塞主砲発射します』





閃光がゼークトの乗る旗艦を包み、その全てを消滅させる

旗艦を失った帝国艦隊は再び冷静さを取り戻し、
やがて死の恐怖と生への執着によって逃亡を選択する。



『ゼークトォオオオオオ!!!』



シュトックハウゼンは怒りと悲しみの赴くまま絶叫し、
イゼロン王が泣いても殴るのをやめず、頭突きに目潰しと暴虐の限りを尽くす


「あぁ~あ~目が~目がぁああ~!
 あぁ~あ~目がぁ~あぁ~あ~!!」


目潰しの痛みと激しい暴行によるイゼロン王の情けない悲鳴は
アンネリーがシュトックハウゼンを蹴り飛ばすまで続いた


ズタボロになってのされている姿は、悪役に相応しい末路であった




■要塞陥落!!■


イゼルローン要塞陥落!?

この報せを受けた帝国・同盟の両首脳はベクトルの方向は正反対であったが
ほぼ等量の驚きによって数秒間呼吸を止める事になる


イゼルローン要塞建設以後、なかば永遠に続くと思われた情勢が
わずか半個艦隊によって崩されたのだから、それも無理も無い



やがて、この情報は同盟市民にも伝わり『魔術師ヤン!道化師へイン!万歳!!』と叫ぶ声が
ハイネセン市街に溢れ、同盟中がまるでお祭り騒ぎであった

一方、帝国ではこのありえない事態に対し、すぐさま情報統制を行い
事実を隠蔽しようとしたが、『イゼロン王ムスリキによって要塞がウ奪われた』
『ムスリキ特務大佐は古代イゼロン人の末裔だったんだよ!!』などなど


あることないことが囁かれることを止めることは出来ず
要塞陥落の事実は瞬く間に帝国中に広まって行く
いつの時代であっても、人の口には戸板を立てることは不可能であった


また、その事実と共に要塞で起きた二人の大将の悲恋も同じように広まり
この時代の『銀河英雄史三大悲恋』の一つとして、永く語り継がれることとなる



・・・ヘイン・フォン・ブジン少将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(選挙篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2008/10/19 17:32

一人も欠ける事無く、難攻不落の要塞を
7度目にして遂に手に入れた同盟は

その偉業を成し遂げた二人の司令官を歓呼の声で迎えた


■それぞれの辞表■


奇跡とも言える武勲を打ち立てたヤンとヘインは中将への昇進と
正式な一個艦隊として増員・増強された艦隊の司令官への就任が決定していた

特にヤンの昇進については統合作戦本部長、ヘインの昇進については
国防委員長トリューニヒトの強い推薦があった


もっとも、推薦された本人達にとっては、甚だありがた迷惑であったが


■■


『なんだ二人揃って遅刻もせずに来たと思ったら、辞表の提出とは・・・
君たち二人合わせても医学上の平均寿命の半分にも満たないというのに
やめたいというのか、人生を降りるのには早すぎるとは思わないのかね?』


「本部長閣下、私は貴方とは違うんです。客観的に自分を見て
 自分が軍人に向いていないことを、痛いほど分かっています」
 
『本部長閣下、私もブジン少将と同じ気持ちです』


ヘインは帝国領侵攻作戦で死にたくないから退役を望み
ヤンは本部長の掌で踊ってイゼルローンを落としてやったんだから
あとはお偉方で講和成り停戦なりを上手くやってくれという気持ちで
辞表を提出しており、実の所、やめたいという意志以外は結構ずれていた


『第11艦隊と第13艦隊をどうする?再建と創設されたばかりの
 君たちの艦隊だ。君たちがここで辞めたら、彼等はどうなる?』

「別に何とかなるんじゃないんですか?正直、俺いなくても大丈夫です」
『ブジン中将!!君はそこで黙って立っていろ!!』


珍しく声を荒げて一括した統合作戦本部長であったが
一応、ヤンには退役を思いとどまらせる事には成功していた

一方、ヘインはというと不平たらたらという顔で
そっぽを向きながら本部長の前に立っていたが
ヤンが退出して、56分後にもうちょっとだけ続けるんで勘弁してくださいと
シトレに泣きを入れ、退室を許可された。


■■


『閣下も辞表の提出ですか?ヤン提督と違って
随分長い間部屋に入られていたようですが?』


まぁ、怒られて立たされた上に、無理やり却下させられるわで
最悪だったよ。ほんとシトレのおっさん最近、頑固に磨きがかかってきたんじゃないか?


『本部長閣下も大事な息子を国防委員長殿に取られたくないと見えますな
 まぁ、閣下の辞表が受理されないようで安心しました。貴方は少なくとも
 私を退屈させる事は無さそうですからな。これからも愉しませて貰いますよ』


けっ、俺はお前のおもちゃじゃないっつーの!
ほんと、お前等の薔薇の連隊とは金輪際関わりたくないね
一緒にいたら命がいくつあっても足りないぜ


『おやおや、お褒めに預かり光栄ですな、さて余り引き止めると
 坊やとヤン提督を待ちくたびれさせてしまいますな、では、失礼』



おう、またな・・・あとイゼルローン時の護衛サンキューな!





シェーンコップはヘインの謝礼に振り返る事無く
ただ、片手を挙げて応え、そのまま歩き去った

その覇気に溢れ、自信に満ちた足取りは周囲の目を引かずにいられない物であった
以後、彼とヘインは幾度と無く死線を共にすることになる



■だらしない師父と師兄■


トラバース法・・・、戦災孤児で親族の居ない者達を軍人の家庭が引き取って養育する制度
そこで育てられた子供達の大半は軍人として任に就く、環境と補助金に縛られて・・・

失った兵士を再生産するための制度によってユリアン・ミンツが
ヤンに引き取られて、既に2年を超える月日が過ぎていたが

その間に幾度と無くただ酒を飲みに訪れるヘインとアッテンボローのコンビと
ユリアンは親交を深める事になり、ヘインとユリアンは少し年の離れた
兄弟のように仲良くなっていた。



■■


『またシトレ元帥に絞られていたんですか?』


そうなんだよユリアン、最近シトレのおっさんの野郎
なん~か、俺を目の仇にしてる気がするんだよな


『また、なにか悪戯でもしたのがバレたんじゃないですか?
 なんせ、ヘインさんは同盟軍一の悪戯小僧って聞きましたよ』


また、アッテンボローやキャゼルヌ先輩が出鱈目をユリアンに教えやがったな
まてよ、もしかしてヤン先輩はそんなこと言ってないですよね!!


『おいおい、私はそんなことを喋ったりしてないさ。この件に関しては無罪だ
ただ、そういう風に言われる方にも何かしらの問題があると、私は思うけどね』


ユリアン、ちょっと小遣いやるからどいつがそんなこと言ったか教えてくれ
こんど地位と権力を笠にいびり倒してやる!!


『それを聞いたら益々言えませんね。情報の出所を明かすのは
 ジャーナリストでなくてもやってはならない事だそうですから』


うん、よく分かったぜ!あの伊達馬鹿酔狂太郎の野郎・・・と
ユリアン、シトレのおっさんからせびった金一封だ

今度遊びにった時にうまいもんでも作ってくれよ
余った分は小遣いでいいぜ


『アイアイサー』


『やれやれ、ユリアンにはもっと良い大人と付き合って貰いたいんだが・・・』


いや、同感ですね先輩!保護者失格どころか被保護者に養育されている
どこぞのだれかさんなんかと四六時中付き合っていたらと思うと

ユリアンの将来が心配で心配で、俺は夜も眠れないですよ


『そいつは大変だ。今日はこのまま早く帰って寝た方がいいんじゃないかな?』


せっ・・先輩、もう軽いジョークですよ冗談!やっぱ、ユニークは大事ですよね~♪


『提督!ヘインさん!そんな所で油売ってないで下さい!
 レストランが満員になっちゃいますよ。早く行きましょう!』


あ、置いてくな~!!先輩、とりあえずは飯、飯ですよ!
ユリアンの交友に問題については、その後で酒でも呑みながらじっくり話しましょう


『うん、その提案には同意できる点がありそうだ。一先ず停戦するとしよう』



■マンホールウェイター■


ヤンとヘインがユリアンを呆れさせるような遣り取りをしている間に
飲食店の混雑がピークに達する時間になってしまう。


『あの場所に、あの場所にさえ行けば』と何件かのレストランを回ったが
不遜なウェイターに『ここは満員だ・・・入ることは・・できねーぜ』と素気無く追い返される


ほとほと困り果てる3人であったが、意外なところから救いの手が差出される
三月兎亭に入るもやはり『ここは満員だ』と言われ諦めて店を出ようとした彼等に
見知った女性が合席を進める声をかけて来たのである


普段の凛々しい軍服姿とは違ったドレスを纏った美しい女性、フレデリカであった


■■


『提督、ブジン少将』


普段とは違った柔らかさを持ったフレデリカの姿を見たヤンが
一瞬、というか数瞬ほど立ち尽くし呆けている間に
ヘインは素早く彼女に声を掛ける


「おっ、かっちとした軍服姿もいいけど、私服姿もカワイイな!
 中尉、今からでもいいから考え直して俺のところに嫁にこない?」

『ご遠慮させていただきます!それに閣下には
もっと、相応しい相手が傍にいると思いますわ』

『ヘインさん振られちゃいましたね』「うっせ、振られた数に戦果は比例すんだよ!」


このなんとも下らない遣り取りはしばらく続くように思えたが
合席を進めに行ってなかなか戻ってこない娘を呼びに来た

グリーンヒル大将によって終わりを告げられる


■■


『ヤン中将、ブジン中将、こちらの席だ』
『少将です。閣下』「そうそう、まだ少将ですよ」

『なに、来週には二人とも中将だ。いまから新しい呼び名になれて置くのもいいだろう』
『凄いな、お二人の話ってその事だったんですね?』


ユリアンは少し上気した声をあげ、二人をまぶしい物を見るかのような目で見つめた
ホントは軍を退役したと告げようとしていたヤンは、
複雑な内心を隠しながら力ない笑いで返し

もう一方のヘインは『えっへんえっへん!』と単純に胸を張り偉ぶって見せ
その余りの滑稽さで、目の前に座った父娘を破顔させることに成功する


そんな光景を見ながら、若干気分を取り戻したヤンは
グリーンヒル親子に自分の被保護者ユリアンを紹介した


『ほぅ。君が優等生のユリアンか、フライングボールのジュニア級で
 年間得点王を獲得する活躍だったそうじゃないか。文武両道で結構だ』

『そうなのか?』「さすがは俺の舎弟!褒美にこのセロリを取らすぞ」


落第点すれすれの保護者は驚き、凡人はこれを機とばかりにセロリを少年に押し付けようとした


『閣下、ちゃんと好き嫌いしないで食べてください。あと提督、その事をご存知ないのは
 多分提督ぐらいものですわ。ユリアン坊やはこの街ではちょっとした有名人ですのに・・・』


フレデリカは子供じみたヘインの行動をピシャリと注意しながら
ヤンを軽い空調で皮肉り赤面させた。



■■

『ところで、君達二人は結婚する予定はないのかね?』


ヤンとフレデリカはナイフとフォークを同時に取り落とし
皿にがしゃんという大きな悲鳴をあげさせ

陶器愛好家の老ウェイターをケツの穴に氷柱を突っ込まれた気分にさせた


「まぁ、結婚てのはすぐにピンと来ないですね」
『私もヘインと同感です。婚約者を残して逝ってしまった友人もいますしね・・』


動揺しなかったヘインとそれに続くヤンの言葉が続く最中
フレデリカのナイフとフォークは忙しなく動き続け
メインディッシュの見るも無残なブチマケ状態になっていく・・・

一方、その返答に頷いてからグリーンヒル大将は話題を転じた


『たしか、ジェシカ・エドワーズの事は知っているね?彼女のことなんだが
 今度の補欠選挙で反戦派候補の手伝いをしているらしい。テルヌーゼンの』
『そうですか、反戦派の運動も活発になってきていますからね・・・』


『そう。その分、主戦派の妨害も激しくなっているようだが』
「ほんとですか?やばいですよ先輩、こんど士官学校の式典でテルヌーゼンに
 行かなきゃ為らないのに、暴動とかに巻き込まれたなんて事に為らないですよね」


とりあえず、政治の話題とかには反応が薄いヘインであったが
自分の身に関わりそうな話題への食いつき疾風の如しである。


『例えば、憂国騎士団による反戦派に対する暴行とか?』

『なに、そんなものは心配するに足りんよ。彼等はただのピエロに過ぎん
 大したことなどできはしないさ。ふむ、このコニャックゼリーサラダは絶品だな』

『同感です・・・』「たしかにこのゼリーは詰まる心配は無さそうですね」



ヤンはサラダの味には同意しつつも、憂国騎士団に対する見解については
全く共感することはできなかった。彼等の後ろにいる国防委員長を始めとする
政治屋達の力を過小評価する気にはなれなかったのだ。


ヤンは横目でヘインを一度見つめ、小さな誰にも気付かれないような溜息をついた
自分は横の能天気に食事をする後輩のように、彼等と上手く付き合えそうにはない
この要領の悪さが、何かの報いとして返って来るのではないかという思いを持ちながら・・



■テルヌーゼンへ行こうよ!■


ヤンとヘインは士官学校の記念式典へ出席するため
ユリアンはそのお供としてテルヌーゼンへと足を伸ばしていた。

ヘインは昨日のグリーンヒル大将の話から
ジェシカがここにいる事を知って、若干ではあるがテンションを下げていた

こんど仲直りをしようとは思ったものの、
こんなに早く再会のチャンスが来るとは思っていなかったのだ

ヤンの方もまた反戦活動に身をおく亡き親友の婚約者と再会するチャンスに
ヘインとは全く違う次元ではあるが、その気分を憂鬱にさせていた。


■■


『着きましたよ。ヤン中将、ヘインさん起きてください!』


ふぁ~、もう着いたのか?もう少し眠らせてくれりゃいいのに
サービスの悪い航空会社だな


『理不尽な文句を言ってないで降りるぞヘイン』


うい~、先輩やけにテンション上がってるな・・・まさか、ジェシカとヤル気か!?
そうか、婚約者を失って意気消沈している女をやさしく、やししい言葉で誑かすんだ!!
怖ろしい、何て怖ろしい人なんだ・・・魔術師ヤンの異名は伊達ではないということか・・・


『なにをぶつぶつ言っているんだい・・早くしないとほんとに置いて行くぞ』


ちょっと、待ってください・・・残りのビールだけちょっと飲ませてって
ハイハイ、行きますから荷物ももって、あれ?ユリアン俺のサイフが?

あ、上着のポケット?あったあったサンキュー!


■■


『お見えになったわ!』『おい来たぞ、時間通りだ!!』

うぉっ!眩しい・・・いきなりフラッシュ攻撃かよ
なんか南国帰りの芸能人気分って奴か?こんどグラサンでも買ってこよう


『ようこそテルヌーゼンへ!!アスターテ、イゼルローンの両雄の訪問を
このレイモンド・トリアチ、盛大に歓迎いたしますぞ!さぁ此方に・・・』


『いやぁどうも・・』「諸君、私は再びテルヌーゼンへ還って来た!」






空港に着くや否やのタイミングで、取材陣や主戦派候補に囲まれた
ヘインとヤンはまんまと主戦派陣営の策に嵌められてしまい

トリアチの応援の為に駆けつけたかのような報道をされる事になる

この結果、補欠選挙における反戦派陣営に傾いた流れは
一気に主戦派側へと雪崩をうって変わる事になってしまう

なんといっても、大人気の若き英雄が応援に来たという効果は非常に大きいのだ


この選挙情勢の変化をハイネセンで聞いたトリューニヒトは
『ヘイン君は実に良くやってくれているようだ』と側近に漏らし
この結果に対して、非常に満足していた。


一方、一転して形勢有利から不利へと叩き落された反戦派陣営の
ヤンとヘインに対する悪感情は暴発寸前まで高まっていた。



■ハイヒールはお好き?■


『はぁー、こんな所まで来てヘインと一緒に政治ショーに付き合わされるとは
 思わなかったよ。やれやれだ・・、私等二人は主戦論者の応援に来たようなもんだ』

「そういや、国防委員長がやけに熱心に式典参加を勧めてきましたからね」


『やはり国防委員長閣下の差金か、ヘイン、君はどうして断らなかったんだい?』
「断れたら断ってますよ!式典なんて面倒な物に、俺が好き好んで出ると思います?」

『そうですね、ヘインさんは式典に出るって言うよりは
サボったり、途中で逃げ出したりする側の人間ですよね』

「ユリアン!笑いすぎ!!まぁ、否定できないのが痛いところだけど・・・」





TVの選挙報道をみながら、あーでもない、こーでもないとうだうだ言いながら、
ヤンやヘインはホテルのベッドに寝転がっていた。

そんな気分を少しでも変えるかなと、ユリアンが紅茶でも入れましょうかと
二人に提案したとき、部屋のブザーが鳴り響いた。

『俺が出ようか?』というヘインの申出を遠慮して
ユリアンは玄関まで行き扉を開けると、数名の男たちが部屋へと駆け込んできた



■■


『ヤン・ウェンリーとヘイン・フォン・ブジンだな!!』『よくもあんなマネをしてくれたな!!』


なになに??テロ!!テロですか?
ちょっと、早くに逃げるか助けを呼ばないと!フロント!フロントに電話!!

『電話をかけさせるな、押さえろ!!』
『ボッコボッコのギッタギッタにしてやるぜ!!』


ちょ、おまなんでジャイヤンTシャツをって痛い痛い殴らないで
ゴメンナサイ、ゴメンナサイゴメンなさい・・・・


『やめなさい!!!何をしてるの!!!』

『やぁ、ジェシカ・・・』『ごめんなさい、ヤンこんなことをしてしまって・・・』



いやいや、ちょいまって!俺まだフルボッコですよー!
ちょっとジェシカさん鳩尾に食い込んだハイヒールを・・・ゴォハッ・・

ゆッユリアン、震えてないでたっ、助けてくれ・・・
いや、手でスミマセンなんてジェスチャーはいらんから・・

痛い!!痛いって!!ヒールが刺さってる刺さってるってぇええ!!


『五月蝿いわね、ボブ・・あと五発ぐらいでいいわよ』


って、ジェシカ!!!おまry・・・そりゃ、言えボブさん私に文句など


■■


『ヤン・・痛む・・・?』『いや、たいした事はないさ』


いや、俺は痛む?ってどころじゃねーぞ!!!!!


『本当にごめんなさいね・・・彼等がここに押しかけると聞いて
 慌てて貴方だけでも助けないと、と思って駆けつけたんだけど』


おいおい、俺はいいのかよ!!『ゴスッ!!』
いや、なんでもありません・・・、黙って座ってます。

ヒールが全部壁に全部めり込むって・・・・


『明日の式典には出るの?できたら出ないで欲しいの』
『それは無理だよ。残念な事に私は軍人だ。上層部の命令に逆らうわけには行かない』

『そうね。ラップも同じような事をいっていたわ・・・そう貴方と同じ事を・・・
でも、今日のようなことはしないで、分かるでしょう?私たち反戦派グループは
補欠選挙で独自の候補を立てて戦っているの、貴方達が来るまでは優勢だったんだけど』

『すまない・・・私達の軽率な行為で、謝るよ・・』
『もういいわ。今日は本当にごめんなさい・・それと事を表沙汰に
しないでくれたことを感謝するわ・・・それじゃ、さよなら・・・』


「ジェシカ!!ラップ先輩・・・助けてやれなくてごめん・・・」


『・・ううん、貴方が謝る必要は無いわ・・本当は私だって分かっているのよ
 貴方が悪いわけじゃない。仕方がなかったんだって・・・でも、まだ・・・
 どうしても駄目なの!!誰かに気持ちをぶつけないと・・・ごめんヘイン』

「いいよ、ジェシカ・・見ての通りで、俺は昔からぶつけられ慣れてるからな
 多少の、ほんと多少だぞ!それ位なら受け止めてやるよ。友達だからな・・」





最後のヘインの言葉にジェシカは返事をする事無く
一度だけ振り返り、しばらく見せることのなかった
優しい微笑みをヘインに見せ、ホテルの部屋を後にした


そこに揺るぎ無い決意を見たヘインは、ジェシカに政治活動を
止めろなどと言う事はできなかった。


彼女が既に命をかける覚悟を終えていたことを悟ったのだ



結果として、代議員補欠選挙は反戦派の勝利に終わった
一時、ヘイン達の登場で圧倒的な劣勢に陥り、
独自に立てていた候補すら暗殺される窮地に立たされた反戦派運動家達であったが


新たに弔い合戦の旗頭として悲劇のヒロイン、


そう、ジェシカ・エドワーズを候補として
前面に押し出す事によって見事な大逆転勝利をおさめることになる



■いつものハイネセンで・・・■


((テルヌーゼン選挙区ではジェシカ・エドワーズ嬢が圧倒的な得票数で・・・))


『どうやら、ソーン・ダイクン候補者を暗殺したことが
 主戦派にとって悪い結果をまねいてしまったようだな』

そうですね、憂国騎士団も無茶が過ぎたって奴でしょう
国防委員長の方も下の暴走にカリカリしてるんですかね?


『君のその他人事な発言を聞いたらトリューニヒト委員長の失望が
 大きくなるだろう。同士と信じていたのが自分だけだと気付いたら』


なに笑ってんですか総参謀長、別に俺はどこかの派閥の
一員になった記憶なんてないですよ。どっちかっていうと幅にされてるぐらいですよ


『ふぅ、それは君の価値が政治的にも、軍事的にも非常に大きいからだろう
 どの派閥の人間も君の力が欲しくてしょうがない。だから、あたかも自派閥に
 属しているかのような振る舞いをする。それは本部長閣下も変わらないだろう?』


そんなもんですかね~?そういうのはヤン先輩に全部任せたいんですけど・・・


『中将♪やっとみつけましたよ!みなさんもう第11艦隊司令部室に集まってますよ』

『フォーク少佐、今日の夕食をブジン中将がご一緒したいそうだ』
『ほんとですかおじ様~!じゃなくて、総参謀長閣下・・』

『あぁ、アンネリー君も偶には上官にご馳走してもらうと良いだろう』

ちょちょっと、総参謀長!!なに『はっはっはっ』とか言って去ってくんですか
『若いとは良きことかな』じゃないぞ!おい、まてコラおやじ!逃げんな!!


『中将、今日はがんばって早くお仕事終わらせましょうね♪』


了解・・・まぁ、頑張って早く上がれるようにしますかね?『ハイ!』





銃後の平穏をいつもよりは慌しくない過ごし方をした凡人達であったが
その裏で、着々と更なる戦いの準備が進められていた。


血を流さずに得た勝利の美酒は、余りにも甘美に過ぎて
人々の冷静さを眠らせるのに十分すぎる代物であった。



・・・ヘイン・フォン・ブジン少将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~




[3855] 銀凡伝2(逆転篇)
Name: あ◆100b7b36 ID:95e0420a
Date: 2010/05/03 20:41
等価交換、これが人類の歴史において唯一絶対の原理であったのなら
これほど素晴らしいことは無かっただろう

流された血に相応しい対価を得ることが出来るのだから・・・


■最後の晩餐■


なんか二人きりになって良く分かった
いやほんとアンネリーかわいいわ

正直、これで兄貴さえまともだったら・・・
もうどうにかしてるね!!ほんと惜しい惜しすぎる!!!

『中将??どうかしました?』

「いや、アンネリーってかわいいなぁ~って見てただけ」

『えぇっ!?○×△?・・・////』


ほんと、この顔真っ赤にして照れてる姿とか反則だろ
もうこれは一種の拷問だね・・もう呑むしかないだろ?



『あの~ぅ、中将ちょっと今日は飲みすぎかな~?って・・・』

「いや、ぜんぜん平気平気!ちょっと意識が飛んだりしてるだけだって」

『中将、もう帰りましょうよ!わたし送りますから・・ね?』


イエ~ス!アンネリーにお持ち帰りされちゃうぜ!!!
もう、どこにだって連れて行ってくれ!!
ぼくちんぱらりらなのらレロレロレロレロレロ・・・



■■


・・・うん、着いた??どこここ?

『おはようございます♪残念ですけどまだ着いてないんです
 ちょっと、交通システムの方にトラブルがあったみたいで・・』

あ、そうなんだ・・ここどこらへん?
あんま見たこと無い風景だけど、歩いて帰れそう?


『ちょっと中将の家まで歩いてくには距離がありますね
 ・・えっと、私の家はすぐそこなんでよかったら・・・あの・・』


よし!アンネリー、家まで送ってやるぜ~!!
かわいい女の子を夜道で一人させるわけにはいかない

さぁ俺について来い!!目指すは桃源郷!!


ん・・・どうした?俺達の前には無限の道が広がっているんだぞ?
俺と共にその道を歩みたくは無いのか?


『そっそんなこと無いです!歩きます!歩きたいです!!』


うむ、行くぞ!俺達の歩みは始まったばかりだ!『ハイ!』




意気揚々とエキセントリックに出発した
ヘインとアンネリーの終結点はすぐそこであった
距離にして約300mほどである


『オウェエッ、ウゲッ・・ゲエッカウン・・オェエツグ・・』


完全なる酩酊状態でアンネリーの自宅と逆方向へと向かった
旅立ちはカ時代の流れに逆らうものであったのかもしれない


しかし、アンネリーは飲んだくれの暴走にも失望せず、
逆流に嫌な顔をすることも無く、ヘインに肩を貸しながら
自分の住む官舎まで運び甲斐甲斐しく介抱する。




■何がおこったのか・・・■


横で寝ているアンネリーが起きる前に確認しておくぜ
俺は今彼女のカワイさという物をしっぽりとだが体験した
い・・いや体験したというよりまったく素晴らしいものだったんだが

あ・・・ありのままにおこった事を話すぜ・・・

女の子と一緒に食事に行って酒を飲んだら
朝には全裸でチンコ丸出しだった・・・

なっ・・・何を今更言っているんだと思うかもしれねーが
俺もナニをしたのか分かっている・・・

気の迷いだとか、ノリなんてチャラチャラしたもんじゃ、断じてねぇ!!
そうもっと激しい・・・頭がフットーしそうな感じを味わったぜ



『うぅ・・・ん、中将・・・?え!?あぁえっと、おはようございます
 その、えっと昨日は多分お互い酔っていたと言うか、その
 別にわたしは全然OKでって・・むしろ凄く嬉しいですけど
 中将をわたしが勝手に連れ込んだだけと言うか・・あの・・・・・』


アンネリー、俺と付き合ってくれ


『えぇええっ!?つ・・つっきあって!?あっ朝からですか???』


おいおいそっちの意味じゃないって、少し落ち着け
まぁ、そのちょっと先に親密になっちゃったけど

できたら恋人になって欲しいというか・・・


『なります!!すぐなります!今なります!!!』





晴れて新しい関係を築くこととなった二人は
仲良く出勤しようとしたのだが、一方がちょっと上手く歩けないこともあり
二人仲良く有給をとって朝から第2R・・・



それ以後、二人は自然とどちらかの官舎に入り浸るようになり
『死ねばいいのに』と言われても仕方がない幸福をヘインはしばらくの間
満喫するのだが、その幸せボケは大きな報いとなって

ヘインだけでなく自由惑星同盟全体に降り掛かることとなる


  
  アンドリュー・フォークが帝国領侵攻作戦を上申したのだ



■兄として、軍人として■


どこかの馬鹿がセクロスパコパコ♪パコパコセクロス♪と
危機感ゼロで我が世の春を謳歌する中

彼女いない暦=年齢の魔法使い予備役准将は
ヤンにヘインという強力な出世レースのライバルを追い抜くため
日夜、起死回生の作戦案を練り続けるという過酷な生活を送っていた。

夜は近くのコンビニで弁当を買い・・・それすらする気力もないときは
レトルトカレーをパックからダイレクトに啜っていた。


そんな、一人寂しくつらい日々を過ごす中
最近、めっきり顔を出さなくなった妹は『元気にやっているのだろうか?』と
心配したりもしていた。


戦死した父や早く病死した母に代わって
妹の面倒を見てきた彼はアンネリーに相応しい男が現れるまで
休むことなど許されないと思い、ただひたすら軍務に精励し続けていた

また、アンネリーが自分と同じ道を歩みはじめると、その傾向は更に大きくなった
兄として、妹に胸を脹れる軍人でありたいと強く思うようになったのだ
帝国にラインハルトあるならば、同盟にフォークありといった感じである


そして、彼は軍人として最高峰の地位に就く才覚を持っていると信じて疑うことはなかった。
唾棄すべきヘインやヤンなどという劣等生とは違い、あらゆる教科において主席であった自分が
彼等以上に栄達することは彼の価値観の中では当然のことであったのだから・・・


もし、その価値観が唯一絶対の真理であったのなら、
多くの悲劇と災厄は起こることなく、平穏な時代が訪れていただろう



■親友と悪友■


『ねぇ、ねぇ!アンネリーったら!!!』

士官食堂で親友のフレデリカに何度も声を掛けられるアンネリーの表情は
どこぞのアホ上司のように緩みきり涎まで垂らす始末であった


「へっ!?アハハハ・・・ごめんね。ちょっとぼ~っとしちゃって」
『ちょっと・・じゃないでしょ?涎まで垂らして・・ほらこっち向いて』


小言を言いながら親友の口をハンカチで拭ってやるフレデリカも
アンネリーが掴んだ幸せを自分のことのように喜んでいた

ちょっと相手の男が頼りなさげに見える所が不安ではあるが
一応、同盟軍でもヤンと匹敵する英雄であることは紛れもない事実と
自分を納得させていた。

なにより横で親友が見せる本当に幸せそうな微笑の前では
小さな不安など些細なことなのだから・・・


『フレデリカ!今度はヤン中将とフレデリカの番だよね♪』



■■


いや~、人生とはかくも素晴らしいものとは

『相変わらずのマヌケ面が更に酷い事になってるぞ?』


うるせー!!・・はは~ん、さてはアッテンボロー君は
モテナイ男の僻み恨み妬み嫉みちゃん状態って訳かな?ん~?


『ほぅ・・・中々面白い意見じゃないか?俺は長いこと独身主義って奴と
 共に歩いていたと思っていたんだが、どうやらお前の見立てでは違うらしいな』


あの、えっと・・・アッテンボローさ~ん?ちょっと指がこめかみにめり込んで
ちょっと痛い!!痛い!すんません!すんませんちょっと調子乗ってました。


『ったく、あんまりいい気になってるとヴァイトやコクドーに殺されるぞ』


あいつ等、最近俺を見る目が上官を見る目じゃないとは思ったが
俺の事を狙ってる目だったのか!!ふっ・・・持てる男はつらいぜ
 

『そろそろ茶番は終わりでいいか?我々も暇という訳ではない』



■勇将と凡将■


これは失礼、ウランフ中将にボロディン中将にお越し頂けるとは
このヘイン・フォン・ブジン感激の極み!!!


『戯言はいい!いいからさっさと用件を言え小僧』


まったく、ウランフのおっさんは相変わらず短気だねぇ
そんなことじゃいつか禿げるぜ?


そんじゃ、本題と行きましょうかね・・・
アッテンボロー悪いけど資料を二人に渡してくれるか?



   「『なんだこれは?帝国領侵攻作戦だと!?』」



そう・・・どこぞの馬鹿が立案して政府筋に持ち込んだ与太話
一応は作戦案が通らないように俺のほうも動いたんですが
事前にこの資料を手に入れるのがやっとでした。


『なにが動いたんですがだ。鼻の下伸ばしてる間に手遅れになっただけだろ』


    五月蝿い!!お前は資料を渡したらとっとと出てけ



『ハッハハッハ・・・ウランフ、二人とも中々面白い坊やじゃないか』
『そうだろう。会うだけの価値はあるだろう?あとは話を聞いてから判断するとしよう』





アンネリーに完全にうつつを抜かしていたヘインは
フォークの蠢動を防ぐことができなかった。

もっとも、ヘインの政治的コネであるトリュ-ニヒト国防委員長は
無謀な作戦によって現閣僚首班が失策を犯したほうが都合が良いと考えていたため
必死になって行動した所でどのみち結果は変わらなかっただろうが


とにもかくも無謀な出兵案の実行を未然に防ぐ事ができなかったヘインは
次善の策として、出兵作戦会議で艦隊司令官の一斉反対
名付けて『絶対行かないからな大作戦』を発動させる事を適当に思いつき


特に軍内部でも影響力の強い二人の勇将を第11艦隊分室に招いたのだ
欲を言えばビュコックにも来て貰いたかったのだが


『小僧の部屋までわしが何故わざわざ出向かなければならんのだ』と
派閥行動をとことん嫌う老将には素気無く断られてしまった。

もっとも、原作から考えればビュコックが出兵案に
賛成するとは思えないので、ヘインはその点については心配していなかったが・・・


手紙の宛名に『ドッビュコック提督へ』とふざけて書いたのは
ちょっと拙かったかな?と少しだけ後悔していた。


まぁ、なんとか侵攻作戦の本会議前に出兵反対派の構築に成功したのだから
原作より多少はマシな状況であろう。政府の決定のためどのみち出兵はするだろうが

その出兵案に対する反対意見が個々で出るのでなく、
軍部の一派から出たという形になれば、出兵推進派の作戦司令部にも
多少の影響力を持てるようになる見込みが十二分にあるのだから

また、そうでなくとも反対派閥外しとして、反対派の提督が率いる艦隊が
イゼルローン駐留や本国首尾に回される可能性もあり

どっちに転んでもヘインに損のない結果が得られる


この話を聞いた二人の勇将はそう勝手に深読みし
ヘインからの会議での協力要請を快く引き受けた。


少しだけ、そう少しだけ歴史に逆らう風が吹き始めていた



■逆転会議!!■


宇宙暦796年8月12日、自由惑星同盟軍会議史上最も白熱した議論が展開される

統合作戦本部地下の大会議室にシトレ元帥以下集まった47名の将官は
政府によって決定された帝国領侵攻作戦について討議するため集まっていた。



『帝国領侵攻作戦』、この愚かしくも魅惑的な作戦の生みの親はフォーク准将であったが、
その作戦が浮上する土壌を生み出したのは、ヤンと他でもないヘインであった・・・


それほどイゼルローン占領と二人の英雄の誕生という果実は甘く
政府首脳と軍首脳に大いなる楽観と誤解を生み出させてしまったのだ

彼等なら、今ならば帝国自体も易々と倒せるのではないか?・・・と


多くの直接と間接の要因が複雑に絡み合った結果
フォークとヘイン、奇妙な因縁で結ばれた二人の男の戦いが始まることになる



■■


シトレ元帥に続き発言をしたのは、帝国領侵攻作戦軍総司令官のロボス元帥ではなく
そのお気に入りの幕僚、そうアンドリュー・フォ-ク准将だった



『本日お集まりいただいた将官のお歴々に、先ずは今回の作戦立案者たる小官から
 ご挨拶させて頂きたいと思います。小官自身もこの同盟開闢以来の壮挙に
幕僚として加われることは武人の誉れ!これに過ぎたるはないと考えております』

『能書きはいい、具体的な作戦内容について説明してもらいたい』



自分に酔いまくったフォークの演説を不機嫌そうに遮ったのは
第10艦隊司令官ウランフ中将だった。その顔は不機嫌そのもので
周りの者は彼がこの作戦案に反対である事を悟った。


一方、自らの演説を中途半端な形で遮られたフォ-クは
一瞬、頬骨の上の筋肉をヒクつかせたが何とか耐え、
自ら成功すると信じて疑わない作戦内容を諳んじる

その内容は美辞麗句に塗り固められただけの抽象論に過ぎず
それは突然立ち上がったヘインの激しい追及によって再び遮られる



「本部長!!フォーク参謀は抽象論を述べるだけで
作戦の具体的な内容をなんら示してはいません!!」

『うむ、ブジン中将の意見を認める。准将は速やかに具体的な作戦案を述べよ』


『クッ・・・分かりました。今回、小官が立案した作戦はその動員規模は
過去最大の物であり、その大軍による侵攻によって敵の肝を冷やす事は
容易いこと。それだけを見ても自由惑星同盟の武威を示す事になりましょう』 



「異議あり!!武威を示すだけであるならば数個艦隊を動員した
 示威行動で十分なはず!作戦参謀の案は明らかに過剰動員です!」


『ふむ、中将の言も最もではあるな・・・、示威行為のためだけに
9個艦隊も動員するなどとは、戦力の運用に問題があるのでは?』


『もちろん、これだけの大兵力!示威行動に終始するのではなく
 高度な柔軟性を維持しつつ、帝国軍の撃破、帝国人民の解放などなど
 自由惑星同盟軍に求められる偉業を達成する事を目的としております』



出兵反対派のシトレもヘインに賛同してか
フォークの意見に疑問をぶつけたが、彼は動じる事無く
しれっと『まだ作戦の一部を言っただけですぅw』みたいな返答を返し
あっさりとヘイン達の舌鋒を逸らした。





『なんでもかんでもやるというのは聞こえは良いが、要は軍事行動の
 目的が定まっていないという事ではないのか?明確な回答を頂きたい』

『ボロディン中将の危惧も、確かに一理あることだと小官も思いますが
 今回の作戦は、その規模!参加兵力!艦隊動員数!!すべてにおいて
 過去に行われた作戦内容を凌駕するもの!!当然、唯一つだけの
 軍事行動の目的を設定するのみで足る形にはなりえません』



続いてフォークに疑問を投げ掛けたのはボロディンだった
実戦経験多い古参の将官は、このボロディンの堅実な意見に首を縦に振ったが
後方勤務や戦歴がそれほどでもない将官達は、今回の作戦の規模に惑わされ
フォークの言に一理有るのではないかと思い

議場の空気は未だ出兵賛成派が優勢であった。
なにより彼等には政府の決定という大義名分があるのだから



『では、帝国領への攻勢をこの時機に定めた理由について伺いたい』



『大攻勢です!!戦いには機と言う物が有ります。いまイゼルローン要塞を
 手中に収め、その事実に浮き足立つ帝国軍を討つ事は、機に乗った行為
 それをむざむざと逃すことは、敵を悪戯に利する愚かな行為と言えましょう』



流石に選挙に勝つ為に政府が侵攻作戦に乗ったとは
言わないだろうと思い質問したヤンであったが

機などというあやふやな物で大規模な軍事作戦を実行するという返答に
頭を真っ白にされ、前途によぎる暗雲に頭を抱えたくなっていた


だが、それでもヤンは部下の命を預かる者の責任として
ラインハルトの危険性を引き合いに出したり、その他の出兵反対組みと同調しながら
彼らしからぬ勤勉さを持って、侵攻作戦の無謀さを説き続けた・・・






こうして、原作以上に激しい反対意見が数多く出されたため
会議は紛糾し続け、どちらの論が正しいか結論が中々出ず

会議はこのまま終わらないのではないかと思われたが
会議中、ほとんど発言をしなかったというか、

居眠りしていたロボス元帥によって、唐突に終わりを迎える事になる



『ふむ、議論も尽きぬようだが作戦の実行は政府によって決定済みである』



この発言を聞いた賛成・反対派は皆『それを言っちゃ御終いよ』と思ったが
それに異議を唱えることだけはできないことは理解していたため

長く長く紛糾した会議は嘘のようにあっさりと終わりを迎える事になる。


ただ参加艦隊の半数以上が侵攻に反対であると浮き彫りになった事は
作戦の実行に当たって少なからぬ修正が必要であると
作戦司令部に認識させるのには十分なものであった。


凡人の足掻きによって少しだけ形を変えた帝国領侵攻作戦・・・
その結果、同盟や帝国がどのような影響を受けるのか?
その答えが出されるには、もうしばらくの時間がかかりそうであった


・・・ヘイン・フォン・ブジン中将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~





[3855] 銀凡伝2(乖離篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2008/11/22 18:42

史上最大の作戦という言葉の下に、幾度と無く塗り替えられてきたその作戦規模は
遂に両軍をあわせて5000万を超える規模にまで到達しようとしていた



■大動員■


宇宙暦796年8月21日、帝国領侵攻作戦司令部がイゼルローン要塞に設置される
その規模は同盟軍史上最大の物であり、総動員数は3,000万人を超えるほどであった

また、その陣容も層々足るもので総司令官には宇宙艦隊司令長官ロボス元帥が就き
作戦の総参謀長としてグリーンヒル大将、作戦主任参謀にコーネフ中将がその任に就き
その下にフォーク准将を始めとする5人の作戦参謀が置かれる

また、情報主任参謀としてビロライネン少将、後方主任参謀にキャゼルヌ少将が配置され
作戦司令部を設けるにあたって最高のスタッフが集められた


続いて、作戦の実働部隊として動員された艦隊は9個艦隊
クブルスリーの第1艦隊と新設されたルグランジュの第6艦隊を残し
全ての艦隊が動員されており、
ヘインの率いる第11艦隊も当然参加する事になっていたが


事前の作戦会議で出兵反対派の急先鋒として動いた彼を
司令部がどのように扱うか作戦開始当初は不透明であった。

大方の予想では要塞防衛に終始させ、武勲を立てさせないような形をとるか
無謀に猪突させ作戦成功の生贄にするのではないかと考えられていたが

作戦司令部に対して国防委員会から内々に圧力がかかり
ブジン艦隊を遊撃艦隊としてフリーに動く権限を与えることが既に決定されていた。


この国防委員会もとい国防委員長の介入は、ロボスを始めとする司令部に取って
苦々しい物であったが、この作戦自体が政府の介入を利用した物であったため
介入を跳ね除けるどころか、ヘインの動きを公然と批判することも叶わなかった。



■その時、歴史がズレた■


とりあえず、作戦自体は潰せなかったけど
自由に動ける権限だけを手に入れられたのは大きいな

このまま最後まで要塞防衛に専念すれば、とりあえずこの先生きのこることが出来そうだ
さて、俺の部屋にアンネリーを連れ込んでキャッキャッしながら過ごそうかな


『ヘイン、明日にはウランフ中将達と共に帝国領へ出陣するから、
お前もちゃんと部屋を引き払う準備をしておけ、遅れるなよ!』


お前は何を言ってるんだ?


『何って、お前がウランフ提督とボロディン提督に頼んだ「急襲作戦」の開始は明日だ
 敵が物資の引き上げを終える前に急襲して、敵の仕掛ける兵站疲弊策を阻止するんだろ?』


いや、危険を顧みずに阻止しに行くのは先鋒と次鋒のウランフとボロディン達だろ?
何で俺がそんな危ない事をしなくちゃいけないんだよ!!
俺は行かないぞ!イゼルローンの一番奥で引き篭もるんだ!!絶対出ないぞ!!



『まったく、世話の焼けるのは士官学校時代から変わらんな
 ヴァイト、コクドー!悪いがヘインを旗艦まで運んでおいてくれ』

『『了解しました!アッテンボロー准将!!女にうつつを抜かすけしからん
 ブジン司令官閣下を迅速に旗艦まで、情け容赦なくお連れ致します!!!』


放せ!!ヴァイト!コクドー!!お前等が魔法学校生なのは俺のせいじゃないだろ!!
おい!!ちょっと!!お前等上官だぞ!!上官に逆らうのか!!


『アレ?シレイカンノコエガ、キコエテコナイヨ?』
『超光速通信でも偶にあるよな。音が遅れるどころか聞こえなくて口パクになるやつ』


お前等、完全に無視して連れてくきかよ!!ほんとヤヴァイってマジで死ぬ!!
お願い俺の話を聞いてくれ~





帝国領侵攻作戦、これまでにない未曾有の規模で行われたこの作戦

後に、この作戦がその後の帝国と同盟の永き戦いの行く末を
決定付けたことは広く知られていますが

今回は、その中で同盟の英雄として名高いヘイン・フォン・ブジンが演出した
帝国領侵攻作戦緒戦における同盟軍の勝因にスポットを当てて見ていきます。


そして、今回のその時は宇宙暦796年8月27日
自由惑星同盟軍の先鋒部隊が帝国領への侵攻を開始した日とさせて頂きます。


■■


さて、今回の主人公ヘイン・フォン・ブジン中将は、この帝国領侵攻作戦に至るまで
数々の武勲を立て、既に英雄としての地位を築きあげていました。


しかし、最近の研究では皮肉な事にその彼が立ててしまった武勲によって自身が強く反対した
帝国領侵攻作戦が立案される事になったとする説が有力になってきています。


まずは、彼自身が立ててきた武勲や生い立ちについて簡単に触れながら
彼の人柄について紹介してきていたいと思います。


--------------------------------------約9分省略---------------------------------------------------


こうして、帝国領侵攻作戦の実行部隊の一員となったブジン中将は
失敗するであろう侵攻作戦の被害を最小限に抑えるため

志を共にするもう一人の英雄ヤン中将等と図り
実働部隊の艦隊司令官を集め、その総意を持って司令部の方針に意見するという賭けに出ます。





全軍がイゼルローン要塞に集結して間もなく、
ブジン中将は動員された艦隊司令官全員を盟友ウランフ提督の名前を使って集めます。
これは、まだ年若くしてほかの提督達と肩を並べる事になった自分が主導しては
経験や戦歴が豊富な司令官の反発を招くことになると考えたためと言われています。

この点が、かつて才走り大きな失敗をしたホーランドなどといった
若手将校との大きな違いでした。彼は自分の若さが持つ欠点をよく理解していたのです。


こうして、策を弄して8名の提督を一室に集めた彼は
敵将ラインハルトが取るであろう恐るべき作戦を披露します。

その内容は帝国軍が民衆を武器として同盟軍の兵站に壊滅的な打撃を
加えようとしているという俄かに信じ難いものでした。


この作戦の概要を聞いたヤンを始めとする一部の提督達は
事態の深刻さに気が付いたが、当然ながらそうでない提督達もいました

ブジン中将は彼等に自説の正しさを照明する必要があり
その説明を腹心のアッテンボロー准将に一任します。

こうして、後に弁士としてもその名を銀河に轟かす事になる
アッテンボローの独演が集まった提督達の前で始まります。

彼は帝国軍がイゼルローン近辺から全軍引き上げる際に根こそぎ物資を徴発していくこと
その物資が何も無い辺境星域を占領した民衆の解放を謳う同盟軍は物資を拠出せざるを得ず
動員数以上の民衆を食わせるための物資を用意しなければならなくなるという
暗い未来予想図は順を追って分かり易く説明します。

また、この会議に艦隊司令官以外で呼ばれた数少ないものの一人
キャゼルヌ少将も補給担当の責任者として、
補給計画に入ってない物資を調達することは事実上不可能であり
数ヶ月も経たない内に同盟軍の物資が枯渇するだろうと断言します。

この流れるような説明と補足に、
当初、ブジン中将の言に懐疑的であった提督達も
自分達が深刻な状況下にある事を認識し、
なんとか事態を打開するための方策を必死に考え始めます。

そして、しぶしぶといった体でこの会議に参加した
ある老将が重い口を開きます。その半世紀の重みを持つ発言が
最終的に会議の流れを決める事になります。

■■


『占領していない地の民衆を食わせる義務は我等には無い』


ビュコック中将はこのような趣旨の発言を会議の中で行い
この発言に逸早く賛同したのがヤンとウランフであったと資料には残されています。

この発言は、飢餓に見舞われるだろう帝国の民衆を見殺しにするといった感があり
読者の皆様の中には冷たすぎる印象を彼等に持たれるかも知れません。

しかし、それに対する一つの答えとして、最初の発言以後
ひたすら沈黙を守り続けていたブジン中将が自らの意見を述べます。


『そもそも帝国の民衆を食べさせる責は帝国に有り
我等の責は生きて祖国の地を踏むことではないか?』


自分の部下達を一人でも多く生きて祖国に帰す
上官にとって、この当たり前すぎる答えは提督達の心を大きく動かします。


そして、ボロディン中将が採るべき最良の方針を示すことで
長かった会議は終わりを迎える事になります。

彼は、敵が戦わずに引く事を第一とするなら、
偵察・索敵を一切省き敵の想像を超える侵攻を行い
敵が物資の引き上げを終えぬうちに急襲を仕掛けると言う


まさに『拙速をもって神速と為す』という大胆な作戦を提案したのです。



この提案は戦いを生業とする生粋の軍人にとって魅力的な物であり
後退より前進を好む彼等の大半はそれを喜んで受け入れます。


こうして、精鋭三個艦隊による帝国領急襲侵攻作戦案が
実戦部隊の手によって立案され、総司令部に提出されることが決定します。



この全艦隊司令官と後方主任参謀の連名で出された作戦案を
握り潰そうと総司令部のフォーク准将を中心とする一派が動いたようですが、
実働部隊全員の上申を握りつぶす権限は彼等には無く、作戦は実行に移されます。


■■


今回のその時、宇宙暦796年8月27日
ブジン中将が率いる艦隊を中心とした
自由惑星同盟軍の先鋒部隊が帝国領への侵攻を開始します。

彼等の侵攻速度はそれまでの侵攻作戦の常識を打ち破る物で
未知の敵地に侵攻する際にする注意の全てを怠る事によって得た物だったのです


その余りの侵攻速度に、もっとも首都から離れた辺境星域で物資の引上げを行っていた
ケスラー提督が率いる艦隊は予想外の遭遇戦を強いられ
艦隊の3割を越す艦艇を失うだけでなく、
引上げの際に民衆から徴発した多くの物資を奪いとられる大敗北を喫します。

この報せに驚いたローエングラム伯は、盟友たるキルヒアイスに後の双璧と呼ばれる
名将二人をつけた三個艦隊の大兵力を援軍として送りますが


ブジン中将達は既に引き上げた後で、何ら戦果を得ることは出来ませんでした。


今回は、同盟史上最も無謀とも言える作戦において
予想外の緒戦での勝利がどのようにして生まれたかを中心にお送りしました。


今日はこのSSの終わりに当たって、その後の侵攻作戦の流れについて簡単に触れると共に
出戦に挑んだ前後のブジン中将に関する資料の記述をご紹介しながらのお別れといたします。
ご拝読ありがとうございました。




遠くイゼルローン要塞の総司令部はこの緒戦の勝利による報せを受けると
大いに慢心し、際限の無い占領地の拡大を命じます。

兵站の問題や兵力分散の危険性に対する警鐘を鳴らしたブジン中将達の労も虚しく
全ては勝利の歓声によって掻き消されてしまったのです。

その慢心と総司令部と実働部隊に生まれた軋轢が、
やがて重く同盟軍に圧し掛かってくることになります。


こうした経緯を、出戦の前からブジン中将が
予想していたのではないかという資料が幾つかの残っています。

彼は出撃の直前にも関わらず涙を流し、部下に支えられなければ
旗艦に乗り込むことすら出来ないほどであったと


これは、緒戦の勝利持ってしても絶望的状況を変えることができず
多くの兵士の命が失われることこが、分かっていたからかもしれません




■会議の舞台裏■


後にヘインが決死の説得によって9提督を動かしたとされる
この会議は完全に出来レースのやらせ満載であった


ヤンやキャゼルヌは勿論のこと会議の招集に名前を借りたウランフに
最後のおいしい所を持っていたボロディンもグルで
始めからヘインの意見が皆の総意になる流れを作ることに同意していた


彼等はヘインの根拠の無い・・・ハッタリにしか見えない
原作知識による先読みを前面的に信じた

そう、ヘインには彼等を賭けに乗せるのに充分な功績と実績を持っていた
それは原作知識と運によって得た分不相応な物であったが、
傍目からは、それが彼の実力による者としか見えないのだから効果抜群である



こうして、敵の司令官がラインハルトで焦土作戦を採るという
ヘインの主張を三人の提督達は信じた



『この男なら知っていてもおかしくはない』


誤解と曲解を生みの親にした評価が大いに役立っていた



■■


『しかし、ヘイン・・・、これで敵の司令官がローエングラム伯でもなく
 焦土作戦も採らなければ、お前は大洞吹きとして軍での立場を失うぞ?』


そうなったら、そうなったで別にいいかな?


『手に入れた英雄としての名声!地位も手放す事になっても構わないと言うのか!?』



おっさん二人とも顔近いって!!
べつに英雄とか地位とかはどうでも良いんですよ


この会議で最良の対応策が生まれれば、
なんとか大敗だけは避けられるかもしれませんからね
まっ、外れたら外れたでもっと助かる率が高くなるんだから問題ないっしょ?






ヘインが唯一の武器とも言える原作知識を利用した
この一連の動きは予想以上の効果を生み出し、緒戦を見事に大勝利で飾った
いきなりありえない三個艦隊を相手にしたウルリッヒおにーさまは涙目ザマーであったが


ただ、この行為には少なからぬ危険を生み出す要素があった。
このヘインの独断専横とも言える行為は、総司令部にとって面白い物であるはずも無く



フォークなどは『ヘインの専横許すまじ』とロボスに第11艦隊の更迭を提案するほどであった



こういった経緯も第11艦隊が帝国急襲部隊に組み込まれた理由の一つであった
つまり、これ以上司令部付近で蠢動できないようにするための、体のいい厄介払いである

また、このヘインの動きを後日伝え聞いたジョアン・レベロは
ヘインの動きは軍閥化を招く動きではないかと憂慮し
友人のホワンに『軍靴の足音が聞こえてくる』と懸念を述べている


■騒がしい送別会■


先陣を切る二人の後輩の送別会と称して出戦前夜
ヤンとキャゼルヌはヘインの私室に酒を持参して押しかけていた。

なんだかんだで司令部相手にケンカを売った形になるヘインの事が心配だったのだ
もっとも『俺たちがついているから心配するなよ』なんて臭い台詞を言う二人ではなかったが


■■


『今回は、おまえさんにしては思い切った事をしたもんだ
 作戦司令部のお偉いさん方は頭から湯気を出しながら
お前さんのことを飽きもせず、朝から晩まで罵っているぞ』


うわっ、ほんと勘弁してくださいよ。なんか俺って立場的にやばいんですか?
キャゼルヌ先輩~!!いつものように何とかしてくださいよ~


『諦めるんだな。アレだけの事をしでかしたおまえさんが全面的に悪い
 こっちだって、ちょっと味方をしただけで裏切り者扱いされる位だ
 フォークの小僧辺りが、その内おまえさんを殺しに行くんじゃないのか?』


うわっ!!先輩!!今更っと『所詮は他人事』みたいな感じで凄いこと言いましたよね
ちょっと、それシャレになってないんで勘弁してくださいよ!!


『どうやら、さすがのヘインも恋人のお兄さんが相手となると対応に窮する様だね』

「ヤン先輩、それだけじゃないんですよ♪実はアイツはとんでもない事に士官学校時代に
フォークの野郎の机にエロ本をこれでもかという位詰め込んだことがあるんですよ」

『へぇ~、そいつは凄いね。つまり、彼にはヘインに対して復讐する
 正当な権利があると言うわけか、これは甘んじて報いを受けたらどうだい?』


なにいってんすかヤン先輩!!さらっと無慈悲なこといわないでくださいよ
それにアッテンボロー!!そもそも、あの件はお前が正犯だろ!!
なに『俺は関係あ~りません♪』見たいな顔してやがるんだよ!!





まるで大学生の下宿先で酒を飲むようなノリで
四人は昔のくだらない話や、取り止めのない話に興じていた

この場に居る四人には政治的な駆け引きや
ドロドロとした派閥闘争など関係ないと確認するかのように・・・



■■


宇宙暦796年8月27日、ヘイン率いる第11艦隊を含む三個艦隊は
侵攻作戦では考えられないほどの拙速を持って帝国領へ侵入し、

緒戦を大勝利で飾る・・・、だが、これからの困難さを知っている
ヘインの表情はいつになく暗く、傍らに控えるアンネリーの表情を曇らせていた

もっとも、副官の笑顔を奪った要因はそれだけではなく
主に出戦の前日に起きた兄妹げんかが原因であった


いつも陽気な司令官と副官が勝っているにも拘らず、沈んだ表情をしている
殆どの者が勝利の美酒に酔っていたため、この様子に気が付いた者は僅かであったが

それに気付いた者は今後に言い知れぬ不安を感じ、
後日、その不安が思い過ごしではなかったことを思い知る


絶望的な戦いは始まったばかりであった・・・



・・・ヘイン・フォン・ブジン中将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~




[3855] 銀凡伝2(地獄篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2008/12/28 20:29
勝利の美酒に酔って勝因を忘れた者は
敗北と言う名の苦杯を味わう事になる

勝ち続けることの難しさを人はよく知るべきだろう



■敗北の狼煙■


『緒戦の勝利の余韻に浸る愚を冒すべきではありません!!
 いまこそ、大挙して帝国領に侵攻した艦隊を展開させ
 帝国の民衆を!悪しき専制国家から解放する好機です!!』


緒戦の勝利に沸き立つ同盟軍であったが、そのお膳立てをしたのが
ヘインを中心とする反司令部陣営のお膳立てによる物であったため
侵攻作戦司令部は、ただ座してその美酒に酔うという訳には行かなかった

総司令部としての面目を保つためにも
新たな成果を彼等主導で上げる必要があったのだ


そうした背景を基にフォーク准将が提起する大兵力を利用した
効率的な帝国領大解放作戦が実行に移されることとなる


『さぁ!同盟の英雄諸君、剣を携え帝国領へ切り込むのです!!
 既に敵は緒戦の敗北によって戦意を喪失し、我等が進めば退くは必定
 いまこそ大攻勢をかける好機、悪の帝国を討ち、自由の旗を掲げる時!』


■■


『ヘイン、どうやらお前の目論みも無駄な足掻きだったみたいだな
 総司令部の奴さん達は、自分達が主役になる事に夢中になって
 敵さんの動きや、俺たち前線の状況に気を回す余裕は無いようだ』


はぁ・・・、今回、俺って頑張ったよね?なんか色々と皆にお願いしたりさ
下手な芝居とかしてまで必死にやったよなぁ?

なんで、また最初と同じことやる話になるんだよ!!
それを止めて運良く緒戦に勝てたんだろ。俺はいやだぞ
絶対に一個艦隊で行動なんかしないからな!!


『嫌だって・・・、そんなダダみたいな返信を総司令部に遅れませんよ
 とりあえず意図的に通信状況の悪い宙域に留まって返信を保留に
 していますが、それをいつまでも続けるのは無理ってもんですよ?』


アァーアァー、キコエナーイー!!作戦は駄目か・・
とりあえず、何か良い方法があるはずだ!!

ヴァイト!ここはお前の豊富な社会経験を生かした名案で
この窮地から俺を救ってくれ!助けて下さい!助けて下さい!!


『ちょっと中将、無茶振りですよそれ!!いくら俺が色々な経験を
 してるって言っても、そんなホイホイと解決策なんか出せませんよ』


チッ!!使えねぇー!!バイト使えねぇー
面接の時とかで得意げに『俺こんなにすごい社会経験しました!』とか
馬鹿の一つ覚えであちこちで言ってるのに使えねぇー

そもそもバイトなんて社会経験なんて言わないんだよ!バーカ、バーカ!!
そもそも『豊富なバイト経験』て何よ?ただのワーキングプアだろwww
何得意げに飲食店のバイト暦なんか職歴に書いてんだよw職歴ゼロなんだよwww


って、あれ?あれあれ?艦長どうしたのか?なんか顔が怖いよ
どうして、俺に近づいてくるのかな?いや、さっきの話は君の事を言った訳では・・
ごめんなさい!!ごめんなさい!!調子に乗ってました!ほんとすんません!!


ぐぐぐるぅじィイ・・チョットォオ・・クビシマッテrゥゥゥ・・らめぇええ


『中将、なんですか?はっきりとバイトでも分かるように言って貰えませんか?
 勝ち組の方が話す内容は難しすぎて、格差社会の底辺には理解できんのですよ』





ある意味原作通りの流れに戻ってしまった状況を何とかするべく
その打開策を幕僚に求めたヘインであったが、有効回答を得る事は出来なかった

第11艦隊の主要メンバーは優秀ではあったが、
あくまでも、それは実務担当レベルの優秀さであり
戦略戦術の全体像を描き出す能力は当然なかった

もっとも、その能力が無いからといって彼等を使えないと判断するのは早計であろう
鋏がナイフの機能を持ち合わせていないのは当たり前であるように
彼等がすべき仕事は別にあり、これまでそれをほぼ完璧にやって見せているのだから

それに、そもそも戦略戦術レベルの話を何とかするのはヘインであって
ヴァイトやE・コクドーの仕事ではない


そう、ヘインは自分の事を棚に上げてヴァイトに
八つ当たりを盛大にかまして、その報復に絞め落とされたのだ
まさに自業自得である。ちょっと女が出来て調子に乗りすぎだったのだ

気絶したヘインにローキックを何発か入れていた腹話術師は
多分、悪くない・・この世の中に女と男がいるから悪いのである




■われら第11遊撃艦隊■


ヘインを生贄にする事で、前線の将兵のストレスをひとしきり発散させた後

アッテンボローは意地の悪そうな笑みを浮かべながら
E・コクドー中佐に総司令部の命令に対する、第11艦隊の返信文を渡す


その内容を受取った優秀な通信士官は一瞬、驚きで目を見開いたが
一言『了解』と短く答え、総司令部へ不敵で大胆な返信を送った


『吾ら第11艦隊は、国防委員会より遊撃艦隊の任を受けるものであり
 その任は、総司令部からの命令に優先するものと解する\(^o^)/\』


中佐による顔文字が加えられたヘイン名義の返信を受取った
イゼルローン総司令部は激発すること激しく、
顔を真っ赤にしたフォークは本国への強制送還後、
上層部に対する侮辱行為として、ヘインを軍事裁判にかけるべきだと息巻くほどであった


また、フォーク程ではないが、グリーンヒル大将やコーネフ中将といった良識派も
このふざけた返信には遺憾の意を表明していた。


上位機関たる国防委員会の任を果たす事を優先するのは理にかなっているが
わざわざ総司令部を嘲弄するが如き態度をとる必要は無いではないかと



一方、前線では180度違った評価がヘインに下されていた
傲慢で愚かな命令を偉そうにする『俄か宇宙モグラ』によく言ったと

ヘインの下には『不遇に耐えてよく言った!感動した!!』『久々にワロタ』『長門は俺の嫁』と
多くの賛同する通信が彼のもとに届けられることになる。

こういった上層部の不満とヘインに賛同する名も無き兵士達の声は
戦況が悪化するたびにその数を増していくことになるのだが・・・
残念な事に、戦局を覆すほどの力になる事は無かった



■■


『さて、この後はどうするんだ?お前のことだ最初からこうなる事を
予想して、トリューニヒトの野郎を上手く騙して動かしたんだろ?』


はい、意味が分かりません!

なにか良い方法が無いかと聞いてる内に艦長に絞め落とされたと思ったら
逆にこれからどうするか質問されてます・・・


さて、どうすっかな?自由行動OKなら要塞まで帰っちゃおっかな?
でも、このまま原作通りの流れになったらアムリッツァには強制参加だよなぁ
要塞で引き篭もりたいと言っても、駄目って追い出されるよな


そうだ良いこと思いついた!!


たしか原作では分散して物資が切れた頃に
帝国軍の各艦隊が一個艦隊で襲い掛かってきてボコられたんだったよな

現状はどうだ?今のところ占領地が少ないお陰で物資は足りてる上に
ロリコンから分捕った物資も入れれば余っちゃうぐらいだ


この状況で俺達が別の艦隊と一緒に行動すれば、物資豊富な二個艦隊の俺等に
帝国軍一個艦隊が挑む事になるわけだな・・・・もしかして楽勝じゃねぇ?

よし、横で期待に目を輝かしているかわいい副官の為に
バシッとカッコつけてやるかな

もちろん、その後は『素敵中将・・・』って感じの流れで今日もギシアン一直線だ!
うひょぉおっー!!テンション上がってきた!!




アッテンボローに決断を求められたヘインは、
ウランフの艦隊と共に行動すると幕僚達に自身の意見を述べた

自分に協力してくれた者達を最前線に残し、
自分だけ安全な要塞に逃げ帰ることなど出来ないと

キリッとした感じで珍しく熱く語った。

この意見に最も早く賛同したのは副司令のキーゼッツ准将だった。
この方策ならば、一個艦隊毎にという命令には反するが
占領地域を拡大するという命令には従う事になり、

総司令部の面目も一応立ち、文句や嫌味を盛大に言われる程度で
実害を及ぼされるほど関係は悪化しないと見込んだのだ。


この意見に、参謀長のアッテンボローも同意すると衆議は決し
第11艦隊はウランフ率いる第10艦隊と共に新たな占領地を確保するため、
帝国領の更に奥へと艦隊を進めていく



■辺境地獄絵図■



帝国軍の開戦当初の目論見ははずれ、敵を奥深くに誘い込み民衆を利用した
焦土作戦で敵を疲弊させ、討つと言う作戦は既に破綻していた


だが、フォーク立案の分散侵攻作戦が開始されたことで
再び勝利の天秤がラインハルト陣営に傾きかけていた


「オーベルシュタイン、どうやら敵は緒戦の勝利に驕り道を誤ったようだな」
『御意、各艦隊の出撃準備は既に整っております。ご命令があれば何時でも出撃は可能です』



義眼の謀臣に促された金髪の覇王は居並ぶ艦隊司令官達に宣言する
愚かにも死地へと踏み込んだ敵艦隊を血祭りに挙げる日は近いと・・・


■■


『これは・・・、もはや勝敗をどうのこうの言う気にもなれない光景ですな』

「同感だね。出来る事ならこの光景に目を瞑って今すぐにでも逃げ出したい気分だ」


占領地の拡大を止め続けたヘインはこうなることを予見していたのだろうか?
いや、分かった上で彼は自分のすべきことを、軍人としての決断を下したのだろう


味方の窮地を防ぐために敵の民衆を見捨てるか・・・
まったく、民衆を盾としたローエングラム伯の徹底振り
それを看破して、迷う事無く見捨てる決断をしたヘイン


それが採るべき選択と分かっていても、自分は選ぶことなど出来ないだろう
その差が彼等二人と自分の違いであり、

いつか、その差が重大な結果をもたらす事になるのかもしれない




ヤンとシェーンコップが見た光景は地獄絵図と言ってよいものだった

備蓄食料を引き上げられ、食糧生産プラントが悉く破棄された辺境星域の多く
そう、同盟軍によって占領されなかった大半の星々は地獄と化していた


食料が枯渇した星の人たちを最初に襲ったのは絶望と失望であった
人々は統治者から自分達が見捨てられたという事実に直ぐに気が付いたのだ

そして、人々が狂気に取り付かれるようになるのにさほど時間を必要としなかった


ある星での始まりは、幼子を助けようとした父親によるものだった
彼は自分と同じように幼子を持つ夫婦のうちへ、
ほんの少しだけ粉ミルクを分けて貰おうと訪れたのだが
既に軍に徴発されてないと断られたのだ


だが、彼はそれを信じることは出来なかった
なんとか、自分の子を救いたいという思いに駆られ
そんなものは無いと再三繰り返す若夫婦の制止を振り切り
強引に部屋に押し入ろうとして・・・・撃ち殺された



   その銃声が、惨劇の始まりを告げるベルとなる



人々は僅かに隠された食料を求め、他人の家に押し入り奪い殺す
そして女を見つければ犯し、子供や老人を見つければいたぶった


略奪と暴行が繰り返される地獄が各地で誕生していた





後にこの惨劇は『辺境の地獄』と呼称されるようになり、
この時代を代表する悲劇として記録されることになる

そして、この事件の最も悲劇的な点は多くの事件が
隣人同士によって行われた点であろう。


昨日まで微笑を交わし挨拶をした隣人が
猟銃を片手に食料を強奪し、妻を犯し、子を殺していく

有り得る筈の無い最悪な光景が多くの星を、町を、村を支配し
その地獄が永遠と続くかのような錯覚を住民に与えていた


だが、どんな劇にも終わりは必ず訪れる・・・
当然、この惨劇も幕を引かれる日が訪れるのだが

民衆同士の間に横たわる憎しみと悲しみは深く大きく
それら全てを消し去るのには半世紀以上の時間を必要としていた



■おっ俺のせいじゃないよね・・・?■


えっと・・・この地獄みたいな光景は俺のせいじゃないよね?ね?
だって、金髪の野郎が民衆を盾にするからこんな事になったんだよね

そもそも俺は帝国領侵攻には反対だったし、
普通、占領地にしてないところの民衆なんかどうしようもない

うん、おれは悪くない悪くない・・・

原作通りにしてたらこんな事になってなかったかもしれないけど
それは、そう結果的にそうなっただけだよな!
別にこうなるように仕向けた訳じゃないし

そもそもフォークのアホが悪いんだ!あいつがこんな無謀な作戦なんか実行しなきゃ
そう、俺は悪くないんだよ・・だって死にたくねぇから・・


ラップ先輩、やっぱ俺には無理みたいです・・・
こんなもん見て軍人続けられるほどタフじゃない

正直、このまま中二的な苦悩全開一直線で退役したい
『消せない罪を俺は背負い続ける』とか言って隠遁したいです


「ヘイン、目を背けるなよ?これは俺達がした事による結果でもある
 全部背負えとまで言う気は無いが、放り出すわけにはいかないぜ?」


畜生・・言われなくたって分かってるよ!
ほんとヤン先輩が軍人なんてなるもんじゃねーと
ぼやいてる理由が身に沁みてわかるな


『わたし中将が背負えない分を持ってあげます!!
 だから、絶対みんなで生きてハイネセンに帰りましょう』


そだな・・なんとか生きてかえらなきゃな
何のために足掻いたか、わかんなくなっちまう
あと、アンネリーちょっと風呂入ってきていいぞ

ぶちまけたやつの掃除はヴァイトに頼んどくから『俺かよ!!』
じゃ、E・コクドーで『じゃ、じゃねーよ!!』


あと・・、励ましてくれて、その・・ありがとな・・
『どういたしまして♪』





少しだけ、深刻になりかけた第11艦隊であったが
ヘインが持つ楽天思考が艦隊全体に行き届いていた甲斐もあり

目の前の惨状によって硬直しかけた思考をいち早く再起動させ、
占領地の治安回復と被災者救済に全力を注いでいく


それが自らの窮地を招くことになる事を知っていたが
同盟軍の全艦隊はあらたな占領地となった
帝国辺境星系の民衆を救う事を決断する


ただ、その決断は純粋に人道主義に基いてされたものではなく
占領地の治安向上のために現地民の救済をするといった
占領地政策上の必要性によって為された行為という面も大きくあった


だが、どのような理由であろうと
惨劇に幕が降ろされるならば、それは喜ぶべきことである



         もっとも、新たな惨劇の始まりは近く
        歴史はさらに多くの血を貪欲に求めていた

          死線が交差する激戦が静かに始まる



    ・・・ヘイン・フォン・ブジン中将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

                 ~END~










[3855] 銀凡伝2(逆襲篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2008/12/30 23:53

辺境星系の治安回復に勤しむ同盟艦隊に
敗北と後退を強いられつづけた帝国軍の逆襲が遂に始まろうとしていた



■帝国の逆襲■


これ以上の表面上の苦戦を継続すれば防衛総司令官の任を解かれる可能性があるため
同盟軍の補給物資を枯渇させるまで待つことは叶わなかったが

同盟軍による無謀な占領地拡大作戦によって
兵力は分散され各個撃破の絶好の好機となっていた

また、混乱の極みにある辺境星系の治安回復に謀殺されている
同盟将兵の疲労は小さくはなかった。


機は既に熟していた


■■


「ロイエンタール、ミッターマイヤー!!卿等には中陣に位置する艦隊の
 撃破を命ず!共同して撃つも個々に撃つもよし、全て卿等の裁量に任す!」

『「御意!」』


双璧に命令を出したラインハルトは続けてケンプやワーレンといった
元帥府傘下の艦隊提督たちに次々と命令を下していく


そして、全ての命令を伝え終えたラインハルトは
居並ぶ諸将をその豪奢な金髪を揺らしながらゆっくりと見渡し
覇気に満ちた声で決戦に臨む決意を高らかに述べ上げる


「今回の叛徒による侵攻に際し、私が立てた戦略が看過されたのは事実だ
 それ故に、多くの帝国臣民に犠牲を図らずも強いる事にもなった
 いま我等のすべき事は叛徒を速やかに排除し、辺境の住民を救済する事である
 これは、辺境住民から失われた帝国への忠誠を再び蘇らす為に必要な措置でもある」


この自らの過ちを潔く認めるラインハルトの高潔さに
提督陣の多くは深く感じいり、ビッテンフェルトなどは
崇拝に近い視線を若き覇者に向けていた


ただ、辺境の惨状については帝国の統治下から離れているため
『大変な事になっている』程度の情報しか彼等に齎されておらず

映像付きで克明な情報が彼等に届けられていたら
もっと別な評価が下されていたかもしれない


そういった意味で同盟侵攻作戦開始前後に登用された
義眼の参謀が行った情報統制の意味は非常に大きなものであった

彼はこの時代において情報の重要性を最もよく理解している人物であり
しばしば、その情報を秘匿する姿勢を批判されることがあったが

辺境から届けられる悲鳴を意図的に遮断し、軍の動揺を防いだ功績は大きく
帝国軍は開戦前から罪悪感によって戦意を減退させているといった
醜態を晒すことを避ける事が出来た


もっとも、一部の気付いた者達には、より大きなしこりを残す事になるが



■早すぎる決裂の予兆■


『キルヒアイス、お前にはケンプと共にあのヤン・ウェンリーを押さえて貰う
 俺はヘイン・フォン・ブジンを討つ!今度こそ貯まった負債をアイツに返してやるぞ』

「はい、ラインハルトさま・・」


不自然ほど上気した声でキルヒアイスに語りかけるが、
親友から返された返事はいつものように明瞭なものではなく
どこか気が抜けたようなものであった




『どうしたのだ?やはり辺境で民衆に犠牲を強いる事になったのが・・・
 キルヒアイス!勝つためだったんだ!!俺とて望んだわけではない!!』

「分かってはおります!ですが、納得・・納得できないのです!!」



キルヒアイス自身も分かっていた。
これが子供っぽい正義感、潔癖性から沸く感情に過ぎないと

自分は誓ったのではなったか?目の前にいる金髪の主君、
親友と共に宇宙を掴む為にどんな道も歩んで見せる決意したはずと

だが、彼自身が生来持つ道徳観が親友の取った行動と
なにより、その重すぎる結果を許容するのを阻んだ


一方、ラインハルトにも言い分があった
自分とて望んだ結末ではないし、キルヒアイスと同じかそれ以上に後悔していると

また、ラインハルトにはもう一つの些か稚気じみた感情もあった
『キルヒアイスだって結局はこの作戦を受け入れたではないか』という思いである

そう、全てはキルヒアイスに対するラインハルトの甘えから来る感情であった
キルヒアイスなら自分が犯したどのような過ちも、共に背負い許してくれるという


ほかの者には絶対に抱かないであろう幻想を
赤毛の親友についつい抱いてしまったのだ

そう、そのような過ちを犯すほど自らが起こした惨劇に彼も動揺していたのだ



両者の間に深く濃い染みがじわりと広がっていく

そして、惜しむ事にその染みが拭われる機会は
ノックと共に入室した義眼の参謀長によって永遠に失われる事になるのだが
それは、もうしばらく先のことであった。


『閣下、裁可を頂きたい案件が2件程あるのですが、よろしいでしょうか?』
『構わん、キルヒアイスお前も出陣の準備もあるだろう。話はまただ』


「了解しました。ローエングラム元帥閣下・・・」



■もうひとつの・・・■


どちらが敵の中陣を先に撃破するかロイエンタールと賭けをした
ミッターマイヤーと艦隊メンバー達は慌しく出陣の準備に没頭していた。


そんな喧騒の中、一人だけ緩慢な動きで歩いている士官を見つけたミッターマイヤーは
一言注意をしようと颯爽と近づくと、直ぐに自身の勘違いに気が付いた


「なんだ、ケスラー中将ではないか?卿は艦隊の再編で出撃はしないのでは無かったか?」

『いや、卿の言う通りで今回は出番が無く暇をしている
 いまは情けない事にその暇つぶしの散歩中というわけだ』


ケスラーが暗に緒戦の敗北を自嘲しているのを察したミッターマイヤー
誰が同じ立場であっても、ヘインの規格外の侵攻に対応など
出来なかっただろうと不運な僚友を慰めると共に、少々強引に話題の転換を図った


「そういえば、卿の知人も辺境にいるそうではないか心配であろう?」
『いや、伯が作戦を決定した時よりこうなる日が来ることも覚悟はしていた』


いつものように僚友がローエングラム伯ではなく『伯』とよんだ点が
些か引っ掛かったミッターマイヤーは躊躇いがちに年長の僚友を問いただした


「やはり卿はローエングラム伯の作戦に反対であったか
 いや、俺がもし卿と同じ立場であったらと考えると・・・」

『勘違いされるな。伯をお恨みするのは筋違いであること位は弁えている
 発端は私が不甲斐なく破れ、叛徒の無謀な戦意を落ち着けたことが原因
 それに、まだ知人に何かあったというような報せすら届いていない状況だ』


若干不安そうな顔を見せる年少者を安心させるためか
ケスラーは『卿は少々心配性過ぎる。禿げない様に気をつけた方がよい』と
笑えない冗談を言いながら宇宙軍港を後にする


その後姿を見ながら、ミッターマイヤーは自分の不安が杞憂であった事を喜ぶと共に
『育毛剤をかった方がいいのだろうか?』という別の深刻な問題を抱える破目になる




『ミッターマイヤー中将・・、単純そうに見えて存外鋭い男だ。だが、若いな
 言葉にしたことが本心や事実であると限らない。それが分かってはいても
 まだ理解できていない。だが、その若さゆえの過ちを今は羨ましくさえ思える』



叛徒に対する正義の報復に燃えるミッターマイヤー艦隊を遠目に見やりながら
ケスラーは自分の業の深さを自嘲していた。

彼は知っていた情報が届かないことの意味を
最悪の状況だからこそ、辺境からの情報が意図的に途絶えがちになっているのを
既に自分の大切だった知人が、この世にいないことも




■休息の終わり■


緒戦の同盟軍のお株を奪うような急襲を
帝国軍は無防備にも兵力を分散した同盟軍に行った。

同盟の中陣に位置する第9艦隊のアル・サレムと第7艦隊のホーウッドには
帝国の誇る双璧が猛攻を仕掛け、ホーウッドは戦死にアル・サレムは重体と
ほぼ壊滅的な打撃を与える事に成功する。

また、ヤン率いる第13艦隊にはケンプ、続いてキルヒアイスが立て続けに攻勢を仕掛け
さしもの魔術師も被害を最小限に抑えて後退することしか出来なかった。

その後、大勝した双璧とヤンを退けたキルヒアイスとケンプは
残るアップルトン、ビュコック、ルフェーブルの艦隊にも急襲を仕掛け
後退に後退を重ねると言う苦汁を舐めさせられていた


そんな情勢下においては最前線に位置する第10、11両艦隊と
その僅か後方に位置する第12艦隊も帝国軍の猛撃から逃れるというわけにいかず
死闘という名の望まぬダンスを踊らされようとしていた。



■■


ようやく、ここら辺りの星系は安定してきたなぁ
まぁ、ケスラーから分捕った物資がたんまりあって正直かなり助かってるな
医薬品とか衛生用品が不足しなかったってのは非常に大きかったみたいだ


野晒しの人や家畜の死体から湧き出た蛆が孵化して
病原菌をばら撒いて被災して抵抗力の弱まった人達を蝕むってのは
結構古来から良くあることって医療班の人が言ってたからな


近くの第11や第13と煽ったお詫びとして第5のじいさん所にも
余剰分の医薬品とかを送っといた効果か、そこらへんの艦隊の駐留地域では
疫病はまだ蔓延して無いらしい。


もっとも、送れなかった地域では同盟軍兵士にも疫病が流行するほど
衛生状態は悪化しているらしい。もう既に目に見えない敵に負けてる時点で
撤退するべきだと素人でも思うんだけど、ふぁびょってるフォークは
相変わらず聞く耳は無しのようだし、困ったもんだ


『いや、困ったもんだじゃないだろ?いつまでも物資が持つ訳でもなし
 各個撃破危機に晒されている現状からはなにも変わってないんだぞ!』


まぁ、落ち着けアッテンボロー、焦った所で事態がよくなる訳でも無し
お前もこの畑の野菜たちを見て心を癒せ!農業はいいぞぉお!!


『中将!!みてみてぇ~♪こんな大きな大根と株がとれましたよ~』


おお!凄いな!!今日はその大根と株で味噌煮でも作って食べるか!
そんで、その後はお前が食べたいなんつって~






『ヴァイト、哨戒の方はお前に任せる。可能な限り索敵範囲を広げてくれ
 E・コクドー、敵の通信傍受だけでなく、味方の動向についても一層の注意を頼む
 キーゼッツ副司令には現地点からイゼルローン要塞総司令部までの撤退ルートの
 複数選定と併せて第10艦隊との共同戦線時に置ける艦隊運用の調整をお願いしたい』

「『了解しました』」


農業に精をだして人目を憚らずイチャイチャする馬鹿二人を
賢者のような冷めた目で見やりながら
アッテンボローは自分ってこんな苦労キャラだったか?と
自問自答の闇へと深く堕ちていった


そんな若者達を日向で微笑みながら見つめるキーゼッツは
アッテンボローの依頼をこなすべく急に立ち上がったのが災いし
立ちくらみを起こすと、そのまま倒れて丸太の腰掛で頭を強かに打ちつける

久々にソットー・キーゼッツここにありと示した日であった




■黒猪が一匹・・・えっ?■


大賢者アッテンボローのがんばりも有ってか
第10、第11の両艦隊は帝国軍の攻勢を比較的早く察知することが出来
駐留星系からの離脱と臨戦態勢を万全に整えることができた。

ヴァイトにコクドー、魔法使いの卵だけはあって実に出来る子達である
彼等に出来ないのは彼女だけである


■■


うひひひ、とりあえず今回は余裕なのだ!!
何故だって?超絶無敵のヘインさまが俺TUEEE!!するからに決まってるじゃないか?


『やけに余裕そうだなヘイン?なにか策でもあるのか?』
「ふっ、俺が余裕を失ったことが一度でもあったか?」

『いや、しょっちry「全艦艇戦闘準備!!怖れるな、諸君にはこの俺が付いている!」


う~ん決まったね!!俺、今最高に輝いてるぜ!!
それもこれも涙目確定の黒猪さんのお陰だぜ!!!

ぼろぼろのウランフ艦隊に半数も逃げられた雑魚黒艦隊に対して
こっちは補給も万全の超元気のガチムチ状態のウランフ艦隊に
俺の艦隊を併せた二倍の二個艦隊!!PARつかってスライムふるぼっこするようなもんよ!


『敵艦隊識別、黒色槍騎兵!?敵、黒色槍騎兵艦隊です!!』


もう、ヴァイトちゃ~んったら~、全然余裕余裕!
今のビッテンちゃんに贈るとしたら驚きの言葉じゃなくて


ビッテン涙目ぇええww!! m9(^Д^)プギャー とかだろ?



『左翼にメックリンガー艦隊確認!!』
 あ~、はいはいインチキおじさんねって、えっ???あれれのれれれのらりるれろ?



『さらに後方にブリュンヒルト!!総旗艦ブリュンヒルトです!
ローエングラム艦隊急速接近!!敵総数およそ50,000隻です!』


あばばば、あびゃば、あびゃあばばば・・・・





ヘインがいつもの如く盛大に余裕を失っているのを尻目に
ラインハルト率いる三個艦隊約50,000隻は第10、第11艦隊に向けて整然と前進し
戦力差を最大限に生かす正面決戦を仕掛けようとしていた


そんな原作と全然違う予想外の展開に顔真っ青なヘインに届けられる
報告はE・コクドーの嫌がらせかと言いたくなるほど悲惨な物ばかりであった


『後方のボロディン中将率いる第12艦隊は敵二個艦隊の襲撃を受けている模様
 未確認ながら敵指揮官ワーレン、ルッツ両中将の模様、また更に後方の中陣
 第7艦隊及び第9艦隊は既に敵に撃破されつつあると、亜光速通信が届いています』



もはや退路すらおぼつかない絶望的な状況に
もうヘインのライフポイントは0ではなく、戦意は0になっていた


既に戦う前から敗色濃厚全開な状態のヘインであったが
そんな状況は日常茶飯事と化しているため第11艦隊にはまったく同様の色は無く

そして、第10艦隊もまた激戦を潜り抜けた歴戦の兵士が多く
圧倒的な不利な状況にあっても臆病風に吹かれるものは皆無であった


なんどか自身に煮え湯を飲ませたヘインを今こそ屠らんと燃えるラインハルト
約一名を除いて全く動揺のない第10、第11両艦隊・・・


帝国の優位は揺るがないが、戦局展開次第ではどちらに転ぶか分からない
そんな緊迫した死闘の幕が遂にあがろうとしていた


・・・ヘイン・フォン・ブジン中将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~








[3855] 銀凡伝2(逃走篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/02 22:08
幾度と無く繰り返された天才と凡人の衝突・・・
どちらが勝者となるか、その答えが遂に出されるときが目前に迫っていた


■即断即決■

5万隻に迫ろうかと言う大軍を前にした
第10、11両艦隊の戦力は合わせて33,500隻足らず

敵中奥深く常に退路を気にして戦わなければならない状況に加えて
この戦力差である、既に戦う前から勝敗はほぼ決していた


■■


『司令官閣下!ウランフ提督より緊急の通信です!!』


死ぬ!死ぬ!!みんな金髪に殺される!!いやだ死にたくない!!
畜生!!畜生!!なんかほんとチクショー!!

くそ、どうせ死ぬんだったら!!最後にやりたい放題やってやる!!


アンネリー!!『あっはい!』
とりあえず5分で終わる!!5分で終わるから!!!

『え、きゃっ!中将、ちょっとここじゃ・・やっ、その・・五分は・・』

いいから、いいから!大丈夫!!


『いい加減にしろっ!!回線開いてるぞ!!』


『おっ・・おう、ヘイン、盛大に壊れているところをすまんな
 戦闘開始前にニ、三ほど確認しておきたいことがあってな?』


「ああ、ちょっと見苦しい所を見せたな。旦那がこの緊急時に
連絡してくるってことは起死回生のビックリ大作戦があるんだろ?」


『いや、そんなものは無い。もし、あるならこっちが教えて貰いたいぐらいだ』
「ないんかよ!!くそ~う!!裏切ったな!!俺の純真な思いを裏切ったな!!!」


『・・・、まぁ、その様子だとこの状況で勝てるとは、さすがの貴官も思っていなさそうだな
 そうなると、確認するのは一点だけだ。降伏か逃亡、この不名誉な二者択一の内
 我々がどちらの道を選ぶかだ。俺は降伏は性にあわんので逃亡を選択したいと思うのだが』


「予は時運の趨く所堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ
以て自己の爲に安寧を望まんと欲し、降伏の恥辱に耐えん」
 

『心配するな、言い出した俺が殿を務めてやる。貴官は『退きヘイン』の
 異名に恥じない逃げっぷりを如何なく発揮してくれれば、それで構わん』

「あ、そうなの?じゃ、よろしく頼んます!」




■大ハーンウランフ■


あっさりと切られた通信回線にさしものウランフも半瞬ほど思考を止められた

「おい、えらくあっさりだな、ええ?」
『閣下、ゆとり世代はあんなものですよ。うちの娘も似た様な物です』

「そうなのか?」『そうです』
「うちの娘もああなるのか?」『なります』


ひとしきり参謀のチェン少将と軽口を交したウランフは
艦隊を紡錘陣形に素早く組み直し、猛然と帝国軍本隊に突撃を開始する



『敵!突っ込んできます!!』『馬鹿な玉砕する気か!?』


その、鬼気迫る猛進に帝国軍は浮き足立った
まさか、絶対的に不利な状況の中、最初から全力攻撃を仕掛けるとは
全く予想していなかったのだ。いや、一部の優秀な将帥は
このような事態があることも予測はしていたが
一般将兵全てにそれを理解させ、動揺を抑え平常心を保たせる事が出来なかったのだ



『怖れるな!退くな!!敵は自暴自棄になっているだけだ!!
 黒色槍騎兵艦隊に後退の二文字は無い!進め、進め!敵を押し返せ!』

『ふむ、敵の突撃攻勢は我が軍の左右両翼による半包囲を逆手に取った
 中央突破を狙ったものであろう。突破後に反転し、動かぬ後陣と共に
 前後から挟撃するつもりか、ならば翼をさげて敵の意図を挫くべきであろう』


兵卒の動揺を抑えるために左右両翼で異なる方向性の命令が出された
この両提督のだした命令のどちらかが間違っていたという訳ではない
ただ、一艦隊指揮官個々の裁量権が大きすぎたという
この当時の帝国軍の軍制にこそ問題の本質があったのだ。

もっとも、そのような問題の解決に時間を割くより前に
両艦隊の行動の乖離を猛然と突く、第10艦隊への対応に追われる事になる。


ウランフは自艦隊を300~600隻程度の小戦団単位に纏め
その出来た30程度の小戦団を巧みに操り、三倍の帝国軍に互角以上の戦いを繰り広げる

砲撃攻勢を仕掛ける際は、その戦団は一瞬でタイルに落ちた水のように広がり
薄い面による最大砲火を帝国軍に浴びせかける
それに対する反撃が迫れば、水を含んだ薄紙のように艦隊を収縮させ
攻撃を受ける面を最少減に押さえ、矢面に立つ装甲の厚い戦艦と宇宙空母で反撃にじっと耐える


『何たる様だ!メックリンガーとビッテンフェルトは何をやっている!!
 必要最低限の連携すら取れないのか!両翼が動きを異にしてどうするのだ』


この、予想以上の第10艦隊の奮戦振りにラインハルトのイライラは最高潮に達していた
僅か一個艦隊の破れかぶれの様な攻勢に全軍は浮き足立ち、各艦隊の統率は乱れ
まさに自身がもっとも嫌う門閥貴族共に似た無能さを曝け出すことになったのだから


その上、最も警戒する第11艦隊はいまだ戦闘に参加するどころか
後方で高みの見物をしている始末である。


高まる怒りの激情は若き覇者の美しい顔は歪めていく



■■


『閣下、今のところ上手く行っておりますな』
「そのようだな、兵たちは良く動いてくれている。頃合を見て敵本陣を突破する
 あの金髪の若造に、ヘインとヤンだけが同盟軍ではないと教えてやるとしようか」


ウランフは少しだけ愉快そうな顔を信頼する参謀長に見せると
ラインハルト率いる本陣への突撃を艦隊に命じる


『敵!小艦隊急速接近!!一つ、二つ!いや、敵全艦艇突っ込んできます!!』


鋭い矢を打ち込むかのように小戦団が次々と帝国軍本隊に食い込み
その厚い壁を瞬く間に貫いていく、そう突き破った本人が驚くほどの速さで



『閣下、これは?予想以上に脆すぎます!まさか!?』
「そのようだな、若造もただではやられぬというわけか、ヤン・ウェンリーの魔術の再現とは」


最終的に第10艦隊が本隊に敵中突破を仕掛けると読んだラインハルトは
それを防ぐのは難しいと即座に判断し、アスターテでヤンが見せた魔術を剽窃したのだ

これは優れたものであれば、かつて自分のプライドを傷つけた敵の物でも
最大限に活用するというラインハルトの持つ長所のひとつの『徹底した合理主義』という
特徴が色濃く現れた戦術の選択であったといえる。


また、このままウランフが左右を逆進する帝国艦隊に喰らいついたとしても
今回はお互いを飲み込まんとする二匹の大蛇の周りを飛ぶ
二羽のツバメはともに帝国軍籍である。

開戦以後、三分の一程度で終始優位に戦闘を展開してきた第10艦隊であったが
ここに至って、遂にその攻勢は止まることになる



■スタコラサッサー■


開戦から終始、戦域外に待機していた第11艦隊であったが
彼等はただ鼻糞穿って高みの見物を決め込んでいた訳ではなかった

実は止まっているように見えて、少しずつ後ろに下がっていたのだ
そう、ウランフの派手な大攻勢に帝国軍が気を取られている隙に
せこくコソコソと逃げる準備を整えていたのだ


「よし!いい感じにウランフの旦那が敵を引き付けてくれたみたいだし
 そろそろ、俺等はスタコラサッサーって感じに逃げるとしようか!!」


■■


あれ、なんでみんな返事してくれないの
なに?こっち見るみんなの視線が冷たいような

って!アンネリーまで涙目で俺を睨んでるし
なんだよ!なんかおれ悪いことしたか?やっぱ五分発言はまずかったか?


って分かってるよ!第10艦隊を見殺しにするなんて鬼!悪魔!!って言いたいんだろ
そりゃ、俺だって後ろ暗いとおもうし、罪悪感疼きまくりだっての
でもしょうがないんだよ。それに、死にたくないから危ないのは嫌なんだよ!


「みなの気持ちは分かる!だが、ウランフ提督の思いを無駄にするわけには行かない!
 今は少しでも多くの兵を撤退させる事を優先させなければならない。その為に俺は
例え味方を見殺したとの汚名を受ける事になったとしても、それを甘受する覚悟はしている」


決まった!あえて泥を被る男な発言で好感度+な上に
撤退論強化の効果も抜群だぜ!俺ってもしかして天才じゃね?



『まぁ、お前がその覚悟をしているなら何も俺は言わん
 お前が司令官だ。俺達はお前の方針に従って動くだけだ』


うっ、アッテンボロー、いやな言い方しやがる
第六艦隊と状況は違うって案に仄めかしてやがる
こいつ、まちがいなくサドだ!!


『そういえば、ウランフ提督とチェン少将には
かわいい娘さんがいると聞いたことがありまして・・・』


おいっ!キーゼッツ!!なにその余計な情報!!
唐突すぎるだろ!!俺の頭をフットーさせる気か!!


『中将、わたし中将ならできるって信じてます!』


やめてぇー!そんな上目遣いでみないでぇ!!
俺ホント出来ないコですから!!その純真無垢な瞳で俺を追い詰めないで!!
ホント生まれてきてごめんなさい!!


『で、左右真中・・・どれに突っ込みます?』


らめぇええ!!!ヴァイトの目が明らかにイってますうぅううう!!!
いまにもお約束叫びそうですぅううう!!!



「艦隊を前進させる・・、第10艦隊と連携して敵の一軍を破り
 その勢いをかって、そのままこの宙域を離脱する。仔細は任せる」


『了解』『了解しました』『了解です♪』『アイ・サー』『ボクゥ「静かにしろ!」・・ちぇ』
 





いつもの艦長の雄叫びと共に第11艦隊は猛然とビッテンフェルトに襲い掛かる
その動きを見たウランフは苦笑いしつつ、ラインハルト本隊突破後
本隊の後背に喰い付くのではなく左方向に旋回し、
ライハルト本隊の追撃を受けながら右翼の黒色槍騎兵艦隊の後背を突く

戦場は一気に混沌とした様相を帯びていく
唯一、敵の攻勢を受けていないメックリンガー艦隊は
直ぐにでも一気に挟撃される形になった右翼の援護に回る為
最大船速で転進していたが、陣を後方に下げていた影響もあって
大きく戦場を迂回する必要があった。



『敵11艦隊の戦闘参加のタイミング、見事な物ですな・・閣下、これ以上は』
「分かっている、これ以上は単なる消耗戦だ。一旦、退いて陣を立て直す!」


ラインハルトは当初の予想以上に長引いた戦闘による
これ以上の消耗を避ける判断を下し、兵を下げるように全軍に伝達した
迂回している左翼の到着を待てば、勝利は確実であったが
それまでに失われる戦力と、何より再編にかかる時間を失う事を怖れたのだ

これはあくまでも前哨戦に過ぎず、同盟軍に留めさすのは
彼等が無謀な最後の抵抗を挑んだ時でよいのだから・・



同盟軍の方もほぼこれと同じタイミングで離脱行動に入り
帝国軍と同じく多くの犠牲を出したものの、
何とか艦隊の形を維持しつつ、アムリッツァ星系に向けて撤退することに成功する



■勇将の最後■


撤退、いや壊走に近い状態になりながら同盟艦隊は多くの犠牲を出しつつ
総司令部が定めた決戦の地、アムリッツァを目指していた



「そっか、提督は助からなかったか・・・」



なんとか、撤退に成功して最高にハイって奴になっていたヘインであったが
コクドーに告げられた訃報によって、一気に消沈させられる
歴史を変える事はできず、同盟随一の勇将は還らぬ人となったのだ




第12艦隊司令官ボロディン中将戦死・・・・

ヘインとウランフが帝国軍の襲撃を受けたのとほぼ時を同じくして
ボロディン率いる第12艦隊もまたワーレンとルッツの両艦隊による襲撃を受けていたのだ


■■


『二個艦隊規模の敵戦力が此方に向け進軍中と
 哨戒中の索敵艦から、通信が入っております』


ヘインの忠告通り、索敵範囲を可能な限り広げていた第12艦隊は
接敵予想時間より随分早い段階で敵の侵攻に気付くことが出来ていた


もし、彼等が最前線に位置していたのならば、迷う事無く撤退を選択し
無傷のまま後方に退くことが出来ていたであろう。


ボロディンは撤退しなかった・・・


敵中の奥深くには未だ第10、第11艦隊が駐留しており
彼等の帰還を待たず、撤退すれば目前に迫る敵と彼等を襲うであろう
別の部隊の手によって、両艦隊が全滅させられてしまうのだから・・・


『さて、勝てぬまでも、しばらく相手を引かせる程度の損害を与えなければ
 部下を無駄に殺したことになるか、艦隊の皆には貧乏くじを引かせてしまうな』


悲壮な決意とも悔恨ともとれる言葉を呟いた後
ボロディンは帝国軍を待つのではなく、逆に仕掛ける方法を選んだ


この第12艦隊の予想外の急襲にルッツ、ワーレンの両艦隊は浮き足立った
まさか、自分が奇襲される立場になるとは考えていなかった


この奇襲の成功によって、戦闘の前半から中盤に掛けて同盟軍は寡兵ながら帝国軍を圧倒した
ボロディンは僚友のウランフと同じく約30の小戦団を自在に操り
次々と、帝国軍の艦隊を死の業火に包んでいく・・・





この帝国領侵攻作戦において最も戦果をあげた戦法が
同盟軍撤退時にウランフとボロディンが用いた小戦団の有機的運用であったが

この戦い以後、同盟と帝国のどちらの軍においても
再び用いられ、その華々しい戦果と効果によって脚光を浴びる事はなかった


その理由は一つ、実行にあたって信じられないほど高い
兵の錬度と連携が必要とされたからである
艦隊運用の手腕だけで見ればフィッシャーやキーゼッツの方が
二人の提督より上ではあるが、彼等にはそれを再現することはできない


ウランフやボロディンが常に多くの自艦隊の兵卒を生き残らせた名将であり
その間に培われた兵の錬度と阿吽の呼吸とも言える連携の高さが
その戦法の実現を可能としていた。


もっとも、そんな事はその戦法で窮地に立たされている
ワーレン、ルッツの両艦隊にとってはどうでもよいことだった

彼等の目下の課題はこの化け物じみた同盟軍の攻勢を凌ぐことであって
敵の戦法をまじまじと考察することなど、後世の軍学者にでも任せておけば良いのだ


■■


永延と続く化け物じみた同盟軍の攻勢にあけられた穴を
投げ出す事無くただひたすら塞ぎ攻勢に耐え続けた
ワーレンとルッツもまた非凡な才を持った将であった


彼等が常人であったのなら、既に精神力をすり減らして投げ出すか
穴を塞ぐのが間に合わずに戦線を崩壊させていただろう


この二人の敢闘が帝国に風を呼び込む事になる



『増援です!!ロイエンタール!ミッターマイヤー艦隊です!!
 敵の中陣をやぶった味方が援軍に来たぞ!これで助かるぞ!!』


この報せに帝国軍は沸きあがった。失いかけた士気は再び高まり
劣勢から優勢へと戦局は一気に傾いてく


「コナリー、今回の敵は今までで一番歯ごたえがありそうだ
 残念なのは、少々固すぎて歯が立たぬと言ったところか?」

『閣下の詰まらぬ軽口は相変わらずですな。精々、後の者の為に
我々の艦隊で噛み解せるだけ噛み解しておきましょうか』


前後から四倍の戦力で包囲された第12艦隊は
ボロディンの号令の下、最後まで統率の取れた反撃を続けた


その結果、開戦当初から戦闘に参加していなかった
後方の輸送艦や工作艦を除いて全滅する事となる


だが、その犠牲は無駄ではなかった
彼等の奮闘によってワーレン、ルッツだけでなく
双璧の両艦隊も戦闘物資補給のため一旦後方に退かなければならなくなり

第10、第11艦隊の退路を守るだけでなく
その後に起こったであろう彼等による追撃からも同盟軍を守ったのである


戦後、この功績は軍上層部だけでなく政府や民衆にも高く評価され
ボロディンは死後ニ階級特進し、元帥となる





傷を負いながら逃げる者と傷つきながらも追う者
両者の激突は多くの武勲とそれを上回る犠牲を生み出す

同盟と帝国が激突する未曾有(みぞう)の決戦が迫っていた


・・・ヘイン・フォン・ブジン中将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~




[3855] 銀凡伝2(抱擁篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/03 17:24
帝国領侵攻作戦における最後の戦いアムリッツァ会戦
この会戦に参加した同盟及び帝国の戦力は史上最大のものとなる


■アムリッツァ会戦■


同盟軍は最反攻作戦の結集地点としてイゼルローン回廊に近い
アムリッツァ星系を選択した。


敗色濃厚の中、再度決戦を選ぶと言う無謀な総司令部の選択に
各艦隊の提督は猛然と抗議を行ったが、黙殺されてしまう。

ここで起死回生の勝利を得なければ選挙の勝利と自身の首が繋がらない
政府と軍上層部も必死だったのだ

また、帝国の急襲前後から艦隊提督達による抗議の矢面に立たされた
フォーク准将は心労のため、病気療養中の予備役准将へとジョブチェンジを果たしていた


最初から最後まで問題続きの同盟軍であったが
ボロディン率いる第12艦隊の犠牲や、第10、第11艦隊の奮戦によって
生み出された貴重な時間によって、帝国との対陣前に敗残兵の再編成を終える事に成功する


以下、この会戦に参戦した同盟軍の陣容について記す

第5艦隊、司令官ビュコック(艦艇数14,000)、第8艦隊、司令官アップルトン(艦艇数11,500)
第10艦隊、司令官ウランフ(艦艇数12,500)、第11艦隊、司令官ブジン(艦艇数(15,500)
第13艦隊、司令官ヤン(艦艇数15,500)の五個艦隊、総数69,000隻が決戦に挑む事になる

数の上でも未だ大軍と称するに相応しい陣容であったが、
帝国領侵攻当初は、総艦艇数が14万に届こうかとしていた状況を鑑みると
どうにも寂寥感が拭えない陣容と言わざるを得なかった

また、ボロディンを始めとして、ルフェーブル、ホーウッド、
それに重態のアル・サレムがイゼルローンへの帰路の途中に逝き
実働部隊の司令官の四割以上が既に冥府への門をくぐっていたことが
同盟軍将兵の寂寥感と悲壮感を更に募らせていた


これに対する、ラインハルト率いる陣営は、若干の苦戦を強いられたものの
概ね圧勝か大勝を重ね、意気揚々とアムリッツァへ布陣することになり、
その陣容の厚さにおいても既に同盟軍のそれを上回っていた

ローエングラム艦隊(艦艇数16,000)、ロイエンタール艦隊(13,000)、
ミッターマイヤー艦隊(13,000)、ケンプ艦隊(12,000)、ビッテンフェルト艦隊(11,000)
メックリンガー艦隊(11,000)の六個艦隊、総数76,000隻が同盟の正面に布陣する

また、それ以外にもワーレンとルッツを副将としてキルヒアイスに
率いられた別働隊32,000が、同盟軍が後方に大量に配置した機雷源を
指向性ゼッフル粒子発生装置を利用して突破するため、大きく迂回行動を取っていた



■果たせなかった再会■


 「ヘイン、どうやらお互い生きてここまでは来られたようだね
もっとも、このあと無事に生きて帰れる保障はなさそうだけど」


いやなことを言わないでくださいよ!
はっきり言って俺がこの先生きのこれるかは
先輩の魔術次第なんですから!!しっかり給料分働いて下さいよ!


『いやいや、先輩風を吹かしてかわいい後輩の活躍の場を奪っては申し訳ない』

なにいってるんすか!長幼の序を守ってこそ秩序は保たれるんです!!
 ここは先輩に花道を譲って、俺は端の方で大人しくさせて貰いますよ


「まったく、ヤン先輩とヘインは相変わらず怠けることしか頭にないですね
そうそう、帝国に対して絶望的な決戦を挑む哀れな俺たちに総司令官閣下が
激励のメッセージを贈って下さったみたいですよ。諸君等の勇戦に期待するって」

『やれやれ、この状況で一体なにを期待すると言うんだい?そもそもこの侵攻作戦自体が
 戦力構想の第一段階から間違っていたんだ。それを緒戦の勝利に驕った軍上層部は
 アスターテと同じ兵力分散の愚を犯して各個撃破される体たらくだ。だいたい私は・・・』


ええっと、アッテンボローあれだ!あれしなきゃいけないな?な?

「ああ、そうだな!こんなところで油を売っている場合じゃないな」


じゃ、先輩!俺らはここらで一度旗艦に戻りますんで、失礼します!


『それから・・、ん?なんだ、もう行くのかい?まぁ、忙しいなら仕方がないな』





ヤンのエンドレスな愚痴を発動しかけたため
ヘインとアッテンボローはクイックリーにその場をゴウアウエイする


ただでさえ気が滅入る決戦の前に、
わざわざヤンの愚痴に付き合うほど彼等は物好きではなかった


こうして、少々短い先輩と後輩の再会を果たしていた彼等であったが
それと似たような光景があちこちで見ることが出来た。
死線を潜り抜けて再会できた喜びを分かち合う光景が・・・


中でもフレデリカと無事再会を果たすことが出来た
アンネリーは彼女を目視するやいなや、目にも映らぬ速さで抱きつき
最高の笑顔で喜びを表現していた。


その、余りに無邪気で子供っぽい笑顔に毒気を抜かれた
フレデリカは押し倒された時に打ったお尻の痛みに対する小言を
何とか飲み込み込んで親友を力いっぱい抱きしめ返すことに成功する



■■


再会できた者がいる一方、再会できなかった者も当然いた
ウランフとボロディン、共に同盟随一の勇将と讃えられた名将であった

また、彼等は士官学校時代から優劣を競い合った仲だった
そんな彼等には長年守り続けた一つのルールがあった
一方が先に武勲を立てて階位を進めたら酒を奢ると言うルールが



「俺が先に大将に昇進して悔しがるお前に奢らせる予定だったのだが
 まったく、他人に奢る酒が不味いのは学生時代から変わらんな・・・」


減ることの無いグラスに逸品物ウィスキー注いだ勇将は
二度と勝つことが出来なくなった戦友を惜しみつつ一人飲み明かし
数年ぶりに酔い潰れてしまうという失態を演じることになる


翌日、遅れて艦橋に姿を見せた司令官を
参謀長は咎められることはなかった。


どんなに戦歴を積んだとしても、
直ぐに新しい一歩を踏み出せる訳ではないことを彼は知っていた
また、敬愛する司令官が既にその一歩を踏み出していることも知っていた


決戦を前にした第10艦隊に死角はない・・・




■最強の・・・■
 

決戦を前にした艦隊司令官による会議において
ヘインは開口一番で帝国の新兵器、指向性ゼッフル粒子による
機雷源の突破を帝国軍別働部隊が画策していると主張するが

それを聞いた会議の出席者の反応を例えるならば
1543年以前に鉄砲を購入しようとした際の商人の反応その物であった


『しこうせいぜっふる粒子はっせい装置とは?』


そこからの会議は長かった・・・
ラインハルトによる帝国巡航艦侵入事件において
ヘインの補佐を務めていたラオが記録したデータが無ければ
その存在すら、認めさせることは出来なかったかもしれない


ただ、帝国軍の別働隊が後方から攻撃を仕掛けようとしているが分かっても
『同盟軍にはそれに対応する兵力がないのではないか?』と
第8艦隊司令のアップルトン中将が意見を述べると
また会議は重苦しい空気に支配され、議論は止まりかけてしまう


だが、その流れはある男によって大きく変えられる
英雄でもなんでもない、ただの凡人によって


■■


「そうだ!俺たちにそんな戦力は無い。それどころか勝機すらない」

『ほう、戦う前から勝機が無いなどと言っては、兵に何といって戦わせればいい
 まさか、同盟の理念と正義の為に死んでくれという訳にもいかんのであろう?』


勝算0と全面敗北宣言をするヘインに厳しい問いかけをしたのは
同盟の宿将として名高いアレクサンドル・ビュコック中将であった
彼自身も勝機が少ないのは十分承知していたが、

ヘインの言う余りにも消極的な考えに基いて基本戦略を立てれば
萎縮した軍事行動を取り、より悪い結果を生むのではないかと危惧したのだ


「提督、勝機が無くたって戦えますよ。兵たちには家に帰ろう
 そう言えば充分な筈です。あとは敵を振り切って逃げるだけです」

『最初から逃亡を目的とするなど、それでは総司令部の命に反する!!』




         「それが、どうした!!!!!」



戦って勝てという総司令部の命令を完全に無視した
ヘインを咎めるようなアップルトンの発言をヘインは一喝して黙らし
一呼吸を置くと、ゆっくりとだが力強く自身の考えを続けて言葉にした



「もう充分だろ?もう充分すぎる以上に俺たちは戦ったはずだ
 その結果がこれだ!多くの戦友を無くした。帝国の民衆に地獄を見せた
 これ以上は俺はいやだ!!命令無視でもなんでいい、処罰だって好きにしろ
 だけど、勝利なんて下らない物の為に部下を殺させる気は俺には無いからな!」



普段はどこか飄々として威厳の欠片すらない男の
信じられない気迫に列席した歴戦の軍人達は言葉を失わされた

一般人の常識が軍人の固定観念を打ち破った瞬間であった


『わたしもヘイン、ブジン中将の意見に賛成ですね。この状況から戦局を覆すことは
 不可能に近いですし、例えそれが実現したとしても戦略的に意味があるとも思えません』

『たしかに、いま現在進めている負傷兵と損傷艦の後方への移送が完了すれば
 我々がこの宙域に留まる理由は、無意味な戦果を手に入れるためだけになるな』


ヤンに続き勇将の誉れ高いウランフまでも
ヘインの意見に同調するような発言をしたため
もとより主戦論者が皆無な会議の方向性はあっさりと決した


同盟軍の取る戦術は、帝国軍別働隊の到着前に
敵陣を突破し、イゼルローン要塞に撤退することとなる

もっとも、負傷者と損傷艦の移送が完了していないため
ある程度の時間は帝国軍の攻勢に耐える必要はあるが



■■



「ウランフ提督とヤン先輩のお陰で助かりました。正直なところ
 俺の意見だけじゃ、敵前逃亡論なんか通らなかったと思います」

『いや、たとえお前らしい姑息な根回しが無くとも、俺も皆もお前に従っただろう
 皮肉なことに戦いの悲惨さがお前を成長させたようだ。良い顔をするようになったな』

『私もウランフ提督と同意見だ。気持ちが篭っていてなかなかいい演説だったよ』


「いや、勘弁してくださいよ先輩!!全然柄じゃないことしたって
 俺だって思ってるんですから。今日の事は他言無用でお願いしますよ」


『そいつは残念、アッテンボローあたりに聞かせてやりたかったんだが』

「勘弁して下さいよ。アイツに知られたりしたらからかわれるだけじゃなく
無断使用料だとかなんとか難癖つけられて、酒代をたかられちゃいますよ」


『まぁ、今日を後日の酒の肴にできるように、互いに足掻くとしよう』



■兵どもの夢のあとに・・・■


アムリッツァ会戦の勝敗は帝国に軍配があがることになる


開戦当初、同盟軍は帝国軍の猛攻にじっと耐え続け
後方へ移送されている部隊が安全宙域に到達するであろう時間を迎えると
猛然と攻勢を帝国軍に仕掛けて次々と敵の陣を突破し、
敵の追撃を振り切りながら、イゼルローン回廊を目指した


その結果、大半の同盟艦隊はキルヒアイス率いる別働艦隊が到着する前に
戦闘宙域を離脱する事に成功するが、会戦の前半で指揮官を失って
統率が乱れていた第8艦隊とその撤退を援護した第10艦隊は
大きな損害を受けることとなる。


結局、この戦いにおいて帝国軍は功に逸って突出し、同盟軍に離脱の好機を与えた
黒色槍騎兵艦隊以外は大きな損害をだすことが無かったのに対し、
同盟軍は二万隻近くの艦艇とアップルトン中将を失っていた。


こうして、同盟軍による帝国領侵攻作戦は多くの犠牲を出しながら、ようやく終結する

動員された約14万隻のうち、再びイゼルローンに帰還を果たしたのは
損傷艦を入れてようやく6万隻に手が届く程度で、
動員された兵の未帰還率は六割に達しようとするほどの被害であった


政治家達の利己心と軍人による功名心によって始まった
史上最悪の作戦は史上最大の被害を生み出して終わった




■戦後処理■


アムリッツァ会戦に先立って、帝国の皇帝が崩御したのと
予想以上に辺境の星系の被害が大きかったため
帝国軍によるイゼルローン要塞への侵攻は行われなかった


一方、同盟においては敗戦の責任を取り現政権メンバーの多くが辞表を出し
無謀な遠征に反対した識見に富む国防委員長が暫定議長に就任する

また、軍部においても大きな人事刷新が行われる
敗戦の責を取る形でロボスは退役し、またシトレも遠征自体には反対であったが
制服組トップとして責任を取らぬわけには行かず、退役することとなった。
また、グリーンヒル大将も査閲部本部長へと左遷される


彼等の後任には第一艦隊司令官のクブルスリー中将が
大将に昇進し統合作戦本部長に就く
宇宙艦隊司令長官にはビュコックが同じく大将に昇進し、その任に就く
また、宇宙艦隊総参謀長にはオスマン中将が新たに就任した

また、生き残った三人の中将もそれぞれ大将に昇進し
ウランフは統合作戦本部幕僚総監と第10艦隊司令官を兼務することになったが
ヤンとヘインは大将昇進の辞令のみが渡され役職については保留される


また、艦隊についても再編成が行われ
第一艦隊には元第二艦隊司令官のパエッタ中将が、
また、第10、11、13艦隊に再編後も余った艦艇を
第二艦隊に再編しなおし、その提督にルグランジュ中将が就任し

同盟軍宇宙艦隊は通常時の半数以下の五個艦隊編成となる


こうして、同盟は大きな変革を強いられることとなったが
新たな政府と軍首脳の前途は厳しく、多くの困難が彼等を待ち受け
同盟の衰退は以後、さらに加速していくことになる



■予想外の人事■


『どういうことだ!!!』


普段静かな同盟軍人事本部において、声を荒げる高官がいた
新たに大将に昇進を果たしたヘイン・フォン・ブジンその人である

彼が珍しく激怒した理由は不可解ではないが、理不尽な辞令によるものであった


『アンネリー・フォーク中佐、惑星ネプティス補給基地駐在を命ず』


そう、アンネリーが昇進後に、第11艦隊の副官の任を解かれたのだ
帝国ほどではないが、同盟軍においても副官人事については
将官に大きな裁量権があったため、激しくヘインは抗議を人事部に対して行ったが

しつこく食い下がるヘインへの返答は厳しく辛い現実を告げるものであった
『あのフォークの妹を英雄の傍に配置する事は認められない』と


その理不尽さに、さらに文句をつけようとしたヘインであったが
後ろで泣きじゃくるアンネリーに『もう、もういいんです』と言われ
振り上げた拳を力なく下げ、人事部を後にする



■■


『アンネリー、本当にいいのか?なんならビュコックの爺さんや
 ウランフの旦那に頼んででも、こんな馬鹿げた辞令を取り消して・・』

「いいんです大将。そこまで皆さんにご迷惑はかけられませんから
 それに、新しい勤務先で頑張って必ず大将の副官に戻って見せます」


そう!わたしは負けない。絶対自分の力でまた大将の横の席を勝ち取ってみせる
じゃないと、愛しい貴方の横に胸を張って立つことが出来なくなっちゃう


『でも、アンネリーになら迷惑かけられても構わないし
 なんなら、そう・・いっそのこと軍なんかやめて俺と・・』

「だめです!お願いです大将それ以上は言わないで下さい。せっかくした決意が
 ぐらぐら~ってあっさり揺らいじゃいますから♪わたし、負けたくないんです!」

『そっか、分かった。でも、無理だけはしないでくれよ?』
「分かってます!それに大将こそわたしがいなくなっても大丈夫なんですか~?」


『大丈夫じゃない。君がいてくれないと困る』


もう、大将かわいすぎです!!その困った顔でそんな嬉しいこと言われちゃったら
ぎゅっとするしかないじゃないですか!


『ちょっ、アンネリー!!さすがにこんなとこで抱きつくのは拙いって!!』


駄目で~す♪絶対放しませんよ~だ!

そう、どんなことしたって貴方を絶対離さないんだから・・・






大きな敗北による痛手はじわじわと同盟を蝕み
新たな騒乱の火種となっていく

その近づく、悲劇を凡人は変えることが出来るのだろうか



・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~





[3855] 銀凡伝2(手紙篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/03 17:25

次々と新体制の骨子が固まっていく中
未だに去就が定まらない二人は、激しい戦いの疲れを癒すべく
すこし眺めの休暇をとり英気?を養おうとしていた。


■正直なお手紙■


帰国以後、なりやまぬインターホンと手紙を吐き出し続ける文章電送機に
嫌気がさしたヘインは、同病に悩んでいるだろうヤンの官舎を訪ねていた

アンネリーが早々に赴任地に旅立ってしまったため
暇を持て余すどころか、一気に貧相になってしまった食卓に耐えられず
ユリアンの手料理を求めての行動であった


■■


『ヘイン大将!急に訪ねて来られるなんてどうされたんですか?』


いや、ちょと近くに寄ったもんで顔を出そうかな~って
そうそう、これはユリアンへのお土産!って露骨に嫌そうな顔するなよ!!
今回は紅茶の葉っぱだよ葉っぱ!!酒じゃないから安心しろ


『すみません。提督を尋ねてくる人のお土産が決まってお酒で
 その上、その場で一緒に空まで呑んじゃう人のお土産ですから』


ユリアンお前も言うようになったな・・・、全くちょっと前まで
ヘインさんへインさんって天使のような笑顔で懐き捲くってたのに
もう反抗期か、お兄さんは悲しいぞ?


『はいはい、分かりましたから、大将早く上がってください
 今からお茶の用意をしますから、提督と一緒に待っていて下さい』


いや、悪いねユリアン!じゃ、遠慮なく上がらせて貰うよ




■■


ち~す!先輩、お互い英雄らしく有名税で苦労しますね~って!!
どうしたんすか?いつも以上に怠惰で駄目男の代表みたいなヤン先輩が
更にグダグダの糞虫みたいじゃないですか!

一体、なにがあったんですか?

『やぁ、ヘイン良く来たねぇ・・、もう少しこっちに来ないかい?
 ちょっと殴るには、お前が立っているところは遠すぎるからね』


いや、先輩冗談ですって!冗談!!
それにしも、落ち落ちの鬱だ氏のう状態になるなんて
なんか有ったんですか?

『別に、特に無いさ』


「提督!はぁ・・・、すいませんね大将。ちょっと前に届いた
この手紙のせいで、提督はいまへこたれちゃってるんです」



――貴方もしょせんは殺人者の仲間だ――



なるほどねぇ、これでガックリ来ちゃってる訳ですか
先輩しゃーないですよ。だって俺らが殺人者なのは事実なんですから


「大将!なにもそんなにはっきり言わなくても!!」


じゃ、オブラートにでも包めば事実が変わるのか?
逃げれるもんなら、俺だって逃げてぇよ・・
でもなユリアン、結果は無かったことにはできないんだ

だったら足掻くしかないだろ?そうですよね先輩?


『あぁ、そうだね。まったくお前に説教される日が来るとは
 後輩の成長を喜ぶべきか、我が身の不甲斐なさを嘆くべきか』

「いいじゃないですか提督。大将だって偶にはいいことも言いますよ」


なんだなんだ、俺は客だってのに扱い悪くないか?
そんな扱いなら、紅茶三倍はお替りするし、お茶請けももりもり食べるぞ!






ヘインの気まぐれに近い訪問は、気のくじけたヤンを復活させる
もっとも、ヤンに向けた言葉は自分自身に向けた言葉でもあった



―――第六艦隊を見殺しにした貴方は、今度は誰を見殺しにしたのですか?――――



アムリッツァ以後、ヘインは軍を辞めたいと発言することが度々あったが
実際に辞表を提出することは一度もなかった



ヘインのヤン宅訪問から数日後、ヤンとユリアンにくっついて
暇なヘインは惑星ミトラ滞在し、自然に囲まれた環境で心神の回復を果たす


その長い三週間の休暇を終えたヤンとヘインに新たな辞令が渡される

イゼルローン要塞司令官へイン・フォン・ブジン大将
イゼルロ―ン駐留艦隊総司令官ヤン・ウェンリー大将


新しい時代の潮流が吹き荒れようとしていた



■二人の統治者■


イゼルローン要塞、かつての帝国の最重要軍事拠点の一つは
主を同盟軍へと代え、その支配者にヤンとヘインを迎え入れることになる


本来なら指揮系統の統一と言う意味でも最高責任者は一人であるべきであったが、
暫定政府から強い要請もあり、要塞最高責任者はブジン大将
駐留艦隊の最高責任者はヤン大将という帝国以来の悪しき慣習を継承することとなった


もっとも、ヘイン自身にヤンを凌いで自分が主導権を握ろうとする
意志が皆無であったため、統合作戦本部が心配する両者の反目による
指揮系統の混乱と言う事態は起こりそうに無かった


また、要塞内外の人事については第11、第13艦隊メンバーが
主に中核を担う事となっていた。

要塞防御指揮官にはシェーンコップ准将、
空戦隊長にはポプラン、コーネフの両少佐
駐留する二個艦隊については、第1駐留艦隊通称ヤン艦隊副司令官にフィッシャー少将
第2駐留艦隊通称ブジン艦隊司令官代行にアッテンボロー中将があたることとなる
また、第2駐留艦隊の副司令官には引き続きキーゼッツ少将が就く
また、遊撃艦隊司令官としてグエン少将がその任にあたることも決定される

なお、未来の要塞事務総長アレックス・キャゼルヌ少将が任官するまでの代役として
ヘインの推薦で抜擢されたオブリー・コクラン准将が要塞主計長として
要塞事務全般における当座の責任者となる

更にヘインの新たな副官としてラオ中佐が任命され
両者共に余り嬉しくないコンビが再結成されることになる


■■


さて、イゼルローンに行く前にアンネリーに手紙を書いて
そうそう、ウランフの旦那にもう一回クーデターの危険性について注意を喚起しておくか
まぁ、原作と違ってそこそこの艦隊が残ってるから大丈夫だとは思うが

グリーンヒル大将にも前会った時にさりげなく会話の中で
『ク-デターかっこわるい』ってフレーズを7回ぐらい繰り返したから
多分、思い留まってくれるだろう。最悪、捕虜交換時にリンチを抑えるか
首都での式典に参加する時にもう一回説得すれば大丈夫だろう

うん、多分大丈夫だ!今の段階で下手に動くと暗殺対象になるからな
これ以上は無理だな。後はウランフの旦那に任せるとしよう


『ヘインさん!早くしないと遅れちゃいますよ!!』
「わかったわかった!荷物もって直ぐ行くから玄関で待っててくれ」


それにしても、キャゼルヌ先輩はマジパネェな!!
いきなり、華の独身貴族をこぶつきにしちまうんだから
そもそも、トランシーバーだがなんだか知らんが、あの法律は大丈夫なのか?

いくら身寄りのない戦災孤児を助けるためとはいえ
独身男性に女の子をあずからせちゃ駄目だろ!!
まぁ、さすがに11や12そこらの子に手をだすほど落ちちゃいないが

同居は常識的に考えてなしだろ!!フレデリカちゃんとこに預かって貰えたから良い物の
もし同居なんかしたら『変態!変態!変態!変態変態変態!!』って
ご町内の人に間違いなく罵られるぞ?ほんと同盟って既に基地外国家なんじゃないか?


『ヘインさ~ん!フレデリカさんも待ちくたびれてますよ~!!』


まぁ、今はこんなこと考えてても仕方がないな
とりあえず遅刻したらまずいから、後の事は要塞についてから考えよう
これ以上待たせたら、怒った少佐に潰されかねないからな

おっと、アンネリーから貰ったコートを忘れずに羽織ってくかな
まぁ、イゼルローンは自動温度調整されてるからコートなんか必要ないんだけど
せっかくの好意を不意にするわけにはいかないからな


『ヘインさん、もうフレデリカさんの顔真っ赤になってますよ~!』






新たな出会いを加えながら、ヘインはヤン一行と共にハイネセンを飛び立ち
新たな任地であるイゼルローン要塞を目指す。

後にイゼルローン要塞は様々な思い出を作る彼等の第二の故郷になるのだが
そうなるまでには、もう少しばかりの時間を必要であった



■継承政争■


アムリッツァ会戦の直前に皇帝フリードリヒ四世が
急死した帝国は大きく揺れ動いていた。

ただ、その動揺で最も利を得たのは、皮肉な事にその皇帝を誰よりも憎んでいた
ラインハルト・フォン・ローエングラムであった。


そう幸運なことに皇帝の訃報が帝国内のニュースを独占し、
辺境での惨状はほとんど取り上げられる事無く、さらりと流されてしまったのだ
250億を超える帝国臣民の内、たった3000万の辺境の民衆に起きた悲劇

所詮は他人事、連日のようにその悲劇が取り上げられない限り
多くの人を動かす力には為り得ない、だが、それでも


また、帝国宰相リヒテンラーデが、ブラウンシュバイクやリッテンハイムなどの
門閥貴族に帝国を牛耳らせないために、皇帝の孫である彼等の娘ではなく

何の後ろ盾も無い五歳の皇孫エルィン・ヨーゼフを半ば強引に即位させたことも
ラインハルトの地位を強化することにつながる
固有の武力を持たない帝国宰相がラインハルトの武力を欲し、協力を求めたのだ

もともと、門閥貴族の駆逐を掲げている両者の利害が一致していたため
周りの予想以上に強力な枢軸関係が生み出されることになる。


当然、それを面白く思わぬ門閥貴族たちは一気に不満を高め
いつ、帝国内で内乱が起こってもおかしくない状況へと変化していくことになるが



■■


「キルヒアイス喜べ!お前の宇宙艦隊副司令長官就任と上級大将への昇進が決まったぞ!」


我がことのように喜びながら、親友に昇進を報せるラインハルトであったが
返された返答は期待した物と違い、なんとも余所余所しい謝辞であった。

それでもなんとか気を取り直して、アンネローゼを共に迎えに行こうと誘い
一応同意した彼を引きつれ、意気揚々と宮廷へと向かう


■■


『では姉上、いまからそのワインを取って参ればよろしいのですね?』
「ええ、お願いラインハルト」

『アンネローゼ様、そのようなことこの私が・・』
『お前は座っていろ。なに直ぐに取って戻ってくる』




「ジーク、なにかラインハルトとの間にあったのね?」
『いえ、そのようなことなど・・「ジーク?」、はい・・・』

「やっぱり、あなたたちの様子がいつもと全く違うからおかしいとは思ったのだけれど
 ジーク、あの子は昔から先ばかりをみてしまう悪い癖があるわ。だから思いもよらぬ
 失敗をしてしまうことがある。だから、心ならずあなたを怒らしてしまうことも
 ごめんなさい。あなたには勝手なお願いばかり、それでもわたしにはあなた以外に
 お願いできる人がいないの・・・ジーク、ラインハルトのことをどうかお願いね・・・』


『ハイ、アンネローゼさま』





頼まれたワインを持ち帰ると、いつものように穏やかな笑みを
向けてくれるようになった親友に大いに安心するラインハルトであった

一人の女性によって、再び鎖で繋がれた赤毛の英雄は
横に立つ金髪の覇者の為に、再び働くことを誓う

愛する女性との誓いを守るため



■鮮血のカーセ■


「はぁ、なんかまた寂しい屋敷に逆戻りしちゃったね
 急にお客さんが増えたと思ったらこれだもん。なんでかな?」

『申し上げにくいことですが、お嬢様が皇位継承の争いに敗れたためかと』


やっぱり、そんなことだろうと思った。
欠陥持ちって分かった途端に表舞台から遠ざけたお父様達が

急に馴れ馴れしく屋敷を訪ねてきたり、
つまんない男を連れてきたりするから変だとは思ってたのよ


「どうでもいい人なんか、来なくてもいいんだけど
 また、鄙びた生活ってのはちょっと虚しいかなぁ・・・」

『お嬢様に私はずっとお仕えしますよ』


「うん、ありがとうカーセ♪でも、好きな人が出来たらちゃんといってね
 わたしカーセのこと大好きだけど、ちゃんと我慢できるから大丈夫だよ?」


『いえ、このカーセ!!最後までお嬢様に萌え狂うではなく、お仕えする覚悟であります!』
「そっそう?ありがとう。あと、大丈夫?凄い血の量だけど・・・」





俯きながら、床に血の池を作る侍女を心配する声を
サビーネは掛けたが、一応手でOKのサインを返したので
少し、早いが湯浴みをして就寝することにした。
もちろん、全てカーセと一緒である。


来客が少ない家は、結構幸せが一杯のようであった・・・





日常と同時進行で再び動き始めた帝国と同盟
その動きは、新たな衝突につながるもの

まだ、戦争の終わりは見えそうに無かった


・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~






[3855] 銀凡伝2(日記篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/03 22:28
みなさんは日記という物をつけたことありますか?
わたしは、今日から日記をつけてみようと思います。

日記に日々の日常を書き込むことで
きっと忘れちゃいけない想いを残すことが出来ると思うから・・・


■12月3日■


今日はきっと記念すべき日です。
パンパカパ~ン♪イゼルローン要塞に遂に到着したのです!


私は生まれてからのほとんどをハイネセンで過して来ましたが
これから住むことになるイゼルローンはなんと人工天体なのです

よくわからないけどフレデリカさんのWekipedia並に詳しい説明だと
凄い技術で作られているらしいです。

なんかワクテカがとまりません!




そうそう、今日は色んな人といっぱい知り合いになっちゃいました。

中でも特に印象に残ったのが、変な人形をもってる人に
ずっと求人誌を必死に見ている二人組みです。
この人たちとは余り関わらないようにしようと思いました。


さて、そんな下らない二人組みのことは置いといて
今日からすむ新居について書こうと思います。

なんと、私には一人部屋が与えられたのです!
何人かで雑魚ねが当たり前の施設とは大違いです!!

なんか、テンションあがってキターってやつですね
ちょっと、興奮しすぎてフレデリカさんに引かれちゃったのは内緒です

でも、ホントに嬉しかったです。
あとは、同居人のフレデリカさんの料理が美味しくなれば
言うこと無しなんだけど、努力をしてもむずかしそうです。

たぶん焼け石に水?なんだと思います。



今日は本当に色んなことがありました。
こんなに忙しい日は、お父さんが死んじゃった日以来です
でも、今日みたいな忙しさだったら全然へっちゃらです!




■12月4日■


今日はいっぱいイケ面に会いました。

最初に会ったのは保護者の親友らしいアッテンボロー中将です。
ちょっと過激な発言が目立つそばかすの似合う好青年です。

結婚すると、案外こういうタイプが一番幸せになれそうな気がします。
チェック欄には取り合えず○をつけておきます。


次にあったのは、イゼルローンの空戦隊長ポプラン少佐とコーネフ少佐です。
ポプラン少佐に『7年後に口説かせて貰うよ』って言われた時は
不覚にもちょっと赤面しちゃいました。大人になったらとか曖昧じゃなく
明確にいついつって言ってくる辺りが、世の恋愛チキン達とは大違いです。
はっきりしない優柔不断な男なんてよっぽどイケ面じゃなきゃキモイだけです

そういった意味でもポイントは高いんだけど、
私は軽薄な人は余りタイプではないのでポプラン少佐は△です。
同じような理由で、シェーンコップ准将も△です。


さて、残りのコーネフ少佐ですが、おめでと~ございます!見事◎評価です!!
物静かに見えて、飽きさせない会話運び!
ちゃ~んとわたしが興味を持つような内容をさり気無く入れるのが味噌です
もう少しわたしが大人だったら絶対アタックしちゃってる位の男ぶりです!



それにしても、結構イケメンはいっぱい生息しているみたいです
ヤン提督やユリアン君もイケメンに入れても問題の無いレベルです


はぁ、それに比べてわたしの保護者は・・・


『ん、どうした?こんな朝からふらふらして、小便でも漏らしたか?』


ほんと、死ねばいいのに・・・



■12月5日■


今日は保護者の所に遊びに来たユリアン君と
お散歩デートをしちゃいました。


なんでも、面白い本が手に入ったから見に来いと呼ばれたので
保護者の部屋を訪ねたらゲッソリやつれた顔をしていたらしく、
無理させちゃ悪いと思って帰る事にしたそうだ。

その途中で、わたしと会って一緒にお散歩することになったわけです。チャンチャン♪



■12月6日■


ちょっと、昨日の日記を読み返してみたら
自分でもこれはないかなと思うくらい手抜きだったので
今日は、一生懸命に日記を書こうと思う。

今日の朝は、いつにも増して焦げ臭い朝でした。
フレデリカさんがまたトーストを真っ黒にしちゃったんです!

でも、大昔のトースターならともかく
あんな風に焦すほうがむずかしいと思うんだけど
たぶん、これが伝統芸能の一つドジッ子属性なんだとおもう


ほんと、ご愁傷様ですヤン提督・・・




何とか覚悟を決めて、まずい朝食をがまんし
(ちゃんと完食、泣きそうなフレデリカさんを目の前に残せる人は人間じゃ有りません!)

食後の紅茶を自分とフレデリカさんの分を煎れた後
今日の午前中で、一気に10日分通信講座を進めちゃいました。

さすがにイゼルローンには学校は無いので
学校に通う年齢の子達はみんなこの通信講座で勉強しています。

採点担当のアッカ・ペソー先生によると、わたしは結構優秀らしいです(えっへん)
このままの成績でがんばれば医大にだって行けるそうです。

ちょっと、女医さんとか憧れちゃいます。
でも、大学まで行くにはお金がやっぱりかかるみたいなので
多分無理です・・・、保護者にも余り頼りたくありません


まぁ、大学どころか中学生になってもいないのに
こんなことを今から悩んでいても仕方がないのです


今日頑張った分、明日はちょっぴり羽を伸ばして要塞内を探検してみようと思います。
明日が楽しみです♪だから、日記はこれぐらいにしておやすみしちゃいます。



■12月7日■


フレデリカさんより早く起きて朝食の準備をしたわたしは
それを終えると直ぐに家を飛び出しました。


今日はイゼルローン隅々をまで探検しちゃいます!
まだ、それほど多くのお店は開いてないみたいですけど
ビジネスチャンスを求めた脱サラ親父達が開いたお店が
ちらほらと開店し始めたみたいなので急いで見に行かないといけません。


そういうお店は油断すると直ぐ潰れて別のお店になっているので
出来たと聞いたら即、冷やかしに行かないとだめです。





何店か今度は買ってもいいかなってお店屋さんがありました。
まだ、お店屋さんが少ないせいか凄い込んでました
まさに行列の出来るお店です!


もちろん期待を裏切らない駄目商店もいくつかあって満足です。
なかでも秀逸だったのは拙いラー麺屋さんです!
中途半端にカレーなんかもやちゃったせいで
『なんでカレーがあるんだよ!!』ってガチンコに怒られてました。

ちょっと、かわいそうなになったので食べてみましたが
味のほうですが、拙くは無いけど微妙な味でした。
少なくともまた来ようかなって気にはなりません


■■


とりあえず、お腹が膨れたので次は森林公園に行くことにしました
やっぱり、人工物ばかりの中にいるより緑の中にいる方が気持ちいいです

きっと人は土からは離れては生きていけないんだと思います。
そんな風に思いながら公園内を歩いているとビックリする人物に遭遇しました!

そう、わたしの保護者とならんで要塞で事実上トップのヤン・ウェンリー大将です!
すごく気持ち良さそうな顔でベンチに寝転がっています。

なんか見てるとこっちまで優しい気分になってきちゃいます。
きっと、こういうところがフレデリカさんの母性本能を擽ってるんだと思います

とりあえず寝顔を激写です!プリントしてフレデリカさんにあげたら
きっと喜んでくれると思います。いつもお世話になってる恩返しです


それにしても、ほんとにビックリする位の無防備さです
たぶん隠れてSPがいるとは思うけど、本人がこんなに警備無頓着だと
いつか暗殺されちゃったりしないか心配です。


たぶんフレデリカさん苦労するだろうなぁ・・
でも、フレデリカさんならそんな苦労も喜んでしちゃうんだろうな
ほんとアッチッチって感じでヒューヒューです!





今日はいっぱい歩いて疲れちゃいました
最初は要塞内全部探検しちゃうぞって思ったんだけど
全然無理そうです。実際に歩いて見てみると本当に広いってことが良く分かります

多分これからいろんな人がやってきて、商店街もどんどん広がって
賑やかな要塞になると思うとすごくたのしみ♪
そうなったら、フレデリカさんと一緒に買物するのも良いかな?


ほんと、今日はとっても疲れたけど満足できた一日でした
明日も、いい一日になるといいな!



■12月8日■


今日は趣向を変えて一応身近な人について書いてみようと思う
同じような形で書いても読み返したときに多分面白くないから


それで、一応身近な人というのはわたしの保護者のヘイン・フォン・ブジンについてです
彼の職業はわたしのお父さんと同じ軍人さん

もっとも死んじゃったお父さんは大尉で向こうは大将と偉さでは全然違うけど
それでも、わたしにとってはお父さんのほうが・・・と話がずれてきちゃった

まぁ、わたしの保護者はものすご~く偉い人らしい、全然そんな風には見えないけど
ティアマトの英雄にアスターテ、イゼルローンの両雄、
アムリッツァでも激戦区に身を置きながらヤン提督と並ぶ艦隊生還率を達成し
退きへインに道化師、ぷっ、ナイトへインなんて似合わない異名まで持つぐらい名将らしい


ふだんあほ面晒して寝てたりするのを見ると
ぜんぜん信じんらんないけど、全部事実なんだから驚きだ


それに武勲だけじゃなく人望もなんだかんだであるみたいだ
結構文句を言ってるフレデリカさんも何だかんだで嬉しそうな顔して話しているし

ヤン提督やアッテンボロー中将にポプラン少佐やコーネフ少佐
それにシェーンコップ准将以下の薔薇騎士連隊の人たちも

要塞に移ってから一週間も立ってないのに、次から次と訪ねてくる訪ねて来る
いくら、独身男性の一人部屋が溜まり場になり易いといっても

多分異常なことだと思う。それだけ好かれるものが彼にはほんとにあるのかな?


だって、だって味方を見殺しにする冷酷な!冷酷な男じゃないの?
そんなに好かれる立派な人なら!父さんを見殺しになんかしないはず!

そうよ、こいつはずるいから!ずるいからみんなは騙されてるんだ!
わたしは絶対に騙されないやさしくされたって騙されない!!


そう、いつだって殺せるから今は殺さないだけ
わたしは絶対お父さんの仇を取って見せる!!

ちゃんとこの気持ちを忘れないように、今日はびっしり
ヘッポコヘインに対する悪意を思いっきり書いてやります!!



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■保護する者とされる者■


マコちゃん、日記を書いてる途中で寝ちゃったのか
こういう物はちゃんと自分の部屋で書かないと
それにしてもやっぱ恨まれてるな。まぁ、事実見捨てたわけだから仕方がないけど

おっと人の日記を覗き見るもんじゃないな
まぁ、せいぜい殺されないよう良い保護者を目指して頑張りますか


まったく、第六艦隊勤務の親の子なんて聞かなきゃ
引き取ったりしなかったんだけど、下手に偽善者じみたことすると碌なこと無いな

たっく、こんな恨み買うような生き方するなんて
親のすね齧って大学で遊んでたときは思いもしなかったぞ

まぁ、済んだことをうだうだと中二病よろしく嘆いても
良いことがある訳でもないし、まぁなるようになるさ!



・・・でも、なぁ?さすがに殺したいほど女の子に憎まれてるなんて知ったら
変態でもなきゃやっぱ凹むよな。というか寝てるときに刺されたりしないよな?


一応、通販で防刃パジャマ買っておくかな?




被保護者が今日は帰らずにうちで寝ていくことになったと
フレデリカに告げたあと
再びヘインは、うだうだぐちゃぐちゃと悩んだが

かわいらしい寝顔のナカノ・マコをみると
少しだけ毒気が抜かれたので、自分の寝室で諦めて寝ることにする

ただ、やっぱり刺されるんじゃないかと不安で
中々、寝付くことはできなかったが



翌朝、自分が殺される夢で飛び起きたヘインはそれが夢だと分かると、
生きていることの素晴らしさに感動し、朝っぱらからハイテンション全開になっていた


一方、眠気まなこを擦りながら奥の部屋から出てきたナカノは
その妙におかしい雰囲気の保護者に呆れたような目を向けつつも
普段と変わらない馬鹿ぶりに日記は見られなかったと思い込み安堵する



複雑な思いを抱えた保護者と被保護者の半共同生活は
どのような結果を二人に与えることになるのだろう



・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~






[3855] 銀凡伝2(新年篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/11 16:43
新たな支配者を迎え入れた虚宙に浮かぶ銀の女王は
その外見の厚化粧の素晴らしい物であったが

中身の方は、とても及第点を与えられる状態ではなく
大規模な整備が必要とされていた。


■銀の女王のビューティーケア■

ヘインに全権を与えられた要塞主計長コクラン准将は支出の徹底的な見直しを行う
その厳しさは『乾いた雑巾を絞る』ようだと揶揄される物であった

軍御用達の業者を使って帝国規格の故障した設備を同盟製品に更新するのではなく
フェザーン経由で帝国製の修理部品を仕入れ、無駄な設備投資を排した。


もっとも、コクランはただの倹約家ではなかった
押さえられた無駄な支出分の予算を必要とする分野に大胆に振り分けたのだ

とくに新兵および補充兵に対する訓練費用の大幅な増額は特筆すべきものであった
また、足りない講師を補うために退役した軍人を講師として活用した

この軍の人材不足と高齢退役軍人の雇用問題を一挙に解決する方法は
イゼルローン要塞だけでなく、同盟軍全体に広がっていくのだが

その影には退役軍人会と密接なつながりを持つ
トリューニヒト一派による積極的な協力が一役買うことになる


■■


『・・・という傾向から鑑みて、要塞における物資の備蓄量増加は必ずしも
防衛力の向上には繋がるわけでは有りません。もっとも重要なことは
必要な物資を!必要な場所に配置することです。そのためにすることは・・』


わかった!分かった!主計長の考えは実に合理的で素晴らしい
君は天才だ!!これは素晴らしい改善だよ!!どんどんやって貰って構わない

ただ、この要塞司令官費の98%カットおよび上層部用交際費の全額廃止っての何かな
ちょっと削りすぎじゃない?あんまり締めすぎるの考えものじゃないか?


『閣下、上に立つ者が率先して襟を正すことが重要なのです。どうかご理解下さい
 また、削ったムダを利用して、空戦模擬訓練装置の早期導入を検討しております
 これが実現すれば、補充パイロットの錬度を少なからず向上させることが出来ます』


つまり、俺が我慢すれば無駄死にする若い兵の数が減ると言いたい訳だ
嫌なこと言うねぇ~、そういった相手に選択肢を与えないやり方はどうかと思うぞ・・・


まぁ、准将に全権を与えたのも俺だしなぁ・・、分かった承認しよう。好きにやってくれ


『了解しました。直ぐに実行チームを編成し、当該案件を進めます
 また、導入機材の調達についてですが、新規取引先の追加を含め・・』


わかったわかったって!准将が一番良い方法で進めてくれれば良い
安全、品質、スピード、コストの順番でみて判断するんだろ?
今回は迅速な新兵の錬度向上を目的とするから、コストより納期を重視する
そういうことだろ?


『ほぅ、閣下もなかなか理解が早くなられたようで・・・』


早くもなるぞ!毎日毎日、ミニにタコが出来るぐらい
永延と要塞運営について説明されたら多少は覚えるさ




一礼して出て行くコクラン准将の顔は相変わらず
融通が利かなさそうな頑固者の顔であったが、少しだけ嬉しそうであったと
二人の論議を誰よりも多く傍で聞いていた副官のラオ中佐が後に書き記している

ヘインによって任命されたコクラン主導の改革は後世において短期間であったが、
後に大きな成果を生む種蒔きであったと評価されるようになるが
それはもう少し先のことで、銀の女王の中身をビューティー・ケアするため彼らは忙殺されていた



■首なし美女を求めて■


強引とも思える改革が断行される中、要塞内に奇妙な噂が広がっていた
『なんでも幽霊が出るらしい』とヘインに告げたのは
空戦模擬訓練機導入チームに無理やり入れられた愚痴を言いに来たポプランであった

最初の内『俺はパイロットで調達屋じゃない』等々の文句をヘインに浴びせていたが
文句の対象が机の上に詰まれた大量の書類を虚ろな目で見ながら
ブツブツと独り言を吐き出し続けているのを見てちょっと気の毒になったポプランが
雑談で気分転換でもしてやるかと巷でホットな話題を切り出したのだ。


「それは問題だな!よしポプラン少佐直ぐに調査しよう!!直ぐ行くぞ!!」


その話題を振られたヘインの動きはまさに疾風の如く
ポプランと横で黙々とクロスワードパズルに没頭していたコーネフを引きつれ
あっという間に司令官室を飛び出していった。

その15分後、新たな稟議書を持ったコクラン准将の怒号が
司令官室を支配する事になるのだが、そんなことはお構い無しであった


■■


『それでポプラン少佐とコーネフ少佐だけじゃなくて、
大将まで幽霊探しの聞込み調査をしているんですか』


まぁ、要塞の治安維持のためには不穏な噂の原因を解明する必要があるんだ
巨大な要塞に潜む帝国工作部隊が幽霊の正体だって不安がる人々も多いらしいからな


『でも、わざわざ大将が自分の手で調査する必要はないと思いますけど?』

『たしかに、ミンツ君の言う通りで、こんなことはポプラン
一人に任せて置けばそれで十分だと小官も思いますが?』


ユリアンもコーネフもそんな殺生なこというなよ!
コーネフ!お前だって見ただろ?俺の地獄のような状況を


「まぁまぁ、お三方ともこんな往来で揉めていても事件は解決しない
 ここは無益な議論は一先ずやめて、首なし美女を拝みに行こうじゃないか?」

『揉め事の原因を生み出した人間が仲裁ね、ミンツ君、友人はちゃんと選んだ方が良いよ』


はいはい!とりあえず話は終わり!今は速やかに他の人間に見つかりにくい
幽霊が出そうな場所へ行くのが先決だ!!こんなところでモタモタしてたらヤバイんだよ





いつ追跡者コクランの手の者に捕獲されるか気が気でないヘインは
強引に話を纏めると途中でバッタリ出くわしたユリアンを含めた三人を引き連れ、
幽霊がでるともっぱらの噂の閉鎖地区を目指す。

もっとも、ヘインはこの行動を数時間もしないうちに後悔する事になる



■後悔の先に・・・■


イゼルローン要塞の彼方此方にある閉鎖地区には
当然最低限のエネルギー供給しか行われていなかった。
コクランが改革の責任者になった瞬間にコストカットのため実行されたのだ

そのため、空調など満足に効いている訳も無くとにかく寒かった
なんだか眠たくなってきたよパトラ○シュとか言いそうほど


■■

寒い!寒い寒い!!!

「寒いって言うな!こっちまで寒くなるだろうが!」


そんな事いっても寒いもんはしょうがないだろ!
それになんだ!彗星より正確な方向感覚とかなんとか言ってるけど
さっきから同じとこぐるぐる回ってるだけじゃないか!この方向音痴!いやウンチ!!

「なんだと!!もういっぺん言ってみろ!!」


『少佐も大将もいい加減にしてください!今はそんなことで争ってる場合じゃないですよ!』

悪いユリアン、ちょっと気が立ってた。
ポプランもすまんかった。ちょっと言いすぎた・・・

「もう、いいさ。それにしても床に足が着いているとどうにも駄目みたいだ
 宇宙を飛んでいるときは全く問題なかったんだが、迷子になったようだ・・・」


やっぱり、迷子かよ!!『大将!!』
ああ、すまんユリアン。いまは迷子になったポプランを責めている場合じゃないな


「なんだぁ、なにか癇に障る言い方だな」

『まぁ、お前さんの存在自体が癇に障るから、向けられる言葉も自然と棘がつくんだろう』


『はいはい、そこまでにして取り合えず食事にしましょう!コーネフ少佐が
固形燃料を持ってきてくれたおかげで、あったかいスープが作れますから
暖をとって少し落ち着きましょう。お腹が空くと気もたってきますし・・・』


よし!それじゃ、ちょっと遅くなったが昼飯にしようか?
腹も減って体も冷えた状態じゃ、ユリアンの言うようにイライラしてくるしな


『なぁ、コーネフ?ああいう風においしいとこ持ってく奴をどう思う?』
『そうだな、ポプランみたいな奴だと答えれば満足か?』



■あっけない真相■


あったかいスープと拙い携帯食で暖を取り、空腹を癒した四人は
剣呑に為りかけた雰囲気を和らげ、立派な遭難者としてどうするかを
まったく、緊張感のない態度で気楽に話していた。

だが、その平穏な空気は一瞬にして雲散してしまう
そう遠くない場所から、この世の全てを呪うような呻き声が聞こえたのだ!!


■■

「コーネフ、ヘイン、幽霊の主食はなにか知ってるか?」

んっんなもん知るかよ!!ここに落ちてるチーズやらビタミン添加チョコとか食ってんだろ!
『俺もよく知らないが、それなりに健康には留意してそうだな』



『あ、すみません』


ユリアン、ちゃんと気をつけないとだめだろって!?
「ヘイン下がれ!」『幽霊殿のおでましだ』





結論から言うとユリアンがぶつかり、
両空戦隊長に取り押さえられた男は残念な事に幽霊ではなかった

その正体は、ケンカ沙汰を起こして姿を晦ましていた下士官であった
ちょくちょく、食料保管庫から食材を盗んだり、毛布に包まって寒さに耐えていたのだが
虫垂炎にかかって死掛けていた所に、愉快な4人組がやってきたので
助けを求めてよろよろと現われたというわけである。


結局、幽霊など存在せず、いたのはちゃちな食料泥棒であった


このことをシェーンコップから、からかい混じりに聞かされた
埃塗れの四人はそれぞれの宿舎に戻ろうとしたのだが

ある一名だけは、そのまま連れ去られる宇宙人のように
両脇を抱えられて引き摺られながら、自身の執務を行う部屋へと連行されていく
夜の長い一日になりそうであった。



■新年パーティー■


796年12月末、イゼルローン要塞は喧騒に包まれていた。
もっとも、その原因は敵の襲撃ではなく新年パーティーの準備のためであったが
その慌しさは凄まじいの一言に尽きる物で、要塞はお祭り気分一色に染まっていた

もっとも、ここまで盛大な規模にまでなったのには二つの理由があった

一つは、将兵の家族やそれを相手に商売を行う民間人達の移住がほぼ終わり
要塞の人口が急激に膨れ上がったためである。

もう一つは、その直前のビッグイベントであるクリスマスが中止されたためで
その反動で、新年パーティが盛大すぎる物になったのである

なお、クリスマスパーティが中止となった原因は
アンネリーといちゃいちゃできない要塞司令官の反対に加えて
反クリスマス主義の一部の人々によって『クリスマス中止のお知らせ』が流されたためである。

一方、同じように反対するであろうと思われていた
堅物のコクランなどは大きな経済効果が期待できるとして
クリスマスの中止に対し、『遺憾の意を表明』している



とにもかくもこうした事情でイゼルローン要塞のお祭り対する
欲求不満度は爆発寸前まで高まったため、その事態を憂慮したヤンとコクランがヘインを説得し
盛大な新年パーティーが開かれる事になったのである。



■■


畜生、なんだかとっても畜生だ!!どうして俺が他人のいちゃいちゃイベントを
盛り上げなきゃなんねーだよ!!畜生!シェーンコップやポプランが憎い!!


『もう、ヘインさん諦めてください!ヤン提督のスピーチが終わったら
 次はヘインさんがスピーチしないといけないんでしょう?』

「分かってるって!!マコちゃんはグリーンヒル大尉と先に行ってくれ
 俺は着替えが終わったら直ぐ行くから!大丈夫!遅刻なんてしないから」

『ホントですか?ちゃんと間に合うように来て下さいね!』


そういや、なんもスピーチのこと考えてなかったな
まぁ、いっかな!ヤン先輩も数秒だから俺も数秒で終わらそう!




遅刻ギリギリにやってきたヘインとヤンのスピーチは
二人合計しても10秒に満たない長さのもので、式典における新たな伝説を作った

その短いスピーチを皮切りに始まった宴会は
もう滅茶苦茶である!大吹き抜けでは花火が機関銃の乱射のように打ち上げられ
一人一本のシャンパンは二本も三本と数を増やし、万単位の酔っ払いを生み出す
もちろんヘインも飲みまくりである。

また叫び声をあげる者や、最近見なくなった、正直忘れられた芸を執拗に見せる者や
喧嘩の仲裁にいって当事者になる革命提督など

要塞内のいたるところで数え切れないイベントが同時進行していた。


■■


『ヘイン、ユリアン、こういう高い所からはるか下界を見ていると・・・』
『飛び降りたくなりますか?』
『いや誰かを「見ろ!!人がゴミのようだ!!!」・・・』


ってあれどうしたの二人とも?

『ヒソヒソ・・・・』『・・・ヒソヒソ・』


なんか妙に距離取ってないか?ポプラン、ユリアン俺をそんな目で見るなんて
俺は猛烈に悲しい!!だから、このワインをもう一本あけることにしよう!


『ちょっと、ヘインさんいい加減飲みすぎですよ!』
「マコちゃん、男には飲まずにはいられない日があるんだよ!」


『おう、ヘイン!盛り上がってきたところを悪いが失敬させて貰うぜ!』


って!いつの間にそんな赤毛のカワイコちゃん捕まえてるんだよ!
畜生!!リア充はみんな死ねばいいんだ!!
いつのまにかアッテンボローの野郎も
トランポリンで仲良く女の子と飛び跳ねてやがるし


『なんか、ヘインさん駄目男全開ですね。私はちょっと眠たくなっちゃったので
 もうそろそろ部屋に戻りますけど、あんまり飲みすぎて羽目を外しちゃだめですよ!』
「おう!マコちゃんお疲れ、今年もよろしく!いい年にしような!」

『大将、僕もヤン提督とグリーンヒル大尉が見えたみたいなので失礼します』
「そっか、ヤン提督とフレデリカちゃんにもよろしく言っといてくれよ!」




■一人歩きは危険??■

さて、一人になっちまったな・・・
アンネリーがいればこういう時に寂しい思いしなくていいんだけどなぁ

はぁ、やめやめ!新年早々暗い気分になってられるか、
こうなったら意識が飛ぶほど飲みまくってやるぜ!


「ねぇ、リーゼ!あの人なんか案外いけるんじゃない?」
『そぉ~?ちょっと地味すぎない?』

「大丈夫よ!あーいう地味でちょっと貧弱な人の方が化けるのよ!」


なんだ?あの女共は?人の事を貧弱だとか地味だとか
俺は司令官様だぞ!偉いんだぞ!!大将さまだぞ


『ハイハイ、酔っ払いの大将さん!いいからこっちでわたし達と飲みましょう』
「そうそう、こんな所で一人寂しく飲んでるより絶対面白いから」

え、なにちょっとモテ期到来か?いや、だめだ俺には心に決めた人が

『といいながら、ちゃんと着いて来てるじゃない♪』
「ほんとほんと面白い人だね~、じゃわたし達とイケナイことシマショ♪」


あぁ、駄目だと思ってるのに足が勝手に動く、
そうこれは酒のせいなんだ!!みんな酒が悪いんや!!
アンネリー!不甲斐ない俺を許してくれ!
ただちょっと楽しくお酒を飲んだりするだけだ!!



■■


・・・俺にもモテ期が到来した・・そんな風に考えていた時期がありました・・・


「やだ!かわい~い♪じゃ、こっちのも試してみる?」
『え~、ちょっと目力やりすぎじゃない?結構パッチりしてるから
 ここまでやるより、もう少し薄めにしたほうが絶対かわいいよ』
「じゃ、ビューラーでクリン♪としましょうよ!」


『ちょっと、二人とも早くメイク済ましてよ!こっちも何着かあわせないといけないんだから!』



最初は、ちょっとかわいい子たちとお酒でも楽しく飲みたい
そんだけだったんです。いや、すみませんほんとは乳の一つや二つ
どさくさで揉めたら素敵やんなんて考えてました・・

俺が悪かったとです。ばかだったとです。
新年パーティーで女装行事があったことすっかり忘れてたとです。
まさか、この行事も原作ネタだとは普通思わんとです


『もう、なにブツブツいってんのよ!早く脱いで脱いで♪』


いや、ちょっと!らめぇ~!!軍服を脱がさないでぇ~
ってゼフリン!クローネカーお前らも泣いてないで助けろよ!!
あとクラフト、おまえはちょっとありかも知れんが・・・

って引っ張らないでぇええ、あぁああ~んらめぇえ!!!
そこはいっひゃぅぅんからめぇぇえ!!



■ビューティーコ口シアム■


【Before】
多くの歴史小説、ドラマや漫画で描かれるヘインは
英雄として相応しい姿で描かれているものが多いが

残されている写真や映像を見る限り、どこにでもいる普通の青年であった
身長もルドルフのように巨体という訳でもなく、173、4センチ程度
その上、体格はミッタマイヤーのように引き締まっている訳でもなく貧弱貧弱!!

そう彼の姿は平凡そのものであった。様々な創作物がどのように彼を美化しようとも
それは揺るぎない事実であった



【After】
まさか要塞司令官ブジン大将と思わず暴走した腐女子ではなく、
婦女子達はヘインに対してとんでもない工数を掛け
コスメの魔術の力を余す事無く用いた

最初の犠牲者の薔薇騎士連隊や他の軍人はごつ過ぎて
クラフト以外はイマイチ過ぎて彼女達の不満は爆発しかけていた
その結果、哀れな子羊としてヘインが選ばれる。ヤンの代わりの生贄として・・・


そんな諸々の事情で生まれた『通称へインちゃん』の評判は
この世の物とは思えない『クローネカーたん』との対比もあって
そこそこ良いものであった、実際に見た人や写真を見た人のコメントも好意的な物が多かった


『正直、地味系のちょっとカワイイ子って感じでした』(芸人/男性)
『ちょっとグラッと来ましたね。そこそこ可愛いのが逆にヤバイです』(アルバイト/男性)
『すごく美人じゃない分、親しみ易くモテそうなのでちょっと腹が立つ』(被保護者/女性)


ただ、無駄に高評価を受けたところで失われた人としての尊厳は戻ってこなかったが


「わたしへインちゃん♪頭がおかしい女装ちゃんなの♪あは・・あはッはははは・・」





宇宙暦797年を迎えるイゼルローンのお祭りは
どこにも負けない盛り上がりをみせたまま終わりを迎える



兵士達の悲しいまでの明るさはどこから来るのだろうか


そう、彼らは知っていた。
自分達がまた新年を迎えることが出来るかどうか分からないことを


そう、彼らは忘れたかった
帝国の辺境で見た地獄を、人の醜さというものを


たくさんの不安と傷を抱えたまま、イゼルローンは新しい年を迎える



・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(辞職篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/12 21:16
797年初頭、前線のイゼルローン要塞が慌しい祭りを終えた頃
首都ハイネセンでは新たな軍首脳陣による深刻で余り愉快でない話し合いは続いていた
帝国領侵攻作戦で負った傷は一朝一夕に回復するものではなかった


■キャゼルヌ襲来■


喧騒に包まれた新年の祭りの後、要塞内は目まぐるしい速度で
その施設や設備を新たにしていく、高等学校までの教育施設が一斉に開校し
子供たちは少しだけうんざりした気分と、ほのかな期待と共に新しい学校に通い始め

商業地区では次から次へと新たなビジネスチャンスを掴もうとする
野心に満ち溢れた個性的な商店が立ち並び始める。

要塞は500万人を超す人々が住む大都市としての顔を完成させつつあった。


■■


『さて、ようやく艦隊司令官殿と要塞司令官殿が待ち侘びた事務総長殿の赴任ですか』


ほんと、もう少し遅かったら俺は絶対過労死してたね
まったく、コクランの野郎は少し事を性急に運びすぎなんだよ
あそこまで強引だと最初のうちはいいけど、その内反発が起きて痛い目見る事になるんだよ

『なるほど、飴と鞭というやつですな』


そういうこと、締め付けるだけじゃ統治は出来ないってね
かといって甘い顔をし過ぎれば統制が取れなくなる。中々難しいもんだ

『閣下も苦労されているようだ・・、どうやらキャゼルヌ一家のシャトルが着いたようです』


それじゃ出迎えに行くとしますか、
キャゼルヌ先輩は良いとしてご夫人にはちゃんと挨拶をしとかないと
イゼルローン一の実力者になることが確定してる人だからな
シェーンコップ准将も挨拶しといた方がいいぜ






要塞司令官と要塞防御指揮官の二人は
イゼルローン要塞全体の事務および後方任務を全て掌握する
キャゼルヌ少将とその一家を迎えるため宇宙港に来ていた

また、この出迎えが終わり次第、家族を新居へ案内するとともに
駐留艦隊側のヤンやフィッシャー、アッテンボローといった面々と
キャゼルヌの顔合わせが予定されていたが、
事務方の現最高責任者コクラン准将との顔合わせは
業務の関係上、後日行うという形になった



■黄金のカルテット再び■


キャゼルヌ一家の引越しの手伝いがてら新居に招かれた
後輩三人とその被保護者二人は二つのグループに分かれて談笑していた
女の子三人と美しい夫人に囲まれたユリアングループと士官学校カルテットに


『ヤンとヘインの二人がトップでも破産してない所を見ると 
 コクラン准将が相当な切れ物という噂は本当だったようだな』


『確かに准将の優秀さは俺も認めますが、ムライ准将以上に堅物な点が・・・』
「わかる!わかるぞアッテンボロー!!あいつほんとに融通利かないんだよ!」


奔放主義の二人は普段の不満を酒の勢いに任せてぶちまける
アッテンボローもドーソンのような小物ではないと分かってはいる物の
自身の奔放な気質からかコクランの事を苦手としており、

また、ヘインも司令官費や交際費カットでノーバソしゃぶしゃぶ食い放題等など
淡い夢が断ち切られたことと、スパルタ式に仕事を無理やりやらされるので
結構ストレスが溜まっていたのだ


『まぁまぁ、准将なりに考えがあってのことじゃないかな?』


一方、立場上の距離が比較的あるため被害の少ないヤンは
他人事のようにブーブー言う後輩を宥めていた。

もともと経費を私的に使う気もなく、面倒な接待も交際費カットを理由に
必要最低限しかする必要がなくなったので
ヤンにとってコクランの改革は逆に有り難い位であったのだ


『まぁ、何かしらの考えはあるのかもしれんが、ヘインの言うように極度に融通が
利かないのもまずいな。組織自体の硬直化に繋がる可能性がないとも言えん
明後日会うときにでも、それとなく俺から話しておこう。とりあえずそれでいいか?』

「いや、さすがは未来の後方勤務本部長殿!!頼りにしてますよ♪」


ヘインの調子の良い言葉に三者三様の苦笑いをしつつ
ますます、酒量を増やしていく四人であったが、
被保護者コンビに苦言を呈され、しぶしぶ酒瓶をしまうことになった

その悪戯を注意された子供のような四人の顔を見て
全てを知る預言者は『どちらが保護者か分からないわね』と
可愛い小さなお客さんにそっと耳打ちして、その顔を綻ばせていた


あたりまえの幸福がそこにあった



■帝国の変遷■


少し時を遡った帝国暦487年10月
皇帝の代替わりに伴って一人の軍重鎮が表舞台から姿を消す

その名はグレゴール・フォン・ミュッケンペルガー元帥

ラインハルトが侯爵へと階位を進めると同時に
宇宙艦隊司令長官へと昇任を果たしたため、その地位を追われる形で退役する

ブラウンシュバイク公やリッテンハイム候からの誘いもあったが
彼は表舞台に留まる気はなく、隠棲の道を選択した。


彼もまた新しい時代の潮流を感じることが出来た英雄の一人であった



一方、帝国宰相リヒテンラーデの下で軍権を握ったラインハルトは
政務に軍務とこれまで以上に積極的に動いていた

来るべき門閥貴族との対決に備え、自身の地位の確立に忙しかった
誰が敵で誰が味方か、どの旗に集うのが徳か・・・・

利己主義と打算に基く欲望と野心が帝国中を渦巻いていた


■■


近い将来の内乱においてどちらの陣営につくかか・・・
将の才覚という点では間違いなくリヒテンラーデ・ローエングラム陣営が
圧倒的に有利だろう

門閥貴族の中にローエングラム候とそれに従う提督達を超える者などそう多くはいまい
戦力において貴族連合の方が優っていたとしても、それを率いる将が劣っていれば
それを生かすことは出来ない。その先に待っているのは敗北だ

それに、叛徒との国境付近の辺境で信望を無くしたと言う話もあるが、
いまだ中央を含む大部分の地域では平民出身者が厚く用いられているためか
ローエングラム候の人気は変わらず高いままだ

おそらく勝つのは新帝側勢力、いや違うなあの金髪の若者が勝つのだろう
正しい選択はあの金髪の若者の下に駆けつけることだそれは理解できる




             だが、気に食わん




いくら隠した所で俺には分かる。食うに困った者達の辿る悲劇がな






嵐を前にして帝国の揺れは少しずつ確実に大きくなっていく

リヒテンラーデ、ローエングラム、ブラウンシュバイク、リッテンハイム
誰が最後まで立っているのか、未だ定まらぬ運命に人々は右往左往する

もっとも、そんな状況なぞ露知らずで自分達のぺースを守り続ける者達もいたが


■■


「ねぇ、カーセ?ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
『私で答えられることでしたら』


う~ん、ちょっとストレートに聞くのは勇気が要るけど
でも、やっぱり聞かないと気になるし・・・

『お嬢様?』

「違ったら違うって言ってくれれば良いんだけど、ダイエットしてる?」
『なっななぁ何を、おっ仰っているのか私よく分かりませんわ
 お嬢様ったら急にどうしたのでしょう?さて、お茶の準備をしないと』


やっぱり図星だったみたい。最近来客が減って暇になったのに
忙しかった時と食事の量そんなに変えてなかったから・・・

まぁ、私もちょっと体重計に乗る勇気が無いけど
カーセと一緒にテニスやジョギングでも始めて私もダイエットしよう!

うん、ぶくぶく太って子豚さんみたいになったら
ただでさえ見つからなさそうな旦那さまが一億光年ぐらい先に遠のいちゃう!


『お嬢様~、今日のお茶請けのクッキーはどれになさいます?』
「いらない!!カーセ!今日から私もダイエットするわよ!!」





蚊帳の外どころかまさに台風の中心にいるような人物達は
周りの物と違ってとことん暢気であった。

また、一方はその幸福な日々が永遠に続くと信じて疑わず
それを見守るもう一方はこの幸せをどんな手を使ってでも守る覚悟していた。

無関係でいられる幸福な者があまり多く無い厳しい時代が近づいていた



■役目の終わりに■


キャゼルヌ到着の翌日、ヘインはコクラン准将の訪問を受けていた
最初はまたいつものように運営論の講釈か、稟議事項についての説明と思い
うんざり顔を見せていたヘインであったが

コクラン准将から提出された書類によって、その表情を一変させられる


■■


「辞めたいと言うのか?」


提出された書類に対するヘインの反応は創造的なものではなかった

コクランから出されたのは辞表であった。
正確には要塞主計長の任を辞するといった内容のである


「けど、改革は始まったばかりだろ?たった一ヵ月半で投げ出すのか?」


ヘインの問い掛けは至極真っ当な物であったが
コクランから返された答えは違った

『閣下、それは違います。もう一ヵ月半なのです』


彼は静かに年少の上官に今までにないほど丁寧に理由を話した
まるで最後の授業を行う教師のように

『閣下も仰っていたではないですか、性急な変化は反発を生むことになると
 少数のチームで強引に事を進める段階は終わりを迎えたのです。このまま
 我々が要塞運営の中心に居座り続ければ、例えどんなに良い方策であっても
 兵たちは感情的な反発を抑えることが出来ず。その導入は上手く行かんでしょう』


そこまで分かっているなら、なぜもっと穏便にことを運ばなかったのか
その真意にも気付いていたが、ヘインは問わずにはいられなかった。


『急激な外科治療の時期が終わったのなら、後は内科の名医に任せればいい
 キャゼルヌ少将なら絞め過ぎた部分を適度に緩めつつ、要塞運営をより上手く
 行うことができるでしょう。下手に五月蝿い先達がいては彼もやりにくいはずです』

「まったく、あなたは本当に勝手で厳しくて厄介で・・・いつも正しい」


もう、止められない。これ以上の引止めは却って迷惑になると悟らざるを得なかった
既にコクラン准将の顔は何かを成し遂げた、いや、託すべき者に託した後の顔をしていた
心底『買い被りすぎだ』とヘインは内心で思ったが、口に出すような野暮はしなかった


『楽しかった・・、閣下と仕事が出来て本当に楽しかった。そのお礼ついでに最後の小言を
 貴方は残念ながらそれほど事務能力は高くありません。しかし、誰よりも素直な心を
持っている。私の出した書類には文句を言いながら、分からないなりに真剣に読み
考えてくれました。部下にとってこれほど嬉しいことは無い。貴方は人の話を聞くという
大きな才能を持っています。これからも短所ではなくその長所を伸ばしていって欲しい
そうすれば、自然と人は貴方のために力を貸してくれるはずです。自信を持って下さい』


椅子を反転させ壁をみながら、コクランの話を聞いていたヘインは
その話が終わると手を振って退室を促した。

僅か一ヵ月半であったが、真剣に改革に取り組み誰よりも濃い時間を過ごした二人に
これ以上の言葉は必要なかった。





後にチーム・コクランと呼ばれる改革チームは再び辺境の補給基地へと戻っていく
彼らはヘインに選ばれたコクランが自ら選抜した優秀な事務官達であった

この彼らによって短期間でばら撒かれた改革の種は
彼等の残した膨大な報告書や資料と併せて要塞事務官に受継がれていく


また、彼らは最初から自分達の任期はそれほど長く無いことを分かっていた
アムリッツァ以後の人材不足は深刻で、それは辺境に行けば行くほど酷く
元の任地を空けつづける訳にはいかなかった

ただ、彼等のような優秀な人材を辺境に縛り続ける実態こそが
同盟軍の荒廃を現しているといえよう。同盟軍の屋台骨は既に歪んでいるのだ



■凱旋・・・■


キャゼルヌへの引継ぎを終えたコクランは挨拶も早々に要塞を離れる準備を済ませ
一人イゼルローンの宇宙港でシャトルの出発時間を待っていた。

既に家族はハイネセンへの帰路についており
出立日も誰にも告げていないため見送りもいない
なんともさびしい旅立ちになりそうであったのだが


■■


『お前らしいと言えば、お前らしい別れ方だなコクラン』


不意に掛けられた声に振り向くと旧知の顔がそこにあった。
お互いの頑固さも災いして何度もぶつかり合った士官学校時代から
友人がいつもと変わらない顰め面をして立っていた。


「久しぶりだなムライ、また少し老けたか」
『口の悪いのも相変わらずか、老けたのはお互いさまだ』


コクランは差出されたコーヒを受取りつつ、ベンチに腰掛け他愛無い会話で時間を潰す
やがて、シャトルへの搭乗時間が近づくと、どちらともなく立ち上がる


「ムライ、自分の役割を果たせよ。人にはそれぞれが持つ役割がある」
『分かっている。だが、忠告として有難く受取って置こう。達者でな』


差出されたムライの手を固く握り締めた後
コクランはシャトルの搭乗口へと歩みを進め
多くの置き土産を残したイゼルローン要塞を後にした。



■■



『閣下、見送りに行かなくてよろしかったのですか?』



副官からそう声を掛けられたヘインは
残された書類から目を逸らすこともなく返答もしなかった。




   必要のないことで業務を滞らせるわけにはいかないのだから・・・




・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~






[3855] 銀凡伝2(交換篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/17 23:54

一つの船がイゼルローンに与えた影響は
同盟と帝国の未来を大きく揺さぶることになる

宇宙暦797年1月20日、帝国より捕虜交換の提案がなされる


■嵐の予兆■

帝国からの提案は直ぐに首都ハイネセンへと送り届けられる
ヤンやヘインは所詮前線の一指揮官に過ぎず、
即答できるような権限を持っていない

もっとも、この帝国からの提案に政府が否応もなく飛びつくことを二人は知っていたが
一人はその誰よりも優れた状況を読む力で、もう一方は彼だけが持つ知識によって


■■


『この時期に帝国からの捕虜交換の提案か、何かしらの意図があると見て
 先ず間違いあるまい。まぁ、その意図わかった所で俺たちに拒否権は無いが』


憮然とした面持ちで未来の捕虜交換事務総監は呟きによって会議の口火が切られる
過去に幾度と無く行われた捕虜交換は人道的な要請によって行われるのではなく
政治的な理由や何かしらの目的を持って行われる場合がほとんどであった。


『あくまで推測だが、ローエングラム侯の表向きな狙いは、帰還兵を自軍へ取込む事による
 戦力の増強、また、その効果として得られる民衆の支持を利用した地盤固めにあると思う』

『表向きの狙いは平凡そのもの、首都の政治屋共とそう変わらんというわけですな
 では、裏向きの狙いについては、要塞司令官殿に御教授いただくとしましょう』


ヤンの言う表向きの理由はラインハルトと同盟政府にとって共通する物だった
ラインハルトは死を恐れぬ精兵200万と民衆の支持を労せず得ることが出来る
一方の、同盟臨時政府は選挙を目前にして兵士と家族を含めた500万票を手に入れる

このどちらにも損の無いように見える提案だからこそ
欲にかられた目で裏に秘められた意図を見逃してしまうのだろう


「まぁ、寄越すのは捕虜だけじゃないってことかな」


試すような視線と口調でシェーンコップから回答を求められた
凡人はそっけなく、原作から抽出した簡素な答えを披露する


『捕虜の中に武装した工作兵を紛れ込ませ、イゼルローン要塞奪還を企むとかですか?』

「ヴァイトそれは無い。いまの帝国にはちょっかいなんか出してくる余裕はないよ 
 なんせ門閥貴族を相手にした内乱が、いつ起こってもおかしく無い状況だからな
 だから、同盟にはちょっとの間でもいいからゴタゴタしてて欲しいって思ってるさ」


『つまり、近い将来同盟内においても何らかの騒乱が起き
 その元凶が捕虜に紛れて潜入すると俄に信じられぬ話ですな』


ヘインの何とも飛躍したように見える発言に、常識的な疑問がすかさずぶつけられる
そもそも他国に工作員を送る程度で簡単に騒乱が起こせるなら苦労しない。
駐留艦隊参謀長の正論に『もっとももっとも』と副参謀長も鷹揚に頷き賛同する


『たしかに容易く出来るようなことではない。だが、一見して実現可能な計画を
 目の前に出されたらついつい飛び付いてしまうのが人間だ。その計画を作る才を
 あのローエングラム侯は持っているのさ。そして、それを実行するための力もね』




ヤンの半ば諦めたかのような独白に近い発言で締めくくられた会議は
相手にはカードもそれを切る力もあるが、自分達には相手の手札を読むこと位しか
出来ないと再確認する程度の答えしか出なかった。

もちろん、帰還する捕虜についての警戒や首都の軍首脳への注意喚起等を
行っていくことも決定したが、それがどれほどの効果を齎すかは甚だ疑問である
ヤンにしてもヘインにしても一部の者を除いた上層部の覚えは余り良くないのだ


政戦において大きなフリーハンドを得つつあるラインハルトに対し
ヤンとヘインの手は余りにも短く小さい。チソチソは長く大きいが





■いい奴と悪くはない奴■



797年2月19日、捕虜交換の帝国側代表として
ジークフリード・キルヒアイス上級大将が200万の同盟軍捕虜と共にイゼルローン要塞を訪れる

一方、同盟側の代表はヤンかヘインかで意見が割れるが
『亀の甲より年の功』の一声で憮然とした顔のヤンに決定される

もっとも、捕虜の受容れ及び移送等の業務にヘインは
キャゼルヌと共に追われる事になっていたので純粋に楽が出来てるとは言えなかった
また、要塞のオーナーとして捕虜交換協定の調印後から帰還まで、
キルヒアイスの饗応役をヘインが務める事になる。


■■


『お疲れさん、まぁ、出立時間まで気楽にしてくれよ』
「お言葉痛み入ります。ブジン司令」


この人がラインハルト様に何度も苦杯を舐めさせてきた同盟軍随一の名将
とても、そんな風には見えないが・・・いや、人のことは言えないな
周りから見れば私も『二十歳やそこらの小僧が』と思われている身だ

彼の真の怖しさはその外見ではなく、全てを見透かすかのような智謀なのだから


『うん?どうかしたか、ジロジロ見て?鼻毛はちゃんと切ったから出てないはずだぞ?』
「いっいえ、失礼しました。少し、長旅の疲れが出ているのかもしれませんね」


『そうだろう、あの辺境を通ってここまで来たんだ。罪の意識で心神をすり減らしてるよなぁ?』
「ッ!!そっそれは・・・」



『悪い悪い、こんな目出度い場で話すようなことじゃ無かったよな、忘れてくれ
いや、飛ぶ鳥を落とす勢いのローエングラム侯の傘下で名を成す上級大将閣下が
帝国の端で必死になって生きてた民衆が何人死のうが、普通は気にもしないか?』

「その様なことは・・・、それにあれは決して侯が望んだことではなく・・」


だめだ、言い返す言葉もない・・・ブジン司令の追及は正しい
アンネローゼ様の願いを叶える為、ラインハルト様の過ちを許そう?

なにを自分は思い上がっているんだ私は・・辺境の民から見たら同じ共犯者ではないか
そう、私にはラインハルト様を責める資格などありはしない。わたしは虐殺者だ


『どうしたキルヒアイス上級大将?今にもゲロでも吐きそうな顔をしてじゃないか
 少し働きすぎなんじゃないのか?そうだ、そこのソファーにでも掛けて休むと良い』


今なら、今なら分かる・・ラインハルト様がなぜあそこまでブジン司令を警戒していたか
わたしでは到底、この目の前に立つ男には勝てない
いや、ラインハルト様でも勝てるかどうか・・・



『おっと、もうそろそろお帰りの時間らしい。名残惜しいがここでお別れだ
 次に会うときは戦場かな?もし、戦場で会ったら出来るだけ手加減してくれよ』
「ご冗談を、貴方を相手に手加減できるほどの才を私は持っていません
戦場で会うことがあるならば、私は全力を持って挑む事になるでしょう」


『えぇっ?まっ、まぁお互い程々って事でハハッハ・・・』


■■


ちょっと凹ましてラインハルトとの仲を拗らせようと思って突付いたけど
やっべ、やりすぎたか?久々に調子に乗って大物キャラなんか演じたの失敗だったか?


『閣下、どうされました?そんなに震えてコーヒーでも用意しましょうか?』
「のんどる場合かぁ!!!!」


『・・・・』
「えっと、わざとじゃないんだよラオ中佐・・そのコーヒーで
 顔の毛穴とかの汚れが『・・・・・』いや、ほんとすみませんでした」


『閣下・・・、必要なことだったのではないですか?だったら自信を持って下さい!』


うるせーよラオ、こっちみんな!マネすんな!


まったく、言わなきゃならないこと言うってのは結構きついな
それに俺が赤髪のこと言えるのかって考えると結構微妙だし・・・

まぁ、やっちまたことはしょうがないよな
なるようにしてやるさ!





コーヒーを顔に盛大にぶちまけられた綺麗なラオの視線に脅えたり
ラオの言葉にテレてそっぽを向くヘインの人間らしい姿を
キルヒアイスが見ることがあれば

彼がヘインに持った警戒心は消え去ったかもしれない
ただ、残念な事にその光景は彼が飛び立った後のことであった。


また、この時にキルヒアイスに植えつけられた警戒心と恐怖心は
当然の如く彼の口から報告としてラインハルトにも伝わる
そして、そこから彼の部下達にも広がっていきヘインに対する間違った印象が
帝国軍将兵の間にどんどん浸透していくことになる。



■そうだ!ハイネセンへ行こう■


捕虜交換式典が終わると、帝国から戻った200万人の捕虜達を
首都ハイネセンへと送る作業が慌しく始まる。

また、このハイネセン行へはヘインとヤンの両名も同行することになる
最初、前線を守る将官が揃って持ち場を離れることは問題であるとして
統合作戦本部と宇宙艦隊司令部ともにブジン大将のハイネセン帰還に異議を唱えるが

暫定議長トリューニヒトの強い意向によって両名が揃って
ハイネセンでの捕虜帰還式典への参加が決定する

このトリューニヒトの動きはヘインにとって渡りに船であった
軍上層部における識見派の重鎮クブルスリーやビュコックの心象悪化はさけられないが
原作通りヤンだけでは足りない、クーデター阻止のために動くことが出来るのだから

もっとも、どうやったら阻止できるのか、凡人へインには全く分からなかったのだが
『とりあえず現地についてから考えればいいや』と根拠の無い自信によって楽観していた
とりあえず、またウランフにでもお願いする気満々のようである


良くも悪くも出来ないことは人任せなヘインであった


■■


「ヘイン、あんまり調子に乗って無茶するなよ!」

無茶はお前の専売特許だろアッテンボロー!!
とりあえず留守のことはキャゼルヌ先輩共々よろしく頼むぜ!


『ヘインさ~ん!早く荷物積まないとまた遅れちゃいますよ』

おっと、またグリーンヒル大尉に怒られちゃうな
じゃ、行ってきますわ!


「あぁ、行って来い!」『ヘイン、ヤンと一緒になって怠けるんじゃないぞ!』




『・・・それにしても、帝国の策謀によって同盟でクーデターが起きるなどと
 荒唐無稽な話を、ヤンやヘイン以外から聞いたら笑い話にしか思わないだろうな』

「先輩、俺たちだってそんなもんなんです。軍のお偉さん方なら尚更でしょうよ
 信じる人間はいても極少数・・・、あまり成果は期待できそうにありませんね・・・」



■サックスより○ックスの方が■


先輩に同期や部下の多くに見送られたヘイン達は、一路ハイネセンを目指す
ちなみに、このハイネセン行にはヤンやヘインだけでなく、その被保護者の二人
グリーンヒル大尉に空戦コンビとリンツ中佐、お前にヴァイトも同行していた。

相方と違って留守を命じられたコクドーは『今のトレンドは派遣切りだろ!』
とかなんとか意味不明なことを叫んで抗議したが、その決定を覆すことは出来なかった
もうそろそろ、消える時期が来ているのかもしれなかった。


■■


『それにしも、右を見ても左を見てもむさ苦しい男ばかり
 ハイネセンで俺の帰りを待っている子猫ちゃん達が
いなけりゃ、こんな船になんか乗らずに済んだんだが』

『なに、お前さんが帰らかったら帰らなかったらで
彼女達はそれぞれ別に新しい男を見つけるだろうさ』


相変わらずだなあの二人は、
あれでいて仲が良さげに見えるんだから、ほんと不思議だ


「アッテンボロー中将と大将も似たようなものだと思いますけど?」

え~?俺達があの二入と同じような関係?いや~、あそこまで屈折して無いだろ


『ヘインさん、そういうのを目くそ鼻くそを笑うって
言うんですよね?学校の授業でこの前習いました♪』


そうかぁ~?俺とアッテンボローがあれと同じ~?
「そうですよ」『ソックリさんで~す』


■■


『ふふ、何だかんだでみんな仲良くやってますわね』

「まぁ、仲良きことは善きことかな?長旅でイライラするよりは
 よっぽど健康的だし良いんじゃないか?まぁ、少々騒がしいけどね」


『あら、でも静かな人たちもちゃんといるじゃありませんか?』
「確かに、あの二人には呆れるやら感心するやら・・・」


それにしても、朝から晩まで絵を黙々と描き続けたり
求人誌を端から端まで読み続けたりして飽きないのだろうか?


ただ、こうしてみると私や大尉にユリアンが、
いかに常識人かという事が良く分かるな。
ナカノ嬢もあまり変な影響をヘインから受けないと良いんだが





最初、輸送船団の司令官の余りにも官僚的な姿勢に
辟易していたヤンであったが、自分の事を棚に上げた変人奇人観察をするなど
比較的な平和な日々が過せていたので、大分機嫌が良くなっていた。


こうしてヤンの機嫌はどんどん良くなっていくのだが
それに反比例したのか突然ヘインの顔色が悪くなる

その原因はグリーンヒル大尉とナカノ・マコの同室にいる
女性の名を知ってしまったためである


イブリン・ドールトン・・・嵐を呼ぶ美女の登場である!



・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~






[3855] 銀凡伝2(推理篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:95e0420a
Date: 2009/01/18 21:27
恋は盲目とは良く言ったもので
端から見れば愚かな行為もラブラブフィルターにかかれば
犯罪行為もスリル満点の危険な関係へ誤変換されるのである



■狩る者と狩られる者■


ドールトン事件をフラッシュバックの如く思い出した
ヘインの行動を通常の三倍ぐらいの速さにする。


■■


うん、これは拙いぞ!下手したら恒星に突っ込んでみんな『どっか~ん♪』じゃないか
断固たる決意を持ってドールトン事件の阻止!若しくは早期解決を図らなければならない


ヴァイト!元航法仕官としての君の意見を聞きたい!!
現在の艦の航行に問題があるか分かるか!?


『いや、急にそんなこと言われてもさすがに分かりませんよ
 まぁ、艦の航法PCを確認すれば大半のことは分かりますが』


よし、分かった!では艦橋に確認と修正しに行くぞ!!
それと、見て分かったことは緊急で無ければ修正しなくても
俺だけに教えてくれればいいからな


『それは構いませんが、あの堅物のサックス少将が我々の要求を
 認めるとは到底思えないんですが?なんか考えはあるんですよね?』


ヴァイト、俺を誰だと思っているんだ?
同盟軍最高の智将と歌われる、この道化師ヘインに不可能は多分無い!!!


『多分なんですね・・・まぁ、良いでしょう。バイト代の方ははずんで貰いますよ』



■■


『これはこれは、ブジン大将閣下にわざわざご足労頂くとは光栄ですな
 ですが、艦の運行運営については我々の管轄であります。例え閣下であっても
例外を認める訳には参りませんので、まだ何か・・・こっこれは!?どうぞお入り下さい
 必要であれば何を見て貰っても構いません。可能な限り便宜は図らせて頂きますので』

「ああ、悪いね少将、少しばかり邪魔するが許してくれ」




じゃ、ヴァイト早速で悪いけど頼むわ
もちろん他の奴等に何を確認しているかバレ無い様に頼むぞ
あとヤバイ部分はこっそり修正できたらしといてくれ

「ヘイヘイ、相変わらずさらっと無茶なこと要求しますね
 それにしても、一体どんな魔法を使ったんですか?
 あの堅物がコロッと態度変えるなんて・・何したんです?』


なに、彼もまたハンターだったというだけさ


『はぁ・・?まぁ、俺は対価分仕事するだけだから良いですけど・・・』





イマイチ腑に落ちないヘインの解答に首を傾げながらも
ヴァイトは黙々と艦の機材を完璧な操作でチェックしていく

勿論、意図が悟られぬように関係ないものと関係あるもの
どちらも区別することも無く、病的なメカマニアを演じながら
端から端からまで舐めるように確認していく。

『なにあのメカヲタ?きもいんだけど』等々
冷たい視線や言葉によってなんどか心が折れそうにはなっていたが
ドールトン大尉が交代に来るまでに全ての確認を終える事に成功する


一方、二人が必死に最悪の事件を阻止しようと動く中
ある部屋で小さな事件が起きていた


『あれ~?私のうさちゃんの靴下がないよ~』



■迷探偵ブジン■


ヴァイトの協力によって一先ず窮地を脱したヘインは

次の一手をどうするか悩んでいた。危険の除去を優先しすぎて
事の発覚の前に航法PCを処理してしまったので
ドールトン大尉を追い詰める決定的な証拠を失ってしまったのだ
できるだけ事件を穏便に処理して、航海の遅れを防ごうとしたことが裏目に出てしまった

また、このまま指を咥えて何もしなければ
再び航法PCに小細工がされる危険があり、依然として危険な状況が続いていた


■■


ミスったな、とりあえず先ず自分の命を守りたい一身で
航法PCをこっそり修正したけど、良く考えたらだめじゃん

ほんと探偵自ら証拠隠滅してど~すんだよ!!
良く考えたらヴァイトが見つけた時点でわざとらしく
『あれ?おかしいな?』とか言って間違いを発覚させりゃ良かったんじゃないか
なに得意げにこっそり修正させてんだよ!

ああぁああ!!『誰にも知られることなく、俺は200万の命を救うか・・』
なんて、さっきまで得意げにワイングラスを掲げていた俺を殴りてぇえ!!
くそ!!だめだ俺!!早くなんとかしないと



『あっ、こいつが実は真犯人なんだぜ!』
『なに言うだぁああああ!!許さん!!!!』



「なんだぁ?ポプランとリンツの二人してエキサイトしてるけど
おやつのプリンの取り合いかなんかか?マコちゃん知ってる?」


『違いますよヘインさん。ポプラン少佐がリンツ中佐にサスペンスドラマ
 『ハイネセン秘湯殺人事件、浮かぶ美人女性水死体に怪しく笑う謎の僧』の
 真犯人が画面に映った瞬間にわざと教えちゃって、中佐がブチ切れてるんです♪』


くっだらね~、こっちが真剣に深刻な事件に考えてるっていうのに・・・


『う~ん、でもあの手の作品は真犯人がどうこうより、ドロドロとした愛憎劇や
 探偵役のハッタリに追い詰められる犯人役のテンパリ具合が醍醐味なのになぁ』


ハッタリ!!!そうだその手があったか、とりあえず犯人は分かってるんだから
そうと分かれば即行動だぜ!!手遅れになったらシャレになんないからな

「マコちゃんありがとな!おかげで悩みが解決できたぜ」

『えっ?えっと取り合えずどういたしましてです。あっ、ヘインさん!
 そこの二人は止めなくていいんですか?なんか喧嘩になってますよ~』

「いいっていいって!そのうちコーネフかユリアンが止めるから~」


『少佐!!君が泣くまで殴るのを・・』『この汚らしい中佐がぁ!!』




■犯人はこの中にいヤス!■


くだらない事で諍いを起こす二人と被保護者との会話で
事件解決ためのNEXTへインズヒントを得た探偵は

真犯人を罠にかけるため、ブラッフメールをドールトンに送信!


『 男運の悪いイブりんへ

 お前の行動は○ッとお見通しだ!
どうせ男に騙されたかなんかで逆上したんだろw
イブりん超涙目でウケルるんですけどwww

とりあえず、バラされたくなかったら、
 D-1倉庫にAM9:00までに来いwww    』
                  

■■


『でてきなさい!!いるんでしょ?私にこんなふざけたメールを送りつけて!』


うひょ~、どうみても火サスですぅwwwww
もう、怒りと不安で良い感じに冷静さを失ってるね♪

やっぱ、セオリーは犯人の冷静さを奪うだね
そんで、自信満々にハッタリ交じりに真犯人への追求して
泣き崩れる女真犯人よる自白のコンボ発動で見事事件は解決♪
めでたしめでたしってね


■■



そんな風に考えていた時期が俺にもありました。



『あら、かわいそうにお漏らしまでしちゃって・・フフフ』


どっどうやら挑発しすぎたみたいです。
なんか、自信満々にハッタリかまそうとしたら
いきなり額にブラスター突きつけられました


現在、荷物縛られて身動きも取れず風前の灯火です
とりあえず、ここは大幅な方針転換が必要そうだ
まずは犯人を冷静にさせて交渉によって活路を見出そう


「あの~、大尉まずはブラスターを降ろして冷静に話し合いましょうかね~?」

『冷静!冷静ですってぇええ!!!このビチグソが私を散々コケにしやがって
 偉そうに冷静になれですって!私はナメてんのかぁ?てめぇ~のカラッポの
 脳みそを今すぐブチ撒けてやったって私は良いんだよぉ!!分かってンの!!』

「はい!すんません!ほんと調子乗ってすんません!!」

やばい、いつ殺されるか分からないぐらいのキレっぷりだ
いなくなった俺を探す人がいたとしても
このままじゃ、その人が見つけるのは俺の死体になりそうだ・・・

なんで、俺は人気の無いところで大量殺人未遂犯に単独で会うなんて
軽率なマネをしてしまったのだろうか・・・


ううう、アンネリーごめん、マコちゃんごめん・・・みんな、ごめん・・・

『なに泣いてんのよ!!泣きたいのはこっちよ!!あの男を殺そうとしたのに
 アンタみたいな馬鹿を捕まえる破目になって計画が丸くずれよ!どうしてくれるの
 そうよ、だいたいあの男がいけないのよ!な~にが一緒に手伝って欲しい仕事があるよ
 君にだけしか頼めないんだとか!自分勝手なことばっかりいって散々使っときながら
 私には指一本触れないってどういうこと!!私のこと馬鹿にしてんの!!
 そうよそうよね、わたしが馬鹿よね!きっと奥さんと別れてキチンとして
 私と結婚してくれるまで清い付き合いをしてくれんだぁ~なんて考えてた私が馬鹿だった
 そうよ、私なんか全然魅力無いのよ・・・、そのうえ、不倫不正女なんてレッテルがつくし
 うぅううう、私なんかもう死んじゃったほうがマシなのよ!・・・ってあんた聞いてるの!!」


「ハイ!寝ていません!!起きてます。目を瞑ってただけで聞いてました」


やっべ、話が長い上に詰まらんからちょっと寝ちゃった
きのう『名探偵へイン!』で妄想して中々寝れなかったからついつい


『ほんと・・馬鹿みたい私・・・勝手にのぼせ上がって恨んで傷ついて
 あんたみたいな馬鹿に八つ当たりして何やってんだろう・・ほんと』

「あのぅ、すいません・・・ちょっとよろしいでしょうか?」


『なによ?なんか文句でもあるの?』


うわ、ほお膨らまして口尖らせるってどこの子供ですか・・
まぁ、そんなことより緊急事態の回避が先決だ



    「ドールトン大尉、うんちがしたいです・・・」






ヘインの緊急事態がなんとかなったかどうかは略すが

命の危機からは逃れることはできた
まだ、事件が表沙汰になってないこともあり
ヘインの余りの情けなさに毒気を抜かれたドールトン大尉が
いくつかの条件をヘインが飲むことで翻意したのだ


もちろん、ヘインの全面的な無条件降伏であった・・・
彼に逆らうなどという選択肢はなかった。


そして、約束を反故にすることも当然できない
何故なら・・・おっと、言えやしない言えやしないよ・・・クッククク・・


■事件を乗越えて■


ドールトン事件を未然に防いだことは
歴史に少なからぬ修正を強いる事になる

そう、ある男の人生を大きく変える

■■


・・・という訳で、このこを嫁に貰ってやってくれ

『あのその・・・、不束者ですが、よろしくお願いします』


「いや何がという訳でなのか、そもそも一体どういう話かが読めないんだが」


コーネフ!漢には決断する時があるんだよ
ただ、その時が今日だったというだけだ


「いや、そんな決断をする気も必要もないと個人的には考えているんですが」
『やっぱり、私みたいな子じゃだめですよね』

「いや、ダメとかそういう問題ではなく、いきなり結婚等の話になることが・・」


確かに、コーネフの言うことにも一理あるな!
よし、あとは若い二人に任せておけば良さそうだな



コーネフ悪く思うなよ仕方がなかったんだ・・・
そう、仕方が・・・




こうして、少なくないドラマを生み出した航海は
僅かな犠牲者を出したものの、
ハイネセンへ到着したことで、無事に終わりを迎えることになる

この原作より一週間ほど早い首都への到着が
歴史にどのようなぺージを継ぎ足すことになるのだろうか・・・




  ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~






[3855] 銀凡伝2(暗殺篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e02ffe87
Date: 2009/01/25 19:14
首都ハイネセンに降立った帰還兵に対する歓迎は
近年にないほど盛大なもので、間近に控えた選挙に対する
暫定政権の意気込みがそこから窺えた・・・



■捕虜帰還式典■


予定されている捕虜帰還式典に参加しないメンバーは
一足早くヤンやヘイン達と別れ、それぞれの目的地へと向かう

ポプランは数多くのガールフレンドとの義理を果たすため
ヴァイトは自給の良いアルバイト先へと向かう

また、リンツは結婚した姉夫婦の家へ、フレデリカは父親の待つ家へと向かう

虚ろな目をしたコーネフはというと両親と四人の弟妹の待つ家に
最高の笑顔を見せるイブリンと仲良く、久しぶりの帰省をする事になっていた

式典に出ないメンバー達も短いが忙しいハイネセンの滞在になりそうだった


■■


しかし、相変わらず政府主催の式典は豪勢だな
このなんか良く分からない肉料理なんか絶品だな
ほんと、酒も上手いし最高だよ。


『ヘインさん、あんまり飲みすぎないで下さい!あと、もう少し押さえてください
ちょっと、周りの視線が痛いです。恥ずかしいですから、ガッツかないで下さい!』


ふ~ん、さっきまでかわいいほっぺ膨らましてたのは
どこにいたお嬢さんだったかな~?『もう知りません!』


怒らせちゃったか・・・まぁ、今度お詫びにおいしいアイスクリームでも
ご馳走して機嫌を直して貰うとしましょうかね


■■


「あの可愛らしいお嬢さんには申し訳ないことをしたようだね」


なに、未来の議長殿を待たせる訳には行きませんから
彼女にはちゃんと埋め合わせはしますのでご心配なく


「それならばいいが、私も同盟軍が誇る名将と久しぶりに親交を深めたいと思ってね
 式典パーティもそろそろお開きの時間だ。よければ、もう一件付き合って貰えるかね?」


よろこんでお付合いさせていただきますよ。
もっとも、あなたのお誘いを断れる人はこの同盟にはいませんが
 

「そうあって欲しいものだが・・・」





ヤンやユリアンが式典パーティを早々に抜け出したのとは対照的に
ヘインは積極的にトリューニヒトや国防委員長を始めとする
トリューニヒト派議員達と積極的に会食を愉しんだ。

医者や政治家に友達が多くて困ることは無いのだ
せっかく強力なコネが目の前に転がっているのに
手を出さずに指を咥えているマネはヘインには出来なかった。

決して名前の長い学長達とベロベロするお店に行きたかった訳ではない・・・かな?



■友が守ったもの・・・■


式典の翌日、ヘインはだらしなく昼過ぎまで眠りこけていたが
お腹に被保護者の猛烈なダイブを受け、強引に眠りの世界から呼び戻らされると

パンを口に咥えながら『遅刻、遅刻!』と呟きながら
慌てて統合作戦本部ビルを目指して駆け出す

統合作戦本部幕僚総監に加えて統合作戦本部次長を兼務することとなった
ウランフ大将との会談予定時刻はとっくに過ぎていた。



■■


『相変わらずのようだなヘイン・・まぁ、息災そうで何よりだ』


執務室に飛び込んできた若年の同僚を苦笑い交じりに迎えた
勇将の力強い言葉に比して、その顔色はそれほど良くなかった。

その様が、ウランフの置かれる状況の厳しさをより際立たせているように見えた


「旦那の方は苦労しているみたいだな・・・そんなに悪いのか?」

『お前に隠しても仕方があるまい。軍の・・いや、この国は最悪の未来へ
 向かおうとしている。それを腐りきった政治屋や軍高官達は知ろうともしない』


帝国領侵攻作戦で被った傷は同盟にとって
致命傷になりかねないほど大きく、すでに慢性的な戦争状態によって
国家の基盤が揺らぎ始めていた所へ止めの一撃となっていた


「まぁ、悲観しててもしょうがないし、なんとか頼みますよ
 こんな時にどっかの馬鹿が何かしでかしたら、終わりですから」

『分かってはいる。だがなヘイン、俺もときどき思わずにはおれぬのだ
 ボロディンは何のために死んだのか、今の体制のままでよいのかとな』


沈黙がその場を支配し、どちらも目を逸らすことはなく
ただ静かに次の相手の言葉を待つ


『まぁ、他ならぬお前の頼みだ。善処するとしよう
 根は広く深く伸びていて断ち切るには苦労しそうだが』

「やっぱ伸びてたんですか・・・、イゼルローンに行く前に頼んどいて良かった」

沈黙を破りニヤリと笑って頼もしい返答にヘインは胸を撫で下ろし思わず本音を吐いた。
ウランフは以前の依頼を守って、根の広がりと深さを掴んでいていくれたのだ。


『余り過剰な期待をするな。まだ尻尾を掴んだ訳ではないぞ
 あくまで、動きと範囲の目測が立っただけに過ぎん
まだ、どちらにどう転ぶのかもはっきりとせんのだからな』
 
「分かってますって♪いや~それにしても流石はウランフ幕僚総監殿、仕事が速い!えらい!」





ウランフとの会談を終えたヘインはスキップをしそうなぐらい陽気さで統合作戦本部を後にする
なんとか原作の流れを変える目処が立ったのだから、それも無理も無いことであった。


一方、要塞赴任以前にヘインが動いていることを当然知らないヤンは
宇宙艦隊司令長官ビュコック大将に近い将来起こるであろう
叛乱を未然に防ぐことを依頼すると共にある物の手配を依頼していた。



■二人の女神・・・■


ウランフとの会談を終えたヘインはナカノ・マコをフレデリカに預けると
ハイネセンの中心街にある小さな喫茶店に足を運ぶ

会わなければいけない女性と話をするため


■■


『久しぶりねブジン大将、大層ご活躍なさっているようね』

「いきなりトゲトゲしいなぁ・・・」

まぁ、無理も無いか。かたや反戦派の聖女と言われる女評議員に
政治屋代表の暫定議長ベッタリの戦争屋だからな

友好的にしようっていう方が無理な話だ・・


「まぁ、お互い忙しい身だからな単刀直入に話させて貰うかな
 ジェシカ、評議員なんか辞めて田舎に帰れ。それが一番いい」

『ふん、呆れて物もいえないわ。突然呼びつけたと思ったら
 評議員をやめろ?思い上がるのもいいかげにしたらどうなの!』


まぁ、いきなりこんなこといわれりゃ怒るよな
だけど、もしクーデターが起きたら、
ジェシカは『スタジアムの虐殺』で命を落とすかもしれない


「憂国騎士団の襲撃は相変わらず続いてるんだろ?それに主戦過激派の
 軍人からも睨まれている話も聞いてるんだ。危ないことはやめてくれ」

『危ないからやめろ?力が無い身を守れないものは黙っていろ
 あなたのような考え方が、暴力で物事を解決させようとする
 愚かな人々を増長させることに繋がるの!それが分からないの!』

「ちがう、俺はただお前のことが心配だから!ラップ先輩だって・・」
『あなたが!あなただけにはジャン・ロベールの名前を呼ばれたくない!!』


「・・・・すまん、失言だった。これは友人だった男からのお願いだ
 ジェシカ、どうか自分の身を大事にしてくれ。無理だけはしないで」


『もう、行くわ。心配してくれてありがとう。さようなら・・・』



俺は臆病者だ・・・本当にジェシカを助けたいなら
グリーンヒル大将に直接会って説得でもするべきなんだろうけど
暗殺されるかもとビビッてウランフの旦那にチクる程度

決意が変わらないと分かっているジェシカを説得して
止めた形だけつくって『免罪符』にしようとする姑息さ


「まったく、なかなか上手く行かないな・・」


■■


『次、上手く行くように頑張れば良いじゃないですか
 とりあえず、これで濡れた顔と頭を拭いてください
 水も滴るいい男もいいですけど、風邪引いちゃいますよ』


ちょっと近すぎる所で待ち合わせたのは失敗だったな
待ち合わせまでの時間潰しのためにアンネリーが
ここによるって可能性を考えるべきだったな


「情け無いとこ見られちゃったな・・・」

『そんなこと無いですよ。それに、大将が情けなかったとしても
 わたしはそれ以上にやさしい大将のことが大好きですから♪』


やっぱりアンネリーには敵わないな
ここまで、慕って信頼されたら足掻くしかなくなるだろ

ほんと、柄にもなく無理してもいいような気になってくるから困る





ジェシカに冷や水を浴びせられたヘインであったが
ヘインに会うために休暇を取ってハイネセンまで訪れた
アンネリーのおかげでいつもの調子を取り戻す事に成功する

その後は、二人一緒にふらふら街をぶらついて買い食いしたり
サスペンス映画を仲良く爆睡しながら見たりと

特に何かをする訳でもなくまったりと過す日々を
滞在期間と休暇が終わるまで続ける

しばらくぶりの心地よい日常であった



■休暇の終わり■

それぞれ思い思いの日々を過したメンバーは
イゼルローンへの帰路につくためハイネセン宇宙港に集まっていた

そのなかには好対照な表情を浮かべている二人組みもいれば
再びくる別れの時間を少しでも遅らそうと『襟が曲がっている』等々
理由をつけて世話を焼く女性の姿もあれば

ヴァイトは魂の叫びをあげ続け
周りの人間から奇異の目で見られるとともに空港職員に取り押さえられていた


個性的なメンバーの旅立ちに相応しい光景を見せていた。


■■


「閣下、アンネリーと離れるのはやはり寂しいですか?」

ああ、大尉と同じかそれ以上に寂しいと思ってる

『ふ~んヘインさん達はアツアツなんだ~、別に~いんですけど~』


なんだよ、マコちゃん機嫌悪いなぁ
ちゃんと、式典の時のお詫びはしただろ?
それに毎回毎回アイスばっかりバクバク食べてると太るぞ?


『もういです。ヘインさんなんか知りません』


なんだぁ、何急にプルプリしてるんだ?女の子の日か?・・・って大尉!!
ブラスターを額にグリグリするのは勘弁してください

冗談です!ホントスンマセン!悪乗りしすぎました。


「ほんとに閣下は・・・、彼女の気持ちちゃんとお分かりですよね?」


まぁ、お父さんが取られたみたいな感じがしてってやつだろ?
そう考えるとちょっと嬉しいな。少しは保護者として認めてくれたのかな?


「まぁ、当たらずも遠からずという所ですわ」


どんぴしゃじゃないのかぁ?まぁ、大尉がそういうならそうなんだろうけど
それじゃ、おしゃまなお嬢さんのご機嫌取りをしてくるんで失礼するよ



「閣下はきっと、良い父親になれますわ。彼女のことも大切にしてあげて下さい」


はいはい、ありがとさん





少し照れたような顔をする元上司を見送り終えると
フレデリカは一人溜息をついた。他人の世話を焼いている場合じゃないわと

彼女の受難の日々はもう少し続きそうであった。


こうして、騒がしくも平穏な帰路についた一行であったが
その平穏は唐突に終わりを迎えることになる


首都ハイネンでその終わりを告げる衝撃的な事件が起きたのだ

統合作戦本部長クブルスリー大将暗殺事件、その凶報は同盟中を震撼させた


■狂狼の牙■


統合作戦本部の最高幹部であるクブルスリーとウランフが
軍内部で蠢動する過激派に対する討議を秘密裏に行うため
統合作戦本部ビルの一階フロアに降り、別の場所へ向かおうとする時

刃渡り60cmを超す凶器を片手にもったある人物が猛然と彼らに襲い掛かる・・・


■■


統合作戦本部長クブルスリー大将、幕僚総監ウランフ大将・・・
この二人は、このアンドリュー・フォークが殺る!!


『ゴッガッ・フッ・・』『グッ・・・『本部長閣下!!ウランフ総監!!クソッ』


「やれやれ、仕込み杖は携帯には便利だが強度が無さ過ぎる。やはり刀は日本刀に限る・・」

『遅い!突かれる前に防がずしてなにが衛兵か!役立たずが共が!捕らえろ!』


「阿呆が、お前ら如きにこの俺の剣を止めることなどできん!」

『ぐはぁっ・・・』『相手の刀は折れてるんだぞ!!』『撃て!撃たんかぁ!!』


ふん、他愛無い・・・、この程度の力しか持たぬ者が本部の衛兵とは


「さて、小官はそろそろ失礼するとしましょう」


『追え!!逃がすな!捕らえろ!!』「増援を呼べ!!相手は折れた刀一本だぞ!!」





怒号が飛びかう統合作戦本部をアンドリュー・フォークは悠々と後にする
その剣腕は士官学校時代から些かも衰えてはいなかった。
大きな挫折と屈辱による敗北が、フォークの隠れた牙を表に出させたのだろうか・・・



統合作戦本部長クブルスリー大将はほぼ即死だった
そして、立て続けに折れた刀で腹部を抉られたウランフは
臓器の損傷出血の多さで意識不明の重体に陥り生死の境を彷徨

統合作戦本部の最高幹部僅か数秒の間に失われてしまったのだ
そして、彼等の危難によって掴みかけたはずの陰謀の鍵もまた失ってしまう




「やれやれ本部長は凶刃に斃れ、ウランフの意識も戻らぬか・・・」


最初にその凶報を受取ったビュコックは椅子から飛びあがるほど驚かされた
それほどの衝撃がこの報せにはあった

また、これで事件が終わるとはさすがに思えず
その事態の深刻さに剛直を持ってなる老提督も頭を抱えたくなっていた


『司令長官閣下、緊急の要件で国防委員長から通信が入っております』


ビュコックは短く頷くと通信を自分のもとへと回させる
統合作戦本部のトップが不在になったのだ。早急に代理を立てる必要があった





結局、臨時の本部長代行の座についたのはドーソン大将という
統合作戦本部次長の任についていた者であった

最初は、ビュコックに兼務と言う形で打診があったのだが
組織のトップを一人の者が兼務することによる独裁の危険性と
テロの対象を分散させるという目的も有って就任を固辞したためである。

一部にはヘインを推す声もあがったが、年齢が若すぎるということもあり
その案は残念ながら見送られることになる。


危機が迫る中、人望の無い男が軍のトップに立つ
この不本意な人事も合わさって同盟の危機は俄に大きくなっていくことになるのだが

  

    それを止める術を凡人は果たして持っているのだろうか?



   ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~




[3855] 銀凡伝2(開幕篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:551b9470
Date: 2009/01/29 23:07

それはギリギリのタイミングだった
ウランフの調査は慎重且つ周到なものであった

軍内部に広く深く蔓延る不穏分子を確実に追い詰めていた
この周到さは彼がただの戦争屋に留まらぬ才を持ち合わせていた証拠とも言える

ただ、惜しむらくは彼に向けられた凶刃の力量が度を超えていた点であろう
凶狼の牙は暗殺の盾となる衛兵の力を遥かに凌駕していたのだ


その結果、統合作戦本部の機能は麻痺し、
追い詰められたはずの不穏分子は逆に蜂起のための絶好の好機を得た

もはや、叛逆の狼煙があがるのは遠い将来の話ではなくなっていた!!


■真犯人シルエット会議■


No1『さすがはフォーク准将といったところか、その剣腕に鈍りはないようだな』

さほど広くない私室の最も上座に座る男は
暗殺事件の功労者たるフォークを激賞する

「いえ、そう褒められたものでもありませんよ。凶器の強度の問題もありましたが
 幕僚総監ウランフ大将を討ち漏らしてしまいましたからね。全く面目ありません」


No02『いや、討ち漏らしたとはいえ最も我等の正体に近づいていた男を当面排除する事には成功した
    例えいくつかの材料が遺されていようが、後任のドーソン如きでは何も為すことはできまい』

No1『その通りだ・・・ドーソン程度ではこの混乱を収めることは出来ない
   予定通りの決行日に備えて各員準備を怠ることが無いように頼む』


完全に麻痺するであろう統合作戦本部の状況に首謀者は満足し
決起を予定通り行うことを告げるとその決意に
集まった同士達の気勢は否応もなく高まる。
 

だが、その光景を冷めた目で見る男がいた
この蜂起の計画案を持ち込んだ男・・・かつてエル・ファシルで民間人を見捨て
自分達だけ逃げ延びようとして帝国の捕虜となっていたリンチ少将である


彼は帝国で近く起こる内乱に対する同盟の介入を防ぐため
今回の捕虜交換に乗じて送り込まれたラインハルトの工作員だった。

彼の任務は同盟軍の不満分子に一見して成功するかのような叛乱計画を与え、
帝国の内乱が終わるまで、同盟も同じく内乱状態に陥れ動けなくすることであったが・・・



■己が道・・・■


『ククッ・・・低脳どもが踊れ踊れ!!クッククゥ・・自分達が道化とも知らずに』


「やれやれ・・・自分もお前と同じように堕ちていたかもしれないと思うと
反吐が出る。大方、穴だらけの策によって同盟を混乱させることに
成功したら、帝国軍将官にでもしてやると誑かされたかなにかしたんだろう?」


泥酔するリンチの前には、何人も飼うことができない狼が凶刃を片手に立っていた
その研ぎ澄まされた殺気に、リンチの酔いも一瞬で醒めさせられる


『フォークか・・・お前だって同じさ、卑怯者か敗残者・・呼び名に違いが有るだけだ
 俺たちは屑だ・・・、せいぜい利用されて使い捨てにされるだけの価値しかないのさ』


自らの目論見が露見したにも拘らず、リンチはそれほど動揺しなかった
彼はもう既に全てを失い。新たに得ることも諦めていた
彼に残されたのは、腐臭を放つ濁った悪意だけであった。


「エル・ファシルから10年・・・言葉にすれば一言だが、腐るには充分な時間か
 忘れたかリンチ・・・士官学校時代から俺たちが共有しつづける正義・・・」



             悪  即  斬   


「来い・・・お前の全てを否定してやる」


互いに軍刀を抜く、かつてリンチも士官学校で勇名馳せたエリート
その構えは実力を感じさせるものであった

だが、所詮錆付いた剣・・・狼の牙を砕くことなど到底かなわず
フォークの刀で串刺しにされ壁に縫い付けられる



『ふ、愚直なまでに悪の帝国打倒を目指すか、例え敗残者・暗殺者と蔑まれようと・・
 一片の淀みもなく己が道を貫く・・・、簡単なようでいて・・・なんと難しいことよ
 お前はこれから帝国の攻勢が進む中で・・、どこまで刀に生き、悪・即・斬を貫けるか』




            無 論 死 ぬ ま で 






帝国の工作員に堕したリンチはフォークの手によって粛正される

悪の専制帝国を速やかに打破し、民衆を解放する・・・
その同盟軍の大義がある限り、凶狼の刃が鈍ることは無い



これがローエングラム侯の策だと叛乱の首謀者達は看破するが
それでも彼らは己の信念を実現するため、その計画にあえて乗ることを選択する

腐敗した政府を打倒し、帝国打倒とういう誠の旗の下に立ち上がる好機は
帝国が内乱で動けない今しかないのだから


そう、帝国が同盟の介入を防ごうと策謀するということは
同盟に帝国が介入する余裕が無いことを意味するのだから



■新たなる戦い■

イゼルローン要塞に無事帰還したヤンとヘインの一行は慌しく出撃の準備を始める。
統合作戦本部の混乱に乗じて帝国軍攻勢をかけてくる可能性は高くは無いが

万一にそなえる必要が当然ある。また、別の可能性に対する準備をしなくてはならなかった
そう、近い将来起きる同盟での叛乱に備えるため


一方、帝国も騒乱の火種が燻り始めていた。
リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸に対抗するための集会を
ブラウンシュバイク、リッテンハイムを中心とする門閥貴族達は開く

その集会で結ばれた盟約は後に『リップシュタット盟約』と呼ばれ
後に起こる内乱で彼らはリップシュタット連合軍と自らを呼称する


また、彼等に従う正規軍や私兵の総司令官には老練の名将
メルカッツ上級大将が半ば脅迫に屈する形で就任する。

もっとも、当初は盟約の盟主たるブラウンシュバイク公自身が
総指揮をとる腹積もりであったが、戦後を踏まえた権力闘争の力学が働き
それは実現することはなかった。


そして、少しずつ対決体制が固まっていくなか
ブラウンシュバイク公の部下の一人による暴走によって
帝国全土を巻き込む内乱の幕をあげる事になる



■■


『始まったなキルヒアイス。俺たちが宇宙を手に入れる戦いが』
「はい、ラインハルト様」


そう、ラインハルト様の覇道がここから始まるのだ


『ローエングラム侯爵閣下、襲撃者の大半の捕縛及び拘禁が完了しました
 襲撃の首謀者のアントン・フェルナー大佐の拘束も時間の問題かと』

『ご苦労だったなケスラー、残党の追跡は卿に一任する必ず捕らえろ
 また、これを機に始まる門閥貴族共の首都からの逃亡も可能な限り阻止しろ』

『御意、既に準備は整えております』


ウルリッヒ・ケスラー大将・・、その優秀さに疑いの余地はありませんが
ラインハルト様を見る目に只ならぬ感情がなにか込められていたような


いや、今はそのような事を考えている場合ではない
まずは目の前の敵を打倒することに集中しなければ

ラインハルト様を補佐し、勝利を手にする・・・
それが、私の最も優先すべき望み。

それがアンネローゼ様との誓いを果たすことに繋がるのだから


『俺は元帥府に一旦戻る。姉上の事を頼むぞ』
「はい、ラインハルトさま」




フェルナー大佐の独断によるラインハルト・アンネローゼ襲撃事件は
それを予見して警備に当たっていたキルヒアイス、ケスラーによって難なく阻止された


また、この事件を機に貴族連合へ参加を表明している者達は
帝都オーディンからの脱出を図る。

暴挙ともいえるこの襲撃事件によって火蓋が切られた今となっては
枢軸勢力の本拠地である帝都で愚図愚図している訳にはいかなかった


ブランシュバイク公やリッテンハイム侯等も
貴族連合の集結地点であるガイエスブルク要塞を目指して帝都を脱出する

大貴族としての矜持を満足させるにはラインハルトを
正面から迎え撃ち、完膚なきまでに叩き潰す必要があった


シュトライトやフェルナーの提言したラインハルトの暗殺などという
姑息な最良の選択をする余地など元よりなかったのである・・・

この栄誉ある選択が、後にどのような結末を彼等に与える事になるのか?
その答えが出されるとき、帝国の歴史が定まるであろう・・・



■置いてけぼり■


サビーネの住むリッテンハイム家の別宅は
帝都の中心街の喧騒を余所に心地よい静寂に包まれていた


彼女の元には両親を始めとする縁者から
至急オーディンを脱出するよう促す通信が送られていたが
一向に返信はなく、連絡も付くことは無かった

このいつまでたっても連絡が取れないことに業を煮やしたリッテンハイム侯は
彼女住む屋敷まで家人を送って脱出させようとしたが、

時既に遅く向かった者達は、悉くケスラーの配備した兵達の網に掛かり
その目的を果たすことは出来なかった

この状況にはさすがのリッテンハイム侯も諦めざるを得ず
次期皇帝候補という駒でもある娘を置き去りに帝都を後にする


結局、彼にとって娘とは自分以上に優先することのない
権力を得るための駒でしかなかったのだ・・・

もっとも、この緊急時に両親の愛情を試そうとする
娘の方にも猛省を促したいところではあるが



■■


はぁ~、捕まる覚悟でお父様やお母様が迎えに来てくれる感動の展開を
ほんのちょっとだけ期待してたんだけどなぁー


「お嬢様、それはドラマの見すぎというものです。現実はこんなものです」


え~、カーセだって泣きドラみていつも目真っ赤にしてるじゃない
この前だって老人と子供の禁じ手つかったあざとい話にまんまと嵌って
ボロボロ泣いちゃってたくせにー


「そんな昔のことは覚えておりません。それよりももうそろそろお屋敷を出て
逃げないと、ローエングラム侯の手の者に捕まってしまいますわ」


はーい!ちゃんとリュックにお弁当も着替えも詰めたからいつでも出発OKよ!
それにカーセと一緒だから全然心配してないよ♪


「はい、お嬢様♪カーセに全てお任せ下さいりませ!」





なんとも緊張感のない二人の逃避行は
白昼堂々と徒歩で警戒網を潜り抜けるというあまりにも大胆なものであったが

まさか大貴族の令嬢が供を一人だけ連れて
歩きで逃げるなどとはさすがに思わず、

厳戒態勢の非常線を大した苦労もなく突破することに成功する




■ただ思うままに・・・■


メルカッツ上級大将を総司令とする貴族連合には
門閥貴族達の私兵だけでなく、多くの正規兵も加わっていた

主だった者としてシュターデン大将やファーレンハイト中将といった
艦隊提督達も自らの艦隊を引き連れ要塞に集結していた


集結した多くの者達は打倒リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸を高らかに謳い
自らが帝国の正統なる継承者であるという誇りと自負を下地にした
漲る戦意を敵にぶつけようと血気に逸っていた


もっとも、脅迫に近い形で総司令官の座を引き受けたメルカッツなど
一部の者達は現実的な目線を持っており、貴族たちを中心にして
湧き上る盲目的な戦意を冷ややかに見つめていた


■■


一戦も交えずして既に勝利を確信するか・・・
見上げた自信と好意的に捉えることも出来なくは無いが


「無知と願望が交じった結果というところか、なかなか笑えない状況だ」
『閣下、わざわざそのような選択をなされた貴方が仰らないで下さい』


「そう怒るなザンデルス、全く勝算が無いわけでもない
 戦力比だけで単純に考えても、こちらが圧倒的に有利だ」


もっとも、その戦力差をうまく使える頭が門閥貴族共にあればだが
まぁ、指揮官達の能力不足は考えても仕方があるまい
使えないなりに使えば良いだけの話だ。いくらでもやりようはある


『今更とは分かっております。ですが、なぜ貴族連合に参加されたのです?
 貴方ほどの方なら、どちらに勝利の天秤が傾くか読むことなど容易いはず
 我侭な子供のような烏合の衆に与する利があるとは、とても思えません!』


確かに利によって動くのであれば、ローエングラム侯に付いた方が楽に勝てる




           だ が 、そ れ だ け だ




その程度の理由で、小賢しく自分の非道を隠すような男に誰がつけるか
そんな男に仕える位なら、メルカッツ総司令の下で苦労する方がよほどマシだ



「気に食わん!ただそれだけだ。それ以上に戦う理由などない」
『俺達の知ったことかと投げ出したい所ですが、もう馴れました・・』



       「苦労をかけるが、頼りにしている」
 




己が思うままに戦う事を決意した男とそれに従う事を誓った男達

彼らはメルカッツ直属の艦隊以外で戦力として計算できる数少ない部隊となる
残念な事に、多くの貴族達はその地位に見合った能力を持ち合わせていない


頼れる者より、足を引っ張る者の方が圧倒的に多い状況の中
帝国最後の宿将と後に烈将と称されるファーレンハイトは
数多の名将を率いる天才ラインハルトを相手に苦戦を強いられることになる



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~





[3855] 銀凡伝2(起動篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2009/09/21 17:51


変革を求める残酷な女神が生血を啜ろうとしているのか、
帝国と同盟の両国家の内情はますます混迷を深めていく。

この定まらぬ潮流の中で、どれだけの人々が溺れることなく
新しい時代という名の対岸に辿り着けるのだろうか?



■順調な航海■


帝国と同盟に騒乱の兆しが見える中、ヤンとヘインはイゼルローン要塞へと戻る船上にあった。
そのため、ヤンの魔術もヘインの原作知識も活かしようが無く、
ただ遅れて入ってくる深刻な情報に一喜一憂することしかできなかった。

そんな彼等の下に送られてきた最初の凶報、統合作戦本部長クブルスリー大将暗殺と
幕僚総監ウランフ大将暗殺未遂事件は大きなショックを彼等に与える物であった。


■■


これは拙いな、タンクベッドの中でハードなVゲームに現を抜かして
頭をフットーさせている場合じゃないな。


だが、それでも、それでもウランフなら何とかしてくれると思いたいところだけど、
さすがに意識不明の重体じゃどうしようもないよな。
これも、俺が暗殺にびびってグリンーヒル大将の説得を疎かにした報いなのか?



『ヘインさん大丈夫です?顔色悪いですけど、もしかして船酔いですか?』

「あぁ、ちょっとモニター頼まれた最新式のタンクベッドの寝心地がいまいちでね
 ちょっと寝覚めが悪かっただけだよ。そうそう、マコちゃんはもう朝食は食べた?」

『えっと、私もまだ起きたばかりなんで食べてません。一緒に食べに行きます?』


「うん、一緒に行こう。とりあえず腹ごしらえをしないことには力が出ないからな」



まぁ、とりあえずは飯を食おう。今更、後悔した所でどうこうなる訳じゃ無いからな。
一先ずは、食堂で飯喰ったらヤン先輩と話をして、ヤン先輩に今後の内乱に備えて貰おう。

多分、ヤン先輩なら何とかしてくれるだろう。俺と違って本物の英雄だしな!
うん、コクランもまずは出来る事を精一杯やれとはいっていたけど、
出来ない事までしろなんて言わなかったからな。



『ヘインさん?なんか、また二度寝しようとか考えてません?
 すご~くだらけて間の抜けた顔になってます。シャンとして下さい!』

「いや~、思いのほか寝た気がしなくてね。ちょっと顔洗ってくるから
 マコちゃんは先に行っといてくれる?ちゃんと目覚まして来るからさ」



はは・・、ったく、あんな小さい子に心配されてるようじゃダメだよな。
こんなときに、アンネリーが傍に居てくれたらなんて思っちまうのは
女々しい限りってやつか?
だけど、これからのシンドさを思えば女々しくなってもしょうがないぞ!


はぁ・・、ウランフのおっさんが、後一晩位でやってくれそうな感じだったから
余計にガックリときちゃったぜ・・・






思いつく最善の方法であったウランフによってクーデターを防止するという方策が、
音を立てて盛大に崩れ落ちたことを知ったヘインは、この世界に来て何度目になるのか
分らないガックリ感に襲われ、被保護者に心配されるという失態を演じていた。


だが、それも無理からぬことであろう。
統合作戦本部の重鎮たるクブルスリー大将が死に、
ウランフ大将も復帰できるかどうか分らぬ生死の境目を彷徨っている現状を見れば、
ヘインが無い知恵を搾って打った内乱を未然に防ぐための
唯一の希望が潰えたことを否応無しに理解せざるを得ないのだから。


ここまで上手くことを運んだ軍の反乱分子が、
クーデターを実行に移さないという選択肢を選ぶことはもう無いだろう。

ヤンやヘインは未だイゼルローンに帰還しえず、帝国内部では既に内乱の始まりの
狼煙が既にあがっているため同盟に手を出すような余裕は無い。


後に『救国軍事革命会議』と名乗る愚かな反乱者達にとって絶好の機会が到来していた。



■■



『ヘイン、どうやら首都の方が拙いことになっているみたいだね』

「奴等の動きも多分加速するんでしょうね。正直、考えたくない結果でしたよ」



ヘインが奴等と言った瞬間、食事中のヤンとヘインの同行者達と帰還船の船長ラン・ホーは
一斉に彼等二人に視線を向ける。彼等は既にヤンとヘインから今後起きるであろう事態について、
一応の説明を受けていたのだ。



『まぁ、不幸中の幸いと言ってしまえばお仕舞いだが、往路と同様に復路も順調に
 航海が進んでいる御蔭で、予定より早くイゼルローン要塞に戻れそうでなによりだ』


「ただ、惜しむらくはE・コクドーを連れてこなかったってことですかね
 アイツさえ居れば奴等に傍受されずに通信を要塞に送って、先行して 
 艦隊の出撃準備を整えられたんですけど、中々、都合よくは行かないですわ」

『どうやら、置いてけ堀のE・コクドー中佐は歴史を変えそこなったのかもしれないね』





これから起こるであろう最悪な事態に対処する為、予定より早くイゼルローン要塞に帰還し、
艦隊を手中に収めることはヤンやヘイン達にとって非常に重要なことであった。
欲を言えば、ここから超亜高速通信を送って駐留艦隊の出撃準備を先行させる事が叶えば
それが一番良いのだが、もしも、その情報が不穏分子に傍受されれば事態が予想以上に
回転を早め、此方の予測を超えた動きを示す可能性があったので、E・コクドーが不在の今
実行に移される事は残念ながらなかった。



ヘインが原作知識を用いて『ドールトン事件』を防ぎ、生み出した一週間と言う
僅かな原作に対するアドバンテージが、どのような結果を齎すことになるのか?
その答えが出るのは、それ相応の血が流された後になるのだろう。



宇宙暦797年4月1日、英雄と凡人は再びイゼルローンの地に降立った・・・




■凶報は止まらない■


ヤンとヘイン等の一行がイゼルローン要塞に到着した翌日、ハイネセンからの続報で
暗殺未遂事件以後、意識不明の重体で生死の境を彷徨っていたウランフ大将の容態が安定し、
危険な状況から脱した事が伝えられ、皆を安堵させるだけでなく、
間接的な原因を生み出した依頼人のヘインが持つ罪悪感は少しだけ軽くさせていた。

また、続けて送られてきた続報によって、統合作戦本部長の一先ずの代理に
統合作戦本部次長のドーソン大将に決まったことが知らされると
多くの人が肩を落として落胆する事になる。

ジャガイモ大将ドーソンは前線の将兵から全く信を得られない男であった。


だが、そんな幾つもの報せもヘインにとってどうでもいい報せになった。






『惑星ネプティスにて軍の一部が反乱、要所を占拠』




彼にとって最も大切な人、アンネリーがいる場所が反乱の舞台になったのだから・・・




■■



『おいっ!ヘイン何をしている!!』

「何って、出撃の準備に決まってるだろう?今すぐネプティスの糞反乱軍を
皆殺しに行くんだからな!!アッテンボロー、お前もモタモタするんじゃないぞ!」


『いい加減にしろっ!!』



ネプティスにて反乱という報せを受取ったヘインは
今にも地球ぐらい破壊できそうな爆弾を持って興奮するロボットのように目を血走らせ
艦隊の出撃準備を急がせるどころか、本国の命令も無しに出撃の命令を出していた。
アッテンボローが鉄拳制裁によって意識を刈り取らなければ、出撃できる艦だけ引連れて
惑星ネプティスに一直線であったろう。



他の誰がネプティスに居たとしても、ヘインがここまで取り乱す事はなかっただろう。
意識が低くてもヘインとて軍人、統合作戦本部を無視して個人的に艦隊を動かせば
艦隊を私物化し、私兵として用いたとして銃殺刑になること位は理解できる。

だが、そのリスクを犯しても、ヘインはアンネリーを助けに行きたいと思ってしまった。
一番辛い時に自分の力に頼ろうとせず、『私、頑張ります』と泣きながら笑って言った
誰よりも大切な彼女を、どんな事があっても見捨てたりしないと強く誓っていた。





『それで、縄で縛ってここまで連れてきたと言うわけかい?』


ネプティスでの反乱について討議するためにイゼルローンの幹部を緊急招集したヤンは
縛った後輩の方からこうなるまでの経緯を聞いて、頭に収まり悪く乗ったベレー帽を
手で弄びながら、ただ、ただ呆れていた。



『行き過ぎた行為だとは思いますが、私もブジン大将と気持ちは同じです
 一刻も早く、アンネリー、フォーク中佐を救い出したいと私も思っています』



猿轡を咥えて雁字搦めに縛られた芋虫状態のヘインがヤンの呆れた視線に『フーフー!』
言いながら盛大な抗議をしていたが、副官のグリーンヒル大尉がヘイン寄りの
アンネリーを心配する意見を述べると『フン!フン!』と言いながら
身体をクネクネさせて賛同の意を示す。

もっとも、そんな感情論で何百万人の人々の行動を決めることは当然有り得ない。



『たしかに、窮地にある戦友のことを心配する事は批判されないでしょう
 ですが、ことを組織、艦隊の運用レベルに落とし込めた場合は些か異なります
 未だ本国からの命令もなく、帝国の情勢も定まらぬ状況で独自に艦隊を動かせば
 我々も反乱勢力の一派と見做される怖れもありましょう。軽率な行動は慎むべきです』


『うむむ、酷に聞こえますが、参謀長の言が正しいのでしょうな』



その点を些か辛辣に過ぎる正論で指摘するムライ少将の言葉の正しさを
苦汁の決断をしたといった風に肯定するパトリチェフ准将の発言で、
ヤンによって召集された今回の会議の方向性が定まった。


結論としては、イゼルローン要塞駐留艦隊司令官と要塞司令官の連名で統合作戦本部及び
宇宙艦隊司令部にネプティスの反乱に対する準備が完了していることを報告し、
反乱鎮圧の為に出兵する許可を求める上申書を提出するという形で落ち着く。



『ヘイン、君の辛い気持ちも分らなくは無いんだが、こればっかりは
如何ともしようが無い。すまないが諦めて我慢して貰えないだろうか?』

『お前さんだって頭では分ってはいるんだろう?今は冷静になることだ
 焦って動けばフォーク中佐だけでなく、多くの人が危ない橋を渡ることになる』

『心配するな。お前の副官はこんなことで負けるような娘じゃないだろう?』




ヤンにキャゼルヌ、アテンボローと、先輩二人に相棒と立て続けに諭されて、
感情を理性でようやく抑えたヘインは戒めをようやく解いて貰ったのだが、
立ち上がる事は出来ず、ヘインは地べたに突っ伏したまま声を殺して泣いた。



大将という高官にあり、英雄と讃えられる男は無様な泣き顔を隠そうともせずに
会議に参加した面々にその姿を晒した。
ヘインはそんな事を恥じ入るより、別のことを恥じ入る気持ちの方がずっと大きかったのだ。


自己の保身と利益ばかりを考えて原作知識を用いてきた事に罪悪感は無かった。
ただ、最も大事な物を守れたかもしれない知識を忘れていた事だけが許せなかった。

己の身かわいさにグリーンヒル大将を本気で説得しなかった報いだと後悔せずにいられなかった。
父親を見捨てた男と知らずに優しく励ましてくれるフレデリカの言葉が何よりも痛かった。



自分以外の人が居なくなった会議室でヘインはひとり己の持つ力の弱さを呪っていた。








ヤンとヘインの連名で出されたネプティス討伐願いがようやく承認されたのは、
その他、三惑星において同様の反乱が起きて制圧された後であった。

ここに至って、ようやく腰の重すぎるドーソン統合作戦本部長代行は四惑星の討伐を
ヤン艦隊及びブジン艦隊に命令する。


その際、ヤンより二個艦隊の出撃によって長期間イゼルローン要塞を空けることに対する
懸念を告げられたドーソンは、その数日前に帝国が大規模な内戦状態に入っている事から
憂慮する必要なしと述べ、首都に駐留する兵力を用いる気が皆無であることをヤンに悟らせた。


もっとも、首都に大兵力が残ることはクーデターを企む反乱分子にとって
良い牽制になるため文句を言う気は無かった。
それに、今にもネプティスに向けて走りだしそうな黒猪のように興奮している後輩を
これ以上焦らす気も無かったので、特に異を唱える事無く本部からの命令を拝命する。


だが、そんなヤンの配慮も無駄に終わってしまう。ハイネセンからのとんでもない報せで
ヘインの出鼻は見事に挫かれて出撃が一旦延期されることになったのだ。



クリーンヒル大将が反乱軍を率いて蜂起し、主要官庁及び同盟軍中枢を悉く制圧!!
首都ハイネンセンの制圧を既に完了したとの報せがイゼルローンに届いたのである。




■残酷な事実■



衝撃的な事実を知らされたイゼルローンの面々は一部の人を除いて驚天動地の境地にあった。

ドワイト・グリーンヒル大将信望が軍内部で高かったこともこれに拍車を掛ける
大きな理由の一つではあったが、それ以外にもヤン・ウェンリー司令官の
副官フレデリカ・グリーンヒル大尉の実父であるという事実も
人々の動揺をより大きくさせる一助になっていた。


だが、驚いているだけで良い一兵卒たちと違って、
要塞に住まう幹部陣はこれからについて、何らかの答えを出す責任があった。



■■



『もし、今回の件でヤン・ウェンリーが自らの手足を喰らうような真似をするなら
 俺が期待していたほど利巧では無いことになりますな。さて、閣下はどうですかな?』


「准将、俺に利巧さは期待しない方が良いと思うぜ?それにヤン先輩は期待を
裏切らないと思うぜ?副官一人守れない出来の悪い後輩とは、器が違うからな」


『ほぉ、閣下はヤン提督を全面的信頼されていると言うことですかな?
 まぁ、良いでしょう。付き合いの長い閣下の方が恐らく正しいでしょう』


「そうそう、そんな事より准将にはお願いしたい事があるんだけど良いか?」


『軍制上の直接の上官は閣下ですからな、ご命令であれば何なりと』




緊急招集され、要塞司令室に向かう途中でばったりとシェーンコップにあったヘインは
彼のヤン批判が見込み違いであることを訂正しながら、
早足で目的地を目指していたが、地に足が着く所では誰よりも頼りになる不敵な男に、
どうしてもお願いしたい事を思い出したので、それをお願いした。
そう、あくまでも『お願い』としてである。


その願いを聞いた上官を平気で値踏みする男は、面白い話を聞いたと言う顔をしながら
快くそれを引き受けることを了承する。
後ろ向きから前向きに変わろうとする境目にある若者の手助けをするのも
大人の役目かと思ったかどうかは定かでは無いが、ヘインに対するシェーンコップの
評価は数日前に比べて、随分と上方修正されていたことだけは間違いない。


フレデリカの副官留任が既に決まっていたのと同様に
ネプティス制圧、アンネリー救出作戦の指揮官は会議前に決まることとなった。



『よう、泣き虫へイン!もう部屋で引き篭もってメソメソしてなくて良いのか?』

「うるせー!!俺はお前みたいな革命バカと違ってナイーブなんだよ!!
 それを無理に部屋から引きずり出してボコりやがって、体中痣だらけだぞ!」


『なるほど、多少はマシな顔をするようになったのはアッテンボロー中将と
 あつ~い語り合いをした成果でしたか。いや、実に若者らしくて結構ですな』



同じように要塞司令室に向かっていたアッテンボローは合流しようと二人に近寄ったのだが、
ヘインに『しっしっ』と無視でも追い払うような手の動きで対応されたのに腹を立て
数日前のヘインの酷い体たらくを子供のように突っついた。
これに対して、すぐさまヘインは滅茶苦茶やりやがってと噛み付くのだが、
シェーンコップにニヤニヤとした目で見つめれていることに気が付くと
まだ腫れが残る顔を憮然とした表情に変えて、更に目的地を目指す歩みを速める。


もっとも、鍛え方が違う二人を引き離すことなど出来る訳も無かったが・・・







口ではあれこれ言いつつ、お節介が多いイゼルローンの幹部人が
らしくない悲壮感を似合わないのに漂わせているヘインを放っておく訳がなかったのである。

何もかもが嫌になったヘインがネトゲ廃人に為ろうとすれば、ログイン中にも限らず
ナカノ・マコがコードを引っこ抜き・・・


『枕を涙でぬらす私はヘインちゃん』って感じで勘違い耽美系に走ろうとすれば
容赦なくアッテンボローや魔法使い学校の生徒二名が修正を施し、

食事をロクに取っていないようであれば、
魔女を妻に持つ男や出来すぎた被保護者が夕食に誘いにやってきたり、
メシマズが一生懸命挟んだ『何か』を差し入れてくれたりしていた。


そんな騒がしい毎日が続いては、かつて施設にいた頃のように中二病を全開させる事も出来ず、
直ぐにではないが、ゆっくりと立ち直らざるを得なかった。


勿論、アンネリーがどうなったかも分らないのに落ち込んでいてはダメだということ位は
ヘインも分っていた。
ただ、立ち直る為には少しの時間と助けが必要だったのだ。




自己の保身と自分の幸せのために、必死に原作知識を用いて足掻き続ける男の周りには
彼を支えてくれるお節介で暖かく過激過ぎる仲間達が自然と集っていたようである。




 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(無頼篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2009/11/15 11:52
フリードリヒ四世の死に始まり、幼帝ヨーゼフ2世の強引な即位によって高まった
帝国内部の対立は、同盟で叛乱の火の手があがる前に決定的な亀裂を走らせていた。


ブラウンシュバイク・リッテンハイム等の門閥貴族連合と
リヒテンラーデ・ローエングラムを中心とする新体制枢軸は遂に直接的な対決を起こし、
帝国中を巻き込む内乱が勃発していた。



そんな情勢に先駆けて帝国暦488年の2月に門閥貴族連合によって結ばれた
リップシュタットの盟約によって集うことになった
何名かの歴史の流れに対する反抗者達は倒れかけた『黄金樹』の最後の輝きを放ち、
後世の人々に『Gangster488』と呼ばれ、同盟にて勇名を馳せた『730年マフィア』と
対を成す、旧王朝最後の英雄としてその名を人々の記憶に永く残していくことになる。




■アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト■


『Gangster488』の実質的リーダーとされる烈将ファーレンハイト・・・

彼はこの年に32歳にようやく達するという若さで中将という高位に就いており、
下級貴族の帝国騎士出身者としては既に充分過ぎるほどの栄達を果たしていた。


また、アスターテ会戦ではラインハルトの下でその将才を如何無く発揮したこともあったが、
『アムリッツァの地獄』が彼の手によって引き起こされたことを薄々と感じ取った以後は、
ラインハルト等の新鋭将校達と距離を置くようになり、
今回の内戦に際しても、自艦隊を引連れてリップシュタット連合軍に参加していた。



■■



『やはり、フェルナー大佐の独力ではローエングラム侯の暗殺は不可能だったようですね』

「仕方があるまい。ブラウンシュバイク公は正々堂々と真正面から遣り合って
 金髪の孺子を倒せると思う誇大妄想の持主だ。フェルナーも仕える主君を誤ったな」


『そこまで盟主の力量不足を分かっていながら、気に喰わないという理由で
 ローエングラム侯に与せず、困難な道をわざわざ選ばれる司令官を持った
 我々としては、フェルナー大佐の事を他人事として笑ってはいられませんね』

「ザンデルス、やはり不満か?金髪の孺子の下に走りたいとお前が言うなら
 今まで世話になった恩もある、推薦状の一筆程度であれば幾らでも書いてやるぞ?」



『推薦状を書くだけなら殆どタダだからな』と平然と自分に離反を勧める豪胆な上官に
副官は肩を竦めながら首を振って、そのありがたい申出を断る。
彼を含めた艦隊の構成員は普段から『食詰めて軍人になった』と放言して憚らない上官を
敬愛しており、ほかの上官の指揮下に入るという選択肢はもとより無かったのだ。

ファーレンハイトは何度も死線を潜り抜け、多くの部下を戦場から帰した名将として、
リップシュタット戦役の始まる前から、将兵の心をしっかりと掴んでいた。

そういう意味では、彼の部下達はファーレンハイトの私兵であった。
彼らは皇帝でも盟主でも無く、彼等が主として認めるファーレンハイトの命令だけに従うのだから・・・





■ベルンハルト・フォン・シュナイダー■



上官であるメルカッツ上級大将が唯一頼りにすることができそうな僚友ファーレンハイトに
信頼する副官のシュナイダー少佐を遣わしたのは、ガイエスブルク要塞内にある大広間で
基本的な戦略戦術方針を決定する軍議が始まる数時間前のことであった。


望まぬ総司令官という地位に就いたメルカッツ上級大将もただ諦めて敗北を待つ事は、
これから死に逝く兵士達に申し訳が立たぬことと弁えており、出来る限り勝算を高める為に
少しでも足掻ける事が有るならば実行するべきだと考えていた。



■■



『閣下、メルカッツ総司令の副官シュナイダー少佐が面会を求めてお見えです』



ザンデルス少佐に頷いたファーレンハイトは直ぐに自分の前に通すように指示を出す。

自我が肥大化し過ぎた大貴族とその愚息達を抑えながら勝利を目指す為には
メルカッツ総司令と歩調を合わす事が勝利の絶対条件である。
わざわざ向こうから接触しくれるならば、それに応えぬ道理は無かろう。


こうして、メルカッツとファーレンハイト両将の連携という必然とも言える流れの中で、
『Gangster488』の調整役を請け負うことになるシュナイダー少佐は
後に『烈将』と呼ばれる男と初めて顔を会わせる事となった。




「ファーレンハイト中将、面会をお許し頂き感謝致します」

『いや、此方から総司令に面会を求めにいく心算だったからな
 手間が省けて感謝するのは此方の方だ。まぁ、先ずは座ってくれ』



通されたシュナイダーは目の前に座る男の値踏みするような視線を受け流しながら、
型通りの挨拶を済まし、勧められた席に座ると早々に本題を切り出した。

軍議までの時間が残り少ない以上、余計な雑談で貴重な時を浪費する訳には行かなかった。
彼は軍議で出されるだろう作戦方針や提案、それについての総司令の考察を纏めた資料を
次々とファーレンハイトに提示しながら、簡潔に分かり易く説明していく。

その手際の良さと要諦を押さえた説明は聞く側に彼がメルカッツ上級大将の
副官足る人物であると納得させるのに充分な物であった。



「以上のことから、帝都オーディンを空にしたローエングラム侯の軍を
 ガイエスブルクまで引き付けて、長征によって疲労するだけでなく
 補給に負担を強いられた状態の敵軍を討つというのが総司令の考えです」

『まぁ、そんな所だろうな。欲と嫉妬に塗れた貴族共が自分以外の帝都入りを
 認める筈も無いからな。別働隊による帝都への急襲は理屈としては正しいが
 現実的ではないということか。金髪の孺子は安心して帝都を空に出来るわけだ』



少々過激な物言いをするファーレンハイトに若干の驚きを禁じえないシュナイダーであったが、
その明晰な状況判断と現実に基く戦略思考の発露を頼もしく思う気持ちの方が大きかった。
とにもかくにもメルカッツ上級大将独りが奮闘するという最悪の事態だけは避けられそうなのだから、


ファーレンハイトとシュナイダーは予想される厳しい状況を何とか乗り越えて行くため、
お互い共闘していくことを約した。





■ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ■


60を間近に控える老練の武人、貴族連合軍の総司令官を務めるメルカッツ上級大将を
一言で表すとしたらこんな所であろうか?

彼はそもそもこの内乱を無意味な戦いと考え、中立の立場を守り参加する気は無かったのだが、
ブラウンシュバイク公の独断専横を防ごうとするリッテンハイム侯によって、
貴族連合軍の総司令官に推されてしまった時から、
その運命を大きく狂わせ『Gangster488』の首領としての困難な道を歩むこととなった。




■■


『ファーレンファイト中将は勝利の為に全面的な協力をすると約してくれました
 盟主に先に飲ませた二つの条件に今回の共闘関係の確立、まず満足の行く結果では?』



望んだ結果を手に入れたにも関わらず、未だ晴れぬ自分の顔色を見て疑問を持った副官の問いに
メルカッツは溜息交じりの笑みと共に答えを返す。


「たしかに、ファーレンハイト中将の協力を確実にしたことは大きいし、
 総司令官を頂点とする一元化した指揮系統を構築し、それに反する者達を
 軍規によって裁く権限も盟主は認めたのは事実であり、大きな意味を持つ」

『閣下、それならば何も問題は無いのでは?確かに碌な実戦経験の無い貴族を
 率いて戦う事が如何に困難化は小官も心得ております。ですが、指揮系統は
 閣下に委ねられております。未熟な貴族指揮下にはそれを補佐する指揮官を
 配置するようにすれば、彼我の戦力差から考えても充分に勝機がある筈です』



まだ若く、ファーレンハイトほど苦しい人生経験をした事が無い副官の反論に
メルカッツは頭を振りながら、諦めの篭った声色でその誤りを指摘する。

特権階級として長年過ごして自分を特別視する思考が染み付いてしまった大貴族達が、
素直に条件を守り続ける事は無く、なんやかんやと言いながら作戦に介入してくるだろうと。
そして、それに無駄な抵抗をする自分やファーレンハイトを彼等がローエングラム侯以上に
憎む事になるだろうと、近い将来を予言するのだった。







シュナイダーが釈然としない面持ちで総司令官室を辞すると、
軍議が始まるまでメルカッツは妻子に向けた手紙を書きしたためる作業に取組んだ。


彼には二周りほど年の離れた妻と四十路の半ばを過ぎて生まれた愛娘がいたのである。
メルカッツは誰よりも彼女達のことを深く愛しており、そんな彼女達に別離の手紙を
送ることは辛かったが、生きて再会することが如何に困難な事であるかを
誰よりも良く分かっている宿将は、今までで一番長く暖かい手紙を書くことしか出来なかった。





■アルフレッド&アルフィーナ■


ランズベルク伯爵家の当主にして、詩をこよなく愛する行動力に溢れた青年貴族は、
ゴールデンバウム王朝の正統は誇り高き貴族によって守られていかなければならないと言った
貴族の常識をベースにしてリップシュタットの盟約に参加していた。


今の彼は有体に言えば『へぼ詩人』に過ぎぬ存在で、その魂が黄金の輝きを放つには、
もう少しばかりの時を必要としそうであった。



■■



『お兄様、もうそろそろ軍議が始まる刻限です』

「あぁ、それではそろそろ行くとしよう。アルフィーナ、君も付いて来なさい」


ワイングラスを傾けながら、これから始まるとうする華麗な戦いの戦記を、
どのような美しい言葉の調べで描こうか?と、暢気な顔をして考えていたアルフレッドを
現実世界に引き戻したのは、腰まで伸びた美しい髪を揺らしながら近づいて声を掛けた
彼の美しい妹、アルフィーナだった。


彼女は率先して戦いの場に立つ事が貴族の義務を果たす事だと主張して
反対する兄を押し切って今回の内乱に強引に参加していたのである。
そんな彼女は伯爵家の一門に連なる者であったため、
内乱の開戦に先立ち帝国軍大尉の階級を得て、兄の副官としての立場を得ていた。




『あの・・・、お兄様、私も軍議に参加しても宜しい・・・のですか?』

「あぁ、仕方があるまい。大尉は私の大事な副官だからね。連れて行くのは当然だろう?」



常日頃、女の自分には軍隊は向かないし、領地に戻って大人しくしていなさいという嗜める兄が
自分のことを副官として認めるような発言をするとは思わなかったため、
彼女は一瞬驚き、続けて喜びを弾けさせながら大好きな兄抱きついていた。


そんなかわいらしい妹の反応にアルフレッドは優しい笑みを浮かべながら、
『初めての軍議に遅刻するわけには行かないだろう?』と言って
自分から離れようとしない妹を何とか説得し、二人仲良く連れ立って目的地の大広間を目指す。



『Gangster488』の紅一点にして、ムードメーカーだったと言われるアルフィーナは
まだまだ、あどけなさが抜け切っていない少女であった。






■レオポルド・シューマッハ■


ガイエスブルク要塞にある大広間には貴族連合軍に参加した貴族や軍の高官達で溢れかえっていた。
そんな参加者の多くは自分の席次を以上に気にしていたため、数え切れぬほど席替えを繰り返し、
30分以上遅れてきた盟主と副盟主が揃う頃にようやく定位置が決まるといった始末であった。



この無様な様子を最後列で見守っていたヴィルヘルミナ艦長のシューマッハ大佐は、
早くも敗北の二文字が頭の中に浮かんで来るのを禁じえないようになっていた。
このような、無秩序の手段をどのように統率すればよいのか、彼は想像することが出来なかった。





■■



『下らん茶番だが、自身も当事者だと思うと末席でただ笑っている訳にもいかんな』

「ファーレンハイト中将・・・、確かにとんだ茶番ですね」



空気を読めない理屈家のラッパーがガイエスブルクにラインハルトの本隊を引き付けているうちに
空になった帝都を別働隊で襲撃するべきだとメルカッツの持久戦を前提にした作戦に
修正を加えるべきと主張した途端、軍議は作戦を論じる場から戦後の権力争いを見据えて
お互いに牽制しあう質の低い喜劇が催される場所となっていた。


そんな様子に心底あきれ返っていたシューマッハに声を掛けたのは、後の『烈将』だった。




『ところで、卿は確かどこぞの躾のなっていない小僧の
 御守りを任じられたと聞いているが、それは本当か?』

「その小僧が誰を指しているのかは小官には分かりかねますが
 今のところ私はフレーゲル子爵の下で働くように命じられています」

『成る程、あの盟主の甥っ子の下か、大分苦労しそうな職場になりそうだ
 大佐、回りくどい事をこの場で話しても仕方が無いので短刀直入に言おう
 卿の力を俺に、いや我々に貸して欲しい。了承してくれるならば直ぐに
 メルカッツ総司令に上申して、今の配属場所から配置換えを行う心算だ』


「閣下、それは非常に魅力的なお誘いだと思いますが、当然、『タダ』では無いのでしょう?」

『無論、対価は貰う。卿の命を俺に預けて欲しい』




躊躇する事無くさらりと自分の命を寄越せと言う隣に座る不敵な笑みを浮かべた男に
シューマッハは自分の命運を賭けて見ることにした。
目の前で醜態を晒す貴族共の下について死ぬくらいなら、
武人として相応しい死に場所を与えてくれるだろうと思える男についた方が
何倍もマシだと思えたのだ。


こうして『Gangster488』の中で、一番の苦労人と言われるようになるシューマッハは
一番売り渡してはいけない悪魔に自分の魂を売り渡してしまった。
だが、彼は死ぬまでその事を後悔することだけは無いだろう。







対するラインハルトが多くの名将を傘下に加え、統一された意思決定の下で
ガイエスブルク要塞に篭る旧時代の遺物を過去にしか存在しない物にしようとする中、
『Gangster488』の面々は何十にも掛けられた枷に縛られながら、それに挑むことになる。


彼等のその苦難に満ちた戦いとどんな困難にも折れない精神は後世の人々に深い感銘を与えることになる。


天才に率いられた英雄達と不屈の挑戦者達の戦い、どちらが真の勝者となるかはこの時点では定まっていない・・・





 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(辺境篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f2180761
Date: 2010/02/28 18:03

銀河帝国と自由惑星同盟、
銀河の両端で同時に起こった騒乱の火種が大きく燃え上がる中、
多くの人々は様々な選択を強いられることになる。

そして、その選択によって明日を生きることになるのか、今日死ぬことになるのかが決まる。
多くの命を戦火で焼き尽くしながら、人々は戦いの時代を流されてゆく・・・


■賊軍の怒り■

幼帝の下で兵権を握り、門閥貴族達の蜂起を鎮圧するための権限全てを手に入れた若き覇王、
ラインハルト・フォン・ローエングラム侯の最初の仕事は、彼の前に立ち塞がる敵の公称を定めることになった。

敵の公称をなんと定めるべきかと問いかける軍務省の書記官に対し、
彼は五秒足らずの時間をその思案に費やすと、よく通る覇気に溢れた声で敵の公称を目の前に立つ男に告げる。
敵の名は『賊軍』だと、そして、貴族達に対して最高の当て付けになるようなこの蔑称を、帝国中に喧伝しろと命令を下す。

自身を正義と信じて疑わない愚者が、この『賊軍』という蔑称に怒り狂う滑稽な姿を思い浮かべながら、ラインハルトは笑みを漏らす。




■■


『我等が賊軍だと!!』『姉の股穴で上り詰めた成り上がり者が、我らを愚弄しおって!』
『この私が戦場に赴いて、金髪の孺子の首を胴と切り離してくれる!!』


自分達に『賊軍』などという蔑称を与えた金髪の孺子に対するリップシュタット連合の憤激は凄まじいもので、
会議であろうと酒宴の席であろうとところ構わずそれへの怒りと敵意を感情の命ずるまま発露させ、
貴族の高貴さとは程遠い醜態を晒し続け、
彼らの狂態を傍から眺める食詰めをはじめとした『Gangster488』の面々から冷めた視線を向けられていた。


「飽きもせずによく吼える。あいつらと共に黄金獅子を仕留めるのは骨が折れそうだ」
『その骨が折れる作業を選択されたのは、誰でしたかな?』

横の副官が発した言葉に苦笑しながら頷くと、横に立つシューマッハに視線を向ける。
この厳しい現実を前にして、彼がどのような表情を見せるのか興味があったのだが、
及第点以上のモノを彼は食詰めに見せてくれた。その表情には不安も気負いも無く、
全てをあるがままに受け入れ、それでも前に進む『覚悟』がハッキリと浮かび上がっていた。


「大佐、卿が見込んだ通りの男で安心した。この惨状を見て頭を抱えるだけの
 能無しを仲間に加えていては勝てる物も勝てなくなるからな。頼りにさせて貰うぞ」

『ファーレンハイト中将、貴方の誘いに乗った時点で困難は承知しております
 例え、頼るものが少ない過酷な状況であっても、現状で望むことが出来る
 最大限の戦果を生み出す!それが真の帝国軍人のあり方ではないでしょうか?』

平気で自分を値踏みしたことを告げる男の豪胆さに舌を巻きながら、
この男に付いて行けば、少なくない勝機を掴めるのではないか?そんな感情が湧き上がってくる感覚をシューマッハは覚える。
この目の前に立つ貧乏貴族は、他の腑抜けた貴族達には無い『凄み』というモノを持っていると本能で理解したのだ。


『やれやれ、大佐も我等が司令官の犠牲者になるとは、物好きというか
 まぁ、同じ穴の狢である私には何も言う資格は無いですが、苦労しますよ?』

『心配は要りません。副官殿と同じで苦労には慣れております。これからよろしく頼みます』

新たな被害者である仲間に、ザンデルスは心底やれやれといった顔をしながら手を差し出すと、その手は力強く握り返され、
新たな仲間の言葉以上に頼もしいその返答に彼はニヤリと笑みを零す。

こうして、『Gangster488』の面々はファーレンハイトという傑物を核にしながら、
間にある結びつきを強固なものとして、共に不可能にしか見えない難事に挑んでいく。
その報われそうに無い困難に立ち向かう姿はまさしく『求道者』それであった。




■齧られた果実■


銀河の反対側で漢達が大敵を前にして、怯むことなく最善を尽くそうとする中、
もう一方では、己の信念を果たさんがために放棄した一派と、秩序を維持せんと抗する一派が激しく凌ぎを削る。
自由惑星同盟の辺境惑星で起きた武装蜂起は、正規軍と軍事革命側に多大な犠牲を生むことになる。


宇宙暦797年4月2日、ヘインとヤンがイゼルローン要塞に帰着した翌日、
惑星ネプティスではハーベイ司令率いる救国軍事会議派が蜂起し、アンネリー・フォーク中佐率いる正規軍と
ネプティスの支配権を巡って凄惨な市街戦を繰り広げることになる。



■■


『フォーク中佐!第1小隊もクーデター派に投降し、同調する動きを見せています
 補給基地司令のハーベイ准将が本隊を市街地に投入してきたら、防ぎきれませんよ!』

「分かってる!!それでも、諦める訳には行かないでしょ。思い通りに行かないから
 暴力に訴えちゃうような人達を好き放題させるなんて絶対駄目!それにきっと大丈夫
 しばらく持ち堪えれば、イゼルローンの二人の英雄が直ぐに私達を助けにきてくれるわ」

ライフルで迫りくる敵兵を立て続けに撃ちぬいた女性は、心配そうな顔をする女性下士官に笑顔を見せながら、
援軍が直ぐに来るから心配ないと励まし、鼓舞する。
もっとも、彼女自身も援軍が来るまで抗戦を続けられる自信は無かった。
彼我の戦力差は大きく、寡兵を持って敵にあたらざるを得ず、味方は奮戦してはいるものの、じわじわと追い詰められている。
救国軍事会議の蜂起の手際は、敵ながら天晴れというもので、惑星内の主要拠点を瞬く間に占拠し、
軍内部に張り巡らせた裏切りの連鎖は深く太く根を張っており、本来なら少数勢力になるはずの反体制派を、多数派にして見せていたのだ。
この絶望的な状況下で100%大丈夫と思えるほどアンネリーは楽観主義者ではない。


『そうですね!中佐の愛しのブジン大将が直ぐに助けに来てくれますよね』

「もうっ!シンディ~、愛しの大将だなんてぇ、照れちゃうじゃないの!ぐりぐり~」
『ふぇっ、いたいですぅ!中佐!落ち着いて下さい。ぎぶっぎぶです』

だが、正規軍内で一番階級が高く、部下を率いる彼女には弱音を吐くことは許されない。
こめかみを拳でぐりぐりする後輩を戦死させないためにも・・・


最後まで諦めなかった報われることの無い戦いは、それほどの時を要することも無く佳境を迎える。



■■



『進め!敵はもう上に逃げるしか道は無い。袋小路に入った子鼠に引導を渡してやれ!』

武装した救国軍事革命会議所属の兵達が封鎖された扉を爆破し、ビルの階段を駆け上がっていく・・・



執拗な抵抗を続ける正規軍の部隊に業を煮やしたハーベイ准将は、
補給基地に置いて温存していた本隊を市街に展開させ、一気に攻勢を掛けて勝負を決めようとしたのだが、
入り組んだ市街地では思うように部隊の展開が行えず、激しい正規軍の反撃に遭うだけでなく、
正規軍の本隊が囮になったのに釣られて突出し、その裏を突破した別働隊に散々に引っ掻き回される。

だが、フォーク中佐率いる自由惑星同盟正規軍の足掻きも其処までであった。
如何ともし難い戦力差をその指揮能力で埋めることは叶わず、
残った戦力を糾合して、頑丈な高層ビルにバリケードを築き、扉を封鎖して抵抗しながら、
最後のときを待つだけの状態に追い詰められていた。


『中佐!14階まで突破されました。敵の侵入速度はそれほどではありませんが
 そう遠くない未来に敵が最上階に到達するのは確実です。援軍は間に合うのですか?』

『中佐、大丈夫ですよね?ヤン提督にブジン大将が直ぐ来てくれますよね?』

最上階フロアに篭る兵士達の縋る様な視線が全てアンネリーに集中する。
もはや、誰もが援軍に期待などできないことを薄々勘付いてはいたのだが、
それでも、それに縋るしかないほど、今の彼女たちの置かれた現状は絶望的なものであったのだ。
確実に迫ってくる死の匂いで、まともな人間であった者達が理性を保てなくなるほどの・・・



■黒の間■


ネプティスの正規軍が立て篭もるビルの階段を昇る作業を黙々とこなす救国軍事会議の面々は、
奇妙なことに暫くして気が付くことになる。
上へ上へと追いやられて窮鼠となって激しい抵抗が行われると予想していたのだが、
ある階を通り過ぎた辺りから、トラップやバリケードに歩みを邪魔されるだけで、
銃火による反抗がほとんど行われなくなっていたのだ。

ビル攻略を命じられた指揮官は首を傾げながら、更に上へと進むように命じる。
敵の攻勢が和らいだのならば、侵入の速度を速めるのが道理。
無論、罠に対する警戒は強めることは忘れなかった。

ただ、この正しい指揮官の判断は結果だけを見れば、制圧までの時間を無駄に伸ばし、
兵たちに徒労を強いるだけであった。
突如として反撃を行わなくなった正規軍は、新たな罠など一つも設けていなかったのだから・・・


■■


『大尉、さっきまでの抵抗が嘘のようですね。結局、二十階以降から最上階まで
 碌な反撃もありませんし。まぁ、楽に敵拠点を制圧できるに越したことは無いですが』

『少尉、まだ制圧は終わった訳じゃない。この最後の門を開け放ったら
 死兵が犇めき合っていた何て事もあり得る。油断せずに気を引き締めろ』

急に楽になった制圧作業に気が抜け、浮かれる若い士官学校あがりの将校に釘を指した歴戦の大尉は、
口で言うほど敵の反撃を警戒していなかった。
彼は同盟同士での戦いでは経験したことは無いが、帝国との戦いで何度か今とよく似た状況、
袋小路に追い詰められ絶望的な状況に置かれた敵の最後を、何度か目にしたことがあったのだ。
そう、何度見ても慣れることの無い。目を背けたくなるクソッタレな光景を・・・



『全員武器を構えろ、扉を爆破してA、Bチームは突入して、『敵』を制圧する
 少尉率いるCチームは援護および扉周辺の警戒に当たれ、残兵が潜んでいる
 可能性もある。いいか、あくまで『敵』を制圧する。その事を肝に銘じろよ!』

『了解』『ヤー!!』『行くぞ!!』

大尉の言葉の意味を了解した古参兵中心で編成された二つのチームは最上階フロアの壁をぶち破ると、
雪崩を撃ったかのような勢いで、この惑星に残された敵対勢力の最後の勢力地を奪い取っていく。

その作業は、同時期に蜂起した3惑星の中で最も激しい戦闘が繰り広げられた
ネプティスでの戦闘とは思えないほど簡単な作業となる。






散発的な銃声が鳴り響かせただけで、最上階フロアの制圧は終わった。
そこはレーザーによって焼け焦げた血と肉の匂いではなく、咽返るような醜悪な臭いが充満していた。

撃ち殺した『敵』は戦場であるにも関わらず、丸腰だった・・・
いや、『敵』はこのフロアには誰一人居なかった。
居るのはヒトと違い衣を纏わぬ『獣』と、羽を毟られ、翼を手折られた哀れな『鳥』だけだった。

大尉の『来るな!』という強い静止を聞かずに、フロアの奥まで現況報告に訪れたCチームの指揮官、
イスン・セブノーシ少尉は見てはならない物をそこで見てしまう。
腹の内容物を全て吐き出しても胃の痙攣は治まらず、戦場の最も深い闇、ヒトの業を知った苦痛にのた打ち回ることになる。

そして、ヒトと違い衣を纏わない『獣』の生き残りを、狂ったように雄叫びを上げながら処分する。
少尉を止めるものは誰もその場には居ない。ブタは死んだ・・・




■辺境の王■


主力艦隊を率いて貴族連合の打倒を目指すラインハルトとは別に、宇宙艦隊副司令官ジークフリード・キルヒアイス上級大将は、
ルッツとワーレンの両中将を伴って、辺境星域を貴族の手から『解放』しながら、主力艦隊の援護に励み、幾つもの星系に足を伸ばしていく。


彼等の来訪を受けることになった辺境星域の民衆の大半は、諸手を挙げながら解放を喜ぶことになる。
強欲な門閥貴族の圧制から解放されることを歓迎しない者は少なかったのだ。
ただ、大半に属さない地域も当然あった。
アムリッツァ会戦に先立つ自由惑星同盟の帝国領侵攻作戦に伴い実行された焦土作戦で地獄を見た辺境地区の人々は、
ラインハルト達の罪を忘れてはいないし、許す気も無かった。
もっとも、三万隻を超える大兵力を持つキルヒアイス等に復讐戦を挑むほど逆上してはいなかったが、
冷ややかな視線を送ることをやめようともしなかった。


■■


「キルヒアイス上級大将、どうやら我々はここでは余り歓迎されていないようですね
 前年に受けた傷跡も未だ癒えては無いようです。補給物資の配給した位では焼け石に水
 彼等の心を開かせることは出来ないでしょう。中立の立場を呑んでくれれば十分かと?」

「そうですね。私もワーレン中将の言われる通りだと思います
 出来るだけ早くこの宙域を出たほうが良いでしょう。住民感情を
 悪戯に刺激して得られる物など、きっと碌なものでは有りません」

ため息混じりに副司令官ワーレンの主張の正しさを認めた『辺境星域の王』は辺境の経略を担当する中で、
60余に上る貴族連合との大小の戦闘に悉く完勝し、占領地の行政においても住民の自治による統治を容認し、占領地間の治安の維持に腐心してきた。
そして、その結果、多くの民衆の心を掴んできたのだが、
『辺境の地獄』と呼ばれる災厄に見舞われた人々の心だけは、どんなに手や心を尽くしても得られることは出来ず、
自身の罪の重さを改めて思い知ることになり、その些か清廉すぎる心を痛ませていた。

だが、その痛みに打ちひしがれる時間は赤毛の若者には与えられていない。
何よりも優先すべき大切な女性との約束を果たすため、彼は立ち止まる訳にはいかない。


「この地区を統治するレンネンカンプ中将と会談の場を設けることにしましょう
 ルッツ副司令官とワーレン副司令官は艦隊を動かせるよう準備して置いて下さい」

「司令官自ら面会されると言うのですか?万が一という事もあります
 レンネンカンプ中将との交渉は、私かワーレン中将に任せていただいたほうが・・」

「いえ、この地区の王と呼ばれる彼に対して礼を失しない立場にあるのは私だけです
 若輩では有りますが私も一応別働隊の司令官ですから、それにそれ程心配する必要は
 無いでしょう。レンネンカンプは公平で秩序を重んじる人と為りと聞いていますから」


司令官自ら中央のコントロールを離れて辺境地区の軍政官化したレンネンカンプと会談する危険性を憂慮したルッツだったが、
キルヒアイスは嘗てラインハルトの上官として、彼を公平に扱ったレンネンカンプの度量を評価していた。
そのため、礼を尽くして交渉を行えば悪くない結果を得られると考え、自らその役を担うことを決めたのだ。

『辺境の地獄』で荒れた幾つもの星系を公正なる秩序によって統制された軍隊による統治で、
無秩序の無法地帯から、一定の秩序ある社会を取り戻したレンネンカンプからの支持若しくは
中立を取り付けることは、辺境経略を大いに進めることに繋がるためである。





レンネンカンプと会談を果たしたキルヒアイスは
内乱終結後も辺境地区の復興に対して継続的な支援を約束することで、彼に中立の立場を取ることを約させる。
また、貴族連合にラインハルト等が勝利した暁には支配する辺境地区共々服従することも認めさせることに成功する。

レンネンカンプ自身も中央に抗し続けながら、傷ついた辺境が生き残っていく術は余り無いことを理解しており、
ラインハルトに次ぐ地位にあるキルヒアイスに恩も売れると来れば、彼が拒否する理由を探すほうが難しい。


こうして、若干梃子摺りはするものの、赤毛の辺境王は自身の才覚と対外的な地位の高さを利用しながら、
次々と辺境地区を占領地ないし中立地へと色を変えていくことになる。


少しずつではあるが、確実に外堀埋められていく貴族連合軍に許される残り時間はそう多くは無いだろう。
だが、それでも諦めることのない『Gangster488』の面々によって、
リヒテンラーデ・ラインハルト枢軸は予想外に苦しめられることになるのだが、
それは、もう少しばかり先の話になる。
この時代を紐解く歴史家は銀河の一方向を見ているだけでは許されないのだから・・・


同盟と帝国、次々と戦火の炎が舞い上がり、その度に災厄が何万ダース単位で生産されていくなか、
華々しく悲劇に彩られた最悪の日々は今しばらく続く。



 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~




[3855] 銀凡伝2(出撃篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:a6c9fb8c
Date: 2010/04/03 20:59
目を背け、耳を塞ぎさえすれば、その心を抉られることもないだろう。
だが、それで起きた事実が無くなることは無いし、現実が変わることもない。

そして、内戦の炎で焼かれる帝国と同盟の中にあっては、
人々が幾ら目を背けようともクソったれな光景はエンドレスで再生され続ける。
耳を両手で固く抑えても、鳴りやまぬ悲鳴は鼓膜を遠慮なく揺らし続ける。

消せない罪は、癒えることのない傷を人々の心と体に刻みつける…



■上官と副官■


惑星ネプティスを始めとする四つの惑星での軍事蜂起から日を置くことなく発生した首都での軍事クーデターは
イゼルローンに住む辺境の軍閥予備軍を一時的に慌てさせ、動揺させる事には成功したが、
戦乱の日々を過ごすことになれた彼等は直ぐに再起動を果たし、
非常時を平時に戻さんと慌ただしく出兵の準備に取り掛かり始めていた。
結局のところ、作戦目標が四惑星の反乱鎮圧から、
首都を始めとする同盟領を不法に占拠するクーデター勢力の攻略に変っただけで、
イゼルローンから艦隊を率いて出兵する行動に変りは無いのだ。


この一連の動きの中で際立った手腕を発揮したのは、
天才ラインハルトの思考を完璧に読み切り、同盟での軍事クーデターの発生を予見した魔術師ヤン・ウェンリーや
原作知識によって事態をほぼ完璧に把握していた道化師ヘイン・フォン・ブジンでもなく、
第1駐留艦隊通称ヤン艦隊副司令官のフィッシャー少将と第2駐留艦隊通称ブジン艦隊副司令官のキーゼッツ少将だった。

艦隊運用に定評のある二人はネプティスの変事を耳にして以後、狼狽するヘインや相変わらずマイペースなヤンを余所に
粛々と艦隊を長征に耐えうる形に編成し直す作業を進め、短期間でそれを成し遂げた。
イゼルローンの二人の名人は完璧な仕事振り発揮してみせていた。

また、コクランの後を継いで要塞の事務方として辣腕を振るうキャゼルヌも、
帝国領侵攻作戦のような杜撰な補給計画の失敗を再現させる気はなく、
動員される人員と運用される艦艇に必要な物資を短納期で揃えて見せる。


同盟軍同士が相撃つ戦いの準備は滞ることを知らなかった。


■■


『アッテンボロー司令官代行とキーゼッツ副司令官の話では明後日には
 艦隊を動かせる準備が整うそうです。第一駐留艦隊の進捗も同様です』

副官のラオ中佐から出兵の準備の状況について短く説明を受けた難攻不落の要塞の支配者は
短く頷いて見せるだけで、机に広げられた書類から目を逸らすことは無かった。
キャゼルヌの部下から提出された要塞に備蓄した物資の使用許可を求める稟議書に添付された
今回の出兵に消費されるだろう物資の桁とそれが再生産されるまでの時を記した書類を確認する作業に彼は追われていたのだ。

はっきり言えばイゼルローンの真の支配者と揶揄されるほど軍官僚としての能力に富んだ男の提出した書類からは
極微の瑕疵すら見つからない筈なのだが、
かつての師とも言える人物から『分からない書類に軽々しくサインをするな』と再三再四諫言をされたこともあって、
ヘインは自分が決済する書類に極力目を通し、理解する努力を怠らないように心掛けていた。
ただ、凡庸な軍官僚能力しか持ち合わせない男が、
巨大な要塞や何百万を超える軍の運営に関する事案を容易に理解することが出来る筈もなく、
書類の作成者に質問を重ねることで何とか大枠を理解する程度であった。

また、レベルの低い質問に何度も付き合わされる要塞事務総長付きの事務官の労力は相当な物で、
最初のころは『無能な働き者』を生んだコクランを呪詛する声を上げる者が少なからずいたのだが、
ヘインとの不毛な問答を繰り返しながら、彼でも理解できるように書類の文面や内容に変更を加えていくと
不思議なくらい分かり易い運用案に様変わりしており、使った労力に見合った成果を生むため、
ヘインでも分かる報告書の評判は次第に高まり、ヘインに対する軍官僚から評価はゆっくりと上昇していくことになる。

もっとも、そうなるまで辛抱したキャゼルヌとそうなるように仕向けたコクランの先見性に対する称賛の声のほうがずっと大きく高かったが、


「…成程、概ね内容は了解したよ。悪いな大尉、遅くまで長電話に付き合わせて
 ああ、そっちの方は事務総長の了解を得ているなら先に進めてくれ、俺への説明は
 途中経過の報告という形で構わない。グレストン中佐と連携を取って進めてくれよ」


結局、書類を幾ら眺めても一向に全体像を把握できなかったヘインは、
直接電話で書類を読み返しながら作成者に何度も執拗に質問を繰り返し、長時間かけて内容を把握したのだが、
その作業に没頭し過ぎたせいか、先刻、報告に訪れたラオに対する退室の許可を出すことをうっかり失念してしまう。
彼が目の前で立ちんぼ状態の副官に気がついたのは優に二時間は過ぎた後であった。
ヘインは自分の失態を慌てて詫びたが、ラオは嫌な顔一つせず謝罪の必要は無いと述べ、
一仕事を終えた上官のためにティーバッグで煎れた紅茶を用意してくれた。


「悪いな。立たせたままにした上に、お茶まで煎れて貰って」

『もういいですよ。閣下が一心不乱に職務に精励する姿を
 間近で見せて頂いた見学料と考えれば安いものですから』

自分の前任者が危地に居ることを当然知っている彼は上官が何かに没頭せざるを得ない心情に置かれている事をよく理解しており、
ヘインの些細なミスに腹を立てることは無かったし、逆にそんなミスを犯してしまうほど
張りつめている彼の緊張を少しでも和らげることが副官の務めと考えていた。
ラオはアッテンボローやキーゼッツのような戦術的センスも持っておらず、E・コクドーやヴァイトのように一芸に秀でた者でもなかったが、
ヘイン・フォン・ブジンにとって欠くことの出来ない人物であり、副官として彼を長く支えていくことになる。



「中佐、久しぶりに旨い紅茶だったよ。ほんと・・、久しぶりにゆっくりした気がする」

『閣下…、御心中はお察しますが、無理は程々にして下さい
 肝心肝要の時に力を発揮できなければ、無理が無駄になります』

コクランの口癖でもあった『無駄』という言葉を用いたラオの忠言に素直に謝辞を述べたヘインだったが、
その言葉とは裏腹に小心な自分が己の犯した罪から目を背けるため何かに没頭…、
いや、逃避せずにはいられないと心境に陥っていた。
肝心肝要な時に原作知識という力を発揮できず、愛する人を危地に置かせた自分の迂闊さを呪わずには居られなかった。
そして、理不尽な人事に屈して彼女を手放した自分の不甲斐無さを心底悔やんでいた。


『それでは、明日の会議前には現時点での国内情勢を纏めた資料を提出致します』

「あぁ、よろしく頼むよ。長い時間付き合わせて悪かったな」

『いえ、失礼いたします』


敢えて事務的な態度を取ってくれた副官の気遣いに感謝しながら、
顔の半分が隠れてしまうかという位に軍帽を深く被り、大きな溜息を要塞司令官の顔を窺う者は誰もいなかった。

イゼルローンの長い夜は静かに更けていく…



■素晴らしき世界■


惑星ネプティスで起きた救国軍事会議の蜂起に始まる紛争は、
救国軍事会議及び正規軍の間で激しい衝突を招き、双方に大きな犠牲を生み
最終的に惑星を制圧した救国軍事会議側も主要施設の確保が精一杯で、
他星系に対する軍事行動を実行する余力も、クーデターへの協力を呼び掛ける余裕も失っていた。

グリーンヒル大将とブロンズ中将は反乱星系を中心に、
クモの巣上に救国軍事会議の勢力を同盟領内で広げていく構想を持っていたのだが、
アンネリー・フォーク中佐率いる部隊の予想以上にしぶとい抗戦によって頓挫することとなる。
もっとも、それを為した側も相応の犠牲を払わねばならなかった。
最後まで頑迷に抵抗した正規軍は畜生以下に堕す者もあれば、死より過酷な汚辱に塗れる者もいた。


■■


『フォーク中佐、我々は唾棄すべき正規軍ウジ虫達と違い理想と信念を持って
 腐敗した自由惑星同盟を再生し、帝国の専制主義を打破するため戦っている
 今の貴官の心情を思えば、このような事を言うべき時ではないかましれないが
 我々は一人でも多くの優秀な同志を欲しているのだ。一度よく考えて貰いたい』

「・・・・、帰って下さい。一人に、させて下さい」


ハーベイ准将率いる救国軍事会議の兵士達と激しい市街戦を繰り広げた結果、
敗れた正規軍の残兵は治療と洗浄処置を受け、ネプティス西地区の『ハイム511』に収監されていた。
その中でも少しだけ大きな個室に収監されたアンネリーの元には、彼女が覚醒して間もないにも関わらず、
ネプティスの新たな支配者層の何名かが訪れ、熱心に自分たちの勢力に鞍替えするよう説得に訪れていた。
彼等にとって彼女は多くの同胞を斃した憎き敵の首魁ではあったが、
その失われた人的資源の穴を埋めるためにも、彼女の持つ優れた能力は喉から手が出るほど欲しいものであったし、
粛清した正規兵が行った非道な仕打ちを上手く説得の際につつけば、転向させる事も不可能ではないと判断したらしい。
もっとも、深く傷つき自失に近い状態の彼女がそれに答える訳もなく、その配慮に欠ける誘いは悉く空振りに終わる。
また、救国軍事会議内でも革新的な女性主義者で知られるティージマ中尉から、軽率な行動は慎むべきと強く抗議受けることになったため、
アンネリーだけでなく、彼女に従った女性兵達に対する説得工作の継続を断念せざるを得なくなっていた。


『中佐、少しだけお話したいことがあるのですが』
「…、帰って、話したくない」

『どうしても、お伝えしなければならない事です。そのままで構いませんので
 話だけ聞いてください。今朝、シンディ・フォード少尉が亡くなられました…』


格子の奥で毛布に包まり、外界との接触を少しでも断とうと涙ぐましい努力をする女性に対し、
イスン・セブノーシ少尉は酷な言葉を無慈悲に放った。彼自身、傷心の女性に辛すぎる結末を伝えるのは忍びなかった。
だが、二人が仲の良い関係だったことを聞き知っていたため、敢えて伝えることを選択したのだ。


『お二人が非常に良き上官と部下の関係であり、また、良き友人であったと
 聞き及んでおります。この時期にこのような事を頼むのは心苦しくはありますが
 故人のためと想いお伝えしました。明日のフォード少尉の葬儀へ出席頂けますね?』


イスンへの返答は嗚咽であった。自棄自失になって涙すら枯れたと思っていたアンネリーだったが、
僻地に左遷されたフォークの妹である自分を屈託のない笑顔で迎え、
上官の自分を姉のように慕ってくれた後輩に対し、不当な人生の結末を強いた事への悔恨と自責の念が、
壊れかけた心を更に深く抉り、枯れたはずの涙を再び頬を伝わせた。

シンディー・フォードの死因を聞き返す必要もなかった。
まだ少女のようなあどけなさを残す彼女が自分の身に突然降りかかった理不尽な仕打ちに耐えられず、己の命を断ったことは想像に難くない。
彼女の葬儀が終わった以後も、収監された被害者からは自殺者が何名か生まれ、
その結末を迎えなかった者達も自傷行為を繰り返す者や、精神的ショックから立ち直れない者も少なくなかった。

救国軍事会議側も収監した捕虜の保護に回せる人員が居なかった事も、悲劇の二次災害を生みだした原因となっていたが、
彼女達を率いて戦った指揮官の自責の念を和らげるのに何ら寄与しなかった。
アンネリーは兄によるフォーク家の汚名を晴らし、誰よりも大切な人の下に胸を張って戻るために武勲を求めて無謀な戦いを選び、
部下達を巻き込み消すことの出来ない傷を与えてしまったのだと理解していた。


シンディから数えて6人の部下が冥府へと続く門を潜ったのを見送ったアンネリー・フォーク中佐は、言葉を発することもやがて無くなり
小さな個室の片隅で蹲りながら、己の罪にゆっくりと押しつぶされていく…




■お気楽な二人■


帝国と同盟が同胞同市で殺し合いながら、毎日のように悲劇を量産していく中、
その流れと唯一無縁の場となっているフェザーン自治領は大いに活気付いていた。
反乱軍も正規軍も戦争をするなら等しく物資を大量に消費する。
それを用立てて対価をえることを生業とするフェザーン商人達は大いに利を得ていく。

そんな人の不幸や他国の有事をビジネスチャンスに変えながら大いに栄えてきたこの地には、
富だけでなく、多くの人々が集まってくる。無論、集まってくる人々全てが身ぎれいな訳もなく、
脛に傷を持つ者や後ろ暗い事情を持った者も数多くいたが、フェザーンはそのすべてを貪欲に呑み込んでいく。
彼等がこの地にとって利がある存在である限り、吐き出されることはない。
商国家フェザーンは何処よりも利に聡くドライな場所なのだから…


■■


「うわぁー、何か大通りの賑わいだけ見たら帝都よりも凄いんじゃない?」
『そうですね。ここが帝国と同盟の汗と血が最後に溜まる泉と称されるのも
 納得出来ます。この分なら仕事の方も案外簡単に見つかるかもしれませんね』

無邪気に町の賑わいに驚く主を微笑ましく思いながら、
侍女は現実的な問題について想いを馳せる。帝都からフェザーンまでの逃避行でそれほど多くない路銀は底を尽き、
生活の糧を得るために何かしらの職を得る必要があったのだ。
ガイエスブルクや貴族連合の勢力圏内にまで逃げ込む事が出来ればこの種の心配に頭を悩ますことは無かったのだが、
リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸によるオーディン宙域の封鎖の網の目はそこまで緩くなく、
実父のリッテンハイム侯に半ば見捨てられた形で逃げ遅れた彼女達は、
野心的で強欲なフェザーン商人の船に大枚叩いて乗り込み、この地に逃げ込むしかなかったのだ。


「それじゃ、まずはお仕事探しだね!私お仕事って初めてだから
 ちょっと心配だけどカーセに迷惑掛けないように一生懸命頑張るね」

『お嬢様・・、大丈夫!大丈夫ですわ!このカーセに全てお任せ下さい!
 天地がひっくり返ろうと何が起ころうとも、私はお嬢様のためにお仕えします!』

「あ・・、うん。ありがとうカーセ。頼りにしてるし、これからもよろしくね」


鼻血を垂らしながら興奮して自分を抱きしめる侍女に若干引きながらも、
サビーネ・リッテンハイムは温かい気持ちで心が満たされて行くのを感じていた。
自分のことをギュッと抱きしめてくれる少女が、自分の両親以上に無償の愛を注いでくれている事が痛いほど分かったのだ。
もっとも、嬉しさの余り『お姉ちゃん、ありがと』と言ってしまったのは迂闊であった。


この日、フェザーン市街では天気予報には無い血の雨が降ることになる。




■希望の船出■


宇宙暦797年4月16日、全ての準備を整えたヤン艦隊及びブジン艦隊は
イゼルローン要塞から首都ハイネセンを目指してそれぞれ出撃する。
同様に内乱状態にある帝国軍から侵攻を受ける可能性は低く、
イゼルローン要塞にはキャゼルヌと要塞防衛に必要な最小限の戦力を残すだけであった。


ちなみに、ヤン艦隊の最初の攻略目標は惑星シャンプール、ブジン艦隊は惑星ネプティスを目標としており、
他の叛乱2惑星の攻略作戦は実施しないことが、出撃前の会議で決定されていた。
これは恒星間航宙能力を持つ艦船の保有数が残りの2惑星が殆ど保有しておらず、
後方で撹乱作戦や補給の妨害を行う能力が無いと判断されたためである。
もっとも、ネプティスの場合は激しい市街戦による犠牲で他星系に繰り出すような余裕は無かったのだが、
この事実は救国軍事会議の情報管制が功を奏し、イゼルローン要塞首脳部に届いていなかった。

ただ、この情報が届いていたとしても惑星ネプティスがブジン艦隊の攻略目標から外れることは無かっただろう。
辺境の軍閥化が危惧されるイゼルローンの駐留艦隊は司令官の個人的感情によって
侵攻目標が左右されるほど既に私兵色が濃い集団と化しているのだ。
無論、その目的がアンネリー・フォークというブジン艦隊に欠かすことが出来ない存在の救出にあった事も大きく作用していたが…

■■


えっと、確かこのあとバクダッシュか何かが、ルグランジュの手先としてヤン先輩の所に潜入してきて暗殺を狙うんだったよな。
まぁ、俺のところに来たとしても即効捕まえれば余裕だし、問題無いな。
ドーリア星域で接敵する第2艦隊の戦力は多く見積もっても二万隻弱だ。
ヤン先輩の艦隊と合わせて三万二千隻を超える俺達が負ける確率は少ない。
大丈夫だ。魔術師の力を使って速攻でルグランジュ提督を凹ボッコにしてやってネプティスを解放する。
不良中年の力があれば全然余裕で何にも心配する事なんか無い。全然大丈夫だ。


『ヘイン、少しは落ち着いたらどうだ。指揮官の動揺は兵に移る』
「わっ、分かってるって、ちょっとだけ体を動かそうと思って動いてるだけだ」

『なら良いんだがね』


っち、アッテンボローの奴、ニヤニヤしやがってアンネリー助けたら目の前で思いっきりイチャイチャしてやる。
アンネリーを副官にして今度こそ絶対に自分の手元から離さねぇ。
兄貴のフォークの野郎が何だってんだ。ゴチャゴチャ言う奴はウランフの旦那に言って黙らせてやるさ。


『しかし、副官殿もそろそろ転属先か、転職先を探す必要がありそうですね』
『あぁ、転職なら小官が良いバイト先を紹介できるんで任せて下さい
 ラオ中佐なら直ぐに向こうから正社員登用の申し出があると思いますよ』

「おいおい、勝手にラオ中佐を首にするなよ。中佐には参謀でもして貰うさ」


まぁ、アンネリーが戻ってきたらE・コクドーの言うように
ラオ中佐には悪いけど副官を譲って貰う心算だが、
優秀な士官を手放す訳にはいかないからな、ヴァイトに変な就職先を紹介させないようにしないとな。

『な~に心配する必要は無いぞラオ、ヘインにお前は勿体ないからな
 何なら俺の副官にでもなったらどうだ?出来る奴はいつでも大歓迎だ』

『アッテンボロー中将のですか?そうですね、閣下の副官を解任されたら考えてみます』


そういや原作だとアスターテでヤンの補佐した後はアッテンボローの副官に収まってたんだっけ?
少々過激すぎるコイツの抑え役には打ってつけだし、一考の余地ありか。
まぁ、今は目前のネプティス解放とアンネリーの救出が最優先だ。


「シェーンコップ准将、とりあえず陸戦指揮の方はお任せするんでよろしく」
『任されましょう。反乱に怯える美女は閣下の花だけではありませんからな
 無粋な救国軍事会議の手から、小官が必ずお救いして見せましょう』
 
「あぁ、期待しているよ。勿論、准将だけじゃなく他のみんなにもね」






司令官の期待を込めた言葉と視線に頷いた面々はそれぞれの任務を果たすために自分の仕事に取り掛かる。
嘗て副官としてチームヘインの中心的存在だったアンネリーを救出するために、彼等は持てる力を出し惜しむ気は無い。
例え、同じ自由惑星同盟軍同士で殺しあう事になったとしても、それが己の選択した道なのだから…


首都を目指して進軍を続けるヤン艦隊とブジン艦隊、
彼等を姦策によってでも打破せんとドーリア星系で必勝の信念を持って待ち構える
ルグランジュ提督率いる第2艦隊、同盟同士が相撃つ日が目前まで迫っていた。



 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

       



[3855] 銀凡伝2(悔恨篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:28f2e93d
Date: 2010/04/18 19:30

救国軍事会議との戦闘が現実味を増してくる中、ブジン艦隊に籍を置くお気楽な兵士達は
『同盟軍の戦艦と同盟軍の戦艦が相撃てばどちらが勝つのか?』等と、埒もない話題で時間を潰しながら、
同志討ちという不愉快な現実から目を背けていた。

自分達と戦う事になるルグランジュが率いる艦隊の中には親類や友人といった近しい人がいるかもしれないのだ。
内戦というものが生む悲惨な結果を目前にして、属する陣営を問わず人々は鬱屈とした思いにゆっくりと侵されていく。



■スパイ大失敗!■


ヤン艦隊にハイネセン、正確に言うとハイネセンを発った第2艦隊からの離脱者が訪れたのは、
惑星シャンプールをリンツやブルームハルト等に率いられた薔薇騎士連隊を制圧した直後であった。

この離脱者、情報部所属のバクダッシュ中佐はヤン達に対し、
ルグランジュが艦隊を率いて正面から決戦を挑もうとしているという情報を齎したのだが、
フレデリカ・グリーンヒルの記憶の片隅に、彼と彼女の父親の間に多少の接点があったという事実が残っていたため、
剛力をもって知られるパトリチェフ副参謀長に〆落とされ、眠りの世界の住人となって
頭がフットーしそうになるほど詰らないクソゲーをタンクベッドの中でプレイすることとなる。


■■


「偵察に出した艦から届けられた情報を分析した結果、敵の指揮官ルグランジュ提督は
 正面からの決戦ではなく、艦隊を二つに分けて我々を挟撃しようと目論んでいるようだ」

『そうなると、バクダッシュ中佐の齎した情報はやはり出鱈目だったということですか』
『どうやら私が締め落とした甲斐があったようですな』


偵察艦から伝えられる情報をもとに敵艦隊の動きとそれに対する自艦隊の作戦行動を大まかに纏めたヤンは
艦隊首脳部を直ぐに旗艦艦橋に招集し、作戦の実行面にあたって詰めるべき細部を纏める作業に入ろうとしたのだが、
バクダッシュの投降が偽りだった事を再確認するフィッシャー少将の言に
彼を拘束するのに一役買ったパトリチェフがおどけた様子で茶々を入れたため、参集者の笑い声の中、しばし中断することとなる。
ただ、一見して議題の進行を妨げる彼の発言は、味方同士の本格的な殺し合いを前にして沈みがちな空気を幾許か緩和し、
柔軟で自由な発想と発言が生まれやすい環境を作る一助となっていた。

もっとも、そのまま緩んだ雰囲気のまま緊張感に欠ける軍議にしてしまう訳にも行かない。
ある場所から咳払いが一つ聞こえると皆姿勢を再度正し、司令官の続く作戦に関する説明を待つこととなる。


この一連の様子を艦橋の傍らで立って聞く機会に恵まれたユリアン・ミンツは後にこう述壊する。


ヤンを囲む艦隊首脳部が持つ最大の特徴は、各人が自身の役割を正確に把握しているに留まらず、
その役割を完璧にこなす高い能力とその役割に甘んじる節度を持ち合わせていたという点にある。
誰もがスタンドプレーに走る力を十分に持った名手であったにも関わらず、彼等はそれを善とせず、
ヤン・ウェンリーが望む駒としての役割を果たす事を是とした。
この我を殺し、個の才能を司令官の作戦遂行のために全てを捧げる彼等の献身が
ミラクルと呼ばれるヤン艦隊の強さを支える大きな要因となっていたのは疑いようのない事実である・・・



「まぁ、折角相手が艦隊を二つに分けてくれるのだから、各個撃破を狙いたいと思う
 出来たらブジン艦隊の戦力も使いたい所だったが、ネプティスに向かっている彼等を
 呼び戻す時間が今は惜しい。少し骨は折れるが我々の艦隊だけで敵に当たるとしよう」


ヤンはブジン艦隊との共闘ではなく、自艦隊のみで敵に当たるつもりである事を述べると、
矢継ぎ早に幕僚たちに勝利のために必要な指示を出していく。
敵の迂回部隊には艦隊の後方部隊を率いるフィッシャーを抑えに充て、
ヤン率いる本隊とグエン・バン・ヒューが率いる先鋒部隊がルグランジュ率いる敵本隊を急襲する。
そして、敵本隊を撃破次第、小数を持って敵の迂回部隊の攻勢を防ぐフィッシャーを援護に向かう。
ほぼ原作通りの作戦を立案したヤンに対する反論は無く、会議の列席者達はそれぞれの役割を果たすために席を立つ。


「フィッシャー提督、今回も苦労をかけますが、よろしくお願いします」

今回の作戦で最も困難で負担の大きい役割を与えられた男が部屋を出る間際に、
ヤンは彼のこれからの労を思って労わる言葉を投げ掛けるが、それを受けた男は控えめに微笑み頷くだけで
自らの労を誇ることも、不平を洩らすこともなく静かに自分の指揮する艦隊のもとへと向かう。


司令官が絶大な信頼を置く用兵巧者は今回もその期待に応えることになるだろう。



■■


ヤン艦隊にルグランジュ率いる艦隊への対応を丸投げする気まんまんのヘインは
惑星ネプティスを目指しつつ、敵艦隊と距離を出来るだけ取る事を優先しながら進軍を続けていた。
戦う必要が無いなら無理して事を構えないのがヘインの主義であった。
もっとも、そんな彼の選択を面白く思わない者達もいるにはいたのだが、
そのような過激な声に耳を傾けるヘインでは無かった。


『つまらんつまらん。ポプランの奴じゃないが疾風怒濤の季節が来たというのに
 ただ足早に目的地を目指すだけとは、折角の艦隊が持ち腐れもいい所じゃないか?』

「そう言うなって、ヤン先輩にも偶には華を持たせてやらないと」

『これは麗しい先輩後輩愛ですな。閣下、ネプティス降下作戦の準備は整いました
 降下地点に到着次第、作戦を実行に移します。作戦の実行に当たって何か御指示は・・』
「任せる。好きなようにやってくれ」

『了解。御期待する以上の戦果をお約束しましょう。では、失礼致します』


シェーンコップの言葉を途中で遮ったヘインは降下占領作戦に関して一切の注文をつける気は無かった。
地に足が付いている限り誰よりも頼りがいのある男に、自分が指図する必要の無い事を彼は知っていた。
見惚れるほど完璧なまでの敬礼を見せながら立ち去る准将の姿を司令官は黙って見送る。

ただ、ただ信じて待つだけしか出来ないというのは予想以上に辛いことであった。



『ヘイン、お前の不安は分からんでもないが、そう情けない面をするな
 准将は必ず作戦を成功させるさ。お前は信じて待ってろ。きっと大丈夫だ』

「そうだな。俺が信じないで誰が信じるんだってやつだな」

そんなヘインの暗い様子を見かねた親友は、彼の髪の毛を乱暴に手でクシャクシャにしながら励ます。
艦長や通信士に副官、艦橋に座る他のメンバー達も皆同じ気持ちだった。
誰よりも明るく優しい仲間の無事を心の底から願っていた。



「全艦前進!!目標、惑星ネプティス降下ポイントに到達後、攻略作戦を実行する」






■同盟相撃つ!!■


『艦隊左後方よりエネルギー波高速接近!!』

第2艦隊のオペレーター達の悲鳴交じりの叫び木霊する中、
ルグランジュ提督率いる本隊9500隻の側面は狂ったように主砲斉射を続けながら突撃してくる
グエン少将率いるヤン艦隊先鋒部隊3000隻によって見るも無残に食い破られていく。

本来ならバクダッシュの偽情報とヤンの暗殺によって混乱の極致に達した敵艦隊を挟撃する手筈であったのだが、
その目論見が全て敗れ去った事を逆に側面からの奇襲を受ける事によってルグランジュは嫌でも理解しなければならなかった。


「ちぃっ!!バクダッシュの奴めしくじったか!!うろたえるな!
 暫し持ちこたえれば分艦隊が到着する!そうなればヤン艦隊が挟撃の窮地だ!」


艦隊の先頭集団を前進させつつ、側面の敵艦隊を巻き込み反包囲する艦隊行動を取りながら、
味方の増援を高らかに謡い兵の動揺を抑えようとするルグランジュであったが、
事はそう簡単には行かないことをよく理解していた。完璧に自分達の裏を突いたヤン・ウェンリーが、
易々と自分達の下に増援を到着させる筈がないと読んでいた。

第二艦隊の将兵にとって残念な事にその読みは正鵠を得ていた。



ヤン艦隊の強襲より遡ること二時間、ストークス少将率いる第二艦隊別働隊7500隻は
小惑星帯に艦艇を潜めていたフィッシャー率いる分艦隊4500隻に後方から強襲を受けて大混乱に陥り、
艦隊の秩序を取り戻すのに手一杯で、本隊と連動してヤン艦隊を挟撃するなど土台無理な状態に陥っていた。


「頼むべからぬものを頼んだ結果がこれか…、もう一方の策も
 手を汚しただけで、何の益も生まぬ結果になるやもしれんな」


バクダッシュ失敗と未だ結果の分からぬ策謀に暫し思いを馳せたルグランジュは大きな溜息を吐くと、
思考を半ば強引に切り替え、己の信念に基づく最善を尽くそうと艦隊の指揮を取る。
それが徒労に終わると分かってはいても、負けを認める訳にはいかないのだ・・・



■■


「どうやらルグランジュ提督は艦隊の先頭部隊を急速前進させつつ廻り込み
 突進する我々を反包囲する心算らしい。中々楽をさせてはくれなさそうだ」

『閣下、どうなさいます?一旦、攻勢を緩めて陣形を再編なさいますか?』

副官のフレデリカの言葉に対して、ベレー帽を弄くりながら少し思案したヤンは頭を振って、新たな指示を艦隊に与える。
その顔には迷いや躊躇いは既に無く、最も敵を効率的に屠る方法を選択して行く。


「グエンに打電!更に攻勢を強めて敵側面を突き破らせる。敵が隊列を伸ばすというなら
 そこを食い破ろう。前後に分断したのち、敵後方部隊を包囲殲滅する。マリノに回線を!」


敢えて敵の策に乗ったフリをして戦略レベルで二分した敵を
更に戦術レベルで二分して各個撃破の餌食にしてみせる。魔術師の真骨頂を魅せる見事な采配であろう。
戦況を読む目にも淀みは無い。猪突の気がある先鋒を務めるグエンの手綱を
今さら引き締めてコントロールしようとしても、悪戯に時ばかり費やし、却って敵の混乱を回復させることに繋がると読んだヤンは、
その突破力という長所を生かして敵陣を切り裂かせ、第二の各個撃破策を取ったのだ。
相手の動き、自軍の将の特性を完璧に近いまで洞察しうるヤン・ウェンリーにしか成し得ない見事な対応!!


分断させて混乱に陥らせた敵部隊の片方をマリノ大佐指揮する2,000隻の分艦隊で
抑えさせようと続けて指示を出した司令官の横に立つ副官の女性の瞳は
尊敬と思慕の念でキラキラと眩いばかりに輝いていた。






『意外と粘りますな。ルグランジュ提督も最早勝算が無い事は分かっているでしょうに』

『分かってはいても引けぬのであろう。信念というものは時として人の判断力を鈍らせる』


徒労に近い激しい抵抗を執拗に続けて殺されていく第二艦隊の姿をモニターで眺めながら
ため息交じりに言葉を吐き出すパトリチェフに淡々と答えを返すムライ。
確約された勝利を素直に喜ぶ気になれないヤンを含めた艦隊首脳たちは一刻も早い戦いの終結を願っていた。
ルグランジュ提督が一定水準以上の指揮能力を持っていた事と救国の意志に燃える敵艦隊の士気が高いことが災いし、
戦況の変化も無いまま犠牲者の数だけが際限なく増え続けていたのだ。

それから数時間後、第二艦隊がルグランジュ提督の堂々たる自決によって降伏した際、
残された戦闘可能な艦艇は数百隻足らずまで落ち込んでいた。


ただ、勝利したヤン艦隊も無傷という訳には行かず、軽微とはいえ損害を被っていた。
そのため、損傷の激しい艦艇と戦傷者の後方への移送等々…
戦闘終結と同時にやらなければいけない仕事が待った無しに山積みにされて行く。立ち止まる余裕などヤンには無い。
だが、味方同士だった筈の者達による凄惨な殺戮の光景は彼の心を重しのように縛り、
その表情を暗いものへと変えさせ、思考の深い海へと誘い込む。
その沈鬱とした姿は敵を倒す作戦を思いついてユリアンと共に小躍りしていた人物とはとても思えない変貌ぶりである。
自らの思考の中で生まれる芸術的な戦術に胸を湧き躍らせながらも、
その実現によって生まれる凄惨な結果に苦悩し、それを生みだした己を嫌悪する。
多くの史家達が評するようにヤン・ウェンリーという個性は矛盾の塊であった。


『ヤン司令官!まだ敵は半分残っています。私達が時を費やした分
 フィッシャー提督に負担がかかっているでしょう。御指示を願います』

勝ったにも拘らず憮然とした表情をしながら自己嫌悪に傾きがちな思案に更けるヤンを現実世界へ引き戻したのは、
彼を補佐するために横に並び立つ凛とした表情をした副官だった。
彼女の言葉に二度ほど瞬きをしながら、その正しさを認めたヤンは艦隊を急いで再編し、
寡兵を持って敵の大軍を抑え、自分達の増援をじっと耐えて待つ男の下へ急がんと必要な指示を部下達に与えていく。
ヤンの持つ危うさと揺らぎに惹かれた人々は今日も彼のために様々な手を差し伸べていく。



■狂気の世界へようこそ■


引いては返し、返しては進むといった絶妙な艦隊運用で第2艦隊別働隊を散々に翻弄しながら、
ヤン率いる本隊の到着を待ち続けたフィッシャー提督とその援護のために急行したヤン艦隊の本隊が
第2艦隊別働隊を挟撃し、宇宙の藻屑と変えた頃、
ヘインに率いられた艦隊はネプティスに到着し、圧倒的な戦力を持って降下作戦を実行に移していた。
惑星ネプティスに籠もる救国軍事会議の兵達も高い戦意と決意を胸に激しく抵抗したのだが、
唯一の実行部隊でもある第2艦隊を失い航空・航宙戦力の援護の無い状況では、
シェーンコップ率いる陸戦部隊を抑えることなど不可能で、作戦実行から僅か三日で惑星の支配者は交代することとなる。


そして、キスマークを至る所に付けた最大の功労者は、司令官が望む最大の戦果を彼の下に届けて見せる。



■■


「なんつぅー格好だ?体中キスマークって・・准将らしいと言えばらしいけど」

『これは失礼。まぁ、これくらいの役得が無いと超過勤務など出来ませんからね』


不敵な准将の言葉とビックリな格好にげんなりとした顔を見せるヘインと、
ハンカチを噛み締めながら半泣きで睨みつける魔法学校生の二人の様子を
特に意に介することもなくシェーンコップは淡々と降下作戦の結果を報告していく。
三日間殆ど休みなしで最前線の指揮官として戦ったにも拘らず、疲れた様子を彼は微塵も感じさせ無かった。
疲れなど吹き飛ばしてしまうような戦果を彼は得ていたのだから…


『そうそう、肝心な事を報告し忘れていました。囚われの姫君はちゃんと救出して
 お連れしていますよ。閣下の私室の方にお通ししてあり・・、やれやれ、元気な事で』

シェーンコップの報告が終わるのを待つまでも無く、ヘインは艦橋を飛び出して自室へと駆け出していた。

安否を気に欠けていた大切な人がすぐ近くにいると聞いて冷静にいられるほどヘインは落ち着きのある男ではない。
転びそうになりながら、慌てて駆け出していく親しみやすい司令官を見送る艦橋の面々もみな穏やかな顔をしていた。
彼等も大切な仲間の『無事』を心より喜んでいた。何も知らずに…



■■


ほんの僅かな時間、艦橋から最短ルートを駆け抜けて自室の扉を開け放ったヘインは、
誰よりも逢いたかった人に対する言葉をうまく発することが出来なかった。
肝心な所で原作知識を役立てる事が出来なかった自身の不甲斐無さ、
それ故に、大切な人を窮地に至らしめたことへの罪悪感と不安、積もり積もった感情が彼の言葉の滑りをいつも以上に鈍くする。



「…っと、その・・、アンネリー?」

『ふふ、お久しぶりですね大将♪とっても逢いたかったかな・・?』


最後に会った時より少しだけ髪の長くなった後ろ姿の女性は
ヘインの呼び掛けに応えるようにクルリと振りかえって悪戯っぽい笑顔を見せる。
二度と手放さないと固く誓った恋人がそこに立っていた。


『きゃっ、大将ちょっと会えたのは嬉しいですけど、そんないきなり抱きつかれたら!』
「アンネリー良かった。ほんと良かったぁ~」

『大丈夫です。大丈夫ですから大将。貴方のアンネリーはどこにも行きません
 それに、これから私達はず~っとず~っと一緒です。絶対に離してあげませんから』
「アンネリー・・?ちょっと、苦しいかな…?」

『あっ、ごめんなさい。大将に久しぶりに会えて嬉しくって、嬉しくてしょうがなくて
 ちょっと我を忘れちゃいました。フフっ、お茶沸かします。座って待っていて下さいね』



感情の赴くままに恋人を抱きしめるヘインは
彼女の言葉に素直に従って椅子に座って待つのだが、湧き上がる違和感を抑える事が出来なかった。
何かが違う。会いたくて仕方が無かったアンネリー、この手に抱きしめられた瞬間の喜びは他にはなかった。
なのに、誰よりも大切に想っている女性の笑顔なのに、手の震えと背中を伝う汗を止めることがヘインには出来なかったのだ。
静かな部屋の中で聞こえる音は沸き立ち始めたお湯の蒸気の音とそれを眺める女性の楽しそうな鼻唄・・・


コットンコットンと聞こえる音と歌が大きくなる度にヘインの胸騒ぎは大きくなっていく。
さして優れた能力を持ち合わせていない男だったが、死線に遭遇する数の多さだけは人に負けない。
そんな彼の第六感というべき感性がけたたましい警鐘を激しく鳴り響かせる。
この部屋に二人でいるのは拙いと、アンネリーの様子が何かおかしいと訴えてくる。
一緒に多くの時間を過ごしてきた自分だからこそ、理由は説明できなくてもその異常さに気がついたのだと、
彼は思った、直ぐにこの部屋を出るべきだ。何かがおかしいと・・・


『大将?お茶煎れますから座ってて下さい。そうそう、もうその扉開きませんから
 セキュリティを大将が来る前に弄っちゃいました。てへ♪恋人同士二人っきりですよ』

「てへって・・アンネリー、お前に何があったんだ・・?」

『何があった?何があったですかって!?ふふっ貴方がっそれを私に聞くっていうの?
 人間っ男も女も結構簡単に壊れるんですね。私のせいで獣になった下種な雄は
 皆殺しになったし、かわいい後輩や同僚はみ~んな首に輪っかを付けて宙ぶらり~ん♪』

「分かった。落ち着こう。アンネリー、話をしよう。それが良い
 手に持ったソレを置こう。そんな物騒な物を持つのは・・ひぃっ」


ティーポットを持っていない方のアンネリーの手に持たれていたブラスターからレーザの一条の光が放たれる。
腰を抜かして後ずさりするヘインは、自分に向けられた無感情な笑顔によって恐怖心と危機感をより一層煽られ、立ちあがる事が出来ない。
情けなくも尻もちをついたまま彼女がフォークの妹である事とヤンの最後が誰にもたらされたかという事を唐突に思い出しながら、
壁に退路を阻まれながら怯えた視線を愛する人に向ける事しかできない。


『大将、駄目ですよ。今は私がお話してるんですから!恋人のお話はちゃんと
聞いて下さい。ほんと男の人って自分勝ってで鈍くてどうしようもないです
女の子の大丈夫って言葉は大丈夫じゃ無いって意味だって知ってましたか?』

『わたしが汚されるたびに助けてって、何回も大将のこと
 貴方のこと何度も呼んでたのに助けに来てくれなかった!』

床に叩きつけられた陶器のティーポットが割れて床に飛び散り、蒸気が部屋に浮き上がる。
混乱したままグチャグチャの泣き顔を見せるアンネリーにかける言葉をヘインは見つける事が出来ない。

精神の均衡を著しく乱した恋人をぶつけることで、
ヤンと並ぶ敵の一翼でもあるヘインを撹乱するという救国軍事会議の姦計はこれだけでも十分に功を奏したと言えよう。
傷心の女性に薬物を利用した洗脳を行なうという非道な手法を用いてでも
救国を為そうとした彼等の信念は現在進行形で憎き敵将の心を大きく揺るがせているのだから…


『ねぇ、大将?私と一緒に死んでくれますよね?私のこと愛してるんでしょ♪』


満面の笑みでブラスターの銃口を自分に向ける恋人は素敵に狂気染みていた。




■開け放つもの■



「アンネリーが救国軍事会議の手で洗脳されてヘインを暗殺しようとしているだって?
 そんな馬鹿げた話は捻くれたドラマの脚本家だって敬遠するぞ!あってたまるかっ!」


『アッテンボロー中将、敵の手の可能性に気付かずにむざむざと懐まで彼女を招き入れた
 俺が言えた義理ではないかもしれんが、今は二人の下に一刻も早く向かうのが先決だ!』

「そうだな。准将の言うとおりだ。ヴァイトとE・コクドーは俺について来い!」


救国軍事会議を離脱して潜伏していた士官イスン・セブノーシ少尉から、
正規軍の捕虜に対して非道な洗脳が行われた可能性があると艦橋に知らされたのは、
ヘインが喜び勇んで自室に駆け出して暫く経った後のことだった。

転向してヘイン・フォン・ブジン大将を味方に引き入れるよう説得されていたアンネリー・フォーク中佐にそれを拒否された
ネプティスの救国軍事会議の首脳陣は彼女に洗脳処理を施し、ヘインを暗殺するための道具に供することを決断した可能性が高いと。

その俄かには信じ難い内容を少尉から告げられた艦橋のメンバーは、
驚愕と共に憤怒の感情を爆発させることになったが、直ぐに司令官が危急の事態に置かれた可能性があると判じたシェーンコップと、
彼に促されたアッテンボローは最悪の事態を避けるために二人の下へと急いだ。

良識派で知られたグリーンヒル大将に率いられ盲目的な正義を振りかざす救国軍事会議が
そうまでするとは思えなかったが、
過去の非道な多くの事例を知る人々はそれを一笑に付すことが出来なかったのだ。


■■


『相変わらず世話の焼ける二人ですね。バイト代弾んでもらいますよ』
『まったく、人形の手入れをする暇も与えてくれないなんて
 お騒がせカップルのお守はこれっきりにして貰いたいですね』

「文句ならヘインに言ってくれ。好き好んでアイツの世話を焼いている訳じゃないぞ!」

『やれやれ、仲の良い上官と部下ですな』

『「どこがだっ!!」』


ぶーぶー文句を言いながら走る二人に声を荒げるアッテンボローと
その掛け合いを溜息交じりに見つめながら息一つ切らさず平然とした顔で疾走する不良中年、
いつもと変わらぬ軽口を叩き合うのは彼等の神経が図太いからなのか、
そんな彼らでも今の逼迫した状況下では冗談の一つでも言わなければ平静な振りが出来ないのかは判別がむずかしい。
そんな、いつも以上に無駄口を叩いている彼等だったが、目的地であるヘインの私室には称賛すべき速さで到達していた。
この事実から彼等の身体能力が総じて高い水準にあると同時に、事態が非常に逼迫した物であると認識していたことが窺える。



『弄られていたセキュリティの初期化が完了しました!』
『恋人達の逢瀬を邪魔するような無粋な真似はしたくないが、致し方あるまい』

「それじゃ、開けるぞ。ヴァイト援護は任せる。急いて仕損じるなよ」

『大丈夫ですよ。突然契約の打ち切りを何度も宣言された経験を持つ俺が
 精神的な動揺で援護ミスをすることはないと思って頂いて構いません!』


ヴァイトの力強い返答に満足そうに頷いたアッテンボローは二人が居るだろう私室の扉を細心の注意を持って開け放つ。


そこで彼等が見たモノは、誰も想像できない予想外な光景であった。





■幸せな眠り■



『はい♪大将、あーんして下さい!このクッキーおいしいですよ』
「おっ、ホントだな。それじゃ、あーんって…、どうした四人とも揃って息切らして??」



最悪の事態を想定して部屋に突入した四人と、それに遅れてヘインの下に参集した陸戦隊は、
目の前で繰り広げられる馬鹿ップル全開な二人の姿を目にして、盛大な溜息とともに回れ右することになる。

ヘインの私室では彼等が想像していた修羅場が繰り広げられた痕跡は見受けられず、
せいぜい床がお茶でも零したのか少し湿っているだけであった。

目の前の二人は幸せな恋人同士以外に見えず、アンネリーが洗脳処理を受けたという情報も
この事実を前にしては、眉唾ものであると判断せざるを得なかった。


彼等は二人の様子に安心して部屋を後にしたのだが、その行動を深い悔恨を持って思い返すことになる。
二人が平穏な状態に戻ったのは、彼等が訪れるほんの少し前だったと知っていたら、
別の対応を取る事が出来ていたのだろうから…





■真夜中のブランコ■


「落ち着けアンネリー!取りあえず落ち着こう!なっ!なっ!」

『何よ!落ち着け何て言われて落ち着けるわけないじゃない!
 私のせいで、みんな酷い目にあって・・もう、どうしようもないんだから!」


アッテンボロー達の来訪を受ける前の部屋は大荒れであった。
興奮して支離滅裂な発言を繰り返す恋人に慌てふためくヘイン。
傍から見れば滑稽極まりなく、彼女の手にブラスターさえ握られていなければ喜劇で通る話だった。
だが、彼女の持つブラスターからは一条の光が既に放たれてクッションを少し焦がし、事態は逼迫していた。


そんな激しく感情を爆発させる恋人が受けた傷を癒す術を知らない男は己の過失を激しく後悔すると、
それを償うため、真っ直ぐに銃口を自分へと向ける恋人に歩み寄る。



『来ないで!大将、本気で撃ちますよ!』
「アンネリー、迎えに来るの遅れてごめん」

『来るなって言ってるでしょっ!!殺すわよ!!』
「大丈夫じゃないのは自分だけだと思ってて、ほんと悪かった」


今まで見たことも無い苦しそうな顔で叫ぶ彼女の警告を聞く気はヘインには無かった。
許しを求めて泣いている彼女を抱きしめてやるのが、自分の役目だと彼にしては珍しく明敏に察していた。


「前に会った時には言わせても貰えなかったけど、今言うよ
 俺と一緒になってくれ。俺が幸せにしてやるよ。だから泣くな」

『だめ・・、私はだめ、だって私のせいで皆が・・、それに私は・・・』


両手で頭を抱えながら狼狽するアンネリーにヘインは畳み掛ける様に言葉を紡いでいく。
誰よりも大切な人をこんな所で失いたくは無かった。
普段なら赤面して言えないような言葉もどこかの元首のようにスラスラと述べる事が出来た。


「そんなの関係ない。俺はアンネリーが好きだ。結婚しよう!一生幸せにしてやる!!」


彼女を抱きしめたのが先か、その手からブラスターが落ちるのが先かヘインには分からなかった。
だだ、泣きじゃくりながら自分の胸の中で何度も頷く彼女を一生守る決意で頭が一杯になっていた。






化粧を直しに向かったアンネリーが戻るまでに焦げたクッションと割れたティーポッドを片付け、床を拭き終えたヘインは
普段通りの笑顔で戻ってきた彼女と一緒に仲良く寄り添いながらお茶の準備を再びする。
それが終わると二人はピッタリと体を密着させながらソファーに座り、ティータイムを満喫する。
アッテンボロー達四人が飛び込んできたのは丁度そんな時だったのだ。

呆れ顔で退室する四人と陸戦隊の面々を見送った二人は、他愛のない会話を夜更けまで続け、
そのまま二人で寝るには少し狭いベッドで寄り添いながら幸せな眠りに落ちる。
ただ、残念なことにその目覚めは幸せな物にはならなかった。




真夜中、寝室へと流れ込む何かが軋む音に誘われるまま客間に続く扉を開けた男は、
ゆらりゆらりと揺れる変わり果てたモノを茫然と見上げることになる・・・





 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(帝王篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2a7d54f5
Date: 2010/05/01 20:16

戦乱が過去の記憶となり始めた時代、ひとりの凡人が生きている。
かつては幾多の戦いを勝利で飾った軍人で、それを実見した証人達はその功績を喧伝するような真似をする必要もない程の名声を得ていた。
ただ、当人は誇らしげに武勲を語ることは無い。かわいい気立てのよい妻と大切な娘に囲まれ、
幸せな日々を享受する男にとって過去の栄光などどうでも良いものだった。


やがて月日は過ぎ、大事な娘は美しく成長し、結婚して家を離れて行く。
そのときの男の寂しさを癒してくれたのは、いつもかわらず横でやさしく微笑んでくれる妻だった。

時折訪れる孫達の騒がしい声を聞きながら、彼等二人は仲良く寄り添いながら年を重ねていく。

そんな日々を続けていたある日、二人の家の庭でボール遊びをしていた孫娘はサンルームの入口から中へボールを放り込んでしまう。
ボールは老夫婦の足元を転々とするのだが、彼女は二人に声をかける事も無くボールに駆け寄る。
二人に拾ってくれと声を掛けても徒労に終わることを彼女は知っていたのだ。
幾つになっても仲の良い老夫婦が二人の世界に入ってしまったら、誰も邪魔できないことを…






そんな仲の良すぎる二人の関係も、今となっては信じられないが一度壊れかけた事があると言う。
若き日のヘインが『ある事件』が原因で傷ついた恋人を危うく殺してしまいそうになったらしい。



「アンネリー!はやまるなっ!!」
『げぇっ、ちょっ大将!!足!足引っ張らないで!ホントに締まって死ぬから!!』


笑ってしまう話だが、天井に吊下がる恋人を見て動転した男は一刻も早く下に降ろして助けようと、
思いっきり彼女を下に引っ張ってしまったのである。首に縄がかかっている状態にも係わらず!
彼女が咄嗟に首に浅く掛った縄を両腕で掴んでジタバタと抵抗しなければ、今頃は間違いなく墓の下であったろう。


こんな今は遠い昔となった危機も笑い話で、それ以後、誰よりも固い絆で結ばれた二人は目出度く結婚し、
どんな困難も二人で共に乗り越え、幸せな家庭を築いていくことになる。




そう、そんな幸せな日々こそ自分とアンネリーには相応しいと、ヘインも彼等を知る人々も思っていた。
二人には悲劇より喜劇こそが相応しいと彼等は確信していたのだ。それが過信に過ぎなかったとも知らずに…


現実は物語よりずっと残酷なのだ。彼等はそれを忘れていた…




■史家の論は羽毛より軽い■


ヘイン・フォン・ブジンという輝かしい武勲とそれに伴う称賛に彩られた男は、
救国軍事会議の蜂起から鎮圧にかけての行動を、後世の史家からしばしば批判されることになる。



失われた物語の女主人公を偏執的に研究し、後に投げ出した中途半端な歴史学者は当時のヘイン・フォン・ブジンをこう批判する。




『ヘイン・フォン・ブジンは同盟でおきた未曾有の内乱において、何一つ課せられた職責を
 
 果たすこともなく事態の終息を失意の内に迎えた。彼は軍高官として内乱の発生を
 
 未然に防ぐ責務を果たすどころか、事が起きた後の対応にも何ら積極的な関与をせず
 
 ただ、ヤン・ウェンリーの後塵を拝すだけであった。その姿は英雄と呼ぶには余りにも
 
 情けなく、唯の凡夫以外の何物でもなかった。どのような英雄でも誤謬を犯すことは
 
 あるだろう。だが、国家の奇禍に無聊をかこつなど、軍人にあるまじき行為ではないか?』




彼はネプティス解放後、著しい錯乱状態に陥った後に廃人のように呆け、
『アッテンボローに・・全権を与える。必ずや・・救国軍事会議を打ち倒すのだ…』と繰言をするだけのヘインを舌鋒鋭く批判し、
この一点を持って、ヘイン・フォン・ブジンは同時代の英雄と称されるラインハルト・ローエングラムとヤン・ウェンリーに劣ると断じている。


無論、些か視野搾取に陥った彼の批判に対する異論を唱える史家も少なくは無い。
彼の娘にして高名な歴史学者はこの時期のブジン大将の行動を擁護する内容で筆を執っている。




『ヘイン・フォン・ブジンが内乱を未然に防げなかった事に対する批判は、過剰な批判であり
 
 英雄を神格化したがる愚者の弁に過ぎない。この当時の彼は確かに軍高官としての
 
 地位にあり、相応の責務を負っていたが、その担う責は辺境の要塞司令官として
 
 帝国の侵攻に対する事が主であって、首都における軍内の策謀を防ぐことではない
 
 内乱発生の責は、国防委員長、統合作戦本部長などの軍政・軍令を握る人物ではないか?』




彼女はしばしば鋭すぎる先読みで多くの武勲と人々の畏怖を集めたヘイン・フォン・ブジンが、
全能の預言者のように勘違いし、不測の事態全てを未然に防ぐべき責務があるかのように論じる人々の滑稽さを痛烈に批判した。
無論、その批判の対象からは愛する父親を恣意的に抜いてからではあるが…




『内乱の鎮定に当って、彼はヤンの後塵を拝し、部下に職責を丸投げしたとの
 
 批判もあるが、そもそも、イゼルローンに駐留する艦隊戦力運用の最高責任者は
 
 ヤンであって、ブジンではない。後塵を拝したといって、それを批判するのは少々
 
 過剰に思える。部下への丸投げと言うのも、専門性に優れた幕僚に全権を与え
 
 その能力を如何なく発揮させて、勝利に結びつけてきたブジン艦隊のこれまでの
 
 特色と何ら変わることは無く、傷心の中にあって変らぬ最善の姿勢を保った彼を
 
 称すべきでは無いか?事実、この後の歴史においてどこかの愚かな総理のように
 
 ぶれる事無く、優秀な部下の能力を最大限に発揮させつつ、艦隊を見事に掌握し続けた』



また、ルグランジュ提督率いる第2艦隊の撃破から首都を守護するアルテミスの首飾り攻略作戦において、
ヤン・ウェンリーと彼の艦隊が主となって動き、活躍したことに比して、
並び立つ英雄として称えられていたヘイン・フォン・ブジンの貢献が過小であり、積極性も欠くという批判に対しては、
ヤンとブジンに与えられた全く異なる職責とそれぞれの艦隊掌握術の違いに留意すべきではないかと疑問を呈した。


ヤンが自分の戦術面での構想を実現するために専門家に運用に対する全権を与えたのに対し、
ブジンは戦術面での成功を実現するために優秀な専門家を集め全権を与えたと彼女は解し、
その違いに優劣を付ける事の無益さを英雄に完璧を求め過ぎる人々に説いたのだった。






奇しくも歴史に名を残すこととなった人物達はその生前死後を問わず、多くの人々に論評される立場に立つ。
だが、その時代の当事者でもある彼等の喜び悲しみ、想いが正しく語られることは無い。

ヘイン・フォン・ブジンが今後、どのような人生を歩もうとも、その想いの軌跡を正しく描く事が出来る者は誰もいないだろう。
誰も彼にはなれないし、彼の苦しみも喜びも肩代わりすることはできないのだから…




■当たり前の事…■


余りにも変り果てた恋人の姿を前にして、激しく取り乱しながら軍医を呼んだ男に与えられた結果は、
大切な人が二度と動かなくなったという受け入れ難い事実だけだった。
軍医に対して執拗に蘇生措置を続けるように半ば脅迫染みた懇願を続けるヘインを止めたアッテンボローと、
押し倒された軍医を助け起こしたシェーンコップには、いつもの不敵さやふてぶてしさは見受けられず、
彼等にしては珍しい強張った表情を終始顔に張り付かせていた。
艦隊戦や陸戦で華々しい戦果を生みだす優れた軍人としての力量も、この悲惨な光景の前では全くの無力だったようだ。


彼ら以外の周りの者達も、死人のように動かなくなった司令官に掛ける言葉を持たなかった。


皆に喜びと安堵を齎したアンネリーの帰還は、今度は深い絶望と悲嘆を与えることになった。



■■



『司令官閣下のご様子は…?』
「相変わらずだ。部屋に籠もってじっと座っている」



問いかける方の声も、返す方の声も深刻な響きを帯びていた。
アンネリーの死から三日後、旗艦内の会議室の一室にブジン艦隊の幹部達は集まっていた。
普段は部下の裁量を最大限認める司令官の方針もあってか、
長々とした会議が行われる事が稀であったが、今回ばかりは長い討議の場として会議室はその役目を存分に果たそうとしていた。



『小官が副官として司令官閣下を支えるべき役目にあると分かってはいるのですが
 どうするべきなのか、何をすればいいのか、その答えを一向に見つける事ができません』

「弱音を吐くなラオ、今俺達がするべき事は弱音を吐くことじゃない」


つい弱音を吐いたラオを艦隊ナンバー2のアッテンボローが窘める。
今すべきことは、落ち込むヘインをどうするか、劣勢に立たされているとは言え
未だ首都で徹底抗戦を謳う救国軍事会議にどう当たるかを決定することである。
ヤン艦隊の戦力のみでも十分に内乱を鎮定できるとしても、自分達が傷心を理由に立ち止まっていい理由には為らない。
無論、その正論をケースに収容され低温保存されたアンネリーの遺体の横で睡眠も食事も取らずに座り続けるヘインに
得意げにぶつける様な無粋な人間はこの場に誰ひとり居なかった。


『司令官閣下が、中将に全権を与えると言われている以上
 小官としては、それに従って自分の職責を果たす所存です』

キーゼッツ少将の言葉に会議室に集まった面々は皆頷く。
ヘインの大まかな指示を受けて、艦隊の采配をほぼ全て取り仕切っていたアッテンボローに従うことに異論は無い。


『まぁ、指揮系統での混乱や問題は無いとは小官も思っていましたが
 大将の方にはどう立ち直って貰うか、これは結構ヘビーな問題かと?』

『正直なところ、小官自身も中佐の死のショックから未だ立ち直ったとは言えません
 それを思うと、閣下の心痛は察するに余ります。時間を掛けて見守るしかないのでは?』


ヴァイトの発言に彼と同じように、アンネリーと長い間ヘインの部下として過ごしたE・コクドーは、
最も深く傷ついている司令官に早急な回復を望むような流れに疑問を呈す。
彼自身その発言と表情から分かるように心的ストレスが小さくない事は明白だった。


『たしかに時は肉体だけでなく、精神を癒す薬になるだろう。だが、成行きに任せて
 立ち直らなかったらどうする?それに、問題なのは時が癒すのは何時なのか?だ
 一週間後か?それとも一年後、いや、10年後かもしれない。時に委ねるという事は
 気を付けないと、問題を先送りにするのと同義になる。少々、酷かもしれんが、
待つなら待つで、いつまで待つのか、明確な区切りを設けるべきだと俺は思うが?』


ある意味厳しいが、現実を見据えたシェーンコップ准将の言葉に皆押し黙る。
ヘインがただの一士官であれば、長期療養者として回復するまで予備役待遇でも良かったかもしれない。
だが、現実は違う。ヘインは大将にしてイゼルローン要塞司令官という高位にあり、
やがて、内乱を制して侵攻してくるだろうラインハルトや彼に率いられる帝国の名将達に対抗できる数少ない人物の一人。
一週間や二週間程度なら構わないが、年単位でふぬけて貰っては、
先の帝国領侵攻と今回のクーデター騒動で著しく国力を落とした自由惑星同盟の存続に
大きな弊害を齎すことは少し考えれば誰でも分かる事であった。


もっとも、現状を正確に把握することと、打開策が思いつくことは全くの別次元の問題である。
時間を区切ったところで、それまでに傷心の司令官を立ち直らせる術をシェーンコップは持たず、
安物のインスタントコーヒーの品の悪い苦みに眉を顰めながら再び黙した。



■■


「ヘインが立ち直らないというなら、それで良い。無理して立たせる必要はない」
『アッテンボロー中将!!』

「落ち着けラオ、人の話は最後まで聞け」


あんまりと言えばあんまりな発言で唐突に沈黙を破った司令官の友人に対し、
ヘインの副官は立ち上がって責める様な発言をしようとしたが、
有無を言わさぬ迫力を持ったアッテンボローに制され、大人しく席に座る。
円卓に座る他の面々も彼の物言いに不満を感じていたが、真っ先に声を上げたラオが矛を収めたので、それに皆習った。
その様子を眺めながら、独り立った姿勢のアッテンボローは突き刺さるような幾つもの視線に怯むことなく、発言を再会する。



「司令官が、ヘインが同盟にとって、我々にとって非常に重要で必要な存在だとは
 俺も分かっているし、立ち直らせる方法があるなら諸手を上げて協力もするさ
 だが、同時にどうしても立ち上がれない傷もあるのではいなかと俺は思っている
 あいつはどんな困難を前にしても立ち上がって活躍するドラマの主人公じゃない
 大き過ぎる傷を負って二度と立てなくなるかもしれない人間だ。俺はそれでも…
 それでも良いと思っている。立っていようと座っていようと友人である事に変りは無い」



アッテンボローは一旦言葉を区切り、会議の列席者一同を見渡す。
自分の言葉に意見や異論があれば、民主主義に欠かせない自由な発言を認めようと思ったのだが、
一座の中から発言をする者が居ない事を確認すると続けて言葉を紡いで行く。
もっとも、独り傍観者を気取る男を視界に止めてしまったせいで、
柄にもなく青臭い事をしていると思い至り、表情を若干顰めながらではあるが。



「あいつが座っている間に俺達は自分の仕事をしよう。いつも通りにだ」
 

『まぁ、貸しを作って置くのも悪くないですね
 次のバイト先でも口を利いて貰うとしますよ』
『こう言う所で存在感を出して置かないと、試合中にいつの間にか消えた
 どこかのバスケ部の一年生空気部員みたいな扱いを受けそうですからね』

いつになく力強い言葉で語るアッテンボローに同調するようにヴァイトとE・コクドーは
副司令官と同じく照れ隠し交じりに協力を誓う言葉を述べる。

一方、それとは対照的にキーゼッツとラオの二人は静かに頷き、静かに同意を示す。


『おやおや、麗しき友情に良き上下関係ですか?面白い物を
 見物させて貰った返礼に小官も微力を尽くすとしましょう』


ブジン艦隊の面々のその様子に笑いを噛み殺しながらシェーンコップも、
不機嫌な顔で自分を睨みつける青年提督をからかいながら、協力を約す。



衆議は決し、各々はそれぞれの責を果たすため、会議室を後にする。






戦友の死を乗り越え、傷つき立てない戦友が居れば代わりに戦い敵を殺す。
戦場ではそれほど珍しい光景ではないかもしれない。
だが、それが当たり前になってしまっているのは悲しいことだ。


命のやり取りに慣れ過ぎたヤン艦隊及びブジン艦隊は、唯一の艦隊戦力を失った
首都に籠もるクーデター派の息の根を止めるために、ハイネセンへと艦首を向ける。




■スタジアムの帝王■


唯一の艦隊戦力でもある第二艦隊を失った救国軍事会議の劣勢は瞬く間に同盟中に知れ渡ることになり、
つい先日までは軍事革命勢力に同調するような立場にあった人々の旗向きを全く別の方向に変えさせることになる。

また、元統合作戦本部長のシドニー・シトレ退役元帥がヤン・ウェンリーとヘイン・フォン・ブジンを
支持するという声明を出した事もその傾向に拍車を掛ける結果となった。
軍の内外からも高い声望を得ていたシトレの言葉は、頭の固い守旧派や時勢に聡い者達の行動を定めるほどの強い影響力を持っていた。


急速に孤立を深める救国軍事会議首脳部は、重苦しい顔で結論の出ない会議を延々と続けることになる。


■■


『うふ、うふうふふふ、うふわははははっ!!』


『アイツ、大丈夫なのか?サイオキシンコンソメスープの投与量を
 明らかに間違ってるだろ?前はまだ良く分からない正義を謳っていたが・・』
『しっ、目を合わせるな。あの目に射竦められて動けなくなった奴が何人か
 切り殺されているらしい。人格が何回変ったか分からんが、やばくなる一方だ』


かつてエリートだった男は妹を遥かに超える洗脳強化処理を施され、狂人と化していた。
彼の頭にあるのは自分の敵であるヘインとヤンを殺すことだけだった。


「何をしている?もう会議が始まる時間だ。こんな所で油を打っている暇は無いぞ」

『もっ申し分ありませんエベンス大佐!』


物珍しそうに壊れかけの道具を見て会議に遅れそうになった将校を窘めたエベンスは、
不毛な議論を再開するために会議室へと踵を返す。
その際に一瞥したアンドリュー・フォーク准将を見て彼は思わずにはいられなかった。
既に正気を失った彼と絶望的な状況にありながら理性を失う事が出来ない自分達のどちらが不幸なのか?と、
例えローエングラム侯の立てた策謀で踊ることになろうとも、
今立たねば同盟に未来は無いと決起した自分達は決意した筈だった。

その結果が、侯を利する事だけに終わろうとしている。狂人の薄気味悪い笑い声と共に
自身の強固な信念に罅が入る音を大佐は聞いた気がした。



■■



『ハイネセン記念スタジアムで大規模なデモが行われているらしい』

『らしいだと!?治安部隊は何をしている!これは我々に対する明確な反抗だ!』


彼等の抑圧的な支配に異論を唱える市民が大規模な集会が開かれているという情報は、
さして時間を要する事も無く彼等の耳に届いた。
何の武器も持たない市民、それも自分達の根拠地でもある首都の市民達が声高らかに自分達を批判しはじめた。
この不愉快な事実に救国軍事会議首脳陣の多くが声を荒げ、怒りを露わにする。


「それで、その集会の首謀者は?」

『反戦派のジェシカ・エドワーズです。彼女の煽動された民衆の数は
 20万を既に超えているようです。何かしらの処置が必要となるでしょう』


興奮する列席者達を、片手を翳して制した救国軍事会議首班のグリーンヒル大将の質問に応じたブロンズ中将は、
早急な対処が必要提言し、彼の言に次々と賛同の声が上がったため、
議長のグリーンヒルは集会を解散させ、エドワーズ議員を拘束するよう命令を出した。
無論、市民を敵にする愚を彼はよく知っていたので、その実行に当ってはくれぐれも穏便に進めるようにと指示を与えたのだが、
実行者に名乗りを上げたクリスチアン大佐を衆議の上で人選した結果、その指示は水泡に帰すことになる。



「ふぅ、次から次へと厄介な事ばかり起こるな。だが、それも自分が選らんだ道
 今更後悔をする訳にも行かぬか。どうやら父さんはもうお前には会えなさそうだ」


誰もいなくなった会議室で道を違えた男は、愛娘に想いを馳せながら力なく独語する。
アルテミスの首飾りを用いてヤン達に対抗した所で、市民の支持を得られない自分達が最終的な勝利を得るのが難しいと彼は悟っていた。
残された自分の仕事が、敗者としてこの内乱に終息を迎えさせることだと…





ハイネセンスタジアムに集まった群衆は抑圧された支配に対する不満を隠すことは無く、声高らかに救国軍事会議を糾弾する。
力による支配によって民主主義の守護者を僭称する彼等の矛盾に満ちた支配を厳しく批判する。

体制派と反体制派の衆寡が逆転した勢いに乗った人々は、ペンは剣に勝ると信じて疑わず、
言論の力によって首都ハイネセンを軍国主義者達の手から取り戻せる事を確信していた。


そして、集会の発起人であり反戦派議員のジェシカ・エドワーズは人々の激情に一定の方向性を持たせ、
非武装市民による体制派の打倒、無血革命の実現を企図していた。
軍では良識派と目されていたドワイト・グリーンヒル大将が非武装の市民に対して
無体な真似はしないだろうとの読みに基づく行動であり、彼女のその読みはほぼ正鵠を得ていた。
ただ、残念な事にその読みの正確さは革命政権首班の人となりのみに限定されるという但し書きが付帯されていた…



■■



『直ちに不法の集会を解散せよ!!我々は救国軍事会議治安部隊である
 警告に従わない場合は実力を行使する!繰り返す、直ちに解散せよ!!』


スタジアムにバイクで乗り込んだモヒカンの男達が今にも汚物を消毒しそうな勢いで
彼等が布いた戒厳令を不遜にも無視する愚かな群衆に最後の警告を放つ。
だが、クーデター後の政治不安から端を発した経済的混乱によって
日常生活レベルで困窮するようになった民衆の怒りはそれで収まるはずもなく、
不当な支配者達に激しい抗議と罵声を一体となって浴びせる。


『糞虫にも劣る愚民共が小賢しく喚きおって、さっさと首謀者を引きずり出さんか!!』


民衆の声に苛立った短気な指揮官が銃で脅してでも構わぬと言って、ジェシカ・エドワーズを自分の前に連れてこさせる。

こうして、クリスチアン大佐の前に半ば無理やり連れてこられた美貌の評議員だったが、彼が期待するような、震え怯えて許しを乞うような態度を見せることは無く、
慄然とした態度で武装兵が平和的な市民集会の妨害を行うのかと厳しく糾弾したため、無法の男を激昂させてしまう。


『貴様!!秩序を乱しておきながら、そのような傲岸不遜な物言い!
 女といえども、これ以上われわれに逆らうというなら只では済まさんぞ!』

「秩序を乱すですって?最初に秩序を乱し、今なお人々を恐怖と暴力で
 無秩序に支配する貴方にそのような事を言う資格も権利もありません
 大佐、貴方に少しでも恥を知る心があるなら今すぐここを立ち去りなさい!」

『そうだ!横暴だ!!』『軍国馬鹿は帰れ帰れー!!』『長門は俺の嫁!!』


ジェシカの厳しい糾弾にスタジアムの民衆が続き、口々に野次などを飛ばす。
それが悲劇的な結末を呼ぶ事になるなどと知らずに…



『愚民風情が救国の大義を掲げる我々を誹謗中傷するとはいい度胸だ!
 後方の安全な場所で平和を謳い、平和的な言論が武力に勝るという
 市民諸君らの主張が正しいかどうか、この私が確かめてやろう!!』



クリスチアン大佐の命令で直ぐに10人ばかりの市民がブラスターで脅されながら、彼の前に連れ出される。
暴君と化した大佐は自分の目の前に立たされた気弱そうな青年に質問を投げ掛ける。
『武力と言論のどちらが優れているのか?』と、
青年は勇気を振り絞って答える。『言論に優るものなし』と、
その瞬間、青年の天地が逆転した。大佐にブラスターの銃床で強かに打ちつけられ、地面に転がされたのだ。

ハイネセンスタジアムに悲鳴が木霊した。



『さて?ご老人、あんたも同じことを主張するかね?』


血で汚れたブラスターを突き付ける大佐は獰猛な肉食獣を彷彿とさせる笑みを老人に向ける。
恐怖によって射竦められた小動物のように動きを止めた老人は絞り出すように言葉を絶え絶えに発する。


『どうかお許しを、わしには面倒を見ないといけない孫がおる
 親のおらん子じゃ。頼むから殺さないでくれ。死ぬわけには…』


無様に命乞いをするしかない脳無しの薄汚い老人の姿を嘲笑いながら、
クリスチアンは再びブラスターを振るって老人の顔面を強かに打ちつけた。
入歯の前部が砕け散り、血がスタジアムの床を汚す。だが無慈悲な帝王は老人が倒れる事を許さない。
よろめいた老人の襟首を掴んで強制的に立たせると、再び銃床で頭部を執拗に何度も強打する。

その度に飛散する。血の点、点…、言葉になる老人の呻き声、悲鳴と怒号の連鎖。
血の惨劇が一刻も早く終わることを望みながら目の前の現実から目を背ける群衆達、
誰も止める者が無いまま、哀れな老人の命が刈り取られるかと皆が思った時、厳しい非難の声がスタジアムに鳴り響いた。



「おやめなさい!!大佐、貴方は今、どんな非道を為しているのか分かっていないの!」

倒れていた青年を介抱していたジェシカが老人の危機を止めるべく、糾弾の声を上げたのだ。
だが、時すでに遅く、正気を明らかに失っている大佐と話し合いをすることは既に不可能であった。
厳しい言葉の矢を彼女から射られた男は反論に窮すると『黙れ!!』と大声を上げながら、ブラスターを大きく振りかぶる…






後に『スタジアムの虐殺』と呼ばれる惨劇の被害はそれを為した側の人間も目を覆いたくなるような酷さであった。
理不尽な暴力に逆上した市民による襲撃を受けた治安部隊による反撃で生み出された犠牲者の数は、
市民側は二万を優に超え、治安部隊側も2000人近くの死者を出した。


その犠牲者の中には暴君と化したクリスチアン大佐の名もあった。
彼の死体の頭部、米神部分にはハイヒールのヒールの部分が折れて深々と刺さっており、
それが直接の死因とされるが、惨劇の混乱の中ではそれを為した犯人を断定することは難しく、
無力化ガスによってスタジアムの騒乱を鎮圧した救国軍事会議側もクリスチアン大佐殺害の犯人の逮捕拘禁を早々に諦める。

彼等も薄々と分かっていたのだろう。市民に支持されない少数派の自分達が遠からぬ将来に裁判に掛けられるというのに、
他人を血眼になって追いかけて時を無駄に費やしても仕方がないことを…






ヤン艦隊、ブジン艦隊が順調にハイネセンを目指している間も、
宇宙の反対側で起きた内乱の炎は弱まることも無く、激しく燃え盛っていた。
そう、天才と呼ばれる若き野心家ラインハルト・フォン・ローエングラムと
ファーレンハイトを中心とする『Gangster488』の抗争が既に始まっていたのだ。




 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(原始篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:077afb76
Date: 2010/05/30 19:38

絶望の淵に落とされた男が力無く膝を地へと落とした宇宙の反対で、
誰よりも強い『覚悟』を示すことになる男達の戦いが始まろうとしていた。
その戦いは困難というものに事欠かない厳しさに満ちていたが、彼等がそれを苦にして歩みを止めることは無い。
『黄金樹の誇り』に照らされた『Gangster488』が進む道は輝かしい栄光に包まれ、祝福の地へと続いている…



■理屈じゃないのよ■


リップシュタット盟約によって集った貴族連合軍は、盟主と副盟主の派閥間にある蟠りゆえに最良の戦略を取る事も叶わず。
敵に勝る大兵力を有しながら、ガイエスブルク要塞にじっと引き籠もっていた。

だが、元来我慢と言う言葉の意味や存在すら知らない高慢な貴族達は、敵をひたすら待つという退屈な日々に耐えられる訳もなく、
肥大化した自己顕示欲を満足させるため『緒戦での大勝利』という分かりやすい美酒を求めるようになる。
敵地奥深くに侵入し、疲弊した敵を討つという構想を堅持しようとする総司令官のメルカッツだったが、
思い上がり甚だしい大貴族の頭に冷水を浴びせるのも必要と半ば無理やり自分を納得させ、
まず戦って敵の力量を図るべきと蛮勇を謳う愚かな青年貴族の再三の要求を渋々受け入れた。


ファーレンハイトやシューマッハ等のメルカッツと盟友関係にある軍人達も、多少を痛い目を見なければ、
貴族のどら息子達が大人しくならないだろうと判じ、門閥外で立場の弱い総司令官の苦渋の決断を責めることは無かった。


こうして、貴族連合軍はシュターデン大将を司令官とする艦隊を最前線へ送り込むこととなり、
ラインハルトから先鋒を仰せつかったミッターマイヤー大将が率いる艦隊とアルテナ星域で戦端を開く事となる。



■■


「貴族のどら息子と理屈倒れのシュターデン大将が相手では些か物足りないが
 侯から先鋒を仰せつかった以上、最善を尽くして勝利を手に入れさせて貰おう」


艦橋で腕組みをしながら自身の勝利を微塵も疑わぬ発言を洩らしたミッターマイヤーだったが、
これは慢心とは程遠い、確かな実力に裏付けされた自負のあらわれといった方が正しいだろう。
事実、彼は考えなしに急進してくる敵に対するため、接敵予定地となるアルテナ星域において
勝利を掴むための準備に人も物資も惜しむことなく費やし、
ややもすると場当たり的な行動を取る貴族連合とは異なる統制された艦隊行動をとっている。
敵の稚拙な艦隊行動と比べれば、その違いは一目瞭然で、
開戦前から勝敗の帰趨がどちらに好ましい物か説明する必要も無さそうであった。



■■


『司令官っ!!一体、いつまでこの場に無為に留まって動かずにおられる心算だ!
 敵の通信を傍受したところ、忌々しい金髪の孺子の増援が迫っているそうではないか』

『一戦して敵の力量を見極め、その士気を挫くのが我等の務めではなかったのか?
 このままでは、敵の大軍を前にして、むざむざと撤退することになりかねない』

『如何にも、ヒルデスハイム伯爵の仰せられる通り、敵を目前にして司令官は
 ただ、ただ指を咥えて眺めるだけ、これでは何のために進軍したか分かりませぬ』


全面に多量の機雷を敷設して陣を張るミッターマイヤーを前にして、
都合よく入ってきたラインハルト率いる本隊の増援が直ぐ傍に迫っているという情報に、
罠の存在を疑う貴族連合先鋒部隊の司令官シュターデン大将は決断を下せず、艦隊を動かす事が出来なかった。

そして、その煮え切らない司令官の態度は戦意過多な青年貴族達には大層不甲斐無く映り、
彼等は当てにならない司令官に強硬に戦端を開くよう再三再四要求し始める。
青年貴族たちの要求が脅迫へと変わるまで、それほど時間を要する事もなく
自分を拘禁してでも無秩序な戦闘始めようとする彼等にシュターデンも匙を投げざるを得ず、
自分とヒルデスハイム伯で艦隊を二手に分け、前方に敵が敷設した機雷原を迂回しながら進軍し、
左右からミッターマイヤー艦隊を挟撃するという理論家のシュターデン大将にしては大雑把な作戦が渋々実行に移される。




■栄光の始まり■


『どうやら、敵は動きだしたようです』
「では、シュターデン教官に旧年来のご恩をお返しするとしよう。全艦後退!」

シュターデンの動きを予め機雷原の周辺に伏せておいた無人偵察機で察知した疾風ウォルフは整然と艦隊を後方に退かせる。
その一糸乱れぬ艦隊行動は、闇雲に前進しつづける貴族連合軍のソレとは一線を画すものがあった。





『左舷より敵艦隊!三時方向より攻撃来ます!!』
『どういう事だ!?敵はなぜあのような位置にいるのだ?私は聞いてないぞ!!』

「相手としては少々物足りないが、敵は敵だ!
 貴族のどら息子共に戦いの何たるかを教えてやれ!!」


ミッターマイヤーの号令と共に彼の艦隊は機雷原を反時計回り進軍してきたヒルデスハイム率いる艦隊に側面から攻勢を掛ける。
機雷原の遥か後方にいつの間にか移動していたミッターマイヤー艦隊からの予想外な攻撃に
戦闘経験の未熟な青年貴族士官達は有効な対処を講ずる事も出来ず、悪戯に将兵の命を散らしていく。
戦闘が始まって数時間、ヒルデスハイム伯は自分に何が起こったのか全く理解することができないまま、その生命活動を停止させ、
この内戦における初めての大貴族の死者として、不名誉な記録を後世に残すことになる。


別働隊の壊滅、この事実によってアルテナ星域会戦の勝敗は既に決していたが、
ミッターマイヤーは勤勉さを失う事無く、機雷原を時計回りに迂回してシュターデン率いる部隊に後方から攻撃を加え、ひと時の完全な勝利を手にする。






アルテナ星域に置いて完全なる勝利を手にしたミッターマイヤー艦隊は、シュターデン提督を取り逃がしたものの、
敵艦隊を壊滅させ、大貴族の一人を討ち果たすという先鋒の大役に見合う大戦果をあげてみせた。

もっとも、彼はラインハルト率いる本隊が到着するまでに、今回の勝利に小道具として用いた大量の機雷の回収に追われ、
勝利の余韻に浸ることは出来なかった。
もっとも、気を緩めなかったお蔭でヒルデスハイムと同じ運命を辿らずに済んだのだから、僥倖であろう。



■■



『しかし、600万個の機雷を回収しなければならないと思うと
 今回の勝利の美酒は、あまり甘くないような気がしてきますね』

「確かに、卿の言う通りだな。だが、後の苦労を惜しんで勝利を逃し
 兵の命を悪戯に損なう訳にも行くまい?精々まじめに励むとしよう」


華々しい戦勝とは不釣り合いな地味な作業についつい愚痴めいた発言を零す年少の幕僚を窘めるミッターマイヤー。
彼の仕事は機雷の回収だけでなく、戦闘によって損傷した艦艇や負傷した兵の後方への移送、それに伴う補給を含めた艦隊の再編成。
無論、その再編成の中には拿捕した敵艦艇や捉えた捕虜達の扱い等も含まれており、
純粋に戦闘指揮をするだけで済むならどれほど楽かという位に多くの職務に追われていた。


そして、今回もっとも苦労させられことになる第一次アルテナ会戦の戦後処理は、新たな敵影への対応であった…



■■


『シュターデン大将は既に敗北し、逃亡したようです。間に合いませんでしたね』

「十分間に合っている。未だにミッターマイヤー艦隊は戦後処理に追われている
 その上、噛み応えの無い敵とはいえ同数以上の敵と戦闘し、消耗もしている
 我々に有利な状況が出揃っていると言って良いだろう。卿はそうは思わぬか?』
『勝ちに勢いづく将兵と、それを率いる名将に身の程知らずな喧嘩を売る気もしますが…』


好戦的な笑みを隠すことなく、策敵妨害が無意味になるほど接近した敵艦隊を眺める上官の姿に、
副官のザンデルス少佐は溜息を吐きながら、艦隊に戦闘準備をするよう指示を出していく。

目の前で顎に手を当てながら、不敵な態度を崩さない男は、貴族の坊ちゃんのお勉強代で一艦隊を無駄にする気はさらさら無い。
シュターデンが出撃した後、直ぐにメルカッツ総司令官に面会を申し入れたファーレンハイトは、
傘下の艦隊を率いてアルテナ星域まで敵に動きを察知されないように慎重に進軍していたのだ。味方の艦隊を目暗ましの囮にして…

もっとも、今少しミッターマイヤーに時が与えられていれば、彼の手によって仕掛けられた無人偵察機は機雷原に留まらず、
より広範囲な宙域にばら撒かれ、新手の存在を今よりずっと早く察知し、二匹目の鰌として料理できていたかもしれない。

だが、今回はファーレンハイトの動きが疾風を上回っていた。
勝機は移ろいやすく、既に別の旗の下へと座所を変えていた。



「全艦全速前進!先ずは目前の機雷をでかい花火にしてやれ!!手柄を立てる好機だ!!」
『ちいっ、嫌なタイミングで来やがる!!機雷の回収は諦めろ艦隊を戦闘態勢に再編する』


発見前までの静けさが嘘のような勢いで突進してくる敵艦隊に言葉を荒げた種無しは、それでも最良手を即座に取り、
瞬く間に艦隊を戦闘態勢に再編させ、その才覚が本物であることを敵味方に証明してみせる。
だが、食詰が指摘したように連戦となる将兵の疲労は無視できる物ではなく、
ほんの僅かな綻びが艦列の中に生まれてしまう。


「遠慮する必要は無い!!敵艦列の乱れを拡げてやれっ!砲火を集中しろ!!」


そして、その僅かな隙を見逃すほど、後に烈将と呼ばれることになる男は甘く無い。
彼は最も効率の良いポイントに集中砲火を次々と浴びせ、敵艦隊の動きを乱し、
種無しの最大の長所でもある機動力を完全に殺す事に成功する。


大勝利から一転して、ミッターマイヤーは敗北の窮地へと立たされた。


■■


『一味も二味も違うと思ったが、ファーレンハイトの艦隊か・・、もう少し早かったら
 我々の艦隊は全滅させられていたな。いや、それは無いな。奴がシュターデンと共に
 着陣していたら俺は戦わずに退いていただろう。それにしても、労多くして一勝一敗か』

「無能な大貴族が負け、次いで我々が勝った。欲を言えば擦り傷程度の被害ではなく
 疾風ウォルフを屠るほどの打撃を与えたかったが、退き際を誤る訳にも行かぬか…」


結局、決定的な勝敗が着く前に第二次アルテナ会戦は終わりを迎えることになる
彼等の直ぐ側までにローエングラム率いる帝国軍本隊が迫っており、
ほぼ同時にその事実に気がついた両軍の指揮官が同じように艦隊を退かせ、戦闘を終息させたのだ。

ただ、その際の両者の表情は好対照であった。
奥歯をぎりりと噛み締めながら、悔しさ交じりの言葉を種無しが漏らす一方で、
食詰は自信に満ちた表情を崩すことなく、猛然と攻勢を掛ける艦隊を収縮させ、後方へと整然と後退させていく。

勝者から敗者へと立場を変えられた苦しみに憤ったのはミッターマイヤーだけでは無かった。
バイエルライン少将など指揮官より年少の幕僚等は後ろに控える大兵力を頼みに
追撃戦を試みるべきだと主張するなど提案をしたが、ミッターマイヤーは頭を振って退けた。

ミッターマイヤー自身も本音を言えば苦杯を嘗めさせられた相手に復讐戦を挑みたい所だったが、
尊敬する主君の前で無謀な追撃を行なって逆撃を受ける様な無様な醜態を晒すことの方を恐れたのだ。
形としては一勝一敗と五分の形にさせられたが、一個艦隊を撃滅させた後に受けた被害は僅か二千隻足らず、
その上、敵を撤退させアルテナ星域も確保している。
勝ち星の数が同じとはいえ、貴族連合軍と自軍のどちらの勝利に重みがあるかに弁を尽くす必要もない。
百戦して百勝すべしなどという視野の狭い思考とはミッターマイヤーは無縁であり、
その柔軟さが忠誠を誓う若き主君から高い評価受ける理由にもなっている。


さて、短時間の間に立て続けに戦端を開くこととなった第一次アルテナ会戦と第二次アルテナ会戦を総評すれば、
『ミッターマイヤーは良く勝ち、ファーレンハイトは小さく勝った』と言った所だろうか?
帝国枢軸勢力に比して、貴族連合側の被害は余りにも大きいのだから、
高慢な貴族陣が不平を言うかもしれないが、事実がそれで変わる事は無いのだから仕方がない。

もっとも、小さく勝った方も得たモノが少なかったという訳ではない。
後に『Gangster488』と称される彼等は意見の対立することの多いシュターデンや、
無能な大貴族が盛大に敗北を喫したのを余所に、疾風ウォルフと称されるローエングラム陣営で一、二を争う名将に敗北を与えたのである。
出戦前と後では、ファーレンハイトの持つ発言力に違いが出てくるのが道理というものである。

貴族連合軍の失ったものは大きかったが、『Gangster488』はこの戦いで小さく無い成果を得ていた。
もっとも、それは彼等が立ち向かう事になる困難の大きさに比べれば、余りにも卑小で頼りないものであったが…



■はじめ人間が、一晩で…■


「卿ほどの男でも完勝を得ることは難しかったようだな」
『申し訳ありません。みすみすファーレンハイトに名を為さしめてしまいました』

「よい。卿ほどの用兵の妙を心得たもので無ければ、損害はより大きな物であっただろう」

頭を下げるミッターマイヤーに謝する必要は無いと述べたラインハルトは、
彼の功績を称え、その労をねぎらい彼の艦隊にしばしの7休息を与える。

緒戦の戦果によってアルテナ星域を確保したラインハルト軍は、
フレイヤ星域にある貴族連合軍のレンテンベルク要塞の攻略に取り掛かれるようになり、
その戦略的な成果は小さくは無かった。

ラインハルトは後顧の憂いをなくす意味でも、貴族連合に対する前線基地としても非常に重要な位置を見せる要塞を
何としてでも陥落させるため、自ら艦隊を率いて陣頭指揮にあたり、
数日で敵戦力を要塞内に押し込めることに成功する。

この順調さに、ラインハルト派の人々は要塞の陥落も間近だろうと楽観したのだが、
一つの誤算によってその日程は大きく後ろに後退することになる。
彼等が狙う要塞には、石器時代の勇者が斧を持ってローエングラム軍が訪れるのを『来いよ!絶対来いよ!』と待ち構えていたのだ。



■■


「折角貰った休暇をこうも早く返上することになるとは…」
『仕方あるまい。石器時代には休暇と言う概念もないだろうからな』

ラインハルトから要塞攻略、オフレッサーの攻略をロイエンタールと共に命じられたミッターマイヤーは、
辟易とした表情で親友に愚痴を零した。怠惰とは程遠い勤勉な青年提督も、
9度に渡って化け物じみた野獣の相手をさせられたら、自然と嫌気がさしても仕方がないだろう。

だが、要塞の最重要防衛地点を守る彼を倒さなければ、レンテンベルク要塞を攻略することはできない。
その上、主君の姉を公然と侮辱した彼の首に首輪をつけて、
生きたまま主君の下に送り届けなければならないのだから、頭の痛い話である。



そして、10度目の攻略戦、二人の目の前には雄叫びをあげる野獣オフレッサーと
薬をキメて相変わらず愉快な仲間達が元気ハツラツであった。



「ロイエンタール、敵さんがお待ちかねだ行ってこいよ」
『何故、俺が先に行かなければならんのだ?卿が行けば良いではないか?』

「俺は絶対嫌だ」
『おい、卿は自分が嫌な事を俺にさせる気か?』


人外の化け物にしか見えないオフレッサーを前に積年の友情に罅を入れながら、
どちらが先に行くかの擦り付け合いをして一向に自分に向かってこない双璧に業を煮やした野獣は、
トマホークを振りかざしながら猛然と突進し、


落とし穴に見事にハマった。


「さすがはジオバンニ少佐率いる工作隊と言ったところか」
『そうだな。立った一晩で敵に気付かれる事無く、見事な落とし穴を用意したのだからな』

『ドッテチ~ン!!!』


落とし穴にハマり意味不明な雄叫びをあげるオフレッサーを見下ろしながら、
帝国が誇る名将二人は自軍の工作兵隊の優秀さにしみじみと感謝していた。




双璧とどんな工作も一晩でやってくれるという噂の工兵隊長の活躍によって
罠に掛り捕えられたオフレッサー上級大将であったが、姉を侮辱され自重できなくなった金髪に殺されることも無く、
無傷でシャトルに乗せられ、ガイエスブルク要塞に向かう事になる。
これは、自らの手で処刑するよりも、寝返りを疑われて敵の手で彼が殺された方が
貴族連合内に相互不信が生まれ、より大きな効果が期待できると判断した義眼の策であった。

オフレッサーの愉快な仲間達が公開処刑される瞬間をガイエスブルク要塞で見ることになった盟主の前に現れた無傷のはじめ人間は、
裏切ったと濡れ衣を着せられ、無実を訴え狂乱した所を射殺されることになる。

ラインハルト嫌いの急先鋒でもあったオフレッサー上級大将が
彼に寝返った上に粛清されたという事実は、貴族連合の中に相互不信の種を生み、
裏切り者としての惨たらしい死は、とあるシスコンの心を穏やかにさせる。

ただ、オフレッサーと直接対峙した陸戦隊員が肉まんやピザまんを食べられなくなるという弊害も生まれていた。





艦隊戦に続いて要塞攻略戦、まだまだ緒戦の域を超えてはいないが、
帝国内部で巻き起こる内戦の火種は確実に大きくなり、人々の命を燃やす業火へゆっくり成長していく。

その中で、哀れでルーピーな盟主とウーピーでルーパーな副盟主の下で戦う
『Gangster488』の苦労は日を追う毎にますます大きくなっていくことになる。


 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(凋落篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:37a4a4f2
Date: 2011/02/21 20:49
シュターデンの敗北、レンテンベルク要塞失陥につづくオフレッサーの裏切りと処刑・・・
辺境地区でのキルヒアイスの快進撃と合わさって、ガイエスブルク要塞に籠もる貴族連合軍は面白くない日々を過ごす事を強いられていた。
敗戦続きの彼等に与えられた唯一の勝利が、貴族と名乗るのもおこがましい貧乏帝国騎士の手によるものとくれば、尚更であろう。


また、その面白みに欠ける勝利もラインハルト傘下の一艦隊に少しばかり灸を据えた程度で、
戦局を決定づける大勝利とは程遠いものであった。



■小さな凱旋■

ガイエスブルク要塞宇宙港に収容された艦隊旗艦アースグリムに接続されたタラップを優雅に降りる貴公子然とした男は、
一般兵を中心とする集団から投げ掛けられる勝利に対する称賛と歓声に手を上げて応える。

大貴族達に面白くない勝利であっても、平民階級の兵卒達にとっては歓喜するべき勝利だった。
勝利を齎す名将の存在は、非力な彼等を故郷に帰してくれる希望なのだ。


「ファーレンハイト中将!ご戦勝おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます
 閣下の指揮を間近で見られた事は、私に取って何にも代え難い貴重な経験となりました」

興奮した面持ちで走り寄って来たアルフィーナ・フォン・ランズベルクは、キラキラとした眼差しを食詰に向け、称賛の言葉を惜しまなかった。
初陣で華々しい勝利を体験した彼女は、それを成し遂げた男に心酔してしまったようである。
ある種の英雄崇拝といったところであろうか?そんな少女の様子に苦笑いを零しながら、
ファーレンハイトは、少女の頭にやさしく手を乗せて髪をクシャクシャとしてやる。


「ちゅっ中将!?なっ何を…!?」
『フロイライン、この勝利は始まりに過ぎん。まだまだ先は長いぞ』

「はい!」


少女の元気な返事に満足そうに頷いたファーレンハイトは、副官のザンデルス少佐を伴って総司令官メルカッツ上級大将の下へと向かう。
一先ずの勝利と、続く困難な戦いへの対策を早急に協議する必要があったのだ。

貴族連合軍に置ける『Gangster488』の立場は、あくまでマイノリィティーに過ぎない。
主流派門閥貴族と違って、潤沢な資金も戦力も有さず、発言権も小さい。

この不利な状況を好転させるため、勝利し続けるしかない。
一度でも敗れるようなことが有れば、彼等の伸長を望まぬ門閥貴族達の手によって、
無残に切り捨てられ、破滅の門を揃って潜る事になるのだから…




■■



「ファーレンハイト中将、見事な勝利だった。失った物は少なくは無いが
 それを最小限に抑えることが出来たのは、卿の功績だ。よくやってくれた
 貴官等も、不利な状況で中将を補佐し、厳しい戦いをよく乗り越えてくれた」


戦勝とそれに先立つ敗北の損害を報告する僚友達に、総司令官メルカッツ上級大将は惜しみなく労いの言葉を掛けた。
敗残の兵を救い、勝利の勢いに乗る名将を相手に無事に帰還することが、どれほど困難な事か、
この場で誰よりも永い戦歴を持つ帝国の宿将は、良く理解っていたのだ。




『一勝一敗で五分の形だが、味方の損害の方が敵を遥かに上回っている…
 この事実と、そうなった原因を貴族のお偉方が理解してくれれば、
 これからの苦労も減りそうですが、総司令官閣下も楽は出来無さそうですな』


一方、メルカッツにしては珍しい激賞を受けても、ファーレンハイトの方は特に舞い上がりもせず、
変わる予兆を一向に見せない厳しい現実、貴族連合内に蔓延る歪んだ特権階級意識に目を向け、苦々しい表情をしていた。


「盟主のブラウンシュバイク公の力量では、リッテンハイム侯を初めとする副盟主派の
 不満を抑えつつ、我々の様な跳ね返りを許容しながら、軍を纏める事は難しいでしょう」

「ふむ、黄金樹の下に集った人々が、心を一に出来ないとは思いたくは無いが
 大佐の言が正しいのだろう。誇りを欲に変えてしまった貴族ほど醜悪なモノはない」


貴族達の傲慢さが、近い将来リップシュタット連合の分裂を招くと予測するシューマッハ大佐の正しさを真っ先に肯定したのは、
この場で一番高位の爵位を有するランズベルク伯アルフレッドだった。
彼は、先のアルテナ会戦において、同じ立場の門閥貴族の醜態を間近で見せ付けられた事で、
ロマンチズム的な要素残しつつも、より現実的な思考をするように変わっていた。



「ともかく、我々は勝ち続け、実績を持って発言権を地道に高めて行くしかない
 貴官等には、これからも厳しい戦いを強いることになってしまうが、耐えて欲しい」

「閣下、この場に集った者は、先の辛苦困難など、とうに覚悟しております」


頭を下げるメルカッツに、その必要が無い事を告げる副官のシュナイダー少佐は、
力強い意志を等しく持ち、この場に集った『覚悟した男達』に黄金の輝きを見出していた。







絶望的な戦いを前にしても、彼等『Gangster488』の心が最後まで折れる事は無かったと、多くの史家は口を揃える。

また、彼等は味方の無能と言う最も絶望的な状況に果敢に挑んだ『愚かで優秀な挑戦者』と評し、
もし、ゴールデンバウム朝の皇統を巡る騒乱で、メルカッツやファーレンハイト等がローエングラム侯ラインハルトに与していたら…
銀河の歴史が貪る流血は何十万トン単位で減らすことが出来ただろうと、選択されなかった未来を惜しみ、深く嘆いた。





■凋落のゴールデンバウム■


アルテナ会戦でファーレンハイト等の活躍で何とか矜持を保ったリップシュタット連合であったが、
それも長くは続かず、レンテンベルク要塞失陥以後も、辺境聖域ではキルヒアイス上級大将率いる艦隊に悉く敗れ、
各地の星域を争う戦闘でもラインハルトに見出された優秀な艦隊指揮官達に、自尊心だけが肥大化した無能な貴族どもが勝てる訳も無く、
一向に勝ち星が溜まる気配をみせず、忍耐とは無縁な生活を送って来た
高貴なる人々のフラストレーションは、あっという間に限界を迎えようとしていた。


自陣奥深くまで敵を引き込み、疲弊した相手を討つと言う基本方針を掲げたことを忘れてしまった貴族達は、
傲慢に勝利を無条件に与えろと、総司令官のメルカッツに要求するようになる。
また、副盟主のリッテンハイムの乏しい自制心も限界を迎えようとしていた。
生来の高い地位故か、他人に頭を下げることに慣れていない男は、盟主と同じ場に居る事すら耐えられなくなり、
取り巻きの貴族、それに従う多くの私兵集団を引き連れ、ガイエスブルク要塞を後にする。
事実上の分派行動であったが、キフォイザー星域に位置するガルミッシュ要塞を拠点に、
敵陣営に奪われた辺境星域を奪還すると言う名目で、それはあっさりと認められることになる。

どうやら、盟主のブラウンシュバイクの方も、副盟主のリッテンハイムの顔を見るのに、うんざりし始めていたらしかった。



総司令官の命を受けてラインハルト軍迎撃に向かうファーレンハイト率いる二万隻と、
副盟主リッテンハイム侯が率いる三万八千隻の艦隊がガイエスブルク要塞を後にしたのはほぼ同時期であった。

帝国歴488年7月、帝国内で起きた騒乱の炎は大きく燃え広がる…






■■



「貴族のわがままで出撃とは、そんなに勝利が欲しいなら、自ら出戦すれば良いものを」

「そう不貞腐れるなザンデルス、俺達が出ることで、貴族の我儘で殺される兵が
 減ると考えれば、そう悪くあるまい。今は勝利の為に何をするかを考えるべきだ」

「はぁ、久しぶりの出撃で気が逸るのは結構ですが、閣下の戦いに
 付き合わされる身としては、愚痴の一つや二つも言いたくなりますね」


リップシュタット連合に参加して以来、少々愚痴っぽくなった副官の様子に苦笑いしながら、
ファーレンハイトは艦隊をシャンタウ星域へと向ける。
目的地とした場所は、それほど戦略上重要な要地ではないが、ラインハルト傘下の艦隊が居る一番手近な星域だったのだ。

さして意味の無い出戦であるなら、出来るだけ補給物資を要せず、
敵と遭遇する回数を最小限に抑えられる近場を選ぶのは、当然の選択であった。

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトという男は、戦いを嗜むと評された烈将であったが、
無謀な戦いとは無縁な位置に身を置くことが出来る理性も併せ持っていた。
そして、その二面性が、彼と彼に従ってきた者達に、多くの勝利を齎してきたのだ。






「敵艦隊、およそ二万隻!旗艦識別から指揮官はファーレンハイト中将です!!」


「ファーレンハイトが相手か、ミッタマイヤーが苦杯を嘗めさせられた相手に
 寡兵で立ち向かうのは骨が折れそうだ。頃合いを見て退くのが良さそうだが…」


ロイエンタールは通信士官の報告を聞くと、片手を顎に当てながら、その明晰な頭脳を働かせ最良な判断を下そうとする。
自ら率いる艦隊の数が相手を下回っている状況で、正面から当たるのは無為無策と言って良い。
ましてや、相手は貴族のボンクラでは無く、歴戦の勇将である。

戦略上の要地でも無い場を死守した所でも、それほど益が有る訳でもない。
一時的な敗北で自身の声望は失われ、自分の勢いは鈍り、下り切った貴族連合の士気を上げてしまうかもしれないが、
奪われた地の奪還戦を主君であるラインハルトに乞えば、その心証は悪く無いものとなるだろう。
部下より、主君である人間が有能であるという機会、失地回復という場をラインハルトに提供してやると考えれば、
少々の後退や敗北など問題ないと考えられる度量を、金銀妖瞳の男は持っていた。




「ただ、目の前の男が易々と退かせてはくれまい」



智と勇のバランスに置いて主君であるラインハルトや敵将ヤンに優ると評されるロイエンタールは、
迫りくる獰猛なファーレンハイト艦隊を相手に決死の撤退戦を試みることになる。



シャンタウ星域会戦は、逃げるロイエンタール艦隊と、それを捕えようとするファーレンハイト艦隊によって、
後世の教本となるような撤退戦、追撃戦を繰り広げることになる。


8割の兵力で被害を二割程度に抑えて撤退したロイエンタールの手腕を褒める者も居れば、
僅か数隻の被害で3000隻以上の艦艇を効率的に撃沈したファーレンハイトの効率的な攻勢に唸る者も同時に存在した。

開戦から勝者と敗者の立場が明確になっていたシャンタウ星域会戦は、戦略的な価値を殆ど生みださなかったが、
理性的な二人の用兵巧者によって演出された『最も効率的な殺戮劇』と戦史家達の探究心を彼等の死後、数世紀も擽り続けることになる。


いかに退き、いかに追うか?いかに攻め、いかに守るか?
もっとも基本である故に、それ行なう者の手腕がより大きく影響した戦いであった。





一流の職人芸のような戦いがシャンタウ星域で行われているのと同時期に、
キフォイザー星域において、戦略上は非常に重要な戦いの戦端が開かれようとしていた。

実質的な分派行動に出た副盟主リッテンハイム侯率いる4万5千隻の大艦隊が、
キルヒアイス上級大将によって占領された辺境星域を奪還せんと、進軍してきたのである。

この辺境星域を巡る戦いで勝利すれば、リッテンハイムは盟主ブラウンシュバイク公に対する大きなアドバンテージ、
巨大な武勲と辺境とはいえ、広大な生産地帯を手にする事になる。

また、死守する方の宇宙艦隊副司令長官キルヒアイス上級大将にとっても重要な意味をこの戦いは持っている。
辺境星域を確保することで、敵陣営奥深くに進軍する本隊の兵站を安定させ、維持することは、
彼が率いる別働隊に取って至上命題といっても良かった。



リップシュタット連合での主導権を確保する上で勝利する必要のあるリッテンハイム軍、
ラインハルト率いる本隊の攻勢を支えるために負けられないキルヒアイス率いる別働隊の戦いは、
帝国内の騒乱の今後を占う重要な一戦となる。





■■


「敵が弱過ぎたとはいえ、キルヒアイス司令官の才覚はローエングラム侯に匹敵するな」

「そして、この事実は我々に取って喜ばしい限りだが、門閥貴族に取っては最悪の事実だ」

「確かに、門閥貴族からしてみれば、同時に別の場所で
 戦争の天才ローエングラム侯が存在するようなものだからな」


自分と同じ別働隊副将のルッツの言葉に頷きながら、
勝利の美酒を入れたグラスを片手に、ワーレンは未だに黒煙をあげ続けるガルミッシュ要塞を眺めていた。


リッテンハイム軍とキルヒアイス率いる別働隊の戦闘は原作通りの展開で進み、
寡兵だが統制されたキルヒアイス軍と比べて、艦艇の配置すらバラバラな貴族軍が敵になる訳も無く、
45,000隻対30,000隻の戦力差を活かすこと無く、リッテンハイムは無残な敗北を喫することになった。


僅か800隻程度別働隊を率いたキルヒアイスに艦隊を散々に掻き乱され、死の恐怖を感じたリッテンハイムは、
早々にガルミッシュ要塞への逃亡を決断し、『あの場所に、あの場所にさえ行けば…』と、
うわ言の様に呟きながら、必死に逃げ続け、途中で逃走経路を邪魔する位置に居た味方の輸送艦隊を砲撃して逃げる始末であった。

当然、そのような愚挙を行なえば人心が離れるのも当然で、敗戦から一日を待たずに、
リッテンハイム侯は、部下の手によってヴァルハラに強制的に送り込まれる事になる。



「これからは、貴族であるから何をしても良いという時代が
 終わったと言うことを多くの人が認識することになるでしょう」

「そして、新しい時代の到来を告げるために
 我々は勝たなければならないと言う訳ですな?」

遅れて艦橋に入って来た赤毛の司令官の言葉に、ワーレンはグラスを掲げながら言葉を返し、僚友のルッツもそれに倣う。


宇宙の片隅、辺境での戦いではあったが、
新しい時代の到来を感じさせる『意味ある戦い』の勝利の立役者達は、グラスを片手にお互いの勇戦を称えあう。


黄金樹の輝きは、辺境星域を中心に急速に失われつつあった…





■貴族と平民■


キフォイザー会戦での敗戦及びガルミッシュ要塞失陥、副盟主リッテンハイム侯の横死の報が届くのと、
シャンタウ星域を奪還したファーレンハイト艦隊がガイエスブルク要塞に凱旋したのは、
奇しくも、出戦と同じで、ほぼ同時期のことであった。

そのため、戦勝気分に士気を上げる事も、敗戦で綱紀引き締めるにも、中途半端に為らざるを得ず、
形の上ではアルテナ会戦と同様に、一勝一敗と言った形ではあったが、失われた戦力の大きさから、
ローエングラム陣営に比して、貴族連合側の損害は非常に大きな物であった。


ただ、リッテンハイムの横死による副盟主派の失墜と、総司令官派であるファーレンハイトの勝利は、
『Gangster488』の小さな発言権と、影響力を行使することが出来る兵力を増すことには成功していた。

既に三分の一近くの兵力を失い、ギリギリ11万隻を少し超える兵力を残すだけとなった貴族連合軍の
4割程度を動かす力をメルカッツ等は手にすることになったのだ。




■■



「そういえば、ファーレンハイト中将は、御存知ですか?
 閣下の事を兵卒達が烈将と呼び、称賛し、熱烈に支持している事を」

「ほう、少しばかりの勝利でも、敗戦続きの中だと目立つらしい」



総司令官メルカッツ上級大将への戦勝の報告と、恒例となっている戦略戦術討議を終えたファーレンハイトは、
要塞内の高級将官食堂で待ち伏せしていたアルフィーナ・フォン・ランズベルクと遅めの昼食を共にしていた。

少女に取って英雄である食詰は、彼女から聞かされる自分の異業とやらに時折吹き出しそうになりながら、話を聞いてやった。
目を輝かせながら、自分を慕ってくれるアルフィーナに、故郷に残してきた姪の姿を知らずと重ねていたのかもしれない。



「中将、どうやら妹が食事の邪魔をしているようで、申し訳ない」
「兄さま!!邪魔なんて酷いです」

「ランズベルク伯、御心配には及びません。ほとんど聞いていませんでしたから」
「えぇ!!中将まで!酷いです!!」



途中から来たアルフレッドの言葉と、ファーレンハイトの珍しく茶目っけタップリの返しに、
あたふたとしながら、抗議の声を上げる少女の微笑ましさ…

『覚悟を終えた』二人の男は穏やかに笑う。
困難な戦いを控えた束の間の休息を心温かいものにしてくれた少女に、感謝の念を抱きながら…





ヴェスターラントで大規模な平民の反乱が起こったのは、それから2週間後の事であった。
貴族の支配による時代は終わりを迎え、平民が力を持つ新しい時代が直ぐそこまで来ていた。





 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~



[3855] 銀凡伝2(烈将篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6c43e165
Date: 2011/05/04 17:45
虐げられてきた民衆の怒りは、些細な切掛けで爆発することがある。

かつて人類が地球と言う名の小さな惑星にしがみついて細々と生活していた頃、
長きに渡って独裁をつづけていた為政者の豪奢な生活ぶりがネットワーク媒体を通じて
多くの民衆に知れ渡ってしまったことが原因で、その政権が崩壊の道を辿った歴史もある。


ゴールデンバウム王朝の末期においても、これと同じような現象が再現されようとしていた。



帝国の辺境各地でラインハルトやキルヒアイス率いる艦隊の数限りない貴族に対する勝利は、
虐げられし民衆の多くに勇気を与え、反乱の始まりを告げる狼煙が、戦火に変わるのにそれほど時を要しなかった。

そして、それはリップシュタット連合の盟主たるブランシュバイク公のお膝元であっても例外では無く、
彼の甥であるシャイド男爵が統治するヴェスターラントでも、暴政に対して、民衆は反乱を起こす。



■理不尽な怒り■


シャイド男爵の来訪を聞いた盟主ブラウンシュバイク公は、最初上機嫌であった。
出来た甥が、ガイエスブルクへ領地で集めた物資を運んで来たのだろうと考えたのだ。
だが、その喜びは死の淵にある甥と面会したことで直ぐに雲散してしまう。

伯父を援護しようと過剰な税の取り立てを行なった男爵は、民衆の反乱という名の正当な報いを受けて致命傷を負いながら、
愚かな民衆への復讐を伯父であるブラウンシュバイク公に願うため、ガイエスブルク要塞へ逃げ込んできたのだ。



■■



「おじう・・ぇ、もうしわけ・・、愚民どもに、復讐をぉ…」

「シャイド!!…許さんぞ!絶対に許さん!ヴェスターラントの
 身の程知らずの身分いやしき者どもには、必ず報いを受けさせてやる」


力を失ったかわいい甥の手を取りながら、憤怒の相を見せるブラウンシュバイクは既に理性を失っていた。
もともと帝国随一の名門貴族と言う事もあって、自制心の乏しい彼だったが、
愛する自分の肉親を、ごみ虫以下の価値しか認めていない民衆の汚れた手によって殺されたことで、
欠片しかない自制心を、ブラウンシュバイク公は遥か一億光年先へと放り捨てると、
周囲の制止を完全に無視し、自領であるヴェスターラントへの核攻撃による粛清を傲然と宣言する。



「自らの手足を食い千切るような愚行を犯すとは、黄金樹の枯死も遠くは無いな」


憤怒の形相で虐殺を平然と命じる主君に失望した謀臣アンスバッハは
ゴールデンバウム王朝の終焉を嘆く様な発言を洩らしたと言う。

数日後、この発言を帝国に対する不敬な発言であると讒訴する者が有り、
これに激したブラウンシュバイク公の命によって、アンスバッハ准将は逮捕拘禁されてしまう。
もっとも、リップシュタット連合の内部崩壊を憂慮した総司令官メルカッツ上級大将以下、
数多くの武官や良識ある一部の貴族達の嘆願によって、翻意せざるを得なくなったブラウンシュバイク公は、
アンスバッハを家宰の地位から解き、放逐することで、ぎりぎり溜飲を下げる。  

ただ、ヴェスターラントへの核攻撃の実行だけは取り下げることは無かったため、
リップシュタット連合の良識派達は頭を抱えることとなった。

もっとも、これによって引き起こされる悲惨な貴族連合の運命を憂うのみで、
不条理な死を押しつけられるヴェスターラントの民衆の身を重んじる人々は殆どいなかった。

例え、良識派の大半も所詮は貴族や、それに連なる特権階級に属する人々である。
搾取すべき民衆がどうなろうと、知ったことではないと考える者の方が多いのだ。




■誰がために剣を振るう?■


ブラウンシュバイク公の暴走に、『Gangster488』の面々は諫止を当然行ったが、
それを聞きいれ無い盟主に対して、実力行使をするような動きを最初みせなかった。

彼等の実質的頭目と目されるファーレンハイト中将にしても、この暴挙について苦々しくは思っていたが、
ラインハルトを打破するための最終決戦を前にして、盟主と決定的な対立する訳にはいかないと苦渋の決断を下していた。


不利な状況下で勝利するためには、ラインハルトを戦場で直接屠る必要があり、
彼が必勝の策として考案した『だるま落とし』には盟主と言う名の飴がどうしても必要であり、
戦意過多な突撃しか頭に無い無能揃いの青年貴族と言った小道具も使わなければならない。

度し難い愚行であっても、ここは眼を瞑り勝利を得るために最善を尽くすのが軍人としての務め感情を押し殺そうとしていた。

ヴェスターラントに死を齎す数隻の攻撃シャトルがガイエスブルク要塞から出港するのを横目に、
ファーレンハイト以外の面々も同じような想いで、決戦に向けての準備に勤しんでいた。

戦いに勝つためと言う理由が、免罪符とは為り得ない事を知りながら、彼等は勝利のために犠牲を払う『覚悟』をしていた。


その筈であった…



■■


『ファーレンハイト中将!!大変です!!』

「フロイライン、騒ぐ必要はない。大変なのは内乱が始まってからずっとではないか?」

『中将、私は言葉遊びをするために来た訳ではありません!ブラウンシュバイク公が
 無辜の民を悪戯に殺戮しようと言う恐ろしい計画を聞いて慌てて参上したのです!!」


総司令部作戦室内で『Gangster488』の面々がガイエスブルク要塞前での決戦作戦案について討議している中、
飛び込むように部屋に駆け込んできたのは、ランズベルク伯アルフレッドの妹のアルフィーナだった。

貴族の令嬢らしい綺麗事と言われてしまうような純粋な正義感を持った彼女は、
罪なき民衆が無闇に殺されようとしている事実を聞いて、居ても立ってもいられなくなり、
尊敬するファーレンハイトや敬愛する兄に解決して貰おうと作戦室に押しかけて来たのだ。

ただ、既に勝利の為に民衆を見殺しにする『覚悟』をしてしまっていた面々は、
少女の直ぐな瞳に見つめられると、顔を背けるだけで、その期待に応えることが出来なかった。

この様子に、世間知らずではあったが、勘の鋭い少女は目の前に立つ男達がどういう決断を下したか、悟ってしまった。


『嘘…、みんなも仕方ない。どうしようもないって諦めるの?
 勝つためだったら、どんな愚かで酷い事も見逃すって言うの?』

「アルフィーナ、下りなさい!ここは子供が来る所では無い!」

『嫌よ!!お兄さまは民衆を見殺しにして平気なの?私達は誇り高き帝国貴族よ
 貴族は民衆を守り導き、誇り高く生きるから貴族だと教えたのはお兄様じゃない!』


信じられないと言った様子で尚も言い募るアルフィーナに
堪りかねた兄のアルフレッドが強く窘めたのだが、逆に火に油を注ぐ形となってしまう。

目の前で繰り広げられる兄弟喧嘩の様相を帯びた初歩のマキャベリズムを題材にした論争を、
メルカッツやファーレンハイトと言った重鎮は眼を閉じ、黙して聞き、
ザンデルスやシュナイダー、シューマッハといった青年将校は、居心地悪そうに、その場に佇むだけであった。

それだけ、王様の耳はロバだと叫ぶように『悪い事は悪い!』と声を大にする少女の言葉は重く、鋭かったのだ。



『ファーレンハイト中将!閣下は、アムリッツアの悲劇をお忘れになったのですか?
 民衆を道具にするローエングラム侯を許せぬからこそ、立ったのでは無いのですか?』


埒の明かない兄との口論に見切りをつけることにした少女は、
この場の実質的なリーダーであるファーレンハイトに言葉をぶつける。
これで通じなければ、例え自分一人であろうと駆逐艦でも砲艦でもシージャックしてでも、
ヴェスターラントの民衆を救うために行動起こす心算であった。
子供の戯言のようなことではあったが、彼女は本気だったし、だからこそ、その言葉は真っ直ぐに相手に届いた。



「メルカッツ総司令官、どうにも年を取ると下手な知恵が付いて
 言い訳ばかりが上手くなるようですな。少し焼きがまわっていたらしい」

『卿が年を取ったと言うなら、私はとっくに苔が生えた骨董品か、生きた化石だな』


自分の質問に応えず、どこか間の抜けた世間話のような会話を総司令官のメルカッツと交わすファーレンハイトに、
アルフィーナは毒気を抜かれて、何とも言えない顔をしていたが、
二人の年長者の間に割って入ってはいけない空気を感じ取ることだけは出来たので、少女は静かに待った。


『行くのかね?』

「総司令官には、いや、部下や仲間にも迷惑をかけますな
 ただ己が思うままに、己が思う道を行くこととしましょう」

『ふむ、それも本懐か』 「御意」



「ザンデルス、艦隊を動かす。直ぐに出撃の準備を整えろ!」

『閣下、もう準備なら既に出来ています。無論将兵の意志の確認もしてあります』


先読みして動いていた副官に、にやりと笑った烈将は、
自艦隊の副司令官のホフマイスター、参謀長のブクステフーデに続けて指示を出すと共に、
参軍を命じるアルフレッドやシューマッハにも矢継ぎ早に指示を与えて行く。

一度出ると決めたからには、それは果断を持って速なるべしを地で行く
烈将の動きに各々が応じて、作戦室は一気に慌ただしく動き始める。


この目まぐるしい変化に一人取り残されたアルフィーナは、部屋の中央でおろおろとしていたが、
自艦へと向かおうとする兄のアルフレッドに腕を引っ張られ、半ば状況を理解しないまま作戦室を後にする事になる。



『Gangster488』に勝利をすてる『覚悟』をさせた事に気が付かないまま…





■たった一つの航路■


帝国歴488年8月3日、ヴェスターラントへの核攻撃を阻止するため、
ファーレンハイト率いる2万5千隻の艦隊は、辺境支配星域の治安維持という名目でガイエスブルク要塞を後にする。

なお、ヴェスターラントを攻撃するため先に飛び立った攻撃シャトルは、超高速シャトルであったが、
貴族連合の支配星域を通って大きく迂回しながら目標攻撃地点に向かうため、
ファーレンハイト艦隊は、ラインハルトの勢力が支配する勢力地を通る最短ルートを通って追撃する方針を取る。

これは、腐っても帝国一の貴族が要する最新鋭の高速攻撃シャトルに追い付ける艦艇が、自艦隊に存在しなかったため、
敵艦隊との遭遇もやむなしと考えた上での航路選択であった。



■■



「しかし、二百万の民衆を救うために二百万以上の軍人を死地に追いやるとは
 歴史家は俺のことを、勝利を捨てて史上最悪の行動を取った男と評するかもしれんな」

『そうなると、我々は史上最悪の将軍に喜んで着いて行ってあげた
 お人好しで素晴らしくやさしい兵隊さん達になりますね。悪く無いですね』

「ザンデルス、卿の言に含まれる毒が強くなったような気がするのは、俺だけか?」

『さぁ、どうでしょう?小官はいつもと変わらずに通常運転だと思っておりますが』



なんとも可愛げのない頼りになる副官の態度に苦笑いしたファーレンハイトは、視線をメインモニターが移す虚宙へと向ける。
その先には、恐らくリッテンハイム侯爵を敗北させ、死に追いやったラインハルトの腹心、
キルヒアイス上級大将率いる大艦隊が展開していると予測していた。
主君と同様に軍事的手腕に優れた相手を抜いて、時間制限を超えない様に攻撃シャトルを止めなければならない。
実に骨が折れそうな仕事を前に、珍しく豪胆な男は溜息を吐いた。もっとも、副官にすら気付かれないよう目立たずにであったが。


死を覚悟して民衆を救うと言う自分の我儘に付き合ってくれる将兵に、情けない姿を見せる訳にはいかなかった。



■■


「司令官、少し休まれた方が?リッテンハイム侯の死後
 辺境にまで戦力を割く余裕は貴族連合には無いと思います」

「ワーレン提督と私も同意見です。投降した兵力の再編は
 確かに急務かもしれませんが、ここまで急がれる必要は無いかと」

リッテンハイムの死後、多くの貴族連合の兵達がキルヒアイス率いる別働隊に降伏したため、
彼等は連日連夜、その吸収した兵力を再編し、戦力化することに追われていた。
特に、総司令官であるキルヒアイスは、誰よりも精力的にそれを行ない、
不眠不休と言っても良いぐらいの様相を見せていたため、
年若い司令官を心配した副将の二人は、揃って休息をもう少し取るように進言するため旗艦を訪れていた。


「ローエングラム侯と合流して、一日も早くこの内乱を終結するために、兵力の再編を
 急ぐのは必要なことです。ですが、お二方に心配をさせてしまうようでは、駄目ですね」


キルヒアイスは自身の身を案じてくれる副将、年長者の二人の好意に謝意を述べ、一日だけ休息を取る事を約束する。
終息に向かい始めた内乱に置いて、既に彼等が位置する辺境星域の戦略的価値は薄れ、
それを奪い合うような戦闘が起こる可能性は、軍事学的見地から見ても非常に低いものとなっていたのだ。


もっとも、全く違う価値観をもとに動いている艦隊が直ぐ側に迫りつつあったが、
それを察知できなかったことは、彼等の優秀さを少しも損なう事は無い。

向かいつつある相手の方が、常識外の圧倒的に愚かな行為をしているのだから…




■烈将会戦■


帝国歴488年8月18日正午、キルヒアイス率いる4万5千隻の艦隊は、
突如侵攻してきた貴族連合軍艦隊2万5千隻に攻撃を受ける。

開戦当初から戦力差は明白であったが、キルヒアイス率いる別働隊に取って
予想外の襲撃であったため、ローエングラム陣営らしからぬ初動の遅れが生まれてしまう。
戦巧者のファーレンハイトは、それが唯一に近い勝機だと弁えており、敵の僅かな乱れを突かんと、
火力を集中させ、物資の消費を惜しまぬ激しい攻撃を、前面に展開するキルヒアイス艦隊にぶつける。



■■


『まったく、相手の将兵には同情しますよ。こんな所に敵が攻めてくるなんて
 普通は考えませんからね。今更奇襲しても意味がない所での攻勢ですしね』

「だからこそ、ここまで容易く虚をつけると言うもの!ホフマイスターの艦隊を前に出せ!
 敵艦隊の左翼にある綻びを広げてやれ!ランズベルク艦隊はそのまま砲火を維持しろ!」


見事に先手を打った形になったファーレンハイトは機器としながら艦隊に指示を出していく、
どちらかというと速攻攻勢を得意とする彼に取って、今の戦況は気を逸らせるに十分な物であった。
リッテンハイム等の率いていた戦力の再編が不十分なことも自身に味方していることを
当然悟っている彼は、とにかく自戦力を動かしつづけ、相手の動きの僅かな鈍さを突く事に腐心する。

ヴェスターラント核攻撃の阻止と言う第一目標を抱える彼等にとって、ここでの敗北や時間の浪費は許されない。
末端の兵卒達は、『早く、もっと苛烈に!』と、合言葉のように叫びながら眼前の大軍に攻撃を仕掛け続ける。





「どうやら、司令官閣下に休息を勧めたのは要らぬお節介だったようだな
 こうなってくると数が多くとも、役に立たぬ兵が邪魔で動きにくて敵わんな」

ホフマイスターの激しい攻勢に晒されるワーレンは数日前の進言を若干後悔しながらも、
敵によって開けられた穴を辛抱強く塞いで、相手より絶対的優位な数を活かそうと、
相手の突進をある程度許容しながら、柔らかく包み込むように反包囲の罠に引きずり込もうとしていく。
また、それと同時並行して使いにくい再編が不十分な投降してきたばかりの艦隊を戦闘地域から遠ざけ、予備戦力の位置へと動かしていく。
地道で地味な作業であったが、それを辛抱強く続けることで、敵の鋭鋒を徐々に鈍らし、逆撃を可能にしていく。


「ワーレン提督らしい見事な用兵と言いたい所だが、只でさえ再編途上の多い後陣に
 動かせぬ戦力を押し付けるのは勘弁して貰いたいな。これでは戦闘に参加など無理だ」


別働隊の後陣を受け持ったルッツ中将は、前陣1万5千隻を率いるワーレンの巧緻な用兵手腕に感嘆すると共に、
彼や司令官のキルヒアイスから次々と寄越される再編途上の部隊の吸収に追われる無様な状況に、らしくない毒を吐いていた。
このまま、戦力と考え難い1万隻程度の後陣自体を更に後方に下げて、戦闘宙域から離脱した方が良いかと思案し始めていた。





「何故このような無意味な戦闘を仕掛けてきたのかは解せませんが
 流石はファーレンハイト提督ですね。ワーレン提督で無ければ
 前陣は瞬く間に抜かれて、本陣も大きな打撃を被っていたでしょう」


有り得ない奇襲に首を何度か傾げながらも、名将の誉れ高い赤髪の提督は、
素早く再編し終えた1万隻の内、左右に5千隻ずつ分けて前陣の両外に押し出し、
密集形態を取って果敢に中央突破を試みる敵艦隊を両翼で包み込むような陣形を構築していく。

もう2時間ばかりファーレンハイト艦隊が開戦当初と変わらぬ前進を続けていれば、
その両翼と、ワーレンの構築した戦隊単位に狙いを定めた個別の小さな反包囲網という
二重の用兵術によってファーレンハイト艦隊は宇宙の藻屑と化していたかもしれない。




「艦艇の速度を緩めろ!無謀な攻勢による御祝儀は終わりだ!」


状況の変化を素早く察知したファーレンハイトは突出した形のホフマイスター等の前衛を下らせると同時に、
本隊を緩やかに前進させ、下る味方を敵に包みこまれるギリギリのタイミングで飲み込み、
横陣の形を取ることに成功すると、そのまま艦のエンジンを逆噴射させ更に後方へと下り、
即席の左右の両翼と前陣繋ぎ目の乱れを集中的に突いて、不格好な白鶴の羽を一枚一枚執拗に毟り取って行く。


これに対して、左右の部隊と無理に連動しようとしても被害が増すだけだと、正確に洞察したワーレンは、
斜行陣を取って集中的に左翼の集中的に戦おうとする敵を相手に、開戦当初相手が見せたような果敢な中央突破を試みる。


ファーレンハイト艦隊の急襲から始まった戦闘は、ようやく10時間を越えようとしていたが、
その僅かな時間の間に、互いの陣形は目まぐるしく変わり、攻守の入れ替わりも何度も行なわれるなど、両者拮抗した戦いを繰り広げていた。

戦力の優位さを活かそうと重厚な用兵を行なうキルヒアイスに対し、
錬度の高さを活かした機動戦を挑むファーレンハイトを支える兵達も己の持てる力を全て出し切る勢いで戦闘に明け暮れていた。



■■


『艦長!敵巡航艦、主砲直撃来ます!!』

ホフマイスター艦隊所属、軽巡航艦イレイザの船体に敵艦から放たれたレーザーが直撃し、激しい閃光が辺りを包む。
対レーザー中和システムでも抑えきれないエネルギーの奔流が船体を貫き、各所で小爆発を起こしていく。
熱中和を越えた熱量に晒された兵達は僅かな苦しむ時間を与えられただけで、その体を溶かし、
爆発で体の一部を失った兵は喚きながら、自分の足や手を求めて残された腕や足を狂ったように動かす。

一瞬で地獄の様な場と化した艦艇であったが、幸福にも死を免れ負傷もしなかった兵達は、
逃げだすのではなく、戦い続けるために艦艇の損傷を確認し、復旧作業にあたって行く。
死んでいない内は生きているのだから、生き続けるための行動を彼等は取らなければならない。


「C-1、2、3ブロック電源喪失!予備電源も作動しません」
『そんなこと言われんでも分かっっとるわ!!CからEまで一旦電源を落とせ!!
 別ブロックとコネクトさせろ!!ガキだってわかる方法だ!さっさとやれ馬鹿やろうっ!』

「第二格納室圧力低下!隔壁閉まりません。外壁貫通の可能性有り
 生存作業員の一時退避許可を願います。退避後第一格納室隔壁下げます!」

『退避許可!第一の隔壁を降下完了後パージ!!損傷レベルの高い部位で
 パ-ジ可能な場合は全て外す!どの道次が無いんだ。惜しまず捨てちまえ!!』
 

ただ、死線を何度も越える内に兵達は次第に感覚がマヒし、死ぬために生きているのか、
生きるために死ぬのか分からなくなり、
問題を解決する、指示に従う、敵を殺す・・・
全てを単純化し、生きている間は訓練された行動をただひたすら繰り返すだけになって行く。

兵卒が死ぬまでマトモで居られる程、戦場は優しい場所では無かった。



■勝利条件■


「まったく、投降兵との混合艦隊とは思えない動きになってきたな
 戦闘中にも再編を同時並行して見せるとは、貴族どもが勝てる訳がないな」

『今更分かり切ったことを言って感心してないで下さい
 閣下、そろそろ動かないと、時間が押してきています』

目の前の敵手の素晴らしい軍事的手腕を称賛する豪胆な上官に、ザンデルスはさっさと次の行動移れと促す。
戦闘時間は既に30時間を越え、兵の疲労も高まり、戦闘物資の方も先が見えてきていた。
また、そろそろ相手を突破しなければ、核攻撃を企むシャトルの捕捉・撃破が難しくなる。
呑気に用兵の才を相手と競っている暇は無いのだ。


ファーレンハイトは敵艦隊を破り、最低でも一定時間相手を動けないようにし、
高速シャトルを撃破するのに十分な戦力をヴェスターラントに送り込まなければならない。
それを成さなければ、200万以上の軍人を民衆の変わりに死地に追いやった意味が無くなってしまう。

この絶対に失敗の許されない、勝利するしかない状況が烈将と呼ばれる漢の血をこれまでにないほど滾らせた。



■■



『敵艦隊、微速ながら後退していきます!』


オペレーターの報告にキルヒアイスだけでなく、それぞれの旗艦で同じような報告を受けたワーレンもルッツも首を傾げる。
ようやく無駄な戦いだと敵が気付いて兵を引き始めたのかとも考えたが、
そうであったとしても気付くには遅過ぎるし、今更退く理由も無い様に思えた。
罠だとしても、どのような罠を仕掛けるか見当もつかなかった。


「相手の出方が分からない以上、こちらの取れる最善をとることにしましょう」


意味の無い戦いで勝つ必要が無いと考えたキルヒアイスは、
相手と同様に激しい戦闘で傷ついた艦隊を立て直すことにする。
無論、敵の再攻勢に対応できる体制を維持しながらの動きである。

先ずはルッツの後陣に再編途上の戦力だけでなく、損傷艦艇を加えて戦闘宙域から大きく退避させる事にし、
戦闘可能な艦艇を中心にワーレンと自分の艦隊を再構築する。
その隙も無く、そつの無い手腕はまたしてもファーレンハイトの唸らせる見事さであった。



だが、戦局はまたしても動く。


『敵艦隊のおよそ半数!本陣を避ける様に迂回しながら、後陣に向かって突進していきます!』

「狙いは分離した手負いの艦隊ということですか、やはりしたたかな相手ですね」


手負いの相手をつけ狙うような卑劣な仕打ちに些か嫌悪感を示しながら、
無意味な戦いで合っても終始、堂々と用兵の才を競ってきた相手が、このような卑劣な手を取るとは思わなかった甘さをキルヒアイスは悔いた。
ただ、どのような事態に対しても対応できるよう構えていた甲斐も有って、
敵の卑劣な牙が後陣に届く前に、救援は間に合いそうであった。


『敵艦隊残り半数、逆の左回りで!我が艦隊を迂回しながらゆっくりと後方宙域に進軍!』


「味方の救援に動く我々の後方を突く作戦ですね。ワーレン提督の艦隊を向かわせましょう
 相手の艦隊に対して兵を割っても、こちらの方が数は上です、慌てる必要は有りません!」


右回りで後方に向かうルッツ艦隊を狙うファーレンハイト率いる本隊、
遅れてキルヒアイス艦隊とワーレン艦隊の後方を扼す左回りの動きを見せるホフマイスター艦隊とランズベルク艦隊、

この動きに対して、キルヒアイスが取った対応は、常道であり、
常に相手以上の兵力を持ってあたると言う用兵の原則に反しない正しい選択であった。
もっとも、相手が自分達に勝つために動いていた場合に、その正しさは限定されていた。





「お兄様、艦を移ってこの宙域を離れろなんて!意味がわかりません!!」


唐突に旗艦を移って別の艦艇に乗ってこの宙域を離れろと言うアルフレッドの言葉に
アルフィーナは盛大に抗議の声をあげていた。
ただでさえ敵の後方を扼す作戦が看過され、自艦隊より多いワーレン艦隊が迫っている危機的状況の中、
肉親である自分だけを逃がすような行為をする兄の態度が許せなかったのだ。

そんな妹らしい真っ直ぐな正義感の発露に、アルフレッドは優しい笑みを浮かべながら、真実を告げる。


「アルフィーナ、意味は簡単だ。お前とシューマッハ大佐が率いる小艦隊が民衆を救うのだ」
『お兄さま…?なにをおっしゃって・・』

「もとより、このような遭遇戦に勝つ必要など無いのだよ。我々の勝利は民衆を救う事だ
 それまでの時間を我が艦隊とホフマイスター中将の艦隊が稼ぐのが今の目的と言う事だ」


確実にヴェスターラントへの攻撃を防ぐには、味方以上にラインハルト率いる戦力の妨害の方が問題だと、ファーレンハイト達は考えていた。
貴族の愚行に反発する貴族連合の兵卒の一部は必ず敵であるラインハルトの力に縋ろうとするだろう。
それ自体は何ら問題ない行為であり、彼等が自分達の変わり愚行を阻止してくれるなら言う事は無い。

だが、彼等がその愚行を、門閥貴族に対する民衆の反発を煽るために利用しようとしたら?
アムリッツアの地獄を行なった彼等が同じように民衆を道具にしないとは言えない。


確実に民衆を救うためには、ヴェスターラント付近のローエングラム陣営の戦力を排除、
若しくは動けない様にして、自力で核攻撃を阻止するしか方法が無いと考えたのだ。


「最初から、囮になるために戦ったというのですか?みんなで助けに行くためじゃ無く!」

『そうだ。我々が派手に動いたことで、この星域にローエングラム陣営の戦力の
 大半が集まっている。少数の阻止部隊だけでも妨害を受けずに目的地に着ける筈だ』


自分も最後まで残って戦うと喚く少女をシューマッハ大佐に無理やり押し付け、
旗艦から追い出したランズベルク伯アルフレッドは、迫りくるワーレン艦隊に向かって艦隊を動かす。
それに連動するようにホフマイスターの艦隊も同じように艦隊を動かし、
離れて行くアルフィーナ達の小艦隊を敵艦隊の追撃から守るような布陣を取る。
本当の勝利条件を満たす為に、彼等は捨石になって時間を稼がなければならなかった。




    『行け!アルフィーナ!!黄金樹の誇りを守るのだ!!』





■■


「こちらは囮の死兵か、やっかいな相手を任せられたな。ただ、時間を掛けては
 司令官の方が苦戦する。怯むな!手負いの損傷艦艇ばかりだ。押せば崩れる!」


戦闘開始直後、ワーレンは直ぐに自分達が大きな勘違いをさせられていた事に気が付く。
『ゆっくり』と後方を扼す動きを見せた相手は、早く動こうとしても出来ない損傷艦艇を集めた囮だったのだ。

ただ、彼等は乏しい戦闘能力しか持たなかったが、『覚悟』した集団であった。
絶望的な火力差、戦力差に怯むことなく、ワーレンの率いる艦隊に次々と虐殺されるように殺されても、
一隻も降伏すること無く粘り強く抵抗を続け、可能な限り敵艦隊に時間を浪費させていく。
生命をチップにした勝利無き持久戦に持ち込まれたワーレンの部下達の多くは、
嬲り殺すような自己の行為に吐き気を催しながら、一刻も早い戦闘の終結を願いながら引き金を引き続けていた。
殺される側よりも、殺す側の方が精神的に追いつめられると言う奇妙な現象が生まれていた。




「ランズベルク伯にホフマイスターの二人は良くやってくれているようだ
 別働隊も上手く抜けたようだし、後は目の前の雄敵を討って名を成すのみ!」

『まぁ、降伏するには相手を殺し過ぎましたし、最後に勝って終わるのも悪く無いですね』


作戦の成功を知った本隊の精兵を率いるファーレンハイトは、狙いをルッツの後陣から
早々にキルヒアイス率いる本陣へと変え、自ら最前線付近に旗艦アースグリムを置き、最前線で
全軍の指揮を執る。
その勇戦ぶりは烈将の名に恥ずかしく無い物であり、死兵と化した彼の部下と共にキルヒアイス艦隊に猛然と襲いかかって行く。



「相手の攻勢は半ば自棄による物です。落ち着いて艦列の穴を塞ぎ
 敵を包み込むように対処していけば、戦力では此方の方が勝っています」

常人であれば艦隊を下げたくなるよう激しい攻勢に晒されながらも、
年少の指揮官は若年者とは思えぬ落ち着いた的確な対応を見せ、
終始、相手に勝る戦力を活かす戦い方を辛抱強く取り続ける。その老練とも言える用兵手腕にはファーレンハイトも舌を巻くほどであった。

事実、あと2、3時間程度、相手の攻勢をいなすことが出来れば、攻守は逆転し、
キルヒアイスは理解不能な攻撃を仕掛けて来た敵艦隊を討ち果たしていただろう。




ただ、彼にはほんの少しばかり、英雄になるための運が足りていなかった。

『敵、旗艦主砲の直撃来ます!!』「馬鹿なあんな主砲があるかよっ!!」

ファーレンハイトの旗艦アースグリムの規格外な主砲の一撃が、
彼の頭髪と同じ色に染められた旗艦バルバロッサの艦腹を深く抉り取ったのだ。




「閣下!!しっかりして下さい!直ぐに艦を脱出しましょう」

「ベルゲング、リューン大佐、…後の艦隊の指揮は貴方が執るように・・
 ラインハルト様に申し訳ないと…、アンネローゼ様には、ジークは…約束・・」

「「閣下!キルヒアイス閣下!!」」

化物染みた主砲の影響は艦橋にも及び、若く将来が約束された筈のキルヒアイスの生命すら無慈悲に奪い取った。
彼の遺命を受ける形になったベルゲングリューン大佐は、最初主君の遺体も脱出用シャトルに運ぼうと考えたが、
負傷したものの生きのあるビューロー大佐等、負傷者の搬送を優先することにし、主君の遺体の回収を断念し、
轟沈しつつある旗艦バルバロッサを後にする。


一方、未来ある若者の命を無慈悲に奪ったアースグリムとその主人も死神の鎌から逃れることは出来なかった。
キルヒアイスの戦死後、混乱した艦隊に更なる攻勢を仕掛けていたファーレンハイトだったが、
もとより相手に比して過小な戦力で戦うのにも限度があり、
敬愛する司令官の復讐を為さんと執念に燃えるベルゲングリューンが立て直した本陣と、
囮の部隊をようやく掃討し終えたワーレン艦隊に挟み込まれるように攻撃を受けて万事休し、遂に旗艦諸共、砲火に呑み込まれた。



「ザンデルス…、生きているか?それとも先に逝ったか?」

『最後くらい、静かに死なせて…欲しいですね』


横たわる副官のいつもと変わらぬ返答に、咳き込みながら笑ったファーレンハイトは、自分の死を間近に感じていた。
既に艦橋の室温制御も限界を迎えつつあった。脇腹の傷は痛覚ではなく熱となって感じ、致命傷であることを否応も無く悟らせた。
既に参謀長のブクステフーデは物言わぬ屍と化し、ヴァルハラか地獄の住人となっていた。


ザンデルスは、主と同じ死の途上の中で、烈将の呟きを聞いたが、急速に失われて行く聴力では良く聞き取れず、
『本懐』という主が時折使う一語を聞きとるのがやっとであった。





戦闘開始から67時間、後に『烈将会戦』と称される帝国辺境星域遭遇戦は、
両軍の総司令官の戦死を持って終結を迎える。

ファーレンハイトの死後、ようやく降伏し停戦に応じた艦艇は僅か6千隻で、優に200万を超える将兵がその命を散らしていた。
これを迎え撃ったキルヒアイス艦隊の損害も大きく、撃沈若しくは航行不能となった艦艇は1万6千隻、
大破して修復が不可能な艦艇も6千隻を越えるなど、戦略的無価値な戦闘で生まれるとは到底思えないような損害を被っていた。
単純に人的被害を計算すると、救われたヴェスターラントの民衆の二倍以上の戦死者と負傷者が生まれた形である。


この結果から、後世の歴史家や軍事評論家からは、ファーレンハイトは軍事あるかンチズムに陶酔した戦争屋に過ぎないと、しばしば批判される事になる。
また、所詮はファーレンハイトも貴族の末端に連なる者で、自分の我によって多くの兵卒を巻き込んだと殺人者と酷評される場合も多々あった。

同じ時代を生きた自由と民主主義の為に戦った英雄と評されるヘイン・フォン・ブジンなども、
勝利よりも民衆を救う事を優先した烈将についてマスコミから質問され際には、


『どうせ止めるなら、攻撃シャトルが出撃する前に止めろよな』


…と至極合理的で辛辣な回答をしており、多くの大衆歴史小説家や英雄史観に囚われた人々とは隔絶した態度を見せている。
この発言を見る限り、ヘイン・フォン・ブジンはファーレンハイトやミッタマイヤーと言った純粋な軍人というよりも、
オーベルシュタインに代表される謀略家タイプの人間であったと考えられる。

また、自らの半身を失ったラインハルトが、親友と相討ちになった相手を必要以上に持ち上げることで、
死した友の価値を高め、幾許かの慰めとしようとした点も窺え、
悲劇史観によって、とかく美化されがちな『Gangster488』に対する評価を曇らせる要因になっていることも、ここに付記しておきたい。

                            ライチェル・ベルガー著『虚構の烈将』より抜粋



■盟約のあとさき■


後世、様々な論評を受けることになるファーレンハイトやザンデルス、ランズベルク伯の死後、
急速に輝きを失った『Gangster488』の生き残りは、ガイエスブルク要塞内での発言権と実践能力を大きく失い、
主体的な行動を取ることの無いまま終戦を敗北と言う形で迎えることになる。


総司令官のウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将は、
キルヒアイス消失という痛事に半ば激発したラインハルト・フォン・ローエングラムの苛烈な攻勢に善戦するものの、抗しきれず、
ガイエスブルク要塞陥落後、副官でもあり同士でもあったシュナイダーの勧めに従って逃走し、自由惑星同盟に亡命する。

また、ヴェスターラントの民衆を救ったことで名を成したアルフィーナ・フォン・ランズベルクは、
救出作戦後、直ぐに率いる小艦隊を解散し、地下へと潜る。
彼女が再び銀河の表舞台に戻るには、少しばかり時間を要することになる。


一方、勝者となったローエングラム陣営の動きも非常に慌ただしいものであった。
親友を失った悲しみを忘れるためか、戦いに没頭したラインハルトは、
歯応えの無い貴族連合をあっさりと破り、ブラウンシュバイク公を始めとする門閥貴族を処断すると、戦いの場を宮廷闘争へと早々に移した。

その際、オーベルシュタインはファーレンハイトと帝国宰相リヒテンラーデ公爵が結託し、
故キルヒアイス元帥を死に追いやり、今なおローエングラム侯の抹殺を企んでいると糾弾し、
『いざ、オーディン!』とばかりに諸提督たちを艦隊と共に首都へと急行し、
玉璽と幼帝を抑え、帝国宰相を拘禁し、処刑することによって完全に銀河帝国の実権を掌中に収めた。



結局、黄金樹の誇りを胸に戦った者達の戦いは、華々しい物ではあったが、歴史の趨勢を決めるものでは無かったのだ。


銀河の一方の主役であるラインハルトを中心にして歴史が動こうとする中、
もう一方の銀河でも、その中心を担う者達の道筋が定まろうとしていた。

自由惑星同盟でも繰り広げられている内乱劇にも、幕が下ろされようとしていたのだ。



    ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~





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