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[3371] Blue Sky Blue(現実→ポケモン)【完結】
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/07/11 05:09
 前書き

 この作品は、題名の括弧書きの通り、現実世界から、ポケモンのいる世界へ入り込んでしまう…という作品です。(括弧書きはいずれ消すかもしれません)

 注意事項としては、あくまで、”ポケモンのいる世界へ”ですので、ポケットモンスターのゲーム、漫画などの世界へ行ってしまう話ではなく、殆ど完全にオリジナルの世界観になっています。

 また、プロローグにはポケモンは出てきません。
 
 更新は、恐らく不規則になるかと思います。

 大分前の作品を若干修正して投稿していますので、妙な点があるかもしれませんが、その時はご指摘等お願いします。

------
 注意。

 この作品は、ポケモンの二次小説ですが、人とモンスターの触れ合いには、全くと言っていいほど触れません。

 色々とご意見を頂いたのでここに注意事項として書きます。ご迷惑お掛けしました。
------
 since 2008 6/29



[3371] Prologue
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:34
 燃えている……。
 目の前には揺らめく巨大な赤。空は雲で黒ずんでいた。
 そして、叫んでいる自分。
 その声は自分のもののはずなのに、まるで他人のもののように聞こえた。

 『誰かあいつを助けてくれ!』

 今から思えば何て他人任せな言葉だったんだろう。
 ただ、幼い自分には何も出来ないという確信を持っていたのは覚えている。

 俺には物心ついた時から両親はいなかった。
 そんな俺を血も繋がっていないはずなのに引き取って育ててくれたあの人。その人は今、目の前の燃え盛る炎の中にいる。
 そして俺は叫ぶだけで、何もできない。
 家の形が大きな音を立てて崩れた後、ようやく振り出した雨と、ようやく到着した消防車の騒音に紛れて俺は大声で泣いた。
 消防隊員と思われる大人たちに連れられながら、体に纏わりつく雨と、頬に纏わりつく涙がただただうっとうしくて、俺は黒い空を睨んでいた。

 ―――『間に合わなかったんならずっと晴れてろよ』

 そんな現実逃避の思考を持ちながら、しかし確かに俺の心は一つの事実を掴んでいた。
 “俺は、無力だ……”。

――――――

 燃えている……。
 目の前には小さな赤。
 横には水の入ったバケツ。
 空には、雲ひとつ無い。

「俺は、無力だ……」
 そう言った直後、俺の頭に硬い何かが振り下ろされた―――
 ガンッ

「いっっでぇー!!?」
 火花が散ったような衝撃。
 こんなことをする奴は俺の知る限り一人しかいない。

「レイッ!? 何しやがるっ!?」
「あ・ん・た・ねぇっ!?」
 怒鳴り声が、ここ、学校の屋上に響いた。
 頭を擦りながら涙目で目の前の女、水面冷(ミナモ=レイ)を見ると、大きな瞳で俺を下から見返してきていた。
 俺より頭一つ分低い身長に学校指定のセーラー服に黒のショートカット。一部の男子には結構人気のあるらしい線の細い整った顔立ちとやらは、今の俺には鬼にしか見えない。

「何やってんの!? ああもうっ!!」
 “あの時”からの幼馴染の一人は俺を睨むだけ睨むと、俺の目の前の炎をバンバンと踏み始めた。
「おっ、おいっ!?」
 俺の制止もむなしく、レイは炎を消し終えてしまう。

 あーあ……。証拠隠滅できなかったか。

「一体何を燃やして……!……」
 レイは燃えていたプリントの一つを手に取ると、体を硬直させ、次に肩をプルプル振るわせ始めた。
 そのプリントには沢山の“/”、そして大きく“0”と書かれている。

「ねえ……これって……」
「“地理”……だよ。さっき返ってきたろ? 笑いたきゃ笑え。そんなに俺の自尊心を深々と傷つけたいならな…!」
 次の瞬間、俺の自尊心は深々と傷ついたのだった。

 高校二年第一学期期末テスト“地理”、
 烏丸皆(カラスマ=カイ)、
 記録、イーブンパー。

・・・・・・

「だ……だから……くくっ……ご……ごめ……ぷっ……ごめんって。プッ……プラッ……プライバシーの大切さを……甘く見てたわ……ぷっ……」
「うるさい……。お前とはもう口利かねぇ」
 俺たちは火の後始末をした後、教室に戻る廊下を歩いていた。
「ご……くくっ……ごめんって………でもまさか……“野比点”とるなんて……」
「その言い方止めろ! 失礼だろっ!? 俺、及び奴に!」
 レイは今にも階段を転げ落ちそうな足取りで、俺の隣を歩いている。一回落ちないとその笑い止まらないんじゃないか?
 因みに地理のテストは俺の動機を理解してくれたのか、レイに焼却され綺麗に天に昇っていった。
「それで? 何しに来たんだよ。屋上まで」
「あんたが教室出たきり戻ってこないから呼びに行ったんでしょ? スズキだって待ってるんだから」
 俺は何となく腕時計をチェックした。
 帰りのホームルームが終わってから三十分くらいしか経ってない。

「どうせ、まーた屋上でタバコでもふかしてるんじゃないかって思って迎えに行ったら……まさかまさかゆとり教育の弊害を目の当たりにするとは……!!」
 完全にあの点数がツボに入ったのか再びレイは震えだした。
 やっぱ一回落ちろお前。
 折角俺が人の無力さを嘆いていたのに力いっぱい殴りやがって。

「悪いことばっかやってるから、可哀想なことになるのよ。もう止めたら?」
「うるせーな。ストレス対策なんだよ。それと可哀想言うな」
 俺はズボンの右ポケットに入れてあるタバコを、ぽんぽんと叩いた。
 高校二年の俺は当然未成年。
 だけど、タバコは大分前から吸っていた。“あいつ”のと同じ銘柄を。

「屋上だって。感付いてる先生いるみたいだよ?」
「お前だって利用してんだろ? 俺がバイトの先輩から丁重に賜った伝統だぞ? 止められっかよ」
 反対のポケットからキーホルダーを取り出した。
 家の鍵と屋上の鍵が素っ気無いストラップに繋がっている。
「まあ、それはそれよ。あっ、スズキ!」
 教室の扉の前に一人の長身の男の姿を見つけると、レイは声を上げた。
 スズキはレイの声に反応して手に持っていた携帯ゲームから目を上げると、パタンと閉じてバッグにしまった。
「おー、ようやく来たか、カイ。迷ってるのかと思ったぜ」
「言っておくが、地理と常識は関係ねぇ」
 少し茶が入った長めの髪に、切れ長の目。鋭そうな顔つきの割にはどこか軽薄そうな印象を受けるのは、間違いなくこいつの性格によるところが大きいだろう。

「何よ。スズキ知ってたの?」
「おいおい、結局レイに見つかったのかよ……くっ……」
 スズキは今にも噴出しそうに顔をしかめた。
 こいつのことをスズキと呼んでいるが別に苗字で呼んでいる訳ではない。

 本名、佐藤 錫希(サトウ=スズキ)。
 もう一人の幼馴染だ。
 何て紛らわしい名前だろう。発音がちょっと違えば、日本で多い苗字top2を列挙しているようにしか聞こえない。
 まあともかく、そんな紛らわしい名前の奴は、とうとう堪え切れなくなって俺のテストを最初に見た時みたいに笑い出しやがった。
 ああくそ、テストの点数で勝負何て言うんじゃなかった。そうすりゃこいつにも見せずに済んだのに。
 俺とスズキの学力は全科目を合計すればほぼ同等。俺が偏っていて、スズキが平均的といった感じだ。何となく聞こえはいいかもしれないが、俺の点数から分かる通り、あくまで底辺での争いだ。
 俺たちの目にクラス平均点はまだ映らない。
 折角、レイにヤマ張ってもらったのに全て無駄だった。

「くくくっ、まあ、とにかく早く帰ろうぜ? お前しか鍵持ってないんだからよ」
「だから、スペア造ってやるって言ってんだろ」
「ダメダメ、俺にスペアキーなんて渡したら、お前ゲーム屋の前でショウ・ウィンドウ越しに、『あれ? このプレステ2、寂れ具合が俺の家の奴とそっくりだ……』みたいな台詞を吐くことになるぜ?」
「それやったら、『え!? そこまでやんのっ!?』……って思うくらいに殴り続けるぞ」
「馬鹿やってないでさっさと行くわよ。確か冷蔵庫空っぽだったわよね?」
 俺たち二人を置いて、レイが歩き出す。
 俺は溜息を吐きながら、スズキは笑いながらそれについていく。
 気付けば何時もこんな光景が俺の目に移っている気がする。
 レイの口ぶりからすると、今日は商店街に寄りそうだ……。

 何も俺たちは同棲している訳ではない。
 レイにも家はあるし、スズキにもだ。当然二人とも夜には家に帰る(スズキはたまに泊まっていくが)。
 ただ、それまでの時間。日付が変わるくらいまでは俺の家にいる。

 レイの家は両親が海外の方で仕事をしているらしく、家に帰ってくることは滅多にない。
 どうせ家にいても一人でやることがないからと学校帰りは俺の家で遊んでいく。料理を作ってくれるのは嬉しい限りだ。

 スズキの方は親とうまくいっていないらしい。
 このことに触れると何時もへらへら笑っているスズキが口を閉じてしまうので突っ込んで聞いてはいないが、本人が聞かないで欲しいことなら俺も聞こうとは思わない。ただ、自分の家と距離をおきたいと思っているならしばらくは俺の家を提供しようと思う。
 そんなわけで、俺たちは学校が終わると一緒に俺の家に向かう。
 家と言っても、人一人が住むのが精一杯なボロアパートだ。“あいつ”がいなくなってから別の誰かと住む気になれなかった俺は無理を言って一人暮らしを始めたのだ。中学校の中ごろまでは両親の遺産の管理をしてくれている俺の後見人とやらが色々と手伝いをしてくれていたが、今では完全にノータッチになっていた。
 そして、そのボロアパートに夜まで一緒に居る。
 週末が来て俺はバイトに行き、レイは自分の家の掃除をして、スズキは家の外で時間を潰し、また一週間が始まる。
 そんな毎日を俺たちは繰り返していた。
 でも、退屈はしていない。
 時には喧嘩もする。でも、その後でそれを話の種にして笑い合える。それが俺たち三人の関係だった。
 この世になくならないもの何てないということは分かっているつもりだが、ただ漠然と、俺たちのこんな関係はずっと続いていくような気がしていた。
 まあ、俺の点数で大笑いしやがったことは多分しばらく引きずると思うけどな。
 ……それはともかく、この三人の関係が変わるくらいなら世界の方が先に変わると思えるくらい、俺たちは一緒にいたし、い続けると思えた。

 けど、だからって……世界の方がホントに変わるとは思ってなかったんだがな。

・・・・・・

 PM11:45

「じゃあ、また明日ね」
「おーう」
 ボロアパートの玄関先に立つ二人に俺はテレビから目を離さず手だけ上げて返事をした。
 何時も帰る時はこんな具合だ。
「お腹出して寝るなよ」
 スズキの言葉には返事をせず、代わりに目覚まし時計を持ち上げ狙いを定めた。
「じゃなっ」
 焦ったような声が聞こえて、それから直ぐにバタンと扉が閉まる音が聞こえる。
「ふう…」
 幾ら狭いアパートだからと言っても、二人が帰ると途端に広くなった気がするから不思議でしょうがない。
 俺は溜息一つ吐くと、そろそろ寝ようかとテレビを消した。
「……ん?」
 持ち上げていた時計を見ると、出鱈目な時間を指しているばかりか、秒針が“3”の所で停止していた。
「……やべーな」
 時計を裏返して電池を取り出すと、やけに軽い。入れ直してみても動かなかった。
 完全に電池切れだ。
 家の中を軽く探してみても電池は見つからない。

「どーすっかな…」
 威張って言えることではないが、俺はこの目覚まし時計なしで起きられる自信がない。
 この時計は騒音とも言える音を出すので間違いなく起きられるけど、携帯だと音が小さ過ぎるのだ。
 しかも明日は朝からバイト……
「……ああくそ」
 少しだけ迷った結果、俺は素直に電池を買いに行くことにした。今ならレイたちに追い付けるかもしれない。

・・・・・・

 俺の予想はあっさり当り、電灯の下、何を言ったのかレイのストレートがスズキに叩き込まれる所で二人に追い付いた。
 やっぱ暴力女だよな……こいつ。
「いっててて……あれ? カイ?」
「何やってんだよ……お前ら」
 俺が呆れた声を出すと、スズキは何時ものようにへらへら笑い、レイはそっぽを向いてしまった。
 おいおい、こいつのボルテージをあんま上げんなよ? 俺への被弾率が上がるだろうが。
 俺たちは並んで歩き出す。
 三人とも制服だから警察に見つかったらさぞかし面倒なことだろう。

「まあ、いいじゃん。それよりカイどうしたんだよ。まさかベッドに向かおうとして……」
「その先が地理に関係した話だったら、俺、本気を出せそうな気がする」
 俺は力強く拳を固めた。
「勘弁してくれよ。ついさっきレイに貰ったところなんだから」
 そう言いながらも、全く反省していなさそうなスズキに俺は溜息一つ吐くと、拳を解いた。こういう時のスズキに何を言ったって無駄だ。
「それで? どうしたの、カイ」
 今度はレイが聞いてきた。怒り(?)は治まったか。
「ん? ああ、目覚ましの電池が切れててな」
「ああ……」
 それだけ聞くと、レイは小ばかにするような目を向けた。俺の寝起きの悪さを知っているからだろう。
「別にいーだろ。明日のバイトは早いんだよ」
 俺は何となく気恥ずかしくて歩くスピードを上げた。
 ああくそ、ある意味幼馴染っていうのは面倒だな。知られ過ぎている。
「ん? で、どこに向かってるんだよ?」
「へ?」
 俺は自分が今どこにいるのか気付いて立ち止まった。
 二人の真ん中を歩いていた所為でおのずと進路とスピードを決めてしまっていたらしい。
「……ああ」
 見渡すまでもなく、俺達がいる場所がすぐに分かった。
 目の前には家一軒くらいの大きさの新地。大きな看板に“売り地”と書いてある。

 ここは、あそこだ。
 ずっと前に小さな火事のあった場所。

「そういえばカイってぼうっとしてるとここに来ちゃうんだっけ……」
 今度のレイの声色には嘲りはなかった。
 どこか懐かしそうな色と、どこか悲しそうな色とが混ざっている。
「まあな……」
 俺は頭をかきながら、同じ色の声を返した。否定することじゃない。俺もそれは認めている。
 ここは、あの火事と、俺達の出会いがあった場所だ。
「まあ、懐かしいかな」
 スズキも思い出しているようだ。

 あの火事の後、俺は学校に行っているふりをして、一日ここで座り込んでいた。
 火事の後の作業で、家があったという面影さえもなくなっていたこの場所で、一日中空を見上げていたのを覚えている。
 そこから先はおぼろげだけど、確か、最初にレイがこの場所に興味を持って一緒に遊んで、それから直ぐスズキも遊びに加わった(もしかしたら、逆かもしれない)。
 それから俺たちは何時もここで遊んでいた。
 確か、そうだった……よな? 正直自信がないが、まあ、そんなもんだろう。

「……ん?」
 俺が昔のことを思い出していると、視界の隅に何かが映った。儚いけど、無視は出来ない―――

 光。

「どうしたの?」
「いや、今なんか……」
「んあ? 何か今光らなかったか?」
 どうやらスズキも気付いたようだ。それから直ぐに、レイも声を上げた。

「何だ?」
 俺は“売り地”と書かれた看板を通り過ぎ、ずんずんと光の方へ向かった。
 俺が近付くことに比例するように、どんどん光は強くなっていく―――
「ね……ねえ……、あんまり近付かない方が……」
 後ろからレイの震えた声が聞こえる。そういやこいつ、そういうの苦手だったな。
「おいおい、何かやばくないか……?」
 スズキも異変を正しく感じ取ったのか焦った声を出す。

 それでも何故か俺の足は止まらなかった。
 何故かあの光を―――かつて見た気がして―――

 そして、もう少しで光源に着こうかという時、弾けるように光が強くなり―――
「い!?」
「な!?」
「きゃ!?」

 AM0:00
 折角上げた俺たち三人の悲鳴は、“この”世界には響かなかった。



[3371] Part.1 Encounter
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:35
 バチッ……バチッ……

「あち……あち……?……あっじーぃいぃいぃいぃいぃ!?」
 俺は感じた激痛に素直な感想を叫びながら飛び起きた。

 ああくそ、何だってんだ!?
 原因を確かめようと振り返った俺に飛び込んできたのはとんでもない光景だった。
 そこには長方形のような形の、薄い焚き火のようなものが敷かれている。あの、なんかの祭りとかで人が裸足で駆け抜けるやつだ。ベッドくらいの大きさで未だに逞しく燃えていた。

 なるほどなるほど、俺はこの上に寝ていたわけか。
 これに比べれば俺の目覚まし時計なんて子供騙しだな。
 だが俺はあの目覚まし時計を愛してるぜ。てめーなんかと違ってなぁ……。
 俺は思いつく限りの悪態を目の前の燃えているベッドに心の中で告げ終えると、ようやくここがどこなのかが気になりだした。
 自分でもびっくりするくらいの遅さだが……。

 ここはどうやら森の中のようだ。
 太陽はまぶしく輝いて、どこからか川の音が聞こえる。
 ……何で俺はこんな所で寝てたんだ?
 待てよ……。
 昨日何があった……?
 一瞬、森林浴の効果で清々しい気分になった俺に、記憶が正しく蘇っていく……。
 確か…………!
「そうだ、あいつらは!?」
 今、全て思い出した。
 昨日の夜、“あの場所”で変な光に巻き込まれたんだ。
 確か俺たち三人とも何かに引きずりこまれて……。
 それで、この場所に?
 自分でもありえないと分かる。
 まさか一夜にしてあの町が森になるとは思えないし、こんな場所まで歩いて来た記憶はない。
 だが、もしかしたら二人も“ここ”に来ているかもしれない。
「とにかく探さねぇと……」
 状況はさっぱりつかめないが、とにかく今は二人を探すことが先だ。他のことは後回しでいい。
 俺は火を踏み消すと(もちろん靴でだ)、歩き出した。
 今日のバイトはどうやら無断欠席になりそうだ。

・・・・・・

「……」
「……」
 一人目はあっさり見つかった。
 水音を頼りに川に向かって歩き、たった今到着したところだ。
 思った以上に大きい川で、流れは強くないが反対側に行くには橋を造れとまでは言わないがせめてボートが欲しい。
 その中間、川から大きく顔を出した岩に俺の視線は向いていた。
 いや、正確にはその上に乗っている人物にだが。
「……楽しいか?」
「そう見える?」
 全然見えない。
 岩の上で、涙目で体育座りをしているのが楽しいのなら、世界地図で娯楽は一生分充足できるだろう。
 ただ、見ている分には結構楽しい。

「カイ……覚えてなさいよ……」
 岩の上で涙目の体育座りをしている女、レイは恨めしげに呟いた。
 ただ、口では何と言っていても、顔ははっきり助けを求めている。

「そんなに川の流れ速くないぞ? 多分足もつくんじゃないか?」
 俺の言葉にレイははっきりと首を振った。それも相当強く。
 実はレイは泳げない。
 苗字に水が入ってるから泳げそうなもんなのに……といったら、レイは、『あくまで“水面”よ、中には入ってない!』とか何とか言っていた。
 結局そのスタイルを崩さず育った所為で、今では、水の中に入ることすら抵抗があるらしい。
 昨日俺のことを野比家がどうたらこうたら言っていた罰だ……と思ったが、レイの視線が殺気立ってきた気がするので、そろそろ何とかしないと俺に天罰が下ることになるだろう。
 当然、暴力という名の。

「待ってろ! 今行くからな!」
「早く~!」
 俺はポケットのジッポとタバコを置くと、そのまま川に入り、レイの乗っている岩に向かって歩き出した。
 川は思ったより深く、速かったがこれくらいなら何とか渡れそうだ。
 ようやく岩までたどり着いた時、川は腰あたりまで来ていた。確かに、レイがテンパり出す深さだ。
「よしいいぞ、降りて来い」
 岩は丁度俺の頭よりちょっと上くらいの高さだった。レイが降りてくれば何とか担げるだろう。
「……? おい、早くしろよ」
 レイは何故か、岩の上から動かない。
「目、閉じて」
「は?」
「い・い・か・ら!」
 レイはやけに真剣だ。
 何のことだか分からないが、言われた通りにした方がいいだろう。
 これ以上こいつを挑発するのは多分不味い。
 俺は素直に目を閉じた。

 ズルッ
「きゃ!?」
 ガッ
「ぐっ……だぁ!?」
 バシャンッ

 目を閉じた瞬間に俺に降りかかったのは顔面への激痛(多分、靴の踵だ)。
 何だ!? 目を閉じろって覚悟を決めろってことだったのかよ!?
 主に鼻がイテェ……!?

 バシャッ、バシャッ、バシャッ
「あぶっ、あぶっ……たす、助け……」
 目を開くと、レイが溺れていた。こいつは何がしたいんだ?
 しばらく呆然とレイを見ていたが、自力で立つのは不可能と判断して、ため息混じりにレイを担ぎ上げた。

・・・・・・

「ごめん……」
「ごめんじゃねぇよ。わざわざ目を閉じさせやがって。そんなに俺の顔にスライディングを決めたかったのか!?」
「だってスカートが……」
「スカートが何だって?」
「もういい!」
 レイはプイッと顔を背けてしまった。
 俺たちは今、元の川沿いにいる。
 レイを背負って川を渡った俺の休憩がてら手軽な岩を見つけて腰掛けていた。

「それより……ってお前!?」
 俺は思わず目を背けてしまった。ようやく、レイが何を言っていたのかも分かった気がする。
「へ? きゃあ!?」
 水に浸かった所為でレイの制服は濡れて透けていた。
 その所為で……まあ、その、見えていた。下着の色とかが。
 はあ……俺は先の納得はできないが避け得ないであろう展開が読めて、目を閉じた……

・・・・・・

「なあ、甘んじて受け入れておいて言うのもなんだけど、やっぱ殴られるの納得いかねー」
「うっ、うるさい。それより振り向いたらもう一回だからね」
 後ろからは水を絞り出すような音の後に、布をはたく音が聞こえている。
 いい具合の岩陰があってその中にレイがいる。その入り口を俺が塞いでいる形だ。
 確かに今振り向いたら、比喩じゃなく殺されるかもしれない。
「なあ、ここ、どこだと思う?」
 俺は背中越しに声をかけた。
 布をはたく音はもう止まり、その代わりに岩に布を置く音が聞こえた。
 天気がいいから直ぐ乾くだろう。俺も干せばよかったかもしれない。

「分からないわよ。起きたらあそこで寝てたんだから」
 レイは拗ねるような声を出した。確かに、レイにしてみれば最悪の場所だったろう。
 それでも不幸NO・1は譲る気はないが。

「俺は火の上に寝かされてた。何時からかは分からないけど、一瞬なんかの儀式かと思ったぜ……俺を生贄にしての」
 俺は、縛り上げられた自分の周りを回る変な仮面を着けた連中を想像して身を震わせた。
「カイなんか食べても美味しくなさそうだけどね」
「ああ、俺も食われそうになったら多分、自分は美味しくないって必死に伝えるだろうな。そん時は、こいつは美味しいですってお前のこと推薦してやるよ」
 俺は苦々しげに呟きながら、軽く辺りを見渡した。
 レイがいた川に、道を譲るようにして大きく森が裂けている。
 川から少し外れれば、どちらに行っても木の密集地帯だ。

 本当にここはどこなんだ……?
 昨日まで俺達がいた町とはあまりにかけ離れた世界だった。
 どこか映画の世界のような広々とした自然。
 タイムトラベルでもしたんだろうか。最悪、日本でもないかもしれない。
 どっちにしても、常識じゃ説明がつかなそうだ。
 だったら、考えるのは後回しでいい。

「レイ、悪いけど服が乾くの待ってる時間ないぞ。もしかしたらスズキもいるかもしれないんだから」
 後ろから、不満そうな唸り声が聞こえた。
「仕方ないだろ…………ん?……」
 不満げなレイを諭そうとした時、視界の片隅に妙なものが移った。
「なあ、レイ」
「何よ?」
 不満そうな顔で、濡れた服を着たレイが岩陰から出てきた。
 まだ微妙に透けているが、とりあえず今それはどうでもいい。
 俺はさっきからちらちら目に入ってくる、何かを指差した。

「あれ、何だと思う……?」
 俺たちがいる場所から一番近い森の影に、何か黄色いものが見える。
 その黄色いものは移動しているようで、木の間から出ては引っ込んでいた。そして徐々に数は増えていく。
 というか、飛んでる……?
「さあ、鳥じゃないの?」
 レイも、見つけたようで俺達は並んで、それを見ていた。
「いや、やけに大きくないか……? てか数も……」

 ブ―――ン……

 集中した途端、その黄色いもの達から、何か妙な音が出ていることに気付いた。
 そして同時に嫌な予感も……。
 どっかで聞いた音だとは思う。
 いや、ほぼ間違いなく、これは羽音だ。
 しかも……虫の。
 いやいやいや、ありえないだろ……
 あんな巨大な……

「ねえ、カイ。離れた方がよくない……ですか?」
「ああ、奇遇だな……俺もそう思ってました」
 体中に嫌な汗が流れている。
 ギクシャクとした動きだが、俺たちは決して刺激をしないようにゆっくりと川沿いを歩き始めた―――

 カンッ……ポチャッ

「あ……」
 出来るだけ静かに移動するつもりだったのに、たまたま俺の蹴った石が川に落ちて割と大きな音を立ててしまった。
 うん、こういう場合……

「ちょっとぉ!!?」
 やっぱりこうなったか。最早お約束だろう。
 レイが叫んだ直後、森の中から一斉に黄色い虫が俺たち目掛け飛び出してきた。
 何となく展開の読めていた俺は、それと同時にレイの手を引いて走り出す。

「カイッ! あんたっ!!」
「今のは判定微妙だろ!!? いいから走れ!」

 ブ―――ン……

 後ろからは相変わらず複数の羽音。やっぱり俺たちを追いかけているみたいだ。
 ちらりと振り返ると、小学生位の大きさはあるであろう、大量の虫が飛んでいる。

 因みに小学生のサイズってのは、人間以外じゃ中々でかい。
 って、そんなことを考えてる場合じゃねぇ……!! 一体何なんだ? アレは!?
 見たこともない生物だった。
 体は黄色がベースで、黒い模様がある。
 両腕と尻(?)には鋭い針が付いていて目は赤い。
 知っている生物に例えるなら、蜂が一番近いだろう。
 あんなのに攻撃されたらひとたまりもない。
 今、はっきりした。
 ここは、俺たちの知っている世界じゃない!……はず……?

 そう、見たこともないはずの生物だ。
 なのに……何故か懐かしい感じが……。

「カイッ!! 何っ!? 何が追いかけて来てんの!!?」
 レイは走りながらも最早パニック状態だ。
 しかし、俺はもっと別のことを考えていた。
 何か……アレ、どっかで……

「カイッ!!?」

――――!!

 ようやく思い出した。
 ああくそ、何で忘れてたんだ。
 昔、大ハマリしたゲームのことを。

「あれは、スピアーだ!」
「何っ!? 何っ!?」
 レイは、相変わらずパニック状態だ。
 おいおい、忘れたのかよ?
 お前だってやってたろ…? ポケモン。
 だから、アレは……スピ……アー……?
 …………!!!?

「スピア―――!!???」
 何で!? 何でゲームのモンスターがいるんだっ!!!?
 今度は俺がパニックになる番だった。
 おいおい嘘だろ……。
 ホントにここはどこなんだよ!?
「カイ……ぜえ……もう……ぜえ…」
 隣を見れば、レイが今にも倒れそうな顔で走っている。
 そりゃそうだ。全速力で岩場を走っているんだから。
 ぶっちゃけ、俺も正直きつい。
「く……」
 色々浮かんだ疑問をとりあえず忘れよう。
 今はどうやって逃げるか……だ。
 もちろん戦おう何て思っていない。

 俺の記憶が正しければ、スピアーは毒を持っていたはずだ。
 というかそれ以前にあの針で刺されたら即死だろう。
 ゆっくり考えている時間は無い。レイがもう限界だ。

「とりあえず、森に入るぞ!」
 俺たちは急カーブを描き、森の中に逃げ込んだ。
「ぐっ……
 入るなり、俺とレイはそのままの勢いで草木の中に倒れ込む。

 ブ―――ン……

 それが功を奏したのか、スピアーたちは進路を変えずに、川沿いを飛んでいった。
 もしかしたら、単に追い払いたかっただけなのかもしれない。
「「はあ、はあ、はあ、はあ……」」
 俺もレイもひらすら呼吸を整えることだけに専念する。
 俺たちが入り込んだ草むらは、木の葉で日光が遮られ、涼しかった。

「ああくそ、何で……スピアーがいるんだ……?」
「はあ……はあ……スピアー……? あんた、アレが何なのか知って………ちょっと待って。スピアーって……え? ポケモンの?」
 どうやら、レイも覚えてたみたいだ。
「ああ、まさかとは思うけど……って、何だよその目は。ホントに見たんだぞ……?」
 レイを見れば哀れみの目を俺に向けている。
 ああくそ、確かに俺が逆の立場だったら同じリアクションになるだろうな。

「カイ……いい精神科医紹介するわよ? まあ、実は私、精神科医のこと全く知らないんだけど……親友のためなら……うん、一肌脱ぐわ」
「だぁぁあああ―――!! ホントに見たんだよ!」
 俺は、スピアーが飛び去った方を探った。
 ああくそ、もういねぇ……
 まあ、いてもらっても困るんだけどな。

「まあ、どっちにしろ、ここは危ない場所だ」
「それだけは同感」
 レイもここだけは納得してくれたようだ。
 ついさっき、下手すれば死んでいたシチュエーションを味わっただけはある。
「とにかく、何とかして森を出ないとな。その前に、スズキも探さないと……」
「うん。こんな危険な場所に一人でいたら…………」
「レイ? どうし…………」
 急に固まったレイの視線を追って俺も固まった。
 ああくそ、俺は火の上、レイは水の上、なのにこいつと来たら……
 俺たちの視線の先には、草の上でスヤスヤと眠っているスズキ。
 このあたりは木陰になっているおかげで、実に快適そうだ。

 今日の朝から、こいつと俺を入れ替えてやり直させてくれるなら、俺、世界平和とかのために努力を惜しまないだろうな、うん。
「スズキ、おい、起きろ……」
「カイ……どいて」
「いっ!?」
 振り返ると、俺より遥かに沸点の低いレイが、拳を振り上げていた―――

・・・・・・

「なあ、腫れてないか……?」
「少しな」
 強烈な目覚ましで、目を覚ましたスズキは未だに頭を擦ってる。
 やっぱり入れ替わんなくていいや。
「それで? ここどこなんだ?」
 スズキは立ち上がって、辺りを見渡したが、結局、森、ということしか分からなかったみたいで再びしゃがみこんだ。

「何で俺たち三人とも、こんな場所に来たのに、誰も覚えていないんだよ」
 スズキがもっともな疑問を出した。
 確かにそろそろ、置き去りにしてきた疑問を整理しないとな。

「なあ、お前ら昨日のことどこまで覚えてる?」
 俺の言葉に、二人は記憶を辿るように目を細めた。
「え――と……確か、あの場所で……何かが光って……」
「ああ、カイがどんどん歩いていって……俺たちもそれについていって……何かに引きずり込まれたような……」
 俺もそこまでは覚えている。
 ……こんなところに来たのが何となく俺の所為のような気がしてきた。
「いや、でも、俺も興味あったし……な」
 表情に出ていたのかもしれない。
 スズキが何となくフォローしてくれた。
「とりあえず、謝っとくわ。悪い」
「別にいいわよ」
 レイも何となく気を回してくれる。
「いや、流石に死にそうになってる辺り謝っとかないと」
「うん、思い出した。もう一回ちゃんと謝って」
「ごめんなさい」
「心を込めて」
「まことに申し訳ありませんでした」
「誠心誠意……」
「カイ、レイ、話進まないだろ」
 スズキが呆れた声で止めてくれた。そうだ、こんなことやってる場合じゃない。

「とにかく、俺が覚えてる昨日のことはそこまでだ。次に気が付いたのは頭にこぶが出来てからだし」
 スズキが恨みを込めた目でレイを睨んだ。
 レイは涼しい顔をしている。
 結局、俺たちの意識は殆ど同時に途切れたらしい。
 どうやってここに着いたかは分からないみたいだ。
 じゃあ、次はここが何所か、だ。

「そうだ、スズキ。お前、確かポケモンやってるとか言ってなかったか?」
 確かちょっと前、俺の家や学校(当然、授業中)でやっていたのを見た気がする。
「は?」
「ぷっ」
 俺の言葉にスズキはぽかんと口を開け、レイは噴出した。
 ああくそ、だんだん自信なくなってきたじゃねぇか。

「いやね、さっきカイがスピアー見たって……くくっ」
「……お、おお、おい……おい、レイ。カイは……真面目に……言ってるん……だぞ? ちゃんと聞かなきゃ……くくくっ……はははははっ……駄目だっ……悪いカイ、ちょっと、ちょっとだけ時間くれ、真面目に聞くから……くくくっ……」
「だからホントに見たんだよ! でかい体が黄色くて、黒い模様があって、目は赤くて、針が……」
 ブ―――ン……
「そ……そう……そう、あんな……」
「「……」」
 人間は不思議な生物だと思う。
 あれだけ嫌な汗を流した後だというのに、直ぐにまた汗が流れるのだから。
 ただ、それよりももっと不思議な生物もいる。
 ああくそ、二人が信じないからって、わざわざ見せに来ることなかったじゃないか…?
 目の前には、森の中から現れたらしい複数のスピアー。
 さっきのが回りこんだのか別のスピアーなのかは残念ながら俺には分からない。

「……な?」
「「…………うん」」
 さて、二人が納得してくれたところで逃げますか。

「走れ―――!! ってもういねぇっ!!?」
 気付けば二人は既に走り出していた。
 ああくそ、出遅れた!
 俺は全速力で二人を追いかける。

「カイッ! 分かれた方がきっといい!」
「ざけんなっ! 俺を追ってくるだけだろうが!」
 必死に走っていると、前からスズキのふざけた言葉が飛んできた。
 ああくそ、川沿いを走るのも今日二度目だ。流石に足にくる。
 俺は何とか二人に追いつくと、ちらりと後ろの様子を見た。
 3、4匹か?
 後ろのスピアーは真っ直ぐに俺たちを追ってくる。
 逃げられているってことは、スピードは俺たちの方が上なんだろう。
 だが多分、いや、間違いなく持久力はあっちに分がある。
 このまま行けば間違いなく捕まっちまう―――!

「そうだ、カイッ! タバコ!」
 レイが、思い出したように声を上げた。
 そういや、蜂ってタバコの匂いが嫌いなんだっけか? ホントかどうかは知らんけど。
 まあ、どっちにしろ……
「走りながらタバコなんて点けられるか!」
「じゃ……じゃあ、止まって……」
「ざけんなっ! 蜂の巣になんだろっ! ギャグじゃなく!」
 ああくそ、三人いてもまともなアイディアが出てこねぇ。
 というかこいつら真面目に考えてんのか?
 とにかく俺だけでも真面目に考えねぇと……!
 どうする―――?
「カイッ!」
 レイの悲鳴のような叫び声に、顔を上げると、信じられないものが目に入った。
 いや、信じたくないものが、か。

「嘘だろ……!?」
 俺たちの後ろには3、4匹のスピアー。
 もう正直、後ろなんかどうでもいい。
 今、目の前から向かってくる、10~20匹のスピアーに比べれば。

 俺は、すぐに逃走ルートを探った。
 川……駄目だ。逆にこっちの動きが鈍くなる。潜ったって息切れしているこの状態じゃ直ぐに上がることになる。
 じゃあ、森だ―――!

「こっちだ!」
 俺は二人の腕を掴むと、森に向かって走り出した。
 けど、その後どうする……?
 さっきみたいに倒れ込んでも挟まれている上にこの数相手じゃ意味がない。

「くっそ……!」
 ネガティブな思考を追い出そうとしても、現実の状況は何が起こるのかはっきり示していた。
 このままじゃ……俺はまた……

 ゴオォォォオオオォオォォオオ―――!!

「「「!!!?」」」

 一瞬―――
 辺りに熱気が帯びた。
 まるで俺たちは最初からその熱気から逃げようとしていたように、森の中へ倒れ込む。
 一体……何が起きたってんだ……?
 振り返った空には、太陽だけが浮いている。
 そこからは耳障りな羽音が消えていた。
「おいおい、アレか?」
「さあ、分からん」
「だが、他には誰もいないぞ」
「ん? 三人いないか?」
 代わりに聞こえてきたのは、複数の人の話し声。
 何だこいつらは……?
 ようやく、視線を地上に合わせると、そこには兵隊のような格好をした奴らが5、6人立っていた。
 そして、そいつらの手にはどっかで見たことのあるような球体が握られている。
「……ほーら、見ろ」
 俺の声に、レイとスズキも起き上がる。
 俺たちを興味深そうに見ながら、兵隊達は“モンスターボール”を腰に戻した。



[3371] Part.2 Beginning
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:36
 ブロロロロロ……

 俺たち三人は、今、ジープ(?)に乗っていた。
 さっきの兵隊みたいな奴らの車だ。
 状況が飲み込めなかった俺たちは半ば強制的にどこかへ運ばれていた。
 どうやらスピアーを追い払ってくれたみたいだったので、反抗はしなかったが、こいつらの正体が闇の中なのは変わっていない。
 まあ、言葉は通じるみたいだからとって食われることはばいだろう。
 この車には、運転席に一人、助手席に一人、それぞれやつらが乗っていて、俺たち三人が後部座席に座っている。
 前の二人は、それはもう兵隊みたいに静かなこと静かなこと。
 しかも真ん中に座っている所為で、窓の外に視線を外せる右のレイや左のスズキと違い、俺は正面しか見れないから辛い辛い。
 たまにバックミラーで奴らと目が合うし……あ、ども……って、アホか俺は……。
 しかも俺とレイは服が湿っているので、座り心地も悪い。
 お陰で、車内には気まずい空気が流れていた。

「ね、ねえ、カイ……。私たちどこに連れて行かれるの……?」
 レイが小声で聞いてきた。
 この空気を正しく理解してのものだろう。

「俺が知るかよ。でも、着いていくしかないだろ? それとも外で、スピアーと追いかけっこしたいか?」
 俺がそう聞くと、レイはブンブンと首を振った。
 そりゃそうだ。俺もゴメンこうむるね。

「おおっ、森を抜けるみたいだ……!」
「…………」
 重苦しい空気が車内に流れている中、一人、上機嫌なスズキは大げさに声を上げた。
 森を抜けると、踏み慣らされた道が一本だけある草原に出た。
 どこまでも、壮大な大自然だ。
 俺たちが乗る車が通ると、草むらが大げさに揺れる。
 草むらの中に何か妙に大きい生物が見えた俺は、自分たちが今、間違いなく常識で測れる世界に来ていないことを悟った。

 ……ていうか、ポケモンって……

 俺は頭が痛くなった。
 昔は大好きなゲームだった。
 日本中で大ブレイクした作品だ。
 でも徐々にハードが移っていくに従って、何となく、やらなくなっていった。
 まあ、シリーズものの何かを止める理由としてはよくある話だ。
 スズキは、暇つぶし……と言って何となく買い続けていたけど(まあ、授業中もやってるから全科目の成績が緩やかな放物線を描いて落ちていったんだろうけどな)、俺は興味こそあれ、もう殆ど忘れてるくらいに関わらなかった。
 アニメはやっているらしいことを知っている程度だ。
 俺らはその世界に入り込んだって言うのか……?
 全く、訳の分からないことばかりだ。
「……おい……三……連絡し……」
「……すが……一応………で……」
 不意に、前の奴らの会話が耳に入った。
 まあ、ジープの騒音でろくに聞こえないが。
 謎と言えば、こいつらも謎だらけだ。
 突如俺たちを助けたと思えば強制的に車に乗せて走り出しやがった。
 見た目は王宮に仕えていそうな兵隊の格好をしているが、よくよく見れば動き易そうで実に機能的な服装だ。
 そして腰には幾つかのモンスターボール。
 戦闘要員か何かだろうか。
 一体、俺たちをどこに連れて行く気だ。
 ああくそ、人を捕まえたら一応理由説明するのが筋だろう……?
 断片的に聞き取れる言葉からして、俺たちがあそこにいたことを知っていたみたいだったのも謎だ。
 一体……?
「おっ、城だ!」
 ……は?
 突如はしゃぎだしたスズキに倣って、窓から外を見れば……おいおい、ホントに城があるぞ? 俺たちが今走っている高い丘から見下ろせば、広い城下町。そしてその中心くらいにいやにでかい建物がでんと構えていた。
 うん、あれは城だろ。それは揺るがない。
 しかもこのジープ、その城に向かう道を走ってやがる。
 前の奴らの、緊迫感が薄れた。
 無事戻って来れてよかった……とでも思ったみたいだ。
 こいつらマジで城仕えかよ。
 もう俺は腹をくくったぜ。
 さあ、何でも来やがれ。
 俺がそう悟ったところで、車が城下町に入る門の前へ到着した。

・・・・・・

 はあ、ファンタジックな世界に来たって言うのにそんな気がしねぇ……
 ジープを城下町に乗り入れて、俺たちが連れ込まれたのは診療所のようなところだった。
 そして俺たちが城下町について最初にされたことは、身体検査。
 何か、現実的だな。
 何でも一人ずつ別に行うそうで俺たちは分かれてしまったが、まあ、多分大丈夫だろう。
 何せやられたのが簡単なボディチェックと、何か……指紋……? を採るように指を一本変な機械に乗せさせられたくらいだからな。
 これで、この世界で妙なこと出来なくなったってことか。
 まあ、する気はなかったけどな。
 ……当面は。

「うん、これで終わりだから、君はシャワーを浴びた方が良さそうだな」
 服装もレンズの大きい眼鏡も正に診療所の先生、という感じの人が俺の格好を見て気を回してくれた。
 確かに、ここままいるのは正直いやだ。
 半そでのワイシャツは湿っているし、ズボンは水を吸って微妙に重い。
 ああくそ、タバコ湿ってないだろうな……?

「洗濯はしておいてあげるから」
 そう言われて俺は、シャワールームに案内された。
 警戒心は完全に消えたわけじゃなかったけど、着替えたいのは事実だ。
 きっと、未知の世界に来た人は親切にされるという鉄則みたいなものがあるんだろう。
 俺は都合のいいように解釈して、服を脱ぎ始めた。

・・・・・・

「おう、カイ」
 シャワーから出て(制服はいつの間にか洗濯され乾かされていた)通された広間にいたのはスズキだった。
 こいつもシャワーを浴びたみたいだな。
 妙に長い通路を案内してくれた奴らは直ぐにいなくなってしまった。
 “ここ”に来てからまともな説明受けてねぇぞ。
 っていうか、妙にでかい診療所だな。

「スズキ、そっちはどうだった?」
「別に、何にも。変な機械は見たけどな」
 こいつも見たのか。
「それで、ここどこだと思う?」
「俺が知りたいくらいだ」
 俺はそう言って広間を見渡した。
 広さは一辺20~30メートル位の正方形(?)。
 天井は建物2~3階分位の高さか……?
 明らかに俺が診察を受けていた場所より広い。
 四つの面にはそれぞれ両開きのドアがあり俺が出てきたのもその中の一つだ。
 床は一面赤のタイルが敷き詰められていて、壁は白。
 いくつかある窓のカーテンが閉まってるから薄暗いけど、なかなかに高級感が溢れてる。
 ただ、アンティーク類はあんまねぇな。

「もしかしたら、城の中かもしれないな」
「は?」
 スズキの言葉に俺は間の抜けた返事をした。
「おいおい、俺は一歩も診療所を出てねぇぞ」
「……は? お前長い通路通ったろ? ここはとっくに診療所の外だろ」
 ……ああ、妙だとは思ってたけど、あれ、建物と建物つなぐ連絡通路だったのか。
 確かに何にもない通路だと思ってたけど。

「でもよ、城って考えるの良い線いってると思わないか? 連絡通路の途中に丈夫そうな門があったろ?」
 そういやあったな、そんなのが。
 確かなんかの映画とかで、城の秘密の緊急脱出用の道とかがあんな感じになっていた。
 逆に侵入を防ぐことも出来るように門があるんだっけか?
 ていうか、この部屋に続いてるのか。やけに目立つ秘密だな。

 ガチャッ
「……その通り。あれはこの城に続く通路だ。あの先生には色々と世話になっているんでね」
 その時、広場に扉の開く音と渋い声が響いた。
「「……!」」
 俺とスズキが揃って声の聞こえた方を見ると……
 ……王だ。
 王が立っていた。それはもう。
 年齢は30~40位か。
 赤がベースの服に、襟のところに何か白いふさふさが付いている。
 頭には当然王冠。
 体格が恰幅じゃなくて、ブロンドの髪が巻き毛じゃないのが残念だが、町行く人にこの人の写真を見せて職業を当てろといったら、十人が十人、王と答えるだろう。
 いや、芸人とで結果が二分するかもな。
 ただ、それも写真で見せたら、だ。
 実際に目の当たりにすると、威圧感、と言ったほうが良いのか……? そういうものをこの人は持っている……!
 この人は、間違いなく王様だ。
「畏まらなくていい。私はそういうのが苦手でね」
 俺たちの緊張を受け取ったのか、王様は、柔和な表情を浮かべて見せた。

「説明はもう一人のお嬢さんが来てからにしよう。まとめて話した方が良さそうだ」
 王はそれきり、口を閉ざした。
「……」
「……」
「……」
「……」
 何の罰ゲームだよ……これ。
 レイが来るまでの五分間、俺たちは重苦しい沈黙の中、ただ、突っ立っていた。
 ああくそ、車の中より居心地悪いぞ。
 王は王で腕組んで、目ぇ瞑って突っ立っているだけだし。

「なあ、カイ。例えばだぞ?」
「何だよ」
 スズキが小声で話しかけてきた。
 良くこの空気で喋る気になったもんだ。

「A君御一行がアメリカに行ったとする。そしたらいきなり空港で捕まってホワイトハウスに連れて行かれたとするぞ? それってどういう事が起きると思う……?」
「悪い、全く訳が分からねぇ……」
 正に今の俺たちだ。
 表彰されるようなことしてねぇし、悪いことしてたら警察だろう。
 それでも、あんまりいい予感がしねぇのは俺が清く正しく生きていないからだろうな。
「……」
「……」
「……」
 ああくそ、良いニュースでも悪いニュースでもいいからこの重苦しい空気を早く何とかしてくれ。
 多分シャワーを浴びてるんだろうが、レイ、早くしろ。
 ガチャッ
「ここ……ですか?」
「はい、どうぞ」
 俺の祈りが届いたのか、ようやくレイが到着した。
 おいおい、俺の時とずいぶん態度違うじゃねぇかあの兵隊。
 そいつの本性知ってもその態度を崩せずに居られるかな……?

「カイッ、スズキッ!」
 俺たちの姿を見つけて、レイが歩き出す。
 やっぱりこいつもシャワー浴びてたみたいだな。セーラー服がやけに綺麗でレイ本人も何かサッパリしている。
「よし、それでは説明を始めよう。兵達からはまともな説明を受けてないだろう?」
「?」
 レイが王の存在に始めて気づいたのか、首をかしげた。
 そうだ、これで全員揃った。
 さあ、始めてもらおうじゃねぇか。説明を。

「ようこそ、我がビガード国へ」
 聞いたことない国名だ。まあどうせ、俺の知識は当てにならないが。
「それでは、こちらに来てくれ」
 王は、自分が入って来た扉ではなく、別の扉に向かって歩き出した。
 とりあえずついて行くしかない。
 ああ、やっぱ悪いニュースはやだな。

・・・・・・

 扉を開けると直ぐ下に石の階段があり、それを下ると研究所と書いてある扉があった。
 今俺たちが居るのはその“研究室”だ。
 広さはさっきの広間と変わらない筈だが、本棚やさっき診療所でも見た変な機械やらで手狭に見える。
 そして、ここにもあったモンスターボール。
 何だこりゃ……物凄い数あるな。
 棚にびっしりだ。数を数える気にもならない。
 ビガード王は奥にあった木の椅子にどかっと座ると、頭の王冠を無造作に近くの机の上に置いた。

「ふうっ」
 肩の荷が下りたように、息一つ吐くと、ビガード王は頭をくしゃくしゃとかいた。
 おいおい、さっきの威圧感はどこにいった?
 俺たちの白い目を受け、ビガード王はニカッと笑った。

「さっきまでは何時兵が入ってくるか分かったものじゃないんでね。ここなら安心だ」
 なるほどね……。
 さっきまでが“王の顔”って奴か。
「無愛想だった兵たちを恨まないでくれよ。理解不能な命令をいきなり与えられて、少々混乱気味だったのだから」
 ああ、あの兵隊たちが妙に無口だったのはその所為か。
 なんだなんだ、あの場にいた全員混乱してたのか。
 そりゃ収集つかねぇよ。

「さて、何から話したものかな。この日が来るとは分かっていたのだが、なかなかうまくいかないものだ」
 王は、顎に手を当て考え込んだ。
「……」
 レイが、肘で俺の背中を軽くつついてきた。
 何か言えってことか。
 俺に軽くプレシャーかけるの止めてくれよ。
「あ、えっと、ここ……っていうか、この世界? はどこなんですか……?」
 俺がそういうと、王はポンッと手を叩いた。
「そうだな、そこから説明しなくては。え~と、この世界は君が居た世界ではない……」
 ビガード王のどこか、棒読みのような台詞に違和感を覚えたが、それより、気になったのは“君が”というフレーズだ。
 俺“たち”は三人いるんだぞ?
 プルルルルルル……
 そこで、机の上の電話が鳴った。やけに大きい音だ。
 王は、直ぐに受話器を手に取り耳に当てた。
「うむ……どうだった?」
 王の声は、威圧感のある声に戻っていた。
 メリハリつけてんなぁ。仕事のできる人はそういうものなのか?

「ほう……三人とも“適合者”か。で? うむ……うむ……うむ。よし、ご苦労だった」
 王は受話器をガチャリと置くと、俺たちに向き直った。
「三人“とも”か。予想は一人だったんだが、まあいい。“彼”の頼みごとだ。奮発しようじゃないか」
 一々、何か含みのある言葉だ。
 ああくそ、こっちに来てからイライラしっぱなしじゃないか。
「とにかく、端から離していこう。まずここはビガード王国。と言っても、領土もそんなに大きくない。重に研究開発で栄えた小さな国に過ぎないからね」
 王は軽く部屋を見渡した。
「まず、君たちに教えておかなければおかないのは、私も君たち同様、状況を完全に把握していないということだ」
「……は?」
「いやいや、呆れないでくれ。私もまさか、別の世界なんてものが存在しているとは思っていなかったのだから。全く何時も“リクト君”には驚かされる……」
 ガッ
 気付いたときには俺は王の襟を掴み上げていた。
「ちょっ、カイ!」
「おい、馬鹿っ!?」
 後ろで二人が何かを言っている。
 だが、そんなことはどうでもいい。
 今はどうしても聞かなければいけないことがある。
「あんた、知ってるのか?」
 ビガード王は、俺の目を真っ直ぐ見返している。

「神崎陸人(カンザキ=リクト)を知っているのか?」

「……それが、彼のフルネームか。この世界では余程の事が無い限り、名前だけで呼び合うからね」
 ビガード王の言葉が耳に入ったところで、俺は頭の上からすうっと冷静になっていた。
 手からも力が抜けていく。
 おいおい、俺は何やってんだ。
「……すみません」
「いや、いい。お陰で彼の名を知れたしね」
 ビガード王は、襟を正しながら、満足げな表情を浮かべた。
「まあ、とにかく話を進めよう。私がその彼から大きな恩を受けていてね。ある時、彼から頼みごとを受けたんだよ。『何時か、ビガード西の大樹海から狼煙のようなモノが上がる時が来る。その時は、そこにいる奴を…もしかしたら奴“ら”かもしれないけど、とりあえず保護してやってくれ』とね」
 狼煙?
 ああくそ、俺が寝転んでいた奴か……!
 あのヤロウ。あれって“あの人”の仕組んだことだったのかよ……!
 そして、この世界に来たことも、だ。
 あの人……一体何者だ……?

「そして、簡単に協力してやってくれ、とね。……もう、十年も前の話になる」
 ……十年前……か。
 俺はまだ“あの人”と暮らしていた頃だ。
 じゃあ、あの人はあの頃この世界に俺を連れてくるつもりだったのか?
 後ろの二人は、口を開かない。
「その頼みを私は当然引き受けた。ようやく恩返しが出来ると思ってね。はあ……いやぁ~、しかし長かった」
 一瞬、王から威圧感とも、軽薄そうな空気とも違う何かが流れた。
 今のがこの人の本性だろうか……?
 とても、親しみが持てる空気だった。
 この人は、十年間、あの人への恩返しを考えていて、それをやっと成就できた。
 十年……同じことを思い続けるには信じられないくらいに長い時間だ。
 もしかしたら、心変わりをするかもしれないし、最悪忘れてしまうこともある。
 それでもずっと、森を見続けてくれたお陰で、俺たちは死なずに済んだのか。

「今、リクト君は?」
「……」
 その問いに俺は視線を外すだけで答えた。
「……そうか……ようやく一つ返せたと思ったら……」
 王は目を閉じて、しばらく動かなかった。
 俺も目を瞑った。
 “あの人”への黙祷を捧げるなら俺もやろう。
 後ろの二人も、そうしてくれたことが気配で分かった。
「……よし、では、私から君……いや、君たちへのプレゼントだ」
 ビガード王はゆっくりと立ち上がると、大量のボールがおいてある棚へ行き、その中のいくつかを持ってきた。
 俺はモンスターボールを4つ受け取った。レイもスズキもだ。
 中に何かが入っている……モンスターか?
 え……多くね?
「後は……彼からの贈り物だ。まあ、これの説明は、今はいいだろう。いずれ分かる。とりあえず、この世界のルールを把握するのが先なのだろう」
 王から巾着袋と何か妙な手の平位の箱を渡された。
 巾着袋の方は……カネか? 見たこともない紙幣と見たこともないコインが入っている。円換算できないから、多いのか少ないのか分からない。
 箱の方は……
「わっ、綺麗……」
 開けた瞬間、レイが声を上げた。
 中には、銀色のシンプルな指輪が2、4……6個入っている。
 蓋の方には、これもまた妙な機械があった。
 コンパクトサイズのテレビのようにも、電子辞書にも見える。
 そして、さっきの変な機械にもあった指を置くような場所があった。
 まあ、用途は不明だ。
 俺はリングボックスをパタンと閉じた。

「さて、彼から渡して欲しいと言われたものはここまでだ。……うむ……だが……彼との約束であまり大きな協力はするなと言われているが……まあ、これ位はさせてくれ。ボールが装着できるベルトと、バッグ……それと、一応簡単なガイドマップみたいなものだ」
 正直バッグはありがたい。
 王が色々と渡してくれる所為で、そろそろやばかった。
 多分、あと少しでボールを落としていただろう。
 レイもスズキも、元の世界にバッグを置いてきてしまったみたいで、持ちきれないけどどうしよっか……みたいな空気が流れていたからな。

 ああ、それとまあ予想は出来ていたんだが、俺たち旅に出るらしい。
 巾着袋にもご丁寧に“路銀”って書いてあるし。
 あの人らしい。

「それと、これで最後になるが、彼からの伝言だ」
 王は喉の調子を整えるように、せきをして、真っ直ぐ俺の目を見据えた。
 俺は一瞬、幻覚を見た。
 まるで、そこに“あの人”が立っているかのような。

「これからお前は、この世界で元の世界に戻る方法を探すことになるだろう。そして、それが見つかった時、きっと、分かることがある」
 戻る方法?
 そうか、とりあえず、戻る方法はあるんだな。
 そしてそれを探すことが、目標か……!
 言い終わった王は、ふう、と溜息をつき、座り込んだ。

「はあ、私の役目はここまでだ。ははは、何度も何度も君……たちに言う台詞を練習していたんだが、本番は何が起きるか分からないものだな。実際は三人いた」
 この人の台詞がいやに棒読みっぽかったのは、それが理由か。
「さて、これからはこの国の王として君たちに接することになるだろう。まあ、でも、たまには遊びに来てくれ。王というのはなかなかに肩が凝るんでね」
 ビガード王は笑いながら王冠を手に取った。
「さて、仕事に戻ろう。今日は実に気分がいい。ちょっと国民にサービスでもしてみようかな」
 冗談めかして言う王に、ようやく俺たちから笑みがこぼれた。
 まだ国を見ていないのに、何となくこの国がどんな国か分かった気がする。
 ここで、この王の役目は終わった。
 けど、俺たちは今から始めなければいけない。
 “何か”を。
 相変わらず、状況が殆ど……
 いや、全く掴めないけど……
 いやいや、その上“あの人”は何者なんだとかむしろ謎が増えたけど……“あの人”がやれってんなら、とりあえずやってやろうじゃねぇか。



[3371] Part.3 Strange
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:38
「馬鹿だよ、馬鹿。俺たちは。な~んで、カッコつけて出て来ちまったかなぁ……」

 俺たちは今、城下町の喫茶店に、物凄く大きな後悔と共にいた。
 小さい割には明るい感じの喫茶店だが、俺たちの座っているテーブルだけ、ブルーなオーラが漂っていた。
 さっきまでは、『異世界に来た! スタートがお城で勇者みたいだ! よし、行くかぞ!』みたいな感じだったが、冷静になってみると、事態はあまり好転していない。

 分かったことは、この世界に来た原因が俺の育ての親、神埼陸人でありそうだってことと、とりあえず戻る方法はどこかにあるかもしれないってことだけだ。
 こんな調子が続くなら、元の世界に戻るのに、後、百年は欲しい。
 何であの王様を締め上げてでも、もっと話を聞かなかったんだ。
 貰ったバッグ(ナップザックタイプだ)の中にある、用途不明なリングはともかく、お金が手に入ったのはありがたいが、正直、絶望的状態から、もう少しマシな絶望的状態になったような感じだ。
 ああくそ、あの時のハイな自分を思い出せないし、許せない。
 まあ、お約束の展開なら旅に出るはずなんだが、一番の問題は現代っ子の俺たちにはどうやって旅に出るのかすら分からないことだ。
 結局俺たちは、八方塞で喫茶店に腰を下ろしたのだった。

「レイ、何か役に立ちそうなこと書いてないか?」
「う~ん、微妙」
 レイはビガード王から貰ったガイドブックを呼んでいるが、どうやらろくなことが書いてないらしい。
 ポケットサイズのその本は、俺たちの世界にもありそうな観光案内の本みたいだ。
 俺もチラッと見たが、この城下町で読んでる分じゃあまり使えない。

 むしろ俺たちに必要なのは、そういう本には書いてないこと……いや、書くまでもないことなんだろうからな。

「……で、スズキ。お前なんでそんな上機嫌なんだよ」
「俺から言わせれば、何でお前らブルーなんだよ」
 スズキは、自分が頼んだコーラを一口飲んで大げさに手を広げた。
「こんなファンタジックな世界に来てるんだぜ? 楽しまねーと損だろ?」
「ファンタジックねぇ……」
 俺は喫茶店を見渡した。

 この喫茶店……いや、喫茶店だけじゃない、この城下町全体が……こう、不思議な感じがしない。
 建物の形も、通りも、元の世界のどこかにありそうなものだった。
 その上、行きかう人の服装も様々で、制服を着ている俺たちも全く目立たない。
 そういう技術が遅れている世界なのか国なのかは分からないが建物は石造りが目立ち、地面はアスファルトじゃなくて土だ。
 確かにその辺りは日本とは違うけど、それでも俺たちの世界の常識が割と通じるような世界だった。
 何せ、俺たちの世界にもある食べ物やら飲み物やらが同じ名前であったりするのだから。

 方や、出会ったら全力疾走必死なモンスターが現れ、
 方や、元の世界の雰囲気溢れる町並み。

 何とも中途半端な世界だった。

「あ~もう、駄目。訳分かんない」
 ただ、いきなり全てを理解しようとするのは無理なようで、レイは読んでいたガイドブックをパタンと閉じた。
「おつかれ」
「もう何なのよ、この世界」
 その台詞はもう耳タコだ。
「まあ、いいじゃん。それより……中確認しようぜ?」
 スズキが相変わらず能天気な……いや、どこか興奮したような声を出す。
 手には、さっき貰ったボール。
 まあ、確かに俺も気になるな。

「ああ、それ不用意に開けたら兵隊飛んでくるみたいよ」
 レイの言葉に、スズキはゆっくりとボールを腰に戻した。
「……へ? マジで?」
「マジよ」
 レイは、パラパラとガイドブックを開いた。
「え~と、ボールの開閉は、原則として町の外、町の中でも場所によっては、許可されていれば良いみたいだけど、それでも色々制限付だって。何か目次のページに……そうここ、当たり前のことみたいに書いてあった」
 レイの指を追うと確かに小さな文字で書いてある。
 何か喫煙者の扱いみたいだな。
「まあ、種類によるみたいだけど、何が出てくるか分かったもんじゃないから開けないで」
 レイは再び、ガイドブックを閉じた。
「じゃあ、町の外に行こうぜ? そこならいいんだろ?」
 スズキは今にも立ち上がりそうな勢いだ。
 まあ、ゲームやってるくらいだからこういうの好きなんだろう。
 因みに消極的な俺とレイは、さっきのスピアー騒ぎが軽くトラウマになっていた。
 こいつのポジティブシンキングが羨ましい。

「それより、行かなきゃいけない場所があんのよ」
 レイは再びガイドブックを開いた。
 何度も見んなら指挟んどけよ。
「ここ、ビガード・ギルド。各地を旅している人が必ず訪れるギルドっていう情報交換所みたいな所が色んな国や町にあるらしいんだけど……この城下町にもあるのよ」
「「……」」
 俺とスズキは、口を開けなかった。
「まず、私達はここに行って話を聞かないと。情報交換所なら色んなことが分かるかも……ってどうしたのよ、二人とも」
「……レイ。俺はお前はできる子だと思っていたぞ」
「ああ、カイの言う通りだ。立派に育ってくれてお父さん嬉しいぞ。胸以外は」

 ガンッ

 うわ……見てるこっちが痛い……!!

「……つ……が……マジ……マジで……歯……欠けてないか?」
「お前はホント学習しないな」
 歯を押えているスズキに、俺は白い目を向けてやる。
 レイはレイで、スズキの歯が刺さったみたいで痛そうに涙目で手擦ってるし。
 お前らこの前の期末テストの勉強会でも同じことしてたろ。
 ……ああ、俺も同じだったか。
 こんな訳の分からない世界に来ても、俺たちはちっとも変わらない。
 この世界からそれほど不思議な感じがしないのは、もしかしたらこいつらがいるからかもしれないな……。
「まあ、冗談はともかくレイ、すごいよお前。訳分かんない何て言ってたから駄目な子だと思ってたのに」
「駄目な子言うな。基本的なことは大体分かったわよ」
 レイは未だ手を擦っている。
「じゃあ、何が分かんなかったんだよ」
 スズキの言葉にレイはガイドブックを軽く持ち上げ、不満げに言った。

「だって、沢山地名書いてあるんだもん。半分くらいしか覚えられなかったわよ」
 ああ、レイ。
 お前は俺の地理を馬鹿にする資格はある。

・・・・・・

「ここか?」
「……うん」
 レイに案内されて、俺たちは今、ギルドの前に来ていた。
 目の前にあるのは……うん、何か小奇麗な建物だった。
 壁は清潔感溢れる白で正面から見るとシンメトリーの造りだ。
 コンパクトサイズの城と言ったところだろうか? それでもコンパクトと表現するには抵抗がある。かなりでかい。

 偏見かもしれないが、旅人が集まる情報交換所と聞いて、俺は何かこう古びた酒場のような所を想像していた。
 もちろんタイプはウエスタンだ。
 ギィッと鳴る木製の扉があって、マスター、バーボンを……ってお前ら俺を置いてくな。

 二人は既に扉の前に立っていた。
 レイの身長の2倍くらいはあるかも知れない両開きの扉をノックしている。
「すみませーん。どなたかいませんかー……?」
 声を出すレイを後ろから見ながら、俺はどこか懐かしいものを見たと思った。
 あれだ『誰々くーん、遊びましょー』みたいな奴だ。
 携帯が普及した今、やってる奴はいるんだろうか……?
「……あれ? おかしいな……?」
「閉まってるんじゃないか?」
「うーん……二十四時間開いてるって書いてあるんだけどな……」
「……じゃあ、勝手に入っていいじゃないか?」
 スズキがそう結論付けると、迷うことなく扉を開けた。
 外から見ると熱いドアで遮られ、入りづらかった建物の中から賑やかな声が聞こえてくる。
 どうやら、スズキの言った通り勝手に入っていいみたいだ。

 中に入ると、まるでホテルのロビーだった。
 扉から受付までの赤絨毯。
 その途中には待ち合わせ用の机や椅子がセットされていて、天井はたっぷり2階分はとってある。
 そして、受付の横には二つの広い階段があった。

「いらっしゃいませ」
 扉のところで突っ立ていると、従業員みたいな男の人に話しかけられた。
 ビシッとした制服を着ている。
 完全にホテルだな……ここは。
「あの……えーと……す……みません。…えーと……聞きたいことがあるんですけど……」
「はい、それでしたらフロントの方までお越し下さい」
 男の営業スマイルに連れられて、俺たちはフロントまで歩いていった。

「なあ、レイ、何を聞くんだ?」
「あ~と、え~と……カイ、任せた」
「ここでまさかのバトンタッチかよ!? お前、聞くこと決めてないなら何であんなこと言った!?」
「だ、だってぇ~……」
「だってぇ~、じゃない。ああくそ、お前何時もそうじゃねぇか」
 大方、さっきの従業員の仕事を求めているかのようなプレッシャーに負けたんだろう。
 スズキはスズキで、傍観を決め込んでるし。
 まだ何を聞くかが決まってないのに、俺はフロントの受付の前に立つ羽目になった。
 ここに案内してくれた男の人は、軽く会釈して去っていく。
 目の前にあるフロントへの案内を頼むという不自然極まりない俺たちを彼はどう思っただろう……?

「いらっしゃいませ。ご用件は?」
 受付にいる二人の女性(二人とも当然のようにスーツ姿だ)のうち、片方が話しかけてきた。
 後ろのレイは俺を肘でつついてる。こいつ……覚えてろよ。
 ああくそ、もう何だっていいや。
「え~と……この辺で……そう、ボールを開けていい場所知りませんか?」
 適当に思いついた中では妥当な方だろう。
「ええと、トレーニングルームでよろしいですか?」
「はい……、そう、それでお願いします」
 もうよく分からないが、とりあえず肯定した。
「はい、ライセンスカードをお持ちですか?」
 ……うおう。そんなもんが必要なのか……?
 後ろの二人をちらりと見ると、軽く目を逸らした。
 ひでぇよ……。

「えっと……持ってません」
 俺が正直に言うと、受付の女性は一瞬不思議そうな顔をして、直に営業スマイルに戻った。
「あ……では、お作りいたしますね」
 受付の女性は、俺たち三人に、登録用の用紙を渡してきた。

 書かなきゃいけないのは……名前と、年齢、それに出身国か。書くだけで良いのか? ずいぶんアバウトだな。
 え~と…………出身国ね……。
 俺は、名前、年齢を書いたところで二人を見た。
 丁度、二人も同じところで止まっているようだ。
 実はさっき、俺たち三人が違う世界から来たことを言わない方がいいじゃないかという話が出た。
 言わないと、情報が集まりにくいんじゃないかという意見がまず出たが、言ったらどれだけの可哀想な人を見る目が俺たちに突き刺さるんだ……? という反論が。
 結局結論が出ないままぐだぐだな感じでここまで来たツケが、今、回ってきたか。
 だが、今は正直に答えても受付の女性から視線第一号を浴びるだけだ。
 ……もうこれでいい。
 俺は、ぱっと思いつきで、出身国にビガードと書いた。
 そりゃそうだ。この世界で、ここ以外の地名を知らねぇ。
 俺のやったことを見て、レイとスズキも同じ欄に同じ言葉を書いた。まあ、無難だろう。
 俺たちの用紙を受け取った受付の女性は、その紙を隣の女性に渡した。
 隣の女性はコンピュータのキーボードを叩き出す。
 何か会員登録みたいだな。

「はい、ではライセンスカードを発行するまで少々お時間をいただきますので、先に……はい、今トレーニングルームは空いてます……ね。こちらへどうぞ」
 俺たちは、案内通りに建物の中を進んだ。

・・・・・・

「な~んで情報収集しに来たのに、俺たちこんなとこで汗かこうとしてるんだろうな?」
「カイがあんなこと言うから」
「俺を盾にしておいて……!?」

 俺たちは今、例のトレーニングルームにいる。
 広さも形もバスケットコート位だろうか。
 天井は高く、壁には所々傷が入っている。その割に確りした造りみたいだ。
 床は……土で出来ている。これ以外は頑丈な半分の体育館って感じかな。
 そして、隅に妙な機械が置いてあった。と言っても、俺たちが指を乗せた機械ではない。
 ベルトコンベアのような黒い表面に、幾つかの丸い窪み。何となくだが、あれは回復の機械のような気がした。

「さ、始めようか」
 そしてそして、相変わらず元気なこの男。
 スズキは待ちきれないといった様子で、軽く体を慣らしている。
「どうせだから、戦ってみようぜ? 面白そうだし」
 俺はスズキを見て、何故かテンションが高かったゲームのライバルを思い出していた。
「でもよ、俺、殆ど忘れてるんだけど」
「あ~と、うん、私も」
 戦い、と聞いては何も分からない状態で始めたくない。
 俺はスズキとは違い、2作目でやらなくなったんだ。
 1作目でやらなくなったレイはもっと分からないだろう。

「う~ん、そうだな。じゃあ、俺が最初審判やるよ」
 スズキがそういって、審判のスペース(よく見ると地面に薄く枠が書いてあった)に歩いていった。
 まあ、レイ相手なら、互角の戦いが出来るだろう。スズキにしてはいいアイディアだ。

 俺とレイは逆サイドに歩き出す。そして、薄い枠を見つけるとその中に対面して立った。
 バスケットコートに例えるなら、俺とレイがお互いのゴール下。スズキがスコアボードの位置―――
「じゃ、始め」
「早っ!?」
 いきなりスズキは手をポンと叩きやがった。

「まあ、いいから始めろって。4対4な」
 手を払うように振るスズキ。審判がこんな適当で良いのかよ。
 俺とレイは、それぞれ腰につけていたボールを手に取った。
 中身が分からないんだから迷うまでもない。
 後は、出せば良いのか……え~と、投げりゃあ良いのか?
 俺はボールを、中央に向かって投げた。
 いよいよ、俺の持っている超生物の正体が明らかになるのか。

 ポンッ

 ボールが途中で弾けた。
 それと同時にボワッと出る煙。
 姿はまだ見えない。
 一体何が出てくる?

 ガンッ

「……いってぇええぇえぇえ!?」
 突如額に何かが当たった。
 何だ!? 何が起きたんだ!?
「ぶっ……く、ははは……!」
 スズキの笑い声が聞こえた。
「~~~~!」
 レイを見れば、笑いすぎて呼吸困難になってやがる。
 コロコロ……
「……」
 足元に転がっているボールを見ながら、俺はようやく何が起こったのかを悟った。
 要するに、ボールだけが戻ってきた訳か。
 確かに、漫画か何かでそういうシーンを見たことがある気がする。
 そして、それが俺にクリーンヒット……ね。
 ああくそ、腫れてないだろうな……!?

「カイ……くくっ……代償の成果が……出て……きてるぞ……」
 そしてお前笑い過ぎ。
 スズキの態度に苛立ちながらも、自分がモンスターを出したことを思い出した。

 煙が晴れて、最初に見えたのは炎。
 そして徐々に見えてくる全体。
 俺の膝辺りの高さだが体は小さい。
 体の色は赤に近い橙か。
 そして、目は透き通るような緑色。

 って、こいつは……

「グワッ」
 ユラユラと燃える尻尾の炎。
 俺が、ゲームで最初に選んだモンスター……
 ヒトカゲだ。

「わっ、可愛い」
「おお、何か、始まった感があるな」
 元の世界のトカゲという種類だが、レイの言う通り愛嬌のある姿だった。
 それに、スズキの言う通りに始まった感も確かにある。
 ヒトカゲはちらりと後ろを振り返って俺の姿を認めると、直に前に向いた。
 一応、俺を主人って認めてくれたんだろうか。

 ……ただ、尻尾の炎の勢いが思ってたよりすごい。
 体の一部が炎上していて、ホントにこいつは大丈夫なんだろうか……?
 気の弱い奴だったら、発狂もんだろう。

「で、レイは?」
 レイを見ると、未だモンスターを出しておらず、ボールを持って考え事をしていた。
 大方、さっきの俺の起した珍事を見て、頭の中でシミュレーションをしているのだろう。
 やがて覚悟を決めたのか、えいっ、とボールをヒトカゲの前へ投げた。
 ボールはボンッと開き、そして何かにぶつかったように丸くなりながらレイの方に戻る。
 レイは何とかうまくそれをキャッチ。

 ……舌打ちしている自分がいた。
 ああくそ、俺が後に出せばよかった。

「わぁ……、可愛い」
 今度のレイの声は、さっきより感情が篭っていた。
 出てきたのは、ヒトカゲと同じくらいのサイズの青い体……
 もう、細かい説明は良いだろう。
 こいつも、1作目の最初のモンスター、ゼニガメだ。
 ……って、炎VS水かよ!?

「あ……えっと、ゼニガメだ!」
 レイも覚えていたみたいだ。
「よし、じゃあ、やろっか」
 何気にレイがやる気だ。
 まあ、俺もなんだか楽しくなってきた。
 相性は悪いけど、そんなのは関係ない。
 どれだけうまく、指示ができるかだ……!

「……え~と、水鉄砲!」
 バシャッ!
 ドダッ
「…………」
 違う。これ、指示云々じゃない。
 レイの出した指示を直に行動に移したゼニガメの水鉄砲は、俺のヒトカゲを正確に捉えた。
 このゼニガメ、水鉄砲が使えんのかよ……。
 レイは当てずっぽうで言ったんだろうが、すごいなぁ。
 ……それにしても、小さな体から出てきたとは思えないほどの勢いだったな……今の水。
 まともに喰らったヒトカゲが吹っ飛んだぞ?……俺の頬を掠めて。
「……って大丈夫か!?」
 俺は、水に飛ばされて、俺の真横の壁に叩きつけられたヒトカゲに駆け寄った。

 うわ……ピクリとも動かねぇ……。

 尻尾の炎が消えてないから、生きてはいるみたいだけど、意識は失ったみたいだ。
「ヒトカゲ、戦闘不能! ゼニガメの勝ち!……いやぁ~、一回言ってみたかったんだよな、コレ」
「え? 嘘!? 私の勝ち!?」
「いや、まだ、カイは3体持ってるし」
 俺は、ヒトカゲをそっとボールに入れると(ボールを当てれば入るみたいだ)、元の位置に戻った。
 やられっぱなしで、黙っているわけにはいかない。
 ヒトカゲの敵討ちだ。

 俺は、腰のボールを見た。
 後3体。
 ゼニガメ相手に有利な戦いが出来るのはどれだ……?
「うおう……、何かカイが真剣になってやがる……」
 ええい、やっぱり外から見ただけじゃ分からねぇ。
「行け……!」
 俺は適当に選んだボールをゼニガメの前に投げた。
 今度は勝つ……!

 ボンッ

 さあ、何が出る?
 煙が晴れて出てきたのは……ああ、こいつは確か……2作目の。

 …………炎タイプの子だ。

「おお、ヒノアラシだ」
「ゼニガメ、水鉄砲!」
 バシャッ!
 ドダッ
 ……容赦ねぇなぁ……レイ。
 ヒノアラシはさっきのヒトカゲと全く同じところに吹き飛ばされ、やはり、動かなくなった。
 今度は自分の立ち位置変えておいてよかった。

「よ~し、とっとといこうぜ、とっとと」
 スズキのヤロォ……。
 審判の真似事も、もう飽きてやがるし。
 俺は、ヒノアラシを労わりながら、ボールに戻すと、残りの二つのボールを見た。
 二回連続で炎を引き当てたんだ。
 これから先は、違うだろう。
 今度こそは……!
 俺は三つ目のボールを投げた。
 ボンッ
 出てきたのは……ヒヨコ?
 見たことのないモンスターだ。
「アチャモだな」
 アチャモって言うのかこいつは。
 頼むぜアチャモ。ヒトカゲとヒノアラシの弔い合戦だ。
 あの2体と違って、名前に火だのなんだの付いていないから、期待できる。
 まあ、ただ、体の色がヒトカゲにかなり近いのが気になるな……。
「ゼニガメ!」
 バシャ
 ドダッ
 …………3回目かぁ……
 壁の傷ってこういう風に出来ていったんだろうな……

「何これ……、楽しい!」
 レイが、はしゃぎ始めた。
 そりゃ、勝ってりゃ楽しいだろうよ。
 俺がやってることといえば、ゼニガメに的を提供しているくらいだ。
 何気にレイとゼニガメの親密度が上がってるし。

「よ~し、後1体だな」
 スズキの言う通り、俺の手持ちは後1体。
 炎、炎、炎、で来たんだ、流石にそろそろ違うカードが来てくれても良いだろう?
 …………何故かどうしても嫌なイメージが頭から離れないが、ここで引く訳にはいかない……! 二重の意味で!
 俺は最後のボールを手に取った。
 この戦い、俺の残った1体でレイの4体を倒すのは厳しいだろう。
 だけど、諦めたらそこで試合終了だ。
 この1体に全てを懸けるしかない……!
「行けっ!」
 俺は最後の1個を投げた。
 ボンッ
「……あ、“ヒ”コザルだ」
「よし、戻れヒコザル。よくやった」

 その直後、ヒコザルがいた場所に水鉄砲が突き刺さった。
 ホント容赦ねぇな。
 相性はやっぱり大切だった。

・・・・・・

「ピロリロリ~ン。称号、“ゼニガメに全滅させられた男”を手に入れた」
「ちょっと待ってろスズキ。バットか何かを探してくるから。そしたらゆっくり話そうか」
 俺のモンスター3体は今、あの変な機械の上に乗っている(やっぱり回復の機械だったみたいだ)。
「じゃ、次はカイが審判な」
 そういって、スズキは俺がいた場所に歩いていった。
 ……何で4体とも炎なんだよ。
 ゼニガメを倒せる奴をボールの外から探していた俺の行動は無意味だったんだな……。
 ここに答はなかったんだから。
 ちらりと、レイを見る。
 レイは、ゼニガメを撫でたりしてあやしていた。
 あのゼニガメの愛くるしい姿が母性本能か何かをくすぐるんだろうか?
 ……俺はアレに全滅させられたんだよな。
 何かブルーになってきた。

「よし、始めようぜ」
 スズキは、待ちきれないとばかりにボールを投げる。
 出てきたのは……ありゃ、フシギダネだな。
 その後は、なんとなく予想できていたことが起こった。
 レイの手持ちは、ゼニガメ、ワニノコ、それに、スズキが言うには……ミズゴロウ…と……ポッチャマ……だったか? まあ、ともかく首尾一貫して水タイプ。
 そして、スズキの手持ちは最初のフシギダネ、チコリータ、それに、えっと、キモリに……確か……ナエトル……だった。こっちは全部草タイプだ(スズキはレイの手持ちを倒す度、入れ替えていた)。
 あの王様……何で、個人単位でバランス取ろうとしなかったかな。三人でバランスとってどうすんだよ。
「あ~あ、負けちゃった」
 レイのモンスターも今、回復をしている。
 それでも、楽しそうな顔だ。
 レイは一勝一敗だもんな。
 まあ、はっきり分かってることは一つ。
 スズキとじゃ負けねぇ。
「よし、じゃあ、スズキ、次は俺と……」
「おっと、そろそろライセンスカード出来る頃じゃないか? 俺、様子見に行ってくる!」
「って、待ちやがれ!」
 結局その後もスズキにのらりくらりとかわされ、俺の不名誉な称号は変わらなかった。

・・・・・・

「ふう……」
 体外に出たタバコの白い煙が、夜の闇に溶けていく。
 俺は今、ギルドの建物の屋上にいた。
 このギルドは、情報交換所と銘打っているが、実は宿泊や簡単な冒険用具を割安で取り扱っている、旅人支援所らしい。
 行く当てもなかった俺たちには、ありがたい場所だった。
 お陰で、野宿も制服で寝るのも避けられたし。
 それにしても……
 俺はフェンスに寄りかかりながら、この町を見下ろした。
 幾つか電気が点いてはいるが、まだ日付も変わっていないのに、殆ど町は真っ暗になっている。
 その代わりとでも言うように、星が空を埋め尽くしていた。
 俺たちのいた町の天地をひっくり返したみたいな光景だ。
 やっぱりこの国は、少し田舎なのだろう。

「す……ふう……」
 タバコの煙を吐きながら、何となく、空いている手にさっきもらったライセンスカードを取ってみた。
 テレホンカード位の大きさだ。
 多少分厚いけど、まあ、持ち運び易い。
 これが、この世界の簡単な身分証明書みたいなもんだって説明を受けた。

 考えてみれば、まだこの不思議な世界に来て1日も経ってないんだよな……。
 色々なことが起こり過ぎて、もう朝のことはうろ覚えだ。
 走っていたことしか思い出せない。
 まあ、うろ覚えなのは、半分はあの名前が出た所為だろうな……。

 神埼陸人。

 俺の育ての親で、あの火事の犠牲者だ。
 あの人が、この世界に俺を……俺たちを導いた。
 そしてその所為で俺たちは命を落としかけている。
 俺だけならともかく、あの二人も、だ。
 一体、俺たちに何をしろってんだよ……
 ……陸人……!

「おっ、やっぱここにいやがったか」
 屋上の扉が開き、スズキが現れた。
「まあ、カイと煙は高い所が好きって言うしな」
「うんスズキ、一回正しく言い直そう。そしてその上で襲い掛かるから」
 スズキは、はははと笑って俺の隣のフェンスに寄りかかる。
 ああくそ、こいつはこんな奴だったな。

「神埼陸人さん……って、お前の育ての親だった人だよな?」
「……ああ」
 スズキは一発で俺が何を考えてたか言い当てやがった。
 ああくそ、幼馴染には適わないもんだな……。
「でもその人って……確か火事で……」
「ああ、お前らと会うちょっと前に……な」
「その人が、俺たちをこの世界に引きずり込んだってのかぁ……」
 俺とスズキは、自然と無言になった。
 いやいや、黙り込んでる訳にもいかない。
 こいつらは被害者だ。
「……悪いと思ってるよ。どうやったかは知らないし、意味も分からねぇけど、あの人がこの世界に引きずり込もうとしたのは、多分、俺だけだ」
「おいおい」
 スズキは呆れたような声を出した。
 俺は真剣に話してんだぞ?

「お前はまた、俺らを巻き込んだと思ってんのかよ? だったら勘違いだぜ。こんな面白い世界、連れてきてくれなかった方が怒ってたぞ」
「でもな……」
「今度お礼に、神崎さんに線香でもあげに行こうかな。案内してくれよ」
 スズキは笑った後、俺に背を向けながら言った。

「あのな、お前だけこの世界に来てたら、元の世界のどこで俺は遊べばいいんだよ? クラスのテスト最下位争いの相手もいなくなんだろ? それに、毎日がつまらなくなったらどう責任取ってくれるんだよ?……まあ、そんな感じだ。多分……レイも似たようなこと思ってると思う」
 その時、屋上の扉がギィッと鳴った。
「ま、この話は終わりにしようぜ。そういや、レイにお前を呼んでくるように頼まれたんだった。“痺れを切らして屋上に来る前”に、部屋に戻ろうぜ?」
「ああ、そうだな……」
 俺はそれだけ言うと、スズキの後に続いた。

 ああくそ、やっぱり幼馴染には適わないもんだな。

・・・・・・

「チームを作りましょう!」
 部屋に戻ると、さっき買ったジャージ姿のレイが何かの紙を机の上に置いた。
 この部屋は、4人部屋だが窓と部屋の中央においてある机が一つあるだけの狭い部屋だ。部屋の両脇の二段ベッドの所為でますます狭く見える。
 レイは最初、同じ部屋ということに猛抗議したが、生憎他に手ごろな部屋が空いておらず、路銀にも限りがあるので、渋々承諾していた。
 安心しろ、変なことはしねぇよ。
 俺だって命は欲しい。
「……って悪い、もう一回言ってくれないか?」
「え? だから、チームを……」
「その台詞何回繰り返しても、俺も同じことを言い続けるぞ」
 俺は、スズキをちらりと見た。
 よかった。
 こいつも全く意味分かっていない仲間だ。顔がそう言ってる。
「ああ、じゃあ、説明するわね?」
 レイは机にもう一枚紙を置いた。
 あるんだったら、小出しにするなよ。
「まず、ギルドには、色んな仕事の依頼が来るみたいなの。モンスター関連のね」
 レイは、紙を指差した。
 確かにそこには、依頼の申し込み方……やらなにやら書いてある。
「で、それを引き受けて依頼をこなすと、お金が貰えて……まあ、日雇いのアルバイトみたいなもんよ」
 レイは、もう一枚、紙を机の上に置いた。
 そこには依頼の引き受け方……とか書いてある。
 ってか、どこから出してんだ?

「それでレイ、それがチームを作ることにどう繋がるんだよ? というか、チームって何するんだ?」
 スズキが、最もな疑問を出した。俺も正直話が見えてこない。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと話が繋がるから」
 レイは、もう一枚紙を出した。
 こいつ何枚持ってるんだ……?
「問題なのは、受けられる仕事の種類なのよ。私たちには、実績とかでランクが決められているみたいなんだけど……ほら、これ」
 レイが、指差した場所には…………カラスマ=カイ、Fランク……って俺の名前じゃねぇか!?
「さっきライセンス登録したでしょ? その時に一緒にランクも登録されるらしいのよ。最初はみんな、Fランク。カイだけじゃなくて、私もスズキもね」
 レイは、更に二枚の紙を机の上に置いた。
 こいつ……青い狸か!?
「え~と、ミナモ=レイ、Fランクに、サトウ=スズキ……俺もFランクか。確かに」
「で、ギルドは依頼を受けると、その難易度やら内容を分析してランクとか報奨を決めるらしいのよ。ここからが大事なんだけど、仕事って自分のランクに見合ったやつしか受けられないみたいなの」
「何で?」
「危険防止らしいわよ。ランクの低い人がいきなり高ランクの仕事に面白半分に挑戦したら、洒落にならないことが起こるみたい」
 ああ、それは何となく分かった。
 朝のスピアー騒ぎも、さっきのトレーニングルームでの事も、一歩間違えたら……想像するのは止めておこう。
 とりあえず、モンスターと呼ばれるだけの力はあるからな。
「でも私たちの目的は情報収集だから、出来るだけ多くの依頼を見ないと意味ないでしょ?」
「じゃあ、ランクを上げればいいんだな?」
「そう、それでチームの話に戻るのよ。想像つくと思うけど、仕事を多くこなしていれば、ランクも上がる。けど、一人一人じゃその実績がバラバラになっちゃう。だから、チームとして動けばチームとしてのランクが上がって、効率的って訳よ」
 ああ、なるほどね。
 つまり、個人としてのランクとチームとしてのランクは別ってことか。

 例えば、俺とスズキがそれぞれ1個ずつクリアしたとする。
 個人単位で見れば、俺が1個、スズキも1個、仕事をしたことになるけど、2個仕事をクリアしてなければ受けられない依頼があったとすれば、俺もスズキも依頼を受けられない。
 だけどもし、俺とスズキがチームとして行動していれば、チームとして、1+1=2個の仕事をクリアしたことになるから、その仕事を受けられるってことになる。

「っていうか、お前それどこで調べたんだよ」
「え? さっき、フロントで聞いたり、ガイドブック読んだりして……よ。訳分かんないままいるの、いやだもん」
「……レイ。俺はお前はできる子だと思っていたぞ」
「ああ、カイの言う通りだ。立派に育ってくれて……もがっ」
 俺は、スズキの口を急いで塞いだ。
 お前は学習しろ。
 レイもレイで殴る準備をするな。
「とにかく、俺たち三人でチームを作って依頼をこなす。それで、ランクアップして情報収集。それを繰り返せってことか」
 レイが頷く。
 そして、複数の用紙に埋もれていた、最初の紙を掘り出した。
「これが、チームの登録書。これに必要事項を記入して、さっきのライセンスみたいにチームを登録してもらえばいいらしいわ」
 ああ、最初の紙って登録書だったのか。
 出す順番違うだろ?
「大体記入しといたから」
「仕事が速いな……ってちょっと待て、代表者が俺の名前になってるぞ!?」
 見れば、代表者名にはっきりと、カラスマ=カイと書かれている。
「まあ、いいじゃん。リーダーよリーダー! すごいじゃない」
「おう、カイ。俺もそう思うぞ。何でも一番になれることを探しなさい、って先生に言われたのが懐かしいな……」
「てめぇら、何か面倒くさいって思ってるだけだろ!? 小学校の遠足の時、班長にされた時と同じこと言ってるじゃねぇか!?」
 因みにその後、班長会だとかで帰りが遅くなったのが苦い思い出だ。
 あれって副班長大人気だよな……。何気に仕事ねぇし。……どうでもいいが。
「ああくそ、分かったよ。ってまだ空欄あるじゃねぇか……チーム名……?」
「うん、お願い、リーダー」
「さあ、センスの良さを見せ付けてくれ、リーダー」
「お前ら、全部俺に押し付けたいだけかよ!?」
 ああくそ、どうせここで何を言っても1対2だ。押し切られる。
 俺が考えるしかない訳ね。

 チーム名……か。
 どうせなら、俺ららしい名前が良いな。
 こんな不思議な世界に入り込んだ、俺らを表す名前か……
 俺は、ペンを取って、チーム名を書き始めた。
 S、t、r……えーと、綴りは合っているよな……?

「これでいいか?」
「……うん、まあ、良いじゃない?」
「俺も異議なし……かな」
 俺は、登録用紙を机の上にパサリと置いた。
「さ、登録は明日にしてもう寝ようぜ? そろそろフロントに人いないだろ?」
「うん、登録関係は夜の十時までだって。じゃ、寝よっか」
「俺、二段ベッドの上ね」
 スズキは、俺が声を出す前に、上がって行ってしまった。
 俺も狙ってたのに……!

「じゃあ、カイ、スズキ、お休み」
 レイは向かいの二段ベッドだ。
 使うのは下か。
 だったら、上を提供して欲しい。
 まあ、命を払ってまで求めることじゃないか……。
 俺はそんなアホなことを考えながら、ベッドに入った。
 横目で、さっきの登録用紙を見たが、俺は直に目を閉じた。
 今日は色々なことがあり過ぎた。
 色々考えるのは明日でいい。

 だから―――

 チーム“Strange”は明日から活動だ。



[3371] Part.4 Mission
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:39
 シュッ

 タタタタタッ
 人通りのない街中を鋭く走る、小さい影。
 俺はそれを追って走っていた。
「くっ!」
 そいつを追い越すように、俺はボールを投げる。

 ボンッ

「!!?」
 突如現れた俺のヒノアラシに、そいつは反応すると、一瞬で反転して路地裏に入り込む。

「レイッ! そっち行ったぞ!」
 俺は、耳につけた小型の無線に叫ぶ。
 ザザッっという音がして、『任せて』と聞こえた。
 よし、次は俺が回り込む番だ。
 俺は今来た道を引き返した。
「ザッ……カイッ、作戦通り! そっちに行った!」
 無線機からレイの声が聞こえる。
 たが、想像していたより少し早い。
 急がねぇと。
 滑り込むように、路地裏へ曲がると、丁度そいつが反対側からやってきた。
 ここには他に曲がり道はないし、建物も高いから、逃げ場はない。
 そいつの前には俺、後ろからはレイが走ってきている。
 袋のネズミだ。
 そいつは一瞬止まると、ちらりと、建物二階の開いている窓を見た。
 そいつから見れば射程圏内だろう。
 レイが路地裏に姿を見せたと同時に、そいつは飛んだ―――

 ―――俺たちの作戦通りに……!

「スズキッ、今だ!」
 シュルッ
 そいつが飛び込もうとした、窓から植物のツタが伸び、そいつを捕らえた。
 最初からスタンバイしていた、スズキのフシギダネのツタだ。
 これでもう逃げられない。
「ふう……終わった……」
「ああ」
 スズキが建物から出てきた。
 手には、追っていたそいつ、“コラッタ”を抱えている。

「まあ、ありがとうございますぅ~」
「もう終わったのかい? たいしたもんだ」
「相変わらず仕事が早いわねぇ!」
 終わったことが分かると、がやがやと建物に隠れていた人たちが出てきた。

 Eランクミッション・“ナッツちゃんを捕まえて・パート6”は無事クリアだ。

「はあ……もう逃がさないでくださいよ……」
「ええ、もう絶対に! ああ、ナッツちゃん……。一人で怖かったでしょう? あ、お礼は後で振り込んでおきますわ」
 スズキから引き取ると、恰幅がよく、化粧の濃いブルジョワなおばさん――ブルードさん(もういい加減名前を覚えた)は、涙を流しながら力いっぱいコラッタ――ナッツちゃんを抱きしめた。
 ナッツちゃんは、苦しそうに顔を歪めている。
 そういうことするから、何度も逃げられるんだろうな……。

「それではごきげんよう……!」
 ブルードさんは、感極まった表情を浮かべ、ナッツちゃんを力いっぱい抱きしめたまま家に向かって歩き出した。
 ああくそ、パート7は来ねぇだろうな?

 チーム・ストレンジが行動開始して、二週間が経っていた。
 こなした依頼数は今ので何と18個。
 受付のお姉さんの話だと、一週間当りの数だけならビガード・ギルドで歴代Top3には入っているらしい。
 嬉しいもんだね。
 俺たちがこなした依頼は、“~を捕まえて”が殆どだ。
 小型のノーマルタイプは個人の責任範囲内で、町で出していていいらしいが、それでもうっかり逃げてしまう事が多いらしい。
 そこで、俺たちの出番だ。
 俺たちは手持ちのモンスターを駆使して、依頼をクリアしていった(依頼中なら、危険な技を使わない事を条件に町でのボール開閉が許可されていた)。
 今じゃチーム・ストレンジと言えば、ビガード王国で並ぶもののない、ペット捕獲の精鋭集団。たった二週間でだぜ? 自分の成長が恐ろしい。

「じゃ、そろそろ帰ろっか!」
 確かにそろそろ日が傾いてきている。
 レイの言う通り、そろそろビガード・ギルドに帰ろうか。

・・・・・・

「え~と、モンスターを扱うということは、何もモンスターに全てを頼るということではありません。トレーナー本人の身体能力や技術も非常に重要になってきます。ボールを投げる時がいい例で、すばやくモンスターを出すことで相手に先制のチャンスを与えず、また、最も適した場所に投げるコントロールを備えることで、効果的や効率的な行動をすることが……、はあ、もういいや」
 レイは、読んでいた本をパタンと閉じた。
「おつかれ。ってお前またその本読んでんのかよ」
 レイはここ最近、俺たちの部屋で(まだ、四人部屋だ)このギルドにある図書室の本を読み漁っている。
 何でも理論から入るのが、レイ流だ。
 まあ、俺もレイに炎タイプのことが書いてある本を渡されたりして、勉強する羽目になったりしている。
 はあ……。どこの世界行っても勉強ばっかだな。何もしないで済むスズキが羨ましい。

「仕方ないでしょ? 私はそこまで運動得意じゃないんだから。部活だって入ってないんだし」
「部活? 俺だってそうだぜ? そんな気にすることじゃないだろ」
「あんたは異常なのよ! 私たちと一緒にしないで。ああもう、走ってこようかな?」
 異常とは何だ異常とは。
 確かに俺は部活に入ってない割にはだが、運動は出来る方だ。
 昔、陸人に無理矢理鍛えられてたからな。
 幼少の頃の経験は、大人になっても影響が大きいらしい。
 でも、それでも凡人の範囲内だ。
 スズキとだってそこまで差はない。
 良くいる、自称・最強の帰宅部って奴だ。

「まあ、いいじゃないか。一応毎日トレーニングルームで運動しているんだから。それに今のままでも十分依頼はこなせてるし。このままいけば……」
 このままいけば……?

「やっほぅ―――っ!!」

 その時、スズキが勢いよくドアを開けて入ってきた。
「おい! ランク上がったぞ! Eランクだ! ついに俺たちストレンジも……」
「…………」
「…………」
「って、どうしたんだよ? 二人とも、ランクアップだぞ?」
 ああ、そうだな。ランクアップだ。

 だけどな……

「あのさ、レイ、スズキ、二週間も続けておいて言うの何なんだけど、俺たち何やってんだ? 一回集合しようか」
 レイも、スズキも目を逸らした。
 まあ、こいつらも薄々感付いてはいたか。

「だぁ~~!! 何で、俺たちペット捕獲のエキスパートになってんだよ!? そして、何でまだここにいるんだよ!? 知ってるか? ギルドって長くても普通、2~3日位しか留まらないらしいぞ!? 何で俺ら住み込んでんだよ!?」
 はぁ~……はぁ~……
 言いたいことをまとめて言ったら、すっきりするはずなんだが、俺の中で何かがまだもやもやしていた。
 もし、うっかりビガード王に出会ったら、『え、まだいるの!? 嘘でしょ!?』みたいなこと言われるだろうな……。
「ま、まあ、カイ。私たち町では何となく人気者になってるし……。この前なんか服買いに行ったら、サービスしてくれたのよ?」
「あ……ああ、俺も、ギルドに戻ってきた時、同年代位の従業員の女の子がな、キイラちゃんって言うんだけど、『あっ、スズキさんっ、お帰りなさい!』って元気に挨拶してくれたぜ? やぁ~、あの子可愛いよなぁ」
「だ・か・ら、それなんか違うだろ!? ロープレで言ったら俺たちのやってることって、王様の期待の壮絶な裏切りだぞ!?」

 ああくそ、そういえば前に人って言うのは安定を求める生物だって聞いたことがあったな。だから、危険をヘッジ(回避)する保険業ってもんが成り立っているって。
 正に今の俺たちだ。
 殆ど毎日依頼をこなして、その報奨金でここに泊まり続ける。
 サイクルとしてはいい感じだが、それじゃ、未来がない。
「お前らもっと危機感持てよ。大体俺たちのこなした依頼の1/3が、ブルドッ……もとい、ブルードさんからじゃねぇか。もう俺、あのナッツちゃん見飽きたぞ? あの厚化粧も!」
「カイだって最初、『マダムだ! マダムがいる!』とか言ってテンション上がってたじゃない」
「おいおい、カイ。お得意様に向かってそんな口の聞き方ないだろ? あのナッツちゃんにはもっとこう、元気に育ってもらって、俺たちを養ってもらわなきゃいけないんだから……」
「お前ここに一生住む気か!? しかも、それ聞いたら益々現状はやべーことに気がついたぞ!?」

「はいはい、分かったわよ」
 そこで、レイがポンッと手を叩いた。
「まあ、確かに私たち、情報集めるのに同じ場所に居続けても仕方ないわよね。Eランクに上がってキリもいいし……。そろそろ、次の町に行きましょうか」
 ようやく、俺の言いたいことが伝わったか。
 俺たち普通に町の外に出てないからな。

「ま、一応、ランクが上がって閲覧可能な依頼が増えたからそれのチェックしてくるわね。と言っても、Dランクまでのだけど」

 二週間も同じ場所に安定していた所為で、俺たちはギルドのルールを殆ど理解していた。
 まず、ライセンスの登録やチームの登録は基本的に簡易らしい。
 理由は知らないが、まあ、免許と違って住民票持って来い、などと言われずに登録できるのはありがたい限りだ。俺たちの住民票は“ちょっと遠い場所”にあるからな。

 そして、依頼。
 俺たちは引き受ける側だけど、どうやら一度に人数分しか引き受けられないらしい。
 まあ、これは低ランクの人のための取り分がなくなってしまうからだろう。
 そして、さっき話に出た閲覧可能な依頼は、自分のランク+1までが見ること、引き受けることが可能みたいだ。
 まあ、危険防止目的なら下手に高ランクの依頼を公表して興味本位の低ランク者が行動を起さないようにするのは当然と言えば当然だが。
 まあ、そんな訳で、元の世界に戻るための情報を集めるためには何が何でもランクを上げていくしかないってことだ。
 ……こんなに詳しくなりたくなかった……

「なあ、カイ……」
「んだよ?」
 俺が自分たちの現状を嘆いていると、スズキが話しかけてきた。

「いやよぁ、ずっとここにいるっていうのは、確かに何かおかしいかもしれないけど、俺は結構楽しいぜ?」
 スズキは窓の方を向いている。
 こいつは割とマジなことを言う時は何時も視線を外しやがる。

「そうかもしれねぇけど、お前も分かってんだろ? こんなとこにいたって俺たち何にも出来ねぇぞ?」
「ああ、それは分かってる。けどさ、こういうの、何か……カイも楽しくねぇか?」
「……楽しいは楽しいよ。けど、俺たちずっとここにいる訳にはいかないんだぜ?」
 正直言うと、俺も楽しい。
 だが、その楽しさが、俺はどこか怖かった。
 動き続けなければ、何かその場所に囚われ続けてしまいそうで……。
 それに、陸人の言葉もある。
 あの人のメッセージによれば、俺は何かを理解しなくちゃいけないらしい。
 そしてそれは多分、ここに居続けるだけじゃ見つからない事のような気がするんだ……。

「なあ、カイ。俺はさ、もし……お前らが……」

 バンッ

 スズキがそこまで言いかけたところで、扉が勢いよく開いた。壁に強く当って、壁にドアノブの跡が残る程に。
「カイッ、スズキッ、仕事よ!」
「敷金がぁ……!?」
「払ってないでしょ!?」
「レイ。スズキはともかく、扉を壊すつもりか? それと、この建物も」
「そんな場合じゃないのよ」
 レイは依頼用紙を机の上に叩きつけた。
 フロントまで行って、ここに戻ってくるまで2分もなかったぞ……。
 運動苦手が聞いて呆れる。

「え~と、迷子捜索? こんな時間にか?」
 スズキの言葉に、俺は何気なく外を見た。
 確かに、もう外が紅い夕焼けに変わっている。

「こんな時間だからよ。緊急の依頼だもん」
 俺も用紙を見てみる。
「え~と、私の娘がビガード西の大樹海で迷子に……は? ビガード西の大樹海って……俺らが最初に……」
「そうよ。あそこって、場所によっては安全でピクニックも出来るらしいんだけど……いざ帰ろうとしたら子供がいなかったんだって。それで、暗くなる前に何とか見つけて欲しいそうよ。危険地帯に迷い込んじゃったら大変なんだから!」
 確かに……。
 あそこの怖さは良く知ってる。
 明るくても、近付きたくない。追いかけっこはもう沢山だ。
 それがもし、日がどっぷり沈んだら……どうなるんだ?
「ランクは、一応野生のモンスターに襲われるかもしれないからDランク。丁度私達が受けれるギリギリね」
 レイは早速、準備を始めた。
「って、マジで引き受けんのかよ!?」
「当たり前でしょう!?」
 スズキに、レイははっきりと断言した。
「小さな子なのよ? それがあんな森に一人だ何て……。とにかく、もう引き受けたんだからね!」
「それはそうだけどよ……でもお前、俺たちでどうにかならないモンスターが出たらどうすんだ? 逆に犠牲者が増えるかもしんねぇんだぞ? 三人分」
「そ……それは……」
 スズキの冷静な言葉に、レイは口淀んだ。
 脳裏には、初日のスピアー騒ぎが浮かんでいるんだろう。
 はあ……
 昔から何でも理論から入るくせに、突発的な行動は後先考えてない。
 それが、レイって奴だったな。

「カイも……、行きたくない?」
 レイは、何かを求めるように俺を見た。
「そうだ、カイ。リーダーが決めてくれ。俺はお前に付いていく」
 ……こんな時だけリーダー頼りかよ。つっても、まあ、俺はどうするか決めている。

「引き受けるぞ。暗くなる前にとっとと終わらせようぜ」
 きっと……陸人ならこう言うだろうからな。
「ま、そう言うと思ってたけどな。準備すっか」
 スズキは呆れたような声を出して、準備に取り掛かった。
 このヤロウ。やっぱ、最初から行く気だったか。
「カイ……。ありがと」
「どういたしまして」
 俺は肩をすくめながら準備を始めた。
 まあ、ビガード王国での最後の依頼。
 しっかり締めくくらねぇとな。

~~~~

 ホテルの階段から、あの子たちが降りてきた。
 最近ずっとこのギルドに泊まり続けている、三人―――チーム・ストレンジだ。
 最初に見たときは、全員同じような服を着ていたのに、今では赤、緑、水色と服装に幅が出てきている。
「お出かけですか?」
「ええ、さっきの依頼を」
 その中の女の子……レイちゃんが、愛想のいい笑みを浮かべる。
 この三人の中では一番確りしてそうね。
「はい、迷子捜索の依頼ですね」
 そう言いながら私は、さっきの騒ぎを思い出す。
 レイちゃんが受付で依頼のチェックをしていた時に、緊急に入ったこの依頼を直に引き受けて走っていったことを。
 こういう所らへんが、短時間で町の人たちに好かれる秘訣なのかもしれないわね。
 それにしても大丈夫かしら……?
 チームとしてのランクがやっとEになったばかりにDランクの依頼を引き受けるなんて。
 “この仕事をやっている以上罪悪感は付き物だけど”、何日も見ていれば流石に少し気になる。
 まだ、若いのに……

「じゃあ、行ってきます」
 レイちゃんに、後ろの二人がついていく。
 少し小走りだ。
 確かに暗くなる前に何とかしないと大変なことになるわね。
 私は三人の後姿を、受付の中で眺めていた。
「……先輩、あの、ちょっといいですか?」
「何?」
 あの三人と同年代位の後輩、キイラがパソコンの前に座ったまま、私を呼んだ。
 礼儀正しいこの子にしては珍しい行動に、私は怪訝に思いながらも、キイラの隣に並んだ。
「あ……あの……こ……これ、見てください……」
「う……嘘でしょ……!」
 震えるようなキイラの声に、パソコンの画面を見て、私は我が目を疑った。
「い……今、更新してみたんです。そしたら……」
 私は直に、パソコンを操作し、エラーでないことを確かめると、すぐさま他の依頼をチェックした。
「……っ……」
「こ……これの所為で……あの森の依頼のランクが上がってる……!」
「ど、どうしましょう……。もう、三人とも行っちゃいましたよ?」
「キイラ……とりあえず追いかけて。間に合わなかったら、応援に行けそうな人を探しておくから」
「お、お城に連絡した方が……」
「忘れたの? お城は基本的にギルドに何もしないのよ。いいから急いで!」
「はいっ!」
 キイラは弾けるように飛び出した。
 それでも、足は遅い。
 仕事はそこまでじゃないけど、どこかトロいあの子じゃ、多分追いつけない。
 私は打開策を探すべく、パソコンに向かった。

 引受人――チーム・Strange

 Dランクミッション改め―――

―――C+ランクミッション・“大樹海の迷子”。



[3371] Part.5 Bullfight
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:41
「はっ、はっ、はっ……くそ……」
 俺はナップザックを担いだまま、大樹に背を預けて座り込んだ。
 ここはビガード西の大樹海。
 もう日は完全に沈んでいる。
 俺たちチーム・ストレンジはピクニックの最中はぐれてしまったという子供を助けにやってきたが、今、とんでもない事態に巻き込まれていた。
「ザッ……はあ……カイ……はあ……聞こえる?」
 耳障りなノイズの後、耳につけている小型無線機からレイの小さな声が聞こえてきた。
 無事だったか……。
 思ったより使えるな、この無線機。
 俺たちは、今この大樹海ではぐれてしまっていた。
 星明かり以外この森を照らすものはなく、木々が作る影の所為で、もう殆ど目を瞑っているような状態だ。
 いや……だんだん目は慣れてきたか。

「ああ……」
「ザッ……どう……? 大丈夫?」
「……ああ、何とか、まいたみたいだ……あの子は?」
 あの子とは、俺らが見つけ出した迷子のことだ。
「ザッ……う、うん……でも……ザッ……ああゴメンね? 静かにしてね……」
 完全に危険地帯に入り込んでいた女の子を無事に見つけ出せたのはツイてたが、その後が最悪だった。
 何で、“あんなの”がいるんだよ。
 Dランクミッションってこんなキツイのばっかなのか?
 正直、もう一度出会ったら助かる気がしねぇ……
「……スズキは?」
「ザッ……俺はレイと一緒にいるぜ。お前どこ行ったんだよ?」
 おいおい、はぐれたの俺だけかよ……!
 でも仕方ないだろ。
 あいつは俺を狙ってきたんだから……!
「ザッ……カイ、今どこにいるの? 何か目立つようなものある?」
 俺は思わず辺りを見渡したが、木と草しか見えないなんてことは最初から分かっていた。
「はあ……はあ……お前らその子を連れて先帰ってろ。森の中でお互い探し合っても意味ないだろ?」
「ザッ……おい、カイッ! 何言ってんだよ。大体お前自分がどこにいるか分かってねぇんだろ!?」
「ザッ……そうよ、私達は地図を持ってるけど、カイはどうやって帰ってくるのよ!?」
「大声出すなよ。俺は地図持っててもどうせ分からないから良いんだよ」
「ザッ……それじゃますます……ああ泣かないで……」
 無線の向こうから、レイが子供をあやしている様子が感じ取れた。
 あいつにこういう一面があったなんて意外だったな。
 けど、レイだって相当無理してる。
 あいつにとって暗い森なんて最高に苦手なシュチュエーションなんだからな。

「とにかく、お前ら先帰れ。その子の親だって、心配してるんだぞ?」
「ザッ……だから、カイはどうするのよ?」
「ザッ……そうだぞ、カイ。お前ただでさえ方向音痴なんだからこんな森じゃ……」
 スズキの奴……まだ地理を引っ張るか……!
 だが、確かにレイの持ってた地図をちらりと見た時、この森は想像以上に複雑だっていうのは分かったがな。
 確かに、帰るのは難しそうではある。
 けど今は、こんな森の中で歩き回る時間を極力少なくするべきだ。
 特にあの子を親に届けるのが、今回のミッションの内容なんだからな。

「いいから帰れ。これはリーダー命令だ」
「ザッ……ちょ……」
 レイが何かを言いかけたところで、俺は無線機のダイアルを変えた。
 これでもう、帰らざるを得ないだろう。
 あいつらは、こんなところにいちゃ駄目だ……!

 ドクッ……ドクッ……ドクッ……
 自分の鼓動がやけに大きく感じる。
 体が熱い。
 この世界も今は一応季節としては夏らしいが、地方によってがらりと気候が違うそうであまり当てにならないらしい。
 だが、この地方は十分に“夏”だった。
 蒸し暑く、汗が滴り落ちる。
 俺はポケットからタバコを取り出して、火を点けた。
 手は相変わらず、カタカタ震え続ける。

「す……ふう……」
 さ~て、状況の確認だ。
 落ち着け……落ち着け……俺。
 何があった……?
 何でこんなことになってるんだ……?

 まず俺たちは、ビガードの城下町を出て大樹海へ向かった。
 町の外へ出るのは初めてだったから、気持ちテンション上がっていたな。
 そして、大樹海へ向かうという車に乗せてもらって(迷子の話を聞いて様子を見に行こうとしていた人のだ)、走り出した。
 その時、確かギルドのキイラちゃんって子(スズキ談)が、態々見送りに来てくれてたんだよな。
 車内から、大きく手を振ってくれたのが見えて、スズキがどっかの暴力女とは訳が違うとか言ったところで、例のごとくレイが……
 って、こんなのはどうでもいい。
 ここまでは良かった。
 問題はその後だ。
 大樹海の入り口で半狂乱になっていた、迷子の母親に話を何とか聞きだして、俺たちは森に入った。
 スピアーをはじめ、危険なモンスターが出ないかと慎重に進んでいた俺たちは、レイの地図を頼りに、ピクニックをしていたって言う場所周辺を全部探したんだったな……。
 それでもいなかったから、レイの奴が危険地帯に入り込んじゃったのかも……とか言って、“危険”と書かれた札をくぐってズンズン進んで行ったんだ。
 俺らがそれについていって……その後だ。
 いきなり小さな女の子が、レイに抱きついてきたんだった。
 話に聞いていた特徴の赤い服は泥だらけになっていたけど、無事見つかったし、俺も声高らかに、ミッションコンプリートッ! って言った時に……―――!

 ズドンッ!

 ……み、見つかった……。
 回想すら満足にさせてくれないのかよ……!!

 反対側から強烈な衝撃を受けた所為で俺は寄りかかっていた木から強制的に立たされた。
 メキメキ……メキ……
 そいつがぶつかった、俺が抱きついても手を回せそうにない大木は、その衝撃でひしゃげ、徐々に倒れていった。

「ブルルッ……」
 ああくそ、あの女の子はとんでもないものを連れてきてくれたもんだ。

 俺たちは、最初に“それ”を見た時、瞬時にバラバラに逃げた。
 生物の本能的な危険回避能力なのかは知らないが、分かれて逃げたのはかく乱になっていい手だったと思う。
 だが、そいつは俺を追ってきた。
 森の中を必死にジグザグに逃げてまいたつもりだったけど、どうやら、あまり差を広げられなかったらしい。

 ザッ……ザッ……

 “そいつ”は地面を蹴って、タイミングを計っている。
 ぶつかったら洒落にならない二本角にでかい胴体、三つの尻尾は、自らを奮い立たせるように自身の体を打ち付けていた。
 こいつはよく知ってるぜ……
 1作目のモンスター、ケンタロスだ……!

「……最悪だ」
 俺は体中に冷や水をかけられたような感覚に襲われた。
 これは間違いなく、恐怖に分類されるものだ。
 正直俺は、この大樹海に来ると言ってもそれほど危険だとは感じなかった。
 何せ町の中では十分以上に依頼をこなしていたし、毎日レイやスズキとトレーニングだってやっていんだぜ?
 だから、モンスターを持っていなかったあの時とは比較にならないと勝手に考えていたみたいだ。
 でも、今はそんなことは間違いだったと気づいた。
 町の中でのペット捕獲?
 仲間内だけでのトレーニング?
 そんなものが、今この場で何の足しになっているのだろう……?
 今、ここで求められているのは実戦の経験だ……!
 自分の選択肢の一つ一つに、死が紛れ込んでいる。
 ああくそ、体が恐怖で竦んでうまく動かねぇ……。
 体の中はどんどん熱くなるのに、どこか寒い。
 目の前にいるケンタロスは、俺にとって正に死神だった。

 メキメキ……ズシンッ
 とうとう大木は、重さに耐え切れず倒れてしまった。
 洒落にならねぇぞ……この威力……!
「ブルルルッ!」
 木が倒れたのを合図にしたのか、ケンタロスは雄叫びを上げながら俺に突っ込んできた。
 避け―――!!?
「うおっ!!」
 チッ
「ぐ……がはっ!?」
 俺は何とか横に飛んでかわしたが、それでも避け切れなかった。
 人間が反応できる限界を超えた猛チャージ。
 一瞬、意識がとんだ……ぞ?
 おいおい、嘘だろ。
 掠っただけ……で……この威力かよ……!?
 ナップザックも掠っただけなのに、ボロ雑巾のようになっていた。
 俺は、左のわき腹を抑えながら、何とか起き上がる。
 まるで体の中から鷲掴みにされているような激痛に、視界が霞むが、死にたくないなら動くしかない。
 俺はナップザックを拾いながら木の陰に隠れ込んだ。

「アチャモッ!」
 そして、そこからボールを投げる。
「火炎放射!」
 ゴウッ
「っし!」
 俺は思わずガッツポーズをした。
 アチャモの放った炎はケンタロスを正確に捉えた。
 これで……!?
 俺は目を疑った。
 炎の中、ケンタロスは真っ直ぐアチャモに突っ込んできやがったからだ―――

 ドゴッ!

「ギィッ」
 アチャモはそれをまともに喰らい、後ろの木に打ち付けられた。
「!? 戻れ」

 ズンッ!

 俺がアチャモを戻すのと、ケンタロスが俺の隠れている木に突っ込むのは同時だった。

 メギッ……メキメキッ……
 当然のように木は気持ちの悪い音を立てて、倒れていった。
「くそっ!」
 俺はそれが倒れきらない内に、出来るだけ丈夫そうな木の裏に再び隠れる。
 今までのことではっきり分かっているのは、ケンタロスとの間に遮蔽物なしに立っていてはいけないということだ。

 ……こいつは、マジでやべーな。
 この世界のモンスターが洒落にならないことを十分に理解しているつもりが、全く甘かった。
 人間とは比較にならないパワー、スピード、タフネス。
 俺の手持ちにも、行動可能なモンスターがまだ三体いるけど、アチャモの様子(生きてるだろうな?)を見るに、ケンタロスとはレベルが違い過ぎる。
 どうあがいたって勝負にならねぇ……!

 このままじゃ……


~~~~


「遅過ぎる!」
「おい、レイ、俺らが出てきてまだ3分しか経ってないぜ?」
 そんなこといいながらも、スズキだって落ち着いてない。
 1分ごとに時計確認してるじゃない。
 ここは、大樹海入り口。
 私たちは、あのバカが無線を切ったっきり繋がないから、一先ず地図を頼りに森を出たのだった。
「あの……本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「あ……ええ、大丈夫ですから気にしないで下さい」
 迷子の女の子の母親が、私達の様子が気になって心配そうに声をかけてくれた。
 さっきまで声を上げて泣いていた女の子は、今は静かに母の腕の中だ。

 ここにはちょっとしたギャラリーが出来ていた。
 迷子の噂を聞いた町の人たちが心配して集まったのと、私たち、チーム・ストレンジの活動を物見遊山に集まったので半々って所だ。
 でも、今はそんなことはどうでも良かった。
「……カイ、聞こえる!? カイッ!?」
 ああもう、何度呼びかけても応答なし。
 何やってんのよあいつ……!!
 確かに、地理の知力と方向感覚は別かもしれないけど、あいつはそれが両方ないし、自覚もない。
 町の中でも何回はぐれたかことか……。
 でも今回は、今までのとはちょっとどころか根本的に違う。
 あいつが迷ったのは、危険なモンスターが出るこの森の中。
 この森は、この世界でも有数の大樹海。
 いろんな国に跨った、所有国なしの広大な森。
 場所によっては名前も変わるほどだってガイドブックに書いてあった。
 まだビガード王国に近い場所は比較的安全な場所らしいけど、それでも、さっきいきなり出現したケンタロスは明らかに強暴だった。
 さっきは、たまたま出会ってしまっただけかもしれないけど、それでもカイと再び出会ってしまうことだってある。
 そうじゃなくたって、暗い森の中には……こう何か……変な……ああもう、何がいるか分かったもんじゃないのに……!
「私……やっぱり、探してくる」
「おい、レイ! 暗い森にお前が言っても何にも出来ないだろ。それに、“あれ”に出会ったら冗談じゃすまないぞ? カイならきっとうまく……」

「あっ、やっと見つけました!」
「……?」
 声が聞こえた方を向いてみると、ギャラリーの合間を縫って、小さな背の子が“ゆっくり走ってきた”。
「あれ? キイラちゃんじゃん」
 ああ、そういえば私たちを見送りに来てくれたギルドの従業員の子だ。
 キイラちゃんは私たちの近くで止まると、はあはあ、と、呼吸を整えた。
「よかった……まだ入ってなかったんですね……」
「へ?」
 キイラちゃんはほっとした表情を見せたけど、私たちには何を言っているのか分からなかった。
「あの、この依頼は皆さんじゃ引き受けられなくなりました。その通達に……」
「それ、どういうことだ?」
 スズキが、妙に緊迫した声を出す。
 私も、何か嫌な予感がしてきた。
「“大樹海の迷子”はC+ランクになったんです。ですからEランクの……あれ? もう一人の方は?」
「ちょっと、それどういうこと!?」
「おっ、おい、レイ!?」
 私は、キイラちゃんに詰め寄った。

「えっ……えっと、あの………実は……本当は言っちゃいけないんですけど……今この森には、あるトレーナーの方が逃がしたモンスターがいるんです。それで……そのモンスターなんですけど、興奮状態になると凶暴な上に……その、推定レベルが高過ぎるそうで、討伐対象として依頼が来てたんです……高ランクの……。逃がした場所は、森の反対側らしいんですけど、それが今こっちまで来ちゃってるみたいで……。その所為で、今はビガード側のこの森に関わる依頼は全てランクが……」

「おいおい……まさかあのケンタロス……!」
「え……ケンタロスって……見たんですか!?」
「ちょっと待って、じゃあ、カイは今そんなのと一緒に森の中にいるの!?」
 私は、森の中を思わず見た。
「え!? 中にいるんですか!? 大変! 逃がされたモンスターは人間を……」

 そう、逃がされたモンスターは、人間に恨みを持つものが多い。
 そのモンスターに適した自然の中なら逃がして良いというルールはあるけど、それはあくまで人間たちの都合。
 逃がされたモンスターにしてみれば、生活環境に劇的な変化がある。
 自分を捕獲したくせに、そんな処遇をされれば当然その怒りの矛先は人間に向く。
 だから、トレーナーの逃がした野生には特に注意が必要だとガイドブックに書いてあった。

「じゃ……じゃあもしかして、俺たちがあのケンタロスに会ったのは偶然じゃなくて……」
「私たちを……追ってきてた……?」
 私はそう声に出した途端、今、カイがどういう状況なのか完全に理解した。
 私たちが外に無事出て来れた以上、答は一つ。

 今、カイはあのケンタロスに追われている……―――

 ズゥン―――!!

 その時、何か大きな音が森に響いた。
 まるで、大木か何かが倒れたような……
「くそっ、行ってくる! レイはここに……」
「だっ、駄目ですよ!? 今入ったら…」
「カイ……!」
「きゃっ……二人ともっ!……誰か止めてください……!」
 キイラちゃんが何かを叫んでいる。
 私たちはその直後、沢山の人に捕まった。
 でも、そんなのは関係ない。
 今、急いでカイの所へ行かないと……!
「おい、レイはここにいろ……って、離せよお前ら!」

 スズキの声も、どこか遠くに聞こえた―――


~~~~


 ズンッ!
 メギッ……
「はあ……はあ……」
 また木が倒れた。
 もう何本目かも覚えていない。
 ああくそ、マジでやべぇ。
 冗談じゃねぇぞ……あのケンタロス。
 攻撃の威力が半端じゃない。
 大木を一発で倒すか普通……?
 もし、あんなもんが俺にまともに入ったら……
 ああくそ、恐えぇ……
 心臓は早鐘のように打ち続ける。

「はあ……はあ……」
 今まで何とか直撃は避けられているが、正直、運がいいとしか言いようがない。

 ―――違う……

 さっき掠ったわき腹が、かなりの熱を持っていた。
 いや、体中が妙に熱い。
 なのに、やはり寒かった。
 もしかしたら……これが死の感覚ってやつなのかもしれないな……。

 ―――違う……

「ブルルッ……」
 ケンタロスは、またも地面を蹴っている。
 ああくそ、突っ込む気満々じゃねぇか……
 俺は怪我を負った状態で動き回っているから体力の限界なのに、ケンタロスには体力が有り余ってやがる。

 ―――違う……
 とにかく、俺に出来ることは逃げることだけだ。
 ―――違う……
 けど、もう体力の限界だ……。
 体だって妙に冷えてきたし、やっぱり……ここで俺は……

 ―――違う……

 そうだ……違う。
 ただ、冷えていっているんじゃない。
 冷静になっているだけだ……。

 何だ……? この感覚。
 体は熱いのに、妙に心が落ち着いてる。
 さっきまで、ケンタロスしか見えてなかったのに、今はこの辺りの倒れた木、まだ無事な木、その中でもケンタロスの攻撃に耐えられそうな木も目に入っている。
 視野が広くなったのか……?
 いや、今はそんなことはどうでもいい。
「ブルルッ…」
 ケンタロスの唸り声も、どこか遠くに聞こえる。

 ズンッ!
 俺の隠れていた木が、震える。
 この木はまだ倒れてないけど、もう一発は耐えられない。
 俺は直に次の木に隠れた。
 この木なら二発は耐えられる。
 木の向こう側の様子は見えない。
 けど、俺には何となく、何が起こっているのか分かった。
 そろそろケンタロスが身震いをして、次の目標に狙いを定め始める頃だ。

 ……倒せる……か。

―――!?
 何だ……? 俺は今、何を考えた……?
 いやいや、今俺が考えなきゃいけないのは、どうやってケンタロスを倒す……じゃない、どうやって逃げるかだ。
 ああくそ、どっちが森の出口だ……?
 何とかうまく逃げねぇと。
 俺が奴に勝っているものは、何一つないんだから……

 ―――違う……

 そうだ……違う。
 俺が全て負けているなら、何で俺はまだ生きていられるんだ……?
 相手がじっくり攻撃するタイプならともかく、直線的な攻撃をする奴なら、決着は素早く付くはずだ。
 俺にあって、ケンタロスにないもの。
 それが必ずあるはずだ。
「…………」
 俺は腰からボールを取った。
 俺と、ケンタロスの“差”。
 それは……人間と、動物の最大の“差”……

 “知恵”……だ。

 ズンッ!
「始めるぞ……!」
 俺はケンタロスが、木に衝突した瞬間に、奴の真横にボールを投げた。

「ヒノアラシ、煙幕だ!」
「キュウッ!」
 ヒノアラシの背中から煙が噴出す。
 それは、見事にケンタロスに当った。

「ブルルルッ!!」
 完全な不意打ちに、ケンタロスは暴れ出す。
 だが、目を瞑っていちゃ“ただでさえ当らない”攻撃は完全に的外れだ。

 さっきまでのケンタロスの攻撃を防いでいたのは、幸運でもなんでもなかった。
 こいつの最も威力の出る攻撃は、相手が目の前に突っ立っていないと当らない。
 だからひたすら木の陰に隠れていれば、精々危険なのは木と木の移動中だけだ。

「火炎放射!」
 俺はヒノアラシに指示を与えながら、ケンタロスを挟んで反対側に回り、次のボールを取り出す。

「ヒトカゲ……お前もだ!」
 ヒトカゲが、炎を吐く。
「ブルル―――ッ!!」
 まるで炎のオリだ。
 二方向からの炎にケンタロスは身もだえする。
「……」
 初めてケンタロスに有効打を与えられたというのに、俺はどこか落ち着いていた。
 炎が弾け、熱風が飛んでくるこの戦いすらも、どこか遠くから見ているような感覚。
 こんな状況なのに妙に冷静でいられるし、視界も広い。
 どうしちまったんだ……? 俺は―――

 ―――いや、今はケンタロスだ。
 俺は三つ目のボールを手に取った。
 今、こいつは目が見えない。
 たたみ掛けるなら今だ。

 ボンッ
「ヒコザル、炎のパンチ!」
「キッ!」
 出現したヒコザルが、ケンタロスに飛ぶ。

 ―――!! いや、マズいな。
「ヒコザル、戻れ!」
 俺がボールにヒコザルを戻すのと同時に、ケンタロスは炎を弾き飛ばした。
「ブルルッ!!」
 ケンタロスは、今度は地面を蹴らず、出ると同時に俺に向かって突っ込んできた。
 最初にわき腹を掠めた猛チャージ。
 何だ……ヤバイはずなのに……

 “いけるな”。

「迎え撃て! ヒトカゲ……いや……」
 ヒトカゲの体が強い光を放つ。
 その光に気圧され、ケンタロスの勢いは衰えた。
「……リザード!!」

 ガッ、ザザザッ
 威力の弱まったケンタロスの“突進”は、リザードが抑えきった。
 さあ……ケンタロス。
 今までのツケを払うときが来たぜ。
 ケンタロスがやっていた技は、“突進”だ。
 動きが衰えないから、無傷だと思っていたが、そんな訳はない。
 こいつは確り、“反動”を受けているはずだ。
 だったら……

「リザード! 炎のパンチ!」
「グァ――!!」
 ……倒せる……!
 リザードの攻撃はケンタロスを完璧に捉えた。

 ズゥンッ

 ケンタロスは体に大量の焦げ跡を残し、倒れこんだ。
 生きてはいるみたいだが、完全に行動不能だ。
 燃えていた炎も消えて、樹海には再び暗闇が戻っていった。
 ……倒した、か。

 ドサッ
 俺はその場に、膝から崩れて座り込んだ。
「ははは……倒した……マジかよ……」

 ああくそ、寿命がどんだけ縮まったんだ!?
「ははは……はは……やった……やったぜ……」
 膝が座っているのにガクガク震える。
 そのくせ、笑いが止まらない。
 今の俺を見れば、誰だって頭のおかしい奴だと思うかもしれない。
 けど、人間って極度な恐怖から解放されると笑っちまうって本当だったんだな……
 さっきまで、妙に冷静だった自分が嘘みたいだ。
 火事場の馬鹿力って奴か……? どうせなら最後までかっこつけたかった。

「よし、戻れ……」
 俺は震える足で、何とか立つと(震えが止まらねぇ……)ボールにモンスターをしまった。
 もうこんな森に入りたくねぇぞ。まだ心臓がバクバクいってやがる。
 急いで戻らねぇと……
 周りを見渡しても、まあ、木と焦げ付いた木しかない。
 さあ、帰り道はどっちだ……?

 パラ……

「え……?」
「ブルッ!!」

 ……?

 気付いて振り返った時には、もう遅かった。
 いつの間にか起き上がっていたケンタロスの二つの角が、俺の目の前にあったんだからな……。
 俺にはその光景が、スローモーションのように見えていた。
 死の匂いすら感じさせない本物の死。
 それが、ゆっくりと、迫ってくる。

 ああ、くそ……
 俺は目を閉じた―――

 ズドンッ!

 …………?
 衝撃音が聞こえたのに、衝撃がない。
 何だ……? 日ごろの行いがいい俺に、死ぬ時の痛みは感じさせないっていう、神様がくれた特権か?
「“威嚇”されていることにも気づかず、物理攻撃で止めをさすとはな……それでも君はトレーナーなのか……?」
 目を瞑っている俺に聞こえたのは、何とも挑発的な声だった。

 ゆっくりと目を開けると…………な……何だこれ……?
 そこにあったのは、不可解極まりないものだった。
 いや、見れば何が起こったのかは分かる。
 ただ、ありえないだろ……
 何で、小さなクレーターが出来てるんだ!?

 その中央には、首が妙な方向に曲がっているケンタロス。
 おいおい、ケンタロスの上に何を落としたんだよ……?
 半径三メートルくらいのクレーター。ケンタロスは地面に半分めり込んでいる。
 俺のつま先がギリギリのところを見ると、下手に動いていたら俺もケンタロスと同じ運命を辿ることになっていたかもしれない。

 そのクレーターの反対側。
 さっきの声の主と思われる男が星空の下、立っていた。
 俺たちと同年代くらいみたいだ。
 スズキと同じくらいの身長に、薄手のマント、旅慣れた風体のその男は、嘲るようにその特徴的な紅い目を俺に向けている。
 虫の音が聞こえるにも拘らず、周りにはまるで音が届いていないかのように、静かな、だが確かな存在感がその男にはあった。
 まるでそれ自体が光を放っているかのような紅い目を俺は何となく睨み返した。

「あんたがやったのか?」
「……」
 俺の質問には答えずそいつは、ケンタロスに近寄っていった。
「おいっ!」
「運が良かったな……」
「は?」
 そいつはそれだけ言うと、ボールを取り出し、ケンタロスを入れた。
 死体も入るのか……。

「Bランクミッション・“大樹海の暴れ牛”か。“B”程じゃなかったな……」
 こ……こいつは会話する気あるのか……?
 ああくそ、何か釈然としねぇけど、とりあえず助けてもらったんだ。
 一応言わねぇと……

「まあ……助けてくれて……」
「俺は“運が良かったな”……と言ったんだ」
 そいつは俺の言葉を遮り、そう言うと俺のつま先ギリギリのクレーターを見た。
 おいおい……まさかこいつ……

「2匹使わないと“炎の渦”も使えない、弱い“適合者”には興味がないな……」
 “適合者”……どっかで聞いた言葉だ。
 いや、それよりも今の言葉で確信に変わった。
 こいつ、俺に攻撃が当ろうが当るまいがどうでも良かったんだ。ただ、ケンタロスさえ倒せれば。
 っていうか……。
「おい、お前……何時から見てたんだよ……!?」
「ケンタロスの強さを見ていただけだ」

 ブンッ

「なっ!」
 そいつは言葉を発しながら、何かを投げてきた。
 何とかキャッチしたそれは、いつの間にかどこかに落としていた俺のナップザックだった。
 もう、所々穴だらけでバッグとしての機能をほとんど果たしていない。
 そいつはバッグを投げた手で、右を差した。
「そっちが弱い森だ」
「弱……って待ちやがれ!」
 もう礼を言う気も失せたぜ。
 だが奴は俺の静止も聞かず、反対側の森に歩いていった。

「……っ」
 ガッ
 俺は近くにあった木を思い切り殴った。あいつを追うことができねぇ。
 体が震えだしてうまく動けねぇのは、きっと、この森が怖いからだ。
 今さっき、死にそうになったことを思い出したからだ。

 俺は、この先に進んじゃいけない……!
 精一杯の抵抗で、あいつの背中が見えなくなるまでそこに立っていた俺は、唇をかみ締めながらゆっくりと歩き出した。

 ―――あいつの言う、弱い森へ。

・・・・・・

「カイッ!!」
 あいつの言う通り、真っ直ぐ進むと森の外へ出られた。
 って、何の騒ぎだ……? これは。
 レイとスズキは村の人たちに囲まれていて、それ以外にも何人もの人が集まってる。
 何の儀式が始まるんだ……?

「ははは……ようやく出てきやがったか。遅ぇーよ」
 スズキ……遅いとは何だ遅いとは。
 何回死にかけたかと……
 ドゴッ
「ぐわっ!?」
 いきなり、何かに突っ込まれた。
 って、レイか……
 レイは顔を俺の胸に渦ませたまま、顔を上げない。
 ああくそ、こいつは心配性だったな。
 けどな……
「あのな……レイ。正直今の……ケンタロスより効いた……ぞ?」
 次の瞬間、レイのアッパーが俺の顎を打ち砕いた。

「ぐ……がっ、ひた……舌……噛んだ……」
 こういうの、スズキの役回りだろ……?
「うっ、うるさい。人が折角…ああもう、そんな赤い服着てるから突っ込みたくなったのよ!…………あれ?」

 ……?
 レイがそう言った時、俺の中でも何かが噛み合った。
 ちらりと、ギャラリーの方を見てみる。
 見つけた女の子は母親の胸の中で眠っている。
 一端の責任を感じて、俺が出てくるまで待っててくれたみたいだ。
 まあ、それはいい。
 問題は、その子の服装だ。
 泥だらけの赤い服。
 そして、俺もボロボロだけど、赤い服。
 おいおい、まさかあのケンタロスがやけに興奮していたのって……

「ぷっ……はははっ、自業自得かよ!? カイッ!」
 ああくそ、こんなオチかよ。
 レイも、スズキも笑い出した。
 話が伝わったのか、遠くのギャラリーにも徐々に笑いが広がっていく。
 ブルドッ……違う、ブルードさんも化粧にくっきり皺を作って笑っているのが見えた。
 その中で一人、キイラちゃん……だったっけ? が申し訳なさそうに畏まっている。
 ……二週間もいた所為で、ギャラリーのほとんどに見覚えがあるな。

 はあ……何かようやく森を抜けたって感じだ。
 明日はもう、この町を去るって決めてるんだ。
 だから、今日はゆっくり寝ていいよな……?

「お……おい、カイ?」
「ちょっと?」
「寝るだけだって……何かもう動けねぇや」
 俺は、ゆっくり目を瞑っていった。
 その意識を手放す間際、ふっと浮かんだのは、赤目のあのヤロウ。
 言いたい放題言われたのに、俺はあいつに気圧されて何も言い返せなかった。

 ああくそ、強くなりてぇな……。

------
 後書き

 この話の感想を頂き、一応ここでも作品中の描写について解説します。

 どうやら、闘牛が赤色に突っ込むという話は、単純に闘牛士が赤いマントを使うというだけで、牛と赤い色の間には関係がないそうです。
 ただ、牛として見ず、ポケモンとしてみると、特定の色に反応するモンスターがいるそうなので、判定は微妙だそうです。
 mumuさん、爆音の携帯さん、ご協力ありがとうございました。
 では…



[3371] Part.6 Bird
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/14 21:16
 ブロロロ……

「なあ、次に行くのはどこなんだ? トキワシティでも目指せば良いのか?」
「……説明したでしょ」
「え? トキワシティってどういう町なんですか?」
「キイラちゃんは気にしなくて良いよ」
 俺たちは今、キイラちゃんが運転する車の中にいた。
 って、キイラちゃん……何気に年上だったんだな(こっちも免許が取れる年齢は大体同じらしい)。
 あっ、キイラさん……か。

 あのケンタロス騒ぎから二日過ぎていた。
 当然のように俺は次の日動けなかったので、出発は一日置いた今日になってしまったからだ。
 理由は、筋肉痛。

 どうしたよ……俺……!
 強くなりたいって思った直後だぜ?
 ゲームや漫画には起こりえない、このまさかの異常事態にレイには視線を外され、スズキには大笑いされた。
 この世界……そういうとこ、やっぱちょくちょく現実味があるな。
 ああくそ、やっぱまだ体微妙に痛ぇし……。

「行き先って……昨日、あれだけ話したのに何で忘れてるのよ」
「お前、俺の学力知ってるだろ。特に地名関係の。それに、俺が動けないのをいいことにベッドの隣で授業まがいなこと続けやがって……。あれ必要なかっただろ!?」
「何か、“レイに聞けばいいや”みたいな感じになるのが嫌なのよ! あんたも少し勉強しなさい!」
「だったら、スズキにすればよかっただろ!? 何で俺なんだよ!? 怪我人だったんだぜ!?」
「ああああ……本当にすみませんでした……」
「キイラちゃんは気にしなくて良いよ。あいつらのアレは何時ものことだから」
 車は四人乗りの乗用車だ。
 四人もいればやはり騒がしい。
 スズキが助手席に座って、俺とレイが後部座席。
 キイラちゃん……さんが、移動の車の運転をかってでてくれたのは、昨日のお詫びをこめて……ということらしい。
 定期のバスが出ているらしいが、正直路銀は節約するに限る。
 まあ、車の外には大自然が広がっている辺り、徒歩で移動するのは正気の沙汰じゃないしな。

「でも、皆さんには本当に申し訳ないことをしてしました……。ギルドの“数少ないルール”を破るのは本当に大変なことなんです……」
「いいって、いいって。こうやって移動を助けてくれるのは本当に助かるし。危険な目にあったのはカイだけだし」
「スズキ……お前にやりたいことがある」
「あっ! 見えてきましたよ!」
 俺がスズキの後頭部に狙いを定めたとき、キイラ……ああ、もうちゃんでいいや。キイラちゃんが大げさに声を上げた。
「うお……」
「わあ……」
 その町が目に入った時に、スズキもレイも感嘆の声を上げた。

―――ヘヴンリー・ガーデン。

 ビガード王国・城下町を出て、北に進むとある町だ。
 え~と、特徴としては、ビガード王国領土の最北端にあるってことで……ああ、もう分からねぇ……
 レイ、任せた……。

~~~~

 う、うう、嘘でしょ!? 何でそれしか覚えてないのよ!?

 ああもう。えっと、ヘヴンリー・ガーデンの特徴は、何と言ってもその外観にある。
 町の中に自然を取り入れていて、建物建築の技術力も高く、その建物は人工物であるにも関わらず、それすらも自然の一部であるかのような……えっと……とにかく、その外観は観光スポットとしても有名なほどで、整った風体があなたを楽しませるだろう。
 そして、ビガード王国の技術に匹敵する程、この町の観光の収入は国に潤いを与える……だったかな?
 ガイドブックって偉大よね。

 キィ――ッ
 車は町の前で止まった。
「ここでいいんですよね? 本当にすみませんでした」
「いやいや、むしろ俺たちをこんなところまで運んでくれて感謝してるって」
 私たちが車を降りると、キイラちゃんは態々車から降りて、私たちの前に来る。
 本当に礼儀正しいわね……。

「それじゃあ、私は戻ります。皆さんお気をつけてくださいね」
 キイラちゃんは車に乗ると軽く頭を下げて発信していった。
 スズキは大きく手を振っている。
 これから仕事なんだろうな……。
 働き者な子だ。
 あっ、年上だった……。

「じゃあ、カイ、スズキ、早速この町のギルドに行きましょう? どの町に着いても基本はギルド。それだけは覚えられるわよね?」
「んじゃ、行くか」
「……」
「ちょっと、カイ? 聞いてるの?」
「……ん? ああ、じゃあ、どこ行くんだ?」
「……ギルド、よ」
「ん、ああ…」
 カイは生返事をしたまま、町に向かって歩き出した。

「なあ、レイ……」
「うん……。昨日から」
 私とスズキはカイを追って歩く。

 カイの様子が昨日から時々おかしくなっている。
 確かに普通に話はしてるし、笑ったりしてはいるんだけど、目を離すと直にぼうっとするようになっていた。
 昨日、ずっと部屋に一緒にいてもたまに何かを考え込んだりしていたし……。
 今だって、あの大樹海の方を見て、私の話を聞き流してた。
 私たちと別れた後、森で何があったか聞いてもカイは話してくれない。
 ただ、『運が良かった』とだけ。
 ああもう、それじゃあ分からないでしょう?
 何時もは、ほっとくとズンズン行っちゃうくらいなのに、今は私たちより歩くの遅いし……。
 本当に……何があったのよ?

・・・・・・

 町に入ると、流石に観光スポット、という風景が私の目に飛び込んできた。
 白一色の建物に綺麗なレンガ通り。
 更に、所々瑞々しい木々や草が規則的に並んでる。
 観光スポットって聞いて、観光客のゴミで汚れてるかもって不安はあったけど……
 ああ、やっぱり来てよかった。
 きっと、頻繁に見かける警備員みたいな人がこの町の美しさを守ってくれてるのね……

「なあ、レイ……この街を目指した理由ってもしかして……」
 スズキの質問に私は目を逸らした。
 うん……。
 ガイドブックって偉大よね……としか言えないかな?

「まあ、面白そうではあるか。……ん? なあ、レイ。あの建物って何だろう……? ギルドか?」
 スズキの視線を追うと、確かにギルドと勘違いしそうな白塗りの大きな建物が遠くに見えた。
 ああ、あれは多分……
「地主……かな? ここって一応、王国の所有地ではあるんだけど……まあ、簡単に言っちゃえば、この町の王様って感じ。あそこでこの町の税金を集めて、王国に届けるってところかな? それに、この町にはまだ大きな建物がいくつかあるから、気をつけないとね」
「それも、ガイドブックに?」
「うん。読んでたら、思ってたより内容濃いな……って思ったわよ」
「ガイドブックって偉大だな……」
 スズキも共感してくれたらしい。

 でも、私たちは地主よりもギルドに……ってあれ?

「ねえ、スズキ。カイは?」
「………くぅ……大きな町では目を離さないって心に決めてたのに……!」
 カイは子供か何かなのだろうか。
 でも、あいつが今やったことはそれと同じだった。
 振り返った時にあいつがいなかったのは、何回目だろう……?

~~~~

 ……何回目だ?
 気付いたらあいつら“が”逸れていたのは。
 まあ、目的地は同じなんだから会えないこともないだろう。
 さて……ギルドはどっちだ?
 俺が辺りを見渡すまでもなく、ギルドは遠くにそびえていた。
 やっぱでかいよな、ギルドって。
 俺は真っ直ぐそれを目指した。

 さっきから、下ばっかり見てたから、気付かなかったがこの町、流石に観光スポット……って感じだな。
 それも、かなりレベルが高ぇ……
 賑やかだけど、騒がしくない。
 日本じゃお目にかかれない光景だろうな。

 だけど、そんなものを見ても、今の俺は何となく、淡白な印象しか受けられなかった。
 あの赤目のヤロウ。
 気付けばあいつのことばかり考えている。

 いやいや、恋じゃねぇぞ……俺はノーマルだ。

 ただ、あいつの嘲るような目。
 それが、何時も浮かんできた。
 まるで、俺を無力だと決めきっていた目。
 しかし、そこには挑発という色が含まれてなく、その辺に生えている野草を見るような……そう、本当に興味を失っている色が浮かんでいた。
 いや、赤なんだけどね……。

 とにかく、その目を思い出す度、心の中の何かが欠落していくような感覚に襲われていた。
 ただ嘲ているだけだったら、俺も直に反発できただろう。
 だが、うまく説明できないが、何か胸の中が妙な感じになっている。
 強くなりたいのに、それが出来ないんじゃないかという感覚が……

 ……そうか、俺はへこんでるのか。
 そして、多分俺は……認めたくないけど、あの“空気”に憧れちまったのかもしれない。

 強く……ならなきゃいけない。
 ここ数年、俺自身のトレーニングを確りしてなかったから、精神的にも弱くなってんのかな……。
 そうだ、へこんでる場合じゃねぇ。
 今日の夜からでも、特訓を……

 ドガッ、ドサッ
「が……ぐっ……!?」
 火花が、散った。
「……っぅ……」
 俺が、折角立ち直ろうとした時に、上から何かが降ってきた。硬い何かが頭に当たって、激痛の余り俺はそのまま倒れ込む。
 最近こんなのばっかりだ……!
「ああくそ、レイッ! 何でお前は何時も何時も…………あれ?」
「~~ぅ~~っぅ~~」
 落下してきたのは、予想通りの女の拳じゃなかった。
 ……誰だ?

 今、俺の目の前には、膝を押えて(そこが俺の頭に当たったのか……)、地面で転がり込んでいる女の子がいた。
 いや、同い年くらいか……?
 栗色の肩くらいまである髪に、白を基盤としたワンピース。横には俺の通学鞄くらいの大きさのハンドタイプのバッグが落ちている。
 涙目で……ああ、これは今の衝突のせいだな。

「おいおい、大丈夫……」
「ず、ずびばぜん……慌ててたら、落ちちゃって……」
 その女の子は、か細い声を出しながら膝を擦り、ぺこぺこと頭を下げる。
 そうだよな。人に危害を加えたらこういう態度になるもんだ。
 どっかの暴力女に見習わせたい。
 想像以上に痛いのか、その子はまだ起き上がらない。

「大丈夫か? 何で空から飛んできた?」
「へ?……あ……っ……!」
 俺の手を頼りに起き上がろうとしたその子は、中ほどまで立ったところで、再びペタンと座り込んでしまった。

「まだ膝が……」
 痺れてるのか。
 その様子を見てたら、何だか俺も頭が痛くなってきたような気がする。
 上を見ると、でかい建物の三階の窓が開いていた。
 いつの間にかギルドについていたみたいだ。
 ……え?……三階?
 よく無事だったな……いや、俺が。
 そして、何でこの子はあそこから飛んでんだ……?

「あのな、人生まだ長いんだから、自殺はちょっと……」
「あ……あの……今、お暇ですか?」
 ……あれ? 俺、思ったより声小さいのかな?
 最近、相手に言葉が届いてない気がする。

「えっと。俺はギルドに行こうかと……」
「えっ、あっ、あの、だったら私も連れて行ってください!」
「……あのな、今ので決まらなかったからって、もう一度飛ぶことないだろ? 昔、死刑で運よく死ななかったら、裏口からこっそり逃がしてくれるっていう都市伝説があったくらいで……」
「えっと……何の……話ですか?」
 ……首を傾げられた。ありゃ、元の世界の話だったか。

「だから、ギルドってここだろ? この町じゃ三階から出るのがローカルルールなのか?」
「へ? ……ちっ、違いますよ! それにここはギルドじゃないです!」
 その子はそう叫ぶと、思い出したようにはっと口を塞ぐ。
 そして挙動不審に辺りを見渡した。
 頭打ったのは俺だけじゃなかったのかもしれない。
 いや、それよりもここ、ギルドじゃないのか……?

「ここがギルドじゃないなら、俺、場所知らないぜ? 何かむしろ案内してくれって感じだ」
「え……じゃあ……う~ん……」
 その子は、自分が今いる位置と、飛び出てきた三階の窓を見比べながらうんうん唸りだした。
 やばいな。俺この町の病院の位置知らねーぞ……!!

「た……多分、こっちです。急ぎましょう!」
 その子は弱弱しく立ち上がると、バッグを手に取り、歩き出した。
 ああくそ、何か嫌な予感がする。

~~~~

「や・っ・ぱ・り! 来ないじゃない!」
 レイの奴は、ギルドのウエイティングルームのテーブルをガンッと叩いた。
 それもこれもカイがいないからだ。
「ああ~、俺があの子の事をちゃんと見ていれば……!!」
「スズキッ、今ふざけている場合じゃないのよ!?」
 レイはまたテーブルを叩く。
 やっぱり、この時のレイには冗談が通じないか……。
 そろそろギルドの店員が臨戦態勢になってきている。
 テーブルのピンチだもんな。

「でもさ、いくらあいつが方向音痴だからって流石に町からは出ないだろ……? だったら、直ぐ見つかるって」
「そうだけど……今のカイ……何か不安なのよ!」
「ストップ!」
 レイが拳を振り上げたとき、俺は静止をかけた。
 フライングしかけた店員が視界の隅に映る。
「ははは、愛しのダーリンがいなくて不安なの……」

 ガンッ

 まあ、分かっていたけどね……。
 殴られたのが俺だと、流石に店員も動かないか。
 可愛い子もいたのに、無視を決め込まれたのは心が痛むな……。

 レイにこの話題は禁句だった。
 何時も加減抜きで殴られる。
 元の世界の最後の夜もそうだったな……。

「スズキは……不安じゃないの?」
 レイは大人しく座ると、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
 確かに言いたいことも分かる。

「まあ、何かカイは今……というより、樹海から戻ってきてから変だよな……。落ち込んでるような……焦ってるような。まっ、本人が話したくないなら仕方ないって。俺らはいつもそうじゃん」
 無駄に居続けるのも気が引けたので頼んだコーラをかき混ぜながら、俺は呟いた。
 別に決めた訳でもないルール。
 それは確かに必要だけど、こういう時は歯がゆかったりする。

 レイは溜息一つ吐いて、ゆっくり立ち上がった。
「スズキはここにいて、依頼のリストでも見てて。カイが来るかもしれないし。私は探して……」

「ようしっ! 一番乗りだ!」
 その時、ギルドの受付で、えらく、がたいのいい男が叫び声をあげた。
 仕事を引き受けているみたいだ。
 あの人もトレーナーか……?
 何かボールを投げたら、あの人そのものがパシュって入りそうな気がする。
「何の騒ぎ?」

「きっと、アレじゃない?」
「ああ、この町の……」
「やっぱり、モンスターがらみだったのね」

 レイが言うまでもなく、周りの客が騒ぎ出した。
 俺はそれに耳を傾ける。

「あれって、もう依頼になってたの……?」
「え? 俺ら、ランク低いから見られなかっただけで、なってるんじゃない? 事件って何時からだっけ?」
「三日前……からだったかな。それで、もう六件も起こってるみたいよ? 昼間でも二件だって。何でそんなこと……」
「きっと、この町の集客力が気に入らないんじゃねーかな。建物や自然が綺麗って言っても、“燃えちゃったら”流石に誰も見に……」

 ―――!!

 ガタンッ!
 俺とレイは、弾けるように立ち上がった。
「ねえ……スズキ……」
「ああ、やばいぞ……これ」
 周りの客いきなり立ち上がった俺たちに、驚いて口を閉じた。
 けど、そんなことより……カイだ!

 そんな中、がたいのいい男は、一人、高らかに宣言した。
「C++ランクミッション・“放火魔を捕まえろ”。確かに請け負ったぜ!」

~~~~

「……なあ、自殺は止めた方がいいって言わなかったか……?」
「え? あれ? 何で!? 何で……何で私たち……ここにいるんですかね?」
「後ろを静かについてきた俺にそれを聞くか」

 今、俺たちは建物の屋上に来ていた。
 高さは五階の上だが、ワンフロアごとに天井が高いので、結構な高さだ。
 屋上の端には四方とも高めのフェンスが張られ、数ヶ所に露店(?)がある。
 子供のはしゃぐ声と、綺麗に白で統一されたベンチで、何かステージのようなものがあるのを見て俺は今、どこにいるのかを完璧に理解した。

「ここ……デパートだ」
「ああ、ここが……」
 呑気な声を出したその子に、俺は胸の奥から沸々と何かが湧き上がっていくのを感じた。

「だあ~~!! 何でこんなとこにいるんだよ!?俺たちギルドを目指してたんだろ!? 不自然じゃねぇか!? そして何ここ!? デパート!? 俺もう何が起こってんのか理解できねぇよ!? 何かが違うってどこかで気付けよ! そして俺も!!」
「す……すみません……」
 その子はしゅんとなって、ベンチに座った。

 自信満々にここに入っていったこの子に着いていったまではいい。
 その後だ。
 あれ? 何かが違うぞ? って気付くべきだったのはその後だ。
 この子が、エレベーターを興味深げに見て、『あれ乗りましょう!』何て言いだした時に何かここ違くね? とは思ったんだ。
 けど、何分、ビガード城下町のギルドしか見てなかったから、まあそういうこともあるかって納得しちまったんだった……俺は……。

「本当にごめんなさい……でも、方向は合ってると思ってたんですけど……」
 その子は本当に申し訳なさそうに俯いた。
 完全に俺がいじめてるみたいになってるな……。
 俺は、俺が持ってたその子のバックをベンチに置くと、その子の隣に座った。

「まあ……、よくあるっちゃ、よくあることだな。目的地につけたらラッキーくらいに思ってた方が……って待てよ……?」
「どうしたんですか……?」
「いや、俺と、何時も一緒にいる奴らは良く逸れるんだけど……もしかしたら、俺の方が逸れてるのかもしれない……」
 冷静になってみると、何時もあいつ等に何とか会えた時にレイが怒ってたのはスズキが何かやってたからじゃなくて、俺がいなくなってたからか……?
 だんだん、そんな気がしてきた。
 何で逸れた方が怒ってんだ? とは思ってたんだけど……

「ああくそ、何か今、めっちゃネガティブになってきた……。迷子って……不名誉だよな」
「くすくす……そ……そんなことないですよ。私だって家の外に出ると、直に迷子に……」
「……何で、俺が慰められてんだ? それとやべーよ? お互いの迷子度を競い合ってもギルドには着けねーぞ?」
「あっ……そ……そうでした……!」
 ……やばいな、この子。
 どうする? ギルドより先に病院か?
 一刻一秒を争うことかもしれねぇ。
 ……まあ冗談はともかく、いい加減この子っていうのも変か。

「俺は、カラスマ=カイだ。そっちは?」
 俺はこっちの流儀に合わせて、発音もカタカナっぽく(何が違うのか自分でもよく分からない)言ってみたが、目の前の子はポカンと口を開けていた。
「え? トレーナーの方じゃないんですか?」
「は? いや、トレーナーだぜ。まあ……多分」
「ですよね……。ボールもあるし……ギルドに行こうとしてたんですし……え? あれ? じゃあ、あれって嘘だったのかなぁ……」
「悪い、ちょっと、待とう。何か完全に会話が噛み合ってない」
 俺は、静止をかけると、今の会話を冷静に思い出した。

「え~と、何で俺がトレーナーじゃないって思ったんだ?」
「え? あの……もしかしたら、私が騙されているだけかもしれないんですけど……トレーナーの方は普通、姓を名乗らないんです。やっぱり違います……ね? すみません、変なこと言って」
 急に自分を否定して、ぺこぺこ謝りだした。
 いやいや、どっかで聞いた話だぞ……それ。確かに聞いた気がする。

「思い出せねぇけど……。多分それ合ってると思うぜ? 何か聞いたことあるし」
「え? そうなんですか? ああ、良かった……」
「……」
「……?」
「あのさ、そこで話終わると時間だけが無駄に過ぎていく気がする」
「あっ、すみません」
 またもぺこぺことこの子は謝る。
 か弱そうで可愛い感じなんだが、どこか抜けてる……いや、欠落している気がする。

「なあ、何で姓を名乗らないんだ?」
「え? えっと……」
「ああ悪い。俺のいた、せか……国ではそういうのあんまり無かったんだ」
「そうなんですか……」
 まあ、嘘は言ってないよな……。

「えっと、私も聞いた話なんですけど、危険だからだそうです」
「危険?」
「はい、姓を名乗ると、その人の出身地が大体はばれて、その人の家も特定されます。だから、地元や家族に被害が及ぶのを避けるため……だそうです。トレーナーは危険な職業ですから」
 危険な職業ね……。
 そこだけは同感だけど、何か別の悪寒がした。
 モンスターにばれても多分意味がない。
 つまり、その情報を有効活用できる“知恵”のある敵……つまり、人間からも狙われるってことなのか……?

「あっ、わっ、私は悪用しません! お墓まで持って行きます!」
「うん、必要ない。……家族も……いないしな……」
「えっ、……!……ひゃうわああぁ!? すみません、すみません」
 ああ、この光景見慣れたな。
 最初から何回頭下げたか数えて、後で教えてやりてぇ。しかも、今度は止まりそうにねぇし。

「もういいって。親は顔も覚えてないし……。それに、もう立ち直ってる」
 立ち直るのが必要だったのは、育ての親の方だったからな。
「ほんっとうにすみません……」
 ……やっぱ、俺の声小さいのか……? もしかしたら、発音の方かもしれない。

「なあ、名前……」
 今度は、無駄に意識してはっきり言ってみた。
「すみま……へ?」
「名前、教えてくれないか?」
 ああ、ようやく、止まったか。

 その子は微笑みながら、はっきりと、俺の目を見て言った。
「コトリです。コトリ=ヘヴンリー」
「……? え? 姓を……」
「い……一応、私も聞いちゃいましたし……」
 今度は抜けてた訳じゃないんだな……

 あ~あ、俺も墓まで持ってくか。

~~~~

「ザッ……スズキッ、いた?」
 耳につけた無線機から、レイの焦った声が聞こえた。
「いや、いない……!」
 ったく、あいつ何やってんだ。
 今、カイの無線機は壊れている。
 というか、もう修理も出来ない。
 理由は簡単。
 レイが勢いよく襲い掛かって……じゃなくて、当然、あのケンタロスだ。
 こんなことになるんなら、あいつに俺の無線機を持たせておけばよかった。
 俺とレイは今、分かれてカイを探している。
 まさか、ビガード城下町を出てまで“ペット探し”をするとは思わなかったな。

 俺は目に入った大きい建物に飛び込んだ。
 あいつのことだ。
 どうせ、ギルドと似たような建物を勘違いして迷子になったんだろう。

 ……ここじゃないな……。
 入って、直に見えたのは食品売り場。
 そして、入って直のエレベーターの横に各フロアで扱っている商品のジャンルが列挙されている。
 流石のあいつでも、ギルドとデパートを間違えないだろう。

 俺は、デパートを飛び出した。
 そして、そのまま走り続ける。

 ……?

 一瞬、町並みに何か違和感を覚えた。
 俺の進行方向の道の先の何かが、削り取られているような感覚だ。
 ……!
 感覚だけじゃなかった。
 そこには、黒く焦げ付いた建物の残骸がある。

 ここが、例の“現場”かよ……。
 俺は走るスピードを上げた。

 まずい……。
 今のカイはただでさえ何かがおかしい。
 だから……
 そんなカイと火事だけは合わせちゃいけないんだ……!

~~~~

「けほっ……こほっ……あだま……あだまいだいでず……」
「だから止めとけって言ったんだよ……ってか頭? 喉じゃなくてかよ?」
「の、喉も……けほっ……」
「……ほら、返せ」
「ヴヴ~、責任を持って……」
「吸わなくていい」
 俺はコトリから、タバコを奪って、灰皿に捨てた。
 火が消えるジュッという音が響く。
 何で吸ってみたいとか言い出したかね……。

「ずみばぜん……けほっ……うう……」
「おいおい、大丈夫かよ……」
 コトリが咽ていると、パンッという音がステージから響いた。
 ああ、何だ。今日はアトラクションをやるのか……。
 流石に本物のモンスターは出てこないみたいだが、気ぐるみを着た役者の人が頑張っている。
 ただ……
 ……子供ってシビアだな……
 ステージに食いついている子供が何人いるかは伏せておこう……。
 一応俺だけでも、役者の人を応援したい……!

「わぁ……何か始まりましたよ……!」
「……応援任せた。一人いれば十分だ」
 コトリは興味深げにステージを見始めた。
 こいつ、回復早いな。
「……これ……そんなに面白いか?」
「はい!」
 いやにニコニコしているコトリに聞いてみると満面の笑みで答が返ってきた。
 癒し系ってこういうのを言うんだろうか……?

「……というより、自分でここにこれたのが……どこか嬉しくて……」
 得意げに『へへへ』と笑うコトリ。
 ……目的地違っていたんだぞって言うべきか……?
 間違いなく笑みは止まるだろうから、控えよう。

「私……ずっと家の中に居させられましたから……。確かにたまには外に出ましたけど……私……その、方向音痴みたいで……一人では外出が許されなかったんです……」
 ……すごい家だな……。
 外出禁止って。
 そしてすごい方向音痴だな。

「でも、ようやく今日外に出られました。抜け出してきちゃったんですけどね……」
「ああ、多分俺そこに居合わせてないか……?」
「ああああ!! あの時はすみません、すみません……」
 ……機会があったら今度数えよう。

 って、あの建物こいつの家だったのか……?
 いや、でかくなかったか……?
 アパート……っぽくなかったよな……?

「なあ……」
「私、実は家出したんです。外に出たくて!」
 コトリはぐっと握りこぶしを作って空を見上げた。
 ……聞こうとした矢先、何か家の話がタブーになったような気が……
 コトリは、高らかに宣言した割には、『大丈夫……かな? 書置きしたし……でも……えっと……』とか何とか言ってる。
 物凄い、罪悪感があるっぽいな……。

「で? 家出してどうする気だよ?」
「トレーナーになります!」
 コトリの言葉は一々熱が入っていた。
「それで……?」
 それで……? と、コトリに向かって言った時、その言葉は俺にも返ってきている気がした。
 情報を集める方法なら他にもあるかも知れない。
 俺はこの世界でトレーナーになって一体何をするつもりなんだ……?

「えっと……その……」
 俺が思考の渦に入っていると、コトリが照れだした。
 何で……
 ……って、自分の言ったことくらい覚えておけよ。

「じ……実は……誰にも言ってないんですけど……」
 礼儀正しそうな割には話を勝手に進めるタイプなのか……?
 何か、軽い気持ちで聞いたのに大げさな感じになってきた……

「あの……見たいモンスターがいるんです……」
「見たい? 捕獲じゃなくてか?」
「ほっ、捕獲なんてそんな!!」
 コトリは手をブンブン振って否定する。
 それは、完全な拒絶じゃなくて、恐れ多いとでも言っているみたいだ。

「あ、あの……伝説の三羽って……知ってますか?」
 伝説の三羽……ね。確か……
「ファイヤー、フリーザー、サンダー……だったっけ?」
「よ、よく知ってますね!」
 コトリは目を大きく開いて驚いた。
 ああそうか、この世界でそれを知ってるって、元の世界で言ったら神話を知っているみたいなもんだからな……。

「子供の頃、家で見つけた分厚い本。何が書いてあるかサッパリ分からなかったけど……そこで見たあの三羽の挿絵がずっと忘れられないんです。……実在するかも分からない。でも、私はそれが見たいんです!」

「……」
 コトリはきっと今、この空を見ながら、別の空を見ていた。
 ああくそ、口が開けねぇ。
「……あの、やっぱりおかしかったですか……? あの……笑われても大丈夫です! 心の準備できてますから……!」
 コトリが顔を真っ赤にして、節目がちに呟いた。
「いや、すげぇなって思ってさ……」
「へ?」
 コトリが間の抜けた顔をする。
 いや、俺はマジで言ってんだぜ?

「いやさ、俺の世界では……そういう風に夢だの何だのを語ると、笑われるか流されるかでまともに話に登らないんだ……」

「世界……?」
「え? あっ、いや、国だ国。でな、そういう風に夢を語ることが出来ないんだ。今じゃ、夢を語ろうとしない奴、夢を持たない奴、他には……そうだな、“目標”を“夢”だと思い込もうとしている奴がほとんどになってる」
「どこか……寂しいですね……」
「ああ。だから俺は笑わないよ。そういう夢がない世界が、なくなるといいなって思ってるからさ……」
 …………何で俺こんなこと言ってんだ?

「カイさんは……」
「ん?」
「カイさんは何か夢……あるんですか?」
 夢……ね。
 人の聞いといて自分だけ言わないわけにはいかないのか……?
 俺は、ベンチから立ち上がった。
 まともに目を合わせて言えることじゃねぇ……

「俺にはさ……こう在りたい、と思う人がいるんだ。俺の究極の理想。あの場所に到達したい。あの人に見えてるものが見たいんだ……ああくそ、こんなの初めて言ったぜ」

 やっぱ、照れくさい。
 レイやスズキにも言ってないんだからな……。
 コトリは、どこか感嘆したように呆けてる。
 ああ、これが心の準備って奴か。
 よし。さあ、笑いたきゃ笑え。

「その人……素敵な人なんですね……」
 コトリはその表情のまま、声を出した。
 おおう……やっぱ慣れないことするもんじゃないな。メチャクチャ緊張した。

「その人は今……」
「死んだ」
「へ? わっ、あああああ!」
「いや、本当に謝んなくていい。それ以上頭振ったら、本当に病院に行く羽目になるかもしれないぜ?」

 コトリは涙目で、申し訳なさそうに俯いた。
 何か本人が気にしてないこと、相手がメチャクチャ気にすると、微妙な空気流れるな……。

「まっ、さて。そろそろギルドに行こうぜ? お互いの夢も語り合ったことだし。そういや、完全にあいつらの事忘れてた」
「お友達が待ってたんですか? すみません。行きましょう」
 さて、どう行くか。
 正直、お互いが方向音痴だと告白し合った仲だ。
 恥をしのんで人に聞くしか―――

―――?

 その時、俺の視界の隅に何かが映った。
 この建物の屋上から見える、町の違和感。
 俺はフェンス越しに目を凝らした。

 まさか……
 ドクッ……ドクッ……
 心臓の鼓動が上がっていく……

「……なあ、コトリ……」
「はい?」
「アレ……何だ?」
 コトリも隣に並んで、俺の視線の先を探る。

「ああ、アレは多分……最近流行の放火事件の現場ですよ。被害者も沢山出てるみたいです。……信じられないですよね……あんなの。……あれ? カイさん……?」

 ドクッ……ドクッ……
 まただ……鼓動が早くなる……。
 だけど、体がどこか寒い……。
 これは……“あの時”の感覚だ。

「カイさん? 早くギルドに行かなきゃいけないんじゃないんですか?」

 ―――違う……



[3371] Part.7 Arsonist
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:44
 前に、私はカイが一度だけ本気でキレたのを見たことがある。

 実はカイは、不平不満を言う時は怒ったような口調になるけど、本心はそこまで熱くなっていない。
 誤解を招き易い性格だけど、根は優しいしね。
 だから私は、カイは怒らない人だと勝手に勘違いしていた。
 けどあの事件で、私はカイを完全に理解していなかったと思い知らされた。

 あれは、高校一年生の時の話だ。
 カイがタバコを吸っていることに興味を持ったクラスの男子が、屋上でタバコをふかしていたカイに、タバコをねだって、面白半分に吸ったことがあった。
 その時私もスズキもその場にいて、呆れ半分にその様子を見ていたのを覚えている。
 空は今にも雨が降り出しそうな雲で覆われていた。
 その男子は、カイから貰ったタバコに火を点け、慣れてもいないのにそのまま思い切り煙を吸い込み、当然のように思い切り咽た。
 そこまでは、カイも私もスズキも笑っていた。

 そこまでは。

 その男子は咽た所為で、タバコの火の点いた部分に触れてしまい、『熱っ!』と叫んでタバコをフェンスの外に投げ捨ててしまった。
 そして、気持ち悪かったらしく屋上に何度も唾を吐いていた時……カイが一言呟いた。

 『消してこい』……って。

 思えばそこでカイの口調が変わっていたことに気付くべきだったのかもしれない。
 その男子は、どうせ雨降るって、と、取り合わなかった。
 そこで―――

 カイが思い切りその男子を殴り飛ばした。

 あまりのことに、私もスズキも動けなかった。
 私たちが固まっていると、カイは、急いで屋上の出口に走っていった。
 何かを振り払うように必死な表情を浮かべて……。
 私たちの傍を通る時、カイが呟いた言葉で、カイが何を思い出していたか理解した。

 『間に合わなかったらどうするんだよ……?』

 そして、屋上には私たちと、のびた男子生徒しか残らなかった。

 その話が生徒間で広まった(その男子が広めたようだ)のは、カイにとっては不幸だったかもしれない。
 生徒の記憶が薄れるまで、カイはクラスでも孤立していたみたいだ。
 私たちは一年生の時は全員別々のクラスだったから、ほとんど力になれなくて、カイがどこか遠くに感じられたのは、正直ショックだった。
 その時からかもしれない。

 必死に否定し続けてきた、自分の感情を自覚しだしたのは。

 ……って、今それはいい!

 ああもう、どこにいるのよ!? カイ!!

~~~~

 ……ど……どうしよう……。
 放火現場を見た後、カイさんの様子がどこか変わってしまった。

 今、私たちは、町の外を歩いていた。
 私から放火の話を簡単に聞いて、デパートの屋上から町の外を見渡したと思ったら、カイさんはズンズン歩き出した。
 私は逸れないように着いて行っているけど、流石に町の外になると、どこか心細くなってきた。
「カ……カイさん……あの、ギルドにはいかなくて良いんですか……?」
「コトリは戻ってて良いぞ……。多分、危険だ」
「そ……そんな危険なら……カイさんも……」
 私がそう言っても、カイさんは反応してくれなかった。
 口調はさっきまでと変わらないし、表情だって錯乱しているような様子はない。
 けど、何がとは言えないけれど、今までのカイさんと何かが違っているような気がしていた。
 向かっているのは、多分この町の直ぐ近くにある高い丘だと思うけど、そこに何しに行くのだろう……?

 一体、どうしちゃったんですか……? カイさん……。

~~~~

 ああくそ、何だ?
 俺は、今、何を考えている……?
 何で、放火魔を探し出そうとしてるんだ……?
 自分の行動に疑問を覚えながらも、足は止まらなかった。

 ―――観光地は人の出入りが激しいから、長く留まっていれば直に噂になる。
 ―――そして、町に住んでいる人は調べ易いからその辺りは俺の出る幕じゃない。

 確かに、放火は頭に血が上るほど許せない。
 俺にとってのトラウマみたいなもんだ。
 落としたタバコの火は絶対に消す……っていう自分ルールがあるくらいなのだから。
 でも、そんな大げさな話になってるなら、俺が動いて意味あるのか……?

 ―――六件も起こっているなら、まだまだ続くかもしれない。

 俺たちは、小高い山を登り始めた。
 コトリは隣を小走りで進んでいる。
 コトリの奴、そんな服装で大丈夫なのか?
 だから、戻ってろって言ったのに……
 この先は俺だけで……

 ―――そしてこれは勘だけど、犯人はこの町を破壊したいなら、進捗度を確かめたいと思うだろう。

 ……って、俺だって行っても仕方ないだろ。
 けど足は止まらない。
 ああくそ、この感覚って何なんだ……?
 やけに冷静に思考が進んでいく……。

 ―――だったら、俺がやることは、町が見渡せる町の外を見回って、放火魔を……

 ……放火魔を……どうするつもりだ……?
 町の警備員だって、放火魔を探してるんだぞ?
 それに、モンスターがらみの事件って噂も流れてるぐらいだから、ギルドに依頼としてきているんじゃないか?
 だったら、別に俺が……

 ―――違う……

 そうだ……違う。
 他人頼りでは、何時解決するか分からない。
 自分の力でできるできないじゃなく、やることがあるなら自分がまず動いてみることだ。
 そんな小学校の道徳みたいな話でも、事件が少しでも速く解決するならやってやる。
 例え明日この事件が他人の手で解決しても、多分七件目が起きた後でだ。
 そのたった一件の差で、大事なものを失う奴が出るかもしれない。

「あ……ああ……!」
 町全体が見渡せる高さまで来たところで、コトリが悲痛な声を上げた。
 俺もコトリの視線を追うと、町の損害がはっきり見える。

 白で統一された四角い町に、上空から見て、左上から右下がりの斜めに黒い跡がついていた。
 まるで、チェス版の作成途中だ。
 等距離に6つ。
 これだけ規則性があるなら、次の現場は特定できる。
 けど、それはこの位置から見ないと分からないだろう。
 町の奴らに伝えれば、対応できるかもしれないが、その一部の警備を厳しくしたところで、様子を見て対象を変えられたら無駄になる。
 やっぱり、放火魔を捕まえるしかない。
 そして俺はこの景色を見たことで、ここが“放火魔の作品”を鑑賞するに相応しい場所―――つまり、放火魔が潜んでいる可能性が高いことを感じ取った。

 もう日も傾いてきている。
 下手をすれば、放火魔はもう町にいるかもしれない。
 けど、町からこの場所までの最短の道のりは俺たちが今歩いて来た。
 だから……

 俺たちは丘の上に到着した。
「ビンゴ」

 張ってある野宿用のテント横に、妙にカラフルなコートを羽織った恰幅のいい中年の男がいた。
 俺も黒い上着を着ているが、そいつのは夏に不釣合いな厚手のものだ。
 そいつは、でかい体を岩に乗せて丘から町を見下ろしていたが、俺たちが後ろにいることに気がつくと、その髭面を振り向かせた。

「……いかにもって感じだな。あんたか?」
 俺の言葉の真意を受け取ったのか、その男はにいっと笑った。
「……町に彩を与えているのは誰かって意味か?」
 ……声もイメージ通りのムカつく感じだな。
 男はそう言うと、ポケットからタバコを取り出して、火を点けた。

「炎はいい……」
 その男は悦に入ったような声を上げた。
 コトリが後ろでカタカタ震えている。
 安心しろって……。
 この男への嫌悪感なら俺も持ってる。

「赤く燃え、青く燃え、残った跡は黒だ」
 やっぱり最近自分の話ししかしない奴が多い気がするな……。
「何が言いたいんだ……?」
「……白一色じゃ、つまらない」
「……!?」
 ……こいつはそんなことの為に、放火したのか…?
 俺の中で何かが沸々と燃え、体はどんどん冷えていく。
 いや、冷えているのは頭と心……か?
 冷静にこの男を見て、そして、殺しても良いじゃないかと感じている。

 おいおい、人殺しは……

 その男は腰に手を伸ばし、ボールを取ると、まだ長いタバコを投げ捨てた。
 火は、点いている―――

「そろそろ、依頼を受けて誰かが来る頃だとは思っていたが……少しだけだぞ? この後出掛けなきゃならん」

 ―――もう我慢できねぇ。
 向こうもやる気みたいだし……

「コトリ、下がってろ……」
「……は、はい!」
「こいつは絶対に倒す!」

 ボンッ

「坊やじゃ、無理だな……ポニータ」
 ゴッ
 俺が、腰のボールに手を伸ばす前に、放火魔が出したポニータが炎を吐いた。
「コトリッ、伏せろ!」
 俺はそれを回避するためだけに、飛び込むように横に飛ぶ。
「!!?」
 飛んだ時、俺の目に飛び込んできたのは真っ直ぐに突っ込んできたポニータ。

「――っ!? リザード!!」
 ポニータの突進を喰らい、俺はリザードごと飛ばされた。
「ぐっ……がっ!」
「カ…カイさん!!?」
 地面に叩きつけられて、俺は一瞬、息が止まった。
 ……今の一撃で力の差を感じちまった……!
 リザードはまだ行動可能みたいだけど、苦しそうに震えている。流石に空中で受けるのは無理だったか。
 下がってたコトリのとこまで飛ばされちまったぐらいだし……
 リザードがクッションになってなかったら、俺は今頃、死んでたな……。

「くく……ははははは……!」

 放火魔は、地面にのたうつ俺の様子を見て狂ったように笑い出した。
 まあ、元々狂ってたか……!!

「トレーナー戦は初めてなのか? そんなに怖がるな。トレーナーを選んだんだろう?」
 放火魔は、何が愉快なのか笑い続ける。
 いつの間にか隣に戻っていたポニータも笑っているように見える。

「くそ……交代だ……!」
「キュウッ」
 俺は一旦リザードを下げると、ヒノアラシを繰り出した。

「おいおい、状況が分かっているのかい? 坊や。1対1じゃ勝ち目がないだろう?」
 放火魔は笑い続ける。
 何がそんなに……
「カイさんっ! 右―――」
「―――っ!?」
 俺は、コトリの言葉に反応して、咄嗟に飛び込むように転がり込んだ。
 ブオンッ!
 体の直ぐ傍を、高速の何かが通り過ぎる。

「くはは……よく回避したな……!」
「……っ……もう1匹……?」
 再び、転ばされながらも、通り過ぎたものを確認すると、ポニータがもう1匹繰り出されていた。
 何が1対1だ……!!
 いつの間に……?

「卑怯なんて言うなよ……? この場にいる以上、死んだって事故だ」
 放火魔は何が言いたいのか、笑いながら、2匹ポニータの顔を撫でている。
「何が事故だ。殺人だろ……!」

 俺がそう穿き捨てると、放火魔は……
「ぶっ…はははははははははははははははははははははははっ!!」
 ……今まで以上に笑い出しやがった。何がおかしいってんだ。

「はははは……何でこんなルーキーにギルドは仕事を受けさせたんだ? 見積もりのランクが低いのか?」
「どういう意味だ……!!」
 俺は何とか起き上がり、声を絞り出した。
 視界が霞む。
 体力的に、これ以上モンスターの技は受けられない。
 認めたくないけど、こいつは……強い……!
 頭を使え……。
 どうやったらこいつを倒せる……?

「坊や。それと、そこのお嬢ちゃん。ギルドの登録手続きが簡単な理由を知っているかい?」
 放火魔は俺たちの反応を楽しむように、ゆっくりした口調で話す。

「どんどん、“事故”で死んでいくからさ……。人数が足りないから、入り口を広くしてるんだよ」
「……っ……!?」
 コトリが、隣で声にならない声を上げた。こいつはトレーナー目指してんだもんな。

「救済処置で、ランク制なんてのがあるが、それでも“事故”は起こり続ける!」
 放火魔はナルシストなのだろうか。
 手を広げ、まるで劇団員のように空を仰いで叫ぶ。
「……それを……俺たちに聞かせてどうするってんだ……?」

「俺たちトレーナーが命を懸けて問題を解決しているっているのに、“弾かれた奴ら”は呑気に暮らしているんだ……」
 やっぱ俺の声は相手に届きにくいのか……?
 今度、録音して聞いてみよう……。って、今はそんな場合じゃねぇ……
 今、はっきり分かっているのは、こいつが異常者だってことだ……!
 とにかく、早くこいつ攻略の糸口を掴まないと……間違いなく全滅だ。

「だったら、せめてそんな奴らは、俺たちを楽しませる義務があると思わないか……?」

「!!?」
「そ……そんなこと……で……!?」
 コトリが声を張り上げる。

 ドクッ……ドクッ……

 俺は、放火魔の言葉に、鼓動が更に早くなっていくのを感じていた。
 そして体は今まで以上に冷えていく。
 視野も広い。
 また“来た”……な。
 ……この感覚……。

「……お前にとって……そんなに軽いもんなのか……? 命って……」
 俺の口から自然に出てきた言葉は、今度は届いたみたいだ。

「ん……? いいじゃないか。価値観は人それぞれだ」

「じゃあ、お前のもいらねぇな……」
「カ……カイ、さん?」

 ボボンッ
 俺はヒノアラシの隣に残った2匹を出す。
 ヒトカゲがリザードに進化したのは一昨日。
 バランスよく育ててきたから、そろそろのはずだ。

「何度も言うが、坊やじゃ無理だ。その上、“炎の適合者”じゃ、俺には勝てない……。ポニータ!」

 2匹のポニータが突進してくる。
 今までの攻防からすると、トレーナー戦で一番厄介なのは“知恵”のある奴が司令塔としていることだ。
 そして生まれる複数のモンスターのコンビネーション。
 1匹1匹なら、あのケンタロスの方が上だ。

 だからまず、それを攻略することが先決。

「ヒノアラシ! 電光石火!」
 ヒノアラシはポニータ2匹の間に突っ込む。
 “最初から外すつもり”の攻撃は当然外れたが、ポニータ2匹を分断させた。
 しかし、分断されながらも2匹は俺を目指して突っ込んでくる……!
 残ったのは体の小さな、アチャモとヒコザル。
 ……でも、そろそろだ。

 パァッ
 ドンッ、ドンッ
「ワカシャモッ! 二度蹴り! モウカザルッ! マッハパンチ!」
 “受けることが分かっていた”2匹に俺はすかさず指示を出す。新たに加わった格闘タイプの攻撃だ。
 カウンター気味に入った技で、2匹のポニータは飛ばされた―――

 ―――違う……

 そうだ……違う。
 喰らったように見えたけど、今のはバックステップで回避されたんだ。
 何せ、ダメージが……ない。

 2匹のポニータは一撃離脱が本分なのか、既に放火魔のところへ戻っていた。
「……?」
 しかし、次の行動がない。
 放火魔が興味深げに俺を見て指示を与えていないからだ。
 いや、興味深げというより、驚いているような……。

「……どうした?」
「ぶっ……ははははははははっ!」
 俺が、そう聞くと今度はいきなり笑い出した。

「何がおかしい……!?」
「いやいや、面白いなぁ……」
 放火魔はまた自分の世界に入ったように、両手を広げた。

「自分が勝つために絶対に必要な条件は必ず起きると信じ込んで行動するその戦闘スタイル。実に面白い。面白いが……」

「……ぁ……」
 放火魔の言葉に、コトリもはっと息を呑んだ。
「カイさん……まさか……」
「何だ……?」
 二人とも……俺の知らない何かを知っている……?
「カッ、カイさん! 格闘技は駄目です!」

「まさかまさか、“適合”のことを知らないとは……! 惜しいな。実に。勉強不足だ。消し炭になれ」
 放火魔が指をパチンと鳴らすと2匹のポニータは火球を作り出した。
「あっ……」
 その光景に、コトリは恐怖を顕にした。
 あの火球。確かに喰らえば消し炭だ。

 何だ。何で格闘技は駄目なんだ……?
 いや、今、それはいい。
 コトリが駄目だと言っているならそれを信じよう。
 今の問題は目の前の火球だ。
 あの技は、炎の渦……か。
 大きさ的に……迎え撃つしかない。
 だけど……

「最後に……“炎の適合者”……炎が俺に勝てない理由を教えよう。それはポニータが……」
「知ってるぜ。もらい火だってんだろ……?」
 特性・もらい火。
 相手の炎を吸収して、自分の力に変える能力だ。
 レイに渡された本に書いてあった……な。

「ほう。そこだけは勉強しているみたいだな」
「前に、特性で痛い目にあってるからな」
「くくく。だが幾ら勉強しても、ポニータに炎は絶対に効かない」
 ……確かに、このままじゃ、俺はここで死ぬ。
 ノーマルや炎でしか攻撃できないのなら、あの火球は対処できない。
 いや……一つだけ……。
 一つだけ、突破する方法を知っている。
 けど、それは不可能だ。
 何せそれは、相手の許容値を超えること。
 つまり、圧倒的な出力が必要ってことだ。
 俺の手持ちでは……ポニータにダメージは与えられない。

 ―――違う……

 ……そうだ。何かが違う気がする。
 何が、かは分からないが、こんな状況でも何故か突破できるような気が……

 ゴウッ

 俺は自分の勘を信じて、3匹の炎を一ヶ所に集中させた。
 今、日も沈んだはずのこの丘の上には二つの太陽が浮かんでいる。

「ほう……。炎の渦は使えるのか……。だが、無駄だ」
 放火魔の余裕たっぷりな声が聞こえる。
 しかし、それは、どこか遠くに……

 そうだ。
 勝てることを前提に戦わなければ何も起こらない。
 俺は、こんな所で躓いている場合じゃないんだ。
 強くならなきゃいけない。
 あの赤目のヤロウにもう一度会って、借りを返さなきゃいけない。
 そして陸人の言うように、この世界で何かを理解しなければいけない……!

 ゴウッ

 俺の炎の渦は更に威力を増していく。
 単純な出力で言えば、数の多い俺の方が若干上だ。
 前に、あの赤目の奴が言っていた。
 『2匹使わないと炎の渦も使えない』……と。
 だったら、3匹もいれば俺は十分に炎の渦が使えるんだ。
 今は、嘲りさえも利用して……
 こいつに最大の技をぶつけてやる……!

「覚悟はいいかい? 坊や、お嬢ちゃん。彩ってやろう……」
 カタカタとコトリが震える。
 けど、不思議と俺に焦りはなかった。
 何故か、負ける気がしない……!
 そして、視界は相変わらず広い。
 悪いな……。

 “見えてるぜ……!”

「コトリ。絶対に、大丈夫だ」
「は……はい!」
 コトリのその言葉を合図に、俺と放火魔は叫んだ―――

「「炎の渦!!」

 ゴウッ
 ぶつかり合った巨大な炎と巨大な炎。
 しかし結果は、直に決まった。

「!!」
 当然、打ち勝ったのは俺の炎だ。
 何せ、出力はこっちの方が上なんだからな。

 問題はその後だ。
 放火魔は、2匹のポニータを盾に屈みこむ。
 ここでもらい火を発動されれば、次に出力の上がった攻撃が、奴の言うように俺たちを消し炭にするだろう―――
 ……だけど……いける……!!

 ゴウッ!
 俺の放った炎の渦は、勢いを殺されながらも、2匹のポニータを包み込んだ。
「ギュイィィィイイイィイ!!?」
「!!?」

 ここで放火魔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
 炎の効かない筈のポニータが、俺の炎でダメージを受けているからだ。
 ポニータ自身も油断したため、まともに受けた俺の攻撃に身もだえする。

 そして……

 ド、ドサッ
「カ……カイさん……」
「ああ」
 2匹のポニータは倒れ……
「ほう……。負けたか……」
 倒れたポニータが隠していた放火魔は、座りながら敗北を宣言した。

 パシュッ

 放火魔はポニータ達をボールに戻し、タバコに火を点けた。
「ふう……。いやいや、見事なもんだ。何をどうしたか知らんが、もらい火を炎で打ち破るとはな……」
 俺は放火魔に慎重に近付いた。
「大人しく捕まれば、これ以上何もしねぇよ……」
「ん……。そうか」
 放火魔は煙を吐き出しながら、立ち上がった。
「一つだけ……言わせてくれないか?」
「……ああ、俺も言いたいことがある」
 俺がそう言うと、放火魔はにいっと笑った。

「大人は汚いもんなんだ」
「この手はくどいな」

 ドゴッ
 ドサッ

「きゃっ!!?」
 コトリの後ろで、でかいポニータ(いや、ギャロップか?)が倒れた。
 俺のリザードの炎のパンチがクリーンヒットしたみたいだ。
「……な……ば、馬鹿なっ!!?」
「特性・猛火だ。ダメージを受ければ威力が上がる」

 奇襲に失敗してうろたえる放火魔に、勢いよく俺は突っ込んだ。
「勉強不足だ!」
 ドゴッ
 俺の拳は放火魔の顔面を捉え、放火魔はピクピクと痙攣して倒れこんだ。
 勉強不足……か。
 一回でいいから他人に言ってみたかった台詞だ。

「それから……」
 俺は放火魔の口から零れ落ちたタバコを踏んだ。
「落としたタバコの火は消せ。そんなんだから喫煙者が迫害されるんだ……つっても、聞いてないか」
 冷えていた頭が熱を取り戻していく。
 ああくそ、ようやく終わったか。

「カ……カイさん!」
「ああくそ、手がイテェ……」
 俺は殴った手を擦った。
 イマイチ決まらないな……俺。
「す、すごいです……! 何で……?」
 コトリは感激しきっているみたいだ。
「いや……。昼にも事件が起きたって言うから……独立して動ける頭のいい別のモンスターがいるんじゃないかなって。この趣味の悪い服じゃ、昼は目立つだろうし。炎の渦を繰り出す前に、こいつがその音に紛らせてボールを投げたのが見えたし」
「は、はあ……」
 こいつが、最初に2匹目のポニータを俺たちに気付かれずに出した時のことを気にしておいて良かった。
 あれも、炎の音に紛らわせての攻撃だった訳だ。
「だから、俺もぽいっと……ね」

 パ、パシュッ

 俺はボールにモンスターたちを戻した。
 ヒノアラシは進化しなかった……か。
「はあ……でも、すごいですよ。私、全然分かりませんでした!」
 ボールが顔の横を通り過ぎても気付かないコトリが抜けているだけだと思うが……まあ、これは言わないほうがいいだろう。
 それに……

「多分……俺は大したことない」
「へ?」
 そう……。
 ケンタロスの時もそうだった。
 あの、体中が冷静になっていく感じ。
 あの感覚の時だけ俺は、何か別人のように頭が回る。
 本当に、俺が俺以外になってしまうような……。
 ケンタロスの時は火事場の馬鹿力で済ましたが、二回も続くと流石に気味が悪い。
 俺は一体……どうなっちまったんだ?

「……? でも、すごいで……」
「あああ!! 何で先にトレーナーがいるんだ!!?」
 その時、コトリの声を遮って丘に野太い声が響いた。
「へ?」
「な、何ですか……アレ?」
 アレ、は酷いと思うぞ、コトリ。
 がたいは異様に良いが、彼は歴とした人間だ。……多分。
 その男は俺たちにズンズン近付いてくる。

「あ、わ、わ……!」
 コトリは俺の陰に隠れた。
 めっちゃ怖がってんな……。正直俺も怖い。
「お前たちか……!? 倒れてるの……放火魔じゃないだろうな……!!」
 そいつは、俺の肩をブンブンと揺する。
 頼む、止めてくれ。
 もうまともな体力がないんだ。
 しかし、答えなければ止まりそうもない。

「俺は、“放火魔を捕まえろ”を引き受けたんだぞ!? このオルガン様の依頼を横取りしようとは……!」
「すんません! 成り行きです! だから……ちょ……マジ……揺するの止めろって!! ああくそ、頭が…」
 そこで、オルガンと名乗った(自分のこと様付けで呼ぶ奴をリアルで初めて見た)男はピタリと止まった。
「ぐっ……いや、止めろとは言ったけど……いきなり止まると……何だっけ? 慣性の法則とかが……ああくそ、もう限界だ……!」
 しかし、オルガンさんは俺の言葉を聞かず、何故か俺をジロジロ見だした。
「あの……?」
「お前……まさか、カラスマ=カイか?」
「……は?」
 何で俺の名前を知ってるんだ……?
 しかもフルネームで。
 ちらりとコトリを見たが、ブンブンと首を振った。
 そうだな、こいつはそういう奴だ。
 今日一日しか一緒にいないのに、何となく分かる。
「な、何でカイさんの名前を……?」
「え? いや……」
 オルガンさんは頭をぽりぽりとかき始めた。

「人探しを手伝ってたんだ。赤い服に黒の上着、それと……“ああくそ”が口癖の奴を探してくれって。まさかトレーナーだったとは……!」
 フルネームで探していたんなら確かにそう思うかもしれないな……。俺も今日知ったばかりだったけど。
 ってそれより……
「あの、探していた奴らは……?」
「ん? ほら、そこに……」

「カイッ!!」
「まさか、マジで町の外とは……読みきれなかった……!」

「レイッ!? スズキッ!?」
 丘を登って現れたのは、レイとスズキだった。
 そういや……逸れたっきりだったんだ……!

 ガンッ
 いきなりレイは襲い掛かってきた……!
「ぐぉ……マ……マジ……で……止めてくれ……今な、リアルで死にそうなんだから……!」
「バカッ! このバカッ!」
 レイは殴るのを止めない。
 つうか折れる……折れるよマジで……!
「仕方ないって。俺たち一日、町中走り回ってたんだぜ?」
「仕方ないで死ねるかっ!!」
 ようやく、レイの攻撃が止んだ。
 調節うまいな、こいつ。
 多分後一発で…………うん。
「はあ……こ、今度から、絶対に離れないこと! 良いわね?」
 ……本当に心配かけてたみたいだな。

「まったく。じゃあ、ギルドに……」
「なあ、カイ。……この子誰だ?」
 スズキがコトリにようやく気づいたみたいだ。
 確かに、レイよりも小柄だからオルガンさんと並んでると気付かれ難い。
「あ……あ、あの、わ……私は……」
「おいおい、カイ。いくらなんでもこれはないな、ないよ。俺たちと逸れてデートなんて……」

 ガッ
 スズキの言葉を最後まで聞き取ることもできず、俺の意識はレイの“最後の一撃”で沈んでいった。
 ああくそ、マジでやべぇ……

 けど、薄れ行く意識の中で、俺は多分笑ってた。
 さっきまで、違う自分がいることを怖がっていたのが馬鹿みたいだ。

 こいつらがいれば、俺はいつでも“ここ”に戻って来れる。

------
 後書き
 別口で、
 昼間街中に、変な男がいるより、モンスターがいる方がむしろ目立つんじゃないか…? 
 という指摘を受けました。
 これについては、説明不足だったと反省しています。

 確かに、深読みすれば不自然ですが、その辺は軽い気持ちで、次のように解釈して下さい。
 放火魔は、昼間の犯行時、あの丘を離れていません。
 そこで、ギャロップを送り出し、放火をさせました(燃えた場所は、観光地と言っても比較的、人通りの少ない場所です)。
 例え見つかっても、ギャロップだけなら特性・逃げ足で離脱する事が出来(トレーナーを庇いながらでは離脱する難易度が上がる)、自分がいくよりリスクは低いと、放火魔が判断したためです。

 後から考えれば、不自然な考え方のようにも思えますが、あくまでフィクションの作品ですので、その辺はご容赦下さい(恥ずかしながら、他にも穴は多々あります)。
 では…



[3371] Part.8 Cage
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:46
―――なあ、カイよ。お前、世界が幾つあるか知ってるか……?
―――は? そんなの一つに決まってるだろ。学校でそういう歌、聞いたことあるぜ。
―――ははは。歌ってみてくれよ……。
 俺は歌おうとして止めた。
―――からかってるだろ。
―――ああ。
 きっぱりとした返事に、俺は何か悔しかった。
―――世界は幾つもあるぜ?
―――あんたは、何を言い出すんだよ。
 そいつは、タバコに火を点けて、ふっ……っと笑った。
―――カイ。例えばここにタバコがある。
―――ああ、だから何だってんだよ?
―――この世界と殆ど同じ世界が別にあったとしよう。だけどそれは、一つだけ……このタバコを……そうだな……“タコバ”って呼ぶことだけが違う世界なんだ。どう思う?
―――物凄く無駄な世界だな……。
 俺は、素直な感想を言った。
―――そう言うなよ。そこには俺も、お前もいて、他の人だっているんだぜ?
―――……で? 何が言いたいんだ?
―――他にも考えられるぜ? タバコを更に他の言葉で呼ぶことだけが違う世界。他のものでもいい。それに、それだけが存在しない世界。物だけじゃなく、たった一人の人間だけがいないだけの世界。大勢の人がいない世界。その反対に、この世界に存在しないものが一つだけある世界。沢山ある世界。世界の形が微妙に違う世界。全く違う世界。その組み合わせ。まだまだ在るぞ?
 俺は、頭が痛くなった。
 そんなの、キリがない。
―――そんなに沢山あってどうするんだ?
―――どうするも何も、あるんだから仕方ないだろ? 数える……なんてことしたって無意味だし。
―――……で? 話は戻るけど、何が言いたいんだ?
―――そうだな。あったとしても、俺はこの世界が多分一番好きだな。
―――そりゃあ、そんな訳の分からない世界が大量にあるなら、多分ここはマシな方かもな。
―――そうだな……
 そりゃそうだ。
―――口は悪くて、バカで、可愛くねぇガキだけど……いないよりマシだ。
 ああくそ、煙が目に沁みるからこっち向いて、んなこと言うな……陸人。

~~~~

 カイ………………
 遠くで、誰かが俺を呼ぶ声がする。
 カイ…………
 ああくそ、何か夢を見ていた気がするのに、思い出せねぇ……。
 カイ……!
 誰だ……? レイか? 体中が痛くて、動きたくねぇ……
 カイ!!
 ああくそ、うるせぇな……。俺が寝起き悪いの知ってるだろ?

「う……」
 俺は、痛む体を無理矢理起した。
 どうやら、ベッドに寝かされていたみたいだ。

「カイッ!!」
 そこで、レイの声がはっきり聞こえた。
 ……未だ遠くから。

「へ?」
 てっきり目を開ければレイが目の前にいると思い込んでいた俺は、寝起きの頭も手伝って混乱した。
 見渡せば、レンガで出来た、狭く、どこか薄暗い部屋に俺はいるみたいだ。

「ああもう、ようやく目を覚ましたわね……。体、大丈夫?」
 その声の方を向くと、レイが立っていた。その隣にスズキも……って、あれ?

「まったく……。大変だったなぁ。放火魔騒ぎに巻き込まれるなんて」
「なあ……」
「本当よ。無事だったからいいようなものの……。でも、まあ、よかった。心配したんだからね?」
 その割には俺をKOしたよな……レイ。
 いや、そんなことより。
「なあ……」
「でも、大したもんだよな。C+ランクにC++ランクを殆ど一人で解決するなんて。記録上じゃ無効みたいだけど……」
「なあ……」
「本当よね。流石リーダーって感じ……」
「なあ!!」
 俺は声を張り上げて、二人の声を遮った。
 どうしても、聞きたいことがある。

「何でお前ら、オリの中にいるんだ……? って、あれ? 俺か!?」
 さっきから、何故か俺たちは鉄格子越しに話していた。
 しかし気付けば、二人の方には出口がある。
 なのに、俺の方ときたら……。

「カイ。良いこと教えてやるよ。こっちの世界でも誘拐は犯罪なんだ。残念なことにな……」
「でも、良かったわ。親友が更なる罪を犯す前に見つけ出せて……!」
 二人の言葉に、俺は頭が回らなかった。
 何だ……? 誘拐!?
「俺たちお前が罪を償って出てくるのを待ってるからな……!」
「おいっ! それじゃ事情を説明したことに……って待て待て! 行こうとするな!! 状況を説明しろ!」

 二人は出口に向かおうとし、面倒臭そうに止まった。
「カイ。自分がやったことを認めてくれ。反省したところを見せればきっと早く出てこれるって」
「そうね……。2~3年もあれば出てこれると思うから」
 年!? 単位がやベーよ……!
「おいおい、マジで何だってんだよ? そうだ! コトリは!? あいつ……」

「おお!」
 スズキが、そこで大げさに声を上げた。
「何だよ?」
「いや、自分が誘拐した相手を気遣うとは。これなら情状酌量の余地も……」
「頼むから真面目に説明してくれ。正直今の俺、余裕がねぇ……って、コトリを誘拐!? ……俺が!?」
 俺は、スズキの言葉に何か嫌なものを感じた。
「これよ、これ」
 レイが紙を取り出し、オリに掴みかかっていた俺の鼻先に突きつけた。

「……悪い、全っ然見えねぇ……」
「Fランクミッション・“小鳥はいずこ?”。モンスター関連かどうか分からなくて、超緊急の用事だったみたいだからFランクだけど……まさか我らがリーダーが犯人とは……!」
 小鳥……コトリのことか?
 そして誰が考えてんだ? その名前。
「なあ、レイ。そろそろ説明しないと、カイの奴訳分かんなくなってるぞ?」
「まあ……そうね……でも……なぁ……」
 ああくそ、ようやく何が起きたか聞けるのか。

 スズキは説明を始めた。

 昨日(放火魔を倒した日だ)、いなくなった俺を探すために二人は町中を駆け回った。
 しかし見つからず、ギルドに戻って情報を集めようとしたところ、例の大男、オルガンさんが、放火魔の潜伏先と思われる場所に出掛けようとしていて、もしかしたら俺がそこにいるかもしれないと二人は思い、同行を頼んだらしい。
 そこに、町の警備員みたいな人がギルドにこのミッションを駆け込みで届けたみたいだ。
 その警備員の話を聞くと、家出した少女を探しているとのことで、町中を探したのだが結局見つからず、もしかしたら町の外かもしれないと考え付き、手遅れにならない内に見つけ出して欲しいと依頼を申し込みに来たらしい。
 そこで白羽の矢が立ったのが、今正に町の外に行こうとしているレイたちだった。
 ことのついでとレイたちはそれを引き受け、そして……まあ、後は俺も知っている。

「……って、そこまでは分かったけど、俺がオリにいる理由が相変わらず分からねぇんだけど……」
「その後……まあ、お前が気絶した後だけど、その後直ぐあの丘に来た警備員にレイがお前を突き出したんだよ。『こいつが犯人ですっ!』ってな……」
「……へ?」
「だ、だって、私たちに散々心配かけておいて……。あの子何なのよ!?」

「え、あの……え?……じゃあ、何か? 俺が捕まってるのって、その……レイの……所謂その……悪ノリの所為なのか……?」。
「だ……だって、まさか本当に牢屋に入れられるとは私も思ってなかったし……。でも、カイが悪いんだからね! ……ああもう、とにかく頭冷やしなさい!」
「そうそう、ほんの2~3年…」

「おっ、おっ、お前は何てことしてくれてんだ―――っ!!? 洒落になってねぇーんだよ!? 目覚めたら牢屋の中って……ああくそ、俺この歳で前科持ちかよ!? それに相変わらず単位がありえないだろ!?」
「まあ、落ち着けよ……カイ。こっちの犯罪は元の世界じゃ多分ノーカンだ」
「そういう問題か!?」
 おいおい、冗談じゃねぇぞ……!?

「ま……まあ、いい経験出来てよかったじゃない……うん。まあ……その……ゴメン」
 ゴメンで済むか。
「あのな、レイ。冗談と本気の差って何だと思う? 俺は、結果だと思う」
「だ……だから、謝ってるじゃない! 私もちょっと……頭に血が上っちゃってて…で、でも、何か事情があるみたいだし……、私たち、あるかどうか分からないけど、裁判までに何とか……」
「我々、チーム・ストレンジは、永遠に……」
「スズキ、少し黙ってようか。そうだ、コトリを呼んでくれ! 多分、事情を……」
「わっ、私、ギルドに行ってあの子の居場所調べてくる!」
 レイは出口に向かって走り出した。

 一日ここで過ごした後に行動って……。
「昨日は何やってたんだよ……?」
「昨日、レイは思いっきり怒ってたからな……まあ、今は少し落ち着いたみたいだけど」
「お前は……って……何となく分かる」
「ああ、面白そうだから黙って見てた」
 こいつが一番悪い気がしてきた。

「でも、多分大丈夫なんじゃないか? あの子―――コトリちゃんだっけ? なんか必死に事情を説明しようとしていたみたいだったし。まあ、色々混乱して伝わってなかったみたいだけど……」
 大柄な警備員に囲まれてあたふたしているコトリ。
 何故か俺にはその光景がありありと浮かんだ。
「なあ、カイ……あの子誰なんだ? マジでお前……」
「誘拐でもないし、ナンパでもねぇよ」
「何だよ。……ナンパじゃねえのか」
 こいつはやっぱりそっちが気になってたか……!
「ん? 誘拐じゃないなんて最初から決まってんだろ?」
「信用されてんのか、されてねぇのか分からねぇよ」
 スズキはそこでふっと笑った。
「してるさ……それに心配も……な。いやぁ、良かった」
 スズキは視線を外しながら答えた。
 ああくそ、そうかい。
「それよりカイ、あれやってくれ。ほら、鉄格子を掴んで『俺は無罪だーっ!!』ってやつ」

 ガシャンッ
 くそ……。届かねぇか。
「ははは、無駄無駄……ん?」
 俺がスズキへ掴みかかろうとした時、牢屋に複数の人間が入ってきた。
 警備員みたいだ。
「おい……」
「はい」
 リーダーっぽい長身の男が指示を出すと、隣の小柄な男が牢屋の鍵を取り出し、ガチャガチャと鍵を開ける。
 おお、出してくれんのか……!?

 ガシッ
「へ……?」
 俺は残った大柄な男二人に両脇を掴まれた。
「お、おいおい、一体何を……?」
「いいから着いて来い」
「おいおいおいおい……!!」
 ちょっと待て。
 俺はどこへ連れてかれるんだ……? ってスズキ! 黙って見てないで何とかしてくれよ! そして、何で普段持ってないのにハンカチ振ってるんだ!?
 俺はズルズルと引きずられていく。
 ああくそ、何がどうなってんだ!?

・・・・・・

 俺が引きずられて行ったのは(途中、通行人の目が痛かった……)、昨日コトリが落下してきたでかい建物だった。
 通されたのは……何だここ……テラス?
 そこから見える庭は、この町より観光地に向いているんじゃないかってほどの色とりどりの花に、確り整備されている草木。
 極めつけは、噴水付きの池だ。
 今日は良く晴れているから、まるで輝いているように、その美しさが一段と際立っている。
 正に、ヘヴンリー・ガーデンって感じだった。
 ……って、ん? ヘヴンリーって……

「ああっ! カイさん!!」
 俺が、ごく最近地名とは別に聞いたような言葉に頭を悩ませていると、後ろから慌てたような声が聞こえた。
「ん? コトリ……! やっぱりお前ここに住んでたんだな」
「は、はい。えっと、結局捕まっちゃいました……はは……」
 溜息混じりに笑うコトリは、どこか疲れているように見えた。

「そっ、それよりカイさん! 大丈夫でしたか!? 昨日、警備員の人たちに連れて行かれて……あ、あの、一応事情は話したんですけど……その、伝わらなかったみたいで……。え、えっと、カイさんのお友達は、『何時ものことだ』って言ってたから、大丈夫かな? とは思ったんですけど……やっぱり心配で……」
 コトリは再び、しゅんとなる。

 そして俺は、やはりスズキとは一回ちゃんと話し合わなきゃ駄目だと思った。

「って待てよ? コトリが俺を呼んだんじゃないのか?」
「へ? ち、違いますよ? 私は、カイさんが見えたから……」
「呼んだのは私だ」
 俺とコトリは同時にその渋い声の方に振り向いた。
 最近こういうの多いな……。

「あ、お、お父さん……!」
 立派な顎鬚を蓄え、声の調子に合った渋い男が立っていた。
 スーツをビシッと着て、ビジネス用のバッグを持っているあたり、どことなく知的に見える。
 因みにコトリとは全く似てない。

「コトリ。部屋から出るなと言っただろう? まったく」
 コトリの父からは、そう言いながらも怒りが感じられなかった。

「まあ、座ってくれ。一応、お客様なのだから」
 俺はテラスにあったテーブルの椅子に腰掛けた。コトリの父はその反対側に座る。
 コトリは父から視線を受け、畏まりながら椅子に座った。

「さて、この度はすまなかったな」
「あの、話が見えてこないんですけど……俺は何でここに……?」
「ん? ちょっとした手違いで、牢屋で一日過ごす羽目になったと聞いたのだが?」
 ああ、あれか。
 “スズキの”手違いの、あの事件か。

「カ、カイさん!? そんな目にあってたんですか!?」
「ああ……。いや、気にしなくていいです。半分……というか、九割以上こっちの所為ですから」
 因みに九割の取り分は、レイが三、スズキが六、が妥当だろう。
 俺? 純然たる被害者だ。

「だが、そうだとしても、残りの一割は私たちの所為だ。いや、すまなかった」
 ……これが大人の考え方って奴なんだろうか。
「さて、次の話だが……」
 切り替え早ぇな。
「って、あの……俺から質問いいですか?」
「何だね?」

「あ、実は俺……その、牢屋から直で連れてこられて何が起きてるのかイマイチ分からないんですけど……」
「む? 警備員から聞いてないのか?」
 残念ながらこの世界に来て、二回とも移動中の説明はなしだ。
 そういうルールでもあんのかって思ったぜ。
 あいつら、俺を犯罪者への目で見ていたから、多分その辺りの事情も伝わってなかったんだろうな……。

「まあ、一応説明しよう。ここはヘヴンリー家。この町の地主……まあ、この町を治めていると言った方が分かり易いかな? 色々複雑でね」
「まあ……政治の話はちょっと……」
 元の世界でも分からないのに、こっちの世界のなんてもっと分からない。

「コトリから聞いた話では、君は家出中のコトリの保護をしていてくれたそうだな」
 保護? そんな大げさなもんでもないが……
 隣で家出の話が出てしゅんとなってるコトリを見ていると、確かに保護って言葉が一番しっくりくる気がする。

「まあ、その礼を言いたくてね。いやぁ、無事でよかった」
「……ごめんなさい……」
 コトリ……それ以上畏まるとなんか消えてしまいそうな勢いだぞ……。

「まったく、もう家出なんてしないでくれよ? どれだけ心配したことか。大体、お前は昔から何時も目を離すと直に……」
 コトリの父は、いかにコトリが方向音痴かを語りだした。

 ……? あれ? 俺なんかいらなくね?
 もう、コトリの父は俺が見えていない。
 コトリは俺がいることを確り覚えているため、自分の恥を暴露されていることに、顔を真っ赤にして俯いていた。
 コトリ。辛いのは俺も一緒だ。

「あ、あの……そろそろ俺はお暇を……」
「お、そうだった。確かに、引き止めておくのも悪いね」
 何かこれ以上ないほどの気まずい時間を過ごした俺は、立ち上がった。
 ここで得た情報は、コトリから十分以上目を離してはいけないってことだけだ。

 この情報を使う時が今後来るんだろうか……?

「君はトレーナーだろう? 次はどこへ行くつもりだい?」
「……ぁ……」
 コトリが小さな声を上げた。

 次?……次って……そうか。
 この町にそんな留まるわけじゃないんだった。
 ……ビガード城下町の所為で、なんか旅ってもんを誤解していたな。

「……え~と、多分……北? 北を……目指します」
 城下町からここまで北上したんだから間違ってはいないよな。

「北……北……か」
 そんな深い意味で言ったんじゃないのに、コトリの父は深く考え込んだ。
 目を瞑って唸り始める。
 あの、ホントにノリで言っただけなんですけど……

「うむ……。一応聞くが、君……は炎だったか。君の仲間に、“空の適合者”はいるか?」
 また出てきやがったか……“適合者”。
 正直意味が分からないんだぞ?

 そこで、コトリがバッと立ち上がった。

「わっ、私! 私そうです!」
 すると、コトリの父は目を丸くした。
「なっ、何を考えているんだ!? 昨日も言ったが、外は危ないんだぞ!?」
「だっ、大丈夫です! カイさんたちがいますから!」
「……まっ、まさかそのままトレーナーになる気じゃないだろうな!? 駄目だ!! 絶対に駄目だぞ!!」
「そんな……お父さん、私が大人になったらトレーナーになっていいって……」
「そ……それは言ったかもしれないが……駄目だ駄目だ! コトリはまだ子供だろう!?」
「わっ、私もう大人です!」
「昨日、家出した時に約束したろう!?」
「しっ、してません! 私はトレーナーに……」

 ……あのさ、当事者には俺も入ってるんだぞ? 何でこいつらは俺を置いてきぼりにして話続けられるんだ……?
 そして、何で俺は朝っぱらから親子喧嘩を見てなきゃいけないんだ?
 親子ってだけはある。実はこいつらそっくりだ。

・・・・・

 おおっ、コトリが押してる!?
 と、何となく話の流れに耳を傾けていたのはもう何時の話だろう?
 長い。長いな……。
 そして何時から子供の頃に玩具を買ってくれる約束がどうのこうの、っていう話になった?

「あの……俺、そろそろ……」
「……あっ……あのっ、私も連れて行って下さい!」
「だからコトリ……」

「うるさーい!!!」

 一際うるさいその声が照らすに響いた時、騒いでいた二人がピタッと止まった。
 心なしか、二人とも、しまった! という表情を浮かべている。
 おいおい、コトリの父よ。最初の渋さはどこ行った?

「あっ、すみません……。お客様が来てるなんて……」
 途端、驚いたようにその声の主は口を塞いだ。
 そこには……コトリ? まんまコトリが大人になったような女性が立っていた。
 紹介されなくても分かる。
 彼女はコトリの母だ。

「すみません……。お恥ずかしいところを……」
「い、いえ……」
 もっと気まずい思いはさっきからしてましたから。
 ……とは当然言えず、俺はそのまま畏まった。
 ああくそ、やっぱ他人の家には長居するもんじゃないな……
 気まずさ満点のイベントが盛り沢山だ……!

「コトリ、紹介して?」
「はっ、はい!」
 コトリがピッと背筋を伸ばす。
 何となくこの家のパワーバランスが分かったような気がしてきた。

「えっと、昨日話した……その……私を保護してくれた……あれ?……」
「ああ、カイ君……だったかしら?」
 コトリの首を傾げながらの言葉を聞きながら、コトリの母は俺に近付いてきた。
「昨日はありがとね。……それと……」

 ビシッ

「お…お母さん!」
「っ……っぅ……!?」
 デ……デコピンされた…!?
 コトリといい、最初に出会った人には頭部にダメージを与えましょうってルールでもあんのか!?

「一応、娘を放火魔の住処なんて危険な場所に連れて行かれた母親としての心境……ってゴメン。そんなに痛かった?」
「い……いえ……すみませんでした……」
 本当にすんません……。クールに済まそうとしてたみたいなのに、想像以上に俺が脆くて……
 つうか、デコピン強いよこの人……!

「うん、まあ、でも保護してくれて本当にありがとうね。この子………昨日一日一緒にいたら分かったでしょう?」
「お母さん!」
 コトリのことで分かったこと……? むしろ、どれのことだ? あるいはその全部か?
「ま、まあ……大体は」
「カイさん!」
 コトリは元気だな……。

「それで? 朝から何を騒いでたの? あなた?」
 俺たちは事情を話した。

「北へ、ねぇ……」
「わ、私が一緒に行けば……!」
「だから、駄目だって言っているだろう?」

 ああくそ、また俺は一人取り残されているぞ?
 しかも、本当に北に行くかどうかも分からないんだぜ……?
 適当なこと言うんじゃなかった。
 俺たちの次の行き場所は、レイのみぞ知る、っていうのに。

 ああくそ、このままじゃ収集つかねぇな……

「あの、コトリ……さんがトレーナーになるのはやっぱり反対なんですか?」
「当たり前だろう!? 誰があんな危険な……」
「ちょっと」
「む? ああ、すまん」
 俺のことを気遣ったのか、コトリの母が静止をかけた。
 まあ、トレーナーが危険っていうのは俺も異論はない。
 あの放火魔も言ってたこともあるしな。

「でも、コトリの……コトリさんの夢を叶えるには……」
「ちょ、カイさん!?」
「ん? いいじゃないか。ほら、夢は語った方がいいって」
「そ、それは……」
 コトリは屋上での会話を思い出したんだろう。
 小さく『ずるいです……』と呟いた。
 ああ、俺もそう思う。

 逆の立場だったら相当本気で止めただろうし。

「コトリの夢? ってアレのこと?」
「む? コトリ、伝説は伝説なんだ。だから、危険なことは……」
「ど、どうして知っているんですか!!?」
 コトリが今日一番の大声を出した。
 そりゃあこいつもびっくりだろうな……
 コトリがちらりと俺の方を見る。
 俺はコトリの真似してブンブンと首を振ってみた。

「前に……書庫の大切な本が破られているのを見つけてね。犯人探しをするまでもなく、そのページは直に見つかったよ。娘の部屋からね」
「う……うぅ……ごめんなさい……」
「いたずらだったら怒ろうかと思ったけど……大切にファイルしてあったから怒る気も失せたのよ。次の日からトレーナーになりたいなんて騒ぎ出したのは計算外だったけどね」

 二人は懐かしそうに笑っていた。
 親ってそういうもんなんだろうか……? 俺にはよく分からない。

「で、でも……見たいんです……」
 コトリは、今にも泣きそうな声で呟いた。
 本当に保護するって言葉がぴったりな奴だな。

「あの、俺からもお願いします。昨日、俺、コトリ……さんの口から夢聞いたんですよ。その時……俺、すごいなって思ったんです。夢を人の前で口に出せるんだな……って。……その、はっきり口に出せる夢って、やっぱり適わなきゃ嘘じゃないですか?」

「いやいや、危ないものは危ないだろう?」

 あれ? 今俺、結構いいこと言ったと思ったんだけどな……。
 コトリの父は首を縦には振ってくれなかった。

「はあ……。まあ、いつかこういう日が来るって何となく分かってたしね」
「お、おい!?」
 コトリの母の言葉に父はうろたえる。
 ゴールが見えてきた。

「私も“空の適合者”だから、何となく分かるのよ。象徴するものは“自由”。だから、この子は何時も、自分の行きたいとこに行っちゃうのよ? 後先考えずにね」
「む……むう……」
「大丈夫よ。この子、こう見えて………………そ、そう、カイ君も一緒だし」
「お……お母さん……」
 コトリのいいとこ挙げようとして、失敗したみたいだ。
 コトリはまた、へこんでるし……。

「と、とにかく、また家出なんかされるよりも、ちゃんと出掛けてもらった方が安心だから、ね」
「そ、それじゃあ……!」
「いい、コトリ? 毎日とは言わないけど、ちゃんと定期的に連絡するのよ?」
「はい! はい!」
 コトリは今にも飛び出しそうな勢いだ。
 そりゃそうか。お許しが出そうなんだもんな……。

「カイ君。ちょっと」
「は……はい?」
 コトリが母親から色々と言いつけられている光景を見ていたら、父親が手招きした。
「少し歩こうか」
「? ……はあ」

 俺たちはテラスを離れて庭に向かった。
 やっぱり綺麗な庭だよな……ここ。

「その、君に頼みたいことが……ある」
「え……ああ、コトリの保護ですか?」
「む……そうだ」
 コトリの父は庭の様子を見ながら言葉を返す。
 俺は直感的に、スズキと同じタイプだと思った。

「私もね、こういう日が来ることは何となく分かってたんだ。ただ、それを毎日、“今日じゃない”、って思っていてね……。だけど、“今日”だったか……」
 俺には当然子供はいないけど、何となく、コトリの父の気持ちが分かった。
「だけど……トレーナーとは……。馬鹿にするつもりじゃないが……あんなに……あんなに危険な職業に自分の娘が就くと思うと……ああ、今日は眠れそうにない……」
 よく見ると、コトリの父の体が少しだけ震えていた。

「実はね、アレの母親も昔トレーナーだったんだ。擦り傷や切り傷が耐えない仕事でね……時には命にも係わったこともある。私はずいぶん心を痛めたよ」
 体は震え続けている。
 どうも、ネガティブな思考が多いらしい。
 確かに俺も、トレーナーは命を落とすことが高確率な仕事だと思う。

 でも……
「大丈夫ですよ」
 俺は、根拠もないのに自然とそう言っていた。

「昨日……コトリ……さんはトレーナーの戦いを隣で見てたんですよ? そこでどれだけ危険かも分かったのに……今日もまだ、トレーナーを目指している。そんなに気持ちが強いなら……大丈夫ですよ」
 あの戦い。
 正直、俺がコトリと同じ立場で見ていたら、心が折れていたような気がする。
 それでも、あいつは耐えてたんだ。
 そして、一番そのショックが強いだろう夜を越えて、今日にもまだ、それを目指している。
 だから、きっとあいつは大丈夫だ。

「そうだな…………おっと、そうだ」
 コトリの父は、持っていたビジネスバッグを開けて中からボールを取り出した。
「“小鳥はいずこ?”の報酬だ。最初にコトリを保護したのは君だから、君に受け取って欲しい」
「え? はあ……ありがとうございます」
 俺は素直にボールを受け取る。
 当然のように中身入りだ。
 おいおい大丈夫か……? 俺。
 手持ち、余すとこなく貰いもんだぞ……!?

「あ、後……もう一ついいかな?」
 俺がボールを腰に付けると、コトリの父が気まずそうな表情を浮かべていた。
「何ですか?」
「……コトリに悪い虫が付かないようにもしてくれ」
 頬をぽりぽりとかきながら、コトリの父はぼそりと言った。
 分かっていたけど、やっぱりこの人、親ばかだ。
 それも……いい意味で、かな。

 さてと、十分以上目を離しちゃいけないんだっけ?

~~~~

「それじゃあ、ちゃんと、連絡するのよ? コトリ」
 玄関口に立ったコトリは、はい! と元気よく答える。
 この子は何時も、元気はいいんだけど……はあ、これ以上は考えないことにしよう……母親として。
「じゃあ、そのっ、行ってきます!」
「うん。行ってらっしゃい」
「じゃあ、お邪魔しました」
 カイ君も、ぺこりと頭を下げて外に出た。
 まあ、彼は確りしてそうだし、安心かな。
 二人は、もう振り返らずに歩いている。

「……珍しいわね。号泣するかと思ったのに」
「む? 涙目じゃあ、娘の門出が確り見えないだろう?」
 ふふふ……。この人はこういうところが面白い。

「まあ、コトリにケイジは似合わないと思うしな」
 この人も、やっぱりこの日を予想していたみたいだ。
 むしろ私の方が、涙が出てないか心配なくらい。

「まあ、彼は中々信頼できると思う。気持ちが強いっていう、コトリの長所を一日一緒にいただけで言い当ててたよ」
「あらあら」
 私も咄嗟に思い浮かばなかったのに……。
「それに、悪い虫も付かないように頼んだし……まあ、一晩泣くだけで立ち直るさ」
「ふふ、もう付いてたりしてね」
「む? おっおい!? 今のどういう……?」

 私は、無言でその場を去った。
 それにしてもトレーナーか。
 色々思い出しちゃったわ。

 さ~て、久しぶりに一日中、あの子達と一緒に遊ぼうかな?



[3371] Part.9 Ring
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:49
「あ……あのっ、カイさん……大丈夫ですか……?」
 コトリが、頭に包帯を巻いた俺の横を歩きながら心配そうな声を出した。

「コトリには……そう見えるのか?」
「わっ、あああっ、すみませんすみません」
 コトリは、ぺこぺこと頭を下げる。
「いやいや、コトリの所為じゃない。悪いのは……」
 俺は、目の前を歩いている女をビシッと指差した。
「あいつだ!」
「だ・か・ら、謝ったでしょう? また、いきなり消えたと思ったら……ああもう、とにかく急ぎましょう?」

 今、俺たちはヘヴンリー・ガーデンを出て、北に向かっていた。
 ヘヴンリー・ガーデンを北上すると、例の大樹海にぶつかる。
 その森を抜けて先を目指すのが、今の旅の進路だ―――
 ―――やっぱまだ額が痛い。

「でもよ、カイ。その包帯似合ってるって。何かこう……格闘家! みたいな感じで!!」
「だったら、お前もレイにやってもらえよ。なんなら俺がやってやろうか……?」
 スズキは、はははと笑いながらレイと並んで歩いている。
 ああくそ、何か最近レイの暴力が強くなってる気がするぞ……?

 俺の額に大きなこぶが出来たのは、ついさっきのことだ。

 コトリを伴って、二人のところに戻ろうとした俺は……不名誉なことに、また迷子になっちまった。
 人に聞いて運よくギルドには着けたのは良かったが、そこに二人はおらず、下手に動くよりギルドにいた方がいいと判断した俺たちは、コトリの登録を進めていて……
 ……まあ、後は何となくいつものパターンだ。

 俺を探し回っていたレイとスズキがギルドに来て合流出来たのが昼過ぎ、コトリのことを紹介したのがその一分後、スズキのちゃちゃが入り、レイが殴りかかってきたのがその三秒後だ。
 因みに、思ったよりレイの攻撃の威力が高く、これ治療した方がよくね? ってことで包帯を巻いたのがその五分後だった。

「あのな、レイ。さっきも言ったけど、冗談と本気の差は結果なんだ。突っ込み的なノリで相手を攻撃しても、相手に治療が必要になったらそれはもう暴力なんだよ」
「だから、ゴメンって。それよりこっちで合ってるのよね?」
「は、はい、今は“理由があって”バスが出てませんけど、正面に見えている大樹海に歩道通りに進んでいけば大丈夫です!」
 コトリがハキハキと答える。
 外の世界が新鮮みたいだ。
 まあ、あの父親じゃあ本当に箱入りって感じだしな。

「それより……コトリちゃん? コトリちゃんって地主の一人娘なんでしょ? 俺たち結構危険な仕事だと思うけど……」
「だ、大丈夫です! ご……ご迷惑お掛けしないようにします!」
 コトリは、とことこ進んでスズキの横に並んだ。
 止めても無駄だ、スズキ。
 コトリは結構頑固だぞ。
 それに、さっき登録も済ませたしな。

「ねえ、ちょっと」
「ん、何だよ? レイ?」
 レイが何時の間にか後ろに回って、俺の背を突いてきた。
「何だよ? じゃないでしょ? 何で、あの子をチームに入れたのよ?」
「おいおい、レイ……。それなんか酷くないか?」
「そうじゃなくて、私たちがこの世界の人間じゃないってこと、あの子知ってるの?」

 ……そうだった。このチームの目的って、元の世界に帰るための情報収集だ。
「別に仲間はいた方がいいと思うし、あの子、いい子みたいだからチームとしてはいいんだけど……」
「ああくそ、全然考えてなかった……。ま、まあ、追々話そうか……」
 いくらコトリでも、この話をしたら笑うかもしれない。
 ……コトリに馬鹿にされたら、なんか立ち直れなさそうだな……。
「もうっ」
 レイはそれしか言わなかったが、後先考えてないと目で言っている。
 悪かったな。ついでに北に向かうことになったのも、完全に俺があの時北に行くと適当に言った所為だよ。
 レイの方も、昨日の騒ぎで行く先をまだ決めていなかったらしい。

「それより、レイ、北に行くと何があるんだ?」
「う~ん……とりあえず、あの大樹海があるんだけど、森の部分が小さくてよく通行に利用されてるみたい。で、森を抜けると……えっと、何だっけ? 確か………あっ、町は直にはないのよ。とりあえず、北の森を超えて、その後どこに行くか決めましょう? 関所か何かがあるはずだから」
 そういや、俺たち国を渡るのか。
 島国育ちだからこういうのは新鮮だ。

「関所? 俺たちパスポート持って……ああ、ライセンスカードがそうなんだったっけ?」
 スズキが前から口を挟んできた。
「そうよ?」
「ああ、そういや、発行された時そんな説明を受けたな……」
 ついさっき、コトリのライセンスカードを発行する時も聞いた話だ。

 トレーナーは、依頼が国を超えることがあるから出入りはあまり規制されていないらしい。
 そういう、自由なところがあるからトレーナーを目指す奴が多く、登録の入り口も広い。
 いや、むしろそうでもしないと人数が集まらないということだろうか……?
 それはあの放火魔が言っていたことを正に表していた。

「でも、流石はレイだな。コトリちゃんも地理に明るくないみたいだし……いやぁ、素晴らしい!」
「……結局、『レイに聞けばいいや』になっちゃったじゃない! カイ、今日から勉強だからね」
「だから、何で俺を巻き込もうとするんだよ!?」
 ああくそ、モンスターの勉強だけで手一杯だってのに。
 そっちの勉強がいらないスズキとやってくれ。

「それにしても、遠くないか? あの森」
「ん? ああ確かにな……。何でバス出てないんだ? コトリ?」
「えっ? あっ、はい! 今、あの森、通行禁止なんです!」

「「「……は?」」」

 にこやかなコトリの言葉に、全員の足が止まった。
「つ、通行禁止って……コトリ……何で俺たちそこを目指してるんだ?」
「え……あああっ、すみません! トレーナー以外は、です!」
 マジでビビッたぜ……。
 もう町を出てから、かれこれ三十分以上は歩いている。
 それが全部無駄になると本気で思ったじゃねぇか……!

「な、何で……通行禁止なの?」
 レイが俺たちの疑問を口に出した。
 レイも一瞬、来た道を戻る想像をしてしまったのか血の気が引いてる。

「あ……あの、実は今、原因不明の濃い霧が出てるんです……。一般の人も何人か行方不明になったみたいで……北の森は、小規模ですけど、結構危険なんです」
「ごめん、もう一回言う。何で俺たちそこを目指してるんだ?」
「へ? だ、だって……そ……それは……その、カイさんが……」
 三人の視線が俺に突き刺さる。
 ああ……そうだった。俺が軽い気持ちで言ったんだった。

「あのさ、そんな危険なら帰ろうか。俺の北に行きたい気持ちは、実はそんなに強くないんだ……」

 ガッ

 ぐ、おっ……!?
「カイ……あんた何で北に行くなんて言ったの? そして、引き返す? 三十分以上も歩いてきて?」
「レイさ……。何で何時も一回、殴る、を挟んで会話を始めるんだ? そしてごめんなさい」
「待てよ、カイ、レイ。何かコトリちゃんが言いたいことがあるみたいだぜ?」

「あっ、あの、大丈夫です! 私たちなら安全に突破出来ます!」
 コトリが慌てたように声を出す。
 話す順番を変えてくれれば、俺は殴られずにすんだろうな……。
「どうやって?」
 スズキの言葉に、コトリはピンッと胸を張った。

「モンスターの力で霧を吹き飛ばすんですよ。それで、私たちが通る時間だけは霧が晴れるはずです」
「……ああ、“霧払い”か」
 流石にスズキは詳しいな。

「コトリ、その、霧払いを使えるのか?」
「はい! 私、“空の適合者”ですから!」
「……適合者?」
 レイが聞きなれない言葉に、首を傾げる。
 ……そうだった。
 コトリは俺たちの知らないこの世界のルールを知っているんだった。
 そろそろ、適合者ってのがどういう意味なのか聞かせてもらおうか……!

「コトリ、適合者って何なんだ? 悪いが俺たちサッパリなんだ……」
「え? あっ、そういえば、カイさん……知らなかったんですよね。……あれ? トレーナーの方は全員知ってるって……あれ、嘘だったのかなぁ……」
 コトリはぶつぶつと、思考の渦に沈んでいった。

「ね、ねえ、カイ……説明しないと……」
「いや、多分大丈夫だ。こいつは多分、自己完結する」

「わっ、私が間違ってたみたいです! すみませんすみません」
 コトリはぺこぺこと頭を下げる。

「カイ……何か……」
「レイ、言いたいことは分かる。けどな、実はこれがコトリにとってはなんと何時ものことなんだ」
 昨日からの付き合いだけどな。

「それで、コトリ。適合者って何なんだ?」
「へ? ああっ、そうでした!」
 レイが、俺を突いてくる。
 分かってるって。
 何か、コトリを見ていると、こう、じれったい気持ちになるってんだろ?

「てっ、適合者っていうのは……そうですね……。トレーナーになる資格みたいなものでしょうか?」
 コトリは先生のように指を一本立てて説明を始めた。
 さて、頼むぜコトリ。
 俺たちがそのルールを飲み込めるかどうかは、お前の手腕にかかってるんだからな……!

「適合しているかどうかで、トレーナーになれるかなれないかが分かれるからなんですけど……えっと、十歳の時に……大体分かるみたいです。タイプが……。あっ、まれに後天的に現れるみたいですけど」

 オッケー、オッケー。
 コトリの説明能力は十分に分かった。
 とりあえず、整理して考えよう。

 まず、適合っていうのをしている人が、適合者って呼ばれている。
 その適合者じゃないと、トレーナーになれない。
 その適合しているかしていないかは、大体十歳の時に分かる。

 とりあえず、理解できたのはこんなもんか。
 少ねぇ……

「コトリ、一回止まろう」
「……へ? 分かりにくかったですか!? すみませんすみません」
 コトリはまたもぺこぺこと……そういや数えようと思ってたのに忘れてた……!
 って、レイ、俺を突くな!

「とりあえず、聞きたいのは、俺はあの放火魔に、“炎の適合者”って呼ばれた。それってどういう意味なんだ?」
 レイもスズキも耳を傾ける。
 そういや、こいつらはあの場にいなかったもんな。

「え? あ、あの、それは、カイさんが炎の適合者だからですよ?」
「もう一回、状況を良く理解して説明してみてくれないか? 今の明らかに不自然だからな」
「ええ!? ああっ! すみません、すみません」
 誰かーっ! 助けてくれーっ!!

「カイ……私もう限界……!」
 俺の叫びに名乗りを上げたのは、救世主ではなく、目がどこか据わっているレイだった。
 そしてコトリにおもむろに近付いていく―――

「ひでっ……ひででででででぇっ……!?」
 レイは、コトリの頬を抓って引っ張った。
 うおっ、レイ……容赦ねぇな……!

 コトリの柔らかそうな頬がよく伸びてる……。
 コトリは涙目でこっちを見たが、俺は視線を逸らした。

「おい、カイ。止めなくていいのか……?」
「アレは完全に自業自得だ」
「ひょっ、ひょんなっ!!?」
 コトリの間の抜けた声が響いたところで、レイは頬を離した。
「う……う……い……いだいでず……」
 コトリは涙目で頬を擦ってる。
 少し可哀想な気がしてきたな……。
 保護指定動物でも見ているようだ。

「ちゃんと落ち着いて話しなさい。それで、炎の適合者ってどういう意味なの?」
 レイが、子供を正すような口調でコトリに向かい合う。
 ここは、そう言うのが意外に得意なレイに任せた方が良いかもしれない。

「え……っと。炎タイプのモンスターの……力を引き出せる……人……です」
 落ち着いて話しているからかさっきより分かり易い説明だ。
「ああ、何となく分かったような気がする」
 ここで、スズキが声を上げた。
「モンスターの技でも、自分と同じタイプの技なら1.5倍に……ってこれはゲーム基盤か……まあとにかく、技が強くなるんだ。それの人間バージョンみたいなもんかもんかな」
 スズキの言葉にコトリは首を傾げたが、俺には分かり易かった。
 確かモンスターが使う技が、タイプ一致していると、技の威力が上がるっていうルールがあったな。

「じゃあ、カイが炎の適合者ってことなら、カイが使う炎タイプは強くなれるってこと?」
 コトリが嬉しそうに頷く。
 どうやら間違いないみたいだ。
 ただ、まだ疑問はある。

「ちょっと待てコトリ。もう一つ聞きたいんだが、何で“あの時”、格闘タイプの技は駄目だって言ったんだ? モンスターの力を引き出せるなら、使えそうなもんなのに……」
「え? あっ、ああ……あれは……えっと……」

「カイ? “あの時”って何よ?」
「放火魔の時の話だ。、後で詳しく話す。いいか、レイ。今これ以上茶々を入れていったら多分今日中に終わらねぇぞ」
 レイも、コトリの要領の悪さを短時間で理解したのか、口を閉じた。
 冗談抜きで洒落にならないことが分かってくれたみたいだ。
 コトリの要領の悪さは、とりあえず脅しに使えるレベルらしい。

「炎の適合者だからです……わわっ、ちゃんと説明します!」
 レイがピクリと動いたことを敏感に察知したコトリは慌て出す。
 悪いが同情しないぜ。
 俺も早くこの世界のルールを理解したい。

「えっと、炎の適合者……というより、適合者全般に言えるんですけど、自分の適合タイプ以外の技はうまく繰り出せないんです。適合者に出来るのは、自分のタイプの技と……後は、元々備わっている基本の技……つまりはノーマルタイプの技だけなんです」

 そろそろ、整理しよう。
 適合者は、自分に合致したタイプのモンスターの力を引き出せる。
 そして、自分のタイプの技とノーマル以外の技は使えない。
 ってことはもしかして……

「なあ、コトリ。もしかして、使えるモンスターにも制限があるのか?」
「はっ、はい! 適合タイプは捕獲や進化にも影響するんです!」
 コトリの元気な返事を聞き、ようやく、俺に渡されたモンスターが全て同じタイプだったという謎が解けた。
 あの王様の完全ないじめだと思ってたアレは、この世界のルールに則った当然のことだったみたいだ。

「じゃあ、俺は草の適合者。レイは水の適合者ってとこか。道理で……ん? あの王様……何で適合タイプが分かったんだ?」
 そうだ。
 スズキの言う通り、あの王様ははっきり俺たちにタイプの一致したモンスターを渡してきた。
 放火魔の時と違って、あの時、俺は炎どころかモンスター自体持っていなかったんだぞ?

「ええっ!? 王様に会ったんですか! すごい……ああっ、すみません!」
 レイ。コトリをこれ以上怖がらせないでくれ。こいつにとっては初めての旅なんだ……。

「え、えっと……。皆さん……あれ、やりませんでした? 機械に指を……」
「ああ! アレか!?」
 俺の中で、やっと全てが一本に繋がった。
 この世界に来て最初にやらされたのが、あの指紋採取もどきだ。
 アレは適合タイプを探す機械だったのか……!
 ……って、待てよ。確か……

「どうしたの? カイ?」
「いや……確か……あった。こいつだ」
 俺はナップザックの中から、リングボックスを取り出した。
 最初の二、三日は陸人からの贈り物だと思って、気にはしていたけど、今まですっかり忘れていた。
「確かこいつの中にも……」
「あああ!!」
 俺がボックスを開いたと同時に、コトリが大声を上げた。
 今度は何なんだ?

「す、すごい……シェア・リングですよっ! これ!」
「コトリ……それは、理解し易いもんなんだろうな? 悪いが俺の頭はそこまで性能が良くないんだ。これ以上情報が増えようもんなら……」
 しかし、コトリは目を輝かせて、六つのリングを見ている。
 ボロボロなナップザックの中にあった所為で、いくつかホルダーから外れていた。

「コトリ。悪いけど説明してくれない? これ何なの?」
「え……えっと……その……わわっ、すみませんっ、少し時間下さい!」
「ゆっくり考えて良いから、分かり易くお願い」
 ほら見ろレイ。完全にコトリに怖がられてるぞ……。
 まあ、止めなかった俺も俺だけど。

 コトリは、うんうん唸りながら、律儀に外れたリングを綺麗に正していく。
 そして、説明する順番が決まったのか、蓋の部分についている機械を持ち上げた。
「えっと、これが適合を判定する機械です。でも……多分、皆さんが測った機械と違うと思います。これには記録機能がついていますから」
「記録機能?」
「えっと、と、とりあえずやってみましょう」

 コトリが指を機械に当てると、ピピッと機械音が鳴った。

「あの、皆さんも……」
「ん? あ……ああ」
 俺たちは順々に、機械に指を近づける。
 大自然の真ん中で、四人で囲った小さな機械から、三回ピピッという音が響いた。
 何か間抜けな感じがするな……。

「えっと、このボタンを……だったかなぁ……?」
 コトリは自信なさ気に、機械についているボタンを押した。
 頼むから壊さないでくれよ……?

「あっ、これです、これです!」
 コトリは、機械のディスプレイを見せた。
 ってこれ、携帯みたいに開くんだな。

「えっと、これは適合者の適合タイプと、適合レベルを知ることができるんです」
 コトリの指を追ってみると、そこには“空・ランクE”と出ていた。
「それだけじゃなくて、ここに登録されている適合タイプを共有することができるんです」
 共有? だから、シェア・リングか。

「この指輪を付けていれば、自分にその属性が加わるって言った方が良いですかね……? この指輪、すっごく珍しいんですよ! それに、正確なんです! ギルドの仕事のランクもこれに対応しているくらいですから!」

 何となく言いたいことは分かった。
 つまり、ここに指を置いた奴の適合タイプを、指輪を付けている奴は使用可能になるってことか。

「へえ……じゃあ、今、俺たちがこの指輪を付ければ、俺の草、カイの炎、レイの水、それとコトリちゃんの空……飛行タイプ? が全員の適合タイプになるってことかな?」
 そうスズキが言うと、コトリがしゅんとなる。
 待て待て、今のが違ったら、俺はもう完全に理解できないぞ?

「すみません。実は、適合タイプが増えるって言っても、自分以外のタイプのモンスターは引き出せないし、その上数ランク落ちるんです。多分……Eランクだと、何もないのと変わりません……」

 おおう……。
 その程度なら何とか、話についていけるぞ。

「そうですね……せめて、Cランク以上なら、そのタイプの技が使えるようにはなると思います。強くなれば、ランクも上がりますし。……ただ……それ以上のランクになると……すみません……これ以上は分かりません」

 コトリは落ち込んだまま、シェア・リングの機械をいじっている。
「でもコトリ、ありがとう。あなたのお陰で色々分かったから、これで十分よ?」
「は……はい!」
 レイに褒められて、コトリが嬉しそうに返事をした。
 ああいうのをアメとムチって言うんだろうか? やっぱり、レイはこういうのがうまい気がする。
 しかし、レイが知らないことを知っている人間が、チームにいるのはいいことだな。
 当たり前過ぎることは、やっぱり本には書いてないみたいだ。
 何せ、十歳の時に知るようなことだからな……。

「ああっ! すごいです!! レイさんはDランク……カイさんとスズキさんは両方ともCランクですよ!!」
 ディスプレイを見て、コトリが騒いだ。
 ……ってスズキも俺と同じCランク?

「え? スズキも?」
「こいつ何気にハイスペックだよな……」
 スズキは涼しい顔して笑っている。俺は数回死に掛けてCランクだってのに……!

「でも、このリングのお陰で、手っ取り早く強くなれそうじゃないか! 飛行はコトリちゃんのランクが上がるのを待てばいいし……。後必要なタイプは……毒……格闘……、それと、地面と鋼か」
「地面と鋼? 毒と格闘は分かるけど、何で鋼と地面もなんだよ?」
 毒は、スズキのフシギダネ、格闘は、当然俺のワカシャモとモウカザルだ。
 “あの時”、格闘技が発動しなかった所為で、攻撃失敗したんだからな。

「ん? ああ、カイは知らないだろうけど、レイのミズゴロウは将来的に地面タイプが増えるんだ。ポッチャマは鋼が増える」
「スズキさん……詳しいですね!」
「はははっ、そいつらとは年季が違うんだって」
 知らなくて悪かったな。俺は炎タイプで手一杯だ。

「俺のハヤシガメにも地面が増えたし。とりあえず技だけでも、バリエーションが……」
「ちょっと待った」
 そこで俺は静止をかけた。
 こいつ今、何てった?
 レイを見ても、まさか……! という顔をしている。

「スズキ。今のお前の手持ちを言ってみろ」
「え? フシギソウにベイリーフ、それにジュプトルとハヤシガメだけど……?」
 そこには、俺が思っていたスズキのモンスターの名前が一匹もなかった。

「一応、説明してくれないか?」
「ああ、この前進化したんだよ。ほら、お前が一昨日、筋肉痛で動けなかった時に……」
「何で!!? 何でそういうことすんだ!!? 何でそういうことすんだ!!? もう一回言うぞ? 何でそういうことすんだ!!?」
「何でって……したもんは仕方ないだろ? 草は“成長”を象徴するって本に……ってどうした? カイ?」
「……いやな、何か、勝手に俺が一番このメンバーの中で強いとか思ってたんだ……けどさ、勘違いだったわ。笑えよ……リーダー失格な俺を好きなだけ……」
 俺は、まだヒノアラシが進化してない。
 それなのに、こいつ、全員進化させてやがった……。

「でもスズキ、何時の間に鍛えてたのよ?」
「え? お前らが勉強してる間にちょっとな。まあ、自主練って奴だな」
「お前、何時も見えないところで何かやってるよな……。自分でも理不尽だと思うけど、今、お前が許せない。お前の成長は何か何時も見えないんだよ!」
「カイだって、俺らの知らないところで進化させてるじゃないか。お相子だって」
 スズキは、はははと笑った。
 ああくそ、何かメチャクチャモヤモヤする。

「カイはまだいいわよ。私は全然進化してないんだから。一人だけDランクだし……あっ、勝負しない?」
「レイ、アレは的当てだから」
 レイは不満そうな声を出す。
 一人だけ、Dランクというのが一番気になってるみたいだ。
 ……そういや、さっき手持ちが増えたな。
 まあ、試す意味で今度相手してやっか。

 とりあえず、今は別の問題だ。

「……それにしても、使える技……か」
「確かに、さっきスズキが言ってたことも間違いじゃないわね。とにかく、使える技が増やすことが今、一番早く強くなる方法みたい」
 強くなる……か。
 確かに今一番必要なことだ。
 情報を集めるにしても、ギルドの方のランクを上げるにしても、そして何より、生きて元の世界に帰るためには絶対に必要なことなんだ。
 何にも知らないままでこれ以上進まなくて良かったぜ……。

「“適合者探し”。ギルドのランクと平行して進めていった方がいいかもね」

「ああああっ!!」
 そこで、機械を見て固まっていたコトリが大声を上げた。
「どうしたコトリ?」
 今度は何だよ。
 悪いが、もう、今日は頭がキャパシティオーバーだ。
 これ以上覚えられないぞ?

「こ、これっ、今まで他の人が触りましたか!!?」
 コトリが何を言いたいのか分からない。
 だが、多分、触ってないはずだ。
 ボロボロになった時に修繕した時も(俺がやったからかなり雑だ)、ずっと、ナップザックの中に入れっぱなしだったからな。
 俺は、首を横に振る。
 レイもスズキも同じ仕草。
 俺がずっと持ってたんだから当然だ。

「で、でで、でも……これ……!」

 コトリの震える指を追うと、ある一つのタイプのページを開いていた。

 そこにはこう表示されていた……

 “氷・ランクB”

「びっ、Bランク!!? おいおい、それって、まさか……」
「え、ええ、ギルドのランクと同じなんです。Cランクが他のランクと違って細かく分解されているのは、それだけ、Bが遠いから……。い、一体何で……」
「これどういう……あれ? カイ?」

 Bランクという言葉が聞こえてから、俺は、“あの夜”のことを思い出していた。
 あの、赤目のヤロウ。
 確かに、Bランクの仕事を引き受けてやがった。
 そして、穴だらけのナップザックを確かに触っている。

 圧倒的に遠いBの世界。
 その世界にいるのが、あいつには相応しい気がして……。

 ああくそ、これがあいつの世界かよ……!!

~~~~

「おい」
「……」
 たちの悪そうな男が、数人の取り巻きを連れて俺の前を塞いだ。
 俺はそれを無視して歩く。
 この町はただでさえ治安が悪い。
 だからこういうことは頻繁に起こが、一々相手にしていられない。

「おいっ!」
 横を抜けようとしても、その男が前に立ちはだかった。
 後ろの取り巻きは馬鹿にするように笑っている。
 子分か何かだろう。

「……何だ?」
「お前が、あの赤目か?」
 男は下品な笑みを浮かべ、俺を見下ろしてくる。
 こういう大柄なトレーナーは割りと多い。
 力を伸ばすより、力を使うことばかりに夢中になっているタイプだ。
 そして、“ハズレ”ばかりだった。

「……見れば分かるだろう?」
 俺は自分の容姿を知っている。確かにこの色は目立つ。

「ついて来い」
 男はそう言って、歩き出す。
 向かう先は、路地裏だ。
 俺にとっては何時ものことか……。
 この町は、モンスターの取り決めが薄いから、別にここでも良かったんだがな。

 路地裏に着くと、男が前に立ち、取り巻きは俺の後ろを囲った。
 逃がさないつもりなんだろうが、別に逃げはしない。

「お前が噂通りなら、倒せば俺の大金星だな!」
 男は大笑いした。
 後ろの子分たちは、調子を合わせて笑う。
 ……やはり、“ハズレ”か……。
 この手のトレーナーは例外なく“ハズレ”ばかりだった。

 ボンッ
「グアァァッ」
 男は、サイドンを繰り出した。
 ただでさえ狭い路地裏に大型のモンスターを出すとは……。
 最早、時間の無駄でしかない。

「俺の適合タイプは岩。“硬度”を象徴しているこの力は……」

 無駄話にこれ以上付き合ってはいられない。
 俺は、ボールを取り出し……

 ブッ
 ……振った。

 ドゴンッ
 ……ズウンッ……

「……な…に…?」
「……Quick raid」

 俺の言葉は、もう男には届いていなかった。
 今、この場にいるモンスターは倒れているサイドンだけだ。
 俺が、何をしたかもこいつらには分からないだろう。
 後ろの子分たちも静まり返り、路地裏にはもう音は聞こえない。
 やはり、“ハズレ”……か。

 もう、ここにいる必要はないな……
「ひっ……」
 男は俺が傍を通ると、図体に似合わず、怯えた表情を浮かべる。
 俺は、何もしない。
 こいつには、もう興味がない。

 路地裏を出る俺を止める声は聞こえなかった。
 つまらない……。
 どこかにいないのか……。

 俺を満足させられる、“アタリ”は……

 路地裏を出ても、人は賑わっていない。
 砂塵を巻き上げる強い風が、更にこの町を貶めているような気さえする。
 治安の低下が、一般人を住み難くしているのが理由だろう。
 こんな場所では精々馬鹿が騒ぐ程度で、何も起こらない。
 もう、この町にいる理由も……

 ……?

 掲示板に、一際派手なチラシが貼ってある。
 これは……
 モンスター・トーナメント……?
 開催日は……もう直ぐか。

 人が少なくなったこの町に客を集めるための大会だろうが、俺にとって利用するだけの価値はある。
 強い相手。
 それが、集まる可能性が少なくとも高い。

 ……もう少し、この町に留まる理由が出来た。
 しばらくはこの辺りの依頼でもこなしておくか。



[3371] Part.10 Retrospection
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:51
「さて、頼むぜ? コトリ」
「えっ、あっ、はい!」

 コトリは恐る恐る腰のボールに手を伸ばす。
 あれから更に三十分後、俺たちは北の大樹海に到着していた。
 入り口には、事件が起き始めたのが最近だっていうのに“惑いの森”などという看板が立ててあったが、密度の濃い霧が森には充満しているところを見ると、妥当な名前なのかもしれない。
 ここ、行方不明者が出るくらいなんだよな?
 俺たちは大丈夫なんだろうか……?

 入ったばかりは霧も薄かったが、中心部に近付けば近付くほど霧の密度は急上昇していき、今では近くにいる俺たち以外はもうほとんど見えない。

 ……? 霧の所為かどうか知らないが何か頭が痛くなってきた……。
 そして、妙な耳鳴りもする。

 しっかし、コトリが既にモンスターを持っていて良かったぜ……
 コトリのことだから、『今から捕まえます!』とか言い出しそうだったからな……。
 コトリの話では、母親から貰ったらしい。

 ボンッ

「お願いします!」
 やっぱり、恐る恐るといった調子で、コトリはボールを投げる……
 ……って……あ……!

 ガンッ
「ヴヴ~……い……いだいでず……」
「ほら、確りしなさい」
 そこにはかつての俺がいた。
 そうだよな……。
 ボールが投げたら戻ってくるなんて、普通想定してないよな。
 って、レイ。俺の時は大笑いしたくせにずいぶん甘いじゃねぇかよ……!

「まあ、見ている分には結構楽しいな」
「ははは……でも、俺らはもう……はあ……カイで見飽きたし……はあ……はあ……?……」
 ……これ一生言われるんじゃないか?
 さっきから痛い頭が更に痛くなった気がしたぜ……
 ……ん? スズキも具合悪いのか……?

「って、コトリちゃんのモンスターが出てきてるぞ? スバメ……か」
 コトリの投げたボールからは小型の鳥が出てきていた。
 こいつは、スバメっていうのか。
 ……え? 小っちゃくねぇか?

「コトリ、本当にこいつで霧を払えるんだろうな? 何か『自分、飛ぶので精一杯っす!』見たいな感じだけど……」
「だっ、大丈夫です。空の適合者ですから! “空を飛ぶ”はまだ無理ですけど、“霧払い”くらいなら……スバメ!」

 涙目のコトリの指示に反応し、スバメは羽ばたいた。

 ……?
 俺には何故か、その光景がどこか遠くに見えた。
 コトリの晴れ舞台だっていうのに頭がイテェ……
 視界も霞んできている気がする……
 何だ……?
 これは“あの時”の感覚とは違う。
 むしろ、視界が悪く……?

「霧払い!」
 コトリの声が、霧の森に響く……。
 スバメは小さな体を精一杯動かし、霧を吹き飛ばし始めた。
 何だ……?
 スバメの霧払いで、確かに霧は飛んでいるのに、何でどんどん視界が暗くなっていくんだ……?

 そして、この倦怠感……!!

「な、何……?」
 レイも俺と同じなのか具合の悪そうな声を出す。
「何だ? これ……?」
「あ、れ?」
 スズキとコトリの焦った声も聞こえる。
 おいおい……何かおかしいぞ……?
 今や、視界が良い悪いのレベルじゃない……。
 暗くて……何も……見えない……!?
 ぐ、平衡感覚もおかしい……、どっちが上でどっちが下かも…分からない……?
 俺は今立っているのか? 倒れているのか?

「カイ……何か……おかしく……ない……か?」
 スズキの声が聞こえたと思った時、俺は意識を手放した。

~~~~

「おいっ! 起きろ! カイ!」
 近くで、聞き慣れた声が聞こえる。
 悪い。もう少し、寝かせてくれ。何か今頭が痛いんだ……

 ガンッ
「いっでぇっ!!?」
 そいつは、容赦なく俺の頭に拳を振り下ろした。
 何しやがる!!?

「相変わらず寝起き悪いな。お前ただでさえ馬鹿なんだから、高校サボったらどうなるか分かってんのかよ?」
「ぃ……っぅ……頭殴っといてそういう事言うか?」
「ん? 今更そんなこと気遣っても手遅れだろ。お前は」
「あんた、言ってること矛盾してるぞ……」
 俺は、頭を擦りながら、ベッドから起きた。

「いいから起きろ。朝飯はもう出来てる。遅刻するぞ?」

「ああくそ、分かったよ。……陸人」
 そいつの後を追って、俺はリビングに向かった。
 時計を見れば、まだ学校に間に合いそうな時間だ。
 朝飯も食えるか……。

・・・・・・

「ほら、食え」
「……なあ、陸人。起きるのが遅れた俺が言えた義理じゃないが、あんたには、トースト以外作るなって言わなかったか?」
 俺の目の前には、朝飯はほとんどなかった。

 狐色のトースト。
 ここまでは朝飯だ。
 だが、目玉焼きを目指したんであろう所々焦げついている本当にぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ。所々どころか黒一色のウインナー(味付けの醤油のかけ過ぎか?)。後は不揃いのサラダ……ああ、これは何とか食えるか。洗ってくれていることを祈ろう。

「まあ、体には悪いだろうが何とか食えるだろ。ああそうだ、知ってるか? 聞いた話じゃ焦げたものを食べると癌になり易くなるらしいぜ?」
「何で今それを言った?」
 俺は、一番無難なトーストにバターを塗った。

 俺の健全な朝飯を確保するためには早起きしなきゃいけないらしい。
 俺はレイほどじゃないが料理はそこそこ出来る。
 一人暮らしをなめんなよ……?

 ……?

 一人暮らし?
 何考えてんだ、俺?
 俺はずっと、こいつと暮らして……?

 頭の中に妙なノイズが走る。
 何だ? 何かが変だ……

「そうだ、カイ」
「う……ん?」
「今日は、雨降るぞ。曇ってるし」
「天気予報からの情報じゃないんだな」
 陸人の視線を追うと、確かに空は曇っている。
 屋上は大丈夫だろうな……?
 ……? 屋上?
 そういや何で俺は屋上に入れるんだ……?
 ……おいおい、どうした俺。バイトの先輩から鍵を貰ったからだろ。
 ……?
 いや待て、何で俺はバイトをしていた?

「おい、カイ。飯は食えたもんじゃないから食わなくてもいいが、ぼうっとしてると遅刻するぞ?」
 時計を見ると、もう家を出る時間になっていた。
 妙に気分が悪いけど、とりあえず今は学校だ。

「悪い、行ってくる。片づけくらいはちゃんと出来るよな?」
「お前具合悪いのか? だったら、どうせ焼け石に水なんだから……」
「学校休むほどじゃねぇよ」
 それに焼け石に水って言うな。
 陸人は釈然としない表情で、俺を見送っている。
 陸人は直に俺の状態を読み取りやがるな……。
 俺が初めて陸人の料理を食べた時も、俺が咽だす前に水が目の前に用意されたことがあった。
 そういや、そん時だったな……。トースト以外作るなって言ったのは。

「じゃあ、行ってきます」
「おう、行ってこい……ん? どうした」
 ドアを開けながら、俺は何故か止まってしまった。
「いや、何か新鮮で……?」
「は? 高校生にもなってまだ寝ぼけてんのかよ? それとも、まだ中学生気分が抜けてな……中学生でも同じか」
「朝、寝ぼけるのと年齢は関係ないだろ。まあ、今度こそ行ってくるよ」
 俺は、ドアをバタンと閉めた。

 笑えないことに、俺は家を出てから一瞬迷子になった。
 おいおい、いくら今年から入った高校だからって、それはないだろ……俺。
 だが、何故か三ヶ月近く通っているはずの通学路は妙な違和感があった。
 本当に俺は具合が悪いみたいだ。
 陸人言う通り素直に休んどきゃよかったか……?

「カイさん!」
 俺が何とか学校への道を特定して歩いていると、後ろからトタトタと誰かが近付いてきた。
 ……誰……って、ああ……
「コトリ、おはよ……」
「はい! おはようございます……? どうしたんですか?」
 息を切らして、俺の目の前にいるコトリは、俺の学校の制服を着ていた。
 ……何で、コトリがセーラー服を……って、何考えてんだ、俺。同じ学校に通ってるんじゃないか……!

「カイさん……具合でも……?」
「いや、何か……悪いコトリ。何か朝から頭が痛くて……」
「だっ、大丈夫ですか!?」
「いや、大丈夫だ。ただ、でかい声は出さないでくれ」
「は……はい!」
「話聞いてたか?」
 俺とコトリは学校へ向かって歩き出す。
 だが、朝の新鮮なはずの空気は全くと言っていいほど、体に入ってこない。
 そして、頭がやっぱり痛い。
 擦った頭に違和感を覚えながらも何とか歩き続けるが、沼の中を歩くような抵抗がある。
 何で朝からこんなに具合が悪いんだ……?

「あっ、カイ」
「おお」
 学校に近付いて生徒の数が増えてくると、見知った奴が近付いてきた。
「あっ、レイさん、おはようございます」
「ん、おはよう……? あれ?」
 レイも、コトリを見て表情を曇らせる。
「どうしたんだ? レイ。お前も、具合悪いのか?」
「え? えっと、うん。まあ、朝早く起きちゃった妹が、私を強引に起した所為で寝不足なだけだと思うけど……?……」
 妹?
 レイの妹……って確か……事故で……おいおい、俺、何考えてんだ!!?
 いくらなんでも、考えていい事といけない事がある……?
 ……?……何だ……余りに不謹慎なのに、確かに聞いた気がするぞ……?

「じっ、実は私も朝から頭痛いんです。カイさんもそう見たいで……」
 コトリが思い出したように言う。
 何で揃いも揃って具合悪いんだよ……!?
「……う~ん……あら? コトリ、リボン曲がってるわよ?」
「わっ、本当ですか?」
 レイが、コトリのリボンを直す。
 その間も、レイの表情はどんどん曇っていった。

「おいおい。止まってると遅刻する……おお、コトリちゃん、制服似合って……あれ?」
 スズキ、お前もか。
 現れるなり頭を抱えた男は目をきつく閉じていた。

・・・・・・

 何かが変だ。

 学校の昼休み、俺は今屋上にいた。
 空は朝から変わらず、降り出しそうな状態だ。

 俺は今日朝から付き合っている頭痛を堪え、考えを巡らせていた。
 何をやっていても付き纏う違和感。
 特にやばかったのは授業中で、成績が最悪の俺が授業中に言っている事が理解できてしまった。
 まるで、かつてやっていたかのように。
 俺は、自分を落ち着けるためにタバコに火を点けた。

「す……ふう……」
 何が起きてる……!?

 ギィッ
 後ろで、屋上の扉が開いた。
「おっ、やっぱりここにいやがったか」
 振り向くと、スズキを先頭に、レイ、コトリが屋上に入ってくる。

「なあ、カイ。話があるんだけどさ……」
 スズキは、ぽりぽりと頬をかきながら俺の前に立つ。
「ああ、俺もお前らに聞きたいことがある……」

「「何かが変じゃないか?」」

 俺たちの声は見事にハモッた。
「やっぱり、カイもそう思ってたみたいね」
「レイもか」
「わっ、私もです!」

 待て待て、状況を整理しよう。
 何故かこの四人は、朝から具合が悪くて、そして何か違和感を覚えている。

「なあ、レイ。どう思う?」
「どうもこうもないわよ。授業は簡単過ぎるし、先生の雑談ですら聞いたような話だった。タイムスリップでもしたみたい」
 そいつはすごいな……レイ。お前そんなことまで全部覚えていられるのか……?

「コトリは?」
「わっ、私もレイさんと同じです……。でも、やっぱり頭が痛いのが一番辛くて……」
 コトリは、しゅんとなる。
 全員が全員、違和感を覚えているのに、それが何か分からない。
 もしかしたら、それを解き明かすことが現実の世界に戻る方法なんじゃ……?
 現実の世界?

 何だ今、俺は何を考えた……!?
 それじゃあ、まるでここが……

 ギィッ

 俺の思考を遮るように、再び屋上の扉が鳴った。
 俺たちは身構える。
 やばい……まさか教員か?

「おっ、やっぱ、ここ入れるじゃん」
 扉から現れた制服を見て、俺たちはほっと息を吐いた。
 何だ。生徒だったか。
「おっ、烏丸じゃん。何お前ここのカギ持ってんの?」
 そいつは、体を大げさに揺すりながら歩いてくる。
 両耳にピアス、シャツをだらしなくはだけ、髪は当然のように茶に染まっている。
 典型的な高校デビューを果たした奴ってとこだ。

「カイ。知り合い?」
「ん? ああ、……クラスメイトだ」
 まあ、名前はうろ覚えだけどな……。
 何つったっけ?

「おいおい、烏丸、タバコ吸ってんのかよ?」
 そいつの視線は、俺の指に向いていた。
 うおっ!? もう半分自然に灰になっちまってるじゃねぇか……!!

 その言葉に、レイはうんうんと頷く。
「カイ……。いい加減吸うの止めなさいって。早死にする……」
「俺にも一本くれ」
 レイは賛同者を得たかのように、俺に禁煙を迫ったが賛同者ですらなかったことに気付き口を閉じる。
 甘いな、レイ。
 この年頃は色々憧れるもんなんだ。

「ほら」
 俺は、タバコを一本取り出すと、そいつに突き出した。

 ……?

 前にも似たような……いや、全く同じことがあった気がする……!?
 待てよ待てよ。この後何が起こった……?

 そいつは、タバコを受け取ると、慣れていない手つきで咥える。
「おい。一応これは度数高いぞ? 吸ったことないんなら……」
「へーき、へーき」
 そいつは、全く取り合わない。
 ここまでも、かつて経験したことだ。
 何だ? 何“だった”……!?
 “この先”に何が起きるかが思い出せない…!

 俺は、ジッポを指で弾いて開けると、火を点けそいつに近づけた。
 そいつは火に、タバコの先を当てる。
「……おい、タバコは吸いながらじゃなきゃ火は点かねぇぞ」
「ん?……」
 そいつは何を思ったか、全力でタバコを吸った。

 ―――!!!

 今、全て思い出した。
 間違いない。この先……

「ゴホッ……ゴホッ……!?」
 そいつは、思い切り咽る。
 “あの時”は、確か、俺も含めて皆笑ってた。
 けど、今は違う。
 誰も笑っていない。
 レイも、スズキも“思い出した”みたいだ……!

「……ッ……アヂィッ……!!」
 そいつは掠れた声を出しながら腕を振る。
 そして、タバコは……

 ヒュッ

 くそ……!!
 伸ばした俺の手をすり抜けて、タバコはあの時と同じようにフェンスの外に落ちていった。
 ドクッ……ドクッ……
 鼓動が早くなっていく……。

「ぺっ、ぺっ、くそっ」
 後ろで、そいつの耳障りな声が聞こえた。
 口の中が気持ち悪かろうが、今は別にやることがあるだろう?

「……消してこい」

「カイッ!?」
「くそっ、止めるぞ!」
 レイとスズキが、視界の隅で、何かを騒いでいる。
 うるせぇな。
 今は、そいつにやらせなきゃいけないことがあるんだ。

「ん? 大丈夫だろ。どうせ雨降るって……」

 プッ
 俺の中で、何かがキレた。
 こいつは何も分かっていない。
 間に合わなかったら……

 ―――違う……

 ―――!?
 頭の天辺から冷え切っていくあの感じ。
 それが、今、“来た”。
 そうだ……俺はあのタバコの顛末を“知っている”。
 俺が探しに行っても直には見つからず、結局、見つかったのはその直後降り出した雨で完全に消えた後だった。
 つまり、こいつの言い分は正しかったことになる。
 俺はそれが何か悔しくて、雨の中、じっと佇んでいた。

「カ、カイ?」
 いつの間にか俺の体を掴んでいたレイが、不思議そうな声を出す。
 俺の体から力が抜けたからだろう。
 目の前のそいつは、何が起こっているか分からないといった表情を浮かべている。

 あの冷静な自分のお陰で、無駄なことをせずに済んだ。
 ここで、こいつを殴って何のメリットがある?
 冷えた頭はやけに回る。
 こいつが逆恨みで、クラス中に噂を広め、俺は孤立したのを覚えている。
 別にレイとスズキがいれば、苦にはならなかったが、その境遇を知ったレイとスズキが悲しそうな顔をする方が辛かった。

 だから、こいつを殴るのは……

 ―――“違うよな”……!!
「っ……!!」

「おっ、おい、カイ!!?」
 俺の体から力が抜けて、油断していたレイとスズキは俺の行動を止めることは出来なかった。
 俺の拳は、呆けていたそいつの顎にクリーンヒットし、そいつは意識を失う。

「何が、“違う”だよ……笑わせんな……!!」
 さっきの、“自分を止めた自分”に妙に腹が立った。
 “あの時”の自分は確かに論理的だ。
 少なくとも今の俺より、百倍は頭が回る。
 正直、命だって救われている。
 けど、やっぱり、今のだけはおかしい。
 俺にとって、火事がらみは、メリット・デメリット何ていう損得勘定で計るもんじゃない。
 確かに、今の世の中、全てのことに感情的に動けば、そいつに待っているのは破滅か、もう少しマシな破滅だけだ。
 けど、だからといって全て論理的に動いていたら“自分”は死んでしまう。

 『譲れないことは一つくらいあった方がいい人生になる』

 ずっと前に、陸人が言っていて言葉だ。
 俺にとっての譲れないことは、正に、今のこと。

 だから、こいつは許せない……!

「ちょっと……カイ!」
 俺は、屋上の出口に向かって走り出した。
 当然、向かう場所はタバコが飛んだ場所だ。

 俺は、さっきのフェンスの真下に到着した。
 今の俺には、タバコが落ちた場所が“分かる”。
 何せ、かつて見つけたんだからな……!

 大体の見当は付くんだ。
 体は再び、冷え始めていた。
 さっきは邪魔だと思ったけど、物探しみたいなことをする時は、視野が広くなるから助かるな……。

「……はは」
 あっさり見つかったタバコは、やはりまだ火が点いていた。
 ようやく消せる。俺は足で、タバコを踏んだ。

 ……?

 ちょっと待て。
 何で、俺は火事に執着しているんだ……?
 そして、何時からだ……?
 俺が、タバコを吸いだしたのは……?

 冷静な頭は妙に回る。
 絶対に気付きたくない、答に猛スピードで近付いていく……。

 違う、違うだろ……?
 俺は、あいつとずっと一緒に……
 待て、じゃあ、何所でレイや、スズキに出会った?
 記憶の中、確かにある、あの空き地は……ど……こ……だ……?

 今起こることを“知っていた”自分。
 しかしそれは、何か大きな前提が“覆ってなければならない”。

 そもそも……待てよ。……俺たちは、今、“何所”にいた……?
 じゃあ、ここは過去……?……いや、違う……

「カイッ……良かった……やっぱりここに……」
「レイ……」
 レイとスズキ、それにコトリが、息を切らせてこの場所に到達した。
 俺の頭は、どんどん気付いた事実を形にしていく。
 ああくそ、そうか……
 俺は“あの時”から、一人暮らしを……

「ここは……夢の中だ……」

 ポツリ、ポツリと雨が降り出した。
 それは“あの時”と同じように、俺の頬に鬱陶しく絡みつく。

「ゆ……夢……?」
「ああ……俺たちは、過去に戻ったわけじゃない。何故なら……お前の妹も……神埼陸人も……もういないんだ……」
 何で、俺たちが同じ夢の中にいるのかは分からないが、俺の直感がそう告げている。
 ようやく、思い出した。
 俺たちは今、この世界にはいないはずなんだ。
 強く握った両手からは血が流れているかもしれない。
 夢だってのに……痛ぇ……

「……ぁ……」
 俺の言葉に、レイは弱弱しく声を漏らす。
 そうだ。ここはあくまで夢の世界。
 向かい合わなきゃいけないものがある。

「で、でも……朝……あんなに元気で」
 レイは震えた声で、すがるように言う。
 でも、震えてるってことは思い出したんだろう?
「ウチのもそうだよ。料理が下手なのは相変わらずだった」
 残さず食えばよかった……な。

「で、でもよ、俺たち何で、夢の中……しかも全員同じのに、だぜ?」
「そっ、そうですよ! いくらなんでもそれは……」
 スズキとコトリも納得できないらしい。
 そりゃそうだ。

「それは、俺も全く分からない。でも、出られそうな方法なら何となく分かる」
 そうだ、仕組みが分からないからって何もそこで止まることはない。
 理解できている材料だけで、解決策を探せばいいんだ。

「で、出る方法ですか……?」
「ああ、こういうのって大体、絶対的な矛盾を見つければ、目が覚めるもんだ。まあ、矛盾しているって自覚しなきゃ駄目なんだけど」
 これは、夢の目覚め方とかで、聞いたことがある。
 こんなに意識がはっきりしている夢なら、むしろ逆に矛盾は見つけやすいだろう。
 まあ、見当はついてるけどな。

「絶対的に矛盾しているもの? ってもしかして……」
「ああ。……死者は生き返らない」
 その言葉にレイは顔を伏せる。
 悪いな……レイ。

 けど……“奴”を油断させるためには仕方ないんだ……!

「じゃっ、じゃあ、カイさんたちのお宅に……!?」

 ダッ

 突如、掴みかかった俺に、コトリは咄嗟にバックステップで回避する。
 やっぱりな……。ボールもキャッチ出来ないコトリにそんな動きはできねぇぞ?

「え!? 何!? カイ!? コトリ!?」
 今の一瞬の出来事に、レイはついてこれなかった。
 ただ、スズキはコトリのありえない俊敏さに異変を感じ、ただじっと、コトリを睨んでいる。

「なっ、何をするんですか!?」
「もう止めようぜ? いいこと教えてやるよ……」
 俺は、コトリに油断なく構えたまま言った。

「“こっちの世界”じゃ、高校生一年生の下は中学三年生。俺らが高校一年の時に一つ下のコトリが同じ学校にいるなんてことはありえない」
 さっき、コトリをトレーナーとして登録した時に見た情報だ。
 この学校は、完全に独立した高校。
 だから当然、エレベーター式なんてものはないし、敷地内に中学校を囲っているわけでもない。

 向こうの世界ではどうやら学校というものは、町で一まとめになっているみたいだ。
 たまに、独学だけというのも認められているみたいだけどな。

「それにお前は知らなかったかも知らないが、大前提として、俺たちの世界とコトリの世界は完全に別。だから、コトリがこっちの世界のことで記憶にあるものなんて、一つもあっちゃいけない」
 思えば、コトリは俺たちの会話に全て便乗しているような感じだった。
 まあ思わず、レイの“授業を聞いた事がある”に便乗したのは失敗だったけどな……!

「陸人や、レイの妹は、俺たちの記憶や想像から生み出たんだ。だからこの夢の中の絶対的矛盾……それは、コトリ。お前だ……!」

 そこまで言うと、コトリは俯き震え出した。
 拳を作り、肩を振るわせているその様子は泣いているようにも見える。
 しかし……

「ふふ……ふふふ……」
 徐々に聞こえてくる笑い声で完全に否定された。

「ふふふふふふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 ゾワッ
「な……何……!?」
 レイが、その、見ているものに恐怖を与える異様さに震えた。
 降りしきり雨の中、コトリの不気味な笑い声だけが響く。
 やっぱり間違いねぇ……コトリはこんな風に笑わない……!

 するとコトリは俺を正面から見据え、顔をいっぱいに使って不気味に笑った。
 コトリの顔でこれ以上ふざけたことすんじゃねぇよ……!!

「せいかーい……!」

 コトリの口から出たのは、別の声だった。
 そして、そいつがそう言った直後……

 ビュオォオオォオオオォオオオォオオォオオ―――ッ!!

「う、おっ!?」
「きゃっ!?」
 強い風が吹いたように、景色が歪んでいく。
 いつの間にか、コトリもいない。
 天と地が混ざっているようなぐちゃぐちゃの絵。
 それが、目の前にある。

 そして―――

「あっ! ああっ、カイさん!! 良かった……! だっ、大丈夫ですかっ! いきなり倒れちゃって……!!」
 気がついたら、目の前に涙目のコトリがいた。
 ああ、この表情は本物だ……!

「んん……?」
「何……だ……?」
 二人も意識を取り戻したようだ。
 よし、だったら、今は急いでやらなきゃいけないことがある。

「コトリ、霧払いだ!」
「え!? あの、でも、さっき……」
 コトリが、疑問に思うのも無理はない。
 何せ、霧は晴れているように見える。
 けど、前が見えるだけじゃ、この森は突破できない。
 この妙な霧から完全に俺たちを隔離しないと、また、あの世界に引きずり込まれる……!

「コトリ、今俺たちは攻撃を受けている……! 頼む!」
「はっ、はい!」
 コトリは、ボールをもう一つ取り出した。
 確かにスバメじゃ、この霧を吹き飛ばしきれない。

「ト……トゲチック!」
 現れたモンスターは、どちらかと言えば人型に近く、翼も小さい。
 けど、2匹合わせれば……!

「霧払い! ……いだっ!」
 視界の隅で、コトリがボールのキャッチをミスしていた。
 確かに二回見ると飽きるけど、やっぱり間違いなく、こいつはコトリだ。

 ビュオオッ

 コトリのモンスター2匹の霧払いで、一気に霧が俺たちの周りから消えた。
 もう、見えないくらいの霧もないみたいだ……!

 よし、後は……

「念と霊……。“錯誤”と“幻惑”のDouble drive:Foggy retrospection。……やっぱり、霧払いとは相性が悪いわね……」

 そこで……
 あの世界でコトリの口から最後に聞こえた、声が聞こえた。

 俺は、聞こえた方……直ぐそこの木の上に視線を向ける。

「まったく……、あの世界は何なのよ? 勝手が分からないことが多すぎるわ……」
「だ、誰だ……!?」

 木の上……ほとんど真横に伸びた木に、一人の若い女が腰をかけていた。
 見えそうで見えないミニスカートに、黒いマント。ブロンドの髪にはつばの長い三角帽を被っている。
 ……この出で立ちは……!?

「あ、ああっ!!」
 そこで、コトリが声を上げた。
「そういえば、北の森には“魔女”が出るって噂が……」
 コトリ。今度からそう言うことは早めに言っておこうな……。
 でも、確かにコトリの言う通り、こいつの格好は魔女だった。

 服装だけじゃない。“空気”そのものが……だ。
 素人の俺でも分かる。明らかに演技じゃ出しえない、“本物の空気”。
 それを、こいつは持っている。

「あら? 私の姿を見た人がいるの? 見せなかった自信あったのにな……」
 魔女は不気味に微笑む。
 俺は警戒心を強めた。
 間違いない。こいつがさっきの世界のコトリの中身だ。
 さっきの世界に俺たちを引きずりこんで何をしようとした?
 そして、こいつは次に何を仕掛けてくるつもりだ……?
 落ち着け……

「ねえ、あなたたち……どっちに行くの?」
 俺が考えを巡らせていると、魔女は自然に声を出した。
 さっきまで、俺たちに攻撃に近いことをしていた割には口調が軽い。
 いや、これがこいつの性格なのか?

「右か、左。因みに左は行き止まりだけど……」
「何のクイズよ?」
 レイが、起き上がりながら、魔女を見る。
 すると、魔女は微笑むのを止めた。

「……どっちに行きたいの?」

 ―――!!?

 そいつがそう言った瞬間、森そのものが凍りついた。
 ピ―――ンとした耳鳴り。
 何だ……殺気……か……?
 息も……し辛い……!
 おいおい、こいつは……何なんだ!?
 もしかして、あの赤目のヤロウより……!?

「私はこの森のある場所を見張ってなきゃいけないんだけどね。……あなたたちの、頭の中をちょっとだけど見せてもらって、“あなたたちの世界”とやらに興味があるの。出来ればここで、“終わり”にしたくないんだ……。で、どっちに行くの? 右? 左?」

 ここで、ようやくこのクイズのルールが掴めた。
 こいつはここで、この森の特定の場所に近付く人間を止めている。
 そして、そのある場所はここから右か左のどちらかにある。
 もし、俺たちの選択した道がそっちだったら……こいつと戦うことになる……!

「で? どっち? まさか両方とか言い出さないわよね?」
 こいつと今戦ったら、4対1でも、多分勝負にならない……!
 あの殺気……。
 正直、普通の人間が到達できるレベルじゃない……!
 それに、さっきこいつは何て言った……?

 ダブル・ドライブ?

 分からないことが多過ぎだ。絶対に戦うわけにはいかない……!

「早くしないと……」
「み、右よ……左は行き止まりなんでしょう?」
 レイが、答を出した。
 確かに俺よりは、当る確率が高いだろう。

「それが、あなたたちの答?」
 そいつは、何故か俺に向かって聞く。
 『頭の中を見た』
 さっきこいつはそう言った。
 俺がリーダーってことが分かってんのか……!
 俺は、慎重に頷く。

「せいかーい……! 通っていいわよ……」
 そいつはあっさり背を向ける。
 もし、外れていたら……いや、止めておこう。

 俺たちは、右に向かって歩き出す。
 さっきまで攻撃を受けていたとは言え、正直今、あの魔女を刺激する気は誰にもなかった。

「あっ、そうだ」
 そいつは途端振り返り、心底楽しそうな笑みを浮かべた。
「私はチーム・パイオニアのペルセ。ごきげんよう、チーム・ストレンジの皆さん」
 ……こっちが自己紹介してねぇのに、知られてる……!
 やっぱり、頭の中を見られたってのは本当みたいだ。
 そいつの体が、ぼやけて消えていく……

 幻覚でも見せられてんのか……!?

「あ……ああ」
 俺は、魔女が消えきる前に悔し紛れに声を出して、再び歩き出した。
 遠くに、森の出口と思われる光が見える。

「ね、ねえ、カイ……」
「分かってる。あいつが俺らにさっきの夢を見せたのは間違いねぇけど……今は、何も出来ない……!」
 隣で、レイは悔しそうな表情を浮かべる。
 そうだ。こいつだって、妹なんていう心の傷に触れられたんだ。許せるわけがない……。
 さっきのクイズだって外れたら外れたで、戦ってもいいと思ったから、あっさり答えられたんだろう?
 レイが、俺の握り締めた拳を強く掴んだ。

 力がなければ、この世界では何も出来ないことが悔しいんだろう。
 俺だってそうだ。
 また借りを返す相手が増えちまった。
 弱いままだと、今後もどんどん増え続けるだろう。

 ああくそ、この森で逃げるのは二回目だ……!!



[3371] Part.11 Sister
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:52
「そ、そんなことがあったんですか……」
「……ああ」
 俺たちは今、森を抜けて直ぐの関所に到着していた。
 関所と言ってもほとんどギルドみたいなもんだ。依頼も受けられるし、宿泊施設もある。まあ、流石に人が少なくてサイズも小さいけどな。

 俺とコトリは今、建物の外にいる。
 空はもうとっくに暗くなり、遠目に見える森の中には星の光さえ届いていない。
 ただ、虫の鳴き声も聞こえないのは、やっぱりあのペルセとかいう魔女の仕業なんだろうか……?

 あの一件で気力を使い果たした俺たちは、今日は依頼も引き受けずここで休むことにした。
 今、レイとスズキは、中で“準備”を進めている。
 その時間を利用して、俺はコトリに色々と事情を話していた。
 流石にこれ以上、訳も分からないままコトリを連れ回す訳にはいかないからな。

 頼むから笑わないでくれよ?

「だから俺たちはこっちの世界のことがあんまり分からないんだ。何か、悪かったな……その、騙すようなことして……」
「でも……別の世界なんてあるんですね!」
「……コトリ、お前のその理解力は大切にしていこうな」
 コトリは俺の話を聞いても、どこか感嘆した表情を浮かべたままだった。
 というか、よく一発で信じたな……
 信心深いって言うのか? こういうの。
 こいつ、本当に目を離さない方がいいみたいだ。

「まあ……信じてくれて良かったよ」
「カイさんなら信じますよ!」
 コトリは能天気に笑った。
 おいおい、そうやって人をほいほい信じない方がいいぞ?
 何せ、特にあの夢では疑うことから始めなきゃいけなかったんだからな……。

「にしても……あの魔女。本当に気をつけた方がいいな……。人の記憶から夢を創って閉じ込める。マジでコトリがいなかったら……」
 陸人にレイの妹。
 記憶の中にだけある存在が目の前にいても、直には違和感に気付けないあの空間。
 とんでもなく危険な能力だ。

「でっ、でも、私皆さんが倒れたのに何も出来ませんでした……」
 コトリが目を伏せる。
 こいつは俺たちが倒れても意識があったらしい。
 倒れた俺たちを見て何も出来なかった自分を責めているみたいだ。

 俺はコトリを励まそうとして……止めた。
 さっきのことではっきり分かったのは、俺たちがどうしようもなく弱いってことだ。
 そんなメンバーの中だけで励ましあって何になる……?

「コトリ。ダブル・ドライブって何だ?」
 だから、俺は別の言葉を口から出していた。
 あいつが口走った、技名と思われる言葉。
 後半はあまり聞き取れなかったけど、確かにあいつはそう言っていた。
 “あいつのいる世界”のことを少しでも知らないと、差は縮まらない。

 コトリは、それを聞いてうんうん唸った。
 また、説明のイメージでも作り上げていんだろうか……?
 まあ、分かり易いなら文句はない。

「えっと、技の……じゃなくて、適合タイプが二つになった時に出来る技のタイプが……? あれ? ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「何で、説明力が退化してるんだよ……!」
 それと、焦んなくていい。ここにレイはいないからな。

 コトリはまた、目を瞑ってうんうん唸った。
 何か失敗したな。自分で調べりゃ良かったか……?

「ダブル・ドライブっていうのは適合タイプが二つある人のこと……」
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
 途端、背後から声をかけられた。
 ああくそ、心臓止まるかと思ったぜ?
「……もしくは、その人がモンスターに使わせられる特殊な技のこと……ゴメン、そんなに驚いた?」
 俺たちは、ショックで声を出せなかった。
 何だよこの世界……!
 何で基本、人と出会うのがこんな感じなんだ!?

 目の前には、腰ほどまで髪を伸ばした女性がいた。
 30歳……位か? 表情が柔らかく、綺麗な人だった。
 まあ、後ろから声をかけたのが、わざとのような気がする当たり、子供っぽいような感じだ。

「え、えっと、あなたは……?」
 コトリが恐る恐るながらも、その女性に向き合う。
 ただ、俺は気が楽だった。その女性は、親しみ易い空気を持っている。

「私? 私はこの擬似ギルドのオーナーよ? あなたたちは?」
「えっと……チーム・ストレンジの……まあ、一応リーダーのカイです。こっちは……」
「コ、コトリです」
「そう……私は、リイン」
 ……? そこで、俺は、この人も名前しか言わなかったことが気になった。

「え? トレーナーの方なんですか?」
「コトリ……。今な、何か複線的な感じだったじゃん。何で直ぐ聞いた?」
「え……え!? ええっ!? すっ、すみませ……え? 私、何か悪いことしました?」
 ……こいつは………条件反射か何かなのか?

「くすくす……」
 リインさんが笑った。
「確かに私はトレーナーだったわ。今じゃカタギだけどね。いやぁ、あなたたち見てたら懐かしくなっちゃったわ」
 リインさんは、くすくす笑う。何か恥ずかしいな……。

「あなたたち……さっきちょっと聞いたんだけど、あの森を抜けてきたんですって? 大丈……って、怪我したみたいね」
「いやこれは、うちのチームの暴力女の暴力です」
 リインさんは俺の頭の包帯を見ていた。

「くすくす……あらそう……じゃあ、無傷で通れたの?」
 俺は、頷いた。
 心の傷を除けば、だけど。

「でも、今あの森霧が凄いでしょう? 私は空の適合者じゃないから、シェア・リングなしじゃ、霧払いは使えないし…………まあ、引退した私が気にしても仕方ないんだけどね」
 リインさんはため息混じりに森を見た。
 それなのに、見ているのはそこではなくて……どこか、遠くを見ているような感じだ。

「あの……すみません……ダブル・ドライブについて教えてくれませんか?」
 壊すのが躊躇われた雰囲気だったけど、俺は口に出した。
 多分、俺は焦っている。
 少しでも早くこの世界のルールを飲み込んで、少しでも早く強くなりたい。

 そんな俺の様子を読み取ったかのように、リインさんは少しだけ驚いた様な表情を浮かべ、そして再び微笑んだ。

「二種類のタイプを持つモンスターがいるでしょう?」
 俺は頷いた。考えるまでもない。
「簡単に言っちゃえば、それの人間バージョン。適合タイプが二つある人が居たりするのよ」
「そ……それがダブル・ドライブですか?」
 リインさんは頷く。
 ああくそ、今日は覚えることが多すぎだ。
 でもまあ、許容範囲か。

「ダブル・ドライブの人には気をつけた方がいいわよ? まず、捕獲できるモンスターの数が全然違うし……。タイプの組み合わせで、シングルの人には想像もつかないような技を使ってくるから」
 リインさんの言葉に、俺は何となく森を見た。
 そういや、あのペルセって奴は言っていたな……
 念と霊……“錯誤”と“幻惑”のダブル・ドライブだって。
 確かに、あの夢がモンスターの技だったなんて未だに信じられない。

「お、お詳しいですね……」
「ん、ありがとう」
 リインさんは微笑んだ。

「伊達に、“世界最強のチーム”にいたわけじゃないからね」

 コトリの笑顔がピシッと固まった。
 当然、俺もだ。
「くすくす、驚いた? でももう引退して、とっくにトップの座は明け渡してるわよ? まあ、でも、私たちのチームは最高だったわ」
「も……もしかして……」
「ええ、“チーム・クリエイト”の一員だったわよ私は。リーダーはどうしようもない奴だったけど!」
 怒ったように言いながらも、リインさんは懐かしそうな顔をする。

 でも何か、最強って言葉を聞いてからこの人を見る目が変わったな……。
 もしかしてこの人、霧払いなしでもあの森を制圧できるんじゃないか?

「チーム・クリエイトって、ずっと前の伝説のチー……ひでっ、ひででででぇっ!?」
 リインさんはコトリの頬を摘み上げた。
 おお、よく伸びる。今日二回目……って何やってんだこの人……?

「“少し前”のチームよ?」
「ひゃっ、ひゃいっ! ひゃいっ!」

 お、おおう……!!
 本当にこういうのでキレる人いるんだ……!
 直感的に、レイと同じタイプのような気がする。
 さっき、何となく年齢を推測したことは黙ってよう。

「……あら?」
 リインさんはコトリの指についている指輪を見て、固まった。
 その指輪は当然、シェア・リングだ。
 奇跡的にもサイズが合い、今はコトリの左手の中指に輝いている。
「……え?」
 リインさんは、俺の指も見た。
 俺も……というか、皆、同じ場所につけている。

「あ……あなたたちそれを何所で……?」
 この人は“このシェア・リング”について何か知っているんだろうか……?
 ……もしかして……
 って、ヤバイな、もうあれ限界だ……!

「いや……あの、話が長くなりそうなんで、とりあえずコトリを放してやってくれますか……?」
「あっ、ゴメン」
「ひ……グス……う……」
 コトリは、赤くなった頬を擦りながら涙目で俯いた。

 ああくそ、何所から話せばいいんだ?
「えっと……実は……」
「カイッ! 準備終わったわよ! ってあら?」
 レイが、俺たちを呼びにきた。
 そうだった、コトリを“足止め”しておくのが俺の仕事だった。

「カイ? お知り合い? ってどうしたのよ? コトリ?」
 レイはリインさんと頬を擦ってスンスン泣いているコトリを交互に見た。
 まあ、レイ。事情は後だ。
 説明するのが面倒だし。
「まあ、後で話す。リインさんも、話は後で……」
 リインさんはため息混じりに頷いて、手を振った。
 この人はここのオーナーだ。
 俺たちが何をしたいのかは知っているだろう。

「さ、コトリ、行くわよ?」
「は、はい……」
 涙目のコトリは、頬を未だ擦って(想像以上にリインさん力強いんだな)レイに連れられて歩いて行く。
 俺にはその光景が、どこか仲のいい姉妹のように見えた。

 ……レイの妹の話を聞いた時のことを思い出す。
 と言っても、詳しくは聞いていない。
 本人が話したくないなら、無理には聞かないっていうのが何となく俺らの習慣だ。

 聞いたのは、ずっと前。
 アレは中学校に入る前か……?
 俺とスズキがレイの家に遊びに行った時のことだ。
 小さなレイと一緒に小さな女の子が映っている写真を見つけて思わず、誰? って聞いちまったんだ。
 二言三言しか説明しなかったけどその時のレイはやっぱり辛そうだった。
 それからだった。レイの家にあまり行かなくなったのは……。

 もう立ち直ってはいるみたいだけど、あんな夢を見せられてレイは今どんな気持ちだろう……?
 立ち直ったと思っていた俺でさえ、あの夢にはこう、“くる”ものがあった。

 って、今からは湿気た顔は似合わないか。
 今日はご馳走だ……!

・・・・・・

「わあ……」
「ふう……良かった。コトリちゃんは生活水準高そうだから、ノーリアクションで食事が始まるんじゃないかって思ってたよ」
 ああ、スズキもそう思ってたか。
 俺たちの前には、この関所……リインさん曰く、擬似ギルドの中でも一際豪華な食事が並んでいた。
 ちょっとした小部屋を借りて、その中は簡単にボンボンとかでデコレーションされている。
 料理の乗った真ん中の机には椅子がない。
 まあ、立食の方が雰囲気出るか。
 出費は痛かったけど、レイとスズキが手伝ったお陰で少しだけ値段を少なくしてくれたし、ちょっとしたパーティー気分を味わえるなら安いもんだ。

「な、何で……?」
「ん? ほら、コトリがチーム入りした記念だよ。まあ、飾りつけは奴らのセンスのなさが滲み……」

 ガッ

「言うと思ってたわよ」
「やると思ってたよ」
 俺は頭を擦りながら、笑った。
「素敵ですよ! ありがとうございます!」
 コトリの言う通り、付け焼刃にしてはうまく出来ていた。
 まあ、本当は俺が戦力外通告されてコトリの足止め役だったんだけどな……。

「礼ならレイに言えよ」
「へ?」
 コトリがポカンと口を開ける。
「あ、いや、お礼なら、レイに言えよ」
 そうかそうか。レイも紛らわしい名前だったな……
 ……スズキほどじゃねぇけど。

「この、プチパーティー、企画したのレイなんだから」
「えっ!? そうなんですか?」
 レイは、照れたようにプイッと顔を背ける。

「あっ、ありがとうございます!」
「だっ、だって、私以外誰も考えてなかったのよ? 信じられないでしょう?」
 レイが、ちらりと俺を見る。
 ああくそ、確かに俺はそういうのに無関心だよ。
 前に、レイの誕生日にバイトを入れた時は袋叩きにされたぜ……。
 こいつはそういうの大事にする奴だからな。

 そういや、あの時レイの機嫌をとるのにいくら使ったんだ? 俺?

「って、早く食べようぜ? 冷めるって」
 スズキが、テーブルに向かう。
 おいおい、主役はコトリだぞ?
 俺はスズキの後を追った。

~~~~

「ほら、コトリも、早く食べなさい」
「はっ、はい!」
 コトリがトタトタとテーブルに向かって走る。
 ああもう、危なっかしいわね。
 コトリは今にも転びそうだ。
 小学校の時の記憶なのに、“あの子”の方が確りしてそうだと思うのは、コトリがダメダメだからなのかな?

「きゅあっ!」
 案の定、コトリが躓いた。
 私が声を出す間もなく、カイが料理に突っ込む前にキャッチ。
 コトリは顔を真っ赤にしてぺこぺこと謝っている。
 カイは何故か指を折っていた。

 たった今、料理が全部無駄になるかもしれなかったのに、二人はどこか楽しそう。
 ああ、何か……

「妹とライバルが一緒に出来ちゃった感じ……」

 ゴッ

「……っ、が……レイ……エルボーは……洒落にならないって……み、ミゾに……!?」
「人の後ろに回りこんで、そんなこと言うからよ! 何時の間に回りこんだのよ!?」
 私の目の前で、いつの間にかテーブルから戻ってきていたスズキが鼻を押えている。
 スズキは、何時も私をこの話題でからかう。
 言ってもいないのに……ああもう、そんなに分かり易い? 私。

「ま、レイも行こうぜ? 全員で食べるから意味があるんだろ?」
 スズキの言うことも、もっともね。
「じゃあ、食べましょうか」
「でもさ……」
 私が歩き出すと、スズキはふっと笑って言った。

「さっきの、当らずとも遠からずってところだろ?」

 私は聞こえないふりをした。
 違うわよ……?

 ドンピシャだったんだから。

~~~~

「……で? カイ。私たち何でこんなところにいるの?」
「まさか、さっきのプチパーティーではしゃぎすぎたからって理由じゃないだろうな?」
「そ、そんなっ!? じゃっ、じゃあ、謝らないと……」
「お前ら……そんなに後ろ暗い生き方してんのかよ?」
 俺を除く全員が、何故か今疑心暗鬼になっていた。
 特にコトリ。何でも自分の所為って思う癖は何とかした方がいいぞ?

 俺たちは今、管理人の部屋にいる。
 まるで学校の校長室みたいなところだ。
 接客用のソファーがあって、奥に事務机が置いてある。

 リインさん……何所行ったのかな?
 夕食後部屋に戻ると、リインさんから『管理人室に来て』というメモがドアに挟まっていた。
 後で話すって約束をすっかり忘れていた俺は、慌てて行こうとすると、その騒ぎが全員に伝わり、何だかんだで四人ともついてくることに……
 結局、何で呼ばれたのか分からない他の三人は、事情を聞いていたみたいな従業員に、いきなり管理人室なんてとこに通されて、不安になっていた。
 まあ、いきなり責任者対応なんてされたら誰だって不安になるな。

 コトリも聞いてなかったみたいだし……。説明すんの面倒だな……。

「あっ、やっと来たみたいね……。ああ、座ったままでいいわよ?」
 リインさんがドアを開けて入ってきた。
 口ぶりからすると、この部屋の様子を何度か見に来ていたみたいだ。

 リインさんはソファーを陣取る俺たちの横を通り過ぎ、奥の事務机に座った。

「カイ、この綺麗な人は?」
 スズキの言葉に、リインさんはありがと、と微笑んだ。
 お前……年上の人、よくからかう気になるな。流されてるけど。

「この人は、リインさん。むか……ちょっ、ちょっと前まで、最強のチームの一員だった人だよ」
 おおう……。
 この人の殺気……ヘタすりゃあのペルセって奴より鋭いんじゃないか?

「えっと、カイ君だったかな? 私にもその子たち紹介してよ」
「あ……はい、こっちがスズキで……」
 スズキが、ども、と会釈する。
「こっちがレイです」
 レイは、借りてきた猫みたいに慎ましく微笑んだ。
 あのな、そういう態度出来るなら、人の頭に包帯を巻くような事態を起さないで欲しい。

「ああ、じゃあ、この子が……」
 リインさんは、レイを見ながら納得したように微笑んだ。
 何だっけ……?

「ちょっと、カイ……何話したのよ?」
「え……っと……、あ、ああ。ありのままの真実を」
「でも、カイ君、暴力女は酷いわよ?」

 ガッ!
「ほっ、ほらっ! ほらっ!!」
「あ・ん・た・ねぇ!? 何を……あっ、すみません」
 レイはリインさんに今気付いたように謝った。
 あのな、一応言っとくけど、謝る相手が違うからな。

「くすくす……懐かしいな。私も良く、リーダーを殴ってたわよ」
 リインさんは微笑む。
 何か、恐ろしいことに、想像できるな……。

「本っ当に、ふざけた奴でね。その上バカで……鈍感で……周りの迷惑も考えて欲しかったわよ」
 レイは、何故かうんうん頷いている。
 おいおい、お前はその人を知らないだろう?

「でも……何かたまに辛そうになるんだけど……、理由も話してくれないのよ? 本っ当にふざけた奴よね? 私は何も……できなかった。ふっ、と消えちゃったのにも腹が立つな……」
 管理人室に、しーんとした空気が流れた。
 もしかしてリインさん……その人のこと……

「あっ、あの……」
 レイが、重苦しい空気に耐えかねたのか、声を出した。
 おいおい、レイ。何を言うのか決めてんだろうな?
 お前はテンパると、コトリと同じようなタイプになるんだぞ?

「え、えっと、実は私たち……、森で……そう、魔女に森で襲われたんです。確か、チーム・パイオニアのペルセって言ってました。リインさん……ご存知ですか?」
 チーム名が出たとき、リインさんがちらりと森の方を見たのを俺は見逃さなかった。

「チーム・パイオニアね……。あまりいい噂は聞かないわ。出会って生きてられたなら……あなたたち運がいいわよ……」
 リインさんは目を細めた。

「ほとんど、噂でしかないんだけどね……。今存在しているチームの中で、“最強”だって話よ?」
 “最強”。
 俺にはその噂が正しいような気がした。
 なるほどね。あれが天辺か……!

「同じ時代のチーム同士だったら、私たちチーム・クリエイトと肩を並べたとか言われているけど……まあ、ホントかどうか分からないわね。それに、何でも“伝説”にご執心って聞いたことがあるわ」
 伝説という言葉にコトリの体が揺れた。
 ああくそ、その噂が本当ならコトリの夢とバッティングする……!

「ま、まあ、一般のチームなら一生に一度会うか会わないかよ。出会ったのが“リーダー”じゃなくて良かったわね」
「“リーダー”?」
 スズキが興味を示した。
 そういや、ペルセは誰かに指示をされているような感じだった。
 チーム・パイオニアのリーダー? あんな殺気を持ったペルセに指示を与えられるような奴ってことか?

 リーダーという言葉が出て、リインさんは更に目を細めた。
「チーム・パイオニアのリーダー……。やっぱり噂なんだけど……“最悪”ね。噂だから誇張されてるだろうけど……どう差し引いても、出会ったら“終わり”よ」
 “終わり”。
 あのペルセもそう言っていた。
 確かに、アレを超えているんなら今ぶつかったら“終わり”だろう。

「パイオニアが動いているなら、あの森は本当に立ち入り禁止にした方がいいわね。早速、明日やっておくわ」
 リインさんは商売あがったりだわ……と溜め息を吐く。
 まあ、関所だから、潰れることはないだろう。

「あっと、そうだ」
 そこで、リインさんが手をポンと打った。
 ああ、そういやここに俺を呼び出したのはリインさんの方だったな。

「あなたたちがつけてるリング。物凄く見覚えあるんだけど……それを何所で?」
 俺たちは思わず、自分のリングを見た。
 まあ、見たところで答は変わらないんだけどな……

「えっと、ビガードの王様に……」
「あら? レオンに会ったの?」
 リインさんは目を輝かせた。
 おいおい、あの人。……まさか……

「ビガード王と、お知り合いなんですか?」
 すると、リインさんは得意げに微笑んだ。
「ええそうよ? レオンはチーム・クリエイトの一人だもの。まあ、当時は王子だったけど。ああ、懐かしいな……杓子定規な奴でね……、チーム内のメンバーなのに『僕は国王になるから、君たちの姓を無理に知ろうとは思わない』だって。まあ、知りたそうだったけどね」
 あの王様……そんなに……って、待てよ。
 まさか、チーム・クリエイトって……

「まあ、名前で呼ぶのがトレーナーのルールだったから苦じゃなかったけど……、まあ、どっちにしろ、私たちもリクトの姓は分からな……」

「……!!」
 やっぱりか……!
 俺は思わず立ち上がった。
「おいっ!? カイッ!?」
 スズキが慌てた声を出す。
 大丈夫だ。あの時みたいに掴みかかったりしない。
 後で考えたら、あれ、何気に国際問題だ。
 まあ、世界は別だけど。
 って、そんなことより……

「リクトってまさか……」
 レイが俺の顔を見上げる。
 何か心の中から何かが吹き上がってくる感じだ。
「リインさん。もしかして、チーム・クリエイトのリーダーはリクト……ですか?」
 リクト……か。まあ、こっちの流儀に合わせよう。
 相変わらず何が違うか分からないけど。
 まあ、とにかく今はリクトだ。

「え!? リクトを知ってるの!?」
「どわっ!?」
 逆に、俺がリインさんに掴みかかられた。
 でもそんなの気になら…………いや、いだい、いだい……!?
 やっぱ力強いぞこの人……!?
「あっ、ゴメン、ゴメン」
 我に返ったリインさんが手を離す。
 でも俺は、直ぐにリインさんを見返した。
 リクトのことをもっと知りたいという感覚だけが先走っている……!

「で? 何所? 今、何所にいるの?」
 リインさんの弾んだ声を聞いて、俺は一気に冷えていった。
 ああ、そうか。この人は知らなかったんだ……

 俺は、ビガード王の時と同じように視線を外すだけで答えた。

「……え?」
 リインさんの目が一気に虚ろになっていった。
 その瞳は、レイ、スズキ、コトリを通って、再び俺に戻ってくる。
 俺は視線を外したままだ。
 だが、これで十分伝わっちまう。
 何だよ……。俺はあの人の死を広めるために、この世界を回ってる見たいじゃねぇか……。

「あ、あの……リインさん?」
 リインさんは、静かに事務机に戻っていって、力なくストンと座った。

 そして、椅子をクルリと回して窓の方を見て言った。
「うん。えっと……あんまり……長く引き止めちゃ悪いわね。ゴメンね。変なこと聞いて……。お休みなさい」

 俺たちは無言で立って、震えた声を背に急いでドアに向う。
 リインさんは、それを目で追うこともなく、ただ、窓の外を見ていた……

 ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。

「……カイ……」
「分かってる。特訓しよう…。強く……強くならないと……」
「……うん」
「わっ、私もやります!」
「あ~あ、今日は自主練はなしかな……」
 俺たちは、思い思いに呟いて外に向かった。
 もしかしたら、強くなりたくて行くんじゃないかもしれない。
 これは、今の気持ちを、ぶつけるものが欲しいだけかもしれない。

 けど、それでもいいんだ。
 今は、どんなこも利用して……強くなる……!

 多分、それしか道はないのだろうから。



[3371] Part.12 Vision
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:53
「ゼニガメ! 水鉄砲!」
「イーブイッ! 守るだ!」
 レイのゼニガメの水鉄砲がイーブイの前で弾ける。
 イーブイはノーダメージだ。
 適合者のランクの差があると守りきれないらしいが(ノーマルタイプでも適合タイプのランクの影響は少し受けるらしい)、俺とレイのランクくらいな十分な効果を発揮する。

 俺がコトリの父から貰ったモンスターはイーブイだった。
 コトリの話では、適合者のタイプに進化するらしい。
 どんなトレーナーに渡すか分からない状況では確かに最も報酬に相応しい。
 基本のタイプがノーマルだし、何より自分のタイプに進化するなら育てるのが楽しみになる。
 つまりこいつは、ゆくゆくは炎タイプのブースターだ。
 だが、それまではノーマルタイプ。
 正直、炎以外のタイプがいてくれるのは弱点が統一されなくてありがたい。
 “短い間”だけどな……。

「イーブイッ! 電光石火!」
「ゼニガメッ! アクアジェット!」
「!?」
 てっきり防御すると思っていたレイのゼニガメは、高速で突っ込んできた。

 ドッ
「ギィッ!」

 打ち勝ったのは、ゼニガメだ。
 やっぱり、適合タイプの攻撃は確かに高い……!
 イーブイは戦闘不能だ。
「……ん?」

 パアッ

 レイのゼニガメが光を放つ。
 今日何回目だろう……?……これは進化だ……!

「カッ、カイさん!!」
「!!?」
 コトリの言葉に反応し、俺は反射的に倒れこむ。
 その直後、俺のいた位置をツタが薙いだ。

「おいおい、やっぱ反応できてないじゃないか……」
 スズキの呆れたような声が聞こえた。
 さっきのツタは、こいつのフシギソウの、つるのムチだ。
 確かにコトリの声がなかったら、ノックアウトされてたな……俺。

「ちょっと……カイ、大丈夫?」
 レイが、進化したカメールをボールに戻して近付いてきた。
「ああ……くそっ……反応できると思ったんだけどな……」
「いや、どんな修行方式だよ」
 スズキの言葉には、返さなかった。

「まっ、キリもいいし、そろそろ……」
「“休憩”にしましょう?」
「おっ、おい……」
 レイはそう言って俺の隣に座り込んだ。
 『はあ……はあ……』と辛そうな息遣いが聞こえてくる。

「ったく」
 スズキ、言いたいことは分かる。
 けど、これぐらいやらなきゃ強くなれないってことも分かってるんだ。

 俺たちは今、建物の外で特訓をしていた。
 今は俺とレイの戦闘、それと、スズキがコトリにモンスターの扱い方を教えている。まあ、むしろ、ボールのキャッチの仕方だな……。

 時間は深夜をとっくに回っている。
 もう何時間経ったのか、時計を見る気にもならない。
 何時もは止め役のレイがこんな調子だから、傍観主義のスズキが止めてるくらいだ。

「なあ、レイ。いくら何でも飛ばしすぎだぞ? 明日からもやるんだろ?」
「カイに言われたくないわよ……。“そんな危険なこと”しておいて」
 レイが、怒ったように顔を背ける。
 あのな、レイ。
 いくら危険でも、これが戦闘中は普通に起こるんだぞ?

「でも、レイの言う通りだぜ? レイと戦闘しながら、俺の攻撃を避けるのなんて……今だって、コトリちゃんが思わず叫ばなかったら、そんな包帯じゃすまないぜ?」
 スズキは、頭の包帯を指す。
 そういやもう外してもいいか。
 じっとりとした汗を吸い込んで鬱陶しい。
「その割には容赦なくやったじゃねぇか……」
「お前がやれって言ったんだろ? 俺は反対したじゃないか」
「そっ、そうですよ……危ないです……」

 皆、口々に不満を言う。
 だって、しょうがないだろ?
 “あの時”の俺は、視野が広がって、それが出来てたんだから、練習中も出来なきゃ強くなったことにならない。

 スズキには、思い出した時に俺に攻撃するように頼んでいた。
 やっぱ気にしてる時は避けられるけど、油断してると反応できない。

 俺は、“あの感覚”を呼び覚ます事に執着していた。
 “あの感覚”を狙って出せるなら、頼もしいことこの上ないからな。
 それなのに、一度もそれが起きない。
 冷静になるように自分に言い聞かせても、予兆すらなかった。
 もしかして……実戦じゃなきゃ起こらないのか?

「まったく。カイが何を考えてんのか知らないけど……冗談で済むうちに止めとけよ? 大怪我したら、逆に何も出来ないぞ?」
 俺がレイに言ったことと同じじゃねぇか……。俺もがむしゃら過ぎるように見えんのか……?

「さっ、始めましょう?」
 レイが、立ち上がった。
 おいおい、俺が言えた義理じゃないかもしれないが、流石にお前ちょっと変だぞ?

「レッ、レイさん、あの……もうこの位にしておいた方が……」
「まだよ。まだ、ワニノコとポッチャマが進化してない」
 この深夜の特訓で、レイの手持ちは、ゼニガメがカメールに、ミズゴロウがヌマクローに進化していた。
 俺のヒノアラシもマグマラシに進化。
 時期的にはそろそろだとは思ってたけど、夜だけでそんなに特訓してるんだな……。
 元の世界で、この勤勉さの半分でもあったら…………考えないでおこう。

「コトリはもう寝なさい。ボールの開け閉めしてるだけなのに、カイより痣が出来てるわよ?」
「う……うう……」
 確かに、見ればコトリの頭や腕にいくつか小さな痣があった。
 ……何所まで運動音痴なんだよ……?

「寝るのは、あなたたちもよ」
 突如聞こえたその声に振り返ると、リインさんが立っていた。
 ……って……

「もう、二時を回ってるわ。少ないけど、他のお客さんもいるんだから……静かにして」
 二時!? マジかよ……そんなに……

 レイは、リインさんが現れてからは大人しく、建物に向かって歩き出す。
 スズキも、コトリも、リインさんの顔を注視しないように歩いていった。

「そうだ、カイ君。悪いんだけど、話、聞かせてもらいたいな……」
 俺が皆を追って歩き出そうとすると、リインさんは張り詰めたような声で俺を止めた。
 ああくそ、そんなに“目を腫らしてたら”断れねぇよ……!

・・・・・・

「一応、はっきり聞いておきたくて……」
 レイたちがいなくなった後、リインさんは元気のない声を出した。

「リクトは……やっぱり?」
「……ええ。もう……」
「……そっか」
 俺とリインさんは目を合わせていない。
 二人とも並んで森を見ている。
 顔なんて合わせられないぜ……?

「例えばさ……」
 リインさんは、森から目を離さない。

「私が洗濯物を干している時……あいつが後ろから私の背中を、どんっ、と押す……」
 その声には強さがなかった。
「私が、事務の仕事をしている時……あいつが窓をコンコン叩く……」
 リインさんいつの間にか、拳を作って震えていた。
「そして、私が振り返ると、あいつがずっと会っていなかったって言うのに、片手を挙げて『よっ!』って一言……。そして、私はそいつのにやけ面を、思いっきり殴る……」
 リインさんの頬には再び涙が流れ始めていた。
「その後で呆れながら私も『お帰り』って一言……」
 でも、それは……

「それは……もう起こらないんだね……?」

 そこからしばらく、お互い無言だった。
 リインさんもだろうけど、俺は胸の中に何か異物があるような感じだった。
 何せついさっき、夢の中とは言えリクトに会ったんだからな……。

 あいつが生きていたらどうなっていたんだろう……? っていう、IFの世界。
 あの時の俺がそうだったように、そいつがいても違和感を覚えない当たり前の日常。
 俺もそんな空想を思い描かなかった何て言ったら嘘になる。

 あいつがいなくなった直後は、自分でも無理だと分かっていながらも、もしかしたら死者は生き返るんじゃないか、って思ったこともあった。
 よくある、不可能なことが可能になるようなあの感覚だ。
 誰でも持っている。
 だけど学年が上がるに連れて、はっきり分かっていくこの世の仕組み。

 なくして初めて気付くこと、なんて詩的な言葉は俺には似合わないけど、それ以外の言葉で表すことは出来ない。
 そんな、虚脱感。
 あいつは、いない。それは絶対に動かないのだ、と。

 ああ、そういや、ポケモンにハマったのも、モンスターが倒れると、“死”じゃなくて、“瀕死”になるって言うのも理由の一つだったかな……。
 こんな時間だっていうのに全然眠くねぇ……
 それなのに、リインさんの涙が、少し滲んで見えた。

「だ……駄目ね……さ、さっき……十分泣いたと思ったのに……何で……何であなたが信用出来ない人じゃなかったんだろう?」
 そうか。
 この人の涙は、俺の言葉が正しくて初めて成立するものだ……。
 そんな理不尽な叱咤にすら、俺は何も言えなかった。

「ねえ、もう一ついいかな?」
「……はい」
「あいつは、何で……?」
「……か、火事です」
 俺がそう言うと、リインさんは一瞬不思議そうな顔をして、その後、一気に沈んでいった。
「そっか……何であいつ、モンスターを使わなかったんだろう……?」
「……ぁ……」
 俺は小さな声を漏らした。

 待てよ……、あいつが火事に巻き込まれたのは、俺たちの世界の方だ。
 こっちの世界で、あいつは強力なトレーナーだったらしいんだから、モンスターの力を使えば家一軒の火事くらいなら脱出はできそうだ。
 あっちの世界にはモンスターは連れて行けないのか……?
 ちょっと待て。じゃあ、何であいつはあっちの世界に行った?
 そこには…………!……
 ……ああ、そういうことか。

「…………リインさん……半分は……俺の所為です……」
「……?」
 俺は話し出した。
 あいつに育ててもらっていたことと、こことは違う、別の世界のことを。
 この人には、知る権利がある。

 そして、俺がいなかったら、モンスターのいないあっちの世界に戻る必要はなかったかもしれないこと。
 つまりは火事に巻き込まれるなんてことはなかったってこと……だ。
 多分、信じてもらえないだろうけど、むしろ、俺の信用がなくなった方が良いかもしれない。
 そうすれば、この人は涙を止めてくれるんだろうか?

「別の世界、ね」
 しかし、リインさんの声は、疑いの色が混じっていなかった。
 どこか、納得するような色だ。
「カイ君……一応、あいつに育ててもらってたんなら、分かると思うけど……自分を責めるのは筋違いよ?」
「……筋違い……ですね……」
 分かってる……。
 自分の所為で……、って考えて良いことと悪いことがあるってリクトは言っていた。
 これは、前者だ。俺を育てるためにリクトが決めたことだから、俺がその行動に責任を感じるのは、むしろその決断の冒涜になる。
 だけど……分かっていても……これは堪えるな……

「それにしても、あいつ。世界を渡るなんてことしてたんだ……」
 気を効かせてくれているんだろか?
 リインさんはスッとした声を出して、夜空を見る。
 今日は生憎、満天の星空とはいかなかった。

「信じて……くれるんですね」
「うん……言ったでしょ? 信用できる、って」
「な、何で……ですか?」
「リクトに似てるから。……ああ、やっぱり駄目ね私。あいつのこと、忘れられそうにないわ」
 リインさんは、弱弱しく笑った。
 ああくそ、俺の理想に似てるって言われて嬉しいは嬉しいけど、素直に喜べねぇな……

「それに、モンスターにそういう力を持った種類もいるって聞いたことがあるわ……。まあ、あくまで伝説だけどね?」
「……!」
 そういう力……世界を渡る力?
 元の世界に戻る方法。
 それは……
 どこかにいる、世界を超えるモンスター。
 それを探し出すことってことか……!?

「まあ、でもそのモンスターを扱いきれなきゃいけないし……。何よりチーム・パイオニアも動いている。君たちが元の世界に戻るのは……結構大変かもね」
 そうだ……チーム・パイオニア。
 コトリの夢ともぶつかっているし、やっぱり天辺は避けて通れないみたいだ。

「まあ、出来るだけ協力するわ。リクトのことも聞けたし……ね」
 リインさんは、ふっと微笑んだ。
 壊れそうな表情だけど、その奥にはまだ確かに、光があった。

「解散の日に……あいつが、全員のシェア・リングを回収して……メモリーを消して……、片手を挙げて歩いていったのを今でも覚えてる。ああ、あの背中に声をかけられていれば、どうなってたのかな? 今日はその夢をまた見そう……」
 “また”……か。
 遠い目をしたリインさんは、これ以上涙が零れないように上を向いている。
 でもきっと、この人は立ち直れる……。
 そんな強さを持った人だ。
 そうだな……
 俺もへこんでる暇はない……か。

「やっぱりこのシェア・リングは……チーム・クリエイトの?」
「……そうね、レオンに貰ったなら、間違いなくそうよ。何だリクトの奴。レオンにはあの後会ったんだ」
 ちぇ、っと、拗ねたように言うリインさん。
 俺はその様子がどこかおかしくて、小さく笑ってしまった。
 リインさんも、小さく笑う。

 やっぱり、俺は、リクトみたいになりたい。
 いなくなっても……思い出してもらえるだけで、人を笑わせられるような……そんな人に。

「さ、もう寝ましょう? 明日はもう出発するんでしょう?」
「あ、はい……、あっ、その前に一つだけいいですか?」
 ああくそ、すっかり忘れてた。
 俺は置いてあったナップザックの中を漁る。

「じ、実は今俺たち、適合者探しをしているんです。使える技を増やすために……リインさん、お願いできますか?」
 リインさんの適合タイプは知らないが、最強チームの一員だったんなら、登録しておけば心強いことこの上ない。
「駄目よ」
「へ?」
 しかし、リインさんはプイッと顔を背けた。
「えっ、お願いしますよ。協力してくれるって……」
「あの子、レイちゃんだっけ……?」
 リインさんは、俺たちの泊まっている部屋を見上げる。
 って、何でここでレイが出てくるんだ?

「シェア・リングの判定記録機は、その人物の過去最も高かった時の能力を記録するの。体が全身を駆け巡った波動を覚えているみたい……」
 だったら、なおのことだ。
 全盛期のこの人のランクなら……

「駄目なのよ? 私の適合タイプは“水”。もし私が登録したら、レイちゃんの努力が無駄になる。それでもいいの?」

 そういうことか……!
 もし、この人の適合ランクが最上級だったら、レイをシェア・リングに登録する意味がなくなる。
 確かにシェア・リングに登録するのと、適合タイプを持つって言うのは違うみたいだけど、それじゃあ、レイの成長を期待しないことになる。
 味方も信じられないようじゃ、この先やっていけない。
 俺は、機械をバックに仕舞った。

「うん、よろしい。やっぱり、リクトに似てるわ」
 リインさんは、微笑んだ。
「ありがとう、カイ君。色々教えてくれて」
「い、いえ。こちらこそ……」
 リインさんは建物へ歩き出す。
 俺もそれに続いた。

「私もようやく、肩の荷が下りた気がする。今日はもっと泣いて……一生分使い切って……明日からはお客様に笑顔を振りまいてみせるわ」
 振り返ってそう言ったリインさんは、強がって笑って見せた。

「もう一度、ありがとう、カイ君。私はやっと、向き合える」
「いえ」
 やっぱりこの人は、“最強”だ……!

~~~~

「あ、あの……レイさん。もう寝ないと……」
「大丈夫だから。コトリは寝なさいって」
 コトリが、私の横に立って心配そうな声を出す。
 私は今、机に向かって勉強中だ。
 さっき進化したカメールとヌマクローの覚える技に特徴、それをもう一度復習しないと……。
「で、でも、もうこんな時間なんですよ?」
 カメールはタイプが増えてないから良いとして、ヌマクローの地面タイプの技はまだ使えない。
「か、体、壊しちゃいますよ……?」
 だったら、他のタイプの技はどうだろう?
 物理攻撃の方が得意みたいだけど……
「あ、あの、レイさん……」
「……コトリ、寝なさい。明日は出発早いんだから」
 コトリにそう言った時、私の視界がぐらりと揺れた。
 思わず机に手を突く。

「あ、レイさん……!」
「大丈夫。大丈夫だから……」
 私は、コトリに微笑んだ。
 だけど、それが力ない笑みだということは自分でも分かる。
 コトリに言われるまでもなく、自分の限界はとっくに過ぎていることは知ってるしね。
 でも、そんな疲労があっても何故か眠くならなかった。

 さっきのリインさんの話。
 カイの育ての親がこの世界の最強チームにいたっていうのは驚きだったけど、私はむしろ、そのリクトって人の“在り方”が気になっていた。
 前にカイが少しだけしてくれた話や、リインさんの話を聞く限り、本当にカイに似ている。
 そりゃあ育ての親だから、子供が似るのはある意味当然かもしれないけど、それでも私には、リクトって人が成長したカイそのものであるような気がしていた。

 いや、むしろカイが無理矢理、そのリクトって人を目指しているような……?

 だから、私は不安だった。
 その、リクトって人の顛末。
 何も出来なかったと言うリインさん。
 そのリインさんの前から、ふっ、と消えてしまったという事実。

 何時かカイも“そう”なってしまいそうな気がして……。

 別に、カイも火事に巻き込まれるとかそういう話じゃない。
 ただ、話を聞いている時、脳裏を過ぎった未来。
 何もできない自分と、どこかを目指すカイ。
 それを振り払うように特訓したけど、その未来の構図は、頭に焼き付いて離れなかった。

 だから、“そう”ならないように、私は強くなりたい……!
 その日が来る前に……できるだけ早く……早く……!

 ガタッ

「え?」
「えっと……私も隣いいですか?」
 見ればコトリがいつの間にか、隣に椅子を並べていた。
 コトリは、何所から持って来たのか分厚い本を机に置く。
「ちょっと、コトリ? 明日は早いのよ?」
「わっ、分かってます。で、でも、レイさんが寝るまで……私も寝ません……!」
「コトリ。お願いだから……」
「わ、私は……嫌なんです。皆さんの足手まといになるの……。だから勉強します!」
「……はあ……」
 私はもう放っておくことにした。
 半分は本心だろうけど、半分は違うでしょう?
 ただその言葉は胸に残った。
 足手まとい……か。
 私もよ……コトリ。
 だから、勉強しているんだから……!

 ここから、私とコトリの我慢比べが始まった。
 コトリは分厚い本の米粒みたいな字を、目を擦りながら追っている。
 その本はモンスターの図鑑みたいだけど、コトリは必死に読んでいた……
 ……というより、眠気と戦うのに必死ね。
 頭をガクガク揺らしながら、その度に、何度も首を小動物のようにプルプル振る。
 そんなことを隣で始められたもんだから、私はちっとも集中できない。
 ああもう、この子……想像以上に頑固ね。

「……分かったわよ。コトリ、そろそろ寝ましょうか?」
「は……はぃ……」
 私が白旗を揚げた途端、コトリはそのまま机に突っ伏した。
 そして直に、スウスウと寝息が聞こえてくる。
 はあ……この頑固さは、“あの子”に似てるわね……。

 私はコトリを抱えると、ベッドに運んだ。
 見た目以上に軽いコトリの体は、運ぶのに苦じゃなかったけど、それだけで、私は膝がガクガク揺れてしまう。
 やっぱり、それだけ疲れてるみたいだ。
 スヤスヤ眠るコトリの寝顔を見ていたら、どこか可笑しくて、笑ってしまった。

「ふぁ……」
 気が抜けたからか、私の口から自然に欠伸が出た。
 さて、このまま勉強に戻るのもフェアじゃないし、流石にそろそろ寝ようかな……?

・・・・・・

「……あなたたち全員、すごい顔よ?」
 出発の朝、私たちを関所前のバス停まで見送ってくれたリインさんは呆れた声を出した。
 でも……リインさんも、人のこと言えないと思いますよ?
「あぁ~、眠い……」
 スズキがダルそうな声を出す。
 もしかして、スズキ……あの後ずっと起きてたなんてことないでしょうね?
 寝起きの悪いカイは、当然のように半死半生の状態で関所の壁に寄りかかっている。
 コトリは確り立っているように見えるけど、微妙に向いている方向が見当外れなのは、見えちゃいけない何かが見えているからかもしれない。

「あのね、月並みな言葉だけど、継続することに意味があるのよ? こんな無茶、毎日続けられないでしょう?」
「はい……すみません……」
 リインさんの話を聞いているのは最早私だけなんだろうか?
 カイはもう完全に寝ている気がするし、スズキは何度も眠気を払うように頬を叩いている。
 それと、コトリ? 何を聞いて頷いているかは知らないけど、そっちには誰もいないわよ?

「はあ、レイちゃん。あなたがこのチームの手綱を一番握れそうね……」
「頑張ります……」
 そうは言っても、私も正直辛い。
 頭痛もするし、体中筋肉痛だ。
 あの森の霧じゃないけど、耳鳴りも酷い。

「じゃあ、あなたに渡しておくわ」
 リインさんは、小さな封筒を差し出した。
「あの……? これは?」

「ガイドブックには載っていない、あなたたちの旅に役立ちそうな場所へ行き方と、私の紹介状。まあ、後で見た方が良さそうね。今見ても頭に入らないでしょう?」
 私は頷きながら、バックに封筒をしまった。
 確かに今、文字を読む気にはならない。
 それにしても、リインさんが私たちの……というより、カイの話を信じてくれてよかった。
 朝それを聞いて、他の皆も、心強い協力者ができたって喜んでたし。
 まあ、寝ぼけ眼だったから覚えているかどうかは微妙だけど。

「で? あなたたち、これから何所に行くの?」
「え……えっと、とりあえず、バスで次の町に。虱潰しに探していかないと……」
「そうね……。じゃあ……」
 リインさんは、ちらりと時刻表を確認した。
「西……かな?」
「は、はい」
 確かここからのバスは、北、東、西行きの三種類のバスが出ている。
 北は山だし、東はゆくゆくは大樹海にぶつかってしまう。
 だったら、とりあえずの進路は西でいいはずだ。

「でも、気を付けてね。西に行くほど治安が悪いって聞くわ。特に終点のグログラムは最近じゃ、昼間でも人通りが少ないって。それに、今度危険な大会も開くみたいだし」
 考え直せばよかったかな……?
 でも、まあ、そこにいくまでに強くなればいいんだし、ね。

「えっと、次の町って確か……あっ、バス来たみたいよ?」
 リインさんの視線を追うと、バスが走ってきていた。
 バスの正面の、行き先が森の関所から、グログラムに変わっていく。

 さあ、出発の時間みたいね。

 ブロロロ……キッ
 バスは止まると、プシューという音を立てて、ドアを開けた。
 バスの造りは元の世界と変わらないわね。
 ここで折り返すバスだけど、終点のここまでは運転手さん以外乗っていなかったみたい。
 リインさんの関所……確かにお客が少ないわね……。

「ほら、カイ、スズキ、コトリ、行くわよ?」
 気だるそうな声と共に、皆はバスに乗っていく。
 その様は、さながら夢遊病者かゾンビのようだ。私は、ああはなるまい。

「じゃあ、リインさん。ありがとうございました」
「……ちょっと待って、レイちゃん」
 私が最後に乗ろうとすると、リインさんはゆっくりと近付いてきた。
「?」
 リインさんは、私の手をとって、目を見据える。

「水は“精度”を象徴するの。だから昨日みたいな、がむしゃらな特訓じゃ、それが損なわれる。焦らないで強くなれば、私みたいな失敗はしないから……」
 目の前にあるリインさんの顔は、びっくりするくらい綺麗だった。
 少しだけ、愁いを帯びているけど、確かな強さがあって……。
 私は思わず、頷いていた。

 すると、リインさんもにっこり笑って頷いた。
「本当に、無茶しないでね? 好きな人の強さに引きずられて、焦る気持ちは分かるけど」
「……へ? ……な、な、な!?」
 私は、直にバスを見た。
 よかった。もう皆乗り込んでる。

「くすくす……あなたには私みたいになって欲しくないな。じゃあ、頑張ってね」
 リインさんはウインクして、関所に歩いていった。
 な、何で……? 何で皆分かるのよ!?

「あの、そろそろ出発したいんだが……乗るの? 乗らないの?」
「のっ、乗ります!」
 私は運転手さんの声に急かされて、バスに駆け込んだ。
 直に空気の抜ける音が聞こえて、ドアが閉まる。

 中に入ると、皆は一番奥の椅子に座って眠っていた。
 って、コトリ……。何でカイの肩に頭を乗せて寝ているのよ……?
 スズキもスズキで、カイから離れて、“誰か”が入るスペースを確保してるし……。

「はあ……」
 私は、溜息一つ吐いて、カイの隣に座った。
 皆は起きる気配がない。
 …………………………ま、次の停留所までの間だし……ね。

 私の景色は傾いた。



[3371] Part.13 Battle
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/08/15 19:41
「おい、君たち…頼むから起きてくれないか?」
「ん…?」
 俺が目を覚ますと、目の前に見た事のある帽子を被ったおじさんが立っていた。
「へ…?」
「ま…まあ、邪魔しちゃ悪いと思ったんだが、降りてくれないと商売にならない」
 おじさんは困ったように視線を外す。
 そこで俺は肩に重みを感じた。
「って、レイ? コトリ?」
 見ればレイとコトリが俺の肩に頭を乗せて気持ち良さそうに眠っていた。
 レイの向こう側では、スズキが窓に頭を預けて眠っている。
 おいおい、どういう状況だ?
 俺たちは確かバスに…ってここ、バスの中か。
「悪いけど、早く降りてくれ。こんな場所に長居したくない」
「……すんません…ここ…何所ですか?」
「ん?」

 するとおじさんは、用心深くバスの外を見た。
 バスの外には廃れた町と、見渡す限りの砂……砂漠か?
「終点のグログラムだよ。バスの中じゃそんなことは起させないが、この辺りで油断していると、身包み剥がされて砂漠に捨てられるぞ?」
「嘘だろ?」
「ん?」
「嘘だろ!!?」
 俺は何故かおじさん……運転手さんに叫んでいた。
 焦る運転手さんとその声に反応して起きる皆。
 ああくそ、何をやらかしてんだ、俺たちは…!

・・・・・・

「嘘でしょ?」
「いや、現実だ」
「嘘でしょ!!?」
 レイは何故か俺に向かって叫んでいた。
 分かるぜ…、現状を信じたくないその気持ち。

 ここはバスの外…と言うか、グログラムの町の前だ。
 時折吹く風が砂塵を巻き上げ、その向こうに出発したバスが見える。

「何で? 何で私たち終点についているのよ!? 一つずつ進んでいくって言ったでしょ!?」
「あのな、レイ。誤解のないように言っておくが、俺だけの所為じゃないだろ?」
「ああもう、リインさんにも手綱を握れって言われたのに!」
 レイは全く聞いていない。
「その…私もごめんなさい…」
 レイの理不尽な言葉にも律儀にコトリは落ち込んでいた。
「あ~あ、寝ないでも何とかなると思ってたんだけどな……ああ、眠ぃ…。やっぱ眠りゃ良かった」
 スズキも、やっちまった、という表情だ。

 そうだよな…
 何か徹夜する時途中まで、何だ、寝なくてもいけるんじゃないか? 的な事を思うけど、朝日が昇ると直に間違いに気付く。
 その時襲ってくるいい感じの眠気で、あの時の強気な自分は何所行った? って思うんだよな?
 そして、同時に、猛烈な後悔が襲ってくる…。

「ま、まあ、レイ、いいんじゃないか? 一応目的地ではあったんだから」
「そういう問題じゃないのよ!」
 スズキのフォローも効いていない。
 だが、そうだ、レイの言う通りだ。
 俺たちは深刻な問題に直面していた。

 路銀……だ。

 気付けば財布の中は、ほぼ空。
 そりゃそうだ、メンバーが一人増えた上、モンスターの食費に交通費。
 その上思えば、俺たち報奨金が貰える依頼をビガード城下町以来やっていない。
 結果、遠路はるばるここまで来た所為での高い交通費によって、俺たちの財布は壊滅的ダメージを受け、帰りのバスにも乗れなかった。
 最悪、今日は野宿の可能性もある。
 働いて金を稼ぐ事の大切さが骨身に沁みるぜ…。

「ほら、レイ、とりあえずギルドだって。どの町に着いても基本はギルド。そう言ってたのレイだろ?」
 スズキの言葉にレイは肩を落としながら歩いて行く。
 スズキ……お前のいう事も尤もだけど、何でお前そんなに楽しそうなんだよ?

「にしても、異常に高かったな…バス代。まさか一気に財布が空になるとは…」
 俺もそう思った。
 確か初乗りだったら、数日はギルドに泊まれるくらいはあったと思ったのに…。
「危険給って事で、値上がりしてるらしいわよ? この町の治安はこの辺りじゃ最悪だから。その上、町も廃れてて、来る人も少ないし…。悪循環ね」
「そ…そんなに怖い町なんですか…ここ?」
 コトリが怯えた声を出す。
 下手すりゃそんな怖い所で野宿する羽目になりかねないことは、言わない方がいいだろうな…。
「そうよ? だから昼間でも人通りも少ないし…絶対に逸れないでね? 特にカイ!」
 レイの口調が強くなった。
 分かったよ。この前自分の能力は自覚したからな。
 まあ、No.1はコトリに譲るが。

「でもよ…レイ」
「何?」
「人通り…多いぞ?」

 スズキの言う通り、町には人が賑わっていた。
 それも、結構多い。
 何だ? 何の騒ぎだ? 地元民にも見えないのが気になる。
「あれ? おかしいわね…」
「まあ、気にしててもしょうがないだろ」
 俺はそう言いながら、コトリを見る。
 こんな町なら、一分ごとに見た方がいいかな…。
 現に、露店を見て目を輝かせてるし。

 そうだ、スズキに……

「とりあえず、ギルドに行こうぜ?」
「そう…ね」
 レイは釈然としない表情を浮かべたまま、歩き出した。

・・・・・・

「化石……探し?」
「ええ」
 ギルドのウエイティングスペースで、レイは用紙を取り出した。
「さっき、聞いた話じゃちょっと前にここの砂漠で幾つも見つかったんだって。その中の一つを賞品にした、モンスター・トーナメントなんてのも開かれるみたい」
 レイの用紙を目で追うと……

 モンスター・トーナメント
 優勝賞品――秘密のコハク

 ……とある。
 開催日は…今日かよ!?

「でも…まあ、トーナメントの方はおまけ見たいなものね。本命はこっち」
 レイはもう一枚用紙を出した。
 だから、どこに持ってんだよ…レイ。
 その用紙は、最近発行された観光案内の様だ。

「何だ?“ あなたも一攫千金の夢、グログラム大砂漠開拓へ”……胡散臭…」
「その胡散臭さにも、これだけの人が釣られているのよ?」
 確かに、ギルドの中にはそれらしい格好をしたトレーナーが目立っていた。
 まるで、今から砂漠に入ると言わんばかりに、肌を隠すように服を着込み、砂対策をした、バックを持っている。

「化石って、モノによれば結構高く売れるみたい。で? どう? 私たちも」
「……レイ、今の財政状態なら気持ちは分かるが、あんまり金に執着するなよ?」
「そうそう、もっと俺たちは…こう、清楚に生きていこうぜ?」
「あのねぇ!? あなたたちがそんなんだから………私は……私は……!」
「レッ、レイさん、私っ、お供します!」
 コトリが積極的に手を上げる。
「あのね、コトリちゃん。あんまりレイについていかない方が良いよ? 知ってる? 水と空が混じった一匹に、ギャラドスって言うのがいて…」

 ガッ

「………コ…コトリちゃんは、こんなのにならないで……ね……」
「ふんっ」
「わわわっ、大丈夫ですかっ!」
 頭を押えて蹲るスズキ。
 大丈夫だ。
 コトリはこんな事……
 ………しないよな?

「すまないが……君たちも、トレーナーかな?」
「へ?」
 全員の視線が、声をした方を向く。
「いやいや、いきなりすまない。ただ、少し話をしたくて……いいかな?」
「は……はあ…」
 その男は、椅子を引きずって、俺たちのテーブルに合わせた。

 髪も髭も真っ白なその男の顔は日に焼けて赤くなっている。
 40~50歳ってところだろうか?
 ただ、その割には逞しく、周りのトレーナーみたいな砂漠用の準備をしている様は、いかにも冒険家って感じだ。

「すまないが、君たち、私の“依頼”を引き受けてくれないか? ああ、勿論、お礼はするよ」
 男は、俺たちを順々に見渡した。
「ああ、警戒するのは分かる。けど、どうしても、トレーナーと一緒じゃなきゃ駄目なんだ……」
 ………いや、それ以前に、何を言いたいんだ? この人。そして、誰だ?
 今、俺たちは、殆ど勝手に喋っているこの男に、むしろ警戒心を強くした。

 俺たちの思念を感じたのか、男は、あっ、とした表情を浮かべた。
「すっ、すまない、自己紹介が遅れたね。私は、アーサル=エルト。リミール国の研究者だ。主に化石専門のね」
 どうやら、トレーナーじゃないらしい。
「リミール国って、確か、化石が良く出る土地が領土の…」
 レイの言葉に、アーサルさんは頷く。
 レイ……お前はすごい。

「それで……俺たちに、何を?」
「うむ……すまないんだが、私の化石探しを手伝ってくれないか? ……ええっと…」
 アーサルさんは、バッグの中から、書類を取り出した。
「実は私は、職業柄か、化石に目がなくてね…。化石を求めて、各地に赴くなんてざらなんだ」
 それで、この人旅慣れた様子なのか。
「今回、ここで、化石が出たと聞いて態々休暇を取って見に来たんだよ……しかし……」
 アーサルさんは、ギルドの窓から外を見た。
 建物の隙間から見える砂漠。
 そう言う事か…。
 ああいう場所にはモンスターが付き物だ。
「あまり、強力なモンスターはこの辺りには出ないらしいが、流石にモンスターを操れないと、危険地帯だからね」

「えっと……すみません…、この書類…俺には分からないんですけど…」
 スズキは、さっきの書類を見て、頭を抱えていた。
 確かに、寝不足の頭に、米粒みたいな字は入ってこない。
「ああ、すまない。つまり、私は、化石の研究をして、こういうレポートを書きたいんだ」
 アーサルさんは、書類を仕舞った。

「えっと…ということは、私たちに、砂漠の護衛を頼みたいって事ですか?」
「ん……まあ、そういう事だ。何時もは現地で雇っているんだが……今回は断られてしまってね。彼らは価値の高い化石だけを探しているらしい。私は、むしろ、どんな化石でも探して欲しいと言ったら、面倒だと言われてね」
 弱ったといった様子で、アーサルさんは額に手を当てる。

「君たちはどうだい?」
 なるほど…この人はダメもとで色んなトレーナーに声をかけていたのか。
「何なら、報酬は前払いだ。昨日の昼にこの場所に着いたのだが、未だに、化石を前に足踏みしているのは甚だ不本意なんだ」

「……いいんじゃないか? レイ。正直、何の保証も無いまま砂漠を彷徨うより、護衛を受持った方が絶対に良いと思うぞ?」
「そうね」
 レイはあっさり頷く。
 こいつだって、リスクの高いギャンブルをするより、確実性を求めるタイプだしな。
 まあ、どっちかって言うと、前払いに惹かれているみたいだけど。

「おお、ありがとう…! では早速……ん?」
 アーサルさんは、机の上の、用紙を見て固まった。
「あの…?」
「“秘密のコハク”が賞品で出るのか…? 素晴らしいな。もしこれが本物なら、あの砂漠にはもっと凄いものがあるかもしれない…!」
 アーサルさんは子供のように目を輝かせる。

「あの……アーサルさん?」
「いや、すまないね。私が化石に興味を持った切欠のような化石なんだこれは…。とても綺麗な石なんだよ。いや、偽者も多いが…ああ、懐かしいな。幼い時、この化石を本で見たから、私は研究者を目指したようなものだよ」
「わっ、分かります!」
 コトリがコクコクと頷く。
 ああ、確かにコトリの話と似ているな。

「ただ……この化石……出来れば手に入れたい……。いっそ、優勝者から買取った方がいいか…?」

「じゃあ、こうしましょう」
 そこで、レイはポンッと手を打った。
「私たちは、二手に分かれて、どっちかが護衛、どっちかが大会に出る。護衛の方はそんなに危険じゃないみたいだし……、砂漠に行く人数が多ければ、それだけ負担もかかるしね」
 その言葉にアーサルさんは、ほうっ、と声を漏らす。
 まあ、レイの言う事も尤もだ。
 全員の砂漠用の装備を揃えていたら、それだけで、報酬がなくなっちまうかもしれない。
 護衛の方は少人数でも確実に収入があるだろうし、大会の方はプラスアルファって考えておけば気も楽だしな。

「よし、じゃあ、俺とカイはランクも高いし、大会に出る。レイとコトリちゃんは、砂漠の護衛。これがベストかな?」
 スズキのメンバー分けは、まあ、理に適ってるな。
 砂漠って事は、レイの水タイプがいれば何とかなるだろうし、コトリの飛行タイプは足場に影響されない。
 俺の炎は砂漠にいれば暑苦しいだろうし、スズキの草は…干乾びるんじゃないか?

 レイも、納得したように頷く。
「じゃあ、それでいいですか? アーサルさん」
「おお、ありがとう。いや、君たちに声をかけてよかった。じゃあ、護衛の方は前払いで……大会の方は成功報酬でいいかな?」
「はい」
 レイがにっこり笑う。
 こいつは現金だな…。けど、確かに宿代が確保出来たのは嬉しい限りだ。

「大会の方は、頑張ってくれると嬉しい。私は砂漠の方に行くが……、まあ、大会の方は大丈夫だろう。集まった強力なトレーナーは皆、宝探しの方に興味があるみたいだからね」
 ちらりとギルド内のトレーナーを見てみると、全員の目がギラギラしていた。
 あいつらは皆、大会に出ないのか。

「じゃあ、皆、後で会いましょう。大会の方は任せたわよ?」
「おうっ」
 スズキが、腕を上げる。
 こいつ、そういうの好きだよな……。
 っと、そうだ。

「いいか? レイ。コトリから一分以上目を離さないでくれよ? この役目はこの依頼中、お前に預ける」
「分かってるわよ?」
「ええっ!?」
 レイが何を今更と言ったように、頷いた。
 コトリが何か言っているような気がするが、これでとりあえず安心だ。

「じゃあ、行こうぜ。アーサルさんも二人も気を付けて」
 俺は、スズキを連れてギルドを出る。
 それにしても、大会か……何だか俺も楽しみになってきたぜ。

~~~~

「私……そこまで方向音痴じゃないです…」
「ほら、コトリ、何時までも落ち込んでないで、早く行くわよ?」
 レイさんが私の手を引いて、ギルド内の店に向かう。
 アーサルさんは、私たちの準備が整うまで、さっきのウエイティングスペースで、待ってくれてます。
「あっ、コトリ、服売ってるわよ? う~ん…砂漠に行くにはワンピースじゃ不味いわね…。色々買っちゃおっか」
「は…はい!」
 レイさんは、慣れたように服を私に合わせて選んでいる。
 どこか楽しそうなレイさんに、私も笑ってしまっていた。
 試着室に入って着替える時も、鏡に映った私は幸せそうな表情を浮かべている。
 そして、どんどん買い物籠に増えていく、私の服。

 それにしても、大丈夫なんでしょうか?
 さっき貰った報酬を、いきなり沢山使ってしまって…。
 お母さんは、道中お金は大切にしなさいって言ってましたけど……何か考えがあっての事なんですよね…? レイさん……。

「あっ!」
「えっ!? どうしたんですか!?」
 買い物中、いきなりレイさんが、声を上げた。
 他のお客さんたちもびっくりしている。

「そ……そういえば、リインさんが言っていた、危険な大会って……あのことだったんじゃ…」
「ああっ!? そういえば、そんな事を言っていたような…」
 私の記憶の片隅に、リインさんの言葉が残っていた。
 確かに、グログラムで危険な大会が開かれるって……。

「ああもう、とりあえず、連絡を……」
 レイさんが、無線機を取り出して、スイッチを入れた。
 途端、私のバッグの中からザーザーという、音が漏れる。
 ああ、そういえば……

「もしもし……?」
「……………コトリ……聞こえる?」
 無線機から、レイさんの声がした。
「はい………あれ?」
 目の前のレイさんが、呆れた顔をしている。
「……コトリ、何でそれを持っているの?」
「え? さっき、カイさんとスズキさんが迷子にならないように…って言って……あの、レイさん……もしかしてですけど……怒ってます…?」
「大丈夫よ。コトリどころか、誰も悪くないから。ただ、この怒りを何所にぶつければいいのか分からないだけ」
 レイさんは盛大に溜息を吐いた。

「まあ、あいつらなら大丈夫かな。危なくなったらスズキが止めるだろうし……」
 そう言いながらも、レイさんは不安そうだった。
 でも…
「大丈夫ですよ」
 私の脳裏には、人生で初めて見た、トレーナー同士の戦い。

「カイさんは……強いですから」
「………そう…ね」
 レイさんは、またため息を吐いたけど、笑っていた。
「私達、トレーナーになって、まだ半月なんだけどね…」
「ええっ!?」
 今度は私の声で、お客さんが驚いた。

 結局その後、買い物が長引いて、困ったような表情を浮かべたアーサルさんに、レイさんと私は何回も謝る事になってしまいました。

~~~~

 俺たちは今、大会の会場に到着していた。
 受付を済まして、通された部屋は、やたらとでかいウエイティングスペースだった。
 ただ、町の廃れ具合を象徴した、ただ、“待つだけ”の部屋だけどな…。
 窓にもヒビがはいっている。

「初期能力が高い?」
「ああ」
 俺の言葉に、スズキは首を縦に振った。
「まあ、抜群に飛びぬけてるって訳じゃないから、育てなきゃ強くはならないけど、それでも、あの王様から貰ったモンスターはかなり優秀な方だと思うぞ」
 俺は、何となく、腰のボールを見た。
「ゲーム的に言うと……個体値が高いって言うのかな? まあ、カイはそこまでやりこんでなかったから分からないと思うけど……、そうだな、同じモンスター、同じレベルでも捕まえる度に強さが違うって聞いた事ないか」
「ああ、何かあったな、そんなルール」
「俺らの手持ちがその強い方って事だ」
 何となく分かった様な気がする。
 けどな……

「それ、あんま気休めにはならないと思うぞ?」
 俺たちの目の前には参加者の群れ……えっと、何人いるんだ?
 ………40人くらいか?
 こんな辺境の町の大会で集まった人数としてはかなり多い方だろう。
 見渡す限り、ずいぶんと逞しい男たちが多い。
 その所為で、室温が5℃は上がっている気がする…。
 ああくそ、あの人、強力なトレーナーは集まらないって言ってなかったか?
 あれだけ筋肉を隆々とさせているトレーナーの手持ちが、実は脆弱って事はないだろう?

「おい、カイ、あれ…」
「ん?」
 スズキの指を追うと……
「悪い。何所指してるのか分からねぇ…」
「アレだよ、アレ。ああ、お前直ぐ気絶したから覚えてないか? オルガンさんだよ」
 …………えっと……ああ、放火魔騒ぎの時の。
 色々な事があり過ぎて、殆ど忘れていた。
 何気にアレ、一昨日の事なんだよな……

 スズキの声が聞こえたのか、男たちの中でも一際大きい背中が振り返った。
「おお、お前らは……!」
 オルガンさんはズンズン近付いてくる。
 あの時もそうだったけど、結構怖い。

「こんにちは、オルガンさん」
「えっと……確か、スズキ……だったか。それと、カラスマ=カイだったな」
「フルネームで呼ぶの止めてくれますか……」
 オルガンさんは、すまん、と豪快に笑う。
 ただでさえ目立つ男の大笑いに、周囲の目が集まってきている……。

「もう一人のお嬢ちゃんは、見学か?」
「ま…まあ、そんなところ…」
「しかし、お前らには悪いが優勝はこのオルガン様だ!」
 ………自分で話題振ってきたのにそれを遮るか? 普通。
 そんな事を高らかに宣言した所為で、周りの目が殺気立ってきたし…。

「なぁに、お前らもいいところまでいけるはずだ。ここにいる奴らは、宝探しに溢れた様な奴ばかりだからな。見かけ倒しが多い! がはははははっ!」
 オルガンさーん……出来れば、俺たちと離れたところでそういう事言って貰えませんか……?

「えっと……オルガンさんはヘヴンリー=ガーデンから、どうやってこの町に?」
 スズキが、これ以上オルガンさんの暴挙が続かないように、話題を変える。
 いいぞ……スズキ。
「どうやっても何も、俺は森を真っ直ぐ進んできただけだ。まあ、抜けた後はバスに乗ったが」
 あの、大樹海を抜けた?
 確か、あの大樹海はビガード国の方は比較的安全だけど、森を進むと危険なんじゃなかったか?
 この人が、チームを組んでいるようには見えないし……
 じゃあ……一人で?

「何だ何だ、何を驚いているんだ? このオルガン様は闘の適合者。“突破”を象徴しているというのに、それ位の芸当が出来なくてどうする?」
 そういや、この人、何気にあの放火魔の依頼を受けていたんだよな…。
 雰囲気は軽そうだけど、やっぱ結構強い人なんじゃないか…?

「皆は、化石探しの方に興味があるみたいだが、やはり、男ならバトルだ」
 オルガンさんは、拳を作った。
 熱い……! 熱いな……この人。
 室温が更に5℃上がった気がするぞ?
「だが、この町で大会が開かれるというから来てみたものの、面子がコレでは……」
 オルガンさんは、馬鹿にするように周りを見渡す。
 中には血管が浮かんでいる人も見える。
 一応言っとくが、お前ら、俺はこの人の仲間じゃないからな。

「しかし、まあ、この大会で借りを返せそうだ。カラスマ=カイ!」
「へ? 俺?」
 オルガンさんは、ビシッと、俺を指差す。
「放火魔を先に倒された借りは、確りと返させてもらう。それまで、負けるんじゃ……」

 ピピッ

 そこで、間抜けな音が響いた。
「おっ、すごいぜ、カイ。オルガンさん、“闘・ランクC”だ。流石、オルガンさんですね!」
「え? ま、まあ、そうだろう、そうだろう!」
 オルガンさんは煽てられて愉快そうに笑う。

 何だこの人……暑さにやられたんだろうか?
 話の途中で指に変な機械を押し付けられて、笑うなんて事俺には出来ないだろうな………。

「何やってんだよ……スズキ」
「お前のためだって」
 スズキは、小声でぼそぼそ話す。

「ぱっと見、ここに集まった奴らは、岩タイプとかが多そうだ。何かさっきから、奴ら岩タイプの自慢話とかしてるし」
 確かに、ゴローンがどうだの、聞こえるな。
「俺の、草はいいけど……お前炎だろ? だから、格闘技は使えるようになっておいて損は無いって」
 そういやコトリは、Cランク以上を登録すれば技が使えるようにはなるって言ってたな。
 これで俺のワカシャモとモウカザルは、とりあえず格闘技が使えるようになったのか。

「使える技が増えれば、勝ち上がりやすくなる。これトーナメントだろ? 適合タイプでしか戦えないなら、最早、じゃんけんみたいなもんになっちまうからな」
 そりゃそうだな……適合タイプが一つしかないなら、トーナメントの組み合わせ表が出た時、もう結果が分かるようなもんだ。

「って、お前はどうすんだよ、スズキ。炎とかに当ったら」
「う~ん、俺は“奥の手”を使う」
 スズキは面白そうに笑った。
 ああくそ、こいつはそんな奴だったな。

 ビ―――

 そこで、警報に近い騒音が鳴った。
「え~、参加者の皆様。ただ今より、モンスター・トーナメント、“予選”を開始します。受付で、Aの札を受け取った方は、ステージまでお越し下さい」
 札…?
 ああ、そういや、さっき貰ったな。
 確認してみると、Aと書いてある。
 って早速俺かよ………ん?
 見れば、どやどやと、部屋の半数くらいが、出口に向かっている。
 人数多くないか? “予選”って何をする気だ?

「カイ、お前、Aじゃないか。行かなくていいのかよ?」
「なあ、スズキ……お前の札には何て書いてある?」
 スズキは、札を取り出し、確認した。
「え? Bだけど…」
「オルガンさんは?」
「Bだ」
 何だ? AとBしかいないのか?
 これ、トーナメントだろ?
 …………まあ、考えてても仕方ないか。

「じゃ、行ってくる!」
「おう、頑張れよ」
「勝ち上がって来い!」
 二人の声援を受けて、俺は走り出した。

・・・・・・

 って、やっぱ人数多いな………
 しかし、そんな人数の多い俺たちAグループが悠々収まる馬鹿でかいコロシアムみたいなステージの上にいた。
 360度観客席が囲い、一箇所だけ、お偉いさんが座るような、VIP待遇の部屋が設置されている。
 窓からは、双眼鏡がステージを捉えていた。
 ああくそ、あの中涼しいんだろうな…!

 足場は土。
 後から考えれば、地中を進むモンスターがいるから当然の計らいだった。
 所々、人一人分くらいの大岩置いてあるから、さしずめ、岩のフィールドってとこか。

 客は、満員……とは、生憎いっていないみたいだけど、それでも7~8割は埋まってるな。
 って、やっぱフィールドでかくないか?
 最前列の奴はまだ見えるだろうが、後ろの方に座っている奴は双眼鏡でも使っていないと見えないんじゃないか?

 ガ―ッガ―ッ

「え~、皆様」
 控え室よりも聞こえの悪い、アナウンスが響く。
「先程お渡しした、ゼッケンは着用済みですね?」
 俺は、ステージに入る直前に渡されたゼッケンを確認した。
 よく、体育とかで使っているやつだ。
 No.21とある。
 まあ、悪くない数字だ。

「番号に深い意味はありません。ただ、到着した順に、お渡ししたものです」
 アナウンスは、何故か、俺のモチベーションを奪うような事を言ってくる。

「では、今から予選のルールを説明します」
 ルール説明ね……。
 公平を期すためとかで、発表されてなかったやつか。

「結論から言いますと、予選の戦いは、トーナメント形式ではありません」
 これだけの、人数を一度に集めた時からそれはうすうす予想していたけど………トーナメント形式じゃない戦いってことは……まさか……!

「もうお分かりでしょう、ここにいる21名でのバトル・ロワイヤル形式での予選となります。ルールは、手持ちのモンスターが一匹でも戦闘不能に、もしくは、“トレーナー本人が行動不能”になったら、その時点で脱落となります。尚、使えるモンスターの数に制限はありません」

 ………!
 トレーナー本人が行動不能!? それに、使えるモンスターの数は制限無しって…………おいおい、このアナウンス、暗にトレーナー本人を狙った方が手っ取り早いって言ってないか?

「19名が脱落した時点……つまり、上位2名が、トーナメント形式の本戦へ出場可能となります」
 何だよそれ……むしろ、予選の方がメインじゃねぇか……!
 周りの奴らも、騒ぎ出す。

 なるほどね……。トーナメント形式なんていう、運がよければ勝ちあがれるエサを撒いて参加者を集めて、集まったら集まったで、予選っていう形で、短期で決まって乱戦になるバトル・ロワイヤル形式で観客を飽きさせず楽しませるって事か……!
 まあ、パンフレットで嘘は言っていなけど……これは酷ぇな…。

「戦闘不能と判断したら、こちらで、Noを呼びます。では……」
 アナウンスの声が、だんだん腹立ってきたな……
 でも、そんなこと気にしてられない。
 周りの奴らが殺気立っている……!

「……始め!!」


~~~~


 ブロロロロ
 私たちは今、アーサルさんの借りたレンタカーで砂漠を走っている。
 私とコトリは後部座席だ。
 運転できないし…ね。
「それで…アーサルさん、私たち、何所に向かっているんですか?」
「ん? ああ、とりあえず、この前化石が発見され所から、少し離れた岩場だよ。発見されたところは、もう掘りつくされているだろうし。君たちにお願いしたいのは、化石を探している間、モンスターを追い払って欲しいんだ」
 私が、窓から外を見ると、砂漠の地面が盛り上がったり盛り下がったりしている。
 確かに、モンスターはいるみたいね。

「化石、見つかると良いですね!」
「はは、ありがとう。でも、難しいよ。もう他の人はとっくに動いているからね」
 アーサルさんは、穏やかな声を出しながらも、アクセルを少し強く踏んだ。
 化石の所に行くので頭がいっぱいみたい。

 砂漠を進んでいくと、同じような車が遠くを走っている。
 反対側にも2、3台は見えた。

「う~ん……この辺りは流石に人が多いな……。よし」

 キッ、ザザッ

 そう言うとアーサルさんは、車を止めて、バッグから書類を取り出した。
 盗み見てみると、どうやら、この砂漠の地図みたいだ。
 アーサルさんは地図と方位磁石を見比べて、頷いた。

「よし、じゃあ、こっちだ。こっちに多分、穴場がある」
 アーサルさんは、地図を助手席に置くと、車を再び走らせた。
 バックミラーから見えるその目は、どこか輝いて見える。
 はあ……大の大人にこういうこと思うのもなんだけど、私が手綱を握った方が良さそうね……。
 外の天気は……まあ、突然砂嵐とかが起きなきゃ大丈夫でしょう。


~~~~

 ダッ

 始めの合図と同時に、俺は、岩陰に向かって駆け出した。
 横目に、同じような事を考えた奴が数人映る。
 そうだよな……いきなり攻撃を仕掛けて注目を浴びるなんて真似は………ん?

 ゴゴッ

 俺から一番近い奴の地面が盛り上がった。
 そいつは、いきなりの事に慌てふためく。
 おいおい、何が……
 ………!!

「“穴を掘る”だ! そこにいるな!!」

 ドゴンッ

「…がっ……!」
 俺の声も間に合わず、そいつは地中から現れたゴローンに腹部を殴られる。
 口の中から、何かを吐き出し、そいつは白目をむいて倒れてしまった。
 ゴローンは再び、地中に戻る。

 ガ―ッガ―ッ
「No.2、6、9、15脱落」
 アナウンスの機械的な声が響く。
 やられたのはこいつだけじゃないらしいな。
 あっちこっちで、バトルが始まっているみたいだ。

 それより、マジで人を狙っている奴がいる!
 流石に死んでいないだろうが、モンスターの攻撃喰らったら洒落じゃすまない……!

 ゴゴッ

「……っ……!」
 俺が、犯人を捜そうと、周囲を見渡すと、今度は俺の足場が盛り上がった。

 ダッ

 ゴゴゴッ

 俺は寸でのところでジャンプ。
 その直ぐ後、ゴローンが俺のいた場所を襲った。
 ああくそ、今度は逃がさねぇぞ……!

 ボンッ

「ワカシャモ、二度蹴りだ!」

 ゴ、ゴッ

 ワカシャモの二度蹴りがゴローンにヒット。
 しかし、ゴローンはまだ動く。
「くっ、モウカザル、マッハパンチ!」

 ドッ

 効果抜群ってことも手伝って、ゴローンは今度こそ地中に逃げる前に倒れこんだ。
 確かに、スズキの言う通り、格闘を登録しておいて良かった。

 ガ―ッガ―ッ
「No.3、7、18脱落」

 今読み上げられたNoのどれかが、このゴローンのトレーナー何だろう。
 だが、もう、そんな事気にしていられない。
 こいつの所為で、トレーナーを狙う事に、誰も抵抗がなくなっちまってる。

 パ、パシュ

 俺はモンスターを戻して、当初の予定通り岩陰に隠れた。

 ガ―ッガ―ッ
「No.1、4、脱落」
 また誰か脱落した。
 マジでペース早ぇな…

「はあ…はあ……」
 下手に動いてらんねぇな…これ。
 昨日の特訓も手伝って、体も痛ぇし、モンスターの攻撃を避けるんじゃ半端な動きも出来ない。
 やっぱり、あの放火魔が言っていたことは的を射ていたみたいだ。
 人は、狙われる…!

「火炎放射っ!」

 ゴウッ

「!!? 守る!!」

 ボンッ
 ジュッ

 俺は、咄嗟にイーブイを繰り出して防御した。
 何だ…? 今の火炎放射は誰だ!?

「ちっ」
 見れば、No.10のゼッケンを付けた小柄な男が立っていた。
 いかにも、人を狙いそうなタイプだ。
 ああくそ、今のはこいつの攻撃か…!

「ロコンッ!」
 そいつの足元にいたロコンが、いきなり火を噴いた。
 ―――って……

 ゴッ

「うおおおおっ!!?」
 俺は、倒れこむように、攻撃を回避した。

「おいっ、炎は冗談じゃすまねぇぞ!?」
 いや、モンスターの攻撃の時点で冗談じゃすまないが、特殊な技は危険過ぎる……!

「火炎放射っ!」
「くそっ!」
 俺は、岩陰に跳んだ。
 ロコンの炎が岩で四散する。

 ヤッロウ……聞く耳もってねぇな……
 あの放火魔といい、何で、炎の適合者はこんなのばっかなんだ? イメージ悪くなんだろ!?

 それはともかく、どうにかしねぇと………
 火炎放射が相手じゃ危険すぎる。
 前の放火魔の時も、回避するので精一杯だった。

 だったら………そうだ……“あの感覚”を呼び込めれば…
 よし、とりあえず、冷静になれ……あの時の俺みたいに冷静に……冷静に…

 ダッ
 ゴウッ

「!!? くそっ!!」

 ボンッ
 ジュッ

 岩を回り込んでやってきた、ロコンの火炎放射をイーブイの守るで何とか防御。
 くそっ、落ち着いてないと、冷静になれねぇだろ!?

 ガ―ッガ―ッ
「No.11、16、19、20脱落」
 ロコンから必死に逃げる俺の耳に、アナウンスの声が届く。
 後どれくらいだ? 半分は脱落したのか?

 ゴッ
 ジッ

「ぐっ、くそっ!」
 火炎放射が、俺の腕を掠める。
 いや、そんな事は気にすんな……冷静になれ……冷静に……
 ドクッ……ドクッ……トク……
 心臓の音が徐々に収まってくる。
 そうだ……いい調子……

 …………って、“来ない”じゃ、ねぇか!?

 ゴッ

「……っ……ああくそ、もういい!!」
 ロコン相手に、逃げ回っている自分がバカらしくなってきた。
 いいぜ? “あの感覚”無しでやってやるよ。

 ボンッ

 俺は、モウカザルを繰り出した。
 それを見て、小柄の男は、にぃっと笑った。
 こいつが笑うのも無理はない。
 ロコンの特性は“もらい火”。
 炎の技は繰り出すわけにはいかないな。
 放火魔の時は、何故か通用したけど、過信して、相手がパワーアップしたら洒落にならないし。

「それ…シェア・リングだよね」
 小柄の男は、俺の指を指す。
 その声は、体格に合った子供のような声だった。

「さっきの格闘技……あの程度のランクじゃ、僕のロコンには効かないよ」
 こいつ…見てやがったのか。
 それで、俺が炎の適合者って事が分かってロコンで攻撃してんのか…!
「卑怯だとは思わないだろう? 戦術だよ」
 小柄の男は、笑う。

 因みに、俺は卑怯だと思っているんだが……、まあ、今はこいつを倒す事だ。

「モウカザル、マッハパンチ!」
「キッ」
 モウカザルが、ロコンに突っ込む。
「ロコン、火炎放射!」
「キュッ」

 ロコンは、息を吸い込みだす。
 だが、俺のモウカザルの方が速い。

 ドゴッ

 モウカザルのマッハパンチがロコンにヒット。
 しかし……
「流石に、絶対先制は速いね……でも……」
 駄目だ…ロコンはまだ行動可能だ。
 確かに、適合タイプ以外の技の威力は落ちるみたいだ。

 ボンッ

 小柄な男は、もう1体ロコンを繰り出した。
「炎の渦!」
 もう1体のロコンは炎の渦を発動させる。
 相手の懐に切り込んだ俺のモウカザルは、もう1体のロコンと睨めっこ状態だ。
 炎技が使えない所為で、ロコンを抜ききれない…!
「さあ、ロコン…」
「キュッ」

 炎の渦は、俺の方に向かってきた……!
 アレに当ったら、行動不能どころか死ぬんじゃないか?

 ゴゴゴッ

 くそっ、あいつ最初から、モンスター同士の戦いをする気なんかねぇ!!

 ボンッ

「イーブイッ! 守るだ!」
 イーブイが、炎の渦に立ちはだかる。

 ボンッ

「ワカシャモ、火炎放射!」

 ゴッ

 ジュバッ

 ワカシャモの火炎放射と、イーブイの守るで、何とか巨大な火球は四散した。
 その向こう側に小柄な男がふてぶてしく立っていた。

 意外と強力なトレーナーだな…あいつ……

 ………?
 そいつの、笑っている顔を見て、俺はかつての放火魔との戦いを思い出した。
 あの放火魔も確か、ああいう風に笑って……

 ………待て、あいつのロコンは、何所に行った?
 1体は向こうで、俺のモウカザルと戦っている。

 今、炎の渦を繰り出していたロコンは何所に……?
 心臓が、バクバク鳴る。
 嫌な予感が頭から離れない。
 これは……やっぱり、あの放火魔の時と同じ……

「そんな格闘ランクじゃ、大技は使えない……」
 小柄な男がそう呟いた、瞬間、俺の視界に陰が走った。

 今…ロコンがいるのは……

 …上―――!

 瞬時に空を見上げると、小さな影が口を開けていた。
 何をしようとしているのかは、直に分かった。
 俺の頭上からの火炎放射だ。

 モンスターはともかく、俺が喰らえばただじゃすまないだろう。

 何か……何かしないと……

 一瞬で浮かぶ、多々ある選択肢。
 回避……いや、避けきれない。
 イーブイの守る……いや、連続じゃあ失敗する。
 ワカシャモのスカイアッパー……いや、格闘ランクが低くて繰り出せない。

 あのケンタロスの時と同じだ……。
 やけにゆっくり、死が近付いてくるあの感覚。
 でも、あの時と違うのは、体が熱い事だ。
 それが恐怖からか、徐々に冷えていく…

 既に、ロコンの口から炎が見えていた。
 間も無く、俺を消し炭にする攻撃が繰り出される……。
 どの選択肢を選んでも、俺が燃やされる末路は変わらない―――…

 残りの選択肢…………炎の攻撃じゃ、吸収されて…
 ―――違う…

「―――!!」
 ああくそ、遅せぇよ…

「ワカシャモ、火炎放射!」

 ゴウッ

 ロコンに向けて、火炎放射を撃った俺を奴はどう思っただろう?
 俺が見たところ、一瞬驚き、その後直に表情が崩れ、虚ろな瞳を、倒れたロコンに向けていたけどな…。

 パ、パシュ
 俺は、モンスターをボールに戻す。

「な……何でロコンが…」
「悪いな…何でか知らねぇけど、俺の炎は特別性なんだ。もらい火相手でも通用するらしい」

 ガ―ッガ―ッ
「No.10脱落」

 ガクッと膝をつく小柄な男に、アナウンスの無情な知らせが響いた。
 さて……脱落した奴に、これ以上構っていても仕方ない。
 “この感覚”が残っているうちに、少しでも人数を……

 ガーッガーッ
「No.8、12、13、14、17脱落。終了―――!! No.5、21本戦進出です」

 俺が、行こうとした途端、試合終了のアナウンスが響いた。
 何だ? 一気に五人も脱落したのか……?

 見れば、フィールドのほぼ真ん中に人が集まっている。
 遠目にゼッケンを確認すると、たった今脱落した奴らだ。

 ………全員同じ場所で脱落…?
 俺は目を凝らした。
 ああくそ、砂塵であんまり見えねぇな……。

 そいつらはどうやら何かを取り囲むように、円になっているみたいだ。
 何だ? そこに何がいる……?
 男たちが大き過ぎて、その先が見えない。
 俺は、そっちに向かって歩き出した。
 一体……?

「…Quick raid」

 その声が聞こえた瞬間、俺は足を止めてしまった。
 この…声は……

「“ハズレ”にはもう興味が無いな……」
 でかい男の隙間から見える。
 その男の、本当に興味を失ったような目――

「この大会に……“アタリ”はいるのか……」

 ――それは、紅く染まっていた。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 キリのいいところまで進めようとしたら、また大分長くなってしまいました…。

 これは、私事ですが、次回か次々回の更新は遅れてしまうかもしれません。

 ご感想ご指摘、お待ちしています。
 では…



[3371] Part.14 Remain
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/08/03 01:21

「おい……あいつ今何した?」
「ゴメン、私そっち見てなかった…」
「俺は見てたけど……分からなかった……」
「え? お前もかよ」
「ああ、あいつがボールを振ったと思ったら……相手のモンスターが倒れていったんだ…」

 そんなギャラリーの声も、俺にはどこか遠くに聞こえた。

 ガ―ッガ―ッ
「No.5、21は係員の指示に従って、本戦出場者控え室にお進み下さい」
 そいつはそのアナウンスを聞くと、俺の方を見もしないで歩いて行く。

 いいぜ……いやでも本戦でぶつかるんだ。
 その眼に俺を捉えさせてやる……!


~~~~


 ブロロロロ
「ああ、しまった。先を越されたかな?」
 私たちが到着した、“穴場”には既に数台の車が止まっていた。
 ここは、巨大な遺跡の様な場所だった。
 大きさは……一辺50メートル位もある。
 形は殆ど正方形。
 そんな大岩が、砂漠の真ん中にズンッと落ちてきたみたい。
 自然物に見えなくも無いけど、自然に出来たにしては無理があるこの遺跡の周りには、幾つか大きな岩があるくらいで、植物なんか一本も生えていなかった。
 ガイドブックにも載ってないから、とっくに研究し尽くされたか、あまり価値が無い遺跡なんじゃないかな?
 確かに掘れば化石が出そうではある。
 ……人工物の。

 キッ、ザザッ

 アーサルさんが車を日陰に止める。
 ここなら数時間、日に当らないだろうけど……他の車は大丈夫なのかしらね? 日陰にあったり日向にあったり…結構バラバラに停まっているけど…。

「ま、まあ、これだけ大きいんだ。ライバルが多くても何も見つからないってことはないだろう。じゃ、じゃあ、護衛はお願いするよ」
「はい!」
 コトリが元気よく返事をする。
 はあ…私はこの子が熱中症にならない様にも注意しなきゃ…。

 私とコトリは砂漠対策をして車を降りた。
 服装は二人とも、似たり寄ったりで、長袖長ズボンにつばの長い帽子。
 念の為のマントが熱いけど……まあ、こまめに水分と塩分を採っていれば大丈夫でしょう。

「これだけ車があるってことは……大きなチームがここに来たって事ですか?」
「でもコトリ……レンタカーの貸し出し場所がバラバラみたいよ?」
「うん……それに止まっている場所が随分散らばっている。誰かが化石に夢中になって長時間いるのか?」
 アーサルさんは、またも目を輝かせていた。
 やっぱり、私が手綱を取るしかないみたいね……何とか夜までに帰れるような計画を立てなきゃ。
 砂漠の夜は冷えるって言うし……

 モンスターの化石って言うのはかなり丈夫で、私たちの世界の恐竜の化石みたいにデリケートな採掘は必要ないらしい。
 だから、巨大な投資が必要じゃなく、簡単に一攫千金が狙えるからこれだけの人数が砂漠に飛び出しているんだけど……それだけに、発見は極めて困難……まあ、ガイドブックの受け売りだけどね……。

「あ! これ化石じゃないですか?」
「……へ?」
 コトリが巨大な岩の前で、綺麗な石を拾っていた。
 直にアーサルさんが駆け寄る。
「おお……確かにこれは……」
「え? もう見つかったんですか!?」
 コトリは、嬉しそうに微笑む。
 すごいわね……コトリ。
 そして、発見は極めて困難じゃなかったの……?

「だが、これは大分破損しているな……もしかして、捨てられたんじゃないか…?」
 アーサルさんは、そう呟きながら化石をバックのケースに入れた。
「そうなんですか…」
「あ、いや、さっきも言ったが私にとってはこういう化石でも価値があるんだよ。見つけてくれて、ありがとう」

 コトリをフォローするアーサルさんの向こうに、私は変な色の石を見つけた。
「アーサルさん……もしかしてこれもそうですか?」
「おお」
 私が拾い上げると、アーサルさんはまたも食い入るように見つめる。
「ん? やはりこれも大分破損して………ん?」
 アーサルさんの視線を追うと、その先に一つ、その先にまた一つと、大岩に近づくように、化石が落ちていた。
 それも全て、破損している………?

「やはり、ここで誰かがまとめて価値の無い化石を捨てたのか?」
 アーサルさんは律儀に化石を一つずつ拾っていく。

 その時、私は何か嫌な予感がした。
 かなり丈夫なモンスターの化石。
 そして、それが破損してここに大量にある。

 アーサルさんの言う通り、ここで誰かがまとめて捨てたとも考えられるけど、もしかしたら……ここで“まとめて破損”したのかもしれない……
 そう考えると、車だけあって、人が見当たらないこの遺跡が不気味な存在に見えてきた……。

「おおお!!」
 そこで、アーサルさんが大声が聞こえた。
 アーサルさんは、大岩の前に立って……あれ?
 アーサルさんの立っている場所に大穴が開いていた。
 丁度、遺跡の入り口だとでも言うように………
 そして、そこに向かって破損した化石は伸びていたみたいだ。

「ここから中に入れるらしい。きっと、皆この中だ」
 そう言って、アーサルさんは中に入っていってしまった。
「レイさん、私たちも行きましょう……すごく熱いです……」
「そう……ね」
 私は不安を押し込めて、入り口に向かった。


~~~~


 ガ―ッガ―ッ
「No.1、2、3、5、6、7、8、9、10、12、13、14、17、20脱落。終了―――!! No.15、16本戦進出です」
「はあっ!?」
 突然聞こえてきたその妙なアナウンスに、俺は個別待機の控え室で、何故か立ち上がってしまった。
 慌てて控え室を飛び出す。

 おいおい、Bグループは何が起こったって言うんだ?
 一気に15人近くも脱落させるような奴がいるっていうのかよ……!

 部屋の外に出ると、まず聞こえたのは、観客のものと思われるでかいブーイング。
 それと、廊下に響く聞き慣れた笑い声だった。
 その足音は、会場に通じる曲がり角の奥から聞こえてくる。

「ははははっ、結構うまくいくもんなんだな……」
「………」
「って、スズキッ!?」
 角から曲がってきたのは、大笑いしているスズキと、渋い顔をしたオルガンさんだった。

「おお、カイ! お前も本戦進出か。良かったな。控え室に戻って来なかったから、治療室かどっちかだと思ってたけど……おめでとう」
「おめでとう、じゃねぇよ。今の…何が起こったんだ!? オルガンさんか?」
 オルガンさんは、首を振った。
「確かに最初、こいつの準備が整うまで時間を稼いではいたが……あれはこいつの仕業だ」
「いや~、オルガンさんのお陰ですよ。あれだけの人数をものともせずに、時間を稼げるなんて…」
「む? そうか? やはりそうか! がははは、そうだろう、そうだろう」
 オルガンさんは………もういいや、この人。
 って、それより…

 俺は、高笑いするオルガンさんを尻目に、スズキの首に腕を回した。
「おい、スズキ、お前何したんだよ?」
「へ? だから、奥の手だって」
「だから、その奥の手ってなんだよ…」
 スズキは、ボールを取り出して笑った。
 まるでいたずらが成功した子供のような笑みだ。

「フシギソウの、“眠り粉”だよ。それで、会場を包んでやったんだ。まあ、うまく俺たちの所を範囲外にできて良かったよ」
「………お前まさか、それで全員眠らせたんじゃないだろうな?」
 スズキは、涼しい顔をする。
 どうやら間違いないらしい。

 あんな乱戦の中、いきなり飛んできた粉を察知するなんて事俺には出来ないだろうな……。
 そして、吸い込めばモンスターもトレーナーも当然眠りについて行動不能だ。
 恐ぇな……草。
 そして、モンスターも眠らす粉は人体に入ったらどうなるんだ…?
 まあ、スズキの事だからその辺は加減しただろう。

「バトル・ロワイヤルって聞いて、オルガンさんに、組みましょうって言ったんだよ。時間稼ぎが欲しかったし…。まあ、いきなりつまらない感じで決着がついて、盛り上がらなかったけど……」
 あのブーイングはそれか。
 この大会の、実質的メインがそんな決着じゃ、客は納得しないだろう。

「まあ、“こんな大会”の空気なんて読んでらんないだろ?」
 スズキは、表情を落とした。
 ああ、こいつも気付いてたか。
 この大会の危険さと卑怯さを。

 ガ―ッガ―ッ
「これにて、予選は終了となりました。本戦の方は、フィールドの整備が終わり次第開始いたしますのでもうしばらく、お待ち下さい」
 フィールドの整備と聞いて、俺はスズキを見た。
 多分、こいつの所為で、眠った奴を運ぶ羽目になったんだろうな……大人数。

「尚、対戦カードは次の通りです。
 本戦、第一試合、
 Aグループ一位通過、グラン=キーン選手・VS・Bグループ二位通過、オルガン選手。
 第二試合、
 Aグループ二位通過、カイ選手・VS・Bグループ一位通過、スズキ選手。
 以上となります。開始予定時刻は十分後を予定しております。それまで……」
「おおっ、カイとかよ。倒した数で順位が決まるのか? 依頼の事考えると、メチャクチャ意味無いな………って、カイ、どうした?」

 アナウンスやスズキの声は、遠くに聞こえた。
 グラン=キーン?
 それがあいつの名前か……?
 何で……姓を?

「キーン……か」
 オルガンさんが、アナウンスを聞いて珍しく神妙に呟いた。
「オルガンさん、知っているんですか?」
 すると、オルガンさんは、何かを思い出すように頭をぽりぽりとかいた。

「いや、確かキーンという姓は、5年位前に滅びた、とある国の方で多く使われているものだ………偽名だとは思うが………どんな奴だった?」
「……いや、俺もあいつの戦いは見てなかったですけど……結構若いですよ。俺たちと同じくらいで……まあ、一番目立つのは紅い眼ですけど…」
「赤目……か」
「へ?」
 赤目と聞いた途端、オルガンさんはにぃっと笑った。
「知ってるんですか?」
「知っている…。最近、この辺りの依頼を着実にこなしている、フリーのトレーナーだ。強力な攻撃をするらしくて、“裏”のギルドじゃ、賞金首だって噂もある」
「裏のギルド……?」
「ん、いや、お前らみたいな奴じゃ一生世話にならないだろう」
 オルガンさんは、口を濁した。
 この人は世話になっているのか?

 ガ―ッガ―ッ
「整備の方が終了いたしました。選手の方は、先程のコロシアムにお集まり下さい」

 アナウンスが響く。
 どうやら整備は終わったみたいだ。
「よし、じゃあ、行こうぜ、カイ」
「ああ」
 俺とスズキは二回戦目だけど、まあ、一回戦目の様子を見といた方がいいな。

「しかし、楽しみだ! 本当に、噂通りなら、最高の戦いが出来るだろうな! まあ、勝つのはこのオルガン様だが」
「君は“アタリ”かな…?」

「―――!!」
 オルガンさんが、高らかに笑った時、“そいつ”が現れた。
「なあ、カイ。お前が前に言ってたBランクの赤目って……」
「…………ああ」
 小声で聞いてきたスズキに、俺は赤目…グラン=キーンから目を離さずに答えた。

「おお、お前が赤目か。俺は初戦でお前とぶつかるオルガン様だ。悪いが、決勝でカラスマ=カイに借りを返さなきゃならん。“突破”させてもらうぞ」
 俺の名前をフルネームで呼ぶの止めてくれっていったと思ったんだが……まあ、今はいい。
 こいつにはっきり俺を認識させてやる…!

「“突破”……? 格闘なら少しは戦えるか…」
 そいつはそれだけ言うと、会場に向かって歩いていった。
 フリーだけあって完全に自己中って感じだな……。

「がはははっ、噂通りの性格のようだな。だが、勝つのはこのオルガン様だ」
 オルガンさんは高らかに宣言して、グランを追う。

「なあ、カイ…」
「ああ、分かっている」
 スズキも思っていたみたいだ。
 こういう感じの時、お約束の展開なら、オルガンさん……負けるだろうな…。


~~~~


 私たちが遺跡の中に入ると、日陰からか妙に涼しかった。
 中の構造は外から見たと通りで、四角い空間が広がっている。
 いや、中の方が外から見るより小さいかもしれない。

 四角く、暗い外より小さめのひんやりした部屋。
 そんな砂漠とは不釣合いの場所だけど、足場だけは砂漠の延長だった。
 まあ、確かにそれでも外のサイズがサイズだからそれなりに大きいけどね…。
 だけど、それとは別に、私にはこの空間が途方も無く大きく見えた。

 何かよくない事が起きる……。

 そんな危険な匂いのする空間。
 その危険な匂いと関係しているのかいないのか、明らかにおかしい……目に見える異変がここにあった。

「あれ? 誰もいませんね…?」
「うむ、妙だな……。まあ、ラッキーだよ」
 コトリもアーサルさんも私と同じ異変に気付いたみたいだけど、私は、どうしてもアンラッキーな予感がしていた。

 不気味。

 それが、この空間に私が覚えた印象だった。

 確かに暗い空間だけど、目も徐々に慣れてきていて、部屋の全体が何となく見える。
 にも拘らず、この中には私たち以外誰もいない。
 外の車の数からすると、5~6人はいないとおかしいはずだった。

「あ……あの、アーサルさん…。おかしく……」
「何だ…また人が来たのか…」

 その時、地獄の底から響いてくるような男の声が、私の言葉を遮った。
「ずいぶんと嗅覚のいい奴らが多いみたいだな…。外の車も破壊すればよかったか…」

「誰だ!?」
 突如聞こえたその声に、アーサルさんが警戒心を露にした声を出す。
「くくく……」
 男の不気味な笑い声が暗い空間に反響する。

 一体……何所からこの背筋を凍らすような声は出ているのだろう…?

「………っ!?」
 その姿を見た時、私は言葉に詰まった。
 気付けば、男が、私たちの正面……すなわち、入り口から入って突き当たりの奥の壁に背を預けていた。

 それだけならまだ、そこまで驚いたりはしなかった。
 ただ、その男が2メートルを越す大男であることが問題だった。
 そして、体についている筋肉が既に大岩のような巨体。
 フードの下にある短髪の完全な茶色に、鋭い眼光。
 今まで見てきた砂漠へ向かおうとする人達の格好をしているが、決定的に違ったのはその男の威圧感だった。
 それも、良く見る、図体がでかいだけの男の威圧感ではない。
 ハッキリと、体の大きさ以外に起因する圧力。
 それが、ただでさえ大きい男の体を更に誇張させていた。

「………っ」
 姿を確認した瞬間、私は足元がふらついた。
 暑さ以外の理由で汗が流れる。
 今ハッキリ分かった。
 この空間の不気味さは、全て、目の前の男からのモノと言う事が。

 男は足で軽く砂を踏むと、岩のような顔を私たちに向けた。

「あ…あなたは…誰?」
 私は、思わず、アーサルさんと同じ言葉を発していた。
 それは口にした疑問より、その言葉で、この“空気”が薄まる事を期待してのものだ。

「俺か…? 俺は……」
 私はこの瞬間で、聞くんじゃなかった、と思った。
 何故なら、直感的に悟ってしまったから………

「チーム・パイオニアのドラクだ」

 早くこの場から離れないと……死ぬ。


~~~~


 ガ―ッガ―ッ
「試合……終了―――!!」
 俺もスズキも…いや、観客すらも唖然としていた。

 ガ―ッガ―ッ
「グラン=キーン選手、決勝進出です」

「担架だっ!! 担架っ!!」
 急いで医療班みたいな人達がフィールドに駆け出していった。
 オルガンさんは、担架に乗せられ(体が大きすぎる所為ではみ出している)運ばれていく。

「お…おい…今……」
 隣のスズキの焦った声が聞こえる。
「あ……ああ……あいつ…何をしてたんだ?」
 予想通りの結果とは言え、俺はオルガンさんはもう少し善戦すると思っていた。
 だが結果は、グランのモンスターを見る事さえ適わなかった。

 あいつは、ただ、ボールを数回振っただけ。
 まるで、裏拳でもしているかのように素早く。
 たったそれだけで、オルガンさんの繰り出した、ゴーリキーは打撃を受けたかのように弾み、倒され、最後は、オルガンさん自身ですらも……

「拳圧でも飛ばしてんのか? あいつ」
 スズキは呆れたように悠々と去っていくグランに目を向ける。
 そのグランは、何かを呟いているように見えた。

 ハ……ズ……レ……?

 俺に読唇術のスキルは無いが、何故かあいつがそう言っているように感じた。
「う~ん…。どんな氷タイプか見たかったんだけどな……相性良くても勝てないのか……」
 そう、今の戦いは氷VS闘のはずだった。
 しかし、相性の不利さをも覆して、グランが勝った。
 なるほどね……これがあいつの実力か……!

 ガ―ッガ―ッ
「では、第二試合に移ります」
 アナウンスが次のカードを告げる。

 ガ―ッガ―ッ
「スズキ選手VSカイ選手、両者フィールドへどうぞ」
 何か、投げやりな感じがするな。
 このペースの早さ。
 確かに、さっきの試合は一瞬で終わったが、休憩をとろうともしない。

「ま、どうせ“おまけ”なんだろ。予選の。ちゃっちゃといこうぜ」
 スズキはフィールドの反対側へ歩き出す。

 そうだった…。
 次はスズキとだった…。
 実際、こいつとマジで戦った事はない。
 タイプ的には有利だけど、油断は絶対に出来ない相手だ。

「カイ……」
 スズキは足を止めて振り向きざまに言った。

「この戦い、一瞬で終わらせるぞ」

「………? お前……何を考えている?」
 対戦相手からの挑発とも取れるこの台詞に俺は別のものを感じた。
 こいつがこういう顔をしている時は、大体何時も妙な事にしかならないからだ。
 スズキはそれだけ言うとスキップでもしているかのように軽やかに歩いて行く。
 まあ、スズキが何を考えている様と俺は全力で戦うだけだ。
 スズキには言っていないが、どうしても決勝に行かなくちゃいけない。
 まずは……眠り粉対策だな……どうするか…。

 ガ―ッガ―ッ
「それでは改めてルールの説明です。ルールは先程のバトル・ロワイヤルとほぼ同様ですが、一点だけ先程と違い、手持ちが全滅しなければ試合は終了いたしません」

 このルールの趣旨は、俺もスズキも観客も分かっている。
 さっきのバトル・ロワイヤルは手持ちが1匹でも戦闘不能になったら試合終了だった。
 しかし、今度は全滅まで試合は終わらない。
 つまり、完全にトレーナーを狙った方が早いってことだ。
 さっき、グランがそうしたように……。

 対面にいるスズキは呆れたように欠伸をしている。
 口ぶりからすると、あいつもこの大会に嫌気が差しているみたいだ。
 まあ、俺たちの戦いなら、純然たるモンスター同士の戦いが出来るだろう。

 ガ―ッガ―ッ
「では……試合開始です!!」

 バッ

「!?」
 スズキは何を思ったか、突然右手を上げた。
 俺は咄嗟に身構える。
 何だ…何を仕掛けてくる…?
 昔から一緒にいるがこいつの行動を完全に読みきれたことが俺には無い。
 モンスターの知識は俺より遥かに上のスズキだ。
 タイプの優位なんてあっという間に覆される……!

「ギブア――――ップ!!」
「………………は?」
 スズキが高らかに宣言したモノの意味が俺には一瞬分からなかった。
 俺に分からないのだから、他のものに分かる筈もない。
 結果、スタジアムから音が消えた。

「やってられるか…。こんな大会」
 ガ―ッガ―ッ
「し…………試合終了――!!」

 スズキがつまらなそうに欠伸をしてからようやく事態に追いついたアナウンスが響いた。
 その直後、スタジアムは音を思い出したかのように、大ブーイングに包まれた。
 そんな罵倒をものともせず、スズキは涼しい顔でテクテクと歩いて来た。

「おっ……おい」
 スズキが俺の前に来ても、まだ俺は事態の把握が遅れていた。
「さっきの…どういう…」
「どうもこうも言った通りだよ」
 スズキは、何故か満足げだ。

「ここにいる奴らは、人がモンスターにやられる姿を見に来てるような奴らばっかだ。そんなんやってられるか」
 スズキは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「そんな奴らの期待って裏切りたくなるんだよな…」
 スズキは、やってやったぜとも言わんばかりに、客席を眺める。
 未だブーイングは鳴り止まない。
 というか、こいつ今日だけで二回目だぞ……ブーイング。
 まあ、こいつらしいっちゃらしいか。

「大体、俺とお前が戦ったって意味無いだろ」
 スズキの言っているのは依頼の事だろう。
 確かに俺とスズキが戦う意味は無い。

 まあ……何か不完全燃焼的にもやもやしているけどな…。
 色々スズキの対策を考えていた俺の時間を返せ。

「まあ、そんな目で見るなよ。それに……」
 客席を流し見ていたスズキの視線が、フィールドのある一点で止まる。
 そこには、いつの間にかグランが立ち、紅い眼を俺たちに向けていた。

「あのグランって奴に“用”があるんだろ? カイ」
「なっ………!」
 皆には、氷のBランクの説明のために、あいつに“会ったこと”しか言っていない。
 当然、あいつに“借り”がある事も言っていない筈だ。
 何でスズキが知ってんだ…?

「おいおい、何年親友やってると思ってるんだよ? 見てりゃ分かるって」
 ああくそ、やっぱこいつは鋭い。
 へらへらしている様で、事実を見る“目”を持っている。

「ということで、我らがリーダーに道を譲った訳だ」
 スズキは一旦目を伏せる。
 そして、開いた時に浮かんでいた色は……信頼。
「さ、頼むぜカイ。あいつを倒して、依頼を達成しようぜ?」
「………ああ」
 俺は、何かおかしくて、笑いながらフィールドに向かった。
 ありがとな…スズキ。

 さてと、親友の信頼は裏切れねえ……!

 フィールドに立つ。
 さっきまでは緊張からか周りの状態が完全に目に入ってこなかったが今は違う。
 笑った事で、緊張が薄れたみたいだ。

 いつの間にか埋め尽くされている客席。
 その誰もが、スズキの空気の読めない行動に、せめて決勝くらいは、とボルテージを上げている。

 後ろにはスズキ。
 セコンドとして頼もしい事この上ない。

 そして、広い岩のフィールド。
 その向こうにある紅い眼は、俺を見据えているようでどこか遠くを見ていた。
 いいぜ、今はそうしてろ…。
 直にこっちを見させてやる………!

 ガ―ッガ―ッ
「では、これより、モンスター・トーナメント、グログラム大会・ファイナル。グラン=キーン選手VSカイ選手の試合を開始します」
 俺は、腰のボールに手を当てる。
 さあ……借りを返すときが来たぜ……!

 ガ―ッガ―ッ
「始め」

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 次回も更新が遅れてしまうと思います。
 ご感想ご指摘お待ちしております。
 では…



[3371] Part.15 Raid
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/08/12 05:17
 ボンッ
 俺は開始の合図と同時にワカシャモを繰り出した。
 暗にトレーナーを狙えというこのルール。
 急いでモンスターを出すのは当然だ。

「…?」
 しかしグランは、ボールを手に持つだけでモンスターを出さない。
 これは……やっぱり…

「Quick raid」

 ドッ
「!?」

 奴がボールを振った瞬間、俺のワカシャモは打撃を受けたように弾んだ。
 まただ…。
 また、あいつはボールを振っただけ。
 それなのに、ワカシャモは明確なダメージを受けている。
 一体あいつ…何をやってるんだ…?
 本当に拳圧でも飛ばしているみたいだ。

 俺のワカシャモは…まだ戦える…か。
「やはり相性が悪いか…」
 グランはそう呟くと、再びボールを構えた。
 間違いなく、今の技をもう一度するつもりだ。

 冷静になれ…。
 あいつが何をしているか分からないと…このまま決まっちまう。
 あいつの動きを良く見ろ…。

「カイッ! 止まるな!!」
 フッ
「!! 飛べっ!!」

 ダンッ

 スズキの言葉に反応して、俺はワカシャモに指示を出した。
 奴の技は、今度はワカシャモが“いた”場所…地面に突き刺さる。

 そうだ今は戦闘中。
 考えるにして止まっている訳にはいかない。

「…!?」
 グランを見るとさっきと同じ構えをしている。
 しかし、向いている方向は今までと微妙に違う。

 あいつが今狙っているのは……
「Quick raid」
「ぐっ!」
 俺は走り出す。
 今度の奴の攻撃は俺の足元に突き刺さった。

 何やってんだ俺は…!
 さっき人は狙われるって実感したばっかじゃねぇか…!

 ダンッ…ダンッ…ダンッ

 グランの攻撃は俺がいた地面を掘る。
 フィールドを逃げる様に走る俺の一瞬後から追跡するように…。
 ああくそ、俺はこんだけ暴れまわっているって言うのにあいつは一歩も動いていないじゃねぇか。

 とにかく考えろ…。
 あいつが何をしているのかを…

 ドッ…

 徐々にグランの攻撃が俺に近付いてきている。
 俺の動きを予測してきているって事だ。

 このままじゃ……
 …? 待てよ…予測…か。

 俺もこれだけ攻撃を受けているんだ。
 あいつの攻撃の正体が分からないまでも、予測くらいは立てられるんじゃないか?

 例えば、次に奴が攻撃する位置…。
 仮に、本当にあいつが拳圧を飛ばしてきているとしたら、奴の攻撃は常に直線って事になる。

 ザッ
「……?」

 俺はその場で立ち止まった。
 グランは腑に落ちない顔をしているがこれでいい筈だ。

「…Quick raid」
「!」

 ダッ
 ダンッ

「……軌道を読んだか」

 やっぱりな。
 グランの攻撃は俺から僅かに逸れた。
 距離で言えばさっきより随分近い場所だが、問題ない。
 何故なら、攻撃のズレはもう埋まる事がないからだ。

「Quick raid」

 ダッ
 ダンッ

 グランの攻撃はまたも外れる。
 俺が、グランの腕が動くと同時に、位置をずらしているからだ。
 まあ、グランも今の攻撃は確認の為にやったみたいだけどな…。

 もう間違いない。
 あいつの攻撃は直線上にしか飛ばせない。
 今の俺とグランの距離は約30メートル。
 この距離ならあいつの攻撃はギリギリ回避できる…!

「それで…どうするつもりだ?」
 グランはボールを構えたまま聞いてきた。

 …まあ、問題はそこなんだよな…。
 この距離なら回避できるって事は、言い換えればこの距離じゃなきゃ出来ないって事だ。
 俺の攻撃だってこの距離じゃ隙でもつかなきゃ防がれるだろうし、グランの方から近づく事も出来る。
 何時までもこの距離じゃいられないって事だ。

「!」
 ダッ
 ダンッ

 またも地面が弾ける。
 グランが俺の行動を催促するように攻撃してきたからだ。
 反応が若干遅れた所為か、さっきよりも近い。
 いや、体力の問題か?
 そうだ、こんなギリギリの回避、何時までも続けられる訳がない。
 一発当っただけでもアウトなんだ。

 ………考える時間もねぇのか…。
 もう仕方ない。
 あいつがモンスターを出さないのが悪いんだ。
 今、“使う”か。

「火炎放射だ!」

 ゴウッ
「!?」

 俺は“待機させておいた”ワカシャモに指示を出す。
 奴が俺を攻撃しだした時からワカシャモは俺よりも奴にずっと近い場所にいた。
 鋭い炎が、グランに襲い掛かる。
 あの距離なら…

 ブッ
「なっ!!?」

 グランはそれを一瞬で察知し、回避した。
 おいおい、嘘だろ…!?
 15メートル弱からの攻撃だぞ?
 それを奴は羽織ったマントも焦がさせずに…。

「カイッ!! 避けさせろ!!」
「Quick raid」
「!!?」

 ドッ…ドッ…ドッ…
「グワッ!」

 ……ドタッ

 スズキの声が聞こえた時にはもう遅かった。
 グランは避けるだけに止まらず、超人的な体術で、すぐさま攻撃体勢に移り、ワカシャモに攻撃を飛ばした。
 それも、立て続けに…。
 それを受けて俺のワカシャモは倒れこんだ。

「ぐっ…」
「仕掛けるタイミングを誤ったな…」

 グランはそう呟きながら、今度は俺に構える。
 また、正体不明の攻撃が飛んでくるのだろう。

 回避できるとは言っても、あくまでギリギリだ。
 タイミングを少しでも見誤れば、今度あの技の餌食になるのは俺だ。
 とっておきの奇襲も潰されて、もうあいつを捉えることは……

 ―――違う…

「…………“来た”…のか?」
「………?」

 俺の言葉はグランに通じなくて当然だ。
 何せ俺の体の中で起こっている事なんだからな。

 体の熱が引いていく…。
 何度も起こったこの現象。
 俺は何となく、これが起こるスイッチの様なものが見えてきた。

 これは…俺が熱くなると、それに反比例するように起こるモノだ。

 ダッ
 ダンッ

 グランの攻撃が移動する直前の地面を削る。
 それも良く見えていた。
 視野が広い。
 やっぱり、あの時の感覚だ……

 いや、それでもまだ完全じゃない。
 俺はもっと熱く……冷静になれる筈だ。

「………?」
 グランが怪訝な顔をする。
 絶望的状況な筈の俺に、何故か余裕が見て取れるからだろう。

 ダッ
 ダンッ

 まだだ…まだ俺は全力じゃない。
 そんな余裕が俺の視野を更に広めていった。
 そうなってくると、グランの攻撃も前よりも見えてくる。

 今まで全く捉えられなかったが、グランがボールを振る度、“青い何か”がその軌道上に見えた。
 なるほどな…あれが当ってんのか…!

 チッ

 次の攻撃は俺の肩を掠めた。
 その時、奴の持っているボールが一瞬だけ開いている事が分かる。
 そして、ただ単に振っているだけにしては不自然な“ブレ”。

 ……もう十分ヒントは貰った。

 ボールを使っている以上モンスターの攻撃だ。
 そして、奴の常人離れした体術……。

「………ようやく分かったぜ……」
 俺は足を止めてグランを正面から見据えた。

「一瞬でモンスターを出して、攻撃させ、直に手元に戻す……そういうことだろ?」
 俺がそう言うとグランはふっと笑った。
 どうやら間違いないらしい。

 ボールの開閉のタイミングは、実は調節できる。
 普通のボールじゃ細かい設定は無理だけど、特殊なボールというものがあるらしく、手元から離れて何秒後、や、時速何メートルを維持し続けたら、といった風に、オリジナルのタイミングを決める事が可能だったりする(もちろん、普通のボール同様、不意に開かないように安全装置もついているらしいが)。

 それをグランは、限界ギリギリまで短くしているんだろう。
 そして、あらかじめモンスターに攻撃後直に戻ってくるように指示を与えておけば、モンスターのヒット・アンド・アウェーがまるで、手元から拳圧が飛んできているように相手に誤認させる事ができる。
 もちろん、相手に気付かれない為には、ボールを、出す・戻す、で“2回”振っているように見せない超人的なスピードと、戻ってくるモンスターが間違いなくボールに入るようにする正確さも必要だ。
 そして、モンスターを視認させないほどのモンスター自身のスピード……

「やっているのは、絶対先制攻撃。それがQuick raidの正体だ」
 さて……氷の絶対先制って何だ?

「見破られたのは久しぶりだ」
 グランはそう言うと、ボールを構える。
 俺に正体を見破られても、Quick raidでくるらしい。

 見破った以上、これまで以上に絶対の自信を持って行動を起せるから、さっきまでよりは避け易い筈だ。
 それに、反撃の作戦も立てられる。
 それが分からない相手じゃないって事は……

 正面突破……か。
 こいつ見かけによらず熱いな…いや、自信…か?

 俺もボールを取り出す。
 いいぜ? 俺も正面突破だ。
 “絶対先制”が出来るのは、お前だけじゃない…!

 ダッ

 俺はグランに向かって走り出す。
 俺の立てた作戦を見破られる前に、行動を起さなきゃいけないんだ。
 何時までも安全エリアにいたって、こいつは攻略できない…!
 まあ…でも……痛いだろうな……

 グランは腰を落とす。
 もうこの距離じゃ回避できない。
 こいつもここで決めるつもりだ…!

「Quick…」
 グランの腕が……揺れる!
 今だ!

「…raid」
「守る!!」

 ボッ、ゴッ

 俺は地面にボールを叩きつけてイーブイを無理矢理繰り出した。
 ノーマルのボールは、手元から離れて何秒後っていう設定だけど、他にも何かにぶつける事でも開いたりする。
 あの放火魔の時と同じ繰り出し方だ。
 そして、使用方法も。

「ギィッ」
「がっ!」

 俺は守りきれなかったイーブイと共に飛ばされる。
 やっぱランクの差があるな……でも……

「マッハパンチ!!」
 ボンッ
「!?」

 ヒットの瞬間に、奴の足元目掛けて投げつけたボールはグランの眼前で開いた。
 出てきたのはモウカザル。
 俺のワカシャモがそうだった様に、攻撃の直後は誰でも隙が出来る。
 モウカザルの絶対先制攻撃が、あいつの間近で発動した。
 あの距離じゃ回避は無理だ……!

 ガンッ

「………な…!?」
 聞こえてきたのは何か硬い構築物に攻撃が阻まれる音。
 見ればモウカザルの攻撃はグランの前に突如現れた“青い盾”に阻まれていた。
 グランの手には、瞬間的に取り出したのか別のボール。
 あの中から出てきたのだろうか……?

 その物体は、四角の四隅から太いアームのようなものが突き出ている形状で、正に特殊なバリアーのように見えた。
 そのバリアーは完全に、モウカザルの攻撃をシャットアウトしている……。

「“断絶”……」
 盾の向こう側から、グランの声がする。

「あ…あれは…」
 スズキの声が聞こえる。もうスズキにはアレが何か分かったみたいだ。

 ズンッ

 青い盾が、横に倒れた。
 ソレは四隅のアームで、四足動物のように立ち上がる。
 そして、ソレは持ち主同様、目を紅く染めていた。

「…それが、俺の鋼の象徴するモノだ」
「メッ…メタグロスだっ! タイプは鋼、エスパー!」
 ……氷じゃ…ない…?

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 このところ更新が不規則になっているのは申し訳ありません。
 ご感想ご指摘、お待ちしています。
 では…



[3371] Part.16 Drive
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/08/23 08:10
「トレーナーは…二人か…」
 ドラクと名乗った大男は、その大木のような太腕をゆっくりと持ち上げた。
 私とコトリは、その仕草にアーサルさんを庇うように立つ。

 怖い…

 これはきっと生物としての恐怖。
 コトリからも後ろのアーサルさんからも、それはひしひしと伝わってきた。

 “出会って生きていれたなら運がいい”
 そんなリインさんの言葉が蘇る。
 そのチーム・パイオニアと二日連続で出会ってしまった。

 しかも、あのペルセの時の様な気紛れはもう起こらないだろう。
 目の前の男から発される圧倒的な威圧感とそれと同程度の殺気。
 それはペルセの鋭い殺気とは違う、息も詰まりそうな猛々しい殺気。

 私たちが生きる道……

 それは“逃げる事”だけだった。

「さて……」
 そんな私たちの様子を楽しむように、ドラクは、にぃっと笑って、上げた手を……

 ブンッ

 ……下ろした。

「うっわああああああああぁぁあ―――っ!!!」
「「!!?」」
 次の瞬間、私達の後ろにいたアーサルさんが高速で地面を“滑って”行った。
 アーサルさんは鞄を強く抱きしめながら、叫び続ける。
 その先には………!

「ア……アーサルさ……ああっ!!」
「危ないっ!!」

 ドチャッ
「ぎぃっ!!」

 ひ…酷い…。
 アーサルさんは滑っていった先にある、この遺跡の壁に、そのスピードのまま激突し、倒れこんだ。
 しかも、あのぶつかった時の音……
 まるでトラックとの人身事故だ。
 急いで助けないと………
 ………!?

「アッ、アーサルさ……」
「!? ダメッ、コトリッ、動かないで!」
 思わず駆け寄ろうとしたコトリを手で制す。
「地面の中に…何かいる!」

 私がそう言うのを合図にしていたように、地面から一本の砂埃が上がった。
 それは地中を移動しているようで、砂埃もそれに呼応して動く。
 それも……速い…!

 挑発するように動く砂埃は、アーサルさんに近付こうとすれば容赦なく襲い掛かってくるだろう。
 それに、相手が地中にいたら対応できない…!

「くくく…ぐぐぐ……ぐはははははははははっ!!」
 遺跡の中にドラクの笑い声が反響する。
「これで、始められるな。さあ、遊ぶぞ………」
 ドラクは、その岩の様な顔を怪しく歪ませながら、対比して見るとまるで豆粒のように小さいボールを取り出した。

「レイさん…」
「分かってる…」
 私は恐怖に震えるコトリの手を、掴んだ。
 その私の手も震えている。
 “まだ”モンスターは出ていない。
 今から走り出せば、外には出られるけど、それじゃあアーサルさんは助からない。
 それに、地中に潜む敵の所為で私たちの行動範囲は極限にまで絞られている。
 どうすれば……逃げられるの……?

「ドサイドン」
 ボンッ

 ズウンッ

 私たちが答を出す前に、ドラクはモンスターを繰り出した。
 そのモンスターは、ドラクの様な巨獣。
 この前本で見た、サイドンの進化形だ……!
 今は大人しく、ドラクの横で眼を閉じ、動かないけど、指示を与えられれば直にドラクにも勝る太腕が猛威を振るうだろう。
 もし、私たちがアレに捕まれば………万に一つも生き残れない。

「あ…あああ…」
 コトリが今にも倒れそうな声を出す。
 目の前にある“死”のリアルを正しく感じ取ってしまったからだろう。
 もし、コトリがここまで恐怖に震えていなかったら、私の頭の中はとっくに真っ白だ。

 早く…早く逃げないと……

 そう本能だけはずっと正しい行動を告げている。
 だけど、それは机上の空論。
 実際に、自分に殺意を向けてくる強大な力。
 それを前にした時、人間に出来る事なんて殆ど無くて……
 震えた時間の分だけ選択肢は減っていく。

「コトリ……とりあえず下がって……」
 震えるコトリを庇うように私は一歩前へ出た。
 策なんて無い。
 ただのやせ我慢だ。
 ただ、少しでも動かないと、既に死んでしまっているかのような錯覚に囚われる。

 足が震える。
 視界が白い。
 呼吸が詰まる。

 これが……実戦……?
 カイはこんな事をやっていたの…?

「……ん?」
 ドラクの発した言葉に、思わずビクリと反応してしまった。
 だが別にドラクは、私たちの方に視線を向けていなかった。
 向けているのは……

「何だ、あれは……? ダグトリオ」

 ボゴッ
「キュッ」

 ドラクの声を聞き、地中から現れたのはダグトリオだった。

 あれが…アーサルさんを高速で壁と衝突させたモンスター…
 愛嬌のある姿とは間逆の、悪意あるモンスターだ。

 ダグトリオは、アーサルさんの近くに落ちている鞄を咥えた。
 ドラクの興味を引いたのは、砂対策がしてあるだけの、砂漠には不釣合いなビジネス用の鞄だ。

 ガッ
「!?」
 その鞄を掴む手が伸びた。
 皮膚が破けて、血だらけになったアーサルさんの手だ。
「……ぐっ…う…」
「……まだ生きてたのか…」
 一命を取り留めていたアーサルさんから、私は思わず目を背けた。
 皮膚は血で染まり、歯は砕け散り、片目はもう開きそうに無いアーサルさんの様子に、むしろ恐怖を感じてしまっていたからだ。

「アーサル…さん…?」
 コトリも、喜ぶ、というよりはむしろ、驚く、という感情の声を出した。
 無理もない。
 今のアーサルさんは、正にゾンビの様だったのだから。
 もう、あのバッグから無邪気に書類を取り出して目を輝かせていたアーサルさんの面影は無い。
 そして、モンスターの攻撃を受けた人間は、ああなるという恐怖も沸々と湧き上がってくる。

「ふんっ」
 ザザザザザッ
「あ…が……がががが…」
 何が彼をそこまでそうさせるのか…。
 構わず戻って来るように指示を出されたダグトリオに鞄から手を離さないアーサルさんは引きずられて行く……その先には……!
「アーサルさん、ダメッ、手を離して!」
 しかし、よほど大事なのかアーサルさんは手を離さない。
 そしてそのまま、アーサルさんはこの遺跡で最も危険な場所に移動してしまった。

「そこまで大事なのか。少しはここを“攻略”するのに役に立つかな?」
 ドラクはアーサルさんを無視するように、バッグを拾い上げた。
「がっ…」
 しかし、それでもアーサルさんは手を離そうとしない。
 結果、ドラクの怪力にバッグごと引きずり上げられた。
「ん? お前は呼んでいない」

 ドサッ
「ぐっ…あっ…」

 ドラクはアーサルさんごとバックを無造作に放り投げた。
 そこはドサイドンの足元……。

 まずい……!

「アーサルさっ……あっ!」

 ドサッ

 私は、駆け出そうとして、足をとられ倒れこんだ。
 足元を見ると、地面にコブが出来ていて、直に引っ込んだ。
 地面の中に……まだ何かいる!?

「お前達は後でだ。ドサイドン」
「グゴゴゴゴオオオオオォオオオオォオオオ―――!!!!」
 ドラクの指示を待ちわびていたように、ドサイドンが眼を開き雄たけびを上げる。
 そして、アーサルさんの真上に振り上げた太腕。
 いつの間にかその腕には、岩石が握られている。
 地面にのたうつ私からは見上げる形になるそれは、間違いなく必殺の一撃―――

「アーサルさん!!」
 コトリの悲鳴が響く。
 しかし、アーサルさんは度重なるダメージの所為か、意識を失って反応しない。

「岩石砲」

「ガアアアアアアア―――ッ!!」
 ドジャンッ

「…………あ………ああああああああああああああああああああああ―――っ!!!!」
 コトリの悲鳴が響く……

「“硬度”……岩タイプが弱いと言う奴がいるが、それは使い手が弱いだけだ…まあ、人間相手では硬さを比べるのは愚かしいか」
 ドラクの愉快そうな声が聞こえる……

「う…そ…でしょ……?」

 私たちが、恐怖に竦んでいた時間を有効に使えていたら……この光景は避けられただろうか……?

 それは墓標の様に……

 アーサルさんの上に岩石が突き刺さった。

 もう、彼が化石を求めることは………ない。

 冷たい言い方のようだけど、今日出会ったばかりの人にそこまで感情移入はしていない。
 でも、さっきまで自然に笑って生きていた人の死。
 それが、“さっき”の延長線上にあった。
 それが………今、目の前に……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

「!!?」
 ショックに打ちひしがれている暇もなく、突如遺跡が揺れ始めた。
 地中のモンスターが何かを始めたのだろう。
 私は、力なく立ち上がった。

「さて…」
 ドラクが、岩石の横のバッグを拾い上げる。
 今度こそ、それを拒む本来の持ち主は動かなかった。
「待たせたな……。始めようか……」

 ドラクは腕を上げる。
 今、人を葬った事を微塵にも感じさせない愉快そうな笑み。
 そんなドラクの様子を見て、私は今までの恐怖は少し薄れていた。

 許したくない……。

 それが、ドラクを見て思ったことだった。
 今の最善の策は逃げる事。
 そんな事は分かっている。
 でも、私は“また”逃げるのか…?

 私の心の傷を直に触ったペルセの時も逃げるしかなかった。
 今、目の前で人が殺されたのに“また”逃げるしかない。
 そう、“また”だ。
 相手が強いから逃げる。
 今は勝てそうにないから逃げる。

 そんな事じゃ、何時まで経っても逃げ続ける事になる。

 倒すのは……無理だろう。
 でも、せめて“何か”を残さないと、私はこの場所を去りたくない……!

「コトリ……外に出てて」
「ええっ!?」
 揺れる地面の中、コトリは必死に踏ん張りながら聞き返してきた。

「私は、あいつの相手をする。だから、その間に町に状況を伝えてきて」
「そ…そんなの…」
 危ないのは分かっている。
 でも私が時間を稼いで、コトリが応援を呼んでくる、がベストの役割分担だ。
 確かここは、砂漠の入り口と規定されている場所からは行き難いけど、意外と町に近かった。
 直線距離で移動すれば、ずっと早く町に着く。
 コトリの飛行タイプなら、砂漠の上を一気に進める。
 何より、あいつと戦いたいのは私の我侭みたいなモノだ。
 コトリを巻き込む訳にはいかない。

「外……か、どうやって出る気だ?」
「あっ!?」
「えっ!?」

 ドラクの言葉に、外を見た私は目を疑った。
 入り口の光が徐々に弱まっていく。
 そして、その外には……

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 何、あれ……?
 外には凄まじい勢いで“砂が”暴れまわっていた。
 生身で一歩でも外に踏み出れば、体中がずたずたに裂けてしまうだろう。
 そして、どんどん、光は弱くなっていく。
 唯一の光源が塞がれていってしまっているからだ。

「砂嵐……折角来たんだ。ゆっくり遊んでいけ」
 私は、その言葉に、ドラクをキッと睨んだ。
 人を殺しておいて、遊ぶと軽々しく口に出来るドラクは、やっぱりどうあっても許せない……!

 ザッ

 私が、一歩を踏み出したその時……

 ドラクはそんな私を愉快そうに見ながら、腕を振り下ろした。

 ザッ、ザザザザザザザザザッ

「さあ、始まりだ……」

「きゃあっ!!?」
「レイさん!!?」

 いきなり私の足場が崩れた。
 それは、部屋の中心に向かって深く、渦を巻いている。
 ドラクとコトリは範囲外。
 ドラクはさっきから、誰かが攻撃範囲に入るのを待っていたんだ……!
 そしてその中心には……

「ダグトリオッ!? ………これは…蟻地獄!?」
 ダグトリオの特性・蟻地獄。
 相手を逃げられなくする特性だって聞いたけど、この使い方は……!

「あ…くぅ…」
 私は、砂の中を転がって、どんどんダグトリオに近付いていってしまう。
 両手は、落下を必死に止める為に塞がっている。
 けど、砂はうまく掴めず、落下は止まらない。
 かと言って、少しでも腕の力を抜けば直に落下してしまう。
 本当に蟻になったみたいだ。

 ザザッ

 まずい……!
 ダグトリオは“切り裂く”を使えたはず。
 このままいけば……でも、体制も立て直せない……!

「そうだ……人は足場無くしては生きられない……。“基盤”を成す地の力……それが俺のメインの適合タイプだ」
 地と岩のダブル・ドライブ……!
 それが、ドラクの適合タイプ。

 両方水に弱いのに、私はモンスターすら繰り出せない。
 これが………力の差…?
 こんなにある、力の差。
 何で私は、さっきまで、この男と戦おうと思っていたんだろう?
 自分を抑えきれないで、一歩を踏み出した結果がこれだ。
 砂まみれになって、地面を這っている。
 自分が弱いって事くらい、ちゃんと分かっていたはずなのに……。

 ザザッ
「ほらほら頑張れ」
「くぅ…う…」

 ドラクの馬鹿にしたような声が聞こえる。
 でも、それに反応する余裕は私にはもう無かった。
 ダグトリオとの距離はもう殆ど無い。
 ダグトリオがちょっと近付けば、私は引き裂かれる。
 しかし、ダグトリオも馬鹿にしているのか近付いてこない。
 ただ、私が引きずり込まれるのを中心地で待っているだけ。

 ザザッ
「くっ…うっ…うっ…」

 もう後、一滑りで、ダグトリオの攻撃が届く。
 でももう、腕に力が入らない。
 後ろのダグトリオの、嬉々とした様子が伝わってくる。
「も……だ…め」

 ザザッ

 私は強く眼を閉じた。

 ザッ
「!?」
 完全にダグトリオに引き裂かれると思っていた私を襲ったのは、浮遊感だった。
 いきなり肩を掴まれたと思ったら、上に引きずり上げられている。
 これは……

「レイさん! 早くこっちに…!」
 見れば、私の肩にはスバメとトゲキッスがそれぞれ付いて、ツバサをはためかせている。

 ドサッ

 何とか私を、渦の外まで連れてきてくれた2匹は流石に限界だったのか私を砂の上に投げた。
 “空を飛ぶ”はまだ使えないって言ってたわね…。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
 砂を吸い込んでいた私は思い切り咽る。

「ほう……空の適合者か」
 ドラクの興味深そうな声が聞こえたが、私は呼吸を整えるので精一杯だった。

「あああ、レイさん、良かった。私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……その、遅れてすみません…」
「……コトリ、ありがとう」
 私はそう言うと、コトリの“額の痣”を擦りながら立ち上がった。
 そして、目の前に空いてある大穴に注意しながら、ドラクに向き直る。

「よし、じゃあ、次はどうやって遊ぶかな……」
 アドレナリンで薄まっていた恐怖心は、再び私の全身を覆った。
 節々にある、ドラクのふざけた言葉。
 それは単に挑発という意味ではなく、私には負け得ないという絶対の自信から来るモノだ。

 入り口から来る光は、もう殆ど消えかかっている。
 僅かな光源のソレと、暗闇に慣れた目程度では、ドラクの輪郭くらいしか分からない。
 つまりは、何所からどんな攻撃が飛んでくるか分からないということだ。

 でも、どんなに怖くても…逃げる訳にはいかなかった。

 そう、力の差があるなんて最初から分かっていた事だ。
 そしてその上で、私は戦おうと決めたんだった。
 何よりコトリを逃がす為にも、外に出られるようにしなくちゃいけない…。

 腰のボールに手を当てる。
 ドラクの威圧感と恐怖で、モンスターを出す事をすっかり失念していた。
 そう、ここはモンスターの世界。
 モンスターで戦わない事には、話は始まらない…!

「コトリは下がってて……」
 私は空いた手で、コトリを制する。
 しかし……

 ザッ

「え…?」
「私も…戦います…!」
 コトリは私の手を潜って、前に出た。
「あのね……」
「邪魔はしません! 足手纏いになるの…嫌なんです」
 コトリは、昨日の言葉を再び言った。
 こういう時のコトリは幾ら言っても引く気はない。
 現に、ついさっき助けられている私が止める事も出来ないだろうし……

「コトリ……本当に危ないのよ?」
 私は念を押すようにコトリに言った。
「分かってます…。でも、許したくないんです……」
「……はあ、分かったわ。二人で外に出ましょう?」
「はい!」
 コトリは返事をして、ドラクに向き直った。
 私と同じ理由じゃ、仕方ない。

 体はまだ震えている。
 私も、コトリも。
 でも、どちらにせよここから出られないし、何より絶対に引きたくはない。
 それも、二人共だ。

 さあ、始めましょう?


~~~~

 ドゴンッ

「っ!!?」
 グランのメタグロスは俺のいた場所にクレーターを造った。
 俺はそれを寸でのところで回避。
 転がるように地面に飛び込んだ。
 そしてすぐさま起き上がり、全力で走り出す。

「コメットパンチ」
 グランの声が聞こえる。

 メタグロスは、再び腕を振り上げた―――

 ドゴンッ
 今度は俺の真横の岩が砕け散る。

「っが!?」

 攻撃そのものは当らなかったが、砕けた岩の破片が左肩にヒットした。
 激痛が走る。

「っ!!」

 しかし、それにも構わず、俺は直にメタグロスから全力で距離をとる。
 その間、メタグロスは俺の動きを眼で追うだけで、グランの指示を待っていた。
 このメタグロス……巨体に似合わず動きが速い…!

「はっ、はっ、はっ」
 距離をとって、俺はメタグロスから目を離さずに、呼吸を整え始めた。

 ―――こいつだ…!

 あの時ケンタロスに止めを刺したのは、こいつのこの技だ。
 この、正に彗星が振ってくるかのような暴力的な一撃。
 単調に動いているだけで、この破壊力。
 もし、グランが細かい指示まで出し始めたら、俺なんて一瞬で粉々にされるだろう。

「………」
 俺はちらりとモウカザルの様子を見る。
 最初にメタグロスの攻撃を受けたモウカザルは、吹き飛び、壁に激突していた。
 相性が思いっきり良かったから生きてはいるだろうが、それでも今、行動は難しそうだ。
 タイプの相性さえも覆す、グランの圧倒的なランク。

 しかも、氷じゃなく、鋼。
 ああくそ、完全に氷だと思い込んでいたのに、何だってんだよ!?

「他には何か見せてくれないのかな…?」

 指示の無かったメタグロスがグランの元に戻っていく。
 その様子を見もせずに、グランは俺を見据えていた。
 その眼には、若干の興味の色が映っている。

 嬉しいね…。
 当初の目的は達成したようなもんだ。
 ただ、もう少し手に届く実力だったらもっと嬉しかったんだが……。

「考え中だ……」
 そう言いながら、実際俺の頭はフル回転していた。
 だが、もうQuick raidを見破った時のような発見は無いだろう。
 何せ、今のグランの攻撃は完全に実力行使。
 トリックで来るなら、まだ攻略法が見つかる可能性があるが、こういう敵は最も戦い辛い。
 大体、鋼って何だよ、鋼って。
 正直、2世代以降の作品はうろ覚えか知らないかだ。
 そして、あのメタグロスとかいうモンスター。
 全く見覚えないから、3作目か4作目のモンスターなんだろうが、めちゃくちゃ強くないか!?
 マッハパンチをものともしない耐久力は正に“断絶”ってところか……

 考えろ……
 どうすれば、あいつを倒せるんだ?
 あいつの攻撃は、コメットパンチとかいう、大技。
 振りかぶりが大きいから、距離を取れれば直撃は避けられるけど威力が高過ぎて完全に攻撃範囲外に出るのは難しい。
 このまま避け続けても、いずれ、直撃……。

 ああくそ、リアルに死ぬ想像が出来る……
 さっきまで、Quick raidを見破った所為で、薄れていた恐怖心がまた戻ってきやがった。

 駄目だ、これ以上考えても埒が明かない。
 俺は腰のボールに手を当てる。

「メタグロス…」
 それを開始の合図と取ったのか、グランがメタグロスに指示を出す。
 メタグロスは、宙に浮かぶと、そのまま俺に突っ込んできた。

 迎え撃つしかない…!

 ボンッ

「マグマラシッ! 火炎放射だ!!」

「キュウッ!」
 ゴッ

 繰り出されたマグマラシの炎はメタグロスに向かって飛んでいく。
 しかし、メタグロスは避けようともしない―――!?

 ゴゴゴゴゴッ
 それどころか、炎の中を突き進んでくる!!

「っ!? 避けろ!!」

 ドゴンッ

 マグマラシが避けたすぐ後、地面にクレーターが出来た。

 グランの奴……耐久力頼みで相性不利なのに突撃させてきやがった。
 しかも、メタグロスの攻撃の威力は衰えてない―――

 ―――!?

 メタグロスが再び振りかぶった。

 まずい、あの距離じゃマグマラシは避けきれない―――!

「煙幕だっ!!」

 ボウッ

 マグマラシの背から出た大量の煙はメタグロスを包み込んだ。
 ……これで…

「駄目だっ!! カイッ!! メタグロスに煙幕は…」

 ドンッ

「な!?」
 メタグロスの放った攻撃は、煙幕をものともせず、マグマラシに突き刺さった。
 マグマラシは勢いに飛ばされ、モウカザル同様壁に激突した。
 一々ボールに戻してられない。
 それにしても、何であんなに攻撃が正確に…?

「クリアボディだ! ステータスダウンは通用しない!」
 なるほど、特性ね…。
 スズキの説明で、俺はメタグロスに嫌気が指した。

 ステータスダウンも通用せず、圧倒的な破壊力と耐久力を有するメタグロス。
 そんな化け物相手にしろってのかよ…!
 俺は、グランを睨む。

 ……!?

 いない……?

 待て、グランは何所だ?
 あいつから絶対に目を離しちゃいけないんだぞ?
 何せあいつには……
 その時一瞬、影が走った。

「!! 守るっ!!」
「Quick raid」

 ゴッ
「だっ…あっ!?」

 俺は咄嗟に、イーブイを繰り出し上空からの攻撃を守った。
 イーブイはやはり守りきれず、俺に当って飛ばされた。

 ザザザ―――ッ

「がっ……っ…」
 俺は地面を仰向けで滑らされた。
 俺の腹部に、丸くなったイーブイ。
 イーブイはまだ行動可能みたいだけど、俺の方はもうヤバイかもしれない。

 ザッ

「今のを察知できるか…面白いな……」
 グランは、俺のいた場所に着地すると、そう一言漏らした。
「だが……」
 グランがボールを構える姿を、俺は上半身だけ起して見た。
 あれは、Quick raid…か。
 距離は10メートル弱。
 この距離じゃ、回避は絶対に出来ない。

「…終わりだ」

 グランがそう告げる。
 ああ、そうだろうよ。
 正直、イーブイで守ったって、守りきれずに、俺にダメージが来る。
 そして、俺はそのダメージで十分に倒されるだろう。

 ―――違う…

 ……違うか? 違わないだろ。
 頭の中で響いたこの言葉に、俺は反発してみた。
 冷静な俺が言うにはまだ、突破口は潰えてないみたいだが、俺から見れば完全にチェックメイトだ。
 体中は痣だらけ。
 足腰は疲労が激しい。
 左肩は下手すりゃヒビがはいってる。
 そして、患部が燃えるように熱い。
 早く治療しなくちゃ取り返しが付かない……

 ―――違う…

 ………?
 患部だけじゃない…?
 体中が熱い…?
 そして……
 “来た”……
 熱が引いていく……
 冷静になる、この感じ……

 !? 冷静になっているだけじゃない…?
 実際に、体が冷えていく。
 打撲だらけの体には気持ちいい。
 流れる血液が、冷却装置のように働き、まず頭の、そして、患部の…最後には体全体が発し続ける熱を“止め”ていく……。


 そうだ、氷だと思っていた相手が、鋼だったから何だって言うんだ?
 使える技で効果的なのは炎と格闘。
 ここは全く変わっていないじゃないか。

 そして、この状況。
 今のイーブイの守るが、守りきれないなら、守れる位にランクを高めればいい。
 これは、勝つために絶対に必要な条件。

 だから……必ず起こる!

「!?」

 俺は顔を上げて、グランを見た。
 見える。
 あいつの攻撃は何度も見たんだ。
 タイミングは確り計れる。

 後は、それまでに守りきれる状態に持っていけるか……

 ザッ

 俺はイーブイを抱えながら、立ち上がった。

「……Quick」
 グランがボールを僅かに引く。
 それに合わせるように、イーブイが光を放つ。
 ああ、来たか。

「!…raid」

 ゴッ

「守る!!」

 パアッ

 バシッ

「!!?」

 今度こそ、守るは完全に成功した。
 攻撃を止められたグランのモンスターの姿が一瞬だけ見える。
 小さなメタグロスのようなモンスターだった。
 そして、すぐさまそれはボールに戻っていく。
 これで、もう、Quick raidは通用しない…!

「な………何で…イーブイが?」
 スズキの声が聞こえる。
 その目線は、俺の足元に向いていた。
 まあ、当然か。
 俺はブースターに進化するって思っていたんだけどな…
 だけど、俺は妙に落ち着いていた。
 異常事態が発生しても、何故か、そんなこともある、と達観している。
 ああ、この感覚が…今の俺の全力なのか……

「“停止”か……不可解なモノを飼っているな……」
 グランの目線も、イーブイの進化系に向いている。

 青が基盤の腰ほどの高さのモンスター。
 耳を尖らせ、隣にいる俺に冷気を届けている。

 さて、こいつは何てモンスターだ?
 俺はスズキに視線を送る。
 スズキは直に硬直から解けた。どうやら、伝わったみたいだ。

「グレイシアだ。タイプは氷…」

 氷…ね…。
 そういや、シェア・リングの判定機は過去一番高かった時のデータを記録するんだったっけな……。
 何だ…俺だったのかよ。

 さて…

 腰のボールに手を伸ばす。
 手元には、後1匹、リザードが残っている。
 そして、進化したばかりのグレイシア。
「ようやく、戦えそうだな……」
 俺は、グランに構えた。

「戦闘中に…力を上げる……。流石に“上昇”を象徴するだけはある……」
 グランは、腰からもう一つ、ボールを取り出した。

「“上昇”と“停止”のダブル・ドライブか。楽しめそうだ…」

 さあ、始めるぜ?


------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 本当に不規則になってしまって、申し訳ありません。
 ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.17 Embody
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/04 16:36
 ――――――

 俺が生まれた時…いや、生まれる前から、国は傾いていた。
 詳しい理由は知らないし、興味も無い。
 ただ、聞いた話じゃ、高い戦闘力を持つ自分達は他の国と支え合わなくとも十分に国を維持し続けられると、高を括っていた為に閉鎖的な営みを行っていたからだそうだ。

 下らない。

 その所為で徐々に国は傾き、それに合わせて人も離れていった。
 国がもう完全に自力で立ち上がるのが不可能と分かった時、俺は10歳になっていた。

 その時からだ。
 俺の眼が変色し始めたのは。

 それが、体を流れる波動の所為か、それとも満足に食事も摂れない環境の所為か、あるいはその両方かは分からないが、その事態は、未だ国のプライドを捨てきれなかった奴らに、“理由”を与えるのに十分だった。

 あの眼は悪魔のモノだ。
 国の破滅は呪いによるモノだ。

 そんな愚かな妄想が国に広まっていくのに時間は要らなかった。

 何せ、国に残っていたのは、襲っている危機に何の対策も打たない国を見限って出て行った賢い奴らじゃなく、この危機が“自分達以外の何か”だと信じ続けた愚者だけだったのだから。

 ようやく“理由”を見つけた国の視線に、両親ですら俺を庇いきれなくなっていった。
 そして、始まる迫害。

 下らない。

 当初は、国の中でも有力だった両親を避けるような水面下でのモノだったが、徐々に強く、そして、そんな噂を相手にもしていなかった俺にも無視できない大きさになっていった。
 町を歩けば、突き刺さる奇異感を抱いた目。
 元々友好的ではなかった俺の性格も手伝って、町には居場所は無くなっていた。

 そして、家の中ですらも…。

 外の毒気にやられたのか、はたまた最初から疑念を抱いていたのか、両親ですら、“そう”成っていった。

 同然と言えば当然だ。
 両親も、国に残った愚者だったのだから。

 しかし、幼い時から感情の起伏が著しく小さかった俺には、その時も悲しみという感情は生まれなかった。
 むしろ、興味のあったモンスターでの対戦相手がいなくなった事の方が俺にとっては深刻だった。
 ただ、俺の相手になった奴は皆、例外なく“ハズレ”だったが。

 この国は治安が最悪だった所為で、強い奴が正しいという原始的なルールが根付いていたが、相手がいなくてはそれすらも許されない。
 誰も、俺を見れば避けるように逃げる所為で、“証明”する事すら出来なかった。

 やはり、ここは俺の居場所ではない。
 冷淡に、俺は結論を下した。

 そんな事を思ったからか、家に戻ると、そこには“家の残骸”しかなかった。
 一つ残らず割れた窓、一箇所残らずヒビが入っているか穴が開いている壁。
 中の様子は分からない。
 俺はその光景を見た時ですらも、ただ、踵を返しただけだった。

 俺は、“外”に向かって歩き出す。
 俺がこの国そのものに、興味を失っていたからだろう。
 一人残らず、プライドが高く、過去の栄光を信じ続ける妄信者達。
 そんな相手とは戦う価値がないことはとっくに分かっていた。

 俺は両親の安否すら確かめず、その足で国を出た。

 必要なモノは全て持っている。
 モンスターと、両親にも知らせず発行したライセンスカード。
 それと、この国から唯一貰った、戦う事への興味。
 これだけあれば、他は何もいらない。

 それからしばらくして、国が滅んだ事を風の噂に聞いた。
 それは、過去の自分達という偶像を崇拝し続けた者達の終焉。

 気にしてなかったと言えば、嘘にはなる。
 自分の出身国だ。
 現に俺は通説を破り、姓を名乗り続けたのだから。

 名前は一生付き纏うと教えてくれたのは、誰だったろうか…?

 それは、もう覚えていない。
 ただ、滅んだ以上、俺はもうその国への興味を失った。

 俺は結末まで国と同じになるつもりは無い。
 国と違って、“後ろ”にあるモノには興味が無い。
 興味があるのは、“前”にあるモノだけだ。

 そんな調子で突き進んだ俺は、何時の間にか追われる立場になっていた。
 しかし、追ってくる奴らは俺よりも“正しくない”、“ハズレ”ばかりだった。

 下らない。
 いや、つまらない。

 俺の旅は、退屈なモノになっていった。
 元々目的を持たずして始まった旅だ。
 強いて言えば、戦う事…位か。
 しかし相手がこれでは、その目的すらも無に等しい。

 どこかにいないのか…俺を満足させられる“アタリ”は…

 ――――――

 パアッ

 目の前のイーブイが光を放つ。
 俺は、それに腕を振る。

「守る!!」

 バシッ

 メタングのバレットパンチが弾かれた。

「ようやく、戦えそうだな……」

 戦闘中に力を上げる対戦相手が俺を正面から見据えている。

「“上昇”と“停止”のダブル・ドライブか。楽しめそうだ…」

 俺はもう一つボールを取り出した。

 久しぶりに全力で戦えそうな相手。

 ダブル・ドライブだからというだけじゃない。
 本当に強い適合者は、そのタイプの象徴するモノを体現できる奴……。

 目の前のこの男は、正に“上昇”を体現している。

 カラスマ=カイとか言ったな…。

 君は“アタリ”だ。

~~~~

 視野が広がる。
 体の痛みが引く。
 これなら十分戦える。

 目の前のグランから明確な戦闘意欲が伝わってきた。
 ようやく、奴も本気になったって事か。

 ……嬉しいね。

 さて、状況の確認だ。

 俺の手持ちは、リザードとグレイシア。
 残りは“ほぼ”戦闘不能だ。

 そして、グランの手持ちはメタグロス。
 それと、Quick raidを放つ、モンスター。
 戦闘不能なモンスターは、未だゼロ。

 勝つには、この大会の暗黙のルール通り、グラン本人を狙うしかないみたいだ。

 俺は最初、人を狙う事に反発していたけど、それは間違いだった。
 相手もそれ相応の覚悟を持ってこの場にいるんだ。
 確かに、人を殺めるなんて絶対に許される事じゃない。
 でも、勝つ事への執念。
 それは、強さと呼べるモノだ。

 殺しはしない。
 だけど、殺す気で戦う。

 それが、この世界で俺が選ぶべき生き方だ…!

「始めるぞ…」

 ダッ

 グランがメタグロスに飛び乗った。
 そして、メタグロスは宙に浮かぶ。
 その上で、グランは2つのボールを構えた。

 ……!
 あの位置からの攻撃か!!

「Quick……rush」
「!?」

 ダッ

 俺はフィールドを走り出した。

 ドドドドドドドドドドド

 その一瞬後を、容赦無い弾丸が降り注ぐ。
 グランを見ると、2つのボールを高速で振っている。
 まるで、ずっと前に流行ったヨーヨーの、ダブルループだ。

 これは……!
 Quick rush…2つのQuick raidでの超連続攻撃……!

「守る!!」

 バシッ

「走れ!!」

 俺は避け切れなかった攻撃だけグレイシアで守ると、直に走り出す。
 俺の足元には、指示を守って走るグレイシア。
 こいつがいれば、首皮一枚だけど、致命傷は避けられる。

 俺は、再びグランを見て、状況を把握する。
 あれだけボールを高速で動かしているのにグランには疲れの色は見えない。
 奴の超人的な体術が生み出すこの弾丸の嵐。
 しかも奴は、メタグロスの上、という絶対領域にいる。

 さて…どうするか?
 こんな絶望的な状況なのに、俺は落ち着いていた。
 体中を巡る、冷気の波動が、心を平常時以上に安定させているからだ。

 軌道が見える。

 いける……

 幾ら驚異的な技でも、何をしているか分かっていれば、Quick raidの延長だ。
 曲がりなりにも攻略した今の俺なら、凌ぎきれる。

 だから問題は、“次”。

 俺はこの戦いで、グラン=キーンという人間の強さを理解した。
 だから、奴の本気はこんなものじゃない。
 奴の攻撃は、もっと激しい筈だ…!

 ダンッ

 グランがメタグロスから、高く上空へ飛ぶ。
 空中にいても体制を崩さず、奴はボールを動かし続けている。

「コメットパンチ」

 グオッ

 メタグロスが俺の動きを読みきり、腕を振り上げて突っ込んできた。

 来たか…!

 グランにとって、Quick raidやQuick rushは牽制に過ぎない。
 本命は、絶対無比なこの一撃との連携―――

 Quick rushで2手、コメットパンチで1手。
 計3手の攻撃が俺を襲う。

 走る、と、守る、で2手しかない俺には致命的な攻撃だ。

 けど…

 俺は、体の熱を一気に上げた。

 ボンッ

「リザード! 火炎放射だ!!」

 ゴウッ

「!!?」
 グランの眼が見開いた。
 さっきまで、俺の攻撃を無視して突き進んだメタグロスが、怯んだからだ。

 炎を避けるように戻るメタグロスにグランが着地する。
 俺はノーダメージだ。

 やっぱりな……
 体は直に冷えていく。

 “この感覚”の時…俺の炎が“もらい火”相手に通じる理由―――
 それは、俺の体を巡る“氷”の影響を受けて、純粋な炎じゃなくなっていたからだ。

 不純物が混ざった炎。
 それは、吸収される事を拒み、相手にダメージのみを届けていた。

 だが、今の相手は鋼。

 この感覚をコントロールできる今の俺は、純粋な炎を撃ち出す事が出来る。
 鋼にとっては、純粋な炎の方が、効果抜群だ。

 ある意味、不純な炎を撃ち出す事が俺のダブル・ドライブ技。
 コントロール出来れば、特性を無視した攻撃が出来る。

 ……待てよ?
 だったら……“ほぼ同時に分けて”使う事ができるんじゃないか…?

「面白いな……」
 グランが、メタグロスの上から俺を見下ろす。

「氷が発現しただけじゃなく、炎の方も引きずられて上がっている……」
 グランは、ボールを構えた。
 攻撃方針を変えるつもりは無いみたいだ。

 確かに今みたいな保守的な攻撃じゃ、あいつに届かない。
 攻撃…そう、攻撃だ。

 奴に、致命的なダメージを与える技……

 メタグロスはもう既に、俺の炎の威力をインプットしている。
 今と同じやり方はもう通用しないだろう…

 けど……

「Quick rush」

 ドドドドドドドドドド

 俺は、走り出した。
 これはさっきの焼きまわし。
 グランの方は同じやり方で来るだろう。
 何せ、変える理由が無い。

 それなら……いける…!

「コメットパンチ」

 メタグロスから飛び立ち、指示を出す。
 メタグロスは、やはり、俺が移動しようとする場所目掛けて飛んでくる。
 今度は、リザードの炎でも怯みはしないだろう。

 ……今だ!!

 俺は一気に、体の熱を上げた。
「火炎放射! “全員で”だ!!」
「!!?」

 倒れていた俺のモンスター達が一斉に炎を放つ。
 そうだ、まだ完全な戦闘不能になっていた訳じゃない。
 この攻撃なら、ダメージを与えられる!

 狙いはメタグロス。
 それを囲む様に四方から飛んだ炎は、フィールドの上空の一点に集中し炸裂する…!

 ゴオォオオオォオオッ

 フィールドが一気に加熱される。
 この地方が自然に作り出す熱気とは、比較にならない灼熱空間が生まれ…

 …その中で、俺だけは体の熱を下げていた。

 炎と氷。

 対極にある2つのタイプを……同時に使う……!!

 ドドッ

 炎に歪められたQuick rushは俺から僅かに逸れ、地面に突き刺さった。
 だが、そんなことは気にならない。
 メタグロスを倒す最大のチャンスは、今だ。

 炎の中のメタグロス。
 側から見れば、もう戦闘不能だろう。
 だけど、こいつは“あの”グランのモンスター……

 だから…

 ブオンッ

 炎が四散する。

 メタグロスが、あの攻撃を受けて尚、俺に向かって突き進んできたからだ。

 分かってるさ……その耐久力はうんざりする程な……!

「グレイシア…」
「!!」
 グランには俺が何をしようとしているのかもう分かったみたいだ。

 ブオッ

 グレイシアの発した冷気が高まったフィールド熱を一気に奪う。

 炎と氷。

 それをほぼ同時に分けて撃ち出す事で生まれる、急激な温度差。
 それは特性を超えて、対象の防御能力を極限まで引き下げる。
 物理的に状態を引き裂く、ダブル・ドライブ技……

「“上昇”と“停止”のDouble drive:Tear of condition」

 パキンッ

 メタグロスに亀裂が走る。
 物理的な温度差が、体そのものに異変を与えるんだ。
 その前には、クリアボディも無意味……!

「炎のパンチ!!」

 ガンッ

 リザードの攻撃は防御能力が引き下がった、メタグロスを正確に捉えた。
 メタグロスは破片を飛ばしながら……

 ズウンッ

 …倒れこんだ。
 幾らなんでも、もう、戦闘不能だ……!

 よし、後は……

 ズキンッ

「!!?」
 グランを見上げた途端、俺の体に激痛が走った。
 視界が一瞬で暗くなる。
 さっきまで、あんなに敏感だった感覚が瞬時に消えた。
 何だ!?
 何が起こった!?
 自分が、今、目を開けているのか閉じているのかも分からない。
 そして、体中の感覚が……!

 う…腕は付いているか!?
 足は!?
 体が壊死しているのか!?
 もう、“自分そのもの”が分からない……

 ザッ

 今の音は…?
 グランが着地したのか?

 頭の中に鋭い痛みが走る。
 ああくそ、奴が空中にいる時が…チャンス……だった……の…に……

・・・・・・

「……何所だ…ここ?」
「おっ、もう目覚ましたか」
 俺の目に最初に映ったのは天井。
 ゆっくりと、体を起した。
 スズキがいる辺り、前みたいに牢獄って訳じゃなさそうだ。

「ここは医務室だよ。気を失ってるだけだったけど、倒れ方が変だったから運び込まれたんだ」
 スズキの言葉通り、ここは質素な医務室だった。
 俺はベッドの上にいる。

 何だ……俺は何でこんなところに………!!

 バッ

 俺は急いで、自分の手足を確認した。
 良かった…ちゃんと付いてる。

「自分の波動の反動で倒れるとは…つまらない終わり方だったな…」
「!?」
 その声に目を向けると、グランがドアに寄りかかって立っていた。

 …ってことは…

「ま、頑張った頑張った」
 スズキの言葉で完全に理解した。

 …俺は…負けたのか……

 ガンッ

「いだっ!?」
 俯いた俺の頭に、硬い何かがぶつかった。
 何だ? ボールは投げてねぇぞ?
 拾い上げると、それは濁った黄色の石だった。

 って、これは…まさか…

「その男から聞いた。俺には必要ない」
 投げた本人、グランはそう言い放ち、背を向けた。

 やっぱり、秘密のコハクか。

「待てよ…」
 ドアから、あっさり出て行こうとするグランに俺は声をかけた。

「どういうつもりだ?」
「言った通りの意味だ。この大会に参加した理由を俺はもう得た」
 グランの言葉の意味は分からなかったが、何であれ、このまま行かせる訳にはいかない。

「スズキ、バッグ取ってくれ」
「ん? ほら……ってお前まさか…」
 スズキは俺のやろうとしていることが分かったみたいだ。
 俺は、バッグからリングボックスを取り出す。

 ピンッ

 パシ

「何の真似だ?」
「別にチームに入れって言ってるんじゃねぇよ。ただ、お前に借りはもう作りたくねぇ」
「………」
「俺たちは今、適合者を探している最中だけど、その内色んなタイプが登録される。お前のメタグロスはエスパータイプでもあるんだろ? 持ってて損は無いはずだ」
 グランは納得したのか、リングを仕舞い、ツカツカと俺に歩み寄ってくる。
 そして、リングボックスを手に取った。

 ピピッ

 電子音が響くと、俺にそれを投げ返した。
 おいおい、これじゃまた借りが出来ちまったじゃねぇか。

「カラスマ=カイ。次はもっと楽しませてくれ」
 グランは紅い眼で俺を見下ろしながらそれだけ言うと、直に踵を返して歩き出した。
 ただ、淡白に。
 この騒がしかった大会や優勝の余韻さえも、グランにとってはもう自己を縛るものじゃなくなっているんだろう。
 本当に、自己中って感じだな……

 でも、その背中は、遠い世界にある気がする。
 楽しませろ……ね。
 もっと強くなる事が、借りを返す事になるんだろうか?

「おいっ、カイ、見ろよ!」
 スズキが判定機のメモリーを俺に見せる。

「……ははっ…」
 俺はそれを見て、思わず笑ってしまった。

 レイ……安心しろ。
 鋼は一級品を手に入れたぜ?

 判定機のメモリー。
 そこには……

“鋼・ランクA”

 あのヤロウ…Bどころじゃねぇじゃねぇか……!

「……さて…と」
 俺はベッドから抜け出した。
「おいおい、カイ。もう立っても大丈夫なのかよ?」
「……ああ」
 俺は確認の為に、体を擦った。
 節々はまだ痛みがあるけど、さっきの激痛はもう走っていない。

 さっきのは、俺の中で起こった急激な波動の変化の反動が、まとめて体を襲ったことのダメージだ。
 安静にしていれば、波動は落ち着いて痛みは直に引く。

 まあ、でも…今後使うときには注意しないとな……
 高出力で使ったら、多分またあの激痛が体を襲うだろう。

「まあ、結果的には秘密のコハクは手に入ったし、ミッションコンプリートってとこだろ。休んでろって」
「けど……な」
 確かに、スズキの言う通り依頼は果たしたけど……負けたのはやっぱり、悔しい。
 でも不快じゃない。
 全力を出して負けると、こんな気持ちになるんだな…。

「カイ?」
「なあ、スズキ、レイ達が戻ってくるまでの間、特訓したい。あいつに次は……勝つ為に」
 グランのランクを見た所為か、俺の中に向上心が芽生えていた。
 じっとしていられなくなるような、焦りとは違う何か。
 それはきっと、“上昇”する為に大切なモノだ。
 俺の言葉にスズキはふっと笑った。

「分かったよ。それじゃあ……」

 ガタガタガタッ

「「?」」
 何か、外が騒がしい。
 何だ?

 バンッ

 俺がそう思った時、医務室の扉が勢い良く開いた。
 そして、運ばれてくる担架。

「な!?」

 その上には、体中がズタズタに引き裂かれた男が乗っていた。
「ああ、君たち。大丈夫なら出て行ってくれ!」
 担架の片方を持つ白衣を着た男が催促してくる。
 この医務室の医者だろう。
 そして、俺たちを押し退ける様に、担架をベッドに寄せた。

「一、二、三!」
 合図で重症の男はベッドに乗せられた。
 しかし、男は完全に意識を手放しているのか身じろぎ一つしない。
 ベッドに男を乗せると、白衣の男は急いで、医療品を取り出し始めた。

「何があったんですか?」
 スズキがもう一人の、助手のような男に当然の疑問を発した。
 その助手は窓の外に視線を向ける。

「見えるだろ? あの砂嵐だよ。ついさっき突然に発生したみたいで、たまたま近くにいたグループが巻き込まれたんだよ」

 外を見ると確かに、砂嵐が発生している。
 しかし、それは、あまりに不自然な形をしていた。
 砂嵐というよりは、ハリケーン。
 しかも、ごく一箇所のみに発生している。
 砂漠に突き刺さるように、それは渦を巻いている。

 何だ……何か嫌な予感がする。

「異常事態だよ。モンスターの仕業だと思うが……そんな強大なモンスターはこの辺りには出ない筈なんだけどね。……とにかく、お陰で他の施設も満席だよ」
 だから、こんな所にまで担ぎ込まれたのか。

「あ、あの、その被害者の中に、女性はいませんでしたか?」
 スズキが、俺の喉から出掛かっていた言葉を口にした。
「いや、確か皆男だったと…」
「おい、手伝え」
「は、はい!」
 助手の男は、催促されて仕事を始める。

「なあ、スズキ……」
「ああ、レイたちは巻き込まれてない……とは言い切れない…か」
 そうだ。
 レイとコトリ、それにアーサルさんは今、あの砂漠にいるんだ。
 外に見える砂嵐は、たった一箇所から全く動かない。

 それは、今砂漠に起こっている“異変”を示している。

 そんな場所に……あいつらは……。
 そして、頭から離れない嫌なイメージ。

「カイ、行くんだろ? だったら早くしようぜ」
 俺は、スズキに頷くと、医務室から出た。
 回復機に乗っていたモンスターを取る事を忘れずに。

 俺の体の方は疲弊しているが、モンスターは全快しているだろう。

「さて、何所に行くんだ?……って聞くだけ野暮か」
「ああ、とりあえず、砂嵐の様子を見に行くぞ」

 俺達は、コロシアムを飛び出した。

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 次回の更新は、やや遅れてしまうかもしれません。
 ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.18 Oath
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/04 16:36
「岩石砲」
「!!」

 ドンッ

 アーサルさんの命を奪った一撃が遺跡の壁に突き刺さる。
 私の真横だ。

「レイさん!」
「コトリッ、あいつから目を離しちゃ駄目!!」

「岩石砲」

「きゃっ!?」

 ドゴンッ

 ドラクの攻撃は、しゃがむ寸前までにコトリの頭のあった場所を通過し、再び遺跡に騒音を響かせる。
 しかし、それを目で追っている暇はない。

「どうした? 攻撃を仕掛けてこないのか?」
 ドラクはアーサルさんのバッグを物色しながら淡々と聞いていきた。
 ドラクは今、アーサルさんの書類から目を離さずにドサイドンに指示だけ与えている。

「くっ…!」

 ドラクにとって、私たちは完全に“おまけ”だった。
 この暗い中でも、目が利くのか、事務的に書類に目を通し、役に立たないと判断した物をダグトリオに作らせた大穴に捨てている。
 また、その大穴の所為で私たちとドラクの位置は完全に乖離していた。

 部屋の中心から広がった、大穴。
 この中は正方形じゃないのか、それは、回り込める要素も無い程に両脇の壁の隅まで届いている。
 私たちと、ドラクのいる位置が唯一のセーフポイントだ。

 前には大穴、後ろには退路を阻む砂嵐。
 そして、ドサイドンの撃ち出す、遠距離の大技。

 これだけあれば、ドラクにとって、私たちに注意を向ける必要はない。
 ただ、ドサイドンの技の餌食になるのを待っているだけ……

「岩石砲」
「水鉄砲!!」

 ビシュッ

 ドゴンッ

「……っ」
 私のカメールの放った水鉄砲をものともとせずに、岩石砲は突き進み壁を大きく揺らす。

 やっぱり駄目だ。
 相性がいいとは言え、出力が違い過ぎる。
 私の攻撃じゃ精々進路を微妙に変えられるくらいだった。

 やっぱり、攻撃しないといけない。
 でも、攻撃したとしても……

「トゲチック、マジカルリーフ!」

 シュンッ

 足場に影響されないコトリの攻撃が、ドサイドン目掛けて飛んでいった。
 シェア・リングに登録された、スズキの草の技。
 追尾型のその草の技は、ドサイドンには効果抜群……だけど…!

 パシンッ

「!!?」

 ドサイドンはそれに対して反応もしなかった。
 しかも、ドラクすら、書類から目を離す事もしない。

「ハードロック…。流石に水や草には押し切られる事もあるが……その程度じゃな」
「そ…そんな…!」
 ドサイドンの体から、マジカルリーフの葉がヒラヒラと落ちる。
 全くの無防備で受けたにも拘らず、ドサイドンはダメージを受けていなかった。

 特性・ハードロック。
 効果抜群の攻撃の威力を防ぐ特性ってことは知ってたけど、それでもノーダメージなのはランクの差が大きいだろう。
 シェア・リングで使う技は数ランク落ちるって言ってたし…

 でも…

 パラッ

 ドラクはまた一枚、書類を穴に捨てる。
 そして、次の書類に目を通し始めた。

 私たちを見る必要もない、力の差。
 私たちの攻撃が通用しないのはそれによるところが大きい…いや、大き過ぎる…!

「む?」
 その時、ドラクが興味深げに喉を鳴らした。
 ドラクの興味は完全に書類に向いている。
 渡す事を拒んだアーサルさんを屠ってまで奪ったその書類。
 その光景が、私にはとても悔しかった。

「関係ありそうな内容だな…。だが、俺には詳しい事は分からんな。フェイルかペルセに見せれば何か分かるだろうか?」
 ドラクはそう言って、その書類だけを手に持つと、他はバッグごと投げ捨てた。

「もう関係ありそうな書類は無いみたいだ。随分と待たせて悪かったな」
「!?」
 言葉とは裏腹に全く悪びれた様子の無いドラクから、再びあの猛烈な威圧感が漂った。
「あっ…あっ…」
 コトリが、息が詰まりそうに声を出す。
 しかし、私の目に映っていたのはアーサルさんの書類だった。

 ドラクが殺し、奪った書類。
 アーサルさんが、こういうものを書きたいと言った作品。
 それは、ドラクにだけは渡したくなかった。

「さて、ドサイドン」
「グゴゴゴゴオオオオオォオオオオォオオオ―――!!!」
 トレーナーの指示を与えられて、ドサイドンは今まで以上にいきり立ち、砂の中に手を突っ込んだ。
 そして、引き抜いた時には、岩石が握られている。
 砂漠の砂を、“硬度”で固めて放つ、岩石砲。
 トレーナーの指示が合わさった時、さっきまでの無制御な攻撃ではなく、私たちを潰さんとする正確な攻撃が飛んでくるだろう……

 でも……!

「レイさん…」
「コトリ、落ち着いて…」
 そう言いながらも、私は自分を落ち着かせるので精一杯だった。
 けど、さっきまでで、ちゃんと学習した。
 震えた分だけ選択肢は減る。
 目に映るのは、アーサルさんの“墓標”。
 あれはその結果だ。
 私たちがドラクの威圧感に押されている間に、ああなってしまった。
 もう、あんなのは嫌だ…!

 まずは、何が問題なのか考えないと。
 圧倒的な力の差、と言ってしまえば簡単だけど、どんな事にも理由はある。
 そして、自分に出来る事……。

「よく狙え、ドサイドン。……岩石砲」
「ガアアアアァアァァアア―――!!」

 ブンッ

 ドサイドンが岩を投げる。
 それは今までよりも、より正確で…殺意の乗った攻撃…!

「あっ…あっ…」
「コトリッ、動かないで!!」

 ボンッ

 私はコトリに叫ぶと、ポッチャマを繰り出した。
 相手は私たちを狙って攻撃してきている。
 でもそれは直線的な攻撃だ。
 幾ら威力が高くても……
 ……“精度”なら負けない…!

「水鉄砲!!」

 バシュッ

 ドンッ
「……!」
 ドラクが一瞬驚いた。
 私たちが一歩も動いていないのに、攻撃が外れたからだ。

 水は“精度”。

 攻撃を撃ち落とすまでは出来なくても、さっきまでの通り、進路を変える事は出来る。

 カメールとポッチャマの2匹での攻撃。
 相手が威力を挙げたとしても、数でカバーすればいい。
 私たちの行動範囲を狭めるこの蟻地獄は、ドラクにとっても同じ事。
 これだけ離れていれば、あんな大技は当らない…!

「ふんっ、小技で回避されようが、力で磨り潰せばいい」
「グオオォオォオオォオオォ―――!!」
 ドサイドンが唸りを上げた。
 あのドサイドン…動きは遅いけど、それを補って余りある力を持っている。
 少しでも油断すれば、幾ら進路を変えられる箇所を狙い撃っても、それをものともしない攻撃が飛んでくるだろう。
 でも、私たちが気にしなきゃいけないのは別の事だ。

「レイさん…」
「コトリ、聞いて。私たちが考えなきゃいけないのはドサイドンだけじゃないの」
「…!?…!!」
 私がそう言っても、コトリは混乱するだけだった。
 それはそうだろう。
 何せドサイドンは、今まで以上に大きな岩を造り出しているのだから。
 他の事に気を配れというのは無茶な相談だ。

 でも、やらなきゃいけないことがある…!

「コトリ、あれは私が何とかするから、コトリにやって欲しい事が…」
「きっ、来ました!!」

「岩石砲」

 ブオンッ

 ドサイドンが岩石を投げる。
 技名の通り、正に岩石の大砲だ。
 それも、かなり大きい。
 まるで、トラックの突進だ。
 確かに、ドラクの言う通り、小技で対処できるレベルじゃない。

 でも…!

 ボ、ボンッ

 私は全てのモンスターを出した。
 計4体のモンスター。
 この数なら…出来る…!

 小技じゃ無理。
 だったら、連携してでも大技を放てばいい。

「ハイドロポンプ!!」

 ドジャッ

 私のモンスターは一斉にある一点…岩石の進路を変えるポイントに攻撃した。

 小さな攻撃でも、全員が正しく力を使えば大技になる。
 前に、カイが話してくれたことだ。
 水の“精度”なら、低ランクの私でも同じ事が出来る筈だ…!

 ドゴンッ

 巨大な岩石は見事に進路を外れ、遺跡を襲った。
「!!?」
「まだっ!! 攻撃を地面に!!」

 ジャウッ

 今の大技を凌がれて、ドラクは息を呑んだけど、そっちを気にしている場合じゃない。
 これはチャンス。
 ドサイドンは、確かに強力なモンスターだけど、むしろ深刻な問題はこっち、地面にある。
 私たちの行動範囲を極限にまで狭めているダグトリオの方だ。

 確かにドラクの方の行動範囲も狭めているけど、ドラクには相手に届く大技がある。
 このまま消耗戦が続けば、結果は明らかだ。
 だから、まずは私たち行動の選択肢を増やす事、この“基盤”を何とかするのが、今やらなきゃいない事…!

 ジャボッ

 私の攻撃で、蟻地獄には水が大量に溜まっていった。
「むうっ!!」

 ザザザッ

 ドラクはそれを阻止する為に、ドサイドンに砂を投げ入れさせている。
 でも、水量の方が多い…!

 グチャッ

「!…ストップ」
 私の足に泥が当った時点で、私は水の攻撃を止めた。
 私とドラクの攻撃の所為で、遺跡は泥地になっている。
 もう飽和状態だ。

 沼だけど、これでドラクの造る蟻地獄に引きずりこまれることはもう…ない…!
「貴様…俺の造った“基盤”を覆すとは…!」
「!!?」
 ドラクは戦闘が思った通りに進まないのが嫌いなタイプなんだろう。
 今まで以上の殺気を私に向けてきた。
 まるで、正面から突風でも浴びせられたかの様なドラクの空気の猛烈な圧殺力に私は思わず一歩後ずさった。

 でも…このチャンスを私は逃してない…!

「ダグトリオッ!!」

 ボボボッ

 沼の中を、今まで蟻地獄の中心から動かなかったダグトリオが突き進んでくる。
 近接的な攻撃の、切り裂く、で私たちを襲うつもりだろう。
 耐久力の無いモンスターだけど、流石に沼地にいるからって戦闘不能になったりはしないみたいだ。
 ただ、さっきまでの機敏さは損なわれている。
 だったら…“捉え”られる。

 ボゴッ

「!!?」

 沼の中で変な音がした。
 それと同時に、ダグトリオの移動時に出来る地面のむくれが、私たちから離れた場所で止まる。

「何だ…!? ダグトリオ!?」
 ドラクの言葉にもダグトリオは反応しない。
 それはつまり、私の“攻撃”が成功したってことだ。

「水より、むしろ沼の方が速く動ける水タイプ…知ってる?」
 私は一応防御に回ってもらっていた“3”匹のモンスターの後ろから、ドラクに挑発的に言った。
 ドラクは気が付いたのか私を見る目を更に強める。

 若干凍っている、ダグトリオの“停止”地点。
 本当はこういう時に、人頼みのタイプは使うものじゃないんだろうけど、悔しい事に、シェア・リングを通しても、私の水より威力は高い。

「ヌマクローの冷凍パンチ……登録されていたか…!」

 ドラクの怒りのボルテージが上がっていく。
 沼の中で見えないけど、ダグトリオが戦闘不能になったからだろう。
 その目には、私しか映っていない。
 だったら、今、コトリに…

「でっ、電光石火!」
「!!」
「!!?」
 私が言う前に、コトリはドラクに接近していた。
 放った技はスバメの電光石火。
 その狙いは…

 バシッ

 完全に私しか見ていなかったドラクは近距離の絶対先制に反応できず、書類を持った手を弾かれた。
 そして……

「マジカルリーフ!」

 ザンッ

 トゲチックの追尾する葉は、宙を舞う書類を正確に捉え、ズタズタに切り裂いた。

 何だ…コトリも同じ事思ってたんだ。
 あの書類はドラクに使って欲しくない…って。

 コトリを見ると、やりましたっ! って顔をしている。
 この役は、泥という足場に影響されない“自由”なコトリしか出来ないって思ってたけど…期待以上だわ。

 一矢報いてやった。
 よし、これで……

「殺す…」

 ゾワッ

 ドラクから漏れた言葉は小さかったけど、それは私の“全て”に届いた。
 一瞬で、高まった感情がゼロになる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

「殺す…」

 ピキッ、ピキッ

 ドラクの足場の泥が砂に戻っていく。
 それがモンスターの技なのか、ドラクから発される、“基盤”と“硬度”の波動の所為かは分からない。
 ただ、そんなことはどうでもよかった。

「殺す…」

 ドガンッ

 私のヌマクローが、沼の中から何かに弾き出されて、私の足元で倒れこむ。
 でも、私はドラクから目を離せない…!

「お前達は…ここで死ぬ…」

 ドラクは大きな体を怒りで震わせながら、ただ、“事実”だけを告げた。
 そう…“動かし難い事実”を。

 今、ドラクから発されているのは、これ以上は無いと思っていた今までの殺気とすら比べ物にならない。
 隣にいるドサイドンですらも、ドラクの鬼気迫る雰囲気に戦慄を覚えている程だ。
 味方ですらそうなのだから、直に浴びている私は震えが止まらなかった。

 殺さ……れる…

 ドラクの言葉の節々にあった、嘲りはもう無い。
 あるのは、完全に殺戮対象に向ける、膨大な戦闘本能だけ……

 ト…

 私の背に壁が触れた。
 何時の間にか私は後ずさっていたみたいだ。
 その時私が思った事といえば、これ以上下がれないという事への恐怖。

 今すぐここから離れたい。

 私の足は、壁に当って尚、止まらなかった。

 死ぬ…

 最初から分かっていた筈だった。
 この相手を刺激したらどうなってしまうのか。
 でも、戦う事を選んだのは私だ。
 今の私がその場にいたら、全力でそれを止めただろう。

 絶対に相手にしてはいけない、“最強”チーム・パイオニア。
 私たちはその禁を犯し、今、死という“罰”を受けようとしている。

 死ぬ…
 ここにいれば、間違いなく死ぬ。
 逃げる…
 逃げる…そう、逃げないと…

 そう結論付けるのにすら、時間がかかった。

 コトリを見る。
 コトリはペタンと座り込み、沼の上をそのまま後ずさっている。
 何時しか、私に並んで壁に背を当てたコトリも、手足を動かし続けていた。

「に……逃げないと…」
 私が何とか絞り出した言葉に、コトリはコクコクと頷く。

「どうやって…出る気だ?」
「……!!」
 ドラクの二回目の言葉に、私は、この戦いの大前提すら失念していたと思い知らされた。
 相変わらず、外には砂嵐が発生している。

 けど、私にはそこが魅力的に見えた。

 ここにいるより、ズタズタになった方がどれだけ幸せか…。
 外の世界は何所であろうとも、ここより勝っている。

 外には、カイもスズキいる。
 そこが、私たちが本来いる場所。
 こんな暗い世界とじゃ、対比する事すら無意味だ。

 助けて……

「“終わらせる”ぞ」
「ゴオォオオォオオ―――!!」
 ドサイドンが唸りを上げて、砂の中に手を入れた。
 あれが出てきた時が私たちの最後。

 助けて……

 口から出す事も出来ないその言葉は、私の中で何度も響いた。
 私の目は、出口を何度も映している。
 ドラクから目を背けたいのも事実だし、例えズタズタになっても、そこにある出口から飛び出したい衝動に駆られているからだ。
 こんな場所に人がいるのは絶対におかしい。
 こんな所に来たのが間違いだった。
 私は朝からの出来事で、自分が選べた筈の選択肢を想った。
 何所から歯車がずれて、“日常”から“死”に向かって行ってしまったのだろう?

 これは、現実逃避。
 もしくは、走馬灯だった。

 ドサイドンはまだ、手を地面から出さない。
 楽しんでいるからじゃなく、単に技の威力を最大にする為だろう。

 何を選択していたら私たちは“ここ”にいなかったろう?
 こんな、殺されるのを待つだけの空間に。
 とにかく、こんな場所に来るなんて正気の沙汰じゃなかった…!

 バシュンッ

「!!?」

 突如入り口の砂嵐が弾けた。
 その所為で、遺跡内に指すデイライト。

「グゴオッ!?」
 ドサイドンはその光を目に受け、地面から手を離した。
 その手には岩石は握られていない。
 技の発動は失敗だ。
 でも、そっちは視界の片隅にあった。
 私が見ているのは、デイライトの、その向こう…

「どわあああぁああぁああぁあああああ―――!!!??」

 来る事自体が間違いな、こんな世界……
 そこに……

 ドシャッ

「ああくそ、スズキのヤロウ…! ……ん? 何で濡れてんだ?」
 そいつは泥に突っ込みながらも、何とか立ち上がった。
 目には何故か、布を巻いている。

「あ……あ……ああ!!」
 コトリが声を上げる。
 私の方は、もう声も出ない。
 ただ、滲んできた目を擦りながら、その姿を確りと認識し続けるだけだ。
 こんな殺伐とした世界に、情けない声を上げながら現れた救世主を……

 こんな世界に来てくれた……そいつに。

「カイさん!!」
「ん? 何だ、お前ら。やっぱりここにいたのか」
 そいつは目に付いた布を取ると、場違いな言葉を発した。


~~~~

――――――

「なあ、スズキ」
「何だ?」
 ここは局地的な砂嵐が起こっている…正に、砂漠の“異変”を物語っている現場。
 俺たちは巻き込まれたグループの救難活動を手伝いたいと偽って、この場所に届けてもらっていた。

 その時の、グログラムなんて場所にもそんな志を持った若者がいるとは…、と、救急隊の感極まった顔に罪悪感を覚えたけど、俺たちはドサクサに紛れ、救助そっちのけで砂嵐の直前まで来ていた。
 まあ、こっちも救難活動なんだから、一応嘘は言っていない。

 砂嵐は、たった一つの巨大な岩の構築物(?)の周りを囲っていて、飛び交う砂と砂の間から、入り口の様なものが見えていた。

 ただ…

「スズキ。今何をしようとしているのかは分かるし、俺が“何をしなくちゃいけないのか”もさっき聞いた」
 俺は目に巻いた布の中からスズキを探りながら言った。

 さっき見つけた横転した車の中に、レイたちの荷物が在った。
 もしかしたら、あの遺跡の中にいるんじゃ…? って思ったまではいい。

 俺はただ、その後スズキが立てた“プラン”に大いに不服があった。

「けどな、やってみると分かると思うけど、コレ、メチャクチャ怖いぞ?」

 目に布を巻く前に俺が見た光景、それは“パチンコ”だった。
 スズキのモンスターが造った弾力性のあるツタ。
 それが近くにあった岩と岩に括り付けられ、真ん中は限界ギリギリまで遺跡と反対方向に引っ張られている。
 それを支えているのは、スズキのモンスターで、発射台にいるのは何と………俺だ!
 しかも全く前が見えない。

「スズキ、やっぱ、代わろうぜ? 知ってると思うけど、俺の方がお前より、今日体動かしてるからな?」
「いや、カイなら大丈夫」
 何だ、その理屈。
「大体、俺は外にいなきゃいけないんだよ。パチンコって言っても、モンスターの力で撃ち出さなきゃ止まっちまうだろうし」
 まあ、ゴムほど弾力がある訳じゃないから、そうやらないといけないのは分かる。
 俺の炎や氷は“押す”には向かない。
 スズキの草なら、葉っぱで切り裂いたりしない限り、“力”を俺に届けられるだろう。

「それに“発生し直した時”、砂嵐の中、そのツタが切れないように“成長”させ続けなきゃいけないんだって」
 それも分かる。
 腰に付いているのは、フシギソウに繋がった、太目のツタだ。
 何かあった時、一気に引っ張れるように用意した、一種の命綱ってとこか。
 砂嵐が収まらないと意味無いけど、無いよりマシだ。

 けどな……

「なあ、スズキ、別のプランがあると思うんだ。というか、今思った。コレ、やっぱ嫌だ」
 スズキは、ははは、と笑うだけだった。

「大体お前、本当に砂嵐を何とか出来るんだろうな? 後、入り口を正確に狙える自信はあるのか? 誰だってそうだと思うが、俺、ズタズタもペチャッも嫌だぞ?」
 遠目に見えた入り口は、飛び出す本人からすれば、小さい気がした。
 そして、荒れ狂う砂嵐。
 どっちが失敗しても、命は無い。

「ははは、砂嵐は大丈夫だよ。だから、ズタズタには絶対にならない!」
「おいっ!? ペチャッの方はどうなってんだ!?」
「ま、まあ、それ…も……大、大丈…夫…? …だよ。ほ、ほら、草は“精度”を象徴するって本に…」
「嘘付けっ!! それ、水じゃねぇか!? それにお前、何で言いよどんでんだ!?」
「よし、そろそろやるぞ。大丈夫だ。……………多分」
「待てっ!? 今最後に何て言った!?」
「距離よーし、方向よーし」
「話を聞けぇええぇええええ―――っ!!!!」
 スズキは、全く取り合わない。
 大会の時もそうだったけど、こいつ楽をし過ぎじゃないか!?

「カイ、目は慣れてきたか?」
 俺は、布の中で目を開けてみた。
 この布は、スズキがいきなり暗い場所に入っても目が利くようにと巻きつけたものだ。
 さっきまでより、布の中の様子が分かる。

「なあ、慣れてないって言ったら、発射しなかったりするか?」
「大丈夫みたいだな。よし」
 もう俺が行くのはこいつの中で決定事項みたいだ。
 まあ、ここまで準備しておいて、今更俺が行かないのは世間一般的におかしいだろう。

 ただ、俺は、この期に及んでまだ変更はアリだと思っている。
 何せ、飛ばされる本人だ。

「なあ、スズキ。やっぱ、もう少し話を……」
「GOッ!!」

 ギッ

 巨大なパチンコが軋んだ。
 次の瞬間――――――

「いっ……どわあああぁああぁああぁあああああ―――!!!??」
 俺は鳥になった。

 ジェットコースターで目を瞑っていれば似たような感覚が味わえるだろう。
 それも、走行中にレールの外れる可能性が多分にある年代モノに。
 まあ、変な浮遊感の所為で、感覚殆ど無いんだけどな…。

 ドシャッ

 次に俺に感覚が戻ったのは、何かにぶつかった音を聞いた時だった。
 音が音だけに、自分の体を確認したが……よかった、壁にぶつかった訳じゃないみたいだ。
 スズキは、見事に砂嵐を攻略し、俺を狙った通りのポイントに放り込めたみたいだ。

 ただな……
 恨みは持ったぜ?

「ああくそ、スズキのヤロウ…! ……ん? 何で濡れてんだ?」
 俺は何とか沼(?)から立ち上がった。

――――――

「カイさん!!」
「ん? 何だ、お前ら。やっぱりここにいたのか」
 布を外すと目の前には、レイとコトリがいた。
 布のお陰で前は見えるけど、何故か二人とも死人の様な顔をしている…

 バフッ

「どわっ!?」
 いきなりコトリが突っ込んできた。
 何だ…?
「レイと半日一緒にいた所為で暴力さがうつったか…?」

 ガンッ

「ぐおっ!?」
「バカッ、来るのが遅いのよ!! どれだけ怖かったと思ってんの!?」
 暴力さの源泉…レイの方は殴ってきやがった。

「何だ!? 何だよ!? 俺の中ではかなりのトップスピードで………!!!?」
 その時、突如俺の背中に悪寒が走った。
 汗が噴出す。
 一瞬で分かった。
 後ろに“常識外れ”がいるってことが……

「お前もここで死ね……」
「!!?」
 振り返るとオルガンさんさえ超える大男が立っていた。
 そして何だ……? こいつのこの異様な空気は……!

「一応聞こう…。どうやってあの砂嵐を抜けた?」
 外は既に、砂嵐が再度発生していた。
 散ったのは、俺が入る一瞬だけだったのだろう。
 やっぱりスズキの言う通りにやるしかないみたいだ。

「………知るかよ。ウチの活躍の見えない参謀がやった事だ…」
 軽い会話の中にも、目の前の男は俺を圧死させられる程の殺気を放っている。

 この人間のものとは思えない殺気。
 種類は違うけど、昨日も感じたぜ……
 もしかして、こいつ……

「レイ、何が起こってる?」
 俺は大男から目を逸らさず聞いた。
「あ…あいつは…チーム・パイオニアよ……名前はドラク」
 っ、やっぱりか……!

「お前らはチームか……名は?」
 ドラクは心の平穏を保つように声を出した。
 しかし、隠し切れないのか声が怒りで震えている。

「………チーム・ストレンジの…カイだ」
 俺は素直に名乗る。
 出来るだけ、ドラクを刺激しないように。
 この会話だって、ドラク自身が冷静になるために行っているようなものだ。
 そして、俺だって事態を把握する時間が欲しい。

「聞かないな……」
 そりゃそうだろうよ。地方の国のペット捕獲集団なんて知ってたらこっちが驚きだ。
 ペルセとも昨日の今日で連絡を取っていないのか……?

 ドラクの声は、臨界点間際で震えていた。
 平穏を保つためのこの会話も、焼け石に水状態になっているみたいだ。
 会話が止めば直にでも襲い掛かってくるだろう。

 考えろ……まずは状況を……
 そうだ……アーサルさんは?

「レイ、コトリ、アーサルさんは何所だ?」
 俺の問いに、コトリは俺を掴む力を上げた。
 そして、レイは視線を逸らす。

 ……!

 レイのサインは、この世界での“ある事実”を示すものだった。
 おいおい、嘘だろ……?

 俺はドラクの方を見る。
 奴の横には、どでかいモンスター(サイドンか?)と不自然な大岩。
「私…私の所為で…!」
 コトリの言葉で俺は理解した。

 なる程な…。

「コトリ、下がってろ」
 俺はコトリを引き剥がし、一歩前へ出た。

 ボンッ

 リザードを繰り出す。
「レイ、コトリ。お前らはモンスターを戻して、出口に立ってろ」
 チーム・パイオニアね……。
 相変わらずふざけた事してくれんじゃねぇか……!

「何よ、カイ!? 一人で戦う気!?」
「ああ……それよりレイ、あいつのモンスターは?」
 レイの信じられないようなものを見る視線を受けながらも俺は“探した”。

「え? 適合タイプは地と岩で、今はあのドサイドンが……」
 ドサイドン?
 ああ、進化でもしてんのか。
 でも、そうじゃない。

「違う。他にはいないのか?」
 そう言うと、レイはあっ、という表情を浮かべ、地面を指した。
「土っ、土の中にいる…!」
 俺は足元を見た。
 沼と砂が半々の足場。
 水がこれだけあるってことは、レイは戦ったんだな。
 そして、その沼と砂の足場のどこかにいるモンスター。
 そいつが、多分、スズキの言っていた……

「分かった。下がってろ」
 俺の言葉を守って、レイとコトリはモンスターを戻し、下がった。
 俺はそれを確認すると、ドラクを睨む。
「お前…アーサルさんを殺したな?」
 疑問に思っている訳じゃない。
 コレは確認だ。
 俺の中の、スイッチとの……。

「そう熱くなるな。聞いた事があるだろう? “事故”という言葉を」
 そう言うドラクの声も怒りで震えている。
 だが、それだけ聞ければ十分だ。

「熱くなってんじゃねぇよ…。むしろ冷えてんだからな……!」

「ドサイドン!!」
「グゴオオオオォォオオオ―――!!」
 ドラクの殺気に呼応する様に、ドサイドンが巨大な殺意の塊を持ち上げる。

 ………!!
 投げる気か!?

「岩石砲」

 ブンッ

 とてつもなく巨大な岩が飛んでくる。
 当れば“終わり”の、大技だ。

 しかし、俺はそれがゆっくり見えていた。
 それは、この感覚のだけのモノじゃない。
 ついさっきまで、もっと鋭い奴と戦ってたんだからな……!

 俺は、体の熱を上げた。
「リザード!」

 ゴウッ

 リザードの炎が岩石を捉えた。
 しかし、当然ものともせずに突き進んでくる。

 そんな様子が……ドラクの小馬鹿にするような笑みまでも含めて見える程に、俺は体中の熱を下げていた。
 威力は高いが大振りなだけの攻撃だ。
 “あいつ”よりはやり易い……!

 ピキンッ

「!!?」

 岩石にヒビが入る。
 俺の足元には、グレイシアが繰り出されていた。

 岩の“硬度”?
 “断絶”されるよりは、遥かにマシだ!

「Tear of condition」

 パリンッ

 大岩がそれだけで砕け、バラバラと落ちる。
 あの衝撃を受けて尚、破片が飛び散るだけだったメタグロスとは雲泥の差だ……!

「!!? ダブル・ドライブか!!」
「炎の渦!!」

 ドラクの驚愕をよそに、俺は再び体の熱を一気に上げた。
 ドラクのモンスターが、“この下”にいるだけで十分だ。

 リザードが1匹だけでも使えるようになった炎の渦は、部屋と地面の熱を一気に上げる。
 さあ……出て来い……!

 ボゴッ

 ……!!

 暑さに耐えられなくなってそいつは土の中から姿を現した。
 見つけたぜ……カバ!!


――――――


―――バンギラス……覚えているか?
―――ん? ああ、まあな。
―――それか、カバを倒せ。以上。
―――は!!?
―――だから、こんな長時間砂嵐が発生しているんだ。多分どっちかの所為で間違いない。特性だよ、特性。
―――なあ、そこまで分かっているならお前が行った方が良いと思うんだ。
―――ダメ。さ、巻くぞ? 目ぇ閉じろ~…
―――てめぇっ!?


――――――


 あの時スズキに軽く殺意が湧いたが今となってはどうでもいい。
 とにかく、あの黄土色のカバがこの異常気象の元凶だ!

「グレイシア!!」

 ビュオッ

 部屋全体を対象にした冷気が走る。
 あのカバの特性じゃ、微塵にも防げない……!

「Tear of condition!!」

「ブオオオォオォオオオ―――!!」

 炎と氷。
 それをほぼ同時に喰らったカバは体の中で生まれた急激な温度差に、身もだえする。
「リザード、メタルクロー!!」
 リザードが、爪を振るう。
 ついさっき登録された、一級品の技だ。
 それが、俺のダブル・ドライブで弱ったカバに突き刺さる。
 あれは耐えられる訳がない…!

 ただ、この出力……
 ああくそ、レイ、コトリ、うまく“捕まって”くれよ?

 バ、バシュッ

 俺は直に、モンスターをボールに戻した。

 うん……さあ……くるぞ……?

 ズキンッ

「っ!? がっ!!」

 体そのものがボロボロ崩れ落ちていくような激痛。
 だが、ここで気を失うわけには行かない……!
 俺は歯を食いしばって、出口を見た。
 ……砂嵐が……消える…!!

「スズキィ―――ッ!! 引けぇ―――っ!!」

 グンッ

 俺の叫びが届き、腰に巻いたツタが俺を出口に高速で引きずった。
 その先には、もう、砂嵐は無い。
 あれは、この中には決して生まれなかった……光…!

「!!?」
 ドラクは立て続けに起こった怪現象に反応出来ていない。

 ガバッ

 レイとコトリが俺の意図を汲み取って、俺の体を掴んだ。
 そして、そのまま光へ……

「貴様ぁあああぁああ―――!!」
 ドラクの怒声が聞こえる。
 ここまで距離が空いて尚、背筋を凍らせるその殺意は見事だが、いいのか? そこにいて。
 俺の攻撃対象は、“部屋”だったんだぞ?

 ピシッ、ピシッ

 ゴゴゴゴゴッ

 遺跡の中で何かがひび割れる音が聞こえる。
 そして……

 ドゴンッ

 落ちた岩が、出入口を完全に塞いだ。

 ズンッ、ズンッ

 ゴゴゴゴッ

 遺跡そのものは崩れなかったが、中から、何かが落ちる音が響く。
 中では、落石が酷いだろう。
 ドサイドンがいたから死にはしないだろうが、この分じゃ、あいつは俺たちを追って来れない……!

 ザザザ―――ッ……

「きゃっ!?」
「わわっ!?」

 その時には、俺たちは遺跡の外にいた。
 今の音は、砂漠の上に俺たちが滑った音だろう。
 今の俺が特に触覚が鈍い。

「ん、おつかれ」
 目を開くと、暗さに慣れた目には厳しい太陽の下、スズキがそれを遮るように俺を覗き込んでいた。
「スズキ……馬車馬のように働くって言葉知っているか?」
「……さあな?」
 スズキのふざけた言葉を聞きながら、俺は再び意識を手放した。
 ああくそ、今度はそう簡単に起きねぇぞ?


・・・・・・


「ん……」
 俺が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
 ぱっと見、宿泊施設だ。
 多分、ギルドだろう。

 窓から外を見ると、もうとっくに暗い。
 何時かは分からないが、日付は変わっているような妙な自信があった。

「ん? スズキは?」
 部屋を見渡しても(小さいが)、もう一つのベッドにスズキはいなかった。
 まあ、あいつが夜いないのは別に珍しい事じゃないけど、それよりも俺は、あの後何が起こったのか知りたかった。

「くっ……」
 何とか立ち上がる。
 すると今度は、体に激痛の名残があった。
 流石に、無茶し過ぎたか……
 体を見ると、包帯が巻いてあり、治療されている。
 まあ実際、今すぐベッドに戻って何もせずに眠りたい程の疲労感も、一歩歩くごとに体に響く痛みも俺を襲っている。
 治療されて然るべき存在だ。

 だが、俺は、部屋を抜け出した。
 病院にいないってことは、そこまで重症じゃないんだろう。
 俺は状況把握に努めるため、歩き出す。

 キィッ

「……?」
 歩いていると、屋上への扉が開いていた。
 扉の隙間から空が見える。
 生憎、それは曇っていた。

「レイ……か…?」
 屋上に出ると、そいつはフェンスに体を預けるように、外を見ていた。
「カイ……目覚ましたんだ」
 振り返ったのはやっぱりレイだった。
 ただその顔は、どこか危な気なものになっている。

「カイ。こんな時間に起きなくて良いのに。すごい顔よ?」
「お前に言われたくねぇよ」
 俺がそう言うと、レイは簡単に視線を外した。

「起きたら誰もいなかったんだ。結局、どうなったんだ?」
「……スズキ、いなかったんだ」
 レイはそう言うと、今度は完全に外を向いた。

「別に、何もなかったわよ? あの後気を失ったカイとコトリを車で運んでもらって……怪我していたカイの治療をして……それだけ。コトリは結局目を覚まさなかったけど、お医者さんの話だと、ただ眠っているだけだって。あんな事が起こったショックと、昨日殆ど寝なかった反動みたい」
「お前だってそうだろ。何で起きて……」
「…ねえ、カイ」
 レイは俺の言葉を遮って笑って見せた。
「起きたなら、特訓に付き合ってよ。何か全然眠くないのよ」
 レイはそう言って、テクテクと屋上の出口に歩いて行く。
 その表情は明らかに無理矢理作っている笑顔だ。
 こいつが、気にしている事……そんなのは一つしかない。

「アーサルさんの……事か?」
「…っ」
 その言葉に、レイの足はピタリと止まった。
「そうよ?」
 レイは振り返って、あっさり言う。
 体は……震えていた。

「私がね……安請け合いした所為で………人が一人…死んだの……。私たちはそのお金でここに泊まってるのよ……」
 レイは今度こそ、笑顔を止めて泣き出した。

「あんたが眠っている間、スズキから色々聞いたわ。大会で戦って……強くなって……カイたちがそうやっている間、私たちは、あいつに震えていただけ。護衛だったのにね?」
 ダムが崩壊するように、レイは言葉を吐き出した。
「目を閉じるとね…浮かんでくるのよ……アーサルさんの顔が。それに、その最後も。目を……閉じたくないの…」
 俺はレイに近づく。

「レイ……俺たち……焦り過ぎてたのかもしれないな……」

 俺は、レイの肩に手を置いた。
 慰める言葉なんて思いつかない。
 ただ俺には、事実しか言えない……。
 これは、言おうと思っていた事だ。
 弱い俺たちが無理して進み続けて起こったのがアーサルさんの死という事実。
 無理に走り続けても、きっとまた同じ事が起こるだろう。

「ビガード城下町には二週間もいたけど、その後は駆け足過ぎた。ここらでペースを落とそうぜ?」
 レイは涙目で、俺を見上げている。
 こいつも、もしかしたら、俺と同じ事を思っていたのかもしれないな。
 動かないと囚われ続けてしまわれそうだ…と。

 だけどここ最近の出来事で、俺が学んだ事。
 “焦る”のと“急ぐ”のは、まるっきり違う。

「でも…早く強くならないと……また……繰り返すことに……」
「繰り返さなきゃいい」
「…?」
 レイの言っていることはよく分かる。
 むしろ、俺の言っていることの方が理解できない位だ。
 でも、俺はそう言わないといけないと思った。

 コレは、夢と同じ。
 口に出す事で、自分を追い込む自己暗示だ。

「そう……言えばいい。言ったからには、守らなきゃいけなくなるだろ? 何だっていい。もう誰も殺させない、でもいいし、安請け合いしない、でもいい。言えば後は、それを守るだけ…だ」
「……リクトさんからの受け売り?」
「……まあ、当らずとも遠からずだ」
 あっさり見破ったレイに、俺は正直に白状した。
 リクトも似たような事を言っていたのを覚えている。
 仕方ないだろ…? 俺の頭から人を立ち直らせるような言葉は出てこない。

 でも……

「くくっ……」
 レイが、今度は本当に笑ってくれた。

 いなくなっても人を笑わせられるような奴。
 リクトがそういう人間だからだ。
 だったら俺は喜んで、あいつの受け売りを使い続けよう。

「で? 他には私を励ませそうな言葉は無いの?」
 レイに少しだけ、元気が戻ってくる。
「……どうせ受け売りだからな」
 そう言いながら、俺は屋上の出口に向かって歩き出す。
 後ろから不満そうな声と、小さな欠伸が聞こえてきた。
 レイも、これで寝てくれるだろう。

「ふわぁ…」
 かく言う俺も、欠伸が漏れた。
 流石に、寝不足ではあったみたいだ。
 階段を降りて部屋に向かう。

 その時浮かんだ、“あの時”の会話の続き。
 リクトは言っていた。

―――口に出しても、どれだけ努力しても、失敗することは当然あるけどな。

 俺は、いきなり話を頓挫させたリクトの言葉に白い目を向けたのを覚えている。

―――でも、失敗した時、また、“意味を込めて”口に出し、それを目指すんだ。

 リクトの言葉には続きがあった。

―――その内、“そこ”に到達してるだろ。

 これはきっと、“そこ”を目指す途中で挫けて尚、“そこ”を選択する奴じゃなきゃ到達出来ないって意味の話だ。

 だから、俺は口に出す。
 依頼人を殺されて、相手も自分も許せないのはレイだけじゃない。

 レイもどこかで呟いているだろう。
 自分だけの誓いを。

 そして俺も部屋に向かう廊下で、小さく…強く呟く。
 俺がこの世界で、トレーナーとしてやりたい事を。

「俺はチーム・パイオニアを倒す」


------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 前回、更新が遅くなると書いてありましたが、それは、この次回になりそうです。
 ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.19 Fatality
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/04 16:38
 バサッ、バサッ

 スバメが、波の上ギリギリを飛んでいる。
 俺と、レイ、スズキ、そして、離れた場所にいるコトリは波を注視していた。

 ザブッ

「………!」
 波が不自然に揺れた……来るか?

 ザバッ

 波の動きを読んで、飛び去ったスバメを追うように、中から小さめの鯨……ホエルコが飛び出した。

 Cランクミッション”捕鯨“

 最近、海の使用に制限をかけているホエルコを駆除、もしくは追い払ってくれっていうこのミッションの対象はあいつで間違いないだろう。

「Double drive:Tear of condition」

「ギィィイイィイイィ―――!!」

 ホエルコが急激な温度差に身もだえする。
 このダブル・ドライブ、低出力なら殆ど完璧に使いこなせるようになったな……

「今だ! レイ!!」
「体当たり!!」

 レイの指示を受けて、“新たに加わった手持ち”が攻撃する。

 ペチッ

「………ツルのムチ」

 ベチンッ

「キュイィィイイィィッ!!」

 仕留めそこなったレイに代わって、スズキの攻撃がホエルコにヒットした。
 ホエルコはそれを受けて、波に飛び込む。
 そしてそのまま、沖に泳いでいった。

 スズキの奴、加減したな……
 ま、群れから離れていただけかもしれないし、倒すまではしなくても良かったのかもしれないか。

 何はともあれ、ミッションコンプリートだ。

 それより、問題は………

 ビチッ、ビチッ

「私……挫けそう……」
 レイは、両手と両膝をついて、目の前で跳ねている“そいつ”の前で嘆いていた。
「レイさん……」
 一応離れて待機してもらっていたコトリが、スバメを戻しながら戻ってきた。

 がっくりと肩をうなだれるレイに、俺はかける言葉も無い。

「ははは、まあ、ガチで鍛えんのはきついか……」
 スズキは微妙に笑っている。
 どっちかって言うと、苦笑いだった。
 因みに、“ある依頼”の副産物で手に入ったそいつを育てる事になったのは、スズキが言い出したからだ。

 進化すれば、強さは一級品。

 そいつは、“アレ”に進化する事を俺もレイも知っていたので、スズキの口車に乗せられ、見事にレイの手持ち入りを果たした。
 しかし、まさか、あのダブル・ドライブを受けた奴に止めをさせない程とは………!
 流石に、最弱と言われているだけはある。

 もう大体分かるだろう。

 パシュッ

「………誰か助けて」
 レイは、そいつ――コイキングをボールに戻し、深くため息を吐いた。


 ―――ユースタス・ポート

 ポートという名前の通り、港町だ。
 グログラムから南に進むとあるこの町は、例の大樹海から流れてくる川(多分、最初にレイが溺れた川だ)と海との合流地点にある。
 ヘヴンリー・ガーデンとは違う、自然の美しさ……って言った方がいいのか? を持ったこの町は、俺たちの中で、かなり評価が高かった。
 この地方では自然の美しさはさりとて珍しくないらしく、ヘヴンリー・ガーデンみたいな賑やかな町じゃなく、更に素晴らしい事に、ここでは週に一度かそこらしか出ていない船もある所為で、俺たちみたいに長く留まる人も珍しくない。

 海もあり、川もあり、そして、森もある。
 俺たちの心を休めるにはピッタリの穴場だった。



「んーっ、太陽が眩しいわね……」
 ビーチパラソルの下、広げたレジャーシートの上でレイは座りながら伸びをした。
 ビキニの水着姿に、パーカーを羽織っている。

「なあ、レイ。……泳がなくていいのか?」
「んーっ、太陽が眩しいわね……」
 一応聞いてみたが、返答は変わらなかった。
 つまりは、完全な無視だ。

 朝からの依頼も終わり、俺たちは今、海辺で遊んでいた。
 ここも、他にも多く海水浴場があるお陰で空いていて、まれに、俺たち以外誰もいない事がある。
 今も、生憎貸切とはいかなかったが、殆ど人がいない。
 軽く、プライベートビーチってとこだった。


 グログラムの事件から、もう直ぐ一週間が経過する。
 最初の2、3日はレイもコトリも元気が無かったが、ここの自然も手伝って、徐々に気力を取り戻していった。
 まあ、そもそもここを目的地に決めたのも、そういう場所があるとレイに聞いたからだ。
 そしてスズキの、『え? 港に着いたんだから、船乗ろうぜ、船』という訳の分からない理屈で、俺たちの次の行き先は海のその先に決定しているらしい。

 今俺たちは、その為の旅費を稼ぎながら、チームのランクを上げているところだった。
 それも、焦らずに。
 それが俺たちが立てた目標だった。
 そういう意味では、出港日時が決まっている船の予約をしたのは、ベストだったのかもしれない。
 前へ進もうとがむしゃらになっていても、強制的に足止めされている状態なら、自分たちを見つめ直す時間が出来る。

 そして俺たちは、ミッションと特訓の時間以外は、ビーチでのんびりと羽を伸ばしているのだった。
 そして、何とか、チームとしてのランクも上がっていった。
 今や、チーム・ストレンジはCランク。
 ここに着いた時、Eランクだって事を思い出した時は、軽く絶望感を覚えたぜ……。
 まあ、それも何とか出来る限り高ランクの依頼を受け続けたお陰で持ち直したけどな。
 その所為か、レイの手持ちも全員一段階は進化した。
 コトリの手持ちは進化してないけど、まあ、それは追い追いだ。
 ただ、レイには新たな課題が出来ちまったけどな……。

「はあ…はあ…。レイさん……あの、今日も泳がないんですか?」
 コトリが海から息を切らして走ってきた。
 コトリも、レイとカラーだけが違う水着を着ている。
「………うん、私は考えなきゃいけないことあるから。コイキングのこととか、コイキングのこととか、コイキングのこととか……。それよりも、日焼け止めちゃんと塗っておきなさいよ?」
「はい!」
 やんわり断ったレイに元気よく返事をして、コトリはパタパタと走っていく。
 コトリ……マジで元気だな……。

「何か、偏見に捉われてたみたいなんだけどな……。コトリは泳げるんだな……」
「何よ?」
「いや、別に……」

「泳ぎも胸囲も負けて、お姉ちゃん形無しって思ってただけなんだよな?」

 ザザッ

「熱っ!?」
「俺にもかかった!?」
 レイは、太陽で熱した砂を俺たちにかけてきやがった。
「何しやがる!?」
「余計な事言うからでしょ!? っぅ…」
「俺は言ってないだろ!?」
 レイもレイで、砂が予想以上に熱かったらしく、手の平を擦っている。

「スズキ……そういう事されるのは自由だけど、俺のいない時にやってくれ……」
「ははは、まあ、何時もの事何時もの事」
 スズキはもう復活してるし……

「でも、さ」
 スズキは、視線をコトリに向けた。
「レイも、コトリちゃんも、元気が出てよかったよ……ここは平和だしな」
 スズキのその言葉に、レイは気まずそうにポリポリと頬をかいた。
 スズキも気にしていたみたいだ。
 ここに到着した直後のレイとコトリは見ているこっちがきつい位、やつれてたからな。

 ただ……確かにスズキの言う通りではあるけど、こうやって試す必要があったのだろうか…?

「ま、あんな変な事、連続して起こるのがおかしいのよ。ここは普通の港町なんだから。気になっていると言えば、“あの島”位だし」
 レイの視線の先には、遠くに見える小さな島。
 コトリが泳いでいるその向こうに、一つ、異質的なモノが浮かんでいる。

 この辺りには、幾つか小さな島が浮かんでいるらしい。
 交通も不便だし、人も住んでいられないので、ほぼ放置されているらしいが、一つだけ、“別の意味”で放置されている島があった。

 原因不明な“渦”で守られた島。
 近付いた船は、舵を取られ、どうあっても近づけないらしい。
 行くには、“波乗り”と“渦潮”か、“空を飛ぶ”が使えるトレーナーじゃなきゃいけないらしいが、レイは“波乗り”が、コトリは“空を飛ぶ”が使えないから、俺たちに到着する術は無い。

 地元民の話だと、その渦の所為で、モンスターが群れから離れてこの町に来てしまう事が多いそうだ。
 さっきのホエルコもその所為かもしれないが……まあ、そうやって幾つも依頼が来るのは俺たちにとって幸運だったのかもしれない。

「さて、じゃあ、そろそろ次の依頼に行きましょうか」
 レイが立ち上がる。
「へ? もう、旅費は貯まったろ?」
「あのねぇ!? 旅費だけじゃ、この先の生活どうするのよ?」
「ああ…」
 スズキが思い出したように、レイに続く。

 そうだな…明日はもう出発だ。
 高校生らしい夏休みはもうお終いだ。
 明日からはまた、元の世界に帰る方法探しの旅が始まる。
 そして、俺にとってのチーム・パイオニアを倒す旅が……

 俺は、“例の島”の更に向こう、新しい大地を見る。
 ここからじゃ見えないけど、俺の気持ちは向こう側にあった。
 それも“赤目の男”が、俺たちが到着した頃、船に乗ったと聞いたからだ。

 あいつも……グラン=キーンも海を渡った。
 海の向こう……この港町みたいな“平和”は無いかもしれない。
 それが、どこか楽しみになっている自分がいて……

「コトリ―――ッ!! 行くわよ―――っ!!」
 レイの声に、コトリが大きく返事をして、走ってくる。

「あれ? カイさん、どうしたんですか?」
「いや、何となく……な」
 コトリは首を傾げる。
 俺も、この世界に順応しちまったって事かな?

 明日は出発だ。
 もう、完全に日課になった依頼と、夜のトレーニング。

 それが、元の世界に帰る為にやっているのか、この世界で生きていく為にやっているのか、が分からなくなる不安。

 この世界に慣れることは、本当に合っているんだろうか…?

 まあ、難しい事考えても仕方ないか。
 とりあえず、慣れる事はいい事だ。

 俺は、レイたちを追って歩き出した。

 ただ……“それ”を聞いた時、俺は、まだこの世界に慣れていなかったと思い知らされた。
 この世界に“平和”は無いのかもしれない。

 ユースタス・ポートが“原因不明の濃い霧”に包まれた事を知ったのは、俺たちが次の大陸に着いた時だった。


~~~~


「そこの人」
 後ろからのその言葉に、俺は足を止める。
「プレシャス・ビリングへはこの道であっているかな?」
 俺は不振に思いながらも、その男を見た。
 長身にスーツ姿の若い男。
 銀の肩まで届く髪と、整った顔立ち。
 ピシッと背筋を伸ばしたその男からは、全く戦闘意欲を感じない。
 俺を“追ってきた奴ら”じゃ無いみたいだ。

「俺も今からそこへ行く」
 それよりこの男、ここで迷ったのだろうか…?
 俺は、今歩いている道を見た。

 両脇は高い山で閉ざされ、ほぼ完全に一本道。
 その崖は、傾斜が激しく登れる高さでもない。
 幅は10メートル強ほどか。
 落石が起これば十分に閉鎖される程度の山道だ。

 陸路では、この先にある“大聖堂”プレシャス・ビリングには、この道以外に行く方法は無い。
 それどころか空路でも、相当の高度で飛ばなければ、高く険しい山に阻まれるだろう。
 ここがもし塞がれば完全に陸の孤島となるその町は、強力なトレーナーが多いと聞く。
 それが俺がそこを目指している理由だが、別にそこまでは行動を共にしても問題は無い。

「行きたいのなら、ついて来い」
 俺は、歩き出す。

「待った。もしかして、グラン=キーンかな?」
 男の言葉に、俺は足を止めた。

「何故、俺を知る?」
「ん、その赤目。もしかしたらと思って聞いてみたんだ。噂は聞いているよ」
 そこで俺は、その男の声の質が変わっている事に気付いた。

 男は俺を追い越して、悠々と歩く。

「強いと言われるトレーナーを見つけては争いを起す、面倒なトレーナーだとね」
 俺との距離が10メートルほど離れたところで男は立ち止まった。

「だとすれば、何だ?」
 確かに俺は戦いを求め、正に今のような行動を取る。
 現に、俺が追われている理由の大半はそこにある程に。
 否定するつもりは無い。

「困るな。この先で、そんな事を起されるのは。実に」

 ―――!?

 その男の空気は変わらない。
 その筈なのに、俺の手はボールに伸びていた。
 この男……?

 その時、風が吹く。
 若干翻ったスーツの上着の下、確かに見えた幾つかのボール。
 トレーナー……か。

「今は、この先に来て欲しくない。後で出直せないかな?」

 俺はボールを取り出した。

「君は“アタリ”かな……?」

「ん、困ったな、噂通りで」
 男はそう言いながら、溜息交じりにボールを取り出す。

「………!」
 その瞬間、“空気”が変わった。
 この山道から途端に流れ出す戦場の匂い。

 “脳ある鷹は爪を隠す”と聞くが、この男が隠しているのは爪どころではないかもしれない。

「Quick raid」

「ん」
 ボンッ

 バシッ

 メタングの攻撃がその男の直前で阻まれる。
 現れたモンスターは、ザングース……か。
 この男も、ボール開閉のタイミングは最短にしているようだ。
 しかも、カラスマ=カイの様に“守る”を使った訳ではない。
 単純に、ただの防御で、攻撃そのものを防いでいた。

「本当に、困ったな」
 ザングースの向こうで、男は再び溜息を吐いた。

「こんなところで、消耗している場合じゃないんだけどな」
 そんな口調の中には、戦闘意欲は感じない。
 しかし、それでいて、この“空気”を創っている張本人……
 こんな静かな戦闘は初めてだ。

「面白い……君の名前は…?」

「チーム・パイオニア、フェイル」
「………!」
 噂に聞く、最強チームの一人。
 それが、今、目の前にいる。
 間違いない。
 “アタリ”…だ。

「この名前を出してもそう言う風に笑われるとな。困ったな、戦うしかないじゃないか」
「俺はもう、そのつもりだ……メタグロス」

 ボンッ

 ダッ

 俺はメタグロスを繰り出し、その上に飛び乗った―――

「!!?」

 ガンッ

 何時の間にか後ろに回りこんでいた、ザングースの“切り裂く”が俺を襲った。
 俺は、寸でのところでそれを防御。
 俺の繰り出した、メタグロスとは違う青い壁の向こうから、明確に伝わってくる殺意。
 面白い……。

「ドータクンか。硬いね」

「ジャイロボール」

 ダッ

 ドゴッ

 ザングースは、瞬間的に回避。
 ドータクンの攻撃は地面を削った。

「戻れ」

 パシュ

 そして、すぐさま、ザングースはボールに戻された。
 フェイルと名乗ったこの男……飄々とした態度の割には、身動きの取れない空中を襲うという攻撃性も持っている。
 しかし、この静けさは何だ…?
 今まで出会ったどの敵とも違うタイプだった。

 いや、この男を推し量る必要はない。
 ただ純粋に、この男を倒せばいい。

「始めるぞ」

 パシュ

 ブウンッ

 俺はドータクンを戻すと、メタグロスと共に宙に浮かぶ。

「Quick rush」

 ダッ

 ドドドドドドッ

 俺の手から繰り出される、二体のメタングのバレットパンチが大地を削る。
 フェイルはそれを見切りながら、間を駆けていた―――

「!!?」

 いや、違う。こっちに走ってきている……!

 タンッ

 フェイルが地を蹴った。
 手には、ボールが握られている。
 向かう先は当然、俺とメタグロスだ。
 フェイルが俺の目の前で、ボールを振る―――

「ドータクン」
「猫騙し」

 ガンッ

 タンッ

「!!」

 フェイルはメタグロスのアームを踏み台に、一瞬で俺の後ろに飛んだ。
 既にフェイルのモンスターはボールの中。
 この男の戦闘スタイルは……!

「ドータクンは怯んでいるね。切り裂く」
「!!?」

 ボンッ

 その反対側……ついさっきまで俺が向いていた位置に、ザングースが繰り出されていた―――

 ダンッ

 パ、パシュ

 前にフェイル、後ろにザングースに陣取られた俺は、メタグロスから高く飛び、二体のモンスターをボールに戻す。

「Quick raid」

「カビゴン」

 ボンッ

 ボウンッ

 フェイル目掛けて片手で放ったそれは、突然現れた巨大な肉の壁に阻まれた。

 ザッ

 タンッ

 俺とフェイルの着地音が二つ響く。
 フェイルのモンスターはまたもボールに戻されていた。

「ん、やり難いね。“自分と同じ戦闘スタイル”の相手というのは」
「……お互い様だ」

 フェイルの戦闘スタイル。
 これは俺と同じ、自分の体術を駆使してモンスターを自分の手足の延長の様に操るモノだ。
 ボールの開閉タイミングを最短にすることで、攻撃・防御を限界ギリギリまで引きつけて行動できる。
 下手をすれば自分自身が大ダメージを受けるというリスキーな面もあるが、モンスターを繰り出して戦うスタイルより応用が利く。

 ただ、防御は共通しているとしても、フェイルの攻撃は、俺が銃なら、矛、とでも言うべきか……攻撃さえも、相手に近接して行っている。

 まるで、自分自身が本当にモンスターの様に襲い掛かるこの男……。
 Quick rushの雨の中、俺に向かって走りこんできた動体視力と運動能力は確かに、“最強”を名乗るだけはある。
 そして、気になることはもう一つ……

「本当に困ったな。最近退屈な仕事ばかりだったから、こうして戦っているのも悪くないんだが、本当に困った」

 ボンッ

 フェイルはそう言いながらも、モンスターを繰り出した。

「ケンタロス」

 ……またか。
 また、ノーマルタイプ。
 こいつの適合タイプは一体何だ?

「仕方ない、終わらせよう」
「………!」

 フェイルは、胸ポケットから黒いリングを取り出した。

「シェア・リングか……」

「ん、これ以上、こんなところに時間をかけている訳にもいかないからね」

 シュッ

 フェイルはリングをはめる。
 やはり、チーム・パイオニアもそれを持っていたか。

「ウチの連中はどうもプライドが高いみたいでね。中々コレを使おうとはしないんだ。便利なのに。ケンタロス」

「ブルッ」

 ケンタロスがいきり立つ。
 この男………当然に、モンスターを操っての攻撃も出来るか…。
 リングを持つ者と戦う時、最も厄介なのはどんな技を使うか分からない事だ。
 相手の適合タイプも分からない今では特に、だ。

 だが俺のドータクンなら、どんなタイプの攻撃でも“断絶”出来る。

 ………さあ、何で来る?

「ギガインパクト」

 ダゴンッ

「ぐっ!!?」

 一瞬―――

 ケンタロスが地面を蹴った瞬間に、俺は何とか繰り出せたドータクンごと弾き飛ばされた。

 ザザッ

 気付けば俺は、仰向けに倒されていた。
 “断絶”したにも関わらず、ノーマルでこの威力……まさか、この男……!

 ドンドコ…ドンドコ……

 俺が何とか起き上がった時、既に突っ込んできたケンタロスは俺の元から離れ、代わりに聞こえたのは、奇妙な地響き。

「……これは……!」

「腹太鼓」

 何時の間にか繰り出されていたカビゴンが、フェイルの横で攻撃能力を極限にまで高めていた。

「また会おう。グラン=キーン」
 俺の目に映ったのは、フェイルの指に黒く輝くシェア・リング。
 こいつが今、やろうとしていることは……!

「地震」

 ドゴンッ

 巨体が、地面を激しく揺さぶる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 この音の原因を考えるまでも無く、俺は急いでフェイルから距離を取った。

 ドンッ、ゴゴゴッ

 俺の走る直ぐ後に、容赦なく降り注ぐ落石。
 “基盤”を揺るがす不愉快な音が、徐々に遠くなっていく。

 それは、俺とフェイルのいる位置が、完全に乖離している事を示していた。

 ズウンッ

 最後の落石の音が響いた時、俺はプレシャス・ビリングの反対側に立っていた。
 10メートル強ほどの幅の道は、延々と多数の巨大な落石で完全に封鎖されている。
 高さは、小山程もある。乗り越えるのは不可能だ。

 陸路は完全に閉ざされていた。

 ボンッ

「コメットパンチ」

 ガゴンッ

 ゴゴゴッ

「無駄か……」
 試しにメタグロスに攻撃をさせてみたが、岩の一部が砕けるだけだった。
 この分では幾ら攻撃したところで、通行することは出来ないだろう。
 ここを通行できるのは、“突破”の高ランク者位だ。

「まさかこの俺が“断絶”されるとはな……」

 俺は踵を返した。
 進めないのならば、ここにいても仕方が無い。
 それにある意味、ここに来た意味を俺は得た。

 チーム・パイオニアのフェイル。

 奴は言っていた。
 また会おう……と。
 あの男とは再び戦う事になるだろう。

 そして、あの男の適合タイプ。
 俺は、あいつが最初から“自分の適合タイプ”で戦っていた事に気付けなかった。
 そして、俺を当初の目的通り、追い出すあの実力……

「この借りは、いずれ返させてもらおう。世にも珍しい“必然”の適合者」


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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 最近は、所用で色々と更新が不定期になりがちです…
 読んでいただいている方には、不便かもしれませんが、お付き合い願います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしております。
 では…



[3371] Part.20 Search
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/08/28 03:13

 “大聖堂”プレシャス・ビリング―――

 この世界は地図を見ると、丁度真ん中から十字に切った形で大きく4つに大陸が分かれていた。
 私たちが今までいた大陸が北東の位置で、私たちが今いるのは南東……カイ風に言うと、右下だ。

 そして、その南東の大陸で最も主要と言われている町、それがプレシャス・ビリングだった。

 ヘヴンリー・ガーデンをはじめ、各地から集められた建築職人が、その技術をいかんなく発揮して造った大きく美しい神殿があり、それに惹かれ募った人々が住む町。
 しかし、このプレシャス・ビリングへ続く道には中々に危険なモンスターが出るらしく、到達できる者は必然的にある程度の実力を持っていなければならない。
 それにも拘らず訪れる人が多いのは、その神殿の存在が大きいんだろう。

 けど、“適合者探し”をしている私たちにとっては、そこはむしろ狙い場だった。
 だから、この大陸に着いてから一目散にその町に向かう一本道を進むはずだったんだけど……

「……で? どうすんだ?」
 私たちの目の前には巨大な岩。
 10メートル強程の幅の山道は両脇の山から落ちてきたと思われる幾つもの大岩に完全に封鎖されていた。
 この分だと、この道の先はずっと落石が起こっているかもしれない。
 高さは……見上げるほどね。
 私たち四人は、完全に足止めを喰らっていた。

「やっぱり、登るのは無理そうです……」
 コトリが飛ばしたスバメで、岩の高さを確認している。
 確かに、簡単に登れない高さだ。
 特に、何の準備もしていない今は。

 残ったここを通る方法は、この岩を何とかするってくらいだけど…

 私たちがいる側の岩に幾つか傷が付いている。
 ここに来たトレーナーが何人もこの大岩を何とかしようとしたみたいだけど……無駄だったみたいね。

「まあ、試してみようぜ……」

 パチンッ

「ヘイッ、カイッ!!」
「俺かよ!?」
 指を弾いたスズキにカイが猛抗議。

「でも、何とか出来そうなのカイ位よ。ま、とりあえず……ね?」
 私としても、バスも出ていない山道を簡単に引き返したくない。
「カイさん、あの、お願いします…」
 コトリの、いや、全員の視線がカイに突き刺さった。

「ああくそ、何か、便利屋みたいに使われてる気がするな……」

 ボ、ボ、ボンッ

 カイは不満そうな口調で、リザードとグレイシア、そしてモウカザルを繰り出した。
 ダブル・ドライブになったカイのモンスター……
 放つダブル・ドライブ技の威力は良く知っている。
 はあ、何か益々カイとの差が広がってるみたい。

 でも、焦る気持ちは、今はそれほど多くない。
 確実に強くなる事が、今考えなきゃいけない事なのだから。

 ゴウッ

 リザードが炎を放つ。
 そして、それとほぼ同時にグレイシアから放たれる冷気―――

「Double drive:Tear of condition」

 パキンッ

 大岩にヒビが入る。

「岩砕き!!」

 モウカザルが飛び掛る―――

 ガンッ、ゴゴゴッ

「………とは言っても無理よね。シェア・リング越しのCランク技じゃ」
 カイの攻撃は、岩の一部を削っただけだった。

「……予想通り過ぎて面白くないな」
「だったらやらすなよ!?」
 ダブル・ドライブの威力をもっと上げれば出来るかもしれないけど……やっぱり、カイがコントロール出来る低出力じゃ無理ね。
 それに、多分何回かやらないと無理だ。

「よし、カイ。次は本気でいってみようか」
「………お前、それをやると俺がどうなるか話したよな?」
「ま、休み休みでいいから」
「それ、やれってことか!?」
「いいじゃん、いいじゃん。が!? とか言って倒れても、俺らが何とかするから」
「わっ、私も看病します!」
「え!? コトリも同意見なのかよ!?」
「え……? ああっ、すみません、すみません…」
「レイ………コトリがお前に似てきてるぞ? どう責任とってくれるんだ?」

 ポンッ

 私はそこで手を叩いた。

「はあ、ふざけてても仕方ないから、どうするか考えましょう?」
「そうだな……」
 スズキが手を顎に当てて考え始めた。
「じゃあ、選択肢は3つだ」
 3つ? スズキも私と同じ数の選択肢を持っているみたいだ。

「1つ目は、準備を確りしてこの岩を登る」
「そうね……」
 私は、スズキの視線を追って岩の上を見た。
 高いとは言っても、両脇の山よりは大分低い。
 それなりに準備をすれば登れない事もないだろう。
 ただ、費用もかかる上、登っている途中で岩が崩れる可能性が多分にある。
 あまり、現実的じゃないプランだ。

「2つ目は素直に諦める。どうせ、その内誰かが依頼を受けて通行できるようにしてくれるだろ」
 まあ、それが一番妥当かもしれない。
 この先にどうしても今行かなくちゃいけない訳じゃないし、何時からここが通れなくなっているのか知らないけど、もしかしたらもう依頼になっているかもしれない。
 受動的な選択肢だけど、1つ目よりはベターだ。
 でも、なるべく早くプレシャス・ビリングに行きたいのも確かだったりする。

 と言う事は、3つ目。
 やっぱりスズキも私と同じ考えみたいだ。

「3つ目は……」
「?」
 スズキの目線は何故かカイに移った。

「カイが頑張る」
「その選択肢をさっさと消せ!!」
 そこだけ私と違った!
「違うでしょ!?」
 私が怒鳴るとスズキは何時もの様に、ははは、と笑った。

「分かってるって。“突破”の高ランク者を探すってんだろ? 別にこの町を後回しにしてもいいけど、一応この先に進む事を目標にアクティブに動いた方がやり易いしな」
「スズキもそう思ってたみたいね」
 “突破”……闘の高ランク適合者。
 シェア・リングに登録するだけじゃなく、出来ればこの場に来て“岩砕き”をやってもらいたい。

「レイ、この辺りに何か町とか無いのか?」
「そんな事言われても……」
 私はガイドブックをパラパラ捲った。

 ……って、やっぱり私がガイドみたいになってるじゃない……!
 コトリは協力するって言ってくれたけど、自分のトレーニングで手一杯みたいだから断っちゃったし……やっぱり、カイに無理矢理にでも……
「あら?」
 ガイドブックのあるページで私の指が止まった。

「町があったんですか?」
「うん……都合よく」
 今閉鎖されているこの場所から、道を真っ直ぐ歩いて行った所に小さな町があった。
 ガイドブックの紹介ページも半ページ程だ。
 どうやら、プレシャス・ビリングへ続く山道の休憩地点ってとこみたいね。
 小さな森に囲まれた……とか何とか書いてある。

 港から真っ直ぐ南にここを目指した私たちは、そこに寄っていない。
 思ったよりも私たち体力が付いてきているのだろうか……?

「じゃあ、そこ行こうぜ。もしかしたらそこのギルドにこの依頼来てるかもしれないし。うまくいけば、高ランク者かもしれないしな」
 カイはそう言うと、歩き出す。
 まあ、確かにうまくいけばその人を“登録”出来るかもしれないわね。

 この………クリエール・シティで。


~~~~


 ―――クリエール・シティ

「ラナッ!! ラナッ!! 何所行きやがった!!?」
 俺は森の中で妹を探しながら歩いた。

 キイッ…キイッ……

 何かが軋む音が聞こえる。
 俺は、そっちに向かって歩いた。

 そして………いた。

 出来かけのハンモックで地面から30センチほど浮いて寝ている。
 2つの木に繋がれたヒモは家から持ち出したんだろう。
 そして、ベッドの位置を形作っているヒモはギリギリ自分が落ちない位の完成度だった。
 大方、作っている途中で飽きて寝たんだろう。

 俺はハンモックの片方を、用意してきたハサミで切った。

 ズルッ
「ひゃあ!?」
 ゴッ
「いたあっ!?」
 ラナはそのまま滑って頭から地面に落ちた。

「起きたか?」
 俺はラナを覗き込んだ。
 少し茶が入った背中ほどの髪をぐしゃぐしゃにしながら頭を擦っている。
 粗末な扱いをしても、髪がサラサラと流れ、汚らしくならないのはこいつにとって幸運だろう。

「……見た?」
「見たも何も俺がやったんだよ」
 ラナは涙目で見上げてきた。
 顔は真っ赤だ。
 滑り落ちたのが恥ずかしいなら、最初からあんな凝ったものを造らなければいい。
 ラナは、ハンモックのなれの果てに視線を送ると、不満げに溜息を吐いた。
「うぅ…何するんだよ……ロッド。人が折角、高所恐怖症を治そうと特訓してたのに…」
「30センチしか浮いてない上に、寝てたら何にもならないだろ。いいから立て」

 ラナが立つと、ベージュのシャツと、膝ほどのズボンから土がボロボロと落ちる。
 ラナはそれをバンバン叩いて落としていた。
 この辺りは山の所為で、冷える時は冷える。
 確かに今日みたいに暖かい日もあるが、こんな格好で寝ていたら、普通だったら風邪をひくだろう。
 何回言っても聞かないから、もう諦めてはいるが。
 それよりも、今は、しなきゃいけない話があった。

「さて、ラナ」
「何?」
 ラナは、俺の胸の辺りから、大きな瞳で見返してきた。
 その目は無垢そのもの。

 自分が“何をしでかしているか”覚えていないみたいだ。

「お前が今受けている依頼は何だ?」
「へ?」
 ラナは考え込む。
 ウチは(俺とラナしかいないが)皆、トレーナーとして生活している。
 それも、旅をしないトレーナーだ。
 この町は小さな町だが中々に強力なモンスターが出て、依頼も頻繁に来る。
 そのお陰というのは不謹慎かもしれないが、十分に生活できる収入が期待出来た。
 俺たちはそれも兼ねてこの町の警護なんてのをやっている。

 一応、俺とラナはチームとして行動しているが、自分が引き受けた依頼は自分がこなすのがルールだ。
 ラナが少しでも責任感を持つ様に、と取り入れたルールだが、その所為で“こんな弊害”が起こってしまっていた。

 町の警護等をやっている以上、町の人との連帯感が大切だというのに……それなのに、今年で16にもなる我が妹は……

「えーと、もうちょっと待ってね。今、思い出すから……」
「正解を教えてやろう。Bランクミッション“ビリングは一日にして成らず”だ。お前、『わっ、変な名前の依頼だね』とか言って、あの大岩を“突破”する仕事を引き受けてるんだよ」
「え? それボクだっけ?」
「お前だよ!!」
「うーん…」
 ラナは記憶を辿るように目を閉じた。
 両親も俺も甘やかして育てた所為で、いい加減になったこいつにとって、今受けている依頼すら記憶を掘り出さなければならないらしい。
 近所の人も甘いがこいつもそろそろ自立しなければいけない歳だ。

「もう一度確認するけど、それ、本当にボクなんだよね?」

 “ボク”。

 この口調がこいつの世界の狭さを表していた。
 確かに、個性と言ってしまえばそれまでだし、無理に直せとは言えない。
 それにこいつの時間は、両親が“事故”に遭ってしまった時に止まったままとも考えられた。

 だが、やはり、こいつは世界を知らない。

 俺とこいつは、8つ離れている。
 ラナが生まれたのはこの町。
 だが俺は、別の場所で生まれた。
 この町に住み着くまでに、両親が俺を連れて色々と旅をしたのを幼い記憶の中確かに持っている。
 そして、世界の広さの“片鱗”を知った。

 確かに俺もまだまだ、世界を知らない。
 けど、俺の知っているその一部ですら、ラナは知らない。
 ただ、この小さな世界で退屈そうに毎日を過ごしているだけだった。

「お前の記憶より、俺の方が絶対的に正しい」
「あっ、さっき頭打った時に記憶喪失に…」
「だとしても、何日も前に受けた依頼をどうして今日までやっていないんだ?」
 少しでも自立させる為に、トレーナーになると言い出した時も反対はしなかった。
 むしろ勧めていた位だ。
 しかし、こいつときたら何所までも気まぐれで、依頼に対する責任感がまるで無い。
 今受けている、この依頼がいい例だ。

 数日前、突如この辺りを襲った大地震。
 落石の音がこの町にも届いたのを覚えている。
 確か、スーツ姿の妙な男が道を尋ねてきた日だ。
 そういえば、あの人は大丈夫だったろうか。

 あの日以来閉鎖されてしまったあの狭い山道は未だ開かれていない。
 そして、あの道を通行出来るようにしてくれとの依頼が入った。

 その直後、ラナが引き受け、そのまますっかり忘れていたみたいだ。
 その所為で、ギルドはプレシャス・ビリングへ行こうとして足止めされているトレーナーで賑わっていた。
 中には闘の適合者もいるだろうが、依頼という形があり、他の者が引き受けている状態では面白くないんだろう。
 何せ、自分が“突破”したところで、有効期限が切れていなければ、報酬は全部引き受けていた者のモノになるのだから。

 別に俺がやってもいいんだが、こいつをこれ以上甘やかしてはいけない。
 現に町の人の中でも、ラナは……ラナニア=マーシャルは“問題児”としての認識が固まりつつある。
 コレは由々しき事態だ。

「とにかく、行け。今、ギルドに苦情が来ているんだからな」
「うーん、分かったよ。釈然としないけど…」
 こいつは一回ぶん殴らないと分からないのか?

「じゃあ、今から行ってくるよ」
「お前それ、依頼を引き受けた時にも言っているからな」
「そうだっけ?」
 こいつのことだ。
 あの時も、途中で飽きて帰って来たんだろう。

「絶対に行けよ?」
「うん」
 ラナは、歩いて行く。

 本当は俺も行って、依頼を確り達成するか見張るべきなんだろうが、あそこまで言ったんだ。流石のラナも今度こそ達成するだろう。
 それに、態々俺がついていく、という風に甘やかすのも良くない。

 あいつには、少しでも早く自立して欲しいのだから。

 それに、ラナが散らかしたここの片付けをやらなくちゃな。
 手早くハサミでヒモを切る。
 そして、予想して持ってきたゴミ袋に放り込んだ。

 ………もしかして、ここの片付けもあいつにやらせた方が良かったか?
 まあ、依頼をしに行ったんだし、大目に見るか……

 ザッ

「……?」
 ラナが歩いて行った方から足音が聞こえた。
 三……四人か?
 どうやら、ラナが戻って来た訳じゃないみたいだ。

「あっ、あそこに人がいますよ!」
 若い女の声が聞こえた時、そいつらは姿を現した。
 やはり、四人か。

「お、本当だ。すみません」
 その中の一人、緑のシャツの男が近寄ってきた。
「何ですか?」
「あの、クリエール・シティへの道はここで合ってますか?」
 その男は、地面を軽く見た。
 森の中とは言っても、人が通るところは踏みならされて、道が出来る。

「合っているけど……何の御用ですか?」
 普段の癖で、聞いてしまっていた。
 休憩地点とは言っても、この町に訪れる人は実際にはあまりいない。
 この町が目立たない位置にある上に、その気になれば、休憩無しでもプレシャス・ビリングにつけるからだ。
 ラナの所為でこの町に多くの人が留まっている今となっては、警戒するのも疲れてくる。

「ほら、合ってたじゃない!」
「いや、俺としてはあの道があっているような気が…」
「……ごめんなさい」
 後ろの三人が騒ぎ出す。

 腰につけたボール。
 やはり、トレーナーみたいだ。

「ああ、実は俺たちさっき、プレシャス・ビリングに行こうとしたんですけど…道が塞がってて困っているんですよ」
 ああ、この人たちも当然にラナの犠牲者だったか。

「これで分かったでしょ? カイもコトリもこれからは自重しなさい」
「はい……」
「いや、次は当てるって」
「コトリ、いい子ね。で、ちょっとどいてて」
「待てっ!?」

 状況を説明している一人の後ろで三人が騒ぐ。
 どうやら、ラナと同じ位の歳みたいだな。

「大体、真っ直ぐ歩くだけって言ったのに、曲がろうとするなんて……どういうつもりだったのよ?」
「いってー……いや、人が一人もいなかったから、近道でもあんのかと……」
「直線以上に近い道があるわけないでしょ!?」

 ………?

 後ろの言い合いが気になってきた。
 ここからプレシャス・ビリングへの山道…丁度、大岩で塞がっている所までは確かに一本道だ。
 で、この人たちは“誰にも”会わなかった……と。

「すまない、一応聞かせてくれないか? その子位の身長の女の子に会わなかったか?」
 俺は、その中の背の低い子を見ながら聞いた。
 全員が顔を見合わせて首を振る。

 なるほどな……おまえはそういう事を平気でする奴だって事を忘れていたよ……!

「え……っと、あの、どう…されたんですか?」
 背の低い子が、何故か申し訳なさそうに眉を寄せる。
「いや、君たちは悪くない。町には案内しよう。ただ、その前に叫んでいいか?」

 俺は、思い切り息を吸い込んで……叫んだ。
「ラナッ!! 今すぐ戻って来い―――っ!!!」
 しかし当然、返事すらも無かった。


~~~~


 クリエール・シティに着いて俺たちが最初に驚いたのは、町の混み具合だった。
 特に、ギルドは満員で、宿泊施設も満員らしい。
 聞いた話じゃ俺たちみたいに足止めされている奴らばかりだそうだ。
 俺たちは今、とりあえずと通されたロッドさんの家にいた。

「すまないね、本当に」

 コトッ

「あ、ありがとうございます」
 差し出されたお茶の向こうのロッドさんは、本当に申し訳なさそうに呟いた。

 俺たちがいる、ロッドさんの家……マーシャル家は普通の一軒家だった。
 ただ、広めな家の割には物が少ない。
 通された居間はフローリングの床に、そこそこ広めの長方形テーブル。
 俺たち四人が、俺とスズキ、レイとコトリに分かれ両脇に座って、ロッドさんは所謂お誕生席にいた。

 そのロッドさんは、二十歳を少し越えた辺りだと思うが、さっき叫んだ後、溜まっていた疲れが押し寄せてきたのか、やつれて見える。
 黒い短髪に少しだけ垂れ目の柔和な顔付きだけど、さっき聞いたところによると、チームとしてのランクはB。
 実質一人でやっているそうだから、相当の高ランク者だ。

 そして……

 窓の外を見る。
 俺が知っている中で一番近い表現をすると、教科書で見た昭和辺りの日本って感じか。
 木造家屋がちらほら見える。
 そういう意味では、洋風のこの家は珍しいとも言えた。

 ロッドさんはこの町を守る事を生業としているらしい。
 ただ、この人の妹の所為で今町は、すし詰め状態らしいけど。
 このままいけば俺たちもその仲間入りだ。
 それは是非とも避けたいね。

「ラナ………妹に今度こそきつく言うよ。どうも、甘やかし過ぎたみたいだな」
「あの、何時からあの道は封鎖されたんですか?」
 コトリが気を遣ってか話を逸らした。
「ん? ああ、何日か前だよ。3~4日前位だったかな。いきなり地震が起きてね。そんな頃から依頼が来てるのに……あいつは……」
 ……そして、失敗した。

「えっと、その妹さんは、闘の適合者なんですか?」
 スズキが、ストレートに聞く。
 ま、これ以上気を遣っても仕方ないか。

 すると、ロッドさんは、はあ、と溜め息を吐いた。
「“一応”そうなんだが……未だ、依頼を果たしていない。まあ、これから直にでも向かわせるよ。見つかれば……だけど」

 そういえば、この人さっき叫んだのに結局無駄だったな……。
 話を聞く限り、その妹は相当いい加減な性格みたいだ。
 下手をすれば、その依頼の有効期限が切れるまで閉鎖され続けるなんて事も起こりえる。
 俺はレイをちらりと見た。
 レイも仕方なさそうに頷く。

「じゃあ、俺たちも探すの手伝いますよ。手分けした方が早いだろうし」
「う……悪いね」

 ロッドさんに、俺たちが足止めされたくないと考えている事が、伝わったみたいだ。
 どうやらこの人は、誰かに迷惑をかけるのを避けたいと考えているみたいだけど……悪いが今は早いとこあの山道を通行できるようにしてもらわなければ困る。

「じゃあ、早速行くか。妹さんの特徴とかってあります?」
「そうだな……」
 ロッドさんは、顎に手を当てた。

「背は、コトリちゃん…だっけ、その子位で髪は長い」
 俺はコトリを何となく見る。
 そういや、さっきこの子位の身長とか何とか言ってたな。

「で………まあ、兄として言うのもどうかと思うが………変な奴だ」
 俺はコトリを何となく見る。
「何で私をまた見るんですか!?」
「いや、悪い」
 思わずコトリを見てしまっていた。
 コトリは拗ねているような、落ち込んでいるような表情を浮かべる。
 因みにコトリ。
 お前は見逃したかもしれないが、レイもスズキも何となくお前を見ていたぞ。

「じゃあ、行こうか。多分、森の中だ」

 俺たちは家を出る。
 ま、少し予定とは違ったけど、結局人探しだし……
 うまくいけば今日中にプレシャス・ビリングだ。


~~~~


「聞いていたよりは、モンスター出ませんね」
 私は、ロッドさんの背中越しに声をかけた。
 ここは森の中。
 さっき、カイとスズキと分かれて、私たちは三人でラナって子を捜索していた。
 まあ、最近調子悪いけど無線もあるし、パワーバランスを考えれば妥当な分け方ね。
 ロッドさん強いみたいだし。

「ん? ああ、ある意味ラナのお陰だよ。あいつが足止めしている所為で、今ギルドにはトレーナーが何人もいるから」
「……ああ」
 退屈しのぎに色んな依頼を引き受けてくれるって事か。
 更に、暇な人は森の中を散策したりするだろうし………確かに今、あの小さな町は戦力的に充実し過ぎている。

「ただ俺としては、不謹慎だが依頼がなければ生活できない。ラナはあんな調子だし、俺が二人分稼がないといけないからな」
「え? ご両親はどうされたんですか?」

 ……!!

 コトリの言葉が後ろから飛んできて、私は背筋が凍った。
 広めのあの家。
 それなのに生活している者が少なさそうな様子。
 何となく予想できる答だったから聞かなかったのに………コトリ……よく聞けるわね、そういう事。

「うん……まあ、“事故”でね。今は妹と二人で暮らしているんだ」
「…え? ああっ、すみません、すみません!」
 コトリが頭をぺこぺこ下げる。
 変な子って聞いて、何となくコトリを見ちゃったのは間違いじゃなかったみたい。

「謝らなくていいよ。“俺の方”はもう吹っ切っている」
 私はそう聞いて、ロッドさんが、ラナって子が“そうなっていない”と暗に伝えようとしていると感じた。
「すみません、すみません!」
 そして、コトリは聞いていなかった……

「いやいや、そんなに謝らないでくれよ。まあ、両親が遭った“事故”は特殊だったけど……“一生に一度あるかないか”だったからね」

 ザッ
「わっ!?」

 それを聞いて、私は思わず立ち止まってしまった。
 後ろからついてきたコトリが私にぶつかる。

「ん? どうかし……」
「その“事故”……」
 そう、その、“一生に一度あるかないかの事故”。
 そのフレーズは、私の中である“チーム”にしか繋がらない。

「……すみません、出来れば教えてもらえませんか?」
「レイさん?」
 私は、そう言っていた。
 人にとって辛い記憶であったとしても、私たちにとっては必要な“情報”だ。
 これがもし、あのチームの話だったならば…

 ロッドさんは、ふうっ、と息を吐いて、森からも見える高い山を見上げた。

「俺とラナの両親は……二人ともトレーナーだった。俺はその旅について回ってて……まあ、ようやく両親はここで腰を落ち着けた。まあ、ラナが生まれたのが一番の理由だったみたいだけど」
 それで、家の感じが何となく違ったのね。
 自分達に合った家を建てたんだろう。

「ただ、他に特に技術を持っていなかったから、トレーナー家業から足を洗う事はしなかった。まあ、今は俺が引き継いでるけど、この町の万屋みたいな事をしていたらしい。モンスター関連のね。まあ、一番妥当な職だったと思う………でも、場所がよくなかった」
 ロッドさんは、山を見る目を細めた。

「プレシャス・ビリング。あそこには神殿があるっていうのは知っているよね?」
 私とコトリは頷いた。

「実はその神殿、ある“伝説”があってね。住み着く巨人を祀っているらしい。職人に技術を発揮させて客寄せが目的だった、なんてのは後付けの理由だってこの辺りの人は皆言っている」
 “伝説”………か。
 あのプレシャス・ビリングに“あのチーム”が興味を持っているものがあるって事ね。

「ま、俺も行った事あるけど、巨像が祀られているだけだったから本当かどうか分からない。ただその噂を聞きつけて、十年前、一人の少年がこの町にやって来た」

 ロッドさんは、左目瞼の上から軽く引っ掻いた。
「左目に三本傷が入ったその男の子。当時の俺よりも年下みたいだったし、両親はその様子を気にかけて、声をかけたんだ」
 ロッドさんの右手は拳を作っていた。

「その男の子は、両親を無視して準備だけ済ますと、プレシャス・ビリングへの山道に向かって行った。ただ、両親はそんな歳の子があの山に向かうのは無謀だと思って、無視されてでも着いていったんだそいつに。一応、この辺りの護衛みたいな事をしていたからね」
 その時、小さな声で止めときゃよかったのに…と呟いたのが聞こえた。

「俺とラナは家で待ってたんだけど……何時まで経っても両親は戻って来なかった。流石に気になって、俺はラナを残して家を出たんだ。その時は迎えに行くというよりも、俺もモンスターの扱いに慣れてて、この山道を一人でも通れるんだぞってとこを両親に見せたかったんだろうな。けど………プレシャス・ビリングに着く直前、俺が見たのは“最悪”な光景だった」

 ガッ

 ロッドさんは拳で近くの木を軽く殴った。
 その光景を思い出してしまったみたいだ。

「血……血……血。それは俺の両親とそのモンスターのモノだけだった。倒れている両親も含めて、幾つもの死体。そんな中、その男の子は平然と立っていたよ。表情は今でも覚えている。あれは、“呆れた”って表情だった。まるで、何でこの程度で戦おうと思ったんだ……? とでも言いたげな……。その後、呆然と立ち尽くす俺の直ぐ横を普通に歩いて行ったよ。帰り道だったみたいだな。そして、小さく呟いていた……今来ても意味なかったか……ってね」

「そんな……」
 コトリの声も震えている。
「何が意味なかっただよ……ちくしょう。……ってああ、悪い。まあとにかく、そういう事があったんだよ。俺は“運よく”生きてられたけどね」
「あの……すみません。変な事聞いちゃって…」
「ん? いや、いいよ。話すと楽にもなるし……」
 ロッドさんは、高い山から目を背けた。

「そして、何年か前に聞いた噂がある。……チーム・パイオニアのリーダーは“左目に傷のある男”だってね」
「………!! リーダー!?」
「わっ、そんなに驚かないでくれよ。まあ、チーム・パイオニア自体、会うのが珍しいけど……」
「レ、レイさん」
「うん、リーダーがここに来た事がある……!」
「どうしたんだ? まさか君たち会った事が……?」
 ロッドさんの言葉に反応せず、私は思考の渦に入った。

 リインさんの言っていた、“最悪”のリーダー。
 十年前とは言え、ここに来た事がある。
 そしてその後、またここを訪れるような事を言っていた。
 更に、プレシャス・ビリングに纏わる“伝説”……
 そのリーダーの行動は、その“伝説”の信憑性を高めている。
 そしてその“伝説”は、私たちが元の世界に戻る方法に関係しているかもしれない。

 やっぱり、プレシャス・ビリングには出来る限り早く行きたい。

 そうなってくると、私たちが足止めを喰らっているあの落石さえ怪しく思えてくる。
 突如この辺りを襲った地震。
 それが、モンスターの力で引き起こされたとも考えられる。
 “地”と言えば……ドラク?
 確かにあいつなら、落石を引き起こす位の地震は使えるだろう。
 という事は……もしかしたら、またあいつと戦う事になるかもしれない……!

「おいおい、こっちの話をしたんだから、そっちも話してくれよ」
「あっ、すみません……」
 確かに、私たちがチーム・パイオニアに出会った事位は話しておいた方がいいかもしれない。
「実は、私たち……」

 ザーッザーッ

 その時、話の腰を折るように無線機がなった。
「はい、もしもし」
 コトリがそれに出る。
 一体、何よ?

「ザッ……あー、あー、変な奴発見………いっ!? どわっ!!?」

 ザッ、ブッ

「ちょ、カイさん!? どうしたんですか!?」
 突如、ノイズが入りカイの声が聞こえなくなった。
「ちょっとコトリ貸して…カイ!? どうしたの!?」
 叫んでみるが、応答なし。
 どうやら、向こうの無線機に何かあったみたいだ。
「レイさん、何が……」
 さっきまであんな話を聞いていた所為か、不安なのだろう。
 私も同じだ。

「ロッドさん…」
 私は不安げにロッドさんを見る。
「はあ……ラナ……かな…?」
 しかし、ロッドさんは溜息を吐いただけだった。
 この人は何が起きたか大体分かったらしい。

「まあ、話は後で聞かせてくれ、多分急いだ方がいい」
 そう言って、ロッドさんは来た道を戻るように走り出した。
 向かう先はカイたちが探しに行った方だろう。

 私たちもそれに続く。
 ロッドさんは急いではいるけど、別に焦ってはいないみたいだ。
 それならそこまで心配は要らないんだろう。

 ただ……はあ、また何か面倒な事になってそうね。

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 二十話に到達したお陰か話の方も徐々に進んでいるようです。
 更新の方はかなり不規則になってしまったいますが、お付き合いいただければ幸いです。
 では…



[3371] Part.21 Breakthrough
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/08/28 03:18

「………うー…」

「なあ、スズキ」
「……何かあの子っぽいな」
 俺とスズキは、今、レイたちと分かれて森の中でラナって子を探している。

 いや、探していた……か?

 今、目の前に見える女の子は森の中に出来た小さな崖……というよりも、殆ど段差の様な場所で俺たちに背を向けて立っている。
 俺たちには気付いていないみたいだ。

 その子は1メートル程しかないその段差の前で、唸ったり、一歩後ずさったりしている。
 そして、気のせいか、膝がカクカク揺れていた。
 長い髪、女の子って条件は満たしている。
 後の条件は……

「ボクは飛べる……ボクは飛べる……」

 その子は何か呪文のように唱え始めた。
 何だ? 何の儀式だ?
 もしかして、目の前の段差に何か曰くでもあるのだろうか?

「カイ、悪いんだけど、あの子の背中、どんっ、と押してくれないか? 結構痛快だと思うぞ?」
「スズキ……思いついた本人がやるべきだと思うぞ?」
 俺とスズキは、何となく小声で話す。
 目の前の子は全く気付かない。
 確かに、押したら痛快だろうな。

 ただ、その子が何をしているのか分からないが、これ以上無駄に時間を使う訳にはいかない。
 とりあえず、声をかけてみよう。

「あの……」
「ひゃあ!?」

 ズッ、ドタッ

 ……全く反応できなかった俺たちを誰が責められよう。
 出来る限り刺激しない様かけたつもりの俺の声に、その子は全身をビクッと震わせ、段差を滑り落ちていった。

 俺たちは直にその子がさっきまで立っていた位置に移動して、その下を見た。
「……くっ」
 隣で、スズキが笑う。
 俺の方は声も出ない。
 その子は、一人バックドロップを受けたような体勢で倒れていた。
 ……意識は……あるみたいだな。

「……見た?」
 その子はそのままの体勢で聞いてきた。

「………一部始終な」
 俺は素直に答えて、無線機を取り出した。
 もう間違いないだろう。こいつは全ての条件を満たしている。

「あー、あー、変な奴発見…」

 ボンッ

 ボンッ?
 聞き慣れた音がした時、その子の方から鋭く何かが飛んできた―――

「いっ!? どわっ!!?」

 ザンッ

「おわっ!? 無線機が!!」
 その何かは、俺が手に持っていた無線機を真っ二つに切り裂いた。
 俺たちは、急いでその場から一歩離れる。

 今のは……攻撃か?
 その何かが目の前に、着地した。
 緑色の人型…両手には“刃”の様なものが付いている。

「おっ、エルレイドだ」
「エ、エルレイド?」
 未知のモンスターに出会った時、スズキがいると助かるな。
 ただ、こいつの余裕そうな声には何か腹が立つ。
 お前も一度、手に持っていた鉄の塊が切断される様なシュチュエーションを味わってみろ。
 正直、まだ心臓がバクバクいってるぞ?

「ねえ……」
 その子は、態々その段差を避けるように大回りして登ってきた。
「何しやがる!?」
「君たちさっきの見てたんでしょ? 忘れて」
 その子は、全く悪びれた様子がない。
「忘れられるかぁっ!! 一瞬反応遅ければ腕が飛んでた様な大事件だぞ!?」
「うぅ…エルレイド」

 その子の声に反応して、俺たちにエルレイドが構える。
「あ、因みに俺はもう忘れたから」
 スズキの声に反応して、俺にエルレイドが構える。
「何だその裏切り!?」

「サイコカッター」
「!?」

 エルレイドが鋭く突っ込んでくる。
 速い……!
 何でこんな事に……

 ボンッ

「ワカシャモ!!」
「ばっ、カイ!!」

 ザンッ
「ギィッ!!?」
「!?」
 エルレイドの攻撃は、ワカシャモを捉えた。
 それも、ダメージは相当でかそうだ。
「……!」
 何とか立ち上がったワカシャモがふらついている。
 何だ? あの威力……
 そんなにランクが高いのか?

「カイ。サイコカッターはエスパー技だ。ワカシャモじゃ相性悪いぞ」
 スズキがやれやれと言った口調で解説する。
 やっぱ、お前が戦った方がいいんじゃないか?

 って、エスパー?
 こいつ、ラナって子じゃないのか?
 俺は、その子をもう一度確り見た。
 聞いてた人相そのものだ。
 そして、シェア・リングはつけていない。

 って事は……まさかこいつ…!
「お前、もしかしてダブル……」
「サイコカッター!!」

 ザッ

 その子は俺の声を遮って、エルレイドに指示を出した。
 しかもエルレイドが突っ込んでいるのはワカシャモじゃなく、俺だ。

 こいつ…人の話を聞く気がないのか?
 ああくそ、もう頭きた…!

 ボンッ

 俺はリザードを繰り出した。
「火炎放射!!」

 ゴウッ

 火炎放射がエルレイドを捉える―――!?

 ブオンッ

 その瞬間、エルレイドがブレて消えた。
 この技は………

「っ!? 後ろか!?」
「瓦割り!!」
 ボンッ
「守る!!」
 バシッ

 後ろに回っていたエルレイドの攻撃をグレイシアで防御。
 やっぱり今のは“影分身”か。
 日光が木々に遮られている所為で人間の目で見破るのは殆ど不可能だ……!

 守るに弾かれたエルレイドが、持ち主の下へ離脱する。
 ……こいつ結構強いぞ……!

「おいっ、もう止めようぜ? 何でこんな事…」
「さっきの、見てたんでしょ?」
 その子は、俯きながら聞いてきた。
「へ? あの……飛べるだの何だの呟いてたあれか?」
「っ!! 死んで」

 ザッ

 エルレイドが再び突っ込んできた。
 その子の顔は真っ赤だ。
 何だこれ……照れ隠しだったのか?
 そして、何でそんな事で戦闘が勃発してるんだ?

「守る!!」

 バシッ

 グレイシアがエルレイドを弾く。
 グランの様に連続攻撃って訳じゃないから、とりあえずはコレで凌ぎ続けられる。
 後は、攻撃……か。
 ……もう手段は選んでいられない。
 とにかく、この何所までも無駄な戦闘を終わらせねぇと……
 俺は、リザードとグレイシアを見る。
 決めるか……?

「そうか、守る……か。“フェイント”よりは……」
 その子が何かを呟く。
 そして、その子の元に戻ったエルレイドの構えが今までと微妙に違う。

「いくよ……」
 何だ? この感じ……
 その子の言葉で、どこか背筋が寒くなった。
 これってまさか……
 ………ん?

「“突破”と“錯誤”のDouble…」

 スコンッ

「いたあっ!?」
 その子の後ろに立ったロッドさんの拳が落ちた。
 俺の方からは見えていたが、その子にとっては不意打ちだろう。

「ラナ。お前はここで何をしているんだ?」
 その子――やっぱり、ラナって子だったか――は、一瞬、不思議そうな顔をしたが、その後直に何かを思い出したように口を開いた。
「あ」
「流石にこの短時間じゃ完全に忘れないみたいだな」
「ちっ、違うよ。急にあの人に襲われて」
 ラナは俺の方を指でビッと指した。

 ああ、何だろうこの気分。
 ラナの、最早情緒不安定な態度に驚いているような……メチャクチャ腹が立っているような……
 もう一回戦ってもいいと思える戦闘意欲が湧いてきた。
 しかも自分が絶対に正しいという自信付だ。

 しかし俺が手を下すまでもなく、ラナの頭に、スコンッという気持ちのいい音のジャッジが下った。

「いたあっ!? なっ、何するんだよ、ロッド」
「いい事を教えてやろう。この人達はお前が出掛けた直後から俺と一緒にいたんだ。その人たちがお前を依頼に行く前に襲えるなんて……面白いパラドクスじゃないか」
「うぅ…」
「とにかく、ボールに戻せ」

「カイ!!」
 ラナの明らかな嘘が当然に見破られた時、レイとコトリが到着した。
「はあ、はあ、……ロッドさん速過ぎ」
 レイはぜいぜいと息を切らしている。
 後ろのコトリは軽く呼吸困難だ。
 やっぱりあの人、運動能力も高いみたいだな。

「な、何があったんですか!?」
 コトリがようやく復活した。
「ああ、何故か殺されそうになった」
「「ええっ!?」」
 レイもコトリも驚くが、俺の方が驚いていた自信はある。
 目の前で、スパンッ、ってなったんだからな。

「はあ、一応紹介するよ。妹のラナニアだ」
 ロッドさんは、ラナ(ニックネームみたいだ)の首の根を掴みながら俺たちの方に歩いて来た。
「うぅ……離してよ」
 もう、大丈夫みたいだな。
 ラナの顔は真っ赤だ。
 大方、ロッドさんから屈辱的な扱いを受けているからだろう。
 俺はモンスターを戻す。

「ほら、ラナ。謝れ」
「うー……」
 ロッドさんがそう言っても、ラナは睨んでくるだけだった。
 ………ボールに戻すの早まったかな…?

「悪い……こんな奴で。それにしても何があったんだ?」
「え? それは………何か、飛べ……」
「わーっ、わーっ!!」
 俺の声はラナに遮られた。
 そうだな……よくよく考えれば軽く個人の名誉の問題かもしれないか…。
 ただ、襲われた側からすれば、ここで全て暴露してもいいような気がするが。
「ラナ?」
「こっ、高所恐怖症の特訓をしてたんだよ。それだけ」
 ラナは、そうだよね? とでも言う様に俺の方を睨んできた。
 俺は思わず頷く。
 高所と呼べるかどうか微妙な位置でやっていたあの儀式は、それが目的だったのか?
 そして、よく分からない事を口走っているのを聞かれて、襲い掛かってきた……
 やっぱり、物凄くどうでもいい理由で俺は襲われたみたいだ。
 そして、同じ光景を見たスズキは最早完全にラナの標的から外れている。
 ああくそ、俺も忘れたって言えばよかった。

 ロッドさんは腑に落ちない顔をしていたが、はあ、とまた溜息を吐き、ラナの首から手を離して……直に掴んだ。
 今、こいつ俺に突っ込もうとしたよな……
 まだラナは興奮状態らしい。

「ラナ、落ち着かないともう一回だぞ」
「かっ、家庭内暴力だよそれは! とにかく離してっ」
 今度こそ落ち着いたラナの首から手が離れる。
 少しだけ、赤くなっていた顔が戻る。
 しかしその目は俺に、喋ったら殺すと言っていた。

 分かったよ。
 このままいけば無駄に時間が過ぎていくだけだからな。
 俺の精神的負担は増えたけど。
 後でスズキも実は覚えているって教えてやったら少しは分散するかもな……?

「まあ、何とか見つけ出せてよかったわ。今からお願いできますか?」
 ようやく事態が収集したところで、レイが話を切り出す。
 そういや、こいつに岩砕きしてもらうって話だったな。
 ショッキングな出来事の所為で半分忘れてたぜ。

「ラナ、この人たちはお前の被害者なんだよ。他にも何人も迷惑がかかっている。今度は俺も行くぞ」
「え……いいよ。今度こそ行くよ。ボク一人で」
「駄目だ。今度こそやってもらわないとな」
 ラナはロッドさんに手を引かれたが、手をブンブン振って一人で歩き出した。
 照れてるみたいだ。
 コトリも父親に恥を曝露されていた時あんな顔してたな……
 そういうもんなんだろうか…?

 俺たちもそれに続く。
 まあ、もうあの町に戻る必要もないしな。

「カイ、スズキ、ちょっと話があるんだけど」
「?」
 ロッドさんに続いて歩いていると、レイが小声を出した。
「さっき聞いた話なんだけど……」

 ロッドさんたちの親の話。
 それを聞いて、俺は前の歩いている二人を思わず見てしまった。
 先頭を歩くラナには聞こえていないみたいだけど、ロッドさんは少しだけ振り返って困ったように笑う。
 ラナには聞かせたくない話なんだろうか…?

 でも、俺たちにとっては有用な情報だった。
 チーム・パイオニアのリーダーか。
 リインさんの言っていた通りの奴みたいだな……

「で、どう思う? その、伝説の話……」
「え? 伝説?」
「……話を聞いてたの?」
 レイに呆れたように言われて、俺の関心が“殆どチーム・パイオニアに向かっていた”事に気付いた。
 そうだった、むしろ俺たちにとっては伝説の方が“元の世界に帰る方法”と関係しているんだ。
「いや、悪い」
 俺は眉間を押えて首をブンブンと振る。
 まただ。俺はまたこの世界の事を中心に考えていた。

 確かに、俺はチーム・パイオニアを倒したい。
 それが、この世界で見つけた目標だ。
 けど、それと元の世界に帰る方法が天秤にかかっていたら、俺はどっちを選ぶんだろう……?
 いや、それ以前に、俺はこの世界にいるのが楽しいとさえ感じている。
 レイはどうかは分からないが、少なくともスズキは楽しんでるし、そう言ってもいた。
 もし、レイもそうだったらどうだろう?

 俺にとっては、レイもスズキもいれば、元の世界に未練は殆どない。
 それに対してこっちの世界では、コトリもいるし、目標もある。

 そして今は、元の世界に帰る方法を探し続けている。

 ………俺は一体、どうしたいんだ?

「カイ、聞いてるの?」
「ん? あ、ああ……」
 俺はもう一度頭をブンブン振った。
 ゴチャゴチャ考えるのは後回しにしておこう。
「そうだな……スズキはどう思う?」
 モンスター関連のことなら、スズキに聞いておけば大体間違いないだろう。

「うーん……予想は出来なくもないけど……正直見てみないとな。伝説って何気に数多いし」
 まあ、確かに話だけじゃ無理か。
「でも、伝説って事は、もしかしたらコトリ……“見れる”かもな」
「え?………あっ、はい!」
 ロッドさんたちの親の話の所為で、暗い表情になっていたコトリに元気が戻る。

 コトリの夢は伝説の三羽を見ること。

 元の世界に戻る方法に、チーム・パイオニア、そして、コトリの夢。
 どうやら俺たちは伝説に色々と縁があるらしい。

「何の話よ?」
 レイが不思議そうな声を出す。
 何だ、レイにも話してなかったのか?
 コトリを見ると、顔が少しだけ赤くなっている。
 まあ、言った方がいい事だろうけど、タイミングってモノがあるしな。
 コトリの両親に言った時も止められたっけ。
 あれは何となく楽しかった。

 よし、今度も俺が言ってやろう。

「実は……」
「……言ったら、私も言います」
「………まあ、また今度な」
 コトリからサラリと出た台詞に、俺は押し黙った。
 そういや、俺の夢をコトリは知ってるんだったな……

 そうかそうかコトリがこういう子になったか。
 レイの影響か、はたまた世間慣れしたのかは分からないが、成長したのはいい事だ……
 でも、何か悔しい。
 コトリが得意げに笑っている感じが特に……!

「? だから、何の…」
「おっ、見えてきたぞ」
 レイが口を開きかけたところで、目的地が見えてきた。
 スズキが態々刺した指の先に、巨大な多くの岩で塞がれた道がある。

「ふう……」
 ……流石に往復すると疲れるな。
「はあ……まあ、やっと着いたわね」
 レイもコトリも足を止めて疲労を自覚したのか、息を吐く。
 体力がついてきたと言っても、朝から歩きっぱなしだからな。

 ロッドさんは岩で止まると、ラナの背中を軽く押した。
「さ、ここまで来たら流石のお前でもやるだろう? ほら」
「うぅ……」
 しかし、ラナの顔は優れなかった。

「ここまで来て、何が不満なんだ?」
「何か、ここまでやらないと、どうせなら最後まで……とか思うことないかな?」
 その言葉に、ロッドさんは固まった。
 かける言葉が見つからないらしい。

「よし、戻ろっか」
「だぁ~!! 頼むからやってくれよ!!」
「うるさいよ。黙ってて」
 思わず叫んだ俺に、ラナの冷たい言葉が突き刺さった。
 こいつ、メチャクチャ腹立つな……!

「ラナッ!! い・い・か・ら、やれっ!!」
「わあっ!?」
 硬直が解けたロッドさんの怒鳴り声にラナは全身を竦ませる。

「早くここを通れるようにして、ギルドに報告しなくちゃいけないんだ。終わったら、好きなように遊んでていいから……」
「……分かった。やったら帰っていいんだよね? あの人死んでくれるんだよね?」
 俺の手はボールに伸びた。

「オッケーオッケー、始めようか。スズキ審判頼む。グログラム・ルールな」
 えーと、トレーナー狙うんだったな。

「ストップ。とりあえず、カイ大人しくしてて」
 レイが仲介に入った。
「これ以上、ここで足止めなんて……ましてやこの道をもう一度歩く事になるなんて絶対に嫌」
「くっ……分かった」

 その時、勝ち誇った笑みを浮かべたラナの頭に、ロッドさんの拳が落ちた。
 へっ、いい気味だ。

「ほら、ラナ」
 ラナは頭を擦りながら、一歩前へ出た。
 ロッドさんは、そこから離れるように俺たちのところまで歩いてくる。

「悪かったね。あんな妹で」
「いやそんなことないですよ」
 自分の想像以上に棒読みになってしまった。
 伝わってしまったのか、ロッドさんは申し訳無さそうに笑う。

「でも、あんな大岩何とか出来るんですか?」
 レイがラナと大岩を見比べながら聞いた。
 小山ほどの大きさの岩に、コトリ程の身長のラナ。
 モンスターの力と体の大きさは関係ないだろうが、俺も見ていて不安になってきた。

 いや、そもそもモンスターの力が何所まですごいのか抽象的なイメージしか俺たちは持っていない。
 よくよく考えたら、モンスターでもどうにもならないんじゃ……?

「まあ、大丈夫だよ。ラナ、ガンガン壊してけ。向こうに誰かいるか確認してからな」
「うん」

 ボ、ボンッ

 ラナはモンスターを二匹繰り出した。
 あれは……ニョロボン? それと……何だ、あの青いの?
「ニョロボンとルカリオだな……。エルレイドも持ってたし……あの子結構手持ち強いな」
 スズキの適切な解説が入る。
 こいつ、いるとマジで便利だな。
「ニョロボンは俺がやったんだよ。トレーナーになった日の記念に。ルカリオの方はリオルの時から、育てていたな」

「行くよ――っ!!」
 ラナは、何故か大岩に向かって手を振って叫んだ。
 もしかして、あれで確認した気になっているのか?

 ラナのモンスター2体が腰を落とす。

「岩砕きっ!!」

 ガガガガガガンッ

 ラナのモンスターの攻撃が岩に当った時、妙な音がした。
 まるでその一発の衝撃が、岩の奥まで通じていく様な衝撃音―――
「次っ!!」
 2匹のモンスターが交互に岩に衝撃を与え続け、砕けた岩を踏み越え尚も進んでいく……
 すげぇ……
 どんどん岩が壊れてく。

「闘の象徴する“突破”は力の使い方の旨さみたいなもんだよ!! 小さな力でも正しく使ったりすることで、大きな影響を与える事が出来る!!」
 ロッドさんは、岩が砕かれる騒音の中、殆ど叫ぶように言った。
 でも、力の使い方が旨いってレベルじゃないんじゃないか?
 すごい威力だぞ?

「水の“精度”が当てる場所が旨いって感じなら、闘は力の出し方が旨い!! ラナは十分体現してる!!……だから……」

 ガガガガッ、ゴゴウンッ

「………これ位は、十分出来る。始めるのが遅かったけどな」
 最後の岩が砕けた時、ラナはふう、と息を吐いた。
 流石に疲れたみたいだな。
 モンスターを戻す手も、何となく危なっかしい。
 でも、見事に通行が出来るようになっていた。

「すごいじゃないか」
「あっそ」
 褒めてやったのに、冷たく言い放たれた……!

「じゃあ、ボクは帰るよ……わあっ!?」
 俺たちの横を通り抜けようとしたラナの首筋は、またロッドさんに掴まれた。
「何するんだよ!? 帰っていいって……」
「ああ、依頼が終わったらな。この依頼、実は町の様子を見てきてくれって依頼なんだよ」
「詐欺だぁっ!?」

 ラナは首をブンブン回して、ロッドさんの手から逃れたが、結局諦めて、プレシャス・ビリングの方へ歩き出した。

「これでようやく、プレシャス・ビリングに着けるか……」
「もう日も傾いてきてるし、そこのギルドに泊まる事になりそうだな」
 スズキの視線を追うと、確かに空が若干紅くなっている。
「本当は泊まるつもりはなかったんだけどね………暗くなったら仕方ないし」
 レイはあっさり言い切った。
 移動しようと思えば移動できなくも無いんだが、レイ的にそれはNGらしい。
「すまない……本当に」
「……あ、そういう意味じゃ……」
 責任を感じたロッドさんにレイが気を遣う。
 そして一番責任を感じなきゃいけない奴は、鼻歌交じりにテクテク歩いてやがる………!

「そろそろかな…」
 ロッドさんが感慨深げに言う。
 この人親をここで亡くしているんだよな……
 でも、前向きに生きている。
 ロッドさんが俺と同じかどうかは分からないけど、ああいうのって、全く哀しくない時と、ただただ絶望する時があるものだ。
 時が経つにつれ、段々、絶望する時の時間が減っていく。
 それが忘れるっていう事なのか、強くなるって事なのかは分からないが、俺の経験はそうだった。

 とにかく、この長かった山道ももう直ぐ終わりそうだ。

 レイの話だと、プレシャス・ビリングは“大聖堂”として有名だけど、到着する条件が厳しくて、主要ではあるが大きくはないらしい。
 この山道、確かに通り難いしな。
 険しい山に囲まれた陸の孤島。
 そんな場所だから来る依頼もあまりない。
 むしろ、そこに到着するまでの方が難易度が高いくらいだし……

 でも、その神殿の魅力がさっきのギルドのすし詰め状態を引き起こす程にある。
 そういや、登録するならあそこでやればよかったな……
 あそこには、神殿を一目見ようと多くのトレーナーが集まっていたんだから。
 三、四日で、ギルドが満室になる程の人の出入りがある町……か。

 ………?

 待てよ?
 あれだけの数、出入りする?
 じゃあ、この落石が道を塞いだ時、向こう側にもこの町を出ようとしていた“強力な”トレーナーがいたはずだ。

 そいつらも、誰かが依頼を受けているって理由で、この岩を何とかしようとは思わなかったのか……?
 外から見ていたクリエール・シティのトレーナー達とは訳が違う。
 閉じ込められた方からすれば、一刻も早く出たい筈だ。
 闘の適合者がいなかったのか?

「ロッドさん、あの、プレシャス・ビリングと連絡とかは出来ました?」
「え? えーと」
 ロッドさんは考え込む。
「いや、一切………待てよ、向こう側は何をやってるんだ?」
 ロッドさんの顔付きが変わる。
「そうだ……ラナの事ばかり考えていたら……何で向こうから連絡が来ないんだ? 依頼も苦情も、全部こっち側だ。地震の影響かな?」
 そういいながらも、ロッドさんの足は少し速くなった。

 確かに、あまり良い予感はしない。
 さっき、レイの話を聞いた所為か余計にだ。

「あ、あ……あああああ―――っ!!」

 先行していたラナの悲鳴が聞こえた。
 俺たちは、直に速足から駆け足になる。

 ―――!!

 呆然と立ち尽くすラナの向こうに、小さな町“だったもの”が見えた。
 入り口からの下り道の先に町があるお陰で、ここで町全体が見渡せる。

 周りは険しい山に囲まれている所為で、空はもう日没に近いような色。
 そして、その下……

「も……もしかして、あれが神殿?」
 レイがそう言うのも無理はない。
 確かに、この町で“最も大きい残骸”はあれだ。
 それは、今俺たちがいる位置から、丁度真正面の奥になれの果てを晒している。

 まるで子供が玩具の町を叩いて壊したかの様な……
 まるで町全体が何か“圧倒的なものと戦った”かの様な……

 そこには、“破壊”そのものがあった。

「こ……これは……何が?」
 ロッドさんも、町の様子に動揺を隠せない。
 ここに来た事があるみたいだから、その気持ちも一層強いだろう。

 何せ町の様子は、建物は形を残していればまだ良い方。
 柱一本残っていないモノもある。
 地面は所々ひび割れ、周りの山の近くでは落石が起きている。
 目の前にそびえる神殿は、形こそ保っているが、巨大な鉄球が何度も突き刺さったように大穴が開いたり、凹んでいたりする。
 遠目じゃそこまでしか見えないが、中はもっと酷いだろう。

「大地震で……って訳じゃ無さそうだな。こりゃ……」
 スズキの声も緊張感が漂っていた。
 こいつがこういう声を出すと、本当にヤバイ気がしてくるな……実際ヤバイけど。

 とにかく落ち着け……まず、やるべき事だ。

「ロッドさん、とにかく、誰か探さないと……」
「ああ」
 ロッドさんは、直に落ち着きを取り戻していた。
 流石にベテランだ。

「神殿に、一種の避難所の様な場所がある。神殿と町、手分けして探そう」
 ロッドさんは、的確に指針を定めた。
「よし、じゃあ、ロッドさん神殿に行ったことがあるみたいだし………スズキ、コトリ、ロッドさんについて行ってくれ」
「は、はい!」
「まあ、そうなるな」
 スズキも分かってたみたいだ。
 あの神殿は伝説に纏わる場所。
 だったら、行くのは詳しいスズキと、町を散策する事になる俺たちとの連絡役になれるコトリで良い筈だ。
 飛行タイプなら俺たちを見つけられるだろう。
 それに、コトリの夢と関係あるかもしれないしな。

「俺とレイ、それと……ってお前、聞いてるのか?」
「……うん」
 ラナはキョトンとした表情で頷いた。
 絶対聞いてなかっただろうけど……こいつ大丈夫か?

「高い所が、怖いだけ」
 ラナはそう言いながら町が見渡せる場所から一歩離れた。
 それでも、まだ様子が変だ。
 でも、今は気にしてられない……!

「とにかく、残った三人は町の散策だ。ロッドさん、それで良いですか?」
「……ああ、そうしよう」
 妹の様子が気になっているみたいだが、直に割り切った。
 事態が事態だ。

「じゃあ、頼む…よ」
 ロッドさんはそう言って駆け出す。
 頼む……か。
 妹の分も含まれてそうだ。
 確かにラナは何か様子がおかしい。
 まあ、とにかく後回しだ。

 スズキとコトリも走り出す。
「俺たちも行くぞ」
 走りながら後ろを見ると、レイもラナも着いてきている。
 が、レイはゴーストタウンと化したこの様子にどこか怯え気味だし、ラナはさっきから様子が変。
 ………人選ミスったか?
 町明かりが無い所為か、余計に暗く感じるこの町を三人で走る。
 町はやっぱり“死んでいた”。
 この“異常”。
 どうも危険な匂いがする。

 ああくそ、一体何が起きたんだよ!?

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 私事ですが、次回の更新が、また遅れてしまうかもしれません。
 読んでいただいている方にはご迷惑をお掛けします……
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.22 Turn
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/04 16:39

「レイ、そっちはどうだった?」
 俺の問いに、レイは首を振る。
「皆………“ダメ”だった」
 口を押えながら出たレイの沈んだ声に、俺は奥歯を強く噛んだ。

 町を散策している俺たちが見たものは、破壊された町以上に凄惨たる光景だった。

 入る前から予想は出来ていた。
 建物があんな状態で、この町の人が無事だ何て甘いことは思っていなかった。
 でも実際に見ると、どうしても拒絶したい、この世界の不条理。

 それは道に。
 それは建物の中に。

 “死”が横たわっていた。

「うっ……」
 レイが吐き気を耐えるように呻く。
 慰めるようにその肩に手を置いた俺も、少し催していた。

 息を吸えば、体内に入ってくる異臭。

 町を形作るものは、場所によって、人だったり、建物だったり、気風だったりする。
 でもここには、何もない。
 もう日もどっぷり沈んで、ここを照らしているのは星の光だけ。
 それがまさに、ここの“終わり”を表しているようだった。

―――“廃墟”プレシャス・ビリング。

 それが、今のここの名前だ。

 何が起きた……?
 スズキの言うように、地震で起こるような事態じゃない。
 何せ、思い出したくもないが“倒れている死”は皆一様に……強引に千切れていたり……潰れていたり……ああくそ、やっぱ思い出したくないな。

 とにかく、自然現象で起こるような事じゃない。
 人為的……少なくともモンスターの力によるものだ。

 けど、こんな事態を引き起こすような人間……そんな奴がいるのか?
 いくらチーム・パイオニアだったとしても、限界ってものがあるだろう。
 強力と考えられるトレーナーもモンスター共々倒れていたんだぜ?

 “誰”だ?

 それでも俺は何となく、人間の仕業のような気がしていた。
 少なくとも、この事態に人間が介入しているような予感。
 その勘は、徐々に確信に変わってきた。

―――間違いなく、“町を殺した”奴がいる……!

「ねえ、カイ、スズキたちと合流した方が……」
 レイが心細そうに聞いてきた。
 こいつにしたら、原因不明な怪現象の現場からは離れたいんだろう。
 確かに町をこれ以上散策しても効果は薄そうだ。
 倒れている人の数も少ないような気がするし、もしかしたら、ロッドさんの言っていた聖殿の避難所にいるのかもしれない。

「よし、じゃあ……って、お前聞いてるのかよ?」
 俺はもう一人の方を向く。
 ラナだ。
 ラナは様子がおかしいまま、半壊した建物の壁に寄りかかりながら上を見ていた。
「おいっ」
「………」
 呼びかけても反応がない。
 やっぱり様子がおかしいな。
 俺に襲い掛かってきた時の元気がない。
 呆けたように立っているだけだった。
 この町に、急に様子がおかしくなったラナ。
 分からない事だらけだ。

「ねえ、具合が悪いなら町に戻ってた方が……」
 レイが心配するように、声をかけてもラナは空を見ていただけだった。
「ああくそ、どうする? ほっとけないし、こんなところで一人にするのも……」

「そこの人」

「きゃあっ!!?」
 レイが、突如聞こえた声に悲鳴を上げる。
 俺の方もレイほどじゃないが、ビクンッと震えた。
 心臓がバクバク鳴る。
 いきなり後ろから話しかけられれば誰だってそうなるだろう。

「え? な、何ですか?」
 思わず振り返ってそう聞いた俺の目に入ったのは、銀髪の、スーツ姿の男だった。
 生存者……か?
「この町の出口は、あそこでいいんだよね?」
 その男は、ここからだと見上げる形になる、俺たちが入ってきた入口を指差す。
 あまりに普通なその口調に俺は思わず頷いていた。

「ん、やっぱりか」
 男はそれだけ言うと、スタスタ歩いて行く。
 ………って、ちょっと待て。

「あ、あの、何が起こったんですか?」
 あっさり歩いて行こうとするその男を引き止める様に聞く。

「ん、仮眠を取っていたら、どっちが出口か分からなくなって」
 男は振り返って、ずれた答を返してきた。
 この男は、俺より酷い方向音痴なんだろうか?

「いや、そうじゃなくて………?…」

 その、当たり前の口調。

 それに違和感を覚え始めたのは今になってからだった。
 廃墟と化したこの町に、当然の様に立っている。
 そうだ、この男はここで何をしていた?

「あの、この町に何が起こったんですか?」
 その男は、ああそういう意味か、とでも言う様に頷くと、神殿の方を見た。

「戦いの舞台になったんだよ。町全体が。それが“半分”の理由かな」
 “半分”。
 その言葉が気になったが、もっと気になったのは、この男の事。
 何故、この男は、こんな“惨状”に在って、当たり前のように会話が出来るのか。
 生存者なら、外から入ってきた俺たちに何かを話すだろう。
 しかしこの男はただ淡白に、外に出ようとしているだけだ。
 そして、密室状態だったこの町の生存者……
 何かがおかしい。

「あんたは……?」
「ん、フェイル。旅のトレーナーだよ。もう帰りたいんだ。いいかな?」
 こいつ……トレーナーなのか?
 その男の緊迫感の無い声に徐々に苛立ってきた自分を抑えて、男を見定める。
 とても、この場に到達できるようなトレーナーに見えなかった。

「そうじゃなくて……」
「カイ……」
 一歩踏み出そうとした俺を止めるように、レイが手を伸ばした。
「何だよ?」
 俺がそう聞いても、レイはフェイルと名乗った男から目を離さなかった。

「フェ……イ……ル?」
「ん、この名前を聞いた事あったのかな?」
 レイの呟いた言葉に、フェイルは溜息を吐いた。
 レイ? こいつを知っているのか?

「あなたの……“チーム”は?」
「!」
 レイがそう聞いた時、俺は多分、睨むような目になっていただろう。
 しかし、まだ迷いがあった。
 “チーム”。
 レイが緊迫した声でそう聞くチームは、俺に思い浮かぶ内じゃ一つしかない。
 でも、目の前にいる男は今まで会った奴らとは明らかに異質的―――

「困ったな。この名前を出して、ついこの間穏便に済まなかったからな」
「!!?」
 男がそう言った時、何かが“変わった”。
 目の前の男の空気は変わっていないはずなのに……

 何故、手の平に汗が滲んでくるのだろう?

「もう一度、自己紹介しよう。チーム・パイオニア、フェイル。これでもう帰っていいかな?」
「っ!!」
 俺は腰を落とした。
 そして、反射的に今度はレイを庇うように前へ出る。
 じゃあ、こいつが……この町を殺したのか!?
 そして、こいつの顔には傷一つ付いていない……
 リーダーですらないみたいだ。

 その時―――

 ボンッ

 今まで無音だった場所から音が聞こえた。

「サイコカッター」

「!!?」
 次の瞬間、俺の横を高速で緑の何かが通り過ぎた。
 あれは、ラナのエルレイド!?
 エルレイドは、そのままフェイルに切りかかる―――

「ふう」
「なっ!?」

 完全にフェイルを捉えたと思ったエルレイドの攻撃は、空を切る。
 フェイルが攻撃を察知するや否や、人間とは思えないほどの高度のバク宙で回避したからだ。

 タンッ

 フェイルの革靴の着地音が、無人の町に響く。
 何だ……こいつ。
 グレンと戦った時に見た、常人離れした体術。
 それを、この男も持っている。
 いや、もしかしたら、グラン以上かもしれない……!

「やっと、“起きた”」
「?」
 俺たちがその光景に動けない間に、ラナは俺の一歩前に進み出た。
 その元にはエルレイドが戻ってきている。
「おい、お前…?」
 そう声をかけても、やはりラナは反応しなかった。
 ただ、今までと違うのは、見ているのは上ではなく、フェイルという攻撃対象。
 急に動き出したと思ったら、こいつは何を考えているんだ?

「帰りたいのに」
 フェイルは腰からボールを取った。
 それでも、フェイルから戦闘意欲は伝わってこない。
 直にでもボールを取らなくちゃいけない状況だというのに、俺には何か迷いがあった。
 目の前の男が……“当たり前の人間”過ぎて。

「サイコカッター!!」
 その“空気”に構わず、ラナはモンスターに指示を出す。
 エルレイドはフェイルに飛び掛った。

「ん」
「!!」
 フェイルは今度はモンスターを出して、攻撃を止めた。
 あいつも、ボール開閉タイミングは最短みたいだ。
 現れたモンスターは白い体に、紅いラインが入っている。

「ザングース!?」
 レイがモンスターの名前を叫ぶ。
 流石に勉強しているだけはある。

「切り裂く」
「!? 避け…」
「サイコカッター」
「なっ!?」

 バチンッ

 両モンスターの攻撃音が町に響く。
 フェイルの攻撃に、ラナは回避せず、反撃に打って出た。
 しかし―――

 バゴンッ

「っ!!」
 ラナのエルレイドは打ち負け、何とか建っていた壁を巻き込んで倒れ、パラパラと砂塵を巻き上げた。
「困ったな。本当に帰りたいのに」
 自分が打ち勝ったその光景を見ても、フェイルはただそう言うだけだった。
 ザングースは至近距離の打ち合いだったのにダメージを殆ど受けていない。
 フェイルはボールにモンスターを戻す。

 あのエルレイドの強さは、戦った俺がよく分かる。
 それなのに、フェイルはただ振り払うように、あっさりと倒した。

「こいつは……!」
 迷っていたのは間違いだった。
 チーム・パイオニア、フェイル。
 こいつは強い。
 それも、尋常じゃなく……!
 そもそも“町を殺せる”時点で、この男を評価しておくべきだった。
 そして、こいつの上に君臨するリーダー……
 チーム・パイオニアの“遠さ”が背筋を振るわせる。

 いや、今考えなきゃいけないのはそんな事じゃない。
 落ち着け……今、しなくちゃいけないことは……

「っ!! ニョロボン!!」
「!?」
 俺が結論を出す前に、再びラナのモンスターが繰り出された。

「おい! お前……」
「邪魔!!」
 ラナは前へ出た俺を突き飛ばし、今度はモンスターと一緒にフェイルに突っ込んだ。

「瓦割り!!」

 その時俺は、ラナが何をしようとしているのか分かった。
 今のでフェイルのモンスターとの力の差は分かった筈だ。
 つまり、遠隔でモンスターを操っての戦いでは勝てないということ。
 だからあいつが今やろうとしていることは、超近距離戦だ。
 でも、自分を危険地帯に置くという点で、無謀と言う他無い。
 あいつ、本当にどうしたんだ!?

 ヒュッ

 俺が事態を把握する間も無く、戦闘は始まる。
 フェイルは、今度はモンスターを出さなかった。
 ラナより当然に先に到達したニョロボンの攻撃を避けるだけ。

「続けて!! エルレイドも!!」

 ガラッ

 ラナの叫び声に、ニョロボンはフェイルに連続攻撃を放つ。
 戦闘不能になっていなかったエルレイドも、瓦礫を飛び出し、フェイルに襲い掛かった。

 ヒュヒュヒュッ

「嘘だろ!?」
 しかし、それでもフェイルはまるで踊る様にその2匹攻撃を避け続けた。

「っ!!」
 ラナは走りながら、別のボールを取り出した。
 それを見たフェイルは再び革靴の音を残し、跳んだ。

「皆、好戦的だな」
 フェイルは、難なく着地しそう呟く。
 ラナはモンスターの位置に到達すると、フェイルを強く睨んだ。
 その間、ラナの様子が突然変わった事も手伝って、俺たちは見ていることしか出来なかった。

「何なの…? あれ…」
 レイが信じられない様に呟く。
 俺だって信じられない。
 レナの攻撃は確かに自暴自棄の様だが、それでも鋭いモノだった。
 モンスターとの肉弾戦をあいつは無傷で切り抜けられるのかよ?
 それも、動きに無駄が無かった。
 そんな奴とラナとじゃ……

「おいっ!!」
「うるさい!!」
 ラナはそう叫ぶと、再びフェイルに突っ込んだ。
 確かに倒すのが目的なら、効果的な位置に移動するのは当然だが、ラナは必要以上の位置まで突き進んでいる。
 必要以上の至近距離で、ラナはモンスターに指示を出す。
 しかし、それでもフェイルにはかすりもしない。

「おいっ!!」
 俺はもう一度叫ぶが、ラナは全く聞いていない。
 本当にどうしたんだ、あいつ!?
 そこには、さっきまで俺が見ていた能天気そうなラナはいなかった。
 そして、さっきまで呆けていたラナでもない。

 今、あいつの頭にはフェイルに襲い掛かる事しかないみたいだ。

 確かにラナにとって、チーム・パイオニアは両親の敵。
 錯乱するのも分かるけど、ラナだって相手の力は分かっているはずだ。

 それに戦い方もどこか雑だ。
 俺を襲った時の方がよっぽど鋭い。

 ヒュヒュヒュッ

 ラナの攻撃は当らない。

 フェイルの体術。
 見ている中で分かったのは、モンスター云々以前に、あいつ自身がとんでもない化け物だってことだ。
 そして、絶対に今ぶつかっちゃいけない相手という事。
 今、錯乱している様なラナとじゃ、勝負にならない。
 そして、こうしてその光景を見ているだけの俺たちとすら……

 だけど……!
 俺はバックを探った。


~~~~


「もう帰るよ。分かっただろう?」
 目の前のチーム・パイオニアがまた距離をとって、疲れた様に言った。
 でも、息も切らしていない。
 ボクの攻撃は当らず、むしろボクのモンスターの方が息を切らしていた。

「おい!! 聞こえてんだろ!?」

 後ろから、また、ボクを邪魔する声が届いた。
 ボクはそれに反応しない。
 どうせ、ボクを止めようとしているのだろう。
 ロッドの様にあのチームに手を出す事が間違いだと思っているだろうから。

 そんな声に耳を傾ける位なら、その分少しでも戦闘に集中したい。

 ボクだって、トレーナー歴は長い。
 目の前の男がいる“高さ”位分かっている。
 今戦っても殺される事になるだけかもしれない。

 でも、逃げようとも、逃がそうとも思わない。
 それをしてしまったら、自分が自分でいられなくなる。

 やっと……やっと“起こった”のだから。

 ダッ

 ボクは走る。
 目の前の男の場所へ。
 戦い方はこれでいいはず。

 走る、走る、走る。

 自分を“変え”たくて。

「ん」

 エルレイドとニョロボンの攻撃はやっぱり外れる。
 人間の限界を超えているようなその男の動きは捉えられない。
 でも、ボクの本命はそれじゃない。

 ボクはルカリオのボールに手を伸ばす。
 そして、モンスターの攻撃を避ける事の集中しているその男の後ろに回った。
 ここからなら叩き込める―――

「インファイ……」
「猫騙し」

 ガンッ

「がはっ!!?」

 目玉が飛び出すような激痛。

 ザザッ

 それと共に、ボクはルカリオと一緒に倒れ込んだ。

 今、何が……?

 そうだ、攻撃を受けたんだ。
 意識が一瞬飛んでいた。
 目も、焦点が定まらない。
 ルカリオが出た瞬間に、その男にルカリオ越しに“殴られた”んだ。

 タンッ

 少し離れた所で、革靴の音が鳴る。
 あいつは、2匹の攻撃を回避してただけじゃなく、後ろに回ったボクにも迎撃を放ち、離脱していた。
 ボクは、仰向けからうつ伏せに転がって、その男を見る。
 手にはボール。
 今のは、モンスターの攻撃だったみたいだ。
 頭を切ったのか、上の方から血が垂れて、地面に落ちるのを見た。

 モンスターの攻撃の危険性は、本当に人間が受けていられるようなモノじゃない。
 でもボクは、薄れる意識を無理矢理覚醒させて、両手と両足に力を入れる。

 きっと、もう勝負は付いているんだろう。

 でも、やっと求めていたものが“起こった”んだ。
 ボクはまだ、動ける。
 だから、止まる訳にはいかない。

「帰りたいのに。起き上がられるとな」

 その男は、別のボールを取り出した。

「ニョロボン、エルレイド……攻撃……を…」
 無理矢理絞り出した声は、自分で思っていたよりも小さかった。
 想像以上にダメージが大きい。
 でも、まだボクは動ける。
 あの男を倒すために。

 ヒュッ

「……!」
 2匹が駆け出した瞬間、あの男はボールをボクの“上”に投げた。

「もう殺した方が早いか」

 ボンッ

「あ……」
 ボクの上空で、ボールの開く音がした。
 その瞬間に指した巨大な影。
 星の光は、ボクに届かなくなっていた。

 あれは……カビゴン?
 瞬時に、あの男の狙いが分かった。
 指示を与えるまでもなく、重力に引かれてボクを巨体で押し潰しに来ている。
 走り出した2匹が急いで戻ろうとしていたが、急反転に体がついてきていない。
 ルカリオは、怯んでいる。
 そして、ボク自身もだ。
 体が震える。
 逃げる様に這っても前に進まなかった。

 カビゴンは重力のみに引かれて、着実にボクを潰しに落ちてくる。

 ああ、ボクは“終わる”んだ。
 そう悟ってしまった瞬間、体の力が抜けていった。
 それと反比例して、何か言葉で表せない感情が浮かんでくる。

 ああ、嫌だ。
 こんなところで“終わる”のは。

 ボクは“高い所”に行かなきゃいけないんだ。
 その途中、無理矢理“高み”に挑戦してしまったボクは間違っていたんだろうか?

 そして、ボクは本当に求めていたんだろうか?

 こんな“変化”を。

「レイッ!!」
「ハイドロポンプッ!!」

 ビシャッ

 上で、水が弾かれる音がした。
「!?」
 そして次の瞬間に、ボクの体はグンッと引かれた。

 ズウンッ

 その誰もボクを抱きこんで、カビゴンが落ちた地点からギリギリに倒れこんだ。
 ルカリオも真横に倒れている。
 一緒に引きずられたみたいだ。

「ん、戻れ」

 パシュッ

 カビゴンが戻されるまで、ボクは放心していた。

「進路を逸らしたのか。中々の“精度”だね」

 チーム・パイオニアの男の声が聞こえる。

「よかったよ、止めてくれて。もう帰らせてもらうよ。その子を押えておいてくれるかな?」

 やっぱり、この人たちはボクを止めに来たみたいだ。
 ボクの視界が涙で滲む。
 命が救われたけれど、その喜びは浮かんでこない。
 自分が無力だと、完全に思い知らされたからだ。

 でも……

 ボクは、体に力を入れる。
「おい?」
「離して……」
 そう言っても、この人は力を緩めてくれなかった。

 ボクは無理に力を入れて、抜け出そうとする。
 でも、ビクともしなかった。
 変わりにボクの体に走った激痛。
 体はたった一回受けただけの攻撃でボロボロみたいだ。
 それでも、ボクはまた動く。

 でも、この人はボクを離してくれなかった。
 この人はボクを止めに来たんだ。
 それは当たり前の事かもしれない。
 でも、ここでボクは止まる訳にはいかない。
 まだ、“動ける”のだから。

 岩を砕いたその向こうにあった“変化”。
 これを見逃しては、自分の全てを否定する事になるのだから―――


――――――


「岩砕きっ!!」

 ボクはルカリオで岩を砕く。
「次っ!!」
 次いで、ニョロボン。
 ロッドから貰ったモンスターだ。

 そして交互に、着実に、岩で閉ざされた道を突破する。

 ボクは進む。
 この先の“場所”へ。

 そして、依頼を遂行する。
 ボクがきっと、“忘れようとして”忘れていた依頼を遂行するために。

 依頼を受けたのは、確かに変な名前の依頼だったから。
 でも、その内容を知ってから、ボクは何となく……何となく避けていた。
 その代わりにやっていたのは、高所恐怖症の特訓。

 ガガガガガッ

 岩を砕いて、どんどん町より近い、“あの場所”への道を切り開いていく。

 ここを切り開けたら、高い所は克服できるんだろうか…?

 ボクはずっとずっと、高い所が怖かった。
 でも、ボクはそこに行かなくちゃいけない。
 それは“あの時”、漠然と持ったイメージに過ぎないけど……


―――“あの夜”。


「ラナ、大人しくしててくれよ」
 ロッドがボクを寝かしつけながら、身支度を整えていた。
 帰りの遅い、お父さんとお母さんを迎えに行くのだそうだ。

 お父さんとお母さんが出かけた時のことは何となく覚えていた。
 確か、ロッドくらいの男の子の護衛を自ら引き受けて着いていったんだった。
 二人とも行ったのは、プレシャス・ビリングに用事があったからと言っていたけど……それにしたって帰りが遅い。

 ロッドが出かける。
 その時、ボクは何か嫌な予感がした。

 別にそれは“これから起こってしまった事”を予期した訳じゃなく、ただ単純に、夜、家の中で独りになってしまった事への不安みたいなものだったと思う。

 ただ、その嫌な予感は、予期してなかった方が実現してしまった。

 こっそりロッドの後をつける。
 ロッドはモンスターを倒したりするので精一杯で、ボクには全く気付かない。
 そのお陰で、ロッドからそこまで離されずに済んだし、モンスターに襲われもしなかった。

 そして到着したプレシャス・ビリングの一歩手前。
 結局は離されてしまったロッドの背中が見えた時、ボクの足はそこで完全に止まった。
 ボクがロッドの背中越しに見たモノは、“ボクの世界”からは、あまりに乖離している光景で……

 ボクは大分離れた場所にいるにも拘らず、目の前に壁でもあるように一歩も踏み出せなかった。

 その惨状を演出したと思われる“左目に傷のある男の子”は、ロッドの直ぐ横を通り、ボクの方へ歩いて来た。
 ロッドは振り返りもせず、ただその血の海を見続けていたけど、ボクの目はその男の子に向いていた。

 そして、息も詰まって声も出ないボクにふと浮かんだ疑問。

 何故、ロッドは無事だったのか。

 ボクがその答を出す前に、その男の子はボクの直ぐ目の前まで来ていた。
「………っ」
 その男の子はボクの姿を認めると、その手をボールに伸ばした。
 ボールの中に入っている“脅威”についてはお母さんが良く話してくれた。

 それは、あの惨状を創り出すに十分な存在だ。

 そして、今、ボクも“その一部”になろうとしている。
 ボクの膝はガクガク揺れた。
 膝が折れ、“たった半歩だけ”横にずれながら尻餅をついた。
 ボクがした事は、それだけ……
「っ………?」

 たった……“それだけ”で……

 その男の子はボールに伸ばした手を戻した。
 ただ前だけを見て、歩くスピードも変えずに、ボクの真横を通り過ぎた。

 その時、何となく分かった。

 あの男の子はきっと、“自分が歩こうとする道”にいなければ、何もする気がないのだと。
 ロッドもボクも、幅にして、たった半歩ずれていただけで、標的から外れた。
 ただ、それだけなのだと。

 多分、お父さんとお母さんは、あの男の子の道を塞いでしまったから、“ああ”なってしまったんだ。

 ボクを完全に無視して歩き続けるその男の子を、ボクは何故か追った。
 ロッドに駆け寄る事もなく、お父さんとお母さんの下で泣き喚く事もなく。
 もしかしたら、その場から逃げ出したい感情も含まれての行動だったのかもしれない。

 頭の冷静な部分で、追いついてどうする? と言っている。
 ボクには何の力もない。
 ただあの男の子の力に“惹かれて”しまった様な感覚がボクを突き動かしていた。

 しかし、走っていたつもりのボクのスピードは、普段歩くよりも遅かった。

 途中、“彼の通路”にいてしまったのであろう幾つものモンスターの死体を踏み越え、着実に進んだ足は、やがて山道の入り口にボクを届ける。

 そこで、ボクが見た光景。
 その男の子が、黒いリングを取り出して、指にはめていた。

 ボンッ

 よく、お父さんやロッドが聞かせてくれる筈のボールが開く音が響く。
 好きな音だった。
 でも、その時の音は、何か違う音に聞こえる程、ボクの体は震えていた。

 そして現れた大きなモンスター。
 その男の子はそれに乗り、飛び立った。

「あ………」
 星の空に浮かぶ大きな影。
 彼は“高み”を目指してここを去った。

 その時、ただ何となく、自分のいるこの地面と彼のいるあの空が、正に“差”を表している様な錯覚を起した。

 どんどん高く、小さくなる影。
 そして、“追いつかずに済んだ”事に安堵してしまっていた自分。
 それがボクの中に強烈な印象を残した。

 あれが、“高み”。

 そう感じて、ボクは呆けたようによろよろと家に向かって歩き出した。
 途中、モンスターに襲われても良いような捨て鉢な気持ちだったけど、幸か不幸か何もなかった。

 そして家に着き、ベッドに潜って目を閉じた。
 体は震えている。
 血だらけになって倒れていたお父さんとお母さん。
 呆然と立っていたロッド。
 ボクはそこに戻る事もなく、家に戻って寝ようとしていただけだった。

 ボクは何をやっているんだろう……?
 ただ、夢遊病者のようにあの山に行って帰ってきただけだ。
 自分がやっていることが自分で分からない。

 もしかしたらあの時……あの惨状を見た瞬間、ボクの心は壊れてしまったのかもしれない。
 ただ、ベッドに入って浮かんだ“怖い”という気持ちだけが、感情らしい感情だった。

 町の誰かが言っていた。

 どんなことでも力がなければ、“我”を通せない……と。

 その人も誰かから聞いた話らしいけど、その言葉は完全に正しいと思えた。
 そして、その言葉は、どんな“我”でも力があれば通せるともとれる。

 あの男の子は、“自分の行き先にいれば殺す”という“我”を力で実現したんだ。
 そして結論が出た以上、その“我”は正しかった事になる。

 そう幼い頭で理解した。
 ロッドが動かなかったのは、それを知っていたからなんだろう。

 痛烈に“我”を通した彼を止める事は出来ないと。

 眠れなかった筈なのに全く眠気が訪れない翌朝、ロッドから、お父さんとお母さんが“事故”に遭ったと聞いた。

 モンスター関連のそういう話は“事故”と言われる。
 それは、“我”と“我”がぶつかった結果だからだそうだ。
 お互いに“我”を持って戦うのだから、負けた側が被害者を装うのは卑怯だと思われているらしい。
 それはただの負けた時の言い訳だと。
 例え、世間一般に正しいと言われる“我”を持っていたとしても、力がなければそれは正しくない事になってしまう。
 その“我”が理屈の上で正しいか正しくないかの問題ではない。
 ただ、“高み”にいる人は正しい事になるだけ。

 だから、あの男の子は……圧倒的な“高み”にいれば、どんな無茶でも通せるということを、体現したんだ。

 ボクはロッドにその“事故”を、その時聞いたかの様なふりをした。

 ロッドに、あの光景を見た事は今でも言っていない。
 でも、彼の“高さ”をボクもロッドも知っている。
 どうあっても、届かないであろうその位置を。
 現にロッドは特殊な“事故”と割り切り、悲しみを押し込めてボクを育ててくれた。

 それには本当に感謝している。
 ただ、“事故”と割り切ってしまっているロッドの様子にはどこか悲しいものがあった。

 ロッドは絶対にお父さんとお母さんがどんな“事故”に遭ったのかは話さない。
 自分で抱え込むつもりらしい。
 そしてボクも、見ていた事を話さない。
 あの場にいて何も出来なかった自分が情けなくて…。

 何所か痛い生活が続いていく。

 そんな心で生きていたボクは、お母さんの“精度”は引き継がず、お父さんの“突破”と、何所から現れたのか“錯誤”のダブル・ドライブになった。
 十歳になった頃発現したソレで、ボクはトレーナーになる事を決意する。

 ロッドもボクが自分で選んだ道を応援してくれた。
 ロッドは“あんなこと”は特殊なケースと割り切っているからだろう。

 でもボクの目標は、その特殊なケースだった。
 “最強”と聞くチームのリーダーが、左目に傷のある男という噂が流れた。
 だから、そのチームの“我”を通させない事がボクの目標。
 あの夜に通させてしまったものを、時間がかかっても通させないようにする。
 あれは“殺人”だったということにするのが、ボクの“我”だ。
 それが、トレーナーになった時の目標“だった”。

 しかし、仕事として始めたことで、甘やかされて育ったボクにはいくつもの挫折が待っていた。

 特に大きかった挫折。
 それは、高所恐怖症だった。
 “高さ”を意識し続けていた所為か、それとも単純にあの夜のトラウマか、そもそもの気質だったのか、あるいはその全部か。
 ボクは高い所が苦手になっていた。

 特訓はしているけど、ちっとも克服できない。
 その“高さ”の意味は違うなんて事は当然分かっている。
 けど、そんな事すら出来ないボクに外の世界で“我”を通す事が出来るのだろうか、という不安が生まれていた。


 そんな挫折と一緒に過ごす、この町での、怠惰な毎日。
 何時の間にか、自分からは、変わりたくても変われないようになってしまっていたからだ。
 平穏というのは本当に怖い。
 安定している今の生活から抜け出す事が出来ず、掲げた目標さえも霞んでいってしまった。

 そんな中ボクは自分に妥協して、“待つ”事にした。
 自分からは、変われない。
 だから、“何か”を。

 “変わりたい”。
 そう切実に思っても、変化が来る事をただ待っていたボクにそんなものはずっと訪れなかった。

 繰り返す同じ時間。
 ただ、この町だけで通せる自分の“我”。
 それは、あの男の子のように、強さで痛烈に通したモノではなく、我侭と言われる悲しい“我”だった。

 でも、もう自分からは変われない。

 のんびりと、どこかで眠って、どこかで遊ぶ。
 そして、惰性での高所恐怖症の特訓。

 これら行動も、それを良しとしてしまう性格も、もう完全にボクの一部になってしまっていた。
 ああ、この毎日はずっと続いていくんだろうか……?

 そんな中、例の依頼が来た。
 それが、久しぶりに聞いたプレシャス・ビリング関連の依頼だ。

 ボクにとっての鬼門だったそこには、あの後一度も近付いていなかった。
 あの町の入り口直前での出来事。
 もしまた“そこ”で止まってしまったら、自分は成長していない事になる。
 あの時の“見えない壁”がボクを押し返すんじゃないかという、ありえない妄想に取り付かれて、避け続けた。

 だからその場所に行かなくてはいけないこの依頼。
 ある意味、ボクが求めていた“変化”なのかもしれなかった。

 怠惰な毎日で、絶対に守りたいと思った事。
 それは“変化”が起こったら、絶対にそれを逃さない事だった。
 それをしてしまったら、自分そのものが“無駄”になる。
 それはそうだ。
 妥協で、“変化”を待っていると決めたのに、いざ来た時に逃したら、自分の理想からは遥かに遠ざかってしまう。
 それどころか、永遠に到達できないかもしれない。

 ボクは依頼を受けたすぐ後、大岩の前に立った。
 依頼を達成して、自分の中の何かが変わってくれる事を祈りながら。

 しかし、ボクは岩を砕かなかった。
 あの“見えない壁”が現れたからだ。

 フラッシュバックする、あの夜の光景。
 あの夜はショックも手伝って、覚えたのは“怖い”という感情だけだったけど、その時浮かんだのは“悲しい”という感情。
 この岩の前に立つ事で、お父さんとお母さんが死んだという事実を十年越しに実感してしまった。
 ボクは、あの時と同じようによろよろと歩いて来た道を戻った。

 情けなかった。
 ただ、岩を砕く事さえ出来ない自分が。

 でも、逃げる訳にはいかなかった。
 これは、待っていた“変化”。
 そして、自分を変えるチャンス。
 ここの岩を破壊して、この道を進むことはボクにとっての大切なプロセスだ。
 だから、誰にも譲らない。
 気持ちの整理に時間はかかるかもしれないけど、絶対に僕が達成しなきゃいけない依頼だ。

 依頼を達成するまで町の人数が増えて町も平和だし、賑わっているのだから、少しだけボクの“我”に付き合ってもらいたい。
 さあ、まずは高い所を攻略しよう。
 依頼の有効期限が切れるような短期間での克服は無理だろうけど、気持ちの整理は多分一番つけやすい。

 今、ボクは岩を砕いている。
 ロッドに強制されての事だけど、やり始めたら思ったよりもすんなりと、前へ進めた。
 ロッドが見てたり、後ろに同じ年頃の人たちがいるから、何時もよりも気合を入れて突き進んだ。
 ボクは勢いに弱いのかもしれない。

 でもそんな理由でも、進んでいく内に、段々とここを避けていた自分が馬鹿らしくなっていた。
 気持ちの整理はついていた。
 欲しかったのは、プラスアルファのきっかけ。
 背中を、どんっ、と押してくれる何かをボクは待っていたんだ。

 トレーナーになった時に立てた誓い。
 チーム・パイオニアを倒すという目標に向けて、背中を押してくれる“変化”を。

 最後の岩が砕ける。

 岩を砕いた事で、ボクは一歩進めたような気がしていた。
 この、自分の中だけの小さな戦いに勝利を収めた事は、きっと自信に変わる。
 チーム・パイオニアにはまだ、届かないことは分かっている。
 でも、繰り返す毎日に少しだけの“変化”が起こったことは何か嬉しかった。

 何か達成感に満たされて、帰ろうとするボクをロッドが止めた。
 町の様子を見に行けと言うロッドに従って、ボクはあの道を歩く。

 十年も前の光景は未だにボクの中にあったけど、強がって、鼻歌なんかを歌ってみた。
 当然に、あの惨劇の面影はここにはない。
 何を怖がる事があったんだろう?
 そんなのは当たり前だったのに。

 でも―――

「あ、あ……あああああ―――っ!!」

 時を越えて、“惨劇”は再現されていた。

 確かに“変化”を求めていた。
 だけど、ボクが求めていたのはこんなものじゃない。

 体が震える。

 さっきまでの岩は、“この変化の一部”に過ぎなかったことがはっきりと分かった。
 つまり、動かなくちゃいけない。
 でも、頭が回らなかった。
 二度目の“この道の先の惨劇”がボクを襲ったことで、心が止まってしまったのだろう。
 ボクにとっての完全なトラウマだ。

 そしてこの様子が“高み”にいる人間によってもたらされた“我”という事を直感的に感じ取った。
 そして、その“高み”にはあの男の子も巣くっているのだ。

 “変化”を待っていたなんて、嘘だったのかもしれない。
 “変化”さえ起これば、自分は変われると思って、ボクは町で待ち続けていただけだった。
 でもこの“変化”を前にして、ボクの中に認めたくない答が浮かんだ。
 “あの場所”に行きたいんじゃなくて、もしかしたら、行きたくないんじゃないのかという答が。

 じゃあ、ボクはやっぱり……

「高い所が、怖いだけ」

 ただ、本当にそれだけだった。

 ボクの組になった二人は、町の様子を見に駆け回っている。
 対してボクは、それを呆然と見るだけ。
 何の役にも立っていない。
 ただ呆然と、“高み”を見上げているだけ。
 “変化”を前に自分が動いていないことに、気付きたくなくて。

 一体何をやっているんだろう?
 ボクは思考の渦に沈んでいった。

 その時浮かんだのは、ロッドの言葉。

―――どれだけ努力しても、適わない事は当然ある。でも挫けてでも、それを目指せば何時か適う……だったかな?

 ロッドも誰かから聞いた話らしい。
 でもその言葉が、何となく頭に響いた。

 今、ボクは挫けている。
 それは事実。

 じゃあ、今度こそ……だ。
 この町で、“異変”が起きたのは確か。
 そうだ。
 これは、ボクの依頼だ。
 待ちに待って起こったこの“変化”。

 だからボクは、この町の“変化”に、絶対に立ち向かう。
 もう、先延ばしにはしない。
 これは、絶対に守る。

 “高い所”は、怖い。
 それは事実。
 でも、ボクはもうそれから逃げない。
 トレーナーになった時、立てた誓いを守るためにも。

 ボクがそう思った時、スーツ姿の男が現れた―――


~~~~


「離してよ……ボクは、動かなきゃいけない……!」
 俺が確りと羽交い絞めにしているラナは、傷ついた体を強引に動かし、抜け出そうとしている。
 けど、俺が力を込めている所為で、全く抜け出せない。
 それなのに、こいつは突き動かされるように動き続ける。

「おい、話を…」
「嫌だよ。君の話なんか聞きたくない」
 ラナはもがく。
「ここで止まったら、許せない……!」
 “許せない”。
 そう聞いて、俺は何となく、ラナの様子の見当が付いた。
 きっと、自分が“許せない”って意味だ。

「やっと……やっと“起こった”んだ……やっと“起こってた”んだ、こんな事が。ずっと待っていた事が……しかも…あのチーム……今動かなくちゃ、ボクは一生……」
「良く聞け。お前じゃ、あいつに勝てない……」
「でも、止まりたくない!!」
「話を聞けってんだよ!!」
「っ!?」
 俺は、ラナに怒鳴り返した。
 ラナを抱え起して、肩に手を置く。

「誰が……止まれって言った?」
「……え?」
 竦んでいたラナはキョトンとする。
 俺はラナの目を正面から見据えた。
「分かるんだ……分かるんだよ……何となく」
 俺は、そう呟いた。
 こいつを突き動かしているのは、強迫観念だ。

 俺の、タバコの火を消す事への固執に近い。
 それを破ったら、最早自分ではなくなってしまう様な感覚だ。
 だから、分かる。
 こいつも何か、自分にとって“譲れない事”を持っている。
 怪我をしようが何だろうが、体が動く限り、これは止まる訳にはいかない事なんだろう。

「お前にとって今起こってることは、“譲れない事”なんだろ? でもな……」

 俺は、ラナの手をぐっと引いた。

 シュッ

 そしてその指に、リングをはめてやった。
「これは……?」
「シェア・リングだ。登録されてるのは、炎と氷と水、草に空、後は鋼と闘だけだ。最後のはお前にとってはいらねぇだろうけど、鋼の方は一級品だぞ」

 俺はそれだけ言って、立ち上がる。
 その先には、本当に自然に立っているフェイル。
 そうだ、チーム・パイオニアがらみのことで止まる訳にいかないのはラナだけじゃない。

「困ったな。止めに来たのかと思ったのに。そんな目で見られると、戦うしかないじゃないか」
 フェイルは、ボールを取り出した。

「ほら、立てるか?」
「な……何を?」
 俺はラナの手を引いた。
 足元はふらついているが、何とか立てるみたいだな。

「悪いが、俺たちにとっても“譲れない事”なんだ。あの男を倒したいのは。準備はいいか? レイ」
「ええ」
 レイも、ボールを取り出す。
 その声は、むしろ落ち着いていた。
 明確な敵を見つけて、逆に心が安定したみたいだ。

「お前じゃ、あいつに勝てない。だから、三人で戦う」
「……え?」
 ラナは、呆ける。
「だから、話を聞けっていたんだよ。今から逃げたいって言っても、もう遅いからな?」
 俺はそう言いながら、額から流れていた血を手で拭ってやった。
 傷は小さい。
 血もすぐ止まるだろう。

「……うん」
 ラナはふっと笑って、頷く。
 何かこいつ、素直になってないか?
 でも、目からはさっきまでの錯乱していた色が消えている。
 どうやら、冷静に戦闘に入れるみたいだ。

「本当に、困った」

―――!!

 フェイルが、発したその一言。
 それだけで、この場に流れる殺伐とした“空気”。
 ペルセとも、ドラクとも種類が違う。
 しかし、比べられない筈のその“空気”は、目の前の男の方が遥かに高い……!
 今ならこの男が“この町を殺した”事が十分に信じられる。

「三人相手じゃ、力の加減を間違えるかもしれないな。この町みたいに」
 フェイルは、ふう、と息を吐く。

 町、という規格外のものを殺した男。
 この男の前では、人数の有利も覆されるだろう。
 これは、チーム・パイオニアとの始めての正面からの戦闘だ。
 動いてもいないのに、汗が滴る。
 戦闘は幾つか経験済みだけど、こんなに絶望的な感覚は初めてだ。

 怖い。

 その感情は、当然浮かんでいる。そう感じるのは当たり前の事だ。
 でもこの世界でそれは、負ける理由にしてはいけない。
 いや、負ける理由なんて、どんなものでも、そもそも言い訳に過ぎないんだ。

 勝つ事。

 それが、この世界の……いや、どんな世界でも共通の究極的目標だ。
 どんな理由があっても、どれだけ言い訳しても、負けたら何も残らない。

 だから、俺はそんな中、あえて一歩踏み出した。

 フェイルも腰を落として、何時でも襲いかかれるように構える。
 初めて伝わってきた戦闘意欲。
 完全に俺たちを対象にしてのものだ。

 向けられているだけで、死の匂いが漂う程のモノ。
 それを正面から受けても、引く訳にはいかない。
 もう逃げない。

 幾ら怖くても、勝つ。

「あんたを倒すぜ……チーム・パイオニア、フェイル」
 俺は口に出す。
 自分を奮い立たせる為に。

 さあ、言ったからには、もう負ける訳にはいかねぇぞ?

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 大分長い内容になってしまいました……
 その反動という訳でもないのですが、次回の更新は遅れてしまうと思います。
 前回の後書きにも似たような事を書いたのですが、今回の更新がギリギリ間に合ったので、その分、この次が遅れてしまうような形です。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では… 



[3371] Part.23 Legend
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/04 16:41

 本当に、何が起きたんだ?

 俺とコトリちゃん、それとロッドさんはこの町の“目玉だった”建物に到着していた。
 ここに来る途中、幾つも見た“町の死”。
 人も、建物も、全てがそうなっていた。

 でも、ここはそれ以上の有様だった。

 俺たちは、聖殿と呼ばれていた建物を見上げている。
 この建物は、最早原型が全く想像できない程の“破壊”があった。
 シンメトリーだったと考えられるこの建物は、崩れてはいないこそすれ、歪に壊れ、建っているのが不思議な位の傾きがあり、そして、極めつけの所々に空いた大穴。
 ヘヴンリー・ガーデンで見たはずの白い造りの建物は、高い技術で造られたとは信じられない程の有様だ。
 足元には、建物の破片が窓ガラスから壁の一部に至るまで散らばっている。

 “聖殿”は、最初に見たビガードの城ほどの巨大な瓦礫がある“だけ”の場所になっていた。

「こ……この中に人はいるんですか?」
 コトリちゃんが、震えた声でロッドさんに聞く。
 確かに、ここは人がいられそうな場所じゃない。
「わ……分からない。ただ……避難所があるのは…間違いない」
 ここに来た事があると言っていたロッドさんは、俺たちより衝撃が強いのだろう。
 建物を見渡しながら、何度も“破壊”を確認していた。

「じゃあ、入りましょう。外はとりあえずカイたちに任せておけばいいし……」
 俺たちが“町の死”にノータッチでここまで駆けたのは、カイたちに外を任せるという前提での行動だ。
 ここで、ぼうっ、としててもしょうがない。

 それに、入らないと多分、何が起きたか分からないだろう。
 俺は、どうも一番損害の激しいこの建物から“町の死”が始まっているような予感がしていた。

「あ……ああ」
 ロッドさんは、建物の様子を慎重に確認しながら歩いていった。
「……あそこからなら入れるか」
 ロッドさんは、入り口だったのであろう場所に空いた一際大きな穴を指差した。
 かなり大きい。
 普通の建物の二階分位だ。

「こ……この穴は?」
 コトリちゃんが穴付近でそれを見上げながら言った。
 コトリちゃんと比べると、途方もなく巨大だ。
「ここには入り口があった筈だ…。この穴より小さいものだったと思ったけど……ここからは、慎重に行こうか」
 ロッドさんが、俺たちを手で制した。
 確かに下手に刺激を与えたら、この建物崩れそうだからなぁ……。

 カチッ

「っ!」
 ロッドさんが持っていたライトで照らされた中の様子は、外見通りの“破壊”だった。

 グログラムのフィールド位の大きさのフロアに、祭られていたであろう幾つもの石造が倒れている。
 教会のような雰囲気だったであろう、一方向に向いていたはずのベンチタイプの椅子は散らばっている。
 元の形を想像するに、ここまで頭を使ったのは初めてだ。
 そして、そのどれもが例外なく砕かれている。
 正面の、メイン的な巨大パイプオルガンもバラバラに壊され、その代わりにそこに君臨していたのは入り口の所にもあった巨大な穴。

 ホントに何なんだこれ。
 不謹慎だけど、ここまで破壊されていると、いっそ清々しい気持ちになってくる。
 俺の発想から言わせれば、局地的な台風でも建物内で発生したような感じだった。

 パラパラと落ちてきた建物のカケラに天井を見上げる。
 暗くてよく見えないが、空の様に高いそこも、一面残らずヒビが入っているんだろう。

「崩れても、何とか逃げ出せるようにはするよ」
 天井を見ていた俺を気遣うように、ロッドさんがボールを見せる。
 この人も、闘の適合者なのかもしれないな。
 ニョロボンをあげたとか言ってたし。

「避難所はこっちだ」
 ロッドさんが、正面に空いた大穴に歩いて行く。
 それに続く俺たちは無言だった。
 下手に大声を張り上げたら、崩れてしまう様な気がしていたからだ。

「………?」
「? どうしたんですか? スズキさん」
「いや、何でもない…よ」
 コトリちゃんの小声に俺も小声で返す。

 俺が気になったのは、破壊の通路。
 正面に空いた大穴から、入り口に空いた大穴はほぼ一直線だ。
 そして、そんな先入観を持ったからか、大穴同士を繋ぐ進路の損害が著しいような気がしてきた。

「きゃ!?」

 ドタッ

「どうした!?」
 隣を歩いていたコトリちゃんの倒れながらの悲鳴に、ロッドさんが勢い良く振り返る。
 その間俺は、今のやり取りで建物が崩れなかったことに安堵の息を漏らした。

「ず、ずびばぜん! 何か足元が窪んでいて……」
 コトリちゃんが鼻を押えながら、立ち上がる。
「ん? 本当だ」
 コトリちゃんの躓いた場所を注意深く見ると、地面に軽くクレーターが出来ていた。
「これ……いくつもあるぞ」
「本当だ。何だろう……これは」
 俺の言葉に、ロッドさんが同意する。
 最初は暗くてよく見えなかったが、ほぼ等距離に幾つか同じような窪みがあった。

 そして、それは……

「……続いている?」
 ロッドさんの言うように、その窪みには明らかな連続性があった。
 入り口から奥、あるいは奥から入り口にこの窪みは続いている。

「……まさかとは思うけど、これって足跡なんて事ないですよね?」
「………まさか、だよ」
 ロッドさんはそう言ったが、その顔はその可能性が捨てきれない事を分かっているみたいだった。
 確かに、この窪みは足跡にしては大きすぎる。
 でも何故か、そうだと思ってしまうような嫌な予感。

 俺はその時、前に見た巨大な恐竜の足跡を検証していた何かの映画のシーンを思い出していた。

「ロッドさん、奥には何があるんですか?」
「ん、ああ…」
 俺たちは再び奥に向かって歩き出した。

「正面には、地下の避難所に続く階段がある。丈夫な造りらしいから避難所は潰れてはいないだろうけど………後、地下の別の部屋にも“巨像”が祀られていたかな……」
 ロッドさんは、振り返って目を細めた。

「“伝説”の……ね」
「!」
 ロッドさんにとっては、両親を無くした理由の“伝説”。
 そして、“巨像”……か。

 そのヒントで俺は何となく、その“伝説”の正体が分かったような気がした。
 巨像と聞いてまさかとは思っていたけど、もしかして、“アレ”か?

「……! 階段は崩れているみたいだ」
 ようやく到着した、正面の大穴の先は、下に向かって空洞が続いていた。
 淵に立って見下ろすような形になるそこには、確かに階段だったような瓦礫が散らばっている。
 もし、続いていた窪みこの先から続いていたもので、“アレ”の仕業だったら、階段は意味を成さなかっただろう。
 俺は、ボールを取り出した。

 ボンッ

「スズキさん?」
「降りるんですよね?」
 ロッドさんは頷く。
 俺が繰り出したのはフシギソウだ。
 階段が無い以上、こいつのツタで降りた方がいいだろう。

「そうだね。助かるよ」
 ロッドさん、コトリちゃん、俺の順で下に慎重に降りる。
 かなり深い。
 建物内のはずなのにダンジョンの様なその深さは、この先の“伝説”の気配を更に強くした。

「よし、ここなら崩れることはないかな」
 俺がフシギソウをボールに戻した時、ロッドさんが、地下の天井を照らしながら呟いた。
 俺に建物の事は分からないけど、照らされたそこは、確かに地下だという事で丈夫に造られていそうだった。

 パチッ

「きゃっ!!?」
「ああ、ごめん」
 突如明るくなった地下にコトリちゃんの大きな悲鳴が響いた。
「良かった。電気は切れてないみたいだ」
 降りた先にあった電気のスイッチの所でロッドさんがライトをしまっていた。
 当然、地下には電気があったみたいだ。

「ま、コトリちゃんのお陰で、叫んでも崩れない事が分かって良かったよ」
「……ごめんなさい」

 それに、明るくなって良かった。
 よく見えれば進み易い。
 しかし全員進む足取りが慎重になるのは、嫌な予感が微塵にも頭から離れないからだろう。
 地下の通路をロッドさんが先頭で進む。
 その通路は、やはり巨大なものだった。
 そして、長い。
 ここと町を二手に分かれて探したのはある意味正解だったな。
 ここの広さは、確かに人員を割くべき程だ。

「あのっ、大きい道ですね……」
「地震とかが起きた時に、町の人が押し寄せても通れるようになっているんだよ。この先が避難所だ」
 コトリちゃんは心細げに、通路をきょろきょろ見渡した。
 自分の身長からだと果てしない大きさに見えるだろう。

 その通路をあくまで慎重に歩く。
 しかし、幾ら歩こうとも人の気配がない。
 会話が途切れがちなのは、二人ともその先に待つものに“考えたくないモノ”があるという予感がするからだろう。

「……!」
「これは……!」
「どうしたんですか?」
 ロッドさんが一本道の曲がり角で止まった。
 コトリちゃんは気付いていないみたいだけど、俺にはすぐに分かった。
 この、曲がり道の不自然さに。
 ロッドさんが、“行き止まり”に向かって立つ。

「あ!」
 コトリちゃんも気付いたみたいだ。
 この“行き止まり”は、“そう”ではないことに。

「ロッドさん、これは…やっぱり?」
「ああ、崩れている。上からは陥没していないだろうから多分、横の壁が倒れこんだみたいだ。そして、この先が……避難所だ」
 おいおい、じゃあここ、崩れるかもしれないってことかよ?
 俺は、もう一度この地下の丈夫さを確認するように見回した。
 俺たちがいるところは相変わらず大丈夫そうだ。

 ただ、そんな事をしていても、ここで立ち往生なのは変わらない。
 目の前の“行き止まり”はさっき見たこの町の入り口の再現だった。
 こっちは地下の分、今度は上の隙間も無い。

「下がって」
 ロッドさんが、ボールに手を伸ばす。
「とりあえず、この先に行かないと……!」

 ボンッ

 ロッドさんは、ニョロボンを繰り出した。
「ロッドさんも?」
「ああ、ラナにやったのは進化したての奴だったから……ニョロボン」

 ロッドさんの声に、ニョロボンは岩の前で腰を落とす。
 そして、その会話で俺はロッドさんの適合タイプが何となく分かった。

「育ててたって事は……ロッドさんは……」
「ああ、“突破”と“精度”のダブル・ドライブだ。岩砕き!!」

 ガゴンッ

「わあ…」
 コトリちゃんが感嘆の声を漏らす。
 ニョロボンの放ったたった一撃で、ここが通路として蘇ったからだ。
 しかも、再び岩が崩れて塞がる様子は無い……。

「すっ、すごいですね!」
「まあ、“突破”と“精度”だからね。近距離なら一番効率がいいんじゃないかな」
 この人さっき、力の使い方が旨いのが“突破”で、当てる場所が旨いのが“精度”って言ってたな…。
 崩れなかった岩も、お互いがうまく支えあっている状態なんだろう。
 ここしかない、ってポイントに力をつぎ込んだ結果がこれだ。

「流石にベテランですね」
「ありがとう。でも、急ごう」
 ロッドさんは直に表情を険しくした。
 流石に崩れた所為でこの道は電気が通っておらず、暗くなっている。
 ロッドさんが、再びライトを点けた。
 確かに、この先が避難所なら急いだ方が―――

「!!?」

 一歩踏み込んだ瞬間、俺たち全員の足が止まった。
 突如漂って来た異臭。

「コトリちゃんは、ここで待ってて」
「ああ、そうしてくれ」
「は……はい」
 俺とロッドさんは、互いに頷き合うと、口を押えているコトリちゃんを残して道に入った。
 鼻も曲がりそうな異臭の中、意識を保つ事に集中しながら、ゆっくりと進む。

 後ろに立っているコトリちゃんは、カタカタ震えていた。
 もし……“予想したくない事が予想通りに”起こっていたら、コトリちゃんは絶対に近付かない方がいいだろう。
 何故なら、この異臭はついさっき、町で感じたものだったのだから……

「……!!」
「くっ!!」

「どうしたんですかっ!!?」
「こっちに来るなっ!!」
 後ろから、コトリちゃんの悲鳴のような声が聞こえた。
 声の様子からして、コトリちゃんも予想していたんだろう。
 暗く、遠く、ここがコトリちゃんから見えない場所で本当に良かった。

 ロッドさんのライトに照らされた“避難所”の中は“殺された町”の縮図だった。

 ドアも強引にぶち破られ、映画でありがちな、ワンステップを置いての悲劇ではなく、普通に歩いて来ただけで発見できてしまう、“赤黒い海”だった。

「ロッドさん…」
「とりあえず、生存者を……」
 俺たちは意を決して、その中に入った。
 足元に溜まった血は、黒ずみ、完全に乾いている事からすれば、そんな人が存在する訳は無い事などとっくに分かっていても…。

 まとめてやられたのか、一人ずつかは分からないが、皆、千切れていたり、潰れていたりと、町で見かけた“死”と同じ様子だった。
 かなりの数の“死”。
 下手をすれば、残りの町の人間全てがここに“ある”かもしれない。
 ただ、ハッキリ言えるのは、これを演出したモノは単一の存在であるであろう事。
 一様に、死因は同じだ。
 部屋全体をミキサーにかけるとこういう状態になるだろうか。

 小さなライトで、巨大な部屋を少しずつ探した俺たちの結論は“0”というものだった。

 コトリちゃんの場所に戻った俺たちは、きっと、生気の抜けた顔をしていただろう。
「あ……あの」
「まだ、もう一つ部屋はある……!」
 コトリちゃんの声を遮って、ロッドさんは強く言った。
 だが、あの部屋の“死”は数える事は出来なかったけど、俺には“量”的に、残っていて一人か二人程度だろうという事実を感じ取っていた。

「行こう。巨像がある部屋だ」
 ロッドさんは、振り払うように歩き出す。
 表情は、強い何かに耐えているようなモノだ。
 そして、祈るように拳を震わせている。
 ベテランとして、この場では感情的にならないように……

 もしかしたら、ロッドさんも気づいているのかもしれない。
 あの山道を“突破”するのが早ければ、避けられていた光景だったかもしれない事を………!

 そして……

―――!!

 入った瞬間に、ついさっき見たはずの光景は、頭の隅に追い払われた。

「グ……グ……グ……」
 反対の通路を進んだ俺たちが入った部屋。
 そこも当然に、扉が破壊されていた。
 違うのは、電気が通っている事。
 こちら側からは異臭が漂ってこない事。
 そして、入った部屋の“主”の存在だった。

「なっ!!?」
 ロッドさんが、入った瞬間に声を上げた。
「あ……あ……!」
 コトリちゃんが、それを見て声を詰まらせる。

 入った部屋。
 避難所よりは狭いが十分な大きさがあるその部屋は白く、ライトアップされ、この町に残った唯一の“聖域”だった。

 部屋の中央にある、白く巨大で一段高い格闘技のリングの様な台座。
 その四隅に太い柱が立てられ、手前の一本は倒れていると言っても、壮観な建造物だった。

 そして、更にその中央―――

「グ……グ……グ……」

 その巨大な存在は、俺たちの姿を認めると再び唸り始めた。

 絶対的に危険な状況であるというのに、この部屋に存在する神聖な空気からか、その姿に見惚れてしまった。

 それとは正反対の状況を演出していることを感じ取っていたとしても……。

 間違いなく、あの足跡を残したのはこいつだ。
 そして強引に千切られ、潰された“死”を演出したのも、目覚めたこいつによるものだろう。

 俺は、直にボールに手を取り出す。

 俺は、一応予想していたから出来た行動だけど、残りの二人はその姿を見続けていた。
 その気持ちはよく分かる。

 “神話”との邂逅―――

 それを前に、予想していた俺ですら、手が震えている。
 いや、もしかしたら、俺は楽しんでいるのかもしれない。
 こんなシュチュエーション、元の世界じゃ絶対に味わえないからな。

「何で……あの像が……動いているんだ……」
 ロッドさんはそいつから目を離さずに、声を絞り出した。

 あれは、ここに巨像として安置されていたみたいだ。
 という事は、誰かが“あの3匹”を使って目を覚まさせたってことか……?
 ゲームと同じか分からないけど、俺はそれが間違いないように思えた。

「グ……グ……グ……」
 そいつは再び唸り声を上げる。
 体は果てしなくでかい。
 前に、ゲームの図鑑でこいつの身長を見たことがある。
 思ったより小さいと思ったのを覚えているが……多分、ゲームの数字より、目の前の奴は大きい……!
 この高い天井に、頭が届きそうなほどだ。

 さて、こいつが相手なら、のろのろしている訳にはいかないな……。
 急いで、方法を考えなくちゃいけない。

 どう“倒す”か……

 その時俺には、逃げるという選択肢が浮かんでいなかった。
 そこで、俺はそいつを前に、自分が本当に楽しんでいる事に気付いた。

 ここには、カイはいない。
 じゃあ、“傍観”しなくてもいいな……!

「ロッドさん、倒しましょう。敵討ち……です」
「! あ……ああ」
 我ながら、卑怯な言い方だと思う。
 妹の行動に責任を感じているロッドさんは、こう言えば断る訳にいかなくなると分かってのものだ。
 流石に、一人だと倒せる気がしないしな。

 でも、コトリちゃんは……

「!」
 コトリちゃんは、震える足で、一歩踏み出した。
 目は、そいつを見上げている。
 逃げる気は無いみたいだ。

 コトリちゃんは頑固だし、幾ら危ないと言っても、首を縦には振らないだろう。
 戦う気があるなら、説得する時間も惜しい。
 何せ、今から始まるのはタイム・アタックみたいなものだ。

「戦うよ?」
「はい!」
 コトリちゃんの返事を確認して、俺はモンスターを出した。

 ボンッ

「ジュプトル」

 それを見て、コトリちゃんもスバメを、ロッドさんもニョロボンを繰り出す。
 さあ、始めるか。
 ロッドさんはベテランだけど、この場合はあいつのことを知っている俺が、指示を出した方が良さそうだ。

「急いで倒しましょう。“開放”される前に」
「? あいつを……」
「知ってます」
 俺は、きっぱり言った。

「タイプはノーマル。特性・スロースタート。どれ位かは“この世界”じゃ分からないけど、急がないと手に負えなくなる。かつて、大陸を縄で引いたと言われる伝説のモンスター……」

「ギィアアァァアアアァア―――!!」

 そいつが叫び、部屋の中に轟音が響く。
 パラパラと落ちてくる土埃の中、俺は聞こえるようにハッキリ言った。

「レジギガス!!」


~~~~


「あ……当らない……!」
「ん、困ったな。これじゃ、整理体操にもならない」
 フェイルは、両手に掴んだボールを構えながら呟いた。

 フェイルのモンスターとの力の差が分かっていた俺たちは、最初からフェイル本人を狙っていた。
 最初は躊躇いがちだったレイも、今は本気でフェイルを狙っている。
 それだというのに、俺たちの攻撃はフェイルに全く通用しなかった。

 信じ難い動きでモンスターの攻撃を避け、場合によってはモンスターで攻撃を防ぎ、そして、一瞬だけ出たモンスターで攻撃を繰り出してくる。
 レイの“精度”で狙い撃っても、精々、フェイルの行動を一瞬止められるだけだった。
 グランと戦った経験のある俺ですら、その動きは捉えられない。

 そして、被害状況―――

 俺は、倒れているモウカザルとワカシャモを見た。
 そして、散り散りに倒れている、レイのカメールとラナのニョロボン。
 それは、俺たちが受けた攻撃“回数”と等しかった。

「油断はするものじゃないけど、差がここまでくると遊びたくなる。そう考えるのは自然な事だろう?」
「!!」
 フェイルが疲れた様に言ったその台詞は頭に来たが、奴がボールを構えていたらそんなことは気にしている場合じゃない。
 今から来る、“大砲”に備えなければいけないからだ……!

「ギガインパクト」
 狙いはレイか……!
「避けろ!!」

 奴は、レイに向かってボールを“振った”。

 ドゴッ

「あ……うっ!!」
 レイは進路から横に飛んで、地面に体を叩きつけて避ける。
 レイのアリゲイツとヌマクローの放った水の攻撃をものともせず、突き進んだ“大砲”はアリゲイツを巻き込み町に新たな“通路”を創った。

「ん、やっぱり少し逸らされるね。いい“精度”だ」
 今のは、レイそのものを狙った攻撃だったんだろう。
 若干、逸らしたお陰でレイはギリギリ当っていない。

 バシッ

 被弾した場所から、ボールがフェイルの手に吸い込まれるように戻ってくる。
 奴は“大砲”と同時にボールを投げ、“弾丸”を直に回収していた。

 この技は、グランのQuick raidに近い。
 使っている技が絶対先制じゃないみたいで、“弾丸”は何とか視認出来るけど威力は、グランの比じゃない。

 発射されているのは、ケンタロスだ。

 ボールを振って撃ち出されるケンタロスはその進路にあるものを襲い、フェイルの手に戻る。
 グランもコメットパンチで似たような事ができるんじゃないか……?
 それはともかく、手からその直線上にいる対象に大ダメージを与える、あの攻撃。

 モンスターは何とか生きてはいるけど、人間が喰らったら当然に体の原型すら保てないだろう。

 俺は情けない事に、グレイシアを繰り出せないでいた。
 俺の手持ち、唯一の“盾”とも言えるこいつが倒されたら、次の瞬間倒れているのは俺だろう……。

「ちょっと前に戦ったトレーナーが使っていてね。面白そうだから試してみたんだけど、カビゴンでやったらあんな事になってしまって」
 フェイルは“聖堂”を眺めた。

 巨大な鉄球にでも突っ込まれたようなダメージ。
 あの大穴はこの技で創られたのか……!
 ケンタロスとカビゴンでは、スピードはともかく範囲が違い過ぎる。
 2匹で連発でもされたら、俺たちは一瞬で殺されるだろう。
 あいつが遊んでいるっていうのは本当みたいだ。

 でも、あいつのこれは“油断”じゃない。
 言うなれば、“自信”だ。

 自分がどう遊んでいても、結果は揺るがないという自信。
 そして、明確なる事実だ。

 考えろ……このままじゃ普通に全滅だぞ……!
 まず、あいつについての情報。
 モンスターの攻撃をいとも簡単に回避する、体術。
 動体視力、反射能力、俊敏性、空を歩く様に跳ぶ脚力、そして、タフネス。
 およそ、考えうる力の全てを持っている。
 そして、適合タイプ。
 ザングースはノーマルっぽいし、カビゴン、ケンタロスもノーマルだ。
 くそっ、駄目だ、分からない。

 じゃあ、こっちの今の状況だ。
 このパーティで出来る事……。
 俺と、レイとラナ。
 あいつを捉えるにはどうすればいい?
 ラナは他にモンスターを持っているのか?

 ………待てよ? ラナは何所に行った?

「ん、懲りないね」
「インファイ……」

 タンッ

「!!?」
 何時の間にかフェイルの後ろに回りこんでいたラナを察知したフェイルは、高く跳んだ。
 そして……ラナは、それを反射的に追う―――

「ばっ、避けろ!!」
「ハッ、ハイドロポンプッ!!」

 バシャッ、ドゴンッ

 俺は駆け出して、ラナの首を掴んでその場から離脱した。
 俺が必死に元の場所まで引きずった時、フェイルの革靴の音が響く。
 攻撃を受けた場所はルカリオを残して窪んでいた。

「ん、この距離でカビゴンの攻撃を逸らされるとはね。そっちから先にやった方が良いかな?」
 フェイルはボールをレイに向ける。
 今まで後衛にいたレイは怯んで一歩下がった。
 まずい……!

「火炎車!!」

 ボンッ、ボゴッ

「!!?」
 フェイルに牽制のつもりで突っ込ませたマグマラシは巨大な壁に阻まれた。

「特性・厚い脂肪。悪いね、プロは目標を変えたりしない」
「くっ!!」
 避けずに落ち着いてレイを倒すつもりだ!
 フェイルがボールを僅かに引く、完全に発射体制……!

「マグマラ…」
「カビゴン、のしかかり」

 ドンッ

 マグマラシが巨体に押しつぶされる。
 そして、フェイルはボールを……振る!!

「ギガインパクト」
「ハイドロポンプッ!!」

 ドゴンッ

「またか。でも1匹じゃ、ハイドロポンプは使えないみたいだね」
「くっ、バブル光線!!」

 タンッ

 フェイルは再びレイの残った1匹のポッタイシのバブル光線を跳んで回避した。
 高く高く跳ぶフェイル。
 月に映ったその影が最早美しいと言える程の体術だ。
 その様子を俺はじっと見ていた。
 こいつの情報は一つでも欲しい。

 少しでも早く決着を着けなければならない状況になってしまった。
 たった今、ヌマクローをされてレイの手持ちは後1匹だけ。
 レイの手持ちの数じゃ、もう長期戦は完全に無理だ。
 今すぐにでも、フェイルを捉えないと……!……待てよ……?
 いや、それよりも、まずはレイだ。

「こっちに来い、レイ!」
 レイはポッタイシと共に、俺たちの所へ走ってくる。
 フェイルは、その様子を見ているだけ。
 進路を逸らすことの出来るハイドロポンプが使えなくなったレイをもう追う必要がないからだろう。

「はあ…はあ……ゴメン」
「いや、助かってる。下がってろ」
 レイは、膝に手をついて息を整える。
 レイを見ると、手と足が震えていた。
 あいつのプレッシャーを正面から受けたんだもんな……。
 そして、手持ちが1匹になった以上、レイはもう攻撃には回れない。
 何故なら最後の1匹とトレーナー自身の命運はほぼ同時に尽きるからだ。

「ん、そろそろ終わるかな」

 フェイルの自然な口調に、俺はゆっくりフェイルに向き直った。
 フェイルは降り立った位置から、一歩だけ前に進んでいる。
 俺たちを倒す気満々ってとこか。
 こんな僅かな違いに気付ける程俺は冷静になっているのに、あいつにはまるで通じなかった。
 カビゴンもケンタロスもボールに戻っている。
 カビゴンの下にいたマグマラシは戦闘不能だ。
 そして、依然として捉えられないフェイル。

 それでもたった一つだけ……思いついた方法があることはある。
 でも駄目だ。
 不確定な事が多すぎる……!
 ありとあらゆる仮定の上に成り立っているこの方法は、最早妄想の域だ。
 それに、こいつの適合タイプが、もし“あれ”だったら、無駄に殺されるだけだろう。
 当然こいつらも……だ。

「う……」
 ラナも立ち上がる。
 その目は、フェイルだけを捉えていた。
 さっきから、突っ込み続けているラナ。
 そんな無謀な事を……いや、最早無駄な事を繰り返している。
 そして、また、ボールを取り出す。

「おい、お前。後手持ちは?」
「エルレイドだけだよ」
 そう言って、ラナは体を引きずって前へ出た。
 体は、思ったように動かないんだろう。
 肩で息をしている。

「休んでろ。俺は後……」
「ボクが……倒す……わっ!?」
 一歩前へ進んだラナを俺は強引に止めた。
 あいつは襲い掛かるだけじゃ絶対に捉えられない。
 こいつは、分かってんのか!?

「分かってるよ」

 俺が怒鳴ろうとした瞬間、ラナは静かに言った。

「分かってるよ。相手の“高さ”も、手持ちがいなくなったらどうなるのかも。でも、君の言ってた通りなんだ。“譲れない”」
 ラナのボールを持った手が、震えている。
 こいつだって怖いんだろう。
 でも、体の方がもうついてきていない。
 元々ダメージを受けていた上に、走り回ってたんだからな……こいつは。
 近距離で戦う事は正解“だった”。
 だが、それはあいつの圧倒的な体術がなければの話。
 方針を変えようとしないラナは、あいつにあしらわされっぱなしで、自滅していっていた。
 それなのに、前へ進もうとしている。
 痛々しいその姿を見ながら、俺は深く溜息を吐いた。

 手持ちも、パーティも、ズタボロ。
 相手は“最強”。その上無傷だ。
 もう結果は見えている。

 通したい“我”だけがあった。
 これを通せなければ、自分が許せなくなるモノが。

 目の前のラナは、ただそれだけを見ている。
 周りの見えない……いや、周りを見ない戦い。
 確かにフェイルの前じゃ、作戦を立てようが立てまいが無駄な足掻きにしか過ぎないだろう。
 正解の動きなんて殆ど存在しない。
 だから、こいつは見ているだけを避けたくて足掻いている。
 ただ、防戦一方よりも攻撃する事は、例え僅かでも勝利に近づく事を信じて……
 自分に掲げた事を、絶対に“譲らない”為に。

 じゃあ、俺は………

「分かった。でも、ちょっとの間だけ休んでろ」
 ラナを引いて、レイの位置まで下げる。
 “譲れない”……ね。そう聞いちゃ、俺が止める訳にはいかないか。
 体が動く限り、それを守り続ける。
 これはもしかしたら、“呪い”なのかもしれない。
 軽々しく“誓い”は口にするもんじゃないな……。

「カイ、何をする気……?」
「とりあえず、戦う。だからその間、お前ら休んでろ」
 俺はボールを取り出した。
 思いついた成功率の低い作戦とすら比べても無謀な攻撃をするために。

 狙うのはダブル・ドライブだ。
 当然、あいつ相手じゃ避けられる。
 続く攻撃も、同じく、だ。
 でも万が一、当たったとすれば、何かを“残せる”技だからな。

「そんなの……」
「まあ、“あいつ”ならきっとこうするだろうからな」
「……?」
 俺は、ラナに分からないと分かりきっていてもそう言った。

 俺の“夢”であり、“誓い”。
 “チーム・パイオニアを倒す”という誓い以上の存在だ。
 二つの“誓い”が俺を一人で目の前の敵に向かい立たせる。
 これは、俺の中で破る訳にはいかないものだ。
 例えその結果が……

 はあ、と溜息を漏らす。

 俺は“あいつ”に少しでも近づけたんだろうか……?

「まさか……カイ……?」
「チーム・パイオニアを目指したんだ。遅かれ早かれ、こういう事は起こったんだろ……」
「それじゃあ……」
「その先言ったら、成功しなくなる気がするから止めてくれ」
 俺はレイを制した。
 レイの顔は死人の様に血の気が失せている。
 出来れば逃げて欲しいけど、それはしてくれないだろう。

 だけど、時間稼ぎになれば、夜にたまたまここを誰かが訪れてくれるかもしれない。
 スズキたちが戻ってくるかもしれない。
 フェイルについての“何か”が分かるかもしれない。
 それだけこいつらが助かる可能性は、高くなる。

 だからきっと、俺の行動には意味があるはずだ。
 ここで三人まとまっていたら、フェイルだって狙い易いだろう。
 だったら、動く。
 俺だけであいつを倒す可能性が一番高い方法へ向けて。
 体は、少し震えてる。

 ああくそ……この世界に来るまで、本当に“命を懸ける”なんて事体験しなかったぜ。

「いいか、あいつを良く見てろよ?」
 俺は、ラナに向かって言った。
 こいつの表情も硬くなっている。
 だから、そういう顔されたら成功する気がなくなるだろ?

「最悪、あいつの適合タイプぐらいは暴いてやるから」
 俺はそう言って、フェイルを睨んだ。
 遥か“高み”にいる男を。

 “最強”か“死”。
 両極端な結果だけど、前者の方は米粒より小さい可能性だな。

 さあ、やるか。

「“必然”だよ」
 踏み出そうとした時、後ろからラナの声が聞こえた。

「……は?」
 俺は、自分の決意に水を指されて、間の抜けた声を出した。
「あいつの、適合タイプはノーマル……無……え? 知らなかったの?」
「何で、言わないんだよ!?」
「わあっ!?」

 俺は思わず叫んでしまった。
「え? だって、あれだけ威力高かったし……知っていると……」
 俺はラナの肩に手を置いて、ガクッとうな垂れた。
 そうだよな。
 こいつは、俺たちの事情を全く知らないんだった。
 もっと早く聞いきゃよかった。

 何だよ。
 ノーマルにも適合者がいるのかよ?

 俺は目だけ動かして、フェイルを見た。
 奴は完全に余裕で俺たちの話が終わるのを待っている。
 リングは……つけていない。
 持っていたとしても、今はつけていない。
 ということは……

「じゃあ……」
 俺は、フェイルに絶対に聞こえないように小さく囁いた。

「……あいつは今、跳べても“飛べない”な?」

 そう聞いた時、ラナの目が大きくなった。
 こいつも何かを思いついたらしい。
 そして、あの方法も成功率が少しだけ高くなった……か。

「カイ」
「何だよ?」
「何か思いついたことがあるなら、言いなさい」
 レイの目を見て、俺は一瞬怯んでしまった。
 こいつ……怒ってるのか?

「二人とも勝手に自分の中で完結して……何が“譲れない”よ」
 口調は柔らかくなかった。
「そんなの私から見れば全然どうでもいいのよ。そんなことより私は……」
 レイはそこで口を噤んで、俺を真っ直ぐ見た。
「協力出来る事があるなら何だってする。だから………」
「それじゃあ…お前らが……」
「お願い」
「………ああ」
 俺の言葉は遮られた。
 レイ……睨んだり、泣きそうになったり忙しい奴だな。

「本当に、危ないぞ?」
 レイは、直に頷く。
 こいつの中でもう決定事項みたいだ。
「大体、成功するかどうか……むぐっ」
 レイは、俺の口を手で塞いだ。

「言ったら、成功する気がなくなるんでしょ?」

 ふっ、とレイが笑う。
 こんな絶望的な状況でも、俺を信じてくれているんだろうか?

 ああくそ、何かさっき俺が心の中でした決意が普通に揺らいでいく感じがする。
 何かいつもレイは俺の行動を是正してくれるような気がするな……
 そうだ。
 ここで死んでる場合じゃねぇか……!

「お前にも協力してもらいたい。動けるか?」
「さっき休んでろって言ったくせに……」
「協力する気あんのかよ!?」
「冗談冗談」
 ラナは、あはは、と笑った。
 こいつ……スズキとグランを足して2で割った様な奴だな…。
 でもこの状況で、表情が柔らかくなったのは幸いだ。

 俺もこいつもそれぞれ“我”を持っている。
 でも、今の目的は一つだ。
 勝つ事。
 だったら、協力しない手は無い。
「大技……何かあるか?」
「あるよ」
 ラナは、にっ、笑いながらボールを見せる。
 期待できそうだ。

「そろそろいいかな?」
 痺れを切らした様に、フェイルがボールを構えた。
 ああ、いいぜ。
 多分、二言三言で済む。

 俺はラナに向き合う。
「お前は、あいつが攻撃したらさっきまでみたいに突っ込め。そしたらそこで“待ってろ”」
 次はレイだ。
「レイ、その後あいつの邪魔をトコトンしろ」

 二人とも、一瞬止まった後、不思議そうに頷いた。
 正直今は意味不明だろう。
 けど、どうせ色々な仮定の上での話だ。
 少しでも俺の想像と違ったら、全く無駄な指示なんだからな。

 でも……

「勝つための条件は絶対起こる」
 俺はそう言って、ボールを掴んだ。

 そして、最後の指示だ。

「後は、散って走れ!!」
 俺は、そう叫んでフェイルの周りを走り出した。
 ある意味、建物が壊れているお陰で走り易い。

 レイもラナも走り出す。
 フェイルを取り囲むように回る俺たちに向けて、フェイルはボールを引いた。

 さあ、まずは1/3だ。

 フェイルの攻撃対象は、“俺じゃなくてはならない”。

「ギガインパクト」

 来た―――!!

「守る!!」
 体の熱を全て引き下げ、氷のランクのみに集中する。

 バゴンッ

「がっ!!?」
 それでも俺を襲った、意識を根こそぎ奪っていくような衝撃。
 それが、グレイシア越しに俺に突き刺さった。

 守る越しでこういう衝撃を受けたのは、イーブイの時以来だ。

 ガンッ

 そのまま俺は壁に突っ込む。
 瓦礫の下、俺は意識だけは絶対に手放さないように強く強く自分を覚醒させていた。
 よし、動ける。
 この世界に来た頃の俺だったら、気絶してたか死んでたな。
 ともあれ、フェイルの攻撃を切り抜けられる俺に攻撃が来たのは正解だ。

 直に、体を起す。
 起き上がって見えたのはラナがフェイルに突っ込む瞬間―――

 さあ、ここは通れるか…?

 奴がその場で回避しても駄目、モンスターで反撃しても駄目、そして、“高さ”も大切だ……!
 奴には、高く“跳んで”もらはなければならない。
 俺たちには、奴が確実に跳んで回避する行動をとるように仕向ける事は不可能だ。

 それは、奴が行える無限とも言える選択肢の中の一つ。
 もう、数字じゃ図れない程の確率だ―――

 タンッ

 革靴の音が聞えた時、俺は思わず拳を強く握った。
 高さは……人間ではありえない程の高度。
 そうだ。
 跳んでくれれば、身動きの取れない“的”になる。
 ここも通った……!

 ラナは、さっきの様には無謀に追わず、その場で待機している。
 いいぜ……お前はそこで“待ってて”くれよ……!
 ラナが取ってくれた協力する姿勢……
 不確定な事がどんどん形になっていく―――

 俺はすぐさま別のボールを取り出した。
 そして、フェイルもボールを取り出す。

 さあ、次はレイ、頼むぞ……!

「バブル光線!!」
 レイの最早、バブルと表現できるか分らない程の流線型の泡が鋭く飛ぶ。
 しかも、ここしかないというポイントに―――

 パシンッ
「ん!」

 フェイルが今正にラナに向かって振り下ろそうとした右手は正確に弾かれた。
 フェイルの意識が跳んだ後、確りとラナに向いてくれたからだ。

 しかし、フェイルはすぐさまレイの攻撃が当らない位置に体を動かして、左手でボールを掴む。
 前に俺が見たグランの様に、空中でもボール捌きに無駄が無い。

 でも、見惚れている場合じゃない。
 今度は俺の番だ……!

「リザード、火炎放射!!」
「ん、カビゴン」

 ボンッ、ジュッ

「!!」
 フェイルが繰り出したのはカビゴン。
 つまり、今、ラナに振り下ろそうとしたのはケンタロスってことか。
 俺たちの様子がおかしいことに気付いて“厚い脂肪”の盾の登場を遅らさせてたんだ。
 現れたのが巨大な盾じゃ、やっぱりここじゃ決まらない……か。

 俺一人じゃ、あのカビゴンと戦うのは厳しかったろう。
 前にレイに勉強させられた炎と氷の天敵が、あの特性だったからな。
 その上、あの耐久力……“低出力”じゃ、効果も薄い。

 でも………

 ゴオオオォオォオォォッ

 リザードが炎を強める。
 炎も氷も体の中まで届かなかろうが、当たりさえすれば関係ない。
 天敵の特性を、この二つを同時に使って超えていく……!

 出し惜しみは無しだ。
 俺が倒れたって、“攻撃役”はちゃんといる。
 体の熱を際限なく引き上げた―――

 パアッ

 リザードが光を放つ。
 戦闘中に上がっていく、適合タイプ。
 それが“上昇”だ……!

 光の向こうに見えた大きな翼。
 尻尾の炎は以前より遥かに勢いを増していた。
 さあ、頼むぜ?

「リザードン!! 威力を上げろ!!」

 町全体が、燃えているような灼熱空間に変わった。

 カビゴンの巨体が燃える。
 しかし、カビゴンは戦闘不能になる程のダメージは受けていない。
 その向こうにいるフェイルも、巨体に阻まれノーダメージだ。

 だが俺は、カビゴンのにやけ面に“冷めた”笑みを返した。

 焦るなって……もう一発やるよ…

―――!?

 体中の熱が、意識して下げる前に“止まった”。
 何だ?
 俺も焦ってんのか?

「グレイシア」
 その事態の中ですら、頭の中は冷静に次の行動を開始した。
 グレイシアの冷気がこの町の“上昇”を否定していく。

 高まったものの終わり。
 上がったものを……いや、あらゆるものを止める、“停止”の力。
 意識せずとも下がり続ける熱を、更に意識して下げる。

 ここまでの出力で使うのは初めてだ。

 リザードンとグレイシア。
 この2匹が使う、俺の最強技。

「“上昇”と“停止”のDouble drive:Tear of condition」

「ゴオォオォオオォオ―――ッ!!?」
「!!?」

 フェイルの目が始めて動揺を生んだ。
 だが、お前の問題は今からぶっ倒れる俺じゃないぞ?

 下にいるだろ? 有力な盾を失ったお前を狙う、自己中女が。

 パシンッ

「!?」
 フェイルがボールに伸ばした手が再びレイに弾かれる。
 無駄だ。
 レイは今からお前がする一挙手一投足を弾くように狙い撃つぜ?
 体を捻って当らないようにしても、これからは一瞬でも遅れれば手遅れだ。
 その為に、狙い易い空中に跳んでもらわなきゃ困ったんだからな。

 もう、俺たちは渡りきっている―――

 決めろ……ラナ…

「いくよ、エルレイド…」
 ラナが構える。
 ああ、あれは……あの時俺に放とうとした……

「“突破”と“錯誤”のDouble drive:Inevitable impact」

 ブンッ

 その瞬間、エルレイドが目にも留まらぬ速さでフェイルに突っ込んだ。
 これは、決まる―――

「!!」

 タンッ

「なっ!?」
「ポッ、ポッタイシッ!!」
 フェイルは若干凍ったカビゴンを蹴ると、自分の落下の起動を変えた。

 バシュッ

 足の動きには敏感に反応できなかったレイのバブル光線はカビゴンに当ったのみでフェイルの行動を止められなかった。
 空中での無理矢理な方向転換。
 完全に当ると思っていたエルレイドの攻撃をあいつは回避しやがっ―――

「!!?」

 パシッ

 フェイルの方で手が弾かれる音がする。
 何だ? レイは何を……

「決まったよ」

―――!!?

「ぐっ!!?」

 ラナの声が響いた直後、フェイルの腹部にエルレイドの攻撃が突き刺さっていた。
 エルレイドはフェイルに攻撃をかわされ、まだ上空にいたはずなのに……
 何だ? 何が起こった?

 ドサッ

 フェイルが完全に無防備で地面に叩きつけられた。
 エルレイドはラナの元へ着地する。

 俺はそこでようやく、何が起こったか理解した。

 最初に跳んで行ったのは、エルレイド本体じゃなかったんだ。

 影分身をよりリアルに相手に突っ込ませ、攻撃タイミングを完全に誤認させる。

 “突破”と“錯誤”のダブル・ドライブ。
 力を使えるのが一瞬の“守る”や“見切り”ですら防げない、高威力の絶対必中攻撃……か。
 それでも反応したフェイルだったけど……レイに弾かれてモロに喰らったか。
 フェイルも流石に動かない。
 完全に意識を……いや、下手すりゃ死んでいるかもしれないな。

「勝った………よ」
「え……ええ」
 ラナとレイが息を弾ませながら俺の元へ歩いて来た。
 声は震えている。
「すげえな……外れた瞬間、俺は影の方を追ってたぜ?」
 俺の声も震えていた。
「私もよ。でも、カイが言ったんでしょ? 私の役目はあいつの邪魔をトコトンする事だって」
「はは…」
 俺よりよっぽど冷静みたいだな。

「勝った……勝った……よ」
「ああ」
 ラナは、同じ言葉を繰り返した。
 声はどんどん震えていっている。
 決めたのはこいつだ。

 チーム・パイオニアを倒した。

 それがこいつにとって“最強”以上に意味のあるものだったんだろうから。
 当然、俺たちにとってもだ。
 米粒よりも小さい可能性の作戦が……通って……勝った……!

 ただ……俺も感激したい所だけどそろそろ“来る”だろうな……

「なあ、レイ……」
「分かってるわよ。目が覚めた時にベッドにいるようにしといてあげる」
「何の話?」
 ラナが首を傾げる。
 盛り上がっているところ悪いけど、俺はそろそろ退場だ。
「ああ、もう直ぐ俺が……」

 バサッ…バサッ…

―――!!

 聞えた羽音……
 しかも聞き慣れたコトリのモノじゃない。
 その時、同時に気付いてしまった。
 俺の体中から汗が噴出す。
 もう直ぐ絶たれるであろう全身の感覚が、この場の“匂い”が消えていなかった事を正しく伝えてきたのだから……

 俺は、激痛のタイミングを少しでも遅らせるように、ゆっくりと、空を見た。

「ん、いいね。今の。“必然”的に当る技か」
「……!!」
「う……嘘でしょ?」
「な……ん……で?」

 そこにいたのは、鳥に背を捕まれたスーツ姿の男だった。
 指には黒いリング。
 あいつは……何を……?

 ズギンッ

「ぐがぁっ!!?」
 その瞬間、俺の体中に激痛が走った。
 それも、体の中で爆発が起こったような衝撃。
 今まで味わった衝撃のどれよりも強い……!

「カ…!!…」
「……!?……!?」
 何も聞えない。
 無理矢理、意識を覚醒させようとしても全く無駄だった。
 もう何も分からない。
 絶対に、意識を保たなきゃいけないこのタイミングで……。

 ああくそ、冗談じゃ……ねえ………ぞ……

 俺は闇に沈んで行った。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 最近、スケジュール管理が出来ていない所為か、更新が遅れると思っても早めに更新できたり、逆に遅くなったりしています……。
 後書きには遅れると書いて、普通に更新したのが二回続いたので、ここではあえて、何時更新するか分からない、という事にしておきます。
 完全不定期になってしまうと、呼んでくださっている方に負担がかかるので出来るだけ避けようと思いますが、ご勘弁下さい。
 また、話の方ですが、最近、ほぼ二話分くらいの内容(従来と比べると量的にも)なっていますので、読み辛くなってしまっているかもしれません。
 その点も、ご勘弁の程を。
 何となく書いていたら、長引いていた、というのが理由なので…
 また、ご指摘ご感想お待ちしています。
 では…



[3371] Part.24 Fake
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/06 10:59
 ズシンッ……ズシン……

 巨体を揺らし、レジギガスは一歩ずつ俺たちの元へ進んできた。
 特性・スロースタート。
 正にその通りの動きだが、それはむしろ恐怖を煽るように見えた。

「とりあえず散りましょう。後はひたすら攻撃を……!」
「ああ」
「はい」

 ロッドさんとコトリちゃんが、巨体を囲むように走り出す。
 声にはまだ、元気は無い。
 あの威圧感に押されているからだろう。

 だが、こいつが相手の場合、迷っていようが何だろうが、その時間全てを攻撃に当てるべきだ。

「リーフブレード!!」

 ジュプトルが、レジギガスに駆け出す。
 小柄なジュプトルと比べると、やはりその巨体は果てしなくでかい―――

 ザンッ

「グ……」
「!?」

 勢いよく突っ込んだジュプトルの攻撃は、レジギガスに確かにヒットした。
 しかし、ダメージを受けていても、まるで壁にでも当ったかのようにレジギガスは弾まず、ただ、自分に攻撃したモンスターを確認しただけだった。

 自分の腹部に攻撃を仕掛けたジュプトルをレジギガスがじっと睨む。
 そして、その太い手をゆっくり振り上げた―――

「回避だっ!!」

 ズ・ダ・ン

「きゃっ!?」
 コトリちゃんが、揺れた地面に悲鳴を上げる。
 レジギガスの攻撃は確かに外れた。
 しかし、ジュプトルのいた場所に深々と穴を開け、全てを揺るがすその腕力は、見た目通りの威力だ。

 あれで、スロースタート……
 攻撃力が下がっているとは思えない。
 もう既に、“開放”されているような気がしてくる位だ。
 単純に体が重く、威力が高いだけだろうが、もしあれで完全に動き出したら、俺たちより先にこの地下室が崩れるだろう。
 そう思って、こいつを目覚めさせた奴も戦いの場を外に移したんだ……

 ………?

 待てよ?
 じゃあ、何でレジギガスはまだここにいるんだ?
 目覚めさせた奴はこいつにやられたのか……?

「気合いパンチ!!」
「グ……ガア―――ッ!!?」

 レジギガスの唸り声に顔を上げると、俺の方を向いていたレジギガスの背後にニョロボンの攻撃が突き刺さっていた。

 効果抜群の攻撃に身悶えし、レジギガスはゆっくりとロッドさんの方を振り返る。

「……リーフブレード!!」
「グ……グゥ……」

 ロッドさんの方を向いたところで、俺はレジギガスの背中の攻撃を仕掛けた。
 ついさっき攻撃を受けた背中に決まったリーフブレードに、今度は、レジギガスは明確なダメージを受ける。

 トレーナーがいない野生のモンスターの最大の弱点。
 それは、指示を与えられない事だ。
 だから、目標を定められない。
 それは“伝説”相手でも変わらないみたいだけど……
 ……このまま攻撃を与え続ければ“普通に倒せてしまう”。

 レジギガスの特性のスロースタート。
 それが制限するのは、攻撃と素早さだけだ。
 耐久力は変わらない。
 それだというのに、たった三発であの悶え様。

 知恵の無さそうなあのレジギガスに演技なんて事は当然出来ないはずだ。
 だから、攻撃はかなり有効に効いているのは間違いない。

「ツバメ返し!!」

 パシンッ

 コトリちゃんのスバメは素早さを生かし、レジギガスの周りを飛びながら攻撃を続けている。
 流石に軽すぎるその攻撃一発一発にはダメージを認識していないだろうが、蓄積しているだろう。

 弱い……?

 俺は、ジュプトルに攻撃の指示を与えながら、答を出した。
 それは戸惑いながらのものだけど、どうしても正しい気がする。
 俺とロッドさんが前後に回ってレジギガスの向きを変え続け、コトリちゃんがレジギガスを翻弄。
 そして、レジギガスは確かなダメージを受け続ける。

 こんな“伝説”、敵じゃない。
 何かが変だ。
 特性云々以前に、耐久力も中途半端。
 現にロッドさんも、目の前の巨体の弱さに、戸惑いがちに攻撃している。

 こんな奴に、“あの3匹”を集められるような奴が負けた?

 確かにロッドさんの“突破”と“精度”をコントロールした、旨い攻撃は効果的で効率的だ。
 常にダブル・ドライブがかかっている様なロッドさんの攻撃なら、ダメージを多く受けるのも分かる。
 だけど、もしかしたらそれがなくても倒せてしまいそうな、レジギガスの弱さ。
 最初からダメージを受けていたようにも見えないし、あれがこいつの全力だというのは間違い無さそうだ。

 じゃあ、もしかしたら、こいつが“開放”されたらそんなに危険な存在になるのだろうか……?

 シュルッ

「グ……グ……」

 俺はフシギソウを繰り出し、レジギガスの両手を縛った。
 立てられた柱を経由して、行動の自由を完全に奪ったそのツタにレジギガスは両手を伸ばされ、完全な的と成り果てる。
 フシギソウのツタが柱に巻きついている所為で、柱そのものの強度と力比べになっているレジギガスに勝利の色は見えない。
 やっぱりだ。
 こいつには何の脅威も感じない。

 そう思うと、目の前の巨体は、“大きい”という威圧感以外を放っていないことに完全に気付いた。
 やっぱり、スロースタートの能力減少が効いているんだろうか?

「ロッドさん、もしかしたらそろそろ“開放”されるかもしれません!! ここで一気に決めましょう!!」
「ああ!!」

 まあ、何にせよ、早く倒すのに越した事はない。
 当初の予定通りに動くだけだ……
 本当に“開放”されて、手に負えなくなる前に、全員の最強技で……!

「コトリちゃん、スバメをこっちに!!」
「? はい!」

 コトリちゃんのスバメが飛んでくる。
 ここまで有利に戦いを進めておいて“開放”されて手に負えなくなった、じゃあ、笑い話にもならない。
 “使う”……か。

 スバメが、俺の元にやって来る。
「フシギソウ……」
 俺はフシギソウに指示を与え、レジギガスを見る。
 ニョロボンが丁度、レジギガスに突っ込んでいくところだった。

「気合いパンチ!!」

 ガンッ

「ガアァァアァアア―――!!!」
 レジギガスが、今まで以上の叫びを上げる。
 限界が近い……!

「コトリちゃん!! “空元気”を!!」
「!? え!? あ、はい! 空元気!!」
 コトリちゃんが戸惑いながら“異常状態”になっていると威力の上がる攻撃を指示する。

「グ……ガアッ!!」

 空元気に近い特性・根性と組み合わせれば強力な一撃に昇華するその一撃は、レジギガスに鋭く突き刺さった。

「え? あれ!?」
「ジュプトル……」
 コトリちゃんが、予想以上の威力だったその技に、戸惑っている中、俺はジュプトルと共に、レジギガスに狙いを定めた。
 今の俺の威力の面で最強の攻撃を放つ為に……
 まあ、定める必要もない。

 何せ、“砂嵐の遠くに見えた入り口”よりは難易度が極端に下がる―――

「リーフストーム!!」

 シュバッ

「グ……ギィ……グガァアアァァアァアァアァアアア―――!!!?」

 ジュプトルの放った大量の鋭い葉が、当然にレジギガスを捉える。
 ダメージは絶大だ。
 そして……

 ズウンッ

 レジギガスは、両手のツタを千切りながら倒れ込んだ。
 やっぱり、こいつは弱い。
 別に“成長”させ続けた訳でもない、今の威力で切れる程度のツタを、引きちぎる事すら出来なかったのだから……

「た……倒したんですか?」
 コトリちゃんが駆け寄ってくる。
「……多分…ね。ベイリーフ」
 俺はベイリーフを繰り出した。
 さ、治療しないとな。

「アロマセラピー」
 ベイリーフのその技で、スバメの“異常状態”が治っていく。
 ここまで入念にやる必要もなかったかな?

「毒の粉……か」
 ロッドさんがゆっくりと近付きながら、フシギソウの放った技を当てた。
 ああ、流石にこの人の前じゃ隠し通せなかったか……。
 スバメの動きは痺れているようには見えなかったろうし。

「え? 毒って登録しましたっけ……?」
 コトリちゃんがご丁寧にもシェア・リングという逃げ道を塞いでくれた。
 ウチのチームは基本的に、俺以外“登録機”のチェックをしないから、隠し通せるかな? って思ってたんだけどな……

「君もダブル・ドライブなのか。“成長”と“侵蝕”の」
「え……ええ、まあ」
「ええっ!? そうなんですか!!?」

 パアッ

 コトリちゃんが叫んだところで、俺のジュプトルとコトリちゃんのスバメが光を放った。
 まあ、そろそろだったか。

「なっ、何で……?」
 その光に気をとられることもなく、コトリちゃんは俺を見る。
「まあ、隠している訳でもなかったんだけどね……誰にも察知されない様に場を蝕む“侵蝕”ってイメージ悪そうで中々言い出せなくて……ははは……」
 俺は何時ものように笑いながら、進化したジュカインたちをボールに戻した。
 まあ、こういうことを言わないのが俺だし…。
 そういう意味では、見事に体現しちまってるな……

「それにしても……あんなのが“伝説”なんですか?」
 俺が、そう聞いてもロッドさんは渋い表情を返してきただけだった。
 レジギガスは倒れたまま動かない。
 俺たちはそれを、ただ“普通”に眺めていた。
 “伝説”を倒したはずなのに何の感慨も浮かんでこないのは、一重にレジギガスの弱さに起因してのものだろう。

「でも、倒したんですよ……ね?」
 コトリちゃんが、進化したオオスバメをボールに戻す。
 やっぱりコトリちゃんも、腑に落ちない顔をしている。

「確かに変だったよね……スロースタートと言えども……」
「一つ、いいかな?」
 ロッドさんが、弱すぎたレジギガスに背を向けながら俺に疑惑の目を向けた。

「君は何故、そんなに詳しい? “伝説”は……ましてやその特性なんて霧の中の筈だ」
 俺は、頬をポリポリかいた。
 何時もみたいには笑わない。
 ロッドさんの目は真剣だった。

「何者だ?」

 この人は当然、俺たちの事情を知らない。
 だから、疑問に思うのは当然か。
 説明するのは時間がかかるな……

 ただ、何者だ?……か。
 それには、直に答えられる。
 この世界の、俺の役割……

「俺は“傍観者”ですよ」
 あるいはそれは、元の世界でも同じ事かもしれないけど……

「あっ、あれ!!」
「「!!?」」
 コトリちゃんが、何かを言い出しそうだったロッドさんを遮って、大声を上げた。
 指は、レジギガスを指している。
 何だ……動き出したのか!?

―――!!?

「何だ!?」
 ロッドさんが、俺を説明を求めるように見たが、俺にだって分からない。
 目の前の、レジギガスは体の形を崩し始めていた。

 何だあれ…?
 レジギガスが“溶け出す”なんて事………

「……! まさか……!」
 俺が、ある結論に至ったところで、レジギガス(最早、そうではない物体だが)は水の様に地面に沁み込んでいった。

「メ……メタモン……だったのか」
 レジギガスが、完全に“地面の染み”になったところで、俺はそう呟いた。

 なるほどね…。

 それならあの弱さも説明が付く。
 あの“伝説”は、あいつを倒した誰かが“変身”によって創り出したまがい物だったのだから……。

 ……!? 待てよ? じゃあ、それを演出したのは誰だ?
 そうだ、何でそれを一番に考えなかった。
 レジギガスを倒し、あるいは捕獲した“誰か”は何者だ?

 そして、最も深刻なこと……
 閉鎖された町でのあの“惨劇”。
 レジギガスを倒せた奴なら、悠々と入り口の岩を何とか出来た筈だ。
 じゃあ、そいつは今……

―――!!?

「なっ、何ですか……!? この熱気!?」
 俺がそこまで考えたところで、地下のこの部屋に“熱”が届いた。
「外……か?」
 ロッドさんも、何となく上を見る。
「ま……まさか……カイさん?」
「そうっぽいね……急ごう」
 俺は、走り出した。
 この熱気……カイが全力で戦っている……!

 恐らくそれが、さっきのメタモンのトレーナーだ。
 そして、レジギガスとの戦いの中で、あの町を滅ぼした存在……!

 広い地下の道を走る。
 曲がり道を迷いもせずに曲がった時、俺はこの町で何が起きたのか理解出来た気がした。

 事の始まりは、数日前の大地震。
 こんな閉鎖された町にいた人々は、その大きさに危険を感じ、この聖堂の避難所に殆ど例外なく駆け込む。
 その地震がその“誰か”の手によるものなのかただの偶然かは分からないが、ほぼ町の全員があの“赤黒い海”に集まったのだろう。
 しかし、その“誰か”の目的は、当然、レジギガスだった。

 町の人たちが、突然の地震に避難所で祈りを捧げている中、その“誰か”がレジギガスを目覚めさせ、中で闘うと崩れる可能性があると考え、建物の外に連れ出そうとした。

 しかし、レジギガスは“道を間違えた”。
 この曲がり角を曲がらず、避難所に突き進んでいったのだろう。
 そしてその頃、レジギガスは“開放”されていたのかもしれない。
 避難所に突如突っ込んできた“猛威”に町の人たちは抗う事も出来ずに、潰された。
 そして、町の外での戦闘。
 それが何日続いたのか分からないが、町を破壊するに十分な威力を持って戦ったのだろう。

 “伝説”と“化け物”の戦い。

 それが、この町の“惨劇”の正体だ……!

 そして、今カイたちはその“化け物”と戦っている―――

 ああくそ……って、ああくそ、うつった!?
 って、馬鹿な事考えている場合じゃない!

 急がないと、あいつらもあの町の“一部”になっちまう……!!


~~~~


「あ……え?」
 私の、視線の先には“二人”のフェイルがいた。

 一人は、私たちが倒したフェイル。
 未だ仰向けに倒れ、起き上がらない。

 もう一人は、ムクホークと共に空を飛んでいるフェイル。
 私たちに、自然に視線を向けている。

 タン

 宙に浮いていたフェイルの方が、革靴の音を響かせながら着地した。
 あまりにありえない光景に、今までフェイルを見るや否や飛び掛っていたラナもじっとしている。
 カイは……倒れたきり動かない……!

「ん、思った通り、喰らったら終わりの攻撃を閃いていたか。“代わっておいて”良かったよ」
「ああっ!?」
 もう一人のフェイルを見ていたラナが大声を上げた。
「何あれ!?」
 ラナの視線を追った私の目に映ったのは、グロテスクな光景だった。
 倒れているフェイルが、“溶け始めている”。

「“変身”だよ。このメタモンは便利でね。体の一部を切り離して変身出来たり、人間にだって化けられたりする。変身スピードも中々のものだ」
「何時の間に!?」
 ラナが食いかかるように叫んだ。

 フェイルはそう聞いて、倒れているカイを指差した。
「そのカイって人が、何かを思いついた目をしたからね。嫌な予感がしたら、離れる。それは自然な考え方だろう?」

 何時の間に……?
 答を聞いても、私にはタイミングが分からなかった。
 作戦を話していた時だって、カイはフェイルを見ていたような気がする。
 そして、それよりフェイルは、私でも気付かなかったカイのそんな僅かな変化を敏感に察したのだろうか……?

「さて、困ったな」
 フェイルが、倒れているカビゴンとメタモンをボールに戻した。
「この2体はもう戦えないみたいだ。やっぱり遠距離攻撃なんていう、人の戦闘スタイルを真似するなんて不自然な事だったかな」
「………!」
 フェイルが、別のボールを取り出す。
 そうだ。
 この男……いや、“脅威”は全く消えていない。

 しかも……カイはもう動けない……!

「自分の戦闘スタイル。そっちの方が良さそうだ」

―――!!?

 フェイルの気配が完全に変わった。
 遊び半分の目から、本気の目へ。
 その遊び半分の時に届かなかった私たちは、さっきよりも絶望的に戦力が低い状態で戦わなければならない……

「Double drive:Inevitable impact!!」

 ビュッ

 ラナの指示にエルレイドの影が突っ込む。
 さっきよりも、遥かに数が多い―――

「ん、無駄だよ」

 バシッ

「!!?」
 一瞬の出来事……しかし、私はその光景が目で追えた。

 今、フェイルの元にはエルレイドの本体と、その攻撃を抑える繰り出されたザングースがいる。
 ……その攻撃全てを押えた、ザングースが。

「攻撃タイミングを幻覚で誤認させて必然的に当る技。だったら騙されてでも、その全てを受け切れればいい」
「!!」

 それが……ラナのダブル・ドライブの攻略法?
 いや、この男の自然な口調に騙されてはいけない。
 そんなモノは、方法とは呼ばない。
 そんな絶対に不可能な事が“方法”として存在していいはずがない……!

「究極のポテンシャル」

 ガンッ

「エルレイド!!?」
 エルレイドは、ザングースに弾き飛ばされ、壁に突っ込まされた。
 もう、戦闘不能だ……。

「自分の力の可能性。誰にでもあるはずだけど、誰もそれに気付けない。それをひたすら引き伸ばす力。それが“必然”」

 それを完璧に体現している男は、ボールを構え、腰を落とす。

「さて、始めようか。超近距離戦を」

 駄目だ……。
 私は、事態を完璧に察した。
 カイは倒れ、私の残りはポッタイシだけ。
 ラナにいたっては手持ちがいない。

 こんな状況で、息も切らしていないフェイルとの激突。
 それは、ただの“殺人”だ。
 こっちには、ぶつけるだけの“我”なんてない……!

 ラナも、動かない。
 ただ、拳を作って震えているだけ。
 それが、恐怖なのか悔しさなのか分からないけど、手の打ちようがない事だけは、はっきり分かっているみたいだ……

「と、言いたいところだけど」

「………え?」
 フェイルはボールを腰に戻した。
 その一瞬で、場を支配していた空気が消える。

「チーム・ストレンジだよね?」
「!!?」

 私は、息も詰まりそうなほど驚いた。
 だけど、首を思わず縦に振る。
 その男の、あまりに自然な口調に。

「やっぱり。ムクホーク」
 フェイルの声に反応して、ムクホークがフェイルの肩を掴み、そのまま離陸する。
「え……何で?」
 飛んだフェイルは、指で倒れているカイを再び指した。

「“上昇”と“停止”。そんな不自然な組み合わせのダブル・ドライブを持ったトレーナーなんて、そういるものじゃないからね」

 フェイルは困ったように、腰のボールを触った。
「ドラクの奴に“これ”を貰った時言っていたよ。チーム・ストレンジは俺が殺す、って。それに、ペルセにも気になるから手を出すなって言われててね」

 ……!!

 ドラクにペルセ。
 もうコンタクトは、当然に取れているみたいだ。
 そして、あの二人は私たちを狙っている……!

「ん、楽しかった。彼に伝えておいてもらえるかな? やっぱり、整理体操にはなっていたって」

 バサッ、バサッ

 フェイルはそう言って、出口に向かって飛び立った。
 羽音を残して遠ざかるその背中を、私たちは呆然と見送る。

 助かった……の?
 私はそう思った時、ぺたんと座った。
 同時に隣でも、同じ気配がする。
 ラナも流石に、今度は追う気力もないみたいだ。

「あっ!! いました!!」
 後ろから、コトリの声がする。
 急いだ足音が聞えてきた。
 スズキたちが戻ってきたみたいだ……。

 ああ、本当に助かったみたいだ。
 気が抜けて、私の意識はどんどん沈んでいく。

 ゴメン、カイ。
 起きたらベッドの上にいさせてあげるって約束……私は守れそうにない。

 後は、スズキたちに任せよう。
 私は地面に倒れこんだ。


------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 更新は、思っていたより早めに出来ました。
 ただ、次回の更新は(何時も書いて、しかも守っていないように思いますが…)多分、遅れてしまいます。
 また、ご指摘ご感想お待ちしています。
 では…



[3371] Part.25 Mind
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/21 07:09
「ふう…」
 俺は、プレシャス・ビリングでの後始末を終え、帰路に着いていた。
 終えたと言っても、一旦解散というだけのものだ。
 仮眠を取ったら、直に集合する事になっている。
 口から出た溜息も、疲労の色が強い。
 クリエール・シティの町の人に協力を仰ぎ、生存者捜索を行ったが、やはり結果は“0”というものだった。
 もう空も、明るくなってきている。

 “彼ら”は今、俺とラナの家に泊まっている。
 捜索を手伝うと言ってはいたが、流石にメンバー内の二人が倒れ、一応部外者でもある彼らにそこまでは望めない。

 町に事情を伝えに来たついでに俺たちの家まで送り届け、今はラナと共に休んでいるだろう。
 聞いた話では、チーム・パイオニアと戦ったそうだ。
 そして、“運よく”生きていられた。
 共に戦ったラナも“運よく”。

 そんな思考に、俺は再び溜息を吐いた。
 両親の敵であるはずのそれを、災害か何かだと割り切っている自分。
 俺にだって悔しいという感情はある。
 ただ、あれは“事故”であったというのが“正しいことになっている”。
 俺は、それを“受け入れざるを得なかった”。
 けど、ラナはそれを強く拒んでいる。
 そんな事はとっくの昔から分かっていた。

 俺とラナの考え方。
 どっちの方が優れているかなんて比べられない。
 ただ、ラナにとってその考え方は心を痛めていっている。
 だから、あいつは直に“忘れる”ことを覚えたんだ。
 余裕のない心の中にある“それ”以外のものを、外に弾き出す事を。
 弱い自分を守るために。
 そんな事はとっくの昔から分かっていた。

 普段は気楽そうに見えるラナは、実はもう一杯一杯だったのだろう。
 いや、あいつは何時だってギリギリだったのかもしれない。
 唯一つの事に過敏に反応するように備え続けていたラナの渇いた心は、ここにい続けるだけじゃ解決しない。
 そんな事はとっくの昔から分かっていた。

 そして、渇いた心で突き進んだラナの起した今回の事態。
 “伝説”と“化け物”の戦いを封印出来ていたとも考えられるけど、もしかしたら、一人や二人は助けられたのではないだろうか…?
 遺体の様子を見るに、戦いは大分前に決着がついていたようだ。
 ただそれでも、もしかしたら、という考えが頭から離れなかった。

 “最強”であり、“災害”であるチーム・パイオニア。
 そう考えるなら、悪いのは全てこちら側ということになる。
 異常気象に備えずに死んだとしたら、それは備えなかったのが悪いと考えられるのだから。
 また、異常気象はまず起こらない。
 だから、割り切れる。
 それは、俺が導き出した……“導き出さずを得なかった”解だ。

 今だって、割り切っている。
 そう思って開けた家のドアは思ったより強く開いてしまった。
 もう全員、寝ているだろうから静かに行動すべきだ。

「……! ラナ?」
「あ……ロッド」
 リビングに入ると、ラナが机に頬杖をつきながら座っていた。
 指は、リングを弄っている。
 そういえば、さっき戦闘中に渡されたと言っていたな。
「どうした? お前が起きているなんて珍しいじゃないか? 電気も点けないで」
「え? うーん……何か、目が覚めて」
 どこか毒気が抜けたように、ラナはリングを指で回し続ける。
 ただ、その目を見るに、寝ていない事は明らかだった。

「ねえ、ロッド」
「何だ?」
「何か、変な感じがする」
「……そうか」
 俺は、ラナの正面の椅子を引いて座った。

「今日さ……“あのチーム”に会ったよ」
「ああ、聞いたよ」
「で、戦った」
「ああ、聞いたよ」
「負けたけど……一回勝ったと思ったんだ。その時から何か変な感じがする。悔しいのに」
 言葉通りにラナは、腑に落ちない顔をする。
 自分に生まれた感情に、名前をつけられないからだろう。
「ねえ、ロッド。ボクはどうなったんだと思う?」
 今、ラナに生まれている感情。
 そんなものは、俺にだって名前をつけられない。
 達成感でもない。悔恨でもない。
 ただ、表情を見るに、完全にマイナスの感情ではないみたいだ。
 もしかしたら、それは世界の一部を知ったことへの“感動”というものかもしれない。

 やっぱり、こいつは何も知らない。
 両親の死を……“俺の肩越しに見た”時から、こいつの時間は止まったままだ。
 あの時から、ラナは自分の事で完全に手一杯になってしまっている。

「それと……今日、初めてロッド以外の人と協力したよ。それも、何か変な感じなんだ」
 ラナは俺に目を合わせず、リングを弄る。
「後、あの人たち……チーム・パイオニアに狙われているらしいんだ。ねえ、ロッド、ボクはどうしたらいいと思う?」
 ラナの口から何度も出る疑問。
 それは、俺に何かを期待してのものだと直に分かった。
 こいつが待っているのは、きっかけだ。
 背中を押してくれる何か。
 戦いが終わった事で、踏ん切りが完全にはつかなくなってしまったんだろう。

 じゃあ、俺の役目は……

「それは………お前が決めろ」
「………!」
 俺は背中を押さなかった。
「ロッド、だからボクは何をしたらいいのか分からな……」
「……分かってるんだろ? 自分が何をしたいのかは」
 そう言うと、ラナは固まった。
 ほら。答は出てるじゃないか。

「旅に出たいなら、止めないし、薦めもしない。自分で選べ」
 俺は極力冷たくなるように意識して、声を出した。

 これは、その部分だけが違う、ずっと前にあったやり取りのような気がする。
 ラナがトレーナーになりたいと決意した時だ。
 あの時の俺は背中を押した。
 そうしないと多分、ラナはどこかで折れてしまっただろうから。
 背中を押す手があれば、こいつは迷いながらも前へ進める。

 けど、今回はそうはしない。
 世界に出るのは、トレーナーになるより過酷なこと。
 ましてやゴールが“あのチーム”なら尚更だ。

「じゃあ、ロッドも一緒に……」
「俺は駄目だ。ここで“やらなきゃいけない事”があるからな」
「何だよ、それ……」
「お前は“まだ”知らなくていい事だ」
 俺がぴしゃりと言うと、ラナは言葉に詰まり唸った。

 そうだ。悩め、ラナ。
 そうやって選んだ答じゃないと、迷い続ける事になる。
 旅の途中で止まってしまった時、離れた場所にいる俺にはその背中を押す事が出来ないんだ。
 “過酷”に向かって進むのに、最初の一歩を踏み出す位の心の強さがなくてどうするんだよ。
 そして、旅に出るなら、その強さを見せて、俺に“期待”させてくれ。
 あれは“災害”じゃなかった……と。

 ラナは、閉じていた目をゆっくり開けて、俺の目を真っ直ぐ見た。

「ロッド……ボクは行きたい。いいよね?」

「ああ、止めない。ただ、あの人たちについていくなら許可は取れよ?」
 俺がそう言うと、ラナは渋い顔をした。
 でも、駄目だ。俺は仲介に入らない。
 少しは人との付き合いを覚えないと、チームで旅なんて出来やしない。

「ちゃんと挨拶もだ。“よろしくお願いします”って言えよ」
「うぅ…」
「それと……」
「……?」
「お前、協力して闘ったって言ったな。どうせ助けられたんだろう。お礼は言ったのか?」
「………! うぅ……」
「じゃあまずは、それからだ。“ありがとう”。言わなくちゃ、仲間に入れてもらえない」
「ま、まあ、ボクはもう寝るよ。起きたらそうする」
 ラナはそう言って、わざとらしく欠伸をすると、リビングを出て行った。
 何時もああやって先延ばしにするのは、ラナの悪い癖だ。
 そしてその結果、忘れる。

 ただ、今回、ラナは忘れないだろう。
 そして、彼らが許可するかどうか分からないが、いずれにせよ旅に出ることになる。

 それはきっと、俺の本当の望みとは違うのかもしれないけど……。


~~~~


 私が目を開けた時は、ベッドの中だった。
 外は、明るい。
 見慣れない天井から視線を部屋に移すと、そこがロッドさんたちの家だという事が直感的に分かった。
 隣のベッドには、コトリが眠っている。
 どうやらここは、ロッドさんたちの両親の部屋みたいだ。

 そして、直に蘇る気絶した記憶。
 それと同時に震え出した体を押えて、私は立ち上がった。

 あのフェイルと言う男。
 今思い出しても、“強い”としか形容できない。
 ペルセやドラクと違って小手先のトリックに頼らずに、本質的な強さで完全に戦闘を支配していた。
 確かにメタモンを使ってはいたけど、あんなものはフェイルの強さのほんの一部に過ぎない。
 そう断言できてしまう程、フェイルは“遠い”世界にいた。

 フェイルは言っていた。
 “プロは目標を変えたりしない”……と。
 フェイルの目標は帰る事だったのだから、フェイルの行動はある意味首尾一貫していたのかもしれない。
 私たちの心を折って、悠々とその場を去ったフェイル。
 私は改めて、チーム・パイオニアがどういう存在なのかを知った気がした。

 でも今気になるには、カイの事だ。
 明らかにおかしな倒れ方をしたカイ。
 私がここに運ばれていたって事は、カイもこの家のどこかにいるのだろう。
 探さないと……。

 私はコトリの規則正しい寝息を乱さぬように、静かに部屋を出た。

「……あ」
「あ………おはよう」
「………うん」
 私が部屋を出たところで、ばったりとラナに出くわした。
 ラナは、困ったように視線を外したり、何となく指につけたリングを触ったりしている。
「えっと……どうしたの?」
「え? あ……あの……話があるんだ…けど…」
「?」
 私が首をかしげると、ラナは顔を真っ赤にしながら言った。
「“ありがとう”と“よろしくお願いします”」
「………え?」
 これでこの子が何を言っているのか分かったら読心術のスキルがあることになるだろう。
 生憎私は読心術のスキルがないみたいで、芸もなく普通に聞き返した。

「えっと、ボクをチームに入れて下さい」
 ラナは、私の目を見ながら言った。
 緊張しているのか膝と手が震えている。
 やっぱりこの子、人との付き合いが苦手なのかもしれない。
 そして、心はきっと弱い。

 でも……決死の覚悟で言ってもらっておいて何なんだけど……

「あのね、私としてはいいとは思うんだけど、私じゃなくて、リーダーに言った方が……」
「………!」
 ラナは視線を外した。
 顔は相変わらず赤い。
 このミスは広げない方がいいかもね……。

「えっと、そう、私もそのリーダーを探しているのよ。ねえ、カイが何所で寝ているか知らない?」
 私がそう言った時、ラナの顔が一気に渋くなった。
「リーダーって、あの人?」
「そ。カイに頼むなら、さっきの二つに加えて“ごめんなさい”も言わないとね」
「うぅ……どんどん増えていく…」
 ラナは肩を落とした。
「それから、あなたに言わないといけない事もあったわ」
 私は、ラナの肩に手を置いた。

「もう少し、周りを見なさい。“譲れない”っていうのは、カイにもそんな事があるから分かるけど、それで死んじゃったら、残された人はどんな気持ちになると思う?」
 ラナの表情は沈んで赤くなった。
 あの戦いで自分が暴走して、どういう事態になったのか冷静になって考えた結果だろう。
 何だか、苛めている様な感覚になってきたが、今言わないといけないことだ。
 特に……“これから一緒にやっていくのだから”。

「私から見ればどうでもいいことで、誰かがいなくなるのは絶対に嫌。確かに大切な問題だから、強く止めはしないけど、せめて相談して」
「……うん。分かった」
 ラナは、微笑んで頷いた。
 少しは心を開いてくれているのかしらね。
「私からはそれだけ。後はカイが何て言うかな?」
 そう言いながらも、私はカイが何て言うか見当が付いていた。
 ただ、ラナの顔はカイの名前が出たと同時に、渋い顔に戻ったけど。

「ボク、あの人に恨みをかっている気がする」
「それに気付いているだけでも立派よ」
「馬鹿にされている気がするよ……えっと…レイ…さん?」
「そ、レイさんよ。ラナ…でいい?」
「うん」
 さ、自己紹介(?)も終わったし、カイを探しましょうか。
 私の役目は、ラナをチームに馴染ませる事……かな?
 何だかスズキに教育係とか言われて、馬鹿にされそうな気がしてきた…。

「ねえ、レイさん」
「何?」
「あの人の“譲れない事”って何? やっぱり、チーム・パイオニアの事?」
「うーん……」
 私は目を閉じた。
 あいつにとっての“譲れない事”。
 この世界に来てから増えている様に見える。
 元の世界でも、口に出していないものを持っていたような気がする。
 予想は出来るけど、私にとって確実に分かるのは一つだけ……かな。

「あいつね、タバコを吸ってるんだけど……」
「そういえば、タバコ臭かった」
 ラナは、自分の服の匂いを確認するように腕を鼻に当てた。
 そういえばラナは、カイに抱え込まれたんだっけ……
「で、落とした火は絶対に消すんだってっ」
「レイさん? 何か怒って……」
 思った以上に強い声が出ていたみたいだ。

「………って、え? それだけ?」
 ラナは拍子抜けしたように言った。
「はっきり聞いたのはね。まあ、それ以外にも色々あるみたいよ。多分、チーム・パイオニアに関することもその一つ。あいつはバカだから、一人で抱え込もうとしているけど。気付いてないとでも思ってるのかしらね?」
 本当に、あいつは勝手だ…。

「ふーん……え? あのチームとタバコの火が同列なの?」
「………あいつにとってはね」
 この話はしていいのか分からない。
 ただ、私が知っているのは、火を消す事だけじゃなかったりする。
 タバコ関連のもう一つの話。いや、消す理由も同じ話の一部だ。
 下らないと言えば下らない。
 あいつが、タバコを“吸っている理由”。
 私にとって、そんな事よりカイの健康の方が大切だったから、止めろとは言っているけど、そこまで強く出れない理由。
 話してくれたカイは、簡単に言っていたから、多分大丈夫なんだろうけど……。
 ラナは、大きな瞳で私を見ている。
 ああもう、これは言わなきゃいけない感じね……

「あいつはね、育ての親を火事で亡くしているの。生みの親もいないから天涯孤独って感じかな」
「……え?」
「そう、言い方は悪いかもしれないけど、あなたと一緒……。ただ、カイに兄弟はいなかったけどね」
 その時私の脳裏には、あの頃のカイの姿。
 学校から家までの道を意図的に変えて通った空き地に、座り込んでいた男の子。
 その子はただ、ぼうっと空の色だけを見ていた。

「それで、カイがタバコを吸っているのは、“証明”するためなんだって」
「“証明”?」
 私は頷く。

「その火事。私も詳しくは知らないけど、原因不明だったの。ただ、その育ての親の人の寝室が出火元だったらしくて……結果は、タバコの火の不始末だってことになったらしいわよ」
「それで……タバコの火?」
「うん。だけど、カイが言うにはそんな訳はないって。『あいつはちゃんと何時も消していた』って言ってた。けど、そんな子供の言う事より、どう考えても導かれた結論の方が合理的で信憑性があった。当然結果は動かなかったわ」
 全部カイから聞いた話だ。
 その時、どこか悔しそうだったカイは自分のポケットからタバコを取り出して言っていた。
「『じゃあ、あいつに育てられた俺が、タバコの火を点けたら絶対に消す。それで“証明”出来るだろ』そんな事をカイが言い出してタバコを吸い始めた時は……流石に思い切り殴ったわよ。だって、お使いだって思われるような歳からだったし。でも、それ以降もあいつは吸い続けて……そして、全部消していった」
 本当に下らない話だ。
 それで、何がどうなるのか、と言ってしまえばそれまでの。
 ただ、カイの中では意味があることになっている。
 私にとっては、そんな事はどうでもいいことなんだけど……ね。

「ま、話は戻るけど、多分、カイはチームに入れてくれるわよ。確かに恨まれてはいるかもしれないけど、あいつは“譲れない事”とかを持っていると、きっと共感すると思うから」
 ラナは無言だった。
 やっぱり言わなかった方が良かったかしら?
 カイにも許可取ってないし。
 でもきっと、ラナが少しでも馴染めるなら、カイはこの話をすることを止めなかったろう。
 同情を集めるつもりではなく、ただ背景を知る事は、その人を理解するのに大切な事の一つだと思うから……。

「さ、カイのところに行きましょう。何所の部屋?」
「……ロッドの部屋だよ。こっち」
 前を歩くラナの表情は見えない。
 ただ、何か思うことがあったのだろう。
 そして、私もあの話をしている中、色んなことを思い出した。
 あいつと出会ったあの日の事。
 私の人生一番のターニング・ポイントは、もしかしたらこの世界に来た事じゃなく、あの時あの場所だったのかもしれない。

 まあ、過去を振り返るのもいいけど、今は今日の夜の事を考えないと。
 どうせ誰も、チーム入り記念を考えないんだろうしね。


~~~~


「二回目」
「ああ」
「お前、それ二回目」
「だから、分かってるって」
 俺はベッドに寝ながら、スズキに冷めた視線を送っていた。
 痛みは引いていたが、体はまだうまく動かない。
 スズキのヤロウは、椅子の背もたれを正面に体をぶら下げるようにだらしなく座っている。

 目が覚めた俺は、ベッドの上にいた。
 目の前にいたスズキの話だと、ロッドさんの部屋らしい。

 今、俺たちがやっていたのはお互いの情報交換だった。
 俺は町で、スズキは聖堂で何が起きたのかと俺が倒れたその後を話す。
 どうやら、フェイルは去っていったみたいだ。
 レイとラナは無事だったらしい。
 とりあえず良かった。詳しくはまたレイに聞かないとな。
 そして、俺とレイはロッドさんやモンスターにこの家に運ばれたとの事だった。

 ただ……

 その中でふと出てきた、こいつの適合タイプ。
 知らないヤツが一つ増えていた。

「あのさ、おかしくねぇか? 確かにお前は嘘は言っていないよ。けどさ、俺は“言わない”っていう嘘も在ると思うんだ」
「まあ、いいじゃんいいじゃん。どうせ知ってたって何も変わらなかったんだし」
「スズキ。今、体がダルくて動けないんだけど、動いてたら殴るのに十分な気力はあるぞ?」
「それにしても、お互いにモンスターが進化したのはいい事だ」
「その話の変え方、強引過ぎないか?」
 スズキは、はははと笑う。
 何かすげぇ腹立つな。

 スズキはこんな調子だし、レイは暴力女、コトリはそのレイに似てきている感じがする。そして、何所にいるのか完全に分からない自己中なグランに、第二号の完全自己中女ラナ。

 ……シェア・リングを持っている奴らは、名前と違って殆ど共有していなかった。

 そういや、大丈夫だったのかな……?
 リクトからのリングを配り歩いて。

「ま、冗談はともかく、カイ。どう思う?」
「……その、レジギガス…だっけ? その代わりにフェイルがメタモンを置いていった事か?」
「お、話が早いね」
「まあ、一番気になったのはそこだ。捕獲はしたんだろうが、何でそこに代わりを置いていったのか」
「ああ。別にそのまま去っても良さそうだったのに」
「……お前はどう思うんだ?」
 俺の問いにスズキは目を細めた。
 こういう時のスズキの予想は大体当る。
「そうだな……ただのジョークとも考えれるけど……俺は“警告”の様な気がした」
「“警告”?」
「ああ……“追ってくるな”。それをすれば、この本物以上のモノと戦う事になるぞ……って感じかな。俺たちが倒したメタモンも、弱かったと言えば弱かったけど、地面に深々と穴を開ける威力は持っていた。そのフェイルって奴が無の適合者って事も関係しているんだろうけど、もし、あんなレジギガスでも何の知識もなく出会ったら、ぺしゃんこにされる奴はいたかもしれない」
 確かに。
 スズキの話を聞くに、想像以上にあっさり倒せたのは、スズキの指示によるところが大きいだろう。
 もし一般のトレーナーなら様子見から入って、その、スロースタートとかいう特性が解除されてやられるってパターンが多そうだ。

 それにしても、“追ってくるな”……か。
 確かに今の俺たちじゃ、フェイルは追ってはいけない存在だった。
 だが、それをやっている理由。
 それは恐らく、“面倒だから”だ。
 まがい物の“伝説”すら超えられないなら、戦う意味は無い。
 そう、暗に伝えているのだろう。
 そして、それを言うのに相応しい“存在”だ。

「で、俺らはこれからどうするんだ?」
「……これからの旅は伝説関係の方面を中心に進めてくぞ。チーム・パイオニアをむしろこっちから探してやる」
 チーム・パイオニアが遠いなんて事は分かっている。
 だけど、それに挑まなければいけない。
 力量の差は十分ある。
 だけど、これ以上先延ばしにしたくはない。

「ははは……まあ、そう言うと思ったよ。俺は賛成だぜ。面白そうだし」
「ああ、っていうかそもそも、元の世界に帰る方法もそれなんだから方向は全部一緒なんだけどな」
 そうだ。
 いい加減、元の世界に帰る……世界を渡る“伝説”の見当ぐらいつけないと。
 世界……世界……か。待てよ? リクトがずっと前に何かそんな話をしていたような気が……
「なあ、カイ……」
「ん? あっ、ていうか、お前が一番見当付けられそうなんだから、元の世界に帰る方法思いつかないのか?」
 スズキは、いんや、と首を振った。
 ……怪しいもんだね。
「……たださ、カイ。無理に探さなくていいんじゃないか? ほら、前にも言ったと思うけど、この世界楽しいし」
 スズキは、俺から視線を外している。

 ああ、前も聞いたよその話は。
 そして、正に昨日、それについて考えようとして……止めたんだ。
 その考え方は俺たちの旅を根底から覆す危険なモノだからな。
 そもそも、頭を使うのは得意じゃないんだ俺は。
 いや、もしかしたら、目を背けたいのかもしれない……のか?

「まあ、その話は後回しにしておこうぜ。とりあえずは今のことだろ」
「そう……だな」
 スズキがそう呟くように言ったところで、ノックの音が聞えた。

「ん? えっと?」
「あ、カイ? 目覚めた?」
「ああ、入っていいぞ」
 扉の向こうから聞えたレイの声。
 入ってきたその姿を見て、俺は安堵の息を吐いた。
 ああ、マジで無事だったか。
「言ったろ?」
「あ、お前の信用今ゼロだから」
「え? 酷くね?」
 スズキは拗ねたように言う。
 まあ、別に信用していなかった訳じゃない。ただ、姿を見ないと安心出来ないって事あるだろ?

 レイがベッドに近付いてくる。
 そしてその後ろに、ラナの姿を見つけた。
「………ああ、お前も……まあ、良かったよ」
 ラナは何だか微妙な顔をしている。
 ……もしかして、俺今危険なのか? 今襲い掛かられたら、とてもじゃないが対応出来ない。
 感覚は大分戻ってきたけど、戦闘なんて絶対に不可能だ。
「ほら、言わないと」
「う、うん」
 レイに小さく突かれて、ラナが一歩前へ出てきた。
「あの、えっと……」
「……?」
 ラナの顔が赤くなっていく。
 何が始まるんだよ?
「“ごめんなさい”と“ありがとう”と“よろしくお願いします”」
「………は?」
 これでこいつが何を言っているのか分かったら読心術のスキルがあることになるだろう。
 生憎俺は読心術のスキルがないみたいで、芸もなく普通に聞き返した。

「えっと……」
「ほら、私の時には言ってたでしょ?」
 そのやり取りで、俺は何となくラナの言いたいことが分かった。
 ああ、そういうことか。

「ボクは、チーム・パイオニアを倒したい」
「え……?」
 レイが戸惑った声を出す。
 予想していた言葉と違ったんだろうか……?

「それがボクにとっての“譲れない事”だから」
 ラナは、顔を真っ赤にして、尚も続けた。

「君たちも、チーム・パイオニアを追っているし、逆に狙われてもいる」
 ラナの緊張具合と言ったら見ている俺が緊張してくるぐらいだ。
 体は震えている。

「だから、ボクを一緒に戦わせて下さい」

 ラナはピンと立って、俺の言葉を待った。
 レイは俺に、目線で合図を送る。
 ああ、分かったよ。
 正直、殺されかけたこっちとしてはどうかと思うけど、ここまで正直に言われて断る訳にはいかねぇか。

「俺はカイ。こいつはスズキ。レイはもう知ってるな? 後は、お前くらいの背の奴がコトリだ……今は寝てるのか?」
 レイは頷く。顔は笑顔だ。
「え…っと…?」

「よろしくな……ラナ」
「え……」
 ラナの顔が綻んだ。
 一気に緊張から開放されたみたいだ。
「うん。カイ…君?」
「ああ。別にこのチームにルールは無いが、俺をむやみやたらに殺そうとするなよ?」
「だっ、大丈夫だよ。そんなには……」
 そんなには……? 何だよ。
 こいつをチームに入れたのは、早まったか…?

「よろしくね……えっと、ラナちゃん……って、ロッドさんの許可は……?」
 スズキのその言葉にラナは、Vサインで答えた。
 もう、認定済みみたいだ。

「さ、そうと決まれば、今日の夜は歓迎会ね。カイ、今日中に動けそう?」
「さあな……正直微妙だ。あの出力で使うと、こんなになるとは全く思ってなかった……「まあ、でも、大丈夫でしょ」」
「鬼っ!?」
「じゃあ、ラナ。とりあえずコトリを起こしに行きましょう。紹介もしないと」
「うん」
 レイと、ラナは一緒に部屋を出て行った。

「なあ、何時の間にレイはあいつを手なずけたんだ?」
「さあ? ただ、レイも気付いているのかもしれないな」
 スズキは、溜息混じりに呟いた。

「あの子が岩を砕くのが、もし依頼を受けた直後だったらどうなっていたんだろう……って事を」

 そう言われて、俺は何となくレイの歓迎会の趣旨が分かった。
 確かにこの町を急いで出た方がいいのかもしれない。

「けどさ、別にラナの弁護をする訳じゃないけど、フェイルと“伝説”が戦ったら、あそこが通行出来るようになっていようがいまいが、あれと変わらなかったと思うぞ? お前らはフェイルの力を見てないからイメージ出来ないかもしれないけど」
「分かってるよ。現に俺が見たあの町の様子も、特に地下の話だけど、あの岩は殆ど関係なかった。逆に岩が砕かれていたら、ラナちゃんも被害を受けていたかもしれないしね」
「じゃあ……」
「でもさ……」
 スズキは俺を遮って、声の調子を落とした。

「客観的に見たらそうかもしれないけど、やった本人からすればどうかな……?」
 スズキにそう言われて、俺は言葉に詰まった。
 そうだ、ラナからしてみれば……
「そう、あくまで、『関係なかったろうな』…何てのは、他の人が考えるから信憑性が出るモノだろ? 本人からすれば『もしかしたら』っていう考え方が頭から離れない。特にラナちゃん、心弱そうだし」
 スズキもそう感じていたのか。
 ラナと殆ど一緒にいないのに、もう見抜いてやがる。

「それに、本人は一人だけとは限らない」
「は?」
 スズキの続く言葉は完全に理解出来なかった。
「自分の行動一つで、一人か二人かもしれないけど助けられていた、って考えるだろう人がもう一人いるって話だよ。もしくは、その本人の視点に立って主観的にモノを捉えるであろう人が」
「……!」
 俺が、その人物に気付いたところで、ロッドさんの部屋のドアが小さく軋んだ。

「ロッドさん」
「やあ、目が覚めたみたいだね。良かった。俺はこれから直に、もう一度プレシャス・ビリングに行かなきゃいけないんだけど……もう少しゆっくりしていってくれ」
 ロッドさんはドアからゆっくりと部屋に入ってきた。
 顔は、疲労の色が濃い。
 今が何時か分からないけど、寝てはいないみたいだ。
 そして、スズキ……ロッドさんがいるって分かっていて今の話していたな?

「まあ、気を遣ってもらっていたみたいだけど……やっぱり俺はそういう視点に立てない」
 スズキは困ったように笑った。
「確かに、ラナが早く動いていても結果は“殆ど”変わらなかっただろう。けどね……その“殆ど”の中に、もしかしたら誰かの命の差が出来ていたら、やっぱりそれは許される事じゃない」
 ロッドさんは眼精疲労を抑えるように、目頭を摘まんだ。
「それに、責任は俺にもある。チームで受けた依頼だ。ラナがやらないなら俺がやっても良かった。ただ、俺たちが勝手に作った“自分で受けた依頼は自分がやる”っていうルールを守る為に、俺は何もしなかった」
「でもロッドさん、やっぱり俺はどうしてもそんな深刻な差が生まれるって思えないです……」
「でも、差は生まれたかもしれない。それだけで、後悔するには十分なんだ。見ただろ? あの町の光景を」
 そう言われては、俺は何も言えなかった。
 あの町の景色。
 それは、“最悪”だった。
 だから、何か一つでも違えば、それは好転の筈だ。

「ラナは気付かない。いや、気付いても直に忘れるだろう。あいつは心が弱い。だから“忘れる”んだ。自分のことに一杯一杯でね」
 ロッドさんは自虐的な笑みを浮かべた。

「思えば、あの時から“俺がラナの時間を止めていた”のかもしれない。“あの夜”俺は、ラナがあの場にいたことを知っていた。けど、左目に傷のある男がラナに近付いていった時、俺はピクリとも動けなかった。ラナが危険だったのに……それが情けなくて、俺は“ラナに気付いていた事”を言わなかった。ラナも、いたことを言わない。その所為で、慰めの言葉をかけることも出来ず、前向きに生きる事を教える機会が無くなった」

 それは、何となく分かる。
 お互いが、それを知らないふりをしているのだから、それについて慰める、というのもおかしな話だ。
 その結果、その光景を一緒に乗り越えてくれる補助者が、ラナにはいなくなってしまった。
 ロッドさんは自力で乗り越えた。
 けど、そのロッドさんは、ラナがその場所で困っている事を知っていても、自分の情けなさを隠したくて、知らないふりをした。
 そして、何時まで経ってもその場で困り続けたラナの時間は止まったんだ。

「本当は、俺も最初はチーム・パイオニアを追おうとした。けど、ラナがいた。弱いままのラナが。だから、俺は受け入れざるを得なかったんだよ。“特殊なケース”として、あの“事故”を。でも、平穏っていうのは本当に怖い。ラナが自立したら旅立つつもりではあったのに、今じゃ、完全に“事故”って割り切っているし、ラナに旅立って欲しくないとさえ考えているんだ……」
 それは、この人の本心だ。
 ラナに自立してもらいたいのも本心。
 ラナにこの町で暮らしてもらいたいのも本心。
 だけど、ラナの自立はこの町では適わない。
 矛盾した二つの願いは、現状維持という形で落ち着いてしまったのだろう。

「だけど、ラナは旅に出たいと言ったよ」
 次の瞬間、ロッドさんは目を強くして俺たちを見た。
 スズキは珍しく緊張した空気を出し、俺は思わず上半身だけ起した。

「完全に“事故”と割り切っていても、そう“思いたい”訳じゃない。妹を頼む、というのは元々の願い事だけど、俺からの願いはもう一つある。無茶かもしれないけど、チーム・パイオニアを……倒してくれ」

「………はい」
 俺はハッキリ頷いた。
 これで、奴らを追う理由が一つ増えた……か。

 ………ん? 待てよ?

「あの、ロッドさんも一緒に来ませんか? そっちの方が多分ラナも……」
「ごほんっ」
 俺がそう言いかけたところで、スズキの咳払いが聞えた。
 何だよ……?

「悪いね。俺は“やること”がある」
 ロッドさんの表情を見て、俺は言うんじゃなかったと後悔した。
 どこか悲しそうな笑みを浮かべるロッドさんには、やらなければいけない事があったのだから。

「俺は一生この町を守り続ける。俺たちのしてしまった事へのせめてもの償いとして」
 やっぱり、この人はそのつもりだった。
 ラナはそれを償えない。
 償うという行為は、それを認めて受け止めることから始まる。
 ラナの弱い心では、それを受け止めることが出来ないからだ。

「ああ、ラナに今言ったところで、“忘れる”だろう。最悪心が壊れてしまうかもしれない。あいつは子供だから結果を見るまで事態を把握しないが、結構、繊細なんだ」

 子供がおもちゃを壊して、そこでようやく、自分が破壊活動をしていたことに気付く。
 多分、そういうことなんだろう。
 俺の時は……明確なる意思を持っていたような気がするけどな。

「それに、俺はこの町が好きだ。でも、ラナは外に出たがっている。連帯責任の事態だけど、背負うのは俺一人でいい」
 これが、この人の選んだ道……か。

 ラナは、知っているんだろうか……?
 この人は、誰よりもラナのことを考えていたという事を。
 たった一つ、自分の情けなさを知られたくなかったという、小さなミスで、止まったラナの時間。
 それを、少しでも進めたくて、この人は奔走したんだろう。
 でもそれは、正規の方法以外じゃ進める事は出来なかった。

 じゃあ、この旅は、あいつの心を強くするものでなくてはならない。
 ロッドさんの為に。
 何よりも、ラナの為に。

「あいつの心が強くなったら……言うよ」
 俺の心を読んだかの様に、ロッドさんは言った。

「あいつの心が、この事態を飲み込めて、受け止めて、それでも尚壊れないくらい強くなったら、この事態をあいつに向き合わせる。それまでは、俺が一人で背負い続けるよ」
「………ええ。……よし」
「? カイ?」
 俺は体を強引に動かして、ベッドから足を下ろした。
 よし、ふらつくけど、何とか立てそうだ。

「じゃあ、俺たちは出発します。ラナの心を……少しでも早く強くするために」
「もう少し休んでいた方が……」
「……動けます」
 動けるなら、ロッドさんの心意気を無駄にしたくなかった。
 あの廃墟の片付けだって、今のラナじゃ、やる意味が無い。

 何とか立ち上がった俺は、身支度を整え始める。
 何度もふらつきながらだけど、段々感覚が戻ってきていた。
 やっぱり動いた方が戻り易いか。

「チーム・ストレンジ」
 俺を、部屋を出るところでロッドさんの声が止めた。

「ラナを、頼む」

 どうせ、家を出る時もう一度会うだろうが、この言葉はきっとラナには聞かせたくなかった言葉なのだろう。
 俺はそれに頷くだけで返して、部屋を出た。

 ロッドさんはこれからプレシャス・ビリングへ。
 俺たちはその反対側へ、だ。
 まだ、旅は続く。

 心を強く……か。
 あるいはそれは、ラナだけじゃないかもしれない。
 俺たちだって、きっと心は弱い。
 持っている“我”だって、本当に我侭みたいな小さなものだ。

 もっと強く。
 体も心も、そうならないといけない。
 チーム・パイオニアを超えるためにも。
 そして、この旅の“本当の”目的と向き合うために。
 そう、元の世界に俺は帰りたいんだろうか? という疑問。

 この旅の先に見つける強さは、この問題から目を背けない為にも、きっと必要なんだろうから。

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 最早、自分のスケジュールが信じられません。
 次回の更新が何時になるのか全く分からない状況が続いています…。
 ただ、本当に次回の更新は遅れてしまうと思います(キリもいいですし)。
 読んでくださっている方には本当に負担がかかることと思いますが、何とぞ、お付き合い下さい。
 では…



[3371] Part.26 Notice
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/23 23:05
―――そうだ、カイ。
―――何だよ?
―――この前の世界の話……覚えてるか?
―――………ああ、あれかあれか。
―――うろ覚え……ってとこみたいだな。

 俺の記憶力はあっさり見破られた。

―――まあ、うろ覚えでもいい。これは俺の独り言みたいなもんだ。

 じゃあ、俺を巻き込むな。

―――その沢山ある世界……それらは、独立してると思うか?
―――独立?
―――ああ。つまり、世界同士は、バラバラになってると思うかって意味だ。
―――悪いが、俺にはさっぱりだ。
―――そうだな……例えば、この世界にA君という人がいたとしよう。
―――変な名前の奴だな。
―――アルファベットまだ習ってなくても、Aって文字くらいは知ってるだろ?
―――そういう意味で言ったんじゃねぇよ。いや、悪い。何かグダグダな感じになってるから、俺の言ったことは忘れてくれ。
―――ああ。そのA君は、この世界にも……別の世界にも……そのまた別の世界にもいる。その世界は繋がってると思うか?
―――繋がってんじゃないか? そのネーミングセンスの感じは同じ世界から生まれそうだ。

 俺は、皮肉の意味も込めて言った。

―――そうだな。じゃあ、A君のいる世界と、A君だけが存在しない世界は? 因みに他は全く同じだ。

 そこでようやく、俺は前の話を思い出した。

―――思い出したみたいだな。で、どう思う?
―――他が同じなら……まあ、繋がってる。……ってまさか……
―――お、分かったみたいだな。そう、俺らがいる世界にあるものが、少しだけ違う世界。その“少しだけ違う世界”が“更に少しだけ違う世界”。終点は全く違う世界になっても、繋がってると思わないか……?

 その時俺は、前の話の時、何通り世界があるか数えようとして頭が痛くなったのを思い出した。
 答は無限だ。
 俺はおずおずと頷いた。

―――じゃあ、その境界線は何だろうな……?
―――境界線……?
―――ああ、境界線だ。この世界と別の世界の壁。それは一体……あ、もうメシの時間だ。カイ、出前と食いに行くのどっちがいい?
―――話ここで終わんのかよ!?

 鼻歌交じりに財布の中を確認するそいつに、俺は叫んだ。

―――カイ。
―――何だよ?

 俺は思いっきり不満を伝えるような口調で言った。

―――お前、別の世界に行けたらどうする?
―――……あんたはどうするんだ?
―――さあな。その内分かるかもな……。

 その時の正に“世界を渡っている”様な口調に、俺は眉をひそめた。

―――あ、さっきの選択肢……俺が作るっていうのもあるけど…
―――食いに行こう。

 俺は即答した。

―――あんたのメシは、食材への冒涜だよ……
―――何所でそういう言葉覚えて来るんだ? そしてお前飯抜き。
―――待てって!!

 俺は、出かけるリクトを追いかけた……


~~~~


「チェストーッ!!」
「ぐぼっ!?」

 俺の一日は、顔面への衝撃で幕を開けた。

「ふぁ……またやってのか?」
 隣のベッドからスズキの眠そうな声が聞える。
 因みに俺は、今ので完全に目が覚めていた。
 何か、夢を見ていた気がしたのに吹き飛んだぜ……
 俺は起き上がると、今の顔面への襲撃者の肩をガッと掴んだ。
「……ごめんなさい」
 そいつの口から棒読みの台詞が聞える。

「……大きく分けて二つ、言いたい事がある」
 俺は顔を擦りながら、数日前チーム入りを果たした、ラナことラナニア=マーシャルを睨んだ。
「チェストって言うのは、胸って意味で、別に攻撃する時の掛け声じゃないっていう事と、もう一つ……」
 俺は拳をゆっくり掲げた。
「ごめんなさいに誠意がねぇ!!」
 振り下ろした拳は空を切った。
 ちっ、回避されたか……。

「まあ、いいでしょ? ボクだって眠かったのに起きたんだから」
 目の前のラナは、欠伸をする。
 まあ、レイと同室じゃそうなるだろうな。
 ただここ最近、ずっとこんなやり取りをしている気がするぞ……?

「あのな、別に“ごめんなさい”は何やっても許される魔法の言葉とかじゃないからな?」
「分かってる分かってる」
 手をパタパタと振ってそう言うラナは、明らかに分かった顔をしていない。
「大体、避けない方も……」
「寝てたのに避けられるかぁ!! 何か嫌な予感がして回避する奴、なんてのは架空の世界の人間だけだぞ!?」
 漫画とかでよく見る描写は、リアルで起こるはずのない奇跡だ。
 ………グランやフェイルは出来るような気がするけどな……。

「まあ、最近カイの目覚めもいいし、別にいいんじゃないか?」
「ラナ、知ってるか? 実はあいつも、お前が飛べるだのどうだの言ってたの覚えてるんだぜ?」
「え? カイ、それ何の話だ?」
「っ!!」
「がっ!?」
 スズキに分散すると思っていたラナの被害は、スズキの一言により、目覚まし時計の全力投球という形で俺だけに突き刺さった。
「目、覚めたでしょ?」
「ち……違う。目覚まし時計の使い方は……そんな感じじゃ…ない……」
 むしろ永眠しそうだった攻撃を受けながらも、俺は声を絞り出した。
 何で朝一番から、俺はこんな目にあってんだ……?
 ああくそ、こいつの“教育係”は何やってんだよ!?

「あっ、ラナさん! やっぱりここに……」
 開けられたドアを見ると、コトリが立っていた。
「えっと、お邪魔します……」
 コトリは律儀も、お辞儀をしながら部屋に入ってくる。
「カイさん、スズキさん、おはようございます。よく眠れましたか?」
「コトリちゃん、おはよう。よく眠れたよ」
「ああ、コトリおはよう。因みに俺の目覚めは最悪だった」
「ええっ!? すみませんすみません!」
「なあ、ラナ。コトリを見習え。あいつ程誠意のある謝罪が言える奴、俺は見たことがない」
 ラナは、あははと笑うだけだった。
 はあ……毎日の様に騒がしくしている気がするけど、ここのギルド、苦情とか大丈夫か?

「何か、週末のお父さんって感じだな。アットホームな感じがいいねぇ……」
「スズキ。色々言いたい事はあるけど、一つにする。怪我をしてから始まる一日が毎日続いたら、多分良い事はない」
「で? お母さん……じゃなかった。レイは?」
 スズキは俺の言葉を無視して、コトリたちに聞いた。
 何所がアットホームなんだ……?
「あ、レイさんなら……」

「ラナ! やっぱりここにいたのね?」
 コトリの視線が、ドアに向いたところで、レイが現れた。
 コトリと手分けして、ラナを探していたみたいだ。

「レイ。お前、ラナをお淑やかに育ててくれないか? せめてこんなものを投げつけないくらいには……!」
 俺は、レイに目覚まし時計を投げた。
 レイは、それをキャッチしてから溜息を吐いた。
「ラナ。こんなもの投げちゃ駄目。痛いでしょ?」
 レイの言葉に、ラナは頷く。
 こいつ……レイの前では相変わらず素直だな…。
 マジで今度、コントロールの仕方を聞いた方がいいかもしれない。

「さ、二人とも起きて。もう直ぐ依頼の時間なんだから」
「え? もうそんな時間なのか?」
 俺は思わず時間を確認しようとしたが、ギルドに備え付けられていた時計はレイの手の中だった。

「今日は……俺とコトリちゃんとラナちゃんだっけ?」
「ええ。暗くなったら私たちも行くから」
 ああ、今日の当番はそうだったな。
「……あれ? もしかして俺、起され損じゃないか?」
 俺は掛け布団を引っ張った。
 何だよ。マジで週末じゃないか。

「カイ……」
「ん?……いっ!?」
 目を開けると、レイが振りかぶっていた。

「起きろ―――っ!!」
「だぁっ!?」

 俺に勢い良くヒットした目覚まし時計で、俺に目論見とは違う二度寝が襲った。
 だから……それ……目覚まし時計の使い方……違う……

―――ノーブコスティ

 それが今、俺たちがいる町の名前だ。
 右下の下…じゃなかった、南東の大陸の南部に位置するこの町は、ラナの出身地、クリエール・シティと比べてもかなり小さい。
 ただここも、クリエール・シティの様な昔っぽい建物が目立った。
 こっちはレンガ造りが目立って、洋風だけど。
 あるものと言えば、この町の規模からすると大きい博物館位だ。

 何故俺たちがこの町を“訪れたのか”は、実はこの町そのものが問題な訳ではなく、この辺りにあるという、“とある町”を目指した仮定での出来事だった。

 “とある町”
 チーム・パイオニアをむしろ探す、という目的に摩り替わりつつあるこの旅の途中で聞いた情報の中に、“魔女の出身地”というモノがあった。

 何日か前に聞いた、ほんの噂でしかない。
 ただ、それでもいざ探すとなると見つからない“奴ら”の手がかりを逃す事は出来ず、この辺りの町を虱潰しに探しているのだった。
 この辺りは細々とした町が多いようで、その上主要な町も無い。
 となると流石に、頼みのガイドブックに載っておらず(その時、レイに文句を言った俺とスズキに天罰が下った)、地道に探すしか俺たちに選択肢は残らなかった。

 その……魔女・ペルセの出身地を。

 ただ、今俺たちがこの町に長く“滞在している”理由は、本来の目的とは少しだけ違う。
 いや、むしろ大当たりだったのかもしれない。
 それは、俺たちが来る数日前にこの町に届いたらしい、“ある手紙”の存在によるものだ。

 C+ランクミッション・“犯行予告予告”

 この町にある唯一のメインといっていい、その博物館の護衛を一日だけ頼むって依頼だ。
 そういう警護団みたいのがこの町には無いらしく、通りかかったトレーナーをかき集めて、博物館周りの簡単な見回りを頼んでいるらしい。
 そこそこランクも高く、しかも実際はただ突っ立っているだけでいい依頼なので、俺たちは毎日引き受け、この町に滞在している。
 お陰で毎日殆ど何もしなくても、チームへの依頼達成の経験値が入ってきていた。

 まあ、そんなのんびりしている訳にもいかないこの旅だけど、目的からすれば、ドンピシャだ。
 何故なら、幾ら人数がいても、C+ランクじゃ話にならない“大物”が絡んでいたのだから……。

 “ある手紙”……それは所謂“犯行予告”というものだった。
 いや、犯行予告予告なんだけど……

 自分で言ってて訳が分からなくなってきた。
 まあ、送られてきた手紙の内容を一言で表すと、そうなってしまうのだから仕方ない。

 実物は見せてもらえなかったが、概要としては、博物館に展示してある“プレート”とかいうものを、奪いに来るというものだった。
 正に、犯行予告。
 それに更に、“予告”が付くのには訳がある。
 実はその手紙、何時奪いに来るかが書いてなく、代わりに日時は後日改めて知らせるという内容のものだったそうだ。
 正に、犯行予告の予告……全くもって、回りくどい。
 ただ、こっちに相当程度の準備期間が与えられるというのは吉報かもしれない。

 その“犯行予告予告”……差出人が問題だったのだから。
 まあそのお陰で犯人が絞れて、素性を詳しくは計れない旅のトレーナーも雇えるんだろうがな……

 差出人――チーム・パイオニア、マイム。

 それが、俺たちがこの町に滞在し続けている、最大の理由だ。
 その差出人の名前のお陰で、予告の事前通知時点だけで博物館は完全封鎖。
 周りを旅のトレーナーで固めて、中は信頼できるメンバーで守っているらしい。
 向こうは脅しの意味で名前を書いたんだろうが、それ以上の効果もあったみたいだ。
 何せ、奴らが狙っているとなれば、幾ら予告予告の時点だとしても、警戒し続ける必要がある。
 “その日時を知らせるのに何時来るか”が、予告状には書いていなかった為、毎日のように人を雇わなければならなくなった博物館の責任者は、苦肉の策で報酬金を落とし、その結果、引き受け手がいなくなり、入り口を広げるためにランクが大幅にダウン。
 依頼の内容がたった一日でいいことも関係し、色んなトレーナーがこの町を訪れては消え、訪れては消え……
 ある種兵糧攻めを受けている博物館側はもう限界が近いかもしれない。
 運がよければ何もしなくてもいいのに、C+ランクミッションというのは魅力があるし、ちょっとしたチャレンジ精神で引き受ける奴が多いみたいだからな。
 まあ、予告予告の時点では、そんなに危険はないかもしれないと思う奴らが多いのは分かるけど……

 俺たちにとっては、むしろそのマイムとかいう奴に用がある。

 当てもなく彷徨うより、待っていた方が会えるだろう。
 力の差があるだろう事は当然俺たちだって分かっている。
 だけど、奴らとの激突を避けようとは思いたくなかった。
 だからメンバーの半分が護衛、残りが特訓というサイクルでこの町の依頼をこなし続けているのだった。
 まあ、一応念のため、夕方には合流するけどな。
 本格的な予告が届いた時には、俺は一日中でも待ち構えるつもりだ。
 それが、奴らと激突する合図なんだからな……!

 パアッ

「あっ……」
 特訓後、レイのポッタイシが光を放った。
 おっ、特訓の成果が形になって見えてきたか。
「まあ、おめでとう」
「ありがとう」
 レイがエンペルト…だったか? をボールに戻した。
 ただ、進化した割には、表情はそんなに明るくない。
 まあ俺も、レイに的を提供しているようなもんだからそこまでハイな感じには、なれないけどな。
 俺は殆ど的になっていたワカシャモをボールに戻しながら、どかっと座った。

「ふう……」
 レイが俺の横に座る。
 表情はやっぱり疲れて見えた。

「……何がそんなに不満なんだよ?」
 俺がそう言うと、レイは俺の顔にボールをずいっと近づけた。
 ああ、やっぱりそれか。

「あんたも一回、戦力としてカウント出来ないモンスターを持ち歩いてみなさい。嬉しい事が起こっても半分になるから」
 レイの手持ちの、問題……ボールの中は当然、コイキングだろう。

「お前も大変だよな……その上、コトリとラナの“教育係”だし」
 スズキが笑いながら、レイをそう称していた。
「だから、教育係言うな!……はあ…スズキは、もう直ぐじゃないか? とか言っているけど、全然ゴールが見えない……」
 レイはボールを戻した。
 まあ、俺もそれをゲームで500円で買った時はどうしようかと思ったよ。
 “あの技”に意味があるのかもしれないと思い続けて、敵の前で攻撃を受けながらも、ピョンピョンさせてたのが懐かしい。

「それにしても、今日も何も起こらないかもね……」
 レイは、紅くなってきている空の色を見て、その後視線を町に向けた。
 流石にピリピリしている町の中でのボール開閉は厳禁だったので、特訓の場は当然外だ。

「実は悪戯だったりしてね……あの手紙」
「……うーん……どうだろうな?」
 レイと並んで座っている俺も、小さな町のギルドと並んで一際大きい建物を見る。
 悪戯……か。
 俺も考えなかった訳じゃない。
 博物館に恨みのある誰かの嫌がらせ。
 この世界で一般的に考えられるとしたら、そっちの方が可能性は高そうだ。
 例の“魔女の出身地”が近くにあるという噂で、信憑性が高くなる事を利用したもの……。
 十分考えられる。
 スズキは、『プレートは一応“伝説”と関係ない事はない』とか微妙な事を言っていた。
 確かに、博物館側の対応を見るに、“プレート”は実際そうなのかもしれないけど、何日も続くと流石に怪しく思えてくる。

 ただ、悪戯だとしたら差出人に、何でペルセの名を使わなかったんだ?
 マイム。
 俺たちは聞いた事の無い名前だ。
 もしかしたら、本当に、そのマイムって奴からかもしれない。
 その所為で俺たちは割り切ってこの町を離れられなかった。

「まあ、“あんなの”に会うのが遅れてるっていうのは、ある意味いい事なのかもしれないけどね。まだ、予告の事前通知時点だし」
 “あんなの”……ね。
 ペルセにドラク、そしてフェイル。
 確かに激突するのが、逃げたくない、とは言っても遅れているのはいい事なのかもしれない。
 完成されているような奴らと違って、俺たちは今みたいな進化をさせたりする時間が増える。
 それに出来れば俺は、レイたちに危険な目にあって欲しくは無かった。
 特に……“今までと全く違うシュチュエーション”なのだから。

「ねえ、カイ。私もチーム・パイオニアを倒したい」
「……は?」
 俺は正に今考えていたことを言われた様に感じ、固まってしまった。
「どうせ、巻き込みたくない……とか考えてそうだったから」
 俺の方を拗ねたように見たレイはやっぱり俺の思考を読んだみたいだ。
「あのな……」
「危ないから止めろ、とかは聞かないわよ?」
 こいつは読心術でもあるのか?
「読心術なんて無いわよ? カイは……分かり易いから…」
 俺には、あるとしか思えなかった。

「何でだよ? 何であいつらを?」
「……理由は沢山あるわよ。ペルセにやられたこともそう。アーサルさんのこともそう。コトリは説得しても聞かないし、ラナだってそう思ってる」
 ラナはともかく、俺はコトリにも同じ話をしたことがあったけど……あいつはマジで頑固だったな。レイも試みて失敗したらしい。

「やっぱり一回……特にコトリと話し合った方がいいかもしれないな……。俺やラナはともかく………一緒に旅をしているって理由だけで、“最強”と戦う事になって……いだ――っ!?」
 目っ!?
 目を突かれたっ!?
 しかも両目!?
「レイッ!? 失明したらどうすんだっ!?」
 俺は目を擦りながら叫んだ。

「あのね、次に私をその中に入れなかったら、本気でいくわよ?」
 まだ痛む目を擦りながら開けると、レイは怒っていた。
 怖ぇ……。
 今のを本気でやられたら、結果は見えてる。
 いや、見えなくなる……か?

「カイは勝手過ぎるわよ。巻き込みたくない、って思ってくれるのは嬉しいけど……理由は話したでしょ? 私は戦いたい。フェイルと戦った時も言ったのに」
 涙で滲んで見えたレイは膨れた顔を作っていた。
「危険なんてこと分かってるわよ。それに怖い。でも、あんたは追い続けるんでしょ?」
 俺は頷く。
 もう誓った事なのだから、迷いはない。

「じゃあ、私も戦う。絶対に嫌だったら、“こんな状況”……とっくにこの町から逃げ出してるわよ」
「……ああ」
 俺はぼそりと言った。
 そうだな……。

 今回は、今までと全く違う。
 今までは、奴らと“出会ってしまった”だった。
 だが今は、奴らと“出会おうとしている”。

 非自発的な事と自発的な事は全く違う。
 待ち構える“覚悟”が必要なのだから……。

「私は、チーム・パイオニアを倒したい」
 レイはもう一度言った。
「幾ら説得されても、変えないわよ?」
「……分かった。最後まで、頼む」
 レイは微笑んだ。
 ああ、もしかしたら、こいつの誓いもこれだったのかもしれないな……。

「ま、それに、この世界で“生きていく”には避けて通れそうに無いしね……」
 レイの目はどこか遠くを見ていた。
 そして、俺の心に引っかかったレイの言葉。
 “生きていく”。
 じゃあ、レイは……もしかしたら……

「なあ、レイ。この世界……楽しいか?」
 俺がそう静かに聞くと、レイはゆっくり立ち上がった。
「カイがいて……スズキがいて……コトリもラナもいる。……楽しいわよ?」
 レイが夕日で紅くなった笑顔を俺に向けた。

 ああ……“楽しい”……か。

「俺も………だよ。お前らがいて……楽しいよ。本当に」
 俺は、目を瞑りながら立ち上がった。
 痛みはもう引いている。

 何だよ。
 全員そう思ってたのか……。

「……さっ、さあっ、そろそろ町に戻りましょう!」
「ん?」
「ほらっ!」
 レイがスタスタと歩いて行く。
 どこか小走りだ。
 何だ? あいつ。
 俺はその背を追った。

 ………?
 町に入った時、俺は何か違和感を覚えた。
 何か、“空気”が変わったような……?
 気のせいか?

「そうだ、カイ。前に言っていた、世界の話……思い出した?」
 レイに追いつき、並んで歩く俺はその言葉に唸った。
「まあ……正直微妙だな……」
 リクトの言っていた、世界の話。
 確か幾つかされた記憶はある。
 それ以外にも、幾つか関係ありそうな話をあいつはしていた。

「あいつに教えられた事は、メチャクチャ多いんだよ。そのどれが関係しているか分からないし……あいつの例え話も分かり辛かった」
 毎回、タバコがタコバだどうだの、何の脈絡も無く訳の分からない例え話をされていた俺には、そのどれが今の出来事に関係しているのか分からなかったし、全部関係していたとしても、悪いが全て記憶した訳じゃない。
 “忘れろ”って言われたし。

 ……? それは何時言われたんだっけ…?

 まあそれでも、一応思い出した限りで皆には話しているが、活路は一向に見出せなかった。
 はあ……俺はこの世界で何を理解しなくちゃいけないってんだよ……リクト。

「ねっ、ねえ、カイ。まだ護衛に行くまで時間もあるし、どっか寄って行きましょうか?」
「……? 何だよ、ギルドには寄って行くじゃねぇか。回復もさせないと……」
「そうじゃなくて……ああもう、とにかくそんな暗い顔してたら護衛なんて出来ないわよ! その後よ。気晴らしに、町を回りましょう?」
 俺は顔をぺちんと触った。
 また俺はレイに気を遣わせていたらしい。

「そうだな……たまにはいいか」
「ええ」
 俺は、遊ぶ時間を少しでも多く作る為に急ぐレイに合わせて、歩調を上げた。
 緩みきってるなぁ……俺たち。

 この町に着いた頃は奴らの名を聞いてそれなりに緊張感があったのに、今じゃ慣れきって、あのレイが遊びを勧めてくる程だ。
 ロッドさんの、平穏は本当に怖いという言葉を思い出した。
 後二三日だけ様子を見たら、この町に見切りをつけて、また“魔女の出身地”探しに戻った方がいいかもしれない。
 町の様子は、ピリピリしているとは言え、平和そのもの。
 ここは“奴ら”には似合わないしな……

 ただ……

 その時の俺は、何か誤解をしていた。
 それは今まで俺が、“異変”が起きてからその場に着いていたことに起因してのものだろう。
 緊張感を維持し続けるなんてのは、はなから無理だったんだろうが、理解はしておくべきだった。

 “災害”は場所を選ばない……と。


~~~~


「し……知ってる…? 博物館にある女の人の絵の目が…夜になると動くっていうのを……!」
「そっ、そうなんですか!?」

 あの嘘、止めるべきかなぁ……?
 コトリちゃんとラナちゃんのやり取りを、俺はぼうっと見ていた。
 二人とも、座り込んで怪談話に花を咲かせている。
 話しているラナちゃんもカタカタ震えているところを見ると、本人も相当苦手なジャンルらしい。

「うん。ロッドが前に話してくれたんだ。だから、多分そろそろ……」
「あ……ああ……!」
 コトリちゃんも震えている。
 ウチのチームの女性は、その手のジャンルを前には全滅みたいだ。

 空はもう直ぐ、暗くなりそうだ。
 そろそろ、カイたちの特訓も終わってこっちに向かってきているだろう。

 俺は流し目で、集まったトレーナーたちを見る。
 この博物館の広い庭には、俺たち以外のトレーナーは五、六人。
 俺たちは入り口近くを警護しているけど、裏にも何人かいるだろう。
 当初は結構多くて、皆、建物を背に座っていたり談笑していたりで思い思いに時間を潰していたけど、それに飽きたのか、それともそろそろ危険を感じたのか、今じゃ俺を含めて十人程度しかいない。
 まあ、そんな中でも、“予告”さえ来ないから緩むんだろうけど。
 かく言う俺も、ギルド並みにでかい建物に背を預け、座り込んでいる。

 緊張感ないなぁ……。
 ずっと何も来ないんじゃ、そうなっても仕方ないか。

「その目は、入って来た人を、じっ、と見て、不審者だったりすると……」
「どっ、どうなるんですか!?」
「……こっ、この先は聞いてないんだ。ロッドが話をそこで止めたから……ど……どうなるんだろう……?」
 ロッドさんは、どうやら話をするのが旨かったらしい。
 下手にオチをつけるよりも、そこで止めた方が、ラナちゃんには効果的だったみたいだ。

 コトリちゃんは震え続ける。
 警護をしているのにその博物館の怪談話をしたのは完全に間違いのような気がする。
 まあ、ラナちゃんがチームに馴染めてるのはいい事だ。
 レイの尽力もあるだろうが、コトリちゃんと同い年っていうのも大きいかもしれない。
 ぱっと見、二人は気の合う友達って感じだし。
 俺たちが、この世界の人間じゃない事を話した時も、ラナちゃんはあっさり信じていた。
 そういう意味でも、二人は共通しているか……。
 コトリちゃんが、からかわれているだけの様な気もするけど。

「コ…コトリちゃん……ちょっと、中の様子を見てきて……」
「ラッ、ラナさんが行って下さいよ!」

 流石にそろそろ止めた方がいいかな……?
 出入り禁止だよ……とか。
 中には一回だけ会った責任者らしい髭の多いおじさんもいるよ……とか。
 あの人、微妙に子供受けしそうにない顔だったからな……

 まあ、どうでもいいこと考えてないで、気を引き締めた方がいいかもしれない。
 もう直ぐ夜だ。
 怪盗が来るなら、やっぱり夜だろ?

 そんな事を思ったからか、もう殆ど暗くなってきた。
 カイたちも、それに、夜から依頼を受けて別のトレーナーたちだって来る。
 俺たちは、深夜はその人たちに任せていた。
 特訓組が護衛をするのはかなり短い時間だ。
 もう直ぐ交代の時間とは言え、やっぱ一日座っているのって退屈だな……。
 どうせ夜に自主練はするけど、何か体が鈍る様な気がする。
 元の世界の時は、俺よく、ぼうっとし続けるの平気だったな……。
 カイじゃないけど、タバコ的な暇を潰せる何かが欲しい。
 “傍観者”とはいえ、こうも何もないとな……

「じゃあ私は、裏の様子を見てくる」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「もう!」

 横目で見ると、若い男女のトレーナーが騒いでいた。
 俺たちより少し年上……か。
 カップルのトレーナーだろうか?
 女の人は真面目そうだけど、男の人の方は、よくそんなに真剣になれるな……っていう視線を送っている。

 その男の人は、女の人を見送ると、ポケットからタバコを取り出し、火を点けた。
 ……あ、何か目が合った。

「君たちも、結構いるよね?」
「え?……ええ。まあ」
 その男の人は俺に近付いてくると、隣に座って煙を吐き出した。
「俺たちは四日前からだよ。退屈だよねぇ…まあ、何時の間にか人数も減ってきているけど」
 ああ、よく見れば確かにこの人、見たことある。
 結構人付き合いの旨そうな人だ。
 旅をしてきて分かった事は、トレーナーっていうのは案外、自分勝手なやつらが多い。
 この護衛にしたって、各々思っていることを気ままにやっているだけで、殆ど別のグループに干渉しようとしていなかった。
 まあ、この人みたいに例外もいるんだけど……

「あっ、煙、大丈夫?」
「ええ、ウチのチームにも吸ってる奴いるんで」
 その男の人は、それでもゴメンね、とでも言うように片目を瞑ってタバコを吸った。
「この依頼で、生活費とタバコ代稼いでいるようなもんだよ。博物館の人には悪いけど、チーム・パイオニア様々って感じだね。……そっちは?」
「俺たちも似たようなもんですよ。ホントに“予告”さえ来ませんね……。流石に緩んできますよ」
「そうだよね…」
 男の人は、笑う。
 他の護衛のトレーナーも似たようなものだろう。
 やっぱり、見た目以上に緩んでいるみたいだな。

「俺はティルっていうんだけど……えっと……」
「ああ、俺はスズキっていいます。あっちは……って寝てる……」
 ティルさんに紹介しようとした、コトリちゃんとラナちゃんは仲良く眠っていた。
 俺は溜息一つ吐くと、指に付けたリングを軽く見せた。
「まあ、後二人いるんですけど、チームでこの依頼を受けてるんですよ。ティルさんは……さっきの人と?」
「ああ。まあ、二人でね。あいつは真面目な奴で……」
 困ったように笑うティルさんも、満更そういう関係が嫌じゃないみたいだ。
 やっぱりこの人は、いい人みたいだ。
 そうだ、この人なら頼めるかもしれない。

「あの、ティルさんの適合タイプって何ですか……?」
「え? ああ、登録? “突破”だけど………ああ、登録されてたりする?」
 俺が思わず吐いた溜息に、ティルさんは眉を寄せた。
 駄目か。
 ラナちゃんと被ってる。
 “突破”って数が多いみたいだ。

「ええ。まあ、ありがとうございます」
「力になれなくてゴメンね。こういうのって、見返り求める人が多くて大変でしょ?」
「ええ」
 俺たちも最初は、小まめにトレーナーに声をかけて、登録を求めていたんだけど、ティルさんの言う通り、そういう人が多くて、結局あれから登録タイプはラナちゃん以外増えていなかったりする。
 中には積極的に協力してくれるって人もいたけど、タイプが被っていたりして、“適合者探し”は完全に頓挫してしまっていた。
「そうだ、あいつは“精度”だけど………それもみたいだね」
「いや、ホントありがとうございます」
 重ね重ねいい人だ。

 ティルさんはタバコに火を点けた。
 ……ん?
「……? タバコ、吸い過ぎじゃないっすか?」
「あれ……? 何時の間にこんなに……?」
 ティルさんは、捨てたタバコの本数に首をかしげた。
 タバコを一本吸い終わってから、ほぼ反射的に次の一本に火を点けているから、自然と多くなっているのかもしれないが、俺にはその“灰の形”が気になった。
 カイもぼうっとしていると、こういう、大きな形を保ったままの灰を作っていた。

 火を点けたまま、ぼうっとしていると出来る形の灰。
 それが、ティルさんの右手の下に何本もある。

「う……ん……寝不足……かな…?」
「まあ、これだけ暇だとそうなりますよ」
 俺は、点けたばかりのタバコの火を消し目頭を押さえるティルさんにそう言いながらも、何かの“異変”を察知した。
 何でこんなに眠い……?
 一瞬ぼうっとしていると、時間があっという間に過ぎていく。
 何時の間にか太陽も沈んでいた。
 じっとしてると眠くなる。
 何か、今も眠く……?

「おい、スズキ。何で寝てんだよ?」
「……ああ、おはよう……いやぁ~、よく寝た」
 俺の挨拶に、何時の間にか目の前にいた二人が溜息を吐いた。

~~~~

「まったくもう、信じらんない。依頼っていう自覚あるの?」
 レイは、スズキに不平不満を並び立てる。
 ただ、レイにしては珍しく殴らなかったな……。
「悪い悪い。こうも暇だと……まあ、レイにしてみれば今日一日ラッキーだったんだから多目に……いだっ!?」
 あ、殴られた。
 あいつ、たまによく分からない事を口走って殴られてるな。
 まあ、レイを直に暴力的にさせるあいつの言動は真似しない様にしよう。
 っていうか、レイをそろそろ止めた方がいいな。

「レイ。そろそろそういうこと言うの止めた方がいいぞ? 何か、お前の台詞はここにいるトレーナー全員に降りかかっている気がする」
 レイは気付いた様に口を噤んだ。
 周りを見渡せば、立っている奴らは一人か二人。
 後は座っているか、寝ているかだった。
 この光景を毎日見ているような気がするが、今日は緩みがピークみたいだ。
 スズキの隣の人も、目を擦ってるし……。
 って、俺たちが依頼をしていることを確認する人も眠ってるじゃないか……!
 いいのか? こんなんで。

「コトリ、ラナ、起きなさい」
「え……あ、レイさん。おはよ~」
 ラナが寝ぼけ眼でにっこり笑う。
 そういうことやってると……
「いはいっ!! いはいっ!!」
「コトリ、ほら、起きろ。怖いの来るぞ?」
 思いっきり両頬を摘まれているラナを尻目に、コトリだけでも救おうと肩をポンポン叩く。
「え……ああ、カイさん……おはようござ…ああっ!! 私ったら眠って……すみませんすみません」
 コトリは便利だな……ほら、この騒ぎで起きだした奴らも何人かいるぜ?

「ああ、君たちがスズキ君の……」
「え? スズキ?」
 スズキの横で寝ていた男の人が、立ち上がった。
 それと同時に香ったタバコの匂い。
 ああ、この人も吸って……ん? 何だ? あの足元の不自然な灰の形は……?

「この人はティルさん。ほらレイ、眠くなるのは自然な事なんだって」
 申し訳無さそうに俯くレイの目は、スズキに、覚えてなさいよ、って言っている。
 うん、あいつの言動は絶対に真似しないようにしよう。

「いや、俺が悪かったよ。あいつにも言われたよ。緩み過ぎてるって」
 ティルさんは、裏の方を見た。
 あいつ……? ああ、誰かと一緒に依頼を受けているのか。

「……? そういえば、遅くないですか?」
 スズキの目が、一瞬鋭くなった。
「ん? 確かに。何時まで経っても戻って……ふぁ…」
 ティルさんは同意しつつも、大きな欠伸をした。
 何だ、まだ緩んでるみたいだな……。
「ふぁ…」
 そういう俺にも欠伸が出た。
 ……? うつったのか……?

………!?

 いや、何かが変だ。
 何でこんなにだるいんだ?
 直に周りの状態を確認する。
 コトリとラナは目を擦っている。
 レイも、言い出した手前緊迫感を持っているが、眠そうだ。

「なあ、カイ。さっきも思ったんだけど、何か変だ」
 スズキも何かに気付いたのか周りを見渡す。
 他のトレーナーも、再度寝に入っている……

「……! コトリちゃん!!」
「……え? あっ、え? 何ですか!? ああっ、私ったらまた……!」
 スズキの大声で、まどろんでいたコトリがピンと立つ。
 ラナも、他のトレーナー達もそれに連動して起き上がる。
 やっぱり、何かが起こっている……!

「それはいいから、霧払いを!」
「え!? あっ、はい!」
 コトリは、首をブンブン振って立ち上がった。

 ボンッ

「オオスバメッ、霧払い!」
 オオスバメが羽ばたく。
 すると途端に体内に入ってくる新鮮な空気。
 これは……?

「やっぱり、何か飛んでいたみたいだな……眠り粉か?」
「……! ってことは……」
「ああ、カイ。いよいよ、お出ましだよ。“犯行予告予告”……本物だ。自分で届けに着やがったか……!」

「何だ。空の適合者……いるんだ……」

 若い……いや、幼そうな女の声が聞えた。
 それはきっと、“日常”が変わる声。
 淡白に過ごしていたこの町での“何か”が終わるモノだ。

 博物館の、広い庭。博物館に続く一本道の中央に、体をすっぽり隠すマントを羽織った女の子が何時の間にか立っていた。
 博物館のライトの焦点に、ポツンと。黒いマントで顔だけが浮かんでいるように見えるが、その高さはコトリやラナ位の背しかない。
 いやそれ以下か……?
 ただ、人形の様に可愛らしいその顔の割には、厄介そうな“空気”を纏っていた。
 そして、髪を弄る指には黒いリング。
 そしてあいつは、ペルセじゃない。
 じゃあ……あれが……!

「よく気付いたね。気づかれそうに無い密度で送っていたのに」
「まあ……何となく」
 ぷくっと膨れる子供っぽいその子に、スズキが曖昧に返事をした。
 流石にスズキ……草に対しては敏感か。
 でも、目の前のそいつがシェア・リングをつけている所為で適合タイプは分からない。

 他のトレーナーも、異様な空気を感じたのか完全に目を覚まし出す。
 ティルさんもだ。
 それを見て、その子は手を出し、マントをスカートの様に広げてペコリとお辞儀をした。

「あたしは、チーム・パイオニアのマイム。よろしく、っと」

 やっぱり送り主……か。
 “予告”を本人が届けに来やがったか……!

 マイムの自己紹介が終わった時、一気に緩んでいた空気が緊張感に包まれた。
 その中には、恐怖の色も当然混じっている。
 いや、むしろ戸惑い……か?

 ただ、ぼうっとしていただけの、当たり前の日常。
 そこに突然現れた“異変”。
 “犯行予告予告”が届いていたとしても、日は経ってるからな……。
 ダレた空気の中現れた、目の前の異物。
 俺たちは今まで“異変”が起きた後、そこに到達していた。
 けど今は、正に異変が起き始める瞬間。
 心の準備だって幾らしていても不十分。
 これじゃあ、“災害”なんて言われるのも分かる……!

「怪盗っぽく、クールに決めたかったんだけどなぁ……やっぱり、ペルセちゃんみたいにはいかないか…」
 マイムと名乗った女の子は、相変わらず膨れた顔をしていた。
 ペルセの名をあっさり出すあたり、間違いなく、あのチームみたいだな……。

 マイムはつまらなそうに、俺たちを見回す。
 どこか、妙な雰囲気が流れる。
 誰かを殺しそうな殺気でもなく、押しつぶすような威圧感でもない。
 こいつは何だ?
 フェイルの自然な空気とも違う。
 言うなれば、無垢な子供だ。
 見た目よりも、ずっと幼そうな……

「ね、ねえカイ。あれ……!」

 ………!!

 レイの目を追って見たその子のマントの裾についたもので、俺は認識を改めた。
 赤い。
 あれは……血だ!

「ああ、敷地の裏にいた人のヤツが付いちゃったんだ……。可愛い寝顔だったから……首を……すっとね……」
 マイムは、怪しげに微笑みながら、指で首を切る真似をする。
 何て事の無い口調で、さらりとマイムから出た言葉は信憑性に欠けるどころの話じゃない。
 けど、油断は出来る相手じゃないはずだ。

 切り替えろ……!
 俺はまだ緊迫していない。
 いきなり現れた事も手伝って、その上相手があんな子供の様な顔だからだ。
 でも分かる。
 この子は危険な存在だ……!

「あのっ、ラナさん……」
「大丈夫だよ。落ち着いてる……」
 後ろの声に軽く目を向けると、ラナが言葉とは逆に興奮状態になっていた。
 でも、あの時と違って飛び掛ったりしない。
 成長は……しているみたいだな。

「屋敷の……裏?」
 隣から、ティルさんの震えた声が聞えた。
 ……! そうだ。裏口には、“戻ってくるのが遅過ぎる”ティルさんのパートナーがいるって話じゃ……

「え? 知り合いでもいたの? ゴメン。首なんて気持ちの悪いもの運べないから、自分で確認しに行って」
 マイムは怪しく微笑むと、マントの中で手を蠢かせた。

「……それとも……」

「「!!?」」

 俺と、ティルさんは、マイムのマントから突然跳んできた何かを避ける様に分かれて跳んだ。
 ヒュッという、風を切る音が聞えた。
 “緑色の何か”の攻撃は、外れ……
 ……!!? いや、ティルさんは……!!

「きゃあっ!?」
 “ティルさんから離された”、“それ”は遠くの女性のトレーナーに転がっていった。
 そしてその女性のトレーナーは、“それ”を見て、へなへなと座り込む。

 一歩間違えていたら、俺が“ああ”なっていたのか……!
 プレシャス・ビリングのあの光景を見ていなかったら、こんなに冷静でいられなかったろうな……。

「“あっちの世界”の方が会うのが早いかな?」

「あ……ああ!!」
 コトリが震える。
 そりゃそうだ。
 誰だって、“首と胴体が離れる瞬間”を見たらそうなる……

 俺の横にはティルさんの胴体。
 俺は無駄と分かっていても、レイたちに見せないために庇うように立った。
 初めて見たかもしれない……人が“死ぬ瞬間”を……。
 そうだ……こんなことをあっさりする奴らが、チーム・パイオニアだった……!

「………」
 スズキが、マイムを睨む。
 ついさっきまで話していた人間を殺されたんだ。
 流せない光景だろう。

 ヤロウ……完璧に切り替えたぜ。
 目の前の死に囚われていられない……
 もうここは“戦場”だ……!

 スタッと、“緑色の何か”がマイムの元に着地する。
 マイムよりも背の高いあのモンスターは……

「ストライク……。今のはあの鎌か……!」
 スズキが目を細める。
 ストライクの鎌には血がべっとり付いていた。
 あの量は、今のものだけじゃ無い。
 本当にこいつ、裏の人たちを……!

「さてと。ひぃ……ふぅ……みぃ……」
 マイムは、俺たちの人数を、指折り数え始めた。
 そうだ。
 ここには“人数”がいる。
 たまたまここを通りかかった有象無象とは言え、十人近い。
 “予告しに”来ただけだろうが、こいつをただ帰す気なんてさらさらない……!

「少ない……」
 マイムは、ぼそりと言った。

「少ない少ない少ない少ない少ない少ない少ない少ない少ない少ない少ない!!」

「!!?」
 突如癇癪を起した子供のように、マイムは髪を掻き乱し始めた。

「何で!? 何で!? 人を集めるには予告状を出せばいいって聞いたのに!! 何で!? 何で!? 準備の時間も上げたのに!! 裏の人たちを減らしたのがいけなかったの!? もっと……もっと、死んで欲しいのに……!」

 勝手な事を叫び続けるマイムに、誰も近づけなかった。
 それは、マイムの横のストライクが自らの鎌を舐め、俺たちを牽制しているからだけじゃなく、単に、そのマイム本人が“異物”である事が大きい……!
 出来の悪いホラー映画みたいだ。
 正体不明の子供の癇癪は、それだけで、見ている人に恐怖を与える。
 だけどあのチームなら、こんな奴でも“最強”には変わりない。

 悪いが、逃がさねぇぞ。
 全力で行くぜ……。
 待ち構えてたんだ……!

 ボンッ

 後ろから、ボールの開く音が聞えた。
 ちらりと見れば、待ちきれなくなったのか、ラナがルカリオを繰り出している。
 ラナが一応俺に確認を取るように、目を向けた。
 俺は、それに頷く。
 ああ、始めるぞ……!

「悪いが、十人程度が“少なく”ても、今ここで戦ってもらうぞ」
 俺の言葉が合図だったかのように、あちこちでボールが開く音がする。
 流石に多勢に無勢のような気がするが、警戒しておいて損は無い。
 少ないと称している以上、マイムには自信があるみたいだが有利なのは俄然こっち側だ。
 規模が違い過ぎる戦力相手じゃ一人に出来る事は高が知れてる……!

「あっ、そうだ。あたしは予告しに来ただけだった」
 マイムは、突然落ち着いて、手を叩いた。
 そいつの目は、一瞬で俺たちが写らなくなったかの様に建物に向く。

「裏の壁に書いておいたけど……明日はもっと沢山集まっていてね……?」
 あいつにとって、俺たちは“殺す為だけ”に集められた存在らしい。
 フェイルという存在に出会って、あのチームを誤解していたのかもしれないな……。
 マイムは……狂っている!

 マイムは、再びマントを広げてお辞儀をした。
「明日の夜……“プレート”を貰いに来ますっと」

 ビュッ

「なっ!!?」
 その時、俺には一瞬でマイムが消えた様に見えた。
 だが違う。
 今のは“空を飛ぶ”だ。
 何か高速の飛行物体が、マイムをさらって飛び去って行った。
 明るいライトから、暗い空へ……
 駄目だ。
 体が小さい上、あの暗い服で夜の空を飛ばれたら目で追えない。
 あいつは本当に……予告しに来ただけだった……!
 その過程で……人を殺しながら……。

「カイ君……」
「ああ、分かってる。明日……だ」
 歯を強く噛み締めながらルカリオを戻すラナに、俺は低い声で言った。
 今の光景はこいつにとって、“あの夜”と被るものがあったんだろう。
 やりたい放題やられてあっさり去られたという、チーム・パイオニアのリーダーと……
 だが、その時と違うのは、奴が明日もう一度来るということだ。
 俺たちが初めて経験する……チーム・パイオニアを待ち構えての戦闘。

 その後、建物の裏で、数人の死体と、その血で壁に書かれた拙い文字の“予告”が発見された。


~~~~


 私たちは、今、ギルドの食堂にいます。
 ギルド内も、さっきの事件の所為でどこかピリピリしているけど、私たちの席はもっと重い空気が流れていました。
 途切れ途切れの会話。
 それも、食事に集中しているという訳ではなく、心は完全に別のところにあるように、ただ手だけを動かし続ける食事。
 そんな中、私が一番、“食事をしていませんでした”。

 目を閉じれば浮かんでくる、あの男の人の“死”。
 瞬きの時にすら、浮かんで、その数だけ頭に残るあの光景。
 少しでも反応が遅れれば……多分、カイさんも……

「コトリ? 大丈夫?」
「え………はい」
 レイさんの声に、出来るだけ自然に目の前のパスタを食べようとしても、結局最初の一口で、フォークを置いてしまいました。
 レイさんの深い溜息を聞きながら、私は“あの光景”が少しでも薄れるように、小さく首を振る。

 明日。
 あの、マイムという人が来るのは、明日。
 きっと、カイさんは戦うつもりの筈。
 レイさんも、スズキさんも、ラナさんも、そして、私も。
 それに、他のトレーナーの方も集まる。

 私から見れば、皆さんはすごく強い。
 でもきっと、それより強い相手と戦う事になる。
 そんな世界の戦いの中で、私は足を引っ張らない事が出来るのかが不安でした。
 手持ちは、オオスバメとトゲチックだけ。
 ランクも低い。

 こんな私は、その場所にいてもいいんでしょうか……?

 私は、このチームにいたい。
 夢もある。
 でも、それを通す力はない。
 依頼でも、皆さんに迷惑をかけている。

「うっし、ごちそうさん」

 スズキさんが、食事を手早く済ませて食堂を出て行った。
 きっとスズキさんは、明日の為の特訓をするつもりでしょう。

 ちょっと前、夜中に目が覚めた時、スズキさんが一人で町の外に出て行くのを見たことがある。
 こっそり後をつけたら、あっさり見つかってしまったけど、その時、スズキさんは笑いながら、『自主練だよ、自主練。“成長”は戦闘前の下準備で体現するようなもんだから』と言っていた。

 体現。

 それは、強いトレーナーの条件みたいなモノだとレイさんは言っていた。
 私には“自由”をどう体現するのか分からなくて、どこか疎外感を感じたのを覚えている。
 カイさんも、レイさんも、スズキさんも、ラナさんも出来ている体現。
 私にはそれが出来ない以前に、どうやればいいのか分からなかった。

 次にラナさんが食堂を出て行った。
 もしかしたらラナさんも明日に備えるつもりかもしれない。
 私も行こうと思っても、半分以上残ったパスタが目に入って、私は席を立てなかった。

 ああ、私は何をやっているんだろう……?

 強くなりたい。
 私の夢とは、また別の意味で、強くなりたい。
 夢とは別に、たった一つ、きっとそれは、他の人から見れば小さなモノかもしれないけど、私にとっては大切な理由があったから。

 やっぱり、私も特訓しよう。

「コトリ」
「え? あっ、はい」
 結局食事を諦めて、席を立ったところで、カイさんが私を呼び止めた―――

~~~~

「コトリ」
「え? あっ、はい」
 夕食後、俺はコトリを呼び止めた。
 どうしても、しなきゃいけない話をする為に。
 俺は軽く頷いて食堂を出て行くレイに視線を送ると、コトリを椅子に座らせた。

「なあ、あんまり食べてなかったけど……大丈夫か?」
「あ……はい。その……具合悪くて…」
 コトリの顔は青ざめていた。
 ティルさんの首と胴体が離れる瞬間が頭にこびりついているんだろう。
 かく言う俺も、明日の為に無理矢理食事を押し込んだんだけどな……。

「ちょっと……したい話があるんだ」
「?」
 コトリは首を傾げる。
 えっと、そう切り出すかな……?

「明日……俺は……じゃなかった、俺たちはあの博物館であいつを待ち構える」
「……ええ、頑張りましょうね…」
 コトリの声には何時ものような元気がなかった。

「まあ、依頼って形で受けるもんじゃない。さっき受け付けに行ったら、依頼を見せてもらえなかった。流石にランクが跳ね上がったらしい」
 その時、スズキが、気になる、と怪しげな視線をしていたのを思い出した。
 あいつ、妙なことしないだろうな……?
 まあ、今はコトリだ。

「あのさ、今回は初めてあいつらと戦う事を目的にして、俺たちは行動している」
「はい……」
 コトリの顔が沈んでいた。
 もしかしたら、俺が言いたいことが分かったのかもしれない。
「だからさ、前にも言ったけど……今回は、俺たちの行動一つで避けられる戦いだ」
「……分かってます」
 分かってます……か。それはきっと、俺がこの先言う言葉をも含めての意味だろうな……。
「コトリ……あの、ティルさんって人の“最後”を見たろ?」
 コトリは顔を伏せた。

「俺は、コトリに……いや、皆にだって、あんな目にあって欲しくない」
「他の……」
「……?」
「他の皆さんは、戦うんですよね……?」
 コトリは俺の台詞を先読みして、言葉を出した。
 その声は震えている。

「ああ。ラナは最初からあいつらと戦う事を選んでチームに入った。レイにはさっき言われたよ。絶対に戦うって」
 因みにスズキにも似たような話をしたが、何時ものようにへらへら笑っていた。
 まあ、あいつは俺よりずっと賢い。
 やばくなったら、自分で考えて行動するだろう。
 でも、コトリは……

「私も……戦います。ご迷惑はお掛けしません……」
「なあ、コトリ……お前は、奴らと戦うって決める前から俺たちについてきた。その、だから……」
「巻き込みたくない……ですか…?」
 コトリの声はどんどん震えていっている。
 食堂の他の奴らも、こっちの様子を盗み見るほどに……。

「コトリ……避けて通るべき“最強”と戦う理由がないだろ? 俺とレイとスズキは避けて通れないから。ラナは“譲れない事”を守る為。だから……」
「理由なら……あります」
 コトリは俺の目を正面から見てきた。
 ああ……分かってるよ……
 でも……

「確かに、コトリの夢は奴らの“興味のある事”と被ってる。でも……な」
 俺はそこで言葉を噤んだ。

 思わず言おうとしてしまったのは、“命を懸ける程のモノか?”

 それは、言ってはいけない言葉だ。
 人の夢を、客観的に判断してはいけないのだから。

「それだけじゃ……ないです」
 ……?
 俺に向いている目が滲んできていた。

「“憧れ”……じゃあ駄目ですか……?」

「“憧れ”……?」
 コトリから出てきたその理由をオウム返しに聞いた。

「初めて……初めて見た、トレーナー同士の戦い。あの時からずっと……私もああいう風に…強く……強くなれたら……って……思って……」

 その理由を聞いて、俺は一瞬止まってしまった。
 もしかして、俺とあの放火魔の戦いの事だろうか……?
 あんな理由で……
 コトリは旅を続けていたのか……?
 “強くなりたい”。
 それが……コトリの“我”なんだろうか……?

「そんな理由……」
「私にとっては大切な理由なんです!!」
 コトリの大声に、食堂にいる全員の顔がこっちに向いた。
 ああくそ、思わず言っちまった。
 人から見れば、誰かの夢や目標……そして、理由なんて重要そうに見えない。
 けど、本人からすれば大切なモノだって事は、俺は十分分かっているつもりだったのに……!

「でも……幾ら頑張っても…なれなくて……私が弱いから……邪魔……なんですか?」
 ここで、邪魔、と言えばコトリは明日安全な所にいてくれるだろうか……?
 でも、俺は言葉が出せなかった。
 目の前で、ボロボロ泣かれたら、俺は何にも言えない……

「明日………明日までに……強くなります。今から手持ちも増やします。だから……っ」
「って、コトリ!?」
 俺が反応する前に、コトリは食堂を飛び出して行った。
 あれは……レイの影響だろうか…?
 涙で赤くなったコトリの目は強かった。

 ガンッ

 俺が思い切り殴ったテーブルの音で、再び食堂の視線が集まった。
 何やってんだ俺は……。
 明日命を懸けて戦うっていうこんな時に……!

「カイ……やっぱり無理だったみたいね」
「……やっぱいたか」
 食堂の入り口からレイが入ってきた。

「コトリ……私が立っていた事にも気づかないで、走って行ったわよ」
「話……聞いてたか?」
「途切れ途切れにね」
 レイは椅子を引いて座った。
「カイも分かったでしょ? 巻き込みたくないって思うのはいいかもしれないけど、程々にしておかないと」
「ああ……。コトリに睨まれたの……初めてだ」
 俺は自分を落ち着かせる為に、タバコに火を点けた。

「で? 明日、コトリは博物館に来るわよ?」
「ああ、分かってるよ。でも、やっぱり俺は……お前はどう思うんだよ? コトリが危険な目に遭うんだぞ?」
 レイは、ふっと息を吐いた。

「心配」
「お前なぁ……」
「分かってるわよ。でも、止めたって聞かないでしょ? コトリは。理由があるみたいなんだから……」
「わっ、あぶっ!? って、おいっ!?」
 レイは俺の手から、タバコを奪って灰皿に押し付けた。
「カイのこれと一緒。どうでもいい理由でも、それを大切に思っている人は止めたって聞かないわよ」
 やっぱりそういうもんか……。
 タバコのことを言われたら、俺は切り返せない。

「それに、コトリがいて、結構私たち助かってるしね……」
「………ああ」
 ペルセの霧の時もそう、さっきの眠り粉の時もそう。
 コトリがいなかったら、やばかったシュチュエーションは幾つも通ってる。
 自分を弱いと称しているコトリだけど、単純な実力以前に応用の利く“自由”は、チームに必要な存在だ。

「明日……コトリに謝っときなさいよ?」
「……はあ、分かった」
 何か顔を合わせ辛いんだけど……
 まあ、目の前に迫った敵の大きさを考えれば、コミュニケーションは回復しておくべきかもしれない。

 その時……

「いやっほ―――うっ!!」

 場の空気を読めない男の奇声が食堂に響いた。

「……黙って座りなさい」
 突如飛び込んできたスズキに、レイの冷たい視線が突き刺さった。
 しかし、それでもスズキのテンションは落ちなかった。

「おいおい、レイちゃんっ、これを見てもそんな事が言えるかな?」
 スズキが、俺とレイの間にバンッと紙を置いた。

「……おい、これ…」
「ああ、今さっき、博物館の人に直接交渉してきたんだよ。マイムが現れた所為で、夜の依頼を受けていたトレーナーが全員キャンセルして、その上“この依頼”の引き受け手が全くいなかったから、俺たちチーム・パイオニアと戦った事ありますよ、って言って無理矢理引き受けられるようにしてもらったんだよ。いやぁ~、ギルドの人との交渉には骨が折れましたよっ!!」

 ……やっぱり予想通り、こいつは妙な事を考えていたみたいだ。

「まあ、相変わらず依頼の引き受け手を探してはいるみたいだけど、この分だと俺たち以外にはいなさそうだな」
「じゃあ……明日は……?」
「そう、あのマイムって奴と戦うのは俺たちだけになりそうだって事だ」
 こいつは、何故こう命懸けの状況でへらへらしていられるのだろう……?

「すごいだろ? 成功すれば、報奨金ゲット。ただ戦うより、こっちの方がやりがいがあるし」
 ぐっ、と親指を立てたスズキに、レイは渋々頷く。
 プラスのことしか起こっていない筈なのに、スズキの所為で、奴らとの戦いが途端安っぽくなってしまったからだろう。

 ともあれ、マイムと戦うのは、俺たちだけになりそうってのは、逆に気が楽になった気がする。
 ティルさんみたいな被害者は、外部から出ないって事だ。

「よし、明日に備えて特訓でもするか。行こうぜ?」
「ああ」
 俺とレイは、席を立った。

 そうだ……いよいよ明日だ。
 俺たちにとって初めての、迎え撃つ戦い。
 震える体は、武者震いなのか恐怖なのか分からない。
 でも、どっちであっても、この依頼を引き受けた以上、明日は戦闘だ。
 コトリは、きっと来るだろう。
 いや、来ても俺が守ればいいんだ。
 絶対にこっちに死傷者は出さない。
 明日の依頼に妥協は無しだ……!

 引受人(暫定)―――チーム・Strange

 Sランクミッション・“犯行予告”


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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 何の自慢にもなりませんが、予定通り遅れた更新になりました。
 諸所の事情で、これからもこういうことが多くなると思いますが、お付き合い願えれば幸いです。
 遅れた反動という訳でもないのですが、文章量は多めになっています。

 今回の更新で何となく分かると思いますが、この物語は、関係のない時間をどんどん省いて核心部分の話だけになっています。
 もしかしたら、番外編(という名の完全な無駄話)を書くかもしれませんが、まずは本編の話を進めることに集中しようと思います。

 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.27 Transformation
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/21 07:10

―――カイ、俺が今まで教えた事……場合によっては全部破れ。
―――何だよ、それ……!?
―――忘れろって事だ。自分が違うと思う時が来たら……。

 リクトはどこか遠くを見るような目をしていた……

~~~~

「……最っ悪の目覚めだ……」
 珍しくラナに襲われなかった朝にも係わらず、俺は鈍い頭痛を抱えながら起きた。
 実際あまり寝ていないけど、それ以前に、何か嫌な夢を見ていた気がする……。

 ただ、今日はそんな事は言ってられない。
 俺はゆっくりベッドから降りた。
 時計を見ると、まだ起きるには少し早い時間だったけど、ベッドに戻る気が全く湧かない。
 それに、コトリの事も気がかりだ。
 隣のベッドにはスズキは既にいない。
 まあ、あいつがいないのは何時もの事だ。
 とりあえず、コトリを探そう。
 あいつ……“戻って来てる”よな……?

・・・・・・

「……コトリ?」
 部屋を出て、ギルドの廊下を歩いていると、低い背中を見つけた。
「あ……おはようございます」
 振り返ったのはやっぱりコトリだった。
 ただ、やっぱり元気がない。
 目の下にはクマが出来ている。
 重度の寝不足のようだ。

「昨日……何所行ってた……?」
「え……その、色々……その、失礼します」
 コトリはペコリと頭を下げ、走って行ってしまう。
 俺はそれに静止もかけられなかった。

「完全に避けられてるな」
「……ああ。ってお前も何所行ってた?」
 振り返るとスズキが立っていた。
「まあ、いいじゃん」
 大げさに欠伸をして、頬をかく。
 まあ、こいつに何聞いてもまともな答は返ってこないか。

「コトリちゃん……戻って来たの結構遅かったぞ? 探しに行ったレイが折れて先に帰ってきた位だ」
「……そっか」
 昨日、俺たちの特訓が終わった後、コトリがまだ戻って来ない事でちょっとした騒ぎになった。
 手分けして探して、レイが見つけたけど、俺は何となく顔が合わせ辛く、それだけ聞いてギルドに帰ることに。まあ、その後気になって寝付けなかったけどな……。

「謝るのが遅くなればなる程、面倒な事になるぞ?」
「分かってるよ。でも……な」
 俺はどうしても踏ん切りがつかなかった。
 確かに、コトリには謝るべきなんだろう。
 あいつの“理由”を客観的に判断してしまった事については。
 ただ、それでもやっぱり、俺はコトリに危険な目にあって欲しくはなかった。

 昨日の特訓は、より実戦を意識したモノにした。
 その中で得たのは、やっぱり戦闘は危険だっていう、改めての認識。
 その上、今日の敵は完全に殺す事を目的にするような奴だ。
 “強くなりたい”っていうコトリの“我”についてはもう何も言わないが、何も相手に“最強”を選ばなくてもいいと俺は思っていた。

「で、カイ。今日は夜までは、昨日言ってた通りでいいんだろ?」
「ああ、自由時間だ。好きなように時間潰してくれ。まあ、俺は一応博物館にいるつもりだけど」
「じゃ、俺は寝よっかな」
 スズキはもう一度わざとらしく欠伸をして部屋に歩いていった。
 ……待てよ? あいつまさか寝てないって事はないよな…?

・・・・・・

「ふう……」
 俺は、博物館の壁に寄りかかって腰を落とした。
 もう何日、同じ場所で同じ体勢をしていたのか分からない。
 ただ今日は俺一人でこの場所にいる。そして、終点はマイムとの戦闘だ。
 それはまるで今までと違う。

 さっき聞いた博物館の人の話では、とりあえずは外で食い止めてくれっていう事らしい。
 依頼の内容は博物館の“プレート”と博物館の人間の命を守る事。
 まだ日も高く、予告までは時間があるが、博物館の人たちはここ数日同様、博物館の中で篭城するらしい。
 まあ、外に持ち出すより中の方が安全だし、チーム・パイオニアが狙っているとあっては展示物の引き受け手がいないから、それしか選択肢はないみたいだけど……言っちゃ悪いが、“プレート”の方は俺にとっては完全におまけだ。

 チーム・パイオニアと戦闘。
 そして、被害者を出さない。
 それがこの依頼で、俺にとって最も意味のあることだ。

「………やっぱ、怖ぇな……」
 タバコに、火を点けても全然落ち着かない。
 何もしていないのに、手の平に汗が滲んできていた。
 俺たちが最後に戦ったのは、フェイル。
 全力を出して、その上運も味方したのにあいつには届かなかった。
 そして今回の敵は、一人でも多くの人間を殺したくて、犯行予告を送ってくるような奴だ。
 出来れば俺は……この場には、マイム以外には来て欲しくないように感じていた。被害が少しでも少なくなるように。
 その中で、俺だけはここを動く訳にはいかない。
 はあ……今更だけど、難儀な“誓い”を立てちまったな……

「タバコ臭い……」
 俺の意に反してもう一人……難儀な誓いを立てた奴が、博物館に現れた。
「消して」
「何でそう言いながら、ボールに手を当てる?」
 ラナはむすっとしながら、タバコを睨んでいた。
 こりゃ消さないと、またスパンッってやられそうだ。
 俺は、タバコを地面に押し当てた。

「夜まで、待ちきれない……ってか?」
「他にやることがないから」
 ラナは、俺の隣に座った。
「……もしかして、カイ君も?」
「……俺は……どうだろうな?」
 待ちきれない。
 それもあるかもしれないけど、もしかしたら、俺は自分を縛るためにここにいるのかもしれない。
 夜になっても、自分が逃げ出さないように。

「待ち構えるっていうのが、こんなにきついと思わなかったよ」
「ふうん……」
 ラナは聞いているのかいないのか、俺が消したタバコを踏みにじっていた。
「なあ、お前怖くないか……?」
「……待つのは……慣れてるから」
 ラナは正確には答えなかった。

「もしかして……カイ君怖いの?」
「……ああ……って何だその顔?」
 素直に打ち明けた俺に、ラナはポカンと口を開けていた。
「え? あいつらを倒したいんじゃないの?」
 ああ、そういう事か。
「前に、教わったんだ。怖いって感じるのとは別の事だって。お前も経験あるんじゃないか?」
 ラナはつまらなそうな顔をした。
「……図星ってとこみたいだな……ぶっ!?」
「うるさいよ」
 ………何で殴った…? しかも、グーで。
 こいつは……レイから学んじゃいけないものを学んでいる気がするぞ?

「怖いんだったら、帰っていいよ。ボク一人でも戦うから」
「だから、それとは別って言ったろ? 俺は戦うぜ。誰も……死なせないように」

 そう言って、俺は何となく、自分の“恐怖”が分かった気がした。
 自分が死ぬ事……もしかしたらそれ以上に、“他の誰か”が死ぬ事を俺は恐れている。
 だから俺は、レイやスズキ……それにコトリを“この場”から遠ざけようとしていたんだろう。
 そして、“譲れない”と言っていたラナすらも来て欲しくないと思っていた。
 これが、俺の“我”なんだろうか……?

 この世界に来て、出来てしまった奴らと戦うという“流れ”。
 その“流れ”を創ったのは、この世界に引きずり込んだリクトや、その対象の俺だ。
 それがなければ、レイとスズキはこの世界に来なかったろうし、コトリはこんなところまで旅に出なかった。もしかしたら、ラナもあの町で生活を続けていたかもしれない。
 スズキには気にするなと言われたけど、やっぱり俺はどこか引け目を感じていた。

 この“流れ”に飲まれて、皆が後悔しない様にして欲しい。
 それがきっと、俺の“我”だ。
 でも、レイやコトリは、“戦いたい”や“強くなりたい”っていう“我”を持っていた。
 昨日のは、お互いの“我”がぶつかった結果なのかもしれない。
 これじゃあ、目を突かれたり、睨まれたりするのも分かる。

「ねえ……えっと、ありがとう」
「……は?」
 ラナが、どこか思い出すように台詞を言った。
「レイさんに、カイ君がそういう事を言ったら、とりあえずお礼を言っておきなさいって言われた」
 レイの奴……何をラナに教えてるんだよ……?
「それと……」
「ぐあっ!?」
 ラナのボディーブローが俺に決まった。
「何しやがる!?」
「その後、殴っとけって言われた」
 レイの言い付けを忠実に実行したラナはどこか満足気だった。
「レイの奴……本当に何を教えてるんだよ!?」

「昨日、あんたがまた、巻き込みたくない的な事を言ったらやるように言っておいたのよ。早速効果あったみたいね」
「あ、レイさん」
 何時の間にかレイが、俺たちの前に立っていた。
 顔はラナみたいに満足気だ。
 いや、レイにラナが似ているのか……?
 レイ……お前の育て方は、俺にとって健康的じゃない……!

「レイ、お前、何故ラナに殴るのが前提の事を教えた?」
「それぐらいしないと、あんたが分からないからよ」
 レイはラナの反対側に座った。
「巻き込みたくないって思ってくれるのは嬉しいから、“ありがとう”。でも、私たちを遠ざけようとしているのは許せないから、“殴る”。昨日も言ったでしょ?」
 どうやらラナは、レイから分離した独立監視システムらしい。
 見事に機能していた。
 ラナに親指を立てて褒めているところをみると、相当な高性能みたいだ。

「で、カイ。コトリには謝ったの?」
「朝……避けられた」
 レイは、やっぱり、とでも言うように肩を竦めた。
「カイ君、コトリちゃんに何かしたの……?」
「あのな、今から戦うんだから、隙あらば殴ろうかとか考えないでくれるか?」
 ラナは膨れながら拳を下ろした。
 悪いが今のはマジな話だ。
 体力は温存するに限る。

「コトリが来たら……止めない。でも、絶対に守る。私はそれが一番だと思う」
「ああ………俺も……だよ。絶対に守る」
 レイは昨日俺が考えた事をどこか遠くを見て言った。
 やっぱりその結論になるか。
 多分それが、お互いの“我”を守る唯一の解決策なんだろうから……。

「とりあえず、カイは謝っときなさい。中途半端なこと考えてて戦える相手じゃないでしょ?」
「……ああ、考えておくよ」
 昨日と違って、俺は直に肯定できなかった。
 きっと、自分の“我”を認識したからだろう。
 謝る事で、コトリが戦う事を薦めてしまうような気がしていた。
 レイは俺の胸中を読んだのか無言になる。
 まだ日も高いこの博物館の前で、時間だけが過ぎていった……

・・・・・・

「そろそろ……かな?」
 ついさっき来たスズキが、殆ど暗くなった空を見上げながら呟いた。
 コトリは………まだ来ない。

「多分な。いよいよ始まるか……」
 半日座っていた所為で硬くなった体をほぐしながら、俺は立ち上がった。

「とりあえず、戦う前に“登録”しておこう。もしかしたら誰かランクが上がっているかもしれないしな」
 俺はバッグから“登録機”を取り出した。
 その行動が、まだ来ていないコトリを暗に遠ざけているような事だと分かっていながら。

 ピピッ、っと四人分、登録の音が響く。
「えっと……炎と水と草、それに闘と念と毒がランクB。そして、氷がランクA……か。変わってないな」
 スズキの顔が“登録機”から離れて、俺に向く。
「カイ……お前のメインってやっぱり氷なんじゃないか……?」
「……かもな…」
 俺は生返事をした。
 常に、炎より高い氷のランク。
 それはずっと前から気になっていたけど、俺の視線は博物館の門に向いていた。
 あそこに先に現れたのが、マイムだったらコトリが戦うのを防げそうな気がして……
 しかし、俺の希望とは違い、走ってきているのは見間違いようもなくコトリだった。

「遅れてすみません!」
 息を切らして到着したコトリの服は所々ボロボロになっていた。
「コトリ……お前、ギリギリまで特訓してたんじゃ……」
「大丈夫です、戦います」
「あのな……」
「あ、“登録”ですか? 私もやります」
 コトリは俺を避けるようにスズキに向き合う。
 ピピッ、っと“登録機”から音がした。
 コトリはまるで学校の通信簿を貰うかのように、結果を持っている。
 ああ……やっぱりコトリには戦場は似合わない。
 俺はそう思いながらも、その光景をぼうっと見ていた。

「えっと……ランクCだね。皆も変わってなかったから」
「そう……ですか……」
 コトリは、一人だけCランク。
 それをコトリが気にしている事を知っている。
 確かに、技を使えるようになってはいるが、大技はまだ無理だ。
 でも、それで十分だと言っても、コトリの顔は優れなかった。
 技が使えているのは、本当に助かっている。
 でも、今それでコトリを励ます気が俺は全く湧かなかった。

「コトリ、私は止めないから」
 レイはコトリに言っているのに、俺を肘でつついた。
 ……俺も言えってか……?
 …………分かったよ。
 ただ、邪魔って思っていない事を伝えるだけだけどな……。
「あのな、コトリ……俺は……」

「ねえ、昨日言った事覚えてなかったの……?」

 その幼い声が聞えた瞬間、俺は直に頭の中を切り替えた。
 コトリに対して言う言葉が後回しになることにどこか救われたような気がしたが……
 ああくそ、何であと少し早く来なかった……!?

 昨日と全く同じ位置に、体をマントで完全に隠した女の子が立っていた。
 この、Sランクという未知のレベルの依頼の対象者が……

「昨日……あれだけ少ないって言ったのに……!」
「全員切り替えろ。始まるぞ……!」

 マイムを無視して、俺はボールに手を当てた。
 こうなった以上、コトリを遠ざけている暇もない。

「ねえ……何で……?」

 マイムは顔を真横に倒して眉を寄せた。
 まるで子供が、約束を破った大人にあたるように……
 でも昨日と違って俺はマイムを侮ったりしない。
 油断していると首を持っていかれる事は、昨日の一件で認識済みだ。

「カイ君……いいよね?」
「ああ、本気でいくぞ……!!」

 ボールの開く音が、人数分響く。
 昨日より少ないけど、人数の利はこっちにある。
 五人で全力でマイムを狙えば、勝ちの目があるだろう……
 マイムの顔が引きつっていく。

「ねえっ!! 何で無視するの!!?」

 ……さあ、開戦だ……!

 ボボボボボボボボボボッ

「きゃ!?」
「何っ!?」
 突如マイムのマントの中から聞えた騒音に、全員が耳を塞ぐ。
 何だっ!? 今のは!?
 もしかしてボールの開閉音か……!?

「まあ、いいや。中にも人はいるんだろうし……まずは五人で。この子達がやってくれる……」

「何だ……あれ……!?」
「1匹1匹説明してらんないぜ? とりあえず、全部虫だ」
 マイムのマントからボトボトと落ちてきたのは、スズキの言う通り、全部虫だった。
 俺が知っている限り、キャタピーにビードル……後はコンパンか……?
 他にも、幾つか名前を忘れたか知らない虫がうじゃうじゃとひしめき合っている。
 そして……数が……!

 ボボボボボボボボボボッ

「っ!? 何なの!?」
 再び、マイムから騒音が聞えた。
 そして、当然のようにボトボト落ちてくる虫たち。
 何だ……!? あいつ、何体持っているんだ!?

「そ……そんな訳無い……!」
 レイが、気味の悪い虫の光景を見ながら呟いた。
 そうだ……確かレイの話じゃ、この世界でもゲームと同じで、手持ちの限度は6匹って事じゃなかったか……?
 理由は知らないけど、とにかくマイムのモンスターの数は下手すりゃ三桁近いんじゃ……?

「くっ!! 何時まで続くんだ!?」
 俺たちがその光景を呆然と見続けている間にも、マイムのマントから騒音が響き続ける。

 駄目だ!! 何をするつもりか知らないが、このままぼうっとしている訳にはいかない……!
「とにかく、攻撃するぞ!! あいつ、何か狙ってやがる……!」
「っ!! ルカリオ!!」
 ラナのルカリオがマイムに突っ込んだ。
 ……!?
 その瞬間、マイムの周りの虫たちが光りだした。
 まさか……あれは……!?

「っ!!」
 ルカリオの攻撃が、グチャッという気持ちの悪い音を立てて止まった。
 その異様な光景に、ラナはルカリオを下がらせる。
 ルカリオの攻撃で何体かの虫が潰れてマイムの足元に落ちたが、本人には届いていない……。
 そして、落ちた虫。
 トランセルやコクーンだ。
 やっぱり……この光は……

 なおも光り続ける虫たちの中、マイムは歯を見せてにっこりと笑った。

「“変貌”。それがあたしのメインタイプ。戦闘中に力を上げる“上昇”や、戦闘前に力を上げる“成長”とはまた違った……進化を司る適合タイプ……」

 マイムは先程よりも耳障りな羽音の中、その1匹1匹を悦に入ったように見続けている。

「“変貌”との組み合わせは大体そうなっちゃう……。虫を進化させたり……モンスターに虫や空を付す……それがこの技、“変貌”と“自由”のDouble drive: Maneuvered evolution」

 進化操作のダブル・ドライブ……!
 もしかしたら、あの虫たちは、ついさっきまで野生のモノだったのかもしれない。
 だが、進化させる事で、一気に戦えるレベルまで昇格させやがった……!
 1匹1匹は弱くとも、数が多過ぎる。
 まだ、マイムのマントからは光り輝く虫が落ちてきていた。
 一体、小さな体のどこにそんなボールを持ってたんだよ!?

 マイムの周りには、無数の虫。
 そしてそれらが近接して飛んでいる所為で、マイムの体が見え隠れする。
 おいおい、これ全部倒さなきゃ、マイムに到達できないって事かよ……!
 博物館の庭は、無数の虫たちの所為で星の光さえ届かくなっている。
 それどころか、庭が虫で埋め尽くされていた。

「だから言ったのに……少ないって……」

「!! コトリは入り口守ってくれ!! モウカザル、火炎放射!!」
 俺はそう叫んで、モウカザルと共にマイムに攻撃を繰り出した。
 これで良い筈だ。
 入り口の警護は必要だし、コトリには下がっていて欲しい。
 後は攻撃に充てないと、この数は捌ききれない……!

 ゴウッ

「っ、もっとだ!!」
 俺の炎で、何体か虫が落ちる。
 でも、あくまで“何体か”……だ。
 無限とも言える、マイムのモンスターの数。
 ハッキリ分かったのは、マイム相手に人数の利は通用しないって事だ。
 こいつは……一人で“戦争”が起せる……!

「瓦割り!!」
 虫の向こうに僅かに見えたラナのルカリオの攻撃は虫たちを捕らえ、やはり数体落ちてくる。
 スズキのジュカインを見ても、何体か倒している。
 相性が不利でもあっさり倒せるって事は、やっぱり1匹1匹は弱い。
 でも、数を見るに、一々相手をしていたらそれだけで体力が尽きちまう。

 こうなりゃ、一気に倒した方がいいな。

「リザードンッ!!」
 俺は最も攻撃能力の高いモンスターを繰り出した。
 相性がいいんだ。
 この数全体を対象にした攻撃。
 それなら、一気に数を減らせる……!

「炎の渦!!」
「ギュイィイイィイイィ―――!!?」

 リザードンの攻撃を喰らった虫たちの奇声が響く。
 ああくそ、何か気持ち悪くなってきたぜ……
 でも、少しは数が……
「……なっ!?」

 虫の壁が一瞬だけ晴れたその向こう、俺は信じられないモノを見た。
 虫が……卵を産んでいる……!?
 そして、直に孵化と進化を繰り返していた。
 “虫を付す”ってそういう意味もあったのか……!
 マイムのダブル・ドライブ技は永続だっていうのかよ!?
 そして、卵を産み続けているって事は、この数は……減らない……!

「カイッ、ぼっとすんな!!」
「なっ!?」

 スズキの方から飛んできたツタが、俺の背後から襲いかかろうとしていた虫たちに絡みつく。
 そうだ。ぼうっとしている場合じゃ……ん!?
「スズキ……それ……」
「お叱りは後で。とにかく、倒そうぜ?」
 スズキの横に見えたモンスターは何時の間にか進化していたフシギバナだった。
 しかも、こんな状況だっていうのにこいつの悠長な口調。
 こいつは……!
 って、そんな事は後回しだ。

「スズキ、後ろ頼む!! 俺はもう一度……リザードン!! モウカザルもだ!!」
 再び虫たちを襲う炎の渦。
 でも駄目だ。
 ぱっと見、増えている数の方が多い……!

「スズキ!! レイたちは!?」
「さあな、どこかで戦ってるんじゃないか?」
 庭の何所を見ても、虫の壁。
 スズキと合流できただけでも幸運みたいだ。
 ああくそ、この戦い終わりが見えねぇ……!

「炎の渦!!」
 またも、虫はバラバラと落ちてくる。
 よし……さっきより落ちてきた数が多い。
 増えているって事はそれだけ攻撃が当り易いって事だ。
 でも、あくまで減らす数と増える数が均衡しているってだけか。
 効果抜群な炎の攻撃役がもう少し増えれば……

「……!! ラナ!!」
 虫の向こうに、ラナが微かに見えた。
 いいタイミングだ……!
 最初から近くにいた三人は思ったより離れていなかったらしい。

「何!?」
 ラナが虫を蹴散らしながら、俺たちの元へ走ってきた。
 こいつなら……!
 俺はモウカザルを戻し、ワカシャモのボールと共に“突破”の適合者に渡した。

 意思表示。
 これをすれば、自分のモンスターを他人に渡せたり、逃がせたり出来るって聞いた事がある。
 頼むぜ、ワカシャモ、モウカザル。
 何とか今の戦闘だけは、ラナのモンスターになってくれ……!

「ラナ、そいつらで炎の渦をしてくれ!!」
「……! 分かった!!」
 ラナは二体を繰り出した。
 いけるか……?

「炎の渦!!」
「…っし!!」
 ワカシャモとモウカザルの炎の渦で、虫たちが大量に落ちてくる。
 Bランクならリング越しでも十分使えるんだ。
 よし。今の戦闘はラナも炎の渦が出来る。
 威力が落ちていてもそれを上回る効果抜群の攻撃だ。
 これで一気に数が減る……!!

「炎の渦!!」
 俺はすぐさまマグマラシを繰り出して、リザードンと2体で虫を焼く。
 いいぜ……これで減る数が増える数を完全に上回った。
 後は………

 ………!?

「なあ、カイ!! あいつは何所行った!?」
 スズキも、気付いたようだ。
 マイムが……いない!?

「まさか……!」
 俺は、炎で入り口の方の虫を焼いた。
「……! ドアが!!」
 見れば、博物館のドアが開け放たれていた。
 しかし、虫たちはその中に入ろうとしない。
 ってことは……入る必要がないって事か!!
 つまり、もっと“やばいモノ”が中に入ったって事だ。
 “プレート”を狙う、“最強”が……!

「コトリは!?」
「分からない……でも、あそこで“倒れていない”って事は、どこかで戦っているか……中に……」
「!!」
 何で気付かなかった!?
 マイムの狙いは“プレート”。
 だったら一番危険なのは、その入り口だ!!
 そして、コトリがそれを追う可能性は十分ある……

「カイ君、行っていいよ」
 一番マイムを追いたい筈の奴から聞えた言葉に、俺は一瞬止まった。
「ボクもカイ君もこの場を離れたら、虫が減らない」
 声を聞くだけで分かる。
 ラナは……“我慢”している。
「それに、カイ君はコトリちゃんを守るんでしょ?」
 虫を焼きながらのラナの声は、どこか膨れていた。

「わっ!! 何するんだよ!?」
 こんな状況だっていうのに、俺は思わずその頭を撫でていた。
「ラナ……ありがとな」
「っ!!」
 ラナの攻撃が激しくなる。
 それが照れ隠しなのか、俺に撫でられた事への怒りなのかは分からないが、こいつが成長している事が実感出来て嬉しかった。

「そうだな……俺が行くより、カイが行った方がいい。相手が虫の適合者ならなおさらな」
 スズキも攻撃の勢いを上げる。
 俺がいなくても、この戦闘を終わらせられる事を見せ付けるように……
 この分なら、何時か虫たちは倒せるだろう。
 でも、コトリを追うなら今しかない……!

「悪い!! ここは任せたぞ!!」
「詫びなら、コトリちゃんに言えよ? “信じて”やんなきゃな」
「ああ……“そうだった”」
 俺はスズキに頷くと、再び入り口までの虫を焼きながら走った。

 そうだ。
 コトリに謝らないとな。
 もう、止めない。
 “流れ”に飲まれてたって、ラナは成長していた。
 きっと、コトリもそうだったんだ。
 コトリを“信じる”。
 それはきっと、俺の“我”とは関係ない事だった。

 俺は入り口近くにコトリがいないことを確認すると、中に走った。
 あいつは、マイムを追ったんだろう。
 “強くなりたい”から。
 “最強”を追った以上、その気持ちは本物だ。

 あいつも、覚悟を持ってここに来た……!

~~~~

「バブル光線!!」
 エンペルトの攻撃で、虫が落ちる。
 でも、減った気がしない。
 何なのよこの……“あってはいけない”数は……!?

 適合者でなければトレーナーになれない理由……それは、モンスターと意識を共有出来ないからだ。
 もし、自分と違うタイプのモンスターを捕まえたりしたら、野生であるモンスターは当然、言う事を聞かないし、逃げられたりもする。
 逆に、適合タイプのモンスターなら意思疎通が出来てモンスターを操って戦闘も可能になる。

 だから、モンスターと共に在るには、そのモンスターのタイプの波動が流れていないといけないと本に書いてあった。ノーマルは、どの種類でも波動が流れてさえいればいいみたいだけど……。
 けど、意識を共有する側の人間には当然限界がある。
 それを超えて操れば、意識が分散し過ぎて、波動が流れていないのと同じような結果になるらしい。
 人間が発信源だとすれば、モンスターは受信者。
 だから、“モンスターがつけている訳でもない”のに、シェア・リングで他のタイプの技を使えるようになるらしけど……そのシェア・リングの限界数が、“登録機”につき6。
 そして、人間の操れる限界も6という数字の筈だ。

 そうだというのに、目の前の虫の数は数えるまでも無くそれを超えている。
 しかも、暴走している訳でもなく、前で陽動する虫もいれば後ろから襲ってくる虫もいる様に、統制がとれている。
 チーム・パイオニア、マイム。
 あの小さな体の彼女には、その限界が無いって事なの……!?

「……!? くっ、カメール、水鉄砲!!」
 肩に掠った虫を、カメールの攻撃が捉える。
 確実に当てた攻撃は虫を倒したけど、それでも1匹だ。
 まずい……
 この相手……私とは徹底的に相性が悪い。

 この虫の大軍の中、1匹1匹を性格に狙い打つ自信はあるけど、この数相手にそれはあまりに不効率だ。
 皆とも逸れちゃったし……
 ああもう、皆無事でしょうね!?

 水の攻撃で、一度に出来るだけ多くの虫が落ちる位置を狙ってはいるけど、やっぱり数は減らない。
 時々、虫の向こう側から熱気が届く。
 カイが戦っているんだろう。
 相性も良く、範囲もある攻撃をしていたら、さぞかし楽でしょうね?
 こっちは気を抜いてられないって言うのに……!

 何か……何か考えないと。
 私たちの本当の目的はこの虫の大群じゃない事を、意識し続けなくちゃいけない。
 昨日見た、マイムのストライク。
 こんな技があるのに、進化させてないって事は、きっとあれはマイムのメインのモンスターだ。
 こんな、ついさっきまで小さかった虫たちとは訳が違う力を持っているだろう。
 私たちは当然、6匹という限界がある。
 だからマイムを倒すために、出来るだけ体力を温存しないと……
 何か……大きな力が出せれば………!! そうだ……もしかしたら……

「きゃっ!?」
 私があるアイディアを思いついた時、アゲハントに足元をすくわれた。
「くっ……う……あっ!!」
 あっさり転ばされた私に、周りを陽動で飛んでいた虫たちが一気に飛び込んできた。

 まずい……!

「バブル光線!! 水鉄砲!!」
 攻撃を受けてでも、虫たちはこの機を逃さないように次々と飛んでくる。
 戦闘不能になって落ちる虫に構わず、ただ、私だけを目指して……

 これは……捌ききれない……!?
 気を抜けないって事は分かっていたのに……
 襲ってくるのは、まるでそれが1体のモンスターの様な虫の塊。
 数体は倒せているけど、徐々に私に迫ってくる。
 圧倒的な、“量”での勝負。
 そんな中、一人に出来る事なんて殆ど無い。

 これが……マイムが“最強”の……理由……

 ドドドドドドドドドドッ

「………え?」
 思わず目を瞑った私に届いたのは、衝撃ではなく、弾丸の様な音だった。
 バラバラと体の上に落ちてきた虫が動く気配が無い。
 恐る恐る目を開く。
「……!」
 襲い掛かって来ていた虫が……倒れている!?
 体に乗っていた数体の戦闘不能な虫を払いのけ、私は何とか立ち上がった。
 一体……何が……?

「Quick rush」

 男の……声が聞えた。
 見れば、襲いかかる虫の中、平然とそれを倒している人がいる。
 まるで、彼の周りに壁でもあるかの様に、虫たちは“断絶”されていた。
 その表情はどこかつまらなそうだ。
 私たちと同い年くらいだろうか……?

「これだけ数がいれば、少し位は“アタリ”いると思ったが……“ハズレ”ばかりだな…
…」
 その男は溜息混じりに私の方に近付いてきた。

「Sランクミッション・“犯行予告”は俺が引き受けた。“アタリ”は……チーム・パイオニアは何所にいる?」

 まさか……この人が、カイとスズキの言っていた……

 相も変わらず、虫たちは近づく事すら出来ない。
 そんな異様な光景を、その男の特徴的な“紅い目”は、やはりつまらなそうに捉えていた。

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 完全に不規則になってしまっている更新ですが、大体週に一回位には落ち着いてきているような気がします。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.28 Captivity
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/09/25 22:37
 展示物が取り除かれて閑散とした博物館の中、私は“あの子”を追って走っていた。
 電気が点いている所為でかえって不気味な雰囲気でも、足を竦ませている訳にはいかない。

 虫を追い払う事に必死過ぎて、開けられていた事に気づかなかった建物のドア。
 きっと彼女は、私の後ろを通って入って行ってしまったのだろう。

 これは完全に私の所為。
 折角カイさんが、私でも出来そうな仕事を分けてくれたのに、それすらこなす事が出来なかった。

 博物館の人に危害が及ぶ事は絶対に避けたい。
 それは心の底からそう思う。
 だけど私は、カイさんたちを呼ぶ事ではなく、一人で追うことを選んでいた。
 それはもしかしたら、私がチームの足を引っ張っている事が“形”として現れてしまうのを避けたいという気持ちの方が強いからかもしれない。

 幾つもの曲がり道を走って、私が出たのは大広間。
 ここはきっと、多くの絵が飾られていた場所だ。
 両脇の壁には、絵らしき形の跡が等距離に並んでいた。
 中央に大きい長方形の跡が地面についているのは、巨大なショウケースを丸ごと何所か移動したからみたいだ。
 正面の壁には巨大な暖炉が設置してある。
 ただ、それだけで、ここには何もなかった…。

 ここにもいない。
 博物館の人も、彼女も、一体何所に……?
 広いこの建物に入ったのは、初めての事だった。
 ただでさえ方向音痴な私は、既に入り口へ戻る道も思い出せない。

 何の騒ぎも聞えない事を考えると、まだ、“プレート”は見つかっていない筈だけど、何としても彼女より早く見つけないと取り返しのつかない事に……
「……!」
 広間を出ようとした時、暖炉の中がうごめいた様な気がした。
 いや、気のせいじゃない。
 確かに今も、中に誰かが……

 私は直にボールに手を当てた。
 暗い暖炉の中にいる“何か”。
 もし、彼女だったら戦わなくてはいけない。
 暗闇からいきなり飛び出されても察知出来る様に、昨日捕まえたモンスターのボールを握った手には、気持ちの悪い汗が滲む。

 初めて……私一人で……
 でも、逃げる訳にはいかない。
 強く……なるために……
「!?」
「っ!!?」
 暖炉の中から恐る恐る出てきたその人を見て、私は思わず叫びそうになった口を無理矢理抑えた。
 この人は……

「き……君は……?」
「あ……コ……コトリです。チーム・ストレンジの……館長さん…ですよね……?」
 頷く髭の多い老人は、やっぱり一度会った館長さんだった。
 館長さんは私に相当驚いたのか、よろけながら暖炉から出てきた。
「いや、外の様子が騒がしかったから……とにかくこっちへ……」
 館長さんの元に駆け寄ろうとした私の足もよろけた。
 背中にはびっしり汗をかいている。
 どこか、交戦しなくて済んだ事に安堵してしまっている自分に何か悔しかったけど、私は足を引きずって暖炉に向かった。

「えっと……」
「ああ、先代が造った隠し通路だ。先に部屋があって……展示物はその中にある」
 私からだと殆ど見上げる形になる館長さんは、私位に屈むと暖炉の中に入って行った。
 そして、奥に進んでいく。
「あの、他の皆さんは……?」
「私一人だ」
 ハッキリ言った館長さんは、隠し部屋の前で止まった。

「流石に“来る日”じゃ、巻き込む訳にはいかない」
 何かを想う様に髭を触る館長さんに、私は昨日のカイさんとの会話を思い出していた。
「でも……お一人じゃ…」
「それとは別問題だよ。皆居てくれると言ってたのは嬉しかったが……強引に追い払ったよ。被害者を悪戯に増やす事はないからね」
 館長さんは、ドアの前に置いてあった椅子を私に勧めながら、もう一つの椅子に座った。

「あの……邪魔じゃないのに追い払うんですか……?」
 気付けば私はそう聞いていた。
 館長さんはふっ、と笑う。
「そもそも、こんな騒ぎになってしまったのも、私の我侭だ。“プレート”を素直に渡せば被害者は一人も出なかったかもしれない」
 座ったままでも、何所か威厳のある館長さんに私は口を開かなかった。
「……貴重なものだからという訳じゃない。ただ、この博物館にあるものを狙われた以上、それが何であれ、私には守る義務がある」
 館長さんは胸をポンポンと叩いた。
 もしかしたら、肌身離さず“プレート”を持っているのかもしれない。
「確かに、皆が居た方が盗られ難くなるだろう。でも、彼らは私が雇っただけで、ここに居る羽目になった。だから、追い払ったんだ」
「それでも……」
「……?」
「それでも、居たいと言ってくれた人はいたんですよね……?」
 館長さんが雇った人……多分、ここの職員さんたちだ。
 そしてその中には私のように、“ここ”に居たいと言った人たちがいた。

 その人たちを追い出す事は、本当に正しい事なんだろうか……?

「私は、追い払ったよ」
 館長さんは目を閉じ、結果だけを口にした。
「私が……そうしたかったから」

「みーつけた……」

―――!!?

 聞えた声に、自分たちが今どういう状況だったのかを思い出した。
 そうだ……私は……

「あ……あの子は?」
 館長さんが、広間の入り口に立っている彼女を指差す。
 向こうの位置からは暗いこの中は見えない筈なのに、彼女は真っ直ぐに私たちを見据えていた。

「あ……あの、あの子がチーム・パイオニアです……実は私、あの子を追ってこの中に……」
「何でそれを言わなかった!?」
「すみません!」
 私は頭を下げる。
 そうだった……。
 館長さんと話し込んでいている場合じゃ……

「ねえ、そこ、暗くてよく見えないから出て来て?」

 苛立った声を、出来るだけ刺激しない様に私は暖炉を出た。
 さっき、彼女の言葉を無視していたカイさんに見せた癇癪の恐さはもう一度見たくない。

 ………?
 暖炉を出た時に、私は再びよろけた。
 ただ、恐怖で竦んでいたという理由だけじゃない。
 何か……足に違和感が……

「ああっ!?」
 彼女の横にいた、それを見て、私は思わず叫んでしまった。
 初めて見る……あんな大きな蜘蛛に……

「こんなに広い建物一々探してられないから、この子の糸に案内してもらったの……そんな所にいたんだ……」
 カタカタと、長い足でタイルの地面を鳴らすあの蜘蛛は、確か、アリアドス。
 じゃあ、さっきから足に絡んでいたのは……

「蜘蛛の巣。相手を逃げさせない技だけど……こんな風にも使えるの……」
 彼女はにっこりと笑って、アリアドスをボールに戻す。

「じゃあ、次は準備ね……」
 指から滑らせる様に、彼女はボールを落とした。
 折角巨大な蜘蛛が消えて、恐怖が薄れたと思った矢先、現れたのは紫色の丸いモンスター。
 それは、ゆっくりと回転を始め、徐々にスピードを上げていく……

「確か、“自由”の適合者の人……だよね? それらしいフィールドにしないと……」
「っ!! 館長さん伏せて下さい!」
「フォレトス……撒きびし」
 私は、暖炉の中の館長さんに覆いかぶさる様に飛び込んだ。
 一瞬だけ見えたのは、フォレトスから大量の“棘”が飛び散る様―――

「っ!!」
 ビシビシと、暖炉の外で硬い音が響く。
 確か……“撒きびし”という技は……

「これで……逃げられない……」
「ああっ!!」
 ゆっくりと開けた目が捉えたのは、床に散乱している撒きびし。
 壁にも幾つか突き刺さっているその“棘”は、鋭く、触っただけでダメージを負ってしまう。
 歩くスペースは……ない……!
 これは、あの、砂の遺跡の時と同じだった。
 ただ、動けないというだけで減少していく選択肢の数。
 ここで閉ざされたのは、“彼女を倒すという事以外”の選択肢だった。

「奥にも人はいるんだよね……? “自由”の適合者同士なら“直ぐ終わる”から……少しだけ待っていて……」
 もう彼女には私が見えていない。
 彼女が見ているのは、私でも、館長さんでもなく、“その先に居ると思っている多くの人”。
 もしここには二人しか居ない事を彼女が知ったら、一体どれ程の癇癪を起すだろう……?
 私には、彼女の沸点の位置が全く掴めない。
 そして、彼女の実力も。
 あの、大量の虫たちを操っていた彼女のメインのモンスター……
 多分、それは……

「この子があたしのお気に入り……」
 フォレトスを戻した彼女は、再びゆっくりと、指から滑らせてボールを地面に落とした。
「……!」
 や……やっぱり……。
 現れたストライクに、私は一歩足を引いてしまっていた。
 一瞬で蘇る、あのカマが創り出した昨日の惨劇。
 彼女は……“あんな事”を平気でやる人間だった……

「か……館長さん…そこに……い…居て下さい」
「いや、でも……」
「そこに……居て下さい。絶対に……出て来ないで下さい」
 それでも私は、前へ出る。
 どれだけ震えても……ここで逃げたら、私に“我”を持つ権利は無い。

「トゲチック!」
 私はボールを投げた。
 ボールから出て直に飛ぶトゲチック。
 このフィールド……“飛ぶ”力を持っていないモンスターは繰り出す事すら出来ない……!
 まずは……“やらないと”……

「ストライク……殺して」
「!!」
 ストライクが、カマを掲げて私に飛び掛って来た。
「っ、空を飛ぶ!」
 トゲチックが“自由”の波動を纏い、ストライクに突っ込んだ。
 ストライクは虫タイプ。
 タイプは私が有利―――
「邪魔」
「!?」
 ストライクはあっさりとトゲチックを払いのけ、尚も私も目指す。
 撒きびしに叩き込まれたトゲチックを気にしている場合じゃない―――
 私は直にしゃがんだ。
「きゃっ!?」
 風切り音を奏で、私の首のあった位置をストライクのカマが薙いだ。
 そして、私の頭上で、直に横薙ぎから垂直の攻撃にシフトして、カマを振り下ろす―――
―――!!
「あうっ!!?」
 思い切り飛び込んだ地面に当然にあった撒きびしが左半身に突き刺さった。
 しかし、激痛を無視して私は直に、今度は暖炉の中に反射的に飛び込む。
 その直後、ストライクのカマが私の居た地面を薙いでいた。

「君……」
「だ……だい…じょ…うぶ…です…」
 館長さんの声を振り切って、私は腕と足に刺さった棘を抜き始めた。
「うっ……」
 多数の傷口から、どくどくと血が流れる。
 霞む視界の先、ストライクは彼女の元へ戻っていた。
 たった一瞬の今のやり取り。
 それだけで、私とトゲチックは大ダメージを受けた。
 それが……私と彼女の差……

「ねえ……本当に“自由”の適合者なの?」
 彼女の……声が聞える。
 それが、落胆という色を持っている事に私は直に気付いた。
「とりあえず、そこ暗くてよく見えないから出て来てくれる?」
 私は足を引きずって、暖炉を出た。
 彼女が暗に、そこにいれば館長さんごと今すぐ殺すと言っている事は直に伝わってくる……。
「で、何でストライクを狙ったの……?」
「……?」
 顔を真横に倒して聞いてきた彼女の真意が全く伝わってこなかった。

「もしかして……知らないとか……?」
「……!」
 そこでようやく、私は彼女の持ち出した話の意味が分かった。
 彼女は……“自由”の体現の仕方を知っている……!?

「戦場を三次元に把握して、あらゆる位置からの攻撃が出来る。だから、一番トレーナー自身を狙い易い……殺し易いと言われる攻撃的な適合タイプ。それが“自由”でしょう?」

「……!? それが……“そんなもの”が……!?」
 何所か得意げに言った彼女に、私は思わず叫んでいた。

 トレーナー自身を狙う。
 それは、カイさんたちが話していた中で私がどうしても納得できなかった話だった。
 確かに意味は分かるし、ある程度は必要な事だと思う。
 でも、人を殺す。
 その一線を越えてしまったら、きっと後戻りは出来なくなる。
 例え、相手にその気があっても、モンスターさえ倒せば戦闘は終わる。
 私はそれをお母さんから聞き、それを信じてトレーナーを選んだ。
 それだというのに……!

「あたしのメインは“変貌”。だけど、“自由”が増えたのはあたしが“そうしたい”からだって思う。それが出来ないなら……無駄に殺されるだけ。さ、もう一度始めましょう。“自由”同士の戦い……それは、“戦闘”じゃなくて“殺し合い”。それが理解できれば、もっと楽しくなる……」

 それが、“自由”の体現の仕方。
 どうしても“それ”をしたくて探し続けた答は、私があってはいけないものと思うものだった。
 それが、“強くなる”ための条件だということは分かっている。
 “強くなる”ことは、私の“目標”で、“憧れ”。
 避けては通れない事だ。
 それが出来なくては、カイさんたちと旅を続ける資格すらないのかもしれない。
 それでも私は……!

「嫌……です」
 私は壁に寄りかかって、右手でボールを掴んだ。
 他の誰がそう言っても、自分だけは“そう”だと思うことを口に出しながら……。

「ねえ、話……聞いてくれなかったの……?」
「そんな事で!!」
 他の人を否定するつもりは無い。
 カイさんだって、そう言っていた。
 でも、私はそれだけはしたくない……!

「そんな事で……私は強くなりたくない……です……!」
 例え……強くなれなくとも……
 そこに、人の死が必要なら……

「弱くてもいい。……そんな体現……したくない…!」

 私の狙いは人の死であってはいけない。
 それが“自由”という適合タイプに逆らう事でも、私の狙いは“戦闘”。
 彼女のマントの中にモンスターが無数にいようとも、それを全て倒す事を目的にしなくちゃいけない……!

「ストライク……」
 今度は呆れた声を出した彼女の横で、ストライクがカマを下げ、ボクサーの様なステップを始める。
「高速移動。あたしは、体現するわよ? 殺す為に……」
「……っ!」
 絶対に負けたくない。
 あんな、殺す事しか考えていないような人に……!

 まずは、あのストライクを倒さないと……

 私はちらりと、トゲチックを見た。
 今なら……出来る……!
 私は、ストライクの“通路”を想像した。
 きっと、さっきと同じ軌道。
 じゃあ、あの場所に……!

「ストライク、殺して」
「トゲチック!! ツバメ返し!!」
「!!?」

 私が想像した通りの地点を飛ぶストライクに、真横からトゲチックが飛び掛る。
 トゲチックは、確り動けた。
 最初にかけた、“願い事”が届いた結果だ……

「!! 殺して!!」
 高速で動くストライクを捉えた、必中攻撃。
 それでも、彼女はトゲチックを無視して、“体現”通り、私に狙いを定めさせる。
 あのストライクを、私たちに近づけさせる訳にはいかない。
 高速移動したストライクを翻弄しないと……!

「トゲチック!! 自己暗示!!」
「!!?」
 途端スピードを上げたトゲチックに、流石に動きを鈍らせたストライクはトゲチックを払い始める。

 今しかない……!
 幾ら相手も上がったと言っても、素早さで勝るストライクは、トゲチックに妨害されながらも私を目指している。
 私に到達したら、今度こそ命は無い。
 だから、突然の事に彼女が焦っている今、ストライクを倒さないと。
 私の出来る……一番威力の高い攻撃で……

「ズバット!! オオスバメ!!」
 昨日捕まえた、ズバット。
 このモンスターなら、“二つの技”が出来る。
 まずは、ストライクの素早さを封じないと……

「ズバット、黒い霧!!」
 カイさんの、氷の力。
 ボロボロになった左手にあるシェア・リングが私を通して、ズバットに力を送る―――

「!!?」
 ストライクと、トゲチックが黒い霧に包まれた。
 そして、瞬時にスピードが元に戻る。
 幾ら力を高めても、それを否定する“停止”の力。
 あのスピードなら、オオスバメの攻撃は防げない……!

 次は……
 ………ごめんなさい。
「毒々!」
 ズバットが、オオスバメを異常状態にした。
 私は、スズキさんみたいに治すことは出来ないけど、今は勝ちに拘らないといけない……!
「ギ…ギィ……」
 これは、スズキさんがやっていた方法だ。
 自分が蝕まれる事で力を上げる特性・根性。
 スズキさんの“侵蝕”の力を使えば、効果的に使うことが出来る……!

 黒い霧が晴れて、ストライクが確りと見える。
 体現も出来ず、リングの力に頼りきりな私でも、今この瞬間だけはそれを押し込め、ストライク以外は見ない。
 私はモンスターを狙うという事をハッキリ認識する為にも。
 この……紛い物だったとしても、“伝説”にダメージを与えた技で………

「オオスバメ、空元気!!」
「ギュイィッ――!!?」

 オオスバメの攻撃が、ストライクに深々と突き刺さった。
 ストライクは、その勢いのまま撒きびしの中へ落ちていく。
 それを確認して、私は直にオオスバメをボールに戻した。
 ボールの中なら、毒の侵蝕はある程度抑えられる―――

「あ……あああああ―――っ!!!」
「っ!!!?」

 その光景を見た彼女が、両手で顔を押え金切り声を上げた。
 その時翻ったマントの中、少量の大きなボールと、大量の小さなボールが見える。
 小さなボール……あれは確か、使い捨てのボールだ。
 一度捕まえて、繰り出す事は出来るけど、その瞬間ボールが壊れて、時間が経つとコントロールが出来なくなる特殊なボール。
 それをまだ、彼女は大量に持っている……!?

「きゃっ!!?」
 そのボールを確認した瞬間、それが一気に割れた。
 再び彼女の足元に群がる大量の虫。
 そして、当然の様にそれは輝きだした。

「ストライク……」
 彼女は進化し続ける虫たちも見もせず、ストライクをボールに戻した。
「いや……いや……いやぁ……」
「……!」
 彼女は再び癇癪を起し、顔を歪ませる。
 しかしその顔も、直に虫に埋もれて見えなくなった。

 この数を……今度は私一人で倒さないといけない……。
 さっきの庭の時より、数は少ない。
 それでも、無数と表現できる数の虫。
 それが……密接して飛び、巨大な竜巻のような形になっていく―――

「だから……トレーナーを狙った方がいいのよ……?」

 虫の羽音の向こうから聞えてきた彼女の声は、明らかに無理矢理冷静さを保とうとしていた。
 でも、今になって自分が如何に無謀な事を言っていたのかは分かってしまった。
 例えこの“無限”を超えたとしても、彼女にはまだメインのモンスターがいる。
 だったら、一人を殺せばすむ、“自由”を体現しない限り、勝ち目は無い。

 でも……

 私は、彼女に見えていない事を分かっていながら、首を振った。
 頭に浮かんだ、禁忌を破る考えを打ち消す様に。
 けど、そうしても未だ頭の中をその考えが離れない。
 こんな自分が掲げた事をあっさり破ろうとするから、私は“邪魔”なんだろうか……?
 カイさんも、ラナさんも、“譲れない事”の為に命を懸けたと聞いた。
 それを破らない限り、生き残れない今の状況。
 私は……何をしたら……?
 この“我”を持っていても……本当にいいのだろうか……?

「殺して……殺して殺して殺して!!」

 彼女の言葉に“虫の渦”の意識が、私に全て向く。
 そして、とぐろを巻き、私に向かって飛び込んできた。
 外で見た翻弄する虫は、あの中にはいない。
 いるのは、ただ、攻撃する事だけを考えている虫。
 あの、“あってはいけない数”を操るチーム・パイオニア。
 その殺意が、今まで以上に伝わってくる―――

「―――!!?」

「あ……」
 その“熱気”が伝わってきた時、私は一瞬、今の状況を忘れた。

 スズキさんに、自分を“傍観者”と言っていた理由を聞いた事がある。
 詳しい理由は教えてもらえなかったけど、それは、“主人公”の席が埋まっているからだそうだ……。

 体が、グンと宙に引かれる。
 痛々しい私の体を刺激しない様に抱え上げてくれた“彼”の顔は、あの時砂漠の遺跡で見た惑っている表情ではなく、迷いが無いモノ。
 正に、“主人公”のタイミングで、彼は駆けつけてくれた―――

 その“主人公”は……カイさんは、無数の虫を炎で追い返し、私を見下ろしている。
 そこで思い出す、昨日の会話。
 こんな怪我をしているところを見られたら、正にカイさんが言っていた事を表している。
 今すぐにでも、怒られるかもしれない。
 体現も出来ず、ただ殺される事を選ぼうとしていた私。

 ……やっぱり私は……足を引っ張って……

「コトリの……お陰だ」
「え……?」
 無数の羽音が聞える中、カイさんの言葉だけはハッキリ聞えた……

~~~~

 コトリが襲われているのが見えた瞬間、俺は迷わずリザードンで“そこ”に飛んだ。
 コトリのランクじゃまだ完全に出来ないけど、短時間の低空飛行なら可能な“空を飛ぶ”。
 俺はそれで、“完全に背中を見せていた”マイムを追い越し、コトリを拾い上げる。
 チーム・パイオニアを倒す事は俺の頭から直に追い出された。
 コトリを救う為に。
 自分の“我”を守る為に。

「コトリの……お陰だ」
「え……?」
 俺は、強くハッキリ言った。
 目の前に“最強”がいるなんていう今の状況は十分に分かっている。
 時間が経てば経つ程、数が増える事も重々承知している。
 でも、これだけは、今、絶対に伝えたい。

「コトリ……俺はさ、多分勝手にこの“流れ”に飲まれて生まれたモノは、全部マイナスの事だって考えていたのかもしれない」
 そうだった。
 どの世界にも“流れ”は存在する。
 確かに、それから生まれるモノはマイナスの事も存在するだろう。
 でも、プラスの事。
 それも必ずあるはずだった。
 だったら俺の“我”は、マイナスの事だけに向けるべきものだ。

「でも、コトリ……こんだけ傷だらけになっても、“この場所”を選び続けられるって事は……きっと、コトリの“我”はプラスの事だって思う」
「じゃあ……“強くなりたい”って思ってていいんですか……?」
 俺は頷いた。
 コトリの声は震えている。
「ああ。……だから、昨日言った事は悪かった。コトリが危険な目に遭うのは絶対に反対だし、今も変わらない。出来れば今でも安全な場所にいて欲しいと思ってる位だ。でも……コトリは、“そうしたくない”って思っているんだろ?」
 ようやく、謝れたぜ……。
 コトリは弱弱しく……でも、確かに頷いた。
 じゃあ、もう俺は止めない。
 いや、コトリは止まらない。

「ずっと前に、教わったんだよ……。言われた事を……自分が違うと思うんなら忘れろって。それがきっと、“我”ってやつなんだと思う」
「じゃあ……何を言われても……違うと思ったら“逆らっても”いいんですか……?」
 コトリの体が震えた。
 目線は何故か、虫に阻まれたマイムに向いている。
 あいつに何か言われたんだろうか……?
 何の話をしたかは分からない。
 でもきっと、コトリは今、何かを言われたことで壁にぶつかっている。
 そんな事で、悩む必要なんかないのに……

「“自由”の適合者だろ? そりゃ出来れば俺たちの言う事は聞いて欲しいけど……違うと思ったら縛られなくていいんじゃないか?」
 正直、“自由”の事はよく分からない。
 でも俺は、その適合タイプが、“縛られない”ものであって欲しいと思った。
 特に、コトリには……。

「……はい」
 コトリが、ハッキリそう言ったところで、リザードンがゆっくりと下降し始めた。
 流石に限界か……
 ……って、い!?
「あっ、カイさん!! あっちです!!」
 コトリの指差した位置に急いで飛ぶ。
 何で地面に“棘”が生えてんだ!?

 唯一のセーフポイントであったらしい、暖炉の前へ移動して、ようやく俺はコトリを抱えたまま着地した。
 リザードンは直に飛び立つ。
 こんな足場じゃ、飛んでなきゃ戦えない。
 手持ちが減って不安だったけど、いてもあんまり意味は無かったかもしれないな……

「さてと」
「わわっ!?」
 俺はリザードンで虫を牽制しながら、コトリを暖炉の中へ入れた。

「大丈夫か!?」
「なっ!?」
 暖炉の中から、いきなり髭の多いおじさんが出て来た。
 一体何回驚かされるんだ…?
「……って、館長さん…? 何して……」
 俺は直に言葉を噤んだ。
 奥にドアの様なものが見える。
 きっとあの中に展示物があるのだろう。
 必要な情報はそれだけでいい。
 ここを死守すればいい訳か。

「すみません、館長さん。コトリの手当て……お願いします。俺は……」
「わ……私も……」
 俺は、無理矢理起き上がろうとしたコトリを手で制した。
「さっき言ったばっかでなんだけど、今は休んでてくれ。その怪我じゃ流石に危ないだろ……?」
 コトリのモンスターも暖炉の中に入ってきた。
 トレーナーの行動不能が伝わったのだろう。

 俺は、コトリに背を向ける。
 目の前には当然の様に、さっき焼き払った分を補って虫が増えていた。
 はあ……長話し過ぎたかな……?
 とにかく、戦うか……!

「あの、カイさん……」
「ん?」
「あの、“すみませんでした”と“ありがとうございます”」
 どこかで聞いた様な言い回しだったが、今度は何となく、言いたい事が分かった。
「ああ……“俺も”だよ。“コトリのお陰でコトリを守れた”。本当に、助かってる」
 足場の“棘”を踏まない様に、俺は一歩前へ出る。
 コトリのお陰で、使えた“空を飛ぶ”。
 そしてコトリと、俺の“我”を守れた。
 皆が後悔しない様にするという、俺の“我”を。

 さて……
 虫の渦の向こうに時折見えるマイム。
 マイムは手に持った一つのボールをじっと見続けていた。
 俺たちの方を見てすらいない。
 その表情は、子供が壊れた玩具を見入っている様子に近かったが、俺には全く同情という感情が浮かんでいなかった。
 あれだけコトリを傷だらけにしたんだ。
 どれだけ数が多くても、全部倒してやる……!

「リザードン、炎の渦!!」
 俺は体の熱を上げた。
 部屋が熱気に包まれる。
 半数近く、虫が落ち、そこでようやくマイムが顔を上げた。
 これで……始まる。

 さあ……今度こそ、チーム・パイオニアとの激突だ……!


------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 今回は、平常時に敬語を使うキャラクターの話でしたが、今まで書いた文を読み返してみて、敬語を使っている部分に違和感があったので、今回はそれを省いてみました。
 敬語のキャラクターの一人称というのが一体どういうものになるのか、ただ今勉強中です。
 作品の方は探り探りのモノになるかと思いますが、もし、どなたかご存知なら、アドバイスなど頂けるとありがたいです。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.29 Hound
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/04 04:41

「火炎放射!!」

 リザードンの炎で虫が多数落ちる。
 だが、直にその穴を埋めるように虫が孵化と進化を繰り返す。
 一瞬だけ見えたマイムは、減った虫を確認して、直に手元のボールを見つめ直した。

 くっ……。
 炎攻撃は虫タイプに有効。
 それは大前提だ。
 現に、一度の攻撃で半数近く虫は落ちている。
 それなのに、数は一向に減らない……。

 まずいな……
 幾らモンスターの力が凄いと言っても、当然限界はある。
 このままの勢いで、攻め続けても一時的に拮抗出来るだけだ。
 いずれは、リザードンの限界が来る。

 そして、この足場。
 俺が今いる暖炉の位置、そして、マイムが立っている位置以外にこの広間に立てるスペースは無い。
 他のスペースは、撒きびしで埋もれている。
 強引に陸路で進む事は不可能……。
 リザードンに乗っても数分も持たないし、最悪、大量の虫に阻まれて戻る事も出来ないかもしれない。

 俺に出来る事は、この場で遠隔的にリザードンに攻撃させられるだけだ。
 遠隔な以上、攻撃の威力は分散されて、一気に倒す事は出来ない……。
 リザードンを単体で突っ込ませても、虫に埋もれて見えず、指示が出来なくなっちまう。

 撒きびしで相手の行動範囲を縛り、モンスター数さえも制限する。
 そのくせ、自分は圧倒的な数を操る……か。
 どうする―――

「っ……」

 暖炉の中で、コトリのうめき声がした。
 戦って欲しくないと思っていたのに、今はマジでコトリが必要だな……。

「って、違うだろ……!」

 余計なこと考えるな……!
 今すぐ打開策を考えろ……
 こうやって考えている間にも、リザードンの限界が迫っているんだぞ……!

 この状況……一番マズイのは何だ……?
 無数の虫。
 それは、当然危険な存在だ。
 だが、俺にとって一番マズイのは足場が制限されている事。
 それによって、モンスターの使用が制限されている。
 そして、マイムの姿も見えず、会話も出来ない事だ。
 俺はマイムのことを殆ど知らない。
 奴が何を考えて行動するのか……
 情報が少な過ぎる……!

「コトリ!!」
 俺は虫の羽音に負けないよう叫んだ。
「な……何ですか……?」
 その、俺が聞いても絞り出す、と言っていいコトリの口調。
 やっぱり、コトリの戦闘は当分不能か……。

「コトリ、悪いけど協力してくれ。あいつは……どういう奴だ?」
「え……?」
 コトリの戸惑った声が聞える。
「イメージでいい。さっきまで戦ってたんだろ? あいつは今、何を考えている?」
 前にリクトが言っていた。
 物理的に絶望的でも、相手が人なら、必ず何か攻略法がある筈だと。

 学校のテストの攻略法を聞いた時に、選択問題が分からなかったら全部“3”って書いとけ、なんて言われたのも、何時の話だったか……
 あの時は、俺の学力を諦められた感じで腹が立ったけど、意外と役に立つ。

「え……っと……うっ……!」
「悪いね」
 駄目か……コトリは鋭意、治療中だ。
 何か、この“無限”を相手にする方法を考えないと……

「ひ……人を……狙います……」
「……!」
 コトリの何所か辛そうな声が届いた。

 人を……狙う。
 それは“あいつら”にとって当たり前の事だったけど、何かが気になった。
 待てよ……
 そうだ……。
 今、目の前にいる大量の虫。
 それは、塊を作って、真っ直ぐ“俺”に向かって来ている。
 戦って、虫たちを落としている最大の障害はリザードンの筈だ。
 一斉にリザードンに襲い掛かって、残った虫で俺に向かえば、とっくに決着はついている。
 確かにこのまま攻め続けても結果は同じだけど、あまりに非効率な戦い方だ……。

 油断……?
 いや、自信……?
 いやいや、それとも違う何かだ。
 現に昨日は、リングを使ってまで眠り粉をしていたじゃないか……。
 これが、あいつのそもそもの戦法の訳が無い。
 外の虫たちは確り、役割分担が出来ていた……

 それなのに、マイム本人が居るこの現場で、何でこんなに単純な攻撃を………?

 ………!

「コトリ!! お前、あいつに何かしたか?」
「ぇ……」
 コトリのくぐもった声が聞える。
 そうだ。
 虫は“暖炉”を目指して飛んで来ている。
 もしかしたら、あいつの狙いは俺じゃなく……

「あの……昨日のストライクを……倒しました…」
「……! オッケー、コトリ。よくやった」
 やっぱりだ。
 マイムの狙いは、俺じゃなく、メインのモンスターを倒したコトリ。
 だから、あの虫は、リザードンじゃなく、コトリだけを目指して飛んでいる。
 つまり………

「コトリ……あいつ相当怒ってるぞ?」
「ええ!? っぅ……!」
「本当に、よくやった」
 俺はそう言って、マイムが居るであろう位置への最短ルートを探った。

 虫の壁の向こうに居るあいつは、今、“逆上”している……!

 途端叫びだすような奴が、ボールを持ってじっとしているから伝わらなかったが、あいつは今、完全に冷静じゃない。
 だったら、付け入る隙がある……!
 狙うは、短期戦だ。
 そろそろリザードンも限界だろう。
 あいつが冷静さを取り戻す前に、一気に勝負を決めるしかない……!
 まずは……“仕掛け”だ。

 そして……
「リザードン!!」
 俺の声に反応して、リザードンが俺の近くに飛んで来る。
 俺はそれに飛び乗った。

「空を飛ぶ!!」
「ガァウッ!!」

 リザードンが咆哮を上げる。
 そして、一気にマイムに……この部屋の“唯一”のセーフポインを目指す……!

「火炎放射!!」
 リザードンの炎で暖炉に近づく虫を優先的に落とし、一気にマイムへ……
 近距離での炎攻撃なら絶対に通用する。
 そして、“空を飛ぶ”の時間も十分だ。
 これは……コトリが強くなったお陰の技。
 下の棘も飛んでいれば意味を成さない……!

「火炎放射!!」
 リザードンもそろそろ限界だ。
 けど……
 虫の壁は……後一発で敗れる。
 その向こうに居るはずのマイム。
 そこにようやく到達出来る……!

「火炎放射!!……!?」
 最後の虫の壁を破った時、見えたのは地面中にばら撒かれた“棘”。
 そして、扉まではまだまだ距離がある。

 セーフポイントが……ない!?
 そして、マイムも……

 ……!?

 思わず振り返った俺が見た光景は、マイムの後姿。
 そして、マントの上からマイムを掴んだ虫の姿だった。
 あいつ……体が軽くて、虫で“空を飛ぶ”が出来るのかよ!?

「トレーナーを狙う力が最も長けた適合タイプ“自由”。知らなかったの?」

 マイムは真っ直ぐ暖炉を目指している。
 そこに潜むコトリを殺すべく……。
 この虫の壁、マイムの小さな体を隠すにも十分に使えるって事か……!
 逆上していても、目標だけは見失わない。
 それが、“プロ”って事か……!?

 俺を、セーフポイントの無いこの“場”で殺し、コトリは直接殺すつもりだ……!

 けどな……

 マイムが、暖炉直前で、ボールを取り出した。

 ―――!! 今だ!!

「マグマラシ!! 火炎放射!!」
「!!?」

 “俺のセーフポイント”を譲ったマグマラシが、炎を放つ。
 マイムの繰り出した紫色のモンスターが一気に炎上する。
 マイムはやっぱり“逆上”していた。
 広間のセーフポイントは、確かに、俺とマイムの立っていた位置だけだった。
 けど、広間以外……例えば“暖炉”なんかには十分モンスターを繰り出せる事を失念してやがった……!

「くっ!!」

 マイムのモンスターを焼き焦がしたマグマラシの炎はまだ衰えない。
 途端、飛び交っていた大量の虫がマイムと炎の間に押し寄せていった。
「……!」
 圧倒的な“量”でマイムは守られる。
 あの量……
 確かに、マグマラシの炎で焼ききるのは不可能だ。
 だが、ここで引く訳にはいかない……!
 俺がもう戻れない以上、コトリを守れるのはマグマラシだけだ―――

 もっと、出力が居る……。
 俺は、マイムのようにピンポイントで進化させる事は出来ない……
 でも今は戦闘中。
 それは、俺のテリトリーだ……!

 マグマラシが光を放つ。
 さあ……“上がる”ぞ……!

「バクフーン!! 噴火だ!!」

「くっ……うっ…!!」

 マイムが、バクフーンの出力に押されて、徐々に暖炉から離れていく。
 いや、それどころか、虫の壁もどんどん薄くなってく―――

「知らなかったのか? 暖炉に手を入れると、危ないって」
「っ!!」

 マイムの防御壁はもう、殆ど無い。

 壁が無いんじゃ、この距離からでも、マイムに炎が届く。
 あいつに、フェイルのような超反応力は無い。

 さあ……決めるぞ……

「リザードン……」

―――!?

「がっ!?」
 俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。
 体が……“止まった”?
 まるで、急ブレーキをかけた様な衝撃。
 これは……ダブル・ドライブを使った時に起こる現象だ。
 何だ……? 使ってないぞ……!?

 一気に体が冷えていく……。
 あれだけ上がっていた体温が、瞬時に消え失せた―――

「……っ、や…べ…」

 俺の体が“止まった”とほぼ同時に、リザードンが下降を始めた。
 まずい……
 こんな時に、“空を飛ぶ”のリミットオーバーかよ……!?
 そして、下には……無数の棘……!

「殺して…殺して殺して!!」
「!!?」

 マイムの標的が完全に切り替わった。
 バクフーンも行動していない隙だらけの暖炉から、俺へと。

 焼ききれなかった虫たちは、瞬時に孵化と進化を繰り返している。
 そして直ちに、分散して俺へと飛ぶ。
 さっき見たいな、狙い易い渦じゃない。
 無数の棘に落ちて万に一つ生き残る可能性すら許さない、確実に俺を殺す為への、巧みの攻撃―――
 ああくそ、これは………

「高速スピン!!」

「―――!!? うっ…?」

 その時、無数の衝撃音と、誰かの声が聞えた。
 リザードンからずり落ちて地面に落ちた俺は、どうやら棘に突き刺さらなかったみたいだ。
 体の感覚が……鈍い。
 今……何が……?

「ふう……。ようやく私も、カイを守れる位には成ったみたいね……」
「………レイ?」
「立てる?」
 俺は、レイに手を引いてもらって、何とか立ち上がった。
 ふらつく足の先にいた、くるくると回っているカメール。
 こいつが、棘を吹き飛ばしたのか……?

「情けないな」
「うん、情けない」
 スズキと、それに同意するラナの姿も見える。
 何だ……外の虫は倒しきったのか……?

 ……ん? じゃあ、さっき俺に襲いかかってきた虫は……

「………!」
 次の瞬間見えたのは、回っているカメールの周りに落ちている虫たち。
 ……!! いや、まだ落ち続けている……?

 そこでようやく俺は、まだ衝撃音が続いている事に気付いた……

 虫に向かってマシンガンの様に飛んでいく、“青い何か”。
 この技は知ってるぞ……
 ―――Quick rush。
 “あいつ”が……いる……!

「ここの虫も同じか……数だけの“ハズレ”だ……」

 尚も“そいつ”の攻撃は続く。
 最終形態から、進化前、そして卵までも弾丸を撃ち込み続け―――

「カラスマ=カイ……楽しませろと言った筈だ……」
「……! また“借り”かよ……グラン…!」
 全ての虫を倒しきったグランは、溜息一つ吐き、ボールを戻した。

「チーム・パイオニアはあれか……?」
 グランの紅い目が、マイムに向く。
「コトリは……?」
 レイは、広間を探った。
「お前ら、同時に聞くなよ……あいつが、チーム・パイオニアのマイムだ。コトリは暖炉の中」
 俺は、直にバクフーンを見た。
「暖炉の中?」
「怪我はしてるけど、とりあえず無事って事だ」
「怪我!?」
「だから、大丈夫だって……」
 俺は手を開いて握った。
 よし、俺の感覚も大分戻ってきたし、バクフーンも動ける。
 これで、コトリは守れる。

「何で……邪魔をするの……?」
 マイムが、首を真横に倒す。
 途端、冷静になったマイムだが、あいつの表情は当てにならない。

「何で!? 何で邪魔をしたの!?」
 マイムの叫びが、広間に響く。
 ようやくか……
 ようやく、“無限”を超えて、マイム本人との戦い。

 けど……

「ジュカイン」
「エルレイド」
 次々にボールが開く。
 スズキに、ラナ。
 そして……

「ギャラドス」
 途端広間に、巨大な竜が現れた。
「……! 進化したのかよ!?」
「ええ、“空を付す”って言ってたから、もしかしたらって思ってね。外の虫を倒せたのはこの子のお陰だけど……殆どは…」
 レイに視線は、グランに向く。

「ようやく、“アタリ”か……始めよう」
 グランはボールを構える。
 確かに、あいつは一騎当千だ……

 俺も、負けてらんないな……
「リザードン……戻れ」
 限界の近かったリザードンをボールに戻し、俺はグレイシアを繰り出した。
 視界は霞むし、体は冷えている。
 だけど、これならむしろこいつの力を最大限発揮出来る……!

 今、全員が、マイムを狙う。
 完全にマイムを追い詰めた―――

「六人が“少なく”ても……戦ってもらうぞ」
 コトリを含めた人数を宣言して、俺は一歩前に出た。

「今度こそ逃がさねぇ……」
 ようやく捕まえた、“最強”の尻尾。
 このメンバーなら……押し切れる……!

 マイムも、腰のボールを取り出した。
 マントの中で爆音を響かせて繰り出したりしていないって事は、あれはメインか……

 これで、始ま………

―――!!?

「何だ!?」
 途端、マイムが“歪み”始めた。
 マイムも、困惑の表情を浮かべている。
 あいつの仕業じゃない……?
 一体……!?

「っ、Quick raid!」

 グランが“歪み”に向かって腕を振る。
 しかし、グランの攻撃はマイムの向こうにあった壁を削っただけだった。
 マイムが……消えた!?

「何!? 何が……」
「……!! コトリちゃん!!」
 スズキが、何かを察知して叫ぶ。
 ……! コトリを呼ぶって事は……まさか!?

「………!……霧払い!!」
 暖炉から出てくるや否や、コトリはトゲチックで広間の空気をかき乱した。

 その瞬間、一気に視界がクリアになった。
 何時の間にか、この広間に……“霧”が発生していた……!

「カイ……選手交代って事か……?」
「ああ……この“霧”は……!」

 ゆっくりと、散乱した“霧”が一箇所に集まっていく……
 丁度マイムの消えた真上、それは空中に……
 徐々に人を形作っていく……!

「テレポート。あの子は逃げるって事を覚えないと……ね」

 “霧”から声が聞えた。
 そして、姿を現す。
 マイムより小さく機能的な黒いマントにブロンドの髪の上に乗った三角帽。
 あれが物語るモノ……それは……

「ごきげんよう。チーム・ストレンジの皆さん」

 “魔女”・ペルセ……!

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 毎度不規則な更新ですが、次回の更新は、少し遅れると思います。
 ご不便かと思いますが、ご容赦下さい。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.30 Illusion
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/04 04:46

 俺たちは見上げている。
 確かに、彼女を見上げている。
 彼女の手にはリングは付いていない。
 それどころか、彼女の周りにモンスターの姿は見えない。

 なのに、俺たちは見上げている。

 人が宙に浮く。
 そんな事は、絶対にありえない。
 その筈なのに……
 この場に居る全員が、それが当たり前の事だと受け取っていた。
 そんな異常事態の中、彼女もそれが当たり前の様に俺たちを見下ろしていた……。

「ごきげんよう。チーム・ストレンジの皆さん」

 “魔女”・ペルセ……!

「七人……か」
 ペルセは軽く俺たちを見渡しながら、口に手を当てて微笑んだ。
「……!」
 俺は、直に暖炉を見た。
 そこに居る人間は壁に寄りかかっているコトリだけだ。
 広間には六人しか居ない。
 こいつは……見えない筈の館長さんの存在も把握している……!?

「思ったより集まっちゃたわね。予告状を出させたのもあんまり意味無かったのかな……? あの子はやたらと人を殺したがるから……」
「………」
 こいつは……何を言っている?
 困った様に笑うペルセの“空気”にこの場に居る全員が無言だった。
 たった一人が発している“空気”。
 それが、何所か体に絡みつくように場を支配していく。

 何で俺は、動かないんだ……?
 モンスターだって繰り出している。
 目の前にいるのはチーム・パイオニアだぞ?

 そして……
 何でだ………?
 さっきまで、このメンバーでマイムを“追い詰めていた”。
 それなのに………
 マイムが、ペルセに代わっただけなのに……

 何で、“追い詰められている”様な気がするんだ……!?

「どういう……意味だ?」
 何とか絞り出した声が震えない様にするのに俺は必死だった。
「え……? ああ、侵害ね」
 ペルセは拗ねた様に笑う。
「私は無駄な“殺し”は趣味じゃないの。ただ、邪魔なものを排除して目的を達成するだけ……。そこに他の人なんて関係ないでしょ?」
「……!」
 自信……!
 ペルセから発されている“空気”。
 その源は……自信だ。
 自分の目的を他に害されると思っていない。
 戦闘の只中にあり、それでいて落ち着き払っている。
 フェイルもそうだった。
 自分の力を信じ、そして、それによって達成出来ないものは無いと確信している……。
 だからどんな状況でも、心が全く揺るがない。

 やっぱり予感は正しかった。
 こいつはマイムと“格”が違う……!

 どうする……?
 正直ペルセとは一度接しただけで、俺たちはこいつの事を把握していない。
 奴について分かっているのは、“危険”って事だけだ……!

「この女を推し量る必要はない」
 グランが静かに前へ出た。

「ただ、倒せばいい」
「……!」
 ああ………そうだったな。
 こっちにもいたか……“自信家”が……!

「始めるぞ!!」

 俺が叫んだ瞬間にかき消された、この場の“空気”。
 それは、俺たちを突き動かしていく―――

「エルレイド!!」
 ラナのエルレイドがペルセに突っ込んだ。

 ペルセは“宙を飛び”その攻撃を避ける。
 いや、あれは……!

 ペルセの真後ろに、エルレイドは跳躍している。
 それは、ペルセが今回避したエルレイドとは別の、本体―――

「Double drive:Inevitable impact」
「……へえ」

 ボフンッ

「なっ!?」
 その、人が受けたとは乖離した音が響いた時、この場の“人数が増えた”。
 ラナの攻撃は、確かにペルセを捉えた。
 それに対して、ペルセが取ったリアクション。
 それは、倒れるではなく、“増える”だった。

「あれは……!?」
 俺たち全員の目が、“二人のペルセ”に向いていた。
「また……メタモン!?」
「いや、そんな感じじゃなかったぞ」
 スズキの言う通りだ。
 今、ペルセは確かに二つに分かれた。
 一瞬で“霧”になって……分かれた“霧”が人間を形作る。
 ペルセが“増えた”……!

「私を“騙す”のは、相当難しいわよ?……それに……」
 二人のペルセは飛び交い、まるでカードを切るように、シャッフルされた。

「「悪いけど、私は戦う気ないわよ?」」
 ペルセの声は、ダブって聞こえる。
 こいつは……何なんだ!?

「……! Quick raid」
 グランの攻撃が“右のペルセ”に飛ぶ。
「……!? また、増えやがった……!」
 既に、計三人。
 本当に何だってんだよ……!?

「やはり、幻覚か……!」
「……! 幻覚……そうよ、ペルセは“幻惑”と“錯誤”の……」

 俺は直に、飛び交うペルセの周りを探った。
 モンスターがいない……?
 いや、幾らなんでもそんな事は無い。
 つまり……

「あのどれかがモンスターだ!!」

「せいかーい……」
 ペルセは、指を三本立てた。

「一つは私。一つはモンスター。残りはただの“霧”。“霧”に攻撃したら、私は“増える”事にするわ」
 こいつは……また、ふざけた事を始めやがった。
 力の差があると遊びたくなる。
 自分を信じきって、油断して、それでも尚勝利を収める。

 あいつも………それが出来る……!

 ………?
 待てよ……じゃあ、最初は何所にいた……?

「どれが本物だろうと、全て倒せばいい」
 グランはボールをもう一つ取り出した。
 そうだ、とりあえずは攻撃をしないと……!

「Quick rush!!」
「せいかーい……」
「……!?」
 グランの攻撃が、ペルセ全員を捕らえる。
 しかし、あるペルセは回避し、あるペルセはそのまま四散し、そして、“増える”。
 飛び交う所為で、既に見分けが付かなくなっていく―――

 まずい、攻撃が追いつかない……!

「全員攻撃しろっ!! 冷凍ビーム!!」
「はずれよ……」

 再び、ペルセは増える。
 まずい……この状況。さっきのマイムより深刻だ。
 無限の虫は、まだ倒す事が成果として見えた。
 けど、攻撃そのものが失敗し続けると、精神的にきつい……!

「霧払い!!」
「それも、はずれよ……」
「……!!」
 コトリはペルセの“霧”の対象法を放った。
 しかし、今度は幻覚は消えず、むしろペルセが倍近くに増える―――

「その方法は、屋外じゃないと……。密室空間じゃ、“霧”は漂い続ける……」
「くっ……!!」
 もう既に、広間は乱戦状態だ。
 多くのペルセが飛び交い、本物と生まれ出たペルセが撹乱する。
 一人一人攻撃しても、攻撃がはずれ続ける。

 こんな状態じゃ、埒が明かない―――!!

「全員、ペルセから離れろっ!! バクフーン!!」
 俺は叫んだ。
 落ち着け……この、増え続けるペルセ。
 さっきの虫と、状況は違っても対象法は同じ筈だ。

 つまり………
 皆のモンスターが、ペルセから離れる。
 あんだけ集中して撹乱しているんだ。

 偽者も、本物も……まとめて攻撃出来る……!!

「噴火!!」

 バクフーンの噴火が、半数のペルセに襲い掛かる。
 範囲攻撃なら成功率は上がる筈―――

「はずれよ……」
「っ……!!」

 噴火が捉えたペルセは当然の様に増える。
 二分の一で外したのかよ俺……。
 ああくそ、けど、続けるしかない……!!

「バクフーン!! もっとだ!!」
 またも、ペルセは増えた。
 ペルセのモンスターさえ、発見出来ない……。

「あなた達が、私の姿を憶えた時から、この“霧”は私に見える。それが、Double drive:Foggy retorspection」

 追憶のダブル・ドライブ……!
 これが、俺たちを夢の世界に引きずり込んだあの技の、戦闘用の使い方……か。
 この幻覚。
 “影分身”とは精度が違う。
 必然的に当る技を持つラナも、目標が完璧に誤認させられていたら、流石に効果が無い……!
 だめだ。完全に騙されている。

 だったら……やっぱり……

「バクフーン……」

 俺は目を閉じ、全精力をバクフーンに向けた。
 狙うなら、範囲攻撃しかない。
 それも、さっきの高が半分しか覆えない攻撃じゃ駄目だ。
 この部屋全体を襲う、攻撃。
 それしかない……!!

「カイ?」
「悪い……集中させてくれ……」

 ……まだだ……まだ、これじゃ足りない。
 上がり続ける体の熱を、尚も上げる。
 そして……まだ、溜める。

 既に、体中が蒸発するような熱気に俺は襲われている。
 でも……もっとだ……もっと出力がいる……

 一気に全て、消し去れる程に―――!!

 ………?

 そこで、体が、熱を止めた。

「ぐ……あっ!?」
「カイ!?」

 酷い耳鳴りの向こう、レイの声が聞こえた。
 俺は膝を付いて、体を襲う衝撃を抑える様に蹲る。
 “また”?……何で……だ…?

「遊んでるなんて……余裕ね」
「っ!! ギャラドス!! “暴れる”!!」

 レイのギャラドスが、近くにいた、ペルセを薙ぐ。
 しかし、当然の様にそれは四散した。
 やっぱり、一人を狙っても通用しない……!

「だ……め…だ……まとめて……」
「いいから、離れてて!!」

 レイがそう叫んだ瞬間、俺は後ろから襟首を掴まれ、引きずられた。

「君は成長していないのか……?」
「……? グラン? だっ!?」

 その勢いのまま、俺は広間の隅に投げ捨てられた。
 俺がいた場所は、既にギャラドスが暴れ回っている。

「助けてもらってなんだけど……もっと丁寧に……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
 グランと共に走ってきたレイはペルセから目を離さない。
 ギャラドスの蹂躙の中、ペルセはどんどん増えていく。

「レイ……あれじゃ、ペルセが増えるだけだ。一気に倒さないと……」
「それはカイのやり方でしょ!? 私は違う!!」
「……?」

「“暴れる”なんて、私らしくない戦い方だけど………」
 俺は、むしろピッタリだと言おうとした口を噤み、立ち上がらない足を軽く叩きながら戦況を眺めた。
 尚もギャラドスは暴れ続ける。

「これで、“判別”出来る……!」

 レイは何かを狙っている。
 そんな中、俺だけは動けない。
 別に、攻撃を受けた訳でもないっていうのに……
 本当に……何やってんだ!? こんな時に、俺は……!

 スズキは、暴れまわるギャラドスに呆れながらペルセを攻撃している。
 コトリは、暖炉を守っている。
 ラナは、ペルセを攻撃する事に躍起になっている。
 グランは、直に戦場に戻ってペルセに弾丸を撃ち込み続ける。

 そんな中―――

「あれは……違う。あれも……さっき増えたやつ……」
 レイはエンペルトを繰り出し、“ペルセたち”を見ながら、何かを呟いていた。

「さっきの、虫たちとは違う。目標がいるなら………」

 レイの目が見開かれた。

「狙い撃てる!! あれ!!」

 レイの指が、最も高く飛んでいるペルセを指した。

「ハイドロポンプッ!!」
「……!?」
 レイの攻撃が、ペルセに向かって正確に飛ぶ。

 途端、飛び交っていた内、一人のペルセが、その攻撃を阻んだ。
 乱戦の中、“一度も攻撃を受けていなかったペルセ”は、“一度も攻撃を受けていなかったペルセ”に守られる。
 他の“霧”には無かったリアクション。

 じゃあ……あれが……

「本体か……」
「……?」

 その時、何所からとも無く笛の音が聞こえた。
 どこと無く、まどろむ様な感覚。
 これは……?

「………! スズキ!?」
「眠り粉じゃ、皆被っちまうからな……」

 何時の間にか隣に立っていたスズキが、ふざける様に口笛を吹いていた。
 今の音はこいつか……?
 いや、こいつだけじゃない。

 まだ、何所かから聞こえてくる―――

「“草笛”」

「!?」
 “ペルセを守っていたペルセ”が、隣にいる跳んだジュカインの笛にまどろむ。
 完全に眠ってはいないけど、さっきみたいな機敏な動きをしていない―――!!

「サイコカッター!!」
「っ!?」

 途端に、まどろんでいたペルセにエルレイドが切りつける。
 今度は四散しない。
 あれは……間違いなく、ペルセのモンスターだ!!

「せいかーい……」
 全員攻撃で、ついにペルセを見つけ出した。

 あれが、本体だ……!!

 目の前で、“攻撃を受け沈んでいくペルセ”を見ながら、“守られていたペルセ”は微笑む。
 エルレイドは重力に従い、落ちていく。

「私まで、後一歩だったんだけど……ね」
 それを見るペルセは、重力に逆らい当然の様にそこに在り続ける。

 だが、俺は、ペルセを見ていなかった。
 俺が見ているのは……

 ペルセの、その向こう。
 そこに、浮かんでいる人物に向いていた―――

「その通り。君は“アタリ”だ」
 レイが見つけた瞬間に、そこへ向かった奴の“紅い目”。
 後一歩なら、そいつが踏んでくれる……!
「―――!?」
「コメットパンチ!!」

 グラン……!!

 ドゴッ

 メタグロスの攻撃が、ペルセを完全に捉えた。
 今度こそ、俺たちの耳に、打撃音が届く。
 ペルセは、ゆらゆらと地面に落ちていった。

「っ……!!」
 コトリの緊迫した声が聞こえた。
 まあ……戦っておいてなんだけど……流石にそこまでやら無くても良かったんじゃないか……?
 ペルセは“ペルセたち”の中に落ちて見えなくなった。
 あのコメットパンチの威力は俺が良く知っている。

 あれはもう完全に……か。

 ペルセを倒した………のか?
 俺は“何か”に、疑問を感じた。
 あまりにあっさり付いた決着。
 俺たちを撹乱し続けただけで、結局攻撃もしなかったペルセ。
 あいつは……何がしたかったんだ……?

 ………?

 待てよ……何でまだ……

「まだだっ!! “消えてない”!!」
「……!! ってことは……」
 そうだ……
 まだ、俺たちは“ペルセたち”を見ている……

「ふふふふふ……“私が決めた私”は……やられちゃったわね」

 ビュオオォオオォオォオォオオオオ

 勝利の味すら把握する前に………
 全てのペルセは“霧”に戻った。

 そして、再び、最初にペルセが現れた地点に集まっていく。
 ああくそ、何が『せいかーい……』だよ。
 答は無かったんじゃねぇか……!

 当然に……今、落ちていったペルセは……

「幻覚か……」
 グランがあっさり結論を下す。
「あれ程の量を創り出せるなら、何も本人がこの場にいる必要はない」

「せいかーい……」
 またも“霧”から、声が聞こえる。
 そして当然に、ペルセを空中に形作る―――

「あら? あんまり驚いてくれなかったみたいね……?」
「こういうの、二度目だからな」
 俺はレイの手を借り手立ち上がりながら溜め息を吐いた。

「ああ、フェイルと戦ったんだってね。感謝してよね? 私が“終わらせない様に”言ってなかったら……まあ、いいわ」
 ああ……本当に、どうでもいい。今からまた、さっきの“霧”と戦わなきゃいけないんだからな……!

「私は戦う気はないって言ったでしょ? そんな目で見ないで」
 ペルセの体が徐々にぼやける。
 また……やる気か……!

「これ以上、人形遊びをするつもりは無い。始めよう」
 グランの声がどこか殺気立っていた。
 その目は、ペルセを捉えている様で、どこかその先を見ている。
 そうだな……俺も、遊んでる訳にはいかない……な。

 俺は、レイの手を離して一人で立った。
 体はまだ節々が痛い。
 意識も飛びかけている。
 さっきから繰り返し起こっているこの現象。
 気にはなるし、今にも倒れこみそうだけど、今はペルセだ。
 今度こそ、俺は動く……!

「だから……戦う気はないって言ってるでしょ?」

―――!!?

 心臓の直前に……針が触れている感覚……。
 森で感じた、あの殺気。
 それが、この場を支配する。

 けど……

 俺はペルセを見逃さない様に、確りと眼に捉えた。
 あんな技があるんだ。
 今度は最初から、あいつを見失わない……!
 いや、もしかしたら……あれすらも、幻覚の可能性も……

「へえ……“あの時”よりはマシみたいね」
 ペルセは微笑む。

「あなた……何がしたいのよ!?」
「ちょっとからかっただけで、そこまで怒らないで。私のターゲットなんて、決まってるじゃない」
 ……!
 そうだ。
 今、俺の足元には暖炉を守らせていたバクフーンがいる。
 バクフーンをあの場から放すことが、今の“霧”の目的。
 じゃあ、こいつのターゲットは……

「コトリッ!!」
「うわっ!?」
「きゃ……」

 暖炉から館長さんの声が聞えた時、コトリが“座った”。
 怪我とは別に生気を失った顔色。
 そして………
 コトリの影から分離した“影”が地面を走る―――

「ゲンガーだ!!」
 スズキが叫んだと同時に、ゲンガーは影から姿を出した。
 体は、所々ぼやけ、周りの霧と同化している。
 あれが……“霧”の元凶か……!?

「……!?」

 ゲンガーが姿を固めていく。
 すると、途端に消えた宙からペルセは、ゲンガーの横に立っていた。

 いや、最初からペルセはそこにいたんだ。
 ただ……俺たちが勝手に飛んでいると認識させられていただけだ……!

「浮いている様に見えたのも……そいつの仕業か」
「ええ」
 ペルセはあっさり肯定して、ゲンガーから紫色のカードを受け取った。

「っ!! 盗られた!!」
 暖炉から飛び出してきた、館長さんの背広の胸が引き千切られていた。
 あそこに入れていたのか……
 “プレート”を……!

「私のターゲットなんて……これに決まってるじゃない」
 ペルセはカードをくるくる回す。
 ヤロウ……!

「待った……カイ」
「………スズキ?」
 一歩踏み出そうとした俺をスズキが腕で制した。
 スズキの目はペルセを探る様に見ている。

「どうし……」
「“盗った”……?」

 スズキがこういう顔をするのは珍しい。
 こいつが……こんな困惑しているのは……!

「鋭い人もいるみたいね………あら?」
 ペルセは“プレート”をピッと二本の指で立て、それをじっと見た。

 そして……

 それを、俺に投げて来た。
「なっ!?」
 何とかキャッチしたそれは、大き目のトランプの様なサイズで、硬い。
 何だ……何でこれを投げた……?

「ニセモノ。これがあるから、何時まで経っても集まらないのよね……」
 ペルセは困った様に眉を寄せ、モンスターを繰り出した。
「フーディン」
 そして、直に、ペルセたちは“歪んで”いく……。
 あれは……さっきの……

「フェイルの言っていた通り、楽しいは楽しいわね……」
 グランが、ボールを取り出し……
 ……直に戻した。
 こいつも、もう間に合わない事が分かっているんだ。

「テレポート。ごきげんよう。チーム・ストレンジの皆さん……」

 ゆっくりと消えていく、ペルセの“いた場所”を全員が呆然と見ていた。
 戦場の匂いも残らない。
 ただ、俺たちをからかうだけで消えたペルセ。
 それは、完全に、戦いが終わったことを示していた。

 俺の視界も、それに合わせる様に薄れていく。
 強く握ったニセモノの“プレート”は、俺の手に強く食い込んだ……

・・・・・・

「なあ、カイ。戦闘終わる度に倒れるって……その癖直せないのか?」
「癖ってお前……」
 目を覚ました時、何故か当然の様に俺はベッドの上にいて、当然の様にスズキが呆れて覗き込んでいた。
「ここは……?」
「ギルドの宿舎。お前はまたぶっ倒れたんだよ。レイたちメチャクチャ心配してたぞ? 攻撃しただけでそんな状態になったんだから」
 俺は頭を振った。
 まだ、鈍い痛みが残っている。
 これは……間違いなく、高出力のダブル・ドライブを使った時に起こる事態だ。
 本当に……どうなってんだ……?

「あの後、何が起こった?」
「別に大した事は起こってないぜ? 館長さんは無事。“プレート”もお前の手から引き剥がすのに苦労したけど、何とか守れた。ま、報奨金の方は建物の修繕諸々で、レイが断ったよ」
 『珍しい事もあるもんだ』と、スズキは腕を組む。

「そうだ、レイたちは……」
「女性陣はコトリちゃんの看病。この部屋はむさ苦しくて悪いね」
「……?」
 スズキは、ドアの方に視線を向けた。
 そして、そこに……

「また、つまらない終わり方だったな……」
 “また”、グランは壁に寄りかかっていた。
 グログラムの時と、全く同じ状況。
 確かに俺は戦う度にぶっ倒れてるな……

「カラスマ=カイ……。始められるか……?」
 ボールを取り出したグランに俺は、一瞬止まり、全力で首を振った。
 おいおい、こいつは何を考えてるんだ……!?
 風の噂に聞いたこいつの噂。

 強いトレーナーを見つけては騒ぎを起す。

 こんな状態でもそれを突き通す辺り、チーム・パイオニアより性質が悪い……。

 ただ、流石に今のはあくまで確認だけだった様で、グランはボールを戻した。
 こいつはまだ、元気が有り余っているみたいだ。
 ……って、こいつ、何でここに……?

「カラスマ=カイ」
 グランはベッドに近づいて、“紅い目”で俺を見下ろす。

「あの時から変わったのは手持ちだけか?」
 その目は、“あの時”と同じだった。
 どこか、興味を失いかけている。
 グランから見れば、俺はあの時から成長していない……のか。

「次は、楽しませてくれ」

 グランは踵を返し、部屋を出て行った。
 それだけ言う為に、俺の目が覚めるのを待っていたんだろうか……?

 戦闘は終わった。
 その事実だけを受け止め、何も引きずらず、あいつは“次”に向かって歩いて行く。
 ああ……何か……あの背が……“あの時”より遠くに感じる……。

「あいつはギルドに泊まらないってさ。あっ、やっべ、登録してもらうの忘れてた……!」
 スズキは、“判定機”を取り出して溜め息を吐く。
 そんなスズキの様子も、俺はどこか淡白に見えた。
 さっきの、グランの眼。
 その所為で、一応達成できた依頼への喜びも薄れ、そして、それがペルセにあしらわれた事よりも、どこか悔しくて……

「なあ、スズキ……」
「駄目だ」
「………は?」
 俺が提案しようとした事を先読みして、スズキは指を振った。
「どうせ、特訓したい……だろ? あの時と一緒じゃないか。でも、今は休んどけって」
「けど……っ!?」
 思わず立とうとしたのに俺は動けなかった。
 攻撃も受けていないのに……何で俺はこんな……?

「焦んなって。次に合った時、見返してやりゃいいんだよ」
「……あ……ああ」
「………不満そうだな。じゃあ……」
 スズキは、判定機を操作して、俺に見せ付けた。

「グッドニュースを見せてやるよ」
「………これは?」
「さっきこっそり計ってみたんだよ。本人はまだ知らないから、後で教えてあげようぜ?」
「“空・ランクB”。確かに、グッドニュース……だな」
 あの戦いを通して、コトリのランクは俺たちに並んだ……か。
 コトリが成長した。
 それは、確かに嬉しい。
 それなのに、俺は笑えなかった。

 俺はグランの言う様に何も変わっていないのか……?
 自分の力も扱いきれず、攻撃するだけで倒れ込む。
 ああくそ、コトリじゃないけど、俺の方が邪魔をしているんじゃ……
 でも、そうならない為にも、今すぐにでも強くならねぇと……!

「やっぱ、お前もう寝ろ。明日までに動ける様にな」
「でも……………ああ、分かった、今は休む。明日からまたペルセを追うんだからな」
「……はあ……」
 自分に妥協した筈なのに、スズキに溜め息を吐かれた。

「ま、休むんなら、別にいいか。俺はやることあるから出掛けるけど、ちゃんと寝ろよ?」
「……お前はまた自主練か?」
 “判定機”をバッグに戻すスズキは、首を振った。
「残念ながら今日は勉強。ちょっと“調べなきゃいけない事”が出来たからな」
「………?」
 スズキが……勉強……?
 こいつにとって、この世界で学ぶ事なんて殆ど無い筈だろ……?

「嘘じゃないって。下準備は俺に任せて、カイは安心してぶっ倒れてろよ」
「お前、俺が動けない時に何時も挑発してないか……?」
 スズキは手をパタパタ振って、ドアに向かって行った。

「カイ……」
「何だよ?」
 スズキはドアを開けながら、呟いた。

「俺たちが弱いなんて最初から分かってたろ……? 今更へこむような事じゃない」

 スズキがドアを必要以上にゆっくり開ける。
 ああ……そうだった……か。
 また、俺は“焦っていた”のかもしれない……な。

「頼むぜ? “主人公”」
 スズキが出て、ドアが閉まる。

「何が“主人公”……だよ」
 でも、確かに、今更へこんでいる場合じゃないか……。

 自分の体に何が起こっているのか分からない。
 コントロール出来る様になった筈の体の熱が、俺の意に反して冷えるあの現象。
 それに何か対策を立てないと、この先やっていけない。
 何を……すればいい?
 解決策を、探す。
 それが、俺が今、越えなきゃいけない課題だ……!

・・・・・・

 翌朝―――
 食堂には、俺とレイしかいなかった。
 そしてスズキは完全に寝込んでいた。
 コトリもラナもそうらしい。
 昨日の今日で、流石にレイも起さなかったみたいだ。

 俺が起きてくるとはまさか思わなかったレイは、幽霊でも見る様な顔をしたのは、まあ、気にしないでおこう。

「“育て屋”?」
「うん」

 駄目元で色んな人に聞いてみようとした結果、何と最初に当ったレイが直に答を出した。
 早ぇ……。

「って、意味分からねぇんだけど……」
「これよこれ」
「また出しやがったか……」
 レイはどこからともなく、封筒を取り出した。

「何だそれ?」
「森の関所でリインさんに貰った手紙よ。この町から西に進むとあるらしいのよ“育て屋”が」
「………益々、何だそれ?」
 レイは得意げになって、手紙を広げる。
 って、何時の間にお前そんなもん貰ったんだ……?

 レイは封筒から地図を取り出して、指差した。
 そこには小さくマーカーが付いている。

「ここよ、ここ。ちょっと遠いけど、まあ、直に行けるでしょ」
「いや、俺が聞いているのは場所じゃなくて“育て屋”っていう意味………は? ゲームと同じかなのか? 俺が言っているのは、モンスターの事じゃなくて俺自身の……」
「分かってるわよ。でも、リインさんが困ったらここに行けって」
 レイは自信満々で言い放つ。
 根拠はそれだけらしい。
 お前、何時からリインさんのファンになった……?

「ただ、出来れば行かない方がいいかもって書いてあったから、最終手段ね」
「行かない方がいいって……。お前は、そんな訳の分からないモノに何でそんなに心酔できるんだ?」
 レイは、膨れながら地図を封筒に戻した。
 そして、きちんと封をする。
 相当大事にしているらしい。

「ま、とりあえず行ってみましょう? 何か分かるかもしれないし」
「………行くって事は、ペルセは……」
「追わない」
 レイははっきり言った。

「でもさ、昨日会ったろ? だったらやっぱり、この辺りにあるっていう“魔女の出身地”の噂は本物じゃ……」
「でも、“私に相談する”なんて事は、結構深刻なんでしょ? 倒れ方もいつも変だし……だから、そっちは一旦中断。皆で行きましょう」
 言葉から、完全に嫌味が滲み出ている。
 確かに、出来るなら俺は自分で解決したかった。
 でも一晩考えた挙句、何も浮かばないんじゃ、俺が解決出来る問題じゃない。

「確かにペルセは今、この辺りにいるんだろうけど……今は、カイでしょ?」
「でも……なあ……」
 “魔女の出身地”探しの中断。
 それは、俺自身の問題を解決するためだけのものだ。
 何かそういうのは……

「あのさ、レイ……。俺だけで行くっていうのは……」
「どの口が言ってるのよ?」
 レイは、心底不思議そうな顔をした。
 否定出来ないのが辛い。

「遠慮しない。と言うか、自分で抱え込まない。行く時は皆でよ、分かった?」
 レイは指を二本立て、ずいっと乗り出してきた。
「……なあ、そのピースはもしかして目を突く為の準備か……?」
「そうよ? あんたは少し、周りに頼るって事を覚えなさい」
 俺はやんわりと、レイのピースを目への軌道上から逸らして頷いた。
 “頼れ”っていう強迫があるとは思っていなかった……。

「まあ、ラナも分かってくれるわよ。コトリも怪我の方は思ったより酷くなかったし……明日か明後日には動けるでしょ」
「……じゃあ、それまでは……」
「この町にいましょう。カイは依頼も特訓も禁止ね」
「は!?」
「だって……」
 レイは、すっと俺の腕を掴んだ。

 そして……

「いだだだだっ!? 握り潰す気か!?」
「そんなに力入れてないわよ? やっぱり、無理してるじゃない」
 確かに一晩たった今でも痛みは引いていない。
 まあ、一番痛いのはレイが握った腕だけどな……

「とにかく決定。まあ、そこそこ蓄えもあるし、昨日戦った分、私たちもしばらく休みましょう」

 レイは落ち着き払っている。
 昨日の事態も、こいつは自分なりに受け止めているって事か……。
 レイもこの世界に来る前と少し変わってきている。
 前よりも、確りして、どこか頼もしかった。
 それは、コトリとラナという妹みたいな存在のお陰なのか、明確な目標のお陰なのかは分からない。
 そんなレイだから、俺は思わず相談してしまったのかもしれないな……。
 この変化はプラスのモノの様な気がする。

 “流れ”に飲まれたレイも、成長していた。
 でも、この先、マイナスのモノが起こる可能性はある。
 それが、俺の“我”の対象だ。
 その時に、レイたちを守れる様に、俺はぶっ倒れている場合じゃない。

 抱え込むな……か。

「はあ……ラナにメチャクチャ馬鹿にされそうな気がする」
「そんな事はしないわよ。あの子は」
 レイはそう言ったが、俺は不平不満を並び立てるラナの姿が容易に想像出来た。

「じゃあ、決定ね」
「ああ……行ってみるか……胡散臭さ全開だけど……」

 ―――“育て屋”に。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 かなりの文章量になってしまいました……。
 その上、乱戦になると人数が増えて捌ききれなかった感が出てしまっています。
 その辺りも勉強中ですので、ご勘弁下さい。
 次回の更新は、申し訳ありませんが、何時になるか分かりません。
 出来るだけ早めに投稿したいとは思っているのですが……
 まだ、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.31 Breeder
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/10 20:58
「カイ君、ガシャガシャうるさいよ」
「じゃあ、お前が持つか?」
 俺の言葉を当然の様に無視して、“身軽な”ラナはレイの横に並んで歩く。
 ああ……重ぇ……

「あ……あの、私が……」
「コトリは病み上がりだろ? その心意気を別の奴に移す事に専念してくれ」
「え…はい……すみません……」
 後半部分は聞き逃された様だ。
 それに、コトリじゃ運べないだろう。

 今俺たちは、“育て屋”へ向かう山道を歩いている。
 そして、俺の手には袋に入った大量の“酒瓶”があった。
 まあ、それだけじゃないけどな。

「なあ、レイ。本当にこれ必要なんだろうな?」
「ええ」
 レイは疑うまでも無いと頷く。

「ほら、ここにちゃんと書いてあるでしょ?」
「くそっ、また見逃した……!」
 レイがピッと取り出したリインさんからの手紙には、“育て屋”への報酬として酒瓶がピッタリと書いてあったそうだ。
 その所為で、俺は最寄の町からレイが買った酒瓶を持つ羽目になったんだけど……
 正直意味不明だ。
 何だ、酒が報酬って。

「なあレイ、後どれくらい歩けばいいんだ? 何か指に食い込んで痛いんだけど……」
「さあ……? 方向は合ってるんはずなんだけど……はあ……ホントに遠いわね。バスも出てないなんて……」
 先頭を歩くレイは、山道に疲れ気味だった。
 ただ、お前に疲れた顔をする権利は無い。
 言ってみろ? お前が何を持っているのか。

「おいおい、カイ。折角のハイキングだ。そんな湿気た顔をするなんて……全く、現代っ子は嘆かわしい」
「じゃあ、お前がこれ持てよ!! というか、全部!!」
 俺の叫びは山に木霊した。
 今、俺の手には、大量の酒瓶。そして、全員分の荷物が体中に縛り付けてあった。

「じゃんけんで負けたのが悪いよ。チョキだすんだもん。グーは勝利のグー!」
 今、元気いっぱいに空へ向かって拳を突き出すラナの後頭部にこの酒瓶を振り下ろしたらどれだけ気持ちいいだろう……?
 それをすると、倒れたラナを運ぶ役目まで俺に降りかかってきそうだけど、魅力的な提案だ。

 俺たちは退屈凌ぎに病み上がりのコトリを除いて、所謂、“荷物持ち”をやっていた。
 いや、やった……か? 何しろ最初のじゃんけん以来もう一度する気配が無い。

「まあ、カイが何時も最初はチョキ出すからな。いや~楽チン楽チン」
「スズキ? お前やっぱりそれであんな事言い出したな……?」
 レイの手回しでラナもグー。そして、スズキも当然にグーだった。
 未だに俺の脳裏には、未だ自分が突き出したチョキの残像がある。
 ああそういや、あの時少し滲んでたな……俺の視界。
 その後聞いた俺の癖をあれほど呪った事はない。
 こいつらとじゃんけんして勝った記憶が無いのもそういう裏があったのか……!

 しかも、最初は一番負けた奴が酒瓶と荷物の半分、その次の奴が残り、ってルールだったのに、スズキが、『いや、生きるか死ぬかにしようぜ』とか言った所為で、俺は望んでもいない筋トレに励んでいた。

「なあ……俺さ、そろそろじゃんけんの頃合だと思うんだ。いや、間違いなく今、じゃんけんの頃合だ。いくぞ、じゃーんけーん……」
「うるさいよ」
「ラナ!! お前の荷物が一番重いんだよ!! 何入ってんだ!?」
「お土産」
「てめぇ!? 旅舐めてんのか!?」
 今度はラナは完全に無視を決め込んだ。
 因みにお前の所為で“空を飛ぶ”に制限がかかってるんだからな……

 “奴ら”を探すのを一時中断っていうのは、別にいいとか言ってたのに、やっぱ恨んでたのか!?
 まあ、どっちかって言うと、デフォルトの様な気もするがな……
 いずれ“山のいい景色”を見せて震えさせてやる……!

「なあ、これもう、いじめじゃないか? 荷物持ちのじゃんけんが、永続って言うのは明らかにおかしくないか……?」
「カイ、言ったろ? 生きるか死ぬかだ」
「いや、冗談抜きで死ぬって……。何か脱水状態だ」
「ちゃんと小まめに飲まないからよ」
「体中に荷物縛り付けてあるんだぞ……? ってレイ、お前ごくごく飲んでんじゃねぇよ!?」
「えっと、どこに水が入ってるんですか……? 私が……」
「荷物を解くって選択肢はないのかよ!?」
「ああっ、すみませ……」
「ストーップ。コトリちゃん……じゃんけんは無情なものなんだよ」
「そ……そうなんですか……?」

 ああ……このチームの唯一の良心がスズキに懐柔された……!

「分かったよ、カイ。じゃあ、次に自転車に乗った人を見かけたらもう一度じゃんけんしよう」
「何だその街中でやってる様なルール!? ここ山だぞ!?」
「ああーと……じゃあ……そうだな、“育て屋”を見かけたらにしよう」
「それ、ゴール!!」

「カイの言う通りよ」

「当たり前だろ! じゃあ、リザードンを見たらにしようぜ? レイ、ボール取ってくれ」
「そうじゃなくて……」
 丘に出たレイは足を止めて、俺たちに振り返った。

 レイが指差す向こう、木造の一階建ての家があった。
 こんな場所にあるんだ。
 見た目は怪しいが間違いないだろう。
 ああ……ようやく着いたか……

 体中に巻かれていた縄が解く。
 すると、一気に体が軽くなった。

「おお……何か強くなった気がする」
「気のせいだよ。ああ……いい景色だね……うぅ…駄目だ。やっぱり怖い」
 ヤッロウ……!
 拳を作ってわなわな震えている俺を尻目に、ラナは崖から登った山の高さを確認して、一歩後ずさっていた。
 へっ、いい気味だ。その景色を一番楽しむ権利があるのは俺だからな。

「ふざけててもしょうがないから、早く行きましょう」
 レイは一刻も早く落ち着きたいらしい。
 そのまま歩いて行く。
 そのレイに、俺を除く全員がついて行った。

「……え? 荷物持ちまだ続いてんのか……?」
 俺の足元には全員分の荷物。
 これから開放されるのは、もう少し先らしい。

 ああくそ、こんだけ苦労したんだ。
 絶対に俺の“異常”について解決してもらうぞ……!

 俺は意地で、荷物を全部持ち上げた。

 さあ、ようやく“育て屋”に到着だ……!

・・・・・・

「うわっ……酒臭ぇ……」
 “育て屋”のドアを開けた瞬間、俺は“この報酬”の意味を瞬時に理解した。
 まず、足元に酒瓶。
 広めのテーブルも酒瓶で埋まっている。
 そして、当然の様に全て空だった。
 部屋中に充満する酒の匂いからするに、空けて間も無さそうだ。
 昼過ぎだって言うのに電気も点けない薄暗い室内からは、異様な雰囲気が漂ってくる。

 なんだこれ……
 酒の神様でも呼び寄せようとしているのか……?

「ぅ……」
「!?」
 部屋から聞こえてきた、誰かの呻き声にレイがビクンと跳ねる。
 って、しがみつくな!! 神様だったら粗相の無い様にしないといけないんだから……
 ……なんて馬鹿な事考えてる場合じゃない。
 今の声の主は、間違いなく、テーブルの向こう側で椅子に身を任せてふんぞり返っている男だ……

「う……リンス……多分、客だ。とりあえず……いや、まずは俺に水を……」
「わ……分かりました。じゃあ、水を汲んできますから水汲んできて下さい……何故か頭が痛くって……」
「……!?」
 部屋の中にもう一人いた。
 いや、正確に言うならテーブルで酒瓶に顔を埋めて倒れ込んでいる人がもう一人いる。
 ショートヘアーのその女性は、頭を擦りながら、時折ぶつくさ何かを言っていた。

「……あのさ、どうする?」
 その後何のリアクションも無い二人を俺は呆然としながら眺めた。
 頭の中に、ちらほら帰るという選択肢が浮かんできている。
 レイにはその選択肢は無いようで、一歩前へ出た。

「あの、すみません……」
「ほら、リンス……お客さん急かしてるぞ?」
 リンスと呼ばれた女性は、今度は声すら出さない。
 ただ、駄々っ子の様に俯いたまま首を振っている。
 あれは、リアル・パスだ。

 再び、部屋に静寂が戻る。
 ああ……ここホントに“育て屋”なのか……?
 飲み会明けの酒屋にしか見えない。

「あの、すみません!」
「ああ~~っ!!」
 痺れを切らしたレイの声に、男の方が大声を上げた。

「分かった、分かった。ちゃんと起きる! 起きてるから、大声出さないでくれ!」
 男はそう叫んだきり、動かなくなる。
 これ……エンドレスなのか……!?

「ラナ、何時もみたいに、飛び込んであの人起してくれ……って、ラナはどこ行った?」
「さっき、お酒臭いとか言って、コトリちゃん連れて外出てったぞ?」
「あ・の・や・ろ・う……!」

 俺が窓から外を見ようとした所で、男の方から、ビンが落ちる音が聞こえた。
 ああ……ようやく目を覚ましたか。

 顔を天井から俺たちに向けたその男の髪は綺麗な金髪だった。
 鼻も高く、見栄えはいい。
 ただ、二日酔いの激痛を抑える様に眉を寄せるその様子が見事に帳尻を合わせていた。
 目付きも悪い。

「ああ~~、誰だか知らんが悪かったな。俺はもう酒は飲まない……!」
 誰がそんな事を宣言しろって言った……?
 俺のこの男への、年上へ向ける最低限の礼儀がどんどん失われていく。
 本当に、この人なんだろうか……?

「ようこそ、“エース育て屋”へ。………てめぇらそれ、何の嫌がらせだ……?」
 その男は、俺が手に持っている酒瓶を強く睨んだ。
 なんか、これ、リインさんの嫌がらせの様な気がしてきたぞ……。
 かつての仲間への……

「とにかく、ドアを閉めてくれ。目がいてぇ……」

 夫婦で育て屋をやっている、“伝説”のチーム・クリエイトのメンバー、エースとリンス。
 エースの方の該当確率は、俺の中で0%だ。

・・・・・・

「あのアマ……狙いやがったな……!」
「リインさんに伝えますよ……?…ぅぅ…ぅ…」
 どうやら、エースという人で間違いないらしい男は、頭を押さえ、まだぶつぶつ言っている。
 歳の割には可愛らしいリンスという女性の方はもっと酷い。
 相当二日酔いのダメージがでかいらしいな……。
 そして、この酒瓶はリインさんの悪戯というのも殆ど間違いないらしい。

 まさか、最初に“育て屋”に来て最初にやることが、酔っ払いの看病とは夢にも思ってなかったぜ……。
 今、レイが病人食を作っている。
 あいつは、本当に献身的だな……。そういう所を、外で遊んでいるラナに見習わせて欲しい。
 病み上がりのコトリを付き合せている辺り、特に。

「ああ~、事情は分かった」
 エースという男は、リインさんの紹介状を流し読みして、リンスさんに渡した。
 俺たちの話を聞いている間も、二日酔いと戦い続けていただけの様な気がする。
 本当に分かったのだろうか……?

「で、俺にどうしろと?」
「あのなぁっ!!」
「口の悪いガキだな。でかい声出すな。頭が割れる」
 もう、エースで十分だろう。
 エースは頭を抑え続ける。
 そのまま割れちまえ。

「だから、何で俺のとこに面倒事を持ち込んだ? そんなもん、リクトに聞け」
「………! リインさんの手紙に書いてなかったのか……?」
「あん? 書いてあったのは異世界がどうのこうのって話だ。まあ、そんなものはどうでもいい」
 どうでもいいのか……? そんな異常事態が。
「ああ~、客の事情はどうでもいい。ただ俺は、報酬ふんだくって適当に問題解決するだけだ」
「ちょっと……ぅ…」
 その“客”の前でとんでもない事を言い出したエースにリンスさんがまだ頭を押さえながら嗜める様な視線を向ける。
 はっきり分かった。
 エースは駄目な大人の典型だ。

「とにかく、リインの手紙はそんだけだ。“その問題”ならリクトに聞け。あいつの方が専門家だ」
 ……リインさん、書けなかったのか……。
 乗り越える気でも、文字としては流石に残せない……か。

「聞きたくても……聞けないんだよ」
「あん?」
「え…?」
 またかよ……。
 この事実を、俺は一体、後どれ位伝えなければいけないって言うんだ……?

「リクトは……もう、いない」

 俺は、はっきりと口に出した。
 何時かは乗り越えないといけない事実。
 この世界に来るまで、乗り越えたと思っていたモノは、伝える事を強要され続けて“そうじゃない”と、認識させられた。

「そ……そん……」
 リンスさんは、頭痛も忘れ、目を見開き固まった。

 しかし―――

「ぶっ……くっくっく……ははははははっ!!」
 そんなリンスさんの声を遮って、エースは笑い始めやがった。

「エッ、エースさん!!」
「何がおかしい……!?」
「あのバカ、とうとう“殺されやがった”か!! ああ~、駄目だ。頭に響く……」
 エースは高笑いを止め、頭痛を思い出して額を叩き始めた。
 顔はまだ、にやけている。
 しかし、そんな事は気にならない。
 俺が考えているのは、今にも割れそうなその頭を“そうしてやる”事だけだ……!

「カイ!?」
「おっと」
「ぐあっ!?」
 ガシャンとビンの音が響く。
 テーブルを乗り越えてエースに殴りかかった俺は、何時の間にか地面を見ていた。
 体は動かない。
 エースが完璧に俺を組み敷いているからだ。
 何だ……こいつ……!

「行儀も悪いガキだな……。流石にリクトに育てられただけはある」
「離しやがれ……!」
「ちょっと、今の何の音!?」
 レイは、台所から駆けてきた。
「いや、お譲ちゃん。いきなりゴキブリが出たもんだから、こいつが驚いて」
「は……はあ……」
 明らかに嘘だろうが、レイはゴキブリの可能性を捨て切れなかったみたいで、あっさり後ずさってこの部屋から離れた。
「リンス。お前はお嬢ちゃん手伝ってやれ」
「……程々にして下さいね」
 エースの露骨な人払いにリンスさんは危うい足取りでレイに着いて行った。
 スズキは動かない。
 ただ、じっと、俺たちを“傍観”しているだけだ。

「カイとか言ったな。こんなんで“最強”を目指す? おいおい、俺が二日酔いじゃない日に来てくれよ。何回笑わせるんだ?」
「………! 離しやがれ」
「おっと、そうだな。そろそろどいてやんないと“可哀想だ”」
「………!!」

 ………?

 エースがどいて、ようやく動ける様になった筈の俺は、“動けなかった”。
 今すぐにも、立ち上がってエースに殴りかかりたいにも拘らず……だ。
 体が……“冷えてる”……?

「まあ、そういうことなら、依頼は受けてやろう。リインの頼み事でもあるしな」
 エースが元の椅子に座ってからようやく、俺は動けた。
 そして、立ち上がって、エースがいる位置とは逆の、出口に向かって歩き出す。

「おいおい、折角俺が直々に受けてやるって言ってるんだぜ? 酒瓶はともかく、病人食の分位働いてやるよ」
「リンスさん、お邪魔しました」
 エースを無視して、台所に向かって呟きながらドアに手をかける。
 スズキはまだ、椅子に座ったままだが、知った事じゃない。
 今すぐ、この酒臭い部屋から外に出てやる。

「そうか。でも、殺されたからって化けて出るなよ?」
「………」
 後ろから聞こえたその声に、俺はドアのノブに手をかけたまま止まった。

「殺される……?」
「ああ」
 エースは、愉快そうに笑う。

「“それ”を何とか出来るのはこの辺りじゃ、ここだけだろうな。そして、治しもせずに“最強”を追ったら普通に殺される。それが、リーダーのやることかねぇ……」
 頭にくる物言いだったが、それは正しい事が分かった。
 この言い方……こいつはもう、俺に起こっている“異常”について把握している。
 そして、その解決策も……

「リクトはもう少しマシだったぞ? ま、俺の退屈凌ぎに付き合え」
「っ……」
 これは挑発だ。
 それは、分かる。
 だが、前半部分だけは聞き逃せなかった。
 リクトのいる世界。
 それは、多分、ここで何とかしなきゃ到達出来ない……!

 だが俺は、こんな奴に、何か教わらなければならないんだろうか……?
 俺にとって最も許せない事を言った奴に。
 でも、自分が自分を把握していないのも事実だ。
 俺じゃ解決できない事も。
 もし、この先“これ”を治さずにいたら何度も俺はぶっ倒れるだろう。
 もし、その時に“奴ら”が目の前にいたら……?
 もし、その時にレイたちもその場にいたら……?
 結果は、見えている。

「解決……出来るのか……?」
 俺は、顔だけは絶対にエースに向けない様に呟いた。
 精一杯の抵抗だ。

「ほう。ただのバカじゃないらしいな」
 エースは一々言葉に挑発を含んでいる。
「ここは“育て屋”。つっても、適合タイプの事があるから育てるのはモンスターじゃなくて、“トレーナー自身”。お前なんかがその典型だ」

 台所から、料理の匂いが漂ってくる。
 そろそろ、レイたちの準備も終わりそうだ。

「解決出来るかどうかはお前次第だ。多分、何日もかかる。悪いが俺は容赦しない。下手すりゃ“ここ”で死ぬ」
 ………?
 その時俺は何か懐かしいものを感じていた。
 どことなく……そこにいるのがリクト様な……気がして……

「“ここ”で死ぬか、“この先”で死ぬか。お前が選ぶのはどっちかだ」

 ガシャガシャと、台所からレイたちが料理を運んでくる。

「………頭冷やして考えてくる」

 俺はドアを開けて外に出た。

「バカが。もう“冷めて”んだろ」

 後ろから聞こえたエースの声は無視した。
 体は本当に冷えている。
 あいつは本当に……把握している……!

~~~~

「お前もよく見ているだけだったな」
「“傍観者”ですから」
「……?」
 俺は、はははとエースさんに笑みを返した。
 エースさんとリンスさんはお粥を食べている。
 微妙に腹減ってきたな……。

「何の話をしていたのよ?」
「いんや、別に。それよりレイ、俺には何か無いのか……?」
「図々しいガキだな」
 その“図々しいガキ”は、レイに頭を殴られた。

「ああ~、問題児が多くて苦労してそうだな、お嬢ちゃん」
 全くです、とでも言いたげに、レイは俺を睨んでいた。

「まあ、あいつを治すのはさっきも言ったが数日かかる。悪いがこの家は五人も泊まれるほど広くねぇ。あのガキを俺に預けてお前らは下山しろ」
 エースさんの目は、窓に向いていた。
 そこからコトリちゃんとラナちゃんは見えないし、声も聞こえない。
 もしかしてこの人、俺たちがこの家に入った時から意識はあったんじゃないか……?

「図々しいついでに、もう一ついいですか?」
 俺は頭を擦りながら、エースさん目を探る様に見た。
 どうも、気になることがある。

「………リンス。お嬢ちゃんと台所で片付けしといてくれ……出来れば、今」
「……分かりました」
 リンスさんは二つ返事に、食べかけのお粥を置いて立ち上がる。
 今はもう、さっきまでの弱りきっていた顔じゃない。
 折角、可愛らしい顔なのに、燐とさせている。
 妻って言うより、秘書みたいな人だ。

「え……あの、まだ残って……」
「エースさんは人を払う時、ああいう言い方をするので……」
「余計な事言ってないで……」
「分かりました」

 どこかエースさんをからかう様な笑みを浮かべて、リンスさんはレイを連れて台所へ向かった。

「いい人ですね……」
「てめぇ……リンスに色目使ったら……」
 俺は手をパタパタと振った。
 面白い夫婦だ。

「まあ、あいつ“ら”がいなかったら俺はとっくに、どっかで野垂れ死んでたろうな」
 “ら”……ね。
 やっぱりこの人……

「さてと、少年。つまらない言葉の裏取りなんかしてないで、本題に入ろうか。その為に人払いしたんだからな」
 ……! 鋭いな……。
 この、人を見る“目”。
 “伝説”のチームは伊達じゃない。

「あの、さっきの会話で気になったことが……」
「ああ~、やっぱりか……」
 エースさんは頭をガシガシ掻いた。

「人払いして正解だったな」
「……じゃあ、早速本題に……」
 この人は俺の疑問をもう察している。
 じゃあ、細かい前置きは要らないだろう。
 カイは気付いてなかったみたいだけど、この人が言った事で、流す訳にはいかないことがある。

「何で、“そう”だと言い切ったんですか……?」
「その前にいいか……?」
 エースさんは、お粥を必要もなく掻き混ぜる。

「あいつに何が起こって“逝った”?」
「カイに聞いた話じゃ、火事です。“殺された”んじゃありません」
「……ほう」
 エースさんは興味深げに喉を鳴らした。

「俺たちの世界で、です」
「怪しいもんだね」
「……!」
 その言葉で、俺は手に汗が滲んだ。

「どういう……」
「昔話は趣味じゃねぇが……まあ、いいだろう」
 ほっと、息を吐く。
 そっちの方か。

「俺たちが旅をしていた時……いや、“最強”と言われる様になってから、の方が正確か。リクトに“ある男”が目を付けた」
 エースさんは天井を指した。いや、“天上”の方か……?

「俺たちの依頼の範囲も広がって、全員が時々バラバラに活動していた頃だ。俺とリクトは組んで、ウィッシュ・ボーンに“伝説”の調査をしていた」
 ウィッシュ・ボーン……ね。
 まだ、行った事の無い地名だ。

「そこに、厄介な男がいきなり現れやがった。そいつはリクトにこう言った『お前を認めよう』ってな」
 エースさんはまだ空を指したままだ。
 そして、もう一本指を立て、“天上”を指した後、その二つをクロスさせる。
 つまりは……交戦……!

「あれは良いものを見させてもらった。全力を出したリクトも凄まじかったが、“あの男”も化け物だ。“最強”チームのリーダーと、“最強”との激突。上空から巨大な鳥の鎖骨に見えたあの場所も、その所為でその名を呼ぶ奴は殆どいなくなる程にな。今じゃ、乖離の地とか、終焉の地とか言われてる。っと、そっちの方は俺らが解散した場所だからか」

 エースさんは、壁にかかっている世界地図を親指で指した。
 北西の大陸に、小さく×マークがついている。
 あそこ……ね。

「ま、結果、リクトは勝ちやがった。ただ、面倒な事に止めを刺さなかった」
「……?」
 俺の怪訝な顔をエースさんは、ふっと笑うだけで返した。
「ガキが……いたんだよ。その男に。俺もリクトに言われて離れて見てたが……その隣に、その戦いを俺以上に食い入るように見ていたガキが」

「……その子供って……」
「ああ。その男のガキだ」
 段々、俺の中で話が繋がってきた。

「そのガキは、飛んでくる岩の破片も避けずにその戦いをずっと……な。飛んできた破片が瞼を掠めて、血が流れても、そこから動きもせずに」
 ……! やっぱりか。
 エースさんの左瞼を掻く仕草。
 レイも、“あの話”を言っていた時に同じ事をしていた。

「あのバカの事だ。そのガキに情が移ったんだろう。倒れたそいつに背を向け、『行こう』とだけ言いやがった。それからだ。リクトが“あの男”に追われる様になったのは」
 なるほどね……。

「リクトはそれから、一人で行動する事が多くなった。大方、出先ごとにあいつと戦ってたんだろう。怪我して帰って来た時、問いただそうとしたリインの奴に思いっきり殴られてたな。それでも、あいつは口を割らなかった」
 『他にも抱えてそうだったが』とエースさんが呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

「俺も口止めされていた事だ。何度止めを刺した方がいいって言った事か……。リクトは『今だけは』とか、訳分かんねぇ事言ってただけだったけどな」
 ……? その言葉の意味は、“俺ですら”分からない。
 どういう意味だ……?

「ただ、あのガキにそんな配慮は要らなかったろうがな」
「………?」
「“あの時”あのガキは……倒れた親父を見もせずに、勝って立ち去るリクトだけを見てやがった。自分の怪我すら眼中に無く、ただ、“より高かった”男だけを。“後から言うのも”どうかと思うが、あのガキは大物になる。そんな空気を持ってやがった」

 ……そして、繋がる。

 現代の“最強”に―――

「そして、いよいよリクトの様子が変わった。俺たちを“あの場所”に集めて、あっさりと、“最強”を創造したチームを解散させて……片手挙げて去って行きやがった。それが、“あの男”を俺たちから遠ざける手段だとでも思ったのか……まあ、それっきりだ。“あの男”の方もそれっきり見ていない」
「……だから……“殺された”って思ったんですか……?」
 エースさんは首を振った。
「いや、“今でも”そう思っている。“あの男”……地の果てでも……いや……“世界を超えて”までもリクトを狙う。そんな目を、倒れた時にしていたからな」
「………」
 カイに聞いた、原因不明の火事。
 そして火事から出た、“たった一人”の焼死体。
 そして、リクトさんを“どこまでも”追ったその男。
 リクトさんの残した言葉の意味の全ては分からないけど、これだけ聞ければ“俺にとって”は、全てが一本道だ。
 疑問はまだある。
 だけど、今はこれで十分だ。

「ちょっと待て」
「………?」
「会話はまだ終わっていない」

 ………!

 エースさんの目は、今までと変わって圧倒的に鋭かった。

「少年。俺がただで何年も黙っていた事を話したと思うか?」
 ………!
 まずいな……
 この人鋭過ぎる。
 さっきから、俺が起している内面の動揺も全て“伝わって”いる……!

「何を知っている……?」
「……!」
 今すぐ会話を止めるべきだ……!

「一体お前は…」
「あの、もう洗う物が……?……」
「おお、働き者だなレイ。お前は本当に胸以外お母さん向きだっ……ぶっ!!」
 一瞬でレイが俺に詰め寄り、思い切り殴りかかる。
 そのままの勢いでビンだらけの床に転ばされた。
 うお……今までで一番痛い……!

「ふん……運も持ってるか……」
「いや……結構不幸なんですけど……」
 体中にビンの痣が出来てそうだ。
 ただ、会話が止んだ分、ラッキーはラッキーか。

「まあいい。少年。お前が何者なのかは、また今度聞こう」
「俺は………“傍観者”ですよ」
「ふんっ、その生き方は辛いぞ?」
「……慣れてますから」
「……?」
 レイが怪訝な顔をする中、俺は何時もの様に、はははと笑った。

「報酬は、これでいいですよね?」
 俺は、テーブルの上に置いた酒瓶を指差した。
 俺たちが買ってきたやつだ。

「……まあ、いいだろう」
「“こんな日”は必要でしょう……?」

 エースさんは、目を細めて言った。

「……ああ~、厄介な“傍観者”いたもんだ」

~~~~

 ……ああ……デジャヴ。

 コトリは木に寄りかかって眠っていた。
 体には、ラナの上着がかかっている。
 病み上がりで登山はきつかったか。
 意地を張らずに“空を飛ぶ”をした方が良かったんじゃないか……?
 まあ、そっちは、別に既視感を覚えない。
 俺が見ているのはこっち。

「ボクは飛べる……ボクは飛べる……」

 ラナは、丘の崖から一番離れた“段差”の上で、何かを呟いていた。
 俺に完全に背を向けている。

 さて、どうするか。
 スズキの発案だったが、あの背中を押すのは、今なら十二分に有りだ。

「ひゃあっ!?」

 俺が一歩踏み出そうとした時、不覚にも小石を蹴ってしまった。
 その音だけで、段差の向こう側に倒れ込んだラナ。
 どうせなら俺がもっと派手なモノを演出したかった……。

「……んん? ラナ……さん……?」
「コトリ、今から何を聞かれても、忘れたって言えよ」
「……あ…カイさん、おはようございます……ぅ…」
 再び目を閉じる。
 コトリはまだ、覚醒してなかった。

「……見た?」
「忘れた」
 俺はクイズを先読みして、結論だけ伝えた。
 そして、コトリの寝ている隣に座り込む。
 必要以上に落ち着いている自分。
 ああ……冷えた頭はさっき激昂した時と、天と地だ。

「……? 何か、元気ないね」
「荷物持ちが堪えたからな」
 隣にラナも座り込んだ。

「それで、お医者さん起きた?」
「ラナ……せめてこの場が何所なのか押さえとけよ……」
 そう言いながら、俺は自嘲気味に笑った。
 “お医者さん”……か。
 ある意味、ラナの言葉も当っている。
 開いたり閉じたりしてみた手は、微妙に鈍い。
 本当に、病人みたいだ。

「ああくそ……強くなりてぇな……」
「………?」
 ラナは首を傾げる。
 コトリは眠っている。
 空は、俺がこんな気分の時には珍しく、青い。

「あのさ、ラナ……俺さ……ここに泊まる事になるかもしれない」
 あの家は、言っちゃ悪いが広くない。
 俺がここに泊まるなら、俺だけを残してこいつらは下山って事になるだろう。

 そして俺の選択肢は、“ここで治す”か、それを無視して“この先で死ぬ”か。
 エースに何かを教わるのは出来れば避けたいが、選ぶべき選択肢は、当然“治す”だ。
 冷静な頭は、ベストな選択肢を示す。
 本当に……悔しい程に。

「そんなに……悪いの?」
「さあな……」
 俺は寝転ぶ様に木に寄りかかった。
「心配してくれんのか……?」
「っ……帰りの荷物持ちはどうするんだよ?」
「そうだな、お前はそういう奴だ……」

 やっぱり空は青い。
 ああ……“最強”を目指す為じゃなくて、ピクニックの為に来たかった……な。

 視野が広い。
 コトリが隣で寝ていて、ラナが隣で膨れている。
 もしこれで、レイとスズキが料理の準備でもしていたら、本当に楽しいだろうな……。
 “最強”なんかを追わず、ただ、皆で遊ぶ。
 本当に……楽しいだろうな。

 でも……

 それは、この“流れ”が許してくれない。

 俺にとって最も許せない事を言ったエース。
 だが、そいつは俺の“異常”を完全に把握してやがる。
 そいつに教わらない限り、俺は……

「くぅ……」
 幸せそうに眠っているコトリの、袖から見える左腕の包帯。

 こんな怪我を生み出した“流れ”に決着を着けなきゃいけない。

「ラナ……全部終わったら……皆でピクニックにでも行こうか。ロッドさんも連れて……」
 リインさんを誘ってみるのもいいかもしれないな……。
 見つかるかどうか分からないけど、グランの奴をあえて誘うのも面白いかもしれない。

「………そう……だね」
 ラナは珍しく俺の言葉を肯定した。
 こいつも、どこか疲れているのかもしれない。

 客観的に考えて、俺たちは強いんだろう。
 この前の依頼で、グランと経験値は分散されたけど、チームのランクは上がった。
 普通に生活を送る分にはもう、十分なんだろう。

 ただ、比べている相手は“最強”。
 だから、俺たちは弱い。

 冷静な俺は、余計な事まで頭から掘り出してくる。

「……じゃあ、とっとと治して」
「……ああ。ありがとう」
「っ……ピクニックの為に、だよ」
「分かってるって……」
 ラナは、また膨れる。

 ああ……このメンバーでピクニック……か。
 自分で言ってなんだけど、魅力的な提案だ……。
 そんな、光景があっさり頭に浮かぶ程に。

 でも、“逃げた先にあるその光景”は誰も心の底から笑ってなかった。

 じゃあ……

「“楽しむ”為に……とっとと治すか」
「……出来るだけ早目にね」
「ああ……」
 俺は立ち上がった。

 エースのヤロウは許せない。
 でも、あいつは“勝つ為に絶対に必要な条件”だ。
 避けて通れない。

 やる……か。

「俺がここにいる間……無茶すんなよ?」
「うるさいよ」
 怒るって事は、自覚はしてるのか。
 本当に、皆成長している。
 俺だけ、“ここ”で止まっている場合じゃない。

「コトリから十分以上目を離すなよ?」
 コトリが寝言で、何かを唸った。
 気のせいかもしれないが、不満そうだ。
「分かった」
「……お前じゃ駄目か……やっぱレイだな」
 ラナが喚く。
 ああ……何時もの俺たちだ。

 守らなきゃ……な。
 コトリやラナだけじゃなく、皆を。

 “浮かんだ光景”を……皆が後悔せずに楽しんでいる姿に変える為に。


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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 キリのいいところ、というのは難しいものです…。
 各話の長さが、全く統一出来ません。
 更新が定期的でないので、出来るだけ多めにしようとしているのが、主な原因だと思います。
 今後の課題が増えていくのを感じているのに、次回の更新も、何時になるか分かりません。

 さて、物語の方は、核心部分に近付いてきています。
 出来るだけ、皆様のご期待に沿えるよう、努力したいと思います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.32 Twilight
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/16 23:28

「おい、ガキ」
「………」
 前を歩く男からの言葉は無視した。

 ここは、“育て屋”から、更に山頂に登る道。
 俺はレイたちと別れて、“異常”を治せる男の後ろをただ歩く。

「お前……俺の事嫌いだよな?」
「ああ」
 その言葉は無視をせず、直に肯定した。
 何かを教わる身としては、あまりに礼儀が無い台詞だったが取り消すつもりはない。

 俺は、エースが嫌いだ。

「ふんっ、それでいい」
「……どういう意味だ?」
 不覚にも聞き返してしまった。
 エースは愉快そうに笑う。
 益々、腹立たしい。

「俺はそこらのインテリとは違うからな。尊敬されなくて結構だ」

 言われるまでも無く、こいつは尊敬出来ない。
 まだ、俺の“異常”を治せる場所には着かないのだろうか……?
 こいつとの会話は出来るだけ少なくしたい。

「教わる相手を尊敬する事に意味が無いとは言っていないぞ」
 エースは山道を歩き続けているのに、全く息切れしていない。
 俺は、朝からの運動で疲労が溜まっているというのに。
 それがまた、腹立たしかった。

「相手を敬うのは、始める為のスイッチみたいなものだ。それをする事で、集中出来る」
 ……!
 前に、リクトも言っていた。
 学校で、授業が始まる時に礼をするのは、授業が始まる事を自覚する為だと。
 それをする事で、休み時間の“だらけ”を授業に引きずらない様に出来る。
 一種の儀式だ。

 こいつは、何を言っている……?
 退屈な山道を歩くのに飽きたのか……?

 それとも……
 こいつは、俺に何かを教えている……?
 そして、やっぱりだ。
 俺を導く様な口調。
 絶対に認めたくないけど……
 エースは、リクトの様に俺に接している。

「そんな事知っている」
 精一杯の皮肉を込めて、俺は強く言った。
 俺が目指しているのはリクトだ。
 こいつなんかじゃない……!

「じゃあ、俺が言いたい事は分かるか……?」
 エースのクイズに、俺は無言を返した。

「俺の事が嫌いでも、目的さえ達成出来ればいい」
 エースは、木々で遮られていない明るい空間で振り返った。

「切り替えろ」
「………!?」

 エースが、止まった丘。
 そこは、さっきの“育て屋”があった場所より広かった。
 そして、何もない。
 何だ……?
 こいつは、ここで俺に何をさせる気だ……?

「さて、ガキ」
「何だよ……?」

 腹立つ俺の呼び方も、訂正する気にもならない。
 それだけ、こいつとの接触が少なくて済む。

「最終確認だ。お前は高威力で攻撃をしようとすると、それが無様にも“止まる”。間違いないか?」
 俺は、そこから見える景色だけを見ていた。
「そして、お前の適合タイプは“上昇”と“停止”」
 俺の様子を全く気にも留めないでエースは続ける。

「……ああ。とっとと治してくれ」
「まだ確認は終わっていない」
 エースは、ゆっくりと、俺から離れていく。
 確認なんかしてないで、とっとと治しやがれ。

「事情は分かったんじゃないのか?」
「ああ~、言ったろ。最終確認だって。もし違ったら、それだけ無駄に俺と面を付き合わせる事になるぞ」
「……嫌だな」
「気が合うな」
「ゴメンだ」

 エースは歩き続ける。
 あの後姿……
 今にも襲いかかりたい位だ。

「そして、最初にレオンの所で計った時は、炎だけだった。間違いないな?」
 俺は頷く。
 ビガードで計った時に氷もあったら、あの4匹は渡されなかったろう。

「まず、お前が自覚すべきは、自分の性質だ」
「……何の話をしている……?」
「焦るな、ガキ」

 エースは、俺との距離が大分離れた所で振り返った。
 紅く染まる空と、エースの金髪が混ざる。
 絵になると言ってもいいんだろうが、俺には全くその気が浮かばない。

「お前の性質……つまり、本来持っていた力は、炎だ」
「……?」
「聞いた事ないか? “メインの適合タイプ”って言葉を」

 それは、ある。
 レイが調べてくれた事だ。
 自分を表す、力。
 他のタイプのモンスターを持っていても、その影響を最も受ける。
 俺の場合、戦闘中に力を上げる“上昇”の筈だった。

「だが、今は氷のランクの方が高い……か」
「……何がおかしい」
 笑うエース。
 始めるつもりがあるのか……? こいつは。

「異常事態だな」
「んな事分かってんだよ。さっさと始めろ」

 エースは尚も笑い続ける。

「まずは自分で考えてみろ。何でそうなっていると思う……?」
「考えた。けど、一晩考えても分からなかったから、こんな所に来る羽目になったんだ……!」
 俺が睨んだエースは、腕を組んで目を瞑った。
 ………?
 そして、体が震え始めている。
 まさかこいつ……
 笑って……

「くくくっ………はははははっ!!」

「何がおかし……!?…」
 とうとう声を上げて笑い始めたエースは、途端、俺を鋭い眼光で睨んだ。

「何だそれは。舐めてるのか?」

 俺は、声も出せない。
 エースの睨みに体中が痺れる。
 こいつは……何なんだ……!?

「一晩“も”考えた? ガキ。そんなもんで強くなれるんなら、誰だって“最強”だ」
「っ……」
「その後、“異常”に備えて動いてみたか? 確かに、急ぐのと焦るのは違う。だが、お前は急いでもいない」

 エースの言葉は、今度は挑発の色も含んでいない。
 こいつが言っているのは……事実だ。

「大方、“今は異常が起こっていない”から後で考えようとか思ってたんだろう? それとも、全力さえ出さなければ、“異常”は起こらないから低出力で戦おう……か? 全力で戦ったとしても、“俺が倒れたら誰かが何とかしてくれる”か? だからお前はバカなんだ。頼るのと信じる事の差も分かってない」
「……!」
 認めるしかない。
 こいつ……本当に……把握してやがる。
 この“異常”だけじゃなく、“俺”を……!

「まずは自分で考えろ。分からなかったら疑問を口に出せ。そして、自分で辿り着け」

 エースはそう言ったきり、そこで俺を睨んでいる。

 こいつの言う通りだ。
 レイには信じて休んでろって言われた。
 けど、“そうする事”を“選んだ”のは俺だ。
 そして、“育て屋”の存在を知って、俺は考える事を止めた。

 ……癪だけど、エースの言う通りにするしかない……のか……?

「まず…………」
「整理して考えてみろ」

 そうだ。
 まずは、この“異常”。
 “何時から”起こっていた……?
 そして、“何時”起こっていた……?

 そもそも、氷の波動が体を駆け巡る様になったのは何時だ……?

 グログラムでグランと、戦った時。
 あの時、イーブイはグレイシアに進化した。

 いや、違う。
 あの時は既に、リングに氷は登録されていた。

 じゃあ、放火魔の時か……?

 いや、氷の波動の影響で、体が冷える様になったのは……

「最初は……ケンタロスと戦った時だ」
「……その時の状態を思い出せ」

 あの時俺は、体中が熱かった。
 待てよ……?
 体中が熱くなると冷える。
 これって……
 グランと戦った時に、気付いた筈の事だ。
 あの時は、氷の波動の所為だったと抽象的に受け取っていた。
 そして、コントロール出来る様になった筈。

「“異常”には必ずスイッチがある。それは時に目に見えるものであったり……目に見えないものであったりする。まずは、原因を理解しろ。話はそれからだ」

 待てよ………
 もしかして、コントロール出来ていない状態は、今も続いているのか……?
 じゃあ……この“異常”の原因は……
 そう、体が冷えるのは、俺に何が起こった時だ……?

「体の……熱を上げた時だ」
「………」

 エースは何も言わない。
 けど、口に出してみて、俺はそれが最もしっくり来た。
 まずは、それが“原因”。

 じゃあ、それが“原因”なら、この“異常”の正体は何だ……?
 そうか……
 そこで、最初の話に戻る。
 ケンタロスと戦った時、体が熱くて焼けそうだった。
 放火魔の時も、そうだ。
 そして、グランと戦った時、俺は打撲だらけで、今にも体を冷やしたいと思ってた……

「“俺が”体を冷やす事を望んでいた……?」
「本能的に……な」

 俺の言葉にエースが付け足した。

「そこまで辿り着いたなら十分だろう。最初は、自分の炎の波動を制御出来なくて……今にも焼けそうな自分を守る為に、氷を“生み出した”。上がったら下げる。生物は本能的に考える。それが、“癖”になっているのが、その“異常”だ」

 ………!
 “癖”。
 そうだ……俺は、ダブル・ドライブになってから……

「手に入れた力をはしゃいで使って、自分の体に“上がったら下げる”のが当然の事と態々教えていたんだろう。ダブル・ドライブを何か勘違いしているな。確かに戦闘は有利になる。だが、それがそのまま強いって事にはならない」

 そうだ……
 俺は、どこかあの技に頼りきりになっていた。
 自分の中で、最強の決め技と決め付けて、それでいて、なんでもない依頼の時にも、積極的に使っていた……!

「現にお前は、本当に強いシングルの奴に勝てたか……? シングルの奴は相性には弱いが、迷いがない。ダブルの奴は、自分のメインを自覚してないと、どっち着かずになる」

 グランにフェイル。
 あいつらはシングルだ。
 そして、“遠い”―――

「もう一度言う。お前のメインの適合タイプは炎だ。氷は、その仮定で生まれた副産物に過ぎない」
 その言葉は、今度は確り理解出来た。
 俺のメインは、炎だ。

「それを自覚しているダブルは厄介だぞ……? 最も強い適合タイプを軸に、戦術を組み立てる。そして、他のタイプでそれを修正する。それが、ダブルの本当の強みだ」

 俺は、思わずボールを見る。
 確かに今まで、グレイシアとの組み合わせで戦術を練っていた。
 本当は……“逆”の筈だったのに……!

「誰しも、メインの適合タイプってもんはある。まあ、一人“例外”はいたがな」
 エースは珍しく、遠くを見る様に視線を泳がせた。

「さて、そろそろ、お前の本当の“異常”が分かったんじゃないか?」
「……! そうだ。何で……」
「そう、何故“副産物”の方が強いのか……だ」

 俺の“異常”。
 それは、体を襲う激痛でもなく、体が冷えることでもなく、炎のBに対しての氷のAランク。
 目に見えていた“原因”は……これだ。

「そして、俺が当たりを付けたその理由。それは……」
「………?」

 エースは態々、嘲る様な目を俺に向けた。

「お前の遠距離攻撃のセンスがゼロだからだ」

「………は?」
 エースの言った事が途端理解出来なくなった。
 何だよ……センスがゼロって。

「“判定機”の仕組みも説明するのは面倒だから、簡単に言うぞ? 勘違いしている奴もいるが、“判定機”は“体を流れた経験がある波動”を計るんじゃなく、“体から出た事のある波動”を計るんだ。まあ、普通は、中と外に差が殆どないからそれで十分なんだがな」

 エースは本当に面倒臭そうに話す。

 段々、適合の事が理解出来てきたぞ……
 ロッドさんが言っていた。“突破”適合者は力の使い方が旨いって。
 つまり、“中”と“外”に差がないのが、“突破”って事だ。

「お前の波動は極度に分散し易い性質だ。これは“外”の話だな。だから、遠くの相手に届けるには、その分“中”で威力を上げないと、“外”の敵に攻撃出来ない」
「………」
「それに、“中”の波動の量に比べて、出口が狭過ぎる。だから、センスがゼロなんだよ。自分の“中”で燃える様に威力を上げても、“外”の敵は暖かいとしか思わない位、センスがゼロだ」

 センスがゼロと繰り返すエースには腹が立ったけど、言われて見て、そんな様な気がする。
 俺は何時も、決めるつもりの時は思わず、接近戦を考えていた。

「そして、無駄に上げ過ぎた熱を氷が“止める”。お前みたいに極端な奴は初めて見たぜ」

 エースは面白そうに笑った後、欠伸をする。
 そして、2本指を立てた。

「お前が選ぶべきなのは、二つだ。一つは、分散させないで効率よく相手に届ける。これで無駄に体の熱を上げずに済むだろう。もう一つは出口を押し広げる。氷の制御や、自分の限界さえも破って、上がった熱を“外”に出す。どっちもだが、特に二つ目の方は、相当きついぞ?」

 目が、お前に出来るかな? と言っている。
 上等だ。
 だったら、その目を別の色に変えてやる。

「三つ目だ」
「ああ~、リクトに育てられたってのはホントみたいだな。だが、あいつは“遠い”ぞ?」
「……! 分かってるさ」
 エースは驚かず、ただ、頭をガシガシ掻いた。
 俺の選んだ三つ目の選択肢を、こいつはもう理解している……!

「だが、まずは一つずつだ。バカは同時にやろうとするから失敗する」

 三つ目の選択肢。
 それは、“最強”と戦う為に、“両方”兼ね備える事。
 それが出来なきゃ、俺はまた壁にぶつかる……。
 ここでの目的は、これから先、“止まらない様”にする事だ……!

「と、言っても……」
「………!?」

 エースは、腰からボールを取り出した。
 持っている事は分かっていたが、取り出す……って事は……

「お前のメインの適合タイプは、戦闘中に力を上げる“上昇”。どっちの方を先にやるにしても、やり方は大して変わらない。壁をぶち破る方法はな」

 ………!
 間違いない。
 こいつは………始めようとしている……!
 俺の力を“上げる”……戦闘を……!

「もう一度聞く。ガキ、俺の事嫌いだろ?」
「………ああ」
 今度は、何故か躊躇って答えていた。

「そして、もう一度言う。俺は容赦しない」

 体中が、痺れる様な感覚。
 何で失念していた……?
 この男は、“伝説”だった。

「よりによって、遠距離攻撃のセンスがゼロの奴が俺の相手とは……」
 エースは何かを呟いた。
 だが、そんな事はどうでもいい。
 やる前から分かる。
 この男の……エースの“伝説”は……

 まだ紡がれている―――

「先に言っておこう。この戦いにルールは無い。何をしてもいい。お前はただ、俺を殺す事だけ考えてろ。俺もそうするんだからな。何だったら逃げてもいいぞ」

 こいつ……俺を殺す気だ……!
 俺は直に、ボールを取り出す。
 手は、初めてボールを持った時みたいにおぼつかない。

「さあ、“ここで死ぬ”か……“先で死ぬ”か……選べ」
「っ……!」

 また、その選択肢。
 だが、もう決めたんだ。
 やるしかねぇ……!!

「ふんっ、始めるぞ。お前を……殺す」

 俺は、必要以上にボールを強く握った。


~~~~


「まさか、カイが修行中に、お使い頼まれるとはな……」
「そうね」
「ま、リインさんの所に戻るってのもアリだろ? テンション上げていこうぜ? ラナちゃん会うのは初めてだよね? “伝説”のチームのメンバーは出来るだけ多く会った方がいいって」
「うん」
「………」
 相変わらず、微妙な空気だな。

 俺たちは山を降りて、今まで来た道を逆走していた。
 今いるのは、バスも出ていない細々とした町の周辺だと思うけど……
 この辺りの町は一々覚えていられない。

 昼に山登った割に、レイが珍しく行動している。
 バスが出て無くても、歩くって選択肢を選べるとは……随分俺たちも逞しくなったもんだ。

 逆走の理由は、エースさんにお使いを頼まれたからだ。
 何でもリインさんに渡して欲しい手紙があるらしい。
 それも、“確実に”届けて欲しいそうだ。

 まあ、郵便配達まがいの事を俺らがするのは別にいい。
 カイの治療の報酬の一部だと思えばいいし、何より俺にとって鋭過ぎるあの人の傍から離れられるのは万々歳だ。

 ただ……

「コトリちゃん、体大丈夫?」
「あ……はい」

 またも、途切れる会話。
 ああ……辛い。

 このメンバーはそもそも、カイが中心で集まったようなもんだ。
 いや、俺たちが幼馴染になったのも、カイがいたからの様なものだった。

 学校の時間だっていうのに、何時もそこにいる奴がどこか俺に近い気がして、度々様子を見に通っていた空き地。
 そして、何時の間にか増えていた女の子。
 思わず足を止めてしまった時、カイが俺に声をかけてくれた。
 それが……始まり。

 その、“核”とも言える存在が、途端にいなくなった。
 そりゃ会話も途切れるか。

「あれ……?」
「おっ」
 コトリちゃんが、目の前の紫色の球体を認めて足を止める。
 ああ……こういう道に野生が現れるのは珍しいな。

「何か……可愛いですね……?」
「ああ、コトリちゃん。捕まえてごらん。飛行タイプだから」
「あ……はい!」
 コトリちゃんがそいつに駆け寄る。
 会話が途切れている今、何かが起こったのはラッキーだ。

「ねえ……スズキ、あれって……」
「まあ、こんな空気の時は、積極的に何かした方がいいって」
「……」
 レイは、気まずそうに口を尖らせた。
 当然こいつもこの空気の原因は分かっていたか。
 おいおい、確りしてくれよ?
 カイがいない今、このメンバーまとめられるのはお前位なんだから。

「やっぱ今日はもうどこかで休もう。皆様子変だし、日も沈みかけてる」
「……そうね」

 今日進むのは、もう無理だろう。
 全員、どこか自分たちの仕事が終われば、カイの修行も終わるって勘違いしている。
 切り替えは必要だ。
 一晩置いて、カイがいないことを自覚しなくちゃいけない。

 コトリちゃんがあのモンスターを捕まえたら、それを切欠に休んだ方がいいな。
 ……つっても、町とか何所にあるんだ……?

「なあ、レイ。この辺りに町は……?」
「だから、この辺りはガイドブックに載って無いって、何度も言ったでしょ?」
 ああ、そうだった。
 だから俺たちは“魔女の出身地”を探す為に、方々駆けずり回ったんだったな。

「大した事ないな。ガイドブック」
「だから、そういう事を言ったら……はあ…」

 レイは、今度は殴りかかって来なかった。
 ちらほら、コトリちゃんの様子を見ている。

「大丈夫だって。相手は野生だし」
「そういうことじゃなくて……」

 まあ、言いたい事は分かる。
 コトリちゃんが戦っているあの愛嬌のあるモンスターは、ウチの女性メンバーの天敵も併せ持っている。
 そういや、今日って金曜日なのかな……?

「はあっ、はあっ、捕まえました!」
「うん、コトリちゃん、おめでとう」
「……? あれ、レイさん、何で後ずさるんですか……?」
「コトリ……その子が何なのか知らないのね……」

 コトリちゃんの横をふわふわ浮いているのは、フワンテ。
 立派なゴーストタイプだったりする。

「……?」

 コトリちゃんは知らないみたいで、首を傾げるだけ。
 まあ、追々教えてあげよう。

 それにしても、何でこんな所に……?

 空はもう、紅く染まっている。
 時間帯的には“出る”んだろうけど、“この場所”も関係あるのか……?

「あれ? ラナさんは何所に……?」
「あれ……?」

 何時の間にかラナちゃんがいなかった。
 変だな……さっきまでそこにいたと……

「ん? フワンテが……」
 フワンテがふわふわ漂って飛んで行く。
 “親”であるトレーナーを離れて、何かに“惹かれる”様に……
 それは、ゆっくりと、丘の向こうへ進んでいく。

「……? あっ、ラナさん!」

 フワンテを追った俺たちは、直にラナちゃんを見つけた。
 俺たちに背を向け、ただ佇んでいる。

「ラナ、離れる時は……」
「あれ」

 ラナちゃんも、何かに“惹かれる”様に、ある場所を指差した。

「……! ここにも町があったのね……。でも……何か……」
「え……ええ……」

 そこは、どこか寂れた空気のある町だった。
 ウエスタンタイプって言った方が、一番ここを表せるだろうか……?
 紅い空をそのまま内包した様な……

 そして、レイが引くのも無理がなかった。
 その寂れ具合が何とも“出そう”な雰囲気だ。
 何より、こんなに町に接近していた俺たちが全く気付かなかった事は、不気味としか表現できない。

 町の入り口に、ボロボロの木製ネームプレートが立っている。
 ゴーストタウンとでも書いてあったら、レイは直にでも回れ右をするだろう。
 実際、誰もいない様にしか見えない。

 ただ、町の名前はそれとは違った。

「よし、今日はここに泊まろう」
「正気!?」

 レイが大声を上げた。
 声が町に反響して、町の廃れ具合を助長させる。

「正気正気。ほら、さっき休むって言ったろ?」
「え………本当に? で……でも……」

 さっきまで町を見ていたラナちゃんも、震えている。
 怖いだろうが、ここに泊まるのはある意味正解だ。
 賑わった町より、こういう町の方が逆に話題が尽きない。
 散策してみるのも面白そうだ。
 いや……何か、俺自身が楽しめそうだしな。

「……! 戻って下さい……」
 コトリちゃんが、尚も進もうとしたフワンテをボールに戻す。
 やっぱり、フワンテはこの町に惹かれていたみたいだ。

「よし、じゃあ、今日は夜に怖い話で盛り上がろう。やっべ、何の話しようかな……?」
 レイが思いっきり拳を握り締めている。
 ああ、やっぱりこの町にいた方が、盛り上がりそうだ。

「スズキ……あんたそれをやったら、外に放り出すわよ……?」
「そ……そうだよ……。朝起きて、その怖い話通りに誰かが消えていたら……」
「そっ、そんな事が起こるんですか!?」
「え? それを超える話をしなきゃいけないのか……。やべーな……ハードル上げないでよ。……そうだな。無くなった中指を捜す手首の話とか……いだっ!?」
 今度こそ、俺はレイに殴られた。
 まあ、少しは空気が戻った分、安いもんか。

「でも、本当にもう直ぐ日は沈むぞ? いいのかな? 夜道を歩く事になっても……」
「ま、まあ、静かにしてれば何も起きないでしょ」
 レイは覚悟を決めたのか、ずんずんと町の中に入っていく。
 ぱっと見、ギルドが在るかどうかさえ怪しいって事までには、気が回ってないみたいだ。
 面白そうだし黙ってるか。
 建物があれば夜露は凌げるし……俺にとってはそっちの方が楽しいし。

 もう直ぐ、日が暮れる。
 それなのに、その町は何故か、何時までも薄暗い紅さを留めている様な気がした。
 まあ、それがこの町の名の由来なのかもしれない。

 直訳で、夕暮れの町。

 ―――トワイライト・タウン。

 さて、“主人公”がいない今、ここでは何が“見れる”かな……?



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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 本当は、もう少し進めて更新しようと思っていたのですが、今日が金曜日だったので、思わず投稿してしまいました。
 今後の修正等で、うやむやになるとは思いますが、その辺りはご了承下さい。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…

(注・やはり、修正でうやむやになってしまいました)



[3371] Part.33 Witch
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/16 23:31

 今、俺に何が起こった……?

 見えるのは紅い空。
 そして、隣で同じ様に痙攣しているグレイシア。

 そうだ。
 俺はこいつで“奴”からの攻撃を防いだんだ。

 ………?
 防いだ……?

 じゃあ、俺は何で倒れているんだ……?

 そうだ。
 防いだんじゃない。
 防ぎきれなかったんだ。

 “あいつ”の照準が俺に合ったと思った瞬間、俺は直に防御だけを考えた。
 そうやって、“守った”にも係わらず、俺は倒れている。

 こういう経験は何度もある。
 けど、今回は少し違う。

 攻撃の威力で吹っ飛ばされたんじゃない。
 攻撃で……貫かれた……?

「さっさと立て。殺すとは言ったが、ただ殺しただけじゃ退屈凌ぎにもならない」

 そいつの……エースの言葉に俺はゆっくりと立ち上がった。
 体は痺れている。

「威力は落としてやったんだ。“守る”越しに受けて、丁度“そう”なるようにな」

 エースの足元には、繰り出されたサンダースがいる。
 こいつは……何をした……?

「ふんっ、雷の適合者と戦うのは初めてか? 次は殺すぞ……?」
「いか……ずち……?」

 そこで、ようやく俺の頭は回り始めた。
 そうか。
 今のは電撃だ。
 サンダースは電気タイプ。
 そこまで考えるのも、こんなに時間がかかる衝撃。
 それが、俺を襲ったんだ。
 これを認識するだけで、こんなに時間がかかるなんて……

「電気……って、冗談じゃねぇぞ……」
 確か人間……いや、生物って、電気に極端に弱いんじゃなかったか……?
 しかも、通電する。

「“守る”じゃ、防げないって事か……?」
 ちらりとグレイシアを見る。
 こいつも麻痺している。
 電気に当れば、当然こうなっちまう……!

「お前は何所までバカなんだ? “電気”がそんな遠くまで届く訳ないだろう……?」
「……?」
 エースの言葉に耳を傾けながらも、俺は何度も手を開いたり閉じたりしていた。
 もしかしてこいつ、俺の痺れが引くのを待っているのか……?

「態々説明するのも面倒だが……電気って言うのはそれ単体で遠くまで届くように出来ていない」
 エースは、サンダースに目を向ける。
 こいつの適合タイプ。
 間違いなく、“雷”だ。

「飛ばしているのは、波動だ」

 エースの眼光は俺を射抜く。
 それだけで、俺は動けなくなる。
 まるでそれそのものが、攻撃であるかの様に……。

「雷の適合者だけじゃない。他の適合者もだ。その適合タイプの波動を、モンスターに送る。そして、モンスターは時に大きさや効力を変え……相手に届ける。そのタイプの、“本物”に酷似した波動を、な」

 若干冷え始めた頭は、エースの話を理解し始めた。

 本物の“それ”とは違う。
 ただ、それに酷似した“波動”が、モンスターの技の正体。
 その波動の種類が、モンスターのタイプって存在だ。

「ただ、飛ばしたのが“波動”とは言え、当然相手に届くまでに失速する。お前の問題の一つは、それが著しい事だ」

 つまり、俺を射抜いたのはエースの雷の“波動”。
 俺の場合、その、“外”に出す波動が極度に分散し易い性質って事か……。

「例外はあるけどな」
「……!」

 サンダースの体の回りに、雷の波動が迸る。
 再開か……!

「本物と違い、“外”で、むしろ分散しない。出した波動が、殆どそのままの威力で相手に到達する。そんな適合タイプが今、お前の目の前にいる」
「……!」

 減速しない遠距離攻撃。
 初速と終速に差が無い存在―――

 前に、野球部の奴らが話していた。
 ノビのある球って言うのは、気付いた時にはミットに収まっているっていう事を。

 エースは、“ミット”に向けて、笑う。

「それが、俺の適合タイプ。こと、遠距離攻撃において最も効率よく、相手に“伝える”力……」
「っ!!」
 俺はグレイシアを戻して直に走り出した。
 あいつの攻撃は、“放たれる前に回避”しなくちゃいけない。
 さっきの、“気付いた時には貫かれる”状態を避ける為に……

「“伝達”」
「っ……!!」

 サンダースの攻撃は、俺の足元を削った。
 かなり余裕を見て照準から逸れた筈なのに、かつてのグランのQuick raidよりも遥かに近い。
 これが……“伝達”……!

「くっ……!!」
 グランの時と同じ様に俺は走り回る。
 そして、エースの奴は一歩も動かず、ただ、そこでサンダースに指示を出しているだけだ。
 いや、動く必要がないんだ。
 あいつはどの地点にいても、俺に衰える事のない威力の技を繰り出せるのだから……!

「もう分かっていると思うが、守りきれなかったのは俺の攻撃が電気だったからじゃない」
 分かってるさ……“そういう事”だって事は……!

「ランクの差。お前が、全力を注いで“守る”波動を迸らせたエネルギーより、俺がここで欠伸をしながら撃ち出す力の方が強いって事だ」
「……!」

 戦闘において一番厄介なのは、相性でもなく、経験でもなく、ランクの差だ。
 ランクの差の前には、特性も相性も多少は影響があるとは言え、凌駕される事がある。
 俺がグランに……“炎”が“鋼”に勝てなかったのもそれが原因の一つだ。
 そして、今の相手……雷じゃ、炎も氷も相性はイーブン……。
 “伝説”とのランクの差がモロに出る。

 さて、どうするか……

 ……!?

 待て、何で俺はこんなに落ち着いているんだ……?
「……!」
 体が……冷えてる……!?

「早速、“癖”が始まったか」

 全力で走っているのにも拘らず、体は冷え続ける。
 いや、体を熱くはしているんだ。
 それが、ある一点を超えると、“壁”にぶつかって弾き返される。

 そうか……俺は、体の熱を少しだけ“上げて”炎を、更に引き上げ、その反動で“下げて”氷を使用していた。
 だから、俺が全力を出すと、どうしても氷の波動が体中を駆け巡る―――

「何時まで走り続けるつもりだ?」
「……!」

 エースの攻撃が、更に俺に近付いた。
 あの時のグランの攻撃と同じだ。
 エースも俺の動きを予測してきている。
 だったら、攻撃に移らないと……!
 俺はボールを取り出した。

「ワカシャモッ!! 火炎放射!!」
「“そこか”」
 エースが不適に笑う。

「……!?」
 ワカシャモの放った炎。
 それは真っ直ぐにエースに飛ぶ。
 という事は……

「っ!! リザードンッ!!」
 俺は一気に、ワカシャモを連れて空を飛んだ。
 その直後、足元の炎が、四散する。
 通過して行ったのは雷の波動だ。
 あの攻撃は、エースに俺までへの道標を教えているに過ぎないって事か……!

「随分、冷静じゃないか。もっとバカだと思っていたんだがな……」
 エースは攻撃を回避されても、余裕の表情を浮かべている。

 だが俺は、そんなエースの挑発さえも聞き流す事が出来た。
 体中が冷えて、冷静になるこの状態。
 視野も広がって、エースの姿、そして、足元のサンダースまでも、確り見える。
 この……“俺の全力”なら、“伝説”相手にだって……

 ―――違う……

「……っ!!」
 久々に……頭の中で響いた、俺を“否定”する声。
 それと同時に、サンダースの攻撃がリザードンを掠めた。
 それだけで、リザードンの飛行スピードが極端に落ちる。
 ワカシャモも……そして俺の体も……痺れている……!?

「“電磁波”。俺が出来るのが“電気ショック”だけだと思ってんのか……?」
「……!! 離れるぞ……!」

 もっと奴から離れないと危険だ。
 俺は更に上空に飛ぶ。

 俺はリザードンの負担を少しでも減らす為に、直にワカシャモをボールに戻した。
 リザードンは麻痺状態にされたって事か。
 伝わる力、“伝達”。
 掠る事すら許さない―――

「電気ショック」
「くっ!!」

 リザードンの飛行進路を強引に変え、何とか攻撃を回避する。
 この距離でギリギリ回避できる程度かよ……!

 そして、さっきからサンダースがやっていた技。
 低威力の電気ショックだってのか……!

「ガキ。そうやって飛んでるだけなら誰にだって出来んだぞ……?」

 そうだ。
 攻撃に移らないとまずい。
 どうする……!?
 遥か下に見えるあいつは、やはり一歩も動いていない。
 究極の遠距離攻撃。
 少しでも油断すれば、掠る事すら許されない電撃が、俺を容赦なく襲う。
 今すぐにでもあいつを戦闘不能にしないといけないってのに……

 エースに隙がねぇ……!!

 ―――違う……

「サンダース……」
「―――!?」
 サンダースが今まで以上に威力を“貯め”る。
 “来る”って事か……“高威力”の攻撃が……!

「とっとと降りて来い」
「!!?」
 サンダースの放った攻撃が、俺とは見当外れの、更に上空に飛ぶ。
 いや、空中で……留まっている……!?

「俺が無駄な攻撃をする訳が無いだろう……?」
 エースの言う通り、今まで俺が回避したと思っていた波動が、全て“そこ”でスパークしていた。
 俺の、真上。
 それは、移動しても俺の上から離れない。
 意味するのは……

 ある自然現象の発生―――

 今しかない……!
「リザードン!!」
 俺は、“その前”に急いでエースの真上に移動した。
 “落ちてから”じゃ、絶対に間に合わない……!

「いくぞ……」

 その言葉を聞く前に、俺はエースに突っ込んだ。
「高く飛び過ぎたな……」
 エースの言う通り、俺と奴の間の距離はかなりある。
 俺が計った安全な距離が。
 でも、飛んでいたって何時かは打ち抜かれるだろう。
 攻撃に移るには、遠距離攻撃という奴の舞台に乗っている訳にはいかない。

 だから、今。
 あいつが高威力の攻撃をしようとしている今。
 隙が無いなら、隙を作ればいい。
 誰にでも出来る、攻撃直後の隙を狙う―――

 重力に従って、一気にエースを目指す。
 距離はまだある。
 だけど、急がないといけない……!

 あいつは言っていた。
 俺は、遠距離攻撃のセンスがゼロだって。
 それは認めよう。
 俺が今狙っているのは近距離戦なんだからな……!

 ゴゴゴッ

 上空で鳴る、例の音。
 問題は、あれが決まる前に、俺があいつの所に到達出来るかだ。
 当れば、“死”は免れない。

 背中からのプレッシャー。
 だけど、そんなものを気にしている場合じゃない。
 俺が見るのはサンダースだけでいい。
 あいつを倒せれば、“あれ”は止まる。

 一撃で倒さなくちゃいけない……。
 ワカシャモもリザードンも、そして、グレイシアも麻痺している。
 そして、近距離戦なら……こいつだ……!!
 俺はボールを掴んだ。

「間に合うかな……?」
 エースの嘲る様な声が聞こえる。
 もしかしたら、とっくに“落とせる”状態なのかもしれない。
 あいつは、ただ、遊んでいるだけなのかもしれない。

 だけど、気にするな……
 そんな“音”の到達スピードを遥かに超えるモノが到達する前に―――
 エースを倒す……!

 一秒さえも、長く感じるこの感覚。
 これは、俺の全力じゃない。
 あくまで“中”の全力に過ぎない。
 俺の“外”の全力は……炎だ……!

「モウカザル!!」
 リザードンの背に繰り出したモウカザルは、まだサンダースに飛び掛からせない。
 一撃で倒すには……
 “上がる”しかねぇ……!!

 パアッ

 ―――!?

 モウカザルが“上がった”瞬間に、体の熱が一気に引き下がる。
 そして……“見えた”。
 俺の中の、“氷の壁”。
 あれが……俺の“上昇”を“停止”させているのか……!

 エースが腕を上げる。
 俺の体が冷めたままで……タイムアップ……!?

 来る―――

 この……“氷の壁”に“停止”させられたままで……?
 冗談じゃねぇ……!!

「邪魔……すんなぁっ!!」
「!!」

 ピシッ

 何かが割れる音が俺の中で響く。
 勝つ為の条件……“氷の壁”に……
 亀裂が入った……!

「ゴウカザル!! フレアドライブ!!」
 進化したゴウカザルが炎の波動を纏い、サンダースに飛び込む。
 攻撃が……届く……!
 使え……!?……

 エースが、腕を振り下ろした。

「雷」
「―――!!?」

 目も眩む閃光。
 それが、一瞬で俺を素通りしてゴウカザルに届く―――

「!!?」
 いや、ゴウカザルさえも超えて……
 攻撃を受けたサンダースに当った……!?
 ゴウカザルのフレアドライブと雷を同時に……?

「蓄電」
「!!?」

 サンダースは、雷を受けた瞬間、途端動き出し、スパークを続ける。
 見ただけで分かる。
 サンダースが……回復している!?

 そして、その照準は、真っ直ぐ俺に向いている……!

「っ!?」
 まずい……!
 避け……

 ……!?

 俺の体の例の反応で動かなくなっていた。
 最悪だ………

「まあまあだったな」

 その声が聞こえた瞬間、サンダースが輝いた―――


~~~~


「ほんっとうにここ、人いるんでしょうね?」
「さあ、俺に聞かれても」
 私は思いっきり“睨んだ”。

 周りを見ても、相変わらず“寂れている”としか表現出来ない町並み。
 そして、トワイライト・タウンの名の通り、薄暗く紅い色は、何時までも夕暮れがそこにある様に、町を彩っていた。

 更に、何所をどう探しても、特徴的な大きな建物は無い。
 という事は、ギルドはないのかもしれない。

「レイちゃーん。いいじゃないか。こんな、どう考えても誰もいなさそうな町、日本じゃお目にかかれないだろ?」
 あるにはあるだろうけど、一々訂正する気にもなれない。
 スズキは何でこう妙な事が起こるとテンションが上がるのだろうか……?
 カイがいないって言うのに、何時もの様に笑っているだけだ。

「薄暗い紅が彩る町。廃墟の様な建物が並ぶ空間。時間帯も申し分ない。ミステリーの醍醐味だと思わないか?」
 ちっとも思わない。
 そして、私たちはそんなミステリーを求めていない。
 どう考えてもホラーだ。

「まあ、誰もいないなら建物の中に勝手に入らさせてもらおうぜ? どうせこんな時間じゃ別の町に行くのは無理だって」
「スズキ……あんたこういうこと予測していたって事はないわよね?」
 スズキはノンノンと指を振る。

「そっちの方が事が面白く運ぶと思っていただけだけど?」
 私はまた、スズキを“睨んだ”。

「朝起きて、誰かがいなくなっている……そして、残された理解不能な怪しいメッセージ……。そこで知る。この町は呪われていた事を……」
「いたっ、痛いです……!!」
「レイさんっ!! 痛い痛いっ!!」
「あっ、ゴメン」
 思いっきり手を握り締めてしまった。
 私の両手は今、繋がれて塞がっている。
 両手にコトリとラナ。
 そして、それ以外の理由の汗が手にべっとりと付いていた。

 私の両手が塞がっているのをいい事に、スズキは挑発し放題。
 もう少し近付いてくれれば、蹴れるのに……
 それでも、手を離す気にならない。
 私たちにとって、この町は相性が悪すぎる……!

 スズキは、名探偵でも気取っているかの様に話を続ける。

「そして、名探偵は考える。この事態の根源を……この町の呪いを……。まあ、犯人探しは任せたぜ? 俺はそこにはいないから」
「ええっ!? いなくなるのってスズキ君なの!?」
「ラナ、スズキの言う事を真面目に聞いちゃ駄目」
「レイさんっ、痛いです!!」
「あっ、ゴメン」

 ああ……私たち何してるんだろ……?
 この町に着いたっきり、彷徨っているだけだ。
 カイは今頃……何してるのかしらね……?

「レイさん……取り敢えず、どこかに入らないと……」
「うーん……」

 ラナが言う事も最もだ。
 何より何が出るか分からないこの町をこれ以上彷徨う気は湧かない。
 だけど、どう見ても建物は住宅。
 無人かもしれないとは言え、無断に入って泊まるのは……もう、無いとしか言えない。

「でも、本当に人っていないんですか……?」
「……? コトリ……?」
「さっきから……誰かに見られている様な……いたっ、痛いです!!」
 コトリの震える手を、私は思いっきり握りつぶしていた。
 コトリの言う事……実は私もさっきから“視線”を感じていた。
 絶対に気にしない様にしていても、“それ”はずっと付き纏っている。

「コトリちゃんも気付いたって事は……」
「スズキも気付いてたの……?」
「ああ」
 スズキは当然の様に笑う。
 こいつは……

「……だから、例えば……」
 スズキが意味ありげに、私たちを見た。
 何よ……?

「例えば、今、レイたちの後ろに……」
「っ!!」
 今度は私の手がいち早く握られた。
 結構痛い……!
 気にしちゃ駄目よ二人とも。
 スズキはこういう……

「……?」
 スズキが、何時まで経っても私たちの方を見ている。
 いや、私たちの後ろ……を?

 う……嘘でしょ……!?

「ス……スズキ?」
「え……あの、嘘ですよね……?」
 私たちの声は、がたがたと震えていた。
 ラナは強く目を閉じている。

 私たちの視線を受けて、スズキは困った様に頬をかいた。

「いや何か俺としては、振り返ってくれた方がショックは少ないと思ったんだけど……まあ、いいや。こんにちは」
「ふふふ……ごきげんよう」

「っ―――!!」

 振り替えた瞬間、私は大声を張り上げた。

・・・・・・

「驚かせるつもりは無かったんだけど……ごめんなさい……」
「いえ、大声出してすみませんでした……その……びっくりして」
「びっくりしたら、俺を殴るのか……? 二人と手を離した瞬間襲い掛かりやがって……!」
 スズキは壁に寄りかかりながら頭を擦っていた。

 私たちは、さっきの女性(アリスさんというそうだ)の家にお邪魔していた。
 家の中は、言い方は悪いかもしれないけど、町同様寂れている。
 と言うか物がない。
 テーブルに、椅子が二つ。そして、奥に見えるベッド位だ。
 そして、アリスさんの服装も、黒がベースの簡素なワンピース。
 リインさん位の歳かもしれないけど、その服装は、“この町”にもよく似合っていた。

 どこか眠そうな表情を私たちに向けているアリスさんだけが、椅子に座っている。
 そして何故だろう……?
 彼女を何所かで見たような気がするのは……。

「この町に旅の人が来るのは珍しいの……。皆基本的に家の中に居るし……」
 声も消え入りそうに小さい。
 アリスさんは、ブロンドの長い髪をたくし上げながらカーテンを開けた。

「この町……何時でも妙な霧が発生していて、光が何故か薄暗い紅に変わる。その所為か、殆どの人が気付かずに素通りする。だから、静かに暮らすには申し分ない。ただ、余生をゆっくりと送る……」
「………?」
 どこか自虐めいたその言葉は、私の中にゆっくり入ってくる。
 そして、アリスさんの持つ空気。
 これは……“彼女”に似ている……

「終焉の……夕暮れの町、トワイライト・タウン」

 ペルセ……だ。
 アリスさんは、どこか雰囲気が暗い。
 だけど、本質。
 この人の仕草や気質がペルセにそっくりだ……。

「だから、ここにはギルドはないの……。来るのはこの霧に惹かれた、モンスター位。害も無く、ただ、通り過ぎるだけ。ここは“隠す”のにもピッタリ。“あんな噂”が立っても、ここでは静かに時間が過ぎる……」

「“噂”……?」
 コトリが、アリスさんの雰囲気に呑まれながらも声を出す。
 だけど、私はその“噂”の正体にうすうす感づいていた。

「“魔女の出身地”……ですか……?」
 コトリが、どこか慎重に声を出す。
 私たちが考えうる、唯一の“噂”。
 それは、“魔女の出身地”だ―――

「せいかーい……」
 アリスさんは、ふっと笑う。
「……!!」

 ゾワッと背筋を何かが通った。
 途端に全員の空気が張り詰める。
 たった、その一言で、私たちに“彼女”を連想させるのに十分過ぎた。

 彼女は……一体……!?

「元々は私の所為で着いた名前……」
 ……?
 その声は、消え入りそうなモノだった。
 それでもはっきり聞こえた。
 この人も……“魔女”と言われる存在だったんだろうか……?

「だけど、今じゃ“あの子”の方がその理由だけど……ね」
 アリスさんは言葉を続ける。
「“あの子”……って、やっぱり……?」
 これは最終確認だ。
 もう間違いない事は分かっている。
 そして、何故だろう……?
 アリスさんは“彼女”を近しい存在の様に語る―――

「ええ……」
 アリスさんは、紅い外を眺めた。

「退屈なこの町を……新鮮さを求めて飛び出していった、“魔女”・ペルセ……。どうしようもない、私の妹よ……」
「っ!!」
「ラナッ!!」
 私は、動き出そうとしたラナの手を強く掴んだ。

「安心して……私はあの子みたいな事はしないから……」
 アリスさんは薄く笑う。
 それはペルセと似ている様で、アリスさん独特の笑いだった。
 ペルセの嘲る様な顔じゃなくて……申し訳無さそうな顔。
 彼女は当然知っているんだ。
 ペルセがどういう事をしているのか。

「あなたたち……ペルセに会った事あるみたいね……」
「……! どうして……」

「何となく……ね」

 力の無い会話が続く。
 この人が言った、余生をゆっくり送るという言葉の意味。
 どこか人生を諦めたかの様なその台詞は、もしかしたら……

「私は少しだけ……人の考えていることが分かるの。それが敵意ならなおさら……ね」
「………」
 アリスさんはちらりとラナを見る。
 ラナがさっき向けたのは、敵意だろう。
 そして、ラナがそうしたように、ペルセの姉であるアリスさんに表面下でも多くの敵意が突き刺さったのかもしれない。
 そして、その事を……彼女は感じ取ってしまった。

「ごめんなさい」
「慣れているから……」

 ラナの棒読みの台詞に、私ですら、それが本心ではない事を察する事が出来た。
 幾ら彼女が本人ではないとは言っても、ラナにとっては“そういう事”なのだろうから。

「そういうのが……私は耐えられなかった。私はとっくに引退したし……後はここで“残り”を過ごすだけ……どうせ私は……」

 語尻本当に消えていった。
 やっぱり相当ネガティブな人みたいだ。
 って、もしかしてこれも……?
 アリスさんは自虐めいてふっと笑った。
 軽く頭を下げる。
 アリスさんの心が読めるっていうのは……やっぱり、嘘じゃない……。

 そして、彼女の常に何かを諦めた様な表情の根源。
 それはペルセのやった事が、“事故”だと割り切れなかった人たちの視線が生み出したものなんだろう。
 彼女は……もう、“諦めている”……

「気にしなくていいわよ……?」
「……!! すみません!」
 コトリが私より先に謝った。
 私と同じ事を考えていたのだろうか……?
 そしてそれは、アリスさんに伝わった……。

「心に“綻び”があると……よく読めるの……そこから零れる感情が……。でも、私の前では殆どの人の心が綻ぶ……」
 消え入りそうなアリスさんの声。
 私はそれがいよいよ怖くなってきた。
 アリスさんそのものが、じゃない。
 人の心が読める。
 その……力が。

 この力を前にして、心に“綻び”が無い様に……心を強く持てる人がいるのだろうか……?
 思考を察されてしまう。
 その力は……危険過ぎる―――

「……! すみません」
「だから気にしないで……。私はまだいい方。何時でも分かる訳じゃないし……読めなかった人もいたし……ね。この世界にはもっと“綻び”に敏感な人が存在するらしいから……大変でしょうね……」

 私はアリスさんの視線に気付いて直に謝った。
 言葉を出さずに成立してしまう会話。
 やっぱり………今、私の心は“綻んで”いる……!

 アリスさんからの視線に、私は再び軽く頭を下げた。

「ごめんなさいね……。思わずあなたたちに声をかけてしまって……今日は何故か特に読めるのよ……。この家は、この町で最悪の場所かもね……私の近くなんて……」
「いっ、いえっ……」
 彼女の、自分を責める様な薄い笑いを何度見ただろう。
 そして、何故か慰めようとした私は……それを止めた。
 浮かんだ感情は、多分同情だろうけど……下手に慰めても心は読まれるだけなんだろう。

 軽く俯くアリスさんの取り扱い方に困って、私は皆を見た。
 コトリも困った様に視線を泳がせている。
 ラナは複雑そうな表情を浮かべている。

 そして………

 あれ………?

「彼なら出て行ったわよ……。やっぱり、心は誰だって読まれたくないものね……」

 スズキが、本当に何時の間にかいなくなっていた。


~~~~


「危なかった……のかな?」
 俺は暗い紅の町をふらふら歩いていた。
 アリスさんの家からもう大分離れてしまっている。
 時間帯からして、日は殆ど沈んでいるんだろうけど、この町は薄ぼんやりと怪しげな色を保っていた。

 時々、家のカーテンが揺れる。
 やっぱり、人がいるにはいるみたいだ。

 それにしても……
 あの、アリスさんって人。
 心の“綻び”から零れた感情を読む……か。
 レイは実際読まれてたみたいだし、“本物”っぽいな。

 この世界には色んな人がいる。
 今更何が起きても驚かないし、むしろ楽しいと思っている俺だけど、流石にあの力は俺にとって危険だし。
 警戒し過ぎかもしれないけど、まあ、逃げといて損って事はないだろう。
 俺の心が“綻んで”いるかどうかなんて分からないんだから。
 エースさんからといい、俺は逃げてばっかだな……。

 ま、終わった事を考えていてもしょうがないか。
 まずは寝床の確保だな。
 あの家に厄介になるとしても、広さ的に不可能だ。
 この町で寝泊り出来る所を他に探さないと……。

 この町。
 宿泊施設は期待出来ないけど、建物の一つ位は空いてるんじゃないか……?
 例えば……

 俺は目に付いた町の外れの建物に進んだ。
 この町の中でも群を抜いた寂れ具合からして、誰も手入れしていない様に見える。
 あの家が空なら四人は泊まれるだろう。

 ゆっくりと、それに近付く。

 ………?

 俺の足取りは、何故か徐々に慎重になっていった。

「はあ……」
 俺は思わずため息を吐いた。
 こういう時の俺の予感は外れたためしがない。

 特に……嫌な予感は。

 そう自覚すると、その家の周りだけ、特に霧が濃い様な気がしてきた。
 ドアの前に立つ。

「………!!」
 そして感じる人の気配。
 おいおい、まさか……

 俺は、ゆっくりと手を広げ、
「えっと、コトリちゃんが動けるようになったのは、今日。で、昨日と一昨日は治療中……」
 指を一つずつ折っていく。

「そして、俺らが“彼女”に会ったのはその一日前……二、三日じゃ、この辺りから離れてなかったってか……」
 再び溜息が漏れる。
 ここまで来たらもう戻る訳にはいかない。
 カイもいないし、今“彼女”をレイやラナちゃんに会わせるのも良くないだろう。
 そして当然、俺が気付いた様に、向こうもこっちを把握しているんだろうから……。

 もう一度、確り溜息を吐いて、ドアをノックする。
「白々しいわよ……?」
「……!」
 中から不機嫌そうな声が聞こえて来た。
 間違いなく、“彼女”のモノだ。

 ゆっくりと、ドアを開ける。
 家の中には、物は無かった。
 やっぱり、引き払った物件みたいだ。

 そして意外な事に、家の中には、むしろ霧が無かった。
 いや、もしかしたら、その家の唯一の存在である“彼女”が、霧で出来ているのかもしれない。

 殺風景な山小屋の様な家の中央。
 ついこの間見た、“アリスさんの妹”が立っていた。

「こんにちは」
「ごきげんよう」

 困った様に発した俺の挨拶に、彼女も“姉”と同じ言葉を返す。
 顔はどこか不機嫌だ。

 何で俺はこんなに落ち着いていられるのだろう……?
 心の中には、恐怖よりもむしろ好奇心があった。
 目の前の“彼女”が……現れた事の展開への……。

「よく入る気になったわね……?」
「こっちから何かしなければ……何もしないかな……ってね……」

 俺は軽く両手を上げて、戦闘放棄の態勢をとった。
 今、俺の命を守っているのは、彼女の“無駄な殺しは趣味じゃない”って言葉だけだ。

 彼女はふっと笑って壁に寄りかかった。
 何とか、戦闘は発生しなさそうだ。

 しっかし、どうすっかな………?
 何が“見れる”か楽しみにしていただけなのに……

 “魔女の出身地”で“魔女”を見る羽目になるなんてね……。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 週一ペースを何とか守っているような状態ですが、お付き合い頂ければ幸いです。 
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.34 Conversation
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/23 23:09

 タバコの……臭いがする。

 覚醒する前に分かる。
 これは、俺とリクトが出会った時の記憶だ。

 俺は何所かの施設にいて……“日本で親がいない事は異常”なのだと理解する前だった。
 季節も思い出せない。
 その時のリクトの顔さえも。

 覚えているのは、タバコの臭い。
 それと、“名前が変わらなかった”という変な感覚だった。

 引き取り手が決まった人は名前が変わるというのを常識として理解していた俺は、その疑問が一番最初に口に出た。

 その時そいつが、『名前はそういうもんだろ?』と言ったのを覚えている。
 俺の中の小さな常識を当然の様に破壊したリクト。
 その背中が新鮮で……俺はそれに付いて行った。

~~~~

「っ………?」

 俺は、ゆっくりと目を開けた。
 視界が暗い。
 ……いや、辺りそのものが暗い。
 もう……夜だ。
 星明りだけが照らしている空間にいる。

 そして……寒い。
 ここは………山……か?

 俺は何でこんな所で……?

「あ~、ようやく目を覚ましやがったか。もう少し手加減してやればよかったか?」

 頭が痛く、体も鈍い。
 そして、懐かしい夢を見ていた。

 いや、それより俺は今何所にいるのか……だ。
 レイたちは……?
 思考が進まない。
 俺は、何をやっていた……?

「……まだ痺れてやがる」

 誰かの声がようやく届いた。
 そして……タバコの臭い……?

「……!!」
「ようやく、お目覚めか?」

 臭いに釣られて見れば、エースのにやけ面がそこにあった。

「てめっ……っ!?」
「………」

 エースは微動だにしなかった。
 ただ……“飛び掛ろうとして全く動けなかった”俺を見下ろすだけだ。

「自分の“中”の反動と電磁波の相乗効果だ。今日中に動けるかな?」

 エースの言う通り、俺は体中が壊死している様な感覚に襲われていた。
 更に痺れのオマケ付きだ。
 精々、指一本動かせる程度だった。

 ようやく思い出したぜ……
 俺は、サンダースの攻撃を受けたんだ。
 モンスターはボールに戻っている。
 エースがやったみたいだ。

「手加減してそれじゃあな……“危なく殺してしまうところだった”」
「………!」

 エースの眼に浮かぶ、挑発の色。
 まるで、“お前を生かしてやっている”とでも言っている様だった。

「折角俺の退屈凌ぎのおもちゃだ。直に壊したんじゃつまらないからな。ほらよ…」
「っ!?」
 エースは俺に何かを投げて寄越した。
 これは……俺のタバコ……?
 って、タバコの臭いはこいつの所為か……!
 お陰で変な夢見ちまったじゃねぇか……

「久々に吸っても不味いもんだな。早死にするぞ?」
「……酒も似た様なもんだろ……!」
「ああ、そうだな」
「………?」
 自虐気味に笑う、エースの“らしくない”表情に、俺は既視感を覚えた。
 “自分の寿命を減らす事”を何所か望んでいるような表情。
 それは……かつてリクトが見せた表情だ。

「さて、ガキ。今日の復習だ。“何所まで行ったか”思い出せ」
「は……?」
「おいおい、幾らバカでもついさっき自分が出来た事を思い出す位は出来るだろ?」

 これ以上、エースの挑発は聞きたくない。
 俺は無言で考え込んだ。

 自分が、何所まで行ったか……?

 待てよ……
 確か、俺はサンダースに攻撃しようとして……
 いや、その前……
 確か自分の中の壁に亀裂が……
 ……? じゃあ、何で俺は動けなくなった?

 そうだ……
 “足りなかったんだ”……!

「ようやく思い出したか。初日にしては“まあまあだったな”」
「……!」

 気絶する直前に聞いたような台詞を吐き、エースは背を向けた。
 初日にしては……か。
 やっぱり、何日もかかるみたいだ。
 だったら……

「物足りなさそうな顔をしているな。だが今日は終わりだ。お前と遊んでいる時間ばかり作ってられない」
「……仕事だろ」

 エースは取り合わず、歩き出す。
 それにも拘らず、俺はその背中に声をかけられなかった。
 その背が俺に、自覚しろと語りかけている様な気がして……

「……ああくそ、“分かったよ”」

 体も動かない。
 だったら、自覚するしかない。

 俺は、今日、氷の壁を克服出来なかった。

 だけど、俺には何所か自分の力が上がったような実感があった。
 体が“止まった”のにも拘らず、使えた炎の技。
 それは、エースとの戦いの中で得られたものだ。
 俺たちがやっていた特訓とは比べ物にならなかったプレッシャーの中での“上昇”。
 それはエースが俺の本質を見抜いていたからだ。

 やっぱり、認めるしかない。
 エースの育て屋としての腕は“本物”だ。

 エースは歩き続ける。
 ……?
 あれ……ちょっと待てよ……

「ガキ」
 俺が、ある疑問に思い当たったところで、エースが振り返った。

「野宿が嫌なら這ってでも帰って来い。家に到達出来れば宿位は恵んでやるよ」
「なっ……!?」
「甘えるなよ? まさか、“指一本程度しか動かせない”訳じゃあるまいし」

 エースの背中は直に見えなくなる。
 あのヤロウ……
 俺の状況を完全に理解した上で置き去りにしやがった……!

 山は大分冷えてきている。
 幾らエースが嫌いとは言っても、流石に野宿は身が持たない。
 それに、野生のモンスターも出る……

 ああくそ、今すぐ動かねぇと……!


~~~~

――――――

 また、この町に戻る事になるなんてね。

 私はかつて、この町を捨てた。
 時間だけ過ぎるこの町に、何一つ楽しいという感情を持てなかったから。
 この町を望んでいた様なアリスでさえも、この町を離れた事があるのだから、私がこの町を飛び出すのは当然だったのかもしれない。

 まあ、それはともかく、私はこの町を捨て、退屈なこの町に二度と戻る事は無いと思っていた。
 それなのに……あの、“ニセモノのプレート”の行方を私が追う羽目になった。
 まあ、マイムを適当に“飛ばした”んだから、その役目は私に変わった様なものだ。

 私は、“プレート”を探してこの辺りを回っていた。
 あの博物館にあった“プレート”は確かにニセモノだった。

 でも、“最初から”そうだったのだろうか?

 あの博物館は、一応歴史がある。
 そんな歴史のある博物館に展示してあったものが“ニセモノ”。
 これは何かおかしい。
 展示物は、閲覧される前に確りと監査されるはずだ。
 そして、博物館を調査しても“本物”は出てこなかった。

 つまり、あれは、私たちの目を欺く為に博物館の人間がやった訳ではないという事だ。

 だとすれば、考えられるのは、外部の人間の“すり替え”。
 本物の“プレート”を求めた人物が“ニセモノ”とすり替えた。
 しかも、博物館の人間もあれが本物だと思っていたという事は、犯人は相当“騙す”のが旨い。
 この辺りでそんな真似が出来るのは、アリスしか思い付かない。

 遠くの人間の仕業かもしれないが、それを追うのは、ここでの調べが終わった後の方がベスト。

 その筈だけど、“ここ”に戻るのは極力後に回そうと、この辺りの細々とした町を全て“霧”で包んで調べた。
 しかし、結果は私の当初の“睨み”通り、残すは“ここ”だけ。

 “ここ”は、“霧”で包んで私を察知させない様にするまでも無い。
 私がこの町で、唯一美しいと思える“紅い町”には、既に“それ”が充満しているから……。

 それにしても、“ここ”も変わっていない。
 本当に、時が“終焉の直前”で止っているかの様な空気。

 やっぱりここには、新鮮さは無い。
 外とは比べ物にならない程の、退屈な空間だけがある。

 それなのに……何で私は、こんな所に来る羽目になったのか。

 あの時、マイムに戦わせて、黙って見ていればこんな事にならなかっただろうか……?
 思った時に、思った様に行動する。
 それが、私のポリシーでもあったけど流石に少し自己嫌悪。
 本当に、何をやっているんだろう私は?

 そして……

 何で“この男”は、私がこんなに不機嫌なのに、へらへら笑っていられるのか。

――――――

「えっと……どうする?」

 サトウ=スズキは、困った様に頬をかく。
 いや、この表情は……楽しんでいると言った方がいいだろう。
 私たちを知って、こういうリアクションをするのはごく少数だ。
 “やはり”、彼はあのチームの中で明らかに“違う”。

「おっ、椅子があった」

 私が壁に背を預け沈黙を守っている中、彼は奥から壊れかけの椅子を引きずってきた。
 しかも、二つ。
 重みをかけるだけで完全に破壊されそうでもある。

「結構よ」
「………」

 彼はそう聞くと、不満そうな顔を作って、自分も座らなかった。
 壁に背を預けて時々私の様子を探るように見ている。

「………」
「………」

 沈黙が続く。
 彼が家を出て行く様子は無い。
 一体、何を考えているのか。
 “覗けば”分かるだろうけど、手を出すタイミングを彼の戦闘放棄の体で見失ってしまった。
 いっそ攻撃してくれば、こっちも動き易かったのに……。

 そうしたら“今度こそ”、彼の中にある“箱”を開けられるかもしれない。

「あのさ、何でこの町に……?」
「私、今機嫌悪いんだけど?」
「まあ、折角会えたんだし」

 何が、折角なのか。
 彼は気まずそうな顔をしながらも、何所か笑っている。
 私たちは数日前戦ったばかりだ。
 それなのに彼は、私に何かしなければ、私が攻撃しないと考えている。
 確かに、戦闘力で勝る私に手を出さない事は、自分の身を守る唯一の方法なのだろう。
 でも、そう割り切って、笑っていられる人間が何人いるだろう……?
 更にその状況を“楽しめる”人間は、皆無だ。

「“プレート”を探しに……よ」
 気付けば素直に答えていた。
 まあ、別に他の人が邪魔しても、私は目的が達成出来る。

「ああ……やっぱりあれ、“すり替え”……か」
「……やっぱり鋭いわね」
「アリスさん?」
「多分ね」

 余計な飾りの無い会話。

 彼は飄々とした態度を維持している様で、要点は見逃さない。
 それが、かつて彼の“中”を見た私の感想だった。

「じゃあ、ここで何を……?」
「朝を待っているの。面倒な“殺し”をせずに済むから」

 言葉を足せば、朝……払暁は眠りが深く、大げさな動きをしても面倒なギャラリーが現れ難いから。
 余計な言葉を省いた単調な言葉は、彼には伝わるだろうか。
 何所か自分の中で、彼を試していた。

 分かったのか、分からなかったのか、彼はただ唸るだけで返した。

 何なんだろうかこの時間は。
 そして、この状況は。
 敵同士であるはずの存在がこんな寂れた家の中に二人でいる。
 物凄く、微妙な感覚が付き纏う。
 やっぱりこの町とは相性が悪い。

「あのさ、気まずいよね?」
「……ええ」

 彼の言葉で、自分の状況も分かった。
 調子が狂う事を言うのであれば、正に、気まずい。
 チーム内の人間以外とでは、誰かと一緒にいるのは戦闘中だけだ。
 いや、チーム内の人間ですら、共にいるのは殆ど仕事中だ。
 普通の会話というものがどういうものなのか忘れてしまっている気がする。
 だけど、会話も無く黙っているのは私の性に合わない。

「あなたは何でここに来たの?」
 ふと出たのは、彼の言葉の鸚鵡返しに近かった。

「宿探しだったんだけど……ここは、駄目みたいだね」
 言葉を返すまでも無い。
 アリスから最も離れた空き家はここだ。
 当然、譲らない。

「やっぱり、アリスさんに会うのが……」
「私はもうアリスを姉とは思ってないわ。今はターゲットで、“最大の障害”。察知されない位置だから、よ」
 ハッキリと、答える。
 私が目指す“楽しさ”に、アリスは必要ない。

「はあ……」
「……?」
 彼は困った様な溜め息を吐いた。

「何よ?」
「いや、ウチにそういう事を言うのを許さなそうな奴がいるから」
「ミナモ=レイ?」
「良くご存知で」

 彼は、小さく笑う。
 やっぱり、彼はこの状況を楽しんでいる。
 互いに口数が増えたからか、何所か空気が緩んでいく。
 気まずさは少しずつ薄れていった。

「そうだ、一つだけ聞かせて欲しいんだけど」
 彼は、少しだけ視線を外した。

「“あの時”……頭の中を見たって言ってたけど……何所まで見た?」
「………?」
 ほんの少しだけ、彼の声の調子が変わっていた。
 もしかして、彼は私のことを今まで計っていたんじゃないだろうか。
 私がアリスの様に、常時、心を読めてしまうのかを。
 気まずそうな会話の中、彼は頭の中で色々とテストをして、私が心を読んでいないと踏んだ。
 そして、“あの時”の事を聞けば、自分の心を見た人間はいなくなる。
 それが、彼がここに残った最大の理由……?

「別に。あの夢を創り出すのに必要最小限」
 私は、少しだけ嘘を吐いた。
 ぱっと見た、彼らの頭の中。
 その中で一つ、最も硬く閉ざされていた“記憶の箱”があった。
 その“箱”を開けようとして、最も長く見ていた“彼”には一番強く催眠がかかってしまった様だったけど……。
 それでも、私は開けられなかった。

 彼はじっと私を見ている。
 今の言葉の正否を察知しようと……。
 やがて、ふっと息を吐いた。

「そっか」

 彼は重荷が降りた様な表情を浮かべる。
 やっぱり、最初からこれを聞く為にここに残ったんだ。
 目的を、私相手にここまで隠し切ったこの男……
 プライド的に許せなかった。

「私からも聞いていい?」
「ああ、どうぞ」
 直に元の表情に戻った彼は、またもこの状況を“楽しみ”だした。

「あなたは、何を知っているの?」
 私は、ずばり確信を衝いた言葉を出した。
 あの“箱”に入っている記憶は何なのか。
 それを知られたくなくて、遠回りに、私を欺いてまで守ろうとしたモノ。
 それを、いきなり聞かれて動揺しない人間はいない。

「何を知っているか、って……?」
 彼は、困った様に微笑みながら首を傾げた。
 私たちの間ではわざとらしい。
 更に、普通の人なら見逃すであろう一瞬の間を作っての表情だった。
 やっぱり、彼は何か“知られたくない事”を知っている。

 私がじっと見ていると、彼は降参した様に手を上げた。

「はあ……今日はこればっかりだな。でも、駄目。何か別の事は?」
「私が知りたいのはその事よ」
 彼らの世界にも興味はある。
 けど、別の世界の事より、むしろ目の前の彼が持っている“記憶の箱”の方が、今最も興味があった。
 その中身。
 それには一体、何が詰まっているのか……

「駄目だよ」

―――!?

 思わず私は、戦闘態勢に入ろうとしてしまった。
 口調も何一つ変わらなかった筈の彼の言葉の中に、一瞬“敵意”が見えた。
 これは、“真剣”という種類のモノだ。
 へらへらしている人間から出る“空気”じゃない―――

「それだけは……ね」
 私が戦闘態勢に入ろうとしてしまった事に気付いたのか、彼は再び手をパタパタ振った。
 “空気”も戻っている。

「あ、頭の中を覗くのも出来れば止めて欲しいかな」
「………そうするわ」

 言われなくても、私には覗く気が湧かなかった。
 相手の事情で興味のある事から遠ざかったのは初めてだ。

「あれ? 日が沈んでる」
「………別に何時も夕焼けな訳じゃないわ。日が弱くなれば、当然夜が来る」

 窓に手を当てて外を見る彼に私は意識して不機嫌そうな声を出した。
 そのポーズに気付いたのか、彼はすまなそうに片目を瞑る。

「流石に暗くなったら、戻らないと。アリスさんの所から出てきてくれるといいけど……」
 彼はやっぱり、アリスの所から逃げ出したみたいだった。
 アリスは心を読む力がある。
 それは、彼にとって絶対に避けるべき力なのだろうから。

 でも……

「安心して。あなたの心なら、アリスじゃ読めない」
 “あの力”は心の綻びに比例している。
 けど、彼の心の硬さなら、“アリス程度の力”じゃ無理だ。

「ああ……もっと“その力”が強い人がいるって事かぁ」
「………!!」
 思いっきり溜め息を吐く彼に、私は拳を握り締めた。
 この言葉の裏取り。
 本当に、厄介だ。

「明日、来るんだよね?」
「という事は、待ち構えるつもり?」
 こっちも裏を読む。
 この奇妙な時間はお終いだ。

「まあ、何所行ってたのか聞かれたら、話すと思う。それをすれば、『絶対に待ち構える』って言うだろう子がいてね」
「じゃあ、明日は敵ね」
「ははは、“明日は”そうなるかな」
「………!」
 思わず、口が滑ってしまった。
 この状況すら楽しんでいた彼に、“楽しみ”を求めている自分に近いものを感じてしまっていた事を。
 彼もわざとらしく“明日は”を強調する。
 本当に、彼は私の機嫌を悪くする様に動く。

 戦闘が始まるギリギリのグレーゾーンを通り続けた彼は、ドアに手を当て振り返った。

「じゃあ、行くよ。えっと、ペルセちゃん?」
「不愉快な時間をありがとう、サトウ=スズキ」
 聞き慣れない呼び方は訂正しない。

「えっと、ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」

 ゆっくりとドアが閉まる。
 久しぶりに、“無駄な時間”を過ごした。

 明日は彼らと戦う事になる。
 戦場に立てば容赦はしない。

 サトウ=スズキ。
 彼は、“警戒すべき人間”として、私の頭に刻み込んだ。

 厄介な鋭さ。
 そして厄介な程の知識。
 それはあの博物館でも持っていた。
 館長から“プレート”を奪った時に、彼は直に異変に気付いていた。
 それはもう、彼の中で“ある事実”に繋がっているだろう。

 その彼に、“魔女”・アリスがいれば明日は骨が折れそうだ。

 恐らく彼は……私の“適合タイプ”に気付いている。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 会話だけの、盛り上がりに欠ける話になってしまいました。
 しかも、次回の更新は多分遅れるというオマケ付きです。
 読んでいただいている方、こんな作品ですが、お付き合い頂いて本当にありがとうございます。
 これからは、出来るだけテンポを上げていこうと思います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.35 Friend
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/10/31 20:31

「よ……ようやく着いた……」

 野生のモンスターに襲われる事数回、道に迷う事数十回、俺は何とか育て屋……と言うより、この山唯一の建物に到着した。
 動いたからか、感覚は大分戻ってきたけど、山の冷え込み具合はかなり堪える。

 今が何時なのかも分からないが、もう完全に夜だ。
 レイたちから連絡が来てるかもしれないのに……。
 それにしても、腹減った……

「………?」

 建物に向かった俺の視線の片隅に、エースが見えた。
 崖から山の景色を見る様に佇んでいる。
 俺には気付いてないみたいだ。
 そして、禁酒宣言をしていた筈なのに、手には俺たちが買ってきた酒瓶。
 あいつ……俺を置き去りにしておいて何をやってんだ……?

 エースは無造作にコルクを捻った。
 ゆっくりと、ビンごと口をつけて飲んでいく。
 そして、ゆっくりと、腕を伸ばしてビンを傾ける。

 ……?

 “受け手のいなかった”酒は、当然に地面にぼとぼとと落ちた。
 エースの表情は見えない。

 端から見れば、口に合わなかった酒を捨てている様にしか見えない。
 それも、俺たちが買ってきた酒だ。
 それなのに……
 何故か俺はその光景を見ていることしか出来なかった。

「……!?」
「しっ」

 呆然と立っていた俺は、途端後ろから口を押さえられ、建物の影に引きずり込まれた。

「……!?」
「おかえりなさいませ」
 背後からの強襲にパニクっていた俺の目の前には、表情を燐とさせた女性が立っていた。

「リ……リンスさん?」
「ええ、お静かに」

 そういえば、エースとの戦闘で忘れていた。
 この人もこの家に住んでいる事を。
 そして、目の前のリンスさんは、二日酔いにやられていた第一印象と大分違う。
 何か……事務仕事が得意そうな人だった。

 リンスさんはエースの方をちらりと見る。
 エースは再び酒を口につけていた。

「とりあえず、お疲れ様です」
「え……ええ、まあ」
 リンスさんの固い口調に、俺は言い淀んだ。

「ただ今、夕食の準備をしていますから、もう少しお待ちいただけますか?」
「あっ、ありがとうございます」
「いえ、大事なお客様ですから」
 夕食がまだだったのは救いだったが、それ以上にリンスさんの俺に対する態度に救われた気がした。
 まるで、どこかのホテルの様な接客態度。
 堅苦しいのは苦手だけど、そんな俺でも好感が持てるものだ。
 今日初めていい思いをした気がする。

 リンスさんの接客態度に、エースの“腕”。
 確かにここは、育て屋としてベストの様だ。

「あの、俺、何か手伝った方が……」
 リンスさんは静かに首を振った。
「もう、十分に頂きましたから」
「………?」
 報酬の事だろう。
 現に、リンスさんの目は、地面とエースの口を行き来する酒瓶に向いている。
 ただ、その時リンスさんの表情に始めて影の様なものが見えた。

「リンスさん。あれは何をやって……」
「すみませんが、今はエースさんの邪魔をしないでいただけますか?」
 リンスさんが俺の言葉を静かに遮る。
 口にそっと指を当てるその仕草は、客への態度ではなく、もっと人間味のある優しそうで、儚げな表情になっていた。

 エースの表情は見えない。
 ただ、酒を飲み、酒を地面に捨てる。
 それを単調に繰り返していた。
 ビンの中はもう半分も無い。

「……話していいのか分かりませんが……」
 人間味が増したからか、リンスさんは沈黙に耐え兼ねてどこか“遠く”を見た。

「“彼”がいなくなって喜ぶ人間なんて、私たちのチームにいません」
 リンスさんの目は、次にエースを捉えた。

「表面だけで笑う人間はいたとしても……心のどこかに必ず穴が開く」
 俺の目も、エースを捉える。
 そう聞いて初めて、エースの背中が何所か寂しげに見えた。
 さっきから、エースが繰り返している行為。
 じゃああれは、もしかしたら……

「リンスさん……リクトとエースは……」
 リンスさんはクスリと笑って首を振った。

「リクトさんとエースさんの関係を言い表すのは難しいですね。会えば喧嘩ばかり。それなのに、何故か相手の事が分かる。そういうの、何て言うんでしょうね……?」
 俺には答が分かった様な気がした。
 少しだけ……俺とスズキの関係に似ているのかもしれない。

「“気の合う悪友”って、とこですか?」
 俺の答が思わず口に出た。
 “二番目”に、しっくり来る言葉が。

 リンスさんは目を見開き、少しだけ笑った。
「そうですね。良い言葉を教えていただきました。特にエースさんは不器用ですから」
 自分の夫を理解しているリンスさんは、ゆっくりと家のドアに向かう。
 もう直ぐ夕食だ。

 俺はそれに続こうとして、もう一度エースに振り返った。
 今、エースの中に浮かんでいる感情はなんていう言葉だろう……?
 絶望でもない。
 心が折れてもいない。
 エースの心は“そんな事”じゃ壊れない。
 ただ、何かを想う様に、“決別の儀式”を繰り返しているだけだ。

「さて、今日は久しぶりにお酒でも飲みましょう。すみませんが、こういう日位は私も羽目を外させていただいてもかまいませんか?」
「……ええ」
 俺は笑って頷いた。
 こういう確りした人も、そういう気分になるんだろう。
 そういえば、この人も“あのチーム”の一員だ。
 さっき言っていた通り、心のどこかに穴が開いているんだろう。

「では、準備してきます」
 リンスさんを見送っても、俺はまだ、何故か寒い外にいたかった。
 本当に、ここへの報酬は酒瓶がベストだった様だ。
 リインさんはもしかしたら、この事を予想していたんじゃないだろうか……?
 未成年はともかく、俺も、そういうモノを飲みたい気分だ。

 ………?

 “久しぶりに”……?
 俺の背中に何か悪寒が走った。
 流石に外にい過ぎたか……?

 まあ、とりあえず、今は夕食だ。
 風邪なんかひいたら明日に響く。
 明日もまた、リクトの“気の合う悪友”と戦闘だ。

 “気の合う悪友”……か。
 それは、リクトとエースの関係を表す言葉。
 喧嘩ばかりでも、相手の事を想える。
 そういう事は、上辺だけの友達じゃ起こらない。

 “気の合う悪友”。
 それはきっと、“親友”と―――

「ぐわっ!?」
「ガキ。何入り口で突っ立ってやがる」

 俺は前のめりに倒れこむ。
 俺の背中に靴跡を残したのは当然エースだった。

「あのな……今、綺麗に纏めようと……」
「何訳分かんない事言ってやがる。いいからとっとと起きろ」
 折角山道を何とか戻ってきた俺にエースが向けたのは相変わらずの嘲る様な目だった。
 そして、手の酒瓶は空いている。

「あん? これがどうかしたか?」
「別に」
 エースの表情は普段と変わらなかった。
 きっと、こいつは今ので、穴を埋めたんだろう。

「ふんっ、まあよく戻ってこれたな。もう直ぐ夕食だ。運がよかったな」
 やっぱり、遅れでもしてたら飯抜きだったらしい。
 本当に、急いでよかった。

「さっき、リンスと何を話していた?」
「別に」
 俺は同じ言葉を返した。
 エースは、リクトの事を知っても、変わろうとしない。
 それはきっと、俺を育てる事に必要の無いものなのだろうから。
 だったら俺も、“エース”のままでいい。

「夕食の話だよ。今日は飲み会らしいぞ?」
 俺はもう一度、空いた酒瓶を見た。
 ビンを“半分”飲んで、更に飲み会。
 禁酒宣言が聞いて呆れる。

「……?」
 空いた酒瓶は、ゆっくりと上がっていった。
 心なしか震えている……?
 そして……

「いだっ!?」
 上がった酒瓶は、俺の頭に振り下ろされた。

「何しやがる!?……!?…」
 振り下ろした張本人、エースを睨んだ俺は、一瞬止まった。
「の……飲み会だと?」
 初めて見た。
 エースが……焦っているのを。

「何で止めなかった?」
「止め……は!? リンスさんが決めたんだぞ? それに、勝手に一人で飲んでたじゃねぇか!?」
「そういう事を言ってるんじゃない!!」
 頭を擦りながらの俺に、エースはぴしゃりと言った。
 そして、直に諦めたような表情を浮かべる。

「ガキ。責任は取れよ」
「は? だからさっきから何の話をしているんだよ?」
 エースは疲れた様に、目を押さえた。

「ああ~、二日続けてか……」
 エースは取り合わず、俺の背を押し始めた。
「だから何の……」
「一つ、いい事を教えてやろう」
 エースはドアを開け、俺をぐいぐいと押す。

「リンスはな……酔うと“酷い”」
 エースの、完全に諦めた様な表情。
 それを見て、俺の足はドアとは反対方向に力を入れ始めた。

「腹は括っとけ」
「う……!? いやだ……」
「いいから入れ」
 家の中は暖かい。
 体が溶ける様だ。
 にも拘らず、俺はもう少し、寒い外にいたくなった。


~~~~


「は!?」
「いや、本当に成り行きだから」
 俺はレイに今度こそ殴られた。

 ここは、トワイライト・タウンに幾つかある空いた家。
 俺は、ペルセちゃんとアリスさんから適度に離れた広めの家を見つけ、尚且つ、人数分の適当な毛布を付近の家の人から借り、更にレイたちを探してこの家に招待したっていうのに……
 俺への報酬が打撃っていうのは、中々に理不尽だと思う。

「でも、ほ……本当に明日……彼女が来るんですか……?」
「うん。そう言ってたよ」
 コトリちゃんは俺の答に思わず外を見た。
 そこには彼女の言う通り、当然にやってくる暗闇だけが広がっている。

「それで、アリスさんが“プレート”をすり替えたっていうのは本当なの?」
「彼女はそう思っている」
 暗い時間、不気味な部屋なのに、レイはそれには気とられず、考える様に外の闇を眺める。
 やっぱり、レイの中には何か“しこり”が出来ているのだろう。

「じゃあ、ペルセのターゲットはアリスさんなの?」
 自分の中の蟠りを、レイは口に出す。
「ああ。もう、姉とは思っていない……ってさ」
「……!」
 ペルセちゃんが、ターゲットとして狙う。
 それがどういう事なのかは、俺たちは百も承知だ。

 つまり……

「え? あの、じゃあ明日、アリスさんと彼女は……」
「ま、そういう事……かな」
 つまり、明日始まるのは、戦闘。
 それは当然、相手を殺す事を目的としたものになる。
 しかも、姉妹同士のだ。

 詳しくは話してくれないから、レイの妹についての詳しい事を俺たちは知らない。
 だけど、レイが妹を大事にしていた様なのは口ぶりからは伝わってくる。
 レイにとって、明日起こるであろう事は、“おかしい事”なんだろう。
 “姉妹の殺し合い”なんて存在は。

「ま、とりあえず、この前の時と同じだな。俺たちには待ち構えるかどうか選べる。さ、どうしよっか?」

 全員の顔を見渡す。
 戦うには、また、待ち構える事をしなければいけない。
 それも、いい加減全員が自覚している通り、今度はカイもいない状況でだ。

「あんたはどう思ってるのよ?」
 レイの視線は睨むと言っていいだろう。
「俺は合わせるよ」
「あんたに“我”はないの!?」
 俺は手をパタパタ振った。
 こりゃ、大分気が立ってるな。
 俺の“我”なんて、ある訳ないだろう?
 “傍観者”っていうのは、そういう存在なんだ……。

「じゃあ、コトリちゃんは?」
「わ……私は……その…」
 コトリはちらりとレイに視線を向けた後、頷いた。
 これは、“戦う”という意味なんだろう。

「じゃあ、ラナちゃんは?」
 一人一人確認していく。
 ただでさえ、“空気”が変なんだ。
 せめて、意識は統一させておかないといけない。

「………」
「……?」
 しかし、この中で一番強い“我”を持っているだろうラナちゃんは、部屋の片隅で膝を抱えて沈黙を守っている。
 多分、話を聞いていないな。
 てっきり、『待ち構える』って即答すると思っていたのに……
 様子がおかしいのがもう一人いたか。

 ああ、やっぱり皆、バラバラって感じだな。
 明日彼女とぶつかるのは、かなり危険かもしれない。
 こっちにはカイがいない。
 アリスさんがいるとは言っても、引退したらしいし、戦力差が開いている事は否めない。

 今まで見たり聞いたりした、“最強”のチーム・パイオニア。
 ペルセちゃんはその中でも、主軸と言っていい存在だろう。

 更に、彼女の“適合タイプ”は……

「待ち構えましょう」
 レイの口調は強かった。
 この言葉はラナちゃんが言うと思ってたんだけどな……

「ま、ちょっと予想外だったけど、結局そうなるか」
 俺は頬をかいた。
 まあ、暫定リーダーの意見じゃ仕方ない。
 戦力差のある戦いは、別に初めてでもないしな。

「じゃ、俺ちょっとアリスさんに伝えてくるよ」
 俺はドアに向かう。
 ペルセちゃんは、俺の心じゃアリスさんじゃ読めないって言ってたけど、“そういう力”の持ち主とは会うのは出来れば避けたい。
 けど、明日一緒に戦うんだし、そういう訳にもいかないだろう。

 ………?

 待てよ?
 もしかして……

「スズキ」
「………はあ」
 後ろからのレイの声。
 そうだよな。
 待ち構えるって言うのは、レイにとって“二人の戦い”を引き起こさせないって意味か。

「………正気かよ?」
 レイは頷いた。
「あの……? もしかして……」
 コトリちゃんの想像通り、明日の戦いは、アリスさんの参加は無しって事だ。

「なあ、レイ? それは自殺にならないか?」
「………」
 レイは何も言わなかった。
 毛布を引っ張り、もう寝ようとしている。

 “明日は早いみたいだし”、確かに寝た方がいいだろう。
 けどそれ以前に、本当にアリスさん抜きで何とかできる相手だと思っているんだろうか……?

「コトリも早く寝なさい」
「え……はい」
 コトリちゃんもレイに倣う。
 ラナちゃんは何時の間にか眠っているみたいだ。

「じゃあ、俺は向こうで寝るよ」
 俺は溜め息一つ吐き、部屋を出た。

 レイは、明日ペルセと、アリスさん抜きで戦うつもり。

 止めるべきなんだろうか……?
 カイがいない今、このメンバーの実質的なリーダーはレイ。
 その決定なら、俺はそれに合わせるべきだろう。
 だが、あまりに危険じゃないだろうか……?

 もしかしたら、レイは勘違いしているかもしれない。
 いや、俺たちですら。
 この前、“最強”相手にそこそこ戦えたのが、どうも負に働いている気がする。
 あの時は、カイもいたし、強力な助っ人もいた。
 そして、相手もメインのモンスターを全面的に起用していなかった。

 中途半端に強くなった時が、一番危険というのを聞いた事がある。
 妙な自信が、身の丈に合わない行動をさせるからだ。

 そして俺たちは、正に明日、その、“身の丈に合わない行動”をしようとしている。

 カイがいないから無茶な事は起こらないと思っていたけど、今度はレイが言い出した。
 コトリちゃんはそれに倣う。
 そして、ラナちゃんも、今でこそ話は聞いていなかったけど、反対はしないだろう。

 “そうなのに”、俺は止めない。

 こんなにバラバラで、明日……か。
 ああ、何か……

 “嫌な予感がする”。


~~~~


 “酷い”。
 エースは、リンスさんが酔った状態をそう称した。

 そして、俺が昨日見た、酔ったリンスさん。

 それは、もう、その、“酷い”としか言えなかった。

「ぅ………」
「――!?」

 “殆どリンスさん一人で空けた”酒瓶だらけの机に突っ伏しているリンスさんが呻いた瞬間、俺は飛び退いた。
 良かった。
 目を覚ました訳じゃなかったんだな。
 ああ……俺も頭痛ぇ……

 酒臭い室内から、明るい外へ目を向ける。
 窓から差し込む光は、もう、朝のそれじゃない。
 どう考えても昼過ぎだった。
 そういや、レイたちから連絡来なかったな。
 いや、気付かなかっただけかもしれない。
 その……リンスさんの所為で。

「ああ~、ガキ。起きたか?」
「何とか……な」
 エースは昨日見た体制のまま、俺に聞いてきた。
 昨日のリンスさんの様子を同じく体験した身としては、ある種同情の様な感覚が芽生えた。

「へへ……へへへへへ……」
「「!?」」

 うつ伏せのまま、突如笑い出したリンスさんの元から、エースが一気に離脱した。
 エースの方は酒は抜けているみたいだ。

「なあ、昨日のは……」
「言ったろ? “酷い”って」
 昨日以上に、エースの言葉が理解出来た俺は、即座に頷いた。

「あいつはな、“ああ”なるのに、飲んだ記憶が飛ぶ。俺には手の打ち様がない」
 それはそうだろう。
 “あれ”は、俺には、どうにもならないとしか思えなかった。
 飲む前まで、秘書みたいに毅然としていたのに……
 昨日の事を思い出して、俺はもう一歩後ろに下がった。

「さ、ガキ。とりあえずメシだ。ああ~、もう昼か」
「何で俺が……」
「じゃあ、リンスを起して来い。昨日の量じゃ、まだ“抜けて”ないみたいだけどな」
 俺は、エースを一旦睨んで、台所に向かった。
 それは、俺が取りうる唯一と言っていい選択肢だ。
 こうなったら、一人暮らしのお陰で出来る料理を披露してやる。

 リンスさんを起す?
 論外だ。

 台所から見えた日は、やっぱり高い。
 今日の俺の異常への特訓時間が大分減ったみたいだ。
 それだけ、ここにいる時間が長くなっている。

 ただ……

 何か、懐かしい。
 誰かが家にいて、俺が朝食を作る。
 “あの時”、“あいつ”の料理に希望を見出せなかった俺は、せめてマシな料理を作ろうと躍起になっていた。

 朝食には、もう少しマシなものを。

 これは俺の中で小さな目標の様なものだった。
 ただ、俺の技術は“間に合わなかった”が。

 時間も大分経ったし、今は朝食から時間も大幅にずれている。
 そうであったとしても、やっぱり、小さな達成感が生まれた。

 まあ、食わせてやる相手は“あいつ”じゃなくて、“その親友”だが……ま、いいか。
 そんな事を思いながら、俺は冷蔵庫を開けた。

 さあ、今日もこれから、エースとの特訓だ。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 前回同様、今回も会話だけの盛り上がりに欠ける話になってしまいました。
 ただ、ようやく次回は戦闘に入れそうですので、ご容赦を。
 更新ペースの方も徐々にバラツキが出てきていますが、どうか最後までお付き合い願いたいです。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.36 Obstacle
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/11/14 18:43

 何か、変な感じがする。
 最初は、“錯誤”の適合者のボクが、この町に惹かれていたからだった。

 でも、今はそうじゃない。

 あの、チーム・パイオニアの姉と話した時からこの感覚は続いていた。

 何だろう……?

 あの、アリスという人が、あのチームがやった事と直接関係ない事くらいは分かっている。
 だけど、ボクにとっては“そういう事”だ。
 だから、やっぱり許せない。

 だけど……

 そう結論付けた筈なのに、ボクにはまだ何かが引っかかった。

 あの、アリスという人は、ボクの様にあのチームの被害を受けた人に恨まれたんだろう。
 それだというのに、自分は違う、と声を大にして周囲に訴えず、それを受け入れた。
 そして、この町でひっそりと、“残り”を過ごす。

 “そこ”に、ボクは何か変な感じがしていた。
 “そういう事態”について、何か考えないといけない様な気がする。
 一体何だろう……?
 カイ君なら分かるだろうか……?
 でも、この町に連絡手段はない。
 レイさんたちは今、何かを話している。
 何かを聞ける様な雰囲気じゃない。

 考え続けても答は出ず、段々と、頭が痛くなってきた。
 それから逃れる様に、ボクは目を閉じる。
 眠りは直に訪れた―――

~~~~

 ――集中しないと。

 紅い町。
 日が昇ったばかりでも、何所か終わろうとしている“空気”を出すこの町に、私たちは立っていた。
 スズキに聞いたペルセの泊まっている場所と、アリスさんの家とのほぼ中間地点らしい。
 周囲にある家は、潰れた飲食店の様な建物ばかりだった。
 当然、無人ではあるだろう。
 これなら、余計な被害も出ない。
 そして、彼女が来るなら、この道を通るとスズキが言っていた。

 もう直ぐ来るであろう彼女を止めないといけない。
 今日始まってしまうところだった、私にとっての“異物”を避ける為に。

「スズキ? 本当にここを通るのよね?」
「まあ、半分勘だけどね。“戦う”様な事を言っていたから、テレポートでいきなり現れて消える、みたいな事はしないと思う」
 スズキは一体昨日、彼女とどんな話をしてきたのだろうか?
 そして、何で“止めてくれなかった”のだろうか?
 そうすれば、もしかしたら“こんな事”は起こらなかったかもしれないのに。

「それよりさ、マジでもう直ぐ来ると思うぞ?」
 スズキが困った様な顔付きで私たちを見た。
 やっぱり、カイがいないこのメンバーに不安があるんだろうか?
 いや、それとも、“私たちそのもの”に不安があるんだろうか?

 確かに昨日から私たちは“変”だ。
 特に、ラナ。
 朝起してあのチームが来る事を伝えても、難しい顔をしたまま視線を地面に向けている。

「あの、ラナさん?」
「大丈夫」

 ラナの声は、どう聞いても“そう”聞こえなかった。
 初めてかもしれない。
 あのチームと戦うというのに、恐怖以外の感情が一番強いのは。

―――集中しないと。

 しかし、向こうは私たちの準備を待ってなんてくれない。

「………!」
 紅い霧の中、ゆっくりと、“彼女”は歩いてくる。
 何故こうも、彼女が歩いている姿に違和感を覚えるのだろう……?

―――集中しないと。

 私はボールを掴む。
 ここで、止めないと。
 アリスさんの妹を……。

「ごきげんよう」

 ペルセを。

「やっぱり、分かってたみたいね?」
「この時間って事? それとも、ここを歩いてくる事かな?」
 スズキの困った様な返事に、ペルセは不機嫌になった。
 いや、最初から、不機嫌だったのかもしれない。

「両方よ。この町じゃ、むしろテレポートの方が、アリスに察知される」
「………」
 その、ペルセのアリスさんを完全に別の存在として扱うような口調に、自然とボールを握る力が強くなった。

「無駄な殺しも趣味じゃないし……ね」

―――集中しないと。

 スズキが言っていた。
 時間を稼ぐ、と。
 私たちが“集中”する時間を。
 だから、この時間、気持ちを整えないといけない。

 ペルセは、私たちを見渡した。
 ここには、四人がただ、並んで立っている。

「……私相手にまともに激突するつもり?」
「ああ、カイとアリスさんなら隠れてるよ。何所かな?」
 スズキの言葉に、ペルセは更に不機嫌になった。
 さも当然の様にスズキから出てきた“嘘”の真意を計れないからだろう。
 これで、ペルセは周囲を気にし続けなきゃいけなくなった。

―――集中しないと。

 まだ、戦闘の空気は流れていない。
 ただ、スズキとペルセの会話が続いているだけ。
 そのお陰で、コトリもラナも、徐々に集中し始めてきていた。

 後は、私が宣言するだけ。
 心の準備が整った事を。
 カイが何時も叫んでいた、日常を戦闘に変える言葉を―――
 私は、一歩前へ出た。

「始めましょう!!」
「そう」

―――!?

 一瞬―――
 私が叫んだ直後、ペルセから“黒い何か”が飛んできた。
 これは……波動……!?
 ペルセの手元の黒いモンスターから、それは放たれていた。

 気付いた時には、既に私の目の前に高速で接近している。
 全く動かない自分の体が、“集中”出来ていなかった事を伝えてきた。
 まず……い―――

 ボウンッ

「―――!?」
 次の瞬間、目の前に何かが現れた。
 ペルセの攻撃が弾かれる。
 誰かが、あの波動から私を庇ってくれたみたいだ。

「レイさん!?」
 私は、膝から崩れて座り込んだ。
 そして、ようやく登ってきた恐怖という感情。
 そうだった。
 目の前にいるのは、“最強”だったんだ……

「やっぱり、集中出来なかったか」
 スズキが、自分が繰り出したモンスターの隣に立つ。
 その困った様な顔を、私は座ったまま見上げていた。

~~~~

 やっぱり……か。
 俺はレイの前にボールを投げて溜め息を吐いた。

 やっぱり、レイは準備が出来ていない。
 頭の中でゴチャゴチャと考えて、結局、自分の準備が出来ていないのに“周り”を見て開始を宣言していた。
 そんな隙のある人間を、彼女は当然狙う。
 レイとラナちゃん、どっちを狙うか微妙だったけど、まあ、やっぱり一歩前へ出た奴だよな。
 そして、一番準備が出来ていなかったのもレイだ。

 集中出来なかった事。
 カイのいない状況。
 そして、ペルセちゃんを“最強”としてじゃなく“アリスさんの妹”として見た事。

 それら全てが負に働いて、今、レイは死に掛けた。
 やっぱり今、彼女と戦うべきじゃない。
 “迷い”があれば無駄に死ぬだけだ。
 ただ、始まった以上はそうは言ってられない。

 ここにはカイはいない。
 そして、レイも司令塔にはならない方がいいだろう。

 じゃあ、“傍観”しなくていいな。

 俺は、レイを追い越し、ゆっくりと彼女を見据えた。
「やっぱり、“そう”だったみたいだね。博物館で捕獲しておいて良かった」
 隣にいる、俺のモンスター。
 あの、マイムっていう子が大量の虫を進化させた瞬間、支配から外れたモンスターがいた。
 最早“虫”ではなくなったそいつにとっては当然だったが、“侵蝕”の適合者の俺にとってはラッキーだ。
 特に、今の相手なら。

 巨大なサソリの様な姿のモンスター。
 こいつなら……

「スズキさん……あの、それは……」
「コトリちゃんは彼女が増えたりしたら、霧を払って。ラナちゃんはレイと一緒に一旦下がっててくれるかな?」
 手短に、用件だけ伝える。
 唯一まともなコトリちゃんには、霧払いをしてもらいたい。
 そして、様子のおかしいレイとラナちゃんは、言っちゃ悪いけど邪魔だ。
 とりあえず、彼女の攻撃範囲外に居て欲しい。
 幾ら反対されても、流石に彼女の目の前じゃ揉めてる場合じゃない。
「……?」
 ラナちゃんは、予想とは裏腹に、素直にレイを起して一歩下がった。
 やっぱり、ラナちゃんも様子がおかしい。
 むしろ彼女と戦いたくない様な表情だ。
 そして、彼女が目の前にいるのに、別の何かを考えている。

 本当に、まずいかもしれない。

 こうなったら、レイの気持ちを尊重できない。
 幾らなんでも、“終わらせる”訳にはいかないのだから。
 何とか俺が“時間を稼がないと”……

 ただ……俺が表立って戦うのはあんまり慣れないな……。

「博物館で捕獲したって事は……あの子?」
「今は、俺の手持ちだよ」
 ゆっくりと、彼女に答える。
 時間を稼ぐ為に。

「この世界で、進化するとタイプが変わるって致命的な様な気がするけどね」
「………?」
 深く頭の中を見ていないらしい彼女には分からないだろう。
 進化すると“虫”が消える。
 こいつが、俺の“侵蝕”のモンスター……

「ドラピオン」

 体を這わして、ドラピオンは俺の前へ出る。
 彼女はそれを興味深げに見ていた。

 ただ、俺も彼女のモンスターを見ている。
 どうやら、彼女は普通のボールと特殊なボールを使い分けている様だ。
 開閉タイミング最短のボールから出てきたそいつ。
 彼女の手持ちの盾でもあるのかもしれない。
 いずれにせよ、今、レイを襲った攻撃はこいつのものだ。

「ドラピオンなら、攻撃に耐えられる。例え、“念”でも……“霊”でも……」

 黒い、小さな四足動物。
 ただ、その“イーブイの進化系”を見て、俺の予想は確信に変わっていた。

「“悪”でもね」

 ブラッキーの眼は、俺のドラピオンを捉えていた。
 “悪の波動”を抑えたんだ。
 こいつのタイプは、毒、悪。
 このタイプなら、その3つの攻撃は、無効か今一つだ。
 やっぱり、彼女のこいつへの攻撃は効果が薄い。

「あなた、ダブル・ドライブだったのね。面倒だわ」
「そっちよりマシだよ」
 徐々に、彼女から戦闘意欲が伝わってきた。
 もう……始まる……

「あの、彼女は……?」
 一人、話についてこれなかったコトリちゃんは、“霧”を警戒しながらも彼女のモンスターを不思議そうに見ていた。

 それはそうだろう。
 ブラッキーは“悪”なのだから。
 それは、フーディンとゲンガーを……“念”と“霊”を操っていた彼女が操ってはいけないはずのタイプだ。

 博物館で、リングを着けていなかった彼女が“泥棒”をした夜、俺は一晩がかりで調べた。
 歴史のある町だったから、何とか見つけられた本に記されていた“あの2つ”に並ぶ程希少性の高い適合タイプ。
 いや、その数と言った方がいいかもしれない。

 “2”を……モンスターの限界を超えて、適合タイプを持つ存在。

 “魔女”・ペルセ。
 彼女は……

「トリプル・ドライブ」

 俺は、ハッキリ言った。
 せめてコトリちゃんだけにでも、相手が“最強”だともう一度確認してもらう為に。

「彼女は3つの適合タイプを持っている……!」
「………!」
 コトリちゃんが、緊迫しだした。
 話には聞いていたのだろう。
 その存在を。
 ただ、“いない”と考えて問題ないトリプル・ドライブ。
 それが、今、目の前にいる……!

「さあ、始めよう」
 俺は、呟いた。
 日常を戦闘に変える言葉を。

 ペルセちゃんは、もう一つボールを取り出した。
 本当に、始まる。

 俺も切り替えないといけない。
 彼女は今“敵”だ……!


~~~~


 外で、何かの気配がする。
 そしてその場に、“心の綻び”が強い人がいる。
 一人……二人?
 私は、ゆっくりと目を開けた。

 ベッドから起きて、朝の支度をする。
 今日は何をしよう……?
 何も、思い浮かばなかった。
 毎日無気力な生活が繰り返される毎日が楽しいと言えば当然嘘になる。

 だけどそれは、私がやらなければいけない事なのだろう。
 妹のペルセがやった事に恨みを持つ人たち。
 その人たちにとって、私は“そういう事”なのだから。
 でも、私はペルセがやった事が完全に間違いだとは言えない。
 いや、“あのチーム”そのものの存在すらも。

 自分の目的を達成する為に、他者を犠牲にする。

 そんな事、大なり小なり誰でもやっている。
 ただ、強いものがやれば、それは大きくなるだけ。
 強くなる事が悪い事なのかと聞かれれば、やはりそれは否定されるべきなのだろう。

 そして私は、ペルセに恨みを持つ人たちも否定出来ない。
 人道に反する。
 道徳的ではない。
 そういう“流れ”はどの世界にも存在する。
 そして、“強いのであれば他者の犠牲を出さずに目的を達成するべきだ”と考える人も居るだろう。

 モノは言いようだ。
 どうにでも考えられる。
 それが、様々な人の心を覗いてしまった私が持った感想。
 その感想は、きっと私の“我”を埋もれさせてしまった。

 だから私は自分以外、誰も否定しない。
 ペルセを止めもしない。
 ペルセを恨む人たちの心を受け止める。
 そして、私はここで“残り”を過ごしていく。

 私は一人机に座って、引き出しを何となく開けてみた。
 入っているモノは、“ある場所”に×マークの入った地図と、紫色のカード。
 このカードを持っていれば、何時か何かが変わるかもしれないと、かつて“彼”は言っていた。
 そして、このカードを大切に、“隠せ”とも。

 理由は分からない。
 何故なら“彼”の心には、私が察知出来る様な綻びなど無かったから。

 何故、私は今もこれを大切に持っているのだろうか……?
 もしかしたら私は、諦めている様で、何かを期待しているんだろうか……?

「………?」

 外のさっきの場所で、確かな物音が聞こえた。
 こんな時間じゃ、誰も気付かない。
 だけど、私には確かに“感じる”。
 あの場所で、戦闘が起こっている。

 もしかしたら、昨日の人たちかもしれない。
 そして、何所か“懐かしい気配”が、“彼らからだけ”じゃなくて、もう一つ感じる。

 この気配は……
 もしかしたら……


~~~~


「コトリちゃん!!」
 スズキが大声で叫ぶ。
「はい! オオスバメ!!」

 コトリが、スズキの声で霧払いを放つ。
 すると、途端ペルセが“減った”。

「あれが本体……! エンペルト!!」
 徐々に集中し始めた私は、ペルセに攻撃を放つ。
 しかし、私の攻撃は瞬間的に取り出されたブラッキーに防がれた。

「ふふふ……」
 そして、直にペルセは“増え”始める―――

「ルカリオ!!」
 増えたペルセをラナのルカリオが薙ぐ。
 しかし、当然の様に“霧”だったそれはまたも分裂をする。

「っ……」
 今、私は本当に自覚しだした。
 フェイルの様な超反応で避けるんじゃなく、相手を騙して攻撃を回避する。
 ほぼ完璧に相手が守られている状況というのはフェイルと共通して危険だ。

 人間にモンスターの技が当れば“終わる”というのは、大前提だ。
 だから、防御力の差がある以上、それは何時か絶対に“結果”として現れる。

「コトリちゃん!!」
「はい!!」
 スズキがまたも、大声でコトリに指示を出す。
 やっぱり、カイがいない今、スズキがリーダーになるべきだ。
 まだ、切り替えられていない、私なんかより……

「レイさん!?」
「!?」

 ズンッ

「レイ、集中しろって!!」
 スズキがやたらと派手な音を立てて、ドラピオンを私の盾にしていた。
 今のは、ペルセの隣に居るブラッキーの“悪の波動”だ。

「だから、お前は、自分の身を守ることだけ考えててくれよ!!」
 スズキは、殆ど叫ぶ様に私を怒鳴りつけた。
 スズキがこういう声を出すのを初めて聞いたかもしれない。
「ごめ……」
「ラナちゃんもだ!!」
 スズキはまたも叫ぶ。
 ラナはそのスズキの様子に、ビクッと振るえ、一旦ペルセの攻撃範囲から離れる。

 スズキは、直に私に背を向けて、ペルセを見据えた。
 ペルセはついさっき、吹き飛ばされた筈なのに、直に周囲の“霧”に溶け始めている。

「確かに屋外じゃ、飛ばされるけど……場所が悪かったわね」
「……!」
 ペルセの言う通り、コトリが“霧払い”をしても、この町の“霧”は直に漂いだしていた。
 それが、ペルセが発生させる“霧”を助長させ、コトリの霧払いも効果があるのは一瞬だけだ。

「……流石にホームグラウンドだね」
「ゲンガー、シャドーボール」
「………!!」
 ゲンガーの攻撃がスズキに飛ぶ。
 スズキは今度もドラピオンで受け……無かった。

「くっ……」
 横に飛んで、攻撃を回避する。
 ドラピオンはその場から動かさなかった。
 いや、ドラピオンは“動けなかった”?

「やっぱり、“怯んでる”か……!」
「ふふふ……せいかーい……!」
「……!!」
「シャドーボール」
 ゲンガーから、四方八方に“闇の塊”が飛ばされた。
 ペルセの攻撃が、全員に放たれる―――

「レイ!! ギャラドスで防御しろ!!」
「………! コトリ!! ラナ!!」
「っ……!!」
「ギャラドス!!」
 私は、瞬時にギャラドスを繰り出す。
 途端現れた、巨体が、地面を揺らして砂塵を巻き上げた。
 巨大なこの子なら三人位ゆうに守れる。
 スズキは、ドラピオンの陰に潜んでいた。

「ギィイッ!!」
 ギャラドスが、呻く。
 数発程度なら十分に耐えられそうだけど、長期戦はまずいかもしれない。
 やっぱり、ペルセの攻撃は威力が高い―――

「くっ……ルカリオ!!」
 ギャラドスの影から、ラナがルカリオを飛び出させる。
 私の意志を汲み取ったのか、すぐさま決着を着けようとしている。
 狙いは……ペルセだ!

「ランクは大丈夫?」
「……!!」
「悪の波動」
 ペルセの隣のブラッキーの波動がルカリオを捉えた。
 そして、ルカリオは……動かない……!

「“怯んだ”か。やっぱり、ランクが高い!!」
 スズキが態々大声で、戦況を私たちに伝えた。
 特性も凌駕するペルセのランク。
 リングもつけていないのにこの強さ。

 そして、トリプル・ドライブの彼女のメインは……

「“阻害”」
「っ!! ルカリオ!!」
 ラナのルカリオは動けない状態で、ブラッキーの攻撃をモロに受けた。
 怯ませた上で、完全無防備状態への高威力攻撃。
 相性が良くても流石にダメージは大きい。

 弾き飛ばされるルカリオの向こう、ペルセは確りと、“スズキ”を見据えている。

「念や霊や悪は似たり寄ったりのタイプだけど、私のメインはその中でも相手を“邪魔する事”に長けた“悪”。ただ、“霊”とは言え、シャドーボールを受け続けたあなたのドラピオン、そろそろ不味いんじゃないかしら?」
「……だろうね。ドラピオン、“つぼを衝く”!!」
 ペルセの言葉の意味を私が察知する前に、スズキは叫んでドラピオンに指示を出した。

「……!?」
 途端、ドラピオンに活力が戻る。

 つぼを衝くは、確か、波動の“出”が良くなる技だ。
 使いこなせば、噴出した波動の使い道をコントロール出来るって聞いたけど……スズキの表情を見るに、今はあの完成度で十分らしい。

「相手の邪魔をするって、確かに“念”でも“霊”でも、まあ、他のタイプにもあるよね。相手の防御能力を下げる可能性のある技とか」
「流石に詳しいわね」
 ペルセの眼は何所か楽しそうに、またもスズキを捉える。

「益々、あなたたちの世界に興味が出てきたわ」
「ははは」
 スズキは困った様に、頬をかいた。
 こいつがこういう顔をする時は、大体困っていない。
 さっきまで、大声を出していたスズキは、別に冷静じゃない訳じゃないようだ。

 その上、スズキはペルセ相手に未だ決定打を受けていなかった。
 ドラピオンのタイプを利用して、うまく攻撃を流している。
 スズキは……“最強”と渡り合っている……?

「それで、何のつもり?」
 ペルセは微笑むのを止め、スズキを見た。

「そっちの二人はともかく、あなたとあなたに指示を与えられているその子」
 ペルセは、スズキとコトリを指す。
「私を攻撃する気があるの?」
「……!」
 私はようやく、スズキがペルセと戦えていた理由が分かった。
 スズキは、ペルセに攻撃をしてない。
 ただ、コトリにペルセの“幻惑”を防がせて、自分はドラピオンで防御をしている。
 そして、コトリにも攻撃の指示を与えない。

「いや、作戦作戦」
 スズキは、はははと笑う。
 一体何を考えているのか……?
 そう言えば、スズキは私たちにも身を守れとしか言っていない。

「へえ……」
 その軽薄そうな態度に、ペルセは何故か微笑んだ。
「そう言えば、隠れている二人は何時出てくるのかしら……?」
「………!!」
 その、スズキの“嘘”。
 それが、私にある事実を伝えてきた。

 当然、あの二人なんてここには居ない。
 カイは、今、“育て屋”に居る。
 アリスさんは、今は家の筈だ。
 この場所で、“大声を出したり”、“けたたましい騒音でも立てたり”しない限り、こんな時間に彼女は来ない。

 まさか、スズキの狙いは……“その嘘を本当にする”事……?

「……スズキ……あんた……」
「悪い」
 スズキは、静かに謝った。

 そして……

「………! 時間稼ぎだった訳ね?」
「まあ、流石に俺たちじゃ倒せないよ」

 ペルセの視線が、スズキから外れる。
 彼女の冷静な判断能力が、この場で最も警戒しなければならない人物が変わった事を察知したからだろう。

「ごきげんよう。アリス」
「ごきげんよう。ペルセ」

 この場に来る前に、彼女はこの場で何が起こっているのか察知したのだろう。
 戦場の中に在る妹を見ても、別段驚く様な事をせず、ただ、立ち位置だけは、私たち側についている。

 私にとって、“最大の異物”が始まろうとしていた。


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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 最近、多忙ですが、何とか更新だけはと思い、投稿させていただきました。
 ただ、何所か練りこめなかった感が出てきてしまっています。
 もう少し、多人数がいる時の回し方を勉強したいと思います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。  
 では…



[3371] Part.37 Innocence
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/11/14 18:48

 “割り切らない”事を、選んだ。

 “あの子”と別れて、過去は割り切らなきゃいけない事なのかと思い始めていた私は、“割り切らない”事を選んだ男の子に会ったから。
 過去の事はいずれ割り切るべきだとは思う。
 ただ、無理矢理割り切ろうとしても、“割り切れない”。

 だから、今は“割り切らない”事を選ぶ。
 私は、私の妹を、“割り切らない”。

 だから私の胸の中では、何時でも“姉妹”というモノは大きな存在で、そしてその繋がりは儚い。
 “割り切る”までは、私はそれを大切にしよう。

 例えそれが他人のモノでも。
 私は、“姉妹”の繋がりを大切にしたい。
 時には喧嘩もする。だけど、相手の事を想っている。相手を、“自分”を追及するあまりに傷つけたりはしない。
 そうあるべきだ、と心のそこから願う。

 それが、“割り切らない”私が思った事。

 それなのに―――

 今、目の前で起こっているモノは何なのか。

「“プレート”は持ってる……? アリス」
「“こんなモノ”を狙っているの……?」

 この二人は、久しぶりに会ったというのに、そんな会話しか出来ないのだろうか。
 アリスさんはポケットから紫色のカードを取り出しながら、ただペルセを力の無い目で見つめている。
 やっぱり、アリスさんが持っていたみたいだ。
 そして、ペルセのアリスさんを見る目は、完全に、ターゲットへのモノだった。

「っ……!?」
「離れるぞ」
 私が呆然と立っていると、この光景を創り出した張本人に腕を引かれた。
「スズキ……!」
「幾らなんでも、無理だ」
 私は悔しくなって腕を振り払おうとしたが、それでもスズキは強く私の腕を引いていく。

「皆も、アリスさんの後ろにいた方がいい」
 スズキの声に、コトリもラナもそれに倣う。
 私以外は、全員、今それがベストの選択肢だと思っているみたいだ。

 スズキは、この場に私たちがいては“戦力的”に邪魔だと判断している。
 確かに論理的にはそれは正解なんだろう。

 だけど、私は納得出来なかった。
 ただ、その“我”を通す力はない。

 それだけで……

 目の前には、邪魔者がいなくなって、私にとっての“最大の異物”である、完全なる“姉妹の対峙”が完成していた。
 ただ、そうあるべきだ、と思っていた光景とは間逆の存在が目の前にある。

 自分が思った一つの事。
 そんな事も……そんな事も達成出来ない。
 何で……何で私はこんなに弱いの……?

「持っているなら話は早いわ」
 ペルセは当然の様に手を差し出す。
 ここで、アリスさんが素直に“プレート”を差し出せば、何も起こらないだろうか。
 しかし、私の小さな期待とは裏腹に、アリスさんは直にポケットにカードをしまった。

「これを持っていれば……“何かが変わる”って、“彼”が言っていた……。今これを渡したら、多分意味無いと思うから……」
 アリスさんが、消え入る様に呟いた言葉の意味は分からない。
 ただ、アリスさんは、“プレート”を渡さない事が、“何が始まるのか”理解した上でそれを拒んでいる……
 それが、“姉”のすることなんだろうか……?

「私は誰も否定しない……だから、“我”をずっと出せない……」
 アリスさんは、ここに来るまでに何を想っていたんだろう……?
 ただ、何かを思い出す様に、呟き続けた。

「だから“彼”は、相手から私の所に来る様に仕向けた……私が……いえ、他の誰でも、一番“我”を出し易い状況を創ってくれた……こういう意味だったんだ……」
「……!!」
 アリスさんの空気が変わり始めた。

 私は、ここで、最悪の事に思い至ってしまった。
 最初、アリスさんはペルセのやった事に責任を感じてこの町で“残り”を過ごしているんだと思っていた。
 でも、そうじゃない。
 ここで、誰の干渉も受けない様に過ごしていたのは、ただ単に、誰も否定しなかった結果だっただけだ。

 ペルセがそうだった様に、アリスさんもペルセの事を妹と思っていない……!?
 それ程の“空気”をアリスさんは持っていた。

「“敵”が攻めて来る時……そうなって初めて私は、“我”が出せる……」
「あ……」
 コトリが、アリスさんの空気を敏感に察知して、刺激しない様に、ゆっくり下がる。
 自分の中の小さなプライドで、下がろうとしなかった私も、アリスさんの異様な空気に押されていた。

 怖い……

 この人が、じゃない。
 この人が“しようとしている事”が、だ。
 この人は……妹を……

「それでも、今は戦闘を……しないといけない……」
「………!」
 また、だ。
 心を読まれた。
 私がどんなに“それ”を避けて欲しいかを知っているのに、アリスさんは“それ”を選ぶ。

 戦闘。
 きっとそれが、本人も言っている様に、切り替えの“スイッチ”なんだろう。
 もう、彼女は、戦うことしか考えていない……。

 怖い……

 今度の恐怖の色は、アリスさんそのものから感じられた。
 後ろにいる私が感じるには明らかにおかしな感覚。
 ペルセに向けているはずであろうその空気は、まるで霧の様に分散し、周囲に漂う―――

 アリスさんは……切り替えた。

「あなたたちは……安心して見ていて……」
 アリスさんの力の無い声を聞き逃さない様にしながらも、私はそこでようやく、一歩退いた。

「ペルセじゃ私に勝てない……」
「………?」
 私は一瞬、アリスさんが何を言ったのか分からなかった。

―――!?

 あまりに自然に出てきたその台詞に意味を考える前に、今度は鋭い殺気が発生した。

「大した自信ね?」
 アリスさんの、盤面全てに恐怖与える空気とは違う、ただそれを収束させて相手を射抜く様なペルセの殺気。
 それが、全て、“姉”であるアリスさんに向く。

 完全にペルセが戦闘態勢に入った。
 そして、徐々にぼやけていく―――

「あ……!」
「待った、コトリちゃん!!」
 ペルセを見て、反射的に動こうとしたコトリをスズキが制した。

「多分、邪魔になるだけだ……!」
「……!」
 スズキの視線を追って、私もその意味が分かった。
 ペルセだけじゃなかった。
 アリスさんも……ぼやけ始めている……!?

「もっと離れないと、まずいぞこれ……!」
「はい……!」
 コトリが二つ返事で了解する。
 そして、直に近くの建物を指差した。
「あそこ、あそこに……!!」
 スズキは頷いて、そこに駆け出した。
 コトリもそれに続く。

 二人とも、当然の様に理に適った行動をしている。
 他人にとってみれば、私の気持ちはどうでもいいんだろう。
 ここで、私たちが完全にこの場から離れたら、もうあの二人は止まりようもない。
 じゃあ、私だけでも……ここにいた方が……

「とりあえず、行こう。レイさん」
「え……? ラナ?」
 走っていく二人を見ていた私の腕は、今度はラナに引かれた。
 さっきまでずっと難しい顔をしていたラナは、少しだけ晴れた顔をしている。

「今は、無理だと思う」
「?」
 ラナは、私の腕を引いて走りながら、ぼそりと言った。

「よく分からないけど、今は、考えない方がいい気がするんだ」
 ラナはもしかしたら、私に話しかけているんじゃなく、自分に言っているのかもしれない。
 きっと、“忘れた”んだろう。
 何かを考え続けて、結局見つけられなかった時の、ラナの癖。
 それは、ある意味“割り切る”という事なのかもしれない。

「だから、今は離れよう?」
「………」
 私は、答を返さなかった。
 ラナが見つけた答は、先延ばしにする、だ。
 でも、私はまだ、答を見つけていない。
 あの二人を止める方法も思いつかない。
 それなのに……あの場から逃げる足は止まらなかった。

~~~~

 アリスは“錯誤”の適合者。
 無いものを在ると誤認させる“幻惑”に近く、“在るものを別の在るもの”と誤認させる力。
 “在るもの”を使う分、“幻惑”よりは少し効率がいい。

 今、アリスはこの町に自然に発生している“霧”を媒体にして、“アリスの分身”を大量に創っている。

 私は、この町以外では、“幻惑”で“霧”を発生させて“錯誤”で“霧”を別のものと誤認させて戦うことが多い。

 現に今も、“霧”である“私の分身”は、アリスに負けず劣らずの量で場を満たしている。

 戦場には二人しかいないはずなのに、今や乱戦状態だ。
 この勝負は、どっちが先に相手を見つけるか。
 そこに尽きる。
 私のメインの“阻害”のモンスターは、アリスの“錯誤”に相性で勝っているとは言っても、この戦いは当然に“人間”を狙っている。

 だから、絶対に、相手に自分の居場所を突き止められてはいけない。
 これは、そういう勝負―――

―――の、筈だった。

「っ……!?」
 アリスの繰り出したエーフィの念波を寸でのところで回避する。
 当れば、最悪ねじ切られる技、サイコキネシス。

 それが、正確に、“私本人”に飛ばされた……!

 直に、“霧”で誤認させてその場を離脱する。
 しかし―――

「サイコキネシス」
「!?」

 アリスは、私が創った幻覚全てを無視して、私のみを狙う。
 最初は、アリスも“霧”に攻撃していた。
 しかし、時間が経つにつれ、明確に、私本人に攻撃し続けている。
 間違いない。

 今、アリスは私の居場所を完全に把握している……!

「本当に……久しぶり……」
「……!?」
 背後から声が聞こえて、私は直に走り出した。
 全力で走り続けたのは何時以来だろう……?

「戦っている時は……余計な事を考えずに済む……」
「っ……!!」
 “霧”の中を走る私の周りで、アリスの消え入りそうな声が響く。
 まるで、この“霧”総てがアリスの様だ。

 周りに浮かばせている私の幻覚は意味を成さない。

 アリスが“騙せない”。
 脳裏にこびり付いて離れない、アリスの“力”。
 まさか……私の心は“綻んでいる”……!?

「っ!?」
 今度は殆ど死角から、念波が飛んできた。
 私が“錯誤”の適合者でなければ察知出来なかったであろう攻撃。
 明確なる殺意が伝わってくる。

 この、一旦戦闘になれば消極的な性格は“なり”を潜め、相手を惑わし、そして、“終わらせる”。
 この、清々しいまでの戦闘への切り替え。

 “魔女”・アリス。

 私が、最初にトレーナーになりたいと思った理由である程、その存在は“高い”。
 やっぱり、アリスは“最大の障害”だった。
 “伝説”は伊達じゃないって事ね……!

「ペルセ……心が“綻んでる”わよ……?」
「!?」
 響く小さな声が聞こえ、直に私は自分を強く持った。
 心の“綻び”。
 それを持つ人間は、アリスには到底届かない。

「悪の波動!!」
 ブラッキーの攻撃は、直ぐ近くのアリスに当る。
 しかし、声を出していた様に思えたアリスはやはり“霧”だった。

「………」
 アリスの位置を掴むか、アリスに私の位置を掴ませない様にしなくちゃいけない。
 掴めば“終わらせる”事が出来るし、掴まれなければ消耗戦で相性勝負になる。

 考えないといけない……
 そもそも何故、アリスは私の位置が分かるのか。

 私の心が“綻んで”いる……?
 そうだとしたら、私が幾らアリスを騙しても意味が無い。

 だけど、そうじゃないとしたら……?
 さっきのアリスの言葉は私に揺さぶりをかけただけだ。
 実際、アリスは最初、“ちゃんと騙されていた”。
 私の心はアリスが除ける程弱くないのは間違いない。
 それなのに、何時の間にか、私だけを狙っている。

 創ったばかりの“霧”に騙されるけど、創り続けないとどれだけ飛び交わせても“私本人”が狙われる。

 “狙われる”………?

 前にも、似たような事が……

―――!!

「なるほど……ね」
 私の視線は建物に向いた。

~~~~

「これは最早CGだな」
 スズキさんが呆れ顔で戦闘をそう称した。
 私たちは今、両開き式のドアが壊れた建物の中にいる。
 そこから覗く景色は、確かにスズキさんの言う通り、現実離れしたものだった。
 幾重にも増えた“彼女たち”。
 それが入り乱れての戦いは完全に私たちのレベルの枠外だ。

 そんな戦いを見続けている所為か、私はさっきから目がチカチカしていた。

「やっぱり……おかしい」
 レイさんが戦闘から目を離さずに呟いた。

「折角の……姉妹なのに……さ」
 私とラナさんの手が、レイさんに握られた。
 私はそれを少しだけ握り返す。

「スズキ……?」
 声色で分かった。
 レイさんは、スズキさんを責めている。
 ただ、スズキさん以外にも、自分を責めている様な気がした。

「こうしなきゃ……“終る”と思ったんだよ」
 スズキさんは疲れた様に言った。

 スズキさんがやった事は、確かに私たちがあの場から助かる唯一の方法だったのかもしれない。
 身の丈に合わない行動をしてしまった私たちが助かるたった一つの方法。
 ただ、その“正しい”事が、レイさんの“我”と真正面からぶつかった。

 “姉妹の殺し合い”を止めようとした私たちが助かる方法が“姉妹の殺し合い”をさせる事だった。
 それが、ジレンマを生み出している。

「あれが……“正しい”事なの……?」
 初めて見たかもしれない。
 こんな弱気なレイさんを。
 そして、レイさんは当然にその答を知っている筈だ。

 “ルール”を。

「“正しい”」
「……! スズキさん……」
 全員が暗黙的に理解している事を、スズキさんはハッキリ言った。

「今、俺たちは“アレ”を止められない。だから……」
「“正しくなる”んだよね……?」
 ラナさんが戦闘をぼんやり見ながら呟いた。
 そういえば、ラナさんは経験済みだった。
 痛烈に“我”を通される事を。

 “正しい”から“強い”じゃない。
 “強い”が“正しさ”を創る。

 その“強さ”は、時に“知力”であったり、“筋力”であったり、“流れ”であったりする。
 私の“我”とぶつかっているのは、“自由”の体現の仕方という“流れ”だ。
 そして今、目の前にある“正しさ”は戦闘能力という“強さ”が創っている。
 弱いなら、それに流されるしかない。

 だったら……

「レイさん、止めましょう」
「コトリ……?」
 私は、声に出した。
 幾ら“正しい”と言われても、自分が“そうじゃない”と思えば逆らってもいいと教えてくれた人がいたから。

「違うと思うなら……止めないと」

 今、“正しさ”を創っているのは彼女たち。
 だったら、それを止められれば、私たちが“正しく”なる。

 レイさんに倣って戦闘を見る。
 見ただけで、目がチカチカするような光景だけど、今は動かないといけない。
 レイさんの“我”を私も守りたいと思うから。

 “あの時”、“正しさ”に押しつぶされそうになった私は、“彼”に救われた。
 でも、今、“彼”はいない。
 だったら、自分で“正しさ”を押し返さないといけない。

 “姉妹同士の殺し合い”。
 それは、どう考えても異物だ。
 でも、それを止める事が出来なければ、この場では“正しく”なってしまう。

 だから、止めなければいけない。
 幾ら自分の方が“正しい”事をしていると思っていても、負けたらただの“言い訳”になってしまうのだから。

 勝てば、“正しい”。
 それ以外は間違い。

 そんなシンプルな考え方が、私が選んだトレーナーという存在なんだ……!

「そうね……じゃあ、どうする?」
 レイさんは、ふっと笑って声を出した。
 それを聞いて、私はほっと息を吐く。
 ああ、やっと……

「変な空気がようやく消えたか。さあ……どうすっかな……?」
 スズキさんの声も元の調子に戻ってくる。
 やっぱり、スズキさんも目の前の光景を避けたいとは思っていたみたいだ。
 こんな状況なのに、自然と顔が綻ぶ。
 やっと、元に戻った。

「手はある事はあるけど……せめてアリスさんが何所にいるか分からないと……。もしかしたら、ラナちゃんにも協力してもらわないといけないかも……」
 スズキさんは何かを思いついていたみたいだ。

「うん、場所さえ分かれば……ボクが“止められる”」
 ラナさんがボールを取り出す。
 必然的なダメージを与える技を持つモンスターが入ったボールを。
 “それ”はきっと私の“我”とぶつかる事を意味しているんだろう。
 それは、少し、辛かった。
 ただ、今はレイさんの“我”を守りたい。
 さっきみたいなレイさんは、見たくないから……。

「そうじゃなくて……」
「場所?」
 スズキさんの声を遮って、レイさんが、戦場を見ながら得意げな声を出した。
「まさか……レイ……?」
「うん」
「え……? ああ!!」
 私は、レイさんの言葉の意味がようやく分かった。
 レイさんは、戦場から目を離さない。
 私が、戦場を見ても、目がチカチカするだけなのに、レイさんは何かを“把握”し続けている。

「任せなさい」
 レイさんは笑う。
 その自信のある声だけで、私にはもう、何とかなる様な気がしてきた。
 ああ、やっぱり、レイさんはこうじゃないと。

「それなら……私が……!?…」

「やっぱり、あなただったのね?」

―――!?

 やっと戻った“空気”。
 その中に、突然“異物”が鋭く切り込んできた。
 もっとも、私がそれに気付いたのはレイさんに突き飛ばされてからだった。

「きゃっ!?」
「っ!!」
 尻餅をついた私に見えたのは、レイさんが“霧”に連れ去られる瞬間。
 あれは……ゲンガー……!?

「……!! “そういう事か”!!」
 スズキさんは、何故レイさんが襲われたのかもう分かったみたいだ。
 私は直に体勢を立て直して、レイさんの位置を把握する。

「“判別”していたあなたの心が読まれていたから、アリスは私の位置が分かってしまっていた……」
「!?」
 出来上がっていた構図は、“彼女”と、その足元にいるレイさん。
 引きずられたショックか、動けそうに無い―――

「まずいっ!!」
 スズキさんとラナさんが駆け出す。
 私も直に起き上がって、“霧”の中に飛び込んだ。

 その途端、そこら中に浮かぶ“レイさんたち”。
 完全に“騙されている”。
 今、何をどうすれば……!?
 頭が回らない。
 そして、目がさっきよりも痛くなってきた。

「あなたが“終れば”、アリスには相性で勝てる」
 “彼女”の声が周囲に反響する。
 本当にまずい。
 私の頭の中では既に、警戒音がガンガン鳴っている。

「っ!! アリスさん!!」
 スズキさんが叫ぶ。

「駄目……“ペルセが何所にいるか分からない”……」
 同じく反響したアリスさんの声は焦っていた。
 アリスさんは“レイさんが何所にいるかは”分かっているんだろう。
 ただ、それを狙う“彼女”の位置が分からない以上、下手に動く訳にはいかない。

「っ!! レイさん!!」
 ラナさんの声だけが聞こえる。
 この“霧”の中、私たちは完全に自分の位置を見失っている。
 やっと……やっとさっき、戻ったと思ったばかりなのに……!

「“三つを収束させれば”……あなたは“総ての感覚が消える”」
「何……を?」
 その声が響いてから……周囲に浮かんでいた、“彼女たち”の姿が減っていく。
 それは、彼女の言葉通り、収束されているからだろう―――

 どうすれば……

「っ!! コトリちゃん!!」
「はい!!」
 スズキさんの声が響く。
 スズキさんは何か思い付いているみたいだ。

「アリスさん!! “いいですよね”!?」
「ええ……」
「!!」
 そこで、私の役目が分かった。
 もうこうなったら、アリスさんが多少不利になっても、創った幻覚ごと、“霧”を吹き飛ばすしかない。
 それも、この地方が創りだす自然な“霧”ごと、総て。

「あなたに訪れるのは“無自覚の終焉”……」
 “最強”の声が響く。
 私は、直に全部のモンスターを出した。
 今、全員で急いでやらないと―――

「霧払い!!」

 想像以上の風量に、総ての“霧”が飛び散る。
 そして……ようやく見つけた。
 立ち上がろうとしているレイさんと、それを見下ろす“彼女”を。

 そして……“彼女”の足元にいる三体のモンスターが、力を溜めている。

 目が、チカチカする―――

「Triple drive:Innocent twilight」
「っ!!」
 彼女のモンスターから放たれた、紅い奇妙な光がレイさんを捉えた。

「あ……あああああああ!!」

―――“5ルート”。

 レイさんが力なく倒れていく。
 その光景を見た瞬間、私の中で、何かが外れた。
 そして、“彼女”への“ルート”の様なものが見える。

「“一撃必殺”」
 “彼女”はレイさんを見下ろしながらそう呟いた。

「っ!? いた!!」
 ラナさんが、“彼女”を見つけて現れる。
 でも……そこは“道のりの一つと被っている”。

「………レイさんは!?」
「ラナさん、そこにいないで下さい」
「―――!?」
 ラナさんは直に飛び退く。

―――“7ルート”。

 ああ、これでもっと“狙い易く”なった。

「何……?」
 そして、“彼女”は私の方を向く。
 足元にはレイさんが倒れている。
 あれは、“彼女”がやったんだ……。
 とりあえず、レイさんの元から離れさせないと。

「フワンテ、オオスバメ」
 私は2体に霧払いをさせたまま、更に上空に飛ばせた。
 一瞬、彼女の視線がそれを追う。

―――“13ルート”。

 それに伴って、“ルート”が一気に増えた。
 分かる。
 今の“彼女”の死角や、対応が遅れるルート。
 “無限にある私の攻撃ルート”の中でも、特に“死亡率の高い”ルート数が……!

「コトリちゃん……?」
「トゲチック、ツバメ返し」
 そっと、“ルート”にモンスターを乗せた。

「っ!?」
 彼女はブラッキーで身を守った。
 でも、それは想定内。
 本命は……

「!?」
 私が、彼女の隙を縫って背後に回りこませていたズバットの攻撃がマントを掠めた。
 流石に“最強”なだけはあって、反応はしたみたいだ。

「やるわね……!」
 “彼女”はようやくレイさんから離れた。
 じゃあ、次。

 動き回る彼女へ伸びる“ルート”はどんどん増えていく。
 自分が何所にいても、彼女を狙える―――

「空を飛ぶ」
 “自由”の波動を纏った攻撃は、“ルート”に沿って、“彼女”を襲い続ける。
 何で私はこんなに落ち着いていられるんだろう……?
 レイさんが倒れているというのに。

 でも、今、私がやりたい事は、レイさんがそう望んだ様に、この戦闘を“早く終わらせる事”。

「ツバメ返し」
「ブラッキー!!」

 死角を縫って繰り出している必中攻撃にも拘らず、“彼女”はギリギリ対応している。
 流石に、“最強”だ。
 でも……

 “当れば終わる”。

~~~~

「レイ……!?……アリスさん」
「しっ」
 俺が、ようやくレイの元に辿りつくと、そこには既にアリスさんがいた。

「レイは……?」
「まずいかもしれない」
「!!」
 アリスさんの隣にはエーフィがいる。
 そして、レイに向かって何かをしていた。

「この子……五感が殆ど完全に無くなっている……」
「!!」
 前に聞いた事がある。
 “意識を持ったまま五感が消える”と、どうなるのか。
 戦う事なんて当然出来ない。
 その状態が長く続けば、良くて発狂だ。
 それが、“彼女”の技。

 “高命中率の一撃必殺”。

 それをレイはまともに受けた。
 “嫌な予感”……的中だ。

「あの子、何時の間に同時に使える様になったのかしら……」
 アリスさんが、レイの額に手を当てながら呟く。
 その表情は、もう既に、戦闘時の切り替えたモノじゃなかった。

「治せますか?」
「分からないけど……助けてみせる……嫌な思いさせちゃったみたいだからね……」
 この人は、レイの気持ちを“読み”続けていた。
 だから、届いていたんだろう。
 レイの悲痛な叫びは。

「アリスさん、分かっているならお願いします。逃げましょう?」
 レイを落ち着いて治療する為にも、レイの“我”を守る為にも、ここから離れないといけない。
 例え、それがこの人の“我”を出すチャンスを摘む事になっても、俺が選ぶべき選択肢はそっちだ。

「……そう……ね」
「………!」
 アリスさんは直に納得してくれた。

「戦っても……それでもやっぱり、違う気がしたから……」
「………」
 俺が見ていた内では、アリスさんは完全に殺す気で“妹”を攻撃していた。
 その筈だったのに、アリスさんは今はもう“妹”を殺そうとは思っていない。
 それを動かしたのは、きっと、“心を読まれ続けていた”レイだ。

 何だよ。
 実力行使じゃなくても、レイは止められたじゃないか。

「アリスさん、他のモンスターを持っていますか?」
 俺は、顔が綻ぶのを堪えながら、アリスさんのエーフィを見た。
 こいつじゃ、“出来ないんだ”。

 アリスさんは、レイを見ながら首を振る。
 そりゃ持っていれば、今レイの治療の為に繰り出しているか。

 じゃあ、やっぱりラナちゃんに協力してもらわないといけない。

 そこまで判断して、俺は戦況を眺めた。
 コトリちゃんとラナちゃんが戦っていたみたいだけど、相手が相手だけに二人でも彼女を止めるのは厳しいだろう。

「……!」
 そう思って一歩踏み出そうとした俺は、その場から動かなかった。
 彼女を“止める”必要がない。

 “彼女”は既に足止めを食っていた。
 コトリちゃんと、ラナちゃんの二人に。

 いや、ラナちゃんは見ているだけ……邪魔をしない様にしているだけだ。

 “自由”の適合者の―――

~~~~

 “何所から襲われるか分からない”

 私の肩をズバットが掠める。
「っ!!」
 そして、直に反転して、トゲチックと共に周囲を素早く飛び交う。

 小さなモンスターの攻撃は明らかに低威力。
 でも、それはモンスターを襲った場合だ。
 当然、人間に当れば危険な攻撃になる―――

「くっ……!」
 また、一瞬でも反応が遅れれば命を刈り取られる攻撃が私を掠めた。
 幾ら移動しても彼女の攻撃はあらゆる角度から私を襲い続ける。
 上空にいるオオスバメとフワンテが、永続的に“霧払い”をしている所為で彼女を“騙せない”。

「ツバメ返し」
「っ!! ブラッキー!!」
 最短の開閉タイミングのボールに入ったブラッキーで防御。
 そして、直にボールに戻した。
 どんな位置からも放ってくる、必中攻撃を防ぎ続けないと、戦場を三次元に把握している彼女に、“殺されてしまう”。

「………」
 私は、ポケットから黒いリングを取り出した。
 落ち着かないと。
 アリスとの戦闘の所為で思う様に反撃出来ない。
 今、アリスはミナモ=レイの治療をしている。
 “錯誤”の適合者なら、“あの技”の治療は出来るかもしれないが、それでも、相当時間はかかるし、集中する必要もある。

 だから、今ならアリスを確実に“終わらせられる”。

 それなのに、移動出来ない。
 この……

「“35ルート”」
「っ!!」

 ……攻撃者の所為で……!

「ドンカラス!! 空を飛ぶ!!」
 私は、ドンカラスに背を掴ませて飛ぶ。
 相手が三次元の攻撃をしてくる以上、自分だけ二次元にいては、防ぎきれない―――

「“78ルート”」
「――!?」
 当然、狙われる“ルート”も増える。
 でも、走り続けるよりはマシだ。

「っ!!」
 またも、予期せぬ方向から攻撃が飛んで来た。
 それをしているのは、今まで何所か、のほほんとしていた子。
 冷淡に、私を攻め続ける。

 どうやら、逆鱗に触れてしまったみたいだ。
 その攻撃の所為で、隙だらけのアリスに攻め込めない。
 攻撃が少しでも止めば、アリスへ飛べるのに……。

 この、相手を殺す事に長けた力。
 相手への攻撃の選択肢が無数に浮かび、その中でも“優良なルート”が見える。
 暴力的なまでの攻撃。
 “相手の隙を探す様な隙”を見せれば次の瞬間、殺されているのは自分だ。

 この“力”。
 メインが“虫”のマイムより危険かもしれない。
 彼女は“体現”している―――

「流石に“自由”の適合者ね……!」
「――あ………」

―――!?

 私が、認める様なつもりで言った一言。
 その、たった一言で、彼女の攻撃が瞬時に止った。
 そして、力なく膝を突く。

「っ!!」
 その隙を私は見逃さなかった。
 直に、彼女を抜き去る。
 彼女が何を考えているのか分からないが、今がチャンスだ。

 治療に集中しているアリスを“終わらせられる”。
 アリスを守っているのは、サトウ=スズキだけだ。

 彼には私を止められない―――

「スズキ君!! そっち……!」
 誰かが叫ぶがもう遅い。

「来たか!」
 サトウ=スズキはボールを取り出す。
 戦場な以上、容赦はしないと言ってある。
 向こうも、そのつもりで迎え撃つ様だ。

 でも、ドラピオンで守ろうが、もう限界は近い。
 体力が減っていれば幾ら相性が不利でも十分に……

「“使う”……か」

―――!?

「あれっ!?」
 私は一気に急反転してその場から離脱した。
 それは、間違いなく防衛本能。
 そんなモノは、彼が“守ろう”としていたら起こる筈が無い。
 つまり、彼がやろうとしていたのは“攻撃”。
 それにしても、何なんなのだろう……今の“悪寒”は。

 今、不用意にあの場に行ったら、“死んでいた”……?

 やっぱり……このチームは……

「エルレイド!!」
「っ!?」
 私の隙を見逃さない様に、今度はエルレイドが襲い掛かって来た。
 そうだ。
 一々考えている場合じゃない。
 今は、“1対4”なのだから……!

「ブラッ……!!……飛んで!!」
 思わず目の前のエルレイドの前にブラッキーを繰り出そうとした腕をギリギリで止め、直に更なる高度に私は飛んだ。
 その直後、私のいた場所を、エルレイドの“本体”が正反対の場所から襲い掛かっていた。

「はあ……はあ……」
 高く高く飛んで、ようやく息が吐けた。
 サトウ=スズキやエルレイドのトレーナーは私を見逃さない様に捉えている。

 今の一瞬で、一体何度死に掛けただろう……?
 アリスの戦闘から通して、久しぶりに全力で動かざるを得なかった。

 最初は、アリスだけが相手だと思っていた。
 それなのに、今や私は“1対4”だと認識している。

 そして、サトウ=スズキ……。
 今、彼は何をしようとした……?
 いや、彼だけじゃない。
 倒れたとは言え“霧”と本体を“判別”し続けたミナモ=レイ。
 “自由”の“体現者”に、私を“騙しかけた”エルレイドのトレーナー。

 この場にいる全員が危険因子だ。

「出会ったばかりは……ルーキーだったのにね……」
 もう、遊んだりしない。
 いや、遊べない。
 認めて切り替える必要がある。

 このチームは危険だ……!

「ふふふふ……」
 口から、笑みが零れた。
 これだから、“外”は面白い。

 “最強”として、戦う。
 本当に、全力で。

「さあ、始めましょう……!」
「悪いけど、終わりだよ」
「……!」
「ラナちゃん!!」
 私の言葉を否定したサトウ=スズキが叫ぶ。

 呼ばれた子が彼らの元に駆け寄った瞬間、私は、直にボールに手を当てた。
 エルレイドが、ボールに戻され、それがアリスに手渡される。
 今、あの二人の間で“意思表示”が成立している―――

「っ! フーディン!!」
 まさか、アリスがそうするとは思っていなかった。
 “無い”と思っていた選択肢を、誰がアリスに選ばせたんだろうか……?

「エルレイド……」
 間に合うだろうか……?
 下にいる全員が歪んでいく。
 アリスが、治療と“アレ”に集中している隙をつけば十分に出来る可能性が―――

「テレポート」

 次の瞬間、彼らはこの場から消えた。

~~~~

 視界がグニャグニャと揺れて、妙な浮遊感がすると思ったら、放り投げられた様に落とされた。

「う……ここは……?」
「潰れた関所……あの町からあまり離れてはいないけど……」
 俺たちが移動した場所は、どうも埃臭い薄暗い部屋だった。
 前にカイが入れられた牢屋に近い気がする。
 関所の寝室だったんだろうか……?
 小さなベッドと、空っぽの本棚があるだけで、他には何も無かった。
 ある意味、アリスさんの家に近い。

「ただ、あの子はもう、追って来ないでしょうね……ほら……」
「ああ、やっぱり」
 俺は、苦笑した。
 テレポートの直前、彼女が使った技。
 “トリック”だ。
 アリスさんの手には、“プレート”の代わりに渡されたという、何の力も無い別の四角い板。

「“ごきげんよう”……か」
 そこに書いてあった文字を読み上げて、俺はもう一度苦笑した。
 彼女の目的は“プレート”。
 だったら、多分ずっと“トリック”や“泥棒”をするタイミングを狙っていたんだろう。

 結果として、彼女は目的を達成し、俺たちは逃げた。
 最初から“プレート”を渡しても同じ結果になっていたというに、自分たちは何であんなにも必死に戦っていたというのか。
 そう言われれば、何も言えなくなるからだ。

 ただ、それでも、意味はあったような気はしていた。

「それにしても、随分早く起きたわね……?」
「まあ、こういうの強いんで」
 俺とアリスさん以外は、まだテレポートのショックからか起き上がらない。
 いや、一人は“別の理由”か。

「それより、レイは……?」
「今やるわ……」
 レイは、ベッドに乗せられた。
 そして、エーフィとアリスさんは、レイに何かを送っている。
 失われた感覚を取り戻す方法なんてのは、俺には分からないから、黙って見ているしかない。
 邪魔もしない方がいいだろう。
 俺は、倒れて目を覚まさない二人を隣の部屋に運んだ。

・・・・・・

 部屋のレイアウトがまるっきり同じの隣の部屋で、俺は二人をベッドに寝かせると、壁を背に座り込んだ。
 隣の部屋では、レイがアリスさんに治療されている。
 助かるかどうかは分からない。

 ただレイは、ぐったり倒れていて、生気の無い表情を浮かべていた。

「っ……!」
 俺は拳を強く作った。
 俺が取り乱している場合じゃない。

 頼むぞ、レイ。
 カイもいないっていうのに、こんな事で“終わらない”でくれよ。

 まるでドラマの様に、手術室の前で待っている親族の気分だ。
 ただ、俺にとって、“本当の親族”にはそういう感情は浮かばないが。

「うぅ……」
「ラナちゃん、起き……大丈夫……?」
 目を覚ましたラナちゃんは、口に手を当てて青ざめていた。
 どうやらテレポートに酔ったらしい。
 自分のモンスターの技なんだから、我慢すべきなんだろうが、正直俺でも、もう一度テレポートしたいとは思わなかった。
 酔う人間は多そうだ。
 まあ、ラナちゃんのランクじゃ十分には出来ないだろうから、そんな心配は要らないんだろう。

「……! レイさんは!?」
「しっ」
 病院に居る様な気になっていたからだろうか。
 思わず口に手を当ててしまった。

「レイさんの様子は……」
「大丈夫。アリスさんは助けてみせるって言ってたから」
 ラナちゃんは、複雑そうな顔をした。
 ただ、昨日みたいな敵意は、アリスさんに向けてい無さそうだ。

 ラナちゃんにとって、“あのチーム”から逃げる事も、目の前の“あのチーム”の姉に意思表示した事も、“そういう事”の筈だった。
 それなのに、ラナちゃんは迷わずにアリスさんに意思表示をした。
 レイを救う為に。

 ほらレイ。
 お前の妹みたいな存在はちゃんと成長しているぞ……?
 だから、戻って来い……!

「コトリちゃんは……?」
 ラナちゃんの隣に寝ている、“もう一人の妹”はまだ目を覚ましていない。
 これはテレポートのショックで、と言うよりも……

「寝てる……のかな?」
「うん、そうみたいだね」
 怪我をしているのに無理をした疲れが出たのかもしれない。
 ただ、さっき、途端攻撃を止めた時の様子は気になっていた。
 そして、目尻が濡れている事も。

 何か、折角さっき戻ったばかりの“空気”がどんどんバラバラになっていく様な気がしていた。

 だけど、それより、今はレイだ。
 絶対に、こんなところで“終わるな”よ。
 カイとお前が、俺に、“見ているだけでも楽しい”事を教えてくれたんだ。

 もっと“傍観”させてくれよ……?

 ラナちゃんも、祈る様に目を閉じる。
 ああ、頼むから今度くらいは、俺の嫌な予感は外れてくれ……!

・・・・・・

「………!」
「ごめんなさい……起しちゃったみたいね……」
「いや、最初から起きてました」
 そう……と言いながら、アリスさんは部屋に入ってくる。
 寝ていた訳じゃないけど、ずっと同じ体制でいた所為で体が痛い。
 ちらりとラナちゃんを見ると、目を硬く閉じて眠っていた。
 目尻はコトリちゃん同様濡れている。
 泣き疲れた子供みたいだ。

 だけど、今は……

「あの、レイは……?」
「何とか……ね……」
 その、消え入りそうな声を聞き逃さない様にした俺は、ほっと息を吐く。

「何日かは眠り込むだろうけど……あの子がやった影響は全部取り除いたから……」
 一体あれから何時間経ったのだろう。
 アリスさんがそれだけ時間がかかる事を、彼女は一瞬でやった。

 “一撃必殺”。

 確かに、喰らえば“終わる”技だったみたいだ。
 何とか対策か何かを考えないと、まずいかもしれない。

 どうやら、数日は、ここか、この近くの町に泊まる事にはなりそうだ。
 だけど、レイは生きていた。
 今は、それだけでいい。

「アリスさん、ありがとうございました」
 アリスさんは小さく首を振る。

「引退した私が“我”なんて出した所為で、嫌な思いさせたみたいだったから……。私は“あの気持ち”を否定しない……」
 アリスさんを戦闘に引きずり込んだ俺としては、微妙に気まずかった。

「それに、久しぶりに妹の姿も見れたしね……」
 一瞬、心が読まれたのかと思った。
 でも、そうじゃないらしい。
 自然に出てきた言葉みたいだ。

 ここは戦場じゃない。
 それなら、アリスさんにとって彼女は“妹”らしい。

 そういう切り替え方をする人。
 それが、アリスさんという人間なんだろう。

 そして、もしかしたら、レイに感化されたのかもしれない。
 妹を想う。
 “姉”はそう存在なんだと。
 レイの目的は達成されたのだろうか……?

 やっぱり、あの戦いは意味があったのかもしれない。

「はあ……」
 アリスさんは息を吐いて、壁に寄りかかった。
 額には汗をかいている。
 生気を使い果たしたらしい。
 本当に、手術後の医者みたいだ。

「それにしても、何であの子はあんなモノを欲しがったのかしら……?」
「………?」
 アリスさんは、もう一度彼女がすり替えた“四角い板”を取り出した。
 それを見ながらアリスさんは、“心底不思議そうな”言葉を発した。

「あんな“何の力も無い板”を“何の力も無い板”とすり替えるなんて……」
「………!! あの、それ、どういう意味ですか……?」
 アリスさんは、ぼんやりと首を傾げた。
 レイの事ですっかり頭から無くなっていたが、そもそも何でアリスさんがプレートを持っていたのか、が俺には分からなかった。

 いや、もっと根本的な疑問から解決しないといけないかもしれない。

「あの、アリスさん」
「ごめんなさい……私要領悪くて……心が読めない人と会話すると何時も……」
 さっきまで、戦闘で“彼女”を圧倒しかけていたアリスさんは何時の間にかネガティブな人に戻っていた。
 でも、気にしてられない。

「あの“プレート”ニセモノだったんですか?」
「え……ええ……。私が“渡された”時から……」
「……! “渡された”……?」
 どういう事だ……?
 ペルセちゃんの話じゃ、博物館のプレートをすり替えたのはアリスさんって事じゃなかったのか……?

 頭の中のパズルが全く繋がらない。
 だったら……この質問で一つに繋げる。

「アリスさん」
「はい……?」
「そのニセモノの“プレート”、誰から渡されたんですか……?」
 アリスさんは、目を閉じ、ゆっくりと、俺の左手に触れてきた。
 いや、指についているモノに、だ。
 まさか………

「このリングを見て……懐かしかったからあなたたちに声をかけた……」
「……! じゃあ……」
「ええ……」
 この年齢で、あの実力。
 確かに、納得出来る話だ。
 この人が、“伝説”だった事は。
 そして、このリングが“そう”だという事は、レイたちを通して確認済みなんだろう。

「そして………あの“プレート”は何年も前に、持っていろと言われたの………」

 そして、この人に指示を与えた様な人物。

「本物は、“彼”が持って行ったわ………」

 それは………

「私と組んで博物館から盗み出すなんて……いつでもリクトさんは面白かった……」
「………!!」
「その時、もう一つ作っていた“予備のニセモノ”を渡されたの。持っていると何かが変わるって……」
 懐かしむ様に微笑むアリスさんを見ながら、俺は背筋に汗が伝うのを感じた。

 “嫌な予感がする”。
 それは、今回の事態の事だけだと思っていた。
 でも、そうじゃないかもしれない。

 もっと、大きな、疑惑。

 博物館の“プレート”をすり替えたリクトさん。
 彼が“本物”を持っているらしい。
 そして、ペルセちゃんが博物館で言っていた。
 他にも幾つもニセモノがある、と。

 それも昔、“彼”がすり替えた所為なんだろうか……?
 そして、何故“プレート”を欲していたんだ……?
 そう、盗んでまで。

「どうかしたの……?」
「あっ、いえ、別に」
 そこで、俺は考えるのを止めた。
 そうだ。
 俺は“傍観者”。
 この謎に深入りするのは、俺の役目じゃない。

「そろそろ寝床を確保した方がいいわね……今日は“ここ”にしましょう………あの町にはしばらく戻らない方がいいでしょうし……」
 確かに、今頃“プレート”がニセモノと気付いたペルセちゃんがアリスさんの家を漁っているかもしれない。
 “そこにはない本物をそこにあると思って”。

「とりあえず、食料でも買いに行きましょう……ああ、そういうの久しぶり……」
 この辺りに細々とした町が多くて、ある意味助かった。
 もう、俺たちはトワイライト・タウンに戻る事は無さそうだ。

 後は、ここか近くの町でレイが目を覚ますまで待つ、か。
 その間はアリスさんと行動する事になりそうだ。
 それなら、“伝説”のチームの話を聞くのも面白い。
 深入りしないまでも、少しの謎は解けるかもしれないし……。

 カイには連絡するべきだろうか……?
 まあ、どっちにしろ、“エースさんのお使い”はしばらく出来そうに無い。
 何が書いてあるか分からない手紙は、俺のバックで眠っている。
 それも、レイが起きてからだ。

 俺たちが“お使い”を再開出来たのは、それから三日後の事だった。

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 今回文章量は大分多くなってしまいました。
 相変わらず、きり良いタイミングで話を区切れない上に、捌き切れていない感も付き纏い続けていますが、読んでくださっている方には、非常に感謝しております。
 読み辛い部分もあると思いますが、話は大分進んできたので、最後までお付き合い願いたいです。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…




[3371] Part.38 Lair
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/12/19 19:45
「火炎放射」

 高く高く、リザードンが炎を空へ放つ。
 その持ち主は、目を瞑ってその隣に立っている。
 炎はノッキングする様に揺れながらも徐々に力を上げていった。
 そして、相当程度の火力に達しても、そいつは倒れない。

「まだ始まってないぞ……?」
「エース……! やっと来やがったか……!」
「続けろ」
「っ、仕事しろよ」

 俺は近くの岩に欠伸をしながら腰をかけた。
 そいつは文句を言いながらも、再び炎を空へ放つ。

 こいつが俺の元で“異常”について取り組んでから、もう五日経つ。
 そして、こいつはもう、倒れない。

「もっとかかると思ってたんだがな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いいから続けてろ」

 俺は大きく欠伸をする。
 空へ伸びる炎。“上昇”は否定されていなかった。
 もう殆ど完全に“停止”をコントロール出来ているのに、本人は気付いていない。
 その鈍さは変わらなかったが、この短期間で……か。

 俺との戦闘以外の時間でも、こいつはここで空に向かって炎を放っていた。
 自分で考えたみたいだが、このゆっくり威力を上げて、“出口”を押し広げる方法は、一人でやる分には一番効率的かもしれない。

 それだけこいつが本気だったって事か。
 来たばかりの時は、口の悪いただのガキだったのに……な。
 全く、育て甲斐のある奴だ。

「流石にリクトに育てられただけはあるか……」
 俺は小さく呟いた。

 こいつは“条件”を引き寄せる力を持っている。

 ただ……

「相変わらず、センスゼロだな」
「……! うるせぇな……。分かってるよ……!」

 俺の目の前の炎は、上空に伸びれば伸びる程、極度に分散していた。
 あんな遠距離攻撃じゃ、この先やっていけないだろう。
 まさか自分の限界を超える方が早く終わるとは思っていなかった。

 ここまで極端なら、もう方法は“あれ”しかない。
 こいつなら、多少強引でも大丈夫だろう。

「なあ、“カイ”……」
「……? え?」

 “これ”が終われば、俺の家も“ようやく”落ち着くだろう。
 “停止”を完全にコントロール出来る様になった今なら……こいつなら、“あの扉”を開けるかもしれない。

「お前、雷がどうやって出来るか知ってるか……?」
「……は?」

 俺が直々に鍛えたんだ。
 もうワンステージ“上がって”もらうぞ。


~~~~


 ボ―――ッ

 船の汽笛が、響く。
 ようやく“お使い”を再開出来た俺たちは、今リインさんの関所がある、北東の大陸への船に乗っている。
 俺は、甲板で潮風を受けながら、遠ざかっていく南東の大陸を眺めていた。

 殆ど昏睡状態だったレイの回復を待ったから大分日は経ったけど、カイに連絡したら、まだまだかかる様な事を言っていたし、まあ、のんびりするのもいいかもしれない。

「レイとコトリちゃんは?」
「今、部屋で荷物の片づけしてる」
 ラナちゃんは俺と同じ様に大陸を眺めている。
 レイは病み上がりでも変わらず働いているみたいだ。
 二人で一緒にいるなら、“様子がおかしくても”大丈夫かな……?

「それより、ラナちゃん、ロッドさんに挨拶しなくてほんとに良かったの?」
「お土産は玄関に置いておいたから」
 それでもやっぱり、ラナちゃんはあの大陸から目を離さなかった。

 『今は、会わない方がいい様な気がするんだ』

 そんな事を、ラナちゃんは言っていた。
 もしかしたら本能的に、“あの場所”に長居する事を避けているのかもしれない。

 彼女の心は段々強くなってきている。
 ただそれでも、まだ、“足りない”んだろう。

 そして、その“心の綻び”は、アリスさんを遠ざけた。
 あの後アリスさんは、レイが目を覚ますのを待たずに、ラナちゃんから逃げる様に俺たちの元を去った。
 あの後、彼女は何所に行ったのだろう……?
 今頃トワイライト・タウンに戻っているんだろうか……?
 あんまり“伝説”の話も聞けなかったけど、まあ、仕方ないか。

「あっ、二人ともこんな所に……!」
「ん?」
「レイさん」

 レイが、ゆっくり俺たちの元に歩いて来た。
 三日も倒れこんでいただけあって、やっぱり少しやつれている。

「レイ、潮風は体に悪いぞ?」
「別に私は病人じゃないわよ。もう、平気」
 “何時も”に比べれば、レイはやっぱり元気が無い。
 でも、“あの技”の影響からは徐々に回復してきている。

「感覚の方はどうだ?」
「それも大丈夫、かな。カイはこんな感じになってたのかしらね……?」
 手を開いたり握ったりしているレイ。
 そういや、カイもよくそんな事をしていたか。

「全く、酷い目にあったわよ。未だに時々くらくらするし、微妙に体も鈍い。スズキも一度喰らってみなさい」
「そういうのは、俺の役目じゃないって」
 俺は手をパタパタ振った。

 こんな冗談が言えるんだ。レイはもう大丈夫だろう。
 あの一件で、レイはまた何所か強くなった様な気がする。
 今俺たちが向かっているユースタス・ポートで、グログラムで出来た心の傷を癒した時より、遥かに早い回復だ。
 随分、逞しくなったもんだな……。

 俺たちはこの世界に来て、どんどん変わっていく。
 やっぱり、俺は“この世界”が好きだ。
 面白いし、何よりレイの心の成長も、“この世界”のお陰なのだから。

 ただ、“様子のおかしい”もう一人は、そうはいっていないみたいだけど……

「コトリちゃんは……?」
 ラナちゃんの言葉に、レイは首を振る。
「駄目。外に誘っても、読みたい本があるって、やんわり断られちゃったわよ」

 心配そうな顔を浮かべるレイ。
 “姉妹同士の殺し合い”を超えて、一番様子がおかしくなるのはレイだと思っていたのに、実際はコトリちゃんだった。

 何が、とは言えない。
 表情が何所か暗いけど普通に挨拶もしてくれるし、取り乱したりもしてない。

 ただ、何故か最近一人になりたがっている。
 そして、何時も一人で何かを考え込んでいる様だった。

「理由は聞けたのか?」
 レイはまた首を振る。
 確かに俺も、コトリちゃんとここ数日まともな会話をした覚えが無い。
 俺もレイも、“本人が話してくれるまで待つ”という暗黙のルールを持っているから、コトリちゃんが話してくれない以上、待つことしか出来なかった。
 そして、レイが分からないのなら、俺に分かる訳がない。

 カイがいない事に少しずつ慣れ始めているとは言え、ようやく戻った“空気”に何か“しこり”の様なものがある。
 それが、今の俺たちの状況だった。

「コトリちゃん……か」
「ラナは何か知ってるの?」
 ラナちゃんも、レイの真似をして首を振った。
 やっぱりコトリちゃんは、ラナちゃんにも相談していないみたいだ。

「たださ……」
 ラナちゃんは記憶を掘り返す様に目を閉じた。

「“あの時”のコトリちゃん……怖かった」

~~~~

 “適合タイプの波動に、流される”。

 そんな事が、読んでいる本に書いてある。
 全身を駆け巡る波動が、体を乗っ取り、強引に“体現”させる事があるみたいだ。
 それをうまく操ると、カイさんの“上昇”の様に戦闘中に偶発的に起こる様な“条件”を戦術に取り入れて強気な戦闘が出来たり、レイさんの“精度”の様に常人じゃ目で追えない様な混戦でも正確にターゲットを捉え続けたり出来る。

 そして、私の“自由”の“それ”は、対象まで伸びる無限の“ルート”の把握及び、それの中から“優良”なものの識別。

「相手を殺す“ルート”の把握と識別……」
 私はようやく見つけた適合者の事が詳しく載っている本の一文を、口に出した。

「はあ……」
 本を閉じて、ベッドに横になった。
 旅費の節約で、よく揺れる部屋の天井を見ながら、私は目を閉じた。

 “あの時”私は、完全に“自由”に乗っ取られた。
 レイさんが倒れた瞬間、今まで“逆らって”抑え続けていた何かが体の奥から溢れ出して、“彼女”を当然の様に“殺そう”としてしまった。

 確かに相手は“最強”だった。
 今の私のレベルじゃ、どっちにしろ、いずれは抜かれていたんだろう。
 でも、私が誰かを殺そうとした事実は変わらない。

 そして、あの時、私は確かに“開放感”を覚えていた気がする。
 自分はこう在るべきだという、錯覚。
 それが、戦闘を終えても、私の中に残っていた。

 もし次、似た様な事があったら、私はどうなるだろう……?
 当然の様に“ルート”を特定して、当然の様に“体現”する。

「強く………なりたいのに……」

 強い適合者の条件。
 それは、“体現”出来る事。
 ノーブコスティの博物館で、ようやくBランクになれた……いや、“なってしまった”私の中の“自由”の波動が、強引に“体現”させようとしてくる。

 もしかしたら、私の波動は、私に業を煮やしたのかもしれない。
 湧き上がってくるモノを抑えようとした、私に。

 この先、“自由”のランクは上げていきたい。
 それが、“強くなりたい”という事。
 でも、上がった“自由”を私は抑えつけられるんだろうか……?
 もし出来ないなら、“強くなりたくない”。
 そうなれば、“最強”を目指しているこのチームにはいられない。

「逆らっても……いいんですよね……?」

 届く筈も無いのに私は呟く。
 ああ、もう一度、カイさんに、そう言ってもらいたい。

~~~~

「“波動を増やす”……?」
「ああ」
 何時ものフィールドから更に山奥へ進むエースの背中から、当然の様に答が返ってきた。

「待てよ。俺はもう……ダブルだぞ?」
「ああ~、だから何だってんだ? リクトに育てられたんだろう?」
 リクトに育てられた事とそれがどう繋がるってんだよ。

 エースは、どんどん山を登っていく。
 この先に何があるのだろうか……?

 ああくそ、今日の特訓はどうなってんだよ。
 昨日、スズキから連絡があった事を思い出す。
 “何も問題無く”バカンスを楽しんでいるとかふざけた事を言ってやがった。
 俺がこんな所で足止めを食っている所為で、“あのチーム”を追う時間がどんどん減ってしまっているみたいだ。
 早く、強くなんなきゃいけないっていうのに……!

「いいからとっとと歩け。日が暮れるぞ」
「っ、待てよ。説明くらい……なっ」
 エースは途端、細い山道を曲がり、茂みの中へ突き進んでいく。
 人はまず近付いていないみたいだ。
 何も言わないところを見ると、“来い”って事だろう。
 少しは、エースという人間が分かってきた様な気がする。

「さて、カイ」
 エースは、小山ほどもある大岩の前で立ち止まって振り返った。

 一体何だってんだよ。
 いきなり呼び方変えやがるし、ここまでろくな説明も無しだ。
 こういうの、久しぶりだな。

「お前、今、自分がどういう状態だか分かるか?」
「は?」
 どういう状態……?
 って、それは俺がここに来た理由の事か……?

「“停止”をコントロール出来ていない」
 俺がそう言うと、エースは目頭を押さえた。
 何だよ。

「ああ~、やっぱり気付いてないか……。お前はもう、“氷の壁”を破っている」
「は!?」
 エースにそう言われても、俺はピンと来なかった。
 確かに最近、体は“止まらない”。

 それでも……

「まだ、炎は分散しているぞ?」
「あん?」
 エースは一瞬眉をひそめ、その後……
「くっ、はははははっ!!」
 唐突に笑い出しやがった。

「何だよ!? あんたが言ったんだろ!? 分散するのを治す方が早く済むって!」
「お前は人の言う事を鵜呑みにし易いみたいだな。俺もそっちが早くなんかなると思ってたが……まあ、お前の遠距離攻撃のセンスの無さが自分の限界を破る事より大きかったみたいだな」
「っ!!」
 あくまで挑発的に、エースは俺を見下ろす。
 だが、こいつが言うなら、俺はもう“停止”をコントロールする事は出来ているみたいだ。

「それで、適合タイプを増やすってどういう事だよ……?」
 笑い続けるエースを睨みながら、俺は言った。
「ああ~、素質の無い奴には一生無理だが……適合タイプの限界は2じゃない」
「は? それって……」
「そのままの意味だ。まあ、一生の内にいけて、いいとこ3つだろうがな。“幾らリクトに育てられた”お前でも、それ以上強引に流そうとすれば、体がパンクするだろうな」
「………?」
 また、その言い回しか。
 エースは一体何を言っているんだ……?
 まあ、今は置いておこう。
 今は、増える適合タイプのことだ。
 そんな事が可能なんだろうか。

 いや、それより……

「それより、俺のメインは炎だろ? 何で克服する為に、適合タイプを増やすんだよ?」
 エースの最初の“授業”。
 そこで、俺は自分のメインを自覚した。
 “適合タイプを増やす”。
 それは、確かに魅力的だが、メインから逸脱している様な気がする。

「お前は話を覚えていないのか……? “メインで戦い、他のタイプで補う”って言ったろ」
「………ああ、あれかあれか」
「お前の記憶力に期待したのが間違いだったか」
 仕方ないだろ。
 あの時はその直後、体中に電撃が走ったんだからな。

「誰も、ダブルの技を使うな、なんて言っていない。お前はもう、メインを自覚している。もう、惑わないだろう?」
 俺は頷く。
 俺のメインは戦闘中に力を上げる“上昇”。
 そこは、もう動かない。

「自覚したメインを、他のタイプ補う事が出来るなら、適合タイプを増やす事が、そのまま強くなる事になる。あれはそういう意味だ」
 俺は頷いた。
 迷いの無い事が強みのシングル。
 それを超えるには、迷いを消せばいい。

「そこでだ。お前の分散し易い炎を他のタイプで“常に補う”。聞いた事無いか? “常時発動型”のダブルを」
 俺は、眉をひそめ、首を振ろうとして、頷いた。
 そうだ。
 前に、スズキに聞いた、レジギガスとの戦い。
 そこで見た、ロッドさんの攻撃は、“突破”と“精度”のダブル・ドライブが常にかかっているみたいだったらしい。
 それが、“常時発動型”なんだろう。

「って、そこまでは分かったけど、どうやって増やすんだよ?」
 エースは、ちらりと大岩を見た。
 ここで何かが出来るんだろうか……?

「その方法は後回しだ。問題は、お前のキャパシティの最後の一つに何を嵌めるか、だ」
「……?」
 エースは、目を閉じて、俺の答を待った。
 久しぶりの理論の指導に俺の頭はついていっていない。
 今までずっと戦闘だったからな。

「じゃあ、さっきのクイズの答は分かったか……?」
 エースはため息一つ吐くと、軽く空を見た。
「え? ……雷がどうのこうのって奴か……?」
 エースは当然の様に頷く。
 俺は当然の様に首を振った。
 雷がどうやって出来るか……?
 知らねぇよ。

「簡単に言えば、雲の中の氷が起こす摩擦の様なものが、雷を発生させる」
 そこで、俺は息を呑んだ。
 何で気付かなかったんだろう。
 分散し易いものを分散させない力。
「まさか増やすのは……」

「“伝達”」

 “伝達”の適合者はにっ、と笑った。
 こいつの遠距離攻撃の威力は知っている。
 それが、俺の“性質”にはぴったりだ。

「って、本物とは違うんじゃなかったのかよ?」
「ああ~、あくまで、イメージでいいんだよ。体の中で、“停止”がスパークするのを想像すればいい。波動はある意味“概念的”なモノだからな」
 イメージって……。

「まあ、イメージ出来ないと不味い事になるがな……」
「は……? って、何やってんだよ?」

 エースは、大岩の下にしゃがんで、草を掻き分け始めた。
 そして、現れたのは大穴。まるで、落とし穴の罠みたいだ。
 どうやら大岩の中は空洞になっているらしい。
 その空洞が、地下にも伸びているんだろう。
 って、ここ危なくないか……?

「なあ、俺たち空洞の上に立っているんじゃないか……?」
 エースは、取り合わず、穴の中を見続ける。
 こいつ、何を始める気だよ?

「カイ、ここから覗いてみろ。面白いもんがあるぞ?」
「ん?」
 手招きするエースに誘われて、俺は慎重に、穴に近付いた。
 一体、中には何が……

―――!?

「どわっ!?」
 気付いた時には、俺は大穴から落ちていった。
 見えたのは、エースが俺の足を払った瞬間。

「ぐっ!? いっで……!! 何しやがる!?」
 見上げた穴にいるエースが俺を見下ろしていた。
 暗くてよく見えないが、ここは巨大な空間だ。
 高さは、数メートルもある。
 体は痛いが、良く俺生きていられたな。

「最初の日に言っただろ……? “どっちを先にやるにしても、やり方は大して変わらない”ってな」
「……!」
 エースの声は空洞に響く。
 その言葉の意味しているのは……戦闘って事か……!?

「お前が“捕獲”するまで、俺はここを動かない。まあ、俺を倒せれば出れるだろうがな……」
 ここ何日も戦ったエースの力は知っている。
 あいつを倒すのは今の俺じゃ無理だ。
 つまり、帰る為には、ここで何かを“捕獲”しなくちゃいけないらしい。

「って、何をだよ!? 暗くてよく……」
 見えないと続けるつもりだった俺は、口を噤んだ。
 向こう側で、何かがはじける様な光が見えた。
 それも、大量に……!

「俺がこの山にいる影響か……何時の間にかエレブーの巣になっちまっていてな……」
 “巣”。
 エースの言葉は正にその通りだ。
 目の前にいる、体から電撃が漏れているエレブーの数。
 それは、あの博物館でマイムが繰り出した程に、空洞を埋め尽くしている……!

「“雷”の波動を流して、意識を共有させ、捕獲する。それが出来なきゃ、俺を倒すんだな……!」
 もうその選択肢は、俺の頭に無い。
 無茶苦茶なやり方だけど、これは俺が“上がる”条件だ。
 反発している場合じゃない。

 今考えないといけないのは、体に電流が流れるイメージ。
 それなら自信がある。
 ここ最近、何度も味わっていたからな……!

「グ……グ……」
 エレブーたちは巣への乱入者にいきり立つ。
 文句ならエースに言ってくれ。
 俺は、腰のボールに手を当てた。
 “捕獲”は初めてだ。
 まずは、弱らせる―――

「相手に到達するまで炎の威力を落とさない、常時発動型………」

 エースの声が響く。
 それが、戦闘のゴングの様に……

「“上昇”と“伝達”のDouble drive:Fire volt。そいつを覚えてもらう……!」

 さあ、始めるぞ……!


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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 物語の方は、進んでいるように見えて、未だにゴールが見えてきません。
 感覚としては、この辺りで半分弱の様な気がします。
 年末が近付いてくると、更新が滞ると思いますが、出来るだけこのペースでいきたいと思います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では… 



[3371] Part.39 Hero
Name: コー◆34ebaf3a ID:cd8a97a5
Date: 2008/11/28 18:35

「ようやく着いたぁ。いやぁ~、思ったより遠かったな……」
 私たちの回りを覆う大樹海。
 そして、目の前の関所。
 スズキの言う通り、確かにここに来るまでは長かった。
 本当に、ようやく、だ。
 私たちは今、リインさんが運営する森の関所に到達していた。

「疲れた疲れた。さ、早くリインさんに会いに行こうぜ?」
「誰の所為でこんなに疲れているか分かる?」
 スズキは私の言葉を聞き流し、ずんずんと関所に向かっていく。

 ユースタス・ポートからここまで地図の上から見ても距離がある。
 それなのに、スズキは港に着くなり強引とも言える程シビアな交通スケジュールを設定し、あれよあれよと言う間に、私たちはリインさんの元に到着してしまった。

 『いや、限界に挑戦してみたかった』とはスズキの弁。
 まあ、確かに、変な“空気”を吹き飛ばすという意味では、何も考えず強引に進む事も必要だったのかもしれない。

「ま、行きましょうか。スズキは相変わらず“ああ”だけど」
「え……え、あっ、はい」
「………」
 コトリも相変わらずで、常に何かを考え込んでいる。
 そして、静かに関所に向かって歩いて行く。
 私もラナも、そんな背中に声をかけられなかった。

 本当に、何があったんだろうか……?
 私としては、相談してくれない事が少しショックだった。

「ラナ、コトリに何があったの……?」
 ラナが言った言葉。
 “コトリが怖かった”。
 この言葉の真意を聞いても、ラナはそう言うだけだった。

「ボクも、分からないんだ。本当に……」
 ラナは小さな声で返してきた。
 その視線は、コトリの背中に向いている。
 顔には心配、と出ているのに、ラナは自分じゃ何も出来ないだろう事が分かっているんだろう。
 私も同じく、何も出来ない。

 折角これからリインさんに会えるというのに、私はそれほど喜ぶ事は出来なかった。

・・・・・・

「あ・の・お・と・こ・は……!」
「え? あの、何が書いてあるんですか?」

 リインさんは、久しぶりに会った私たちを快く迎え入れてくれて、折角だからと管理人室にまで通してくれ、簡単な近況報告を聞きつつ、渡された手紙を直に読み、そしてその手紙に向かって悪態を吐いた。
 手紙は少し、リインさんの手によって握り潰されている。

 ここには、私とラナしかいない。
 スズキはぶらぶらしてくるとか言って手紙を渡すなり何所かに行ってしまったし、コトリは疲れたと言って部屋に行ってしまった。
 スズキはともかく、本当にコトリと話をした方がいいかもしれない。

「えっと、まだあなたたちには言わない方がいいわ。苦労するのは何時も私よ」
 リインさんは手紙をたたみ、机の引き出しに仕舞い込んだ。
 溜め息交じりに出た語尾の言葉は、本当に苦労が滲み出ている。
 その渋い顔は、エースさんにリインさんからの指示で酒瓶を渡した時に近かった。
 嫌がらせの押し付け合いでもしているんだろうか……?

「この人が……?」
「ええ、そうよ」
 ラナがリインさんを見ながら呟いた言葉に呟き返す。
 最後に会ったチーム・クリエイトのメンバーはアリスさん。
 そう考えると、ラナにとっては少しだけ複雑なのかもしれない。

「ちょっと歩いてくる」
 ラナはそう一言言うと、リインさんと顔を合わせない様に部屋を出て行った。
 何時の間にか、私一人だ。

「個性的なメンバーになっているわね……」
「はあ……まあ……」
 リインさんは、苦労している人間が目の前にもいる事に気付いてくれた。
 関所に到達するなりバラバラに行動し始めたメンバーは、確かに私の頭痛の種だ。

「はあ……“精度”って呪われてるのかしらね……? 私も旅をしてた時は……も、そんな感じだったし」
 言い直したリインさんは、軽く引き出しを小突いた。
 一体何の手紙だったんだろう……?

「それにしても、何時の間にか“あのチーム”を追っているだなんて……随分逞しくなったわ」
「あ、ありがとうございます」
 リインさんに褒められているのは嬉しいけど、結構緊張する。
 視線が少し、“あの森”に向いている事に気付いて、私もそれに倣う。
 ペルセがいない今、当然の事だけど、“霧”は消えていた。

「それで? カイ君とはどうなってるの?」
「えっ!? いやっ、あのっ、あいつは相変わらずです……」
「ふーん……」
 リインさんは面白そうに私の顔を見てきた。
 うっ、完全にからかわれている……。
 今となっては、私しかいなくて本当に良かった。

 ただ、少しだけ、リインさんの顔に影が落ちたのを私は見逃さなかった。
 想いを伝えられなかったというリインさん。
 もう割り切って、元気になっている様に見えるリインさんも、やっぱりまだ、“何か”が残っているんだろう。

 そして、カイ。
 あいつがどういう状態だったのか、詳しい事は知らないけど、今頃何をしているんだろう……?
 管理人室から少しだけ見える、庭。
 あそこで、がむしゃらに特訓した夜を思い出す。
 あの時私は、“焦って”いた。
 あいつの“生き方”が、何所か怖くて。

「カイ君……ね」
「………!」
 リインさんが私の心を読んだ様に、呟く。

「焦らせるつもりで言う訳じゃないけど……エースの“腕”は本物よ。強くなって戻ってくると思うわ……。すごく……ね」
「……!」
 リインさんの言葉は見事に私を焦らせた。
 あいつが強くなっている間、私がしていた事と言えば、ペルセの技の影響で寝込んでいただけだ。

「あの、リインさん……」
「?」
 そういえば、カイを“育て屋”へ送り届けた時、思った事があった。
 ここまで殆ど誰の指導も受けずに進んできた私たち。
 そんな私たちは、誰かの指導を受けるべきではないのだろうか、と。

「私を……鍛えてくれませんか……?」
 私が知る限り、この世界で一番強い“精度”の適合者のリインさん。
 カイがエースさんの元で鍛えてもらっている間、私もリインさんに鍛えてもらいたい。
 そうしないと、何時まで経っても、カイとの差が縮まらない。
 そして、強くなれば、もしかしたらコトリももっと私を頼ってくれるんじゃないだろうか。

「うーん……」
「え、あの、ご迷惑だとは思うんですけど……」
 困った様に、リインさんは口に手を当てる。
 でも、どうしても、リインさんに鍛えてもらいたい。

「あのね、レイちゃん」
「?」
 リインさんは少し歯切れの悪い声を出した。

「誰かに鍛えられるって事は、その人に“依存”する事になるの」
「?」
 リインさんの言葉は、遠まわしに断ろうとしている事は分かった。
 でも、どこか、それだけじゃない様な気がして、私は次の言葉を待つ。

「そうなると、その人が間違っている事を言っていても気づかない。自分では分かっているつもりでも、絶対にその人よりの考え方になる」
「はあ……」
「だから、今はまだ止めた方がいいと思う。もっと、気持ちが強くなったらね」
 私は、おずおずと頷いた。
 リインさんの話を、正にその通りだと思ってしまう辺り、もしかしたら既に私はリインさんに“依存”しているんだろうか……?

「だから、もっと強くなったら、きっと“そうなるから”」
「?」
 リインさんは、何故かそこで溜め息を吐いた。

「ま、どっちにしろ、私はこれから忙しくなりそう。一人“問題児”がいるからね」
「え……? 何を……」
 私の言葉を遮る様に、リインさんは席を立った。

「そうだ。その代わりと言っては何だけど、今、レイちゃんの手持ちは何匹?」
「え、あっ、5匹です」
「そう。ちょっと待ってて」
 リインさんは鼻歌交じりに部屋を出て行った。

 一体、何だろう……?
 話の流れからして、何かモンスターを渡してくれるんだろうか……?

 一人、部屋に残される。
 それにしても、“依存”か。
 確かに育てられる側に、教わる情報を取捨選択出来る能力がないと、同じ人間がもう一人出来るだけの事になる。
 何故なら、その人が言った事すべてを真に受ければ、“自分”は無くなってしまう。
 それに抗えるのが、“我”という事なんだろう。
 私の“我”がもう少し強くならなければ、リインさんに教わるのは避けるべきかもしれない。

 “依存”という言葉の意味は広い。
 何かを教える、教わる、の関係以外にも、“依存”は存在するだろう。
 私たちの“空気”がおかしくなったのも、カイに“依存”していたからなんだろうか……?

 いずれにせよ、私の“我”が弱い事には変わりないみたいだ。

「ごめんごめん、待った?」
「いえ」
 リインさんが少しだけ息を切らして戻ってきた。
 走ったんだろうか……?
 どこか、申し訳なかった。

「この前、気晴らしに釣りに行った時にかかったんだけど……この子もこんな所にいるんじゃ退屈だろうし」
 リインさんの意思表示を受け、私はボールに手を伸ばした。
 ボールの外からじゃ中身は分からない。

「あの、これは?」
「ヒンバスっていうんだけど、レイちゃん知ってる?」
「ヒンバス!?」
 私は思わず、ギャラドスのボールを見た。

 ユースタス・ポートで、グログラムの心の傷を癒しながら旅費稼ぎをしていた時、私たちは依頼を受け、大樹海の川に釣りをしに行った事がある。
 その依頼は、世にも珍しいヒンバスを捕獲してきてくれという内容だった。

 しかし、丸一日費やしても一向に釣れず、代わりに大量に釣れ続けたコイキングの内の一匹を……

「あの、どうしたの?」
「いえ、少し……」
 思い出したのはコイキングがギャラドスに進化するまでの日々。
 本当に、辛かった。

「珍しいモンスターだから、きっと何かの助けになるわ」
「それよりリインさん、よく釣れましたね?」
「ええ、まあ、釣りは得意だから」
 得意げに笑うリインさんを見て、何となく、コイキングを釣り続けていた私と“格”が違う様な気がした。

「まあ、育てるのは苦労するでしょうね」
「………やっぱり……」
 前に見た、ヒンバスの写真。
 この子はコイキングと同じだと思った覚えがある。
 きっと進化はするんだろうけど、また、私はあの日々に戻るんだろうか。

「さ、そろそろ私は仕事に戻ろうかな?」
「あっ、すみません」
 リインさんは片目を瞑って部屋を出て行く。

 私もコトリの様子を見に行かないと。
 それに、スズキにこの子の事も聞かないといけない。

 さあ、スズキは何所に行ったのかしらね……?

~~~~

「………やっぱ、“ここだったか”」
 俺は、ようやく到着した森の奥でそう呟いた。
 目の前には古びた祠。
 ここは、ペルセちゃんが道を塞いでいた場所だ。

「はあ……」
 ユースタス・ポートを“霧”が包んだ事があったと思い出して、最速でここに着いた所為で、やっぱり疲れている。
 レイたちは忘れていたみたいだったからそこまで気にする事はなかったのかもしれないが、折角ペルセちゃんとの事が一段落着いたんだ。態々、ユースタス・ポートを調べるなんて事は、今はやらない方がいいだろう。

 ユースタス・ポートの、“渦”で守られた島。
 そのニュアンスで、俺には何となく、あの場所に“伝説”がある気がしていた。
 そして、どの伝説かも大体分かる。
 ただ、調べる必要はない。

 俺たちが元の世界に戻る“伝説”は、“あそこじゃないからな”。

「何が、やっぱりなの?」
「……! ラナちゃん?」
 振り返れば、ラナちゃんが俺を見上げていた。
 祠に集中していた所為か、殆ど気付かなかった。
 ……驚いたね。

「あれ? レイと一緒にいたんじゃ…」
「居辛かった」
 素直に答えた彼女に俺は苦笑した。
 確かに、ラナちゃんらしい。

「それで? さっきのは……?」

「ああ、“俺たちが最初に来た場所”がここだったからさ」
「へぇ……あれ? どうしたの?」
 俺は、また笑ってしまった。
 あっさりと、本当の事を言う自分に。
 もしかしたら、俺も“傍観者”に疲れてきてしまったのかもしれない。

 “見ている事”が、元の世界から続いている、俺の役割。
 そんな俺は、“我”を持っても無駄なんだろう。
 それは、辛い生き方。
 ただ、知っていても、慣れていても、そして例え得意だとしても、たまにはこんな気分になる事もある。

 それでも、この生き方が、カイの為になる筈だ。
 だったらそれでもいい。
 役に立つなら、“傍観者”でいよう。
 その上、俺は楽しめる。

 “あの夜”に、そういう役割を、俺に与えた人がいた。


―――“あの夜”


 かつてカイが住んでいたという、空き地。
 俺たちにとっても思い出の場所だ。
 そして、そこに見えた小さな光に近付いただけで、一気に引きずり込まれた。

「っ……い、あー、気分悪……」
 かなり気分の悪くなる、移動をした気がする。
 体中がグニャグニャに歪み、放り投げられた様な感覚。
 こういうのに強い俺でも、軽く意識が飛んでいた。

「あれ?」
 目を開けると、そこは森だった。
 近くには妙な祠がある。
 まるであの場所から出てきたみたいだ。
 そして、何だ?
 この場所は明らかに、不思議な空気が流れている。
 まあ、今はそんなことより、カイとレイだ。

「うお……やば」
「?」
 声が、聞こえた。
 振り返って見えたのは、倒れているカイとレイ。
 そして、その近くに立っている男だった。
 高い月の下、困った様に頬をかいている。
 逆光で、顔は見えない。

「えっと、よく意識が飛ばなかったな?」
「まあ、こういうの強いんで」
 男のよく通る声に押され、俺も頬をかく。
 何て呑気な会話だろう。
 恐らくこの人が、俺たちをここまで運んだのだというに。
 状況を考えれば大声を出してカイとレイを起すべきなんだろうが、何となく、俺はそれをしなかった。

「うん、よし。じゃあ、手伝ってくれ」
「へ?」
 その男は、少しだけ考えた後、カイを慎重に担ぎ上げた。
「あ、ちょっ…」
「しっ」
 その男は口に指を当てた。
 それを見ただけで、そうしないといけない気がしてくる。
 そんな“空気”を持っている男だった。

「あ、悪いけど、そっちの女の子運ぶの手伝ってくれ」
「はあ……」
「とりあえずは、この場所から離れようか」
 さも当然の様に、レイを俺に運ばせようとする男。
 不振な事だらけだが、とりあえずはこの人に着いて行くべきだろう。
 特に、こんな訳の分からない森の中じゃ。

「あの、ここは?」
 レイを背負いながら、カイを背負っている男に並ぶ。
「ああ、とりあえず、お前たちのいた世界じゃない。まあ、明日になれば分かるだろう」
「……!?」
 その時、森の影でかなり大きい“何か”が動いた。
 明らかに、ここは俺たちがいた場所じゃない。

 男の答は何となく予想出来ていただけに、俺は何も言えなかった。
 ただ、移動単位が“世界”だった事が、強く印象に残る。
 それなのに、この男のよく通る口調が、それを信じさせていた。
 頭が“やられている”としか思えない事の筈なのに、だ。

「それじゃあ……」
「悪い、後にしてくれ。今騒ぐと、流石にこいつら起きちまうからさ」
「いや、でも……」
 幾らなんでも、これ以上、この二人を訳の分からないまま運ぶ訳にはいかない。

「頼む」
「……!」
 俺は直に押し黙った。
 何故俺はこの人の言う事を直に納得しようとしていたのかが分かったからだ。
 この人は、“真剣”だ。
 俺たちに全く害意は無い。
 純粋に、今こうしなくちゃいけない事を、真剣にやっている。
 だから、俺はカイとレイを起そうとしていないんだ。

 さっきのショックが薄れ、徐々に疑問が大量に生まれてきた。
 ただ、それでも、俺は静かに歩く。
 自分の気持ちを抑える事には、慣れているのだから。

 歩く事数分、俺たちはカイとレイを一旦地面に寝かせると、直に距離をとった。

「ふう、悪いな。手伝ってもらって」
「まあ」
 男は、俺の目を見据えてくる。
 そういうのが何となく苦手な俺は、視線を外した。

「それにしても、あの二人、よく起きませんでしたね」
「ああ、“寝かせてある”。ちょっと位なら大丈夫だろ」
「?」
 薬か何か使ったんだろうか……?

「お前にも使おうと思ったんだけど……その前に起きるなんてな」
 男はからからと笑う。
 どうやら意識を戻すのが後少し遅かったら、俺も運ばれる側だったらしい。
 そんな事をあっさり言う辺り、俺には逆にこの人が信用出来てきた。

「しっかし、驚いた。始まった直後に頓挫するかと思ったぜ」
 この人も俺と目が合った時に驚いていたらしい。
 何を始める気かは知らないが、何か申し訳なく思った。

「まあ、数人来るかもしれないとは思ってたけど、ま、カイにとっての“条件”の数はとりあえず二人か」
 この男の言葉の意味は分からない。
 だけど、どうやらカイを知っているみたいだ。

「二人とも、カイの?」
「ええ、まあ」
「そうか」
 男の顔は相変わらず逆光で見えない。
 ただ、何となく、嬉しそうに笑っている様な気がした。

「そうだ、一つ約束してくれないか?」
「……!」
 またも、その男から流れる“空気”。
 それは、俺が一番苦手なモノだ。

「何を聞いてもいい。但し、誰にも言わない事。そして、俺に会った事も、絶対に、だ」
「? 何で……」
「カイの為、だ」
「?」
 言葉の節々から感じる、真剣さ。
 俺は、それに確りと頷く。
 そうしないと、この人はきっと、何も喋らないだろう。

「頼むぜ?」
「え、ええ。口は堅い方なんで」
 ただ話しているだけなのに、俺は威圧されている様に感じた。
 初めて会う種類の人間かもしれない。
 その男は、俺を見定める様にじっと見る。

「カイも面白い奴とつるんでいるな」
 俺は、はははと返した。

「さ、何か俺に聞きたい事があるんじゃないか……?」
 この人は俺の事を信用してくれたんだろうか。
 この先俺が口を割る事は無いと確信している様に見えた。

「えっと、じゃあ……」
 聞きたい事。
 それを思い浮かべ様として、俺は止まった。
 ここでこの人に、この後直ぐ知る様な事を根掘り葉掘り聞いて、本当に俺はこの先何も聞かなかった様に“演じる”事が出来るだろうか?
 そして、さっきこの人は、カイの為とか言っていた。
 その真意は分からないが、もし本当に“そう”だとしたら?
 だったら、まず確認しないといけない事がある。

「あなたは、カイの敵ですか?」

 この男は、カイを知っている。
 だから、この質問だけは絶対に聞きたい。
 どんな質問をしても、嘘が返ってくる可能性があるのだから。
 正しい事しか言わない様な“空気”を確かに目の前の男は持っている。
 だけど、まずは、この男が本当に信頼出来るか。
 それを、計らなくちゃいけない。
 俺はじっと、男を“見た”。

「面白いな。それを聞くか」
 男が笑った気がした。

「今は味方だ」
 今は、か。
 この返答の方が面白い。そういう言い方は、出来るだけ正確に答えようと思う奴から出てくるものだ。
 “見る”事で、人を信用するかしないかを決めている俺は、この男を信頼することに決めた。

「お前らに害を加える気は全く無い。それどころか朝まで安全を約束する。ま、ちょっとしたジョークはすると思うけどな。特に寝起きの悪いカイには」
 俺は思わず笑ってしまった。
 この人は、本当にカイを知っている。
 カイの話に度々出てくる、“カイをよく知っている人”を俺は知っている。
 何となく、この人が誰なのか分かってきた。

「さ、他には無いのか?」
「あなたは誰ですか?」
 思いついた事をそのまま口に出す。
 考え付いてしまった以上、聞かないのは逆に良くないだろう。

「俺は、いない」
「?」
「それが、前提だ。もし、俺の存在を知れば、自分の限界にフタをする奴がいる」
 その時、その人はカイをちらりと見た。

 限界にフタ。
 それとカイがどう繋がっているのかは、俺には直に分かった。
 あいつを見続けた俺も持っていた、懸念。
 あいつは誰かに“依存”している様な気がした。
 それが、“フタ”なんだろう。
 だったら、カイにとって、この人の存在だけは絶対に秘匿するべきだ。
 いない状態ですら“そう”なっているのだから。

「ま、あいつには育ってもらわないと、“退屈凌ぎにならない”からな」
 その男はよく分からない事を、あっさりと言う。
 俺はその言葉に深追いは出来なかった。

 さ、どうするかな。
 この人の正体も薄々と分かってきた。
 そして、ここが何所なのかも、明日になれば分かる様な口ぶりだ。
 今分かっているのは、ここはとりあえず日本じゃないだろうという事。
 そして、朝まで安全は確保してくれるみたいだ。
 ただ、これ以上は知らなくていい。
 そして俺にとって、ここが何所でも、家に連絡する必要は全く無い。

 じゃあ、後必要な事は何だ……?
 訳が分からない事は当然多い。
 この人が大掛かりな仕掛けで、俺を騙している可能性の方が常識的に考えて高そうだ。
 ただ、そんな疑惑を持ってここで止るのはつまらない。
 この人が言っている事が全て正しいという仮定の元に、今必要な事は何なのか。
 それなら、ここでしか聞けない情報だけは確実に欲しい。

 この人の言葉を思い出せ。
 カイの為、か。
 ………?
 待てよ? さっきこの人は何て言った?

「あの、何で俺たちもここに?」
 この人は、俺とレイを見て、“カイにとっての条件”と言っていた。
 という事は、俺たちはこの人が狙って連れてきたのでは無い様にとれる。

「ああ、予想通りだ」
「……!」
 まるで心が読まれたかの様に、男には疑問が伝わった。

「あいつは“必要な条件”を引き寄せる“力”を持っている。お前らはカイに必要だった“条件”。そういう事だ」
 話が途端、非現実的になった。
 それなのに何所か納得してしまう。
 それ程に、この男の言葉は心に届く。

「じゃ、じゃあ……」
「何だ?」
 俺たちは“条件”。
 だったら、与えられた“役割”があるんじゃないだろうか。
 当然、カイにも。

「カイや、俺たちは、何をすればいいんですか?」
「………分からないか?」
「出来れば、聞かせて欲しいです」
 自分が下手な事をしない様に。
「………」
 男は、途端無言になった。
 そして、考える様に顎に手を当てる。

「そうだな。カイの助けになってやってくれると嬉しい。ただ……」
「?」
 男は、ピンと指を立てた。

「例えば、A君という人がいたとしよう」
「は?」
 今度は話が途端、訳の分からない方向に飛んでいった。
 まるで、人を導く様な口調。
 それがこの人の気質なんだろうか?

「A君御一行がアメリカに行った途端、ホワイトハウスに連れ込まれた。どういう事だと思う?」
 完全に分からない。
 まさか俺たちがこの後直ぐに“そう”なる訳でもあるまいし。
 俺は降参して首を振った。

「まあ、中心人物はA君だろうな。それが、今の話の“本質”だ」
 俺は、肩を落とした。
 今の話、輪郭部分は何でも良かったみたいだ。
 ただ、今の話は、たった一人を追っていた。

「―――!!」
 その直後、男の鋭い眼光が俺を射抜いた。

「この物語の“主人公”はカイだ」

 今、この男が何の話をしているのかは分からない。
 ただ、今からこの男が話す言葉だけは、絶対に聞き逃してはいけないものだという事だけは、直感的に悟れる。
 この人は、“この物語”の“本質”を語っている。

「他は、カイを取り巻く“傍観者”。“主人公が育つ”というこの物語を追い続ける者」
 俺は思わず頷いた。
 それは、元の世界でも俺が似た様な事をしていたからだろう。

 カイに与えられた役割は“主人公”。
 それは、“必要な条件”を引き寄せられる“力”を持つ者。
 そして、その“主人公”の席が埋まっているから、他は“傍観者”。

 それが、“今から始まるらしい物語”のキャスティングだ。

「“主人公”が誰かを知ったお前には酷な旅になるだろうな。物語の裏を知ってしまう事は、自分の“我”を出せない」
 その事は、俺はとっくに承知している。
 自分の役割を理解した……“してしまった”者は、自分がどう思っても、そこに嵌ってしまう。
 どうやらここでも、俺は“傍観者”みたいだ。
 それは、自分が今いる場所が、“自分の物語”ではないという事。

 自分の“我”が、“主人公”と対立したら、絶対に通らないという事だ。
 何故なら、“物語”とはそう在るべき物なのだから。

 ただ……

「慣れてますから」
 俺は一言そう言った。
 俺は“主人公”じゃない。
 だけど、カイやレイの物語を見ているのは、本当に楽しいと思っている。
 だから、それでいい。

「まあ、お前もよく最後まで冷静に聞いてたな」
 男は少しだけ笑って言った。
 別にそこまで冷静だった訳じゃない。何所とも知れないこんな変な森に連れて来られているのだから当然だ。
 ただ、“主人公”の為に自分が何が出来るかを得ようとしていただけだ。

 明日から、何かが始まるらしい。
 そして俺の役割は、“傍観者”兼、サポート役になるだろう。
 知っているのがそれだけなら、ボロもそんなには出ない筈だ。

「じゃあ、お前はあの辺りで寝てくれ。そっちの方が面白い」
 男は、草むらを指差す。
 言葉の意味は分からないが、確かに森の中では一番マシそうだ。

 話は終わりだ。
 俺はここで、“誰とも会わなかった”。
 自分の中に鍵をかける。
 自分の感情を押し込めるのは、得意分野だ。

「お休み」
「ええ」

 俺はすたすたと歩き出す。
 カイとレイはあの人に任せておけばいいだろう。
 そう、信頼出来る男は約束してくれた。

 茂みの中へ入る。
 ここなら十分、一日位は寝れるだろう。

 草むらに横になる。
 その途端、聞くべき事は他に幾つもあった事を思い出した。
 そこでようやく俺は、こんな場所に連れて来られた事より、あの男の方に興味があった事を自覚した。
 何か、人を“惹きつける力”を持っているあの男。
 カイも似た空気を少しだけ持っている。
 もしかしたら、あの男も“主人公という力”を持っているんだろうか……?

 色々な疑問は宙に浮かび、それでも敢えて俺は、強く目を閉じた。
 明日から始まる“物語”。
 それが何かは分からないけど、段々と楽しみになってきた。
 だったら、早く寝ないといけない。

 開演時刻には間に合う様に。

――――――

「どうしたの?」
「いや、ちょっとね」
 俺は、頬をポリポリかいた。

 今思えばあの時の俺は、あの男の言った様に、冷静過ぎた気がする。
 世界が移動したと訳の分からない話をされていた割には。
 もしかしたら、“俺があの場で冷静に話を聞く事”も、“条件”だったのかもしれない。

 そして、現段階で、どんどん増えていく疑問も、あの段階でもっと根掘り葉掘り聞いていれば、解消出来ていたかもしれない。
 なのに、俺は、あの時そこまで冷静はなれなかった。
 それも、“条件”だったのだろうか。

 疑い出せばキリが無い程、自分の行動が縛られている様な気さえしてくる。
 確かに、裏面は知るもんじゃない。

「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。“ごきげんよう”」
 俺は、彼女に背を向け歩き出した。

「……! 何時から?」
 ラナちゃんの姿から、“彼女”の声が聞こえてくる。
 俺たちを追っていたのかもしれない。
 “プレート”のニセモノを掴まされた所為だろうか。

「何となく、さ。見ているばかりだと分かってくるんだ」
 俺はまた、頬をかいた。
 見ていると、違いが分かる。
 もしかしたら、これは俺が“傍観者”に徹し過ぎた所為かもしれない。

「ラナちゃんは?」
「森の向こうの方にいたわ。それで? あなたはここで何があったの?」
「………」
 体から“霧”が晴れ、現れたペルセちゃんは俺を鋭い眼光で射抜いた。
 ただ、俺は怯まない。
 遥かに“遠い”あの男という存在に出会った経験は、“そんな程度”じゃ揺るがない。

「駄目、だよ」
「……!!」
 はっきりと、俺は言った。
 自分の役割が与えられて、俺も少しは“真剣”になれているんだろうか?

「そうだ、一つ確認させてくれる?」
「あなたは答えないのに?」
「まあ、ごめん」
 俺は段々、彼女との会話に慣れてきている様な気がしてきた。
 つい先日、殺し合いをした仲。
 それなのに、また、普通に会話をしている。
 ああ、もしかしたら、これも“条件”なんだろうか……?

「いいわ。何?」
 ペルセちゃんが怪訝な顔付きで、俺を見た。
 俺は何か変な表情を浮かべていたんだろうか?
「えっと」
 振り払う様に、顔を振って祠を見る。

「捕獲した?」
「ええ」
 あっさりと通じ、あっさりと彼女は答えた。
 そして、指をすっと祠に向ける。

「………!」
 途端、小さなモンスターが現れた。
 神秘的な光を放っている筈なのに、何所か薄っぺらい。
 かつて、でかいだけのレジギガスを見た時と似たような感想だ。

「セレビィ。今、どういうモンスターなのか調べているところよ」
「ああ、やっぱり」
「………?」
 今目の前にいる、セレビィは彼女が創った“幻覚”なんだろう。
 フェイルという男が、メタモンでレジギガスを創った時の様に、チーム・パイオニアの“警告”。
 確かにペルセちゃんも、幻覚で似た様な事が出来るか。
 ただその割には、あのセレビィ、戦闘意欲が感じられない。
 オリジナルも“そう”だったんだろうか。
 その辺りまで正確にするペルセちゃんの、職人魂が感じられた。

「じゃあ、俺は行くよ」
「……ええ。折角ここまで来て聞けなかったか」
 ペルセちゃんはそれだけ言うと、腕を組んで木に寄りかかった。
 彼女は、俺の持っている、“この物語の本質”に興味があったみたいだ。
 頭の中を覗く術があるらしい彼女が、その方法ではなく“正攻法”で来てくれるのは嬉しい限りだったが。

 俺は、どんどん歩いて行く。
 これ以上彼女と話していれば、ボロが出そうな気もしてくる。

 ふと、振り返った時、彼女は既にいなかった。
 もしかしたら、“彼女がセレビィを捕獲しているという事を俺に知らせる事”は“条件”なんだろうか……?
 俺たちが世界を渡った方法。
 それは、間違いなく、“時渡り”のセレビィだろう。
 カイが言っていた、“世界と世界の壁”。
 それは、“時間”という事なのかもしれない。

 そして、ここで、俺は、元の世界に帰る方法は“チーム・パイオニア”に連動している事に確信を持った。
 それも、“条件”……?

 “知ってしまっている”以上、全てが疑わしく思えてくる。
 俺だけに、あらゆる情報が集まり、謎が解けても、俺は何も言わない。
 まるで、読んでいる途中で犯人が分かったミステリー小説だ。
 しかし登場人物たちは、読み手が何を思っても、行動を変えない。

 俺は“それを楽しめる人間”の筈だ。
 だから、耐えられる。
 きっと、“今は”。

 それに、謎も全て解けていない。

 今、最も疑わしい事。
 あの時は、カイが“主人公”、他が“傍観者”、で俺は納得した。
 だが、“本質的”な疑問。
 その役割を、“与えた奴”は誰だ……?

 考えるまでも無い。
 “あの男”だ。
 そして、“彼”は今も生きていて、恐らくこの世界で、今尚、何かをやっている。
 更に“聞いた話の中”には、不審な行動が目立っていた。

 カイの為、と言っていたあの男。
 しかし、“今は”と条件を付けていた以上、この先何が起こるか俺には分からない。

 だが、“あの男”が何をやっていても、俺は誰にもそれを言えない。
 聞けば、自分の限界にフタをする奴がいるから。
 それを見越して“あの男”は俺に“役割”を与えた様にも思える。
 それが起こってしまえば、“カイの物語”は崩壊するだろう。
 だから、絶対に言わない。

 カンザキ=リクトは生きている、と。

------
 後書き
 読んでいただいて有難うございます。
 今回の更新は、少し遅れてしまいました。
 ただ、その分、文章量は大目になっています。
 今回の話は、大分昔の回想だったので、中々にやり難く、読み難くなってしまったかもしれません……。先に書いておいた方が良かったかな?と反省しています。
 さて、また、次回の更新が分からなくなる状態になりました。
 出来るだけ週一ペースではいきたと思いますが、恐らく遅れてしまいます……。すみません。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では… 



[3371] Part.40 Whirlpool
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/12/12 12:24
 プルルルルルル……
「………」

 プルルルルルル……
「………」

 プルルルルルル……ブツッ……ツーツー
「………駄目か」
 私は受話器を置いた。

 今、私たちはユースタス・ポートのギルドにいる。
 リインさんは手紙を見た後、頭を抱えて何かの仕事をこなさなければならなくなったらしく、そうなると邪魔をする訳にもいかない私たちは、森の関所を直ぐに離れる事となった。
 ただそれでも、船のダイアルというものは決まっていて、何時かの様に強制的に足止めされているのが現状だ。
 南東の大陸への船がここに来るにはまだ、三日ある。
 旅費の関係もあるというのが実状でもあるのだが。

 そして、今、私はギルドの備え付けの電話の前にいる。
 かけていたのは、“育て屋”だ。
 思った以上の長旅となってしまった私たちの“お使い”。
 それは当然、“あいつ”と会っていない時間が長いという事だ。
 スズキが、余計な心配かけない方がいいだろうから、という理由で“ボロ”が出そうな私たちからの連絡はしない方がいいと言っていた所為で、今まで連絡は控えてきたけど、今は相談したい事がある。

「……にも拘らず……」
 出ない。
 誰も出ない。
 折角、労いの言葉とかを色々考えてあげていたっていうのに、今じゃ、カイが出たら怒鳴りつけてやろうかと思っている位に、出ない。
 もう作業になりつつある、番号のプッシュをしようとして、止めた。
 ひたすら立ち続けてコール音を聞き続ける作業は、本当に切ない。

 もう直ぐお昼だ。
 これだけかけても出ないという事は、無人なんだろう。
 まさかまだ寝ている訳じゃないだろうし……

 ……一瞬、初めて“育て屋”に入った時の光景が浮かんだ。
 いや、まさか……ね。
 でもどっちにしろ、出ないことには変わらない。

 相談事があるっていうのに……

「あ……」
「! コトリ」
 振り返ると、その、“相談事”が立っていた。
 別に病気でもないみたいなのに、コトリの顔は相変わらず優れない。

「えっと、カイさんは……?」
「ああ、やっぱりあいつに? 何かかけても誰も出ないのよね」
「そう……ですか」
 コトリはあっさりと背を向けて、外に歩いて行く。
 空気でも吸いにいきたいんだろう。
 ただ、後ろから見ても、明らかに悩みがある様子だった。
 こういう時、何をするべきなんだろう……?

 最近一人でいることが多いコトリ。
 何となく、私たちとの距離が離れている様な気がしていた。

「はあ……」
「人は誰しも……悩みを抱えている……」
「ひゃあっ!?」
 私の溜め息に合わせる様に、真後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

「そして、人は癒しを求める。そう、母なる海を……ぶっ!?」
「スズキ、あんた何やってんのよ?」
「………」
 スズキは蹲りながら、手の平を私に差し出し、待ったをかけている。
 どうやら、喋っている途中で顎を打ち抜かれて舌を噛んだみたいだ。

「今、何で殴ったんだ?」
「少し苛々してたのよ」
「理由のようで理由じゃないからな、それ」
 スズキは不満そうに頬をさすりながら起き上がると、電話を見た。

「出なかったのか?」
「ええ。音信不通になるなんて……あいつの所為じゃないにしろ、何となく許せないわ」
 自分でも理不尽と分かるけど、今は何となくカイの“異常”が許せなかった。

「ま、そんな時は海だって。ほら、泳いでこいよ。限界を超えて」
「私じゃなくてコトリに言ってよ。大体、あんたここで時間潰すの反対してなかった?」
「ん? ああ、まあ、忘れてるならいいかと思って」
「……?」
「まあ、いいからいいから」
 スズキは、はははと笑った。
 こいつは何時もこんな調子だ。本当に。

「ラナは?」
「ん? 受付にいるだろ? さっきの依頼の報酬を貰いに。初めてのお使いだ」
 視線を受付に移すと、確かに悪戦苦闘しているラナが見える。
 何時もは私かスズキがやっているけど、あれもいい経験だ。

「ま、妹たちはとにかく、泳いで来いよ。今年のレイの目標はバタフライだ」
「嫌にハードル高いわね……って、だから私じゃなくて、コトリを海に連れ出してよ。この前の時は泳ぐの好きそうだったのに、今は殆ど部屋に篭りっぱなしじゃない」
「俺はレイに言ってんだぜ? 悩みを抱えているってな」
 スズキは、呟く様に言いながら、受話器に手を伸ばした。
 ボタンを一つずつ押していく。

「お前も難儀だよな。人の悩み事を、その人以上に悩んでんだから。そんなんじゃ、悩んでいる人にも負担になるかもしれないのに」
「……あんたは、悩み事無さそうでいいわよね」
「俺は長生きするだろうなぁ……」
 返した皮肉を、スズキは鼻歌交じりに流した。

「で、コトリちゃんの悩み事聞けたのか?」
「あんたがそれを言う?」
 スズキは知っているはずだ。
 “その人が話してくれるまで待つ”というルールが私たちにはあるという事を。

「まあ、深入りしないのも人との付き合い方だけど、心配なら聞いてもいいと思うぜ? 案外簡単に解決するかもしれないじゃないか」
「……まあ、そうかもね」
 あっさりとルールを破る事を勧めてきたスズキに、私はゆっくりと頷いた。
 確かに、これ以上やきもきしているよりは、アクションを起した方がいいかもしれない。
 ただ、当然、デメリットもある。

「でも、聞いても教えてくれなかったら……ね」
「ま、そうなったら、結構気まずかったりするよな……って、駄目だ。やっぱ出ない」
 スズキは受話器を置いた。やっぱり“育て屋”にかけていたみたいだ。

「でも、教えてくれるかもしれないじゃないか。諦めんなって」
 スズキは、ぼうっと、ラナの背中を眺めた。
 ラナは未だ、受付の人と話している。
 流石に手助けが必要になってきたのかもしれない。
 ただ、私は……

「あんたがそれを言う?」
 何となく、スズキの言葉に浮かんだ疑問を口に出していた。

「何が……?」
 何気ない会話の様に、スズキは微笑んでいる。
 何時もの……どこか自虐的な調子で。

「諦めるなって事。スズキが言っても信憑性無いわよ」
「ま、いいから聞いてみろって」
 会話を切り、スズキは手をパタパタ振って歩いて行った。
 後姿はコトリと違って、何も悩んでいない様に見える。

 ただ、それは、さっきスズキが言っていた言葉と矛盾している。
 “人は誰しも悩みを抱えている”。
 もし、抱えていないとすれば、それは、悩む前に諦めている人間だ。
 常に、何かを諦めている様なスズキ。
 この世界では、特に。
 やっぱり、あいつも“何か”を抱えているんじゃ……って……

「ああもう、今はコトリね」
 私は頬をパンと叩いた。
 確かにスズキの言う通り、私は人の悩みで悩んでいるみたいだ。
 それでいいと思うけど、今は深刻な方を優先すべきだろう。

 とにかく、コトリに……

「あ、レイさぁ~ん……」
「……はいはい」
 優先順序変更。
 私は、今最も深刻そうな困り顔の受付の人とラナの元へ歩いた。

~~~~

「あれ? コトリちゃん、こっちの方行かなかったっけ……?」
 ギルドの外に出ると、潮風の中、人は疎らだった。
 何となく目を離さない方がいいだろう、コトリちゃんを追っていたのに、どうも見当たらない。
 まあ、様子がおかしいと言っても、病気とかじゃないみたいだから大丈夫だろう。
 俺も外の空気を吸いたい気分に“なった”から一人で丁度いいかもしれない。

 さっき、珍しくレイに図星を指された気がした。
 俺が“諦めている”、と。
 そう言われれば、確かに俺は“我”を持つ前に諦めている。
 “役割”が決まっているのだから。
 ただ、それを楽しんでいるんだから、問題はない。
 その、筈だ。

 そう結論付けて、俺は町を歩く。
 やっぱり、規模が小さい上に人口が少ない。
 そして、相変わらずの自然の景色は確かに“癒し”って感じだった。
 前に、俺たちが休んだ時のままの安らぎがある。

 それが、少し気になった。

 ここは、前に“霧”が包んだはずだ。
 つまりは、ペルセちゃんが訪れた筈。
 それなのに、前と同じ様に人が過ごしている。

 どうも、プレシャス・ビリングの光景がトラウマになっているみたいだ。
 まあ、あれも、レジギガスが暴れた所為で、フェイルという男が齎した被害はそれ程でもなかったのかもしれないけど……

「“無駄な殺しは趣味じゃない”……か」
 ようやくたどり着いた岸辺で、俺は呟いた。
 海の向こうに、小さな島が幾つか見える。
 “渦”で守られた島もその一つだ。

 彼女の目的は、あそこの“伝説”を調べる事だったんだろう。
 もしくは、捕獲。
 まあ、いずれにせよ、目的さえ達成出来れば無駄に人は殺さないというのは本当みたいだ。

 ただ……
 一つ、気になる。
 チーム・パイオニアの存在。
 チームの行動が“伝説”を狙うという点では共通しているにしろ、その“仮定”が、バラバラの様な気がする。

 話に聞いた、ドラクという男と、マイムという子。
 ドラクという男は、アーサルさんを殺し、レイとコトリちゃんを逃げさせなくしてまで、殺そうとした。
 そして、マイムという子は、態々人を集めて殺そうとした。

 その反対に、ペルセちゃんはそのマイムという子に予告状を出すと人が集まると嘘を吐いてまで、“殺し”を避けさせた。
 そして、聞いた話じゃフェイルという男も、カイたちと戦った時、圧倒的な強さを持っていたにも拘らず、瞬殺を避け、殆ど脅す様な事をしただけで、帰っていったみたいだ。

 他のメンバーはどうかは知らないが、殺す事に、積極的な奴と、非積極的な奴がいるのは間違いない。
 個性と言ってしまえばそれまでだけど、同じチームなのに、何故そんな意思の疎通が出来ていないのか。

 一体どういう風に集まったチームなんだ……?

「あ、君もあの島に興味が……?」
「え?」
 後ろから、何所か渋めの声が聞こえた。
 俺は、大声を上げ、ついでに殴りかかっていく様な事は当然せず、ゆっくり振り返った。
 いきなり後ろから声をかけられたとは言え、これが自然な対応だろう。
 分かったか? レイ。

「あの島、確かに謎が多くてね」
「はあ……」
 聞いてもいないのに、話し続けるその人は、日焼けた人相のいい、初老のおじさんだった。
 きっと、この海を見張っている人だろう。
 そういえば、何度か見かけた様な気がする。

「昔の話だけど、あそこには“神様”が祭られていたって話だよ。今じゃ信じる人も殆どいないけど……」
「いや、俺は信じますよ。その“伝説”」
「おお、ありがとう」
 おじさんは話好きなんだろう。
 何所か嬉しそうに話を続ける。
「でも、実際、奇妙な鳥の様な声を聞いたって人もいるんだ。まあ、近付いた漁師さんたちの話だけど、神様の声を聞いたのかな」
 やっぱり、“あれ”か。
 俺は、適当に相槌を打った。

「そうそう、ちょっと前なんか、あそこで奇妙な“霧”が発生した、何て言っていた奴らもいたな。一時期騒ぎになったよ」
「ああ、その話なら俺も聞きましたよ。それって、この町も、だったらしいですけど」
「ん? 確かにそう言った奴らもいたが……覚えてないな」
 どうやら、町の中にいた人たちは彼女の“霧”を察知出来なかったみたいだ。
 確かに何時も、彼女は何時の間にか“霧”を発生させていたな……。

「まあ、結局誰も調べていないが……。依頼しようにも、報酬が払えない。ちょっと様子を見に行ってくれるだけでもいいんだけど……」
 何となくおじさんが暗に、俺に行け、と言っている様な気がしてきた。
 ちらりと、腰のボールを見られた気がしたし……。

 あの島に行く為には、“空を飛ぶ”か、“波乗り”と“渦潮”が使えないといけない。
 そのレベルのトレーナーへの依頼となると、ランクも上がる。払える報酬が無いんだろう。
 もしかしたら、おじさんは、この辺りをうろつくトレーナーを捕まえてそんな話をしているんじゃないだろうか。
 “霧”が発生してからずっとあの島が気になっているのかもしれない。

 ただ、生憎俺は、“自由”の適合者でも“精度”の適合者でもない。
 ウチのチームにはいるにはいるけど、そもそも今、“彼女”に係わらせたくは……

 ………?

 待てよ。
 何か嫌な予感がしてきた。

「あの、おじさん」
「?」
「もしかして、今日、俺以外にその話をしましたか?」
 さっき、おじさんは、君“も”、と言っていた。
 という事は……まさか……

「ああ、さっきこれ位の子に……」
 おじさんが手を出して表す背の高さ。
 それは明らかに、俺の中の予想とピッタリ同じだった。
 そして……

「レイさん、スズキ君がいた」
「あっ、スズキ、コトリ見なかった? 何か何所にもいなくて……」
 二人が息を切らして到着した時、俺は癒しを求めて海を見た。

「駄目だ。癒されない」

~~~~

「最っ悪……」
「俺の所為じゃないけど……まあ、急いだ方がいいだろうな」
 私は、今、必死にギャラドスに掴まりながら、絶対に下を見ない様にしていた。
 下には高速で流れていく、水面(当然、私じゃない)。
 落ちたら、私にとってはジ・エンドだ。
 どんどん近付いてくる、あの島……というよりその“渦”。
 コトリが行ったかもしれないという、場所だ。

 あの後、一応しばらくコトリが帰ってくるのを待っていたのだが、一向に戻って来ず、結局捜しに行く事となった。
 コトリが帰って来た時の為にラナを残して、私は今、ギャラドスで“波乗り”をしている。
 一緒に乗っているスズキが少し危機感を持っているのが、更に不安になって……とにかく、コトリを捜さないと……!

「やっぱり、ちゃんと話をしとけばよかった……」
「まあ、仕方ないって……」
「それで済まなかったらどうするの!?」
 私は、無駄だと分かっていながら、目を凝らしてコトリを捜した。
 やっぱり見えるのは、島の中央にそびえる高い山、そして、少しだけ傾いた太陽だけだ。
 スズキの話だと、あの島にあるであろう地下に、“とんでもないもの”がいるかもしれないとの事だ。
 もし、それが本当で、コトリがそんな場所に行ったら……ああもう、何でコトリはそんな所に……!
 あのおじさんに、担がれたんだろうか……?
 ただでさえ、様子がおかしかったのに……!

「なあ、レイ」
「何よ?」
 近付いているのに、未だ着かない島への苛立ちが、そのまま声に出た。

「前から気になっていたんだけど……お前、妹に何があったんだ?」
「………!」
 この、場を繋ぐ為の言葉。
 スズキには珍しい言葉だ。
 スズキは、私に“聞いてきている”。

「なんていうか、必死さが……」

「悪いけど………エピソードなんて無いわよ」
「……?」
 私の口からは、思ったより自然に答が出てきた。

「カイみたいに原因不明の火事で天涯孤独になった訳でも、ラナみたいに目の前で両親を惨殺された訳じゃない。“あの子”はね、ふっといなくなったの。“日常”からカードを引くみたいに、すっと……ね」
 たった、それだけ。
 特別な事なんて何も無い。
 ただ、日常の中に潜む事故が、あの子を突然に、当たり前の様に連れ去った。
 誰かがいなくなるっていうのは、そういう事だ。
 だから私は、“そういうもの”を大切にしたい。
 特に、姉妹の繋がりを。

「……そっか」
 スズキはそれだけを返してきた。
 そこで、私は何かが楽になった。
 もしかしたら、私は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
 そして、スズキももしかしたら、“そう”言いたかったのかもしれない。

「スズキ」
「ん?」
「私、コトリに聞くわ。何を悩んでいるのか」
「うっし、じゃあ、見つけっか」

 スズキがそう言ったところで、私たちはようやく“渦”の前に到着した。
 想像以上に大きい渦。でも、いける。

「さ、頼むぜ、レイ」
「こっちは、とっくに出来る様になってるのよ……! カメール、エンペルト!!」
 2体を“渦”の手前に繰り出す。
 そして、海の流れを良く見る。
 狙う場所にズレは許されない。
 何せ、“海”に逆らうんだ。
 “波乗り”みたいに波を味方につけて、最小の力で泳ぎ続けられる様に、力を正しく送りさえすれば、例え海という巨大な大自然が相手でも、ある程度は抗える……!

「渦潮!!」

 力ずく、といった様子じゃない。
 ただ、それが自然現象である様に、弱まっていく渦。

「くっ……」
 思った以上に神経を使うこの大渦。
 でも……

「なあ、そろそろ……」
「ええ……。波……乗り」
 私たちは一気に弱まった渦の上に乗った。
 渦潮の効果を消さない様に、場所を選んで慎重に波に乗る。
 徐々に島が近付く。
 後、少しで……

「あっ……もう限界」
「わっ、あぶっ……」
 最後は飛び込むように、スピードを上げたギャラドスの後ろでは再び大渦が発生していた。
 同じく飛び込む様に来た2匹も、少しだけ疲れて見える。
 少しでもずれていたら、渦に巻き込まれる事になっていたかもしれない。

「おいおい、何か、『“渦潮”は余裕』的なこと言ってなかったか?」
「結果オーライでしょ?」
 私は疲労感を吐き出すように溜め息を吐いて、島に向かう。
 もう、障害は無い。
 さあ、早速探さなきゃ。
 大事になる前に……。

「ま、久しぶりだな」
「何がよ?」
 スズキが、ギャラドスから飛び降り辺りを見渡す。

「?ランクミッション・“小鳥はいずこ?”。始めようか」
「……ま、確かにね」

 その?がSにならなきゃいいけど……
 私も島に降り立った。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 投稿は、予定通り(?)遅れてしまいました……。
 やはり年末になってくると、滞ってきます。
 実際、恐らく次回も遅れてしまいます……。
 読んでいただいている方には本当に感謝です。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.41 Evidence
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2008/12/19 19:45

「不気味……」
 私は今、島の殆ど海と同化している洞窟に入っている。
 一人という事もあって、機動性重視でエンペルトでの波乗りをしているけど、ギャラドスでやっても同じだったかもしれない程、洞窟内は想像以上に広かった。
 渦を巻く様に地下に続く洞窟。
 それも徐々に幅が広くなって、しかも時々枝分かれしている。
 殆ど迷路の様な空間だ。
 もう私がいる場所は地下なのだろうが、小さな島の地下にこんな大空間が広がっているとは思っていなかった。
 遠浅だなとは思っていたけど……。

 中にまで緩やかに浸入している海水は、洞窟の地下に向かって流れ、再び海底で海に出会うのだろう。
 つまり、この洞窟を降りていけば、向かう先は海底だ。
 どっちにしろ、コトリがこの先にいるかもしれないのだから進むしかない。
 スズキは洞窟以外を任せたし、後は私がこの洞窟内を“波乗り”で調べれば良いだけだ。

 ただ、普通に不気味だ。
 ドドド、と滝が洞窟内に流れているのは、逆に賑やかになって良いとは思うけど、それ以前に洞窟内の暗さ、雰囲気、そして、念の為にと持ってきた懐中電灯さえも手伝って、相当に怖かった。
 “波乗り”が出来るのは私だけだし、私が中、スズキが外、という役割分担は分かるけど、これは最早完全に肝試しだ。
 そういうことなら、もしかしたら、コトリはここにいないかもしれない。
 何より懐中電灯なんて持ってないだろうし……。

 え、じゃあ、私は何をやってるんだろう……?

「きゃあっ!?」
 自分のやっている行動に疑問を感じた瞬間、流れが速くなった。
 そして、視界の先に、危険なものが見える。
 急いで波に逆らい、私が“向かわされていた場所”をライトで照らす。

「………!」

 “それ”を照らして、私は背筋が寒くなった。
 洞窟内に、穴が開いている。
 それも、巨大な。
 そこに溜まった水がなだれ込んで、流れを作っている。
 慎重に大穴に近付き、地下を照らす。
 ライトで穴の先を照らしても、“ゴール”が見えない。
 これに落ちたら、終わりだったろう。
 一体何所まで深く続いているんだろうか……?
 いや、そもそも、何でこんな大穴が……

「………!?」
 何となく、嫌な予感がして、その穴の“上”を照らす。
 予想が出来ていただけに、今度は声を上げなかった。
 上にもやはり同じ大きさの穴が開いている。
 水が落ちてきていないという事は、貫いている場所はちゃんと地面の部分なのだろう。

 ただ、そんな事より、これが何を意味しているのか、だ。
 前にスズキが話していた、例のレジギガスとの出会い。
 それも正に似た様な事があったらしい。
 ここも、似た事が起こったんだろうか……?

 つまり、上から下へ、あるいは下から上へ“何か”が通った。
 そして、その“何か”の大きさは……

 これ以上考えるのは止めよう。
 唯一つ、ここが危険だという事が分かっただけで十分だ。
 急いでコトリを……

「あ……あの……」
「―――!?」
 振り向いた瞬間、私は、私の背後をパタパタと飛んでいた“その子”に大声を上げた。

~~~~

「それで、どうしてこんな事をしているのか話してくれるわね……?」
「ふぁい……」
 私は、レイさんと洞窟内の陸路で座っている。
 ……頬を擦りながら。

 ズバットとフワンテを頼りに暗い洞窟をゆっくり進んでいた私の耳に聞き慣れた叫び声が届いて、レイさんの懐中電灯を目指して近寄って行ったまでは良かったけど、背後に静かに飛んでいた所為で、思いっきりレイさんに頬を伸ばされた。
 ただ、レイさんに会えた事で、完全に迷子になっていた私は、少しだけこの洞窟が怖くなくなっていた。

 レイさんは、私の顔を真っ直ぐ見ている。
 こんなにはっきりと、レイさんが私の悩みを聞きに来てくれたのは初めてだ。

 誰にも相談せずに、勝手にこんな所まで飛んできた事からすれば当然なのかもしれない。
 “また”、迷惑をかけている。

「………」
 レイさんは、私が話出すまでじっと待っている。
 一方、私は何から話していいのか分からない。
 何せ、何をしたくて何をしているのか、自分でもよく分かっていないのだから。

 不思議な沈黙が、不気味な洞窟内で続く。

 私は、あのおじさんの話の中に、“鳥”や“伝説”というキーワードが入っていた事で思わずここに飛んできてしまった。
 今から考えれば、何でレイさんたちに話さなかったのか分からない。

 いや……今でも多分、同じ事をする様な気がしている。
 例え、後で怒られる事になっても。
 という事は、つまり、きっと、私は……

「あの、レイさん……」
「何……?」
 私は、また口を紡ぐ。

 ようやく分かった。
 私が、持っていた願い。
 そして、私がここに何をしに来たのかも。

「私はこのチームにいて良いですか……?」
 きっと、私は、誰かに強制されて、クビになりたかったのだろう。

~~~~

「うおぅ……!」
 レイと分かれて島の探索をしていた俺は、“それ”を見て一歩退いてしまった。
 うまく岩が崩れて“塞がれている”が、明らかにここには大穴があったであろう跡がある。しかも、つい最近出来たみたいだ。
 これは多分、あのレジギガスの時と同じだ。
 きっとこの穴を貫通させていけば、“辿り着く”だろう。
 そしてこの穴は、彼女がここで戦った事も証明出来る。

 さて、どうするか……?
 どうやら、外にはコトリちゃんはいないみたいだ。

 俺は当然、レイの後を追う事は不可能。
 中に陸路があるのかどうかは知らないが、入り口は“波乗り”か“空を飛ぶ”じゃなきゃ入れないし……
 だとすれば、ここの穴を塞いでいる岩をどける位しか、洞窟内に入る術は無い。
 だけど、もし下に、“何か”がいたら、下手に刺激する事になる。

 危険だと思ったら、直ぐに戻って来いとはレイに言っておいたし……それまで俺は何もしない方が良いかもしれない。

 何となく、海を見る。
 日はもう傾いて、徐々に紅くなってゆく空と海。
 これは……もしかしたら、“彼女”の時間が近付いてきているのかもしれない。

 ゴゴゴゴゴッ

―――!?

 俺がそんな事を思った時、突如、島が揺れた。

 地震……?
 いや、ただの地震じゃない。

 何故なら明らかに、震源はこの穴の先だ。

 俺たちがこの島をうろちょろしたからだろうか……?
 それともレイかコトリちゃんが到達してしまったからだろうか……?
 いずれにせよ、この穴から離れるべきだ……!

~~~~

「何……を?」
 私が声を絞り出しても、コトリは眉を寄せて見返してくる。
 私の答は当然、『いて良い』だ。
 もう私は、コトリを家族の様なものと考えている。
 きっと、他の皆もそうだ、

 なのに、私は直ぐに返答できなかった。
 コトリが欲しいのはそんな人情的な答じゃない。

 “最強を追うチーム・ストレンジ”の中での存在価値。
 それを、コトリは知りたいのだろう。

「私……“強くなりたくない”んです……“なりたくても”……“なっちゃいけなくて”……。それじゃあ……このチームにはいちゃいけないと思って……。でも……自分で辞めるなんて……絶対に言いたくなくて……情けないですよね……」
「だから……勝手に……?」
 もし、そんな勝手な事をすれば、クビにして“くれる”とコトリは思っていたんだろう。
 コトリは、何時しか溢れていた涙を袖で拭った。

「私だって……ずっと一緒にいたいんです……。だから、ここに……きっとここに……“証”を探して……」
「“証”……?」
「自分で……“叶えられれば”……きっと……って……」
 私はコトリの言葉を正確には捉えられなかった。
 でも、言いたい事は何となく分かる。
 もしここで、“伝説”を“攻略”出来れば、それがコトリの存在価値になる。
 もし出来なくても、勝手な行動をとった事で、クビになる。
 そう、潜在的に思ったんだろう。

 だったら……

「さ、コトリ。“伝説”を探しましょうか」
「え……?」
 私は、立ち上がった。
 コトリが持っている本当の悩みは分からず仕舞いでも、きっと、これでいい。
 コトリが今求めているのは、“答”だ。

「あの、レイさん……?」
「“伝説”を“攻略”出来れば、自信持てるでしょ? コトリはこのチームにいて良いって。ギャラドス」
 私は、二人は乗れるギャラドスを繰り出す。
 後はどんどん下って行けばいいだけだ。

「でも……」
「コトリがチームにいたいと思うなら、その為に私は協力するわよ? こんなの、迷惑でもなんでもない」
 コトリは、それきり黙りこむ。
 結局私には、こういう方法でしか、コトリの悩みを晴らす事は出来ない。
 スズキの言う様に、根掘り葉掘り聞いて解決する人もいるだろうが、やっぱり私はこれでいい。

「あのね、コトリ。コトリが情けないなら、私なんて最悪よ。コトリはちゃんと問題に悩んでいるのに、私は“割り切らない”事を選んで、先送りにしている」
「………?」
 コトリの話を詳細に掴めなかったお返しに、私も抽象的に言葉を出す。

「でも、何時か“割り切らないといけない”事だけどね。先送りにした方が今は楽だけど、絶対に何時か“ツケ”を払う事になる」
「………」
「でも、“それを分かってそれを選ぶ”のも、ありなんじゃないかなって思うんだ。忘れないで、大切に考えていればね」
 カイが口には出さずとも教えてくれた生き方。
 “悩む”とは違う。
 そして、その“差”もよく分からない。
 でも、少しだけ……楽になったのは覚えている。
 怠惰だと笑われても、大切な事に慎重になるのは、良いんじゃないかと思う。

「あの、レイさん」
「?」
「勝手にこんな所に来て……」
「それも、もう良いわよ」
 慎重に、流れに乗って地下へ向かう。

「こんな事が、勝手な事なんて言うなら、カイやスズキなんてとっくにクビよ」
 コトリが少しだけ、笑顔になる。
 後は、“証”を探せばいい。
 スズキには、あまり奥に行くなと言われているけど、この際だ。
 一気に下に―――

 ゴゴゴゴゴッ

―――!?

 突如、洞窟が揺れた。
 これは……地震……!?

「っ、レイさんっ!!」
「!?」
 コトリが叫び、私は全力で“大穴”から距離をとった。

 その直後……

 バシュッ

 光が先が、それとも、“その何か”が先か、ともあれ、大穴の上にあったであろう岩が砕かれ、上から光が差し込んでくる。
 丁度、その大穴と同じサイズの“何か”。

 それが、そこを通ったからだ。

「今……のは……?」
「下から飛んできました……。今この穴が、下からの“攻撃ルート”です……!」
 コトリには、何かが分かるらしい。
 つまり、下に“何か”がいて、その“何か”が、攻撃をした。
 完全に閉ざされていたこの大穴を、日の光が届くところまで貫通する様な威力で。

 そして、再び地響きが起こる。
 今度はその“何か”が、この穴を通るのかもしれない。

「コトリ、これは流石に一旦出ないと……!」
「はい!! オオスバメ、ズバット!!」
 洞窟そのものが崩れては、流石に“証”がどうこう言っていられない。
 コトリも納得した様で、私をオオスバメで掴ませる。
 確かに、“波乗り”よりも早いだろう。

「飛んでいきましょう!!」
「ええ、急がないと……! あっちよ……!」

 コトリに、道の指示を出す。
 地上までの最短距離のこの大穴は使わない。
 ズバットに掴まれたコトリはオオスバメに指示を出しながら、絶対に“攻撃ルート”に入らない様全力で地上に向かう。

 時折洞窟内で落ちてくる岩石を巧みに避けながら、出口を目指すコトリ。
 コトリは自分で気付いていなくても、こんな事が出来るのに、何故自分が邪魔だと考えるのだろう……?
 ただ、今、そんな事を伝えている暇は無い。

「レイさん、外です……!」
 洞窟の入り口……光が見える。
「ええ、でも……」
 それに比例する様に、どんどん地響きが強くなってきた。
 それは、その“何か”が出てくる事を示している様で……

 私たちが、洞窟から出る直前、洞窟の中で何かが弾けた。

 そして……

「―――!?」
「あれが……“とんでもないもの”……?」
 私たちとほぼ同時に、洞窟から出来たであろうその存在。
 それが空高く、羽ばたいている。
 その巨大すぎる羽は、私の背にいるオオスバメや、コトリの背にいるズバットの様に小刻みに見えず、ゆったりと動いていた。

 体かカタカタ震える。
 あれは、サイズが規格外だ。
 紅くなっていた海の上に羽ばたくそれは、羽ばたき一つで島を吹き飛ばせそうな程の存在感を持っている。

「ギュィイイイィィィ―――!!」

「っ!?」
 遠くから聞けば、鳥の声に聞こえるのだろう。
 だが、目の前でやられては、恐怖心を煽るだけだ。

「あれが……ここの“伝説”……?」
 私は、あれを知っている。
 この世界に来てからの情報じゃない。
 この世界の本は“伝説”の事に殆ど触れられていないから、元の世界からの情報だ。

 白く……そして、怪しげな空気を纏っているあの、巨大な鳥。
 確か、ずっと前の映画のメインのモンスターだったと思う。

 あれは……

「そんな……!」
「! コトリ……?」
 コトリの声も震えていた。

「そんな……あれは……本当にただの……おとぎ話で……」
 “それ”がこの世界の常識なんだろう。
 でも、私たちにとってはそこまでの感動は無い。
 ただあるのは、巨大な生物と出会ってしまった事からの危機感だ。

 相当程度の巨大さを誇る鳥は、ただ羽ばたいているだけで、まだ行動を起していない。
 駄目だ。
 このまま放心している訳にはいかない。何時か学んだ、放心しているだけで減っていく選択肢の数。
 あの巨大さ。そして、“伝説”という力。

 それを考えれば、“まず”スズキを探さないと……!

~~~~

「ビンゴ……ただ、最悪かな……」
 俺はうつ伏せになりながら呟いた。
 地響きが起こった瞬間、嫌な予感がして全力で穴の跡から距離をとり、そして何とか死なずに済んだ俺を褒める存在は生憎ここにいなかったが、自分でも百点満点の回避だった。

 体を起して、立ち上がる。
 近くで大穴が吹き飛ぶ様な事があったにも拘らず、怪我をしていないのは、俺の嫌な予感の的中率によるところが大きいだろう。

 そして、海の上を羽ばたく、巨獣。
 ただ、それなのに、“でかい事以外の威圧感”を覚えない。

「あれは、幻覚……か」
 そう判断して、そして直ぐに“気を引き締める”。

 あれは、ただの幻覚なのか?
 何故、あいつの攻撃で大穴が吹き飛んだ……?
 あの幻覚、間違いなく創造主はペルセちゃんだ。
 本物はペルセちゃんに捕獲、あるいは倒されたんだろう。
 そして、あの森で見たセレビィの様に、幻覚を創ってこの場を去った。

 そこまでは、間違いないだろう。
 じゃあ、何故“あれ”は、攻撃が出来る……?
 彼女のダブル・ドライブ技、Foggy retrospectionはどういう技だった……?
 対象の姿を覚えないと効果は無いんじゃなかったのか……?

 俺は当然覚えている。
 そして、レイも元の世界で映画の話くらいは聞いただろう。
 じゃあ、コトリちゃんは……?

 その時、空から二人が飛んできた。

「スズキ!!」
「………! 無事だったか……!」
 レイとコトリちゃんが俺の隣に降り立つ。
 洞窟内にいたみたいだけど、いいタイミングだ。

「あの、すみま……」
「いや、いいよ。それより、レイ、あいつに何したんだよ?」
 コトリちゃんの声を遮って、レイと共に空を見上げる。
 俺は気にしてないし、悪いけどのんびり話しているような状況じゃない。

 “そいつ”はまだ羽ばたくばかりで、俺たちを認知していない様に思えた。
「知らないわよ、いきなり出てきたんだから……!」
「あの、やっぱり、レイさんもスズキさんも知っているんですか……?」
「駄目か。コトリちゃんも知ってたら、“分からない”」
「何の話よ?」
 俺は首を振る。
 上にあんな化け物がいたら、のんびり説明する気になれない。

「まあ、いいわ。それより、どうやって倒せるの?」
「………!」
 驚いた。
 まさか、レイに“も”逃げるつもりが無いとは思わなかった。
「コトリ。いいわね? コトリの“証”の手伝いをするわよ……!」
「………はい!」
 どうやら、コトリちゃん“も”らしい。
 レイは、コトリちゃんと話をしたみたいだ。

「タイプはエスパー、飛行。特性・プレッシャー。深い海溝に眠る、“海の神”……」
 だから、俺は端的に、説明を始めた。
 俺が逃げない理由も当然ある。
 与えられた役割の中でも、俺が“楽しむ”為だ。

「ルギア」
 声に出した途端、ルギアがとうとう俺たちの姿を認めた。
 そして伝わってくる、敵意。
 これはどっちにしても、逃げられそうも無い。
 そして、戦うのには、まだ問題がある。

「エス……パー……?」
「え? “海の神”なのに水じゃないって事か? 理由は俺も……」
「そうじゃなくて……」
 レイはようやく思い出したらしい。

「悪いけど、後回しだ。“戦う理由が増えただけ”って事で、集中してくれ」
「……ええ」
 レイは直ぐに感情を飲み込み、ボールに手を当てる。

 “だが”、最も重要なのはレイじゃない。

「コトリちゃん……始まるよ」
「……? あっ、はい!」
 コトリちゃんも身構える。

 本当に頼むよ……コトリちゃん。
 この戦い……コトリちゃんにかかっている……!

―――!?

 ルギアが、“息を吸い込んだ”。

~~~~

「つまんない……」
 ボクはギルドの部屋で、一人座り込んでいた。
 コトリちゃんが戻ってくるかもしれないという理由で、スズキ君がボクを“待機班”に任命したからだ。
 あの時は何となく元気に返事をしてみたけど、後でよくよく考えれば、ただの留守番だった。
 やっぱりレイさんの言う通り、スズキ君の言う事を簡単に信じてはいけないらしい。

 ふと、コトリちゃんの持っていた本が目に入る。
 よく折り目がついてあるページを開いてみても難しい事が書いてあっただけだった。
 こんな本の所為で、コトリちゃんの様子がおかしくなったのかもしれない。
 そう思って、何となく強く、本をベッドに投げた。

 外は段々紅くなっていく。
 こんなに戻って来ないという事は、コトリちゃんはやっぱり、あの島に行ったんだろう。
 様子のおかしかったコトリちゃん。
 きっと、何かを悩んでいたんだろう。

 でも、きっと、“悩んでも解決出来ない”様な自分じゃ力になれない。
 そんな事は、分かっている。
 ロッドにも、『お前は自分の事だけ一杯一杯だろ』と言われた。
 だから、ずっと、そうしてきた。

 でも今、“そう”するのが嫌だと思う。
 何で、自分は力になれないんだろう……?

 そんな事、初めて思った。

「―――!?」
 もう一度、同じ場所に座ろうとした時、地面が揺れた。

「地震……!?」
 それも、結構大きい。

「っ!!」
 急いで外に飛び出す。
 外には同じ様に飛び出した人たちで溢れている。

「……?」
 そして、何か変な感じがした。
 それも、物凄く。

 人混みを強引に抜けて、ボクは浜辺に走った。
 全員が地震に驚き、慎重になっている中を全力で。

 もし、この地震に、レイさんたちが巻き込まれたら大変だ。
 急いで浜辺から島を探る。

 遠くに見えるその島に、ボクは行く術が無い。
 ニョロボンの背に乗っても、リング越しの“精度”Bランクじゃ多分厳しい。
 ある程度慎重に進む必要のある“波乗り”だから、途中で力尽きたら大変な事になる。

 かといって、“空を飛ぶ”は問題外だ。
 でも、行きたい……。

 さっきから、変な感じもする。
 これは、何だろう……?

「あ……!」
 見つけた、きっと、あの島だ。
 ずっと遠くの、紅い空と海の間。
 そこに浮かぶ小さな島と、“その上を羽ばたくモノ”。
 あれが、ここの、“伝説”……!

「……?」
 その存在から“も”、変な感じがした。
 本当に何なんだろう……?
 この感覚は?

 この……“二つの変な感覚”は……?

~~~~

 ドンッと、地面が“それ”で抉れた。

「うわっ、あぶっ!?」
「何なの今の!?」
「いいから目を逸らすな!!」
 俺は、直ぐに走り出す。
 再びルギアが“息を吸い込んだ”からだ。
 そして……

「ブォオオオォ―――ッ!!」
 吐き出した。

「っ!?」
 俺たちの立つ地面を、“それ”が抉る。
 当ったら終わりだろう。
 この、“自由”の波動の塊は、危険過ぎる―――

「何!? 何なのこれ!?」
「エアロブラスト……! ルギアの吐き出す“息”だよ……!」
「っ!?」
 説明している間にも、また来た。

「スズキ、何とか出来ないの……!?」
 俺は、繰り出しているフシギバナを見た。
 こいつの作り出す草のネットで、吹き飛ばされても抑えてくれるけど、攻撃はしていない。

「タイプ、エスパー、飛行だぜ? どんだけフシギバナ嫌いなんだよって感じじゃないか?」
「ああもう、カメール、エンペルト、ハイドロポンプッ!!」
 レイが遥か上空のルギアに向かって水流を放つ。
 でも……

「ギ……」

「っ!?」
「やっぱりか……!」
 狙って放たれた大技は、確かにルギアにヒットしたが、それでも大きなダメージは受けていない。

「何で……!」
「ルギアは防御能力が高い。あんな遠くに飛ばれていたら、届く頃にはあんなもんだ」
 レイは俺の口調にむっとした様な表情を浮かべたが、別に俺も余裕な訳じゃない。
 レイであんなもんなら、俺の草は、ほぼノーダメージだろう。

 それにしても、あのルギア。
 確かに、威圧感は無い。
 俺の直感は、あれが幻覚だと言っている。

 なのに、この強さは何だ……?

 さっきから放たれているエアロブラストは、“伝説”の名に相応しい威力を持っている。
 まだ攻撃は何とか凌いでいるが、“効果抜群”の草に当ったら、一発で戦闘不能になるだろう。
 じゃあ、あれは一体……?

「スズキ!!」
「っ!? 光の壁!!」
 何とか繰り出せたメガニウムの張った壁は、エアロブラストをまともに受けた。
 そして一撃で粉々に割れる。
 それを通して、メガニウムにヒットする。
 どうやら、本当に壁としての機能しかないみたいだ。威力の高い攻撃を受ければ当然に壊れる。
 ゲームとは違うって事か……!

「スズキ……」
「何時もこんな感じで悪いけど、今は戦いだって」
 それに、こいつが進化していなければ、今の一撃で沈んでいただろう。
 光の壁の恩恵か、何とかメガニウムは戦闘可能みたいだ。

 ただ、今の問題は攻撃か……。

 この戦い……
 ルギアという巨大不沈艦が上空からエアロブラストを放ち続けているという構図だ。
 地上しか移動出来ない俺たちは、その攻撃を凌ぎ続ける事はギリギリ出来ているが、こっちの攻撃が基本的に届かないし当らない。
 そして、ここから攻撃が当てられるレイじゃ届いたとしても、あの程度のダメージ。
 ルギアのエアロブラストの限界が何時来るかは分からないが、多分、俺たちの方が限界が来るのは早いだろう。
 もし、“俺の射程”に入れば少しは希望が持てるけど、ルギアは動く気が無いみたいだ。

 だから……この戦いは……

「ツバメ返し!!」
 遥か上空にいる彼女が鍵だ。

 ルギアを倒せるのは、相手が何所にいようと攻撃出来る、“自由”な彼女しかいない……!

~~~~

「“105ルート”」
 私も飛んで、相手も飛んでいる。
 だから、攻撃ルートは前の時より遥かに多い。
 そして、その優良なルート数も無数に見える。

「ズバット、ツバメ返し!!」
 ズバットをルートに乗せ、ルギアの額を狙う。
 優良なルート……“死亡率の高いルート”は全てそこに向かっていた。

「ブォオオオォ―――ッ!!」
「っ!?」

 私は寸でのところで、ルギアからの攻撃を避ける。
 “波動の塊”が私の飛んでいた位置を高速で通過する。
 近くを飛んで攻撃を仕掛けている私に標的を絞りつつあるみたいだ。

「っ!! オオスバメ!!」
 再び息を吸い込んだルギアから、私は距離をとる。
 あの技は威力が高い。
 どういう技なのか、スズキさんなら知っているかもしれないが、意識が私に向いている以上、不用意にレイさんたちがいる島に戻る訳にはいかない。

 この技は、私がここでかわし続けないと……!

 ルギアの一撃を何とか凌ぎ、今度はフワンテで攻撃を放つ。
 攻撃は確かに当っているが、ダメージは深くないみたいだ。

 攻撃力不足。
 それが、今の問題だ。

「“201ルート”」
 依然として、ルギアを殺すルートが増え続ける。
 そして私は、当然の様にそれに従う。

 やっぱりだ。
 今、私は“自由”の波動に流されている。

 私の夢。
 伝説の3羽を見る事。
 確かにルギアは、私が綺麗だと思った3羽じゃない。
 それでも、同じ“空”の“伝説”。
 3羽程じゃないけど、確かに見たいとは思っていた。
 でも、あの3羽以上に存在しないだろうと考えられていた“海の神”。
 それを前にして、私は何故こうも冷静であって、そして、倒そうとしているのだろう……?
 やっぱり、私は“自由”に流されている。

 “それでも”。

 私は、戦う。
 さっき、レイさんと話して、自分が本当は何をしたいのかを知ったから。
 私は、このチームにいたい。
 本当にいたい。
 邪魔だなんて思われたくない。
 人を狙う事は絶対にしたくないけど、相手もモンスターだ。
 殺す事は考えていないけど、モンスターの攻撃を耐えられる存在。

 だから、私は全力で戦う。
 あのチームとずっと一緒にいたいから。
 強く、なりたい……。

 だから私はここで、伝説を越える……!

「―――!?」
「え……? わわっ!?」
 全く予期していなかった場所から、光が漏れた。
 私の、胸から。

 それは、完全に忘れていたもの。
 私がユースタス・ポートで落ち込んでいた時、カイさんとスズキさんにお守り代わりと言われて渡されていたもの。
 スズキさんが、『多分コトリちゃん以外が持ってても意味無いから』と言われたもの。

「っ!!」
 私は、胸に、ペンダントとしてぶら下がっていたものを急いで取り出す。
 出てきたのは、紐の通った“綺麗な石”。

 ピシッ

 グログラムの優勝賞品・“秘密のコハク”に、ヒビが入る。
 そして、中の小さな虫の様な“点”がどんどん大きくなっていく。
 石が完全に壊れても、まだ大きくなり、そして、羽ばたき始めた。
 これは……

 その姿を見て、私は目を疑った。
 “神”と呼ばれた鳥と、私が持っていた秘密のコハクから生まれた太古の鳥。
 双方、鳥と表現するよりは、怪獣と表現すべき何だろうが、どちらにせよ、私にとっては“空”のモンスター。
 そして、こんな光景が目の前で展開されるなんて想像もしていなかった。
 “伝説”と“太古”。
 それが、今、目の前に……

「プテラ……!」
「ギイィィィイァアアアア―――!!」

 雄叫びが、響いた。

~~~~

「嘘……!」
「ああ、ああいうのカイの専売特許じゃなかったんだな……!」
 遥か上空で光が放たれるまで、ルギアはエアロブラストを連発していた。

 上空の頻度が多かったが、ルギアは時々牽制する様に島にも放っていた。
 だが、それはもう、完全に島に向かって放たれなくなっている。
 完全に敵だと判断出来る“脅威”が現れたからだ。

「……秘密のコハクって、変な装置で、じゃ無かった……?」
「俺に聞くなよ。正直驚いてる」
 どうやら、コトリちゃんに持たせていたのは本当に間違いじゃなかったらしい。
 プテラが復元するには、特殊な装置じゃなく、“自由”の波動を受け続けることだったのかもしれない。

 そういう意味じゃ、あのプテラはコトリちゃんが強くなった事の象徴だ。
 岩攻撃が出来ないのは辛いところだけど、あれで、コトリちゃんの攻撃力不足は解消された。

 でも…

「ねえ、私たちが何もしないでも勝てるんじゃ……」
「いや、まずいと思う。フシギバナ……!」
「え?」
 レイが怪訝な声を出す。
 水を差して悪いが、“嫌な予感がする”。

 俺は、急いで草のネットを幾つも張った。

~~~~

「ツバメ返し!!」
「ギュイィイイィ―――!!?」
 プテラの攻撃が、“ルート”に乗って、ルギアの額にヒットする。
 どうやら私をマスターと認めてくれたらしいプテラは、高速でルギアの周りを飛び、的確に攻撃を加えていく。

「っ!! 右に!!」
 プテラをルギアの攻撃が掠める。
 やっぱり、ルギアは強い。
 ここまで攻めているのに、未だ戦闘不能にならない。
 耐久力のある相手。
 それは本来、“自由”の適合者が狙う相手ではないのだろう。

 体中を汗が伝う。
 長期戦に息切れもしている。

 でも、やっぱり、こうあるべきだと思う。
 私は、人を狙わない……!

「っ、きゃっ!?」
 ただ、ルギアの狙う相手は当然私なんだろう。
 素早さで勝るプテラを捉えられないと判断したのか、私に攻撃を放つ。
 それでも、オオスバメは回避してくれる。

 これなら大丈夫。
 プテラの攻撃力は私の欠点を見事に補っていて、私はルギアより早く移動出来る。
 幾らルギアの耐久力が高くとも、いずれは……

「あ……え………?」
 プテラにもう一度指示を出そうとした瞬間、視界がぶれた。
 いや、それだけじゃない。
 体に途端、力が入らなくなった。

 それに比例して、オオスバメも私を抱えられなくなったのか、徐々に下降を始める。

「はあ……はあ……え……?」
 目が、まるで立ちくらみをした様に白黒する。
 そして気付いた。
 体が、想像以上に疲弊している。

「―――!? あ……」
 落ちてゆく私の視線の先に見えたのは、ルギアが“息を吸い込んでいる”瞬間。
 飛んで避けようとしても、私の体は全く動かない。
 原因の分からない疲労感にパニックに陥らない様に、口を動かす。
「プテ……ラ……!」
 ルギアの攻撃の瞬間、最後の力を振り絞ってルギアを狙った。

 ビュオッ

「っ!!」
 私の直ぐ横を、ルギアの攻撃が通り過ぎる。
 プテラがルギアに攻撃したお陰で、今の一撃は私に当らずに済んだ。
 ただ、一瞬の安堵。
 私の最後の力はそれだけを齎した。

 プテラも共に落ちてくる。
 それは、私というトレーナーの戦闘不能も示しているんだろう。
 私は、証明出来たんだろうか……?
 頭が働かず、それもよく分からない。

 体に力の入らない私はもう直ぐ、地面に体を叩きつけられるだろう。

 そして、“もしくは”……

「っ!?」
「コトリ!? 大丈夫!?」
 地面に激突すると思った瞬間、私の体は跳ねた。

「な、ネット張っておいて良かったろ?」
「分かったから、今はそんな場合じゃないのよ……!」
 目をそろそろと開けると、レイさんとスズキさんが、私の体を必死に起していた。
 スズキさんが張ってくれたんであろう草のネットから何とか這い出して、ふらつく足で立つ。

「特性・プレッシャー。多分この世界だと、戦闘の持久力みたいなものが急速に削られるんだと思う」
 スズキさんは、私の身に起こった事を教えてくれた。
 確かにスズキさんは、ルギアと戦う前にそう言っていたのを思い出す。
 私は、すっかりそんな事を忘れて……

「コトリちゃん。そこで落ち込まれると、殆ど何もしてないレイが可哀想だから」
「それはあんたも同じでしょ!? それより……!!」
 そうだ。
 生きていたなら、気落ちしている場合じゃない。

 未だ、ルギアは……!

「っ!!」
 ルギアが息を吸い込む。
 見れば地面は何箇所も抉られていた。

 その窪みは、空でかわす事しかしていなかった私にもあの技の威力を教えてきた。
 そして、私はもう飛べない―――

「来るぞ!! エアロブラスト!!」
「ええ……!」
 スズキさんが叫んで、レイさんと共に、ルギアを見上げる。
 体が動かない私はふらつきながら木に寄りかかっている事しか出来ない。
 そんな私の所為で、二人はここで向かい合うんだろう。

 あの、“念”の技に……!

 ルギアが息を一瞬止める。
 来る―――

 バシュッ

「え……?」
 ルギアの攻撃は、確かに放たれた。
 ただ、それは、島と全く違った方向に。
 それが、ルギアの目の前を通った閃光の所為だという事は、当然、この場にいる三人とも分かった。

 そして……

「………ははは……!」
「何で……“あんた”はそういう風にしか登場出来ないのよ……!?」
 スズキさんは笑い、レイさんは攻める様に言いながらも、やっぱり笑っている。
「あ……ああ……!!」
 私も自然と、声が漏れた。
 “彼”が何故ここにいるのか、という疑問は不思議と浮かんでこない。
 そんな事はどうでもいい。
 確かにレイさんの言う通りだ。

 彼はこんな時に、必ず来てくれる―――

 ルギアが、新たに現れた“脅威”に意識を向ける。
 紅い空にいる、自分以外の存在に。

 羽ばたく紅い羽。
 そして、その上の存在を、完全に敵として指摘していた。

「ばっ、暴れんなっ!!」
「カイ君、やだっ、落ちるっ!! 落ちるっ!!」
「お前の所為で落ちるって……!! 来るって言ったのお前だろ……!!」
 その反面、リザードンの上の二人は、妙に緊迫感が無かった。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 さて、今回の更新は想像以上に早めに出来ました。
 ただ相変わらず何時更新できるのか分かりません。年末は特にですが……。
 最悪、合流編の後半は、年明けになる可能性もあります……。
 出来るだけ、週一ペースでいこうと思いますが、もし無理だった時の為に、この場を借りて、言っておきます。

 皆さん良いお年を。
 
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] BSB AS/FAVOR
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/01/07 18:47
 建前的な前書き

 皆様、あけましておめでとうございます。

 この作品の性質をご紹介いたします。

 1・この物語の立ち位置は、サイドストーリーです。
 2・時系列としては、Part.41に繋がるものです。
 3・一人称に近い、三人称作品です。

――――――
 本音の前書き

 1・この物語は、本来予定されていませんでした。ただ、何となく、こんな感じの事がありましたよ、として書くはずのものでした。ですから、話も深くは無い筈です。
 2・それが何がどうしてこうなったのか、とんでもない文章量として完成しまいました。
 3・三人称は久々なので、お見苦しい点は多々あると思いますので、その時はご指摘等お願いいたします。

 注・文中、所々に数字が振ってありますが、それはこの作品が長すぎる為のもので、途中休憩する時になど活用して下さい。

 Blue Sky Blue Another Sky・FAVOR

 ――――――1

「何で山? 修行? 修行と言えば山だからなの?」
 空にはジリジリと綺麗な太陽が浮かんでいる。
 声の主は、そんな中を、歯を食いしばりながら、彼女からすれば急斜面な山道に悪態を吐きながら、一歩一歩と足を進めていった。
 艶やかな白い肌、おかっぱ頭の毛先から汗がキラキラと滴り、シャツはその汗をも吸ってボディラインに張り付き、一歩進む事に熱っぽい息を吐いている様は、
「どら~、くそっ、熱いっての。太陽め……車、いや、ここじゃ走れないか……、空を飛ぶ、駄目だ、出来ない……、くそっ、“自由”の適合者なんて死んじまえ……!!」
 口調で見事に台無しになっていた。
 因みに熱いのは太陽の所為ではなく自分が運動しているからで、“自由”の適合者にいたっては、完全にとばっちりである。
「はあ……はあ……」
 また一歩、目的地に向かって歩く。
 何で自分がこんなに苦労をしなくちゃいけないんだ。そんな事を、正に呪いでもかける様に呟きながら。
 もし、この呪いが届くなら、先程恨んだ太陽と、“自由”の適合者に祈りを捧げ、軽く称える位の事はしても良いと思っている。ただ、そんな呪いは当然届く事もなく、太陽と“自由”の適合者を称えられる事も無かった。
 結局は、足を進める事しか出来ない。
 この、“育て屋”へ通じる道で。

――――――

「突然押しかけてしまって……ごめんなさい……」
 どこか暗い木造の小さな山小屋に、消え入りそうな小さな声が響いた。
 もう日は傾きかけている。
 この山小屋は、とあるイベントが発生すると、昼を過ぎても電気を点ける者はおらず薄暗いままなのだが、今の“暗さ”の発生原因は明らかに、ため息混じりに長いブロンドの髪を弄っているこの女性であり、当然酒気も漂っていなかった。
「いえ、アリスさんなら何時でも歓迎ですよ」
 そんな“暗さの元凶”に、努めて優しく、努めて事務的に、この山小屋の留守を預かるリンスは温かい紅茶を差し出す。
 例えかつての仲間だとしても、この山小屋を訪ねた以上、“育て屋”のお客様。そう“言い訳”して、凛とした表情を作り、アリスの正面へ座る。
 そして、心の中で何度も何度も、“粗相”が無いかを考えていた。家に彼女を迎えた時の対応、お茶の煎れ方、そして、お茶の出し方までも、それら全てを頭の中で何度も繰り返し確認する。
 “それ”以外が心に浮かばない様に。
「あの……」
「ひぇ……こほんっ、ああ、何ですか……?」
「今日は調子が悪いから……その……大丈夫よ……?」
 いきなり声をかけられて情けない声を上げたリンスは口を強く手で抑え、そして、先程までよりも少しだけ表情が柔らかくなった。
 かつての仲間、アリスの力をリンスは知っている。
 心の“綻び”に比例して、心が読める……いや、読めてしまう。読まれない為には、心を強く持つことが出来なければいけないらしい。
 ただ、どうやら自分は、彼女の調子が良い時には心の読める範囲に入ってしまう様で、彼女に会う時は必ずと言って良い程、別の何かを考え続けていた。それが、彼女への負担が軽くなると信じて。
 そして、極力は、彼女の射程に入らないような付き合い方をしてきた。
 一方、アリスの方も、リンスの心遣いを知っている。
 心が読めてしまう事が苦痛な事であると、リンスはある種一番理解し、思念が自分に届きそうだと感じた時は、極力負担が軽くなる様に事務的な事を考え続けてくれる。確かに、リンスの心遣いは嬉しい。それに、たまに見える“本心”が行動と相違無い事も知っている。
 ただ、日によって無理矢理“自分”を殺そうとするリンスの行動は、むしろアリスにとってどこか寂しいものがあった。
 とどのつまり、同じチームだったとは言え、リンスはアリスが、アリスはリンスが、苦手だった。
「えっと、じゃあ、アリスさん、今日はどうしてここに?」
 心が読まれていないと分かったリンスは極力言葉を選びつつ、早速本題に入る。
「あの……やっぱり私……」
「いえ、あの、本当に、どうしたんですか?」
 下手に刺激するような事を言えば、ネガティブな彼女の事だ。暗に追い返されていると勘ぐってしまうだろう……いや、もう勘ぐっている。そういう意味では、心が読まれていないのはむしろ不便だった。
「実は、今、家に帰らない方がよくて……」
「?」
 その言葉に、リンスは首を傾げる。
 アリスが住んでいる場所、それはこの山を降りて行った所にあるトワイライト・タウンだ。
 日のある内は常に“紅”に包まれて、とても幻想的な町。それ以外は何も無い退屈な町と言ってしまうのは失礼かもしれないけど正にその通りの空間だ。だが、アリスはどちらかと言えば大きな不満は持ってなかったはずだった。
「何日か前……妹が来たの……」
「……!」
 アリスの妹。噂だけなら、今はアリスよりも有名な存在だ。
 そこから、ぼそぼそと零れるアリスの言葉を拾うのにリンスは必死だった。
 アリスの妹、ペルセの襲撃、それを迎え撃ったチーム・ストレンジ(!)、そして何とか全員無事だったが、ペルセが“プレート”を探し続けている可能性がある為下手に戻る訳にもいかない事、今日まで所持金で放浪していたが流石に限界になり、ペルセが来ても問題は無いであろう場所として、ここを選んだ事。
 端的に言えばそれだけの事を、途切れ途切れに長々と語り終えたアリスに、ようやくリンスは息を吐いた。相変わらず要領が悪い。心は本当に読めていない様だ。
「そう言えば、エースさんは……?」
「え? ああ、この時間は何時も、カイ君を……」
「そう言えば……そうだったわね……」
 アリスは数日前、トワイライト・タウンを“彼ら”が尋ねてきた時に、そんな事を“読んだ”のを思い出した。そもそも、久しぶりにここを訪ねようと思った理由も、その時ここの事を思い出したからだ。
 自分の要領の悪さを再認識しつつ、そこで、ふと、あることに気付く。
「あの、じゃあ……やっぱり私ここに……」
「あ……」
 リンスも気付いた。この家の広さに。
 アリスの話を聞く限り、何日かここに泊めてあげたいとリンスは思っていた。しかし、この家の広さ、ついでに言うなら毛布等々の理由もあり、エース、自分、カイでこの家のキャパシティは埋まっている。
 山の夜は冷える。ともすれば、一晩ならともかく、数日間となると流石に無理がある。要するに、リンスも気にしているが、ここは狭い家なのだ。
 トレーナーとして活動していれば今の倍以上は収入があるだろうにも拘らず、完全に引退を決め込んで、後世に“伝える”事しか考えない夫の生き方は否定しないが、こういう時には何となく、自ら依頼を引き受けに行こうかと思ってしまう。その、“育て屋”の報酬すら、殆ど“夫の”酒代に消えてしまっているのでは、特に。
 やはりこつこつと、空き地を利用してもう一件宿舎用の家を自力で建てるべきだろうか。ここの山の所有者なんてあってない様なものだのだし。
「あの、リンスさん? やっぱり私は……」
「あっ……ええと……」
 アリスはリンスを今の問題にようやく戻した。ただ、改善策が浮かばない。下手な事を言えば、アリスは全てを否定的に受け取ってしまうだろう。
 うまく理由が見つかって追い出された、と。
 リンスとしては、それだけは避けたい。やはり、リンスは扱いの難しいアリスが苦手だった。また、この沈黙の中でさえ、アリスの顔が少しずつ曇っていく。今にも席を立ちそうだ。何かを言わなければいけない。
 そんなリンスの採った戦略は、
「と、とりあえず、二人が戻るのを待ちましょう」
 丸投げである。
 実はリンスは“出来る女”を目指している。
 常に秘書の様に燐とし、接客態度も理想を求め続け、また、あらゆる問題に直面しても、エースに話す頃には全て解決している。それが、リンスの描いた“出来る女”だった。
 その、目指しているものからすれば正反対の行動かもしれないが、この空気だけは耐えられなかった。結果、エースに扱いの困るアリスを押し付ける形になってしまっても。
 心の中でエースに謝りつつ、朝の様子を思い出す。
 エースは言っていた。『今日はあいつにとって卒業式になるか命日になるかのどっちかだ』と。
 エースは、育てる相手が絶対に出来ない事だけはやらない。だから、カイは大丈夫、の、筈、である。だが、エースが時にやり過ぎる事もリンスは知っていた。
 カイが今日、卒業するなら、家の空きが出来ると一瞬思ったが、そうではない。彼らの待ち合わせ場所はこの“育て屋”なのだ。リンスは数日共に生活して彼の方向音痴振りを知っている。彼から、彼の仲間に合流する事は不可能だ。彼らが戻ってくるのにもまだまだ数日はかかるだろう。また、彼だけ下山させ、山のふもとの町で寝泊りさせるのも、“お客様”である彼にさせる訳にはいかない。
 エースはここの主人であるし、自分もここの世話をしなくてはいけない。また、アリスが泊まるのもここ以外は望ましくないであろう。
 つまり、この問題が解決するには、人数が減るしかない。
 例えば、命日……
「!? あの、リンスさん……?」
「いっ、いえっ、何も……」
 アリスは、残像が出る程の勢いで首を降り始めたリンスに怯えた表情を作った。少しだけ綻んだ心から、『プレッシャーに負けると人間って酷い事を……』等々漏れてきたが、直ぐに見えなくなった。
 ただ、どうやらリンスは、この事態を想像以上に重く捉えているらしい。“出来る女”を目指しているらしい彼女は、事態を(必要以上に)常に真摯に受け止める様だ。
 もしかしたら、“意識して”そういう事をしているから心が磨耗して、綻ぶのかもしれない。
「……!」
 暴れまわる首をピタリと止めたリンスは、アリスの顔を見て、直ぐにドアに視線を向ける。アリスも頷いた。間違いは無い。
「敵意は無い……みたい……」
 アリスが呟く。リンスも、確かに人の気配をドアの向こう側から感じていた。それも、明らかに、エースたちのものではない。
「お客様?」
「多分……」
 敵意は無い。それは、アリスが言うなら間違いは無いだろう。ただ、お客様かどうか。それに関しては、自信が無かった。
 何故なら時折、
「熱い~、水~。太陽……頭を使って働けよ」
 だの、
「んあ? あれか? あれなのか!? って、違うか。何だよ~、休憩所じゃんか、あのサイズ……ああ~、もう死ぬ~」
 訂正、敵意はあるのかもしれない。主に、リンスに。ただ、訳の分からない事を喚き散らしている点では、相変わらずその人物が何者なのか分からない。
「あの、リンスさん……さっきから、水~、水~って彼女が……」
 それはリンスも声に出した方は聞こえていた。どうやらこの声の主は心の中もそれ一色らしい。
 リンスは簡単に自分の分のお茶を片付け、代わりにコップ一杯の水を汲んで戻ってきた。抜かりは無い。これで、この小屋を休憩所と馬鹿にした外の女性にサービス面ではピカ一だという事を教え込める。何せ、今、この家には、相手の求めている事がダイレクトに分かるアリスがいる。後は、ドアが開かれた瞬間、いらっしゃいませ、という言葉とこの水をどこからともなく取り出して、お疲れ様です、とクールに渡せば完璧だ。
 ドタッ
 だが、それも、
「あの、途切れました……」
 彼女が正気を保ってドアを開けてくれたら、だった。
 リンスは溜め息一つ吐くと、ドアの向こうで倒れたらしい女性の元へ向かった。

――――――

「目を覚ましたみたいです……」
 木の、良い匂いが鼻を刺激する。
 そんな事を、彼女は思いながらそろそろと目を開けた。まず見えたのは、天井の木目。ここは、木造の家屋の様だ。
「んん……?」
 目を開ける前に、誰かが自分の意識が戻った事を察した様だ。
「大丈夫ですか?」
 もう一人が、声をかけてくる。
「うぁ~……だるっ……」
「これを……」
 手を伸ばすと、冷たいガラスが握らされた。中には彼女が求め続けていたものが入っている。彼女はそれを一気に飲み、
「ごぼっ、げはっ、ごはっ」
 咽た。
「あっ、一気に飲んだら……大丈夫ですか?」
「はあ……はあ……、何とかね」
 咽込んでいた彼女から、確りした声が聞こえる。どうやら調子は戻ったみたいだ、と、リンスは息を吐いてコップを提げた。
「ここは?」
「“エース育て屋”ですよ。いらっしゃいませ」
 ベッドから体だけ起した彼女の視線は強かった。カイと同じか近い歳であろうにも係わらず、年上のリンスを見ても口調を改めない。気の強そうな“お客様”だと、リンスは認識し、直ぐに採るべき対応を考える。
「じゃあ、あなたが“エース”?」
「いえ、エースはただ今留守にしています。私はリンス。あちらの方は……」
「アリスです……」
「へ? ―――!?」
 木造家屋に、イルカの声の様な悲鳴が響いた。人がいるとは思っていなかった場所に、ひっそりと立つ存在の所為で。確かに自分はこの部屋に、自分以外に二人居ると認識していた筈なのにも係わらずに、だ。
「ごめんなさい……驚かせて……あなたは……?」
 気配を察知され難い自分に苦笑しつつ、アリスは“一応の礼儀”として名前を聞く。
「ナナミ……よ」
 ナナミはここに来るまでに偽名でも使おうかと考えていた事も一切忘れ、正直に本名を名乗っていた。ナナミにとって、不意打ちの様であったアリスの登場の所為で、精神的余裕は無い。不覚にも悲鳴を上げたしまった事は、完全に汚点だ。
 それにしても何なのだろうか、この二人は。
 ここが、“エース育て屋”である事は間違いない。だが、聞いた話じゃ夫婦の二人暮らしだった筈だ。対応から見て、リンスという人がそうなのだろうが、この、アリスという人は何なのだろう。お客に見えないから、友人がたまたま訪ねてきただけだろうか。
 そこまで考えて、ナナミは、ふと、妙な事に気付く。何故、自分はこのアリスという人に拘っているのだろう、と。
「それは、私とあなたが、同じ適合者だから……あっ……」
「……!? 口に出てた?」
 アリスはコクコクと頷く。
「まあ、いいや。それより、エースって人に話があるんだけど……何所にいるの?」
 ナナミにとって、細かい事はどうでも良い。自分はここに鍛えてもらいに来たのだ。出来るだけ早く。それをアピールする為か、ナナミはベッドから勢いよく降り、リンスを見据えた。
「すみません。エースはただ今……」
 バンッ
「ああ~? リンス、誰か来てるのか?」
 何というタイミングの良さ。ナナミはそう判断して、直ぐに寝室から出て行く。向かう先は、今勢いよく開け放たれたドアだ。
 今の何所か傲慢な声の主は間違いなくエースという男だろう。ようやくだ。急いで始めよう。時間は、恐らくあまり無いのだから。
「……!?」
「ああ~? 誰だこのお嬢ちゃん」
「エースさん、お客様が見えてま……!?……」
 ナナミ、リンスは固まった。ドアから入って来たのは、目付きの鋭い金髪の長身男。その目でサラッとこの場にいる全員を眺め、ふんっ、と鼻を鳴らす。主人以外では許されそうもない態度。間違いなく、エースだ。
 だが、
「あ……ごきげんよう……久しぶ……!?……」
 アリスも、エースを見て固まる。いや、正確にはエースを見て、じゃない。
「アリス? どうした、誰か説明しろ」
 エースの言葉に、全員が同じ事を思った。まずはそっちから説明してくれ、と。
 今、エースを除く“意識のある”全員の視線が、エースの背に乗る、体中が所々焦げた少年に向いていた。

――――――

「『何なんだ、この男は』、とでも言いたそうだな?」
 正にその通り、と口をついで出そうになったナナミは、一応先生になるだろう相手という事を思い出し、リンスが淹れたお茶を口に含んだ。ついでに言うなら、ふざけんじゃねー、も付けたい位だったが。
 どーん、だろうか。あるいは、ずーん、だろうか。
 “客”の前で、そんな擬音が着きそうな程、傲岸不遜に仰け反る男がいた。足は今にも机の上で組まれそうだ。一方、その男の後に一歩下がって極めて慎ましく、燐と立つ女性もいる。
 同じ店で働き、しかも夫婦だというのにこの態度の違いはどうだ。ナナミに、ここを訪れた事そのものへの不安が浮かび出す。仰け反っている男が担いでいた少年の“焦げ付き具合”を見た後では、特に。プシューと煙が出て、ついでに芳ばしい匂いがしていてもなんら不思議ではなかった少年(どうやら死体ではなかった様だ)は、今向こうの部屋で、アリスの介抱を受けている。
「それでお嬢ちゃん。ここに何の用だ?」
「ナ、ナ、ミ、だっての」
 咎める様に強く、意識して目の前の男よりも偉そうに、自分の名を出す。舐められたら終わりだと、ナナミは知っていた。直ぐに訂正して名前を口に出せ、と、目でエースに訴えかける。が、
「………」
「………あなたがエース?」
 ナナミはどうやら訂正する気の無いらしいエースに折れた。訂正する気どころかやる気すら感じられないふんぞり返ったエースの姿が癪に触るが。
「ああ。それで、だ。何しに来た?」
「あたしを育てて。ここは育て屋でしょ?」
 くわ~、と欠伸をかまされた。
 この男は客商売に向いていない。それは、もう、本当に。ナナミは自分がそう結論付けるに値する仕打ちを受けたと自信を持って言える。
 ナナミは気の長い方ではない。むしろ短い方であったりもする。その自分が睨むだけで済ませているのはむしろ賞賛に当るであろうと心の中で何度も反芻し、その回数分、落ち着け落ち着け、と何度も自分に念じていた。
「それで? 強くなりたいと?」
「ええ、あなたに出来るなら、だけど」
 攻撃的な口調が抑えられないのは、仕方ない。そう心で言いながら、後ちょっとだけはこのストレスを外に出したい、と更にナナミは視線でも挑発する。含めた色は、嘲り。良識の範囲内でなされたナナミの攻撃は、しかし目の前の男に涼しい顔で流された。
 もう一度、くわ~、と欠伸。
 それだけに止まらず、エースは挑発に乗るどころか全く別の事を考えていたりするのだが。
「事情くらいは……」
 リンスはとうとうエースの態度に耐え切れなくなり口を挟む。リンスにはエースの無言の返答、すなわち“NO”を敏感に察知出来た。
「デイトール・タウンっていう小さな村……知ってる?」
 ナナミは、リンスに、あくまでリンスに事情を話し出した。
「確か山のふもとの村の一つ……でしたっけ?」
「ええ、小さいけど、ね」
 完全に興を失い大欠伸をしているエースに、ティーカップを投げ付けたい衝動と戦いながら、ナナミは自分の故郷のデータを一つ追加した。
「今、あたしの村……というかこの辺りがチーム・バンディットのターゲットにされてて」
 チーム・バンディット。
 それが、自ら“盗賊”を名乗り最近この辺りを荒らしているチームである事をリンスは知っていた。ついでに、中々に強力なトレーナーたちである事も。
 この辺りは細々とした村や町は多いが、その半面、組織的に動く治安機関というものがあまり機能していなかったりもする。貴重な人的資源を、数が多い上に特に面白みも無いこの辺りにではなく、本命の領土に集中させたいというのが領主の本音だろう。
 結果、トワイライト・タウンの様にひっそりと衰退し事件すらも起こらないか、ノーブコスティの様に割と大き目の町のギルドで自己解決するか、あるいはその中間くらいしかこの辺りにはない。
 そして、自己解決能力も乏しく、そこそこ旨みのあるその中間くらいのデイトール・タウンの様な村が、ターゲットになり易いのだろう。
「ちょっと前までは、“あのチーム”がノーブコスティに来るってんで、結構トレーナーの数もいたから大人しくしてたけど……最近になって、また、はしゃぎだして……」
「ああ~? それで、強くなってそいつらを倒したい、か? そんなもん、誰かが何時か解決するだろ」
「話はそんな簡単じゃないの!!」
 バンッ。と、今まで抑えていたエースへの衝動を全て手の平に乗せ、机を振るわせる。同時にジンッと手の平が痺れたが、ナナミの脳裏に浮かぶある出来事の前ではそんなものはどうでも良かった。
「あ……“あいつら”、こ……このっ、ここのっ……あ……あたしに何を……したと思う?」
 ナナミの唇がピクピクと振るえ、手を置かれた立て付けの悪い机が連動する様にカタカタと揺れる。顔は血色が良い、を通り越して今にも爆発しそうな赤だ。時折呪詛の様な言葉が口から出てきているのに本人は気付いているのだろうか。
「何か……されたんですか?」
 震えながら呪いを吐き続ける爆弾間近な少女を、これ以上見ているのが精神衛生上よろしくないと判断しただけな訳ではないが、リンスはおずおずと、ナナミに先を促す。
 チーム・バンディットは手段を選ばない、卑劣なチームと聞く。そのチームが、歪んだ顔で呪いのテープを途切れ途切れに再生する壊れたレコーダーの様になってさえいなければ、一応“美”に分類されるであろう少女にする事。その先を決して想像しない様にしながら。
 ナナミはその表情のまま、今度こそ本当に呪いを飛ばす様に、苦々しく、
「あたしを……“報酬”にしたのよ!?」
「………え?」
 話が繋がらない事を、言った。
「“あいつら”……“村の奴ら”……討伐の報酬が無いからって……寄りによって、こっ、この、あたしを……!!」
 ナナミの話はこうだ。
 チーム・バンディットに襲われたデイトール・タウンの人々は、最初は抵抗するのを避け、嵐が過ぎるのを待つ様に、去ってくれるか、領主の対応を待った。しかし、領主の対応は遅れ、とうとう耐え切れなくなり、トレーナーに依頼を持ちかけようという意見が村の中に浸透していった。だが、その時既に村の余裕はほぼゼロ。割とランクの高いであろう依頼に、先立つものがなければ流石に引き受け手はおらず、計画は頓挫したかに思えた。
 ―――“裏のギルド”なるものが存在しなければ。
 殆ど勝手に自分を報酬として依頼の登録が済まされていた事をナナミが知ったのはつい先日。まさか本人の合意無しにその様な話が纏まるとは思ってもみなかったが、どうやら本当に登録されているらしく、取り消しをしようにも、“裏のギルド”の場所は分からない。結局ナナミが全力で探索したのは、“育て屋”の方だった。
「………」
 “裏のギルド”がいかに無法地帯なのかを再認識したリンスは、頭を抱えた。まさか、人身売買まがいの依頼を平気で登録できる様な場所だとは。
「……まあ、無い話じゃないな」
「……!」
 ここに一人、“裏のギルド”に頻繁に出入りしていた男がいた。ただその男からは、相変わらず協力的な空気どころか、眠気しか漂ってこない。だが、ふと、何かを思いついた様に、口元を歪ませた。それが挑発的なのも、相変わらずだ。
「で、」
 ナナミはそんなエースを今度こそ逃さない様に正面から見据える。
「山賊を他の誰でもなく、あたしが倒さなくちゃいけないの。それにもう二度と、村の人たちに舐められない様にも……」
「くだらね」
 ズバッ。という程の強さは無かった。ただ、一瞬何を言ったか分からないほど、ナナミの言葉に溶け込ませる様に。
 言葉を放った主はようやく普通に座り直した。
「いいか、お嬢ちゃんの話には無理がある」
「……!」
 エースは、声も出なかったナナミを視線で射抜いた。
 そうされたことだけで、ナナミは黙り込む。今正に爆発しそうだった怒りが消滅した訳ではない。ただその視線が、その怒りを衝き抜け、もっと根本的な部分、心の底に直接“伝え”られ、怒りを押し出す心の機能が痺れた様に思えた。
「今から、お嬢ちゃんを育てたとして……まあ、計算するのも面倒だ。ただ、まず間違いなく、その間に“裏のギルド”の依頼が達成されるだろうな。“強くなる”ってのは、それだけ時間がかかるもんだ」
「……それは……」
 ただでさえ“裏のギルド”は“表”と比べて情報が遥かに早く回る。そんな僅かな間では、チーム・バンディットを倒せる程にナナミを鍛えるのは不可能だ。
 そして、もう一つ。
「お嬢ちゃん。村の蓄えが無いって事は、お嬢ちゃんの蓄えも……」
「無いっての。だから、“表”に依頼出来な……」
「ここは?」
「……は?」
「ああ~、だから、ここへの報酬だ。こっちはボランティアじゃないんだぞ?」
 思考が、止まった。体も、硬直する。生命活動は、一応行ってくれていると信じたい。
 『ここへの報酬』
 何度も響くエースの言葉が潤滑油の様に脳を滑らかに回転させそして、浸透。何とか生還したナナミは、今度は一転、顔を見事に紅潮させ、
「……うおっと」
 とだけ漏らした。
「おいリンス。お客さんがお帰りだ」
「ちょっとぉ!?」
「エースさん……!」
「ああ~、それにしても困ったな」
 困った?
 その言葉は、今までまるで興味の無さそうだったエースから出てくるにはあまりに不振な言葉だった。ナナミもリンスも眉を寄せる。そして、エースの表情は、その言葉とは完全な間逆だった。
 エースはわざとらしく、天井を仰ぐ。
「お嬢ちゃんの話を聞く限り、“誰か”が“無償”でそいつらを倒し、そうだな、ついでにそれをお嬢ちゃんがした事にしてくれるなら、一挙に解決なんだろうが」
「そんな人……いる訳ない。それとも、あなたがやってくれる?」
「ああ~? 俺は駄目だ。もう他人の問題に直接ちょっかい出す気はない」
 エースはもう、後世に“伝える”事以外はしない。それが、引退したエースの選んだ事だった。リンスも、ナナミの視線に首を振って返す。気持ちはエースと同じ様だ。
 そんな二人を、特にエースを見て、やっぱり、とナナミは漏らした。そもそも協力的じゃないこの男が重い腰を上げる希望はもう捨てていた。
 ただ、その筈なのに、何故この男は、今もわざとらしく天を仰ぎ、こんな話をしているのか。
「ああ~、何所かにいないもんか。現役で、しかも“修行が終わって後は仲間の帰りを待つだけ”だったりして、暇を持て余している奴が」
 エースの言葉がやけに具体性を帯びてきた。
「……! まさか……エースさん、“彼”を……!?」
 その時、ナナミの心に小さな希望の火が生まれた。リンスの、『まさかあの封印を解くのですか……!?』的な言葉に。
 その時―――
「どうわぁっ!?」
 隣の部屋から誰かの悲鳴が届いた。恐らく、あの、半死体の声だろう。
「ああ~、いいタイミングだ。運がよかったな、お嬢ちゃん。“そんな奴”が、目を覚ましたみたいだ」
 ビュオッ、と。
 “彼”とあの半死体がイコールで繋がった時、ナナミの希望は突風で煽られた。

――――――2

 一つ、気を失うという理由で意識が無かった事。
 一つ、寝起きは弱く、そもそも頭が回らない事。
 一つ、リンスだと思った女性が知らない人物だった事。
 他にも挙げたらキリが無いほど理由があるんだから仕方ない。と、誰に対しての言い訳か、ともあれ、情けない悲鳴を上げながらカイは目を覚まし、
「起きたか。お前はこれからこのお嬢ちゃんに協力しろ」
「……んえ?」
 まるで夢遊病者の様に返した。声は掠れている。
 口は半開き、視線は、目の前でさも当然の様に見下ろしているエース、その後ろで申し訳無さそうに立っているアリス、そして完全に自分を訝しんでいるナナミの順に動き、再びエースに戻る。
「何も分からないって顔してるけど?」
 誰だか知らないがその通りだ。カイは何度も頷きながらナナミを指差した。喉が渇ききっていて、うまく声が出せない。
「ちょっと、人を指で指さすなっての」
「ああ~、アリス。こいつが何を言いたいか分かるか?」
「………ごめんなさい。無理みたい……」
 一体何なんだ、この状況は。カイは胃の中がぐるぐると軋むのを感じた。
 起きた途端に、どやどやと押しかけられ、覚醒状態でない頭の前で、訳の分からない人たちに訳の分からない会話を始められる。
 何故こんな仕打ちを自分が受けなければならないのか。体もヒリヒリと痛むというのに。自分が何故寝ているのかも、いまいち思い出せない。少しでも状態把握に努める為、目を瞑り、記憶を反芻させる。
 そこで、ジンッ、と。カイは体の底に何か熱いものを感じた。沸々と、それが体中の血管を通って全体に染み込み“自分そのもの”を湧かせる。それは、意識を失う直前の戦闘の激情。無我夢中で走り回った洞窟内。初めての捕獲。確実に自分が強くなるという確信の元、乗り越えた試練。それらがフラッシュバックした瞬間、その熱気が、未だに自分の中に残っていることに気付く。
 そうか、俺は―――
「ふーん……」
「……なん、だよ?」
 心が、冷めた。いや、凍りついた。ピシッと。今まで突っかかるようになって出なかった声が出る程に。
 自分の顔を物珍しそうに覗き込む少女が、汚らしいものを見る様に絶対零度の蔑んだ視線を向けていたら、熱だって冷める。
「それで、こんなんで大丈夫なんでしょうね?」
『ああ、期待した私がバカだった』
 そんな心の声が、カイには(実はアリスにも)ストレートに聞こえてきた。戦闘の熱気は冷めたが、目の前の女に対する怒りが代わって体中を駆け巡る。初対面の人間に、事情も話されず失望される経験は中々に屈辱的である。挙句、“こんなの”呼ばわりだ。
「何? 焦げだらけで睨まれても怖くないわよ? クロスケ」
「なっ!?」
 言われて、カイは初めて自分の姿に気付いた。黒い。それが、自分に向けた正直な感想だった。衣服は炎やら電撃やらで焦げ付き、埃だらけだった“巣”の中を転がり回った所為で泥だらけ。ある意味怖い姿のはずだが、どうやらナナミには滑稽にしか見えないらしい。
「その辺にしとけ。今からお前らは一緒に行動するんだからな」
 エースが指を振って、睨み合うカイとナナミを指す。
「そういやさっきもそんなこと言ってたな。何だってんだよ?」
「ああ~、面倒だからこのお嬢ちゃんに後で聞け。俺の中では一本の線に繋がっている」
 あ、これ駄目だ。カイは直感的に悟った。エースがこう言った以上、もう自分は、この、
「ちょっと、本当に“これ”で何とか出来んの?」
「ああ~? まあ、お嬢ちゃんよりは“マシ”だろうからな」
「く……屈、辱」
 こっちの台詞だ、と怒鳴りつけたくなる様な少女と一緒に行動するらしい。
 カイが諦めた様に溜め息を吐くのを見て、エースはふっと笑う。
 この家のキャパシティの問題はクリアした、と。

――――――

「『何だこの女は』、とでも言いたげね?」
「ああ」
「口に出すな! デレカシーが無いわね」
 ―――じゃあ、聞くな。それと、デリカシーだ。
 山道をやる気なく、のそのそと歩くカイは聞こえるように溜め息を吐いた。謂れの無い中傷を吐き続けるナナミを見ながら、眉間に皺を寄せ、確りと。
 どうやらまた自分は、変な相手に捕まってしまったらしい、と―――聞こえなかったみたいだからもう一度溜め息を吐きながら―――カイは、思った。もしかしたらこの世界には態度のでかい人間の比率が極端に多いのではないか、と勘繰ってしまいそうだ。
 日は徐々に沈みかけ、この山で過ごした経験上そろそろ冷え込むだろう。ついさっきシャワーで落とした汚れと引き換えに山独特の冷寒が湯冷めを誘うとなると、クロスケ状態もありだったかもと、カイは首をすくめる。
 体中にリンスが何時も用意してくれる良く効く薬が塗りたくってあるお陰で傷はさほど痛まないが、それも逆にピリピリと寒さを助長させている。
「で、あなたが何をすればいいのか分かった?」
 先行していたナナミが、クルリと振り返って顎をツンと上げる。あくまで、立場は自分が上だとでも言う様に。ただ、下りの山道で背も高くない奴が振り返って胸を張ってもなんら迫力は無い。
「えーと、チーム……パンダーズ? をお前が倒した事にして倒す、だっけ?」
「……バンディットだっての、チーム・バンディット。何なの? そのやる気の無さ。それでもプロ? それと、無償で、が抜けてる」
 それだ、それ。その傲慢な態度がやる気を削ぐんだ。と、カイは、そのデレカシーとやらを持てと心の中だけで言う。
 鼻をふんっ、と鳴らし、歩いて行く様はエースに近いものがある。
 何故こんな事を自分はしているんだ。カイはエースの説明を思い出す。回りきっていない頭に強引に必要な情報だけを詰め込まれ、放り出すと言ってもいい形で山を下る羽目になった。
 これも特訓の一環だ、と言っていたエースだが、それが取ってつけた様な理由でありそうな事は、カイは薄々感づいていた。
 ただ、その言葉が事実だったとして、
「も、う、最、悪。強くなれると思って山登ってきたのに。得たモノはやる気の無いクロスケだけだし。本当にこんな変なので、あのチームを倒せるの? 何か頭も悪そうだし。ああ~、それにしても朝から歩きっぱなしで疲れた~。何か飲み物とか持ってないのかこいつは。気の利かない」
 漏れてる漏れてる。心の声が。
 脳に拡声器でも付いている様に不満が口から漏れるこんな奴に、自分は協力しなくてはいけないのだろうか。
「に、し、て、も、あの、エースとかいう男。ふんぞり返って……、ああ、七代祟ってやる……! よこしたのも、こんなバカそうな人だし」
「二回目だ、それ。言葉の暴力って知ってるか?」
 いい加減、我慢出来ない。
 カイの脳裏にはいつも受けている暴力女の打撃。だけど、物理的でなくとも抉る事を学んだ。人の心を、言葉は抉る。
 前を歩きながらぶつぶつ何か呪いでもかける様に呟いているだけで、ご同行は遠慮したいのに、その言葉に自分への侮蔑が混ざっていては尚更だ。
 歩くスピードを上げ、ナナミの隣に並ぶ。後ろにいたんならその殴り心地の良さそうな後頭部に拳でも肘でも振り下ろせばよかった、何て事を思いながら。
「は? 何を……!……口に出てた?」
「ばっちりな。お陰でやる気が更に削がれた」
 正直、絶対にやれ、とエースに言われてなかったらとっくに回れ右だった。
「っ、機嫌が悪いの。それぐらい察して」
 ナナミは、カイより一歩でも前にいようとでもするかの様にスピードを上げる。
 再び殴り心地の良さそうな後頭部が見えたが、カイの腕は上がらなかった。
 機嫌が悪い。
 確かに、そうなんだろう。自分が報酬として依頼を登録されたら、カイだって機嫌が悪くなる。いや、機嫌が悪くなるどころでは済まないかもしれない。
 自分だったら……
「あれ……?」
 そこまで考えて、カイは違和感を覚えた。
「なあ、お前……」
「あによ?」
 本当に機嫌が悪い、とのアピールか、それとも素か。
 ぐりんと振り返ったナナミの目は攻撃的で、全身から、“話しかけるなオーラ”が漂っていた。
「………こっちは無償でやってやるんだぞ? もう少し、友好的になったらどうだよ」
 疑問を押し込めて、睨み返したいのも押し込めて、カイは不満げに言葉を投げる。
 今更遅いかもしれない。が、このまま虐げられている様な視線を投げられ続けるのも、あまりに自分が報われない。
 しかし、
「出ったわ、出た出た」
 ナナミは大げさに手を広げ、更に虐げる様に視線を送ってきた。
「何だよ?」
「無償でやると決めたんでしょ?」
「………?」
 一々確認を取る様に、ナナミは鼻で笑ってカイを見やる。
「あたしはね、『情けは人の為ならず』ってのが一番嫌いなのよ」
「………どっちだっけ?」
「情けは、人の為にならない、じゃ無くて、巡り巡って自分の為になるからやりなさいって意味」
 カイの疑問を、瞬時に察したナナミはやれやれといった様子で説明をする。これでいよいよ、ナナミの中で、カイはバカだという構図が出来上がってしまった。
「恩が返ってくると思って売る奴が、あたしは虫唾が走るほど嫌い。そりゃ、対価を貰うのを約束して何かするのは別に良いだろうけど、誰かに何かをしたら絶対にリターンがあると思っている奴が嫌いなのよ」
「それは……そういうもんだろ?」
 人の為に何かをすると、お礼が貰える。人が自分の為に何かをしてくれたら、お礼を渡す。
 それが、社会通念上当然の事だとカイは考えていた。人と人が支えあって生きていく、とまで言うと大げさかもしれないが、この諺の根源にはそういう考えが根付いているのだから。
「あのさ、」
 ナナミは目の前の段差をぴょんと飛び降り、振り返った。目には、挑発ではない、別の何かが浮かんでいる。
 カイが初めて見た色だ。
「返ってくると思って売る恩は、安っぽ過ぎると思わない?」
 今までずんずんと進んでいたナナミは、そこでピッと止る。まるで、この段差が、自分とカイの“温度差”とでも言いたげに。
「皆が狙って恩を売っていたら、誰かからの恩が苦痛になる。ああ、この人は見返りを求めて自分を助けてくれるんだ、ってね。返済義務のある恩なんて、恩じゃないっての」
 再びナナミは歩き出す。カイはそこで、ようやく段差を降りられた。
「ま、だからあたしからの見返りは無し。無償でやると決めたなら、最後までそれを貫き通しなさい」
「………」
 カイは無言を返す。目の前のナナミを計りかねて。ただ不平不満を並び立てていただけかと思ったら、こんな一面も持っている。一体、この少女は何なのだろう。もしかしたら、この少女も、“譲れない事”を持っているのかもしれない。
「はんっ、変な話したわ~、ま、どうせ、意味なんか分からないでしょ。諺もうろ覚えのような奴だし」
 空気が一転した。ナナミの拡声器は絶好調だ。
 カイは指摘しようとして、止めた。心の中の挑発まで一々反応していたら、また、不毛な結果になる。口に出さない限りは、無視を決め込もう、と。
「ま、それが分からないんじゃ、クロスケはまだまだ子供だわ」
 出した、出された。
 振り返ったナナミの目には、今度こそ確りと、挑発の色が含まれている。
「じゃあ、お前いくつだよ?」
「へんっ、そういう事言うから、子供だっての」
「俺は、17で……」
「じゅうな……今年? それとも来年?」
「今の歳聞かれて来年のを答える奴がいんのかよ? それにお前だって拘ってんじゃねぇか……!」
「と、とにかく、早く行くよ!」
 時折後ろ足で土を飛ばして来ている様に感じるのはカイの気のせいだろうか。とりあえず、ナナミが何歳だろうと、カイは態度を変えない事を誓った。
「それとな、俺の名前はクロスケじゃない」
「あによ? あんなに黒かったじゃない」
「それはお前の感想だろ!? じゃあ、お前にも何か適当に……」
「ナナミ、ナ、ナ、ミ!!」
 ぎゃーす、ぎゃーすと喧しい声が山に響く。
 結局二人は仕事の話を殆どせず、言い合いをしていただけで山道を下りきった。

――――――

「そーっと、そーっと」
「それ、口に出さなきゃいけないのか?」
 家と家の間隔が広く、所々にある畑。たまに井戸まで見かけるのだから、ここは田舎と表現してもなんら差し支えは無いだろう。そんな事を思いながら、カイはナナミの後に続く。綺麗な星空も、何所までも続く。
 ここは、日もどっぷり沈みきったデイトール・タウン。
 月夜に紛れた大小の影はまるで、忍者にでもなりきっている様に、シャシャッと、建物の壁から壁へ移動する。小さい影は“静かな擬音を口に出しながら”歩をすすめ、大きい影はその後を一応慎重に歩く。
『いい? 絶対に村の人に見つからないで』
 それが、カイがナナミに言い渡された事だった。
 今回の依頼の内容。それは、チーム・バンディットをナナミがやった事にして撃破する、だ。つまりは、カイの存在を村の人たちに見られない事がナナミの中では絶対条件らしい。
 別にそこまで気にする必要も無いのだろうが、チーム・バンディットが撃破された前日に不審な男が町を歩いていた、というのも流れて欲しくない噂らしい。空を飛ぶも全面的に禁止にされていたあたり、徹底している。
 何とも面倒な事に巻き込まれたもんだ、と『しゃっ』だの、『すー』だの言っているナナミの後頭部を見ながら、カイはとうとう普通に歩き出した。
 もう、どの家にも電気は点いていない。この時間は、カイとしては、夜は始まったばかり、といったところだが、どうやらこの村ではそうでもないらしい。
 静まり返った村の中に、不自然極まりない“静かな擬音だけ”が響く。
 ふと、ナナミの足が止る。
「おい、何してんだよ?」
「着いたぁ。やっと、着いたぁ」
 ナナミは息を吐いて、門を開ける。
「は? え?」
「ここが、あたしんち」
 意識して見て、初めてここが何かの施設ではなく、住居だと分かった。そして同時に、ナナミの高圧的な態度の根源も。この、家……いや、この、屋敷だ。
 壁で囲んである敷地は、他の家の倍、いや、それ以上はあるだろう。中は整えられた木々が繁り、清楚なペンションの様な建物がその中央にでんっ、と構えている。でんっ、と構えているのだ、他の建物がてんっ、なのに対して。
「お、お前、何なんだよ?」
 庭を歩くカイは、周囲をきょろきょろ見渡した。未だ、家に入れない。家と門との距離が離れている家は、久しぶりだ。
「あたしは、ここの村長。言わなかったっけ?」
「村長? 村長って!?」
「うるさいっての。そんなに変?」
 ナナミは、それだけ言って、ようやくたどり着いた家のドアを空ける。ガチャガチャと力任せに。その仕草で、ここの家の住人の数が分かった。そういえば、庭に入った途端、ナナミの“擬音”は止っている。
「その歳でなれるもんなのか?」
「先代の引継ぎでね。病気って怖いもんよ」
 カイは、何も返さなかった。
 軽く手招きするナナミに続いて、家に入る。中に入るとそこは、外からの想像通り、洋風の造りだった。玄関の天井は高く、ドアを開けた直ぐにある木製の階段はここを見下ろせる二階に繋がっている。ただ、冷たい木の薫が、誰もいない事を伝えてくるようだった。
「村の集会所も兼ねてるけど……私の豪邸に驚いた?」
 パチンッとナナミは電気を点けた。
「………ああ」
 こいつ、お嬢様だったのか。そんな意味も込めて、カイは息を漏らす。ただ、家の事には深入りしない。そういうものだから。
「ま、庶民じゃそんなもんよね」
「…………」
 ただ、いかに村長だからといって、あからさまに見下されている今の状況には納得出来る訳がない。
「まあ、俺、知り合いにもっとすごいお嬢様いるけどな。大きな観光名所の、地主の娘」
 思わず、そう言っていた。田舎の村長が何だ。
「っ、何の自慢?」
 ナナミの眉がピクリと動く。
「お前と性格間逆でな。気も利くし、人を傷つけないし、自分が悪くなくても謝ったりする……のは、まあどうかと思うけど……いや、まあ、とりあえず、すげぇいい子だぜ?」
「暗に性格悪いって言ってんでしょ?」
 カイの言葉を正しく理解したナナミの額に青筋が浮かぶ。
「……てゆーか、それ、何の自慢よ? 知り合いの親が、ってどこまでもあんた他人じゃない」
 ナナミは直ぐに取り繕い、くいっ、っと顎を上げた。『へへへ、俺の父ちゃんすごいんだぜ?』にすらも劣るような事を言っているのだから、相手にする必要も無い。
「………はっ、依頼の金も払えないくせに」
「っ、外で寝る?」
 図星を衝かれたナナミは、苦々しげに呟いて広間に向かう。確かにカイの言う通り、無一文、という訳ではないが、この家、いや、この村そのものに、余計な事に使える余裕は無いのだ。
 ようし、何とか勝った。
 グッ、っとガッツポーズをして、カイはその後に続く。ありがとうコトリ、と何とも情けない言葉を呟きながら。
 入ると、広い空間の中央を囲む様に、四角く、長い机が配置されていた。二三十名は座れるだろうか。リノリウムの床にホワイトボードまである。会議室、と言うと最もしっくり来るかもしれない。すっと息を吸うと、広い空間独特の冷気が埃の匂いと共に肺に入ってくる。ここは先程ナナミが言っていた集会所なのだろう。
「ま、その辺適当に座って。作戦話すから」
 適当に椅子を引いて、疲れも相まってどかっと腰を下ろす。
 パイプ椅子だったそれは当然に冷たい衝撃を伝えて来たが、足は疲労でピタリと張り付いた。
「じゃ、とりあえずどうするか簡単に言っとくわ」
 近くの椅子を適当に引いてナナミも座る。
「まず、クロスケは今日はここに泊まって、明日は日が沈むまで大人しくしててもらいます。以上」
 カイはコクリと頷く。正直それは作戦とは呼ばないだろうが、良かった。流石に今日はクタクタだ。これから行け、と言われる事もありうると思っていただけに、想像以上の安堵感を得、そして、睡魔も襲ってきた。
「……ちょっと、やる気あんの? 人が話してんのに欠伸すんなっての。それは、エースって奴でもう沢山」
 ナナミは、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。今思い出すだけでも、エースの態度には我慢出来ないものがあるらしい。
 それを見て、カイはナナミの境遇がもう一度頭に浮かんできた。自分を報酬にされた、ナナミ。しかも、状況を聞けば村長なのに、村に裏切られて、だ。
 別に同情しているだけではない。ただ、その時、ナナミが思ったであろう事。一体どういう感情が生まれたのかはカイには分からないし、もしかしたら、それは未知のもので名前も付けられないものかもしれない。疑問もある。
 だけど一つ確かな事はあった。ナナミは、村を救おうとしている。そして、
「あの、さ」
 カイは、訂正する為に、手を上げた。言い訳するつもりでは無い。自分が眠気を持っていたのは本当だ。だけど、ナナミがエースに持っている誤解は、もう解いてもいい様な気がしていた。
「あいつ……エースが、話を聞く時に挑発的なのは……まあ、あれが“地”なんだけど……そいつの本気さを図っているかららしいぞ?」
「え……?」
 リンスに聞いた話を、カイは思い出していた。エースはやると決めたら最後までやる。だから、最初にそいつがどんな挑発をされても曲げない願いを持っているかどうかを計るらしい。
「まあ、だから、エースがやれって言ったって事は、お前は本気なんだろ? だったら、やる気だって出してやる。明日の夜でいいな?」
 ナナミは確り頷いた。少しだけ、驚いた様に。だが、やっぱりナナミは、本気なのだ。この問題に対して。
 確かに、恩というのは見返りを求めないものであるべきなのかもしれない。カイは、そんな事を思った。本気の人間がいるから、協力したい。自分に生まれたこの気持ちは、ギブ・アンド・テイクなんていう概念では表せない事なんだろう。
 村を守って、村の人々を見返したい。
 ナナミは、本気。
 それをエースは計り終えた。だったら、
「俺が倒すよ……」
 ぐっと、カイは拳を作る。
 相手の情報は殆ど知らない。しかし、カイにしても、“最強”を目指している以上、避けて通るなんて選択肢はないのだ。
「……チーム・パンダーズを」
「………晩御飯抜き」
「え!?」
 ナナミは途端冷たい視線になると、あっさりと広間を出て行く。
 結局この後、カイは空腹と戦いながら隅にあったソファの上で寝る事となった。正しいチーム名を何度も何度も反芻しながら。

――――――

「ん?」
「どうした?」
「今、変な音がしたんだが」
 髭面の男が、ハイエナの様にぎらつく目を暗闇に走らせた。森の中、岩にズンと腰を下ろして五人で焚き火を囲むのは、昨今この辺りを荒らす、“盗賊”チーム。
 リーダーである髭面の男は、ただじっと、音のした方を睨む。
「そこにいる奴、出て来い」
 怒号とも言える声が、森に響く。それに合わせて、仲間たちも立ち上がり始める。伸ばす手はボールに。全員の殺気が、その闇に向いた。
 徐々に男は確信していく。木々の向こう、確かな気配を感じる。
 大方、自分たちを追ってきたものだろう。そろそろ、誰かがギルドに依頼を出す頃だろうとは思っていたが、この辺りにいるようなトレーナーでは高が知れている。事実上、この辺りを基点とするトレーナーやチームには、このチーム・バンディットは倒せないはずだ。
 故に、余裕の表情が全員に張り付く。獲物が来た、と。が、
「くくく、何だ。とろそうなのが五匹か」
 暗闇の声が聞こえた時、“四人”はいきり立った。この、明らかな挑発に。一歩前へ踏み出すものもいれば、既に腰のホルダーからボールを外したものもいる。
 しかし、ただ一人、髭面の男だけは違った。
「んあ? 一匹はマシそうだな」
 髭面の男は、一歩、また一歩と下がっていく。他のモノは挑発と取ったこの空気を髭面の男は“正しく”解釈したのだから。
 リーダーの同様は徐々に全員に伝わる。今までいきり立っていた他のメンバーも、徐々に不安を育て始め、草むらを注視する。そうした事でやっと、盗賊としての嗅覚が“危険”を伝えてきた。
「出て、来い」
 最も敏感に嗅ぎ取れたのがリーダーたる所以か、髭面の男は声を絞り出す。相手が危険な存在であるならば、視界に納める必要がある。
「くくく」
「……!」
 出てきたのは、若い男だった。鋭い三白眼の下には黒い光除けが塗ってある。バンダナで纏めた長い髪に、筋肉質な左右の腕に纏わりついたアクセサリー。だが、それらには決して貴金属が使われていなかった。
「何だ、この、ちゃらい男は?……っ!?」
 出てきた男が、リーダーよりも小さな男である事に、少しだけ活気を取り戻したメンバーの一人が挑発する。しかし、現れた男は、焚き火に揺れ危険に光る睨みだけで黙らせた。
「何の用だ?」
 リーダーの男が、少しだけ威厳を持って睨む。これは、戦闘の意思表示ではない。ただ、このまま去る事が、お互いにとってプラスであるという事のアピールだ。戦うというなら仕方ない。五対一であれば、痛手は負うとは言え、勝つのは自分たちであろう。
「……?」
 その時、何か耳障りな音が闇の中で響いているのが聞こえた。キュンキュン、とまるで何か機械が稼働しているかの様な音、バチッバチッと何かがはじける様な音。
 これは、一体?
「……!」
 そして、気付いた。頭上で、何かが光り始めていたのを。
「くくく、死ね」
「!?」
 五人に、大量に光が降り注いだ。それはまるで、空の星が落ちてくるかの様に。
 戦闘が始まっていた事に気付く前に、五人は絶命した。

――――――

 天辺が薄くなっている頭に、刻まれていると表現していい皺。顔には疲労と罪悪感。
 そんな男が、ガチャリとドアを開けた。“昨日無人となった豪邸”の裏口の、村の集会所に通じるドアを。
 ほうっ、と、意識して暖かい息を吐いたが、それは白くはならない。どうやら、今日は肌寒いとは言え、そこまでではない様だ。
 そして、それは、余計に寒く感じるこの広間でも変わらないらしい。
 ちらりと、時間を確認する。集会の時間までは、まだ、暫くある。ただ、今回自分が議長を務めるのだから、これぐらいで丁度いい。
 つい先日まで議長を務めていた少女はもういない。だが、彼女は何時も一番にこの場に来て、皆を待っていた。それがこの村の議長のあるべき姿ならば、自分もそうするべきである。
 例え、短い間でも。
「今頃は、どの辺りか」
 慣れない議長の席に座りながら、そう一人ごちる。それをして、初めて男に少しの笑みが浮かんだ。
 目を閉じれば直ぐに浮かんでくる。考えている事をボロボロと喋る癖を持つ少女。思わぬ本音を聞き、笑ってしまって、何度怒られた事か。だがその癖は、仕事のストレスからくるものであるという事も、同時に男は知っていた。
 先代の仕事を必死にしようとしていた少女は、時に非情な決断も迫られた。だが、それをあっさり決定している様に見えて、その葛藤も気づかぬ内に口に出している。
 それが、何所か面白く、そして、嬉しかった。
 今は、いない。
 さぞかし自分らを恨んだであろう。だが、それでいい。
「それで、いい」
 また、誰にとも無く呟いて、目を開ける。
 部屋の隅には、先代がここで会議をしていた時、駄々をこねてここに残った彼女がよく座り込んでいたソファがあった。
 退屈な会議に耐え切れずついぞ眠りこけ、皆が笑って毛布を被せた、ソファが。
「……?」
 おかしい。自分は、目を開けている。別に、幻想じゃない。一度、目を閉じ、そして、開ける。
 まだ、ある。毛布が。しかも、あるだけならともかく、確かなふくらみを持っているのだ。そして、ピクリと動く。
 男は、体をこわばらせて立ち上がった。
 ここに入れるのは、予備の鍵を預かる自分と、そのマスターキーを持つ少女のみ。
 これは、まさか、つまり。
「何故、戻ってきたんですか……!?」
 今度も思わず、言葉を漏らした。
 その一言が、うおぉおぉぉっやっべぇぇえぇっ、とカイの体を硬直させた事も知らず。
 昨日の晩、ここで寝る事を強要されつつも絶対零度の視線を潜り抜け何とかもぎ取った毛布を、カイは確りと掴む。
 今日の朝、あまりの寒さに自然と目が覚め、それでも眠気が勝ったカイは毛布を頭から被り、2度寝を試みようとした。
 が、聞こえたのだ。ガチャリ、という音が。
 その時、どうせラナか……いや、待てよ、俺は今、育て屋に……エースか? いや、リンスさんか……いやいや、違う、俺は確か今……等々等々、鈍い頭の中を色々な信号が巡ったのはともかく、最終的に正しい結論にたどり着いたカイは、広間に入ってきたものをナナミと断定した。
 しかし、やはり眠気は勝るものなのか、それとも態度のでかい脳内拡声器女が来たからって態々起きてやったりするものかという意地なのかはともかく、このまま寝続ける事をカイは選んだ。どうせ、『あたしが起きてんのに何で雇われたあんたが寝てんのよ』と、本人にとっては当然の文句から始まり、傷心必死な罵倒を朝から浴びさせられる位なら、少しでも長い安眠を。いやむしろ、起されるまで眠り続けてやる、と。
 しかし、その人物は何時まで経っても起しに来る気配が無い。
 何だかんだで備えていたカイはすっかり目が覚め、もういいそれならこっちから起きてやろうじゃないか、と毛布を捲ろうとした途端、聞こえたのだ。『何故、戻ってきたんですか……!?』と。それも、いやに渋い声で。
 これは、まずい。
 確かナナミの作戦と言えるかどうかは分からないがそれらしいものは、自分が村の人に見つからない事だったのではないか。いや、むしろ聞かされた作戦はそれだけだった気がする。
 そして、今、明らかに毛布の向こうにいる人物は村の人間だろう。
 完璧とも言える程に、作戦が破綻する足音が聞こえてきた。そして、ここに寝かせたのは自分だという事を棚に上げて、不満げ全開で冷めた視線を送るナナミも目を閉じれば浮かんでくる。
 ようやく自分が、村の集会所で眠っていた事を思い出し、自分の靴やボールを置いた場所の記憶を探る。良かった。ソファの影に置いてある。多分死角、いや、そうではなくて。根本的に、
「起きて……ますか?」
 近い。近いのだ、声が。これはまずい。
 良識ある男で、一応ナナミを敬っているようなのだから、いきなり毛布を引っぺがす事は無いだろうが、正直カイの精神状態の方が限界だ。
 今、童心に帰って『わーっ!!』っと騒いで毛布から飛び出る事が出来ればどれだけ幸せか。
 体がプルプルと震える。毛布の中は徐々に息苦しくなってくる。だが、それは絶対にやってはいけない事。
 だから、代わりにカイは念じた。全身全霊で、毛布を挟んで声のした方を睨む。
 頼む、出て行ってくれ、頼む、出て行ってくれ。
 段々と集中していた目を中心に顔が熱くなってくる。正に何かが出て行きそうな予感。
 それは、エネルギー弾を撃とうと練習した事のある人間ならば、恐らく全員が経験した事。集中した手が熱くなってくる、あの現象。『おお、もう直ぐ出る』と何故かテンションが上がって、実はそれは自然な事であると気付かない。
 つまりは、全くの無意味だという事だった。
 しかし、
「………!?」
 ぐうっ、と、別の何かは出た。具体的に言うなら、腹の音。ああ、そういえば、夕飯抜きだった、とカイは他人事のように思い出す。ああ、朝は色んな事を思い出す不思議な時間だな、などと現実逃避した事を思いながら、毛布にかける力を抜いた。
 もう、どうにでもなれ。
「………そうだ、急いで、皆を、集めてこないと。逃げ出した、村長を、捕まえる、為に」
「………?」
 毛布の向こう側から、気配が、消えた。嫌に芝居がかった声と共に。
 カイは、ようやく念派が届いたか、などとは当然思わず、恐る恐る毛布から頭を半分出す。
 今、いや、そういえば、先程の言葉も、だ。何かが、変だ。確か彼らはナナミを生贄まがいにした筈。だからきっと、育て屋に行っていただけのナナミを、逃げ出した、と称したのだろう。
 だが、何故、今、あんなにも―――
 とにかく、もう少し事情を知る必要がありそうだ。
 まずは、あのおじさんが出て行ったら、
「ちゃんと起きてんでしょうね!? って、あたしが起きてんのに何で雇われたあんたが寝てんのよ!?」
「な……!? 村長!?」
「ん? わぎゃあっ!?」
 合っていた。前半部分と、『ん? わぎゃあっ!?』以外の部分が、想像と一字一句違わず。
 そして、台無し。
「わーっ!!」
「今度は何!?」
 カイは毛布を振り払いながら飛び起きる。こうなりゃヤケだった。
 童心に帰ってやろうじゃないか。

――――――3

「はあ……」
「だ、か、ら、分かった? 今すぐ“裏のギルド”とやらの場所を教えなさい」
 カイはソファに座りながら、二人のやり取りを見ていた。
 結局、完全に自爆したナナミ(カイの所為だと言い張った)は、目の前の副村長らしい男に事情を話している。後ろから見ると、どうにも苛めている様にしか見えない。まあそれも、自分の力で倒したと偽装する、という半分の目的が、潰えたのだから仕方が無い。口止めも、恐らく意味は無いのだろう。
「チーム・パンダットは、あのクロスケが倒す。だから、今すぐ依頼を解除して」
「混ざってんじゃねぇか」
 ナナミはカイには目もくれず、副村長だけを見る。
「ですが、村長。村には報酬として渡せるものが……」
「だ、か、ら、言ってんでしょ? あいつは、勤労意欲を持て余した暇人なの。働き続けないと死んじゃうの。マグロみたいな奴なのよ」
「ですが、トレーナーなのでしょう? それなら、やはり後から……」
「はっ、あいつが強欲にそんな事言い出したら……」
「なあ、そろそろキレていいか?」
 カイは立ち上がった。これ以上貶められてなるものか。
「それよりも、そろそろ人が来るんじゃないの?」
「え? ああ、はい。そんな時間だと」
「じゃあ、ちょっと見てくるわ。あなたたちはここにいなさい」
 カイは、何か虚しくなって、ソファに再び座った。この村の特性なのだろうか。部外者を無視するのは。
「あの……クロスケさん。あなたを見込んで、お願いがあります」
「……何、ですか?」
 少し不満げに、カイは顔を上げる。名前を訂正するチャンスは多分もう来ないだろうが、面倒だ。
「ナナミちゃ……村長を連れて、逃げてくれませんか?」
「……へ? って、ちょっと!?」
 副村長は、くんっ、と音がする程機敏に、腰を九十度に曲げた。薄くなった頭皮が真っ直ぐカイに向く。
「見返りを求めているのは重々承知してますが……知っての通り、私たちは追い先短い身。渡すものも殆どありません。ですが、あなたも若い。あのチームを倒すよりは、そっちが安全かと……」
「………あの、すみません、事情とかって聞けますか? 俺、びっくりする程分かってないんですよ」
「いえ、本当に、何も、何も無いのです……私たちをお気になさらずに……」
 話が進まない。完全に誤解をしている副村長はただ、頭を下げているだけだ。
「えっと、ほら、あれですよ。恩は返して貰う為に売らない……とか、ね?」
 そこで、ようやく副村長は顔を上げた。
「今の、は?」
「え、いや、あの、村長、に」
 副村長は、そうですか、と何所か虚ろな表情を浮かべた。その奥に、何かを想いながら。
「それは、立派、です。彼女もそう言って村を導いてきましたから。見返りも受け取らずに。あなたもそうしてくれるのですか」
 やっぱり、おかしい。
 カイは、寝起きの頭でも覚えた違和感を再び嗅ぎ取った。こんな人が、この村の実質ナンバー2。それなのに、“裏のギルド”にナナミを報酬としての依頼を登録した? 口ぶりからして、この人が、その事実も“裏のギルド”の位置も知らない訳ではない。
 だが、幾つも異変を感じても、カイにはそれを紡ぎ合わせる事が出来なかった。
「あの、“裏のギルド”って、何所にあるんですか?」
「………!?」
 そう一言、カイが言った時、副村長は一瞬あっけに取られた様になり、眉間の皺を更に深く刻み、深く溜め息を吐いた。
「あ、あの?」
「どうやら……」
 その溜め息の意味が、安堵の意味も含んでいた事に、カイは表情を見てようやく気づいた。
「余計な事まで喋っていた様です。行って下さい。報酬が無いのは心苦しいですが。ただ、ナナミちゃんを、遠くへ、遠くへ」
 わっ、と誰かの声が上がったのがそれとほぼ同時だった。
 更にそれと同時に、何人かの人間の足音。それも、荒々しい。
「ちょっ!? 何!? あたしをっ、どうする気!?」
 神輿。
 その光景を見てカイはその二文字しか浮かばなかった。もしくは祭の一文字か。
 ともあれ、五~六人の男共に担がれ運ばれてきた神輿は『うっ、きもっ、よ、酔った……!』と呻きながら四つん這いになって口を押さえた。
「大変だ、副将っ!!」
 えらくクセのある口調で、ナナミを担いできた男の一人がテーブルの上にバンッと紙を置く。
 カイの位置からは見えない。だが、副村長の顔色がさーっと変わっていくのだけは見えた。その、何かの通知の様な紙を見ながら。
「クロスケさん」
 副村長がカイに詰め寄る。他の男共はカイに、誰だこいつ、と視線を向けているが、その緊迫さから誰も声には出さない。
「あのチームが倒されました」
「「え……!?」」
 ナナミが、弾ける様に立ち上がる。
「昨日の夜、五人とも、殺されたそうです」
 最初は、ただ驚いただけの表情を浮かべていたナナミが、訳も分からずもう一度、『え……』と言ったところで、カイは事態を理解した。
 依頼が、成立した。報酬が人間の、依頼が。
「逃げて下さい」
 副村長はもう一度、強く言った。
「逃げて、下さい……!!」
 そこで、ナナミも事態を理解した。

――――――

「くくく、あれか」
 その男の視線の先には寂れた村。昨日の仕事の報酬が保管されている場所だ。
 ずんずん、と不適に歩く。
 一歩、また一歩と進みながら、男はポケットから書類を取り出す。
 顔写真と、証明書。
 写真には、絶世の、とまではいかないものの、十分に“良”の分類に入る女性が移っている。しかも、どうも気の強そうな女だ。
 しかし、それは、自分のもの。好きなように使え、要らなければ捨てていい。
 他人の人生さえ、操作出来る。“強さ”による圧倒的征服力。在って無い様な、法。バカがバカをやるだけ、こんな報酬が出て、自分の利として働くのだ。これを笑わずにはいられるだろうか。
 間も無く、村に着く。
 さあ、実物はどんな奴か、確認だ。
「んあ?」
 もう一歩踏み出した時、紅い翼が村から飛び立った。

――――――

「何!? どういう事!?」
「俺だって分かってねぇよ!!」
 カイとナナミは副村長の剣幕に流され、リザードンでデイトール・タウンの上空へ飛び立っていた。
 気流のすれる轟音。突風、熱気。それらが支配する空を、多分な混乱と共に行く。
「何で!? 逃げろって、あいつらが!?」
「だから知らねぇって。とにかく捕まってろ!!」
 目指す場所はおろか、行く方向も分からずの“空を飛ぶ”は中々に危険だ。シェア・リング越しのBランク。果たして、どの程度持つものか。
「それより、お前どうすんだよ!?」
「え!?」
「だから、依頼だよ依頼。てか、終わってんなら俺はなんでここにいるんだよ、って事にならないか!?」
「知らないっての!! でも、今はとにかく行こっ!!」
 ありなのだろうか、それは。
 依頼の報酬が逃げては、ギルドそのものが成立しない。確かに、人身売買じみた今回の依頼は明らかにおかしいが、それでも一応、依頼を達成してくれた人間に出会うべきではないだろうか。
 だが、
「五人も殺すような奴……なんだよな」
「何!? 何か言った!?」
 相手が、危険人物だったらどうする。
 話は大まかにしか聞いていないから、もしかしたら、正当防衛だったのかもしれない。しかし、胃の底がヒリヒリと確信を持って伝えてくる。
 どちらにせよ、実力者である事には間違いない―――
「っ!? 守る!!」
 視界の隅に何かが映った瞬間、カイは咄嗟にグレイシアを繰り出した。
 バヂンッ、と何かが波動に遮られる音。その“砲撃”は、“守る”の防御を凌駕して、グレイシアにダメージを与えていた。
 今のは、攻撃。それも、強力な。そう判断すると、カイは全神経を張り詰める。第二波は……来ない。
「くくく、電磁浮遊」
 いや、来た。ただし、それは攻撃ではなく、攻撃手が。
 黒塗りの光避けの上に、ギロリと危険な三白眼。腕に巻きついているアクセサリーは軽薄そうなイメージを与える筈なのに、明らかに“そう”ではない空気。
 ブブブッと帯電するUFOの様なモンスターに腰を預け浮かんでくる男を見て、カイは確信した。
 こいつは、危険人物だ。
「見つけたぜ? 奴隷」
「なっ!?」
 この男は、カイを見ていなかった。視線は、その腰。リザードンに振り落とされまいと確りと腕を回していたナナミに向いている。
「お前が、ドゥールって奴か?」
「んあ?」
 あくまで、今気づいたとでも言いたい様に、ドゥールはギロリと三白眼をカイに向けてきた。どうやら、さっきの報告書に書かれていた依頼の達成者はこいつで間違いない様だ。
「お前もダブル……んあ? リングも持ってんのか。くくく、とりあえず、どけ。邪魔だ」
「ちょっ!! 奴隷って何!?」
 ようやく空中でのバランスの取り方が掴めたナナミがいきり立つ。出会った直後、人としての最低限の尊厳を踏み潰すような事を言われて、黙っていられる人間ではない。
 が、
「っ!?」
 ドゥールが睨んだ瞬間、カイに回っていた手が強くなる。それは、ただ恐怖による硬直。そして、全身が痺れるような痙攣だった。
「奴隷は奴隷だろ。マスターは俺だ」
「……!」
 こいつ。危険だとは思っていたけど、もしかしたら想像以上かもしれない。実力はともかく、それ以前に人間として。カイは、直ぐにドゥールが乗っているモンスターを確認した。
 残念ながら、見覚えは無い。歩く図鑑とも言えるスズキがいれば、直ぐにでも言い当てるだろうが、カイには同じ芸当は不可能だ。
 ただ、電気タイプであろう事。それだけは、分かる。後は、姿から分かる事。分厚い円盤。U字型のアームが左右についている。どこかで見た気がする。これは、もしかしたら。
「俺はギルドの手続きを踏んで、お前の所有権を持っている。お前は俺のもの。そうだろう?」
 間違いなく、この男がチーム・バンディットを撃破した。
 会話の中、カイは確信を強めていく。さっきの砲撃。“守った”にも拘らずダメージを受けたグレイシア。それも、何所から放たれたかも分からない遠距離からだ。
 そして、昨日五人の人間を殺している。
「まあ、時間はある。何なら確認してみるか?」
 ドゥールは不適に笑いながらカードの様な紙を取り出す。それは、カイも見たことがある。ギルドの報酬の引換券だ。
「お前は、もう人じゃないようなもんだ」
「は、はうあぁぇぁあっ?」
 ヒラヒラと、ちっぽけな紙が二人の目の前で揺れる。それに対してナナミは出した事も無い様な声を返した。まず、理解出来ない。そんなもので人の所有権などとふざけた事を言う男も、そのルールそのものも。
 だが、それは確かに、どれ程訳が分からなくとも、報酬として成立しているようだ。
「裏で、だろ」
 カイは、挙動不審になったナナミに変わって、言葉を吐き出した。それはおかしい、と。考え続ける事で答は出ないと感じたカイは、それだけを思ってドゥールを睨む。ドゥールの三白眼がカイの視線と交差する。
 いくら睨まれても、“脅し”じゃもうカイは痺れない。そんな昨日は、ここ何日も受け続けたエースの睨みで麻痺している。
「正直よく分かんねぇけど、そんなもん、無効だ無効。そうだろ?」
「っ、そ、そう、だっての!! とりあえず、」
 復活したナナミは、腰を浮かせ、
「逃げて!!」
 キンッと態々耳近くでの叫び声を発した。それを耐えて、ぐりんっ。カイはリザードンで急旋回。その行為は、相手に自分が“報酬”を持って逃げる敵だと公表するものだ。当然、ドゥールは追ってくる。
 馬でも急かす様にバンバンと叩かれるのは納得出来ないが、確りと掴まっていろと叫ぶと、カイは一気に加速。出来るだけ早く移動すべきだ。リミットが後どれくらいあるか分からないのだから。ナナミがいる今、空中戦はうまくない。とりあえずは、逃げの手を打つべきだ。
「くくく、逃がすと思ってんのか?」
 ゾワッ。
 背後から、耳を切る様な風音でもなく、更なる加速を求めるナナミの叫び声でもなく、ドゥールの声が、確実にカイに届いた。
 空気が、止る。音がスロー再生の様に流れる。自分の鼓動がやけに響き、背筋が寒い。
 これは、直感。何か、危険な技を撃たれる時の。エースが手を抜いた攻撃と本気の攻撃を交互にやっていた時感じた、本気の方の気配だ。
 それが、カイの背中を撫でる。
「!?」
 耐え切れず、首だけ動かして振り返ったカイの目には、こっちへ向かってくるドゥールとモンスター。そして、その周りに幾つも浮かぶ、ボーリングの玉ほどの大きさの鉛。形状は、銃弾。
 バチバチという音がカイまで届いた。あれは、最近よく聞いていた音。鉛が、帯電している。そして、キュンキュンとそれは回転していく。
「くくく、近いな。そんだけしか逃げなくていいのか?」
 ドゥールの速度は、リザードンより遥かに下。このままなら、幾ら攻撃をしたところでカイたちは完全に逃げ切れる。
 もし、
「殺れ、ジバコイル」
「っ、絶対に顔を上げんな!!」
 ドゥールが衰える事の無い攻撃を繰り出せなければ。
「やっ、ばっ!!」
 “それ”が放たれる前にカイはナナミの頭を強引に押さえつけた。そして、叫ぶ。自分たちの生命線であろう技を。
「“守る”!!」
 電磁波砲なるものについて、細かい説明は不要だろう。一対のレールに大電流を流し、電磁波を利用して弾丸を高速で打ち出すと表現すれば最も簡易で適当だろうか。
 今、ジバコイルの周りに浮かんでいる鉛は目に見えるレールの中に無い。だが、それは、確かにあった。反発を起すように発生させた、“雷”の波動が。
 その反発が、鉛の弾丸を高速で打ち出し、対象を襲う。
「“断絶”と“伝達”のDouble drive:Rail gun」
 ゴッ、と何かが聞こえるその前に、
「っ!?」
 電磁波でジバコイルから高速発射された鉛の一発が、グレイシアを捉えた。
 カイは全力で波動を送る。その“守る”の波動の先見えたのは、削ろうとでもしているかのように高速回転している鉛球。阻まれたそれは、徐々に衰えてこそすれ、今も波動を突き破ろうとしている。一瞬たりとも気を抜けば、当然に“守る”を凌駕するだろう。
「っ、ちょ、今の、てかこれ、なっ、」
「伏せてろっ!! あいつマジでヤバイ!!」
「くくく、レールガン」
「!?」
 打ち出されたのは、第二弾。それは一弾よりも殺意を纏い、未だ回転を続ける第一弾目指して打ち込まれた。決まれば一瞬で、“守る”は崩壊する。
「空を飛ぶ!!」
「ぐっ、ぎゃぶっ!?」
 流石に黙って喰らう訳には行かないカイも、瞬間的に急上昇。突然の動きに喚くナナミを無視し、奔騰しながらその場を離れる。
 しかし、断続的に放たれる鉛は時より退路を阻む様に打ち込まれ、思うように退けない。
「っ、そろそろリミットオーバーかもしれな、どわっ!?」
「あぶっ、ちゃんと飛んでよね!!」
「っ、いいから伏せてろっ!!」
 時に掠る鉛は背筋を凍らせながら避け、直撃を免れない鉛を“守る”で防御。徐々にドゥールとの距離は離れているが、攻撃の威力そのものは一向に衰える気配は無い。
 遠距離攻撃を助成する、“伝達”とのダブル・ドライブ。
 高速で逸れていく鉛は、いやに聞き心地のいい音を残して遥か彼方に消えていく。
 絶対に、直撃される訳にはいかない。
「どうすんの!?」
 ナナミのヒステリックな声が響く。それはそうだ、目を開ける度、直ぐ近くを鉛球が高速で飛んでいくのだから。
 確かに何とかしなくてはいけない。と、カイは下までの距離を見る。
 何とか離れられているとは言え、“空を飛ぶ”にはリミットオーバーがあるのだ。どの道何時かはどこかに降りる必要がある。
 足元には森が広がっていた。下に飛び込めばまけるだろうか。いや、空中戦は機動力のあるこちらが有利だ。一旦この状態で足止めし、降りるのは、その後。
 カイはそこまで判断して、ドゥールの位置を確認する。大分後方。明らかに遠距離だ。そこから届いているのは、“同じく”完成度の高い遠距離攻撃。
 すっ、っとカイは息を吐く。エースの元を離れて、初めての戦闘。果たして本当に自分は強くなったのであろうか。その疑問は拭えていない。何せ“育て屋”での対人戦は、全敗だ。
 ゆっくりと目を閉じ、そして目を開ける。まるで初めての戦闘の時の様に、鼓動が強く聞こえた。そして、体の熱が、際限なく上がっていく―――
 さあ、行くぞ。
「………」
 カイが決意した時、ドゥールは不敵な笑みも、余裕の表情も浮かべていなかった。
 目の前の獲物。それが、何故まだ生きているのか。
 決めたはずだった。殺したはずだった。必殺の攻撃を何発も打ち込んだのだ。目の前のリザードンは墜落必死のはずだ。
 だが、何故、こいつは生きている。
 目の前の男は、回避と“守る”の二手だけで、打ち込んだ全ての鉛を無効化していた。
 ただの攻撃では無い。自分の決め技とも言える攻撃だ。“伝達”の力で打ち込む“それ”の前にはありとあらゆるトレーナーは瞬時に絶命していく。
「ビュンビュンと……ハエが……!!」
 こんな事が許されるのか。端から見れば、カイたち命からがら逃げ出している様に見える。が、そもそも逃げられる事そのものが異常なのだ。ドゥールの額に青筋が浮かぶ。
 尤もドゥールには、目の前の男が、自分よりも遥かに危険な“伝達”の適合者と戦い続けていた事を知る由も無かったが。
 こうなれば、本気で攻撃を繰り出すか。そんな結論にドゥールが至ったその時、
「!?」
 リザードンが、再び旋回。ドゥールと向き合った。
「行くぜ……」
「!?」
 今度危険を感じたのはドゥールだった。
 目の前の、リザードンが口を開く。そこから確かに、死の匂いが漂っている。
 直ぐに方法転換し、進路を変える。
 そして、
「火炎放射!!」
「っ!?」
「!?」
「なっ!?」
 驚きは、一人遅れて三人分。つまりはこの場にいる全員。そして、実は本人が一番事態を掴めていなかった。
「っ、熱っ、何……これ?」
 ナナミが目を疑う様にその光景を見る。
 リザードンの放った炎は確かにドゥールには届いた。が、火炎放射というのはこういう技だったろうか。
 こんな、空全体を炎で包み込むような。
 リザードンから離れた炎はその瞬間、まるで世界そのものを飲み込みでもするかの様に極度に拡散。赤いペンキをバケツでぶちまけたかの様に、カイやナナミから見えるものは炎しかない。もし、あと少し下方で行っていたら、間違いなく森も赤に染まるという大事件が発生していただろう。
 そして、熱気。森の自然を感じられるどこかひんやりとしていた空間が、息をするだけで肺を焼く様な熱で埋め尽くされる。
 向こう側にいるはずのドゥールは、全く視認出来ない。だが、この炎は拡散するあまり、一部へのダメージは少なそうだ。今も虎視眈々と、カイたちに鉛を打ち込むチャンスを待っているに違いない。
 何故だ。何故、こうなった? カイは目の前一面の赤を見て、半ば放心していた。自分の中には“伝達”の波動はもう流れているはずだ。つまりは、常時発動型の技を習得している事になる。だから、自分は全力で炎を放ったのだ。しかし、結果は、前より酷い。
「っ、てか、熱っ、いっ、ての!! 止めろっ!!」
「あっ、ああ」
 カイは目の前の光景に呆けていたが、ようやく事態を認識し、炎を止めようとする。が、
「っ、ああくそ、こんな時にかよ……っ!?」
 始めたのだ。リザードンが、下降を。
 とうとうきてしまった“空を飛ぶ”のリミットオーバーの前には、カイたちに重力に抗う術は無い。
「……って、あ……れ? 速っ、速い速いっ!!」
「え? ぎっ、ぎゃうわぁ―――っ!?」
 直前に巨大な技を使った影響か、リザードンは一気に下降。羽ばたいても二人の体重は支えて飛べそうに無い。
「おっ、お前っ、なんかっ、出来ねぇのか!?」
「え!? っ、あっ、そだっ、いっ、いい!?」
「ぶっ!?」
 何が、と聞く暇はなかった。ガチン。ナナミはいきなりボールを、カイの顔面に叩き付けた。それは、一般ボールの強引な開け方。一瞬意識が飛んだカイが見たのは、高速で向かってくる数メートル先の地面。
 そして、出てきたモンスターは―――
「サーナイトッ、テッ、テレポート、テレポートォォオォオゥ―――ッ!!」
 ナナミの奇声と被ってもう一つ、カイにはナナミの声が聞こえた気がした。何かの許可を求めるような。もう、なんでもいい。朦朧とした意識の中で、そう答える。
 そして、体を変な感覚が襲った。次の瞬間、
「がばっ!?」
「ばうあっ!?」
 熱された体が一気に冷える。大きな水柱を立て、地面に向かったはずの湖に二人は落とされた。

――――――

「うえっ、うおっ、ああ、きもっ。酔ったぁ……」
「まだやってんのか? 自分の技だろ」
 そう言うカイも、数分前までナナミと似た様な状況だった。いや、テレポートの影響で今でもまだ胸がむかむかしている。そして、ボール開閉に利用された額はズキズキと痛む。ついさっきまで、小さな傷から血が流れていたのだから、痛みに拍車がかかっている思いだった。
 今、カイたちがいるのは湖の辺。木々に隠れてあの男、ドゥールから潜んでいた。
「まあ、ともかく、この傷はともかく、」
 カイは、謝りもしないナナミに傷を強調させて向き直る。
「お前、テレポートが使えんのかよ? 何で黙ってたんだ?」
 カイの視線の先には、緑と白のモンスターが立っている。一見、ラナのエルレイドに似ている様に見えるが、こちらの方が何所か神秘的な空気を放っていた。
「うえっ、え? 言ったって……意味無かったの。あたしのランクじゃ二人運ぶなんて厳しいし、距離だって全然。ここだって、さっきの場所から直ぐ近くに見えたからだし。ああ、もうクタクタ。働いたぁ~、って感じだわ」
 疲れた、と足を投げ出すナナミはサーナイトを戻し、木に寄りかかって空を仰いだ。髪の先から、未だぽたぽたと湖の雫が落ちる。
「まあ、何となく納得いかねぇけど、とりあえず、」
「だから、礼なんていらないっての。それより、これからどうすっかね。服もこんなだしさ」
 カイの言葉を遮って、ナナミはぼそりと空を見ながら呟く。
 上着だけを簡単に絞った服は気持ちが悪く纏わり付き、靴も歩く度にグジョグジョ鳴る。だが、贅沢は言っていられない。リザードンの“空を飛ぶ”のパワーポイントがきれた以上、どこかの町で回復させなければ、行動出来るのは陸路だけだ。何時かはここから歩き出す必要がある。
 カイも、どうしていいか分からず、ナナミの隣に座り込んだ。そういえば、昨日から食事抜きの上、動き回って、ナナミじゃないけどクタクタだった。昨日の疲れもとれてない。
 座り込むだけで、足が、自分のものでは無いかの様に固まった。
「疲れた……な……。もう、訳も分かんねぇし」
 何かの鳥の音が聞こえる。空気は冷たいようで厳しくない。一つのでかい雲だけが、ゆっくりと空を流れる。こういう風に時間を潰すのは、カイには中々に久しぶりだった。特に、空を見上げ続けているのは。
「はあ……訳、分かんねぇ……」
 もう一度、しみじみカイは言った。
 体を襲う、倦怠感。まず、目的が無い。そして、自分がここにいる意味も、もう無い。依頼は、あのドゥールという男が完遂した。
 そうなれば、どうなる。
「ねえ、」
 と、隣から、棘の取れた声が聞こえてきた。視線はお互い、空を向いている。
「奴隷って、何?」
「……お前、気にしてんのか?」
「だって、さ。あの変なのは、依頼を達成したんでしょ?」
 カイは自分も、似たように称された事を思い出し、顔をしかめた。ナナミの中では、あんなのと自分が同列なのだ。あの、ドゥールという男。何所からどう見ても、清く正しく生きています、とは言えない。それどころかその間逆の空気を持っていた。そんなのと自分は、ナナミの中で同列。
「何だよ。お前は受けた恩を踏み倒す奴じゃなかったか?」
 抗議するつもりは無いが、カイは、ナナミにそう返した。軽く、反発するように。
「別にっ、」
 だが、ナナミは予想以上に大きな声を返してきた。
「あたしは別に恩知らずじゃ訳じゃないっての。ただ、恩を返せって喚き立てる奴が、嫌いなだけ。あたしは絶対に、そうしたくない」
 カイには何となく、ナナミの言いたい事が分かった様な気がした。
 恩を返してもらおうとして売る奴には、嫌いだから恩を返さない。
 ただ単純に恩を受けたら、返済義務は無いから恩を返さない。
 どちらにせよ、恩を受けてもナナミは返さないのだ。
 しかし、これはこうもなるのではないだろうか。
 ナナミは恩を売るのが嫌いだから、売らない。だから、ナナミは恩を無償で差し出す。見返りは求めない。それを貰うと、恩を売った事になってしまうのだろうから。
 だから誰からも、誰に対しても。“ありがとう”も受け取らず、渡さず。
 ナナミはそうやって生きてきたのかもしれない。恩は、ただ一方通行であるべき、と。
「難しいな……」
「先代も言ってたの。人の上に立つなら、誰かに肩入れしないように、そういう考えも必要だって」
 正直カイには、その何所か寂しい考え方が、本当に必要な事なのかどうかは分からない。だから、否定も出来ない。ただ、風に濡れた服で当ったからか、少し寒くなった。
「でも、さ」
 ナナミは、困った様に息を吐き出す。
「これは、依頼達成の報酬。ちゃんとした、対価、なんだよね」
「違うのか?」
 ナナミは当然の様に頷く。
「だって、これは恩じゃないし。ちゃんと契約された、事実。これが覆されたら、誰も仕事なんて出来ないじゃん」
 呆れた様に言うナナミの声は、馬鹿にするようなものに戻っていた。
 ただ、どこか。
「あたしは村長。だから、分かんのよ。間違ってるのはあたしたち。咄嗟にでも逃げちゃったんだからね。あーあー、奴隷よ奴隷」
 正直、カイはこんなナナミを初めて見た。いや、昨日からの付き合いだから別に全てを知っている訳ではない。でも、想像すら出来なかった。
 目を伏せ、空から靴の先に落ちた視線は、所在無く彷徨っている。体は震える事すらせず、ただ、だらんと木に背を預けた体育座り。ふっと糸の切れた様に、膝前で組んでいた手が地面に落ちる。
 心身共の疲労で心が、折れかかっているようにしか見えない。
「仕事には、対価を。あいつらの不始末はあたしの責任。例え、訳分かんなくても、あいつらが勝手に登録しやがった事でも、ね」
「ああ、それだ」
「何?」
 カイは、ようやく、疑問を口に出す。
「何でお前、逃げなかったんだ?」
 最初に感じた疑問。何故、ナナミは村から逃げなかったのか。監禁されていた訳でもない。“育て屋”まで移動できる程、自由にされていた。自分だったら、自分を裏切るような村なんて、見捨てて逃げているかもしれない。
「だ、か、ら、クロスケはバカなんだっての」
「……は?」
「話聞いてた? あたしは村長。村がやばいのに、あたしが逃げてどうするってのよ。だから、どっち道、村に戻らないと」
 どっちがバカなのか。
 カイは、ナナミの声の中身がやはり枯れている様な感覚がした。そして、今度は口にこそ出さないが、心は『怖い』、『嫌だ』と叫んでいる気がしてならない。
 ナナミは村長。知り合いの父親が地主、だなどというカイとは、確かに比べ物にならない程、大人なのかもしれない。だけど、何故かカイにはどうしても、ナナミもガキに見えた。
 『自分はこうあるべき』と考えるものに引きずられ、明らかにおかしい選択をしようとしてしまっている。それは、逆に自分を殺している。
 カイがここにいる意味は、もう無い。だけど、感覚的に、このまま見過ごしたくは無かった。
「お前は、どうしたい?」
「……?」
 少しだけ俯いているナナミを見下ろすように、カイは立ち上がった。
「聞いてもいない本心を、昨日から散々聞かされてんだ。それを、今も言えって。契約なんてどうでもいい。お前は、奴隷になりたいか?」
 カイには答は分かっている。どれだけ取り繕っていても、ナナミはドゥールを見た時言ったのだ。鼓膜が破れるかと思った、あの大声は今も忘れていない。確かに言った。
『逃げて』と。
 だから、今のは立場上の言葉。もしくはルールに縛られている様に感じて、自暴自棄になった末のもの。
 きっと、当然、本心は、
「……い、や、に、」
 ゆっくりと、ナナミも立ち上がる。そこで、息をもう一度、ナナミは思いっきり吸い込んだ。自分の本心を、叫ぶ為に。
「決まってんで、ぐほっ、ごほっ、が、あ~、ん、しょうがぁああぁあ―――っ!!」
 湖に、森の中に、延いてはここら一帯に響く様に、途中咽ながらも、ナナミは叫んだ。
 溜まってんだな、とカイは呟く。
 思えばナナミが何時もぶつぶつと独り言を発していたのは、ストレスが原因だったのかもしれない。
 自分と変わらない歳で、村を纏める役目。
 カイには、あの村にどんな苦労があるか分からない。だが、その“分からない”は、想像もつかない、の分からないだ。違い過ぎる、世界。そこで感じる重圧なんて、嘘でも分かるなどとは言えない。
 だけど、一つだけ、自信を持って言える。
 目の前で湖に叫び続ける若い村長は、本当に、溜まってたんだな、とだけ。
「大体、何!? 奴隷って。訳分かんないし。あいつあたしに何する気よ!? ってか、そもそもあんた何よ!? 全然戦えてなかったじゃん。飛び回るだけで、攻撃したと思えば……って、あれ何だったの? 訳分かんない事になってたし!!」
「え!? 俺にキレてんのかよ!?」
 思わぬ飛び火。どうやら復活したようだが、まさか自分が中傷されると思ってなかった。
 そこから後は、まるでダムが決壊するように、「逃げろって言ったのお前だろ!? しかも耳元で騒ぎやがって!!」「別に戦うなって言ってないでしょ!? 牽制しながら逃げてって意味だって事ぐらい気付け!!」「お前がいたから、だろ!?」「人の所為にすんなってんの!!」「わーっ!!」「ぎゃーすっ!!」騒音。湖から鳥がいなくなる程の、騒音。取っ組み合いにならなかったのはある意味奇跡か。ひとしきり叫んだ後、壊れたように笑ったナナミは、今追われている事に気付いて、ようやく止った。
「はっ、はっ、見つかった……かな?」
 ぜいぜいと息を切らしながら、ナナミは空を見上げる。言葉の割には、木に隠れようともしない。憑き物が取れたような顔で空を見上げる。変な開放感も、育っていた。
「そん時ゃ、そん時だ」
 それは、カイも。ゴチャゴチャ考えるのは、やっぱり苦手みたいだ。
 仕事には対価を。これは納得することは出来るが、人を対価にしていいのか。カイの世界では法で禁じられている。だけど、それ以前に。もっと根本的な部分で、それは否定されるべきではないか。だったら抗う。今は、それでいいんじゃないかと。
 だが、そういくら思っても、二人で何時までも呆けて空を見上げている訳にはいかない。
 依頼を達成したドゥールと報酬であるナナミ。その事実は依然としてあるのだ。これをどう否定していくのか。
 やるべき事も分からないが、とりあえず、これでようやくやる気が出てきた。
「ま、叫ぶだけ叫んだし、とりあえず、この辺りの町に行くか。早速行動起さないと」
「えっと……」
 ナナミはこの辺りの町か村を脳内検索する。該当したのは、二件。一番近いのは、
「こっちかな」
 ナナミが歩き出す。それに続くカイは、絶対に逸れる訳にはいかない。
「で、着いたらどうすんの? あたしはシャワー浴びて着替えたいけど」
「俺もだよ。その後は、電話だな」
「?」
 カイはポケットから水でグシャグシャニなったメモを取り出した。
 良かった。何とか見える。
「ダイアル? 誰の?」
「ああ、」
 まずは、情報を集めなければいけない。ならば、かける場所は当然、
「この辺りで“裏のギルド”を熟知している奴のだ。お前も昨日会ったろ?」
 “エース育て屋”。
 あの男なら、知り過ぎていて怖いくらいだ。

――――――4

『ああ~、お前か』
「……ようやく出やがったか。昼過ぎだぞ?」
『じゃあ、お前が戻ってきたらもう一度飲み会だ』
「いや、その、悪い」
 カイたちは今、湖の最寄りの村にいた。ナナミの村より更に小さい。殆どキャンプ場の様なここは、村落と称した方が最も相応しいかもしれない。
『で?』
 受話器の耳あてから、ふんぞり返っている姿が容易に想像出来る声が届いた。
 何度もコールしてようやく出た相手の態度とは思えないが、“そういう事”だったら仕方が無い。それに、エースやナナミの様な態度には、カイはここ数日ですっかり順応していた。
「ああ、あんたに聞きたい事が」
 ちらりと振り返って、ナナミを探す。しかし、女性の入浴や着替えは遅いものなのか、未だナナミは店の中だった。
 ならば、今聞こうか。
『ああ~、放った炎がバラバラにぶっ飛んだ、か?』
「……何で分かるんだよ?」
 そうカイが言った時、受話器の向こうで何かが震える音がした。これは、多分、笑っている。
「何がおかしい?」
『っ、ははは、ああ~、まさかそこまでバカだとは……、くくく』
 受話器から笑い声が響き続ける。カイは心で強くリンスに、起きてエースに絡んでくれ、と念じていた。
『どうせ、炎だけ放とうとしたんだろ? 常時発動型って言っても、混ぜて撃たなきゃ同じだ』
 ああ、そうなのか。と、今度のカイの疑問はエースの一言であっさり解決した。
 “あの技”が常時発動型と聞いたカイは、もう何もしなくとも“そう”なるのだと勘違いしていたのだった。どうせ相手に届くのだろうと必要以上に吹かし過ぎて、自分の性質で見事に分散してしまったのが、あの空を赤に染めた炎の正体だ。
『最初は感覚が掴めないかもな。分かんなかったら、エレブーを同時に出して、強引に押さえ込め。まあ直ぐ感覚は掴める筈だ』
「ああ、多分問題ない。混ざった波動なら、結構前に出してた事あるし」
『そうか。じゃあ、とりあえずとっとと終わらせてこい』
「ああ、分かった。じゃあ、またなんかあったら電話する」
『おう』
「………あ、ちょまっ!!」
 当然の様に受話器を置こうとしたカイはギリギリで叫ぶ。何人かの通行人が振り返る程に。何を満足しているんだ、自分は。本題は、それじゃない。
「エース!? エース!? 切ってないよな!? ああくそ、本題はそれじゃないんだって……!!」
『………お前、やっぱりバカだな。それと耳元で喚くな。きっちまったらもう一度かけりゃいいだろ』
 辛うじて繋がっていた電話に盛大に息を漏らす。確かにもう一度かければ良かったかもしれないが、こういう経験は、多分皆あるはずだ。
『で、何だ?』
 カイはようやく本題を話し出す。依頼がドゥールという男によって完遂された事。その男の襲撃を受けた事。そして、どうやら本当に、人身売買もどきが成立しているらしい事。
 それら全てを半ば聞き流している様に相槌を打っていたエースは、一言、『めんどくせ』と呟いた。
 それはカイも思う。本当に、面倒くさい事になっている。
「それで、どうすりゃいい? 俺は“表のギルド”にしか行ったことないし、正直ギルドの依頼の事も最近は殆どレイに任せてたから、そこまで詳しくは分かんねぇんだよ。報酬が渡せなくなった時とか、どうなるのか」
『ああ~、何でお前は何時も説明するのが面倒な事を知らないんだ?』
 それは多分、面倒な事はこの頭に入ってこないからだ。そうカイは思ったが、恐らくエースもそれに気付いているだろう。声が明らかに、侮りの色を帯びていた。
『ああ~、お嬢ちゃんはそこにいるか?』
「え? いや、まだ着替えてるだろうけど」
『じゃあ、どっち道、時間はあるか』
「……?」
 カイはそのエースの物言いに、何か嫌な予感がした。
『まず、表の話だ。依頼の報酬が無い時だが、これはまず起こらない。全うなギルドなら依頼主を見極めるし、怪しい場合でも殆ど前金性でギルドに預けられている。まあ、報酬が低いならランクが落ちるからその辺でバランスも取れるしな』
 カイはノーブコスティの事件を思い出した。そういえば、報酬が少なくなり、その結果、”犯行予告予告”はランクが大幅にダウンしたのだ。
『次は、裏。こっちは報酬が無い、なんてのはたまに起こる。そもそも表の審査に漏れるような依頼が回ってくる様になってんだからな』
「そ、それだ。って、それでギルド成り立つのかよ?」
『まあ、成り立つからあるんだろうな。裏は面白いぞ。まず、動く金がでかい。そして、参考としてランクは付くが、依頼を引き受ける相手も引き受けさせる相手も選ばない。例え賞金首が現れようが何だろうが、裏のギルド内は平和が約束されている。お前がぞっこんの“最強さん”もそこじゃ、手は出されない。尤も、出したところで、だがな』
 ピクリと、カイの受話器を掴んでいる手が揺れた。
『さて、本題だ。依頼を持ちかける相手を選ばないという事は、今のお前らみたいに踏み倒す事もありうる。そういう場合―――』
「何だ、もういんの?」
 店からようやく出てきたナナミは、壁に背を預け、公衆電話の前に立つカイを見つけた。
「ねえ、ねえって……!?……」
 ガシャン、と。カイは壊さんばかりの勢いで受話器を置いた。
「何やってんの!?」
「やばいぞ……、お前の村」
「は!?」
 ボンッ。ナナミの声と同時。カイは村の中だというのにリザードンを繰り出した。村の人間のざわめきが聞こえる前、カイはナナミの腕を引いて飛び立った。
―――報酬ってもんは、原則用意していなければならない。
「ちょっ、何所行く気!?」
「いいから戻るぞ、村に!! って、ああくそ、どっちだ!?」
「だから、あっちだって!! 間逆!! って、何考えてんの!?」
―――報酬が用意出来なかった場合、まあ、普通登録しに来た本人、後はその関係者だな。そいつらが、“狙われる”事になる。
 エースは“狙われる”とどうなるのか、具体的には話さなかった。
 その言葉を、そのままナナミに伝える。そうしながら、カイはようやく、村の人間の“計画”が分かった。
―――裏から狙われる、ってのは厄介だぞ。どんなに逃げても裏の情報包囲網からは逃れられない。
 村の人間は、ナナミを報酬にしたんじゃなかった。報酬にしたのは自分たちの命。ナナミを報酬したと伝えれば、勝手に逃げてくれて、後は、
―――だから、殆どの奴らは死ぬ気で報酬を確保しておく。そうしなきゃ、どうなるか分かっているはずだからな。それに、“引受人本人”からの報復もありうる。
「そ、ん、な、の……冗談じゃ、無いっての!!」
 カイの耳元で、ナナミの怒号が響く。
「あいつら、何考えてんの!? あいつら、何を……!? そんな事されんのが、一番嫌いのに……!!」
「……それじゃ、ないか?」
 カイは、全力で村を目指す。ただその脳裏には、副村長の顔がちらついていた。
「お前、さ。見返り、受け取らないから」
「だから、それは、」
「多分、」
 カイは、ナナミ声を遮った。
「お前の言ってる事、正しいのかもしれない。恩を売るなって。だけどさ、お前、村の人たちから何を差し出されても、受け取らなかったじゃないか? それが、“恩の回収”とか思っちまって」
「そ……それは……、違う。村の税金とか、ね。あたしの給料だし」
「それ以外のもの、だよ」
 昨日から見ているだけで、村長としての自覚がナナミは高い。ナナミはきっと、村の為に尽くしたのだろう。だがそのナナミは、村長であろうとしたが為に、仕事による“給料”以外は受け取らなかった。いや、拒絶していたと言っていいかもしれない。
 恩は売るものではなく、あげるもの。それを遵守したナナミは、村に恩を渡したつもりのナナミは、絶対に村からは給料以外を受け取らなかった。
「それ以外のものは、きっと、あったんじゃないか? お前に、返すつもりじゃなくて、渡すつもりだったものが、きっと」
 ナナミに無かったのは、判断基準。返される恩と、渡される恩との線引き。もしかしたら、そんなものは存在しないかもしれない。だから全てを拒絶した。
 その結果、ナナミは。
「お前の独り言の癖の理由。さっき分かったよ。お前、その生き方に疲れてるんじゃないか? それこそ叫んだら、叫び続けたくなるくらい」
「あんただって、一緒になって叫んでたでしょ」
 カイの表情が見えない位置で、言い篭められていたナナミは悔しげに小さく呟く。でも、目の前の少年の言っている事は、耳に残って離れない。
 こうありたい、と思う自分。それを目指して、心が痛む。理想と現実を飛び越える為の対価は、確かに存在する。した。
「多分これは、恩を受け取らないお前への“恩渡し”だったんだよ」
「……急いで。ほら、もっと。遅い。全速力!!」
 ナナミはバシバシと、カイの背中を叩き出した。それでもスピードは変わらない。最初から、全速力だったのだから。
「そんなの関係無いわ。あたしは村長だから、村を守る義務がある。それだけよ。絶対に間に合わせて」
 表情が見られないのは幸いか。こんな状況であるのに、カイは後ろで鼻を鳴らす女性に笑っていた。
 スピードが、少し上がった気がした。もう直ぐ村に着く。
 間に合え――。

――――――

「そん……な」
「あ……え……?」
 村に着くなり、二人は絶句した。目の前の光景に。
 一気に急降下して飛び込む思いで踏み込んだ村は、家があったであろう場所は瓦礫の乗った新地に成り果て、草木は煉獄の炎で焼かれ、地には所々に地獄まで続くような大穴が開き、かつてカイが見たプレシャス・ビリングを髣髴とさせる―――
「ナ……じゃない、村長、何やってるんですか? さっき飛び出して行ったと思ったら」
「あ、そんちょーだ」
「こーら、村長“さん”でしょ?」
 ―――なんて事はなく、平和、そのものである。姉妹のような子供が二人に、その親なのか、眼鏡をかけた男が出迎えてくれた。
「ねえ……」
「いや、不安にさせる様な事を言ったのは認めるけど、元を正せばエースだから。それに、お前が言ったんだぞ? 間に合わせて、って。これでいいんじゃないか」
「別に睨んだだけでしょ。何で身を竦ませてんの?」
 そこでようやく自分の肩が上がっていた事に、カイは気付いた。殴られる訳ではないみたいだ。不味いぞレイ、こんな奴より、常識無い。そんな五七五のテロップが脳内に流れる。
 ともあれ、カイの懸念は杞憂に終わり、昼前のデイトール・タウンには、“盗賊”に狙われていたとは思えない程、穏やかな空気が流れていた。活気のある、と表現出来ないのが田舎たる所以か。
 ナナミが、魂そのものを出すような安堵の溜め息を吐き、そして、くっと顔を上げる。
「よし、“依頼人”を探さないと」
「ああ」
「?」
 眼鏡の男が首をかしげた。どうやら村の人間全てがこの事態を知っている訳ではないようだ。
 適当に別れを告げて、カイとナナミは歩き出す。
「心当たりは無いのか?」
「え? んえっと、あっ、フクソン!!」
 カイは、誰だとは聞かなかった。発音的に、恐らくそれは名前じゃない。でも、副村長をそう略して呼んでいるのか、こいつは。
「多分、集会所かな。あたしんちの」
「ああ。って、あれ、待てよ。ちょっと、待てよ」
「あによ?」
 到着の勢いをこれ以上殺したくないナナミは駆け出そうとしたが、カイは腕を掴んだ。
 振り返ったナナミの目にカイが強く目を閉じているのが映る。しかも微妙に、唸っていた。
「何? お腹でも空いたの?」
「違っ、って、まあ、それはそうだけど、今はそうじゃない」
「うるさいっての。訳分かんない事言いたいだけなら黙ってて」
「そうじゃなくて、えっと、ああくそ、何だ、この面倒な状況!? つまり、ええっと?」
「黙ってろって言ったでしょ?」
 カイは何も、ナナミをイラつかせる為に腕を掴んでいる訳ではない。ただ、本当に、混乱しているのだ。
「あの、さ、まず、」
「?」
「依頼は、達成された。ここまでいいな?」
 カイはナナミに、というよりも自分の為に整理して状況を口に出す。それにナナミは頷きながら歩き出す。歩きながらならいいでしょ、と。
「で、報酬は渡さなきゃいけないらしい。それは、お前か、その、副村長が“狙われる”って事で」
 そうなのだ。危険な人がいる、と、勢いで来たはいいが、その事実は変わっていない。ただ、ナナミは別段歩を緩める事も無く、進み続ける。
「じゃあ、例えば、副村長に会ったとして、どうすんだ? てか、今回結構思ってるんだが、俺たち何やってんだよ?」
 感情的に動き回り続けたツケか、カイは自分の行動に明確な意味を見出せないでいた。確かにそこまで無駄な事をしているとは思っていない。この村が無事だったのは万々歳だ。ただ、結局、根本的に何も解決していない。
「だ、か、ら、」
 そこでナナミは何て事でも無い様に、言ったのだ。
「フクソンたちが危ないってんなら、あたしが逃げなきゃいいでしょ? そんな事も分かんないの? クロスケ……ぎっ!?」
 ビタッ、とカイはその場で止る。ナナミの腕を掴んだまま。そのままの勢いで歩いたナナミの腕が勢いで少し捻られる。
「何すんの!? って、痛っ、マジッ、肩外れ……てないか、でも痛っ」
「あ、悪い……じゃない。お前、何言ってんだ? ついさっきあんなに……」
「あのね、どっちかなら、村長の仕事。あんたには分かんない。一生ね」
 その通り、だ。
 カイはするすると、ナナミの腕を解いてしまった。今、確かに感じた自分とナナミの温度差の所為で。ただ、危険な人がいると思って向かっただけの自分と、村の被害は絶対に出さないと決意してこの場にいるナナミ。
 どちらかが被害を受けると分かった瞬間、ナナミは自分を選んだのだ。いや、もしくは、自分が選ばせたのか。
「あのさ、もし、俺がお前の腕を引いてここに向かわなかったら、あのまま逃げてたか?」
「は? 何言ってんの。走ってでもここに戻ってきたわよ。あたしの村に」
 村長として当然とも言う様に言い放って、ナナミは更にスピードを上げる。村長はきっと、“そうあるべきだ”というのがナナミの“譲れない事”なのだろう。
 その筈なのに、その時、『えらい』とも、『すごい』とも、カイには浮かばなかった。だってお前は、嫌がっているじゃないか、と。
 何が正しくて、何が正しくないのか。その判断基準は、どこにあるのだろう。
「ああくそ、じゃあ俺は、もう一度エースに聞く。てか、それを聞く為に、さっきかけたんだからな」
「期待はしない。でもとりあえず、“依頼人”を特定しないと」
 ナナミはそう言って、とうとう走り出した。
 カイもそれに続く。ああ、本当に、何をどうしたらいいのか分からない。

――――――

『バカか、このバカ』
「だから、謝ってんだろ?」
『いきなり切りやがって。それで? 今度は何だ? 炎を放ったら体の一部がぶっ飛んだか?』
「え!? そんな事起こんのかよ!?」
『嘘に決まってんだろ』
 電話に出たエースの不機嫌極まりない声で、カイは罵倒を浴びていた。
 ここはナナミの家、と言うよりは、村の施設の一部だ。扉一枚隔てた向こうが村の集会場。飛び込んだ時に何やら会議の様な宴会の様な事をしていた副村長たちは、時折聞こえるナナミの怒号に、さぞかし震えているだろう。
『それで、どうせ、“裏のギルド”の抜け道でも聞きたいんだろう?』
「あっ、ああ、それだ。何か無いのか?」
 エースが電話の向こうで鼻を鳴らすのが聞こえた。大方、また、『めんどくせ』とでもいいたいのだろうと、カイは受話器から少し距離を取った。
『ああ~、報酬と依頼人、どっちも助けるには……そうだな。大きく分けて二通り……か。あるっちゃある』
「おおっ!!」
 カイの声がキンッと、廊下に響く。一瞬、集会所からの声も止まる程に。
『耳元で騒ぐな。まあとりあえず、説明するぞ。面倒な一つ目と、簡単な二つ目を』
「?」
 エースは正直、細かい事を説明するのが嫌いだ。二度説明を求めても、最悪教えてくれないなんて事もありうる。カイは一言も聞き漏らさない様に、耳をそばだてた。
『一つ目は、非合法過ぎる報酬が出た時、その地の管轄の主に訴えかける。基本的にそういう機関はギルドにノータッチだが、“裏のギルド”となると話は別だ。あくまで非公認な機関だから、公的には契約なんてものは存在しない。……って事に“表向き”にはなっている。まあ、要するに、動くかどうかは五分五分って事だ。それに、訴えかけた奴は十中八九、“狙われる”か賞金首になるだろうがな』
 カイは一瞬固まり、そして、ゆっくり脳に入れる。もう一度反芻して、何とか理解出来た。要するに、非合法な契約なのだから、地主なり何なりに守ってもらう方法がある。が、それはあまり期待出来ないって事だ。確かに、手続きとかが面倒そうだった。
「それが無理なら……」
『二つ目だな』
 エースの言っていた、簡単な方。多分こっちを使うだろう、と、カイは受話器を強く耳に当てる。
『殺す』
「……は?」
 こっちは、面倒な方よりも理解するのに時間がかかった。ピタッと、カイは全身が止り、
「は、はあっ!?」
 叫んだ。
『ああ~、喚くなって何度言わせる気だ? それで解決するとは思わないか? そのドゥールとかいう奴を、報酬に逃げられたと騒ぎ出される前に、消す。万事解決じゃないか』
「え、それは、え!?」
 もう間違いない。エースは言っている。ドゥールを殺せ、と。倒すではなく、殺せ、と。
 カイは別に、人は絶対に狙わない主義という訳では無い。戦闘になればある程度は必要になってくる。現に戦闘では、相手を殺す気で戦っているのだ。だが、最初から殺すのを目的で戦った事など、一度も無い。
 絶対に殺さない。でも、殺す気で戦う。それが、カイの選んだ生き方なのだから。
 だが、この状況。ナナミや“依頼人”を救う為にはそれしかないのだ。
『ああ~、まあ、厳密に言えば、そうでなくてもいいんだがな』
「う……おう……」
 その、エースの救いの様な言葉に、背中から冷たい何かが広がってくる。カイはようやく全身の感覚を取り戻して、空気の固まりを吐き出した。
『要は、そいつが手を出さない様にすればいいんだろ? ぶっ倒して脅しつける、何て手もある』
 確かにそれでも良さそうだ。倒した後、もうこの村に手を出さないと確約させる。だが、それは、
『ま、ぶっ倒されて逆に更に恨まれる事もあるし、言われた事を反故にする可能性もある。確実性は、“終わらせる”よりずっと下がる』
「それでも、」
『まあ、お前はそっちを選ぶんだろうな』
 言おうとした事を先に言われて、カイは口を閉じた。だがこれで、自分がこの後何をすべきか分かった。
『ふんっ、依頼を完遂してもらって倒す、か。恩知らずも甚だしいな』
「……知ってるか? 恩って売られても返さなくていいらしいぞ?」
『ああ~、俺が知らないと思うか?』
 カイは、真似してふんっと笑って返す。確かにナナミより、エースの方が遥かに恩という言葉に縁が無さそうだ。
「じゃあ、」
『ちょっと待て』
 受話器を置こうとしたカイは、エースの声が聞こえた気がして受話器を耳に戻した。さっき自分はこのタイミングで喚いた訳だ。
『お前、脅しつけても相手が聞かなかったらどうするつもりだ?』
「………!」
 どうするか。それはカイは決めていなかった。ただ、そうする事が唯一の解決策だからやろうとしていただけだ。
『その、ドゥールという奴は、脅しつけたら話を聞くタイプに見えたか?』
 急速に、希望が潰えてくる様な感覚がカイを襲う。あの、ドゥールという男。一度会っただけでそこまで計れた訳ではない。だが、人の話を聞く様なタイプに見えたかと聞かれれば、自信を持って首を横に振れる。
 カイは、何時までもこの地にいる訳にはいかない。ずっとこの町を守り続ける訳にはいかないのだ。だが、ドゥールはどうだ。裏のギルドに訴えかける事も、自分でナナミや村を襲うことも出来る。それを絶対にしない様に確約させても、何時破るとも限らない。
「とりあえず、まずは勝たないと」
『決めないで戦う気か?』
 カイは今すぐにでも置きたかった。耳に張り付いて離れない受話器を。
「まずは、勝ってから、だ」
『ふんっ、まあ、それもそうだ。だが、いいか、』
 受話器はまだ、耳に張り付いている。
『綺麗事だけじゃ、渡れないものもあるぞ』
 その後直ぐに、受話器の切れた機械的な音が聞こえた。
「あ、電話終わった!? で、何だって……うおっ!?」
「っ、いっで!!」
 後ろから話しかけただけで、力いっぱい膝で壁を蹴ってしまったカイは蹲まった。
「い、き……なり、話かけんな……よ」
「ひとんち壊さないでくれる?………ほら」
 ナナミに手を貸してもらい、よろよろとカイは立ち上がる。
「それで?」
「ああ、……ドゥールを倒せばいいらしい。倒せば」
 ナナミに、そして自分にも、そう言い聞かせる。それが目標でいい筈だ。
「ホントに!? って、何か非情ね……」
「お前もかよ。恩は返さないんだろ?」
「これは、“報酬”だから、恩とは違うって言ったでしょ?」
「恩だよ。ほら、非合法なんだから。てか、お前どうして欲しいんだよ。奴隷になりたくないんだろ?」
「当、然」
「じゃあ、文句無しだろ」
 そうだ、そうとも。迷いが出たら口に出して消し去る。自分の行動の正当化を図るのは、人間の性なのだろうか。
 自分は合っている。それだけを考えて、ドゥールを倒せばいいのだ、と。
 だが、その先には何があるのだろう。やはり、心のどこかで、感じてしまっていた。もし、ドゥールが話を全く聞かなかったら、と。
 戦闘前に、勝てるかどうか以外の方が気になったのは、初めてかもしれない。
 『綺麗事だけじゃ、渡れない』
 エースの声が、頭にこびり付いて離れなかった。
「……? ま、とにかく」
 ナナミがカイの変化を少しだけ気にしつつ、集会場の入り口を見る。副村長たちが、ちらちらとこっちの様子を気にしているのが見えた。
「何とか聞き出したわ。依頼達成日の夜、まあ報告したのが今日だから、つまりは今晩、引き渡す約束したんだってさ。場所も時間も聞き出した」
 どうやらドゥールがここに朝来たのは、あくまで確認だった様だ。深追いされなかったのも、それが原因かもしれない。
「まあ、そ、も、そ、も、あんたが勝てるのかが疑問だけど」
「ああ、そうだな」
「? って、何所行く気!?」
「メシ。それと、夜に備えて特訓」
 カイはのろのろと歩き出す。
 珍しく何も言い返さないカイの背中に、ナナミは何故かついていけなかった。変だ。何が、とは言えない。でも、何か。
 そもそもドゥールにカイが勝てるのか、という疑問は当然ある。だが、その時は、何故かカイの様子の方が気になっていた。
「夜、か」
 カイが曲がって見えなくなったところで、ナナミは小さく呟いた。

――――――

「波動を、混ぜる……」
 カイは村から離れた広場にいた。日もいい加減沈みかけ、出発の時間は迫ってきている。
 目を閉じ、イメージする。
 かつて自分がやっていた事。不純物が混ざった炎を打ち出す為の波動の送り方。
 朝、襲撃された攻撃を思い出す。“断絶”の固まりを、高速で“伝達”させるドゥールの技。
 ダブル・ドライブ、レールガン。
 あんな技を相手が使うなら、カイは“あの技”を絶対に習得しなければならない。夜の戦いは、恐らく遠距離戦になるのだろうから。
 しかし、
「………っだぁぁあぁ……」
 膝に手をつき、カイは奇妙な掛け声と共に、息を吐き出した。振り払う様に首を何度も振って、顔をバシバシ叩く。その手の平は、気味が悪いほど乾いていた。
 駄目だった。何度やろうとしても、全く集中出来ない。
 どう切り替えようとしても、カイの脳裏にはこの戦いの結末がちらつくのだ。勝ってどうするのか、という問題は、勝てるかどうか、以前にある事を初めて知った。
 でも、そうだとしても。
「まずは勝たないと、意味無いんだぞ」
 これを口に出したのも何度目か。何故こんなにもそれ以外の事も考えなくてはいけないのか、と自分の境遇に疑問を感じたのも同じ数だ。
 ドゥールに勝った、としよう。ただ、その先。あのドゥールは、説得や脅しに応じる様な人間だろうか。
 ギロリと危険に鋭い三白眼。その下に、相手を威嚇する為に付けているのか黒い光除け。体に纏わりついたアクセサリー。ドゥールの人相を思い出して、逆にああいうのは見掛け倒しが多い、と楽観的な事を考えるが、襲撃された時の威力からして、見掛け倒しではない事がすぐに分かってしまう。
 それに、あの時も感じた“空気”。あれは、明らかに世界を“知っている”奴のものだ。ああいうタイプは“我”が強い事を、カイはこの世界で何度も学んでいた。
 何度考えても、ドゥールが屈服するのを全く想像出来ない。
 そうなったら、自分は―――
 そこへ、
「? どうかしましたか、クロスケさん」
「……副村長さん」
 カイはゆっくりと姿勢を正して、現れた副村長と向かい合う。
「具合でも……?」
「いや、そういう訳じゃないんです」
「そうですか。お邪魔でしたかな」
「いえ」
 一瞬、カイは誰の所為でここまで悩んでいるんだ、と考えてしまった。自分の手が、誰かの為に血に染まる、などと言えば聞こえはいいかもしれないが、殺人は殺人。殺す気で戦うのとは、根本的に違う。
 勝つのが目的で殺す気で戦うのと、殺すのが目的で勝ちにいく戦い。もし、ドゥールが首を縦に振らなければ、前者は後者に移行する。
 いや、それどころか嘘を吐かれたらどうなるのか。そもそも自分に相手が嘘を吐いているかどうか図れるのか。そんな事まで問題になってくる。
 ブンブン、と考えを吹き飛ばすように、カイは首を振る。何故朝からこんなにも、面倒な事が続いているのだろう。頭が混乱する。いっそ、逃げ出したい位だった。それを自分が絶対にしない事を分かっていながらも。
「まずは、勝たないと」
 また、口にする。目の前の副村長は、そんなカイがどう見えたのか、いかにも頼もしそうに見る。
「あんな依頼を出した私が言う事では無いんですが、本当にお願いします」
 深々と頭を下げられる。薄くなった頭がまたも真っ直ぐカイに向く。やはり、依頼を出したのは副村長だったようだ。
「ナナミちゃ……村長は、先代が亡くなって、村の為に遮二無二になりまして。しかも、お礼を受け取らない。若い者たちは皆村を出て行くのに、村長だけは」
 ぼそぼそと、それは懺悔のように、副村長はカイに呟く。
 始まりは、ナナミの“恩渡し”。
 ナナミの方が村に何かをするのが先だった。だから、ナナミがあの考えを持ち続ける以上、村から何かを受け取る事は未来永劫来ない。それなのに、ナナミは村長であろうとし、村に恩を渡し続ける。それが、さっきカイが至った結論。そして、それは受け取る側からしてみれば、申し訳ないような気持ちが溢れる事になる。それも、さっきカイが至った結論だった。
「見返りも無く、衰退していく村を相手にさせ続けるのも。だから、村の皆と相談して、」
 あんな依頼を出したのだ。誰が聞いても、村を見捨てて逃げる様な依頼を。だが、ナナミは、村長であろうとし、逃げなかった。これが、今回の事件だ。
「皆、納得してくれました。実際チーム・バンディットには困っていましたし、村長に何か受け取らせることは出来ないか、と日頃から考え続けていたくらいですから」
 カイの推測は、合っていた。寸分違わずという訳でもないが、大筋は。
 故に、カイは奥歯をかみ締めた。
 村を強く想ったナナミと、ナナミを強く想った村の人。それだけに、どちらも無事であって欲しい。
 つまりは、“確実”に、ドゥールを。
「でも、あなたの様な方が来て下さって良かった。お願いします」
「………はい」
 再びカイに頭の天辺が向いた時、日は、沈んだ。

――――――

 もう、日は沈みきり、空には星しか浮かんでいない。気温別段に低くないはずなのに、最近までこの辺りを荒らしていたチームの責任か、それともそれを撃破したものが原因か、森の妙な静けさは、どこかひんやりとした空気でこの場を満たしていた。
 だが、常人ならそう感じる筈の空気も、その男、妙な高揚感を持っていたドゥールには届かなかった。
 ここは引渡しの場所。村からそう離れていない森の中。時間は、間も無く約束のそれだ。
 木の枝に横になって眠りながら、その男、ドゥールは朝の喧騒を思い起こしていた。
 朝、自分の報酬は、自分から逃げ出した。それが何を意味しているのか。“裏のギルド”を利用したのなら、報酬が無かったらどうなるのかは分かっているはずだ。つまりは、今、村の人間は報復を恐れ躍起になって逃げた報酬を探しているだろう。
 対して自分は、ここで寝ているだけでいい。
 なんという“差”。波動にも実力にも認められた自分と、弾かれた奴らの“差”。それが、ドゥールの口元を吊り上げる。
 いくら綺麗事を並べても、そうした“差”というものは歴然としてある。世の中には、誰かを助けようだなどと、アドバンテージのある側がそうした差を埋めようとしている場合もあるが、ドゥールは違う。そのアドバンテージを有効活用していくだけだった。
 現実に、今も。そのアドバンテージを生かした結果、報酬が自分の元に届く事になっている。
 ただ。
 一つ、ドゥールには引っかかっている事があった。自分の報酬と一緒にいた、あのダブルのトレーナー。“裏のギルド”の事をよく分かっていなかった様だったが、ああいうトレーナーは感情的に動く事が多い。村の人間が狙われる可能性があると聞いて黙っていられないだろうから、逃げ切る、なんて事はしないだろう。だから、その点に関しては問題ない。
 だが、あのトレーナーの実力。それが引っかかる。
 とりあえず、ドゥールの技を受けながらも逃げ切った事からして、実力者である、という事まではいい。問題は、その、逃げ切る直前に使った技。
 あの光景は忘れられるはずも無い。いきなり空中に“炎の津波”が発生して自分を飲み込んだのだ。
 “伝達”の適合者であるドゥールには、それの原因が、波動が分散している事だと察することが出来たが、その、威力。
「ち」
 ドゥールはブチリと腕に纏っていたアクセサリーの一つを引き剥がした。それは焦げ付き、千切ったところからボロボロと煤が零れている。
 あの時ドゥールは、一気に降下した。“守る”の波動をジバコイルに発生させながら。それにも拘らず、掠っただけにも拘らず、これだ。
 あの遠距離で、あの分散で、あの威力。そして、灼熱空間を作り出した、あの熱量。コントロール出来ていないと言ってしまえばそれだけだが、危険な技であるのは間違いない。
 ああいうトレーナーには近付いて戦わない。
「くくく」
 ドゥールは、そう自分が考えている事に気付き、更に口元が吊り上がる。何て事は無い。自分は望んでいるのだ。あのトレーナーがここに来る事を。そして、戦う事を。
 報酬を連れ、ここに来るのは、怯えきった村の人間より、“奴”がいい。渡しに来ただけでも、ただで返す気は無い。
 その時、そうドゥールが念じたからか、ドゥールの予想は外れている部分があったにも拘らず―――
 カイとナナミは森に入った。

――――――5

「ねえ、ホントに勝てんでしょうね?」
「……さあな」
「っ、やる気は?」
「あるって」
 カイの煮え切らなくなった態度に、ナナミは状況も忘れ足元の小石を強く蹴った。こつんと木の幹に当ったそれは、直ぐに闇に転がっていく。
 この、月と星しか照らさない森を、開けた引渡しの場所まで歩いていかなければならない。隣に、何所か緊迫感の無いカイを連れて。
 何かを言えば直ぐに反発してきたカイがここに来て、口数が急速に減っている。それがどこか寂しくもあり、不安材料でもあった。
 相手を倒せばいい。そう話は単純化したが、相手が問題だ。そもそもナナミは、カイがチーム・バンディットを倒せるかどうかさえ疑問に思っていたのだ。それなのに、今の相手はそれを殺すような奴。しかも、翌日の今日、元気に襲撃していた事からして、辛勝という訳ではなかったようだ。朝の攻撃も、ナナミには凌ぐのがやっとだったように見えた。どちらにせよ、ドゥールは強いのだ。そんな相手と戦うのに、様子のおかしいカイ。これを不安材料と言わずに何と言おう。
「とにかく、頑張って倒して」
「……ああ」
 折角の労いの言葉も、返ってきたのは上の空の声。ナナミはもう一度小石を強く蹴る。
 その、転がっていく石を適当に目で追いながら、カイは思った。
 『倒す』とは何て便利な言葉だろう、と。
 『倒す』とは、具体的に何をすることなのだろう。相手を横転させる事から、相手を殺す事まで、それらは一様に、『倒す』と表現される。
 相手を殺して欲しい。でもそんな非情な事は言えないから、『倒して』と言う。そういう意味の『倒して』は、カイは以前にも聞いたことがある。
 そして、カイの誓い。チーム・パイオニアを『倒す』。これは別にカイが、チーム・パイオニアを八つ裂きにしたい、とかそういう意味ではない。あくまでも抽象的な言葉である。
 勝ちたい、でも、息の根を止めたいとかそういう意味ではない。でも、相手も本気な以上、殺す気で戦う。といった、何所まで中途半端な言葉なのだ。
 具体性を帯びない言葉というものは、そういうものなのだろう。それに、それでもいいのだと、カイは思う。
 でも、今回の『倒して』はどうだろう。
 自分の方が実力は上だった、としよう。自分がいる限り、ドゥールはナナミや村に手を出さなかった、としよう。
 でも、自分は永遠にここの守護者としている訳にはいかないのだ。それも、直ぐにここを離れる事になるだろう。その後、ドゥールはどうするだろう。いや、そもそも、“裏のギルド”に訴えかけられたら、自分の力ではどうにも出来ない。
 つまり、今回の『倒して』は、
「……って事だよな……」
「何? 急に」
 パン、とカイは顔を叩いた。ナナミの顔が引き攣って、危なそうに自分を見ているが、気にしない。
 まずは、勝ってからだ。集中、集中。
 自分の雑念を吹き飛ばす様に、強く念じる。唯でさえ、村長の仕事だと言ってついて来たナナミがいるのだ。感覚を欹てていなければならない。
 そして、
「―――!? 伏せろっ!!」
 その感覚は、察知した。森は、瞬時に戦場へ変化した事を。
「えうっ!?」
 ボウンッ。ナナミを突き飛ばして、カイはグレイシアで“守る”。
 今、その“守る”の波動の先に合ったものは、昼間の、高速で打ち込まれる弾丸でなかった。弾丸と言うよりは、爆弾。着弾した途端、森の闇を一瞬吹き飛ばす様に弾けたそれは、一体何所から飛んできたのか。
 ただ、放った主は、考えるまでも無い。
「マグネットボム」
 想像通りの声が響いた瞬間、
「!?」
 ドシュッ。と、森に何かが放出される音が響いた。
 カイは目を凝らすが、星の光が遮られる木々の下の出来事は、目で追えるはずも無い。
「うっ、後ろ!!」
「っ、“守る”!!」
 どういう原理か。先程の攻撃とは間逆と言っていい方向からの被弾。それは、既に戦線離脱をして木々に座り込んでいるナナミの声が無ければ気付けなかった程に。
「どうなってんの!?」
 ナナミも異常に気付いたか、首をブンブン振り回して森のあらゆる方向を見る。だが、いくら目が慣れても、森に広がる闇は、闇のままだ。
「マグネットボム」
「っ、ワカシャモッ、“見切り”だ!!」
 グレイシアだけでは連続の攻撃を防ぎきれない。そう判断してカイは、ワカシャモを繰り出す。波動の威力で攻撃を押さえ込む“守る”とは違い、波動の流れを読んでギリギリで回避する“見切り”。
 爆弾の進路を見切って、ギリギリでワカシャモはカイを掴んでその場を離脱。地面に被弾したそれはネズミ花火の最後の様に、地面で弾けた。
「っ!? 何だってんだ!?」
 またも、予期せぬ方向から、爆弾が襲う。
 マグネットボム。それは、相手に磁力で吸い付く鋼の爆弾を打ち出す必中攻撃である。闇に紛れ、適当に発射するだけでそれは弧を描く様に進路を変え、カイに被弾するのだ。狙っているのは、カイの持つリング。“貴金属”を持つ相手なら、態々狙いを定めるまでも無く、自動的に爆弾が吸い付いていくのだ。
 カイには原理は分からない。だが、確かに今、自分は危険な状態だという事だけは感じ取れる。
 相手が、見えないのだ。今はギリギリ防げているが、“守る”や“見切り”は連続使用が難しい。モンスターは当然だが、波動を送るカイにも限界は来る。特に“見切り”はカイも超スピードで動かされる事になるのだ。
 対して相手は、こちらが見える。何せ何度も爆発しているのだ。森の中では十分に道しるべになるだろう。
 闇に支配された森の中、大規模な炎を発生させれば、見つかるかもしれない。だが、“それ”はカイにとっての最大の禁忌だった。
「くそっ、何所にいやがる!?」
 カイは爆弾にも負けぬ怒号を発した。
 相手にとってみれば、自分たちは報酬を渡しに来ているだけのはずだ。その相手を襲撃するとはどういう事なのか。実際、戦うつもりで来たのだからカイにはそれを非難する資格は無いかもしれないが、もし、村の人がナナミを連れて来ていたらどうなっていたのか。
 この攻撃。どう考えても、一般人では耐えられるはずも無い。いや、それ以前にトレーナーである自分でさえも、活路を見出せていない。
 相手は、ドゥールは強い。今まで圧倒的な強さを持つトレーナーばかり見ていたカイは、自分の感覚が麻痺していた事に気付く。自分が見ていたのは“最強”。だが、その途中にも、強力なトレーナーは存在したはずだった。それに気付けず、それどころか勝った後の事ばかり考えていた。
 やっぱりそうだった、と何度も口にした言葉をもう一度呟く。
「まずは、勝ってからだ」
 そして、自分に向かって言い、切り替えさせる。
「始めるぞ……!」
 カイは全神経を、闇に向けた。
「くくく、やっぱりお前が来たか……!」
 そこで、ようやく攻撃手がアポイントを取ってきた。だが、姿は見えない。ざわめきだしたこの森に溶け込ませているかの様に、その声は闇全てから聞こえてきた。
「何所だ……!?」
「くくく、お前の間合いに入る気はねぇよ」
「……!」
 その言葉からは明らかな戦闘意欲が感じられた。どうやら自分自身も、ドゥールのターゲットになってしまっているのだと、カイは更に気を引き締める。
 やっぱり、戦闘中はこれでいい。“あの問題”は、勝った後の問題だ。
「“報酬”は、そこから動くな。面倒だ」
「なっ」
 認識が甘かった。カイはドゥールのナナミへの態度を聞き、そう感じた。ドゥールの興味は、今は完全に自分だけに向けられている。
 今のドゥールには、ナナミだけをさらって行く気は全く無い。カイをここで殺し、その後、ナナミを“持っていく”。それが、ドゥールの考えている順位だ。つまりは、カイを逃がす気すら無い。
 どうやら、あの時逃げられたのが相当気に入らなかったのだろう、とカイは感じながらも、必死に闇の中に目を凝らす。この会話中がドゥールの位置を掴む最大のチャンスだ。
 ジバコイルの、帯電。つまりは、ドゥールがレールガンを放とうとすれば、その光で位置が分かる。
 と、そう考えて、カイは自分を思い切り殴りたくなった。何故気付かなかった。自分にもいるのだ。“伝達”のモンスターが。
「――!? “守る”!!」
 腰のボールに手を伸ばしかけたところで、再び、被弾。ありとあらゆる方向から、ボムがカイを襲い続ける。“守る”と“見切り”は、いい加減限界に近い。
 だが、闇からの攻撃に躍起になるのもここまでだ。
 カイは、一番新しいボールに手を当てる。こいつなら、“フラッシュ”が使えるのだ。
 が、
「何っ、あれ!?」
 カイがエレブーを繰り出す前に、森に光が生まれた。ナナミの指を目で追うまでも無く、それはバチバチと、弾ける様な光を放ち、遠くの闇に浮かんでいる。
 そのモンスターの正体は、カイにも分かった。あるモンスターが、三体くっついた様な形の、電気タイプ。
「レアコイル……!?」
 そこまでは、分かった。だが、今もカイを襲い続けている爆弾は、あのレアコイルが放っている訳ではない。何故なら、あのレアコイルは、唯そこで電気を溜めて、カイをじっと三つの目で見ているだけなのだから。そして、U字の手とでも言うべきものの先を全て、カイに向けている。戦場にあり、それはただ、カイを睨んでいるだけなのだ。
 その、あまりの異様さに、カイは一瞬我を忘れる。
 ボンッ。“守る”で正面から来たボムを防御する。そして、背後から迫っていた爆弾も、“見切り”回避する。
 そこで、
「くくく」
「っ、何!?」
「!?」
 レアコイルが、一層激しく光を弾けさせた。全ての電撃を、眼前に圧縮させている。そこで、カイはようやく自分が“ロックオン”されていた事に気付いた。
 この、マグネットボムは囮。今、グレイシアもワカシャモも、連続使用で“守る”と“見切り”の効果が著しく落ちている。この状況が仕組まれたものである、とカイが感じたのは無理もない。
 実際、それは正しかったのだから。
 来る。本命の一撃が。
 カイはずっと、ジバコイルのレールガンを警戒していた。
 だが、威力の面。命中率や利便性はともかく、威力の面。それを考えた時、弾丸よりも大砲の方が当然上である。
 そして、今レアコイルは、その“大砲”の命中率も補っていた。放つ技が必中になる補助技、“ロックオン”。それと組み合わせて放たれる、“電気の大砲”。
「電磁砲」
「っ!?」
 一瞬―――“真横に発生した落雷”がカイを包み込んだ。
 レアコイルからカイまで、未だ光の道は伸びている。『破壊』としか表現出来ない閃光。それに、カイは飲み込まれていた。破壊は、周りの森などの無駄なものを襲わず、カイだけに届けられている。これが、“伝達”。
「え……」
 一瞬過ぎて、ナナミには事態についていけない。苦戦しているなと思っていたら、次の瞬間には、カイは破壊の光に包まれたのだ。
 光が弱まり始め、ようやく事態を飲み込み始めたナナミは、呆けた様にボールに手を当て、そして直ぐに離した。もう遅い。先程からも加勢しようとはしていたがついぞ出来ないまま、“終わった”。
 頭が真っ白になる。事態が掴めない。目の前でこんな事が起きても、悲しみも恐怖も憎悪も、何一つ浮かんでこないのだ。
 目の前で起こった光景が、あまりに非日常的過ぎて。
「くくく」
 ドゥールの声が、依然として闇に響く。それは、勝者の声。つまり、この後は“報酬”の受け取りだ。
 ああ、自分はどうなるのか。そこまでナナミが思い至った時には、
「何……だと……!?」
 事態は既に次の段階に移行していた。
「ぬぇお?」
 ナナミは“それ”を見て、そんな奇声を発した。破壊の光が止んだ中、立っていたのだ。カイが、普通に。
「あれ……!?」
 ナナミが事態に感情を生み出す間も無く、事態はひっくり返った。ただ、カイはナナミ以上に混乱し、自分の体を確認の為に叩いたりしている。
「何で……って、うおっ!?」
 本人も、本当に事態が分かっていない。ただ、目の前の、自分が繰り出したモンスターの姿に一歩退いた。
 カイは電磁砲が放たれる刹那、落としたのか本能的に投げたのか、ともあれエレブーのボールを離したのは覚えている。だから、目の前のモンスターは、エレブーのはずだ。だが、エレブーとはこんなモンスターだったろうか。こんな、体の大きな。
 色は、同じだ。だが、捕まえた時には自分の胸ほどもあったかどうかの高さだったエレブーは、今やカイの背を超えている。体は更に筋肉質になり、尻尾も増えている。
 そして、このモンスターが、電磁砲の全てを受け止めたのだ。
「エレキブル……だと……!?」
 ドゥールの声が聞こえ、カイはこのモンスターの正体を理解する。このモンスターは、エレブーの進化系だ。
 大量の電気、そして、“複数の質の違う波動”に触れるという条件、そして、カイのメイン、戦闘中に力を上げる、“上昇”の影響。それらが全て働きエレブーは、エレキブルに進化。全ての電気を“吸い込んだ”のだった。
「お前……トリプルか……!?」
 闇から響く声には、先程から余裕が消えている。
 それは、世界を“知っている”人間からすれば当然。いないと考えていてなんら問題ないのだ。トリプル・ドライブなどという存在は。
 その上、“エレキブル”とは。“伝達”の適合者にとって、最悪の相手だった。
 そこで、
「いくか。エレキブル……!」
 カイが指示を出し、エレキブルが、飛んだ。

――――――

 遠い。暗い。何所だ、ここは。口々にそんな事を呟きながら、男たちはぞろぞろと目的地に向かって歩いていた。車で進むのも、森が多くて不合理なのが、更に疲労を増大させる。
 この辺りは村の数が多い上に小さい。来る事に慣れていなければ、あっという間に迷子になってしまうだろう。
 この人数で、迷子。それは、絶対に避けなければいけない。何より、威信にかけて。
 だが、そろそろいい加減、全員が確証を持って歩を進めることが出来なくなってきた。
 この辺りで、間違いないはずなのだが。
「―――!?」
 そこで、ドオンッと、森から騒音が聞こえた。

――――――

「なっ!?」
「っ!?」
「う……おう?」
 指示を出したカイ、手持ちに攻撃を受けたドゥール、そして見ているだけのナナミ。それぞれ三者三様に、驚愕した。
 カイが出した指示は、電磁砲を放ったレアコイルへの攻撃。それは、例えリングが無くとも使用が可能な“炎のパンチ”。鋼であるレアコイルには効果抜群だ。
 だが、それは指示を出した直後、ほんの一瞬で遠く離れたレアコイルに突き刺さっていた。
 カイの元からダンッ、と飛び、高速でレアコイルに接近。上空から振り下ろした炎のパンチがレアコイルに当り、バチッと弾けたのが闇の中で見え、
「速っ」
 カイがそう呟くまでの間で、エレキブルはカイの元へ戻ってくる。
 体中からはバチバチと、しかしドゥールのモンスターとは違って、猛々しく電気が漏れている。カイにはそれが、先程ドゥールが放った電磁砲の波動だと直感的に分かった。
 特性・電気エンジン。相手の電気を吸収し、自分の素早さを上げる。“上昇”の、もらい火や猛火といった戦闘中に力を上げる特性とはまた違った、“伝達”の特性。それが、エレキブルの特性だった。電気吸収。それは、“伝達”の適合者には、最も相手にしたくないモンスターだった。
「何……よ。あんたそんなに……」
「え? って、あぶっ!?」
 一瞬の勝利も束の間。カイは再びロケットボムの襲撃を受けた。やはりドゥールは、引く気は無いようだ。
 だが、それも、
「エレキブル、炎のパンチ」
 エレキブルから漏れる光のお陰で、今までよりも早く爆弾が認識出来る。これなら迎撃も、間に合う。特に、スピードの上がったエレキブルなら。
 爆発音が、何度も森に響く。
 両手に炎を纏い、迫ってくるロケットボムを全て打ち落とすエレキブル。爆発しても、エレキブルの拳圧の前では、意味を成さない。
「っし、フラッシュだ!!」
 ロケットボムが途切れた一瞬を狙い、エレキブルに指示を出す。
 体から漏れ出す光が、更に強くなり、森を包んだ。
 これでようやく、ドゥールを見つけられる。若干強過ぎた光の中、目を細めながらも辺りを見渡す。一体、何所にいる。
「……あれ?」
「うおっ……ん?」
 ボンッ、と。途端に断続的になったマグネットボムを破壊したところで、カイとナナミの視線が合った。そしてお互いが同じ事を考えている。
 ドゥールが、いない。

――――――

「ちっ、面倒だ」
 ドゥールは断続的にマグネットボムを放ちながらも、一人ごちた。
 今いる位置は、先程の戦場から十分に離れている。場所を掴ませない攻撃が“一応”出来る事を利用して、ドゥールはフラッシュを使われる前に攻撃をしながら戦闘を離脱していた。
 まさかあの男、トリプルだったとは。
 先程からドゥールの頭の中でその言葉が響く。だがそれは、恐怖としてではなく、興味として。
 アドバンテージを利用して好き勝手に行動してきたドゥール。だが同時に、心のどこかで強い敵を探していたのかもしれない。別に『間違っている自分を止めてくれ』などとドゥールにとって虫唾が走るほど嫌いな事を考えている訳ではない。ただ、思ったままに行動している自分は、どこまでいけるのだろうか。そう、考えていた。
 田舎であるこの辺りでは、自分の力ならばおおよその願いは叶う。他の場所でも、そうだった。好きに行動しても、誰にも止められないほど、自分は強い。だがそれは、“世界”から見れば、ちっぽけな田舎の大将に過ぎないのではないか、などという事も心のどこかで思ってしまう。
 誰にも邪魔はさせない。その信念はある。だが、どこか、限界を知りたい気持ちもある。そんな怖いものみたさ、とでも言うべき感情が、あまりに複雑にドゥールの中で疼く。
 好き勝手に進んでいれば何時か壁にぶつかるだろう事は分かっている。でも、スピードを緩める気はさらさら無い。
 それに、自分より遥かに先にいて尚走り続けている連中は存在するのだ。自信を持って、全力で走っている存在は確かにいる。
 ならば、自分も。何時ぶつかるかひやひやしながら走るよりは、全力で。ぶつかった時のダメージが計り知れなくとも、緩める訳にはいかない。
 だから自分は、今“我”を強烈に出し、確実に“奴”を殺そうとしているのだ。負けた時に相手が許してくれるであろう位には手を抜いて、などという保身なんて事は考えない。
 全力で、全てを尽くして。
 スピードは緩めない。

――――――6

「!? 炎のパンチ!!」
 エレキブルの拳一線。前方から飛んできたマグネットボムを破壊し、カイとナナミは森を走っていた。
「ねえ、ホントにこっち!?」
「ああ、何となく分かってきた!!」
 何発も打ち込まれてカイはようやく、マグネットボムの仕組みが分かってきた。
 打ち出した後、相手に向かって進路を変える技、と。つまり、ドゥールが近くにいる時はともかく、遠くに離れている時は、ボムが飛んでくる方向に間違いなく打ち手がいるのだ。
 正に今、ドゥールは正面にいるはずだ。
「ってか、急がないと……!!」
「分かってるよ!!」
 カイもナナミも、ドゥールがいなくなった事で血相が変わった。
 ドゥールがもし、“裏のギルド”に駆け込んだらどうなるのか。そこだった。
 レアコイルを倒されたドゥールが、報酬の受け渡しを拒否された、と“裏のギルド”に訴えかける可能性は大いにあるのだ。
 そうなれば、カイたちに打つ手は無い。“裏のギルド”という巨大な組織を相手にするとなると、『倒す』とは表現出来ない。どう考えも、果ての無い逃亡劇が始まるだろう。ナナミも、村の関係者も連れての。それは、あまりに現実的ではない。というか、絶対に無理だ。
 またも、ボムを破壊する。今や前からしか飛んできていない。
「ねえ、トレーナーってさ、」
 素直過ぎるボムに、余裕を感じたのか、ナナミがぼそり。と、前を見ながら呟いた。
「あっぶないよねぇ……」
「しみじみ言うなよ。お前もそうだろ」
 ナナミはふるふると首を振った。
「今日分かったわ。あたしは波動が流れているだけだって。トレーナーっていうのはもっとそう……それで食べてける人たちの事。あたしはやっぱり村長だった」
 ナナミの口から初めて聞いたかもしれない。威信がかかっていない村長という言葉を。
「さっきだってそう。なーんも出来なかったわ。あっさり無視されたりしてて。ちょっとくらいはなんか出来るって思ってたけど、あんなん入っていける訳無い。第一、恐いっての。だから、」
 ここにはトレーナーとしてではなく、村長としてしかいられないんだ。と。はっきりトレーナーと村長を比べるようなナナミは事を口にした。
「いやぁ、あたしが“育て屋”行っても無駄だったわ。良かった良かった、あんたがいて」
 からから笑うナナミは普段と比べ、あまりに自虐的だった。
 この辺りは、放置されている。そう、聞いたのをカイは思い出す。やっぱり、そういう場所では“力”が総てなんだろうか。そんな事を思ってしまう。
 そしてそれを感じて、力の……戦闘力の無い村長より、あるトレーナーという地位が眩しく見えているのだろう。
 でも、それは、何か悲しくないだろうか。
「あのさ、」
 炎のパンチを放つ。足を進める事に爆弾が放出されている音も聞こえる様になってきた。
「トレーナーも、その、多分良い事ないぞ? 殺されかけるなんて日常茶飯事だし、」
「はぁぁあぁ? 何の話をしてんの?」
「いや、その、そうじゃなくて、えっと、」
 カイはうまく口が回らなった。確かに、トレーナーの世界は勝利至上主義。実力の世界だ。だが、その世界にいない人。ナナミの様な人間たちから見れば、それはどうなのだろう。
 理解出来ないかもしれない。それどころか問題視されているかもしれない。それなのに、トレーナーが“我”を押し付けている事が多いのも事実だ。特に、この辺りの様な場所では。
 “戦闘能力”という、最もシンプルで最も絶対的な差が、トレーナーと一般人にはある。それは、治安の無い場なら元の世界でも起こっている事だ。
 力のあるものの相手は、力のあるものにしか勤まらない。だから、依頼という形で、トレーナーの相手はトレーナーに任せておく。それは、あまりに当たり前過ぎる事だ。だがつまり、そうならば、無視されるほどに、一般人は逆らう事も出来ないのだろうか。
「何かは、出来ると思う」
「……? 今度は、何?」
 要領の得ない自分の言葉なのに、ナナミが全部拾ってくれる事に少しだけ安堵した。
 自分だって、“裏のギルド”には逆らえないほどの力の差を感じていながらも、それでも何とか抗おうとしているのだ。
 それを、ナナミに何とか伝えたいとカイは言葉を紡ぐ。
「うまく言えないけど、きっと何かは出来る。ほ、ほら、そもそもお前がいなかったら、」
「っ、前っ!!」
「うおっ!?」
 ボウンッ。と炎のパンチが二回ボムを捉える。今、立て続けに二発発射されていた事に気付けなかった。
「とりあえず、今お前がいなかったらやばかった」
「そう……かな。てか、これ罠じゃん……!」
 二人は、直ぐにその場で足を止めた。今二人がいる二発のボムが被弾した場所を取り囲む様に、光が浮かんでいた。
 全部で、四つ。それが等距離に、闇から光を放っている。
「おおっ、あ……あいつ、レアコイル好きなのか……!?」
「ちょっ、これ、さっきの電磁砲じゃ……!?」
 カイたちを囲んでいるのは全てレアコイルだった。全てのアームを二人に向け、急激な電波を溜め込んでいる。
「やばっ!!」
「エレキブル!!」
 カイとナナミはぐっ、とエレキブルに掴まり、一気にその場を離脱。その直後、カイたちのいた場を四方向から大砲が襲った。
「っ!!」
「きっ、こ、の、音……!?」
 あまりにも耳障りな音が、攻撃の中心から漏れる。常軌を逸した高圧電流がそこに一点集中し、漏れた熱で森を焼く。
「やっろ……!!」
 燃えた森を恨めしそうに睨み、カイは直ぐにドゥールを探す。
 今の攻撃。明らかにナナミも同時に巻き込むものだった。つまり、今ドゥールは自分を殺す事に全力を傾けている。急がないと、ナナミも危険だ。
 四方向からではエレキブルで全ての電撃を吸い込む事は不可能だ。着地した場所にレアコイルが移動するまでに、発見しなければならない。いや、それとも、レアコイルを一体ずつ潰した方がいいか。
「くくく」
「――!?」
 声が、聞こえた。間違いなく、ドゥールのものだ。カイがその方向を向くと、そこには眩いばかりに輝く広場が見えた。ここから一直線に道が伸びている様にも見える程、明るい空間。
 そこに、いた。ジバコイルに腰かけ、挑発的にカイを睨み付けている、ドゥールが。
「ようやく見つけたぜ……!!」
「ちょっ」
「お前はその辺隠れてろ!!」
 カイはナナミを道の脇に突き飛ばし、走り出した。ようやくドゥール本人と戦えるこの時を、逃せるはずも無い。
 だが、
「……?」
 走っていくカイの背中を見ながらナナミは、何か危険な予感がした。
 今まで闇から攻撃され続け、そして、今の四方向からの電磁砲。断続的に放ったマグネットボムは、誘導する為のものだったのだろう。
 全ては、罠。
 だが、今は。何故、あんなにも分かり易く、ドゥールは立っているのか。ならば、全ては挑発する為の罠だったのではないか。
 そして、もう一つ。
 この辺りの夜の空を見慣れているナナミには、確信を持って言える。
 あんな光は、月や星には放てない。
「!?」
 そう感じた瞬間、4体のレアコイルが、道に出てきた。そこは、ドゥールとカイの延長線上。カイの背後を、4体のレアコイルがロックオンしている。
「っ、クロスケ!!」
「っ!? エレキブル!!」
 カイはナナミの声を聞き、背後にエレキブルを回す。それで、カイは十分だと思った。4体の攻撃はその出力のあまり吸い込みきれないだろうが、一瞬は持つ。
 だが、大きな勘違いをしていた。ナナミの言葉は、今のレアコイルの攻撃を教えてくれたのだ、と。
 ナナミが最も危険に感じているのは、今電磁砲を放とうとしているレアコイルではなく、カイが走って向かっているその空間そのもの。
 その、あまりに明る過ぎる空間だった。
「くくく」
「やろ……!」
 もうこの距離では伝えられない。自分が、あの空間に危険を感じている事を。
 何か、出来ないか―――
「……!」
 カイは、ようやく光り輝く広場に飛び込む様に到達した。
 背後には後からの電磁砲に備えエレキブル。目の前には、ドゥールとジバコイル。上空には、
「!?」
「くくく、お前は何をやっても生き残るからな……念入りに、だ」
 “それ”を見て、カイは目を疑う。ドゥールしか見ていなかったカイは、全く気付けなかった。
 この場を照らしていたのは、月明かりでも星明りでも何でもない。
 電気だ。それも、膨大な。それがまるでこの広場そのものにフタでもするかのように浮かび、光を放っている。
 そして、見える。電気の空の中、確かに浮かぶ、大量の鉛。
 電磁砲に、その電気の空。それがドゥールの放つ、一斉攻撃。
 すっと、ドゥールが手を上げた。カイには何をするか分かる。
 振る、のだ。あの鉛が。
 空のあの量は、裁ききれない。退路も電磁砲で阻まれている。
「っ!?」
「死ね」
 ドゥールの腕が、
「“断絶”と“伝達”のDouble drive:Rail gun」
 下りる。
「っ、“守る”!!」
 上から、振る。全てが、カイに向かって。それは霙の様に、何かが混ざった落雷。だが、それら一つ一つが、必殺の威力を誇っている。
 グレイシアの連続での“守る”は、何時まで成功するのか、
「電磁砲」
「!?」
 それすらも分からないのに、後ろからレアコイルたちの電磁砲が放たれた。“守る”の傘の下、エレキブルがそれを受ける。上からと横からの同時攻撃。そしてそのどちらも、限界が近い。
「ぐっ……!?……」
 カイは、何とか上げた顔の先、ドゥールがジバコイルに指示を出しているのが見えた。攻撃が、増えるのだ。カイはようやく、本当の意味で、理解した。
 ドゥールは強い。
「冗談じゃ……ね……え」
 グレイシアの“守る”も徐々に効果が薄くなっている。エレキブルもそろそろ吸い込む限界が来る。
 今、前からの攻撃は対処しようが無い。
 だが、微塵にも、諦める訳にはいかない。これは、勝ったらどうするか、何て事を考えていたツケだろうか。そんな理由は絶対に嫌だった。だとしたら尚の事、活路を見出さなければならない。
 だから、
「っ……」
 頼む。“気付いてくれ”。と、カイは念じた。
「くくく、ジバコイル。ミラーショット」
「っ!?」
 ジバコイルが、光を放つ―――その刹那。
 聞こえた気がした。ナナミの声が。カイは直ぐに頷く。
 ああ、頼む。
「!?」
 ドゥールは目を見開いた。ミラーショットを放った瞬間、カイがモンスターごと、“消えた”のだ。
 何が、起きたのか。直ぐに辺りを見渡す。
 その結果、カイはいた。カイが飛び込んできた道の先、レアコイルたちよりも更に先。レアコイルが起した炎の向こう。
 遥か遠くに、カイは立っていた。
「俺は、一回死んだ」
 更に集中する為、カイはそう呟く。
 実力が下、もしくは疲弊してでもいない限り、移動させるのに許可が必要な技、“テレポート”。
 それを許可したカイは今、ナナミのサーナイトの力で必死の場から離脱。離れたこの場で、リザードンとエレキブルを繰り出していた。
 今、全ての敵が一直線上に並んでいる。
 途中、ナナミも見えるが、今はカイはドゥールしか見ていない。ただ冷静に、心を冷やして、ドゥールを確実に倒す為に。
 もう挑発にあっさり乗った自分ではない。体中が冷えきる、あの感覚。それが、今ようやくカイに訪れていた。
 倒すまでは、余計な事を考えるな。
 冷静になって、ようやくその言葉が完全に体に染み込む。
 カイは今、“中の全力”を感じていた。
 じゃあ、次は、
「!?」
 ドゥールに朝も感じた悪寒が走った。いや、下手をすれば朝程度ではない。
 目の前の男がやろうとしている事。それは、間違いなく、“圧縮”だ。
「レアコイル!!」
 レアコイルを急反転させようとしたが、もう遅い。
 それは、ナナミが遠くにカイを移動させた為。ドゥールが“報酬”として無視していた存在が、テレポートを扱えた事を知っていたら、こんな事にはならなかったろうか。
 だが、ナナミは、『何かは出来た』のだ。
 次は、カイの番。
 “外の全力”で、決める。
 ミスは許されない。だから確実に、エースの言っていた様に2匹で放つのだ。
 エレキブルにかぶさる様に、リザードンが構える。エレキブルは、両手を挙げ、リザードンの口に添える。そこで、流れる波動は、分散する炎を更に強引に抑えるのだ。全力で放っても、それは衰える事は無い炎。それを―――
「“上昇”と“伝達”のDouble drive:Fire volt!!」
 リザードンは、放った。

――――――

「エースさん、どうされたんですか?」
 エースはリンスの言葉に答えず、ビンを呷った。机に足を放り出し、窓の外を見る。星が不気味なほど輝いていた。
「カイ君が、気になりますか」
「……ああ」
「………?」
 珍しく素直に答えたエースを怪訝に思いながらも、リンスは椅子に腰をかける。
 今リンスは、アリスと二人で夕食を作っていたのだが、やはり何所か苦手な所為か、エースの様子を見るのを建前に離れたのだった。
 今日も調子が悪いらしいが、もし、何の気なしで変化してしまったらどうなるだろう。そんな事を考えてしまうから自分は心が弱いのだろうか、とリンスは自嘲気味に微笑む。
「あいつは、」
 エースは窓を見たまま、呟いた。
「今日一日、悩んだだろうな。人の事を考えて。答は無いはずのものを探して」
「……?」
 エースが抽象的な話をする時、それは、必ず聞いている人間に意味のある時だという事をリンスは知っていた。だが、ここにいるのは、自分だけのはずだ。
「要は、人の為なんてので動くと自分の心が弱くなるって事だ。それが良い事なのか悪い事なのかはともかくとしてな」
 息が、止まりそうになった。自分の夫ながら。
 エースは、まるでアリスの様に、人を察する事が出来るのだ。
「どっちを選ぶかは自分次第。答が無いっていうのはそういうもんだ」
「……はい」
 思わず、リンスは答えてしまっていた。エースはふんっ、と鼻を鳴らす。
「まあ、カイはもう一つ、でかい山を越えることになるかもな」
 次に話は具体手になもの戻った。
「あいつはもう逃げ出せない。“流れ”に飲まれている。その先、どうなるか。なんてな」
「……?」
 エースは真剣そうに、窓から星を見上げる。
 その仕草が、何故かリンスには安っぽく見えた。

――――――

「………こ、こ、恐っ!?」
 ナナミは絶句した。
 今、目の前を通った“レーザー”に。
 確かにそれは、道幅程の太さで、“レーザー”とは通常称しない大きさのものだった。
 しかし、今のは、“レーザー”だった。
 道行く途中にあった、炎、レアコイル、そして、ドゥールとジバコイルをそれは襲い、それでいて、道の直ぐ横にいたナナミには殆ど熱気が届かない今の炎。
 “圧縮”。朝見たあの巨大で、異常な熱量だった炎が“圧縮”されて放たれたのだ。ついさっき見た、電磁砲よりも、遥かにエネルギーは高い。何せ、それすら巻き込んでかき消したのだから。
「何……よ、こんな事出来んの……!?」
 ナナミの視線が、今の破壊の進路の先、“レーザー”が放たれた地点に向く。
 そこにいた少年は、
「火事は……消えたか」
 とだけ呟いたのだった。
「何!? 何!? ってか、何で最初からやんないの!?」
「いや、悪い。俺なんかクールに見えてるかもしれないけど、正直ここまでとは思ってなくて……何か、恐い。全力だとこんなになるだぁ……みたいな感じなんだ。うぉおぁおぉ、マジで全部ぶっ飛んだ。うおっ、体が何かだるい。全精力もってかれたみたいに……」
 モンスターをボールに戻したところで、カイに酷い倦怠感が襲った。それは、体中の波動をまとめて打ち出したことによる疲労。
 確かに混ぜて波動を送るイメージは出来たが、この威力での放出は乱発できるものでは無いらしい。
 その上、
「うっ、何か気持ち悪いんだけど」
「酔った? あーあ、私もあんな長い距離移動させたから疲れたわぁ」
 二人して、よろよろ歩きながら広場へ向かう。
 そこはもう既に、不自然な光に満ちていなかった。
「それよりお前、よく俺の念派が届いたな」
「……は? ああ、テレポート? 誰かが『何かは出来る』なんて言うから、必死に考えてたんだって。………ごめん、やっぱり分からない。念派って何?」
「気にすんな。でも、とりあえず、」
 カイは確認を取るように一旦そこで止め、
「助かった。ありがとう」
 ナナミにお礼を渡した。
「……さ、あの変なのどうなったかな」
 ナナミはスピードを上げて広場に向かった。カイは、ふっと笑ってそれについていく。
 お礼を拒絶されなかった。それだけで、何か達成感を覚える。
 今度こそ、カイは星明りが照らす広場に到着した。
「………ドゥール……!」
「くくく、面白いじゃねぇか……今の」
 ドゥールは、いた。膝を立てながら座って。
 何とか直撃を免れたのか、生きてはいるが、額や腕から血を流し、体に纏わりついたアクセサリーも殆ど千切れている。
 そんなボロボロと言える状態に自分の技がしたのだ、と、カイは背筋を凍らせた。
 『死んだって事故』
 トレーナーの引き起こす事態をそう表現する理由が、更に分かった気がした。
「さ、どうする? 俺を殺すか?」
「……もうこいつらに手を出さなければ……何もしねぇよ」
 カイは慎重に言葉を選んで、口に出す。
 戦闘が始まる前から考え続け、ついにイメージ出来なかった結果を引き寄せる為に。
 かつての放火魔との戦いは、『捕まえろ』だった。
 だが、今は違う。この男、ドゥールからの確かな答が必要なのだ。
 しかし、
「ふざけてんのか?」
 予想通りの答しか、返ってこなかった。
「何でだ……!?」
「くくく、先に言っとくぞ。俺は“止まらない”。何所までも自分勝手に生きている。“壁”にぶつかるまでな……」
 カイは奥歯を強くかんだ。この男の言っている“壁”とは、“死”だ。自分には、それをもたらす事は出来ないというのに。
 正直、口先だけの嘘を吐かれた方がよっぽど楽だった。それなのに、この男は、ドゥールは“我”のままに何所までも生きる、という“譲れない事”を持っている。
 これでは、
「俺は、依頼を達成して、そいつの所有権を持っている。俺を止めたいなら、殺すしかない」
「えっ……はぅあっ!?」
 ドゥールは、動かない事実と共に究極の結論を二人に突き付けた。ナナミは深く考えていなかったのか奇妙な声を広場に響かせたが、カイは額に汗を浮かべただけだった。
「くくく、お前の方は分かっててここに来たんだろ? さあ、俺を“止めて”みろ」
 血と泥が混じった顔の三白眼が、変わらぬ光を放ってカイを睨み付ける。
 最悪だ、とカイは思った。
 ドゥールは、自分の限界を計っている。妥協無しで生きて、何所までいけるのかを。ここで死ねばそれまで。だが、生きていくかもしれない、と。
 この件に関して、最悪のタイプだった。
 例え、今、ドゥールの心臓にナイフを突き立てて行ったとして、最後の一押し直前でも、ドゥールは睨み続けるだろう。
 こうなれば、ナナミと村の人間を守るには、
「ちょっ、マジで……」
「お前は消えてろ。俺は、そいつに話している」
 ドゥールを、殺すしかない。
 どんどん動機が早くなる。それなのに、“停止”波動は駆け巡らず、体の熱は冷えていかない。
「村、にも、こいつ、にも、手を出すな」
「笑わせんな」
 何度も“イメージ出来てしまっていた”最悪の構図が完成していた。
「あ、あたしが、やる」
 ナナミの声で、カイは背筋が一気に寒くなった。自分が一瞬、安堵してしまった事に、更に。
「お前何を……」
「あたしの、村の事、だし。村長、だし」
「………駄目だ。絶対に、お前は駄目だ」
 カタカタ震えるナナミに、カイは強く言った。それだけは、絶対に駄目だ。そんなものは、ただの“殺人”だ。自分にも言い聞かせる。もしここで、ほんの少しでも、頼むと臆病風に吹かれて言ってしまえば、ナナミは村長の責任とやらを振りかざし、その手を血に染めてしまう。取り返しはつかない。
 それだけは、絶対駄目だ。
 ドゥールは未だ睨みつけてくる。その三白眼に、カイは吸い込まれる。暗闇に落ちたカイに何度もその目は言うのだ。『お前がやれ』と。
「ね、ねえ、」
「やるしか、ねぇのかよ……!?」
 カイはもう一度、ドゥールを睨んだ。睨みつけるその目以外は、著しく傷ついている。そんな無抵抗も同然な相手を、殺さなければいけない。
「あの、」
 そういう“流れ”が、もう既に出来上がってしまっている。
 『綺麗事だけじゃ、渡れないものもあるぞ』
 エースの言葉、その意味を骨身に感じた。
 何時かは、こういう時が来たのかもしれない―――
「って、こぅらぁあああぁあ―――!! 話聞けっての!! 誰か来てる!!」
「み……耳が……っ!?」
 カイは、耳を押さえて蹲る。涙目で見えた先、確かにナナミの言う通り、数人の男たちが道の破損状況をいぶかしみながら広場に現れた。
「あっ、あれって」
「し……知ってんのか?」
 その男たちが着ている制服。それに村長であるナナミは見覚えがあった。それも、かなり。あれは、税の徴収の時に見る、ここらの領主の正装だ。
「ちっ、そっちの“壁”か」
 ドゥールが苦々しげに呟くのを聞いて、カイはエースの話した“もう一つの方法”を思い出した。
 『領主に訴える』。

――――――

「やっぱり、あんたか」
『ああ~? 何の事だ?』
「とぼけんなよ。どんだけ俺が悩んだと……!」
『ふんっ、いい経験になったろ』
 カイは今、デイトール・タウンのナナミの家にいた。
 先程ようやく領主の使いから解放されて、電話に直行。ドゥールを連れて行った以外の使いとまだナナミは話しているが、それを待っているよりまず、使いが来る事になった原因の男に、何かを言いたかった。
「あのな、めちゃくちゃ色々考える羽目になったんだぞ……。今思い出しても軽く震えるぜ? マジで、ホントに」
『ふんっ、いい経験になったろ』
 エースからは同じ言葉が返ってきた。どうやらそれ以外のコメントはしない気らしい。
「にしても、どうやって動かしたんだよ? 五分五分みたいな事言ってたじゃないか」
『ああ~? それは普通の奴が言ったら、だ。俺を誰だと思っている』
 うわ。と、カイは表情が見えないのをいい事に眉を思いっきり寄せた。この男の方が遥かに“我”で生きている。
 あのドゥールも、流石に公式の“流れ”には逆らわず捕まったのに、この男はどうだ。その“流れ”すらいいように弄るのだ。
『まあ、チーム・バンディットが暴れてた所為で、ある程度の警戒態勢にはなっていたからな。動かすのに時間は必要ない』
 確かに今回は、領主の対応の遅れの所為で人身売買じみた事が発生してしまったのだ。そして、ドゥールが事件を解決した事実はやはり動かない。罪状はともかく国への貢献という形ではドゥールに“報酬”が渡されるだろう、と先程領主の使いが囁いていたのをカイは聞いた。これで、所有権がどうのなどという話はもう起こらないだろう。
 副村長らも“裏のギルド”の悪用で、これから色々と大変そうだが、その辺りは“村長”が庇うだろう。
 これで本当に解決したようだ。
『まあ、とりあえず、お前は落ち着いたらお嬢ちゃん連れて戻って来い』
「? ああ、分かった。………あれっ!?」
 受話器を置こうとし、そこでカイはまた、喚く。
『……耳から話しておいて正解だったぜ。で、何だ?』
「いや、あんた、不味くないか!? こういう風に訴えた奴は、なんか狙われるとか何とか……」
『ああ~、』
 そもそもそれをカイに教えた男は、何だそんな事か、とでも言う様に、
『何だそんな事か』
 と、正に言ったのだった。

――――――

 “裏のギルド”の情報処理を行う事20年のベテラン。
 その男は、今日も情報処理の為、コンピュータに向かっていた。
 公式なものから口コミまで。更には気象情報の様に危険なトレーナーがいる可能性のある場所など、ありとあらゆるものが浮かび上がり、そして、本物とガセを取捨選択していく。
 そんな大量の情報を見ている男は、ここ10年、どの情報を見ても眉一つ動かさず、流れるような手つきで情報を処理していった。
 また、新たに一つの情報がコンピュータに取り込まれる。
 “裏のギルド”の報酬を阻止すべく、公式の機関に訴えたという、よくある事例だった。
 直ぐにその訴えた人物を、電話回線を始めとする大量の中から割り出し、特定。
 直ちに、“標的”として、登録。
『ERROR』
 表示された情報を見て、男はほんの一瞬止まり、そして、直ぐに次の仕事に取り掛かる。
 登録する事は無駄だった。
 “今更一つ増えた程度”でこの男の評価はなんら変わらない。
 その男は、とっくに登録されているのだ。
 あまりに“高”過ぎて、誰もが放置している、トップクラスの賞金首に。

――――――

「で、連れてきたけど……」
「な、ん、で、あたしがまたあんたのとこ来なきゃいけない訳?」
 村のゴタゴタにある程度の落ち着きが見え、カイとナナミは“育て屋”を尋ねていた。到着した時、何故か三人とも庭に出ている。到着タイミングが分かっていたんだろうか。
「くあ~っ」
 目の前のエースはナナミの攻撃的な口調を欠伸で受けとった。
 エースとナナミは磁石で言うならSとS。恐らく一生そうだろう。
 エースが影の功労者である事は伏せておけ、と言われているカイは、その光景を複雑そうに見る。が、その理由が『面倒だから』というだけなのなら、言ってもいいような気はしていた。
「ああ~、いいか、お嬢ちゃん。お前にはウチの臨時の給仕当番を貸してやったんだ。対価をよこしやがれ」
「な……!! は!?」
 今日、初めてカイはエースの声を聞いた。あっていきなりぶっ飛んだ事を言えるのがエースたる所以か。ともあれ、それを聞いてナナミが絶句した事にカイは安心した。誰かが一緒にそうしてくれる事で、あれは普通じゃない、と自信を持って思えるのだ。
「た……対価ぁ?」
「ああ。カイへの、は無償だが、俺への、だ」
 対価と言われれば断れるはずも無い。エースはあっさりとナナミを操るキーワードを言い当てると、アリスを顎で見やる。
 アリスはコクリと頷いて、ナナミに近付いていった。
「ええっと、その、あなたのサーナイトを、私に貸して欲しいの」
「……え……は、それ、だけ? え、ってか“それ”なんで知って……え?」
 怯えるようなアリスの前で、ナナミは混乱する。よもや自分の心が読まれ、それを元にエースが計画を立案したとは思いもしないのだから。
 アリスが要領が悪いなりに必死にナナミに説明を続けている中、エースはカイに近付いてきた。
「まあ、そろそろお前も、奴らに合流したいだろ?」
「……なあ、エース。知ってると思うけど、俺は……」
「ああ~、バカだから状況が分からないってんだろ? リンス」
「はい。カイ君、これ」
 リンスに、カイは“育て屋”に置いておいた荷物を渡された。
「え?」
「出発だ。テレポートで」
「………は、ええ!?」
 エースの計画。それが、自分を旅立たせる事だと知り、逆にカイは混乱した。
 そんなの、いきなり過ぎる。
「って、どうやって!?」
「ああ~、テレポートって言うのは、条件を満たせば人も目指せる。例えば、アリスが“交換の意思表示”をした相手とかな」
「………え?」
「もう面倒だから説明しねぇ。アリス、いいか?」
「え……ええ」
 カイの目の前で、どんどん話が進んでいく。そもそも、カイはあのアリスさんという人が誰なのかも知らないのだ。
「よし、カイ。そこに立て」
「………ああくそ、分かったよ」
 エースがここまでやって、覆された事は一度も無い。カイは諦めた様に大きく溜め息を吐き、エース指定の位置に立った。
 出発だ。
「どうだった? 俺は、マシだったか?」
 カイはエースの真似をして不適に笑ってみた。
「ああ~、大分、な」
 ポリポリと、頭を掻きながら、エースは離れていく。
 たったそれだけの成績発表は、しかし、カイの中で大きな達成感に変わった。
「うっし、行くか」
 “異常”は治った。
 炎の出口の小ささに、分散し易い炎。両方の課題をカイはクリアしたのだ。カイは、絶対に分からないように、エース後姿に小さく頭を下げる。
 リンスは遠くでそれを見ながらくすくすと笑った。何所か寂しいが、この仕事をやっている以上、いずれこの時は来るのだ。
「ご利用、ありがとうございました」
 リンスは、確りカイに頭を下げる。顔を上げた後、照れくさそうにするカイに笑い返すのも忘れずに。
「あの、さ。えっと、あたしのサーナイトでそんなん出来んの?」
 ナナミはようやく事態を理解し始めて、リンスの横に並ぶ。そこからは、アリスの肩越しに、カイと距離を取って二人が向かい合っているのが見える。
 アリスが繰り出しているのは、自分のサーナイト。殆どペットのような存在で、みっちり鍛えている訳ではない。
「ええ。アリスさんなら」
 リンスは当然の様に答え、アリスの様子を見る。ナナミも疑問に思いながら視線を追い、
「……!!」
 ぞわっ、と。アリスを見た瞬間、そんな疑問は吹き飛んだ。あの場に立っているのは、本当にさっき自分と“交換”した人間だろうか。
 空気が違う。あれは、“本物”だ。
 決まる。ナナミはそう確信した。
 つまり、行くのだ、彼は。アリスの前で、空気に当てられ緊張している、彼は。別れが来ているというのに、あっさりとしている、彼は。
 この数日一緒にいた彼はこの地を離れ、自分はこの地に残る。それが、トレーナーと一般人の差なのだろう。事件を解決した、彼は、ここから離れ旅をする。
 それが、何か、ナナミの心にざわめきを起した。
 この気持ちは何だろう。恋心ではないと思う。
「あ、あの、クロスケ、」
「………あの、な、今なんか綱渡りしているような感覚なんだ。不安定っつうか……」
「いいから聞けっての」
 大掛かりなテレポートを受けているカイは、その影響か少しだけ声が裏返っていた。心の中では、アリスの問いかけに全て“許可”を返す。
「あたしこの人と、その、交換”したから、何時でも、って違う、サーナイトはあたしの。じゃない、とにかく、そうじゃなくて、」
 カイは、浮かぶ様な、沈んでいく様な感覚にさいなまれながらも、ナナミの言葉を待った。そうだった。よくよく気付けば、自分とナナミはこの先会う事は無いかもしれないのだ。
 もしかしたら、グダグダと分かれるよりも、こう、あっさりと分かれた方がいい。それが、エースの狙いだったのかもしれない。
「いくわよ……」
 アリスが、自分と“交換”したトレーナー、ラナニア=マーシャルの位置をとうとう掴んだ。
 カイはナナミの言葉を待ち、ナナミ言葉を捜している。
「ったく、と、とにかく―――」
「っ!?」
 カイは、目玉が飛び出て、体中の骨が抜き取られ、残った肉がミキサーにかけられた。出てきた液状のカイは、ビニール袋に詰められ、巨大な力で投擲される。
 もう、それが一番正しい表現のような苦痛を、カイは味わっていた。
 ただ、その訳の分からない感覚になる前、ナナミは何かを口にしたのだけは、カイは、覚えていた。
 生憎、完璧に聞こえた訳ではない。
 もしかしたら、これはカイの願望だったかもしれない。
 でも、確かに。
 カイにはこう聞こえたのだ。

 “ありがとう”、と。

――――――

 ビニール袋から取り出され、ミキサーにかけられたカイは、不思議な事に復元していくのだ。まるで、巻き戻し再生の様に。そして、骨をはめられ、目玉が元の位置に戻ったところで、自分が地面に這いつくばっている事に気づいた。
「う、おっ……きっ、気持ち……悪……」
 気絶しなかったのは奇跡か。そのままの体制で嗚咽を漏らすカイ。胃の中のものが出て行かなかったのも、間違いなく奇跡だ。
 そして、
「おっ、遅いよっ!!」
「がっ!?」
 何が、と聞く暇もなく、後頭部に振り下ろされた踵でカイが絶命しなかったのも奇跡であろう。
 見ずとも分かる。今の襲撃者が、誰なのか。
「ラ……ラナ……お……お前……!!」
 どう怒鳴りつけてやろうか、そうカイが立ち上がった瞬間。
「い、急いでっ!! 今、大変な……」
「へ……?」
 目の前の襲撃者の血相は、事態が“並”では無い事を伝えてきた。
 気付けば磯の薫り。ここは浜辺のようだ。襲撃者の指は、海の向こうを指している。
 ああ、どうやら自分はまた、何かに巻き込まれたらしい。
 カイは、溜め息混じりにボールに手を当てた。

                          fin
------
 後書き
 読んでいただいて、本当に、本当にありがとうござします。
 ここまでたどり着いてくださっただけで、感謝の言葉もございません。
 前書きにも書きましたが、あれよあれよという間にこの文章量。しかも番外編という立ち位置な為、区切る事も出来ず……。
 多大な負担をかけた事を、お詫びします。
 さて、新年が明け、年末よりは時間が取れそうなのですが、次回の更新は未定です。ただ、出来るだけ早く更新しようと思いますので、末永く見守っていただければ幸いです。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.42 Return
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/01/25 05:38

「カ……」
 レイが声を絞り出すようにしながら、“そいつ”を見上げる。
「あ……あ……」
 コトリちゃんも、体中が脱力しているにも係わらず、必死に見上げている。
「ははは……」
 そして、俺も見上げている。
 見上げたその先、リザードンの上ではラナちゃんが暴れているのが見えた。それに何とか耐えつつも、“そいつ”はゆっくりと下降。
 ガチリ。と、俺の中で歯車が噛み合った音が響く。
 これで、全員集合だ。
 ようやく、纏わり続けた変な空気が消える。
 “そいつ”が来れば―――

「よう……ひ……久しぶり……」
 そいつが来れば……?
「う……お……」
 そいつは、登場したばかりなのに。着地するなり俺たちを見ようともせずに膝を突いて口を押さえた。

「こ……怖かった……。本当に、こ、ここ、怖かった……」
 ラナちゃんもカイの隣で体育座り。半分涙目でカタカタ震えている。
 ただ、高所恐怖症の彼女はともかく何故、カイはこんなに“酔って”いるんだ……?

「カイ? お前、どうして……」
 カイの登場に、レイとコトリちゃんは放心気味。
 ならば俺が聞くのが道理だろうと疑問を口に出したが、カイは、その言葉の意味を処理するのにすら時間がかかるのか、一間置いて、ぼそぼそと喋り始めた。
「ア……アリスさんって人に、“テレポート”で送ってもらったんだよ。……あ、駄目だ。思い出したら、また……」
「た……高……かった……海面が……ずっと……下に……」
 催すように震えるカイと、それ以上に震えるラナちゃん。この二人に妙に緊迫感が無かったのは、どうやら一杯一杯だったからのようだ。
 確かに、テレポートは酔う。距離が長ければそれだけ強いのかもしれない。

「ん? アリスさんって、テレポート出来るモンスター持ってたのか?」
「その話は……後、だ。そうだろ?」
 俺は、ふっと笑って空を見上げた。その先には、波動の塊を放つ巨大不沈艦。
 だけど、俺の笑みは消えなかった。

「……すー……ふぅー……っし」
 カイは深く深く息を出し入れし、力いっぱい立ち上がる。
 そして、俺と並んで上空を睨んだ。

 ああ、マジで強くなりやがった。
 そんな事が、隣にいるだけで伝わってくる。さっきルギアの攻撃を逸らさせた“閃光”もさることながら、それ以上に、カイの存在感。それが、今まで以上に強くなっている。
 もしかしたら、レイもコトリちゃんも、カイのこの“空気”に押されて口を開けないのかもしれない。

 味方にいるだけで、負ける気がしなくなる。
 それが、一番正しい表現かもしれない。
 勝つための条件を引き寄せる力を持つ者、“主人公”……か。
 やっぱり、俺の笑みは止まらなかった。

「っし、来るぞ!! エアロブラスト!!」
 ルギアが息を吸い込んだところで、俺は叫んだ。
 さあ、切り替えるか。
 カイが来ても、あのルギアの正体を明かす事は必要だ。
 そして、まずは、“あれ”を耐えないと。

 あの、“自由”の波動の固まりを……!

「ス……スズキさん、ドラピオンは……?」
「……!?」
 ルギアを見上げていた俺に、コトリちゃんの声が届いたところで―――

「ブオオォオォオオオ―――ッ!!」
 ルギアが、攻撃を放った。
 大気を震わせ落下してくる、波動の塊。
 カイがピクリと動く―――
「ドラピオン!!」
 ―――その前に、俺は迷わずドラピオンを繰り出した。

「きゃっ!?」
「……!」
 疑問を解くヒントは集まったかもしれない。
 落雷のように上空から降り注ぐ攻撃に、レイは思わずしゃがんだが、その攻撃は、ドラピオンが完全にシャットアウトしていた。
 それどころかドラピオンは、“あの”エアロブラストをまともに受け、しかも、受けきっている。戦闘不能には、当然の様になっていない。
「何……で?」
 全員の視線がコトリちゃんに向く。だが、彼女はポカンと、全員の視線を不思議そうに受け取る。

「よし、まずは散ろう」
 後“確認”が必要なのは、一つだけ。俺はそう判断して、カイのリザードンを見た。三人くらいなら、乗れそうだ。
「ドラピオンも1体で全員守り続けるのは流石にきつい。とりあえず、ラナちゃんはここに残ってくれ。後は、カイ。二人を」
 来たばかりのカイより、俺が司令塔になった方がいいだろう。
 ……随分俺もアクティブになったもんだ。

「ああ!」
 カイは二つ返事をし、リザードンに飛び乗った。レイはコトリちゃんの手を引いて、カイの背にしがみつく。
「? よし、行くぞ……!!」
 カイがコトリちゃんも乗ったことに疑問を覚えながらも、リザードンで飛び立った。
 三人を乗せたリザードンは、それを感じさせない程、力強い。

「っ、ドラピオン!!」
 行った、か。
 俺は上空からの攻撃をドラピオンで受けながら飛び立ったリザードンを見上げた。もう、ルギアに脅威は感じない。やっぱりこれは、あのレジギガスの時と同じ、まがい物の伝説の空気だ。
 今、状況が掴めていないカイにレイたちが事情を説明しているだろう。プレッシャーを有するルギアに、決して近付かない様にもしてくれる筈だ。
 まあ、俺も事態を完璧に理解している訳じゃない。
 だから、確認を取るために、ラナちゃんに残ってもらったんだ。

「っ、ドラピオン!!」
 またも、ドラピオンがエアロブラストを受けきる。
 ダメージは、殆ど受けていない。これは、“効果無効”の表れだ。繰り出す場所が少しでも逸れれば危険だが、俺とラナちゃんだけなら十分に守り続けられるだろう。
「ね、ねえ、あれって……?」
 ようやく“空を飛ぶ”から解決したラナちゃんが、ルギアを見上げながら呟く。
 俺は、ふっと笑う。一番欲しかった反応だ。

「ラナちゃん。“あれ”、何に見える?」
 ラナちゃんは顔をしかめた。間違いない。ラナちゃんは、“ルギア”の伝説を知らない。
 これなら……
「何か……大きな……鳥……みたいな……何かに見える」
「もしかして、“あれ”、“波動の塊”に見えたりしない?」
「ああっ……! そうだっ、あれ、“念”……? かな、とにかく波動の塊だ……!」
 ビンゴ。“そんな風にも”、使えるのか……!
 俺はラナちゃんの答を聞いて、にっと笑う。
 ようやく、あのルギアの正体が掴めた。

 あれは唯の“幻覚”だけじゃなく、同時に“念”、それも、対象に見た目を完全に誤認させる高レベルの“錯誤”の波動の塊だ。
 だから、ルギアの姿を知らず“追憶”出来ないラナちゃんにも、形だけは分かる。

 ある種、“影分身”や“身代わり”の応用的な技だ。巨大な“幻覚”に、強力で膨大な量の“波動”。
 相手に、ルギアがプレッシャーを放っている様に“錯誤”させる程に、彼女は力を惜しまず全力で作り上げたのだろう。
 ペルセちゃんの自信作、と言ったところか。
 大人しそうだった“幻覚”のセレビィといい、彼女なりの拘りがあるのかもしれない。

 そう考えると、打ち出される攻撃がドラピオンに無効化されるのも分かる。あのルギアは“念”の塊。“自由”の波動は構成要素に入っていない。打ち出すのは、自分を構成する“錯誤”の波動にどうしてもなってしまう。
 俺も技を受けた後、光の壁越しとは言えメガニウムが元気過ぎるのは気になっていた。
 コトリちゃんはエアロブラストを間近で見て、自分と同じ“自由”の波動ではないと判断。ルギアはエスパー、飛行タイプだから、消去法で、“念”の攻撃だと思い込んでいたんだろう。
 実際それは、ドンピシャだった。

 そして、あのルギアがあそこから動かないのも理由がある。
 要は、消耗を抑えているのだ。
 という事は……

「このまま耐え続けたら、ルギアは消える……か」
 波動の塊を放つルギア。それは、自分の体を削って放っているようなものだ。
 だが、まだルギアの波動には余裕があるように見える。だったら、倒すしかないだろう。
 しかし相手は、モンスターではなく“波動”。
 “身代わり”をかき消すには、やっぱりダメージか……?
 こんなケースは初めてだ。
「ラナちゃん」
 こうなったら一番“錯誤”に詳しい人間に聞いた方がいい。
「どうやって倒せばいいのか分かる?」
「うぅ……えっと、待って、えっと……あれだけ大きければ……」
 彼女は、頭を抑えうんうん唸り続けた。やっぱり感覚で戦うタイプか、と俺は納得しつつも、再びドラピオンでルギアの攻撃を防御。
 このままラナちゃんの答を待ち続ける事は出来なくもないが、ドラピオンが少しダメージを受けている。この世界では、“効果無効”は完全にという訳ではない。相手の出力が勝っていたり、何度受け続けたりすれば当然ダメージは受ける。
 いずれは、限界が……
「……あ、そうだ。確か、“統制部”を―――」

~~~~

「一体何であんな事になってんだよ……!?」
「……」
「あれ、でか過ぎないか? “伝説”っていうのは、皆あんな……」
「……」
「……おい、レイ、コトリ!? 頼むから説明してくれよ!!」
 カイはルギアから目を離さず、エアロブラストを避け続ける。離れて飛んでいるからか、専らルギアの攻撃はスズキとラナに放たれているけど、こっちにも牽制するように放ってくる。
 リザードンの“空を飛ぶ”でギリギリの回避。でも、三人も乗せているんだ。リミットオーバーは近いだろう。
 だったら、急がないといけない。
 久しぶりに見た、カイの横顔。前より日に焼けただろうか……いや、そうじゃなくて……目付きも鋭く……だから、違う。今は、とにかく切り替えないと。そう、だから、やっと会えたんだから……
「あの、さ」
「ん……?」
「ひ、久しぶり……だね」
「……へ? お前何言ってんだ?」
 カイの背中に確り掴まる私の声は、少し裏返っていた。何を言ってるんだ私は。
「だ、だから、その、久しぶり、って。あんたの方からは何か……こう、何か無いの? ……きゃ!?」
「っ!?」
 自棄になった天罰か、エアロブラストが私たちの直ぐ横を、風切り音を残して飛んでいった。
「っ!? 訳分かんない事言ってないで集中しろって!! 二人とも、大丈夫か!?」
 疲労で顔色も悪いコトリは方向転換だけで体制を崩しそうだ。実際、顔も上げずに私にしがみついている。ルギアを見ると、今度はスズキたちの方に放っていた。
「おいおい、マジで遊んでる場合じゃないぞ。スズキたちも何時か限界が来る。話なら後でゆっくりするから、今は……!!」
「……ああもう、分かったわよ!! 切り替え切り替え。とりあえず、ルギアを倒すの。以上!!」
「み、耳元で……!?」
 耳を押さえるカイは、顔をしかめる。でもやっぱり、視線はルギアから離れない。
 本当に、集中している。戦闘に。久しぶりに会ったのに、戦闘以外には目もくれようともせず、集中。何となくもやもやするけど、カイの言う事も尤もだ。
 終わったら、色々聞かせてもらえばいい……!

「とにかくルギアには近付かないで。特性で“飛べなく”なったりしちゃうから」
 カイは頷きながら、ルギアから更に距離を取る。
 その、“空を飛ぶ”動きも前とは違って見えた。本当に、経験を積んできたみたいだ。

「まあ、倒す……か。でも、コトリ、一応……その、“いいのか”?」
「……?」
 カイはコトリの“何か”を知っているという事を、私は知っている。だから別に、少しは寂しさを覚えるとは言え、それについて違和感を覚えた訳じゃない。
 私が感じた異変。
 カイの口からあっさり、“それ”が当たり前のように出てきた事。
 別に自分を奮い立たせる訳でもなく、士気を上げる為でもなく、カイは確かに、言ったのだ。
 あの、空で猛威を振るっているルギアを、それが出来る事が当たり前の様に、『倒す』と。
「え……あ、はい……!」
 コトリも感じたのか、どこかカイに呑まれている様に返事をする。ただ、最後は力強く。それは、“証”を手に入れたいという願いを込めてかもしれない。

「分かった。で、実は、その……ん……? 何だ……!?」
 カイは途端、くしゃみを我慢しているかのように顔をしかめた。
「……? どうしたのよ? また酔いがぶり返して……」
「いや、分からねぇけど何か……変な……何か……“来る”って言うか……」
 カイが、ルギアから意識を離さない様にしながらも、しきりに周囲を気にする。

「変な、変な感じが……なっ!?」
「え!? それ、何所から出したの!?」
 何時の間にか、カイがカードサイズの板を持っていた。正に、手品の様に。
 その事態に私は絶句。しかし、よくよく見ると、その“プレート”には見覚えがあった。
 それはペルセが用意したっていう、すり替えるための“ニセモノ”。確か、スズキが持っていた筈の……?……
「って、何だよこれ!?」
「待って、何か書いてある!!」
 カードの裏には、ペルセの挨拶があるのだろう。でも、そっちじゃない。今、カイが私に見せている表に、何かが書いてある―――

「『ルギアは“念”の幻覚。“核”を撃て。Byスズキ&ラナ』」
 カイは、そこに書いてある事をそのまま読んだ後……

「分、か、る、かぁ――!!! 何だこの意味不明な手紙!!?」
 米粒みたいに見えるスズキとラナに、怒鳴り付けた。絶対に聞こえていない。
 でも、私にはその意味が分かった。きっと、カイと“交換の意思表示”したラナが“テレポート”で送ったこの手紙。この、手紙の意味は。
「カイ、あのルギア、“核”を打ち抜けば消える」
「は!?」
 確か、そうだ。

 “影分身”という技がある。あれは、どんな種類の波動でも出来るけど、とりあえずは“波動”の塊ではある。だけど、影分身はぼやけて見える上に、触っただけでも四散するし、注視すれば、直ぐに分かる。
 その精度を上げるには、波動の密度を増やせばいい。そうする事で、“身代わり”という技になったりもする。そして、更に最も適した“錯誤”の波動を使えば、よりリアルに、もっと言えば、ダブル・ドライブ技になるほど、本物と見分けの付かない“分身”が誕生する。
 そして、その波動の量。
 もしそれを更に増やせば、分身に“溜めさせる”事が出来る。
 もちろん結構“量”が必要だし、そんな事をするのも効率が悪いだろうけど、分身が戦う事も可能になる。

「それ……本に書いてあったのか……?」
「え? ええ。でも、言われるまで気づかなかったわ。あんなにリアルなんて……!」
「お前よくそんな事勉強してるな……」
 私は、わざとらしく得意げに笑った。カイのこういうところが変わってないのは、何となく嬉しい。

「やっぱりその手紙、私宛みたいね。スズキが立案ってとこかしら?」
 ようやく私は、実感しだした。歯車が噛み合うような感覚。やっと、戻ってきた。
「で、俺はどうすりゃいい!?」
「問題は“核”よ。波動を溜めている場所。保管庫を、一気に吹き飛ばせば……!」
「だからそれが……」
「“額”……です」
 ぎゅっと私の腕を掴んでいたコトリから、小さな声が届いた。急速に徹したからか、少しだけ顔色は良くなっている。

「“額”……って、その“保管庫”がか? 何で……」
「額、なんです。“死亡率の高いルート”が目指す先は……!」
「……?」
 コトリに似合わない言葉。それを、コトリは辛そうに、絞り出すようにカイに伝える。
 コトリの把握している何か。それは、コトリにとって辛いものなのかもしれない。そういう顔を、コトリはしている。
 でも、コトリはそれを私たちに伝えた。そうする事が“証”になるのだと、判断したのだろう。

「カイ。額を狙うわよ」
「ああ。……ただ、その……って、ああくそ、来やがった……!」
 何が、と聞くまでも無かった。リザードンが、降下を始めたのだ。“空を飛ぶ”のリミットオーバーだ。

「とにかく、一旦は降りるぞ。流石に三人じゃいい加減……」
「私が……時間を稼ぎます」
「……!?」
 島に引き返そうとするカイの言葉を遮って、コトリが声を出す。視線は、ルギアに真っ直ぐ向いている。
「ちょっと、コトリ?」
「カイさんは……何とか出来るんですよね……だったら……その為の時間を……」
 コトリの言っている事は分かる。今から島に下りるのなら、ルギアの気を引いてもらった方が色々と都合がいい。
 でも、それは……

「気を……引き付ける……役は、きっと……必要だと……」
 コトリの言葉は、所々呂律が回っていない。でも、視線だけはルギアを捉えている。いや、もしかしたら、ルギアすらも捉えていないのかもしれない。
 コトリが見ているのは、“証”だけだ。
 だから、体がついて来なくても、無我夢中に目指している。

「コトリ、出来るのか……?」
「ちょっと、カイ……!?」
 今まで黙って聞いていたカイが口を開いたと思えば、予想とは真逆の言葉を発した。
 コトリは、少しだけ驚いた後、ふっと笑って頷く。

「コトリが“ここ”を選んでいる以上、“止まらない”。何となく分かってきたぜ……“頼る”と“信じる”の差が……」
 ああ、駄目だ。“止まらない”。
 カイは、コトリを真っ直ぐ見据えた。

「コトリ。ほんの少しでいい、時間を稼いでくれ。合図したら離れてくれよ……!」
「はい!」
 コトリは疲れを感じさせない様な返事をした。
 そして、プテラを繰り出し、今もスズキたちに波動を放つルギアに向かう。
 その様子に脇目もふらず、カイは島のせり出した丘を目指した。

「よく止めなかったな」
 下降する中、カイは意外そうな顔で振り返ってきた。
「私も何となく分かったのよ。“止まらない”っていうのがどういう事か。それに、“信じる”っていうのもね」
 信じた相手が自分で言った事は、必ず起こる。きっと、そういう事なんだろう。楽観的と言われるかもしれない。でも、そうする事で、自分は自分の仕事に集中出来る。それが、“対等”という事なんだ。
 心配じゃないと言えば、当然嘘だし、無茶をしないようにさせるのも必要だ。
 でも、今は。

「コトリを信じて、さっさと倒すわよ?」
「ああ、急ぐぞ。ただ、レイに協力してもらわねぇと……」
「?」
 カイが、視線を逸らしながら頬をかいたのと同時に、私たちは島の丘に到着した。ここから山を下れば、スズキたちがいるが、ここは木々で遮られていない。空を羽ばたくルギアとの間に、遮蔽物は、無い。
 ただ、“巨大不沈艦”であるルギアとの距離が……

「ねえ、こんな遠くて……」
 私の攻撃は、この距離で殆ど効果を出せなかった。耐久力をも有するルギアには、遠距離攻撃は効果が薄い。それにも拘らず、カイはもう一度飛び立とうともせず、ここでルギアを見上げるだけだ。

「“それ”は問題ない」
 カイはまたもあっさりと言った。
 そして、私に振り返ってふっと笑う。

「見せてやるよ。衰える事の無い炎を……!」

~~~~

「はあ……はあ……」
 息が詰まる。
 視界が白黒する。
 “でも”。

「……!」
 私は、ルギアの攻撃を避け続けた。
 特性・プレッシャーの近くを、当れば“終わり”の攻撃をギリギリで回避しながら、私はプテラで空を飛ぶ。
 私の目は、確かに無数のルートを捉えている。そしてその全てが、“額”に向いている。

「“58ルート”……っ」
 疲弊しても尚、そのルートに攻撃を乗せる事を私の体は求めていた。相手を殺す事への欲求。それは、疲弊した私を飲み込むように強く発生する。
 それでも、私はただ、“それ”を強引に押さえつけ、飛ぶだけに留めた。
 錯乱の為に。
 余計な力は使わない。

 カイさんは、『倒す』と言った。
 私はそれを信じて、自分のやるべき事を全力でやるだけ。

 カイさんは、私を止めなかった。
 私を信じて、自分のやるべき事をやってくれるんだろう。

 少しだけ驚いたけど、それ以上に、カイさんが私を認めてくれた気がして、嬉しかった。
 やっと、“対等”に見てくれたんだろうか……?
 だったら、それに絶対に応えたい。

 それが、きっと、“証”になるんだ……!

「はっ……はっ……」
 息が更に荒くなる。
 視界は殆ど白い。
 顔が、カッと熱くなる。
 後少しでもこの、プレッシャーの影響下にいれば、地面にも無事には戻れなくなるだろう。
 いや、ルギアの攻撃が私を打ち抜くのが先だろうか。
 “でも”。
 その前に、きっと。

「―――!!―――!!」

 その声が聞こえて、私は一気に下降した。
 ああ、やっぱり……


~~~~

「見せてやるよ。衰える事の無い炎を……!」
 俺は、はっきり言い放った。
 “あの技”なら間違いなく、ここからルギアを撃破出来る。
 俺が『倒す』と言ったから、コトリは飛んだ。だったら、絶対に、俺はルギアを倒さないといけない。
 ただ……

「その為には……その……」
 言い放った手前、非常に言い辛い事が俺にはあった。

「えっと、だな。とりあえず、レイ。お前ここからルギアの額狙えるか?」
「……は?」
 俺は、目を細めてルギアを見上げた。時折空の彼方に高速で飛んでいく波動と、ルギアの額の近くに飛ぶコトリとプテラ(何時の間に復元したんだ?)がいる。
 遠くてよく分からないが、錯乱には成功している様だ。
 それでも、急がないといけない。

「実はな、さっきルギアを狙って撃ったんだが……その……」
「待った」
 そんな緊迫感のある空中戦を繰り広げている目下、俺が事情を切り出そうとすると、レイが俺に手の平を向けてきた。
「“狙った”……?」
 ああ、ばれたか。
 レイの訝しがる視線を受けながら俺は頬をかいた。

「……まさか……」
「実はな、覚えたてで……」
「あれ、外してたの!?」
 レイはあまりの事態に声を張り上げた。
 ああ、やっぱりお前らにはあれ、ルギアに対する牽制に見えてたか。

「な、何よ……あんな……その、か、か……かか、かっこよく……その、登場したのに!?」
「し、仕方ないだろ!? テレポートで酔ってた上に、ラナが近くで暴れてたんだぞ!?」
 それに、“あの技”の軌道は今までとまるで違う様に感じる。よくよく考えれば、ルギアの牽制になっただけでも上出来なんだ。
 顔を真っ赤にして起こられる程じゃないと俺は思っていたのだが、レイにとってはそうでは無いらしい。
 ただ、次の瞬間、レイは何故かふっと笑った。

「で、軌道は?」
「え……?」
「え、じゃ無いわよ。軌道よ軌道。私が狙うから」
「お……おう」
 俺は、レイと共にルギアを見上げた。

「イメージとしては、ホントに真っ直ぐに飛ぶ。本当に、真っ直ぐだ」
「範囲は?」
「普通の攻撃と同じだ。火炎放射を想像してくれ」
「で、狙いは額……」
 レイは、それだけ呟くと、目を閉じた。
 測っている。
 隣にいるだけで、それが分かった。
 ルギアの体に当てる事は出来るだろうが、俺にはこの遠距離をピンポイントで狙う事は出来ない。
 スズキも、何時もの事だが何時の間にか手持ちが増えていた。
 ラナも、テレポートで“道具”を送るなんて事が出来た。
 そして、コトリ。
 空でルギアを錯乱するのは、あいつにしか出来ない。多分、ここ最近で一番伸びているのはコトリだ。

 スズキ。何が『バカンスを楽しんでる』だよ。
 全員確り強くなってんじゃねぇか……!

「カイ、いける!?」
「ああ、エレキブル!!」
「……!?」
 驚くレイに、説明は後、と目で送ってルギアを見上げる。

「いい、カイ?」
 レイが俺の肩を後ろから掴んだ。
「右……もう少し上……うん」
 首筋に息がかかる程近いが、かなり分かり易い。俺の視線で、レイが進路を修正してくれる。
「あのさ、ちょっとは役に立ててる?」
 レイの呟きが、小さく聞こえた。でも、俺はそれには答えない。
 その結果は、今から見せてやる……!

 全員、強くなっている事を見せてくれた。
 じゃあ、次は、俺の番だ……!!

「リザードン、エレキブル……!!」
 レイの修正のお陰か、俺の目には確りターゲットが映る。
 狙いは、“額”だ……!

 リザードンがエレキブルに被さる様に構える。
 準備は整った。

「コトリ!! どいてくれ―――っ!!」
 ルギアの傍から、プテラが離れた。
 それと同時に、ルギアの意識が、俺たちに向いた。
 “幻覚”とは言え、危険察知能力は持ち合わせているらしい。
 だが、もう、遅い。

 見せてやるよ。
 俺が皆から離れて、何をしていたのかを。
 “異常”を持っていた俺が得た、結果を。
 俺が、どこまで“上がった”のかを。
 さあ、いくぞ……!!

「“上昇”と“伝達”のDouble drive:Fire volt!!」
「ギィアアァァアアアァア―――!!!」

 その閃光は、同時に放たれたルギアの波動をも巻き込んで……

 ボウンッ

 ぴったりイメージ通り。
 ルギアの額を打ち抜いた。

「綺麗……」
 レイの呟きが直ぐ後ろから聞こえる。
 俺の視線の先には、額を貫かれ弾けたルギアが齎したもの。
 それは夕日の空に上がった、それよりも濃い紅の花火。

 その正体は“霧”だったのか、キラキラと輝いて、空の紅に吸い込まれていった。

――――――

 ああ、嫌な予感がする。何故か。視界が暗い。
 そして、記憶が何となく飛んでいる気がする。何故か。それはそのままで、寝る前の記憶が無い。
 辛うじて覚えている事。それは、戦闘をしていた事だけだった。
 なのに、何で俺の視界が暗いんだ?

 またか、またやったのか……俺は。
 戦闘直後に、気を失う。
 いやいや、マジかよ。ちっとも治ってないじゃないかよ……!?
 調子に乗って、2体の高出力で技を繰り出したからか……。

 何となく、目を開けるのが怖い。
 そう考えると、テレポートの酔いがぶり返してきた。

 ああ、気分悪りぃ……

「っ、人の膝借りといてそういう事言う……?」
「……え?」
 目を開けると、レイの顔が逆さまに見えた。拳をわなわな震わせているのを見て、俺はそれ以上に小刻みに首を振った。

「その、えっと、膝! くすぐったいから動かないでよ」
「って、お前何してんだよ……?」
「あんたがいきなり後ろに倒れてきたからでしょ?」
 ああ、そういう事…………なのか?
「てか、膝枕って……」
「べ、別にいいでしょ。私にだって、功労者を労う気持ちくらい持ってるわよ?」
 俺はその言葉で、ようやく思い出した。そうだ。ルギアを……

「時間は?」
「はあ……大して経ってないわよ。ま、もう無くなっちゃったけどね……」
 レイの視線を追い、そのままの体制で空を探る。
 もう紅より紅い霧は無くなっていた。ただ、夕焼けだけが空を染めている。
 ああ、紅い……。

 体が鉛の様に重かった。脱力して空を見上げるのは何度目だろう……?
 ただ、今までとは違う。

「ま、とりあえず、おかえり。それと、お疲れ様、ってね」
「あ……ああ……」
 ようやく、戻ってきた……か。
 レイに言われて、ようやく実感が湧いてきた。
 俺はまた、ここに戻って来れたんだ。
 “達成感”。
 それが、今までの空の見上げ方と違う事かもしれない。

「さ、色々聞かせてもらおうじゃない。何があったのか」
「俺もそっちの話聞きてぇよ……。でも、今は……何か……眠くて……」
 ゆっくりと閉じていく。閉ざされていく視界の先……
「ま、今くらいは休みなさい」
 レイが、笑った気が……

「ん――っ!! ん――っ!!」
「しっ、今いいとこだから……」
 直ぐに、目が開いた。
 そうだったな。
 俺が戻ってきた事を実感するのはまだ先だった。
 俺は腹筋に力を入れて、ぐっと飛び起きる。

「ス……スズキ……! あ……あんた……!!」
「いや、悪い。色んな意味で、本当に、色々悪い」
 スズキがラナの口を押さえ、眠っているコトリを背負いながらひたすら謝っていた。
 てか、よくよく考えれば、膝枕って相当……

 俺は、思いっきり溜め息を吐いた。
 疲労から気恥ずかしさまで、まとめて一気に吐き出すように。
 そして、次に大きく息を吸い、変わらず騒がしいこのメンバーに向き合う。
 そうだった。
 寝る前に言う事あったんだったぜ。

「あのな、今から俺は多分寝ることになるけど、言わないと……な」
 喧騒が止み、全員が俺を見た。
 コトリも、うっすらと目を開け始めたのが見える。
 ああ、丁度いい。

「とりあえず、ただいま」
 さあ、後で文句でも何でも言え。
 もう俺は限界だ。瞼が重々しく下りる。

 俺は結局、戦闘後に意識を手放した。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 合流の後編、如何だったでしょうか……すみません、実際前半を覚えている人がいないのでは無いかという程、間隔が開いてしまいました。
 番外編を覗けば、一ヶ月以上という間が開き、読んで下さっている皆様に負担がかかった事を、お詫びします。
 その上、次回の更新も未定という事態です。
 時間を見つけては何とか更新しようと思いますが、長い目で見ていただけるとありがたいです……。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] BSB AS/INTERVAL
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/02/06 18:57
 前書き(番外編には、常につけようと思います)
 
 1・一人称に三人称作品です。
 2・更新が滞っているにも拘らず、番外編です(すみません)。
 3・次の話への、クッション的な内容です。
 4・そしてこれが最も重要ですが、前回の番外編のような膨大な量は避けられました。
 5・若干修正しました。
――――――

 BLUE SKY BLUE ANOTHER SKY・INTERVAL

 潮風が、凪ぐ。
 日はどっぷりと沈み、漆黒に染まった水面は、ただ月と星の光だけを小さく揺らして映す。それは、月さえも飲み込むように深く深く染まり、だが、その筈なのに、反射された若干“紅み”を帯びている光が幻想的に誘惑する。
 落ちたら戻っては来られないだろう。“だが、それも悪くはない”。そう“錯誤”させられてしまう空間が完成していた。
 それは夕方に、この海の上に現れた巨大な波動が弾けた影響。膨大な量の波動の一部が微弱ながらに、このユースタス・ポートにも届いていた。
 そして、当事者たちの意思とは関係なく、今この場所は、酷く心を痛めた者を引きずり込む魔の空間に成り果てている。もし、自殺願望のある者がここを通れば幻想的な光の誘惑に耐え切れず、その身を投じる事になろう。
 ただ。
 それは完全に仮定の話だった。
 何故そう言い切れるのかと言えば、実際のところ自殺志願者は見事なまでにその場におらず、精々通りかかったカップルが、『わー、きれいだ』と話の種にしばし足を止める程度だからだ。
 その上、当事者たちは、そんな海の存在すら知らず、建物の隙間から何とか見えなくもないではないギルドの三階の一室にいる程、その海の存在は今回の話と全く関係なかったりする。

「ボクのターン、ドロー!! 6のペア!!」
「言ったもん勝ちじゃねぇんだよ、順番はじゃんけんで決めんだ。それとドローって……ルール分かってんのか?」
「…………何ごっこ?」
 サトウ=スズキはドアを開けた途端見えた光景に、一瞬固まってしまった。
 ギルドの部屋の中にいたのは、ついさっき合流して今は眠っていたはずのカラスマ=カイ。そして、カイとテーブルを挟んでラナことラナニア=マーシャルがいる。
 お互いの手には数枚のトランプが握られているのに、何故かテーブルゲームをしている気がしない。
 何故か。
 それは、二人が“熱くも”椅子についていないからだ。
「ん? ああ、今は5枚で大富豪……って、スズキか。何所行って……ああ、またか」
 カイは妙にサッパリしているスズキを見て、口を紡ぐ。“どうせ”、自主練とやらの後の風呂上りなのだろう。
「もう目、覚まして大丈夫なのか?」
「ああ。別に今回は体の負荷じゃないし」
 手を敢えて激しく開閉するカイを見ながら、スズキは適当に椅子を引いて腰をかけた。この部屋は、カイとスズキの部屋だったりするが、中々に広い。部屋の中央に置いてあるテーブルを挟んで二人が立ち上がっていられる位には。
「けど、目を覚ました途端……」
「あがったよ」
「あのさ、俺パスって言ったか?」
 カイの視線が、手札を出し終わって満足げなラナに向く。
「じゃ、次何しよっか。スズキ君も来たし」
 もうあらかたやりつくした感はあるが、ラナは次のゲームを考え始めた。能天気そうな顔付きからは、今にも鼻歌が流れ出しそうだ。
 遊びをせがむ子供のように。
 そうなのだ。カイが目を覚まし、何となくギルド内をふらついているところをラナに見つかったのが運のつき。
 何故か今の今までトランプで遊ぶ羽目になっていた。戦歴が五分五分だというのも、勝負が長くなっている要因の一つだろう。
「なあ、スズキ。俺腹減ったんだけど……レイはまだなのか?」
 カイのげんなりした表情を向けた先の時計は、九時を指していた。カイが目を覚ましたのは七時頃であることを考えると、相当な時間トランプゲームメドレーをやっていることになる。
「ああ、レイたちなら今、厨房借りて何か作ってるよ。節約はしつつ、お前が戻ってきた記念とか何とか言って」
「やっとか……」
 カイは、胃を押さえながらトランプを机に置いた。ラナと遊んでいる中、様子を見に来たレイに空腹を訴えてから早一時間。勝手に食べに行かずラナと遊んでいるようにと言われたカイは、今まで黙々とトランプを切り続けたのだから、流石に止めても文句は無いだろう。
「俺だって食べてないんだぜ? ま、期待して待ってよう」
「いようっし」
 カイが、脱力して机に突っ伏そうとした時、同じく夕食を食べていないはずなのに何時も以上に元気なラナが立ち上がった。
 表情は、目を瞑り、何かのイメージを頭の中で練り上げているかのよう。そして、その表情のまま両拳を胸の前で作り、
「うん」
「待て。何を頷いた?」
 机から顔だけ上げたカイの言葉も聞かず、ラナはあっさりと部屋を出て行く。それも、何所か上機嫌で。机の上にはラナ自身が持ってきたはずの遊び道具が散乱していた。
「…………あいつが何を考えてるのか分かんねぇ」
「いや、分かり易いと思うけどな」
 スズキは、トランプを机の上でまとめていく。
「ま、ラナちゃんだけじゃなくて、皆だけど。……ポーカーでいいか?」
 お前もやるのか、という意味合いの溜め息を吐きながらカイは起き上がった。たが、久しぶりなのだし悪くはない。
「ああ。って、どういう意味だよ?」
「そのまんま」
「?」
 カイは怪訝な顔をして、カードを受け取った。
「何か最近、色々なことをやりたいと思ってるみたいだ。これも成長なのかね」
「成長……ねぇ」
 カイはこの旅の目標の一つを思い出す。
 ラナの心を強くすること。
 『心を強くする』なんていうのはどういうことなのか、カイにははっきり言うことは出来ない。しかし、寝起き直後に空腹と戦いながら遊び続ける羽目になったカイにしてみれば、ラナは以前のままのような気もする。
 ただ。
 出会ったばかりのことを思い出すと、確かにラナは変化している。
 ただひたすらに、両親の敵の“あのチーム”を向いていた彼女の“我”は、段々と磨耗しているような気もしないでもない。確かに、無くなってはいない。だが、フェイルと戦った時のような、無鉄砲でどこまでも尖った“我”。一方のだけを向いていた、鋭く、しかしその所為で今にも折れてしまいそうだったその形は、今は少しだけ丸みを帯びている。
 実際に旅をして、世界を知って、人付き合いというものを覚え始めて。彼女にとっての“世界”が一気に広がっている。そんな中で、自分の“我”を形さえ変えずに保ち続けるのは、難しいことなのだろう。
 ただカイは、それは成長だと言っていい気がしていた。
「ま、確かに今ははしゃぎ過ぎてるみたいだけど、さ。遊び相手が戻ってきて嬉しいんだろ。相手してやってくれよ」
「遊び相手、ねぇ」
「皆色々大変だったんだぜ? ほら、家族サービスってやつだ」
「……お前、やっぱり嘘吐いてたな。バカンスは何所行ったよ?」
 スズキは涼しい顔で流す。
 カイは配られたカードを見た。1つペアが出来ている。
「それだけ頼りにされてるってことだろ」
「はいはい」
 照れ臭くなって、カイは投げるように3枚を捨てた。
「コトリちゃんだって、さっきまで疲れきって寝てたのに……何時の間にか厨房にいたよ。お前がいない間、ずっと部屋に閉じ篭ってたのが嘘みたいだ」
「コトリが?」
「ああ」
「…………」
 意外そうな声を出した後、カイは考え込んだ。
 自分の知っている、コトリ=ヘヴンリーという少女。彼女は素直で、どこまでも真っ直ぐで、それ故に心を痛めることも多い。
 “だけど進める”。そういう心の持ち主だ。
 そんなコトリの最大の異変は、カイが知っているうちではノーブコスティの博物館でのことだ。
 その時初めて、“我”を確りと口に出したコトリ。その所為でカイとぶつかったりもしたが、それ以上の問題がその後に待っていたようだ。
 マイムから救い出した時、コトリは震える声で“逆らいたい”と口にした。
 そして、今日のコトリの様子。今まで以上に、“必死さ”が違ったように感じる。
 今でもコトリの前には壁がそびえているのかもしれない。
 問題は、解決するのだろうか。
「レイも、心が強くなってた」
「……ああ、そうだな」
 幼馴染の女の子、ミナモ=レイ。彼女も元の世界より、何所か頼もしくなっている。
 この数日会わなかった中でも、カイには彼女が少し大人びて見えた。抱えた何かを今解決しなくとも、遠回りに力をつけることを“選んで”、いずれ解決する。
 そうすることで、心の余裕が出来る。
 カイもレイも、そういう考え方の持ち主だ。
 何かの出来事を乗り越えて、若しくは、ツケを払う事を承知の上に、乗り越えないことを“選ぶ”ことで、人は成長する。
 そんな話を、カイは以前聞いたことがあった。
 レイの成長は、あるいはそういうものなのかもしれない。

 この世界にいて変わっていくこと。それは、いくらでもある。
 ただ、自分たちという、この世界の“異物”が、影響を受けている最たるものだろうということを、カイは自覚していた。
 こんな成長は、絶対に元の世界では起こりえない。
 やらなければならない状況を強制されて、初めて自分たちは“旅”という行動を採ったのだ。
 何かに強制されて成長する、というのも確かに気になることではあるが、この“流れ”から生み出た成長は、プラスのことであるのだと、カイは思った。
「ま、それがこっちの状況だ。そっちはどうだった?」
 それを聞いて、カイはようやくこれが近況報告だったことに気付いた。スズキなりに見た、このチームの変化。確かに、自分よりスズキはそういうのが得意そうだ。
 ただ、一人分足りない。
「……まだお前の話を聞いてないだろ?」
 目の前の、サトウ=スズキ。彼は、この世界で何を得ているのだろう。
 何時も楽しそうに笑い、反面、何所か自虐的にも見えるスズキ。その笑い方は、元々持っていたようで、この世界に来た時からとも考えられる。
 今も、困ったような、それでいて、“楽しそうな”笑みをスズキは浮かべるのだ。
 本当に、彼は何を得ているのだろう。
 スズキはもう一度ふっと笑って、カードを1枚交換した。
「俺は、必死だったよ。……“終わらせないよう”に」
 どこか疲れたようなスズキの表情は、手元のカードだけを追っている。
「……?」
 “終わらせない”。
 その言葉は、一体何を紡いでいるのだろう。
 そして、何に紡がれていくのだろう。
「……ほら、2ペアだ」
「あ、悪い。フルハウス」
「オーバーキル!?」
 あっさり勝利したスズキは再びトランプをまとめ始めた。
 やはり、遠目に見た限りでは、スズキは本当に楽しそうに笑うのだ。
 それなのに。
 “カイの位置”からだと、手放しでそう見えない。
 彼も何かを抱えている。
 だがカイは、深入りする事を選ばなかった。
「でもお前も、“修行”なんて訳の分からないことしてきたのに、よく“変わらず”戻ってきたな」
「は……?」
 スズキは、今度はちゃんと笑っていた。
 今度は自分の近況報告をしようとしていたカイは、その言葉に素直に疑問符を投げかける。
 自分はちゃんと、“変わった”はずだ。
 異常を治し、爆発的にとは言わないが、“高み”に向かって確実な一歩を踏み出し、強くなった。それだけの経験を積んできている。
 だが、スズキは、台詞を変えるつもりは無さそうで、
「久しぶりの会話でも、こんな風に、前のままだ。変わってない」
 カードだけに視線を向けながら、もう一度呟いた。
「……相変わらずよく分からないこと言う奴だな」
 少しだけ、カイには分かった気がした。だが今は、これでいい。
「まだ言ってなかったな。おかえり」
「ああ。俺は、もう言ったよな?」
 スズキは“変わらず”『ははは』と笑う。
「ああ、これでようやく、元通りだ」
 そこで。
 カイは、スズキからバトンを渡された気がした。スズキは口ではなんと言っていても、このチームを実質的に導き、守っていたのだろう。そして今、その役割が自分に戻された。自分がこの先“止まらない”ようにして、そして一歩踏み出して、戻ってきた自分に。
 先に進むことと責任は付随する。それが、“リーダー”という存在なのかもしれない。ただ、カイはそれが重荷だとも不快だとも思わなかった。
 不安はある。ただ、それ以上の“何か”も、確かにあるのだ。

「さあカイ、本題だ。これから何所に行く?」
「……今のポーカー必要あったか?」
「特には……無い、かな」
 どこか含みのある言い方のスズキに、無駄に負けたカイは溜め息一つ吐いて窓から空を見た。随分とクセの多いメンバーのリーダーになったもんだと、笑いながら。
 ただ、この先のプランは決めてあった。
「ひだ……北西の大陸。……こっからだと西か。そっちに行こう」
「エースさんの家で聞いたのか?」
「ああ」
 カイは空を見る目を強めた。カイの脳裏には、“育て屋”に飾られてあった×マークの入った地図が浮かぶ。
「チーム・クリエイトが解散した地、ウィッシュ・ボーン」
 それが、この世界でカイが一番興味のある地名だった。エースが『昔話は趣味じゃない』と言い放った所為で、リンスに教えてもらったその地名。そこは、自分の育ての親があっさりと解散を言い渡した場所だった。“情報を集めるために”世界各地を回るつもりなら、目的地のあった方が動き易い。
 再び、海を渡る。当然旅費もかかるだろうが、南東の大陸は行ったばかりだ。行くなら西、というのも理に叶っている。
「ま、俺も賛成だよ」
 一方、エースにその地のエピソードを聞いたスズキも、確かにそこが一番興味のある場所だった。かつて、“最強”と“最強”が戦った場所。その戦禍の所為で、そこは今や“乖離の地”とさえ呼ばれる程らしい。
 色々と楽しめそうだった。
 ただ、
「それに、」
「あのさ、カイ」
 言葉を紡ごうとしたカイにスズキが静止をかける。
「ん?」
 振り返るカイに、スズキは何かを堪えるように腕を組んでいた。
「一応言っとくけど、そっちは南だからな」
「……あのさ、今そういう空気じゃないってこと分からなかったか?」
 スズキは遠慮無しに笑いながら、
「変わってないな」
 そう、嬉しそうに繰り返した。

――――――

「なあ、えっと、」
「何も言わないで、とりあえず食べて」
 カイの正面に座ったレイは、スズキのように視線を外しながら呟いた。
 ここは、ギルド内の食堂の隅。六人掛けのテーブルに、チーム・ストレンジの面々が全員着席していた。
 カイの目の前には、大皿に乗った海鮮パスタ、フライドチキン、スープ、サラダetc。港とかけているのか、好みの量を取り分けるバイキング形式だ。下手をすれば、節約がてらと言っていたにも拘らず、費用が余計にかかっていそうな程豪勢で、レイが『久しぶりに本気を出したわ』と言うだけはあって、非常に食欲をそそられる夕食―――

 ―――の手前、それとは別に、そう、明らかに別に用意されている小さな皿が三枚あった。それらは全て別の皿が上から被せられており、中が見えない。
「なあ、俺腹減ってるんだ」
 空腹の限界を超え、一旦納まり、そしてまた胃が焼けるように熱くなる。その空腹の周期のスパイラルを幾千も超え、カイの目はフライドチキンから離れない。しかしそれを阻むように、小皿三枚はカイの前に佇んでいるのだ。
「えっと、事情を説明するとね、」
 この皿を越えずには夕食にはありつけないらしい。是非そうしてくれと、正面に座っている厨房組の三人にカイは乗り出した。
「ラナが厨房に来て言ったのよ。料理を作ってみたいって」
「……ほう」
 レイは何故かそこで、少し視線を外した。どうもチリチリと、カイの首筋辺りを嫌な予感が撫でる。
「で、もうメインの料理は終わっちゃってたから、簡単な料理を作る事になって……それで、折角だから……三人で同じのを作って二人に……食べ比べ?……みたいな?」
「……あれ? 俺も当事者なのか?」
 スズキの意外そうな声を聞いて、カイはスズキのズボンを強く掴んだ。
 逃がしてなるものか。
 カイは、レイの両隣の二人に視線を送る。コトリは恥ずかしそうな、それでいて困っているような何とも複雑な表情を浮かべ、ラナは相変わらず上機嫌を保っていた。
 そしてどうも嫌な予感は、ニコニコ笑っている方から漂ってくるのだ。
「で、とりあえず、ガッ! と食べて。お腹減ってるでしょ?」
 レイもコトリと同様、複雑な表情を浮かべていた。しかしそれが困ったことに、どうしても、この空腹を抑えられる程に、カイを冷静にさせるのだ。具体的に言えばガッ! といけないくらいに。
 別に、いいのだ。空腹なカイにとって料理が増えるのは喜ぶべきことだし、誰かからの手料理というのはそれだけで嬉しい。ラナが料理に興味を持ったというのも同様だ。
 ただ、どうしても、不安がまるで静電気を帯びたビニール袋のように、カイの頭から離れていかない。
「一応聞くけど……何を作ったんだ?」
「あ、卵や……むぐっ!?」
「“卵料理”よ、“卵料理”。そうでしょ?」
 答えようとしたコトリの口を、レイは瞬時に塞ぎ、“卵料理”を強調する。コトリは、一瞬止まり、直ぐにコクコクと頷いた。その時ちらりとラナの方を見たのをカイは見逃さなかったが。
「なあ、今、コトリが卵焼きって言おうと……」
「“卵料理”よ。いい? 変な先入観を持たないで。これは、全部“卵料理”、そう、“卵料理”よ」
 まるで催眠術でもかけてくるかのようなレイに、カイはばっちり先入観を持ち、もう一度並んでいる皿を見た。中が見えないのが、ここにきても辛い。これも、先入観を捨てるために隠してあるんだろうか。どの皿を誰が作ったのか言わないのも、同様だろう。
 ただ確かなのは、目の前の皿を片付けない限り、奥のご馳走にはありつけないということだ。
「とりあえず、食べてみて。先入観を捨てるのよ?」
「レイ、先入観って連呼すると……まあ、もう手遅れかな」
 スズキも“それ”を持ってしまったようだ。
 そして始まる。
 発生原因不明の、チーム・ストレンジの女性陣、手料理品評会が。

 一皿目(レイ,コトリorラナ)。
 ぱか。
 カイは一皿目の皿を開けた。湯気が立ち上る、ということまではなかったが、それでも甘そうな匂いが漂ってくる。その匂いの先、綺麗な狐色が付いた整ったオーソドックスな型の卵焼きが現れた。
 見た目は立派な料理だ。確かに、卵焼きなのだから、大失敗する方が難しい。だが、先入観からか、どうも安心出来なかった。
 ちらり、とカイは三人の様子を盗み見る。食べるまで決してリアクションを取らないようにしているのか、コメントは誰からも来ない。
「いただきます……って、スズキ、お前も食うんだよ」
「いや、今日の主役はカイだろ?」
 明らかに自分で様子を見ようとしているスズキに、カイは問答無用でフタだった皿に卵焼きを切り分け押し付けた。
「とりあえず、食うぞ? 一緒に、だからな。裏切るなよ?」
「はあ……ああ」
「二人とも、結構失礼なことしてるからね?」
 料理を箸で掴んでいるにも拘らず、互いを牽制し合い、カイとスズキは口の中に入れようとしない。
 こうなれば強引に押し込んでやる、と立ち上がりかけたレイの気配を正しく察知したカイとスズキは揃って卵焼きを口の中へ放り込んだ。
 そして、慎重に、噛む。
 さあ、誰だ。
「…………レイだろ?」
「うん。レイだな」
「あ、やっぱり分かった?」
 ビクビクしていたのが、まるで無駄だった、とカイとスズキは肩の力を一気に抜いた。
 口に残る、ほどよい甘味。まるでマグマのように熱かった胃に、ジュッと卵焼きが落ちていく。待ちに待った夕食に、カイは卵焼きをもう一切れ口に運んだ。
「よ、よく食べただけで分かりますね……!」
「ああ。こっちの世界に来るまでは、レイが料理作ってくれてたからなぁ」
「懐かしいねぇ……」
 目を丸くするコトリを前に、カイとスズキは頷き合った。別に、独特な味という訳でもない。ただこの味は、二人にとって非常に食べ慣れているものなのだ。レイの作る、オーソドックスな料理なら、二人はもう制覇している。
「ちょっと、感想ぐらい言いなさいよ……!」
「感想って言っても……なあ?」
「いや、何時も言ってる通りだって。うまいよ」
 レイは、納得しつつも何所か不満そうだった。だが仕方ない。カイもスズキもレポーターのように、褒めちぎることも、ありとあらゆる言葉で形容することも出来ないのだ。ただ、『うまい』としか形容出来ない。
「もうちょっと、ボキャブラリー増やしてくれれば、作り甲斐ってもんがあるのに」
「うまい、って言ってんだからいいだろ?…………わーったよ。今度勉強しとく」
 カイはやはり少し不満そうなレイに、溜め息混じりに言葉を吐き出す。でも確かにこの感動を正確に伝えられるくらいには、語彙は増やすべきかもしれないとカイは考えた。
 この、更に食欲が出てくるような“料理”を―――
 ―――正確に“アタリ”を引き当てられた感動を。
 ただ、一皿目で得たことは一つ。
 やっぱり見た目が良い料理は、味もいいものなのだ、と。

 二皿目(コトリorラナ)
 ぱか。
「コトリだろ」
「え!? 今度は見ただけで!?」
 カイの目の前には、皿の下から現れた“卵焼き”。レイの料理よりは少々焦げ目が強いようだが、食欲をそそられる甘い匂いは確かに漂ってくる。そして、形。それもやはり少し崩れてはいるものの、立派に“料理”だった。
「失礼なこと考えてるでしょ?」
 今度は、ラナのジト目が見えた。それを何とか潜り抜け、カイは半分を渡す。コトリの反応から間違いないと感じたのか、スズキは素直に受け取った。
 確信を持っていれば、動作も速いもの。
 流れるような手つきで、二人は同時に口に運ぶ。
「……少し甘いけど……うまいな……」
「そ、そうですか? やっぱり、お砂糖入れ過ぎだったみたいです……」
 それが、焦げが強い原因なのだろう。だが、これは十分に許容範囲だ。
 カイは、コトリがレイに料理を習っていることを知っていた。食事の多くをギルドの食堂で済ましているが、それでも長旅中、コトリは料理に興味を持ち、よくレイと厨房を借りている。レイが言うには最初は壊滅的だったそうだが、本人の努力もあって、レベルは段々と上がっているらしい。
「いや、うまいって。レイより素質あるんじゃないか?」
「え……?」
「あんたは何時の話をしてんのよ?」
 思い出したのか、スズキが笑い出した。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、実はレイに料理教えたのカイなんだよ」
「ええ!?」
 テーブルにいる全員の視線が本人に向くが、カイは首を振る。
「そりゃ、“あの時”は料理作るの練習してたけど、今じゃとっくにレイの方が上だ」
 “あの時”のこと。
 三人が出会った時のこと。
 その時、カイは“間に合わなかった”料理のスキルを持っていた。確かに思えば、料理にレイが興味を持ったのは、カイがレイの家で料理を作った時からかもしれない。
「そん時ゃ、凄かったぜ? 発癌性のありそうだったレイの創作料……」
 タンッ。と、レイは行儀が悪いことを自覚しつつ、フォークを逆手にテーブルに突き刺すように立てた。顔は、笑顔だ。目、以外は。
「続きは?」
「……カイ、パス」
「お前自分で収集付けろよ」
「ふふっ……」
 そこで、コトリが笑った。
「コトリ? 何笑ってるの?」
「え? ええ!? あっ、ごめんなさいごめんなさい……」
 コトリの条件反射を、レイは押さえつけるように止めた。ただ、コトリはもう一度笑う。
「どうしたよ? コトリ」
「え? あ、あの、その、カイさんたちが……“何時も通り”なのが……えっと、嬉しくて」
「……」
 その言葉に、レイもスズキも、そしてラナも、同じような表情を浮かべる。どこか、荷が下りたように微笑んだ表情を。
 『何時も通り』。それは、コトリからの言葉。
 そして、先程カイは、スズキから『変わってない』と伝えられた。
 どちらも同じ表情で言われた、同じ意味の言葉だ。
 カイにはそれが、正しく感じ取れた。
 “強くなる”という、強力な願いを秘めて、皆と離れて行動。
 それは、もしかしたら、人が“変化”する可能性がある出来事だったのではないだろうか。人は、環境が作るものなのだろうから。
 強くなる、弱くなる、といったベクトルの“変化”ではない。
 簡単に言えば“性格”。重く言えば“本質”。
 カイのそんなものが“変化”してしまうと、皆潜在的に思っていたのかもしれない。
 “実力”を得ることの対価に、“自分”を差し出したのではないか、と。
「変わらねぇよ……」
 だったら、ここで、言うべきであろう。

「お前らがいれば、俺は何時でも“ここ”に戻って来れる」

 治したのは、“異常”だけ。自分の本質は、変わっていない。それはもしかしたら、エースの“腕”に起因しているのかもしれないが。ただ、“自分が戻ることの出来る場所”があったことも、きっと関係していた。
 皆も変わった。だけど、この場所にいる。
 それはもしかしたら、自分と同じように、“変わらない”からなのだろうか。

 この世界で変わっていくことは、いくらでもある。
 変わるべきものが、あるのだろうから。
 だけど、変わらないもの。
 変わってはいけないもの。
 変わりたくはないもの。
 それらもあるのだ。
 何が正しいのかは、カイには判断出来ない。
 だけど、少なくとも。
 “この場所”は、支えになる。

 ゆっくりと、手を伸ばす。
 そこには、自分の望がある気がして―――

「待った」
 ―――何気なく、“料理”に伸ばした手を、レイに掴まれた。
 『くっ、流せなかったか……!!』とカイは腕を戻す。
「何を綺麗にまとめようとしてんのよ。まだ残ってるでしょ」
 レイの言葉にラナがコクコクと頷く。
 もう、色々とグダグダだった。

 三皿目(ラナ・確定!)
「……オチじゃん」
「酷くない!?」
「オチだろ、これ!! オチじゃなかったら、誰も納得しねぇよ!!」
 喚きたてるラナに、皿を開ける前にも拘らず、カイは相当程度に非道なことを言い放った。カイの知る限り、ラナは料理を習ってはおらず、また、出来るようにもどうしても見えない。そして、ラナの感性を考えると、結論まで一本道だ。
「カイ。“変わってない”って言ってもね、それは流石に可哀想よ?」
「そうだよ。ボクだってそれ、作るの大変で……」
 分かっている。人が折角作ってくれた料理を見もしないで拒絶するのは、あまりに礼儀がなっていないのはカイとて理解している。
 ただ、どうしても、だ。
「一応聞きたいんだけど」
 離脱の力が段々と強くなっていくスズキの腕を確りと掴んだまま、カイはラナを見据えた。
「材料は?」
「卵と、砂糖と、醤油と、何かだよ」
「アウト」
「何で!?」
「自分で考えろ」
「カ、イ……!」
 今度は咎めるように睨むレイに、カイは向き直った。
「レイ。ラナが何を入れたか見たのか?」
「分かったわ。ちゃんと説明する」
 言わない限り、フタさえ開けられない可能性があることを感じ取ったレイは、渋々と語りだす。自分が見た光景を。
 と言っても、
「私が簡単な作り方を教えたら、何時の間にか作ってたのよ。何を入れたかは見てないの」
 これだけなのだ。
 嘘は、言っていない。ただ、カイは視線でレイに訴えた。まだ、知っていることがあるだろう、と。
「分かったわ。とりあえず、開けてみて」
 これで、真相に近付く。
 そう自分に言い聞かせ、カイはフタを開けた。
「……スクランブルエッグ? 卵焼きじゃ……」
「“卵料理”よ。最初に言ったでしょ?」
「やけに量少ないな」
 離脱しそうだったスズキは、力を抜いた。量的に、一人分だと判断したのだろう。
「……?」
 しかし、カイはこのスクランブルエッグ(もう、形状には拘らない)に大きな疑問があった。所々焦げが混ざっているのは、当然のこととしてなのだが、それ以前に気になる問題が。料理下手の多くは、量が無駄に多くなるのだ。調味料の分量が分からず適当に入れ、材料で調整しようとする結果、無制限に完成品の量が増えていく。
 だが、このスクランブルエッグは、スズキが自分は安全だと判断するほどに、一口分しかない。
「えっと、」
 カイの疑問を正しく察したレイは、ゆっくりと口を開いた。
「これは、“絶対に食べられないもの”と、“それ以外のもの”を分けたらこうなったの」
「…………ラナ。因みに卵は何個使った?」
「えっと、3~10個くらい」
「何だそのアバウトさ!? そして、食材に謝れ!!」
 カイはもう一度、スクランブルエッグを見た。どう考えてもスプーン二さじ前後程だ。これに最大10個の生命が投入されているとなると、『厳選抽出!』のような神聖さが感じられる。
「カイ。もう言っちゃうけどそれ、フライパン一つ犠牲になってるの。だから、お願い。食べてあげて……!」
 それは、フライパンに報いるためなのだろうか。
 それとも、段々と不安そうな表情を浮かべてきたラナに報いるためなのだろうか。
 ただ、どうやら、自分は、材料(消費したもの)にフライパンが含まれる、“これ”を食べる必要があるようだ。いい加減にカイの胃も限界だった。今すぐにでも大皿の料理に取り掛かりたい。
「ね、食べて」
「待ってろ、今集中力を……ああくそ、分かったよ!!」
 流石にこれ以上言うと、むくれ始めたラナが可哀想過ぎると考えたカイは、皿を一気に掴んで(匂いは……不気味な程に無い!)、口に流し込んだ―――
 コト。そして、皿が置かれる。
「……西へ行こう」
「斬新な感想だな」
「……口の中がさ……スクランブル! って言うか……」
「ボキャブラリー増えたじゃないか」
「味は? 味は?」
 カイとスズキのやり取りをあっさりと流すラナは、しきりに感想をカイに求めてくる。どうやら味を直接言え、とのことらしい。
 ただ、カイは、今、苦悩していた。

 はっきりしていることから言おう。
 まず、無駄な期待を避けるために、うまくはなかった、と。
 元は甘い料理のはずなのに、口の中を洗いたくなる程、塩辛い。所々ざらついた舌触りは、果たして焦げなのか砕けた卵の殻なのか。
 しかし一方、漫画のように、火を吐く程まずかったり、記憶が飛んで並行世界の夢を見たりする程、奇天烈な味だった訳ではない。
 “リアクションが、非常に取り難くまずい”。それが、結論だ。
 一瞬カイは、ラナの悪戯か、と思った。“敢えて”こんな味にしたのだというのは、日頃のラナの行動からすれば、十分にありえる。
 しかし、この味は、料理が壊滅的に下手な人が作る味の範囲に納まらなくもない。
 “悪意”と“重過失”。そのギリギリで、何とも微妙なラインの味なのだ。
 こんな状況で、自分は何を言うべきなのだろう。カイの悩みはそこだった。
 何所か期待と不安が交じり合ったような、珍しい表情をしているラナを見て、悪戯の線は消えた。
 ならば、ここは感想を言うべきなのだろう。だが、何と言えばいいか。
 今後暴走をさせないために、素直に伝えるべきだろうか。だが、“褒めて伸ばす”という言葉もある。しかし、正直この気持ちを誰かに……特に製作者に強烈に伝えたい気持ちは強い。
 ただ、全員の視線が自分に向き、特にレイの目が『空気を読め』と訴えかけてきては、カイの取りうる選択肢は一つだけだった。
「……うまかった。すげぇな」
「やった!」
「でも、次からは、ちゃんと、レイに習えよ?」
 確りと、本音は伝えたカイの前に、横からコップの水が差し出された。
「カイ。俺、感動したよ」
 カイは、更に上機嫌にコトリと笑い合うラナにばれない程度に、水を多く口に含む。量がもう少しあれば、スズキも巻き込めたのだと惜しみなら。
 ただ、もう一度同じようなことがあるとして、量が増えることは、絶対に望むことはしなかっただろうが。

――――――

「それで、」
 大皿を全て五人で平らげ、食後のコーヒーを運んできたレイが着席する。
「さっきの何だったの?」
「ん?」
 砂糖とミルクを悩みながら入れているコトリと、対照的にドバドバ入れているラナを見比べながら、カイは生返事をした。
「『西へ行こう』ってやつよ。これから私たちはそっちに行くの?」
「ああ。どうせ決めてないんだろ?」
 あんな話も拾っていたレイに感心しつつ、カイは確りと頷く。
 この進路は変えるつもりは無い。
 “これからの進路”、という話に全員が注意を向けた。
「チーム・クリエイトが解散した場所があるんだってさ」
「え……?」
 スズキの補足説明は、レイにとって寝耳に水だったのだろう。心底意外そうに抜けた声を出し、反面ラナは目を細めた。
「“乖離の地”・ウィッシュ・ボーンを目指す。ただ、北西の大陸に行くのは、それだけが理由じゃない」
「?」
 今度の疑問符はスズキから出た。カイは説明を続ける。“エースから聞いた噂”について。
「皆、腹は括ってくれよ」
 歓迎会は、もう終わりだ。この話だけは、切り替えて聞いてもらわなければならないのだから。
 このチームが、“変われない”こと。
 それは、確かな目標。
 チーム全員の“我”が向いているものだけは、変わらないのだ。
 もう、カイは皆を止めない。皆を“信じて”説明だけを続ける。

「“最強”チーム・パイオニア。あいつらが本格活動しているのも、その大陸なんだ」

「……!!」
 動揺は、当然、全員から生まれた。
 “最強”チーム・パイオニア。
 自分たちが出会ったのは、自発的なものも含めて、4人。
 ペルセ、ドラク、フェイル、マイム。
 恐らく彼らも、本格活動している北西の大陸にいる可能性が高い。

「ってことは……」
「ああ」
 その情報は、“あの”エースから齎されたもの。“そういう情報”について、ある意味最も信用出来る筋からのものだ。
 そして、追う。
 つまり、は。

「あいつらとの全面戦闘が、近付いてる……!」
 口を付けたコーヒーは、何時の間にか冷めていた。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 今回の番外編は、前回のぶっ飛んだ量にはならなかったのが、本当に幸いでした。
 前書きにも記しましたが、更新が滞っているにも拘らずの番外編なのは心苦しかったのですが、前話の終わり方が続け難かったので、クッション的なものが欲しいと考え、どうせなら三人称の番外編にしよう(何とも微妙な理由ですが)と作成しました。
 そして、次回の更新は……すみません、また未定です。構成そのものは出来上がっているのですが、中々時間が取れず、恐らくは遅れてしまうと思います……。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…
 



[3371] Part.43 Snow
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/02/20 01:46
「ささ、さささっ、さささ、ささっ、寒い……よ……!?」
「分かり易いくらいに震えてんな……お前」
 歯を擦り合わせ、威嚇でもしているのかと思うほど体を震わせ、ラナは首だけを俺に向けてきた。
 半分、涙目で。
 だが俺はこれ以上、ラナには何もしてやれない。
 既に俺が羽織ってきた上着の一枚は、既にラナに渡しているんだ。
 これ以上は、俺がやばい。

「はあ……」
 屋外で二人して突っ立っているのが何となく馬鹿らしくなって、俺は意識して暖かい溜め息を吐いた。
 ラナの震え具合から当然のように、それは濃い白さで空気中に漂っていく。
 ただ。
 そんな息の濃い白ささえも、目の前の白さに比べれば、些細なことなのだけど。

―――クロースノア

 雪だ! 山だ! スキー場だ! 絶対に入らないけどついでに海だ!
 ……と騒いでいたのは、結局のところ、スズキとラナだけだったが、ここはそういう町だ。
 俺たちがユースタス・ポートから北西の大陸に向かう船に乗り、このクロースノアに到着したのが今日の朝。
 “最強”を追う! よし、行くぞっ! と意気込んで到着した途端、そんな熱は一気に“冬”によって鎮火された。

「さっ、さぶっ、い……よ……!?」
「だから聞いたって」
 ラナがカタカタ震えている通り、この場所は、夏の季節から来るものではなかった。
 確かに厳密に言えば、冬では無いらしい。
 が。
 この耳の先を指で弾かれたら絶叫しそうなほどの冷気。
 表情を変えるだけで皮が引っ張られるような冷気。
 時折吹く冷気。
 冷気、冷気、冷気。
 これは、“冬”でいい。

 一刻も早く北西の大陸に行こうとした俺たちは、北西の大陸に行く船を逃さず、大した確認もせずに歓迎会の翌日に乗り込んだ。
 唯でさえ、ユースタス・ポートは便数の少ないのだから俺たちの行動は正しかったと思う。
 だが、その船の行く先が問題だった。
 てっきり、船はそのままの真っ直ぐ西へ行くものかと思えば、何を思ったか一気に北上。結果、到着したのは北西の大陸の北だった。
 レイが俺に、この地方のイメージを分かり易く伝えてくれたところ、『季節に関係なく寒い』そうだ。
 その会話も、なだれ込むようにギルドに避難する最中だったのだが。
 外の冷気から遮断され、一気に暖かな空間に入った途端、顔が弛緩したのも、中々に“冬”を感じられた。
 そして、それだけで幸せも同様に湧き上がっていく…………

 …………ただし、事態は最悪だった。
 考え無しに動いたツケか、至急全員分の防寒具を用意する必要が出て、何気に長距離だった船代を全員分払ったために、財布の方も“冬”を迎えてしまったのだ。
 そうでなければ、こんな寒い町では依頼を避けていたに決まっている。
 だが、結末が凍死の野宿がありうるという事態が、俺とラナをここに立たせることを要求しているのだ。

「ねねっ、ねえ……スス、ススッ、スズキ君、おそ……遅く……ない?」
「大して時間経ってないからな?」
 俺は、震えるラナに対するポーズで、辺りを見渡した。

 足元には当然のように雪。空には、振っている訳ではないが、何時振り出してもおかしくはない灰色の濃い雲が陣取っている。
 俺たちの周りには……雪の林、とでも言うべきか。
 人一人分ほどの太さの木が、雪に幾つも突き刺さっているようにも見える。当然のように、葉がついてないため、何所か無機質で、それが寒さを助長させていた。
 ただ、林と言ってもここは、ぐるぐる回って進む山道の途中。
 今俺たちは、坂道の窪みのような所にいた。

 ラナはこの傾斜でも駄目なのか、必死にスズキが消えた先の道だけを見ながら振るえている。

「カイ君、火、火を……!」
「悪い、禁止されてるからさ」
 俺だって出したいのは山々だが、分散し易いと太鼓判を押されている上に加減がイマイチ分からない炎を雪山で使う気に離れなかった。
 雪崩が起こったら、色々とアウトだ。山と言っても近くに民家が無い訳ではない。
 それに俺たち自身も危ない。通路として若干固まっている俺らの位置以外は、斜めな上、雪がかなり積もっているのだから。
 そして分散しない方は、温まれる技じゃないし。

 ラナの歯軋りのような音が、どんどん強くなっていく。
 流石に不憫だ。何とかしてやりたい。
 待てよ、だったらリザードンの尾の炎はどうだ……?
 あれなら、加減云々の火じゃない。
 そう思ってボールに手を当てた俺は、目の前の人物が“ラナニア=マーシャル”だという事に気付いた。

「お前、そんなに寒いならレイたちと一緒にギルドにいれば良かったじゃねぇか」
 寒いから、外に出ない。飽きたから、帰る。
 ラナがやりそうなことなのに、態々付き合っているのは不自然だ。
 そもそも、宿泊の手続き諸々をレイたちに任せて、本当は俺とスズキだけで依頼をこなすはずだった(レイに言わせれば、確認もせずにクロースノア行きの船に自信満々に皆を乗せた“落とし前”らしい)。
 だが、ラナの方から珍しく積極的に仕事をすると申し出てきたのだ。

 ただ、震えるラナは流石に限界なのかもしれない。
 依頼をすると張り切りながらここまで進み、雪玉を俺にぶつけてきたのは……まあ、我慢するとして、その頃は元気だった。
 だが、次第に遊びに飽き、今、唯じっと、『様子を見てくる』と言って去ったスズキを待っているにあたって、ラナの震えがどんどんと加速していく。
 ラナが色々なことに興味を持ち始めているのはいいことなのだろうが、風邪をひいたら元も子もないだろう。

「戻るか? どうせ直ぐ戻れるだろ?」
 俺は、退路を軽く確認する。
 町に被害を出すモンスターを何とかしてくれって依頼だから、実際ここを一気に下れば直ぐ町に着くのだ。
 “ラナニア=マーシャル”なら、我慢という行為を放棄して、とっくに下山していてもなんら不思議ではない。
 だが、ラナは首を寒さとは別に強く振った。

「いっ、いいっ、色々経験したいんだ。何かしたい時、何か出来るように」
「…………?」
 ラナは目を細め、カタカタ震えながら、表情を変えずに言った。
 それにも拘らず、俺はその言葉に特別な意味を感じた。
 そして、違和感も覚える。

 俺がいなかった時の話は、あまり詳しく聞いていない。
 ただ、全員が何かを経験し、成長しただけだと俺は把握している。
 その成長が、ラナの心境の変化を齎したのかもしれない。

 だけど、自分の知っている、ラナニア=マーシャルという人間は、こんな人物だったろうか。
 ラナの今の言葉は、俺のいない間、“何かをしたかったのに何も出来なかった”というように聞こえる。
 俺の知っている……いや、俺の知っていたラナは、“自分の興味の向かない世界は見ない”人物だった。
 それは、“寄り道をしないで目標だけに進む”という美点だったのかもしれないが、そのやり方では殆どの場合壁にぶつかる。
 ラナも、きっとぶつかったんだろう。
 それから、周りを見始めた。
 そして、広がっていく世界。
 だから他の世界にも足を向け、歩こうとしている。
 しかもそれは、自分で“選んだ”のだろう。

「……? ど、どどっ、どうしたの?」
「……いや。別に……な」
 気付かないうちに、俺は微笑んでいた。
 スズキじゃないけど、子供が育つ心境というのはこういうものなのかもしれない。
 目の前でカタカタ震えているこいつは、“我侭”から“我”に変え始めている。
 嬉しくもあり、どこか寂しいような感覚。
 だけどやっぱり、俺は微笑んでいた。

「……あ……ああ、ス、ススッ、スズキ君来たよ」
「やっとか……」
 ラナの声に顔を向けると、スズキがまるでマラソンでもやっているかのように規則正しい呼吸をしながら走ってきた。
 さくさくと気持ちのいい雪の足音を響かせ、俺たちの姿を認めると、手を大きく振り始める。
「ゴメェ~ン、待ったぁ~?」
「気持ちの悪い声出すな。ボケてる場合じゃねぇんだ。ラナを見てみろ」
「うわっ、ゴメン、ラナちゃん。遅くなった」
「う……うう、うん」
 羽織った俺の上着をがっちり掴んで、首を亀のように限界ギリギリまですくめているラナを見れば、流石にスズキも一刻を争う事態だと理解したようだ。

「急いだ方が良いみたいだな。見つけてきたぜ、あっちだ」
 スズキが指を指し、走ってきた方向に歩き出した。
 それに倣う俺たちは、何気なく空を見上げる。
 ああ、やっぱりマジで振りそうだ。

 C++ランクミッション・“天気予報は今日も雪”
 ここの山で、何時の間にか増えてしまったユキカブリとかいうモンスターを倒す依頼だ。
 そのモンスターは雪山の奥深くに生息しているらしいが、人を目指して寄ってくる性質があるらしく、徐々に生息地をクロースノアに近づけているらしい。
 まあ、ただ近付いているなら問題は無い。
 しかし、そのユキカブリが特性で雪を降らすとなると話は別だった。
 “天候操作”という力は、微々たるものらしいが、それでも強力なモンスターだったり、数が集まったりするとなれば大きな被害が出るらしい。
 グログラムで見た砂嵐がいい例だ。

「それにしても、カイ。お前よく平気な顔してられるな」
 スズキが白い息を吐きながら、俺とラナを見比べた。
 一応、防寒具を着ているとは言え、一枚ラナに渡している俺は、ラナのように震えていない。
「ん? ほら、俺は……」
「ああ。カイは冷暖房完備だったもんな……いいな」
「その言い方、結構イラッと来るんだけどさ」
 それに戦闘以外では、体を流れる“波動”はそこまで騒がない。精々気休めくらいなん―――どぅわぁっ!?
 次の瞬間俺の首筋に、精神的な意味じゃなく、完全に物理的な意味で寒気が走った。
「うわぁ……温かいよぅ……」
「ばっ、いっ、今すぐ離せ!!」
 何時の間にか俺の後ろに回り込んでいたラナの両手は、今俺の襟の中に入り込んでいる。
 しがみつかれている所為で、振り払えない……!!

「ねっ、ねっ、足して2で割ろう?」
「それは体温のことを言ってんのか!? やっぱお前ガキだ!!」
「おいおい、もう直ぐ―――あぶっ!?」

―――!?

 一瞬。
 スズキの直ぐ後ろを、何かが高スピードで通り過ぎた。
 山の上から、通路を通って下へ。
 それはシャッ、と鋭い音を残していった。
 あまりのことに俺はラナの手の冷たさを忘れ、その影を目で追う。

「うーわ……何だありゃ……!?」
 通路から下の斜面を覗き込んだスズキが、その影を捉え、呆れた声を出す。

 影の正体はスキーヤーだった。
 スキーウェアを着込み、顔を覆うゴーグルをつけ、前だけを向いている。
 その影は、斜面に幾つも生えた木の迷路をまるで縫うように滑っていった。
 一瞬でも操作を誤れば木に激突するだろう。
 だが、スピードは全く緩まない。
 ついさっきここを通ったばかりにも拘らず、シュプールの先の影は、もう米粒のようだ。

「プロいな……。てか、ここって木が危険だからスキー禁止とかって…………あれ、カイ? どうかしたか?」
「…………いや、何でもねぇよ……」
 何時の間にか、ラナの手が俺の体温と調和されて苦にならなくなっていた。もう、ラナの手も温まっているから、この体勢を続ける意味はない。
 思わず下を覗き込んでしまったラナは、震えて手を引き抜こうとしなかったが……

 ……俺は何故かそのままで、そのスキーヤーが見えなくなるまでその場に立っていた。

~~~~

「ん、困ったな。彼らとは本当に縁がある」
 ドリフトするように止まり、ゴーグルを外す。
 ここが、待ち合わせの場所のはずだ。

 ただ。
 “用事”を済ませ、ここに来るまでに見えた人たち。
 どうやら彼らは“流れ”にのまれているようだ。
 もう止まらない。
 特に、“彼”は。

「フェイル」
「ん、待たせたかな?」
 気配通りの場所。木の陰から、大男が雪に相応しい大きな足跡をつけて現れた。
 ギロリと鋭い眼光を向け、相手を押し潰すような殺気を放てる男。
 彼が、次の仕事のパートナーだ。

「じゃあ行こうか。ドラク」
 スキーの板を外し、肩に担ぐ。やはりモンスターで来るよりは、こっちの方が早かった。
「シリィはどうだった?」
 それだけで雪崩でも起きそうな声を背に受け、山を見上げる。
「駄目だったよ」
「また気まぐれか……」
「いや、どうも彼女に嫌われているらしくてね」
 ようやく居場所を捉え、預かりモノを返したついでに今回の仕事を持ちかけたが答はNO。
 彼女が適任だと思っていたが、必須でないなら、と断られた。

「さ、行こう。“プレート”を探しに」
 適合タイプが“必然”であるがために、今はこういう形でしか“伝説”を追えない。
 今後また“必然”の伝説が発見されるまでは、この地味な仕事を続けることになるだろう。
 ただ、“自分にとってはそれでも問題ない”。
「フェイル」
「?」
 後ろを歩くドラクの声が、“不自然”だった。
「俺とて道化ではない。このチームの“本当の”目的は、薄々気付いている」
 ひたすら“伝説”を追うこのチーム。それに集まるのが実力者になるのは自然なこと。
 “気付く”者も当然いる。
 それもまた、自然なこと、か。
 彼はこの疑念をぶつけるために、今回の仕事を受けたのだろう。
 “プレート”集めなどという、地味な仕事を。

「ん、困ったな。“だったら”、どうする?」
 “分かっている”という仮定で聞いた。
「俺は……」
 押し潰すような殺気を放ちながら、ドラクはドスドスと歩いて行く。
「“意を違えるまで”は、今まで通りだ」
 つまりは、“変わるつもりはない”。そういうことのようだ。

「困ったな」
 型に嵌まらない者たちを、嵌めようとすれば、“箱”がひび割れる。
 何時かは限界が来るものだ。
 それも、やはり自然なこと。

 もう一度、山を見上げた。
 そこには今、“箱”を狙っている“彼ら”がいる。
 さあ、一体どうなるか。
 彼らがこの山にいるのも、“あの力”が働いているのかもしれない。
 ならばここで彼女と接触を持たないのは、不自然だろう。

 ただ、まずは。
「生き残れるかな? “彼女”を前にして」

~~~~

 パチパチ。と、暖炉の音が聞こえる。
 頬はそれだけで溶けていく。
 時折届く料理の匂いは、肺一杯に吸い込む温かな空気に味をつけてくれる。
 俺は今、珍しくも暖炉のあるギルドの食堂の隅にいた。

 ……正座をして。

「……反省してます」
「あのさ、俺間接的にしか関係なくないか?」
 隣のスズキはそろそろと立とうとしたが、目の前に立っているレイの顔を見て、直ぐに座りなおした。
 俺も口パクでスズキに伝える。
 『れ、ん、た、い、せ、き、に、ん』。

「カイ。私言ったわよね? 『絶対に炎は使うな』って。そしたらカイは言ったわよね? 『大丈夫、使ったとしても分散しないから』って」
「いや、だって、まさか……」
「分かってるわ。外で頑張ってきたんだから、ギルド内にいた私にそこまで文句言う権利はないってことくらい。だけどね。最近ぶつけどころのない微妙な憤りが溜まっていくのよ……!!」
 こっちも分かっている。一応“落とし前”として受けにいった依頼がこんな形で終わったのは、俺の所為だってことは。

 スズキに案内されて見つけたのは、山の“コブ”のような場所にいたユキカブリの群。その辺りだけ粉雪は確かに降り注いでいた。
 あれをずっとやられたら、たまったものではないだろう。
 『よし、倒すぞ』と気合を入れて俺とスズキ、そしてラナはユキカブリと闘うことになった。
 最初は俺もワカシャモの格闘技で戦っていた。

 そして徐々にユキカブリを倒したり追い払ったりしていき、ついに後1匹になってから、物語は始まる。
 その1匹のいた位置は、誰の距離からも微妙に遠いもので、『よし、なら俺が』と俺が常時発動型の技を放ち……
 ……そして外れたのでしたとさ。

 衰えることの無い炎は、ユキカブリの頭上を掠め、山の“コブ”に突き刺さり……
 そして、次に聞こえてきたのは、ゴゴゴッという音。
 後は、俺たちの悲鳴。

「何で収支のバランス考えたのよ?」
「だから、悪い、としか言いようがない」
 見事に発生した雪崩は、小規模ながらも近くにあった山小屋のような建物の一部を破壊。
 当然のように加害者は俺になったため、損害賠償という当事者になると割とショックなイベントが発生した。
 そして、その額。
 それが依頼の報酬の額とほぼ同じだったのは、運命を感じずにはいられなかった。

「カイ。お前何であれ外したんだよ……? このノーコン」
「だから、悪い」
 もう、それしか言えない。なんとでも言ってくれ。
 確かにあれが無かったら、今頃ギルドの風呂でのんびりしていただろう。
 完全に、やっちまった、って感じだった。
 もし一般人が被害にあって、万一死亡事故に発展していたら―――

 ――つまんねぇ感じで人生終わっちまってたかもしれないな……。
 そう思うと背筋が寒くなる。

 しかし、コントロールか……。
 慣れてないだけだと思うけど、また課題が見つかったみたいだ。
 課題というのは完全になくなるものではないのだろう。
 今夜からでも特訓して、何とかしないと。

「でも、どうしましょう……?」
 困ったように―――いや、実際困っているか―――窓の外を見ていたコトリが小さく声を漏らした。
 窓の外は、何時の間にか雪が降っていた。
 やっぱりさっきの雲は確り発動したようだ。

「ま、しょうがないわね。“使う”わ」
「?」
 外の依頼が厳しくなるその雪を見て、レイは何時ものように何所からともなく封筒を取り出した。
 またも見逃した俺は、もうあの謎を追うのは放棄しようと心に決める。
「最終手段の貯金よ。極力使いたくなかったんだけどな……」
「あったのかよ!? 金!!」
「だから、最終手段だって。グログラムで路銀が尽きたことあったでしょ? その時からコツコツと……コツコツと……」
「う……おぅ」
 時折渇いた笑いが口から出るレイの遠い目を見て、俺の文句は口から出なくなった。
 やりたい放題の俺たちと違って、レイはこのチームの資金面の管理をしている。虎の子のその貯金は、爪に火をともす思いで溜めたのかもしれない。
 そんなオーラが、その封筒から漂っていた。

「ま、これで宿の問題は解決だな。じゃあ、とっとと……あれ?」
「スズキ? どうした?」
 スズキが立ち上がり、高い視点から食堂を見渡す。
「あのさ、ラナちゃん何所行った?」
「あれ?」
 レイも見渡すが、やはり結果は同じだ。俺もてっきり隣で座っているものとばかり思っていたが、そういえば最初からいなかった気もする。

「あの、ラナさんならさっき受付の方に……」
「ああもう、ラナは……!」
 レイは額を押さえながら、恐らくは飽きて出て行ったのであろうラナを追う。
 確かにこの事態は俺の所為だが、バックレられるとは溜め息しか吐けない。
 本当に成長してんのかね、あいつは。

「うわぁ……」
「おいおい……。カイ、見てみろよ」
「ん? うおっ!?」
 立ち上がりながら窓の外を見ると、中々に壮観だった。
 大きな窓で切り取られた外の景色は、まるで映画のように雪が舞い狂っている。
 ギルドの外灯で照らし出されたそれは、それが自然のものであるのかと疑うほど精緻で美しい。
 ついさっきまで、曇っていたとは言え振っていなかったのに、今では異常気象のようだ。

「綺麗……ですね……」
「ああ、綺麗だな。こういう景色を室内で見てる時、本当に幸せを感じる」
「カイ、さん……」
 珍しくコトリが溜め息を吐く。
 だが俺は、嘘は言っていない。ああいうのは、室内で見るのが一番だ。
 いくら俺でも、あれだけ吹雪いているなら絶対に外に出たくないし……。
 マジで、レイが貯金していて良かったぜ―――

「カイッ!!!!」
 ウチのメンバーは、食堂に大声を上げながら入ってくるのが好きなのだろうか。
 食堂中の視線を集めながらも、気にせずレイは真っ直ぐ突っ込んできた。

「大変!! ラナが!!」
「へ……?」
 レイの視線は、俺と、別世界の窓の外を交互に向く。
 そして、レイが連れ戻しに行ったはずのラナがいない。

 まさか……嘘……だろ?

 Bランクミッション・“天気予報は今日も豪雪”。

 レイがまくし立てる言葉から、ラナが宿代を稼ごうと一人で依頼を遂行しに行ったことを聞き取るのに、大して時間は要らなかった。

~~~~

「はあ……はあ……い……いきなり……!!」
 途端振り出した吹雪を掻い潜って、ボクは見つけた山小屋に飛び込んでいた。
 山の天気は変わり易いと聞くけれど、まさかこんなに差があるなんて……。
 体を叩くとボトボトと雪が落ちる。
 走ってここに飛び込んだからか、今は逆に熱かった。

「ここは……」
 薄暗い木造の小さな家。
 そう言ってしまえばそれだけの、単純な避難所のようだった。
 何せ物があまりにない。
 四角い部屋の真ん中に一台ストーブが置いてあるのがありがたいけど、点け方には自信が無かった。

 もう一度、バンバンと体の雪を落とす。
 今は走って熱くなっているけど、絶対にこの先寒くなるだろう。
 だったら、ストーブを点けるしかない。

 ストーブの前にしゃがみ込んで、じっと説明のシールを探す。
 本当はこんな場所にいる場合じゃないんだ。
 直ぐに依頼の対象、ユキカブリのボス、ユキノオーを倒して報酬を貰わないといけない。
 そうすれば宿代が手に入って、そしてきっと……。

 だけど今は、完全に足止め状態だ。
 吹雪で完全に方向感覚を失った所為で、ここがどれくらい町から離れているのか分からない。
 外は、相変わらず吹雪で―――

「っ!?」
「……何?」
 吹雪の様子を見ようと視線を窓に向けたボクの目に飛び込んできたのは、妙に機嫌の悪そうな若い女の人だった。
 しっとりと黒く長い髪を肩にかけ、手の甲で掬うようにして暇を持て余している。
 窓の外に向けている横顔は、薄暗いこの部屋で輝いているかのように、何所までも透き通るようで白い。
 服こそ和服じゃなくフード付きの黒いコートだけど、まるでロッドの話に出てきた雪女のように幻影的な人だった。

 全く、気付けなかった。
 この人の存在を。
 そしてこの人も、ボクに一言声をかけただけで視線を窓から離さない。
 ボクと同じように吹雪に閉じ込められたのだろうか。

 ちらりとストーブを見た。
 この人はこんな所で何をやっているのだろう。徐々に冷えてきた体が、この部屋の温度を伝えてくる。
 ここは、寒い。
 それなのに何で、この人は……?

「シリィ」
「?」
 突如、彼女は一言呟いた。
 そして、振り返る。

「名前はシリィ。何時までもこの人この人って、うっさいから」
「…………!」
 そこには、息を呑むような整った顔があった。
 長い睫毛、大きな瞳、ほどよく膨らんだ唇、皺一つ無い肌。挙げたらキリが無いほど精緻なパーツが、しかも完璧な配置で並んでいる。
 ボクたちと同年代のようなのに、どこか大人びている“空気”もそれを助長させていた。
 例えそれが不機嫌そうな顔を浮かべていようとも、ボクが今まで会ってきた人の誰と比べてもこの人の方が上だ。

 ただ。
 それはあくまで完璧なパーツが完璧に設置されているだけだった。
 一番気になるのは、不機嫌そうな顔ではなく、瞳の色。
 何所までも深い漆黒の瞳は、どこか“渇いている”。

 “人”としてではなく、“作品”として完璧。
 それが、この人の第一印象だった。

「何度言わせる気? シリィよ」
 それだけ言って、この人……シリィは窓の外に視線を向ける。
 その先の吹雪が彼女の機嫌を損ねているのだろうか。

 ただ、ボクの方からも話しかけるつもりは無い。
 色々経験したいと言っても、彼女に係わる気は起きてこなかった。何せ機嫌が悪そうだ。
 『この人』と呼ぶのも、控えた方がいいだろう。

 再びストーブに向き合って、説明のシールを探す。

 あれ? ボク―――

 ―――口に出したっけ……?

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 まず、前回のお詫びです。
 すみません、前回の番外編が文章としてあまりにアレだったので、修正しただけだったのですが上がってしまって……。以後気をつけます。
 次に、次回の更新ですが、今回以上に遅れる見通しだったりします……。
 クライマックスは徐々に近付いている(?)ので、もうしばらくお付き合い願います。
 では…



[3371] Part.44 Blizzard
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/02/20 01:50
 ボッ……ボボボッ

「ふう……」
 悪戦苦闘を乗り越えて、目の前のドラム缶のようなストーブがようやく暖気を吐き出した。
 冷たい金属の体に触れていて更に冷え切った両手を、蹲ってそれに差し出す。
 手の平が、二の腕が、太ももが、頬が、弛緩した。
 意識せずとも出た溜め息の白さで、ストーブの前とそれ以外が別世界であることが分かる。

「……」
 もう一度、ちらりと窓の外“だけ”を見た。
 雪が、窓の横から横へ通過している。こんなボロボロな小屋じゃ耐えられないと思うほど、外の吹雪は絶好調だ。
 実際に建物が悲鳴を上げている音が聞こえていたりする。
 身の危険は感じるけど、ボクはストーブの前から離れたくはなかった。

 部屋が少しずつ暖まってきた頃合を見計らって、ストーブの前からそろそろと距離を取る。
 背が壁に当っても、ギリギリ暖気は届くのを確認して、そのまま背を壁に預けてボクは座り込んだ。
 雪山を全速力で走った直後だからだろうか。
 足は、自分のものじゃないみたいに重かった。
 目の前には、ドラム缶の中でチロチロ燃える炎がある。
 それをぼうっと見ていると、このままでいたいという感情が強くなってきた。

「っ……」
 ボクは意識して、座り直した。
 自分はこの感覚を知っている。
 これは、“惰性”だ。

 目の前の安心を受け入れて、ずっとそのままでいようとすること。

 今のこれも、小さいけどそれに近い。
 根本的に何も解決していないのに、ストーブの暖気が心地よくて動きたくなくなるなんていう、日常の中に当然あるようなことも、“そう”なんだ。

 そして、自分が経験したこと。
 “あのチーム”倒したいと願っていても、“惰性”で自分から行動を起さなかった。
 もし、カイ君たちが来なかったと考えると、ボクはきっと今も“あの場所”から動かなかったはずだ。
 今から思えば、それは、本当に、怖い。
 ボクはきっと、“止まり過ぎていた”。
 だから、もう、止まっちゃいけない。

 コトリちゃんが悩んでいた時、何も出来なかったのは、ボクが“止まっていた”所為。
 相談してくれなかったのも、ボクが“そう”だったからかもしれない。
 だから、進み始めないと。
 皆のために出来ることを、出来るように。

 だから、例えば今。
 皆の宿代を稼ぐ。
 小さなことからでも、始めよう。

 そうすれば、きっと―――

「うっざ」

 ぽつり、と。
 突如、意識して見ないようにしていた窓際の人物から呆れ返ったような声が聞こえてきた。

「皆のためぇ? “自分のため”でしょ」
 窓際の人物―――シリィは、その完璧な“作品”を歪ませながら振り返った。
 そして、ガラス玉みたいな瞳には、始めて人間らしい色が浮かんでいる。
 種類は、“嫌悪”。
 この人は、一体どうしたんだろう。
 今までずっと、ただただ窓の外を向いていただけなのに。
 そして、何を言っているのだろう……?

「あーあ、もう限っ界。『そうすれば、きっと―――』何? 一人で宿代稼いできて、『わーっ、すごーい、ありがとー』とか言われたいって? はっ、それのどこが“皆のため”? あんたの目的は“自分を褒めてもらいたい”でしょ? 宿代稼ぎは、“その手段”。恩着せがまし過ぎ。あーっ、うっざ」
「な、な、何……を?」
 シリィの口から、鈴を転がすような透き通った声が連続で漏れた。
 声さえも、“完璧”。
 だから、そんな声が口汚く、ボクに対する非難を発していることに気付いたのは、屋根に乗っていた雪が窓の外にドサリと落ちてからだった。

「つーか、外でやってよ、そういうの。唯でさえ“イラつく男”と会ったばかりで機嫌悪いってーのに。ガンガン喚き散らしてさぁ」
「っ!?……!?……」
 口から漏れていた……!?
 いや、いくらなんでもそんなはずない。
 でも確かに、目の前の女性は、ボクの声を“聞いていた”……!?
 いや、それに、シリィは何て言っていた……!?

「だ、か、ら、外でやれって。そんな弱ぁい心じゃ、駄々漏れしてんだからさぁ」
 シリィの容姿にも透き通る声に似合わない罵倒が、またも発される。

 そこでようやく、ボクは二つのことを理解した。
 一つは、シリィの“性質”。
 これは、“読まれている”。
 “弱い心”が漏らす声を拾う力。
 あの、アリスという人が持っていた力を、彼女も持っていること。

 そして、二つ目は……

「ようやく状況に追いついた? そう。私はあんたがうざいってことを伝えたいの」
「っ!!」
 そこまで言われて座っている訳にはいかない。足は疲れを忘れて一気に体を跳ね上げる。
 向かい合ったのは、当然窓辺に腰をかけたまま顔だけを向けているシリィだ。
 今日、たまたま会っただけの人なのに。
 何でこんなにも毛嫌いされて罵られなくちゃ―――

「てかさぁ」
「……!?」
 叫び出そうとする前に、シリィはまたも容姿に似合わない口調を発した。

「さっきのは、図星でしょ?」
「っ……!?」
 言葉が詰まった。
 さっきの、シリィの言葉。
 今、ボクがここにいるのは、“皆のため”じゃなくて、“自分のため”だという言葉だ。

「ち、違……」
「違う訳ねーし。自分のために決まってんじゃん」
 明らかに侮蔑の表情を浮かべているシリィは、再び窓の外に顔を向けた。
 “それ”は動かない事実だと断言して。
 それなのに、何故かボクは口を開けない。
 『違う』と叫ぶつもりだった口は、何時の間にか閉じていた。

 何故、こんなことを言うんだろう。
 初対面なのに、こんなに攻撃的な口調。
 それが“シリィという人物”なのかもしれないけど、いくらなんでもあんまりだ。
 機嫌が悪そうだから、そっとしておいてあげたのに。
 突如、口を開いたと思えば―――

「『そっとしておいて“あ・げ・た”』? だから何? 私は、“私をそっとしておいてくれたラナちゃん”に何かお礼をしなくちゃいけないの? 言いたいことを言わないように我慢しなくちゃいけないの? やっぱ、結局見返りないことは出来ないってことじゃん」

―――精緻な人形が、外の吹雪のような怒涛の毒を吐く。
 言いたいことは、我慢せずに言う。
 それが、シリィなのかもしれない。

 またも、口を開かずにする“会話”が成立した。

「それは…………おかしい、よ」
 何とか口に出した言葉は、やっぱり途切れ途切れになっていた。

「『おかしい』? 何が? じゃ、あんたさぁ。例えば宿代稼いできて誰からもお礼言われなかったらどう思う?」
「それ、は」
 凍えながら帰ってきた自分に、カイ君たちが背を向ける。
 そんなあり得ないはずの世界を想像して、直ぐに止めた。
 “そんな訳ない”。
 そうとしか思えない。
 だけど、もし、そうなった時……

「辛いでしょ? 怒るでしょ? 『何で、自分を褒めてくれないんだっ!!』って」
 その言葉には頷かない。
 だけど、少なくとも、今。

 一瞬、納得してしまった自分がいた。

 そして当然それは、シリィにも伝わっている。

「だから、“皆のため”じゃなくて、“自分のため”。そうでしょ?」
「でも!!」
 シリィの声を遮って、部屋が震えるほど大きな声を出した。

「そんなんじゃ、何も……!!」
「は? 『何も出来ない』? 何言ってんの? 私がうざいって言ったのは、“自分のため”なのに、“人のため”って喚き散らしてたからなんだけど?」
 言葉にならない心の声さえも、シリィは拾い、そして潰した。

「ふつーに考えてさぁ……」
 シリィはようやく、窓に背を向けてボクを正面から見据えた。
 その、何所までも乾いた瞳で。

「どんなことでも、結局“自分のため”でしょ。なのに、“人のため”とか理由をつけてさぁ……。それなのに、お礼言われなかったら文句を言う。『お前のためにやってやったのに、その態度は何だ』とかさ」
「っ……」
 言えない。何も。
 分からないからだ。
 この、シリィの完全に呆れ返った言葉に返す答を、ボクには見つけることは出来ない。
 唯ひたすら、突如発生した雪崩のように喋り続けるシリィの言葉を受け続けるだけだ。
 初対面のはずの相手がいきなり喋り始めた。ただ、それだけなのに。

「私は、人の心を誰よりも“知っている”。“比喩じゃなく、実際に”ね。口に出すのは、『誰かのため』。心にあるのは『自分のため』。世界には、そんな恩着せがましい奴ばかりが溢れてる。うっっっざ―――いことにね」
「……」
 言葉は返せない。
 だけど、少しだけ。
 シリィの乾いた瞳の理由が、伝わってきた。
 そして、“乾いた心”の理由も。

「何で誰も素直にならないかねぇ? 『自分のためにやるんだ』って自覚すればいいだけなのに。二言目には『人のため、人のため』って、さ。まあ……心に『誰かのため、見返りは求めない』ってある奴は……逆にイラつくけど」
 シリィの瞳は、“世界”を見過ぎたから―――

「それと……」
 シリィは、飛び降りるように窓辺から腰を外した。

「私は“そういう奴”も嫌いだけど、私を知った風になった奴も大っ嫌い。その上吹雪の中移動すんのも面倒で、ここで静かに過ごそうとしてたのに、いきなり現れて喚き散らすし……。あんた……」
 あきれ返った瞳をボクに向け、シリィは手の甲で輝くような髪を払った。

「……どんだけ私に殺されたいの?」

「………………っ!?」
 言葉尻に付いた台詞を理解するのに、自分でも驚くほど時間がかかった。
 ようやく気付く、部屋の暖気を一気に飛ばすようなシリィの空気。
 そして目に入る。腰についている、ボールが―――

「チーム・パイオニア、シリィ」
「!?」
 声を発する前に、シリィが改めて自己紹介をした。

「チーム・パイオニア……!?」
 今度はそれほど時間をかけずに、言葉の意味を理解出来た。
 だけど、それはあくまで、“言葉の意味”を、だ。
 “状況”は全く理解出来ない。
 頭が一瞬で真っ白になる。

 雪山の小屋で、目の前に、チーム・パイオニアのメンバーがいる。
 ゆっくりゆっくり、事態を飲み込む。

 何を、すれば……!?

「何? 折角あんたが、だぁい好きな“あのチーム”が目の前にいんのよ? それとも“誰かの許可”を取らなきゃ戦えないの? チーム・ストレンジ、ラナニア=マーシャル」
「っ!?」
 ボクはようやくボールを取れた。
 そうだ、そうだ、そうだ。

 戦わないと……!!

「おら、相手してやるよ」
 そこにいるのは悪魔が乗り移ったような人形だった。
 その悪魔は、ただ自分の欲望のためだけに動く。
「ルカリオ!!」
 人差し指を、クイクイ動かすシリィに向かってルカリオが跳んだ。
 狭い小屋での距離を一瞬で詰めたルカリオの拳は、シリィに―――

「吹雪」
 ドゴウッ

―――届く前に、吹き飛ばされた。

 白く、白く、白い世界。
 自分がその場にいるなんて信じられないほど、それは舞い狂っている。
 耳の奥は、キーンと鳴っていた。

 何が、起きたのか。
 ショックで何も思い出せない。

「がっ、はっ……はっ……」
 自分が仰向けに倒れていることがようやく分かって起き上がると、隣には同じく起き上がろうとしているルカリオが見えた。
 山から転がり落ちたように、体は雪まみれだ。
「……!?」
 ポタポタと目の前の雪に赤が落ちていく。
 額を触ると、赤が落ちるのが一瞬止まった。
 今は、痛みはない。だけど、何かで切ったみたいだ。

「―――!?」
 ようやく思い出した時、そこに小屋は無かった。
 あるのは、横倒しになったドラム缶。
 飛び散った木材。

 そして―――

「てーか、生きてんのぉ? 悪運強っ」
 最初の位置から動いていない。
 そう分かるほど、シリィはさっきと“同じ”だった。
 ここからだと見上げる形になる、斜面の先、小屋が“あった”場所から渇いた瞳を向けている。
 あそこで変わったのは、小屋と、ボクと、ルカリオが吹き飛んだこと……

「グッ……」
 ……そして、シリィの足元。
 青く太いモンスターが体を持ち上げボクを睨んでいた。

「トド……ゼルガ……!?」
 今のは、あのトドゼルガの吹雪。
 シリィの指にリングは付いていない。
 つまりは……

 ……“停止”の適合者……!!

「私さぁ……」
 手の甲で、髪を払うシリィは一歩も動かずボクを見下ろす。
「……“人が分かる”から、要領よくてさ。トロトロすんのあんま好きじゃないんだぁ。ついて来れてる?」
「ルカ……リオ……」
 シリィには答えず、ルカリオに指示を出す。
 確かにいきなり雪崩のように罵られて、いきなり戦闘が始まって、いきなり吹き飛ばされた。
 そんなものについて行くなんてことは出来ない。

 だけど忘れちゃいけないのは、この山の吹雪のように“災害は場所を選ばない”こと。
 たまたま山小屋であっただけなのに、気に入らないという理由だけなのに、戦闘は始まっている。
 “ついて行くしかないんだ”……!!

 ルカリオが雪山を駆け上がる。

 始めないと。
 シリィはチーム・パイオニア。
 だから、倒す……!!

「インファイト? 面倒臭っ」
「……!!」
 ルカリオは、まだ雪に足を取られて到着していない。
 それなのに、シリィは―――

「トドゼルガ、守る」
「!?」

―――完璧に、攻撃“ポイント”へのダメージを防いでいた。

 即座にルカリオは離れ、雪の上に着地する。
 相手へ与えたダメージは……ゼロだ。

「わっかんねーかなぁ……。勝てないってこと」
「っ、エルレイド!! ルカリオも!!」
 シリィの元へ、2匹が同時に駆け出す。
 “いや”。
 2匹じゃない―――

「しつこいってーの」
―――3匹、4匹と数を増やす“エルレイド”。
 そんな大量のエルレイドを見ながら、シリィは溜め息混じりにボールをもう一つ取り出すだけだった。

「Double drive:Inevitable impact!!」
「守る」

 ガンッ

―――!?

 繰り出したボクの方が、何が起きたのか分からなかった。
 ボクの目に映ったのはシリィに大量の“影”がなだれ込んでいったこと。
 それで、シリィの姿は完全に隠れた。
 三百六十度完璧に囲った攻撃は直撃、のはず。

 それなのに……

「不可避の……衝撃ねぇ……」
 攻撃能力を持たない“影”が四散したその先見えたのは、さっきと同じようにトドゼルガに阻まれているルカリオ。
 そして、背後に回っていた本体をピンポイントで止める、鋼の盾……!!

「メタグロス。コメットパンチ」
「っ、避けて!!」
 反射的に叫んだのが効を奏したのか、エルレイドはギリギリでメタグロスのアームを回避。
 コメットパンチは、ボッ! と大気がすれる音を奏でて、元に戻る。

「“断絶”……!!」
 背後から、シリィの正面に回ったメタグロスはトドゼルガに並ぶ。
 “停止”と“断絶”のダブル・ドライブ。
 それが、彼女の適合タイプ。
 だけどそれ以上に気になるのは、今の攻防……!!

「人の心ってさぁ、絶対に穴が開いてるもんなの。そうじゃなきゃ、人の心じゃない」
「……?」
「人によって、その穴が大きかったり、小さかったり……。そこから漏れる“モノ”の勢いもバラバラ。“入らないと”見えない人もいるくらい」
 シリィは髪を払いながら、こっちを明らかに見下してきた。

「あんたの心は、私が見てきた中でも、さ、い、あ、く。穴の大きさ云々以前に、心が“固まってない”。その上、馬鹿みたいな音量で漏れていてさぁ。ホントに同年代? てゆーか、私に今の技が効かないの分からなかったぁ?」
「っ!!」
「今の。そりゃー危険な技でしょうよ。相手が人ならどんなに強くてもモンスターで一発。だ、け、ど、私は“分かる”。“予想”とか、“確率”とか、そういう次元じゃなくて、相手が何所を目指しているのか“確信”を持てる」
 “それだ”。
 ボクが気にしていたのは、ダブル・ドライブが防がれたことだけじゃない。

 トドゼルガの、連続で“守る”の成功。
 それも……

「そ。普通なら、何時、何所から来られてもいいように、守る波動を“分散”させて放出する。けど私は攻撃タイミングに攻撃ポイントへの“集中”が出来る。拳みたいな低範囲なら、何回でも連続で出来る」
 口を開けば、流暢に喋り続けるシリィ。
 その意味がようやく分かってきた。
 彼女には、“隠す”なんて気が全く無いんだ。それだけの、自信と力があるから。
 だから、言いたいことも言いたい時に言う。
 それなのに、こっちも“全てを喋っている”……。
 “心は読まれる”のだから……!!

「よ、う、や、く、事態に追いついたぁ? じゃあ、もっと面白いこと言ってあげるわ。心から漏れた“モノ”しか拾えない人もいるみたいだけど、私は心の中に“入っていける”。その人がその時思ったことだけじゃなくて、その人の“全て”が分かる。“本人以上”にね」
 ゾワッ。
 体の、“中”が冷えた。
 それが、今、シリィがボクを探っている影響か。それとも“その力”の怖さにか。
 初めて会った人でも、“その人以上”にその人を知れる。
 だから、その人間を彼女は“会話”で知る必要がない。
 開口一番、その人間を批判することが出来る。
 彼女が見えるのは常に、“真意”なのだから。

「さ、終わらせましょっか。まとめて“4体”で来てよ。段々飽きてきたし」
「!!?」
「あれ? 『何時の間に捕まえてたんだよ!?』作戦だっけ? ごめーん」
「っ、ニョロボン、“ヘラクロス”!!」
 エルレイドとルカリオの隣に、2体を繰り出す。
 森の関所の近くで捕まえた、ヘラクロス。
 まだ誰にも言っていなかった新しい手持ちは、長い角をシリィに向ける。
 新鮮な後姿の先いる、全く悪びれた様子がないシリィは髪を払う。

「私に“とっておき”なんて概念ないの。どんなに“仕込んでも”、それは私も“知っている”。複線やブラフなんて、どーでもいい」

「全員で、攻撃……!!」
 4体が、シリィに飛び掛る。

「4対4にすっかねぇ」
 迎え撃ったのは、トドゼルガにメタグロス。
 そして、新たに繰り出された黒く小さな体のマニューラ、そして、巨大なキバを持つイノシシのような姿のマンムー。
 戦いは、こっちが有利のはずだ。
 氷と鋼は、共通して闘の弱点を持っている―――

「あんた、“変わりたい”と思ってんの……?」
「え……?」
 乾いた目を、目の前で戦っているモンスターに向けながら、シリィは呟いた。
 荒れ狂う吹雪の中、何故かその声だけは、確りボクに届く。
 “変わりたい”……?
 それが、シリィがボクの心から見つけたボクの望み。
 確かにそう思っていた。
 “惰性”で生きていたボクは確かに、“変化”を待っていたのだから。

 ―――ヘラクロスのツバメ返しがトドゼルガに振り下ろされる直前、メタグロスが割り込んで防御。その直後、ルカリオと対峙していたはずのマンムーから高速で氷が発射されてヘラクロスを掠める。

 だけど今はどうだろう。
 もし、“変わりたい”という気持ちが、誰の力にもなれない自分を何とかしたいということを指すなら、確かにボクは“変わりたい”。

 ―――トドゼルガが放った吹雪は、マニューラに翻弄されていたニョロボンに直撃。耐え切ったニョロボンが反撃に放った瓦割りは、確りと“守る”で防御される。その隙を縫って襲い掛かったエルレイドも同じ結果。駄目だ。また連続で成功された。

「それさ、無理だから。知ってる? 変わりたいと思っても、変われないものがあるってこと」
「それ、は……!!」
 不思議な、時間だった。
 ボクは確かにモンスターに指示を出しているし、それはシリィも同じなはず。
 横から吹く吹雪で耳は殆ど塞がっている。
 シリィの姿も、その所為で殆ど見えない。
 なのに。
 この会話は続いている。

「人の“本質”は変わらない。あんたはずっと、怠けたまんま。どうせ、『誰かのために何かしたい』とか、勘違いなりに思っていても、絶対何時か飽きて“忘れる”」
「そんな訳……ない……!!」

―――突如加速したメタグロス。そのバレットパンチは同じ“断絶”のモンスターでもあるルカリオにヒット。それにも拘らず、ルカリオは弾き飛ばされる。メタグロスはすぐさま近くのニョロボンに向かい合い、コメットパンチ。避けよとするが、マニューラが何時の間にかニョロボンの後ろに回り込んで動きを妨害する。

「あのさ、何度も言うけど無理だから。人は、変われない。精々“変わった気”になれるだけ。そんな人しか、いない。ワンパターンだけ」
「それ、は!……」
 シリィが何を経験してきたのかは分からない。
 だけど、それは、違うと思う。
 何が違うかは、言葉にすることは出来ない。
 だけど、違う。
 “違うと思う”。

―――倒れ込んだニョロボンから離れ、メタグロスは次の獲物を探しに行く。次にその紅い目が向いたのは、マンムーに襲い掛かっているエルレイド。再びバレットパンチで飛び掛る。

「違わない。私はあんたより遥かに“人を知っている”。変わりたい、変わりたい、って思ってても結局やるのは、諦めるか、意味のない堂々巡りのどっちか。それが人間って生き物。なのに変わりたいとか思っている奴……見ていると本当にうざい」
「……っ」
 何も、言わない。
 違うと思っても、それを言葉にすることはボクには出来ないから。
 目の前の戦闘に、集中する。

 徐々に倒れていくボクのモンスター。残っているのはもう、ルカリオとヘラクロスだけだ。一旦離脱させる。
 シリィのモンスターは、4体とも戦闘不能になっていない……。

「人は、変われない。特にあんたみたいに、誰かに“依存”しているような奴は元の場所からピクリとも動けない」
「っ、何を……!?」
 思わず、叫んでいた。
 シリィが口走った、その言葉に。

「あんたの心、うざかったから直ぐ出てきたけど……。マジ、さ、い、あ、く、だった。ジコチューなのに……いや、ジコチューだから『“誰か”に見続けてもらいたい、認めてもらいたい、でもどうしたらいいか分からない!』って気持ちが暴れまわってる。その依存の“相手”もね……。昔は“お兄ちゃん”。今は……」
「っ!! ルカリオ!! ヘラクロス!!」
 もう、シリィの言葉は耳に入ってこなかった。
 今あるのは、カッと熱くなる頭。それと、滲む視界。徐々に浸透していた額の傷の痛みも、直ぐに意識の片隅に追いやられた。

 勝手に人の心に入って、平気で“そういうこと”を言うシリィ。
 絶対に、倒す……!!

「言っとくけど、これは私のストレス発散。あんたが主賓じゃない」
 ルカリオを、冷凍ビームが打ち抜く。唯でさえ足を取られて動きの悪いルカリオは、その後直ぐに襲い掛かってきたマニューラの攻撃を凌ぎきれない。

 考えないと……。
 シリィを倒す方法。
 シリィの戦闘スタイル。
 シリィの癖。
 何でもいい。
 何でも……
 それは……何?

 ヘラクロスはインファイトをトドゼルガに放つ。
 しかし、その攻撃は、またもピンポイントの“守る”に阻まれた。

 じゃあ、次。
 次。
 次、は。
 何を……

「あのさぁ……」
 ヘラクロスが一旦戻ってきたところで、シリィが気だるさを増した声を発した。

「もう、分かんない? “終わってる”って。あんたの残りの1匹も、もう限界なんだけど?」
「はあ……はあ……はあ……!?」
 シリィに言われて視界が少しだけ広がった。
 何時の間にか、ルカリオは倒れ、ヘラクロスも殆ど体力が残っていない。

「最後に、教えといてあげるわ。私の戦闘スタイル」
 完全にシリィは飽きている。
 余裕は、最初からあった。
 でも今はそれ以上、ただただ、“飽きている”。

「それは、“本格派”。私は個性豊かなウチのメンバーと違って、特殊なことはしない。ただモンスターで戦って、勝つだけ。私には、それで十分」

 “本格派”。
 身体能力を活かし、自身がまるでモンスターのように戦うフェイル。
 大量の虫を従えて、進化させ即戦力にまで戦力を上げ戦うマイム。
 霧を自分に見せて、対戦者を完全に惑わし騙しながら戦うペルセ。

 今までボクが会ってきたチーム・パイオニアの誰とも違う戦闘スタイル。
 だけど、最も特殊じゃない戦闘スタイルだ。

 でも……

 ボクは、変わらず乾いている瞳のシリィを見上げた。

 ……“最悪だ”。

 シリィは人の心を読める。
 つまり“トリック”じゃ、どんなに精巧だろうと通用しない。
 その上、ピンポイントの“守る”。
 人の心に穴がある以上、彼女には……絶対に……。
 見上げた先にいるシリィ。

 あれが、“最強”……!!

「あー、うざ。てゆーか、私ぃ……“リーダー”じゃないんだけどぉ?」
 意識せずとも凍り付いている耳が立った。
 シリィが心底面白く無さそうに発した言葉に。

 そうだ。
 “彼女は違う”。
 もっと……上がいる……!?

「私の“力”もぶっちゃけアレだけど……“リーダー”はもっとふざけてる。何せ……」

 雪の音は、聞こえない。
 ボクの耳は、ただただシリィの言葉だけを拾っていた―――

「“勝つための条件が必ず起こる”。そんな異常な力だしね……」

―――勝つための条件は絶対起こる。

「あ……え……!?」
 その……言葉は……!?

 忘れもしない、あの夜の言葉。
 脳裏に浮かぶカイ君。
 絶望的な状況だったのに、何故かその言葉は、絶対の信頼を寄せることが出来た。
 だからあの時、彼の指示を守ったんだ―――

「―――!?」
「っ!?」
 初めて、シリィの完璧な“作品”が嫌悪感を伴わない表情を浮かべた。

 それは、純粋な“驚愕”。

 信じられないものを見るような目で、シリィはボクをじっと見ている。

「まさか……」
 ゾワッ。
 完全な寒気が、ボクを襲う。
「ぐっ……うっ……」
 今ボクの心を、何所までも深く、彼女は探っている……!!

「っ……」
 出てけ、出てけ、出てけ。
 そう何度も心の中で念じる。
 “そこ”はお前なんかが入っていい場所じゃない……!!

「はっ……あ……あ……」
 突如襲った胸焼けは、あっけなく引いていく。
 それは、彼女の出入りが完了したことを示していた。

「まさか……あなたたち側にもいるの……!? “主人公”が……!!」

 シリィの渇いた瞳は、完全に人間らしい色を帯びていた。
 種類は、焦り。そして、徐々に別の色に変わっていく。
「だからあの男……あんなに……。ふーん……」
 落ち着きを取り戻したシリィは、それでも確かに、“苛立っていた”。

「流石にこれは、“報告義務”がありそーねぇ……」
「っ!?」
 くるり。と、あっさりシリィは背を向け、山を登っていく。モンスターもそれに倣う。

「ま……待った……まだ……」
「……はぁ?」
 振り返ったガラス玉は今度こそ、嫌悪の色を浮かべていた。
 それも、ずっと強い。

「終わってんじゃん。てゆーかさぁ、私、今行こうとしてるんだけど? 命拾いしてんだからさ……」
 だから、何だ。
 シリィが行こうとしているのは分かる。
 だけど。
 好き勝手言い放って。好き勝手人の心を覗いておいて。人の願いを無理だと言い切って。ただ自分一人で何かを納得して。やることが出来たから帰る。
 それで、帰せる訳がない。
 分かってる。
 彼女の行動は“力”があるから“我”。
 ボクの行動は“力”がないから“我侭”。

 だけどもし、ここで黙ってシリィを見送ったら本当に一生“変われない”―――

「ヘラクロスッ!!」
 ヘラクロスが、飛ぶ。
 狙いは……シリィだ……!!

「だから言ってんじゃん。“変われない”って……」

 シリィの足元のモンスターが構える―――

「……“停止”と“断絶”のDouble drive:Ice age」

 目の前が、真っ暗になった。

~~~~

「ええ~、こちらスタジオのスズキ。現場のカイさーん。そっちの状況どうですかぁ……!?」
「お前を雪だるまに埋めてやりたい」
「素直なこって」
 俺とスズキは、一歩ごとに足が埋もれる雪山をひたすら駆けずり回っていた。
 相変わらず周りは豪雪。加えて殆ど前が見えない。

「ユキノオーは倒したけど……止まねーなぁ……。天気予報大当たりって感じか」
「スズキ。悪いけどマジで探してくれよ……!! ああくそ、マジでラナの奴何所行きやがった……!?」
「分かってるけど……さ」
 スズキも真剣に探しているのは分かる。だけど、その視界は雪で遮られているのだ。効果は薄いのだろう。

 レイとコトリをギルドに待機させて、俺たちはラナ探しに直行した。本当は別々に行動した方が効率的なんだろうけど、スズキは俺のお目付け役、俺は緊急避難用の“空を飛ぶ”の待機状態。お互い離れる訳にはいかない。

「なあ、スズキ。こっちか……?」
「ん? ああ、ユキノオーがあそこにいたんだろ? 行く途中で降り出したんなら、多分こっちだと……いや、マジで多分だぞ? 雪山なんて殆ど分からないし」
「それでも、いい」
 俺より正確なはずだ。前も見えないこんな状況じゃ、スズキが持つ方位磁石だけが頼りなんだから。
 ユキノオーは、俺たちが発見した時には元気に豪雪を降らせていた。
 それを何とか撃破しても、ラナが見つからないどころか天気さえも回復しない。スズキの言う通り、本当に今日の天気はこれだったみたいだ。お陰で移動手段も、徒歩しかない。

「ラナ―――ッ!!」
 吹雪に負けないように叫ぶ。
 だがそれも、直ぐにビュゥウゥッという音にかき消された。
「くそっ、あいつマジで……」
 ラナはきっと、宿代を稼ぐつもりだったんだろう。
 俺が小屋を壊した所為で、収入がなくなったから。
 本当に、何やってんだ俺は……!!

 何度目を凝らしても、雪しか見えない。
 あいつはやっと、成長しだしたんだ。
 自分でそれを“選んで”。
 あいつは、“これから”なんだ。
 頼む、無事でいろよ……

 頼む……!!

「……!?」
「…………」
 本当に、驚いて声も出なかった。
 俯いていた俺が顔を上げた時、探し人が目に飛び込んできたのだから。

「ラナ……ちゃん?」
 ゆっくりと、足を引きずって歩いてくるラナ。
 ただ、どう見ても“無事”じゃない。
 額だけが赤い顔は、死人のように白く、唇は完全な紫。目は焦点が合っていない。
 そして……

「ラナ……? ラナ!? おい!! 何があったんだ!?」
 飛び込むように俺の肩に倒れ込んできたラナの頬は、氷のように冷たかった。
「カイ……君?」
「あ……ああ」
 ラナは震えている。

「ぜ……全部……全部駄目……駄目だった……。ぜ、全部……何も……」
 ラナは震えている。でも、これはきっと寒さの所為じゃない。

「スズキ……とりあえず、ナビしてくれ」
「……ああ」
 ラナを背負って、スズキについて行く。
「たくさん……たくさん……言いたいこと……言わなきゃいけないこと……あったのに……何も……何も……」
「……お前……」
 まるで、苛められた子供の世話をしているみたいだった。
 ラナの途切れ途切れの言葉から滲んでいるのは“悔しさ”。それ一色だった。

「一瞬で……ヘラクロスも“凍り付いて”……最後まで、駄目だった……」
「……もういい、とりあえず落ち着け。もう直ぐギルドのはずだ」
 ラナの言葉に多少違和感を覚えつつも、俺たちはほぼ全速力でギルドを目指す。ラナが危険だ。下手すりゃ凍傷になっている。

「ねえ……教えてよ……。ボク、ずっと、ずっと、“変われない”のかな……?」
 ラナの声は、時折嗚咽が混じるようになった。
 俺の頬が濡れているのも、雪だけの所為じゃないかもしれない。

 だけど、こういう辛そうな声は前にも聞いたことがある。
 ノーブコスティの、博物館。
 “逆らいたい”と言ったコトリに“近い”。

「分かんねぇよ……」
「…………っ」
 それは、ラナの望んだ答じゃなかったのかもしれない。
 でも、俺はそう答えた。
 それが、俺の答だから。

「いきなりそんなこと、聞かれても分かんねぇよ。何の話をしてるのかも、お前が何を変えたいのかも」
「…………」
 状況も何もかも分からない。だから、冷たくてもそれが俺の答。
 コトリはあの時“我”を持っていた。
 だからそれに応えた。
 だけどやっと“我”を育て始めた奴には、口出ししちゃいけない。
 口出ししたらそれはきっと、ラナの“我”じゃなくなっちまう。
 それが、俺の考えだ。
 ただ。

「ラナ、忘れるなよ」
「……?」
 俺はかなり酷な事を言っているのかもしれない。
 アドバイスはこれだけなのだから。
 恐らくは、誰かに傷つけられたのだろうラナ。
 そしてそれに対して、ラナが何も出来なかった。
 だけど。

「マジで願ってるなら、“忘れるな”。多分、俺が言えるのはそれだけだ」
 “忘れる”という、ラナの“癖”。
 “選ぶ”前に捨てていたら、絶対に前進はない。
 酷く心を痛めたのなら、その痛みは忘れちゃいけないんだ。

 そして、俺は信じてる。
 ラナは……ラナの今の心は、その痛みでも壊れない、と。

「……っ……っ」
 ラナから、とうとう嗚咽しか聞こえなくなった。
 だけど、俺の首に回している腕に力が入る。
 壊れそうな心を必死に繋ぎとめようとしているのかもしれない。

「“忘れない”……」
「……ああ」
「“忘れない”……」
「ああ」
 ラナは何度も繰り返す。

 何時もは忘れて、その後直ぐにからから笑う。
 それが俺の知っている、ラナニア=マーシャルだ。
 だけど、それは逃げた先にある光景。
 絶対に何時か破綻する。
 もしくは、“破綻しないままという悲劇”が起こる。
 でも今回の事態からは、ラナは逃げない。
 だから……

「……“忘れない”……よ」
 声が小さくなっていった。
 一瞬背筋が冷えたが、スズキの背の直ぐ向こうにギルドの光が見える。
「ラナ、着いたぞ!!」
「う……ん……」
 ああ、何とか間に合ったか……!

 スズキが先にギルドに飛び込んで、何かの手続きをし出した。
 ロビーで待っていたレイとコトリが駆け寄ってくるが、今はラナの治療をしないといけない―――

――――――

 医者の話を聞くに、ラナは大丈夫みたいだった。
 すやすやと眠っているラナの顔色は徐々に戻っている。

 レイとコトリは、俺たちが出て行った後大変だったらしい。
 『自分が貯金のこと話してなかったからだ』と雪山に向かおうとしたレイを、必死にコトリが止めるという珍しい問答があったそうだ。
 ただ、その程度のことを気にされると俺のしでかしたことはもっとでかい。
 レイ、気にしないでくれ。良心の呵責が俺を攻めるから。

 そして結局、夕食の時間になっても、ラナは起きなかった。
 ラナの身に何が起こったのかは、まだ分からない。
 だけど今は、これでいい。無事でいてくれたのだから。

 夕食後―――
 ラナの病室に侵入した。後でレイも来るだろうが、俺が一番乗りだ。
 ベッドに椅子を寄せて座り込む。
 俺の責任というのもあるけど、それ以上に、今日はこいつの面倒を見たくて……

「依存……なんか……してない……」
 ……よく分からない寝言を聞きながら、俺はお見舞いのリンゴをむき始めた。

――――――

 その時の俺はまだ、知らなかった。
 当然だ。
 まさかラナが、“そんな出来事”に巻き込まれていたなんて知らなかったんだから。
 ただ、それは俺が知らないだけで、事実として確定していた。

 ペルセ。
 ドラク。
 フェイル。
 マイム。
 そして、ラナが出会ったというシリィ。

 これで、計五人。
 “その全員に会うこと”が、正に“あいつ”と出会う“条件”だったかのように―――

 ―――“出会い”は、直ぐそこまで近付いていた。


------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 更新の方は、なんちゃって一週間、に纏まってきました。
 物語の方もそろそろ佳境(のはず?)ですので、もうしばらくお付き合い願います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.45 Story
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/02/27 01:16

~~~~

―――なあ、カイ。
―――……またか。またなのか?
 今も同じことを思う。
 自分でも分かる。これは、夢だ。
 ただ、経験したはずのこれは今まで通り、靄がかかって先が思い出せない。
 俺は自分を夢から切り離すことを諦めて、夢の進行に身を任せた。

―――何だよ……。“世界の話”は飽きたってか? じゃあ、今日はそうだな……“不思議な力”について話してやろう。
―――『話さない』って選択肢はないのか?
―――“不思議な力”。そう聞いて、お前は何を想像できる?
 どうやらその選択肢はないみたいだ。

―――えっと、スプーン曲げ……とか? 後は……空中浮遊とかか? それから……
 とりあえず、俺は思いつく限りを挙げていった。
 ただ、リクトは俺を面白そうに見ているだけだ。
 その顔で、リクトが何を考えているか分かる。
 『その発想じゃ、俺の求めている答えは出ない』
 そう言いたいんだろう。

―――ストップだ。カイ。まあ、それもハズレじゃない。
 ビンゴ。やっぱり違ったみたいだ。

―――俺が言いたいのは、もっと……そうだな。“力”として目に見えないもののことだ。
―――悪い。答を教えてくれ。
 話の趣旨さえ分からないんだ。

―――じゃあ……例えば、人間はどんな力を持っている?
―――……筋肉とかか?
―――ああ。それから?
―――頭の良さ。
―――お前には無いやつな。
―――…………後は、運とか……か?
 リクトの横槍を無視して、俺は思いつく全ての力を挙げた。
 筋力、知力、そして運。
 細かく言えば他にもあるだろうが、とりあえずこれ位がメジャーなところだ。

―――その中で、“測れない”ものがある。それは?
―――……運だな。
 考えるまでもない。筋力は体育の時間に測ることがあるし、知力は……まあ、結果はどうあれ、学校で測る。
 ただ、運は測りようがない。その時その時の運は測れるだろうが、結果はコロコロ変わるだろう。
 つまり運は、人の“目に見えない力”。

―――まあ、その通りだ。単純な考え方だけど、“人の力”はその掛け算で決まるって言ってもいい。一つでも絶望的に欠けていれば、『力がない』ってことになりうる。……ああ、安心しろ。お前は知力ゼロって訳じゃないから。
 もういいから話を進めてくれ。その、『一応言っておかないと』的な感じで人を挑発するな。

―――じゃあ、他にはあるか?
―――他?
―――ああ。人の力の他の例だよ。
 無い……と思う。そもそも、俺はそろそろ話についていけなくなっているんだ。

―――無い訳ない。何せ、筋力、知力、そして運。それら全てが同じ人間が存在したとしても、同じ人生を歩むことになるか?
 俺は首を振った。

―――例えば『個性』なんかがある。他にもあるだろうが、それらが掛け合わされれば、“人の力”の完成だ。最初の話に戻るけど、“不思議な力”はその“個性”に分類される。お前がさっき言ったスプーン曲げだとか空中浮遊だとかは、“超能力”っていう“個性”だ。
 リクトの話は……特に例え話だが、本当に意味が分からない。
 この先、この話を理解できる時が来るのだろうか。

―――ただ、俺が最も“知っている”不思議な力は目には見えない。曲がったスプーンも残らないし、空も飛べる訳じゃない。もっと概念的な……限界の先にある、“勝利”を齎す力だ。
―――それは……“運”じゃないのか?
 限界の先にある。つまり、自分の実力で確実にはできないことを実現する力。
 例えば、サイコロの狙った目を出し続けるなんてのがそうなのかもしれない。
 俺の認識ではそれは“運”だ。
 しかし、リクトは首を振った。

―――“その力”は運じゃない。何故なら“個性”に分類されるからな。運がない奴がそれを持っていても、運がある奴がそれを持っていても、“その力”は揺るがない。ただ、そいつは“必要な条件”を必ず引き寄せることができる。
 その言葉は嫌に耳に残った。
 何故俺は、もう一度それが“運”だとは思わなかったのだろう。

―――運と言うには、あまりに強固な……だけど、実力と言うにはあまりに奇妙なその“力”。それを俺は、こう呼んでいる―――

 そこで、目が覚めた。

~~~~

「チェス……うわ。起きた……!?」
 目を開けた途端、視界に飛び込んできた奴の肩を俺は確り掴んだ。
「ごめんなさい」
「大きく分けて2つ言いたいことが……って。……え!?」
 眠気が、一気に飛んだ。
 目の前で悪戯が見つかった子供のように(実際そうなんだろうが)『あはは』と笑っているのは―――

「……ん? 嘘だろっ!? カイより目覚めるの遅かった!?」
「驚くのはそこじゃねぇ!! ラナ!! お前何してんだよ!?」
「いやっ、おはようっ!」
 喧騒で起き出したスズキに元気よく手を上げて挨拶しているのは、ラナことラナニア=マーシャル。
 一昨日の遭難事件の所為で、大事を取って昨日一日ベッドから降りるのを禁止されていた病人だったりする。

「お……お前、もう大丈夫なのか……!?」
「え? うん。元気元気。昨日よく寝てたから、目が覚めちゃって。抜け出してきたんだ」
「よし、スズキ。連れ戻すぞ」
「っ!!」
 途端じたばたと暴れだしたラナは俺から距離を取って獣のように威嚇してきた。見た目は元気だが、昨日の昨日まで入院してたんだろう……?

「じゃあ、とりあえず俺は病室行って事情話してくる。今頃ラナちゃんいなくなって騒ぎになってるかもしれないし」
「お、おう、悪いな……って、ラナを連れてってくれよ」
 聞こえていたはずなのに、スズキはあっさり部屋を出て行った。
 確かに『よろしくーっ』と手をブンブン振っているラナには、もう入院は必要ないのかもしれない。
 というかこいつ、何しに来た……?

「うわぁ……雪が綺麗だねぇ……」
「……」
 あくまで窓には近付こうとはせず、部屋の中央から外を眺めるラナ。
 視線の先には一昨日から降り続いている雪。
 俺たちがクロースノアで過ごす三日の朝も、どうやら空は青くないらしい。

 疲れたのか、ラナは椅子を引いて座った。視線はまだ窓に向いている。

 こいつが何と“出会ってしまった”のかは、昨日聞いた。
 俺たち全員でラナの看病をしている時に。
 その時に、ベッドに座りながら、“悔しさ”を言葉の節々に滲ませながら、チーム・パイオニアのシリィという女性との戦いを語った。

 “心を読む本格派”。
 対抗手段は無いような相手との戦いの敗北を、本当に、悔しそうに。
 拳を握り締め、額に皺を寄せながら。本当に、悔しそうに。
 聞いているこっちが辛くなるほどに。本当に、悔しそうに。

 それなのに……

「今日も止まないのかなぁ……」
 机に頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めるラナは、どこか和んでいた。
 それに、異様に元気だ。
 まるで昨日とは別人のように。
 …………って、まさか、こいつ……

「忘れないよ」
「……!」
 ラナは、何時の間にかベッドに腰掛ける俺と向かい合っていた。
 目は、昨日より遥かに澄んでいる。

「ボクはあの出来事を忘れない。それを伝えたかったんだ」
「あ……え……あ、ああ」
 いくら寝起きとは言え、我ながら芸のない返事だと思う。
 折角こいつが元気に振舞って、それを伝えに来たというのに。
 ただ、やっぱり、驚きの方がでかかった。

「約束したからね。『忘れない』って」
「……ああ」
 俺は同じ言葉を返した。

 ラナの出来事。
 殆ど泣きながら話していた辛い出来事を、こいつは忘れない。忘れようともしない。
 俺は多分、同じことは出来ないだろうから。

「やっと、ロッドがボクに旅に出るかどうかを“決めさせた”理由が分かってきた……かな」
 またも頬杖をついたラナは呟くように言った。
 ラナの兄が、ラナに旅立つことを“決めさせた”理由。
 それはきっと、自分で決めたことじゃないと何所かで止まってしまうからだ。

 だから“決めて”旅に出た今、こいつは前に進んでいける。

「さ、そろそろご飯食べよう。そだ、後でカイ君に聞きたいこともあるし」
「?……うし、行くか」
 時計を見れば、何時の間にかいい時間になっていた。
 俺は立ち上がって、ラナについていく。

 ズレた鼻歌を歌いながら、スキップでもするように歩くラナ。
 これが、ただの空元気でありませんように。
 そんなことを俺は思っていた。

 心が折れなければ、こいつの望は叶うのだと信じたいから。

・・・・・・

「いはいっ!! いはいっ!!」
「おー、やってるやってる……」
 食堂で、病室を勝手に抜け出したことでレイの手厚い歓迎を受けているラナを見ながら、スズキは暢気な感想を漏らす。
 だが、実際痛そうだ。一応病み上がりなんだから……レイ、考えてやれよ?
 その光景を唖然と見るコトリも、自分がされていることを想像しているのか頬を擦っている。

「ラナ、どれだけ心配したと思ってるの?」
「う……うぅ……ご、ごめんなさい……」
 朝一でお見舞いに行って、昨日あんな様子だったラナが突然消えたとなれば、レイの気持ちも分かる。伝えに行っただけスズキが『巻き込まれそうだった』と言うほどだったのだから。

「ラナさん、元気そうですね。痛そうですけど……」
「まあ、はしゃぎ過ぎるとああいう制裁が待っている。コトリ、覚えておけよ?」
「そこ、聞こえてるわよ?」
 コトリが直ぐに立ち上がってペコペコ頭を下げる。
 スズキは安全地帯で笑う。

 ああ、何時の間にか“日常”だ。
 でかい窓の外を見れば、何時の間にか雪は止んでいた。

 クロースノアには三日しかいなかったが、濃い時間を過ごした気がする。
 俺にとっては、損害賠償事件が一番のトラウマだ。

 さあ、次は何所に行くか。
 ウィッシュ・ボーンは、まだ遠いらしいし。

「そうだ、カイ君」
 行き先の話題を出そうとした矢先、ラナが頬を擦りながらそれを遮った。
 さっき言ってた『聞きたいこと』……か。
 その口調はどこか真剣で、全員の視線がラナに向く。

「“主人公”って……何?」

「―――ぶっ!?」
「どわぁっ!?」
「きゃっ!?」
「ちょ、ちょっと、スズキ!! 何やってんのよ!?」
 スズキが、いきなりコーヒーを吹いた。
 幸い被害は大きくなかったが、テーブルクロスには染みが出来る。
 ホントにお前、何やってんだ……?

「わ…………悪い悪い。何か変なところに入っちゃって……。何か、喉の、変な……あれ? 名前なってったっけ?」
「知るかよ。ほら拭け」
 殆ど投げ付けるように布巾を渡して、自分のトーストと目玉焼きを確認。良かった。被害は無い。

「で、何?」
「……え? ああ」
 騒ぎにも挫けず、未だ掃除中のスズキも手伝わず、ラナは俺だけを見据える。
 人はそれを自己中と言うが、まあ、スズキは自業自得だ。
 えっと……え!?

「……ちょっと待て」
 質問をもう一度反芻しても、こいつの口から出てきた言葉は変わらない。
 こいつは確かに言った。
 『主人公』と。

「何でお前がその言葉を知っている……?」
 明らかに、“物語の主役”としての意味で聞いてきたのではないその言葉。
 その言葉は、そんなに普及しているものなのだろうか。
 その、“個性”は。

「言ってなかったけど……、昨日話したシリィが言っていたんだ。『あなたたち側にも“主人公”がいるのか』って」
「何それ?」
 レイが怪訝な顔をするのも無理はない。
 俺だって、リクト以外からそんな話を聞いたことはないんだから。

「カイ。お前知っているのか? その、“主人公”ってやつを」
「うーん……」
 スズキが珍しく乗り出しているが、俺にしてみれば著しく微妙だ。
 リクトの話した“不思議な力”。
 はっきり言って、ファンタジーだ。
 何の根拠もない。

「まあ……これも、その、リクトが言っていたんだけど……」
 俺はリクトの例え話を思い返した。

「例えばさ、漫画とかテレビとか……とにかく、物語を見ていてこんなことを思ったことないか? 『何でこの主役にはこんなに都合のいいことばかり起こるんだ』って」
 どんな物語でもいい。
 必ずそこには、“条件”がある。そしてそれは、必ず主役の周りで起こるのだ。
「は……はあ……」
 コトリが早速、ポカンと口を開け始めた。確かにいきなり何を言ってんだって感じだろうが、頼むコトリ。お前がこのチームの最後の良心なんだ。

「リクトから言わせればそれは“当たり前”らしい。理由は簡単。その主役が“主人公”の力を持っているから、だ」
 この世に存在する、全ての物語。
 その主役は、必ず“主人公”であるはずだ。

「ちょ、ちょっと待って、話が抽象的過ぎるんだけど……、じゃあ、例えば現実に“主人公”の力を持っているとどうなるの?」
 レイも頭が混乱してきたらしい。
 脱落ダービーパドック予想Top2は、珍しく話をまだ聞いている。

「持っていると……“物語が進む”。というよりも、“進まなくなる可能性”がゼロ。つまりどんなに絶望的でも、正しく行動すれば必ず何とかなる。“勝率”が高いって感じかな」
「“勝率”……ですか?」
「ああ。勝率って言い方はどうかと思うけど、間違えなければ必ず“ゴール”に辿り着ける。“主人公”の本当に目指すべき道は、絶対に途絶えない」

―――何故なら、物語とはそう在るべきものだから。

 告いだリクトの表情は、丁度逆光で見えなかった。

「じゃあ、主人公の望んだことは何でも起こるの?」
「……基本的には、な。ただ、“引き寄せられる”のは“絶対に必要な条件”だけ。物語が進む上で、絶対に必要なことだけだ。他は知らねぇよ。リクトが言うには“運”とも別だってさ」
「え……?」
 レイが、何故か幽霊でも見るような視線を俺に向けてきた。

「……何だよ?」
 その後、指まで差されたら流石に声が出る。
 視線を移すと、何故かコトリも同じような視線を向けていた。

「あ、あんた……え? 何? あんた……え?」
「カ……カイさん、前の放火魔の時……その……」
「…………そういうことか」
 途切れ途切れのレイの言葉じゃなく、具体的なコトリの言葉で分かった。

 放火魔が俺に向かって言ったこと。
 そして、フェイルと戦った時レイたちに言ったこと。
 共通する言葉があった。

―――必要な条件は絶対起こる。

「一応言っとくぞ。お前らは何か勘違いしているからな」
 “主人公”の力は確かに、“勝率”そのものが上がる。
 他の力……例えば“心を読む”とかは間接的にしか“勝ち”に影響しないのに対して、“主人公”の力は直接的に影響を及ぼす。

 絶対的な力と言えばそうだけど、実際にはそこまで大したことじゃない。
 何故なら……

「“主人公”の“個性”は多かれ少なかれ、誰でも持っている」
「……え?」
 コトリのどこか羨望していたような顔が、一気に『理解不能』の表情に変わった。
 ああ、分かってるさ。
 俺もリクトから聞いた時はその表情をしたんだから。

「小学校の道徳みたいな話になるけど、皆が皆“主人公”になれるんだ。ある時は現れ、ある時は消え、そうやって世界は回っている」
 リクトの言葉をそのまま口に出す。
 この世界には、“主人公”の力が溢れかえっている。
 何故なら、人の数だけ“物語”があり、人の数だけ“主人公”がいるのだから。
 誰が何時“主人公”になるかは分からない。
 だが、“その時”は必ず来る。
 漫画やテレビは主役が“主人公”の力を持っている時のみを追うから、あんなにも都合よく出来ているらしい。
 確かに、漫画やテレビの話は空想だ。
 だけど、リクトが言うには世界は“全通り”あるのだから、“物語”の世界も存在する。
 そこの世界では、漫画やテレビのように“主人公”の力を持った人間も実際に存在するのだ。

「まあ、俺が言っていたのはただの自己暗示だ。『自分は“主人公”。だからここで終わる訳がない。勝つための“条件”は絶対起こる』ってな」
 後から思えば背筋が寒くなる。
 『勝つことを前提にしなければ戦えない』とは思うが、かなりリスキーなことをしていた。
 実際、本当に必要な条件を見極められないと、ただのパラノイアだ。

「カイ君、いいかな?」
 珍しく勤勉に話を聞いていたラナが(なんと挙手までして)乗り出してきた。

「本当に、それだけ?」
「……は?」
「だから、皆が持っているなら『“主人公”がいる』なんてこと言わないと思うんだけど……」
「…………ほう」
 勤勉に聞いていた成果か、ラナが中々唸るようなことを言ってきた。
 確かにそうだな。
 ……って、どうなってんだよ。

「“消えない奴”がいるんじゃないか……?」
「……!」
 スズキがようやく口を開いた。
 珍しく真剣だ。そして、この時のこいつの予想は大体当る。

「“主人公”の力が“消えない奴”。もしくは、人生そのものが一つのゴールに向かって進む“物語”ってことかな」
「それ、は……」
 人生全てが一つの“物語”。
 そう考えれば、確かにそいつはずっと“主人公”だ。

―――!?

 その時、俺の脳内に何か電撃のようなものが走った。

 待て。
 待てよ……?
 リクトの話を思い出せ。
 俺は、その話をリクトから聞いていたはずだ。
 “主人公”の力が“消えない奴”の存在を。
 何時だ……?
 何て言っていた……?
 そして、何で俺は思い出せない……!?

「カイさん? あの、大丈夫ですか……?」
「え? ああ、大丈夫だ」
 爪が食い込むほど拳を握り締めても答は出てこなかった。

「さて。ところで気になるんだけど、ラナちゃん。さっき、『あなたたちの側に“も”』って言ったよね?」
「うん」
「……!?」
 ラナがあっさりと肯定して、はっきり言った。

「チーム・パイオニアのリーダー。“左目に傷のある男”は、“主人公”だ」
「……!!」
 会ってもいない人間のことに、ここまで過敏に反応したのは初めてかもしれない。
 背筋が寒くなる。
 手の平がしっとりと濡れていく。

 相手に、いる。
 勝つための条件を必ず起せる―――

―――“主人公”が……!!

「ま、その辺はカイに任せた」
「……あのさ、話聞いてたか?」
「ははは、さ、次何所行くかそろそろ相談しよっか」
「……もう一回言った方がいいみたいだな。話聞いてたか?」
「まあまあ」
 スズキは笑いながら、コーヒーを手に取る。
 もうこの話題は終わりにする気らしい。
 俺もコーヒーカップを口に付け、モヤモヤした気分ごと飲み込む。
 相手が“主人公”だろうが関係ない。
 『倒す』と誓ったのだから。
 考えるのは、後でいい。

「で、レイ。俺は面白い噂を聞きました」
「……ま、あんたのことだから知ってると思ってたけどね」
 スズキが一本立てた指を見ながら、レイは溜め息を吐いた。本当に、スズキが普段何所で何をしているのか計れない。
 レイは、予想して持ってきたのかガイドブックをどこからともなく取り出し、ページを捲り始める。

「噂って、何の話?」
「わ、私は知らないです……」
 良かった。
 昨日一日ベッドの上で寝てたラナはともかく、コトリも知らないみたいだ。
 知らない仲間がいて、何となく嬉しい。

「最近になって、噂が流れたらしい。この辺りに、“プレート”があるって」
「え、マジかよ。ってことは……」
 チーム・パイオニアが本格活動している大陸でそんな噂が流れれば、どうなるかは直ぐに想像がつく。

「あれ、ガイドブックに乗ってな……あ、そうか。これ、最新版のだ」
 レイが大陸に着く度に購入しているガイドブックをパタンと閉じて机に置く。

「って、最新版なのに何で載ってないんだよ?」
「だ、だって、仕方ないでしょ? あるって噂が流れた場所、“もう国じゃない”んだから」
「……はあ?」
 俺の話も要領を得なかったろうが、レイの話も分からない。
 朝から何なんだよ、このグダグダ感は……!

「じ、つ、は、さ」
「お前、何で普通に話せないんだよ?」
 何故か笑っているスズキは、勿体つけた言い方をする。
 何がそんなに面白い……?

「ヴォイド・ヴァレー。それが、“プレート”があるって噂が流れた町。“5年くらい前に滅んだ国”の首都ね」
「……!!」
 その話……聞いたことあるぞ。
 “5年くらい前に滅んだ国”。
 確か、それは……

「分かったみたいだな。そう、あの“赤目”……グラン=キーンの出身地だよ」
「え!? そうなの!?」
 俺より先に、レイが声を上げた。
 そういやレイは、知らなかったな。

「まあ、出身地に行ったら会えるって訳じゃないだろうけど、一応興味はあるだろ? ウィッシュ・ボーンへの通り道だし、行こうぜ?」
 出身地……そういやお前らは、“魔女の出身地”で確り“魔女”に会ったそうじゃねぇか……。
 だが、確かに興味はある。

「んじゃ、行きますかぁ。準備しよっと」
「とりあえず、お前はピクニックじゃないことを自覚しとけよ?」
 手をパタパタ振りながら、スズキは食堂を出て行く。
 はあ、あいつは何を考えてんのかね。

 他の三人も、準備のために食堂を出て行く。後は俺だけか。
 確かに荷物は早目にまとめた方がいいだろう。

 朝から妙なことの連続だった。
 リクトの夢にラナの成長。
 そして、“主人公”。
 まさかこの世界でも聞くとは思っていなかった。

 そして、リーダーか……。
 何となく、妙な胸騒ぎがする。
 心が落ち着いているようで、その筈なのに、騒いでいる。

「……うし」
 それを振り払うように、そう呟いて立ち上がった。

 俺も準備を急ごう。
 今日は“あいつ”の出身地を目指すのだから。
 そして、もしかしたらいるかもしれないチーム・パイオニア。

 ただ、妙な胸騒ぎは収まらない。
 そんな気持ちがどう働いたのかは分からないが……

 俺は食後のタバコに火を点けず、食堂を後にした。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 今回は、話だけの話(?)になってしまいました。
 その上、”主人公”についてうまく説明できたかどうか分かりません……
 出来るだけ、分かり易くは心がけているのですが、中々うまくいかないものです……。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.46 Maze
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/06 01:57
「“プレート”の、確保ぉ?」
「ええ」
 レイは、当然のように言った。
 俺たちは今、大自然の中を歩いている。
 何所までも続く、荒野のような地。
 所々に緑はあるが、どこか殺風景だ。
 遠くにそびえる、巨大な山。
 そこを目指しているらしいが、俺の目にはまだ町は映らない。

「“あいつら”は“プレート”を狙っているんでしょ?」
 一旦スズキに確認を取るように振り返ったレイの目には、危険な色が浮かぶ。
 スズキはそれに頷くだけで応えた。
 確か、『関係ないことはない』だったな。

「だったら、居場所も分からない相手を“追う”より、呼び込んだ方が効率いいと思わない?」
「まさか……」
 レイが考えていること。
 それは、“釣り”だ。

「で、でも、それは危なくないですか……?」
「偶然出会っちゃうよりマシよ。それに呼び込んだ方が、戦い易いでしょ?」
 レイはきっぱり言い放った。
 ああ、こいつ、もしかして。

「だからとりあえず私たちは、急いで“プレート”を手に入れる。あいつらよりも早くね……!」
 レイは歩く速度を上げた。

 ああ、やっぱり。
 ラナにされたこと、こいつも怒ってたか……。

・・・・・・

「着いた……わ」
「え? 行き止まりだよ……?」
「ここ……なんですか?」
「やっ、ほーっ!」
「スズキ。お前が何をやってんのかも、お前の気持ちも、何もかも分からねぇよ……」
 その台詞は、そもそも頂上でやるもんだからな。ここは“麓”だ。

―――ヴォイド・ヴァレー。

 俺たちは今、“5年前に滅んだ国”の首都とやらに到着していた。
 いや、正直まだ自信はない。

 都市に着いたと言われて、目の前にほぼ垂直にそびえる山があったら誰だって疑うだろう?

 どこか物寂しい平原に囲まれた高く高くそびえる、垂直に近い山。崖って言った方が正しいかもしれないその山の高さは、かつてのプレシャス・ビリングを塞いでいた岩の比じゃない。どれほど確り準備をしたところで、登ることはできないだろう。
 その山は、青空に浮かぶ太陽を突こうとでもしているかのように先端が集束していっている。
 果たして上から見た時、どういう形をしているのだろうか。
 先が尖った巨大なドーム。
 それが、一番形容するに相応しい言葉かもしれない。

「あのさ、レイ。何で俺たちこれを見上げてるんだ? てか、これから山登るのか?」
 最早バスも出ていないこの場所に来るまでどれほどの苦労があったのだろう。
 近場の町からひたすら歩き続け、ようやく着いたと言われれば巨大な山。
 もしも登るなんて言われようもんなら、ラナを強引に大人しくさせて“空を飛ぶ”をするべきだろう。

「えっと、ヴォイド・ヴァレーは、この“中”にあるらしいんだけど……」
「……“中”、ですか?」
「ええ。どっかに入り口が……」
「ない……ね」

 右、ひたすら壁が続いている。左、ひたすら壁が続いている。

「レイ。無理だ。見つからねぇ……。あったとしても、多分遠い」
「わ、分かってるわよ……! だから、どうしよっかなって……」
 どうやらレイの下調べもそこまでみたいだ。
 流石に5年も前となると、ホットな話題じゃない。軽く調べたくらいじゃ、入り口は見つからないみたいだ。
 軽く頭に血が上って調べたようなことだから、こういうことになるんだぞ?
 まあ、何もできなかった俺が言えたことじゃないけど……。

 レイに聞いた、この国の顛末。
 他の国との交流を避け、閉鎖的になっていったそうだ。
 そのためか、徐々に領土も縮小。
 この首都だけが最後まで残ったそうだが、こんな閉鎖的な場所にある所為か放棄され、今は無人らしい。
 ちょっと前までは探索をする奴が多かったらしいが、今はもう完全に忘れ去られているような場所だ。

 ただ、それを聞いて疑問が浮かんだ。
 何故、そんな場所に“プレート”があるなどという噂が流れたのだろう。

「よし、こうしよう」
 スズキが軽く辺りを見渡しながら、左右で指を一本ずつ立てた。

「これから俺らは二組に分かれて、山の周りを回る。そんで、入り口らしいものを探そうぜ?」
 二つの指に半周ずつさせ、ぐりんとスズキは円を描く。
 要するに、この馬鹿でかい山の麓を歩いて半周しろってことか。

「ちょっと待って。入り口って一つだけなの? もし二つ以上あったら……」
 二チームとも、各々が見つけた入り口で止まり、出会うことはないだろう。

「そしたら、見つけたら入ればいいじゃん。どうせ中で会えるんだろ?」
「う……ん。まあ……そのはずだけど」
 レイは、渋々頷いた。
 二組に分かれないと、確かにこの山をまるまる一周する可能性もあるからだろう。それは体力云々以前に、明らかな無駄がある。
 時間のロスだ。
 相手も動いているかもしれないのだから、迅速な行動が要求される。
 逆に一チームのメンバーが減れば、動きも速くなるだろう。

「もういっそ、組ごとの行動にしようぜ? “プレート”の確保が最優先事項。待ち合わせの場所は後で決めるとして……とりあえず、それでいいだろ?」
 俺は頷いた。
 確かに目当てが“プレート”なら、それで問題ないだろう。

「で、二手に分かれるはいいけど、どうやって分かれるんだよ?」

 一番大切なのは、相性も含めたパワーバランスだ。
 確かに何人もいても“戦う時”にそのまま有利になるわけじゃない。
 だけど、戦力が片寄ったら“戦えない”かもしれない。

 想定すべきは、最悪の……いや、ある意味最高のパターン……

 この場にいる可能性がある、チーム・パイオニアとの偶発的な邂逅だ。
 出会ってしまったら、直ぐにでも戦闘が始まると思っておいていい。

 そして次に考えないといけないのは…………方向感覚を含めた知力。
 ただでさえこの山の中がどうなっているのか分からないのだから、複雑な地形だった場合に、ある程度のセンスは必要になってくる。
 となると、俺とコトリは分かれた方が……

「グーパー」
「……は?」
「だから、グーパーだって。いくぞ……」

 色々考えていた俺の苦労は何所に行くのだろう?
 大した問題でもないかのように、スズキに倣って全員が手を構える。
 俺も溜め息をつきながら、面倒なことになるチョキだけは出さないように、手を出した。

~~~~

「まあ……、ある意味良かったわよ。カイとコトリの二人なんていう最悪の組み合わせにならないで……」
「えっ、ええっ!?」
「レイ。コトリちゃん苛めんなって」
「苛めてるわけじゃないわよ。というか、あんたよく運頼みにできたわね!? 下手したら今頃……」
 確かにカイとコトリちゃんの二人だったらカオスだったろう。山の周りを回るだけって言っても、山から離れるなんてことを平気でしそうだし。
 ただ、カイとラナちゃんの組み合わせも十分カオスのような気もする。
 やっぱり無線機を新調するべきだったろうか。

 俺と、レイと、コトリちゃん。
 三人で反時計回りに歩き出して早、二十分。
 最初は真剣に壁を注視していたが、今では雑談に変わりつつあるほど何もない。
 本当に、入り口はあるんだろうか。

 ただ、そもそも俺は入り口探しにも集中していたわけではないが。

 今朝の、カイの話。
 “主人公”という“個性”。
 話が抽象的過ぎて分からなかったが、要するに『“正しく”行動していれば、常に活路が存在する』というものなのだろう。
 つまり、“自分の物語”にいる以上は完結を迎えられる。
 確かに俺の知っているどの話でも、“主人公”に幾多の苦難が襲い掛かったとしても、クライマックスには必ずいたな……。
 いなければ、それは“主人公”ではないのだろうから。
 それの現実バージョンってところだろう。

 ただ、同時に浮かぶ疑問。
 俺は“この物語”の裏側を知っている。
 カンザキ=リクトさんが言っていた。
 『この物語の主人公は、カイだ』、と。

 だが、ラナちゃんの話では、チーム・パイオニアにも“主人公”がいるらしい。
 お互いが関与しない場所で、“自分の物語”を展開させているのであれば何も問題はないだろう。だけど、カイはチーム・パイオニアを目指している。

 つまり、二人の“主人公の物語”が交差することになる。

 “主人公”同士が激突したら、どうなるんだ……?
 そして、リクトさんはカイ以外に“主人公”いることを知っているのか……?

 もしこれがリクトさんの“想定外”のことだとしたら、結末は俺には分からない。
 今まで常に『カイが主人公』という前提を置いて考えてこれたけど、これから先はどうすれば―――

「きゃっ!?」
「いっだ……。あっ、ごめん、コトリちゃん」
 前を歩くコトリちゃんの靴を何時の間にか踏みつけていた。
「……っぅ……い、いえ……ずっ、ずびばぜん……」
「ちょっと、何やってるの?」
 前から、レイの声が妙に反響して聞こえてきた。
 ……って、暗い。

「あれ、レイ。何時の間に夜になった?」
「は!? 何寝ぼけてんのよ。先に進むわよ」
 ライトを俺の顔から外し、再びレイは歩き出す。
 俺は、“入り口”に足を踏み入れようとしていた。何時の間にか発見されていたみたいだ。無意識に二人についていた俺は、それに気付いていなかった。

「はあ……」
 俺は、何時もの意味とは違う溜め息を吐いた。
 カイじゃあるまいし、歩きながら意識を飛ばすなんてな……。

 どこか暗く、乾いた道を歩く。
 無理をすれば三人くらいは横に並べそうだが、それでも妙な圧迫感からか、一列になっていた。
 ただの通路のはずなのに、まるでダンジョンだ。
 洞窟……とは違う。乾いていて……無機質だ。
 プレシャス・ビリングで見た、避難所へ続く道。
 サイズこそ違えど、あれが一番近いかもしれない。

 ほぼ九十度の道を曲がったところで、目の前のコトリちゃんが少し震える。
 どうやらコトリちゃんも、あの時のことを思い出しているようだ。

「ね、ねえ……スズキ……順番変わらない……?」
「え? 何で?」
「だ、だから……分かるでしょ?」
「…………あ、ああ」
 “そこでようやく理解できた俺”に、俺自身驚いた。
 暗くて、思ったよりも長い道。
 いかにも何か“出そう”な雰囲気の場所だ。
 もしかしたらコトリちゃんが震えていたのも、そっちの方だったのかもしれない。
 何故それを、今まで気づかなかったのだろう。

「……ねえ。スズキ……。あんた大丈夫? さっきだって、考えもなしにグーパーなんて運任せなことするし……何を……」

「……ふ……ふふふはははははははは……愚かな奴だ……!! 俺は本物のサトウ=スズキではない。奴は既に我が手に―――ぶっ、いっだぁっ!?」

「さ、流石に騙されないわよ……」
 こともあろうにライトを投げ付けてきたレイは、一応俺から一定の距離を保ち、先を促す。
 今のを信じかけるのか……。
 コトリちゃんにいたっては、確り俺に疑いの眼差しを向けている。

「ほら、どんどん歩いて」
 二番手をコトリちゃんと並んで歩くレイは、俺を気にする素振りを止めていた。
 まあ、“俺らしかった”からかもしれない。

「それにしても、ここ、何所まで続くんですかね……?」
「ん~、狭いし……。もしかしたら、本当の入り口じゃないのかもしれないな……」
「え?」
「正面以外の、何か別の用途の道かもしれないってこと。結構迷路みたいだし」
 時に上り坂、時に下り坂。
 何度も曲がったりして歩き続ける。
 分かれ道がないのが幸いか。
 ライトで壁の上部を照らしてみると、電灯がある。
 電気は死んでいるだろうけど、とりあえずは人の道ではあるらしいのは救いだ。

「迷路って……さあ……」
「レイ。もう言っちゃうけど、実は幽霊っていないんだ。別に“出ない”」
「あ、の、ね……!! 別に信じてるわけじゃないわよ? その、本当に。でも、何か……ね?」
 合意を求めるようにレイが見たコトリちゃんは、返答をしなかった。
 ノーコメント。そういうことらしい。
 前に俺が吹き込んだ、『“いない”と言うと“出る”』という話が尾を引いているんだろうか。

「って、とりあえず今はともかく。何で迷路なんてものがあるのよ? しかも、入り口に……!」
「さあ……。ただ、もしかしたら“恐い”ことになるかもしれない」
「……へ?」
 後ろで二つ、足音が止まった。
 俺は気にせず歩き続ける。

「例えば、この山……町そのものが“要塞”だった場合。俺たちは今、“侵入者”ってことになる」
 広い山にポツンとあった、“入り口”。
 これはただの“裏口”なんだろう。“正門”もあるだろうが、“裏口”の方はいくつもあって、その中のどれかは“罠”かもしれない。
 何故なら普通、侵入者は“裏口”を選ぶだろうから。
 確かに、普通の通路としても使える。
 だが、もし外部から“何の知識もなく入ってきたら発動する罠”くらい設置しているかもしれない。
 閉鎖的な国。
 その理由は、他の国を侮っていたからだと聞く。
 だったら、敵対する相手もいただろう。

「まあ、ブービートラップだけは引っかからないようにしよう」
「トラップですか!?」
 気にし過ぎかもしれない。
 何より、滅んでから5年は経っているんだ。とっくに発動しなくなっている可能性もあるし、ここがただ、掘る時に固い岩を避けたから迷路化しただけで、そもそも罠はないかもしれない。
 ただ、一応つまらないことにはならないようにしないと。
 特に今、何か俺変だし……。

「お」
 警戒していたのも杞憂に終わり、光が漏れる出口が見えてきた。
 平衡感覚を完全に失うような迷路は、ここで終わりのようだ。

「っ……眩しいですね……!」
 コトリちゃんの言うように、俺も目が完全に開けられない。
 光の中に一歩踏み入れると埃っぽい匂いの外気。時折吹く風は、地形からか笛のような音を出す。
 崩れた園芸のレンガが辺りに散乱し、窓ガラスのいくつかは割れている。
 壊された、というよりはやはり、廃れた、という表現が一番近いだろう。
 見上げれば、太陽に掴みかかるように外壁が伸びていた。
 崖の途中、所々に立てられた家が見える。
 ずいぶんと立体的な町だった。

「思ったより小さい町ね……」
 レイが辺りを見渡す。
 確かに、似たような地形にあったプレシャス・ビリングより小さい。いや、小さ過ぎた。
 老朽化か何かで崩れた家を見ると、原因こそ違え“あの惨状”を思い出しそうになる。ただ、そんなところも含めて、プレシャス・ビリングのミニチュアのようだ。

 本当に、ミニチュアだ。
 首都なのだから国王みたいなのもいたはずなのに。
 それなのに高いところにある家も含めて、何所にもそれらしいものはない。

 そこで、俺たちが入ってきた入り口と同じような穴が所々に開いているのに気付いた。

「もしかして、連絡通路があるのかもしれない。山を切り抜いて造られたような町だし……他にもこういうブロックがあるんじゃないか? あの穴進んでいけば……」
 これくらいの広さの住宅街……とでも言うべきか、それらがいくつもあるとなれば、大きさ的には納得だ。
 入ってきた通路が迷路だなんてとんでもない。

 ヴォイド・ヴァレー。
 この町全体が、巨大な迷路だ。
 今から思えば、本当にカイとコトリちゃんが組まなくて良かった。
 正面から入ったわけじゃないから詳細は分からないが、確かに簡単には攻め込めそうにない。

「ま、早速、このブロックから散策しようぜ? カイたちも、別のブロック探しているかもしれないし」
「え、ええ」

 この、廃れた……だが、迷路のような空間。
 ここには、今でも人は来ているのだろうか。
 例えば……いや、例えるまでもない。
 “プレート”を狙うチーム・パイオニア。

 もしそのメンバーが、ここに既にいたとしたら……?

 ただ、来ていたとしても、この迷路のような地形のおかげで会わないで済む、ということもある。

 だけど、こういう場合、大体は―――

―――!!

 ああ、“来た”。
 “来ていた”。
 “嫌な予感”が。
 この予感はもしかしたら、物語の裏側を知っているから来るものなのかもしれない。
 例えばホラー映画か何かを見ている時、『あの壁の向こうに何かいるぞ』とか思うような予感。

 何時の間にか、汗が滴っている。
 一体何時から俺は、“嫌な予感”がしていたのだろう。

 二手に分かれた時?
 いや、あの行動は、正解だったはずだ。
 じゃあ、何時からだ?
 もう分からない。
 でも確かに今、“感じている”という事実がある。

 一見すると、別にこの場所は廃れた町であるだけで、何の危険もない。
 だが、予感はする。

 とりあえず、レイとコトリちゃんから目を離さないようにしておかないと……

「そこの人」

「わっ……!?」
 一歩歩き出そうとした瞬間、後ろから話しかけられた。
 振り返るとそこには、一人の男が立っている。
 銀髪で、スーツ姿。

 び、びっくりした……。
 “いきなり的中”したかと思ったじゃないか。

 ただその男は、声をかけた後、その場で考え込むように唸った。

「おっと。困ったな。道が分からなくなって誰かに聞こうとしていただけなのに。本当に、縁がある」
「スズキッ!! コトリッ!! 今すぐ離れてっ!!」
「なっ!?」
「きゃっ!?」

 レイのヒステリックな叫びが届くのと同時に、グンッ! と襟を思い切り引かれた。
 喉が詰まって、抗議するようにレイを見るが、レイの目は、現れた男から離れない。

「ここに来たのは、偶然じゃないみたいだね」
「…………」
 レイの突然の叫びを聞いても、男は自然に声を出す。
 一方レイは、何時の間にか頬に汗が伝っていた。

 まさか。
 スーツ姿に、銀髪。
 何で今まで気付かなかった……!?
 “聞いていた特徴”そのままだったのに……!
 “予感”さえもしていたのに……!
 この男の空気が、あまりに“聞いた話”からかけ離れていたからだろうか。

「レイ。やっぱり……」
「え、ええ……」
 カイやレイに聞いた、“最強”の一人。

 いや。今まで出会った“あのチーム”の中ですら、誰よりも“遠かった”存在―――

「ん、困ったな。“ここに故意に来た”ということは、“上を目指しているということ”。それだと、戦うしかないじゃないか」

―――フェイル。
 究極のポテンシャルを持つ、“必然”の適合者……!

 彼の発した言葉の意味は掴みきれない。
 ただ、一つだけ分かること。
 フェイルがボールを両手に掴んで構えた瞬間、確かに感じる“最強”の気配―――

―――“本物”……だ。

「そんな……“たった3ルート”……!?」
 “相手への効率の良い攻撃ルート”を探れる“自由”の適合者は、一歩だけ後ずさった。
 辛そうに話していたコトリちゃんは、少なくとも“二桁”は見えると言っていたはずだ。

 でも、聞いたフェイルの戦闘スタイルからすれば当然だろう。
 動けば増えるだろうが、少なくとも、油断なく構えているあの状態じゃ、隙はほとんどない―――

「前にも会っているし、細かい前置きはいらないかな。いきなりで悪いけど始めよう。チーム・ストレンジ」

 俺も、ボールを取り出した。
 ラナちゃんといい、チーム・パイオニアとはもう出会っただけで戦闘が始まる関係みたいだ。

 ある意味、ゲームみたいだな……
 本当に、いきなり過ぎだ……!

「始めよう……か」
 正直、今まで以上の危機感を覚えている。
 俺の“前提”が揺らいでいる上に、相手の“高さ”。
 カイがいない状況。
 そして、“戦闘スタイル”。

 それら全ては、“負”に働いている―――

 だが、ここにきても俺にはただ逃げるという選択肢が浮かばなかった。
 レイとコトリちゃんをちらりと見る。

 悪い。
 “できるわけないけど、準備してくれ”。
 ただダンジョンを抜けてきただけなのに、戦闘は始まろうとしている。
 確かに、“災害”だな……これは。

 息を吸って、吐く。
 そして、集中。
 視野の確認。
 何時もの手順だ。

 後は、言うだけ―――

「始めよう……!」

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 今回は、お知らせとなりますが、part.1~12の誤字脱字を一気に修正しました。微妙に表現を変えている場所も僅かながらにありますが、内容的には一切変わっていませんので、その点はご安心下さい。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.47 Thirst
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/03/17 03:29

「……いる、よね?」
「……」
「ねえっ!?」
「はあ、いるよ。眩しいからライトは前に向けてくれって」
 ライトに照らされたカイ君の顔は呆れたように溜め息を吐いていた。
 別にいいじゃないか。何度も振り返ったって。

 こんなにも、暗いんだから。

 ボクたちは今、ヴォイド・ヴァレーの“入り口”に入っていた。
 両手が広げられないほどの狭さのここは、迷路のように曲がりくねっている。埃の匂いがする岩の通路は、ライトで照らされた場所しか映らない。
 自分の両手も見えないような暗闇は、無言でいると上から押し潰してくるような圧迫感を伴っている。

 それが、また、なんとも。

「お前も大変だよな……。高い所だけじゃなくて、暗い所も苦手なんて」
「うっ、うるさいよ。それに、暗い所が怖いんじゃなくて……」
「怖いところが怖いのか……あれ?」
 自分が何を言っているのか分からなくなったのか、カイ君が首をかしげる気配がした。
 ボクの頭の上からのそれは、少しだけ暗闇の怖さを防いでくれる。

「怖いんだったら順番変わろうか? どうせライト持ってズンズン進みたいって理由だけだったんだろ、先に入ったの」
「う…………いいよ。大丈夫」
 確かにそれは図星だ。
 それに、曲がり道のたびに目を瞑っているほど怖いし、振り返らないと相手が確認できないというのは物凄く心細い。
 だけど、順番は換えたくなかった。

 ここでの目的は、“プレート”を確保すること。
 気をつけなくちゃいけないのは、“あいつら”がここにいるかもしれないということ。

 どっちにしても、急いで行動するべきだ。
 だから代わりにスピードを少し上げた。

 今は、“止まりたくない”。
 それは、“あいつ”に反発するためだ。

 雪の中で、ボクに立ちふさがったシリィ。
 彼女の渇いたどこまでも瞳は、今でも僕に語りかける。
 『人は、変われない』と。
 彼女の言う、“変わる”が何を指しているのかは分からない。

 だけど、確かなことは一つある。
 彼女は勝った。だから、『人は、変われない』というのは、“正しい”。
 ボクの持っている、“変わりたい”という願いは、今は叶わないということ。

 だったら、ボクは、その“正しさ”を押し返さなくちゃいけない。

「カイ君……」
「ん?」

 言いかけて、止まった。
 駄目だな、ボクは。
 カイ君には既に『忘れない』と言ったのに。
 潰れかけた心は、また言葉を吐き出そうとしている。

 ボクの言った、“忘れない”。
 それは、“言い訳”をせずに全てを持ち続けるという意味だ。

 あの時は、いきなり戦闘が始まったから。
 あの時は、体が寒くて凍えていたから。
 あの時は、足元が雪で動き難かったから。

 頭は心を楽にするために、いくつも“言い訳”を思いつく。
 一つでも受け入れれば、盛大に息を吐けるだろう。
 そして時が経てば、“言い訳”に埋もれた“負け”は消えるだろう。

 “忘れない”とは、“それ”をしないという意味だ。
 相手も条件は五分だった。
 だから、あの“負け”には何も混じっていない。
 完膚なきまでに負けたのは動かない事実なのだと。

 “悔しさ”は心を割きそうになる。
 人はそれを防ぐために、“言い訳”を思いつくんだろう。
 人に、何かを訴えたくなるんだろう。

 だけど。

「ボクは、シリィを倒す」
 口に出した。
 これは、もしかしたら“言い訳”なのかもしれない。

 ボクはまだ戦うつもり。
 戦いはまだ続いている。
 だからあれは“負け”じゃなくて一時的な中断。
 潰れかけた心が吐き出したのは、もしかしたらそういう意味を持っているのかもしれない。

 だけど、言葉そのものは嘘じゃない。
 ボクの目標は、チーム・パイオニアを倒すこと。
 それは、今まで主に“リーダー”に向いていた。

 だけど今は、シリィに向いている。
 彼女を倒すことで、“正しさ”を押し返す。

 それが、“ボクの”目標だ。
 彼女を倒して“証明”する。
 『人は、変われる』と。

「だからカイ君は、“リーダー”を…………え?」
 振り返ったボクは、完全に固まった。

 ライトが照らすのは、ずっと遠くの曲がり角のみ。
 つまり、ボクとそこの間にいるはずの人が……

「嘘でしょ? え、え、嘘でしょ?」
 ……何時の間にかいない。

 普通、こういう話をしている時には最後までいるものではないだろうか。
 つまり、あの言葉も、ボクの決意も、全部届いていないということ。
 あんまりだ。
 コトリちゃん同様、カイ君からも目を離してはいけないというのは、今でも有効だということなのだろうか。

「カ、カイ君―――っ!!」
 叫んだ声は、ぐわんぐわんと響くだけ。

 あまりのショックにボクが暗闇に一人残されている現状に気付くのは、それから一分後のことだった。

~~~~

 大丈夫だ……ラナ。
 ちゃんと聞いてたぜ。お前がシリィを倒すと宣言したのは。
 今はラナの声さえ聞こえないけど。

 別に俺は望んでラナの話の途中でエスケープしたわけじゃない。空気はちゃんと読むつもりだった。

 たださ、俺は何か頑張れよ的な感じで声をかけようとした時、よろけただけなんだ。そんで壁に手を突いただけなんだ。

 そしたら、壁がぐるん! だぜ?
 まるで忍者屋敷のように、横に回転した壁は声を上げる間もなく、俺を正規のルートから隔離した。
 壁を叩いてみても、今度はピクリとも動かない。
 もう、びっくりだ。

「……っだぁあぁああ~~」
 座り込んだまま盛大に、溜め息を吐く。
 さっきのマジな空気は俺の中から薄れていき、代わりに襲ったのは急激な脱力感だった。

 何でトラップがあるんだよ。
 そりゃ確かに、“裏口”みたいだったのは確かだ。
 だけど、いくらなんでも……ピンポイントすぎるというか……その、酷いとしか言えない。
 あんまりだ。
 決して自分が引っかかったからだというわけじゃなく。ついでに後でラナに散々文句を言われることになるだろうからというわけじゃなく。

 侵入者を防ぐための罠だったのだろうか。
 俺は直ぐに立ち上がって、ライトを取り出す。
 見えたのは、さっきまで俺たちが歩いていた道と同じような狭い道。
 迷路から、迷路へ。
 移動するだけなら罠としてのペナルティは低いくらいだろう。
 ただ、声を出してもラナの声が戻ってこないということは音も含めて完全に分断されたようだが。

 体をはたいて歩き出す。
 “プレート”を探すにしても、ラナに合流するにしても、とにかく止まっているわけにはいかない。

 まあ、この迷路を俺が攻略できるかどうかは分からないが……
 右左と次々曲がる上に、上り下りの坂にもなっている細い通路。
 平衡感覚はとっくにない。

 今までは大丈夫だったが、もしこれで道が分かれようもんなら……

「う、おぅ……!」
 きた。
 きやがった。
 何なんだよ。
 今日はこういう感じなのか?

 俺の目の前には、見事なまでのT字路。
 ついさっきまで大人しくしていた迷路は、全貌を現しつつあった。

 これが罠に嵌まったペナルティなのだろうか。
 やっぱり裏口はいくつもあって、罠のあるものとないものがあるのかもしれない。

 まあ、俺が分析を進めたところでゴールが分かるわけもないか。
 俺は一瞬迷った後、右を選んで曲がった。

 暗い暗い、迷路を歩く。
 ラナじゃないけど流石にこの暗さは不気味だった。曲がりくねって造ってあるから、日の入り込む余地はないのだろう。
 結構な距離歩いてきているはずなのに町に着かないのは、俺たちが選んだ道がハズレだったのか、それとも全てそうなのか。
 いずれにせよ、ヴォイド・ヴァレーが閉鎖的というのは正しいようだ。

 そう、そのはず。

 また俺の頭に同じ疑問が浮かんできた。
 何故“プレート”があるなどという噂が流れたのか、だ。
 誰が見つけたのか、そしてその誰かは見つけた場所から何故運ばなかったのか。
 一応博物館に預けられるほど貴重なものなら見つけた本人が所有するはずだ。
 チーム・パイオニアを恐れて放棄したのだろうか。

 再びやってきた曲がり道を、迷いもせずに右に曲がる。曲がり道は全部右ともう決めていた。スピードを上げても、まだ光は差し込まない。

 “プレート”の噂。
 流れたのも、つい最近だそうだ。
 つまり、つい最近、ここに誰か来たということなのだろうか。
 じゃあ、何のために?
 それでも、行ってみないと分からないというのは動かない。

 暗闇の中、声を出さずにひたすら歩いているからだろうか。余計なことが頭に浮かんでは消える。
 今度浮かんだのは朝の会話だった。

 “主人公”……か。

 本当に、おとぎ話だ。
 “条件”を引き寄せる“個性”なんて。
 だけど、シリィとかいう奴はその言葉を使った。
 そして、チーム・パイオニアの“リーダー”は“主人公”と言ったらしい。

 だったら俺たちは、その“主人公”の物語の中にいるのか……?
 そうなると、結末は……

―――!

 気のせいか……? いや、気のせいじゃない。
 目の前にまたも現れたT字路。今確かに、俺が出していたライト以外の光が照らしていた。
 右の道から発されていた光は、俺のライトと交差すると瞬時に消える。
 俺も直ぐにライトを消した。

 誰かが、いる。
 それは間違いないだろう。そして向こうもこっちの存在に気付いている。

 ぐるっと周ってラナに合流できたのか……?
 いや、少なくともあいつならライトは消さない。
 暗闇でライトを消すということは、俺が今したように、自分の居場所を掴まれたくないってことだ。

 俺は警戒心を強くして耳をそばだてた。完全な暗闇になった今、頼れるのは音だけだ。
 通路の向こうからは、未だ足音は聞こえない。
 恐らく向こうも、こっちを警戒して同じように気配を掴もうとしているのだろう。

 誰だ……?
 そう考えた時、真っ先に浮かんだのは“ここにいるかもしれない連中”だった。

 “ここで、か”。

 俺は暗闇を睨みつつ、そっとボールを取った。
 『出会ったら、即戦闘が始まる』。
 そう自覚していたからか、思ったよりも冷静に行動できた。
 どの道、お互いがお互いを認識した以上、ただでは引けないだろう。

 純粋に、戦闘はマズイ。場所が場所だけに、崩れる可能性がある。
 だから、初撃は牽制だ。
 掴んだボールは、エレキブルのもの。
 こいつの“フラッシュ”を食らわせて、一気に外へ向かって走る。
 問題は道が分からないことだけど、このままでいるわけにもいかない。
 一か八かだ。

 ジリ。と、通路の向こうから足音が聞こえる。
 向こうも仕掛ける気みたいだ。

 始まる……!

「―――っ!?」
 体を横にしていて助かった。
 通路の中央を何かが高速で通りすぎ、通路の壁をガッ! と削る。
 それと同時に感じる戦闘意欲。
 ああいいぜ、次はこっちの番だ―――

「エレキブル、フラッシュ!!」
「―――!?」
 カッ! と閃光弾を投げたような光が通路の闇を吹き飛ばす。
 俺は固く固く目を閉ざし、エレキブルから顔を背けた。
 こうでもしないと、暗さに慣れた目には刺激が強すぎる―――

 ―――あいつみたいにな……!

 相手は突然の閃光に目を焼かれ、強く目を閉じた。

 次は、攻撃だ―――

 ……って……!?

「わっ、わわっ、待て!!」
 “そいつ”を見た瞬間、俺は急いで叫んだ。

 目の前のそいつは、目をきつく閉じながらも瞬時に両手に掴んだボールを降り始めようとしていた。
 その、初撃の寸前。
 俺の声が奇跡的にも届き、そいつはボールを止め、ゆっくりと目を開ける。

 ああ、マジで危なかった。
 こんな通路で“あれ”を始められたら、避けようがねぇ……

「……って、うおい!!」
 そうした安堵の直後、俺の頭は正しく状況を把握し始め、俺の口は通路に響く奇声を発した。

「……君が何故ここにいる?」
「お前こそ何で……って、そういやここ、お前の……いやいやいや、別に生息地ってわけじゃないだろ……」
「…………」
 目の前の男は“紅い目”を開け、不機嫌そうに喉を鳴らした。


~~~~


『オーバー……あれ? これって終わった時の言葉でしたっけ?』
「ああ~、下らねぇこと言ってないで、報告だけしやがれ。アスカ」
 それに電話でその言葉は使わねぇんだよ。

『エースさーん……冷たいっすよぅ……!』
 俺は受話器から漏れるその言葉には無言だけを返した。
 ようやくリインの奴が見つけた“問題児”は、それに負けじと唸り声を押し返してくる。
 波動が現れて間もなかったというのに、“最強”チーム・クリエイトのメンバーを努めた天才少女とやらは、やっぱり今もガキだった。

「それで?」
『えっ、あ、はい。え~と、今は……クロースノア? めっちゃ寒くてめっちゃ雪が綺麗な場所っす』
「聞いてねぇよ」
『エースさーん……冷たいっす……いや、実際寒いんですって……!』
 そこで、リンスが視界に入った。
 何か言いたそうな面だが……ああ、大丈夫だ。気付いている。

『それで、何でしたっけ? チーム……うん、を、見つけるんでしたっけ?』
「鳥頭が。まあ、大まかなことさえ覚えてればいい。アリスの奴が……」
 俺は振り返って、戻ってきたばかりのアリスを見やる。
 “育成”はようやく終わったみたいだ。

「……その辺りにいるって言ってる。とりあえずお前は面倒だから合流してろ」
『人使い荒いっすよぅ……ごほっ、ごほっ……うぅ……』
「現役だろうが」
『でーもぉ……“お節介”じゃないっすかぁ?』
「ああ~?」
『エースさんらしくないってゆーか……どういう風の吹き回しっすか?』
「半分はリンスの奴の提案だ。それに、やるなら徹底的に、だろ」
『……前言撤回。エースさんらしいっすわ。りょーかい。でも報酬は貰うっすよ?』
「好きにしろ」
 そう言って、電話を切った。
 がめついとは言わない。“対価”を求めるのは、当然のことだ。

「エース……多分もう大丈夫……」
 アリスは手の中にあるボールを軽く持ち上げる。

「ああ~、ご苦労だった」
 俺はどかっと腰を椅子に下ろした。
 首をパキパキと鳴らし、軽く伸びをする。
 ああ~、我ながら面倒なことを思いついたもんだ。

 俺は壁に飾ってある地図を横目で捉える。
 あの馬鹿は、今頃北西の大陸のど真ん中で『チーム・パイオニアを倒す!』とか叫んでいるんだろう。
 “奴ら”が本格活動している場所……つまりは、“アジト”がある可能性が高い場所で。

 まあいずれにせよ、そんな場所に行ったってことは、“近い”。

 せめて、“それ”がまともなものになるようにはしたい。
 そうじゃなきゃ、“俺が”面白くないのだから。

 だから“これ”は、別にお節介でもなんでもねぇ。

「準備はできたか?」
「はい」
「ええ……」

 俺は立ち上がった。
 それじゃあそろそろ行くか……!

 再び、あの地へ。


~~~~


「……」
「……」
「……」
「……」
 きっ、気まずい……!

 俺の前にはこの迷宮をすたすたと歩くグラン。
 流石に地元だけあって足取りに迷いはない。
 時折、わざとトラップを発動させてショートカット(?)をしているくらいだ。

 俺はと言えば、その後ろを逸れないように歩いているだけ。
 恐らくこいつとも逸れたら、冗談抜きにこの迷路の中で餓死するかもしれない。

 だが、俺にとって、深刻な問題は他にもあった。

「……」
「……」
「……」
「……」

 か、会話が……無ぇ……!!

 色々疑問はある。
 こいつが何でここにいるのかだ。
 だが、一度聞いたのに無視されている。
 もう一度同じ問いをするのはどうかと思う。

 向こうも無言で歩き続けている。
 確かに今までこいつに会ったのは、常に戦いの中だったかもしれない。

 だからか……?
 話すことがない……!!

 だが、向こうが話していないのにこっちから話すというのはどうなのだろう。
 現代人特有かどうかは分からないが、俺は完全に話すタイミングを失っていた。

 何時も賑やかなメンバーに囲まれている所為か、このまま黙って歩き続けるのも気まずい。
 だがもし、こっちから話しかけて、相手からリアクションがなければ更に気まずい空気が流れる。

 どうすればいい……?
 俺は果たしてこんなに人見知りだっただろうか。

 そして、何故俺はこんなにどうでもいいことに対して真剣に考えているんだ……!?

「……」
「……」
「……」
「……お前は……何してたんだ? ここで」
「……?」

 沈黙のプレッシャーに負けたのは俺の方だった。
 グランは意図的に壁のトラップを作動させながら振り返る。

「……先に聞いたのは俺だ」
「……! う……おう」
 リアクションを取ってくれたのは幸いだったが、予想外の空気が流れた。
 暗闇の中でも光を持っているかのような紅い目は、半分呆れながら俺を見返している。

 そうだった。そういや先にこいつが聞いていたんだった。
 もしかして、こいつが無言だったのは、そういうことだったんだろうか……。

「俺たちは探してんだよ。“プレート”を」
 色々と頭の中でごった返していた下らないことを全て追い出し、本題を口に出す。
 もしかしたら、今回もこいつに協力してもらうことになるかもしれない。

「お前、ここが地元なんだろ? 聞いたことないか? そんな話」
 この迷路を熟知していそうなグランなら、探索スピードは遥かに上がる。
 それに、ここが滅ぶ前に、“プレート”があったかもしれない。

 だったらなおさら…………

「ない」
「へ?……って、ちょっと待て!」

 ぐるんっ! と壁を回してグランの姿が消える。
 慌てて追いかけた俺も、適当に壁を叩き続け何とか突破。
 走って追いかければ直ぐにグランの背が見えてきた。

「おっ、お前なぁ……!」
「……」
 グランは変わらず前だけを見て歩く。
 どうやら俺は、今日は一日自己中の相手をすることになっているみたいだ。

 ああ、俺が何をした……?

「ま、まあ、いい。それより、聞いたことないのかよ。じゃ、じゃあ最近になって流れた噂の方は?」
 そこで、グランはピタリと止まって壁を調べ始めた。
 返答は、ない。
「……そ、そうかよ……」
 段々こいつとの会話がイライラしてきたのは、別に罪じゃないだろう……?
 壁を探り続けるグランは俺に背を見せているが、ラナにすら回避される俺の攻撃はきっとこいつ相手じゃ間違いなく当らないだろうな……。

「勘違いをするな」
「……?」
 壁の一部をガンと叩き、トラップを作動させ、グランは振り返った。

「俺がないと言っているのは、噂のことでではなく、“プレート”のことだ。少なくとも今、ヴォイド・ヴァレーに“プレート”はない」
「……は!?」
 回った壁に迷いもせずに入り込んだグランは、今とんでもないことを言わなかっただろうか。
 俺たちがここに来ている意味そのものを否定したような……

「……って、ま……!?」
 壁に入った瞬間、俺の目に確かな光が入った。
 正面の右に曲がる道。
 そこから確かに、外の光と匂いがする―――

「着いた……のか?」
 目を細めながら外に出た俺は、飛び込んだ光景に言葉尻を小さくしていた。
 何時の間にか迷路の中でかなりの高度に来ていたようで、ここから町の全てが見渡せる。

 だが、その町が、狭い。
 俺が知っているこの世界の“町”と呼べるものは、こんな規模じゃない。
 走れば数分で回りきることができるだろう。
 確かに、上空に伸びる崖の所々に建物が見え、立体的な空間だ。
 全ての建物がボロボロなのは仕方ないとしても、これは……。

 やっぱり、滅んだっていうのは……

「誤解をしているようだから言っておくが……」
 グランが、眼前の崖に向かいながら呟いた。

「この町にはまだいくつもこういった集落がある」
「あ、ああ、それは悪かっ……って!?」

 突如、グランが消えた。
 次に聞こえたのは、ズザザッ―――! という音。
 あいつ、まさか……!?

「マジかよ……あのヤロウ……!」
 崖を覗き込んだ俺が見たのは想像通りの光景だった。
 建物に換算して、約五階。
 その高さから、グランは傾斜の若干ある崖を利用して滑り降りていく。

 もしかしたら、あいつの身体能力の高さはこの環境で育った所為なのかもしれない。

「って、やべっ」
 俺は直ぐに正規のルートを見つけ走り出した。
 あいつを見失ったら終わりだ。
 あいつは間違いなく俺を置いていくだろう。

「……何故モンスターで降りてこなかった?」
「はあ……はあ……はあ……意地だよ」
 予想とは裏腹に、落下地点で待っていたグランは呆れた顔で俺を見ていた。
 こいつのこういう顔を初めて見たが、中々に屈辱的だ。
 だが、お前が出してないのに、俺がモンスターを出すわけにはいかない。

「意地……か。下らないな……」
「……?」
 グランは再び歩き出した。
 微妙な違和感を醸し出しながら。

 グランみたいな奴に一番縁があるような気がするんだがな……意地って言葉は。

「下らない意地は“道”を曇らせる。この国がそうだ」
「……!」
 一瞬、グランが“国”を見渡した気がした。

 “5年位前に滅んだ国”。
 その原因を、俺は詳しく知らない。
 だが、閉鎖的になった理由は、“意地”によるものだったのだろうか。

「……? おい。何を……?」
 グランはこの集落で最も目に付きやすい大きな建物に入った。
 その仕草は、歩み以上に惑いがない。

 もしかしたら、ここは……

「……!」
 “滅んだ町の一部”として見ていたのから、“家”として見るようにすると、その家の異常さが分かった。

 洋造りの豪邸、“だった”もの。
 それは、この町で一番損害が酷いものだった。

 窓ガラスは一つ残らず割れ、綺麗に整えられていたのであろう庭は、土ごと掘り返されている。垣根はもう存在しておらず、時間によるダメージはそれ程なかったのではないかと思えるほど、この家は“壊れている”。
 かつての“廃墟”・プレシャス・ビリングの大聖堂ほどのダメージはない。
 だがこの家も、間違いなく、“破壊”されたものだった。

「なあ、入っていいか?」
「……」
 返ってきたのは、無言。
 これは、『構わない』もしくは、『どうでもいい』だろう。

 俺はそう解釈して、小さく『お邪魔します』とだけ言った。

「……!」
 中も予想通りの荒れようだった。
 他の部屋は見ていないが、ほとんど外にいるのと変わらないだろうこの部屋と同じ有様だろう。
 明らかに薪以外のものが投げ込まれたでかい暖炉も、無意味に切り裂かれたソファも、絵画がかかっていたのであろう壁の日焼けの跡も、高そうなテーブルのど真ん中に落とされたシャンデリアも、埃にまみれ、黒ずんでいる。

 そんな中、グランは窓辺に寄りかかり、紅い目を俺に向けている。
 こいつは育った家がこんな状態で、どんな気持ちになっているのだろう。

「まだ君の質問に答えていなかったかな……」
 だが声は、微塵にも変わっていなかった。

「ああ。お前はどうして……じゃない、今は、“プレート”がないってどういう意味だよ?」
 グランは溜め息一つ吐くと、視線を窓の外に向けた。

「この場所にはかつて、“プレート”と呼ばれるものが確かにあった。だが、今は存在しない。確認もしている」
「……」
 淡々と応えるグラン。
 ある意味最も信頼できる口調だ。

 だが当然、疑問は膨れる。

「ちょっと待てよ。俺たちが“プレート”の噂を聞いたのはつい最近だぞ? 」
 そう。
 この情報は新しいものだ。
 この疑問の発生の理由も謎だが、現品がないなら、更に奇妙な情報になってくる。

「かつてあっただけなら、何でそんな噂が……」
「俺が流したからだ」
「…………は?」
 あっさりとした答えが返ってくる。

「お、お前が流したって……何で……!?」
 そこで、グランは溜め息を吐いた。

「チーム・パイオニア」
「……!」
 その名前を出す奴は、多かれ少なかれ口調が変わるはずだった。
 明らかな意識を持って、その“異物”を取り扱う。
 だが、グランはそれを、当然のもののように発していた。

「奴らが“プレート”を、“伝説”と関係があると認識している情報があった。そして、ノーブコスティの博物館の一件。もう、間違いはない」
 そこで、俺は自分たちの情報が相当有能だということを知った。
 “プレート”から、一気に“伝説”への関連付け。
 そのショートカットは、スズキがいなければ成り立たなかったものだ。
 本来なら、情報を集めるのに、時間も費用もかかるのだろうから。

 ……って、待てよ。
 こいつ、まさか。

「だったら、“プレート”以上の“エサ”はないだろう」
「……!」
 ようやく分かったぜ……。
 こいつがここにいる理由も、やろうとしていることも。

「“釣り”か……!」
「……」
 グランは無言を返す。
 意味は、肯定だ。

 レイが発案した、チーム・パイオニアを“釣る”作戦。
 それをこいつは現品もなしにやろうとしているということだ。
 確かに、ヴォイド・ヴァレーには“プレート”がかつてあったのだろうから信憑性も上がる。

「だがまさか、君たちまで釣れるとは……。ほとんどの人間はチーム・パイオニアの興味のあることから遠ざかるらしいのに」
「……悪かったな……稚魚で」
 俺たちはまんまとこいつのトラップに引っかかったってことになる。

「って、何でお前もチーム・パイオニアを狙ってんだよ?」
 こいつも何か因縁があるのだろうか。
 それも、一人で迎え撃ったりするほどの理由が。
 そういえば、ノーブコスティでも、皆が恐らく避けたのであろう“犯行予告”を引き受け、夜の博物館にこいつは現れた。
 それほどの理由が、こいつにはあるだろう。

 こいつの戦闘能力の底を俺は知らない。
 だが、相手は“最強”だ。
 となれば、グランの力はどんなに高くとも同じかそれ以下のはず。

「どんな理由かは知らないけど、流石に一人じゃ……」
「……何を、言っている?」
「……は?」
 返ってきたものに、俺は気の抜けた声を出した。
 その、グランの心底不思議そうな声の色に。

「チーム・パイオニアは“最強”。それで十分だろう?」
「……! ちょっと待て。じゃあお前は何か? 相手が強いから、なのか?」
 こんな手の込んだトラップまでして呼び込もうとして。
 そう続けようとする前に、グランはもう一度、紅い目を大きく開いた。

「カラスマ=カイ……。君は“違う”のか……?」
「……?」
 開いた紅い目が、徐々に“興味”という色を失っていく。
 それは、ノーブコスティのギルドで見た、俺に対する興味を失うものだった。

「ナンバー・ワンへの渇望」
 グランから自然に出てきた……それでいて、強い言葉は、壊れた家の中に響くように感じた。

「下らない“意地”を捨て、使える手は全て使って……誰よりも高く、誰よりも強く。そうありたいと思わないなら、“この道”を選ぶ意味はない」
 “この道”。
 グランの口から出てきたこの言葉は、果たしてトレーナーに限定されているのだろうか。

 だが、いずれにせよ。

 俺は口を開けなかった。

「君の眼は、何を見ている? その眼が捉えているのは、何だ?」
 俺の眼が、捉えているもの……?
 それは―――

「それは、“天上”か?」
「……!」

―――“その男”は確かに天上にいる。

 誰かの声が、同時に蘇った。

―――お前の眼が捉えているのはそいつだから、誰の眼から見ても、お前は上を捉えているように見えるだろう。

 何でこのタイミングで、頭に“声”が響くのだろう。

―――だが、鋭い奴は気付くだろうな……。お前の“違和感”に。お前の、“上”を見て、“高み”を見ない“異常”に。

 “あいつ”の言う、鋭い奴は目の前にいる。違和感を伴って。

―――だから……いいか、カイ。“その男”の……俺の言ったことは、場合によっては……

「まあ、いい」
 グランの声が、やけに大きく聞こえたところで、頭に響いていた声は止まった。

「だが、はっきり言っておこう。相手に挑む理由は、ナンバー・ワンになるため。それは、俺にとって最も重要な理由だ」
 はっきり断言したグランの眼は、再び外に向いた。
 外には青い青い空に掴みかかるように伸びたヴォイド・ヴァレーの外壁。

 だが、グランの眼が捉えているのは、その空だった。
 俺の眼が捉えているのは、外壁。
 見ている方向は同じでも、その本質はまるで違う。
 それが、俺とこいつとの差なんだろうか。

「トリプルになっても、“捉えているもの”が違うなら……“ハズレ”だ」
 また、こいつは単純に“異常”を口にした。

 こいつが……“最強”チーム・パイオニアを当然のように口にするのも……トリプル・ドライブなんていう“異常事態”を単なる事象としてしか捉えていないのも同じ理由。
 こいつの言葉を借りるなら、『興味はない』からだ。
 相手がどういう“種類”であれ、それは、“情報”でしかない。
 それに対して、感情を抱くことはない。

「だから君は、“手を出すな”。“ハズレ”なら、邪魔なだけだ」
「……は?」
 グランは振り返りながら、わけの分からないことを言ってきた。

「数日前からヴォイド・ヴァレーには複数人……誰かが入っている」
「……! 分かるのか? その……気……的な?」
「…………モンスターの監視でだ。君たちが入ったのを察知したのもそれだ」
 流された……。
 けど、疑問は一つ解けた。
 あいつがあの時あの場所にいたのは、俺たちの侵入を察知したからだったのか。

「君たちの侵入は分かり易かったが……、数日前からのは明らかにプロだ。発見が遅れるほどに」
「……! プロ……って、ことは……!」
 予感はしていた。
 警戒もしていた。
 現に、“いる”ことを前提で入ったくらいだ。

「中途半端なプロなら、今ここには絶対に近付かない。つまりは……」
「“アタリ”……チーム・パイオニアか……!」
「……」
 無言は、肯定。

 もう、間違いない―――

 ドォンッ!

「―――!?」
「っ、何だ!?」
 グランと競うように外に駆け出す。
 今、確かに、何所かで轟音がした。
 そしてヴォイド・ヴァレーそのものが揺れるような衝撃。
 まるで、何か巨大な……いや、大きな力が激突したような……!

「あの方向は……」
「今の音、やっぱり戦闘だよな……!?」
 グランに倣って見上げた方向では、戦闘が起こっているのだろう。
 だが、誰と誰のだ……!?

 逸れたラナ……そもそも別ルートのレイたち。そのどちらかだろう。
 そして、相手は―――

「っ!! グラン。悪いが最短ルートでナビしてくれ!!」
 いや、待てよ。それより、“空を飛ぶ”の方が早いだろうか……!?
 いずれにせよ、グランから場所を聞いた方が……

「下がっていろ」
「……?」
 しかし、グランから返ってきた答えは、要領を得なかった。

 グランは空を見ていた紅い目を、地上に向けていた。
 俺の渡したシェア・リングを何時の間にか取り出し、淀みのない動作ではめる。
 意地は捨て、あるものは使う。
 そういうことなんだろうが、何故今―――

「―――なっ!?」
「ようやく、気付いたか」
 長身のグランの背からは、ヴォイド・ヴァレーの高い崖と、高く青い空しか見えない。

 それだけの、はずだった。

「貴様、は……!!」
 地鳴りのような声。
 それが、一つ増えた景色から聞こえた。

「っ、マジ……かよ……!?」
 恐らくいくつもあるのであろう集落。
 その中の一つに過ぎないこの場所に、このタイミングでこの男が現れたのはどういう巡り会わせなのだろう。

「向こうも何かがあったらしいが……この地にいるのか。チーム・ストレンジ……!」
 圧倒的な、巨体。
 そして、押し潰すような怒気に混ざった殺気。
 視野の狭い暗闇でさえ巨大だった威圧感は、日の光に全貌を晒されて、ヴォイド・ヴァレーそのものを押し潰す。

「チーム・パイオニア、ドラク……!!」

 ザッ

「……!」
 そんな圧死するような空気の中、グランはそれを“情報”と割り切ったのか、一歩前へ出た。

 そして、ボールを取り出す。

「君は“アタリ”かな……?」
 声も変わらない。
 ドラクもそれに応えるように、ボールを取り出した。
 そしてやはり、グランの空気は変わらない。

 だが、これは、“始まる”。

 グラン=キーンVSドラク。

 確かに注目のカードだ。
 だけど、それとは別の理由で―――

―――俺は動けなかった。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 キリのいいところで切れず、文章が長くなり、更新が遅れるという悪循環に陥りましたが、何とか更新できました……。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.48 Combat
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/04/03 02:21
 目の前の男の空気が変わる。
 ついさっき話しかけられた時には、まるで周囲に溶け込むように自然だったその空気。

 だが、それが集束し形を持った瞬間、俺の頭の中では警告音が爆発するように響いていた。
 なるほど。
 確かに、この人は危険だ。

 この人……フェイルは、“空気”を持っている……!

 横目でレイとコトリちゃんを確認。
 よし、とりあえずは、切り替えてるか……

「さあ、いくよ」
「―――……」

 革靴の……音が響いたと思った、瞬間。

「―――っ!?」
 銀髪の男の鋭い眼が目の前に現れる。
 ボールを両手に持ったフェイルは俺との距離を一瞬で詰めていた―――

「っ、ドラピオンッ!!」
「猫騙し」
 フェイルがドラピオンに向かって左腕を振り下ろした瞬間、ガインッ! と奇妙な音が響いた。
 そして、同時にドラピオンが行動不能になる。

 これは、“怯み”―――

「……!!? メガニウム! リフレクター!!」
「切り裂く」
 今度は地面の上を滑るようなフットワークで俺の後ろに回りこみ、フェイルは右手を振り下ろす。
 その攻撃を受けた瞬間、現れた壁はすぐさま崩れ去った。

「!? 速っ……」
 そして見上げた先。
 フェイルは一瞬で攻撃態勢に移り、再び左腕を振り上げている―――

「エンペルト! ハイドロポンプッ!!」

 近接して戦っていた俺とフェイルに向かって放たれたレイの攻撃は、ピンポイントで二人を分断させた。
 俺はただ後ろに仰け反るように跳んで。
 フェイルは革靴の音を残し、同じ時間で俺の数倍も距離を取る。

「ん、やっぱり“精度”の適合者は面白いね。戦闘をコントロールする術を持っている」
「…………」
 着地したフェイルは、あの大立ち回りの直後にも拘らず、息も切らさず自然に立っていた。

 冗談じゃないな…………この人。
 たった一瞬の交戦で、“差”が分かる。

 話に聞いていただけじゃ認識しきれていなかった、この人の身体能力の高さ。
 一瞬で間合いを詰める瞬発力といい、瞬時に後ろに回り込む体捌きといい……
 “超人”。
 そう一言で表現するのが一番相応しいだろう。

 後は、両手のボールのモンスター。
 リフレクターを一瞬で破壊することから考えて、攻撃の威力は高いことは当然として、俺の関心はむしろ左手のモンスターに向いていた。

 ドラピオンを、横目で見る。
 “怯み”だけじゃなく、ダメージを確りと受けていた。
 威力も十分ってことか……。

 あの、左手のモンスターがやった技。
 出会い頭に使えば相手が必ず怯む、“猫騙し”だ。
 恐らくあの人の戦術は、左のモンスターで相手の動きを止め、右で決める、といったものだろう。
 確かに自分自身が接近して戦う以上、相手の動きを止められる方法は持っていた方がいいだろうが―――

 ―――ここで、凶悪な戦術が完成している。
 あの“猫騙し”を放つモンスターは、攻撃のたび、ボールに戻されていた。
 つまりは、“猫騙し”のウィークポイントの“出会い頭”でなければ使えないというのを完全に補っている。
 現にさっきも、一瞬の間に二回使おうとしていた。
 そして、ラナちゃんのルカリオも怯んだというランクの高さ。

 あの男は左手で、モンスターの動きを封殺できる……!

 ペルセちゃんの適合タイプ、悪……“阻害”が可愛く見えるな……

「分析は終わったかな?」
「……! ま、まあ……」
 戦闘の只中にあって、フェイルの口調は変わっていなかった。

 もう一度、レイとコトリちゃんを確認する。
 レイはエンペルトの陰に隠れて。
 コトリちゃんは、モンスターさえ出さずに眉をひそめている。
 コトリちゃんは……この戦闘に参加できないのか……?

 ……って、俺も人のこと見ている場合じゃない。
 この人の標的は、位置的に一番近い俺だ。
 気を抜いていたら一瞬で殺される。

 最大の問題の―――

 タンッ
 革靴の音が響く。

―――この、戦闘スタイルで。

「……! ズバット、ツバメ返し!!」
 コトリちゃんがボールを投げ、ズバットを放つ。
 妨害程度ならやってもいいのか、ズバットはフェイルの足元に向かい、それを払うように襲い掛かった。

「!」
「うおっ……!?」
 別に、フェイルが避けたことに驚いたわけじゃない。
 あの人の反応力なら、それくらいは楽にできるだろう。

 だがその回避先が、“上空”と表現できる高さだったら話は別だ。

 あの身体能力を活かした戦闘スタイル……
 つまりは、回避力。
 俺たちとチーム・パイオニアとの差はある。
 だから当然格下の俺たちが相手に勝つとなると、一発逆転が狙えるトレーナーへの攻撃がメインになっているだろう。
 だが、相手がそもそもああいう風に戦うことに慣れていると、その手は効果が薄い。

 つまり。
 フェイルとは真正面から戦って勝たなければならないということだ……!

 人間の限界を超えているとしか思えないほどの高度を跳ぶフェイル。
 本当に、冗談じゃない。

 さあ、考えないと……。
 何とか見つけないと……隙を。

 例えば、今フェイルがいる上空―――

「レイ!!」
「ええ! ハイドロポンプ!!」

 フェイルの一瞬の行動にもターゲットを捕捉し続けているレイが攻撃を放つ。

「ん、カビゴン」

 バシャンッ! とレイの攻撃は突如現れた巨体に阻まれた。
 レイの鋭い攻撃と比すとあまりに強大なその壁は、フェイルとの間を塞ぐ。
 あれが、フェイルのディフェンスタイプのモンスター、カビゴンか……!!

―――!?

 攻撃を受けきった瞬間、カビゴンが消えた。
 タイミングを一瞬でも誤ればレイの攻撃が直撃していたにも拘らず、フェイルはボールにカビゴンを戻し、その手をそのまま振り上げる。

「っ!? レイ!! そっちだ!!」
「っ!」
 レイは急いで、カメールとアリゲイツを繰り出した。
 そして、確りとフェイルを見る―――

「ギガインパクト」
「ハイドロポンプッ!!」

 ドォンッ!

「きゃっ!?」
 フェイルの放った攻撃は、若干逸れてレイの真横に沈み込み、ヴォイド・ヴァレーを揺らした。
 ピンポイントの攻撃で進路を変えて、回避。
 レイの特技でもあるけど、流石にそう何度もうまくいかないだろう。
 だが、俺はレイにこれ以上構わない。

 今はチャンスだ……!

「メガニウム! 葉っぱカッター!」

 鋭い数枚の葉が空気を切り裂く音を響かせ、空中でカビゴンを射出したフェイルに飛ぶ―――

「! ムクホーク」
「……!!?」

 まるで残像でも現れるかのような動作を見た。
 フェイルが胸ポケットから黒いリングを取り出し、はめ、そしてムクホークを繰り出し葉っぱカッターの進路から逸れる。

 それだけの動作を、反射的に一瞬で。
 モンスターの攻撃のプロセスの中で行った……!?

「スッ、スズキさん!!」
「!!」
 あまりの速さにフェイルが飛んで回避しただけだと勝手に思い込んでいた俺を、コトリちゃんの声が正気に戻す。
 フェイルは葉っぱカッターを回避した直後、一気に下降。
 空中で方向転換し、俺に向かって飛び込んでくる―――

「ドラピオンッ!!」
「猫騙し」
 これはさっきの焼きまわしだ。

 ドラピオンが攻撃を受けた直後、重い鐘を響かせるような鈍い音が鳴る。
 そして、フェイルは着地と同時に再び抜群のフットワークで俺の後ろに回り込む―――

「メガニウム! リフレクター!!」
「“猫騙し”」
「!!?」
 ここから、フェイルの行動が分岐した。
 左の“怯ませる”攻撃の二連弾。
 これで、俺のディフェンスタイプのモンスター二体は、“怯んでいる”―――

「スズキッ!!」
 レイが動こうとするが、あれじゃ間に合わない。

 フェイルは、今度こそ右手を振り上げた。
 まずっ……!!

「切り裂く」
「っ、フシギバナ!! 守る!!」
「!?」
 フェイルの攻撃は、俺が何とか繰り出せたフシギバナが押さえ込む。
 耐久力のあるこいつなら、守れば十分耐えられる。

 タンッ。と、革靴の音が聞こえて俺はほっと息を吐く。
 これは、相手の離脱の音だ。

 フェイルは再び俺から距離を取り、息も切らさず定位置で立っている。

「……?」
 だがその表情は、少しだけ変わっていた。

「ディフェンスタイプのモンスターが、3体?」
「……!」
 フェイルは俺に違和感を覚えていた。
 確かに俺は、耐久力を重視してモンスターを育てている。
 守りのモンスターは、“断絶”でもないなら、多くて2体っていうのが一般的みたいだ。

「ま、まあ、死にたくないんで……」
 軽く答えてみても、フェイルの表情は変わらない。
 だが、直ぐに割り切り、再び構えた。

 また、交戦だ。それも、俺狙いの。
 さあどうするか。

 さっきの交戦ではっきり分かった。
 フェイルは“猫騙し”の連続使用が……少なくとも二回は可能だ。
 だから相手のディフェンスタイプのモンスターの数だけ“怯ませて”、右の攻撃で決める。
 それが、フェイルの“超近距離戦”。

 次は警戒して、猫騙しだけで攻撃してくるかもしれない。
 そうなれば、俺は……

「さあ、いくよ」
「……」
 フェイルが腰を落とす。
 レイとコトリちゃんはフェイル攻撃を妨害できるけど、完全に止められるわけじゃない。

 戦場を空まで含めて縦横無尽に動き回るフェイル。攻撃はほとんど当らないし、遠距離で唯一当てられるレイが“狙って”放っても、カビゴンにシャットアウトされる。

 だったら、フェイルが近接してくる俺が、か。

 ……またか。
 トワイライト・タウンで戦った、ペルセちゃんの時と一緒だ。
「ふう……」
 俺は息を吐いた。
 人相手に、放ちたくはないけど……
 フェイルに通用するのは、多分“これ”しかない。

 タンッ

 フェイルが、俺に向かって跳ぶ―――

「…………」
 “使う”……か。


~~~~


「貴様……グラン=キーンか……?」
「だったら、何だ?」
 ドラクの睨みも、全てを飲み込み押し潰すような殺気も、全てを“情報”と割り切りグランは構える。
 ボールは二つ。両手に掴む。
 グランの表情は、戦う相手の姿以上の“大きさ”に、笑みさえ浮かんでいた。

「どいていろ。俺はそこの男に借りがある」
 ドラクの眼はグランを通り越し、俺を睨む。
 俺は遺跡を崩し、ドラクを閉じ込めたことがある。
 そういやこいつには、恨みを持たれていたな……。

 だが、グランがドラクに返したのは無言。それと、さっきから送り続けている戦闘意欲。
 俺はただ、それを見ているだけだ。

 そこでようやくドラクも、グランを正面から捉えた。

「まずは貴様から、か……!」

 グランは右腕を引く。
 そして同時に、“振った”。
「Quick raid」

 初撃はグラン―――

「っ、ドサイドン!!」

 グランから放たれた鋭い閃光は、ドラクに勝る巨体のドサイドンに阻まれた。
 まるで岩壁に小石でも投げたかのように、効果抜群の攻撃を受けたドサイドンにダメージは見えない。
 特性・ハードロック。
 レイに聞いたあの巨体の特性は、確り発動している―――

「岩石砲」
「ガァアアァアアァア―――ッ!!」
 ドラクの地鳴りのような声を掻き消すように雄叫びを上げたドサイドンは、地面から自身の体ほどもある岩石を取り出し、それをグランに投げ―――

 ……って!?

「っ!」
「う……おうっ!?」

 グランは右に、俺は左に。
 一斉に飛び込むように岩石を避けた。

 ああくそ、俺は何呆然と戦闘を眺めているんだよ……!?
 ここは戦場。俺も当事者だ……!

「そこにいろ!!」
「……!?」
 ボールを手に持った瞬間、グランが叫んだ。
 だが、視線はドラクだけを向き、ヴォイド・ヴァレーを走り回る。
 ああ、そうかよ。
 俺は、邪魔ってか……!

「岩石砲」
 ドサイドンの放つ攻撃は、ヴォイド・ヴァレーに轟音を響かせる。
 だが、走り回るグランを捉え切れていない。
 流石にグランの方が動きは鋭いか。

「Quick raid」
 だが、ドラクの方もダメージは受けていなかった。
 グランの攻撃は鋭いが、やっぱりドラク相手には軽いのか……。
 攻撃が当るたびに火石を弾くような音が響くが、ドサイドンはものともしていない。

 あのドサイドン。
 俺も、“逃げるのが前提”の時に一瞬見たが、“倒すつもり”で見るとまた違った威圧感がある。
 遠距離のグランの攻撃は軽い。
 もっと近接しないと……つまりはドサイドンのパワーをまともに受けるリスクを負っても、近距離に行かないといけない……!

「……Quick raid」
 グランも同じことを思ったのか、牽制しながらドラクに駆け出す―――

「ふんっ、ダグトリオ」
「!!?」
「なっ……!?」
 俺は更に戦闘から離れた。
 グランとドラクのその中間。そこがいきなり陥没するように凹み、徐々にそれが広がっていく。
 中央に陣取るのはダグトリオ。
 この“砂地獄”は、滑り込んできたものを瞬時に切り裂くためのものなのだろう。
 これが、地を行くものの戦闘範囲を奪う“基盤”の力―――

「っ、電磁浮遊!!」

 ブゥンッ

 グランが繰り出したメタグロスが、俺が前に見た時よりも機敏に宙に浮かぶ。明確に磁力を引き寄せているからだ。
 それに流れるように飛び乗ったグランの指には、光るリング。
 あいつ……“伝達”の登録を知った直後に使いこなしてやがる。

「岩石砲!」
「! ドータクン!!」
 ドサイドンは宙にいるグランを狙って“硬度”で固めた岩石を放つ。
 だが、それは新たに現れたグランの盾に“断絶”されていた。

 ザッ

 威力に押されながらも、グランは“砂地獄”の範囲外に着地し再びボールを構え、ドラクもドサイドンとダグトリオに攻撃準備を始めさせる。

「……」
「……」
 二人は、タイミングを計っているのか、黙り込んで睨み合っていた。

 すげぇ……な……。
 この二人の戦闘を棒立ちで見ていた俺は、それだけを思った。
 この二人は、“戦っている”。

 お互いがお互いを狙い、そして五分の戦いを繰り広げている。
 グランは身体能力を活かし、相手を錯乱させ、鋭い攻撃を放つ。
 ドラクはその圧倒的パワーを活かし、だがそれだけには頼らず、足場を奪うなどの策も練れる。

 上級者同士の切迫した戦い。
 それが眼前で繰り広げられている。

 動いてもいないのに、俺は熱くなっていた。
 この二人は、高い。少なくとも、俺よりは。
 なのに、何故か俺は楽しくなっている。

『ナンバー・ワンへの渇望』
 ドラクを鋭く睨む紅い目の持ち主は、そう言っていた。

『誰よりも高く、誰よりも強く』
 その欲求は、俺にも……いや、誰にだってある、はずだ。
 だがそう思った時、俺は何か自分に違和感を覚えた。

 その答えが分からないから……俺は、ここで動けないままなのだろうか……?
 ちらりと視線を移したのは、さっきまでグランと見上げていた方向。
 あっちの騒音も気になるが、足はぴったりこの場に張り付き、動けない。

 この場にいるのに戦闘に参加しないという矛盾を、俺は起こしていた。

「ダグトリオ!」
「……!」
 ドラクの響く声が、俺の意識を元に戻した。
 見ればグランに接近する素早い土煙。
 ダグトリオが“砂地獄”の範囲を移動させながら、グランに突撃してくる。

 速―――

「―――っ!?」
「!?」

 何、だ……!?
 途端、奇妙な感覚が全身を支配した。
 体に変化はない。
 だが、まるで水の中にいるかのような浮遊感と圧迫感が俺に……いや、この場の全てに及んでいる。

 これ、は……!?

「! 貴様か!!」
 ドラクの睨んだ先には、グランの隣に浮かぶ、銅鐸のようなモンスター。
 そして、ダグトリオの土煙の動きが極端に遅くなっている……!

「……トリックルーム」
 そこで、俺はこの妙な感覚が何所から放たれているのかが分かった。
 あの、ドータクンとかいうモンスターからだ……!
 原理は分からないが、ダグトリオの動きは鈍い。
 グランは難なくかわし、それを追うダグトリオには追いつけるだけの機敏さがなかった。

「……っ、“これ”はこいつにとって利に働く。ドサイドンッ!!」
「ガアアアアァアァァアア―――っ!!」
「……!?」

 途端駆け出したドサイドンは、俺の予想を超えた動きを始めた。
 先のダグトリオが誇っていた移動能力の高さを受け継いでいるかのようなドサイドンは、グランに猛チャージを仕掛ける。
 一歩歩くごとに地響きを起こすドサイドンは、ダグトリオの作った砂地獄の上、動きを鈍らせもせずに走る。

 何が起こっている……!?

「“遅さ”が自慢か……」
 グランは猛スピードのドサイドンに向かって腕を振り上げ、不適に笑った。

「だが、“絶対先制”は超えられない―――」
 腕を、振る……いや、あれは……

「―――Quick raid!」
 グランの言う通り、速度が勝った攻撃はドサイドンを捉える。
 だが、同時にドラクは小馬鹿にするように笑った。
 確かにそうだ。
 ドサイドンの猛チャージ。
 軽い単発攻撃、Quick “raid”じゃ止められない。

 だが、それが途切れもせずに連続で放たれたら……?

 ドドドドドドドドドドドドドッ!!

「!?」
 ドラクの表情が変わる。
 俺の位置からはグランの左手も見えていたからすぐに分かった。
 あれは、Quick raidじゃないってな……。

「グ……ガァッ!?」
 ドサイドンがグランから放たれる猛攻撃に、動きを止める。
 放たれているのはQuick “rush”。
 霰のように飛ぶ攻撃は、ドサイドンを襲い続ける。

「技名は、付けることでフェイントにも使える―――」
 グランは走り出し、動きを止めたドサイドンの向こうにいるドラクをその紅い目に捉える。

 俺は思わず笑った。
 技名を付けることで、相手にそれを“意識”させることが容易になる。
 勝ちに繋がるなら、使える手は全て使う。そういうことなんだろう。
 だからあいつは、技に名前を付けた。
 一般に知られている“バレットパンチ”ではなく、“Quick raid”や“Quick rush”と……!

「Quick……」
 グランが回り込みながら腕を振り上げた。
 その先には、ドサイドンと分離されている動きの鈍いドラク。

 これは、決まる―――

「rai―――っ!?」
「なっ!?」

 ザシュッと、血吹雪が宙を舞った。それはドラクのものではない。攻撃を繰り出そうとしたグランの右肩が、突如裂けていた。
 グランはその場で急停止。
 裂けた右肩では、押さえた左の指の間からドクドクと血が流れている。

「くく…………くくくくく…………ははははははは…………!!」
 その様子を見たドラクは、大気を震わすような声で笑った。

 今のは、あいつの仕業か……!?

「モンスターの行動速度を反転させるトリックルームで挑発し、俺とドサイドンを分担させるまでは見事だったが……」
 気付けば何時の間にか、妙な感覚がなくなっていた。
 ドサイドンは前と同じように鈍い足取りでドラクの元に戻る。

「俺が制限するのは、地の“基盤”だけではない……!!」
「……!」
 グランは左手で肩を抑えながら、自分が“ぶつかった空間”を睨む。
 そこにはグランの肩の血が、奇妙なことに“浮かんでいた”。

「ステルスロックか……!!」
 ドラクはグランの言葉を睨んで肯定した。

「そうだ。この場には大量に“硬度”で固めた“見えない岩”が浮かんでいる。お前はやたらと動き回るからな……!!」
 ドラクの言葉に、俺も周囲を確認する。
 確かに注視すれば、何か違和感がある箇所がいくつかあるが、直ぐに見失ってしまった。

 ステルスロック……。
 グランの肩の傷からして、見えない岩は鋭く尖っているのだろう。
 使ったのは、あのダグトリオだ。
 ドサイドンが猛攻撃を受けている中、ドラクは確りと指示を出していたのか……!
 足元はダグトリオに阻まれ、宙には尖った岩が浮かんでいる。
 これじゃ、動きが取れない……!!

「ドサイドン!!」
 ドラクは叫び、ドサイドンは腕を振り上げる。
 その手には岩石は握られていない。
 あいつ……何を……!?

「ガアアアアァアァァアア―――ッ!!」

 ガァンッ!

「―――!?」
 ドサイドンが威圧するように雄叫びを上げ、宙を“殴った”。
 そして、その直後周囲に連続で響く岩同士が激突する騒音と、所々で発生する火花。

 まさか、これは……!?

「グラン!!」
「っ!? メタグロス!!」

 ガンッ!

 グランが反射的に“真横”に繰り出したメタグロスは、衝撃を押さえ込む。
 その攻撃は、まるでドサイドンの攻撃が距離を飛び越え届いたようだった。
 だが、そんなわけはない……!

「グラン! あいつ、ステルスロック“そのもの”を殴りやがった!! 見えない岩が周りで暴れまわってるぞ!!」
「分かっている!!」
 叫び返したグランは、今度は背後から迫った鋭い岩をドータクンで防御。
 その間ドラクは、再びドサイドンに岩を殴らせていた。
 あいつは岩の動きを把握して、戦略的にグランに動きを取らせていない。
 下手に動いたら、鋭い岩に串刺しだ。

 透明な岩はヴォイド・ヴァレーの崖には届いていない。
 きっと、オリの役割を担う“動かない岩”と攻撃の役割を担う“動く岩”があるんだろう。
 つまりは、グランのいる位置が、そのオリの中。
 今、戦場では空中を鋭い岩がビリヤードのように暴れ回っていた。

 ドラクは笑っている。
 だがその頭の中では、全ての岩の動きを把握しているのだろう。
 あのグログラムの遺跡でもそうだった。
 砂嵐を発生させてレイとコトリを閉じ込めたりと、策を練る。
 その策が破られようが、ドラクには更にパワーもある。
 まだ俺の認識は甘かったみたいだ。
 “最強”。
 それを名乗っているのは、当然に裏打ちされた“実力”を持っているからだ……!

 でも……
「……」
 “実力者”が目の前にいる。
 絶対的にやばい状態なのに、俺はまた熱くなっていた。
 自分が今、棒立ちしていることが、こんなにも“もったいない”と思う。
 “答え”は見つかっていない。
 けど、俺は……

「ドサイドン……」
「……!!」

 ドサイドンが身動きの取れないグランに向かい、岩を振り上げる。
 下手に動けないグランは、あれを正面から受けなければならない―――

「……」
 ああ、もう駄目だ。

―――“動かずにはいられない”。

「岩石砲」
「っ、うおらっ!!」

 ドサイドンの攻撃が放たれる直前、俺は自分でも見事なフォームのアンダースローでグランにボールを投げていた。
 普通に投げたら見えない岩に激突して弾かれる。
 地面すれすれに転がせば、きっと届く―――

「!?」
 グランの足元で現れたのはワカシャモ。
 眼前まで迫っているのは圧倒的な破壊力を持つ岩石砲。
 当然、受けるなんてことはしない。

 狙いは―――

「ワカシャモ、スカイアッパーだ!!」
 ボールから出た直後のワカシャモは、地面を蹴って一気に上昇。
 所々あるのであろう見えない岩は、ワカシャモのアッパーに弾かれるか砕かれていく。
 もう、声は間に合わない。
 だが、グランならこの意図に気付いてくれるはずだ……!!

「メタグロス!」
 巨大な岩石は眼前に迫っている。
 周りは尖った岩。
 だが、“少なくとも今”―――

「電磁浮遊!!」

―――“上空”には岩はない……!!

 無事、必死を脱出できたグランは、上空でワカシャモをメタグロスに乗せた。
 俺もリザードンで回り込んでそこに合流する。

 下には、そこにいるにも拘らず上から押し潰すような殺気を放つドラク。
 こりゃまた恨みを買ったみたいだ……。

「君がやらなくても同じことをしていた」
「……そうかよ」
 上空で出会ったグランから開口一番返ってきたのは、皮肉と溜め息だった。

「だけど、その右手でやるより俺の方が速かったろうが」
「……ふん」
 グランは喉を鳴らす。
 肩が切られた右手をさっきから開け閉めして動作を確認しているんだ。
 否定はさせねぇぞ……。

「悪いがここから先は、俺も参加する」
「……」
 俺はドラクを見下ろしながら、呟いた。
 グランは何も言わない。
 これは、果たして“肯定”なんだろうか。

 確かに俺は、今、自分に疑問を感じている。
 “天上にいるあの男”を見ているのか、それとも、“天上”を見ているのか。
 だが、少なくとも。

「“ドラクのいる位置”よりは、俺は上を向いている……!」
 答えは出ない。
 だが、そもそも今は“それを考える必要もない”。

 俺が見ているのは、“とりあえずは”もっと先なのだから―――

 パアッ

「……!」
 グランの真横で、ワカシャモが光を放つ。
 モンスターが……“上がる”。

「さあ、始めるぞ……!」
 進化したバシャーモはリザードンに飛び移って構える。
 俺も、暴れまわる見えない岩の先のドラクを睨んだ。

「……足だけは引っ張るな」
 グランも、両手にボールを構える。
 返ってきたのは、微塵にも友好的ではない言葉。
 まあ、期待はしてなかったけどさ……。

 戦闘の中だけで、こいつとは出会う。
 目的が同じなら、協力する。
 こいつとの関係は、やっぱりこんなものなのかもしれない。

「そんなこと言ってられんのも今のうちだけだ」

 だったら、せめて対等になってもらおうじゃねぇか。

「今までの“借り”、利息付けて返してやるよ……!」

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 まずは、管理人様、お引越しお疲れ様でした。

 …………それに引き換え、私がその期間書いたのは、一話だけだったりします……。
 話の方は進んでいますが、四月が近付いてくると更新は不定期になっていきそうな気がしますので、ご容赦下さい……。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.49 Transcendence
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/04/08 13:17
「は……は……はっっっく……、あれ? 止まった……しゅっ!!?」
 うわー、寒い。
 雲の上はこんなに晴れているのに。一瞬止まるという妙なくしゃみをするほどに寒い。
 私は“空から”地上を見下ろした。
 長い髪をバサバサ揺らす冷たい風の先、あきれ返るほど植物が少ない殺風景な高原が広がっている。

 エースさんに探せと言われたチーム……スト?……スト……ロング? が、クロースノアにいたところまでは分かったけど、その先の進路が掴めない。
 アリスさんがこの辺りにいるとか言っているらしいから間違いはないとは思うけど……はあぁぁ、“報酬”は高くつくっすよ? エースさん及びチーム・ストロング。

 それにしても、見つからない。
 もう正直帰りたいけど、エースさんは……怖い。『アスカ!!』っていう怒鳴り声が、解散から大分経つのに未だ瞬時に脳内再生できる。

「はあ……」
 もっと高く飛べば見つかるだろうか。
 何しろ見える範囲が広いし。

「チルタリスゥ~、もっと上に……は……は……はきゅっ!?」
「キューイ」
 奇妙な発音のくしゃみと共に、私は上がっていく。

 もっと高く。
 更に高く。
 フリーになってからの私の癖かもしれない。
 まあ、寒いの苦手なんすけどね……

―――!!

「危っ……!?」
 その、上がる直前。
 何かが更にその上を高速で通っていった。
 いや、“何か”なんて表現を私はする必要はない。
 私の視力なら、それが何だったのか見えていたのだから。

 だけど、まさか“いる”とは思っていなかった。
 こんな所に、あんなモンスターが、“しかもトレーナー付きで”。

「“自由”の適合者……って感じじゃなかったっすよね……」
「……」
 チルタリスに確認を取るように呟くが、返ってきたのは無言。
 ただ、リングをつけたトレーナーが乗ったモンスターが通っただけ。
 通っただけなのに、私もチルタリスも、その方向を“警戒していた”。

 でも。
 これはビンゴだ。きっとそうだ。
 あの方向。何か面白いこと……いや、チーム……何とかがいるのかもしれない。
 当てもない私は、それについて行った方がきっといい。
 だからエースさん。これが最適なんすよ?

 私はその方向に飛ぶ。
 ここが空である以上、全力で追えば“自由”な私の方が速いだろう。

 “だけど私は距離を取る”。

 “興味が出たからそっちに向かう私”とは違う、“プロとしての私”がそうさせている。

 追いつかないように、追う。
 絶対に、不用意にエンカウントしてはいけない。

 流石に修羅場をいくつも越えていれば、焦りだすなんてことはしない。
 だけど、私は一瞬のすれ違いで、あの背中を最警戒対象と認識していた。

 私は雲に紛れ、ゆっくり追う。
 こういうスリルに、“面白み”を見出せるのが私の認識する“プロ”だけど……

 くしゃみは何時の間にか止まっていた。


~~~~


 俺は、戦闘を眺めていただけの状態から舞台に登った。

 ピリピリと背筋を緊張感が撫で、正面からは暴風が叩きつけられるような威圧感。
 確かに見えない岩の衝突音が響いているのに、無音のようにも感じる。
 体は冷えていて、だけど確かに熱い。

 戦闘は、何時でもそうだった―――

「また、貴様か……!!」
 ドラクが睨む。
 隣のドサイドンが手を差し出し、何かをバシッと掴んだ。
 それと同時に、周囲の岩の音が止まる。
 とりあえず今、“オリ”の中で暴れまわる岩は停止しているらしい。

「どうする?」
「まずは見えない岩からだ」
 ドラクを見下ろす俺たちは、短くそれだけの言葉を交わした。

 プロに囲まれた戦闘の緊迫感が周囲を満たしている。
 押し潰されるような重い空気と、動けば切れるような鋭い空気。
 “だけど、今すぐ動き出したい”。
 何時からだろう―――

―――“こんな空気が好きになっていたのは”。

「岩石砲!」
「!!」
 ドサイドンが“投擲の動き”を見せる。
 ああ、確かに何とかするのは“見えない岩”からだ……!!

「っ、俺左お前右!!」
 俺は一気にまくし立て、体重ごと傾けるように左に曲がる。
「うっお!?」
 その直後、俺とグランの間に新幹線が目の前を通過するような風が発生した。
 かすりもしなかったが“見えない岩石砲”は、当ればどうなるか容易に想像ができる。

 “見えないオリ”の次は“見えない砲撃”かよ……。
 それも威力が高すぎる。
 まともに受けるわけにはいかねぇぞ……?

 さあ、どうするか―――

「! メタグロス!」
 グランの方から衝撃音が届く。
 グランはメタグロスの上、もう1体のメタグロスでドラクからの攻撃を真正面から防御していた。
 威力に押されてはいるが、“断絶”の適合者だからできる荒業だ。
 グランの反応力と防御力でも、オリの入り口ギリギリが“いられる”距離か……

 ……って、俺はもう分析してたくねぇんだ……!
 今、俺は戦える……!!

「リザードン!」
 一気にドラクから距離を取って、ターゲットを見定める。
 “見えない岩”を何とかするにしても、とりあえずは“試してみて”からだ。

「ふう……」
 もう一度、ターゲットを見定めた。
 ドラクは今、この状況下でも強引に戦えているグランに向かって攻撃している。
 岩石砲も悠々回避される“攻撃範囲外”の俺は、とりあえずは問題ないと割り切っているんだろう。
 “だが、甘い”。
 そこは俺の、攻撃範囲内だ……!

「バシャーモ……」
 コントロールは、マシになっただろうか。
 波動が混ざるイメージをしながら、技の軌道をドラクに合わせる。

 放つのは、常時発動型―――

「“ファイアボルト”!」
「―――!?」
「グッウッ!!」

 大気が擦れる音がするかのようなレーザーが、バシャーモから放たれた。
 その攻撃は“見えない岩”に威力を削られながらも、ドサイドンにヒットする。

「ガ、ガァアァアアア―――!!」
 ドサイドンはブンッ、と体を振り回し、攻撃を振り払う。
 ダメージは少し受けてはいるが、流石に押さえ込まれたか。
 炎と雷じゃ、効果も薄い。
 “見えない岩”は、防御壁にもなるみたいだ。
 だが、“今のファイアボルトを覚えておけよ”……!

「岩石砲!」
「っ!? うっ、おっ!?」
 余裕を見て回避した“見えない岩”は、予想より遥かに速く俺の横を通過した。
 この距離で、“伝達”でもないのに攻撃威力も大して落ちていない……!

「貴様……今のは……!?」
 今度は牽制するように周囲を走るグランに攻撃を放ちながらも、ドラクは俺を睨みつける。
 エースの刺すような鋭い睨みとは違う。
 相手を潰すと宣言しているような睨みだ。
 だが、直ぐにドラクはグランに意識を向ける。
 俺を睨んだ隙に放たれたグランの攻撃もドサイドンで防御。
 耐久力も半端じゃないドサイドン。
 だが、ドラクの一瞬の隙を縫ったグランも、グランの攻撃に反応したドラクも俺から言わせれば半端じゃない。
 これが、“プロ”……か。

「Quick rush!!」
 グランが連激を始めたお陰で、俺は容易に更に距離を取れた。
 グランに比べて防御力の劣る俺は、離れないといけない。
 この距離は、ドラクの力技で十分埋められる。

 俺が離れると、グランは攻撃を一旦止め、標的にならないよう再び走り始めた。
 “プロ”のグランは戦闘において、最適に近い行動を取り続けられる。
 あのノーブコスティの博物館でも、初顔合わせのメンバーの中、ペルセに完璧なタイミングで襲い掛かっていた。
 現にグランとのタッグがやりやすい。
 グランが合わせてくれるからだ。
 俺にはそんなこと、反射的にできない。

 グランが時にメタグロスで浮かび、時には走り、ドラクに攻撃を続けている。
 やっぱり、あいつは、強い……な。

 だったら、“考えてでも”その差を埋めてやる。
 足りない分は、頭でも何でも使って補っていけばいい。

 今のやり取りで、確認できたことがある。
 見えない岩は、ある程度ダメージを与えれば、当然壊れるってことを。

「メタグロス、メタルクロー」
 グランもそれを見て、邪魔な“見えない岩”を破壊しながら走り回っていた。
 “見えない岩”は十分破壊できる。
 これで、ただ“受けるだけ”が避けられるようになっていた。

 得た情報を直ぐに頭の中に流し込み、そしてより優れた行動をしていく。
 事態はどんどん変わっていく。
 これが、戦闘の駆け引き。

 グランはそれが瞬時にできる。
 俺も、この世界に来たばかりの俺よりは、遥かにその判断が早くできるようになっているはずだ。
 自分が“上がって”、それを全開で使う。

 やっぱり……“面白い”……!
 命懸けの状況なのに、そんなことを俺は思っていた。

『ナンバー・ワンへの渇望』
 その言葉の意味が、更に分かった気がする―――

「っ!!」
 再び真横を通り過ぎる、“見えない岩石砲”。
 まだ距離が近かったか。
 ドラクは、俺を威嚇するように睨んでいる。
 だが俺はその威圧感を、真正面から受けた。

 “見えない岩”と“砂地獄”に囲まれたドラクは、完全防備だろう。
 オリの外にいたら“見えない岩”に攻撃は阻まれるし、陸路は“砂地獄”も加わって近づけない。

 だが、そんな状態でも、思うことは一つ。
 “それを超えていこう”、と。
 もっと、高く。
 もっと、強く。

 あいつに……勝ちたい……!

「リザードン!」
「! 岩石砲!!」
 俺は一気にドラクの真上へ移動した。
 途中放たれた岩石砲をギリギリでかわし、フィールド全体が見渡せる位置で停止する。

「いくぜ……」
 グランの位置を確認し、ドラクに向かってバシャーモを構えさせる。

「バシャーモ……」
「!! ドサイドン!!」
 ドラクが上空からの“レーザーに備え”、身をドサイドンに隠す。

 “意識したか”……!

「“ファイアボルト”!」
「……―――!?」

 ドラクに向かって、赤いペンキをぶちまけたような炎が広がる。
 純粋な俺の“上昇”の波動は極度に分散し、ドラクの周辺を炎で埋めた。

「何……を……!?」
 炎が止んだところで、ドラクの声が聞こえた。
 ダメージは、受けていない。
 ああ、そうだろうな。
 こんな必要以上に分散した炎じゃ、精々“見えない岩を熱する”くらいしか引き起こせない―――

「“こっち”は……久しぶりだな……」
 俺は全身の熱を下げていた。
 足元……リザードンの背には、炎を放ったバシャーモ。そして、炎でドラクから見えなくなった隙に繰り出したグレイシアがいる。
 そういえば、最初に恨みを買ったのも、この技だっけ……?

 まあ、いい―――

「“上昇”と“停止”のDouble drive:Tear of condition!!」

 周囲で一気に、ガラスが割れるような音が響く。
 一気に冷やされた戦場にあるのは、そのものが軋んだかのような“異変”。

 今、全ての“見えない岩”が、“状態乖離”を起こしている―――

「っ、ドサイドン!!」
「……なっ!?」
 完全に砕かれると思った岩は、ドサイドンが直ちに“固め”始めた。
 固さを示す岩、“硬度”の波動。
 ドサイドンとダグトリオの技が、砕けて少し見えるようになっていた岩を修復させ始める―――

 ドドドドドドドドドドドドドッ!!

「―――!?」
 再び音が響いたとき、今度は戦場で花火が上がるように火花が散った。
 放たれたのは当然、“青い弾丸”。

「……Quick rush」
 まるで雪が舞っているような“何か”の破片が周囲を満たす。
 今、全ての“見えない岩”は破壊された。

「見えていれば、なんら脅威ではない」
 パラパラとステルスロックの破片が落ちる先のドラクを見ながら、グランは不適に笑った。
 グランにとって、俺のダブル・ドライブで出来た“歪”でそれは十分だったのだろう。

 戦場は常に変化する。
 今、ドラクを守る防御壁は、ない。

「リザードン……エレキブル……」
「―――!?」
 グランを睨んでいたドラクは、突如後ろから響いた声に一気に振り向く。

 ドラクの防御壁がなくなった瞬間、眼を盗んで俺はここに降り立っていた。
 体の、勝手な反応。
 グランが全ての“見えない岩”を破壊した瞬間、次の手は“これ”だと直ぐに判断できるようになっていた自分。
 だがその“順応”に焦ることなく俺は手順を進める。

「貴様……やはり、トリプル……」
 ドラクがエレキブルを見て奇異の眼を向けるが、もう遅い。

 “これ”はさっきの常時発動型なんてレベルじゃない。
 エレキブルを出すことで、暴走に近い量の炎を強引に押さえ込む、“必殺技”なんだ。
 しかも今度は、防御壁はない。

「……!!」
 グランが攻撃範囲から一気に飛びのく。
 ドラクは逆に、囲まれた砂地獄のせいで飛び退けない。
 自分の動きに機敏さがないのが分かっているからの作戦だったんだろうが、仇になったな―――

「“上昇”と“伝達”のDouble drive:fire volt!!」

~~~~

「いくよ」

 タンッ

 革靴の音が響く。

 高速で近づく男を見ながら、俺は“シミュレーション”を始めた。
 フェイルが左腕を振り上げる。
 俺はそれに対して、ゆっくりとボールを持ち上げた。

「オオスバメ、ズバット!!」
「!」
 今度は2体、コトリちゃんのモンスターがフェイルを目指す。
 1体は足元、1体は手元。
 コトリちゃんが許せる限界ギリギリだろう。

 しかし、当然―――

「!?」
 フェイルは、跳びそれを難なくかわす。
 何所までも高く。
 だがその軌道は、空中で方向転換ができるフェイルじゃ当てにはできないが、俺に向かって降りてきている―――

「ハイドロポンプッ!!」
 どこまでも、さっきの焼きまわし。
 カビゴンが出現し、レイに向かって放たれた。

 しかし今度は、カビゴンを“避けさせた”レイが、カメールを繰り出して再び攻撃を放つ。
 フェイルはそれにムクホークを繰り出して回避。
 俺のさっきの葉っぱカッターの役が、正に今のレイだった。

 フェイルは“また”空中で方向転換。瞬時に俺に向かって降りてくる。

 ああ、“ここで”、だ。
 “イメージ通り”。
 俺はいやに冷静になっていた。
 戦闘の流れも、まるで当事者でないかのように、“傍観”していた。
 いや、フェイルが襲い掛かってきている今も、音が失われているかのように静かだった。

 だけど、心臓の音は、大きく聞こえる。
 こんな感覚は、カイにもあったらしい。

 だけど俺に流れる波動は、“停止”じゃなくて、“侵蝕”。
 “蝕む力”だ。

 フェイルが相手じゃ、今更1匹程度倒しても意味がない。

 ああ、本当に、イメージ悪いな……。
 “人相手に、か”。

「スズキ!」
 レイの声が遠くに聞こえる。
 ああ、分かっているよ。

 目の前で左手を振り上げて、落下してくる男の恐怖は……

「フシギバナ……」
「?」
 自分の声も、静かに聞こえる。

 だけど―――

 次の瞬間、“大地が割れるほどの音”は、はっきり聞こえた―――

「!? エテボース!!」
「なっ!?」
 その次の瞬間には、フェイルは、左手のボールから繰り出したモンスターの長い尻尾でムクホークを掴み、一気に俺から離脱した。

「きゃっ!?」
「なっ!?……え!? 何!?」
 フェイルの行動に一瞬遅れて、残りの二人が騒ぎだす。
 俺だって騒ぎたいさ。
 突如響いた爆音。
 方向転換は不可能なほどの速度に係わらず、一瞬で俺の射程内から離脱したフェイル。
 そして、天を衝くように尖ったヴォイド・ヴァレーの崖の真横から、“大穴が開いている景色”。

 こんなの、冷静でいられるか……!

 今見えたのは、崖が吹き飛んだ瞬間。
 まるで、“迷路”に仕掛けられていた大量の爆弾が一斉に作動したかのような“破壊”。
 大穴の空いたヴォイド・ヴァレーの崖から、岩がバラバラと落ちてくるさまは、まるで映画でも見ているように非現実的な光景だった。

 一体、何が……!?

 タンッ

「!!…………え?」
 革靴の音に反射的に身構えた俺が見たのは、ある意味大穴が開いた崖より“異様な光景”だった。
 “猫騙し”を放っていたと思われる左手のモンスター、エテボースを足元に従えて、その周囲にはムクホークを飛ばし、フェイルは“大穴”を見て、“ほとんど背を向けて”いた。

「……?」
 フェイルの表情は、見えない。
 崖に突如大穴が開いたことというのも当然、異常事態だ。
 だが、それ以上に。
 今まで隙なく立っていた男が、ある意味最も“自然”にその場にいるという“異様”に、俺たちの誰もが動けなかった。

「ん、困ったな」
 フェイルがようやく口を開き、ムクホーク以外全てボールに戻す。
 そしてゆっくりと、俺たちに振り返る。

「“彼”に惹かれたのかは分からないが、来てしまったみたいだ」
「……?」
 フェイルの、“空気”が変わった。
 それは、今までの殺伐としたものではなく、本当に、何所までも自然な、“人としての空気”になっている。

「今の……何……?」
 喉が詰まったように声が出なかった俺の変わりに、レイがフェイルにこの場にいる全員の総意を告げる。
 すると、フェイルは背をムクホークにつかませた。

「言ったじゃないか。来たみたいだ、って。悪いけど、行かせてもらうよ」
 フェイルは飛んだまま、大穴に向き合う。
 カイたちに聞いたフェイルという人柄。
 これは間違いなく、戦闘の終了を示していた。

 だったら、次は……

「そうだ」
 俺が考えをめぐらす前に、フェイルは振り返った。

「“さっき”、何をするつもりだったのかな?」
「……!」
 やっぱり、“気づかれていた”か……。
 フェイルの急反転回避の原因はあの騒音じゃなくて、明らかに“俺から”の回避だった。
 フェイルは、“あの時”のペルセちゃん同様、俺の“何か”を察知していた……。

「何……を」
 俺の口から出てきたのは、芸のない言葉。
 流石に頭は回らない。

「君に感じた“悪寒”。その正体のことだよ」
「……!」
 レイとコトリちゃんは眉を寄せるが、フェイルは確信を持って俺に聞いてきている。

「まあ、いいか。楽しかった、かな」

 フェイルは今度こそ、背を向けて去って行った。
 レイたちに聞いた、フェイルとの終戦。
 その時も、こんな感じだったらしい。

 この場にいる誰も、フェイルを追おうとは思わない……。

 “アレ”がフェイルに察知された以上、恐らくは。
 “崖が吹き飛ばなければ、全滅していた”。

「……」
 飛び去るフェイルの背中を見ながら、感じる“遠さ”。
 これは、敗北感なのか、向上心なのか。
 判断はつかない。
 ただ少なくとも後者は……

 俺には“禁止されている”―――

「ねえ、スズキ……」
「……ああ」
 そうだ、な。
 感傷に浸っている場合じゃない。
 ようやく事態を飲み込めて、俺の頭は回り始めた。

 フェイルが如何に脅威だったとしても、気にすべきは今の問題。
 あの、“爆音”の正体だ……!

「とりあえず、あの穴を目指しましょう?」
 俺は頷く。
 フェイルも向かったが、俺たちは行かないわけにもいかない。
 もしかしたら、カイとラナちゃんが巻き込まれたかもしれないのだから。

「コトリちゃん。悪いけど“空を飛ぶ”を……」
「ごめんなさい……私……全然……」
 コトリちゃんの消え入りそうな言葉は、直後ボールの開閉音にかき消された。
 現れたのは、プテラ、オオスバメ、そしてトゲチック。
 トゲチックに背を掴ませ先に進むコトリちゃんの表情は見えない。
 俺もレイも、その背中に声はかけられなかった。
 “種類が違う”と言っても、フェイルと“戦えなかった”のは、俺たちも変わらない。

 ああ、確かにフェイルとの戦いは心を折られるな。

 俺もプテラに掴まれながら、フェイルとの戦いを思い出す。
 “全てが通じない相手”。
 確かに、この“差”はへこむな……。

 恐ろしいことに見える崖の向こうの青空を眺めながら、ふつふつと。
 “何か”が心の中に生まれるような気がした。


~~~~


「何、だ……!?」
 俺は、何でうつ伏せになっているんだ……?
 頭がガンガン鳴る。

 ゆっくりと目を開けると、リザードンとエレキブルの姿が、巻き上がった砂埃の向こうにうっすら見えた。
 砂埃……?
 何でこんなにもうもうと、煙が舞っているんだ……?
 視界も悪い。

「う……ぐ……!?」
 ゆっくりと起き上がった時、胸を打ちつけたように痛んだ。

 ……!
 いや、実際に打ち付けたんだ。
 頭がやっと回転し始める。
 俺は、“咄嗟に地面に飛び込んだんだ”。
 身を屈めるために。
 それも、“命を守る、生物としての反射”で―――

 崖に空いた大穴から吹き込む風が、砂埃を払う。

「……!」
 俺目の前の地面は、比喩じゃなく完全に凹んでいた。
 崖に空いたものほど大きい地面の穴は、家一軒ならゆうに入れられるほど深い。
 完全に思い出したぜ……。

 ドラクに放った攻撃が、“真上から叩き潰されたのを”。
 丁度ドラクと俺の中間に、“それ”は落とされた。

 そして、砂埃で穴の向こう側は見えないが、ドラクには届いていないのを確信できる。

 今のは明らかに、“圧縮された炎”を超えていた……!

「この……“出力”……」
「……グラン?」
 同じように体を伏せたのか、服を砂まみれにしたグランが歩み寄ってきた。
 血が滲み出した肩を押さえ、奥歯をギリッとかんでいる。
 だが、それでも鋭い紅い眼は、俺を通り越し“崖の大穴”に向いていた。

「……!」
 それを追った俺の目も、鋭くなった。
 穴の開いた崖の横。
 大きな翼を持つモンスターが羽ばたいていた。

 それは、姿は青く、しかし真っ赤な翼を持ち、威嚇するように鋭くこの“場”を睨んでいた。
 それを見て、俺は正しく、それが“竜”だと認識する。
 そして同時に、今のが“モンスター”がもたらしたものだと確認もできた―――

「ボーマンダ……やはり、か……」
 グランが呟いたと同時、俺はそのボーマンダの上に誰か人が乗っているのに気付いた。

 いや―――“最初から気付いていたのかもしれない”。

「……」
 ただぼうっと、そいつは戦場を眺めていた。
 体をマントで覆い、顔さえもターバンとマフラーのようなマスクで覆っている。
 顔は見えない。
 だが俺は、何故かその人物に“違和感”を覚えていた。
 “それ”は、あまりにも危険な匂いがするボーマンダを超えて、俺の意識をその人物だけに向けさせる。

「“必然”と並ぶ、世にも珍しい“超越”の適合者」
 グランの声もどこか遠くに聞こえる。

 だが、その次の言葉は、俺も予想ができていた。

「チーム・パイオニアの、リーダーだ……!」



[3371] Part.50 Fail
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/04/08 13:20

「…………」
「…………」

 音が、止まる。
 本当に、俺には何も聞こえない。
 ボーマンダの上に立つその人物を、俺はただただ呆然と見ていた。

 そして、そいつも俺を見下ろしている。
 ただただ呆然と。

 次に、体に熱が生まれる。
 『“こう”ならなければいけなかった』という不思議な感覚が生まれ、それが熱くなっているからだ。
 “これはリクトに会ったときも感じたものかもしれない”。
 そして、“リクト以外の人間からは感じなかった”ものだ。

 言葉では言い表せない不思議な感覚。

 だが、何故か確信を持って言えることがある。

―――俺は、“こいつ”に会わなければいけなかった。

 “最悪”。
 出会ったら終わり。
 左目に傷のある男。
 十年前にラナたちの両親を殺した。
 勝つための条件を必ず引き寄せる、“主人公”の個性を持っている。

 旅の途中で集めた情報は、驚くほど後に出てきた。

 だが、いずれにせよ、目の前の現実は変わらない。

「“必然”と並ぶ、世にも珍しい“超越”の適合者」
 どこか遠くに聞こえるグランの声で、少しだけ、音が戻る―――

「チーム・パイオニアのリーダーだ……!」

 “ああ、そうだと思ったよ”。

「…………」
「グルルッ」
 唸るボーマンダの上、そいつはあいも変わらず立ち続けていた。

 たった今、ヴォイド・ヴァレーの崖に大穴を空け、ドラクに放った攻撃を叩き潰し、そして地面を広範囲凹ませたばかりだというのに、そいつからは静けさすら感じられる。

 そして、姿。
 遠目でしか見えないが、顔もターバンのような帽子とマスクで隠している。
 表情は見えない。
 あいつは、何しにここに来たというのだろう……?

「……! カラスマ=カイ。ドラクとかいう男が消えている」
「……え、ああ」
 俺はグランの言葉を理解するのに時間がかかった。
 そうか。
 俺たちは今までドラクと戦っていたんだ。
 じゃあ、あいつはドラクを助けるために来たんだろうか。

―――違う……

 それをあっさり否定する、俺の中の“声”。

 “ああ、分かっている”。

 何の確証もない。
 自惚れかもしれない。
 だが俺の直感は、あいつが来た理由を、一つしか示さない。

 “あいつは俺に逢いに来たんだ”。

「…………」
「…………」
 奇妙な時間だった。
 この不思議な感覚に混乱しているのは俺だけか、それとも向こうも同じなのか。
 優雅に空を飛ぶボーマンダの羽音以外、音が聞こえない。

 あいつは、戦う気がないのか……?

―――違う……

「…………っ」
 その静寂の中、ようやく俺の頭に“シグナル”が鳴り始める。
 状況を、理屈じゃなく感覚で理解したとき、俺は確信した。

 俺とあいつは、“必ず戦うことになる”。

「……!?」
 それを感じたのは向こうも同時か。
 体の硬直をとき、ゆっくりと片腕を振り上げる。
 手に握られているのは、ボール。
 あの中に何かが入っているのだろうか……?

「……」
 あいつが、何かを呟きながらボールを落とす、その瞬間―――

―――!?

 ゾワッ。
 悪寒が背筋を撫でる。
 これは、“死ぬ”。
 “やられる”とかじゃない。

 “死ぬ”。

 これは、初めての感覚だ。
 俺は今まで、相手がいかに強大でも、心のどこかで何とかなると思えていた。
 だが、今の相手は違う。
 あいつが攻撃したら、間違いなく―――

「!!? メタグロス!!」
「ぐおっ!?」
 グランが、放心していた俺の首根っこを掴んでメタグロスの下に引きずり込んだ。
 俺は直ぐに体勢を立て直し、体を屈ませる。
 まるで、小学校でやった、地震の防災訓練だ。
 だが、実際相手は“災害”。

 目の前の地面の凹みを造るような相手だ。

 そして―――

「やっと出られた―――!!!」

「…………!?」
「…………え?」

 嫌に聞き覚えのある声が響き、俺は恐る恐る顔を出した。
 ボーマンダの上の人物も、その声に驚いたのかボールを止めている。

「…………あれ?」
 ボーマンダが飛ぶ、対面の崖。
 その穴の一つから飛び出たラナは、その場で首を傾げた。

「っ、馬鹿!! 今すぐ戻れ!!」
 俺は、ラナに向かって怒鳴りつけた。
 空気を読めだとか言っている暇はない。

 何でよりにもよってこのタイミングで……。

 だがラナは、言われた通りに下がらず、対面の大穴を睨み付けた。
 いや、その隣に飛んでいるものにと言った方が適格だろう。

「あの……モンスターは……」
「くっ!!」
「何を……!?」
 グランの声を振り切って、俺はラナに向かって走り出した。
 もう駄目だ。
 ラナはリーダーから眼を離さず動かない。
 一瞬一秒でも速く、ラナを通路に引っ込ませないと“最悪”の結果になる。

 “あいつ”は今にでも、攻撃をしようとしているのだから―――

「っ!! っあ!!」
「!?」
 後ろから聞こえた奇妙な声に、俺は走りながら首だけ回して振り返り、そして足を止めた。
 ボーマンダの上、その声の主は、両腕で体を抱き、身悶えている。

 その姿はどう見ても、苦しんでいるようにしか見えなかった。

「何……を……!?」

―――“チャンス”だ。

「……―――!?」
 今度は俺が苦しむ番だった。
 途端頭に響いた声と、それに一瞬納得しかけた自分。

 今俺は、相手の苦しむ姿を見て、攻撃しようとしていた……?

「“空を飛ぶ”」
「!?」
 空から、マスク越しのくぐもった声が聞こえた。
 もう一度見上げれば、ボーマンダは百八十度旋回。ヴォイド・ヴァレーの大穴から離脱しようとしていた。

「ね、ねえ、カイ君、何が……」
「俺だって知りてぇよ!!」
「っ!!?」
 普通に声を出したつもりが、俺はラナに怒鳴りつけていた。

 だが、頭は冷えない。

 突如現れたチーム・パイオニアのリーダー。
 妙な感覚。
 今までとは桁の違う、“死”の匂い。
 ラナの登場と同時に攻撃を止め、離脱していくあの様子。

 何もかも分からない。

 そして、一番分からないのは。

 あの後姿を見た途端、またも頭に響いた“声”。

 これは、俺がすべきことを、“俺が知っていて”、指示を与えているのかもしれない。

 去っていくあいつを見たとき、確かに聞こえた。

―――“追え”、と。

「リザードン!!」
 俺はリザードンを繰り出し、背中に飛び乗った。

 いいぜ。
 とりあえずは、話を聞いてやるよ。
 それが、“合っている”という俺の感覚の“声”を。
 “俺はあの背中を追わなければいけない”。

「グラン!! ラナを頼む!!」
「なっ!?」
 それだけ叫んで、俺はヴォイド・ヴァレーの大穴から外に飛び出た。
 一瞬方向が分からなかったが、問題ない。
 “あっちだ”。
 何故か感覚で分かる。

 澄んだ空を、正面から暴風が叩きつけるような速度で飛ぶ。
 後のことなんか考えない。
 フルパワーで追ってやる……!

「……!」
 全力で飛んで、ようやく見えた後姿。
 マントで覆われた姿は、思ったよりも小さい。

「……!!」
 向こうもこっちに気付き、更にスピードを上げた。

 こっちの“自由”のリングのランクは、B。
 向こうは恐らくA以上なのだろう。
 やはり少しずつ離されていく。

「逃が……すかよ……!!」
 このまま離されたら見失っちまう。
 何故ここまであの背中に執着しているのかも分からないまま、俺はボールを取り出した。

「バクフーン……!!」
 あまりのスピードからか霞む視界の先、バクフーンを繰り出した。
 そして背中の炎をリザードンの後方に向けさせる。

 成功するかどうかは分からない。
 だが、こうでもしないと追いつけない。
 俺は体の熱を、際限なく上げた。

「バクフーン!! 噴火!!」
 ドンッ。と音がするかのように、リザードンは加速した。
 ロケットブースターの役割を果たすバクフーンは、必死にリザードンの上で踏ん張っている。
「ぐっ、おっ……!?」
 顔にぶつかる風は暴力的なまでの威力を誇り、まともに目を開けていられない。

 薄く眼を開け、進路を把握する。
 霞む視界の先、確かに捉えた、後姿。

 俺は、手を伸ばす。

「えっ!!?」
 布を掴んだと同時に、マスク越しの声。

 ああ、追いついた。
 掴んだものを、一気に引く―――

「あ……!?」
「…………え……」

 引いたのは、相手の頭に巻いてあったターバンのような布だった。
 ターバンが空中で一気に解け、宙を舞う。

 そして。
 その人物の、長い銀色の髪が、“霧”の中を同時に舞った。

「な……!?」
「っ!?」
 振り返ったその大きな左の瞼には、確かに上から三本の引っかいたような傷が入っている。
 噂に聞いた、“左眼に傷のある男”という特徴だ。

 だが、その人物は。

「お……女……!?」
 “男”では、なかった。

「っ、ああ―――っ!?」
「―――!?」

 そいつと眼が合った瞬間、光が、弾けた。

~~~~

『お前を認めよう』

 …………?
 ここは、何所だ……?

 私<俺>は何所にいる……?

「!!?」
 覚醒した瞬間、私<俺>の目の前には、この世のものとは思えぬ光景が広がっていた。

 世界そのものが割れるような、地響き。
 ソフトブロックのように砕かれる、山。
 雲を、空を、天を、裂くような何かと何かの激突。

 目の前で、誰かと誰かが戦っている。
 その二人の戦いは、“近づけるものではない”。
 あまりに“高過ぎる”。

 だが、私<俺>は、それを食い入るように見つけていた。

「!!?」
 “危ない”!!
 そう思ったが、私<俺>は動かなかった。
 目の前から飛んできた岩の破片が、“左眼を直撃”。
 だが、私<俺>は、それを避ける間も惜しみ、“天上と天上の戦い”を見続ける。

 そこでようやく理解した。
 これは、“俺”じゃない。
 この人物は、この物語の“主人公”は、“私”だ、と。

「ああ~、ガキ。だから言ったろ? 危ねぇって」
「……」
 私は動かない。
 左眼はズキズキ痛む。
 だけど、もっと“あれ”を見ていなければいけない。

「ったく、ガキ……お嬢ちゃん。せめてもう少し離れてもバチはあたらねぇぞ」
「わっ!?」
 リクトという人と一緒にいた金髪の男は、私を後ろから抱えて下がった。
 そして渡される白い布の塊。
 破いて左眼に当てろ、ということらしい。

 目の前の激闘は続く。
 戦っているのは、自分の父親と、“最強”を名乗るチーム・クリエイトのリーダー、リクト。
 父が言うには、彼は倒さなければいけないらしい。
 この世界の“主人公”として。

 詳しく意味は分からない。
 だけど私は、『~しなければいけない』という義務的なものを感じさせる表現を父が使った方が印象に残った。

 父は何所までも“我”が強い。
 そして、自分のことしか考えていないのは、子供の目から見ても明らかだった。
 そもそも子供を作ったのも、自分の手駒として、だろう。
 父は、何故か“伝説”を求めている。
 つまりは、“伝説”を追うに相応しい手駒を、ゼロから作り上げようとしていた。

 歩けるか歩けないかの頃から、拷問にも近いトレーニング。
 最初は何人かいた兄弟たちは、殆どそれで“いなくなってしまった”。
 今残っているのは、私だけ。

 成長し、波動が流れるまで名前すら付けてもらえない環境。
 何とか生き残った兄も、波動が流れていないだけで失敗作と言われ、捨てられた。
 波動が流れ、強くなければ育てる意味はないということなのだろう。

 それを、父は体現していた。

 私は、まだ六歳。波動は流れていない。
 だから名前は、ない。
 母の所在も知れない上に、父は私にそれを与えてくれないから。

 だけど、惹かれるほど、父は高い。
 そんな空気も持っていた。

「…………」
 左眼の血が、布を真っ赤にしていく。
 私はまた、白い布の塊を破いて、眼に当てた。
 血は止まらない。
 だけど私は、正面の戦いから目を離せなかった。

 どちらかと言えば、私は戦うのは嫌い。
 だけど、この戦いだけは、何故か眼に焼き付けたかった。

 あれほど高く、あれほど強い。
 その父が、今全力で戦っている―――

「ああ~、こりゃ……リクトの勝ちだな……」
 隣の男が呟く。
 それを聞いて、もっと確り戦闘を見た。

 私には互角に見える。
 だけど、その男の言った通り。

 戦闘は、父の敗北という形で決着した。

 私は倒れている父よりも、それを倒したリクトという人物から目が離せなかった。
 私が唯一誇れる父の“高さ”を上回った人物。

 金髪の男は、『止めを刺さないのか』と呆れながらも歩き去り、どこか面白そうに私の方を振り返る。
 その、隣。
 悠然と歩き去る男の背中に、強烈に惹きつけられるのを感じた。

 あれが、本物の、“高さ”。

 体の震えは止まらない。
 左眼の痛みを感じないほどに、体から何かが噴出してくる感じがした。

「奴を……追う……!!」
「うっ!?」
 倒れた父からそんな声が聞こえた瞬間、父は私を突き飛ばした。
 そして、ボン、と財布を私に投げ付ける。
 転んだ私の視線の先には、父がよろよろと歩き去る姿。

 ああ、私は“捨てられたんだ”。
 それを瞬時に理解する。
 そもそも父は、私に期待をしていなかった。
 どこかに甘さがある私が、何故生きているのか不思議でしょうがないとでもいうような視線を向けていたのを覚えている。
 だから、この切欠で、私を“切った”。

 財布を与えたのは、完全な決別を意味しているのだろうか。
 追う気力さえ奪われた。

 父は、あの男を追うのに邪魔な自分を、捨てたのだ。
 こんな、異郷で。

「う……う……」
 あれほどの拷問を受けて、あれほどの仕打ちを受けてなお、私の眼は、血に混ざった涙をこぼしていた。
 血と涙を止めるために、私は渡された布の塊を一気に破く。
 体の中から衝くような激情が、強い動作をさせた。

「はあ……はあ……?……」
 長い包帯を適当に作り、左眼に当てて巻き、確りと結んだところで、その布の中に小さな箱が入っていたことに気付いた。

 震える手で、箱を開く。
 そこには、6つの黒いリングとメモリー付きの“判定機”が入っていた―――


・・・・・・


 父に捨てられてから約一月。私の体に異変が起こり始めた。
 体が、異常に熱い。
 父に持たされていた財布でこそこそと暮らしていた私に起こった“異常”。
 それは、決して手放さなかった“全ての適合タイプが最高ランクで登録されている判定機”の測定で明らかになった。

 “竜・ランクC”

 父のトレーニングの所業か、私の体には六歳にして波動が流れ始めていた。
 それも、“超越”のCランク。
 つい最近、公にも知られるようになった、父と同じ波動。

 だが、体の熱さはそれだけでは説明できなかった。
 そして、時折記憶が飛ぶ。

 ある日は、何時の間にかモンスターを捕まえていた。
 ある日は、何時の間にか依頼を達成し終えていた。
 そして、ある日は。

―――人を、殺していた。

 いや、本当は記憶なんて飛んでいなかった。
 ただ、自分がそんなことをしているなんて信じたくなかっただだったのだから。

 私は半狂乱になりながらも、波動について調べた。
 そして見つけた、波動の本。

 発見されたばかりの“超越”の“体現”。
 それは、恐らく“戦闘行動”だそうだ。
 圧倒的な“出力”を持つ“超越”の波動は、それそのものが“戦う”ために使われるもの。
 だから、戦闘に特化した動きそのものが、“超越”の体現。

 私はその波動に押し流され、だれかれ構わず“戦闘”をしていたのだ。

 これは、父の呪縛なのだろうか。
 その後消息を絶った父の波動が、私を動かしているのだろうか。

 自分は、気付けば誰かに被害を与えている。
 その状態を避けるにはどうすればいいか考えたとき、答えは皮肉にも、父が追っていた“伝説”だった。

 “伝説”は、殆どの場合、強いトレーナーが追うことになる。
 だから私が意識してそこに向かい続ければ、被害を受けるのは、強いトレーナー。つまり、“私を十分に止められる可能性のあるトレーナー”だ。

 私はそれから、“伝説”を追った。
 資料なら頭の中にある。父を手伝っていたのだから。
 そして私は旅に出た。
 何時か、自分を止められる人間に逢えることを信じて。

 しかし―――

 結論から言えば、“駄目だった”。
 誰も私を止められない。
 何故なら、起こってしまう。

 “勝つために必要な条件”が。

 父が言うには、この個性は“主人公”と呼ばれるものらしい。
 結果、私は格上の相手でも“勝ち続けた”。

 何時の間にか私は、賞金首になっていた。
 “伝説”を追う私を、追うトレーナーたち。
 それを返り討ちにして、更に増える被害者という悪循環。
 相手を常に全滅させていた私の情報は錯乱していたが、それでも“左眼にある傷”という特徴だけは共通していた。

 “どうか私を追わないで”。

 顔を隠すようになったのが、唯一思いついた応急処置だった。

 そして、父から捨てられて一年後。
 解決策を思いついた―――

「あ……あ……」
 目の前の男の子が、震えている。
 足元に広がる、その子の親の血の赤。
 顔を隠している帽子がずれ、私は左眼の傷を外気に晒していた。

「今来ても意味なかったか」
 “超越”の体現をしている私の口から出てきたのは、死体への感想ではなく、プレシャス・ビリングの動かなかった“巨像”への感想だった。

 もう、何度目だろう。
 自分が、怖い。
 その子の両親を、あっさりと殺したこと。
 そして、“それに慣れてきてしまっていること”。

 どうせ、この後……

「あ……あ……」
「……?」
 男の子は振るえ、私を見送った。
 今まで私がこういうことをすると、激昂して襲い掛かってくる者ばかりだった。
 だが、彼は震えて動かない。

 そのお陰で……“私の行こうとしている場所にいなかった”お陰で、彼は無傷だ。

「……!!」
 そんな疑問を解決する間もなく、私は次の課題にぶつかった。

 目の前に、女の子がいる。
 それも、“進行方向”に。
 “私”は迷わずボールに手を当てた。

「……っ!?」

―――逃げて!

 女の子は震えて動かない。
 それなのに、私の足は止まらない。

 もしあの子が私に挑んできたら、私は“体現”してしまう。
 動かなくても同じだ。

 ボールが、開―――

「あ……あ……」
「……っ」

 本当に、ギリギリ。
 女の子はよろけ、ギリギリ私の“進行方向”から外れてくれた。

 女の子を抜き去り、私は急いでその場を去った。
 “達成”したくて。
 途中襲い掛かってくるモンスターたちをなぎ倒し、急いでボーマンダで“空を飛ぶ”。

 空を飛びながら、私はようやく息を吐いた。

 もしかしたら初めてだったかもしれない。
 死人が二人で済んだのは。
 生存者が、二人もいたのは。

 そして、気付く。
 それは、あの二人が私を“怖がってくれた”からだ、と。

 人は、怖いものからは逃げる。
 それは、当然だ。

 だったら私が人を殺さないためには、“怖がられれば”いいのではないだろうか。

 だけど、こんな女の子を怖がる人間は誰もいない。
 だったら、嘘でもなんでもいい。
 私は直ぐに、噂を流した。

『左眼に傷のある“男”には近づくな』
『遭えば、“終わる”』
『死んだって“事故”』
『“最悪”の存在』
『“イービル”には、近付くな』

 自分でつけた自分の名前、“イービル”は、私がしたいことを確かに示していた。

 過去の記憶もこんな噂が大量に流されれば、塗り替えられる。
 直ぐに私の起こした所業は、“左眼に傷のある男”の仕業になった。
 後は私が左眼の傷を見せれば、みんな避けていく。

 根気よく噂を流した甲斐もあり、私に挑む人間は、段々減っていった。

 そこで、余裕のできた私は、次のことを考え始めた。
 自分のしたいこと。
 それは、死者を少なくすることだ。

 私からの被害は減ったが、依然として“力を持ったが故に”被害を出しているトレーナーはいる。
 だったら、その力のベクトルを私と同じように“伝説”に向ければ、被害は減る。
 さらに、そのチームが“最悪”だと言われれば、更に被害は減る。

 きっと、そうだと。

 私は、強いトレーナーを方々探した。
 驚くほど簡単にメンバーは集まっていく。
 これは、“条件”なのだろうか。

 そして、そのベクトルを“伝説”に向けさせる。

 メンバー内のルールは簡単だった。
『“伝説”を追う』
 ただ、それだけ。
 もし“挑まれれば”、各自の判断で対処していい、と。

 こうすることで、“伝説”の場所に現れるような“上”を目指す者は“終わり”、それを見た者は恐怖で“上”を目指さなくなる。
 つまり、完全な上と下の二極化ができれば、被害は出ない。

 私たちは隔離され、将来的には誰も死ななくなる。

 そんな世界を、私は創りたい。
 ひたすら上に向かい、後ろから一気に離れるように走り続ける。

 だから、“先駆者”。

 “最強”で“最悪”の、チーム・パイオニア―――

『そこまで、かな』

 そこで、声が響いた。

~~~~

 ビュオオォオォオオオォォオォオォ―――!!

「……!?」
 何かを掻き消すような強い風が、頬を撫でた。
 俺はゆっくりと目を開ける。

 俺がいたのは、リザードンの背。
 体中に、いやな汗が纏わりつき、頭の中では割れるような騒音が鳴っている。
 喉が枯れ果て、口もうまく開けない。

 今、俺は……!?

「霧払い」
「!!」
 目の前には、色濃く漂う霧の中、スーツ姿の男が飛んでいた。
 背を掴むムクホークの霧払いで、若干晴れているが、漂うきりは後を絶たずに充満している。

 そして、その腕の中。
 そこには、意識を失っている“イービル”がいた。
 目を瞑って眠っている様は、とても“邪悪”だとは思えない。
 そして、それを抱き上げているその男も、何時も以上に“自然”だった。

―――兄は“失敗作”と言われ、捨てられた。

「……! フェイ……ル……“Fail”……!?」
「ん、皮肉な話だよ」

 フェイルは一旦目を瞑り、ゆっくりと開いた。

「“無い”と言われていた二つの適合タイプがあった」
 フェイルは淡々と続ける。

「一つは“超越”。“高過ぎて”、誰も気付かなかったもの」
 俺はちらりとイービルを見た。

「そしてもう一つ。最後に発見された、“必然”。“何所にでもあったが故に”、誰も気付かなかったもの」
 それが、フェイル。
 判定機でさえチェックできない、波動の持ち主。

「高みにあった“超越”ではなく、直ぐそこにあった“必然”が最後。皮肉だろう?」
「あ……あんた、は……」
 俺は呂律が回らない。
 体中から汗が噴出し、そして、根こそぎ体力を奪われたような疲労感に襲われ続けている。

 フェイルは、顔を少し上げ、漂う霧を眺めた。

「ペルセの“記憶を外に映し出す霧”と君たち二人の“個性”の相乗効果かな。君たち二人の記憶が交錯したみたいだ」

 この深い霧や、さっきの“記憶”はペルセの技の影響か……!
 ムクホークの“霧払い”でも、霧は未だ漂い続けていた。

「ん、やっぱり“見た”みたいだね。さて、彼女は世界を“閉じよう”としている。それは、『人から“夢”を奪い、命を与える方法』だ」
 俺が見た“記憶”。
 イービルがやろうとしていること。
 それは、上がろうとするものを“終わらせる”ことで“脅し”、誰も“危険地帯”に近寄らせないようにすることだ。
 それは人が“上がりたい”と願っても、叶わないということ。

 だけど、“命は助かる”。

 フェイルが口にした言葉は、その極論だ。

「カラスマ=カイ、といったかな。どうするつもりかな?」
「…………」
 俺は言葉を返せなかった。
 徐々に、顔を上げているのも辛くなってくる……。

「まあ、“ここまでたどり着いた”以上、何かしら起こるだろうね」
「……!」
 フェイルに言われて、俺は今時分が何所にいるのかようやく理解できた。
 飛んでいるのは、上空。
 だけどその下。

 目下に広がる、幻想的な霧に紛れた巨大な山々。
 その中心部は不自然に抉れ、山を分断していた。

「“乖離の地”ウィッシュ・ボーン。チーム・パイオニアの今の本拠地だ」
「……!!?」
 フェイルの言葉に、眠気が一瞬晴れた。

 ここが、奴らの本拠地。
 だったら、俺たちは……

「ん、そうだろうね。乗り込まれることになるだろう」
 そうだ。
 奴らの拠点が分かった以上、移動される前に、何とか……だけど……

「だけど双方のリーダーがこの調子での激突は、物語の結末としてあまりに不自然だ」
 フェイルは俺の言いたいことが分かるかのように、言葉を紡ぐ。

「五日間だけ待とう。チーム・ストレンジ」
 フェイルははっきりと宣言した。
 その言葉は、何所までも響く。
 俺の耳も、それを確かに捉えた。

「チーム・パイオニアは五日間、ここを動かない」
「……ああ」

 俺が何とか絞り出した声を聞くと、フェイルはゆっくり山に下りていった。

「は……あ……」
 そこで、俺の緊張の意図が切れた。
 一瞬で遠のく意識。

「ああ……くそ……やば……」
 自分が今いる位置を思い出すことで生まれた焦りは、強烈な眠気に封殺される。

 ああ、落ちる―――

「キューイ」
「…………?」
 薄れゆく意識の中、何かの鳴き声が響き、誰かに掴まれた。

 一瞬だけ見えた霧の向こうの横顔。

 あれは……

 コト……リ……?

~~~~

「ああ~、本当に面倒なことになってやがったか」

 私たちは今、ヴォイド・ヴァレーの屋敷の中にいた。
 エースさんは“二人目”の電話の相手に向かって時に怒鳴りつけたりしている。

「あの、リンスさん、私たち事情がまだよく……」
「あ、もうしばらくお待ち下さい」
 リンスさんは、持ってきたらしいティーセットでお茶を入れてくれるけど、事情は詳しく話してくれない。
 もう日も沈みかけて、真っ暗になったヴォイド・ヴァレーの家の中、簡易なランプが目の前でチロチロ燃えている。
 そして気候のせいか、少し寒い。

 スズキもコトリもラナも、さっきリンスさんが掃除したソファに座っているけど……この屋敷に住んでいたらしいグランという人は壁に寄りかかって立っていた。

 そして、カイ。
 ティーカップを持つ手に力が入る。
 あいつはまた、独りでどこか行ったらしい。

 私たちが崖に空いた大穴にたどり着いたとき、そこにはカイはおらず、グラン=キーン、更にエースさんとリンスさんがいた。

 そして、事情も分からないままこの屋敷に入って早二時間。
 スズキはエースさんにあってから様子がおかしいし、コトリは落ち込んだまま。ラナも難しい顔をしている。
 エースさんは、カイは大丈夫だと言っていたけど……流石に限界だ。

「あの、リンスさ……」
「とにかく急いで戻って来い」
 私が口を開いたと同時、エースさんの電話が終わった。

「ああ~、お前ら待たせたな」
 ようやく事情を説明してくれるらしい。
 エースさんは全員に向き合った。

「まずは、アリスからの報告だ。リインのヤロウとレオンには会えたらしい」
 その報告が私たちに向かってではなく、リンスさんに向かってだと気付いて、私は一瞬立ち上がりそうになった。

「……悪いがこれ以上、無駄なことに付き合うつもりはない」
「ああ~? 大人しくしてやがれ。お前も頭数に入ってるんだよ」
「……」
 立ち去ろうとした彼は、エースさんの言葉に更に険悪な空気を出す。

 ああ、もう駄目。
「あの、すみません、エースさん。事情を詳しくお願いします……!」
「……まあ、いいだろう」
 私の気持ちが通じたのか、エースさんは、今度こそ、私たちに向かって言葉を発した。

「簡単に言えば……俺たちはお前らを鍛えに来た。“最強”相手にちょっとはマシな戦いが出来るようにな」
「……は?」
 エースさんがあっさり放った言葉に対して感情を持つのに時間がかかった。
 今、彼は何と言った……?
『俺“たち”が鍛える』
 それは、まさか。

「“元チーム・クリエイト”が、お前らを鍛えるってことだ」
「!!」
 やっぱり、そうだった。
 全員に動揺が生まれる。

「今のまま“最強”を追ったら、卵を壁に投げ付けるみたいに、ワンサイドゲームで終わるだろうからな。そこのガキも含めて」
「……!」
 エースさんの嘲るような眼を、彼は真っ直ぐ紅い眼で見据える。
 再び部屋に険悪なムードが流れた。

「まあ、本当は様子見がてらだったんだがな。“そうもいかないらしい”」
 エースさんは面倒臭いとでも言いたげに、電話を持ち上げた。

「カイのヤロウが、“やつら”の本拠地を突き止めた」
「―――!!」
「ああ~、落ち着きやがれ。まだ“余裕”はある」
 いきり立とうとした彼を、エースさんは再び嘲るように止めた。
 対して私たちは、その衝撃に動くこともできない。

 “チーム・パイオニア”がいる場所が判明した。
 そうなれば、当然私たちはそこに向かうことになる。
 しかも“本拠地”。

「まあ、つまりはこういうこった……」

 ということは―――

「チーム・ストレンジVSチーム・パイオニア」

 ついに来た。
 その時が。
 “全面対決”の瞬間が。

「詳しい話は聞いてないが、奴らはその場所を五日間は動かないらしい」

 エースさんはゆっくりと手を広げて、にっ、と笑った。

「五日でお前らを“最強”にする」

 その直後、屋敷の庭に誰かが到着した。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 なんと!
 何時の間にやら五十話(プロローグ及び番外編除く)になっていました。

 週刊誌で言うところの、約一年です。

 これも、読んでくださっている皆様のお陰。
 本当にありがとうございます……!!
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…
 



[3371] Part.51 Concentration
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/04/17 21:58
 俺は歩いていた。
 細い、山道を。

 両脇は反り返るような高い崖で囲まれ、空が狭い。
 ここを歩くなら、回り道をする余地はないだろう。

 しかし、目の前に女の子が立っていた。

 “そこは俺の行こうとしている場所だ”。

 迷わず攻撃態勢を取り、一歩一歩彼女に近付いていく。

―――逃げろ!

 頭の中に、耳障りな声が響く。
 誰かは知らないが、余計なことを言うな。

―――逃げろ! 今すぐだ!

 “誰か”の声は、どうやら目の前の震える少女に話しかけているようだ。
 本当に、うるさい。
 俺はゆっくりと腕を振り上げ、目の前の“邪魔”の排除に取り掛かる。

―――逃げろ!! ラナ!!

 “腕を振り下ろしたところで”、気付いた。

 この“誰か”は、“俺”だ。

 じゃあ、“俺”は誰だ?
 そんなことを、血だらけで動かなくなったラナを見下ろしながら思った。

~~~~

「―――!!? がはっ!?」
「っ!?」

 “目が覚めた”俺は、日も沈んだ暗い部屋で、目と口をこれ以上ないほど開いていた。

「はっ……はっ……はっ……」
 覚えもなく上半身だけ起こしたベッドの上、たった今海の中から飛び出てきたように酸素を求める。
 実際体中気持ちの悪い汗で濡れ、中からハンマーで殴られているような頭痛。
 全身の感覚も希薄で、聴覚も甲高い耳鳴りで埋まっている。
 生きた心地が全くしない。

 今のは、夢オチ……!?

 夢オチは大歓迎だが、異常なまでのリアルさ。
 “それも自分の手によって”。
 飛び散る血肉。
 奇妙なことに聞こえる相手の“命の音”が、止まっていく様。
 震え続ける体。
 早鐘のように鳴る鼓動。

 俺の手には、“ラナを殺した感触”が残っていた。

「はあ……はあ……はあ……」
 自分のいる場所が薄暗い部屋であるということと、充満している埃の匂いに気付いたのは息が徐々に整っていった後だった。

 そして―――

「っ!!?」
「!!」
 今、最も会いたくない人物がベッドの脇にいた。

「ラナ……?」
「……う……うん」
 ラナも負けず劣らず、目を見開いて椅子に座っていた。
 何時かのスズキのように背もたれに乗りかかるようにしていたのだろうが、今は前傾姿勢の真逆だった。

「い……一応聞くけど、どうしたの?」
「え……?」
「いや、何か……なんでそんなに恐い顔しているの、とか」
「はあ……はあ……別に」
 怯えたように椅子の背もたれを確り掴むラナを適当な言葉でかわし、俺は両手で顔を覆う。
 汗だらけだったのはどっちだったのか、顔も両手もベトベトになった。

「……ラナ。ここは何所だ?」
 もっと言うべきことがあるかもしれないのに。
 口から出てきたのは、毎回気を失っている俺の反射的な言葉だった。

「怒って……る?」
「……? そんな恐い声出してるか?」
「少し、ね」
 あっさり返ってきたラナの言葉に、俺は息を整えるふりをして何も言わなかった。
 実際、少し催しているのだけども。

 頭が全く働かない。
 自分が自分でないかのような感覚。
 それも、前に経験していた“反動”とは全く違う倦怠感。

 これはフェイルが言っていたように、俺とイービルの記憶が交じり合った所為なのだろうか。

 ……?
 待てよ。
 俺はどうやってあの“上空”から戻ってきたんだ?

 フェイルの去った後の記憶の途切れる間際、誰かに会った気がする。

「……! そうだ。コトリだ」
「ちょっ、と?」
 ラナから見れば、俺はこっけいな動きをしているだろう。
 ベッドから這い出るのにここまで緩慢な動きを見せているのだから。
 だが、やっている方は必死だ。

 とりあえず、コトリに礼を言って、いや、その前に洗面所に……って、ここは何所だ……?

「あ、あの、行くの……!?」
 混乱している俺の思考を最初に遮ったのは、ラナの声。

 そして。

「きゃ~きゃ~っ!! コトリちゃん伸びる~っ!!」
「ひでっ!!? ひでででででっ!!?」

 家の中に響いた第二第三の大声に、俺の思考は完全に遮られた。

・・・・・・

「……ラナ。説明してくれ」
「…………」
 一番広い部屋に着くと、そこには混沌だけがあった。
 ここはどうやら、ドラクが現れる前に俺たちがいた、グランの家のリビングみたいだ。
 もの悲しい部屋は、少しだけ綺麗に変わっている。

 そして、その中の人口密度も急上昇していた。

「全く。殆ど気まぐれで一国の王を呼び出すのは、君とリクト君ぐらいなものだよ」
「ああ~? てめぇはどうせサボる口実でも探してたんだろ?」
「そ、そんなわけないだろう?」
 それが誰だか本当に分からなかった。
 清楚のようで猛々しく、それでいて機能的な兵士のような服装を纏ったその人の正体は、会話を拾うことでようやく分かる。
 あの人は、ビガード王だ。

「え~と、イービル、フェイル、ペルセ、シリィ、ドラク、マイムの六人が、相手のメンバーなのね?」
「え、ええ。イービルとシリィって人には私は会ってないんですけど……」
「うん。じゃあ、適合タイプとかの話だけど……」
 そのテーブルの隅。リインさん(こっちも懐かしい)とレイが紙とペンを手に何かの作業をしている。
 いや、むしろ授業のような空気さえ漂っていた。
 隣で欠伸をかみ殺しているスズキも、その近くの壁に寄りかかっているどこか機嫌の悪そうなグランも一応話は聞いているようだが、その様子に呆れている。

 そして、部屋の隅。

「ひでっ!! ひでででっ!?」
「や~、柔らかいっすねぇ~、うりうりうり」
「ああっ!!? へうっ!! ううう……ひくっ……」

 そこでは、コトリがコトリを苛めていた。
 髪の長さがコトリより短い所為で幼く見えるが、とりあえずは年上だろう。
 だが顔立ちは、明らかに血縁者のそれだ。
 そして二人のやり取りも。
 よく伸びる頬が恐らくは限界まで伸びきり、コトリは涙目どころか泣いていた。
 コトリも必死に抗っているが、その人の妙に機敏な動きの所為で大した成果を見せていない。
 止め役のレイは、リインさんとの話に夢中で気付いていなかった。

「どういう……ことだ?」
「あの人はアスカっていうらしいよ。コトリちゃんの……お母さんの……お姉さんの……子供?」
「それを世間では従姉妹って言うらしいから覚えとけよ?……って、え!?」
「あ、お目覚めですか?」
「どわっ!!?」
 何の情報整理もできないまま、今度は背後から話しかけられた。

 冗談抜きに飛び上がり、恐る恐る振り返ると、そこには、リンスさんとアリスさん(だっけ?)がバケツのようなものを持って立っていた。
 この家の掃除でもしているのだろうか。

 これで総勢十二人。
 流石に豪邸と呼べたグランの家のリビングでも、何所となく手狭に見える。

「…………」
「あの、事情とかを……」
 さっきから不機嫌なラナよりは遥かに説明がうまそうなリンスさんに助けを請う。
 俺の知らないところで話が進みすぎているのは、恐らくエースの仕業だろう。

 そこでようやく喧騒が止み、俺は最低限の事情を疲れきった頭に叩き込まれた。

・・・・・・

 ことの始まりは森の関所でレイが受け取った、リインさんの手紙からだった。
 その手紙の内容は、『エースに協力を求める』というもの。

 それがエースの頭の中でどう変換されたのかは分からないが、俺たち“全員”を鍛えるべく、エースは元チーム・クリエイトのメンバーの収集をリインさんに依頼、というより押し付けた。

 そこから、リインさんは大活躍だったそうだ。
 ビガード王に話をしに行ったり、リインさん曰く『糸の切れた凧』の“問題児”、アスカさんを見つけ出したりと奔走したらしい。
 そして、アリスさんのテレポートで全員がこのヴォイド・ヴァレーに集結した。

 そして五日後に始まる『チーム・ストレンジVSチーム・パイオニア』。
 その日に備え、俺たちは鍛えられる。

 端的に言えばこれだけのことを、昨日の夜俺は聞かされた。

 ベッドに寝転んだまま見上げた天井は、流石に掃除ができなかったか、朝の日差しに黒ずんでいる。
 ああ、もう朝か。

 俺は無気力に上半身だけ起こした。

 そしてもう一度、昨日の話を寝起きの鈍い頭の潤滑油にして反芻させる。
 だが、そうしても脳は殆ど覚醒しなかった。

 昨日もそうだ。
 それらの情報をサラッと伝えられた俺は、殆どリアクションが取れなかった。
 いや、多分今何を聞かされても俺は大きな反応ができないだろう。

 “イービル”。
 自分に“邪悪”と名づけ、“世界を閉じようとしている”女の子。
 あいつが頭から離れない。
 記憶が交差した所為で、あいつの“気持ち”が俺の体中に流れ込んできていた。

 あいつは自分が、『高いところへ行く』という人の夢を奪っていることを知っている。
 “それを分かった上”で、“命を救おう”としていた。
 “夢”より“命”の方が尊いと。
 自分がいる以上、“夢を見たら死ぬだけ”だと世界の全てに知らしめるために。
 それが、チーム・パイオニアの目的。

 じゃあ、俺は―――

「カイ。起きてるか?」
 ドアの向こうから、聞き慣れた声が聞こえた。
「……エースか? 起きてるよ」
「?」
 俺はベッドから這い出し、身支度を整えた。
 昨日俺が寝ていた一人部屋の所為で、いや、“お陰”で寝起きは最悪だ。

「初日から雨は勘弁してくれよ」
「どういう意味だよ」
「そういう意味だ」
 ドアを開けると、エースの背中があった。
 キラキラ光っているように見える金髪を揺らしエースは歩いて行く。
 来いってことだろう。
 急ぎ足でエースに追いつき、そこで、こいつに聞きたいことがあったのを思い出した。

「あんただったのかよ。チーム・パイオニアの黒いリングの出所は」
「ああ~?」
「とぼけんなよ。あんたがイービルにリングを渡したの“見た”んだぞ?」
「?」
 リンスさんとアリスさんが一晩でここまでやったのか。整理された長い廊下を歩きながら、エースを背中越しに睨んだ。
 イービルと記憶を交差したことは話してないから“見た”の意味は分からないだろうが、こいつのことだ。どうせ“正しく”解釈するだろう。
 俺は見た。
 さりげなく、イービルにリングのボックスを渡したところを。

「出所の話をするなら……俺じゃなくてリクトのヤロウだ」
「は?」
「あいつに持たされてたんだよ。腹立ったから気に入った奴にやっただけだ」
 それはやっぱり、エースが出所じゃねぇか……。
 そんな意味も込めて溜め息を大きく吐いた。

「勘違いすんな。リングは登録がなければただのアクセサリー。あれを“凶悪”にしたのはリクトのヤロウなんだからな」
「……?」
「まあいい。薄々予想はできてるだろうからな」
 エースは速度を上げて廊下を進む。
 俺も合わせて速度を上げた。

 外観よりもずっと広かったグランの家を出ると、透き通るような日差しがヴォイド・ヴァレーを満たしていた。
 空気が冷たい。だが、何度も深呼吸をしたくなるような大気だ。
 それほどまでに爽やかな朝なのに、目の前にあるのは滅んだ家々、陥没しかけている地面、そして昨日イービルが空けた崖の大穴。

 本当に、現実離れしているな……。

 そして、“今起こっていることも”。

 なんだろう。
 この現実感の無さは。
 元チーム・クリエイトのメンバーの集結。
 コトリの血縁者にそのメンバーがいたという偶然。
 そして、グラン=キーンという戦力の存在。

 出来すぎだ。
 全てが“整っている”。
 そして俺はそれを淡白に受け入れるだけ。

 全ての“条件”が吸い寄せられているかのように、ここに在る。

 この感覚は昨日も明確に味わった。

 イービルの記憶。
 戦いの日々。
 その中で、彼女が“条件”を呼び寄せたときのものだ。

「なあ、エース。俺らを鍛えるって、何でそんなことを思いついた?」
 浮かんでは沈むような感覚にさいなまれながらも、俺は大穴を見ながら呟いた。

「…………」
 すぐに嘲るような声が返ってくるかと思っていたが、以外も返答は無言だった。
 そして、エースは頭をガシガシとかく。

「……一つ聞くぞ。お前は“奴ら”を倒したくないのか?」
「……!」
 エースの言葉には、嘲りの色も、侮蔑の色も、何一つ含まれていなかった。
 ただ、純粋な質問。
 しかも、簡潔な。

 だがそれに、何故俺は即答できないのだろうか。

「リクトの言っていた話だが……」
 俺の答えを待たず、エースは俺と並んで“穴”を見上げた。

「世の中には、自分の意思と関係なく“舞台”が揃っちまう奴がいるらしい」
 そんな話を、俺は確かに聞いたことがある。

 自分の能力が、ピタリとはまる“舞台”の存在。
 その“舞台”は自分以外の者では務まらず、それでいて自分の才能が全くの無駄なく生かさる。
 世界は当然、そこにそいつがはまることを望む。
 殆どの者はそれを天命だと受け入れ、嬉々としてその舞台で役を演じるだろう。

 しかし、中にはいるのではないだろうか。
 それを望まない人間も。

 “超越”の体現、そして“主人公”の個性という“舞台”が揃ってしまい、残虐な行為を繰り返してしまったイービルのように。

「俺がお前らを鍛えようと思った理由。それは、“奴らの創り上げ始めた世界”がつまらねぇと思ったからだ。引退した奴はこういう手段でしか“我”を出しちゃいけないと思うからな」
「……!」
 エースは知っていたのか。
 チーム・パイオニアの目指していたものが『閉ざされた世界』だということに。
 そして俺には、イービルの考える世界の正否も分からない。
 『夢』と『命』。
 果たしてどっちが大切なのか。

 奴らを倒したい気持ちは変わっていないはずだ。
 だが、これは“流れ”に“言わされている”気持ちなのだろうか。

「確かに今、お前の意思とは関係なく奴らと戦える“条件”が揃っている」
「……ああ」
 “最低限の戦うために必要な条件”。
 それは、確かに揃っている。

 だがこれはこうも考えられるのではないか。
 “戦ってしまう条件”、と。

 自分の道が酷く狭く感じる。
 他に選択肢はない。
 そしてその狭い道は、“もう一本の狭い道”と五日後に交差している。

 それが俺の今感じている“恐怖”だろうか。
 意識して、初めて自分が今抱いている感覚が“恐怖”だと分かった。

「まあ、お前が断れば直ぐにでも撤収する。まあ、難しく考えるな。五日間、ゆっくり考えろ」
「……ああ」
「ふんっ、気にしすぎだ」
 “気にしすぎ”、か。
 確かにこんな空想に引きずられて身動きが取れなくなるのは、あまりに愚かなのかもしれない。

「いずれにせよ、確り強くなっておけ。選択肢は多いに越したことは無い」
「ああ」
 今度は確り返事をする。
 エースの言う通りだ。
 俺が今感じている“恐怖”はとりあえず置いておこう。
 一旦全部、後回し。

 この五日間は、戦闘のために全力で取り組むべきだ。

「よし、そろそろ始めるか」
「ああ。他の皆は?」
「もうとっくに始めてんだよ。マンツーマンでな」
 エースは軽く空を見上げながら軽く腕を回した。
 ああ、そういや昨日、ヴォイド・ヴァレーの地形を利用してマンツーマンでやるって言っていた気がする。
 あんまり寝た気がしないのに、俺は一番出遅れたらしい。

「それで、俺たちは何するんだ?」
「ああ~?」
 俺もエースの真似をして腕を回すが、返ってきたのは今度こそ嘲るような声だった。

「誰がてめぇと組むって言った」
「は? あんたじゃないのかよ?」
「俺の相手はあいつだ」
「……!」
 エースが親指で指した先、そこには壁に寄りかかって腕を組むグランがいた。
 紅い眼は生憎瞑っているが、表情は明らかに不機嫌だ。

「……何時まで待たせる気だ」
 グランの表情通りの声音に、エースが返したのは大欠伸。
 爽やかだった空気は少し淀み、険悪になる。
 そしてその瞬間、俺はこの二人が全組み合わせ中最悪のものだと確信した。

「え、じゃあ、俺はどうすりゃいいんだよ?」
 エースは相変わらず面倒そうな緩慢な動きでヴォイド・ヴァレーの迷路の一つを指す。

「あの道の先の集落で、レオンが待っている。お前の相手のな」
「レオン?」
「ああ~、昨日会っただろ。ビガードの王様に」
「…………はあっ!?」
 別に、あの王様の名前に驚いたわけじゃない。よくよく考えれば、リインさんに聞いたことがあったのだから。

 俺が叫んだのは、今自分がしでかしていること。
 俺は何か?
 一国の王様を、寝坊で待たせているわけか?

「レオンは最強の“上昇”の適合者だ。お前も……」
「そういう場合じゃねぇよ!!」
 俺は駆け出した。
 何を王様待たせてのんびり会話してたんだ、俺は……!
 エースも分かってやってやがったな……。

 ライトを点けて、迷路に飛び込む。
 だがその時には、王様を待たせているという危機感は薄れていた。

「俺が断ったら撤収する、か」
 エースの言葉を呟いてみて、俺はそれが“無い”と何故か断言できた。

 チーム・パイオニアとの激突。
 これは今更揺るがない。
 そういう“流れ”に飲まれているだけだとしても、俺はそれからの退避を“逃げ”だと認識しているのだから。
 ここで逃げるわけにはいかない。

 そしてもう一つ。

 多くの蟠りがあるのに、俺が修行に走っている理由があった。

 原因は分からない。
 だけど確かに、奇妙な感覚がある。あいつが現れた時と同じ感覚が。

 “俺はもう一度、イービルに逢わなければならない”。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 …………話が全く進んでいないようなきがします……。
 春になった所為で徐々に更新も停滞している上にこの感じだと、完結まで後どれくらいなのか……。何とか頑張ろうと思います。
 物語は戦闘物の話の定番、修行編(第二)ですが、恐らく後一話程度で終わらせる予定だったりします。
 また、ご指摘ご感想お待ちしております。
 では…



[3371] Part.52 Patrol
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/04/29 22:42
「全く。遊びに来てくれと言っていたのに一度も来てくれなかったじゃないか」
「す、すみません……」
「いやいや、冗談だから」
「はあ……」
「そんなに畏まらないでくれないか? これから五日間一緒なのだから」
 足取りもどこか軽く見えるビガード王は、俺の前をからから笑いながら歩いている。
 姿こそ大きなマントをなびかせているが、そこには当初あった“王”の威圧感は皆無だ。
 エースの言っていた、『サボる口実を探していた』というのはもしかしたら本当なのかもしれない。

 俺たちは今、再び暗い迷路の中を歩いている。
 俺は言われた場所に駆けつけ、とりあえず送れたことを全力で謝った。
 だが、ビガード王のこのノリでかわされ、殆ど何の説明もないまま場所を移動することだけ伝えられ、今に至る。
 理由は分からないし、何となく聞きそびれてしまった。
 そういやこの世界に来たばかりの頃は、移動中の説明は無しだったな……。
 ビガード西の大樹海でスピアーから全力で逃げていたのが懐かしい。
 まあ、決していい思い出ではなかったけど。

「そういえば、カイ君」
「はい?」
「君は“イービル”の攻撃を見たんだよね?」
 一旦頭の中に押し込めた名前が何の気なしに出て、俺は唾液をごくりと飲んだ。
 イービルの……“俺がもう一度逢わなければいけない相手”の攻撃。
 それは、ヴォイド・ヴァレーを包み込むような“殻”を突き破り、地面をへこませた“あの技”だ。

「はい。分かります。多分、“誰よりも”」
「?」
 俺は“知っている”。
 記憶が混ざった影響で。
 あいつの“強さ”を。

「まあ、それなら話は早いか」
「? っ……!?」
 角を曲がった途端、眩しい光が暗闇をかき消した。
 俺は顔をしかめながら、ビガード王についていく。
 そして外に一歩踏み出し、自分たちが目指していた場所の正体を知った。

「って、外じゃないですか」
「ん? ああ、外でいいんだ。中はまずい」
「?」
 ビガード王は方位磁石のようなものを取り出し、簡単に周囲を見渡した。
 相変わらず見えるのは、殺風景な平地。
 砂漠でこそないが、植物も少なくこの国の衰退を具現化していたかのような場所だ。

「よし、じゃあ、よろしくお願いします」
「えっ、あ、よろしくお願いしま……!?……」
 それが当然の儀礼であるかのように、“王”は頭を下げた。
 出遅れた俺は、同じようにお辞儀をしようとして、固まる。

 今、翻ったマントの中、俺は確かに見た。
 サイズこそは普通だが、6じゃ納まらない数のボールを。

「さて、カイ君」
「……!」
 “切り替えた”。
 何故こうも上級者は、場合場合で空気が変わるのだろう。
 この威圧感は、“王”として俺が最初にあった時のものとも違う。
 戦闘におけるものだ……!

「“上昇”の適合者。それを効率よく鍛える方法は、きっとエース君からも聞いているんじゃないかな?」
「……戦闘……ですね」
「ああそうだ。だが、まずは準備をしよう」
「え?」
 戦闘の空気から、てっきりいきなり始まるのかと思っていたが、ビガード王はくるりと背を向けた。
 向かう先は、何所までも広がるもの悲しい平原。

「聞いた話では相手のリーダーは全適合タイプ中、最高の出力を持つ“超越”。とすれば、同じくリーダーの君はその出力に対抗できなければならない」
 ビガード王はマントの中に手を差し込んだ。

「“上昇”の適合者の出力の上げ方で一番なのは、“打ち合い”。私たちはこれから向かい合ってお互いを全力で攻撃する。まあ、全力疾走を続けるようなものだと思ってくれればいい」

 何となく分かってきた。
 エースのところで鍛えたのは、“出口”を塞いでいた氷の壁の除去。
 今度やるのは、“出口そのもの”の拡張。つまりは、ランクの純粋な底上げだ。

 それをするには攻撃を高出力で放ち続けること。
 俺がエースのところでやっていた、ゆっくり攻撃の威力を上げていく自主練を全力でやるようなものなのだろう。

「まあ、最初に見せておこう。これが、この特訓の“終点”だ」
「―――!!?」
 ビガード王が身じろぎしたその瞬間、俺の耳に連続の開閉音が届いた。
 連続した爆竹音。
 それは、長さこそあの博物館の時のものではないにしろ、俺にあの光景を思い出させるに十分なものだった。

「世の中には、特殊な人間がいてね……」
「わ……」
 俺の口から思わず空気が漏れた。
 ビガード王は今、数にして十五、六の黄金色のモンスターに囲まれている。
 俺の知っているモンスターだ。
 九尾が美しい、キュウコン。

 ビガード王はその全てを従えるように立ち、ゆっくりと腕を振り上げた。

「リクト君のように“条件”を引き寄せるのもそう。アリスさんのように心が読めるのもそう」
「……」
 俺が“その言葉”を一瞬聞き逃すほど、ビガード王の動きは洗練された精緻なもので、正に全てを総べる者の器を表していた。

「そして、私のように限界数を超えて“総べる者”もいる―――」
「……!!」
「―――火炎放射」

 俺は、見た。
 王の軍隊の突撃を。
 全てのキュウコンが一瞬にして隊列を組み、それぞれを決して攻撃しないようにしながら、王の攻撃対象に炎を放った。

 その、威力。
 俺がかつて放った、空を紅く染めた炎など比べるにも愚かしい。
 ビガード王が染めたのは、世界。
 ビガード王の前には、炎しかなく、あまりの熱気に空の雲さえも焼いているように見える。

 最強の“上昇”の適合者。
 “あのエース”がそんなことを言ったのも、これでようやく納得できる。
 この攻撃に歯向かうことは、正に“国”を相手にするようなものだ。

 もしかしたら、マイムも“総べる者”なのだろうか。
 だが、そんな些細な疑問は、目の前の業火にかき消された。

「さて」
「……あ、はい」
 キュウコンが攻撃を止め、一気に涼しくなった。
 俺はまだ呆然とした口調のまま、振り返ったビガード王に向き直る。

「今見たのが、とりあえず“終点”。最初は低威力から始めていくけど、その前に確認だ」
 ビガード王はキュウコンをボールに戻しながら、ふっと笑った。

「今の威力。“イービル”を超えていたかな?」
 俺は直ぐに頷いた。
 それは“過小評価”しすぎでしょう?

~~~~

「トゲチック、フワンテ、ズバット」
「…………」
「進化させないことに拘りが?」
「な、ないですよ……!!」
 アスカさんは、私のモンスターを見比べながら頭を捻った。

 私の従姉妹のアスカさん。
 小さい時に何度か会っただけの彼女のことは、良く覚えていない。
 ただ覚えているのは滅多に家にいないということと、頬の記憶と共に蘇る彼女の癖だけだ。

「う~ん、どうしますかねぇ~」
「ひでっ、やべっ、やべでぐだざい……!!」
「う~ん……」
 何とか掻い潜って、アスカさんの攻撃範囲から離脱。
 頬に触ると異常に熱い。
 今朝からの攻撃で、私の頬はとっくに赤くなっているかもしれない。

「何で、つねるんですか……?」
「う~ん、そりゃあ、掴み易いからっすよぅ?」
 アスカさんは未だうんうん唸りながら、私のモンスターを見比べている。
 ここに移動してから、彼女はずっとこうしていた。
 そして隙あらば、私の頬をつねってくる。

「後、おばさんに言われたんすよぅ。コトリから連絡が来なくなったから、見つけたら思いっきり叱ってくれって」
「…………ああ!!」
 完全に忘れていた。
 一体何時からだろう。
 お母さんに連絡しなくなったのは。
 辿った記憶の先、少なくとも南東の大陸ではしていない。
 とすると、一体……?

「この前たまたま、ヘヴンリー・ガーデンに寄ったら、おじさん半狂乱になってて……いやぁ、面白かったぁ……」
 これは帰ったら開口一番に謝らないと。
 完全に約束を忘れていたのだから。

 もしかしたらこの頬の痛みは、正当なペナルティなのかもしれない。

「ま、“自由”の適合者ならしかたないっすよ。私だって、メンドーなことしたくないしっ」
「……?」
 アスカさんは途端、ビシッと私のフワンテを指差した。

「この子、もーらいっ!」
「…………え……ええ!!?」
 アスカさんはフワンテをボールに戻すと、私に手渡し、“意思表示”を求めてきた。

「な、何で!?」
「え? そりゃー可愛いからっすよ?」
「ええ!?」
 私はアスカさんに強くしてもらうために、ここにいるのではなかったのだろうか。
 それなのに今から起こるのは、戦力の減少。
 あべこべだ。

「対価っすよ、対価。まさかただで“自由”の適合者を束縛できるなんて思ってたんじゃないっすよねぇ?」
「ひでででっ!?」
 再び頬をつかまれ、私は渋々フワンテをアスカさんに渡した。
 もう頬は、目も当てられないくらい紅いと確信できる。

「コトリちゃんも分かるっすよね? “自由”の適合者の宿命みたいなもんすよ。一つの場所に留まれないとか……、“いろいろ”」
「……!」
 一つの場所に留まれない。
 “自由”の適合者にはそういう性分の人が多いという話は聞いたことがあった。
 お母さんもそんなことを言っていたし、頻繁に旅行に出かけたりしている。

 でも、もう一つの方。
 “いろいろ”。
 それは、あの波動の本に書いてあったこと―――

「アスカさんは、“体現”したことがありますか……?」
「うん……?」
 アスカさんが何時ものからからとした笑顔に一瞬影を落としながら振り返った。

「コトリちゃんも、見えてるんだよね?」
「はい……」
 隠さず話す。
 チームの皆にも話したこと。
 自分の“力”を。

「でもそれに則りたくなくて……それなのに、逆らうことは許されなくて……」
 その先に抱える悩みは、“相談”していない。
 私が絶対に、“その体現”をしたくないことは。
 気付いた人もいたけど、“相談”はしない。
 これは、私が解決しなくちゃいけないことだから。

 だけど。

「私、“その所為”でこの前何の役にも立てなくて……。人が、殺されるかもしれなかったのに……」
 もう、私にこの問題が解決できるとは思えない。
 あの、フェイルという人の戦闘スタイルを前に、私は些細な妨害程度しかできなかった。
 彼が動けば、“攻撃ルート”は当然に増えだした。
 しかし、私はその全てを無視しての行動しかとれない。
 その所為で、レイさんもスズキさんも危なかった。

「ま、“体現”は正直楽しかったっすよ。私その時10歳だし」
「……!」
 アスカさんは背を向けて呟いた。
 口調は全く変わらない。
 表情が、見えないだけで。

「今だって、私は大して変わっていない。体の中から、必ず湧き出してくる」
 “自由”の波動の要求。
 それに私は流されたことがある。

 もしかしたら、あのマイムという子も、アスカさんと同じなのかもしれない。
 10歳でチーム・クリエイトのメンバーを努めたアスカさん。
 そして、恐らくは同じ歳くらいでチーム・パイオニアのメンバーを努めるマイム。

 二人は残虐性がまだ残る歳に、“自由”の波動を有していた。

「ま、私はラッキーだと思う、かな。リクトさんたちに会ってなかったら、さぞかし面白くないことになってたかもしれないっすしねぇ……」
 クルリと振り返ったアスカさんは、どこから取り出したのか小さな紙を差し出してきた。

「さ、昔話はおしまい。早速修行に入りましょう」
「え、あ、はい!……はい?」
 渡された紙を広げてみると、それはヴォイド・ヴァレー周辺の地図のようだった。
 所々、森のような場所に×マークが付いている。
 そしてその近くに、小さくモンスターの名前が書いてあった。

「ほい、方位磁石。じゃ、ゴーッ!」
「え……ええええっ!?」
 ビシッと、空の彼方をアスカさんは指差した。
 何とか方位磁石はキャッチしたけど、意味が分からない。
 その場から動かずにいると、アスカさんは不満そうな顔をして振り返った。

「ノリ悪っすねぇ……対価パート2と3を捕獲してくるのがそんなにいやっすか?」
「え…………ええええええええええええっ!!?」
 もう、何が起こっているのか分からない。
 一向に始まらない特訓。
 奪われたモンスター。
 その上、更なる対価を要求するアスカさん。

 私は本当に、五日後に間に合うのだろうか。

~~~~

「うん。もう大丈夫……」
「……」
 目の前のアリスという人は目を瞑って、ボクの“言いたいこと”を察した。

「“心が読める相手”の勝ち方、ね……」
 ボクにとって彼女はある意味最高のパートナーだ。
 同じ“錯誤”の適合者。
 そして、この“個性”。

 だから―――

「そうね……心を強くすること。少なくとも、それで読める部分は減ってくる……」
「それじゃ、駄目なんだ」
 ボクははっきり言った。

 あの、シリィの力。
 人の心から漏れる“声”だけでなく、心に入り込んで相手の記憶を読むことができる。
 それに対抗するには、そんな程度じゃ届かない。

「確かに……心に穴のない人なんていない。というより、心というものがそういう形をしていると言った方がいいかしら……」
「じゃあ、どうするばいいの?」
 弱弱しい口調に突っかかるように、ボクは一歩へ出る。
 すると、彼女はふっと笑った。

「心を、強くすること……」
「だから……」
「基本は、そうなるってこと……」
 彼女はボクの声を遮って言った。

「“小手先の手段”なら思いついたけど……それはあなたの心が強くなることが大前提。どっち道、心を強く。“それがどういう意味なのか分からなくても”、強くありたいと願っていて……」
「……?」
 彼女は消え入りそうな言葉を続けた。

 心を強くすること。
 その意味は、ボクには分からない。
 だったら、どうすればいいのだろう。
 自分の心は、どうやら弱いらしい。
 ずっとずっと、そうだ。

 そうなってくると、最早自分は一生このままなのではないかと思えてくる。
 どっちに走ればいいかも分からないまま、ずっと同じ位置。
 それは、シリィが言っていたこと。
 『人は、変われない』を正に表しているような気がしてくる―――

「大丈夫……」
「……?」
「少なくとも、ペルセの姉の私に相談を持ちかけただけも、あの頃から変わっているから……」
「……!」
 ふっと微笑む“アリスさん”に、ボクは妙な気分になった。
 彼女の妹が“あのチーム”の一員だということは、確かにネックになっていたのを言い当てられたからだ。
 だけど、『人は、変われる』という彼女の言葉が、どこか嬉しいと思うのは何故だろう。

「人は、変われない」
「?」
 だけど、ボクはあえて口に出した。

「今は、そうなっている」
「……うん……」
 口に出した言葉が正しいかじゃない。
 口に出した者が勝者なら、それが正しくなる。

 だから今は、シリィの言った通り『人は、変われない』まま。

「じゃあ、それを覆しましょう……」
「うん」

 もちろん、モンスターの力もランクも上げなければいけない。
 だけどボクの一番の目標は、心を強くすること。
 ゴールがどの方向にあるかも分からない。
 だけど、絶対にたどり着く。
 それがこの五日間の課題だ……!

~~~~

「あれ!?」
「……って、カイ!?」
「あら」
 聞きなれた声に手を止めてみれば、カイが高い位置にある迷路の出口から顔を出していた。

「何やってんのよ?」
「いや、何か休憩っていうか回復っていうか……」
「? とにかく降りてきなさい」
「ああ」
 カイはわざわざ歩いて崖の道を下ってきた。
 足取りはどこか重いが、昨日より表情は少しだけ“マシ”だ。
 どうせ悩みを口にする気は無いのだろう。

「おかしいな……確かに俺は元の場所に戻ろうと……って、何でこここんなに濡れてんだ!?」
「……私としてはあんたが何でそんなに泥だらけなのか知りたいわ」
 殆ど真っ黒なカイは(微妙に焦げ臭い)私とリインさんがいる場所に到着した。
 確かにここを中心としてこの集落は、殆ど沼地と化している。

「カイ君、レオンは?」
「え? ああ、何かビガードから連絡が入ったとか言って、少し休憩になったんですよ。まあ、“一回”で殆ど限界だったんですけどね……」
「転がり回りでもしたの?」
「ああ。そうしなきゃ……これじゃ済まなかっただろうな……」
 見ればカイの体はプルプル震えている。
 何をしているかは知らないが、“一回”でギリギリ動ける体力ぐらいしか残らないらしい。

「何で休んでないのよ?」
「馬鹿言うな。何か仕事している王様の前でぐでーんと倒れてられるか。失礼だろ」
「あ……ああ~」
「レオンはそんなこと気にしないわよ?」
 リインさんには悪いけど、ここはカイの言い分に納得した。

「それに、休憩しようとしてグランの家に行こうとしてんだけど……」
「迷ったわけね……」
「い、いいだろ別に。ああくそ、もう休憩諦めた。さっきコトリやラナに会っちまった時から、俺の休憩は皆の様子見に変わるかも、とか思ってたからな」
「え、二人に会ったの?」
 私はコトリとラナを、ある意味カイ以上に心配していた。
 ラナはアリスさんを苦手にしていたし、そもそも他人と二人きりになるのに慣れていない。
 だがそれ以上に、コトリ。
 昨日見た限りでは、アスカさんの玩具にされてそうだ。
 二十歳を少し超えたくらいのアスカさんは、年齢の壁を感じさせずにコトリの頬をつねっていた。

「ラナは、問題ない。アリスさんとちゃんと修行している、って感じだった」
「……で、コトリは?」
 そこで、カイは口を噤んだ。
「? 何よ?」
「いや、レイ。涙目で両頬を押さえながら『この出口はこっちですよね……!!』って地図を見ながら自己暗示かけている人に暗い迷路で出会ったらどう思う?」

「…………さ、リインさん。始めましょうか」
「え……ええ」
「ああ。俺も考えないことにしたよ」
 コトリに地図を渡しても何の意味もないことを私は知っている。
 心配だけど、そんなことをしていたら身が入らないし、アスカさんを信じよう。
 私は私で、“やらなきゃいけないこと”があるのだから。

 カイに正しいルートを告げて、私はリインさんと向き合った。
 リインさんが言っていた、『きっとそうなる』が実現した今、学べることは何でも学びたい。

~~~~

「カラスマ=カイか」
「何だ、何で分かるんだ? そしてここは何所だ?」

 俺はレイに言われた通りの道を歩いてきたはずだ。
 それなのに到着したのは恐らくはエースとグランの修行場。

 相性最悪の二人が何をしているのか気にはなるが、エースは何故かおらず、グランは建物の向こうに背を預けて座っている。
 体半分しか見えていないが、グランの方は俺が現れたことを瞬時に見抜いていた。

「エースは何所行ったんだ?」
「あの男なら怪我の治療に行った。それまでは中断だ」
「怪我……!?」
 グランは何てこともないように言ったが、俺は耳を疑った。
 “あの”エースが怪我をするようなことがあるとは……。

 グランはこの場に残っているのに……

 ……?

 そこで、気付いた。
 俺は初めて見たかもしれない。
 グランが座っているのを。
 そして、ギリギリ見える右腕がだらんと下がっている。
 “そういうこと”、ね。

「順調、か?」
「…………」
 無言は肯定。
 よくよく見れば、ここら一体の建物の破損が真新しく著しい。
 二人がここで何をしていたのかは、容易に想像ができた。

「……何か悪いな。五日後の戦いに巻き込んで。また“借り”だ」
 こいつがナンバーワンを目指していることは知っている。
 つまりはチーム・パイオニアを狙うこと。
 だが、わざわざそれを俺たちの突入のタイミングに合わせるのはこっちの都合だ。
 リングを渡したからと言って、チームに入れってわけじゃないって言ったんだがな……。

「…………貸した覚えはない。“これ”も、“あれ”も」
 だが、返ってきた答えは静かで淡白なものだった。

「それよりも、君はあの男と戦ったことがあるか?」
「エースのことか? ああ、あるけど……」
「あの男の戦闘スタイルは、何時も“ああ”なのか?」
「……」
 グランの言葉の終着点が分かってきた。
 こいつは、エースを倒そうとしている。
 だから利用できるものはなんでも利用して、勝ちにいくつもりだ。

 グランが負けても、エースが負けても、俺にしてみれば面白い。
 だから俺はグランに包み隠さず情報を与えた。

「ああ。あいつは戦場の中心で欠伸しながらモンスターに攻撃させる戦闘スタイルだ」
「…………」
 返ってきたのは、予想通り無言。
 ああ、やっぱりエースはそうやって戦ったか。

 グランにとっては辛いだろう。
 こいつの遠距離攻撃の決定力の無さは、ドラクの時にも……

「……!! そうだ……」
「何だ?」
 機嫌の悪い声が返ってきたが、俺の頭の中に何かの信号が走った。
「“波動”? いや、もしかしたら“リング”だけでも?」
「何の話をしている?」

 今まで経験してきた戦闘が、俺の頭の中から蘇る。
 その中にあった。
 こいつの攻撃を、数段挙げられるかもしれない方法が。

「グラン、“レールガン”って知ってるか?」
「……?」
 思い出したのは、“ドゥール戦”―――

「あ、カイ君。おはようございます」
 それとほぼ同時に、後ろから声をかけられた。

「あ……れ?」
 振り返ればそこにはリンスさんが手持ちサイズの籠を持ちながら立っていた。

「お、おはようございます。リンスさんは……?」
「え、私はグラン君の怪我の治療をするようにと、エースに言われまして」
「…………」
「あ、はあ……」
 グランから軽くプレッシャーを味わいながらも、俺は生返事をする。
 折角それには触れないように会話していたのに。
 リンスさんに頼んだのはエースなりの気遣いなのだろうか、はたまた嫌がらせか。
 あの男のことだから、悪いように解釈していれば間違いないだろうが。

「って、リンスさん。スズキの様子は?」
「え?」
 スズキ以外の全部のペアを確認した俺は、当然スズキの相手はリンスさんだと思っている。
 しかし、リンスさんはポカンと口を開けた。
 何か変なことを言ったか?

「私は遊撃です。各ペアのサポートに、食事の準備などを……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ、スズキは……」
 そこで、リンスさんは当然のように笑った。

「スズキ君なら一人です。“成長”の適合者の体現場所は、“ここ”ですから」

・・・・・・

「おっ、カイ!」
「何やってんだ……お前」
 俺がリンスさんの道案内に珍しくも準拠して到着した先、そいつはいた。
 でかい鏡に寄りかかり大げさにぶんぶん腕を振っている様は、とても五日後の戦闘に一人で特訓している奴のものには見えない。

「何だよ。このでかい鏡で何やってんだ?」
「いや~、リンスさんに言うと何でも用意してくれるんだな。びっくりしたわぁ……」
「そうじゃなくて、“何やってんだ”って言ってんだよ!」
「ははは、フォームチェック!」
「何の!?」
 スズキはふざけたように鏡の前で、振りかぶる。
 確かにこれ、ピッチャーのフォームチェックに使えそうだ。
 体を丸々映してやがる。

「皆の様子見か?」
「ああ、そんなとこだ」
 俺は鏡の横に腰を下ろす。
 スズキは何故か、シャドーピッチングを続けていた。
 それ、もういいだろ。

「お前大丈夫なのかよ。一人で」
「うーん?」
 スズキから気の抜けた声が返ってきた。

 チーム・パイオニア戦。
 俺たちには絶対的にレベルが足りない。
 チーム・クリエイトに鍛えてもらうとしても間に合うかどうか分からないほどに。
 だが、スズキはその補助すらもなく、五日後に戦いに参加するのだ。

「ま、“成長”の適合者だし。それに“課題”も見つかってる」
「?」
 スズキはシャドーピッチングを続ける。
 それが、俺の目には初めて不自然に映った。

「なあ、カイ……」
「ん?」
「イービルって、どんな奴だった?」
 俺は言葉に詰まった。
 イービルがどんな奴か。
 それは、皆には“超越”の適合者ということしか話していない。
 それが、彼女の望だから。

「不思議な感覚のする奴」
 イービルの名前を聞くだけで、色々と抑えていたものが噴出す。
 その影響だろうか。
 俺は、スズキにはもう一歩進んだことを口に出した。

「不思議な感覚?」
「ああ、何か……“逢わなきゃいけなかった”ような……そんな変な感じ」
「……ふーん……」
 スズキは何かを考え込みながら、今度はフォームを変えて鏡の前で腕を振る。
 今度はサイドスローだ。
 いよいよこいつの行動を止めるべきかどうか悩み始めた。

「なあ、カイ」
「今度は何だよ?」
 スズキは、動きを止めて俺に向き直った。

「“主人公”と“主人公”が戦ったら、どうなるんだ?」
「…………は?」
「……だから、星を取った配管工同士や、死のノートに未来の日程で名前を書かれた奴ら同士が戦ったらどうなるかって聞いてるんだよ」
「…………ますます、は?」
「因みに俺は、それらをスター状態と呼んでいる」
 後者はともかく前者は皆そう呼んでいるよ。
 そう言いたかったが、段々と、スズキの言っていることが分かってきた。

「つまり……」
 スズキは日本の人差し指で空を指した後、それを交差させた。

「“絶対に勝つ”奴ら同士が戦ったらどうなるんだ?」
「…………」
 返答できない。
 分からないからだ。

 だが、何故だろう。
 そんな戦いを、俺は聞いたことがある。
 そして、イービルの記憶の中、俺はそれを見たのかもしれない。

「分からない。だけど、どっちかは勝つんじゃないか?」
「…………まあ、そうだろうな」
 スズキは、鏡の前でピースしたりとポーズを決め始めた。
 今度こそ断言できる。
 あれは、何の関係もない。

「じゃあ、こっちも聞きたいことあるんだけど……」
「おう、何でもいいぜっ!」
 スズキは鏡に向けたピースを俺の方へ向けた。

「お前、もう見当付いてるな? 元の世界に帰る方法」
 俺は告げた。
 自分の中の確信を。
 俺たちの旅の始まりのそもそもの目的。

 それは、旅の途中で浮かんでは霞んでいったもの―――

「…………ああ」
 ゆっくりとピースを下ろしながら、スズキはあっさり答えた。

「やっぱりか……」
「で、カイ。何で分かった?」
 スズキの口調は変わらない。
 まあ、こいつが『言わない』のは今に始まったことじゃないか。

「何となくだよ。ここまで旅を続けてきて、お前が何の手がかりも掴めてないわけないからな」
 こいつは、この世界で誰よりもこの世界の“裏”に詳しいはずだ。
 そんなこいつが、見当一つ付けられず、旅を続けるわけがない。

「買いかぶり過ぎだって」
「当ってたじゃないか」
 やっぱりスズキの口調は変わらない。
 いや、俺の口調さえも。
 こんな事実も、あっさりと口にできる。
 不思議な感覚だ。

「にしても、随分あっさり明かしたな……」
「ああ、“前提”があるからな」
「?」
 俺が怪訝な顔をしても、スズキは、はははと笑うだけだった。

「カイ。俺たちはどうやってこの世界に来た?」
「え、それはリクトの……」
「リクトさんの?」
「ああ……あいつが“仕掛けた時限装置”みたいなもので、この世界に」
 リクトは、いない。
 だからあいつの仕業だとすれば、それは当然時限装置かトラップのようなものになる。

 俺がそこまで言うと、スズキは満足そうに、ふっと笑った。

 これは、会話の終了をさしているのだろう。
 スズキはそういう顔をしている。

「……まあ、俺もそろそろ戻るよ」
 また、後で聞こう。

「流石に二回も王様を待たせるわけにはいかないしな」
「え? やっぱりお前朝寝過ごしたのかよ。初めて会った時もビガード王に掴みかかったし……お前なんかあの人に恨みが……?」
「ねぇよ! てか、お前それ言い出すなよ。何となく記憶が薄れていくの狙ってんだから……!」
 ははは、と笑うスズキに背を向け、俺は走り出した。
 何時の間にか、体の疲労も癒えているみたいだ。

 まだ日は昇りきっていない。
 これからまたあの“軍隊”に挑むとなると気は滅入るが、とりあえずは、走る。

 余計なことを、考えないように。



[3371] Part.53 Declaration
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/05/04 18:46
「よくそんなとこ、ずっと突っ立てられるわね」
「適度に休んでいるさ。シリィ」
 フェイルは振り返らずに、ただただ濃い霧の漂う上空を見上げている。

 ここは、ウィッシュ・ボーンの“入り口”。
 海岸に沿うこの場所には波の音が聞こえてくるが、海は霧で、決して見えない。
 岩山とでも言うべき殺風景な大地は、私の性に合うのか合わないのか。

「一応待つと言った手前、見張るべきだろうからね」
 フェイルがメンバー全員に召集をかけたのは一昨日のことだった。
 ウチのチームは垂直型の組織ではないから、こういうことは珍しい。
 特に、この男が収集をかけるというのは。

「マイムが到着したわ。もっとも、あの子は上から来たけど」
「ん、ありがとう」
「…………」

 フェイルはようやく振り返った。
 多くの人が思うところの、最も自然な表情を浮かべて。

 この男は、“私”を見ても何の変化も起こさない。
 それは私が思うところの、最も不自然なこと。

 私は機嫌の悪い顔を何時も通り作って、手ごろな岩に腰掛けた。

「それで? 私はわざわざ一つのチームのために、全員で待たなきゃいけない理由を聞いてないんだけど?」
「“読めば”、分かるだろう?」
「…………」
 フェイルはいきなり、そんなことを言い出した。
 “普通”はそれを嫌がるもの。
 現にチーム内でも、私といることに抵抗がないのはイービルとフェイルの二人だけ。

 この兄妹は、そういうことに疎い。

 二人の境遇は出会った時に“読んで”知っている。
 “超越”は“そう”なのだろう。
 だけど、“普通”から最も遠い“必然”の適合者の存在。
 笑い話の種にもならない。
 そう思ったのを、覚えている。

「あのさぁ、私は“聞いてない”って言ってんだけど? あんたの、口から」
「ん、困ったな。自分でも言葉にできない」
 フェイルの“声”は漏れない人間だ。
 だから読むには、心に入るしかない。
 だけど、この男は読む必要がない。
 聞けば当然のように返ってくる“真実”。
 嘘は吐かない。
 読む必要は、ない。

「まあ、ぶっちゃけ待ってても何にもならないでしょうよ。うちの“お姫様”と同じ力を持ってる奴がいるのをあんたが言わなかったのは、イラついたけど」
 フェイルは再び外を見た。
 銀髪が、風でなびく。
 だけどペルセの霧は、やはり全く揺るがない。
 普通に近付くだけでも、この“霧”でアウトだ。

「確信がなかったからね」
 フェイルは向こうを向いたまま、それだけを口にした。
 まあ、“自然な考え方”だろう。

 “勝つための条件を引き寄せる力”。

 そんな不思議な力があるのを、“私が”否定することはできない。
 だけどそんな力を持つ人間が、何人もいるなんて信じる方がおかしいのだろうから。

 そしてそんな力を持った奴同士が、後三日以内には激突する。
 それで、どうなるのか―――

「あんたさぁ……」
「?」
 岩の上で、ぐっと足を伸ばす。
 霧で見えないが、海の近辺特有の涼しさは届く。
 私にとって丁度いい気温だ。

「何が狙い?」
 そんな気温に紛れて、私はもう一度はっきり口に出した。
 フェイルは応えない。

「こんなことして何がしたいの? 言葉にできなくても、してくれない? 言っとくけど、何にも変わらないわよ。ただもう直ぐ来る敵を、あっさり排除して終わり。何時も通り、“変わらない”」
 劇的な変化なんて、起こりえない。
 世界は、そんなに簡単には出来ていない。
 それを私は、誰よりも知っている。

 私は“客観的”に顔が良い。
 ナルシストでもなんでもなく、“客観的”に、だ。
 そんな私に突き刺さる、世界の“声”を私はいくつも聞いてきた。

 羨望、劣情、嫉妬、あるいは下劣な言葉。
 結局のところ、世界はそんな“声”しか私に聞かせない。

 だから世界も人も、“変わらない”。
 小手先の動きなんて、変化じゃない。
 根源は、何時までも一緒。
 ああ、なんてつまらないんだろう。

「シリィ」
「……?」
 フェイルは、言葉にできたのか、ゆっくり振り返った。

「シリィはこのチームの目的を、四人の中で唯一“知っている”。“気付いた”メンバーとは違って、明確に“知っている”。だから分かるだろう? この先に何があるのか」
「…………」

 このチームの目的。
 『世界を閉じること』。
 そんなことを本気で考えていたイービルには驚いたけど、何となく分かる。
 その先に何があるのか。

「詩的な言い方だけど、“夢”は奪いようがない。彼女がいくら世界を閉じようとしても、何時かは崩壊するだろう。例えば外から。例えば中から」

 “中から”。
 それは、このチーム内のこと。
 もともと力を持ちすぎて、扱いきれなかった連中が集まったようなチームだ。
 そんな人間たちが、イービルが先駆者として切り開く世界の後ろ……つまりは、前の景色が見えない場所で納得するだろうか。
 このチームは垂直型の組織じゃない。
 だけどその実質は、イービルに全員が追従する形で成り立っている。

 つまりは、チームを押さえ込んでいるのだ。
 型に入らない者たちを。
 実際に、ちらほら綻びが見え始めていた。
 そもそも子供が考えたようなことだ。

「彼女の力は確かに絶対的だ。例え反旗を翻しても、彼女が負けるとは思えない」
 それに、あんたがイービル側に着くだろうしね。
 口にはしないが、確かにイービルは負け得ない。
 単独でも“あれ”なのに、フェイルまで着くならその地位は揺るがないだろう。

「だけど、何時かは崩れる。その時に、彼女はもう一度世界を閉じようと奔走するのか、全てを失うのか」
「だから……」
 私は地面を蹴って、立ち上がった。

「あんたはあの“お姫様”がそんな目にあわないように、今のうちにわざと負けるってのね」
 この男は妹のことを名前で呼ばない。
 “イービル”という名前を気に入ってないからだろう。
 つまり、この男は最初から乗る気じゃなかったのだ。
 それなのに、このチームにいた。
 妹がいるから。

 ほんっとうに、つまらない。
 結局この男は傷の浅いうちに、この“お遊戯”を終わらせたいわけだ。

 それなら私は付き合ってられない。やってられない。

「シリィ」
 戻ろうとした足を、フェイルが止める。
 振り返るのも億劫―――

「―――!?」
 一瞬で、全身から汗が噴出した。
 飛びのくように振り返る。

「な、に……よ?」
 辛うじて出た声は震えていた。
 フェイルがただそこに立っているだけなのに、“寒い”。

「言っただろう。『言葉にできない』と」
 私はそこにただ立って、呆然とフェイルの言葉を聞く。

「そういう期待があるのかどうかは分からない。だけど今目前に迫った戦いは、絶対に勝つ。壊れるかもしれない『閉ざされた世界』を、壊さないために」
 何時かは必ず壊れる『閉ざされた世界』を、壊さない。
 そんな“不可能”を、フェイルは“可能”に変えるつもりだ。
 “不可能”と分かっていても。
 それが、複雑なのだろう。

「“上を目指す者たち”を、ここで“終わらせる”。それがチーム・パイオニアの、この戦いの目的だ」
「…………分かったわよ」
 私はそれだけ呟いて、“入り口”に歩き始めた。
 フェイルも再び外を見たのが、感覚で分かる。

 結局、この男の本心は読みきれなかった。
 皆、自分のために何かをする。
 それなのに、この男が見ているのは“妹”だけ。
 それも、つまらない。

「やっぱりあんたは、イラつくわ」
 聞こえないのは分かっていても、私の口からは言葉が出た。
 結局私も、待つことになるのだろう。


~~~~


「いよいよ、明日……か」
 俺は空を見上げながら、誰にともなく呟いた。
 ヴォイド・ヴァレーから見上げる狭い空。
 そして、イービルが空けた崖の空。
 そのどちらも、生憎曇っている。

 ああ、俺がこんな気分の時の、何時もの空だ。

 この五日間は、俺が元の世界で経験した、テスト前の一夜漬けのようなものだった。
 それも、かなりハードな。

 朝から昼にかけて、俺はビガード王に……たまに来るエースにも見てもらっての特訓。
 夜は皆で集まってのミーティング。

 自発的には絶対にできないレベルだった詰め込みは、果たして俺の肉となっているのだろうか。

 家の壁に背を預けて、そのままズルズルと座り込む。
 右手はタバコを探そうとポケットに潜ったが、とっくに吸い尽くしたのを思い出してそのままだらんと地に降りた。
 そういえば、グランも初日に同じような格好をしていたっけ。

 昼の特訓も、さっき終わったミーティングも、今日は流石に軽めだったが、別の疲労感が重く襲う。

「明日……勝つか、死ぬか……か」
 冷静になって考えてみると、自分のやっていることが酷く恐ろしく思える。
 しかも俺一人じゃない。
 チーム・ストレンジ、それにグランの全員だ。

 特訓は、楽しかった。
 ビガード王の段階的にモンスターの数を上げていく特訓は、自分の成長の指標にもなったし、やっぱり自分の力が上がるのは面白い。
 背筋を撫でる、死の匂いがする緊張感も、変な言い方だが好きになってきている気がする。

 だけど、恐さはある。
 それなのに、俺は行かなくちゃいけない。
 俺の所為で、とは“言えない”が、皆が危険になる。

 皆が後悔しないようにするという俺の“我”は、守れるだろうか。

 ずっと見上げている空は、まだまだ曇っている。

「寝、ろ、って言ったでしょ?」
「……お前だって、寝れないんだろ?」
「私とあんたの差を教えてあげましょうか?」
「はあ……」
 俺は溜め息を漏らす。

「「起きれるか起きれないか」」

 振り返らずに言った俺の台詞は、ぴったりレイと重なった。

「大丈夫だよ。それぐらいの奇跡が起きないと、あいつらに勝てないだろ?」
「お願いだから、寝過ごすか寝過ごさないかくらいで運を使わないで」
 レイは俺の横に同じく腰をかけた。

 二人して、空を見上げる。
 ああ、こんなことが前にもあった。

「『晴れないかな』」
「……『マネすんなよ』」
 何時かわした会話だろう。
 出会ったその日のものだったか。それとも別の日か。

 俺が空を見上げながら呟いたその言葉を、レイが面白そうにマネをしたのは、今でも思い出せる。

「ゴメン。私から始めといてなんだけど、止めましょう。何かこういう空気、何所となく死の匂いがする」
「まあ、そうだよな」
 でも、レイは笑っていた。

 今思い出した。
 やっぱり最初に出会ったのは、レイだ。
 スズキがその後。
 何時しか忘れていた、あの空き地の出会いが鮮明に蘇る。

 ああ、マジで死なないよな……?

「でも、明日なのよね」
「ああ」
 レイの横顔からは、心情は読めない。
 だけど、きっとレイも言葉にできない妙な感覚を持っているんだろう。

「明日が俺たちの旅の総清算だ」
「そう……ね」
 言った後で、俺は元の世界に戻ることを口に出すのを忘れていたことに気付いた。
 そしてリクトが言ったらしい、『何かを理解する』という目的も。

 レイもそれに気付いているのだろうが、あえて口にはしなかった。

「あんたは、まーた何か悩んでんでしょ?」
「…………ああ」
「?」
 確かに俺は悩んでいる。
 本当に、いろいろ。
 最初に奴らを追いかけた理由は、“許せなかったから”。
 でも今はどうだろう。
 俺は、奴らを許せない、か?
 イービルの“我”の表れを、俺は否定できるのか?

 そんな理由をすべて失って、今俺はあいつに“逢わなきゃいけない気がするから”行こうとしている。
 そんなにも、曖昧だ。

「ああくそ、考えても分かんねぇや」

 空の色は、雲に遮られて見えない。
 たとえ雲を超えても、無数にある星の、どれを目指せばいいのか分からない。
 そんな中、俺たちは雲に飛び込む。

 超えられるかどうかも分からない。
 超えたとしても、何を見ればいいのか分からない。
 そして、空の先、宇宙の先、星の光に出会えるかどうかも分からない。
 分からないことだらけだ。

 世界はこんなにも、解り難く出来ている。

 自分の行動を、こんなに考えたことは未だかつてなかった。
 果たして“理由”は何所にあるのだろう。

「ま、そのうち見つかるわよ。きっと、絶対、ね」
「ああ。そうだといいけどさ」
 レイと話したからか、何となく楽になった気がした。
 何にせよ、明日、だ。

「『あれ? 増えてる』」
「……なあ、スズキ。実は今その話出たばっかでな。死亡フラグが立ってる気がするから止めようって言ってたんだ」
 スズキは笑いながら俺の横に立って背を預ける。
 今の言葉が出たってことは、こいつも思い出しているのだろう。

「お前は自主練の帰りか?」
「うーん……まあ、最終調整くらいだよ。明日、だしな」
 流石のスズキも、明日は確り意識しているみたいだ。

「何をしてたかは相変わらず知らないが……大丈夫なんだろうな?」
「ん? まあ、とりあえずは」
 スズキは呑気に言うが、俺には分かる。
 こいつ、相当自信あるな……。
 たった一人でやってたっていうのに、相変わらずハイスペックだ。

 それからしばらく、誰も口を開かなかった。
 この時間は、あの空き地と同じだ。

 学校帰りの、三人の時間の潰し方。
 世界も時間も越えて、俺たちは空を見上げている。

 この世界にとって、俺たちは“異物”。
 それなのに、何故こうも馴染み込むのだろう。

「きゃ……」
「危っ!?」
「―――!?」
 小さな声が上から聞こえて、俺は直ぐに立ち上がった。

 壁から離れて見上げれば、窓から乗り出したコトリを、ラナが必死に掴んでいる。
 下手をすれば二人とも落ちてきそうだ。

「コトリ! いい、いい。絶対に落ちてくるな! ラナもだ。その演出いらないから……!!」
 ラナは何とかコトリを部屋に引きずり込み、揃って二人で顔を出した。

「ずっ、ずびばぜん! 三人が下にいるのが見えて慌ててたら……!」
「落ちそうだったんだろ……。落ちなかっただけ成長してる」
「コトリちゃん、危ないから……!」
 コトリは胸を押さえて、ラナはコトリを抑えて震えている。
 頼むから、怪我はしないでくれよ……。
 ラナも二階程度の高さが恐いなら、わざわざ顔を出すな。

 下手をすれば俺にコトリとラナが襲い掛かってきたわけか。
 全く、何なんだこの再現は。

 マジで死ぬんじゃないだろうな……俺。

 これでもし―――

「あ……」
「…………」
「…………グラン。確かにちょっと恐くなってきたところだけど、素通りされるのなんか腹立つ」
「はあ……」
 それに返ってきたのは、無言ではなく溜め息。

 出会った時から、俺たちの立つ位置は、変わったようで変わっていない。

 本当に、変わった連中の集まりだ。

「まあいい。とにかく明日はチーム戦だ。俺もそのつもりで戦う」
「……!」
 グランが足を止めたのは一瞬。
 あいつは直ぐに歩き出す。

 でもあいつは、はっきり言った。

 『チーム戦』、と。

「足だけは引っ張るな」
 グランは過ぎ去った。

「やっぱり、変わった人ね……」
 スズキはグランの背中を見ながら、そう呟く。
 ああ、確かに。
 だが俺たちが言えたことじゃないけどな。

「まあ、そろそろ寝るか」
 俺たちも家に向かう。

「チーム・ストレンジVSチーム・パイオニア」
 今度こそ、本当の意味でそう言える。

「絶対に、勝つぞ」

~~~~

「お酒は体に悪いんすよ?」
「アスカさん。エースさんは仕事が終わると、何時も飲んでいるんですよ」
「ああ~、アスカ。飲めって言ってねぇだろ。そしてリンス。お前は絶対に飲むな」
 リンスは首を傾げるが、カイの“育成”が終わった後のことは記憶に新しい。
 連日の飲み会で、危なくあいつの出発に間に合わないところだったのもな。

 そして、明日。
 明日の出発は朝一だ。
 遅れるのは、冗談抜きでマズイ。

「あいつら全員寝たのか?」
「え、ええ……“多分”……」
 俺が視線を送ると、アリスが答えた。
 アリスが、“多分”、ね。

「そこそこ仕上がったみたいだな」
 ここに集まった元チーム・クリエイトの面々を眺める。
 レオンのヤロウは忙しいとか言って帰ったが、まあそれは仕方ない。五日間いられただけでも、奇跡みたいなもんだ。

「てゆーかぁ……エースさん、毎日スケジュール調整してたじゃないっすかぁ……知ってるでしょぅよぉ……仕上がりの程度は」
 アスカが椅子をカタカタ揺らしながら言うが……一番の不安材料はお前だ。

「お前、ちゃんと言われたことやったんだろうな?」
「やったっすよぉ……。あー、しんどかったぁ……」
 流石に間に合わせてくるな……。
 しかも、特訓と平行して。
 “天才”は伊達じゃねぇか。

「ま、そうは言ってもコトリちゃんの方は……最初から殆ど仕上がってたんすけどね」
「?」
 アスカは椅子をピタリと止めた。

「“自由”の適合者の攻撃対象はトレーナー。全力を出せば、とりあえずは勝機があるもんすから。本人が望むかどうかは分からないっすけど」
「……ふんっ」
 俺はそれだけを返した。
 そう言えばこいつと最初に会ったのは、こいつが“そういう時”だったか。

「私がやったのは、モンスターのレベル上げとかばっか。後は“本人の問題”っすよ」
 “問題”、か。
 “こいつ”の今でも続いている旅は、“その答え”を見つけることなのかもしれない。

「それより、エース」
「ああ~? お前レオンと一緒に帰ったんじゃなかったのか?」
 俺の言葉にリインは指をパキリと鳴らした。
「止めとけ。関節太くなんぞ」
「相変わらず仲悪いっすねぇ……」

 リインは俺を睨み付けていたが、ふっと力を抜いた。
「ったく。あんたは何時までも変わらないわね」
「お前だって変わってねぇだろ。暴力女」
 こいつに鍛えられていたあのお嬢ちゃんも、そんな感じだったな……。
 相性は、さぞかし抜群だったろう。

「その、変わってないあんたが……」
「?」
 しかしリインは、挑発に乗らずにソファに座ったまま俺を見据えてきた。

「よくこんなことをやったわね」
「ああ~、またその質問か」
 もう耳タコだ。
 全員に聞かれたような気がする。

「でもそうっすよぉ? 全員の進行の確認に、赤眼君との特訓。リーダー君の様子もちょくちょく見に行ってたみたいじゃないっすか。働きすぎっすよぉ?」
「確かにエースさん、最近寝てないんじゃないですか?」
 珍しく、リンスの奴も口を挟んできた。

「興味があったからだ」
 俺は、俺に向かう顔全てに、そう答えた。
 お前らだって、わざわざ付き合ったのは似たようなこと考えてたからだろう?

 奴らの創る世界が面白くない。
 それは事実だ。

 まあ、ただ。
 俺がこんなに積極的なのは、多分―――

「“あのバカ”の育てた一粒種。それが何所までいけるのか、な」
 俺はグラスを一気に呷った。
 あまり味がしない酒だな、これは。

「まあそれも、明日分かる」
 どう転ぶとしても、間違いなく明日の戦闘はでかいものになる。
 それは、戦闘レベルだけじゃない。

 リビングは、すっと静かになった。
 ああ~、面倒だ。

 早く明日になりやがれ。

~~~~

 “当日”―――

「全員、いるな?」
 グランの家の前に集合したメンバーの顔を確認する。
 時間は、朝。
 生憎曇り空だが、出発の時間だ。

「あんたがいれば、全員いるわよ」
「あのなぁ……」
「ははは、緊張感ないな」
 スズキには言われたくない。
 こいつは何時も、こんな風に笑っている。

 だがレイの言う通り、確かに全員いる。
 ビガード王はもう帰ったが、残りは……
 ……ん?

「あれ、あの、アスカさんは……?」
 コトリが最初に気付いた。
 そうだ。あの人がいない。

「てめぇら。無駄話してないでそこに並べ」
「え?」
「おら、早くしろ」
 エースはサバサバとそんな俺たちを促す。
 俺たちは横一列に並ばされた。

「って、何だよ。写真でも撮るのか?」
「ああ~? んなわけねぇだろ。出発するんだ」
「は?」
「アリス」
「ええ……」
 今度はアリスさんが前に出た。
 妙にあっさりしている行動。
 これは、この前も経験したものだ。

「サーナイト……」
「あ……!」
 本当に、あの時と同じだ。
 目の前にいるサーナイト。
 こいつは……

「言いそびれてたけど……『“売った”わけじゃない』。“彼女”からの伝言……」
「……ええ」
 そうか。
 前にスズキが、アリスさんはテレポートのできるモンスターを持っていないと言っていた。
 アリスさんが育成したのだろうが、ここに全員終結できたのは“あいつ”のサーナイトのお陰。
 俺たちの移動時間や労力の短縮もだ。

「カイ、“彼女”って誰よ?」
「ああ……マジで俺死ぬんじゃないかな……」
「……は?」
 本当にこの戦いは総清算。
 そんな意味合いが、本当に強まってきた。

 レイは怪訝な顔をしているが、『恩を“売らない”村長さん』に、また会いに行ってみよう。
 まあそれも、終わった後だ。

「うしっ、行くか……!!」
 アリスさんが目を閉じる。
 そして何かを探り始めた。

「でも、何を目指すんですか? テレポートと言っても……」
「ああ、アスカが一人で行ってるの。あの子は向こうで“やること”もあるから」
「?」
「ご利用、ありがとうございました」
 レイの言葉に答えたリインさんにも、その横に礼をするリンスさんにも、本当に世話になった。
 俺をウィッシュ・ボーンの上空で助けてくれたアスカさんにも、テレポートで送ってくれるアリスさんにも、そして、ビガード王にも。

 そして。

 アリスさんの横、相変わらずふてぶてしく立っている男―――

「ああ~、各々言いたいことはマンツーマンの時言ったな?」
 エースの言葉に合わせるように、アリスさんがゆっくり目を開けた。
 どうやら、“捉えたらしい”。

 俺はエースを見据えながら、あえて口を開かなかった。
 別れ際は、あっさりと。
 それがこいつの狙いなのだろうから。
 隣のグランも口こそ開かないが、エースを見据えいている。

「いくわよ……」
「……!」
 体の中で、アリスさんの声が響く。
 許可、許可。
 そして妙な浮遊感。
 あの時と、本当に同じだ。

「まあ、何にしてもだ」
 歪んでいく景色の先、エースが何時ものように挑発的に笑った。

「勝ってこい」
「……ああ」

 さあ、行こう―――

「テレポート」
 景色が、途絶えた。

・・・・・・

「おっ、そ―――い、っすよ!!……あり?」
 景色が形を取り戻した時、そこには両手を腰に当てて仁王立ちしているアスカさんがいた。

「ア……アス、カさん……おはよ……おはようございます……」
「う……おぅ……」
 コトリが辛うじて声を出すが、俺は口を押さえて蹲った。
 レイとラナも似たような格好をしている。

 やっぱり、テレポートは酔う。
 距離に比例するのかどうかは知らないが、
 パワーポイントを削ってでも“空を飛ぶ”をした方がむしろ調子は良かったかもしれない。

「ん?……これは……」
「…………」
 その隣、スズキとグランは立ったまま空を見上げている。
 こいつら……何で酔わないんだよ……?

「って、何だ?」
 酔いが若干冷め、俺はよろよろと立ち上がった。

 ヴォイド・ヴァレーに近い殺風景な岩場。
 時折波の音が聞こえるのは、ミーティングで聞いた通り海に面しているからだろう。
 だが、それは全く見えない。

「……何……この“霧”」
 見上げた空を覆う厚い雲。
 だけど、それとは比較にならないほど濃い霧が、目前の景色を遮断していた。
 巨大な山脈のような地形。
 そう聞いた“鳥”の入り口すらも辛うじて影が見えるだけ。

「これ、変だ」
 ラナがはっきりと、この霧の異変を告げた。
 そうだ。
 俺は確か五日前、ここに飛び込んだ時―――

「……あの“魔女”か」
 グランの紅い目が鋭くなる。

「そうだ。これはペルセのトラップだ」
 俺は思い出す。
 もしイービルと記憶が交差しなかったら、俺は記憶を……もしかしたら精神力のようなものを外の霧に吸い取られ、あのまま墜落していた。
 アスカさんが来なくてもだ。

「この“霧”。五日前も見たけどメンドーなんすよねぇ……。三種類の波動の“絡み”が絶妙すぎて、普通の“霧払い”じゃ晴らしきれない」
「拘るタイプだからなぁ……」
「……は?」
 何かを呟いたスズキは、こっちの話と手をパタパタ振った。

「え、でも、だったらどうやって……?」
 コトリは“霧払い”の準備をしようとした手を止めて、アスカさんを見上げる。
 するとアスカさんは、得意げに笑って、ボールを三つ取り出した。

「だからぁ……、君たちは戦うことだけ考えてりゃいいんすよ。温存温存。テレポートで移動したのもそう。そして私がここにいるのも―――」
 アスカさんは俺たちを背に、霧に向き合う。
 そして、三つのボールが同時に開いた。

「……あ……れ?」
「フワライド、ネイティオ、ドンカラス」
 現れた三匹は、アスカさんの周囲を行き交う。

「コトリちゃんが捕まえてきたのは進化前。コトリちゃんの特訓と平行して進化させるの辛かったぁ……」
「あ……え……?」
 コトリはアスカさんの背中を見ながら固まる。
 この三体は、コトリが捕まえてきたのか……。
 本人は、何のために捕まえたのか知らなかったみたいだ。

「いくっすよ……」
「―――!!?」
 後ろにいるのに、俺たちは完璧に彼女の“攻撃範囲”にいる。
 この五日間で少しは鋭くなった感覚が、この“危険性”を正しく伝えてきた。
 僅か十歳で“伝説”だった“天才”。
 あまり話さなかったが、飄々としたこの人も当然“本物”だ……!

「コトリちゃん」
「?」
 アスカさんは前を見たまま呟いた。

「“自由”のモンスターは、他のタイプと“共にある”」
 周囲を舞う鳥たちのそれぞれが動きを緩め、霧に向き合った。

「私は“自由”と共にあるタイプの力を、波動も流れてないのに引き出せる。それが私の見つけた『“自由”の答え』」
「…………」
「―――!!?」
 グランが最も先に、鳥たちの力に反応した。
 いや、“警戒している”。
 遅れて感じた俺も、グランの警戒対象が分かった。
 あの鳥たちは、アスカさんに“自由”と別に有するタイプの力を“引き出されている”―――

「私の授業は終了。後は、勝つように」
「……はい!」
 コトリが元気に返事したところで、アスカさんの“攻撃対象”が眼前の霧に向いた。

「“阻害”、“錯誤”、“幻惑”。同じものをこの“霧”にぶつけて相殺する。さあ、リーダー君。終わった後は、“君の仕事”っすよ―――」
「……ええ」

 鳥たちが、放つ―――

「“霧払い”!!」

 ビュオオオォオオォオオッ―――!!

 “霧”が砂場を手で拭うように晴れていく。

 それと同時に俺たちは駆け出した。
 払われる“霧”を追いかけるように。

「あの女……流石に“あのアスカ”だけはある」
「あ、やっぱ有名なのか……」
 グランが走りながら漏らした言葉に、俺はちらりと後ろを振り返った。
 皆が着いてくる向こう。
 “霧”を払うアスカさんは、笑いながらコトリをつねっていた人と果たして同一人物だろうか。

 元チーム・クリエイトは、道を切り開いてくれた。

 後は、俺たちの問題―――

「……!」
 “霧”の向こうに、巨大な“鳥”が現れた。

「到着したぞ。“乖離の地”ウィッシュ・ボーン」
 俺は全員に聞こえるように言った。

「全員切り替えろ……」
 そんなメンタルコントロールは、当然みんなもうできる。
 けど、言葉に出す。

 走る、走る、走る。

 晴らされた霧の先、“入り口”を発見。
 そしてそこに、一つの人影があった。

「……!!」
 いきなり“このカード”を切ってきたか……!!

「ん、困ったな。流石に突破してくるか」

 走り続ける俺たちの目に、“脅威”がはっきりと見えてきた。
 銀髪に、スーツ姿。
 その男は何時もように、自然にそこに立っていた。

「やっぱり“上を目指す”のか」

 フェイル……!!

「っ……」
 距離を保って停止する。

「ここは、俺が行く」
 グランは短く呟くと、立ち止まった俺たちから一歩前へ出た。
 “一人で”、か。

「え、ちょっ……」
「いや、レイ。これでいいはずだ」
 俺はレイを腕でたしなめた。

「“あの男”が言っていた。『良くも悪くもフェイルを止められるのはお前だけだ』とな」
 グランがボールを手に、フェイルに向き合う。
 フェイル相手じゃ、人数いても被害が広まる。

 だとしたら対抗できるのは、エースの言う通り、同じく高い身体能力を持つグランだけ。

 これがグランの言う、“チーム戦”。

 なら、今言おう。
 グランにも聞かせるために。

 リーダーとしての仕事。
 “日常”を、変える言葉―――

「始めるぞ……!!」

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 ゴールデンウィークは更新できるかどうかわからないので、何時もより速めに更新しました。
 次回かその次回に戦闘だと思います。
 前置き長くてすみません……。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.54 Reunion
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/05/04 18:48
「随分とあっさり行かせたな」
 ウィッシュ・ボーンの中に駆け込む面々を視界の片隅に移しながらも、俺は“その男”から目を離さずに言った。

「ん、お互い考えていることは同じでね」
「…………」

 確かに俺たちの戦い方は特殊だ。
 普通の戦い方のトレーナーは、最悪何もできずに殺される。

 だが、全く抵抗できないというわけではない。
 当然、数のいる方が勝つだろう。

 もし、ここで俺たちが全員で戦って勝ったとする。
 向こうにしてみれば、フェイルを欠いて俺をウィッシュ・ボーン内に入れることになる。
 だが、それはこちらにも甚大な被害を出した後での話だ。残る五人とまともに戦えるかどうかは分からない。

 それはお互いうまくないのだ。

 ならば両チームとしては、俺たちを隔離して戦わせるべきだろう。

 それが、“チーム戦”。

「この戦いは、チームの勝敗に大きく影響する。どちらかがもし動ける状態でこの場を去って加勢に行けば、均衡が崩れるだろう」
「…………ああ」
 お互い考えていることは、同じ、か。
 『良くも悪くも止められるのは俺だけ』。
 その真意は、俺たち二人の勝敗がチームの勝敗にも直結するからだ。
 だから、こいつの相手は俺。

 だが、俺も当然捨石になるつもりはない。

 互いの目的は、一つ。

「君を倒して、“勝つ”」
「ん、やっぱり“同じ”か」

 だがお互い、そうやすやすと終わらせることはできないだろうということは分かっている。
 だが、一刻も早く加勢に行きたいのも確かだ。

「いくよ」
「ああ」

 究極のポテンシャルを持つ、超人。

 “必然”の適合者―――フェイルはここで倒す……!


~~~~


「ねえっ、ホントに大丈夫なの!? あの人一人で……!!」
 レイが先頭を走るカイに叫ぶが、カイは足を緩めず走り続けた。

 フェイルの力は、ここにいる全員が知っている。
 そして経験した戦闘結果は、“敗北”のみだ。

 しかしカイは走る。
 決して後ろを振り返らずに。

 やがてレイも口を噤み、走ることに専念し始めた。
 コトリちゃんもラナちゃんも、口を閉じたまま走る。

 カイはもう、戦闘を“始める”と宣言した。
 それがリーダーの決定なら、俺たちは迷わず走り続けるだけだ。

 前を走るカイの表情は見えないが、例えどんな表情をしていたとしても……

「立派になったもんだな……」

 俺が小さく呟いた時、ウィッシュ・ボーンの“入り口”が眼前に迫ってきた。

 ウィッシュ・ボーンの説明は、夜のミーティングで聞いている。
 上空から見ると、“胴体が切断されたような鳥の骨”に見えるその地の“入り口”は、左の翼の先端に相当する位置にある。

 そこから入った中の詳細は不明。
 ただ、エースさんの話だと、中はアリの巣のようになっているらしい。
 “ホール”とでも言うべき広い空間を、ヴォイド・ヴァレーのような細い通路が連結している。
 中は日の光も届かない洞窟“だった”らしいが、エースさんの推測では、そこを“本拠地”と証した以上―――

「全員、ライトを……いや、必要ないか……」
 カイが一番に飛び込み、立ち止まった。

「やっぱり電気を通してるみたいだな……」
 俺が最後に入り、天井見上げた。

 入った空間は、途方もないほど広い。
 自然物特有の土の匂いが満たす岩地。
 その天井は空けるように高く、その中心には部屋全体を照らす光源があった。
 眩しくて注視していられないが、その光源は強く、下手をすれば曇り空の外よりも明るい。

 岩造りなのは自然の一部だから仕方ないが、岩の一つも置かれていないせいで人工物臭くもある。
 だだっ広いホールは、不気味なほど静かだ。

「罠は……ないんですか……?」
 コトリちゃんが恐る恐る周囲を見渡す。
 敵の本拠地とあらば、“入り口”には罠があるという認識を俺たちは持っていた。
 だが、部屋が自然物な以上、罠も仕掛けづらい。
 その上遮蔽物もないとなると、見込み違い、となるかもしれない。

「ねえ、行こうよ。このままじっとしてても……」
「ああ、そうだな」
 カイとラナちゃんが並んで歩きだす。
 向かった先は“入り口”のホールの対面にある一つの狭い通路。
 あれがヴォイド・ヴァレーのように、別のホールに繋がっているのだろう。

 確かにこのまま無いかもしれない“罠”を警戒して止まっているのはうまくない。

 俺は辺りを警戒しながら、レイとコトリちゃんの後に続いた。

「……!」

 そこで、俺は気付いた。
 相手のチームにいたではないか。

 地面があれば十分に“罠”をはれる男が。
 そして何もない宙にも、“罠”をはれる男が。

「―――!! 全員、下手に動くな!!」

「―――!?」
 俺が叫んだ直後、ホール全体が揺れ始めた。
 轟く地鳴り。

 これは、まさか……

「なっ!?」
 ホールの半分ほどまで進んだ俺たちを襲ったのは、足場の陥没だった。
 これは、“地割れ”……!?

「っ!? ラナ!!」
「レ……」
「駄目だ!! 二人とも“飛ぶな”!!」
 ラナちゃんに手を伸ばしてボールを掴んだカイ、そしてレイを捕まえようとしたコトリちゃんの二人に、俺は叫ぶ。

 今だけは、絶対に“空を飛ぶ”を避けなければならない……!

「っ、フシギバナ!!」
 急いで全員を繋ごうとツルを伸ばす。
 しかし、それよりも早く―――

「っ!?」
「きゃっ!?」

 俺の足先から地面が崩壊した。
 巻き込まれたのは俺以外の四人。
 “空を飛ぶ”ことのできる二人も、それをせずに奈落に落ちていく。

 俺はその光景を、フシギバナと共に呆然と見送った。

「…………」
 予想を全くしていなかったと言えば、嘘になる。
 俺自身、敵陣突入で浮き足立った気持ちがあったのかもしれない。

 だがまさか地面を切り抜いて、ここまで巨大で深い落とし穴を作っているとは……。
 一体いくつホールを縦に繋げたのだろう。
 天井の明かりが照らす範囲では、下の深さは分からない。

 『ウィッシュ・ボーンはヴォイド・ヴァレー以上に立体的』。
 確かに、エースさんの言っていた通りみたいだ。
 この地は、地下にもアリの巣があるのだろう。

 向かおうとしていた狭い通路は、削り取られた地面の先にある。
 そこへ行こうにも、陸路は完全になくなっていた。

 向こうのチームも本拠地を平気で破壊している辺り、“本気”ってことか。

 そして―――

 ドゴンッ!

「!!」
「ギッ!?」
 大穴からいきなり現れた巨大な腕に、フシギバナが吹き飛ばされた。
 一気に入ってきた入り口近くの壁に“体を傷つけながら”叩きつけられる。

 やっぱり何時の間にか造られていたか……“ステルスロック”……!

 俺は巨体が完全に現れる前に、注意しながら距離を取る。
 それと同時に、どういう仕組みか入ってきた入り口が岩でズウンッと塞がれた。
 退路もない、か。
 さっきの“分かっていても避けようのない罠”といい、随分と念入りだな……。

 ガジガジとそいつは奈落から這い上がってきた。
 無理な体勢の攻撃でフシギバナを吹き飛ばす威力は、聞いていた通りだ……!

「チーム・ストレンジで最警戒対象なのは、トリプル・ドライブのリーダーと、グラン=キーン。そして、“お前”だ」

 現れたドサイドンの横、同じように巨体が現れた。
 図体に似合わず、軽快によじ登ってきたそいつは、にっ、と顔を歪ませる。
 俺たちの足元に“穴を掘って”隠れていたみたいだ。

「ははは……、こ、こんにちは……」
 俺の折角の挨拶もそいつの睨みに押し潰される。
 相性が不利でも力で押し潰すと言わんばかりだ。

 そいつはずんっ、と音がする気がするほど傲岸に立ち、視線は俺から離さない。

 圧倒的破壊力と知謀を有する、大男。

 “基盤”と“硬度”のダブル・ドライブ―――ドラク。

 俺の相手は、こいつで間違いないらしい……!


~~~~


「ライト、点けるぞ?」
「うん」
 カイ君はライトのスイッチを入れた。
 そして、今まで光源だったリザードンを戻す。

 “安全圏”まで落下したところで不時着したから無傷だけど、もし最初に飛んでいたらステルスロックでズタズタにされていただろう。

 カイ君がレンズの壊れたライトで照らすのは、土まみれになったボクだけ。
 スズキ君は上に残ったみたいだけど、レイさんとコトリちゃんが一緒に落ちたのは確認している。
 うまく着地できただろうか。
 ここにいないところを見ると、落ちる途中で何とかしたのかもしれない。

「ああくそ、マジで警戒してたのにこのざまかよ……!」
 カイ君もボクも体を確認する。
 無理な動きで微妙に痛むけど、戦闘には影響は無い程度で済んだみたいだ。
 カイ君が助けてくれなかったら、これじゃ済まなかっただろう。

 転がり落ちてきた上を見ても、入ってきたホールの光は見えない。
 穴に傾斜があった所為だ。

 本当に、“あいつら”は自分の本拠地を破壊してきた。
 相手も“本気”。
 そういうことだろう。

 次にカイ君が照らしたのは自分たちのいる場所の出口。
 ここは上と比べると狭いホールだけど、狭い通路が確かにある。
 閉じ込められたわけじゃないということは、この落とし穴はあくまでボクたちを分断するためのものだったようだ。

「よし、行くぞ」
「……うん」
 ボクもカイ君も、レイさんとコトリちゃんのことは口にしなかった。
 上に飛ぶのも罠があるかもしれないし、しない方がいい。
 これくらいはレイさんたち個人で乗り切れると“信じる”しかなかった。
 それは、ボクもカイ君も分かっている。

「結局、エースの言っていた通りになったな……」
「うん」
 通路に入ると、前を歩くカイ君が呟いた。

 エースという人は言っていた。
 この戦い、戦場が相手の本拠地である以上、“戦力差以前の不利”は否めないと。
 ボクたちをたった今襲った“罠”が代表例だ。

 注意をしていれば避けられることもあるだろうけど、最悪でも“戦闘方式”は相手の望んだものになる。

 相手にとっては、ボクたちを個別に倒すか、まとめて倒すかが選べるということだ。
 下手にそれに抗えば、それに応じたペナルティを受けることになる。

 そして今、奴らがボクたちを分断したってことは……

「奴らは“タイマン戦”をご所望か……!!」

 カイ君も同じことを考えていたみたいだ。
 フェイルという男が一人で待っていた辺り、その予感はしてたけど……。
 とりあえず、ボクたちが想定していたチーム内でのコンビネーションは無駄になったみたいだ。
 これが、攻め込む側の不利。

「出来るだけ早く、奴らを見つけるぞ。あいつらの“プライド的に”それはないと思うが、二対一とかになったら最悪だ」
「うん」
 カイ君が駆け出して、ボクも走る。
 “一人一殺”。
 向こうの狙いはそれだろうけど、こっちも“似たようなもの”だ……!

「……!」
 徐々に傾斜が激しくなってきた通路を抜けると、ライトアップされたホールに到着した。
 小さいとは言え入り口のホールここでも人影はないけど、天井の中心に光源はある。
 本当に、無数にこういうホールがあるみたいだ。
 再び罠にかからないように、注意しないと。

 けど、ここは入り口のホールと決定的に違うところがあった。

「……カイ君、どっちに行きたい?」
「…………」
 このホールを繋ぐ連絡通路は全部で三つ。
 一つはボクたちが入ってきた場所。
 そして、正面には残りの二つがあった。
 全部の通路と部屋の中心を繋げば、Y字になるだろう。
 明らかに、それぞれ別の場所に繋がる通路のようだ。

「さて、どうすっか……」
「カイ君、どっちに行きたい?」
「……?」
 ボクは、同じ言葉を繰り返した。

 カイ君は怪訝な顔でボクを見返す。
 だけど、ボクにとってはカイ君の“感覚”が重要だった。

「……こっち……だな」
 カイ君は左の通路を指した。
 自分が今立っている場所は、右側なのにも係わらず。

 ボクはふっと笑って“右”に歩き始めた。

「逆!?……おい。俺の方向音痴をそういう風に利用されると……」
「そうじゃないよ」
 ボクは振り返って止まる。

「カイ君。きっと、カイ君の進むべき場所はそっちなんだよ。だから、ボクはこっち」
「…………」
 カイ君は何も言わなかった。
 ボクが、『ここで分かれよう』と言っていることに対して。
 それはカイ君が、“敵地で別れる不合理”を超越した“運命”を、左の通路に感じているからだろう。

「ボクにはさ……、“変えなきゃいけない正しさ”がある」
 カイ君は黙ったまま、そこに立つ。

「カイ君もそう。逢わなきゃいけない人がいるんでしょ?」
「お前……それ……」
 ボクは笑った。
 カイ君は、気付かれないと思っていたのだろう。
 この戦いには、カイ君にとって“別の理由”が芽生えていることを。

 最初に気づいたのはレイさんだ。
 それに対してボクが“悔しい”と思った理由は、今は、言わない。

「それぞれ別の理由を持っている。だから、ここで分かれよう。自分の“我”のために」
 言葉足りずなボクの気持ちは、カイ君に届いただろうか。

 でも、カイ君は、ゆっくりと背を向けた。
 ボクも背を向ける。
 目の前にある右の通路は、カイ君が“選ばなかった”道。
 そっちにいるのは、少なくとも、“リーダー”ではないはずだ。
 カイ君は、“そういう力”を持っている。

 ボクは、お父さんとお母さんの敵“ではない”人のいる道だけを捉えた。
 こんな変化は、カイ君が“世界を広げて”くれてなければ、絶対になかった。

「次に会うのは、勝った後、だよ」
 ボクははっきりそう言って、歩き出した。

「ラナ」
「……」
 歩き出した時、カイ君の声が聞こえた。
 もう彼は、駆け出している。

 ボクも駆け出す。
 自分の道に向かって。

「始めるぞ……!」
 彼はその言葉をもう一度言ってくれた。

「うん」
 ボクは呟いて、足を速めた。

 もう後ろは振り返らない。
 狭い通路を、自分のライトで照らしながら走り続ける。
 この暗闇への恐怖心は不思議となかった。

 背中を押してくれる手が、確かにある。
 そんな、気がして―――

「……!」
 長い通路を抜けて次のホールに飛び込み、ボクは足を止める。

 通路を走っているとき感じた“冷気”通り、その人物は、そこにいた―――

「はあ……私くじ運悪いのかしら」

 同じような光源がある、だだっ広いホール。
 その中心の腰掛けサイズの岩に座った“美少女”は、一言そう呟くと顔を歪ませた。

「また、あんた?」
「ボクの方は、くじ運が良いみたいだよ」

 彼女はのろのろと、面倒臭そうに立ち上がる。

「声は“漏れなくなった”みたいね」
 彼女はボクを見ながら、不快感を隠そうともせず毒づく。

「でも、結局その程度。あんたまさかそれで“変わった”なんて思ってんじゃないでしょうね?」
「“まだ”、思ってない」

 自分が変わったと思える日は、まだ来ないかもしれない。
 だけど、せめて今。
 彼女の創った『人は変われない』という“正しさ”を否定しなくちゃいけない。

「前にも言ったけど、私、とろとろすんの好きじゃないんだ。おら、来なよ」
 言われなくてもそのつもりだ。

 “心を読む力”を有する、渇いた瞳の美少女。

 “停止”と“断絶”のダブル・ドライブ―――シリィ。

 ボクは、彼女の言葉を覆す……!


~~~~


 私はよろよろと、光源としては心細いライトを持ちながら通路を歩いていた。
 落下の刹那、スズキさんが『飛ぶな!!』と叫んでくれたお陰で、酷いダメージを受けてはいないけど、それでもいきなり分断された精神的ダメージは大きい。
 レイさんを掴もうとして空を切った手も、それを助成させる。

「ここも……なんですか……?」
 誰にともなく呟いた。
 何所も造りが同じホール。
 大きさこそ違えど、方向音痴の私にとっては自分の歩く道が正しいという自信が全く湧かなかった。
 もしかしたら、今通ったホールには何回も来ているのかもしれない。

 これは、“あの時”にも感じた気持ちだ。
 ノーブコスティの博物館。
 あの時私は初めてカイさんの言葉に逆らって、博物館を走っていた。
 そして、その広さに迷子になったことがある。

 いや、“迷子”というなら何時だってそうだった。
 “自由”の体現。
 それが、未だに私の心で蟠りを作っている。
 カイさんに、『逆らってもいい』ともう一度言ってもらいたくても、それすら恐くて聞けなかった。
 もしカイさんが『“体現”しろ』と言ったら、と、ありえもしない恐怖がそれを遮ってしまう。

 アスカさんは言っていた。
 自分の『“自由”の答え』を見つけた、と。
 でもそれは、“相手を殺すルート”に関する答えじゃない。
 だから彼女は、未だ積極的に旅をしているのだろう。

 何一つ見つけていられらない自分との“差”にかえって覚えた感動も、閉鎖空間のこの通路に奪われかけている気がする。

 殆ど上り坂のようになっていった通路を歩き、私は次のホールの光を捉える。
 それと同時に、首を振って弱気な態度を吹き飛ばす。
 あの小さな光のように、私の“答え”があると無理矢理見立てて。

 “強くなりたい”という私の“我”の答えは、この戦いにあると信じている。

 だから、今は戦いに集中しないと―――

「ねえ、“体現”は出来た?」
「……!」
 入ったホールの正面に、彼女は、いた。
 私に最初に“自由”の体現の仕方を教えた女の子。

 マントですっぽり体を隠す可愛らしい彼女は、首を真横に倒して無垢な瞳を向けてくる。
 忘れようもない彼女の顔は、“まだ”癇癪を起していないようだ。

「したく、ないです……!」
「え、でも、“見える”ようにはなったんでしょ?」

 本当に、子供が知らないことを大人に聞くような口調。
 でも聞いていることはとどのつまり、『何故人を殺さないのか』だ。

「あたしさぁ……殺すのを我慢するなんて出来ないと思うんだけど……?」
 どこかははしゃいでいるように見える彼女は、本当に楽しそうに笑う。

 あれは、“悪”じゃない。
 子供の、残虐性がそのまま残っているだけだ。
 そしてそれを残したまま、彼女は“力”を手に入れてしまった。

「それでも私は嫌なんです……!」
「うーん?」
 腑に落ちない表情を浮かべた彼女の顔を見ながら、私ははっきり言った。

「何で?」
「何で、でも……!」
 彼女を攻めることは出来ないのかもしれない。
 彼女は小さな虫を殺すこと、人を殺すことの“差”すら分かっていないのだろうから。
 純粋に、彼女はそれを“理解できない”。

 彼女の中では、二つは同じもの。
 でも私は、それは“違うと思う”。

「うー……」
 彼女は唸り始めた。
 私たちの意見は混ざらないのだろう。
 価値観が違うのを正すことは、あまりに難しい。

「もう、やだ!」
 彼女は唸り続けた結果、子供が考えることを放棄するように体をよじる。

 ボンッ!

 一つ、ボールの開閉音が彼女のマントの中で響いた。
 それに連動するように、他のボールの音も連続して響く。

 彼女の足元にボトボトと落ちてくる大量の虫を見ながら、私もボールを手に取る。
 あの“無限”を超える方法は、前回の戦いでは“体現”しか思いつかなかった。
 それでも、私は戦う―――

「あたしは“体現”するわよ?」

 大量の虫を“総べる”、女の子。

 “変貌”と“自由”のダブル・ドライブ―――マイム。

 私はここに、“殺し合い”をしに来たんじゃないと証明する……!


~~~~


「う……ん?」
 私が目を覚ました時、そこは狭い通路だった。
 落下の瞬間、コトリから離れてしまい、自力で飛ぶのは無理な私は、カメックスを繰り出して水を放射し、その勢いで途中に開いていた穴に飛び込んだのを覚えている。
 リインさんに、“そういう使い方”を習っておいて良かった……。

 急いで体を確認。
 左腕に軽くあざが出来ているけど、何とか動けそうだ。
 “地割れ”をやられたってことは、あの罠はドラクのものだ。
 スズキ以外が全員落ちたのを確かに見た。

 コトリは飛べるし、ラナはカイが掴まえたのが目で追えたから大丈夫だとは思うけど……ああもう、皆無事でしょうね……?

 でも、私は皆を探さない。
 きっと皆も、それぞれの戦いを始めているだろうから。

 私は持ってきたコンパスを取り出すと、自分のいる位置を想定しながら歩き出した。
 後ろは奈落へ続く穴だけ。
 退路はない。

 下り坂の通路をしばらく歩き続けると、私のライトが大きな光に吸い込まれた。
 あれは、“ホール”だ。
 そこでもう一度、コンパスを見る。

 中の見取り図はなかったけど、落下した距離と感覚で、何となく自分がいる位置が分かってきた。
 道のりはともかく、出口の方向は何となくつかめる。

 慎重に、ホールに入った。
 入り口同様、広い空間。
 ここにも対面に、三つ通路の入り口る。

 感覚をそばだて、選んだ通路に入っていく。
 罠はなかったみたいだ。
 そして、敵もいなかった。

 もう一度、コンパスを確認し、位置を割り出す。
 今私は、微妙に歪んでいたホールの所為で、真っ直ぐ歩いてきていなかった。

 こういうことを冷静に、逐一行っていけば、何かの役に立つ。
 リインさんからはそう習った。

 常に冷静であって、戦場を“コントロール”する。
 それが、“精度”の適合者。

 全員がいきり立ってこの地に突入したけど、私はそうあっちゃいけない。
 “温度差”を感じても、冷静に、冷静に。

 自分に言い聞かせないと。
 現についさっきも、フェイルと一対一で戦うなんて異常事態に取り乱してしまったのだから。

 私が冷静さを失った“あの時”に、何が起きたのか。
 それを教訓に、“チームの勝ち”を考えないと―――

「……!」
「……」

 コンパスを手に持ったままホールに入った私は、流石に一瞬冷静さを失った。

 再び私が入った同じような広さのホール。
 そこに“彼女”は、いた。

 ブロンドの髪に三角帽。そして、機能的なマントを羽織った彼女は、目を瞑って、対面の壁に背を預けている。

「…………“全面対決”、ね。何でそんなことを」
 彼女は溜め息一つ吐くと、目をゆっくり開けて確りと立った。

 部屋中を見渡すが、別段異変は無い。
 私はそこまで判断して、彼女を正面から見据える。

 何の、罠もない。
 それがむしろ“幻覚”なのでは無いかと思うほど、奇妙で静かな邂逅だった。

「この戦い、正直乗る気じゃないのよね。私は自分の興味のあることがしたいだけだから」
 彼女は機嫌が悪そうに呟く。
 いや、実際悪いのかもしれない。
 本当に、彼女は乗る気じゃないみたいだ。

「でも……」
 彼女は黙ったままの私をそのままの瞳で見た。

「あなたは私と戦いたいんでしょ?」
「もう……あの頃の私じゃない」

 彼女にがむしゃらに挑んだ記憶が蘇る。
 『自分が許せない光景』を避けるために。

 だけどその結果、私は倒された。
 勝ちか負けで言うなら、あれは負けだったのだろう。

 『姉妹同士の殺し合い』。
 それを絶対に避けたいのは今も変わらないし、彼女を許せないのは同じだ。

 だけど今、私がここにいる理由は“それ”じゃない。
 このチームに勝ちたいと、言った人たちがいる。

 “その人たちを、失いたくない”。

 そんな自発的じゃない理由でも、私にとっては大切なんだ。

「確かに……随分冷静になったじゃない。ミナモ=レイ」
 彼女が“切り替えた”と同時に、どういう原理か手に持ったコンパスが狂い始めた。
 まるで“霧”の中で指針を失ったかのように、クルクルと針が回る。

「乗る気じゃないって言っても、手加減しないわよ?」
 私もコンパスを投げ捨てて、ボールに手を伸ばす。

 アリスさんの妹の、現在において“最強の魔女”。

 “阻害”と“錯誤”と“幻惑”のトリプル・ドライブ―――ペルセ。

 私は、チームのために戦う……!


~~~~


「はっ……はっ……」
 俺は走っていた。
 ラナと分かれて通路に入った直後、途端に傾斜を上げた坂を駆け上る。

 ウィッシュ・ボーンに入って、あの“罠”での混乱。
 とっくに俺の方向感覚は失われている。

 しかし歩を進めるにつれて“記憶は蘇り”、自分が今進んでいる方向が“鳥”の頭に相当する部分だと分かる。
 ここまで思い出せるなら、ミーティングの時言うんだったぜ……。
 まあ、この“記憶”は俺のものじゃないから仕方ないが。

「……!」
 ひたすら駆け上って、目に捉えた“ホール”の光の前で俺は止まった。

 気持ちは直ぐにでも飛び込みたいと喚き立てるが、冷静な心は万全を期すべきと息を整えさせる。

 そして俺はゆっくりと、光に歩き出す。
 余計な警戒をする必要は無い。
 “罠”なんてないのだから。
 “あいつ”はそんなことをしない。

 入ると、ホールは“記憶通り”の形をしていた。
 ウィッシュ・ボーンにある無数のアリの巣は、それ自体特殊な形をしていない。
 何のフィールド効果もなく、ただ純粋な戦いが起こる。
 そういう場所だ。

 つまりは、完全な実力で勝たなければならない。
 それが、“お前”がここを本拠地に選んだ理由の一つだったな。

「……うん。こんにちは」
「……ああ」

 正面の壁の窪みに、“そいつ”は腰をかけていた。

 顔は、“何時ものように”はマントで隠していなかった。
 動き易いように慣らされたズボンに、タンクトップのシャツと白い上着。
 ああ、そういやそういう服好きなんだっけ。

 座れば地面につく長い銀髪。
 透き通るような大きな薄い色の瞳に、十分“美”に分類される精緻な顔立ち。
 しかし、左眼の瞼の上から入った三本の傷が、彼女にそれ相応の人生を歩ませなかった“呪い”のように印象的だった。

「カイ。私たちは不思議だね」
 初めて耳で聞く“彼女”の言葉は、妙に聞き心地が良かった。

「出会ったのもほんの一瞬。目が合ったのもたったの一回。だけど、お互いを誰よりも知っている」
「……ああ。それで多分、自分のことは分からないんだ」
 俺の柄じゃない詩的な言葉に、彼女は笑った。本当に、自然に。
 そうだよな。
 やっぱり“俺の記憶”も、彼女は持っていた。

「エースは結局聞かなかったよ。俺がここに行きたいのかどうか」
 俺はあっさりと、世間話でもするかのように切り出した。

 エースが特訓の初日に言っていた、『俺がウィッシュ・ボーンに行きたいかどうか』の答えを、俺は言わなかった。
 エースが聞かなかったのも、俺がそれを言葉にすることはできないと分かっていたからだろう。
 だけど、言葉にできないだけで、俺はこいつに逢いたかったのは間違いない。

 エースはそれを分かっていた。
 やっぱり、俺は自分のことが分からない。

 そしてそれは、彼女も変わらない―――

「シリィが前に言っていたよ。自分のことが分からないままでも人が行動するのは『自分のため』って。あれこれ理由を付けて、それを認めたくないだけって」
「……さあ、どうだろうな」
 俺は何のためにここに来たんだろう。
 それを聞かれれば、『ここに来たかったから』としか答えられない。
 それは、やっぱり自分のためなんだろうか。

「お前は、自分のために『世界を閉じている』のか?」
「……さあ、どうだろう」
 彼女も同じ言葉を返してきた。

 ああ、やっぱり分からないことだらけだ。

「カイの記憶が入ってきて……不思議だった。親を失って……それに変わる大切な人も失って……それでも“普通”に暮らせてた」
「いたからな。二度失った俺だけど、それでもいてくれた奴らが」
「それも、羨ましかった。本当に」
 彼女は眼を閉じ、微笑む。
 俺の中の“温かさ”が、彼女に流れたからだろうか。

「でも……」
 彼女は立ち上がった。

「……それでも“上を目指す”以上、私は君を“終わらせる”」
「それで……お前は『世界を閉じる』のか」
 彼女は、直ぐには応えなかった。
 ただ立って……高い位置に立って、俺を見下ろす。

「うん。私のために。私が、『多く』を殺さないために」
 彼女の答えは、さっきと変わっていた。
 もしかしたらそれは、彼女を奮い立たせる言葉なのかもしれない。

「君はそれが嫌なんだよね。『夢のない世界』は寂しいと思ってる。だから、戦うんだ」
 それは、何時かコトリにヘヴンリー・ガーデンで言ったものだった気がする。
 俺がここに来たのは、『世界を閉じさせない』ためなんだろうか。

 いや、もしかしたら……

「その『閉じた世界』の先、お前は“一人”になる」
 俺の口から、自然と言葉が出てくる。
 きっと、とっくに準備できていたものだった。

 パイオニアとして……先駆者として駆けて行く彼女は“孤高”で“孤独”。
 俺は、それが嫌だったんだ。

「同情は……“エゴ”だよ」
 彼女は悲しく微笑んだ。

 “同情”。
 “エゴ”。
 それは、“自己満足”だけでしかない。
 他人の心のことなんて、結局分からないのだから。

 “高いところへいく”という欲求は、俺にも確かにある。
 “最強”を超えていきたいと、確かに思う。

 『閉ざされた世界』が嫌だというのは、間違いなく俺の気持ちだ。

 けど、俺がここにいる理由は、多分それだけじゃない。

「これは私の問題。いくら記憶が混ざっても、君には関係ないよ」

 自分の問題。
 自分のため。
 他人には関係ない。
 人の総ての行動は、突き詰めればそうなのだろう。

 でも、俺はどうしても思ってしまう。


 それは、どこか寂しくないか、と。


「確かに俺は実際身寄りもない、赤の他人……“ストレンジャー”だ」
 俺は一歩前へ出た。

「でもさ、『そんなことはない』ってぶん殴ってでも教えてくれたり……へらへら笑って一緒にいてくれたりした……“奇妙な奴ら”がいたんだよ」

 絶望していた時に、まだまだ“先”があると思えた。
 俺はあいつらに、どれだけ救われたことか。
 そんな救いが、“エゴ”だけだとはどうしても思えない。
 そんな救いが、“他人は関係ない”と手を伸ばさなければ起こるわけがない。

「お前が『世界を閉じた』としても、お前はきっと“一人”になる。俺は、それが嫌だ」

 俺も彼女も、ボールを取った。
 分かっている。
 いくら理想を並べても、それは負けたら通らない―――

「やっぱり駄目だ。『世界は閉じさせない』」

 その世界では、きっと誰も笑ってない。
 その、“創造者”さえも。
 そんな世界に、救いはないと言いきれる。

 『閉ざされた世界』。
 総ての人が、“上を見ることができない”世界。

 もし俺が、上を見ずに心をただただ閉ざしていたら、レイとスズキの二人と笑い合っていなかった。
 コトリだって、目を輝かせるような“夢”を持てなかった。
 ラナだって、何時までも動けず同じ場所にいた。
 グランだって、見ていて気持ちの良い焼け付くような闘争心を持っていなかった。

 そして“お前”は、たった一人でいる。

 そんな世界は否定する。
 何が“正しい”かは結局のところ分からない。
 だけど、それじゃ動けないまま。

 “エゴ”だと言われようと、それが俺の戦う理由だ……!

「始めよう。チーム・ストレンジ、カラスマ=カイ」

「……ああ。チーム・パイオニア、イービル=ドラコランス」

 『世界を閉じようとしている』、“主人公”。

 “超越”の適合者―――イービル。

 今俺は……俺たちは、この物語に決着を着ける……!

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 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 ようやく次回、戦闘です。おまたせしました。
 この投稿と同時に、今までの設定などを一緒に投稿していますので、是非ご覧になってみてください。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] 『登場人物・設定・軌跡』の要約
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/05/12 10:50
 どんどんどんどん長くなっていくこの作品。

 初期の話や細かい設定を忘れている方、そもそも読んでいない方、が多いでしょう。

 そこで、各々チーム・パイオニアとのマッチアップが決まった今、現段階の客観的なデータを、『軽い裏設定』も交えてまとめさせていただきます(微妙に照れくさいですが……)。

 初めて読む方もここから読めば、読み勧められると思います。

 ただし、壮絶な“ネタバレ”があるのでご注意を。



<作品全体の説明>

 この作品は、現実の世界からポケットモンスターへ入り込んでしまう、という二次創作です。ですが、相当程度オリジナル設定で構成され、元の作品には無い世界観になっています。

 基本的に、一人称作品です。番外編だけは、一人称に近い形の三人称となります。

 そして注意事項として、この作品では『人とモンスターの触れ合い』には全くと言っていいほど触れません。
 それは私が、そのような描写は十分にもとの作品や他の二次小説で触れていると考えたためと、新しい方向性の作品を書きたいと思ったからです(諸々の事情は他にもありますが、ここでは割愛します)。



<世界観>

 基本的に、町・村が転々と栄え、その間は大自然で囲まれているのが殆ど。
 ただし科学の進歩が遅れているというわけでなく、実際の世界のものとほぼ同様。移動手段にバスや船などの交通機関も存在する。
 細部は違うが、文化もあまり変わらない。
 言語に関しては、来訪者たちの言葉は通じ、また、国を超えても会話が成立している。
 学校は、町・村ごとにあり、たまに独学も認められる。

 戦闘はわりと人を狙うことが多く、危険が伴う。

 トレーナーは名前で呼び合うことが常で、その理由は、姓で出身地がばれると地元に被害が及ぶ可能性がある、という慣習から。
 また、以下で全員分の本名が記されていますが、(主人公チーム・カンザキ=リクト・イービル=ドラコランス以外)作中では姓は触れられていない。

 世界の形は、簡便に、北東・南東・北西・南西に分かれて大陸がある。



<施設・用語・道具の説明>


『ギルド』
 トレーナーが集まる、仕事場。一つの町に大体一つある、大きな建物。
 トレーナーはここで依頼を受け、それを達成した報酬で生計を立てる。
 また、ギルド内には宿泊施設やトレーニングルームがあり、割安の料金を払って使用することが可能。
 そのためには『ライセンスカード(トレーナーの身分証明書)』が必要だが、簡単に記入で登録・取得可能。
 更にライセンスカードを持つと、他国に容易に入ることができるなどの特権がある。
 それは、トレーナーの仕事の危険性のため、人員を募るために入り口を広げているとのこと。
 王政などの機関は、依頼対象が互いに深く係わる(例えば、トレーナーにも一般市民にも被害を出す相手の討伐が目的など)場合でなければ、基本的にノータッチだったりもする。

 依頼には、近所のペット捕獲からモンスターの退治、さらにはモンスター関連の事件解決なども含まれる。

 因みに危険防止のため、
 依頼を受ける側には、『過去の依頼の達成経験などを勘案したランク(経験値)』、
 依頼には、『内容や報酬勘案したランク(難易度、魅力)』、
 が付けられ、自分に付けられたランク+1までしか受けられないようになっている。

 そのためトレーナーは、『チーム』を組み、経験値蓄積に努めのるが一般的(経験値には、個人レベルとチームレベルがあり、経験値はチームに蓄積した方が、効率が良い)。



『裏のギルド』

 情報の水準が特に高く、干渉しないまでも『知らないことはない』と言われるほどのギルド。
 店を構えている場合もあるが、殆どは露店のように移動するタイプが殆どで、持ち前の情報力で需要があるところに現れる。

 表のギルド(便宜上そう表現)は、依頼の報酬がない場合など、査定漏れとして依頼を拒否することがある。
 裏のギルドは、そういった査定に漏れた依頼などでも一切拒まず、引き受ける。
 また、依頼を受けに来る人・仕事の種類・報酬の種類なども一切選ばず、『犯罪者が依頼を受けに来る』・『殺害(一般に、賞金首と言われる)の依頼』・『人が報酬』などでも成立する。
 しかし、報酬が用意されない場合、依頼人が裏のギルドのターゲットにされることとなる。
 また、裏のギルド内(露店タイプのものは、店を開いている範囲)は絶対安全が約束され、それを破ったものもターゲットにされることになる。



『育て屋』

 ゲームの育て屋と違い、鍛えるのは事情(以下参照)によりトレーナー自身。
 作中に出てきたのは“エース育て屋(後術)”のみ。



『適合タイプ(波動とも表現)』

 人間における、モンスターのタイプのようなもの。
 トレーナーの適合タイプはモンスターのタイプと同種・同数ある。


 また、適合タイプには、“象徴”するものがあり(作品内では殆どその名で表現)、それぞれ以下の通り。

 象徴の一覧。

 炎――“上昇”。 水――“精度”。
 草――“成長”。 空――“自由”。
 闘――“突破”。 鋼――“断絶”。
 氷――“停止”。 雷――“伝達”。
 毒――“侵蝕”。 念――“錯誤”。
 岩――“硬度”。 霊――“幻惑”。
 地――“基盤”。 無――“必然”。
 虫――“変貌”。 悪――“阻害”。
 竜――“超越”。

 “必然”と“超越”は希少。作品内でも、現在一つずつしか確認されていない。



『適合者』

 適合タイプを有する人のこと。
 トレーナーになるための条件で、これに該当しない人がモンスターを捕獲しても、モンスターに逃げ出されるため、保有・戦闘は不可。
 逆に該当すれば、モンスターと意思疎通ができ、操って戦闘が可能となる。
 その適合タイプのモンスターの力を引き出したりすることも可能(モンスターの技のタイプ一致の人間版みたいなもの)。

 自分と同じ適合タイプの条件は、モンスターが2つタイプを有する場合、どちらか一つでも自分と同じならクリアしていることになる。
 (例えば、リザードンはタイプ:炎・飛行。そのため、“上昇”の適合者でも、“自由”の適合者でも、保有が可能)。

 また技は、自分と同じタイプの技でなければうまく繰り出せない。
 (例えば、『“上昇”の適合者』は、『ヒトカゲ』を捕獲し、『火の粉』を使うことはできるが、『メタルクロー』は使わせることができない)。

 しかし、一つだけ例外のタイプがあり、ノーマルタイプのモンスター・技だけは、どの種類でも適合者でさえあれば、保有・使用が可能。
 ただし、その力を引き出せるのは、“必然”の適合者のみ。

 大体十歳の頃にそれが分かるようになり、判定機(後術)で測ることが出来る。
 ただ、まれに後天的に現れることもあり、その時点が絶対的というわけではではない。

 攻撃・技のプロセスは、適合者がモンスターに波動を送り、モンスターが効力や大きさを変え、相手に届けるというもの。
 ここでの注意は、波動は本物のそれとは違う、ということ。
 例えば、電気タイプの攻撃で飛ばすのは『電気』ではなく、『電気に酷似した波動』となる。


『体現』

 適合タイプの“象徴”を表す、トレーナーの行動や能力のこと。
 該当する適合者は、そういう“性質”を有する。

 以下、作中に出てきた“体現”を交えて、それぞれの適合タイプの特徴。

 “上昇”。
 戦闘中に力を上げる。他の適合者より、“戦闘”の経験値が高い。戦闘における偶発的な事象も、戦術に取り入れやすい。

 “精度”。
 狙うことに長け、乱戦の中でも正確にターゲットを捉え続けることができる。戦闘をコントロールしやすい。

 “成長”。
 戦闘前に力を上げる。他の適合者より、“準備”の経験値が高い。自分に必要なことを見分け、効率よく戦闘前に仕上げられる。

 “自由”。
 戦場を三次元に捉え、無限の攻撃ルートを有する。相手の死角・体勢を勘案し、最も“死亡率の高いルート”を割り出せる。

 “突破”。
 自分の力の効率的使用が可能。他の適合者より中と外の差が少なく、余すことなく自分の力を発揮できる。

 “断絶”。
 強引に相手の攻撃を押さえ込むほどの防御力。先陣として最も重宝できるが、人と組むことは殆どない。

 “停止”。
 あらゆる“変化”の否定。また、適合者の視野が広く、冷静に戦闘を見極めることが得意。

 “伝達”。
 究極の遠距離攻撃。放った攻撃が、殆どそのままの威力で相手に到達する。

 “侵蝕”。
 誰にも気付かれることなく、戦場を蝕む。

 “錯誤”。
 “あるもの”を、別の“あるもの”と誤認させる。

 “硬度”。
 “固める力”が主たるもの。その対象は、上級者なら“空気”なども含まれる。

 “幻惑”。
 “ないもの”を、“あるもの”と誤認させる。ただし、労力は“錯誤”より高い。

 “基盤”。
 戦場の状態を、著しく変化させることに長ける。

 “必然”。
 究極のポテンシャル。誰にもあるが、誰も気付かない力の可能性を、極限まで引き伸ばす。何所にでもあるが故、誰もあることに気付かなかった適合タイプ。

 “変貌”。
 進化を司る。保有するモンスターの進化が早い。

 “阻害”。
 妨害行為。相手の動きを止めたり能力を下げたりと、自分の思うまま行動できる。

 “超越”。
 圧倒的出力。全適合タイプ中、最も戦闘に長けている。あまりに高いところにあるが故、誰もあることに気付かなかった適合タイプ。



『シングル(便宜上、SDと表記)ダブル・ドライブ(DD)、トリプル・ドライブ(TD)』

 SDとは、適合タイプが一つの人のこと。

 DD、TDとは、波動を複数有する人、もしくはモンスターに使わせることができる特殊な技。
 二つ波動が流れていれば、DD、
 三つ波動が流れていれば、TD、となる。
 ただし、TDは希少。作品内でも、現在二人しかいない。

 技の方は、キャラクター紹介で。



『判定機』

 判定機とは、指を置くことで自分に流れている波動の種類、そして、そのランクが分かる機械のこと。
 その判定機には記録機能が付いているものもあり、それを受信するシェア・リング(次術)というものが存在する。



『シェア・リング』

 シェア・リングとは、“記録付き”の小型の判定機とセットになった指輪のこと。
 記録付きの判定機は、指を置いた(波動を計った)者の適合タイプ・ランクを記録することができる(ただし、記録できる波動のランクは一種類に付き一つで、同じタイプの適合者が記録しても、ランクが高い方のみ記録される)。

 シェア(共有)・リングの効果は、リングを着けると、判定機に記録された適合タイプが自分の適合タイプでなくとも自分の適合タイプになる、ようなもの。
 ただし、その適合タイプの技が使えるようになるだけで、操れるモンスターは、やはり自分の適合タイプのモンスターのみ(技のレパートリーが増えるだけ)。

 こちらも希少性が高く、作中に登場するシェア・リングは現在、
 銀のリング(主人公たちが保有・入手時登録ゼロ)、
 と、
 黒のリング(敵チームが保有・全タイプが最高ランクで登録されている)のみ。



 シェア・リングだけに限らず、ランクが高ければ高いほどその技の威力は当然上がる。
 ただしシェア・リングの場合、最低でも登録された適合タイプがCランク(F、E、D、Cと上がっていく数え方)はないと、技がうまく繰り出せない。
 また、所謂“大技”と呼ばれるものも、ランクが低いと繰り出せない。



『限界数』

 人間が、戦闘に参加させられるモンスターの限界数は、『6』が限度(ただし、『保有』だけなら、その数は超えることができる)。
 それを超えて操ろうとすれば、意識が分散しすぎて波動が流れていないのと同じ結果となる。
 また、シェア・リング(リングそのもの)の数も、一つの判定機につき6つまで。


『モンスターの交換』

 交換は、自分のモンスターを相手に渡す、相手からモンスターを受け取る、という意思表示をお互いすれば行える(当然、適合タイプが一致したモンスターのみ)。
 また、交換を行えば、交換した相手がいる場所が感覚的に掴め、“テレポート(次術)”で目指すこともできるようになる。


『進化』

 レベルアップ以外の進化は、適合者のタイプに影響を受ける場合が多い。
 例えば、イーブイに関して、“上昇”の適合者ならブースターに、“伝達”の適合者ならサンダースに進化する、など。


『テレポート』

 効果は殆どゲームと同様。
 ただし、相手を飛ばすこともできる。
 しかし、実力が同等・格上の相手を飛ばすには、相手が疲弊してでもいない限り、許可が必要(許可は心の中での問いかけに、応えるだけでよい)。
 また、長距離移動・複数人移動・突発的な移動、はかなり高度なもので、戦闘においてはあまり実践的ではない。
 因みに、テレポート中は酔うらしい。


『モンスターボール』

 普通のモンスターボールを開けるには、『手元から離れて数秒経つまで待つ』、もしくは、『何かにぶつける』、の二通り。開いた後、投げた人間に空のボールが戻ってくるので注意が必要。
 また、モンスターを入れるには捕獲と同様、モンスターにボールを当てればいい。

 一方、特殊なボールというものが存在し、ボールを開ける条件を『一定のスピード以上を維持し続けたら』や、『手元から離れた後、何秒(変更可)で開く』など、細かい設定が可能。
 他にもサイズが小さいインスタントのボールがあり、捕獲後しばらくは保有できるが、開けたと同時にボールが壊れ、時間が経つとモンスターが野生に戻るというもの。



<特殊な力>

 特殊な力とは、作品内の登場人物が有する不思議な“個性”のこと。
 その例は、以下の通り。

『主人公』
 “勝つための条件を引き寄せる”という“個性”。
 それはあたかも、あらゆるTVや漫画の主人公のように、必要な条件を引き寄せ、本人が正しく行動さえすれば、必ず勝てる(正しいゴールに向かえる)というもの。
 この力は非常に抽象的だが、万人に共通してある“運”ではなく、“個性”であるとカンザキ=リクトは言い切っている。

 『主人公』保有者―――カイ・イービル・リクト。

 因みに、『主人公』の力は総ての人が一時的には有すると言われているが、それが“何時までも継続”するのは『保有者』のみ。


『読心術』
 相手の心から漏れる声を拾う力。また、相手の心の中に入り込んで記憶を読む“個性”。
 便宜上、前者の力を『聴心術』。後者の力を『視心術』と呼ぶ。
 『聴心術』は、『“相手の心の弱さ”に比例して漏れる音』を拾うので防ぐことは可能だが、
 『視心術』の方は、『心に開いている穴(心はそういう形をしているらしい)』に入り込んで心を読むので、防ぐことは実質不可能。

 『聴心術』保有者―――シリィ、アリス。
 『視心術』保有者―――シリィ。


『総べる者』
 モンスターの戦闘参加数の限界値、6を超えて操れる“個性”。
 いくら意識が分散してもモンスターを操れるので、無限数モンスターを有することができるが(人によっては限界も)、経験値も分散されることに注意。

『総べる者』保有者―――マイム、レオン。





<主要登場チーム・人物(年齢は、同級生は同じ歳で表記)>


『チーム・ストレンジ』
 異世界を訪れた三人が作ったチーム。
 主だった解決事件は、ペット捕獲、モンスター駆除、博物館での警護など。

『チーム・ストレンジのメンバー』

『カラスマ=カイ(烏丸 皆)』
 男性・17歳。
 “上昇”・“停止”・“伝達”のTD。

 保有モンスター(明らかなもの)。
 リザードン、バクフーン、バシャーモ、ゴウカザル、グレイシア、エレキブル。

―――作中で使用した特殊な技。
「“上昇”と“停止”のDouble drive:Tear of condition」
 状態乖離のDD。
 “上昇”と“停止”の差で、波動を切り裂き、特性を無視して相手の防御能力を物理的に極限まで引き下げる。
 僅かながら相手にダメージも与えられる場合も。

「“上昇”と“伝達”のDouble drive:Fire volt」
 “圧縮砲”のDD。
 暴走に近い量の“上昇”の波動を、“伝達”で分散させずに相手に到達させる。

「ファイアボルト」
 上記のDDの簡易版。
 常時発動型で上記の技より威力は落ちるが、波動が分散しやすいカイにとっては貴重な技。



 本編の主人公で、チーム・ストレンジのリーダー。


 幼い頃に両親を失い、カンザキ=リクトに育てられるも(苗字の変更無し)、火事で死別。そのため、『火事』には強い執着を見せる(落としたタバコの火は絶対に消す、など)。
 その後の小学三年生に『昔火事のあった空き地』で出会ったレイ・スズキとは幼馴染。

 元の世界では一人暮らしをしている。

 ある日、『昔火事のあった空き地』でレイ、スズキと共に光に巻き込まれ、目が覚めたときには別世界にいた。
 問題を一人で抱え込むことが多く、旅を通して分かってくる『複雑な世界』に思い悩む。

 訪れた世界で、元の世界に戻る方法を探しつつも『何かを理解』しなければならないというリクトの伝言を受け、旅をすることに。
 しかしその目標も、気にはしているが、旅の中で徐々に霞んでいく。

 追跡中、相手のリーダー・イービルと記憶が交差し、潜在的にイービルの記憶を有する(細かい記憶は思い出せないものが殆ど)。

 異世界に引きずり込まれた高校2年生、その1。
 重度の方向音痴、その1。

 登場話数・50
 一人称話数(1話で1つのカウント)・49



『ミナモ=レイ(水面 冷)』
 女性・17歳。
 “精度”のSD。

 保有モンスター。
 カメール、アリゲイツ、ヌマクロー、エンペルト、ギャラドス、ヒンバス。

 カイより頭一つ分低い背丈だが、あまり胸はない。黒のショートカット(旅の中、徐々に伸びてきている)に、線の細い整った顔立ち(カイ曰く、怒ると鬼)。


 頭のできは良く、カイとスズキに勉強を教えるほどだが、本人曰く運動は苦手。
 泳ぐことができず、水の中に入ることにも抵抗がある。

 小学三年生の頃、『昔火事のあった空き地』で出会ったカイ・スズキとは幼馴染。
 割りと沸点が低く何かと手が出るが、異世界の『旅』を通して心境の変化もあり、最近は大人しめ。
 小さい頃に大切にしていた妹と事故で死別し、『姉妹の絆』を大切にしたいと思うようになっている。
 そのため、自分が『姉』という認識が強く、また、人を懐かせるのが得意。
 妹のような存在の、コトリ・ラナにも慕われている。

 死別した『妹』を忘れなければいけないと思っていた頃、『割り切らない』ことを教えてくれたカイに好意を寄せている。
 また、同じ“精度”の適合者のリインを尊敬し、渡された手紙を今も大切にしているほど。

 適当なメンバーばかりのチーム内で『自分だけは手綱を握らないといけない』と努力する苦労人でもあり、実際に、チーム内の依頼の処理・財産管理などを担当。

 異世界に引きずり込まれた高校2年生、その2。

 登場話数・49
 一人称話数・22



『サトウ=スズキ(佐藤 錫希)』
 男性・17歳。
 “成長”・“侵蝕”のDD。

 保有モンスター。
 フシギバナ、メガニウム、ジュカイン、ハヤシガメ、ドラピオン。

 長身。少し茶が入った長めの髪に、鋭い切れ目だが、本人の性格から軽薄そうな印象を受ける。


 カイ曰く、『何時もへらへら笑っており』、また名前も紛らわしく、スズキの発音を間違えると『日本人で多い苗字Top2を列挙することになる』とのこと。
 小学三年生の頃、『昔火事のあった空き地』で出会ったカイ・レイとは幼馴染。

 要所によっては真剣で冷静。
 中々のハイスペックを持ち、学校の授業中にやっていたお陰(?)で、三人の中で唯一ゲームの知識を網羅している(カイはうろ覚えの2まで、レイはうろ覚えの1まで)。

 家族とはうまくいってなく、学校が終われば毎日のようにカイの家で二人と遊んでいる。

 カンザキ=リクトが生存していることを知っている唯一の人物。
 訪れたこの世界を楽しんでいる一方、『この世界の前提』の『カイが“主人公”』と聞いているが、自分は“傍観者”と納得している。
 しかし、相手のリーダーも“主人公”と聞き、考えるべきことが増えてきた。

 異世界に引きずり込まれた高校2年生、その3。

 登場話数・52(実はカイより多い)
 一人称話数・19



『コトリ=ヘヴンリー』
 女性・16歳。
 “自由”のSD。

 保有モンスター。
 プテラ、オオスバメ、トゲチック、ズバット。

 体は小さくて軽く、三階から落下してきても、奇跡的に下の人は死なないこともある(カイ、体験済み。運はかなりいい)。
 栗色の肩ほどまでの髪に、柔らかい頬。その頬のせいで、よくつねられる(加害経験者・レイ、リイン、アスカ)。
 気弱な性格に見えるが、芯は強く、わりと頑固。
 幼い頃よく頬をつねられたアスカとは従姉妹同士だが、彼女が“伝説のチーム”の一員だったことを知らなかった。


 敬語で話し、レイのことを姉のように慕っている。
 同い年のラナとは、意外にも気が合い、友達のような関係。
 大きな町の地主の一人娘だったりする。

 幼い頃家の本で見た、“伝説”の三羽、ファイヤー・フリーザー・サンダーを忘れられず、それを探すためにトレーナーになりたいと思っていた。
 その夢と、カイの戦いを見て芽生えた『強くなりたい』という憧れを持って、旅に出る。
 しかし、“自由”の体現が『人を殺すこと』と知り、方向を見失う。

 重度の方向音痴その2。

 登場話数・42
 一人称話数・9



『ラナニア=マーシャル』
 女性・16歳。
 “突破”・“錯誤”のDD。

 保有モンスター。
 エルレイド、ルカリオ、ニョロボン、ヘラクロス。

―――作中に使用した特殊な技。
「“突破”と“錯誤”のDouble drive:Inevitable impact」
 高威力の必中攻撃。
 本物の全く見分けのつかない大量の分身と共に相手に襲い掛かり、攻撃タイミングを完全に誤認させる技。



 コトリと同じ程度の身長。腰まで届くさらさらとした長い髪に、兄に似て少し垂れ目。
 ニックネームは『ラナ』で、自分のことを『ボク』と呼ぶ。


 十年前、両親をチーム・パイオニアのリーダーに殺されており、そのため兄、ロッド=マーシャルと二人暮らし。
 兄の僅かな負い目から、両親の死を超えられず、心が弱いまま“時間が止まって”しまった。
 そのため心が弱く、また、厳しくなりきれない兄と二人だけの環境で育ったため、自己中心的に育ってしまい、気分屋でもある。
 また、それが原因か、極度の高所恐怖症。


 当初は両親の敵のチーム・パイオニアを恨み、倒したいと思っていたが、地元に長く居付いた“惰性”で、身動きが取れなくなっていた。
 しかしそれを気にしてはおり、出身地で“変化”を待っていたところ、カイたちと出会い旅に出る。
 旅を通じて、身内ではない人との接し方を徐々に学んでいく。

 『心を強くすること』と妥当チーム・パイオニアが旅の目標。

 当初鋭かったその目標が、果てのない旅であることに磨耗し始めたとき、シリィに完敗し、決意を新たにしている。

 登場話数・33
 一人称話数・7



『グラン=キーン』
 男性・17歳。
 “断絶”のSD。

 保有モンスター。
 メタグロス、メタグロス(メタング2匹が融合・進化)、ドータクン。

―――作中に使用した特殊な技。
「Quick raid」
 開閉タイミングが最短のボールを振ることによって射出される、絶対先制攻撃・バレットパンチ。
 グランは殆ど形式で相手を攻撃し、注視しないと、モンスターの視認もできない。

「Quick rush」
 上記の技を連続で放つ技。
 (カイ曰く)『前に流行ったヨーヨーのダブル・ループのような動き』で、マシンガンのようにバレットパンチを射出する。



 スズキ程度の長身で、旅慣れた風体。そして最も特徴的なのは、紅い眼。


 波動の影響か、紅くなっていったその眼の所為で、国が滅びつつあることの“理由”とされ、国を去る。
 性格は寡黙で冷静だが、『勝つ』ことへの執着心をみせ、闘争心は高い。
 プライドも高いが、勝つためなら“意地”を捨て、あらゆる手を打つタイプ。
 態々自らの技に特殊な名前を付けているのも、戦闘で相手にその技を“意識”させ、フェイントに使うため(カイも影響を受け、常時発動型の技を、ファイアボルトと呼称している)。
 戦闘相手を“アタリ”・“ハズレ”で分け、興味のない方はまともに相手にしない。

 戦闘スタイルは特殊で、持ち前の身体能力の高さを活かし、モンスターをボールに入れたまま戦う(攻撃時、防御時のみ繰り出す)。
 リスキーな戦術だが、その分応用性が利き、並みのトレーナーでは瞬殺されるほど。

 幼い頃からの戦闘への興味で戦闘を続け、今やその実力はプロフェッショナル。
 だが、国を出てから強い相手を求め突き進んだ結果、『裏のギルドの賞金首』になるなど、何時しか追われる立場になっていた。

 一人で行動することを好むが、チーム・パイオニア戦では一時的にチーム・ストレンジと行動を共にし、“チームで戦う”ことを明言している。
 因みに“プロ”として経験値が高く、コンビネーションの問題はなかったりする。

 登場話数・18
 一人称話数・4



『チーム・パイオニア』
 現在において、“最強”のチーム。
 “伝説”に執着を見せ、出会ったら“終わり”と世間から認識されている。
 しかしその実態は、結成者・イービルがメンバーの『力の使いどころ』を“伝説”に誘導し、近づくものを排除することで、誰も自分たちに近寄らせず、被害を小さくしようとする、『世界を閉じるチーム』。
 だが、メンバーにそれを説明しておらず、徐々に綻びも出てきている。

 “伝説”捕獲後、その場にニセモノの“伝説”を残すなどのメンバーもいる。


『チーム・パイオニアのメンバー』

『イービル=ドラコランス』
 女性・17歳。
 “超越”のSD。

 保有モンスター。
 ボーマンダ。


 銀の長い髪に、大きな瞳。しかし、左眼の瞼には三本傷が入っている。

 圧倒的出力を持つ、世にも珍しい“超越”適合者。
 チーム・パイオニアのリーダー。
 強い手駒が欲しいと考えた彼女の父親に育てられるも(母親は不明)、その父が自分を破ったカンザキ=リクトを追うと言い、捨てられた。
 その時の戦いで飛んできた岩が、左眼の傷の原因。

 6歳で捨てられ、あてもない生活を始めようとした頃、早くも目覚め始めた“超越”の波動に乗っ取られ、“戦闘行為”繰り返してしまった。
 “主人公”の個性を有するイービルは常に勝ち続け、相手はすべからく全滅していく。

 そんな中、イービルが誰にも被害を与えないためにと考えた方法は、自分を畏怖の対象という認識を広め、『出会ったら終わり』と誰も近づけさせないこと。
 噂は誇張されるように流し、噂では『左眼に傷のある男』となっている。
 また、まだ決まっていなかった自分の名前を“イービル(Evil)”としたのも同様の理由。

 そして、自分と同じように『力の使いどころ』を被害の大きいところにしているメンバーを集め、“伝説”に誘導するため、チームを結成。

 チーム名を“先駆者”として、上と下の二分化を図り、『世界を閉じようとしている』。

 また記憶の交差で、カイと同様に相手の記憶を有している。


 登場話数・4
 一人称話数・1



『フェイル=ドラコランス』
 男性・21歳。
 “必然”のSD。

 保有モンスター。
 ザングース、エテボース、ケンタロス、カビゴン、ムクホーク、メタモン。


 銀の短髪に、スーツ姿と革靴。


 究極のポテンシャルを持つ、世にも珍しい“必然”の適合者。
 イービルの兄で、自身は10歳の時、波動が流れていなかった所為で(“必然”は発見されていなかった)、“失敗作(Fail)”と名づけられ、捨てられる。
 その後どういう生活をしていたか、や、イービルとの再開の経緯は不明。

 イービルの目指す『閉ざされた世界』に無理があると分かっていつつも、それを実現しようと尽力する。

 戦闘スタイルはグラン同様、自身が戦うタイプ。しかし、フェイルは更に特殊で、攻撃さえも相手に近接して行う。
 その実力はチーム内でも随一で、グランを除くチーム・ストレンジのメンバー全員戦闘経験があるがいずれも敗れており、またグランもあっさりと追い払われたことがある。

 モンスターの技の枠内でだが、メタモンの“変身”の応用性は高く、切り離して変身させたり、人間に変身させたりと、特殊なことができる。


 登場話数・11
 一人称話数・1



『ペルセ=トライオウン』
 女性・17歳。
 “阻害”・“錯誤”・“幻惑”のTD。

 保有モンスター。
 ブラッキー、フーディン、ゲンガー、ドンカラス。

―――作中に使用した特殊な技。
「“錯誤”と“幻惑”のDouble drive:Foggy retrospection」
 周囲に霧を発生させ、その霧に触れたものに意識の混濁、そして記憶と共に精神力を放出させ、眠り続けさせることができる。
 うまく操ると、外に映し出された『人の記憶』を見ることができたり、幻覚だけを見せたりすることも可能と、応用性は高い。

「“阻害”・“錯誤”・“幻惑”のTriple drive:innocent twilight」
 高確率の一撃必殺。
 赤い光を放ち、当った相手の五感を奪い、“無自覚の終焉”を与える。


 ブロンドの髪に三角帽、そしてマントを羽織るという出で立ち。
 “魔女”と形容され、チーム・ストレンジが最初に出会った“最強”の一員でもある。
 スズキ曰く、『拘るタイプ』。

 戦場に“霧”を発生させ、自分の分身を大量に創り、戦う戦闘スタイル。
 普通のボールと特殊なボールを使い分けている。


 興味のあることをするため地元を離れ、旅をしていた。
 アリスとは歳の離れた姉妹。
 だがペルセは、内向的なアリスを姉とは思っておらず、目的のためなら殺し合いも辞さなくなっており、レイの考える『姉妹』とは程遠い。
 ただ、実はペルセがトレーナーになることを決意したのはアリスの影響だったりする。

 現在はサトウ=スズキの持つ“謎”に興味がある。


 登場話数・9
 一人称話数・2



『シリィ=クローサー』
 女性・17歳。
 “停止”と“断絶”のDD。

 保有モンスター。
 トドゼルガ、メタグロス、マンムー、マニューラ。

―――作中に使用した特殊な技。
「“停止”と“断絶”のDouble drive:Ice age」
 詳細は不明。



 しっとりとした長い髪に、白い肌。絶世の美少女と表現できるが瞳は渇いており、言いたいことは我慢せずに言うように、口は悪い。
 実際、気に入らない相手には容赦なく毒を吐き、ラナにも容赦ない言葉を浴びせている。

 クロースノアでラナを負かした“最強”。
 『読心術』を有する本格派の戦闘スタイルで、ピンポイントで行える『守る』の精度は抜群。
 連続成功確率が著しく高い『守る』は、鉄壁の防御力を誇る。

 自分の持つ特殊な力で、世界の醜い生の声を聞き、それは何時までも変わらないことから、『世界は“変わらない”』と断言している。
 『人は結局“自分のため”に何かをする』という真理にたどり着いた一方、その例外のフェイルの対しては『イラつく』と言う。

 実は、クロースノアが出身地だったりする。

 登場話数・4
 一人称話数・1



『マイム=サセミール』
 女性・10歳。
 “変貌”・“自由”のDD。

 保有モンスター。
 ストライク、フォレトス、(大量の虫)。

―――作中に使用した特殊な技。
「“変貌”と“自由”のDouble drive: Maneuvered evolution」
 進化の力を場に永続で発生させ、虫を進化させたり、モンスターに自由や虫を付したりする。
 虫を付すとは、卵の孵化を促すということ。
 大量の虫がいる場で使うと、モンスターが卵を産み、数がどんどん増加していくが、相手もそれは利用可能で、実際レイはこの技の影響でコイキングをギャラドスに進化させたりしている。


 体をすっぽり隠すマントを羽織っており、顔は人形のように可愛らしいが、子供の残虐性を一切捨てていない。
 コトリに“自由”体現の仕方を教えた人物。

 相手を殺すことに長けた“自由”を戸惑うことなく使い、そのことについての意識はまるでなく、ある意味、子供が虫を殺し続けるように無邪気。
 チーム・パイオニアの目的の対象、『力の使いどころが分からない者』に最も合致した人物でもある。

 戦闘スタイルは、マントの中に大量に入れた小さなボールを一斉に開き、DDで進化させての戦うと、いうもの。
 モンスターの限界数が無いという特殊な力、『総べる者』により、現れた虫の量は“無限”と表現できるほど。
 カイ曰く、『一人で戦争が起こせる』。


 登場話数・5
 一人称話数・0


『ドラク=グローブ』
 男性・19歳。
 “基盤”・“硬度”のDD。

 保有モンスター。
 ドサイドン、ダグトリオ、カバルドン。


 完全な茶髪に、岩石のような筋肉を持つ大男。
 しかし、姿に似合わず知性が高く、策略を張るのが得意。
 ただ、あくまで本命はその圧倒的攻撃力にある。

 自分の計画の邪魔をされるのを嫌い、仕事をしている時に現れた人間は容赦なく終わらせる。
 また、中々恨みを忘れない執着心を持つ。

 チーム・パイオニアの“目的”に薄々感づいていながらも、現段階では動くべき時でないと、チーム内にいるが、それも、『意を違えるまでは』とフェイルに明言している。


 登場話数・9
 一人称話数・0





『(元)チーム・クリエイト』
 十年ほど前の、“最強”チーム。
 その強さ、そして“伝説”のモンスターを追っていたことから、“伝説”と言われる。
 “乖離の地”・ウィッシュ・ボーンで解散するが、詳しい理由は、設立理由も含め不明。
 チーム・パイオニア戦に向けメンバーが集まり、マンツーマン方式でチーム・ストレンジを鍛え上げた。



『チーム・クリエイトのメンバー』

『カンザキ=リクト』
 男性・??
 適合タイプ・???

 保有モンスター。
 ???

 カイたちを『異世界』に巻き込んだ張本人。何かと謎が多い。
 死亡していることになっていたが、サトウ=スズキに姿を見られ、生存が確認される。
 しかしスズキに強く口止めし、結果、スズキ以外生存を知る者はいない。
 行動全てに不審な点が目立ち、カイに『何かを理解しろ』と言うも目的は不明。
 『プレート』を集めているのではないかとスズキが考察しているに過ぎない。


 登場話数・4
 一人称話数・0


『リイン=フォルシィ』
 女性・28歳。
 “精度”のSD。

 保有モンスター。
 ???

 表情が柔らかい、髪の長い女性。少し子供っぽい性格だが、年齢の話になると容赦なく殺気を飛ばす。コトリの頬の加害者になったことも。

 現在は、森の関所で管理者をしている。
 リクトに好意を寄せており、何時か出会えることを夢見ていたが、カイたちに『異世界』でリクトは死亡したと聞き、絶望。
 しかし何とか心を壊さず笑ってみせ、その様子を見たレイが尊敬の対象としている。

 登場話数・6
 一人称話数・0


『エース=ガンハンド』
 男性・29歳。
 “伝達”のSD。

 保有モンスター。
 サンダース。

 鼻は高く綺麗な金髪だが、目付きは悪い。
 傲岸不遜な性格で、カイ曰く、接客態度は最悪。
 しかし、“育て屋”としての腕は本物で、特訓が始まった初日にカイの“異常(後術)”を見抜いた。
 かなりの大酒飲みで、カイたちが訪れた時は部屋に酒の匂いが充満していた。
 現役の頃、“裏のギルド”に頻繁に出入りしていたなど、後ろ暗い過去を持つ。

 究極の遠距離攻撃・“伝達”を完璧に体現したその実力は、引退した今でも、戦場の何所にいても対象を射抜くほど。
 リクトとは喧嘩ばかりの『気の合う悪友』であったらしく、リインとも仲が悪いよう。

 現在、山の上で“エース育て屋”を営み、後世に“伝える”ことしか考えていない。

 チーム・パイオニアの創る『閉ざされた世界』が気に入らず、また、リクトが育てたというカイへの興味から、チーム・ストレンジ全員を鍛えることを決め、メンバー全員に招集をかけた。


 登場話数・11
 一人称話数・3



『リンス=ガンハンド』
 女性・27歳。
 適合タイプ・???

 保有モンスター。
 ???

 “デキる女”を目指す、エースの妻。
 秘書のような燐とした女性を意識し、そう振舞っているが、酒が入ると『酷い』ことになる。
 主に“エース育て屋”の事務処理・身の回りの世話・接客などを担当している。
 カイ曰く、接客態度は最高。

 他のメンバーと比べて『心が弱い』らしく、心の読めるアリスに苦手意識を持っていた。
 しかし連日アリスと行動を共にすることになり、十年越しで徐々にそれは薄れていっている。

 登場話数・7
 一人称話数・0



『アリス=トライオウン』
 女性・27歳。
 “錯誤”のSD。

 保有モンスター。
 エーフィ、サーナイト(預かりもの)。

 ペルセの姉で、髪は同じくブロンド。
 ただし妹と違い性格は極端に控えめで、要領も悪い。
 しかし戦闘になると一変し、自己の有する『聴心術』や心理戦で相手を圧倒する。
 自力も強く、育成が不十分なサーナイトのテレポートで、カイを遠く離れた地に送り届けたほど。
 ペルセが呼ばれる前は、“魔女”と呼ばれていた。

 また、調子の良い日に心の読めてしまうリンスに遠慮して、(お互い)苦手意識を持っている。
 それが徐々に解消してきているのは、リンス同様。

 登場話数・7
 一人称話数・0



『レオン=ビガード』
 男性・28歳。
 “上昇”のSD。

 保有モンスター。
 キュウコン(10匹)。

 ビガード王国の王。王としての威厳があり、空気で相手を圧迫できるほど。
 また性格は、リイン曰く、『杓子定規な奴』。

 リクトから伝言を受けており、『異世界』に来たばかりのカイたちを助けたり、モンスターを渡したりした人物。
 『総べる者』の“個性”を有し、キュウコン10匹が隊列をなした攻撃は、圧倒的出力の“超越”を凌駕する。

 登場話数・3
 一人称話数・0



『アスカ=リヴァンシー』
 女性・21歳。
 “自由”のSD。

 保有モンスター。
 チルタリス、ドンカラス、ネイティオ、フワライド。

 コトリの従姉妹で、そのためコトリに似ている(コトリの母にも)。
 面倒くさがり屋で落ち着きもなく、その雰囲気から、年齢もコトリと同じように見えるほど。
 その上、“自由”の適合者の行動範囲はあまりに広く、『糸の切れた凧』と形容されている。
 敬語は苦手で、『す』付きの言葉で話す。

 僅か10歳で“伝説”チームの一員を努めた“天才”。
 今でも現役として旅をしており、現在のフリー(チームに属していない)のトレーナーの中では、最強ではないか、と有名。

 戦闘においては、『“自由” と共にある別のタイプ』の力を引き出すことができる、とかなり特殊で、ペルセの霧を特殊な“霧払い”で払ったりしている。

 一応見つけた“自由”の体現には完全に満足しておらず、『“自由”の答え』を探すために旅を続けている。

 登場話数・6
 一人称話数・1





『その他の(主要?)登場人物』



『ナナミ=デイトール』
 女性・16歳。
 “錯誤”のSD。

 保有モンスター。
 サーナイト(貸し出し中)。

 番外編に出てきた、デイトール・タウンの村長。
 先代は病気で逝去し、跡継ぎとして、村を導いている。
 『情けは人のためならず』という言葉が嫌い。
 その真意は、『自分のために売るものは“恩”とは呼ばない』、『見返りを求める“恩”なんて、安っぽすぎる』とのこと。

 自分の村を襲う盗賊を倒したいと“エース育て屋”を訪れた時、カイに出会い、複雑な問題にカイと共に巻き込まれていった。

 元チーム・クリエイトが集結できたのも、ナナミのサーナイトをアリスが育てたため。

 因みにゲームに登場する初代ライバルの姉と同名だが、それは作者がポカをしただけで、関係はない。

 登場話数・1
 一人称話数・――



『ドゥール=アクセス』
 男性・19歳。
 “伝達”・“断絶”のDD。

 保有モンスター。
 ジバコイル、レアコイル(5匹)。

―――作中に使用した特殊な技。
「“伝達”と“断絶”のDouble drive:rail gun」
 電磁波砲のDD。
 磁力を発生させ、鉛の塊を高速で射出する。

「レールガン」
 上記のDDの簡易版。
 常時発動型。


 番外編に出てきた敵キャラ。
 (貴金属が使われていない)アクセサリーを腕に巻いていて、鋭い三白眼の下に黒日焼けを塗っていたり、長髪をバンダナでまとめたりと、姿こそ軽薄だが実力は高く、5人の人間を瞬殺し、また、カイを殺しかけるほど。

 自分の力が何所まで通用するのか確かめたく、“我”を全面に出して生きている。

 登場回数・1
 一人称回数・――



『ロッド=マーシャル』
 男性・22歳。
 “突破”・“精度”のDD。

 保有モンスター。
 ニョロボン。

 ラナの兄。
 ラナと同様少し垂れ目。クリエール・シティの周りの警護の依頼を主立って受ける『旅をしないトレーナー』。

 小さい頃にしてしまった小さなミスから、ラナに負い目を感じ、どこか甘やかして育てていた。
 それゆえ、『後悔すべき事件』が発生する。
 現在、その事件の責任を一人で背負い、クリエール・シティを守っている。

 戦闘スタイルは、力を余すことなく出せる“突破”と狙いが正確な“精度”を利用する、『最も効率のいい近距離戦』。
 特殊な名前こそ付けていないが、ロッドの技は、すべて『常時発動型のDD』になる。

 登場回数・5
 一人称回数・2



『放火魔』
 “上昇”のSD。

 保有モンスター。
 ギャロップ、ポニータ、ポニータ。

 カラフルなコートを羽織る、髭面の男。
 ヘヴンリー・ガーデンに彩を与えようと放火を繰り返すが、カイに倒され、警護団に逮捕される。

 登場回数・1
 一人称回数・0



『オルガン=ガース』
 男性・24歳。
 “突破”のSD。

 保有モンスター。
 ゴーリキー。

 ヘヴンリー・ガーデン、グログラムと登場し、グランに倒され颯爽と消えていった元気な声の大男。
 その後彼がどうなったのか、作者も知らない。

 登場回数・4
 一人称回数・0




<旅のフロチャート>

 旅の流れと、そこで起こったことの要約。
 登場紹介は、メイン(3チームのメンバーから、最初からいる3人・リクトを除いた)の15名のみ。
 以下、(ほぼ)訪れた順。


『北東の大陸』


『ビガード王国・王都』
 技術開発で栄えた国。
 西の大樹海で保護されたカイ・レイ・スズキが、二週間もの間いた場所。
 チーム・ストレンジ成立地(因みに登録上、カイたちの出身地はここになっている)。

 レオン=ビガード登場。

 レオンにモンスターや路銀・そして『シェア・リング』などを貰い、カイたちは路頭に迷わずに済む。
 また、ここでチーム・ストレンジはペット捕獲のエキスパートになる。




『ビガード西の大樹海』
 ビガード国土を越えて広がる大樹海。
 カイたちが最初にきた場所も、ここ。

 迷子を捜しに行く依頼を受け、森に入る。
 そこに人を襲うレベルの高いケンタロスがいることを知らずに。

 発生戦闘。
 カイ VS ケンタロス
 レベルが高い相手に苦戦しつつも辛勝。

 グラン=キーン登場。

 倒したと思ったケンタロスに油断したところを襲われ、死にかけるが、グランの一撃により助かる。




『ヘヴンリー・ガーデン』
 ビガード王国の最北端にある町。
 技術力の高い職人、それゆえの美しい建物が多く、観光名所になるほど。

 コトリ=ヘヴンリー登場。

 カイたちが到着した頃、町で放火事件が騒がれていた。
 『白が多い町を彩る』という猟奇的な理由で放火した犯人を捕まえるという依頼発生しているほど。

 ただ、実際引き受けていたのは解決したカイではなくオルガンで、それゆえカイが達成したものの、報酬・経験値はオルガンのものとなっている。

 発生戦闘。
 カイ VS 放火魔
 カイ、初のトレーナー戦も何とか辛勝。
 しかし折角のボランティアも誤解が生じ、カイは牢屋に泊まる貴重な経験をすることに。

 そして解決後に、コトリ、チーム・ストレンジ加入。




『北の大樹海(惑いの森)+森の関所』
 ビガードの大樹海の一部で、ヘヴンリー・ガーデンの北に位置する。
 カイたちが通る数日前から濃い“霧”が発生し始めており、行方不明者も出るほど危険な“惑いの森”。
 “霧払い”がなければ通行不可。

 ペルセ登場。
 祠への道を塞いでいた。
 直接戦闘は発生しなかったが、『夢からの脱出』をすることなる。

 リイン登場。
 森を抜けた先にある関所で、一泊することに。

『二回目』
 一旦戻ってくることになる。
 スズキはかつてペルセが守っていた祠の様子を見に行き、『自分たちが訪れたときに最初に現れた場所』だと確認する。

 ここの段階で、スズキはこの世界に来た方法は『セレビィの“時渡り”』だと確信している。




『グログラム』
 森の関所からバスで終点まで西に行くとある。
 砂漠に面した砂の町。
 廃れていたが、モンスターの化石(貴重・高価)が出たため、一攫千金を求めて人が賑わう。
 また、化石を賞品にした大会も開かれていた。

 カイたちは二手に分かれ、大会と砂漠に行くこととなった。


 発生戦闘―――大会。
 カイ VS グラン

 グログラム・モンスター・トーナメントに、カイとスズキが参加。
 トーナメントとは名ばかりで、メインイベントは予選のバトル・ロワイヤル方式。
 AグループとBグループに分かれており、それぞれ残った上位2名がトーナメント形式で争う。
 何とか勝ち上がったカイは、決勝でグランと戦うことになった。




 発生戦闘―――砂漠。

 ドラク登場。

 レイ+コトリ VS ドラク
 レイとコトリが依頼人の護衛を請け負っての砂漠探索。
 しかし、訪れた奇妙な遺跡でドラクに出会い、依頼人を殺害されてしまう。
 それを許せないレイたちは、ドラクと戦うことに。





『ユースタス・ポート』
 グログラムの南にある港町。
 グログラムでできた傷を癒すために、チーム・ストレンジはしばらく滞在する。
 そして、折角の港町ということで、次の目的地は海の先に決定した。

『二回目』
 後で、レイ、スズキ、コトリ、ラナで訪れる。

 発生戦闘。
 チーム・ストレンジ VS ルギア・“幻”

 渦で守られた島の“伝説”・ルギアとの戦い。
 しかし、ルギアは既にペルセに捕獲されており、現れたのはペルセが本物を忠実に再現した“幻覚”だった。




『南東の大陸』


『プレシャス・ビリング+クリエール・シティ』
 フェイル登場。
 ヘヴンリー・ガーデンの職人も参加した、完成度の高い“聖堂”があるプレシャス・ビリングを訪れようとしたカイたちは、その唯一の陸路である山道が閉鎖されていることに足を止める。
 その岩が、フェイルとグランの戦いによって閉鎖され、更にフェイルがグランを追い出し、閉ざされた町に入って行ったことも知らず。
 そしてその頃には、フェイルと“伝説”・レジギガスとの戦いで“聖堂”は“廃墟”となっていた。


 ラナニア=マーシャル登場。
 その岩の問題を解決するために、近くのクリエール・シティを訪れ、そこでラナとその兄ロッドに出会う。


 発生戦闘―――プレシャス・ビリング・町中。

 カイ+レイ+ラナ VS フェイル
 圧倒的強さを誇るフェイルに、がむしゃらに挑むラナを嗜め、協力して戦う。

 発生戦闘―――プレシャス・ビリング・“聖堂”内。

 スズキ+コトリ+ロッド VS レジギガス・“偽”
 フェイルが残していった、フェイルのメタモンの一部と戦う。
 しかしその強さは、地面に穴を開けるほど高く、油断はできないレベルだった。

 そして戦闘後に、ラナ、チーム・ストレンジ加入。




『ノーブコスティ』
 『“魔女”の出身地』を探す過程で訪れた町。
 歴史的な博物館があり、町造りも古め。
 カイたちが訪れた時に、その博物館に『“プレート”を奪う』という“犯行予告”が届いていた。

 マイム登場。

 発生戦闘。
 チーム・ストレンジ+グラン VS マイム

 大量の虫との乱戦の中、コトリを筆頭にマイムを追い詰めるも、そこにペルセが現れる。





『エース“育て屋”』
 エース・リンス登場。
 ノーブコスティからそう遠くない、山の上にある。
 攻撃しようとすると体を激痛が襲う、というカイの“異常”を治すべく、全員で訪れる。
 そこでカイは一人残って、“異常”を治すことに。





『トワイライト・タウン』
 年中奇妙な“霧”が発生しており、光が紅く見える。
 何時でも夕焼けのような町並みが“終焉”を思わせ、残り少ない余生を過ごす者が集まることが多い。
 アリスのせいで『“魔女”の出身地』という別名がある。

 アリス登場。

 ここでの戦闘。
 チーム・ストレンジ(-カイ)+アリス VS ペルセ

 町を覆う霧を利用した、幻覚の乱戦が発生。


『北西の大陸』

『クロースノア』
 最北に位置し、年中寒い場所。海に面した山の麓にある、港町。
 カイたちが訪れた日も雪が降っていた。

 シリィ登場。

 ここでの戦闘。
 ラナ VS シリィ

 雪山で吹雪に襲われ山小屋に避難したラナは、突如罵倒を浴びせる『心を読む女』・シリィと戦うことに。





『ヴォイド・ヴァレー』
 山の中身をくり貫いて造られたような町。
 中はいくつもの集落があり、そのブロックは迷路のような連絡路繋がっている。
 そのブロックを利用して、特訓が行われた。

 “プレート”があるという噂を聞きつけ、チーム・パイオニアを探す手がかりにしようと訪れる。
 二手に分かれ進入。しかし、カイとラナの組はトラップによって離れ離れになってしまう。
 因みにカイたちが入ったのは裏口で、正門には見栄えがいい大きな門がある。

 ここでの戦闘。
 スズキ+レイ+コトリ VS フェイル
 迷路を抜けた先で出会ったフェイルと戦闘。

 カイ+グラン VS ドラク
 グランに出会い、現れたドラクとの戦闘。


『特訓のパートナー組み合わせ』

 カイ と レオン。

 レイ と リイン。

 スズキは一人。

 コトリ と アスカ。

 ラナ と アリス。

 グラン と エース。





『ウィッシュ・ボーン』
 かつて、チーム・クリエイトが解散した場所で、別名“乖離の地”。
 今は、チーム・パイオニアの本拠地となっている。

 周囲をペルセが発生させた高度な“霧”が覆っており、不用意に入ると精神力が吸い取られる。
 この霧が原因で、カイとイービルの記憶が交差。
 お互い相手の記憶を見てしまうという、奇妙なことになった。

 また、今カイたちがいるのもここ。


『チーム・ストレンジ VS チーム・パイオニアの対戦組み合わせ』

 カイ VS イービル

 レイ VS ペルセ

 スズキ VS ドラク

 コトリ VS マイム

 ラナ VS シリィ

 グラン VS フェイル





 以上です。
 自分で書いていて随分長いと思いましたが、自分が決めた設定や話の振り返りはなかなかためになりました。
 登場回数等は、数え間違いがあるかもしれませんが、大体合っているはずです。
 何か間違えているかもしれませんので、その時はご指摘等お願いいたします。
 では…



[3371] Part.55 Hostility
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/05/12 10:50

 ポツポツと、吹き飛ばされた“霧”に変わって降り始めた雨が地面を叩き始めた。

 フェイルは胸ポケットから取り出した、黒いリングを取り付ける。

 正面にいる男との邂逅はこれで二度目。
 さあ、開戦だ―――

 タンッ

「猫騙し」
「……っ!?」

 革靴の音が響いた直後、俺は目の前にメタグロスを繰り出した。
 現れた青の盾は、その攻撃に激しく軋む。

「ん、困ったな。今のに反応できるか」
「―――!?」

 “それ”を前提に動いておいてよく言う。
 フェイルはメタグロスを怯ませ、瞬時に俺の背後に回り込んだ。

 地面を滑るようなこの男の脚力。
 スズキという男が言っていた。
 フェイル相手で最も警戒すべきなのはこのフットワークだと―――

「切り裂く」
「―――っ、ハッサム、“カウンター”!!」
「!? ムクホーク!!」

 フェイルの切り裂くに合わせて繰り出したハッサムのカウンター。
 しかしフェイルは、“断絶”せずに反撃した俺に対して一気に離脱。
 再び一定の距離を保って着地した。

「ん、危なかった、かな」

 本当に、よく言う。
 やはり厄介だ。この男の“機動力”。
 トップスピードで動いているのに、上下左右そして前後、上空ですら移動を容易に行う。
 “地上でのスピードのタネは分かる”が、それを差し引いてもこの男の身体能力は俺よりも確実に上だ。
 もしそれがなければ、今のカウンターで決まっていた。

「いきなり“決め”にくるのは、それだけ警戒しているということかな」
「それは君も同じだろう。この“妙に柔らかい地面”は……何時になったら“俺に”発動させる?」
「ん、困ったな。流石に気付いていたか」

 フェイルがふっと笑った、その瞬間。

「っ!!」
 俺のいた場所の地面から、鋭い槍が突き上がった。
 俺は直ぐに走り出す。

「っ、Quick raid!!」
「ん、ザングース」
 俺が走りながら放った攻撃は、フェイルに届く直前、ザングースに阻まれたのだろう。
 攻撃の詳細を確認する前に、俺はひたすら走る。

 その後を追従するように突き上げられてくる槍。
 やはり地面に忍ばせていたか。

 “メタモン”。

 体の大きさの限界は分からないが、フェイルのメタモンの応用性は随一。

 俺たちが今立っている地面は、メタモンが広がった偽りの地面だ……!

「ザングース、切り裂く」
「―――!? ハッサム!!」

 そのメタモンの上を、爆発的に加速したザングースが突撃してきていた。
 迎撃は間に合わなかったが、ハッサムで何とか応戦する。
 だがその直後、俺とハッサムの間に槍の壁が現れた。

 タンッ

 そして響く。
 革靴の音―――

「これで、分断されたね」
「っ、ドータクン!!」
 今度は何時の間にか俺の背後に回り込んでいたフェイルの“左腕の攻撃”をドータクンで受け止める。

「Quick raid!」
「ん」

 フェイルは俺の攻撃を、あっさりと回避した。
 “地面を滑りながら”の離脱で、フェイルは再び距離を取る。

「……」
 今のフェイルとザングースの移動スピード。
 今まで以上に上がっている。
 それは、この、足元の―――

「このメタモンは便利でね。フィールドに広げることで、こんな風にスピードを助成させてくれる」

 フェイルの足元にあるメタモンの“変身”。
 それはある種“波”のようなものを作り、フェイルやモンスターの動きを加速させるのだろう。
 現にハッサムと戦っていたザングースも、地面を滑り、フェイルの元にたどり着いている。
 この場そのものがフェイルの領域。

 保有する無のモンスターの力を、唯一引き伸ばせる“必然”の適合者。
 その応用性は、遥かに高い。

「……」
「さあ、どうする?」

 どうするもない。
 フェイルも分かっていて聞いているのだろう。

 俺は慎重に、ハッサムを手元に戻した。
 まず優先すべきは、足元のメタモンから離れることだ。

「電磁浮遊」

 メタグロスを繰り出し、俺は飛び乗る。
 足元から突如槍が飛び出してくるデスマッチ。
 それを避けるには、宙にいく必要がある。

 そして、まずは確認だ。

「メタモン」

 宙に浮く俺を追うように、巨大な槍が飛び出した。
 しかしその攻撃は、連続的ではなく断続的。
 流石に“変身”にも限度がある。
 攻撃の瞬間に流れる“波動”を確かに感じるし、その速度と範囲は……

「っ、ドータクン!」
 またも飛び出してきたメタモンの槍。
 それを防御しながらメタモンの動きを読む。
 だが、徐々に分かってきた。
 あのメタモンの、できることと、できないこと。
 四ヶ所以上同時に動かせないし、範囲も“変身”の精度を保ったままだと限定的だ。
 後は―――

「……?」
「猫騙し」
「っ―――」

 何時の間にか、フェイルが俺よりも高く飛んでいた。
 そして振り上げている、右腕―――

「―――ドータクン!!」

 今までよりも、遥かに重い音が響いた。
 これが、フェイルの本気の攻撃。
 反応が遅れた俺は、“断絶”したモンスターと共にメタグロスの上から弾き飛ばされた。
 ドータクンは、“猫騙し”で封殺されている―――

「ぐっ―――」
 弾き飛ばされて落ちていく中、俺はフェイルの靴が目に入った。
 今、間違いなく革靴の音はしなかった。

「ん、この雨か」
 フェイルは呟く。
 この男。
 相手にその音を“意識させるため”に革靴を鳴らしているのか。
 無音で移動できるにも係わらず。
 もし今、フェイルが“雨を止ませなかったら”、察知できなかった。

 俺はちらりと地面を見て、メタモンの範囲外に落ちていることを確認すると、すぐさまボールを取り出す。
 フェイルは今、上空だ―――

「Quick raid!」
「ん、カビゴン」

 俺の“一発目”を、フェイルは難なくカビゴンで受け止める。
 出したなディフェンスタイプのモンスター……その“壁”を。

 ドドドドドドドドッ!

「!!」

 フェイル。
 お前は俺と同じだ。
 勝つために、些細なことから伏線を張っている。

「―――Quick rush!!」
 落ちながら、俺はひたすらカビゴンに両手でバレットパンチを打ち込んだ。
 攻略順位は変更。
 あのカビゴンを落とせば、一気に勝利に近づける。
 それは、この地面よりも攻略すべき、最優先事項―――

「っ!?」
 攻撃を受けたカビゴンは、一瞬で崩れ去った。
 “脆い”のではない。
 ただそれが、そもそも“耐久力”を無視して“創られた”ものだっただけだ―――

「ん、似ているね。同じようなことを考えている」
「―――!?」

 カビゴンで姿が隠れた一瞬の隙に、フェイルは地面に降り立っていた。
 そこは俺の落下地点。

 先程のカビゴンは、完全な“ブラフ”。
 体を切り離したメタモンの“変身”で創られた偶像。
 ムクホークで地面に降り立ち、メタモンの地面で加速し、そこにいる。

 そこまで俺が理解した時に―――

「ギガインパクト」

 フェイルの遠距離攻撃が、俺に放たれた。

「メタグロス―――ッ!!?」

 かつてない衝撃が、俺を襲った。
 全身の骨が響き、一瞬感覚がすべて飛び散る。

 大砲のように放たれたそれは、本物のカビゴン。
 俺の体は“断絶”したモンスターごと弾かれて、宙を舞う。

「メタモン」
「ぐっ……!?―――っ」

 そして落下する先、メタモンが大規模な鋭い剣山と化していた。
 飛び込めば、まず命はない。
 想定していた変身能力の限界を遥かに超えている。

 これも、ブラフ―――

「っ、エアームド!!」

 強引に、空へ逃れた。
 急上昇したエアームドに掴まった左腕が、グキリと鳴る。

「ん、困ったな。今のでも決まらないのか」
「はあ……はあ……」

 エアームドに掴まり、戦場を見下ろす。
 メタグロス、ドータクン。
 この二体で“断絶”した俺が抑えきれない程の、爆発的なフェイルのオフェンス力。

 この高さ……流石に超人と称されるだけはある。

 フェイルは息も切らさず、自然に立ち続けていた。
 あの男はここで攻略しなければ、間違いなくチームそのものが全滅するだろう。

 俺は散り散りになっていた二体を戻し、左腕の状態の確認をする。
 幸い骨まではいっていないが、そう長くもたない。

「はあ……はあ……」
「?」

 フェイルもメタモンを、再び地面と同化させる。
 見分けが付かないが、“そこ”にいれば十分だ。
 優先順位をもう一度変更。
 まずは、底の見えないメタモンからだ。

 普通に攻撃を放ったら、柔軟な体を活かし回避されるだろう。
 “使う”しかない。

「はあ……はあ……」
 本格的に降り始めた雨の中、俺はゆっくりと右腕を振り上げた。

「! メタモン―――」

 フェイルが察知したと同時に―――

「“レールガン”」
 俺は、“最速”の攻撃を打ち下ろした。


~~~~


「ルカリオ!! バレットパンチ!!」
「!!」

 ボクはシリィに向かって、最速の攻撃を繰り出す。

「はあ……トドゼルガ、守る」
 シリィが溜め息混じりに繰り出したトドゼルガは、ルカリオの攻撃をピンポイントの“守る”で防いだ。

 次だ―――

「ルカリオ、神速!! ニョロボンは地獄車!!」
「ちっ、メタグロス、守る」
 二体に増えた攻撃も、シリィは難なく防御する。
 トドゼルガも“守る”を連続成功した。

「あんたさぁ……成長してないの?」
「ヘラクロス!! ツバメ返し」
 シリィの言葉を無視して、再びモンスターで攻撃する。
 確かに、がむしゃらだ。

『心に入り、読むまでにはタイムラグがある』
 アリスさんはそう言っていた。
 シリィは、『心から漏れる音を拾う力』と『心に入り込んで必要な情報を見る力』がある。

 アリスさんは『心から漏れる音を拾う力』しか持たない。
 だけど、原理は一緒。
 力の強さによるけど、どうしても『心に入り込む』には時間が僅かにかかる。
 だったら、有無を言わせぬ猛攻撃。
 心の声が漏れなくなった今、シリィに勝つには、“がむしゃら”を意識してすることが必要だ。
 『心の強さ』と『攻撃判断の即時性』。
 それが、ボクが養ったこと―――

「うざいってーの!! トドゼルガ、吹雪!!」
「!!」

 襲い掛かった三体のモンスターが一気に吹き飛ばされた。

「くっだんないこと考えているけど、あんた“私の戦闘スタイル”忘れてんじゃないでしょうねぇっ!?」
「ルカリオ、ヘラクロス、インファイト!! ニョロボン、爆裂パンチ!!」
 心が読まれた。
 だけどそれは一瞬だけだ。

 ボクは構わず、全員に攻撃させる。

「メタグロス、バレットパンチ!! マンムー、氷のつぶて!!」
「!!」

 シリィはルカリオをトドゼルガで防御しつつ、残りの二体を迎撃した。
 そして、ボールをボクの方に投げつける。

「マニューラ!! 冷凍パンチ!!」
「っ、エルレイド、守る!!」

 眼前で繰り出されたマニューラの鋭い切り込みを、ボクは何とかエルレイドで防御。
 直ぐにシリィの方に目を移して、三体に指示を与える―――

「メタグロス、コメットパンチ!! トドゼルガ、冷凍ビーム!!」
「っ、回避!!」

 シリィはモンスターに的確な指示を与える。
 ボクの方は、回避させるので精一杯だった。

 やっぱりだ。
 シリィの戦闘スタイルは“本格派”。
 その上視野が広い、“停止”の適合者だ。

 戦場全てを見渡せるし、状況把握が早い。
 心を読むのを“小手先の手段”でクリアしても、その先にいるのは“最強”。
 けど―――

「エルレイド、炎のパンチ!! ルカリオ、バレットパンチ!!」
「マニューラ、回避!! トドゼルガ、守る!!」
 戦闘が発生しているボクの方とシリィの方。
 両方を見渡しながら指示を与える。

 加速する乱戦。
 シリィは当然のようにそれができるんだ。
 彼女を超えられるのは、この土俵だけ。
 だったら、“ここ”で超えるしかない―――

 襲いくるマニューラを、エルレイドで迎撃しながら走って回避。
 シリィは三体と戦っているのに、一歩も動いていない。

 でも熱くならず、冷静にならないと。
 シリィはそれができているのだから……!!

「ニョロボン、催眠術!! ヘラクロス、ビルドアップ!!」
「っ、ユキメノコ、神秘の守り!! トドゼルガ、黒い霧!!」
「……!?」

 強引に攻める手法の中、一瞬だけ混ぜた“変化”をも、シリィは新たに繰り出したモンスターと共にあっさり“否定”する。
 心が読まれていたわけじゃない。
 純粋に、反射だけでの指示だ。
 彼女は、“変わらない”―――

「っ―――」
「マンムー、吹雪」

 ボクが一瞬怯んだ隙に、再びシリィは周りのモンスターを吹き飛ばした。
 まず―――

「ふぅん……」
 攻撃の手が止まった瞬間、マニューラはボクとエルレイドの元から離脱。
 そして、シリィはボクを見ながらつまらなそうに唸った。
 悪寒が走る。
 これは……“読まれた”。

「何か新しいことでも覚えてきたと思ったら、結局何にも変わってないんだ……“依存”も……ね」
「っ、エルレイド!!」
 ボクは直ぐにエルレイドをシリィに向かわせる。
 確かに新しいことは覚えていない。
 ボクが習ったのは、『地力の底上げ』だけだ。
 ブラフが通用しない彼女には、余計なことをするよりもそっちが良いと思ったから。

「それで一番頼りにしてるのは……このエルレイド。本当に、“変わらない”……」
「―――っ、エルレイド!!」
 ボクは叫んだ。
 まずい。
 彼女の渇いた瞳に、僅かに別の色が宿る。
 “空気”が変わった。
 ボクは、彼女のモンスターが固まっている場所に単身で突撃させていた。
 乱戦の中の判断が追いつかなかったからだ……

 とにかくエルレイドを、彼女の攻撃範囲から離脱させないと―――

「前にもやったわよね……“溶けない氷付け”」
 覚えている。
 自然には決して溶け得ない、氷付け。
 それは、“戦闘不能”と同じこと―――

「“停止”と“断絶”のDouble drive―――」
 シリィの足元の、トドゼルガとメタグロスが構える。
 それは、“変わらない”技―――

「―――Ice age」


~~~~


「オオスバメ、ツバメ返し!!」

 オオスバメは、自由の波動を纏い、“無限”に向かっていく。

「“そっち”は、違うでしょ?」
「―――きゃっ!?」

 彼女の声が聞こえたと同時に、私は身を屈めた。
 その直後、無限を回り込んで現れたストライクの鎌が私の首の合った位置を薙ぐ。

「っ、クロバット!!」
 ストライクの動きを確認する間も惜しんで、進化したクロバットで“空を飛ぶ”。
 ストライクはあの博物館の時と同様、私がいた位置に鎌を振り下ろしていた。
 彼女は私を執拗に狙う―――

「銀色の風!!」
「!? こっちに!!」
 私は大声で叫んで、通路にオオスバメと共に逃げ込む。
 今、私たちがいたホールで大爆発が起こった。
 それは、無限の虫たちが放った“銀色の風”。

 一体一体が放つ攻撃は微弱でも、ホールを埋め尽くすほどの虫が放てば、最高レベルの破壊力を持つ。
 これが……“無限”の力。
 そして、これを超えないと―――

「!?」
 逃げ込んだ通路に、大量の虫たちが流れ込んできた。
 そしてそのモンスターが……速い―――

「!! っ、クロバット!! 黒い霧!!」
 私は直ぐに能力向上を否定する。
 思い出した……“銀色の風”。
 攻撃と同時に自分の波動の“出”を爆発的に上げる技だ。
 その分成功率は低いけど、この数なら上がるモンスターがいても不思議はない。
 それも、多い―――

 クロバットで黒い霧を放ちながら、次のホールに到着した。
 振り返れば私が入ってきた通路から虫が噴出し、その中を彼女が虫に背を掴ませながら表れる。

「次はここで?」
 彼女はにぃっと笑うと、虫たちを眺める。
 すると、這って現れた“まだ”幼虫のキャタピーやケムッソが“進化の光”を放つ―――

「“変貌”と“自由”のDouble drive: Maneuvered evolution」
「……!」

 彼女のモンスターたちが“変貌”していく。
 あるものは姿を変え、あるものは卵を産み、そして直ちに孵化をする。

 彼女の“進化操作”のダブル・ドライブ技。
 それは“場”に発生して、永続的に発動する。
 このままじゃどんどん、彼女の戦闘領域が広がっていく―――

「……“空を飛ぶ”……!!」
 私は、オオスバメに攻撃の指示を与える。
 どんどん増え続ける“無限”。
 攻撃の手を緩めたら、取り返しのつかないことになる。
 “無限”を相手に、“一人”ができることなんて高が知れているけど……それでも私は……!!

『“そっち”は、違うでしょ?』

 再び、声が聞こえた。
 でも、違う。
 私の狙いはモンスター。
 いくら彼女がそう言ったところで、私は“違うと思う”―――

 オオスバメで無限の真ん中に攻撃し、隊列を分断させる。
 集まっていたら危険だ。
 “無限”の集束した攻撃は、避けないといけない。
 そして、この―――

「ストライク、切り裂く!!」
「クロバット、ツバメ返し!!」

 ―――メインのモンスターも……!

『“そっち”は、違うでしょ?』

「……!?」
 ストライクを迎撃した時も、声が響く。
 そして気付いた。
 これは……“私の声”だ。

「きゃっ!?」
 ストライクの攻撃が、左肩を裂いた。

「っ……うっ……黒い霧!」
 クロバットで、直ぐにストライクから距離を取る。
 そして、何時の間にかされていた“高速移動”を否定。

 今私は、何を見失っていたのだろう……?

 攻撃が成功した彼女は、楽しそうに笑う。

 “ああ、何で……”

―――“35ルート”。

 “こんなにも、もどかしいのだろう”。

「―――!!……!? オオスバメ!! こっちに!!」
 見れば“無限”の虫が再び隊列をなしていた。
 私は直ぐに、新たな通路に飛び込んだ。

「―――!!」
 直後聞こえた、前のホールからの轟音。
 振り返れば、崩れかけた通路の入り口から高速で虫が飛び込んでくる。

「黒い……霧」
 これで二度目の戦場移動。
 自分が何所にいるのか分からない。

 後ろの能力向上を否定しながら、狭い通路を飛んでいく。
 先に見える次のホールの光は、滲んでいた。

 肩からどくどくと流れる血。
 激痛は、麻痺しているのか届かない。

 だけど、そんなことよりも。

 私の眼には確かに映った。
 彼女への攻撃ルートが。

 そして私は、“それ”をやろうとしていた―――

「っ……」
 目を擦って、次のホールに飛び込む。
 振り返って最初に飛び出てきたスピアーから、オオスバメで次々と攻撃。
 だけど、波は抗えず、“無限”がホールになだれ込んでくる。

「…………」
 ああ、“駄目だ”。
 ここももう、駄目。
 大量に入り込んでくる虫に背を向け、次の通路に飛び込む。

 そして届く轟音。
 その頃に、肩から激痛が上ってくる。
 血は、止まらない。
 すごく……痛い……

 次のホールに入った。
 今度は振り返らない。
 どうせ直ぐ、爆発する。

 黒い霧を巻きながら、通路に入る。
 今度も振り返らない。
 どうせ……

「おかえりなさい」
「―――」
 次に入ったホールには、彼女がいた。
 入った瞬間、ストライクの鎌が振り上がっていて、私を狙っている。

 振り下りてくる鎌の向こうに見える、“マイム”。
 一周回ってきてしまったのだろうか。

「ストライク、切り裂く」

 ああ、“ここ”だ。
 “やっとたどり着いた”。

 他のホールは“どうせ駄目”だ。
 “ターゲット”がいないのだから。

「クロバット……」

―――“42ルート”。


~~~~


「っ、乗る気じゃないって言ってもね……逃がさないわよ……!」
 私がペルセに出会って最初にやったこと。
 それは通路に飛び込むことだった。
 密室内でペルセの“霧”の充満。
 ただでさえ“霧払い”もできないのだから、私にそれを防ぐ手立てはない。

 でも……

「カメックス!! ハイドロポンプ!!」
「っ!!」
 “この狭い通路”なら、水で“霧”を押し返せる。

「よし」
 細い通路を満たす水は“霧”を完全に押し返す。
 だけど、流石に放ち続けることはできない。
 適当に流した後、すぐさまホールを通って次の通路に向かう。

「ブラッキー、悪の波動!!」
「っ!?」
 通路に入る直前、悪の波動が真横の壁を削る。
 威力は高い。

 だけど、私の“狙い”の方が正確だ―――

「カメックス、ハイドロポンプ!!」
「!!」
 振り返り様に放った攻撃は、ペルセを捉えた。
 しかし“そのペルセ”は、攻撃が当った瞬間“四散”する。

「ふふふ……」
 ペルセの怪しげな笑い声が響く。

 やっぱり、“幻覚”……!
 乱戦での中、本体を見分けることはできるけど、もし私一人で“それ”をすればあっという間に倒される。
 そもそもペルセと私じゃレベルが違う。
 まともに戦おうとしちゃ駄目だ。

「ハイドロポンプ!!」
 通路で振り返って、ペルセの“幻覚”を押し返す。

 そもそもペルセの“霧”に捉われなければいい。
 この狭い通路を一杯に満たす水の攻撃は、守りのため。

 私は通路を抜けて、ホールを駆ける。

 そして、この、次の通路に入る間の僅かな時間は―――

「悪の波動!!」
「エンペルト、ハイドロポンプ!!」

 ―――攻撃のため……!!

「っ!!」
 転がり回るように通路に飛び込み、ペルセを攻撃。

 ペルセの攻撃は、私を掠める。
 だけど私の攻撃は、ペルセを捉える。

「よくそんな体勢で当てられるわね……」

 “四散したペルセ”の向こう、“現れたペルセ”が呆れたように呟く。

 “霧”から逃げ惑い、僅かなチャンスに一回攻撃する。
 明らかに、私の方がペルセより労力は費やしている。
 そんな妙な行動でも、私の戦闘スタイルだ。

 “精度”の適合者は、戦場を支配する。
 それは、自分の“狙う力”を最大限に活かすように“戦闘そのものをコントロール”すること。
 現状でペルセに対抗できるのは、コントロール対決だけだ。
 だから私の姿を晒すのは一瞬。
 いくら労力を費やしても、これしかない。

 “今は”―――

 飛び込んだホールには出口二つあった。
 私は迷わず右に曲がる。
 左は駄目だ。
 多分、前のホールに戻ることになるはず。
 そこには、ペルセの“霧”が充満しているだろう。

 コンパスは投げ捨てたけど、感覚的に自分のいる位置が分かる。
 ウィッシュ・ボーンの形が、頭にイメージできていた。
 リインさんの言っていたことは、確かに役立っている。

「何時まで逃げ続けるつもり?」
「……!?」
 次に入ったホールには、ペルセが待ち構えていた。
 直ぐにホールを見渡す。
 これは“霧”……!?

 そうか……ここのホールも、遠回りして繋がっていたんだ……

「ゲンガー、シャドーボール!!」
「っ、ラグラージ、守る!!……きゃっ!?」

 ゲンガーから放たれた黒い波動の塊が、ラグラージの守るを弾く。

「っ、エンペルト、バブル光線!!」
「ブラッキー、守る!!」
 ペルセを攻撃で牽制しつつ、もう一つの通路に駆け込んだ。
 やっぱりペルセはランクが高い。
 まともに戦ったら瞬殺される。

 今はとにかく走って距離を取らないと。

「はあ……はあ……」
 息を切らせて駆け込んだ次のホールには、ペルセはいなかった。
 “霧”もない。
 こっちは繋がっていないみたい―――

「……!!」
 それも、そのはずだ。
 私が到着したのは今までのホールより二回りほど小さい。
 そしてそれ以前に、決定的な違いがあった。

「悪いけど……ここのアリの巣。行き止まりもあるの」
 このホール唯一の出入り口から、ペルセは現れた。
 そのペルセは、果たして本体か幻覚か。

 ともかく、私のいるホールは完全に袋小路だった。
 もしかしたらペルセは、ここに私を追い込むように追っていたのかもしれない。

「散々逃げて……結局こういうことになるの……つまらなくない?」
 ペルセが、徐々に“ぶれ”始めた。
 そして静かに、二人、三人と数を増やしていく。
 この密閉空間では、彼女は最も力を発揮できるのかもしれない。

 でも―――

「ギャラドス」
「……!」

 狭い空間を、途端に巨体が埋めた。
 青い竜は、体をくねらしペルセを威嚇する。

「……悪いけど、私に“威嚇”は大した意味がないわよ?」
 “全てのペルセ”は、ギャラドスという脅威を見ても怯まない。
 だけど私は、知っている。
 あのペルセが怯むであろう、行動を。

「あのさ……ここってウィッシュ・ボーンのどういう場所だか分かる?」
「……?」
 私は息を整えながら、ちらりと壁を見た。
 私が“そこ”にいるなんてただの感覚だ。
 それに、“分厚い”だろう。
 でも、この子なら、そんな“壁”も越えていける。

「…………冗談でしょ?」
 ペルセはちらりと壁を見た後、呟いた。

「ギガインパクト」
「―――!?」

 ペルセが察したのと同時に、私はギャラドスを“壁”に突撃させた。
 町一つを壊滅させると言われるギャラドスの力に、ウィッシュ・ボーンが激しく揺れる。

「もう一度っ、ギガインパクト!!」
「っ、ブラッキー!!」
 ペルセはブラッキーを繰り出し、落石を防ぐ。

 やっぱり思った通りだ。
 ドラクが私たちを分断させるために、あれだけ“基盤”を覆したのなら、土地が脆くなっていても不思議じゃない。

 今、徐々にこのホールは壊れ始めていた。

「何考えてるのよ……!! ゲンガー、シャドーボール!!」
「カメックス、ラグラージ!! 守る!!」
 上からの落石と、ペルセの妨害を二体で防ぐ。
 悪いけど、今はギャラドスの邪魔はさせられない。

「っ……!?」
 ペルセの攻撃を守る越しに受けているのに、モンスターへのダメージが酷い。
 やっぱり駄目だ。まともに戦うのは。
 だから、強制的に“私主導の乱戦”に持ち込まないといけない。

「ギガインパクト!!」
 ペルセの攻撃を防ぎながら、ギャラドスに何度も突撃させる。
 ホールにはひびが入り、ギャラドスが突撃している壁はどんどん掘り進まれていく。

 “突破”か“基盤”なら楽にできるけど、私には“場所を見極めて”こういうやり方しかできない。

 “海に面した”ウィッシュ・ボーン。
 そしてそれは、絶壁とも言えるほど、遠浅じゃない。
 そして、感覚的に分かる。
 今私たちがいる位置は、ペルセの反応からしても、きっと“そこ”のはず―――

「ギガインパクト!!」
「―――っ!!」

 ギャラドスの“最後の一撃”が壁に深々と突き刺さったとき、壁の方から奇妙な音がした。

 ゴ……ゴゴゴゴッ……

 それは、海の水圧が壁を押す音―――

「カメックス!! 吹雪!!」
 それにあわせるように、私はその“入り口”を凍りつかせる。
 カイの、“停止”の技。
 気休めかもしれないけど、土砂で直ぐに埋まるよりは、マシ―――

「!?」
「っ!?」

 ―――関係なかった。
 “硬度”で固めてあったのか、入り口は砂で埋まることはく、穴を開けた瞬間に海がホールになだれ込んで来た。
 いや、もう、“穴”とは呼べない。
 壁そのものが吹き飛んだ。
 海の勢いが激しすぎる。

 もしかして、海が荒れている……!?

「きゃっ!?」
「嘘……」
 想像以上の水圧に、私もペルセも流される。
 滝のように、水を頭からかぶった私は急いでモンスターにしがみついた。

「ぷあっ!!」
 モンスターと共に浮かび上がった私は状態を確認した。
 海に面した壁からは、水圧が穴を更に広げ、留まることなく海がなだれ込んで来る。
 なだれ込んだ海はまず、ただでさえ狭かったホールを満たし、そして細い通路を完全に生めてウィッシュ・ボーンに進入していく。

「じょ……冗談じゃ……!?……」
 ペルセは一旦顔を海から出し、直ぐに潜った。
 細い通路に逆送している今、顔を出していたら壁に激突してしまう。

 私もモンスターで“ダイビング”しながら通路を通過。
 細い通路を水流に流されて進むのはかなり恐いけど、ペルセはモンスターを使わずに進んでいるんだ。
 せめてこれぐらいはできないと―――

「……ぷはっ!!……ないわよ!! ドンカラス!!」
 次のホールに到着したペルセが叫ぶ。
 そして、黒のリングを取り出し、一旦次のホールの上空に逃げた。

「ぷあっ!!……!?……」
 水と共に移動したホールに私も到着し、息を吸う。
 だが息を整えている暇はない。
 私が潜った直後、ペルセから、悪の波動が飛んできた。
 当れば命はないだろう。

 だけど、水の中に潜っていれば狙いは逸れる。

 対して、こっちは―――

 ハイドロポンプッ!!

「!? ブラッキー、守る!!」
 水の中から放った私の攻撃は、防がれたとは言え、ペルセに命中する。

 “精度”の適合者が優れているのはコントロール。
 でも、他の適合者だってノーコンってわけじゃない。
 それにコントロールだって極めきっても、普通の状態じゃ他の能力に劣る。

 だから“精度”の適合者は見つけるんだ。
 戦闘をコントロールしてでも、“そこ”で戦えるような方法を―――

「……!」
 ペルセの攻撃をかわし、ペルセに攻撃し、そして見えたのは、流されるままに向かう次の通路。
 ウィッシュ・ボーンの通路は傾斜があるから、必然的に低いところへ向かう。

「人の本拠地にこんなことしといて……!!」
 私が通路に入ったところで、ペルセも水の中に入り、追ってくる。
 ここじゃペルセも海の中に入るけど、ここで戦うのはマズイ。
 攻撃が直線的じゃ、コントロールに“差”がつかない―――

 私は加速して次のホールに向かった。
 徹底して、“自分の場”でしか戦わない。
 それが、格上に勝つ常套手段。

 再び次のホールに到着し、ペルセは飛び、私は潜る。

「っ!」
「!」
 今度のペルセは分裂した。
 あれで、コントロールを五分に戻すつもりだろう。
 だけど、私が水の中にいる以上“霧”には触れずに済むし、何よりペルセがその分消耗する。
 この海が私の領域。
 それ以外の“霧”がペルセの領域だ。

 ウィッシュ・ボーン全体を海と共に移動しながら戦う。
 この方法なら、私はペルセに肉迫できる。

 そのためなら、水の中にだって入っていく。
 ここでの一勝に、ひたすら拘る。

 誰かに迷惑かかるかもしれないけど……どうせ一番マズイ“あいつ”は“高いところ”で戦ってるだろうし―――

 ―――ここでは私の“我”を出させて……!!

 ドウンッ!!

「!?」
「!?」

 次の通路に入ろうとしたとき、ウィッシュ・ボーン全体が揺れた。
 ボロボロとホールが崩れ、水の中にも落石が入ってくる。

 今の衝撃は……何……!?

 私は通路を“ダイビング”で進みながら、見えるはずもないのに上を見た。
 水で歪んだ通路の天井の先、嫌な予感がした。
 今のは明らかに戦闘音。
 それも、“海”という巨大な存在がさっき起した音と比較しても、大きい。

 その先に、今浮かんだ『高いところで戦ってそうなあいつ』が確かにいる気がして……

「ぷはっ!!」
 ホールに抜けて、直ぐに潜る。

 でも、何故か私はこのホールでは攻撃をしなかった。


~~~~


 巨大な竜が、その爪を振り下ろす―――

「カイリュー、ドラゴンクロー」
「―――バシャーモッ!! 回避だ!!」

 俺はイービルの“その一撃”を本能的に回避させた。
 その、瞬間―――

「―――!?」
 イービルの繰り出したカイリューの一撃は、地面に突き刺さり、ホールの壁にまで亀裂を走らせた。
 地を揺らし、“ウィッシュ・ボーンそのもの”にダメージを与える。
 その威力は、“その程度の被害”で済んだことにむしろ違和感を覚えるほど。

 冗談じゃねぇぞ……ただの攻撃がこの威力……

 “ドラゴンクロー”。
 確か、“超越”の基本的な技だ。
 見たと同時に蘇る、“イービルの記憶”―――

「このホール……一番広いんだけど……やっぱり手狭かな……」
「っ、バシャーモ、ブレイズキック!!」

 カイリューの懐に入り込んだバシャーモが、カウンター気味に蹴り上げる。
 とにかく攻撃だ。

「カイリュー、押さえ込んで」
「!!?」

 攻撃を、確かに入れたはずだった。
 しかしその攻撃は、カイリューが波動を迸らせ押さえ込む。

 ダメージは……殆どない。
 固―――

「カイリュウ。ドラゴンクロー」
「!! バシャーモ!! 炎のパンチ!!」

 回避は間に合わない―――

「グッ……!?」

 振り下ろすカイリューと打ち上げるバシャーモ。
 その二体の拳に集中する波動がぶつかり合う。
 一瞬は均衡した。

「カイリュー」
「バシャーモ!!」

 俺は押し返すように指示を出すが、分かる。
 相手の“超越”の、総てを嘲笑うような、その“出力”が……!!

「ギュイイィィイイ―――!!」
「―――!!」

 予想通り、バシャーモは力を込めたカイリュウに弾き飛ばされた。
 だが、それは悪い予想が的中しただけ。状況は最悪だ。

 先出ししてこの“差”じゃ、勝負にならない―――

 だったら、遠距離戦だ……!!

「バクフーン、ファイアボルト!!」
 カイリューの気がバシャーモに逸れている隙に、常時発動型の技を放つ。
 矢のように突き進むそれは、カイリュー目掛けて一直線に飛ぶ―――

「カイリュー、竜の波動」
「!!」

 イービルも静かに遠距離戦に切り替えた。
 ファイアボルトと違い、別段圧縮されていないその技は、しかし、こっちの攻撃を押し返す。

「バシャーモもだっ!! “ファイアボルト”……!」
 結論が読めた俺は、押しまける前にバクフーンと共に、駆け出す。
 そして、竜の波動で壁に大穴が開くのを確認する前に、バシャーモに攻撃させる。

 ホールを揺らす大爆撃の中、バシャーモに炎を放たせる。

「―――!!」
 イービルは同じように竜の波動で迎撃しようとするが、直ぐに動きを止める。
 反応が早い。
 やっぱり“知っている”か……

 ドラクに使ったこの攻撃は―――

 カイリューが竜の波動でも押し返しようもない巨大な炎に包まれる。
 そしてその熱は、カイリューを中心にホールごと灼熱空間に変えていく。
 カイリューは、圧縮されてもいない炎に大したダメージを与えず、ただ熱されるだけ。

 そんな中、俺はそれを静かに眺めるイービルの表情が見えるほど、体の熱を下げていた。

 “知ってても”、対処できるのか……?

「グレイシア……」
 そんな疑問が浮かぶが、俺の体はプロセスを静かに進行させる。

 疑問を吹き飛ばすように、俺は全力でカイリューを狙う。
 コントロールのできる限界の出力で放つ、状態乖離のダブル・ドライブ。

「“上昇”と“停止”のDouble drive:Tear of condition!!」
「カイリュー、竜の舞」
「―――!!?」

 グレイシアの冷気が届く直前、カイリューの“超越”の波動が爆発的に引き上がる。
 そして、炎の塊と化していたカイリューは突如回転し、その総てを振り払って飛び立った。
 ホールを翼で舞うカイリューは、当然“状態乖離”を起こしていない。
 それどころか、更に凶悪に―――

「そのスピードじゃ……当らないよ」
 イービルは最初ボールを投げた場から一歩も動いていない。
 わりと多く経験している戦いだけど、投げ込まれたモンスターがこのレベルだと、慣れもなにもない……!!

「ドラゴンダイブ」
「守る!!―――っ」

 守ったグレイシアと共に、カイリューに壁まで押し込まれる―――

「がっ!?」
 壁に威力を殺しながらも激突する。
 同時に襲った、目玉が飛び出るような衝撃。
 プレシャス・ビリングでフェイルの攻撃を受けたときみたいだ。

 なんだよ……この威力は……!?
 流石に兄妹……
 威力も桁外れ―――

「ドラゴンクロー」
「っ!!」

 体の状態を確認する間もなく、飛び込んできたカイリューが爪を振り下ろす。

「ぐっ……!!」
 体の力全てを回避にのみ費やし、地面に転がった。

 波動の迸る爪で岩の壁を粉々に砕いたカイリューが俺をギロリと睨む。
 まるで竜巻そのものを相手にしている威力……。

 爆発的な戦闘能力を有するカイリュー。
 俺は相手の攻撃を受けるたび、紙切れのように吹き飛ばされる。
 まともに相手の攻撃を受けられないし、こっちの攻撃を暴力的な波動で押さえ込まれる。

「はっ……はっ……はっ……」
 “相手側で”戦うのは初めてだ。

 これが……“超越”。

 落ち着けよ……
 相手に通用する技を思いつけ。

 “超越”を破るには……同じく圧倒的な出力で押し切る“超越”の力か……
 もしくは、それさえも閉ざす“停止”の力―――

「グレイシア!! 冷凍ビーム!!」
「カイリュー、飛んで」

 グレイシアの放った攻撃を、カイリューは再び飛び立ち回避する。
 カイリューの開けた大穴に突き刺さった冷凍ビームは、瓦礫を虚しく削る。

「っ、冷凍ビーム!!」
「カイリュー!!」

 グレイシアの攻撃は、素早さの上がったカイリューを捉えきれない。
 部屋全体への攻撃は……“当っても意味がない”……!!

「カイは波動のコントロールがうまくないから、“停止”と“伝達”のダブル・ドライブは使えないんだよね?」
 ああくそ、よく“知ってやがる”……!!

 俺の波動は分散しやすい。
 冷凍ビームくらいに圧縮していなければ、精々“相手を冷やす”ことぐらいしかできないだろう。

 そもそも、“停止”は俺のメインじゃないんだ……

「カイリュー、ドラゴンダイブ」
「っ、避けろ!!」

 竜の舞で力と素早さの上がったカイリューは、ホール内をピンボールのように飛び回り、バクフーンやバシャーモに襲い掛かる。
 直撃こそ避けられているが、その威力には掠っただけでも大ダメージだ……!

「カイリュー……」
「!!?」

 ひとしきり冷凍ビームを避け、ダメージを与え、カイリュウは途端動きを止めた。
 カイリューの体に波動が今まで以上に迸る。
 今、奴が見ているのは……俺―――

「まず―――冷と……」

「逆鱗」

「いや、守る!!」

 迎撃を瞬時に諦め、俺は防御にのみ集中した。
 波動の塊と化したカイリューの猛チャージ。

 俺が目で追えたのは、そこまでだった。

 ドゴンッ!!

「がっ……はっ!!?」

 倒れ込んだ後、俺を目覚めさせたのは体中から届く激痛だった。
 辺りは暗い。
 立っていた位置が良かったのか、俺は細い通路まで弾き飛ばされ、カイリューの攻撃そのものの威力は受けなかったみたいだ。
 いや、それすらも分からなかった。
 この威力で『直撃は避けた』と言い切れるのが、“彼女を知らなければ”むしろ信じられないだろう。

 ここまで……一方的かよ……

 下手したらもう自分は死んでいるのではないかというほど、現実感がなかった。
 ガンガンと響く頭。
 鼓膜が破れているのかのように、音が聞こえない。
 ピクリとも動かない足は、折れているのかどうかさえ分からない。
 ただ、体が浮かんでいるような感覚は、悲しいことに激痛で否定され続ける。

 だけどそんな中、俺はグレイシアと共に立ち上がり、よろよろとホールに向かった。
 壁体重を預けながら、体を引きずって歩く。

 ホールの光が届いたところで、頬を伝っていた生暖かい液体は自分の血だと気付いた。
 何所を切ったか分からないが、それを拭う。
 しかし血は止まらない。
 面倒になってそのまま歩き続けると、陥没したホールにたどり着く。

 そこには、定位置にいるイービルと、それに並び立つカイリューがいた。

 ズタボロの瀕死になりかけているこっちと比べ、ダメージは……殆どない。
 カイリュー一体だけしか相手にしていないのにこの“差”かよ……

「やっぱり……戻ってきちゃうか……」
 イービルは一つ、溜め息を吐いた。

 ああ、そうか。
 俺には『逃げる』っていう選択肢があったのか。
 俺の後ろには、『今後上を目指さない』という道が続いていた。

 圧倒的な力の“差”を見せつけられれば、確かに誰もここには戻ってこない。
 戻ってくるのは……バカだけなんだろう。

 そんなバカを、彼女は終わらせたいと思っている。

「悪いけど…………嫌なんだよ…………」
 最後の体力を振り絞ってでも、俺はそう呟いた。

「そう……だね。だからこうやって戦ってる」

 イービルも悲しげに呟く。
 でも彼女は譲る気はない。
 自分の“我”を。

 だけど、俺も譲る気はない。
 どれだけの“差”を見せ付けられても……ただただ竜の力に吹き飛ばされているだけでも……

 俺の道は、確かにここで交差しているのだから。

「はあ……はあ……」
 恐る恐る、自分の体を確認する。
 良かった。
 まだ動けるみたいだ。

「じゃあ、“終わらせよう”」
 イービルは再びカイリューに構えさせる。

 カイリュー一体を暴れ回らせているだけで、この強さ。
 戦術も何もない……ただ圧倒的な出力に任せて相手に襲い掛かるだけで、相手がいくら策を練ろうと“終わらせて”いく。
 その上、あいつにはまだ“あんな化け物”と同格の手持ちがいるんだ……。

 “最強”のリーダーは、確かに……“最悪”だった。

 地力を上げたのに、ここまで通用しないとなるともう―――

 俺はグレイシア、そしてエレキブルのボールを見た。

 ―――やるしかねぇのか……“トリプル・ドライブ”……!!

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 ようやく戦闘に入れましたが、各所で戦闘を行っているため一話が長くなりがちです……
 なので更新も、一週間周期にならなくなってしまうと思いますが、ご容赦を。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.56 Strategy
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/05/27 15:20
「―――っ」

 ザシュッ

 血吹雪が、二人分舞った。

 一つは私の分。
 ストライクの攻撃が、私の左肩を裂いた。
 一つはマイムの分。
 クロバットの攻撃が、マイムの右足を裂いた。

「っ……!?」
「…………オオスバメ」

 オオスバメに背中を掴ませて、私は“空を飛ぶ”。
 ボロボロになった左手はもう上がらない。
 でも、良かった。左腕で。
 私は右利き。
 “十分攻撃できる”。

「っ~~!! メガヤンマ!!」
「……」

 マイムが、メガヤンマに背を掴ませ空を飛んだ。
 体の小さいマイムは、虫でも空を飛ぶことができるんだった。

「ストライク……殺して……殺して殺して殺して!!」

 その上スピードがどんどん上がっていく、“加速”のメガヤンマ……か。

「クロバット、黒い霧」
「―――!?」

 振り下ろされるストライクの鎌を視界の隅に移しつつ、クロバットで“加速”を否定する。

―――67ルート。

「クロバット、ツバメ返し」
「ストライク、切り裂く!!」

 私の攻撃も、マイムの攻撃も互いの体を掠める。
 掠っただけにも拘らず、服と肌はスパリと切られ、血が流れていた。

「銀色の風!!」
「―――」

 一旦、通路に避難する。
 そして“無限”が起こす、ホールでの大爆発。

 “よし、戻ろう”。

「クロバット、黒い霧。トゲキッス、エアスラッシュ」
 クロバットで能力向上を否定し、繰り出したトゲキッスで無限に攻撃。
 トゲキッスのエアスラッシュは、高確率で相手を怯ませる。
 “無限”でも怯んでいれば“邪魔にならない”―――

「フォレトス、撒きびし」
「―――!!」

 ホールに入った直後に、マイムが繰り出していたフォレトスから撒きびしが飛んできた。
 場に放つというよりも、私そのものへの攻撃。

「オオスバメ!」
 強引に高度を上げて、それから逃れる。
 体が軋むけど、“別に問題はない”。
 そして、クロバットでマイムに攻撃させる。

「やっと……“らしく”なってきた」
「……」

 クロバットをかわしたマイムは、癇癪を止め、にぃっと笑った。

 私もそう思う。
 やっと、“自由”の適合者らしい戦いになってきた。

―――103ルート。

「ストライク、切り裂く!!」
「クロバット、ツバメ返し!!」

 互いの攻撃が、互いを狙い、そして体を傷つけていく。

 そう言えば、お母さんの背中にも、アスカさんの腕にも、傷が付いていた。
 “これ”は、自然なことだ。
 トレーナーとして、“勝ち”にいくなら、当たり前のこと。

 そう。
 だって、ここでマイムを倒せなければ、カイさんたちも困るのだろうから。
 仕方ないこと。

「トゲキッス、エアスラッシュ!!」
 “一応”、“無限”の足止め役のトゲキッスにも指示を出す。
 流石に“無限”は怯ませきれず押されているけど、大丈夫。
 “もう直ぐ終わるから”―――

「はは……はははは……!!」

 傷だらけになりながら、マイムは笑っている。
 彼女も“こう”やって戦いたかったのかもしれない。

「フォレトス、大爆発!!」
「―――!!!」

 途端、フォレトスから高出力の波動が噴出した。
 体全体から迸る波動を避けるべく、私もマイムも互いの後ろにある通路に飛び込む。
 “無限”の虫たちは、まとめて吹き飛んだのだろうか――

―――!!

 マイムのストライクが、戦闘不能になったフォレトスを超え、私目指して飛び掛ってきている。
 正面の通路には、メガヤンマで飛んでいるマイム。

 今の大爆発は、私に“初手”を遅らせるために放ったみたいだ。
 でも―――

「オオスバメ」
「!!」

 私は、逆にストライクに向かって飛び込んでいった。
 私の血が付着した、鎌が高スピードで近づいてくる。
 でも、大丈夫。問題ない。

「!?」

 ガクンと体に思い切り負荷をかけ、私は急上昇。
 ストライクの鎌が私のいた位置に鎌を振り下ろすが、私は既にストライクを飛び越えている。
 そしてその先にいる、マイム。

―――154ルート。

「クロバット……」
 私もマイムも体が限界だ。
 もう、決まる―――

「―――ストライク!!」
「!?」

 抜き去ったストライクが、急反転して背後から私に切りかかってきた。

 マイムを攻撃することもできる。
 “本能”はそう言う。
 相手を攻撃するチャンスをみすみす逃すのは最悪だ。

 だけど、このままじゃ切られ―――

 ―――“いや”。

 “それでいいじゃないか”。


~~~~


 最初から、乗る気じゃなかった。

 わざわざ私がこの場に束縛されて、待機することになるのも。
 わざわざ私たちが、一つのチームを潰すというのも。
 そして、そのために“自分が持っている情報”を言うことになったのも。

 そして、その対象のチームも。

「ぷはぁっ!! だけどね―――」
 私はドンカラスで水から飛び立ち、ホールを高く飛ぶ。

「―――こんなことされたら流石に火が点くわよ!!」

 到着したのは広めのホール。
 ウィッシュ・ボーンになだれ込んできた海は順調にこのホールを埋め、相手の体を歪ませ隠す。

「…………」
「―――っ!?」

 突如、水の中から現れた巨大な竜が、“隣にいた私”を打ち抜いた。
 今の技は“滝登り”。
 水の波動を前進に纏い、打ち上げるように突撃してきたギャラドスは、すぐさま水の中に戻っていく。
 逃がさない―――

「ゲンガー、シャドーボール!!……っ」
 ギャラドスを追って放ったシャドーボールは、虚しく海面を削るに過ぎなかった。

 そして直ぐ、その巨体は戻されていく。
 さっきから、一撃離脱の攻撃ばかり。
 海面の下のミナモ=レイはモンスターにしがみつき、上手く私を翻弄している。

 海面は荒れていてよく見えない。
 何とか目を凝らしても、歪んだその先の小さな影がいるだけだ。

「ゲンガー、シャドーボール!!」
 ゲンガーに攻撃を打ち込まさせる。
 しかしその攻撃は、対象がずれて当らない。
 それなのに、向こうの攻撃は―――

「…………」
「っ、ブラッキー、守る!!」
 今度は“私本人”目掛けて飛び出してきたギャラドスを、ブラッキーで防ぐ。
 “幻覚”の中でも“見極められた”。
 随分“正確”じゃない……“精度”の適合……!

「…………」
「―――!?」
 ギャラドスの攻撃を防ぎきった直後、時間差で背後からラグラージが飛び出してきた。

「―――ゲンガー、悪の波動!!」
「……!!?」

 ラグラージに向かって放った“悪の波動”。
 ラグラージは“怯む”迎撃に“阻害”されるとそのまま海に戻っていく。
 悪いけど、十分反応できるわよ……!

 私は再び“幻覚”の量を増やしていった。
 いくら“精度”の適合者でも、創ったばかりの幻覚には騙される。

 私は“霧”で、ミナモ=レイは水に潜って相手の攻撃を防ぐ。

「ふふ……ふふふ……ふふふふふふ……」
 私の口から笑みが漏れた。

 思わぬ“騙し合い”での戦い。

 乗る気じゃなかったけど、まさかここまで楽しめるとは思わなかった。
 集めた“伝説”があるウィッシュ・ボーンでこんなことされて、許せなくなったけど、どうせ海は下に向かっている。“伝説”のある上にはいかないだろう。

「少しは楽しく……なってきたわね……!」
「…………」

 ミナモ=レイの影が、次の通路に入った。
 “息”の限界みたいだ。

 私も潜って、通路に入る。
 一度、この通路を崩して水を止めようと思ったけど、駄目だ。
 海が荒れているからか水の勢いが強いし、ミナモ=レイが通路に再び穴を開けるだろう。
 海と“精度”の適合者相手じゃ、この海を止める手立てはない。
 それに、“こんなことをやらかす”ミナモ=レイを一人にするのはマズイ。

 だから私はミナモ=レイを追う。

 “それで、十分なのだから”。

 ミナモ=レイはホールに到着してから、私が行くまでの間に“だけ”息継ぎをしている。
 息を吸うために水面に近づけば、私から十分狙われてしまうのだから。

 だけど私だって、全速力で追っている。
 息を吸える時間は短いだろう。
 当然、いずれは限界が来るはずだ。
 実際、ホールでの“戦う時間”が徐々に短くなっている。

「はっ……はっ……!!……きゃっ!?」
 到着した瞬間、顔を出していたミナモ=レイに悪の波動を放つ。
 直ぐに潜って回避されたけど、息が荒い。

 このままなら、十分倒せる。
 何度も何度も繰り返されたこのプロセスだけど、この持久戦は私に分がある―――

 ゴゴゴゴッ!!

「……!?」
「―――!?」

 私が幻覚を創りだした直後、ウィッシュ・ボーンがまたも揺れた。
 音が……近い……?

 しかもそれだけに留まらず、途端に“変わる”水の流れ。
 今まで私たちが沿って移動していた海の流れが真逆に動く。

 そして水かさも減っていった。

 これは……ミナモ=レイ……!?
 今度は何を―――

「きゃっ!?」
「……!?」

 違う。
 水の突然の動きに、顔を出したミナモ=レイの表情は、明らかに狙ってやったことではないと示していた。
 思わず手を離してしまったのか、ミナモ=レイは“溺れている”。
 水かさもどんどん減っているにもかかわらず。

 まさか……泳げないの……!?

「っ……!?」
 私の方も、ミナモ=レイにばかり構っていられなかった。
 落石が酷い。
 一体今度は何が―――

「……!」
「……!」

 それぞれに混乱を持った二人の視線が交差した。
 今決まるなら、この機を逃す手はない。
 直ぐに切り替える。

 相手との距離は近い。
 いける。

 もう、潜らせない―――


~~~~


「ニョロボン、冷凍パンチ!!」
「はあ……トドゼルガ、守る」

 シリィは溜め息を吐きながら、ピンポイントの“守る”をした。
 次―――

「ルカリオ、炎のパンチ!!」
「……」

 今度はメタグロスで守られる。
 もうシリィは、この二体しか繰り出していない。

「……あのさぁ……」
「はっ……はっ……」

 ボクは肩で息をしながらシリィを睨みつける。
 ボクの横には、“完全に凍りついた”エルレイド。

「……さっきから“酷すぎる”」
「ヘラクロス!!」
「吹雪!!」

 攻撃をしたモンスターが、まとめて吹き飛ばされた。
 次だ……次は―――

「うざすぎ!! “さっきからガンガンガンガン喚き散らして”さぁ……!!」
「……!」

 シリィがボクをギロリと睨み返してきた。
 それだけで、ボクは動きを止める。

「どんだけ成長してないの? 私はねぇ……“変わりたいって思って変われなかった奴”を何人も見てきた。みんな結局は自分に言い訳して、惰性の中で生きているだけ」
「……」

 今のシリィの眼は、完全に色を持っていた。
 それは、憤怒。
 その眼を、ボクだけに向けている。

「でもその中にも、“変わらない世界”で一歩くらい動いた奴はいたわ……」

 “あの時”と同じだ。
 戦ってこそいないけど、シリィの声は妙に頭に響く。

「前にも言ったけど、あんたはその中でも最悪の部類。一歩も動けないのに、前のめりになっただけで進んだ気になる。だから……うざいのよ」

 体が震える。
 シリィに“冷やされて”、今の自分の行動が“あの時”のがむしゃらと同じだったことに気付いた。
 『攻撃の即時性』とは違う、ただ暴れていただけだと。

「そんな奴が、『変わりたい』なんて思わないでくれる?」

 シリィの中で、『変わる』ことは不可能なこと。
 そんな『不可能に挑戦する権利』すら、ボクにはない。

 何故か、シリィの言っていることが分かる。
 これは、心を読まれ続けた影響だろうか。

「…………それでも……」
「……!」
 ボクは息を整えながら、シリィを見返した。

 確かに切り札のエルレイドが凍りついて、ボクの心は弱まっていた。
 一気に戦況をひっくり返す“決める技”が封じられたことで、混乱したのかもしれない。
 もう一度、落ち着かないと……。

「……前のめりでも何でも、進んでいくよ」

 ボクはルカリオに突撃させる。
 足が地面に張り付いて動けなくても、ボクはもがく。

 だから、今ここで、はっきり言う―――

「ここで、シリィを倒す!!」
「だから無理だって言ってんでしょ!! メタグロス!!」

 ルカリオの攻撃を、メタグロスが守りきる。
 だけど、その守るは拡散型だ。
 今、心の声は漏れていない。

「ヘラクロス、ツバメ返し!!」
「トドゼルガ、冷凍ビーム!!……!!」

 トドゼルガが打ち抜いたのは、ヘラクロスの“影”だった。
 大丈夫だ。漏れてない……!!

「っ、黒い霧!!」
 シリィは一瞬で、ヘラクロスの影分身を“否定”する。

「ニョロボン、ビルドアップ!!」
「黒い霧、冷凍ビーム!!」

 ニョロボンの“変化”をシリィは否定し、攻撃で打ち抜いた。

 シリィは幾度となく“変化”に立ちふさがる。

「ルカリオ、ヘラクロス、インファイト!!」
「……守る!!」

 ボクに悪寒が一瞬走った後、シリィはピンポイントで攻撃を守った。
 まだだ……
 まだ、簡単に読まれる程度にしか、ボクの心は強くない―――

「ニョロボン!!」
「ちっ、マンムー、氷のつぶて!! メタグロス、コメットパンチ!!」

 三体の猛攻撃に、シリィはもう一体モンスターを繰り出した。
 戦闘は拮抗して、激化する。
 全ての攻撃はシリィに防がれ、彼女はその場から動かない。
 鉄壁の防御能力を持つシリィ。
 それを、ボクは“突破”していく。

「はっ……はっ……」
 部屋はシリィの冷気で冷え切っているはずなのに、体は熱い。
 どんどん体が冷えていくようだった、クロースノアの戦いとは真逆―――

「トドゼルガ、吹雪!!」
「―――!?」

 シリィの攻撃に、モンスターがまとめて吹き飛ばされた。

「もう……うざすぎ!! あんた“一体だけじゃ懲りない”みたいねぇ……!!」
「……!!」

 シリィのトドゼルガとメタグロスが構える。
 これは―――

「全滅させるわ……もう、終わり……!!」

 来る……。
 シリィの、“変わらない技”。

 何か……何を“変えないと”。
 エルレイドと、“同じ”になってしまう。

 何でもいい。
 何か―――

「“停止”と“断絶”のDouble drive―――」
「っ、全員、岩砕き!!」
「―――!?」

 ボクは技を放つシリィには向かわず、三体とも天井に向かわせた。
 位置は、シリィの真上。
 あの天井を砕けば、落石でシリィは動かざるを得ない―――

 ドゴンッ!

「……!?」
 インパクトの瞬間、奇妙な音がした。
 普通の岩を攻撃したのとは微妙に違う。

「何……よ……!?」

 ゴゴゴッとホールが揺れる。
 ボクもシリィも、岩砕きのひびが天井に走っていくのを怪訝な顔をして見上げる。

「何……が……!!?……」
 ボクが声を出した瞬間、天井が弾け飛んだ。

「っ―――」

 そして流れ込んでくる、巨大な水。
 それは砕かれた岩と共に、ホールに落下してくる。

 このホールの上は、海にでも繋がっていたのだろうか。

「……っ」

 でも、来た……

 迫り来る“海”を見上げながら、体が震えた。

 来た……“変化”が―――


~~~~


「ドサイドン、岩石砲!!」
「うっ、わっ!?」

 俺は転がり込むように、その攻撃をかわす。
 そして直ぐに起き上がり、目を凝らした。

 よくよく見ないと……ステルスロックでズタズタにされる……!!

 俺はちらりと、フシギバナを見た。
 未だ壁際で、倒れ込んでいる―――

「岩石砲!!」
「メガニウム、リフレクター!!―――っ!?」

 さっきから何度抑えても、一撃で弾き飛ばされる。

「ぐっ……っ……!?」
 弾き飛ばされた勢いのまま、背中に何かが突き刺さった。
 深くはないが、ジンジンと激痛が上ってくる。
 マジで……“一撃”が重い……!!

「……ふん。ついにダメージを受けたな……」
「はあ……はあ……」

 ドサイドンと並ぶドラクが、俺を相変わらず押し潰すように睨み付けていた。
 その途中にも見える、ステルスロック。
 完全に俺から自分を隔離しているな……。
 それだけ“警戒”されてるってことか……!

「サトウ=スズキと言ったな。貴様の妙に多いディフェンスタイプのモンスターの話は聞いている。一体一体の耐久力も高い。だが、その攻撃力不足で何所まで戦える?」
「…………」

 流石にチーム・パイオニアも情報共有はしているみたいだ。
 ドサイドンと地面に注意を払いつつ、俺は息を整える。

「攻撃を見せてみろ。あの時……グログラムで“砂嵐を吹き飛ばした技”を……!!」
「……!!」

 もしかして……この人が怒っているのは、グログラムの時のことを根に持っているからか……?
 聞いていた通り、随分執着心が強いみたいだ……

「ジュカイン……」
 だが、リクエストには応えよう。
 俺はジュカインを繰り出し、構えさせる。

 背中の痛みを堪え、狙いはドサイドン。
 特性・ハードロックでも、流石にこれには耐えられないだろう―――

「リーフストーム!!」
「ドサイドン、岩石砲!!」
「―――!?」

 ドサイドンは合わせるように俺に向かって岩石砲を放った。
 だが、リーフストームはステルスロックに当って威力を著しく削られるのに対し、岩石砲は真っ直ぐに俺に飛ぶ。

「っ、メガニウム、リフレクター!!」

 反応が遅れた俺が何とか岩石砲を防ぐのに対し、ドサイドンはハードロックで攻撃を押さえ込む。

「くくく……岩石砲!!」
「!!」
 俺はできるだけ距離を取り、走り出す。
 岩石砲は、ホールを大きく揺らした。

 おいおい、今のずるくないか……?
 こっちの攻撃はステルスロックで守るのに、あっちの攻撃は一直線だ。

 ステルスロック。
 ゲームだと出したモンスターにダメージを与えるだけなのに、この使い方は厄介だ。
 全貌はドラクしか把握できないこの岩は、攻撃にも防御にも使える―――

「メガニウム、リフレクター!!」

 走りながら、かわせないものは押さえ込む。

「っ……」
 一歩一歩進むごとに、足から背中に振動が走る。
 かわした岩石砲がホールの壁に突き刺さる音からして、まともに受けるわけにはいかない……!!

 ……?
 待てよ。
 “ずるい”……?

「何でっ……っ!?……」
 ステルスロックを見極めながら、俺は声を出した。
 “今のうちに”どうしてもドラクに聞いておきたいことがある。

「“伝説”のモンスターを使わないんだ……?」

 “伝説”のモンスター。
 俺はレジギガスの偽者、そして所有者のいないルギアの幻覚と戦ったことがある。
 レプリカの“伝説”ですら驚異的な強さを持っていた。
 それをもし、力を引き出せる適合者が操れば、それこそチートものの強さを誇るだろう。
 相手が“最強”なら、なおのことだ。

 俺が何とか言葉を紡ぐと、ドラクはふんっ、と喉を鳴らした。
 ドサイドンに手を止めさせ、俺を睨みつける。
 俺も、足を止めた。

「“伝説”を操るのは負荷が並ではない。トレーナーが戦闘不能になっただけで“解放”されることもあるほどにな」
「……?」

 ドラクは意外にも、素直に答え始めた。

「それに俺は特殊なことは好かん。着実な動きが“基盤”を創る」
「……!」
 そこで、俺は気付いた。
 何故ドラクがこうもあっさりと情報を俺に与えているのかが。

「お前も似たようなタイプだろう? “成長”の適合者」
「……」

 分かったことは、三つ。
 一つ目は、伝説は負荷が大きくそう簡単に操れる存在ではないということ。
 二つ目は、他のチーム・パイオニアのメンバーも“伝説”を使わない可能性が高いということ。
 これはいいニュースだ。
 正直“伝説”の対策なんて難易度が高すぎる。

 だが、三つ目は悪いニュースなのだろう。
 ドラクの口ぶりからするに、ドサイドンだけがドラクの切り札というわけではなく、腰のボールにはまだそれに匹敵するモンスターが眠っているのであろうこと―――

「さて、言い残したいことはそれだけか?」
「…………っ」

 俺はピクリとも動けない。
 今俺の周りには、身動きが取れないほど近くに“見えない岩”が舞っている。
 一つは喉元にあるみたいだ。

 俺が足を止めた直後から、ドラクは檻を創り始めていた。
 雄弁に語りだしたと思ったら……こんなことしてたのか……。

 本当によく見ないと……気付かないな。
 背中の痛みは治まる気配がない。
 早く治療しないと……

「……!」
 そこで、ドラクの横の地面から、ダグトリオが顔を出した。
 ステルスロックを使ったのは、あいつだ……!

「ドサイドン……」

 ドラクがドサイドンに岩石を持ち上げさせる。
 あれが投げられれば、岩石砲に潰されるのが先か、見えない岩が俺に突き刺さるのが先か……

「どうせなら……“基盤”と“硬度”のダブル・ドライブ技……見たかったな……」
「ふんっ、言っただろう。特殊なことは好かん、と……!!」

 背中から流血しながらも妙に緊張感のない俺に、ドラクは青筋を浮かべた。

「貴様も使う暇がなかったな。ダブル・ドライブ技を……!」

 ドサイドンが投擲の動きを見せる。

「終わりだ……!!」
「“成長”と“侵蝕”のダブル・ドライブ技?」
「……?」

 俺はドサイドンを見ながら呟いた。
 そろそろ……か……

「それなら……“最初にドサイドンに殴られたとき”放ったのがそうだよ」
「……グ……ガァッ!?」
「―――!?」

 途端、ドサイドンが呻いた。
 体を震わせ、片膝を付く。
 そして、とうとうバタリと倒れた。

「ドサイドン……? 貴様か……!?……ぐっ……!?」

 ドラクも同時に震えだす。
 ドサイドンと同じように片膝を付いたところで、ダグトリオの檻が外れた。
 ダグトリオも動きを鈍らせている。
 今起こっていることが、ドラクは分かっていないのだろう。

 ああ、やっとか……危なかった……かな。

「何……を……!?」
「……“宿木の種”と“毒々”」
「……?」
 俺は一歩踏み出した。
 ズタズタにされることはもう、ない。

「二つを“混ぜて”打ち出すことで……相手の体の中で“種”と“毒”が一気に増殖する。“気付かれない戦略”……」
 そして、その分自分も回復していく。
 チートと言えばこっちもそうだ。
 そんな“バグ”が、昔あったな……

「“成長”と“侵蝕”のDouble drive: Innocently strategy」

 それを本当に自然に放つために、俺は五日を費やした。
 技を当てて、耐久戦に持ち込めば勝てる。
 そこまで考えていたにも係わらず、ペルセちゃんやフェイルには瞬時に察知されていた。
 だが、今は完成した―――

「それを……俺にも……?」
「……ああ。もう、防ぎようはないよ」
「ぐ……う……!?」

 俺がそう答えたところで、ドラクは倒れ込んだ。
 最後まで、凄まじいまでの殺気をその眼に宿したまま。

「……まあ、あんたとダグトリオに放ったのはただ眠り粉だよ。察知されないほど薄く放っていただけだけど……」
 聞こえていないだろうが、俺は呟く。
 ダグトリオも、とうとう眠り始めた。

 壁際で倒れていたフシギバナが起き上がる。
 こいつが“回復”していたことは、ドラクは気付かなかったのだろう。
 現に眠り粉を考慮に入れず自己暗示にかかって、今、ドラクは対処をせず倒れ込んだのだから。

「ははは……」

 戦闘の終わりを確認して、俺は座り込んだ。
 流石に足は震えている。
 背中を動かすのも痛いが……みんなはもっと酷いことになっているかもしれない。
 これぐらいは我慢しよう。

 ああ、マジで恐かった。
 何時までも倒れ込まないドサイドンを見て、決まってないんじゃないかと何度不安になったことか……

 でも―――

「多分俺が“一勝”一番乗り、だな」
 来る日も来る日も行っていた自主練は、確かにここに繋がっていた。

 積み重ねたものが、確かな結果として残る。
 こんなに真剣になったのは、初めてだろう。

 やっぱりこの世界は……面白い―――

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 予想外にも、一週間以内で更新ができました。
 このモチベーションも、読んでくださっている皆様のお陰。本当にありがとうございます。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.57 Limit
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/05/27 15:23

――――――

「ああ~? “トリプル・ドライブ”を使いたいだぁ……?」
「ああ」
「くわぁ……」
 はっきり返事した俺に返ってきたのは、何時も通りの大欠伸。
 休憩と称して、この男、エースは今日も俺とビガード王の場所に“遊び”に来ていた。
 どかりと岩に腰を下ろして足を組むエースは、今日も元気に挑発的だ。

「いいからお前は地力を上げることを第一に考えろ。お前とグランの“負け”はチームの“負け”に直結するんだぞ。分かってんのか?」
「…………」
 だからこいつは度々ここに様子を見にきているのか……
 それにしても、“グラン”……ね。
 どうやら向こうも順調そうだ。

「レオン。成果はどうなんだ?」
「ふう……実際順調だよ。出力は“超越”に並ばないまでも、地力はついている。着実にね」
「そうか」
 本人の前で言われると中々に照れくさい。
 エースはどこか満足そうだ。
 まあ、こいつはトリック派より地力派だからな。

 でも……

「エース。やっぱりトリプル・ドライブの技は使えるようになりたい」
「……?」
 俺ははっきり言った。

「俺は……間近で見たんだよ……“超越”を。ビガード王には悪いけど……イービルは“たった一体で”あの威力なんだ。正直、あれより上の出力はイメージできない」
 確かに、ビガード王のキュウコンが放つ攻撃は、“超越”を超えている。
 だけど、それはあくまでビガード王が『総べる者』の力を有しているからだ。
 ビガード王は十匹のキュウコンなのに対し、俺の“上昇”のモンスターは四匹。
 “超越”を目指して出力は上がってきたが、未だにゴールが見えないのが現状だ。

「地力が大切だってのも分かる。だけど、やっぱりプラスアルファがねぇと……」
「却下」
「……は?」
「エース君……!」
 固まった俺の変わりにビガード王が声色で抗議してくれた。

「君が地力を鍛えるは大切さを知っているのは分かる。だけど、そこまで無下に扱わないでも……」
「そうじゃねぇ」
 エースは呆れたように溜め息を吐いた。

「んな拘りなんて勝つためなら捨ててやる。だがな、レオン。お前はこいつのことがまだ分かっていない」
「?」
 エースの人差し指が俺に向く。

「こいつはな……波動のコントロールのセンスがゼロだ。そもそも最初に俺のところに来たのも、自分の波動のコントロールができなかったからだぞ?」
「く……」
 その言葉に、俺は反論できなかった。
 実際、俺には細かいコントロールはできない。

 レイたちに聞いた、ペルセのトリプル・ドライブ技。
 その技は、波動の絡みが絶妙だったらしい。
 つまり、3つの適合タイプのエキスパートにならなければならないということだ。

 “停止”と“伝達”のダブル・ドライブも使えないのに、いきなりトリプル・ドライブは虫が良すぎたかもしれない。
 実際ペルセは“阻害”がメインなのに、“錯誤”と“幻惑”のダブル・ドライブを使いこなしていた。

「今トリプル・ドライブを目指したら、間違いなくこいつはそれだけで時間を失う。その上間に合わないかもしれない。地力も上げずに、それでなんとかなる相手か?」
「……確かに」
 ビガード王が唸ったところで、今度は俺が溜め息を吐いた。
 そして、首を振る。
 一発芸だけに頼ってイービルの相手をするのは、あまりに危険だ。
 というよりも、技を放つ前に瞬殺される可能性が高い。

「“どうしても”必要だったら、戦闘中に捻り出せ。今トリプル・ドライブに拘るよりは少しはマシだ。そうだろ? “上昇”の適合者」
 エースは『どうしても』に念を押した。
 分かったよ。
 今は地力を上げることに集中する。

「まあ……」
「……?」
 エースはゆっくりと立ち上がる。
 グランの特訓の再開みたいだ。

「一応簡単なイメージはしとけ。寝る前くらいにでもな。ただし、レオンとの特訓中は微塵にも頭に浮かべるな」
 再三の念押しに、俺はエースが本当に言いたいことが分かってきた。
 前にエースが、『お前は言われたことを鵜呑みにしやすい』と言っていたのを思い出す。
 下手にトリプル・ドライブを教えると、俺は何時でもそれを考えるかもしれない。
 だけどこれだけ念を押されれば、いくらトリプル・ドライブに魅力があっても、俺は地力上げに集中できる。

 ただ……

「……つっても、どんな技になるかさえイメージできないんだが……」
 俺の言葉に、歩き去ろうとしたエースは大きく溜め息を吐いた。
 今日、こいつの溜め息は何度目だろう。

「甘えんな。俺だって正確には分からねぇよ」
 エースは一度ビガード王を見る。
 だが、ビガード王も同じく首を振った。
 二人ともシングルだ。
 前にエースは、専門外とか言ってやがったな……

「だがもし……もしもお前がトリプル・ドライブを使えたら……」
 それでも、エースは言葉を紡いだ。

「“状態乖離を起こさせながら、炎雷で打ち抜く”」
「……!」
 “上昇”と“停止”。そして、“上昇”と“伝達”のダブル・ドライブ。
 確かに俺がそれらを同時に使ったら、ペルセのような特殊技ではなく、そういう技になるかもしれない―――

「どれだけ波動を迸らせていようと、“ダメージによる一撃必殺”が相手を襲う。んなもん耐えられようもねぇ―――」
 それが……俺のトリプル・ドライブなんだろうか……?
 聞くんじゃなかった、とさえ思った。
 その技は、あまりに魅力的だ。

「―――“確定一発”。そんな技になるだろうな」

――――――

「ドラゴンクロー」
「リザードン、炎のパンチ!!」

 カイリューが振り下ろしてきた爪に、リザードンを繰り出して迎撃。
 しかし、やはり“超越”の波動に弾き飛ばされる―――

「バクフーン、ファイアボルト!!」
「竜の波動」
「っ、回避だ!!」

 カイリューから放たれた竜の波動を見るや否や、俺は回避を選択する。
 まともに打ち合える出力じゃない……!!

 総力戦だ―――

「ゴウカザル、バシャーモ、フレアドライブ!!」
「! ボーマンダ」
「―――っ!」
 俺は新たにゴウカザルを繰り出し、カイリューを攻める。
 だが、イービルもボーマンダを繰り出して再び押され気味になった。

 やっぱり駄目だ。
 4対2なのに、なんだよこの“差”は……!?

「ドラゴンクロー」
「っ、炎のパンチ!!」

 相手の攻撃のたびに、こちらも攻撃を繰り出すが、何度やっても弾き飛ばされる。

 “超越”の波動。
 その出力は、ただそこにあるだけで台風のように暴れまわる。
 特にまずいのは、こっちの波動を弾き飛ばすその“性質”。

 『守るのが本質の“断絶”』には及ばないまでも、その波動は攻撃を弾く。

 6匹が入り乱れる戦闘を挟んだ向こう側、イービルは静かに戦闘を眺めている。
 リングさえつけていない。その涼しい顔は、明らかに余裕だ。

 俺の“上昇”のモンスター総出でも、あいつのたった2匹に及ばない。

 本当に、やるしかねぇ―――

「ギィアアァアァア―――!!」
「―――!!」

 カイリューとボーマンダが雄叫びを上げる。
 いよいよ本気を出してきたか……!!

「終わらせるよ……カイ」
「っ―――」

 2体の竜の蹂躙に、精々一瞬は抗う程度で俺のモンスターは弾き飛ばされる。
 イービルの言葉通り、完全にスイッチが入ったようだ。

 けど……

「……」

 俺はモンスターに指示を与えながらも、体の中を探っていた。

 トリプル・ドライブにおいて大切なのは、バランス。
 いくら俺の波動のコントロールが荒いとは言っても、そこは動かない―――

―――バシャーモの放つブレイズキックを、カイリューはあっさりと押さえ込む。そうか。今は、ボーマンダに“威嚇”されているのか……。かつて戦ったケンタロスのときと同じだ―――

「カイ、無理だよ。流石に間に合わない」
「……!!」

 探っているところに、イービルの声が届いた。
 流石に分かってるじゃねぇか……こういうとき、俺が何を考えているのかを―――

―――遠距離戦への切り替え。バクフーンが一歩離れて放つファイアボルトは、近距離技よりマシ。だが、やはり“超越”の波動に弾かれる。モンスター全員に、限界が近い―――

 確かに、こんなぶっつけじゃあ間に合わないだろう。
 それぞれの波動の強弱の組み合わせを簡単に勘案しても、無限にも近いパターンがある。

 だけど、“できなきゃ間違いなくここで俺は終わる”。

 だったら、“できないわけがないじゃないか”―――

「引き寄せてやるよ。それぐらいの“条件”は……!!」

「……!?」

 俺は残りの2つのボールを掴んで、足元に繰り出す。
 そして、リザードンを一旦引かせた。

「リザードン、グレイシア、エレキブル……」
「……!」

 この間は、竜2体を3体で迎え撃つことになる。
 形だけでも拮抗していた戦いが、更に押され気味になった。
 だけど、絶対に間に合わせる。

 波動を“三つ同時に操る感覚”は湧き上がってきた。
 後は、組み合わせだ―――

「っ、竜の舞い、ドラゴンクロー!!」
「―――!? 炎のパンチ!!」

 2体の竜が、回転しながら猛威を振るう。

 だが、さっきの経験からか、たった3匹でも今度は喰らい付いていけた。

 いける……戦闘中に、ちゃんとモンスターは力を上げている。
 そしてその基盤となる“地力”も、チーム・クリエイトは整えてくれた。
 少しでも今より劣っていたら、予想通り瞬殺されていただろう。

 こっから先は、俺の問題だ―――

「“上昇”と……」
「っ、ボーマンダ、ドラゴンクロー!! カイリュー、竜の波動!!」

 ボーマンダとカイリューを、戦っている3体を弾き、俺の場所に向かわせようとする。
 徐々に戦場が俺の方へ近づいてきていた。
 だが、大丈夫だ。
 バクフーンたちはまだまだ粘っている。

「“停止”と……」
「カイリュー、振り払って!!」

 イービルの叫ぶような指示が聞こえる。
 吹き荒れる“超越”の波動。
 総てを嘲笑うかのような、爆発的な力。
 “こんなに狭い”場所で暴れまわっているせいで、ホールの壁には亀裂が広がっている。

 だが頼む……もう少し堪えてくれ……!!

「“伝達”の……」

―――!!?

 三つ目の波動を強く流したところで、一気に抑えがきかなくなった。
 体中の血管に、倍以上の太さの何かをねじ込むような感覚。
 体の中で起こっていることなのに、外傷に響いた。

 これは……マジできつい……!!

 竜の力の爆発に、とうとうホールは崩壊し始めた。
 直ぐ真横に落ちる岩。
 だが俺は、一歩もここから動かない。
 目指すべきは、イービルだ。
 向こう側にいるイービルも落石を無視して、ただただ俺の場所を目指している。

「っ……」
 息が止まる。
 深い深い海の中にいるような圧迫感。

 そして、ここから抜き出て“意味のある道”は、たったの一本―――

「カイリュー、ボーマンダ、逆鱗!!」
「ギァアアァア―――ッ!!!」
「!!?」

 ついに竜2体が、俺の3体のモンスターを振り払った。

 3体は壁に叩きつけられ、足止めに戻れない。
 2体は咆哮をけたたましく上げ、俺に向かって突撃してくる。

 さっきも喰らった、“超越”の波動を噴出しながらの猛チャージ。

「―――、―――!!」
「…………」

 イービルが叫んで、2体に何か指示を与えている。
 内容は聞くまでもない。俺への攻撃だ。
 だけど、今回はグレイシアでは守れない。
 こいつは今、“攻撃”に回ってもらっている。

 失敗したら、冗談抜きで死ぬな―――

「Triple drive―――」

 だけど俺は、無限にある道の一本を、あっさりと選べた。

 “これじゃないわけがないのだから”―――

「ガァアァアァアア―――ッ!!」

 ああ、近ぇ……
 ふと視線を上げれば、カイリューとボーマンダは目前に迫っている。
 体に最高峰の波動を纏いながら。

 あの波動で、こっちの攻撃は総て弾かれていた。
 あれが、“頂点”。

 だったら、それを裂いていこう―――

「―――!!」

 リザードン、グレイシア、エレキブル。
 この3体が放つのは、“超越”という“限界の力”でさえ裂く炎。

 “確定一発”のトリプル・ドライブ……

 ……“限界の引き裂き手”―――

「―――Tearer of limit」

「―――っ!!?」

 放った瞬間、大砲でも撃ったかのような衝撃があった。

 そして色は、黒。
 前に聞いたペルセの、幻想的な紅とは違う、色を強引に混ぜた色。

 そんな黒炎が、眼前の竜2体を飲み込んだ―――


~~~~


―――!?

 今の、技は―――

「レールガン」
「!!?」

 彼の腕が振られる前に、体を横へ飛ばさせる。
 その直後、予想を遥かに上回る速度で“弾丸”が通過した。

「これは―――」
「Quick rush!!」
「!」

 メタグロスの上から雨粒に混じって降り注ぐ弾丸に、今度は走り続ける。
 こっちの技は問題ない。十分に見切ることができる。

 だが―――

「レールガン!!」
「カビゴン、守る!!」

 再び放たれた一筋の閃光。
 それが、カビゴンの守る波動を削るように襲う。

 やはり妙だ。
 この攻撃。

 つい先程、グラン=キーンが振り下ろしたこの技は、メタモンを一撃で戦闘不能に追い込んだ。
 その上、普段は繰り出すだけでこと足りるカビゴンも、守ったにも係わらず、ダメージを受けている。

 やはり、“違う”。
 “レールガン”と呼称されているこの技は、明らかにただのバレットパンチではない―――

「ケンタロス、ギガインパクト!!」
「!? ドータクン!!」

 全速でこちらが放った攻撃に、グラン=キーンは防御しながらも弾かれる。
 だが、ここでもう一歩は踏み込めない。

 “あの技”の存在が、こちらの積極的な行動を奪っている―――

「Quick raid!!」
「ん、ザングース!」
 宙に舞いながらグラン=キーンは片手を振る。
 うってかわって速力の遅い攻撃を、ザングースが押さえ込む。
 いや、十分にこの攻撃も鋭い。
 ただ、比べる対象があまりに―――

「レールガン!!」
「!!」
 雷光のような弾丸が、体を掠める。
 グラン=キーンが着地して放った攻撃は、またも“レールガン”。

 やはり鋭すぎる。
 となれば、“特殊な技―――

「ん、困ったな。“ダブル・ドライブ”だったとは」
「…………」

 カマをかけてみても、彼は何も言わなかった。
 これでは判断がつかない、か。

 なら―――

「いくよ」
「―――!?」

 グラン=キーンの手元に集中し、一気に間を詰める。
 こちらが“超接近戦”を敬遠している理由は、“レールガン”のみ。
 試す意味でも、攻め込む。

「Quick rush!!」
「!」

 攻撃を見切り、かく乱しながら走り続ける。
 撃ち込まれる銃弾は、地面を削るのみ。
 この攻撃なら、メタモンの加速を用いずとも十分に回避できる。
 接近が可能。

 それ故に―――

「猫騙し」
「っ、メタグロス!!」

―――妙だ。

 グラン=キーンは逆らわず、怯んだメタグロスと共にバックステップで離脱。
 だが、視線はこちらから外していない。
 そうなれば、この至近距離で追うわけにはいかない。

 こちらも後ろに跳び、距離を取る。
 彼もモンスターをボールに戻して臨戦態勢へ。

 今の交戦で、レールガンの使用はゼロ。
 打ち込むタイミングは、少なくとも五回はあった。

 やはり、妙だ。
 何故彼は、レールガンを“奥の手”として使っている?
 そして何故、この時点まで使っていなかった?

 彼に切り札を最後まで取っておくというような、“拘り”はない。
 “戦術的に必要があるから”彼はあの技を使わないということだ。

 だったら、“未完成”?
 それも腑に落ちない。
 ダブル・ドライブの技レベルなら、彼なら直ぐにでもマスターできるはずだ。

 どうも、何か―――

「“Quick raid”!!」
「―――!! カビゴン、守る!!」
 名前には惑わされない。

 今のは、“レールガン”。
 カビゴンの“守る”で防いでも、僅かにダメージを受ける。

 だが、ようやく見えた。
 降りしきる雨の向こう、彼の腕の“振り”と射出タイミングの僅かな“ズレ”。
 打ち込まれたメタグロスは、“2アクション”を起こしている―――

「ん、驚いたな」
「……!」

 ヒントは揃った。
 だが、まさか―――

「―――まさか、“シングルのままで”レールガンを放つとはね」
「…………」

 微妙に返ってきた無言が“不自然”になる。
 どうやら的中したようだ。

 ダブル・ドライブの技を放つために必要なのは当然、2種の波動。
 故に、シングルの彼には特殊な攻撃はできない。

 だが、“磁力を利用して反発させる”という現象を引き起こすことは十分可能だ。
 体が鋼のメタグロスが、“電磁浮遊”を使用せずともある程度は“磁力”で上空へ浮かべるように。
 それは、“伝達”の波動に“断絶”の波動が弾かれるのを利用するのにも起因している。

 問題は、彼の“レールガン”が目で追えないほどの“超加速”を引き起こしていたこと。
 “電磁浮遊”ではない何かを、あのメタグロスは使える。

 恐らくそれは、“適合者の埒外で”モンスターが有する特殊な技―――

「―――“目覚めるパワー”」
「……!」

「そのメタグロスは、“伝達”の力を潜在的に有していた」

 グラン=キーンが波動を送って発動させる、“バレットパンチ”。
 メタグロスがそもそも有していた“目覚めるパワー”。

 その二つを、ほとんど同時に放っていた。
 それが、レールガンの正体―――

「流石に……見破ってくるか」

 グラン=キーンは、静かにそれだけを口にした。

 これで、レールガンの乱発を避ける理由も分かった。
 1体のモンスターがそんな技を、続けられるわけがない。

 “回数制限”。
 それが、必ずある―――

「―――!?」

 地を強く蹴り、グラン=キーンに突撃する。
 注意すべきは、レールガン。
 そして、グラン=キーンに“消費させるべき”も、レールガンだ。

「Quick rush!!」
「―――」
「!?」

 全ての弾丸を、この身一つで回避する。
 雨でぬかるむ地面でも、フットワークは衰えない―――

「猫騙し」
「ドータクン!!」

 この距離まで接近されても、レールガンの使用はなし、か。

「っ―――」
「切り裂く」

 後ろに回り込んで右腕を振り下ろす、何時もの組み合わせ―――

 ガインッ!!

 全力での攻撃も、再び現れた鋼の盾に阻まれる。
 グラン=キーンはその威力に飛ばされるとは言え、まともに攻撃は入らない。

「っ、レールガン!」
「!!」

 ダンッ!!

 全筋力を回避にのみ費やし、横へ跳ぶ。
 蹴った地面はその直後、弾き飛び、大きく抉れる。
 当れば当然、命はない―――

「今のを回避……!?」
「ケンタロス、ギガインパクト!!」

 無理な体勢からでも、ボールを振って相手を討つ。
 またも聞こえた、“断絶”の音。
 本当に、よく防ぐ。

「これが“断絶”の適合者、か」
「これが“必然”の適合者……」

 ほぼ同時に呟いた言葉は、雨音にかき消された。

「ん、困ったな」

 今の攻防で6発目のレールガンが出た。
 ただそれは、“相手が消耗していること”しか分からない。
 つまり、“限界数”は未だ不明ということだ。

「レールガンが“存在しているだけ”で、迂闊に追撃できない」

 “序盤”に温存していたレールガンを、この“中盤”にきて連発。
 こうなれば、こちらは嫌でも脳裏にレールガンの連発というイメージが焼きつく。
 グラン=キーンの持つ、レールガンという“カード”。
 その脅威は、威力だけではない、か。

「総て防いでおいてよく言う」

 グラン=キーンは再びボールを2つ構える。
 果たして放たれるのは、レールガンか連激か。

 互いに決め手に欠ける状態。
 それは、互いに防御能力が長けているからだ。

 こうなってくると、消耗戦になる。

「これは、“泥臭く”なってきたかな」
「……」

 戦力は、ここにきて拮抗。
 このレベルで拮抗すると地力勝負だ。
 更に泥臭い戦いになるだろう。

 こっちもボールを2つ構える。

 さあ、“移ろう”。

 グラン=キーンがレールガンを使用したのは、今が“中盤”だと判断したから。

 それならば、ここから先は―――

「“終盤戦”を、始めよう」
「……ああ」

 靴音を、雨音よりも強く響かせた。


~~~~


 ピピッ

「“基盤”・ランクSS。“硬度”・ランクS……か」

 どうせならと、深く眠っているドラクの指を、預かっている判定機に乗せた。
 そして現れた情報は、“最強”レベルのランク。

 みんな……こんなもんなのか……

 俺は判定機をしまうと、立ち上がる。
 これで俺たちは、“基盤”と“硬度”の技を使えることになったはずだ。

「さて、どうすっかな……」

 一旦、塞がれた入り口を見る。
 外ではグラン=キーンとフェイルが戦っているはずだ。
 そこに俺が行くのはまずいだろう。
 あの二人は、戦闘スタイルが特殊すぎる。

「じゃあ、向こうか……」
 次に見たのはドラクが掘った穴の向こう。
 このホールのもう一つの道。

「フシギバナ」
 フシギバナのツタで編むように作った道が、橋のように架けられる。
 カイたちを下に落としたってことは、少なくとも下に“大切なもの”はないはずだ。
 となると、あの道の先に“伝説”があるかもしれない。
 さあ、行こうか……

「…………」
 橋の上を歩きながら、俺は振り返った。
 ドラクは未だ眠っている。
 俺が、倒したからだ。

「これで、俺の戦いは終わり……か」
 口に出した後、自嘲気味に笑う。
 “傍観者”にしては、随分楽しませてもらった。

 みんなは今、きっと“それぞれの戦い”をしている。
 確固とした“我”を持って。

 俺の“我”は……“なんだった”のだろう……?

 前にトワイライト・タウンでレイに聞かれたのを思い出す。

 『あんたに“我”はあるのか』と。

 俺の答えは、『ない』だった。
 持っちゃいけない立ち位置にいるのだから。
 “傍観者”とは、そういう存在だ。

 だが、今の俺は、『ない』と即答できない。

 だから、“持っていないはず”なのに、思う。
 俺の“我”は、“なんだった”のか、と。

「ははは……」
 小さく笑って、通路に入る。

「……酷い……雨だな」

 さっきから耳障りな雨音が、ホール内にも響いていた。


~~~~


「はっ……はっ……はっ……」
 イービルがもたらした壁のひび、そして今のトリプル・ドライブの衝撃。
 それらは当然に、ホールそのものを吹き飛ばしていた。
 このホールを覆っていた壁は総て吹き飛び、冷たい外気に晒される。

 だが俺は、膝を突いた状態でそれを肌で感じることしかできない。

「はっ……はっ……はっ……」
 目が、チカチカする。
 頭は中からハンマーで殴られ、体は激痛を確かに感じるのに痺れていた。

「じょ……冗談じゃ……ねぇぞ……!?」
 体が殆ど動かない。
 この原因は、確信を持って言える。
 トリプル・ドライブの反動だ。

「ぐ……うっ……」
 痛烈な吐き気を押さえ込みながら、俺は何とか顔を上げる。

 黒炎が竜を巻き込み、ホールが吹き飛んだところまでは目で追えた。
 だが、イービルはどうなった……?

 あいつは確か、竜の先に―――

「―――!?」

 その光景を見て、俺は息が止まった。
 そこには、曇り空が広がっているだけだったのだから。
 “ホールが吹き飛んだ”、という表現は相応しくない。
 “ウィッシュ・ボーンが吹き飛んでいた”。

 ホールだったこの場所は、山の丘と化し、ホールを形作っていた岩が散乱している。
 ここは確か、ウィッシュ・ボーンの“鳥の頭”だったはずだ。
 それが丸々吹き飛んでいる。

 十年ほど前、体を切断された鳥は、今度は頭を総て吹き飛ばされていた。
 今度こそ、ウィッシュ・ボーンの名の持つ意味は、完全に失われたのだろう。

「はあ……はあ……はあ……」

 バクバクと鳴る動悸を感じながらも、俺はぼんやりと外を眺めていた。

 これ以上ないほど、視野が狭い。
 映りの悪い、昔の映画のような白黒の世界。
 そして体の感覚も、まだない。
 痺れながらの激痛しか届けてこない体は、夢遊病者のように俺をここに立たせる。

「勝った……のか……?」
 色彩のない視野の中、イービルが立っていたところを探る。
 そこには巨竜も、そしてその向こうに静かに立っていたイービルもいない。

「……戻……れ」
 俺はモンスターをボールに戻した。
 戦闘は、終わったはずだ。

「……?」
 それなのに、俺には全く“実感”が湧いてこなかった。

 放ったのは、これ以上ない技だ。
 それが竜を捉えたのも見た。
 反動は酷いが、少なくとも不発ではないはずだ。

 俺は確かに、“条件”を引き寄せた。

 勝ったときというのは、こんなモノなのだろうか……?

 間違いなく、“決めた”自信はある。
 それに、もうこれ以上は戦えないほど体は疲弊している。

 だが、何故か“納得できない”。

 あいつが……“最強”チームのリーダーが、あんなぽっと出の技で倒せたのか……?

 パラ……ゴゴッ……

「―――!?」
「はあ……はあ……」

 予想通りとは言え、その出現に俺はアクションを起こせなかった。
 イービルが立っていた位置にあった岩の下から、カイリューが怪力を発揮し岩を持ち上げ現れた。
 その下には戦闘不能になったボーマンダ。
 二体とも大ダメージを受けているが……カイリューは耐えたのか……?

 “確定一発”を……!?

 ドクッ……ドクッ……ドクッ……
 心臓の鼓動が加速する。
 その原因がようやく分かった。
 なんだ……俺は、最初から気付いていたんじゃないか……

 これは、“恐怖”だ。
 だがその対象は、猛威を振るった竜じゃない。

「はあ……はあ……」

 ドクッ、ドクッ、ドクッ……

 俺は、岩の下から現れた巨竜より、その隣に泥だらけになって息を切らせている女の子に恐怖を覚えている―――

「カラスマ=カイ……」
「……!」

 妙に聞き心地の良かった彼女の声は、今は体を震わす要因にしかならない。
 体を、総て悪寒が支配している。
 何だ……この……“恐さ”は……

 体は僅かでも動かせば激痛を届ける。
 だが、たとえ全快の状態でも……こいつは……“恐い”。

「……」
「っ……」
 彼女は虚ろな瞳を俺に向けた。
 それでいて、彼女は戦場総てを捉えている。
 まさか、“あれが”―――

「……」
 彼女は、ダメージの大きい二体を手元に戻した。
 そして、見た。

 左の指に光る―――黒いリング……!!

「『君を認めよう』」

「っ―――!?」

 ゴゴゴゴゴゴッ!!

 途端揺れだす地面。
 これは―――

「っ、リザードン!!」
 俺は体中の激痛を無視して、ボールを投げた。
 そして直ぐにリザードンに飛び乗る。

 この技は……地震……!!
 地面から離れないと、驚異的な振動で大ダメージを―――

「―――がっ!?」
 飛んだ直後、俺の意識は一瞬飛んだ。
 体が、一瞬潰されたかのような錯覚を受ける。

「ぐっ……あ……!!」
 勢いよく“空を飛ぶ”をした先に待っていたのは、“見えない壁”。
 俺はそれに、背中を強く打ちつけていた。
 専門家のドラクのように“尖って”こそいなかったが高スピードで激突されれば、十分役割を果たす―――

―――“ステルスロック”……!!

 イービルは、再び同じ位置に立ち、戦場を見据える。
 だがその表情は、さっきまでの達観していた顔つきじゃない。
 “俺を殺すこと”に全力を傾ける、“戦闘行為の体現者”―――

「ガブリアス、穴を掘る!!」
「―――!? “守る”!!」

 真下からの猛チャージに、イービルに向けた視線を直ちに下に戻す。
 グレイシアで何とか押さえ込んだそのモンスターは、ガブリアス。
 赤と青の、まがまがしい流線型のボディ。
 突撃を得意とするモンスター……

 今の“地震”と“ステルスロック”を使用したのは……こいつだ……!!

 タイプ―――ドラゴン・地面。
 イービルの記憶が蘇る。
 こいつも、“化け物”に分類される―――“超越”……!!

「リザードン!! もっと高く―――」
「カイリュー、ツバメ返し!!」
「―――!?」

 ガブリアスに気を取られた隙に、イービルから猛スピードでカイリューが突撃してくる。
 ダメージを受けていても、カイリューはまだ動けるのか……!?

「守る―――ぐっ!?」

 高スピードの必中攻撃は、俺とリザードンをグレイシアごと吹き飛ばす。

「ガブリアス」
「っ―――!!?」
 飛ばされ先、ガブリアスが構えた爪を―――

「っ、“空を飛ぶ”!!」
 済んでのところで爪を逃れるも、再び空で待っていたのはカイリューの爪。
 地面と空に挟まれた―――

「っ―――!!」
 リザードンで何とか回避し、グレイシアで防ぐが、凌ぎきれない。
 その上ステルスロックの所為で、遠くに逃げられない……!!

「はっ……はっ……!!」
 息も絶え絶えに、ひたすら回避。
 今のイービルの戦術は、さっきまでのひたすら高出力で押すものじゃない。

 的確にモンスターに回りこませ、“勝ちにいく”。
 “超越”の体現。
 こっちは攻撃さえしている暇がない。

 有するだけで“最強”と言われる適合タイプ、“超越”。
 だが、イービルは、それの上“体現”までしている―――

「ガブリアス、砂嵐!!」
「―――!?」

 カイリューに弾かれた瞬間、地面から大量の“土砂”が巻き上がった。
 その土砂は、俺とリザードンを

 まずい―――ガブリアスの特性は“砂隠れ”。
 砂嵐の中、回避率が上がるモンスター。

 完全に、姿を見失った……!!

「っ……」
 地面に降り立ち、神経をそばだてる。
 体の痛みは、アドレナリンで完全に消え失せていた。
 今なら動ける。
 今の交戦で、俺は何もできていなかった。
 直ぐにでも攻撃に移らないと……

 だが、相手が見えない―――

「カイ……“見せよう”」
「―――!?」

 意外なほど早く、砂嵐は収まっていく。

 何故、と思うまでもなかった。
 ようやく戻ってきた感覚が、ウィッシュ・ボーンに大雨が降り注いでいたことを伝えてきたのだから―――

「君のトリプルに敬意を表して―――」

 大雨の先、彼女は立っていた。
 隣に二体の竜を従えて。
 今の砂嵐は、ただの目くらましだったようだ……

「―――こっちの、“確定一発”を……!!」

 ゾワッ

「―――!!?」
 イービルが新たに取り出したボールを見て、これ以上ないほどの悪寒が走る。
 これは……ヴォイド・ヴァレーでも感じた“悪寒”。

 あの“大穴”を開けたモンスターが、あのボールの中にいる……!!

「“ラティオス”」
「……!」

 イービルが優雅に繰り出したそのモンスターに、俺は目を奪われた。
 青白いボディ。
 ガブリアスより流線型のそのモンスターは、不思議な空気を纏い、高みに浮かんでいった。
 豪雨の中でも、その姿は神々しいほどはっきりと目に映る。

 あれが……本物の“伝説”―――

「瞑想」
「―――!!?」

 “伝説”さえも従えるイービルは、ラティオスに指示を与えた。
 その姿に淀みはない。
 ラティオスの体が幻想的に光り、力を上げていく。
 そして、その首から下がったペンダントのようなものも、強く光を放っていた。

 これは―――“死ぬ”……!!

「グレイシア!!」
 我に返った俺は、無我夢中でグレイシアを繰り出した。

 見とれている場合じゃない。

「守る!!」
 俺は叫んだ。
 タイミングなんて考えてられない。

 今、全身全霊をかけて―――“死なないことだけを考えろ”……!!

「ラティオス……」
 イービルは腕をゆっくりと上げた。

 “戦闘行為”が行えると言っても、“超越”の本分は、その“出力”だ。
 そして、その出力を最大限発揮する、“決め技”。

 ラティオスが更に光を強めた。
 触れただけで総てを滅ぼしそうな、波動の塊。

 それが今、俺に向かって降り注ぐ―――

「竜星群」

 イービルが腕を……振り下ろした―――

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 大分遅れましたが、最新話更新です。
 中々時間が取れなくなってきましたが、極力次は早くいこうと思います。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.58 Covert
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/05 01:39
 最初に動いたのは、私だった。

 どこかに穴でも開いたのか、突如として減っていく水かさ。
 その先、ぬかるむ地面に、ミナモ=レイはまだ体勢を整いきれていない。

 もう、逃がさない―――

「ゲンガー、フーディン!!」
「……っ、オーダイル、ラグラージ!!」

 一瞬遅れて繰り出されたモンスターが、私のモンスターを迎え撃つ。
 向かってくる2体の狙いはあまりにも正確。
 とても、体勢を崩して繰り出したとは思えない。

 でも―――

「ブラッキー、悪の波動!!」
「っ!!?」

 ブラッキーから放たれた波動は、敵の2体を捉え、動きを止めさせる。
 完全に、2体は“怯んだ”。

 私の力は、“阻害”。
 そんないきなり繰り出したようなモンスター……“邪魔する”のなんて容易い。

 今までのらりくらりと伸びてきたこの戦闘。
 だけど、戦況は瞬時に変わった。

 ここで“決める”。

 後は、距離を詰めるだけ―――

「カメックス……」
「―――!?」

 “阻害”した2体の向こう、カメックスが構えていた。
 背に負う一対のキャノンが、確かに私を捉えている。
 構えが早い。
 これが……“狙う力”―――

「っ!」

 オーダイルとラグラージ。
 この2体は―――囮……!!

 そして今、カメックスのキャノンにかつてないほど波動が集中している。
 多分これが、ミナモ=レイの―――切り札……!!

「ハイドロカノン!!」

 ドウンッ、と大砲は放たれた。
 しかしその水の大砲は、その威力に矛盾して、まるで生き物のようにモンスターの合間を縫って私に飛ぶ。

「―――ドンカラス!!」
 ブラッキーでは受けず、私は空を飛んだ。

 避けた直後足元に、最早種類に関係のない威力の波動が地面を削ぐように通過する。
 これはまともに受けていられない。

 ミナモ=レイは切り札のカードをあっさり切ってきた。
 そのせいで、私に回避されている。
 これは、きっと“焦り”。

 お互い分かっている。
 最早何もないに等しいこの場所では、ミナモ=レイは私に勝てないということを―――

「―――!?」

 足元の大砲に気を取られたその一瞬、“私”の死角から波動の塊が飛んできた。
 これは……エンペルトの―――

「アクアジェット」

 ボウンッ

「え―――っ!?」

「ふふふ……」
「!!?」

 “後ろから聞こえた声”に、ミナモ=レイは振り返った。

 エンペルトのアクアジェットは見事に“私”を打ち抜いた。
 狙いは正確。
 ミナモ=レイも、万が一、“海”がなくなった時の波状攻撃をイメージしていたみたいだ。
 確かに今ので私を倒せていただろう。

 ただ、そのターゲットが、“本当に私だったら”の話……

「ダブル……」
「せいかーい」

 ミナモ=レイが呟いた頃には、私の“準備”は整った。

 私は今、完全に間合いを詰めている。
 ミナモ=レイが……“絶対に詰めさせてはいけない”間合いを。
 ようやく“捉えた”。

 繰り出されている隣のカメックスは反動で動けず、他のモンスターは遠い。
 もう、“あなたじゃ間に合わない”―――

「Triple drive―――」

 再びミナモ=レイに訪れる、“無自覚の終焉”。
 私の足元に揃った、“阻害”、“錯誤”、“幻惑”。
 その、3体のモンスターが構える。

 “一撃必殺”のトリプル・ドライブ―――

「―――Innocent twilight」

 “ボンッ”

「―――!?」
 紅い幻想的な光を放った直後、今度はミナモ=レイから破裂音が聞こえた。
 それは、最も聞き慣れたボールの開閉音。

 このタイミングで繰り出せるのなんて……“開閉タイミングが最小のボール”以外在り得ない―――

「っ―――!?」
 “跳ね返ってくる”紅い光の先、確かに見えた。
 “奇妙な鏡”の向こうにいるモンスターを。

 蛇のように長く、白魚のように透き通るボディ。
 紅い立髪に虹色の鱗。

 “伝説”ではない。
 それなのに、見る者の心を奪う“最も美しいモンスター”―――

―――ミロカロス……!!

 その姿に目を奪われた私を、紅い光が包み込む―――

「う……あっ!?」

 瞬間、私の感覚は総て消え失せた。
 私を“無自覚の終焉”にいざなうために。

 それにも拘らず、私の頭の中には別の混乱が生まれ続ける。

 今の技は、ミロカロスの“ミラーコート”。
 彼女も私と同じようにボールを使い分けていた。
 普通のボールしか使ってない、とモンスターを繰り出せるタイミングを見誤った私のミスだ。

 “そこまでは”、いい。

 だけど、ミロカロスが“出てきた瞬間に”ミラーコートをしたのが分からない。
 モンスターに指示を与えるタイムロスさえなかった。
 そのせいで、私は2つもタイミングを見誤っている。

 最初から指示を与えられていたのだろうが、“それはおかしい”。

 ミラーコートは、“受けた技を”倍返し。
 リング越しの技じゃ、近距離で受ければ最悪ミナモ=レイもただでは済まない。

 つまり……“相打ちが前提の指示”―――

「っ―――」

 いい。
 今は、いい。
 “何も感じられない”自分に、私の理性は危険信号を発する。

 考えるのは後だ。
 今は、感覚を取り戻すのが先―――

 近くにいるはずのモンスターに、指示を与える。

 三種類が絡んだこのトリプルは、外から一つでも波動を流して“相殺”できれば、ほつれて消えていく……!

「っ、はっ……はっ……!!」

 深い深い海の底から浮かび上がるように、感覚が徐々に戻ってきた。

「……?」
 砂嵐のような、視界と耳鳴り。
 体を猛烈な倦怠感が襲い続ける。

 けど、体はそれとは別に“重い”。

「……!?」
「っ……う……!!」

 視力が戻ると、目の前にミナモ=レイがいた。
 どうやら私は今、倒れ込んでいるようだ。
 私に覆いかぶさりながら、ミナモ=レイはしがみついている。

「な―――を―――」
「あな―――治―――」

 お互いが音を殆ど認識していない。
 けど、何が起きているのかは理解できた。

 結局、ミナモ=レイも技を受けたのだ。
 そして、彼女は感覚が完全に失われる前に私にしがみついた。

 当然、“治療”を受けるために。

 二人が密接している今、“まとめて”やるしかない。

 そんな細かいコントロールを、気にできる状態じゃない―――

「あなた、も……」

 やむを得ずに治療を続けていると、ミナモ=レイが息も絶え絶えに言葉を絞り出した。
 私の方が倍返しな分、彼女の方が回復は早い。

「もう……戦えない……でしょう……?」
「……っ……」

 確かに、その通りだ。
 たとえこの治療を終えても、とても直ぐに戦える状態には戻れない。

「ぐ……う……!」
 それでも何か悔しくて、しがみついてくるミナモ=レイを引き剥がそうとする。
 だけど、はがれない。
 爪が食い込むほど強く掴んでいるのか、ミナモ=レイは私を放さなかった。

「あなた……最……初……から……」
「ええ……“引き分け狙い”……よ……!」

 そして彼女は、どこか満足気に微笑む。

 どおり、で……。
 ミナモ=レイは最初から、“この相打ち”を狙っていた。

 私を海で錯乱させた戦闘には、互角に戦うためと、私を挑発する意味があった。
 水が引いたとき、私が使ったフェイントは一つだけ。
 彼女が猛攻をしかけて、決着を急がせたからだ。

 普通だったらきっと、ホールを霧で満たしていた。
 普通だったらきっと、あんな決め技を積極的に出さなかった。

 それは今更言っても、仕方のないことだけど……

「この……相打ちは……大きいでしょう……?」
「……ふふ……ふふふ……」

 私の口からは、笑みが出た。
 確かに大きい。
 私ももう、戦えない。
 彼女にとって、“辛勝”も“引き分け”も結局同じなのだ。
 二つの差は、殆ど個人のプライド。

 彼女の中で、自分のプライドは“チームにとって”、無に等しいのだろう。

「っ―――」
 再び意識は遠くなる。
 二人してぬかるんだ地面に転がり、体は泥だらけ。

 こんな汚れた結果でも、“霧で惑わす”私の戦線離脱はチーム・ストレンジには大きい。
 チームのために、必要なことを見極めて実行する。
 “たとえ自分を犠牲にしても”。
 それが、彼女の“我”だったのだろうか……?

「ぐ……あっ!?」
「はっ……はっ……」

 私は力を振り絞って、ミナモ=レイを押しのける。
 隣に押した“気がするから”、きっと同じように仰向けに倒れているのだろう。

 再び、感覚が遠くなってきた。
 これは……まずい……

「はあ……はあ……」
 仰向けで、少しでも刺激を求めるように息を強く吸った。
 隣でも同じことをしているだろう。

 どちらにせよ、もう戦えない。
 ミナモ=レイの方はどうなのか知らないが、私にはもっと治療が必要だ。
 だけど二人して仰向けに倒れているなんて、“プライド的に”許せない。

 彼女が犠牲にしていたとしても、私はそれが大切だ。

 心が読めるゆえに、人と距離を取っていた“初代の魔女”には“それ”があった。
 戦闘の只中で、凛として相手を“終わらせていた”私の目標だった人。

 それなのに、戻ってきた頃には気高さを失い、どこか柔和になっていた。
 彼女が旅で手に入れたのは、心の読めない“対等な存在”。

 その様子に、えらく失望したのを今でも覚えている。
 私には無い才能を受け継いでおいてプライドを失った“魔女”が、許せなかった。
 その、“対等な存在”……“友”と、“プライド”とを天秤にかけ、私が大切だと思ったのは“プライド”の方だったのだから。

「フーディン……」

 つまらないことを思い出した。
 今は、“プライド的に”許せないこの状態からの撤退。

 果たして私たちの戦いの結果は、なんと名付ければいいのだろう。

 少なくとも……

「そう……少なくとも……“目的を騙されていた”私の勝ちではないわね……」

 騙し合い合戦の結論は、それだ。

 それだけを呟いて、フーディンに視線を向ける。
 さあ、とりあえずはここから離れましょう……。

 フーディンを始めとする私のモンスターが歪んでいく。
 そして、まだ広くない私の視界さえも……

「……テレポート。…………ミナモ=レイ……」

 これで私の戦いは終わり。

 結果はどうあれ……楽しめたわね―――

「ごきげんよう」




[3371] Part.59 Freedom
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/05 01:42

 “まさに、冷や水をかけられた”。

「ぷっ……はっ!?」

 突如ホールの通路から飛び出してきた“海”に、私も、私を襲っていたストライクも流されたのを覚えている。
 何とか首を出すと、通路からの海はホールを満たし始めていた。

 これは……一体何が……!?

「―――!! きゃっ!?」
 私は反射的に海に顔を埋める。
 その直後、私の首の位置をストライクのカマが薙いでいた。

「……ぷはっ、オオスバメ!!」

 一旦泳いで距離を取り、オオスバメで飛翔する。
 足元は海、そして目の前には、ストライクを従えた女の子が同じように飛んでいた。
 いち早く、飛び立っていたみたいだ。

「これ……何……!?」

 彼女も目の前の“海”に目を丸くしている。
 一体何所から流れてきたのだろうか。
 ウィッシュ・ボーンの地形に詳しくない私には、見当もつかない。
 そして、彼女も同じのようだ。

「……」
 でも、彼女はこの異常事態を前に、私を殺すことを優先した。
 海から顔を出して手足の動きが鈍い、“死亡率の高いルート”に沿って。

「まあ、いいや。さあ、始めよう?」
 彼女は海水でぬれた服を気にもせず、にいっと笑う。
 私は傷口に染み込んだ海水で、体中がズキズキと痛む。

 彼女も同じはずなのに、それを後回しにしてまで私を殺そうとしている。

「……っ」
 そこまで考えて、私は奥歯を噛んだ。

 “私も同じだ”。
 もし今海水が流れ込んでこなかったら、私は彼女に迷わず攻撃を放っていた。
 “自由”の欲望に沿って。

「っ……」
「えっ!?」

 私はそのまま彼女に背を向けて、通路の一つを目指す。
 少し高いところにあるその通路は、“空を飛ぶ”で十分に移動が可能だった。

「? 逃がさないよ」
 後ろから、彼女が追撃してくる。

 でも私は振り返らずに飛ぶ。
 私の目に焼きついているのは、彼女の体についた生々しい傷。
 あれをつけたのは、彼女を執拗に狙った私だ。

 それはもう、動かない事実。
 後一歩で、“取り返しのつかない事態”になっていた……!!

 がむしゃらに、迷路を飛ぶ。
 体を襲う激痛には、ひたすら耐える。
 彼女にも同じような傷が付いているのだから。

 相手を傷つければ、自分も傷つく。

 まるで幼いときに習った道徳だ。

 攻撃すれば、その分相手も攻撃するし、避けられない。

 本当に、そんな簡単なことなのに。
 私は押し流されていた……

 自分の表情も分からず、ただただ飛ぶ。
 頬を伝って滴っているものは、海水なのか涙なのか分からない。

 でも、今は全速力で飛ぶ―――

「―――!?」

 海水の届いていないホールにたどり着いたところで、私に陰が差した。
 それは、上からの光を遮るものが存在することの証明。

 これは―――

「っ、クロバット、黒い霧!!」
 私は叫んで一気に方向転換。

 その直後、スピードの遅くなったストライクのカマが、私のいる位置を薙ぐ。
 私の死角から迫った攻撃には、今光が遮られなければ気付かなかった。

「ここでやるの?」

 私が止まったホールに到着した彼女は、腑に落ちない顔をしていた。
 それはそうだ。
 今まで自分を殺そうとしていた人間が、距離を取って飛んでいったのだから。

 今日入ったホールの中で一番大きいこの部屋には、一応退路はある。
 上ってきたから、海の進入はない。
 だけど、私は動きを止めていた。
 ただ背を向けて飛んでいたら、さっきみたいにストライクのカマに狙われる。

 混乱を伴っていても、私の体は“戦闘において”正しい行動を取らせた。
 つまりは彼女に向かい合うことを。

 これはきっと、アスカさんに教わったことで培ったもの。
 もしくはターゲットを狙う、“自由”の欲求からだろうか。

「……」

 小刻みに震えて、息を整える。
 それは私も、彼女もだ。

 お互い体が傷つき、全身が塗れ、そしていたるところに血が滲んでいる。
 断続的に響く痛みが、これは現実だと伝え続けていた。

 ああ、これが“自由”の戦いなんだ……

 私は、彼女を傷つけた。
 それが、どうしようもなく悔しい。
 今からできることは、ないのだろうか。

 もし次に“自由”に乗っ取られたら、私か彼女……あるいは両方とも“死ぬ”。
 それだけは何としてでも避けなければならない、と、“今は思えている”。
 それなのに、この先抑えられるかどうか……自信は……ない。

 更に……“勝たなければいけない”のに、その方法以外の“勝ち”が、全く見つけられなかった。

 私の強くなりたいという“我”は、ここでも駄目なのだろうか……?

 “我”と“勝ち”が、あまりに離れて存在している。

 “相手を殺す覚悟”もないのに、戦闘に来るのは愚かだと言われれば、そうなのかもしれない。

 でも……いけないのだろうか。

 そんな甘い考えで、“勝ち”が欲しいと願うことは―――

「“変貌”と“自由”のDouble drive: Maneuvered evolution」

 私と違って目の前の少女は、迷わず“無限”を展開する。
 ホールを埋めつくように徐々に増加していく虫の大群は、私じゃ間違いなく戦闘不能にできない。
 私が戦闘不能に出来るのは、“彼女だけ”―――

 もし私が“勝ち”を優先すれば、ここで彼女を止められるかもしれない。
 もし私が“我”を優先すれば、無限は決して超えられない。

 それなのに……

「いくよ?」

 ここで“答え”を見つけようなんて、甘かった。
 結局、がんじがらめで身動きが取れなくなっている。
 もう、“足掻くことすら”できない―――

 虫の大群が迫る。
 その総てが“私の死亡率の高いルート”を沿って。

「……?」

 私は走馬灯のようにゆっくりと流れるその光景を、ぼんやりと眺めていた。
 同時に、体から湧き出る“自由”の欲求を押さえ込んでいた。

 もう、答は出ている。
 ここで諦めれば、“彼女を殺すため”に動かなくて済む。

 “伝説”を夢見て、“憧れ”で強さを求めて、今、“最強”に殺されそうになっている。
 それはきっと、“弱い理由”だったんだ。
 もう、涙すら浮かんでこない。

 虫の波は直ぐそこまで迫ってきていた。
 総ての虫が、私目掛けて襲い掛かってくる
 その中で、私は相手を殺そうとする欲求をひたすら抑え続けていた。
 “これだけ”は、守るために。

 “引き際”はどこだったのだろう。
 ノーブコスティでの事件だったのだろうか。
 事件の前日、私は“彼”に止められた。

 私はそれに抗って、この道を選んだ。
 そこからここまでは、一直線だったのだろう。

 私に“憧れ”を与えてくれた彼……。
 やっぱり、彼の言葉は正しかった。

 あそこで止めるのが、私にとっての“正解”。

 だって“あの時”も、結局私は、彼に助けられた。
 あの……時……?……私は……

「―――っ……オオスバメ!!」
「!」

 “あの夜の光景”を思い出した瞬間、私はオオスバメを繰り出して、後方に飛んだ。
 無限の虫が、狙ってなかった“私へのルート”。その隙間を縫うように、一気に離脱。
 虫たちから距離を取った上空で停止した。

 “ホールからは、出ない”。

「……?」

 突如動き出した私に、彼女は不思議な顔をする。
 いや、彼女が首をかしげているのは、私が彼女を狙わなかったからだろう。

「はあ……はあ……違う……」

 私は上空で息を整え、呟いた。

 そうだ……違う。

 今、私は何を考えていたのだろう。
 私はあの夜に宣言したのではかったのだろうか。

 もう、足は引っ張らない、と。

 あの時の出来事は、さっきの“海”をかぶったときより体を覚醒させた。

 ここでただ諦めたら、私の“ツケ”は誰かが払うことになる。
 みんなはきっと、ギリギリで戦っているんだ。

 今ここには、迫り来る虫の大群を焼き払ってくれる人も、目を覚まさせてくれる“海”もない。

 今自分で動けなければ死んでいたように、ここには私しかいない。
 もう、切欠なんて望んでいてはいけないんだ。
 私が動かないと。

 私は、“チーム・ストレンジの一員”として、ここにいる。

 そうでなければ、あの“証”も意味が―――

「……!!」
「? 来ないの?」

 彼女は虫を従えて、私の様子を見ている。
 今すぐにでも、『総べる者』の猛攻を受けるだろう。

 だけど、私はそれを気にしていられなかった。

 もしかしたら……そう、もしかしたら。
 私の頭の中に一つだけ、可能性が浮かんだ。

 “足掻ける”方法が……!!

「プテラ!!」

 私は最強の手持ちを繰り出した。
 オオスバメをボールに戻し、プテラで“空を飛ぶ”。

 もし……もしも、想像通りなら、“足掻ける”はず……!

「……うん、始めよう」

 彼女が指示を与えると、まるでさっきの“海”のように大群が押し寄せる。

「銀色の風!!」
「っ、上に!!」

 “自由”の適合者には狭いホールの天井ギリギリを、プテラで飛ぶ。
 その直ぐ足元は、統制のとれた銀色の風で大爆発を起こし、ホールを揺する。
 絶対に、捉えられるわけにはいかない―――

「だから……そっちじゃないでしょ!」
「―――!!」

 遥か高く飛んだ私への追撃はストライク。
 二つのカマで私に切りかかる。
 やっぱり……鋭い……!!

「ストライク、シザークロス!!」
「っ、オオスバメ、ツバメ返し!!」

 迎撃でできた隙に、私はストライクから距離を取る。

 一瞬開けた彼女への“ルート”を押さえ込み、ひたすら飛ぶ。
 こうやってかく乱しているだけでも、さっき諦めたよりはマシだ。

 そして、うまくいけば、もっと―――

「バレットパンチ」
「―――!?」

 彼女から目を離した瞬間、声が聞こえた。
 そして私の死角から聞こえる風切り音。
 突撃してきた“絶対先制”は、確実に私に迫っている―――

「―――っ、高速移動!!」
 死角を見ている暇はない。
 構わず“そっち”から逃げる。
 その直後、大軍の虫の中から飛び出してきたハッサムの軍団が、私のいた位置を高速で通過していった。

「クロバット、空を飛ぶ!! プテラ、炎のキバ!!」
 直ぐにクロバットに飛び移り、プテラでハッサムの軍団を攻撃する。

「っ―――」
 しかし、その光景を見終える前に、私は逃げる。
 私がいた場所は、当然のようにストライクのカマに襲われていた。

「はっ……はっ……」
 攻撃の回転が速い。
 一瞬でも気を抜けば、メインのストライクにも無限にも殺される。

 ズキズキと痛む体を無視し、彼女に伸びる“ルート”を押さえ込んで、ひたすら逃げる。
 無限から逃げ続けるなんて無謀かもしれない。
 だけど、今はとにかく“足掻かないと”―――

「だから、そっちじゃないでしょ?」
「……―――」

 ハッサムを倒したプテラに合流した瞬間、悪寒が走った。
 全ての光景がスローに見える。

 視界に入るのはにぃっと笑う彼女。
 そして、ストライクと、“数の減っている無限”。

 じゃあ……残りは―――

「プテラ、下に!!」

―――決まっている。

 私の“死角”だ……!!

 地面に墜落するように高速で落下しながら上を見れば、無限の虫が天井から私目掛けて降り注いできていた。

 統制の取れた虫は、総てが私の“死亡率の高いルート”を通り、正確に襲い掛かる。

 そうか……さっきの“銀色の風”……
 力が上がっていたんだ。
 攻撃を受ければ、まず命はない。

 流れる映像は、嫌に遅かった。

 それこそ、ここから“マイム”へのルートがいくつも見えるほどに。
 無限が降り注ぐのを見ているだけのマイム。
 今なら……相打ちが狙える。

 無限と戦う必要もない―――

「っ―――」

 落下しながら、強く首を振った。
 そして直ぐに彼女へ攻撃することの欲求を押さえ込む。

 なんで私は、弱気なことか、“自由”の体現かしか頭に流れないのだろう。

 今考えなきゃいけないのは、相打ち狙いの“攻撃”じゃない。

 “回避”だ―――

「……!」

 次の瞬間、無限の虫は地面に降り注いだ。
 力の上がった、数による圧倒的な攻撃。
 土の地面を根こそぎ掘り起こすような爆発が発生した。

 何をしていても、死ぬ攻撃だった。

 ただそれは、“そこにいたら”の話―――

「はあ……はあ……」

 私はその光景を、上空から見下ろしていた。
 目をこれ以上ないほど見開いて、肩で息を切らしながら。

 上にはもう、無限はいない―――

「何で……?」

 彼女は私を見据えながら、再び不満そうな声を出す。
 だけどこの声の種類は違う。

 彼女が今不満なのは、“自由”の適合者の私が、彼女を攻撃しなかったことへのものじゃない。
 決めたはずの“死角”からの攻撃を、私が回避したことへの不満だ。

「今の……違う……“さっきから”……」

 対して私は不思議な感覚を味わっていた。

 今、“避けるべき死亡ルートが見えなかったら”私は死んでいただろう。

 頭の中で色々なピースが何かを形作る。

 彼女へのルートが見えるたびに押さえ込んでいたのに、何で私にはずっと“ルート”が見えていたのだろう。

 私は今までずっと、見えるルートを総て一纏めにして考えていた。

 だけど、違う。

 ルートは“二種類”ある―――

「殺して……殺して殺して!!」
「!」

 再び展開される無限の虫。
 そしてその総てが、完璧な包囲網を敷き、無駄なく私に迫る。

 だけど、私には分かる。
 “どうすればいいのかが”―――

「クロバット、黒い霧!!」
「―――!?」

 クロバットの黒い霧が、無限の虫の一部を捉える。
 全体への技じゃない。
 これは、一部の力を元に戻して、包囲網を崩すのが目的だ。

「プテラ、空を飛ぶ!!」

 隊列の崩れた隙を、プテラで縫うように飛ぶ。
 やっぱりそうだ。
 ここはモンスターの数が少ない。

 そして―――

「プテラ、右に!!」
「シザークロス!!」

 無限を突破した直後に旋回。
 “死角”から迫ったストライクの攻撃を、ギリギリで回避した。

「うう……殺して!!」

 彼女は癇癪を起しているけど、“私には分かる”。

 今の自分の体制、死角。
 何所から迫れば、“私を殺し易いのか”。

 そして“見える”。

 “私を殺すルート”が……!!

「銀色の風!!」
「プテラ、上に!! クロバット、黒い霧!!」

 大爆発を急上昇で回避して、クロバットで直ぐに力を“否定”する。

「シザークロス!!」
「もっと上に!!」
 直後に迫ったストライクの攻撃も、私を捉えられない。

 何せ……私の“退避ルート”は無限にあるのだから……!!

「何で……何で逃げるの!?」

 時に緩急をつけて、時に加速して、ひたすら避ける。
 高速移動したプテラに掴まれた私には、力を上げても“否定”される彼女のモンスターは追いつけない―――

「これなら……どう!?」
「―――!?」

 何時の間にか壁際に追いやられていた。
 そして、私ヘ向かう全てのルートを埋め尽くした虫が迫る。

 彼女は癇癪を起しながらも、的確に無限に指示を与えていたみたいだ。

 でも―――

「トゲキッス、エアスラッシュ!!」
「!!?」

 無限の一部を“怯ませて”、僅かにできた“退避ルート”を縫うように飛ぶ。
 やっぱり大丈夫。
 逃げだけに徹した“自由”の適合者は、簡単には捉えられない……!!

「!!」
「!!」

 無限を抜き去った先、彼女と確かに目が合った。
 瞬間、浮かび上がる“彼女へのルート”。

 『直ぐにでも襲い掛かれ』、と私の体の奥から声が聞こえる。
 だけど、唇を噛んででもそれを強引に押さえ込む。

 だって、これが私の―――

「ストライク!!」
「プテラ、“空を飛ぶ”!!」
「何で!!」

 飛び掛ってきたストライクをかわし、再び天井ギリギリへ。
 下で彼女が、完全に癇癪を起こし始めた。

 でも、彼女へは攻撃しない。

 これが私の―――私の見つけた“答え”なのだから……!

「はあ……はあ……戦場を三次元に捉えて、“あらゆる攻撃から回避する”」

 私ははっきりと、言葉を紡いだ。

 プテラと共に無理な動きを続けたせいで、体はズキズキ痛む。
 頭は割れそうなほど鳴り響き、呼吸は少しでも酸素を求めて荒い。

 だけどこの鼓動の高鳴りは、疲弊だけが理由じゃない。

「それが……私の“自由”の体現です……!」

 確かに彼女に攻撃することへの欲求は尽きることを知らず、湧き上がる。
 少しでも油断をすれば、私の頭は“彼女へのルート”一色で染まってしまうだろう。

 だけど、それを強引にでも押さえ込む。
 きっとこの溢れる攻撃性が、“自由”を最もよく使いこなす原動力のだろう。
 だけど、私はそれを、絶対に使わない。

 彼も言っていた。
 “自由”は縛られない適合タイプ。

 だったら、“通説さえにも縛られない”。

 自分だけの“答え”があっていいはずだ。

 それが、私の“自由”……!!

「……そんなんじゃ……勝てないよ……!!」

 彼女は虫を操り私を襲う。
 それでも私はひたすら回避を繰り返した。

 確かに無理矢理だ。
 強引に欲求を押さえ込んで動き続けるなんてことは。

 でも、私はこれでいい。
 通説に抗うのは、過酷な道になるだろう。
 だけど、この“答え”は、何としてでも守りきる。

 それが……“証”に報いることになるのだから。

 あの……“幻覚のルギア”との戦いで手に入れた“証”に……!!

「っ―――え……あ……!?」
「……!」

 回避を繰り返していた私の耳に、彼女の呻き声と、膝を突く音が聞こえた。
 そして途端に統制力を失う虫たち。

 ああ……“成功”……したのだろうか……?

「はあ……はあ……何……何……何……!?」

 手と膝を突いて、彼女は混乱と共に体を震わせる。

 それを確認して、私は彼女の前に降り立った。

「……プテラの特性は、“プレッシャー”」
「……!」

 熱にうなされているような顔を、彼女は私に向けた。
 それだけの動作が精一杯なようだ。
 もう体に力が入らないのだろう。

「私も経験あるんです……体が動かなくなるの……」

 私の脳裏には、“幻覚のルギア”戦。
 あそこで私は、同じくルギアも持つプレッシャーの特性で、見事に落下してしまった。

 モンスターに波動を送るトレーナーは、プレッシャーによって疲弊する。
 特に無限を操る彼女にとって、その疲弊は尋常ではなかったのだろう。

「この方法なら……私は無限を越えられる」

 私は震える足で立ちながらも、思いついた決着の一つを口にした。
 ここまで疲弊したら、もう彼女は戦えない。

「私の……勝ちです」

 お互い体を傷つけながらも、死んではいない。
 私は涙が出そうになった。
 こんなにも達成感を覚えたのは、何時以来だろう。

 私と彼女の戦いは、確かにここで決着した。

「こ……来ないで……」

 息も絶え絶えに、彼女は座りながら後ずさった。
 顔を歪ませ、奥歯をかみ締め、私からひたすら距離を取る。

 きっと彼女の頭の中では、“負け”は“死”と繋がっているのだろう。
 それが彼女の根底からの考え方。
 単純で、純粋に、そうとしか考えられない。
 そしてそれは、いくら“違う”と思っても、感嘆には覆らない。

 でもそれは、彼女の考え方。
 私は、“違うと思う”。

 戦闘能力さえなくなれば、戦闘は終わると私は思う。

 だから私は彼女に背を向けた。
 これが私の考え方なのだとはっきり言わず、だけど“はっきり伝える”。

 傷だらけになった体を引きずり、通路を目指す。
 ここでの戦闘は、終わったのだから。

「……! あ……」

 でも、一つだけ、彼女に言わないといけないことがあった。
 通路に入る直前、私は振り返った。

「その……体を傷つけて、ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる。
 前にカイさんに、何でも謝るのは止めた方がいいと言われたけど、ここでは確り謝りたい。

 これで許してもらおうとは思わない。
 私が彼女を傷つけた事実は、永久に消えはしないのだから。

 だけど私は今後、“自由”に流されないよう、ここではっきり謝る。

 半分は自己満足。
 だけど、精一杯の謝罪を込めて。
 本当は治療をしたいけど、流石にそれはするわけにはいかない。

 数秒後私は頭を上げて、通路に入った。
 彼女は座り込んだまま、私を最後まで不思議そうに眺めていた。

「……勝った……勝てた……本当に……“見つけられた”……」
 彼女から完全に姿が見えなくなったところで、私は何度も呟く。
 手に入れた“勝利”と“答え”に、私は歩きながらもボロボロ泣いていた。

 体は達成感に震え続ける。
 ここが敵地でなければ、騒いでいたかもしれない。
 直ぐにでも、カイさんたちに伝えたい衝動が溢れている。

 本当に、良かった―――

 ドォンッ!!

「きゃっ!?」

 通路を抜けた瞬間、大地震が起こった。
 その振動で、私はあっさりと転ぶ。
 疲弊した体は、地面に張り付き動かない。

「う……っぅ……」
 何とか体を起こしたところで、達成感に包まれていた私を悪寒が襲った。

 今のは地震じゃない。
 衝撃音だ。
 それも、ほぼ同時に二つ。
 下から聞こえた、何かが崩れる音。

 そして、上から聞こえた、“総てが吹き飛ぶ音”。

「う……はあ……はあ……」
 這うようにして、前に進む。
 さっきの無限の虫の猛攻よりも、遥かに高い恐怖が私を襲い続けた。

 そうだ。
 これはチーム戦。
 他の皆は、まだ戦っているんだ……!!

 浮かれた気分を直ぐに消して、私は進み続けた。
 自然と足は、“高い方”へ向かう。

 感覚的に。

 “上の世界”から……“恐怖”が発生している気がして。

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 今回は大分更新が遅れてしまいました……
 その代わりと言ってはなんですが、一挙に二話更新です。
 先にこちらを読まれた方は、別に順序は問題ないですので、一話前の話もご覧下さい。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では…



[3371] Part.60 Thaw
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/09 18:48

 先に動いたのは、ボクだった。

「っ―――」

 技を放とうとしていたシリィと、技を放ったボクは上からの激流に反応しきれず“海”に飲み込まれた。
 原因の分からない“海”。

 だけど、折角待っていた“変化”だ。
 ここでシリィに並ぶためには、同じように驚いている暇はない……!

「ぷはっ、何所の馬鹿よ!? こんなことしでかしたの!!」
「ヘラクロス!!」

 ボクは海から頭を出した落石にしがみつきながら、ヘラクロスを突撃させる。
 狙いは今度こそ、海で動きの鈍っているシリィだ。

「っ、あんた……!!」

 上のホールから落ちてくる“海”は、2本の柱のように別れ、今なおここのホールになだれ込んで来る。
 ボクの胸ほどの高さの深さ。
 波ができているせいで、身動きはほとんど取れず、ボクは岩にしがみつくだけ。
 だけどボクはこの“海”をどうにかしようとは思わない。

 仕切り直しになったら、ボクはシリィに届かないだろう。
 だから、今。
 この乱戦で、決着をつける……!!

「インファイト!!」
「―――トドゼルガ、守る!!」

 またも一瞬悪寒が走った後での、ピンポイントの“守る”。
 まだだ。
 まだボクの心は強くない。

「ニョロボン!!」
「っ、メタグロス、電磁浮遊!!」

 シリィはニョロボンの攻撃からは上空へ退避した。
 体から滴る水滴を残し、水面の上を飛ぶ。

 この海の中、泳ぐか飛ぶかをしなければ戦えない。
 ボクはルカリオをボールに戻した。
 その分、攻撃を激しくしていく。

「っ―――」
 シリィの指に光る黒いリング。
 向こうは飛べるのか。
 だけど、逃がさない。

「滝登り!!」
「―――っ、守る!!」

 アッパー気味のニョロボンの攻撃は、メタグロスに阻まれる。
 また、読まれた。
 だけど、まだだ―――

「あんた―――」
「ヘラクロス!!」
「っ―――」

 ひたすら連激。
 攻撃の手はもう緩めない。
 絶対にここで押し切る。

 カイ君はそうやって戦っていた。
 “条件”は必ず起こる。
 だから問題は、その“条件”が起こったときに“動けるかどうか”。
 ぼうっと見ていたんじゃ何も起こらなかったのと変わらない。

 だから、ここで、動く……!!

「ヘラクロス、インファイト!!」
「メタグロス、コメットパンチ!!―――っ」

 ヘラクロスはシリィの周りを飛び、攻撃を繰り返す。
 シリィの瞳に色が入っていく。
 全力で戦うという、“熱”が。

 メタグロスで飛んだ直後、執拗に迫られれば流石に済ましていられないだろう。

 ニョロボンはトドゼルガと水中戦。
 今起こっている戦いは、この二つだけ。
 シリィも他のモンスターを戻している。

 この二つの戦いに、全力を傾ける。

「ニョロボン!!」
「―――トドゼルガ、“守る”!!」

 また、ピンポイントで守られる。
 だけど、淀まずに進む。

 “無駄だとは諦めないで”。

 ひたすら、攻撃。
 もうがむしゃらだかどうか自分でも判断はつかないほど、ひたすら、攻撃。

 前のめりだってなんだっていい。
 足が動かないなら腕で這ってでも進む。
 格好なんて、気にしていられない。

「っ―――」

 “方向”も、気にしていられない。

 “ボクは遅すぎた”。

「はっ、はっ、はっ……っ……!!」

 息切れしても、岩にしがみついた指から血が滲んでも、ひたすら“進む”。

 自信がなかった。
 方向が合っているのか。
 今まで止まっていた分、“もし間違えた方向へ行ってしまえば”、もう取り返しはつかないと思っていた。
 だから、見極めていた。
 自分が進むべき、正しい方向はどっちなのか。

 “そうやって、言い訳していた”。

「っ―――この……!」
「はっ、はっ、ツバメ返し!!」

 “進んだこともない人間が、方向なんて気にしている場合じゃない”。

 “まず、ボクは進むべきだ”。
 それが間違っているかどうかなんて、結局のところ分からない。

 理屈をつけて、“先の見えない道が恐い”ことを認めようとしなかった。

 だから今は、ひたすら進む。
 覚悟はもうある。
 後は、先が見えないその“恐い道”を進んでも、決して壊れない“強い心”―――

「―――ほんとにそう……思ってんの……!?」
「―――!?」

 シリィのモンスターが、ボクのモンスターを弾き飛ばした。

「んなこと思っても、変われないわよ!!」
「―――!!」

 シリィが腕を上げる。
 そして、トドゼルガとメタグロスが再び構える。

 これは、まさか……

「この“海”が凍り付けば、仕切り直しになる。あんたは私に、届かない……!!」

 シリィのダブル・ドライブ……!!

 シリィの力なら、こんな擬似的な海なんて凍りつくだろう。
 岩に登ればボク自身は助かるだろうけど、“海”は“足場”に変わる。
 そうなれば総力戦。
 ボクはシリィに届かない―――

「トドゼルガ、メタグロス……」
「―――っ」

 もう、“海”が落ちてくるという変化は起きてくれた。
 次に奇跡的な変化が起きるなんて、“待っていちゃいけない”。

 今度は“ボク自身が”、何かをしないと―――

「“停止”と“断絶”のDouble drive―――」

 あそこまで進んだら、もうシリィは止められない。

 何か―――

「……!!」
「―――Ice age」
「ルカリオ、ブレイズキック!!」
「―――!?」

 一瞬で足場は凍りつき、なだれ込んで来る海は、氷の柱と化した。
 まるで芸術品のように見えるこのホールは、身もだえするような冷気に包まれる。

 これは、その直前の一瞬を縫った“賭け”だった。

 “海”が凍りつく前に、ボクは岩によじ登り、ルカリオを繰り出して攻撃。
 “海”に沈んでいたある一点に突撃したルカリオは、正確に“それ”を捉えた後、凍った“海”の上を滑っていく。

 そして―――

「……!?」

 それと同時に……海が凍りつく直前に、海の中から飛び出した“エルレイド”……!!

「っ、この海……!!」

 そうだ。
 シリィのダブル・ドライブは、“外部干渉がない限り溶けない氷づけ”を起こす技。

 だったらこの海に飲み込まれたエルレイドは、“時間で溶ける氷づけ”になる。
 溶け始めていた氷は、ルカリオの“上昇”の技で、完全に消失した。

「―――っ」
「エルレイド!!」

 氷の上に降り立ったエルレイドを直ぐにシリィに向かわせる。

 足場は戻った。
 この一瞬しかもうチャンスはない。
 シリィが大技を放ったこの隙。

 ここで、決める―――

「っ、次から次に―――」

 シリィもエルレイドに向かい合う。
 彼女も分かっている。
 ここが一番の勝負所だと。

 ボクが粘りに粘って掴まえた唯一のチャンスを潰せば彼女の勝ちだ。

 だからボクは、絶対に活かす―――

「トドゼルガ!!」
「……!!」

 トドゼルガの戻りが早い。
 彼女の狙いは当然“守る”だ。
 ここで心が読まれたら、勝負は決まる。

「……」
 ボクは“心を強くする”。
 どっちが強く、どっちが弱いか。
 方向は分からない。
 だけど自分がこうだと思うやり方で。

 アリスさんが言っていた。
 攻撃判断の即時性。
 連激に次ぐ連激。

 それはあくまで、“小手先の手段”だと。

「“突破”と“錯誤”のDouble drive―――」

 エルレイドが数を徐々に増やしていく。
 シリィの乾いた鋭い瞳が、ボクに向いた。

「……」

 結局のところ、ボクは心を強くしなければならない。

『心を強く……』

 アリスさんの声が蘇り、確かに聞こえる。
 最初は苦手だった相手。
 だけど今では、ボクの尊敬する人になっていた。
 例えシリィが何と言おうと、ボクはこれが“変化”だと信じている。

『そう、心を強くすること……』

 エルレイドの分身が、シリィに包囲網を敷く。
 シリィも見極めようと、ボクを探る。

 だけど―――

『そうすればあなたの攻撃は……』

―――ボクの攻撃は……

「『必然的に当る』」

「―――!!」

 総てのエルレイドがシリィに飛び掛る。

「っ―――」
 それと同時にボクの心に強く伸びてくる、シリィの冷たい手。
 かつてあっさりと、ボクの想いをさらっていった手だ。

 だけど、ここだけは絶対に守る。

 ここだけは、絶対に……!!

「ちっ、トドゼルガ、メタグロス、守る!!」
「―――!?」

 完全に敷いたはずの包囲網総てをカバーする、“守る波動”が展開した。
 動きを取り戻したメタグロスも、鉄壁の盾となってシリィの前に立ちふさがる。

 心を守りきったとしても、シリィのこの防御力は変わらない。
 膨大な、“守る波動”の量。

 回避能力を除いた、単純な防御力だけを考えるなら、彼女はチーム最高レベル。

 ボクは、これを“突破”しないといけない―――

「っ―――」
 分身のエルレイドは、波動にぶつかっては消えていく。
 ピンポイントでないのに、かつてここまで広範囲で、その上長時間持つ“守る”を見たことがない。

 本命は最後尾。
 だけどこのままじゃ、守りきられる。

 “変わらない”。

 相手は“最強”。
 ここでも何かを思いつかないといけないんだ……!
「……!!」

「っ、だぁ!!」

 次の瞬間には、全てのエルレイドは“守る波動”に阻まれ終わっていた。
 そしてシリィの鋭い目がボクを捉える。

「―――!?」
 だが、瞬時にその色が変わる。

 “今の行動”に、全身全霊を傾けたボクの心を読むのは簡単だっただろう―――

「っ―――」
 シリィは飛び退きながら振り返った。
 飛び退いたって逃がさない。

 シリィの後ろには、守りきったはずの“エルレイド”……!!

「っ!? テレ……」

「―――Inevitable impact」

「ぐっ……!?」
 シリィが技の正体に気づいた瞬間には、エルレイドの攻撃が正確に捉えていた―――

「はあ……はあ……」
 吐く息は白い。
 足場の氷は、まるであの時の雪山のように冷気でホールを満たしている。

 ボクはのろのろと倒れ込んだシリィに歩み寄った。

 トドゼルガとメタグロスも、ダブル・ドライブの直後に高出力の“守る”をした反動で、しばらく動けない。

 とっさに技に混ぜ込んだ、“テレポート”。
 通常テレポートという技は、戦闘時にはほとんど取り入れられないほど即時性に欠けている。
 もし“錯誤”のエキスパートのアリスさんに師事していなければ、決して成功はしなかっただろう。

 本物を、大量の分身に紛らわすだけじゃない。
 空間を飛び交い、時空を超えてまで攻撃タイミングを誤認させる。

 土壇場で“不可避の攻撃”は、完全なものになった。

「はあ……はあ……」

 倒れ込んだシリィは、痛みに顔を歪ませて、気を失っていた。
 放った技は、相手に止めをささない“みね打ち”。
 例えモンスターの技を受けたと言っても、命に影響はないだろう。

「ボクの……勝ちだ……」

 痛みに歪んでいても、変わらず損なわれない彼女の顔を見下ろしながら、ボクは呟いた。

 それだけで、ボクとシリィの戦いは“終わった”。

 あんな憎いと思ったチーム・パイオニア。
 当然、幼いボクは殺してやろうと思っていた。
 そして、“変わらず育った”今のボクも、同じはずだ。

 そんな相手が、今目の前で倒れている。

 だけど思う。
 これでいい、と。

 ボクは彼女を超えられた。
 この事実だけで、ボクには十分だ。

 氷がいつか溶けるように、“変化”はある。
 そして待ちに待っていた“変化”は、ここで確かに訪れた。
 これでいい。

「はあ……はあ……」

 そして一言。
 彼女に言わなければいけない。
 彼女が創った“正しさ”を、“突破”するために。

「……人は、変われるんだ」

 そう呟いて、ボクは背を向けた。
 がむしゃらに動いて、這ってでも動いた結果に。

 そしてボロボロになりながらも、“次”に向かって歩く。

 人は変われるという“正しさ”を手に入れたんだ。

 シリィに言わせれば、それは変化じゃないとなるかもしれない。
 今の自分が変わったかどうかなんて、確かに確信を持って言えない。

 だけど……

「人は、変われるんだ」

 もう一度、呟く。

 そんな“答え”は、確かにある、と。
 ボクはそれを信じていこう。

「そうじゃなきゃ、やってられない」

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 前回に引き続き、決着編です。
 今回は大分早く更新ができました。
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では… 



[3371] Part.61 Natural
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/19 18:31
「Quick rush!!」

「!」

 真っ直ぐに突撃してきたはずの男は、泥を残して横に跳ね、攻撃範囲から消え去る。
 雨にぬかるむ地面でも、メタモンがいなくとも、フェイルの機動力は変わらない。
 爆発的とも形容できる奴の脚力は、戦場総てを縦横無尽に駆け回る。

 また一瞬で距離を詰められた。

「猫騙し!!」
「メタグロス!!」

 雨を散らす衝撃と、大気を震わす鈍い轟音。
 当然のようにメタグロスは一瞬で怯む。
 左手のボールの中身はエテボース。
 相手のモンスターを封殺する、フェイルの要のモンスター……!!

「切り裂く!!」
「っ―――カウンター!!」
「!」

 振り下ろしてきた右腕に、俺はハッサムを繰り出した。

 序盤でも仕掛けた、相手の攻撃にあわせて大打撃を与えるカウンター。
 自分そのものが襲い掛かるフェイルにとっては驚異的な技だろう。

「―――っ」

 別に今更これで決まるとは思っていない。
 だが、距離を取らせるぐらいはできるはずだ。

「!?」

 フェイルは距離を取らなかった。
 変わりに腕の機動を強引に変え、その攻撃を故意に外す。

 ハッサムのカウンターを、離脱以外の方法で避けた……!?

 そして、近い―――

「ぐ―――っ!?」

 続くであろう左腕の攻撃に集中していた俺の腹部に、激痛が走る。
 それがフェイルの“蹴り”であることに気付いたのは、地面に背を打ち付けてからだった。
 空を歩くように跳ぶその脚力の蹴りで、肋骨が折れたかもしれない。

 これは“戦闘”。ルールはない。
 だから文句は言うつもりは当然ないが……

 お互いもう、なりふり構ってはいられないか―――

「く……レールガン!!」

 体を起こす間も惜しんで放つ切り札―――レールガン。
 これで、七発目。

 狙いは当然、倒れ込んだ俺に攻撃を繰り出そうとしているフェイルだ。

「!!」

 フェイルの離脱する靴音と同時に、レールガンを放った腕にも激痛が走る。

 フェイルの推測した通り、確かにレールガンには“回数制限”がある。
 だがその回数制限は、モンスターの限界だけではない。
 それを放つこの腕にも、当然限界はやってくる。

 だが―――

「っ―――」
「!?」

 右手でメタグロスを回収し、その勢いのまま左手に投げる泥まみれでも滑らないようにボールを掴み、再び“帯電”―――

「レールガン!!」

 一瞬で右腕から左腕へシフトし、攻撃。

「……っ」
 その負荷は、確かに重い。
 だが、両腕が軋もうともレールガンを連発していく。

 局面は終盤戦。

 もう、後のことは考えない。

「―――カビゴン!!」
「―――Quick rush!!」

 カビゴンが繰り出された瞬間、俺は跳ね起きひたすら攻撃を打ち込む。
 そして回り込むように走りながら、フェイルを執拗に攻める。

「っ……」
 痛む肋骨は情報として処理。
 大丈夫だ。
 痛むだけで動きに大した支障はない……!!

「―――!?」

 カビゴンの巨体の上に、雨に紛れてフェイルが現れた。
 “革靴の音”が聞こえない跳躍。
 もう、細かいトリックの戦いではない―――

「―――」
 フェイルは腕を振り上げる。
 跳ね回り続けたその姿は泥に汚れ、しかし視線は鋭く俺を捉えていた。

 ―――もうこれは、ただひたすらに地力が問われる戦いだ……!!

「ケンタロス、ギガインパクト!!」
「メタグロス、レールガン!!」

 打ち合うやいなや、フェイルは直ぐにムクホークを繰り出し機動から逸れる。
 ケンタロスに打ち勝ったメタグロスの攻撃も、むなしく宙を打ったに過ぎない。

「はあ……はあ……」
「はっ……はっ……君は……ここまでやって……ようやく息が切れるのか……?」

 地に降り立ったフェイルは息を切らしながらも、姿勢を崩さずやはり“自然”に立ち続ける。
 自分の立ち位置は、“ここ”だとでも言うように。

「困ったな……流石に“断絶”を崩すのは……難しいね……」
「…………」

 フェイルはそう言いながらも、少し微笑んでいた。
 いや、フェイルだけじゃない。
 俺も“この状況を楽しんでいた”。

 “断絶”対“必然”。

 相性はこちらが有利。
 だが戦局は、こちらが喰らいついている状態だ。

 それなのに、俺はこの状況が“楽しい”。

 こんな戦いをするために、俺は国を飛び出したのだから。

 ウィッシュ・ボーンの中から爆音が聞こえても、岩石が落ちてこようとも、お互いにただただこの戦いに集中している。

 “楽しみ”からか、感覚的には短い。
 だが、客観的には長時間の戦闘。
 “チーム戦”も大詰めを迎えているだろう。

 あの男が言っていた、『フェイルを“止める”』という意味。
 “倒す”という表現を使わなかったのは、こういう“泥臭い”戦いを想定してのことだったのだろうか。

 だが、それでもういい。

「フェイル……君は……紛れもない“アタリ”だ……!」

 “超人”と称された男。
 “フェイル”などという名前に、明らかに反している。
 この男は間違いなく、“ナンバー・ワンへの道”に立ちふさがる存在だ。

『ナンバー・ワンへの渇望』
 こんな戦いは、間違いなくその渇きを潤す。

 “アタリ”との戦いが、俺の目的なのだから。

「ん……“そういう表現”は……耳が痛い、かな」
「……?」

 どこか物寂しそうな声が出た。
 そしてフェイルは一瞬目を閉じ、再びゆっくり開け、俺を見据える。

「グラン=キーン……」

 フェイルはボールを取り出しながら、呟いた。

「“断絶”がメインなのにも係わらず……よく“チーム戦”に参加しているね。それだけの力があるなら、“群れる”必要はないと思うけど、ね」
「……何の時間稼ぎだ?」
「ん、疑り深いね……純粋な興味だよ」
「……」

 “興味”。
 “拘り”。
 “意地”。
 そんな言葉は、あくまで“情報”に過ぎない。
 必要があれば持つが、必要でないならいくらでも捨てられる。
 そういう意味では、俺には無縁だ。

 だが何故か、俺は答えを探っていた。
 人とは基本的には組まない“断絶”の適合者。
 その力が強くなればなるほど、その習性はあまり変わるものではない。
 例え“組む”ことはあったとしても、数日間誰かと共にいる何てことはほとんどないだろう。

 だが、俺はそうしていない。
 “理性”とは別の、“感情”というものは、やはり誰にでも存在しているのだから。

「“育て屋の代金”……」
「?」
「そして“貸した覚えのない借りを返された”……それだけだ」

 適当に言葉を並べ、フェイルに返す。
 いい加減なようで、的は射ているその答え。

 俺は“それ”をここで清算したいと思う。
 人との関係を絶っていても、やはり生きている以上、誰かとの関わりはある。
 ここで清算したとしても、再び何かの関わりはあるかもしれない。

 だが俺と“奴ら”の立ち位置は、この先も変わらないだろう。

 それが、俺の選んだ生き方なのだから。

「フェイル……君にも聞こう……」
「…………」

 興味はないと思っていた、“戦う理由”。
 それに初めて、興味が出た。

「それだけの力を持ちながら……チームの“コマ”に準じるそのわけを」

 戦えば分かる。
 この男だって、“高み”を目指していることが。
 それなのに、この男は“我”を見せない。

 それが、やはり俺には“不自然”だった。

「ん、そうだね……。簡単には言葉にできない。“複雑”なんだ」
「……?」
「でも……そうだな。……ただ……」

 フェイルは俺の目の前で答えを探る。
 “我”に関して、今まで不自然にしか見えなかったこの男。

 だが今、少しだけ微笑んだフェイルに、その不自然は感じられなくなっていた。

「妹の……願いを叶えてやりたいと思う。それは自然なことだろう?」

 あっさりと、それが本当に当たり前のことのように、フェイルは言う。
 言葉にしては単純で、それでも複雑な意味を持たせて。

 フェイルが初めて見せた“我”は、何故か俺の眼に、最も“自然”に映った。

「…………人のため、か?」
「ん、長く離れていたから……接し方が分からなくてね。何時もそれで、困っている」

 それは、“兄の顔”なのだろうか。
 肉親への感情というものは、やはり俺には分からない。

 だがそれで納得できるのは、“理性”ではなく“感情”で受け止めているからだろうか。
 “感情”というものの存在は、どれほど下らないと思っていても、無視はできない存在らしい。

「いずれは分かれる道だ。もうその時は来ているかもしれない。だけどせめて、ね」
「…………リーダーの話、か?」
「ん、分かったか。…………“迷走していても”、尽力したいと思う、かな」

 カラスマ=カイが多くは語らなかった、リーダーの存在を思いつく。
 それがすぐに頭に過ぎたのも、フェイルの言葉を“感情”で受け止めたからなのだろうか。

「けどもしかしたら、“何とかできるのも”、意外と“赤の他人”なのかもしれないね」
「……!」

 最後に俺の理解の外の言葉を呟き、フェイルはボールを取り出した。

「カビゴン、腹太鼓」

 繰り出されたカビゴンは、自己の体力を削っても、力を最大限に上げる。

「最高出力で放つ、ギガインパクト。そろそろこの戦いも、幕が近づいてきている」
「ああ……そうだな」

 俺も、メタグロスを繰り出す。

 そして“帯電”。
 これは、“目覚めるパワー”。

 十発が限度のレールガン。
 残り二発分も、ここで込めていく。

 そして放つ“断絶”の技は、“コメットパンチ”。
 こちらも最高出力だ。

 下手に力を抜けば、間違いなく撃ち負ける。

「いくよ」
「ああ……」

 メタグロスとカビゴンが構える。

 もう互いに余力は殆どない―――

「ギガインパクト!!」
「レールガン!!」

 俺は、“最強”の攻撃を撃ち出した。



[3371] Part.62 Sky
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/19 18:32
 燃えている……。
 目の前には揺らめく巨大な赤。空は雲で黒ずんでいた。
 そして、“倒れている自分”。

 ああ、なんだ。
 これは“あの時”とほとんど同じだ。

 目に映る炎は、家の火事ではなくて、リザードンの尾。

 それは、“あの時”とは違いすでに降り注いでいる雨に逆らい燃えている。
 まだ、リザードンは戦えるみたいだ。

 だが……

 首だけ寝かして隣を見る。
 そこには、戦闘不能になっているグレイシア。

 こいつのお陰で、俺は生きていられたのか……

 だけどもう……トリプル・ドライブは放てない―――

「…………」

 体は恐いほど全く痛まない。
 だが、ピクリとも動けないのが、体の状態を正しく反映していた。
 もし痛みが回ってきたら、それだけで俺は死ぬかもしれない。

 死なないことだけを考えた防御は、果たして成功したのか。
 正直微妙だった。

「…………」
 イービルのラティオスが放った“竜星群”。
 暴力的な破壊力を持つ“超越”の波動が殺意を持って降り注ぐ。

 その一撃は、俺の周囲の地面ごと陥没させるほどの“確定一発”。
 そう名乗るに、十分な威力だった。

 それなのに……こっちは……

「……!」

 変わらず頬を打ち続ける雨が、俺の疑問をさらっていった。

 そうか……今、天候は“雨”。

 『“確定一発”の黒炎』は、あくまでメインが“上昇”の技。
 威力を削り取られていたんだ。

 これは、イービルが呼び寄せた“条件”。

 流石に本物の“主人公”は違う……な。

 “空”まで味方かよ……

「…………」

 体は動かない。
 未だ竜星群に圧迫されているように、崩れた岩から腕一本持ち上げられなかった。
 全身に感覚のないこの状況は、一体何時まで続くだろうか。

 もしかしたら、自分は死んでいることに気付いていないだけかもしれない。
 それほど、“死の匂い”を味わっていた。

「…………」
 俺は結局、何のために戦っていたのだろう……?

 やっぱり、自分のためだったのかもしれない。

 自分の夢のため……“譲れないこと”のためだったのだろうか。
 それとも“道が交差”していたから、イービルを跳ね除けたかったからなのだろうか。
 もしくはその両方か。

『あいつが一人になるのが嫌だから』

 心にあったその目的は、所詮、“偽善”。
 ありていな言葉を使うなら、“お節介”。
 もしくは“自己満足”だ。

 見返りを求めているだけの、“自分のため”。
 自分のやりたいことはこうだから、やっただけ。

 でも……そうだとしたら。

 “人のため”に何かをしてはいけないのだろうか……?

 “人のため”というのは口に出すことすら、はばかれること。
 それは、確かにそうかもしれない。

「…………」

 “じゃあ、俺の立ち位置はどこだ……?”

 一方向から見れば“正しい”でも、反対から見れば“間違い”。
 一方向から見れば“間違い”でも、反対から見れば“正しい”。

 だから“正しさ”は“強さ”が指し示す以外に、“形”として現れない。
 “強者の立ち位置”が、正しくなっていく。

 だったら俺はどこに立っている……?

 『両方に立たなければならない』や『どこにも立たない』。
 そんな反則的な答えも存在するんだ。
 そしてそんな答えが、ときに“正しく”なる。

 分からない。
 やっぱり世界は、こんなにも分かりにくくできている。

 でも……

 人はみんな、“自分のためだけに”行動する。

 せんじ詰めれば現れる、その真理。
 どこに立っていても、それだけは間違えずに言えるのだから、確かに真理だ。

 それに対して、俺は思える。

 やっぱりそれは、どこか寂しくないか、と。

「……!」

 腕が、動いた。
 地面から引き剥がすように持ち上げたその腕を、雨雲にかざしてみる。
 泥にまみれ、あざや血で肌の色は見えないが、幸いにも感覚とは違い、潰れてはいなかったようだ。

「っ……」
 そしてそこから熱が体中に伝わり、当然激痛が上ってくる。

 だがそれで、俺が腕を動かそうとしていたことが分かった。
 どんな真理が立ちふさがろうとも、俺はまだ立ち上がらなければならないと思っている。
 だから、動いていた。

 言葉にはまだできない。

 だけど、体は、こんなにも熱い。
 振り続ける雨が体を打っても、それは否定できない。

 “条件”がいる……
 イービルに並べる、“条件”が。

 まるで錆びついた機械を動かすように、体をぎこちなく動かす。

 ああ、俺は―――

―――あの雨雲を乗り越えることができたのだろうか……?


~~~~


 決まった。
 それだけは確信を持って言える。

 ラティオスが放った攻撃は、確かに彼を捉えた。

 天候には影響を受けない真の“確定一発”を喰らって、彼は戦闘不能になった。

 私はモンスターをボールに戻す。
 目の前には陥没した大地。

 岩石に阻まれ、彼の姿は見えない。
 だけど、決着はついた。

 ウィッシュ・ボーンは私と彼の戦いですでに原形を保っていない。
 本拠地としては、もう使えないだろう。

「…………」

 今まで以上にもの寂しくなった地を、私はぼんやりと眺める。
 また、“終わった”。
 “戦闘行為の体現者”……“イービル”によって。

 正気に戻ればこんな光景が何時も広がっている。

 これで私は、止まらないだろう。
 今、最大の障害を越えて、『世界を閉じる』まで“先駆者”として駆け続ける。

 この“流れ”ができたのは、何時からだろう。
 幼い頃に決めた目標は、正しいのか間違っているのか、もう分からない。

 だけど“私が”選んだ以上、“そこ”までの道は一直線に引かれることになった。

 分からない。
 本当に、分からない。

 誰かに止めてほしいのか、それとも何所までいけるのか試したいのか。
 彼に期待していたのか、それともただの障害として認識していたのか。

 そんな不安定な心のままなのに、誰も私に勝てない。
 それが動かない事実としてある。

 “主人公”とは、何をするために存在するのだろう……?
 彼も『自分の道が狭く思える』という感覚を、潜在的に味わっていた。

 彼はその答えを、見つけられていたのだろうか……?

 左眼の傷を撫でながら、私は眼を伏せた。

 今になっては、そのことも分からない―――

「……?」

 大穴に背を向けた瞬間、私は違和感を覚えた。

 暑い……?

「……!?」

 違和感の正体に気づいた私は我が眼を疑った。

 “雨が、止んでいる”。

 いや、それどころじゃない。
 分厚く覆っていた雲が徐々に薄くなり、太陽が姿を現し始める。

「……!」
 これは、直接的な“条件”によるものじゃない。
 たまたま雨が止んだ、などという偶然じゃない。

 “技”だ。

 “彼”だ。
 間違いない。
 私は確信した。

 彼は“技”を生み出すという、“条件”を引き寄せた。

 “彼”も先ほど味わったのだろうか。
 この感覚を。
 “決めたはず”の相手が、再び現れるという確信。

「……!!」

 雲が消え去り、とうとう空は完全に青く染まる。
 太陽は完全に全貌を晒し、ウィッシュ・ボーンを明るく強く照らす。

 その瞬間、その差し込める“晴れ”の中……それは現れた。

「はあ……はあ……」
「カイ……!!」

 大穴から飛び立ったリザードンは、予想通りの人物を乗せて。

 カイは再び現れた。

 頭から血を流し、力の入らない腕をだらりと下げ、しかし、眼だけは力を込めて。
 確かに意思を強くしている。

 そして、どこまでも青い空の下、私を見下ろす。

 まるで彼の体の熱が漏れているように錯覚するほど、彼は“熱く”……

 そして、“高い”―――

「Blue Sky Blue」

 彼はこの空に、名前を付けた。
 この空はきっと、彼が“あの空”を越えた証だ。

「この空でなら……“上昇”は“超越”まで駆け上がれる……」

 私は、彼を見上げて動かない。

「やっぱ駄目だ……。分かんねぇよ……」

 そんな独り言も、彼は何故か私に聞かせるように呟く。
 言葉にならない感情が、彼の中にわだかまりを作っているのだろう。

 “私には、分かる”。

「でもな……自分のためだけじゃないっていうのは、間違いなくそう思う。それは今も、変わらない」

 私は動かない。

「迷惑がれようとな……“正しい”ってのは、どっかにあると思う」

 たどたどしく続く彼の言葉の真意が、私には見えてきた。

 彼は、“一周”したんだ。

 人のためと理由をつけて、自分のために動く人。
 それが、自分のためにから、人のために動く人に変わる。

 答えはない、“円”。
 だけどその円は螺旋を描き、回るごとに上っていける。
 ただの“偽善”から、別の形に変わっていく。

 “円”から離れ、“高み”に昇る人もいる。
 それも確かに一つの道。

 だけど、彼はこの“円”を選らんだ。

 “存在しない答え”を探すことに決して諦めず、ひたすら求め、そして昇っていったんだ。

「だから、ここで言う。偽善だろうが、エゴだろうが、そんなことを言われても、それだけじゃない―――」

 私は動かない。
 いや、動けない―――

「―――お前のために、お前を倒す……!!」

 “青空の青”の下、その言葉は私の耳に確かに届いた。

「…………同じ“天候操作”でも……ここまでのレベルは見たことないよ」

 だけど私は、状況を客観的に整理していく。
 天候を真逆に塗り替えてまでの“天候操作”。
 確かにこの“晴れ”なら、“上昇”は高く昇っていく。
 警戒すべき“技”だ。

 私はボールを取り出した。

「ああ……分かってるよ……いくら理想を並べても―――」

「うん。それは負けたら通らない……!!」

 この“交差路”にも、いよいよ終りが見えてきた。

 もう一度始めよう、カイ。

 この決着で、私は道を決めていく……!!



[3371] Part.63 High
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/19 18:35
「! ラナちゃん!」

「!?」

 一瞬ビクッと体を震わせ、彼女はホールのど真ん中で振り返った。
 体を抱き、未だカタカタ震えているのは、所々にある暗い通路を歩いたからだろうか。

「ス……スズキ君?」

 警戒しながらホールを移動していた俺は、通路から体を完全に出す。

 怯えと安堵が交じり合ったその表情を見ても、俺は警戒して歩み寄る。
 まあ、“例え騙されていたとしてもいいか”。

「……!」

 近づいてみて、気付いた。
 ラナちゃんの体はずぶ濡れで、よくよく見れば霜さえついている。
 彼女が震えていたのはこのせいだった。

 この、“冷気”。
 彼女の相手は恐らく“シリィ”。クロースノアで遭遇したという、『読心術』を有する“最強”だったのだろう。

「ラナちゃん、どうだった?」

 あくまで確認だ。
 彼女がここにいるということは、答えは一つだろう。

「……うん」

 返答は、弱弱しくも彼女らしいピースサイン。

 どうやら“本物”のようだ。

 だったら、急がないと。
 “不幸中の幸い”だ。

「そっちは?」
「ああ、まあ何とか……とにかく、こっち来て」
「?」

 俺は通路に向かって歩き出す。
 悪いけど今、のんびり話している時間はない。
 歩くスピードも、ラナちゃんを気遣わず、あえて上げる。

「スズキ君……その背中……」
「ははは……流石に無傷じゃ無理でしょ」

 ラナちゃんの視線を背中の傷に感じた。
 確かに大した治療もせず痛みはあるけど、もっと“深刻な奴”がいる。

「俺とラナちゃんは勝ったか……他の様子は分かる?」

 一応聞いても、当然のようにラナちゃんは首を振った。

「こんなに入り組んでちゃ、合流したくてもできないよ。分かるのは……」

 並んで歩くラナちゃんは軽く上を見る。
 “テレポート”の応用か、感覚的に分かるみたいだ。
 その先には、彼女が“意思表示”をした相手が戦っているのだろう。

 やっぱ、“あいつ”は上か。
 轟音は、その“上”から何度も届いていた。

「でも、他はさっぱりだよ」
「そっか……」
 こんなことなら、それぞれ該当するモンスターで、俺たち全員ラナちゃんと“意思表示”をすれば良かった。

 『読心術』を有する相手がいるから、不利に働くこともある。
 そう考えて、結局時間を割いてまでやるべきではないと判断したのが仇になったか……。

 まあ、今更言っても仕方ないことだけど……

「スズキ君は?」
「ん? ああ。カイは上でしょ? グラン=キーンは外。コトリちゃんは何所にいるか分からない。だけど……」
「!?」

 通路の出口に近づくにつれ、ホールから差し込む光が“俺が最初に見つけた人物”を照らしているのが見える。
 泥まみれで、ぐったりと横たわっているそいつは、今、“全身の感覚”がないのだろう。

「レイさん!?」
 ラナちゃんが駆け寄っても、レイは反応を示さない。

 ホールの真ん中で倒れ込んでいたレイを見つかりにくいところまで運んだときもそうだった。

「これ……え……え……!?」
「俺が見つけたときはもうそうだったよ。だけど、まだ生きてる」

 目を見開き、レイを見下ろすラナちゃんは、今まで以上に震えだす。
 気持ちは分かるが、今はそういう状況じゃない。

「ラナちゃん。多分これは……“あの技”だ」
「……! トリプル・ドライブ……!!」

 間違いなくあの“魔女”の技だ。
 外傷もなく、こんな状態になるのはあの技以外に考えられない。

 前にレイはこの技を受けて生死の境をさまよった。
 あのトワイライト・タウンでの出来事が、脳裏に鮮明に浮かぶ。

「ラナちゃん、よく聞いてくれよ」
「あ……え……!?」

 俺はラナちゃんの肩を掴んで、震えを強引に止めた。
 “最強”との戦いで精力を使い果たしている今は酷かもしれないけど、彼女にはやってもらわないといけないことがある。

「ここにはアリスさんはいない。この状態を何とかできるのは、チームで唯一の“錯誤”の適合者、ラナちゃんだけなんだよ」
「……! そ、そうだ……!!」

 ラナちゃんはようやく落ち着きを取り戻し、ボールを取り出す。

 そうだ。
 “あの技”。
 かつては、“錯誤”だけを有するアリスさんが解除したんだ。

 そして、ウィッシュ・ボーンに来たときにここを覆っていた“霧”に、アスカさんは『三種の絡みが絶妙』と言っていた。

 もしこの技も似たような原理でできているなら、その“絡み”を解けばいい。
 だから、“錯誤”だけでも相殺できれば、技はバラバラに散る。

 それが、アリスさんがレイを治療した手だ。

「エルレイド」

 レイの隣に、ラナちゃんが“錯誤”のモンスターを繰り出す。
 戦闘不能になっていなかったのは救いだ。

 問題は、メインが“突破”の彼女がどこまでできるか―――

「大丈夫だよ」
「?」

 ラナちゃんの声は、妙に落ち着いていた。

「アリスさんに……聞いていたんだ。“この技”の治療法。そうだ……そうだ……できる……かも」

 ラナちゃんが目を閉じ、エルレイドはレイに向き合う。

「…………」
 彼女は、懐いていた相手が倒れているというショッキングな光景に、もう正気を取り戻し、対処していた。
 今までよりも、冷静になるのが早い気がする。

 これは、“最強”を超えた一つの成果だろうか。
 そして、アリスさんが“妹”の対処を教えてくれていたのも大きい。

「……! あれ……これ……」
「どうしたの?」

 ラナちゃんの困惑した声に、俺の頬に汗が伝う。

「……“大丈夫だ”」
「え?」

 治療を始めた瞬間、ラナちゃんはレイの顔を覗き込む。

「これ……聞いてたよりも“浅い”し……“雑”だ……できるよ……!」

 “浅い”……?
 そして、“雑”……!?

 よりによって、“彼女”が放った技がそんな中途半端だろうか。

 レイの周りにいたモンスターを思い出す。
 俺がボールに戻したが、最も気になっていたのは、レイの間近に倒れていたミロカロス。
 そのミロカロスも、レイと同じような状態だった。

「……!」

 俺はずっと、勘違いをしていたのかもしれない。
 レイを倒した彼女は、その場を離れ、次の戦いに向かったのかと思っていた。

 だから俺は警戒していたんだ。
 ラナちゃんに化けている可能性も考えるほどに。

 だけど、違う。
 浅くて雑ってことは、技は完璧に決まっていないということだ。
 だったら、そんなレイをそのままにしておくわけがない。

 詳しくは分からない。
 だけど、“動けない敵にすら止めをさせない状況”に彼女もなっている。

 ってことは……

「“相打ち”……か?」

 治療に専念するラナちゃんの邪魔をしない程度に俺は呟いた。

 恐らくはミロカロスのミラーコート。
 それで、あの技を軽減したのかもしれない。
 それと同時に、相手にも深刻なダメージを与えて。

 この相打ちは大きい。
 正直、密閉空間での彼女の“霧”の対処が、“俺たちが介入できる戦いの中では”一番のネックだった。

「…………」
 一面ぬかるむホールをもう一度探る。
 確かにレイが倒れていた場所は、暴れたような跡があった。

 あそこで、彼女も同じ技を受けた。
 それなのに、レイに止めを刺さずに去っている。
 “回復する前の離脱”を、彼女をしているということだ。

 となれば、当然、退避手段は―――

「……ラナちゃん。ちょっと、その辺見回りしてくる。誰かが襲ってきたら大声出してね」
「…………うん……」

 上の空の返事を背に受け、俺は歩き出した。

 もし、彼女が“テレポート”で逃げたとしたら、どこに行くだろう。
 場所は気にしていないかもしれない。
 ただあそこで、二人して倒れているのが“面白くなかった”から、死力を振り絞ってでも、別の場所に移動した。
 そんなところだろう。
 だったら、労力のかかる遠距離の移動じゃなくて、案外その辺りで倒れているかもしれない。

 “探さないと……”

 俺の頬に、再び汗が伝う。
 息も荒くなっていた。
 歩いているのは登りの通路。
 俺は上に向かっているらしい。

「…………」

 着々と、決着はついている。
 ラナちゃんの話じゃ、レイは大丈夫。

 今のところ、チーム・ストレンジが優勢みたいだ。
 あと問題なのは、こっちの勝利の“最低条件”。
 “俺たちの介入できない二つの戦い”の決着。

 カイとグラン=キーンの勝利だ。

 あの二人が勝たないと、どれだけ勝ちを拾っても、“チーム戦”は負ける。

 そして、“俺たちが元の世界に戻る方法”。
 それを……探す。

 “時渡り”のセレビィ。

 その“伝説”を保有する、“魔女”を探す……!

「……?」

 登った通路の先、光が指していた。
 それは間違いなく、ホールの光じゃない。

 その光は、岩で塞がりかけている通路の出口から、強く漏れていた。

「フシギバナ、葉っぱカッター」
 俺は何かに急かされるように、通路の岩を砕いた。

「……ははは……」
 砕いて分かったのは、二つ。

 一つは、岩が通路を塞いでいた理由。
 簡単だ。
 真上から“何か”が降り注ぎ、ウィッシュ・ボーンを抉るように貫いたからだ。
 その落石で、通路が塞がれた。

 そして、もう一つは……

「暑いはずだ……!!」

 俺は汗を拭って、空を見上げた。
 空まで抜けるように砕かれたその場所は、日光で満ち、どこまでも青い空を俺の目に映す。

 そして、その高みから届く衝撃音。

 雨雲は、消え去っていた―――


~~~~


「カイリュー、ドラゴンクロー!!」
「リザードン、炎のパンチ!!」

 初撃の選択は今までと同じ。
 一瞬拮抗するも、直ぐに弾き飛ばされた光景が脳裏に浮かぶ。

 だが、今度は結果が違った。

「―――!! カイリュー、押し返して!!」

 今まで大波に逆らう小船のようだった攻撃は、今、“超越”に対抗できている……!!

「ガブリアス、ドラゴンダイブ!!」
「バシャーモ、ゴウカザル!!」

 突撃してくる流線型の凶悪なモンスターも、二体で受け止め、押さえきる。

 いける……
 “この空”でなら、“上昇”の力を引き出せる―――

「っ―――、カイリュー、竜の舞!!」

 拮抗した戦いに、イービルはカイリューに指示を与えた。
 カイリューは回転し、さらに“超越”の波動を噴出す。

 今までの戦いでも見た、ステータスを引き上げる技。
 カイリューは、触れただけで体を削り取られるかのような波動を纏う。

「カイリュー、ドラゴンクロー!!」
「……!!」

 そして、それから連なる攻撃は、幾度となく俺のモンスターを吹き飛ばしていた。
 爆発的な“殺意”。

 だが―――

「リザードン、炎のパンチ!!」

 リザードンの尾が、さらに勢いを増した。

「―――!?」

 カイリューと攻撃を打ち合い、それを弾き返す。
 リザードンの炎は、未だ煌々と燃え続ける。

「特性・“猛火”……!!」

 そうだ。
 ダメージを受ければ力を上げる特性の、“猛火”。

 戦闘は俺のテリトリー。
 “上昇”のモンスターは、戦闘中に力を上げていく。

「バシャーモ、ゴウカザル、フレアドライブ!!」
「っ―――」

 二体の攻撃は、ガブリアスを弾き返した。

 だが、追撃の手は緩めない。
 どこまでだって、詰め寄ってやる……!!

「っ―――カイリュー、ドラゴンクロー!!」

 イービルは、涼しげに戦闘を見ているだけではなくなっていた。
 俺と同じよう、捉えられないように青空の下を駆け回って指示を与えている。

「ぐっ……リザードン、炎のパンチ!!」

 一歩ごとに、俺の体は悲鳴を上げる。
 踏み出すごとに、体が爆発しそうな激痛を感じ、意識さえも刈り取っていく。

 だけど俺は走ることを止めない。
 少しでも動きを鈍らせれば、ようやく拮抗できたこの戦いは、瞬時に決まるだろう。

 “上昇”対“超越”の終盤戦は、結局、地力勝負。
 どちらも力を緩めたら、それだけで吹き飛ばされるだろう。

「―――、―――!!」
「―――!!」

 俺もイービルも、この青空の下、走ることも叫ぶことも止めない。
 モンスターたちも、全力で戦い続ける。

 その力に弾かれる岩が体を掠めても、戦闘に総てをつぎ込み続ける。
 青空の下、互いに傷つき泥だらけになりながらも、決して妥協はしない。

 随分―――“泥臭く”なってきたじゃねぇか……!!

「―――、―――!!」
 声が涸れようとも、叫ぶ。
 体が壊れようとも、止まらない。

 “混ざってるんだ”。

 “俺のため”と“あいつのため”。

 俺のために戦ってないと言えば当然嘘になる。
 それは、“真理”には抗えないということだろう。

 だけど、やっぱり純粋にそれだけじゃない。
 混ざってる。
 やっぱり自分がやっていることが、間違っているとは思わない。

 それが“俺の立ち位置”。
 だから、何千何万回と言える。

 イービル。
 お前のために、お前を倒す……!!

「ガブリアス、逆鱗!!」
「―――!?」

 二体の竜が力を解放し、俺のモンスターを二体弾き飛ばす。
 流石に“超越”の高出力を間近に受ければ、抗いきれないか。

 だが―――

「っ―――バクフーン、ファイアボルト!!」

 俺は回りこんでイービルに攻撃を放った。
 ガブリアスの攻撃の隙を縫った“衰えない炎”。

 加減はなしだ。
 全力で、イービルを倒す……!!

「―――っ」
「―――!!」

 雷炎が轟音を残して向かいの山に突き刺さったと同時に、俺は空を見上げた。

 イービルが乗り込み浮かんだモンスター。

 青白い、ガブリアスよりさらに流線型のフォルムに、美しさすら感じる幻想的な光。

 そこに再び、“伝説”は現れた―――

「っ、バクフー……」
「カイリュー、逆鱗!!」

 カイリューはリザードンを振り払い、バクフーンに突撃。
 すぐさま攻撃対象を空に変えていたバクフーンは、波動の塊と化した猛チャージに巻き込まれる。

 岩を抉り、爆破されたような衝撃を届ける力は健在か。

 だがこの超絶的な技すらも、あいつにとっては“時間稼ぎ”だ……!!

「ラティオス、“瞑想”……!!」
「っ、リザードン!!」

 直ぐにカイリューのマークが外れたリザードンを呼び寄せる。
 モンスターの近くにいなければ、俺の助かる道は万に一つもない。

「っ―――」
 リザードンを弾いた上での、バクフーンへの攻撃。
 そこに生じた俺のタイムロスで、ラティオスの“準備時間”が整った。
 首から下げたペンダントは、再び幻想的な光を放つ。

「はあ……はあ……これで……終わりにする……!!」

 やはり―――“確定一発”。
 こっちはもう放てない、絶対的な一撃……!!

 俺はエレキブルのボールに手を当て、直ぐに離す。
 もう、時間はなかった。
 イービルの“戦闘行為”による、俺の準備期間の削減。

 リザードン一体で、あの暴力的な一撃に対抗しなければならない。

 だが―――状況が絶望的でも、“それを超えていくだけだ”。

 ラティオスもあんな技を何のペナルティもなく放てるわけがない。
 威力は、前よりも絶対に落ちているはずだ。
 対してこちらは“この空”で力を増している。

 だから―――

―――物語は決して途絶えない……!!

「……」
 俺の眼は、力を高めたラティオスも……その上に君臨するイービルさえも捉えていなかった。

 “そこ”を目指すんじゃない。

 見るのは“さらに先”―――

「ラティオス……」

 ……?

 ラティオスが構えたと同時、俺は遥か高みに、人影のようなものが見えた。
 誰かが何かに乗って空に飛び、俺たちを見下ろしている。

 外にいたアスカさんじゃない。
 それは確信できた。
 その人物は、俺がもっとよく知っている“空気”を持っている―――

―――いや、今は“そんなもの”はどうでもいい……

 やはり俺が見るのは、もっと先。
 “そこ”を目指したら、“その前”に止まってしまうか、もしくは“そこ以上の高み”にはいけない。

 この青い空すらも越えて、どこまでも求め続ける。

 もっと遥かで、もっと遠い、ただただ“高み”を―――

「リザードン……」

 リザードンも構える。

 今、空が落ちてくるかのような波動の塊をラティオスは放とうとしている。
 だがそれも、いたずらに分散させず、俺を殺すための確実な一撃。

 それでも俺は、それに抗う。

「……」

 選ばれた段階で“勝ち”の決まる“超越”か。
 戦闘中に“勝ち”に詰め寄る“上昇”か。

 その答えはここで出る。
 これは間違いなく決着の訪れだ。

 “理想”を通せるか、通せないか。

 ここで“超越”を超えていく……!!

「竜星群!!」

「ファイアボルト!!」

 赤く鋭い“上昇”に、神々しい光を放つ“超越”。

 互いを狙った攻撃が、青い空で混ざっていった―――

------
 後書き
 読んでいただいてありがとうございます。
 最近パソコンの調子が悪くなってきています……
 何とかもってほしいところですが、更新が途絶えたらそのせいだと思ってください……
 また、ご感想ご指摘お待ちしています。
 では… 



[3371] Part.64 Ending
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/06/29 08:47
 単純な重力に従って、両膝をガンッ、と地面につく。
 次についた手の平は、いつの間にか完全に乾ききっている地面の感触を捉えた。

 体を襲うのは、激痛の一言で表現できる、“体中の爆発”。

 そして、それを吹き飛ばすかのように体を満たすこの歓喜は、単純な言葉で形容できない。

「はっ、はっ、はっ…………はは……!!」

 強引に体を反転させて座り込む。
 そして見上げる“青空の青”。

 そこには、その一番高い場所には、もう誰もいなかった。

「俺の……勝ちだ……!!」

 隣で同じように高みを見上げているリザードン。
 そのリザードンの放った雷炎は、“超越”を凌駕し、確かにラティオスを捉えていた。

「…………」

 俺はまだ、茫然と空を眺めていた。

 もっと高く。
 もっと遠く。

 戦いの中、念じ続けた言葉に、俺は少しでも近づくことができたのだろうか。

 閉じようとしていた世界を、強引にでもこじ開けることができたのだろうか。

 自分がやった行動は、正しいことだったのだろうか。

 結局分からないままだ。
 世界はやっぱり、難しくできている。

 だけど、少なくとも今の俺は、これでよかったのだと思う。
 逃げずに戦った結果が、勝利という“形”になった。
 そして俺は、それがとても眩しく思える。

 だから、これでいい。

 世界は、簡単にもできているみたいだ。

「…………ああくそ、“回りくでぇよ”……リクト」

 俺はなぜかそんな言葉を、空に見えた気がする影に呟いていた。

「…………はあ……はあ……」
「―――!?」

 その吐息が聞こえた瞬間、俺はすぐに視線を空から地面に戻した。

「……マジ……か」
「…………」

 岩の下から、這って現れた人物は呼吸が荒い。
 上着も裂け、泥まみれになって、気力が尽きているであろうにもかかわらず、そいつは立ち上がった。
 そして、三本傷の入った瞳を開いて、俺を捉える。

 俺は立ち上がることもできずに座り込んでいた。

「イービル……俺の、勝ちだ」

 それなのに、俺はもう一度、それだけを呟いた。

 何故なら、そのとき俺に浮かんでいたのは、イービルが再び現れたことへの危機感でも、次の戦いへの戦略でもなく、そいつが生きていたことへの安堵だけ。

 戦いは、確かに決着しているのだから。

「まだ、だよ……」
「……! お前……!」

 しかし彼女は俺の思考を読んだかのように、首を強く振った。

「“動ける以上は、止まれない”。カイも……そうだったでしょう?」
「っ……」

 俺はその言葉に連動して、強引に立ち上がった。

 こいつを突き動かしているのは、“呪い”。

 自分で立てた“誓い”を果たすための“対価”だ。

 “理想と現実を飛び越えるための対価”。

 それは本当に、自分が壊れても背中を押し続ける。

 特に、俺やイービルのような性格の奴を。

「はあ……はあ……」
「っ……」

 説得は無駄だということを、俺は嫌というほど知っている。

 軽く押しただけで糸の切れたように倒れこむであろう俺もイービルも、条件反射でボールに手を当てた。

 奇妙な空間が広がる。
 互いに戦いが決着していることを知っているのに、戦いが止まらない。
 ここで戦わなければならないのだと、感覚よりも深い部分、“本能”が警告を鳴らす。

 これは、こいつの初めて逢ったときも感じたものだ。

「……っ」
 やはりこの世界に慣れすぎたのか、俺はスイッチがすぐに入った。
 やっぱりこれは、“呪い”なのだろうか―――

「そこまで、かな」

 そこで、声が聞こえた。

「―――!!」

 イービルの隣に、上から男が降り立った。
 いつものスーツは所々避け、泥をかぶったように土に塗れ、しかし視線は鋭く俺を射抜いていた。

「フェイル……!?」
「ん、困ったな」

 フェイルは一旦俺を完全に無視してイービルの肩に手を添えた。
 それだけで、予想通りイービルは意識を失いフェイルにもたれかかる。

「もう、幕だよ」

 イービルを抱きかかえたところで、フェイルは再び俺に向き合った。
 ムクホークで低空飛行しているにもかかわらず、俺の知っていたどの空気よりも自然な空気を纏って。

 ……ちょっと待てよ。
 フェイルがここに現れたって、どういうことだ……!?

「!?」

 俺が口を開きかけた瞬間、フェイルは飛び立った。
 その直後にその場に突き刺さる“弾丸”。

 フェイルが離れた岩場に着陸するまで、俺の理解は追い付かなかった。

 だが、今、フェイルを襲った攻撃の正体を、俺は知っている。

「……!! グラン……!?」

 二人はここまで飛んできたのか、俺の隣に着陸したグランは、未だ闘争心を燃やし、フェイルを捉えた。
 フェイルと同様にボロボロになり、右腕をだらりと下げながらも、グランはボールを構え続けている。

 まさか、この二人は……

「お前ら……まだ戦っていたのかよ……!?」
「…………」

 息も絶え絶えのグランから届いた“無言”。
 それは、肯定。

 この二人の戦いが始まったのは、ウィッシュ・ボーンに到着した直後。
 そんな長時間、こいつらは……

「いや、もう決着はついているよ」
「……?」

 フェイルはそう呟き、ふっと笑った。

 そこで、俺はようやく、フェイルの右足に力が入っていないことに気付いた。

「足が折れてしまってね。もう機敏には動けそうにない」
「……!」

 対して、グランは腕が折れているようだ。
 未だピクリとも、右腕を動かしていない。

 互いは、共に重傷。
 だが、動きを特に司る足が折れたフェイルは、自己が不利だと判断したようだ。

「こうなれば、こちらが勝つのは難しいだろうね」
「俺はまだ、終わったとは思っていない……!!」

 しかし、グランは納得していないようだ。
 グランも攻撃力を削られている。

 これはこいつの言うところの、“勝ち”ではないのかもしれない。

「ん、困ったな。確かに楽しかったけど、残念ながら幕だよ」
「……!!」

 さっきも聞いた、フェイルの“幕”という表現。

 俺はその言葉の真意を嗅ぎ取り、スイッチが解除されていくのを感じた。

「彼女ももう戦えない。リーダーを欠いた以上、この戦い―――」

 それは、俺たちが、最も欲したもの―――

「―――チーム・ストレンジの勝利だ」

 敵に言われて実感が上ってくるのも奇妙な話だ。

 だけど、この男の言葉は、ある意味最も信頼できる。

 この戦いは、このチーム戦は、俺たちの、勝ち。

「……」

 グランも糸が切れかけているのか、ボールを掴んでいた手を下げる。
 フェイルの戦闘意欲は、今完全にない。
 それがこいつの戦う意味を奪っていったからだろう。

「ん、“長かった”」
「……?」

 フェイルは小さくそう呟き、背を向ける。
 そう、あっさりと。

「チーム・パイオニアは解散する。彼女が決めるべきかもしれないけど、それがこの物語の結末として、最も自然なことだろう?」
「ま……」

 羽ばたき宙に浮かぶフェイルに、俺はかける言葉もないのに口を開いていた。
 フェイルもそれに気付いているのか、俺の言葉を聞き流す。

「それじゃあ、また逢うときまで」
「…………」

 飛び去る二人を、俺とグランは黙って見送る。

 長くて激しい戦いは、驚くほど静かに、そしてシンプルに幕を迎えた。

 “普通”から最も離れた兄妹は、青空に吸い込まれるように飛んでいく。

 ようやく“実感”が上がってきたころには、完全に姿は見えなくなっていた。

「……勝った……ぜ?」
「…………」

 再び膝から崩れ落ちた俺の隣で、グランも同じように倒れ込む。
 俺はそれが何か楽しくて、からからと笑う。

「流石に限界か?」
「……始めたいのか?」

 グランが座りながらもボールに手を当てたのを見ても、俺は笑い続けていた。
 今は何だって楽しい。
 グランはつまらなそうにボールを戻すが、その表情は、前よりも柔らかく見えた。

 迷い続けてようやく到達したこの“出口”は、まだまだ高みに続いている。
 そんな果てもない長い道が見えても、やっぱり楽しく思えた。
 こんな気分は、かつてなかっただろう。
 太陽は、技を止めても遮られずに輝き続けている。

 何かを成し遂げるというのは、こんなにも、世界が輝いて見えるものだったのか……

「……?」

 いや、実際に輝いていた。
 太陽の光とは種類の違う明るさが空を満たす。

 俺とイービルの戦いで、随分と削り取られたこの地から見えるウィッシュ・ボーンの一角が、岩であるにもかかわらず、光を放っていた。
 そして、届く地響き。

 まさか、これは……

「何だ……?」
「いや、そうじゃない」
「?」

 警戒しだしたグランを嗜め、俺はその一角を見続ける。
 イービルの記憶が物語る、あの場所にあるもの。

 それは……

「グラン。目を離すなよ……?」

 その瞬間、その岩場が吹き飛んだ。
 だが、警戒する必要はない。

 これは、“解放”だ―――

~~~~

 潮の匂いがする。
 そして頬を撫でる、涼風。
 私はそろそろと目を開けた。

「……?」
「ん、目が覚めたみたいだね」

 眼下には海が広がっている。
 そして、空には抜けるような青。
 その狭間を、私たちは飛んでいた。

 ああ、私は。

「あっさりと去ってきたよ。彼に何か言おうと思っても、“相殺”されてしまってね」

 私を抱きかかえてくれている人は呟いた。

 “相殺”。
 その言葉の意味は、彼がこの決着について抱いた感情が、正と負の両方あったという意味だろう。

「チーム・パイオニアは解散。それで、いいだろう?」
「……うん」

 “ああ、終わった”。

 思ったのはそれだけ。

 それは、私の気持ちも“相殺”されているからだろう。

 世界を閉じようとした先駆者は、世界の外から現れた不思議な人に止められた。

 進めなかった悔しさと、進まずに済んだ安堵。

 とても静かで、とても不思議な感情だった。

「兄さん……。私は……間違ってたかな……」
「ん、らしくないね」

 肩の荷が下りて出た私の言葉に、兄は笑うように一言で返す。

 そうだった。

「“負けた以上は、間違いだった”。そうなるんだよね……」

 それが、この世界のルール。
 だけど、それに対して感じるものに、悔しさ以外のものがある。
 だからやっぱり相殺されていく。

「さて、これからどうする? また、世界を閉じたいのかな?」
「……ううん。もう……」

 ここで、止まれた。
 止めてくれた。

 私の体が動く以上、絶対に引くわけにはいかなかった“流れ”から解放された。

 今、後戻りができない細い道は壊れて、世界が広がっていく。
 初めての負けは、思ったよりも辛くない。

 確かに彼は、私のために私を倒してくれたのだ。

『そういう考え方もある』
『一概に間違いだとは言えない』
『物事の二面性』

 考え出したら切りがない、“肯定の仕方”。
 それを彼は壊してくれた。

 “正しさ”があると信じて回り続けた螺旋の道を、諦めずに未だ駆け続けている。

 高みを目指すことと同じ。
 ここまで、というゴールがない。
 だけどそこから彼は逃げることを拒み続けた。

 そんな彼の言葉だから、私の胸に届いたのだろう。

「次は何をしようかな……」
「“そう思えるなら”、良かったよ」
「……私はそこまで弱くないよ」

 私が十年かけた、チーム・パイオニア。
 それが壊れても、私は“次”を目指していける。

 総てを失ったのだとしても、私の世界は広がったばかりだ。

「……“イヴ”」
「?」
「ん、なかなか難しいな。名前を思いつくのは」
「名前……?」
「ん、一つくらいは兄らしいことをしたくてね」

 兄が、何時ものように困った表情を浮かべていた。
 再会も、接し方が分からずじまいに流れていったのを思い出す。

「名前は一生つき纏う。イービルという名も、そうだろう。だけど、無理と分かっていても、それに少しくらいは抗いたい。それは自然な考え方だろう?」
「…………」

 だから、“イービル”を文字って、“イヴ”。
 ようやく私はそこに追いついた。

「今の名前は、“次”を始めるのには、あまりに不自然だ」
「じゃあ、兄さんも……」
「“フェイル”のままでいいさ。この名前だとしても、どうやら“アタリ”らしいからね」

 私には分からない言葉。
 だけど、兄さんらしい、と私は思った。

「それで、どうかな。名前は……」

 兄さんが緊張しているのを初めて見た。
 私たちの会話を拒んでいたのは、離れていた時間の長さに伴う照れ臭さ。
 単純に言ってしまえばそれだけのこと。
 そんな壁は、もう壊れそうだ。

「うん、いいよ。すごく」
「……ん、ようやく名前で呼べそうだ」

 私たちは、少しは普通の兄妹に近づけたのだろうか。

 兄妹でもいつかは離ればなれになる。
 もうすぐ分かれるであろう道。

 だけどその手前で近づけたのは、本当に、いいことなのだと思う。
 やっぱり不思議だ。
 負けた後なのに、得るものが多い。

「!」

 私の腰のボールから、モンスターが飛び出した。

 青白く、幻想的な光を放つ“伝説”。

 私の戦闘不能による“解放”だ。

「あ」

 その青白い光に追いすがるように、紅い光が現れた。

 あれは、ラティアス。
 ラティオスに近い姿を持つ、妹。
あれも、“伝説”の竜だ。
 ここに兄がいることを感じ取って、現れたみたいだ。

 その二体は色が混ざるほど近く飛び、青空に混ざっていく。
 澄んだ空気の遠くに伸びるその光は、不思議と今までと違って見えた。

「ああ……決めた」
「?」

 “伝説”の兄妹が去りゆく光景を目で追いながら、私は呟いた。

 また、あの“伝説”を追おう。
 今度は、兄妹が離れないように、一緒に。

「いい天気だね……」

 青空の中、ふいに私は呟いた。

 彼からもらった“広い世界”と、兄からもらった“イヴ”という名前。
 次は、世界を閉じるためじゃなく、私のために目指していく。

 そうじゃなきゃ、この空をくれた人に、また止められてしまうのだろうから―――

~~~~

「―――!!」

 消し飛んだ岩からあふれ出すその光の正体は、やはり“伝説”だった。

 所有者の戦闘不能を察知した“伝説”たちは一斉に解放。
 あるものは空を飛び、あるものは地を駆け、新たな居場所を求めて飛び出していく。

「す……げ……」
「……!」

 その数は、ゆうに十を超えている。
 その全員がラティオス同様幻想的な光を帯び、青空を埋め尽くしていく。

 紅く。
 蒼く。
 そして、橙に。

 空も大地もそれで埋まる。

 見る者総ての心を奪う“伝説”。

 地を行く巨獣は、レジギガス。
 プレシャス・ビリングの“伝説”。

 空を行く巨鳥は、ルギア。
 ユースタス・ポートの“伝説”。

 俺たちが出会った“伝説”も含まれていた。
 当然、偽物には放てない空気を纏って。

 俺の乏しい知識では、その全ての名前を明かすことはできない。

 だけど、他にも知っている“伝説”がいた。

「……あ……あああああ―――っ!!」
「……!! コトリ!!」

 悲鳴にも似た絶叫を追ってみれば、そこにはコトリが震えて立っていた。

「……って、コトリ! お前傷だらけ……」
「ひとっ、ひとっ、かなっ……あああ!!」
「コトリ落ち着け、お前怪我……」
「すごいっ、一つ、ああ、すごい!!」
「分かった。分かったから、怪我……いだっ、痛てぇって!!」
「すごい、カイさん、あれっ、あれ!!」
「ごめっ、一旦止まろう、一旦止ま……いだっ!!?」

 傷だらけのコトリの歓喜ぶりは、近づいた俺を何度も叩くほど。
 だが、気持ちは分かる。

 今、コトリの目が捉えているのはフリーザー。
 青くキラキラと輝いたその伝説は、同じ青空の中でも煌々と目に映る。

「一つ! 一つ!! あああっ、すごいですよ、カイさん!!」

 コトリはまだ戻ってきていなかった。

 だが俺も、そこでようやく気付く。
 コトリがここにいるってことは、勝ったということ。

 どうやら俺も、この光景に落ち着いていないみたいだ。

 残念ながら三羽の中の一羽しかいないみたいだが、コトリは夢を、一つ手に入れていた。

「うわ、すごい」

 声を荒げたコトリとは打って変わって、呆けたような声が聞こえた。

「ラナ……!……って、レイ!?」

 今度現れたのは、全身ずぶ濡れの二人。
 だが、ラナはしっかり立っているのに、レイはそのラナに覆いかぶさり、顔を伏せていた。

「ああ……大丈夫よ……今……動けないけど……」

 ボソボソと、小さな声が聞こえた。

「何だよ……どうしたんだ?」
「今……無理……」
「あ、ああ……」

 同じトーンで返された俺は押し黙る。
 全く動くつもりはないみたいだ。
 だが、ラナと協力して強引に上を向かせる。

「あ……」

 声は小さく瞳は虚ろ。
 だけどレイの表情はすっと明るくなった。

「ありがと……」

 ほとんど呂律の回らないまま出てきたその短い言葉だけでも、こいつが俺たちと同じような気持ちになっていることが分かる。
 無事で、本当に良かった。

「で、ラナ、レイはどうしたんだ?」
「……頑張った」
「やっぱ後でいいや。レイに聞く」
「……頑張ったのに……」
「え、お前が、ってことだったのか?」

 会話がかみ合わないまま、ラナはむくれて空を見上げた。

 未だ“伝説”はそこに広がっている。

 ああ、やっぱり名前は分からない。
 解説役が欲しい……

「……そうだ。スズキは?」
「あ、そういえば戻って来なかったけど……勝ったって言ってたよ」
「なんだよ……まあ、何時ものことか……」

 いつの間にか勝っているのも、いつの間にかいないのも、スズキらしい。
 だがそのツケにしては、この光景が見られないというのは釣り合わないだろう。

 この、“伝説”が世界を埋めていく光景は、どんなアトラクションで得られない感動を与えてくれた。

「……ねえ、勝ったんだよね……?」
「……ああ」

 “伝説”が去り、再び青空が現れたとき、小さな呟き声が聞こえた。

「勝ったんだよ。……勝ったんだ」

 ここにいる全員ボロボロだ。
 だけど、勝った。

 ああ、また体が震えてきた。

「マジで倒したんだ。“最強”を……!!」
「…………」

折角の勝利宣言を聞き流すように、グランは俺の真横を通り過ぎた。
 いや、何故このタイミングで歩き出す?

「ちょっと待て」

 機嫌悪そうに足を止めたグランは、紅い眼を静かに向けてきた。
 どうやらこいつからはもう、“伝説”の感動は消えているようだ。

「なにあっさり行こうとしてんだよ」
「何故止める?」
「何故って……」

 言いかけて止まった。
 “最強”を倒しても、こいつはあっさりと“次”に向かって歩き出す。
 それは、変わらないのだろう。

「……いや、待てよ。そう、報告だ。一応エースたちに言うのが礼儀ってもんだろう?」
 だけど、そのまま送りだすのが何か悔しくて、俺は言葉を作った。

「怪我の治療くらいはしていけって」
「…………」

 グランは目をつぶって近くの岩に寄りかかった。
 怪我の治療は必要と判断したようだ。
 危なく『下らない』の一言で片付けられるところだった……

「じゃ、じゃあ私、アスカさんを呼んできます!」
 呆けていたコトリが我を取り戻し、ボールを投げる。

 帰るときの手はずは、確かにそうなっていたけど……

「コトリ、怪我、大丈夫なのか?」
「は、はい!」

 思ったよりも傷が深くないのか、それとも感動でマヒしているのか、コトリはプテラで元気よく飛び立つ。

 ああ、ようやく“帰れそうだ”……

「…………! そっか……」
「? カイ君?」
「いや……」

 そうか。
 “終わった”ということは、そういうことだ。

 俺とレイとスズキは……。

 もしかしたらスズキは、それを探してくれているのかもしれない。

「……」

 俺たちはこれから、全員でエースたちに会って、そして、帰る。
 いずれ訪れたはずの“別れ”は今、眼前に迫っている。

 “そうしなければならないのだから”。

「そうだ。ピクニックの約束、覚えてる?」
「! あ、ああ」

 ラナはそれが分かっているのか分かっていないのか、いつか“育て屋”でした約束を切り出した。

「そうだな……どこですっかな……」
 俺はボソボソと呟きながら腰を下ろす。
 何か、色々と疲れが同時に襲ってきた。

「広場がいいな。絶対に、山とかは嫌だから」
 ラナもカラカラ笑いながら隣に座った。

「そう……するかな……」

 どの道全員で話した方がいいだろう。
 曖昧な返事をしながら、俺はまた、青い空を見上げた。
 あいにくと、小さな雲が出てきていたが、まだまだ晴れている。

 とりあえず、スズキが戻ってきてから考えよう。

 だが―――

 コトリがアスカさんを連れてきても……

アリスさんがテレポートで現れて戻る準備が整っても……

 何時まで待ってみても……

―――スズキは、現れなかった。

~~~~

「…………」

 終わった。

 今の私の乏しい聴覚でも、上から届いた轟音や、伝説が一斉に解放された爆発音は聞こえてきた。
 この戦いは、チーム・ストレンジの勝利で幕を迎えたのだろう。

「…………」

 “伝説”が保管してあったのは、私の研究室。
 そこに置いてあった研究資料は、総て消え去っただろう。
 それくらいの力は、“伝説”は有している。

 大体は頭に入っているから問題はないが、私の興味のあることの一つ、“伝説”は、またやり直し。
 自分の技の影響で動けないというのは、やっぱり屈辱的だ。
 そして、悔しい。

「っ……」

 視界はまだ、ほとんど暗いまま。
 背を預けて座り込んでいる岩の壁の感触も、あまり届かない。

 全てを失ったという表現が、今は最も相応しいかもしれない。

 残ったのは、身近に持っていた、“この伝説”だけ……

「……!」

 もう一つの、“興味のあること”が近づいてきた。

 私が動きの鈍い手で取り出したボールの先、私がある意味最も警戒していた男が近づいてきている。
 私がこんなときに現れるなんて、やっぱりこの男は私の機嫌を悪くするように動く―――

「……ごきげんよう」
「ええ……ごき……げん……よう……」

 口から出た挨拶は、やっぱり呂律が回らない。

「それで、具合は?」
「……」
 顔も上げることができず、正面近くに立った彼の足しか見えない。
 私はその足に、無言を返した。

 どうせ彼なら察するだろう。

「はい」
「……?」

 足しか見えなかった景色に、彼の手が増えた。
 私は反射的にその手に手を伸ばし、すぐに下す。

 彼が私を助けに来たわけではないと、分かってしまった。

「調子が……いいわね……」
「……“時渡り”……セレビィを持っているよね?」

 私の手元に最後に残った最後の“伝説”、セレビィ。
 彼はそれを受け取りに来たのだ。

「さっきの“解放”の中にいなかったと思うから……。……必要なんだ」

 調べを進めていくにつれて分かった、セレビィの不思議な力。
 次元と他の次元の、“狭間”への干渉。

 それは時に時間への干渉と評価され、セレビィは、二つ名が“時渡り”の“伝説”として記録されていた。
 そしておそらくそれが、彼らがこの世界にやってきた手段。

 彼は、それを求めている。

「嫌だ、と言ったら?」
 口から出てきたのはただの強がりだろう。
 このまま彼に渡すのは、面白くない。
 ただ、それだけの。

「……困る……かな……」
「…………」
 彼から返ってきたのは、動けない私への“脅し”ではなく、単純なその言葉だけ。
 実際、それが一番私にとって面白くない答えなのだと知っているのだろうか。

「はあ……」

 私はボールをそろそろと彼の腕に近づけた。
 どうせ、このままならセレビィは解放される。
 だから、仕方ない。

 セレビィは、“成長”と“錯誤”のモンスター。

 それが今、“錯誤”の適合者の私から、“成長”の適合者の彼に渡る。

「っ……重い……ね……」
「しっかりしなさい……私は……キープできてたわよ……?」

 セレビィを渡した瞬間、体が少し楽になった。
 “伝説”は、それだけ負荷がかかる。
 その重荷は、今彼が背負っていた。

「セレビィが俺の六匹目……か」
「……?」

 彼の表情は見えない。
 だけどその声色に違和感を覚えた。

「でも……これで、あなたたちは帰るのね……。元の世界に。……勝ったまま」

 少しできた余裕で、私が発したのは皮肉。
 会話を続けていたからか、感覚が徐々に回復していく。

「いや」
「……!」

 今、確信した。
 彼の声色は、あのトワイライト・タウンでも聞いた、真剣な色を帯びている。
 それが、この違和感の正体だ。

「終わらないさ。……終わらせない。だから、俺が持つ」
「……何……を……?」

 上から聞こえてくる声に私が覚えたのも、あの時感じた圧迫感。
 彼は、何を言っているのだろう……?

「ようやく“我”ができた……かもしれない。やっぱりこの世界は、面白いよ」
「……」

 今感じているのは、彼の持つ“闇”なのだろうか。
 彼が以前に私の前で見せた“秘密”よりも、なぜか彼の“我”に興味が出てくる。

「きっとこの“我”は、“主人公”と対立する。“この空”は、カイのものだ」

 彼の言葉を聞き洩らさないようにしながらも、私はボールを探る。
 彼が今欲しているものが、なんとなく分かってきた。

「だけど、抗ってみたい。そう、思うよ」
「……どこに行きたいの?」

 取り出したボールはフーディン。
 彼は、長距離移動ができないのだから。

「ありがとう、ペルセちゃん」
「どこに行きたいの?」
「……!」

 強引に、体を立たせる。
 再び伸ばされた彼の腕につかまって。

「……一緒に来る?」
「……私のテレポートは……そっちの方が安定するのよ……。下手に飛ばされて、海とかに落ちたい?」
「そういうのも面白い……いや、やっぱり嫌だな」

 私が精一杯睨んだ彼の顔は、前よりどこか変わっていた。
 少しだけ、本当に“成長”している。

「とりあえずは、ペルセちゃんの治療かな。遠くなくていいよ」
「馬鹿にしないで……問題ないわ……」
「じゃあ、近くのセーブハウスか何かに行きたい」
「…………フーディン」

 ため息一つ吐き、フーディンを繰り出す。

 何時も楽しそうにしていた彼が見せた“闇”の結末を、私は見たいと思う。

 その“闇”を晴らすのは、きっと“この空”じゃ駄目なんだ。

「行くわよ……」
「うん、ありがとう」

 この戦いは終わった。
 チーム・パイオニアは解散だ。

 最後に残った“伝説”も、意思表示でいなくなった。

 だけど、面白いことは残っている。
 それなら、総てを失ったわけじゃない。
 まだまだ楽しめる。

「ごきげんよう。ウィッシュ・ボーン……」

 そのためなら、行くのもいいかもしれない―――

「テレポート」

―――“違う空”へ……

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 読んでいただいてありがとうございます。
 さて、次回は“Another Sky”と“Epilogue”の、2話同時更新の予定ですが、大分遅くなってしまいそうです。申し訳ありません。
 なお、二話同時更新は、今まで通りに題名には現れないと思われます。
 いよいよ物語も大詰めを迎え、この話も今日で1年。
 本当に、ありがとうございます。
 では…



[3371] BSB AS/ Observer
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2010/03/13 03:01
 前書き(番外編には常につけようと思います)

1・この物語は、番外編です。

2・文章形式は、一人称に近い三人称になります。

3・……もうお分かりかと思いますが、この物語は、今までの番外編とは違い、さらっと読み飛ばされることを前提として作ってはおりません。ぜひ、お読みになっていただければと思います。

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 Blue Sky Blue Another Sky/ Observer

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 雨が、降っていた。
 だがそれは、降り注ぐとは違い、体に鬱陶しくまとわりつく霧雨。
 “巨大な通気口”が空いている、ここ、ヴォイド・ヴァレーでも、もやもやとした空気が支配していた。
 ただそれは、それだけが理由ではないのだけれど。

「コトリちゃん、まだ寝ないの……?」
「……はい」
 窓辺に頬杖をついて、空を見上げている親友、コトリ=へヴンリーから返ってきたのは、気が抜けているようでどこか芯のある応えだった。
 背後から近づいたラナニア=マーシャルは、窓から一定の距離を取って止まる。
 二階とはいえ、彼女にとってその高さは鬼門。代わりに見上げた空の星は、分厚く雲で覆われていた。

「何か……色々……考えなきゃいけないって思って……」
 コトリは変わらず空を見上げ続けながら呟いた。礼儀正しい彼女にしては珍しい態度に、しかし違和感は覚えず、ラナはほんの少し勇気を出して、一歩だけ窓に近づいてみた。
「……夢のこと?」
 ラナは、“分かっていて外した”。
 コトリの夢。
 それは以前、『カイさんにしか話してないんですけど……』という前置きをつけながらも、自分に話してくれたもの。
 コトリはその夢の一つを叶えていた。
 伝説の三羽のうちの一つ、フリーザーを見るという夢を確かにこの手に掴んだのだ。
 あと、二羽。
 それがコトリの次の目標だ。
 だけど、今の問題は、それほどシンプルではない。

 だが、コトリは、
「違い……いえ、もしかしたら……“そういうことも”かもしれません……」
 煮え切らない答えを返してきた。

「それは、」
「“先のこと”。多分、私……ううん……ラナさんも、考えないといけないのかもしれません……」
「……“分からない”、よ」
 コトリの言葉を、煮え切らないまま捉えたラナの返事も空虚なものだった。
 だけど、お互い、『何となく』を『何となくのまま』捉えて話を進める。

「私たち……その、勝ったんですよね……?」
「……うん」
 ラナの脳裏に浮かぶのは、忘れようとも忘れられないあの激戦。
 創った“我”を貫くために、自分たちチーム・ストレンジは“最強”まで駆け上がった。いや、勝ったのだから、駆け抜けたのだ。
 しかし、その戦いで残ったものは、達成感だけではない。
 最も高い所に駆け上がったら、何を目指すのか。そういう悩みもあるのだ。
“あの問題は別としても”。

「私は夢を……叶えたいです。最初から持っていた目標ですから……。でも、どこか“その光景”には、みなさんも一緒にいて……」
 コトリは何時しか思っていた。
 『“自由”の答え』さえ見つければ、このチームにいてもいいのだ、と。
 そしてその答えは、戦いの中見つけることができた。願い続けた“証”が確かな形になったことで、迷わないと決められたのだ。
 だから、このチームはどこまでも続く、と。
 ゴールなんてものはないのだ、と。
 だから当然、“その光景”にはチームと共にいる。
 だけどそれは、わがままだったのだろうか。

 チームの“我”は今まで一つ。
 妥当チーム・パイオニアだけ。
 だがそれを達成した今、チームのメンバーのベクトルは、どの方向に向かっているのだろう。そして、強さはどうだろう。
 できることなら、同じが良かった。
 だけど、どうやらそれは違うらしい。
 旅をして学んだことは、どこまでいっても“我”はまとわりついていたということだったのだから。

「……“分からない”、よ」
 ラナは、それしか繰り返せなかった。本当にそうなのだから。
 彼女の目標も、あの戦いの中で手に入れたはずだ。

 『人は変われる』
 それを、彼女は“正しい”ことにした。もう迷わずに、ゴールの見えない道を進んでいけると信じている。
 だけど、途端に現れた問題に、すぐに対応できるのは無理な話。結局、『分からない』としか言えなかった。
 たとえどれだけ、悔しくても。

 一つだけ分かることは、やはり『何となく』のもの。

「何か……バラバラになっちゃった気がするよ……全部、全部」
「……はい……」

――――――

 サトウ=スズキが姿を消して、二週間が経過していた。
 当初はチーム・パイオニアのメンバーに襲われた可能性を検討し、元チーム・クリエイトによるウィッシュ・ボーンの大調査が行われた。
 しかし、戦いの中負傷し、ヴォイド・ヴァレーで治療に専念させられていたチーム・ストレンジの面々に届いたのは、『不明』という結果のみ。スズキの姿も、スズキが襲われた可能性のある場所を調べてみても、何ら痕跡は見つからなかった。
 あたかも、スズキが静かに、ふっと消えたかのように。
 しかしそれも、一週間前のこと。
 元チーム・クリエイトのメンバーは、その結果を得たあと、各々自分の居場所に帰ってしまった。
 驚くほど、あっさりと。
 それは、この問題が、完全にチーム・ストレンジに預けられたということなのだろう。
 だが、結局解決できないまま、未だもくもくと、ヴォイド・ヴァレーで治療に専念していた。

 大騒ぎするかと思われた、スズキの親友の二人でさえも、もくもくと。

――――――

「…………」

 カラスマ=カイは、行儀悪く窓辺に腰かけ、空を見上げていた。
 大改装が行われたグランの家の一室。今では完全にカイの自室となっているその場所で。

「ああくそ、晴れねぇかな……」
 一言。
 数日前から降り続いている霧雨に、一言漏らした。
 最近、急激に空を見上げる時間が増えている。特に、今のような夜には。
 それは、特に治療が必要だったカイにしてみれば、その程度のことしかできないからというだけではなく、当然今の状況を整理することを本能的に避けたかったからかもしれない。
 よっぽど雲を焼き、強引に空をのぞかせる技を発動させたいと思うほど、何かに没頭したかった。
 だがそう思っても、動きたくないという欲求が勝って、茫然と空を見上げるだけなのだけれども。

 スズキに、何が起こったか。
 それを気にしていたのは、もう大分前になる。今では、何故スズキは去ったのか、というスズキの真意を探るものになっていた。

 分からない。
 普段から、何を考えているのか分からない奴だったスズキ。
 だがそれは、“こういう意味じゃない”。
 細かい部分は分からなかったとしても、根本的な部分は理解しているつもりだった。
 あの、へらへら笑っている顔の奥にどういうものがあるのかぐらいは、幼馴染として、知っているつもりだった。
 だが、今はどうだ。
 流石に二週間姿をくらませているとなると、もう笑い話じゃ済まされない。
 スズキは本気で、身を隠しているのだ。
 それは間違いない。
 それは、何故なのか。

「…………」
 “だが、分かっていた”。
 スズキが何故姿をくらませたのかが。
 分からないは上辺だけの考え方だ。確信は持てなくとも、本当は分かっている。

 現に、あのエースたちがこの場を去るときも、カイは一切引き止めなかった。
 態度はどうあれ常に的確なアドバイスを与えてくれたあの男の離脱に、カイは何ら危機感を覚えなかったのだから。
 この問題は、本当の意味で、自分たちで解決しなくてはならないのだ。
 エースにすらできない。“種類が違う”。そう確信できる。
 これは、そういう問題だ。

 だけど、“そうなる”としたら、

「……待てよ」
「…………」
 カイは空を見上げたまま、視界の隅に映った男に声をかけた。
 二階の窓辺に座っているカイを、その男は変わらず不機嫌そうに見上げる。

「何故止める?」
 “紅い眼”のその男は、二週間前と同じ調子で切り返してきた。
「何故って……」
「傷は癒えた。これ以上、止まっているつもりはない」
 カイは大きくため息を吐くほど、呆れてしまった。
 グランの右腕には、未だギプスがはめられている。
 チーム内でも断トツの負傷をしていたカイとグランだが、その実、グランの方が特殊な戦闘形式だっただけに重傷を負っていた。
 だが、グランは足取りも確かに、歩きだしている。
 それはグランの言うところの、『ナンバー・ワンへの渇望』がそうさせるのだろうか。傷を癒す時間ですら、惜しいのかもしれない。
 名目的にも回復している以上、今度こそカイに止める術はない。
 このままあの背中を見送ることしかできないだろう。
 だが、グランは、
「確かに……」
「?」
「確かに、“あの男”とは戦う必要があると思っていた」
「……!」
 静かに、言葉を紡いだ。
 それは、“客観的に判断して”、グランにとって必要であるものであったのだから。

 実際のところ、グランの目的を最もよりよく果たせるのは、現在間違いなくここ、ヴォイド・ヴァレーなのだ。
 “最強”、チーム・パイオニアを倒したチーム・ストレンジ。
 そのメンバーが、大集結している。
 そういう意味では、ここがナンバー・ワンへ最も近い場所、ということになる。

 だが、その中でもグランが目をつけていた人物が二人いた。
 一人はカラスマ=カイ。
 チーム・パイオニアのリーダー、イービル=ドラコランスを倒した、このチームの中心的人物。
 だが、現在は戦う気が全く感じられない。

 そして、もう一人はサトウ=スズキ。
 中心的、という言葉を使うならこの男もそうだった。
 話を聞く限り、彼はあらゆる戦闘を、ほとんど無傷で切り抜けている。
 戦っていないわけでもなく、単に運が良いわけでもない。それなのに、スズキは“無事”なのだ。
 そういうものが何から生まれるのかを、グランは知っている。
 それは、地力。
 グランが分析する限り、スズキのそれはチーム内でも随一だ。
 その上での、トリックプレー。
 ディフェンスタイプのモンスターの多さといい、グラン自身とも通じるものがある。

「だが、いないのだから、ここにいる意味はない」
「……」
 それが、グランのものの考え方。
いないのなら、どれだけの魅力があろうとも、無意味。そうやって、グランは生きていていた。
 ただ、しばらくここで待っていたのは、グランにとって珍しいことなのだけれど。

「……そっか」
 カイは、グランを止める術が完全にないことを理解し、そして、何故止めよとしていたのかも分からないまま、そう呟いた。
 カイにはグランの言っていることが分かる。
 “理解”ができるのだ。確かにそうだと頷くことができる。
 それが、“肯定の仕方”。
 相手の意見に頷くのはあまりに簡易だ。
 相手の視点に立って、相手の感情をかぎ取り、そして首を縦に振る。
 そんなことは、余程の子供でもない限りできる。
 だから、相手を否定することはできない。
 それは、“真理”なのだから。

 “そこから一歩進んだ今でも”、それはやっぱり存在する。
 “納得”できるかできないかは、その先の問題だ。

 まあたとえ、ここでどれだけ頭を巡らせようとも、グランを止める手段も理由もないのだけれど。

「なあ、グラン……」
「?」
 引き留めることを完全に放棄したカイは、ヴォイド・ヴァレーを軽く見渡しながら呟いた。
 何となく、聞きたいことがある。

「お前は、よくあっさり故郷から離れられるな……」
「何が言いたい?」
「いや、一応な……」
「?」
 カイはまっすぐ、グランの紅眼を捉えた。
 グランもその空気に違和感を覚える。
 だが、答えは当然決まっていた。

「選んだからだ」

 紅眼を“呪い”と称され、国そのものから奇異感を抱いた眼を向けられたグラン。だがグランは、すぐにその場を去らなかった。ヴォイド・ヴァレーを、見極め、そして外へ向かったのだ。
 後悔はしていない。だから答えは何時もある。
 『自分は選んだのだ』と。

「……ああ、ありがとう」
 カイがそう呟いたところで、ドアがノックされた。

「カイ。起きてる?」
「レイか? 開いてるぞ」

 ギギギ、とドアが開く。
 その一瞬。
カイが再び外に視線を移すと、グラン=キーンは消えていた。

「? あんたまたそんなとこ座ってたの?」
「……まあな」
 ミナモ=レイはドアを静かに閉めると、手ごろな椅子を引き押せた。
 ストンと腰を下ろした顔には、やはり疲労が浮かんでいる。

「お前も起きてたのかよ」
「ええ、何かまだライフサイクル戻らなくて」
 レイは戦いの後、五日間近く寝込んでいた。
 “魔女”の技の後遺症の所為もあったのだが、一番の原因は気の緩み。
 あの戦いで、チームのために最も気を張っていたのは、間違いなくレイだったのだから。
 ただ、ようやく回復したころに、彼女を待っていたのはバッドニュースだったのだけど。

「見当……ついた?」
「……」
 これは、ここ数日二人の間で何度も交わされたやり取りだった。
 対象が不明なレイの質問に、カイが返すのは決まって無言。
 だが、その返答に、レイは少しだけ安堵していた。
 カイは、見当が付いているのだ。ただ、言葉にできないだけで。
 レイがスズキの失踪を聞いたとき、最初に感じたのは当然、驚愕。そして、漠然とした予感だった。
 つまり、何となく。
 この問題を解決できるのは、カイだけだ、と。

 これは別に、カイがリーダーだからとか、チーム・パイオニアのリーダーを倒した実力者だからとかいうわけではない。
 ただ、この三人の関係で漠然と感じていたこと。

 カイはレイにたしなめられ、
 レイはスズキに丸め込まれ、
 スズキはカイとの衝突を避けてきた。

 それで、三人の親友はうまく回っていたのだ。

 だから、レイは思う。
 自分では駄目なのだ。
 自分では、丸め込まれてしまう。

 そして、その関係図を眺めたとき、同時に思うこともある。
 スズキは、もしかしたら。
 今回カイを避けようとしていないのではないか、と。

 抗うことが許されなかった関係図。
 だがそれは、やっぱり“我”によって壊されるのだろうか。

「なあ、レイ……」
「?」
 不意に、カイが呟いた。
 窓の外から視線をレイに向ける。
 その眼は、レイから見て、呆れるほど静かな色を浮かべていた。

「帰ろっか。……俺ら」

 声色も、ずっと、ずっと静かで。
 カイは初めて、無言以外の答えを返してきた。

「……手段はあるの?」
「スズキが知っている。いや、手にしている」

 冷静に聞くレイに、カイは自分の持っている情報を口に出す。
 この数日で、それらは潜在的に形になっていた。

「やっぱりさ、俺たち戻らなくちゃいけない。俺は、そう思うんだ」
 淡々と語りだすカイに、レイは口を挟まない。

「だけどスズキはきっと、それが嫌なんだ。最初は、手違いであいつ一人元の世界に帰ったんじゃないかって思ったけど、やっぱり違う。あいつはそんなに迂闊じゃない」
 その点にはレイも同感できた。
 スズキは、そういうことをかぎ取る嗅覚を持っている。

「だから、他に……あいつが消えた理由が思いつかないんだよ」
「カイは、」
 自分の感情を外に出さないようにしながら、しかし、震えた声を出した。

「元の世界に戻りたいの?」
 ここはどうしても確認しておきたい。
 カイが、本当にそう思っているのかを。

「…………」
 カイは、一旦止まり、だが、強く頷いた。

「ああ。俺たちはまだ、“選んでない”」

――――――

 どこまでも長い廊下の中、彼女は立っていた。
 もろくなった部分は木材で補修してあるが、やはりどこか頼りない。
 だが、そんなことよりも、彼女の眼前に広がっている廊下の光景の方が、異様だった。
 ドアが、多い。
 両脇の壁に敷き詰められるように付いたドア。
 はるか先に見える正面の壁にも、一つのドアが存在している。

 身近なドアを開けた。
 部屋の中は、廊下と同じように寂れている。

 いない……

 その向かいのドアを開けた。

 いない……

 次のドアを開けた。

 いない……

 鼓動はどんどん速くなり、ドアを狂ったように開け続ける。

 いない、
 いない、
 いない。

 あれほどあったドアが、一つを残して全て開かれ、ついに彼女は正面のドアの前に立った。
 流石に、一拍止まり、ドアのノブに手を伸ばす。

「……!」
 今まで簡単に開いていたドアが、動かなかった。
 だが、それに彼女の表情が明るくなる。
 これは、『いない部屋』と違う。

 体をドアに預けて、思い切り押す。
 そのたび、ズズズ、と埃を落としながら、ドアは開かれていく。
 あと、少し。

 最後に弾みをつけて、ドアを強引に開けた。
 ようやく、全てのドアが開かれたとき、彼女が目にしたのは、

「…………」

 自分と同じように、無言な部屋だった。

~~~~

「ん……」
 コトリ=ヘヴンリーは最悪の気分で目を覚ました。
 寝間着はぐっしょりと汗に濡れ体に張り付き、動悸は速い。
 時計を見ると、まだまだ早い時間だ。
 だが、自分が眠りに落ちてから一時間も経っていないにもかかわらず、眠気は全く襲ってこない。
 その原因は直ぐに分かる。
 昨日、自分の慕っている二人の会話を、ドアの前で盗み聞いてしまったからだ。

「……ああ……きゃ!?」
 うごめくようにベッドから這い出したコトリは足をシーツにとられ転倒。ベッドの真横に背中を打ちつけても痛みがほとんどないのは彼女の体の柔らかさの恩恵だが、シーツにくるまったまま、コトリは動かなかった。

「帰る……帰る……」
 コトリは、寝ぼけた頭でうわ言のように繰り返した。
 極力その事実を追い出すように、立ち上がって歩きだす。
 窓から見た外は、今日も霧雨が舞っていた。

「…………」
 部屋を出ると、朝独特のひんやりとした空気が廊下を満たしていた。この数週間で慣れたこの家の匂いも、微妙に違うと感じられる。
 部屋が多いこの家の廊下は、ほとんど夢と同じ。いや、夢の方がこの廊下と同じだったのだろう。
 コトリは夢遊病者のように、とある部屋に向かった。
 この時間だ。
 当然寝ている。
 だけど今すぐ会いたかった。

「…………」
 彼らは別の世界の人間。それは分かっている。
 旅の途中、何度も話をしてくれた。いくら騙されやすい自分でも、それは作り話ではありえない。
 彼らは本当に、別の世界の人間なのだ。だから、いずれは帰らなくてはならない。

 だけど、“それは嫌だ”。

 コトリは強く、そう思う。
 別の世界の“赤の他人”だからと言って、彼らがくれた感動を、彼らといられる日常を、諦めきれるわけがない。
 ほんの一時でも、彼らと長くいたい。

 そして、自分のこの想いも、まだ伝えていない。

 コトリはドアの前で立ち止まった。
 ここは、彼の部屋だ。
 自分に“憧れ”と、“証”をくれた人。
 他にも語りつくせないほどのものをくれた人。
 その人の部屋の前に、コトリは立っていた。

 昨晩、コトリは同じようにここにいた。レイがこの部屋に入ったのを見て。何気なく近づいた自分の行動が、まさかそんな事実を得ることになるとは思いもせずに。

 震える体をごまかすように、ノックしようとして、そのまま手を下ろした。
 こんな時間だ。特に寝起きの悪い彼には迷惑だろう。
 それに、何を話せばいいのか。

 昨日、黙ってこの場に背を向けたときと同じだった。
 何故自分には話してくれないのかという感情も暴れ、だけど遠慮してしまう。自分の性格が、こんなとき恨めしい。
 自分の親友なら、部屋に飛び込んでいっただろうか。
 自分には、聞かなかったふりをして、話してくれるまで待つことしかできない。

「……っ」
 一歩だけその場を去ろうと足を踏み出し、しかし止まった。
 やっぱりどうしても、不安が拭えない。
 今この目で、彼を確認しないとこの体の震えは止まらない。

 コトリは弱く、ドアを叩いた。
 音は鳴らない。

「……?」
 だがその弾みで、ドアが少し開いた。
 夢とは違い、あっさりと。最初から、ドアはきちんと閉まっていなかったようだ。
 何かに駆られるように、コトリは恐る恐るドアを開いていく。

 そして、そのドアの中は、

「カイ……さん……?」

 寝息も物音もなく、

「ぇ……」

 夢と同じ光景が広がっていた。

――――――

 奇妙な気配を感じた。
 寝起きの悪いカイが、目を覚ますほどの違和感。
 依然眠っている状態で攻撃を避けるのは不可能だとラナに断言したカイだが、気が張り詰めているときは気づくものなのだと小さな感動を覚え、すぐに身支度を整えた。

 窓の外には霧雨。
 だが、数日それを見続けたカイの頭は覚醒した。
 今までよりも、遥かに。

 “霧”が、濃い。

「…………」
 警戒しながら、家の外に出た。
 するとまるで誘っているように、一本の道だけがくっきりと見える。
 ヴォイド・ヴァレーの別の集落に向かう道。
 カイは、迷わず歩き出した。
 “その先にいる人物”に、確信を持って。

「…………」
 何故このタイミングで、“彼女”が現れたのか。
 早くもリベンジをするつもりだろうか。
 疑問は消えない。
 だが、今どこか自暴自棄になっている気分も手伝って、カイは通路に入る。

 ライトもいらない、ほぼ直線的な通路。
 いくら方向音痴なカイとは言え、迷いようはない。
 相手もそれが分かっているのだろうか。

「ごきげんよう」
 黒いマントに、ブロンドの髪の上からかぶった三角帽。
 次の集落の中央で待っていた“魔女”は、いつも通りに怪しく微笑んだ。

「鋭くはなってるみたいね……。よく気づいたじゃない」
「やっぱり、お前か……!」
「……悪いけど、戦わないわよ」

 ボールに手を伸ばし、臨戦態勢に入ったカイを呆れるように眺めたあと、ペルセは手をパタパタと振る。
 その仕草は、何故かカイのよく知っている動作だった。

「まあ、今機嫌が悪いから……相手してもいいんだけどね……」
「……?」
 ペルセが小さく呟いた言葉に、カイはむしろ警戒を解き、ボールから手を離す。

「じゃあ、何をしに来たんだよ?」
「…………」
 ペルセは腕を組み、目を瞑る。
 その様子を、カイは黙って眺めていた。
 実際に振っている霧雨が、鬱陶しくも体にまとわりつく中、その対峙は静かに続く。

「サトウ=スズキ」
「……!」
 ポツ、とペルセの口からその言葉は出てきた。

「彼の居場所、知りたい?」
「お前が……!?」

 カイの脳は一気に回転しだした。
 確率は低くとも、可能性のあったスズキの失踪のカラクリ。
 目の前にいる魔女なら、スズキを襲い、何の痕跡も残さないことが可能なのではないか、と。

「はずれよ……」

 だがペルセは、カイの思考が進む前に、それを否定する。

「まあ、半分は正解なんだけどね……」
「……?」

 その煮え切らない返答に、カイは言葉を返さなかった。
 いつものようにふざけているかとも思えるが、どうも今のペルセからは、あの射抜くような殺気が感じられない。
 『機嫌が悪い』と言っていたペルセだが、もしかしたらそれこそ口だけなのかもしれない。

「どうでもいいけど、彼の居場所、知りたい?」
「…………」

 何故、このタイミングでペルセが現れたのか。
 何故、彼女がスズキの居場所を知っているのか。
 疑問は拭えない。

 だが、スズキの居場所を知りたいか、と聞かれれば、カイの答えは決まっている。
 カイは慎重に頷いた。

「なら、二つ条件があるわ」
「……なんだよ?」

 いぶかしむカイの視線を受けたまま、ペルセはボールを取り出した。
 体が反射的に動いたカイだが、ペルセは構わず足元に投げる。

「フーディン」
「……!」

 現れたのは、フーディン。
 だがそのフーディンからも、戦闘意欲が感じられなかった。

「一つ。私に何も聞かないこと」
「……?……!……」

 ペルセの急かすような声が聞こえると同時、カイの体は浮き沈みするような感覚に襲われた。
 この感覚を、カイは何度も経験している。
 これは、
「二つ。今からの技、許可しなさい」
「っ……」

 霧雨の向こうに見えるフーディンからの、不意打ち的な念派。
 そして同時に聞こえる、ペルセの声。

「…………」
 カイは抵抗しようとして、止めた。
 やっと見つけたスズキの手掛かり。相手があのペルセであろうと、乗るしかないのだ。
 ちらりと後ろを振り返り、カイは問いかけに全て許可を返した。
 ここはレイに任せよう。
 自分は、スズキの元へ行く。

「テレポート」

 次の瞬間、カイとペルセはヴォイド・ヴァレーから姿を消した。

――――――

「レイさん!」
「ラナ。静かにしなさい」

 簡易的なキッチンの椅子に座りながら、レイは指を組んで目を閉じていた。
 その対面に座るラナも、レイの様子に黙り込む。
 レイとて、この事態を達観しているわけではないのだ。
 ただラナが、それで安心できるわけではない。

 当番で食糧を買いに行き、戻ってきてみればコトリが大騒ぎをしていた。
 話を聞けば、なんとスズキに続き、カイまでも姿を消したという。
 半狂乱になっていたコトリは今、隣におとなしく座っているが、顔色は青い。

「でも、カイ君が……」
「…………」

 レイは目を閉じ、無言。
 ラナは、今まで頼っていた人物のその様子に、心がどこか冷えていくのを感じていた。

 “バラバラだ”。
 ラナが昨日覚えた悪寒が再び上ってくる。
 今まで一つの目的に向かって固まっていたものが、解けていく。
 自分一人の手では、それを再び固く結ぶことができない。“それが分かっているのが”、何より辛い。
 こっちを結べば、あっちが解ける。あっちを結べば、こっちが解ける。
 だから唯一結べるかもしれない二人を頼ることしかできなかった。
 それなのに、カイは消え、レイは黙りこんでいる。

「カイはさ……スズキを迎えに行ったんだと思う」
 レイは目をつぶったまま、そう漏らした。
 カイが何の手がかりを見つけたかは分からない。
 見つけた手がかりを、何故自分たちに言わなかったかも分からない。

 だけど、レイはこう思うのだ。
 カイが何も言わずに去ったのは、自分が“察するはず”だと思ったから。
 だから、今自分がした、この推測で間違いない。

 カイはスズキを、迎えに行った。

「レイさんは……ずるいよ……」
 ラナは、小さく唇を噛みながら、机に目を落とす。

「何でも分かってさ……。ボクも……コトリちゃんも……それを拾えない」
 レイは、自分を非難するラナの言葉を初めて聞いた。だけど、それに違和感は覚えない。
 自分も、似たような体験をすれば、同じ気持ちになるだろう。現に、コトリの夢に関して、レイは知らない。
 そのときの気持ちと、規模は違いこそすれ、根源は同じなのかもしれない。

「付き合い……長いからね……」
 視線を逃がした窓に、レイは呟いた。未だ外は、霧が舞っている。
 今頃カイは、この空の下のどこかにいるのだろう。おそらく、スズキと共に。
 任されたとはいえ、不安じゃないと言えば嘘だ。
 カイは、うまくやれるのだろうか。

「あの……」
 レイは視線を戻した。
 先ほどわけも分からず叫んでいたコトリの声は、少し枯れている。

「一つ、聞いていいですか……?」
 コトリの体は震えていた。
そこから感じ取れるのは、コトリにしては珍しい怒り。そして、別の何かが混じったもの。

 そこで、レイは自分が何をしなければいけないのか、カイに何を任されたのかが分かった気がした。

「元の世界に帰るって……本当ですか……?」

――――――

「う……お……」
「しっかりしなさい……。その……大丈夫な人もいるのよ……?」
「……俺には無理そうだ……」

 カイはうずくまって口を押さえていた。やはり、テレポートの酔いとは相性が悪いらしい。

「……?」
 付いた片手が、奇妙な感触を捉えた。手につく砂が、妙にサラサラしている。
 そしてすぐに感じた熱気。

「……!」
 見上げた空は晴れていた。どうやら大分長距離移動したらしい。
 そして届くのは、砂の匂いと乾燥した空気。

「グログラム。あなたたちも来たことがあるのよね?」
「……グログラムか……!」

 グログラム。
 砂漠の入り口に構えられた、化石騒ぎで盛り上がった町だ。

 カイの脳裏に蘇るのはここでの記憶。
 闘技場での、グランとの戦い。
 砂漠の遺跡での、レイたちの救出。

 そして、自分が打倒チーム・パイオニアを誓った場所でもある。

「こっちよ。この先」
 その、チーム・パイオニアの一員だった“魔女”は、すたすたと歩き出す。

「……! ここって……」
 立ち上がったカイの眼の前に鎮座していたのは、あのときの闘技場。
 ここはその入口のようだ。

 ペルセはその入口に背中を預け、目を瞑る。
 どうやら、行け、ということらしい。

「どういうことだよ……?」
「言わなかった? 私への質問は、なしよ」
「……」

 カイは黙って歩き出した。
 ここまでほぼ無条件で連れてきてくれたペルセへの礼は、なしだ。
 わけの分からないことが多すぎる。

 太陽に遮られて、どこかひんやりとする廊下を進みながら、カイは違和感を覚えた。
 人が、全くいない。
 ペルセの仕業か、それともたまたまか。ともあれ、あのとき熱気で包まれていたここは、今は静かすぎた。

「…………」
 ここに到着した頃は、カイたちはまだまだこの世界をほとんど知らなかった。
 明確な目標もなく、不安定なままでの戦闘。
 初めての大会に、緊張したのを今でも覚えている。
 だが自分とともに参加したもう一人は、何時でも楽しそうにしていた。

「…………」
 カイは迷わず、フィールドに向かう。
 分かる。
 記憶を共有したイービルのときとは違い、時間を共有した相手。
 そいつがこんなとき、どこにいるのか分かる。

「…………」
 薄暗い廊下に差し込める、外の光。
 自分がここを最初に通ったのは、あの大会のルールも分かっていなかったときだ。
 今では当然のようにしてしまっているあのルールを、心の中で非難していたのを思い出す。
 今でも納得しているわけではない。見世物にするのは、今も変わらず気に入らない。
 だけど、少しだけ理解できる。
 これは、この世界に慣れたからだろうか。

「……!」
 そして、いた。
 到着した岩のフィールドの先、自分と向かい合うように。
 この世界に、一緒に慣れていった男が。

「よう、カイ」
「『よう』、じゃねぇよ」

 スズキは、何も変わらず笑っていた。
 ただ決して、カイの元に歩み寄ろうとせず。

「こんな長い間俺たちが一緒にいなかったの……初めてじゃないか?」
「ああ、初めてだよ。次点が、俺が“育て屋”にいたときだ」
「ははは、この世界に来て起こったことばっかだな」

 スズキは、視線を外してフィールドを眺めた。

「ここも、懐かしいよな……」
「ああ。それは俺も思ってたよ」

 何故ペルセがスズキの居場所を知っていたのか。
 何故ここまで連れてきてくれたのか。
 そんなことはカイには分からない。
 だけど、会話を続ける二人に違和感はなかった。こんな会話、何年も続けてきた。
 ただ今、二人の距離は、離れたままだ。

「カイ。この世界……楽しいよな……?」
「…………悪かった」
 スズキの言葉に、カイが返したのはその一言。
 肯定も、否定もせず、ただ一言、謝っただけ。

「お前はいつももそう言ってたよな……。ずっと、ずっと」
 最初はビガードのギルドだった。
 この世界に来て最初の夜、スズキは楽しいと言っている。
 それから先も、何度も何度も。

 カイは、それについて肯定してきている。
 だが、その先に来る質問には、言葉を濁していた。
 『後で、考えよう』、と。
 これは、その“ツケ”だ。

「カイ。俺が消えた理由、もう分かっているんだろ?」
「ああ」
 スズキは、カイが先延ばしにした答えを出したのだ。
 言葉ではなく、行動によるシグナルで。

「でも、カイは違うんだよな」
「ああ。だからお前は……」
「……そういうことだ。やっぱり、分かってるか」
 スズキが消えた理由。
 それは、カイが元の世界に戻ると言い出すと分かっていたからだ。カイが、『この世界に残ろう』と言えば、何も消える必要はない。
だから、カイから“時渡り”を遠ざけた。
 そんなことは、カイも分かっている。

「スズキ。元の世界に帰ろう。俺たちはまだ、“選んでいない”」
「……嫌だ」
 口調は軽く、だが真剣に、スズキははっきりと口にした。
 珍しく、カイの眼を見据えたまま。
 視線は外さない。

「こんな楽しい世界に……ずっといたい。“ずっと”、な」
「“そこまで分かってて”、何で……?」
「確証がないからだよ……。“もう一度、ここに戻って来れる”っていうな……。いや、あったとしても、だ」

 スズキは、カイの言っていることが分かる。
 カイは別に、この世界から永久に消えると言っているわけではないのだ。

 カイは、ただ、

「カイ。何で“選ぶ”必要があるんだよ。この世界の方が絶対に楽しい。それだけで、いいだろ?」
「違う。違うんだよ……」

 カイたちは、この世界に強制的に連れ込まれた。
 あの夜、強引に元の世界から切り離されたのだ。

 それを考えたとき、カイは思った。
 元の世界で、何もやっていない、と。

「俺たちは、元の世界の“楽しさ”を見つけていない。“比べてすらいないんだ”。そうやって逃げたって、絶対に楽しめない」

 元の世界にも、“楽しさ”は必ずある。
 カイはそう思える。他ならぬ、スズキたちのお陰で。

 “区切り”さえもつけていない、元の世界の生活。そこからいきなり去って、戻らない。
 それは、カイにとって納得できるものではなくなっていた。
 何故なら、それは“逃げ”だと思うようになっているのだから。

「俺は、楽しめてる」
「今は、だろ?」
「ずっと、だ」

 カイは首を振る。どうしてもそうとは思えない。

「まだ、行ってない場所がたくさんある。南西の大陸だって、行ってない。まだまだ、“伏線”はたくさんあるだろ……?」

 カイはまた首を振った。
 “伏線”。
 そんなもの、元の世界にだって溢れている。自分たちは、まだ何も選んでいない。
 “比べていないのだ”。

「この先、もしも……俺たちがさらに別の世界に連れ去られたとする。そして“その世界が面白ければ”、そっちに居つく。そんな考え方だ」
「…………」
 スズキは、目を閉じた。

「きっと、世界を変えて生きていく、ってのは、そういうことじゃない。しっかり見定めないと、絶対にいつか後悔する。俺は、そう思うんだ」
「……じゃあ、あの二人はどうするんだ?」
「……!」
 開いたスズキの眼は、どこか冷たかった。

「コトリちゃんにラナちゃん。あの二人も、元の世界に連れて行くのか?」
「…………」
 カイは答えを返さない。
 スズキだって、カイがそうしないと分かっている。

「カイ。あのさ、“ネグレクト”って知ってるか……?」
「……?」
 スズキは不意に、聞き慣れない単語を口にした。

「虐待のうちの一つだ。親が子供を、無視する。だから、ネグレクト」

 ネグレクト。
 親が育児を放棄し、子供を無視する行為だ。経済的にも、精神的にも放っておく。
 法律でも禁じられている、立派な虐待だ。

「……! まさか……」
「いや……」
 スズキは首を振った。

「うちのはそこまで酷くない。レイの言葉を借りるなら、『エピソードなんてない』、だ」
「…………」
 それは、カイが初めて見た、スズキの“闇”だった。

「金は渡す。学校にも通わせる。だけど、会話はない。家族で決めるべきことも、俺の参加はなし。俺は望まれて生まれてきたわけじゃないみたいだ……。“スズキ”なんていう、ふざけた名前もつけられるくらいだしな……」

 スズキが受けた育児は、表面だけ見れば確かに何の問題もなかった。
 いつの間にか変わっている自室の家具。
 TVやカーテンもいつの間にか新しいものに変わっている。
 全ては揃う。
 “本人が何も言わなくとも”。

 単純に話せば羨ましがる者もいるだろう。
 だけど、一つだけ。
 それはたった一つだけ、スズキに与えてくれなかった。

「そんな場所じゃ、俺の役目は“傍観者”。“我”は育たない」
 それが、スズキが肉親を嫌う理由。人から見れば、贅沢な悩みと言うかもしれない。
だけど、スズキはそうは思わない。
『自分に、決めさせて欲しい』と、言ったこともあった。
 結果は、いつの間にか変わっていた自室の模様が教えてくれた。

 スズキの親にとって、スズキは、家族ではなく、家具のような“物”という位置づけ。
 もうそれは、動かない。

「だけどお前らが、見てても面白いことがあるって教えてくれたんだ。だから俺は、生きてこれた」

 だけど、今は、

「“我”を……出したいんだな……?」
「ああ。……悪いな。こんな土壇場で」

 スズキは決して、二人だけで帰れとは言わない。
 スズキの“我”の中には、カイやレイと共にいたいというものまで含まれている。
 その言葉は、絶対に言えないのだ。

 対してカイも、自分たちだけで帰ると言わない。
 スズキと同じだからだ。
 どうしても、元の世界をもう一度見て、スズキに“選んで”もらいたい。
 カイの“我”は、みんなが後悔しないようにして欲しいというものなのだから。

「だから、帰るのは無意味だ」
「……無意味じゃねぇよ」
「無意味、だよ」

 スズキは何度も、そう、念じるように呟いた。

「でも、カイ。お前は、帰りたいんだよな……?」
「……ああ。変わらない。俺は、そう思う」

 スズキの気持ちは分かった。
 だが、それで頷けないのは、みんなのためだけじゃなく、自分の分も“混ざっている”からだ。

「スズキ……。俺さ、リクトの言いたいこと……分かったかもしれないんだ」
「……!」

 その名前が出て、スズキの体がピクリと揺れた。
 だが、口は挟まない。

「違うかもしれないけど……俺は答えを見つけた気がする」

 スズキは、カンザキ=リクトが生きていることを知っている。
 それを言えば、カイはこの世界に残ると言い出すかもしれない。だが、それは言うわけにはいかない。
 それは、卑怯だ。

「俺の夢……変わったんだよ。前の夢も、お前らには話していないけど……」

 カイの夢。

 『カンザキ=リクトに並ぶこと』

 リクトの“高さ”に昇りたい。
 リクトの見えているものが見たい。
 痛烈に惹かれた人物と、肩を並べてみたい。

 以前、コトリにだけ話した夢。
 だが、今は、

「俺はリクトを“超えたい”。あいつが見えないものも見たい。あいつがいけないところまで行ってみたいんだよ……。ずっと、ずっと高く、な」
「…………」

 スズキはふっと笑った。
 “たどり着いたじゃないか”。そう一言、聞こえないように呟いて。

「だから俺は、元の世界に戻って選びたい。どっちを選ぶかはまだ分からない。あの世界だって、絶対に楽しいはずだから」

 それがカイの、もう一つの“我”。この“我”は、譲るわけにはいかないのだ。
 元の世界に戻って“選ばないと”、リクトに並ぶことすらできそうにないのだから。

「せめて、高校を卒業ぐらいはしないと、中途半端なままだ」
「……はあ……」

 スズキは、分かっていたとはいえ、ため息を吐いた。

 この親友は、
呆れるほど、
自分の思った通りの、

親友に足る人物だ。

 そして、自分とその親友の“我”は、絶対に重ならない。

 元の世界で選ぶべきだと言う、カイ。
 それは、自分たちがすべきこと。
 逃げをするのは、絶対に避けたい。

 その必要はないと言う、スズキ。
 この世界に来れたのは、“チャンス”。
 新しい世界を手に入れられた自分たちは、ここで生きることだけを考えていけばいい。

 どちらも否定はできない。
 だからスズキは去ったのだ。
 “あの空”から。

「カイ……」
「……! やっぱり、こうなるか……」

 お互い分かっている。
 否定できない……いや、たとえ否定すべき答えでも、それが正しくなる方法。
 この世界での、ルールを。

「……」
「……」
 カイとスズキは、黙ってボールに手を当てる。

「この世界での結末は、やっぱりこれが一番合ってるな……」
「……ああ」

 今、『カイが育つ』という物語は結末を迎えた。
 カイはたどり着いたのだ。
だから今は、その先の物語。

「ギブアップは撤回だ」

 何時しかここで声高々に宣言したギブアップを、スズキは消していく。
 “主人公”と対立することを避けた、あのときの言葉を。

「決勝戦のあとの準決勝。不思議だな……」
「……」

 カイはレイにたしなめられ、
 レイはスズキに丸め込まれ、
 スズキはカイとの衝突を避けてきた。

 それで、三人の親友はうまく回っていた。
 だけど、“我”はある。

 スズキはそれを嫌って、輪から離れた。

「……いくぜ。“違う空”の下でなら、きっと俺は“我”を出せる……!」
 ここでスズキは、“主人公”に向かっていく。
 たった一つの、“我”を持って。

「さあ、始めよう。“最強”チーム・ストレンジ。リーダー、カラスマ=カイ。お前を倒して、俺たちはここに居続ける」
「……ああ。始めるぞ。……“最強”チーム・ストレンジ。サトウ=スズキ。お前を倒して、俺たちは世界を選ぶ」

 それは、親友との。

初めての決別だった。

――――――

「ラナ!」
「分からない!」
 ドアの向こうからは大きな返事と、何かを殴る音。
家の埃がぱらぱらと落ちる。

 レイはドアを叩きながら、家の修復を手伝ったとき、ついでにドアのカギも直したことを少し後悔していた。

 ラナは、コトリから芋づる式にレイから出た言葉に、自室に閉じこもってしまった。
 ドアの前に立つのはレイとコトリ。
 しかしコトリも、先にラナがそうしていなかったら似たようなことをしていただろう。
 何故ならコトリが気にしているのは、部屋に駆け込んだラナではなく、目の前にいるレイなのだから。
 確かにレイは肯定したのだ。
 『帰る』、と。
 最もそうあって欲しかった、聞き間違いでは、ない。

「ラナ。二度と会えなくなるわけじゃ……」
「でも、言った。戻ってくるか分からないって!」
「それは、そう、だけど……」
「ほら!」

 また、何かを殴る音。
 こんな暴れようは、初めてあったとき以来かもしれない。

「ボクたち、勝ったじゃん……」
「ええ……」
「みんな、みんな喜んだよ……?」
「ええ……」
「じゃあ、何で!」

 ラナの怒鳴り声を聞きながら、レイは唇を強く噛む。
 きっと、これが自分の役目だ、と。

 カイはスズキを連れ戻しに行った。
 だから、レイはこの二人を導かなくてはいけない。

「私も……嫌です」
 隣から聞こえたコトリの声は、すでに“泣いていた”。

「コトリ……」
「私……ずっと一緒にいたいです……それなのに……何で……」
「私たちが……“選ばなくちゃいけない”から……」

 ガン、と。また部屋から騒音。
 もう部屋の中は、原形を留めていないかもしれない。

「カイ君が、そう言ったの……?」
「……ええ」
「じゃあ!」
 声の近さで分かった。
 ラナは今、ドアの向こうで座り込んでいる。

「レイさんはどう思ってるの!!?」
 叫び続けて枯れた声をドア越しに受け、レイはするすると、ドアの前に座り込んだ。
 体の震えを、押さえながら。

「私も……カイと一緒。選ばなくちゃいけないって思う」

 レイは、顔を伏せてポツリと言った。それが正しいと思っているということを。

 レイには、カイと違い、実の親が元の世界にいる。
確かに妹の事故以来、どこか仕事に没頭するようになった二人とは疎遠だが、不仲というわけではない。その二人に、別れも告げていないのだ。
 そんな表面的な問題も解決していない。

 そして最も大切な心の中の問題。
 やはりレイは思う。
 カイの言うように、“区切り”をつけたいと。
 自分たちはまだ、“選んでいない”。

「レイさんは……やっぱりずるいですよ……」

 伏せた頭の前に、コトリが立った。丁度、ラナのドアを塞ぐように。

「レイさんは、カイさんと一緒じゃないですか……。どうあっても、“そこ”にいられる」
「そういう問題じゃ……ない」
「…………」

 コトリもラナも、“正しさ”を求めていない。心の根底では、“選ぶ”べきだと感じている。
 だけど、“気持ち”はそうではない。
 ただ、レイの位置が眩しく見えるのだ。
 そして、姉のように慕うレイも、当然失いたくはない。

「私は、だって。カイと同じ世界から来たんだから……」
「じゃあ、私たちも連れて行って下さい……!」
「……それは、駄目よ」

 ドアが再び強く叩かれる。

「ボクはスズキ君に賛成だよ……。みんなで一緒に、いればいい」
 ドア越しにそう呟いて、ラナはようやく理解した。
 スズキが何故、距離を置いたのかを。
 きっと、考える時間が必要だと思ったからだ。そうしなければ、こんな怒鳴り散らすような口論にしかならない。

 だが、自分が“ここ”に到達した頃には、話はどんどん進んでいる。
 解けた糸は、自分では結ぶことができないのだと、まざまざと感じる。
 それなのに、結べる人が結ぼうとしない。
 それが悔しくて、ラナはもう一度ドアを強く叩いた。

「あのね、」
 レイは顔を伏せたまま、呟いた。

「……その……」
 だが、言葉に詰まる。何て言葉をかければいいのか、分からない。
 ただ、目の前で自分と二人の“我”が対立している。それも、完全に。
 言葉はそれを、繋いでくれない。
 だからと言って、レイは“強さ”で“正しさ”を創ろうとは思わなかった。
 スズキを連れ戻しに行ったカイとは違い、自分は、この二人を導かなくてはいけないのだから。

「レイさんは……平気なんですか……?」
 上から、コトリの責めるような言葉が下りてきた。

「私……嫌です……離れるの……」
 コトリは、この日が来るとは思っていなかった。
 三人が別の世界から来たと聞いた日から、この日が来るとは考えにも及ばなかった。
 それだけ、楽しかったのだ。
 終わりが来る想像さえ、頭に浮かばない。

 そんな日々が終わる。
 それは完全に、理解の外だ。
 それなのに、目の前の“姉”は、この日を突き進む。

「レイさんも、同じ気持ちじゃないんですか……? 違う世界だから、一緒にいられないなんて、」
「あのねぇっ!!」
「……!?」

 コトリの言葉を遮って、レイは立ち上がった。
 ずっと噛みしめていた唇からは、いつの間にか血が流れている。
 もう駄目だ。自分には、綺麗に導くことなんてできやしない。

「本気でそう思ってんの!?」
 レイの怒号に、コトリはいつの間にかドアに背が当たっていた。
 後ろの気配が、ラナも立ち上がったことを伝えてくる。

「私はねぇっ! あんたたちのこと、本当に、本当に……」

 レイの真赤になった眼を見ながら、コトリは自分が大きな勘違いをしていたことに気付いた。

「嫌に決まってんでしょ!! あんたたちと別れるなんて!!」

 レイはかつて妹を失っている。
 『エピソードなんてない』、ただの事故で。

 妹。
 それは、元の世界が奪ったもの。
 それは、この世界が与えてくれたもの。

「だけどねぇ!! “それ”が正しい、って思っちゃったんだもん!! いけないの!? そう思っちゃ!!」

 レイが恐れているものは、この二人が負い目を感じること。
 将来、『自分たちのせいで元の世界を捨てざるを得なかった』と思われること。
 今聞けば、間違いなく『思わない』と言うだろう。
 だけどそれは、いつかきっと嘘になる。

 そうなったとき、自分は本当に笑えるだろうか。
 答えはNOだった。
 “逃げた”先のその光景は、きっと笑顔に影を落としたままのものだ。

「レイ……さん……」
 初めて怒鳴り散らすレイを見て、コトリの体は震えが止まらなかった。

 ずっとどこか勘違いをしていた。
 レイは、自分たちと一つしか違わない彼女は、“万能ではないのだ”。

 自分の位置からは、ずっと眩しく、ずっと大人に見えていた“姉”。
 チーム内のいざこざも、自分たちの面倒も、たちどころに解決してくれたレイ。
 できないことなどないと思っていた。

 だから、彼女を全力で頼っていた。
 コトリの位置からは、レイは、“できるのにやらない”としか思えなかった。

 だけど、違う。
 この糸は、レイだって綺麗に結べない。
 彼女もまた、“我”を持っているのだから。

「だからね……思っちゃったのよ……私……。カイとスズキに、任せよう、って」
 レイはするすると、再び座り込んだ。
 合わせるように、コトリもドアの前に座り込む。

「いくら正しい、って思っても……スズキの思い通りになったら、それでもいいかなって……」

 自分は確かにずるい。
 レイはそう思う。

 『選んで戻ってくる』と言わないのは、“自分が嘘をつきたくないから”。もし戻って来なかったとき、もう会わないとしても、この二人に恨まれたくないからだ。

 そして、たとえ、戻ってきても、戻って来なくても、自分はそれでいい。
 どの道、自分はカイといられるのだから。
だったら、どちらが正しくてもいいではないか、と。
ここで綺麗事を並べ続けて、綺麗なままでいる。

 “たとえ、どう転んでも”。
 結局、人任せだ。自分には、それしかできないと“肯定して”。

 そんな考え方のまま、二人を説得しようとしていた。
 当然、導くことなどできはしない。

「レイさん……」
「……」

 あれほど叩いても開かなかったドアが、小さく開いた。

「……」
 ラナもまた、レイを勘違いしていた。
 自分の世界は、まだまだ狭い。見えているものが少なすぎる。だから、一歩だけ前にいるレイが、全てが見えていると思っていた。
 コトリと同じ、勘違いを。

「……ボクも、乗るよ」
 少しの震えと共に、再び顔を伏せたレイに強く伝える。

「カイ君とスズキ君に……任せる」
 ラナは、ドアを開けてすぐにうずくまっていたコトリを見た。
 顔は、自分と同じように真っ赤に腫れている。

「……私も……乗ります」
コトリも頷いた。

 こんなに解けた糸。結ぶことはできない。
 だけど、再び綺麗に結べることができるなら。

 レイの賭けにだって乗ってみせる。

 それが一番、この物語の結末として美しい。

「…………ありがと」

 顔が真っ赤に腫れた三人が顔を見合せたとき、霧雨は、止み始めていた。

 別の空に、向かうかのように。

――――――

「……!?」

 カイがモンスターを繰り出そうとした瞬間、世界が揺れた。
 そして地面にほとばしる、“波動”。
 これは、

「悪いな。下準備は、“成長”の適合者の得意分野だ」
「っ……リザードン!!」

 カイはすぐに地から離れる。
 スズキはすでに、モンスターを繰り出しているのだ。ボールに当てた手はフェイク。
 だが、この技は。

「……!! リザードン!!」
「!?」

 そこまで判断して、カイはただちにフィールド全体を炎で覆う。
 そして、空へ向かうリザードンの背に繰り出したのはグレイシア。
 これは、今すぐにやらなければならないこと。

 グレイシアから放たれる冷気が、このフィールドの“上昇”を否定していく―――

「“上昇”と“停止”のDouble drive: Tear of condition!!」
「!? いきなりか……!!」

 パキンッ、と、フィールドすべてが“砕けた”。
 ぱらぱらと落ちるは“硬度”の欠片。
 フィールドに、“ステルスロック”が存在していた証拠だ。もしこのまま空を飛んでいたら、岩に激突していただろう。
 かつて経験した、イービルとの戦いのときのように。

 やはり、カイの予想は的中した。
 地震は“基盤”の技。それも、上級の技だ。
スズキに預けた判定機に登録はされていないはずのもの。だが、登録するチャンスはあった。
『同時に“硬度”も登録される男』を倒したスズキになら。

「“ドラクを登録したな”……!!」
「今のによく気づいたな……ドダイトス!!」

 穴を掘って隠れていたモンスターが、砂を押し上げ現れた。
 亀のような姿。甲羅には、トゲと大木を生やしている、巨大なモンスター。それは、スズキの持っていた、ハヤシガメの進化系。
 “成長”と“基盤”のモンスターだ。

「葉っぱカッター!!」
「リザードン、火炎放射!!」

 カイに向かって鋭く飛んだ葉を、リザードンが瞬時に焼き焦がす。
 この戦いは“上昇”と“成長”の適合者の戦い。分は、カイにある。
だが、相手はあのスズキ。何をしだすか分からない。

 今の地震とステルスロックの罠といい、スズキはやはり、強い。

「バシャーモ!!」
「ジュカイン!!」

 繰り出した二人のモンスターがフィールドの上で対峙した。

「バシャーモ、ブレイズキック!!」
「ジュカイン、見切り!!」

 砂をまき散らし飛び降りたバシャーモの“上昇”の蹴りが鋭くとも、見切ったジュカインにかするだけ。
 やはりスズキは、相性の不利さを自覚して、まともに組み合うつもりはないようだ。

「バシャーモ、もう一度!!」
「ジュカイン、“身代わり”!!」
「!?」

 バシャーモの蹴りは、確かに相手を捉えた。
 しかしそれは、ジュカインから放たれた“高密度の波動”のみ。
 波動は砕け散るも、本体は“その技”を使った分しか体力を削られない。

 身代わり。
 それは、自己の体力を削ってでも、相手の攻撃を防ぐ“盾”を創りだす技。
 “守る”とは違い、その“盾”は、壊すまでその場に居続ける。

「っ、ブレイズキック!!」
「見切り!!」
 バシャーモの蹴りは、再び見切られる。今度は、かすりもせずに完璧に。

「バシャーモ!!」
「身代わり!!」

 またも現れたのは“波動の塊”。
 バシャーモの蹴りは瞬時にそれを破壊する。

「……?」
 そのやり取りは、カイにとって不自然だった。
 スズキは“見切り”と“身代わり”を交互に繰り出させている。
 確かに、間をおけば“見切り”の精度は落ちない。
 ブレイズキックは直撃しないだろう。
 だが、“身代わり”で勝手に体力を削っていては、この戦いの結末は、バシャーモの勝ちだ。
 何かがおかしい。

「ギッ!?」
「!?」

 不意に、バシャーモが苦しみ出した。
 蹴りを放った勢いのまま、砂の地面に倒れ込む。

「“成長”と“侵蝕”のDouble drive: Innocently strategy」
「……!! ダブル・ドライブ!?」
「ジュカイ……!?……メガニウム!!」

 カイの動揺の隙を縫い、ジュカインを攻め込ませようとしたスズキは瞬時に止まり、足元にボールを叩きつけた。

「光の壁!!」
 スズキの前に展開した防御幕が、カイから飛んできたレーザーに砕け散り、メガニウム自身もダメージを受ける。

「っ、ファイアボルトか……!!」
 再び対面に下りたカイは地面を警戒しながらスズキをその眼に捉えたまま。
 スズキが隙と思ったタイミングに、カイはリザードンで迎撃してきていた。

「流石に、やるじゃないか……!!」
「お互い様だろ。初めて見たぜ……お前のダブルの技……!!」

 全力で二人が戦うのは初めてのこと。だが、自然と通じあう。
 二人の戦いは、“最強”レベル。
 始まった動機はともあれ、二人とも、妙な高揚感を覚えていた。

「ドダイトス、ストーンエッジ!!」
「リザードン!!」

 鋭い岩が地面から浮きあがり、カイに向かって襲いかかる。
 カイはその隙間をリザードンで縫うように飛んで行った。

 嵐のようなこの攻撃は、“硬度”の高レベル技。
リザードンにとっては天敵の技だ。
 間違っても当たるわけにはいかない。

「ジュカイン!!」
「―――!?」
 その岩に飛び乗りながら、ジュカインがその機動性を生かしカイに襲い駆る。

「カイ。“晴れ”が味方するのは、“上昇”だけじゃないんだぜ……?」
「!!?」
「ソーラービーム!!」
「っ、リザードン、上だ!!」

 ジュカインから遠く離れるようにカイは一気に高度を上げた。
 その足元に通るレーザーの出力は、スズキの技の中でも最強クラス。
 それが、ノータイムでカイを襲う。

「ソーラービーム!!」
「回避だ!!」

 カイは連続で放たれるそのレーザーを見定めようとひたすら回避する。
 だが、ジュカインの攻撃には、高威力の技特有の“ペナルティ”がなかった。

「今の天候は“晴れ”。ソーラービームのチャージはいらない」
「……!!」

 ジュカインの攻撃を潜り抜け続けるカイの耳に届いたのは、スズキの解説。
 スズキに言われて、カイも思い出した。
 確かに、“晴れ”で得をする技が、“成長”にも存在していたことを。

「ファイアボルト!!」
「っ、ドラピオン、守る!!」

 飛んだリザードンのレーザーは、スズキのディフェンスタイプのモンスターに阻まれる。
 やはりスズキに、隙はない。

「ドダイトス、ストーンエッジ!!」
 スズキはカイに岩を飛ばし、ジュカインをその波に乗せ、攻撃させる。
 カイにしてみれば、鋭い岩とソーラービームを同時に避け続けなければならない。

 だが、回避に徹しているカイを捉えられはしなかった。

「…………」
 スズキは状況の分析を進める。
 カラスマ=カイの最強モンスターはリザードン。
 唯一の飛行ユニットだけはあって、毎回のように戦闘で繰り出しているし、一番経験値を蓄積させているだろう。
 その機動力も侮れない。“自由”の力を発揮し、攻撃をかいくぐり続けている。
 逆に、倒せればカイの機動力を大幅に奪える要のモンスター。

 そして警戒すべきは、カイの“上昇”と“伝達”の高威力のダブル・ドライブ。
そして、“トリプル・ドライブ”。
 おそらくはイービル戦で編み出したであろうその技を、絶対に放たせるわけにはいかない。
 カイを、安定した状態にしてはならないのだ。
 そのためにも、攻め続けなければならない

「…………」
 カイも同時に、分析を進める。
 サトウ=スズキの最強モンスターは、“いない”。
 全員が均等に育てられているのだ。一匹に固執するのは危険。
 そして警戒すべきこと。
 まず、ドダイトス。
 今はストーンエッジを放っているが、いつまたステルスロックを展開させるか分からない。常に注意を払わなければならないモンスター。
 さらにそのストーンエッジも、空中に“足場”を提供し、高く飛ぶカイにモンスターを届けさせることもできる。

 そして、ジュカイン。
 バシャーモを倒した正体不明の技といい、今放たれているソーラービームといい、スズキの攻撃の要を担っている。その動きは素早く、正確に捉えるのはほぼ不可能。

 その上、ディフェンスタイプのモンスター。
 スズキへの攻撃をシャットアウトし、その数は多い。入れ替えて守っているせいで、一匹でも戦闘不能になるのは遠そうだ。
スズキの欠点、機動力のなさは十分に補い切れている。

 警戒すべきことは多かった。
 威力で押すイービルとは違ったタイプの戦闘スタイル。
 ここまで機敏に纏わりつかれては、トリプル・ドライブは放てない。

 現状、カイの方が不利だ。
 これは、“成長”の適合者が、戦闘前に準備をしたからのもの。
 ならば、“上昇”の適合者が、戦闘中にそれを超えられるか。

 これが、この戦闘の焦点だ。

「……」
「……」
 互いに、次の手を決めた。

 まず、攻略すべきは、

「リザードン、“ファイアボルト”!!」
「―――!?」

 カイはさらに高度を上げ、“フィールド全体”に攻撃を放った。
 それは、威力を圧縮したレーザーとは違い、炎の巨大な壁を地面に叩きつけるような広範囲攻撃―――

「―――フシギバナ、ドダイトス、守る!!」
 カイのフェイントに一瞬遅れ、スズキは“場に出ている全てのモンスター”で守る。
 フシギバナには自分を、ドダイトスには自分自身を。
 いくら威力が上がったとは言え、分散している炎程度なら、十分に守りきれる―――

「バクフーン、グレイシア、エレキブル……」
「!!」
 フィールドを飲み込んだ炎が晴れた瞬間、スズキが目にしたのは高く飛ぶ、上空のカイ。
 そして、カイがその位置からボールを投げ、フィールドの対面に繰り出されていた三体のモンスター。

「いくぜ……」
「―――」
 今の炎は、“目くらまし”。
 本命は、目の前の三体の、“限界の引き裂き手”―――

「ジュカイン、電光石火!!」
「!!」

 スズキはその三体を確認するや否や、ボールを“強く振った”。
 スズキが強く振ったそのボールから現れたのは、ジュカイン。
 カイの炎がフィールドを飲み込む直前にボールに戻していたジュカインは、“絶対先制”で三体に突撃していく。

 この技は、グラン=キーンの“Quick raid”。
 高速でボールに戻ってくるモンスターを回収することはスズキの身体能力では不可能だが、“たった一発”、相手にモンスターを放つことはできる。

「エレキブル!!」
「…………」

 ジュカインの突撃に、カイはエレキブルを向かわせる。
 ジュカインはエレキブルに抑え込まれるが、“接触した”。
 その、“たった一発”で十分。

 これで、

「……!!」

 だが、そこでスズキは気付いた。
 カイが狙っていはのはトリプル・ドライブのはず。
 相当な集中力が必要のはずだ。少なくとも、迎撃を放てないくらいは。

 それなのに何故、ジュカインの絶対先制にこうも素早く切り替えて、反応できたのか。
 そして何故、“守りの要のグレイシアで迎え撃たなかったのか”。

「バクフーン……」
「!!?」

 ジュカインを押さえているエレキブルの先、バクフーンが構えている。
 間違いない。
トリプル・ドライブを、カイは放つ気が“そもそもなかったのだ”。

「ファイアボルト!!」

 鋭いレーザーが、ドダイトスに飛ぶ。
 直前に“守る”を使ったドダイトスは、反応しきれない。

 カイの狙いは最初から、上空に足場を創るドダイトス―――

「ギィィイイ―――!!」

「氷のつぶて!!」
「!?」

 バクフーンのファイアボルト。
 そして、“攻撃に回っていた”グレイシアの氷つのぶて。

 その両者を同時に受けたドダイトスは、高い耐久さえも凌駕され、戦闘不能に陥る。
 これでスズキは、ストーンエッジもステルスロックも放てない。

「やるじゃないか……。俺の狙いがエレキブルって分かってたか……!!」

 スズキの狙いはエレキブル。
 “上昇”と“伝達”のダブルも、そしてトリプルも、カイの重い一撃の心臓部を担うのはエレキブルなのだ。
 一発で戦闘が決まるその技を放たせないためには、カイがあまり繰り出さないエレキブルを倒すことが最重要課題。
 カイは、それを囮にドダイトス撃破を目論んでいた。

「……戻れ」
 カイは、三体のモンスターを戻す。特に、“正体不明の技を受けた”エレキブルをいの一番に。
 カイの予想は当たった。
 スズキの狙いは、自分が“決める”ときに出すエレキブルだと。
 だがまさか、擬似的とはいえQuick raidを放つとは。
 気づくのが遅れたが、ジュカインのボールは開閉タイミングが最短のものだ。

 結果、エレキブルは大幅に体力を削られた。ボールに戻して技の影響を下げているとしても、回復はしない。
 大技は、もう放てて一発。
 現にスズキも、口では焦っていても、依然として笑っている。

 お互いは結局、狙いを達成していた。

「カイ。やっぱり楽しいだろ……?」

 スズキはジュカインを手元に戻し、カイは対面に降り立つ。
 距離は、縮まっていない。

「……何度も言ったろ。楽しいは楽しいって……。戻った方が、絶対もっと楽しめる」
「ははは、話が合わないな……。“この親友は”」
「……だから、戦ってる」

 カイもスズキも、レイと同様、“賭けていた”。
 互いに、絶対に勝つつもり。
 それは、動かない。

 だけど心の底の部分。
 二人の親友は、“同じだった”。

 “戦いを通して、相手の想いは伝わってきている”。

 相手の言い分。
 それを、受け入れる準備はできているのだ。
 勝っても負けても、“それでいい”と思える準備が。

 カイの言っていること。
 スズキの言っていること。
 どちらも正しいこと。
 だけど、いや、“だから”決められない。

 そんな場所に二人は立っている。
だから、客観的なきっかけが欲しい。

 自分が、“より、こうだと思う未来”を、自分の勝利の報酬として。

 二人もやはり、レイ同様、“万能ではないのだ”。
 チーム内の年長として、自信を持って道を決めてきた二人も、不確かな存在。

 カイも、自分の夢があろうとも、コトリやラナたちと離れたくはない。
 スズキも、この世界が楽しいとは思っても、選ぶべきなのではないかと思ってしまっている。

 “混ざっていた”。
 複雑な世界で、一つの答えはまだ持てない。

 だからこうして闘っている。
 同じ場所にいても、相手の考えていることが分かっても、自分の“我”が僅かにでも向いている方向は相手と違う。
 道を選ぶきっかけが欲しい。

 “だから、全力で”。
 “そうじゃなきゃ、納得できない”。

「フシギバナ!!」
「!! リザードン!!」

 フシギバナから急激に伸びてきた“ツタ”に、カイはリザードンで飛び立つ。
 迎撃は間に合わないほどの、ツタの展開。
 それは、観客席にも無数に突き刺さり、フィールド全体にネットを張る。

「っ、リザードン……」
「ジュカイン、電光石火!!」

 フィールドを覆うツタを焼き払おうとしたカイに、ジュカインが突撃してきた。
 強引に回避するも、ジュカインは近くのネットを足場にカイに襲いかかる。
 ストーンエッジに威力は及ばないものの、ジュカインとの距離が近づくことに変わりはない。

 これが、スズキの空中戦。

「っ、リザードン、炎の渦!!」
「フシギバナ!!」

 カイは宙を飛び交いながら、ツタを燃やしていく。
 対するカイの空中戦は、当然リザードンに乗ってのもの。リザードンが、カイの機動力の心臓部だ。
 戦場全てを移動する上、攻撃も可能。だがそれも、今はジュカインの攻撃を潜り抜けながらのものだった。
 フシギバナが“成長”させ続けるツタと均衡し、未だ足場は覆らない。

「っ―――」
 再警戒対象のジュカインを、フィールドに創られたツタのジャングルの中で見失わないように眼で追い続ける。
 先ほどのエレキブルとのやり取りで確認した、ジュカインの操るダブル・ドライブ技。
 体力が減退していくのであろうあの技の要件は、相手との接触。それも、一瞬で十分のようだ。
防御能力からして、長期戦に持ち込み、勝つ、というのがスズキの戦闘スタイルなのだろう。

「―――ファイアボルト!!」
「ドラピオン、守る!!」

 不意を狙って攻撃しても、スズキは身を守る。モンスターへのダメージは蓄積できても、ジュカインを回避し続けるリザードンの“空を飛ぶ”の限界の方が早いだろう。

 やはり、突破するにはダブル・ドライブかトリプル・ドライブ。

 “それしかない”。

「…………」
「……? ……!?」

 そこで、カイに妙な感覚が走った。
 “体が、鈍い”。

 まさか、これは、

「っ、リザードン、“霧払い”!!」
 攻撃した隙に、フシギバナがフリーになっていることに瞬時にカイは気づいた。
 そしてリザードンで空気をかき乱す。

 肺に入ってきたのは新鮮な空気。

 やはり今のは、

「眠り……」
「ジュカイン―――」
「―――!?」

 フシギバナから放たれていた眠り粉を吹き飛ばした直後、ジュカインが眼前に迫ってきていた。
 眠り粉は、囮。
 本命はジュカイン。
 その狙いは、グレイシアで身を守れるカイではなく、霧払いを放ったばかりの、リザードン。

 カイの機動力の、心臓部―――

「っ―――」

 強引に進路を変え、リザードンは離脱する。
 しかし、カイは確かに見た。

 ジュカインの攻撃が、“自分の乗るリザードンに僅かに接触した”光景を。

「……“成長”と“侵蝕”のDouble drive: Innocently strategy」

――――――

「馬鹿……ね」

 その光景を見ながら、ペルセ=トライオウンは呟いた。熱気溢れるグログラムのコロシアムへの通路の壁に、背を預けて。

 人払いは済んでいる。
 今、闘技場にいるのは“出演者”を除けば自分だけ。
 この戦いを見てもいいというのが、サトウ=スズキと交わした、カラスマ=カイをここに運ぶことの条件だったのだから。

 戦闘のレベルは、すさまじい。
 流石に“最強”であった自分たちのチームを破っただけはある。
 最初に惑いの森で出会ったときとは比べ物にならない。

 だがペルセは、何故かその戦いを見ながらこう思ってしまうのだ。

 “つまらない”、と。

 ペルセは、スズキとこの二週間を共に過ごした。
 しかしそれは、ただただセレビィという“伝説”の研究を進めるために。

 どうやらセレビィが行える“時渡り”には、場所による制限があるらしい。
すなわち、“世界のつなぎ目”で行わなければならないという条件が。
そしてその場所こそが、自分たちが最初に出会ったあの“惑いの森”なのだ。
自分があの場所を調べる前から起こっていた“失踪事件”には、もしかしたらセレビィが一役かっていたのかもしれない。

 分かったのは、彼らが元の世界に戻る方法だけ。
 起こったことも、それだけだった。

 その日々がつまらなかったと言えば、嘘になる。
 “技”の影響で、しばらく動けなかったのは、“プライド的”に面白くなかったが、“伝説”の研究は、スズキという、自分が知らない知識を持つ協力者を得て確かにはかどった。
 だから、言ってしまえば、楽しかったのだ。

 だけどこの戦いの結末にあるものは、何だろう。

 カラスマ=カイが勝ったとき。
 彼らは元の世界に戻る。
 サトウ=スズキが勝ったとき。
 彼らはチームで旅を続ける。

 その光景は、自分とは関係ない。

 言ってしまえば、この戦いは、“自分とは一切関係のないものなのだ”。
 “賭けの対象”が、存在しないのだから。

「…………」

 この戦いは、“つまらない”。
 だけど、何故か。

 終わって欲しくはなかった。

――――――

「っ……」

 受けた。
 あの、正体不明の技を。

 戦場を飛び交いながら、カイは“まだ”動けるリザードンの調子を探る。

 ジュカインが接触したリザードンの翼から、“侵食”が急激に“成長”しているが、カイに感じ取れるのは危機感だけ。
 もしリザードンが戦闘不能になれば自分は飛ぶことはできない。そうなると、フィールド全域をツタで満たしているスズキの勝利は動かないだろう。

「…………」
 カイは、おぼろげながらに、スズキの技の正体を探る。

“成長”と“侵蝕”のDouble drive: Innocently strategy.
 これは、体力が減少していく技。そしておそらくは、毒の影響で。
 だが、それだけではないはずだ。
 体力が減少していくだけの単純な技なら、ダブル・ドライブにはならない。

 そしてもう一つのヒント。
 “身代わり”を多数使うことができたジュカイン。
 ならば、“その波動の供給源”はどこなのだろう。
 一体のモンスターが放てる波動の量はとうに超えているはずだ。だから、必ず供給源がある。

 そうなれば、

「……!」

 カイに浮かんだ答えは一つ。

 “相手の体力減少と、自分の体力回復”。
 その二つを同時に果たすダブル・ドライブ。
 それが、スズキのダブル・ドライブの正体だ。

 なおも周囲で攻撃を繰り返すジュカインを避けつつ、カイはようやくそこに追いついた。
 しかし正体が分かっても、その先は袋小路。
 技を受けた以上、カイに状態異常を回復する術はない。

「ソーラービーム!!」
「っ―――」

 考えながら動いたせいか、リザードンにソーラービームがかすめる。
 スズキは、放っておいても戦闘不能になるリザードンに追い打ちを放ち続けていた。

 正体不明の行動は、それだけで動きを鈍らせる。
トリックプレーを主とするスズキらしい戦い方だ。
当たりはついたとは言え、カイにまだ確信は持てない。だが、タイムリミットが近づいてきていることだけは分かる。

 どうすれば―――

「……?」

 依然として鋭く放たれるソーラービームを強引に動きながら回避。
 リザードンに限界は近い。

 だがカイは、何か違和感を覚えた。

 長年付き合う親友が、何故か。

“一貫していなかった”―――

「…………」
 スズキは幾重にも張り巡らせられたツタの向こう、リザードンの上に乗るカイを見ながら、微塵も油断をしていなかった。

 リザードンには確かに技を当てた。
 だが、間もなく戦闘不能になるリザードンを執拗に攻める。

 相手は“最強を下したカイ”。いや、“自分の知っているカイ”なのだ。

 何をしだすか分からない。必ず何かを編み出してくる。

 戦況は有利。
 “すでに罠も張っている”。

 この罠に、“カイが完全にはまるまで”、後わずか。
 その峠を越えれば、自分は勝てる。
 この楽しい世界に、何時までもいられるのだ。

 だから、攻撃の手を緩めない。
 それで、勝てる。

「…………」
 それなのに、心のどこかで。

 “この罠が完全に発動しないという警鐘が鳴り続けていた”。

「……!」

 カイが途端、高度を上げた。
 そこ高さは、未だツタが伸びきっていない。
 スズキには届かない“高み”。

 残り体力もわずかになったであろうリザードンの上で、カイは眼を閉じていた。

「……!!」

 そして、見た。
 グログラムの天候は、そもそも“晴れ”。

 だが、僅かにでもあった雲が“焼かれていく”。

 これは、あのウィッシュ・ボーンで急かされるように岩を壊して見た。

この、天が透くような“青空の青”は―――

「Blue Sky Blue」

 カイの“上昇”の集大成―――

―――“天候操作”が発動された。

「……強引に、“自分の空”に引き戻したか……!」

 小さく呟くスズキを、カイは青空の中から鋭く睨む。

「いいのか? “そっち”で」
「ああ。トリプル・ドライブは放たない……!!」

 いや、トリプル・ドライブは放てない。カイはそう判断していた。

 スズキは、イービルとは違う。
 カイは、相手が膨大な波動で押してくるのなら抑え込むことはできるが、スズキのようにまともに組み合わない相手では、“限界の引き裂き手”は“遅すぎる”。
 技の発動前に、ジュカインの素早い攻撃でかき乱され、結局技をすでに受けているエレキブルが戦闘不能になるだろう。

「そもそも前提からしておかしいんだ……。何で“上昇”の適合者が、ここまで“成長”の適合者に追い込まれる?」
「ははは……それは年期だって」
「そうじゃない」

 カイは即座に否定した。スズキの“罠”にはまらないように。

 カイは、“最強”のイービルを撃破している。
 それはすなわち、『最強の“上昇”の適合者』を意味しているはずだ。

 確かにスズキは強い。
 だが、あくまでメインは“成長”。

 最強の“上昇”の適合者と、最強の“成長”の適合者の戦いは、タイプに依存しなければ不自然なのだ。

 “成長”の適合者の体現は、戦闘前の下準備。
 だから、戦闘が始まったとき、相手が上だった場合、“相手を自分の位置まで引きづり下ろす”術を考えなければならない。

 つまり、あるはずなのだ。
 “上昇”の適合者の、“選択肢”が狭まっている“理由”が。

「スズキ……。ダブル・ドライブ技の説明なかったのに、なんで“ソーラービームのときだけ”タネを話した……?」

 そう。
 カイは気づかなかったかもしれない。
 スズキの解説がなければ。

「…………」

 スズキが強調したのは“晴れ”の効果。
 その天候は、“成長”にも有利に働く。
 だが実質的に、恩恵は“上昇”の適合者の方が遥かに多い。

「“この空”を嫌ったな……?」
「……」

 スズキが避けたかったのは、カイの地力の底上げ。
 どこまでも昇り続ける“上昇”に、“成長”は追いつくことができない。

 スズキの、“本当の気づかれない戦略”。
 それは、“たった一言、言葉に混ぜただけの解説”―――

「……さあ、どうだろうな……?」

 スズキはそう言いながらも、ボールを二つ取り出した。
 フシギバナとドラピオン。双方とも、ディフェンスタイプのモンスター。
 “今から来る攻撃”を、守り切らなければならない。

「リザードン……」

 カイの波動が流れ込み、リザードンが“上昇”の波動を纏う。
 スズキの“確信”は当たった。

 カイは、決める気だ、と。

「いくぜ……」

 時間が僅かにとはいえあるのならば、狙いはファイアボルトではない。
 それでは、即時性はあっても、“弱い”。
 相手が“成長”の適合者な以上、“伝達”の波動が混ざるのは、好ましくない。

 この空の下で放つ、カイのできる“上昇”の最強技。

 その技が、この空の下、最も結末として相応しい―――

「フレアドライブ!!」

 遥か上空から、“上昇”の波動を纏い、カイはリザードンごとスズキに襲いかかる。
 その攻撃はツタを焼き、ただただまっすぐに、スズキを目指す。
 フェイントもかけない。
 燃え盛る隕石のように、親友の元へ。

 リザードンはもう限界。

ここで、決める―――

「―――守る!!」

 対するスズキは、二体の波動を全力で放出する。
 カイの鋭い一撃を守りきれる最大の数で。

 リザードンはもう限界。
 その上、自身もダメージを受けるフレアドライブ。

 ここを全力で抑えきれれば、決まる。
 通常技が無効になるほどの“守る”なら、押さえ切れるだろう。

 “きっかけ”を、手に入れられる―――

「―――」
 守る波動にリザードンが飛びこんだとき、スズキは気づいた。
 “この空”を見た影響か、わずかに冷静ではなかったのかもしれない。

 相手は“上昇”の適合者。
 戦闘中に、力を上げるエキスパート。

 今、その要因は、“この空”だけじゃない。

 “精度”の“激流”、“成長”の“深緑”と対をなす、“上昇”の“昇り方”。

 リザードンの特性。

 “猛火”―――

「―――!!」

 カイのリザードンの波動と、スズキの二体の波動が瞬時に爆ぜた。

 鼓膜が破れるかと思える轟音と、体を八つ裂きにするような爆風に、スズキの足元ごと、砂が吹き飛んだ。

「っ―――……!」
 地面に転げたスズキは見た。
 リザードンの一撃は、守っていたにもかかわらず、二体を戦闘不能に追い込んでいる。
 そして、リザードンも戦闘不能。

 それなのに、自分は無事。“まだ動ける”。

 勝っ―――

「ようやく“ここ”に来れたぜ……」
「……!!」

 起き上った瞬間、背後からの聞き慣れた声に、スズキは“振りかえることしかできなかった”。

「―――」
「っ―――」

 振り返ったと同時、カイはスズキを、全力で“殴っていた”―――

――――――

「…………」

 壁から背を離し、コロシアムのフィールドに、“唯一の観戦者”は背を向けた。
 そして、ただ道を間違えただけのように歩き出す。

 “雌雄は決した”。
 その事実を受け止めて。

 二人に声をかけることもしない。
 二人に近づくこともしない。

 今近づくのは、“野暮だ”。

「…………」
 “終わって欲しくなかったつまらない戦い”は幕を閉じた。
 意外にも、少しだけ安堵の混ざった感情が浮かび、すぐにかき消す。
 “だけど忘れないようにして”。

「…………」
 コロシアムの外に出る。
 空は変わらず、雲一つない。

 ここはもうしばらく、“閉鎖にしておこう”。

 彼女の体は歪み、幻想的に青空に消えていく。

 ただ一言。

小さく“何時もの挨拶”をその場に残して。

――――――

「……あのさぁ……」
「……何だよ……?」

 カイが座り込んだ瞬間、仰向けに倒れ込んだスズキから声が漏れた。

「へへっ、お前……いいパンチしてるじゃねぇか……!!」
「何の青春漫画からの引用?」

 “ああ、やっぱり変わっていない”。
 そんな会話をしながら、カイは少しだけ微笑んでいた。
 それは、スズキも。

「何で、殴ったんだ……?」
「……悪かったな。なんか、勝手に体が動いた」
「……そっか」

 スズキはまだ起き上らない。

「あのさ、俺、“動けたんだ”」
「?」
「だけど、“動けなかった”」

 スズキはカイの声が聞こえたとき、確かに戦闘不能ではなかった。
 転げたあと起き上れたように、体は確かに正常だった。
 あのタイミングでは、“終わってはいなかった”。

 なのに、

「最後……なんかさ、体が動かなかった。殴りかかってくるカイを見て、そのまま無防備でいた」
「……?」

 スズキからこぼれる言葉を、カイは、意味は分からなくとも拾う。

「最後の最後。カイに飛びかかって殴り合うこともできたはずだ。だけど、動けなかった」

 対してカイは、“動いていた”。
 それも、“体が勝手に動いて”。

「カイには分からない。“できているから”。そういうところでの……力の出し方を知らないんだろうな、俺は。“本気になれない”」

 最後の最後。
 あと少しのところで止まってしまう。
 思えばスズキは、“全てを尽くしたこと”はなかった。

 “必死になること”。
 土壇場での力の出し方。
 モンスターではなく、自分自身で攻撃するほどの、“勝ち”への執着。

 それは、“切り替え”や“集中”とは違う、もっと別の、力。

「生まれたばかりの“我”ってのは……弱いなぁ……」
「……」

 仰向けになったスズキに、カイは背を向けていた。
 スズキの、初めて聞く声色の言葉を、少しだけ理解しながら。

「どうやって、本気になるんだろうな……?」
「……」

 カイは言葉を返さない。
 スズキが分からないんだ。今の自分に分かるわけがない。
 たとえ、自分がそうできていたとしても。

「俺が勝てなかったのは、“そこ”の差。“主人公”と戦ったからじゃない、って、信じたいだけかもしれないけど……さ」
「……?」

 背後のスズキは立ち上がった。

「さて、負けは負け。帰ろっか。“選ぶために”」
「……ああ」

 “もう済んだか”。
 そう感じたカイは、立ち上がって振り替える。
 空は、自分のせいとは言え、鬱陶しいほど暑い。

 そしてその下には、何時もの調子で笑うスズキがいた。

 ただ少しだけ。
それは、いい方向に。

何かが変わった気はしたのだけれど。


――――――

「おい。本当に大丈夫なんだろうな? これで『あれ? 不発だ』みたいなことになったら、俺たち相当アレな感じになるぞ?」
「ははは、大丈夫だって。……多分」
「最後に何をつけ足した!?」
「スズキの“それ”は、いつものことでしょ……」

 レイは、その二人のやり取りを見ながら、ため息交じりに苦笑した。

 ここは、惑いの森の祠の前。
 日はまだ高くとも影で薄暗いここには今、チーム・ストレンジのメンバーしかいない。
 “去り際はあっさりとが信条の男”に、元チーム・クリエイトのメンバーは、見送りが禁止されていた。
 カイが一応挨拶をしても、何時ものようにのけ反り見送られただけ。

 エレキブルを預かってもらえただけでも、ある意味奇跡だったのかもしれない。

 そして、カイたちも。
そんな別れ方を選んでいた。

「いや、だって実験してないし。セレビィはなんか特殊で……うまく扱えないんだって」
「だから繰り出さなかったのかよ……」

 連絡を受けて飛んできたレイたちを待っていた光景は、何時もの二人。
 二人が何をしたのかは聞いてはいないが、戦ったようだ。
 だがそれでも、二人は変わらず笑っている。
 “確信していたとはいえ”、その光景に、レイの頬はほころぶ。
 スズキに再会したとき、殴って怒鳴り散らしたのは、やりすぎだったかもしれない。

「そうだ。コトリ、ラナ」

 カイは、祠に前に立つ自分たちから一歩離れて静かに立っている二人に近づいた。
 まずは、コトリ。

「リザードン。……預かってくれないか?」

 カイは、ビガードの設備に預けなかったモンスターの一体を、コトリに差し出した。
 “努めて笑いながら”。

「…………」
 コトリは口を開かず、手を伸ばす。
 “上昇”の適合者から、“自由”の適合者へ。リザードンは意思表示により移動する。

「……うん。私も、ギャラドスを」
 レイも、リインに預けなかったモンスターを差し出す。
 自分の“二人目の妹”に。ここでは泣けない。
 そんな涙は、とっくに使い切った気がする。

「…………」
 コトリは変わらず、機械的に手を伸ばした。
 “精度”の適合者から、“自由”の適合者へ。ギャラドスは意思表示により移動する。

 これで、コトリの手持ちは六匹になった。

「…………」
 声は出せず、顔も上げない。
 まともに顔は見られなかった。
 折角三人とも、わずかの間出かけてくるだけのように振舞っているのだから。

「き……気をつけてくださいね……」

 その声の震えは、カイにもレイにも伝染した。
 言葉は返せない。
 今返したら、選ぶことはできなくなりそうな気がしていたのだから。

 出会ったばかりのとき、目の前のコトリは、よく泣く気弱な少女だった。
 自分たちが導いて、旅を続けていた。
 だけど教わったことは、むしろ自分たちの方が多いかもしれない。
 悩みぬいて“答え”を手に入れたコトリは、“対等だ”。

 だから、置き土産としてではない。
仲間として、モンスターを預けられる。

 レイの手持ちはこれでゼロ。
 カイは、あと二体。

「ラナ」
「……待ってるよ」

 カイがボールを伸ばした瞬間、コトリと同じように顔を伏せていたラナは呟いた。

「“賭け”は負けたから……仕方ないけど……待ってる」
「…………」
「だから、“預かる”。ボクは、“こっち”を選んで欲しい」

 ラナは、ボールに手を伸ばした。
 三人がどう思おうと、自分がこうなって欲しいと思う未来を口にして。
 “上昇”の適合者から、“突破”の適合者へ。バシャーモとゴウカザルは意思表示により移動する。

「ピクニックの約束は、“全部終わってから”。だから、待ってるよ」

 暴れまわることも、泣き叫ぶこともせず、ラナは顔を上げた。
 その顔には、涙も浮かんではおらず、わざと作った不機嫌そうな色が浮かんでいる。

「……ああ。俺たちが“こっち”選んだら、絶対に行こう」
「……うん」

 ラナは、常識知らずで、手間のかかる少女だった。
 寝起きを襲われたのも、カイの両手では数えきれない。
 そして、心は弱い。

 だけど、今は違う。そう確信できる。
 コトリと同じく、ラナは対等だ。

 “我がまま”は、もう立派な“我”に変わっている。

 だから、託せる。

 ラナの手持ちも、これで六体。
 カイの手持ちはゼロになった。

「…………ありがとな」
 コトリとラナも、“納得する準備はできていたこと”も確認できた。

 出発できる。

「ごめんね。俺は二人に渡せるモンスターがいなくて」

 スズキは二人に、何時ものような軽い調子の声をかけた。

 この五人の中で、“取り繕うのが一番うまい自分”が、震える声を出すわけにはいかない。

 自分も二人と同じだ。
 この世界にいたい。
 コトリやラナと、カイやレイほど深い感情はないが、その、“見ているだけ”でも楽しかった日々は、キラキラと輝いている。

 だけど、今は元の世界を選ぶことに全力を傾けるべき。
 負けた以上、きっかけを手に入れた以上、そう思っている。

「そうだ。お前、ドラピオンは? ビガード王が、預かってないって……」
「……ああ、“もう預けたよ”」
「? いや……」
「セレビィ」

 カイの声をかき消すように、辺りに幻想的な光が満ちた。
 繰り出されたセレビィは、祠に宿り、煌々と輝く。
 依然スズキが見た“幻覚のセレビィ”とは、比べ物にならないほどの、“本物”。

 そして、カイたちが元の世界で最後に見た、光の正体。

それは、何かを誘うように―――

「……よし。行くか」
「ええ」
「ああ」

 カイたちは、惹かれるように歩き出す。
 もう振り返らない。
 この先は、選ぶまでは、自分たちの世界しか見るべきではない。

 自分たちは、両方の世界を同時に見られるほど、器用ではないのだから。

 見送る二人も、もう声はかけない。
 歩き出すことしない。
 あの光に、自分たちは近づいてはいけない。

 すでに自分たちは託されたのだ。
 たとえ戻って来なくとも、生きていける。

「……じゃあな。……コトリ、ラナ」

 そして、この世界。
それらと別れる、いや、選ぶために光に飛び込んだ。

 背後から、限界を超えたのであろう声が聞こえた頃には、カイたちは不思議な感覚を味わっていた。
 これは、テレポートの移動時に近い。

 光が一層強くなる。

 光が森の影をかき消した直後には、三人の姿は消えていた。

――――――

 “この世界”で、最も“主人公”の力の強いカラスマ=カイは姿を消した。
 現在、暫定一位はイービル=ドラコランスに戻っている。

 “自分を抜きにすれば”。

「ふう……」

 気に寄りかかりながら、男は煙を吐き出した。今、異世界から現れた三人を見送った“三人”を眺めながら。

「これで俺の“暇つぶし”も……終わったか」

 男は小さく呟きながら、木々の隙間から見える青空を見据える。
 最後に予定外のことも発生したが、局面は変わらず、“予想通りの結果になった”。

 カラスマ=カイは、確かにこの世界で成長した。
 自分にとってはレクリエーションに過ぎないこの物語。
 だが幕を迎えた今、これほどの達成感に包まれるとは思っていなかった。

 “自己が不利になっているにもかかわらず”、男は微笑んだ。
 “こうでなければ面白くないから”と理由をつけて。

「ふう……“これは、俺の弱さだな”」

 あっさりと、男は自分の弱さを認識する。
 だがその弱さがあろうとも、男の目的は揺るがない。

 何故なら、起こるのだ。

 “勝つための条件”は。必ず。

 だから、少しくらいは“クリア条件”が厳しくなくては、つまらない。

「お前のことだ。いくら理由をつけても、どうせ“こっち”だろ」

 木から背を離し、男は歩き出す。

 自分がすべきことを、するために。

――――――

「…………お、起きたか」
「……何だ? なんかコツでもあんのか?」

 遠くから虫の声が聞こえる空き地の中、カイは目を覚ました。
 仰向けのまま見上げた夜空の途中には、何時ものにやけ面。

 スズキは、世界移動をしても絶好調のようだ。

「ははは……俺だってしばらく寝込んでたさ。まあ、日が沈む前には起きてたけど」
「う……気持ち……悪い……」
「酔ったか……。俺からすれば、そこまで酷く酔う奴の方が分からない。……ほら」

 カイは上半身だけを起こし、スズキの差し出したペットボトルのお茶を一気に飲み干す。
 スズキの足元には、コンビニで買ってきたのかお茶の入ったビニール袋が転がっていた。
 隣では、レイが未だに寝込んでいる。

「マジで気分悪ぃ……。てか、ここあの空き地か……」
「ああ。そうみたいだな」

 スズキは何故か、にやにやと笑っていた。
 いつものことだが、不気味だ。

「はあ…………」

 座り込んだまま、空き地を眺める。
 ここにあのとき入り込んだから、自分たちはあの世界に行ったのだ。

「何か……夢みたいだったな……」
「いや、あれ見ろよ」
「……!?」

 空き地の一部には、小さな光が未だ宿っていた。
 あれに近づけば、またあの世界に行けるのだろう。

 何故今まで気づかなかったのだろうか。

「もしかしたらこの場所には、不思議な力があるのかもな……。人が近づけない……不思議な力が」

 スズキの言葉は、“条件”と換言できるのかもしれない。
 少なくとも、カイはあのときまで、あの光があったことに気づけなかった。

 だけど今は確かに見える。
 これで、何時でもあの世界に行けるのだろう。

 だけど、

「あの光にまた近づくのは、今じゃない。そうなんだろ?」
「……ああ」
「ぅ……」

 そこで、レイからうめき声が漏れた。
 カイはビニール袋からお茶を取り出し、レイの顔に付ける。
 冷え切ってはいないが、その感触にレイは顔をしかめ、気分の悪さを隠そうともせずに起き上る。

「どうだ?」
「最悪……。でも、こんなのあの技に比べればまだマシよ」
「……そっか」
「ええ」

 レイもカイのように座り込んだまま空き地を見回す。
 今レイに浮かんでいるのは、“あの世界のこれまで”か、それとも“この世界のこれから”か。
 カイには判断がつかなかった。

 ただ、やっぱりあの世界の出来事が夢のように思えているようだ。
 コトリやラナとの別れを、一番惜しんだのは間違いなくレイだろう。

 “ああ、終わっちゃった”。
 そんな顔をしている。

 これから、自分たちは選ぶのだ。

 迷わずに、どちらかの世界で生きていけるように。
 この世界にも、向こうの世界にも、まだまだ“伏線”は眠っているのだから―――

「さて、レイが起きたところで重大発表がありま~すっ!!」
「黙れ、そして空気を読め」
「なんだよぉ……だって俺、ずっとお前らが起きるの待ってたんだぜ?」
「黙りなさい」

 レイに睨まれて、スズキは拗ねたようにしながらも、ポケットから皺くちゃになった小さな紙を取り出した。

「これ、な~んだ?」

 変わらないスズキの調子に、カイとレイはため息を吐きながら小さな紙に視線を走らせる。

 レシートのようだ。
 おそらくは、スズキがお茶を買ってきたコンビニの。

「「……!!?」」

 コンビニ名は大手のチェーン店。
知らない者はいないだろう。
 だが、そこじゃない。

 買ったものはペットボトル三本。そして、こちらの世界のポケモンのお菓子。
 後者はスズキの洒落だろう。
 だが、そこじゃない。

 二人が見ているのは、レシートの日付。

「な、面白いだろ? こういうのって普通……まあ、普通じゃないけど、元の世界に戻ってきたら、『ああ、あの日々は、こちらの世界では一瞬のことだったのか……!!』とかになりそうじゃん?」
「黙りなさい」

 レイは再び、スズキを睨んだ。
体はぷるぷると震えている。
 『考えてみればそうだった。まずい』と。

 カイは、未だ唖然としてレシートを眺めていた。

 あんまりだ。
 優しさがない。

 いくらカイが、そう心の中で訴えたところで、現実は変わらない。

 セレビィで移動してきたというのに。
 “時間は巻き戻せないのだ”。

 自分たちが移動したのは夏休み直前。
 だが、あの日々はそれを十分に超越している。

 夏休みなどとっくに終わり、今はどっぷりと、“次”になってた。

「ああくそ、後期の授業始ってんじゃねぇか!!」



[3371] Epilogue
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/07/11 05:28
 最近、気になっている人がいる。
 その人は、私の目の前の席の、“年上の同級生”。

 今は昼休みの喧騒の中、窓にだらしなく寄りかかり、欠伸を噛み殺している。

「……うーん」
「どうしたのよ? 急に唸ったりして」
「マヤってさぁ……佐藤さんとどんな話してるの?」
「へ?」

 高校二年生のクラス替え以来の付き合いのマヤに、何となく聞いてみた。
 よく彼に話しかけているところを見る。

 思えば、最初に自分たちのクラスに“年上の同級生”が三人いることを教えてくれたのもマヤだったはずだ。

「どんなって……えっと、最近だと進路のこととか?」
「う……」
 不覚にも、痛いところを突かれた。
徐々に日はぽかぽかとしてきて、高校三年生は目の前だ。
この時期に、私はまだ進路を決めていない。

 学力も中途半端な私からだと、かえって選択肢が多すぎて混乱していた。

「何? 気になるの?」
「え、いや、そんなんじゃなくてさ……」
「だ、だよねだよねっ、……えっと、じゃあ、まだ慣れないの?」
 声が大きいマヤが、何が嬉しいのか、からからと笑う。
 私は、佐藤さんがこっちに気づかないよう祈っていた。

「そうじゃなくてさ……そう、進路とか。佐藤さん、進路とかどうするのかって思ってさ」
「あー、確かに気になるね。一応ダブりだし……。でも、なんか事件に巻き込まれたとからしいし、別に内申響かないんじゃない?」
「しーっ」
 私はマヤの口を押さえつつ、佐藤さんがこっちに気づかないようにさらに強く念じた。

 私のクラスにいる三人は、出席日数が足りなくて、一年留年している。
 彼らが、私が一年生の時に聞いた、うちの高校の学生失踪事件の当事者であることが分かったのは、夏休みに入ってからだった。

 だけど、いくら事件に巻き込まれたからと言っても留年は留年。
 本人たちの耳に入れたくない話題だ。

「大丈夫でしょ? スズキさん、笑って言ってたし」
「ぅ……」
 マヤがぶんぶんと手を振ると、佐藤さんは笑いながら振り返してきた。
 会話は聞こえていたのだろうに、表情に一切陰りはない。
 本当に、一年違うだけなのに、大人に見える。
 私も遠慮がちに、手を振り返した。

「……スズキさん、進路、決めてないってさ」
「え?」
 彼のことを名前で呼ぶマヤが少し気になりながらも、私はもう一度佐藤さんを盗み見た。
 窓から差し込める暖かな光に当たって、幸せそうに欠伸している。

「え、でも、佐藤さんが?」
「うん。まだだってさ」
「……?」

 佐藤さんが、自分と同じく進路を決めていないことにわずかばかり安堵しするも、同時に浮かんだのは疑問。
 佐藤さんは、授業中は真剣に話を聞いているし、前にちらっと見えたテストの点も、私よりは良かった。
 十分進学が狙えるはずだ。
 それなのに、彼はまだ決めていない。

「今のところ“二択”だって。進学か就職かでしょ?」
「ふーん……」
 なんとなく、佐藤さんが進学するなら私も同じところを狙ってみようと思っていただけに残念だ。
 今から進学一本に絞れば、なんとななると思っていたのだけれど。

「あ……」

 佐藤さんの元へ、もう一人の“年上の同級生”が駆け寄った。
 手にはビニール袋を提げている。

 汗ばんで文句を言う相手を、佐藤さんは何時ものように笑ってみていた。
 どうやら佐藤さんは、じゃんけんでもして昼食を買いに行かせていたみたいだ。

「烏丸さん……じゃんけん弱いんだってさ……」
 マヤの、佐藤さんソースの情報を聞いているうちに、二人は教室から出て行った。

 二人の首から下がっているリングのネックレスがきらりと光る。
 そういえば、水面さんも同じものをつけていた。

 三人で同じものを買ったんだろうか……?

「さ、私たちも食べよ?」
「うん」

 あとで聞いたところによると、マヤも進路は未定らしい。

 さ、私はどうしようかな……?

~~~~

 娘が失踪。

 そんな事件は、テレビの向こうの話ばかりだと思っていた。
 それが実際に起こってしまったとき、体中の力が抜けていったのを覚えている。

 私たちは、かつて娘を事故で失った。
 そのときは、何も考えられなかったはずだ。

 ただ、ちょうど謀られたように迫っていた選択肢が目の前にあっただけ。

 すなわち、仕事を続けるか、止めるか。

 当時、仕事はちょうど佳境に入り、海外への出張を承諾しなければ、会社に椅子はなくなるところだった。
 だがその承諾は、同時に家族と離れることになる。
 家族全員で海外へ行くことも考えたが、妹を失ったばかりのレイを慣れない異国で育てることには抵抗があった。

 結果、私は仕事を選んだ。
 レイの養育費のこともあったし、何より私が何かに打ち込みたかったから。
 妻も、妻に似たレイも、私より自立していたから家を任せることができた。

 今では、レイより私の方が世話の必要があると、妻がこちらに来ているくらいだ。

 だが、そんな生活を続けていた私たちに届いたのは、娘の失踪という報せ。

 友人のアパートの近くで目撃されたのを最後に、レイは姿を消し、未だ発見できないという警察の話は、ほとんど拾えなかった。

 妻と共に、どれだけ後悔してもしきれない。

 私たちは知っていたはずだ。
 “事故”は、日常に潜んでいる、と。

 煙のように消えたレイ。
 失踪と聞いても、私には誘拐としか考えられなかった。
 レイは一人暮らしをしている。
家出する理由がない。

 それなのに、誘拐犯からの脅迫の連絡も、何一つこない。
 一か月が過ぎた頃には警察も諦め、一緒に消えた二人の家出に付き合って、どこかに行ったというのが結論になってしまった。

 レイの写真を見るたび、胸がつぶれる思いだった。
 昔撮った写真の中の家族は、半分になってしまったのだから。

 しかし秋になって、レイがひょっこり戻ってきた。
 私たちはその連絡を受け、我先にと帰国。
 娘の顔を見たとき、用意していた言葉も何もかも忘れて、妻と共に腰が砕け、座り込んだのを覚えている。

 ただ、レイは雰囲気が変わっていた。
 しっかり者のようで、慌てると収拾がつかなくなっていたレイ。家庭的なようで、粗暴な面も持っていた。
 それなのに、今では落ち着きはらい、色々なものが見えている。
 完全に面影が消えたわけではないが、やはり違って見えた。

 いなくなっていた期間、何があったのだろう。
 しかし、何を聞いても『言ってもどうせ信じない』の一点張り。私たちを困惑させた。

しかし、もうどうでもいい。
 無事でいてくれたのだから。

 それだけで、本当に。

 だがまさか、四年間通うことになった高校からの進路で、あんなことを言い出すとは思ってもみなかったのだけれど。

~~~~

「ぁ……」
「わぁぁああ~~っ!! 危ないですよっ!!」

 あたしが倒しそうになった大きな壺を、コトリは飛びこむようにキャッチ……

「―――へうっ!?」

 ……しようとして、そのまま廊下の壁に激突した。
 壺は、あたしの手の中だ。

「コトリ、ここ、ワックスかかってる……」
「……っぅ……」

 頭を押さえてしんしんと泣くコトリ。
 とても、あたしを倒したとは思えない。

「だ、大丈夫でしたか……? マイムちゃん」
「……コトリの方が痛くない?」

 手を貸して、コトリを起き上らせる。
 滑る床にふらふらしながらも、笑っていた。

 外は、夏の日照りが続いている。
 時折吹く風が、庭の花の匂いを白いカーテン越しに届けてきていた。

 あたしがコトリと再会したのは、必然。
 チーム・パイオニアが負けたあと、あたしが探したのは何故かコトリだった。

 自分とは違う“自由”の体現者への興味。
 それが、戦いが終わったあとにあたしに残った唯一のものだったのだから。

 ペルセちゃんが言っていたチーム・ストレンジの情報。
その中に、コトリ=ヘヴンリーという、本名があったのを思い出せたのは幸運だった。

 あたしが目指したのは、当然ここ、へヴンリー・ガーデン。
 この家を訪ねたときは天井に飛び上るほどコトリは驚いていたが、実はあたしの方が驚いていた。
 なにせ、自分がここに何をしに来たのか分かっていなかったのだから。
 コトリと面と向かってみて、初めてその疑問が浮かんだのも不思議だ。

 戦闘をするつもりもなく、何かを話すわけでもない。
 それなのにあたしはここにいる。
 それが、何よりも不思議だった。

「え、えと、その、ここ、コブになっていませんか……?」
「よく……見えない……」
「えっと、……わわっ……」
 ワックスに滑りながらも、コトリは何とかあたしの視線まで頭を下げた。

 そのとき以来、あたしはこの家に住んでいる。
 あたしに行くあてがないと聞いたコトリが、両親に相談したそうだ。

 殺し合いをした二人が一緒にいるのはおかしいと思っていたはずなのに、二年たった今は、ここがあたしの居場所。
 それも、不思議だ。

「ど、どうですか……?」

 目の前のコトリも不思議。
 お姉さんのような、妹のような、不思議な関係の相手。
 あたしは、その関係に名前をつけられない。

 そんなことよりも、やらないといけないことがある。

「コトリ。冷やした方がいいと思う」
「や、やっぱりコブ、できてるんですか……!?」

 あたしはキッチンに、ワックスに滑らないように歩き出した。

~~~~

「……ねえ、何してるの?」
「うん?」

 僕は思い切って、ハンモックで寝ている人に声をかけてみた。
 この人のことは知っている。
 よく学校に手伝いに来る、おかしな女の人だ。

「どう? 結構丈夫にできてるでしょ?」

 涼やかな風が吹く森の中、彼女はハンモックから降り立った。
 いや、降りたとは言わないだろう。
 ハンモックは地面すれすれに、ぎりぎり浮いているだけなのだから。

「えっと、学校に来る人だよね?」
「え? あ、そっか。君はあそこの生徒かぁ……」

 眠気の覚めないけだるそうな声で、彼女は言葉を紡ぎ、最後に大あくび。
 やっぱり、あの変な人で間違いないらしい。

 学校の手伝いはよくしてくれているらしいし先生たちもありがたいと言っていたけど、女なのに自分のことを“ボク”と呼ぶせいで、僕のクラスでは変な人で通っていた。

「なんで、学校に来るの?」
「え?」

 ハンモックに腰かけ、ブランコのように揺すりながら、間の抜けた声を返してきた。

「だって、あそこで働いてないんでしょ?」

 聞いたところによると、この人の本業はトレーナー。このクリエール・シティの問題を解決しているらしい。

「えっとさぁ……あっち、何があるか知ってる?」
「……?」

 少しだけ、声色が変わって。彼女は一本の道を指差した。

 僕はその答えを知っている。
 あっちは、“心霊スポット”だ。
 夜にクラスのみんなで忍び込んで、泊まり込んでいた工事の人に怒られたこともある。

「償うのは難しいよ……。何をすればいいのか分からない」
「?」

 僕には拾えない言葉を彼女は呟く。

 むしろ、長い髪をかきあげた指に光るリングが印象的だった。
 クラスの物知りに聞いたことがある。
 あれは、確か……

「ああ、リング? 今、チームはお休みなんだ。だからここでは、ボク一人で、ね―――」

 どこか嬉しそうに笑う彼女は、リングを撫でる。

 それを、僕は見ていたはずだった。

 だが、次の瞬間。
 彼女から、何かが飛び出していった。
 体の横を熱が通り過ぎたと同時、後ろでのうめき声。

 振り返れば、僕が名前を知らないモンスターが倒れ込んでいた。

 彼女は静かに倒したモンスターに歩み寄る。
 その姿が、女の人なのに、格好いいと思えた。

「よ、良かった……。思わず炎で攻撃しちゃってた……」

 しかし、モンスターを倒した彼女の声は、どこか震えていた。
 何度も周りの木々を確認する。
 確かに森に燃え移っていたら、大騒ぎになっていただろう。

 倒れ込んでいるモンスターの隣にいるのは、確か、ゴウカザル。
 今僕の真横を通り過ぎたのはあのモンスターだったようだ。
 目で全く追えなかったのは、僕に波動が流れていないからだろうか。

「でも、依頼は終わったみたいだね。ダメだよ……。こんなところまで一人で来ちゃ」
 ゴウカザルと倒れているモンスターを回収し、彼女は僕を咎めるような口調で言った。

 それで、僕は思い出した。
 そうだ。
 僕は逸れたんだった。

「さ、行こう。ボクも戻らなきゃ」
「あ、あの……」
「?」

 歩き出そうとした彼女に僕は声をかけた。

「今、僕たち向こうに遊びに来ていて、その、良かったら……」
 僕は自分が歩いてきた方をたどたどしく指差した。
彼女をみんなに紹介したい。
 変な人と思っていた人が、こんなにも、違ったのだから。

「……ああ、ごめんね」
 しかし彼女は、それに困ったような顔を作った。
 だけどどこか、嬉しそうに。

「ピクニックは、先約があるんだ」

~~~~

 ここは不思議な空間のようだ。
 二年前、警察たちも調べず、レイたちのバッグもあのときのまま転がっていた。
 誰も、調べようとも、入ろうともしない。
 だから何時までも、買い手がつかない。
 ここはそんな場所らしい。

「……何だよ。結局こうなったのかよ」
「遅いわよ?」
「やっぱりカイが一番遅かったか」

 俺が空き地に着いたとき、すでに二人はそこにいた。

 辺りは暗く、ただ小さな光だけが、空き地の一部にある。

 お互いに進路は一切聞かず、ついさっきあった卒業式でもその会話を一切せず、打ち上げのときには話す間もあまりなかった気がする。
 それなのに、俺たちは示し合わせたようにここにいた。

 俺が、いや、俺たちが選んだのは、向こうの世界。
 確かに、そんな予感はしていたのだけれど。

「大変だったわよ……。親を説得するの……」
「あ、ああ。お前はそうだよな……」
 しっかり身支度を整えているレイの顔には、思い出しているのか疲労が色濃く浮かんでいた。
 確かに俺とは違い、親がいるレイは大変だっただろう。特に、レイは両親にとって、今では唯一の娘なのだから。
異世界に行くなどという話は当然信じてもらえないはずだ。
どういう交渉をしたのか、レイに聞きたくもあり、反面、知らない方が幸せのような気もする。
 ともあれ、レイは水面下で準備を進めていたようだ。
 あの世界を“選んで”。

「……遠回りだったか?」
「……ん?」

 俺の問いかけに、スズキは地べたに座り込んだまま顔だけを上げてきた。
 二年以上前の記憶は、今でも鮮明に蘇る。

 俺はこの世界に戻ることを望み、スズキと戦った。
 だけど俺たちは、巡り巡ってあの世界に戻る。
 俺の行動は、無意味のようにも見えた。

「ま……」
 スズキは立ち上がって土を払う。
 そして大きく息を吸って、星空を見上げたまま吐き出した。

「こっちの世界は……思ったより悪くなかったってのが分かったよ」

 スズキは、表情を変えないまま呟いた。
 スズキがこの二年の間、親とどういう話をしたのかは分からない。
 だけど、スズキなら、“向かい合ったはずだ”。

 スズキは、全力でこの世界を見ていた。
 もともと器用なスズキだ。
学校の成績も徐々に上げ、今では得意科目くらいでしか俺はスズキに張り合えないほど。

 スズキにとって、今が一番、この世界で楽しいときのはずだ。

 だからこいつは、“選んで”ここにいる。
 それだけで俺の決断は、報われる気がした。

 そして、当然、俺も“選んだ”。

「よし。行くか」
 俺は光に向かって歩き出す。二人もそれについてきた。

 俺たちは“選んだ”と言うけれど、きっと高校を卒業した程度では世界はまだまだ見えていないだろう。
 だけど、たとえ小さくとも、自分が見える範囲では、ほとんど全て“拾ったはずだ”。

 俺はそれで、いいと思う。
 正直なところ、あの世界の魅力に負けた部分もあるのだ。
 そこまで潔くはなれない。

 それでも、一度ここに戻ってきて。
節目を迎えて。
 それで旅立つなら、自分で納得できる。

 これで、あの世界で生きていくことに“言い訳”はできなくなる。
 それで、いい。

「……!」
 光が闇をかき消すように一層強くなる。

 俺はその中でも目を開けていた。
二人もそうしている。

 俺たちはしっかり見定めて、再びあの世界に行く―――

「……」
 気づけば何時もこんな光景が俺の目に移っている気がする。
 キラキラと輝いて、三人でいるこの光景が。

 この世界で、そんな毎日を俺たちは繰り返していた。

 でも、退屈はしない。

 この世になくならないもの何てないということは分かっているつもりだが、ただ漠然と、俺たちのこんな関係はずっと続いていくような気がしていた。

この三人の関係が変わるくらいなら世界の方が先に変わると思えるくらい、俺たちは一緒にいたし、居続けると思えた。

 いや、たとえ世界が変わっても。たとえ誰かが外れても、必ず戻る。
 きっとそれは、揺るがない。

「さあ……」

 この世界では区切りをつけた。
 小さな自己満足と言われても、俺たちはそれで選んだのだから。

 今度は、あの世界。
 やり残していることは、まだまだある。

だから、まずは―――

「伏線を回収しに行こうぜ」


 To be continued…?



[3371] 後書き
Name: コー◆34ebaf3a ID:f1d928fa
Date: 2009/07/11 05:29
 私は、普段作品を書くときに何時も制約を設けています。

 例えば、一話辺りの読者数がいくらを下回ったら連載を止めるなどです。
 読んでくださる読者の方には申し訳ないのですが、その方が、緊張感が出て、良い刺激になると思っているので、遵守していました。
 しかしこの話は、最後まで構成を練っていたため、一切制約をかけずに書きあげさせていただきました。

 一年以上の連載も、お付き合いいただいた読者様方のお陰です。
 本当に、読んでいただいてありがとうございました。

 さて、物語の方ですが、実はここまで、というのが最初からの狙いでした。
 そもそもこの作品は、どこか変わった形にしたい、という願いから生み出たものであったりします。
“伏線”を残す作品なら、少しは変わっているのではないかと考え、このような形になりました。
 ちなみに、そのせいで最後の相手もねじったりしています。
 最初から話のラストを見据えていた方は、少なかったのではないでしょうか。

 なにやら偉そうなことを書いていますが、読者の方々に少しでもお楽しみいただけたか、内心ヒヤヒヤしております……。

 とはいえ、伏線を残したままにするのはどことなく気持ちの悪い気がしますので、もしかしたら次回作を書くかもしれません(最後のクエスチョンマークはそのためです)。
 未だ書くかどうかを決めていないのですが、構成はある程度できていたりします。ただそれも、大分先になってしまいそうですが。

 もしそのときは、ご覧になっていただければ幸いです。
 なお、今後この作品が上がることがあると思いますが、それはあくまで修正にすぎず、【完結】が取れない限り更新されてはおりませんのでご注意を。

 それでは最後に。
 この作品があなたにとって、なんらかの意味を持ちますように……。

 では…
                     2009/7/11


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