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[34137] キタローの幸せリア充ライフ用のぺルソナ4 【P4×P3主人公】
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/07/14 18:41
題名通り、伝統的に救われないと言われているぺルソナ主人公勢の中でも
際立った不幸体質であるキタローを番長のような幸せリア充イケメンに
するためのSSです。P4Gの余りにも幸せに満ちたストーリーを見て此処に
キタローねじこんだらどうなるだろうという思いつきで発案。
番長(主人公)の位置にキタローを置いてみました。
転移とかではなく普通に入れ替えただけなので年号が異なる、矛盾している等
といった部分も出てくると思います。そこはパラレルワールドということで一つ。
内に秘めたシャドウ云々等の設定もほぼ意味を失っています。
なお、キタローは月光館学園で1年をすごした後、お引越しした模様。


★注意★

P4主人公は登場しません。
キタローの性格はゲーム内と漫画版に準拠しているつもりです。とはいえ自分の色というものが無意識に表れるかも知れません。
元々、結構前に他の場所で連載をしていたのですがとある理由で中途断念した代物です。
今作はリメイク版とも言えるかも知れません。最も、以前の文章データはないのですが(笑)
ぺルソナ4というゲームの毎日をそのままSSにするとなると余りにも長くなってしまいます。
そこで可能な部分は削減するつもりなので、イベントがゲーム内での日にちと違う等といった部分もでるかと思われます。





[34137] Sweet Way
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/07/14 02:22
『────はじまるよ。君の運命の輪は、再び此処で“虹”を描くんだ』



………。


……。


…。



────微睡む意識の中。
心地よい快楽と共に、誰かに呼ばれ肩を揺すられたかの様な感覚に、ゆっくりと眼を覚ます。


「………」

顔を覆ってしまっている前髪を軽く払う。
寝起き特有の脱力感が身体を包む中、周囲を見回しても当然のごとく人影は見当たらない。
……ここは目的地へと向かう小さな電車内。どうやら、電車が走る軽やかな揺れを子守唄の様に感じ眠気を誘われて、またその揺れに眠ってしまった意識をも揺さぶられたようだ。
窓の外の景色は既に、テレビでしか見た事も無い様な“何も無い風景”へと変わっていた。


『え〜次は〜……八十稲羽〜八十稲羽〜…』

(田舎の魔力……)

頃合いを見計らったかの様に車内に響く、“目的地”を告げるアナウンスにそんな事を考える。
各地を転々としていたとはいえ都会育ちで電車に慣れている自分が、まさか目的地を前に不用意に眠ってしまうとは思わなかったのだ。言い換えればそれほどに快適な旅だったのだろう。
…最後の最後で起こしてくれたのは、田舎なりの情けなのかもしれない。
柄にも無くそんな馬鹿らしい事を考えている内に電車の揺れは収まる。…どうやら、着いたようだ。
無言で首から下げたイヤホンを装着し、walkmanのスイッチを押す。
さぁ、これから“また”新たな生活が始まる。……今日も恐怖に立ち向かう“勇気”を貰わなくちゃいけない。
割りと小さく纏まった荷物を手に立ち上がる。
────その時乗車口から見えた溢れんばかりの眩い光は、有里湊にとってこの決断を祝う希望の光の様にも見えたのだった。









「───……」

車内から降りた先の景色は、僕にとって酷く新鮮なものだった。
整備の届いていない錆びれた券売機。4人は座れるベンチが4人分全て空いている状況。雑音が無く電車が去った後は試験中のクラスの様に無音となり、鳥の声だけが緩やかに響き渡る駅のホーム────。
……培ってきた常識が覆される事はこんなにも新鮮味があるものだったのだろうか。
とはいえ、“曲”の邪魔が入らないのは素晴らしい事なのだけれど。それに、聞いた通り緑が溢れていて空気が美味しい気がする。
────ゆっくりと。時間をかけて。車内から見る景色とはひと味違う光景に軽快なBGMをかけながら駅の出口へと脚を向かわせた。
八十稲羽駅。それにしても、小さな駅だ。



………。


……。


…。



「お〜い! こっちだ〜!」

駅を出て、いよいよ新たな生活が始まる地へ踏み込むのと同時に感じるのは、ビルに隠れない太陽の暖かな陽射しと、イヤホンから流れる音楽を掻き消すほど野太く大きな男性の声。
電話越しに何度も聴いていた声────懐かしい“叔父”のものだ。どうやら待たせてしまったらしい。イヤホンを取り、小走りに駆寄る。
……太い声。渋い容姿に仄かに香る煙草の匂い。本当に変わりない。


「よう。久しぶりだな、湊。また一段と美人になったな」

「……」

「……ははは。もう高校生にもなる一端の男に使う褒め言葉じゃなかったな………あいてっ!」

背を叩かれたのか、叔父はすっ頓狂な声を上げて身を仰け反らせる。
若干“いい気味”と思いながらもその背の影に眼を向けるとそこには、見知った姿────ではなく、記憶の中の姿から大きな成長をした少女の姿があった。
…驚きは無い。子供の成長は早いのだから。少女………堂島菜々子は父・堂島遼太郎のお尻を叩いて前に出たのは良いものの、自分にかける言葉が上手くまとまらないのか、眉でハの字を作り口をぱくぱくとさせている。


「あ、あの………菜々子……」

────そんな“変わらない”姿も見る事が出来て、自然と温かな気持ちが溢れる。腰を折り目線を合わせ、出来るだけ柔らかな声を心がけて助け舟を出す。


「……大きくなったね、菜々子」

「あ………う、うんっ。………湊君も………お兄ちゃんも、すごくおっきくなったよ?」

一輪の花の様に可憐な笑顔に、自然と頭に手がのびる。……今度は大輪の花を咲かせてくれた。


「────。まぁ、何年来だ。積もる話もある。3人で家に“帰ろう”。湊、今日はお前の歓迎会だ」

「………お世話になります」

自分と菜々子、二人の背に腕を回す叔父の言葉に素直に頷く。
───自分に気を使っている叔父とその娘にぎこちない笑顔を向けられながら。
“そう言えば人と話すのは久しぶりだ”と何処までも澄んだ頭の中で、僕はそんな事を思い描いていた。





■ ■ ■ ■





「ただいま~」「…ただいま」

待っている人間はいないというのに、少女らしく元気よく帰宅を告げる菜々子と、対照的に太い声色で小さく呟く様にそれを告げる堂島。
二人の手には、行きつけのスーパーで買ったと思われるビニール袋と、予め予約しておいたのか大きな寿司袋が抱えられていた。
その足のまま二人は“歓迎会”の準備を始める。
先程の気を使っていたかの様な、何処か引き締まっていた表情は既に二人からは消え、和やかな雰囲気が居間へと訪れる。
そんな中、遅れて登場するクールドライな青年・有里湊は無言のままドアをくぐり、ふせていた瞳を上へ向け物珍しそうに家内を見回す。


「………ただいま」

再び目線を下げややあって呟いた言葉は、いそいそと食事の準備をする堂島のがっしりとした大きな背に微かに届く。
堂島はその万感の言葉に一瞬動きを止めた後、振り返り玄関に立ったままの青年へと出来るだけ穏やかな口調で声をかける。


「お前はそこら辺に座ってるといい。すぐに準備は出来るからな。……すまんな、買ったもんばかりで」

「いえ……失礼します」

「おう。……菜々子、皿は3枚だからな?」

「うん。もう出したよお父さん」

「そうか、早いな。……よし。それじゃあ乾杯といくか」

────同じく穏やかな表情を浮かべた青年が、テレビが設置されている居間へと腰掛けて幾分もなく、3人の“家族”の少し豪華な夕食は始まったのだった。









「……お兄ちゃん、寂しかった…?」

───食事の途中。明るく振舞おうと意識してはいたものの再び俯きがちになっていた菜々子は耐え切れずその言葉を零してしまう。
それは触れない様に触れない様にと注意をしていた言葉。
未だ幼い菜々子以上に神経質になっていた堂島は、ハッとした様に身をびくつかせ直ぐ様菜々子の口を塞ごうとするが、湊本人の目配せでその意図を察し渋い表情を作りながら乗り出した身体を戻し成り行きを見守る。
その質問に少しだけ驚いた表情を作っていた湊は、出来るだけ優しげな声色で菜々子へと真っ直ぐに向き合う。


「……どうして?」

「だ、だって……お兄ちゃん…………」

────菜々子と同じで、家族がいなかったから。
父から疎らに聴いた青年の生い立ちだけではなく、自身の境遇をも思い出したのか菜々子は見るからに涙目となり、その言葉の先を続けられない。
……有里湊は、今からおよそ10年前に不慮の事故で両親を失っている。
その後各地を転々としていたが、辰巳ポートアイランドの月光館学園で過ごした1年を最後に、母方の叔父であるこの堂島の家へと引き取られたのだ。
彼はこの10年間、ほとんどの時間をたった一人で過ごしている。
金銭的な援助はあったものの“家族がいない”その状況を危惧していた堂島は何度も何度も彼を引き取ろうと手段をこうじていたが、皮肉なことにそれがあだとなり、入り組んだ物事はうまく運ばなかった。
結果10年────少年が一人の男へと成長するには十二分すぎる時間が流れようやく堂島の悲願は達成される。
……遅かった。本当に。あんなに小さかった子はこんなにも大きく成長していた。もう少し、自分が上手い手段を使えていたら。家族を失う辛さは誰よりも解っているはずなのに───。
堂島の後悔は尽きない。だからこそ彼は、“これからは”出来うる限り青年に幸せと愛情を与えようと考える。それがきっとこの子の為にも………そして亡くなった姉の為にもなるのだから、と………。


「……少しだけ」

菜々子の言葉の続きを待つまでもなく湊は思ってもいないことを口にした。
本当は寂しくなんてなかったのだ。“誰か”が、何時も一緒に居てくれている気がしていたのだから。


「怖かった………かな」

───しかし思い返してみれば、それは安堵と共に言い知れぬ“恐怖”を自身へと与えていたと彼は考える。
漠然とした“何か”。自分が無気力なのはまるでそれを甘受するためなのではないか、と。


「じゃ、じゃあ………菜々子とお父さんが一緒にいるから、もう怖くないよね…? お兄ちゃんは、一人じゃないんだよね…?」

まるで自分の事の様に縋る菜々子に、湊はうっすらと笑みを浮かべて頷く。少女は青年がようやく見せてくれたその笑顔に感極まり泣きつく。
救いを与える者と与えられる者。どちらがどちらなのか解らない状況。
───そのやり取りを静かに見守っていた堂島もまた、溢れ出る感情と涙を堪えるかの様に強く握りこぶしを作っていた。





■ ■ ■ ■





何処までも広くそれでいて何一つ物が無い、檻の様に暗い空間の中。
────不思議な香りがする。
それは自分にとって近くて遠い存在。
…水面ニ浮カブ月。羽ヲ休メル蝶。蒼イ薔薇。張詰メタ弓。静寂ノ夜───。別の物に例えることはいくらでも出来るが、朧げで決して明確に掬いとる事が出来ない感覚。
矛盾の螺旋。しかしはっきりと自覚はしているんだ。だからこそ、それを“香り”なのだと自ら意図して錯覚をしていた。
───あの日から、有里湊が心の内にずっと抱えていた綻び………真実の楔。


『やぁ』

そんな時、ふと声がした。


『一つだけ───良い事を伝えにきたんだ』

誰だ、とは言わない。…言おうとしても口にすることはできない。これは“夢”なのだと知っていたから。


『つい最近にね。君は、己の定めとなる“運命の輪”から………弾かれた』

────虹を描く、運命の輪。その美しい軌跡から自分は弾かれたのだと、“彼”は言う。


『…あぁ、でも安心してくれていいよ。それはきっと、君にとっては良い事なんだから。そして────僕にとっても、ね』

“思い出したんだ。一足先に────全てを”
胸の内から響く声、姿を見せない彼はそう告げる。その中性的な声色は何処か不安定な揺らぎを感じさせた。
“外”にはいないと無意識に感じてはいながらも、耐え切れず手をのばす。
しかし─────。


『……また、逢いに来るよ』

別れの言葉と共に、黒一色に塗り潰されていたはずの周囲の空間は硝子の様に割れ、砕け落ちる。
夢には余りにも不相応なその苛烈さに驚き思わず視界を閉ざし、やや間を持って再び眼をあける。
するとそこには暗転した世界は無く、月明かりがよく映える“あの”大橋へと舞台が変わっていて─────。


『──ごめんなさい………』

その中で、のばされた己の腕を両手で握り締める、見目麗しい顔を悲しさに歪めた金髪蒼眼の女性の姿があった。









───たった3人でひっそりと行われた歓迎会の翌日。
この日初登校ということでそれなりに早めに目覚めた僕は、叔父にあてがわれた見慣れぬ自室の中で今朝の不思議な夢を反芻していた。


「───……」

腰掛けるのは西洋風の椅子の上。朝の光りが漏れるブラインドを開くこともせず、ただただイヤホンから流れる音楽に耳をすませ、“握られた”腕を見つめる。


(………。…“ごめんなさい”)

……全てを覚えている訳ではない。
一般的に夢は記憶の整理作業と言われている。その夢の中の出来事でさえも記憶として脳に完全に残すのならばそれは整理とは言えないものだ。
覚えているのは“救われた”という漠然な安堵。そして────“涙を流してしまいそう”な位に悲し気な表情を浮かべた女性の姿。より強く残っておるのは後者の方。
自分が今まで見たことも無い程に美しく、或いは人形の様に整った、人離れした風情を持っていた女性。
……心奪われるとはこういう事をいうのかも知れない。
あまりにも鮮烈なイメージ────彼女は夢の中だというのに、自分の意識を揺さぶったのだ。あの瞬間に目覚めたのははっきりと記憶にあるのだから。
……しかしだからこそ、そのヒトが悲し気な表情で自身に謝るという状況が気に掛かった。


「……」

見つめていた腕でそのままプレイヤーを停止させ、前髪を払う。
…単なる夢に過ぎないのは解っている。だけど思考の巡りは未だ止まらない。
彼女が自分に謝ったということは、彼女は僕を知っているということに繋がる。あの大橋には何となく見覚えがあるものの、正直な所女性には全く見覚えがない。
この一つの矛盾が、やけに心を乱す。…まるで異を唱えるかの様に。これがもしも矛盾等では無いとしたならば、それは────。
僕は………有里湊は、彼女を “忘れて”いるという事だろうか。
そこまで思考しハッとし、前屈みの身体を起こし時計を見る。
…もうすぐ予め定めておいた時刻だ。
仕事柄叔父の朝が早いのは知っている。だからこの家にお世話になる上で自分が朝御飯等の準備はしなければならない。
立ち上がり、イヤホンを取り外し首にかける。
部屋を立ち去る際に、先程まで熱心に思考していた懸念に対して最後に浮かんだ言葉(想い)はただ一つ…………“どうでもいい”。
だというのに─────。


「………大丈夫」

扉が閉まろうとする無人の部屋に向けて呟かれた言葉は、その謝罪に対する小さな答えだった。
────“有り得ない”はずなのに。腕にはほんのりと、彼女の温かさが残っている気がする。









眠気眼を擦りながら、菜々子が部屋から居間へと到着したころには既に朝食の準備は完了していた。
…とはいっても食べ盛りの自分と、成長期である菜々子にとっては少しだけ物足りないものではあるだろうけど。
限られた時間で朝食にと用意したのは、ホットケーキとスクランブルエッグ、それとサラダ&野菜スティック。気まぐれにミキサーでフルーツジュースなんてものも用意してみた。勿論、どれも子供が食べやすい様に小さく切ってある。
…一人暮らしは無駄に長いので、自炊は“それなり”だ。冷蔵庫の中身を把握していなかったにしては及第点だとは思うが、先に家を出た叔父が残していった食器やゴミを片付けるのに多少手間がかかってしまった。
今日は登校初日ということで、朝食用意の時間に加えて少しだけ余裕をもって起きたのだが、明日からも大体この時間帯に起きた方がよさそうだ。


「うわ〜! すご〜い! “ようふう”だ〜!」

……簡素だけど、それでも菜々子はキラキラと眼を輝かせてくれる。
頬を上気させ、待ちきれないと言った風に椅子の上で可愛らしく身体を揺らす。
流石に小学生に朝食をごちそうになる訳にもいかず、昨夜の歓迎会で自分が担当する事を予め伝えておいた。
菜々子は渋々にといった感じで了承をしてくれたのだけど、どうやらこの子のお眼鏡にあうぐらいには出来ているようだ。
────子供ながらに気を使ってくれたとしても、悪い気はしない。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! ホットケーキの作り方、今度菜々子にも教えて!」

「…いいよ」

昨日の涙はどこにいったのやら、こんなにも幼いのに女性らしく料理の作り方を知ろうとする少女の姿に自然と笑みが溢れる。ケーキにバターをのせようと動いていた手は、いつの間にか小さな頭の上にのせられていた。


「あっ………えへへ…」

菜々子は照れた顔を見せ、もじもじと身体を震わせる。
────最近は年に一度、会うか会わないだった少女との関係。年を重ねるにつれその頻度が少なくなっていた。
再会した時はもちろんお互いが驚いたのだ。対面する相手は、記憶の中の姿からあまりにも成長をしていたのだから。


「お、お兄ちゃん………ごはん食べたら、学校、いっしょに行こ…?」

思い出したかの様に、ぎこちなく囁かれたその言葉に小さく頷く。久しぶりの再会に自分も菜々子もまだまだ“心の壁”を作っている。
けれど、温もりを求めているこの子となら────それが必要無くなる日も遠くはないだろう。
永く感じていなかった温かな気持ちを抱きながら。僕は小さな、けれど確かな幸せを感じていた。



[34137] 11:11 Pm
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/07/14 02:25
………見慣れない登校風景。田舎らしい平坦な道のりから、これもまた田舎らしい山登りの様な坂道へと歩を進める。
別れ際に菜々子に示された方向は合っているはずだ。
だというのに、まるで異世界のごとく己の日常とは異なる広がる景色に、自然と顔は顰め面になりかける。
自然を強調する鳥の鳴き声さえも自分を小馬鹿にしているように聞こえイヤホンは既に装着済みだ。
───そんな時、ゆっくりと歩く自分を物珍しそうにこちらを見ながら追い抜いてゆく生徒達の中で唯一人、自分に声をかけてくれる存在があった。


「……あれ? それってうちの学校の制服じゃねーよな?」

やや鼻にかかったその声にイヤホンを外し振り向くと、そこには自分が通うべき学校の“正規の”制服に身を包んだ茶髪の青年が自転車を携え立っていた。
スラリとしたスタイルに快活さを助長する外はねの茶色に染め上げた髪と、少し垂れ目の瞳が目をひく整った顔立ち────。
ややポートアイランドの制服をジッと見つめていたが、視線に気づいたらしく同じ様にヘッドホンを外して彼は茶目っ気溢れる笑みを浮かべ、僕に言葉を投げかける。


「あぁ、悪い悪い。ジロジロ眺めちまって。随分とオシャレな制服だと思ってさ。……俺は花村陽介。ここの八十神高校の2年生。お前は?」

「…有里湊。同じ2年生。……よろしく」

「おう、有里か。ヨロシクな! …もしかしてさ、今日うちのクラスに来る転校生ってお前?」

コクリと一つ頷き、学校への歩みを再開する。このまま転校初日から遅刻という訳にもいかない。やけに馴れ馴れしい……もとい気さくな青年・花村は意図を察し広い坂で自分と並ぶ様に歩き出す。
…押している自転車が歪な音色を奏でているのが少し不愉快だ。


「ふーん、やっぱか。まぁ何か解らないこととかあったら言ってくれよ。俺も前にこっちに転校してきたんだぜ。 ───ようこそ、日本が誇る広大な田舎町・八十稲羽へ! ……なんてな。出来ればヤローよりキャワイイ女の子の方がよかったんだけど」

「………」

「うぉぁ!? ちょ、無言で自転車小突くのやめて! こいつのライフはもうゼロなんだよ! つーか冗談だって、冗談! ……まぁ、お前も結構カワイイ顔してるけどな」

「……」

「って、うぉぉ……引っ張られる…!? だ、だから冗談だって! マジで謝ります有里サン…!?」

……表情豊かな男である。だけどこの田舎町で右も左も分からない転校生である自分に少し気を使っている面もあるのだろう。同じ境遇同士、思う所があるのかも知れない。
───少なくとも花村は、“悪い人間”ではないということは容易に解った。
自転車をゴトゴトと揺らしていた手を離し、再び花村へと視線を向ける。


「…辰巳ポートアイランド」

「へ? 辰巳…?」

「港区。…そこから引っ越してきた」

「嘘、マジで! あんな大都会から!? 道理でうちの古くさい学ランと違って今時デザインの制服着てると思ったぜ。…ハハッ、大方地元の制服全部売り切れとかだろ。田舎の魔力だな」

「…入荷も未定。もしかしたらこのままなのかも知れない」

「流石にジュネスにも制服コーナーなんてねーからなぁ。まぁいいじゃん。都会のオサレファッションで登校出来るんだしさ。………ところでさ、お前のそのすげー前下がりの髪型って前見えるのか?」

───相手が“打ち解けることのできる相手”と解るや否や、花村は水を得た魚の様に話すことをやめはしない。
頬をやや上気させながら笑みを浮かべ、身振り手振りを交えているその姿は見ているこちらさえも楽しい気分にさせる。
初めての町、初めての学校。当然初となる登校に緊張等はしていなかったのだけれど、一人孤独となるはずだった初日の登校風景は“自然と”二人並んで歩むものとなっていた。
……花村陽介。誰よりも速く、自分と出会った“クラスメイト”は明るく思いやりのある人間らしい。
暗く、感情を表に出すことを苦手としている自分とは正反対とも言える男────。


「───えぇ、マジ? 知らねーの? じゃあ今度俺が案内してやるよ。歓迎の意味もこめて飯おごるぜッ」

……だというのに。初対面とは思えない程、不思議と会話が弾んだ気がした。









すっかり打ち解けた(?)自称・ジュネスの王子様こと花村と分かれ職員室で手続きを済ませた後、教師に通された場所は自分が加入すると思われるクラスの渡り廊下。
転入に当たり書類に記載されていたホームルームの時刻は既に過ぎている。時折教室内から漏れてくる“腐ったミカン共め”などの言葉から、自分の紹介をしているらしい。


(………木製?)

漏れる罵声を掻き消す様に音楽をかけながら、手持ち無沙汰に天候の影響かやや湿り気を帯びている壁を撫でる。
何もかもが物珍しい……とまでは言わないが、やはり、都会で育ってきた自分にとってここまでの田舎というものは新鮮だ。
何より驚いたことは“生徒の少なさ”。事前に月光館学園に劣らない程広い学校と聞いていたので、稲葉でも人一倍規模の大きな高校なのだと思っていた。当然、通う生徒もそれなりの数なのだろう、と。
しかしその実、総生徒数は月光館学園の半数ほど。……“単に広いだけ”。
所狭しと建造物が背比べをする都会とは違い、この小さな国で土地が余る程の田舎である稲葉では、ある意味豪華な土地の使い方をしている訳なのだ。
少子化で年々子供の数が少なくなってはいても、無くてはならない場所。…テレビや雑誌で見た田舎のイメージとは少し異なる。
“情報”というものはやはり自分の眼で見なければ正しく入手できないらしい。
そんな“どうでもいい”ことを思考していると、ふとドアがスライドする音が聞こえた。
とっさにプレイヤーの音量を上げる。


「…ほらぁ! さっさと入らんかこのバカチンがぁ! みだらな制服を着おって!」

軽快なBGMと共にバリアントダンスを繰り出している教師に促され、一つ小さな溜め息をつき教室へと踏み込む。
…特に緊張は無い。無関心なのか図太いのか────自分はそういうのとは無縁だ。
教卓の前へと歩み、反転。教室はやはり広々としている。1クラスにしては少なめのクラスメイト達を徐に見渡すと、空席の後ろの席に座る“初めての友”の姿が眼に入った。
目が合うと、だらけた格好で座りながらも花村は笑顔でサムズアップしてくれた。


「…初めまして、有里湊です」

その笑顔に自ずと僕も笑みが溢れ、何時もより愛想良く自己紹介を終えることができたのだった。
…ほんの少しだけ、なのだけれど。









────その後、花村と会話する間もなく一限目へと入り今は3限目後の休み時間。
制服が無いのに教科書も全てが揃っている訳も無くついつい再生ボタンに指がのびかけたが、隣の席の親切な女生徒のおかげで難を逃れることが出来た。
解らないらしい部分を助けるなど、出来る限り彼女が苦にならない様に気を使ったが、流石にこれ以上教科書を分断する訳にもいかず一人眉を顰める。
自分にとっても彼女にとっても初対面の異性と必要以上に近づくというのは余り気分のいいものでもないのだ。


(…どうでもいい)

───だからこそ、そう決断してしまう。“授業はどうでもいい”と。得意という自覚は無いけれど、幸い元来勉学は周りよりも一歩進んでいる方だった。
先程の授業でそれとなくこの学校の“レベル”というものを把握できたがそこまで危惧するものでもなかった。
自分ならば教科書がなくともどうとでもなるはず。そもそも制服とは違い明日には届くそうなのだ。
自信とも自負とも思えないことを考えながら次の授業の準備を始める………が、調度背中をとんとんと叩かれてイヤホンを外し身体を反転させた。


「……?」

しかし、振り向いた先………一つ後ろの席には誰もいない。そのもう一つ後ろの人と目が合ってしまい、なぜか軽い会釈をされてしまった。


(会釈……)

果たして同級生にするものだっただろうか…。
釈然としない思いを抱きながらも斜め後方から人の気配を感じ再び反転すると、そこには腕を組みながら僕の席の隣に立つ花村の姿が。


「───よっ! さっきぶりだな、転校生!」

……そのしてやったりという子供じみた笑顔に自己紹介時とは違い、“小学生か”と呆れてしまう。
しかしそれをいちいち言及するのも面倒なのでスルーをして“何か用か”という思いを目線に乗せる。


「す、清々しいまでのジト眼ですよ有里さん…!? …ハハハ、ほんっと面白いキャラしてるぜお前。えーとさ、朝言ってたろ。ジュネス案内するって。だから一緒に帰ろうぜ」

「…帰る?」

「あれ、もしかして聴いてなかった? イヤホンしてたからか? まぁ俺も授業の延長線上で半分眠りかけてたんだけどさ………何でも、近くで“事件”があったらしいぜ」

「……」

「危ないから今日はこれで下校だとさ。…事件の概要とか何も知らされなかったんだけど。全く、信じられねーよなぁ。………あれ、もしかして怖い?」

「どうでもいい」

「何となく予想はしてたけどやっぱり…!?」

律儀に突っ込みを入れる花村の表情は笑っているが何処か険しい。
イヤホンを外しての教室はやはりざわついていた。自分達の様に現実感が無く笑っている生徒もいれば、恐怖に顔を引き攣らせ必死に携帯電話を弄っている生徒もいる。
……どうやら花村の話は本当らしい。転校初日にこのアクシデント。もしかしたら自分はとんでもない町に来てしまったのかも知れない。


「───ってな訳で、せっかくだから約束通りお前誘ってジュネスに行こうと思ってさ。うちなら人多いから安心だし」

「…いいよ」

「マジ? おっしゃ、さすが話がわかる男! 念のため一番に誘っといてよかったぜ!」

「……?」

「いやいや、お前もう“モテモテ”みたいだからさ。俺のナイスアシストの御陰でよ」

そう言われ、顎で促されるまま花村が示したその方向を見る。
促された視線の先にいて、此方を見ていたのかちょうど目があった女生徒達は顔を赤らめ直ぐに視線を逸らしてしまった。
………そういうこと、なのだろうか。


「ハハハ、もっと喜べよ有里。何にせよさっさと行こうぜ。その内強引にでも“略奪”されちまいそうだし」

ケラケラと笑っている花村に従い素直に立ち上がる。
……“その手”の断りは慣れているが、やはり気持ちのいいものではない。
何より見知らぬ女生徒と過ごすよりかはこの王子様と過ごしたほうが有意義だろう。


「───お、そうだ。この後コイツをジュネスに案内しようと思ってんだけど、里中と……天城もどう? この前のDVDの件もあるし、肉奢るぜ?」

「え……肉…!? あ……えと、でも…。……アハハっ。今日は止めとく。雪子と一緒に帰るからさ」

「…うん。ごめんね、花村君」

…そんな事を考えていた自分にお構いなく近くの女の子達を誘いあっさり断られてしまった花村に再び若干呆れながらも、イヤホンを装着し教室の出口へと向かう。
その時ふと、目が合ってしまったらしい隣の席の女の子………マッシュボブの茶髪が活発な雰囲気を助長しているクラスメイト・里中に、とっさに“ありがとう”と再度リップシンクで伝えておく。
彼女はその意図が分からなかったのか小首を傾げる。大きく見開かれた瞳が、小動物的で愛らしい。小さく手を振り、花村より先に教室を後にする。
三限だけだけど、今日は優しい彼女に助けられた。









場所を移して此処はジュネスのフードコート。
花村がジュネスジュネスと連呼していたので、いったいどんな所なのだろうとある意味期待していたが、実際足を運んでみれば何て事も無いただのデパートだった。
何処にでもあるとまでは言わないが、しいて目についた部分をあげるのならば敷地の広さ……規模だろうか。
デパート内はあまり見てはいないものの、幅広い層の稲羽の市民がこの場所を日常的に利用していることは容易に想像できる。何しろこんな時だというのに来客が多いのだから。


「────じゃーん! どうよ有里ぉ、ここがうち(ジュネス)のフードコートだぜ」

フードコートに腰掛け、注文した料理が運ばれて来た途端、花村は今更すぎることを鼻高々に叫ぶ。
見れば分かるよと思いながらも“ジュネスの王子様”こと花村がやけにジュネスをプッシュする理由を何となく察する。


「…花村王国?」

「ちっげーよ! 何だよキングダムって!? 何も生まれねーよ!? つーか真に受けるなよ、あれは冗談で言っただけだっつの。…はぁ……でもよー、物騒な事件の後にしちゃここも“何時も通り”な感じなんだよな」

「……」

「…人気のステーキハウスは“何時も通り”家族連れで席いっぱいだったし。皆実感とか無いのかも知れねーな」

……俺達が言えたことじゃねーけどさ。
苦笑いを浮かべながら花村は小さくそう締めくくり、注文したポテトを一つ、口に運ぶ。
それに習い自分も同じ様にポテトを食べる。絶妙な塩加減がじゃがいもにマッチしていて中々美味しい。
───言っている事は、僕もよく分かる。
この狭い町で、突然人が遺体で発見されるということ。田舎ならではの価値観というものは自分には分からないけれど、少なくとも何も感じ入ることの無い話の部類ではないだろう。


「ママー、わたしあれ食べたい!」

「めっ! デザートはご飯の後にしなさい」

…フードコートを行き交う人々は楽し気に笑っている。
凄く、怖い。けれど同じくらいに現実感が無い。自分には関係のない事、誰かが直ぐに解決してくれる事だと思ってしまう。
そんなところ……かな。
最も、やはり僕達が言えた事ではないのだけれど。そう言えば、警察官である叔父もこの件について調査をしているのだろうか。


「有里」

名を呼ばれ、目線を青年へと戻すとちょいちょいと手招きをされた。…片耳を近づける。


「何でもよ────遺体、“吊されていた”らしいぜ」

「……。……高い所から?」

自分にだけ聞こえる様に囁かれる言葉と共に花村が唾を飲む音も聞こえて来る。


「あぁ。…さっきパートのおばちゃんに聞いたんだけどさ。“テレビのアンテナ”みたいな物に引っ掛かってたって」

「…殺人だ」

「だよな、俺もそう思ったぜ。流石にこれで自殺か不慮の事故ですーなんっつっても誰も納得しないだろ。…それに、その殺された被害者ってのが………」

花村は気になる部分で話を区切る。何があったのかと真横を向いていた顔を花村に戻すが、既に花村はやや遠くの位置に座っている別の人物を見つめていた。


「…って歓迎会でする話題じゃなかったな。悪りぃ有里、ちょっと待っといてもらえるか?」

頷くと花村はその女性の元へと駆寄り、何やら話をし出したようだ。
────くすんだ灰色ウェーブの長い髪に、何処か妖艶なイメージを駆立てる切れ長の眼。ジュネスでバイトでもしていたのかエプロンを羽織り、薄化粧に彩られたその顔にはやや疲れが透けて見える気がする。
待つ間、手持ち無沙汰に観察していると、ふと眼が合ってしまった。…花村が僕の存在を知らせたのだろう。
逸らす訳にも行かず暫く視線を合わせていると、彼女はそれに答えるかの様にゆっくりと微笑み、花村を連れこちらへと向かってきた。


「こんにちは。私、小西早紀。…君の一つ年上かな」

「…こんにちは」

「貴方が、花ちゃんの言ってた不思議な転校生君? ……ふ〜ん、でも何か分かるわ。“そんな”空気を持っているもの、貴方」

「……」

「…うふふ。クールでドライ、ミステリアス。ここじゃ珍しいタイプだね。花ちゃんが興味津々なのもわかるかも。────でもウザイ時はウザイって言ってあげないと………ね?」

「うざい」

「言うと思ったよ!? クールでありながら、割りとお茶目なアナタなら絶対に言うと思いました! ていうかそんな心にも無いこというなよ!」

「あははっ、花ちゃん楽しそう…。今日会ったのに、もうそんなに仲良くなったんだ。…やっぱり、都会っ子同士気が合う?」

「せ、せんぱい…!」

たった一言に直ぐ様に反応し涙を流す………勢いで怒る花村は、再び彼女の言葉で羞恥に瞬時に顔を赤らめ、あたふたと両手を上下させ“違う”という意思表示をしている。
そんな友の意外な反応にそれとなく花村が小西先輩に向けている気持ちの種類に気付く。


「……えとさ。嫌な事とかあったら………何でも言ってよ。先輩、俺は────」

「それじゃ、花ちゃん。私もう行くね。最近物騒だから。変な噂もあるし」

「あ……う、うん」

…しかし花村の想いとは裏腹に、小西先輩は長い髪を揺らしあっさりと立ち去ってしまった。
言葉の節々に何処か違和感を感じたのは自分の気のせいだろうか───。
その背を暫く見つめていた花村は一つ大きな溜息をついた後、席に腰掛ける。


「はは……先輩、相変わらずだ」

「……気になる?」

「そっ! ………そりゃな」

そう言い、花村は照れた顔を隠すように鼻を擦る。
再び二人となった場で、その反応を特に言及もする気にもならず、とりあえずポテトを一つずつゆっくりと食べてゆく。


「噂、ねぇ………噂と言えば……なぁ有里。“マヨナカテレビ”って、知ってるか?」

ふと、それを思い出したかのような唐突な質問。
…マヨナカテレビ? 深夜番組のタイトルか何かだろうか。


「───噂も噂。誰がやり出したのかとかは解んねぇんだけど、雨が降る深夜12時に点けてないテレビと向き合うと“運命の相手”が映るっていう…」

「……」

「のわあっ…お前今鼻で笑ったな!? 無表情崩してないけど俺には解りますよ!? 今日たまたま雨降るっつーから言ってみただけだっつの!」

「小西先輩が映るといいね」

「こ、凍えそうな程の真顔でそういう事言うのやめて! ……あーもうっ。ていうかこういう変な話題はもうやめようぜ。今日はお前の歓迎で来たんだからよ!」

花村は頭をワイルドにがしがしと掻き、デスクを叩き付けるようにして意気揚々と立ち上がる。
その際倒れそうになるペットボトルを手で支えることを忘れない。


「───こっからもっかい仕切り直しだ。せっかく“元都会組”の仲間が増えたんだ。歓迎会はもっと盛り上がらなきゃいけねーよな!」

…そもそも近場で“殺人事件”があった後に良い雰囲気を期待するのも変な話だけれど。
それでも花村は、僕の事を精一杯歓迎してくれようとし、無理にテンションを上げてゆく。
そんな初めての友達の姿に素直に有難いと感じ、支えていたペットボトルを差し出す。


「っへへ、解ってるじゃん。まだまだお昼だぜ。…有里、今後ともヨロシクな!」

意図を察した花村は太陽をイメージさせる朗らかな笑顔で、自らもペットボトルを持ち少し遅めの“乾杯”をする。
───トレンドに乗り、お調子者で甲斐甲斐しい。心底明るく人見知りをしない性格。やや直感的な面もあるが、人を思いやる事が出来る優しさを持った真のある男だ。
出会ったその日、未だ一日目だというのに、不思議と朝からずっと一緒に居ることで彼の事を多く知る事が出来た。それは花村にとっても同じ事だろう。


「これ食ったら次は商店街でも案内するか? ちょっと遠出すれば沖奈市っていう割りと賑わってるスポットにも出れるんだぜ」

「…お金大丈夫?」

「まさかのオール俺持ち前程…!? ふっざけんな!」

…何にせよ、メリハリは必要。事件後だというのに今日は面白くなりそうだ。






書置き終了の瞬間である。
なお、千枝ちゃんと雪ちゃんとの下校はカット。時系列もちょっとズレてます。
千枝ちゃんは溢れんばかりのキタローの王気に若干ビビってる様子。
逆にジュネスは無駄に懐いた様子。ジュネスと話すときは割りとギャグ的なキタロー。
完全にジュネスルートだこれ。



[34137] My Worst Nightmare
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/08/02 18:58
朝とはまた一味違う小鳥たちの囀りを聞きながら、夕暮れ……山吹色一色に染まった“自宅”の玄関と向かい合う。
────あの後、実に複雑な社会の柵を知らない学生らしく、“ギャハハ”と聞こえてきそうなレベルでこの小さな町を遊び回り、遊び足りないらしく文句を垂れる花村に別れを告げ夕食の惣菜を買って帰宅する頃には既に夕刻となっていた。
人は楽しい事をしている間、よく時間を忘れてしまう。しかし自分にとって同じく楽しい事であるであろう家族との食事は、幸いにして忘れる事は無かったようだ。


「……ただいま」

意を決しイヤホンを外し、言い慣れない……そしてどこかもぞかしい帰宅の挨拶と共に玄関を潜り靴を脱ぐ。


「おかえりなさい、お兄ちゃん」

「ごめん。遅くなった」

「……ん。平気だよ。────あ、菜々子もお料理、手伝う!」

待ってましたと言わんばかり子犬の様にとてとてと駆け寄ってきた菜々子に帰宅が少し遅くなった事への謝罪をし、惣菜が入った袋を手渡す。
その後流れる動作で手洗いと食事の用意をと台所へと向かったのだけれど、子供ながらに遠慮と思いやりを覚えている菜々子は、一人さっさと準備を始める自分を逃がすまいと再び駆け寄る。
……とはいえ、料理と言っても比較的淡白になりがちな朝食とは違い、一日の終わりを締めくくるべき夕食を全て己の腕前でまかなえる程の自信は無い。
だからこそ、花村と一緒に選んだ惣菜は力強い味方だ。


(…叔父さんは……)

───まだ警察、だろうか。流れる水に手を差し伸べながら、今日も一人姿を見せない家族を想う。
遊んでいる間すっかり頭の後ろ側へと追いやられていたが、今日は事件があったのだ。
夕暮れが似合う、この長閑な田舎町で────。
不可思議・凶悪な事件の捜査に慣れていないであろうここの警察が真実の究明に時間がかかるのは素人目に見ても容易に想像できる。
……おそらく、叔父はこれから更に忙しくなるだろうな。
顔には出さず淡々と思考し、手を洗った後エプロンをつけ、自分を習い同じ様にエプロンを着ようとして苦戦している菜々子の手助けをする。
背中側のヒモを蝶結びしながら菜々子の好みを問いかける。


「……何か食べたいものとかある?」

「え……? ……えっと………………お、オムライス」

「わかった」

遠慮がちに小さく呟かれたその単語を素直に受け取り、腕まくりをしてゆっくりと立ち上がる。
……正直な所、作った事は無い。けれどここで惨めに諦めて逃げてしまうようならば、“お兄ちゃん”が廃る。
切磋琢磨のライバルである惣菜には負けられないのだ。


「だ、大丈夫……? お兄ちゃん」

「大丈夫。……菜々子は、卵を溶いてくれないかな?」

「───うんっ、分かった!」

何より、この娘は笑顔が似合う。悲しい顔何て見たくはない。
時間も、食材も限られている。けれどその中で、希望に沿えるものを作り上げてみせる。隠しきれてない少女の期待に応える為にも。何より、口数が少ない自分は行動で示す方が良いだろう。
…………“ありがとう、菜々子”と気持ちをこめて。









会話は少なかったながらも2人の楽しい食事の時間も終わり、時刻は既に12時前。
最終的に2人で作ったオムライスは“絶品”のカテゴリーに配置された。
もちろん、客観的にはそれほどでもないものだったのだろうだけど。少し卵を使い過ぎて形もよくは無かった。
…けれど何時だって、頑張って作った手料理が美味しく感じないなんてことはないのだろう。
極普通の美味しさであるそのオムライスを、二人して美味しい美味しいと言いようの無い充実感を感じながら完食したのだった。
───明日の授業の予習復習も終わり、そんな心身兼用の満足と共に、僕は自室のベッドの上で、居間で見たニュースを思い出していた。


「……」

風呂上がりの蒼い髪は緩やかなウェーブを描き、しっとりと濡れている。この状態で横たわったり、イヤホンを耳に付けたりすると髪と接触している物が濡れてしまう。
しかしそう気づいていながらも、半日遊び回った身体はベッドの上でリラックスをし、更には“心地よい音が欲しい”と望んで止まなかった。
脱力した身体とは裏腹に、意識ははっきりと澄んでいる。
思い出している地元ローカルニュースの話題…………それは“山野アナの殺害事件”。
あの時、花村と話していた被害者というのは、何と不倫騒動で地元テレビを賑わせていた女子アナウンサーだったのだ。
それも聞いていた通り、アンテナに吊されての不審死。言うならば正に“天罰”のような惨状。
田舎町で退屈をしているメディアにとっては格好のえさ。その内規模は“全国”へと広がるだろう。
……月光館学園の友達とテレビを通して“再会”なんてのはごめんだ。犯人が捕まる迄……明日からはマスコミに注意しなければならない。
そう締めくくり、もう寝てしまおうと窓のブラインドを下ろすために立ち上がる。
…………しかし。


「───……」

暗い闇に滴る雨をバックに、磨かれた硝子が浮かび上がらせるのは何時も通りといった風に絞まらない無気力な自分の顔と、その背後に小さく写るテレビ───。
そう言えば、噂を試すには“ちょうどいい”頃合いでもある。


(……どうでもいい)

しかし結局、頭の中でサムズアップした花村のイメージ映像はその一言の元砕け散る。イヤホンを外しさっさとブラインドを下げる。そもそも運命の相手なんて知ろうとも思わない。
……運命の輪から外れたのだと、何時の日か誰かが口にしていたのだ。
目的を果たしたままに反転し、ベッドへと向かうために部屋を斜めに横断しようとする。
───その際、意識する事さえ無い程の一瞬の中。ピルエットした身体と共に回る視界がほんの少しだけ“真っ黒なテレビ”を写し出した時…………それは起こった。


『────ザザッ』

「……!」

ベッドへの歩みは始まらない。暗い部屋を照らす歪な発光をするテレビへと目線は釘付けとなる。


『……! ……ッ、…………!!』

外の雨嵐を再現するかのようなノイズの中、映し出されるのは朧気な“ヒト”の姿。
顔はもちろん、特徴まで識別なんて出来たものではない。平静を保つ事に躍起になっている頭の中でかろうじて捉えた事は、八十神高校の制服とその緩やかなシルエットから、“長髪の女性”を彷彿させるという事のみ。
……予想外の出来事に対する興奮と緊張で徐々に熱くなってゆく身体とは裏腹に、テレビの異常現象は幾分もせず唐突に終わりを告げてしまった。


「……」

一様に静寂を取り戻した自室で、固まった姿勢のまま無言を貫く。外の雨音と、掛け時計が時を刻む音がやけに大きく聞こえ心を乱す。
───とりあえず、冷静さを取り戻すべく深呼吸を一つつく。


(…マヨナカ、テレビ)

この日、花村から聞いたお粗末な噂話。雨の降る深夜12時に電源を入れていないテレビと向き合うと運命の相手が映るという、若者の欲望と願望がありありと透けて見える事象。
携帯電話の電波時計も、部屋の掛け時計も12時を指し示している。外も雨が降っているのは先程確認済み。
────そもそも……。コンセントへと視線を向ける。


(……………………繋がってない)

持ち込んだ荷物の整理はその日の内に終わらせたものの、後はネット環境を整えることに全力を注ぎテレビには指一本触れていないのだ。
────怪奇現象、確定である。
ついさっき体感したこれを“たまたま”、“よくあること”と自分に言い聞かせるのは流石に無理がある。
だから……。


「どうでもいい」

取り敢えず、そう口に出すことでそれは自分にとって利益にも不利益にもならない路傍の石に過ぎないのだと無理矢理納得をさせ、今度こそベッドへと戻る。全て……明日で良い。今日はもう疲れたんだ。
───急激に冷えてゆく意識の中、“運命の女性”と聞いて最後に思い浮かべたのはやはり、あの時の憂慮を抱いた表情でこちらを見据えていた金髪の美しい女性の姿だった。









────緩やかな揺れを身体全身に感じる。
それは昨日、電車の中で感じた“子守唄”とよく似たものだ。
有里湊が何時から眠っていて、また何時から覚醒していたのかは同じ様に分からないのだけれど。
こうして揺れを感じているというのならば僕は眼を開けて、既に変わっているであろう景色…………現実と向き合わなければならないのだろう。そう思いながらゆっくりと目蓋を上げる。


「……」

───視界は、蒼に埋め尽くされていた。まるで眼球そのものがその色に染まってしまったかの様に。ここは…………車の中、だろうか。
けれど驚きは少なかった。これは“夢”ではなく、現実なのだと自身の胸に燻る感覚が告げていたのだから。
つまりこの蒼の空間内では、夢とは違い自分の行動は自分で決め、切り開く事が出来るということ。
……悲しい表情を前に、何も出来ないのはもう嫌だ。


「おや…………これはこれは。珍しい御客人だ」

タイミング良く耳に届く老人の金切り声に、浮ついていた視線をそちらへと向ける。
はっきりとした意識の中で己の蒼い瞳が捉えるのは1人の老人とⅠ人の女性、そして一人の少女の姿────。


「しかし如何なる御客人をも歓迎しますのが、私共の勤め────ようこそ、ベルベットルームへ。私はイゴールと申す者。貴方の道先に浮かぶ様々な困難に対する“手助け”を、させていただきます」

独特な声が、再び耳をつく。唯一の男性である老人は、小さな体躯を更に丸める様に前屈みに対面に座っており、特徴的な顔の造形も相まり強い眼光と共に重厚なオーラをこちらへと向けている。
そして、その両脇に構えるのは二人の女性。
自分から見て右に控えるのは、流麗な銀の髪が印象的な白人の女性。彫りの深いくっきりとした目鼻立ちに、手に持つ分厚い辞書の様な物の存在も相余って落ち着いた大人の女性らしい雰囲気を晒し出している。
端的に言えば、ファッション雑誌に載っている外国人モデルの様な“美女”だという事だ。


「マーガレットでございます」

彼女はそう名乗り、薄くリップがひかれた唇で静かに笑みを浮かべる。どうにも、浮き世離れという言葉を彷彿とさせる金色の瞳に見つめられ思わず心臓が高鳴る。
しかし……名前はマーガレット。意外と可愛らしい、花の名前だ。


「……」

そして最後に、イゴールの左側に腰掛け、暇そうに脚をブラブラとさせている少女。
…異様な存在感を放つ二人とは異なり、カジュアルな服装も相余ってこの娘はどこか場違いな印象を受ける。
蒼い帽子に隠れてその表情は窺えない。ジッと見つめていると視線に気づいたのかそっぽを向かれてしまった。
そんな少女の姿にイゴールとマーガレットは溜息混じりの咳払いをし、話を展開し始める。


「本来、このベルベットルームは“契約”の部屋なのです」

「……契約?」

「はい。────その運命のままに、来るべくして此処を訪れた御客人に“御自身の選択への相応の責任”を持ってもらう事。それを代価に、我々は“ぺルソナ”能力に対する一種の手助けをする訳なのです」

「…………」

……ペルソナ…………?
意味のわからない状況に、意味の解らない言葉の羅列。
それをいちいち質問したい気持ちに駆られるが、余計話がややこしくなりそうなので黙って話を聞き整理をしてゆく。


「しかしども…………貴方は、本来此処に在るべき者ではない。或いは……近く、“そうした”未来が待ち受けているのか……」

顔色は変わらないながらもやや困惑したかのような声色でイゴールは一枚のカードを何処からか取り出し、無造作にテーブルの上へと弾く。
────落ちたカードに描かれているのは“嗤う頭蓋骨”の禍々しい姿。
絵柄を見たイゴールと2人の女性はほんの少しだけ眼を細める。


「……ふむ。しかし“外れた運命”というものは意味を持たないものの複数存在するものだ。貴方という一冊の“本”が棚から引き出された時、その場所には一冊分のスペースが空く様に」

「……僕は、外れた……?」

「ご心配召さるな。どうやら貴方は、特別な能力“WILD”を宿す強者達の中でも“異質”な存在───。その在り方が、廻る歯車を狂わせたのかは解りませんが……。貴方が此処にいるということは、既に貴方は“他の”棚の空いたスペースへと収まった訳なのです。……マリー、あれを」

「わかってるっ」

マリーと呼ばれた少女は顔を上げ、バッグの中に手を突っ込む。ふとした時にショートカットの黒髪から見えた顔立ちは、やはり“有り得ないレベル”で際立つものだった。


「……はい、死神君」

「……!」

彼女がバッグの中から取り出し、なんて事も無い様に僕へと差し出した物は一つの“拳銃”。美しい銀の装飾が眼をひく、これもまたプレゼントにしては有り得ない代物だ。


「どうぞ、お持ちください。それは私達との“契約の証”であるのと同時に、揺らいだ運命を廻す為の“鍵”でもあるのです」

マーガレットが言う言葉は、やはり意味がよく解らないものだ。
……徐に銀銃をバッグから出されて“これをあげます”等と言われても貰いようがない。
しかし、銃を差し出した姿勢のまま固まっているマリーの頬が徐々に膨らんでいってるのを見て仕方なくそれを受け取ろうと手をのばす。
が…………。


「ばーん」

「…………」

「……キミ、ノリ悪い。死神失格だよ」

繰り出されるシリアスブレイクに、自分を含めて場は一気に静まり返る。
理不尽な失格の烙印と共にマリーは強引に銃を押しつけ顔を赤くし、再びそっぽを向いてしまう。
……やはりここでもイゴールが咳払いをし、強引に場をシリアスで意味深な蒼の世界へと戻す。


「───外れた運命の十字架を背負うのは何も貴方だけではない。今宵から、貴方はこのベルベットルームの御客人だ。契約の代価を、ゆめお忘れなきよう……。それでは、何れまた」

“道の選択への責任”。
その言葉を最後に、不気味なほどに蒼一色だった視界は揺らぎ、掠れてゆく。
一度狂ってしまった歯車は二度と元には戻ることはない。世界は、既に歪んでしまった。
その現世の中で有里湊は選ぶ道先を見透し、その選択の来るべき事象への“責任”を負わなければならないとイゴールは話す。
契約の証────そのための“鍵”を、此処で譲り受けた。
狂った歯車を廻す事。その言葉に僕が思い浮かべたのは図らずもこの地で体験することとなった怪奇、マヨナカテレビの存在であった。









「───……」

確かな自覚と共に、最早慣れ始めてしまった不思議な体験から目覚める。
……目覚めた時刻は、設定していた時刻よりも幾分か早い。最近は携帯のアラームの必要性を感じなくなってしまった。
緩慢な動作で上体を起こし、そのまま無造作にベッド上に投げ出されていた携帯を弄り、アラームを解く。
───曇空に雄鳥の囀りが響く中、腕を動かしたときに僅かに感じた異物感に眉を顰める。
それはのばした腕とは逆の腕。金属的な冷たさ及び硬さと共にその手に握られていたのは…………。


(銀の、銃────)

ブラインドから溢れる光りに照らされ、その磨かれた銃身を鈍く光らせるのは、“蒼の空間”ベルベットルームでイゴール達から譲り受けた“鍵”。
それはあの体験がやはり、そして決して夢などでは無かった事を知らせてくれた。
……銀銃を強く握り締める。その冷たさに意識ははっきりと澄み渡り、迷わずそのキーアイテムを、昨夜の内に届いた教材が入ったバッグへと仕舞う。
蒼い空間・ベルベットルーム。鍵と称し渡された銀銃。その他どれも今までの見たことさえ無かったモノだ。
───しかし不気味なほどに驚きは無かった。無気力もここまで突き抜ければ胆力と言えるのかも知れない。
そんな自嘲じみたことを考えながらも制服へと着替え支度をし、朝食の準備を始めるために下の階へと向かう。



………。


……。


…。



「湊か。おはよう」

「……おはよう」

イヤホンを首に掛けながら階段を降りた先には、今これから仕事へと向かおうとしていたのか玄関で腰掛け、革靴を履こうとしている叔父の姿があった。
……顔だけ此方へと向けられ呟かれた言葉。その大きな背は、何処か寂しい面影を持っていた。
昨夜も遅く帰宅して、今日も朝早く家を出発する。今の現状で職業柄しょうがないと思う部分もあるが、流石に過労を心配してしまう。
そんな自分の想いを察したのか、叔父はやや苦笑いを浮かべながら言葉を投げ掛ける。


「……俺は大丈夫だ。それよりも済まないな。来て早々、菜々子の事お前に任せっぱなしで」

「楽しいよ」

「はは、そうかそうか。菜々子も同じことを言っていたよ。───なら俺もお前らの楽しい時間を守るためにも、身体張らなきゃな」

叔父はそう続け気合を入れるように膝を叩き、勢いをつけ立ち上がる。上着を背へと回し、革靴で地を叩く。……“行ってくる”という合図だ。


「もう、“事件”の事は知ってると思うが…………今日は早くから遺体の第一発見者の事情聴取だ。名前は流石に言えないが、何でもお前んとこ学校に生徒らしい」

「……」

「少なくとも犯人逮捕の目処が経つまではこの生活が続くはずだ。重ねて言うが……お前には迷惑を掛ける」

「問題ない。……行ってらっしゃい」

「あぁ、行ってくるよ────湊、お前が居てくれて良かった」

言いながら叔父は扉を開き、家を出る。
自分も同じく口下手だから解る…………大事な家族だからこそ、うまい言葉が見つからないのだ。
けれどぎこちなく作られた微笑みと共に放たれた去り際の一言は、確かな温かみを持った言葉だった。








■後書き■
という訳で久しぶりの更新です(´∀`*)
悩んだ挙句エリザベスが不況の波にあおられました…。
流石に二人同時ってのも思いつかなかったので。でもどこかで出したいなー。
その内、ためといたもう一話分くらいは載せますね。
シリカちゃんペロペロ。



[34137] Pac-man Fever
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/08/04 12:37
登校2日目の学校、その放課後。
そこかしこから山野アナウンサーの名前が耳に届く中、自分と同じく暇らしい隣の席のクラスメイト・里中と手持ち無沙汰にちらほら言葉を交わす。
転校初日から教科書の貸し借りで親交を持ったものの何処か互いが遠慮を抱きがちだったのだが、二日目となったこの日は他に重大な事案があった影響もあり里中のみならず他のクラスメイトとも無難に共有の話題を持つことが出来たのだ。


「やっぱ皆昨日のニュースの話題ばっかりだね。さっき行った隣のクラスも同じような感じだったよ。……ね、有里君も気になる?」

「少しだけ」

「だよね……。でも稲羽じゃこんなおかしな事件ホント珍しいんだ。転校したばっかで不安あるかも知れないけど……何かごめんね」

「里中が謝ることじゃない」

「……アハハっ、そーだね! 何言ってんだろ私。……でも昨日のニュースでインタビュー受けてたの知り合いの先輩だったし、何か人事って訳でもないからさっ」

「────あぁ。昨日のインタビュー受けてたの、小西先輩だったな。今日学校来てないっぽいし」

「花村?」

唐突に左隣から会話に加わってくるのは、朝からずっと調子がおかしかった友達・花村だ。
昨日の様に僕の席の左隣に立つ花村は、集まる視線に気付いたのか慌てて栗色の瞳をそらし、何処か歯切れ悪く話を続ける。


「あ、あのよ有里。昨日…………アレ見たか……?」

「……見たよ。お前は?」

「俺も気まぐれで見たんだけどさ………そ、その、なんつーか……」

「ちょっとー? 何の話? 置いてけぼりなんだけど!」

理不尽な話題変更を受けた里中の疑問符がついた言葉も頭には入らないのか、花村は頭に手をやり言うか言うまいか迷っているかの様な仕草を見せる。
……自分としては“話したい”事柄ではあるが、同じ体験をしたらしい花村が悩む理由もよく解る。ある程度心の準備をしてからでもいいだろう。
花村が悩んでいる間に、困った表情で僕の制服の裾を引っ張り意思表示をする里中へ簡単な説明をする。


「マヨナカテレビ」

「え? マヨナカテレビって……今、噂になってる“運命の相手”……って奴のこと?」

机に置いたペットボトルの飲み物に一口口を付け、こくりと頷き話を続ける。


「……それを昨晩、二人で試したんだ」

「ふ~ん? なんだっ、そんなこと。何か流行ってるもんね。で、誰か見えたり?」

「よ、よせ里中! ナチュラルに本題に切り込むなよ!?」

「はぁ? 何ビビってんのさ花村ー。唯の噂じゃんか。どうせ自分の顔が映ったとかそんなんでしょ!」

「いや、知らない女性が見えた」

「おわぁ、ストレート・イン!? 迷わず言いやがった! 必死に夢だったって誤魔化そうとしてたのにぃ!」


素直にあの日女性が見えたことを伝えると、里中のみならず花村さえも顔を顰めてしまう。
……やはり、花村もまた“運命の女性”とやらが見えたようだ。最も、運命というには余りにも気味の悪い雰囲気だった気もするのだけど。
話したい気持ちと夢だったのだと流してしまおうという気持ちが半々だったらしい花村はややオーバーリアクションで抗議するも諦めがついたように肩を落とす。
里中は好奇心を隠そうともせずこちらに身体を乗り出し問いかけてくる。


「じょ、女性ってまさか……運命の相手が映ったってこと……? ねね、君はどんな娘だった?」

「……ウェーブの長い髪。それと八十神高校の制服。それぐらいしか見えなかった」

「え、ウェーブの長い髪と制服? ……まさか、こんな風な?」

自分の言った女性像に心当たりがあるのか、肩を落としていた花村は疑問符と共に顔を上げ両腕で“こんな風”という大まかなジェスチャーをする。
アバウトすぎる動作だけど否定するほどの違いも感じないので素直に肯定しておく。
すると花村は心底驚いたかのような表情を作り眉間に手をやる。


「マジ……? もしかして見えたの、同じ人か? あ、後は……何か苦しそうにもがいてたっつーか───」

「……」

苦しそうにもがいていた……?
……言われてみれば何かしら動いていたのかも知れない。
確かに人物の影の焦点が定まらないとは思っていたが、ノイズが黒いカーテンの様に映像を覆いそこまで明確には見えなかった。
もしかしたら、自分と花村が見た映像は同じであってもそれの“見える範囲”というものは違っていたのかも知れない。
二人で見た人物に対する様々な考察をしていると、話し合いからはぶられていた里中は前の席の黒髪の女の子と話しており、その後何かを思い出したように再び此方を向き再び話に加わる。


「あ! そう言えばテレビを大きいのに買い換えようかって家族が話してたんだった。“マヨナカテレビ”で思い出したんだけど」

話を遮るその台詞にやや呆然とした後、花村は話題の転換を歓迎するようにテンションを上げ僕の肩を叩く。
……僕としてはもう少し話したかったのだけれど。


「───え、マジ? そうなのか? じゃジュネスでも寄ってく? 確か、今うち家電の特別セール中だったはずだしさ!」

「行く、行く! そういうのって見るだけでも楽しいし!」

「うっし! 決まりだな。……有里、お前ももちろん行くよな! 言っとくけど拒否権無いからな!」

「どうでもいい」

「……フ、フリーダムだなお前!?」

「あははっ! 何となく有里君のキャラ分かってきたかも」

不本意ながらもはやお決まりとなりつつある僕達のやり取りに、里中は愉快気な笑みを漏らす。
彼女の言葉は自分にも使えるものだ。不謹慎だけれど、“不可思議な事件”という共通の話題があったことで、隣の席だということも相余って今日は彼女のキャラを掴むことができたのだから。
昨日少しだけ言葉を交わし思い描いていた通り、彼女は見た目を裏切らず活発で子犬の様に人懐っこく、花が咲く様な笑顔が似合う女性だった。


「───あ、そうだ! せっかくだから雪子もどう? 面白そうじゃん」

「ごめん、千枝……今ちょっと、旅館が忙しくて」

里中の気軽な誘いを、やや深刻な面持ちで断りを入れるのは彼女の友達である・天城雪子だ。
“そっか”と気落ちする里中に天城は再度申し訳なさそうに謝罪をした後、そそくさと教室を後にする。その背で揺れる流麗な黒髪は高級糸の様に美しく、思わずそれに目がゆく。
……“旅館が忙しい”。想像をすることはできるが、その言葉の意味が自分にはうまく伝わらなかった。
それも当然、自分は彼女とは未だ会話らしい会話をしていない。彼女と親しい里中と知り合い、座る席も一つ斜めという状況の中でだ。
名前を交わす簡単な自己紹介は既に互いにし合った。その時の彼女の様子は特におかしな部分なんて無かった。
けれどそれ以来……自分の思いすごしかも知れないが、どうにも“避けられている”気がする。
最も、それがどうしたという話でもあるのだが。


「お? なんだよ有里。もしかして天城に興味アリ? でも止めといた方がいいぜ。お前がどうって訳じゃねーけど……何つっても“天城越え”! 天城の奴、色恋沙汰に興味がねーみたいにそのへん鉄壁なんだよ。俺も前にバッサリ切られちまったし」

……色々と聞いてもいないことさえも軽く曝露する花村を軽く右から左へと流す。
何にせよこの後花村達と共に昨日に続き、稲羽随一のデパート・ジュネスへと向かうこととなったのだった。









────ジュネスの左隅のやや小さなスペースに位置するポーダブルオーディオコーナー。安易に光りに集う誘蛾の様にその場所へと誘われてしまった。
昨晩のニュースを多くの人が目にしたのか、昨日よりかは人影が少ない気がする。或いはジメジメとした天気の悪さ故か。
何にせよその過疎感が自分に緩やかな和みとよく解らない安堵を与えてくれる。比較的賑わうオーディオコーナーで、まさか一人ゆるりと商品を品定めすることが出来るなんて想像もしなかった事だ。


(……安い)

手に取るメモリータイプ容量32GBの“スタイリッシュ”シリーズの価格は、在庫処分セール中という事も相余ってゼロが一つ少ない。
また一つ田舎の事を知る事が出来た。大都市との所得格差故か、地価の違い故か───。
特に野菜や果物については高層ビルに遮られない太陽と広大で豊かな自然に育まれたより美味しい物を安価で手にすることが出来る。
勿論この不景気の荒む時代、どこもそうであるとは思えないが、少なくとも稲羽においては物価の安さというものが様々な物品で目に付く。


「……」

自然と、手にとった商品と睨めっこする形となる。今、首から下げているWALKMANは未だ現役、それなりに愛着もある代物。
新しい代物を買う必要性はない。このコーナーに来たのも気まぐれみたいなものだ。
しかし────。


「お~い! 有里~! どこいるんだ~?」

家電コーナーの標識の先から自分を探す声がする。咄嗟に商品を持って近場のレジへと歩き出す。
……幸い手持ちは足りている。一人暮らしでの節制した生活感が身に染みており、“お小遣い”というものには慣れていない。叔父の申し出は嬉しかったものの断ろうとしたのだが、無理矢理押し切られてしまった。
“自分の欲しい物を、欲しい時に買え”。
幼児でも分かる、そんな当たり前のこと。勿論自分もお金の使い方などよく分かっているが、いざこうして“普通の学生”になってみれば戸惑いを覚えてしまう。
こんな場所で使うぐらいしか、自分にはこのお金の浪費方法が思いつかないんだ。




■ 




家電コーナーの大型テレビが並ぶ大規模なスペース。途中でフラフラとオーディオコーナーへと呼び寄せられてしまったが、距離的には随分と近い場所で、里中と花村はやや困った顔をし自分の姿を探していた。
小走りに合流した僕を見つけた花村はさして焦った様子も見せず、笑顔で声をかける。


「お、有里発見。……全く、迷子にでもなっちまったのかとちょい焦ったぜ」

「何言ってんのさ。都会から来た有里君がデパートで迷う訳ないじゃん」

「まぁな。……お? 有里、もしかして何か買ってくれたのか!?」

手に持つ小さなジュネスの袋を目ばやく視界にいれた花村は、満面の笑みでこちらへと躙り寄る。
その顔に若干引きながらも頷きと共に、左手人差し指で小さく首にかけるWALKMANを指す。
意図を察した花村は破顔し、自分の肩を叩く。


「ッハハハッ! お前らしいぜ。ありがとな!」

……ジュネスの王子様は売上高増加にも熱心なのだ。


「───で、花村。何かこう、すげーでっかくてやっすい奴って無いの?」

「アバウト過ぎだろお前! つかせめてどっちか一方にしろよ! ……はぁ、取りあえずデッカイ奴からでも見てみます?」

3人が集まったことで、里中と専属店員・花村は再び数多く並んでいる大型テレビへと向かっていった。
自分もそれに続こうと、ジュネスのロゴが入ったオレンジの袋の収納のため抱えていたバッグの口を開くが、暗い底に沈む一つの存在に動きが止まってしまう。
そこにあったのは─────射し込む僅かな光で鈍く輝く銀の銃。


(鍵……)

揺らいだ運命を廻す為の“鍵”。
ベルベットルームの“協力者”、才女・マーガレットの迦陵頻伽の声を思い出す。
徐に袋をバッグへと詰め込み、銀銃をバッグの底から手に取り、取り出した。
……幸いこの家電コーナーには人が少ない。店員さえも配備されていない様だ。だからと言って、“直感”のままに公衆の場で銃を取り出すのも理解できない行動だけれど。
最も、昨晩確認したがこの銀銃には不思議なことに弾は装填されていなかった。マーガレットが口にした鍵というのは本当なのだろう。


(叔父に見られたら逮捕だ)

今までに経験したこともない程の研ぎ澄まされた直感と、出処の解らない好奇心に抗えない己自身を思わず心の中で自嘲しながらも視線を再び眼前の大型テレビへと定め近づく。


「……」

────近づく前に、既に行動は決定している。
眼前に広がる画面の黒一色は己の顔を浮き彫りにする。打ち切られた思考を覆うのは、何時もの非情なまでの冷静さ。
バッグを地に置き無言のままで右手を、握り締める銀銃ごとテレビへと接触させると…………。


「ッ……!」

何と手はテレビの画面へと“沈んで”しまった。
……何かしらの“現象”は期待してはいたものの流石に驚きで身体が硬直してしまう。のめり込んだ腕には未だ銃を掴む冷たい感触が残っていた。


「──は? ……って、え? 腕が刺さってる!? まさかフリーダムに破壊活動か…!? ちょっと待て、はやまるな有里―───!!」

「う、うっさいよ花村! いきなり大きなこ……え…………って有里君!?」

遠く……いや、近場から自分を呼び止める声が聞こえる。
条件反射でそれに答えようと腕を引き抜こうとするが、液晶画面の先、誰かに掴まれているかの様に腕はびくともしない。……或いは、固定されているのだろうか。
しかし─────。


「なっ…………!」

その感覚をあざ笑うかの様に突然銃を持った右手は更に奥へと引き込まれ、驚きに硬直していた身体は踏ん張ることも出来ず、“テレビの中”へと僕は飲み込まれてしまったのだった。









────確かな“潜った”感覚の後、次に感じるのは妙な浮遊感。
意味も解らないまま咄嗟に身体を捻り、足腰に力を入れ何とか着地するが、その反動で右手に持っていた銀銃を手放してしまう。
転がる銃を拾い上げた際、地の質感や模様が“知らない”物に変わっていた事に今自分が立っているのは“テレビから落ちた先の場所”なのだと実感する。
徐に銃をブレザーの内ポケットに直し目線を上げると、そこには到底理解の及ばない光景が広がっていた。


「───……」

引きずりこまれた先テレビの内側に有ったのは、自分の腕を引っ張った存在ではなく無制限に沸いている霧に覆われた“スタジオ”……の様な場所。
透過性の薄い霧に覆われてはいるが、見通す視線の先に壁がないことは一目瞭然。此処がとてつもなく広い空間だということが解った。ドクドクと脈打つ鼓動とは裏腹に思考は氷の様に澄み渡る。
恐怖と好奇心、半分半分のブレンド。イヤホンを耳に掛けスイッチを押し込み、片方を焼き付くし歩き出そうとしたのだが…………後方から聞こえた何かが落ちてきた音にそれを阻止されてしまった。
イヤホンを首に下げ直し振り返ると、そこには奇妙な姿勢でお尻をおさえている花村の姿が。
花村はそのまま打ち上げられた魚のごとく暫く悶絶していたが、可哀想なものを見る目になっていた僕の姿を確認するや否や元気に、そして慌てて駆寄って来た。


「おおお、おまおまおま………」

「……落ち着け」

「ぉ、おう……。そうだな……ま、まずはおちちゅいて……って有里ぉ! 大丈夫か!? 怪我とか無いか……!?」

それは完全にこちらの台詞だ。しかしなぜ花村がこの場所にいるのだろう。その事を率直に伝えると考えてもなかった返答が帰って来る。


「い、いやさ……。錯覚かも知れねーけどお前がテレビん中に手突っ込んでたのが見えたから、それを慌てて止めようとして間に合わなくて────」

自分でも訳が解らないといった風にしどろもどろの回答をする花村がそれを言い終わる前に、“頭上”から聞き慣れない甲高い悲痛な叫び声が耳に届く。
慌てて花村の肩を押し、推定される落下地点から押しのけて庇う姿勢をとる。


「きゃあっ───!?」

「……ッ!!」

「さ、里中か?」

……呆ける花村の言う通り、落下地点へと落ちてきたのはもう一人の友達・里中だった。
こんな非現実的な世界だからこそ、ファンタジーな怪物でも襲ってくるのではと身構えていたのが逆に功を奏し花村同様テレビから落ちてきたらしい彼女を何とか腕の中でキャッチをすることに成功。
腕の中で借りてきた猫の様に身を丸め、更に大きな眼を驚きに丸くさせている里中の姿に自然と安堵が溢れてくるものの、背骨か何かが落下の衝撃と共に当たったのか鈍い痛みが上腕に響く。
里中よりもずっと体重が重いであろう花村のお尻を真剣に心配をする。


「っ……重い……」

痛みに思わず漏らしてしまった短い呟きに、邪推した里中は呆けていた顔を瞬時に赤く染め上げ異を唱え始めた。


「ちょ、ちょっと……! 重いってどういうこと!? ───き、筋肉だからしょうがないじゃん!?」

そのまま暫くキャーキャーと弁明らしい言葉を僕へと飛ばしていたが、少し落ち着きを取り戻した後ようやく自分が今誰に抱えられていているのかを知り平静を取り戻した顔をもう一度リンゴにする。
初対面の印象から勝手に、彼女は活発で男勝りな女性だと思っていたのだけれど、リンゴ状態で頑にこちらを見ようとしないその姿を見ていると、気さくで別け隔てない里中も立派な女の子なんだと思い知らされる。
……そろそろニヤニヤしている花村の視線が鬱陶しくなってきたので了承を得ないままに里中を腕の中から降ろす。
その際小さく呟かれた“ありがとう”に同じく小さな頷きを返し、3人で現状の確認を始める。


「……里中も僕を?」

「う、うんっ。急にいなくなっちゃったから、心配で。……安心したよ」

「───んで助けようとテレビの周り調べてたらいつの間にか落っこちちまったんだよな。まさか“中”があるなんて思いもしなかったんだけどさ」

花村は苦笑いを浮かべながらそう言い、周囲に眼を向ける。
“自分を助けにようとして落ちてしまった”と言う二人に、温かい感謝の気持ちと共にどうしようもない罪悪感が沸いてくる。
そもそも自分があそこで踏み止まる事が出来ていたのならばこんな事にはならなかったということなのだから。結果として僕の好奇心が人一倍優しい二人を“騙す”形を作ってしまった。


「ごめん」

「……ん? 何か言ったか、有里?」

「こうなったのは、僕のせいだ」

「有里君……」

軽率な行動を二人に素直に謝罪をする。
テレビの内側───。どんな危険が待っているとも知れぬ濃霧の世界に、二人を誘ってしまった。
花村も里中も、自分達が“有り得ない”現象を体験しているのだということを自覚しており、その顔には焦りと恐怖がありありと透けて見える。
だというのに────。


「全くだぜ。一人で楽しいアドベンチャーなんて許さねーから! ……ッヘヘ、今度からはちゃんと俺も誘えよな」

「てか有里君も自分から来たくて来た訳じゃないじゃん、多分。こう……腕刺さってる時なんか嫌そうな顔してたし!」

「おうよ! お姫様抱っこの時の里中サンはもの凄く嬉しそうだったけどな!」

「なっ、何言ってんのよこのガッカリ王子……!」

「ガッカリはやめろ! 割りとマジで傷付くからやめろ!」

気を使い、無理に明るく振舞っている二人に心を解され、この場において小さな決意をする。


「────僕が、必ず二人を助ける」

「ぉ、おうっ……」「……う、うん」

……だから、安心してくれていい。
強い口調で二人にそう告げる。濃い霧に覆われた上に、更には不安感を煽る程に広々とした空間内でそれを探すのは骨が折れる事かも知れない。
しかし入る扉があるのならば、出る扉もまたあるものだ。自分が、“他人のスペース”へと押し込まれた様に。
勿論僕も少なからず不安はある。けれどそれ以上に、今は二人の友達を守るんだという確固とした意志がその恐怖を覆う様にして自らの身体を奮い立たせていた。




■後書き■
そろそろ展開のペースあげます



[34137] Vanilla Twilight
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/08/10 21:01
────盲目な不安感を誘うスモークの様に広く濃い霧が、足元さえも覆ってしまう景観の中。
普段通り、不安や恐怖を一切表に出さない大人びた青年・有里は、そのすぐ背後を歩く二人を先導する様に三歩先を歩み、見えない道を切り開いてゆく。
意図せずともその右手は徐にブレザーのポケットへとのびており、彼がこの現象をイゴールの言う“運命”なのだと無意識に感じ始めていることが見て取れる。
また、確かに感じているはずの恐怖と不安を微塵も行動には出さず出口を探すため淡々と、それでいてどこか力強く先導をする有里の背を見て、里中と花村は小さな確信を得ていた。


(やっぱり、なんか違うな。他の……クラスの男の子達と)

……だけど、その“何か”が何であるのかを自分でもうまく飲み込めず、里中は悩まし気な吐息をつく。
頼りがい、だろうか。クールに見えて、実は小さな優しさに溢れたその人柄。それとも単に、彼は都会で育った男の子で田舎の生徒達とは何処かズレているだけなのだろうか。
さっきだってそうだった。一緒に笑える“良いトモダチ”である自分を……まるで“女の子”の様に…………。


(わっ! わっ……! せっかく忘れてたのに!)

「……テ、テンション上がってるな里中」

必死になって頭の隅に追いやっていた事を思い出してしまい、里中は顔を瞬時に沸騰させそれを振り払う様に頭を左右に振る。ふわりとしたボブカットの茶髪が霧を払うように揺れる。
有里に言わせれば、落ちて来たものをただキャッチしただけ。そこに自分がいたから。或いは友達が後ろにいたから────。
けれど“そういった”体験に慣れていない里中にとっては華麗なお姫様抱っこで助けられたという印象が大きい。
彼女にとって、この転校生はつい昨日まで、“底の見えない”人物という漠然としたイメージだった。
この田舎町ではあまり見かけない独特なアンニュイな雰囲気に、それを助長するかの様に夜の蒼に染まった髪が、同じく蒼い空を散りばめた瞳を覆い隠す。覗く顔立ちはやはり特別性を感じるほどに整っていて。
異性の友達が多く、人懐っこく、割りと世話焼きな性格も相まって異性との壁を感じさせない彼女を一歩下がらせてしまうにはそれでも充分過ぎる理由だった。
しかし今日、昨日の花村との楽しそうなやり取りを見て、勇気を持って再び話しかけてみれば彼はまた違う側面を見せてくれた。
……そして里中は、ついさっき見た有里もまた、別の“仮面”をその端正な顔に被っていたように見えたのだ。
────“不思議な人”。新しいクラスメイトである有里に対し、そんな慣れない感想を抱くのは何も里中だけではない。
転校初日から、まるで旧来の友人関係であるかのように彼の行動を追う花村もまた、言葉数少ない不思議な転校生に一種のカリスマ性の様なものを感じていた。
花村は自分よりも少しだけ小さな有里の背をじっと見つめる。


(考えてみりゃ、ホントなんでだろうな。こいつあんま喋んねーし。といっても所謂“肉食系”みたいにガツガツ前に出るタイプでもねーし……)

それは彼自身とも、そして彼が抱く理想像とも正反対なモノ。だからこそ花村は首を傾げる。
────そんな彼の無言の背が、自分を引っ張ってくれる“リーダー”のそれに見えて仕方が無いのはなぜだろう、と。


(……まぁ、んなこと考えだしたらなんで俺達が仲良くなれたのかってのもミステリーだしな)

変わらない霧の情景を、顔を顰めて見渡しながらも花村は不安を掻き消す様に思考を止めない。それを全て、“運命”という一言で片付けられれば簡単なのだろうが。


「……こっちに扉がある。開くよ」

恐怖を一身に背負う青年を、熱を帯びた瞳で見つめながら、二人は奇しくも同じ事を頭に思い描いていたのだった。





■ ■ ■ ■





扉を開いた先。霧によってぼやけていた幻影ばかりを捉えていた眼は、突如浮かぶ部屋中に付着した刺激色…………“血の様に赤い糊”に釘付けになる。
……灰吹きから蛇が出るくらいの覚悟はしていたつもりだったのだけど、流石に主は留守らしいこんな凄惨な部屋に遭遇して“驚くな”という方が無理があるだろう。最も言い訳にしかならないのだが。
────赤い一室。旅館やホテルの一室を思わせる整頓された部屋の中、囲う壁紙にはどう見てもそれを連想させる鮮明な赤が所狭しと染みている。顔の部分を切り取られたポスターも不気味な雰囲気を誘う。
中央にあるのは明確に“死”を伝える、地に聳える椅子と、スカーフの様なものを括り作られた天から伸びる縄。それに加え、まるでこの世界がこの部屋を見せつけようとしているみたいに霧が薄い。


「んげっ………なんだよこれ……。 椅子とロープの配置があからさまにマズいんだけど……」

扉を開けたままの姿勢で固まる自分の背後、あごを肩に乗せる様にして怖々と中を見ている花村の脇腹を肘で小突き、そのまま扉を閉める。
自分と花村の背に隠され中を見ることが出来なかった里中は当然不満げな声を漏らす。


「ちょ、ちょっと! 私まだ中見てないんだけど!」

「……出口“は”無かった」

「“は”……!? そ、それって他に何かあったってことだよね。 私にも見せてよっ」

そう言いながらもぐいぐいと身体を押し退けようとする里中に“どうしたものか”と思い精一杯邪魔をしていたら意外な所から助け舟が。


「まぁまぁいいじゃねーの、里中。こいつの事だ。何も意地悪でしてる訳じゃねーんだしさ」

「う……それは、そうだけど…………ってあんたも見たじゃん!」

責められる役を代わりながらも花村は僕を見てニヒルなウィンクをする。余りにもキャラに似合わないそれに思わず笑みを漏らしながらも頷く。
必死に隠しているようだけど、割りと恐がりな里中にはこの殺伐とした部屋は悪い影響しかないだろう。
気になるものはあったものの、今の目的は1から最後の番数迄“出口”のみ。花村は僕の思惑を察して瞬時に庇ってくれた。そういえば、自分で自分は参謀タイプなんて称していたことを思い出す。


「ちょちょ、有里さん……! 助けて下さい……!」

……そんな押されっぱなし参謀タイプの“自ら助けに入り自ら助けを求める”という高等技術をまざまざと見せつけられ、リーダーとなる人物に同情をし再び前へ出る。
いや……その人物は、ある意味幸せなのかも知れない。


「────里中、一緒に帰ろう。ここはあまり関係のない場所だった」

「あ……う、うん。そうだよね。今は帰れる場所を見つけないと……」

「納得すんのはやっ!? 何だよ、俺のアシストなんていらねーじゃねーかこの完璧超人!」

悪口になっていない悪口を受けながらも、再び先頭に立つ。
ここも違った。頭の中でトレースしている簡素な地図に“×”を付ける。
……次に目指すべきは、北西だ。一度方向をリセットするため霧のスタジオへと向かう。



………。


……。


…。



長いような短いような、曖昧な時間をかけ黄色いスタジオへと戻って来た。
この地点から遠ざかるごとに薄まっていたと感じていた霧も、ここではやはり、視覚だけの情報で思わずむせてしまう程に濃い。
ブレザーのポケットに眠る銀銃をお守りの様に握り締めながら、歩みを進めてゆくと、以前とは異なる要素を見つける。────それは、何かの“影”。
鼓動が高いテンポを刻み出す。眉を顰め、いそいそと蠢いているそれを前に二人を庇う様に前へ歩き出し、静かにイヤホンをつけるのと同時に流れる動作でポケットから銀銃を取り出す。


「有里!?」「有里君!」

二人もその存在に気づいたらしく、向かう自分を止めようとする大げさな叫びが木霊する。
爪先に近づいても尚、うずクマったままであるその物体に震える腕で銃を突き付けるが────。


「ね、狙い撃たれるクマぁぁあ!!」

……それが喋り、人間であるという証明に気付き慌てて銃をポケットに戻したのだった。
“これは、違った”。駆け寄る二人に意識を飛ばしながらそんな事を考える。目の前で頭(?)を抱え、震えながらうずクマっている存在は、確かに言葉を発した。なら、彼はきっと“人間”だ。いや、そうでなくては困る。
────ようやく見つけたこの世界の綻び、そして微かな希望。けれど僕は大きな希望を抱いて彼に言葉を投げ掛けた。




■ ■ ■ ■



◆◆◆ 天城雪子 SIDE ◆◆◆



────ふと、ぼんやり空を見上げてみれば。
田舎に映える夕暮れを、まるでカタチを造るかのような大きな雨雲が覆い隠しているのがわかった。眼を細めて、気まぐれに手をかざし雨雲を叱る。


(橘……ううん、菊柄かな)

雲の隙間から零れ落ちる薄らいだ光りと水滴は、まるで私自身の持て余した感情を表すかのよう。
……私、天城雪子は今日もこうして、変わらない私自身の日常から“逃げていた”。
雨のせいで少しだけ波が高くなっている河川が見える土手の、その一角にある小さな休憩場所みたいなスペース。
何か面白い物があるわけでもないし、居るだけで前向きになれる癒しの空間があるわけでもない。
けれど、旅館の手伝いの片手間、子供のように“嫌な事”から逃げ出してしまう私にとっては、きっとここは特別な場所なんだろうな。
そんなふうに自嘲しながら、かざしていた手を降ろしそのまま濡れた髪を払う。
……今日もそう。事件の影響で日増しに増えていくマスコミの対応に我慢出来ず、傘をさす事さえも忘れて着物姿のままここに来てしまった。


「…………もぅ、イヤだ……」

一人になれる場所。弱音をはける場所。
静かな空間に、川の流れる音と小雨の雨音だけが聞こえる中、自分でも驚くくらいにか細い声で呟かれた言葉はすぐに溶けていってしまった。
ドラマで語っていたり、クラスの女の子達がよく口にしていたりする“運命”というありふれた魔法のコトバ。
“あらかじめ決められているレールの存在”に憧れているって、みんなは言っていた。私が思い浮かべるのは、ずっと描いていた“私だけの王子様”。私だって、そんな存在に憧れている。
……けど。けど、もしも。今の現実が、天城雪子にとっての“運命”だったのなら、そんなモノは────。


「……!」

暗い表情でそこまで考えたとき、ふと近くで水の跳ねる音が聞こえた。
こんな天気の中、私以外にこの場所に足を運ぶ物好きな人がいるのかな……?
その人の姿を窺おうとしてハッとし、慌てて着物の袖で自分の顔を隠す。今の私は桜柄の着物姿という事をすっかり忘れていた。その間にも、水の跳ねる音……足音はこっちに近づいてくる。
────“バレてしまう”と、きっとアレが飛んでくる。


『さすが老舗旅館の娘ね〜。やっぱり女将修行大変なの? ……はぁ〜、将来の事までしっかり見越してるなんて私達とは違うなぁ』

……違う。違うよ。
答えなんて、ホントはないんだ。旅館の手伝いを強く断ることが出来ないのは、間違いなく私自身なのだから。
けど私の“仮面”の内側は、そんな事少しも望んでいない。
────ただそれを誰も解ってくれないだけであって。


(どうして私ばっかりっ……!)

短いような長いような、注射針が迫ってくるかのような……それを待つ時間の中。固くつむられた瞳から、雨とは違う水の雫がこぼれ落ちそうになった時…………。


「……天城?」

「……ぇ」

止まった足音。袖をとおして聞こえてきた中性的な声色は、いつもの心の底に突き刺さる運命への“決めつけ”ではなくて、私への問いかけの言葉を乗せていた。









薄紅色の傘をさしながらこっちに来た物好きな男の子、私のクラスの転校生である有里湊君は、促されるままゆっくりとした動作で傘をとじて私の隣へと腰掛ける。
……とっさに座りなよと誘ったのはいいのだけれど、こうしてちゃんと話すのは初めて。席が斜め同士なのもあって、失礼だとは分かっていても隣に座った彼の顔をちらちらと観察してしまう。
───小柄だけど品やかで、スマートなラインを描くスタイル。彼がまとうミステリアスな雰囲気を助長するかのような、前下がりアシンメトリーな前髪が特徴的な奇抜な髪型。湿気でしっとりとしたその色はダークブルー……群青色だ。シルバーのイヤホンがよく映える。
長い前髪の隙間から見える顔立ちは、クラスメイトの女の子達が嬉々として話すように“可愛くてかっこいい”というへんてこな表現がしっくりくる。
きっと見る人によって、別々の感想を持つんだと思う。……こうして間近で盗み見る(?)ことで、私は“意外とベビーフェイスで可愛い”と思ったみたい。
そして何よりも、視線を奪うのは…………。


(……“氷”みたい)

思わずそんな感想を抱いてしまう、曇りが一切見えない澄んだ蒼の瞳。
彼が教壇に立ったその日から、私が彼に対して出所のわからない“恐怖”を抱く元凶。
とはいっても、それはとても曖昧で漠然とした気持ち。こうして肩を並べる事だって、気を使うけど特に嫌じゃない。
……だから、出所の分からない恐怖。とても失礼だ。
言うのなら……そう。彼の吸い込まれそうなその瞳を見ていると、まるで得体の知れない“死神”が見えてくるようで────。


「着物」

「え?」

「……似合ってる」

考えることに没頭する私を呼び起こしたのは、その張本人である青年の言葉。
短く、そして雨音にかぶせるように静かに呟かれた言葉は、確かな想いを私に告げてくれる。ほんの少し頬が熱くなる感覚と一緒に、いつの間にか顔と顔を向き合う形になっていたことに慌てて身体の向きを戻して顔を隠すように俯く。
……学校でも、そして大嫌いな家でも。散々聞き慣れてしまったお決まりのお世辞。だけど同年代の男の子にこんなにも近くで、面と向かって言われると不思議と悪い気はしない。


「あ、ありがとぅ……」

消え入りそうな声で呟かれたお礼は、文字通り雨音に掻き消されてしまった。
“いつものお世辞だよ”と頭の後ろで思ってはいても、やっぱりお世辞でも嬉しいという気持ちはおさまってくれない。何よりもそれを口にしてくれたのが苦手意識を持っている彼だということが意外で、尚のこと嬉しかった。
赤く染まった頬をごまかすためにとっさに思いついた話題をふる。


「そ、そうだ。今日いっしょに遊べなくてごめんね。今、ちょっと旅館の方が忙しくて……」

「気にしてない」

「本当……? なら良かった。……また誘ってね。次は一緒に行くから」

「……なら、“次”は大丈夫だ」

次? ……何のことかな。
彼の言葉の真意はよくわからなかったけど、クールが代名詞な彼が見せる、珍しい少し疲れたかのような表情に思わずふきだしてしまう。
そんな私の反応に、自然と有里君もつられて小さく笑っているようだ。


(……かわいい)

ふとした時に見せるあどけない表情。かっこいいのに愛らしい。クールでドライなのに人を惹き付ける存在感。やっと私にも彼の人となりが解った気がする。
初めて見る彼の微笑みは、陰鬱で泥に塗れた私の心を、外の雨雫の様に洗い流してくれる“天使の微笑み”だった。



………。


……。


…。



そのあと、少しだけ打ち解けることのできた彼との会話は弾んだ。
といっても、いつもよりはといった感じだけれど……。


「……それじゃ」

「うん。またね、有里君」

来た時と同じように、有里君は唐突に別れの挨拶を告げて腰を上げる。揺れる長い前髪と呼応するように光りを反射する銀のイヤホンが踊る。思わず笑みが溢れてしまう。
意外と自由奔放(マイペース)なのかな。“フリーダム”……花村君が彼に対してよく言っている言葉だ。
雨の中を颯爽と歩いて行く彼の背をじっと見つめる。大都会にある月光館学園のものらしいオシャレな制服をまとう彼の背中は、雨のカーテンに覆われてもしっかりと自己主張をしている。
月並みだけど、その光景はまるで一枚の絵画のよう。



「……またね」

もう一度確かめるように小さく呟き、その背中に向けて手を振る。
……雨が降っていても、今日はここに来ることを選んで良かったな。前にいた学校のこととか、彼自身のこととか、色々なことを知ることができたから。
見上げた空は、少しだけ暗くなってきている。旅館は嫌いだけど、皆に心配をかけるのは嫌だ。そろそろ私も帰ろう。
そう思いながら重い腰を上げて、お尻を叩いているとふと小さな異変に気づいた。


「傘────」

彼が持って来たシンプルな傘。それがさも当たり前のように自分の隣に“忘れられて”いるのだ。
……有里君は、とても頭がいい男の子。千枝はよく私に“有里君に助けられてる”ことを話すので知っている。授業中の真面目な態度も相まって、各教科の先生方の第一印象も良好そのもの。“うっかり”という言葉がとても遠い存在だ。
そもそも彼は、話している間右手で傘をつかんでたと思う。
それなのに“雨の降っている日”の帰りに、傘を忘れていることに気づかないなんてことがあるのかな。


(────優しいんだね)

薄々と感じていた願望のような結論。それに辿り着き、そっと傘を胸に抱く。
────きっと、私のために“わざと”忘れてくれたんだ。
自然で、どこかぎこちないその思いやりに、胸には暖かい気持ちが溢れ、暗く曇っていた空が途端に明るく晴れたかのような清々しい気分になる。
……いつもいつも、一人で弱音をはいていたこの場所。なのに今日はこんなに心は晴れている。
彼の背中に私が重ねていた死神は、とっくの昔に消えてしまっていた。





■ ■ ■ ■




────携帯のアラーム。そして身体を揺すった時の、耳元感じる僅かな異物感に目を覚ます。
寝ぼけ眼で携帯を弄り、耳に手をのばそうとするが中々うまくいってくれない。寝起き頭はぼんやりし、身体の節々が微かな熱を帯び、胸にある得体の知れない圧迫感が口元にまでのぼっている。
このダルい感覚は、“二日酔い”……だろうか。最も、体験したことなんてないけれど。


「────……」

……冗談。本当の原因なんて解り切っていることだ。この体調の不安定は昨夜から続いている。おそらくテレビの内側に入ったことが何らかの影響を与えたのだろう。何しろ得体の知れないどころか知る方法さえも解らない場所なのだ。
少しずつ鮮明となる意識の中、緩慢な動作でようやく耳に手をやるとそこにはイヤホンが。身体を見下ろすと案の定コードがいたるところに絡まっていた。どうやら聴きながら“寝落ち”してしまったらしい。
毛布の中からプレイヤー本体も探し出すが、やけに暗い画面に歪な文字列が表示されている。俗に言う“バグっている”状態だ。
そこでようやくWALKMANと自分の身体の現状を思い出す。
────そうだ。僕は昨日、クマに助けられた後、ジュネスから濡れて帰ったんだった。



………。


……。


…。



「……」

長年連れ添ったWALKMANをそっと机の引き出しに休める。ダブルコンボで“風邪”をひいてしまったのは僕だけではなかったのだろう。
濡れて帰ったあの時にバッグに入れておけばと思わなくもないけど、幸いバッグの中にはもう一つの相棒候補が眠っている。
それに今更傘を忘れたことを後悔なんてしていない。新たな一面を見せてくれた天城の代わりに雨に濡れることなんて苦ではないのだ。
────僕にとっては変わらない毎日。何一つ破綻していない日常の風景。




■後書き■
さして攻略とかさせてないのに千枝ちゃんと雪子との会話は変な空気に…w
クマのとこはカット! すまんクマ



[34137] Book Of Secrets
Name: シンメトリー◆a001e8b6 ID:514e8ba9
Date: 2012/08/31 22:10
……16GB、32GBの間にある越えられない壁が見えた気がした。
容量も倍増した新たなWALKMANを胸に下げ心機一転で学校へ向かったものの、待ち受けていたのは物々しい緊急全校集会で全生徒に告げられた驚きの悲報だった。
丑刻の昼休み、昨日の壮大すぎる探検の影響で上向かない調子の中、屋上でチーズパンを頬張りながら考える。
────“殺人”。
今朝のテレビニュースでは名前が伏せられていたので解らなかったが、ここの学校長が言うには……3年生の女生徒・小西早紀。ついこの間実際に言葉を交わし、印象的な不透明の面影を纏っていた彼女がその被害者だというのだ。
それも、ある友達が言うには遺体は先の事件と同じように“吊されていた”らしい。この長閑な辺地で稀に見る連続殺人事件が起こってしまったというわけだ。
……自分の隣りに腰掛け、黙々とラーメンを啜っている友人をちらりと一瞥する。
2人の犠牲者、連続殺人事件。町を覆う出所不明の濃霧のカーテン。切断された蒼の異空間、ベルベットルーム。不思議とノスタルジックな淡い夢。そして────テレビの“内側”、影の反世界。
慣れることはない。この町に来てから驚きは絶えない。


(もしも……連続殺人が、あの世界と関係していたら────)

けれど、一つの“区切り”を見つけた気がする。もしかしたら、いや……やはり、もしかしたら。そんな仮定の積み重ねの螺旋。


「有里」

耳に届く、聞き慣れた声。不意に名を呼ばれ再び視線を隣りへと向けると、そこにはラーメンを食べ終えた後真剣な表情でこちらを見据える花村の姿が。
────当然、こいつも思うところがあるのは同じらしい。


「俺、実は昨日の深夜にバイト仲間のつてからこのこと教えてもらっててさ……。先に知ってたんだよ。だから一晩、よく考えてみたんだ」

「……」

「どうして小西先輩なんだろうって。何で犯人は2人を殺してしまったんだろうって……。考えてるうちに涙は枯れちまった」

「……答えは?」

目線を外し、チーズパンの袋をポケットに押し込みながら問い掛ける。
とはいっても花村はそれを理解できなかっただろうことは容易に想像できる。なぜなら彼は、人殺しとは無縁の善良な市民なのだから。
花村はやや俯き、右手で頭をかきながらぽつぽつと話す。

「───いや、全然思いつかんかった。殺された理由……この事件の真相はな。けどよ、一つだけ気になった部分があったんだ」

「……“あの部屋”」

「あぁ。……ったく、やっぱお前ってとんだ切れ者だぜ」

俺は一晩考えてやっと辿りついたのに。
花村はそう小さく零し、一切残念そうな様子も見せず溜め息をつく。


「あの時、色々とエグい部屋だったからお前カッコつけて背中で庇ったろ。里中はそれで見えなかったらしいけど俺はちょっとだけ見えてさ。っはは、俺お前より身長高けーし」

「……」

「あれは一度見て忘れられるようなもんじゃなかった。顔が切り取られたポスター……ロープとスカーフ、壁に染み込んだ赤い血……。何もかもが異常だ。考えてみりゃ事件の第一の被害者である山野アナと関係があるように思える」

顔が切り取られたポスター。写る人物は朱色の綺麗な着物を着ており、似たグラフィックデザインのポスターがジュネスには貼られていた。
それに写っていた人物は……件の演歌歌手。“そう”だとすれば、特定の人物……たかがポスターにさえ無益な憎しみを抱いてしまうような異常人物は────。


「……もう一つ。マヨナカテレビだ。お前は知らねーかもだけど山野アナは殺される前にマヨナカテレビに映るって噂になってたんだ。そしてその後、俺達はマヨナカテレビで小西先輩を見て、再び事件は起こった。これ、偶然にしちゃあ出来過ぎだと思わないか……?」

……よく、煮詰めている。朧げに積み重ねていた自分の考察とほとんど同じ。合わせ鏡。やはり花村は、少し熱くなりやすい部分はあるけど、しっかりと物事を整理できる人間だ。


「それだけで?」

「……ッ……」

刺がつかない程度、出来る限り諭すような口調で言葉を紡ぐ。
……しかし、それだけであの危険極まりない世界へ再びダイブするのはリスクが大きすぎるのだ。前回はクマのお陰で何とかなったが、次は彼と会える保証なんて何処にも無い。急拵えで楽しく向かうことができる場所ではないのだ。
その事を頭では解っているはずだけれど、花村はここにきて押し寄せる感情を我慢できず、冷静さを失い勢い良く立ち上がり叫ぶ。


「あぁ、それだけの理由だよ! 何の証拠も……保証だってねぇ! でも俺自身の責任はある! 俺にとっちゃ“何もしない”ことの方がよっぽど無責任なんだよ!! 大切な人が殺されたってのに……!」

「────……」

「だから頼む、有里! 俺と一緒に“向こう”の────」

昼食・屋上派の面々の視線が集まり出したところで花村の口を塞ぐ。そこから先は、口に出すべきではない。


「“どうでもいい”」

驚くことに、気づくと口は勝手に答えを紡いでいた。
本当は、行くなら自分一人でと思っていた。花村の必死な独白に心揺さぶられ、咄嗟に出たらしい己の口癖。肯定と否定……どちらにもとれる都合のいい言葉。
……でも、今回は花村の“勝ち”のようだ。


「うぉー! 心の友よー!!」

「……暑苦しい」

返答をきいた花村は、きょとんとした表情から一気に喜びの表情へと変わった。
答えを呟いた際の僕の顔は、どうやら“肯定”だと思われる類いのものだったらしい。
……けどハグはいらない。皆に誤解されてしまう。


(……僕が、守ればいい)

必死の想いで事件を糾明する決意をした花村と同様に、ならば自分はその友を守ってみせようという決意をする。
単純な話だ。真実は遠いだろう。けれど幾ら時間がかかろうが自分が“真実を追う者”を幾度となく窮地から守るのなら、いつか必ずその類いに辿り着くことができるはず。
……大切な友人の頼み。もう後戻りはしない。
たとえ、僕自身が犠牲になろうとも─────前を向いて、歩んでいくんだ。









「おーい有里ぉー……ってお前くつろぎ過ぎだろ!?」

待ち合わせ場所であるジュネスの家電コーナーの近く。
急いで来たのか額に汗をかいている待ち合わせ相手の遅れた登場に、身体をあずけていた展示用カウチソファーからゆっくりと立ち上がる。慣れた動作でイヤホンを外し首に下げる。
こいつのせいで午後の授業をサボることになったんだ。これくらいは許されるだろう。


「ったく、これじゃパシリみたいじゃねーか」

むしろパシリそのものだろうというツッコミは置いといて、頼んでいた物を受け取る。
手に馴染む滑らかな和柄の布袋の中から現れるのは一振りの竹製の日本刀……の代替品。テレビに潜るにあたって花村に頼んでおいたもの……それは“武器”だ。盗品もとい竹刀を再び袋におさめ、花村に対して小さく頷く。


「あ、それでよかったか? 苦労したんだぞ。なんせ道場はどこも授業真っ最中! 軽くスパイになった気分だったぜ。……そういや、校門らへんでも一年が何かやってたんだけどお前どうやって抜けたんだ?」

「ストレート(正面突破)」

「マジで!? もはや怖いもん無しだな! 俺が女の子なら頭がフットーしちまってるぜ」

気軽な冗談を交わし笑みを浮かべ、なるべく気負わずにテレビの中へと足をのばす。









銀銃はやはり、有里湊にとっての“鍵”だった。
銃を持つ右手と竹刀を持つ左手。テレビへと干渉し、暗い液晶に波紋を投げかけたのは利き手である右の方だったのだ。
イゴール達との契約…………この鍵が無ければ僕達はこの世界に入ることさえできなかったのだろう。

“貴方という一冊の本が、他の棚のスペースへと埋まったように”。

────頭の片隅に、徐々に己の立場というものが投影されてゆく。


「っ……」「っとと……!」

浮遊感と共に思考は終わり、地に降り立つ。流石に二度目となるとそこまで慌てずに対処ができた。二人揃ってしっかりと脚から着地をする。


「ほげっ……き、キミタチ!? なんでまた来たクマ!?」

「て、てめぇは……! あん時のクマか!」

……どうやら幸先が良い。鼻にかかった甲高い声と共に霧の中から現れるのは前回の“救世主様”ことクマだ。本当に幸運である。これで帰りは保証されるのだから。


「───だから何で俺らが“犯人”になるんだよ!? つーか探しに来たんだよそいつを! それと真実をな! とっとと案内しろってんだ!」

「だが断るクマぁぁあ!! 翔子! ……あ、違ったクマ。ショーコ、証拠を…………およ?」

いつの間にか息の合った熟練コントを繰り広げていた2人を制し、クマと向かい合う。顔は自然と柔らかな笑みを浮かべ、あの時言えなかった言葉をこの世界に押し戻す。


「……昨日は、ありがとう」

「く、クマ〜ンっ」

「おわぁ、キモっ!」

感謝の言葉に大いに照れながら身体をくねくねさせているクマの毛(?)を軽く撫で、上機嫌になったところでここに来た目的と協力をしてほしい旨を正確に伝える。


「……犯人、ゼッタイ捕まえるって約束してくれるクマ?」

不安げな大きな瞳(?)に、二人で顔を見合わせ確信を持って強く頷く。途端にクマは花咲くような笑みを見せ、スキップで歩き出す。こいこいと踊る手の動作から、どうやら自分たちを先導してくれるらしい。


「…………有里。お前女の子の扱いも手慣れてるだろ」

「……」

……やけに抑揚の無い声色で呟かれた花村の言葉を意図的にスルーしてクマの後を追う。









「ふんがっらんらん~♪ ふんがっらんっらんっ~♪ ……あ、ついたクマ」

ひょこひょことコミカルな足音(?)と共に鼻歌のようなものを歌いながらクマは僕達を先導する。
花村に渡されたオレンジの眼鏡同様、自分に渡されたどこにでもありそうな無色のコンタクトレンズは降り下る霧を魔法の様に掻き消す。
怪奇な世界においてやけに安堵を誘うその緩やかな歌に耳をかしながら、通された“場所”を見渡した。
────柔らかな曲線を描いていた眼は、一瞬にして険しいものへと変わる。


「こ、ここって……中央通り、か……?」

稲羽中央通り商店街。ギャハハと笑いあったその日を思い出す。ここは“表”のその場所に非常に似通っている。赤と黒に染まっていても、それは変わらない。
冷や汗を流しながら呟き、ふらふらと目の前の酒屋に吸い寄せられる花村を視界の端におさめながらもクマに確認をとる。
クマが真実を目指す僕達に協力し、その類いが存在すると考えたこの世界の一つの場所。
……被害者・小西先輩の、実家────。


「───あ!? ま、待つクマ! そこ、“シャドウ”がいるクマ!!」

「は、はぁ? シャドウ……? クマ、てめ何言って…………ぁ、うわぁあ!?」

と、思考に沈みかけた意識はクマと花村の尋常ではない叫びの声に強引に呼び起こされる。ほとんど条件反射の様に下がりかけていた頭を上げ、忙しなく動く視線はふらふらと店先に向かった花村に視点を合わせる。
────身体が、全身が、熱を持つ。


『────』

そこに見えていたモノは、“友達一人では無かった”。
“シャドウ”。クマはそう叫び、警戒を促した。腰が砕け震えている花村の目の前に“在る”のは、蒼い鋼鉄の仮面を背に携えた、丸い球体の形をとる異形。巨大な舌を垂らしただらしのない姿。
けれどその存在は余りにも異質、自分が知る“世界”で見たことも聞いたことも無いものであり、クマのみならずこの世界がいかに異常なものであるのかを強く意識させるものだった。


「……ッ!」

……大きい。とんでもなく、巨大だ。
図体だけではなく、それらから感じる畏怖という名のプレッシャーが竦む自分を一歩後ずらせる。恐ろしい……本当に。けれど、覚悟を決めてここに来た。
僕達は、前に進むしかない。


(そうだ────助けるんだ)

長い舌を鞭の様に撓らせるシャドウを視界にしっかりとおさめ、震えそうになる脚を鼓舞し、左手に竹刀を構え右手の銀銃を異形へと向けた。


「───……」

震えが伝わる小さな銃口に、止めどない焦りが生まれる。しかしそれ以上に…………確かに胸に灯ったはずのなけなしの勇気と焦りは、一つの揺るがぬ疑問によって暗転する。
─────“使い方”を間違っているのではないか、と。
つい昨日、この世界の住民へと銃口を向けたときにも感じた小さな違和感は、ここにきて突き刺さった茨の棘の様に異を唱え始め、思考回路をショートさせる。
それを自覚した瞬間、興奮に熱くなる身体は溶ける剛剣で寸断されたかの様に更に高熱を持ち、視界は蒼く暗い深海を彷徨う深海魚のそれのごとく一切の光を閉ざす。
助けると誓った…………僕が手を差し伸べるべき大切な友の姿を見ることは叶わなくなってしまった。
けれど、疑問、焦燥の代わりと言わんばかりに新たにこの胸に訪れるのは漠然とした安堵の想い。手段を捥がれ、危機が迫っている友を見失ったこの時、僕は確かに安堵していたんだ。
底知れぬ闇の心象風景の中で、震える身体が耳にした厳かな“吐息”は、確かに己の内の“忘れられた古傷”を思い起こすものだったのだから。


「ペ──────」

“僕は何時でも、力になるよ”。
新たに、歓喜と悲愴が脳内を駆けずり回る。“思い出す”高揚感と、僅かばかりの不透明な不安感。しかしそれを凌駕する突き抜けた快感に、口元は厭らしい笑みを浮かべ“トリガー”を無意識に、いや、流動的に口ずさむ。


「ル──────」

敵へと向けられていた銃口はあるがまま、自然と■■へ─────。暗転したこの世界で自覚できるのは、己自身の存在のみ。
漆黒の闇の世界で眼を泳がせ光を探した時、既に自分は、自ら瞳を閉じているのだということを知り小さく嗤い声を漏らした。


「ソ──────」

────ギチリ、と錆びた硬質の音が響く。鎌首を凭れる恐ろしい音。或いは、嘲笑う闇が、僕に虚言をしたのか。
急激な勢いで紐解かれてゆく己の頁(記憶)。これらが全て光のごとき“一瞬の出来事”なのだと実感した時─────。



“ごめん、なさい”。


彼女の涙を、最後に“思い出す”。


『─────!!』

最後の節を言い終えるのと同時に迷い無く引き金が引かれ銃声が響く。打ち抜かれた頭は、内部から破裂したかの様な衝撃と共に清々しいまでの開放感を得る。見開かれた瞳は既に闇から解放され周囲に浮かぶ蒼く輝く欠片を写し出し、その先に存在するシャドウをおさめる。
さぁ…………外れた運命の輪は、再びここで虹を描くのだ。


『我は汝。汝は我────。我は汝の心の海より出でし者…………幽玄の奏者────オルフェウスなり』

眩い蒼き光りと共に己の背に現れるのは、堅琴を携えた遊牧詩人。
自己の擬似的な臨死体験により表面化する抑圧された反面の存在。
────有里湊の“ペルソナ”、オルフェウス。
眼を向けることはない。それを己自身の視界におさめることは、奇妙なことなのだから。


「有……里……」

小さく漏れた、呆けた友人の戸惑いの声。魂の抜けたその声を合図に重心を前方にずらし身を屈め、酒屋を守るように蠢く異形……シャドウへと一直線に突進をする。
ペルソナによる身体基盤の強化により、獣もかくやという勢いで相手のテリトリーへと脚を踏み入れる。
一切の反応を見せないシャドウは、それを見透かしていたかのように舌を踊らせ僕を迎え撃つ。突進の勢いは止まらず、直線上にある敵の鞭へと自ら激突しそうになるが─────。


『────!!』

それは些細な弊害に過ぎない。
耳障りな悲鳴を上げ四散するシャドウへと、後方に佇むオルフェウスから放たれたのは小さな火球、“アギ”。
銃撃からやや遅れて放たれたディレイスキルは身を屈め走る僕の背をすり抜け寸分狂わずシャドウを燃やし尽くす。
────足を止めない。“元々の目標”……消えたシャドウの直線上、驚きに顔を青くし身体を震わせている青年を見据える。
役割を終えたオルフェウスを掻き消し、身体強化の限界をバネの様に無理矢理引き伸ばす。二三歩の距離を残し勢い良く地を蹴り、屈めていた身体を捻り竹刀を横薙ぎの姿勢で構え、敵に向けて力をためる。


「ぅおッ……!」

間抜けな声を上げて両手を前に出す花村の────。


『───!!』

背に潜み、花村に覆い被さらんと飛び出して来たもう一体のシャドウ……“目標”を竹刀で一閃する。無聊の咆哮さえも許されなかった臆病なシャドウは綺麗に真っ二つになった身体の形骸を保てず即座に消滅した。
右手の銀銃を再度頭に突き付けたまま、内に宿るオルフェウスの力でこの場をサーチするが、やはりこの一帯ではアレが最後だったようだ。
元来オルフェウスは索敵に秀でたペルソナではないけれど、酒屋周辺という狭いスペースならば見通すことも可能だ。


「あ、有里ぉ……」

視界の隅から聞こえてくる馴染みの声に、頭に思い浮かべていたトレース、イメージを放棄し、突き付けていた銃を仕舞う。
目線を下に向けるとそこには、後ろ手に身体を預け、とても言葉には出来ないような何とも言えない表情を浮かべた友人の姿が。
……花村の面白可笑しい反応に、助けることが出来たという安堵。二つがブレンドされ強張っていた顔に自然と笑みが浮かぶ。


「────大丈夫か、相棒」

言葉尻に竹刀でポンと花村の頭を軽く叩く。緊張が解けたように破顔する花村横目に、僕は戦闘での高揚、そして大橋での記憶を思い出すことが出来たことに万感の想いを感じていた。









「うはぁ、マジすっげ!? 超クールだぜ有里ぉ! さすがイケメン、爆発しろ! つーかあの化けもん、いやお前何もんだよ!? 俺の知ってる有里と違う! なんかこう、頭パーンってやったらカッてなって○ルトも真っ青なスピードでこっちくるし! ス○ンドみたいの後ろに浮いてるし! ……って頭は大丈夫なのかお前!? 怪我とかないのかよ!?」

「……」

────落ち着け。
そう言いながら、溢れんばかりのオカンの包容力で力強く肩を揺らすのが正解なのだろうか。
しかし生憎自分にそんなものが満ち足りている訳でもなく、眼前で起きた興奮に少年の様にテンションを高くし捲し立てる花村にどうしたものかと途方に暮れる。
とりあえずと、徐にイヤホンを耳につけ、MPが下がりそうな花村の踊りに軽快なBGMをかけ無表情にジッと眺める。半開きの口から溢れる小さな溜め息。


「落ち着くクマ、ヨースケ。マスターが困ってらっしゃるクマ!」

「は、はぁ? “マスター”だって?」

するとその溜め息に反応したのか、思わぬところからの助け舟が入る。花村の身体をぐいぐいと押しながらこちらに振り返りやけに芝居がかった動作で頭(?)を下げるのは異世界の協力者・クマだ。
クマは頭を上げた後満面の笑みでこちらを見つめ、再度花村へと向きなおる。


「ヨースケが言ってたクマよ? マスターは自分と違ってシャドウが爆発するくらいイケメンでもう一生マスターとして敬っていく所存でございって。嫉妬に狂ってついでにヨースケも爆発四散しそうって」

「勝手に脚色すんなよ!? なんで俺が爆発しなきゃならねぇんだ! つーか急に俺にだけ砕けた態度とりやがってこのえせアニマルッ……!」

「……」

売り言葉に買い言葉。何度目だろうか、花村とクマは仲良く“ケンカごっこ”を始める。
……助けに入ってくれたはずの存在に、更に場をややこしくされるという状況にデジャブを感じながらも、背後の酒屋の入口から微かな“声”を感じ、イヤホンを取り簡潔な言葉の羅列を頭のキャンバスに思い描く。


「…………ペルソナ」

「「え?」」

「シャドウを駆逐したのは、僕のペルソナ“オルフェウス”だ」

言いながらしっかりと右手に握られていた銀銃を頭頭部の側面に向けるが、自裁を思わせるその光景に未だ慣れないのか慌てて手をのばしてくる花村にそれを止められる。
対面、ブラウンの瞳としっかりと視線を交差させながらも用意された言葉を紡いてゆく。


「暗冥で竪琴を弾く、涙に濡れた吟遊詩人。有里湊の……解離したもう一つの側面」

「ぺ、ペルソナ……? 解離した……もう一つの、側面だって……?」

「ヨースケ。難しく考える必要はないクマよ? ペルソナは“自分自身”クマ。オルフェウスからは変なカンジもしたけど、確かにマスターの匂いがしたクマ」

「お、おう。要するに…………有里にはあのシャドウとかいう化物を倒せる力がある訳だな。ペルソナってのはやっぱりよくわかんねぇけど……。な、なぁ有里、クマ。もしかしたら、俺も────」

再び輝く眼を見せ始める花村の肩口から、赤黒に染まった酒屋の入口を指差す。
疑問符と共に振り返り、思い出したように言葉を失う花村の背に用意していた最後のしめ言葉を投げかける。


「……お前の目的は“あっち”だ。だからお前は前に歩けばいい」

僕が守る。守らなきゃいけない。────守る力が僕には、あるのだから。
地に横たえていた竹刀を再び手に取り軽く払う。言霊は戸惑う友だけを叱咤、鼓舞したのではなく、“思い出した”、今は無き死への恐怖に微かに震える自分自身にも向けられたものだった。


「───おう」

「あ、ヨースケ。クマも行くクマ!」

「クマクマうっせーよ!」

花村は呼吸を整えるように一度眼を瞬き、思い出した決意に顔を引き締め目先の目的を変える。
……酒屋にシャドウの気配はない。けれどこの異常の塊みたいな世界で、僅かな危機感さえも感じないと言えば嘘になる。
けど、耳をすませば…………ほら、“お前”の吐息が聴こえるんだ。どんな恐怖にだって、立ち向かってみせる。
いつの間にか固く握り締めてられていた竹刀を今度は力強く大きく払い、気持ちを新たに地を踏み締め後を追った。









酒屋の中は、暗く見通しが悪く、鼻腔をつつくアルコールの慣れない独特な臭いも相まって、肌を撫でる空気がどことなく粘つき、湿っているようにも感じた。
……先入観はあるけれど…………要約するとあまり居心地の良い場所ではないということだ。
所謂“造り手の苦労”というものが少し解る気がする。


「───……」

一室を見渡すと、先に足を踏み入れた花村とクマは部屋の奥のスペースで何かを手にとり一心不乱にそれを眺めている様子だった。
こちらに背を向けており表情は読み取れない。やや暗い視界の中、地に散乱する角材や作業ゴミに足を取られないよう気をつけながらそちらへと向かう。


「……?」

近づいても一向に反応を見せない花村に違和感を覚え、真横から身を乗り出し手に持っているものに眼を向けるとそこには…………。


『私、花ちゃんのこと…………ずっと、ウザいと思ってた』

小さな紙に写る“物体”が切り裂かれた写真の“一部”だと機敏となった脳が気づくのに、少しもかからなかった。


「……っ!」

「ク、クマ!?」

それとほぼ同時に頭に響く“声”に必要以上に驚いてしまい、意識することもなく勢い良く竹刀を振るわせる。しかし周囲を見渡しても声の主は視界には現れない。


『勘違いしてさ。一人でガキみたいに盛り上がってて…………本当、ウザい。私はアイツの事もジュネスの事も、全部どうでもいいのに────』

しかし、厭らしく歌うような彼女の独白は続く。その女性と思われる声のトーンが微かに聞き覚えのあることに考えがいたり、柄にもなく露骨に顔を顰めてしまう。


「せ、先輩……? そんなっ…………嘘だよな、こんな」

「ヨヨヨースケ!?」

声が届いたのは自分だけではない。いつもは朗らかな笑みが浮かぶ端正な顔を、驚愕に青く染めている花村のよろめく身体をクマが身体いっぱいにして必死に支える。
クマだけでは無理だ。自分も支えようと手をのばした時に肌に感じた微かな空気の変動感に花村とクマを自分の後ろに引き寄せ“そちら”へと身体を向ける。


『────悲しいな……可哀想だな…………俺ぇ……。……ぁ……ぅ…………けどよぉ、何もかもウザいと思ってんのは、心底こっちの方だっつの! ハハハハハ!!』

「っ……」

「なっ……! お、俺と……同じ……!?」

────“金色の瞳を持った花村陽介”と向かい合う。
ギロリ、と剣呑な瞳がこちらを射抜く。信じられない事に、その身体、容貌は自分に最も近い友人である花村陽介と余りにも一致しているものだ。けれど身構えていた分、驚きは少ない。驚きがあるとするならばそれは別のことだった。


(シャドウの反応は無かったはず)

そう、この周囲一帯は小さく、オルフェウスでも十二分にトレースが可能だった。クマは元より、間違いなくこの場所にシャドウの反応は感じられなかったのだ。けれど眼の前の奴から感じるのはシャドウの気配。
これもまた事実であって。


(なら、こいつは……)

瓜二つの容姿。矛盾。“こっちの方”────。
散りばめられたピースは一つの仮定を作り上げ、右手で銀銃を取り出そうとしていた僕の動きを鈍らせる。


「お、お前ぇ……! 何なんだよ、何で俺と同じなんだよ!! お、俺は────“ウザい”なんて……!」

『───嘘つけ。カッコつけやがって。商店街、ジュネス、田舎…………先輩にそしてコイツ。何もかもがウザくてウザくてしょうがねぇんだよ“お前”は。だからこそこの世界に興味持ったんだからよ』

「なっ、あ……ぁ…………」

目の前の人物に己を重ね慌てて言葉で取り繕う花村を“嘘”なのだと断じる言葉は、花村の反論とは比べ物にならないほどの強い意思を含んでいた。
……その瞳が自分ではなく、端から花村を貫いていたのだと解った時には、一足遅かったのだ。


『認めろ腑抜け。俺は、お前だ。決してこいつの様な物語の“ヒーロー”なんかにゃなれなねーんだよ……!』

「ち、違う……」

『ッハ! 何も違わねぇよ。お前は、俺なんだッ!!』

「────違う! 俺は……お前じゃない!!」

責める様な口調と鋭い瞳に花村はなすすべもなく押し切られ、シャドウにとっての待ち望んだ、自己否定であるその“トリガー”を口から漏らしてしまう。
直後一室を揺るがす程の爆発的な奔流と甲高い叫びが響き渡り、僕が我を取り戻したときには既に花村は無惨に倒れ伏せていた。


「……花村っ────」

『────我は影、真なる我』

振り向いた背から感じる強大な力の主よりも、守ると誓ったはずの友が地に横たわる姿が電流のように思考をかき乱す。上体を抱き上げ、脈をとると意識を失っているだけだということがわかり身体を強ばらせていた力が抜ける。
しかし変わりに、身を焦がす激しい怒りが背後に控える存在と、情けない己自身へと牙を剥く。
覚醒が明確に意図する事────こいつは、花村自身の“仮面”。それを知り、己自身との対面に部外者が横槍を入れるべきではないと、僕は頭の片隅で考えてしまったのだから。


『退屈なモノは、全部、ブッ壊すッ!! ……まずは────』

…………そうだ。それには賛成だ。全部壊してしまおう。
この場において、“どうでもいい”ものは全て、この手で。光に照らされなすすべもなくあるがままに行き場を失う暗闇の様に。
眠る花村の身体をクマに預け立ち上がり─────。


「「お前からだッ!!」」

宣言と共に初めて視線を交え、戦いの火蓋を切る。






■後書き■
そんなこんなで駆け足でペルソナ覚醒!
テンション上がっていろいろ厨ニっぽくしてたらアホみたいに長くなりましたw
小西先輩の下の名前の漢字を何時も紗季って書いてしまい後から修正するこのみじめさったらない(´Д` )


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