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[28794] IS 幼年期の終わり  
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9
Date: 2013/09/12 00:14
充電中です

近々リメイクをして、もうすこしスリムにしたものを投稿予定です



[28794] NGS549672の陽のもとに
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:0b1218c2
Date: 2011/09/07 04:10
彼女の頭には機械でできたウサギの耳が存在する。それは、彼女の動き、感情にあわせてピクリと動いた。
一見かわいらしいその“ウサミミ”の端子が、頭蓋骨を貫通し、脳に緻密に根を張っていることなど想像できるだろうか。

なぜそのようなおぞましいものが彼女の頭に存在するのだろうか。
それは彼女が物心付いた瞬間の、雷に打たれたような啓示のためであった。
あるいはその“霊的な”雷が彼女に物心を付けたのかもしれなかった。この点について、もはや因果を説明することはできない。

―――見られている。誠に傲慢な意思を持って。
それが彼女の最初の思考であり、最初の記憶だった。


そのウサミミは、いわば増幅装置だった。
彼女自身を増大させるための、である。
それまで、“彼女自身”に慣らすために制限してきた機能・性質を、開放する。

最初は床にころがる、埃っぽい床に転がる、変哲もない色あせたガラガラだった。
それがふわりと宙に浮く。車が、熊のぬいぐるみが、積み木が宙に舞う。それは、彼女を中心にほぼ同心円を描く。
それは、西暦1000年から2100年までの太陽系の惑星運行の早回しそのものだった。
熊は木星、その周囲を舞う4つの小さな積み木はガリレオ衛星。
金星は黒ずんだベルで、火星は埃まみれの毛糸玉、そしてガラガラは地球。彼女は太陽だった。

そしてそれはまた唐突に落下する。

1ができた。nができるとき、n+1が出来ることも分かっている。彼女は迷いなく目的とする項を実行する。

原子より素粒子より超紐より、2次元プレーンの厚みよりも薄い、空間とも呼べない、概念に存在するエネルギーを知覚する。
それへの開路を形成し、三次元上に球体として結晶化させる。
その球体に直接肌を触れさせる。
開いた。
彼女は1次元“世界線”、4次元“時空間”、9次元“テンソル”、16次元“固有振動モード”、無限に続く二乗の数列で表現される宇宙が知覚できた。
それが歪んでいくことも。自分がゆがませたことも。

指をくわえて見ていなさい。

その意思は超光速の時空間の波として放出された



カレルレンは、その途上で船のスタードライブの不調を知る。いや、機器の不調では無い。不測の事態ではあるがそれなら応援を頼めば良いだけだった。
ディスプレイに映し出された情報は、目的地までの距離に対し、到着予測時刻は指数関数を示していた。空間が壊れているのだ。
計算によれば、目的地との距離を半分にするためには、1024倍の時間が必要であると宇宙船のコンピューターは示していた。
またコンピューターは因果律、時間の文脈の混乱をも検知していた。それは紛れもなく、莫大な規模の超物理学が用いられたことを意味していた。

「これは大変な事態となった」すくなくとも地球語では無い言語でカレルレンはつぶやいた。
彼にとって不幸な事にカレルレンの胸に去来した感情を表現する語彙はもはや消失していた。



[28794] 彷徨える一夏/ vs銅
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9
Date: 2011/12/26 09:53
二千某年2月某日、織斑一夏は焦っていた。
右手に握りしめているのは、彼がこれから受ける高校入試の受験票と、それに同封されて送られてきた要綱と受験会場への案内が書かれた紙だった。
左腕にはめられた腕時計の示す時間は、刻一刻と進むものの、要綱にかかれた時刻は何度見なおしたところでまったく進まない。
そして前者が後者に追いつき、追い抜くのは、まさしく文字通り”時間の問題”だった。

何度曲がっても似たような廊下が延々と続き、階段を上がっても下がっても光景がかわらない。窓もなく、今何階かの表示も無い。だれにもすれ違わない。
ところどころにある鋼鉄製の扉はどれも一つとして開かない。
鼓動は高鳴り、背中にいやなじっとりとした汗が広がる。

一夏は思い返す。確かに用紙で受験会場とされたビルの名前と、入口に書かれていた名前は一致していたし、入口横にはきっちりと高校名と受験会場と書かれた掲示がなされてあった。
建物に入り、ロビーを抜け、会場である4階にエレベーターで行こうとしたが使用停止の張り紙。仕方なく階段から4階へと行こうとした。そこまでは良かった。
しかしその階段がなかなか見当たらない。右往左往してなんとか階段への扉は見つけた。その安堵からか何も考えず扉をくぐり、覚えてきた歴史の事件・文化・よく出る図の順番を思い出しながら階段を上っていく。
そして途中で気がついた。この階段には階の表示が無いと。

扉にもなにも書かれておらず、踊り場にあるはずの階の表示が無い。しかし焦ることはない。一階からの階数を数えれば簡単に階はわかる。
地面を確かめるために階段の中央の隙間から下をのぞきこむ。床まで優に8階分はある。上った階数よりもあきらかに多い。
それが地下までを貫いていると気がつくまで軽く動揺してしまった。
そして、これまでいくつ踊り場を過ぎたのかが頭から完全にどこかへと飛んで行った。
そして予測であけた扉。それが間違いだったのか?

窓が無い。階を確認できない。今は何階だ?何階通路を曲がった?どれぐらい進んだ?
誰にも会わない。会場を間違った?いやそれは無い。入口にはちゃんと…
それにしてはこのビルの立地はおかしくなかったか?なぜこんな市街の入り組んだ中心地に?ロビーになぜ受験生がいなかった?
いや、間違うはずがない。とにかく誰かにあって会場まで案内、最悪出口まで案内してもらいたい。
もう間違っててもいい。だれかこのビルの人間に会えないのか?俺に出口を、せめて何階かだけ教えてくれ!
一夏の思考は切迫されていた。
立ち入り禁止と張り出された扉のドアノブに手をかけ、開いたことに喜んで、なんの考えも無くそこに入るぐらいには。
そこで見た。人だ。それもスーツを着て机に座り、書類に目を通している女性だ。しかも腕には入試係員の腕章。

「あ、あの!すいません!試験会場はここですか!」
「ええ、そうです。この奥で試験が行われます」
「はい!ありがとうございます!」

もはや入室完了の時刻まで1分もなかった。机の脇をすり抜けて、女性が顔を上げるのも待たずに奥の扉へと飛びつく。
一夏はその背後で女性がボールペンを素早く三度ノックしたことなど全く気がつかなかった。



扉をくぐると、まったく予想と異なる光景だった。
そこには並べられた椅子も机もない。教室ですらなかった。
教室の半分以下の広さ。無機質な鉛色の壁と天井。這わされた配管と配線。
いくつかの高価そうな電子機器。そしてそれに囲まれる銀色の鎧甲。
今入ってきた扉の反対側には立体投影が壁のように、「アリーナ入り口 Dゲートなどと書いている」

ただの甲冑では無い。これはおそらくIS「インフィニット・ストラトス」と呼ばれる、機械服だ。
受験を控えた自分の目の前に現れたのは人類の発展と安全と破壊を保証する、世界のパワーバランスを担う467騎のうちの一つ。
ちらりと腕時計を見る。

もはや自分は受験を控えている、では無く控えていた、になったようだ。

その場に足を崩して座り込む。

「おまえも、俺も、こんなところでなにをやっているんだろうな。」

そうつぶやく。もはや一夏には何の気力も起きない。
数年前から推薦入試という枠組みがなくなった。正確には「男子には」。
男が高校に進学するためには高い内申点と、優秀な学力が必要になった。そして男の中卒などまともな働き口は無い。
一夏は得意で好きな剣道で、全国大会で優秀な成績を残して内申点を確保し、勉学にも励んだ。

そして今

道に迷って会場にもいけず、ISと2人っきり。
一夏は今受けている「はず」の高校以外受けていない。
気力は尽き果て、これまでの人生を振り返り、これからの人生の転落を想像するしか、することが無かった。

しかしISの登場は一周回って一夏を冷静にさせていた。
突拍子のなさすぎるフィクションが、リアリティーの欠如のために感情移入を阻害するかのように。

一夏はおもむろにISをさわる。もはやなにも思考は行われていない。ただ何となく触ってみたくなったのだ。
鉄とは肌触りがやや違う。冷たくなく、何か硬くて軽い素材のように感じられた。一夏には知る由もないことだが、それは表面に張られている炭素繊維の感触だった。

ゴトンという音
ぎょっとして見れば籠手が地面に転がっている。
壊した!一夏の脳内にはISは単位質量で見れば金の15倍の値段をするというどこかでみた情報がぐるぐると流れる。
籠手をあわてて持ち上げようとするが、あまりの重さになかなか持ち上がらない。
持ち上げる前に直しかたを確かめようと、反対側をちらりと見て、籠手がどのように固定されたかを見る。
スネ当ての側面に籠手はへばりついているようで、そこへ持っていくために数十センチ持ち上げなければならない。
鍛えられた一夏の筋肉でも、そこに保持することは大変そうだった。
スネ当ての側面にはなんの突起も無い。
金具で固定されているというのでは無いらしい。
とにかく一度持ち上げてそこに籠手を近づけてみることにした。

「ふん!」
気合いを入れ、持ち上げ、反対側と同じようにスネ当てに押しつける、しかしまったく軽くならない。固定されない。
たまらず籠手を地面に(なるべくそっと)おく。

このままでは中卒どころかIS犯罪者か?そんな考えが一夏の頭にめぐる。

消耗仕切った精神はこう考えた

どうせなら一度ISを着てみたい。ここまでくればもうなんでも同じだろう。ISを着る・・・男のロマンだな

間違いなく神経は擦り切れていた。
とりあえず寝そべって、落ちている籠手に手をつっこむ。
内側は柔らかくシルクのような肌触りの布で覆われていた。
腕から伝わってくる感触は金属やとがった部品で無く、むしろ非常に柔らかい。
低反発寝具や、なにか暖かいゲルにも思えた。
気持ちいい!突っ込んでよかった!
そのまま気持ちよさに負け、欲望を奥まで差し込む。
しかし拳が細く絞られた部位に引っかかり、それ以上入らない。
それでも力を込めると、その絞りが引き延ばされてさらに奥へと入れられるようだった。
ここまできてやめる訳にはいかない。
めりめりという感触にあらがい、手を無理矢理に突っ込む!
拳が入りきり、その絞りは手首を覆うようにきゅっと閉まる。
籠手は肘までを完全に覆った。拳は籠手の拳まで届かない。指は全て機械で埋まっているのだ。肘から先が、柔らかいものに包まれて、暖かくて……

「き、きもちいい」

何かがぎゅっと腕全体を締め付ける!何かが指に絡みつく!
「うっ!…」

たまらずうめく。
そして異常に気づく。

自分の指を動かす感触で、籠手の指、すなわちISの指が動いている。

「いったい、どうなって」

視界の端で甲冑が揺れる。瞬間バラバラになったそれは宙を舞って一夏に飛びかかる

「うわぁあああああ」


気がつけば、一夏はその鎧甲を身にまとって地面に伏せていた。
なんだこれは?そう思うと
コアナンバー345、外装名「打鉄」IS学園所属
そう脳内に浮かび上がる。ただ覚えていることを思い出すかのように。

ふと思う。こんなに視野がひろかっただろうか。360度全体が上下左右鮮明に見える。自分の姿勢が完全にわかる。高度がわかる。重力加速度を体感する。地平が透けて見える。
頭から指の先までびっしりと神経の通っている感覚。
袴のような足周り、腰の装甲、鞘に収められた刀。背中を支える装甲、そして両肩に浮かぶ浮遊装甲、頭に乗せられた情報集積システム、それらの状態がてにとるようにわかる。
そして自分の表面を覆う力場。慣性制御率。
電磁波を感じる。紫外線赤外線が見える。建物を貫通した宇宙放射線を感じる。
手のひらにあたった地面からの振動。ドアの外にさきほどの女性がいる。
反対側。さっきまでただの立体投影かと気にしていなかったが、これは遮蔽スクリーンだ。競技場にまんべんなく張られた、対ハイパーセンサー用情報壁。”競技用IS”はこれを透視することはできないと条約で決まっている。
このスクリーンの向こう側はCクラス戦闘ISアリーナと読みとれる。
女性のいる部屋に、廊下からの扉が開かれて誰かが入っていた。おそらく少女。会話も振動で読みとれる。
扉がふと透明になって向こう側がぼやけてだが見える。
三次元情報に再構成されたのだ。やはり少女が入ってきたらしい。
(受験番号0102、トダ エリナです)
(え?あなた?)
(……えっと…?)
(じゃあさっきのは?)

一夏は反射的に部屋に入ってこられると困る!となんとか扉を閉じなければと考える。瞬間、打鉄は低出力光子を扉に照射。扉の4辺は加熱冷却され、溶接される。
そのことに驚く前に一夏は扉の向こうから140.85回線波長の電磁波の放出を確認。音声変換。
<<4番ピットの打鉄に強奪警報!>>

なにが起こるか一夏にはわかった。スクリーンへと躊躇い無く飛び出す。抵抗は無かったがスクリーンを通過するとき一瞬ハイパーセンサーがホワイトアウト。

飛びだした直後、背後のスクリーンは3メートルの特殊複合隔壁で物理的に閉鎖される。

着地を制御し競技場に降り立つ。そして20m前方にISを人の乗っているISを確認した。
全体の意匠としては打鉄に近しいものの、銀色では無く、黒。アクセントとして各所が紅く塗られ、浮遊装甲は無い。
打鉄はそれを、汎用機「鋼」系列発展機「銅(あかがね)」であると判断を下した。
またそのニュートリノ波形から、コア番号204、IS学園所属であると知った。

IS「銅」は、IS刀「緑(ろく)」を抜き放ち、その切っ先を打鉄へと、一夏へと向ける。その表面に施された特殊合金皮膜が赤鈍く輝く。

打鉄は、銅の胆力と緊張の充実、そしてこちらへの突き刺さるようなハイパーセンサーの指向とその圧力を感知した。
それを打鉄はどうとも判断しない。それはISの仕事ではない。ただ、ありのままを搭乗者の頭脳に、思考抽象言語で瞬時に伝達する。

そしてそれを一夏はこう解釈した。殺気であると。そして一夏の本能は痛みと死からの回避を強く望んだ。そして理性はその本能を当然のことと抑制しなかった。むしろ脳内にあった不安材料を拾いあつめ、その本能を肯定する方向に向かった。

打鉄は一夏の脳内に走った電流を正確に感知・解析し、搭乗者の意志を確認した。
ISは判断はしない。ただ搭乗者の意志を最大限に尊重する。そして、そのための提言は行う。
打鉄は一夏に、左腰に備え付けられた「武器」のことを教える。標準IS刀「富士」のことを。
度重なり襲いかかってきた事態に精神を消耗していた一夏は、ほとんど反射的に左腰に備え付けられた鞘から伸びる柄を握りしめる。しかしその手は、武士の抜刀のためのそれでなく、溺れるものが藁にすがりつくそれだった。そして、刀は、藁は、抜かれた。

不幸であったのは打鉄が試験モード、すなわちスタンドアローンであったことだ。



強奪警報が発せられたとき、銅は試験会場である競技場の中央で、受験者を待っていた。
その現場だという第四ピット方向へ通じる遮蔽スクリーンへ機体正面を向けた瞬間、そこから打鉄がはじき出されたかのように現れた。
そして打鉄は山の低い放物線を描いて、銅の20mほど前方に着地した。

銅は左腰に装着された大小のうちの本差に相当する、刃渡り2m60cmのIS刀「緑」を抜き放ち、次いで「ISから降りろ」と警告するつもりだった。
しかし、銅のハイパーセンサーの捉えたものがそれを、緑を突きつける段階で止めてしまう。
打鉄を起動しているのが「男の顔」をしていたのだ。

搭乗者から確認を依頼された銅はその顔を戸籍データに照合し、彼が実在すること、男であること、名前が織斑一夏であること、そして搭乗者の同僚の弟であることを返した。
それがますます搭乗者の動揺を広げる。もし打鉄で現れたのが女性であればなんらかの交渉や、正体への冷静な考察ができたかもしれない。
その突然の事態は、銅に、思考回路の混線と緊張を強い、かつ、あらゆる事態への対処のための気力の充実を強いた。

そしてそれは打鉄の抜刀を招く。

「緑」と異なり、鋼のように青がかった「富士」の光沢は、銅の思考からあらゆる雑念を払わせた。

武器を向けあったISに、戦い以外の結論は無い。

IS強奪をもくろむものは必見必殺が世界の大原則である。事情は彼を気絶させてから聞けばいい。
もし死んだとしても打鉄を回収すればその思考はトレースできる。そうすれば目的も正体もはっきりするだろう。
それだけ考えて、銅は考えることをやめた。


銅は機体表面に渡された力場で、足に地面を叩かせる。
その反作用は爆発的加速をもたらし、偏向重力場がそれを加速させる。
銅にとって、20mは一刀一足に満たない間合いだった。

時速二百キロを優に越える速度で接近してくる銅を、一夏は引き延ばされた時間の中で認識していた。
打鉄の演算装置と接続された一夏の脳が、普段の数倍の速度で思考を行っているためだ。
そこで一夏も思考を放棄した。そして彼を体に刻み込まれた鍛錬が守ろうとする。彼はそれに身をゆだねた。

銅の右手一本での、左上からの袈裟切りを、柄を左上にして受ける。「緑」の切れ刃は「富士」の刃上を刃先方向に滑る。
両腕で柄を支え、斜めに受けたというのに、両腕にはとてつもない負荷がかかる。

その斬撃をなんとか凌ぎきった一夏の目の前には、無防備な側面を晒す銅があった。
刀を回し切っ先を立てて一夏がそこへ切りかかろうとしたとき、打鉄の警告が右わき腹への触感となって一夏に伝えられる。
本能的に切りかかりをやめ、柄を腰に引きつけ、刃を垂直に立てて右側面を守る。

その瞬間、ドンという音とともに銅がコマのように回転し、水平に寝かされた「緑」がその円周方向の速度をもって「富士」にブチ当たる。

打鉄のハイパーセンサーが捉えたのは、そのとき一夏の意識外において、銅の左足が地面を蹴ろうとする予兆だった。
そこから推測される事象を警告として一夏に伝えたのだった。
もしこれがなければ「富士」が銅に届く前に上半身と下半身とが分離していた。

しかし、なんとか守ったものの受け流すことができず、その威力に数メートル吹き飛ばされる。

空中で打鉄は一夏の脳に干渉し、重力偏向場の刷り込みを行うと、重力偏向場での後ろ方向への加速を提案する。
一夏は了承。さらに力場を用いて体勢を立て直しながら、後退を開始する。

銅はその兆候と意図を一瞬で見抜くと、地面をけり、さらに偏向重力で加速。
慣れない一夏にあっという間に追いつき、再び切りかかる。

斬り結ぶだけならば一夏にもある程度はできた。
しかし空を飛びながら、などということは初めてだった。
相対速度を味方に付け、重たい斬撃を繰り出す銅の一撃目。一夏はそれをなんとか正面から受け増速に利用。相対速度をゼロにする。
これはさきほど吹き飛ばされた経験から、応用したものだった。
しかし二撃、一撃目でわずかに狂った体勢につけこまれたそれは、打鉄に全体で受けることを許さず富士と腕のみにその衝撃を受けさせる。
右手が柄を保持できず、大きく外側へと富士と左腕が弾かれる。
間隙の無い三撃目。右手方向からのそれに打鉄の富士は間に合わない。一夏は、自らの胴を容易に両断しうる緑の刃にたまらず肝をつぶす。

しかしそこで自身と緑の間に割り込む何かを認識した。
それは打鉄の右肩に浮かんでいた浮遊装甲だった。
厚さ100mmを誇る複合装甲を縦に易々と斬り裂きながら進む緑はしかし、切っ先の速度を低下させる。
それを認識した瞬間、一夏は右篭手を跳ね上げ浮遊装甲を叩く。
それは緑を巻き込んで上方向へ弾かれる。
この機を逃す一夏では無い。銅を狙って富士が払われる。

その状況に置いて、自身と富士に遮るものが無いというのにもかかわらず、銅はむしろ打鉄との距離を詰める!
銅の左拳はその運動量を利用して打鉄の右肩の付け根をしたたか打ちつける。
たまらず体勢を崩すものの、一夏は富士を振り切る。
しかし胴との胆力の連絡の無い、腕だけでふるわれた刃は銅の篭手に滑らされ、刃は銅の頭上を斬る。

浮遊装甲を払い捨てた緑が打鉄にせまり、それを防がんと富士が割って入る。
鍔迫り合い。
互いの刃が交わり、刀身が、腕が、ぎりぎりと音を立てる。こちらは両腕で押しているというのに、片腕の銅に岩のような手応えを一夏は感じる。
それまでの斬り合いから学習し、見事に富士を制御し、弾かれず緑の刃を捉えたそれは、一夏の剣術の才とISの才能を端的に示していた。

しかし一夏に才があったとして、それは銅に才が無いということを示さない。

一夏は鍔迫り合いを押し切ろうと胆力をさらに込めた時、胃のそこが持ち上がるような浮遊感、足下がおぼつかなくなる恐怖を感じる。
打鉄の警告。重力場のオーバーライド。
絡み取られた!剣士としての本能で理解する。

一夏の背が地面と平行になる。体勢を立て直せない。
二騎の絡み合っていた力場はもはや銅のものだった。
力場に守られてそれまで何も感じなかった相対的に運動する地面に、今一夏は本能的な恐怖を感じる。

さらなる浮遊間。合計3Gの重力加速度が地球方向へと指向され、打鉄と地面との距離が一瞬で詰まる。

その瞬間、墜落の瞬間、胴は鍔迫り合いの接触点を回転軸として緑の切っ先を天井へ、すなわち柄頭を地面へと向かせ、全質量をかけて、緑を地球方向へ滑らせる。

地面に背中を打ちつけられ、鳩尾に柄頭が突き刺さる。
競技場の特殊装甲がたわみ、すさまじい音が鳴り響き、銅はその反作用によってわずかに宙に浮く。

押し退けられた内蔵にぶされる横隔膜に、意図しない声が漏れる。
打鉄は早急に神経回路に干渉し、その気絶する強度の痛覚と、嘔吐をさせようという肉体の反射を遮断する。

銅の足は動きを止めた打鉄のわき腹を蹴り、鞠玉のごとくはねとばす。
放物線を描き地面にぶつかり一度跳ね飛んだ打鉄は空中で体勢を建て直し、両足で着地、いや、すぐさま膝から崩れ落ちる。

両者の間合いは20m。奇しくも最初と全く同じであった。

違うことは、打鉄が満身創痍であり肩で息をしていること。そして、銅は両腕で柄を握りしめ、緑の切っ先が天を向く上段の構えを取っていることだ。

ここにきて一夏の骨髄に氷を突き刺されたような衝撃が走る。これはただの上段に非ず!
初撃と全く同じ踏み込み。しかし両腕から繰り出される斬撃は、受けようとすればいかなる角度であろうと富士をたやすく両断し、一夏の面を割る。
回避しようとすれば再び絡み取られ容易に撃破される。
それは一夏の剣士としての本能が見せる幻視であり、打鉄のすぐれた演算装置がはじき出した結果でもあった。

なぜそれまで両腕による斬撃を繰り出さなかったのか?
それは銅は常時から片腕で緑を振るう戦闘スタイルであり、大小を”今は”一組しか持ち合わせていなかったことも要因である。
しかしそれ以上に一夏の、IS戦闘特有の騙し合い、電子情報戦、力学制御、それらの無い素直な「剣」が彼女の剣士としての心を呼び起こしたためだ。
一夏との切り結びは、戦闘でなんとか覆い隠していた内心の動揺を打ち消していく。
鍔迫り合いを経て、もはやIS乗りであるという責任・感覚はなく、ただの剣士。ただの刃。ただの「銅」であるという認識が残った。この時、彼女と「胴」の境界線は限りなくないに等しい。
彼女の一刀流は、この領域でなければ有用な戦法足り得ない。
またこの領域であれば、必殺に十二分に足り得る。

そして銅の踏み込み。頭上で水平に構えられた富士。
緑は一夏の正中線との間にある富士の鎬を斬り裂く。
しかし鎬の峰には、打鉄の左篭手の拳が当てられている。さらに左篭手には残った浮遊装甲が装着される。
指を斬り裂き、手を斬り裂き、手首を縦に割り、腕に刃を進入させ、肘まで切りさけば、薄い篭手といえど縦ならば緑はそこまでしか切り込めない。
力場で咲こうとする腕を縛り止め、緑を絡めとり、刃渡りが四分の一以下となった富士を手斧のように乱雑に首筋から入れこみ、その心臓を割る。

それは確かな勝利の幻視。

そして現実。踏み込み。
水平に構えられた富士。接触する富士と緑。あてがわれる篭手。
軽い衝撃。緑は富士を斬り裂かない。
腹の中を何かが右から左へと横切る。熱い。
ハイパーセンサーは水平に振り抜かれた右腕、そしてその延長でまっすぐに延びる、刀を見た。

一夏の失敗はその技の起こりを容易に晒したことである。
右手をあてがう時間は、銅にも与えられている。
その時間で銅の右手は技の起こりを察知させることなく左腰に残った脇差し IS刀「青(しょう)」を抜刀し、一夏の裏をついてその刃を一夏の腹へと

一夏は富士を放り出し、こぼれないよう必死に腹を抱える。
腹からの激痛。全身が重たい。立っていられない。
間もなく一夏の意識は、そこで途切れた

















闘いは、つづく



[28794] 学園の異常な校風 Mr.strength love
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9
Date: 2011/10/03 22:14
一夏は、腹をそっと制服の上から右から左へとさする。
一夏の着る白亜の制服は特殊なガラス状の繊維で編みこまれており、これは普段は布と変わらない柔軟性を示すが、強い応力を受けると急激に硬化するという代物である。
また硬化した領域の周囲は、強靭なゴムのように変質する。
そのため銃弾やナイフでの刺突を受けても、接触部は硬化し凶器を通さず、その周囲の弾性変形が運動エネルギーを吸収する優れた防弾防刃作用を誇る。
さらに、通気性、着心地も優れ、表面には特殊な化学皮膜が張られており、汚れず肌触りもよい。
IS技術が応用された次世代機能服であり、完全オーダーメイドで価格は一着優に50万円を超える。

そのシルクのような滑らかな肌触りを指で感じ、そして、自らの腹を通過したモノの軌跡をなぞる。

一夏は回想する。
あの後、意識を取り戻した自分は医務室にいた―――――――――――
病室で無いと分かったのは、薬品が充実した棚があり、様々な機器と、医者が使うような机が置いてあったからだ。
その機器のいくつかは自分の頭や手首にコードでつながっており、心電図と脳波を計測しているように見えた。
そこで、それまでの事を思い出し、思わず服をめくる。その拍子に手首に付けられたクリップが外れた。

そこには、青と赤のまだらに痛々しく変色しただけの、たって“普通”の割れた腹筋のみがあった。
たまらず“そこ”をなぞる。たしかに感じた。そこの内側を通過したものを。
夢だったのか?
そう頭を過った時、医務室の扉が開かれ女性が入ってくる。
黒いショートの髪。鋭く芯の強そうな意思のの灯る瞳。歩き方だけでわかるしなやかに鍛え抜かれた肉体。
あの時はなんの価値もない情報として脳に留められていた画像情報が、表層に浮かび上がってくる。

「夢じゃなくて悪かったな。織斑一夏。そう私だ。「銅」だよ」

なぜ?なにがどうなっている?腹は?

「競技モードで助かったな。絶対防御の中和による搭乗者の致命的損壊相当……バイタルロスト判定での敗北だ。あれは打鉄の見せた幻覚だ。」

痛みは?

「あれは、直前に私が打ち付けたものだ。敗北状態になった打鉄が痛覚の遮断を止めたのが原因だ。今は痛み止めが効いている。」

……俺はこの人を殺そうとしたのか

「ああ、危うく殺されるところだったな。お前のように」

いや、けれどあのときはどうかしていて……ごめんなさい

「あの闘いを“どうかしていて”などと言うな謝るな。あれはいい試合だった。そうやって汚してくれるな」

あれ?俺喋って

「いない。お前の脳波は別室のISで全て解析されている私はそれを中継されておっとバンドを外すな。また傷めつけたくはない」
「非合法はお互い様だ。」

「さて、お前の名前は?家族は?どうしてここに来た?……フムン。」
「IS      さあ何を思い浮かべる」
「……こいつは。クリシュナ、どうだ?おい!クリシュナ!……!」

「これは想像以上に厄介なことに巻き込まれたな。私も。お前も。」

「すまんがしばらくねむっていてもらう」


気がつくと俺は自宅のベッドで寝ていて傍らには―――――――――――



「IS学園学長、神園公子より一言」

思考に潜行していた一夏をよく通る声が引き揚げる。
それまで素通りしていた視覚が、その役割を取り戻す。

今はIS学園の入学式だった。体育館に並べられたたパイプ椅子に座り、その式の開始を待っていたのだ。
そして周囲の状況を努めて遮断するために思考に没頭していたのだ。

浮上した一夏の意識は、年を召した女性が、壁に掲揚された国連章と学園章へ一礼し壇上に上り、こちらを、それぞれの組にまとまった新入生たちのほうを向くのを見た。
ピリとした儀礼服の着こなし、上品に当てられたパーマ、やや濃い化粧に栄える口紅もまったく淑やかだった。
目の周りと口元に皺をたたえているものの、その瞳には鷹のような眼光をそなえている。

新入生たちに一礼。実るほど 頭を垂れる 稲穂かな を体現する見事な礼であった。これには一夏も背筋を伸ばさずにいられない。

その眼光が一瞬一夏を捉える。しかしそれは急速に焦点を広げ、新入生全体へとむけられたものになる。

凛とした声が響く
「では、手短に。皆さん。まずは合格おめでとうございます。
しかし皆さんはただスタートラインに立ったにすぎません。ISは戦いを忘れた人々の剣であって、盾であります。
そして人類の行く先を照らす、広大な宇宙にともった奇跡の灯火です。
吹き消されぬ強靱さを身につけ、その力の正しい奮い方を学ぶ3年間であることを切に願って、これを学長からの挨拶とさせていただきます」
再び礼。

それだけであったが、新入生たちは万雷の拍手で応えた。
IS学園を統括する学長。並の人物で務まるものではない。新入生の間を気迫とも言うべきオーラがすり抜けた。

「では続いて校歌斉唱。全員、起立」

会場の隅に待機していた軍楽隊に準じる技術を持つIS学園音楽団がその重厚なオーケストレーションで書かれた伴奏を演奏し、校歌を歌いあげる―――――――――――


学長講話、校歌斉唱、主席への入学証書授与、それだけの入学式はあっと言う間に終わる。
「以上で入学式を閉式とします。続いて、生活指導員のほうから話があります。藤原ほのか先生、お願いします。」

促された彼女は壇上にあがる。
「みなさん!こんにちは!」

彼女についてひとつ付け加えるとしたら、一夏はこんなにでかい女性をみたのは初めてだった。
彼女はマイクも必要とせず新入生に話をする。

「はい!紹介もありましたが私は生活指導員の、藤原ほのかです!みなさんよろしくお願いします。」

身長190センチ以上、体重100キロオーバーの見事な体格。赤茶けた肌。スーツの上からでもわかる隆起した筋肉。どこがほのかであろうか?
声色は実に女性的だが、その腹から出される声は音の遠近感をどうにも麻痺させた。

「守るべき規則、風紀はこの!冊子に書いてあります!皆さん、よく読んで健康で健全な学園生活にしましょう!」
そうやって青い冊子を掲げる。一夏も持っているA4の冊子だが、あんなに小さかっただろうか?

「この学園では自主性を大事にしています!あまり細かいことをいうつもりはありません、が!あまりに目にあまる場合には!!
我々生徒指導部が修正することになります!」


「まあ、それだけではなんですので大切な事を言っておきましょう。
あなた方に渡された学生証ですが、構内においてはセキュリティーカード、成績証明書、電子財布、構外でも身分証明書、などなど様々な役割があります。決してなくさないように。」

「それと、冊子に書かれていないことですが、学園には不文律があります。すなわち『生徒は常にその心と理性に基づいて行動せよ』です。これはいかなるときも守る必要があります。」
「しかしそれを守るとどうしても、人は時としてわだかまりを生みますね」
にっこりと笑って
「決闘の作法については68ページに書かれています。IS乗りが主張の正当性というものは力により成されるものです。」
凄惨な笑みだった。これもまた、不文律――――――――――



さて、式はいよいよ解散となり、先生に先導され一夏たち一組の生徒たちはその教室へと収まる。各々机に張られた番号と学生証を見比べて、自分の机に座る。
一夏は中央最前列だった。

全員着席を終えると、先導していた先生は教壇に登り
「はい皆さん、初めまして。この一組の副担任の山田真耶です。これからよろしくお願いします!」
しかし無言。この異様な緊張感こそ一夏が努めて環境を無視する原因だった。

「ええっと、とりあえず自己紹介!自己紹介をしましょう。で、では「あ」の、アリア・テリジアさん!」
あわあわと慌てる彼女、山田は一夏の初めて出会うタイプのIS乗りだった。スーツもややサイズが大きめだろうか?
わずかながら一夏は心が休まった。そんな気がした――――――――――


自己紹介は淡々と続く。パチパチとまばらな拍手。
名前、出身(県or国)、特技。それだけ。
その理由は一夏には明白だった。

「じゃ、じゃあ、織斑一夏君……」
背中に圧力を浴びて教壇へ。そして振り向く。

目、目、目
少なくとも同じ人間をみる目ではない。そう一夏は感じた。
そしてそれは正しかった。同級生は一夏を“一般的な”IS乗りと同視はできない。かといって一般男性とも見なせない。無論女性でも無い。
では何という選択肢が残るか?扱い方のわからない珍獣か、興味深い観察対象か、宇宙からの新生物か。あるいは社会の生み出した“特異現象”とみる者もいた。
実際の所、同級生の 学園の生徒の ひいては社会の認識も、ほぼそれに準ずるものだったといっていい。一夏は二月のあの日以来、それを肌で感じていた。
それが無害であるか有害であるかの判断を早急にしたいというほぼ全員の考えがその緊張感のもとだった。

それを一身に浴びて、一夏の気が良くなるわけがない。
しかし一夏にはそれも理解できる。自分は、大混乱を経てやっと安定化しはじめた社会に投げ込まれた、再び混乱をもたらすかもしれない異物なのだ。
これで社会が何の抗体反応も示さなければその社会は実に免疫不全といえるとも思えた。自分は、異物なのだ。

「織斑一夏、K県Y市出身です。趣味と特技は剣道です。」
「……この学園では、自分がどう振る舞うべきか、というのを見つけていって。そして、みんなと仲良くしていきたいです。よろしくお願いします。」

とりあえず今はそれだけ言って席に戻る。拍手は無い。
一夏は自分の声が実に情けなく聞こえた。直接に受ける抗体反応は、一夏の想像以上に消耗させていた。
しかしその庇護を乞うような様は、幾人かの溜飲をさげ、警戒をわずかに解くことに成功したかもしれない、感心を薄められたかもしれない。
質問が無いことにほっとした後、そのような自分の考えを自覚してなんと情けないことかとさらに気落ちする。

一夏が終えてしまえば、緊張感はほとんど散霧してしまい、あっと言う間にすべての自己紹介は進む。
陰惨とした自己嫌悪の中で一夏の記憶にわずかに残ったのは首席入学をし、新入生代表を務め檀上にのぼったイギリス人の彼女だけだった。どうやら彼女はイギリスの代表候補でもあるらしい。
そしてもう一つ、聞き覚えのある名前が――――――――――

自己紹介を終えるとほぼ同時に、教室の扉をあけて女性が入ってくる。
「すまない、山田先生遅くなってしまって。」
「いえ、ちょうどいいタイミングでした。今自己紹介が終わったところです。」
黒いスーツにタイトスカート、黒く艶やかな長い髪。教壇中央まで歩く、ただそれだけでも絵になる。
なによりその姿勢が抜群に良い。そして流水のごとき足運び。すなわち筋肉の付き方が理想的であり、常々武道の奥義ともいえる脱力を心がけなければできない、無駄のない動き。

その動きに、あるいはその人物の歴史のために、教室はもう彼女に呑まれていた。
「諸君ら一組の担任、織斑千冬だ。」
教室に彼女の言葉が響く。そして一夏をちらりとみて
「全員知っていると思うが、私はこの織斑一夏の姉だ。かといって織斑を贔屓するつもりは無い。それだけは言っておこう。」
それは報道で周知の事実だった。そんなセンセーショナルな話題を放置するマスメディアは居ない。
「さて、私はISというものは、心で創り、心で振るう
剣だと考えている。」
「私は諸君の剣を研ぐこともできる、振り方も教えられる。お望みとあればその刀に宝石と装飾をほどこしてやろう」
「しかし、その前に諸君にはすることがある。それは芯鉄をその刀に入れ込むことだ」
「自分なりの通すべき筋、無い心は、いくら硬くとも容易に折れる剣しか生み出さない。まずは各々なりの筋、IS哲学をみつけてほしい。」
「もう一つ。心を振るうためにはしっかりと踏ん張る地面がなければならない。私はそれを正義と呼ぶ。そしてそれは私が用意するものでは無い。」
「その筋と正義を己の心に問うことをやめないかぎりIS乗りは成長する……私はそう考えている。以上だ」

返事は無い。よくわからないと思う者、なるほどと思う者、興味深いと思うもの、感銘を受ける者。
千冬はその反応で良いと思った。万人に当てはまる話ではないし、今の言葉で完璧に理解されても困る。しかし今蒔いた種は生徒に何らかを得させることはできるだろう、と。
そして千冬はなによりも一夏のことを想っていた。そして弟のために次の話題を切り出す。

しかし、姉の想いなど関係なく、一夏はその凄然とした姉の声に、口調に、あの自宅で目を覚ました時のことを思い出す。傍らにいた姉と交わした会話を。


一夏、ISがはじめて現れたとき、社会はそれをみとめたか?

「さて、早速だが、クラス代表というのを選出しなければならない。」

ISはそれはそれは社会に混乱をもたらしたな

「その主な役割は5月のクラス代表戦に出場すること、生徒会への出向、だ。」

でだ、最後に残ったものは何だ?

「誰か立候補はいないか?推薦でもかまわないぞ。」

なにがISを社会に認めさせたんだ?


「はい、織斑君が良いと思います」
思考に埋没する一夏を無視して発せられたそれは打算に満ちた提案だった。
クラスメイトたちには一夏の戦闘力を早急に知る必要性があった。
かといって、それを測ろうと彼に直接決闘を挑んだとして、もしも彼に負けてしまったらどうなるだろうか?
それは「男」に負けた初のIS乗りとして後世に語り継がれるだろう。
誰がそんな役を引き受けるというのか。
ならばその役割をほかのクラスの誰かにおしつけてしまおう、というのが彼女の提案の真意だった。
そして雑用も引き受けさせる。まさに一石二鳥だった。
クラスメイトはその意図を掴み、一夏の反応を待つ。

しかし一夏の返答よりも先に手を挙げ発言するものがいた

「納得がいきませんわ」
「クラス代表というものは、クラスでもっとも強い者が慣例だそうですわね。では彼を選んでしまってはその慣例が壊されてしまいますわ」
そう声をあげるのは、イギリス代表候補、セシリア・オルコット
「Mr.織斑。代表は辞退していただけませんか?あなたにはあまりに荷が勝ちすぎるかと。」
呼ばれた一夏は、虚ろな目で機械的にセシリアを振り向く。
「死んだ魚のような目をして……あなたにはISに乗ることはもちろんコートに立つ資格はございませんわ」
コートとはIS競技場の英国流の呼び方である。
「古今東西のIS乗りはコートでこう主張してきましたわ。ISに貴賤も出身も人種も思想も無く、ただ勝敗のみがあると。」
「あなたはそこに性別も、と差し込む気概がありまして?無いのでしたら早急に出て行ってくださいまし。そのしみったれた顔は視界に入るだけで不愉快ですので」

すわとクラス中が色めきだつ。
これは公衆の面前での挑発である。それも真正面からの。
挑発した者とされた者、双方がIS乗りであるならば、その後のシナリオはたった二通り。
それを知るクラスメイトは、熱を持ってその双方を見る。

ここにきて一夏は、周囲から視線の変質に気がつく。それまでのドロドロとしたものが薄れただ純粋にその推移を見届ける視線。
それはセシリアにも注がれているものと同質であると気がついた。
その時、空回りしていたような自分の内なる歯車が、噛み合ったような感触がした。
一夏は理解した。ISを通じてその存在の正当性を主張しうる唯一つの方法を、この世界の普遍的法則を

「決闘だ。セシリア・オルコット。」

一夏の顔を見て、セシリアは笑った。一夏も、笑う。それはそれは凄味を帯びた――――――――――



















学園の異常な校風/ または一夏は如何にして悩むのを止めて修羅になったか



[28794] 織斑一夏はアイエスの夢を見るのか?
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:0b1218c2
Date: 2012/03/27 00:49
「よろしい。段取りはこちらで整えよう。詳細は追って通達する。」
そう言った千冬は
「さて、たぎっているところ申し訳ないが授業だ。頭と心を切り替えろよ。」
「では山田先生よろしくおねがいします。」
とそう言って教室をでていく。
生徒たちの、先ほどの見せ物による興奮は、音もなく教室の空気を震えさせていたが、その熱はさっと冷め、全員が山田に傾注する。

それを山田は見送って
「はい。ではみなさん、机の端末を開いてください」
山田が教卓の天板を上に開くと、それに倣って各々机の天板を開く。
開いたその内側は、天板の裏も机の上も二面とも全体がディスプレイとなっていた
「学生証をおいてください。そうすれば起動されます。」
山田は職員証を一瞬掲げて見せた後、端末の上に置く。

一夏は鞄に入っていた財布を取り出し、学生証を抜き取り真っ黒なディスプレイの中央に置く。
するとその学生証の輪郭をかたどるように淡い緑色の光が点る。
まもなく上面に学園章が表示され、下面には、両方の手のひらを画面につけろ、というテロップが流れる。
一夏がそれに従い、学生証を挟むように両手をつく。
端末は指紋と手のひらの毛細血管形状と生体反応を走査し、
データバンクと比較して一夏本人が端末を起動しようとしている、と判断してそれを許可する。

「では、今からIS関連条約の授業をはじめます。」――――――――――――


学園に入学すると決定したとき送りつけられた資料、
山田から配布された資料、
机のタッチセンサー型のキーボードとペンで自分で記した電子ノート。
一夏は、それらを机と同期されたブレット型の携帯端末(配布された学園標準仕様の物)に移し、先ほどの授業の復習をしていた。スプーンでカレーを掬い口に移しながら。
現在は正午から13時までの昼休憩の時間であり、一夏は第一食堂という、
一年生教室棟の近くに設置された食堂で昼食を取っていた。

学園の授業は1コマ90分であったが、山田のIS法の講義は事前学習前提のものであり、
2月3月と自室で腐っていて資料を読み込まなかった一夏は、そのうち30分ほどしか理解できなかった。
しかし、ISに乗ると覚悟を決めた以上は一夏は努力を惜しむつもりはなかった。
山田の発言を要約したノートと二つの資料を見比べながら、理解を少しでも深める――――――――――――


ISには様々な制限がある。単位時間あたり一定以上の電子、陽子の生成禁止、一定上の重力場電磁場の発動禁止、反物質生成禁止、等からはじまり、
主権国家領内では国連IS委員会無く決闘禁止、そして許可無く制限解除禁止。

アラスカ条約はその集約ともいえるもので、国連加盟国全員が批准している。それの主なものをまとめれば以下のようになる。
・太陽系の天体運行に影響を与えてはいけない。
・大気を一定以上変質、崩壊させてはいけない。
・一定縮尺以上の地図が書き変わるような地殻破壊を行ってはいけない。

それはさながらISという怪物の手綱を引こうともがくようであったが、ISに対して人類の社会的遺産や社会科学の英知などは過去のものだった。
ISは搭乗者の意志を最優先にする。その環境、所属する社会を無視して。いくら機械的リミッターをつけたところでそれ自体を永久に阻害することはできない。
この世界はISひとつとその意志ひとつで容易に崩壊するのだ。

ではどうするか?その答えはたった一つ。ISはISが裁く。

静止衛星軌道上には国連直下IS管理部の宇宙基地が存在し、その条約を破り、不特定多数の地球市民に被害が及ぶおそれがある、
と判断されたときに軌道降下強襲を以てその違反ISの制圧を行う。
それだけでなくすべての国が互いのISを監視しあい、その核を越える超相互確証破壊 のみが世界を一応つなぎ止めている。

この世界でIS乗りが愛する国を、家族を守るためには、敵性ISが大破壊を引き起こす前にその息の根を止める力が必要であり、そしてより優れたISが必要なのだ。

そしてIS乗りはIS乗り同士の守るべき国際的な条約、慣例を頭にたたきこむ必要がある
ISは人間社会ではその社会性など容易に無視できるが、IS社会ではそうはいかない―――――

これが授業のだいたいの概要だった。
次回からは個別の条約、判例から学習する、とのことだった。

それが一通り終わると、一夏は午後の授業である「ISの戦闘理論基礎」の資料を画面に表示させ、予習を行う。
一夏に周囲を確認する時間などただ惜しいだけだった。


その様は、周囲の生徒たちに好意を持って見られた。その真剣さはまさしく決闘を控えたIS乗りのものであったからだ――――――――――――


午後の授業は、戦闘基礎理論の他に、量子力学、数学があった。
山田の「量子力学・数学の概念の修得はIS操縦技術を向上させる」という言葉で一夏はそれらも真剣に取り組んだ。
最後の講義、数学が終わる時刻は6時。腹を空かせた一夏は、鞄を抱えて学食へ夕食を食べに行く。

注文するのはラーメンの餃子定食。学食においては、学生証を示せばあらゆる料理が無料で配給される。
邪魔にならぬよう、邪魔されぬよう二人掛けのテーブルに座り、ラーメンと餃子と白ご飯を乗せたトレイの横に端末を置く。

赤く輝きながら澄んだ醤油味の汁。それをよく麺に絡め口に含む。
見事な歯ごたえ。一口かむごとに味が染み出してくるかと錯覚するように麺が踊る。
そして生麺ならではの風味が一夏の口腔と鼻腔を満たす。それをさっぱりとしていてコクのある醤油味のスープが引き立てる。

濃くダシ色に染まった肉厚のチャーシュー、それを一度白ご飯の上に着地させ、スープのしみこんだ白ご飯とともに箸ですくい、口に持ってゆく。
ああ、お米とはこんなにも甘く、深い味わいだっただろうか?チャーシューは噛めばかむほどにうまみを発し、米と交じりあう。

それを飲み込むと、いよいよ餃子である。それぞれをつなぐぱりぱりとしたコゲを割り(その時割れ目からは肉汁があふれるように漏れる。)小皿に取られた、食堂特製という餃子のたれに付け、やはりご飯に着地。
肉汁とタレを浴びて輝くお米。餃子を上に乗せたそれを、一夏はゆっくりと口へと


残念ながら一夏の味覚はそこから完全に意識からはずれる。
はっきりと言ってしまえばそれまでも特に舌に意識をやってなかった。
原因は携帯端末に表示されている、IS戦闘基礎理論で配布された資料を見ていたせいだ。
端末の画面には、中国とカンボジアとの治水権を巡る、公式戦闘が表示されている。
(この戦闘はIS登場初期に行われたもので、この一戦により中国はメコン川の治水権をカンボジアに譲渡している。IS史でも重要な試合である)

その攻防が激しさを増し、二騎が交錯。その刹那に行われた攻防に、一夏が意識を完全に奪われたのだ。
映像を何度も再生しながら、まったく味あわずごラーメンを、ご飯を、餃子を胃に入れていく。

一夏は結局二時間近く学食に居座りそれを見続けていた。

ふとそこで、今日からは学園の寮に住むことことになるのを一夏は思い出す。
これも事前には通告されていたものの、なにしろその時の一夏は腐っていたのだ。
確認をするためにも。端末に構内地図を表示させ、割り当てられた部屋を探すと、鞄を持ってそこへ向かって歩きだした


学生証をかざすと、電磁遮断皮膜、振動吸収樹脂、対爆装甲がかさねられた分厚い扉が音も抵抗も無く壁に吸い込まれる。
玄関の壁には、靴を脱いで、とかかれたプレートがかかっている。
裏をめくってみれば、靴のままでどうぞ、とかかれている。これは留学生への配慮だろう。
一夏はプレートをそのままに靴を脱いであがる。
すぐ左側には洗面室へと続く扉。
のぞいてみると、きちんとトイレ、シャワー、浴槽が分離している。これは一夏には有り難かった。

奥の部屋へと足を進める。センサーで時間差なく証明がつく。
それに照らされた部屋には、右側の壁沿いにシンプルなベッドが部屋の奥行き方向におかれ、反対側の壁には教室と同等の個人端末、本棚、クローゼットが設置されてあった。部屋中央には中型の段ボールがおかれている。
奥の壁にはブラインドがかかっており、操作すれば日差しも風通しも自在だろう。


段ボールをあけると、下着、寝間着。それだけ。しかしこの学園では基本的にこれ以外には必要ない。
ふと一夏は段ボールの陰に愛用している薄汚れた竹刀が転がっているのに気がついた。


それを握りしめ、この世界で、必ず生き残る。その居場所を作り出す。そう誓うと、竹刀を机に立てかける。


クローゼットをあけると、カバーのかかったジャージ、に見える高機能運動服が二組に、もう一着の制服がかけてある。
引き出しにはまっさらなタオルが何枚かずつ何種類か置かれている。
このクローゼットは、学園内のクリーニングセンターに通じており、タグをつけてハンガーに吊すと
構内のダクトを通じてセンターに送られ、一晩できれいになってまたハンガーにかかっている、という代物である。

一夏は、12時まで二ヶ月の錆をとるための運動メニューを考えながら端末で資料を漁り、
風呂に入って、端末に6時に起きるとセットしてベッドに入った。


このベッドは、人間の体の体調、筋肉・骨格をモニターし、就寝の際に最適な圧力に制御される。
それは指圧と整体をあわせもった効果を発揮し、深い眠りへと一瞬で一夏を誘う。
寝ている最中にも筋肉のこりをほぐし、骨格をもっともよい状態にする。
枕元からは良い夢がみられるようヒーリング音が響き、一夏の体調にあわせた香りがアロマテラピーの役割を果たす。























学園は叫ぶ。さあ勉学だ訓練だ鍛錬だ。
強くなれ、もっと力を得ろ。



[28794] 英国の戦士 / VSセシリア(2/10)
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9
Date: 2011/12/26 09:55
俺の名前は織斑一夏、 平凡という名の代わり映えのしない毎日を愛する、剣道がちょっと強いことを除けばごく普通の16歳の男子高校生だ。
それがある日ひょんな事から女にしか動かせない超兵器「IS」を起動させてしまい、養成機関IS学園に強制入学させられてしまう。
もちろん、学園には俺以外には女の子しかいなくて ……俺の高校生活どうなってしまうのか!?


どうなってしまうのか?では無い。
鏡のごとく磨き上げられた「富士」の刀身を見る。そこに映る己の顔を、黒い瞳を見る。

「富士」日本国国防省IS技術研究所、新帝国製鉄、帝国セラミクス 共同開発製造の標準片刃IS刀。
刃は窒化ケイ素系セラミックス、刀身はニッケル基の超靱合金。刃は約5cmのチップを並べたものであり、それを刀身で挟み込むようにして接合がなされている。
それぞれのチップは接合されておらず、反る方向のたわみに対してその隙間が広がることにより、セラミックスの刃が破壊されることを防ぐ。
ISの武装で最も芸術的な量産品と称されるそれ。

手首を回転させ、その刃を前方へ向ける。柄は茎を隙間なく包み込んでいるために、ガチャなどという金属音は立たない。
中段の構えに移行。切っ先に意識を集中。垂直に振り上げ、振り下ろす。

どうするか?戦士に必要な言葉はただ、これだけである。
どうなりたいか、そのためにどうするか。

水平に、斜めに、垂直に、円を描いて。
頭の中で描く軌跡と、現実の刃の軌跡を重ね合わせる。

これはなんだ?
コアナンバー455、外装名「打鉄」IS学園所属。ただ自分の形容する言葉を思い出す。

心と体と神経を、じっくりと打鉄のニューロ回路と馴染ませながら富士で空を斬る。


このようなISと搭乗者の同期調整は、試合に臨むIS乗りにとって必須である。
これが十分でなければ、搭乗者の『人間的』心の動揺が、ISと精神との剥離を生じさせ、ISが意図しない動作をしてしまうこともあるのだ。

一通りの動作を終えた一夏は、今度はIS表面に渡された力場を全開にして富士を振るう。
富士の切っ先の速度は音速を越え、それが一ミリのぶれも無く、動から静、静から動へと転換しながら軌跡を変え、先ほどと全く同じ軌道を辿る。

ISは己、己はIS。一夏の心は、鋼鉄に武装されてゆく。

それを見守るのは織斑千冬。
ここはピットと呼ばれる、決闘に望むIS乗りたちの控え場であった。



コートを挟んだ反対側のピットでは、山田がセシリアに自動拳銃を向けている。
そして山田がわずかに指に力を掛けた瞬間、撃鉄が降りおろされる、それは薬室内に装填された弾丸の雷管を叩き炸薬を点火させ、
炸裂音を伴って直径9mmの弾丸を時速1300kmに加速させる。
銃身内部に刻まれた螺旋条が弾丸に回転を与え、その軌道を安定させる。黒々と空いた銃口から火炎が吹き出し、それとほぼ同時に弾丸が飛び出す。

銃口とセシリアの距離はわずかに5m、弾丸がセシリアの眉間に風穴を穿つまで0.014秒も無い。

その時、山田にはセシリアの右腕が消失したように見えた。
いや物質的に消失した訳ではない、それはすぐさま消失した瞬間と同じ格好でそこに現れた。

山田は躊躇無くもう一度引き金を引き、その弾装に納められていた弾丸をすべてセシリアへと放つ。
その度に、セシリアの右腕が左腕が、交互に山田の視界から消失する。
それは、もしも山田が、眼鏡をかける原因となった事故が無く視神経を痛めていなければそれは完全には消失しなかったかもしれない。

16回の炸裂音がピットに木霊し、山田が両手で保持する自動拳銃は遊底が後退しきって停止する。


セシリアは、最初とまっく変わらずそこに佇んでいる。
最初とまったく変わらず、青い装甲を身にまとって。


セシリアは右手を胸の前に持っていき、手のひらを上にして手を開く。

そこには8つのひしゃげた弾丸。
左手をその上で開き、16の弾丸を右手に集合させる。
右手を握り、開く。
それらはそれだけで一塊となる。

ピットの隅に設置された、ドラム管の天板を切除して作られたダストボックスにその塊を投げ込む。
ガコンと重たい金属音が響いた。


それはキャッチバレットと呼ばれるISの基本的なウォーミングアップの一つだった。セシリアはこれを同期調整として習慣にしていた。
銃口を向けられても震えひとつしない自分に、セシリアはISとの精神的な同期を感じ、
指で包み込んで弾丸をキャッチできることにISとの肉体的な同期を感じるのだ。


「Ms.山田、おつきあいいただいて感謝いたしまわ」
セシリアは山田に言う。
「いえ、生徒を助けるのが教師のつとめですから」
「それにしても良い仕上がりですね。……あなたにそう言うのは、かえって失礼かもしれませんが。」
そう言って山田はいたずらっぽく笑う。
「ええ、今日は特別、気合いが入っていますもの」
セシリアも笑う。
「では、良い試合を」
「そのつもりですわ。では、ごきげんよう」
山田は遮蔽シールドをくぐるセシリアを見送る―――――――――――



一瞬のハイパーセンサーのホワイトアウト。そして回復。
標準的なクレイ-シールドドーム型のアリーナ。本来ならば半径数百kmのあらゆる事象を観測できるHSは、そのアリーナの内側のみを一夏の脳に送る。

そしてHSは、アリーナ中央のセットラインに浮かぶそれを捉える。まったく同時に、それに捉えられる。

青き甲冑を着込む、セシリア・オルコット。
その見慣れた、しかし初めて視る鋭利なシルエット。

一夏は、電子情報が擦り切れるほど読んだ資料を脳内に再生する―――――――――――

ブルー・ティアーズ。英国製の、IS開発史に名を残す超革新機。
「ISは二種類に大別できる。ブルーティアーズの前か、後か」そう評されるほどの。

その主武装は、肩の上に浮遊する装置にマウントされる独立機動兵器「ブルー・ティアーズ」4基。(その浮遊する装置はBTマザーと呼称される)
そのコンセプトは砲台を機体から分離・独立して運動させ、搭乗者の思念で制御し、対象への全方位集中砲火を可能にする、というものだ。
単純、故に強力である。
無人であるBTは殺人的な加速度を可能とし、その動きは射撃点から射撃点の、点と点としかとらえることが出来ない。
BTは、サポーターで包まれたタングステン合金の矢を、炸薬で一時加速、銃身に設置された電磁石で二次加速(サポーターが磁性体である)してマッハ4で投射するハイブリットレールガンである。

そしてBTで追い詰めた獲物を、本体の持つ強力な火砲がトドメをさす。それがブルーティアーズの基本戦術である。

一年前、英仏の親善試合で初登場し、その際には一歩も動かずフランスのISを撃破している。
4つの火線はISの行動経路を著しく狭め、フランスのISはBTに撃たれるか本体に撃たれるか、
その選択を試合開始から試合終了まで選ぶほかすることが無かった。

BTショックとも呼ばれる衝撃が世界を駆け巡り、BTに対抗し得るIS・武装の開発に世界中がシフトしたのだ。
ブルーティアーズは全てのISを過去にした。

そして、ブルーティアーズに対抗しうる装備・機能・性能を持って産まれたISは第三世代又はBT級と呼称されるようになった。
打鉄の浮遊装甲も、その対BT用後付け装備の一つである。全方位攻撃に対応できる全方位防御を目指したのだ。

本体の持つ武装は、対軌道高射砲に開発された、プラズマ砲、レーザー砲、電磁加速砲をそれぞれ小型化、流用した
スターライトP、スターライトL、スターライトRのほか、基本的なIS銃は一通り利用出来、状況により使い分ける。

近接武装として、「インターセプター」。BTマザーとの間の浮かぶ板状の武器で、BTと全く同じ運動性能を持つ剣である。
不用意に懐に飛び込むISは、2枚のインターセプターに瞬時に両断される。

他に、背後バインダー及び腰部装甲に収納される、4基の思念誘導型超高速高機動ミサイル、「バリスティック・ティアーズ」
これは種々の弾頭があり、これも状況により使い分ける。


それを操るのは、英国稀代のIS乗り、セシリア・オルコット―――――――――――


アリーナ中空に、100mほどの距離をあけて相対する打鉄とブルーティアーズ。

打鉄は、肩から垂らされた砂色のマント、外套を装着している。膝まであるそれが背中と上半身を覆っている。
両腰部装甲にそれぞれIS拳銃(拳銃といっても口径20mmのハンドキャノンと呼ぶべき代物)を仕込み、左腰には鞘に収まった富士を佩く。
右手で単発式IS電磁小銃を提げ、その砲身とその下に取り付けられた銃剣が外套から覗いている。
マント以外は、標準的な打鉄の中-近-至近距離戦闘の武装である。
そして一夏は装甲に仕込んだ『隠し玉』を確認する。

対するブルーティアーズは、BTマザーは右部のみ、BTは二基、インターセプター無し、弾道型BT無し。
初心者の刃を恐れるようでは代表候補など務まるはずもない。セシリアはその心意気を示しているのだ。

そのハンデを一夏は妥当であると同時に、好都合とも考えていた
そして一夏は、8枚落ちですらとてつもない圧力を発するセシリアとブルーティアーズに底知れぬものを感じる。

「セシリア・オルコット、ひとつ礼を言わせてもらいたい。」
一夏はそう切り出す。
「うじうじと悩んでいた俺は、お前のおかげで吹っ切れた。ありがとう」

「ずいぶん良いお顔になりましたわね、“まるで”IS乗りみたいですわよ」
そうやってセシリアは微笑む。

「顔だけ、じゃない」

「期待していますわ」
なおもセシリアの笑みはそのままである。しかし、その目からは弛緩が消失し、鋭い眼光が一夏を射抜く。


<<では、これより織斑一夏とセシリア・オルコットの、クラス代表をかけた決闘を開始します。>>
<<校則第9条にのっとり、ここに、学園が正式な決闘見届け人となり、その決闘の正当性を認めます>>
<<結果の如何にかかわらず、双方遺恨を残さないように>>

二人の脳内に直接声が響く。

プランク長さに畳みこまれていた高次元を展開して、そこに波として記述されていた情報を素粒子へ、原子へ、分子へと再構成。スターライトRがセシリアの両手に収められる。その電磁加速機とコアを直結。

小銃のボルトハンドルを引き、薬室へと20mm強装弾を導く。コアで生成した電子を、手の平のコネクタから小銃内のキャパシタに供給

BTマザーからBTが分離。銃口が一夏を指向。

表面に渡された力場と、コアを中心に張られる二層の物理定数偏向場を滾らせる。

二層の空間偏向極大面が形成され、一瞬その球体が視覚化された後視界からは虚空に溶ける。

<<双方死力を尽くして、悔いのない決闘を行ってください>>
<<では、はじめ>>

瞬間一夏は体勢をそのままに地球方向へと万有引力に偏向重力を上乗せして一気に外套をなびかせ加速落下する。
スターライトRの放つマッハ8の弾体がその打鉄の予測位置に放たれる。
それを予期した一夏は重力偏向度を上昇させつつ斜め方向に持たせ、さらに加速、回避。

打鉄が地面に触れる瞬間、打鉄の降着装置が地球を掴み、蹴る。地面が爆ぜる。
BTによる撃ちおろし。着地の瞬間を狙ったそれを回避。これは接近戦を重視した、大容量の“膝”と降着装置を持つ打鉄ならではの芸当だった。

反作用から推測される未来位置に2基目のBTの射撃。
それを察知する打鉄は地球方向に偏向重力をかける。垂直抗力が増し、摩擦の増した降着装置は、打鉄の進路を運動量を無理やりに打ち消して変更する。
一機目のBT(以下BT甲)は高度2mに移動。打鉄が地面に沿った二次元的移動をするのであれば、射線を二次元に穿つ点でなく、面を薙ぐ線にすればよい。

地面と平行に放たれる射線を避けるために地面を蹴る。
その方向に、高度を落とした二機目のBT(以下BT乙)の地面と平行な射撃。

運動を打ち消しての方向転換はもはや不可能。それには時間も面積も足りない。前方への加速か、地面を蹴っての垂直飛び。二者択一である。
一夏は、二足目を地面に叩きつける。前方向にさらなる加速。射線を抜ける。

一夏が大きく位置を変えたところで、セシリアの射線がそれを追うために必要な操作は、銃口を僅かばかりずらすのみ。
その距離という次元を持つものと、無次元量である角度との差、そしてスターライトの弾速は後出しを許容する。

放たれるマッハ8の弾体。
そんなものはわかりきっている。
打鉄は自身と銃口の間に浮遊装甲を挟み込む。

圧倒的運動量を浴びて、紙のようにひしゃげた浮遊装甲は、打鉄の周りに張られた電磁場偏向帯の上を滑り、
虚空に見えぬ球を描き打鉄の背後へと弾き飛ばされる。
一夏はあえて電磁力による力連絡を絶ち浮遊装甲を吹き飛ばされるままにする。

浮遊装甲のかわりにセシリアの目に飛び込むのは黒々と開いた銃口。
BTと同じハイブリットレールガンである小銃は、マッハ5で弾体を射出する。
BTよりも弾速が速いのは、ISの腕という高性能な駐退機の存在と、長い砲身が、より大きな一次、二次加速を可能にするためだ。

しかしセシリアは浮遊装甲による防御の段階で機動を開始している。
加速度と軌道を時間変化させるその機動は、打鉄をまどわせ弾体をかわし、それを背後のシールドにぶつけさせる。

反撃とばかりにBT甲とBT乙による十字砲火。
しかしその中心は僅かに打鉄の外、打鉄に到達する前に交錯する。打鉄はほぼ本能的にその中心から逃げるような機動をとる。
乙の放った弾体と甲の放ったそれは、空中で接触。破片が打鉄の方向に飛び散る。
その一つ一つを正確に感知するHSは、光を浴びて輝く鋭利な断面を一夏の脳に見せる。

それは“人間”の長かった一夏の反射を誘う。
しかし打鉄は脊髄に介入。より正しい反射を一夏に強制する。
外套の端をつかみ、自身を覆う。外套に阻まれ、運動エネルギーを失った破片は打鉄表面まで届かない。

そのまま地面を蹴り体を丸めて転がるように、移動し、同方向から直射を狙った二基の射線から逃れる。
丸めた体の、外套の内側で高速のボルトアクション。転がりながら、背を地面に付ける一瞬でセシリアを狙っての射撃。
その射撃にセシリアは反応出来ない。弾体がセシリアの胸部を打ち付ける。機体がぶれる。

資料の通りBTと本体の同時精密操作は不可能!
その隙を突いた一夏の企みは一発の砲弾をセシリアの柔肌と鋼鉄を包む力場――絶対防御に届かせた。



セシリアは反応できなかった、ではない。しなかったのだ。
何故か?むろんBTの操作の為である。

回転を終え、しゃがんだ打鉄にBT甲の真上からの撃ちおろし。運動を開始できない打鉄は浮遊装甲で防御。
同時に側面からのBT乙の差し込むような射撃。
背中で受ける。
外套が裂ける。衝撃が胸まで抜け、息が詰まる。
BT甲の機動、射撃。それを追う浮遊装甲。防御。
わき腹への衝撃。肋骨がきしむ。BT乙の射撃。
BT甲の機動、射撃。それを追う浮遊装甲。防御。
左肩への衝撃。BT乙の射撃。

ひしゃげた浮遊装甲を傘に、うずくまる打鉄。
そこでぴたりとBTの射撃が止まる。
弾切れである。
BTをオートの帰還モードに移行しスターライトでのとどめを刺すべくかまえる。
そうしようとした瞬間、打鉄を爆発的に膨張する漆黒の煙幕が覆う。

フラーレンに電子を一つ閉じこめたものを散布する量子煙幕。これはHSを阻害しうる数少ない武装である。

セシリアはかまわずスターライトを撃つ。
音波センサーには地面を抉る音のみ。手応えはない。

しかし量子煙幕は双方のHSを分け隔てなく阻害する。
むしろ影響が大きいのは打鉄である。

BTマザーに接続されたBTは、コンデンサーに電子をためながら、銀色の筒を8つずつ、空薬夾をバラリと側面から落とし、再装填。
スターライトを片手保持。左腕に展開したサブマシンガンで、なぐように射撃。

弾丸が装甲にブチあたる音。
サブマシンガンを収納する時間すら惜しい。放りすて、スターライトを構える。
BT2基による射撃。経路をつぶす。
スターライト、射撃。まさしく複合装甲をぶち破る音。

しかしHSはあらぬ方向から小銃を構え煙幕を抜ける打鉄を見る。
その肩に浮遊装甲はない。

はめられたのだ。先のは煙幕中の浮遊装甲だった!
BTに打鉄側面からの挟撃を指示する。
スターライトの精密射撃と回避のために、思念操作ではなくプログラム機動。
小銃の射撃。回避。
スターライトで射撃。
背後の煙幕から飛び出すひしゃげた浮遊装甲がそれを防ぐ。破断。

瞬間、セシリアは混乱し、そして悟る。しかし間に合わない。
穴のあいた浮遊装甲が、打鉄からの電磁的力を受けて煙幕から飛び出し、BT乙の側面にブチ当たる。
本命は、おとりのおとりだった。

打鉄は地面を蹴る。

BTはオート迎撃。スターライトでそれを迎撃する。
ブルーティアーズの思念回路が二系統であることを忌々しく思うのは今に始まったことではない。
しかし機体の仕様を克服するのはいつでもIS乗りの役目なのだ。

打鉄は小銃を捨て、収納された二丁拳銃を構えてセシリアに突撃する。
セシリアは偏向重力で、打鉄に正面を向いて同加速度で後退。

一丁はセシリアに、もう一丁はBT甲に。
HSは銃身・銃口の方向を正確に察知し、演算装置がそれから射線を割り出す。
BT甲はオートでも、その銃口を自前の画像装置で判断して見事に回避する。
しかしその機械的な回避は、有機的な本体との連携射撃を阻害する。
射撃、射撃、射撃、射撃、射撃。
互いの弾丸は当たらない。
その軌跡は互いの射線嫌って複雑な模様を描く。


その時、BT甲の画像装置が銃口をロストする。
虚を突かれた。その瞬間、BT甲のレンズに直径20mmの穴が空く。飛び込んだ金属の固まりは変形しながら回転軸を回転させながら、あらゆる機器を破壊しながら進行する。
裂け目から弾頭が分離、変形。電装機器をずたずたに切り裂く。

腕は反対の脇の下に通され、拳銃が外套の内側から穴をあけて弾丸を射出したのだ。

牽制を受けなくなった打鉄は一気に直線的に加速。
二つの銃口を指向されるセシリアは、逆に、大加速を行えない。小刻みな加速をしなければ、射線に捕らえられてしまうからだ。

ここにきてセシリアは、逆に、前方方向に加速!
打鉄の拳銃が火を噴く。
それをスターライトを盾として弾丸を受けさせる。
セシリアは意味をなさなくなったスターライトを躊躇いなく殴りつけ、その拳の中心は弾装を捕らえる。
タングステン合金の弾体がサポーターをつけたまま打鉄に降り注ぐ。

それを打鉄は打ち払わない。直撃してもせいぜい相対速度は300km程度。ダメージは無い。
飛びかかる破片を無視してもう一度拳銃を斉射。

しかしその弾丸はスターライトの破片に衝突しセシリアまで届かない。

それは偶然ではない。
スターライトを破壊したねらいはもう一つ。
飛び出したコイルに、セシリアの電磁偏向場で電流を流し、それを偏向磁力により操作し、射線を塞ぐ、そのためである。

打鉄の再射撃は間に合わない。
左足による蹴りが、鋭利なシルエットを持つ降着装置が両腕をすり抜け打鉄の胴を捕らえる。
拳銃を投げ捨てた右手が、その足を捕らえる。
打鉄の指が装甲を抉り、その指を浸食させる。
セシリアを狙ったゼロ距離射撃。
その瞬間セシリアの右手には展開したサブマシンガン

ゼロ距離の撃ち合い。
数発の弾丸がセシリアの胸の上に着弾する。
打鉄の右腕にサブマシンガンの一弾装分の弾丸が打ち込まれる。
ゆるむ拘束に、セシリアは左足を軸に回し蹴り。装甲がメリメリとめくれ剥がれることにかまわず右足で一夏の側頭部を打ちつける。

たまらず手を離す打鉄の胸を左足で蹴り付け、間合いをとる。

両者の距離5メートル。
互いにボロボロであり、それでも二人は笑っていた。

セシリアは高揚していた。代表候補候補だったころ、英国製量産機セイバーに乗っていた頃を思い出す。
ブルーティアーズに乗って以降、数少ない拮抗した試合である。
そしてよく調査し、よく訓練している。肝が据わっている。
うれしい。決闘の準備をきっちりしてくるなんて。
それはIS乗りとしてのセシリアの気持ちだった。

一夏は自らが進むべき道を見つけた、その喜びが胸を満たしていた。
セシリアは強い。それこそ敬意を示したくなるほどに。
ISに乗ってわかる、力への純然たるあこがれ、勝利へのあこがれ、絶対的存在感。
俺は強くなる。力を持てば、たとえ世界が俺を残して崩れさってしまってもそこに俺という存在を確証できる。
その確信が今もてた。

セシリアはふと熱くなっている自分を客観的に見つめる自分がいることに気がつく。
ハンデを付け、相手のフィールドに飛び込んで拮抗する試合を演出したとして、それが何の意味を持つのだ?
そうやって熱くなることは悪癖ではないのか?
拮抗しているとはいえハンデ戦だ。
なにかがセシリアの中でしぼんでいく。

一夏は、セシリアの発する気迫ともいうべきものが急速に萎えていくのを感じた。
それまで拮抗し、無風状態であった二人の対峙は、その圧力差により一夏からセシリアへと吹く暴風となる。
一夏は反射的に鯉口を切り、抜刀。
その暴風に乗せ、刃をふるう。

その刃の軌跡は容易に予測できる。ブルーティアーズに頼るまでもなく。
それのかわし方と、それぞれからの一連の攻防がセシリアの頭の中で幹と枝のように構築される。
それは紙一重で自らの敗北を招くかもしれない。
こんなつまらないところで、敗北してしまっていいのか?
楽しい!無益だ

現実にブルーティアーズが行ったのは、腰部アーマーから円筒を投射し、その軌跡の上にそっと乗せてやることだった。

富士の刃が、その円筒に切り込むところで、一夏の記憶は途切れる。



青空。全身が痛む。
それが一夏の最初の感想だった。
どうやら地面に仰向けに倒れているらしい。
なにがおこったのだろうか?

視界が狭い。HSが切れている。
体を覆う力場が途切れている。

その喪失感が雄弁に一夏の敗北を物語っているように感じられた

しかしどこか爽快だった。

一夏の横に降り立つ、ブルーティアーズ、セシリア・オルコット。
その顔はどことなく浮かない。一夏にはそれが何か無性に悲しかった。

「おい、勝ったのにどうしてそんな顔をするんだ」
「……あなたに勝ったところで喜ぶ価値も無いからですわ」
それは嘘だった。しかし間違いでも無かった。
一夏はそれを言葉通りには受け取らない。

「最後の、切りかかったときか?」
セシリアはぷいと顔を背ける。
一夏は思い返す。あの急激に萎えた気迫。戦意が萎えていったといっても過言では無い。
しかしそのかわりに、なにか冷たい迫力がセシリアから発せられていなかっただろうか?
それまでセシリアは戦士や騎士として自分と戦ってくれていた。
それが、その瞬間、戦士としてのセシリアが隠れ、別の何かが現れたのだ。
戦士に成りきって戦おうとしていた自分はそれを関知できなかったのだ。

一夏は急に自分が恥ずかしくなってきた。
装備だけではない。精神的なハンデをつけてもらっていてあの体たらくだったのだと気がついた。
セシリアの、ブルーティアーズ本来の戦いはあの冷たい気迫で行われると気がついたのだ。

セシリアは己に戸惑っていた。
この決闘は、元々は英国からの「男のIS適格者を調査せよ」という指示が発端だった。
そしてクラス代表決定の時、あのままなにも発言しなくてもよかった。
しかし、そんな他力本願で、戦わぬ敵を恐れる選択を、国家代表候補ができるのだろうか?と自問した瞬間自分は行動していた。
もうひとつ付け加えるなら、織斑の様子に、IS乗りとしての自分が憤りを覚えたからもあった。
あそこで、織斑の中で変質が起こらず、IS乗りのくせに厭世的な表情をしていたら、フル装備でその尊厳を奪ってやっていたところだった。

しかし、あのときの顔、決闘までの気迫。
セシリアの中の戦士としての部分を妙に刺激され、このような決闘になった。このような決闘にすることにした。

確かに自分は楽しんでいた。それがあの瞬間、戦士としての己が冷めきって、英国軍人、英国代表候補としての自分が現れた―――――――――――

その時、体に染み込んだアクションが機械的に起こされた。
放出したのは、衝撃爆弾。圧縮した空間を閉じこめたシリンダーは富士に切り裂かれ、その亀裂から空間を放出する。
富士は音速を越えて吹き飛ばされる。

ブルーティアーズの拳が一夏の顎を捉え、脳を振動せしめ、その意識を奪い去る。

搭乗者の気絶を感知した打鉄は敗北を宣言すると同時に、重力場を調整して、地面にふわりと着地。
その最低限の機能を残してほぼ全ての戦闘能力を放棄する―――――――――――




「次は…いや、いつか、俺に勝った時、素直に喜べるようにしてやる」
セシリアは一夏を振り向く。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「強くなるよ。強くなって、そして今度は全力を出させて勝たせてやる!」
真剣にきりりと決める一夏。

セシリアはたまらず吹き出す。
「それは変ですわ。」
「勝たせるなんて、しかもそんな格好つけて「負ける」っ」
キリリと顔を作って、声真似までしてそう言ったのち、セシリアは堪らなくなったのかぷっと噴き出す

一夏は頬を紅潮させる
「あ、いやあ」

セシリアは倒れる一夏に手を差し出す。
「けれど、期待していますわ。」
一夏はそれをつかみ、なんとか起きあがる。
慣性質量低減を止めた打鉄は実に重たかった。
柔らかく笑うセシリア。それにつられて笑う一夏。
「素敵な笑顔だ。いつもその笑顔にしないか?」
「あら、そうやっていつも女性を口説いていらっしゃるの?」
「いや、もう口説いたよ」

遮蔽スクリーンは解かれ、ほぼ満員の観客席からは拍手が鳴っている。

「それもそうですわね」
「それまで、私以外の人に殺されないでくださいまし」
「その笑顔、怖いよ」
「そんな顔にさせたのはあなたですわ」
ブルーティアーズは打鉄に肩を貸しながらピットへと向かう。




「にしても、初めはどうしてあそこまで腐っていましたの?」

「……テレビの記者会見で俺じゃない自分がペラペラしゃべっているのを見たら、誰だってショックじゃないか?」
「あと、日にちがどう考えても数日吹き飛んだり、体に変な痕があれば。」

「今のは聞かなかったことにしますわ」
それを公にしていらぬ政治的ダイナミクスを引き起こさせるつもりは今のセシリアには無かった

「すまん……ところでどうして俺は負けたんだ?」
「あら、では、今晩にでも、今日の決闘の復習をいたしましょうか?」
「英国代表候補様の講評がきけるなら、よろこんで」
「セシリア、と呼んでいただいて結構ですわ。私も一夏と呼ばせていただきますので」
「それは光栄至極、ありがたきしあわせ」
わざと恭しく言い、それはセシリアの笑いを誘う。

二人は寄り添い、握手を交わした。































一夏の闘いは、今始まった。



[28794] Take Me
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:6967b77d
Date: 2011/12/14 21:03
決闘を終え、セシリアに肩を借りながら遮蔽シールドをくぐった一夏を待っていたのは、千冬だった。

「あれでは蛮族かなにかのようだ。貴様には運動神経以外は備わっていないのか?」
「ISの全ての機能を使いこなせ、ISに乗せられるな、制御されるな制御しろ」
憮然とそう一夏に言い放つ。

そしてピットに一夏を降ろしたセシリアに向かって
「オルコット、バカにつきあわせてしまってすまなかったな。」
「いえ、こちらも楽しませていただきましたから」
「では一夏、また後ほど」

そう一夏に言ってセシリアは遮蔽シールドを抜けていく。
それに一夏は手を挙げて応える。

それを見届けた千冬は一夏に背を向け、
「……しかし、初戦にしてはいい動きだった。」
「ISデビューおめでとう。一夏」
とだけ言って、ピットを去った。

それに一夏はこの試合の手応えを実感する。そして自らの企みの第一段階は上々の成果を挙げたらしいと確認した。

一夏は打鉄をピット中央の黄色いラインで書かれたスクエアに移動させると、一夏は籠手をはずし、力場の支えるままにして宙に浮かばせる。
そして胴体を固定する器具を取り外しにかかる。
停止を脳内で指示すれば、打鉄はかしづき、一夏は僅かばかりあった打鉄とのつながりがすっかりと途切れ、足を固定する圧力が緩まるのを感じた。

地面に着地すると同時に、一夏は全身を襲う痛みに顔を歪める。
肩、わき腹、右腕、腹。それぞれがジンジンと痛み始める。
右腕は、見る見るうちに内側から赤く染まっていく。痺れるような痛み、そこを触ってみるが、触覚が麻痺しているらしかった。

そうこうしているとピットに白衣の女性が入ってくる。

「織斑君、検査と治療をしますのでついてきてください」
「痛み止めとかってありますか?」
「残念ですが、痛み止めなどは検査に影響を与えるますので、我慢してください」
「……わかりました」
一夏は覚悟を決めてその白衣の女性についていくことにした。歩を進めるたびに痛みが増幅されるようだったが、気合いで呻かず、弱音を吐かないようにした。
それは、一夏の精神的な面からもIS乗りになる、という覚悟の現れであった。

一夏の背後では、スクエアが沈降し地下へと吸い込まれていく。一夏は、今から自分と同じような運命をたどる
だろう打鉄に想いを馳せた。

結局、MRIをはじめとした種々の検査は2時間ほどかかった。
一夏は特異である自分の性質と、その特異と同期したISを徹底的に調査するのはごく当然だと考える。
多少の嫌悪感はあるものの、ここでだだをこねるメリットを一夏は見いだせず、
思考読みとりは校則で禁止されているためしない、という言葉のために一夏はおとなしく検査を受けた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


検査を終えた一夏は、シャワーを浴びて汗を流し、支給された治癒湿布を痣となった部位に張る。
それはISにおける有機部品生成技術を応用した製品の一つであり、皮膚から浸透させる成分が、細胞・組織の回復速度を増大させる効果を持っていた

しかしそれでも鈍い痛みが疼いている。
ちょうどよい時間帯であったし、痛み止めを飲むためにも一夏は食堂で夕食を取ることとした。

すれ違う生徒や、食堂で周囲に座る生徒からの、珍しさ、驚きからくる注目や、視線はかなり薄らいだだろうか。
もう皆も慣れてきたのだろう。一夏はそう思った。
事実そうだった。

そして一夏にとって幸いだったのは、探るような、観察するような、あるいは見下したような目線が、当初の半分以下になったということだ。
これからもISで戦い続ければ、その力を、心意気を示せ続ければいずれ、もう少しココにも馴染めるだろう。
一夏は次の決闘を夢想しながら、注文したエビフライ定食を食べていると
「織斑君、お疲れさま」
顔をあげると、一人の女子がトレーを片手に笑いかけていた。
肩まである茶色い髪にはパーマが当てられているのか、ウェーブが綺麗にかかっていた。
薄く化粧もしており、整った顔に彩りが添えられている。
一夏は、その顔に見覚えがあった。クラスメイトの一人のはずである。けれど名前が出てこない。

「ああ、ありがとう」

記憶の検索をしながら、なるべくそのそぶりを見せないよう一夏はその女子に応答する。
一夏の内心の焦りに関わらず
「隣良い?」
と、さらにそう彼女は問いかける。

入学以来、初めての友好的な会話の機会を一夏は捨てる気にはなれなかった。

向かい合わせで座る彼女に、一夏は謝りながらまず名前を聞いた。
彼女は、あれだけ集中していたなら仕方ない、と笑って
「葉竹 虎子(はたけ とらこ)よ。よろしくね」
と名乗った。

「どうなるかって心配して見てたけど、それなりに無事なようで安心した。」
そう虎子は一夏に切り出した。一夏の鼻腔を、独特の甘く柔らかい香りが刺激した。

「心配してくれてありがとう。でも痣だらけだよ。今も痛む」

「でも骨も砕けてないし、内臓も破裂してないんでしょ?ならまだ無事って言っていいわ」

「…そうか。」
何気なくそういう虎子に、一夏はそう返すほか無かった。

「にしても織斑君この一週間すごい頑張ってたし、本番でも良く動けてて、私織斑君の事凄いって思うわ」
そのストレートな賛辞は、一夏の背中をむず痒くさせた。
周囲にそう評価されるよう努力したのだから、やや当然とも思えたが、その感触はどうも抑えられなかった。

「織斑君ってエビフライ好きなの?」
虎子は笑いながらそう言って一夏のトレイを指差す。話題が飛びすぎでは無いかとも一夏は思ったが、その感触をごまかすためにその話題に乗ることにした。

「エビフライ嫌いな男子なんかいないんじゃないかな?」

「そういうものなの?」
虎子は無邪気に笑う。

「そういうもんだよ。給食の時間なんかクラスで余ったエビフライの争奪をやったりしてなかった?……葉竹さんは、好きな食べ物とかある?」

「私?……う~ん、カレーかな」

「カレーか。いいね、俺も好きだよ。どれぐらい好きなの?俺はカレーでご飯3合はいけるぐらいかな。」

「週一回絶対食べるぐらい」

「ぜ、絶対…女の子には珍しくない?」

「そうかな?知り合いはみんなそうだよ。」

「そ、そうなのか……じゃあカレーに何を乗せるのが好き?」

「ウインナーかな~。ま、気分にもよるかも。織斑君は?」

「俺は……」


それから一夏と虎子は、あの流行りの曲かっこいい とか あの服ほしい とか、ま、普通のことを取りとめもなく話した。
あの日以来、久しく無かったとりとめの無い会話を、一夏はただただ楽しんだ。
いつのまにか互いに名前で呼び合うようになったことに違和感を持たせなかったのは、虎子の話術が成した技だった。


しかし、その自己紹介を兼ねた会話は、話題が一通りしてその勢いにも陰りが見えてくる。
互いに夕食も食べ終え、一夏も痛みどめを飲み下し、一夏がいよいよ席を立とうかとした時である。

「ところで……ブルーティアーズと戦ってどうだった?」
そう切り出してきた虎子の雰囲気に、やや真剣味が増したのを一夏は感じた。
やはりIS学園の生徒たるもの、そこが一番気になるところだろう。

「映像で何度か見て凄まじいと思っていたけれど、実際向き合えば、威圧感が凄かったよ。」

「へぇ、やっぱり研究してたのね。どの映像を見た?」

「いろいろ見たけど、何度も繰り返しみたのはデビューの対フランス戦と、対ドイツ戦かな」

「あぁ、あのデビューは衝撃的だったね。第二世代の優等生、ミラージュⅡが手も足も出ないんだもの。ニュース見てて私もショックだったよ。」

「ああ。なんというか、映像だけでも性能差の隔絶が伝わって来た。」
「ISには二種類存在する~ていう名言が生まれるというのも納得だった。」

「ブルーティアーズの前か後か、ていうの?カッコよくて私好きよ、あの言葉。もうブルティアーズの代名詞みたいになってるし」
「ドイツ戦ってカリウス少尉のレーヴェとの対戦?あのとき初めてBTが落とされたんだよね」

「ああ。あの軌道と加速、牽制は何度も見て研究した。その二つと、あと他に幾つか見てBTの軌道と傾向を頭に叩き込んだよ」

「それであんなに動けてたのね。けど、いきなり本番でよくあれだけ実行できたね。」

「ずっとやってた武道、剣道のおかげかな。日々の鍛錬の成果を、立ち合いのその一瞬で無心で発揮する。っていうのを今回は上手く出来たんだと思う。」

「それってすごく大事よね。怯えて竦めば、なにもできず沈んでいくわけだし。ま、こっちは相手にそれを期待して徹底的にプレッシャーをかけるわけだけど。」
「そのプレッシャー、オーラがISには大事って業界では言われるけど、一夏君はどう思う?率直な意見として。」

「オーラ……感じた威圧感をそう表現するとしたら、その言葉はもの凄い的確かもしれない。人間の強さの根幹というか、そういうものなのか?」

「業界では意思の強さ、気迫、執念、凄味、滲み出る鍛錬。そういうのをひっくるめてオーラと呼ぶらしいけど」
「ISの差を埋めるのは、搭乗者の差しか無いから、このオーラっていうのが真面目に物差しとして使われることもあるよ。」
「部外者からはあんまりに主観的で正確さに欠ける、なんて批判されるけど、詰まる所当事者にとって決闘は主観的なものだから、オーラっていうのは大事な指標になってる」
「……オルコットさんはどうだった?」

結局はそこに行きつく。一夏は一つ腑に落ちた感触を得た。学園の生徒は、潜在的な敵同士であるのだから、それを聞かなくてどうしようというのだろうか。
しかし悪い気はしない。一夏は感じたありのままを虎子に話すことにした。

「オルコットさんは……オルコットさんあってのBTというか、似合っているというか風格があるというか」
「なにもかも自分よりも何段も上だって見せつけられた。あそこまで戦えたのはハンデのおかけだったってつくづく思うよ。」

「織斑君、ブルーティアーズの話をする時、凄く楽しそうだね。目が輝いているよ」

「そ、そうかな」
まったく予想していない会話の展開に、一夏は意外性を感じる他なかった。

「そうだよ。そして、だれだってそうなるよ。IS乗りはIS乗りに惹かれる。一夏君も私も、その対象になれる。」
「だから、これからも頑張ってね、織斑君」
虎子は一夏に笑みを投げかける。
一夏は、心の片隅でこの会話の流れへのシコリのようなものを感じながら、
一方で素直に、報われるような、ここにきてから初めて温かい感情が心に沸きあがってくるのを感じた


「ところで、どうして皆あなたに話しかけないかわかる?」
表情は全く変化せず笑顔のままのはずだが、一夏には虎子の雰囲気が豹変したように感じられた。

「……男の自分にどう接していいかわからないから?」
一夏はそれに戸惑いながら、当たり障りの無い回答をする。

「まぁ半分正解ね。」
「一番どう接していいか分からないのは、政府、そして学園なの」
「あなたにどんな価値があるのか、害があるのか、誰もが測りかねているの。」
「学園の3分の1は政府と繋がりの強い生徒よ。それらが様子見にまわって、学園も様子見にまわれば、だれも貴方に話しかけられない雰囲気を形成するわけ」
虎子はまったく笑顔を崩さずにそう流れるように述べる。

「ま、今まではそうだったんだけど、日本政府は貴方の扱いに一定の方針を立てたわ。」
「自己紹介を兼ねて、今日はそれを伝えに来たの。」

「虎子さん……?」
虎子から発せられる濁流のようなうねりと勢いに一夏は、一瞬で飲み込まれた。なすすべは無かった。

「一つ、日本国防軍から、織斑一夏の監視及び護衛、そして日本政府と織斑一夏とのコネクションとして隊員を派遣する……」
「日本国防軍第一IS部隊所属、葉竹虎子IS三尉よ。そして今は日本政府の代理人(エージェント)。以後よろしく。」

「ま、取り敢えず政府の暫定の、基本方針を伝えるわ」
「一つ、日本政府は織斑一夏の国民としての基本的人権を尊重する」
「一つ、日本政府は、この件についてIS学園への直接的介入は行わない」
「一つ、日本政府はIS学園が行う、織斑一夏への調査・研究を支援する」
「こんなところだけど、どう?」

「……いろいろ言いたいことはあるが、こんなところでそんな事を言ってもいいのか?」
浮かれていた気持ちは、川底まで沈みこみ、冷水を被った一夏の頭脳・意思は底冷えし、すでにクリアとなっていた。
一夏が視線を周囲に遣れば、食堂にいる生徒たちは、一夏と虎子に意識を向けていることは明確だった。

「こんなところだからいいのよ。」
その言葉で日本政府は、一夏とのこの関係性について何ら隠しごとにするつもりはないと表明しているのだと、一夏は理解した。

「どう?って言われても、俺がどうって言ったところで何も変わらないんじゃないのか?」

「“前向きに検討する”ぐらいは政府に言わせられるよ」

「……要は、現状維持を保障してくれるんだろう?」
その言葉に反応することは負けであると一夏は感じた。

「今のところは。ね。今後のあなたの評価、それと国際社会の動向しだいだけれど。」
「けれど日本政府は、あなたを守る意思は本気だよ。日本政府は一人の日本人も見捨てない。これは第二次日本海海戦以来の鉄則ですもの」
「ただ、ここはIS学園。贔屓はできないので、人権ぐらいは皆と同じように自分で守ること、それと、日本は最小不幸社会の実現を目指す民主主義国家よ。言いたい事分かる?」

太平洋を挟んだアメリカと、対馬海峡を挟んだソビエトに揉まれ続けた日本国民である一夏に、その意味することは十二分に伝わった
政府の代理人にそう面と向かって言われれば、どうなるだろろうか?
当たり前に眺める青空が崩れ落ち、立っていた地面が崩れ去るような感触を得るに違いなかった。それまでの一夏なら。

しかし今はISがある。ISがあるのだ。

「列島一つ持ち上げるようになれれば、何も問題はないんだろ?」

「う~ん、あなた個人からすればなんら問題は無いかな。」
「実験動物、飼い殺し、使い捨ての駒、一騎等当国のIS乗り…学園を卒業するまでのあなたの行動が、そのどれかから選ぶのに直結する」
「あなたの為したいように為すしかないよ」
また、笑顔だった。

「ま、ここまでぶっちゃけるのは、同民族のよしみで今日本政府が精いっぱい頑張ってこれ、っていうのを伝えるためだよ」
「あなたをめぐって世界は日々蠢いている。分配戦争以降、実質専制政治のアメリカは、特に熱心。」
「希望を仄めかして勝手に失望されても困るし、無い手を求められても困るっていうことよ。」
「甘言は弄さず、しかし現状とそれに沿った確実な予測はなるべくすべて提示する。政府はそうやってあなたとの信頼関係を結ぶ意図がある、というわけ」

「他国への牽制も兼ねてか?」

「するどい。それに、ここまで言われたら他国の戯言に耳は傾けないでしょ」
一夏は急に空気が冷たくなったように感じられた。
一夏には一つ、思い当る節があった。それは当時衝撃とともに大々的に報道され、一夏も知っているほどだった。
「やっぱり、その、トラウマなのか?…さ「やめて」あ、ああ」
「まぁ、その話はおいといて……」
空気が幾分か軽くなった
「とりあえず、あなたに伝えるべきはこれぐらいかな。日本政府になにか意見があるならば、私を通じて伝えられるから。」

「……会見と三月に俺にあった出来ごとを聞いても?」

「会見の事は、私は聞かされていないから、機密ということで“今ここでは”言えないよ。ただ、IS学園主導のシナリオで作られたものがあるっていう噂はある。」
「三月の事は、許してくれとは言わないけれど、アメリカが今にも暴発しそうで、やむをえなかったとしか言えない。」

「そうか、それと……虎子はなぜああも俺と会話したんだ?自己紹介なら前置き無しでさっさとしてしまえばいいじゃないか」
それには多少の批判めいた色が混じっていた。

「あなたの性格、気質、それと心理状態を測るのも私の仕事なの」
「それに……IS学園生徒、葉竹虎子が、IS学園生徒の織斑一夏と交友してはいけない、なんて言われなからね」
「ま、こんな私でよかったら、よろしく」
そう言って虎子は手を一夏に差し出した。無邪気な笑顔と共に

「……信用も信頼も、これからじゃないのか?」
そっぽを向く その顔は無愛想を装うとしていた

「ま、こんなうさんくさい女にはそれぐらいのスタンスが丁度いいよ。」

「ただ……俺は虎子の事はそんなに嫌いじゃない」
「私も、一夏君のこと嫌いじゃないよ」

虎子は差し出した手を降ろし、トレーと空の食器を持って席を立つ。

「一夏君友達居ないでしょ。明日紹介してあげるから、一緒に私たちのグループでご飯食べない?」
「あ、これは葉竹虎子が勝手にしたいことだから。クラス皆で仲良く出来ないのって私嫌っていうだけなの。」

「その友達って?」

「ああ、心配しなくても国防軍じゃないよ。みんな一般人。多分。」

「多分?」

「そりゃ、私が知らされてないってだけで、どこかの機関の人間かもしれないっていうことよ」

「……気が向いたらご一緒させてもらう」

「決まりね。それじゃあまた明日。」

虎子はあっと言う間に退散してしまった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「疲れた」
一夏は、今日一日をそう振り返るほか無かった。
そして、もはやISの他に道は無い。ということをいやというほど実感した一日でもあった。

古びた竹刀を手にとって、ベッドに寝そべり、その竹刀をただぼんやりと眺める。
どこまでやれるだろうか。一抹の不安が一夏の胸に去来する。
自分とISしか頼れるものは無い。普通のIS乗りというのは政府に支援されるものだから、もう少し楽ではないのだろうか?
そこまで考えて、一夏は、普通のIS乗りというのは、国を背負っているのだということを思い出す。
自分は、言いかえれば、自分とISだけを考えればよいのだ。こう言い換えてみれば、なんと気楽なことだろう。
楽は出来ないだろう。しかし、気楽に行くしかない。日々精進して常に最善を尽くす。そしてあとは天命にまかせる。半人前の己にできるのはそれぐらいだ。

そしていつか一人前になることができたなら、その時は、俺は人類の半分、男の代表だ、と宣言してやりたい。できるようになりたい。一夏は思考をそうしめくくり、竹刀への誓いを新たにした。


部屋に電子音が響く。

それは初めて聞く音であったが、一夏はインターフォンの呼び出し音であると気がついた。
ベッドから飛び起き、竹刀を壁に立てかけて、端末を開き、入口に設置されているカメラからの映像を確認する。
4方向から映し出される、ドアの前にたたずむ彼女は、一夏の知る少女だった。

一夏に、すっぱく、苦く、鉄の味のする思い出が一気にフラッシュバックする。
じっとたたずむ彼女。何もしないというわけにはいかなかった。通話と書かれたアイコンをタッチする。

<<…織斑一夏だな?私だ。話がある>>
胃がぐっと持ちあがる。もう3、4年前だというのに、体は覚えているのかと一夏は冷静に考えていた。
「今、あけるよ」
ここで断るという選択肢は無かった。ドアの開放を端末から許可する。


部屋に入って来た彼女は、昨日教室で見たそのままの姿だった。しかし一夏は違和感を覚える。
スラリと伸びた引き締まった肢体に、女性的なくびれ、主張する乳房。変わらないポニーテール。
一夏は、違和感はその整った目鼻にきつい表情を載せた顔を真正面から見ることがここにきて初めて、ということに起因するものであると気付いた。

「久しぶりだな。織斑一夏。」

「あ、ああ。篠ノ乃箒(しののの ほうき)」

突如一夏の視界から箒が消える。
腹部への衝撃。

体勢を落とした箒の拳が、一夏の腹部に突き刺さっていた
一夏は声もあげられず、崩れそうになる膝を、気合で必死に持ちこたえさせる。
事前に腹筋に力を入れていなければ気絶しているところだった。

「す、すまん、その、あんまりに見られるものだから///」

何を顔を赤らめているのだろうか?一夏は、箒が自分の記憶から全く成長していない―技のキレ以外は―事を悟った。呼吸を整え苦い水を飲み下す。

「そ、それにしても、私の事を覚えていてくれたのか?」
「まったく話してくれないから、てっきり忘れていたのかとおもっていたのだ」
そう覚えていたからこそ話しかけもせず、極力視界に入れなかったのだ。第一忘れられるものか

「あ、あ!違うぞ、お前に話しかけて欲しかった、ってわけじゃないんだからな///」

これはまずい。
手か?足か?右か左か、そのままの間合いか、距離を詰めるのか。
箒の体幹、重心の動きを見極めるべく神経を集中する。

左足を軸足とすべく重心移動の兆し。右足は目で追わない。予想する軌道に肘を立てて防御。
横腹を捉えるべくして放たれたミドルキック。逆にスネの骨を折らんとばかりに当てた肘で止まる。
道場の壁を叩くがごとき感触だった。

「忙しかったのだし、仕方ないな///」

伸びきっていない右足は、箒の意思に瞬時に反応し、収縮、そして右足は龍のごとく天を突く。
その反動で左足が一瞬宙に浮く。そして落下。全体重をかけた踵落とし

「けれど、真剣な一夏の横顔も…」

両腕で頭蓋を防御。打ち合いにあわせ膝を曲げて衝撃を和らげる。みしみしと骨がしなる音がした。

「ってなにを言っているんだ私は!////」

右足で未だ一夏の両腕を縫い付けたまま、左足が地面をたたく。
接触部を支点として、腹筋・背筋によりひねりを加えられた左足での蹴りが、一夏の胸を叩く。

一夏は膨大な運動量を受けて吹き飛んだ。その落下点にはベッド。
横隔膜がマヒし、呼吸ができない。しかし一夏はそこに停止することの意味をすでに察知していた。
目視もせず、ベッドを転がり落ちる。身も蓋もない無様な格好だったが、そんなものを気にする時間では無い。

そのときすでに箒は宙を舞っていた。目測で高度1メートル。
それまで一夏が居た位置に、真下への正拳突き。
……それはおおよそ布団が叩かれた音からはかけ離れていた。


「はぁ、はぁ、箒…落ち着いたか?」
一夏は、肋骨にひびが入っていないかを確認する。
どうやら大事には至っていないらしい。未だ寝巻に着替えずに、制服のままでいたことに感謝するほか無かった。

「あ、ああ、すまん…すこし舞い上がってしまったかな」
「とにかく、今日は労いにきたのだ。…そ、そう。クラスメイトだからな。特別なんかじゃない、か、勘違いするなよ」

「……」

「そ、その…………お疲れ様……か、かっこよかったぞ…」
最後に行くにしたがい早口で小声となったが、はっきりと聞こえた。
その言葉に反応することはおおよそ死を意味した。

「ありがとう。……しかし負けてしまった。箒にカッコ良いところをみせられなくて残念だったよ。」

「そ、それって…!」
目を見開いて顔が真っ赤。今しかない。一夏の経験則はそう言っていた。

「む、もうこんな時間か。そろそろ部屋に帰らないと不味いんじゃないのか?」

「え、まだそんな時間じゃ「夜遅くだ。不審者が出るかもしれん。部屋まで送っていこう」へ、部屋まで!?」

「ああ。さあ早くしよう。」
そう言って箒の手をとる。さらに顔面が紅潮。この状態なら合気道を使って腕の靭帯を切られながら寝技をかけらられておとされることはない。

「ちょ、ちょっと!」
箒の拳は、手の甲も裏も、大木が如き硬さだ。小学6年にして抜き手でコンクリートブロックを破壊していたが、あれからさらに鍛錬を積んでいたことは明白だった。

一夏は速足で聞き出した箒の部屋へと向かい、さっとドアをあけさせ、さっとおしこむ。
玄関で箒はもじもじとしていいる。

「じゃあ、また明日。積もる話もあるだろうし、明日ゆっくりと話そう。」
笑顔でそういってやれば

「あ、ああ!また明日!……ぜ、絶対だぞ」
だいたい上手くいく。

さっとその場をはなれ自室へともどる。背後に視線が突き刺さるが振り返ってはいけない。


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篠ノ乃箒。小学3年から小学6年までの付き合いの幼馴染。
道場で当時天才と持て囃されていた女子に、生意気だと思って試合を挑み、締め落とされ、蹴りに意識を吹き飛ばされた。それが出会い。

彼女に負けるもんかと鍛錬を積み、何度も勝負を挑み、そして負けた。

不良三人に絡まれていた彼女を目撃して、不良を助けようと割り込んでからどうも関係がおかしくなった。
彼女との試合が、鍛錬が熾烈になった
「こんなにつよくあてるのは、一夏だけだよ」
という台詞をよく覚えている。

始終彼女からの好意を無視したことは、道場での付き合いのみにしたことは、まったくの正解であったと今日思い知らされた。

しかし一方で彼女には本当に感謝している。幼少期の彼女との組手が、現在の自分の武道・武術のルーツになっているのだから。


「もう寝よう」
今日はあまりにも疲れた。タブレットで、セシリアからの『復習』の誘いに断りをいれ、シャワーを浴び、ベッドに入る。



その日は中学以来、久しぶりに箒の夢を見た。
夢で二回目に殺されたとき目が覚めた。

時計は4時45分。まだアラームは鳴っていない。
一通りストレッチを行い、日課であるIS戦闘理論の自習にとりかかる。
体が目覚めてきたら、ランニング、そして朝食、そして講義。またIS学園の一週間がはじまるのだ。



[28794] ASIAN DREAMER / vs箒
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9
Date: 2011/09/19 21:11
「というわけで、クラス代表は織斑一夏君に決定しました。」
日曜日の決闘を終えて(授業に重複しての決闘は許可されなかったため)、月曜日。SHRの時間。
一年一組の教室で疎らな拍手の中、山田の張りのある拍手だけが浮いていた。山田にそれを気にする素振りは無い。

なぜこのようになったのか。それは決闘にあたり、セシリアと一夏が連判で提出した書類に原因があった。
学園では決闘にあたり、その主旨を事前に学園に報告し、学園がそれを承認することで、国家間の公式試合に準じた効力を発揮する決闘であることを学園が保証する。

今回の決闘においては、その書類の作成はセシリアが行い、一夏はそれを一読し血判を押した。
その書類に書かれた文言は巧妙な長文であった。
その文は読み取りかたによっては二通りの解釈ができたのである。
一つは、決闘の勝者が技量優秀であるとしてそのままクラス代表にふさわしいとする主張。
そしてもう一つが、決闘の勝者はより優れたIS乗りであり、そのためによい慧眼を備えるとして、もっともクラス代表にふさわしい人物を見極められる、とする主張である。

セシリアはその内の後者を恣意的に選択した。すなわち、決闘を通じてクラス代表は一夏がもっともふさわしいと感じたため、彼を推薦する、と主張したのである。

元来セシリアにクラス代表になる気は無かった。
IS学園において決闘や試合での戦闘データはすべて公開される。BTの手の内を晒す機会を増やすという、愚かな行為を行うつもりはなかったのだ。

では一夏を焚きつけた入学式当日の彼女の言動は何だったのであろうか?
あれは事前に筋書きされた一夏の人格診断及び、クラスメイトの気質調査のためのアクションの、選択肢の内の一つであった。
一夏のリアクションごとにフローチャートがあらかじめ作成されていたのだ。

ひとつ付け加えるなら、セシリアにとってあそこで主張した「IS学園の伝統」など、手近で便利なただの方便であっただけで羽毛ほどの重さも感じてはいなかった。


一夏はそんな真意に気付かず文言に同意したが、決闘の結果ではなく決闘そのものを目的としていたその時の一夏にとっては、どんな意義をもつ決闘だろうが関わりなく同意したであろう。
また、セシリアの真意を読みとった学園側からしても、一夏をクラス代表に置いて決闘の機会を増やし、データを集積することのメリットのためにそれを黙認したのだ。


そのようにできていたために、このようになった。
そしてSHR冒頭で山田はセシリアに提言を許可し、彼女が一夏がクラス代表にふさわしいと言ったために冒頭へと戻るのである。

一夏はやや面くらったものの、セシリアを一瞥し感謝を込めた視線を送る。セシリアはそれに はにかんで応えた。

クラス代表になり、決闘の機会が増えることは、一夏にとってもメリットがあった。
セシリアとの決闘を通じて得た充足感、そして決闘を重ねることによる戦闘技能向上への期待である。

山田に発言を許可された一夏は、その推薦を快く承諾し、クラスの顔として恥じぬ働きをする、とだけ応えた。

今度の拍手は、疎らでは無かった、
それは一人のIS乗りの、その武勇を祈る拍手だった。

それが止み、一夏が着席を終えると、山田は授業の開始を告げる。それだけで教室の雰囲気は一変し、すべての生徒聴講の準備を整えた。


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IS基礎理論


ISコアの基本的な機能とは、素粒子の無限供給・量子演算・四力の完全支配・相対性理論-ニュートン力学-量子力学の橋渡し、搭乗者との相互意識通信、である。
機体・搭乗者表面に張られる力場である絶対防御はそれら機能の集大成である。
コアから放出される陽子、電子をポテンシャルエネルギーの操作により中性子に変化させる。さらにそれに超流動性をもたせ、機体表面を余すことなく覆うのである。
そしてその中性子間の原子間力を操作し、原子数十個の厚さの剛体を構築。また原子間の引力を増大させ張力を、斥力を増大させることで圧力を増大させ、駆動力とする。

この骨格と筋肉を兼ねた表皮は、ただそれだけで既存兵器と隔絶した。
宇宙空間において秒速20km、質量50kgの物体が衝突したがISは無傷だったという記録が残っている。逆に絶対防御をまとわせた砲弾は、あらゆる装甲を貫通する。

この絶対防御を破るためには、絶対防御を絶対防御で破壊せしめるか、異なるコアで生成された絶対防御=制御中性子をその絶対防御に混入させ、その支配率を侵し、制御不能状態に持ち込むほか無い。
この支配率の回復のためには、絶対防御の一時解除・再構成が必要である。

IS競技において、搭乗者の損傷、気絶と並び、絶対防御の支配率50%未満への低下が敗北と見なされる原因である。

原理をともかくとして絶対防御の実際的な振る舞いを評価するために位相幾何学(トポロジー)の習得がIS乗りに必須となってくる。
相互浸食による搭乗者の損傷、反発による搭乗者への打撃、砲弾への絶対防御展開、そのどれもが位相幾何学とのアナロジーがあるためである。


☆そこで、M.ベイナイ著 位相幾何学入門のp8~p87と、教本である、日野和彦著 絶対防御基礎理論を参考に一月後までにレポートを提出せよ。




ISと法

超国家的IS抑止力は、一般にアメとムチにたとえられる。すなわちIS学園と国連IS管理部である。
IS学園は世界で唯一ISにおける統計データを得られる機会であり、IS学園で行われる膨大な基礎研究のデータを得られなくなることはIS産業に致命的な打撃を与える。
一方、国連IS管理部は、非合法的なIS起動・運用・闘争に無差別介入を行い、全世界的に波及する前に周囲に関連ISを撃滅することを目的に設立された機関である。
IS管理部の活動により生じたIS空白地帯については周辺諸国にその処遇を一任する、としているため、管理部との対立は、直接的に国家滅亡を意味する。
過去、実際にIS撃滅が行われたことはないが、抑止力としての存在感を常々発揮しており、IS学園と管理部をどのように扱うか、いかに敵性国家と対立させ、より多く利益を得るためにはどのようにすればよいか?が各国のIS政策の根幹の一つを成している。



・抑止力としての国連IS管理部の概要と、果たす役割
・SSSS(Silent Security Service from the space)という思想について
・保有する宇宙基地とISの制圧力 管理部ISと競技ISとの差異   動画アーカイブ=シャンゼリゼ事件 リンク◆

☆上記三項目についてそれぞれ3000字以上のレポートを来週までに提出すること



以上配布資料より抜粋
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さて、午前の授業を終えた一夏は学食でトレー片手に空いている席を探していた。

と、一夏はこちらに手を振る人物を発見する。虎子だった。
その4人掛けの椅子にはすでに虎子を含めて3人が座っていた。どうやら先日の食事に誘うとはこのことらしい。

わずかに悩み、結局一夏はその誘いを受けることに決めた。未だクラスで浮き気味の一夏にとって、ここでその誘いを断ることのメリットをほぼ感じなかったためだ。
着席した一夏に、虎子は

「改めまして、私は久丸 富美(ひさまる とみ)といいます、よろしくおねがいいたします」
富美は腰まで伸ばした艶やかな黒髪が印象的な、おっとりとした顔立ちの日本撫子という言葉が良く似合う少女だった。
その落ち着いた雰囲気は、一夏に彼女が年上であるかのように感じさせた。

「私は九十九 榴(つくも ざくろ)。よろしく」
彼女は、155cmと、学園の生徒にしてはかなり小柄なほうだった。
富美とは逆に、耳を出したベリーショートの髪型に、造りのはっきりとした顔立ちは、快活で爽やかな印象を与えた。
しかしその表情はどこか浮かない。さきほどの声にも、なにやら棘があったように感じられた。

一夏は、この少女に歓迎されていないと知り、虎子に批判めいた視線を飛ばす。虎子はそれをただ受け流した。

「まま、とりあえず食べてしまいましょう。折角のご飯がひえてしまいますよ」
富美はその空気を察知して、そう言った。
四人がそれぞれにいただきますと言い、食事に手をつけはじめる。

もくもくと、いやガツガツとそれぞれの昼食は進む。
それぞれ白米は2合から3合、それに見合った主菜と副菜。学園でダイエットなどという単語が生徒から発せられることとは無い
フィジカルを作るための肉、思考と活動を支える糖分と脂肪、体調を整える栄養素。それらを欠くなど自殺行為でしかない。

榴はトレーを睨めつけ、険悪な空気を発しながら、富美は榴と一夏を気遣うような仕種を見せながら
虎子はあろうことか、その光景を楽しんでいるかのような余裕をみせながら食を進める。


隣の机の一団は、大切な事は信頼性だ、ストッピングパワーだ、いいやマガジンリロードより早く抜ければよいのだ、50口径だ、9mmだ、リボルバーだ、と盛り上がり、
前の机の一団は、線路の上の5人と1人ともう1人の殺し方について、哲学者を引用しながら自分の立場を表明し、
後ろの机では、素数と電子雲とスペクトルと炎色反応とリーマン予想についてあれやこれやと話し
はす向かいは、先日のインドとスペインの交流戦の、それぞれの選手のネットでの発言について批評している。


他にも食堂にはじつに女子高生らしい会話があふれていたが、その席だけは違った。
最初我慢していた一夏も、あまりの居心地の悪さに席を立とうとしたときである。

「一夏君、他のクラス代表って知ってる?」
虎子がそう口を開いた。

一夏は、一旦腰を上げようとしたのを止め「知らない」と応えた。

「今携帯端末持ってる?学園のメインページの、行事予定表か、学級名簿照会の項目で確認できるよ。」

ここで席をたって、後に1人で閲覧してもよかったが、一夏は肩掛け鞄から携帯端末を取り出し、ログインする。
1人で見るよりは、噂程度でも何か知っているかもしれない生徒と、国防軍の三尉殿に、それぞれの人物についてなにか聞いておくことは損では無いと考えたからだ。

一夏の端末に、一年のクラス代表4人が表示される

一組 織斑一夏(日本) 
二組 ナタリア・フォンセカ(ブラジル) 
三組 ヨハンナ・シュトラウス(オーストリア)
四組 更識 簪(日本)専用機「打鉄弐式」


この話をするために呼んだんだろう、と虎子を見ると、彼女は下から順に指さし始め

「まず、この更識 簪(さらしき かんざし)さんだけど、私は詳しくは知らない。」

「日本人なのにか?」

「日本人だからよ。彼女は総務省、機体は経産省の所管で実働データなし。彼女について知りたければ本人に聞くのが手っとり早いよ」
「別に足の引っ張りあいをしているわけじゃないよ。いろいろ事情があるのよ。」

「で、次にヨハンナさんだけど、彼女はオーストリア空軍出身で、典型的な一撃離脱、支配率勝利型。」
「使用機体はラファールで、大加速度・高防御・大火力仕様。」
「一通りの火器を運用でき、設置兵器・単純な自律兵器も使い、接近戦を苦手とするわけでもない。ゲルマン圏リトルリーグでの勝率は六割三分七厘。」
「メンタルバランスを崩しにくく、状況にかかわらず安定した能力を発揮する」
「こんなものかしら。」

「ラファールはバインダーの選択で性能を変えられるんだろう?彼女はなにを使っているんだ?」
それは商用の面でもラファールに強味を持たせる特長でもあった。

「ええっと……榴さん、何だったけ?エメロード社だったよね」

「……この学園の訓練場で見かけたときはエメロードのDE51と、DE44を使っていた」

「ありがと。一夏君、ちょっと端末借りても?」
「……これがDE51と44。」
「標準バインダーよりもやや大きめで、内部で展開される空気と化石燃料によるラムジェットエンジンが推力を生み出す。」
画面には、DE55の断面図が示され、燃焼室にどこからともなく空気と燃料が供給される様子がアニメーション化されていた。

「推力装置は量子格納展開の容量を必要とする分、武装をバインダーのパイロン、本体装甲にセットするから、試合前に装備を目視で確認するのが良いよ。」

「フムン、おおよそ把握した。」

エメロード社のカタログサイトをブックマークしながら、一夏は応えた。

「で、ナタリアさんだけど……ま、彼女のことはそんなに知らなくてもいいよ。」

「なぜ?」

「なぜってそれは」

その時、学食の一角から歓声と怒号が混じったような群衆の声があがった。
一夏達がそちらを向くと、もう人だかりが出来、異様な熱気を発していた。

「なんだ?」

「多分ナタリアさん関係かな」
「ところで一夏君、鳳 鈴音(ファン リンイン)という中国人女性のことは覚えてる?」

突然出てきたその名前に、一夏は心臓を鷲掴みにされる。

なぜ彼女が、日本政府が彼女のことを知っているのだろうか、わざわざ名前を口にするのか
鈴の身になにかあったのか、それとも、鈴の身になにかあるのか?
一夏の頭を、様々な考えがよぎる。想像するだけで全身の血が沸騰しそうになる。

「そんな怖い顔をしないでくれ、彼女をどうこうするつもりは無い。むしろどうこうするのは一夏君だ。」

「なに?」

「中国共産党直下、中華人民共和国代表候補生、第三世代IS『甲龍(シェンロン)』専属搭乗者。それが現在の鳳鈴音さんだ。」

思考が停止する一夏。その鼓膜を、決闘だ!という声と黄色い怒号が振るわせた。


ここでわずかばかり時間を巻き戻そう。

榴と一夏達が不愉快な食事を取っていた、その5つほど隣の机で彼女達は優雅にランチタイムを過ごしていた。
1年2組の、ナタリア・フォセンカを中心とする一団である。
学園においては平均的な生徒は、優秀な、あるいは求心力のある生徒に近づき、グループを形成することが多い。
又は国籍、部隊、出身の予備校を共通項にグループを形成する。
ナタリアは、南米の対米包囲連合戦線でIS操縦技術を学び、ISに熟達していたために敬意を集めクラス代表に選出された。
その上、褐色の肌に魅惑的な肉体を持ち、目鼻立ちのハッキリとした、まさしくブラジル美人という容貌であった。

ナタリアの右隣に座っていたミシェルが水を取りに席を立ったとき、話題は今後もアメリカは帝国主義を強め、連合戦線との対立を深めるか否かであった。
その最中、堂々と一団の中心に空いた席にドカリと腰を下ろす少女がいた。議論が一瞬で停止する。
グループにとって、名前と肩書きは今朝のSHRで十分に知っているが、しかしながら一つも親しくはない少女だった。

「そこは予約済みよ。他の席にいきな」
「うるさい、わたしが用があるのはコイツだけなの。用がすんだら、こんなところ言われなくても他へいくわ」
たまらず指摘した少女を一言で切り捨て、挙げ句に友人を親指で指しながらコイツ呼ばわりされたとあって誰が冷静にいられるだろうか。
しかし殴りかかろうとする彼女達を諫めたのは、ナタリア自身だった。

「それで、中国代表候補生の鳳鈴音さん。転校初日からこの私に何の用事かしら。」
その凛とした態度は、周囲を多少は冷静にさせた。

「えっと、クラス代表を私にゆずってくれない?」

ナタリアの眉が跳ね上がり、同席する6人の少女達がゆらりと立ち上がる。それぞれ170cmオーバー、素手で人体を破壊するには十分な技能と筋肉で武装したまごうことなき女子高生たちである。

「中国にあるかは知らないけれど、常識や順序というものを考えて発言はできないの?」

「常識的に考えてアンタよりあたしの方がクラス代表にふさわしいでしょう」

ナタリアはグラスを取り、そっと水を飲み唇を潤す。
「何を根拠に?」
グラスを構えたまま、ふっと小さく笑いそう聞く。人は想像もできない場面に遭遇すると笑いに転じてしまうものだ。

「う~んと」
人差し指を顎に当て、頭を少し傾け、ツインテールが揺れる。



「オーラが無い?」



瞬間、グラスを残してナタリアの右腕が消失する。下顎を頭蓋骨から吹き飛ばさんばかりに放たれた裏拳は、鈴の拳に迎撃されその軌道をそらされる。
ナタリアはそのまま裏拳を納め、いまにも落下しようとしていたグラスをキャッチする。

オーラが無い。IS乗りにとってこれほどの罵倒語が存在するだろうか。それを公共の場で放つとは。
もはや怒気を隠さぬナタリアは、ドスの利いた声で言う。

「今日の放課後、第三で待つ。」
「私が勝ったらそれなりの謝罪をしてもらう」

「あたしが勝ったら?」
応える鈴はあくまで平静、つまらないこと、なんでもないことであるように応える。

「……クラス代表にでもなんにでもなればいい。」

「おっけ~、じゃあ決定ね。」
ひらひらと手を振る鈴。

「決闘だ!」という声に、黄色い怒号がはじける。
それは典型的な見せ物、ショーのようだった。

ナタリア達は無言で食堂を後にし、周囲の人間も鈴にからもうとしたが、取り付く島もなくあしらわれ、彼女から離れた。
食堂は、熱気の残響をざわめかせ、鈴に無数の視線を突き刺していた。

「鈴、鈴じゃないか……本当に……」

そんな中、彼が現れた。
鈴が野次馬をあしらったのは、彼のためだった。

「一夏~~っ!」
鈴は一夏の胸に飛び込む。
厚い胸板に顔を寄せ、細い腕を腰に回す。

その髪の香りは、柔らかな感触は、一夏に甘い記憶をよみがえらせる。

黄色い歓声が食堂を包む。
何割かはしかるべき機関への報告書について吟味を開始し、幾人かは、中国共産党の過去の姿勢と今後の意図について思考を巡らせ始めた。

一夏は抱きしめようとする自らの腕を押さえ、鈴をわずかばかり押して彼女との距離をあけた。
聞きたいことは、聞かなければならないことは無数にあった。

「どうして、どうしてここにいる?」

そして一夏の口から出たのは、まずそれだった。

「どうしてって、転入してきたからに決まってるじゃない」
「違う、そうじゃない、なんでIS学園に居るんだ、ISに関わっているんだ」
「ん?あたしがIS乗ってちゃいけない?」
「違う!理由を、経緯を聞いているんだ。それに候補生だって?いったいどうして?あれから一年しか経っていないじゃないか」
「一夏、ちょっと落ち着きなさいよ。」
「えっと、中国に帰ってから、いろいろあってスカウトされて、いろいろあって候補生になったってとこかな」

無邪気な笑顔は、一夏の記憶にある鈴そのままだった。
それが、ますます一夏を混乱させる。彼の記憶の鈴と、ISとは決して接点の無い組み合わせであったからだ。
その“いろいろ”とは何だ、と聞く勇気は、今の一夏に無かった。

「あたしは……一夏を追いかけてここに来たんだよ?」
一年前から、ずっと切望していたはずの最高の言葉が、卑劣な響きを持って、一夏の心の表層を滑る。

「じゃあ、さっきの騒ぎは?ただ会いに来たならあんなことする必要はないだろう」

「ん?必要でしょ、ゲームを盛り上げるのには。」

「……ゲーム?」

「そそ。今日の放課後だから一夏もきてねっ、と、あ!」
「ちょっと他の用事があったから、先に行くね、じゃあまた後で!」
鈴は軽い足取りで食堂に一夏を残して去っていく。

一夏は、それを見送ると、手近な椅子に座り込む。
衝撃、そして言いようのない違和感が、一夏の心をかきむしっていた。
何度も再会を望んだはずだったのに、今はもう会いたくない。
一夏の心は再び深く沈みつつあった。

しかし視線を感じ、ふと顔をあげると、目があった彼女はすっと視線を下方にそらす。

彼女はどうやら、戦闘以外のメンタルが弱いところも相変わらずのようだった。全てが相対的に変化していく中で彼女だけは不変だった。
一夏は、心の平安を取り戻すため、彼女を利用することに決めた。それは彼女もためにもなるだろうし、なにより兄弟子が気落ちしている姿は見たくなかった。

一夏は、携帯端末と冷めかけた食事、そして虎子の先に帰るという書き置きが残った元の机へと帰り、昼食を素早く詰め込み始める。

一夏にとってなにもかもが混沌としたこの世界では、悩む時間はあまりに無意味であり、やることを決めた時、行動あるのみだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「待ちなさい!セシリア・オルコット!」
教室に戻ろうとしていたセシリアに、背後から声を掛ける者があった。
振り返れば、先ほどまで食堂で三文芝居をやっていた中国人少女だった。
「なにかご用かしら?鳳鈴音さん?」
セシリアは努めて営業スマイルで応対する。

「前々から思ってたんだけど、第三世代のことをBT級とか呼ぶでしょ、あれ、ふさわしくないと思うのよね。」

「あら、ではその代わりをご提案していただけるのでしょうか?」

「ええ!これからは第三世代は甲龍級、と呼ばれるようになるわ」

「まぁ、それは素敵ですわね。」
セシリアは両手をぽんと会わせ、輝いた瞳で鈴をみる。

「けれど問題がありますわ」
しかし、今度は本当に困ったと顔を曇らせる。

「ブルー・ティアーズはいったいどうなってしまうんでしょう?」
「ええっと、super,ultra,exceed,over.surmount,extreme……」
「ブルーティアーズの事を表現するのに、甲龍級から考えるとすると、形容詞の辞書が出来そうですわね、日本語でしたら、超の何乗、と楽に表現できそうですけれど。」

「バカにしているの?」

「いえいえ、決してそんな事は。私は至って真剣ですわよ?あなたこそ、そういう言葉はお行儀良く、ベッドに入って布団をかぶって、目を瞑りながら言うのがマナー、と赤いxxx野郎の方々から教わりませんでしたの?」

「今日の夜にも同じ事が言えるかしら?」

「あまり自信はございませんわ、今日は推測で物事を話したために、過大評価をしてしまった日、として夜には反省をしているかもしれませんもの。」

「ハハハハ」
「オホホホ」

「ではごきげんよう」
「じゃあ、ばいばい」

食堂から一年の教室まで最短ルートであり、人通りが多いはずのこの廊下は、二人が別れるまで生徒が通ることはなかった。
IS乗りとは、ある程度の危険察知能力を備えるものである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



本当は、食堂で昨日の事について謝るつもりだった。
道場でもないところで、しかも互いに防具も着けていなかったにもかかわらず、技をかけてすまなかったと。
武道家にあるまじき心の乱れ、振る舞いだった、と
そして他にも言いたいことはいっぱいあった。
彼を目の前にすると、いつもうまく言葉が出ない。記憶の中の私は、何度ももどかしい思いをしていた。
言いたいことをメモにして、お喋りの練習もして、準備は万端だった。

しかし、その光景を見てしまった、見知らぬ少女と親しげにする一夏を。
私は彼の剣、足と拳での攻防を交わし、その間合いに入り、それがもっとも効果的なときのみ彼を抱擁することができる。
にもかかわらずその少女は、一夏の間合いをすり抜け何の抵抗も受けずに彼と抱き合った。

片思いであるとは知っていた。一夏に恋人が出来ないはずもないと知っていた。けれど、いざそれを見せつけられて、平静で居られるわけがない。

内臓が落下していくような感覚の中で、涙がこぼれなかったのは、鍛錬のおかげだろうか?
少なくとも一夏に恥ずかしい姿を見られないことは幸いだった。

頭をぐるぐると回るネガティブな感情を振り払うために授業に集中する。
しかし、ぎゅっと締め付けられるような胸の奥だけは、ずっと私を苦しめた。


その90分は、これまででもっとも長く感じられた。
数時間の稽古や筋力トレーニングよりずっと堪えた。

そこに、端末へ個人宛のメッセージがとどいた。
差出人は、織斑一夏。
彼のほうを振り向こうとする首を必死に押さえる。

震える手で、それを開く。


私のそれからの90分は、さらに長くなった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



一夏が、打鉄を纏って第六IS鍛錬場に入ったとき、箒はすでに臨戦態勢を整えていた。
二人とも浮遊装甲は排除してある。

「やるか」
「応」

それだけで十分だった。
IS鍛錬場は接近戦の訓練のための施設であり、30m四方の底面に8mほどの高さの直方体というIS格闘戦闘における最低限の体積を確保した鍛錬場で、同型の施設が学園に23存在し、ここはそのうちの一つである。

互いに中心に歩み寄り、一礼。
篠ノ乃流では、一礼後、互いに柄に手を掛けた瞬間から試合開始となる。
同時に抜刀。間合いは3mほど
箒は刀を垂直に起て柄を顔の右へと寄せる八相の構え。
一夏は、切っ先を下ろす下段の構え。

先に仕掛けるのは箒。鋭い踏み込みからの垂直振り下ろし。
一夏は体を捻りその軌道から人体をそらしながら箒の右籠手を狙う切り上げ
箒は柄を離し、一夏の刃に柄と右手の間を切らせる。
返す刀で左籠手を狙う切り落とし
箒の裏拳と刀の側面が、頂点でわずかに速度の鈍った一夏の刀を捕らえる。同時に両手による跳ね上げ。

がら空きとなった腹部への全質量をかけた蹴りは、一夏の膝により防御され、しかし一夏を吹き飛ばす。

その一夏の着地の瞬間に合わせ、箒は再び間合いを詰め切りかかる。
刹那早ければ、空中の相手を切ることとなり、あとわずか遅ければ一夏は体勢を整え、どちらにしろ有効打を与えにくくなる、そんな絶妙な瞬間への攻撃である。
一夏は迎撃・回避は困難と判断するや、刀と刀が交わる瞬間、接地点を中心に半回転し、箒の剣威をその回転に乗せ受け流す。

しかし箒はそれを察知。その回転よりもさらに大回りの体運びを行い、斜めであった互いの刀の交わりを無理矢理に垂直に修正し、刃の先を一夏の回転軸に立てる鍔迫り合いに持ち込ませる。
回転軸を捕らえられては受け流しは出来ない。
箒との鍔迫り合い。一夏は。想像するだけでぞっとする状況に引き込まれてしまった。

箒の全身の筋肉が唸りをあげ、一夏の上方から被せるように刃を進ませようとする。
箒は全身の筋肉を有用に使える体勢にあり、一方で一夏は不自然な体勢へと押し込められ、その全力を発揮できない。ジリジリと刃が一夏の頸動脈へと接近していく。


箒は悟った。あの少女と一夏は、このように骨を軋ませ合っていない。
せいぜいが唇を重ねる程度だっただろう。
それがどうしたというのだろうか。


地面に押し倒されるかという瞬間、一夏は重力場を用いて二人を宙に浮かせる。
力場のオーバーライド。それは賭だったが、箒の力みとISへの不慣れにつけ込んだそれは、紙一重で成功した。

互いに地面という固定端を失い、互いにため込んでいたエネルギーが解放され、作用反作用により空中で押し出し合う。

地面という制約を離れた二人は空中に複雑な二条の軌跡を描き、交わり、離れ、また交わる。


斬撃と打撃と防御と回避の交換ほど素晴らしいコミュニケーションが存在するだろうか?
それはおそらく言葉より口づけより抱擁より互いを深く理解出来、二人を強く関係づけるはずだ。
小学生のときはそれを漠然と感じていただけだったが、今ならはっきりと言える。これこそ愛だ。


中学の全国大会の試合より、小学生の、箒との試合の方が高ぶっていた事を思い出す。
なんだかんだと言って、俺はこの兄弟子のことが好きなのだ。その太刀筋が好きだ。
悩み、心配、不安。それらを一切忘れて無心で刀を振る、いつまでもこの時間が続けば良いとさえ思う。


しかし、それにもやがて終りが来る。
それはほんの僅かの狂いであったが、その緩みが見逃されるわけは無い。
切っ先が肌を、筋肉を、肋骨を切り裂き心臓と肺を貫く。その寸前で刃が止まる。

箒は刀を正中に構え直し、残心の後、表情を幾分か緩めた。

「腕を上げたな」
「御美事」

刀を納め、互いに向き合う。そこにもはや時間の溝は無かった。

箒は3年の月日をまるで感じさせないようにそこにあった。それは一夏に一抹の心の平安を齎す、混沌の中の一筋の光のように感じられた。
今まさににおこなわれているであろう鈴の決闘とは、対極のように感じられた。
今の一夏には、彼女の事を考えるだけで胸に暗雲が広がるようだった。

そこへ、学園のサーバーを介した、個人宛の通信があると打鉄が知らせてきた。差出人は、セシリア・オルコット。
一夏は通信を開くことを許可する。

<<一夏、どこにおられますの?>>
「あぁ、第六鍛錬場だけど、どうした?」
<<ちょうどいいですわ。私、貴方にどうしても、男性初の白星を代表戦で飾っていただきたくなりましたの>>
<<今からそちらに参りますので。>>

通信は唐突に切られる。有無を言わさぬ口調だった


「どうした?」と尋ねる箒。

「このあと時間あるか?特訓になりそうだ。つきあってくれ」そう答えた時の箒の笑顔は、言葉では表現しきれぬほどに輝いていた。


一夏は、今日はなにもかもを忘れて剣を振りたかった。



[28794] FIGHT MAN / ときめき セシリアVS箒
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:583e2cf9
Date: 2011/12/26 09:57
私が両親の背中を追って警察官になったのは、もう13年も前の話だ。
市民を守る。それはやりがいのある仕事だった。忙しい時はそれを実感し、忙しくない時は平和であることを感謝する。そんな日常だった。

ただそれも、ベイオウルフの発見までだった。
あと三カ月で地球を直撃すると予測された小惑星群は、私を含めあらゆる人々の心を砕いた。

自棄になった市民を取り押さえ、同僚と共に暴徒を制圧するとき、私はひたすらに職務の事だけを考えた。全てを忘れようと。

そして、ベイオウルフπ帯と地球軌道交差の時、私は署の屋上で、昼間にも関わらず空に煌めく流れ星を見た。
衝撃に耐えるだけの充分なシェルターは全市民分は無い。公僕たる自分が市民を押しのけて入ることは許されないだろうし、
気休めの地下壕で何が起こったか分からぬまま生き埋めにされる気にはなれなかった。

ふと下を見れば、いつのまにか道路に市民が集まっていた。彼ら彼女らは、互いに肩を寄せ、ひと固まりとなって空を見ていた。
空中退避を行っている国防軍機がどこからか轟音を響かせる。防災無線が耳触りなサイレンを鳴らし地下への避難を呼び掛けている。
確実に来ると言う氷河期を耐え忍ぶことと、破片が直撃をして即死すること、どちらが楽だろうか。そんな考えが浮かぶ。

ひときわ大きな流れ星が、長い長い尾を曳いて私の右上方向から左下へとあっと言う間に落ちていく。
死が脳裏をよぎった瞬間、一直線だった軌跡が枝分かれを起こし、その枝は先細って空に溶けた。

数十秒遅れて、鼓膜と内臓を底から揺さぶる重低音が響く。

それから私は、流れ星が突如消え、軌跡が捻じ曲げられ、枝分かれする様を日が暮れるまで茫然と眺めた。


TVでもラジオでもネットでも、終末からの唐突な救済についての話題で占められた。
それらによれば世界各地上空に12体現れた未確認飛行物体が、隕石を迎撃しているのを天文台が観測しているというのである。
誰が呼んだかは分からないが、それらの事を人々はオーバーロード、上帝と名付けた。
三日三晩降り注ぐπ帯、ν帯を乗り越え、予測された死傷者25億に対し、実際の死者はわずか数百万。
直径200kmを超える巨大小惑星グレンデルも粉砕された。
オーバーロード達がδ帯とω帯を迎撃しつくした時には七日が過ぎていた。

どんな陳腐な演劇だとしても喜劇以外にこのようなデウス・エクス・マキナが許されるのだろうか?
多くの人々が生への喜びを感じるとともに、虚脱感を感じ、精神に変調をきたした。

混乱の極みにある世界に、オーバーロードの開発者と名乗る者が全世界のネットを制圧して声明を出した。
その中で彼もしくは彼女は、それがインフィニット・ストラトスと名付けた機械服であると発表し、各政府・勢力に“郵送”したと言った。
同時に設計図とマニュアルをその場で公開した。


そこからの混乱は、途方もないものだった。
途上国地域では国境線がISの勢力圏を示す図となり、先進国は団結してそれらとの境界線を維持した。
量子力学と素粒子制御による産業革命が各地でおこり、開発者とのコネクションがあるという女性解放同盟が欧州を中心に超国家的派閥を形成。

ISは武力平衡による外敵からの平和を、女性解放同盟の体制の女性搾取への批判と、ISの生み出す工業的価値は貧困からの自由をもたらした。
その潮流に乗れなかったのがアメリカだった。
打ち漏らされたベイオウルフにより甚大な被害を受け、ISは数機しか分配されず、南米とロシアからの圧力が増大。
ISは国境に釘付けとなり、打撃を受けた産業は超高付加工業商品を研究・生産できず国内市場も混乱。
開発者と女性解放同盟に強い憎しみすらいだくようになる。
米国は国家運営のために露骨に自国の権益保護と国益拡大を追求するようになり、周辺諸国と対立、世界からも孤立するうようになる。
名誉ある孤立と自称したがかつての超大国である米国の迷走は、世界情勢の不安定化に拍車をかける。

ベイオウルフを打ち破る上帝を制御下に置き、熾烈な生存競争に突入した人類は、物理的・経済的・文化的・技術的戦争に傾注することで、その心の傷を癒した。


そのような社会情勢の中で、ベイオウルフ落下の二年後に実施された全公務員へのIS適性検査で、私はある程度のIS適正があると知った。
適正C。ISからの干渉による精神・脳細胞の破壊の可能性極小、意思情報の相互伝達レベルは通常の運用に支障ない程度。
国や企業に目をつけられるほどの才能では無かった。それゆえ選択肢はいくらかあった。
そして私はこのまま警察官を続けるより、IS乗りとなったほうがより多くの市民の平穏を守れるのではないかと思った。

両親の理解・後押しを得て私は、国防軍IS部隊への入隊を希望すると政府に申し出た。
それはすんなりと通り、私は警察官から軍人となった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


もし箒に尻尾があったなら、それはものすごい勢いで振られているに違いない。一夏はそう思った。
骨質化し装甲と化した鱗に覆われた尾の先端には骨塊が備えられ、肉を・骨を・内臓を砕かんと運動エネルギーを蓄えている、そんなイメージだった。

箒は目を輝かせてそのはち切れんばかりの期待を一夏に飛ばしていた。
打ち込み稽古か?掛かり稽古か?素振りか?瞑想か?
どれにしてもかつてのような熱狂的指導を施してやろう、な、なんなら、お前が望むのなら、試合形式でも…いいんだぞ///
一夏はそんな箒の想いを読み取り、しばし時間を稼ぐことにした。箒との試合で消耗した心身は、しばしの休憩を欲していたのだ。

「ところで、箒はどうしてISに乗るようになったんだ?」
幸いにして話題はそれなりにあった。一夏は、取り敢えず己の最も興味のある話題を振ることとした。

「ん、そんな事に興味があるのか?……お前に何も言えずに転校した理由にも繋がるんだが、私には失踪した姉がいてな…」
「その姉がISに関わっているらしく、私と家族に要人保護プログラムが適用されたのだ」
「私もISに関われば姉に再会できるのではないかと、ISに乗るようになり、今この学園に居るわけだ」

「なるほど、そういう事情があったのか」
一夏に、ひとつの疑問が浮かぶ。IS学園とは倍率1000倍を超える超難関学校では無かっただろうか?
強制入学の自分でも、文理問わずハイレベルな講義の中でさらに発展的な質問をする同級生を見て、それを実感しているほどだ。
それを、姉に会いたいという、しかも会えるかもしれないという曖昧な目的だけでこの業界に飛びこめるものだろうか?
「IS学園に入るのは大変じゃなかったか?」

「いや、そうでもなかったぞ。まぁ、あまり筆記試験の結果は良くなかったかもしれないが、実技で取り返したな」
「こう、ビュンといって、グッとして、ババッ、ズバ、という具合だ。」

一夏の脳裏に、教本で読んだ一節が思い浮かぶ。
――ISとは搭乗者を拡大する機器と言える。搭乗者の心技体の向上はそのままIS技能に反映される。という一文だ。
肉体を使うということにおいて天才であった箒は、ISを使うことにおいても天才らしいと、一夏は悟った。

一夏が、道場で箒から面の極意として教わった「ドンといってヤッとかかってエイ」だが、
4年の鍛錬を経て、やっとその境地の片鱗を垣間見れるようになったことを思い出す。
当時は全く意味が分からなかったものの、あれはまさしく剣の道だった。

そうして一夏が口を止め、考えに耽っていると箒が再び尻尾を振り始めた。
箒は、肉体的には筋肉を弛緩させ、適度に脱力をしているが、その内心は滾り始めている。
一夏の心と体の準備が整い次第、鯉口を切り一夏を両断すべく掛かるだろう。

ちょうどその時、打鉄が一つの報告を一夏に行う。それを聴き、一夏は一つの指示を打鉄に出した。

肌の表面でビリビリと空気が弾けるような剣気をまったく無視して、一夏は別の話題を振る。

「ところで、箒は射撃はできるか?力場の浸食制圧とかはどうだ?」

その剣筋を僅かでも予測すれば、肉体がそれに引きずられ、その姿勢を整えてしまう。
そうなれば箒は剣を抜き、一夏も抜かざるをえなくなることは明白であった。

「どれも必要としないから身に付けてはいない。射撃などはまどろっこしいではないか。懐に潜り込めば一太刀で決着だ」

「箒ほどの実力となればそうなるのか。」
「俺はそこまで、自信を持つことが出来ないな」

「そうか。ならば特訓だ。さぁ抜け」

「いや、少し待ってほしいんだ。その、箒は昨日の決闘を見たよな?」

「ああ。それがどうした?」

「セシリア…いや、ブルーティアーズが相手であったとしても、同じことが言えるのか?」

「…一見しただけだが、あの装備ならば素手でほぼ十割勝てるだろう。互いに装備を整えても優勢を維持できると予測するが」
「なぜそんな事を聞く?」


その時、一夏の背後の合金製の扉が開く

「ちょっと、聞捨てなりませんわ」

紺碧のISを纏った少女が鍛錬場へと入ってくる。

「その篠ノ乃さんがどうしてここに居るかは問いませんが……一夏、少し下がっていて頂けませんこと?」

それはまさしくブルーティアーズを装着したセシリア・オルコットであった。
両手にはブルパップ方式のアサルトライフルを保持し、ブルーティアーズの肩部延長に浮遊するフィンは6枚。
すなわちBT4基にインターセプターが2基の、室内戦闘における全力装備である。


突然の乱入者に、箒は冷や水を浴びせかけられたような衝撃を受ける。

そう、冷静に考えれば、一夏が「さぁ、これから夜が明けるまで特訓しよう。箒、俺にはお前が必要なんだ。(キラキラ)」と言う前に一夏は何か通信をしていなかっただろうか?
箒は悟る。特訓を言いだしたのはこの眼前の女であり、一夏はこの女だけでは役者不足と見て私を誘ったのだと。
いいだろう。一夏の眼前においてその未熟さを暴き、一夏と骨と筋肉を軋ませ合い、血汗を混ぜあう権利があるのは私だけだと証明してやる。
その期待に、こたえてやるぞ一夏!


予想していた反応とはやや異なり、妙に熱い視線を送ってきた箒に、一夏は困惑する。
かつて定期的にしていたように箒からの異性としての好感度を下げるべく、箒から見て無粋な招待者としてセシリアを仕向けたのだが、
その効果はあまり上がらなかったようだ。しかし、もう一方の策略は成功しそうだ。
すなわち、打鉄とBTを介して箒の言葉をセシリアに伝えて炊きつけ、その喧嘩を箒に買わせて、両者の全力を観戦するというものだ。
打鉄からの、セシリア接近の知らせに(鍛錬場は公式競技場で無いために遮蔽シールドを備えない)一夏はこれを思いついた。
箒にしてもセシリアにしても、一夏には負ける姿など想像がつかない。

しかし不敗と最強を直接ぶつけ合えば、どちらかはその称号を失うのだ。まったく男子じみた出来ごころだった。

遺恨が残るかも知れないが、そんな細かいことは、戦気に歪む空間に一夏の期待は膨らみ、どうでもよくなった。
一挙手一“刀”足を見逃さぬよう、壁に背を預けて腕を組み、全神経をセンサー系に集中させる。絶対防御も力場制御も最低限。すべての演算能力をそちらにまわす。



ここでわずかばかり時間を戻そう。
ピットに立つセシリアは、学園の地下を、性格にはグラウンド階層から喫水線までを占めるハンガー区画へBTの要請を出す。
数分もしないうちに一度スクエアが沈降し、ブルーティアーズを載せて上昇してくる。

セシリアはブルーティアーズに手のひらをあてがうと、脳に流れてくる情報を読み取る。
まったくの不調なし。昨日の決闘にも関わらず、である。BTの自己修復機能と、学園の優秀な技術者に感謝する。
ブルーティアーズに依頼して一夏に通信を入れ、そちらに行く旨を伝えると、ブルーティアーズを着込み、起動させる。

セシリアは、再びスクエアを起動させ、今度はセシリアごと地下へと降下していく。
セシリアの目の前で重厚なシャッターが開けば、そこはすでに学園の地下に張り巡らされたIS移動抗である。
第六鍛錬場までのルートを検索し、ある程度迂回する経路を選択する。セシリアはIS移動抗での飛行を、リハビリを兼ねた同調調整とすることとした。

飛行中、セシリアは一夏からの通信を確認。電子防壁が反応しなかったために、通信を許可した。
そこから聞こえてくるのは、一夏と、聞きなれぬ女性の会話のようだった。声紋認識で同級生の篠ノ乃箒と判明。

篠ノ乃箒という名前にセシリアは聞き覚えがある。事前の報告書によれば、かつて織斑一夏が通っていた道場の兄弟子で、それなりの親交があった人物であるらしい。
特記事項として、日本政府の要人保護プログラムの下にある、という

決闘を機に接触したということらしいと推測を付け、その一方的な通信の意図を測りかねたまま、その会話を続けて聞く。
しかし一夏の真意はすぐさま判明した。わざわざこんな言葉を聞かせるということは、私を炊きつけ、この篠ノ乃箒にぶつけたいということは明白だ。
他人の思惑にまったく沿うというのはあまり性に合わないが、間違いを正さないままというのも性にあわない。
とりあえずはこの篠ノ乃に本当のIS戦というものを教育した後に、勝ったつもりでいる一夏に、一つ仕置きを施すとしよう。

IS移動抗を抜け、鍛錬場に併設されたピットに到達。合金製の扉を開く。
「ちょっと、聞捨てなりませんわ」
「その篠ノ乃さんがどうしてここに居るかは問いませんが……一夏、少し下がっていて頂けませんこと?」

すんなりと下がっていく一夏に、皮肉の一つも飛ばそうと思った時である。
ゾワリとした衝撃に、セシリアの意識は箒にくぎ付けとなる。
それは箒から飛ばされた純粋な闘気。その瞬間からセシリアは一夏に気をかける余裕はなくなった。
彼女は自信過剰ではないらしい、あれだけの口を利くに十二分な実力を備えると見るのが妥当なようだ。
なんにせよ、売られた決闘は買わねばならない。全てはこれを片づけてからだ。セシリアはそう結論付けた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日本国防軍 開発実験団 特殊装備実験科 兼
日本国防軍 東部方面隊 第一旅団 第1特設訓練大隊 第1中隊所属。それが新しい私の肩書きだった。

私と同じように適正検査の結果を受けて、国防軍への入隊を希望する者はそれなりの数がいた。
貴重なISを無駄に使う訳にはいかない。ただの民間人を無暗に乗せるわけにはいかない。
そこで政府は、希望者に国防軍で、人間として、軍人としての適性検査を兼ねた訓練を施しつつ、並行してISへの搭乗を行わせることにした。

私と志を同じくした顔も知らない同期達は、激烈で不条理な訓練を受けた。
ただ、決して陰湿では無かった。世界を破壊しうる力を秘めたISを扱うのに見合った肉体と精神を鍛えるべくした訓練だった。

私たちは上官に一言言えば除隊出来、研究開発団での実験協力のみにすることができた。
中隊の同期達は一週間で半数が抜けていき、それからもぽろぽろと欠けていった。

私もその除隊の誘惑に何度も駆られたことがある。特にひどいのは、開発実験団に出向し、駐屯地に帰る途上だ。
ISに搭乗し、単純な動作を行う。私達が開発実験団ですることといえばその程度で、日程も非常にゆとりをもって行われる。
トラックの中で目の前の上官に一言言えばもう泥の中をはいずりまわったり、数十キロの装備を担いで昼夜問わずの行軍も行わなくてよいのだ。

その度に私は、この程度で挫折してしまう者に市民が守れるというのだろうかと自戒し、その誘惑を振り切った。
半年もすると、私は国防軍での生活にすっかりと慣れてしまった。私の適応能力は想像以上に高かったらしい。この頃には同期の脱落も、もはや無かった。

入隊一年を過ぎると、私は女だけの特設訓練大隊から、男に交じる形となる普通科第一大隊へと異動となった。
訓練はより苛烈になり、開発実験団での実験も高度なものへとなっていった。このころにはもう第一旅団は私の第二の故郷となっていた。

私が訓練に明け暮れている日々も、社会情勢はめまぐるしく変化し、いつ日本に紛争の波が押し寄せてもなんら不思議ではなかった。
例えISに乗れなくとも、小銃を手に国民を、愛する祖国を守る。当時の私は使命に燃えていた。

肉体にも恵まれ、精神面を含めた生身での評価が高かった私は、ISで武装を用いた“訓練”すら行うようになった。
開発実験団では、『他の搭乗者と比較し特記すべき特徴は無いものの、比搭乗時間における戦闘力が高く、戦力化が有望視される』と評された。
少しでも早く、国防の要であるIS部隊へ配属されるよう、私は訓練に明け暮れた。

旅団は第二の故郷。大隊は家族、そして同期達は強敵[とも]だった。それが―――――――――――――――――――――――――――


右手が柔らかく暖かいものに包まれる。私は、無意識のうちに握りしめていたらしい拳をほどき、それを握り返す。
「すまない、驚かせてしまったか?」
そういって右の座席に座る彼女の方を見る。頭をシートに預け、規則的に吐息を立てる彼女。
褐色の肌と相互に引き立て合う、真白い髪をそっと撫でる。
彼女の右腕には、その細い腕に似合わない重厚な手錠が嵌められ、床に置かれたチタン製のアタッシュケースと無骨な炭素繊維管で接続されている。

彼女、クリシュナも、私と同じようにISに人生を振り回された者の一人だ。
いや、この地球でISに振り回されなかったものなどいない。無論ISを批判するつもりはない。オーバーロードの功績は誰も否定できない。
オーバーロードだけならばだ。

なぜ開発者は、全人類をかき回すような真似をしたのだろうか?
なぜ?どうして。

話を聞く必要がある。
権利があるなどとおこがましいことは言わない。
ただ私には義務がある故に、いかなる手段でもとる覚悟がある。

クリシュナを通して見た、ウサギのようなシルエットをしていた、あの女にたどり着くまでにどれほど必要だろうか?
辿りつくまでに私は生きているだろうか

「愛さん、今恐いことを考えていたでしょう」

「クリシュナ、そうやって心を読むな」

「いえ、ただ呼吸、心拍数、体温、眼球の動きから推測しただけですよ」
いつの間にか起きたクリシュナがそうやや茶化すように言う。

「それを心を読むと言うんだ」

「あら、そうだったの?それは知りませんでした」

彼女の名前はクリシュナ。苗字は無い。出身地はインドのどこかということしか分かっていない。
誘拐され、両目を潰され、物乞いとして道端に立たされていたところを、裕福で無知で心優しい米国人旅行者に同情された。
彼女の所有者は、笑顔でアメリカドルと彼女を交換した。

米国で幸せに暮らしていたところに、ベイオウルフが降りかかり、ISによる混乱が襲った。
彼女にとって不幸であったことには、彼女のIS適正が、Sオーバーだったというところにある。

彼女は瞬間的に戦略兵器の制御装置として見なされ、米国のみならず全世界からの監視をうけることとなった。

さらに彼女がスムーズに養子として登録されるために使用された国籍が、
東南アジア数か国を経由してロンダリングされたものだったということが、事態を悪化させた。

インドを含むそれぞれが所有権を主張し、IS数に劣る米国はそれを無視できなかった。

物理衝突寸前までいった交渉の末に、彼女は超国家間で管理・監視されることとなった。
米国政府の精神が目に見えて変調をきたし始めたのも、この時期である。

はじめはIS管理局所有であったが、現在は、研究機関としての意味合いの強いIS学園に所属している。

彼女は、ISのフィードバックを能動的に使用して、他者の脳波・精神を読み取る「ダイバー」というスキルを持つ。
そして、世界でただ一人、24時間のIS占有を許可、あるいは義務化されている人間でもある。
彼女に手に繋がれた『28号』が、彼女の視覚となり、ボディーガードと首輪を兼ねている。
数字で呼称されるISを地球上で持っているのも彼女だけだ。


やわらかいものが混じっていたクリシュナの表情が、スッっと鋭くなる
「けれど、私が愛さんのことを心配している気持ちは本気ですよ」


「すまないが、私も本気なんだ、何か手土産でも持っていかなければ、向こうで待ってる奴らに顔向けができん」


「……わかりました。そこまで思っているあなたを止めることができないのはよく知っています」
「もし必要なら、私をいつでも使ってくださいね」
「そんな罪悪感を感じなくてもいいですよ。気づいたらあなたがいなくなって目覚めが悪いじゃないですか。私が勝手にしたいと言っているんです」


その優しさに委ねるのは心地よいだろうがそれは性に合わない
「いや、駄目だ。これは私自身の身勝手な決意だ」
「クリシュナにはそれに付き合って貰う。これもまた私の我儘だ」
「私は明確な意思を持ってお前を都合よく使わせてもらう。なにかあったら私を恨め、私に責任を擦り付けろ。何も気に病むな」


「つまり、そうならないように私は精一杯努力するだけですね」
私はそれに一言言いたかったがそれを遮って
「間もなく日本の防空識別圏内です。あと一時間ほどで、二か月ぶりの我が家ですよ」
「難しいことはまたあとでゆっくりと考えましょう」
クリシュナはそうやって私に笑いかけた。

「すまんな」
私はそうつぶやくしかできなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「そんな装備で大丈夫ですの?」

セシリアが対峙する箒にそう聞く。

全BT装備を纏ったセシリアに対して箒の打鉄は腰にIS刀富士を佩くのみである。浮遊装甲すら装備していない。


「問題ない。どうした?かかってこないならこちらからゆくぞ」
箒は柄に手をかけ剣気を漲らせてセシリアへと放つ。

しかし、セシリアはそれを正面からとりあわず、どこ吹く風というふうを装いながら、こう言い放つ。
「そちらがよろしくても、こちらが困りますの」
「終わった後から、あれは装備が一番いいものでは無かったとか言い訳されるのは面倒ですし、見苦しいと言いたいの」

肩をすくめて
「さ、待っていて差し上げますので、槍でも鉄砲でも持ってきていただけます?」

もっとも弱いところをたたくのは簡単だ。二度と立たせないようにする場合ならばその戦略は正しい。
しかし仮にもIS学園の生徒だ。殺すわけにはいかない。

ではどうするか?次善は相手の実力を十割発揮させた上で勝つことだ。
弱みを叩いても仕留め損ねれば遺恨を残すことになるが、強みを叩き潰せられれば心を屈服させられる。

将来敵になるにしても味方になるにしても、箒のようなタイプならば強みを叩くほうが後に御しやすいものだとセシリアは知っていた。

もう一つ、箒の実力を確かめたいというセシリアの思惑もあったが。


「おもしろい」
そう言うと箒は柄から手を離し、打鉄に装備を要請する。
打鉄は学園のネットワークに接続し、箒の要請からほぼ時間差なく、鍛錬場の側面が、あらかじめ書かれていた線に沿って開き、その装備を箒へと提供する。

そこへと飛んだ箒が手にしたのは、4メートルばかりの超強靭炭素繊維の柄に、1メートル余りの両刃の直刀を備えたIS槍「トウカ」である。
刃と逆の柄の端には、タングステンの石突が備えられている。
また、富士を本差とすれば、脇差にあたるIS刀『鷹』を佩き、大小をそろえる。その間に、両肩には打鉄系列用の鎧袖を模したような浮遊装甲が装備される。

箒が再びセシリアと対峙するとき、セシリアはいつの間にか量子展開したプルバップ方式のライフルを構え、BTはマザーから分離され、インターセプターもその切っ先を箒へと指向していた。

「大きな口を叩いたんだ。覚悟はできているだろうな?」

両手に握る槍の穂先からあふれる気は、セシリアの喉を突き裂かんばかりに張りつめる。
偏向された重力場は打鉄の降着装置を地面へと押し付け、蹴り出しによる加速を増大させようとしている。


「まだ勝てると思っていらっしゃるの、本当に甘いですわね」
「とりあえず、床の味見をさせてあげますので、甘かったどうか教えてくださいます?」

箒はそれを鼻で笑うだけだ。切っ先にも構えにも、眼球にも一切の動揺はない。もはや言葉は不要と体現していた。
挑発で浮足立てばいくらかやりやすくなると思っていたセシリアは、それが通用しなかったことに面倒と思うと同時に素直に関心した。


先ほどまで箒が立っていた地点に、4発の砲弾が投射されるのと、箒が飛び出すのは全く同時だった。

背後で地面が爆ぜたことに気も取られず、一筋の影となって箒が迫る。
あと一突きでセシリアに達するというところで、突如ドンという音を残して槍が箒の腕ごと消失する。

両側から迫る二基のインターセプターを穂と石突でまったく同時に迎撃したためである。その音は末端の速度が空気のマッハ数を突破したために生じた音であった。

その一動作の瞬間に、セシリアはライフルでプログラム射撃を行いながら後退。
箒はワンスッテプを以て射線からわずかにずれるも、三発の着弾を受ける。

制御系をBT系統としているセシリアは、ライフルでの正確な射撃、そして正確な回避ができない。
できることといえば、距離をどのようにとるかをブルーティアーズに指示するだけであり、トウカの殺傷半径へと侵入してしまえば敗北は確実だった。

箒の移動予測地点へ二発同時射撃。降着装置が地面を蹴り、緩急をつけられそれを躱される。
それを見越しての第二射二発。それぞれ浮遊装甲に着弾。箒はそれを無視。インターセプターでの時間差の斬撃。再びトウカでの迎撃。
それを見越しての第三射二発。一発を超人的身のこなしで回避され、もう一発が右足へと着弾。箒は怯まない。
畳掛けるべく第四射を放とうとしたとき、箒が跳ぶ。目標は、リロードを終え、射撃しようとするそのBT。

単純な構造で、宙に浮かぶ故に損傷を受けづらいインターセプターと異なり、精密機械の結晶であるBTは、音速を超える槍を受ければ容易に損傷する。
一基五千万ポンドを優に超えるBTを連日で損傷させるわけにはいかない。
セシリアはその二基のBTを後退させ、そこから射撃させようとした時である
箒は『鷹』の鯉口を切るやその勢いのままに第三射で右足を撃ったBTへと投げつけた。

セシリアはたまらずそれを回避させる。箒の周囲の力場が反転し、セシリアへと流星のごとく降り注がんとする。

後退させたBTは射線の焦点から箒を見失い牽制できない。
回避させたBTが苦し紛れの射撃を行うも、まったく見当違いの方向へと砲弾は飛ぶ。

残るBTが射撃。箒は浮遊装甲にそれを受けさせる。
二基のインターセプターが迫る。
一基は浮遊装甲に突き刺さり、その行き足を止め、もう一基はトウカの穂で打ち落とされる。トウカの石突がごうと音を立ててセシリアへと迫る。

セシリアは制御をBT系統からブルーティアーズ系統へ移す。
ライフルの側面を盾として受ける。重力解除、慣性質量低減率拡大。
セシリアは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる寸前に、地面を右腕て叩きそれを防ぐ。

砕けたライフルと痛む胸部に、少しでも耐えようとしたら危険であったことを知る。

体勢を立て直そうとするころには、追いすがる箒はすでにセシリアを射程に捉えていた。
穂による鋭い突き。床を滑りながら後退するセシリアは片膝をつくように体勢を大きく崩して回避、眼前の柄を握らんと手を伸ばすも、それは上へと逃げる
石突が箒の手元から延び、地面を這うようにセシリアへとせまる。

瞬間的に量子展開したロングソードがそれを打ち防ぐ。その反作用をさらに後退に利用。箒との距離を取る。
箒は素早く切り返して、二撃目、三撃目と矢継ぎ早に攻めを加える。
箒の神妙な腕捌きは、握りを変幻自在とし、槍自体が伸びたのではないかと思うほどであり、斬撃、突撃、打撃があらゆる方向から相手を襲う。

セシリアが致命的なダメージを受けていないのは、全力で後退しながら防ぐことに専念したためであったが、それにも終わりが見える。

気づけば、セシリアは、鍛錬場の隅へと追いやられていた。

もはや後退はゆるされず、その手に持つロングソードは大きくひしゃげている。

と、そのロングソードが空間に溶けてゆく。

「どうした?降参か?」
たまらず箒はそう声をかけた。

長く美しい、艶やかなブロンドをかき上げながらセシリアは事も無げに
「ここまでとは思っていませんでしたわ。そこは認めましょう」
と言う。その間にプログラムで機動するBTたちが、牙を収めるように所定のポジションへと戻る。

「そして、今のあなたに勝つにはこれで十分ですわ。さあ、どうぞかかっていらして」

瞬間、箒はセシリアへと突進する。

切っ先は僅かの迷いもブレもなくその心臓へと向かう

その瞬間ブルーティアーズが体半分だけ上体をずらし、トウカはセシリアの右脇をすり抜ける。
セシリアは柄を脇に捩じりながら挟み、さらに左手でそれを握りしめる。

避けられたことに驚愕する前に、箒は槍を引き戻してその脇下の動脈を断ち切らんと力を込める。
そしてそれまで手足の延長であったトウカが、まったく無機質な物体へと変貌していたことを知る。それは地面に埋め込まれた大岩のようにびくともしない。

心の動揺と裏腹に、脊髄と魂に刻み込まれた本能は、それを置き去りした。

無用となった柄を放棄し、一歩踏み込んで富士を抜刀。セシリアを両断すべく刃を一閃させる。

何の迷いもなく振りぬかれた刀に、手ごたえがない。

空振りである。セシリアは殺傷半径の外にいた。

神妙を極める箒の刃が、その獲物を両断できなかったことはない。
いよいよ心と体は分離し、それは硬直を生んだ。

伸びきった右体側にセシリアの拳がめり込む。

箒はわずかばかり浮くだけで派手に吹き飛ばない。すなわちその衝撃は箒の体内ですべて受け止められた。
衝撃を受け流すべく作用しようとしていた打鉄の力場が上位から制圧されていたことに気付いたのは、鳩尾にさらなるパンチを受けたときである。
槍はいつの間にか地面に接地し、独特の音を立てた。


その光景を最も信じられなかったのは、試合をつぶさに観察していた一夏だった。

なぜだ?いったいどうして?
「と言いたそうですわね」

片膝をつく箒を見下ろしてセシリアが、一夏と箒の内心と同調したように言う。
「ISというのは目に見える戦いだけではない、ということですわ」

箒は悠々と此方の方へと歩くセシリアにセンサーを指向させ、その種を見破ろうとする

「力むのはあまり宜しくありませんわ」
インターセプターが一基足りないことと、背後数センチで浮かぶそれに気が付いたのは同時だった。
「センサーの指向と選択演算はうまく使えば、音速を超える槍をも迎撃しますが、同時に目隠しにもなりますわ」

「ISは、物理戦闘のほかに、電子情報戦闘、量子戦闘、力場制圧も重要であること、身をもって知っていただけたかしら?」

箒は富士を鞘に納め、「御見事、参りました」と言うほかなかった。


セシリアは
「ただ、箒、あなたの近接戦闘能力は私を凌駕していますわ」

「そこで、提案がありますの。双方に、いや三方にとって良いお話が」

その素敵な笑顔を向けられた一夏は、背筋に氷柱を突っ込まれたような感触がした。



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私が28号を持って立つ後ろで、ジュネーブから私たちを運んできた翼は、一辺100mのエレベーターに乗って地下へと潜っていく。
鼻をくすぐる潮と金属の香りで、帰ってきたのだと実感する。

日本国国防軍、やまと型超大型洋上要塞の第三要塞『しなの』の浮体を利用して建造された、能登半島先端に浮かぶ超国家組織、IS学園。今の私の家であり職場だ。
IS学園をわずか数年で建造できたのは、この『しなの』の浮体があればこそだ。こういった巨大多機能建造物はそうそう作れるものではない。
ここから我々の目的地である職員棟まで歩いて30分といえば、その巨大さが伝わるだろうか?

そのために学園にはモノレールと無人タクシー(正式な名称はほかにあるが、誰もがそう呼ぶ)が走っている。

しかしどうやらそれを呼ぶ必要は無いようだ。

「高鳥 愛殿、クリシュナ殿!二月ぶりの娑婆の空気はいかがですか?」
見事な敬礼と緩み切った笑顔の後ろには、4輪の乗用車にしてはスパルタンすぎる車が、化石燃料機関独特の音を発しながら目を光らせている。

返礼を行いながら
「さっきまでは美味しかったのでありますが、どこかの馬鹿が呼吸を繰り返すので臭くてたまりません。
どうかそれを止めていただけますでしょうか、島風 彩殿」

私と島風とのやりとりを無視して、クリシュナは綺麗に包装された小さな箱を島風へと渡す
「彩さん、お久しぶりです。これ、ジュネーブのお土産のチョコレートですよかったらどうぞ」

島風はその顔をますます緩めてクリシュナへと近づき、頭を撫でながら
「クリシュナちゃんは本当にいい子だなぁ、それに比べてお土産の一つもなしに同僚を罵倒するやつがいるか?」

「いや、同僚を罵倒したつもりはないが……そのどこかの馬鹿にこころあたりでもあるのか?」

「クリシュナちゃん、あんな嫌味な女になったらだめだぞ~」
クリシュナは苦笑して
「愛さんからは彩のようなチャランポランな女になるな、と言われてますのでどちらにもならないよう頑張ります」

こちらを向いた高島はすっかり鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている
私もきっと同じような顔をしていただろう

それがおかしくて、私は笑ってしまった。それにつられたのか彼女も笑い出す。

それがひとしきり収まってから
「おかえり愛」
「ただいま彩、またよろしく頼む」
どちらともなく手を出して握手した。普段は恥ずかしくてできないが、こういうときぐらいはいいだろう。


「さ、感動の再会はこれぐらいにして、藤原先生たちがお待ちかねだ」

私たちは彩の高機動車へと乗り込む。

「クリシュナが一緒なんだ粗い運転は勘弁してくれよ」

「あれ?私はいつでも全然安全運転ですよ?」

念のため、備え付けられたヘルメットをクリシュナにかぶせてやる。
二人ともが着席したことを確認すると、島風は車を発進させる。

彼女は島風 彩 彼女を本当に一言で言ってしまえばスピード狂だ。
小さいころからカートを乗り回し、それが高じてレースに出場するようになる。
腕前は天才的で10年前、高校卒業と同時にプロドライバーになる。
しかしベイオウルフ以後レースのファンは、ISでのレース「キャノンボールファイト」にごっそりともっていかれ、
女性ドライバーということで業界の客寄せパンダにされていた島風は、さまざまな鬱憤がたまりレースを辞めた。

その後、政府主導の、各分野で才能を持つ女性への適正検査の一環として、島風は適正検査を受け、適正があることが判明し、IS業界へと踏み込む。
ただ、その反従属的な精神から、国防軍は採用を拒否。そして一企業のテストパイロットに着任。
本人から聞いた話では、その企業の開発部に「こちらのほうがより自由により速く飛べる」とそそのかされていろいろやらかしたらしい。

そして、IS学園のほうが飛ぶ分に条件が良いと知るや、コネと知力と体力と執念でもってここへと来た。

その企業のスパイであることはほぼ周知の事実で、許可されたデータを毎月せっせと企業に送っている。
国際的な報告書類に乗らない独占情報を一足早く日本企業に渡す行為だが、彼女が知らずに勝手に一人でやっているわけで、日本政府は関知しないということだ。

搭乗ISは「鋼」系列発展機『銀(しろがね)』無論超高速戦闘機体だ。


「私のいない間、どうだった?」

「詳しくは知りませんが、今日2組で一悶着あったそうで。あ、そうそう、これ二組の名簿と報告書類です」

二部の、部外秘と赤字の押印のある茶封筒からそれぞれ名簿を受け取る。あとで目を通すことにしよう。

「そっちは?IS管理局の皆様方は?」

「同じことを何度も何度も聞かれたよ。ネットも繋がらない部屋で、バカみたいに報告書を書かされた」
「利権と自尊心が渦巻いていて、ああだこうだとほとんど前に進まない。」
「結局は玉虫色のどうとでもとれる結論に至って、我々は解放されたわけだ」

「で、結局“彼”は私たちが子守をするということに?」

「そうだ。追って通知があるだろうが、我々はこれまでどおり世界のガラパゴスとなって全方位外交を行い、誰にでも旨みのある要石を演じる。そこにひとつ要素が加わったということだ」
「そう、彼の様子はどうだ?女だらけの学園にはなじんでいるか?」

「彼は、一組、つまり姉の織斑先生のクラスになりました。あと、生徒たちの間には入試もなく入学してきた彼に懐疑的な意識をもってましたが」
「先日あのブルーティアーズとそこそこの決闘を演じましてね、それは減りました。まぁ、まだはっきりと認められたわけではないですが、徐々になじむでしょ」
「事務員たちは、彼がいると本当のただの一般人か隠れスパイか、見分けやすくなってよろこんでますね」

彼……入学試験に乱入した世界初の男性IS搭乗者、織斑一夏。
剣士としては素質十分。IS乗りとしては発展の余地あり。
その姉、同僚にして、世界最高峰のIS乗り、織斑千冬。あの女へ辿りつくために、いずれ問い詰める必要がある二人。
まずは証拠をそろえることだ。
クリシュナにちらりと眼をやり、すぐに戻した。

そうこう話をしているうちに車は職員棟へとついた。クリシュナに気遣ってか、本当に安全運転をしてくれたようだ。

「では、ごきげんよう!」
送り届けてくれた島風は、そこにスキール音とタイヤ痕と焦げ臭さを残して、走り去っていた。


職員棟の一階で出迎えてくれたのは、遠目でも見間違いようのない、巨か…いや、大柄な女性の
「高鳥先生、クリシュナさん、おかえりなさい。帰ってくる日を待ちわびていましたよ」

「お久ぶりです、藤原先生。高鳥愛、ただいま戻りました!」
「藤原先生、ただいま。これ、ジュネーブ土産です」
クリシュナが虚空から箱を取り出して藤原先生に渡す。それは28号に収納されていたのか。

藤原ほのか、学園に来るまでの詳しいことは私は知らない。
学園の生活指導員で、私が言えることは、心優しく自他に厳しく、全幅の信頼がおける人物であるということだ。

私の二倍以上ある手は、私と握手をかわし、クリシュナの頭を撫でた。

「本当にご苦労さまでした……面倒をすべてあなた方に押し付けてしまう格好になりましたね」

「いえ、いいんです。部外者に無用に引っ掻き回されずにすんだのでしょう?計画通りです。」

「台本からほぼ逸脱無し、本学への被害もなし。これもすべてあなたたちのおかげですよ」
「とりあえず今日はゆっくり休んでください。職員へは、明日の朝礼であなたたちの帰還を正式に報告します」
「後日、学園長からの喚問があると思いますので、学園長とはその時に」

「はい、どうもありがとうございます」


今度はクリシュナのほうへ向き
「お土産ありがとう。ゆっくりとたべることにするわ。」
その母性あふれる笑顔は、愛機「鉛(なまり)」を駆けりあらゆるものを粉砕する姿からは連想しづらい。


「明日から、しっかり頼みますね、高鳥先生、クリシュナさん。では、おやすみなさい」

そう言って藤原先生はD棟への連絡通路へと消えていった。

私の部屋はA棟にある。クリシュナは地下であるため、ここでお別れだ。

私が28号から手を放すと、それはぷかぷかと浮かび、やがて意思をもったようにクリシュナへと近づいてゆく。
チューブをリードに見立てれば、まるで空飛ぶ飼い犬だ。

「では、愛さん、おやすみなさい」

そう言った彼女が乗り込んだエレベータの閉まるまでを見送って、私も自室へと戻るべくA棟へと行く。。

名簿を確認して、報告書にも目を通し、その二組の騒動とやらの仔細も確かめなければならない。
IS学園一年二組担任の高鳥先生として、やるべきことは多いのだ。
私はこの学園が好きだ。生徒たちも好きだ。頼もしい同僚も、皆気のいい奴ばかりだ。

ただ、私のその全てを引き換えにしても、為さなくてはならないことができただけだ。

私は通路を抜け、エレベータで自室のある階を押す。すべてはこれからだ。


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[28794] La Femme Chinoise ラファールVS甲龍
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:e7d0f7e6
Date: 2011/12/26 09:56
それは、オリーブグリーンの重厚な鎧だった。
まさしく兵器、まさしく工業製品と称賛すべき、機能を追求した結果の直線の織りなす造形は、最早独特の美を獲得していた。
それを纏うのは、美女と呼んでも差し支えない褐色の肌をした少女である。しかしその目鼻立ちの整った顔には表情というものがおよそ欠落し、ただ正面を凝視するのみである。
鎧の名は、ラファール・リヴァイブ。そしてそれを駆る少女の名はナタリア・フォセンカ

彼女の視線の先にあるもの、それは、日本製ISとはまた異なった、オリエンタルな曲線をフォルムに持っていた。
最も目を引くのは巨大な一対の浮遊部位である。正面から見れば赤紫の角を具えた双頭のカラスを従えているようである。
黒い嘴に金のアクセントを引いて、その無機質な目は正面を見据えていた。

曲線の映える籠手に対し、降着装置はスラリと地面へと伸び、二股に分かれ後部へと伸びる踵もまた特徴的である。
その背後にちらりと見える幅厚の刃は、IS化された青龍刀とでも呼ぶべき代物であった。

それに身を包むのは、まだあどけなさが残るといっても過言ではない少女である。
しかし、その可愛らしい顔に年相応の無邪気な笑顔を浮かべる様は、その強大な具足に対しあまりにも不釣り合いであった。

双方が静止したところで突如、目を輝かせてその少女は喋り始める。
「皆さん!私は中華人民共和国代表候補、鳳 鈴音(ファン リンイン)です!」
「IS学園の同志に、我が共産党の英知の結晶である、この世界新鋭IS『甲龍』(こうりゅう)を披露できる光栄に預かり、感激で身が震えるばかりです」

それは相対する少女を完全に無視した行為だった。その視線、その意識は、遮蔽シールドの向こうへと向けられている。

もはやナタリアが我慢を出来る道理はない。
ISライフルの銃口を指向した瞬間、ギロリと眼球を動かした鈴と眼が合う。引き金を構わず引く。ナタリアの腕の内でライフルが震えて咆哮し、超硬製の弾体が鈴へと殺到する。
それは数瞬前まで鈴のいた空間を突き差し、シールドに激突して爆ぜた。

<<やれやれ、せっかちねぇ>>

中空へと跳び、ナタリアを中心に円を描く軌道で飛翔する鈴が、ナタリアに圧縮言語でメッセージを伝える。
決闘の最中に言葉を発するなど、どうしようもない愚行か、挑発でしかない。時間・思考・IS演算容量、貴重なリソースを割いてそのような行為を行うなどは。

これは私闘であった。突発的な個別の“ケンカ”に介入するほど学園は暇では無い。
また、学園に介入させ、学園に正式に見届け人を依頼するには、多少の時間と手間を必要とした。
ゆえに、ナタリア・フォセンカとそのグループは、第三アリーナを生徒に事情を説明して占拠し、その私闘場とした。

見届け人は、学食での騒ぎを目撃した、それを聞きつけて来た、中国代表候補を観察すべく来た、各学年の生徒と教師達である。


ナタリアのライフルは、縦横無尽に翔けまわる鈴を追ってその銃口を細かく上下左右し、火を吹き続ける。しかしそれは、鈴の飛行経路を狭める牽制の役割すら果たさない。
ナタリアの視界には、鈴の軌跡が合成される。それは、鈴の速度の大きさを示す七色に色づけされて複雑な曲線を描いて鈴まで繋がっている。
曲率半径、速度、どれも規則性を一切感じさせない。

熱くなりそうな頭を冷やして、ナタリアも鈴を追うように宙へと舞う。空になった弾装を重力のままに薬莢の散らばる地面に落下させ、量子展開した弾装を装填。
高度を一気にとりながら、ラファールの背部バインダーから4発の、通常の対IS用高速ミサイルより二周りは太いミサイルが、偏向ノズルからオレンジの鋭い火炎を吹いて発射される。
マッハ2という、対ISミサイルにしてはかなりの低速で、一発はまさしく鈴の現在位置に、二発はそれぞれ別の未来予測位置に、もう一発は迂廻し、時間差で鈴へと向かう。、。

その光景を見て、鈴は不敵に笑う。
いや、その笑みにはあきらかに侮蔑の表情さえ混じっていた。

突如として鈴は単調な軌道を取り始める。それにいち早く気づいたのはラファールの演算装置である。
急激に絞り込まれる未来位置に、二発のミサイルはほぼ同じ位置を目指す。

鈴と交錯するわずかゼロコンマ数秒前、その二発のミサイルは突如花開くように、それまでの軌道を中心とする円周上に等間隔に6つの円柱に分裂する。
分裂位置を基準に、円錐状に広がりながら、さらに円柱はそれぞれ三つの短い円柱へと分裂。
全ての部位はカーボンナノチューブを縒り合わせたワイヤーで接続され、真正面からみれば、氷の結晶が成長するような、あるいは蜘蛛の巣が広がるような光景である。

無論、鈴の置かれる立場とすれば後者の表現のほうが正しい。それらは空間的な捕縛ネットであり、爆導索であった。
それに対して、鈴は急遽軌道を鋭く変え、蜘蛛の巣へと加速する。そして青龍刀を以ってワイヤーを一つ切断し、それをすり抜ける。
さも簡単な当たり前のことのようにそれをなしたが、、その行為はまさしく綱渡り的そのものである。
もし刀を振るうタイミングを一瞬でも間違えれば、刃の立て方を、最適の刹那に合わせることが出来なければ、青龍刀はワイヤーを切断することができず、
分銅と化した分裂体が鈴をしたたか打ちのめしたのち、爆破、一瞬動きの止まる鈴に砲弾が殺到し、敗北するであろう。
それは、とてつもない精神力・技術・度胸が無ければ、成すことが出来ない技だった。

ワイヤの断裂を感知した分列体はその場で爆裂するも、もはや鈴は有効圏内に無い。
もう一方の蜘蛛の巣は、慣性で飛ぶ破片と、鈴を真後ろから追撃していたミサイルを見事に捕縛し、爆裂した。

それをカメラとセンサーで無感情に眺めていたのは、迂廻したミサイルである。
そしてそれらは、背後に衝撃波を受けて急降下する鈴を捉えた。未来位置予測。地面への接地後、地面を一蹴しての軌道変更。

いや、対象は地面へと接地して、その場に留まった。これは好機である。
母機からの信号が無いことを確認すると、そこへと一直線に突撃する。6つの円柱へと分裂。そこにワイヤはない。
三つが先行。それぞれオレンジ色の火花と共に140個の小弾を鋭い円錐型に放射、遅延する三つが鈴のいる空間で爆発。派手な煙も炎も上げない。ただ空気が歪んで見えるほどの衝撃波を発生させる。
三つの衝撃波の焦点にあって、鈴が無事なはずがない。そこに鈴が居れば、だが。


その光景を歯がゆく見ていたのは、ラファールを纏うナタリアである。
甲龍はミサイルに対し欺瞞情報を流し、ミサイルとラファールとの通信をもののみごとに遮断したのだ。

鈴は、背後での爆発を後目に悠々と飛ぶ、いや、緩やかに見える曲線を描きながら高速でナタリアへと向かっている。
ライフルを撃ち続けるも、まるで宙に浮く羽毛をつかむような軌道によってその悉くを避けられる。
ラファールは、鈴の予測経路を絞りこめない。空間に確率を色づけしてナタリアに見せ、判断を委ねる。ライフルの銃口が、一瞬迷う。

その遊びを鈴は見逃さない。一気に加速しナタリアへと飛翔する。
ラファールとナタリアは、手に持つライフルのストッピングパワーでは鈴を止めるに不十分であり、このままでは両断される運命にあると知る。

後退。小型のローターで浮かぶ50cmほどの浮遊機雷を14個ほど量子展開・敷設しながら、弾装を交換しながらの、前面を鈴に向けての急速後退である。
機雷原と鈴が交錯する寸前、突如機雷のうちの二つが爆発する。それは、その機雷原に開けられたその孔は、鈴とナタリアまでを繋ぐ最短経路を形成した。

ナタリアの精神的衝撃、ナタリアの思考を受け、その爆発の原因を探ろうと、そしてその事態に対処すべくとラファールの急速演算。それは、一瞬の硬直を生じさせる。
気がついた時にはライフルを跳ね上げられた青龍刀が両断していた。

それを投げ捨て、回避…いや、それは本能的な逃避に近かった。
単調な軌道は、すぐさま鈴に捉えられる。高速でのすれ違いざまの手刀がナタリアに刺さる。
体制を崩したナタリアに、回り込んでからもう一発、たたき落とすように放たれたそれを受け、半ばラファールは自由落下に陥る。
さらに、ラファールのゆがめる空間の物理場の揺り戻し、フィジカルストップストリームを捕まえ、背後へと吸いつくように接近。

ラファールの巨大なバインダーをそれぞれ両手につかみ、足を背中にあてがい

<<壊れちゃえ>>

確かにナタリアは聞いた。
地面との間に押しつぶされて、絶対防御が無ければミンチになるほど地面に研磨され、背後のバインダーコネクターがメリメリと音を立てる中。

それは、幼い顔立ちに良く似合う、本当に無邪気な笑顔だった。
無垢な子どもが、トンボの羽を千切っては川に棄てる時、きっとそんな顔をしているだろう。

コアからのエネルギー供給と、安定化物理場を失って、湾曲空間翼と量子収納空間を御せなくなってバインダーが内側からひしゃげる。そしてそれは無造作に投げ棄てられた。
もう一方の羽にさらなる力が加えられ、シャフトと固定リングとが悲鳴を上げる。鈴の眼の前に突如浮遊機雷が展開される。
その爆発に巻き込まれたのは、ナタリアだけだった。無様にごろごろと地面を転がり這いつくばって、そして必死に起とうとするのを、
10mほど離れた位置から埃一つ着けずに観賞するのは、鈴だった。

「さぁ問題です。アタシが何度とどめを刺せたでしょう?」

ラファールは、音声センサでそれを聞いた。圧縮通信ではない。電波ですらない。
鈴の声帯が空気を震わせる原始的で悠長な情報発信手段である。

その屈辱に耐えながら、ナタリアは長剣を量子展開、それを杖のように体を支えて、なんとか起き上がる。

「ライフルのかわりに、両断できた」
人差し指が起つ
「手刀のかわりに叩き切ってもよかった」
中指と薬指が
「地面に叩き付けた時」
小指が
「翼をもいだ時」
親指が

「五回?さぁ、正解は?」

そう言って楽しそうに笑う鈴が与えたその時間の内に、なんとか起ちあがり、ナタリアは長剣を両手で、正中に構える。
その顔には、怒り、怯え、それに立ち向かう勇気が滲み出ている。IS乗りたる誇りが彼女を支える。

「……なによその顔。つまんない」
中指から小指までを一遍に曲げ、人差し指をナタリアに指向する。

「残念、時間切れ。」
手が架空の銃となって、ぴんと砲身が上へと跳ねてリコイルが再現される。

ナタリアの右二の腕と、左太ももがあらぬ方向へと折れ曲がり、一瞬遅れてそこを中心に空気の揺らぎが球状に広がる。

「正解は“いつでも”でした!」
崩れ落ちるラファールに、輝かんばかりの笑みで、そう言い放つ。

四肢の末端をびくびくと痙攣させながら、うつ伏せに蹲るナタリアに、見届け人を兼ねた彼女の盟友が駆け寄る。
エレベーターから赤い十字を纏った純白の回収機がせりあがり、ナタリアを掬いあげるように収納して、エレベータへと帰っていく。
友人たちはそれを見届けて、そして鈴に怯えながら批難の眼を向けることしかできない。

その光景を鈴は満足げに眺めて、遮蔽シールドの向こうのピットへと帰っていく。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……これが貴方がクラスマッチで戦う相手ですわ」
「名前は鳳 鈴音。中国共産党、人民解放軍・戦略IS軍所属、さらに中国国家代表候補生」

学園のデータアーカイブに接続した三人は、ISを通じて、これまでにない臨場感でそれを追体験した。

「そして、これが先ほど中国共産党の電子プレスですわ」

虚空に浮く新聞紙が、ブルーティアーズの手の上に現れる
曰く、新鋭IS『甲龍』、華々しくそのデビューを飾る。それを駆けるのは、わずかIS搭乗歴一年の超天才少女鳳 鈴音同志。
以下開発部同志と共産党への賛美であり読む価値はない。

「英国といたしましては、彼女の情報は、共産党が公式に発表した以上のものはなにも存じ上げません。おそらく。IS歴一年というもの事実でしょう」

そう言いうセシリアを、一夏はどこか上の空で聞いていた。

「どうなされました?顔色が優れないようですが…怖気づいたのですか?」

セシリアは、食堂での鈴と一夏との接触を知らない。騒々しい食堂をいち早く後にしたためである。

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、ただ……」

うなだれる一夏に、一夏にとって予想外の救いの手が入る。

「どうやら一夏とその鈴という者は旧知の仲らしいのだ」
「それが、なんの前触れもなくIS乗りとなって眼の前に現れて、動揺しているのだ」

篠ノ乃箒であった。

「あら、そうでしたの?……どういう間柄で?」

「恋人…だった。そう、“だった”。あんなの、とても、あの鈴とは……信じられない」

その言葉に、箒はきゅっと締まる胸に思わず手をやる。
その光景を見て、セシリアは思考を巡らす。一夏と鈴の過去の関係についての詮索・調査は後回し。
まずは己の目標を遂行するためどうすればよいか、それだけを考える。そして一定の結論に至った。

<<箒、あなた、一夏に恋をしていますね>>

箒だけへの指向圧縮通信。なっ、と叫びそうになる箒に、推測が正しかったことを確認し、さらに畳みかけるように通信を飛ばす。

<<あなたは、その恋を成就させたい、私は不安事項を一つ取り除きたい。互いに得が一つ増えますわ>>

恋を成就!その言葉に、箒の思考はまさしく停止する。

「一夏!うじうじしていても始まりませんわ!!」
「悩もうと悩むまいと、クラスマッチの日は来るのです!それまでを一夏は無為に過ごすのですか?抗ってみせるのですか?」
突如、セシリアはそう勢いよく捲し立てる。
「一夏は、一流のIS乗りになりたいんでしょう?己の存在を世界に刻みたいのでしょう、これぐらいの逆境に耐えられなくてなんですか!」

一夏は、心を押しつぶさんとする暗雲を、“これぐらいの”と言われ、どうしようもなく血が頭にのぼり、そして引いて胸の冷たい血と混ざり、さらなる暗澹へと落ちる。
どうも、体と心が分離してしまいそうだった。ぐっと背を曲げてうなだれ、地面を見る。

「……では、憂鬱を吹き飛ばす特効薬をさしあげますわ」
「なにも考えられなくなるぐらいの鍛錬です、私もよく使いますわ」
<<箒!一夏の雑念を切り払っておしまい!心が弱っている今、畳みかけて、一夏をモノにするのです!>>

一夏は、ソレに、ほぼ骨髄反射で抜刀する。
跳躍する鬼が、そこにいた。刀をかつぎ、一直線にこちらへと向ってくる鬼が。

「わぁっ」

一夏の、腰の入っていない横払いははじきとばされ、腕と体をそれにもっていかれる。
鬼はあと一刀で一夏を両断できる。しかし切っ先はは天を指したまま微動だにしない。

足で踏ん張り、体勢を戻した一夏に、それを振りおろして、切り上げて、薙いで、払って、鬼は前進して重圧をかけながら、次々と斬撃を加える。
それを目で追い、腕と体を必死に使って、後退しながらそれを捌こうとする。

一夏は、やがてその連撃が、体の髄にまでしみ込んだ、篠ノ乃流の流れを汲むものであると、頭と体で同時に理解した。
バラバラであった、腕と体、切っ先と丹力が、気力と肉体が、だんだんとその流れを整え、ぎこちなかった剣捌きから淀みが消えていく。
鬼の前進が、一夏の後退が止み、そして連撃は突如止み、鬼の切っ先が天を衝いてぴたりと静止する。

はぁ、はぁと肩で息をする一夏の目に、雑然としたものはもはや存在しない。
眼の前のものを両断すべく研ぎ澄まされた刃のように、鈍く輝くだけである。

鬼のそれが振り下ろされる。一夏は真正面から受け止めて、つばぜり合いに持って行く、とみせかけて、一歩引いて刀を縦に回しての面割。
しかし鬼はそれに反応、互いに上段でのつばぜり合いへと持って行く。

鬼の瞬発的な前蹴り。鳩尾を突き破らんばかりの勢いのそれを、刀を押しやり、地面を蹴って回避。
一夏は重力偏向場を作用させ、未だ空中にあろうとする体をむりやり地面に押し付ける。そしてすぐさまに地面を蹴って、鬼の側面へと回り込み、その胴を狙う。

一夏は、鬼がその姿勢のまま、あまりに長い時間―― 一夏の主観においてである――静止していることに気がつく。
一夏の経験では、今の刹那があれば鬼は体勢を整え剣で迎え撃つか、その体術を用いて目に止まらぬ速さで間合いを詰め、柔を用いた搦め手へと移行できたはずである。

殺気!一夏は胴払いを中断、その場を一蹴して、鬼から距離をとる。一瞬前までいた空間を、弾体が切り裂く。

<<見事!>>

ハイパーセンサーを指向すれば、BTマザーを90度回転させ、四つの砲門を一夏に向けるブルーティアーズ

<<箒!本当のIS中距離戦闘を見せてごらんにいれますわ。そして、私に貴女の剣術を見せて下さいまし>>
<<私は近接戦闘を学び、箒は私から射撃戦闘を学ぶ、一夏は双方から業を学ぶ>>
<<私が世界一のIS乗りになったとき、篠ノ乃流から学んだと言っておきますわ。>>
<<そしてあなたがたが強くなれば、私の名が売れるというもの!>>
圧縮通信は、そのセシリアの意思を、0.1秒で両名の脳に理解させた。

今セシリアの顔は、自信に充ち溢れている。そしてその意思には邪念も怯みもない。
自負・自覚・覚悟、決意。それが世界一のIS乗り、という言葉に詰まっていた。

一夏はその姿に、胸が熱くなる。
そう、想うところは多々ある。もう一度抱きしめたいとずっと願っていたのだ。しかし今は、しかし今は!
しっかりと己の足で立つことこそが、成さなければならないことだ。そして、その暁に、鈴を、己の全てで受け止めてやろう。

鬼は、箒は、一夏との情事にイロイロと熱くする。ちょっぴり湿ってもいた。無論汗でだ。
あの女と一夏が恋人だったならば!いまこのような情事に耽る私たちはまさしく夫婦!!
その繋がりを、強くしよう!強く求め逢おう!
嗚呼…きっと私は今、とてもだらしの無い顔をしてしまっているな……けれど、幸せだからっ!こんな顔を見せるのは、一夏だけなんだからなっ
釣りあがった口角、僅かに開いた口から、白い蒸気と化した呼気が漏れる。
ぐっと見開かれ、瞳孔の開ききった目は、愛する者の一挙手一投足を見逃さないための、乙女の目である。

セシリアも、これからのことを考えて、胸が暖かい気持ちになるのを抑えられない。
そうそう!一生懸命頑張って下さい!、あの忌々しい中国女の顔に泥をたっぷりと塗りたくってくださいまし
男に初めて負けたIS乗り!これは歴史書に残りますわ。ふふ、まったくお望み通りですわよ!中国女!
一夏、箒!本当に愉しみにしていますわ。

箒が躍りかかり、セシリアが撃つ。
それを迎え撃つは織斑一夏
























ハーレムとは、すべての夫人に平等に愛を注いでこそである。
これは、風穴があいているか、ざっくりと切り裂かれているかで、どちらへの愛が足りなかったかは容易に分かるようになっている、分かりやすいハーレム物だ。



[28794] BREEZE and YOU  とあるアメリカ製ISの一日
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:e7d0f7e6
Date: 2012/01/10 17:39
一夏が寮をでると、ひんやりとした空気が顔を撫で、肺を満たした。春とはいえ、明けがたの気温はまだ低い。
一夏は、薄くて非常に動きやすい上に、適温を保ち続ける学園の運動服にいつものように感心しながら、早朝ランニングを開始した。
6時に起床してから、じっくりとストレッチをして覚醒させた体は、いつも通り実に調子がよいようだった。
寮、アリーナ、体育棟を周回する道にでて、同じようにランニングをする生徒たちと合流する。

「おはよう織斑くん」
「おはよう」

「やぁ、おはよう」
「おはよう」

そして、その中に交じるクラスメイトと、軽い挨拶を交わしながら走る。
時間が経過するにつれて、ランニングをする生徒の数はどんどん増えていく。
このように早朝にランニングする生徒は全体の約六割、放課後にランニングするする生徒は六割、両方走るという生徒が三割だ。ちなみに、全生徒のうちの一割は昼も夜もなく地下ハンガー層にこもる整備科3年だ。

一夏は一時間ほど走った後、シャワーを浴びて、今度は制服に袖を通し授業の準備を整える。
寮に併設された売店のような物品配給所(学園内ではあらゆる物品は無料であるからそう表現するしかない)で受け取った軽食を教室で食べながら、一限目の授業の予習を行う。

それは学園に入ってからほとんど変わらない一夏の朝の習慣だった。
ただ、一つの大きい変化として、ランニング中でも教室でも、他の生徒たちと軽くでも言葉を交わすようになったところだろうか。
そして、もう一つ……

「箒、おはよう」
「っ……ぁあ、おはよう、一夏」
「昨日はありがとうな。いろいろと吹っ切れたよ」
「い、一夏!?こんなところでっ、あ、ぁ、いや、その、そうい言ってくれると……ぅぅ」

一夏のほうから話しかけられる人ができたことだ。
その彼女は、顔を真っ赤にしてあたりを見回して、俯いてもじもじとしている。と、ばっと顔をあげて

「ってなにを言っているのだ私はっ!弟弟子に稽古をつけてやるのは当たり前ではないかっ!」
「い、一夏、これからもしっかりシゴいてやるからなっ、覚悟しておれよ!」

「ああ、楽しみにしているよ兄弟子殿。箒の稽古なら大歓迎だ」
そういって一夏は、はにかんで言う。

箒の頭から水蒸気がボンと飛び出して、目が点になるのが一夏には幻視できた。
(いったいなんだっていうんだ)などと一夏は決して思わない。箒の自分への想いは、そして、あの頃から性格も、ちっとも変わっていないようだ。
それに対してどこかほっとする気持ち、そして兄弟子の気持ちを一方的に利用していることへのわずかな罪悪感が、ふらふらと席につこうとする彼女の背中をみながらその胸に宿った。

一夏のちょっとした誤算として、箒の“稽古”に対するモノの見方というやつを計り損なっていることがあるが、そう大した問題ではない。一個人の貞操に関わる程度の話なのだから。

「あらあら、一夏さん、そうやって箒をからかってあげるのは可哀想ですわ」
後ろからそう一夏に声をかけるのは
「セシリア……からかう?何の話だ?俺はただ稽古の話をしただけだ」
「おほほほ」

セシリア・オルコット、昨日、打鉄とBTとを結ぶ回線越しに、箒の魂の叫び、欲望の雄叫びを一方的に聞かされた女だった。
BTに音声の遮断を指示したものの、いつか、彼女へのよい切り札になるだろうと、そのすべてをこっそりメモリーに貯めさせたことは秘密中の秘密だ。

「あ、そうそう、甲龍対策ミーティング、今日の放課後に寮の談話室で行いたいのですけれど、どうかしら」
「それが本題か。俺はかまわないが……よっぽど甲龍が憎いようだな」

「いえいえ、憎いだなんてそんなそんな、私は、クラス代表たるあなたが負けてしまったら、それはクラスメイト全員を貶めることになると感じているだけですわ」
「この私が、私怨なんて持ち込むわけがないでしょう?そう、だたあなたに完勝していただきたい一心ですの、そして、きっと同じ気持ちの級友たちを代表して、一夏さんを陰ながらサポートいたしたいだけですの……」

セシリアは指を組んで、頬を上気させ、潤んだ瞳で上目遣いにそう言う。
一夏はため息をつく他する事ができなかった。どこからつっこめばいいのか、どこまでつっこんでいいのか、考えるのも億劫になったからだ。

「言われなくてもわかっている。やるべき事も、なすべきことも……俺はIS乗りだ。過去も未来もこの手で切り開く」
「あら、いい顔ですわ」
零度の眼光が一夏を射抜く。
「で、一夏、やれますの?」
一夏だけに聞こえるように囁かれたその言葉に、一夏は堅く頷く。

セシリアは、ぱっと表情を明るくして
「応援していますわっ!頑張ってくださいまし、一夏さん」
「さて、そろそろShort Home Roomの時間ですわ、ではまた後ほど」
うきうきという空気を纏って、席へと向かうセシリアを目で追って、一夏も自分の端末に着席する。
ふと箒の席のほうをみると、なにやら俯いて、ぶつぶつと口を動かしている。みなかったことにしよう。一夏は、先生たちが教室に入ってくるのを静かに待つことにした。

先生たち、そう。姉を織斑先生と呼ぶことに慣れてきたな。一夏はなんとなくそんなことを考えた。


――――――――――――――――――――SHR――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

一夏が考えるに、現在教卓に立つ山田真耶という女性は、なかなかにあざとい。
わざとサイズのあわない服をきて、眼鏡をかけて、童顔です、無垢な少女ですという風を装っているが、身長はIS学園一年生並、すなわち165cm近い。
大きな乳房をことさら強調するような服装。見ようによっては、スーツからキャミソールがはみ出ているように見えなくもない。
女しかいない学園で誰にそんなにアピールしてるのか。一夏にはまったくの謎だった。
クラスメイトの「山田先生は絶対ネコだよ」「だよね」という会話に、いやいや子犬っぽいだろうと思う一夏にとっては、だが。

「……かいつまんで説明しましたが、先日のインドの研究グループの発見で、IS言語が記述する刑而上論理における因果の時間的跳躍特異点が発見され、自己言及性が保証され、自己の矛盾・無矛盾証明のパラドックスが一部解決する糸口が発見されました。しかしながらこれは特別領域においての話しで、一般化には……」

IS乗りたるもの世界の時流に乗り遅れるべからず、その標語を実現しようと行われている、SHR恒例の時事問題解説。
そこで目を輝かせて、延々と教室に喋りかけているのが、一夏の脳内会議で槍玉にあげられている、山田真耶その人である。
学者上がりで、織斑先生と対を成すようだ、という話は聞いていたが、それを今ほど実感したことは初めてだ。

ちらりと周りに目をやれば、数人を除いて彼女の話を聞いている者はいなかった。
それでも彼女の語りにはますます熱が籠もっていく。
先日の、シドニー国際IS競技大会についての批評ならば一切退屈することなく聞けた。
しかし、今日は「皆さんご存じのω無矛盾が……」あたりでギブアップだった。自分以外はうんうんと頷いていたことはそれなりにショックだったが、ついていけないものはついていけない。

「おほん!」
「さすが0を発見した国、流石としかいいようがありません。そう0といえば時空間的虚無について先月」
「山田先生!もう時間です」
「ぅぇえ?あ、あっ!し、失礼しましたっ」
「いや、そう取り乱さないでいただきたい。諸君、今日の通達事項は無しだ。これまで通り勉学と鍛錬に励んでくれ。」
「以上でSHRを終わる。では山田先生、あとは頼みます」
「はぃ…すみません……」

さきほどとは一転、山田はずいぶんとしおらしくなって、教室を後にする織斑千冬を見ながら、次の授業の準備を開始する。
理系科目全般と、教養的文系科目は山田の担当であり、IS乗りとしての戦闘理論、心構え、心理要素に関わる実戦的文系科目は織斑千冬の担当だった。

一夏は端末を操作し、今日の一限目の科目の古典物理学のためのファイルとアプリケーションを起動する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「葉竹、一緒に食べないか?」
午前の授業が終わり、食堂へ向かった一夏は、昼食を求める列に並ぶ葉竹虎子、九十九榴に、久丸富美の、いつものグループを見かけて声をかけた。

「ちょうどよかった。私もちょっと話しがあったんだよ」
「ええ、どうぞ一緒にたべましょう……」
笑顔で一夏を歓迎する葉竹と久丸。しかし、久丸がやや語尾を濁しながら視線をやる先には、仏頂面の九十九。
久丸は「まま、九十九さん」と目で諫めるが、九十九はその顔をほとんど変えず「なに?私は別にいいわよ」とだけ応えた。

久丸は、ごめんなさいと言いたげに一夏に目線を送る。そして葉竹は相変わらずその三人を楽しむように眺める。
久丸にかまわないよと目線を送りながら、内心で居心地の悪さを感じて一夏はそのグループに加わり、共に列に並んだ。

トレーに乗せたトンカツ定食を受け取って、一夏は食堂を見回し、それを見つけだした。

「あそこ空いてるから、あそこにしよう」

そう皆に声をかけ、一夏はそこを目指して歩いていく。ハッキリとした足取りに、三人はついていくことにした。
飢えた生徒で溢れる食堂の中で、その机のその周りだけ、人がいなかった。

「箒、そうピリピリすんなよ。隣、いいか?」
一夏は答えを待たずに箒の座る席の隣に座る。
「い、一夏っ!?」
大いに動揺して、魚の切り身を落とす箒にかまわず
「さ、皆座って座って」と一夏は三人に着席を促す。
それに、「では」と三人は、箒と一夏の向かい側に座った。

一夏が食堂で探していたものは箒だった。一夏は、彼女がクラスで友人と一緒に談笑している姿を見たことがないのを気にしていた。
一夏は、自分の目的の他に、これを期に箒に女子のつながりができれば、と三人に声をかけたのだった。

ますますに動揺する箒を一旦は無視して。
「葉竹、いきなりで悪いんだが、朝、俺とセシリアの話を聞いていたか?あの対策会議に参加して欲しいんだ」
と、葉竹に話しかける。

「さっき話があるって言ったでしょ?あれ、まさしくその話なの。私も参加させて欲しいって言おうと思ったんだけど、手間が省けたみたいね」

「そうか、ありがとう。その、葉竹、というか日本政府は鈴、いや鳳鈴音のことについて何か知っていることはあるのか」
一夏は歯切れ悪く葉竹にそう問いかける。

「イギリス政府よりはいくらか情報は持っているよ。ま、その話は追々、その対策会議でね」

そのやや挑発的な笑みに、一夏はすっかりお見通しらしいと感心する他できなかった。
「ああ、頼むよ葉竹。」
「正直私“たち”も、一夏君に鈴音さんの話をいろいろ聞きたいの。ここはひとつ情報交換といきましょう」

箒にしてみれば、たまったものではなかった。
先ほどまでの、一夏を食事に誘えなかった悶々とした気持ちも忘れ、眼前で女子との会話を見せつけてくる一夏に、ちょっとした怒りすら覚え始める。
完全なる逆恨み、見当はずれの嫉妬だが、そのような気持ちをだれが制御できようか。

「そういえば、篠ノ乃さんとはお話したことありませんでしたわね」
突如横からそう話しかけられる。
一夏と、それと楽しそうに会話をする女に気をとられ、すっかり失念していた正面に座るクラスメイトの方に、箒はそこで初めて意識を向けた。

彼女は穏やかな笑顔を浮かべて、箒の方をただ見ていた。
箒はその顔に覚えはある。しかし名前が出てこない。
「……そうだな。お前と話した記憶など無い」
今一夏となれなれしく話している奴をつれて、早くどこかへ行ってくれ、と心の中で呟きながらぶっきらぼうにそう答える。

「ああ、失礼しました。私の名前は久丸富美といいます。であちらが葉竹虎子さん、こちらは九十九榴さんです。どうぞよろしくおねがいします」
「どうも……」
ぺこりと音が聞こえてきそうな会釈に、箒も頭をさげて
「こちらこそよろしく……ってちが」
「織斑さんと親しいようですが、お二人は旧知の仲なのですか?」
箒にかぶせるように久丸はさらに言葉を繰り出す。その言葉は箒にとって無視はできない。

「し、親しいように見えるか?わ、私たちがっ?」
「ええ。篠ノ乃さんに話かける織斑さんはとてもリラックスなさっていますわ。それで、きっと篠ノ乃さんと長い付き合いなのかと思いまして……間違っていたらごめんなさい」
「いや、そう、その通りだ。私と一夏は小学校の頃同じ道場で修行してな、私は一夏の兄弟子なんだ」
箒はふふんと誇らしく胸を張る。
「まぁ、素敵ですわ。道場、ということは、やはり篠ノ乃さんは篠ノ乃流の方なのですか?」
「そうだ。私は、その直系の継承者ということになる」
「やっぱり、そうだと思っていましたの!クラスに篠ノ乃の流れを汲む武芸者が三人も集うなんて、運命を感じますわね」

箒ははじめて言葉を交わす人間とここまで会話が続いていることが初めてであるということに気づいていない。
中学の時は、その纏うオーラや、肉体からにじみ出る気迫、そして性格が他者を寄せ付けず、グループから孤立しがちであった。
孤独にはなれている。IS学園でも交友など期待していなかった。しかし、IS学園にはそれらを真正面から受けてなお、箒と付き合えるという人間が何人もいる。目の前の久丸富美は、そんな人間の一人だった。

箒にとって自覚はなかったが、そのことは、箒の棘をいくらか取り去るのに効果はあった。
それまで、箒の怒気に萎縮していた九十九が会話に入ってこられるようになるほどには

「篠ノ乃流って、国防軍の格闘術の基になったやつでしょう?」
「ええ、そうです、けれどそれは所詮参考にしただけですわ。それぞれほとんど別物になっています、まぁ、織斑先生の優勝で、もう一度源流に立ち返って、IS戦闘に取り入れようという動きはずっと活発ですけれど…」
「国内では国防軍『鉄』の神園流と、競技IS界隈、織斑の篠ノ乃流で二大派閥があるらしいね」

「よく知っているな」
「ええ、これでも武芸者の端くれですので」
「ほとんど趣味みたいなもので」
「おお、そうなのか。えっと……」
箒はやや言い淀み
「久丸さん、は、なにを?」
「薙刀術、居合、弓術、合気道、などをやっております」
「そうか。九十九さん、は趣味っていうのは?」
「ISよ、子供の頃、地元の基地で零の戦闘展示をみてそれ以来っていう、まぁ、ありきたりな」
「もう九十九さんはISにお熱なんです。好きこそ物の上手なれとはよく言いますが、もうあれは恋ですよ」
「ちゃ、茶化さないで」
「まぁ、ISとの出会いや恋への落ち方はありきたりですが、それでIS学園まで来てしまうあたりはとびきり一途ですわね」
「もうっ!」

「はははっ」


談笑する箒を横目に見て、やや強引にでも同席して正解だったと、一夏は思った。
「九十九さんたちもそれに呼んでいいかな?きっとみんなで考えたほうが良い案が出ると思うの」
「ああ、構わないが……」
「ありがとう!じゃあ、クラスの友達にも声をかけてみるね。クラスマッチに向けて団結するって、わくわくするわよね!あ、そうだ。お菓子とかも用意しないとっ!」
「お、おい……」
それでいいのか国防軍の軍人さんと言いたくなったが、葉竹のきらきらとした笑顔になにも言えなくなる。

それから5人は、たわいもない話をしながら、昼食をガツガツと食べていった。今日は体育もIS実習も無いので、白米2合とタンパク質が豊富な伴食程度だ。

突如、一夏は残ったトンカツをすべて口に含み、白米をかき込み、十分に咀嚼もせずにお茶で流し込む。
「すまんが、先に戻る。また教室で。放課後のことよろしく」
それだけ言って、そそくさと食器を返却口へ戻し、わざわざ、一年教室棟から遠いほうの出口からでていく。

四人は呆然とそれを見送ったが、その理由はまもなく判別した。
鈴を先頭にした十数人の一団がぞろぞろと入ってくると、長机に座っていた生徒たちを追い払って占拠しはじめた。
それは、四人にとってもあまり気持ちの良い光景とは言えなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


それは砂漠と青空が成すコントラストの境界線を音もなく飛行していた。
無音で飛行するものといえば、この世界においてISをおいて他にない。四肢をもち、翼を持たぬそれは、紛れもなくISだった。
その外見でもっとも特徴的であるのは背中に背負った巨大な、ISの全長を優に超える筒だろうか。遠目に見ても、そのユニークなシルエットはすぐさまに判別ができる。
近寄ってみれば、そのISは全身の隈なくを装甲で覆う、全装甲型でることが知れた。
下半身を覆うギアは円柱に近い形状でのっぺりと伸び、申し訳程度の降着装置のついた小さなつま先からは、地上での機動戦闘を一切考慮していないものであると伝わってくる。
ふくらはぎの両側面からは、まるで高バイパス比のエンジンのような、樽状の円環が飛び出し翼のような支柱で保持されている。
円環の内側を通る空気に、空気を圧縮させながら量子展開し、膨張による反作用で推進力を得る、もっとも単純・安価で頑丈なIS推進装置である。
それと同じものが肩にも装着され、計4発で推進力を生み出していた。

肩からのびるアームも、他にはない特徴を持っている。右腕と左腕とでその腕の太さが異なっているのだ。
左腕は一般のISよりも太いほどで、外側には小さな盾、絶対防御整流装置が備えられているのに対し、右腕は細く絞られ、非対称を成していた。
直線と曲線とを節操なく取り入れたその非対称のフォルムは、ともすれば歪であるが、中心軸をわずかにずらして装着された筒を重心として奇跡的な調和をとっている。
そのようなISが、直立の姿勢でうつ伏せに亜音速で飛行していた。
場面はその進行方向30km前方の、装輪車を主体にした車列に移る。
4対8輪のそれらの車両は、イラン・イラク・エジプト・リビアで威力を示した、ストライカー装甲車の車体を流用したものと一目でわかる。
しかし、肝心の砲塔・攻撃モジュールはその当時とは全く違うものだった。

車体後部から生えるのは、人間の上半身を模した物だ。
SFから飛び出してきたように、胴体と二本の腕と頭を持つそれは、疑似ニューロ回路を搭載するために必然的にそのような形状をとらざるを得なかったものだ。

その視界と射角の大きさ、50口径から40mmの機関砲、105mm砲、曲射砲、誘導弾まで、その対人対空を問わない照準装置と、腕という駐退機
腕力と指先の器用さの両立は、戦闘用だけでなく、重機として回収車としての汎用性、現地での装備変更の容易さを生んでいる。
ヘラルド(先駆者・露払い)と名付けられ、MBTと歩兵を補佐するのにこれ以上無い性能を持つそれは、近未来の騎兵であり、紛争地域における覇者だ。
それらが6両二列、計12両でずらりと並んでいる。

まっすぐに“まえならえ”のような格好だったそれらが、突如上半身を回転させ、一斉に同じ方角に向き、その銃口を微動させ、装甲を兼ねる誘導弾発射口を開く。

疑似ニューロ回路を搭載することによるメリットは上記のものだけにとどまらない。
その最大のものは、展開する味方との同調で、空間の歪みを検知できるところにある。
すなわち、ISを見ることができるのだ。
ISは照射された電磁波を完全に吸収することができる。可視光線も電磁波の一種である。そしてISは空間認識も通信も電磁波を利用せずに行うことができる。
すなわちISはわずかな工夫で完全なステルスを実現するのだ。
いままで影響を与えることはもちろん、触れることも、見ることすら出来なかったISを見られるようになった。これは大いなる進歩だった。

開いた発射口の真裏から火を吹いて、薄い白煙をひく誘導弾を次々に発射していく。
車列のうちの4両から四発ずつ。そのうちの一つを追いかける。
飛行するISの進路を見事に予測し、寸分の狂い無く、相対速度マッハ8以上でISにその内包する運動エネルギーと化学エネルギーを解放していく。

青空は、黒い爆煙が一直線に並んで次々に咲いていき、その数は16を数えた。
そしてISは悠然とその16個目の黒煙から飛び出す。

場面は、手首を取り払って装着した長砲身40mm砲を発射するヘラルドへと移る。
2発ごとに真っ赤な弾装が破棄され、腹の中程から生えた腹腕が、車体から取り出したそれを腕に詰める。

そうして発射される、深紅に輝く砲弾をISが避ける。
慣性を無視した平行移動に、初速が遅く、満足連射速度をとれないその砲弾は、掠りもしない。

しかしISが通常兵器の攻撃を避けるとはいったいどういうことだろうか?
そのISは、発射され続ける誘導弾には指向されようが直撃をうけようが、まったく意識をやらないが、深紅の砲弾にだけは避けるそぶりを見せる。
すなわち、その砲弾には、絶対防御が塗布されているのだ。
無論ヘラルドにその能力は無い。あるのはあらかじめ別のISにより絶対防御を塗布された砲弾を発射する能力だけである。
真っ赤な弾装も特注品で、その内部の絶対防御を安定化させる能力を付与されてISに製造されたものだ。二発が限界ではあるが。

通常兵器がISを見るだけでなく、ISに意識される攻撃をおこなうことができた。それだけでも、大いなる価値がある。

ヘラルドに装備される武装が、ISが射程圏内に入ったものから次々に火を吹いていく。黄色い曳光弾のそれらは、それまで通りただ無視される運命にあったが。

ついにISはそのシルエットを目視できる距離にまで接近する。それは、ISにとってニュートリノがザルを抜けるのにくらべれば、ほんの僅かに困難という程度のことだったが。

ISは状態を起こし四機の推進装置はそれに併せて回転し、進行方向に向き続けるようにする。
残弾のなくなった40mm砲が沈黙し、副腕がM2機関砲を必死に撃ち上げる。
背後に背負う筒を90度回転させ、骨盤まわりにベルトのように備えられたガイドレールに沿って、先端を車列に向ける。
ヘラルドの背後から見れば、2連装20mmバルカン砲の描く二本の光のラインが、ISの寸前で本来通るべきISに達する道筋を大きく逸れる。
筒の側面が開き、重厚な持ち手を成して、それを左腕が保持する。上部の装甲が開き、細い右腕がそこに差し込まれ、装甲が閉じることで肘までを覆う。
そして筒の先端が開き、回転する7つの穴を晒す。

自身よりも長い火炎と、ISを覆う白煙を吹き出す筒を右に揺らし、再び左に戻す。その間二秒。

それだけで、ヘラルドは一両残らず頭頂から車両の先頭まで、ピンク色の塗料で塗り染められる。
膨大な塗料を浴びるその運動量は、ヘラルドの左右への動揺として現れていた。
加熱された砲身に塗料がかかり白煙があがる。


また場面が移り変わり、先ほどと同じように筒を構えるISの姿を見せる。今度は四発の推進装置を真下に向け、ホバリングの姿勢をとっている。
筒の先には、砂漠色に塗りあげられた30両のMBT。

筒がまたしても火炎と煙を吐く。

10m近い砂柱が風に流された後に残ったのは、外形をほんの僅かだけにのこした十ほどの消し炭と、クレーター、とそこで時間が停止する。

それを背景に、凛々しい表情で織斑千冬が語り始める。
「この、アメリカのE型ISはISの進化という観点では、世界でもっとも特徴的なISの一つだ。」

背景に世界地図が上書きされる
「知っての通り、IS一次分配においてアメリカは僅か5機しか分配されなかった。」
それは北米大陸へとズームアップし、アラスカと本土を輝かし、5つの人型のシルエットを浮かび上がらせる。
「膨大な国境線に対し、実働できるのは四機しかなかった。外装をはがし、コアを初期化しての大幅なアップデートなど、しようが無かったわけだ」
「分配戦争でアメリカが40機のISを得るまでの間、この四機は小刻みなマイナーチェンジを挟みながら、一度も休止せずに太平洋・大西洋・南米の監視と訓練を繰り返してきた。それは現在まで続いている。すなわち、E型ISは第零世代機体群にカテゴライズされることになるな」
背景の北米大陸の中で、四つのシルエットがせわしなく動き、一つのシルエットはアラスカに鎮座する。

「そして、ISはそれにどんどんと最適していくように進化した」
「それを象徴するのが、E型ISに搭載される、広範囲纖滅兵器『エクスティンカー(extincer)』だ」
「そのベースは、30mmの7砲身ガトリング砲だった。」

E型ISにどことなく似通った部分を持つ航空機のCGがバラバラになり、機首に埋め込まれていたガトリング砲が取り出される。
「これの動力をISが補い、毎分6000発の連射速度とその速度での連続量子展開を行い、無限給弾機構を実現している」
虚空からガトリング砲へとベルトが延びていく様子がCGに加わる

「同時に、絶対防御を塗布、そして最大の特徴は、空間を弾頭に詰め込んでいる点だ」
CGの中で砲身が回転し、砲弾が次々に打ち出されていく。
そしてそのうちの一発にカメラがより、弾頭が斜めに切り取られて、その被帽の内側が空であることを見せ、圧縮空間内包、とキャプションがつけられる

「知っての通り、ISはほぼすべての機体において、空間圧縮と、その解放による空間波放射を行える。」
「ただ、圧縮された空間は非常に不安定で、搭乗者の意志のままの時間・位置・速度・速度分布で膨張させることは不可能だ。」
「コアとの距離が離れるにつれ制御はより困難になり、時には、余剰次元への膨張・すなわち不発も起こすようになる」
「相討ち狙いか、損傷を覚悟しても距離をとりたい場合をのぞいては、明らかに技量が格下の相手にしか有効とはならないだろう」
「なぁ、織斑」
じっとりとした視線に、一夏は身を縮こませる。

「まぁ、バカはおいておくとしてだ。毎分6000発という速度で、そのような量子展開・空間操作を行えるISは、このE型ISをおいてほかにない。」
再びCGはガトリング砲へと戻り、砲身と機関部が冷却材で覆われ、装甲と安定具が取り付けられ、ISの背中に背負われる筒の姿へとなり、CGでE型ISの背中に装着される。

「しかだ、一方で、E型ISは、機動のための空間操作が苦手とされている。30mm砲弾以外の高速量子展開も不可能だといわれている」
CGは、脚部の樽のような推進装置へとクローズアップする。

「進化と退化、ISの成長という点で、E型ISは実に興味深い存在だ。もはや自身をエクスティンカーの付属品とすべく変化しつつある。うわさでは競技ISの規格に適合できないほどらしい。」
千冬の背後で、E型ISの時系列での形状変化が示される

「しかし、アメリカはこの四機のE型ISを手放す気はないようだな。」
「できるものなら、アメリカ本土に乗り込んで、首根っこをひっつかんでこの学園の地下にたたき込み、整備科の奴らに徹底的にバラしてもらいたいところだが」
教室をつつむ乾いた笑い

背景に、E型ISとはまったく似つかぬ、灰色のシャープなシルエットを持つ全身装甲IS。
装甲は淡い灰色、間接と手は漆黒。爪先から頭頂部、肩胛骨の位置から伸びる薄いバインダーユニットの先端まで、攻撃的な合理性に武装されている。

「アメリカ製の二世代IS,D型IS ver5.03『ドラグーン』だ」
「ドラグーンは現在最良の戦闘ISといわれている。機動方式は空間撥弦デルタ超函数反作用推進と、プラズマジェットパルス推進のハイブリット」
「戦闘に不要な機能はすべてオミットされ、戦闘にすべて最適化されている。スペック上ではE型ISを圧倒しているな」

背景は、360度すべてが水平線の、海原の中心へと移る。
同高度をとる二機のE型IS。巨大な筒「エクスティンカー」を構える。その遙か向こうには、二機のドラグーン。

ドラグーンの背後の空間が圧縮、解放され、ドラグーンをたたき、秒速3kmほどで40mほど平行移動。
その虚空を、二条の光の鞭が横切る。

それらはドラグーンの軌道を妨げるように、まるで生きた竜のように蜷局をまいて、牽制し、襲いかかる。

「エクスティンカーの30mm空間砲弾のIS殺傷半径は約15mといわれている」
「その空間衝撃波の輪郭にふれれば、ISは間違いなく吹き飛ばされる、すなわち、予測進路が一択となり、その進路にの毎分6000発の濃密な砲弾の雨が降ることになる」
「ドラグーンはそれを避けるため、大袈裟な回避を行わざるを得なくなり、E型ISに接近できない。しかしE型ISの最高後退速度は時速600km程度、逃げきることは不可能だな」

一機のE型ISの砲身が焼け付いたのか、火線が一つになる。
その隙をついてドラグーンは急速接近。

そのエクスティンカーは、白煙をあげる冷却材とともに7本の銃身を破棄、瞬間、あらたに砲身が量子展開され、装甲の内部を新鮮な冷却材が満たす。
その交換は時間にして10秒もかからないが、ドラグーンにとって距離を詰めるには十分な時間だった。

再び火線が二本となり、牽制を開始する。E型とドラグーンの距離は、半分ほどにまで詰まっている……とそこで映像は停止する

「アメリカが公開した映像はここまでだ。見てもらってわかると思うが、あの火線に飛び込もうという気にはならないだろう」
「E型ISは、E型IS二機にドラグーン一機、もしくはE型IS一機にドラグーン二機というエレメントを組んで運用されている。」
「さて、誰か私がアメリカへ殴り込みにいくときについてきたいという者はいるか?」

「IS乗りにとって、相手方にそう思わせることが、僅かでも躊躇させることが大事だ。確かに今は無理かもしれない」
「しかしだ、不器用でもだ、なにか一つに打ち込み、他者を圧倒する技能、気迫を会得したならば、某国に某有りと謳われるようになれば、それが愛するものを守ることに繋がる」

「さて、そろそろ時間だ。次回は“IS抑止力の観点で見る通常兵器戦力分布の推移”だ。よく予習しておくように」
「学級映像アーカイブに、今日見せた映像と、それに関連する動画と情報をアップロードしておく。セキュリティーが公開のものから、学園向け部外秘情報まであるので、取り扱いには気をつけること。以上だ」

織斑千冬はそれだけ言って、足早に教室を後にした。その顔に気づかれぬ内に

織斑一夏は、たまたま必要とする情報が授業に含まれ、たまたまそれが閲覧出来るようになったことに手放しで喜んだ。
そして、クラスメイト全体に言ったであろう姉の言葉を胸で反芻し、覚悟をあらたにした。

まずはご飯だ、そして対策ミーティング。そして特訓。
ミシミシと音を立てるのはきっと昨日の訓練の疲れが残っているからだ。難しい理論を朝から必死に叩き込んでいるからだ。
体と頭が疲れているだけだ、きっと心は平気さ。姉だって見ている。そう、だからもっと打ち込まないと。

一夏は、胸の中でひとりそう呟いた。



[28794] domino line
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:c3d9df98
Date: 2012/06/03 19:19
遊底を引き、弾倉から薬室へと弾薬を送り込む。
ボルトを戻し、半回転させて固定。そのまま右手を銃把(グリップ)に戻す。銃身の下の前床を左手で握り、後床をしっかりと肩にあてる。
三点での固定を意識しながら、凹型の照門と凸型の照星を、正面 前方100mに浮かぶ円形標的の中央にあわせる。
トリガーガードの内側に人差し指を入れ、呼吸を整えて力まないように、必要最低限の力で引き金を引く。
撃鉄が薬莢をたたき、弾丸が発射され、刹那の一瞬だけ遅れて、円形標的に、弾丸が通過したことを示す黄色い十字が点る。それは中央からやや左上に逸れていた。

もう一度遊底を引き、空になった薬莢を排出して、再び薬室へと弾薬を送り込み、再度照準を合わせて引き金を引く。

時間は午前六時。場所はIS学園第二屋外射撃訓練場。
ヘッドセット越しに鈍く響く銃声、視覚を刺激する一瞬の発射炎、衝撃を伝える触覚、鼻腔をくすぐる火薬の匂い。
本来ならただの高校生であったはずの織斑一夏が、自分がもはやただの高校生でない、と最も自覚する場所だった。

装填された五発を撃ちきり、真鍮製の空薬きょうが落ちていく金属音が小さく鳴る。
台におかれた、五発の弾丸をまとめたクリップを手に取り、一発ずつ装填していく。


今の自分のように、木製の銃床に黒金の機関部が映える全長1300mm弱の小銃を、自由に撃てる高校生などいるだろうか、拳銃から50口径機関砲まで、ありとあらゆる銃器と弾薬をそろえている弾薬庫と、射撃場を併設している学校など、ここ以外にあるだろうか?

一夏は同時に思う。それを言うならば、ISに乗れる学校・機関など他にないのだから、ISに触れているときこそ、その<自分がもはやただの高校生でない>という感慨を抱くべきではないのかと。
理屈ではそうだ。IS学園曲芸飛行部が空に八芒星を描いているのを見上げるときなど、それを実感するときもある。
しかし、実際にISに乗ると、突如として現実感が喪失するのだ。

セシリアとの決闘に備えて、ここで45口径の拳銃を初めて撃った時は、その拳銃の重量感、そして五感を刺激する射撃の衝撃、手に残る痺れ、すべてが、体に深く刻まれた。
引き金を引くときは、今でも緊張する。
しかし、言語にしづらいが…ISに乗るときは、何かが違う気がする。それが、シンクロの際に脳神経をISコアに一部ゆだねていることに由来するのか、ISコアの超常性故なのか。
一つ、大きく違和感を得るのは、自分の記憶を、体の動かし方を、文字列を読み込むかのようにしている瞬間がある、ということだろうか。
ただ、そうだと知るのは、ISから降りてしばらくたってからだ。
ISに乗り込む前にいくら意識しても…ISに乗っている最中に、違和感を得ることはない、できない。

引き金を引く。衝撃が走り、火炎が迸ったにもかかわらず、照準の先の、空中に浮かぶ標的に十字が描かれない。

余計な考え事をしすぎてしまった、と一夏は反省する。
そう、今はそんなこと、ISとは何かなどと考えている場合ではない、時間がない、立場ではない。
ISは己の日常を、過去を破壊した存在であるが、同時に己をただひとつ保障する存在でもある。

ボルトを引き、なんら意味を生み出さなかった空薬きょうを排出する。
そう、こんな思案になど、きっと意味はない。
そうして、きっと、鈴のことを考えるのだって―――意味はない。

ボルトを戻し、薬室に新たな弾丸を導く。

一夏は30発の射撃を終え、小銃を台におき、手元の端末を軽く操作して、円形標的を消し、射撃データを携帯端末に転送させると、小銃とヘッドセット・眼球保護用のゴーグルを背後に控えていた職員に渡してブースを後にする。

同時に開くことはない二枚の防弾扉を順にくぐり、ブースに隣接した待機場のイスに腰掛け、携帯端末で、射撃場に設置された、三次元空間センサーがとらえた、自らの弾丸の軌跡を確認していく。
命中位置の中央地と分散、射撃間隔、それらのデータと、過去の自分のデータとを比較する。

結果は、あまり芳しいとはいえない。

「みんなの前で、ああは言ったものの…十分に引きずっているじゃないか」
一夏は一人呟いた。

一人きりの待機場、射撃を終えた生徒が時たま通るものの、ちらりと一夏を見ては外へと出ていくだけで、喧噪を持ち込むものはいない。
「ええい!箒!どうしてああも外しますの!普通に、普通に構えて狙って撃てばいいのですのに!」
「だ・か・ら!普通とはなんだ、私には銃は向いてないんだ!」
「なんですのその開きなおりは!そんなこと言って恥ずかしくないのですの?」
「無理なものは無理といっている」
「銃を使えるほうが戦術の幅が広がりますし、射撃をけん制するには射撃が最適なのです。それに!射撃をよけるには、射撃のセオリーを知り、射手の気持ちになれないことには、と申してますの!」
「そういわれても、なんだ、その、銃はごちゃごちゃして先端まで神経が通わないくていかん。それに後ろから難しいことをいちいち言われては」
「そちらのほうが難しいことを考えすぎですの!それに難しいと思うから難しいのですわ。もっと力を抜いて、楽に!」
「ふんっ!」
「ああ、もぅっ!」

少しして、その防弾扉が開くまでは、だったが。
しかし。どうやらこれはあまりよろしくない状態らしい。

どうした?と一夏が聞く前に
「一夏、これをご覧になって!」
セシリアに突きつけられたのは、射撃場でプリントアウトできる、射撃データの紙だった。
右上に記された、射撃主の氏名は、篠ノ乃箒。使用銃器はライフル型レーザー発振機、標的距離20m
肝心の、紙に記された円形標的には…縁に引っかかるようなものが一つだけ。あとはなし。射撃数は…68発

一夏が思わずちらりと箒の方をみると、箒はプイと顏をそむけて…耳を赤く染める。
セシリアは、軽く首をすくめて、やれやれ、というようなジェスチャーをしてみせる。

「セシリア、箒はちょっと、うまくいかなくて照れてるだけだ、昔から、照れ隠しが下手な女の子なんだよ、箒は。悪く思わないでくれ」

箒はバッと一夏のほうを振り向く、その顏をすっかり紅くして。

一夏は、箒が口をもごもと動かして何か言おうとするのを制して
「だれでも得手不得手はあるだろ。あきらめないで、ゆっくりでいいから自分のペースでやればいいんだよ」
「箒がよければ、今度俺が教えようか?最近までまったくの初心者だったから、多少は箒に近い立場からアドバイスできるんじゃないかと…」

ボンッ
一夏はどこかで聞いたことのあるような音が聞こえた気がした。

「オンナノコ……イチカト……ジュウノ…」

箒は、譫言のようにつぶやき、ロボットダンスみたいな不自然な動きで、待機場から出口の方へと…ごつん、と壁に額をぶつけ、平行移動して自動ドアを作動させてふらふらと出て行った。一夏に、どうして片言なの?に続く非常に寒い一連のやりとりが頭をよぎったが、そっと胸にしまっておいた。それは非常に寒かったからだ。

それは置いておくとして、ここまでの効果がある言葉だっただろうか?と一夏は軽く頭をひねる。
うまくセシリアと箒の仲を取り持てて、そこまで箒に好感を抱かせないようなセリフを選んだはずだったのだが、と。

ふと一夏がセシリアの方をみると、セシリアは、チェシャ猫みたいな、にやぁ、というような擬音が浮かんできそうな顔でこちらを覗き込んできていた。
「なんか俺まずいこと言ったか?」

「いいえいいえ、ちっとも!わたしにとってはちっともまずいことではありませんでしたわ。ですので、お気になさらずに」

と、一夏はセシリアに手首をつかまれ、引き起こされてセシリアに後ろに回り込まれる。
衣服越しにでも柔らかさのわかる、セシリアの豊満な乳房が一夏の背中にあてがわれ、左手の手首は、セシリアの左手につかまれ、右手の甲から、温かい右手が重ねられる。
揺れるブロンドから、学園の常備品とはあきらかに違う石鹸の、甘くて、それでいて上品な香りが漂い、一夏の鼻腔をくすぐる。
鍛えられていながら、女性特有の曲線をもつ肉体が、一夏の背中から覆うように密着する。

一夏の耳元でセシリアが囁くように。それは、一夏はこれまで一度も聞いたことのないような声色だった。
「箒にはこんな風に教えて差し上げましたの」

右手が、左手が、空中に確かな見えない銃床を描く。

そしてすぐに、一夏は、セシリアにさっと体を離される。
「うふふ、一夏ったら、真っ赤になってますわよ?箒はきっとこれを想像なされたのでしょうね」

「お二人で練習するときは、絶対呼んでくださいまし!うふふ」
本当に楽しそうな笑い声と、一夏に、柔らかさと香りの余韻を残して、セシリアも軽やかなステップで待機場を後にした。

一夏はどさっとイスに座りこみ
「だめだ。このままでは立てない…帰れん。」
と、つぶやいた。


一夏は、ちゃんと冷静になってから(いろんな意味で)待機場を後にした。
冷静になると、一夏にある疑問が浮かび上がってきた。
なぜ、箒とセシリアにあんな風に声をかけたのだろうか、と。
いままでなら…昔なら。道場で箒と女子がもめたときは仲裁には入らなかった。

箒の誤解されやすい性格、不器用な話術から、孤立しがちになっているときでも、見て見ぬふりをした。必要以上に好かれることを恐れていたからだ。
それが今ではどうだろうか。箒が自分を好き、ということをはっきりと利用している。
今回は、自分が箒に言えば、箒は機嫌をもどし、セシリアともうまくやっていけるだろう、という予測のもとに声をかけた。
どうしてそんなことをしたのだろうか?
三人のISの訓練のため?……違う。きっと、現状維持がしたかったのだろう。セシリアと箒の仲が悪ければきっと自分の居心地が悪くなる。
それに付け加えるなら……箒だけは変わらず自分の側にいるということを確認したかった。

「……鈴……」
そして、どうしてこういう時にも、お前の顏が浮かぶんだろうかと、一夏は思った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
学園の広大なグランドに、学園の生徒達に着込まれたIS『ラファール・リヴァイブ』10騎が横一列に並んでいる。その性能を特徴づける後部バインダーは、デュノア社純正の訓練用のものである。
その背後には紺色のISスーツを着た生徒が20人。ラファールの後ろに二人ずつ列をなしている。

彼女らと向かい合うように立つのは、だんだんと高くなってきた日に黒い装甲を鈍く輝かせるIS『銅(あかがね)』と、高機動バインダーを装着したISラファール。

銅が口を開く。
「ではこれより一年二組のIS実習を行う。君たちはすでに藤原先生の安全講習を受講しているはずなので、この学園での禁止事項は重々理解していると信じている」
「そして、規則を守ることはもちろん重要だが、規則とは安全のためにあることを忘れないでもらいたい。もっとも重要なことは自分の技量を正しく認識することだ」
「くれぐれも事故のないように。ISに乗っている限り怪我をすることはないだろうが僅かな力加減で20人分のひき肉ができあがることを肝に銘じておくように」

彼女の名前は高鳥愛。世界初の男性IS搭乗者 織斑一夏の発現した現場にいたために種々の面倒に巻き込まれ、ジュネーブに召喚されていたために、つい先日まで学園を留守にしていた、一年二組の担任教師だ。
その隣に立ち、ISラファールをまとうのは、副担任のグロリア・イラストリアス。


「では右の五人はグロリア先生と一緒に空中機動訓練、残りの五人は私とともに地上機動訓練だ。残りの生徒は見学・助言をするように」

五機と一機のラファ―ルがふわりと宙に舞い、空中に整列する。

見届けた高取は残る五機を再度整列させて指導を開始する。
「IS戦闘においては、地面の使い方が重要になってくる」
そう言って銅の降着装置で軽く地面を叩くと、グランドに敷き詰められた砂が音を立てる。

「一時、IS第一世代では、脚部不要論、IS空中要塞化論が注目を浴びたこともある」
「確かにISの慣性質量制御能力に力場操作能力を使用すればこのようなことも容易に行える」

銅がふわりと浮かび、脈絡もなく急加速、100km/hを優に超える速度に達し、その速さを維持して慣性を無視した稲妻のような軌跡で機動してみせる。
棒立ちのまま行われたそれは、出来の悪いヴァーチャルゲームのような光景だった。

その機動を終え、再び生徒たちの前に着地して
「これだけできれば、遮蔽物に隠れた歩兵から、戦車、戦闘ヘリ、戦闘機、艦艇……通常兵器を屠るのには十二分だ」
「しかし、ISに対抗するのには十分とは言えなかった。IS空中要塞は数機の試作機のみでその系譜をあっさりと閉じた」
「その理由はなにかわかるか?」
生徒の一人が挙手をして、高鳥が発言を許可する

「はい、IS空中要塞はISの武装・装甲の更新速度が想像以上に速かったため抑止力を維持するためのコストが見合わないと判断されて開発中止になったものと記憶しています。また、無数の兵装と巨大な機体を制御するために、比演算戦闘力が悪かったためとも聞いています」

「その通り。特に、IS空中要塞の開発と評価の過程で提唱された比演算戦闘力という考え方は非常に重要だ」
「ISはコアと自己空間内で行われる演算が全ての源になっている。その限られた演算リソースをどのように割くのかが、IS戦闘の肝になる」

「空中機動を行う場合には、物理法則への干渉や機体の制御など演算を多く使用する。一方で、ギアで地面を蹴る場合、機体表面の力場、絶対防御のみを操作する」
「空中の機体制御は人間の脳には向いていないため、多くをISが補助する必要があるが、地面での肉体の使い方は人間の脳に刻まれている。その点でもISコアの負担は小さい」
「話せば長くなるが、今はIS実習の時間だ。そのような理論的なことはレポートを課すので、後に各自学習してもらう。まずは基本動作の自由走法でグランド15kmコースを一周だ。ついてこい」

はい、という生徒達の小気味よい返事。
銅が地面を蹴るとそれに五機のラファールが続く。
サバンナの肉食獣のようなしなやかな動き。ギアの生み出す爆発的な反作用は、ISをほとんど滑空させるように走らせる。
五機のラファールが歩幅や蹴る角度を調節し、それによる走力の変化を確かめ、時に力加減を誤って高さ10m近い放物線を描いたりしながら銅に追従する。
銅はその様子をハイパーセンサーで観察しながら、時に通信でアドバイスを送る。


残された20人は、その六機の様子や、空中で輪を描くような機動をする五機を熱心に見つめたり、個人端末でISの状態を確認したり、ハイパーセンサーの情報の一部を学園のサーバーを経由して閲覧するなど、それぞれができることを行う。

六機はあっという間に15kmを走り抜け、二週目に突入する。
<<では次だ。自由走法の場合どうしてもISがふわりと浮き、急加速・急減速、方向転換に向かない。最高速度の面でも歩幅を小さくとり、連続的に地面を叩く方がより速度を稼げる。そこで、ISの重力定数を大きくして、万有引力により滞空時間を短縮し、より大きな摩擦力を得る>>
銅が歩幅の大きな跳ねるような走りから、人間の短距離走を早回ししたような走りへと突如変化し、一気に加速する
<<いわゆる強制走法だ。これでもう一周、15kmだ>>

<<も、もう一周ですか?>>
生徒の一人が高鳥に通信を飛ばす。銅は強制走法から再び自由走法へともどり、速度を落としながら答える。
<<そうだ。どうした?>>

<<強制走法でそんな距離を走ったことがないので、自信が…>>

<<だれだって最初はそうだ。ここは地面を抉り飛ばしても施設科の職員がすぐに修繕してくれる。危なくなれば私がフォローする。思い切りいけ>>

<<は、はいっ>>

<<ちなみにだが…二年は30km走らせても体幹がブレないぞ。ISの機体制御サポートなしで、だ。これによるIS戦闘での優位性がわかるか?わかったな、よし走れ!>>

生徒達はそれぞれ、なんとか二週目を終え、見学していた生徒たちのところへと向かう。
ちょうど、空中機動訓練を終えた六機も合流する、そのうちの五機はふらふらとしながらだった。
10機のラファールが整列するとそれぞれISを降り、代わりの生徒がギアに足をかけてラファールに乗り込むように装着、同調する。
「よし、右五人はグロリア先生に、残りは私についてこい」


空中機動訓練を終えたものは、用意してあった給水器に飛びついて、電解質と糖分を含む水を飲み、チョコをかじり酷使した脳をいたわった。
地上機動訓練を終えたものは、隣の者に走法の感触や感想を質問したり、自分のフォームについて指摘を頼んだり、見学していたクラスメイトに個人端末の情報ではどのように映ったか、といったことを聞いたりした。

傍目から見れば試験を控えた学生が、雑談がてらにその科目について語り合うようだったが、その場において強く作用していたのは友情や、その年代の女子ならではの馴れ合いといった心理ではない。
波風を立てず、29人をいかに使えるか。穏やかな笑顔の奥には常に野望が秘められている。
IS学園とはそのような場所だ。

しかし、一人生徒たちのグループから離れて立っている少女にとってはそうではないようだった。
学園支給のものでない小さな携帯端末をつまらなそうに操作する様子は、ISに触れられる機会を与えられた人間のそれではない。
「鳳さん、私のISの使いかたはどうだった…かな?」

そんな彼女に近寄り、おずおずと声をかける生徒が一人。その様子もまたIS学園らしからない。
「ん」
少女、鳳鈴音は一瞬だけ目線を送り、再び端末に目線を落として。
「さぁ、あんたに興味ないから見てないんだよね」
とだけ言いはなつ。

声をかけた少女は一瞬顏をこわばらせ、不自然な笑顔を作って、
「あ、あはは……ごめんなさい…」
と震え声で答える。

二人のやりとりを、残る18人が横目に見るものの、鈴が視線を感じて軽く見まわすだけで彼女たちはさっと目をそらす。
「アタシには、あの程度のことが出来ない理由がわかんないから、アドバイスとかできるわけないじゃん」
その言葉はその場の全員に確かに聞こえたが、誰もが沈黙をまもる、誰も内心で強い反感を持つことさえしない。
それは一種の防衛的反応でもあった。

二つ目のグループが終わり、最後のグループにISラファールが回ってくる。
ラファールを纏った鈴は、本当につまらなそうな顔をして、誰よりも綺麗なフォームで走り、誰よりも速く走る。

同じ機体のはずなのに、自分の全力は彼女の半分にも届かない。

グロリア先生の示す方程式が描く軌跡を、鈴は正確にトレースして宙に幾何学的な模様を描く。

自分が四苦八苦しながらやり遂げたそれを、彼女はさらりとやり遂げる。

先生たちはその態度を叱りはしない。IS学園の評価項目に、周囲との協調性や集団行動ができる生徒であること、などということに類することはほとんどないからだ。
比較はもとより、批判すらも虚しく、自分の心を抉るだけなことを知り、感情のままに彼女を排除することさえ不可能と気づいたクラスメイト達は―――


―――――今、一人の男を取り囲んでいた
「鳳さんが話があるんだって」
「オトコなんだから、逃げないわよね?」

場所は食堂に通じる廊下、時刻は午前の講義も終わった頃。
IS学園唯一の男子生徒織斑一夏を、六人の女生徒が取り囲む。
一夏が重心をわずかばかり傾けただけで、彼女たちはそれに反応してわずかに立ち位置を変える。
無傷での強行突破が無理とわかった一夏は、逡巡して
「わかった。連れて行ってくれ」
と硬い顏で答えた。

六人は一夏を建物の隅、先には非常口しかない袋小路へと連れて行く。
そこで待ち受けるのは、鳳 鈴音。

「一夏!」
鈴は甘い声でその名を呼び、小さな体で、体格の良い一夏を精一杯抱きしめる。
一夏の胸に、その柔らかな頬を擦り付け、んっ、と目をつぶり声を漏らす鈴に対し、一夏は体をこわばらせ、ただ棒立ちとなって鈴に抱きしめられるままにする。

「……どうしたの?一夏……ゲームにも来てくれなかったし…」
それを聞いた一夏は、鈴をドンと突き飛ばし、引き離す
「きゃっ」

「鈴。どうしてあんなことをした……」
一夏の声色は、感情を感じさせない。

「ひどいよ一夏……いきなりなにするの」

「答えろ鈴。どうしてあんなことをしたんだ」

「怖いよ一夏…それに、あんなことって?」

「……もう勝負はついていた。彼女にあそこまでする必要はなかっただろう」

「あぁ、ゲームのこと?……覚えていないわ。なんとなくよ」

「なんとなくで人の骨を折るのか!、人を撃つのか?」

「人じゃなくてISでしょ、死んでないんだし大したことないじゃない。どうしたの?一夏…変だよ?」

「変なのはお前だ、鈴。お前はもっと優しい女の子だった…あの頃の鈴ならあんなことはしないし、そんなことは言わなかった!」
「それに、人を手下のように引き連れて群れるのだってお前らしくない、そういうのは、鈴が一番嫌っていたじゃないか」
一夏の声が廊下に響く。

「なに?言いたいのはそれだけ?」
「一夏はアタシの何を知っているっていうの?」

一夏は言いよどむ
「……向こうで、なにがあったんだ、鈴…」
それは絞り出されるような声だった。

「そんな自分自身に言い聞かせるような、弱弱しい言い方じゃ、とてもじゃないけど教えられないわ」
「アタシは……ずっと部屋で待ってる。一夏が一人でアタシの部屋に来られたら…教えてあげる。そして聞かせて?これまで一夏にあったことを」

一夏が、すぐさまにそれに返事をできないとみるや
「じゃあね。待ってるから」
鈴は、六人を引き連れて食堂のほうへと去っていく。

一人取り残された一夏は力なくうなだれる。





その日の深夜。ネグリジェ姿のセシリア・オルコットが自室で机に向かっていた。
『――以上がIS学園1年1組において行われた、クラス代表戦対策会議の概要である』
やや分厚い、旧態依然とした二つ折りのノートパソコンには、小さく英国王室の紋章が刻まれている。
『葉竹 虎子により行われたIS甲龍の戦闘能力分析およびそのプレゼンテーションの映像を添付する』

そのノートパソコンには、いつもセシリアが身に着けているイヤーカフスが有線で接続されており、セシリアがエンターを押すと、データがイヤーカフスへと転送される。
そのイヤーカフスと、IS学園のハンガーで眠るブルーティアーズは、量子のもつれ状態にある素粒子を共有しており、一切のタイムラグなく、そして一切の盗聴の可能性なく、すべての情報がブルーティアーズへと転写される。
そしてブルーティアーズはイヤーカフスから飛ばされたセシリアの意思を認識し、一部機能を起動。英国・ロンドンへとニュートリノ暗号通信を照射した。

英国本土からの『受信を確認』の通信を確認すると、ふぅ、とため息をついて、ぐぐっと背を伸ばす。

「一夏、せいぜい頑張ってくださいまし」
勝利確率は二割、いや一割ぐらいだろうか、とセシリアは思った。
あの中国女に見事泥を塗ってくれれば大金星、甲龍と鳳の性能限界を知ることができれば御の字だろう。

部屋に電子音が響いたのは、セシリアがそろそろ紅茶を淹れて、明日に備えて寝ようかと思い席を立った時だった。
ノートパソコンを仕舞、部屋に備え付けられた学園の端末を開いて、来訪者を確認する。

セシリアはドアを開き、その少女を招き入れ
「こんな時間にいったい何の用ですの?篠ノ乃 箒?」
と単刀直入に聞くと。

「セ、セシリア・オルコットっ、そ、そのいてもたってもいられなくなって…急な来訪申し訳ない…」
このあわてよう、落ち着きのなさ。セシリアはすぐさま一夏がらみのことと悟った。
「こんなことを相談できるのはセシリアぐらいしかいなくて、だな」

いつになくしおらしい箒に、セシリアは内心首を傾げ、多少の心配をして声をかける。
「それで…いったいどういう相談ですの?」

「過去に一夏とあの女が交際しいたとしても、だな…現在血肉を軋ませあっている私と一夏のほうが絆が深い、ここまではいいな?」

「ええ」いいのか?という内心の疑問などおくびにも出さず、真剣な顔でセシリアは頷く。

「け、けれどだ。一夏とあの女が試合をしたら…」

――――――――――――――――
絆の深さで言えば、剣を交わす>男女の交際
であることは自明であり、一夏との絆の深さも、箒>あの女 も自明である
しかしながらクラス代表戦が終わると
箒=剣を交わす
あの女=男女の交際+剣を交わす
となり、一夏との絆の深さも、あの女>箒
と逆転されてしまうのではないか、と、最近鍛錬にのめり込む一夏を見てふと考えが浮かび、夜も眠れなくなってここに来た。

「――というわけですの?」

「そ、そうなんだ…なぁ、セシリア…私どうしたら」

「どうしたらって…試合が終わった後、一夏に告白してお付き合いしてしまえばよろしいのではなくて?」

「ほげっ」

「なんですの、その間抜けな声と顏は」
「まぁとにかく、そうすればあの女と対等な立場になれますわよ?」

「で、できるわけないっ!そんなこと言えないっ!」

「あら…箒は一夏と、稽古や試合のほかに、男女のお付き合い…デートやキスには興味はないのかしら?」
セシリアは腕を組み、たわわに実るそれを強調するような恰好になる
「想像してみてごらんなさい、一夏にお姫様だっこされたり、パフェをあーんしてもらう自分を」

ぼんっ
セシリアにもいよいよ、箒から湯気が噴出する様を幻視できるようになってきていた。

「……男というものは想像以上に優柔不断な生き物ですわ」
セシリアの纏う雰囲気が変化する。
「はっきり言って、一夏はまだ貴女と鳳さんとの間で揺れているのです」

「なっ!」
「この前、過去の女だから、現在の私に分があると言っていたではないか!」

「それは、同じ基準で評価した場合ですわ。考えてもみてください。一夏にとって貴女と鳳さんでは付き合い方が大きく異なりますわ」
「重さと長さ…どちらも大切ですが、その二つを比べることはできませんでしょう?」
「それと同じこと。つまり、鳳さんと一夏が剣を交わし、さらに貴女と一夏が交際すれば、両者は同じ立場…はっきりと比べられる二人になりますわ!」
「基準がはっきりと決まれば、勝敗がはっきりと決まりますわ。つまり…一夏がどちらを選ぶか、ということが」

「今!貴女!もし選ばれなかったらどうしよう、という考えがよぎりましたわね!」
指差された箒はビクっ!と体を震わせる。
「思い出しなさい、鳳は一夏にとって過去ですが、貴女は一夏にとって今なのです。つまり――」

「つまり……」
箒はゴクリと唾を飲んで、セシリアの次の言葉を待つ。

「つまり!一夏の、鳳に対する評価は変化しようがありませんが、貴女に対する評価はいくらでも上げることができる、ということですわ!」

その時箒に電撃走る。

「篠ノ乃 箒、織斑一夏に、より熱意をもって稽古をしてやるのです!」
「無論こまめな休息と水分補給を挟みつつ度を越えた過負荷はせずに精神論だけでなく人体科学的な訓練も取り入れつつ間にちょっとした優しさを挟みながらっ!」
「そうすれば一夏の評価はうなぎのぼり、ついでに勝利確率もうなぎのぼり!ですわ。たとえあの女と試合をしても、もう何も怖くありませんわ」

「おおっ!」

「一夏はきっと貴女を選びますわ…さ、明日も早いですし、そろそろ部屋にお戻りになったほうがよいのでは?」
「あなたが寝不足では良い稽古ができずに一夏の評価を下げてしまうことになりますわよ?」

頬を染め、瞳を潤ませて、感激に身を震わせながら
「うぅっ…セシリア・オルコットっ!恩に着る!」
箒がだっと部屋を出て行った後ろで、セシリアは大きなあくびを一つした。

「おやすみなさい箒…せいぜい頑張ってくださいまし…ふわ」
また小さくあくび。

「さて……寝ましょうか」
勝利する確率は少し…五分ぐらいは上がっただろうか、なんて考えながらセシリアはベッドに横になる。



[28794] Omens of love(前)
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:c46704d8
Date: 2012/03/31 16:34
クラス代表対抗戦とは、一年のクラスで選出された四人のクラス代表による総当たり戦である。
その意図は、一年生の実力を推し量るため、そしてその学級がひとつの行事を通じてどのような反響を生ずるかを観て、気質を調査するためである。
後者は、主に教師・事務員・政府と繋がりを持つ生徒が気にするところだが、一般の生徒にとってはそんなものに興味はない。
ごく平均的な2、3年生にとっては、前者、すなわちその学級で代表に選出されるほどの実力を持つ生徒が試合をするその姿を見物すし、今年は豊作だ、不作だと批評することが、クラス代表対抗戦の意義だった。

IS学園第一ISアリーナ。上段観覧席に二年三年と手の空いた教師と事務員が詰めかけ、八割ほどの席が埋まっている。第一ISアリーナは国際試合に対応したアリーナでありながら、観覧席は全周を覆わず、ほんの一部にしか設置されていないため、学園内の生徒だけでも八割の席を埋めることが出来ていた。IS学園のアリーナが一般に開放されることはないためこれで十分だった。
下段観覧席では、一年各クラスの生徒達が食い入るように闘技場を見つめる。

そして、観覧席と不可視の力場で隔てられた闘技場。広大な空間の中に、二つの人型。
人間の目には不可視であっても、その人型が振り返り見れば、それは世界と闘技場とを隔絶する不可侵の壁となる。そのようにして切り取られた広大な空間の中で、二つの人型、すなわちISが相対する。

その片割れのISはラファール・リヴァイブ。しかしそのフォルムはデュノア社から出荷される標準状態とは大きくことなる。
背中には翼のようなバインダーではなく四基の長方形のパックを並列に背負い、そのフォルムを大きく変化させている。それだけではない。深緑の鎧の四肢は一回り大きくなっている。
下肢、ギアの脛に当たる部分は打鉄のギアを連想させるほどに膨らみ、末広がりとなっている。腰部には左右一丁ずつ、計二丁のISサイズのショットガンが取り付けられており、接続部の形状からそれが単純なハンガーではなく、自動砲台として機能することが読み取れた。
右腕部には肘から手首までほどある機関部が取り付けられ、肘方向に折りたたまれたT型マズルをもつ砲身が後方へと伸びている。
左腕部には分厚い楕円形の盾。加工困難な超硬合金のインゴットが煉瓦のように無骨に埋め込まれ模様を描き出されており、その裏側には右腕部に取り付けられた砲の弾倉が格納されている。

背中に背負われた長方形の物体…ラムジェットエンジンパックの間に備え付けられたハンガーには、ライフル銃と直刀が収められ、エンジンパックのパイロンには大型ミサイル二発、縦長比が大きい高速ミサイルが二発、四基一括りで装着された浮遊機雷が計16基、装備されている。

このような装備を許容する拡張性・汎用性こそ、ラファールがもっともシェアを獲得した量産機となった所以である。そして世界各地でラファールが使用されれば使用されるだけ戦闘データは蓄積し、その装備は拡張されていくのだ。

しかしながら、科学の粋を結集し四肢に施された鋼鉄の武装は、ISスーツに包まれて浮かび上がるみずみずしい肉体と、スーツと装甲に挟まれた、二の腕と肩口、太ももの輝く素肌に注目したらならば、引き立て役にすぎない。
オーストリア新進気鋭のIS乗り、空軍所属ヨハンナ・シュトラウス。透き通るような白い素肌。青い瞳には芯の通った強い意思を滲ませ、ブラウンの髪は日の光を浴びて艶めく。

彼女が見つめる視線の先。そこにはIS『打鉄弐式』を身にまとう更識 簪。
打鉄弐式と銘打っておきながら、その形状は打鉄とは大きく異なる。
打鉄の象徴的な装備である浮遊装甲が存在しない。ギアは打鉄と比較してゲタ(搭乗者の足の先からISのつま先までの部位)が短くなり、裾が絞られおり、かなり小さく纏められている印象を受ける。
腕部も細く、剣道の小手をやや大きくした程度であり、特に手はかなり小さい。これは、搭乗者の手を直接装甲と強化繊維で覆いISの指としているためだ。
一般的なIS腕部の構造として、腕部内部に搭乗者の拳を格納し、ISの指は純粋に機械によって構成されているが、打鉄弐式はこの方式を採用していない。

ヨハンナの身にまとうラファールが極めて兵器的なフォルムをしているのとは、まさしく対照的な、人間的なシルエットを形成していた。
日本代表候補、更識 簪の目が、眼鏡の奥からヨハンナを冷徹に見つめ、二人の視線が絡み合う。


ヨハンナは軽く首を回し、絶対防御にアシストされて重武装の両腕を軽々と回し、肩を解すような仕草をして。
「どうぞよろしくお願いします、更識さん。国家代表候補の胸を借りるつもりで行きますよ」
と言う。それに対して更識は無言。

「打鉄弐式ですか。ほんとに打鉄の後継機なんです?それ」
やはり更識は無言。
「結構…マジな感じですね。」
とヨハンナは小さく笑う。

<<ではこれより、第一学年クラス代表対抗戦を行う>>
会場と二人の脳内に、アナウンスが響く。
<<一年三組代表ヨハンナ・シュトラウス、一年四組代表更識 簪。両者とも全力を尽くして悔いのない試合を行ってください>>

「ま、僕も結構マジなんですけど」

<<試合開始まで30秒>>

両者のハイパーセンサーの片隅で停止していた時間表示がカウントダウンを開始。
ラファールの背中に背負われた四基のラムジェットエンジンポッドが前後・左右に動き、三次元偏向ノズルが開いて閉じる。

<<試合開始まで20秒>>
右腕部で畳まれていた砲身が機関部との接続部を回転軸に回転し、前時代的で強固な固定具が砲身に噛みついて音を立てる。

<<試合開始まで10秒>>
左腕がボルトを引き、巨大な弾倉から薬室に初弾を供給する。

<<試合開始まで…5、4>>
ラムジェットエンジンポッド先端存在する圧縮室に空気が量子展開される。膨大な量の空気は一気に凶暴な圧力をもち、さらに燃料を混合されて化学エネルギーを蓄えて、解放を待ち望む

<<……2、1>>
ヨハンナは砲門を指向して初めて気づく。投射された砲弾が食い破るべき標的が存在しないことに。

<<0!>>
試合開始と同時に薬莢を叩くはずだった撃鉄は静止したまま、射撃と同時に点火されるはずだったラムジェットは沈黙を保つ。

一拍にも満たない間隙の後、燃焼室の爆発的な燃焼により発生した高温燃焼ガスがノズルを通じて熱運動を流速に変化させ、反作用による膨大な推進力を発生させる。
ラファールは四つの閃光を残して弾かれるような急加速。そして、一瞬前までラファールが存在していた空間を、二つの影が切り裂く。

ヨハンナは亜音速の巡航速度に移行しながら、ハイパーセンサーの高精度索敵領域を拡大しさらにその二つの影にセンサーを指向する。
ハイパーセンサーは時間を切り取り、未だ空中を滑空し空気を切り裂くそれを、高速で回転する十字に組み合わされた一辺1メートルほどの刃であると解析した。

打鉄弐式はどこへ消えたのか、この“シュリケン”を撃墜すべきか、選択肢がヨハンナの脳裏によぎる。
ハイパーセンサーによる索敵に演算を大きく割り振り、同時に迎撃の武装を吟味しようとしていたヨハンナは違和感に気付く。ハイパーセンサーを指向しているのにもかかわらず、そのシュリケンの存在感が異様に希薄であることに。

四基のジェットポッドが真上を向いて、それまで緩やかな曲線だったラファールの軌跡に、90度の直角を刻む。
演算容量捻出のためラファールの慣性質量はほぼ低減されていない。物体の加速度は物体の質量と作用する力にのみ依存する。質量が大きい物体に大きな加速度運動をさせたいならば

ゴウ、と超高温の燃焼ガスが幾何学的な火柱をあげてラファールの運動方向を強引に変化させる。

そのぶん大きな力を作用させばいい。それは単純な物理学だ。ヨハンナのラファールは愚直にそれを実行する。

ラファールはブラウン運動のごときランダムな軌道で飛行しながらギアの追加部位の一部を開き、直径約5cmの円柱型マイクロミサイルを置き去りにするように投射する。
機械式で押し出された四基のマイクロミサイルはすぐさまにモーターに点火、青白い火炎を噴射してシュリケンに向かう。
側面からオレンジ色の細い火炎を断続的に噴出させながら軌道を修正して一基目が信管を作動させてシュリケンに至近弾をとして炸裂して吹き飛ばし、二基目が直接食らいついてシュリケンを地面に追い落とし、その鋭利な刃で地面に十字架を立てさせた。

ヨハンナはそれをハイパーセンサーの片隅で知覚しながら、射撃姿勢を一切考慮しない高機動を繰り返し、定期的に浮遊機雷を設置しながら、演算をさらにHSに割り振って打鉄弐式を索敵する。それ以上に飛来する物体がないか注意を払う。

あのシュリケンがこちらに到達するまでラファールに警告を発せなかった。あのときの点火は空軍で叩き込まれた『敵に見られているなら漫然と飛行するな』という戦訓が無意識的に行ったものだった。
あのまま茫然と立ち尽くしていたなら、あれは地面でなく自分に突き立っていただろうとヨハンナはぞっとする。

飛来する物体はない。ヨハンナは周囲を警戒しつつ、ノズルを操作して次の機動に移る。
その時、ヨハンナの肩、胸、太ももに鋭い痛みが走る。たまらずポッドを偏向し回避、その場から逃避する。

「うぐっ!」
回避したはずだった。再び走る予期せぬ痛覚にヨハンナは呻く。
痛みが走った部位に一つを素早く手で押さえ、その手を目の前で開く。


そこには、立体的に四方向に鋭く針を伸ばした物体があった。針の頂点をつなげば正四面体のようなそれが痛みの正体らしかった。
拳を握りそれを押しつぶす。絶対防御を纏わないそれは絶対防御を纏う掌に圧縮されて針金よりも容易に変形する。

二基のジェットポッドが大きく回転し、肩の上から被さってノズルを前方に向けて噴射、ラファールが減速しきって停止すると、残る二基が垂直に推力を吐き出してその場に浮遊する。
ラファールからの警告、絶対防御に外部中性子混入。絶対防御の操作・整量に支障なし。

ドゥッ!ドゥッ!
右腕に備え付けられた砲が火を噴きでたらめな射線で砲弾を打ち出す。一発、二発、闘技場のバリアシールドに衝突して爆ぜる。

ドゥッ!
三発目。それはバリアシールドに達する前に空中で爆ぜ衝撃波が空気を歪める。そしてラファールのHSは重力に引かれて破片とともに落下する四肢をもつスパイクを識別する。
ヨハンナは、いたるところにすでに絶対防御が塗布されたスパイクが空間に固定され、さらにHSに捕捉されにくいよう処理がなされている、と推測する。そしておそらく、その処理とやらと打鉄弐式が消えたことには関連がある、とも。


安易な回避はできない。機動をとればとるほどスパイクが絶対防御を侵食する。そもそも捕捉すらできず攻めることも困難。こうやって足を止めている現在、おそらくここを中心に濃厚な機雷原ならぬスパイク原が構築されていることだろう。
こちらは未だ打鉄弐式の手札のうちの二枚しか見ていない。もし場をつくられた上でエース・もしくはジョーカーを切られたときに自分は対処できるだろうか?
ヨハンナはペロリと唇を舐める。来るなら来い。アイボールセンサーMK-1は周囲を索敵しながらそう口ほどにものを言う。

ラファールと共同での情報解析があてにならない今、HSの範囲は全天であっても索敵範囲は全天ではない。前方に意識を集中するということは後方への意識は散漫になるということである。

そしてヨハンナの意識の死角、真後ろ斜め上より、シュリケンが音もなく空気を切り裂いてヨハンナに向かう。ラファールはコマのように急旋回、砲門をシュリケンに向ける。
憎らしいほどに優秀だと、ヨハンナは笑うしかない。ラファールと視神経をリンクさせて意図的にHSの解析範囲を偏らせたとたんに、その死角をついてくるとは。
同時に考える、そしておそらくこれは最初のように多方向からの攻撃だ。別方向からの二撃目こそ本命だ、と。その投射の瞬間を捉え、捕捉・撃破する。ヨハンナは正面のシュリケンはもとより周囲の空間に意識を配りながら引き金を引く。

瞬間、シュリケンが上下に分裂しその間に砲弾を通過させる。
反射的に分裂したうちの一つを射撃、撃墜する。もう一つ。間に合わない。

浮遊機雷を置き土産にジェットに点火、盾を進行方向にかまえ投影面積を最小にして急速離脱。
盾にスパイクが次々に突き刺さり、覆いきれない部位にもスパイクがぶちあたり、絶対防御を侵食する。
シュリケンがラファールのかわりに浮遊機雷を切り裂いて、爆裂。黒煙の花が派手に空中に咲く。
ヨハンナが浮遊機雷に使用されている炸薬は黒煙など出さないはずだと思った刹那、二つの接触点から無数の刃が飛び出して殺到する。

てのひらほどの刃のついた鉄板、菱形の楔のような物体。それらが無防備な背中に突き刺さる。
動揺も収まらないうちに黒煙の内側から分銅を先頭につけた鎖が飛び出し、ラファールのギア右足に絡みつく。一瞬たわんだそれは張力をうけて張りつめラファールを引きずろうとする。

ラファールがためらいなく左手で鎖をつかみ引張る。両端から猛烈な力を受ける鎖がギリギリと音を立てる。そのまま鎖と並行に砲身をのばし鎖の起点に砲口を向ける。
引き金を引こうとした瞬間突如張力が喪失し、ラファールがひっぱるまま鎖が飛び出す。その先には黒い球体。ヨハンナがなにもできないうちにそれは爆裂し同時に鎖が連鎖的に爆発。ラファールは黒煙に包まれる。

一瞬の静寂。黒煙から煙の帯を曳きながら何かが落下する。
それは、ぐしゃぐしゃにひしゃげて一切の機械的機能を失ったラファールのゲタ、そして砲身が歪み砲弾を発射できなくなった右腕部の砲。指を失った左腕。

煙が晴れる。そこには、左腕で抱えるようにライフルを構え、右腕に長刀を握り、左ギアの装甲を全開にしてハチの巣のようにマイクロミサイルの頭をみせ、そして、腹部から銀色に煌く刃を生やしたヨハンナがいた。

背中から腹にかけて熱湯を浴びせかけられたような衝撃、同時に冷たい物体が内臓をかき分ける感覚。おなかから生えた刃。ラファールからの信号が途絶し、ヨハンナの感覚に上書きされていたそれらが喪失する。同時にハイパーセンサーが失われ、必要最低限以外のすべての機能が停止する。

「君はNINJAか?……まけたよ、完敗だ」
さわやかな笑顔を見せながら、ヨハンナはゆっくりと振り向く。直刃、四角鍔のやや短い刀を携えた更識 簪のほうに。
更識は、試合前となんら変わらない感情を感じさせない瞳で眼鏡の奥からヨハンナを見返す。
「さすが日本代表候補というべきかな。君は強かった」と差し出した手を無視して、更識はふわりとピットのほうへと飛んでいく。いつの間にか刀は消えていた。

「つれないなぁ」とヨハンナは苦笑いしながら「さすが代表候補というべきか…それとも、さすが更識、というべきなのかな?」とつぶやく。

シールドスクリーンが解除され、整備課のロボが闘技場に繰り出して地面に落下したラファールの破片と打鉄弐式の装備を回収し地面を整備していく。

更識 簪は闘技場から観覧席のほうをみる。もはや遮るものは何もない。
二階席中腹、ただ一点のそこだけをみる。そして見つけた。見つめ返された……笑いかけられた。
眼鏡の奥で簪の瞳がわずかに揺れる。そのことに気付いたのは、この空間においてたった一人。

「さぁ、早く殺しにいらっしゃい」
その声は、アリーナに響く歓声と、四組の勝利を告げるアナウンスにかき消された。

























Q&A風脚注

Q整量とはなんぞや?
A中性子により構成された絶対防御は、中性子の波としての性質、粒子としての性質、エネルギー準位の操作によって制御されています。PA整波性能の絶対防御版とイメージしてください。

Qヨハンナのラファールのは、ラムジェットじゃないじゃないか
Aラムがないので確かにラムとは言えませんね。ただ、タービンによる圧縮機を使わないジェットエンジン型(ブレイトンサイクルに従う)内燃機関ということでイメージしやすいラムジェットエンジンという名前を使わせていただきましました。
詳しくはwikiを参照してください。ラムでの圧縮を空気を狭い空間に展開することで代用しているイメージです。

Qステルス処理が万能に、テロリズム万歳世界になるのでは?
Aステルス処理は極めて単純な構造の小型のものにしか適用できないので、テロには使えません。
また、まだこのステルス処理自体が汎用性を持つものではないのでそうそう利用することもできません。

Q盾も絶対防御をつけているのなら、絶対防御の支配率的な意味で防ぐ意味ないんじゃないの?
A痛くないというのと、機械的な機能喪失をしないというのは大事です。

Q浮遊機雷はどうして浮いているの?
A宇宙空間で使用されることを前提にしているため…ではありません。重力定数を操作して『重さ』を低減させた上で、取り付けられたフィンを回転させて浮遊しています。

Qポッドやギアには突き刺さるのに、肉体には突き刺さらないの?
A肉体が露出している部位に攻撃が加えられると絶対防御を破られまいとして厚くして貫通を防ぎます。これは制御装置に負荷をかけるので、装甲がある部分では貫通されるままにしたりするということです。



現在、物理定数の書き換えによる超物理推進と、既存の物理学に従う推進装置にIS技術を使う二通りで、どちらがより優れているのかを模索している黎明期です。
訓練や試合で、ISから実に生生しい感覚を伝えられるので、IS乗りは暴力を振るわれる痛みを知っています。なので、IS乗りは安易には暴力を振るいません。










あとがき
諸事情で現在感想板に書き込みができません、もうしわけないです。
リハビリとして前座の試合を書かせていただきました。国家代表候補がガチで殺しに来るとこれぐらいの試合になるということで。
更識家は設定に忠実な感じです。



[28794] 【番外編】 GALACTIC FUNK
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:e7d0f7e6
Date: 2011/12/14 21:04
ISが467騎じゃ足りないんじゃないかと思ったあなた、リミッターを外したISがどうなるかを知りたいあなたへ

















































































******** この話の描写は半径100万光年に他のISが居ない場合です **************

******** IS管理部に同等以上の火力で制圧されます。絶対に真似をしないでください *******


































ガラス玉を埋め込んだ肉塊に赤い肉質の毛を無数に生やして、二本脚を取り付けた、そう表現するほかない20メートルを超える醜悪な生物。
その足元には、ガラス玉を二つに増やし、それが肉塊から飛び出そうとするのを、無理矢理に皮と肉とで繋ぎとめようとするような、3メートルほどの、二足歩行生物。
それが、地平を覆いつくすまでずらりと並んでいる。

それらの間にところどころ、高さ直径共に60メートルを優に超える、紫色の肉塊が、アクセントをくわえていた。

その生理的嫌悪を催さずにはいられない群れの中心には、鋭利な断面をした金属板を、積み木のように雑然と積み重ねたような、全高1.5kmを優に超える構造体。

突如、それらはその巨大な目にも似た照射粘膜で空のある一点を見上げ、一斉に光らせた。


構造体の真上、地上から25km、その粘膜から照射された光子の焦点に、それは悠然と宙に浮いていた。

背の高さは1.6mほどの、全身を白亜の滑らかな素材で覆った人間そのもののように見えた。
そして、それは、女性的な特徴、すなわち二つの胸の膨らみ、くびれた腰まわり、丸く柔らかそうな臀部、ほどよく肉のついた太もも。
さらに、頭部には長い二つの上を向く耳に、顔面には二つの赤いつぶらな瞳、お尻には丸い尻尾。
ラバースーツのバニーガールという倒錯的なビジュアルだった。

それは、ゆっくりゆっくりと、上空25kmを降下していく。

眼下で粘膜を光らせたそれらはなんだのだろうか?
無論、そのバニーガールへ、とてつもないエネルギー密度で光子は殺到し続けている。

しかし、ご存じだろうか、あらゆる光子は見分けをつけられないということを。
すなわち、それがバニーガールが放出した光子か、醜悪な肉塊が放出した光子か、判別することが出来ない。

ゆえに、バニーガールが、光子を放出する手順と全く逆のことを行って、それらの光子を分解することはまったく容易な事だった。


1時間程かけて上空10kmまで降下したとき、相変わらず目を光らせるだけだった群れに変化が現れる。
紫の肉塊が、ドクンと脈打つと、肉塊が一本の腸のようにほどけ、その先端がすぐ傍にぼっかりと開いた穴へと侵入する、
先端に備えられた、長く、6節ある三本の指で、15メートルほどの、打製石器を思わせる殻から乳白色の6本足を突き出した生物を掴み、引き摺り出してくる。

肉塊の高さと直径は、折りたたまれていた鞭のような腕で稼いだものであり、肉塊は、地面に半分埋まる直径20メートルほどの肉塊に、
直径10m,長さ80mほどの肉鞭が生えた形状へと変化していた。

それは、ぎりぎりぎりと大気を震わせる音とともに引き絞られ、そして開放される。
その先端の速度は大気のマッハ速の10倍を軽く超え、投げ出された殻付きの生物は、大気との摩擦で一瞬でその表面を赤熱させる。

バニーガールに、そうやって投射された生物は優に100を超える。
しかし、それはバニーガールの50m手前で瞬時に停止する。それが、あまりに正確に50mであったために、補間機能を有する人間の目と脳には、空中に描かれた球がはっきりと見える。

バニーガールが、手をくいと上にやると、それらは一斉に宇宙へと落下していく。
万有引力をそちらから受けたのだ、そのような落下はごく自然だった。

肉鞭たちはは30秒ほどで装填と弾性エネルギー充填を終え、第二射を行う。
今度は生物は停止しない。

ただ、バニーガールにぶつかって、破片をその延長線上に、円錐状にばら撒くだけだ。
空中に散らばる肉塊が焦げることで、やっと光子が照射されていたことを思いだすほどの効果はあった。

バニーガールは今、慣性質量にして1億トンほどの剛体なのだ。そのような投石に微塵の効果もない。
影響で言えば、丸めた紙を100kgの鉄塊にぶつけるときの鉄塊の変形のほうが、はるかに大きい。

第二射を受けたバニーガールは、ちらりと下を見る。
一本足をすっとそちらに伸ばして、もう一方を曲げ、どこかのヒーローのようにポーズを決める。
瞬間、万有引力定数が書きかえられ、1億トンの慣性質量は、1兆トンの重力質量となって、落下する。
構造体をどんな液体よりも抵抗無く突き破り、巨大な縦穴に密集する醜悪な生物達に孔をあけながら、一瞬おくれてやってくる分子運動による摩擦熱で焼き尽くす。
その孔はあまりに硬度と速度が違い過ぎるために、まるでギャグ漫画のようにきれいに型抜きされる。それも、数瞬しか見ることは叶わないが。

縦穴が急激に広がり、巨大な空間が現れた。バニーガールは、その床に、すたと着地する。
このときの慣性質量は55kg、地重力質量は30kg。
上空から瓦礫と汚物が落下してくる前に、バニーガールは地面をけり、あきらかに周囲の壁と異質な、タコの口を思わせる部分へと飛翔する。
やはり一蹴でそれを打ち破ると、その先空間に鎮座する、青く光る巨大な卵のようなものの先端に、一気に駆け上がる。

その頂上から延びる6つのガラス玉を備えた肉鞭の先端に、腕を突き入れる。
瞬間、青い光は輝きを失い、肉鞭は壊死したように、どろりと溶ける。

「う~ん、学習してるな~」

バニーガールは、その内側でつぶやく。

「スタンドアローンへの移行速度、攻勢防壁、自壊速度、やるな~」

腕にへばりついた細胞片を、うでを振るって掃い、顔が見えなくとも体の動きだけでわかるように笑ってそう独り言う。

「さて、そろそろ帰りますかな」

それだけ言って、もと来た道を引き返す。
空間には、ピクリとも動かなくなった生物が、絨毯のように敷き詰められている。
それを無視して、縦穴を上昇し、そのまま大気圏を突破する。


彼女を衛星軌道上で迎えたのは、全長1kmほどの白亜の舟だった。
二等辺三角形をした船体の下半分は、曲面を形成し、角度によっては白い人参に見えなくもない。
上面には、まるで、幾何学の教科書をひっくり返して振りかけたように、びっしりと構造物が張り付いている。

彼女はその上部中央部らしき部位にある、少し背の高い艦橋のように見える塔へと降り立ち、そのまま床を降下させて、舟の中へといく。
その床に導かれるまま、その舟のまさしく中心、舟を剛体と見なした時の重心の位置へと彼女は到達した。

そこには、直径4Mほどの球体が存在し、彼女がその中心で浮遊した瞬間、その球体の内側が輝く。
無数の光のラインが球の内部を周回し、その一部が彼女へと繋がる。

彼女は、舟の隅々まで感覚が行きわたるのを感じる。
あらゆる部位は、惑星への降下前となんら変化はない。ただ、軌道上で捕獲し、疑似情報と疑似エネルギーによって生かされている“生物”以外は

舟は、それまでただの金属の塊だった。しかし、動力炉と演算装置を再び組み込まれ、その役目を与えられ、その歓喜に身を震わせる。

「さ、おそうじおっそうじ~♪」

球体正面に直径二十センチの穴があく。そこを望遠鏡でのぞきこめば、正面の惑星がすんなりと見えるだろう。
それは、球体から先端までに物理的に空いた穴だった。

それに向かって、彼女は並行に二本の腕を伸ばし、お互いに手のひらを向ける。
その間に形成される、黒い穴としか言えない、直径5cmほどの球体。

それは、音もなくすっとその穴へとすいこまれ、その穴の中で時間を凍結されて、秒速100kmほどで舟の先端から飛び出す
地殻にくっきり5cmの孔をあけながら一直線に飛翔し、その惑星の中心部に到達した瞬間時間凍結解除、時空間に空けられた孔に、時空ごと全てが呑まれていく。
三次元空間が、螺旋を描いてねじれていく。恒星の自転軸の傾きを感知した。この恒星系の終焉は間もなくだ。

それまでの僅かな時間の間に、舟は質量を虚数化、物理演算推進で光速の約8倍に加速して、その恒星系を離脱する。

どうしてわざわざこのような舟を、木星型惑星三つ、地球型惑星16個を破壊してまで作ったのだろうか?
この程度のことならば、彼女だけでも易々と行えることである。

それに対する回答としては、疲れるから嫌だ、が全てであった。

その舟は、ISの延長部品に過ぎない。打鉄の浮遊装甲とほぼ同じ扱いである。
ISが無ければ価値は全く同じといっても過言ではない。すなわち、平等に意味が無い。

この舟の機能としては、ISによる物理法則書き変えの省力化、高速化、安定化、量子容量増大化、そして暇つぶしの空間しかない。
1kmという全長は、小型化に小型化を進め、一ミリも無駄の無い空間設計を実現しての大きさである。

巡航速度にある船内で、バニーガールは、その頭部を開くと中から麗しい美女が現れる。ただその頭部のウサミミは、頭蓋に突き刺さったままであった。

<<あ、ちーちゃん?わたしよわたし!………最愛の束さんからのラブコールだよ?もっと喜んでくれてもいいんじゃないかな>>
<<いまね、アンドロメダ銀河にいるの。でもぜんぜんつまんな~い。どこの光景もちっとも変わらないんだもん>>
<<でもね、少しづつ近づいてってるよ!>>
<<じゃあねちーちゃん!愛してる!>>
虚空への投げキス。

「う~ん、きられちゃった…なんでかな、わたし何かわるいことした?」
首をかしげ、むむむと唸る。

「ま、いいや!ち~ちゃんがツンデレなのは今に始まったことではないのだ」

「ささ、実験じっけ~ん」

球体の下部に穴があき、彼女はそこに吸い込まれるように入る。
生物が捕獲されたゲージへと向うために。










































物理法則を書きかえられる、という意味がわかっていただけただろうか。

これに似たことは、リミッターを切ったすべてのISが行うことができる。

しかし、IS同士が対峙すれば話は別だ。
自分の慣性質量を1億トンにしたとしても、相手方のISからの慣性質量関渉によって、それは500kgほどまで容易に減退させられる。
体を剛体で覆っても、剛体をぶつけられればダメージを負う。
ISが発射する実体弾が、ISに非常に有効なのはこのためである。
表面に散布された絶対防御こそが、最大の武器なのだ。

また、絶対防御も無駄に分厚く塗りたくれば、他のISからの関渉で容易に剥離してしまう。
ISが決闘において地面などからも衝撃を受けるのはこのためだ。


重力崩壊を地球表面で起こしたいとしよう。IS単体で太陽系を消滅させるブラックホールを形成するのに約三時間ほどかかる。
他のISは、ニュートリノ、ビックス粒子の挙動、時空間の曲率半径変化、その兆候を敏感に感じ取る。

三十分あれば世界中のISが集結し、そのような愚行を行おうとするISを数の暴力で滅殺できる。

自分に足し算をするだけでなく、相手に引き算を強要できるのが、ISの強みであるのだ。



[28794] 【設定集】ファウンデーション 
Name: のりを◆ccc51dd9 ID:e7d0f7e6
Date: 2011/12/27 10:33
このSSにおける設定について、ここに書きまとめます。随時追加します。本編と同時の時以外はsage更新です。
原作についてのツッコミについても募集します。この本編、またはこの設定資料で回答をいたしますので。

構想の段階ではいろいろと書きたかったのですが、私の力不足を痛感し、今は一夏君と束さん(と高鳥)の物語に集中することにします
本編とあまり絡まない部分、ネタばれ にならない部分について、ここで書かせて頂きます。

目次

装甲について
男性について
ISコアについて
IS演算方式について
量産機とIS販売について
IS適正について(12/27加筆)

IS名鑑
 第ゼロ世代
 鉄
 鋼
 打鉄
 ラファール
 ブルーティアーズ

コアナンバー


    装甲について

なぜ全身装甲ではないのか?という疑問があるとは思う。
しかしながら、私は逆に問いたい。なぜこれ以上装甲をつけられるとおもうのか?と。

ISのうち、直接搭乗者に装着されるもの、すなわち、絶対防御を纏うことになる部位は、すべてピンホール効果を狙った素材、量子素材で構成され、全体は“量線形”を形成している。
量線形とは、流体力学に適った形状をその特徴的な連続線である流線になぞらえて、流線形と呼ぶように、
量子力学の巨視的力学分野である、量体力学において特徴的な非連続離散関数が描く、量線になぞらえて、量線形と呼ぶのである。

まず素材であるが、一般的な物質では絶対防御を上手くなじませることができない。
全ての原子を、欠陥なく配置した上で、さらに中性子の通り道である量子力学的な確率の孔を通してやり、絶対防御をなじませ、縫い付け、安定させるのだ。
むろん通常の製法ではそんなものを製造することはできない。

量子素材はすべてISによって製造される。原子を一つ一つ量子収納した上で、設計図通りに、原子を一つ一つ量子展開して正確に配置して製造するのだ。
その製造する場所もまたISがなければ提供できない。ニュートリノすら通さない湾曲空間場、素粒子の対生成・対消滅を抑制する量子真空場。
その二つが無ければ、配置に誤差が生じ、よい性能を実現できない。

やや大変なことにも思えるが、逆に、素質ある搭乗者とISがあればこれぐらいのことが世界のどこででも行えるようになるのだ。
自機の修復ならば、破片さえあれば単機で容易に行える。
量産機ならば、大出力発電所や、ウルトラコンピューターのサーバーとして固定運用されるコア2機が片手間に、1週間で製造される。
逆に、そうやって製造できるのが量産機と定義されるほどだ。ラファールでは、フレームは量子素材、外装を工業製品として、非常に良いコストパフォーマンスを実現している。

固定運用されるコアを、複数台で全力運転させて取りかからなければ製造できないものが、特別機と定義される。
分単位でとてつもない付加価値を生産し続けるコアを、一時停止させて製造される特別機は、その分を含めればとてつもないコストがかかることになる。
その分性能は折り紙つきで、およそすべての国家の代表用の機体は特別機である。同じ図面で同じ機体を製造しても、特別機のほうが性能が高くなる。
その上、製造上での制約、複雑さ困難さの上限が取り払われているために、図面・カタログスペックも量産機と特別機は隔絶している

このような生産方式のため、稼働機よりのデータが設計・製造にすぐさまにフィードバックされるために、後発になるにつれ性能と生産が向上していく。
この世界において、試作機というのは高く・不具合が多く・弱く・少ない、IS乗りに敬遠されるだけの存在である。

話がそれてしまったが、そのように製造される量線形部品は非常に高価である。そして量線形部品以外で不用意に部品を装着したところで、それは足枷にしかならない。
また、量体部品率を横軸、絶対防御制御能を縦軸にとると、対数関数のように、だんだんと増加率が減少してしまう。
すなわち、半裸か全身装甲、コストの関係から、その二者択一となっているわけである。



     男性について

上記の量線形を形成する関数は、演算方式の違いもあるが、ISが1分で描写するものでも。通常のスーパーコンピュータでは2年は優にかかる。
設計・製造・運用・整備。その全てにISが必要であり、というかISさえあれば良く、ISを操縦できない男は、初めはそれに戸惑い、困惑した。
やがて、真に独創的な開発者で常に指示する男と、雑用・雑務をする男、その二極化していく。

そして、既得権益集団と女性解放同盟が全世界でタッグを組み、そのIS研究の場のみであった、その特別な風潮を、僅かばかり形を変えて世界に流布した。
あらゆる分野において、その頂上はISであると散々に宣伝した後(軍事・製造・情報・先端研究・医療分野では事実すでにそうだった。しかし他の分野でも誇張して報道された)
IS搭乗者は女性の憧れ、規範であるという価値観の押し付け、そして、IS分野では大学教授のような偉い人でもIS搭乗者に頭があがらない、よって、世界中で男性は頭があがらなくなっている
などと、声高らかに言い、搭乗者のように男を顎で使うのがトレンド!などと極まりなく頭が悪いことを主張した。

報道などだけでは無い。インターネット、会社、口コミ等、教育の場すらも含めるありとあらゆるところで、突如にそう主張され始める。

それは、IS乗りを支配する男と、IS乗りに便乗して地位を高めようとする女、そしてISの生み出す紙幣的な虚像でしかない価値。それが一丸となって、一般男性の地位を引きずり落とし始めた。
支配者たちは、IS乗りや女達の捌け口として、一般の男を利用したのだ。

男女平等など、それらとISという性差の前では容易にかき消された。
男子中学生が推薦入試を受ける権利がはく奪されたところで、だれも声を大にして抗議できないほどには。

尻尾を振って媚びを売るか、無視されて落ちぶれるか。一般の男に残された道はその二つだった。
その傾向は全世界的にみられ、それが、ますます社会をギスギスとさせる。
女というものは敏感で、その男たちが不満を溜めていることに不満を溜める。そして、ますます男にとって住みづらい社会へとなっていく。
ISがそんなに偉いのか!と言おうものなら、ISが無ければ死んでいたくせに、とすぐさまに返される。
それは紛れもない事実で、事実であることが、ますます男たちを破壊していく。そしてどこか女たちもくるっていく。

IS登場からわずか10年である。その度合いも傾向も、一概には言えない。しかしながら、一世代の後どうなってしまうかは想像しただけでもぞっとするだろう。

それを見て笑うのは、けして社会の表には出ない裏の支配たる者たち。それの名前を出すと、オカルトだろうと笑われるように予め世論を形成している。
いかにもインチキくさい表紙とタイトルで雑誌を出し、ムーやアトランティスやノアの箱舟や陰謀だ、というのに並列してほんのわずかだけ真実の混じる記事を載せているのだ。
あとは洗脳したコメンテーターに、ややオカしい目で熱く語っていただければ、それで完璧だった。

その歪さの捌け口としてのナショナリズムを煽るISバトル。
不満を他国にぶつけ、それを解消しようとする動き。それはますますの全人類的歪を生みだす。



      ISコアについて

ISコア、というものは、物質的には直径7.32112891mm、質量144.169225gの球体である。
見た目は、どの位置からみても中心が漆黒のドーナッツのように見える。これは、空間湾曲のために向こう側の景色が、円周の淵に圧縮されて映し出されるためである。
その中心部の漆黒を見つめると精神に変調をきたすために、直接肉眼で見ることは禁忌である。これは太陽を肉眼で30秒もみてはいけない、というのと同じぐらい常識である。
ほぼ全てのコアは、視覚的遮蔽装置・観測装置・制御装置・入出力装置を兼ねた殻をかぶせられている。

コアの動力源を説明するためには、ISで観測された真の微小宇宙観について解説する必要がある。
そしてそのためには余剰次元についての説明が必要となるだろう。

|――|

崖と崖の間に丸太が渡されている。あなたがその上にいるとき、次元はいくつかと言えば1だ。行くか戻るかしか選択できない。
しかしだ、もしもあなたがアリだったら、体が小さくて軽く、丸太をしっかりと保持する脚を保有していたなら、あなたの次元はそれに一つくわえられる。
すなわち、丸太の円周をぐるぐると回転する、という選択肢が与えられる。


ISが明らかにしたことは、まず巨視的に見て、宇宙は4次元の時空間が広がって(インフレーションして)いるということだ。
時間軸のひろがりとは、我々にとって、時間が経過していくということだ。直感的な言いかえを行うなら自由落下そのものだ。IS物理学によれば数学的にもそれは証明ができる。
ISの観測によれば、過去累計500億年近い時間停止、インフレーションの減速があったらしいが、我々は主観的にそれを認識することはできなかった。全てが減速するために相対速度はなんら変化しないためだ。

ISは次に、微視的に見れば、プランク長さごとに、9次の余剰空間が折りたたまれてずらりと並べられているということをはっきりと示した。
そしてそれらの余剰空間の状態は<9,9,9,9,9,9,9,9,9>の九階テンソルで表現でき、
それが、重力・電磁力・弱い力・強い力(これらの振る舞いは、テンソルで記述されるゲージ粒子の振る舞いと従属関係である)ビッグス粒子・レプトン・クォークの存在確率を与える。

ISの動力源はこのテンソルを自在に書き換えることだ。四つの相互作用を支配し、慣性質量を制御し、あらゆる粒子・原子・分子を自在に生成し、分解する。
また、我々の宇宙ではこのテンソルで余る要素がいくつかある。そこに状態を書きこんで、物質を瞬時に分解・再構築することも可能である。いわゆる量子展開・収納である。
なぜ余る要素があるのかと言えば、ビッグバンの瞬間インフレーションできたのは、1~6次元まであって我々の宇宙はたまたま4次元が選択されたのではないか、という予測が立てられている。
実際、計算上6次元インフレーション宇宙ならば、テンソルの要素全てを綺麗に埋める。しかし、インフレーションとテンソル密度が過密であるため、1.56フェムト秒で自壊することもまた判明している。


          IS演算方式について
演算方式についても、先のテンソル場が用いられる。テンソル場の要素として状態に影響を与えるものは実数成分しかない。虚数成分は無視されるのだ。
しかしながら、虚数成分は、それを用いると他のテンソルの要素に虚数成分を書きこむことが可能なのだ。
コアはまず、それぞれのテンソルの要素に虚数を書きこむ。そこにまた虚数情報成分を筋立てて流し込むと、そのテンソル場は、量子演算装置とノイマン型コンピュータを統合した超高密度演算装置となる。
虚数の書き込み方は自由に変化させられる。すなわち、基盤・CPU・メモリを常に最適に更新しながら演算を行うコンピュータでもあるのだ。
これを参考にしたフレキシブルハード粒子流体コンピュータが作成されており、東京ドーム1つ分の体積を用いてISの10分の1もの演算速度を実現している。

これらの演算能力のほぼ全てが、現実世界で搭乗者の希望を実現するためにどうすればよいかという計算に用いられる。
そして、最後に共役な複素数を流し込んで、要素を実数化、演算上での机上の空論を、一気に具現化する。

上記のように、ISはこのテンソルの書き換えをドミノ倒しのように行って、稼働している。
その最初の書き換えはどのように行われたのかは全くの謎で、ISコアの生産など夢のまた夢でしかない。ISコア内部の純虚数テンソル場の生成すら実現していないほどである。

空間に刻まれた回路なのだから空間を殺せばISを弱体化できるという噂が流れているが、空間を殺してその回路を破壊するのどということはISは日常的に行うことである。
それはいわゆる量子情報戦闘とよばれる領域での戦闘である。あまりコアから離れた空間に回路を形成すると、破壊されやすくなるために、IS戦闘ではそれらの能力は最小限しか使用されないのが常である。



            量産機とIS販売について

ISの戦闘データは、それぞれの国・企業のサーバーに蓄積される。量産機の最大の利点は、その情報をダウンロードしてフィードバック、すなわち並列化による戦闘能力の向上が容易に可能という点である。
特に仏国のミラージュ、ラファールの系譜は、その蓄積した情報と、高い融通性、カスタマイズ性で、各国に売り込みをかけている。
これはいち早く、仏国が第0世代の呪縛と、第1世代の泥沼から抜け出した洗練されたIS、第二世代ISを開発できたことで得たアドバンテージだ。

ISは自己進化を行う。戦闘力を向上するための武器・装備を自身で設計し、提案を行ってくる。
量産機は、世界各地で起こるそれを共有できるという非常に大きな強みを持っている。
ラファールのフレキシブルバインダーは、それを十全に活用した装備である。

この流れを一度掴めば、シェア拡大、性能向上、シェア拡大のサイクルで、全てを自社のISに更新させることも可能である。
事実、ミラージュのシェア拡大率は、凄まじいものがあった。
しかしBTというブレイクスルーはそれを阻止し、内部の混乱でラファールの発表を遅らせてしまったデュノア社は、世界市場で横並び、さらに言えば一歩後退してしまう。
学園のラファール導入が、デュノア社の首の皮一枚をなんとか繋げはした。

IS適正

IS適正ランクは、A,B,C,D,E及びSのアルファベットで表現される。
評価基準はISに対する能動性・受動性及び心理的適正の基本三項目。
脳内の情報をいかにISに伝達できるかを測る能動性、ISに伝達しやすいよう意思を整理する能力もここで見られる
ISが計測・演算する膨大な情報を脳に転写できる速度・量を測る能動性
そして、360度の全天視界や、自己の拡大感といったものに拒絶感を持たないかが心理的適正だ。

IS適正は基本この三つの基準で決定される。無論、他にも、検査項目は無数に存在するが、
その時その時の搭乗者の戦闘能力を大まかに測るにはこの三つが最適だからだ。
これで決定されるISランクは、軍事バランスを評価する場合の指標にも用いられる。


ISに搭乗を繰り返し、脳内にISを補助する神経回路が形成されていけば、ランクは徐々に上昇していく。
実際的には、補助階級の数字が添えられ、補助階級20ごとにランクが上昇する。すなわち、A-1からE-20までの100段階評価だ。
各ランクごとの一般的な評価を掲示する

E 適正不足で起動困難か、過度適正で脳を焼かれる可能性があるもの
D 起動失敗をすることはないが、ISとの意思疎通に障害をかかえるもの。
 その戦闘力・生産性の低さから、薬物・手術によってISとの通信を活性化させないかぎり、ISに搭乗させることはまずない。
C 心理的適正をもち、受動性能動性にも問題なく、個人の思考・戦闘力をISに十分転写できるもの
B 脳構造がよりISに適しており、ISの性能を十分に使えるもの
A 高度な演算力、脳容量を搭乗者に求めるISを操縦できるもの。ISからの侵略的信号(アグレシブシグナル)に耐え、ISの求める意思・情報を提供できるもの。

同じISであれば、BとCには大きな壁があり、AとBではさほど差はない。
しかしながら、高度なISに搭乗できるという意味で、Aのアドバンテージは非常に大きい。適正Aの存在しない国では、それがその国のISの上限となってしまい、手詰まりとなることもある。

また、IS言語で直接思考が行え、ラグ・ロスなく戦闘を行えるものには、例外なく+の添え字を与えられる。
逆に平均よりも丁寧な脳内翻訳を必要とする場合には-の添え字である

Sとは、規格外の場合である。
標準をあてはめ評価付けするよりも、その個人個人について特徴を述べて評価するほうが早いもののことである。
ここでも、適正SのIS乗りについて一般化して語ることはできない。


                    IS名鑑

ネームレス、零、ヌル、フラット、白…
各国によって呼び名は様々である。それは開発者が公表したISの設計図に示された機体の呼び名の一例である。開発者が名前をつけなかったのだから、勝手に呼ばれるのは必然だったが。
その設計図を元に制作され、徹底的に実験・調査・改良された、いわゆる第0世代の機体群である。IS弱小国では、未だにこの第0世代を改良して使用しているところもある。

その戦闘力・設計は、優れているとは言い難い。それでも、グルジア、ゴラン高原、ヤキマ演習場、サハラ砂漠で、セミパラチンスクで、ポカランで隔絶した戦闘力を示した。
「周囲10キロが、まるで電子レンジで熱せられて、ミキサーにかけられたようになった」とは、グルジアでの演習でISの能力を目の当たりにしたNATO高官の弁である。



鉄(くろがね)
日本国産IS第3号である。第二世代に数えられる。
当時、砲弾への絶対防御皮膜形成能力の未熟さから、IS決闘は、ほぼ近接戦闘により決着がついていた。
ならば格闘を制した者がISを制するのだから、それに特化したISを作成しようというコンセプトで開発がすすめられた。

白羽の矢が立ったのは、一人の還暦近い女性だった。彼女は合気道を極め、剣道柔道も修めた、武道の神様と呼ばれるような人だった。
鉄は、彼女をそのまま拡大しようという設計方針のみを以って、重心移動、体術は勿論、“気”を再現することが徹底的に行われた。

その結果誕生した鉄は…まさしく無敵だった。4機がかりで倒せないISなど、後にもさきにも鉄の他に記録はない。
問題は、搭乗者がわずかにでも未熟で、心の揺らぎ、気の淀みがあれば、その実力を発揮できないということにあった。

それ以外を拒絶するという意味で、鉄は本物の専用機と化してしまった。
さらに言えばその女性はもう年であり、長期間の戦力・抑止力とは成りえない。彼女が存命のうちに後継者を育てるということも不可能と判断された。

鉄は結局、一台も量産されることはなかった。しかしその役目は果たした。自身の後継者を生みだすという役目を。


鋼(はがね)
鉄にデチューンにデチューンを重ね、極めてマイルドにしたISである。第二世代に数えられる。
その仕上がりはIS名機に必ず挙がる領域にあった。最大の特徴は、搭乗者の戦闘力を素直にIS戦闘に反映できることである。
いまではかなり普及しているものの、この考え方は、当時斬新で先進的だった。
生身での鍛錬・稽古がIS戦闘に反映できることは、時間効率や、搭乗者の育成、戦闘力確保に極めて有効であることは明白であった。

ミラージュ・セイバーをはじめとする、砲弾への絶対防御皮膜形成能力が向上した機体が登場するまでは鋼は圧倒的な強さを誇った。
現在でも、懐に潜り込めれば五分以上の戦闘能力を発揮する。
問題として、発展要領が小さいために、対BT用改修での2.5世代化でもう余裕が無いというところだろうか。
鋼にあらたな機能や特徴を備えさせるためには、殆ど分解してしまって、再設計する必要がある。
そのようにして生まれたのが、「銅(あかがね)」「銀(しろがね)」「鉛(なまり)」「鉱(あらがね)」といった発展機である。

ちなみに、汎用機とは、コアの中に外装を織り込んでいるISの事で、一時間から二時間ほどで、搭乗者ごとの外装へと自己換装する機能を有するISの事である。
専用機と量産機の良いとこ取りを狙った種別であるが、技術的・コスト的問題がややあり、鋼系列機以外では未だ採用されていない。


打鉄
鋼をさらにマイルドに、癖無く調整した機体である。
鋼の機能を削り、小さくまとめて、長距離戦闘も行えるように改修がなされている。
国家間IS戦闘レベルでは、帯に短し襷に長しといった中途半端な性能となっているが、初心者から中級者にとっては非常に使いやすい機体とねっている。
全機体が対BT改修の2.5世代化を行っている。


ラファール
仏国の2~2.75世代機である。
特徴は、カスタマイズ性と、大容量の量子格納容量、高い量子展開速度である。
ミラージュから引き継いだ戦闘データと、あらゆるドクトリン、国防事情に対応できる融通性で、シェア一位をキープしている。
操縦性は素直そのもので、その多彩なオプションと組み合わされて、搭乗者ごとに性能特性が大きく異なる。
絶対防御と極めて親和性の高いインナーフレームを構築しているため、外部装甲を通常の工業製品で形成することを可能にしており、
コストパフォーマンスをとてつもなく高めている。




ブルーティアーズ*感想板より転載

英国では早い段階からISと人の意識干渉、人間の脳内の思考をIS演算言語で取り出す、またはISの演算結果を人間の脳内に送り込む、という事象に着目していました
英国国内の女性超能力者を載せてみて、念動力や予知、霊感をISを通じて発揮させる実験や、逆にISからの干渉で人間の脳力を開発し、なにかしらの超能力を発現できないか?ということが真面目に研究されていました

その一環として、人間の表層思考はHSを高強度で指向すれば読み取れる、と分かっていましたので、今度は電磁的、思考言語的なピンガーを脳に打ち込んで、沈殿した深層心理をアクティブソナーのように読み取ろう、と画策しました。
結果としてわかったことは、どうやら沈殿していたモノを巻き上げるということは、心の内側をそれで、ずたずたに切り裂く結果になるらしい、ということで
自白には使えそうですがや心理学研究には役立ちそうにない、とわかりました

しかしその実験の内に、脳内の浮かべる三次元空間座標を高い精度でISに転写できるらしい、と判明します。

高いIS適正を持つ候補者や、空間把握能力に優れた女性を集めてISに乗せ、その転写を以って無人兵器を運用しよう、としたのがBT計画の始まりでした。
思考錯誤の末、無人兵器の起動、操縦、攻撃はそれなりに上手くいきますが、しかし、どうも操縦と無人兵器の運用を同時に上手く行うことができませんでした。
そこで、二人羽織の要領で、操縦と無人兵器運用を行ってはどうか?と史上初のダンデムISが開発されました。
結果としては、27分、機体も無人兵器も上々の性能をしめします、しかしそこから降りたとき二人はすでに「混ざって」しまっていて、二人とも発狂の後変死。

そこで今度はIS適正の高い、成長途上の若い脳に刺激を与え、彼女の脳に仮想的な高い三次元位置演算回路を付加する形で操縦と無人兵器を両立させようとします
二人を混ぜたISは、操縦と無人機操縦を別系統に仕立て直して、搭乗者の保護を目指しました。

セシリアが代表候補候補生として英国の機関に出入りするようになったのが3年前、BTに乗り始めたのが二年前、一年の調整の後公式戦デビュー。
実際の兵器に比べて期間が短いのは、ISの演算能力を用いたシミュレーションや、部品数の少なさに起因する不具合の発生しにくさなどによるものです。

英国はセシリアの実力だけでなくその経歴のスター性に目を付けています。

今のところビット兵器を安定して使用できるのはBT=セシリアの一組しか存在していませんが、これまでの成果から英国は専用の養成機関でその量産体制に入っています

ただ、この世界では試作機にはなんら戦略的アドバンテージはないので、より高い能力、高い適正をもつ搭乗者の乗る量産BTのほうが強くなります。
その量産機の性能向上のために様々なISとほぼノーリスクで戦闘できるIS学園にBTを英国は派遣するわけです。

BT一号機はアップデートを調整と繰り返して、安定性はかなり高まっています。
ただどうにも関係者が不思議がるのは、操縦系統をビット兵器にしている時、ブルーティアーズが妙に人間くさい動作を(髪を独特な仕種でかきあげる等)行うことです。
それがいつかの被験者を連想するとかそうでもないとか。

セシリアはブルーティアーズ搭乗者としてその職務を全うし英国の礎となり、代表候補生として英国を守り、貴族としての女王陛下の剣となり盾となる、その全てを果たせることに充実を感じている。

BTの登場で他国はISコアを用いた研究のリソースを対BT戦闘研究に回さなくてはならなくなります。
その隙をついて英国はIS由来の研究で一歩リード。GDP13%相当の底上げに成功。
その最も割を食ったのが、惨敗し、躍起になってリソース分配を失敗した仏国です。某企業は一般用IS由来機能性材料のシェアを80%失ってしまいます。



コアナンバー
28  クリシュナ専用特別IS
204 学園所属の汎用機・鋼系列発展機 研究室送りの後、学園に復帰
345 学園所属の打鉄 一度外装を引き剥がされて研究室送りになったものの、現在は打鉄として学園にいる
455 学園所属の打鉄 BTとの戦いで中破 研究室送り


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