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[27528] 【ネタ完結】私設武装組織ソレスタルキュービーイング(ガンダム00+キュゥべえ)
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/10/02 14:33
7/14、チラシの裏からその他板に移動しました。
本作(ネタ→シリアス)にはまどか☆マギカ本編の重大なネタバレが含まれています、ご注意下さい。


A.D.2307、AEU軌道エレベーター、AEU軍事演習場にてモビルスーツイナクト、AEU初の太陽エネルギー対応型の発表。
人革連軌道エレベーター天柱、その静止衛星軌道ステーションで電力送信10周年を記念する式典が行われている所へのテロリストの襲撃。
その両者に対しての機動兵器ガンダムによる介入が行われた。
後者においてはガンダムによってテロリストの襲撃を迎撃され、テロは防止された。
そして翌朝、UNION、経済特区東京でニュースが放送され、あちこちのモニターにアナウンサーの姿が映しだされる。

[おはようございます。JNNニュースの時間です。まず最初は人類革新連盟の軌道エレベーター、天柱の高軌道ステーションで起きた襲撃事件の続報です。日本時間の今日未明テロリストと思われるモビルスーツにより人革連の高軌道ステーションが襲撃にあい、ミサイルが発射されました。しかも、正体不明のモビルスーツがこれを迎撃。この映像は偶然居合わせたJNNクルーがカメラに収めたものです]

テロリストの搭乗するヘリオンをガンダムヴァーチェが撃破した映像が映しだされる。
大学のあるモニターの前、ルイス・ハレヴィがサジ・クロスロードを伴って近くのテーブルに座っている知り合いの男子学生に声をかける。

「なになに、どうしたの?」
 学生が顔をルイスに向ける。
「こいつがテロをやっつけたんだと」
「モビルスーツ?」
 サジが彼に尋ねる。
「どこの軍隊?」
「それがわかんないんだって」
 両手を広げ、肩を竦めて答えた。
「どういうこと……?」
 ザジは目をモニターに向けて呟いた。

[……事件の最新情報です。たった今JNNにテロを未然に防止したと主張する団体からビデオメッセージが届けられました。彼らが何者なのか、その内容の真偽の程も明らかではありませんが事件との関連性は深いものと思われます。ノーカットで放送しますので、どうぞご覧ください]

画面が切り替わり、そこに映しだされたのは、真っ白の画面。
そこに、無機質な赤い双眸が現れた。

[地球で生まれ育った全ての人類に伝えるよ。僕らはQB。地球人類の君たちからすると、異星生命体とでも言うのかな]

ズームが解かれ、その生命体の全貌が顕になる。
ネコのような、耳はウサギのようにも長い、先端にはリングのついた四足生物。
二つの前足を行儀よく構え、犬で言えばおすわりの状態で椅子に鎮座していた。

「何これ、可愛い!」
 ルイスが声を上げる。
「い……異星生命体?」
 訳がわからないよ、という顔でサジが混乱する。

[僕らQBの活動目的は、この地球から戦争行為を根絶することにあるんだ。僕らは、僕らの利益の為に行動する。戦争根絶という目的のために、僕らはこの星にやってきた。ただ今をもって、全ての人類に向けて宣言するよ。領土、宗教、エネルギー、どのような理由があろうとも、僕らは、全ての戦争行為に対して、僕らのやり方で介入を開始する。戦争を幇助する国、組織、企業なども、僕らの介入の対象となる。僕らはQB。この星から戦争を根絶させるためにやってきた異星生命体だ。繰り返すね。地球で生まれ……]

同じフレーズが可愛らしい少年のような声で繰り返され始めた。


―人革連・士官待機室―

「異星生命体だと?」
 セルゲイ・スミルノフが言った。


―AEU軍附属病院・病室―

「コイツか!? 俺をこんな目に遭わせやがったのは! ってか何だよコレ!?」
 パトリック・コーラサワーの叫びに答える者はいなかった。


―経済特区日本・路上―

「この生物……可愛い」
 絹江・クロスロードが呟いた。


―天柱・リニアトレイン内―

「紅龍……アレは何?」
 王留美が愕然とした表情でモニターを見て言った。
「至急各エージェントに調査を指示します」


―アザディスタン王国王宮―

「戦争を動物が解決する……?」
 マリナ・イスマイールは全く要領を得ない様子で呟いた。


―アフリカ圏・ジープ内―

「っははははは! これは傑作だ! 異星生命体? 戦争根絶? 訳がわからないな、QB!」
 グラハム・エーカーがジープを運転しながらラジオ音声でQBの演説を聞き、笑い声を上げた。
「いやはや、本当に予測不能な事態だよ。全く、訳がわからない」
 首を振って助手席のビリー・カタギリが返答した。


―UNION領・都心の一室―

 アレハンドロ・コーナーの元に仕えていたリボンズ・アルマークは発表の映像が流れた瞬間、アレハンドロなんて構ってられるかと焦るように外へと飛び出していった。
「リボンズ! 何処へ行った!」
 と、アレハンドロの叫び声だけが、響いていた。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

 艦内は騒然としていた。
「この生き物は! 一体! 何だっ! 計画を最初から歪めるなど万死に値する!」
 身体をわなわなと震わせ、モニターに映るQBを指さして、最初に激怒したのはティエリア・アーデ。
 スメラギ・李・ノリエガが腕を組み、顎に手を当て、考えるようにして言った。
「落ち着いて、ティエリア。クリス、フェルト、ヴェーダから情報を」
「言われなくてもやってます!」
 クリスティナ・シエラが簡潔に答え、フェルトも素早く両指を動かす。
「スメラギ・李・ノリエガ、これが落ち着いていられるものか! イオリア・シュヘンベルグの映像はどうした! あァアァああぁ!」
 ティエリアは叫び声を上げ、ヴェーダに直接アクセスするべく、ブリッジから飛び出して行った。
「ハレルヤ、これはどういう事なんだい……」
 か細く呟かれたアレルヤ・ハプティズムの言葉は虚空へと消えた。


―アフリカ圏・岩山地帯―

「何だぁ!? この生物は!? ハロ!」
 髪を掻きむしり、ロックオン・ストラトスが端末を見て声を上げる。
「ワカラナイ! ワカラナイ! ワカラナイ!」
 無機質な音声で、HAROが跳ねながら答える。
「何だってんだ!」
 ロックオンはやけになって言い、ニュース映像を遮断した。
「俺達はQBの……ガンダムマイスター……なのか?」
 幾許かの錯乱が見受けられる刹那・F・セイエイは、誰かに問いかけたかった。

この後、ヴェーダにアクセスしたイノベイドは、驚愕することとなる。
それは、ヴェーダがQBにハッキングされていた事であった。
CBが介入をするどころか、QBによる介入を受けるという事態に陥るものの、その後CBがイオリア・シュヘンベルグの映像を改めて流せたのは幸いか否か。
出鼻を完全に挫かれたCBは、世間からは自己紹介にしては余りにもふざけた組織と思われ、CBのマスコットキャラクターがQBだという憶測など……世界は混迷の時を迎える。

早過ぎる、異星生命体との来るべき対話。
それは、人類の目覚めか……それとも。
この七年後、更に別種の異星金属生命体が来訪する事をこの時の人類は知る由も無い。

戦争行為の根絶を体現する機体がガンダムであれば、QBの介入行為を体現するのは何なのか。
ガンダムのパイロットは感情を律せねばならないが、QBにはそもそも感情が無い。
その行為、崇高なる者の苦行なのか。



[27528] QB「皆僕のつぶらな瞳を見てよ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/04 18:36
西暦2307年、地球の化石燃料は枯渇し、人類は、新たなるエネルギー資源を太陽光発電に委ねた。
半世紀近い計画の末、全長約5万kmにも及ぶ三本の軌道エレベーターを中心とした太陽光発電システムが完成する。
半永久的なエネルギーを生み出すその巨大構造物建造のため、世界は大きく三つの国家群に集約された。
米国を中心とした世界経済連合、通称UNION。
中国、ロシア、インドを中心とした人類革新連盟。
そして、新ヨーロッパ共同体AEU。
……軌道エレベーターはその巨大さから、防衛が困難であり、構造上の観点から見ても酷く脆い建造物である。
そんな危うい状況の中でも、各国家群は、己の威信と繁栄のため、大いなるゼロサムゲームを続けていた。
そう、24世紀になっても人類は未だ一つになりきれずにいたのだ。
そんな世界に対して楔を打ち込む者達が現れる。
モビルスーツガンダムを有する私設武装組織CB。
彼らは、世界から紛争を無くすため、民族、国家、宗教を超越した作戦行動を展開していく。
CBが、世界に変革を誘発する……筈だった。
世界に変革を誘発するのはCBだけでは無くQBもそうであった。
人々に「訳がわからないよ」とその日散々言わしめたQBは現れるのか。
ヴェーダがハッキングされていたのは、件の映像だけだったというのが、CBのメンバーには嫌な予感を抱かせずにはいられなかった……。


―経済特区・東京―

夕日が沈みかかる頃、ルイス・ハレヴィが道を走り、その後ろをサジ・クロスロードが追いかける。

[私達はCB。機動兵器ガンダムを所有する私設武装組織です。私達CBの活動目的は、この世界から戦争行為を根絶することにあります……]

「またやってる……。これで何回目?」
 ルイスが街中のモニターに足を止めて言い、サジが息を切らせて追いつく。
「はあ、はあ、はぁ……。ルイス、CBとQB、いるのかな?」
「へ?」
 ルイスが目を見開く。
「イタズラみたいなメッセージ。QBは自分の利益の為にって言ったのに、CBは自分の利益の為に行動はしないって言う。どっちにしても、そんな行動する人がいるなんて……」

[……僕らはQB。地球人類の君たちからすると、異星生命体とでも言うのかな。僕らQBの活動目的は、この地球から戦争行為を根絶することにあるんだ。僕らは、僕らの利益の為に行動する]

朝からというもの、途中から加わったCBと、本家QBの映像が交互に流される。
QBのアップの顔については「何か怖い」「不気味」という意見が早くも局に寄せられており流すのをやめるかどうか、JNNは困っていた。

「ほら、QBははっきり自分の利益って言ってるから、何か利益があるんじゃない? CBはすごいボランティアとか」
 ルイスが笑って言った。
「QBの方は突っ込み所が多すぎるよ……。CBのイタズラ映像の線が有力だって言われてるし」
 ため息を一つついて、サジが答えた。
「えー、でも、どうしてイタズラする必要があるの?」
「う……さあ……」
 サジは答えに詰まった。


―人革連・国家主席官邸―

 国家主席が手を組み、そこに顎を乗せて、CBとQBの映像を見終え、スクリーンを閉じて側近の人物に言う。
「天柱のテロ事件に介入してきた組織か……」
「可能性は極めて高いと思われます。QBは無視すれば、この声明の中でCBは、機動兵器ガンダムを有していると」
 側近が近づき、卓上のスクリーンを開く。
「……御覧ください。我が宇宙軍が記録した未確認モビルスーツの映像です」
「ガンダム……」
 国家主席はガンダムヴァーチェを見て呟いた。


一方AEU首都では首脳陣が会議室に集い、新型のイナクトと条約で定めれている以上の軍隊を軌道エレベーターに駐屯させている事を公にされた事が話し合われ、QBなど無かった事にされていた。


―UNION・大統領官邸―

 大統領は官邸室のガラス越しに外を眺めながら呟く。
「武力による戦争の根絶か……。デイビット、彼らは我が国の代わりを務めてくれるらしい」
 後ろに控えていたデイビットが答える。
「大統領、彼らは本気なのでしょうか? 何の見返りもなく……」
 大統領はデイビットを振り返って話す。
「我々が他国の紛争に介入するのは、国民の安全と国益を確保するためだ。決して、慈善事業ではないよ」
「すぐにでも化けの皮が剥がれるでしょう。その時、彼らを裁くのは、我々の使命となります」
「そうだな……。QBの皮は剥げるのかどうかは分からない、が」
 下らない冗談のつもりで、大統領が言った。
「お戯れを」
 大統領は再び外を向く。
「はは。……軌道エレベーターが稼働して十年。経済が安定し始めた矢先にこれ、か」


―CB所有・南国島―

 緑色のカラーリングのパイロットスートを着たロックオン・ストラトスが同じく青色のカラーリングのソレを着た刹那・F・セイエイに近づいて言った。
「どの国のニュースも、俺達……と、QBの話題で持ちきりだ。『ふざけの過ぎる謎の武装集団とその謎のマスコット、全世界に対して戦争根絶を宣言する』ってな。あのQBのせいでほとんどの奴らが、信じる気が無いようだがな。全く、どうなってんだか」
 大きな溜息混じりに言葉が吐かれる。
「ならば、信じさせましょう」
 そこへ、声がかけられる
「お」
 ロックオンが振り向けば、不思議発見な服を着た王留美が紅龍に所謂お姫様抱っこをされていた。
「CBの理念は、行動によってのみ示される。あの生物は不気味だけれど、もう私達は止まる事を許されないのだから」
「王留美……」
 刹那が言う。
「お早いおつきで」
 ロックオンが一応歓迎するように言う。
「セカンドミッションよ」


―建設途上のアフリカタワーの郊外路上―

 ジープが路肩に止まっていた。
 前座席に座り背を預けるグラハム・エーカーに、端末を高速で操作するビリー・カタギリが声をかける。
「軍に戻らなくていいのかい? 今ごろ大わらわだよ」
 グラハムは振り向くこと無く、答える。
「ガンダムの性能が知りたいのだよ。あの機体は特殊すぎる」
 何か思うところあるとばかりに、その目が鋭くなる。
「戦闘能力は元より、アレが現れるとレーダーや通信、電子装置に障害が起こった。全てはあの光が原因だ。カタギリ、あれは何なんだ?」
 グラハムはようやくカタギリに振り向いて尋ねる。
「現段階では特殊な粒子としか言えないよ」
 そう言いながらコーヒーを飲み言葉を続ける。
「恐らくあの光は、フォトンの崩壊現象によるものだね」
「特殊な……粒子……」
 そうグラハムが呟くと、近くに赤い車が到着し、二人はジープから揃って降りた。
「粒子だけじゃない。あの機体には、まだ秘密があると思うなぁ。……もしかしたら、実はあのQBという自称異星生命体が乗っているという可能性もあるかもしれないけど」
 冗談交じりに言いながらカタギリはジープのドアを閉める。
「フ……好意を抱くよ」
 不意にグラハムが言う。
「え?」
「……興味以上の対象だということさ」
 そこへスーツを着たUNION軍の者が近づき、敬礼する。
「グラハム・エーカー中尉、ビリー・カタギリ技術顧問、Mスワッドへの帰投命令です」
「その旨を良しとする」
 グラハムが答え、二人は敬礼をした。


―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

 ブリーフィングルーム内には、スメラギ・李・ノリエガ、イラついた様子のティエリア・アーデ、そして、アレルヤ・ハプティズム。
 通信で地上の南国島と繋がれたモニターには、ロックオンと刹那が映る。
 スメラギが腰に腕を当てて話し始める。
「セイロン島は現在、無政府状態。多数派のシンハラ人と少数派のタミル人との民族紛争が原因よ。この紛争は、20世紀から断続的に行われているわ。この民族紛争に、CBは、武力介入します。但し、計画を変更して、ヴェーチェとキュリオスは今回はトレミーで待機よ」
「一体、何なんだ……あの生物は……」
 ブツブツとティエリアが呟く。
「……ミス・スメラギ。QBってのはそんなに警戒する必要はあるのか?」
 モニターの向こう側から、ロックオンが尋ねる。
「ヴェーダを映像だけとはいえ、ハッキングされていたのは事実。あのマスコットみたいな生物が、本当に実在するのかという所から真偽の程は分からないけれど、ヴェーダも二機での作戦行動を推奨しているわ。ロックオン、刹那をお願いね」
 スメラギの説明に対し、仕方ないとロックオンは返答した。
「……は。了解だ」


……そして、作戦開始時刻間近。 

[3300をもって、セカンドミッションを開始します。……繰り返します。3300をもって、セカンドミッションを開始します]
 クリスティナ・シエラが艦内放送を行う。
 プトレマイオス内の通路をアレルヤとティエリアがレバーに手を置いて移動する。
「まさか、計画を変える事になるとはね……。全く、嫌になるようで、それはそれでどうなのかというか……」
 アレルヤが複雑な表情で言った。
「本当に、最悪だっ……。機体テスト込みの実戦の筈が、僕達はコクピットで待機だなどと。これでは計画達成率に影響がっ」
 ティエリアは普段では有り得ない程に、精神状態がブレブレの様子。
「君がそんなに動揺する所を見るとは思わなかったよ……」
 意外すぎるとばかりに、アレルヤが言った。
「ごめんね、ティエリア」
 そこへ、反対の通路からスメラギ・李・ノリエガが現れティエリアへ言葉をかける。
「問題……ありません……。覚悟の上で参加しているんですから」
 強がりにしか聞こえない、意気消沈した発言にスメラギはやや言葉に詰まるも返す。
「強いんだ……」
「弱くは……無いつもりです……」
 言葉とは裏腹なティエリアであった。
「……行きます」
 やれやれ、とアレルヤはガンダムのコンテナへと向かうべく言い、上に昇る。
 ティエリアも無言でそれに従った。
「……ティエリア、動揺……しすぎよ」
 生暖かい目で見送るように、スメラギが言った。


かくして、インド南部、旧スリランカ、セイロン島でのセカンドミッションが開始され、ガンダムの出撃はエクシアとデュナメスだけとなった。
ヴァーチェとキュリオスが大気圏突入を行わない為にCBの降下予定ポイントが地球の軍関係者に知られる事は無く、ガンダム二機の出現が確認されたのは、セイロン島で目視可能になってからであった。
グラハム・エーカーはCBがセイロン島に介入をかけるとは露知らず、UNIONの輸送機でそのまま帰投していったのだった……。
しかし、そんな事よりもげに恐ろしきは宣言通り、QBの出現であった……。


―セイロン島―

 優勢な人革連部隊がシンハラ人部隊を叩いていた。
[敵部隊の30%を叩いた。このまま一気に殲滅させるぞ!]
 人革連の大尉が部隊に通信を入れた。
「そうはいかないよ」
[な、何だ!?]
 どこからともなく声がしたと思えば、コクピット内に、QBが現れた。
「大尉! こちらにも何かがぁ!?」
 QBが人革連、シンハラ人部隊を問わず、各モビルスーツのコクピット内にそれぞれ忽然と現れ、顔面を完全に覆ったヘルメットにも関わらず、その双眸が怪しく輝き、それがパイロットの目から脳へと何か伝わった。
「うぁあぁはアァー!?」
 パイロットはQBによって、理解不可能なビジョンを見せられ、操縦桿から思わず手を離して頭を抱え、叫び声を上げる。
 モビルスーツは挙動が止まる。
「そのまま、この金属の塊から降りて戻ってよ!」
 可愛らしい少年のような声を出して、親切にも、QBはコクピットのハッチを開けるスイッチを押して出口を作った。
 叫び声を上げながらも、パイロット達は皆、洗脳されたかのようにヘルメットを取り外し、虚ろな目でコクピットから揃って降り始め、それぞれ、フラフラと戻るべき所へ歩き始める。

 丁度その時、エクシアとデュナミスは戦闘を行っている地域の映像をいち早く捕捉していた。
「何だ、あれは。兵士が全員モビルスーツから降りて歩いているだと……?」
「紛争が……終わっているのか……」
 ロックオンと刹那は信じられない光景に混乱する。
「ロックオン・ストラトス、あの金属の塊を全部狙い撃ってよ!」
 突如、デュナミスのコクピットにQBが現れ、愛嬌を振りまくように首を傾げてロックオンにお願いをした。
「なぁっ!? どっから出た!?」
 ロックオンが驚き、思わず操縦桿を離しかける。
「僕はQB。ロックオン、狙い撃ってよ!」
「QB! QB!」
 HAROがQBの方を向き、音声を出す。
[ロックオン、一体これは何だ]
 刹那から通信が入る。
[……QBだとよ]
[Q……B……]
「君たちはガンダムで、紛争を根絶するんだろう? あの金属の塊を壊さないのかい?」
 不思議そうにQBがロックオンに尋ねる。
「……言われなくても、要望通り狙い撃ってやるよ。そこにいられると邪魔だ」
 言いたいことは山ほどあるが、ロックオンは眉間に皺を寄せて答えた。
「助かるよ。失礼」
 言って、QBはロックオンのヘルメットの上に移動した。
「っておい!」
 突然頭に飛び乗って来た事でロックオンは怒った。
「失礼だと言ったじゃないか」
 一切悪びれる様子もなくQBは答えた。
「ッチ……。スメラギ・李・ノリエガの戦況予測も糞もねぇぞ」
 まさにロックオンの言葉通り、戦況予測は完全に役に立たなくなっていた。
[刹那、手間が省けたと思ってやるぞ]
[……了解。目標を駆逐する]
 意外にも落ち着いていた刹那はヘルメットにQBを乗せ、目標ポイントへと向かった。
 その後は、もぬけの空となったモビルスーツをロックオンが狙い撃って鉄屑とし、刹那は刹那でエクシアを駆りバラバラに解体していった。
 その進行速度は想定より遥かに早いのは当然。
 何より、的が動かない。
 この間も、QBは場所を選ばずセイロン島各地に出現していた。
 銃を構えた歩兵の目の前に現れては洗脳、人革連のモビルスーツを収容している施設にいた兵士達も一人残らず、その場から撤退させられていた。
 兵士の中には、QBを視認した瞬間、撃ち殺す事もした者もいたが、すぐに代わりのQBが現れ、洗脳、自身の死体は咀嚼して始末。
 QBの出現は水上艦も例外ではなく、乗組員は全員、救命用ボートに乗り、艦を後にした。
 ゾロゾロと兵士達が虚ろな目で持ち場を離れるという奇怪な光景が繰り広げられ、最大の混乱に見舞われたのは、人革連の司令塔。
 応答を求めても「QB、QBが出たぁ!」と叫び声がたまに聞こえても誰一人まともな返答をしないというストレスで胃に穴が空きそうな所、有視界では確かにガンダムの機影が映り、もぬけの空になったモビルスーツを、軍の施設を、水上艦を……容赦無く破壊していくのが見えた。
 被害額はいくらなのか……計算したくもなかった。
 しばらくの一方的なガンダムの行動の結果、キュリオスとヴァーチェがいた場合とほぼ同等の戦果を、しかもまさかの戦死者ゼロで達成。
「それなりの戦果を期待どころか……これは大したもんだろ。これで満足か、QB?」
 拍子抜けした様子でロックオンが頭の上のQBに尋ねる。
「うん。ありがとう、ロックオン。じゃあ、僕は帰るね」
 言って、QBは忽然と消えた。
「って待てよ、おい!」
 ロックオンは声を上げた。
「キエタ! キエタ!」
 HAROが回転しながら音声を出し、ロックオンは溜息を吐く。
「……訳が分からないぜ……全く」
[刹那、帰投するぞ]
[了解]
 そして……エクシアとデュナミスはセイロン島を後にした。
 QBが去ってからしばらくして、洗脳を受けた者達は皆、無事に我に返ったという。
 それが幸いかどうかはともかく、命あっての物種。


―経済特区・東京、JNN本社ビル―

「どう? 見つかった?」
 絹江・クロスロードが部下に尋ねる。
「ビンゴですよ、絹江さん!」
 モニターに映った写真を見て絹江が言う。
「やっぱり、イオリア・シュヘンベルグ」
「でもー、この人、200年以上前に死んでますけど……」
 頭を掻きながら部下が言う。
 そこへ、受話器を耳と肩に挟みながら別の記者が声を上げる。
「CBが出た!? 旧スリランカの内紛に武力干渉。双方に攻撃ぃ!?」
「双方に攻撃って……?」
 職員がその言葉に揃って驚く。
「そんなことをしたら、どちらの感情も悪化させるだけなのに。……CB、一体何を考えているの?」
 絹江は思いつめる表情で呟いた。
 そこへ更に驚愕の声で、先程の記者が怒鳴り声を上げる。
「何! 死者はゼロだと!? どういう事だ!?」
「ええ!?」
 再び、職員が騒然とする。
「武力介入しておいて、死者がゼロ……?」
 信じられない、という表情の絹江であった……。


―人革連・高軌道ステーション通路―

「馬鹿な……。一度の軍事介入で300年以上続いている紛争が終わると本気で思っているのか? それに死者がゼロだと……ありえん。QBが出た……?」
 セルゲイ・スミルノフも混乱した。


―CB所有・南国島―

「一度だけじゃない。何度でも介入するわ。QBは……完全に想定外だけれど……」
 落ち着いて茶を飲みたい所、素直に心からとも言えない王留美であった。


―UNION領・都心の一室―

「リボンズーッ!!」
 アレハンドロ・コーナーはそれどころではなかった。


―CBS-70プトレマイオス―

「CB……私達は、物事を変える時に付きまとう痛み……の筈なのに。QB……一体どういうことなの。……私の戦術が……台なしよ」
 スメラギ・李・ノリエガ……ティエリアに加え更にもう一人、QBによって精神的ショックを受けた。


対話すら拒絶する行為を受け止める術はあるのか。
そもそも突きつけられもしない無い刃に、少年は時代の変革を感じるのか。
これぞ、誰かが否定したいかもしれない、現実。



[27528] 変わりすぎるかもしれない世界
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/04 19:19
西暦2307年、私設武装組織CBは、全世界で起こる紛争の根絶を宣言。
武力による介入を開始した。
インド南部セイロン島への民族紛争に介入し、世界を震撼させたガンダムマイスターに新たなミッションが下される。
それは人類に対する神の裁きか。
それとも……変革への誘発か。
はたまた……全く違うものか。

―UNION輸送機内―

「いやはや、本当に予測不能な事態だよ、これは」
 ビリー・カタギリが席に座るグラハム・エーカーに苦笑して言う。
「CBがセイロン島に出たとは、惜しいことをした。進路を変えれば……」
 残念そうにグラハムが答えた。
「そうでもないよ。話によれば、モビルスーツのパイロット以下、例外無く本当に現れたQBに何らかの精神攻撃を受けたらしい。行かないほうが君の身のため、心の為だろう」
 カタギリはそう言いながらも、QBに興味津々であった。
 しかし、グラハムも含むような笑いをし、語り出す。
「CBとQB合わせて名づけて……CQB。ソレスタルキュービーイング。乙女座の私にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられないな」
「何だい、ソレは」
 カタギリの顔は『君の脳内が予測不能だよ』と語っていた。


―経済特区・東京・JNN本社―

 JNN本社では、社員達は皆忙しなく働いていた。
 部長が大声で職員に聞く。 
「現地の特派員との連絡は?」
「まだです!」 
 すぐさま部長は今度は電話の相手に向けて指示を出す。
「ガンダムだ! 小さくてもいい! ガンダムの絵を入れろと言え! それとQBの絵もついでに入れとけと言っておけ!」
 そこへ、記者の一人が焦った声で報告する。
「CBからの声明ありませんが、Q、QBからのビデオメッセージ来ましたッ!」
 虚を突かれ、部長の反応が一瞬遅れる。
「うん。うん!? 何だと!? 内容は!」
「セイロン島で下らない喧嘩をするのはやめてよ! だそうです!」
 記者がわざわざ声真似をするが気持ち悪かった。
「何だそれは!」「CBはふざけてるのか!」「ふざけてるのはQBだろう!」「どっちも同じだろ」「声真似するな!」
 他の社員達が口々に言い、纏めるように部長が宣言する。
「……訳が分からないな! まあいい、十分以内に速報配信! 次のニュースは現地からの中継だ! 3時間以内に」
 そこへ絹江の部下が現れ、部長に声をかける。
「部長、あの」
「人革主席の公式声明が出るぞ! 枠を空けとけ!」
 意に介さず部長が指示し、他の社員が原稿を部長に出す。
「原稿できました!」
「おう」
「あの、絹」
「あとにしろ!」
 今構ってられないと部長は絹江の部下を一蹴した。

 一方、絹江・クロスロードはJNNの資料室で調べ物をしていた。
「イオリア・シュヘンベルグ……21世紀の後期に出現した希代の発明王。太陽光発電システムの基礎理論の提唱者……」
 そう独りごちて、絹江はコーヒーを口に含んで思索にふける。
 公に姿を見せず、その名前だけが後世に語り継がれている存在。
 この人物がソレスタルビーイングを創設したなら頷ける。
 才能的にも、資金的にも。
 でも、なぜ200年以上たった今、彼らは動き出したの?
 そして、QBの存在は一体。
 イオリアとも関連性がもしかしたらある……?
 本当にQBが異星生命体だとして……もしかしてイオリアの才能は宇宙人だったからとか……?


AEU諜報機関本部長官室では、QBの事は依然完全無視、イオリア・シュヘンベルグについて調査が続けられていた。
しかし、具体的に何かが分かるという事もなく、それどころか完全無視していたQBが本当に現れたらしいという情報まで入ってきた事で、報告書の作成に彼らは頭を悩ませた。


―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

 本来、計画通りであればティエリア・アーデとアレルヤ・ハプティズムも地上に降りていた筈であったが、そうはならなかった結果、CBメンバーの会議はプトレマイオスのブリーフィングルームで再び行われていた。
 ロックオン・ストラトスと刹那・F・セイエイは前回と同じく南国島の施設からモニターで繋がれていた。
「QBが出た……という事だけど、話を聞かせてもらえるかしら」
 スメラギ・李・ノリエガがロックオンと刹那に尋ねる。
「話と言っても、勝手にいきなりコックピットに現れて『あの金属の塊を全部狙い撃ってよ!』と猫撫で声で言われたぐらいだ」
 ロックオンはQBの声真似をして言った。
「俺は『あの金属の塊を全部駆逐してよ!』と言われた」
 間を置かずに刹那も低い声で、かつ該当部分のみQBの声真似をして、言った。
 気持ちが悪い、とスメラギ達は思った。
「ロックオン、気持ちが悪いよ……。刹那は気味が悪い……」
 聞こえない声でアレルヤは呟いた。
 ティエリアは声を出す気力も削がれていた。
 敢えて触れず、スメラギが尋ねる。
「そ……そう。二人から見て、QBはどうだったの?」
「敵意があるようには思えなかったが、終始不気味な奴だった。映像は提出したが、QBは精神操作能力がある。大量にいる。殺されても『勿体無いじゃないか』なんて言いながら自分の死体を喰いやがる。不気味だろ?」
 不気味な割に思い出すだけで何か全部が馬鹿馬鹿しい気がする、とロックオンは答えた。
 額に手を当てて、心底頭が痛そうにスメラギが言う。
「そう、あれは……不気味よね……。異星生命体というのは本当、という可能性がどうしても高くなってくるわね……」
 そこへ、アレルヤが口を開く。
「スメラギさん、QBが異星生命体かどうかはともかく、QBの行動目的が紛争の根絶だというのは疑問です」
「その通りね……。ロックオンと刹那が見たQBの能力があれば、精神操作なんていう本来あり得るなんて認めたくないような方法で紛争どころか人間同士の対立すら無くす事もできるかもしれないのだから」
「大体っ、あの生物はまた勝手に声明を発表した上、何だあのふざけた内容は!」
 いきなり、ティエリアが沈黙を破り行き場の無い怒りを顕にして、壁を叩いた。
 アレルヤが生暖かい目でティエリアを見つめ、スメラギが声をかけて、纏めに入る。
「落ち着いて、ティエリア。……とにかく、私達が行動すれば、QBが再び現れる可能性はあるけれど、CBは活動を止める訳にはいかないわ」
 ロックオンが分かっていたように言う。
「鉄は熱いうちに打つって事さな」
「ええ、その通りよ。アレルヤ、今度は作戦プラン通り、キュリオスで直接タリビアに降下して貰うけど良い?」
 スメラギがアレルヤに聞く。
「喜んで。働いて無いですしね」
 皮肉めいてアレルヤが両手を広げて答えた。
「くっ……」
 悔しそうにティエリアが声を出す。
「ティエリア、トレミーをもしもの時の為の防衛頼むわ」
 一応フォローするようにスメラギが声をかけた。
「当然……ですっ……」
 出撃できないティエリアであった。


UNION、Mスワッド本部に帰投したグラハム・エーカーとビリー・カタギリは上官の元に向かった。
そこで、二人はガンダムを目撃した事から転属命令を受け「対ガンダム調査隊(仮)」という新設部隊に移動する事になった。
技術主任はレイフ・エイフマン教授が担当する事が、司令部がいかにガンダムを重要視しているのを明確に示していた。


王留美はアレハンドロ・コーナーと本来会う予定だったが、無しになったという。
依然アレハンドロの天使ことリボンズ・アルマークが家出中、とのこと。


―対ガンダム調査隊(仮)施設―

 早速転属したグラハムとカタギリは格納庫でフラッグを前に会話をしていた。
「カタギリ、あのガンダムの性能、どれ程と見る?」
「そうだね……出力で言えば、ガンダムはフラッグの六倍はあると見ていいんじゃないかな。どんなモーター積んでいるんだか……」
 興味が尽きないという声でカタギリが答えた。
「出力もそうだろうが、あの滑らかな機動性だ」
「あの機動性を実現させているのは……やはり光だろうね」
「ああ。あの特殊粒子は、機体制御、発見が有視界限定という以上、ステルス性にも使われている」
 グラハムは鋭い観察眼でソレを述べた。
「恐らくは、火器にも転用されているじゃろうて」
 そこへ、杖をついた老人が現れた。
「レイフ・エイフマン教授」
 待ちかねていたようにカタギリがその名を呼んだ。
「恐ろしい男じゃ、儂らより何十年も先の技術を持っておる。もしや、宇宙人なのかもしれぬな」
 神妙な面持ちでエイフマン教授が言った。
「ご冗談を」
 カタギリが苦笑する。
 エイフマン教授はフラッグを見上げて言う。
「できることなら捕獲したいものじゃ。ガンダムという機体を。それとできるならばQBという生命体も」
「前者については同感です。その為にも、この機体をチューンして頂きたい」
 同じようにグラハムがフラッグを見上げて言い、エイフマン教授がグラハムに顔を向けて尋ねる。
「パイロットへの負担は?」
 グラハムが目を閉じる。
「無視して頂いて結構」
 再び目を開けて、エイフマン教授を見て言う。
「但し、期限は一週間でお願いしたい」
 面白そうに、エイフマン教授が笑う。
「ほぉ……無茶を言う男じゃ」
「多少強引でなければガンダムは口説けません」
 ガンダムに対しては常に真剣とばかりに、グラハムは答えた。
「彼、メロメロなんですよ。だけど、QBに対する策はあるのかい?」
 苦笑しながらも、カタギリが尋ねる。
「まだ遭遇してもいないQBに恐れをなしていては何もできはしない。何より、接触しないことには始まらない」
 当然の事をグラハムが言った所で、グラハムに通信が入る。
「……私だ。……何、ガンダムが出た?」
 その知らせにカタギリとエイフマンが驚く。
「二機。場所は南アフリカ……一機は大気圏を突入してタリビアだと!? ……了解した。単独で大気圏突入ができるとはな……」
 言って、グラハムは通信を切り、すぐにフラッグに乗ろうと動く。
「カタギリ、私は出るぞ」
 それを、大気圏突入ができるという情報に一瞬驚いていたエイフマンが我に返って止める。
「やめておけ」
「何故です!? 一機はタリビアです。ここからなら行ける」
 どうして止めるのか、とグラハムは言った。
「儂は麻薬などというものが心底嫌いでな。焼き払ってくれるというなら、ガンダムを支持したい」
 タリビアと聞いて、エイフマンが想定したのは麻薬栽培の地域の事であった。
「麻薬?」
「奴らは、紛争の原因を断ち切る気じゃ」


―南アフリカ地域・鉱物資源採掘現場―

 ロックオンはデュナメスに乗り、鉱物資源の採掘権を発端とした内戦への武力干渉に乗り出そうとしていた……が。
「ロックオン・ストラトス、君の牽制射撃でアレを終わらせられるかい? 無理なら僕が介入するよ?」
 現場に到着する前にQBがロックオンの……今回はヘルメットを被っていなかった所、頭の上に直接忽然と現れて言った。
「っておい、神出鬼没にも程があるだろ! お前何なんだ!?」
 ふざけんな、とロックオンは怒った。
「僕はQB。何度も言ってるじゃないか。君は記憶力が悪いのかい?」
「QB! QB!」
 QBとHAROが答えた。
「そういう事じゃねぇよ!」
 呆れた声でロックオンが言った。
「ほら、もうすぐ着いちゃうじゃないか。ロックオン、君の射撃技術で死者を出さずに済ませられるのかい?」
 QBはロックオンの言葉を無視して催促する。
「……何で自称異星生命体のお前が人間の死者の有無に拘るんだ?」
 ロックオンは一応情報を引き出そうと尋ねた。
 それに対し、QBは淡々と聞かれた事には答えた。
「勿体無いじゃないか。それに異星生命体なのは自称ではなく事実だよ。僕らからすれば君たちの方こそ異星生命体さ」
「勿体無いって……ッ……調子狂うぜ全く。ああ、分かった。要望通り、死なないように狙い撃ってやるさ」
 言ってる間に、現場にまもなく到着してしまうため、ロックオンは元々予定通りだと宣言した。
「助かるよ、ロックオン!」
 全く感謝の念が感じられない語調でQBが感謝した。
「メット被ってないから肩に乗ってろ!」

 そのまま、ロックオンは肩にQBを乗せたまま、現場のワークローダーに火器を搭載した物に射撃を行った。
「ああ、嫌だ、嫌だ。こういう弱い者虐めみたいなの」
 心底うんざりして、ロックオンが言う。
「やっぱり理解できないなあ、そういう人間の考え方は。どうして君は自身の行為に嫌悪というものを感じるんだい?」
 無機質な表情でQBが尋ねる。
「はぁ? こんだけ一方的だと、嫌にもなるだろ」
 何いってんだと、ロックオンは言いながら、搭乗者を殺さないように射撃を続ける。
 目の前の光景を意に介さないようにQBが答える。
「ふうん、それが罪悪感というものなのかな。でも、僕らには分からないや」
「お前……感情が理解できないのか?」
 意外な顔をして、ロックオンが尋ねる。
「うん、そうだよ」
 その通り、とQBは答えた。
「そうかい。訳がわからないぜ、全く。……早く武装解除しろって。……狙い撃つぜ?」
 一つ意思疎通がスムーズにいかない理由が少し理解できたロックオンであったが、とりあえずうんざりしながら、射撃を続けた。
「ニゲタ! ニゲタ!」
 ようやく、全ワークローダーが撤退し、HAROが音声を出す。
「……お利口さん」
 ほっと息をつく。
「ヨカッタ! ヨカッタ!」
「じゃあ、僕は帰るね」
 瞬間的に、QBは消えた。
「っておい! またかよっ! ったく……」
 無駄に疲れた様子のロックオンであった。


―南アメリカ地域・タリビア上空―

 アレルヤは、キュリオスに乗り、初の大気圏突入に些かの緊張をしながらも、無事成功し、タリビア上空を旋回していた。
「アレルヤ・ハプティズム、僕はQB。作戦地域に人はいないみたいだね」
 こちらにも、突然QBがヘルメットの上に現れた。
「うわぁっ!?」
 何の前触れも無くQBが現れた事で、思わずアレルヤは声が裏返った。
「いきなり頭を振らないで欲しいな」
 しかし、憤慨している様子は無い、QBの言葉。
「いきなり頭の上に現れないで欲しいね……。君がQBか」
 皮肉で返す余裕がアレルヤにはあった。
「そうだよ。……もう間もなく作戦行動か。大丈夫そうだね。僕は帰るよ」
 言って、QBは消えた。
「は?」
 第三の人格が現れたのではないかと勘違いしたくなるアレルヤであった。
「気をとりなおして……旋回行動開始から30分経過。警告終了。キュリオス、これより作戦行動を開始する」
 気を取りなおしたアレルヤはコンテナから順次焼夷弾を落とし、麻薬栽培ポイントを焼き払った。
 避難していた住民達はその光景を見て、嘆きの声を上げていた。
「目標達成率97%。ミッションコンプリート。こういうのが二度目の出撃だと……覚悟が締まらないな……。悪いことではないけど」
 その呟きはコクピットの空気へと溶け込んでいった。


―セイロン島―

 セルゲイ・スミルノフは地上に降り、兵士達に迎えられたが、自分の目で確かめるまでは信じられないと、セイロン島に来ていた。
 そこへスミルノフに報告が入る。
「三機目がこのセイロン島に現れただと?」
 兵士が敬礼して答える。
「はっ! 第七駐屯地です。既に、第七駐屯地ではQBが目撃され、兵士達が皆持ち場を離れているとの報告が入っています!」
 兵士は何とか平常心を崩さずに言えた。
「ガンダムより恐ろしいのはQBか……。生物兵器の類を使用するなど卑怯な奴らだ。使えるティエレンはあるか? 私が出る」
 酷く憤慨した様子でスミルノフは言った。
「中佐ご自身がですか!?」
 スミルノフの側に控えていた士官が驚いた。
「言ったはずだ。私は自分の目で見たものしか信じぬとな」
 真剣な表情でロシアの穴熊、セルゲイ・スミルノフは言った。


―セイロン島・第七駐屯地―

 刹那が到着した時には既に兵士達はQBに操られた後、格納庫にしまわれていたティエレンさえもが尽く路上に放置されて、解体場のお膳立ては整っていた。
「エクシア、目標を駆逐する」
 特にどうという事もない表情ではあったが、何か物足げに刹那は緑色のティエレンを次々に切り裂いていった。
 そこへ、飛行装備を取り付けたティエレンが一機だけ旋回して現れた。
 その光景を見たスミルノフは驚いていた。
「大量のティエレンが全て切り裂かれている……だと……。ガンダムは見ればわかるが、QBはどこだ」
 寧ろQBの方が気になるスミルノフ。
 しかし、スミルノフの元にはその本人の想いとは反対にQBは現れてはくれなかった。
 ならば仕方ない、とスミルノフは本来の目的通り、エクシアに飛行状態から砲撃をかけた。
 対する刹那も砲撃が飛んで来た事に驚いていた。
「QB、アレはどういう事だ」
 砲撃を避けながら言う刹那。
 早くもQBのサポートに染まっている自覚はあるのか、無いのか。
「コクピットの位置は覚えただろう? 実戦を経験するのも重要だと思うな」
 何か思惑があるのか、ヘルメットの上に乗っていたQBは刹那を試すように言った。
 すると、ティエレンが地面に降り、右腕に装備していた火器を捨てて、新たにブレードを構えた。
「火器を捨てた? 試すつもりか、この俺を」
 刹那が少し驚く。
 ただ、試しているのはQBも同じ。
「戦争根絶とやらの覚悟、見せてもらうぞ」
 無骨なメットを被ったスミルノフが言った。
 しかし、エクシアとティエレンの間で会話は成立していない。
 ティエレンが先に動き、ブレードを振り被るが、エクシアが一瞬で体勢を屈めながら、そのティエレンの右腕を切り飛ばす。
「肉ならくれてやる!」
 しかし、ティエレンは振り返りざまに、エクシアの頭部を左腕で鷲掴みにして、その機体を持ち上げる。
 同時に切り飛ばされた右腕が落ちる。
「くっ!」
 忌々しいと、刹那は唸る。
 ティエレンはそのまま頭部をきつく掴み圧力をかける。
「ぬぅ!」
 エクシアはその左腕も切り落とそうとする。
「ふ!」
 しかし、ティエレンが体勢を僅かに変えて、刃で両断されないようにしてソレを防いだ。
「その首、貰った!」
 スミルノフが叫ぶ。
 エクシアの頭部に異常を知らせるエマージェンシー音がPIPI、PIPIと鳴り刹那の危機感を煽る。
「な……やるかよッ!」
 それに焦った刹那がついに大声で怒り、エクシアの左肩後部に装備されているGNビームサーベルを左腕で取り出し、起動させる。
 そのまま展開されたビームはティエレンの左腕をあっさり切り裂く。
 ティエレンはそれにより体勢を崩し後ろに倒れる。
「ぬぁア!」
 すかさず、刹那はティエレンの右肩から右脚部にかけてGNビームサーベルを振りかぶる。
「えあァアァー!」
 掛け声と共に、ティエレンは切り裂かれ、地に伏した。
 エクシアは頭部についたままのティエレンの腕を無理矢理取り外した。
「……俺に触れるな」
 QBは触れている。
「僕は帰るね」
 言って、QBも消えた。
 現段階、人革連だけが、QBに襲撃を受けていた。
 結果、QBの存在の真偽に確証を持てないUNIONとAEUの者達は人革連がガンダムに対抗できない言い訳に、QBの存在を捏造したのではという風潮が生まれ、全世界の人々は人革連の軍部に猜疑心を抱いた。
 逆に人革連の人々は遺憾の意を感じずにはいられず、QBに、そしてそれを有すると目されるCBに対して怒りを募らせた。


―経済特区東京・マンション―

 北アイルランドの対立図式を取り上げて歴史についてのレポートが課題に出されたサジ・クロスロードは帰宅した所、刹那・F・セイエイと偶然遭遇し、話しかけたが、愛想が無いと感想を抱いた。
 玄関に入ると、仕事で忙しい絹江と入れ違いになり、会話を交わしてそのまま上がると、ルイスから電話がかかった。
 言われたとおり、ニュースをつければ、北アイルランドテロ組織リアルIRAが、武力によるテロ行為の完全凍結を公式に発表したと海外特派員の池田が報道していた所であった……。
「ね、すごいでしょ? 今日習ったところ、レポートどうなっちゃうんだろ……」
 サジはその言葉が耳から耳へと通りすぎ、驚いていた。
 世界が……世界が変わってる……と。


CBを利用する国。
その国すら利用する国。
陰謀渦巻く戦場に、ガンダムマイスターが赴きQBが活躍する。
政治とは彩り変わる万華鏡なのか。


―月・裏面極秘施設―

リボンズ・アルマークはヴェーダに起きた異変を感じ取り、リニアトレインで宇宙へと上がり、更には小型の宇宙輸送艦で月の裏面へと向かっていた。
月の裏面に隠されているのは、CBの有する量子型演算処理システム・ヴェーダの本体。
施設へ到着したリボンズは脳量子波を操り、固く閉ざされているロックを開く。
中へと入り、通路内を進むと、赤い絨毯の敷き詰められた間に出る。
そこに強化ガラスを通して床下に確かにヴェーダがあるのが見えた。
リボンズは僅かな安堵に一つ息を吐き、ヴェーダにアクセスする為の端末を操作し始める。
《リボンズ・アルマーク、君が一番乗りか》
 突如、リボンズの脳内にテレパシーが伝わる。
「なに!?」
 リボンズは目の虹彩を輝かせ、驚愕の表情を浮かべる。
「後ろだよ、リボンズ」
 その声に従い、リボンズが後ろを振り返ると、そこには。
「僕はQB。異星生命体さ。君たちイノベイドを待っていた」
 リボンズに対しては何の意味も持たないにも関わらずQBは首を可愛らしく傾げて見せた。
「Q……B……」
 リボンズはどこからともなく、出現したQBに驚きを隠せず、緊張して唾を飲み込み、続けて言う。
「君の目的は何だ」
「感情エネルギーの回収だよ。紛争の根絶はその為の手段の一つさ」
 リボンズの様子に意も介さず、QBはさらりと言った。
「感情……エネルギー?」
 訳が分からないと、リボンズは困惑した。
「リボンズ、君には理解できないかもしれないけど、僕らは人類の感情エネルギーを回収する為にこの星に来たんだ」
「信じ難いね……。君が異星生命体だという証拠はあるのかい?」
「その質問は無意味だと分かっているのにどうして聞くんだい。さっきのテレパシー、君たちにとっては脳量子波と言うそうだけど、アレで僕らが君たちイノベイドよりも強力な脳量子波を操る事ができるのは身を持って体験しただろう?」
 要らぬ手間だと思いながら、QBは説明した。
 思わずリボンズは一歩下がる。
「……僕の思考を」
「筒抜けだよ」
 感情は理解できないけどね、とまではQBは言わなかった。
「っ……」
「そんなに警戒しないで貰えると助かるな。僕らは少し君に頼みがあるだけなんだ」
「頼みだって?」
「うん。僕が提示する塩期配列パターンの生体年齢14、15歳の女性型イノベイドを量産して欲しい」
 本当は勝手にやろうと思ったんだけど、感情が理解できないから仕組みも理解できず断念したんだ、とまではQBは言わなかった。
「イノベイドの量産……」
 リボンズは困惑していた。
 感情エネルギーの回収が目的で何故イノベイド量産に繋がるのか。
 しかも、QBが塩基配列を指定するという。
 訳が分からない。
 目の前の赤い目の不気味なQBの意図が全く掴めない。
「そうしてくれれば、僕らは君たちCB全体の計画、そして場合によっては……君個人、の思惑に協力しても良いよ」
「ッ!」
 自身の思惑すら筒抜けであることにリボンズは驚愕した。
「どうして動揺するんだい? お互いにとって利益があるじゃないか。確かに、僕を前にしている君にとって脳量子波が強力すぎるのは考え物かもしれないけどね」
 そのお陰で普通の人類よりも思考が筒抜けだよ、とは顔に出すことも無く、QBはリボンズが動揺するのが理解できないと淡々と言った。
「……そもそも……君たちQBにとって、地球はどういう対象なんだい? 要領を得ないね」
「侵略なんてする気は無いから安心してよ。地球、いや人類はと言い換えれば、君たちは宇宙の寿命を延ばす為の貴重なエネルギー源なんだ」
「宇宙の寿命……エネルギー源?」
「仕方ないな。理解できるように、教えてあげるよ」
 質問形式では埒があかないと、QBは目を怪しく輝かせ、リボンズの脳に直接情報を流し込んだ。
「ぁアぁっ!?」
 場合によっては射殺しようかと所持していた銃を使う間もなく、情報の奔流にリボンズは声を上げた。
 その内容はQBが地球に来た、感情エネルギーの回収の根本的理由、宇宙の寿命問題から、感情を持つ人類が存在する限り生じる魔獣と呼ばれる存在、そしてソレを狩る魔法少女の存在。
 人々が存在し、そして世に呪いがある限り生まれる魔獣は、人々の負の感情が強ければ強いほど、強力な魔獣が生まれ、倒すのは困難になるが、それを倒し結晶と化して感情エネルギーの回収ができれば一気に集めることが可能で、効率的。
 QBは昔、暁美ほむら、という現在も現役の齢200代を優に突破し、300代も間近の現在最強の魔法少女から「魔法少女自身の希望が絶望に転換する際の感情エネルギーを回収するという方法が成り立たなくなったのが今の世界」という仮説を聞いた事があったが、現実には「円環の理」という魔法少女は絶望を撒き散らす前に消える、という世界法則が厳然たる事実として存在している以上、QBは数多く、かつ、質の高い魔獣を魔法少女に狩って貰わなければならない。
 CBという全世界に武力による介入を行う存在は、紛争の根絶を目指しながらも、平和に暮らしている幸せに満ちた人々にすら負の感情を抱かせる事ができるとQBは考えた。
 その負の感情が一点に集中……CBという対象に向かえばそれだけ強力な魔獣が生まれる。
 しかし、その場合、発生した魔獣を倒す屈強な魔法少女が必要であった。
 産業革命以降、魔法などというものを信じる少女も減り、勧誘活動も上手くいかない中、QBはふと宇宙にも到達するようになった人類の発展を目にし、地上ばかりに向けていた目を宇宙にも向けてみた。
 すると、なんとイノベイドという感情と魂の両方を兼ね備えた人工生命体が作られているではないか。
 QBはイノベイドを見つけた時は驚いた。
 人類にしては画期的な発明である、と。
 何より、魔法少女になりうる適合者をいちいち地球を巡らなくともいくらでも生産できるというのは魅力的だった。
 人工的に作れば因果律の量が少ないというデメリットはあるとしても、数を揃え、イノベイドには元々知識や身体能力を調整する事すらできるという事実。
 何の訓練も受けていない少女を育てるよりも、最初から即席で高度な戦闘能力を兼ね備えた魔法少女部隊を作る事ができれば、どれだけQBの負担が減ることか。
 これらの、リボンズの理解にとって「必要な情報」のみをQBは流しこんだ。
 その結果……CBとQBの間で契約が交わされたのか。
 QBがCBに接触するのは寧ろ必然、まさに運命だったのか。



[27528] QB折衝
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/04 19:15
―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

 大型モニターには人革連国家主席の発表が映しだされていた。
[セイロン島におけるCBの武力介入により、我々は大きな損害を受けました。紛争根絶を謡いながら、生物兵器までも戦場に投入するCBが行っている行為は、国家の秩序を乱すテロリズム以外の何者でもありません。私達人類革新連盟は、断固とした態度で彼らのテロ行為に挑んでいく所存です。まず手始めに……]
 神妙な面持ちでトレミーに現在いたプトレマイオスクルーの面々がその映像を見続ける。
 プトレマイオスの操舵士、リヒテンダール・ツエーリが微妙な表情で言う。
「一応っていうのか、嫌われたもんすね」
「……反応としては予想通りだろ」
 唸るようにプトレマイオスの砲撃士、ラッセ・アイオンが返した。
「けど、私達と……QBのしたことで人革連の軍備が増強されていく可能性も……」
 複数の事が原因で心配そうにクリスティナ・シエラが言った。
「彼らが、仮に、そうすると言うのなら、我々は武力介入を続けていくだけです……」
 QBというまだ自身の目で見てもいない存在が原因の大半で、元気が無さそうに壁にもたれていたティエリア・アーデが言った。
 合わせるように、フェルト・グレイスが呟く。
「戦争の根絶……」
「フェルトの言うとおり、私達CBはソレが目的よ。とはいえ、私達も直接QBと話ができればいいのだけど……」
 スメラギ・李・ノリエガが困ったように纏めた。


アザディスタン王国王宮では、マリナ・イスマイールとその個人的に雇われた側近が会話を交わしていた。
その会話の中で、テロの波が都市部にまで押し寄せて来た以上、このまま行けば、CBかQBかは知らないが、介入にやってくる可能性があるだろうと、その事をマリナは不安そうに呟いていた……。


―CB所有・南国島―

 ロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズムの二人は島に全員帰投していた。
 キュリオスをガラス窓越しに眺められる休憩室でアレルヤは椅子に座り足を組んでいた。
 そこへHAROを抱えたロックオンが声をかける。
「聞いたか、アレルヤ。リアルIRAの活動休止声明」
「ええ……」
 分かっているという風に軽くアレルヤが答えた。
「あの声明で、俺達を評価する国も出ているようだが、それは一時的なものだ。武力介入を恐れて先手を打ったにすぎん」
「僕達がいなくなれば、彼らはすぐに活動を再開する。……わかってますよ。紛争根絶は、そんなに簡単に達成できるものじゃない」
 何か暗い表情で二人は会話を交わし、ロックオンが少し明るく言う。
「だからさ。休めるときに休んどけよ。すぐに忙しくなる……筈だ」
 明らかに苦笑い。
「というか、あのQBは実在するんですか? 僕は肉眼で確認する前に消えられたぐらい印象が薄いんですが」
 QBに別に関わりたくなどないが、何かハブられた気がしたアレルヤが尋ねた。
 対して、もう何か諦めたようにロックオンが言う。
「ああ、実在はする。アレは神出鬼没だ。次出たら取っ捕まえてやる」
「頑張ってください」
 他人事のようにアレルヤが言った。
「おいおい、アレルヤも今度出たら捕まえろよ」
「作戦行動中に操縦桿を放すのは危険ですよ。ですが、やはりあのQBは紛争根絶が真の目的ではなさそうですね」
 アレルヤは途中から真剣に言った。
「……だろうな。俺達を利用してやがる節がある」
 ロックオンも真剣に返した。
 QBは基本的にCBが介入する時にしか現れない。
 前回はロックオンに任せて眺めるだけ眺めて去っていった。
 刹那の元では前回と同じく介入をしたが、指揮官機と思われるティエレンには介入をしなかった。
 行動が一貫していないQB、まず紛争根絶が第一の目的ではないのは明らか。
「警戒をする必要はありますが……いずれにせよ、僕達はミッションが提示されたらそれを遂行するだけです」
「その通り。それまで身体を休めとくってもんだ」
 言いながら、ロックオンは手をひらひらと振ってその場を後にした。


―人革連・統合司令部―

 キム司令がセルゲイ・スミルノフ中佐を呼び出し、椅子に腰掛けたまま、問いかける。
「で、どうだった中佐。中佐はQBに遭遇する事無く、ただ一人ガンダムと手合わせができたのだろう? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」
 その目には強い興味が宿っていた。
「はっ。私見ですが、あのガンダムという機体に対抗できるモビルスーツは、この世界のどこにも存在しないと思われます」
 QBに遭遇していない以上、スミルノフはガンダムの事についてのみ報告した。
「それほどの性能かね?」
「あくまで、私見です」
 キム司令は面白そうに、本題に入る。
「なら、君を呼び寄せた甲斐があるな。QBに遭遇せずにガンダムと一戦交えた君ならば……。中佐、ガンダムを手に入れろ。ユニオンやAEUよりも先にだ。QBは出現しない時もあるそうだ」
 スミルノフが敬礼する。
「はっ!」
「専任の部隊を新設する。人選は君に任せるが、一人だけ面倒を見て貰いたい兵がいる」
 キム司令の言葉にスミルノフは怪訝な声を出す。
「ぅん?」
「入りたまえ」
 キム司令は閉じている扉に声をかけた。
 すると扉が開けられ、白に近い髪色、鋭く無感情な眼光の若い女性兵士がツカツカと入ってくる。
 彼女は近づいて止まり、敬礼して言う。
「失礼します。超人機関、技術研究所より派遣されました超兵一号、ソーマ・ピーリス少尉です」
 その自己紹介にスミルノフは疑問の声を上げる。
「超人機関? 司令、まさかあの計画が」
 それにキム司令が皮肉めいて答える。
「水面下で続けられていたそうだ。上層部は対ガンダムの切り札と考えている。……QBが出なければ、の話だが」
 そこへ、ピーリスが一歩前に出てスミルノフを見て感情を感じさせない声で言う。
「本日付けで中佐の専任部隊へ着任することになりました。よろしくお願いします」
 スミルノフはピーリスの何も感じないような目をみながら、息をついて言った。
「……それにしては若すぎる」


UNIONの対ガンダム調査隊(仮)施設では、グラハムの要望通り、フラッグにカスタムチューンが施され、カスタム・フラッグが完成していた。
そこには、更にハワード・メイスン准尉、ダリル・ダッジ曹長がグラハムに呼ばれて着任し、いよいよ部隊らしくなり始めていた。


CBの次なる介入ミッションはUNIONに加盟しているタリビア共和国がCBを利用する意図で動き始めた事でほぼ確定していった。
世界の要人達は、ほぼ皆全てが、タリビアの見え透いた行動を理解していたが、最も重要なのはCBがどう動くかを見極める事であった。
タリビアは反米感情の強い国であったが、タリビア政府としてはアメリカ主導の政策に切り替えたい。
そこで、タリビアはわざとUNIONからの脱退を宣言し、武装もやむなしと宣言する事で、わざとCBを呼び出し、介入させる意図があった。
そうすれば、CBに介入されたタリビアは率先して米軍の助けを借りざるを得なくなり、ひいては、タリビアは国内の反米感情を押さえ、政策の方針も本来の目的通り、舵を切る事ができるという筋書きであった。
その当のCBはといえば……。

―CBS-70プトレマイオス・スメラギ・李・ノリエガの戦術立案室―

 スメラギはモニターを操作しながら、呟く。
「ヴェーダ、あなたの予測を聞かせて。……私の予報と同じね」
 結果は自分と同じで一応安堵する。
「対応プランは十二種。そのどれを選択しても私達の立場は危うくなる……のは、QBの存在を考慮しない場合」
 溜息をついて言葉を続ける。
「現れるのか、現れないのかは分からないけれど、あっという間にQBに振り回される事になるなんてやりきれないわね。ヴェーダにQBが前回と同じような洗脳活動をフルに行って兵士達を無力化するという条件で予測を聞くと……。ほら……もう、戦術も何もないじゃない……」
 スメラギは自身の存在意義について、悩み始め、頭を抱え込んだ。
 少しして、タリビアの声明があり、気を取り直すように息を吐いて、ブリーフィングルームに移動して宣言した。
「ミッションを開始します。ガンダムマイスターたちに連絡を」
 できればQBとも話がしたい、とは言わなかった。


結果として、タリビアに向けてUNION艦隊は出撃し、対するタリビア軍は主要都市にモビルスーツを配備する事となった。
更に対する、CBは刹那は港に沈めてあるエクシアへと向かい、アレルヤとロックオンはそれぞれ、キュリオスとデュナメスに乗り込んで、三機が出撃した。
今回もティエリアは働かない。


―タリビア主要都市地域―

 エクシアはUNIONの空母が進行している上空を無視するが如く、タリビアへと向かい、デュナメスとキュリオスはUNIONのフラッグに後を付けられながらも、それも無視して飛翔していった。
 UNION、タリビア、CB、まさに三者一色即発という状況に一番最初に介入を起こしたのはそのどれでもなく、QBであった。
 ガンダム三機が到着する前の絶妙なタイミングで首都地上に整列していたタリビアのモビルスーツのパイロット達に一斉に異変が起きた。
「何だ!?」「これがQBかぁっ!?」「QBだとぉ!?」
 という叫び声がしたかと思えば、すぐに兵士達は皆コクピットから降り始めてしまう。
 付近に通常の歩兵は殆どおらず、彼らはそのままゾロゾロと持ち場を離れるという、他から見ればまさに訳がわからないという様相を呈していた。
 ただの一機すら、タリビアのオレンジ色のモビルスーツが飛行することもなく、沈黙を保ったまま、地上にただの的として整列していた。
 三つの主要都市に散開したガンダム各機との映像をリアルタイムで共有していたプトレマイオスは作戦行動開始前にも関わらず、唖然としていた。
 もう、何なの、という表情でスメラギが投げやりに伝える。
[ミッション、スタート……]
 しかしそれに対して、三人のガンダムマイスターはそれぞれきちんと返答した。
「タリビアを戦争幇助国と断定。目標を駆逐する」
 刹那はいつも通り。
「キュリオス、介入行動を開始します……」
 げんなりしたアレルヤ。
「デュナメス。……目標を狙い撃つぜ」
 一番やる気のある発言は刹那だったであろう。
 三機はズラリと並んでいるただの的を作業的に壊し始めた。
 アレルヤは初めてのQBからのバックアップを受けた戦闘とも言えない戦闘中、呟いた。
「しかし……これは一方的だ……とか、そういう以前の問題だよ……」
 完全に茶番のようであった。
 何しろ、流れ弾の一つも飛ぶ事はなく、ただモビルスーツが壊されただけ。
 ガンダムマイスターの元に今回QBが現れる事はなかった。
「人様の事を利用して、勝手しなさんなというにはタリビアの自業自得なんだか……」
 やれやれ、と言うロックオンは、QBに利用されている形になっている自分達はどうなんだ、と思わざるを得なかった。
 一瞬にして、ミッションを終了したガンダム三機はさっさとタリビアから離脱し始めた。
 その光景を遠くから観測していたUNION艦隊はガンダムより、寧ろタリビア軍の動きに驚愕し「タリビア軍兵士が全員敵前逃亡!?」と報告した。
「タリビア軍兵士は、兵士の名を語るのもおこがましいようだ」
 と小馬鹿にしたようにUNION艦隊の誰かが言ったのはいつかそのままブーメランとして自身に帰ってくるのか。
 タリビア首相の居る官邸では、兵士達が全員敵前逃亡し、残ったモビルスーツが全機CBに破壊されたという情報に首相は呆然としたが、残された道はただ一つ「ブライアン大統領へホットラインを……」と側近に伝え、こちらの茶番も終了を迎える。
 結果、タリビアはUNION脱退宣言を撤回、UNIONは加盟国を防衛するとして、CBに攻撃を開始する声明を出す。
 瞬間、満を持して、グラハム・エーカーの駆るカスタム・フラッグが急発進し、通常のフラッグのスペックの二倍以上の速度でエクシアを猛追する。
「これでガンダムと戦える。CBの行動が早すぎたが充分見事な対応だプレジデントッ!」
 そう言って追いついた所でグラハムはエクシアに向けて砲撃を開始する。
「はッ?」
 刹那はその速さに驚きながらも、弾丸を避け、フラッグを交わす。
 対してカスタム・フラッグは旋回しながら空中変形を行う。
「空中変形!? だがッ!」
 刹那は驚きながらも、ビームを放つ。
 しかし、グラハムはそのビームを尽く避けてのける。
「速い!」
 刹那が驚愕し、今度はカスタム・フラッグが砲撃で応戦し、エクシアを水面に追い詰める。
 が、エクシアはそのまま水中に潜り、その場から離脱した。
 残されたグラハムの元に部下が追いついて賛辞を述べる。
[お見事です、中尉!]
[逃げられたよ……。交戦することができたのは僥倖。カスタム・フラッグ。一応対抗してみせたが……しかし、水中行動すら可能とは汎用性が高すぎるぞ。ガンダム]
 グラハムはQBの介入もなく、ガンダムと交戦できた事には嬉しそうであったが、ガンダムの性能には憤りを抱いたのであった。


この一件は即日ニュースになり、世界の人々は目にする事になった。
CB、タリビアに軍事介入、と題されたテロップが流れたが、何故か映った現場の映像は整列したまま破壊されたタリビアのモビルスーツだけ。
とても戦闘が行われたとは思えない、有様。
否、そもそも戦闘など行われてはいないのだが。
報道の中で、タリビア軍の兵士は全員敵前逃亡という情報が流れたことに、サジ・クロスロードは「CBってそんなに怖いのかな……。戦いが起きていないなら、結果としては良いのかもしれないけど……」と複雑そうに言葉を述べた。
絹江・クロスロードは、自宅で端末を操作していたが、寧ろこのタリビア軍兵士側の動きと、人革連の発表にあった通り、CBの生物兵器使用疑惑について、頭を悩ませていた……。


―月・裏面極秘施設―

「言っても、君は勝手に行動してしまうようだけど、死者を出さないように拘る必要性はあるのかい?」
 リボンズが端末を操作しながらQBに問う。
「僕らとしてはこれで充分なんだよ。勿体無いし。それより、できるだけ早く用意して欲しいな」
「僕も暇ではないからね……。もう一人、イノベイドを用意したら、帰らせてもらうよ」
 リボンズは正直来なければ良かったと思いながらも、QBは利害が一致する限り……は、自身に協力するというのを早くも理解した為、QBの欲しいイノベイドの製造を担当するためのイノベイドを用意する作業を行っていた。
 負の感情を集めるのならば、死者が出たほうが手っ取り早いのか。
 QBにしてみれば、敵前逃亡という容疑をかけられた兵士達の絶望、そしてその家族のほぼ同様の絶望、全世界の人々から彼らに向けられる冷たい感情……それで充分負の感情は喚起できる。
 これは感情の存在は理解できていても、その本質を理解できないが故のQBならではの思考。
 しかし、嵌められた形になった彼らからしてみれば、まさに、外道。
 ……死んでしまえば、人間は感情エネルギーを発生させない。
 それに、まだ魔法少女部隊は作られてもいない。
 そして現在既存の魔法少女達の負担が増加しすぎて皆消耗によって消滅してしまうような事態は困る。
 つまりは、時期尚早。


低軌道ステーションでの出会いが、アレルヤを過去へと誘うのか。
急ぐ必要はあるのか、キュリオス。
命朽ち果てる可能性はあるのか。
抗えぬ重力が、ガンダムを蝕むのか。



[27528] 僕に仕事を下さい
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/04 23:14
アザディスタン王国王宮ではマリナ・イスマイールが外行の服を着て、太陽光発電の支援を受けるための諸国漫遊に出る所であった。
それを見送るシーリン・バフティヤールは、前回のCBが武力介入したタリビアの一件について少し会話を交わした。
タリビア軍兵士が敵前逃亡したというのは不可解極まり無かったが、いずれにせよ、アザディスタンがCBを利用するという方法は有り得ないという結論に至り、マリナは旅立っていった。


―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

 CBでは次のミッションプランに関して、一悶着起きていた。
 ミッションの内容は、人革連の軌道エレベーターの低軌道ステーション付近の宙域で行われる、新型モビルスーツの性能実験の監視と場合によってはその破壊というもの。
 そのミッションにヴェーダによって選定されたのはアレルヤ・ハプティズム。
 キュリオスをコンテナで運び入れ、人革連軌道エレベーター天柱で宇宙へと上がり、そのまま、その性能実験の監視を行う……筈であったが。
「スメラギ・李・ノリエガ、僕にそのミッション、遂行させてもらいたい。わざわざキュリオスを宇宙に上げる必要など無い」
 非常に熱意ある様子で、この僕に仕事をやらせて欲しい、とスメラギに言ったのはティエリア・アーデ。
 微妙に目が血走っている。
 CB所有の南国島ともモニターが接続されており、そこにはアレルヤとロックオン・ストラトスが映っていた。
 その二人の目は、どうにも可哀想なものを見るよう。
「まさかあなたがそこまで強く要求して、ブリーフィングまで開くとは思わなかったわ……」
 正直少し意外だとばかりにスメラギは息を吐きながら言った。
 実際、ヴェーダ至上主義者とも言えるティエリアがこのような提案をするのはスメラギにしてみれば本当に意外であった。
「どうなんです。僕にミッションを遂行させて貰えるのですか」
 そんな感想はどうでもいい、早く返答しろ、とティエリアはスメラギに一歩近づいて催促した。
 思わずスメラギは一歩後ろに下がり答える。
「え……ええ。ヴェーダに提案してみたけれど、ヴァーチェが出撃するというプランも可という事だから、構わないわ。アレルヤは、それでいいかしら?」
 目線がモニターのアレルヤに向く。
「ええ、僕は構いませんよ。もう少し、休みたいですしね」
 皮肉めいてアレルヤは答えた。
 ロックオンは付き合ってられないと顔を顰める。
 対して、ティエリアはその言葉に両の拳をきつく握りしめた。
「……と言う事だから、ティエリア。今回のミッション、頼むわね」
 ティエリアの様子に気づいたスメラギが苦笑して言った。
「了解」
 聞いて、ティエリアは簡潔に、だが、どことなく嬉しそうな様子で答えた。
 そこまでで、ブリーフィングは終わった。
 QBのタリビアでの暗躍には、げんなりさせられたとしか言いようが無かったが、民間人の住まう場所に流れ弾の一つも飛ばなかったという点では評価できるという結論であり、個人個人何だか妙に疲れたのは寧ろ自身のせい。
 故に、QBの話題は、この場にティエリアがいる事も鑑みて、空気を読んで誰も言わなかったのである。


かくして、その二日後、ミッションが決行される事となる。
人革連低軌道ステーションには偶然にも、サジ・クロスロードとルイス・ハレヴィが大学の研修に訪れた。
二人がリニアトレインで上がる際、絹江・クロスロードもJNN天柱極市支社に用があった為、それを見送った。
研修と言うには、旅行とも言えるような物であり、ルイスは無重力を楽しんで過ごしたり、サジを連れ回したりとやりたい放題。
ともあれ、そんな一般人の様子を他所に、別の場所ではセルゲイ・スミルノフとソーマ・ピーリスが、CBが監視するその新型モビルスーツ、MSJ-06II-SPティエレン超兵型の実験の為に、同じく宇宙へと上がった。
……そして、ミッション当日の二日後。


―CBS-70プトレマイオス・リニアカタパルト―

 フェルト・グレイスのオペレーションが流れる。
[ヴァーチェ、カタパルトデッキに到着。リニアカタパルトボルテージ、230から520へ上昇。ヴァーチェをリニアフィールドへ固定。射出準備完了。タイミングをヴァーチェに譲渡]
 ヴァーチェがリニアカタパルトから射出可能な状態になる。
[了解。ヴァーチェ、ティエリア・アーデ。行きます]
 ヴァーチェに搭乗するティエリアが言い、操縦桿を倒して、発進させた。
 天柱へのテロを行った者を撃滅して以来、久々の出撃。
 ヴァーチェはその巨体で宇宙に飛び出し、人革連の軌道エレベーターへと向かっていった。
 ヴァーチェが発進した後、トレミーのブリッジにはその機影を頑張ってね、と見送る視線が幾つもあった。
 そのような事露知らず、ティエリアは、
「近頃の鬱憤、晴らさせて貰う」
 そう、低い声で独り言を言い、操縦桿を更にきつく握りしめた。
 精神的に相当溜まっていた。
 しかし、鬱憤を晴らせるようなミッションではない事は明らか……。


―人革連・低軌道ステーション付近宙域―

 スミルノフとピーリスはそれぞれ青色の宇宙仕様ティエレンと桃色のティエレンタオツーに乗って並行して飛んでいた。
[少尉、機体の運動性能を見る。指定されたコースを最大加速で回っていろ]
 スミルノフはそう通信でピーリスに命令した。
[了解しました、中佐。……行きます]
 返答し、目を鋭くさせ、ピーリスは脚部のスラスターを一気に噴かせ、直進する。
[最大加速に到達]
 瞬時に最大加速に到達し、指定ルートを回るべく、肩部の姿勢制御用スラスターを噴かせ向きを調整。
 再度脚部のスラスターを噴かせ、楕円軌道を描いてルートを進む。
 その様子をヘッドマウントディスプレイを通して表示されるモニターを見て、スミルノフが呟く。
「最大加速時で、ルート誤差が0.25しかないとは。これが超兵の力……しかし、彼女はまだ乙女だ……」
 そのまま、ピーリスは指定ルートを問題無く周回していく。
 その頃、低軌道ステーションの一角には王留美と紅龍が居り、ティエリアに人革連の新型モビルスーツの性能実験が開始された事を知らせた。
 情報を受け取ったティエリアも丁度、ヴァーチェでその宙域を捕捉可能かつ、人革連側からは捕捉されないポイントに到着していた。
「人革連のモビルスーツ……」
 ティエレンタオツーをモニターで見ながらティエリアはコクピットで呟いた。
[ヴァーチェ、監視を続行する]
 律儀にトレミーへ報告も欠かさない。
[その調子で頼むわね、ティエリア]
 温かい声のスメラギからの返信。
[了解]
 ティエリアはコクピットでティエレンタオツーの様子を監視しながら考える。
 人革の新型モビルスーツという情報だが、形状からするに、宇宙・地上両面での行動ができるようだ。
 機動性は通常のティエレンに比較すると遥かに高いか。
 スラスターの数も豊富だ。
 無論、ガンダムには劣るが……。
 しかし、あの機体の搭乗者、指定ルートを回り続けているが誤差が随分少ない。
 あの性能のティエレンを乗りこなすパイロット……いずれ敵対する事になれば厄介か。
 だが、機体そのものはここで破壊する必要性があるとまで判断できる程の脅威でもない。
 依然、ガンダムには遠く及ばない。
 そう、考えながらも、ティエリアはピーリスのティエレンタオツーでの性能実験を監視し続けた。
 ただ、監視するだけ。
 暇である。
 しかし、ミッションを遂行するのがガンダムマイスターの役目、と自負するティエリアにしてみれば、暇だ、などと考える事など無い。
 そのまま、監視を終えるか、と言うところ。
「ティエリア・アーデ、僕はQB。特にあの機体は脅威でも無いね」
 忽然とQBがヴァーチェのコクピットの中、ティエリアの目の前に現れた。
「ぁアァぁああッ! 貴様が! 万死に値するッ!!」
 瞬間、目の前の生物を視認したティエリアはキレた。
 すかさず必ずガンダムマイスターが携帯している銃を構え、そして引き金を躊躇する事なく引いた。
 銃声と共に、QBの頭部に風穴が空き、その弾丸はヴァーチェのコンソールすらも穿ち、割れる音がする。
「はぁっ……はぁっ……」
 息を荒げ、思わずやってしまったティエリア。
 QBの死体がコンソールの上に倒れ、そのままとなる。
 かと思われれば、
「いきなり撃つのはやめて欲しいな、ティエリア・アーデ。無意味に潰されるのは困るんだよね」
 新たにQBがティエリアの肩に現れて言った。
「なっ!?」
 ティエリアは大いに驚いて身体を振った。
「他のガンダムマイスターから聞いているだろう? 何故驚くんだい?」
 マイスタータイプのイノベイドの割に、ガンダムを自分で壊すなんて、君が一番ガンダムマイスターに向いていないんじゃないかな、とQBは思ったが、ソレは言わなかった。
 そのまま驚いているティエリアを無視してQBは、目の前で悠然と自身の死体を咀嚼して喰い始める。
 その速さはかなりのもので、みるみるうちに死体は無くなった。
 ティエリアは片目の下をピクピク震わせ、その光景を見た。
 一応怒りの矛先を、根源のQBに向け、一度射殺も達成した事でかなり溜飲が下がったティエリアは冷淡な声で言った。
「QB、何の目的で現れた」
「君にはまだ声を掛けていなかったからね、それだけさ。じゃあ、僕は帰るね」
 言って、虚空にQBは消えた。
「な」
 目の前で実際にQBが消えた事でティエリアは唖然としたが、それよりも重大な物が目に入った。
 ヴァーチェ、敢えてもう一つ言えば、ナドレ……のコンソールを撃って、壊してしまった跡。
「何という失態だっ……。これでは……」
 ガンダムマイスター失格だ……と深い後悔にティエリアは見舞われた。
 損傷としては、ガンダムの操縦には支障は出ないものの、自身で破壊したという事がティエリアにはショックであった。
 丁度、完全に思考の埒外になっていたピーリスのティエレンタオツーの性能実験が無事、終わっていた。
[ティエリア、ミッション終了よ。トレミーに帰還していいわ。お疲れ様]
 モニターにスメラギの顔が映り、ティエリアを労う。
[了……解……]
 意気消沈した声で、ティエリアは返した。
 その様子にスメラギは何かあったのかと問いかける。
[どうしたの、ティエリア?]
[帰投してから、説明します……]
 言って、ティエリアは一方的に通信を切り、ヴァーチェを発進させて、トレミーへと戻っていった。
 戻るまで、ティエリアはうな垂れていた。
 相対誘導システムに従い、コンテナにヴァーチェを格納。
 ヴァーチェから降り、そのままティエリアはスメラギのいるブリッジへと疲れているようにしか見えないその姿を現した。
「スメラギ・李・ノリエガ、僕は独房に入ります」
 もうこの世の終わりだ、という表情でティエリアは言った。
「はい?」
 いきなりの宣言にスメラギは聞き返す。
 すると、重苦しくティエリアは口を開く。
「……コクピットにQBが突如現れ、僕は我を忘れて射殺。貫通した弾丸がヴァーチェのコンソールに損傷を与えました……」
「ちょっと、射殺って……」
 万死に値するなどと叫んでいたけれど、まさか本当に撃ったの、と信じられないという顔でスメラギは言った。
「自身の感情をコントロールできないなど、ガンダムマイスター、失格……です。ですから、僕は独房に入ります。では」
 返答も聞かず、ティエリアはブリッジから去り、物悲しい背中をブリッジの面々に見せつけて、そのまま勝手に独房に引きこもったのだった。
「ティエリア……」
 スメラギの言葉はブリッジの空気に溶けこんでいった……。


低軌道ステーションにそもそも、アレルヤに出会いは無かった。
キュリオスは急ぐ必要は無かった。
命朽ち果てる可能性は無かった。
抗えぬ重力が、ガンダムを蝕む事など無かった。
あったのはティエリアの後悔と絶望。


―日本・群馬県見滝原市か、はたまたどこかの都心のビル屋上―

 ビル風に美しく長く黒髪をたなびかせ、300年近く経っても劣化することの無い赤いリボンが印象的な少女がいた。
「最近のアレ、は何が目的なのか一応聞いて、あなたは答えてくれるのかしら?」
 彼女は紫色の結晶を中心に、その周りに黒い四角の結晶を幾つか置いて何やら作業しながら、近くでその作業が終わるのを待っているQBに尋ねた。
「君なら言わなくても分かるんじゃないのかい?」
 首を傾げてQBが答えた。
「……負の感情を全世界で喚起させ、その矛先をCBという一点に向ける。強力な魔獣の発生を促すのが目的、かしら」
 一つの黒い結晶を摘み放り投げる。
「そうだよ。分かってるじゃないか」
 上手にそれを背中にキャッチしながら、説明の手間が省けた、とQBは言った。
「いつまでも……あなたたちはそういう奴らだものね」
 飄々と少女は虚空に向けて言葉を紡いだ。
 彼女が魔法少女の数が足りなくなる、自身の負担が増える、という事を気にする事はなかった。
 なぜなら、いつまでもこの世は救いようの世界だが、それでも彼女は戦い続けるだけなのだから。
 例えQBが何かを企もうとも、自身の行うべき事は変わらない。


仕組まれた戦場だとしても、CBに沈黙は許されないのか。
新装備を携えたガンダムが、その存在を世界に明示するのか。
もう、戻れないのか。



[27528] 管制官「こんなの絶対おかしいよ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/05 18:25
―月・裏面極秘施設―

 人工生命体イノベイド、リボンズ・アルマークは最初に造られた一人。
 塩基配列パターンは0026。
 QBの頼みによって同じ塩基配列パターンのイノベイドが急造され、生体ポッドから誕生した。
 それに伴い、リボンズはこの月の裏面極秘施設に再び来る時に備え、適切に情報改竄を行い、後をそのイノベイドに任せて去った。
 無性であるマイスタータイプではない為、性別は女性、生体年齢は別に魔法少女にも合わせる事も無く、成人。
 ライトグリーンの髪色が特徴的な女性。
 ヴェーダにもイノベイドを製造する事からその情報は登録され、名前はマリア・マギカ。
 言わば魔法少女の母とでも意識するようなネーミングであった。
 マリアとリボンズの別れ際の会話は、非常に事務的。
 マリアという名前の割には、彼女の母性と呼べる感情は極限まで希薄化されていた。
 これから彼女が製造を行う量産少女型イノベイドは、須らく魔法少女となり、いずれ死体も残さず消滅する運命にある。
 ある程度の感情は必要だが、製造するイノベイドに対して情を抱く必要性は皆無。
 それ故の、該当感情の希薄化。
「マリア、イノベイドの製造と調整、頼むね」
 QBが既に端末に向かって作業を開始しているマリアの肩に乗って言った。
「了解。塩基配列パターン8686のイノベイドの製造作業を続行します」
 遺伝情報基は、純粋な日本人である、そして歴代最強にして、現在最長齢でもある魔法少女。
 元々彼女の遺伝情報には心臓や目に疾患があったが、その点については調整が施され、塩基配列パターン8686として製造される事になった。
 この量産型イノベイド製造計画はヴェーダのレベル7の情報の中でも極秘事項として扱われ、アクセスできるイノベイドはリボンズ・アルマークと、例外的にマリア・マギカのみ。
 レベル7にアクセスできるティエリア・アーデにも、この情報を見つける事はできない。
 ともあれ、ティエリアはそれどころではないが。
 ヴェーダ自体の判断は既にQBにハッキングされてしまったからのか、はたまた、元々イオリアの計画の中に異星生命体との来るべき対話が含まれていた事からスムーズに受け入れられたのか……真相はどちらにせよ、この計画は推奨された。
 実際、異星生命体QBが必要とする魔法少女、そしてその狩るべき対象の魔獣について、イノベイド魔法少女を端末として情報を集める事ができ、確かに対話への足掛かりとなるのは紛れもない事実。
 かくして、ティエリアが勝手に独房に引きこもってしまった一週間以上の間に、塩基配列パターン8686の容姿端麗な美しい黒髪の少女がまず初めに七人、そしてそれ以後同様に……と誕生しだした。
 そして量産型魔法少女部隊となる記念すべき初の七人が誕生した時。
 オリジナルの少女とは異なり、機動性を重視し全員黒髪ショートヘアーの少女七人がQBの前に整列する。
「さあ、教えてごらん。ホムラ001から007。君たちはどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるのかい?」
 QBは怪しげなその紅い双眸で、少女達を見つめ、問いかけた。
『円環の理に導かれるその時まで、私は戦い続けたい!』
 少女たちは迷うこと無く、願いとも呼べないような願いを口を揃えて言った。
 誕生する前からの調整によって、QBにとって都合の良い願いを彼女達が口にする事は、幸か不幸かなど関係なく、決まっていたのだ。
 この願いの強さが、オリジナルの少女の想いに比べれば、絶対的に弱いものだとしても。
 瞬間、彼女たちは皆揃って苦悶の声を上げ始め、胸の辺りから紫色の輝く結晶が出現する。
「契約は成立だ。君たちの祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を!」
 QBが高らかに宣言して、少女たちは目の前に出現した結晶を両手で掴んで、その新たな力を手にした。
 ……余りにも労力のかからない魔法少女たちの誕生。
 彼女たちが人間の魔法少女と決定的に異なるのは脳量子波の操作が可能である事、そして初めから備わった卓越した戦闘技術。
 故に、連携して魔獣を倒すことが、人間の魔法少女で組まれたチームよりも最初から、遥かに上手い。
 QBは当然だよね、と彼女たちをマリアに輸送機を手配させ、地上へと送り出すのだった。
 その活動が表に現れる事は、無い。


―南アフリカ地域・鉱物資源採掘現場―

 夜、三日月が夜空に浮かぶ中、ロックオン・ストラトスが先日介入した現場を見まわる人物がいた。
 辺りにはロックオンが破壊したワークローダーが放棄した機関砲や、ワークローダー本体が散乱。
「ったぁく、酷ぇもんだなぁ……C何たらってのはよ。ここにある石っころが採れなきゃー、この国の経済は破綻。その影響を受ける国や企業がどんだけあるか……。戦争を止められりゃぁ、下々の者がどうなっても良いらしいやぁ……」
 赤味がかった髪と、同じく赤味がかった長く伸びた顎髭が特徴的、野蛮な印象のあるアリー・アル・サーシェスはそう文句を垂れながら、部下を後ろに引き連れながら言った。
 そこへ、ダミ声でもう一人部下が携帯を持って現れる。
「隊長ぉ、PMCトラストから入電ッス」
 サーシェスはそれを右手に受け取り、耳にあてて、重苦しく口を開く。
「アリー・アル・サーシェスだ。……ぉい、現地まで派遣しておいてキャンセルってのはどういうこった! 戦争屋は戦ってなんぼなんだよぉ! このままじゃモラリアは崩壊すっぞ!」
 電話先の相手に怒鳴り、サーシェスは返答を待つ。
「……わかった。本部に戻る」
 諦めたように息を吐いて携帯を下ろした。
「何か?」
 後ろに控えていた、副官が尋ねた。
 サーシェスは意味深に笑い、顔だけ向けて答える。
「ん、フフ。ようやく重い腰を上げやがったぁ。AEUのお偉いさん方がな……」


AEU中央議会では首脳達の間でモラリアへの軍隊派遣についての議論が交わされていた。
AEUはアフリカの軌道エレベーターによる電力送信は始まっているものの、軌道エレベーターそのものの各種施設は未だ完成しておらず、人革連とUNIONに比べ、宇宙開発計画が明らかに遅れている。
AEUがその宇宙開発計画を推進する為にはモラリア共和国のPMCという、傭兵の派遣、兵士の育成、兵器輸送および兵器開発、軍隊維持、それらをビジネスで請け負う民間軍事会社が必要不可欠と考えられていた。
ヨーロッパ南部に位置する小国、モラリア共和国は人口自体は18万と少ないが、300万を超える外国人労働者が国内に在住。
約四千社ある民間企業の二割がPMCによって占められている程PMCは重要な存在。
明らかに紛争を幇助する企業であるが、これまで未だにCBの攻撃対象にならなかったのはヴェーダの判断による所が大きい。
CBの活動により世界の戦争が縮小していけばビジネスは成り立たなくなり、そしていずれ自滅して消滅する可能性も鑑みて、これまで介入は行われ無かった。
実際、既にモラリアの経済は縮小しつつあり、モラリアとしては最悪国家そのものが崩壊しないように、どうにかして経済を立て直す必要がある。
一方、AEUは一刻も早く太陽光発電システムを完全に完成させて、コロニー開発に乗り出したいが、その為には、民間軍事会社の人材と技術が不可欠。
結果両者の利害の一致もあり、例えCBと事を構えてでも、行動を起こす必要がある。
モラリアは例え自国が戦場になったとしても、AEUの援助が必要であり、AEUは軍隊をモラリアに派遣し合同軍事演習という形で距離を近づけたい。
予想通り、CBが武力介入に現れて、戦闘になったとして、もしガンダムを鹵獲できれば僥倖、完全に完敗したとしてもメリットがある。
ただ合同軍事演習を催しただけにも関わらず、ガンダムによる武力介入を受けたAEUは、国民感情に後押しされて、軍備増強路線を邁進する事が可能になるという、メリットが。
加えて、派遣そのもので、モラリアに貸しを作る事で、PMCとの連携を密接にすることができる。
以上が、筋書き。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

 フェルト・グレイスが淡々と報告をする。
「GNドライブ、接続良好。GN粒子のチャージ状況、現在75%。散布状況、40%に固定。有視界領域にアンノウン無し」
 同じくオペレート席に座るクリスティナ・シエラがそこで、ラッセ・アイオンとリヒテンダール・ツエーリの方を向いて言う。
「ねえ……もう一週間以上経っちゃってるんだけど」
「何がだ?」
 ラッセがクリスティナを見ることなく、特に何も考えず聞き返した。
「ティエリアの事。ずっと引きこもったままじゃない。放っておいていいの?」
 溜息をついてクリスティナが言った。
「放っとけ放っとけ。スメラギ・李・ノリエガも言ってたが、どっちにしたってティエリアがヴァーチェを降りる事は無理なんだからよ」
 なるようになるさ、とラッセは軽く答えた。
 ヴァーチェに隠されるナドレの存在はスメラギとイアン・ヴァスティ、そしてティエリア・アーデ本人など、CBメンバーでも一部の者しか知らない。
 ナドレのトライアルシステムを起動できるのは脳量子波を操る事ができるティエリアだけ。
 事情を知らないものの、そういう事じゃないのよ、とクリスティナは言う。
「それが機密事項だからなのは分かるけど、食事を運ぶ私の身にもなってよ」
 刺激しないようにするのが気まずくて面倒だ、とクリスティナの悩みの種になっていた。
 CBメンバーに無駄な心労が波及していく。
「なら、俺が代わりに運びましょうか?」
 そこへリヒティが振り返り、気さくに提案した。
「えっ、本当? 優しい!」
 ややわざとらしく、クリスティナは両手を合わせて感謝した。
「それほどでも……」
 リヒティは頭を掻いて照れた。
 そのやり取りに、ラッセはやれやれ……と、フェルトは完全無視で指を動かし続けるのだった。
 軽く子守が必要になってきているティエリアは、ガンダムマイスターではなく、ここ最近最早荷物と化していた。
 当の本人は独房で真っ白に燃え尽きたような様子で、ひたすらうなだれていた。
 僕はガンダムマイスター失格だっ……。
 頭の中を後悔がぐるぐると回り続け、ティエリアは出口に到達できなかった。
 しかし、そこへ、いつまでもそうしていられると困ると独房の扉を開いたのはスメラギ。
「スメラギ・李・ノリエガ……」
 一瞬だけ視線を向けたティエリアに、スメラギは溜息をついて言う。
「もう反省は充分でしょ。あなたの力が必要なの、ティエリア」
「ミッション……ですか」
「モラリア共和国大統領が、AEU主要三ヶ国の外相と極秘裏に会談を行っているって情報が入ったわ」
 そのスメラギの言葉にティエリアが僅かに反応する。
「モラリア……。PMC」
 スメラギが頷く。
「そうよ」
「……我々に対する挑戦、ですか」
 次第にティエリアに色が復活していくよう。
「ハードなミッションになるわ。私達も地上に降りて、バックアップに回ります」
 スメラギは腕を組んで、ティエリアを見下ろす形で言ったが、まだ反応が薄い。
 時間も余り無いのでついに我慢の限界に達したスメラギはキレた。
「……ティーエーリーアッ! さっさとここから出なさいッ!! 直ちに出撃準備に取り掛かって! あなたヴァーチェのガンダムマイスターなのよ!」
 ブリッジのメンバーにも聞こえるような大声でスメラギは怒鳴り、ティエリアの両肩をガクガクと揺すり命令した。
「りょ……了解」
 揺すられた事で眼鏡がズレたティエリアはスメラギの様子に呆気に取られながらも、なんとか答えた。
「だらしがない。シャキッとしてもう一回!」
 スメラギの怒りは収まらない。
「りょ、了解!」
 気圧されたティエリアは、目を見開き、改めて了解を口に出して勢い良く立ち上がり、いそいそと出撃準備に入るべく独房から出て行った。
 対して、怒鳴り散らしたスメラギは、子供じゃないんだから全く……それに若さが減るじゃない……と嘆きの想いを心に秘めながらも、ブリッジに向かい残りのクルーにミッション開始を伝えた。
 クリスティナ達はスメラギが入って来た瞬間、ギョッとした。
 怒らせると怖い、と。


人革連ではソーマ・ピーリスのティエレンタオツーでの性能実験が上手く行き、問題無く日々過ぎる一方で、マリナ・イスマイールはフランスの外務省を訪れて太陽光発電の技術支援を求めたが、得られたのは食糧支援の続行のみ、と慣れない外交に苦慮していた。
そんな中、モラリアで行われる合同軍事演習について、それを注視する者達は動向を眺めていた。


―モラリア空軍基地―

 基地に向けて、AEUのイナクトが三機飛翔していく。
「ヒィー! ヤッホォォォー!!」
 雄叫びを上げて先頭を進むのはパトリック・コーラサワー。
[こちらモラリア空軍基地。着陸を許可します。七番滑走路を使用してください]
 それに対して、管制官が通信を入れる。
 パトリックの乗るイナクトは自己主張をするかのごとく、管制塔ギリギリをわざと飛ぶ。
 職員達は何事かと騒ぐのも知らず、イナクトはそのまま滑走路に着陸してコクピットを開けた。
 中から颯爽と出たパトリックはスチャッと左腕をほぼ直角に曲げて上げ、登場の挨拶をする。
「よぉ! AEUのエース、パトリック・コーラサワーだぁ」
 自信満々に言い、続けて左人差し指をモラリア軍兵士達に向ける。
「助太刀するぜ! モラリア空軍の諸君?」
 その態度に、モラリア軍兵士達は唖然とする。
 しかしそれも無視して、パトリックは空を見上げて言う。
「早く来いよガンダムぅ! ギッタギッタにしてやっからよぉ!」


一方CBのメンバー達も動き出し、邸宅にて紅龍が王留美モラリアの情報を伝え、王留美はモビルスーツの総数130機という言葉に最大規模のミッションである事を感じ取り「世界はCBを注視せざるを得なくなる……」と呟いた。
UNIONの軌道エレベーターで地上に下りていたスメラギ、クリスティナ、フェルトの三人はホテルに部屋を取っていたが、モラリアへの直行便が翌日である事から、それぞれ街に出かけて行った。
フェルトはクリスティナに無理矢理連れられて買い物に、スメラギはビリー・カタギリを誘い、酒を飲みに……と。


―CB所有・南国島―

 アレルヤ・ハプティズムとロックオン・ストラトス、それに加え、CBの総合整備士であるイアンがエクシアの到着を出迎えた。
 コクピットから刹那・F・セイエイが現れ降りて来る。
「おお! 久しぶりだな、刹那」
 軽くイアンが声を掛けた。
「イアン・ヴァスティ」
 刹那がイアンを見て言った。
 イアンは腕を組んで言う。
「一刻も早く、お前に届けたい物があってなぁ」
 ロックオンが手を上げて喜ばせるように言う。
「見てのお楽しみって奴」
「プレゼント! プレゼント!」
 HAROが音声を出す。
 イアンが後ろを示して言う。
「デュナメスの追加武装は、一足先に実装させて貰った」
 そこに見えるのは、既に取り付けられているデュナメスのシールド。
 続けてイアンが水色のコンテナをタイミング良く開けながら言う。
「で、お前さんのはこいつだ。……エクシア専用、GNブレイド。GNソードと同じ高圧縮した粒子を放出、厚さ3mのEカーボンを難なく切断、できる。どぉだ、感動したか?」
 どうだ壮観だろ、とエクシアの新たな実体剣の解説がなされた。
「GNブレイド……」
 刹那はそれを見上げ呟いた。
「ガンダムセブンソード。ようやくエクシアの開発コードらしくなったんじゃないか?」
 ロックオンが言うと、何も言わずに刹那はエクシアへ踵を返した。
 その様子にイアンはその態度は何だと唸って言う。
「何だあいつは? 大急ぎでこんな島くんだりまで運んで来たんだぞ? 少しは感謝ってもんをだなぁ」
 最近の若いもんは、とイアンは文句を言った。
 アレルヤが苦笑して言う。
「十分感謝していますよ、刹那は」
「えぇ?」
 何が、とイアンはアレルヤを見る。
「ああ、刹那は、エクシアにどっぷりだかんなぁ」
 ロックオンが引き継ぐように刹那の様子を見ながら言った。
「エクシア……俺のガンダム」
 刹那はエクシアを見上げて呟いた。
 そういう事か、と刹那様子を眺めながら、イアンはアレルヤとロックオンに尋ねる。
「で、あのQBってのは何なんだ。映像を見た時は腰が抜けるかと思ったぞ」
 地上にいたイアンはQBがガンダムマイスター達に接触していたのを知らなかった。
 CBのエージェント達はQBのビデオメッセージに何事かと皆一律驚愕していた。
「あの映像の通り、異星生命体だとよ。あのQBが勝手してくれるお陰で、死者が殆ど出てないのだけは評価できるさ。次のミッションでも現れるかどうか、もし出たら取っ捕まえてやる」
 ロックオンが説明した。
「味方なのか? というより、見たのか?」
 あの生物、本当にいるのか、とイアンは驚いた。
 アレルヤが言う。
「ええ、現れましたよ。僕達ガンダムマイスターの前にだけですが」
「殆ど会話にならない訳がわからない奴だ」
 困ったもんだとアレルヤとロックオンは口々に言った。
「はぁ、何だかよう分からんが、活動そのものに支障が出てないのは幸いか。確かに死者が出とらんのは良い事だろうな。……だが、異星生命体だというのが本当なら、世紀の大発見じゃないか」
 イアンは結局要領を得ないと感想を漏らしながらも、異星体がいたら凄い事だろ、と言った。
「その筈なんですがね……どうにも」
「ああ、全然嬉しくないんだよな」
 ガンダムマイスターの正直な感想はこうであった。
 そこへ、音を立ててヴァーチェが丁度降下してくるのが見える。
「ティエリアも来たか」
 気がついたイアンが待ちかねたように言った。
「やれやれ……」
「やれやれ……ですね」
 ティエリア事件を知っている二人は会って何と声をかけたら良いものかと、気が重かった。


―PMC・武器格納庫―

 サーシェスとPMCの職員が会話をしていた。
「合同演習ねぇ。まさかAEUが参加するとは思わなかったぜ」
「外交努力の賜物だ。我々ばかりがハズレを引く訳にはいかんよ。AEUにも骨を折って貰わなければな」
「ん、ッフフ。違いねぇ」
 サーシェスがそう笑うと格納庫の明かりが点灯される。
 そこに見えたのは青色のカラーリングが施されたイナクト、にチューンを施されたもの。
「この機体をお前に預けたい」
「AEUの新型かぁ」
「開発実験用の機体だが、わが社の技術部門でチューンを施した」
 クスリと笑い、サーシェスが尋ねる。
「こいつでガンダムを倒せ、と?」
「鹵獲しろ」
「ッフ。……言うに事欠いてぇ」
 言うもんだ、とサーシェスが呟いた。
「一生遊んで暮らせる額を用意してある」
 その職員の言葉に口笛を吹いて言う。
「そいつぁ、大いに魅力的だな。……だが、例のQなんたらとかいうのが出たらどうすんだ?」
「冗談を言うな。あのようなもの、腰抜けの兵士共の迷言にすぎん」
「こりゃ失礼」
 人革連とタリビアの一件のQBについての情報をまともに信じていない会話であった。
 しかし、サーシェスはタリビア兵の敵前逃亡をある点で評価してはいた。
 命あっての物種、と。


―モラリア・王留美の手配した屋敷―

 スメラギ達が車で到着し、王留美に案内されて準備に入った。
 用意されている機材にヴェーダとのアクセスを行うためのクリスタルキーを穴に挿し込み、モニターを起動させる。
 そこに映し出されたのはモラリア、AEU軍、PMCトラストのリアルタイムの配備状況。
 スメラギが腕を組んで言う。
「予定通り、00時をもってミッションを開始。目標は私達に敵対するもの全てよ」
「了解」「了解」
 クリスティナとフェルトが返答する。
「QB……という例の生物が現れた場合は想定しているのですか?」
 王留美が気に掛かる事を尋ねた。
「想定は敢えて、しないわ。今回も皮肉なことに、出現してくれた方が良いと言えば良いけれど、私達はQBに頼らなくても本来やっていけるのだから。もし現れた場合は臨機応変に想定してある変更プランを随時マイスター達に指示する予定です」
 スメラギはもう出るなら出てみろ、出たら出たで利用させてもらうと、開き直って対応する決心をしていた。
 スメラギは実のところ、QBの行動可能性も考慮して考えなければならない為、無駄に仕事が増えていた。
 昨日ビリー・カタギリとQBという異星生命体について人革連とタリビアの一件をベースに色々話す事ができたりもしていたが、それとこれとはミッションに何の関係も無い。


かくして、再びCBのミッションが始まる。


―モラリア圏内直前―

 キュリオスとエクシアが先頭、デュナメス、そしてヴァーチェが一番後ろを、ガンダム四機が初の一斉同地点出撃を行って飛翔していた。
 山岳地帯を越え、モラリア領内に入った途端、斥候に飛んでいたモラリアのヘリオンがガンダムを視認し、それを報告した。
[敵さんが気づいたみたいだ。各機、ミッションプランに従って行動しろ。暗号回線は常時開けておけよ。ミス・スメラギからの変更プランが来る。それにまたQBが出るかもしれないからな]
 ロックオンが三人に指示する。
[了解][了解][了解]
 そのままガンダム各機は散開し、それぞれのポイントに向かう。
 応戦にとモラリアの地上から対空砲が発射され、その映像が全世界で中継される。
 QBは今回出ないのかという時、やはり絶妙のタイミングで出ていた。
 それが最初に分かったのは……アレルヤが指定ポイントに到着した時。
[E332に敵飛行部隊……無し……]
 当初の戦術であれば、AEUのヘリオン飛行部隊がキュリオスの前方上空に現れる筈であった。
 しかし、そこに見えるのは綺麗な青空のみ。
「全く、スメラギさんの予測は外れるな……」
 分かっていながらも、アレルヤはげんなりした目をして、皮肉を吐いた。
[アレルヤ、プランQ2に変更よ……ポイントE301]
 スメラギから直接即座に対QB用プラン……飛行部隊の癖に離陸すらしていないAEUのヘリオン部隊の単純破壊が指示される。
 無論、滑走路からはパイロット達が退避し始め、それに対してQBという単語が飛び交う管制室では指揮官達は叫び声を上げていた。
[了解……]
 息を吐いて了承し、キュリオスは一気に高度を落とし、滑走路に鎮座する緑色のヘリオン群をコンテナに搭載してきていたGNミサイルで、周囲に人がいないのを確認して一掃した。
[敵機編隊を撃破。キュリオス、ミッションプランをQ2で維持]
 フェルトからの指示が入った。
[了解。介入行動を続ける]
 その後も、航空戦力を基本的に相手にする予定だったキュリオスは離陸できない敵機編隊、それも主にAEU軍部隊が鎮座する滑走路を巡り、次々に金属の塊を撃滅していった。
 AEUのエース、パトリック・コーラサワー、ガンダムと戦闘を開始する前からQBに敗北。
 ……一方クリスティナが管制していた二機は、
[デュナメス、ヴァーチェ、D883にて武力介入に移行]
 モラリア軍基地地上に直接降下したロックオンは普通に戦闘を開始する事になった。
 その場には濃紺色のカラーリング、PMCヘリオン陸戦型モビルスーツ部隊がいた。
「おいおい、アレルヤだけ優遇かよQB。ハロ、シールド制御頼むぜ」
 不公平だろ、とロックオンは悪態をつきながらも、行動を開始する。
「マカサレテ! マカサレテ!」
 HAROが音声を出し、PMCの傭兵部隊の砲撃をシールドで防ぐ。
 その隙に、悠々とロックオンはライフルを構え、次々に戦闘不能にしていった。
「狙い撃つまでもねぇ!」
 一方、そのすぐ別のモラリアのヘリオン部隊がいる基地の地上降下したヴァーチェもデュナメスと同様に戦闘を開始した。
[ヴァーチェ、ヘリオン部隊を一掃する]
 両腕に構えたGNバズーカをキィィンという音と共に発射し、基地の端から端まで、斜線上のヘリオン陸戦型を跡形もなく消滅させた。
「勿体無いけど、君のガンダムでは仕方が無いね」
 一瞬だけ、QBが現れ、そう言って消えた。
「な。……鬱陶しい。だが、同じ轍は踏まないっ……」
 ティエリアは目を吊り上げて、二度とコクピット内で銃は撃たないと改めて決意した。
[ミッション、続行する]
 CBの司令室では引き続きクリスティナとフェルトのオペレートが続けられる。
「ヴァーチェ、フェイズ1クリア。フェイズ2に入りました」
 クリスティナがそう報告し、
「キュリオス、敵航空……勢力を制圧、フェイズ2に突入」
 フェルトが航空というには語弊があると感じたのか、一瞬詰まって報告した。
「気にしないで良いのよ、フェルト。デュナメスのミッションプランをC5に変更して」
 気持ちは分かるわ、とスメラギが更に指示する。
「了解」
 その様子を見ている王留美が唖然として言う。
「これがガンダムマイスターの力……とQBの力……なんて凄いの」
 正直信じられない、という顔。
 凄いのはQB。
「うぅん……でも、まだまだ始まったばかりよ」
 スメラギはこめかみを押さえ、頭を振って言い、クリスティナに尋ねる。
「エクシアの状況は?」
「予定通り、T554で敵部隊と交戦中です」
 クリスティナが答えた。
 エクシアが戦闘を行っていたのは山岳地帯。
 敵勢力はPMCの陸上モビルスーツ部隊。
 エクシアのコクピットにはQBがいた。
「勿体無いからできるだけコクピットは切らないで貰えると助かるよ」
「了解」
 刹那は簡潔に了承し、GNソードで次々とPMCのヘリオン陸戦型を駆逐していく。
 だが了解する相手はそれでいいのか。
[エクシア、フェイズ1終了。フェイズ2へ]
 そう言うと同時に、リニアガンが上空からエクシアに向けて発射され、センサー音が鳴り響く。
 即座にエクシアは回避運動を取り、弾丸を避ける。
「新型かっ」
 その機影を見て、刹那が言った。
「AEUイナクトをPMCが独自改装したものだね」
 旋回したPMCイナクトが次々とリニアガンを撃ち、エクシアがそれを回避する中、QBが解説をした。
 しかし、回避に合わせてリニアがエクシアを捉え被弾し始める。
「何!?」
 刹那が驚いた。
 動きが、読まれている……?
 PMCイナクトがエクシアに体当たりをかまし、再び旋回しながら、パイロットが音声を出す。
『っははははは! 機体は良くてもパイロットはイマイチのようだなぁ! えぇ? ガンダムさんよぉ!』
 サーシェスである。
「あの声……?」
 刹那には心当たりがあるような気がする。
『商売の邪魔ばっかしやがってぇ!』
 自分勝手なサーシェスの発言を聞き、刹那は昔、知った事のある人物を思い浮かべ息を飲む。 
「ま、まさか」
 刹那が動揺している所に、PMCイナクトが上空からエクシアに蹴りを入れる。
『こちとらボーナスがかかってんだ!』
 PMCイナクトは地上に降り立つ。
「そんなっ……」
 刹那が声を出した。
「いただくぜぇ……ガンダム!」
 サーシェスは獰猛な笑いを浮かべた。


義によって動くのが人間であるなら、利によって動くのも、また人間である。
だが、常に利によってしか動かないのがQBである。
束の間の勝利、その果てに絶望があるのか。
ガンダムの真価が問われるのか。



[27528] QBキャンセル
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/06 17:49
モラリア共和国への武力介入を行った四機のガンダムとQB。
その戦場で、刹那・F・セイエイはもしかしたら運命かもしれない男と対峙する。
男の名はサーシェス。
アリー・アル・サーシェス。


―モラリア・山岳地帯―

 エクシアは二本のGNビームサーベルを下段に構え、PMCイナクトはリニアライフルの銃身をスライドさせ大型カーボンブレイドに換装したソレを右腕に中段に構え、対峙する。
『ッヘヘ。別に無傷で手に入れようだなんて思っちゃいねぇ! リニアが効かなねぇなら、切り刻むまでよ!』
 不敵に笑ってサーシェスはエクシアに突撃する。
「くっ!」
 刹那は幼い日のビジョンを脳裏に見ながら寸前でその突撃をエクシアの機体を半身ズラして回避。
 PMCイナクトは即座に反転し、
「ちょりサーッ!」
 機体を捻りながら、エクシアの右手のGNビームサーベルを鮮やかに蹴り飛ばす。
 刹那は目を細める。
 この動き!
 幼い日、ナイフでサーシェスに手ほどきを受けた時の事が被る。
「っくう」
 刹那が焦りの声を漏らし、エクシアは左手のビームサーベルを大きく振りかぶる。
 しかし、予期していたかの如くPMCイナクトはそのサーベルを地に叩き落とす。
「ッはァ」
 再びビジョンが想起され、刹那は息を飲む。
 そして次にエクシアはGNソードを構え、高速振動をさせる。
 サーシェスがその様子に言う。
「何本持ってやがんだ? けどなぁッ!」
 瞬間、エクシアに飛びかかりる。
 エクシアはGNソードを縦に一閃するが、ギリギリで見切りスラスターを僅かに一瞬噴かせ右側に回避。
『にゅぅぅぅっ!!』
 エクシアは更に横に一閃し、それを更に僅かに後退してPMCイナクトは避ける。
 更に刹那はもう一度横に一閃して刃を返すが、PMCイナクトは機体を持ち上げ、ソレを回避。
 エクシアのやや上方に体勢を構え、
『動きが! 見えんだよぉッ!』
 高さも利用してカーボンブレードを一気に振りかぶり、エクシアに肉薄。
 剣を交える。
「っくぅ!」
 刹那が苦々しい表情をする。
 そして、幼い日、父を殺し、母にまでも銃口を向け、引き金を引いて殺した瞬間を思い出す。
「っあア」
 刹那は息を飲み、怒りに目を鋭くさせ、
「えぇッ! うぅぁぁアァぁアァー!!」
 叫び声を上げて、GNソードの出力を急上昇、
「何!?」
 交えていたカーボンブレイドの先端部を切り落とした。
 サーシェスはその性能に驚愕しながらそのまま切られないよう大きく後退して距離を取った。
「何て切れ味だぁ。これがガンダムの性能って訳、か」
 エクシアは出力を平常に戻し構えを解く。
「刹那、どうして武装を解くんだい?」
 QBが問いかけるが、刹那はコンソールを操作し、光通信を行う。
「奴の正体を確かめる」
「ふうん」
 対して、その光通信を受けたサーシェスは。
「ん。 光通信? コクピットから出てこいだと? 気でも狂ってんのか」
 馬鹿にするように吐き捨てた。
 刹那はコクピットハッチを開けるスイッチを迷わず押して、確かに開く。
「訳がわからないよ、刹那」
 しかし、QBが瞬間的に再びハッチを閉めるスイッチを押し、開きかかって刹那の姿が見えかける前にエクシアのコクピットをすぐにまた閉めた。
「邪魔をするな、QB」
 刹那がQBがスイッチにポジションを構えて開けない事に憤る。
「ぁん? 正気かよ? ホントに出て……来ねえじゃねぇかよぉ!! 糞がッ!!」
 と、そのコクピットが一瞬開いて期待したが、直ぐに閉まる様子を見てサーシェスは怒鳴った。
 一方、憤った刹那にはQBがすぐに返答していた。
「刹那、あのPMCイナクトのパイロットの名前はアリー・アル・サーシェスだよ。顔はこれだ」
 双眸を輝かせ、QBは刹那にサーシェスの顔を見せた。
「なぁ!?」
 一瞬で誰か分かった刹那は驚愕に息を飲んだ。
 その挙動を管制していたクリスティナ・シエラは同様に声を上げていた。
「エクシアがコクピットを開きかけてすぐ閉じました!」
「は?」
 スメラギ・李・ノリエガは意味が分からなかった。
 その現場ではサーシェスが激昂して、一般機用の予備ブレイドを構え再びエクシアに襲いかかった。
 大音量でサーシェスは叫ぶ。
『ぁあ!? てめぇふざけてんのかッ! 戦場を何だと思ってやがる! 糞みてぇな冗談なんぞいらねんだよ!』
「くぅッ!」
 その卓越した操縦技術に刹那は押される。
 相手がアリー・アル・サーシェスだと分かった事で動揺もしていた為、徐々に後退していく。
 再びやや距離が空き、PMCイナクトがエクシアに飛びかかろうとした時、桃色のビームの牽制射撃がその接近を阻んだ。
 C5のプラン通りの地域に移動する為、近くに来ていたデュナメスの射撃。
「デュナメスかっ!」
 押され気味であった所、救われる形になる刹那。
「狙い撃つぜ!」
 言って、ロックオンは精密射撃モードでPMCイナクトにビームを放つ。
 しかし、サーシェスは通常の兵士ではありえないような機体操作で、避けてのける。
「なぁっ!? 避けやがった!」
 ロックオンが驚愕した。
『おぃおぃ! 二対一ってか! そんな性能しといて宝の持ち腐れだなぁ、ガンダムさんよぉッ!!』
 サーシェスが挑発するような発言を大音量でかけながら飛行体勢に入るが、ロックオンは再び射撃をする。
『ちょりサァッ!』
 更に、サーシェスは機体を瞬間的にズラし、避けた。
「俺が外したぁ!? 何だこのパイロット!?」
 信じられない、と目を見開いてロックオンが驚く。
 そこまでで、どちらにしてもこれでは鹵獲は無理だと判断したサーシェスはその場から撤退することにし、デュナメスの砲撃を更に二度も華麗に機体を操作して避け、崖下に隠れ、飛行モードに変形してその場から去っていった。
「何だ、ありゃ……」
 四度も避けられた事にロックオンは驚愕した。
[刹那、ロックオン、ミッション続行よ。刹那、後でさっきの説明聞かせてもらうわ]
 そこへ、スメラギが通信を入れた。
[了解][……了解]
 返答して、二機は再びミッションを続行する。
 航空仕様の部隊は軒並みガンダムではなくQBに壊滅させられ、キュリオスに次々と止めを刺されていた。
 残る、陸戦型モビルスーツがいる基地ではヴァーチェが今度こそ近頃の鬱憤を晴らす、とばかりに、指定されたプラン通り降下してはGNバズーカで撃滅して行った。
 完全に想定以上の速度でミッションが進行していき、フェイズ3、フェイズ4、フェイズ5と楽々移行していった……。
 モラリア軍司令部の管制塔では続々と各オペレーターからの報告が入る。
「第3から第6航空隊、恐らくQBにより行動不能! 通信途絶えました!」
「燃料基地、応答無し!」
「PMC第32、33、36輸送隊、応答無し! 通信網が妨害、兵士達の挙動が狂い、全く状況が把握できません!」
 帽子を被ったモラリア軍司令官が副官に尋ねる。
「モビルスーツ部隊の損害は?」
「甚大です。……報告されているだけも、航空部隊はそもそも離陸前にほぼ壊滅、AEUの飛行部隊すらも尽く離陸前にほぼ壊滅、撃墜という状況すら起き無かった模様です。陸戦部隊もほぼ同様。最低でも半数以上のモビルスーツが大破させられたと見られます」
 報告する副官も現実として受け入れられない様子ながらも、淡々と言った。
「どういう……事だ……」
 司令は思わずよろけて倒れかけた。
 そこへ、士官が慌てて駆けつけ、直接報告をする。
「司令! PMCトラスト側が撤退の意向を伝えてきていますが」
「馬鹿な。どこに逃げ場があるというのだ……」
 司令が絶望に声を絞り出して言った。


―UNION・対ガンダム調査隊(仮)基地―

 対ガンダム調査隊(仮)のメンバーが戦況をモニターで見る。
「まさか、これほどとはねぇ」
 完全に呆れるようにビリー・カタギリが言った。
「圧倒的だな、ガンダム」
 両腕を組んでグラハム・エーカーが言った。
「圧倒的なのはQBとやらもだろうね。どんな魔法を使ってるか知らないけど、何しろ航空部隊が飛べていない」
 実に興味深いが気味が悪いと、ビリーが更に言った。
「飛べない航空部隊など航空部隊にあらず」
 グラハムはまだQBを見ていない為、信じることができずにいた。


―人革連・低軌道ステーション―

 グラハム達と同じように戦況をモニターで見ていたセルゲイ・スミルノフが言う。
「QBの仕業か。人革連だけに出た幻という訳では無かったという事か。……降伏しろ」


AEUのイギリス外務省官邸では大臣同士が会話をしていた。
プランの中でも最悪の結果になりそうという結論であったが、既に復興支援の為の動きは整い、資金援助の内諾も取り付ける事に成功との事。
AEUは筋書き通りモラリアを取り込む事ができる見込みが立った。
そして「せめて黙祷を捧げよう。我々の偉大な兵士達の為に」と、一人が言ったが、それはただの勘違いであった。
何しろ、AEUが派遣した航空部隊のパイロットは実際には一人も死亡していないのだから。
この時点ではまだ情報が伝わっていなかったのである。


PMC本部作戦会議室では、ガンダムの鹵獲が目的だった筈が、それどころか、完全に一方的にPMCの部隊が、主に殲滅王と化しているティエリアに潰されている事で甚大な被害を受けており、嘆きの声が響いた。
通信がGN粒子によってズタズタにされていた為繋がら無かったが、サーシェスが隊長を務める部隊は岩場で全機待機して、そもそも作戦に参加していなかった。
部下達にガンダムと渡り合ったことや、サーシェスの指示の妥当性を賞賛されたサーシェスは「命あっての物種ってな」と答えていた。
タリビア軍兵士とは違い、自発的敵前逃亡の一種のようなものであった。


―モラリア軍司令部・付近空域―

 向かうところ敵無しという状況の中、ガンダム四機は隠れる事もなく堂々と有視界で捕捉もできる空を飛んでいた。
[ガンダム全機、予定ポイントを通過しました]
[フェイズ6終了]
 クリスティナとフェルトがそれぞれ報告する。
「さあ! 片をつけるわよ! ラストフェイズ開始!」
 ここまでくると不謹慎ではあるが、何だか少し爽快さすら感じる、という様子でスメラギは軽く言った。
 モラリア軍司令部の目の前に悠々とガンダムが飛来する。
「ガンダム出現!」
「ポイント324、司令部の目の前です!」
 オペレーターが報告した。
「強行突破……だと……」
 司令官が落ち込んでいるのを他所に副官がやけになって指示する。
「モビルスーツ隊に応戦させろ!」
 直ちに、陸戦モビルスーツが格納庫から出撃し、ガンダムを、リニアガンで迎え撃ち始める。
[ヴァーチェ、目標を破砕する!]
 中空に止まったヴァーチェはGNキャノンとGNバズーカを同時に放ち、司令部基地内で建物は避けて、斜めに薙ぎ払う。
[デュナメス、目標を狙い撃つ!]
 ロックオンは慣れた様子で、コクピットを狙い撃たないように頭部、脚部、腕と次々宣言通り、狙い撃つ。
[キュリオス、介入行動に入る]
 飛行モードからモビルスーツ形態に変形し、GNビームサブマシンガンで上から連射、地上を走る陸戦ヘリオンの手足をそぎ落とす。
[エクシア、目標を駆逐する]
 いつの間にかコクピットからQBはいなくなっていたが、刹那は特に気にすることもなくGNロングブレイドとGNショートブレイドの二振りでバターのようにヘリオンを切り裂いていった。
 五分も経たず、モビルスーツ部隊は全機沈黙。
 目の前の光景に呆気に取られていた司令室であったが、首相からの連絡が入り、信号弾を上げて、無条件降伏した。
「ハロ、ミス・スメラギに報告! 敵部隊の白旗確認! ミッション終了!」
 それを見たロックオンがハロに言った。
「リョウカイ! リョウカイ!」
 ガンダム四機、それとQBの完全勝利であった。
「無条件降伏信号確認。ミッション終了。各自撤退開始」
 フェルトが報告した。
「は……」
 スメラギがホっと息をついた。
「お見事でした。スメラギ・李・ノリエガ」
 王留美が賞賛する。
「QB様様……だったけどね」
 スメラギは微妙な目をして言った。
 撃破数ではキュリオスが断トツで一位。
 殺害数ではヴァーチェが断トツで一位。
 本来はキュリオスが相手をする航空部隊により引き起こされる死亡者数が最も大きい筈が完全に異なっていた。
 モラリアという狭い国の中で、飛行するモビルスーツが砲撃を放ち、そして損傷を受けて操縦不可能になり墜落して、もしそれがそれぞれ、流れ弾として市街地、機体そのものが同様にと当たれば、二次災害が起こる筈だった。
 スメラギはQBが航空部隊の場所にしか出現しなかった理由はそれが原因だったのだと、ほぼ結論づけていた。
 もしQBがいなければ死者数は500人は下らない筈であったが、結果は主にヴァーチェと、敵側がガンダムに撃ったリニアガンが各基地に損傷を与えた事による数十程度、それも敵兵士のみに限定という結果だったのである。
「QBの介入を実際に目にして驚きでしたが、いずれにせよヴェーダの推測通りに計画が推移しているのは事実でしてよ」
 王留美が言った。
「その点については、私としては、その推測から外れたいんだけどね……」
 スメラギは表情に影を落として答えた。
 それに王留美が疑問の声を上げる。
「え、何故です?」
「撤収します。機材の処分をお願いね」
 スメラギはその疑問には答えずに言った。
「……かしこまりました」
 不思議そうに王留美が了承した。


モラリアの非常事態宣言からたったの四時間余りで無条件降伏に至った事に、各陣営、そしてJNNなどには震撼が走った。


―経済特区・東京・大学構内―

 日本での翌朝、JNNニュースが流れる。
 サジ・クロスロード、ルイス・ハレヴィはモニターの前に立ち止まって見る。
[まず最初は、昨日、モラリア共和国で起こったモラリア軍とAEUの合同軍事演習に対するCBによる武力介入についてのニュースです。非常事態宣言から無条件降伏までの時間は、僅か四時間余りでした。三時間後に行われたモラリア軍広報局の発表によると]
 アナウンサーが淡々と話し、サジとルイスの後ろを歩く学生達が、余りの戦闘終結の早さに驚いて去っていく。
[大破したモビルスーツは109機。現時点での戦死者は、兵士49名で、負傷者も数十名、行方不明者は……無し、との事です。また、現地にはQBが出たとの情報が入っています]
「サジ、戦争ってこんなに死ぬ人少なかったっけ?」
 何かおかしい、とルイスが尋ねた。
「う……うん……この前のタリビアとセイロン島もそうだったけど、それだけガンダムが圧倒的っていう事なのかな……」
 サジも良く分からない、という風に答えた。
「でも、それにしてはモビルスーツの大破数と戦死者数が全然合ってないじゃない」
「うん、全然合ってないね。CBができるだけ人が死なないように配慮してるって事なんじゃないかな」
 配慮しているのはQB。
「うーん、そうかもね。QBがまた出たっていうのも関係あるのかもしれないし。セイロン島にタリビア、これで三度目」
「戦闘の映像はJNNじゃ流れないから真相は分からないけどね」
 考え込むように二人は話していた。
[ただ今、現地入りした池田特派員と中継が繋がったようです。現場の状況を伝えてもらいましょう。池田さん、お願いします]
 映像がモラリアに中継され、池田特派員が映る。
[っあ、はい。池田です。私は今、モラリアの首都、リベールに来ています。見えるでしょうか? 今回の戦闘、市街地に一切被害は無い模様です。ここに来るまでにも確認しましたが、市街地は無傷であるのを確認しました]
 映像には確かに、何の損傷も無い、市街地の様子が流れる。
[市民の方にインタビューした所、航空部隊が飛行しているのを見なかった、というコメントを幾つも受けています。非常に不可解ですが、これがQBによるものなのかは分かりません]
 それに対し、JNNのアナウンサーが尋ねる。
[私設武装組織CBから犯行声明のようなものは出されていませんか?]
[えー、そのような情報は、私の所には入って来ていません]
 池田特派員が答えた。
[分かりました。引き続き情報が入り次第、詳細情報をお伝えします]
 まだ、介入が終わってから数時間であるにしても、ニュースで伝えられた情報が、間違っているのではないか、と思えるような内容であった。
 世界は死者数の少なさに驚きはしたものの、だからといってCBの行為を正当化することはできないという点では世界共通の認識。
 謎は深まるものの、着実にCBに対し世界の関心は集まり、排斥運動も起こり始める。
 その後のニュースでも、今回の大規模戦闘の詳細はQBの事を含め、AEUの情報統制と、モラリアへの圧力により、伏せられた。
 派遣したAEUのモビルスーツ部隊が、パイロットがQBによって操作されたとはいえ、働かなかったが為に全滅した上、兵士に死者がいないというのはとても公表できるような内容では無い。
 そんな事を公表すれば、モラリアを抱え込むAEUの計画が台無しになる可能性すらあるからであった。


リボンズ・アルマークは数日前にアレハンドロ・コーナーの元に戻り、連絡を入れなかった事について釈明を、抜かりなく行い、再びアレハンドロの従者としての位置に戻っていた。
アレハンドロにしてみれば、怪しいことこの上ないが、いずれにせよ、リボンズがいなければどうにもならないので、出て行けとは口が裂けても言えないのが実際の所であった。
それ以来、リボンズとアレハンドロの関係に明らかに見えない壁のようなものができたが、リボンズにしてみれば、迷惑な事この上なく、思考が筒抜けと言うのが更に腹立たしいが、QBを恨まずにはいられなかった。
ともあれ、最終的にリボンズはアレハンドロを抹殺、そして、CBの監視者を行っている人間達を抹殺してしまえば、それ程問題は無い為、今は我慢。
耐える時である。


―CB所有・南国島―

 ガンダム四機は島に帰投し、スメラギ達三人はホテルへと戻っていた。
 そこで暗号通信が繋がれ、ブリーフィングルームで四人のガンダムマイスターとスメラギの間で刹那の件について話が始まった。
[刹那、一瞬コクピットを開けてすぐ閉めたのはどういう事だったのかしら? ただの操作ミス?]
 モニターにスメラギの顔が映る。
 しばらく刹那が沈黙を貫いた所、口を開いた。
「俺が開けたら、QBにすぐ閉められた」
 紛れもない事実。
「はぁ?」
「何だって?」
[えっと……刹那、あなたが自分で開けて、QBが閉めたの?]
 訳がわからない、とばかりにロックオンとアレルヤが声を出し、スメラギが頭が痛い、と眉間に手を当てて尋ねた。
「そうだ」
 短く肯定。
 その様子をティエリアは無言で見つめる。
[どうして、開けたの?]
 まるで子供がイタズラをした原因を聞くかのよう。
 しかし、刹那は沈黙を保ったまま答えない。
 痺れを切らして、ロックオンが言う。
「おい、理由ぐらい言えって」
 仕方なく、刹那が口を開く。
「……確認」
[確認?]
「あ?」
 スメラギとロックオンが疑問で返す。
「確認を、しようと思った。PMCのイナクトのパイロットの確認」
 刹那が説明した。
 その言葉に、ロックオンは渋い顔をして言う。
「あのイナクトのパイロットか……。尋常じゃねぇのは確かだが、コクピットを開けようとする理由にはならないだろ。それとも知ってる奴だったのか?」
 刹那が頷く。
「ああ。QBに教えられた」
[またQB……。で、それが誰だったのかは教えてもらえるのかしら?]
 スメラギがまたか、と溜息をついて一応尋ねた。
「……今は一人で考えたい」
 刹那はこれ以上は言わないというオーラを出して言った。
 そこでティエリアが冷淡な声で言う。
「刹那・F・セイエイ。ガンダムマイスターの正体は、太陽炉と同じSレベルでの秘匿義務がある。動機がなんであろうと、戦闘中にコクピットを開け、あまつさえ姿を晒そうとするなど、君はガンダムマイスターに相応しくない」
 しかし、その発言を聞いたロックオン、アレルヤ、スメラギの三人は微妙な表情をした。
 どこかでつい最近似たような事を聞いたことがあるな、と。
 スメラギ達はつい昨日まであの様だったティエリアが言えた義理か、と思わざるを得ない。
 当のティエリア本人も僕が言えた義理ではないが……と心中は穏やかではなかった。
 言うなれば同族嫌悪。
 空気が悪くなるのを察知して、疲れたようにスメラギが口を開く。
[まあ、今回はQBのお陰とは言え未遂に終わったのだし、刹那もそのイナクトのパイロットが誰なのか分かったというのだから二度と同じ相手にコクピットを開けたりはしないでしょう。もう二度と、今回みたいなことはしないように、良いわね、刹那]
「ああ。了解した」
 刹那は低い声で応答した。
[できるだけ早いうちに、そのパイロットについて話す気になる事を待ってるわね]
 スメラギがそう纏めて、この件は終了した。
 しかし、そこへイアン・ヴァスティが血相を変えて駆けつける。
「大変なことになってるぞ!」
「何があった? おやっさん」
[イアン、まさか]
 ロックオンが尋ね、スメラギが察知する。
 イアンが説明を続ける。
「そのまさかだ。世界の主要都市七ヶ所で、同時にテロが起こった!」
「何だって?」
「多発テロ?」
[やはり、起きてしまったのね……]
 ロックオンが驚き、刹那が瞬きをして言い、スメラギが予想通りだ……と嘆いた。
「被害状況は?」
 冷静にアレルヤが尋ね、イアンが説明する。
「駅や商業施設で時限式爆弾を使ったらしい。爆発の規模はそれほどでもないらしいが、人が多く集まる所を狙われた。……100人以上の人間が命を落としたそうだ」
「く……なんて事だ」
 アレルヤが肩を震わせる。
 僕達が直接出した死者数よりも遥かに多いじゃないか……。
 QBのお陰による所が大部分であるが。
 そこへ更にモニターに王留美が現れる。
[ガンダムマイスターの皆さん、同時テロ実行犯から、たった今ネットワークを通じて、犯行声明文が公開されました]
「む」
[王留美……]
 王留美が淡々と報告を続ける。
[ソレスタルビーイングが武力介入を中止し、武装解除を行わない限り、今後も世界中に無差別報復を行っていくと言っています]
 ティエリアが想定の範囲内とばかりに言う。
「……やはり目的は我々か」
「その声明を出した組織は?」
 アレルヤが尋ねる。
[不明です。エージェントからの調査報告があるまで、マイスターは現地で待機して下さい。スメラギ・李・ノリエガ、イアン・ヴァスティも失礼。では]
 言って、王留美はこれからすぐ調査に入る為、通信を切断した。
「どこのどいつかわからねぇが、やってくれるじゃねぇか」
 腹立たしそうにロックオンが言い、アレルヤが呟く。
「無差別殺人による脅迫……」
「何と愚かな……。だが、我々が武力介入を止める事はできない」
 選択肢は無いと、顔を伏せてティエリアが言った。
 そこまで煽るような発言では無いが、意外にもティエリアの言葉に重ねて口を開いたのは刹那。
「そうだ。その組織は、テロという紛争を起こした。ならば、その紛争に武力で介入するのがCB。……行動するのは、俺達ガンダムマイスターだ」
 その目には迷いは一切無かった。
 ロックオンが声を漏らす。
「刹那……」
 そして、スメラギが一度瞼を閉じ、再び開けて通達する。
[刹那……。その通りね。エージェントの調査が終わり、テロ組織の位置が分かり次第、CBは武力介入を行います]
「了解」「了解」「……了解」「了解」
 ガンダムマイスターは返答した。
 その中で、アレルヤは思った。
 刹那とティエリア、仲が悪いようで、そうかと思えば息が合ったり……何だかんだ似たもの同士なのかな、と。


かくして、これより世に一気に強力な負の感情が喚起される。
テロを起こしたのはテロ組織に間違いはないが、平和な日常を壊された国々の市民にしてみれば、大問題。
これまでのCBの活動ではそれ程ではなかったが、ここに来て、身近に死の可能性が感じられるようになる。
そして、その感情の矛先は、テロリストではなく、その根本的原因、つまりCBへと向き、集中していく。


―日本・群馬県見滝原市か、はたまたどこかの都心のビル屋上―

 先日と変わらず、ビル風に美しく長く黒髪をたなびかせ、300年近く経っても劣化することの無い赤いリボンが印象的な少女がいた。
 紫色の結晶の浄化を行いながら彼女はQBに言う。
「また世界同時多発テロが起きたわね」
 まるで彼女は風景を眺めるかのような素振り。
 普通の人間に比べると、遙かに長い時の流れを見てきた彼女にしてみれば、悲しみと憎しみばかりが繰り返されるのはこの世の常。
 彼女にしてみれば、テロですらまたか、と言える程度のもの。
 つい最近だと約十年前の太陽光発電紛争の時もそうだったかしら、と。
「そうだね。これからしばらく、障気が濃くなるよ。魔獣どももそれに比例して湧いてくる」
 QBは淡々と言った。
「……分かっているわ。私は出てくる魔獣を倒す、それだけよ」
 そうはっきり言って、彼女は黒い結晶を放り投げた。
 QBはそれを尻尾でバウンドさせ、うまく背中へと取り込む。
「頼もしいね、暁美ほむら」
 心のこもらない口調で彼女がそうですか、と返す。
「それはどうも」
「僕らは君を評価しているんだよ」
 なんと言っても、未だかつて300年近くも戦い続ける事ができる魔法少女なんて君だけだからね。
 魔法の単純な最高威力では暁美ほむらを上回る魔法少女はこれまでにも多くいたけれど、その彼女たちのどれもが、長くてもせいぜい数十年が限界。
 QBにとって彼女を評価するのは当然であった。
「そう」
 彼女は別に嬉しくも無いと素っ気なく答え、結晶を放りなげながら、思ったことを呟く。 
「……新米魔法少女がまた増えそうね」
「うん、今日はいつもよりも増えたよ」
 テロに遭った当事者や、その関係者の少女が主な対象。
 悲劇が起きると、魔法少女の契約数は必然的に増えやすい。
 瀕死の状態で判断がおぼつかない時や精神的に動揺している少女たちの前に現れると、彼女たちは願いをすぐに口にする。
 しかし、これも、これまで散々繰り返されて来ている事。
「仕事が早いわね」
 少女は髪を軽く掻き上げて皮肉を言った。
「それが僕らの役目だからね」
 当然だよね、とQBが言った。
「どうでも良いと言えばどうでも良いけれど、あなたたち、どうしてCBに接触したのかしら。あなたたちの根本的な目的は自明だけれど」
 結晶を放り投げて言った。
 彼女には疑問であった。
 わざわざ世界にその姿をQBが現したこと。
 明らかに今まで無いパターン。
 新規契約者を増やすのであれば、CBの仲間と思われるような行為を自らするなど、少し姿の形状を変えればいいだけだとしても、QBにしてみれば最善とは思えない。
 どこまでいっても、QBの目的が負の感情の回収なのは変わらないのは分かり切っているが実に不可解。
「効率的だからさ」
 QBは背中でキャッチしながら、詳しいことは答えない。
 当然理由はイノベイドの存在。
 人間を相手取らなくても、ひたすら作ればいいだけであり、尚かつ、脳量子波のお陰で思考が全部筒抜け。
 消滅という彼女たちにとっての死の形を恐れる事なく、そして魔獣に向かって、ソウルジェムの消耗を一切気にせず特攻に近い事もできる、卓越した戦闘技術を備えた魔法少女部隊。
 一人一人の限界性能はそれ程高くは無いとはいえ、これを都合が良いと言う以外に、何と言えようか。
 加えてヴェーダによって情報収集もする事ができる。
 一方的に利用すると大抵人間は怒りという感情を見せるのは理解している為、QBは一応協力する事で対価を払っているつもり。
 実際、CBにはある意味大きな貸しを作っている。
 とはいえ、CBが活動すると感情エネルギー回収が大いに進むので、便乗しているのは間違いないが。
「そう。あなたたちがそう判断したなら、そうなのでしょうね」
 まともに答えないだろうとは思っていたわ、と彼女は言った。
「そうだよ」
 そして、彼女はその日QBにもう一つだけ質問をする。
「契約者数を増やすのなら、わざわざモラリアで死者を出さないようにあそこまでする意味はあったのかしら? どちらが得かいつも通り天秤にかけて判断しただけなのでしょうけど」
 流れ弾や墜落機が発生しないように航空部隊を無力化したのは、寧ろ負の感情を喚起するのを抑えているようですらあり、何より新規魔法少女との契約の機会を逃しているように思えてならない。
 QBにしては死者を出さないようにしている事すら目的の為とはいえ、その点について評価はできるけれど。
「もちろんあったよ。僕らは死者を出さない方が効率的だと判断したのさ。CBは全世界に注目を浴びる存在だからね」
 QBは少女の質問に肯定した。
 負の感情は無事生き残った軍関係者の絶望である程度相殺できている。
 人間は自身に認識できない余りに遠く離れた場所で人の死というものに実感が沸きにくいので、局所的な死者が出ることはそれほど効果的ではない。
 重要なのはCBという世界に楔を打つ、人々の心理に潜在的に訴えかける存在そのもの。
「局所的なものよりも、全体を取ったという事、ね」
 大体そういう事か、と彼女は理解した様子で言った。
 イノベイドやヴェーダの存在など思いもよらないので、そう結論づけて、そして彼女はまとめて複数の黒い結晶を放り投げ、両の掌を上に向けたポーズを取る。
 QBはそれを上手く全てキャッチし、どことなく美味しそうに背中で飲み込んだが、納得に至ったように見える少女にもう一度肯定の言葉を述べはしなかった。


罪なき者が死んでいく。
それも計画の一部というなら、ガンダムに課せられた罪の何と大きなことなのか。
だがQBに罪の意識など無い。
刹那、運命の人と出会うのか。



[27528] 次出たらぶん殴る
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/06 17:49
―CB所有・南国島―

 アレルヤ・ハプティズムがAEUイタリアでの地下鉄爆破テロの映像を見ながらテロ組織の犯行声明文を唱える。
 「私設武装組織CBによる武力介入の即時中止、および武装解除が行われるまで、我々は報復活動を続けることとなる。これは悪ではない。我々は人々の代弁者であり、武力で世界を抑えつける者たちに反抗する正義の使途である。……か。やってくれるよまったくっ」
 言って、アレルヤはモニターを叩きつけるようにして閉じる。
 その隣で刹那・F・セイエイが呟く。
「無差別爆破テロ……」
 外のガンダムの格納コンテナの上でティエリア・アーデが呟く。
「国際テロネットワーク」
 砂浜ではロックオン・ストラトスが吐き捨てるように言い、
「くそったれがっ」
 拳を握り締める。
 ロックオンは強い怒りを心に宿し、海岸を後にした。

 翌朝、本土のホテルに泊まっていたスメラギ達をCB所有のクルーザーで島に迎え、エージェント達からの報告待ちに備えて準備に取り掛かる。
 スメラギ・李・ノリエガが指示を出す。
「国際テロネットワークは複数の活動拠点があると推測されるわ。相手が拠点を移す前に攻撃する為にも、ガンダム各機は、所定のポイントで待機してもらいます」
 ロックオンはフェルト・グレイスからHAROを受け取り、デュナメスへと乗り込んで行く。
 同じくエクシアに乗り込む刹那が起動させる。
「GNシステム、リポーズ解除。プライオリティを刹那・F・セイエイへ」
 コンテナが無く森の中に待機させてあるキュリオスに乗ったアレルヤが発進させる。
「GN粒子の散布濃度を正常値へ。キュリオス、目標ポイントへ飛翔する」
 海の底に沈めてあるヴァーチェからティエリアが出撃する。
「ヴァーチェ、ティエリア・アーデ、行きます」
 刹那とロックオンは同時にコンテナから発進する。
「エクシア、刹那・F・セイエイ。目標へ向かう」
「デュナメス、ロックオン・ストラトス。出撃する」
 かくして、各機はそれぞれ四ヶ所のポイントへと散開して行った。


―王家邸宅―

 小型機で邸宅に戻った王留美は紅龍を従え、仕事に入るべくすぐに地下室へと向かった。
「特定領域の暗号文で、全エージェントへ通達を完了しました」
 紅龍がモニターを観測しながら報告し、王留美が右手を腰に当てて尋ねる。
「各国の状況は?」
「主だった国の諜報機関は、国際テロネットワークの拠点を探すべく、既に行動を開始している模様です」
 そこへ、モニターに反応が出る。
「テロ発生。人革領です。……これで、ユニオン、AEU、人革連、すべての国家群が攻撃対象になりました。やはり、国際テロネットワークの犯行である公算が大きいようです」
「支援国家の存在も否定できない……嫌なものね。待つしかないということは。それにしてもQBはテロまでは防止してはくれないのね」
 顎に手を当てて王留美が考えこむようにしながらも、QBに期待する発言をする。


 テロの多発する現状には、人革連のセルゲイ・スミルノフも注視し、UNIONのグラハム・エーカーに至っては無駄にカスタム・フラッグを飛行させていた。
 曰く「私は我慢弱く、落ち着きのない男なのさ。しかも、姑息な真似をする輩が大の嫌いと来ている」との事。
 テロの影響を受けて、マリナ・イスマイールの外交はキャンセル続きとなり、上手くいかないと難航。
 更にはシーリン・バフティヤールとの通信でアザディスタン国内の情勢がいよいよ悪化し、マリナが国の王女として旅をできるのも最後になる可能性が出てきていた。
 経済特区・東京ではルイス・ハレヴィが母国の母から帰国するように催促する電話を受け、その事についてサジ・クロスロードと同じく電話でやりとりしていた所、絹江・クロスロードが帰宅した。
 JNNは連日CBのせいで大忙しであり、情報も不可解なものが多く、訳がわからないと疲れはてていた。
 二人はCBの件とテロの件について暗い表情で会話を交わし、一段落着いた所で絹江が言う。
「サジ、これ欲しい?」
 と徐に取り出して、しかも頭部を鷲掴みにして見せたのはどう見てもQBの人形。
「どうしたのさ姉さん、そんなの。気味が悪いよ」
 サジが顔を引きつらせて言った。
「天柱極市支社に出張していた同僚から無理矢理渡されたのよ。ストレス解消になるぞって」
 そのままQB人形の胴体をサジの目の前で絹江がブラブラ揺すって見せる。
 一番最初に人革連でQBが出現した事で、売れるかも知れないとどこかの人形メーカーが作ったとのこと。
「ストレス解消って……」
「こう使うらしいわ。 ハぁッ!」
 絹江はQB人形を空に放り上げ右ストレートをかまして、部屋の隅にぶっ飛ばした。
「…………姉さん」
 サジが呆れて言った。
 しかし、使い方は正しい。
 何しろQB人形の販売コーナーでのテロップには意味としては「僕を右ストレートでぶっ飛ばしてよ!」と書かれているのだから。
 売れ行きは好調、意外にも人革連の軍関係者によく売れているらしい。
 余程殴りたいのだ。


ガンダム各機はそれぞれ予定ポイントで待機に入った。
ヴァーチェはオーストラリア・山間部。
キュリオスは人革連・砂漠地帯。
デュナメスはUNION領・南米・森林地帯。
エクシアはAEUスコットランド・山間部。
エクシアのコクピット内で待機していた刹那は昔の事を思い出しながらも、センサーに反応があったのに気がつく。
そこへ丁度王留美からの通信が入り、備え付けの二輪自動車でテロの実行犯が乗ると思われる茶色のクーペを確保に向かう。
一度はその車を捕捉したものの、結果としては逃げられてしまい、それどころか、銃を構えていた事で警官に捕まりそうになる。
だが、そこへ現れたのはマリナ・イスマイールであった。
警官をやり過ごす事ができた刹那はマリナと話がしたいという理由で街の景色が見える場所に移動した。
マリナは刹那をアザディスタンの出身だと勘違いしていたが、クルジスだと言われ、動揺した。
なぜなら、クルジスを滅ぼしたのはそのアザディスタン。
焦ったマリナはそこで去ろうとした刹那を引き止め更に会話をした。
刹那はマリナからアザディスタンで現在抱えている問題についての悩みを黙って聞いたが、CBの名前を口にした。
マリナはCBが死者を出さないようにできるだけ配慮しているのはせめて良い事だけれど、それでもやり方が一方的すぎる事には変わらないと言い、そこから言い合いになる。
結果、刹那は自分がガンダムマイスターである事を暴露し、マリナに精神的ショックを与えて去っていった。


―王家邸宅―

 刹那が取り逃がしたテロ実行犯の男は黒服のエージェント達によって確保され、そこからテロ組織の情報が引き出された。
 紅龍が報告する。
「お嬢様、確定情報です。国際テロネットワークは、欧州を中心に活動する自然懐古主義組織ラ・イデンラと断定」
 王留美が命令する。
「各活動拠点の割り出しを急がせなさい」
 それから、しばらくして情報が収集され報告が入った。
「各エージェントより報告です。ラ・イデンラの主だった活動拠点は、既に引き払われているようです」
 王留美が少しばかり残念そうに言う。
「周到ね。これでまた振り出し……」
 そこへ、紅龍が声を上げる。
「待って下さい。テロメンバーと思われる者のバイオメトリクス抽出情報がネットワークに流出しています。NROの主要暗号文、DND、DGSEの物まで。お嬢様」
 この情報はAEU、UNION、人革連の各諜報機関が意図的に流させた物であった。
 理由は単純に利害の一致でしかない。
 しかしそれでも王留美は面白そうに言う。
「世界が動けと言っているんだわ。わたくし達に」


―各ガンダム―

 スメラギからマイスター達に通信が入る。
[ラ・イデンラの活動拠点は三ヶ所。グリニッジ標準時1400に同時攻撃を開始します]
[了解。ヴァーチェ。テロ組織の拠点への攻撃を開始する]
 ヴァーチェが発進し、テロ組織の拠点へと向かう。
[キュリオス、バックアップに回る]
 組織の拠点が三ヶ所である為、アレルヤは余る。
 クリスティナ・シエラがロックオンに通信を入れる。
[敵戦力は不明です。モビルスーツを所有する可能性もあります]
 ロックオンはようやく行動開始か、と呟く。
「そんなもん、狙い撃つだけだ」
 そして、刹那も二輪自動車から戻り、エクシアへ乗り込み、ラ・イデンラの艦船を破壊しに向かった。
[エクシア、介入行動へ移る]
 それにより、南国島でのスメラギ達の仕事は現地でQBが出ようがでまいが終了となり、ビーチで遊び始めたのだった。
 そこへ麦わら帽を被ったイアン・ヴァスティが現れ、日光浴をしているスメラギに言った。
「まさか各国の諜報機関が協力してくれるとはぁ、良かったじゃないか」
 スメラギが苦笑して答える。
「いいように使われただけです」
「だが、大いなる一歩でもある……」
「ですね」
 どことなく嬉しそうな表情。
 出撃したヴァーチェ、エクシアはラ・イデンラの基地と艦船を完全破壊及び駆逐。
 ロックオンはというと、UNION・南米・山岳地帯に到着していた。
 行動に入る前に、QBが現れる。
「勿体無いけど、今回は全部コクピットを狙い撃ってよ!」
 可愛らしい少年の声で頼んた。
「だぁっ! 俺は今イライラしてんだよ! 出てくんな!」
 今のロックオンには捕まえる気すら起きなかった。
「ふぅん。その様子なら全滅させそうだね。僕は帰るよ」
 言って、不思議そうにQBは消えた。
 瞬間、ロックオンは身体をわなわなと震わせながら腹の底から声を出す。
「あぁァ、次出たら、何かすげぇぶん殴りてぇ! 今日の俺は……容赦ねぇぞッ!!」
 QBにはその気は無かったが完全に火に油を注いだ。
 ロックオンは現場に到着すると、精密射撃モードを使わずGNビームピストルをとにかく乱射して、岩場に構築された隠れ家にくまなく発射。
「容赦しねぇ、お前らに慈悲なんかくれてやるかぁッ!!」
 大声で叫びながら、ロックオンは暴れまわった。
 ヘリオンが出てくればGNスナイパーライフルを構え、全弾コクピットを狙い撃った。


テロ行為に対する武力介入はロックオンが言った通り容赦が無く、ラ・イデンラの主要拠点三ヶ所は壊滅した。
QBとしても、小規模だがかなり多数のテロが起きた為、充分と判断し、これ以上無駄に人間の数を減らされるのも勿体無いので、テロリストの始末を頼んだのであった。


CBはやりすぎたのか。
圧倒的物量で行われる殲滅作戦、そこに隠された真の目的とは。
QBの真の目的は感情エネルギーの回収。
万能などあり得ないのか。



[27528] QB「本話の存在は了承されたよ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/08 17:24
西暦2307年。
CBが武力介入を開始してから、四ヶ月の時が過ぎようとしていた。
彼らの介入行動回数は六十を超え、人々は、好むと好まざるとに関わらず、彼らの存在を受け入れていく……筈であったのだが。
順調にCBの実働メンバーの行動が上手く進んでいる裏ではQBの暗躍、QBにとっては当然の行動があった。


それはCBが活動を開始してから一ヶ月も経たない時の事。
つまりテロ組織、ラ・イデンラの拠点三ヶ所が叩かれてからほんの数日。
QBはマリア・マギカ、ひいてはリボンズの協力を得て、量産型魔法少女部隊の実践投入を開始して同じく数日が経過していた。
これにより、確かにヴェーダに魔獣の存在と魔法少女の存在の情報が収集され、それにアクセス可能なリボンズは驚いていた。
一つは本当に魔獣が自然発生するという事に。
そしてもう一つは、魔法少女となったイノベイド達の魔獣との戦闘時における身体能力が、自身を含む戦闘型に特化したイノベイドを遙かに越えており、白兵戦であればまず魔法少女イノベイドの圧勝になるというデータばかりが弾き出された事。
これが希望の力によって獲得される魔力というものか、と余りにも非科学的な力であるが、実際に知ったリボンズは好むと好まざるとに関わらず、その事実を受け入れざるを得なかった。
そして、そんなリボンズの元へ、再びQBが現れる。
全ては利の為に。


―リボンズ出張先のホテル―

 アレハンドロの命を受けると受けないに関わらず、リボンズは元々独自行動を取るの事がしばしばあった。
 全てはヴェーダ本体の位置を特定するという名目の元であったが。
 つい最近家出していた時は、アレハンドロにはヴェーダ本体がある可能性があるかもしれないと思われる場所を回る為資源衛生群、ラグランジュに向かったと弁明した。
 動機は何とかしてヴェーダの無事を確かめたかったから、「何も告げずに出てしまい、申し訳ありませんでした、アレハンドロ・コーナー様」と謝ったのである。
 そして、結局は見つからなかったヴェーダ本体を再び探しに行くためと称してアレハンドロから離れ、丁度単独行動をしていた所であった。
 一室の窓際に立っていたリボンズの後ろにQBが忽然と現れて言う。
「リボンズ・アルマーク、魔獣と魔法少女の事、分かってくれたようだね」
 リボンズが振り返って言う。
「な……君か。アレは信じ難い事だけど、信じざるを得なかったよ。今日はまた何か用があるのかい?」
「その通りさ。君の計画の変更を提案しに来たんだ」
 不快そうにリボンズが言う。
「僕の計画の変更だって?」
「CBは残り数百日のうちに滅ぶ、という計画をね」
「計画を第一段階から変更するなんて妄言にも等しい」
 ありえない、とリボンズは言った。
「君にとってメリットがあると思うよ。どうやら君の最初の勘違いから遡る事になるけどね」
「僕の、勘違い?」
 何を、とリボンズは不快感を抱く。
「ヴェーダには君も気づいていないブラックボックスがある。そこにはオリジナルの太陽炉だけに与えられる秘密の機能と、それが起動した時、ガンダムマイスター達のパーソナルデータと共にその情報がヴェーダから完全に抹消されるというものがあるんだ。疑問のようだけど、僕らにしてみれば、ヴェーダの情報を知るのは造作も無い事だ。君たちイノベイドはいちいちヴェーダに許可を取らないといけないみたいだけどね」
 無機質な赤い双貌がリボンズの奥を見透かすかのように怪しい鈍い輝きを放つ。
「それが事実だとしたら……まさか」
 リボンズが動揺する。
「そうだよ。君はイノベイドがCBのガンダムマイスターを務めるという当初ヴェーダに予定されていた計画を自身の滅びを回避する為に人間をマイスターの候補に上げて計画を変更したようだけど、そう、君が今考えている通り、勘違いだったんだね。イオリア・シュヘンベルグは君を殺すつもりは無かったんだよ」
 QBに淡々と言われ、リボンズは衝撃の情報を知り、よろける。
「な……そんな……馬鹿な……。イオリアっ……なら、どうして」
 せめて僕にだけは教えてくれなかったんだ、とリボンズは思った。
 CBは計画の第一段階において、確かに滅びる事になっている。
 しかし、それはイオリアの想定の内。
 CBの組織内に裏切りが出る事すら。
 しかし実際には、オリジナルの太陽炉を保有する、滅びる予定のCBには新たなる力が与えられ、更にはガンダムマイスターの情報をヴェーダから抹消するという事により、ガンダムマイスターをある意味でヴェーダの監視から完全に切り離し、地球に存在しない人間とする事で、安全を獲得させられる事にもなっている。
 これには、イノベイドである者達をヴェーダから切り離す事で、生体端末としてではなく、独立した個体である「人間」へと近づけるという意図も含まれていた。
「君は、今君が見下している人間になる筈だったんだ」
「ぁ……アァぁ……あぁァアっ」
 QBの一切感情の無い指摘はリボンズの心を酷く抉った。
 百数十年余り前、年老いて月の施設でコールドスリープに入るまで、側に仕え慕いすらしていたイオリアが、計画ではCBを滅ぼすとなってはいながらも、本当はその気など無かった事を悟ったリボンズの心の堰は決壊し、嗚咽と共に涙を流し始める。
 イオリアは最初に作った僕を捨て駒にするつもりは実は無かったのだと。
「何故泣くんだい? イノベイドである君自身は人間とは違う存在だと思っているみたいだけど、君たちイノベイドは僕らからするとまるで思春期の子供のようだ。知能や技術は高く表面上は優れた存在として振る舞っているつもりなのかもしれないけど、精神が伴っていない」
 不思議そうに、訳がわからないよ、とQBは言って、更に淡々とリボンズの心を抉る。
 ある意味魔法少女向きだけどね、とは言わなかった。
 しばしの間、会話にならずリボンズは涙を流し続けたが、やがて落ち着いた。
 リジェネ・レジェッタがイオリアの計画をどこか精神的に子供ながらも純粋に遂行しようとする気持ちが今のリボンズには理解できた。
「君はオリジナルの太陽炉が欲しくないのかい?」
 QBが落ち着いた所を見計らって、囁きかける。
 問いかけられたリボンズは決意を秘めたように言う。
「そうだね……本来ならアレは最初から、僕たちのものだ。だけど、その事を教えて君たちは何を望むんだい?」
「現在のCBの活動を数百日と言わず、できるだけ長く続けて欲しいんだ。君たちイノベイドは不老の存在。急ぐ必要なんて無いだろう? ヴェーダがそれを拒否するというのなら、僕らがそれを認めさせても良い。あのヴェーダというシステムは確かに君たちにとって有用なものなのだろうけど、常に長期的視点を前提としたその時々の答えしか弾き出さない欠点を抱えている。人間の生殺与奪を機械的に判断するのはそのせいだ」
 リボンズはQBの発言に呆れる。
「つまり、結局の所、君たちは感情エネルギーとやらの回収を長く続けたいのか。QB……異星生命体というのは本当のようだ。人間をエネルギー源としか見ないなんて発想は地球の生命ではありえない」
 金、地位、権力、etc……QBはそんなものに興味は無い。
 リボンズの現在の計画で行くと、CBが滅び、地球統一連邦の元でのヴェーダによる厳正な情報操作が行われれば、人々は世界の裏で密かに行われる出来事を目にする事は無くなってしまう。
 それでは感情エネルギーの回収率が減ってしまう。
「やっと信じてくれたみたいだね。だけど、人間を見下している君に言われる筋合いは無いよ」
「は……。君たちの言うとおり、僕たちは不老だ。加速させる予定だった計画を変更しても良い。どうやるかまで説明は必要かい? これから色々考える必要があるけど」
「それには及ばないよ。思考は筒抜けだからね。君にもう一つ教えてあげるよ。君の人間マイスター計画を密かに妨害する行動を取っていたビサイド・ペインという既に死んだ筈のイノベイドの人格データは 彼が隠している1ガンダムにまだ残っているよ。死亡したと君にみせかけるつもりだったようだね」
 QBは更にリボンズに過去に死んだ筈の者の情報を教えた。
 その言葉にリボンズは眉を寄せて、苦笑する。
「フ……それは耳寄りな情報だね。そうか、残っているのか」
 QBはその場所を教えて、言った。
「彼の固有能力は厄介だけど、脳量子波が彼より強い君には効果が無いから、データになっている今のうちに好きにしたら良いんじゃないかな」
 そのビサイド・ペインというリボンズと同じ塩基配列パターンであったイノベイドには特殊能力として、他のイノベイドに強制アクセスし、自らのパーソナルデータを上書きして支配する「インストール」や、同じ塩基配列のイノベイドに全てのパーソナルデータを転送する「セーブ」というものを持つ。
 但し、自身より脳量子波が強いイノベイドや、ヴェーダとのリンク途絶しているイノベイドには効果がない。
「……なら無論、利用させて貰うよ」
 リボンズは、率直にその能力をデータから奪い取る意思を示し、微笑みを浮かべた。
「じゃあ、これで僕は帰るよ」
 リボンズの言葉を待たずにQBは消えた。
 QBが利を得る事を目的に本来知り得る筈の無い情報を得たリボンズは、即座に高速で思考を始める。
 現在存在するオリジナルの太陽炉の数は五つ。
 CBのガンダム四機ともう一つはその支援組織フュレシテで色々な機体に使いまわされている物。
 イオリアの僕への本来の想いを継ぐのであれば、何としても手に入れたい。
 しかし、加えて、QBの頼み通り、超長期的にCBを存続させ、緩やかに愚かな人類の世界統一を進めるとなると、そもそも、五つしかない太陽炉という前提の現状も何ら崩壊しても構わない可能性を帯びる。
 三つの陣営のどこよりも優れた技術を保有しているCBを崩壊させるのは新たなオリジナル太陽炉製造にとってマイナスでしかない。
 木星には太陽炉製造の為のCBのGNドライヴ建造宇宙船が六隻ある。
 後二年もあれば、一つか二つ、資金によってはそれ以上の製造もできる可能性があるのだから。
 となれば、このまま野心駄々漏れの金光大使アレハンドロ・コーナーとAEUリニアトレイン公社総裁のラグナ・ハーヴェイ、そして自身の体細胞データを元に生み出した劣化イノベイド共である、チームトリニティを野放しにするのはマズイ。
 チームトリニティにはそのフュレシテを襲わせてオリジナルの太陽炉を奪って壊滅させ、更にはCBに対する世界の憎悪を一気に膨らませる予定だったのだから。
 とはいえ、自分で蒔いた種なのだが。
 だが、今更その事を悔やんでも仕方がない。
 アレハンドロに接触したのは200年以上に渡りイオリアの計画を乗っ取る事を虎視眈々と狙っていたコーナー家の潤沢な資産が目当てだった。
 とりあえず、アレハンドロは抹殺だ。
 というか、監視者は全員抹殺だ。
 大人は嫌いだ。
 人間を家畜のように見ているQBも嫌いだけど。
 QBに位置を教えられた1ガンダムは回収して、あの固有能力を奪おう。
 リボンズは、そう、決意した。
 ヴェーダの完全掌握とCBに対する援助。
 近いうちに、一度は離れたCBに接触する事になるかもしれない。
 突然の計画変更に、自分がヴェーダを使って生み出したマイスタータイプのイノベイド達に対する説明が面倒だけれど。
 ヒリング・ケアはホイホイ付いてくる。
 かくして、QBの私利私欲通りに計画は変わりすぎる。
 これでいいのか。


CBはやりすぎたのか。
否、QBがやりすぎだ。
圧倒的物量で行われる殲滅作戦、そこに隠された真の目的とは。
否、圧倒的物量作戦で行われる殲滅作戦はまだ先だった。
QBの真の目的は感情エネルギーの回収。
変わらない。
万能などあり得ないのか。




本話後書き

ここまでお読みいただきありがとうございます。
丁度1stシーズンの紛争・テロに対する介入行動が一段落した所まで終わりました。
後は軍が怒るだけです。
それに入る前に当たり、QBとしては2ndシーズンの状態は全く歓迎できないのでは、と思ったらこんなパターンが出てきました。
粗が多いですが、QBが介入するとこうなるのでは……と。
私は外伝は全くの守備範囲外であり、一応、ガンダム00外伝wikipediaやガンダムキャラクター事典様を読んだ上で外伝キャラクターの名前を出したりもしたのですが、これはおかしいという指摘があれば、容赦無くどうぞお願いします。
また、無理矢理な独自解釈、話を変更させるための曲解もあるので、「それは無いよ」というのであれば、どうぞ。
いえ、最初からガンダム00にQBを投下する事自体「こんなの絶対おかしいよ」な状態な気がしてなりませんが。
ネタの筈ながら、微妙にシリアスでもあり、当、本話を挟まないのであれば、このまま人革連のガンダム鹵獲作戦ないしは、魔法少女部隊の活躍かほむほむとガンダム00登場人物との僅かな接触やら何かに移ります。
監視者(読者様)による暫定本話の存在を了承するか否か、答えを感想掲示板で頂ければ、そのご意見の大体の流れでどうするか決めたいと思います。

追記
ダロス様情報提供ありがとうございます。
該当箇所に修正をかけました。
リボンズがビサイド・ペインの能力を1st当時にどれだけ把握していたのかがよく分からないので、曖昧に誤魔化しました。
完全に間違っていました。
キャラクター事典にアフリカの擬似GNドライブ基地の管理云々と書かれているので、トリニティの面倒も見ているの……か、と勝手に思い込んでいました。

再追記
皆様、了承ありがとうございました。
どうなるか予想がつきませんが、カオスになるのは間違いないです。



[27528] 人革連「罠が仕掛けられない……だと」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/08 17:51
―UNION領・経済特区・東京―

 深夜、人気もほぼ無い都心、仕事に追われようやく戻ってくる事ができた絹江・クロスロードは道を歩いていると、公園のベンチに黒髪に赤いリボンを付けている少女と思われる人物の後頭部と背中を見かけた。
「こんな時間に……」
 家出かしら……最近はいつまたテロが起こるか分からないし、危ない。
 それに、昔からある都市伝説や迷信で夜中街で人気のない場所にいると危険な目に遭う事がある、というのは大抵誰もが聞いたことがある。
 実際、不可解な迷宮入りする事件は定期的に起こっていて、それを専門に追いかけるジャーナリストもいる。
 そう思った絹江は公園に入りその少女に後ろから近づき顔を覗かせるように声を掛ける。
「どうしたの? こんな時間に危ないわよ」
 そう言いながら、絹江は少女の姿を前から見た。
 星明かりと遠くに点灯している僅かな街灯の明かりを受けて見えたのは、今時珍しいぐらいに美しく長い黒髪。
 目を引くのはそれだけではない。
 家出の少女というには余りにも雰囲気が幻想的であり、黒いブーツに両膝をピッタリと付け、やや斜めにその足をベンチの椅子から地につけている様子には、何か惹きつけられる物があった。
 ややあって、目を閉じていた少女が口を開いた。
「お気になさらず。もう少ししたら帰ります」
 印象通りのクールな声。
 そんな言葉を聞いたからといって、はいそうですか、と絹江は引き下がらない。
 お気になさらずって……。
「なら、あなたが帰るまで私、隣に座っていても良いかしら?」
 そう言いながら、結局許可を取る前に、絹江は少女の隣に座ってしまう。
「どうぞ」
 少女はそれぐらいなら別に好きにすれば良い、と言う風に短く答えた。
 対して、絹江は勝手に自己紹介を始める。
「ありがとう。私は絹江・クロスロード。JNNの記者をやっているの。あなたは?」
 話し方は妹に接するように優しげ。
 少女は何をいきなり聞いてくるのか、と目を一瞬だけ見開いたが、口を開いた。
「暁美、ほむらです」
 その名前を聞き、絹江は驚く。
「……暁美ほむらちゃんね。純日本人なのね」
 この300年の間で、UNION領の経済特区となったこの地では純粋な日本人の苗字を持つものは珍しくなりつつあった。
 絹江も日本人でありながらもクロスロード姓を持つ意味では、時代の流れを表す一人であった。
「はい」
 少女は普通に答えた。
「その黒髪もとっても綺麗。羨ましいわ」
 絹江は苦笑しながらも、少女の髪を褒めた。
「ありがとう、ございます」
 少女は目を閉じて答え、これ以上自分の事を聞かれると面倒だなと思い、絹江に対して逆に質問をすることにして、再び目を開ける。
「絹江さんは、JNNの記者としてどんな事をしているんですか?」
 質問をされるとは思わなかった絹江は虚を突かれたが、話をしてくれる気はあるようだと思い、つい調子に乗って答える。
「私はここ最近だとCBやQBの事ばかりね。イオリア・シュヘンベルグとQBの関係、ガンダムとの関係について調べているの」
「それは、大変そうですね」
 少女は顔には一切出さず、相槌を冷静に打った。
「ええ。謎ばかりだけれど、事実を求め、繋ぎ合わせれば真実が見えてくる。私はそう信じているわ」
「そうですか。……でも、知らない方が良い事もあると私は思います」
 少女は絹江の言葉に対し、そう返した。
 少女から出たその言葉に絹江は驚いて目を見開く。
「随分達観してるのね……」
 その呟きを無視し、少女は少しばかり頭を傾げ絹江の目を見据えて言った。
「絹江さんは、その真実を見つけた時、もしそこに絶望しかなかったとしても、それで幸せになれますか?」
「え……」
 絹江はその質問に対して言葉が出なかった。
「時間が来たので、帰ります」
 少女は絹江が放心したと見計らった所で、スッとベンチから立ち上がり、軽く会釈してそのままスタスタと歩き始めたが、数歩進んだ所で立ち止まり絹江に背中を見せたまま一つだけ最後に先ほどとは違う口調で言った。
「QBは真実を言いはしないけれど、嘘はつかないわ」
 そして、少女は今度こそ夜の東京の街へと消えて行った……。
「……何……何なの、あの子……」
 放心していた絹江は、そう感想を漏らした。
 まるで私への忠告のような……。
「暁美ほむら……」
 絹江の脳裏には少女の姿と名前が濃く焼き付いた。
 それにQBは真実を言わないけれど嘘はつかないって……どういう事……。
 少女は絹江を見て分かった。
 これまでにも見た覚えのあるタイプの人間であった。
 意味深な事を呟いたのは、CBではなく、できるだけQBに興味を持った方が安全であろう、と。


西暦2307年。
CBが武力で、QBも介入を開始してから、今度こそ四ヶ月の時が過ぎようとしていた。
彼らの介入行動回数は六十を超え、人々は、好むと好まざるとに関わらず、彼らの存在を受け入れていく。
CBはテロ行為に対する介入に対し容赦は無かったが、紛争や三陣営の軍との戦闘になった時にはQBが現れたり現れなかったりと、安定しなかった。
ロックオンの目の前に現れた瞬間にQBは右ストレートで殴られたりと、QBは一方的に介入するだけではなく、そうしてやり返されることもあったが、ロックオンがどうしてそのような行為をするのか理解することは無かった。
また、CBの実働メンバーは結局QBを捕獲することはできなかった。
頭を掴むとそのまま空気に消え入るようにいなくなってしまうが故に。
そして、トレミーの中に現れる事はなく、常にスメラギ・李・ノリエガは作戦の度に無駄な疲れを感じていた。
ただ一つ、QBが死者を少なく済ませ、とりわけ民間人には被害が殆ど出ないように活動している事に関してはCBは変わらぬ評価をしていた。
CBとQBを否定する者、肯定する者、どちらの気持ちも戦争を否定するという意味では一致していた。
誰も争いを求めたりはしないのだ。
地球にある三つの国家群のうち、UNIONとAEUは、同盟国領内での紛争事変のみ、CBに対して防衛行動を行うと発表。
しかし、モラリア紛争以来、大規模戦闘は一度も行われていない。
それを可能にしたのは、モビルスーツガンダムの卓越した戦闘能力と噂が独り歩きし続けるQBの存在にある。
世界中で行われている紛争は縮小を続けていたが、武力とある意味凶悪な生物兵器による抑圧に対する反発は消えることはない。
そして今、唯一彼らに対決姿勢を示した人類革新連盟で、ある匿秘作戦が開始されようとしていた。
しかし、それは果たして、上手く行くのか……。


―人革連・高軌道ステーション―

 セルゲイ・スミルノフは室内において、整列した隊員達を前に、その士気を鼓舞した。
 右手を腰に当て、左手を胸元辺りに掲げて演説する。
「特務部隊、頂武隊員諸君、諸君らは母国の代表であり、人類革新連盟軍の精鋭である。諸君らの任務は、世界中で武力介入を続け、時には謎の生物兵器QBを用いる武装組織の壊滅、及びモビルスーツの鹵獲にある。この任務を全うすることで、我ら人類革新連盟は世界をリードし、人類の発展に大きく貢献することになるだろう。諸君らの奮起に期待する」
 言って、全隊員は敬礼をした。
 人革連は軌道エレベーターは完成していても、軍事技術面ではUNIONとAEUに遅れているが故、オーバーテクノロジーの塊であるガンダムを何としてでも獲得したいという意図があった。
 その後、部隊員は皆出動準備に入る事になったが、出撃前に各自QB人形を右ストレートでぶっ飛ばす事で奮起していた。


―人革連・高軌道ステーション管制室―

 コンテナが三つ放射状に配置された三つ葉型の多目的輸送艦ラオホゥが天柱の軌道エレベーターの人革連軍施設から発進していた。
[姿勢制御完了、ハッチオープン。リニアカタパルト電圧上昇。双方向通信システム、射出準備完了]
 コンテナの前方部のハッチが開き、そこには四角い物体が幾つも見える。
 管制室からの指令が下る。
[射出]
 すると、細長い四角い筒が次々と射出され、宇宙空間に飛ばされる。
[通信子機、全体分離]
 そして、その四角い筒は更に展開し、より小さなサイコロ状の物体が辺りに四散していく。
「通信子機全体分離開始。予定位置に移動中。双方向通信、正常です」
 管制官からの報告が管制室で指揮を取るスミルノフに届く。
 そこへ、スミルノフの近くで同じく管制をするミン中尉が説明をする。
「これでわが軍の静止軌道衛星領域を80%網羅したことになります」
 スミルノフが右手を腰に当てながら声を出す。
「ぅむ……」
 続けてミン中尉がモニターを指さしながら説明する。
「ガンダムが放射する特殊粒子は、効果範囲内の通信機器を妨害する特性を有しています。それを逆手に取り、双方向通信を行う数十万もの小型探査装置を放出、通信不能エリアがあれば、それはすなわちガンダムがいるという事。中佐、魚はうまく網にかかるでしょうか?」
 スミルノフが真剣な表情で答える。
「そうでなくては困るよ、ミン副官。これほどの物量作戦、そう何度もできはしない」
「網にかかったとして、QBに対する対抗策が無いというのは辛い所です。私も以前まんまとしてやられました」
 ミン中尉は苦々しく言った。
「QBは現地住民の紛争や民間人に被害が出る可能性があるケースに集中して出現する。こちらから仕掛ける作戦であれば、出る可能性は低いと見て良い」
 これまでの統計上のデータから言ってスミルノフはそう判断して答えた。
「兵に犠牲が出る可能性がありますね」
「司令部の命令だ。そもそも犠牲なしに鹵獲できる程甘い相手ではない。宇宙空間では尚更だ」
 スミルノフは犠牲もやむ無しと考えていたが、心中実のところは、この作戦に余り乗り気ではなかった。
 政府と司令部のガンダムへの見え透いた欲が出ているこの作戦、獣に手を出すとどのようなしっぺ返しを喰らう事かと。
 だが、かといって人革連の軍人として、CBの存在を何としても許すわけにはいかないのも事実。


―経済特区・東京・JNN本社―

 絹江は資料室である事について調べていたが、そこで苦労してとうとう手がかりを見つけ、驚愕していた。
 昔から脈々と続く失踪者年鑑。
 どちらかというと女性の比率が多く、とりわけ何故か十代の少女が結構な割合を占める。
「暁美ほむら……。見つからない時は偽名かと諦めかけたけれど、苗字で検索をかけてみたら21世紀の失踪者名簿の中にある一人って……」
 これは偶然なの……?
 他人の名前を名乗ったイタズラでなければ……。
 あの子は300年近く生きているとでも言うの。
「そんなまさか……」
 絹江は何か薄ら寒くなり、コーヒーを飲み込んで口の渇きを潤す。
 いや、昔の情報セキュリティなんて穴だらけ、いくらでも改竄は可能。
 けれど、QBという自称異星生命体……確かに地球上に存在する生物でないのは、生物学者の発表で明らかだった。
 もし本当に異星生命体だとして、ついこの前地球に突然現れたの?
 いや、違う。
 CBが後で差し替え映像を入れて来たのが、もしあれがCBにとっても予想外の展開だったとしたら。
 あの子が言ったとおり、QBの言葉に嘘は無いのなら、QBにはCBと共に介入する事に何かの利益がある……。
 そして紛争根絶は嘘ではないけど、真実ではない。
 何か別に目的があるというの……。
 あぁ……まだ全然分からない。
 何だか、またあの子に会ってみたい。
 イオリア・シュヘンベルグとの関連もまだ捨てきる事はできない。
 それに偶然かもしれないとはいえ、暁美ほむら……やはり気になる……失踪者……。
 失踪者。
 CBの技術力には絶対的に技術者が必要……。
「これだ」
 そして、絹江は失踪者をキーワードに調査を続ける事にしたのであった。
 その日JNNのニュースではアザディスタンへの国連による援助が行われる予定となり、使節団が現地に到着した映像が流れていた。
 まだ、国連大使、アレハンドロ・コーナーは死んでいなかった。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

 CBのガンダム四機はオーバーホール中であった。
 ブリッジにて、クリスティナ・シエラが一人作業していた所、リヒテンダール・ツエーリが入ってくる。
「あれ、フェルトは?」
 言って、リヒテンダールはクリスティナの席の後ろに立つ。
「気分が悪いからって、モレノさんのとこに行ったわ」
 モニターを操作しながらクリスティナが答え、席に手を置きながらリヒテンダールが尋ねる。
「当直連ちゃんすか?」
「そうなのよねぇー」
 大変でしょう、とわざとらしくクリスティナが言った。
 以前もあったようなやりとりながら、リヒテンダールが提案する。
「ここー、俺見てますから、食事してきていいっすよ」
 クリスティナも以前と全く同じく反応をする。
「えっ、本当? 優しい!」
 リヒテンダールは照れる。
「それほどでも……」
 即座にクリスティナはブリッジを後にしようと席から去りながら、言った。
「でも、好みじゃないのよねぇ」
「悲しい……」
 クリスティナがブリッジを出ると同時に、リヒテンダールが溜息をついた。
 そしてリヒテンダールが、操舵席について、トレミーのGNドライブによる粒子充填状態を見始めた矢先……。
「どうして人革連の宙域から抜けないんだい?」
 目の前のモニターにQBが現れた。
「え……って、うぉぉ! 本物! QBすかっ!?」
 リヒテンダールは初めて生で見た事でテンションが上がり、驚愕した。
「そうだよ。僕はQB。リヒテンダール・ツエーリ。人革連の宙域から抜けないのかい?」
 QBは質問を繰り返した。
「へ?」
 リヒテンダールはその意味が良く掴めなかった。
「人革連と戦いたいというのなら別に構わないけど、僕らとしてはCBが壊滅するのは困るんだよ。今はオーバーホール中だろう?」
 QBもQBで全くいつも通りの調子で言う。
「な、何言って……」
「人革連が今ガンダムを狙って、この艦の位置を見つける為に、小型探査装置をばらまいた所なんだよ。この人革連の宙域に君たちがいるのは運が悪いとしか言いようがないけどね。じゃあ、僕は伝えたし帰るよ」
 言って、QBはリヒテンダールの様子も無視して消えた。
 一方的なQBの言葉に一瞬呆けたリヒテンダールであるが、我に還る。
「……え……えーと、QBがわざわざ伝えてきたって事はもしかしなくても、マジすか?」
 呟いて、操舵席を立ち上がりフラっとリヒテンダールはフェルトのオペレーション席を見ると何もなかったが……突如Eセンサーに反応が出て、通信子機がモニターに表示されたのを、見た。
「お? げ……げげげ!! これはやばいっすよ!」
 ようやく本当だと分かったリヒテンダールは慌てて操舵席に戻り、艦内放送をする。
[スメラギさん! 人革連にトレミーの位置がバレたみたいです! とりあえず、宙域を逃れるよう発進させます!]
 真剣な表情でリヒテンダールは人革連の静止軌道衛星領域から逃れる方向へとトレミーを発進させた。
 即座にスメラギからの応答があり「加速Gは無視して構わないからすぐに最高速で出して」と指示を受け、リヒテンダールはその通りにする。
 そこから一分もしないうちにフェルト・グレイス、丁度食堂についたばかりだったクリスティナ、そしてスメラギ、ラッセ・アイオンが慌ててブリッジに現れる。
「リヒティ、ナイス判断よ。まさか本当にオーバーホール中に狙われるとは思わなかったわ」
 スメラギは自身の席に手を置いて、リヒテンダールを褒める。
「ホントホント、見直したわ。気がつくのスッゴイ早いし」
 クリスティナも褒めた。
 それにリヒテンダールは微妙そうに事情を言いながら操舵を続ける。
「いやぁ……。実はQBが教えに現れてくれたんすよ。人革連が今ガンダムを狙ってるって」
「なぁんだ、ってQBが!?」
 それにクリスティナががっかりしようとした所、驚いた。
「またQBかよ」
 ラッセが言った。
「全く……本当に、QB様様ね。それにリヒティ、QBは人革連はガンダムを狙ってるって、そう言ったのね?」
 スメラギは頭に手を当てて髪を掻きながらも、一つ息をついて、リヒテンダールに尋ねた。
「はい、そう言ってました。『僕らとしてはCBが壊滅するのは困るんだよ』とかも言ってましたけどね。心配してるんだか、心配してないんだかサッパリすよ」
 訳がわからない、とリヒテンダールは答えた。
「QBには感情が理解できない、感情というものが存在しないようだから……。ともかく、QBがガンダムと言った以上、人革はガンダムを鹵獲しに来るつもりの可能性が高いわね。戦術も立てやすくなるわ。皆、各自交代でノーマルスーツに着替えましょう」
 もしQBがいなければ……と思うと、スメラギは冷や汗ものであったが、何にしても、初動は完璧、追跡してくるのであれば、退避しながら迎撃すれば良い。
 このタイミングならそれで凌げる。


―人革連・高軌道ステーション管制室―

 一方、当の人革連でセンサーを発見した頃。
「AE3288の双方向通信が途絶えました」
 オペレータが報告し、ミン中尉が指示する。
「中佐に報告」
 そして、すぐにスミルノフが駆けつける。
「AE3288の双方向通信が復活。代わりにAS8723が途絶。位置は、EAR04。対象は既に動いている可能性があります!」
 更に報告が入る。
 ミン中尉が言う。
「まさか、これほど近くにいたとは」
 対してスミルノフはこのままでは逃げられてしまうと左腕で指し示し、急いで命令を出す。
「敵の初動が早い! 管制室はトレースを続けろ! 特務部隊頂武の総員に通達、モビルスーツ隊、緊急発進! この機会を取り逃がすな!」
 そこから、待機していた隊員達が即座に多目的輸送艦ラオホゥに乗り込んで、出撃する事となる。
[緊急出撃準備! 0655より、一番艦から順次出撃する! ……戦闘乗員は、加速に備えよ。140秒後に緊急加速を開始する!]
 オペレーターからの通信が流れる。
 ラオホゥのブリッジ内ではスミルノフが既にティエレンタオツーに乗り込んでいたソーマ・ピーリスと通信で会話をしていた。
「少尉、全感覚投影システムの具合はどうか」
[問題ありません、中佐。オールグリーンです]
 モニターに映るピーリスが淡々と言った。
「少尉にとってこれが初めての実戦になる。期待しているぞ」
[了解です、中佐]
 そして、140秒が経過。
[全艦加速可能領域に到達、加速開始します!]
 四隻のラオホゥがプトレマイオスの追跡すべく、出撃した。


―CBS-70プトレマイオス―

 ガンダム三機にはガンダムマイスターがそれぞれ乗り、コンテナで待機、デュナメスだけが左足に応急処置で固定用軸を取り付けコンテナに固定、火器管制の調整も突貫で終了していた。
 CBS-70プトレマイオスは元々あくまでガンダムの輸送艦と後方支援が目的であり、武装は一切装備無し、敵艦との直接戦闘も想定しておらず、最高速度も人革連のラオホゥの最高速度に負けていた。
 ブリッジからスメラギがガンダムマイスターに指示を出す。
[各ガンダムは敵輸送艦が追いついてくるまでコンテナで待機。また、出撃はコンテナから直接になるわ。ただし、ロックオンは仕方ないけど脚部をコンテナに固定して、GNライフルによる迎撃射撃状態で待機。接近する艦船は、輸送艦、ラオホゥ四隻、こちらの位置の追跡で精一杯の筈。敵の狙いはトレミーでもあるでしょうけど、真の狙いは、ガンダムの鹵獲。一機だけにならないよう気をつけて。だから、通信できなくならないよう、オービタルリングの電磁波干渉領域は使えない。こちらを捕捉した瞬間あちらは艦船からのミサイルを発射、その後モビルスーツによる直接戦闘、場合によってはブリッジ分離の後、コンテナによる特攻を仕掛けてくる可能性があるわ。迎撃を頼むわね]
[了解][了解][了解][了解]
 ガンダムマイスターから応答が来る。
「敵輸送艦相対戦闘開始距離到達時間までまであと10分です」
「敵通信エリアから抜け出すまでは後12分かかります」
 フェルトとクリスティナがそれぞれ報告した。
「さあ、逃げきるわよ!」
 スメラギが腕を組んで言った。


―多目的輸送艦ラオホゥ―

「中佐、通信遮断ポイント、順次移動していますが、依然数に変化ありません」
 オペレーターがそう報告する。
「CBの宇宙輸送艦であると見て間違いない。どうやら迎撃にガンダムを発進させて来ない所からするに、無理矢理逃げきるつもりだ。目標は敵輸送艦と推測。捕捉次第、作戦行動に入る! 全艦ミサイルの射出準備及びモビルスーツ全機発進準備!」
 スミルノフはそう指示したが、かなり状況は負が悪いと見ていた。
 逃げ切られてしまえばそれまでである以上、捕捉するまではとにかく最短距離、最速で追いかけるという作戦しかないからであった。
 そして、9分後。
 多目的輸送鑑ラオホゥはプトレマイオスを間もなく捕捉する状態に入った。
 コンテナのハッチも開放し、青色のティエレン宇宙型の出撃体勢に入る。
 時を同じくして、プトレマイオスはガンダム三機をコンテナから出撃させた。
 プトレマイオスの後部を中心に三角形の頂点を守るような位置を維持して、共に通信エリアからの離脱を図るべく、後退。
 デュナメスはコンテナの一つを開けてそこに脚部を固定し、射撃体勢で構える。
 そして10分。
[全艦ミサイル攻撃開始! 同時にモビルスーツ隊発進! 本隊の作戦開始時間だ。命を無駄にするなよ!]
 スミルノフがそう命令し、戦いの火蓋が切って落とされた。
 ラオホゥ四隻前方のハッチから一斉にミサイルが射出される。
「ミサイル、数96!」
 その映像を捉えたフェルトが報告。
 その数にクリスティナが動揺する。
「お、多すぎるっ!」
 すかさずスメラギが命令し、安堵させる。
「クリス、GNフィールド展開! 大丈夫、少しぐらい受けても、耐えられるわ!」
「りょ、了解!」
 クリスティナが焦りながらも、コンソールを操作、プトレマイオスの船体外部が緑色の輝きを放つ。
 直進するミサイルが48、斜め左右から迫るミサイルがそれぞれ24。
「くっ!」
 エクシアがビームで迎撃。
「やらせるかっ!」
 デュナメスが両膝部の8基のGNミサイルを発射、エクシアがビームを放っている左方向へ、同じようにGNスナイパーライフルでも狙い撃つ。
「やらせないっ!」
 キュリオスがコンテナからデュナメスよりも大量のGNミサイルを右方向へ射出。
 即座に人型に変形し、GNビームサブマシンガンを連射モードで撃つ。
「やらせは、しないっ!」
 ヴァーチェが前方に密集して迫るミサイルに向けてGNバズーカを発射し一掃。
 プトレマイオスの盾になるようにGNフィールドを展開する。
 ミサイル群の爆発が起き、モニターにその映像が映し出される。
 左方向は5発撃ちもらし、右方向は24発全て相殺、前方は13発が残った。
 前方の13発のうち半数以上をヴァーチェが身を挺して防衛、計十発程度が打ち落とされることなくプトレマイオス後部に直撃し、艦内はその衝撃で揺れる。
「きゃぁぁぁっ!」
 クリスティナはプトレマイオスで戦闘になるとは考えておらず目をつぶり頭を抱え込んで叫んだ。
「ぅっ、くぅっ!」
 揺れに耐えながらスメラギも声を出し、しかし目はモニターを見続ける。
 フェルトが報告する。
「損傷軽微、問題ありません」
「よし、次はモビルスーツよ!」
 スメラギが言った通り、ラオホゥ四隻のコンテナから、ティエレンが次々と出撃する。
 ラオホゥ本体は速度を減衰させ、距離を取り始める。
「敵機編隊、ティエレン54機。以前監視を行った新型もいます」
「数は多いけれど、敵の狙いはガンダムよ。敵の指揮官が優秀であれば、15機程度が戦闘不能になれば鹵獲はできないと見て撤退する筈よ。このまま耐えきれば、逃げきれる。この二分が正念場よ」 
[了解][了解][了解][了解]
 スメラギの作戦通り、プトレマイオスは人革連の通信エリアから離脱するまで、モビルスーツ隊の迎撃をして耐えきる事。
 一方、当のモビルスーツ隊はプトレマイオスを180度包囲するように散開し、スミルノフとピーリスは直進する本隊にいた。
[デカブツの斜線軸には入るなよ!]
 人革連において、デカブツと呼ばれるヴァーチェは容赦なくモビルスーツを消滅させる事で有名。
 ガンダム四機の中で交戦した場合最も危険と目されている。
「狙い撃つぜ!」
 最初に先制で攻撃をしかけたのは最も射程距離の長いデュナメス。
 コンテナからとは言え、敵が接近するのに死角が存在しない為、ティエレンの頭部を狙って最早習慣と言う様子で一機、二機と撃ち抜いて行く。
[ロックオン・ストラトス、このような非常時に手加減する必要など無い]
 ティエリア・アーデがロックオン・ストラトスのやり方に疑問を呈した。
[そうは言ったって、これで良いだろうさ。熱くならないうちに撤退してくれれば充分。ほら、そろそろ射程圏内だ]
 ロックオンはそう言うなよ、と通信で返した。
 しかし、ティエリアにしてみれば、そうは言ったって、手加減なんてヴァーテェにはできない。
 一定距離に到達したとき、異変が起こった。
[ぅあァァアっ! ぁあ! アァぁ!]
 キュリオスに乗るアレルヤ・ハプティズムが叫び声を上げ始め、ガンダムの動きも停止した。
[どうしたの、アレルヤ!]
[どうした、アレルヤ!]
 スメラギとロックオンが通信で確認を入れる。
 呻き声ばかりでまともな返答が返って来ない中、突如アレルヤの様子が豹変する。
[クソッ! どこのどいつだ! 勝手に俺の中に勝手に入ってくんのはぁっ! 殺すぞッ!]
 キレた若者となったアレルヤ、否、ハレルヤは離脱作戦も無視してティエレンの部隊に巡航形態で単独突撃して行った。
[少尉! ピーリス少尉! どうした!?]
 一方、人革連でも同じような現象が起きていた。
 叫び声を上げるピーリスにスミルノフが通信を入れるが返答は無い。
[いやぁぁぁぁっ! やめてっ!]
 叫び声から、突如誰かに向けてピーリスは声を出した。
 ティエレンタオツーの動きがおかしくなり、銃を構え、キュリオスの接近してくる方向に向かって、あちこちに叫びながら乱射し始める。
[いやぁぁァァっ!]
 味方にも当たりかねない状況にスミルノフは素早く指示を出す。
[作戦中止! 現宙域から離脱せよ! 総員、撤退! ピーリス少尉を回収しろ!]
 ラオホゥからも信号弾が上がり、CBへの攻撃を中止し、モビルスーツ隊が戻り始める。
 ピーリスが対ガンダムの切り札であった所使い物にならず、更にはCBがガンダムの鹵獲が目的であることをほぼ分かっている状況で、このようなイレギュラーを押してまで作戦遂行は絶対に不可能と見たスミルノフの判断は早かった。
[中佐、ガンダムが一機こちらに急速接近してきます!]
[何っ!?]
 しばらく絶叫を上げてすぐに気絶したピーリスの乗るティエレンタオツーを他のティエレンが腕部を両側から持ち、撤退していた所にキュリオスが現れ、人型形態に変形して、ティエレンタオツーの背後に最小威力のGNビームサブマシンガンを撃ち始める。
「あぁ? 何だよ、もう寝てんのかよ! つまんねぇなぁ! 人様の頭の中に土足で入ってきておいて、勝手な奴だなぁ、ぉい!」
 遊ぶように撃つが、ティエレンタオツーに損傷は殆ど無い。
[アレルヤ、いえ、ハレルヤ! トレミーに戻りなさい! 相手はもう撤退を始めているわ!]
 その通信に、キュリオスは攻撃を止める。
[あぁ? スメラギさんかぁ? 今俺はあいつに中に入ってこられてイライラしてんの。放っといてくれないかなぁ!? アーははハはハっ!! 楽しいよなぁ、アレルヤァッ!!]
[ハレルヤっ!]
 禍々しい表情でハレルヤは怒鳴って、再び攻撃を開始する。
「少尉はやらせんっ!」
 そこへ、ピーリスを守るべく、撤退を開始していたティエレンのうち数機がキュリオスの前に立ちはだかる。
 そこへ体の操作を取られているアレルヤが必死にハレルヤに呼びかけていた。
《やめるんだ、ハレルヤ! やめてくれ!》
《あぁ? 何だよ、アレルヤ、お前もかよ。あーあー、分かった分かった。面倒なもんも沸いてきたし、じゃ、後はよろしくぅー》
 脳内会話を交わし、気まぐれなハレルヤはティエレンが沸いて出てきた事に興ざめしたのか、すぐに体を交代した。
「全く……」
 意識を取り戻したアレルヤはため息を吐いて巡航形態に変形する。
[キュリオス、トレミーに帰還する!]
 命を張ってでもピーリスを守ろうとしたティエレン数機は呆気なくキュリオスが戻って行った事に驚いた。
 一体なんだったのか、と。
[……総員、撤退だ!]
 スミルノフは、一瞬冷や汗の出る状況だったが、我を取り戻してもう一度命令を下し、ラオホゥへと戻っていった。
 接近するまでにデュナメスに八機ものティエレンを戦闘不能にされた上、ヴァーチェによる大破も三機、デュナメス、エクシアにより、更に五機、全十六機を撤退信号を放つ前にやられ、まともに交戦する事も叶わず撤退する事になった。
「少尉の様子は一体どういう事だ……それにあの羽付き……」
 スミルノフは苦汁を飲まされる形になりながらも、ピーリスの異常について、不可解なものを覚えた。
 対する、プトレマイオスのブリッジでクリスティナが口を開いていた。
「アレルヤってキレると豹変しちゃうタイプの人だったんだ……。意外」
 完全に引いた顔で言った。
「そ……そうっすね」
 リヒテンダールも同じような顔で相づちを打った。
 ラッセは腕を組み、目を閉じて唸った。
「クリス、リヒティ、アレルヤには、事情があるのよ……」
 スメラギはまさかこんな想定外の事態になるとは思わなかった、と眉間に手を当てながらも、一応誤解を解くように言った。
 ガンダム各機、コンテナの中に戻り、最後にキュリオスが後から戻ってきて、アレルヤは大きなため息をついて機体から降りた。
 最初にアレルヤが向かったのはブリッジ。
 開けて入った瞬間、アレルヤには普段とは異なる視線が突き刺さった。
 感情を顔に余り出さないフェルトですら、その目は微妙にジト目。
 クリスティナは完全に引いたまま。
 リヒテンダールはひきつった苦笑。
 ラッセは振り返りもしない。
「すいません、スメラギさん……」
 ハレルヤのせいで僕のイメージが……とアレルヤの心は傷ついた。
 せめて、通信を繋いでなければあんな発言が皆に聞かれる事なんてなかったのに……。
 アレルヤは酷く落ち込んだ様子で謝った。
 スメラギはアレルヤの肩をポンと叩き、無言でどんまい、と表すようであった。
 続けて、スメラギは声をかけた。
「今回のは事故のようなものだとして……大事なのは原因よ。どうしてああなったか分かるかしら?」
 アレルヤが口を開こうとしたところ、先にあっさり説明をするものが現れる。
「それは脳量子波の干渉が原因だよ。スメラギ・李・ノリエガ」
 アレルヤの肩にQBが現れた。
「うわぁぁあっ!?」
 思わずアレルヤが驚いて声を上げた。
「QB!?」「本物!?」「また出たぁ!」「QB……」「おぉ……」
 それぞれスメラギ、クリスティナ、リヒテンダール、フェルト、ラッセ。
「いきなり揺らさないで欲しいな、アレルヤ・ハプティズム」
「だから、いきなり現れないで欲しいな、QB……」
 QBとアレルヤは互いに不満を言い合った。
「あー……QB、今回の事、CBを代表して感謝するわ」
 スメラギはアレルヤの肩に乗ったままのQBに軽く頭を下げて言った。
「当然だよ。僕らは君たちに壊滅されると困るからね」
 QBはただ、事実を述べた。
 スメラギは顔を若干引きつらせながらも尋ねる。
「そ……そう。それで、アレルヤの様子がおかしくなったのが脳量子波の干渉っていう話だけれど、詳しく説明はしてもらえるかしら?」
「アレルヤの脳量子波に干渉したのは、人革連のソーマ・ピーリスという超人機関出身の兵士さ。彼女もまた、干渉を受けていたよ」
 QBの説明にアレルヤは驚愕する。
「超人機関だって……まさか、あの施設はまだ存在しているというのか、QB!」
「存在しているよ。人革連のスペースコロニー・全球にね。拉致した子供で人体実験を繰り返している。結果が出ないと処分するなんて、勿体無いよね」
 超人機関の子供は殆ど自身の環境に負の感情を抱くこともないみたいだから、そこまで勿体無くはないけど、とはQBは言わなかった。
「何てことだ……」
 淡々としたQBの説明にアレルヤは呆然とした。
「その非人道的行為をしているという超人機関の事は問題だけれど、人革連の新型に乗るその兵士が今後も現われれば、その度にアレルヤは互いに影響を受け合う事になるのね……」
 厄介だわ……とスメラギが呟く。
「それはどうかな。ソーマ・ピーリスには外部からの脳量子波を遮断するスーツが作られると思うよ。君たちに同じようなものを作れないなら、アレルヤはガンダムマイスターを降りた方が良いかもしれないね」
 QBの説明にスメラギはそうか、と呟く。
「対策を打ってくるという事ね……」
 そこへ、アレルヤがQBが帰りそうになる前にある一つの推測から真剣に尋ねる。
「QB、刹那に相手のパイロットの顔を見せた事があるらしいけど、僕にもそのソーマ・ピーリスの顔を見せて貰えないかい?」
 その頼みにQBはスメラギの席の背もたれに飛び移ってアレルヤの目を見る。
「その程度なら別に良いよ。ソーマ・ピーリスはこれだ」
 映像がアレルヤの脳裏に伝わり、アレルヤはまたしても驚愕の表情を浮かべる。
「な!? これはマリー!? マリー・パーファシー!」
「じゃあ、僕は帰るね」
「あ、ちょっと!」
 本当に勝手にいなくなったQBにスメラギは声を出したが遅かった。
 フェルトは自分の席から終始普段に比べ興味津々の様子でQBを見ていたが、QBがいなくなった瞬間には少しだけ目を見開いた。
 アレルヤは目に明らかな動揺の色を浮かべていた。
 まさかマリーが……。
 別の人格を上書きされているのか……?
 人革連・超人機関……あの忌まわしき研究を未だに行っているというのか……やってくれる。
 アレルヤは拳を強く握りしめていた。
 その後、スメラギはその場を、QBを本当に見たことで主にクリスティナが騒いでいた所、一旦解散にし、リヒテンダールに人革連の宙域からは更に離れるように指示した。
 そして、スメラギは極秘に脳量子波について知っているティエリアとイアン・ヴァスティに話をする事に決めた。
 一方、フラフラとブリッジを後にした、アレルヤはティエリアと同室の自分のベッドの上でぐるぐると思考を巡らせていた……。


圧倒的物量で行われる殲滅作戦、そこに隠された真の目的とは、隠されもすること無くQBが暴露した。
罠に嵌る事無く早々に逃げ出したCB。
ヴァーチェが隠された能力をさらけ出す事など無かった。
覚醒を促されたのはキュリオスではなくハレルヤ。
アレルヤを過去へと誘ったのは低軌道ステーションでの出会いではなく宇宙での出会いだった。
ティエレン・タオツーを操る超兵一号、ソーマ・ピーリスとアレルヤとの出会いは宇宙に何かもたらしたのか。
ソーマ・ピーリスの存在が、アレルヤにあるミッションを決断させるのは間違いない。
それは、過去への贖罪なのか。
血の洗礼、それは神に背きし者への祝福なのか。


―モラリア・都心―

 夜半、QBを肩に乗せたショートヘアーの黒髪の少女一人と、それと全く同じ容姿をした残り六人の少女が、広い道路にて、しかし周囲の色彩が通常とは異なる場にて、巨大な白いローブを着た巨人のような異形の者五体と相見えていた。
「さあ、狩りの時間だ。頼むね、皆」
『了解』
 QBがそう言うと、肩にQBを乗せている少女を先頭に、七人はV字の隊列を組んで一番近い魔獣の一体に突撃していく。
 魔獣達は一斉に光線を放つが、少女達は驚異的な動体視力で見切りそれを全て交わす。
 魔獣の一体をあっという間に射程距離に捉え、先頭の少女が右腕を前に突き出し、左手をソレに添えるように構える。
 瞬間、右腕に合ったサイズの紫色に輝く小型のクロスボウガンが顕現し、自動で魔力の矢が装填され射出される。
 一発に留まらず射出後に即座に次弾が装填され、甲高く小気味良い音をキュキュンと立てて次々と連射される。
 後を付いていた残り六人の少女は、一体目の魔獣を左右に散開して囲み、同様の装備を構えて速射する。
 一発一発の威力はそれ程では無いものの、七人一斉の集中砲火によって、魔獣の身体は見る見るうちに損傷していく。
「グゴォォァァアァ!!」
 魔獣は野太い声を上げ、数秒も経たずして、形を維持できずに崩れ落ちて行く。
 残り四体の魔獣は何もしていなかった訳ではなかった。
 それぞれ少女達に向けて次々に光線を放っていたが、彼らに背中を見せている少女は後ろを振り向く事無くそれを華麗な跳躍とステップで全て避けながら一体目の魔獣に手を休める事無く攻撃をし続けたのだ。
 七人の魔法少女は互いの視界を補い合い、その情報を瞬時に脳量子波で常に伝える事でそれを可能にしていた。
 一体目が終われば途端に二体目へと口で会話をすることもなく、無言で突撃し、そのまま三体目、四体目と撃破していった。
 ものの一分も掛からないうちに五体の魔獣は殲滅され、崩れ落ちて消滅した後には、地面に散らばった黒い結晶だけが残っていた。
 すると、周囲の色彩が元に戻って行く。
「お疲れ様、皆」
「いつも通りよ」
 QBを肩に乗せている少女代表してQBの声に答え、手分けして少女たちはそれらを拾い集め、風のようにどこかへ去っていく。
 イノベイド魔法少女・ほむらナンバー部隊。
 彼女達が世界各地の魔法少女が不足している地域の都市、夜半に現れては駆け抜ける光景が最早恒例になって数ヶ月。
 彼女たちの戦いは力果てるその時まで、続く。



[27528] QB「アレルヤ・ハプティズム、君の出番は余り必要性が無いよ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/08 18:45
―UNION・対ガンダム調査隊(仮)―

 人革連が宇宙でCBと戦闘を行ったと見られる情報が入っており、グラハム・エーカー達はその件について会話をしていた。
 しかし、デブリの四散状況から、それほど大した戦闘が行われていないのが分かり、どれほどガンダムに性能があるのかは不明であった。
 一方、研究室でビリー・カタギリとレイフ・エイフマンはモニターを見ながら話をしていた。
「やはりこの特殊粒子は、多様変異性フォトンでしたか」
 カタギリの興味深そうな呟きにエイフマンが目を細めて言う。
「それだけではないぞ。ガンダムは、特殊粒子そのものを機関部で作り出しておる。でなければ、あの航続距離と作戦行動時間の長さが、説明できん」
「現在、ガンダムが四機しか現れないことと……関連がありそうですねぇ」
 両者共にモニターを見たまま会話をする。
「げに恐ろしきはイオリア・シュヘンベルグよ。二世紀以上も前にこの特殊粒子を発見し、基礎理論を固めていたのだからな」
「そのような人物が、戦争根絶なんていう、夢みたいなことをなぜ始めたのでしょうか?」
 正直理解できない、とカタギリは疑問の声を上げた。
 エイフマンが持論を述べる。
「CBそのものは紛争の火種を抱えたまま宇宙に進出する人類への警告……そうわしは見ておる。この数ヶ月でほぼ出た結論であれば、恐らくCBにとってもQBはイレギュラー。これから一体どうなることか……」


―人革連・低軌道ステーション―

 セルゲイ・スミルノフは巨大なモニターの前でキム司令と繋がった会話をしていた。
[CBの移動母艦の映像のみとは……数十万機の探査装置と数機のティエレンを失った代償にしては少なすぎたな]
 スミルノフが直立不動で答える。
「弁明のしようもありません。いかなる処分も受ける覚悟です」
[君を外すつもりはない。辞表も受け付けぬ。確かに本作戦は失敗した。……だが、君に対する評価は変わってはおらんよ。私が君に預けたピーリス少尉が錯乱したとあっては仕方がない。切り札が機能しないのは想定外だ。原因は判明したか?]
 キム中佐が尋ねた。
「現在調査中です」
[そうか。今後も我が軍はガンダムの鹵獲作戦を続ける、頼むぞ、中佐]
「お言葉ですが、ガンダムの性能は底が知れません。今回の件ですらコクピットを狙わないCBに対し、鹵獲作戦を続けることはいずれ……]
 スミルノフが、ガンダムを目当てにする作戦など積極的に進めるのは徒に兵を失うだけだ、と言おうとした所。
[それもわかっている。だが、あれは我が陣営にとって必要だ。QBという存在がいる以上、周囲に何も無い地域でこちらから仕掛けざるを得ない。それに当たり……主席は極秘裏にUNIONとの接触を図っておられる]
 スミルノフが聞き返す。
「UNIONと?」
[CBへの対応が、次の段階に入ったということだ]
 陣営間で手を組み、CBを周囲に何も無い位置にわざとお引き寄せて、更に大規模な物量で押し切るという作戦が始まっていた……。
 スミルノフはキム司令との会話を終え、ソーマ・ピーリスが異常をきたした件について、超人機関技術研究所分室に向かった。
 台の上に寝かせられたピーリスを前に、目にバイザーを付けた研究員に確認を取っていた。
「少尉の体を徹底的に検査しましたが、問題はありませんでした。脳内シナプスの神経インパルス、グリア細胞も正常な数値を示しています」
 スミルノフが疑問を呈する。
「では、なぜ少尉は錯乱行動をとったのだ?」
「タオツーのミッションレコードを分析したところ、少尉の脳量子波に異常が検知されました。通常ではあり得ない現象です。外部からの影響を受けた可能性も……」
「外部からの?」
 スミルノフが驚くが、心当たりがあるように、顎に手を当てる。
 あの羽付きのガンダム……少尉を執拗に狙っていた……まさか……。
「もしそうだとすると影響を与えた人物は、少尉と同じ、グリア細胞を強化され、脳量子波を使う者に限定されます」
「同類だとでも言うのか?」
 もしそうだとしたら問題だろう、とスミルオフは語調を強めて言った。
「可能性の問題を示唆したまでです」
 一切悪るく感じることも無い様子で研究員は答えた。
「対応策は?」
「少尉のスーツに脳量子波を遮断する処置をしました。同じ轍は踏みません」
 少し口元を吊り上げ、端末を見ながら言った。
 スミルノフは超人機関の研究に否定的であり、嫌悪感を少し出すように尋ねる。
「それ程までして少尉を戦場に出させたいのか」
「CBなどという組織が現れなければ、我々の研究も公にはならなかったでしょう」
 研究員は淡々と答えた。
 CBを引き合いにだす言い方に呆れも感じながらも、スミルノフは研究員にCBのガンダムのパイロットの一人がピーリスと同類である可能性を伝え、何か分かったら報告するように言い、去っていった。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

 CBは人革連からの襲撃を受けたものの、損傷は極僅かで済み、対応はほぼ完璧といっても問題ない水準であった。
 その中でアレルヤ・ハプティズムは迷っていた。
 どうする……?
 既にQBによってスメラギさん達にも示唆された事実を……。
 それにアレはマリーだった。
《やることは一つだろ》
《……ハレルヤ》
 アレルヤの頭に声がする。
《あの忌々しい機関が存続していて、俺らのような存在が次々と生み出されている。そいつは戦争を幇助する行為だ》
《叩けというのか? 仲間を、同類を。あそこにはマリーの仲間もいるかもしれない》
《おぃぉい、マリーマリーってなぁ。お優しいアレルヤ様にはできない相談かぁ? なら体を俺に渡せよぉ。速攻で片つけてやっからさぁ。……あのときみたいにぃ》
 アレルヤはハレルヤのその言葉で昔超人機関から脱出し、船で漂流していた時の事を思い出す。
 生き残るためには、一緒に抜けだした仲間を殺さざるを得なかった。
《っハ。やめてくれハレルヤ。何も殺すことはない、彼らを保護することだって》
 気を取り戻したアレルヤが言った。
《戦闘用に改造された人間にどんな未来がある? そんなこと自分が一番よくわかってるだろ。えぇ? ソレスタルビーイングのガンダムマイスターさんよ?》
《違う! 僕がここに来たのは》
 アレルヤは口に出しながら頭を振る。
《戦うことしかできないからだ》
《違う!》
《それが俺らの運命だ》
《違うっ! 僕はっ……!》
 そして息を切らせる。
「はぁっ……はぁっ……」
 くっ……ハレルヤの言う事も尤もだ……。
 あの機関だけは放置してはおけない。
 僕がやらなければ、誰がやるというんだ……。
 この悪夢のような連鎖を僕が断ち切る。
 今度こそ、僕の意思で。
 そう心に決めて、アレルヤは自室に戻り、端末を開いてミッションプランの作成を始めた。
 スメラギ・李・ノリエガ達にも知られた超人機関の存在。
 アレルヤはデータを素早く纏め、スメラギの部屋に向かった。
 心なし焦っていた為、声をかける事なく入ったその部屋には、イアン・ヴァスティとティエリア・アーデがいた。
「アレルヤの為のスーツの処置だけど……アレルヤ!」
 スメラギが驚いた。
「スメラギさん……今、僕のスーツというのは」
 都合の悪そうな顔をティエリアとイアンもした。
「ええ……そうよ。あなたのスーツに外部からの脳量子波を遮断する処置を施す話をしていたのよ」
 仕方なくスメラギが答えた。
「ですが……どうしてティエリアが」
「機密事項だ。君に教えることは無い。失礼させてもらう」
 言って、ティエリアはツカツカと部屋から退出して行った。
「あぁ、わしも一旦退室するぞ」
「悪いわね、イアン」
 髪を掻きむしりながら、イアンも出て行った。
「スメラギさん達は脳量子波について知っているんですか?」
 アレルヤは一瞬不審そうな顔をして尋ねた。
「……ある程度はね。別にCBが人体実験を行っているという訳ではないわよ」
 ややばつが悪そうにしながらも、スメラギは眉を上げて言った。
「そうですか……」
「それで、何か用があるのかしら?」
「スメラギさんとヴェーダに、進言したい作戦プランがあります」
 スメラギの質問にアレルヤは真剣な表情で言った。
「作戦プラン? まさか……」
「そのまさかです。戦争を幇助するある機関に対しての武力介入作戦。その機関は、僕の過去に関わっています。データに纏めたので良ければ見て下さい」
 言って、アレルヤはメモリースティックを渡して出て行った。
 スメラギは受けとったメモリーをすぐに開く。
「人類革新連盟軍超兵特務機関……そう」
 スメラギはその資料の全てに目を通し、ヴェーダに提案した所、ブリーフィングルームにて、アレルヤを再び呼んだ。
「作戦プラン、見させてもらったわ、あなたの過去も。確かに武力介入する理由があるし、ヴェーダもこの作戦を推奨してる……でも良いいの? あなたは自分の同類を」
 全てが言い終わる前にアレルヤは言う。
「構いません」
 遮られたスメラギはもう一人に確認を取る。
「……もう一人のあなたは何て?」
「聞くまでもありません」
 アレルヤは目を閉じて答えた。
「本当にいいのね?」
 目を開き、アレルヤは答える。
「自分の過去ぐらい、自分で向き合います」
「分かったわ」
 かくして、次のミッションプランが決定される。


アザディスタン王国に支援を開始する事になった国連。
アレハンドロ・コーナーはマリナ・イスマイールと会談し、本当の目的を明かす事なく、最後まで上辺だけで話を突き通した。
経済特区・東京ではルイスの母がルイスの元を訪れており、何かにつけてルイスを母国に連れて帰ろうとしていた。
対するルイスは、サジの事をできるだけ好印象に思ってもらう為、色々な画策を始め、ルイスの母にサジの料理を食べさせたりと、少しずつ無理矢理帰国させようとする思いを削りつつあった。
同じく東京に存在するJNNの記者、絹江・クロスロードは失踪者というキーワードを元に、過去に失踪した技術者や科学者の家を訪問し、情報を集めていた。
だが、大抵、余りにも昔の事の為に、得られる情報は少無かった。
しかし、それでもイオリア・シュヘンベルグがどのようにCBを設立したのか、という事についての筋は見えてきたのだった。


そしてCB、プトレマイオスにて。
エクシア、デュナメスはプラン通り、南アフリカ国境紛争地域への武力介入を行い、そこでQBが出たり出なかったり、一方キュリオスとヴァーチェはラグランジュ4に存在する人革連のスペースコロニー・全球にある人革連特務機関に武力介入を開始した。
そちらにQBが現れる事はなく、あったのは、コロニー内に突入したアレルヤの葛藤。
大絶叫を上げながらGNハンドミサイルユニットの引き金を引き、コロニー内で最も大きな建物、人革連・超人機関研究施設を完全破壊した。
ここに来て初めて、大量の殺人行為をするに至ったアレルヤは、ミッション終了後、止まることのない涙を流し続け、プトレマイオスに帰投したのだった……。
ミッション自体としては、終了と同時に、CBからマスコミに対して超人機関の情報がリークされ、その情報は人革連に大きな影響を与えた。


―人革連・低軌道ステーション―

 スミルノフは研究員を拘束しに掛かっていた。
 調査段階の状態である所に、疾風のごとくCBが介入を仕掛けたのは余りにも痛手。
「CBソレスタルビーイングが、全球を襲撃した。目標は貴官が所属する超兵機関だ」
 その言語を聞いた研究員は驚愕する。
「がっ、そ、そんな……」
「私も知らされていない研究施設への攻撃……やはりガンダムのパイロットの中に超兵機関出身者がいたようだ」
「しかし、私は……」
 まだ調べる為の情報すらないのにそんな事どうしろと、という風であったが、スミルノフは有無を言わさずに命令を出した。
「私の権限でこの研究施設を封鎖。貴官には取り調べを受けてもらう」
「な、何ですと!? 待ってください!」
 即座にスミルノフの部下二人が研究員に手錠をかけた。
「この事件はすでに世界に流れている。何にせよ、我が陣営を不利な状況に追い込んだ、貴官の罪は重いぞ。連れて行け」
 言って、スミルノフは部下に研究員を連れて行かせた。
 CBに花を持たせるなど……。
 結果、研究員はピーリスに脳量子波遮断の為のスーツを施した切り、それまで……となった。


アザディスタンで起きた内紛により、故郷へと向かう刹那。
彼がそこで受ける断罪とは何なのか。
希望の背後から絶望が忍び寄る。
そしてとうとう悪意を持った大人に対する悪意の影が蠢き、牙を剥くのか。


―月・裏面極秘施設―

「そろそろ、頃合いだよ、QB」
「ふぅん、そうなのか」



[27528]  計 画 通 り
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/08 21:56
アザディスタン王国では戦争を起こさせようとわざと画策がなされていた。
アザディスタン王国は国教の解釈の違いにより、国民は大きく二つの教派に分かれていた。
マリナ・イスマイールは改革派。
そして、彼女が王女として即位する前までは親密にしていた保守派の宗教的指導者マスード・ラフマディーという人物がいた。
彼はこれまで、保守派の怒りを受け止める事でマリナの助けとなっていた。
このマスード・ラフマディーという人物を拉致する事で、改革派の仕業を見せかけ、保守派を煽り、内戦を起こさせる事を目的とした者達がいたのである。
そして、実際に拉致事件は起きた。
何者かに雇われた、アリー・アル・サーシェス達によって。
事件が起こったのは、プトレマイオスがラグランジュ4の人革連のスペースコロニー・全球に向かい、件のミッションを終え戻り始めていた頃であり、まだスメラギ・李・ノリエガ達とは地上の二機は通信が取れなかった。
刹那・F・セイエイとロックオン・ストラトスはその対応に王留美のサポートを受けて、アザディスタンの岩場地帯で待機していた。
内紛が起こり、介入を行うその時まで。
王宮ではマリナはマスード・ラフマディー拉致の情報に酷く動揺を受けた。
マリナは自身の提案を議会に出したものの、それが聞き届けられることはなく、改革派は、UNIONから秘密裏に打診された軍事支援を受ける方向で話を勝手に進めてしまった。
UNIONの狙いは、内紛に介入してくるガンダムの鹵獲であった。


―王留美所有・小型輸送艇―

 王留美が茶を飲んでいた所、端末に通信が入る。
「私です。そちらの状況は?」
[各所で小競り合いが起こっているようだが、大事ではないよ]
 端末に映った人物はアレハンドロ・コーナー。
「直ちに国外への退去を」
 王留美が危険である事から退去を進言する。
[ここに残るよ]
 フっと微笑んでアレハンドロがそれを断った。
 王留美からは後ろ姿しか見えていない。
「残る? 何故です?」
アレハンドロ・コーナーは、アザディスタンのビルの一室からあちこちに煙が上がっているのを見ながら、余裕有りげに答えた。
[この国の行く末を見守りたいのだよ。それに、君たちがどう行動するか、この目で確かめたくてね]


―アザディスタン・太陽光発電受信アンテナ施設―

 夜半、太陽光発電受信アンテナ施設の警備を担当していた、MSER-04アンフという胸部から鼻のように突出した頭部が特徴の、貧困国での主力モビルスーツのうち数機に紛れ込んでいた、超保守派の兵士達が、同じく警備中であった改革派の機体に攻撃を仕掛け始める。
 軍事支援に来ていたグラハム・エーカー率いる対ガンダム調査隊(仮)はフラッグの飛行形態で上空を哨戒中であった。
[む? ポイントDで交戦!]
 グラハムに伝えられる。
[やはりアンテナを狙うか。行くぞ、フラッグファイター!]
 グラハムがそう言って、その場所へと向かう事を宣言する。
[了解][了解]
 ハワード・メイスンとダリル・ダッジが返答する。
 即座にポイントDを捕捉した三機のフラッグであったが、
[中尉! 味方同士でやり合ってますぜ]
[どうします?]
グラハム・エーカーはその質問に対し、介入するにしても、判断がつかなかった。
「どちらが裏切り者だっ? レーダーが?」
 そこへ、フラッグの画面に障害が起き、ノイズが走る。
 瞬間、桃色の粒子ビームがアンフを構わず狙撃した。
「何!? この粒子ビームの光は、ガンダムかっ!」
 次々とアンフが沈黙させられていくのを見ながらグラハム・エーカーは驚きの声を上げた。
 狙撃したのは岩場地帯で待機していたデュナメス。
「ところがギッチョン!」
 別の場所にて、PMCイナクトから大型ミサイルが四発放たれ、空に打ち上がる。
「何!?」
 それを見たロックオン。
「ミサイルだと!」
 グラハム。
 ミサイルは落下し始めた瞬間に開き、更に無数の小型爆弾が散乱して発電受信アンテナ施設に落下する。
「数が多すぎるぜ!」
 ロックオンは連射して撃破するが、余りにも数が多く、為すすべ無く大爆発が起きた。
 火の手が上がった地上を見ながらグラハムが指示を出す。
[ダリル、ハワード。ミサイル攻撃をした敵を追え。ガンダムは私がやる!]
[了解!]
 ダリル・ダッジが答え、
[ガンダムは任せますぜ!]
 ハワード・メイスンも答え、二機はミサイルが打ち上げられた方角へと向かい、グラハムはデュナメスの方角へと向かった。
 グラハムのカスタム・フラッグが飛来してくるのを見ながら岩場にいたロックオンは悪態をつく。
「おぉおぉ、UNIONはアザディスタン防衛が任務じゃないのかぁ? やっぱり俺らが目当てかよ。狙い撃ちだぜ!」
 言ってロックオンはGNスナイパーライフルで上空の対象に狙撃をする。
 しかし、ビームが届く前からそれを察知したグラハムはカスタム・フラッグを巧みに操作し、滞空して急停止、モビルスーツ形態に変形してフラッグの股を開いてそのビームをやり過ごした。
「なっ!?」
 ロックオンが驚く。
「っがはぁっ! ……ぐふっ!」
 変形には膨大なGがかかり、グラハムは後ろに身体を引き寄せられ、再び身体を通常に戻した瞬間、口から胃液をヘルメット内に吐く。
「人呼んで、グラハムスペシャル!」
 そして良い顔で技名を言い切った。
 そのまま、リニアガンをデュナメスに向けて放つ。
 撃ち落せなかったロックオンはハロにシールド制御を頼み、被っていなかったヘルメットを手に取る。
 そして再びライフルを構え、
「二度目はないぜ!」
 言いながらロックオンは精密射撃モードで二発放つ。
 しかしフラッグは右に左と機体を無理矢理捻り、華麗に交わした。
「あぁっ、俺が外したぁ? 何だこのパイロット」
 驚きの操作技術にロックオンは呆れる。
「敢えて言わせてもらおう……グラハム・エーカーであるとぉッ!」
 そうロックオンには聞こえはしないがまたしても良い顔で高らかに宣言し、グラハムはデュナメスに対して突撃、蹴りを入れ、そのまま押し付ける。
「蹴りを入れやがったぁ!?」
 フラッグは、瞬時に右腕でプラズマソードを引きぬきを抜き、切りかかる。
「チィっ!」
 ロックオンは苦々しい表情を浮かべ、左腕で腰のGNビームサーベルを引きぬき、プラズマソードを受ける。
「俺に剣を使わせるとは!」
グラハム・エーカーは鍔迫り合いによって機体外部で高音が鳴る中、鬼気迫る表情で言う。
「身持ちが堅いなぁ! ガンダムッ!」
 対するデュナメスは左ふくらはぎのホルスターからGNビームピストルを取り出し、
「こいつでっ!」
「何!?」
 至近距離で連射。
 フラッグは瞬時に距離を取りながら、しかし、ディフェンスロッドという右腕に搭載された棒の形をしたものを右に左にと回転させ、全弾受けきる。
「なぁっ、受け止めた?」
 更にロックオンは目を見開き驚く。
 受け切ったとは言え、ディフェンスロッドは損傷した。
『ぅぅ、よぉくも……。私のフラッグをッ!』
 それに対し、音声スピーカーでグラハムはそう叫んで、再びデュナメスに突撃する。
「このしつこさ尋常じゃねぇぞ! ハロ、GN粒子の散布中止! 全ジェネレーターを火器に回せ!」
 ロックオンがこれ以上構ってられるかと、ハロに指示する。
「リョウカイ! リョウカイ!」
「たかがフラッグにっ!」 「ガンダムッ!」
 デュナメスはGNビームピストルを両腕で構え、フラッグが突撃しかかる、瞬間。
[アザディスタン軍ゼイル基地よりモビルスーツが移動を開始。目的地は王宮の模様。全機、制圧に向かってください]
 緊急通信が入った事で、フラッグはデュナメスの上方に一度飛び去り、振り向いてリニアガンを構えた状態で停止する。
「緊急通信?」
 ロックオンは王留美から通信を受けて情報を得る。
 フラッグはそのまま地面に降り立ち距離を取る。
「クーデターだとよ。どうする。フラッグのパイロットさんよ?」
 GNビームピストルを構え、対峙した状態でロックオンが言う。
「ようやくガンダムと巡り合えたというのに……口惜しさは残るがぁ、私とて人の子だっ!」
 言って悔しそうにグラハムは上昇し、変形、
[ハワード、ダリル! 首都防衛に向かう!]
 命令を出す。
[了解!][了解!]
[ミサイルを破壊した者は?]
[モビルスーツらしき機影を見かけましたが、特殊粒子のせいで……]
 ダリル・ダッジが見失ったと答えた。
「ガンダムの能力も考えものだなぁ」
 グラハムが苦笑した。


―アザディスタン王国・首都―

『我々は神の矛である! 我々は蜂起する! 神の教えを忘れた者たちに神の雷を! 契約の地に足を踏み入れた異教徒たちを排除せよ!』
 アンフに乗ったモビルスーツパイロットがそう叫ぶ。
「避難しなくてよいのですか?」
 その光景を窓越しにリボンズ・アルマークがアレハンドロ・コーナーの後ろに立って言う。
「リボンズ、君も見ておくと良い。ガンダムという存在を」
 アレハンドロはそう振り向きもせず返した。
 瞬間、リボンズの口元が僅かにニヤリと吊り上がった。
 避難すれば良いものを……。
 そのアンフに対しエクシアが上空から降下して現れて、戦闘を開始してすぐ。
 部屋の外から数人の走る足音がしていたが、エクシアを眺めていたアレハンドロが気づく事はなく、銃声が鳴り、扉を突き破る音がする。
「何事だっ!?」
 流石に気づいたアレハンドロが振り返り、
「アレハンドロ様っ!」
 リボンズも焦ったような声を上げる。
 しかし即座に黒服スーツに覆面を被った者達が直ちにリボンズとアレハンドロの目の前に現れ、マシンガンを構えた。
「なっ!?」
 アレハンドロが胸元から銃を取りだそうとしたが時、既に遅し。
 マシンガンが先に、火を吹いた。
 瞬間、背後の窓ガラスが盛大に割れる音がし、まともな声らしい声を出すことも叶わず、アレハンドロとリボンズは銃弾に倒れた。
 犯人達は更に、爆弾を死体の近くに設置、部屋から撤退し、爆破した。
 それからというもの、同時多発的にクーデターに乗じて爆破テロが各所で発生。
 国連使節団を集中的に狙ったテロが行われ、技術者はそれを免れたものの、アレハンドロを筆頭とする代表団は軒並み全員死亡し、死体も爆破され、原型を留める事は無かったという。
 エクシアも突如起こった爆発を熱源反応で捉えていたが、王留美が、それに関してはエージェントを動かすと言って刹那とロックオンは武力介入を続行、結局夜明けまで戦い通した。
 ある地域で、少年兵達がアンフに殺されるのを阻止できなかった事に、刹那は酷くショックを受け、そこに後でロックオンが見つけた。
 QBは余りにも紛争が頻発している所には意味が無いと見て、現れないのであった。
 そして、翌早朝。
[増援部隊は、首都圏全体の制空権を確保しました!]
 UNIONから到着した増援部隊の一人がグラハムに報告を入れる。
「信心深さが暴走すると、このような悲劇を招くというのか……」
 グラハムはそう、呟いた。
 同時刻、UNION群を撒く為に、雲の上を飛んでいたサーシェスが悪態をつく。
「糞ったれがぁ! やってくれるぜ、ガンダムぅ! お楽しみはこれからだってのによぉ!」
 そこへ、通信が入る。
「ん……何だ……何!? スポンサーが死んだ!?」
 サーシェスはこれまでに無いほど、動揺した。


信念を打ち砕かれた刹那の前にアリー・アル・サーシェスは立ちはだかるのか。
紛争根絶の為、エクシアが再び立ち上がるのか。
刹那、ガンダムとなるのか。
とうとう、歯車が回り始める。



[27528] 金ピカ大使「私の頭の上にエンジェルの輪が見えるようだよ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/11 12:45
―王留美所有・小型輸送艇―

 UNIONの増援部隊の到着により、クーデターそのものは沈静化していたが、各地で呼応するように爆破テロが頻発していた。
 そんな午前も半ばという頃、刹那・F・セイエイはロックオン・ストラトスに頼まれて、太陽光発電受信アンテナ施設に向けてミサイルを発射したと思われる地点へと向かわせられた。
 クルジスはアザディスタンに吸収された国家であり、刹那であれば、現地を歩いていてもおかしくはないから。
[国連大使アレハンドロ・コーナー氏ら国連使節団の代表団が爆破テロにより、命を失った模様です。未だ現地アザディスタンの状況は悪く、詳しい情報が入り次第またお伝え致します]
 そのJNNニュースを見ながらロックオンは再びピンク色の小型輸送艇で休んでいたが、王留美は酷く動揺していた。
「まさかあの方が襲撃を受けて亡くなるなんて……。国外退去を進言した矢先にこれでは」
 もっと強く主張しておくべきだったと、王留美は後悔の色の交じる口調で呟いた。
「あの方ってのは国連大使の事かい?」
 ロックオンは豪華な長椅子の背もたれに背中を預けて茶を飲みながら尋ねた。
「そうです。紅龍……エージェントからの情報はまだ無くて?」
「依然、情報ありません。何分、アザディスタン内にいるエージェントの数は僅かです。ただ、保守派の犯行という線が高いと思われます。しかし、まさか大使が亡くなるとは私も……」
 紅龍もまだ信じられないという様子で答えた。
「信じ難い事だわ……」
 王留美はCBの監視者であるアレハンドロ・コーナーの事を知っており、また、彼が監視者を緊急招集する権限も持っている事を知っていた。
「仲の良い知り合いだったのか?」
「ええ、そのような所ですわ」
 王留美はロックオンの問いに目を閉じて肯定した。
「それは残念だったな……」
 ばつが悪そうにロックオンが言った。
 しばしの沈黙の後、続けて口を開く。
「やはり今回の一連の事件、第三勢力の可能性が高いかもしれないな」
 気分を落ち着けたいと、丁度紅茶を飲もうとした王留美が疑問の声を上げる。
「ん? 第三勢力?」
 ロックオンが肯定して、目線を落としながら自身の考えを述べる。
「ああ。アザディスタン側の要請を受けたUNION、そして武力介入を行った俺達の他に……内紛を誘発している勢力がいる」
「その勢力がマスード・ラフマディーを拉致したと?」
 王留美の傍で立って控えていた紅龍が尋ねる。
「俺の勝手な推測だが……ヴェーダだって、その可能性を示唆してたんだろ?」
 王留美がカップを完全に下ろして尋ねる。
「その根拠は?」
 その質問に対し、ロックオンはテーブルに備え付けられているモニターを起動し、太陽光発電受信アンテナ施設の地図を出す。
「受信アンテナの建設現場で、遠方からのミサイル攻撃があった……。火力からして、モビルスーツを使用した可能性が高い」
 王留美がそのモニターを見ながら顎に手を当てて呟く。
「モビルスーツを運用する組織……一体何の為に?」
 ロックオンは溜息をつき、両手でお手上げだという様子で言う。
「分からんよ。だから、刹那に調べに行かせた。この国で、俺達は目立ちすぎるからな」


その当の刹那は、頼まれた通り、指定ポイントの不毛の岩場地帯を端末を持って歩き、モビルスーツがいた残留反応を辿っていた。
丁度、その付近にUNIONのグラハム・エーカーとビリー・カタギリが居り、同じように調査をしていた。
刹那はその二人に気が付きすぐに岩の裏に隠れるが、グラハムにその存在を気づかれ、出てくるように言われた。
カタギリは刹那を見て、地元の人間かと思い声を掛け、刹那も普段ではありえないキャラクターを捏造した演技を行い、そのまま場を離れようとした。
しかし、突如グラハムが刹那に対し質問を投げかけ、そのやりとりの末、グラハムは鋭い勘を働かせ、刹那が戦っている人間である事を見抜き、銃を後ろ手に構えていることをも看破した。
一触即発の雰囲気になったが、グラハムは突然ペラペラと受信アンテナを攻撃した機体の情報を話し始め、そのまま撤収していった。
その話で、刹那はPMCのイナクトと聞いてアリー・アル・サーシェスの事をすぐに想起し、走り出したのだった。


―アザディスタン王国・王宮―

 マリナ・イスマイールは、朝、国のニュースで国民に落ち着くよう呼びかける所までは何とか堪えられたものの、最早この世の終わりかという様子で組んだ両手に頭を当て、打ちひしがれていた。
 その様子を見たシーリン・バフティヤールが檄を飛ばす。
「毅然としなさい! マリナ・イスマイール! あなたはこの国の王女なのよ!」
「シーリン……。でも……マスード・ラフマディーの行方はまだ分からなければ、コーナー大使までが亡くなるなんて、私、どうしたらいいかっ……!」
 我慢できずにマリナは涙を流し始める。
 マリナに檄を飛ばしたシーリン自身も実際の所かなり参っていた。
 何か企みがあって支援を申し込んできたかと思えてならず、不審の目を向けていた国連大使がまさかのテロを受け、死亡だなんて……。
 国際社会からのアザディスタンの評価はこれ以上落ち用の無い所まで落ちたようなものだわ……。
 まさか本当にあの男は何の見返りも無しに善意でこの国に支援を申し出ていたとでも言うの?
 だとしたらなんて貴重な人をっ……。
 マスード・ラフマディーはまだ捜索中で仮に見つけられるとしても、時間がかかる。
 状況は最悪ね……。
 受信アンテナも破壊され、国連の技術者達は当然全員撤退。
 勢いづいた保守派のテロは依然継続中。
 しかも、CBにまで介入されて……。
 この状況をせめて少しだけでも打開するためには、マスード・ラフマディーを保護するしかない。
 そうするしか……。
 シーリンはマリナの啜り泣く声を聞きながら、拳を強く握り締めた。
「ぅっ……何て……無力なの、私はっ……」
 そこへ、扉をノックする音がし、SPが誰か確認を取る為に開ける。
 するといつもの侍女であった。
「失礼します……」
 しかし、茶を持ってきた訳でもなく、コツコツを足音を立てて入ってくる。
 シーリンが不快そうに声を出す。
「何の用かしら? 今は」
 瞬間、侍女はマリナに銃を向け、震えながら、
「死ね! 改革派の、手先がっ!」
「っぁ!」
 マリナが驚愕に目を見開くが、彼女が引き金を引くよりも先に、SPが侍女に向かって発砲し、その場で射殺した。
 ドサリという音と共に侍女の身体は床に倒れる。
 シーリンは間一髪の事に息をつく。
 しかし、マリナはガタガタと震えながら膝を床につけ、顔を両手で覆う。
「どうして……なぜ……くぅぅっ……何故私達は、こんなにも憎みあわなければならないのっ……。酷いわ……こんなのあんまりよっ……」
 そこにあったのは、マリナの深い深い絶望。


走りだしていた刹那は、ロックオンに端末で連絡を入れ、ポイントF3987という地点が怪しいと伝え、動き始めていた。
それに合わせ、ロックオンも何もしないよりはマシだと付き合う事にしたが、王留美が紅龍も連れていけば要人救出に役に立つと勧め、ガンダム二機が出撃する事になった。


―ポイントF3987―

 スポンサーが死んだ、という情報を聞いたアリー・アル・サーシェスはCBのせいで段取りがぐちゃぐちゃどころか、そもそも仕事をする意味自体が完全崩壊しかけていたが、午前になって連絡があった。
 その連絡を聞くうちにサーシェスは再び獰猛な笑みを浮かべ、部下達に仕事の続行を伝えたのだった。
 もう少し連絡が入るのが遅ければ、マスード・ラフマディーをこの場で殺してとんずらする寸前であったが、ギリギリのタイミングでの連絡。
 そして陽が落ちる寸前の夕方になり今に至る。
「まさか、スポンサーが代わるとはなぁっ! まだ運は尽きてないらしいぜぇ。面白くなってきやがった。どっちにしても、この国は戦争だぁ!」
 ははは、と笑い声を上げ、PMCイナクトのコクピットにふんぞり返り、水を飲んだ。
[隊長ぉ、このじいさん、飯どころか水も飲みませんぜ]
 そこへ部下からの通信が入る。
[ほっとけほっとけ。敵の施しを受けたたくねんだろうよ]
「全く……この国の奴らは融通が利かねぇ」
 やれやれ、とサーシェスは言った。
[隊長、こちらに接近する機影があります]
 更に他の部下から通信が入る。
[UNIONの偵察か?]
[違います]
「ぅん?」
 サーシェスはPMCイナクトのモニターでその機影を捉える。
[あの白いモビルスーツはっ!]
「ハッ……ガンダムかっ!」
 それに見入るように身体を起こして食いつくように言う。
 サーシェスは即座にPMCイナクトを起動させ、エクシアを向かい打つべく飛び上がる。
[ガンダムはこちらで引き受けるぅっ! じいさんを連れて脱出しろ!]
[了解]
 サーシェスは部下にマスード・ラフマディーを連れて、ジープで逃げるように指示を出した。
 そして、エクシアとの戦闘が始まる。
 サーシェスは、モラリアの時に刹那の姿を見る事は無かったが、その立ち回りには覚えがあり、ここに来てとうとう、昔自身が洗脳したクルジスのガキである事を確信した。
 戦闘中、刹那がサーシェスに怒りを顕にして音声で思いの丈をぶつけつも、サーシェスがまともに取り合うことは無かった。
 地面に叩きつけられ、コクピットハッチを無理矢理開けられかけたが、エクシアは反撃し、PMCイナクトの右腕を切り落とし、サーシェスを撤退させた。
 サーシェスはそれでも、予定通りのつもりであったが、日が落ち、脱出を図って走らせていたジープにはロックオンと紅龍が待ち構えていた。
 牽制射撃で車を止めさせた所、紅龍が人間離れした戦闘能力でマシンガンの中を全部避けて走りぬけ、こめかみに強烈な蹴りを入れて制圧、マスード・ラフマディーを人質にとったサーシェスの部下三人はロックオンが全員狙撃で抹殺。
 マスード・ラフマディーの救出は成功したのだった。
 その後すぐ、エクシアが合流し、丁度届いたスメラギ・李・ノリエガのミッションプラン通り、マスード・ラフマディーをエクシアでアザディスタン王宮に護送する事となる。
 ただ、そのミッションプランにティエリア・アーデは猛烈な非難を口にしていた。
 なぜなら、ガンダムマイスターである刹那の姿を今度こそ晒す事になってしまうから。


しかし、かくして、マスード・ラフマディーの護送ミッションは行われる。
アザディスタン王宮にはCBからメッセージが届き、マスード・ラフマディーを保護したという内容に、完全に絶望の淵にあったマリナも、僅かに希望を取り戻し、縋るような思いでそれを信じ、早期停戦への会談を開くことを決意した。
全世界が注目する中、アザディスタン王宮前にてJNNの池田特派員が中継を行っていた所、エクシアが上空から降下して現れる。
そのエクシアの姿はスメラギの作戦通り、完全非武装。
地面にいたマシンガンを構えた数名の市民がエクシアに向けて乱射するのも無視、アンフが砲弾を撃つのも堪え、一歩一歩振動を立てながら、王宮のテラスで膝をついた。


―アザディスタン王国・王宮―

 エクシアが右腕をテラスに届くようにした所で、コクピットハッチを開き刹那が現れる。
 刹那が右手を出してマスード・ラフマディーを呼ぶ。
「王宮へ」
「うん……あまり良い乗り心地ではないな」
 マスード・ラフマディーがコクピットから出ながら率直な感想を言う。
「申し訳ありません」
 刹那が謝ったものの、マスード・ラフマディーは目を閉じて、僅かに腰を下げて感謝の意を表す。
「礼を言わせてもらう」
「お早く」
 刹那が言うとすぐに、マスード・ラフマディーは王宮へとそのまま直接入る。
 SPに守られながらマスード・ラフマディーは奥へと入る。
 そこで刹那はすぐにコクピットに戻ろうとするが、
「刹那・F・セイエイ! っは……本当に、本当にあなたなの!?」
 マリナがシーリンの制止も聞かず、駆け寄って言う。
「マリナ・イスマイール。これから次第だ。俺達がまた来るかどうか」
 刹那は立ち止まり、半身ずらして、肯定はしないが言い、その声でマリナは理解する。
「っ……刹那……」
 不安そうな表情でマリナが両手を合わせて名前を呼ぶ。
「戦え、お前の信じる神のために」
 言って、すぐに刹那はコクピットハッチを閉める。
「刹那!」
 もう一度マリナが呼ぶが、エクシアは起動、太陽炉を稼働させ、そのまま真っ直ぐ青い空の広がる上空へと飛び去った。
 マスード・ラフマディーは、誘拐の首謀グループが傭兵部隊であり、この内紛が仕組まれたものであると公表。
 黒幕は、アザディスタンの近代化を阻止しようとする勢力との見方が強いが、犯行声明などは出されていない。
 その後、マリナ・イスマイールとマスード・ラフマディーは共同声明で、内戦およびテロ活動の中止を国民に呼びかけた。
 しかし、アザディスタンでの内紛は、未だ続いている。
 アザディスタンにとって、一つ幸いであるのは、国連使節団が亡くなるという事件がありながらも、その善意の心で支援を行おうとしていた国連大使アレハンドロ・コーナーの意向を汲み、彼の盛大な葬式の後、国連から新たな使節団が派遣され、太陽光受信アンテナ建設計画再開に向けて話が進められる事になった事であった。


―月・裏面極秘施設―

 リボンズ・アルマークは健在。
「アレハンドロ・コーナー、あなたが天に召され、自分が天使になった気分はどうかな……。QB、これから、歪む筈だった計画は再び修正され、新たな軌道に乗るよ」
 ヴェーダの真上で、リボンズは悠々と床から僅かに浮かびながら、床にいるQBに対して言った。
「助かるよ。リボンズ・アルマーク」
 しかし、全く感謝の念は感じられないQBの言葉。
 リボンズはCBが活動を始めてからの四ヶ月で結局ヴェーダをレベル7まで掌握し、ビサイド・ペインの固有能力も手に入れていた。
 ヴェーダを完全掌握した時、イオリア・シュヘンベルグがコールドスリープの状態にあるポッドが出現したが、リボンズはそれをまたすぐに封印した。
 QBからは例のブラックボックスは情報を引き出すだけならやっても構わないと言われている上、本当に太陽炉に隠された機能があるのか確かめる為に、イオリアを撃つ訳にもいかない。
 ヴェーダと完全にリンクしたリボンズは、アザディスタンでの一件の際には代えの身体を用い、死ぬ最後までアレハンドロに疑われる事はなく、その抹殺を計画通り遂行した。
 そしてリボンズはまだ残る修正の為に行うべき事を思う。
 アレハンドロは抹殺した。
 コーナー家の財産の大半を占めるアレハンドロが私的に所有していたガンダム関連が目的であった、表にはまず知られる事の無い口座などの資産の接収もヴェーダで手を出したから問題はない。
 次の対象はアレハンドロという枷の無くなったラグナ・ハーヴェイだ、と。
 ヴェーダを完全掌握した時、リボンズはそれだけでもかなりの充足感に満ち足りていたが、ヴェーダが何を目的にしているのかを知り、こらえ切れずに笑い声を上げた。
 来るべき対話。
 それは人類が外宇宙に飛び出し、異星生命体と接触した時に、対話を図る事。
 既にQBという明らかな異星生命体と接触し、会話も交わし、そればかりか協力関係まで結んだリボンズにしてみればこれほど皮肉な事は無い。
 イオリア計画の第一段階はCBの武力介入を発端とする世界の統合。
 第二段階は人類意思の統一。
 第三段階は人類を外宇宙に進出させ、来るべき対話に備える。
 それがイオリア計画の全貌であった。
 リボンズは第二段階までは把握していたが、第三段階までは知らなかった。
 現実は第一段階も終わらないうちから第三段階の最後、来るべき対話が先に行われるなど、これを皮肉と言えず何と言えようか。
 まさに段取りがぐちゃぐちゃである。
「QB、君たちはヴェーダからイオリア計画の全貌を知っていた上で接触して来たのかい? それとも改竄したのかな?」
 ヴェーダを完全掌握した時のリボンズのQBに対する問いかけはこうであった。
「僕らは無意味な改竄をしたりはしないよ。イオリア・シュヘンベルグの誤算は僕らが人類の有史以前からこの惑星に来ていたことだろうね。ヴェーダを見つけた時は僕らも驚いたよ。イオリア計画は確かに、君たち人類がいずれはこの星を離れて僕たちの仲間入りをするには必要な事だろうからね」
 人間が自ら考えつくにしては中々まともな計画だ、とQBは評価していた。
「そうかい。しかし、来るべき対話の第一号が君たちQBであった事は僕たちにとっては良い事だったのか、悪い事だったのか……どちらだろうね」
 リボンズは僅かな笑みを浮かべて呟くように言った。
「僕らは君たち人類に対して、他の異星文明の生命体よりも譲歩している筈だよ。こうして、知的生命体と認めた上で交渉しているんだしね」
 QBは良いか悪いかは言わず、そう、淡々と答えた。
「全く……君たちQBのそういう言い方は、変わりそうにないね」
 少なからず不快感を感じるのに、QBははっきりとは未だに聞いていないが、そもそも感情を持っていないようだから、無駄な議論か、と思いリボンズはやれやれと息を付いた。
 

三つの国家群による合同軍事演習に仕掛けられた紛争。
死地へと赴くマイスターの胸に去来するものとは。
それが、ガンダムであるなら何なのか。



[27528] QB「もう少し我慢しててよ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/22 14:55
人革連が、ガンダム鹵獲作戦を失敗し、更には超人機関のスキャンダルを世界に暴露されてから、三陣営の水面下で進んでいた非公式な会談が行われていた。
その計画名はプロジェクトG(ガンダム)。
タクラマカン砂漠、濃縮ウラン埋設地域での三大陣営の合同演習。
四方を山に囲まれ、砂漠化が進み、住人など皆無。
場所としてはうってつけである。


―ラグランジュ1―

 地球と月の間にある重力と遠心力のバランスポイント。
 そこには、いち早く宇宙開発に乗り出したUNIONのスペースコロニーがある。
 そこから約300km離れた地点には、コロニー開発の為に運び込まれた、多くの資源衛星が、巨大なアステロイドエリアを形成していた。
 その中に、私設武装組織CBの秘密ドックが存在する。
「アレルヤ、状況はどうだぁ?」
 イアン・ヴァスティが顔を出して言った。
 アレルヤ・ハプティズムがモニターを見ながら答える。
「問題ありません。衛星周囲のGN粒子散布も基準値を示しています」
「ここはわしらに任せて、地上に降りてもよかったんだぞぉ?」
 イアンがそう言いながら別の席のモニターを見て言った。
「大丈夫です。僕の体は頑丈にできてますから。……ところで、僕の例の脳量子波遮断処置スーツはどうなってます?」
 少し真剣そうに、アレルヤが尋ねる。
「ああ……次のミッションまでには用意できるぞ」
 イアンは少し微妙な返事をした。
「ありがとうございます」
 そのアレルヤの返事に対し、イアンは当然だろ、と言う。
「何を言っとるか。またこの前と同じことがあってはこっちが困るぞ」
「はは、正直、僕も困ります……」
 つい、人革連から襲撃を受けた時の事を思い出し、沈んだ表情をする。
 しばらくの間、皆の反応が輪をかけてよそよそしくなった……。
 だから、こっちに残ったんだけどね……。
 決して省かれた訳じゃない、これは自発的なものなんだ、とまでは思わない。
 アレルヤはネガティブな思考に陥りかけた所、ダメもとで質問をする。
「話せる事ではないかもしれないですが、CBは脳量子波に関係する技術にも造詣があるんですか?」
「それは答えにくいんだがぁ……一つヒントならやれる。ヴェーダがどういうものか考えれば、ある程度は推測がつくぞ」
 イアンは悩むようにしながらも、指を立てて答えた。
「……なるほど、そういう事ですか」
 アレルヤはヴェーダの正式名称、量子型演算処理システムを想えば、何となく関連性、詳しいことは分からないにしても、少なくともCBに結果として技術があることは分かった。
 ただ、何故ガンダムマイスターであるティエリアがあの場にいたのかまでは、不明であった。
 一方、地上のブリッジ主要CBメンバーは王留美が手配した邸宅でそれぞれ過ごしていた。
 スメラギ・李・ノリエガと王留美は水着を着て日光浴、ラッセ・アイオンは筋肉トレーニング、クリスティナ・シエラとリヒテンダール・ツエーリは好き勝手に会話、フェルト・グレイスはHAROを抱いて会話、ティエリア・アーデは地下でモニターを前にデータを真剣に確認していた。
 CBが行動を開始してから、世界で行われている紛争が38%低下。
 軍需産業に関わりを持つ企業の63%がこの事業からの撤退を表明。
 この数字だけ見ると、ヴェーダの計画予測推域には到達している……。
 問題は、ただ一つ、QBだっ……。
 何なんだ、あの生物はっ。
 ティエリアは思い出すだけで苛立たしいと、モニターを片手を握りしめ、強く叩いた。


―経済特区・東京・JNN本社―

 絹江・クロスロードが失踪者をキーワードに調査をした結果、JNNではCBについての報道特集番組を組む事ができた。
 細目が特徴の司会、矢口哲史が話始める。
[JNN取材班の調査によるとぉ……この200年で多くの科学者・技術者が行方不明、またはぁ、謎の失踪を遂げているということですが]
 対して、身を乗り出すように飯野誠貴が解説する。
[CBが、何らかの関わりを持っていたと考えられます。新型のモビルスーツ開発には、最短でも十数年、かかりますから]
[つまり彼らの計画は、200年以上前からあったということに?]
 この放送の翌日。
「よぉろこべ絹江! 昨日の報道特集、視聴占有率が40%を超えたぞぉ!」
 部長が、絹江が資料室にいた所に扉を開けて入ってきて興奮するように言う。
「本当ですかぁ!?」
 当の本人も普段よりかなり高い声で喜びの声を上げる。
「番組始まって以来の数字だそうだぁ」
 部長が歩きながら言い、絹江はパッと明るい顔をして尋ねた。
「じゃあ、取材を続けても?」
「あぁ! 上もそう言って来てる。次はCBの活動における世界経済への影響を特集するぞぉ。経済部の坂崎と組んで、倒産や経営を悪化させた企業をリストアップしてぇ」
 部長が調子に乗ってベラベラと話し始めた所で、絹江が少し迷うような表情をしながらも意を決して言う。
「部長!」
「でゅぉっ!?」
 途中で止められた事に部長が驚く。
「CBとQBについてのもっと深い調査、続けさせて下さい!」
「何でだ?」
 違う方面で切り出した方が視聴専有率は維持できるのに勿体無い、と部長は意外そうに言う。
 好意的に取られない事に後ろめたさを感じながらも絹江は説明する。
「えっ……。戦争根絶ではなく、CBとQBには、本当の目的があるように思えるんです。このまま調べていけば、真実が分かるかもしれません。だから私は!」
 絹江の様子を見かねて唸った部長は特集自体は他の記者に回せば良いか、と結論づけて、容認する事にした。
「うーん……。分かった。好きにしろ! 但し、無理はするな絹江。深みに嵌ったら抜け出せなくなる」
 その忠告を聞き、絹江は頷く。
「はい」
 絹江は次に時間が取れたら極個人的に調べに行くつもりの場所を既に一つだけ決めていた。
 その場所は、群馬県見滝原市。
 幻の少女を求めて。


三陣営の各軍も動きを見せ始めていた。
UNIONの対ガンダム調査隊(仮)はとうとう正式名称としてオーバーフラッグスという名称がつき、公には、フラッグのみで編成された第8独立航空戦術飛行隊として機能することになった。
それに伴い、各部隊の精鋭が十二人も集合となった。
セルゲイ・スミルノフ率いる頂武特務部隊は既に人革連・砂漠地帯駐屯基地に到着して出動待機状態に入っていた。
AEUではカティ・マネキン大佐がモビルスーツ隊の作戦指揮官となり、集合に遅れたパトリック・コーラサワーを二度も殴り、幸か不幸か期せずしてその心を釘付けにしていた。
もう逃げられない。
軍に関係ない所、経済特区・東京ではルイス・ハレヴィがルイスの母がとうとう母国に帰った事で泣いていた。


―王留美邸―

「合同軍事演習?」
 クリスティナが疑問の声を出し、リヒテンダールが続く。
「UNIONと人革とAEUが?」
 王留美と紅龍が続けて答える。
「エージェントからの報告です」
「数日後には、公式発表があるでしょう」
 その話にラッセが驚く。
「それが本当ならすげぇ規模だぞ」
「UNIONや人革が急に仲良くなっちゃって……何なんすか?」
 リヒテンダールが嫌そうに言う。
「私達とQBのせい」
 フェルトがHAROを膝にのせて簡潔に言う。
「そう……考えるのが妥当でしょうね」
 当然の様子で、とQB、と言ったフェルトに一瞬どうなのか、と思いながらもスメラギも肯定し、続けて言った。
「鹵獲作戦を失敗させた人革連は、他の陣営と組むことで、私達を牽制しようとしている……」
 そこへラッセが疑問を呈する。
「軍事演習なら、わざわざ俺達が介入する必要ないんじゃないか?」
 対して、ティエリアが考えるように淡々と言う。
「何かがある。……軍の派遣には莫大な資金が掛かる。たかが牽制で大規模演習を行うなどあり得ない」
「同意見よ。王留美、演習場所の特定を」
 スメラギが王留美が即座に頼むが、
「させています」
 既に始めていた。
「お願いね。皆、出撃することになると思うわ。今のうちに羽を伸ばしておきなさい」
 そして、そこまでで解散となり、それぞれ買い物や、スメラギはビリー・カタギリに呼ばれて会いに行ったりと過ごした。
 数日後。
[最新情報です。UNION、人類革新連盟、AEUは、三軍合同による大規模な軍事演習を行うと発表しました。UNION軍報道官の公式コメントによると、この軍事演習は、軌道エレベーター防衛を目的とし、各陣営が協力して様々な状況に対処するための訓練を行うとしています。現在、演習場所、日程については公表されておりません]
 このニュースが流れた所、地下のモニターではスメラギとティエリアが会話をしていた。
「どうです?」
 スメラギが答える。
「私とヴェーダの意見が一致したわ」
「紛争が起こるというのですか?」
「確実にね」
 スメラギがあぁ、嫌だと呟くように言う。
「場所は?」
「中国北西、タクラマカン砂漠。濃縮ウラン埋設地域」
 ティエリアがモニターに出された映像を見て呟く。
「濃縮ウラン……」
「どこの組織か知らないけど、この施設をテロの標的にしてる。UNIONか人革かがこの情報をリークして、演習場所に選んだのよ。施設が攻撃されれば、放射性物質が漏出し、その被害は世界規模に及ぶわ」
「すぐにでも武力介入を」
 即座にキツイ目付きで言い放ったティエリアに対し、スメラギが心配そうに言う。
「敵の演習場のただ中に飛び込むことになるわ。演習部隊はすぐに防衛行動に出るわよ。いいえ、ガンダムを手に入れるために本気で攻めてくる」
「それでもやるのがCBです」
「ティエリア……」
 そう呟きながらスメラギは思う。
 QBが現れ始めた時から大分立ち直ったわね……。
 今回のミッションも、QBが出れば、最悪の事態にはならないけれど……。
「ガンダムマイスターは生死よりも目的の遂行、及び機密保持を優先する。ガンダムに乗る前から決まっていたことです。いいや、その覚悟無くしてガンダムには乗れません」
 ティエリアは堅物のような発言をきっぱちと言い切った。
 こうして、CBの次のミッションが決定する。
 ロックオンは墓参りに故郷へ訪れていた所から戻り始め、アレルヤは整備の終わったプトレマイオスから出撃し、専用のスーツを着て、大気圏へと突入。
 刹那は指示を受けた際、アザディスタンのマリナ・イスマイールにふらりと会いに行き、その割には一方的な問いかけをして去っていった。


―AEUフランス・外人部隊基地―

[大佐、お客様がお見えになりました]
 モニターに部下の姿が映る。
「通してくれ」
 大佐がそう言って、程なくして部屋に、挨拶をして、現れたのは髭を剃ったアリー・アル・サーシェス。
 今回サーシェスが配属されるに当たってのスポンサーは再びPMCトラスト。
「我が隊に極秘任務ですか?」
 大佐は自身も事情を掴みきれていないが説明をする。
「詳しくは指令書を読んでくれ。この私ですら知らされていない。私に与えられた任務は、君にこの指令書を渡す事と、アグリッサを預けることだ」
 サーシェスが怪訝な声を出す。
「アグリッサ? 第五次太陽光紛争で使用したぁ……あの機体を」
「機体の受け渡し場所も指令書に明記されている」
 大佐が言って、話は終了、サーシェスは席から立ち上がり敬礼をする。
「了解しました。第四独立外人機兵連隊、ゲイリー・ビアッジ少尉、ただ今をもって、極秘任務の遂行に着手します」
 そして、その場を後にしたサーシェスは周囲に人がいない所で一人呟き、心底楽しそうに顔を歪めていた。 


―タクラマカン砂漠―

プロジェクトGへの作戦に備え、三陣営軍は人革連が前回ガンダム鹵獲作戦の際に行った、双方向通信システムを砂漠中に設置していた。
[双方向通信システム、全予定ポイントに設置完了]
 人革連の管制官から、砂漠地上にワークローダーによる双方向通信システムの設置完了の知らせが入る。
[ユーロ2より入電、これより浮遊型双方向通信システムの散布を開始する]
 AEUの通信により、飛行機の下部ハッチが開けられそこから順次浮遊型がばらまかれて行く。
 そしてUNIONからの報告。
[UNION3からの通信網、受信状況、オールグリーンです]
[シミュレートプラン、オールクリア]


―人革連・タクラマカン砂漠駐屯基地―

 基地内でオペレーターが報告をする。
[演習に参加する全部隊、通信網のリンクを確認しました]
[全モビルスーツへの配信状況、良好です]
 そんな中基地内を考えるように部下二人を従えて歩いていたセルゲイ・スミルノフが呟く。
「まさかなぁ……UNIONやAEUと手を組むことになろうとは。……浮かれおって」
 上空を飛ぶAEUのイナクトを見上げて言った。
 そのイナクトに対してカティ・マネキンから通信が入る。
[少尉、機体の防塵状況はどうか?]
 パトリック・コーラサワーが自信満々に答える。
「順調そのものです大佐ぁ。見ていてください、この機体で必ずやガンダムを!」
[無理だな]
 軽く一蹴され、コーラサワーは嘆いた。
[そんなぁっ!]


―UNION軍・沖縄近海―

 UNIONの空母三隻は沖縄近海を進んでいた。
 待機室にオペレーターから通信が入る。
[オーバーフラッグス隊は、命令があるまで待機です]
 上級大尉に昇進したグラハム・エーカーが答える。
「了解した」
 そして、独り言も言う。
「部隊総数52。参加モビルスーツ832機。卑怯者と罵られようとも、軍の決定には従わせて貰うぞ、ガンダムっ!」


―タクラマカン砂漠―

 人革連・国家主席官邸に、予定通りわざと見逃したテロリストが出現した事が報告され、それに合わせてCBが出現した事が伝えられ、演習の作戦をガンダムの鹵獲に変更する事が指示されていた。
 罠だと分かっていてキュリオスはデュナメスを巡航形態で機体の上に乗せ、上空を飛行していた。
[アレルヤ、速度と高度を維持しろ。……おぁっ! くっ!]
 言った傍から雲の中に入り、機体が揺れる。
[機体を揺らすなぁっ!]
 ロックオンは更に文句を言う。
 アレルヤが何言ってるんだと、苦笑して返す。
[無理言い過ぎ]
 一方、この二機の動きを捉えた各陣営の前線指揮官達は本作戦が全て仕組まれた事である事を司令部からの通達で知った。
 アンフ三機が濃縮ウラン埋設施設に砲撃をしかけ始め、他に人員輸送車三大が砂漠を走っている所であった。
 キュリオスとデュナメスがそれを捕捉、上空からロックオン・ストラトスがスナイパーライフルでアンフ一機を撃破。
「デュナメス、目標を狙い撃つ!」
 続け様に残り二機を呆気無く撃破。
 そのまま、残りは人員輸送車三台のトラックに向けても容赦なく射撃を行い、始末した。
「ゼンダンメイチュウ! ゼンダンメイチュウ!」
 HAROが報告してすぐ、ロックオンは精密射撃モードのスコープを元に戻しながらアレルヤに言う。
[離脱するぞアレルヤ!]
[了解]
 そこへ、小刻みのアラート音が鳴り響く。
「っん!?」
 突如飛来した大量のミサイルが展開され、無数の小型爆弾が飛び散る。
[っぁ!? 敵襲っ!]
 二機丁度の付近で爆発。
 アレルヤがその衝撃に声を上げる。
「うぉぉぉぐぁぁっ!」
「テッキセッキン! テッキセッキン!」
 HAROが爆炎の向こうからUNION軍の主力量産モビルスーツ・ユニオンリアルドの飛行編隊が人形携帯、巡航形態合わせて32機出現する。
「くそっ!」
 爆炎を抜け、目の前にその部隊を見たアレルヤが呼びかける。
[くっ……ロックオン!]
[わぁってる!]
 デュナメスは二発ビームを打って、キュリオスから離れ、更に一発の射撃と同時に膝部からGNミサイルを射出。
 キュリオスもコンテナからGNミサイルを大量に発射。
 瞬時に到達し、閃光と共に爆発が左右に広がるが、数機が木っ端微塵になったのも構わず、黒煙の中突破してきたうち巡航形態の一機がキュリオスの軌道を読んで特攻。
「くぁっ?」
 意表をつかれたアレルヤはそれを完全に喰らい、強烈な爆発の中で姿勢制御を失い、地上へと落下する。
「アレルヤ!?」
 それを見たロックオンが叫ぶが、
「テッキセッキン! テッキセッキン!」
 デュナメスにも包囲するべくリアルドが迫る。
 ロックオンはそれをGNビームピストルの連射で応戦し、二機を撃墜するが、
「うっ! 何!?」
 接近を阻止できなかった二機のリアルドがデュナメスに組み付く。
「こいつらっ!?」
 ロックオンが狙いに気づいた瞬間、リアルドの下半身が分離してその場を離脱、上半身がゼロ距離で爆発。
「ロックオン!!」
 地上に変形して着地していたアレルヤが後ろを振り返りながら叫び、接近するが、デュナメスの機体に損傷はほぼゼロ。
 デュナメスが丁度膝を折って衝撃を和らげながら着地してきた所に合流。
[ロックオン]
[大丈夫だ。来るぞ!]
 ロックオンが返答するが、すぐに遠方から数十を優に超えるミサイルが飛来してくる。
 デュナメスはGNフルシールドを前面に展開、キュリオスも菱形のGNシールドを構え防御する。
 更に人革連とUNIONのモビルスーツ部隊が二機を挟むように長距離射撃を行い、更にUNIONのリアルドが焼夷弾を落とし、二機をその場から動けないように釘付けにし始める。
「うぐぁぁっ!」
「ッチ! くそったれが! 今日はQBはどうしたんだよ!」
 二人は絶え間ない爆撃に耐え切るしかなくなり、声を上げる。
 そのままCBにとってはファーストフェイズの終了時刻が過ぎる。
 AEUタクラマカン砂漠前線基地の管制室ではオペレーターが続々とマネキンに報告を上げる。
「ユニオン3、初期攻撃に成功」
「QBの出現ありません!」
「ガンダム二機、キエフ4122ポイントです」
 マネキンが机に両手を付いて指示を出す。
「遠距離砲撃続行!」
「了解。遠距離砲撃、続行」
「ヒューマン1から有視界暗号! TF2123へ部隊の派遣を要請してきました!」
 そこへ一番右端に座るオペレーターが振りかって報告する。
 マネキンは口元を少し吊り上げ、指示を出す。
「やはり、手薄の場所を選ぶか……第23モビルスーツ隊を出撃させろ!」
 即座に格納庫からAEUのヘリオン部隊が出撃を開始する。
[第23モビルスーツ隊出撃せよ! 第23モビルスーツ隊出撃せよ!]
 そこへ、不満そうに扉をあけてコーラサワーが現れる。
「大佐ぁ!なぜ私に出撃命令を出さないんですか!? 俺はガンダムを!」
「今は待機だ」
 再びマネキンが一蹴する。
「しかし!」
 食い下がる。
「信用しろ。私がお前を男にしてやる」
 そう言ってマネキンはコーラサワーを宥めたが、当の本人は意味が分からない様子であった。
[ミッションプランをB2に移行する]
 ティエリアが通信で刹那・F・セイエイに告げる。
「了解。エクシア、外壁部迷彩被膜解凍。ミッションを開始する」
 すると、エクシアとヴァーチェの二機は最初から隠れていた岩場の近くで光学迷彩を解除し、その姿を現して立ち上がる。
[ガンダム二機発見! 本部に連絡!]
 偶然近くの空域に居合わせた巡航形態のリアルド二機が互いに通信を取り合い、その場を離れ始める。
 エクシアが飛びかかろうとした所、
「刹那、勿体無いから放置してよ!」
 突如コクピットにQBが現れ、始末するタイミングを失わせる。
「QB!」
 何故現れた、と刹那が言い、通信モニターにティエリアの顔も映しだされ、怒りの声を出す。
[QBだとっ! なら何故、いつものような行動を取らない!]
「しばらくしたらヴェーダから緊急ミッションが伝わるから、それまで我慢して欲しいな」
「何?」
[緊急ミッション? 何故貴様がそんな事を知っている! 嘘だ!]
「僕らがどうして嘘をつかないといけないんだい? 必要性が無いよ。前から言ってるけど僕らは君たちに壊滅されると困るんだ。どちらにしても、しばらくしたら分かるよ」
 いつも通りのQBの言い方に、感情を持つティエリアの心は無駄な刺激を受け、
[ぐっ……もう良い。今はミッション通り行動する! ヴァーチェ、離脱ルートを確保する! GNバズーカ、バーストモード!!]
 少々投げやりに叫びながら、両腕で構えたGNバズーカの砲身を伸ばし、バーストモードへと移行する。
 砲身がキュィィィンと白い光を上げ始め、
「粒子圧縮率97%! GN粒子! 開放ッ!!」
 極大のビームを放ち、その反動で徐々にヴァーチェ自体も後ろに後退する。
 そのビームは砂漠の地面に長く大きな塹壕をデュナメスとキュリオスの元にも届く位置まで形成する。
[ティエリア! プランがB2に移行したかぁ? 離脱するぞアレルヤ!]
 背後でその砲撃に気づいたロックオンがアレルヤに言う。
[了解!]
 そして二機は塹壕の中へと逃げこむ。
「ファーストシュート完了……GN粒子、チャージ開始]
 打ち終えた、ティエリアは無駄に大声を出したが無意味だったと少し落ち込みながら言うが、岩場の向こう側からまたしても無数のミサイルが飛来し、エクシアとヴァーチェに向かって降り注ぐ。
「この物量はっ!?」
「対応が早い!」
 そして、作戦開始から二時間が経過、デュナメスとキュリオスは爆撃の中をやり過ごしながら塹壕の中を進み、ヴァーチェとエクシアとの合流を図る。
 途中超兵ソーマ・ピーリスを含む、人革連の部隊が接近することに影響を受けることもなく、結果追いつかれる事なく、気がつかず、進んだ。
 しかし、エクシアとヴァーチェが釘付けにされていたために移動することができず、合流予定ポイントでの時間通りの接触はできなかった。
 ある程度順調に進んでいたデュナメスとキュリオスも途中で塹壕に集中砲火を受けて釘付けにされ、進行が止められる。
 しかし、戦闘開始から四時間が経過した時。
「くぅっ……いつまでこの砲撃はっ……何!?」
 ティエリアがヴァーチェのモニターに現れた本当にヴェーダから提示され緊急ミッションに驚く。
[ティエリア、これはどういう事だ]
「知るかぁっ!」
 ティエリアの叫びの一方で、ロックオンとアレルヤも驚いていた。
「何だこのミッションは!」
「信じられない……」


作戦行動中に新たに提示されるヴェーダからの緊急ミッション。
鳴り響くベルは、第二幕の始まりなのか。



[27528] 三位一体「出番は?」 紫HARO「ネェヨ! ネェヨ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/18 23:01
止むことの無い砲撃の雨の中、四機のガンダムマイスター達の元に届いたヴェーダからの新たな緊急ミッション。
それはガンダム全11機による、UNION、AEU、人革連、各三陣営のモビルスーツ部隊総数52、参加モビルスーツ832機の搭乗者の有無に関わらず、可能な限りの破壊及び、三陣営軍への降伏勧告。
但し、可能な限り搭乗者を殺さないという条件。


―タクラマカン砂漠―

「ぐぁっ……ガンダム全十一機による三陣営軍への武力介入!? 何だっ、十一機というのはっ!? ありえないっ!」
 集中砲火の中、ティエリア・アーデが叫び声を上げた。
 QBはエクシアから既に消えており、尋ねる事すらできない。
「ガンダムが十一機……何なんだ、一体」
 刹那・F・セイエイも困惑を隠せない。
 一方、ロックオン・ストラトスとアレルヤ・ハプティズムも驚いていた。
[うっく……ロックオン、このヴェーダからのミッション、どう思う?]
「どう思うも……うぁっ……何もガンダムは四機だけだろ! あれか? ヴェーダ壊れてんだろ」
 ついに、ロックオンはヴェーダは壊れていると言い始める。
[いや、流石にそれは……うぁっ!!]
 アレルヤは否定しようとしたが、爆撃が酷く言えなかった。
 四人は全く信じられない情報に対し、いずれにせよこの状況を打開できないので、我慢をしていたが……。
 上空からの爆撃は止まらないものの、砲撃が徐々に止まり始める。
「何だ?」
「砲撃が止んだ?」
 ロックオンとアレルヤが驚く。
 デュナメスとキュリオスに対する砲撃に異変が起こっていたのは人革連とUNIONの長距離砲撃部隊にて。
「ガンダムアストレア、オレ様出る! あげゃげゃげゃっ!!」
 緑色のカラーリングのティエレン長距離射撃型が横一列に並んでいる所へ突如上空から現れたのは、深紅のカラーリング、粒子の色は緑色のガンダムアストレアTYPE-F。
 見た目はガンダムエクシアに似ているが主武装はGNビームライフルを備えていた。
「全員死ねば良いのに今回は仕方ねぇなっ!!」
 次々とティエレン長距離射撃型の頭部に備え付けられた主砲である、機体の頭部を完全に覆い隠す300mm×50口径長滑腔砲を次々と撃ちぬいて、砲撃不能にして行く。
「新型のガンダムだとっ!? ぐぁぁっ!」
 地上の長距離射撃型のティエレンは動きが殆ど取れず、本来護衛機無しには運用できないが、本作戦においては上空に護衛機がいなかったのが運の尽きであった。
「コソコソしないで済むってのは良いもんだな! ハナヨ!」
 心底楽しそうにあげゃげゃ、と特徴的な笑い声を上げながらモビルスーツを戦闘不能にしていくパイロットはフュレシュテのガンダムマイスター、フォン・スパーク。
 対するUNIONの砂漠の色に合わせたカラーリングの長距離射撃型、ユニオンリアルドホバータンクの集団もガンダムによる襲撃を受けていた。
「これは一方的だ」
 そう風景を見るようにでも言いながら上空から撃ち抜いていくのは赤いGN粒子を放出するガンダムスローネアインに乗り込んでいた、リヴァイヴ・リヴァイバル。
 紫色のスッキリした髪型が特徴。
 こちらもGNビームライフルで次々と横一列に並ぶモビルスーツ部隊を撃破して行く。
 人革連、UNIONのどちらも、二機の放出するGN粒子によって通信が取れず、体勢は完全に崩された。
 しかし、両軍ともただやられれている訳ではなく、デュナメスとキュリオスに対し空からの爆撃を行っていたUNIONのリアルド部隊は攻撃対象を変更しようとするが、そこにも新たなガンダムが現れる。
 ガンダムアブルホールTYPE-F。
 黒いカラーリングでキュリオスの原型となった飛行形態を取った赤いGN粒子を放出する機体。
 小型ビーム砲、GNバルカンによって、リアルド部隊を迎え撃ち、片翼に射撃を行い、無力化を図っていく。
 搭乗者はブリング・スタビティ。
 無表情な様子であるが、目的の遂行だけは忠実にこなすという自負を持つ彼は、ミッションの条件通り、可能なかぎり搭乗者の命を奪わないよう、制圧に当たっていた。
 その機体をモニターに捉えたロックオンとアレルヤはヴェーダからのミッションが本当であるのを信じる方向に心の針が傾いた。
[ロックオン!]
 アレルヤが呼びかけ、ロックオンはこうなったら仕方ない、と言う。
「わぁってる! 俺達はガンダムマイスターだ。ミッションプラン通りやるさ」
 そして、二機はそれぞれ行動を開始し、キュリオスが人革連の基地のある方向へと向かっていく。
 場面を移せば、エクシアとヴァーチェに対し、長距離射撃を絶え間なく行なっていたAEUのヘリオン部隊に攻撃を開始したのも新たに現れた三機のガンダムであった。
「こんなに早い出番になるなんて! 面白いじゃないさ。行けっ! ファングぅ!」
 ガンダムスローネツヴァイに乗り込んだヒリング・ケアが機体の両腰バインダーに八基搭載されている小型ビーム砲を全部射出し、AEUのヘリオン部隊をコクピットは避けて貫き刻んでいく。
「何だこの武装はっ!?」
 見たこともないファングにAEUのパイロット達は驚きの声を上げながらも次々に機体を無力化されて行き、更にその場で共に制圧に当たるのは青いカラーリングのやはり赤いGN粒子を放出するガンダムサダルスードTYPE-F。
 搭乗者はリヴァイヴと同タイプのイノベイドのアニュー・リターナー。
 サダルスードは明らかに戦闘向きとは言えないが、その分スローネツヴァイと共に、GNビームライフルを装備する事で作戦に当たっていた。
 これにより、弾幕が急激に薄くなったエクシアとヴァーチェの元には一機のガンダムが頭上に現れていた。
[何者だ!? そんな機体はヴェーダのデータに存在しない!]
[お前は?]
 ティエリアと刹那が同時に尋ねる。
「僕はリジェネ・レジェッタ。初めまして、ティエリア・アーデ、刹那・F・セイエイ。この機体はスローネドライというらしいよ。ヴェーダからのミッション、続けられるかい?」
 ティエリアの名を呼ぶ際だけ、やけに絡みつくような声で言った。
 モニターに姿は出たが、ヘルメットによって顔までは二人からは判別できない。
[らしいとは何だ! その機体はどこから調達した!]
 ティエリアは大声で怒鳴る。
「詳しいことはまた落ち着いて話そう、ティエリア・アーデ」
 有無を言わさずにスローネドライはその場を後にし、赤いGN粒子を放出してAEUのヘリオン航空部隊の相手をしに飛んでいった。
 しばらく停止していた、ティエリアと刹那であったが、ヴェーダからのミッションなら遂行する以外に無いと判断。
 自身達に指示されたミッションプラン通り、エクシアは上空を、ヴァーチェは地上を滑るように移動し、AEUの基地がある方向へと向かうと、更にその驚きは増した。
「あれはっ、第二世代のガンダム!」
 有視界に捉えた、ツヴァイと共にいるサダルスードを見てティエリアは叫んだ。


―UNION領海限界域―

 新たに六機のガンダムがタクラマカン砂漠に武力介入に現れるのと同時刻、UNIONの空母三隻が駐屯する地域に向けて真上から降下する十一機目最後のガンダムがいた。
「リボンズ、僕らが手を出す必要はあるかい?」
「それには及ば無いよ。予定通り、降伏勧告をして、部隊が出てくるようなら無力化するだけさ」
 CBY-001、1ガンダム(アイガンダム)。
 0ガンダムの後継機という意味での1をアイと読ませるガンダム。
 カラーリングは白と紫、頭部のV型と肩の部分がショルダーアーマーのように突き出、背部スラスターがエクシアと同型のコーン型スラスターを採用しているのが特徴的な、イノベイド専用MS。
 主要武装はGNビームライフルとGNビームサーベル。
 QBと適当な会話をしてリボンズ・アルマークは空母に降下していった。
 対するアイガンダムの接近を捕捉したUNION空母は緊急非常体勢に入っていた。
 艦内にアラート音が鳴り響き始めた中、
[オーバーフラッグス隊、全機出撃準備に入って下さい。空母上空にガンダムが出現しました]
 まだ出撃は数時間先だと予定されていたにも関わらず、待機室にてモニターから指示が出され、有視界で捉えた映像のアイガンダムが出る。
 その報告を聞きながら映像を見たグラハムは驚愕する。
「新型だとっ!? 四機だけでは無かったのか! まさか他にも機体があったとは、聞いてないぞ、ガンダムッ!」
 直ちにオーバーフラッグス隊員はカスタムフラッグへの搭乗へと動き出す。
 並行して、空母にはアイガンダムからメッセージが届いており、それにより管制室は騒然としていた。
[ガンダムの鹵獲を目的とし、我々CBに対して紛争行為を仕掛けるUNION軍に対し武力介入を行う。但し、こちらに空母への直接攻撃の意思は無し。作戦の中止と早急な降伏を要求する。降伏を行わない限り、モビルスーツの破壊を行い続ける]
 このようなメッセージが届くが、黙ってたった一機しかいないガンダムに降伏をする筈も無く、また、タクラマカン砂漠現地に新たに六機のガンダムが出現した情報はまだ入っていなかった。
「全モビルスーツ隊発進! 敵ガンダムを鹵獲せよ!」
 要求を飲むなどありえないと、そう司令官が命令を下し、モビルスーツ隊を出撃させる前に艦砲射撃をアイガンダムに向けて開始した。
「やはり、要求を飲むつもりは無いらしいね。なら、並べられているフラッグは破壊させて貰うよ。どうせガンダムの鹵獲にしか使う気が無いんだろうしね」
 リボンズは見下すようにそう言いながら、アイガンダムを巧みに操り、艦砲射撃を甘んじて受けながらも最高速で空母に降下する。
 空母の甲板に黒色カラーのカスタムフラッグが巡航形態で並んでいる所に僅かに浮遊した状態で接近し、リボンズはGNビームサーベルを引きぬき、整備班の人員がいない、元々一番最後に出撃予定のフラッグから容赦なく一機、二機、三機と両断していく。
 待機室から走って現れたオーバーフラッグス隊員達は甲板に出た瞬間その光景を見て、激怒した。
「隊長ぉ!」「何ということだっ!」
「我々のフラッグをッ!! 卑怯だぞ! ガンダムッ!!」
 グラハムは、出撃前に自身達に関して逆のことを言った筈だが、そんな事忘れて阿修羅をも凌駕するような形相で髪を逆立て、自身のグラハム専用ユニオンフラッグカスタムに猛然と走っていく。
 それに追随するように無事なカスタムフラッグへとオーバーフラッグ隊員達が走りこむが、重さを一切感じさせない、空を泳ぐようなアイガンダムの蹂躙は止まる事無く、カスタムフラッグはグラハムが乗り込んだ段階で十五機中九機が破壊されていた。
『おのれぇぇッ! 堪忍袋の緒が切れた! 許さんぞ! ガンダムッ!!』
 フラッグを起動させたグラハムは音声通信でそう叫びながら空母の上を距離が明らかに足りないながら緊急発進し、空母から飛び出して即座に変形、背後から迫るアイガンダムの方を向きながら飛び上がる。
「仕方ないね、僕らも少し出るよ」
 アイガンダムのコクピット内にいたQBが言うと、突如QBが空母の甲板に人間が居る数だけ出現した。
 QBの姿に混乱する甲板上の中、グラハムに続き、カスタムフラッグに乗ろうとする寸前のハワード・メイスンとダリル・ダッジはQBに目の前に現れられて洗脳攻撃を発動され、一瞬絶叫を上げたと思えば、虚ろな目でフラフラと待機室へとオーバーフラッグス隊員十四人と共に空母内の方へと戻り出した。
『どうした!? なっ、あれがQBかッ!!』
 グラハムがその光景に驚愕し、停止しているのを他所に、リボンズは更に三機のカスタムフラッグを破壊し、グラハムの機体含め、残り三機にまで減らす。
『うぉぉオォぉォォっ!!』
 我に返ったグラハムは中空から一気にスラスターを噴かせ、アイガンダムへと突撃する。
「フ」
 リボンズは余裕でそれを横に一瞬ズレるように回転しながらかわし、そのまま更にダリル機を真横に切り付け、更に飛び越えるようにしてハワード機を縦に切り裂いた。
『っく! 何たる事だっ!』
「……暑苦しいパイロットだね」
 起動させてから始終大音声で叫ぶグラハムに正直リボンズは引いていた。
「せめて彼とは相手をしてあげようか」
 言って、リボンズはグラハムが一瞬飛び出した方の海へと退避し、グラハムを誘う。
『誘っているのかッ!』
 グラハムはリボンズの狙いに気づき、直情径行そのものと言わんばかりに、そのまま、リニアガンをアイガンダムに連射しながら海上へと踊り出る。
 放たれたリニアガンをリボンズは右に左にと難なく避け、次いでグラハムはプラズマソードを抜刀し、アイガンダムへと肉薄する。
 赤色のGNビームソードと鍔迫り合いをすれば、グラハムは二度、三度と、攻撃をしかける。
「中々優秀なパイロットだね」
 対するリボンズは終始余裕そうに捌き、交戦していた所、空母から信号弾が発射される。
「何っ!?」
 グラハムが背後から上がって見えたその光に驚く。
 管制室は今この場にある最後のフラッグまで失う訳には行かず、明らかに有視界でアイガンダムにビームライフルがあるのが確認できるにも関わらず使用しない所からして、もし本気ならば既に壊滅させられている筈という事実に無条件降伏信号を上げたのであった。
 瞬間的に、リボンズはグラハムとの距離を取り、ビームサーベルもすぐに収納して対峙する。
「くっ……恨みはあるが、私も軍人。命令には従うッ……」
 ギリギリと歯ぎしりするようにグラハムはプラズマソードを納刀し、機体を翻し、空母に戻って行った。
 他二隻の空母からリアルド部隊が出撃する事も無く、UNION艦隊に対し、リボンズとQBは死傷者ゼロで、単純に先制攻撃が功を奏したとしか言えないものの、降伏宣言を引き出した。
 そして、アイガンダムはそのまま、場を後にして再び上空へと去っていった。
 

―タクラマカン砂漠―

 部隊総数52、モビルスーツ総数832機の内訳の多くは、一部の実働部隊を除き、長距離射撃や、上空からの爆撃により、そもそも、ガンダムとの直接戦闘を行わない、という予定であったが、上空から突如降下してきた六機の新たなガンダムによって、その作戦はズタズタになっていた。
 別れて行動を開始したデュナメスは、ミッションプラン通り、依然として上空を飛ぶヘリオン部隊に対し、地上からGNスナイパーライフルで狙い撃ち、無力化していた。
 一方、単独人革連部隊の方へと向かったキュリオスは途中で、セルゲイ・スミルノフ率いるソーマ・ピーリスを擁する頂武特務部隊七機のティエレンを捕捉した。
「あの機体はマリーかっ!」
 気がついたアレルヤはそちらに向けて機体を向け、接近して行く。
 砂漠上を進むスミルノフはいらついていた。
 何より、突如上空を放物線を描いてガンダム二機がいる所へ砲撃が降り注いでいた筈が、徐々にそれが止まり始め、それどころか後方部隊との通信が繋がらなくなったからである。
 一体何が起こっているというのだ。
 まだ攻撃中止時刻まで数時間はあるというのに。
 通信が繋がらないという事は……まさか!
[総員、一度駐屯基地へと帰投する!]
 そう、指示してから動き出していた矢先であった。
[中佐! 後方上空から羽付きが!]
[何だと? 離脱が目的ではないのかっ!?]
 その報告にスミルノフが見上げるようにして驚いた時、巡航形態から先に先制でキュリオスが攻撃を仕掛け、取り巻きのティエレンを一機撃ちぬき、行動不能にする。
[各機散開!]
 即座にスミルノフの指示の元、残り六機のティエレンが散開し、上空を飛ぶキュリオスに対し、射撃を開始する。
 しかし、巡航形態のキュリオスの速度に射撃が追いつく事は困難であり、再び旋回して戻ってきた時に撃ちぬかれ、更に一機、二機と数を減らされる。
「仕返しのつもりかっ!」
 この状況はマズイとスミルノフは焦る。 今回の作戦においてはティエレンは地上型装備であり、多少はスラスターで浮き上がれるとしても重力下では直接空中仕様のモビルスーツとの戦闘は圧倒的に分が悪かった。
「くぅっ!」
 残すティエレンがスミルノフとピーリスの二機のみとなった所でアレルヤは変形し、GNビームサブマシンガンを構えた状態で止まり、
『マリー! マリー・パーファシーッ!』
 そう音声で呼びかけた。
「何だ?」
「マリー?」
 スミルノフとピーリスは突然の音声通信に何事かと反応する。
『マリー! 僕だ! ホームで一緒だったアレルヤだ!』
 しかし、そのアレルヤの呼びかけに対しての反応は攻撃による物。
 滑腔砲を容赦無く、ピーリスはキュリオスに向かって放ち、宣言する。
『私は超兵! ソーマ・ピーリスだ!』
[少尉?]
 滑腔砲を受けながら、アレルヤは攻撃せずに呼びかけ続ける。
『やめてくれマリー! やめるんだ!』
 とうとう必死の呼びかけにもピーリスは答えなくなり、滑腔砲を連射し始める。
 アレルヤはそこである事に気づいた。
 ピーリスも脳量子波遮断スーツを着ているのだとすれば、僕の脳量子波が届く筈が無い。
 けど、ここで無理矢理マリーを外に連れ出して、せめてヘルメットだけでも取らせるなんて危険すぎる……。
 それに、ヴェーダからのミッション通り、このまま駐屯基地の制圧に向かわないとっ……!
 どうするか迷う中、周囲に行動不能にしたティエレンが五機存在する以上、ピーリスをここでどうにかするのは不可能と考え、また機会があると信じてやむを得ずアレルヤはそのまま、惜しそうにしながらも上空へと上がり、再び変形し、人革連タクラマカン砂漠駐屯基地へと飛翔して行った。
「一体何だったの……」
 突然キュリオスがその場を離れて行った事にピーリスは見上げるようにしながら呟いた。
 そこへスミルノフからの通信が入る。
[少尉、マリー・パーファシーという名に覚えはあるのか?]
[いえ、ありません。私は超兵、ソーマ・ピーリスです]
 それで間違いない、と自分に言い聞かせるようにピーリスは答えた。


―AEU・タクラマカン砂漠前線基地―

 エクシアとヴァーチェは途中合流したスローネツヴァイとサダルスードとは暗号通信のみでのやりとりで直接会話は行わなかったものの、その場で長距離射撃型のモビルスーツ群を戦闘不能にし、そのままカティ・マネキンが指揮するAEUのタクラマカン砂漠前線基地にスローネドライも加えての五機で向かっていた。
 既に状況は数ヶ月前のモラリアの一件の再現に限り無く酷似していた。
「有視界映像出ます! 新たに現れたガンダム三機と共に五機がこちらに向かってきます!」
 管制室ではオペレーターが慌てたように言い、モニターにガンダム五機の姿が表示される。
「くっ! 新たなガンダム……これまでの四機だけではなかったというのかっ! こんな事がぁっ」
 マネキンは強く机を握りしめた手で叩き、悔しさを顕にする。
 更に慌てたオペーレーターが振り向いて報告をする。
「が、ガンダムから暗号通信によるメッセージ届きました! ……直ちにガンダムの鹵獲作戦を中止し、降伏せよ。さもなければ、モビルスーツの破壊を続ける、との事です!」
「ガンダムの鹵獲を二度と行うなとでも言うつもりかっ。だが……このままではモラリアの二の舞になる。……やむを得ん、信号弾を上げろ」
 ギリと歯ぎしりをして、これ以上の被害を出す訳にはいかないとマネキンは指示した。
「りょ、了解!」
 そして、AEU軍はガンダム五機が基地の目前に並ぶ中、無条件降伏信号弾を放ち、降伏した。
 AEUのエース、パトリック・コーラサワー、またしてもそもそも出番無し。
 後に、マネキンの方からコーラサワーに対し「出番をやれずに済まなかったな」と軽く謝った事で、更にコーラサワーの心は釘付けにされたのは、これまた幸いか否か。


―タクラマカン砂漠某地域―

 結果として、AEU・UNION・人革連の三陣営共に降伏に追い込まれるより少し前。
 長距離射撃型ティエレンとその援護に現れたUNIONの飛行部隊を驚異的な機体の操縦センスで、一応命令通り、搭乗者を殺さないように無力化し、フォン・スパークは暴れ終えていた。
 アストレアで人革連の駐屯基地に向かっていた時、偶然フォンは一機の見覚えある武装、大型モビルアーマーと接続したモビルスーツが飛んでいるのを発見する。
「ありゃ第五次太陽光発電紛争の時のアグリッサじゃねぇか! それにあのイナクト。またサーシェスか!」
 そう言って笑い声を上げたフォンはどうせならとサーシェスの駆るモビルスーツへと向かって行った。
 フランス第四独立外人機兵連隊は、分類としてはAEU軍の中でありながらも、独立して機能している為、サーシェスはこうして単独で行動していたのである。
 フォンが捕捉したように、サーシェスもアストレアを捕捉していた。
「ぁん? おぃおぃ、新型のガンダムか? 四機だけじゃなかったって訳か。どんだけ隠し玉があるんだよ。面白れぇ、面白れぇぞ、Cなんたら!」
 聞こえはしない独り言をコクピットで前傾姿勢になって叫び、サーシェスはアストレアへと向かっていった。
『その機体、俺によこせよぉッ!! ガンダムさんよぉっ!』
 そう音声でわざわざ言いながら戦闘が開始される。
「誰がやるか!」
 馬鹿か、と言う様子でフォンはサーシェスとアストレアで互角に渡り合い、更にはアグリッサは破壊された。
 刹那よりも余程性質の悪い元テロリストガンダムマイスターと戦争が好きで好きで堪らない戦争中毒の戦い。
 潰し合って共倒れすれば余程世界は平和になりそうである。
 しかし、フォンは「サーシェスが生きてた方が面白ぇ」と思い、サーシェス自身も分が悪いと見れば撤退する為に、そうなりはしなかった。
 新たなガンダムが出現してから数時間。
 三軍合同によるガンダム鹵獲作戦は失敗どころか、降伏宣言をしなければならなくなるという、最悪の結果に終わった。
 降伏を確認したガンダム各機はGN粒子を散布したまま上空へと去っていき、姿を消した。


三つの国家群による合同軍事演習に仕掛けられた紛争。
死地へと赴くマイスターの胸に去来するものとは。
否、そもそも死地ですらなかった。
圧倒的な物量の筈が、絶え間なく続けられ無かった攻撃。
これがCBの答え、ガンダムマイスターは四人どころじゃない。


事情を遡ることしばし、アザディスタンの内紛まで。
アザディスタンでの内紛の際、国連大使アレハンドロ・コーナーが死亡し、AEUリニアトレイン公社総裁ラグナ・ハーヴェイは総裁室で困惑していた。
しかし、その困惑も束の間、彼にもそれは呆気ない死が訪れた。
リボンズ・アルマークの差し向けたMS部隊により、秘密裏に抹殺、同時にその身代わりとしてラグナの遺伝子データを元に製造された全く同じ容姿の肥満型イノベイドが送り込まれ、そのイノベイドはラグナに何食わぬ顔で成り代わった。
これにより、AEUリニアトレイン公社は乗っ取られ、AEUの軌道エレベーターは自由に使いたい放題、潤沢な資金の確保も達成される。
アレハンドロ・コーナー、ラグナ・ハーヴェイの二名の死亡により、疑似GNドライブ製造について知る者はいなくなる。
チームトリニティというリボンズの遺伝子データを大元に生み出されたデザインベイビー達は、指示を出してくるラグナの死に気づくことは無く、宇宙のトリニティ艦で自身達の出番が来るのを今か今かと待っていた。


―トリニティ艦―

「なあ兄貴、俺達の出番まだかよ?」
 トリニティ艦の中で、ミハエル・トリニティが頭の後ろで腕を組んで言う。
「ネーナ、つまんない」
 ネーナ・トリニティも文句を言う。
「指示が来るまで我慢しろ。次のCBのミッションに参加する可能性が高い」
 落ち着いた口調で弟と妹にヨハン・トリニティが諭すように言った。
「よっしゃ、それは期待するぜぇ!」
 口元をニッとつり上げ、ようやく暴れられるという様子でミハエルが喜んだ。
「ザンネンダケド、キミタチニデバンハナイヨ」
 突如、床に転がっていた紫HAROが普段とは違うとても低い声で言った。
「ハロ?」
「何だぁ?」
 ネーナとミハエルの疑問の声を上げた瞬間。
「艦のシステムが!?」
 ヨハンの驚きと共に、モニターが全て嵐がかかったかのようになり、三人の操作を一切受け付けなくなる。
「どうなってやがんだよぉっ!」
 行き場の無い怒りをミハエルが叫びに乗せる。
「ハロ! どういう事よ!」
 ネーナが紫HAROを両手で持って問いつめるが、既に紫HAROは稼働を停止していた。
「何! 何なのよ!」
 三人が焦り、何とかシステムを復旧させようとし始めた所、数分して、艦にMS部隊が乗りこんで現れる。
「一体どうやって!」
「あぁ? 何だガキ共? やんのか?」
「君たちは何者だ?」
 三人はMS部隊を見て口々に言った。
 しかしMS部隊がその質問に答える事は無く、三人を包囲するべく散開した。
「敵なら殺すしかねぇよなぁっ!」
「止むをえん!」
「殺してあげるよっ!」
 三人は背中を合わせてMS部隊を警戒し、ミハエルが超振動ナイフを、ヨハンとネーナが銃を構え、戦闘が開始される。
 ミハエルが突撃した瞬間、MS部隊の七人の黒髪の少女達は腰から取り出した銃を一斉に構え、その引き金を引く。
 ネーナとヨハンもそれぞれ銃弾を放ったが、二名のMSは驚異的な身体能力でそれを残像を残すような回避をし、ミハエルを真っ先に蜂の巣にした。
 声も出すことなく弾痕がいくつも体に空いたミハエルはそのまま勢いで力無く浮き、
「ミハエル!」「ミハ兄ィ!」
 ヨハンとネーナが叫ぶ。
 しかし、その動揺は死までの時間を更に短くしただけ。
 ミハエルを射殺した次の瞬間、MS達の構える銃口は二人に向き、一切の躊躇無く、引き金が引かれた。
「な……」「ぁ……」
 二つの体が音を立てて崩れる事はなく、宙に僅かに浮く。
 抹殺を一瞬で済ませた、MS達はトリニティ艦に乗り込む時に使用した宇宙輸送艦から大きめの袋を持ち出し、その三人の死体をしまった。
 制圧した段階でトリニティ艦のシステムが復旧し、航行が可能になる。
 MS達の目の光彩が金色に輝き、脳量子波を受信すると、トリニティ艦を操舵して、指定ポイントへと向かった。
 ポイントにて、MS(魔法少女)部隊の少女達は交代に新たに現れた三人に艦を渡し、そのまま本来いるべき地上へと再び戻っていった。
 乗り込んできた三人の一人、リヴァイヴ・リヴァイバルが意外そうに言う。
「まさか、私達が、こんな機体に乗ることになるとは」
「リボンズがこんな大胆な事するなんて思わなかったぁ」
 けらけらと笑いながら容姿はリボンズと酷似し、髪型は女性らしい人物、ヒリング・ケアが言った。
「僕は楽しみだよ」
 ティエリア・アーデと容姿が酷似し、髪型が違う人物、リジェネ・レジェッタが言った。
「リジェネ、それはティエリア・アーデに会えるから?」
 ヒリングが尋ねた。
「ああ。フフ……どんな顔するかな」
 密かに思っていた、自身もガンダムマイスターとして活動したいという願望も叶う上、同胞であるティエリアに会えるとあって、心底楽しそうな顔で、リジェネが言った。
「ところで、すぐに機体を変えるとは言え、乗るのはどれにする?」
 リヴァイブが二人に提案するように尋ねた。
「なら、あたし、ツヴァイが良い」
「僕はドライにしておくよ」
 要望が重なる事は無く、すんなりと決定する。
「ならば、僕がアインに」
 そして、スローネアイン、ツヴァイ、ドライの三機に登録されているバイオメトリクスの情報はヴェーダを介してすぐに書き換えられたのである。


新たに現れた七機のガンダムに世界は震撼し、翻弄され続けるのか。
はたまた、意外とそうでもないのか。
CBの支援組織に去来した物。
そして、CBに語られる事実とは。



[27528] 三陣営首脳「我々って、ほんとバカ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/18 23:32
―UNION・大統領官邸―

 大統領が机に両手を組んで呟く。
「まさか、新たに七機ものガンダムを投入してくるとは……いくらなんでも多すぎる」
 次の瞬間、大統領は頭を机に打ち付けた。
「大統領!」
 デイビットが焦った。


―人革連・国家主席官邸―

 国家主席が眉間にこれ以上にない程の皺を寄せて言う。
「CBは我々の作戦を読み切っていたというのかっ! 四機だけというのも見せかけだったとはっ……これでは我が党のこの先十年の安定すらも得られないではないかっ!」
 他所様の物を大義名分を掲げ、正直欲しいだけという本音を隠して奪おうと企てる者の紛れもない自業自得の姿がそこにはあった。


―AEU首脳会議室―

 首脳の一人が頭を片手で押さえて言う。
「十一機のガンダム……。三倍近い機体数とはどういう事だ……」
 実はまだガンダムには赤くなる三倍システムまでもが存在する事は彼らは知る由もない。
 しかし既に心はポッキリ折れたも同然。


果たして、三陣営の首脳陣は立ち直ることができるのか。


―王留美邸―

 プトレマイオスクルーのいた邸宅にはヴェーダからの緊急ミッションに関する報告は入ってなどいなかった。
 離脱どころか、降伏させたとも露知らず、現地時刻で朝頃、クリスティナ・シエラが広間で端末を操作している所、嬉しそうな様子で報告する。
「ハロからの暗号通信です! ガンダム四機とも健在! 太平洋第六スポットに帰投中だそうです!」
 リヒテンダール・ツエーリが言う。
「マジかよ!」
 ラッセ・アイオンが腕を組んで言う。
「心配かけやがって」
 スメラギ・李・ノリエガはその報告にQBが出たのかと安堵していた。
 フェルト・グレイスは椅子で寝ていた所、丁度朝方という事もあり、目を擦る。
「ミッションコンプリートですわね、スメ」
「ええっ!? どういう事!?」
 王留美がスメラギに言おうとした所、クリスティナが大声を上げてそれを遮った。
「何、どうしたの? クリス」
 スメラギがクリスが操作する端末へと近づきながら言う。
「そ、それが、これを見てください」
 訳が分からないという様子で、クリスが手で示して見せる。
 スメラギがクリスティナの横からモニターを見ると、
「は? ガンダム全11機でのヴェーダからの緊急ミッションを完遂した? 第二世代のガンダムも三機有り、データに存在しない機体も三機確認って……どういう事なの……」
 スメラギも意味が分からないと呟いた。
「第二世代、ですか?」
 王留美はまさかフェレシュテが動いたのか、と思いながら声を出したが、そこへ、丁度よく端末にヴェーダから直接緊急ミッションの内容が送られて来た。
「何ていうミッションなのヴェーダ。狙いは圧倒的な力を見せつけてガンダムの鹵獲計画を完全に放棄させる事……。それにしても太陽炉は一体どこから……」
 スメラギは顎に手を当てて悩むように呟いた。


―CB支援組織フェレシュテ―

 遡ることCBのタクラマカン砂漠でのミッション当日数日前、当ミッションがほぼ確定する状態に入った頃、ある資源衛星の一つに存在するフェレシュテの基地では、世界情勢を見て、ヴェーダにCBの支援にフェレシュテのガンダムを出撃させるか伺いを立てようかという丁度その時、ヴェーダの方から指示があった。
 それはCBの四機のガンダムに三機のガンダムで加勢し、例の緊急ミッションを完遂するようにという指示であった。
 また、そのミッション自体はCBのプトレマイオスにはミッションを完遂するまではあらゆる連絡を取らないようにとも指示があった。
 しかし、そもそも三機と言われても、太陽炉が一つしかない以上、不可能ではと思った矢先、フェレシュテに着艦許可を求める小型の輸送鑑が訪れた。
[ヴェーダからの指示で、物資の輸送に来ました。着艦許可をお願いします]
 モニターに現れたのは紫色の髪にやや長いショートヘアーの人物、アニュー・リターナー。
 簡単な解析をしてみても、モビルスーツが搭載されてもいなければ、特に武装も無い事が分かる。
 それに対し、長い銀髪のポニーテールに、隠れてはいても見えてしまう左目辺りにある傷が特徴的な暗い雰囲気のフュレシュテの管理官、シャル・アクスティカが少し緊張を見せながら言う。
「分かりました。着艦を許可します」
 伝えると、衛星に隠された扉を開け、その入り口から小型輸送鑑が着艦する。
 シャルとCBの総合整備士のイアン・ヴァスティの弟子である褐色の肌のフェルトと同じ年の少女シェリリン・ハイドがHAROを抱え、それとCBの中では立場のない予備マイスター、エコ・カローネがそれを出迎える。
 降りて現れた人物はノーマルスーツを着た二名。
 アニューと赤髪の寡黙な印象が強いブリング・スタビティ。
「着艦許可、感謝します。私はアニュー・リターナーと言います」
 ハキハキとアニューは言ったが、ブリングは重く口を開き、堅そうに一言。
「ブリング・スタビティだ」
 瞬間、シェリリンの腕の中から、HAROが飛び降り、立体映像が顕現し、二人を驚いた様子で見上げ、凝視する。
 もこっとした髪型にネコ耳が付いているシェリリンよりも小さい少女、ハナヨ。
「ハナヨ?」
 シェリリンが声を掛けるが、名乗られた以上、シャルが先に挨拶を返す。
「ようこそ、フェレシュテの管理官、シャル・アクスティカです。物資の輸送という事ですが、何でしょうか?」
「太陽炉を二基、搬送しに来ました」
 アニューがあっさり答え、
「太陽炉!?」「ええ!?」「何だって?」
 シャル、シェリリン、エコがそれぞれ驚く。
「お見せした方が早いと思いますので、少々お待ちください」
 言って、アニューとブリングは再び輸送鑑に戻り、貨物用のハッチを開けて、無重力であるが故に、一基の太陽炉を引っ張って現れる。
「本当に、太陽炉だ……」
 実物を見て、シェリリンが目を丸くする。
「ど……どうして……」
 ありえない、とシャルは動揺する。
「この太陽炉はオリジナルの太陽炉とは異なる部分もありますが、機能的にはほぼ同じと考えて頂いて問題ありません。これを使用し、フェレシュテに置かれているガンダム三機での出動がヴェーダからの指示です」
 実に説明口調で太陽炉を手で示しながらアニューが解説した。
「……そう、ですか、分かりました。リターナーさん、一つ質問をしても良いでしょうか?」
 一度目を閉じながら、了解の旨を言い、シャルは目を開けてアニューに尋ねた。
「はい、何でしょうか?」
「その太陽炉は、一体どこで作られたものなのですか?」
 シャルが目を細めて言い、アニューはパカっと口を開いて説明を始める。
「地上にある施設で作られたものです」
 聞いた瞬間、シャルは驚愕する。
「地上に施設?」
 アニューが軽く頭を下げて話し始める。
「詳しい事は答えられませんのでご了承下さい。ヴェーダからのミッションですが、私とブリングの二人にはこの太陽炉を搭載した二機のガンダムで出動させて頂きます。ミッション終了後、機体は返還致しますし、太陽炉もそのまま研究・使用していただいて構いません」
 シャルが困惑しながらも尋ねる。
「お二人はガンダムマイスターなのですか?」
「一応、そういう事にはなると思います」
「一応とは?」
 要領を得ない答えにシャルが不審そうにする。
「ヴェーダからの緊急の指示という事からお察し頂ければ」
 アニューは目を閉じながら答えた。
「……分かりました」
 こうして、アニューとブリングの二名は数日間、フェレシュテで働く事になり、主にシェリリンと疑似GNドライブの調整と換装作業を行った。
 ハナヨは終始、凝視するように二人を見ていたが、フォン・スパークはブリングに対し「お前ら、人間じゃねぇな」と核心を突く発言をし、ブリングの動揺を引き起こしていた。
 結果、疑似GNドライブ以外の情報が多く明かされる事も無いまま、ドライブ二基はフェレシュテのサダルスードとアブルホールの二機に換装され、オリジナルの太陽炉を搭載したアストレアと共に出撃したのであった。
 また、本来、フェレシュテのガンダムが運用されている事がCBのプトレマイオスメンバーにすら秘匿である事は、このミッションによりそこまでとなったのは言うまでもない。


―CBS-70プトレマイオス―

 時を戻せば、プトレマイオスにいたイアン・ヴァスティの元にもヴェーダからの情報が届いており、第二世代のガンダムが出撃していた情報について、腰を抜かしかけていた。
 そこへ、支援組織フェレシュテからの通信が入り、モニターにはイアンの弟子であるシェリリンと暗い表情のシャルが映った。
[師匠、ご無沙汰です。ヴェーダから通信許可が降りたので報告します!]
 元気そのものの様子でシェリリンが言う。
[イアンさん、ご無沙汰です]
 シャルが軽く会釈をして言う。
 それを見てイアンは嬉しそうな表情で答える。
「おお! シェリリンにシャル嬢! 久しぶりだなぁ! んで、今回のヴェーダからのミッションは一体何だったんだ? フェレシュテからも出撃したのか?」
[そうです、師匠。聞いてください! 数日前突然フェレシュテにヴェーダからの指示が来て、太陽炉が二つも届いたんです!]
 目を輝かせてシェリリンが言った。
「何ぃ!? 太陽炉が二つ? どういうこった!」
 イアンは思わず身を乗り出し、モニター一杯に顔面を近づけた。
[解析してみたら炉心部にTDブランケットを使用してないんです。ドライブ自体の活動時間は有限、粒子の色も赤色なんです。だから、言ってみれば疑似GNドライブ、です!]
 自信満々の様子でシェリリンは説明をした。
「ふぅむ……しかし、そんなモン一体どっから……?」
 気にかかる事ばかりだと、イアンは唸る。
 GNドライブの設計情報はヴェーダの中にしかない。
 だとすると、その情報を盗み出した者がいたのか、いや、それとも、ヴェーダそのものがわしらの知らない所で指示を出してたのか……?
[地上にある施設で作られたものだそうです!]
 ビシっとシェリリンは言い切った。
「地上にある施設ってなぁ……」
 どこにそんなもんがあるんだ、とイアンは髪をガシガシと手で掻きながら呟き、
「ん、だが、その太陽炉を運んできたのは誰だ?」
 ふと、その問題に思い至り、イアンが怪訝な様子で尋ねた。
[アニュー・リターナーという女性とブリング・スタビティという男性でした]
 シャルに続くように、シェリリンが不思議そうに言う。
[何か、うちのガンダムマイスターのフォンが二人に対して人間じゃないだろ、って言ってましたけど]
「人間じゃない……なぁ」
 思い当たる節はあるにはあるが、と思いながら顎に手を当ててイアンは答えた。
 いずれにしても、今回フェレシュテが出撃したのもヴェーダからの指示だったという事だけははっきりとイアンに伝えられ、後でヴェーダのデータに無い三機のガンダムを使用した者達から接触があるだろうという事で通信を終えた。
「マイスター874と同じ存在がどこかで活動していたという事か……しかし、十一機という事は残り一機数が合わんが一体……」
 イアンはそう呟いて、メディカルルームにいる昔からの付き合いであるJB・モレノと話しをしに行った。


―UNION・対ガンダム調査隊(仮)改めオーバーフラッグス基地―

 両断されたカスタムフラッグ十四機の残骸を乗せたまま海上空母が再び太平洋を横断してUNION領は基地へと戻る途中、オーバーフラッグス隊員は終始全員イライラしていた。
 何より、正規軍として認められたオーバーフラッグスがまともな出撃をする事無く、機体が壊滅させられたというのは、フラッグファイターとしては無念を通り越して、何かもう訳が分からない状態にならざるを得ない。
 そしてQB人形はズタズタの状態で待機室の隅に三体程転がっていた。
 アラスカのジョシュアはグラハム・エーカーが隊長を勤めているのが気に入らないという、同僚内での妬みはどこへやら、完全に新型のガンダム、もちろん、アイガンダムへの恨みへとシフトしていた。
 そんな中、QBの精神攻撃の餌食になったダリル・ダッジは、正直十一機もガンダムがあったCBとまともに戦わなくて済んだのはある意味良かったのではないかと少し思いながらもグラハムに尋ねる。
「隊長、新型とやりあってみてどうでした?」
 瞬間、グラハムは左の拳をギリリと握りしめ、鋭い目つきで答える。
「あの新型、機体の性能は元より、パイロットも相当な手練と見た。恐らくタリビアの一件、アザディスタンの一件で戦った二機のパイロットよりも上だろう。よもやあのような隠し玉があろうとはっ。圧倒的すぎるぞ、ガンダムッ!」
 最後の方、顔を上げて空に向かって言い始めるあたり、どう考えてもいつもの独り言になっている、と思いながらもダリルは磨きあげたスルースキルを駆使して言う。
「隊長がそこまでいうのなら、いよいよCBはとんでもない組織ですね。機体もパイロットもとなると……十一機というのも、まだ機体が幾つもある可能性もあります」
「カタギリとプロフェッサーは四機しか無いと見ていたが、その予想すら凌駕するとは。CBは完全に我々の作戦を読み切っていたらしい」
 想定の範囲外、ここに極まれり、という結論であった。
 太平洋上を横断するよそで、オーバーフラッグスが基地では、早速ビリー・カタギリとレイフ・エイフマンはグラハムが僅かとはいえ交戦をしたガンダムとの戦闘データと、他の巨大航空機の部隊とAEUと人革連からも互いに情報交換する事で伝わってきた新たなガンダム各機の情報分析に追われていた。
「まさか、新たに七機ものガンダムを投入してくるとは……完全に予想が外れましたね、エイフマン教授」
 これはやられた、という様子でカタギリが言った。
「じゃが、この新たなガンダム、全てが新型という訳では無い。特にこの三機」
 エイフマンがモニターに映る、アストレア、サダルスード、アブルホールの三機を見て言った。
「ええ、いつもの三機の原型機、と言った所でしょうか。特にこの飛行型の機体はそう断言できますねぇ」
 アブルホールを見て納得するようにカタギリが頷いた。
「対して、別のもう三機、これらは全く別の流れを汲んでいる新型と見て良い」
「そのようですねぇ。そして、最後にグラハムが交戦した一機はいつものガンダム四機の特徴を廃した汎用型と言える、完全な新型と言って良いでしょう。しかし、この一機にカスタムフラッグ十四機を出撃させる暇無く、破壊されるとは……」
 苦い顔をしてカタギリが言った。
「何、パイロットは失ったらそれまでじゃが、機体はまた作れば良いだけの事。費用を度外視すれば、じゃがな」
 エイフマンはさほどフラッグが破壊された事に憤りも感じていない様子で言い、それにカタギリが苦笑して言う。
「ごもっともです。それにしても、ガンダムが七機もあるとなると、直接鹵獲に力を注ぐより、教授の研究を進めるか、諜報機関がCBの基地を見つける方が余程近道のように思えますね」
 これは流石にお手上げでは、というようなカタギリに、エイフマンはフッと笑い、カタギリに問いかける。
「ふむ……時に、この五機のガンダムと六機のガンダム、放出する粒子の色が違う事についてどう見る?」
「大部分が同じ構造をした動力機関でありながら、どこかに明確な違いがあるのでは無いでしょうか」
 カタギリが顎に手をあてながら答えた。
「やはりそう見るか。わしは緑色の粒子を放出するガンダムの動力機関は稼働が無限、赤色の粒子を放出するガンダムの動力機関は稼働が有限であると見ておる」
 だとするならば……とエイフマンは目を細め、六機の赤いGN粒子を放出するガンダムを見ながら言った。
「なるほど……その可能性は高そうですね」
 カタギリは興味深そうに再び頷いた。


―経済特区・東京―

 ルイス・ハレヴィがスペインにいるいとこの結婚式に行くために、日本を離れるという話を、サジ・クロスロードとしていた一方、JNN本社内の休憩室で絹江・クロスロードは休んでいた。
「はぁ……」
 椅子の背もたれに身体を預け、溜息をつく。
「先輩、疲れてますね」
 絹江の部下が声を掛けた。
 絹江は目を閉じたまま答える。
「取材が空振り続きでね……」
「聞きました? 各陣営の公式コメント。大破・損壊したモビルスーツは累計563機、戦死者は100名程度だそうです。公式コメントとは思えないほど、相変わらず数おかしいですよね」
 不謹慎ではあるが何か笑いすら出てくるという様子で絹江の部下が言いながら、自動販売機から缶コーヒーを取り出す。
「はぁ!? 何、その563機って?」
 知らなかった絹江が叫んだ。
「それが、どうやら新しいガンダムが何機もうじゃうじゃ現れたらしいですよ」
「新しいガンダムが何機も!?」
 更に絹江は驚く。
「ええ。この分だとCBにはまだまだ余裕で隠し玉がありそうですね」
 軍も諦めたら良いのに、と部下は言いながらコーヒーを飲む。
「一体CBにはどれだけの規模と予算があるというの……」
 呆れた様子で絹江が呟いた。
「それはそうとして、先輩、例の似顔絵の女の子ですけど、知り合いか何かですか?」
 部下が懐から、暁美ほむらの精巧な似顔絵の書かれた紙を出して言った。
「その子がね、CBとQB、特にQBについて詳しく知ってる可能性があるのよ」
「この女の子がですか?」
 それは無いだろ、という顔をして部下が言った。
「見かけたら教えてくれればいいから。それだけよ」
 絹江は手をヒラヒラさせて言い、要領を得ない様子で部下が相槌を打つ。
「はぁ……そうですか」
「付きあわせて悪いわね。私、ちょっと個人的に群馬に行くことにするから、局の仕事に戻っていいわよ」
 絹江がそろそろ行ってみるか、という様子で言った。
「それも取材ですか?」
 絹江の部下が何で群馬に、と意外そうに尋ねた。
「まあ、そんな所よ」
 あれから調べてみると、やはり、ただのオカルトとは言えない程、統計的に見て、失踪者の偏りの内訳はどうもおかしい。
 私もあの子に会わなければ、それ程惹きつけられるものでも無かったけれど、実際に見た。
 あの子は何かしら関係が必ずある筈。


―某宙域・ランデブーポイント―

 ガンダムスローネドライに搭乗していたリジェネ・レジェッタにより、ティエリアに対して暗号通信で送られてきたポイントへとプトレマイオスが向かうよりも前。
 四人のガンダムマイスターと、王留美の手配によってプトレマイオスクルーが地上から全員プトレマイオスに戻り、イアンがある通信があった事から、スメラギの呼びかけにより、ブリーフィングルームに全員が集まっていた。
「支援組織フェレシュテ? それが前から第二世代のガンダムを改修して運用してたっていうのか?」
 ロックオン・ストラトスがそんな事知らなかったとイアンに尋ねる。
「ああ、そうだ。本当は機密だったんだが、ヴェーダからフェレシュテの存在を教えて良いって連絡が来てな。どっちにしろお前さん達気になって仕方がないだろうから言わざるをえんとは思っていたがな」
 腕を組みながらうんうん、とイアンが答えた。
 フェレシュテの存在をプトレマイオスクルーで知っているのはイアンとモレノのみであった。
 ただ、シャル本人としては、CBのプトレマイオスメンバーに自分達の存在を知られるのはできれば避けたい事であった。
 シャルは昔事故で仲間を失った過去から、また再び仲間を失って悲しみたくない、ならば、相手に知られることの無い存在ならばそもそも仲間と成立していないから、悲しむ事も無いだろう、という非常に暗い想いを抱えているから。
「知らされていない組織が存在していたというのか……」
 ティエリア・アーデが呟くように言った。
「という訳でだ、フェレシュテと通信を繋ぐぞ」
 言って、イアンがブリーフィングルームの巨大なモニターに通信先と繋ぐ。
 モニターに現れたのは、シャルとシェリリンの二名。
[……支援組織フェレシュテの管理官、シャル・アクスティカです。知っている皆さん、お久しぶりです]
[フェレシュテのメカニック、シェリリン・ハイドです]
 二人の姿、特にシェリリンを見て、フェルトがポツリと声を上げ、モニターに近づく。
「シェリリン」
 それにシェリリンも僅かに手を振って答える。
[久しぶり、フェルト]
 フェルトとシェリリンはどちらもCBで育ったが、両者共に無口であり、その会話も傍から見るとどうにも微妙なものであった。
「知り合いなの? フェルト」
 クリスティナがフェルトの後ろから声をかけると、フェルトは振り返りもせずに肯定する。
「はい」
 フェルトを見たシャルは目に動揺の色を浮かべるが、スメラギが話を進めようと口を開く。
「いいかしら、フェルト。プトレマイオスの戦況予報士、スメラギ・李・ノリエガです。イアンからある程度は聞きました。私達が活動している陰からサポートをして頂いていた事、感謝します」
 スメラギはフェレシュテの存在を知らなかったので、素直に感謝した。
[いえ、当然の事です……。それが私がヴェーダから許可を得てフェレシュテを設立した意義ですから……]
 暗く憂いを帯びたような表情で目を伏せて話すシャルの様子に、プトレマイオスのブリーフィングルームも雰囲気が心なし暗くなる。
「あー、でだ、例の疑似GNドライブを持ってきた二人はどうしたんだ?」
 完全に会話が停止した所、イアンが今回の本題について尋ねる。
 ティエリアもそれについて壁にもたれかけながらも鋭い目つきでモニターを見る。
[それが、師匠、フェレシュテにサダルスードとアブルホールで普通に帰投した後、疑似GNドライブを二基とも残したまますぐに二人はどこかに帰っていってしまったんです]
 シェリリンがどうしてか分かりませんけど、と答えた。
「何ぃ!? 止めなかったのか?」
 イアンが声を裏返して言った。
[ヴェーダからの指示だそうです。その代わりCBには別の仲間が改めて話をする予定ですので、と言ってました]
 シェリリンが、アニューから言われた事をそのまま伝えた。
「ティエリアに暗号通信を送ってきたのはそれか……。疑似GNドライブを置いていった事には何と言ってた?」
[最初に来た時に研究・使用しても構わない、と言っていた通りだと思います]
 今度はシャルが答え、イアンが考えるように唸り、ティエリアが壁から背を離して一つ尋ねる。
「シャル・アクスティカ管理官、その二人はガンダムマイスターなのですか?」
「一応、そういう事にはなる、と言っていました。ヴェーダからの緊急の指示という事から、恐らく一時的にマイスターの権限を持っているものと考えられます。詳しい情報は聞けませんでした」
「……そうですか」
 短くティエリアは答え、これから合流する事になる人物を待つ事にした。
 そのまま、その後少しのやりとりの後、通信は終了、一旦解散となり……そして、時は現在、場所はランデブーポイント。
「光学カメラが接近する物体を捕捉」
 フェルトが報告し、スメラギが指示する。
「メインモニターに出して」
「了解」
 メインモニターに映ったのは小型の輸送鑑にコンテナを取り付けたような物。
「あれが……」
 スメラギが呟き、リヒテンダールが拍子抜けして言う。
「随分小さいすね」
 しかし、スメラギは表情を強ばらせ、更に指示を出す。
「フェルト、エクシアの出撃準備を。クリスはあの船をスキャンして」
「了解です」
 しばらくすると、そのまま小型輸送艦はプトレマイオスにどんどん近づいてくる。
「コンテナの中にモビルスーツを確認しました」
 フェルトが報告し、
「コンテナの中に……?」
 ラッセが呟いた所、小型輸送艦から光通信が発信される。
「輸送艦からの、光通信を確認」
「トレミーへの着艦許可を求めています」
 フェルトとクリスティナがそれぞれスメラギに端末を操作しながら告げる。
「許可すると返信して。それから、エクシアの待機を解除。刹那をブリーフィングルームへ」
 スメラギが素早く指示を出し、腕を組む。
「了解です」
 輸送艦が丁度の距離に入った所、輸送艦から一人だけ飛び出し、ハッチから入ってくる。 
 隔壁が開き、廊下に入ってきたのは紫色のCBのガンダムマイスターと同じパイロットスーツの姿。
 それにガンダムマイスター三人とスメラギが驚く。
 その人物が頭に両手を当ててヘルメットを取って姿を現すと。
「なっ!?」「ティエリア!?」「そんな」「ティエリアが二人?」
 一番最初に絶句したのはティエリア本人。
 残りは皆、一度自分達の側にいるティエリアを思わず確認する。
「着艦許可ありがとうございます。リジェネ・レジェッタです」
 リジェネはティエリアよりはウェーブのかかった髪型であるが、完璧に容姿は同じであり、顔は微笑んでいるものの、ティエリアをじっと見て言った。
「な、何故だ? 何故、僕と同じ容姿をしているっ!?」
 ティエリアは動揺を隠す事無く、その場で叫んだ。
《それはDNAが同じだからさ。塩基配列パターン0988タイプ》
 脳量子波の通信により、ティエリアにリジェネの声が伝わり、ティエリアは一歩二歩と下がる。
「頭に声が!?」
《GN粒子を触媒とした脳量子波での感応能力。それを使ってのヴェーダとの直接リンク。遺伝子操作とナノマシンによる老化抑制。……ティエリア、君にはヴェーダによる情報規制がかかっていて自分に同類がいる事を知らなかったんだったね》
「そんな……」
 筈は……と更に後ろに下がるティエリアを見かねて、
「おぃお前、ティエリアに何かしてんのか?」
 ロックオンが顔を顰めてリジェネの前に立ち入った。
「人前では言えない話をしていただけです」
 そこへ、刹那がエクシアから降りてやってくる。
「な、ティエリアが二人?」
「僕はリジェネ・レジェッタ」
 リジェネは即座にもう一度自己紹介をした。
「と……とにかく、ここじゃ何だから、部屋で話しましょうか」
 スメラギが我に帰って提案し、
「お願いします」
 リジェネが軽く頭を下げた。
 一方、ブリッジ内も騒然としていた。
 フェルトはぱっくりと口を開けたまま完全停止し、ラッセのモニターで映像を見ていたクリスティナが適当に言う。
「まさか、ティエリアの生き別れの双子……とか?」
 リヒテンダールが引きつった顔で言う。
「そ、そうかもしれないすね」
 ラッセが唸る。
「うぅん……」
 そして、場所はブリーフィングルームに移る。
 リジェネ一人に対し、向かい合うように五人が並ぶ。
「何故、あなた……あなた達はガンダムを所有しているの?」
 容姿の事はティエリアが依然動揺して、一人奥の方に離れているので触れないとして、スメラギは一人しかいないものの、一応訂正して尋ねた。
「ある施設で建造していたからです。擬似GNドライブも同じように建造しました。場所は答えられません」
 あっさりリジェネは口を開いて、GNドライブについても言及する。
 ロックオンとアレルヤもその言葉には目を見開く。
「そ、そう……。では、ヴェーダのデータバンクにタクラマカン砂漠での三機と、あなたが乗ってきた……スキャンさせて貰ったけれど小型輸送艦のコンテナに入っているガンダムが無いのは何故かしら?」
 スメラギは小型端末を見て、次の質問を投げかける。
「ヴェーダのデータバンクにはきちんと存在しています。ただ、普通にはデータバンクには無いように処理されていて、アクセスできないだけです。それと、タクラマカン砂漠での三機は現在既に解体中です」
 その言葉にロックオンが意外そうに声を上げる。
「解体? どうしてだ?」
「必要無いからです。仮に搭乗するとしても、我々には適していないので」
 リジェネは正直スローネ三機には全く興味がない様子で答えた。
 リジェネの言い方に眉をひそめてスメラギが尋ねる。
「その事だけど……あなた達はガンダムマイスターとしてこれからも行動するのかしら?」
「必要がある時には。タクラマカン砂漠での物量で押して、こちらにあるオリジナルの太陽炉を搭載したガンダムを鹵獲するような作戦の際には必ず。迷惑ですか?」
 微笑を浮かべて、リジェネが言った。
「いえ……そういう訳では無いのだけど。実際あなた達が来なければ鹵獲されていた可能性も高い訳だし」
 スメラギが表情を緩め、首を一度振って答えた。
 そう言われると、とアレルヤ、ロックオン、刹那も否定はできなかった。
「質問ばかりですが、僕からもそろそろ話をしても良いですか?」
 リジェネの方から話をする気がある様子にスメラギは一瞬驚く。
「え、ええ、勿論よ。色々質問責めにしてごめんなさい」
 リジェネは一度目を閉じ、再び開けて両手を広げながら言う。
「CBの武力介入による計画の第一段階は三陣営に軍事同盟を結ばせるなどして、世界を一つにする足がかりを作らせる事ですが、その後CBはヴェーダの計画ではどうなる予定になっていると思いますか?」
 ロックオンが怪訝な顔で言う。
「紛争根絶を達成するまで武力介入を続けるんじゃないのか?」
 ハッとした顔でスメラギが恐る恐る口にする。
「……ま……まさか。……CBは滅びる事になっているとでも言うの?」
「スメラギさん、そんな」
 筈はないでしょう、とアレルヤが言う前に、リジェネが肯定する。
「そのまさかですよ。CBはヴェーダの計画では元々数百日の活動の後、滅びる運命にあります」
「な!」「馬鹿な」「ヴェーダ……」
 ロックオン、アレルヤ、ティエリアが同時に声を出して停止し、スメラギは口を手で抑え、刹那が怒ったような顔で言う。
「CBは、ガンダムは戦争を根絶する為に存在する。戦争根絶を達成する事無く滅びると決まっているならCBは、ガンダムは何の為にある?」
 リジェネが目を閉じて答える。
「ヴェーダにとっては、計画の為のステップにしかすぎません。必要がなくなったと判断されれば処分されるだけです。その昔、オリジナルの太陽炉五基が完成した際、木星で開発を行った科学者達が全員処分されたように」
 そこでリジェネは目を開け、それに動揺したスメラギが尋ねる。
「そ……それは事故だという話では無かったの?」
 フッと笑い、リジェネが言う。
「ヴェーダに、事故、などという計画の失敗を意味するような現象が、ましてやそんな重大な案件に偶然起きると思いますか? ヴェーダは常に完全であり、根幹を為すシステムです」
 ヴェーダの決定は絶対、というのがCBのルールであったが、このリジェネの言葉は重かった。
 五人は完全に停止する。
「……声も出ないようですね。因みに、これだけ話してしまっている僕も、そろそろヴェーダから必要ないと判断されて処分が決定される一歩手前になりかねないんですよ?」
 自嘲染みてリジェネが肩をすくめて言った。
「っ……」
 その発言にロックオンが舌打ちをする。
 首を振り、アレルヤが両手を前に出しながらリジェネに確認する。
「ヴェーダは必要ないからという理由だけで、簡単に人の命を奪うというのか?」
 リジェネが頷く。
「その通りです。また、計画にとって障害になると判断される人物に関しても同様です。……例えば、スメラギ・李・ノリエガ、あなたの恩師、レイフ・エイフマン教授はこのままだとそろそろ抹殺対象に入る可能性が高いですよ」
 リジェネはスメラギを見て言い、スメラギが声を上げる。
「教授がっ! どうして!?」
 即座にリジェネが説明を始める。
「彼の研究がGN粒子と太陽炉の本質に迫って来ているからです。そんな事を知られては、当然、CBの障害になりますよね?」
 スメラギも一歩下がる。
「なんてこと……」
「おぃおぃ、それが本当ならヴェーダはとんでもねぇな」
 ロックオンは頭を掻いて言った。
「CBにスカウトされた僕たちは……騙されていたというのか?」
 アレルヤが手に汗を握って言った。
「ヴェーダはシステムです。善悪という概念は存在しません。常に計画に則って必要か、不必要か、有益か、そうでないか、それを判断し、決定するだけです」
 スメラギがここに来て、リジェネの行動に疑問を呈す。
「……なら、あなたはどうしてわざわざここに来たの? あなたの命の危険になるような事を話すのもヴェーダの計画の一部だというの?」
 リジェネはここで、微笑み、事情を明かす。
「……ヴェーダの計画、いや、イオリア計画は最終段階の半分が既に達成されてしまった。その為、ヴェーダの計画には変化が起きて来ているんです」
 ロックオンが何のことか分からないと尋ねる。
「最終段階? どういう事だ?」
「QB。彼らが何か知っていますよね?」
「異星生命体……」
 スメラギが呟いた。
「イオリア計画の途中の段階は省きますが、最終段階は人類の外宇宙への進出と、それに伴う未知との来るべき対話に備え、それを達成する事です。QBはその未知であり、我々が来るべき対話を行うべき存在です」
 壮大な話である筈が、QBがここに絡んできた途端、場の空気が急速にげんなりする。
 散々これまでQBに振り回されているだけに、尚更。
「QBとの対話がイオリア計画の最終段階ですって……」
 呆れた顔でスメラギが言った。
「あー、散々ぶん殴ってるんだが、大丈夫なのか……」
 ロックオンは俺やっちまったぞ、という顔でやれやれ、と言った。
「ロックオン……」
 アレルヤがロックオンに呆れるように言った。
「QBとの対話の結果、CBは数百日で滅ぶ事無く、可能な限り超長期的に活動する事になりました。これが僕がここに来て、これだけ話す事ができる理由です」
 緊張の抜けた顔で、リジェネは、最後に息を付いて言った。
 イノベイドも正直溜息を付きたい状況である。
「ここに来てQBに結び付くというのが、何とも言い難い気分なのだけど……つまり私たちはこれからもCBとして活動をすれば良いのかしら?」
 スメラギは額を手で抑えながら尋ねた。
「そうです。ヴェーダもCBの武力介入行為で本当に世界から紛争を根絶できるかまでは測りかねています。ですが、仮にできないとしても、CBは世界の抑止力となって存在し続けることに意義があるでしょう」
 刹那がその言葉を復唱する。
「存在し続ける事に意義がある……」
「はっ……良く言う」
 ロックオンが背中を壁から離して言った。
「それに当たって、ティエリア、君に新しい機体を持ってきたよ」
 突如、リジェネは後ろの方にいるティエリアの方をしっかり見て言った。
「僕の……新しい、機体?」
 未だ混乱が収まらない中、ティエリアが呟いた。
「コンテナに積んできた0ガンダムの後継機、アイガンダム。時と場合によって太陽炉を換装して使い分けて使用すると良いさ。あれならヴァーチェと違って気をつければパイロットを殺さなくて済むからね」
 くすくす、と笑いながらリジェネが言った。
「勿体無いとかいうQBの差し金か?」
 ロックオンが目を細めて尋ねた。
「僕も人間の死を勿体無いというQBの表現、そのもの、には若干の嫌悪を覚えます。ですが、QBにとって理由がどうあれ、殺さない事は悪くは無い筈。ティエリアも結構気にしてるだろう?」
 リジェネは首を傾げた。
「くっ……」
 思考を読まれている……とティエリアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 そこで、スメラギが腕を組んで尋ねる。
「……そろそろ、あなたが一体何者なのか、話しては貰えないかしら?」
「良いでしょう。では、イアン・ヴァスティとJB・モレノも呼んで貰えますか?」
 リジェネの提案にスメラギはどうして、と思いながらも、
「イアンさんとモレノさんを……? 分かったわ」
 言って、スメラギはイアンとモレノを通信で呼び出した。
 間もなく、ブリーフィングルームにイアンとモレノが到着し、リジェネの姿を直接見て驚く。
「モレノ医師、ヴェーダのデータバンクの中の医療系に関する情報、ナノマシンなどについて閲覧を許可されていますね?」
 リジェネがモレノに尋ね、モレノが肯定する。
「あ、ああ。そうだが」
 情報を引き出すように、リジェネが問いかける。
「僕たちが何者か、分かりますか?」
「……ヴェーダによって人工的に作り出された存在……と言った所だろうか」
 サングラスで目が隠れ、表情ははっきりとは分からないが、尻すぼみに答えた。
「という事です。まだ質問はありますか?」
 言って、リジェネはスメラギを見た。
「……いいえ、十分よ」
 スメラギが首を振る。
 イアンが眉間に皺を寄せて尋ねる。
「わしはお前さんに聞きたい事があるんだが良いか?」
「どうぞ」
 リジェネが頷く。
「すまんが通信で聞かせて貰っていた。ヴェーダに事故は無いと言っていたが、プ……いや、あの事件も、ヴェーダによって計画された事なのか?」
 プルトーネの惨劇、フェルト・グレイスの両親が、シャル・アクスティカを助ける為に死亡する事となった事件。
「あの事件というのが同じ物を想定しているかは分からないですが、心当たりがあるとすれば、それは僕たちの中にいた裏切り者がヴェーダにも気づかれずに勝手に仕組んだ事で、あれは確かにヴェーダの中では残念ながら事故と言えるものですね」
 リジェネは淡々と答えた。
「裏切り者だって? そいつは今どうしてる!?」
 イアンが鬼気迫るように尋ねた。
「つい先日、しぶとく生き残っていた所を発見し完全に処分しました。それ以外でCB内でイアン・ヴァスティに心当たりある事件も大体全てその裏切り者のせいです。詳しい事はヴェーダ本体内部での情報機密ですので」
 それを聞き、イアンは勢いを失うが、もう一つだけと口を開く。
「何……そうか……。だが、これだけは聞かせてくれ。何故お前さん達の中から裏切り者が出たんだ?」
 リジェネはティエリアを示しながら答える。
「見ての通り、僕たちはそれぞれ異なる人格があり全て別人です。当然考えも異なります。思想の違いですよ」
「そういう事か……分かった」
 イアンは溜息を付き、納得した。
「では、機体も搬送しましたので、今回はこの辺りで失礼しますが、宜しいでしょうか?」
 リジェネが大体話した所で、帰還する事を申し出る。
 そこで慌ててスメラギが待ったを掛ける。
「ちょっと、私も一つだけ良いかしら。エイフマン教授を」
 リジェネが即座に言葉を重ねる。
「助ける方法は無いか、ですか。安心して下さいとは言えませんが、僕たちはこれからあるプランをヴェーダに進言する予定ですので、抹殺対象から外れる可能性は高いですよ。スメラギ・李・ノリエガ、あなたもヴェーダにプランを提示し、レイフ・エイフマンが生きている事が、計画にとって有益である事を示せば、あるいは……」
 言って、リジェネは僅かに口元を吊り上げ、ブリーフィングルームから出て行った。
 そのまま、ハッチを開けて貰い、出るか、という所でティエリアが急いで追いかける。
「待て!」
 リジェネが笑いながら振り返る。
「フフ、どうしたんだい、ティエリア? 一緒に僕と来るかい?」
「違う!」
 ティエリアが怒鳴り気味に否定した。
「その割には何を言ったら良いか分からないみたいだね。何か言いたい事があったら、脳量子波でメッセージを送れば良いさ。またね、ティエリア」
 リジェネは頭を指で示しながら言って、実際ティエリアは何を言ったら良いのか分からず拳を握り締めたまま、リジェネがそのままハッチから出て行くのを見送った。
 リジェネはそのままパイロットスーツの姿勢制御スラスターを噴かせて輸送艇に戻り、コンテナを切り離して、一方的に機体を残し、その場から去っていった。
 ヴェーダの中では元々CBは数百日のうちに滅びる予定だったという事にブリーフィングルームでのリジェネの話を聞いていた、ブリッジクルー達含め、プトレマイオスの者は皆、しばらくの間、沈黙していた。
 しかし、スメラギが、CBが超長期に渡り、武力介入行為を続ける事になった以上、これまでと何も変わらないという結論を出して、解散となった。
 スメラギの指示により、イアン達はプトレマイオスのすぐ傍に放置されてしまったコンテナを開けて、アイガンダムを、プトレマイオスの格納コンテナを詰めて収納した。
 一応怪しいから、という事でイアンはアイガンダムを調べ始める。
 しばらくして、スメラギがやってきて、調査状況を尋ねる。
「イアンさん、その機体はどう?」
 端末を手に、イアンが顔は向けずに答える。
「ああ、特にシステムトラップは無いぞ。これが例の十一機目だろう。機体自体は第二世代のアストレア系列のデータが反映されている汎用機のようだ。しかも、0ガンダムに搭載していたGNフェザーまで使えると来た。ご丁寧に擬似GNドライブまで付いているが、太っ腹だよ、全く。バイオメトリクスも恐らくティエリア用に設定されているだろうさ」
 メカニックとしては、完璧にガンダムタイプとあって調べずにはいられないという様子で、イアンは情報に次々と目を通していく。
「大丈夫そうなのね。問題はティエリア自身だけど……。ところで、擬似GNドライブについてどう思います?」
 スメラギは不安気な顔でイアンに尋ねた。
「んぁ? そうだな、フェレシュテからシェリリンが解析したデータを既に受け取って見たが、TDブランケットを使用しないという構造上、量産化が可能だ。恐らくだが……わしらは命が助かったんだろう。QBが奴さん達と対話とやらをしたお陰で」
 イアンは苦笑し、続けて言う。
「間違いなく擬似GNドライブは既にどこに大量にあるんだろう。ヴェーダの計画の中で元々わしらは数百日のうちに壊滅する事になっていたのだとすると、その擬似GNドライブを三陣営に回して、軍事同盟を締結、わしらを叩かせるというのが筋書きだったんだろうさ」
 端末を操作し、目線を素早く動かしながら話すイアンの何気ない言い方にスメラギは更に暗い顔をする。
「やっぱりそう……ですよね……」
 流石にイアンはふとスメラギの方を向き、溜息を一つ付き、元気づけるように言う。
「そんな暗い顔するなぁ。わしらはこれからも活動を続けていけば良い。それが例え矛盾を孕んでいようともな。それより、ヴェーダからのミッションが来るまで、恩師を助けるプランでも考えたらどうだ?」
 スメラギはそれを聞き、少し困ったような様子で答える。
「そうですね。ありがとうございます、イアンさん」
 そのままスメラギは格納庫を後にして、自室へと戻っていった。
 その背中を見ながら、ふとイアンは思った。
 一体QBにはCBが武力介入を続ける事に何の利益があるんだ。
 そもそも、QBが死者の数を極限まで減らして、ましてや「勿体無いじゃないか」というなら、そもそも武力介入そのものを起こしているCB自体が無い方が良さそうなものだが。
 「CBが壊滅すると困る」というのはCBが形式として存在していることに重要性があるのか、とまで考えた所で、それでもさっぱり分からない。
 感情エネルギーの回収などという訳の分からない理由があるなど、イアン達には到底思いも寄らないのは無理もない。
 かくして、最も得をしているのはQBに他ならないようであるが、壊滅する筈だったCBメンバーにとっては期せずして救い手のようなものであり、イノベイド達が裏から世界を操って世界を強引に統一させようとする事で起こりえる、情報統制で伏せられる非道な虐殺も起きそうにないと、色々良いのか……どうなのか。


―UNION・オーバーフラッグス基地―

 エイフマンは基地の自室でパソコンのキーボードを叩きながら考えていた。
 私の仮説通り、ガンダムのエネルギー発生機関がトポロジカルディフェクトを利用しているなら、全ての辻褄が合う。
 ガンダムの機体数が少ない理由……いや、新たに現れた機体に搭載されているものはまた違うが……200年以上もの時間を必要としたことも……。
 あのエネルギー発生機関を造れる環境は木星。
「っは」
 エイフマンは思わず息を飲む。
 120年前にあった有人木星探査計画。
 あの計画がガンダムの開発に関わっておったのか。
 だとすれば、やはりイオリア・シュヘンベルグの真の目的は、戦争根絶ではなく……。
 それを踏まえた上での、
「人類の外宇宙への進出」
 エイフマンはそう呟いた。
 あのエネルギー発生機関ならばそれが可能の筈。
 しかし、これを発表したとて、木星に行くだけでも膨大な時間が掛かるというに……。
 そこへ、カタギリから通信が入る。
[教授! ニュースを見てください! 大変ですよ!]
「何?」
 エイフマンは疑問の声を出しながら、ニュースを付ける。
 そこに映ったのは例の四足動物の顔面アップ。
[三陣営の偉い人達、合同軍事演習なんて言いながら実はガンダムが目的で、わざとテロを見逃してまで捕まえようとしたのに、残念だったね。命を落とすのは三陣営の偉い人達じゃなくて、駆りだされる兵士達。勿体無いよね。これ以上無意味な事はしないよう、仕方がないから君たちにCBから余っているガンダムの動力機関を近いうちに上げる事にしたらしいよ。期待すると良いんじゃないかな?]
 最後にズームが解かれ、QBが首を傾げて言った。
「何を考えているQB!? いや、CB!?」
 レイフマンはそのニュースに叫び声を上げ、ガタリと椅子から立ち上がった。



[27528] スメラギ「死相が見えるようだわ……」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/21 16:01
―月・裏面極秘施設―

 JNNには政府関係からメッセージ放送を止めるように要請が入ったが時既に遅し。
 QBの煽り声明文は三陣営の首脳陣の顔にこれでもかという程泥を塗った。
 CBの方から動力機関を譲渡するというのも、信じ難い事ではあったが、受け取るとしたら、三陣営はCBに敗北し、完全に屈服した事を認めるも同義。
 しかし、それよりも重要なのは、このメッセージが世界に流れた事で、三陣営に対する世論の風当たりが強くなった事であった。
 故に、情報規制を敷いたとしても、ガンダムの鹵獲作戦を続けるのは悪手であった。
 最早三陣営に残された道は、甘んじて怪しげな動力機関譲渡を受けるか、断固辞退してやせ我慢するしかない……。
「これで良かったのかい?」
「ああ。愚かな人間は期待した分だけ絶望するものだよ。そして人間は我慢弱いからね」
 このQBのメッセージはリボンズ・アルマークが「感情エネルギーを集めたいならどうだい?」と勧めた案であった。
 QBは未だに「僕らQBはCBの仲間だよ」などとCBの一員である事を公表した事は無く、あくまでもQBはQB。
 そのQBが「近いうちに渡すつもりがあるらしいよ」と伝聞調で言うのはCBが絶対に渡すと言っている訳では無いのだと三陣営にとって取れる事が重要。
 自称異星生命体で世界に知れ渡っているQBにとっての近いうちとは人類に換算してどれほどの期間なのかも具体的に図る術はない。
 要するに、煽るだけ煽り、妙に期待させるだけ期待させて、放置し、絶望に代わるのを一度待つという作戦である。
 QBは感情が理解できないので、この作戦に効果がどれほどあるかは不明であったが、CBというインパクトの強さを利用して、簡単に感情を喚起させられるならとQBは素で煽っただけ。
 CBとしても、QBが勝手に言った事でありながらも、非常に効果的な牽制ができたのは間違いない。
 とはいえ、ヴェーダの計画の中では、依然、イオリア計画は進める事にも変わりは無い。
 近いうちが数日、数週間という筈もないが、ヴェーダが世界情勢を観測し、三陣営の勢力が衰退する兆しを見せる前に、疑似GNドライブを流すのは確定している。
 疑似GNドライブを譲渡する事はCBの優位性を失う事、ひいてはCBが壊滅する可能性を孕んでいるが、その可能性は低い。
 QBというモビルスーツのパイロットに精神干渉をする生物兵器がいれば、驚異的な情報操作も可能なヴェーダも依然としてCBの手中。
 CBのガンダムマイスターもそれこそ四人どころではない。
 渡すつもりの疑似GNドライブも本当にドライブの必要最低限の部分だけであり、結果、CBとの技術格差は30年以上開いている事になる。
 コーン型スラスター、GNコンデンサー、GN粒子の制御を行うクラビカルアンテナ、OS、各種武装そのものなど、見える部分に関してはCBのガンダムの映像を参考にすれば少しはマシとしても、その隔たりは厚い。
 しかも、ヴェーダからのバックアップなど受けられないが、擬似GNドライブ稼動時には発せられるGN粒子のシグナルで、ヴェーダから位置が全て特定できる。
 その上、蓄積された研究データはその努力も空しく、ヴェーダを通してCBには筒抜け。
 どこまでも掌の上。
 そして、CBはQBがヴェーダからちょろまかしたデータにより早くも新たな力へ繋がるデータを手に入れていた。
「これは凄いね。オリジナルの太陽炉の全製造情報にトランザムシステムのデータとツインドライブシステムの理論……。トランザムがあれば木星への行き来も数ヶ月単位に短縮でき、オリジナルの太陽炉も製造しやすくなる。ツインドライブシステムを完成させれば、第四世代のガンダムもできそうだ。……この情報は、イアン・ヴァスティにも送るとしようか」
 言って、イアンらが研究・開発してくれればその情報もヴェーダから入ってくるし、とリボンズは即座に動き始めた。
 本来ドライブの全製造情報の引き出しなど確実にヴェーダに拒否される筈であるが、ヴェーダは残念ながらQBには逆らえないという致命的な弱点を抱えていた。
 一方、当のプトレマイオスはQBの爆弾発言に皆腰を抜かしかけていたが、ヴェーダからCBの技術水準と三陣営のソレとの差と、世界情勢の観測によって、当分適切な時機が来るまでは擬似GNドライブの放出はしない旨が伝わり、スメラギ・李・ノリエガが、その場を纏めた。
 そんな中、格好良くないメカは勝てないという持論を持つイアンは大体解析し終えたアイガンダムの見た目にうんうんと感心して唸り声を上げていた。
「このデザイン、実にガンダムだなぁ」
[イアンさん、ヴェーダから何か凄い情報が送られてきました!]
 そこへクリスティナ・シエラが驚きの様子でイアンに通信を行った。
「んん?」
 その後、イアンがプトレマイオスの中で狂喜乱舞した姿が普通に鬱陶しかったという。
 かくして、第四世代ガンダム、この際全部ツインドライブ化計画が始動してしまう。
 インフレが止まる気配が無い。


―日本・群馬県見滝原市―

 発達した交通機関によって東京と群馬の間にかかる時間も僅か。
 絹江・クロスロードは電車に乗っていたが、ニュースで流れた例のQBの声明に思い切りむせていた。
「けほっ、けほっ! ……何よこれ」
 どういう事なの……。
 QBは嘘をつかないのだとしても、ならこの「らしい」という言い方はどう見るべきなのかしら。
 CBが動力機関を渡すかもしれないと、そう言った事をそのまま言う分には嘘にはならない……か。
 それにこの煽り方……前からそう、まるでわざと敵意を向けて欲しいと言っているようだわ。
 CBにとってもQBが予想外だと言う説でそのまま考えると……。
 QBは世界にCBに敵意を向けて欲しい、けれど、あの様子からすると壊滅させて欲しいというつもりもない。
 このまま素直に考えると、異星生命体QBにとって、CBに世界の敵意を向ける事には何か利益があるという事に……。
 そしてそこに失踪者、十代の少女が関連してくる……?
「何の利益があるのよ……」
 絹江はそこまで考えてため息を吐いた。
 架空の生物のバクじゃないけど人間の夢でも食べるみたいな事でもしてると言うの……?
 絹江はそこまでで思考を停止させ、電車が目的地についた所で降車した。
「見滝原……」
 21世紀、あの子の情報がある年代だと世界的に有名になったヴァイオリニスト上条恭介の生誕の地でもある場所。
 彼が有名になってからの対談やインタビュー記録で残っていたものを遡ると、当時の医療技術では回復の見込みは無い筈の症状が奇跡的に治ったとか、同時期に幼なじみが失踪……して、しばらくは落ち込んでいた時期もあったが、今の妻に支えられて……とか。
 奇跡的に治った、だけを見れば、良く聞くような話ではあるけど、今の私にはこの幼なじみの失踪が気になる……。
 もう殆ど情報は得られないだろうけど。
 そう考えながら絹江はソフトで作成した暁美ほむらの精巧な似顔絵の載った写真を手に、聞き込みを始めた。
「この女の子を見かけた事ありませんか?」
 と、道行く人や、店の人に聞くも、当然ながら、空振り続き。
 一旦聞き込みは中止し、見滝原の地元にしか無い資料館で上条恭介関連の紙媒体の情報を調べたりもした。
 そこで初めて、上条恭介の幼なじみの名前が美樹さやかという少女である事が分かり、確かに失踪者年鑑にも該当人物名があった事までは分かった。
 そして午後に入り、偶然中学を見かけた所で、駄目もとでもと、下校する生徒にも聞き込みをした。
「ごめんなさい、この女の子を見かけた事ないかしら?」
 と、三人組の女子生徒に尋ねると、
「知りませーん」「知らないです」
 二人は首を振ったが、一人だけはその絵を凝視していた。
「えっと、もしかして、知ってる?」
 絹江は期待を込めて聞いた。
「い、いえ、知らないです。全然」
 その女子生徒は片手をブンブン振って否定し、三人でそのまま帰っていった。
 夕方、公園のベンチで絹江は腰掛けた。
「はぁ……」
 上条恭介関連の情報は詳しく分かったものの、流石に無茶あったかな……。
 溜息をつきながら、丁度携帯に連絡が入ったのに気づき、絹江はソレを取り出して、部下からかと思いながら確認する。
「え?」
 写真付きのメールであり、そこには暁美ほむらと瓜二つの人物が端に斜めを向いてはいるが偶然映っているものであった。
 髪型はショートカットであり、リボンもしていない。
 メール本文によれば、通常の仕事に戻って、各地の特派員から送られてくる写真の中のどれを記事に載せるかという作業を行っていた所、偶然端に映っているのを見つけたというのが、発見の経緯。
 他人の空似かもしれませんけど、先輩、気にするかと思ったので送ります、と括られて終わっていた。
 場所はアメリカ。
「髪を切った……のかしら。それにしても、あの年で国を飛ぶなんて……」
 意外とお金持ちなのかしら……と絹江は見当違いの方向へと思考が進み始めだしていた。
 そのまま、日も落ち、夜になった所で、仕事を終えた者達が帰宅の途につき始めた所、あの子に会ったのは深夜だったし、と聞き込みを始めた。
 殆どが空振りであったが、とある女性が見た所、
「あぁ……何ヶ月か前だったか、深夜、帰りに見たのは、多分この子だったと思います」
 思い出すように言った。
「本当ですか?」
「え、ええ。でも、私も帰りで、この子とはすぐに違う方向に曲がったので……それだけですけど」
 絹江の期待するような言葉に、女性は何なんだろうと思いながら答えた。
「この見滝原で見たんですよね?」
「はい」
 そこまで確認が取れた所で、絹江は礼を言った。
 確かにこの街にあの子はいた。
 少なくともここに来たのは無駄足では無かったという事で、絹江は大分気分が良くなっていた。
 夜遅くまで粘った所で、絹江はホテルへと向かっていったが、その絹江をとあるビルの屋上から遥か遠目に捉えた少女の存在に気づく事は無かった。
「暁美ほむら、一日中あの記者は君の事を探し回っていたようだけど、放っておくのかい?」
 少女の肩に乗るQBが尋ねた。
「……わざと深夜一人になろうとする程なら重症ね。少し迂闊だったわ。わざわざ私を探し始めるなんて」
 少女は髪を掻き上げながら至って冷静な口調で言い、QBの方に顔を向ける。
「QB。機会がある時に、情報をくれたあの子に一応お礼を伝えておいて貰えるかしら?」
「構わないよ」
 QBはそうあっさり了承の旨を伝えた。
 少女は、絹江が自身の事を聞きまわっている事を、絹江が偶然にも聞き込みをした、同業者である女子生徒の一人からQBを介して、伝えられた事で知ったのだった。
 今回群馬に一人来た絹江が、暁美ほむらに直接会う事は、無かった。
 少女にしてみれば、次会えば必ず、一から質問を受ける事間違いなしであり、今自分から会いに行くなどあり得なかった。
 その当の絹江はと言えば、イオリアの追跡取材も兼ねて、暁美ほむらの写真が撮影されたばかりと思われるアメリカにも出張しようか、と次の事も考えていたのだったが、そこまでは少女が知る由もない。


―UNION・レイフ・エイフマン邸―

 QBからの声明が流れたその夜、オーバーフラッグス基地から軍関係者に車で送迎され帰路についたレイフ・エイフマンは玄関の戸を開け、中に入る。
 親類はいるものの特に問題なく一人で生活しているエイフマンであるが、リビングの明かりを点けると腰を抜かしかけた。
「これは一体」
 エイフマンが目を向けたソファーには、銀色に近い髪、もこっとした丸い髪型の子どもがすやすやと寝ていた。
 これが、大人であれば、明らかに侵入者扱いする所だが、子供となると警戒心が薄れるのが人間。
 更には、夜も遅いという事で、どこかに連絡するという訳にも行かない。
「どうしたものか……」
 エイフマンは唸りながらも、とりあえず、翌日は休日である事もあり、子供には毛布を上から掛け、自身も寝ることにした。
 ただ、その際髪の毛は一本だけ採取した。
 そして翌朝。
 エイフマンが起床して、何か音がすると思いながらそちらに向かうと、テーブルに既に朝食が並んでいた。
「おはようございます、プロフェッサー!」
 満面の笑顔で十代に入ったばかりかという年頃の少女が振り返り、先制で挨拶を仕掛けた。
「お……おはよう」
 何とか搾り出して返した答えも微妙な言い方になってしまうが、少女は気にせず、最後に飲み物をトレーに乗せて机へと運んだ。
「朝食できました」
 ニコニコしながら言い、どうぞ食べてくださいと言わんばかりの様子に、エイフマンは考えを整理しがてら、仕度をして、席についた。
 非常に上手な料理であったのだが、エイフマンは味を感じている余裕もなく、とにかく食べ終えた。
「して……お嬢さんは、どなたかな?」
 ようやく、落ち着いた所でエイフマンが問いかけた。
「ハナミです!」
 右手を勢い良く上げて宣誓した。
「……ハナミ君か」
「はい!」
 エイフマンは難しい表情をして復唱し、元気な返事に対し、続けて一番の問題について尋ねた。
「この家にどうやって入った?」
「玄関を開けて入りました」
「……そうか」
 エイフマンは訳が分からなかった。
 通報するのは全く正しい筈であるが、何か違うと思わざるを得ず、更に質問を重ねる。
「何をしに来たのかな?」
 瞬間的に返答が来る。
「プロフェッサーの研究を手伝いに来ました!」
「わしの研究を?」
 どうして、とエイフマンが尋ねる。
「はい! こう見えてわたし凄いですよ。じゃーん! これを見て下さい」
 すかさず、ハナミは紙を取り出して見せた。
 自然な動作で受け取ってしまったエイフマンはそれに目を通し、
「っは……これは」
 驚きに息を飲んだ。
「昨日帰りの遅いプロフェッサーの書斎で見つけた手書きの理論をわたしなりに考えてみました!」
 ハナミが明るくそう解説した。
「……ふむ」
 エイフマンは適当に反応し、先に紙に書かれている内容にスラスラと目を通していく。
 その目の動きが止まった所、顔を上げて、ハナミに尋ねた。
「本当に、君は何者だ?」
「プロフェッサーの助手です!」
 噛み合わない会話にエイフマンは真剣な表情から一転、再び微妙な表情をする。
「……いつなった?」
「今です!」
 不審すぎるものの、見た目が可愛らしい子供であるだけに、エイフマンは困った。
 しかし、試しに色々問題を出してみると、自称凄いというだけあって、口を開いて出てくる各分野に関する専門知識と、それを十二分に駆使して回答する様はエイフマンの国際大学院の教え子の一般的水準を遙かに凌駕していた。
 つい勢いで、エイフマンは先の手書きの資料についても深く尋ねたが最後、不審すぎる問題はどこか彼方へ吹き飛び、とりあえず無理矢理追い出すという選択肢はエイフマンの頭の中から完全消滅した。
 その後、調べ物をすると言って、エイフマンは自室の研究室で髪の毛から抽出したハナミのバイオメトリクスを元に、該当データを探した所、有り得ない情報を見た。
 UNIONの国際大学の宇宙物理学科を卒業済みになっている事から始まり、住所はエイフマンの自宅、続柄はエイフマンの養子と設定されていたのである。
「何が起きておるというのだ……」
 エイフマンはこれを知った時、余りの気味の悪さに愕然とした。
 その情報には一切何らかのデータの改竄を行った痕跡の欠片すら残っておらず、まるで元からそうであったかのようであった。
 極めつけは、更にその後すぐ、エイフマンが操作していた端末のモニターに勝手にメッセージが表示されだした事であった。
 内容は「ハナミをお願いします。必ずお役に立つでしょう。ハナミは我々についての記憶は存在しません。最後に、くれぐれも早まった行動に出ないようお気をつけて……」と。
 このメッセージを目で追いかけたエイフマンはごくりと唾を飲み込んだ。
「まさか……あの特殊粒子に詳しすぎる事を考えると、メッセージを送ってきおったのは恐らくCB……。これはわしに対する牽制と監視」
 一発で、ハナミを送り出してきたのがCBだとエイフマンは見抜いたが、既にもう詰んでいるのだろうと思わずにはいられなかった。
 恐らく何か不用意な事をすれば、始末されるのだろう、と。
 そこへ、何の裏も無い表情でハナミが部屋の扉を開けて入ってくる。
「失礼します、プロフェッサー。お茶をお持ちしました。浮かない顔ですが、どうかなされましたか?」
 心配そうに首を傾げるハナミにエイフマンは複雑な感情を抱きながら口を開いた。
「少し考え事をしていただけじゃ。ありがとう」
「何か悩み事があったらわたしに遠慮無く言ってください!」
 ハナミはコップをエイフマンの机に乗せ、そのまま両手を胸元に構えて、応援するようなポーズを取った。
「その時は、そうさせてもらうとしよう」
 そこでエイフマンは表情を緩めて言った。
 かくして、無自覚な監視者に纏わりつかれるエイフマンの生活が始まる。


―アフリカ・紛争地帯―

 QBによる声明から数日。
 ヴェーダからまた再び、変わらずミッションが届くようになり、ガンダム各機は武力介入を行っていた。
「デュナメス、目標を狙い撃つ」
 三陣営による手出しも無く、アンフ同士の戦闘に対し、武力介入ミッションを続けていたロックオン。
 ミッション終了と共に、去ろうとしたその時。
「コドモセッキン! コドモセッキン!」
 HAROが回転しながら伝える。
「何?」
 ロックオンが生体反応がある方向へとデュナメスを向ける。
 するとモニターには場違いに派手なフリフリの服を纏った一人の少女が信じられない速度で走ってくるのが映る。
「ありゃ、何だぁ?」
 ロックオンは訳がわからないと目を丸くした。
 薄緑色の髪をした、少女は突如、虚空から等身大の槌を取り出して更に急加速する。
「ガンダムーッ!!」
 少女が叫んでいる言葉を集音してロックオンは聞き取ったが、冷静に対応する。
「どういう事か知らねぇが、長居する事は無い」
 言って、機体を離陸させ、上昇させる。
 しかし、
「なぁ!?」
 少女が構えていた合金性に見える槌を振りかぶった瞬間、突如ソレが巨大化しながら柄も伸び、デュナメスの側面にクリーンヒットする。
「くぁっ」
 衝撃でコクピット内ごと揺れ、機体も体勢が崩れ、仰向けに地に叩きつけられる。
 瞬時に槌は縮小し、依然100m以上離れているものの、間髪置かず、少女はそのまま高く跳躍し、槌を両手で頭の後ろに振りかぶる。
「でぇぇぇアァ!!」
 瞬間、槌の先端がドリルに変形、超巨大化し、柄も一気に伸びながら、そのまま振り下ろされる。
「しま」
「シールド制御! シールド制御!」
 瞬間、HAROがGNフルシールドを前面に展開し、直撃を防ぐ。
「うぉァっ」
 100m以上から振り落とされた槌の運動量によって、デュナメスの機体が地面に沈み込む衝撃でロックオンがコックピット内で揺すられる。
 ドリルはキィィンという音を立て、右側のフルシールドを急速に削って行く。
「っァ! 仕方ねぇ!」
 エマージェンシー音が鳴り響く中、ロックオンは舌打ちしながら、左のフルシールドをズラし、膝部からGNミサイルを四基射出する。
 攻撃を仕掛けている少女の方も、振り降ろしている最中は動く事ができず、飛来するGNミサイルを視認して、槌を一瞬で元に戻し、前方に走りこむ。
 間もなくGNミサイルが着弾し、その爆発で地面が抉られる。
 発生した爆風によって少女は背後から押されて飛ばされ、地面に前のめりの体勢からゴロゴロと転がる。
「っ、くぅ」
 デュナメスが立ち上がるのと同時に、少女も両手両膝を地面についた状態から立ち上がろうとする。
 その距離依然、数十m。
「何なんだあの子供は? 離脱するぞハロ!」
 ロックオンは大分焦りながら言い、そのままもう一度上昇する。
 しかし、息を切らせながら立ち上がった少女もそれをタダでは見逃さず、
「当たれぇっ!!」
 再び槌を一気に伸ばし、デュナメスの機体に向けて巨大化したソレを振り抜く。
 二度も同じ手を喰うか、とロックオンは機体を逸らし、猛烈な風切音を発生させるその攻撃を避ける。
「このしつこさ尋常じゃねぇぞ!」
 言ってる傍から、再び槌が逆方向から伸びながら迫る。
「チッ!」
 舌打ちしてそれを避けるが、少女は辛そうな表情を浮かべながらも、今度は元に戻した槌を地面に向け、そのまま柄のみ伸ばし、デュナメス目がけて上空へと昇る。
「何処の如意棒だよ!」
 ロックオンは急接近する少女をかわす為に、軌道を変更させる。
 瞬間、少女を先端に乗せた柄が過ぎ去るのがデュナメスのモニターに映る。
 デュナメスは空域を去ろうとそのまま後退する形で機体を操作するが、少女の追撃は終わらない。
 空中に滞空した状態で少女は槌の状態を元に戻し、その場でもう一度槌を巨大化させて位置的に下方前方にいるデュナメスに振りかぶる。
「アぁぁあァアッ!!」
「またっ」
 ロックオンは機体を斜めに傾け、その直撃を逸らす。
 槌は左のフルシールドを掠りながら、そのまますり抜けて行く。
 そこまでで、消耗が激しすぎた少女は地面に墜落していき始めるが、落ちる前に、また槌の柄を伸ばし、難を逃れた。
 モニターでそれを捉えていたロックオンはほっと溜息をついた。
「……今のは夢か? あれが本当の超兵とか無しだぞ、おぃ」
 言って、デュナメスはそのまま太平洋にある基地へと帰還して行った。
 一方、少女は地面に仰向けになり、槌も仕舞い、服装も普通の状態に戻って息を切らせていた。
 少女は右手首のブレスレットについている六角形の薄緑色の宝石を見る。
 六割を超える部分が暗く濁った色になっていた。
「っ……消耗が。はァっ……ミサイルさえなければ絶対仕留められたのにっ……うぅっ……」
 苦悶の表情を浮かべる少女はCBに対する反抗テロの一つで、両親を失った少女。
 QBに命を対価に願ったのは「ガンダムを破壊できる力」。
 最初はCBを今すぐ消滅させて欲しいと言ったが、それは希望の願いではなく復讐心という負の感情による願いであり、エントロピーを凌駕できなかった。
 結果、魔力を使わない素の状態で少女は壮絶な身体能力を獲得し、魔法少女として使う武器も破壊という願いを表すように巨大化すると十数トンの質量に膨れ上がる槌となった。
 再び、帰投したロックオンはコンテナに格納したデュナメスを見るとGNフルシールドがごっそり削れていてあと僅かで貫通寸前、機体の左側は装甲が凹んでいる事に驚愕した。
「こいつは酷ぇ……」
 夢だと思いたいが、現実。
 生身の少女が振り回す如意ハンマーに襲われた事はミッションレコーダーの映像にも記録されている。
「おかえり、ロックオン。 ええっ!? どこのモビルスーツにやられたんだい?」
 そこへアレルヤ・ハプティズムが労いの声をかけに来たが、デュナメスの損傷を見て目を丸くする。 
「コドモ! コドモ!」
 HAROが答えた。
「子供?」
「あー、言っても信じられないだろ。今からブリーフィング開いてそこで見せるさ」
 ロックオンはアレルヤの肩を叩いて、移動を促した。
 そして、ブリーフィングを開き、スメラギと通信を繋いだ。
 刹那・F・セイエイは別の場所で依然ミッション中。
 ティエリア・アーデはイアンと共に、ラグランジュ3のCBのドッグでアイガンダムの性能実験中で不在。
[何かあったの、ロックオン?]
「あったも何も、とりえあえずこれを見てくれ」
 言って、ロックオンは大問題の映像を再生した。
 生身の少女と機動兵器の戦い。
「なんだい、これ」
「ロックオン、もう一度。もう一度、再生してもらえるかしら?」
 アレルヤは率直に言い、スメラギは目を擦ってリプレイを要求した。
「おぉ、何度でも?」
 投げやりにロックオンは再生した。
 すると、スメラギは更にもう一度再生を要求し、結局三回見た。
[ロックオン、いつこんな映像加工したの?]
「……エイプリルフールには季節はずれだと思うよ」
 信じる気は皆無。
「いやいや、本当にこの子供にやられてデュナメスは損傷したんだって。アレルヤはデュナメス見たろ?」
 ロックオンは両手を広げて言った。
「……あんなフリフリの服を着た女の子が?」
[巨大なハンマーを振り回す?]
 言外に、それは無い、という雰囲気が漂った。
「まぁ、無いよな……」
 ロックオンも遠い目をして呟いた。
[い、一応クリスとフェルトにこの子の顔を照合させるよう頼むわ]
 その後、ヴェーダを使って照合は、済んだ。
 映像を初めて見たフェルト・グレイスの感想は「ロックオン……大丈夫?」という心優しい心配の言葉であった筈だが、大丈夫の前に「頭」という単語が聞こえたような気がするとクリスティナ・シエラは後にロックオンに言ったという。


―UNION領・某酒場―

 戦術予想では予想しきれないような訳の分からない事ばかりが起き、スメラギはストレスが溜まっていた。
 ヴェーダからのミッションもまだ数日は届かないという事で、単身スメラギは地上に降り、ビリー・カタギリと連絡を取り、前回とはまた違う酒場に来ていた。
「やあ、また連絡をこうしてくれるなんて嬉しいよ」
 丁度、カタギリがやってくる。
 カタギリも酒を頼み、軽く挨拶を交わした所、スメラギが先に口を開く。
「あの、エイフマン教授は元気?」
「ん? 気になるなら今度会いに来ると良いよ。そうだ、最近教授、個人的な友人の紹介で凄い女の子を預かっててね」
 カタギリが楽しそうに言った。
「凄い女の子!?」
 スメラギの脳裏に思わず、ある意味凄すぎる女の子が頭に浮かび、つい叫び声を上げてしまう。
「ど、どうしたんだい? 君がそんなリアクションをするなんて」
 若干カタギリは引き気味。
「う、ううん、気にしないで……。それで、どんな凄い子か聞いても良い?」
 しまった、という顔をしてスメラギは恥ずかしそうにしたが、エイフマンの元に現れた子という話に心配が募る。
「宇宙物理工学、モビルスーツ工学に精通している上に、礼儀正しい子でね。オーバーフラッグスに興味を持ってくれたみたいで、エイフマン教授が一昨日連れて来た時、僕も驚いたよ」
 対照的にカタギリは楽しそうにペラペラと話をする。
「その子が何かしたの?」
「そうだね、エイフマン教授が研究している、例の特殊粒子に関してのデータを見て色々興味深い事を言ったり、フラッグの設計図を見て、端末でそれに設計図を加え始めたと思ったら、巡航形態時にディフェンスロッドを後方に向きを変えて射撃できる機構を考えたりアイデアが良いんだよ」
「へぇ、それは凄いわね」
 スメラギはここまで来て、もしかして、と子供の正体に目星をつけていた。
「どんな子か、写真は無い?」
「ああ、あるよ。グラハムが肩車してるのだけどね」
 カタギリが思いだし笑いをしながら見せた端末の写真にはグラハム・エーカーが真剣な顔でハナミを肩車してカスタム・フラッグの巡航形態を上から見られるようにしている所であった。
「何か、変ね」
 思わず、スメラギはグラハムの表情と、満面の笑みのハナミのギャップに笑うが、内心冷や汗を大量にかいていた。
 フェルトがタクラマカン砂漠の一件以降、存在を知ることとなったフェレシュテのシェリリン・ハイドとプトレマイオスのブリッジで通信し、ぎこちない会話をしているのを微笑ましく見ていた時に一緒に映っていた、ハナヨというハロから出現する少女に酷似していたからである。
 その後、スメラギは表情には出さないよう努めて話を続けていた所、カタギリの一つ開けた隣のカウンター席に茶髪のショートカットに青を基調にした服装を着た女性がため息を付きながら着いたのに気づかず、カタギリがタクラマカン砂漠の件を話し始める。
「いやぁ、君の言ったとおり、ガンダムは四機だけとは限らなかったよ」
 ははは、と諦めにも近い笑い声をカタギリが上げた。
「何機も出たって噂は耳にしたわ」
「合計で十一機。うちのオーバーフラッグスに現れた白と紫色の新型は性能は勿論、隊長、さっきの写真のグラハムが言うにはパイロットも相当な手練だったらしいよ」
 スメラギはすぐに、ティエリア用に持ってこられたあの機体か、と思いながら相づちを打つ。
「そんなに?」
「ああ。QBにも出られた上に、この前のあの声明。あれだけ直球だと悔しいが、動力機関はかなり魅力的に思うよ。嘘かもしれないけどね」
 振り回されてばかりで大変だよ、とカタギリは言った。
「QBは真実を言いはしないけれど、嘘はつかない、そうですよ」
 そう、カタギリとスメラギははっきり聞こえた声に振り返る。
「え?」「え?」
「お二人の所すいません。CBとQBの話が聞こえたのでつい」
 絹江は同時に二人が声を上げた事で、申し訳なさそうにしながらも会釈をした。
「あの、今の言葉、どういう事か聞かせて貰えませんか?」
 カタギリがスメラギがいる状況に微妙な顔をした所、スメラギが先手を打って尋ねた。
「クジョウ君?」
「ビリーは興味無いの? 席移動させて貰うわね」
 言って、スメラギはカタギリと絹江の間の席に移動した。
 カタギリはスメラギのその行動に少し驚きつつも、内心興味はあったので助かっていた。
「申し遅れました、JNN記者の絹江・クロスロードです」
 絹江は名刺を取り出して二人に渡す。
「リーサ・クジョウです」
「ビリー・カタギリです」
 二人もそれぞれ自己紹介をした。
「それで、さっきの話は……?」
「ええ、QBについて何か知っている様子の……こういう容姿の女の子に偶然会って、その時去り際に言われた言葉なんです」
 言いながら、絹江は暁美ほむらの似顔絵を見せた。
 スメラギはまた少女が出てきた事に考える様子を見せる一方、カタギリが尋ねる。
「それは意味深な言葉ですねぇ。絹江さんは何を専門にされているんですか?」
「ここ数ヶ月はイオリア・シュヘンベルグとQBの追跡です。両者共に戦争根絶とは別の真の目的があるように思えて……」
 でも、なかなか上手くいかないんですけどね、と絹江が答えた。
「ほぉ、教授と似たような事を考えている方がいるとは」
 感心したようにカタギリが言った。
「失礼ですが教授というのは?」
「レイフ・エイフマン教授です」
「あの有名な」
 絹江が驚いた。
「ビリー、教授はどんな事を?」
 スメラギはエイフマンがカタギリの口から出てきた事で尋ねた。
「ああ、例えば、CBは紛争の火種を抱えたまま宇宙に進出する人類への警告と見ていると言っていたよ」
「流石、エイフマン教授ね……」
 スメラギはリジェネ・レジェッタから聞いた事が脳裏に蘇り、確かに、教授が抹殺対象になるのも仕方ない、と思った。
「僕も最近は実際これが殆どの答えなんじゃないかと考えていてね。どうもガンダムに搭載されている動力機関は本来宇宙へ進出する為のものの可能性が高いんじゃないかって」
 スメラギが感心するように言った事で、ついカタギリも自分も、と口を開いた。
「それは、永久機関という事でしょうか?」
 真剣に聞いていた絹江が食いつくように尋ねる。
「あぁ、すいません、僕はこういう者で、はっきりとは答えられないですが、そう考えるのが妥当だとは思いますよ」
 カタギリは苦い表情をして、身分証を見せ、自分がUNION軍関係者である事を示して答えた。
「な……なるほど」
 絹江もそれを見て、少し焦り気味に答えた。
「どうしたんだい、固まってるけど」
 スメラギが完全停止しているのに気が付いて、カタギリが声をかけた。
「い、いえ、大丈夫よ。ビリーの言う話、凄くありそう、って思って」
 焦るスメラギの口から取り繕う言葉が漏れる。
「それでも、推測の域を出ないけどね」
 カタギリは満更でも無さそうながら苦笑して言ったが、スメラギは今ここで思い至っていた。
 イオリア計画の最終段階の残り半分が外宇宙進出だとすると、辻褄が合うと。
 そして、咄嗟にこのままCBの話をするのはマズイと思ったスメラギは話を振る。
「絹江さん、QBについては他にどのような事を? 勿論、話せないのであれば」
「いえ、特にはっきりした事は分かっていないんですが……。異星生命体QBにとって、CBに世界の『敵意』……のような、注目を集めさせる事それ自体に何か利益があるのではないか、と思います。そして、もしかしたら十代の少女の失踪者達もそこに何か関連している……。でも、結局は先程の似顔絵の子にもう一度会うぐらいしか情報を得る方法は今のところ無さそうなんですけどね」
 絹江は困った様子で自身の憶測ばかりの考えを述べた。
「敵意を集める事それ自体に利益がある……ですか。オカルトみたいですねぇ」
 カタギリは率直な感想を言った。
「私も正直、オカルトみたいな話だとは思います」
「その、十代の少女の失踪者達というのは?」
 スメラギが絹江の気になる発言に質問をする。
「ええ、報道関係の資料に失踪者年鑑というものがあるのですが、過去300年、十代女性の失踪者の割合を調べてみると常に他の年代、他の性別よりも統計的に見て、頭一つ出た明らかな偏りがあるんです。これも定期的にオカルト界隈では話題になるそうなのですが、今まで明確な理由が出たことも無く、表立って取り上げ難い話なんだそうです」
 私もオカルトには興味なかったんですが、実際に調べてみて初めて分かりました、と絹江は言った。
「そうなんですか、初めて知りましたよ」
「私も、初めて聞きました」
 スメラギはカタギリと同じように興味深そうに反応して見せたが、思い当たる例の件が急速に肥大化していくのを感じた。
 その後もQBについての会話を適当に交わした所で、絹江は「お邪魔してすいません、貴重なお話ありがとうございました」と言って、先に席を立とうと腰をあげかけた所、スメラギが引き止める。
「イオリアの追跡はまだ続けられるんですか?」
 振り向いて、キョトンとした顔で絹江は答える。
「え? はい、そのつもりですが」
「……でしたら、深みに嵌らないよう気をつけた方が良いですよ」
 スメラギは絹江に真剣な表情で忠告した。
「そうだね。CBの組織は各国の諜報機関でも掴めていない。抹殺はまず行っていると考えた方が良いでしょう」
 カタギリから絹江を見ているスメラギの表情は見えないものの、確かにクジョウの言うとおりだと、忠告をする。
「ま、抹殺……ですか」
 絹江は全く笑えないですねと、顔を引きつらせたが、
「お二人共、ご忠告ありがとうございます、それでは失礼します」
 言って、絹江は頭を下げて、場を後にした。
 残ったスメラギとカタギリもしばらく会話を交わした所で、また会おうと言った所で別れた。
 ホテルへと戻ったスメラギは、酒を飲んでストレスを誤魔化す筈が、更に抹殺対象に入りそうな人物を二人目にした上、エイフマンの元に既にハナミというどう考えても怪しさ限界突破のティエリアとリジェネの関係と同様と覚しき少女が現れている事、更にはQBに対する疑惑が急速に込み上げてくると、余計に悩みの種が増えただけだった。
「胃が、痛い……」
 スメラギの翌朝の呟きは単純に飲み過ぎが原因なのか。


最早武力介入に障害無しのCB。
そんなガンダムマイスターの前に姿を見せた華やかなるMS。
表と裏が交錯した時、その先に何があるのか。
オーバーフラッグスに送り込まれた無自覚な監視者は何を及ぼすのか。



[27528] 紅龍「浴室は無かった事にしよう」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2012/05/30 18:52
―CBS-70プトレマイオス―

 スメラギ・李・ノリエガは王留美に連絡を取り、デュナメスに襲撃を仕掛けた少女の捜索を依頼してから、再び宇宙に戻った。
「王留美、例の捜索はどうかしら?」
 スメラギが自室で通信を繋いで言った。
[AEU イタリア出身、リリアーナ・ラヴィーニャ、14歳。半年前の爆破テロによって両親が死亡。弁護士が後見人の元、自宅で一人で生活。エージェントの調査によると、十日程前から学校を病気で休業。家宅の調査を行った所、本人の物と思われる端末から、ガンダムの出現情報を個人で収集し、地域別に出現頻度などを纏めたデータが見つかりましたわ。行方は現在捜索中ですが、同じく十日程前、イタリアからアフリカの建設途上の軌道エレベーター、ラ・トゥールへ旅客機で飛んだ事が判明しています。依然アフリカ圏にいる可能性は高いと思われますので、近日中には報告が入るかと]
 王留美が淡々と報告する。
「分かったわ。助かります、王留美」
[それが私達の仕事ですので。ですが、スメラギさん、一体何があったのですか?]
 突然調べて欲しい人物がいるとだけ言われた王留美としては、何故CBがテロの一被害者でしかない少女について調査をする必要があるのか疑問であった。
「突然だけど……オカルトは信じるかしら?」
[いえ]
 王留美は簡潔に否定した。
「そう。考えが纏まってからでも、事情説明は良いかしら?」
 スメラギは訳ありの表情で頼んだ。
[ええ、別に構いませんわ]
 不思議そうな表情ながら王留美は了承した。
 通信を終えてブリッジへとスメラギは向かう。
「あ、スメラギさん!」
 扉の開く音で気付いたクリスティナ・シエラが振り向いた。
「クリス、失踪者の統計調査はどう?」
 言いながら、スメラギはクリスティナの席に近づき、モニターを見る。
「確かにスメラギさんが言った通り、十代女性の失踪者数は過去200年を遡ってみた所、常に一定の割合を占めています」
「やっぱり……」
「……でも、女の子が狙われるのって別におかしくないっていうか、そんなに変な事ですか?」
 そういう被害に遭うのってそもそも、女性が多いのは普通じゃないですか、と若干不快な様子でクリスティナが疑問の声を上げた。
「そう言われるとそうだけど、どうもそれだけではなさそうなのよ」
 スメラギは悩むような様子で一つ息を吐いた。
「例の謎の女の子ですか」
 察したようにクリスティナが言い、スメラギが頷く。
「……そういう事よ」
「まだ信じられないですけど、Eカーボンの装甲を抉る事ができる以上、放置はできないですよねー」
 呆れ半分な様子でクリスティナは少々投げやり気味に言った。
 そこへ、リヒテンダール・ツエーリが操舵席から振り向く。
「それにしても、ティエリア全然信じる気無かったすよね。ロックオン・ストラトス、ふざけた冗談はやめて欲しい。不愉快です。とか」
 そのまま、フイっと部屋に籠もっちゃうし、と物真似をして言った。
「おやっさんも、大概だったけどな」
 ラッセ・アイオンが思い出しながら言う……。

「おぃおぃ、冗談言うならもう少しマシな冗談にしろぉ。そんなに機体を痛めおって。フルシールドが台無しだろうに。……んで、本当はどこの機体にやられたんだ? まさか、疑似GNドライブ搭載型か?」
 畳みかけるようにイアン・ヴァスティが不審感丸だしで尋ねた。
[いや、だから。おやっさん、本当なんだって]
 うんざりしたロックオンがモニター越しに肩をすくめて言った。
「あぁ? フェルトぐらいの年の子がそんな巨大なハンマー振り回す訳ないだろう」
 良い年して何言っとるんだ、とイアンは腕を組んで言った。
[ミス・スメラギ。……後は任せた]
 もう俺知らないと、ロックオン・ストラトスはスメラギに全て丸投げした。
[ドンマイ、ロックオン]
 同席していたアレルヤ・ハプティズムが最後にそう言うのが聞こえ、通信は終了した。

 ……そのやりとりを同じように思い出したリヒテンダールが苦笑して同意する。
「そうすね」
 スメラギが遠い目をする。
「説明する私の身にもなって欲しいわ……」
「大丈夫ですか、スメラギさん」
 フェルト・グレイスが振り向いてスメラギを無表情ながら一心に見て言った。
「……ありがとう、フェルト」
 助かるわ、とスメラギはフェルトを見てふっと笑顔を見せて答えた。
「ねえ、フェルト、今度あの映像の女の子みたいな洋服買いにいこっか?」
 そこへ思いついたようにクリスティナが言う。
 すかさずフェルトはブンブン首を振って声は出さない。
「えー、何で? 可愛いのに!」
 不満そうなクリスティナをよそに、スメラギが呟く。
「若いって、良いわね……」


―CB所有・南国島―

 ミッションから帰還した刹那・F・セイエイも関係はあるからという事で例の映像記録を見せられていた。
 デュナメスの損傷を目にした刹那は、原因が映像の中に映る少女だという事に、心底真剣な様子でロックオンとアレルヤに言う。
「……本当なのか」
「ああ、本当だ。信じ難いがな。できれば幻であって欲しいぐらいだよ」
 壁にもたれたロックオンが両手を広げて言った。
「余り驚いてないみたいだけど、刹那はどう思う?」
 アレルヤが刹那のリアクションの少なさに試しに尋ねた。
 すると刹那は一瞬間を置いて、口を開き、
「……その少女兵はガンダムに戦争行為を仕掛けた。ならば、その行為に武力で対応するのが俺達ガンダムマイスター。この少女兵が俺達によって歪められた存在なら、その歪みを断ち切る」
 真顔で言い切った。
「さ……さすがは刹那だね、という所なのかな」
 アレルヤは正直聞かなければ良かったと思いながら引き気味に言った。
 しかも刹那には少女兵で確定なのかい、他に突っ込む所はないのかい、とまで突っ込む気もアレルヤにはもう無かった。
「っは、刹那の言うことも一理あるな。ありゃどう見てもガンダムを恨んでいる様子だった」
 刹那の言葉に考えるのもアホらしくなったロックオンは、それでもできれば二度と出てこないと良いと思いながら、その場を後にした。


―アフリカ・軌道エレベーター・ラ・トゥール付近―

 軌道エレベーターが聳える場を中心として、一方向に向けてベルトのように農地が広がる中、点々と存在する巨大な円形都市群の一つ。
 深夜、色彩が通常とは違う道路にて。
 薄緑色の髪、口はきつく結び、目には必死さの色が見える少女が槌を構えていた所、それを降ろして緊張を解いた。
 服装は同じく薄緑色を基調とし、上は半袖、そして肘近くまでの白い手袋に、下は膝丈のスカートに白色のレースが目立っていた。
「QB、魔獣これだけしかいないの?」
 肩に乗るQBにそう言いながら、辺りに散らばった黒い結晶を素早く拾い集めていく。
「そうだよ」
 そう聞いて、少女は文句を言う。
「これだけじゃ、ソウルジェムまだ全然完全に浄化できないよ」
「そう言うけど、リリアーナは普通の魔法少女よりも今日だけでも随分倒している方だよ。他の場所も回ってるしね」
 QBが淡々と説明した。
「何で私のソウルジェムはこんなに消耗激しいかなぁ」
 集めてもキリが無い、と言いながら集め終わり、立ち上がる。
「魔獣を倒すのに不必要な威力の攻撃をしているからだろうね」
 QBはそう原因を言ったが、お陰で普通の魔法少女だと梃子摺るような強い魔獣の所に案内しても問題無く倒してくれるから助かるんだけどね、とまでは言わなかった。
「つまり、無駄遣いか」
 ため息をつき、周囲の色彩も元に戻った所で、少女はビルとビルの間に入り交互に足場として屋上に上っていく。
「魔力の調整がうまくなれば、消耗も抑えられるよ」
「それができれば、苦労しない」
 そして、着地音と共に、ビルの屋上へ。
 丁度良い所に腰掛け、六角形の結晶の周りに収集した黒い結晶を置き、浄化作業を行う。
 少女はぼーっとして空を見上げ、待つことしばし。
「まだ六割、か」
 自身の結晶を掲げて言い、
「ほら行くよ」
 黒い結晶を纏めて放り投げる。
 QBは器用に身体を動かし、それを全て背中に回収する。
「じゃあ、これで僕は帰るね」
 QBは言って、そのまま姿を消した。
 そして少女は、ついこの前ガンダムに攻撃を仕掛け、消耗に耐えながら町に戻り、落ち着いた所でストックしておいた黒い結晶を使用した時にしたQBとのやりとりを思い出す。

「ガンダムに攻撃をした時……消耗が魔獣と戦う時よりも、っ……早かったのは、何でよ」
 仰向けの状態で尋ね、QBは首を傾げながら答える。
「それは君がその時強い負の感情を抱いたからだろうね。怒りや憎悪、最初に説明したけど、魔法少女は希望の存在だ。反対の感情を抱けばソウルジェムは濁るのは当然だよ」
 自覚があった少女は目を閉じて更に尋ねる。
「……そぅ、そういう事。……後、もう一つ。本当にQBは、私が復讐するのをっ……っは、止めないのね?」
 苦しそうな様子に心配する様子も無く、QBは言う。
「それも一番最初に説明した通りだよ。僕らは君のその行動に対して協力もしないし、邪魔もしない」
「なら、いい」
 分かったと、言うと、QBも去った。

「今度こそ……やってやる」
 そう少女は闇の中呟き、ソウルジェムの全浄化まで時間が掛かる為、一度イタリアに戻り体勢を整えて次の機会に備える事に決めた。
 この魔法少女の目的はQBにとって決して好ましくは無いものの、魔獣討伐と結晶回収の効率性では非常に都合が良かった。
 普通の魔法少女は必要分の魔獣を狩れば充分だが、この魔法少女は目的の為にできるだけ結晶のストックが必要であり、加えて極めて魔法使用の燃費が悪い。
 故に自然と魔獣を大量に狩る事にならざるを得ないのである。
 しかし、QBはこの少女がガンダムを破壊できる力は得たものの、実際に破壊するのはまず不可能と見ている事を少女が知る事は無い。


―UNION・オーバーフラッグス基地―

「平行してフラッグを土台とした更なる新鋭機の開発ですか? しかし、フラッグは教授自らが設計された我が軍でも依然製造も配備も進んでいない新型ではないですか。オーバーフラッグスの為に新たに十四機配備されるのがようやく決定したぐらいで……」
 研究室にてレイフ・エイフマンに対して困った様子で言ったのはビリー・カタギリ。
「分かっておる。だが、フラッグを現行の最高の装備で固め、装甲を極限まで落とし軽量化した機体にチューンする事はガンダムの鹵獲のみが目的にすぎない。その機体は治安、国防という本来あるべき任務に適してはいない」
 杖を両手でつき、目を閉じてエイフマンが答えた。
 カスタム・フラッグの対ガンダム用の改良も限界が来ている自覚があるカタギリは苦い顔をして言う。
「それは分かっていますが……。もしや、教授はCBの動力機関の運用を想定した機体を?」
 エイフマンが頷く。
「その通り」
「教授はQBの声明が本当だと?」
 カタギリは自分も信じたい所ではあるが、と思いながら尋ねた。
「……CBの狙いに世界を一つにする事も入っておるのなら、恐らくはそうじゃろうて」
「世界を一つに……ですか」
「CBが動力機関を渡すとして、どこに渡すと考えるかな」
 すぐにハッとした顔をして納得したようにカタギリが唸る。
「……なるほど、国連、ですか」
「その可能性は高いじゃろう。それがいつになるかは分からぬがな」
 そこまでで、考える様子のカタギリが改めて口を開く。
「……そうですね。教授の考えには賛成です。ガンダムの鹵獲を公に続けるのは世論の反発も強く、そもそも部隊を出撃させられもしない現状、上層部に新鋭機の開発を進言して却下される事は無いでしょう」
 そして、オーバーフラッグスの技術部ではフラッグの後継機開発プロジェクトが始動した。
 オーバーフラッグス内には、この情報は瞬く間に伝わり、各パイロットはそれぞれの反応を見せた。
 ダリル・ダッジはCBの動力機関の運用を想定したフラッグの後継機開発には肯定的。
 対して、ハワード・メイスンは「フラッグは我が軍の最新鋭機だじ。フラッグファイターとしての矜持というものが……」とやや否定的。
 いずれにせよ、そもそもグラハム・エーカー以外、自身の乗る新たなフラッグが届くまでは何もできなかった。
 そして二、三日。
 研究室でエイフマン、カタギリは端末を操作し、設計図をあれこれ試行錯誤している所へグラハムが訪れる。
「丁度良い所に来たね、グラハム。パイロットの君に意見を聞こうと思っていた所だよ」
 カタギリが振り返って言う。
「元々この時間に呼んだのはカタギリだろう」
「ははは、そうだったね」
 言い方が悪かったとカタギリが苦笑した。
 そのままグラハムはカタギリ達に基本的に質問される側として、新型についての案について検討を行った。
「一応参考までに聞かせてもらいたいんだが、君はフラッグの後継機についてはどう思っているんだい?」
 不意にカタギリがグラハムに尋ねた。
「ガンダムの捕獲作戦の一方で、後継機の開発を進める事には賛成だ」
 特に否定する様子もなく、グラハムは答えた。
「そうかい。隊員の中には今のフラッグに拘りを持っている人もいると聞いているけど」
「元々私はフラッグの性能が一番高いと確信したからテストパイロットを引き受けたにすぎない」
 ハワードの事かと思いながらも、グラハムは主任開発者のエイフマンがいる前で堂々とした発言をし、続けてエイフマンの方を向く。
「ですが、プロフェッサーはどう考えているのですか。以前、ガンダムという機体を捕獲したいと言っていましたが」
 エイフマンが重く口を開く。
「本音は捕獲したい事に代わりはせんが、今は、仮にガンダムが手に入った場合どうなるかを考えれば、手に入らぬ方が良いとも思える」
「何故です?」
 若干不満そうにグラハムが尋ねた。
「仮に一機ガンダムが儂らの手に入った場合、即座にCBは技術漏洩を防ぐべく、鹵獲したガンダムに関するあらゆる情報の消滅を物理的・電子的問わず必ず図ってくるじゃろうて。基地ごとという事も充分あり得る」
 そう言ったエイフマンは既に常時イエローカード状態。
「何と」
 グラハムが声を上げるが、カタギリが頷いて同意する。
「確かに、CBがいつ強硬手段に出ないとも限りませんね。十一機のガンダム、実際にはもっとあるかもしれない」
「CBが世界を混乱させたのは事実じゃが、今後三陣営の足並みを揃えさせるつもりがあると見て間違いない。CBの描くシナリオ通りになっておるのが素直には納得し難い部分ではあるがな」
 しかし、その方が世界が更に無用な混乱に陥るよりはマシというのもまた然りという様子でエイフマンは言った。
「全く、その点については同感です。しかし、プロフェッサーの言うとおりであれば、このオーバーフラッグスのフラッグファイター達の存在意義は……」
 鹵獲すれば自滅すら招く事態になるというのなら、ガンダムの鹵獲を目的として設立されているこの部隊の存在意義自体が揺らいでしまう。
 グラハムの中に言葉にし難い葛藤が渦巻く。
「そこは技術屋に任せて欲しいね。少し時間はかかるけど、君の心をガンダムから取り戻せるような機体を設計してみせるよ」
 心中を察したかのように、カタギリが左手を広げてみせながら、声を掛けた。
「フ、それは期待させて貰おう」
 その言葉を聞き、グラハムはやや明るい様子になる。
 それを見て、カタギリが面白そうに別の話を始める。
「それにしても、この前ハナミ君のグラハムに対する意見は中々というか、相当核心をついていて、君も思わず乗せられそうだったけど、まだ動揺していたりするかい?」
 エイフマンも思い出すような表情をして微妙な顔をする。
「……あの子供、とんでも無いことを言ってくれた。だが、敢えて言おう。私はあくまで軍人であると!」
 強い語調でグラハムは宣誓した。

 ハナミがエイフマンに連れられてオーバーフラッグスにやってきた時。
 カタギリはハナミに対して、グラハムを紹介する折に、グラハムがガンダムにメロメロである事を教えた。
 すると何を思ったかハナミが口を開く。
「上級大尉はガンダムが好きなんですか?」
 子供の質問に対しても、グラハムは紳士に答える。
「ああ。ガンダムというあの圧倒的な性能に私は心奪われた存在だ」
 そこでハナミは目を輝かせ始め、一歩近づいて尋ねる。
「では、もしガンダムが朝起きて基地にこれ見よがしに置かれていたらどうしたいですか!?」
 質問の出方が分からない、という様子でエイフマンとカタギリは生暖かく見ていたが、グラハムは気にせず両の拳を握りしめる。
「抱きしめたいな!」
 ハナミも両の手を身体の前で構えて言う。
「まるで愛ですね!」
 一瞬グラハムは呆然とするが、
「何、愛だと? ……なるほど、この気持ち、まさしく愛だッ!」
 悟ったように叫んだ。
 エイフマンとカタギリとの温度差は更に上昇。
「そんな上級大尉に、わたし、手っ取り早くガンダムに近づく方法を考えました!」
 ハナミが右手をピッと上げた。
 その発言にまさかそんな案があるのかと、三人共興味を示す。
「何、聞かせてもらおうか」
「上級大尉がCBに参加すれば良いんです!」
「なんとっ!?」
 気がつかなかったという様子でグラハムは叫んだが、エイフマンとカタギリは頭を抑えた。
「なんと、じゃないよ、グラハム」


―UNION領・某ホテル―

 絹江・クロスロードは問題の写真を手がかりに暁美ほむらを追っていたが、平行して空振り続きであったイオリア・シュヘンベルグの追跡取材に疲れ、寄った店で非常に貴重な意見を得た。
「紛争の火種を抱えたまま宇宙に進出する人類への警告、そして永久機関での人類の外宇宙への進出……」
 その段階まで世界を到達させ、誘導させる為の武力介入だとしたら、CBはまさに天上人と言った所ね……。
 でも、まさか偶然に、あんな話が聞けるとは思わなかった。
 これが真実かどうか、確認するにはもうCBに直接確認するぐらいしか方法が無い気がするけど……流石に無理ね。
 レイフ・エイフマン教授にイオリア・シュヘンベルグについてどう思うか考えを聞かせて欲しいと取材の為のアポを取ろうと連絡をしてみたけれど、やんわり断られた上に、真理の探求は重要な事だが、CBについて調査する貴女の行為はその過程で貴女が関わった人間も危険に晒しかねないなんて指摘されて……お手上げ。
 これまで無理を言ってCBに関連しそうな科学者の失踪者が出た家庭の人達に取材をして来た。
 けれど、真実を求める余り、まだ大丈夫、まだ大丈夫と勝手に考えて、取材に答えてくれた人達の事は考えていなかったかもしれない。
 そもそも、いつ危険な所に踏み込んだかなんて自分では判断できないのよね……。
 そう思いながら、絹江はキーボードに走らせていた手を止め、ファイルをいつも通り、端末に保存、続けて部下に四日後飛行機で東京に戻る旨のメールを送った。
「このアメリカに来ていた筈の暁美ほむら。また深夜、外を歩いていればもしかしたら……」
 そして、絹江は夜の町に出ることを決め、仮眠を取り、そして、23時。
「探してみないと始まらない、ものね」
 呟いて、絹江は外へと。
 夜と言えど、都心は明るい所は明るく、人がいる所は人がいる。
 絹江は暁美ほむらに会った時は周りに人がいなかった事を思い、躊躇いもかすかに、敢えて人気の無く、電灯が僅かに灯る所へと向かう。
 人気の無いオフィスビル街へと来てみたものの、
「特に、人がいないってだけね……」
 時間を確認すれば日付が変わって少し。
 そう簡単に見つかる訳ないか、と絹江は心の底では諦めつつももう一息粘ったが、残念ながら一切出会いは無かった。
 だが、出会わなかった事自体は幸運でもある事を絹江が知る由も無い。
 そこが世界の変わり目。
 だが、しかし。


―AEUイタリア・王留美別荘―

 広間で寛いでいる王留美の元に紅龍が来て報告する。
「お嬢様、目標が今帰宅したとの情報が入りました」
 王留美は顔を上げ、椅子から立ち上がって言う。
「なら手筈通り、監視カメラの映像を回して頂戴」
「承知致しました」
 紅龍は頭を下げ、先にCB用の機材が配備されている部屋へと向かう。
 巨大なモニターに次々とリリアーナの家に仕掛けられた監視カメラの映像が映し出される。
「死角は無いようね」
 遅れてやってきた王留美が腕を組んで言った。
「しかし、あの映像、お嬢様は信じられるのですか?」
 紅龍はスメラギから送られてきたデュナメスのミッションレコーダーの記録を思いだした。
「本当かどうかを確かめる為にも、こうして監視するのよ」
 王留美は言って、興味深そうに椅子に座り、モニターを見上げる。
 モニターに映るリリアーナは夜帰宅してすぐに、旅行鞄の中の服の洗濯を始めた。
 但し、非常に静穏。
 一方、本人はシャワーを浴びる様子も無く、端末を操作し、ガンダムの出現情報の収集を始めた。
「この子の手首のブレスレット、拡大して頂戴」
 王留美がリリアーナの手首に気がついて言った。
「分かりました」
 端末を操作中の手首に映像が拡大される。
 薄緑色の六角形の宝石、しかし一部黒く濁っていて、全体的に水面が揺れるような淡い輝きを見せる。
「どこの宝石かしら。少なくとも安物では無いようだけれど」
 王留美は装飾品には詳しい方であるが、見たことの無い宝石に顎に手を当てて考える。
「黒くなっているというのも変わっていますね」
「それで台無しね」
 その後二時間近くリリアーナは動く気配を見せず、王留美は何かあったら呼ぶようにと途中で部屋から出ていった。
 そして、23時過ぎ。
 紅龍は驚き、王留美に端末で呼びかける。
「何があったの」
[映像には映っていませんが、目標がQBと会話をしているようです]
「QBと?」
 王留美は確認した方が早いと急いで部屋に向かう。
[どの辺?]
 王留美が部屋に入った所、モニターに映るリリアーナが独り言を丁度呟きながら自室から移動し始め、すぐに、
[結構遠いね]
 と更に言う。
 そして肩に顔を向けて、
[まぁね]
 と、リリアーナは仕方ないという表情をして一言。
 玄関へとつき、着のみ着のまま出て行く。
「外に待機しているエージェントの状況は?」
 独り言をブツブツ言う奇妙な少女にしか見えない映像を見ながら王留美が尋ねる。
「六名が……今、追跡を開始するとの事です」
 紅龍がモニターの端に丁度表示されたメッセージを見て言った。
 それを聞いて、王留美は指示を出す。
「最初に独り言を言い始めた所から再生を」
 即座に紅龍は監視カメラの映像を呼び出した。
 リリアーナは直前まで端末を操作していた所、何もいない後ろを振り返って言い、
[QB。……時間ね]
 端末の電源を切り始める。
[量は?]
 少しして、
[そ。ま、すぐ終わらせるよ]
 端末を閉じて椅子から立ち上がる。
 そして、王留美が見た所へと繋がる。
「映像に映らないQBに話しかける……幻覚を見ている訳では無さそうね。量、というのが何についてなのか……」
 面白くなってきたという様子で王留美が考えるように言った。
「な、目標を見失った?」
 そこへ、エージェントからのメッセージを見て紅龍が驚く。
「何をやっているの……」
 王留美がため息を付き、呆れる。
「目標が家に戻るまで元の持ち場で待機させておきなさい」
 すぐ終わらせるという言葉から、王留美はそう指示した。
 待つこと一時間としばし。
 再びエージェントから連絡があってすぐ、リリアーナは家を出る時と同じ服装で玄関から戻った。
 カーテンを締め切ってあるリビングの明かりを付け、少女はテーブルに懐から袋を取り出して置く。
「何かしら」
 王留美が言うと、リリアーナは袋の口を開け、逆さにして中身を出す。
 コロコロと幾つも転がって出てきたのは黒い小さな結晶。
 続けて、手首のブレスレットから六角形の宝石を取り外し、テーブルに置いた。
「先程よりも濁っている部分が増えていますね」
 紅龍がそう言うと、リリアーナはその周りに、黒い結晶を並べ、六角形の宝石を撫でて手を離す。
 特に変化は無いかと思われた矢先、
「宝石の濁りが減っていく……」
 王留美が目を見開いて呟いた。
 一方で、逆に黒い結晶はより黒くなっていく。
 映像には六角形の宝石と黒い結晶の間には何も見えないが、リリアーナの肉眼には、それらを繋ぐラインのような物が見えていた。
[ん。明日には七割はいけそう。……一週間で元通りかな。教訓を生かして次はもっとストックしとかないと]
 リリアーナはそう言って、黒い結晶を手で纏め、
[それじゃQB、あげる]
 後ろを振り向き、軽く投げてソレをばらまいた所、次々にその黒い結晶が床に落ちる前に虚空へと消える。
「え?」
「消えた……」
 王留美と紅龍はそれぞれ呆気に取られた。
 リリアーナはようやくそこでシャワーを浴び、乾燥まで終了した服を運び、自室のベッドに横になった。
 王留美と紅龍もリリアーナが寝る体勢に入ったと見て、解散する前に王留美が考えて言った。
「どうやら、QBの本来の目的はこちらのようね……。問題はどうして、CBに関わる必要があるのか、だけれど。紅龍、エージェントに目標の靴の中にも発信器を入れておくように指示を出しておいて」
 そのまま王留美は振り返って部屋から出ようとし、
「承知致しました」
 紅龍がすぐに返答した。
 翌日、リリアーナは休んでいた学校に向かった為、エージェントは昨日の夜履いていた外出用の靴の中に発信器を仕掛けた。
 その夜も再び、リリアーナは夜、玄関から出た。
 その発信器の反応の出る位置と移動速度を目にして王留美と紅龍は驚いた。
「通っている場所は途中から道路ではなく、構造物上。恐らくビルの屋上と思われます」
「それに人間の移動速度でも無いわ」
 紅龍も人間離れした速度で走れるが、ここまでおかしくはないと王留美は顎に手を当てながら、モニター一杯に表示されたリリアーナの住宅周辺の地図と発信器の移動を追跡した。
 しかし、
「反応がロストしました!」
「どうして!」
 しばらくして突然発信器の反応が地図上から消失。
 王留美はモニターに近づき、その場に手を置いて確認する。
「気づかれたにしては変……」
 二人は昨日と同じように少女が再び家に戻るのは間違いない事から、待っていた所、すぐにほぼ同じポイントに反応が復活する。
「故障……?」
「そんな筈は……」
 すると再び発信器の反応が急速に移動を始め、そして再び消失する。
 不可解な現象に、二人は言葉が出ず、今度は長めの消失。
 反応が再出現した所は、消失した所からそれなりに距離が離れていた。
「一体どういう事……」
 王留美が呟くと、発信器の反応は急速にリリアーナの家の方へと進行し始めた。
 二人は困惑していたが、原因は魔法少女への変身。
 変身すると、靴から場合によっては頭まで全て換装され、結果として靴に仕掛けている発信器も一時的に消失する。
 リリアーナは願いによって、変身しなくとも超人的身体能力を獲得している為、ただでさえ多い魔力消費を抑えるために、移動先に距離がある場合には変身を解除し、元の服装に戻していた。
 新米魔法少女は最初は普通の状態で夜道を歩いて魔獣の出現場所に向かう事が多いが、新米を卒業し、魔力による身体強化に慣れてくると常に変身した状態で目的地まで一気に行くようになるのが一般的であった。
 リリアーナが家に戻った所、王留美はエージェントに指示を出し、発信器の反応が消失、出現した場所を調べさせた。
「人一人として見あたらず、本当に特に変哲も無いようですね」
 紅龍がそう言った所、王留美は分かったわ、と口元をつりあげる。
「それが重要なのよ」
「どういう事ですか?」
 紅龍が腑に落ちない様子で尋ねた。
「紅龍、昔からある都市伝説を思いだしてみなさい」
 試すように王留美が言い、気がついた様子で紅龍が答える。
「深夜、人気の無い場所を一人で歩くと危険な目に遭う事があるという話ですか」
「そう。そして、スメラギさんから送られてきた十代女性の失踪者数の率と映像に映っていた謎の能力。これらは恐らく全てQBへと繋がっているのよ」
 ふふふ、と王留美が笑みを浮かべた。
「紅龍、引き続き対象の家での独り言を収集して頂戴」
 心なしか普段よりも余程楽しそうな様子で王留美は、きびすを返した。
「承知、致しました」
 紅龍はその背中を見送った。
 その後、一週間も経たずして数日のうちに収集されたリリアーナの独り言には関係ない物も多かったが「魔法少女」「魔獣」「結界」「グリーフシード」「ソウルジェム」「魔力」「浄化」「濁る」「やっぱり消耗が激しい」「他の魔法少女は?」「願いを叶える」「契約だから」「感情のコントロールが必要って事ね」「まだ消える訳にはいかない」「CB」「ガンダム」「緑色とデカいのより、白青と羽付きオレンジを狙った方が良さそう」「新しく紫白が出た?」「白紫も潰せそう」と言った物が得られた。
 これらの情報を統合して、王留美はある仮説を構築していた。
「……まるで架空の話のようだけど、話を繋ぎ合わせてみれば、QBと契約というものをすると魔法少女となる代わりに願いを叶える事ができる。そして、魔法少女は魔獣と呼ばれる存在を魔法を使って倒し、グリーフシード、魔獣の結晶を回収、それを使って宝石、ソウルジェムの濁りを浄化する。そして監視映像の通り、使い終わったグリーフシードはQBが回収する。消耗しすぎると消える、というのは……恐らく言葉通りなのかもしれないわね。そして失踪者入りする……と言った所かしら」
 そして飲み物を優雅に飲む。
「けれど、魔獣の発生条件は一体……?」
 グラスを傾けて、考える。
 QBにとって利益足り得るのは恐らくグリーフシードの回収しか考えられない。
 そして人間が死ぬのは勿体無いという発言。
 QBがCBの武力介入に介入して死者を減らす事は間接的にグリーフシードの回収、つまり魔獣の発生に何らかのメリットがあるから。
 突飛な考えだけれど、人間が生きている事自体が魔獣の発生に影響するのだとしたら……いえ、それではQBの行動に辻褄が合わない部分がある。
 CBの武力介入そのもの、そしてその反発で起こったテロによって人は確実に死んでいる。
 それにQBはテロそのものは一切止めていない。
 勝手に声明を出す度に、わざと挑発するような言い方。
 まだ何かが足りないようね。
 それよりも、私は願いを叶えるという事に興味があるのだけど。
 王留美の口元が僅かに歪む。
 もし、この灰色の世界が変わるというのなら……。
「スメラギさんに何となくこの件は報告したくない気がするけれど、再びリリアーナ・ラヴィーニャがガンダムに攻撃を仕掛けるのはそう遠く無い。そして私自身はQBに出会った事は無いとなれば、会ったことのあるあちらへ報告すべきなのでしょうね」
 そう長々と呟いて、王留美は端末で紅龍に繋ぐ。
「紅龍、スメラギさんに現段階の調査情報を送って頂戴」
[承知致しました]
 そして通信を切った。
 直接本人に接触したい所だけど……人外染みた身体能力に、ガンダムのEカーボンを削るような攻撃ができると来て、私達はCBの支援者。
 最悪命の危険があるのが残念ね。
 他の魔法少女もいるようだけど、探せば見つけられるかしら。
 そして、王留美は窓の外にゆっくりと目を移した。


―UNION領・経済特区・東京―

 刹那は次のミッションの為、夜闇の中、南国島から東京へと、海中に隠してあるコンテナにエクシアを移動させ、隠れ家であるマンションへと一路向かっていた。
 公園の外を通り、マンションが見えて来た所で刹那は、
「ッ」
 ピタリと足を止めた。
 普通に歩いていけば、道路に面している為、そのまま問題なく上がれる一階の自室と隣室の玄関扉の丁度間に、何者かが背中を壁に預け、立っていたから。
 電灯の灯りで僅かに容姿が見える。
 長い黒髪に赤いリボン。
 顔立ちは恐らく東洋系、そして背格好からして少女。
 それだけであれば普通の人間は一瞬見ることはあれ、素通りして大して気にしなかったかもしれないが、刹那は戦う者、つまり戦士であった。
 彼の少女の雰囲気が熟練の戦士であると刹那は見て直感的に理解した。
 ……何者だ。
「く」
 すると、刹那は後方からも人の来る気配を感じ取った。
 反射的に、素早くかつ音を立てずにその場を離れ迂回するようにして、少女を視界に捉えられる位置かつ、向こうからは見えないマンションの植え込みの陰へと刹那は移動した。
 そこへやってきたのは、アメリカから戻ってきた絹江であった。
 肩掛けの鞄にトランクをゴロゴロ引いて来た。
 刹那も見覚えがあった。
 サジ・クロスロードの姉、確か名前は絹江・クロスロードだったか、と。
 絹江は重そうにトランクを引き、視線は地面を見ていたが、後一つ道路を跨げばマンションという程に近づいた所で、顔を上げると、ピタリと足を止めた。
 瞬間、刹那は動揺する。
 気づかれた、のか?
 偶然にも絹江から刹那の潜伏する植え込みから見える虞があった。
 それでも刹那は呼吸を最新の注意を払って押し留める。
「暁美、ほむら……」
 絹江がそう呟く。
 刹那はそれにピクリと反応する。
 あの少女兵の名前か。
 絹江がゆっくり一歩一歩道路を横断し始める。
 と同時に、カッカッと音を立てて、マンションの方からもゆっくりと少女が閉じていた目を開いて歩き出す。
 周囲には他に人はおらず、一名隠れているが合わせて三人。
 マンションの敷地と歩道を区切る所を少し過ぎた所で、絹江と少女とが対峙する距離はおよそ3m。
「こんばんは、絹江さん」
 少女が先に口を開いた。
 電灯が仄かに入り口付近を照らす中、凛とした声が響く。
「こ……こんばんは。まさかまた」
「私を探していたのは絹江さんでしょう」
 絹江が少し震え気味の声の所、ピシャリと遮るように言葉を少女が重ねる。
「え……あ……」
 知っていたのか、と絹江は目の前の少女が醸し出す雰囲気に気圧され、上手く言葉が出ない。
 刹那も突如少女の全身から吹き出すようなプレッシャーに驚く。
 そして、ここで狙いは自分で無かった事を悟るが、今更この状況で身動きが取れない。
 カッとブーツが一歩前に出る音が響き、少女がきつい表情で口を開く。
「単刀直入に言います。貴女はもう、手遅れです」
「なっ、ど」
 絹江が慌て、トランクから手を離す。
 刹那は少女の発言に目を見開く。
 まさか、暗殺者か?
 刹那は懐の銃に右手を自然に伸ばす。
「QBだけを追い続ければ良かったのだけれど、CBについて貴女は知りすぎたそうです」
 更に一歩、カッと少女は前進する。
 距離2m。
 刹那はここで更に緊張を高める。
 CBについてサジ・クロスロードの姉が知りすぎた。
 まさか、俺の事を……。
 あの少女兵、CBのエージェント、なのか?
「正直、あの時迂闊だったと後悔しています。関わらなければ私は貴女の結末がどうなろうと気にする事も無かった。ですが、このままでは後味が悪い」
 少女は言葉とは裏腹に一切の申し訳なさも感じさせず、先程よりも小さい声で畳みかけた。
 僅かに指先の震える絹江は蒼白な顔。
 そして少女は絹江に指を二本突きつける。
「貴女に残る選択肢は一応二つです」
 選択肢? と刹那は疑問を浮かべる。
「自分を愚かだと呪って死ぬか」
 刹那の緊張が最高に張りつめ、絹江は完全停止。
「CBに参加するか、です」
「っ……え?」
 絹江が間抜けな声を出す。
 は?
 と、刹那も声を出すのは堪えたが、呆気に取られた。
 少女はここで、植え込みの方に視線を移す。
「幸い、そこに何故か隠れている人も丁度います」
 今度は刹那が完全停止。
「え?」
 要領の得ない声を上げ、絹江も視線を移すが、少女が更に暗がりに向けて声を掛ける。
「貴方の部屋に上がらせて貰えるかしら?」
 即座に刹那は立ち上がり、
「貴様まさか、機関のエージェントゥッ!」
 否、
「貴様。何者だ」
 銃を真っ直ぐ少女に向けて構え、低い声で言った。
「暁美ほむら。通りすがりの魔法少女よ」
 掻き上げられた少女の黒髪が、艶やかに舞う。



[27528] 刹那「戦っているのか」 MS「戦っているわ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/05/23 21:11
「暁美ほむら。通りすがりの魔法少女よ」
 掻き上げられた髪が元に戻る。
「魔法少女!」
「魔法……少女?」
 刹那・F・セイエイはその単語は少し前聞いたばかりだと目を見開き、絹江・クロスロードは何の事かと疑問の声を上げる。
「それに、あなた隣の!」
 銃口を向けられていながらも微動だにしない少女に、絹江は感覚が麻痺しかかるが、暗がりで良く見えなかった刹那に見覚えがある事に声を上げた。
「事情を話すにしても、ここでは不都合。もう一度頼むわ。貴方の部屋に上がらせて貰えるかしら?」
 少女の一切揺らがないその目に刹那は一瞬動揺し、銃を構えるその手が震える。
 刹那は思考を回転させる。
 暁美ほむらは魔法少女。
 スメラギ・李・ノリエガから聞かされた、デュナメスに攻撃を仕掛けた少女兵の呼称。
 そして絹江・クロスロードに今この状況を見られ、顔も知られている。
 そこまで考えて、刹那は鋭い目つきで警戒は緩めないが、ゆっくりと銃を懐にしまい、
「分かった」
 低い声で一言。
 少女は変わらぬ様子だが、絹江は緊張にゴクリと喉を鳴らす。
 刹那はスタスタ歩き、植え込みをサッと飛び越え、自室の玄関へ向かう途中、
「入れ」
 僅かに顔を後ろの二人に向けて言った。
 少女は無言で頷き、そちらに足を向けるが、
「絹江さん、歩けますか?」
 そう、振り返って声を掛けた。
「え……ええ。だ、大丈夫よ」
 絹江は震える声を出した。
 すると、少女はすぐに絹江に近づき、トランクを勝手に持ち、玄関の扉の前で既に待っている刹那の方へと向かう。
 引き寄せられるように絹江もようやく足が動く。
 刹那はそれを見て部屋に先に入り、少女は絹江が到着するまで待った。
 追いついた所で、無言で少女は絹江のトランクを地面から僅かに持ち上げ、ドアノブに手を掛けて、玄関の中へと入る。
 絹江は一瞬待ってと声が出そうになったが、その機は逃し、吸い込まれるように中へと入ってしまい、背後の扉が閉まった。
 部屋の中は既に刹那が電気をつけており、部屋奥の広めの窓はカーテンで完全に塞がれていた。
 絹江のトランクは玄関に置かれ、少女は黒いブーツを脱ぎ、絹江も靴を脱いで上がった。
 家具らしい家具と言えば、ベッドのみ。
 他は空のミネラルウォーターのペットボトルが一つと新聞が一つ置いてある程度。
 生活感が感じられない。
 絹江はそう思ったものの、とても今言える雰囲気ではなく沈黙した。
 少女は刹那が部屋の手前に立ったまま二人がどうするのか見ているのを気にせず素通りして部屋の中程まで進んでいき、
「座らせて貰うわ」
 ごく自然にスッと何も無い床に正座した。
 退路を断たれる位置取りに堂々と座る少女の様子を見て、絹江も恐る恐る歩みを進める。
「そ、それじゃあ、私も失礼するわ」
 言って、絹江もゆっくり腰を降ろして床に座り、肩掛け鞄も床に置く。
 刹那はそこで、位置的に三角形の頂点を描く最後の位置で無言で腰を降ろし、片足を立てた状態で座った。
 一瞬の静寂の後、様子を伺う刹那に先んじて口を最初に開いたのは少女。
「まずは上がらせてくれたこと、礼を言います」
 刹那の方を向いて軽く目を伏せ、刹那はごく僅かに頷いた。
「用件は一つ。貴方に絹江さんをCBの構成員になる事を取り図らえる人物との取り次ぎをお願いしたい」
 刹那はそう自身に向かって言った少女を見る。
 そこへ絹江が何で話が勝手にと口を開く。
「ちょっと、あの、私まだそんな」
「絹江さん、CBに参加しないなら今ここで終わりですよ」
 しかし、絹江の言葉を少女は冷淡に遮った。
「っ」
 絹江の体がビクリと震えた。
「どこまで知っている」
 そこへ刹那が怖い顔で少女に問いかけた。
「私が知っているのは絹江さんがCBについて何かを知りすぎ、抹殺が決定された事。そして、貴方がCBの構成員である事。それだけよ」
 視線と視線が容赦なく衝突する。
 少女も詳しい事情は知らない。
 否、少女にとって詳しく知る必要など無い。
「どこでそれを知った」
 尚も刹那の質問が続く。
「QB」
「QB?」
 刹那が眉をひそめた。
「出てきなさい、QB」
 少女が目を閉じ通る声で言った。
 すると、音もなく白い生物が少女と刹那の間に忽然と四足で立って現れ、その場に座る。
「QB」
 気がついた刹那は低い声で言い、絹江は自分の座る目の前の生物に恐る恐る声を出す。
「Q……B……?」
「暁美ほむら、こんな事になるなんてね」
 少し意外だったよ、とQBは言った。
 少女はQBが伝えてきた時の事を思い返す。

 少女はQBに群馬県見滝原にて自身を探している事が分かった絹江について、その際「一応何かあったら知らせて貰えるかしら」と頼んでいた。
 そして三日前の夜。
「君を探していた記者、勿体無いけど死ぬ事になったよ」
 少女の肩に乗ったQBが唐突に言った。
 僅かに反応した少女が足を止めて尋ねる。
「何故か聞かせて貰えるかしら」
「相変わらず君を探していたみたいだけど、その途中でCBについて知りすぎたからさ」
 絹江がネットワークに繋がれているのが標準の端末で、いつも通り、とある文面が書かれたファイルを保存した所、それをヴェーダが感知。
 絹江がJNN記者である素性を計算に入れ、抹殺対象に追加されたのであった。
「もう、死んだの?」
「まだだよ」
 簡潔なやりとりが続く。
 そこで少女は少し逡巡し、口を開く。
「……東京に、いえ、絹江・クロスロードの身辺の付近にCBのメンバーはいるかしら?」
 まだ、というQBの発言に少女は、ならばいつでも都合良く殺せる人物がいるのかもしれないと思い尋ねた。
「偶然だけど、記者の隣室に一人いるよ」
 それがよりにもよってCBのガンダムマイスターで殆ど関わりも無いんだけどね、とまではQBは言わなかった。
 少女はそれには流石に驚いた様子を見せたが、
「そう。場所、教えて貰えるかしら?」
 と最後にそう尋ね、今に至る。

「僕が伝えたのは今話していた通りの事だけだよ」
 QBは刹那に向かって少女の証言が真実である事を示す。
 刹那はそれを聞いて黙る。
 少女の頼みを受けなければならない訳ではない。
 だが、断る場合、この場で刹那自身が絹江にCBのメンバーである事を知られた上、何よりCBについて何かを知りすぎたというからには、放置できず、それこそ口封じする必要がある。
 そしてもう一つ。
 魔法少女と名乗り、QBと知り合いのようであり、出てきなさいとまで言える暁美ほむら。
 情報を聞き出す必要がある、と刹那は思った。
 スメラギ・李・ノリエガに戦術を求める。
「……分かった。連絡をする。そこを動くな」
 刹那は立ち上がり、端末を持って奥の部屋に行った。
「絹江・クロスロード、まだ決まった訳ではないけどほむらに感謝すると良いよ。ほむらがこうして動かなければ君は何も気づかずに明日には確実に死んでいただろうからね」
 刹那が壁を挟んで移動した所で、QBは厳然たる事実を淡々と可愛らしい声で絹江に述べた。
「そ……んな。でも、どうして私が……」
 死ぬことになるのか、と絹江は愕然とする。
 少女は目を閉じたまま微動だにせず、QBが首を傾げて言う。
「君は何か問題のあるデータを保存したようだよ」
「っは! まさかっアレが」
 絹江はハッと心当たりのあるデータを思いだし、声を上げた。
 あれだけ探していた少女と更にはQBまでもがいるものの、絹江には到底本来聞きたい事を尋ねる余裕などなかった。
 一方、壁を挟んだ反対側で刹那はプトレマイオスに暗号通信を送っていた。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

 クリスティナ・シエラがブリッジでオペレート席にいつも通り着いていた所、メッセージの受信を確認する。
「刹那から……? え、何これ」
 間の抜けた声をクリスティナが上げ、操舵席のリヒテンダール・ツエーリが振り返る。
「どうしたんすか?」
 クリスティナが一瞥し、
「うん、ちょっと。スメラギさん、ブリッジに来てください」
 スメラギ・李・ノリエガを呼び出した。
[どうしたの、クリス]
 スメラギの顔がモニターに映る。
「刹那からスメラギさん宛に暗号通信です。ただ、すぐ返答を求めているみたいです」
[刹那から? 分かった、今行くわ]
 通信が切られ、モニターからスメラギの顔が消える。
 そしてすぐにスメラギがブリッジの扉を開けて入ってくる。
「見せて」
 そのまま、スメラギはクリスティナの席の背もたれに左手を置き、モニターを見る。
「えっ、絹江・クロスロード!?」
 スメラギは驚きの声を上げた。
「知ってるんですか?」
 クリスティナが尋ねた。
「偶然、この前にね」
 暗号通信の内容を読んだスメラギは顎を右手で触れ、更に言う。
「クリス、刹那に私との映像通信を繋いで」
「良いんですか?」
 その場にいるみたいなんですよ? とクリスは思った。
「良いわ」
 刹那に交渉させるのも心配よ、とスメラギは思った。
「了解です」


―UNION領・経済特区・東京・刹那の隠れ家―

「映像通信?」
 刹那が疑問の声を上げた瞬間、端末のモニターにスメラギの顔が映る。
[刹那、そこに魔法少女らしき子と絹江・クロスロードさんがいるのね?]
 刹那は音量を絞り、自分も小さな声で答える。
「ああ、そうだ」
[端末を介して、私に二人と話をさせて貰えるかしら?]
 スメラギがそう頼み、刹那は小さく頷く。
「了解」
 刹那は端末を持ったまま元の部屋に戻る。
 既にQBはいなくなっており、二人は刹那に気づいて顔を上げるが、気にせず刹那は元の位置に座り、床に端末を二人に向けて置いた。
「あ、あなたは!」
 先に声を出した絹江に対して、スメラギは微妙な表情をして、
[つい先日以来ですね、絹江・クロスロードさん。改めました、スメラギ・李・ノリエガです。それで……そちらの子が……]
 少女を見て停止した。
「暁美ほむらです。何か?」
 軽く少女は礼をしたが、スメラギの様子に疑問を浮かべる。
「暁美……さんのモンタージュ写真を見せた事があるの」
 絹江は隣の少女をもうほむらちゃんなどと呼べず、ばつが悪そうに言った。
「そうですか」
 特に気にもせずに少女は言った。
[では、本題に入らせて貰います。クロスロードさん、先に申し上げますが、CBは機密の関係で部署間の情報伝達は必要な分だけに限られます。その為、私達はあなたがCB内で抹殺対象に入った事は今知りました]
 スメラギが話し始めた所で絹江はこくりと頷き、スメラギが申し訳なさそうな顔で続ける。
[クロスロードさんが抹殺対象に入っている事を撤回する権限は私達にはありません。ただ一つ、それを撤回する方法は確かにクロスロードさんがCBに参加する以外には無いでしょう。事実上選択肢は一つ……しかないですが、どう、されますか?]
 聞いて、絹江は正座していた状態から脱力してペタリと床に座る。
 CBの活動にはっきりと賛同も否定もしない立場でただ真実を求めようとしてきた……。
 けれど、生き残る道が奇跡的にあるのに、サジを残してここで死ぬ訳には、いかない。
 絹江は膝に乗せた拳をギュっと握り締め、再び正座し直し、勇気を振り絞って言う。
「……分かりました。CBに、参加させて下さい」
[分かりました。では、その件についてはこちらからエージェントに連絡します]
 スメラギが再度意志確認をする事は無かった。
[そして、暁美ほむらさん。あなたは魔法少女と言う事だけれど、その事について詳しい話を聞かせて貰いたいのだけど良いかしら?]
 スメラギは今度は少女に質問を移したが、
「それはCBにとって知る必要がありますか?」
 少女は閉じていた目を開けてそう淡泊に返した。
 スメラギはソレに遅れを取らないよう答える。
[あるわ。私達はまず間違いなく魔法少女と思われる人物に襲撃を受けました。関係が深そうなQBに直接聞ければ良いのだけど……]
 スメラギが間を開けた所で、聞いて僅かに眉を寄せた少女が口を開く。
「そういう事であれば、分かりました。私が最初に頼んだ事でもあります」
[ありがとう。そ]
 スメラギが早速聞こうとした所、少女が遮る。
「待って下さい」
 スメラギが口を閉じる。
「説明するのは絹江さんの安全の確保が確認できてからにして貰えませんか?」
 少女は絹江が抹殺されるのを防ぐ為には、安全が確保されるまで絹江から離れる訳にはいかなかった。
 ここまで絹江の件に関与しておいて、途中で後は任せましたでは済まないから。
 絹江はそう言った少女に目を向け、
[ええ、構わないわ]
 意図を察したスメラギはすぐに了承した。
「ありがとうございます」
 その後、しばしの交渉が行われ……。
 絹江は隣の自宅に一旦戻ってサジが寝ているのをよそに荷物を置き、少女と監視役の刹那と同行の元、一方でスメラギが王留美に通信し、僅か一時間程度でマンションの近場に迎えに現れた車に乗り、東京圏にある別荘へと向かった。


―UNION領・経済特区・東京・王留美の別荘―

 全く外は依然として暗い未明に車で到着し、別荘の者の案内に従い三人は広間で待たされた。
 刹那は大きな円形を描く椅子に座ったまま一切動かず、少女は刹那とはまた別の円形を描く椅子に、目は閉じ、足は揃えて座る。
 絹江はあれよあれよという間に連れてこられた屋敷が一体どこの誰が所有しているのかも分からず、自身の生活ではまず縁の無い場所に無駄に緊張し、一応は少女から少し間を置いて座っていた。
 全然、眠気がしない……。
 と絹江は新たな悩みが増えていた。
 少女の方に目を向けると、目を閉じているが寝ているのか寝ていないのか分からないので、声が掛け辛い。
 とりあえず、部下にまだ少し寄るところができた、と言う内容のメールとサジにも大体似たような内容のメールを作成し、刹那の所へ向かい、
「このメール、予約送信で出しても良いかしら?」
 と怯え気味ながら携帯を渡して尋ねた。
「……構わない」
 内容を見た刹那は簡潔に答え、すぐに携帯を絹江に返した。
「どうも、ありがとう」
 絹江はかなり微妙な表情をし、刹那がボソッと言う。
「まさかこうなるとは思わなかった」
「そ、そうね……」
 そして刹那が脈絡も無く、絹江に言う。
「眠くなったら眠れば良い」
 絹江は一つ頷いて答えた。
「そう、させて貰うわね」
 歩いて元の席に戻って座り、
「ふぅ……」
 溜め息を付く。
 絹江は少し冷静になって考え始める。
 まさか、数ヶ月前から隣に住んでいるあの子がCBのメンバーだったなんて。
 サジ、普通に話した事あるなんて言ってたけど……。
 せめて、サジだけは巻き込まないようにしないと。
 自然と絹江は手に力を込める。
 そう心に決めて、ふと絹江は広間を見渡す。
 ……この屋敷、どこの資産家の物かしら。
 考えてみれば、CBにはこういう強力なバックがついているのは当然よね……。
 今まで取材蹴られたことは多かったけれど、その中にCBの関係者はいたのかもしれない。
 そう考えると、絹江は今まで無事であった事に若干の安堵と、すぐに薄ら寒さを感じた。
 絹江は足に右肘をつけ、体を少し前に傾け、手を頭に当てる。
 これから、どうなるのかしら。
 CBに参加させて下さいとはお願いしたけれど、私はJNNの記者であって、どこかの機関の諜報員のような事ができる訳でもない。
 今ここで待っている人が来れば、その時に分かるのでしょうけど。
 それにしても、リーサ・クジョウ、コードネームでスメラギ・李・ノリエガ、あの人もCBの人だったなんて……。
 私の抹殺が決定されたと思われるデータは、まず間違いなくあの時ビリー・カタギリ氏が話していた事を仮説に纏めたアレ。
 だとすると、彼も抹殺対象に入っていてもおかしくない。
 そして、レイフ・エイフマン教授も……。
 まさか、二人もCBの……?
 いや、それはない。
 CBだったら他人にあんな事を漏らしたりはしない。
 あ、エイフマン教授からの返信のメール……もしかして、教授は既にCBに目を付けられているのかも……。
 今頃になってCBに近づこうとするのがどれだけ危険か分かる……というか、もう手遅れよ……。
 絹江の脳裏に部長が真剣な顔で忠告した時の事が再生される。
(但し、無理はするな絹江。深みに嵌ったら抜け出せなくなる)
 部長……完全に深みに嵌って抜け出せなくなりました。
 絹江は左手も頭に当て、両手で頭を抱える。
(自分を愚かだと呪って死ぬか)
 更に隣の少女が指を突きつけて言った言葉も再生される。
 衝撃的な言葉だったけれど、ホント、私って愚かね……。
(ほむらがこうして動かなければ君は何も気づかずに明日には確実に死んでいただろう)
 QBの可愛らしい声も再生される。
 ほむらちゃんが来てくれなかったら、明日には私は死んでいた……。
 絹江は隣の少女の方を向き声を絞り出す。
「暁美、さん、起きているかしら」
 少女は目を開ける。
「はい」
 少女の人を寄せ付けない雰囲気に気圧されるものの、絹江は自然に頭を下げて言う。
「あの……何て言ったら良いか、本当にありがとう」
「その言葉、受け取っておきます」
 少女は、そう返した。
 わざわざ、貴女の為ではなく、私の行為が間接的に貴女の死に繋がる結果を招いたと感じる私の為にした事だとは言わなかった。
 絹江はそこで少しだけホッとした表情をし、緊張が解けたのか、しばらくすると遅れて睡魔が襲い、そのままコクリコクリと頭が揺らぎ始め、そのまま眠りについた。

 それを他所に 刹那は、目を瞑ってはいるが、寝てはいない少女を警戒し、ひたすら見張り続けていた。
 自然に少女は座っているが、刹那には全く隙が感じられなかった。
 刹那は目の前の少女が魔法少女というものであると聞いたが、その詳しいことは知らない。
 ただ、この少女が自身と同じく戦っている者だという事は分かっていた。
 不意に刹那は椅子から立ち上がり、真っ直ぐ少女へと近づき、言った。
 距離5m。
「戦っているのか」
 広間に声が響く。
 少女は静かに目を開ける。
「戦っているのか」
 刹那はもう一度言った。
 一瞬の間。
 少女が顔を上げて口を動かす。
「戦っているわ」
 すぐに刹那も言う。
「俺も戦っている」
 少女は刹那の発言に対し、
「そう」
 と。
 刹那の問いかけは続く。
「何と戦っている」
 少女はスッと立ち上がり、
「人の世の呪い」
 ポツリと言った。
 刹那は少女の言葉を復唱し、解釈する。
「人の世の呪い。……それは、世界の歪みか」
 真顔の刹那に対し、少女も視線を直にぶつけ、頷く。
「……そうよ。闇の底から人々を狙う世界の歪み」
 刹那はごくりと喉を鳴らし、更に言う。
「何故、この世界は歪んでいる」
 少女は一歩足を前に出し、答える。
「人は、生きている」
 聞いて、刹那は目に動揺の色を浮かべ、僅かに見開く。
「人のせいなのか?」
 少女は首を横に振って更に一歩。 
「人は悲しみ、憎しむ」
 刹那は両の拳をきつく握り締め始める。
「人と人が分かり合える道は無いのか」
 少女は目を閉じて更に首を振り、
「その答えは私も分からない。けれど、希望はいつだってある」
 刹那を見据えて言った。
「希望は……ある」
 刹那は僅かに震える声で呟いた。
 そして、刹那は拳を緩め、後ろを振り向き踏み出した。
 しかし、すぐに再び振り返り、
「何故、お前は戦っている」
 と、眼の奥に僅かに輝きを宿して尋ねた。
 後一つ、と。
 少女は目を閉じて、ゆっくりと口を開き、
「かつてこの世界を守ろうとした者がいた。私はそれを、決して忘れたりしない。だから私は、戦い続ける」
 目を開けた。 
 刹那はそれを聞いて鼓動が早まる。
 この世界に神はいない。
「それは誰だ? 神か?」
 少女はその問いには首を一度振り、そっと空を見上げ呟く。
「いつでもどこにでもいる。今も私の傍にいる」
 あの子は神様でも何でもいいと言ったけれど。
 ガラス張りの向こうには完全な闇が広がり、穏やかな色合いの光が広間を優しく照らす。
 刹那は対峙する少女に神秘的な何かを幻視し、その瞳が揺らいだ。
 まさか、神が視えているのか、と。





前本話後書き・重大ながら結構どうでも良い矛盾点

刹那とクロスロード姉弟の家は高層マンションのエレベーターを上がった中でした。
一階から普通に上がれません。
柵はありますが植え込みはありませんでした。
しかしアニメ本編、3話変わる世界と6話セブンソードを確認すると3話と6話で玄関付近の構造が明らかに変化(玄関と玄関の間の距離がやたら伸びている)しているという事にも気づきました。
一体僅かな月日の間に何があったのか。
一応修正版も用意しましたが、突っ込みがなければこのままで良いかなと言い訳を一つ。



[27528] MS「タダ飯! タダ飯!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/30 09:00
―王留美所有・小型輸送艇―

 イタリアに滞在してリリアーナ・ラヴィーニャの監視を行っていた王留美は紅龍を伴い、私有の輸送機で東京の別荘へと飛んでいた。
「こんなに事が早く動くなんて」
 フフと王留美は機内で笑みを浮かべる。
 監視していた魔法少女とは違う魔法少女が同席しているなんて好都合だわ。
 そこへ紅龍が現れる。
「お嬢様、絹江・クロスロードの素性、判明しました」
 言って、端末を渡す。
「絹江・クロスロード……JNN記者取材班。JNNのCBに関する報道特集第一回目の取材を主導で行った人物。随分あちこち企業にも取材を申し込みをしていたようね。王商会にも。……家族構成は大学一年の弟が一人のみ。あら」
 読み上げ、サジ・クロスロードの顔写真を出した所、数ヶ月前、天柱の低起動ステーションで見かけた気がすると、王留美は思う。
「母親を早くに亡くし、同じく既に故人の父親はフリージャーナリスト。報道関係の間では有名。取材先の企業に濡れ衣を着せられ、投獄された」
 続けて淡々と王留美は読み上げ終えた。
「では、予定の通りに」
 言って、王留美は端末を閉じた。
「承知致しました」
 そこで王留美は機内で仮眠を取り、数時間。
 再び起きて用意が整った所で、紅龍が伝える。
「何かしら?」
「お嬢様、暁美ほむら、について検索した所、約300年前に失踪した人物と同名である事が判明しました」
 難しい顔をして紅龍は言ったが、王留美も目を丸くする。
「300年前? 流石に冗談ではなくて?」
「私もそう思いますが一応一致する情報です。写真までは残存していない為確認は取れませんでした。間もなく、東京へは後一時間程で到着です」
 その言葉を聞き、王留美は了承する。
「分かったわ」
 そして一時間。
 別荘の前に輸送機が到着。
 二人が降りると、別荘の使用人達が出迎えた。
「伝えた通り、お世話の必要はなくてよ」
 カツカツと歩き、王留美はそう言って、石畳を進む。
「失礼」
 紅龍も後に続いた。
 そして広間に到着。
 扉を開けると、刹那・F・セイエイは顔を向け、少女はスッと目を開け、絹江・クロスロードは緊張した様子で同じように見た。
「王留美」
 刹那が言った。
「刹那・F・セイエイ、そちらの二人ね」
 王留美が刹那から絹江と少女へと視線を移して言う。
 絹江と少女は立ち上がるが、絹江は驚愕していた。
 丁度良い距離まで近づいた王留美が丁寧に自己紹介をする。
「王留美です。CBのエージェントをしております。こちらはパートナーである紅龍です」
 手で後ろに控える紅龍示した。
 絹江は驚きが収まらなかったが、先に少女が名乗る。
「暁美ほむらです」
 それが耳に入り、絹江も慌てて言う。
「絹江、クロスロードです」
 絹江の様子を見て、王留美は僅かに微笑を浮かべ、
「その節は当商会への取材、丁重にお断りさせて頂きましたわ」
 と言った。
「は……はい。その節は無理を言って失礼しました」
 絹江は痛い所を突かれ、頭を下げたが、心中はまだ驚いていた。
 まさか王家の当主その人がCBのエージェントだったなんて……。
「お構い無く。スメラギさんから話は伺っております。手配も整っていますのでご安心下さい。クロスロードさんはJNNの記者という事ですが、私達と同じくエージェント、情報収集を主として活動して頂きます。常時はこれまで通り仕事を続けて下さい」
 絹江は王留美の言葉を真剣に聞く。
「必要がある時、適宜指示が端末に降りますので、それに従って行動して頂ければ構いませんわ」
「は、はい」
 既にどうなるかが決定していた事に絹江は置いて行かれかけるが、それに構わず王留美が言う。
「では紅龍、活動の内容を教えて差し上げて頂戴」
「承知致しました。クロスロードさん、どうぞこちらへ」
 紅龍が一歩前に出て絹江を手で示し、広間から続く別室へと案内していった。
 広間に残ったのは王留美、刹那、少女。
 刹那は自然に立ち上がり、二人にある程度の距離まで近づく。
「さて、貴女は魔法少女……という事で合っているのかしら?」
 王留美が興味深そうに少女の左手の甲の菱形の紫色の宝石を一瞥して尋ねた。
「合っています」
 簡潔に少女は肯定する。
「それは良かった。では、私達も別室に参りましょう」
 王留美は刹那と少女を案内しようとするが、少女が口を開く。
「絹江・クロスロードの当面の命の保証は確保されたのですか」
 王留美は少し目を見開いたが、表情を緩め、
「この王家当主の私が保証致しますわ。CBのエージェントとしてクロスロードさんのバイオメトリクスがCBのデータバンクに登録されるので、一般人の扱いからは除外されます」
 自信を持って説明した。
「分かりました」
 少女は表情を崩さずに答えた。
 少女としても、後にQBが夜、肩に現れた時に尋ねれば済む事であった。
 改めて、王留美に従い、少女と刹那は歩いてCB用の機材が備えられている部屋へと向かう。
 開けると部屋の端から端にコンソールが配備され、壁面には巨大なモニターが見えた。
 王留美はコンソールの一つに長方形のクリスタルキーを挿し込み、起動させる。
 瞬時にコンソールが起動し、灰色だったモニターは電気が入り、真っ白になり、次々と文字列が浮かび上がる。
「プトレマイオスと繋ぎますので少々かかります」
 王留美はコンソールを操作し、暗号通信を送る。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

「スメラギさん、王留美から暗号通信来ました!」
 クリスティナ・シエラが後ろを振り返ってスメラギに言った。
「来たわね」
 スメラギ・李・ノリエガは待ってましたという様子で言い、クリスティナの席の元に向かう。
 クリスティナが暗号を解除し、メッセージを表示する。
 すぐに目を通したスメラギが指示を出す。
「クリス、ブリーフィングルームへマイスター達の集合をかけて、モニターを王留美の屋敷との接続をお願い」
「了解です。スメラギさん、私も興味あるんですけど、駄目ですか?」
 クリスティナはスメラギをいたずらっぽい表情で見上げた。
「俺もあります」
 リヒテンダール・ツエーリも操舵席から手を上げて言った。
「そこは中継映像で我慢して」
 スメラギは困った様子で言った。
 クリスティナはやっぱり、とわざとらしく項垂れ、艦内放送を掛ける。
「……了解です。マイスターズはブリーフィングルームへ私服で集合して下さい」
「じゃ、行ってくるわね」
 スメラギは言って、ブリッジを後にする。
 廊下をレバーを掴んで移動し、ブリーフィングルームへ。
 続々とロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデが到着する。
 ロックオンは機体が受けた損傷から、受けた衝撃を詳細に分析調べる為に地上からプトレマイオスへと上がり、イアン・ヴァスティから文句を言われた後だった。
「スメラギさん、本当に僕達姿を見せても良いんですか?」
 アレルヤがスメラギに尋ねた。
 スメラギはアレルヤに顔を向け、割合軽い様子で言う。
「私服だし、大丈夫よ。ガンダムマイスターである事は言わなければ分からないのだから。それに、あちらも、裏も裏の存在のようだし」
「まさか、本物の魔法少女なんてものがお出ましとな」
 ロックオンは腕を組んで言った。
「見極める必要がある」
 ティエリアは気難しい顔をした。
 スメラギは体の前で手を組んで言う。。
「会ってみてのお楽しみよ。王留美からの情報とクリスの確認によると、暁美ほむらという子は約300年前の失踪者と同名らしいわ」
 ティエリアとロックオンは馬鹿馬鹿しいという様子をし、アレルヤが呆れた顔で尋ねる。
「まさか、信じているんですか?」
「いいえ?」
 語尾を上げてスメラギは答えた。
「何ですか、それ」
 スメラギが笑う。
「気にしない気にしない」
 そこへクリスティナからの通信が入る。
[モニターの接続、完了しました]
「ありがとう。繋いで頂戴」
 そして、ブリーフィングルームのモニターが繋がる。


―UNION領・経済特区・東京・王留美の別荘―

 こちらにも、モニターにメッセージが入り、プトレマイオス側の用意が整った事が分かる。
 そして王留美が更に操作すると、モニター一面にはプトレマイオスのブリーフィングルーム全体が映しだされる。
 そこには四名の姿。
 各員見慣れない少女を見てそれぞれの表情を浮かべた。
「スメラギさん、お揃いですわね」
 王留美がフフ、と笑いながら言った。
[ええ、こういう事にね。見事な手配、感謝するわ]
 スメラギは頷いて言った。
「恐れ入ります」
 王留美が一礼した。
 そして、悪いわねという様子でスメラギが口を開く。
[数時間振りだけれど、四人もいて御免なさい、暁美ほむらさん]
 少女は即座に答える。
「構いません」
 その答え方に腕を組んだロックオン、そしてアレルヤが微妙な顔をして一瞬だけティエリアの方を見た。
[それでは、早速で悪いけど、魔法少女……について聞かせて貰えるかしら?]
 スメラギは真面目に魔法少女なんて言うのやっぱり違和感あるわね、という様子で言った。
「分かりました。ただ、その前に先にCBが魔法少女に襲撃を受けたという件について教えて貰えませんか?」
 少女はその方が早いと言った。
 スメラギは一から聞いて行きたかったがそれでも構わないと頷く。
[……そうね、分かったわ。王留美]
 王留美が優雅に一礼し、
「お任せ下さい」
 コンソールを操作し始め、すぐに準備が整う。
「再生します」
 モニターにデュナメスのミッションレコーダーに記録された問題の映像が再生される。
 槌を振り回す少女がガンダムを襲う映像を最初から最後まで見たところで、少女は軽く髪を掻き上げた。
 続けて、王留美が映像の少女についての素性を説明する。
「この人物は、AEUイタリア出身、リリアーナ・ラヴィーニャ、14歳。半年前の爆破テロによって両親が死亡しています」
 リリアーナの素性を王留美が解説し終えた所でスメラギが尋ねる。
[と、言うことなのだけど、あなたの見解はどうかしら?]
 少し間を置き、少女が目を細めて言う。
「……大体の事情は想像が付きます。説明する前にもう一つ。素性を調べているということは他にも詳しい情報を得ているように思いますが、どうですか?」
 次に王留美を意図的に見た。
 ここでスメラギは厄介だと感じた。
 説明はすると言ったけど、この子は必要以上の事を話す気はないようね……。
 そして、スメラギは王留美が更に自分を見てきたので、頷いて返した。
「では、私達が得た情報に基づいた仮説を」
 言って、説明を始める。
「QBと契約すると魔法少女となる代わりに願いを叶える事ができる。魔法少女は魔獣と呼ばれる存在を魔法を使って倒し、恐らくそこから得られたグリーフシードと呼ばれる黒い結晶を使ってソウルジェムと呼ばれる宝石の濁りを浄化する。そして、使い終わったグリーフシードはQBが回収する。但し、魔法少女は消耗しすぎると消えるらしいという情報を得ていますわ」
 王留美は流暢に述べた。
 じっと聞いていた少女が一呼吸置いて口を開き、スメラギ達は思わず緊張する。
「……合っています。そしてCBを襲撃した魔法少女は、大方、両親を失った恨みをCBの象徴であるガンダムに向けた。そこへQBが現れ魔法少女となる契約を持ち掛け、実際に契約した。願いはガンダムを倒せる力が欲しい。このような所でしょう」
 スメラギ達は余りにさらりと言われた事で一瞬反応が遅れてしまい、少女が続けて結論を言う。
「……はっきり言えば、この魔法少女、CBの自由に対処して問題ありません」
 スメラギは少女の特に何も思うことはないという様子を見て若干眉をひそめ、ロックオンとアレルヤも我に帰って同じような表情をする。
[……つまり、迎撃して構わないと言うの?]
「はい」
 肯定。
 少女は分かっていた。
 リリアーナはガンダムを倒す力を願った以上、倒せないと自覚したその時には絶望で消滅するしかない。
 そもそも、憎悪が原動力の魔法少女は短命にならざるを得ない。
 最初に契約を持ち掛けたのはQBだとしても、契約するかどうか意思表示をするのは少女の自己責任。
 常に一少女とQBの間のみに契約関係は成立する。
 そこに第三者が関与する余地は本質的に存在しない。
 ここで黙っていたティエリアが問いただすように言う。
[君はこのリリアーナ・ラヴィーニャと同じその魔法少女であっても関係は無いのか?]
「その魔法少女と私に共通するのはQBと契約をして魔法少女になったという事実だけ。私はその魔法少女と関係ありません」
 少女は淡々と回答し、そこでティエリアも一応は疑いの目を止めた。
 殆ど少女が話す事も無く魔法少女がCBを襲撃した件の結論は出てしまった。
 しかし、スメラギ達には魔法少女、そしてQBに対する謎がまだあった。
 スメラギは未だ信じ切れず、つい確認をする。
「少し話を前に戻すけど、願いが叶うというのは本当?」
「信じるか信じないかは自由です」
 少女の受け答えに、スメラギは興味半分から一転、効果的に少女から情報を引き出そうと質問を変える。
[分かったわ。……グリーフシードが得られるという魔獣とQB、そしてCBにどういう関係があるか、教えて貰えるかしら?]
 魔獣とは何かなどとと聞かれた場合はCBに関係は無いと言うつもりだったが、少女は仕方が無いかと口を開く。
「……CBが活動すると魔獣が増え、グリーフシードを回収したいQBには効率的です」
 一同は耳を疑った。
 CBの活動で何故魔獣が増えるのか、と。
[ど……うして、CBの活動で魔獣が増えるの?]
 動揺しているスメラギを意に介さず、少女は至って冷静に返す。
「理由を聞いたとして、CBは活動を止めるのですか?」
 核心を突いた問いに一同は息を飲んだ。
 だが、そこへアレルヤが答える。
[……止めないさ。だけど、僕は僕達の行動で起きる事をできるだけ知っておきたい]
 それが僕達の咎だというなら尚更。
 アレルヤの目を見た少女はゆっくり口を開く。
「……魔獣はこの星に生きる人々の怒り、憎しみ、悲しみのような負の感情が強まると自然に発生する存在。だから、世界の敵意を集めているCBの活動によって魔獣は必然的により多く生まれます」
 それを聞いたアレルヤ達は信じられないと目に動揺の色を浮かべる。
 一方で王留美は興味深そうな目をする。
[馬鹿なっ……。感情でそのようなモノが生まれるなど]
 ティエリアの口から呟きが漏れた。
 しかし、信じて貰う必要も無いという様子で少女は沈黙を貫く。
 今度はロックオンが一つ唸り、組んでいた腕を下ろす。
[そのグリーフシードとやらを集めて、QBが何企んでるか知ってるのか?]
「知りません」
 少女は即答した。
 宇宙の熱的死を防ぐ為に回収した感情エネルギーを使うなど私の知る事ではないのだから。
 ばっさり話を終わらされてしまいロックオンは苦い顔をするが、再びアレルヤが少女の話を真実という前提で尋ねる。
[僕達CBの活動について君は個人的にどう思っているか聞かせて貰えないかい? 間接的に僕達の活動は魔法少女である君の負担を増やしているのだろうし……]
 しかし、アレルヤの期待に反し、少女ははっきりと言う。
「特に活動について何も思う事はありません」
 何も思うことは無いという発言にアレルヤは言葉が返せなかった。
 ロックオンは僅かに不快感を抱いて少女に問う。
[それは自分には関係無いって事か?]
「はい。魔法少女は魔獣が人に害となって返る前に狩り続ける、それだけです」
 少女は気にせず肯定した。
 少女は至って冷静に答えたものの、少なくとも紛争に対しては否定的な様子がロックオンには伺えた。
 その上、彼女がその近くでずっと黙ったままの刹那に被ってしまい、つい尋ねる。
[魔法少女としての立場の前に思うことも無いのか?]
 ロックオンの問いに、少女は別にCBに対して意見しに来た訳ではないと、虚空を見る。
「私にとってCBの活動は、気がつけば20年以上続いた太陽光発電紛争の次。時代の流れの中の出来事の一つのようなものです」
 皆、少女の浮世離れした言い方に困惑するが、ロックオンが強烈な違和感に気づく。
[……気がつけば20年って、一体幾つだ]
 どう見てもまだ14、15歳だろ、と。
 問われて、今度は少女が今までになく、しまったという顔をした。
 しかし、この際良いかと少女はすぐに冷静に戻り、
「……あと少しで300ぐらいかしら」
 完全に音が消えた。
 モニターの向こう側に見える四人は一切動かず石の如し。
 ギギ……と頭を動かしてスメラギが復活する。
[……い、一瞬信じそうになったけど、中々言えない冗談ね]
[そ、そうですね]
 スメラギとアレルヤが口々に言ったが全く顔が笑っていない。
 300年前の失踪者と同名である話は予めしていたが、少女からそれを匂わせる発言を口にするとは思っていなかった。
 そこへ王留美がまさかと思いながら少女に問う。
「暁美ほむらという名が約300年前に失踪した人物と同一なのは偶然でして?」
 再びモニターの向こうが凍りつく。
 少女はゆっくり口を開き、
「同一人物です」
 真顔で言った。
「まあ」


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

「え……えぇぇぇぇえええ!?」
 ブリッジではモニターを見ていたクリスティナが叫び声を上げていた。
「おいおい、これが本当なら生きた化石だぞ!」
 ラッセも思わずモニターに向かって声を上げた。
 逆にリヒテンダールは完全に引いて言う。
「嘘言ってるようにも見えないすけど、流石に……」
「長生き……」
 フェルトは目を丸くして呟いた。


―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

 ブリーフィングルームは沈黙が続いていた。
 少女が年齢発言をした後「この辺りで良いですか?」と私の説明はこれで終わりです、という雰囲気に流され、そのまま通信終了となり、今に至る。
 ロックオンは徐に手を頭に当てる。
「あー、何なんだか」
「何、だろうね……」
 アレルヤは遠い目をした。
「……人は見かけによらないとはこう言うことなのかしら……ね」
 確実に年下と思って話しかけていたのを恥ずかしく思うスメラギ。
「いずれにせよ、襲撃してきた魔法少女は単独である事がはっきりした。再び遭遇する時には対処するだけです」
 ティエリアは難しい顔をして話を戻したが、QBについて大して情報が得られなかった為不満そうであった。
「結局、刹那の言った通りか。俺達が撒いた種なら俺達でケリをつけるしかないってこった」
 聞いたロックオンも話を戻し、仕方ないと言った。
「そう、ね……」
 スメラギが呟き、アレルヤが顔を顰める。
「その原因の一端にQBが関わっているのが複雑ですよ……」
 スメラギが溜息をつく。
「全くね。信じるか信じないか自由と言われたけど、QBは人の負の感情から生まれるグリーフシードを回収するのが目的というのは恐らく事実なのでしょう。私達の活動にQBが介入してくるのは必然的だった、という訳ね」
 そこへロックオンが腑に落ちない様子で言う。
「だが、ミス・スメラギ。QBはわざわざ俺達に接触してこなくても、魔獣とやらは増えたんじゃないのか?」
「リジェネ・レジェッタが伝えてきた事が答えよ」
 スメラギが落ち着いて答え、ロックオンが思い出して納得する。
「ああ、CBが壊滅する予定だったっていうアレか」
「いや……恐らくそれだけではない」
「ティエリア?」
 スメラギが思いつめたようなティエリアを見た。
「……何でもありません。退出します」
 言って、ティエリアはブリーフィングルームから一人先に出て行った。
「何だ?」
 ロックオンが怪訝な様子で言うが、スメラギがハッと気がつく。
「まさか……だから」
 アレルヤが不思議そうに尋ねる。
「どうしたんです? スメラギさんまで」
「……QBにとっていかにCBが都合が良いかと思っただけよ。私も行くわね」
 スメラギは気にしないでと、苦笑してブリーフィングルームを後にした。
 ティエリアとリジェネ、そしてエイフマン教授の元に現れたハナミという子。
 もし、魔法少女になり得るのだとしたら……。
 憂慮すべきなのか、既に助けられている形になっている事に感謝すべきなのか……困ったものね。
 スメラギは、はぁ、と息を吐いて、ブリッジへと向かって行った。


―UNION領・経済特区・東京・王留美の別荘―

 モニターは元の白い画面となって室内を照らしていた。
 結局経過した時間は30分にも満たず、紅龍が絹江に説明をしている方はまだまだ始まったばかり。
 モニターを明かりとして、室内自体はほの暗い中、終始黙り続けていた刹那が問う。
「300年生きているというのは、本当か」
「本当よ」
 少女は簡潔に答えながら思う。
 魔法少女は人間として生きているとは言えないかもしれないけれど。
 刹那が僅かに頷いて言う。
「何が見えた」
 刹那の言葉の足りない問いかけに王留美はキョトンとする。
「人は変わっていない」
 少女は刹那を一瞥してポツリと言った。
 王留美は刹那に答えた少女に驚いて少し口を開け、次にまた刹那が何を言うのかと顔を向ける。
 300年生きている、つまりそれに等しい時間世界を見てきたと言う少女の言葉を重く感じ、刹那は拳を僅かに震わせ低い声で言う。
「変われ、ないのか」
 少女は刹那の様子を見て、徐に髪を掻き上げて、
「……あなたが変わりたいと望むなら、変わるかどうかはあなた次第よ」
 諭すように言った。
「俺、次第……」
 刹那は下を向いて復唱した。
「そうよ」
 言って、少女は自然に歩きだして、部屋から出ていく。
 思わず少女の言葉に考え込んでしまっていた王留美がそれに気づき、急いで自分も少女の後を追いかけ扉を開け、見えた少女の背中に向かって期待を込めた声を掛ける。
「時に、私もQBと契約する事はできまして?」
 少女の足がピタリと止まる。
「その命と引き替えにしてまで、叶えたい願いがありますか」
「それは……」
 王留美は言葉に詰まった。
「その願いも無いのなら、契約しても魔法少女に課せられる運命に縛られるだけよ」
 少女は僅かに顔を左に向け、その左目で王留美を睨みつけて言った。
 少女は王留美の問いには答えなかった。
 しかし王留美は自覚する。
 私は何かを望んでいるけれど、それが何かは分からない。
 ただ、世界が変わりさえすれば、理不尽に決められた私の人生も変われるかもしれないと思っていた。
 けれど、彼女は言った。
 変わりたいと望むなら、変わるかどうかはあなた次第。
 例え世界が変わったとしても、私が変わるとは限らない。
 王留美は、ここに来るまでQBと契約すれば願いを叶えられるという話に漠然とした何かを期待していたが、自分自身の願いが具体的にどういうものか考えてはいなかった。
 仮に世界が変わって欲しいと願った所で、どう変わって欲しいのかもはっきりしない、契約しても魔法少女として魔獣との戦いに縛られ続ける。
 沈黙した王留美に構わず、少女は一人、広間へと戻っていった。
 それから少し。
 部屋の扉の前で立ち尽くしたままの王留美の後ろから刹那が現れる。
「どうかしたのか」
 声を掛けられ、王留美が驚いて振り向く。
「い、いえ」
「そうか」
 刹那はその言葉を聞いて気にせず広間へと戻ろうと王留美の横を通って歩き出す。
 その刹那の背中に少女の後ろ姿が被り、王留美は呼び止める。
「刹那・F・セイエイ。あなたはどうするつもり」
 刹那は足を止め、
「俺は変わる」
 そう一言。
 そのまま去っていく。
 残った王留美はその場で呟いた。
「変、わる……」


……その後、王留美もとぼとぼと歩きだし、少女と刹那のいる広間へ戻った。
微妙な雰囲気の空間の中、時間だけが過ぎていった。
しばらくして絹江と説明を終えた紅龍も戻り、絹江は王留美達に礼を述べ、三人は来るときと同じく車に乗った。


 運転席と後部座席の間には仕切りがあり、会話が聞こえないようになっていたが、生憎会話自体が無かった。
 しかし、痺れを切らしたのか、絹江が少女に尋ねる。
「暁美さんは最近、アメリカに行った事はあるかしら?」
「ありません」
 即座に否定が返る。
 絹江は目を閉じたままの少女のその威圧感に気圧されるが、だとすると一体、と思う。
 髪の毛の長さが絶対的に違う。
 良く似た別人なのかしら……。
 絹江は携帯を操作して写真を出し、もう一度と少女の近くに見せて言う。
「こ……この写真の子に見覚えは?」
 すると少女はゆっくりと目を開け、写真を見て一瞬目を見開くが、
「ありません」
 再びの否定。
「そ……そう、ありがとう。他人の空似、かしらね……」
 苦い顔をして絹江は呟いた。
 目を閉じ直した少女は思う。
 これは偶然……それとも。
 QBが一般の前に姿を現した事は違和感があるとは、わざわざCBと話し合うつもりも無かったから言わなかったけれど、効率的というQBの言葉には根本的に何か大きなメリットがあるのかもしれない。
 ……しかし、それも大した意味を持ちはしない。
 いずれにせよ、QBは活動を止めたりはしないのだから。
 一方、大分落ち着きつつあった絹江は少女の言った魔法少女、という単語について尋ねたかったが、実際に尋ねようという気にはならなかった。
 絶対に答えそうに無い上、尋ねた瞬間「愚か」と逆に叱られる未来が容易に想像できた。
 車は午前の東京の街を走り、人気の無い所で停車し、三人を降ろした。
「俺は先に戻る」
 刹那は二人に言って、
「えっ?」
 絹江の声を気にする事なく、足早に勝手に行ってしまった。
 絹江が片手を伸ばして何かを言おうとした所に、少女が呟く。
「一緒にいる所を見られないように……」
「あ、そ……そういう事」
 絹江はそうか、と納得して手を降ろした。
「では、私もこれで」
 言って、少女もカッカッと歩き出す。
「ま、待って」
 絹江の制止の言葉に足が止まる。
「良かったら、私の家に寄っていかない? も、もちろん、詮索するつもりは無くて……せめてご飯だけでもというかその……」
 更に慌てて取り繕うように絹江が言う中、
「……分かりました」
 少女は絹江の顔を見上げて言った。
 絹江はこんなに簡単に了承が得られるとは思っていなかったので驚く。
「ほ、本当に良いの?」
「冗談なら帰ります」
 すぐに少女は踵を返そうとする。
「本当! 本当よ」
 危うく、少女は本当に帰る所だった。
 少女が誘いに乗った理由は、夜、QBが現れ絹江の安全が本当に確保されたのか尋ね、確かめられるまでは、絹江の付近を離れない方が良いと考えた為。
 

―UNION領・経済特区・東京・クロスロード姉弟のマンション―

 誘った割には会話無く、二人は部屋の前まで到着した。
「ど、どうぞ」
 ぎこちない絹江に対し、少女は落ち着いた様子で言う。
「お邪魔します」
 玄関で絹江は先に靴を脱いで上がり、少女に声を掛ける。
「あ、ブーツは靴箱を使ってい」
「それには及びません」
 絹江の言葉を遮り、少女は左手の甲の宝石に触れ、全身が紫色に一瞬輝く。
 すると、少女の姿は上から下まで一般的な服装に変化し、靴もブーツではなくなっていた。
「え……あ……」
 絹江は口をパクパクさせて驚く。
「詮索は、しないですよね」
 なら気にしないで、と何食わぬ顔で少女は靴を脱いで上がった。
「え……ええ……」
 絹江は誘導されるように頷き、少女をリビングへと案内して、ソファに座るように勧めた。
 少女はスッと座り、絹江は飲み物を用意しようと冷蔵庫を開ける。
 さっきの、何。
 ま、魔法?
 だから、魔法少女?
 訳が、分からない……。
 絹江は左手で頭に触れる。
 それにあの子、私が尋ねられないと分かっていてやったわね。
 開けた冷蔵庫には碌に飲み物が無かった為、パタリと扉を閉じ、茶を淹れる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 少女は軽く頭を下げて、茶飲みに手を伸ばし口元に運んで飲んだ。
 そして絹江は誘った通り、昼食を作り始めた。
 「何か食べたいものは?」と尋ねると「お構いなく」と答えた少女に絹江は本当にやりにくいわ……と感じたが、この際だしと、夕食に食べるような食事を作った。
 ソファからダイニングテーブルへと少女を勧め、二人で向かい合う。
「頂きます」
 少女は両手を合わせて言った。
「ご飯はお代わりあるから遠慮せず言ってね。……頂きます」
 絹江はそう言って自分も手を合わせた。
 黙々と食事を取る少女に、無駄に緊張してどうも箸が進まない絹江。
 気がつくと茶碗のご飯が無くなっており、少女が真顔で尋ねる。
「お代わり、頂けますか?」
「も、もちろんよ。ちょっと待っててね」
 絹江は茶碗を受け取り、お代わりをよそいにキッチンに行き、戻る。
「ありがとうございます」
 自然に受け取った少女は黙々ともぐもぐ食事を続け、次第に絹江も緊張が解けていった。
「ごちそうさまでした」
 その言葉を聞き、絹江は恐る恐る尋ねる。
「……口に、合ったかしら?」
 少女が深く頷く。
「とても、美味しかったです。絹江さんは料理が上手ですね」
 どことなく、充足感に満ちたような声に、絹江も少し顔がほころぶ。
「それは良かったわ。ありがとう。でも実は弟の方が料理上手いのよ」
「弟さん、ですか」
「大学で宇宙工学を学んでいるんだけど。私が仕事で家を空ける事が多い関係でね……」
 少女は絹江に弟がいて、それが唯一の肉親である事も昨日の時点で知っていた。
 絹江は少女の事情について尋ねたい心を押さえ、少し話を続けようとした矢先。
 玄関の扉が開く音がする。
 サジはアルバイトに行こうと家に帰って来たが、玄関が開いていた上に、見知らぬ靴が置いてある事を不思議に思った。
「あれ?」
 そのまま靴を脱ぎながら、上がると、廊下に絹江が顔を出す。
「サジ、お帰り」
「姉さんの方こそお帰り。夜帰ってきてた事、気づかなかったよ。今からバイト行くけど、誰か来てるの?」
 言いながらサジはリビングへと向かう。
「ええ、ちょっとね」
 絹江は微妙な表情をして返し、サジは怪訝に思いながら、リビングに着くとそこには少女が一人。
 サジは少女の張りつめたような雰囲気に、ぎこちなく挨拶する。
「こ、こんにちは……」
「お邪魔してます」
 少女は落ち着いて会釈をした。
 どこの子、とサジは聞きたい所ではあったが、失礼かと思い、同じように会釈をして、少女をやや避けるように遠回りして自分の部屋に向かった。
 それに絹江はホッと一息。
 部屋に戻ったサジは鞄を降ろす。
「刹那に似た雰囲気の子だったな……」
 日本人みたいだけど、姉さんどこで知り合ったんだろう。
 そう考えながら、サジはピザの宅配のアルバイトへ行く準備を手早く整え、
「それじゃ、行ってくるよ。ごゆっくりどうぞ」
 リビングを通りがけにサジは絹江と少女にそう言って玄関に向かった。
「行ってらっしゃい」
 絹江が見送り、再び二人。
 そして沈黙。
 何か言わないと、と絹江が内心焦り始めた所、意外にも少女が口を開く。
「仕事は、どうですか」
 含みを持たせた言い方に、絹江はCBの事だとすぐに理解する。
「一通りは大丈夫。情報収集をするだけだから。専用の端末も受け取っているし」
 端末を受け取った時、市販の物とは一線を画している事に驚いたのを思い出しながら絹江は言った。
「そうですか」
 絹江の言い方に、当面しばらくは大丈夫そうだと少女は判断し、
「そろそろ、失礼します」
 席から立ち上がった。
「ま、まだ居てくれて良いのよ」
 唐突な切り出しに絹江は呼び止めようとしたが、
「いえ、お構いなく」
 少女はスタスタと歩き、玄関で靴を履いて、再び紫色の光を纏い、服装を変化させ、またもや絹江を驚かせた。
「料理、ごちそうさまでした」
「よ……良かったらまた家にご飯食べに来てね」
 絹江は頭の中でもっと違う、言う事あるでしょ、と思いながらも焦って口から出たのはこうであった。
 少女は軽く会釈し、
「その時には。失礼します」
 扉を開けて出た。
 思わず絹江は靴も履かずに急いで玄関扉を遅れて開けたが、そこに少女の姿は既に無かった。
「え……」
 ……その後、絹江は不思議に思いながらも、CBに属する一人のエージェントとしての仕事と、今まで通りJNN記者としての仕事を続ける事を考えているうち、時間は刻々と過ぎていった。
 陽が落ちてしばらく、再びサジはアルバイトから帰宅した。
 リビングに足を踏み入れると絹江はダイニングテーブルで何かを鞄に仕舞い終わり、手を離した所。
 サジはそれには気にせず言う。
「姉さん、最近ずっと仕事で家開けてばかりだけど、大丈夫? 疲れてるように見えるよ」
「……大丈夫よ。もう出張続きもこれで一段落だから。ほら、今日は夕食作ってあるから」
 絹江は大丈夫ではないと思いながらも、努めて表情には出さず、気分を切り替えるようにサジにキッチンに用意してある夕食を勧めた。
「あ、うん。分かった、ありがとう」
 サジがキッチンへと向かう所へ絹江が尋ねる。
「そういえば、いつからこの時間にバイト始めたの?」
「つい最近だよ」
 サジは軽く答える。
「何か欲しい物でもあるの? 何だか良い事あったみたいな顔してるけど」
「ちょ、ちょっとね……」
 あはは、とサジは笑ってごまかしながら食事を運び、それに絹江は少し呆れた様子で言う。
「ま、程々にしておきなさいよ」
「分かってるよ。頂きます」
 サジが食べ始めたのを見ながら、絹江はふと思う。
 程々にしておくべきだったのは私の方、ね……。
「姉さん、どうしたの? 顔に何かついてる?」
 見られているように感じたサジが尋ねた。
「何でも、無いわよ」
 サジを見て、元の日常だと感じた絹江は安堵してそう言った。
「ところで、今日来てた子誰?」
 思い出したようにサジが言った。
「ルイスがいるサジには紹介しません」
「えぇ? 何それ」
 サジは意味分からないよと言った。
「さあ?」
 絹江はとぼけた。


―ほむホーム―

 奥行きのない白い空間に、古風な時計類が空に飾りかけられ、背もたれのない複数の色の椅子が円を描いて並ぶ間。
「暁美ほむら、そろそろ時間だよ」
 影になっている境界からQBが現れた。
「……分かっているわ。外の彼女、抹殺対象から外れたのかしら?」
 少女は立ち上がりながら言い、ソウルジェムに触れて変身する。
「そうだね、外れたよ」
 QBは慣れたように素早く駆け、少女の肩に上って言った。
「そう」
 短く、しかし、少し安堵したような声。
 カッカッと歩きながら続けて少女が口を開く。
「ところで、私に瓜二つの人間がいるらしいわね」
 QBは至って普通に答える。
「瓜二つの人間がいてもおかしくはないんじゃないかな」
 君の遺伝子を元に製造している人工生命体だからね。
 当然の結果さ。
「……そういう事にしておくわ」
 少女はフッと息を吐き、影から出ると、そこはクロスロード姉弟の玄関の前。
「今夜も障気が濃いね」
「行くわよ」
 そして、闇夜の東京街へ、少女の姿は消えていった……。





本話後書き・反省
妥協投稿になりました。
ほむほむが何をどこまで話すかというのがメインであると皆様予測されていたと思われますが、拍子抜けになった感は自覚あります。
19話投稿時点で20話の原型も続けて用意してあったのですが、そのほむほむはやたらペラペラ話してました。
しかし、説明が冗長、プトレマイオス組みのリアクションが何度目だろうか、という感が強く、これは違うと思い、何度か書き直しました。
途中、ほむほむがQBを呼んで、CBメンバーと問答するパターンも出ましたが、それも何か違うと思い、没に。
結局、余計なことは一切話す必要なしというスタンスのほむほむとなり、本話に至りました。
個人的には悔しいので、やり直しに挑戦したいとは思いますが、とりあえず、今回はこれで、という事で投稿致します。
そして、これから現実事情で投稿間隔が開く事になる事、報告させて頂きます。



[27528] イアン「美人ならおk」 リンダ「あなた?」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/30 09:03
―UNION領・経済特区・東京・王留美の別荘―

 王留美は刹那達を見送った後、椅子に身体を預け虚空を見上げてばかり、無為に時間を過ごし再び陽も落ちた後。
 私は……。
「お嬢様、夕食の用意ができましたが、どうなさいますか」
 紅龍が現れた。
「ここに、運んで頂戴」
 王留美は気のない返事をした。
「承知いたしました」
 言って、紅龍が下がる。
 その後、夕食が運ばれ、王留美は無意識に手を付ける。
 カチャリ、と音が鳴る。
 王留美は食欲がわかず途中で食べるのを放棄した。
 控えていた紅龍は、王留美の様子が明らかにおかしい事にはとっくに気がついていた。
「ねえ、紅龍」
 不意に呼ばれる。
「何でしょうか、お嬢様」
 紅龍からは王留美の頭頂部が僅かに見えるのみ。
「願い事が一つ叶うとしたら、何を願って?」
 カラン、とグラスの氷が動く。
「お嬢様それはまさか」
 紅龍は絹江の対応をしていた為、暁美ほむらの話を聞いていなかったが願いと聞いてQBと魔法少女を連想する。
「いいから、答えなさい」
 ピシャリと王留美が語気を強めて命令する。
 紅龍は勢いを削がれ、間を置いて答える。
「私には願いなど、お嬢様が望まれ」
「そういうのはよして!」
 王留美が上体を倒して叫ぶ。
「いつもいつも、そう言って従うばかりで、あなた自分の意志は!? それだから私が当主にされたのよ!」
 キッと王留美は振り向いて睨みつけ、紅龍は雷に打たれるような衝撃を受ける。
「お嬢様……」
 王留美はグラスを床に払い落とし、立ち上がる。
「悔しくはないの!? 自分ではなく妹に当主の座が回って付き人になった事に、恨みの一つ、不満の一つ、願いの一つぐらい! そんな事も」
「留美ッ!」
 紅龍が叫ぶ。
 留美はまず聞くことのない紅龍の大声に驚いて止まる。
 紅龍は首を振り、王留美の目を見据える。
「恨みの一つも、不満の一つも無い。2年前のあの日、当主に選ばれた時の留美の顔を覚えている。その時決めた。せめて留美の側に居続け、支えようと。だから付き人になった」
 その兄という立場を殺してでも。
「お兄……様」
 留美の目が動揺に揺れる。
「それが全てだ。何も願いは無い。留美が何をしようと構わない。その力になれるなら、それが願いだ」
 留美が例えCBに参加しようと。
「そんな事、言われても……。っ……ずるいのよ」
 留美は顔を伏せて声を絞り出し、とぼとぼと紅龍に近づき、力任せに両手で紅龍の身体を叩く。
 叩かれた紅龍は一切微動だにせず、その細い腕を胸に受けた。
 更に繰り返して留美は一回、一回、叩く。
 何度も何度も、留美の腕が止まるまでそれは続いた。
 床にはグラスからこぼれた飲み物が染みになって広がっていた。
「助けてよ……私をこの灰色の世界から、助けてっ……」
 両腕を紅龍の胸に付けた留美の涙混じりのか細い声が響く。
「留美……」
 紅龍はそっと、留美の背に腕を回した。
 部屋にはしばらく、留美のすすり泣く声だけが響いた。
 王留美の元にQBは決して現れない。
 最初から運命の決められていたに等しい、権力を持つ名家の娘。
 因果律は一般的な少女を遙かに越えていたが、QBは契約するメリットがあるとは判断しなかった。
 CBの支援者であり、その財力と政界との繋がり。
 魔法少女にして、わざわざ不慮の消滅の可能性を出す事はQBにしてみれば非合理的でしかなかったから。
「……分かってるのよ。私は王家当主の座を恨んでいても、同時にどうしようもなくソレに頼って、利用している事に」
 紅龍は自然に手を離す。
「いっそ魔法少女にでもなれば抜け出せるかと思ったけれど、それも彼女に見透かされたように否定された」
 紅龍は黙って聞く。
「だから、そうね。……分からない。分からないからそれを探す。……お兄様、こんな私でも付き人を」
「続ける。留美の探し物も」
 紅龍は留美が確認するように顔を上げた瞬間、先に答えた。
 フ、と留美は笑う。
「そう。でも、お兄様はシスコンだから気を付けなくてはいけなくてね」
 身に危険がありそうだし、とわざとらしく言った。
「お嬢」
「お嬢様禁止。これからは二人の時はきちんと名前でお呼びなさい、ねえ、お兄様?」
 留美は人差し指で紅龍の鼻を指さす。
 うっ、と紅龍は困った様子をする。
「……承知致しました、留美」
「変な響きね。それに酷い仏頂面。少しは顔の筋肉も鍛えなさい」
 一方的に言って、留美は紅龍の頬に指を突き立てた。
 変に右頬の肉が凹む。
 王留美は紅龍に対し、容赦が無くなった。


―UNION領・経済特区・東京・JNN本社―

 絹江・クロスロードは一夜明け、JNN本社に表向きは元通り、出社し、同僚達に挨拶をかけて部長の元へと向かう。
「部長、ただいま戻りました」
 部長が振り向く。
「おお、絹江、戻ったか。何か手がかりが掴めたか?」
「いえ、残念ながら」
 絹江は申し訳なさそうに言った。
 本当は掴まれた側……。
「原稿上がりました」
 部長は他の職員からそれを受け取り、絹江に言う。
「おう。……そうか。それでどうする、まだ続けるつもりか」
「それが、イオリアの追跡取材は打ち切ろうと思います」
 部長は意外な顔をするが、すぐに少し安堵する。
「深みにはまる前に切り上げる、か」
 絹江はゆっくり肯定する。
「……はい」
 部長は深くは聞かずに言う。
「賢明な判断だな。なら話は早い。特番用の報道特集の仕事が山ほど溜まってる。それをやってもらうが良いな?」
「はい!」
 絹江は気を取り直して答えた。
 すぐに絹江は、部下が既に参加していた報道特集の企画に合流した。
「先輩、あんなに熱心だったのに何か心境の変化でもあったんですか?」
 取材先へと向かう部下の運転する車内で絹江は尋ねられる。
「ええ、少しね。アメリカでばったり軍関係者から話を聞けたんだけど、それ以上は危険に思えて……」
 絹江は適当にぼかして言った。
 部下が驚く。
「ホントですか? それヤバイですよ。いや、前から危険でしたけど」
 思い出して、はは、と部下が笑う。
 保安局がうろついてる所尾行したりしましたし、と。
「付き合わせて悪かったわ……」
「そんな気にしないで下さい」
 今までに比較すれば格段に安全な取材先を訪問し、絹江と部下は仕事を続けた。
 夕刻、携帯でニュース放送を見ると、またしても人革連領内の紛争地域とUNION領内の南米にそれぞれガンダムが現れた事が分かる。
 そこに映ったのはガンダムエクシアとアイガンダム。
 部下が高速道を走らせている途中、一瞬そちらに目を移して言う。
「その新型、たまに出るようになりましたね」
 白紫色の、と。
「そうね」
「タクラマカンの時、UNIONのフラッグ部隊を無力化したのはそれらしいですよ。一体CBにはどれだけの規模があるんでしょうね」
 やれやれ、と部下が言う。
「小国の国家予算は遙かに越えている筈よ」
 王商会だけでも、それは確実だし……。
「はは、違いないです」
 言って、部下はハンドルを回し、高速から降りた。
 絹江はその夜、先に隣家の呼び鈴を鳴らしてみたい誘惑に駆られたが、それを抑えて素直に帰宅すると、サジに「ただいま」と言われ、それに返して夕食を取った後、自室に入った。
 絹江はCB用の端末に送信されてくる情報に目を通す。
「本当に、世界中の情報、軍関係の物まで入ってくるのね……」
 各国の報道機関、場合によっては諜報機関が得るような情報が、その公表よりも早く端末に入ってくる。
 ヴェーダと呼ばれるCBの基幹システム……。
 どこにあるのか、どういう形状なのかは不明。
 呼称しか分からない、けれどヴェーダのお陰でCBの活動は円滑に支えられている。
 まだ、私に指示らしい指示は降りてはいない。

 
 そして、二日後。
 夕方、その翌日から新たな取材へと向かう為に荷造りをする必要のできた絹江は早めに帰宅する。
「お帰りなさい、お姉様」
 絹江が玄関に上がると、ルイス・ハレヴィが顔を出した。
「ちょっと、ルイス」
 遅れてサジ・クロスロードが声を出す。
「いらっしゃい、ルイス」
 来ていたのね、と絹江は普通に上がり、手を洗ってリビングに至った所で、やたらニコニコしたルイスが目の前にふふー、と背中に両手を隠して現れ、若干引く。
「な、何?」
「じゃーん、見て下さい、お姉様」
 パッとルイスが手を出して見せる。
「指輪?」
 はあ、とルイスの手に乗った金色の指輪を絹江が見た。
「サジが、わ た し に、買ってくれたんです!」
「はい?」
 絹江に対し、あはは、とサジが苦い笑いをする。
「さ、ほら、サジ、私につけて!」
「え、ええ!?」
 ね、姉さんの前で? とサジが動揺する。
「早くー! ひだりてのー、薬指にっ!」
 ルイスがもじもじして言った。
「う、う……ん、ってそれおかしいよ!」
 絹江の前でサジは気がついてルイスに突っ込む。
「えー! だってそおいう、意味でしょ? ほらー、恥ずかしがらないで」
 ルイスが駄々をこねる。
 サジが上を見上げて叫ぶ。
「で、できないよぉー!」
「あー、私、部屋に行って良い?」
 絹江は呆れ果てた。
「あ、お姉様、見届けて下さらないんですか!」
 足を部屋の方に向けようとした絹江にルイスが待ったをかける。
「つ……つけたら後で、見せてくれれば良いわよ」
「じゃあ、認めて下さるんですね!」
 ルイスは感動した。
「いやそういう事じゃなくて」
「じゃあどういう事ですか」
「ルイスぅ!」
 ルイスのせいで中々その場を離れられず、絹江は苦労した。
 結局ルイスが上機嫌で帰っていった後、絹江は深刻に微妙な表情で同じく疲れた様子のサジに言う。
「最近ニヤニヤしてたのは指輪買う為だったのね……」
 まんざらでも無いんじゃない、と絹江は思う。
「う……うん」
 絹江がふーっと息を吐く。
「……前にも言ったけど、あんたにルイスは合わないと思うわよ。ルイスはどこまでその気なのか知らないけど」
「あ、はは」
 絹江が白い目をする。
「で、あれ幾らしたの?」
「じゅ、十万……」
 サジが後ろめたそうに言った。
 絹江が素っ頓狂な声を上げる。
「はぁ? サジ、あんた……ルイスに完全に惚れてるでしょ」
「う、いや、う……うん」
 サジはしどろもどろに答えた。
「……ま、好きにしなさい。それで、私明日また取材でアメリカ行くから頼むわね」
 言って、絹江は席から立ち上がった。
「あぁ、うん、分かったよ」
 絹江はサジの言葉を背に自室へ戻り、荷造りを始めた。
 翌日、絹江はCBの活動について各専門家の意見を直接取材するという仕事の為、言った通りアメリカへ部下と飛んだ。
 二人がアポイントメントを取った相手は国境無き医師団に所属するドクター・テリシラ・ヘルフィ。
 ところどころカールした黒髪の、端正な顔立ちの男性。
 既に十数年間、医療活動を精力的に続ける名医として有名であり、三十代後半とは思えない程若く見える容姿の人物でもあった。
 その正体は社会に出されて本人は知らずしてヴェーダの目として活動している生体端末、イノベイド。
 テリシラは有名になりすぎていたが為に、ヴェーダへの「帰還」が数年以上他の一般的なイノベイドより遅れていた。
 絹江と部下はテリシラに指定された店へ向かった。
 店員に話をすると、個室へ案内され、二人はそこで待つ。
 十分も経たず、黒いスーツを着たテリシラが遅れて到着して、現れる。
「これは、先に着かれていましたか。遅れて失礼。私がテリシラ・ヘルフィです、初めまして」
 絹江がすぐに立ち上がり、会釈をする。
「ドクター・テリシラ、初めまして、JNN記者の絹江・クロスロードです。取材をお受け頂きありがとうございます」
 続けて部下も自己紹介をして、互いに名詞交換をした。
 早速絹江達は取材に入る。
 テリシラは足を組み、紅茶を一口飲んで言う。
「CBの活動は一人の医者として言えば、全く賛同できない。しかし、一方で世界の医療活動から捉えると、既にこの数ヶ月でCBの介入開始以来紛争が43%減り、以前まで危険地域で私の所属する国境無き医師団すら向かうことのできなかった地域でも医療行為を行うことができるようになり始めているのもまた事実だ」
 絹江は真剣に聞く。
「皮肉だが、その点で一定の評価はできるだろう」
「なるほど、ではドクターも、そのような地域に行く予定が?」
「勿論ある」
 当然だと、テリシラは答えた。
「流石ですね。では、紛争が減少していると同時に、かなりの軍需産業に関わりを持つ企業が撤退を始めている事についてはどう思われますか?」
 テリシラはふむ、と唸る。
「個人的には縮小した分の資金が医療分野に回る事を期待したいが、実態はそうなってはいない。それは軌道エレベーターについても言える。軌道エレベーターは世界規模の施設で、資材運搬にも適している。だがこれの医療分野での公的な使用率はたった1%。全く使用が成されていないと言って良い。エレベーター内の軍関連施設を縮小すれば、政府はその分の莫大な資金、スペース、余剰分の電力エネルギー、それらを医療その他諸々に回せばその全てを余裕で賄えるようになる。しかし、やはり実態はそうなっていはいない。それどころか軌道エレベーター内における軍関連の費用は軍需産業関連企業の七割が撤退しているにも関わらず、変わらないどころか人革連のコロニー施設でのCBの介入以降、寧ろ微増している。撤退した企業の殆どが事業分離し大手に売却した結果だ。結局、規模、技術と人材に強みのある軍関連企業の一部が撤退した企業のシェアを一気に掌握し、集中が起きているにすぎない。非常に残念に私は思う」
 言って、テリシラはまた紅茶を一口飲んだ。
 医者という枠に留まらないテリシラの言葉に、絹江は内心感心しながら尋ねる。
「ドクターはそのような事までご自分でお調べに?」
 テリシラは左手の掌を掲げて見せて言う。
「その通りだ。自身の見えている範囲だけでは、物事の裏側までは分からない。だから常に違う視点からも知る努力を怠らないようにすべきだと私は考えている」
 絹江はそれを聞いて更に感心した。
 その後もテリシラは寧ろ個人として、医者として、医療分野からの意見としてできるだけ伝えて貰いたいと積極的にその考えを話し、絹江達は良い取材ができた。
 途中、QBについても尋ねると「何分直接見ないことには。生物学的に非常に興味はあるがね」とテリシラは答えた。
 最後に絹江が是非テレビ番組にも出演して欲しいと言うと、テリシラはその機会があれば喜んで、とそれを快諾して別れた。
「流石名医だけあるのか、ドクターの人柄なのか、しっかりした意見持ってる方でしたね。それに40近い筈の年齢なのにかなり若かったり、驚きました」
 空いた地下鉄に乗り、余裕を持って座っていた部下が絹江を向いて言った。
「ええ、本当に。本社に特集の出演者に推薦して通ればきっと良い番組になるわ」
「ですね。部長に報告すれば確実に通ると思いますよ」
 二人が会話を交わしながら、電車は地下を進んでいった。


―CBS-70プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

 刹那・F・セイエイは東京から直接出撃するミッションをこなした後、再び宇宙でのミッションに備えプトレマイオスに帰還した。
 だが、呼び戻されたのはそれだけではなかった。
 暁美ほむらとの会話は余りにも早く終わってしまったので、刹那が何か情報を掴んでいるのではないかと、直接確認する為。
 スメラギ・李・ノリエガとロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデと他三人のガンダムマイスターが同席する中、刹那は尋ねられる。
「刹那、暁美ほむらとは何か話をした?」
 スメラギの問いに低い声で刹那は答える。
「ああ」
「どんな?」
「俺は、変わる」
 刹那は真顔で結論を言った。
 あぁ、とスメラギ達は苦い顔をして、ロックオンが端折るな、と刹那に言って聞かせる。
「刹那、いきなりそれじゃ意味が分からん。途中を言え」
「……300年生きているあいつは言った。人は変わっていないと。だが希望はある。だから俺が変わる。ガンダムと共に」
 刹那は目に強い輝きを宿してスメラギ達に言った。
 しかし、スメラギ達は分かったような分からないような様子で黙る。
 どうやら刹那を戻したのは無駄だったようだね、とアレルヤが残念そうにした。
 しかも、この刹那と抽象的な会話したみたいだ、と。
 良く通じたね、と暁美ほむらに感心すら覚えた。
 考えるのを放棄したロックオンが腕を組んで言う。
「そうだな、俺達は紛争を無くして世界を変えるCBだ。そうだ、お前が変われ、刹那」
 それで纏めてしまって良いの、とスメラギが更に微妙な顔をしたが、気を取り直す。
「だ、大体分かったわ、刹那。ところで、絹江さんとはどう? 何か話した?」
「何も無い」
「そ、そう……。なら良いわ」
 別に良くも悪くもないけど、と思いながらもスメラギはとりあえずそう言った。
 そこで解散し、刹那、ロックオンとアレルヤが退室するが、残ったティエリアがスメラギに話しかける。
「スメラギ・李・ノリエガ、地上に降りたにも関わらずQBがコクピットに出なかった。これをどう思う?」
 重力がある地上が嫌いなティエリアはわざわざ志願して地上でのミッションに出たにも関わらず、QBがコクピットに出なかったと少々憤慨していた。
「それは……諦めて、ティエリア」
 ティエリアの感情を読んでスメラギが宥めた。
「くっ……」
「余程私達に例のグリーフシードというものの収集を話す意味が無いのか、隠したいからなのか。恐らく暁美ほむらの反応から前者ね」
 300年生きているとして、だとすればQBとの付き合いも長く詳しく知っている筈なのにああいう反応だったのだし。
「……次出たら問い正す必要がある。リリアーナ・ラヴィーニャの件も未だ解決していない」
 ティエリアはなら次だ、と手を握りしめた。
「王留美からの報告では、まだ動きは無いそうよ」
 ティエリアがそれには否定的に言う。
「ガンダムで相手をする必要性は無いと思いますが」
「ティエリアは抹殺推奨?」
「……止むを得ない場合もあると言うだけです」
「そこは私も同意見ではあるわ。でも、例の子の力は未知数だから下手に手は出さない方が良いわ。特にガンダムだけを狙っている今のうちはね」
 もし、CBの活動を支えるエージェントの存在を知られたら、どう行動に出てくるか分からないとスメラギは言った。
「分かりました、しかし、出てきた時には対処します」
 言って、ティエリアもブリーフィングルームから退室しようとする。
「ええ、分かったわ」
 ホント、不器用ね、と眉を下げてスメラギはその後ろ姿を見送った。


―UNION・軍直轄医療施設―

 絹江には話さなかったが、少し以前からUNION軍から打診を受けていたテリシラはそれを受け、軍の医療施設を訪れた。
 自家用車で向かったテリシラは門で身分を証明し、通される。
 駐車場で車を止め、迎えに現れた士官の案内に従い、テリシラは鞄を持って、ある病室に通される。
 そこには一人のモビルスーツパイロットと他担当の医師がいた。
 挨拶を交わし、テリシラはそのパイロットの肩の傷を診る事になる。
 余り深く無いが傷跡がしっかり残ったまま、しかし、炎症を起こしている訳ではない。
「これは……」
 控えていた医師の一人が言う。
「何らかの、細胞異常だと推測しています」
「そのようですね」
 テリシラは興味深そうに傷跡を見ながら同意した。
 そこそこに直に診た所で経過データ収集の為、パイロットの精密検査を始めると説明され、次にテリシラは別室に案内される。
「エイフマン教授、カタギリ技術顧問、ドクター・テリシラをお連れしました」
 士官がそう言うと、コンソールとモニターを前に議論をしていた二人が振り返る。
「ドクター・テリシラ、お初にお目にかかる。レイフ・エイフマンじゃ」
「ドクター・テリシラ、初めまして。お会いできて光栄です。ビリー・カタギリです」
 テリシラはエイフマンを見て驚く。
「これは初めまして、テリシラ・ヘルフィです。エイフマン教授のご高名はかねがね」
 言って、テリシラは二人と握手を交わした。
 そこで、軍医が患者のパイロットが負傷した経緯について説明する。
 タクラマカン砂漠での戦闘で、赤い特殊粒子を放出するガンダムから射出された小型の特殊兵器による攻撃を受け、負傷。
 幸い傷自体は深くは無いものの、回復経過が悪く、更にはパイロットの他の身体機能にも影響が出始めているが、既存のナノマシン治療が効かない。
 そこで再生医療、ナノマシン医療の権威であり、数々の医療経験のあるテリシラに意見を求めての今回の招致であった。
 機密の関係でテリシラに開示される情報は予め選定されており、それにテリシラは目を通した。
「緑色の特殊粒子を発生させるガンダムによる攻撃では今までこのような症状は出ていない。赤色の特殊粒子は不完全で毒性があるようですね」
 カタギリがモニターに映る人体映像を見ながら言った。
「赤い粒子が細胞分裂障害を引き起こすとなると、CBが普段少数の機体で活動しているのはそれを知っていての事なのじゃろうて。しかし、これを治すには……」
 エイフマンが難しい表情をする。
 もしハナミが人間に良く似てはいながら、違いがあるならば……。
 テリシラは渡された手元の端末に表示されるデータを次々見ながら言う。
「根本的にはテロメアの損傷を補修するナノマシンが必要、現行でできる対症療法は通常より新陳代謝の補助のみに特化したナノマシンの投与と言った所でしょうか」
「やはり、そうなるか」
 テリシラがエイフマンに向いて言う。
「ええ、テロメアの損傷を補修するとなると人間の寿命を伸ばす技術、ナノマシン治療の目指す一つの到達点ですから」
「それはまた、困難ですね」
 カタギリは完治は無理だと判断する。
「しかし、その研究を積極的に進める必要が出ると私は思います」
「ドクター、それは?」
 カタギリが理由を尋ねる。
「QBがCBは嘘か本当か、ガンダムの動力機関を渡すらしいと言っていた以上、同じ症状の患者が増える可能性が高い」
 なるほど、とテリシラの説明にカタギリは尤もだと納得する。
「ふむ、確かにその通りじゃな」
 そう研究させるように意図しての行為という可能性も否定できないが……。
「しかし、CBが特殊粒子の有毒性を知っていての通常のガンダム四機の活動であれば、CBも相当な治療技術を有しておる可能性が高いじゃろうて」
 エイフマンはそう自身の思考の一部を否定した。
「動力機関の実験段階でCBも同じ例があったと考えるのが妥当という事ですね」
 カタギリがエイフマンの言わんとすることを理解して言った。
「なるほど」
 テリシラは気がついたように言った。
 その後も、テリシラはエイフマンとカタギリと幾つか意見を交わし、軍医達とは患者のより適切な治療方針について考え、新陳代謝を補助するナノマシン設計についても議論を行った。
 テリシラは帰る際に、この施設で知り得た情報について他所に漏さない事を約束する契約書にサインをした上で、医療施設を後にした。
 帰りにハンドルを握りながらテリシラは思う。
 CBの医療技術、か……。
 仮にテロメア修復用のナノマシンがあるのだとすれば革命的だ。
 不老すら実現できるかもしれない。
 赤信号で止まり、テリシラはふと陽が落ちて辺りが暗い為、フロントガラスにうっすら映り込む自分の顔を見た。
 そういえば年齢を言うと周囲から若いとばかり言われる私は確かに十数年容姿が変わっていないな……。
「まさか、な」
 テリシラはそんな筈は無いと思考を振るい払って、信号が変わると共にアクセルを踏み込んだ。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

 刹那とティエリアが戻り、軌道エレベーターの高軌道ステーションに対して襲撃をしかけようとするテロ組織のモビルスーツを、木っ端微塵に叩くミッションをCBがこなしてから幾数日。
 プトレマイオスにヴェーダからの連絡が入り、指定されたポイントで待機すると一隻の小型輸送艇が接近し、ブリッジに光通信が入る。
「スメラギさん、ヴェーダからの指示を受けたと言ってます」
「プトレマイオスに搭載している小型機と同型です」
 クリスティナ・シエラとフェルト・グレイスがそれぞれ報告する。
 フェルトの言った通り、その小型輸送艇はプトレマイオスにも搭載されている人員輸送用の小型機だった。
「着艦を許可して頂戴」
「了解です」
 クリスティナが通信を送ると、小型輸送艇はプトレマイオス後部のハッチから着艦する。
 スメラギとガンダムマイスター達が出迎えると、降りて現れたのは、白いノーマルスーツを着た人物。
 顔が最初から見えていたが、スイッチを押し、ヘルメットを上げると、よりはっきりする。
 紫色の髪のアニュー・リターナー。
「こうして顔を合わせるのは初めまして、アニュー・リターナーです。タクラマカン砂漠の折にはサダルスードに搭乗しました」
「あの時の」
 ティエリアが思い出すように言った。
「はい」
 そこまででスメラギの一声により、ブリーフィングルームへと移動する事になるが、その際アニューがイアン・ヴァスティに同席するように頼んだ。
「今日はこの前のリジェネ・レジェッタではないのね」
「はい」
「要件を聞きましょう」
 言ってスメラギが促す。
「本日からプトレマイオスのクルーとして働かせて貰う事になります。よろしくお願いします」
 唐突にアニューはそう言って、形だけ会釈をしたが、皆が驚く。
「そんな話までヴェーダからは受けていない」
 即座にティエリアがやや不機嫌に言った。
 しかし、アニューはそれをやんわりと受け流す。
「でしたら、そろそろ入ると思います」
 アニューが掌を掲げて見せると、
[スメラギさん、ヴェーダから丁度通信が入りました。確かに新たなクルーとして承認されたと]
 クリスティナから通信が入った。
「な……」
 ティエリアの驚きを無視して、アニューは続け、イアンを見る。
「私の任務は主にイアン氏の研究協力と近日ロールアウト予定の強襲用コンテナ及びGNアームズの操縦を担当し、軌道エレベーターを使用しないガンダムの輸送を行う事です」
「おお、それは確かに助かるな」
 イアンが尤もだと言い、スメラギも確かに納得出来ると思う。
 GNアームズは二機建造している。
 ラッセが一機に搭乗するとして、あと一人足りなかった。
「事情は分かったわ」
「おやっさん、その前にGNアームズが何だか教えてくれ」
 俺達は知らないぞと、ロックオンが言った。
「ああ、GNアームズはドックで二機建造中の大型支援機だ。ガンダムとドッキングしての長時間の運用を想定している。強襲用コンテナはプトレマイオスに武装として備え付ける為のコンテナだな。更に、その後部にGNアームズを接続した中にガンダムを格納すれば、単体で大気圏突入と離脱、重力下の飛行が可能な宇宙船として運用できる。どうだぁ、凄いだろ?」
 どや、と問われたイアンはロックオンに雄弁に語った。
「あぁ、そりゃ、凄いな」
 はは、とロックオンが相槌を打った。
 アレルヤが冷静に言う。
「確かに、それなら軌道エレベーターを抑えられた時のリスクが減少するね。二機という事は一機をラッセ、残りを、という事か」
「その通りです」
 ふと、イアンが言う。
「しかし、どうして知っとるんだ……と聞くまでもなかったか」
 ティエリアが呟く。
「ヴェーダ……」
「そういう事ですが、受け入れて頂けるでしょうか?」
 余り空気が良くない中、一番の問題をアニューが確認する。
「ワシは歓迎だ。丁度人手が欲しい所だったから助かる」
 最初にイアンが反応した。
「ええ、勿論歓迎よ」
 遅れてスメラギも、ヴェーダの指示が来ている時点で今更だと思いながら言った。
 ミス・スメラギがそう言うならとロックオンも早々に反応する。
「じゃ、よろしく頼むぜ、リターナーさんよ」
「よろしくお願いします」
 アレルヤもそう返し、刹那は無言で頷く。
 ティエリアは余り認めたくない様子ながら、刹那と同じく無言で、しかしアニューを疑いの目で見た。
「はい。それでは、よろしくお願いします」
 かくして、プトレマイオスには二機のGNアームズが来る前に、二期を待たずして、
 ア ニ ュ ー が な か ま に く わ わ っ た !





本話後書き報告
一応感想板で軽く触れてはいますが、現在00F全4巻と00I1、2巻は読んであります。
テリシラ氏が分からない方には申し訳ないです。



[27528] サジ「ちゃんとご飯食べてる? 朝御飯食べないと力でないよ。育ち盛りはしっかり食べないと成長に支障が出たりするし、いくらナノマシンあるっていっても」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/06/17 16:00
―CBS-70プトレマイオス・格納コンテナ―

 ヴァーチェとアイガンダムが二機無理矢理入っている格納コンテナにてティエリア・アーデはイアン・ヴァスティに尋ねられる。
「調子はどうだ、ティエリア」
 イアンは端末を叩きながらアイガンダムのコクピットでセンサーの反応を確認しているティエリアを一瞥した。
「問題、ありません」
「その割には不満そうだな」
 イアンはティエリアの微妙な表情の変化を見ていった。
 本当はリジェネ・レジェッタが持ってきたアイガンダムなどティエリアは進んで乗りたくなかった。
 しかし、ヴァーチェで武力介入すればまず手加減できない。
 テロリストの拠点を完全破壊するならともかく、ここ数ヶ月可能な限り死傷者数を減らして活動している他三機とガンダムマイスター達がいて、アイガンダムという攻撃を手加減できる機体がありながらヴァーチェを使い続けるのは、ティエリアが人間は愚かだと心の中で思っているとはいえ、だからと言ってそういう訳にもいかず、流石に空気を読まざるを得なかった。
 なまじアイガンダムの性能が高く、脳量子波に対応している事もティエリアは不満だった。
 性能が低ければ思う存分酷評して搭乗を拒否したかったが、実際普通に使いやすく、「オレのヴァーチェはさいきょうだ!」と自負のあるティエリアにしてみれば、行き場の無い妙に鬱屈した思いが溜まるばかり。
「不満などと思うことはない。任務を遂行するだけです」
 ティエリアはイアンにそう返した。
「そうかぁ」
 まあそう言うならそれで良いが、しかし素直じゃないなと思いながらイアンは敢えて目を見ずに返した。
 手早く自分の行う分の調整を終えたティエリアはアイガンダムから降り、その場を後にするが、すれ違いにコンテナに向かうアニュー・リターナーと遭遇し、不信感を露わにした。
「ティエリア・アーデ、そんなに私が気に入らない?」
 アニューはやれやれと、皮肉を込めて声を掛けた。
「信用できない」
 きつい口調でティエリアは短く言った。
「同類が信用できない、なら、人間は信用できるのかしら」
「っ」
 ティエリアはすれ違いざまに言われ舌打ちして止まるが、更に言う。
「少なくともこの艦のクルーはアニュー・リターナー、君より信用できる」
「そう。なら私もこの艦のクルーだからそのうち信用して貰えるのね」
 でしょ? とアニューは振り向いて声を掛けた。
「……それは働き次第だ」
「その期待には答えるわ。私はそういう風にできているのだから。あなたと同じでね」
 その含みを持たせた言い方に、ティエリアはこれ以上話したくないと去って行く。
 不快だ。
 それをアニューは余裕の表情で見送り、イアンの元へと向かった。
 アイガンダムの調整にアニューが加わり、イアンがふと端末を見たまま尋ねる。
「ティエリアはどうだ?」
「私を信用できないと言っていました」
 困りますね、とアニューは気にせず言った。
 それを聞き、イアンはティエリアの奴はっきり言ったなと思う。
「そうか、またはっきり言ったな」
 アニューは軽く言うイアンに試しに尋ねる。
「イアンさんは私を信用できるのですか?」
 イアンはまたしても軽く答える。
「ふむ、まぁ狙いがあるとしても、ツインドライブシステムの研究諸々と言った所だろうが、元々そのデータを送ってきたのはヴェーダとお前さん達の方だからな。信用するも何も、その確認にお前さんが来たというのは別におかしくはないだろう。それに、ワシらに研究するようデータを送ってきたという事はそれなりに期待しとるのだろ?」
 ニッと笑ってイアンは聞き返した。
「流石はイアン・ヴァスティ。15年CBの技術者を担っているだけはある。第二世代、第三世代の開発は見事です」
 アニューは初対面の際の友好的に見せかけた雰囲気とは異なり、心底冷静に言った。
「そいつはお褒めに与り光栄だな」


―AEUイタリア・ラヴィーニャ邸―

 深夜、リリアーナ・ラヴィーニャは魔獣を狩りに家を出る。
 とっくにソウルジェムの濁りは元に戻り、毎夜の戦闘もその度に全回復もできていた。
 三体の魔獣を前にリリアーナは槌を横に振るう。
 猛烈な風切り音と共に、巨大化した槌は 三体の胴を纏めて叩き潰す。
 ただの一撃。
 みるみるうちに魔獣の残った身体が形を失い空気へと溶けるように消滅していった。
 気が付くと地面に残るのは複数の黒い結晶。
「魔力コントロール、少しは上達して来たかな」
 自身のソウルジェムを見てそうポツリとリリアーナは言って手早くコアを拾い集めて回収する。
 ストックのコアも大分貯まって来ていたリリアーナが再びリベンジに紛争地域へと向かわないのは魔法の練習をしている為。
 前回戦闘しての経験から、対ガンダム戦は空中で滞空・飛行できないと討伐が難しいとリリアーナは思い、QBにジャンプだけではなく、それらができないのかと尋ねてみたら「できるよ」と当然のように言われた。
 聞かなければ自分からはまず話さないQBにまたしてもリリアーナはやられた。
 リリアーナは文句を適当に言って溜飲を下げてからというもの、滞空の練習、空中ジャンプの練習と着実に魔法少女として、これまでのほぼ固有武器頼りの新米魔法少女から中堅魔法少女へと成長している所だった。
 しかし、QBはそんなリリアーナの目的を知っていながら、魔法少女は魔法による機械類の直接又は遠隔操作が可能である事を絶対に進んで教えたりはしないのだった……。


―月裏面・極秘施設―

 リボンズ・アルマークはQBがヴェーダから情報をちょろまかしてからというもの、リボンズなりに研究開発を進めていた。
 最も急ピッチで進めているのは、疑似GNドライブの改良及びトランザムシステムの実装と、粒子コンデンサーの性能強化、トリニティ艦をベースにした専用艦の建造。
 狙いは木星へのイノベイド技術員の派遣及びオリジナル太陽炉の新規製造開始。
 現在の既存の艦船にイノベイド技術員を乗せて派遣した所で、木星へ到達するには年単位が掛かってしまうが、疑似GNドライブを主な推進力に利用した艦船、更にはトランザムシステムを搭載すれば、僅か数ヶ月で行き来可能になる為、それを急いでいた。
 しかし、そんな研究者として自ら率先して月の極秘ドックに籠もってばかりいた所、ヴェーダが何やら新たなミッションを考案し、実行しだした事に気がついた。
「ヴェーダは新たな監視者にイノベイドを採用するつもりか。しかも、例の魔法少女も特別に加えるようにするとはね」
 リボンズは虹彩を輝かせ、ヴェーダから情報をダウンロードして呟いた。
 そこへQBがどこからともなく現れる。
「意図的だろうけど、選定方法が合理的ではないね。これを暁美ほむらが受け入れるかどうかは未知数だ」
 リボンズは慣れた様子でQBを見ずに言う。
「けれど、300年生きている存在にヴェーダが注目するのも無理はない」
「僕らもその点は同じさ。暁美ほむらの存在は極めて珍しい」
「いずれにせよ、この件はどうなるか見物する事にするよ」
 現状では判断し難い。
 ミッションの為に社会に放たれていた一人のイノベイドが覚醒した事を感知し、リボンズはフッと笑った。
「そうだね」


―UNION領・テリシラ邸―

 テリシラ・ヘルフィはJNNの報道特集のゲストの一人として出演し、その番組での放送の後、視聴率も高く、局には好評な意見が寄せられたと絹江・クロスロードから礼のメールが届き、紅茶を飲みながらそれに目を通していた。
 そこへ丁度電話が掛かる。
「電話か」
 気がついたテリシラは携帯に手を伸ばし、応答に出た。
 相手はレイヴ・レチタティーヴォ、学生で、テリシラがテレビに出演しているのを見たと言い、テリシラが何の用件かと思うと、
[あなたは人間ではない。イノベイドだ]
 と告げられた。
 瞬間、テリシラの目の虹彩が輝き、覚醒する。
 自身の正体とイノベイドの使命の理解。
「……良いだろう。レイヴ・レチタティーヴォ君、実際に会って話をしたい。都合の合う日はあるかね?」
 そう言われた電話の相手は、気弱そうにおずおずと日を提示し、テリシラは余裕を持って応対した。
 そしてテリシラは電話を切る。
 ヴェーダを通して情報をダウンロードされた上、脳量子波を通してヴェーダにアクセスし、情報を引き出す事ができるようになったテリシラは、自身の役目について考えながらヴェーダにアクセスする。
 六人の仲間、イノベイドに一人の魔法少女、暁美ほむらを探し出して加え、新たなCBと世界の監視者組織の設立を行う事。
 私と同じような仲間のイノベイドを残り四人探すというヴェーダの意図は選定方法が非合理的ではあるが、それはまだしも、魔法少女、暁美ほむらとは一体……。
 テリシラは自身のアクセス権で知ることのできる情報を引き出して行く。
 人間の負の感情から生まれる魔獣、QBと契約を交わしそれを狩る存在、魔法少女。
 魔法少女部隊によって収集されたデータにテリシラはアクセスでき、情報を見て驚いた。
「このような事が……」
 更には、暁美ほむらが凡そ300年生きている魔法少女である事も知る。
 そのような事が、本当にあり得るというのか。
 暁美ほむらについての情報は王留美の東京の別荘の通信で得られた容姿の映像、主な生息地域が日本、そして絹江・クロスロードと接触の機会がある事の三点。
 絹江・クロスロード……私の取材に来たあの女性か。
 しかも、最近CBのエージェントに登録された要注意人物に指定されている……?
 テリシラは続けてCBについて情報を引き出していくと、更にあるビジョンにたどり着く。
 ジョイス・モレノがCBのメンバーとしている最近の姿。
「モレノ先生!?」
 思わずテリシラは声を上げた。
 まさか、17年前に行方を眩ましたモレノ先生がCBに参加していたとは……。
「いや」
 だとすると、例のガンダムの特殊粒子、正式名称はGN粒子による細胞異常に関する研究にモレノ先生が携わっている可能性も……。


 数日後。
 カフェにて、テリシラとレイヴは対面していた。
 社会上の年齢で14歳と言うにはやや身長が高いレイヴ。
 その塩基配列パターンはリボンズと同型。
 但し、その髪型は大分異なる。
 レイヴはテリシラがわざわざ会ってくれた事に感謝する。
「今日はようこそおいでくださいましたドクター。まさかこんなに簡単にお会いできるとは」
「確かにな。私も自分で驚いている」
 それには同感だ、とテリシラが言いながら目を閉じる。
「突然学生から電話が掛かってきたと思えば『あなたは人間ではない。イノベイドだ』と告げられた。だが私はその瞬間、覚醒した」
 テリシラは光彩を輝かせて目を開ける。
 その落ち着いた様子にレイヴは驚く。
「ドクターは、すぐに受け入れられたんですか?」
「それが事実なのだから仕方がない。受け入れるしかないだろう」
「凄いな……僕なんてどんなにパニックになったか」
 レイヴは自分がヴェーダによって強制的に覚醒された時の事を思い出すように言った。
「それよりわかっている事を教えてほしい。君はどうやって私だと分かった?」
「テレビを見ていたらすぐに」
 レイヴは曖昧に答える。
「それが君の能力か。写真や映像、対象は何でも良いのか?」
 テリシラの具体的な問いに、レイヴはやや萎縮する。
「それは試してみていないので……」
 テリシラは少し呆れたように背中を背もたれに戻す。
「君ね、自分の能力の把握ぐらいはしておくべきだろうに」
「す、すいません……。ドクターは自分の能力が分かったんですか?」
 レイヴは恐る恐る聞く。
「私の能力は覚醒だ。仲間のイノベイドを目覚めさせ、その能力を引き出す。これからは君が見つけだし、私が覚醒させる事になるのだろう」
 テリシラの堂々とした話しにレイヴは耳を傾け、なるほど、と頷く。
「それでドクター、目的ははっきりしているので、六人の仲間を集めるというのは分かるんですが、ヴェーダはどうして暁美ほむらという魔法少女……も監視者に加える事にしたんでしょうか」
 そもそも、魔法少女の存在が未だに信じられないという様子でレイヴは言った。
 テリシラは紅茶を一口飲み、考えを述べる。
「QBと人類、そして魔法少女が歩んできた歴史は少なくともCBより長い。だが、ヴェーダにアクセスして得られた情報から分かる通り、魔法少女は須く消滅してしまう。しかし、その世界の裏舞台で、例外的に300年生き続けている魔法少女がいるとすれば、その絶対的な年の数だけ生きて来た経験が監視者にふさわしいと判断する事は充分ありえる。何より、現に女性型のイノベイドが魔法少女として活動し、CBの活動の一部ともなっている以上、おかしくはない」
「なるほど……」
「問題は、暁美ほむらという魔法少女が監視者となる事を引き受けるかどうか、という事だ」
「そう、ですよね……」
 レイヴは悩むように呟いた。
 日本のどこかにいるといっても単身で探しだした結果、交渉してそれを暁美ほむらが了承するとは限らない。
 そこでテリシラは役割を決める。
「レイヴ君、君は私を見つけたように残り四人の仲間を見つけ出すと良い。私は暁美ほむらと接触したJNN記者の絹江・クロスロードと面識があるのでね、件の魔法少女の捜索は私が進めよう」
「そうなんですか。でもドクター、仕事の方は……」
 気にするようなレイヴにテリシラは手で制止する。
「心配することはない。医療活動を止めるつもりはないが、考えはある」
 レイヴは心のなかで納得し、ゆっくり頷く。
「そういう事なら、分かりました」
「仲間を見つけたらまた連絡をしてくれて構わない。では」
 そしてテリシラはレイヴと分かれ、自宅に戻った後、絹江へと早速国際郵便を出した。
 期限が決まっていない以上、然程急ぐ必要性が無いが故に、まずこの方法を取った。
 もし出した郵便がヴェーダの判断で処分されるのであれば、それはその時、また別の方法を取れば良い、と。


―人革連・国家主席官邸―

 国家主席は、思いっきり頭を抱え、後がなくなっていた。
「このままでは我が陣営の前に党の政権が……」
 タクラマカン砂漠という呪われた地を合同軍事演習の名の下に場所として提供した上、実際にはそれが全てはガンダムを鹵獲する為だったという事実が露呈してからというもの、現国家主席政権の支持率は崖から滑り落ちるように低下の一途を辿っていた。
 最早、次の選挙での政権交代は避けられない状況。
 しかし、全ては自業自得。
 「最低でも二機は欲しいな」などと腕を組んで言い、後の事を考えていたのは取らぬ狸の皮算用以前の問題だった。
 ただ、例え政権が交代しようとも、軍自体にはとりわけて大きな影響が出るわけではなく、単純にトップの首がすげ替えられるのみ。


―UNION・オーバーフラッグス基地―

 オーバーフラッグスにはグラハム・エーカー以外へ既に新しくフラッグが届き、出撃はいつでもできる体勢が整っていた。
 しかし、タクラマカン砂漠での合同軍事演習以来、オーバーフラッグスに出撃指示は降りていない。
 各三陣営軍上層部はガンダムの鹵獲を試みるのは、件のQBの発言によって世論の反発が強くなりすぎた上、規模の底知れないCBに、仮にガンダムを鹵獲した場合のCBの対応を考慮すると迂闊に軍に出撃指示を出せず、完全に手詰まりになり始め、ある意味本当にCBが動力機関を譲渡する事を待つぐらいしかなくなっていた。
 打つ手の無い中、紛争地域に武力介入、テロを未然に防ぎに現れては死傷者を最小限に押さえるガンダムの出現が度々ニュースで取り上げられるのが見慣れた物になり始めていた。
 そんな中、上層部から降りてきた情報を受けてビリー・カタギリは、格納庫のフラッグの前で立っていたグラハムに端末を持って近づく。
「最近本当に暇そうだね」
 グラハムが目を閉じて唸る。
「フラッグを勝手に出撃させるのも控えるように指示されている以上仕方がない」
「あの時は世界同時多発テロだったね。そんな君にというのも変だけど、こんな情報が降りてきたよ」
 言って、カタギリは端末をグラハムに渡す。
「何だ?」
 グラハムは眉をひそめて、目を通し始める。
「……不審な動きを見せている者達の集団?」
 カタギリが考えを述べる。
「まずテログループと見て間違いないだろうね。どうやらCBの拠点を探しているらしい。彼らは僕達軍と違って、完全にCBの攻撃対象。テロを起こせば、特定されて終わり。何もしなくても勢力は弱まり活動しにくくなるばかり。CBがいつか渡すらしい動力機関も彼らに回る可能性は皆無。どうせやられるなら、ガンダムに既存のMSで対抗しても無意味な以上、人海戦術でCBの地上のどこかにある拠点を足で虱潰しに探し出し、可能ならば夜闇に乗じて白兵戦を仕掛けて制圧でもしようと、そういう所だろうね」
「なりふり構わずだな」
「テロリストの活動も、どうやってかCBが常に先に情報を掴むせいで、軍が出て防ぐ事もできない。今回、上層部は正規軍が積極的にテロリストを摘発に乗り出したという事実を作りたいらしい。軍に対する世論を好転させるには確かに丁度良い。そこで、そこに書いてある通り、ようやく出番だ」
「正規軍らしく、治安維持活動をする、か」
 言って、グラハムはフラッグを見る。
「そう。その時もしガンダムが同じ場所に現れ、戦闘になった場合は可能な限りデータの収集を試みて撤退という指示だ。外観から分かる機体構造の解析を開発に活かすよ」
 ガンダムが攻撃を仕掛けて来た場合は、治安維持活動を妨害したという口実もできる。
 更に、場合によっては実際にCBの拠点の割り出しもできるかもしれない。
 グラハムはカタギリを見て、良い顔で言う。
「承知した。軍人としての責務を果たそう」
「内心、ガンダムに会えるかもしれないと嬉しいんじゃないかい」
 カタギリが冗談混じりに言う。
「そこは想像に任せよう」
 かくして、UNIONの第八独立航空戦術飛行隊オーバーフラッグスは治安維持活動に乗り出す事となる。
 一方で、技術主任のレイフ・エイフマンは気にかかる事はあったが、選択肢は一つしかなかった。
 ハナミの血液を採取してみたいという興味はあるが、まず間違いなく首を絞める事になる為。
 その日の研究を終えて自宅に帰った所、ハナミが唐突に提案する。
「プロフェッサー、写真撮りましょう! 一緒に映って下さい!」
 キラキラした笑顔にエイフマンはそういえば、と思う。
「写真か」
 ハナミをグラハムが肩車した写真はあったが、エイフマンとハナミは一緒に写真を撮った事は無かった。
「構わんぞ」
「ありがとうございます、プロフェッサー!」
 ぱぁっと顔を綻ばせ、嬉しそうにハナミは端末を取り出した。


―UNION領・経済特区・東京―

 夕刻、サジ・クロスロードは郵便受けに入っていた絹江宛ての国際郵便を取り出し、玄関の鍵を開けて中に入ると以前、見たことのある靴が目に入った。
「あれ……」
 サジは妙な違和感を抱きつつ、靴を脱いで上がり、電気の付いていない薄暗いリビングに至ると、
「え。……えっと」
 視界に入った物に困惑する。
「お邪魔しています」
 少女が一人、ソファにそれは行儀良く座って挨拶をした。
「い……いらっしゃい……」
 で、良いのかな……って良い訳無いけど!
 とサジは心の中で突っ込んだ。
 あれ? この子がいるって事は姉さん帰ってきてる……?
「あ、姉さんは……」
 そう声を出しながらサジはとりあえず部屋の電気を付けた。
「まだ帰って来ていません」
「そ……そっか」
 つ、つまり、一旦姉さんはこの子と家に戻った後、姉さんだけ今どこかに出掛けてる……って事かな。
 サジはそう無意識に解釈し、絹江宛ての郵便をダイニングテーブルに置いて自室に向かい、鞄を降ろした。
「どうしよう……」
 謎の少女が隣のリビングに座っているまま、サジはホントどうしよう……と呟いた。
 とりあえずお茶ぐらい出そうか、とサジは妙に重い足を動かし、リビングに戻る。
 そこには相変わらず微動だにしない少女が背筋を真っすぐ伸ばし、静かに座っていた。
 少女は振り向きもせず、サジは努めて気にしないように冷蔵庫にあったペットボトルのお茶をコップに注いだ。
 それをわざわざ盆に乗せ、少女の元に向かい、ソファの前のテーブルにコトリと置いた。
「良かったら、どうぞ」
 気まずいと思いながらサジが言った。
 一瞬の静寂。
 サジが緊張すると、
「頂きます」
 簡潔に一言。
 少女はコップを手に取り、一口飲んだ。
 サジは若干ホッとした。
 しかし、依然として少女の存在感に空気が制圧されており、サジは気まずいまま、時間も時間なので夕食を作ろうと思い、再びキッチンに入る。
 そこでふと、サジは何を思ったか、
「えっと、サジ・クロスロードと言います」
 と口が滑った。
 サジがしまった、と思った矢先、
「暁美ほむらです」
 少女も名を名乗った。
 ようやく少女の名前を知ったサジは、よ、よろしく、と一言掛けて、夕食を作り始めた。
 作っている間に絹江が戻って来るのだろうとサジは思い込んでいたが、一行に絹江は戻ってこないまま夕食ができ上がってしまう。
 薄々おかしいな……と感じながら、サジは気にしないようにまだ頑張る。
「姉さん遅いね。……夕食できたけど、冷めるし、先に食べる?」
「頂きます」
 少女は閉じていた目を開けて、サジに対し、伏せ目がちにそう言った。
 少女は立ち上がり、サジが夕食を並べてある席を勧め、二人は座った。
「いただきます」
「頂きます」
 それぞれ言って、サジは妙な空気だと思う。
 途端に少女は流れるように箸を次々と動かし口へ運び始め、サジはその食の進みに若干驚きつつ、自分も食べようとした矢先。
 玄関が開く音がした。
 サジは自然にホッとしてすぐに席を立ち、リビングから顔を出し、絹江に声を掛ける。
「おかえり、姉さん、遅かったね」
「ただいま。でも、いつもより早いほ……」
 絹江の視線がある靴に釘付けになる。
「姉さん?」
 絹江はゆっくり顔を上げ、その表情は一変して焦りを浮かべ、素早く靴を脱いで、リビングへ向かう。
 サジは突然急いで絹江が近づいて来たので反射的に道を開けた。
「あ、暁美さん……? い……いらっしゃい」
「お邪魔しています」
 絹江の驚いたような声に対し、少女の極めて落ち着いた声。
「え、姉さん一旦家に帰って来たんじゃ……」
 絹江の言い方に、サジが思わず声を掛けた。
「はい?」
 絹江は何言ってるの、と声を上げ、サジの襟首を掴み、玄関前の廊下へと引っ込む。
「サジ、あんた何だと思ってたの?」
 絹江が小さな声で言う。
「何って、姉さんが連れて来たんじゃないの?」
「そう、言ったの?」
 絹江は問い質すように顔をリビングに一瞬向け、サジが曖昧に首を傾げる。
「いや……姉さんはって聞いたら、まだ帰って来ていませんって答えただけだけど……」
 絹江は何て平和な思考回路なのかと思い、おでこに左手を当てて天井を見あげた。
「え……じゃあまさか」
 サジはようやく少女が正々堂々住居不法侵入した事を悟る。
「いや、もう気にしないで良いわ。彼女安全だから。何も、無かった、でしょ?」
 深く考えるな、という絹江の命令染みた剣幕にサジは壁にべったり背を付ける。
「う、うん……それはもう」
「じゃあ、そういう事でね」
 絹江は言ってリビングへと入り、サジは何がどういう事なのか気になるが、とりあえず後に続く。
 入ると、少女は食べるのを中断しており、絹江を見据えて一言。
「お言葉に甘えてまた食べに来ました」
「そ……そう。いつでも食べに来て構わないわ」
 絹江は先制攻撃を受けた。
 まえ、きぬえさんが、そういったから、わたし、たべにきたの……とでも言い換えられるような、極単純すぎる動機が伺える台詞。
 サジはいくらなんでも堂々としすぎだよ……と呆気に取られた。
 しかも食べてるの僕の料理なんだけど良いの、と。
「それじゃ、食べましょ」
 そこへ何だかもう考えるの放棄した、という絹江が言い、夕食を食べる事にした。
 と、思いきや、サジが絹江の分の料理をキッチンから運んでくる間に絹江はダイニングテーブルに置かれていた差出人がテリシラの国際郵便を見て、何だろうと思い、好奇心が先行してつい開けた。
 少女がいる状況ながら意外と神経が図太い。
「え……?」
 絹江は文面に素早く目を走らせると思わず疑問の声を上げた。
「姉さん? 用意できたよ」
 そこへ何普通に郵便開けてるのさ、とサジが言った。
「あ、うん」
 絹江は我に返り、手紙は後回しにして、今度こそ食べ始めた。
 途中、少女はまたしてもご飯のお代わりを堂々と要求し、サジがいそいそと釜からよそいだりしつつ、食事を終える。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。食べさせて貰いありがとうございました」
 少女はどことなく満足そうに感想を述べた。
「あ、どうも、お粗末様でした」
 サジは何故かペコペコしながらそれに返した。
 そこで少女はスッと立ち上がり、ゆっくり口を開こうとした所、絹江が先に口を開く。
「待って。多分渡す物があるの」
 と、言った割には絹江自身首を傾げながら封筒を手に取った。
 少女もそれは予想しておらず、首をゆっくり傾げた。
 サジも訳がわからないと遅れて首を傾げる。
「部屋に付いて来て貰えるかしら?」
 絹江は言って、奥の部屋を示す。
 少女は別に良いか、と思い、絹江に続いた。
 サジをリビングに残し、絹江の自室。
「渡す物というのは?」
 問われた絹江は、持ってきた国際郵便を見せ、中からもう一つ封筒をゆっくり取り出す。
「暁美さんと接触した事のある私に、暁美さんに会う事があれば渡して欲しいという国際郵便がこれで……更に中に入っていたこれが暁美さん宛のドクター・テリシラからの手紙なのだけど……」
 少女は絹江から自分宛の手紙を受け取り、呟く。
「ドクター・テリシラ、報道特集に出ていた……」
 けれど、何故私と絹江さんが接触した事があるのを知っている……?
「絹江さん宛の文面には何と?」
「それはこれを……」
 絹江は少女に自分宛の手紙を見せる。

 貴女の情報を漏らさない事を先にお約束しておきます。
 私は貴女がCBのエージェントに最近なった事をある事情で知りました。
 その貴女が接触した事のある暁美ほむらという人物に私はどうしても会う必要があるのです。
 詳しい事情は伝えられませんが、再び暁美ほむらに出会う事があれば同封の手紙を渡して頂きたい。

 ……内容は大体このような物であった。
 絹江は少女が読み終わったと判断し、依然として微妙な様子で言う。
「……と書かれていて、事情については一切触れられていないけれど、頼みはそれを渡して欲しいとだけ……」
「互いに事情がある以上、深くは触れない……。これは返します」
 言って少女は絹江宛ての手紙を返し、自分宛ての手紙を開封すれば事情も分かるだろうと封を開けて、中身を取り出して目を通す。
 少女は途中一瞬だけ目を細め、読み終わると、
「分かりました。絹江さん、ドクター・テリシラ・ヘルフィが情報を漏らす事は絶対にありません」
 大丈夫です、という様子で少女は言った。
「……それなら、安心ね。あ、勿論、どんな事情かは聞かないから」
 絹江は慌てて両手で少女を制すようにした。
 少女はそれには全く動じず、軽く頭を下げる。
「はい。では、今日は突然お邪魔しました。帰ります」
「え、ええ。また良かったら、いつでも来てね」
 と絹江は反射的にそう言った。
 そして少女は絹江とサジに見送られて、玄関から出ていった。
 サジは横に立つ絹江に恐る恐る尋ねる。
「あのさ、姉さん……。どうやってあの子、家に入ったのかな……」
「玄関から入ったのよ」
 絹江は即答した。
「ああ、玄関からか……って、そう言う問題じゃ無いよね!?」
 丸め込まれかけたサジは突っ込みを入れた。
 ふぅ、と絹江は息を吐き、サジを置いてリビングに戻りながら言う。
「あの子の事を考えるのはこれで終わり。ただ、ご飯食べに来ただけなのよ。また家に来てたら、ご飯作ってあげてね」
「う……ぅん? 何か良く分からないけど、分かったよ」
 いや……全然分からないけど。
 しかもまた家に来てたらってそこが一番問題なんじゃないの……。
 サジは全く訳が分からないと、だが、まるでただひたすら小動物がもきゅもきゅ食べ、満足したような様子になった光景を思い返すと、通報する気は全く起きなかった。


―ほむホーム―

 少女は椅子に腰掛け、テリシラからの手紙の重要な部分をもう一度読み直す。

 私は貴女が300年生きている魔法少女である事を知った。
 私は人間ではない。
 この魔法少女と同様に。
 手紙には暁美ほむらに酷似した、だがショートカットの少女の一人の姿が印刷されていた。
 私は貴女に会う必要がある。
 私の正体や事情はその時に話したい。

 最後に、連絡を待つ旨と、あるだけの連絡先が記載されていた。
 そこへ、影の境界からQBが現れる。
「偶然にしては、君に届くのは早かったね」
「そうね。偶然にも」
 食事に行くだけのつもりだったのだけれど。
「その手紙の差出人に会いに行くつもりかい?」
 そう言いながら四足歩行でQBは近づき、少女はやや見下ろす形で言う。
「あなた達が全部話せば会いに行く必要は無いでしょうね」
 QBは手近な椅子に飛び乗る。
「僕らから話す必要性は無いよ」
 同時に会いに行くのを止める必要性も無い。
「そう、言うと思ったわ」
 知りたければ会いに行けば良い、か。
「……ところで、この手紙からある程度推測できるのだけど、あなた達、本当に変わらないようね」
 少女は非常に冷静に、だが僅かに諦めの混じった様子で言った。
「君がそう思うなら、そうなんじゃないかな」
 契約の際に願いを口にする時以外、QBにいかなる感情を抱いても無意味であるのは、少女にとって300年に渡る自明の事実。
 思いの丈をぶつけてQBがそれを理解できようものなら、そもそもQBは地球に来ない。
 人類有史以前から地球に存在しているQBに今更何か言った程度で感情が理解できるようになる可能性は、宇宙の物理法則が突然変わるような、ソレに近かった。
「……そう言うことにしておくわ。さ、行くわよ」
 少女は自然に立ち上がり、左手の甲の宝石に右手をかざし、服装を変化させてQBの方へとカッカッと歩きだし、QBは慣れたように素早く少女の肩に乗った。
 そして、闇夜の東京へと、少女の姿は消えて行く……。


―CBS-70プトレマイオス・ブリッジ―

「スメラギさん、王留美からの暗号通信です。リリアーナ・ラヴィーニャが動いたそうです」
 クリスティナ・シエラが振り向いて言う。
「そう、とうとう動いたのね。場所は分かる?」
「予約したチケットから行き先はUNIONの軌道エレベーターだと判明しています」
 スメラギ・李・ノリエガは呟く。
「恐らくは南米……」
 一方で、テロリスト達が船で海上をうろうろ。
 治安維持と称してUNIONが出て……。
 次から次へと、問題が絶えないものね。
 スメラギはそう思いながら、クリスティナに一応艦内放送で、魔法少女が動いた事を連絡した。
 アニューは魔法少女が動いたか……と思いながら、艦内の通路を進む。
 すると曲がり角からロックオン・ストラトスが現れ、声を掛けてくる。
「よぉ、色々きな臭くなってきたな。もうすぐGNアームズがロールアウトするらしいが、その時は頼むぜ、リターナーさんよ」
 言って、ロックオンは軽く手を上げると、誤ってアニューの肩に触れてしまう。
「気安く触らないで」
 アニューは鋭い目付きで不快感を顕にし、ロックオンの手をはねのけて去っていく。
「っぉ、すまない。悪かった」
 驚いたロックオンは後ろに下がって距離を取ってそれを見送る。
「は……」
 やっぱり普段の顔は作った愛想笑いか。
 内面は最初のティエリアみたいなもんだな。
 プライドが高いこって。
 ティエリアの奴は最近少し変わってきてはいるが……。
 ロックオンはやれやれと、そう思いながら自分も移動するのだった。






本話後書き
主にほむほむを再び絡ませるが為、00Iのミッションを四年分フライングさせました。
タダ飯の件と合わせてご都合全開で申し訳ないです。
真面目にやってもただシーンが増えるだけで、結果は大して変わらないので、一発で終わらせる為の処置、という言い訳です……。
また、テリシラ氏は紅茶派でした。
前話で飲んでいたのはコーヒーである訳がありませんでした。
更に、感想で頂きましたが、ティエリアがアイガンダムに乗った件については完全に忘れていました、失礼しました。



[27528] アレルヤ「刹那、それがGNタクシーの力だ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/06/24 15:20
―UNION領・テリシラ邸―

 テリシラ・ヘルフィは端末に絹江・クロスロードからのメールが届いた事に気づき、手に取る。
「これは……予想以上に早かったな」
 テリシラは文面を見るまでは、別の方法を取ることも考慮に入れなければならないと思っていた矢先だった。
 個人的親交があるのか……詳細は分からないが待っていればいずれ何らかの連絡又は接触がある可能性は高い。
 彼女の身辺に無用な危険が及ぶこともないだろう。
 テリシラは絹江に問題の手紙を暁美ほむらに渡してくれた件についてメールで感謝の返事を出した。
 そこでふと、テリシラは思う。
 彼女がヴェーダにとって要注意人物に指定されたという事は問題のある情報を知り得る機会があった筈だが……だとするとその原因は一体……。
 テリシラは光彩を輝かせ、ヴェーダから他に要注意人物に指定されている人間がいないか情報を探り始める。
 するとすぐにレイフ・エイフマンを見つける。
「な、エイフマン教授もか」
 しかも重要度は絹江・クロスロードより上……。
 テリシラはエイフマン近辺の情報を探ると、あるビジョンに行き着く。
 このビジョンに映る少女は……恐らく。
 そこへ丁度、電話が掛かる。
 テリシラは着信番号を見てすぐに気づく。
「レイヴか」
 言いながら、接続をする。
[ドクター、こんばんは。お時間宜しいですか?]
「こんばんは、レイヴ君。構わない。丁度私からも朗報があってね。先に話を聞こう」
[は、はい。ヴェーダから情報を引き出していたら、リジェネ・レジェッタが仲間だと分かったんですが……]
 レイヴ・レチタティーヴォは少し困ったような声色で言った。
「リジェネ・レジェッタ……ああ、なるほど。それは考える必要があるな」
 テリシラは納得するように答えた。
[はい……僕もそう思って]
 リジェネ・レジェッタは既に自身がイノベイドである自覚があり、かつCBに直接関係している。
 六人のイノベイドに暁美ほむらを加えた七人で構成する新たな監視者という存在を考慮すれば、CBに直接関わっておらず、覚醒もしていないイノベイドが適切であるのは当然の事。
 レイヴとテリシラは互いに思うところは同じであり、リジェネの覚醒については保留で意見は一致した。
 そして、イノベイドが社会に多数存在している以上、その中からヴェーダが自分達に選ばせようとしているのは、六人の仲間の候補が複数いることを意味し、仲間に入れるかどうかの判断も任せている可能性もあるとテリシラが言った所でひとまず話がつく。
[それで、ドクターの朗報というのは?]
「例の魔法少女に私のあるだけの連絡先を伝える事ができてね」
 レイヴが驚く。
[もう!? 早いですね!]
「私も少し意外だった。ただ、暁美ほむらが接触を図って来るかどうかは分からない。もしいつまで経ってもこなければ、探しに行かなければいけない上に、会ったとして監視者の話を受けるかどうかはかなり怪しい」
[そう……ですね]
「今のところは連絡が来ると期待して待つとしよう。……そうだ、試しにと言っては何だが、レイフ・エイフマン近辺の情報の中にある、最近撮影された写真に共に映る少女もイノベイドである可能性が高い。見てみると良い。もしそうなら捜索するイノベイドの型に追加だ」
[はい。レイフ・エイフマン……]
 言われて、レイヴはヴェーダの中から情報を探り出す。
[あ! この子仲間です!]
「何?」
 イノベイドの型の一つである事の確認だけには済まず、ハナミは六人の仲間の候補者であった。
[でもドクター、この子、覚醒しているかもしれないですよね]
 エイフマンが要注意人物に指定されているのであれば、その監視としてヴェーダの特殊ミッション用に既に覚醒している可能性がある。
「いや、そうとも言えない。覚醒しているのだとしたら、わざわざ写真を撮るような行動は普通はしないだろう。いずれにせよ、確認しないと分からないがね。レイヴ君、明日時間はあるか?」
[えっと、学校は……休みます]
 レイヴにとって覚醒した今となってはジュニア・ハイスクールと仲間探し、どちらが重要かなど明白。
 言いかけた矢先、思い直してそう答えた。
「良い判断だ」


―CBS-70プトレマイオス・リニアカタパルト―

[射出準備完了。タイミングをキュリオスに譲渡]
 リニアカタパルトでキュリオスの射出準備が整い、フェルト・グレイスからの通信が入った。
「アイハブコントロール。イアンさん、準備は良いですか?」
 アレルヤ・ハプティズムが振り向かずに尋ねる。
「おお、いつでも良いぞ」
 操縦席の後ろからイアン・ヴァスティが軽く答えた。
「……了解です。ブリッジ、キュリオス、飛翔する」
 アレルヤは操縦桿を倒し、キュリオスを発進させる。
 リニアフィールドに軽く火花を散らせながらキュリオスはリニアカタパルトから勢いよく飛翔し、地球大気圏・太平洋上に向けて進路を取る。
「それにしても、本当にGNアームズと強襲用コンテナがあった方が良い状況になってきましたね」
「そうだなぁ、だがまあ一時的にほとぼりが冷めるまでの対応だ。いちいち物資の運搬に海中に潜らされるのはごめんだ。ロックオンと合流して作業が終わったらフェレシュテの基地でガストユニットに換装して宇宙に帰るぞ」
 イアンはこれから地上での活動で補給がやりづらくなるなとため息混じりに言った。
 キュリオスは大型GNバーニアユニットを装備する事でガンダムキュリオスガストという状態になると、GNアームズ無しでも単体で大気圏離脱が可能となる。
「了解です。ですが、フェレシュテと直接接触して良いんですか?」
 アレルヤは確認するように尋ねたが、イアンは普通に答える。
「存在を知った以上、今更だ」
「そういうことなら。……そろそろ大気圏に突入します」
 イアンを乗せたアレルヤの駆るキュリオスは、地上太平洋スポットの島々に置いてあるプトレマイオスの格納コンテナと同型の物を、経済特区東京の海に沈めてあるエクシア用のコンテナと同様に、海中に隠す作業をする為に大気圏へ突入していった。


―UNION領・エイフマン邸―

 テリシラは待ち合わせ場所でレイヴを拾い、車を走らせ、都心郊外にあるエイフマンの邸宅の方角へと向かった。
 適当な駐車場で車を止め、二人は徒歩でエイフマンの邸宅へと歩く。
「ドクター、直接会いに行って大丈夫なんでしょうか」
 不安そうなレイヴに、テリシラは片手を軽く身体の前に掲げて言う。
「もし彼女が覚醒していなかった場合、電話で君が私にいきなり言ったようにイノベイドだと伝えるのはエイフマン教授の事情を含め問題があるだろう。私は君の電話で覚醒したから良いが、これからはそうはいかないんだ」
「そ、そうですね……」
 レイヴは思い返してみれば、赤の他人にいきなり「あなたは人間ではない。イノベイドだ」と言うのがいかに変な人に思われるだろうかと想像した。
 話しているうちにエイフマンの家に到着し、テリシラが迷わず呼び鈴を鳴らす。
 しばらくすると、
[どちら様ですか? って、あー!! テレビに映ってたドクター・テリシラ! あ、ちょっと待ってて下さい!]
 ハナミが立て続けに言って、どうやら通信が切れたと二人はすぐに分かった。
 レイヴが少し呆気にとられたように言う。
「……なんか、完全に子供そのものですね」
「君も子供だろう」
「ドクターこそ30代後半にはとても見えませんよ」
 レイヴとテリシラがちょっとした会話を交わすと、勢いよく玄関の扉が開いた。
「お待たせしましたー!」
 たたっとハナミが門に駆けてきて、
「どうぞ!」
 と言いながら門を開けた。
「あ、ああ。失礼する」
 テリシラはハナミに対し、警戒心の薄さに少し心配になった。
 レイヴも流れで二人に続き、玄関から家の中へと上がる。
 客間に案内され、二人はそのまま普通に席に座ると、程なくしてハナミが飲み物を持って現れ、それぞれに出した。
 二人が軽く礼を言った所でハナミは首を傾げてあることを口にする。
「ところで、プロフェッサーはお仕事で今いないんですけど、今日は何のご用ですか?」
「っ」
 テリシラは思わず口にしていた茶を吹き出しかけるのを堪え、微妙な目をして言う。
「……上がった私達が言うのも何だが、そういうのはインターホンで最初に確認するものだよ」
 レイヴもうんうんと頷いた。
 ハナミはしまったと声を上げる。
「あー! ドクターがいらっしゃったのでうっかり案内してしまいました」
「そ、そうか……」
 とんだうっかりだな、と思いながらテリシラはレイヴを顔を見合わせると、恐らく同じ事を考えているであろう微妙な表情をしていた。
 間違いなくこの少女は覚醒していない、と。
 テリシラとレイヴは互いに頷く。
 そしてテリシラは、ハナミを覚醒させようとしている事にヴェーダから止めるように指示も来ていない為、すぐに済ませるべく、光彩を輝かせる。
「え?」
 すると、ハナミの光彩も輝き出す。
 呆然としてハナミは立ち尽くし、ほんの少しするとフラフラと倒れかける。
「危ない」
 慌てて席から立ち上がったレイヴがそれを受け止め、向かいの席に座らせた。
 一時的に気を失い、ハナミは目を閉じて席でぐったりした。
「ドクター」
「一時的に気を失っているだけだ」
 ハナミに近づき状態を見てテリシラが言った。
「そうですか……良かった」
 レイヴは安堵して、テリシラと共に席に座る。
 ハナミを見ながら、レイヴが少し気まずそうに言う。
「ドクター、勝手に覚醒させて良かったんでしょうか……」
「……気持ちは分かるが、それは私も君も同じだ」
 覚醒したイノベイドとして、使命を優先するのはやむを得ない。
「すいません、ドクター。僕が電話を掛けなければドクターは普通に生活していたのに……」
「気にしなくて良い。それに、レイヴが私に電話をかけなければ、私は近いうちヴェーダに帰還させられていただろう」
 テリシラはやや皮肉めいて言った。
「ドクター……」
 程なくして、ハナミが気を取り戻す。
「んん……私は……」
 身体を背もたれからおこす。
「私はイノベイド……六人の仲間の一人。プロフェッサーを監視する存在だった」
「いきなり覚醒させて済まない。テリシラ・ヘリフィだ」
「僕はレイヴ・レチタティーヴォ」
「ドクター、レイヴ……。私はハナミです。よろしくお願いします」
 徐々に状況が掴めてきた様子でハナミは言った。
「気分はどうかな?」
「えっと、大丈夫です。私人間じゃなかったんですね。何か変だなーとたまに思ってたんですけど、何かスッキリしました」
 言って、ハナミはにっこりと笑った。
 それを見てレイヴとテリシラは心なしかホッとした。
 落ち着いた所でレイヴが尋ねる。
「良かった。それで、ハナミにも何か能力が?」
 ハナミは人差し指を顎にあてる。
「んー、太陽炉を制御する能力、みたいです」
 太陽炉の制御。
 それはオリジナル太陽炉、疑似太陽炉問わず停止・稼働させることが可能な能力。
「太陽炉を制御する能力……」
「私達とはまた違った方向性の能力だな。もう一つ確認するが、エイフマン教授の監視についてヴェーダから何か指示は来たか?」
「ヴェーダからは今まで通りプロフェッサーと暮らしているようにと指示が来ました。だから私嬉しいんです。プロフェッサーは私がCBに送られてきた者だと分かっている筈なので、その私も自分の正体が分かったのは何となく気が楽で」
 本当に嬉しそうな表情をハナミはしていた。
「なるほどな」
「ところで、この魔法少女って何なんですか?」
 唐突にハナミが悩ましい顔をして尋ねた。
「ヴェーダから送られてきた情報の通りだよ。実際にそう言うことが起きているらしいんだ」
 レイヴがそう説明し、しばらく三人は話をした。
 その結果、ハナミはこれまで通りエイフマンの家で生活を続け、仲間探しはレイヴとテリシラが引き続き行う事になった。
 ハナミに見送られ、玄関を出て二人はその場を後にする。
「意外な能力でしたね」
「私達は監視者というよりもしもの時のストッパーのような役割に近いのかもしれないな」
「あぁ、確かにそうかもしれませんね」
 そんな会話をしながら、二人は駐車場に戻り車に向かう。
 車がもうすぐという矢先、
「ッ!」
 レイヴが何かに感づき僅かに身体を動かした瞬間。
 銃声が響いた。
「っぐゥ」
「レイヴ!」
 即座にテリシラがレイヴを庇うように動くと、前方から突然現れて銃撃を放った長い銀髪の人物が舌打ちをする。
「似非人が……」
 言って、その人物は驚異的な速さで走り出して去っていく。
「貴様!」
 テリシラは犯人に向かって叫んだが、すぐにレイヴの状態を看る方を優先する。
「レイヴ!」
 テリシラはレイヴの身体を地面に倒し、急いで銃撃を受けた胸部を見る。
 するとテリシラは希望を持った表情で叫ぶ。
「これなら、間に合う!」
 テリシラは車に走り、常に携帯していた医療用鞄を出し、レイヴの応急処置を始めた。
 音を聞きつけた近隣の住人が何事かとやってくる足音を耳にすると、テリシラは先に声を掛けた。
「救急車を呼んでくれ!」
 ……その後、テリシラはレイヴに応急処置をし終え、丁度遅れて到着した救急車にレイヴを任せ、自分も車で病院へと向かったのだった。
 レイヴが銀髪の人物にどうやってか感づいた瞬間、僅かに身体を動かして急所を免れた事、テリシラの迅速な対応により、レイヴは一命を取りとめた。

 一方、エイフマンの家にいたハナミはレイヴが一命を取りとめた後、ヴェーダからレイヴが撃たれた事をビジョンで見た。
 慌ててテリシラの携帯に連絡を入れると、レイヴが助かった旨のメールが簡潔に帰ってきて安堵したのだった。
 そして夜、エイフマンが帰宅し、ハナミは普段と変わらずエイフマンを出迎えて、一緒に夕食を食べ終える。
 そこでどうも微妙な様子をしていたエイフマンにハナミが言う。
「プロフェッサー、私少し変わったように感じますか?」
「あ……ああ」
 図星であった為、エイフマンは少し動揺する。
 するとハナミはかなり真剣な顔をする。
「プロフェッサー、実は私……自分の正体、分かったんです。今までプロフェッサーを無意識のうちに監視していた事も理解しました」
 エイフマンは沈黙する。
「それでも、私はプロフェッサーの助手で、私はプロフェッサーと一緒にいたいです。だから、これからもよろしくお願いします」
 言って、ハナミはペコリと頭を下げた。
 しかし、数秒、エイフマンは沈黙したままだった。
 それにハナミはうぅ、と恐る恐る少し涙目で顔を上げる。
「だ……駄目……ですか?」
 エイフマンはハナミの顔を見ると、悟ったようにふっと微笑み、首を振る。
「そんな事はない。儂からも宜しく頼む」
「プロフェッサー! ありがとうございます!」
 その言葉にハナミは両手をあわせ、満面の笑みを浮かべて喜んだ。
 その様子を見てエイフマンは思う。
 ハナミが自覚を持ってもここにいたいと言うのは……そういう事なのじゃろうて。


―日本・群馬県見滝原市・とあるビルの屋上―

 深夜、少女はいつも通り黒い結晶を使用し終えては、空にそれを放り投げていた。
 それを上手にキャッチしながら徐にQBが尋ねる。
「テリシラ・ヘルフィには連絡しないのかい?」
 手紙を受け取った割にはこの数日まるで動く気が無い少女にQBは確認するように言った。
 少女は返答に少し間を開ける。
 QBが何をしているのか大体分かった、つまり、QBがCBに関与する動機について引っかかっていた事がある程度推測できた以上、少女はわざわざ確認に行く必要も無いかと感じていた。
 本当に私に会う必要があるなら、あちらから探しに来るだろうし、と。
「……そうね。連絡しなくても必要があればあちらからそのうち来ると思っているわ。それに連絡するぐらいなら直接行く方を取りたいけれど、あなた達はともかく、アメリカに行くのは少し手間がかかる」
 そう抑揚の無い声で言って、少女は結晶を一つ摘んで放り投げる。
 飛行機で密航するのは待っているより手間が掛かるのは事実。
 少女に電話で連絡する気が余り無いのは、予め連絡しないで直接勝手に行けば、会わずして様子を見る事ができるから。
「それなら一つ教えておくよ」
 QBはそう言って、密航の手間が余り掛からないある方法を伝えた。
 対して、それを聞いた少女は少し目を細めた。
 その方法が微妙だったのもあるが、QBの方から少女にアメリカに行くのを勧めるように言う意図がはっきりしない。
 ましてや少女に手紙が渡った時は「早かったね」とQBは言い、できればもっと時間を掛けて欲しいようですらあったが故。


……レイヴが銃撃を受けてからというもの。
レイヴの状態は安静にしていれば問題なく、レイヴ自身も術後すぐに意識を取り戻し、病室で普通に会話ができた。
テリシラは目にはっきりと見たレイヴを銃撃した犯人について、詳しくヴェーダから情報を探ると、それがラーズ・グリースという130年前に社会に放たれたイノベイドである事を知った。
ラーズは当時のイノベイドの妻、子供と生活していたが、妻と子供はヴェーダによって覚醒されたにも関わらず、ラーズ自身は覚醒させられなかった。
散々妻を探し回って、ラーズは妻を見つけると別人に変わってしまっている事を知り、動揺。
その場にいた塩基配列パターン0666の赤い髪のイノベイドがラーズを邪魔だと判断し始末しようとナイフを投げつけ、ラーズは左目を負傷、その後激高して妻もろとも殺害してしまった。
その負傷によりラーズはヴェーダとのリンクが途切れてしまい、それ以後、ラーズはヴェーダの指示によって抹殺に現れたイノベイドと遭遇するが、それら全てを逆に殺害した。
以降、ラーズはイノベイドを人間でない者、似非人と呼び、同じ容姿をした者達を殺害し続けるイノベイドハンターとなった。
ラーズの狙うイノベイドの型の中にはレイヴと同じ塩基配列パターン0026も含まれていた。
その為、ラーズはレイヴを狙ったのだった。
テリシラはレイヴにラーズについて分かった事を話し、離れていると危険だとして、医療器具の揃っているテリシラの邸宅にレイヴを移送、そこで療養させる事になる。
そんなベッドで休むばかりでする事の無いレイヴは、ならば仲間探しをすると言い、テリシラに無理はするなと言われたが、役立ちそうな情報媒体をベッドの近くに用意された。
その際テリシラがそういえば見せていなかったとラーズの写真を見せると、ラーズがまさかの六人の仲間の一人であることが判明。
ラーズが出現する場所が分からない事から対応は保留する事として、レイヴが仲間探しを続けること数日。
レイヴは新たな仲間、金髪の子供のイノベイド、ブリュン・ソンドハイムを発見、テリシラはそれを受けて、覚醒させたらすぐに戻ると言ってAEUに飛んだ。
一方、太平洋上の島のコンテナを海中に沈め、カモフラージュを終えてキュリオスが空に戻った頃、CBでは次のミッションが決定していた。


―UNION領・経済特区・東京―

 夜、刹那はマンションを出て人気の無い港へと向かう。
 倉庫の並ぶ場所で周囲を確認し、刹那は光の加減でどこまでも続く暗闇のカーテンのような海へと飛び込んだ。
 勢い良く潜っていくと、海底にエクシアの格納コンテナが見え、慣れたように通用口を開いて海水と共に中へ入り、即座に隔壁を閉じる。
 自動的に海水が排出され始めるのを無視して刹那は、手すり付きの垂直階段を上がり、上の隔壁へと進む。
 そこで刹那は濡れた服の上からパイロットスーツを着る。
 すると濡れていた服は即座に乾燥されていき、刹那はそのままヘルメットを取って更に次の隔壁を開いた。
 その部屋は格納コンテナの上層部、ガラス張りからガンダムの整備状況を見る事のできる場所。
 刹那はすぐ近くの扉を開き、今度は階段を伝って下へと降りる。
 出た先にはエクシアが横倒しになっていて、刹那は素早く機体の上へと登りながら声帯認証システムでエクシアのコクピットを開けて中へ入り、起動させる。
「GNシステムリポーズ解除。プライオリティを刹那・F・セイエイへ」
 コンソールモニターに文字列が表示され、センサー類が次々と稼動していく。
「コンテナハッチオープン」
 コンテナのガンダム出撃用のハッチが開き、海水が中に流れ込むが、それに構わずエクシアが立ち上げられ発進する、寸前。
「センサーに生体反応?」
 ピピという音が鳴り、エクシアに向けて何かが泳いで接近してくる。
 エクシアのセンサーはすぐにその生体反応を有視界で捉え、モニターに拡大表示する。
「暁美、ほむら……?」
 何故ここに。
「刹那、エクシアの肩か手にほむらを乗せて上げてよ」
 忽然とQBが刹那の目の間のコンソールの所に現れて言った。
 その姿を見た刹那は目を見開く。
「QB」
「この場所は僕らが教えた。ほむらはアメリカ大陸に行く用事があるんだけど、最近の航空機に隠れて乗るのは手間が掛かるからね。丁度刹那も行き先は同じだろう?」
 そうQBが話しかけているうちに、少女はエクシアの丁度胸部の前あたりで平然と待機し始める。
 刹那は数秒黙って思い詰めた後、低い声で言う。
「分かった」
 するとエクシアは左手をゆっくり前に出す。
 少女はそれを見て左手に近づき、その上に乗った。
「……呼吸は?」
 刹那は根本的な事に気づく。
「ほむらは魔法少女だからしばらく呼吸ができなくても、大気の薄い上空でも大丈夫だよ」
「そうか」
 QBの発言を真に受けて、刹那はそのままコンテナからエクシアを発進させる。
 QBはそこまででフッと姿を消した。
 エクシアがゆっくり浮上すると、コンテナのハッチは自動的に閉まり、海水を排出し始めた。
 一方でエクシアはある程度の水深まで到達すると、海中を南東の方角へと、少女を落とさないよう進み出す。
 しばらくして、エクシアは更に浮上を始め、海上へと出る。
 月と星明かりが夜の海を仄かに照らし、光を受けた水面のあちこちが輝く。
 そんな中、水中から出た少女の姿は一切濡れていなかった。
『高度を上げる』
 刹那はスピーカー音を絞って言った。
「問題ないわ。運んでくれてありがとう」
 刹那は簡潔な少女の声をマイクで拾い、そのまま高度を上げる。
 みるみるうちに海は眼下に離れ、エクシアは空へ。
 一定の高度に達するとエクシアは前傾姿勢で一路、ロックオン・ストラトスと合流するべく南国島へと向かった。
 数時間後。
 夜を抜け、日の出を迎え、そして現地時刻で午前中に南国島付近の上空に到着。
 エクシアは徐々に高度を降ろし、岩場の前に待機しているデュナメスの近くに着陸し、膝立ちになる。
 左手を地面につくように降ろすと少女は軽やかに降りた。
 エクシアは直立しなおし、すぐに刹那がコクピットハッチを開けて出て、ワイヤーに掴まって降りる。
「よぉ刹那着いたか……って、あぁ!?」
 丁度森の方からやってきたロックオンが視界に入った少女に盛大に叫び、
「ロックオン」
 ワイヤーから降りると同時に刹那はロックオンの名を普通に呼んだ。
「改めて、運んでくれてありがとう。お邪魔します」
 少女は刹那に声を掛け、ロックオンに振り向いて会釈した。
「ああ……いらっしゃい?」
 ロックオンは訳が分からず疑問系で返した。
 って、お邪魔します、じゃねーぞおい!
「ちょっと刹那。……こっち来い」
 続けてロックオンは刹那に顔を向けて手招きする。
 すると刹那は小さく頷きいつもの仏頂面でロックオンに近づいた。
 ロックオンはガッと刹那の肩に腕を回して少女に対して背が向くようにして、小声で尋ねる。
「刹那、これはどういう事だ」
「東京湾のコンテナハッチから出撃する時、泳いでエクシアの前に現れた。QBもコクピットに現れ、アメリカ大陸に運んで欲しいと言われた」
 刹那は低い声でボソボソ言った。
「で、連れてきたのか?」
「ああ」
 肯定。
「あぁ……」
 ロックオンはため息をついた。
 アメリカ大陸って何だよ……。
 そのまま自然に腕を離し、少女の方に振り返る。
「あー、ほむらさんよ、アメリカ……大陸に行きたいのか?」
「そう」
「パスポートは……」
 思わずロックオンの口から単語が滑る。
「300年ぐらい前はそんな物も持っていたけれど、捨てたわ」
 風化したし。
 ロックオンは右手で頭に触れ、ぎこちなく笑う。
「だよなぁ……はは」
 って普通ねぇよ……。
 無いなら作ればって、戸籍もバイオメトリクスも保存されて……無いよな。
 ロックオンは頭から右手を離し、前に出して尋ねる。
「一応言っとくが、アメリカ大陸って言っても俺達がこれから行くのは南米なんだが、ほむらさんが行きたいのはアメリカ大陸のどこだ?」
「北米ですが南米で構いません」
 少女は言い切った。
「そうかぁ」
 何がどう構わないんだよ……。
 北と南じゃ全然違うだろ……。
 しかも作戦ではいつも通り目標ポイントには上空から直接降下する以上一旦どこかで降ろすってのもな……。
 ロックオンは壮絶に微妙な顔をして、やがて考えるのを諦める。
「分かった。アメリカ大陸までだな。よし刹那、時間だから行くぞ」
「了解」
 刹那とロックオンはそれぞれガンダムのワイヤーを降ろす。
 二人はワイヤーに掴まりコクピットまで上がるが、刹那がそのままコクピットに入ろうとするのを見てロックオンはすかさず声を掛ける。
「おい刹那! ほむらさんコクピットに入れてやらないのか」
 その声が聞こえた刹那は再びコクピットの奥から戻って来て言う。
「入れて良いのか」
「良いのかって、来る時入れたんじゃ……あ? まさか」
 ロックオンは刹那が降りてきた時の事を思いだすが、それより今必要な事を考えると、下にいる少女に向かって声を掛ける。
「悪い気にすんな刹那。ほむらさんよ、こっちに乗ってくれないか?」
「遠慮しておきます」
 少女は即答して足を軽く曲げると、一気に飛び上がり、エクシアのコクピット付近にフワリと着地した。
「な」「なっ」
 それを目の当たりにした刹那とロックオンは絶句した。
「……入れて貰えるかしら」
 少女がそう尋ねると、一瞬間を置いて刹那は頷き、中に入った。
 少女も続いて入ると、コクピットハッチが閉まってしまう。
 完全に拒否されたような形になったロックオンは固まっていたが、そこへ定位置に収まっていたHAROが音声を掛ける。
「フラレタ! フラレタ!」
「そうじゃねぇよ……」
 明らかに厄介に思われただけだ。
 俺が質問するって分かってやがるな……。
 つか、今の跳躍力は何だぁ……。
 は、とため息を吐いてロックオンも中に入ってコクピットハッチを閉めた。
 ロックオンは刹那に通信を入れる。
「行くぞ、刹那」
[了解]
 そして、デュナメスとエクシアは南米へ進路を取りながら高度を上げていく。
 今回のミッションは南米の紛争地域での武力介入。
 リリアーナ・ラヴィーニャはブラジルに位置するUNIONの軌道エレベーター、通称タワーのとあるホテルに滞在していたが、エージェントの調べによると、数日置きにそのホテルを空けているという情報が入っていた。
 つまり、リリアーナの出現する確率が非常に高い中でのミッション。
 それでも、魔法少女が現れるからという理由でCBが活動を止める訳には行かない。
 そして、このような事について刹那が少女に対して口を開く筈も無かった。
 終始無言で二機はかなりの上空を飛び続ける事更に数時間。
 目的の陸地南米が真下の位置に入る。
 そこでロックオンがここに来てエクシアに通信を入れる。
[悪いがミッション中でな、途中で一旦降りる訳にはいかない。直接紛争地域に降下する事になるが、降ろすのはミッション終了後で良いかい?]
「ロックオン」
「構いません。ですが、それで良いのですか?」
 少女は確認するように尋ねた。
[魔法少女の方が余程世界の機密だ。それにどっかに情報売ったりしないだろ?]
 それどころか少女には個人IDもバイオメトリクスも無い時点で保安局に取り調べられる側の存在。
「そういう事であれば」
[と言う訳だ刹那。頼んだぜ]
 ロックオンは少女の返答を聞き、刹那に振った。
「了解」
 こうして、二機は途中で少女を降ろす事無く、直接武力介入を行う予定ポイントに直接降下する事となる。
 鈍重なアンフが撃ち合いをしている場所で、エクシアとデュナメスはそれぞれいつも通り作戦行動に入る……筈であったが、久々に状況が違った。
 降下していくと予定ポイントの状況が映り、ロックオンがすぐに気づく。
 アンフが置き去り……周囲にも人影は無し……QBの仕業か?
 最近のパターンにしては初期並に徹底的だが……。
 心にどこか引っかかるが、ロックオンはすぐに通信を入れる。
「刹那、QBが出たようだが、なら手分けしてさっさと引き上げるぞ」
[了解]
 そして通信を終え、エクシアとデュナメスはそれぞれの場所に分かれて飛び、寂しく残されたMSを破壊して行く。
 何の障害も無く作戦行動を終えようかという丁度その時。
 エクシアのコクピット内にアラート音が鳴り響く。
「生体反応!?」
 それはエクシアの背後に急速接近する人影。
 左腕を前に、右腕は後ろに構え、その掌側が空を向いた右手には槌がきつく握られていた。
 気づいた刹那がエクシアを振り向かせようとした瞬間。
「はァッ!!」
 勢いに任せた跳躍と共に、渾身の力が込められた一振りがコーンスラスターの下に叩き込まれる。
 次いでエクシアが前方に猛烈な勢いで吹き飛び、前のめりに地を滑る。
「っくァ!」「っ」
 衝撃で機体内部が激しく揺れ、刹那と少女が声を上げる。
「魔法少女!」
 少女が目を鋭くして襲撃者の正体を察すると同時に追撃が来る。
「でぁッ!」
 跳躍からの柄の短い巨大化槌の振り降ろしがコーンスラスターに直撃。
「がァっ!」
 エクシアは再度衝撃を受けて地面にめり込み、周囲には罅ができる。
 リリアーナはすかさず後ろに距離を取り直し、巨大槌の先端をドリル化。
「これで!」
 振りかぶる。
「終わりだッ!!」
 容赦なく振り降ろされる槌は重い衝撃と共に、先端が平らに変形したコーンスラスターを甲高い音を出して削り始める。
[刹那ァッ!!]
 そこへ通信と共に桃色の粒子ビームが柄を貫き、槌の先端部が明後日の方角へ飛ぶ。
 リリアーナはビームの飛んできた左へ素早く視線を移す。
「っ、緑色!」
 デュナメスは即座に二丁のGNビームピストルを構え、粒子量を絞り、リリアーナに向かって牽制気味に連射する。
 リリアーナはそれを常軌を逸した動体視力で見切り、魔力を使用した瞬発歩法で右へ左へ後退して避けていく。
 ビームの着弾地点は高温で溶けるような音を出す。
「ッ、手加減してる場合じゃねぇか!」
 ロックオンはすぐに牽制を止め狙い撃ちのみの連射にシフトする。
「くぅッ」
 避け続けるリリアーナはデュナメスが射撃できなくなるようエクシアの方へ行くべく、後退から一転。
 ビームを避けながら右前方に近づく。
「盾にする気か!」
 ロックオンが狙いに気づくと同時に、地面にめり込んでいたエクシアは無理矢理機体を捻り、仰向けになる。
「逃がさないっ!」
 しかしリリアーナはすかさず巨大槌を瞬時に形成し直し、至近距離からソレをエクシア胸部に振り降ろす。
「くァぁッ!」
 が、刹那は反射的に操縦桿を動かしエクシアの両腕をクロスさせて防御。
 ロックオンからはリリアーナの姿が巨大槌とエクシアの腕に遮られて全く見えず舌打ちし、
「ッチィ!」
 デュナメスの高度を地上スレスレから斜め前方へ上昇させる。 
 エクシアの両腕と槌が強く軋む。
「やァァぁッ!!」
 全長高18.3mのエクシアを身長1m数十のたった一人の魔法少女が襲う。
 エクシアは防御を左腕に任せ右手首をリリアーナに向ける。
 GNバルカン。
 リリアーナは防御が手薄になったエクシアを一気に押しつぶそうとしたが、至近距離から粒子砲が発射されるのが視界に入る。
「ッァ!」
 瞬発的にリリアーナは一気に後退して距離を取る。
 それをエクシアの右腕が追撃。
 GNバルカンの掃射。
 リリアーナが避ける側から地面が穿たれ、土煙が上がる。
 そこへ斜め上空からも粒子ビームが降り注ぐ。
 デュナメスのGNビームピストル。
[刹那! エクシアは動けるか!]
「問題無い」
 言って刹那はリリアーナに向けてGNバルカンを絶え間無く打ち続けながら、機体を起こす。
「巻き込んで済まない」
「あなたのせいではない」
 少女は刹那の横で左手を虚空に翳す。
「私の方こそ邪魔だから消えるわ」
「な」
 するとコクピットから少女の姿が霞むように消えた。
 しかし、刹那に驚いている暇は無かった。
 急速に後方に追いやられているリリアーナが解除していた槌を自身を二機の斜線軸から覆い隠せるサイズに巨大化。
 その槌の片側を地面につけ、デュナメスの砲撃には盾になるように斜めに構える。
 更にリリアーナは素早く左手だけ動かしポケットから黒い結晶が目一杯入った透明な小型ケースを取り出し、右手首の六角形の結晶を覆うように装着してあったホルダーにソレを填め込めて手を翳し終えると、エクシアへ突撃。
 ロックオンはそれに驚き、
「まだ諦めねぇのか!」
 槌に向けてビームピストルを放つ。
 しかし、その損傷は驚く程軽微。
 当たり方よっては反射するように弾かれる。
 エクシアのバルカンも同様。
「んな馬鹿なっ! 刹那ッ、空に上がれ!」
 そう言うとほぼ同時にエクシアは真っ直ぐ上に飛び上がる。
 寸前の所で突撃は回避されるが、リリアーナも驚いていた。
 柄は駄目でも槌ならビームは防げるっ!
 槌本体の耐久力を初めて知ったリリアーナは活路を見いだした気分で槌を維持したまま、足に魔力を込めて後方上空に跳躍。
 スラスターから火花を吹かせて飛び上がったエクシアの脚部付近に一瞬にして迫り、両手でもって巨大槌を振り上げる。
「はッ!」
 再びスラスターに直撃。
「ッくぅ!」
 機体バランスが崩れ、殴られた方向へブレながらエクシアが吹き飛ぶ。
 リリアーナの動きは止まらない。
 槌をデュナメスの方向に向けたまま、柄を軸に身体だけ反転。
 即座に空を蹴ってエクシアを猛追。
 ロックオンはその戦法に舌打ちする。
「刹那に張り付く気か!」
 しかも前より動きが良くなってやがる。
 それに魔法少女ってのは空も飛べたのかよ!
 ロックオンが撃てないままリリアーナが槌を振りおろしにかかると、
「やらせるかッ」
 エクシアが振り向き様にGNソードで槌と刃を交え、衝撃音が響く。
 だが巨大槌の運動量に負けエクシアが押される。
 しかし刹那も空いた左腕をリリアーナに向け、再びGNバルカンが火を吹く。
 リリアーナは目を見開いて槌から手を離し、瞬発的に両足に魔力を強く込めて避けてみせる。
「くッ!」
 刹那が焦る。
 魔力で吸い付くように肩に膝を曲げてリリアーナはエクシアの右肩に着地。
 すぐに槌を再形成し、一気にエクシアの頭部に叩き込む。
「壊れろッ!」
 衝撃で左眼のカメラアイが破損。
「しまっ」
 リリアーナは容赦なくもう一度槌を振りかぶる。
 その映像に刹那の目が鋭くなる。
 瞬間、コンソールモニターが赤紫に変貌する。
「トランザムッ!!」



[27528] ロックオン「ハロ、Sレベルの秘匿義務って何かあったか?」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/30 09:04
 コンソールモニターにTRANS-AMの文字が浮かび上がる。
「トランザムッ!!」
 瞬間、夥しく赤く輝く粒子だけが残り、リリアーナが振った槌は虚空を切り裂いた。
「え!」
 その光景にリリアーナが驚くが、後方からの駆動音を耳に捉えた。
 反射的にリリアーナは空を蹴って前方へ。
 直後、GNソードがリリアーナのいた場所を縦に切り裂く。
 これが俺達の行動で生じた歪みなら。
 リリアーナは頭だけ後ろに捻ると、エクシアが自身を射程に捉えている光景が視界に入る。
 瞬時に真上に飛ぶと同時にGNソードの横一閃が空を切る。
 その歪みを生んだのが俺達の罪なら。
 リリアーナは身体を180度反転させながら更に上へと上がり、下からエクシアのGNソードの先端が真っ直ぐ迫り来るのを視界に捉える。
「えぁアァッ!!」
 刹那は叫び声を発しなが操縦桿を倒し、刺突を繰り出す。
 俺がこの手でその歪みを断ち切る。
「ッハぁっ!」
 リリアーナは突嵯に槌を巨大化し、寸前で受け止め、GNソードが突き刺さる。
「ぐぅっ」
 強烈な衝撃でリリアーナは上方に槌ごと吹き飛ぶように押し上げられる。
 エクシアは槌に突き刺さったGNソードを僅かに右に切り裂きながら引き抜く。
 ガンダムと共に!
 その勢いで右上方に槌は吹き飛ばされ、ソレから手が離れたリリアーナの姿を捉えて刹那が迫る。
「俺が、ガンダムだッ!」
 縦にGNソードが振られる、瞬間。
 突如TRANS-AMの文字が消え、エクシアの操作が効かなくなりアラート音が鳴り響く。
「なんだ!」
 紅く輝いていたエクシアは一瞬にして通常色に戻り、駆動音も停止、コーンスラスターが煙と火花を激しく散らせながら力なく地面へと落下し始める。
 リリアーナは閉じてしまった目を開けて、
「な、何が」
 驚くがすぐに我に返る。
「ッ、なら今ッ!」
 上半身を下に向けて空を強く蹴り、地上に落下して行くエクシアに迫る。
 しかし、その眼前を粒子ビームが遮る。
「くっ」
 リリアーナは動きを停止して、横に飛んでビームが飛んできた方を見上げる。
 エクシアは地面に墜落し、轟音を立てた。
「邪魔を、するなぁッ!」
 リリアーナは怒りの形相で槌をきつく構え直し、足に力を込めて、ビームを放ってきた上空のデュナメスに向けて飛翔する。
「ッチ! おぃ刹那! 応答しろ!」
 ロックオンはエクシアに通信で呼びかけながらGNスナイパーライフルからGNビームピストルに持ち換え、連射して行く。
「うぁあァァッ!」
 リリアーナは直前でそれらを見切って、右へ左へ、上へ下へと交わし、時には槌の先端に当ててそれを弾き、デュナメスに接近を試みる。
「ママとパパを返せッ!」
 リリアーナは目に涙を浮かべて必死に槌を振り回し、直撃コースの粒子ビームを捌く。
「っァ!」
 その音声を拾い、叫ぶリリアーナの顔をモニターに見たロックオンは目に動揺の色を浮かべ、操縦桿の引き金を引けなくなる。
 その間を突いてリリアーナは叫びデュナメスに向かって一気に直進。
「返してよッ!」
 デュナメスの真正面で槌を巨大化させ渾身の力を込めて振り落とす。
「しま」
「シールド制御! シールド制御!」
 フルシールドが稼働して直撃を受けた。
「ぅぐァッ」
 機体自体はその強烈な衝撃で地上へ吹き飛ばされる。
 続けてリリアーナは空を蹴り、下へとデュナメスを追撃、
「恨みを、晴らさせろ!」
 再び槌が振り回される。
 やられるっ!
 ロックオンがそう思い、引き金を引こうとした時。
「何だ!?」
 突然槌が通常サイズに勝手に戻り、リリアーナの顔色は一瞬にして青ざめ、両腕は痙攣、だらりと下に垂れる。
 デュナメスは依然勢いで地面に落ちていく。
「っはァ、こんな時にっ」
 リリアーナも徐々に高度が落ち始め、がたがた震える左腕でポケットから黒い結晶の入った小型ケースを取り出し、右手首につけ変えようとするが、
「あぁっ」
 手から滑り落ちた。
 リリアーナは手を伸ばして取ろうとするも、僅かに届かず地面へと無情にも落下してしまう。
 追いかけるようにリリアーナも地上へと追いかけるが、既に足に力を込める事もできず、それは最早ただの自由落下だった。
 ロックオンはリリアーナが力なく墜落して来る様子に、呆然とする。
 と同時にデュナメスが先に地面に墜落。
「っだァッ」
 衝撃でコクピットが揺れる。
 僅かに遅れてリリアーナも地面に打ちつけられた。
 二機のガンダムと一人の魔法少女が地面に倒れ、戦場は静まり返る。


―ほむホーム―

 戦闘の一部始終を少女は空間に架かっている幾つものマジカル☆モニターで見ていた。
 その始まってすぐ、QBも現れ少女に言った。
「手出ししないんだね」
 状況をお膳立てした張本人に少女は冷ややかに尋ねる。
「……こうなる事を分かっていてあの方法を教えたようだけれど、それは私が手出しするのを期待して?」
 QBは少女の座る椅子に飛び上がり、隣に並んで座る。
「勿論君がそうしないだろうという事は予想していたよ」
「そう」
 少女は素っ気なく返し、更に言う。
「あなた達こそ、手出ししないの?」
「僕らはリリアーナに手出しはしないと言ったからね。ただ、当初の予想よりリリアーナは魔法少女として強くなった」
 QBのその後半の人物評価の発言に少女は大体察する。
「……できれば彼女にはまだ魔法少女として存在して欲しいと言いたい訳ね」
「そう通りさ」
 あっさりQBは肯定した。
 QBにとってリリアーナは契約当初はいつ消滅しても仕方ない程度に考えていたが、予想より強くなったのでできれば魔法少女を長く続けて貰いたい方向にシフトしていた。
 だが、その強くなったという結果はガンダムにとってより脅威になった事と同義。
 そして、まず倒せはしないだろう筈のガンダムをリリアーナは現在進行形で押してしまっている。
 QBとしては刹那とロックオンが「仮にやられてしまったとしても」その人的損害自体は大したことは無いと考えていた。
 加えて、最悪オリジナルの太陽炉が損壊しても疑似太陽炉はあり、極論オリジナルも製造すればいいだけ。
 しかしながら、それはまるで釣りあわない。
 QBには人間がどのような感情を抱くかは全く理解不可能なのは相変わらずだが、恐らく刹那とロックオンが死んだ場合、新たなマイスターにイノベイドをすげ替えればいいだけという事とは別に、残りのプトレマイオスクルーとQB自身との関係が経験則上確実に悪化するのは予想がついていた。
 また、オリジナルの太陽炉の喪失に加え、その原因がイノベイドから製造している魔法少女と別に新たに契約した人間の魔法少女であるという事は、リボンズ・アルマークとの関係も悪化しかねない。
 極めつけに、復讐を果たした段階でそのリリアーナは高確率で消滅する。
 それ故、消滅してしまったらしまったで仕方ないが、できればリリアーナが今後もまだ存在するならば、それがベターというのがQBの結論だった。
 QBが暁美ほむらが居合わせるように動いたのは、少女がもしもの場合何らかの感情を持って場に介入する可能性を期待しての事というのは意図の一つ。
 そして、QBとしては少女には既にテリシラ・ヘルフィの手紙が渡り、大体イノベイド魔法少女の事を察した少女の反応が特段何事も無かった以上、寧ろ少女が監視者を引き受ける方が良いのがもう一つ。
 なぜなら、監視者のCBの否決権の行使は常に全会一致でなければならないが、少女は否決もしないが賛成もしない意見不表明の立場を高確率で取ると考えられる。
 であれば、少女が監視者になる事は何ら問題は無く、QBが良く知らない六人のイノベイドだけの監視者組織であった場合彼らがどういう判断を取るか不確定要素が多い以上、300年以上付き合いのある少女が加わる方がやはりどちらかというと良い。
 また、QBは全く想定していないが、今回のリリアーナの件を見る事によって暁美ほむらがイノベイド魔法少女の方がまだマシだと考える可能性もあった。
 刹那がトランザムを使用した所でQBはリリアーナは終わりかと思うが、
「エクシアのスラスターに異常が起きたようだね」
 と別に求めてもいない少女に解説した。
 スラスター含め、各所内部センサーが槌の衝撃を受けて損傷している所へトランザムを使用した結果、オーバーロードを引き起こした。
 ロックオンがリリアーナの突撃を妨害し、リリアーナがデュナメスに向かい始める。
 ロックオンが突然射撃を止めた理由がさっぱりQBには理解できないのはともかく、リリアーナが攻撃を入れた。
 まだ確実にデュナメスは壊れもしないであろう為リリアーナの追撃をQBは普通に見るが、
「どうやら限界のようね」
 と少女が言った。
 リリアーナはストックの魔獣のコアの入ったケースを使用しようとしたがそれを落とし、自身も墜落。
 戦場には静寂が訪れた。
 すると、少女は息をつき立ち上がる。
「……良いわ、期待通り、手出ししてくるわ」
 手の届く、私の目の前で今のあの魔法少女をみすみすあの子の元に行かせるのはどうにも癪だから。
 QBは少女が出ていくのを無言で見送った。


―南米・紛争地域―

「はぁッ、ァぁッ」
 地面に墜落したリリアーナは、頬にポロポロ涙を流しながら消耗した身体で這いずり、取り落としたケースの方へ近づこうとする。
 ケースの中のコアは周囲に散乱していた。
 墜落してからすぐ起きあがったデュナメスのコクピットでロックオンはそのリリアーナの姿をモニターに見ながら決断が鈍る。
「どうしたよ、引き金引くだけだろ……ッ」
 操縦桿についた赤いスイッチをただの一度押すだけ。
 それができない。
 一方機体エラーを起こして停止していたエクシアで「動いてくれ」と叫び続けていた刹那はようやくエクシアのシステムが復旧するのを目の当たりにする。
「エクシア!」
 コンソールモニターが再起動し直し、刹那は操縦桿を動かし、機体を起きあがらせる。
 デュナメスの方を見ると、ビームピストルを構えたまま停止し、リリアーナが地面を這っている姿が映る。
「ロックオン」
 刹那はエクシアをゆっくり動かして飛ばし、デュナメスの方に向かう。
 そこへエクシアが最初に叩きつけられた地点から忽然と少女が現れ地面からふわりと浮き上がり、風に乗るようにデュナメスの方向へと軽やかに跳んだ。
「あれは!」
 刹那がそう言うと、ロックオンも同時に気づく。
 音もなく、少女はリリアーナが求めるケースとコアが散乱する所に着地した。
「だ、誰……?」
 その人影に気づきリリアーナが頭を上げる。
「通りすがりの魔法少女よ」
 そこへエクシアも付近に到着し、デュナメスも構えを解いて同じく付近に着陸した。
「魔法、少女……」
 リリアーナの呟きをよそに、少女はデュナメスとエクシアを交互に軽く見上げると、
「少し手間が掛かるわね」
 と呟き、徐に右の掌を空に掲げた。
 瞬く間に、風景が一変する。


―ほむホーム―

 幾つもの椅子が円形を描く場の真っ白い空間の端に、全長20mのガンダムが二機、魔法少女が二人現れた。
「何だぁここ!?」
 ロックオンが驚いた。
 少女は床に倒れたままのリリアーナに近づいて膝をつき、仰向けにさせ、手早く勝手に右手首のホルダーを取り外して六角形の結晶を見えるようにするとすぐにまた立ち上がる。
 既にそのソウルジェムはおよそ9割が濁っていた。
「な……何の真似」
 リリアーナは呼吸の早い中、声を絞り出した。
 少女はリリアーナを見下ろして淡々と言う。
「そうね。敢えて言うならただの私の勝手よ。私の目の前で、あなたが復讐を心に抱いたまま魔法少女として消えるのが癪なの」
「な、何……」
 リリアーナは少女の発言の意味が理解できず戸惑うが、少女は無視して一方的に続ける。
「だから決めなさい。今すぐソウルジェムを砕いて死ぬか、希望を抱いてまだ魔法少女として生き続けるか」
 そこへ刹那はロックオンに唐突に通信して、
[ロックオン、エクシアから降りる]
 本当にコクピットを開けて降りだした。
「あ? ちょっ、おい刹那! ったく」
 返事も意味なく、ロックオンも仕方なくコクピットを開け、ワイヤーで降りる。
 少女の問いにリリアーナは依然理解が追いついていなかったが、二人の人物がガンダムから降りて来たのにはすぐ気づいた。
「あ……」
 青色のパイロットスーツに緑色のパイロットスーツの二人はそれぞれヘルメットを脱いで素顔を晒す。
 出てきた割に刹那は無言を貫く。
 ロックオンは何と言っていいやらという様子ながらリリアーナの顔を見下ろしてふと口を開く。
「……俺の両親と妹は反政府組織KPSAの自爆テロで殺された」
 刹那はそのロックオンの言葉にハッと目を見開いた。
 リリアーナはロックオンの方に顔だけ向けて声を上げる。
「え……」
 ロックオンは続ける。
「俺はテロが憎い。だからCBに参加した。このガンダムで紛争を根絶する為にな」
 途端にリリアーナは顔をしかめ、
「……CBのせいで起きたテロで、っく、私のママとパパ、はぁっ、殺されたのっ」
 言って身体を起こそうとするが叶わない。
「ああ。それは俺達の行動が引き起こしたテロだ。それが俺達の咎だ」
 ロックオンはそう、リリアーナの言葉に同意して、続ける。
「そうさ、俺達のやってる事はテロリストと似たようなもんだ。相手は世界全て。だがなぁ、俺は忘れない。俺達のした事を。そしてテロなんてものが起きるこんな世界を、変えてやる」
 言って、ロックオンは辛そうなリリアーナに対し問いかける。
「俺が憎いか? 俺を殺したいか?」
 リリアーナは苦悶の表情を浮かべながら声を絞り出す。
「……憎いよ。憎い、けど、人殺しはしたく……ないっ」
 するとリリアーナの目から再び涙が流れ始め、徐々にソウルジェムの濁りが進行し始める。
 リリアーナはガンダムというその圧倒的な存在がどうしても憎かったが、中に乗るパイロットもまた人間である事は考えていなかった。
 リリアーナは心のどこかで自分の想いを遂げる事に諦めが入り始める。
「そうかい」
 二人のやりとりを黙って見ていた少女が再び口を開く。
「もう一度聞くわ。今すぐソウルジェムを砕いて死ぬか、希望を抱いてまだ魔法少女として生き続けるか、あなたはどちらを選ぶの」
 ロックオンはその質問に顔をしかめるが、リリアーナが尋ねる。
「……どういう、事?」
 少女は焦り気味に、早口に言う。
「魔法少女として消えればその魂は円環の理に導かれて運ばれて行く。けれど、ソウルジェムを砕いて死ねば魂はそのままこの世界で死ぬのよ。あなたの両親と同じように」
 リリアーナは目を大きく開いて沈黙する。
 しかし、刻々とソウルジェムは濁って行く。
「おい、ちょっと」
「死にたいか、生きたいか、答えなさい! 早く!」
 ロックオンの遮ろうとする言葉を無視して少女は激しい語気で言った。
 数瞬の間。
 諦めに入っていたリリアーナの目に微かに生きる気力が宿る。
「い……生きたいっ」
 そう声を絞り出すと濁りの進行が急激に鈍り、止まる。
 少女はすぐに膝を付け、複数のコアを取り出してリリアーナのソウルジェムを浄化させに入る。
「QB、聞いているなら外に落ちてるグリーフシードも持ってきなさい」
 少女は聞こえるようにそう言った。
 するとどこからともなくコアの入ったケースを尾で器用に掴んだQBが現れる。
「そういうだろうと思って持ってきたよ」
 すぐに少女はケースを受け取り、全てソウルジェムの浄化に宛てる。
 その緊迫した少女の様子にロックオンと刹那は黙って様子を見るしかなかった。
 浄化状況に少女は歯ぎしりする。
「っく……」
 なんて効率の悪いソウルジェム。
 少女は浄化しきれなくなったコアを次々無造作に後ろに放り投げる。
 それを的確にQBは背中でキャッチして行く。
 ロックオンはそのQBの緊張感の欠片も無い様子に何となくまたぶん殴りたくなったが堪えた。
 二分と経たないうちに少女が取り出したコアとQBが持ってきたケースのコアは使い終わりそうになり、その濁りは8割。
 少女は苦い顔をすると素早く立ち上がって、椅子のある方へ行き、どこからともなく袋を取り出した。
 その中身もまたコア。
 追加投入でソウルジェムの浄化を継続して行った結果、濁りはなんとか半分までに戻り、同時にQBも消えた。
「もう、ここまでで大丈夫」
 消耗からある程度回復したリリアーナはそう言った。
 正直、少女は一袋使っても回復しきれないリリアーナのソウルジェムに呆れを覚えていたが、本人がそう言うならと納得し、懐から紙を取り出して何かを素早く走り書き、リリアーナの手に握らせる。
「これは……?」
「何らかの事情があって魔法少女になった人達の集まっている場所よ。私があなたにアドバイスできるような事は余り無いけれど、そこに行けば何か参考になる話を聞ける筈だから。……それとも、まだここにいるかしら」
 リリアーナはゆっくり首を振る。
「後は一人で平気。何だか、色々、ありがとう」
 少女も首を振る。
「それには及ばないわ。私が勝手にした事なのだから。……あなたが、何かは分からないけれど希望を抱く事を期待している。それと、何かあったらQBに言って伝えなさい」
 リリアーナは分かったと一つ頷き、口を開く。
「……あの、あなたの名前は」
「もう、行きなさい」
 リリアーナが少女の名前を尋ねようとした所、少女はリリアーナの手を離し、手を翳すと、外へと送り帰した。
 少女の左右にロックオンと刹那が残る。
 少女が立ち上がると、ずっと黙っていたままだった刹那がリリアーナが消えた事には全く動じず口を開く。
「……俺はあの魔法少女を俺達の行動で生まれた歪みとして断ち切ろうとした。だがそれは、間違っていたのか」
 少女は首を振る。
「いいえ。それも一つの選択肢。私が今あの子にした事も間違っているかもしれない。後悔するかもしれない。何を以て、本当に正しいのか間違っているのか、それは分からない。けれど、少なくとも悪意を持って為す事は間違っていると私は思う。だから、あなた次第よ。……変わるかどうかも」
 少女はまっすぐ刹那の目を見て言った。
 刹那は頷き、視線を一切そらさずに言う。
「……ああ。俺は変わる。一つ頼みたい事がある」
 ロックオンは二人のやりとりに何となく納得した様子になっていたが、刹那の唐突な言葉に目を開く。
 少女が聞き返す。
「頼み?」
 刹那は拳を握りしめる。
「見ていて欲しい。俺が変わるのを。俺達が世界を変えるのを」
 一瞬の間を置いて、少女は答える。
「良いわ」
 一言。
 刹那は無言でしっかり頷いた。
 それを見て少女がロックオンに言う。
「外に戻りますが良いですか」
 突然振られて答える。
「あ、あぁ」
「ロックオン、後で話がある」
 刹那はそう言って勝手にエクシアに向かい出した。
 ロックオンは呼び止めようとするが、
「おい刹那。……っと悪いが、ほむらさんよ、俺も話があるんだが、北アメリカまで送るからというと何だが、乗ってくれないか」
 少女を見てデュナメスを示して言った。
「……分かりました」
 少し考えてから答えると、少女はロックオンを差し置いてスタスタとデュナメスへ歩きだし、コクピットハッチに軽々と飛び上がった。
 ロックオンはその一連の流れに呆気に取られるが考えるのを放棄して、後を追いかけた。
 コクピットに入り、ロックオンが刹那に通信で言う。
「ちょいと北米に寄りたいんだが、刹那、先にスポットに戻れるか?」
[問題無い]
 即答。
「おぉ、なら頼むぜ」
[了解]
 少女がタイミングを見て空に手を翳す。
「行きます」
 瞬く間に、風景が一変する。 


―アメリカ大陸・上空―

 南米の紛争地域に戻るとエクシアとデュナメスは飛翔してすぐに分かれた。
 エクシアは先に南国島に戻るべく西へ、デュナメスは北米へと。
 飛び初めてすぐ。
「ヨロシクナ! ヨロシクナ!」
 HAROが音声を上げだした。
「こいつはハロだ」
 ロックオンはポンとHAROの頭に触れて言うと、
「よろしく」
 少女も返した。
「横じゃ狭いが我慢して貰えるか」
「大丈夫です」
 そして飛ぶことしばし、ロックオンが徐に言う。
「……さっきは出てきてくれて、感謝する」
「それには及びません。さっきも言った通り私の勝手ですから」
 少女は落ち着いて答えた。
「それでも礼を言っとくさ。でなけりゃ……。俺は境遇が似ているだけに、分からなくは無くてな……。この前は、俺達の自由に対処して問題無いと言ってたが、心境の変化か?」
 その個人的な質問に少女はできるだけ簡潔に答える。
「ただ、あの子が私の目の前にいたから。それが理由。居合わせなければ私は何もしません」
「……なるほど、な」
 ロックオンは思う。
 居合わせなければそもそも何もできなくて当然だが。
 しかし、人とできるだけ関わりを持たないようにしている割には、相当だな。
「余計な事聞いて悪いな。……ところで、QBが例のグリーフシードとやらを集めて何をするつもりか知らないと前言ったが、本当は知っているんじゃないのか?」
 少女はこれが聞きたい事かと思いながら言う。
「それには答えませんが、心配しているような事はありません。加えて言えば、魔獣もQBが生み出すように仕組んだ訳では無いので」
 もしそうであればQBは効率面から魔法少女を魔女にさせる方法を取る。
 それを聞いてロックオンは目を開く。
「……つまり、QBに騙されてはいないって事か」
 何企んでるか答えないのは、説明が面倒なのか、余程人間に関係ないのか。
 いずれにせよ、300年生きててこう言うのなら、俺達が心配するような問題ではないんだろう。
 しかし、もう一つ確認しておきたい事まで先に答えてくれるとはな。
「仮にもし騙しているのだとしたら、QBは『それは認識の違いだ』と言うだけでしょうけど」
 ロックオンは微妙な顔をする。
「あー……言いそうだな」
 想像できる辺り、慣れてきてんのか……。
 それはそれで何だか嫌だと思いながらロックオンは更に言う。
「そうだ、うちの刹那と話してやってくれてありがとな。あいつは普段自分からは滅多に口を開かない奴で」
 何であんな問いかけするんだか。
「それはどうも」
 ロックオンは少女の返答のパターンが違う事に思わず顔を見て尋ねる。
「ほむらさんから見て刹那はどうだ?」
「真面目に考えていると思います」
「……具体的には?」
「抽象的に」
 少女はそこで躊躇わず口をピタリと閉じた。
 ロックオンは壮絶に微妙な顔をする。
「だよ、なぁ……。ほむらさんは理解できるのか」
「ええ」
 迷わぬ肯定。
「良いコツあるかい?」
「経験です」
 ロックオンは唖然として口を開き、とりあえず返答する。
「なるほど……。良い参考になる」
 そこまでで……会話は途切れた。
 順調に南米を抜け、北米に入る。
 ロックオンは少女に軽く尋ねた所、西海岸で良いと言われた為北米西海岸付近上空を進んでいた。
 すると突然、モニターに三機のMS反応が現れ、HAROが警告する。
「敵機セッキン! 敵機セッキン!」
「ハロ、どこの機体だ?」
「UNIONフラッグ! UNIONフラッグ!」
「例の巡回ってか」
 やれやれフラッグか、とロックオンはアザディスタンの時に襲いかかってきた機体を思い出す。
 あのパイロットでなけりゃいいが。
 一分も経たず三機小隊の黒いカラーリングのカスタムフラッグとデュナメスは互いを有視界で捕捉する。
 地面まで遙か遠い高さでの接触。
 コクピットを狙わないとしても狙撃した場合無事で済むか怪しい為、ロックオンはため息をつく。
「早いとこ撤退して貰いたいとこだが……仕方ないか」
「私が片づけます」
「はぃ?」
 突然の少女の言葉にロックオンは声が裏返った。
 無視して少女は片手を前に翳す。
「あ? 何だァ?」
 ロックオンは目の前の光景が信じられなかった。
「ニゲタ! ニゲタ!」
 三機のカスタムフラッグが突如進行ルートを急激に曲げてUターンした挙げ句に高度を下げていってしまった、ソレを。
「おぃおぃ、まさか……」
 ロックオンは恐る恐る少女を見る。
 少女は目を閉じ、少し前のロックオンの言葉をそのまま返すように言う。
「送って頂いたお礼……と言っては何ですが。こういう事ができるので魔法少女にはやはり気をつけた方が良いです」
「……忠告、感謝する」
 ロックオンは冷や汗を浮かべて答えた。
 対して、少女はゆっくり目を開ける。
「もうそろそろ適当な所で降ろして頂けると助かります」
「了解した」
 ロックオンは頷くと徐々に高度を降ろした。
 程なくして、デュナメスは丁度良い所に着陸する。
 コクピットハッチを開けると少女が振り向いて頭を下げる。
「運んで頂きありがとうございました」
 ロックオンは片手を上げて言う。
「ああ。機会があったらその時はまたな」
「マタナ! マタナ!」
「その時があればまた。では失礼します」
 言って、少女はコクピットハッチから軽やかに飛び降り、去っていった。
 ロックオンはすぐにコクピット内に戻り、デュナメスを発進させる。
「あーしっかし、今日の事は色々始末に終えねぇな、ハロさんよ」
 髪をかきむしりながらロックオンは言って、ヘルメットを被り直す。
「ガンバッテ! ガンバッテ!」
「ホントどうやって報告するか……」
 コンソールをトントンと指で叩く。
 ロックオンは意図的に一切プトレマイオスに通信を入れていなかった。
 プトレマイオス側から暗号通信が来ていたにも関わらず。
 振り返れば刹那が少女をエクシアで島に連れてきてしまった件。
 同時にガンダムマイスターであることを触れはしなかったが少女に知られた件。
 リリアーナの件全般、加えてやはり素顔を晒してしまった件。
 エクシアがかなり損壊した件。
 謎の空間、ほむホームの件。
 ミッションの指示通り、二機で戻らず北米に寄った挙げ句、フラッグが意味不明になった件。
「あれだ、独房に引きこもるか」
 ロックオンはふと妙案を思いついた。



[27528] QB「CBの戦いはこれからだよ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/06/30 23:47
―UNION領・オーバーフラッグス基地―

 グラハム・エーカー、ハワード・メイスン、ダリル・ダッジの三名はデュナメスを北アメリカ西海岸で発見したが、突然機体の操縦が全く効かなくなり、デュナメスをロスト。
 仕方なく基地に戻り、謎の現象についてグラハムはビリー・カタギリに調査を頼んでいた。
「カタギリ、フラッグに何かおかしい所は無いか」
 端末を見ながらカタギリが言う。
「うーん、いや、フラッグにおかしい所は全く無いよ。確かにミッションレコーダーには映像が残ってるけど、急速にUターンしてそれきりだし、いやはや、不思議な事もあるものだねぇ」
「ガンダムの仕業という線は無いのか?」
 真顔でグラハムは問う。
「遠隔からハッキングして操縦を奪うって事かい?」
 カタギリが怪訝そうに尋ねた。
「そうだ」
 カタギリは唸る。
「流石にハッキングの痕跡も一切残さずに機体の操縦を奪うだなんてまずあり得ないと思うよ。大体もしそんな事ができるとしたら、最早それはガンダム、モビルスーツである必要性が無いしね」
 ガンダムについている武装はいらない、という事になる。
「それもそうだが、しかし悔やしさが残る」
 グラハムは拳を強く握りしめた。
 カタギリは苦笑して手で制そうとする。
「まあまあ、世の中そういう事もあるとして、今日のことは置いておきなよ」


―CB所有・南国島―

 刹那・F・セイエイはロックオン・ストラトスに先んじて帰投し、海中のコンテナにエクシア格納し、パイロットスーツを着たまま泳いで島に上がり砂浜の流木に座っていた。
 エクシアの機体状況は、コーンスラスターは完全に交換の必要有り、カメラアイの破損、槌による打撃でできた装甲の凹み、各所内部センサー機器類の損傷。
 コンテナの中でカレルという修繕用ロボットを既に稼働させてはいたが、イアン・ヴァスティが見たら嘆くレベルだった。
「KPSAの自爆テロ……」
 刹那は昔、同じ少年兵がテロを起こしに行こうとした時に止めようとした事を思い出す。
「アリー・アル・サーシェス」
 呟いて、刹那は拳を握りしめた。
 しばらくして、遅れてデュナメスが帰投してくる。
 デュナメスの破損は今回はGNフルシールドの凹み程度で済んだ。
 デュナメスは岩場の前に着陸し、外壁部迷彩皮膜を展開した上で、ロックオンはHAROを抱えて降りてくる。
 予め生体反応で刹那の居場所が分かっていたロックオンは砂浜へと向かった。
「刹那ぁ、戻ったぞ」
 ロックオンは座っている刹那の背後から声を掛けた。
「ロックオン」
 刹那は振り向いて立ち上がる。
「で、さっき話があるって言ってたのは何だ」
 二人の距離は数m。
 刹那は数秒の沈黙の後、
「ロックオン。俺は反政府ゲリラ組織KPSAに所属していた」
 そう口を開いた。
「なに?」
 聞き返すようなロックオンに刹那は更に言う。
「ロックオンの家族を奪った自爆テロを起こしたのは俺と同じ少年兵だった者だ」
 途端にロックオンの表情が険しくなる。
「それは本当か」
「ああ」
 一切間を開ける事の無い肯定。
 ロックオンは眉をつり上げる。
「刹那、何故それを言った」
 ガンダムマイスターの個人情報は例え仲間であっても明かす必要性は無い、Sレベルの機密情報。
 刹那は一切目を逸らさず真剣に言う。
「俺はロックオンの家族の仇だ。だから俺はロックオンの憎しみを、想いを知る必要があると思った。リリアーナ・ラヴィーニャのように」
 ロックオンは少し目を見開くと、僅かに下を向く。
「……そうか。なら教えてやる」
 言って、腰から銃を取り出して刹那に銃口を向ける。
「刹那、俺は今、無性にお前を狙い撃ちたい。家族の仇を討たせろ。恨みを晴らさせろ」
 刹那は全く動じず、沈黙を貫く。
 銃を構えたままロックオンはその刹那の様子に自然と脳裏に言葉が蘇る。
(……憎いよ。憎い、けど、人殺しはしたく……ないっ)
(それも一つの選択肢)
(だから、あなた次第よ)
 俺は……。
 引き金にかかる人差し指から力が抜ける。
「……お前がKPSAに利用されていた事、望まない戦いを続けていた事ぐらいは分かる。だがその歪みに巻き込まれ、俺が家族を失った事は変わらない。俺の憎しみが消えないのも変わらない」
 ロックオンは一つ息を吐き、そのまま銃をゆっくり降ろす。
「だが、お前は仲間だ。俺達はこの世界を変える必要がある。そうだろ、刹那」
 刹那が言う。
「……ああ。俺達はCBのガンダムマイスターだ」
「そうだな」
 ロックオンは腰に銃を戻した。
 会話が途切れ、沈黙が訪れ波の音だけが響く。
 が、再び刹那が口を開く。
「アリー・アル・サーシェス」
「ん、誰だ?」
 刹那は拳を握りしめる。
「KPSAのリーダー。アリー・アル・サーシェス。あの男はモラリアでPMCに所属していた。そして奴はアザディスタンの内紛でイナクトに乗っていた」
 みるみるうちにロックオンは怒りのこもった声を上げる。
「何? ゲリラの次は傭兵に、あん時の裏工作の実行犯だと! ただの戦争中毒じゃねぇか!」
 刹那がモラリアでコクピットを開けかけたのはそのせいか。
「……奴の中に神はいない。俺が信じ込まされていた神はいなかった。……いない神を信じて俺は、親を殺した」
 その告白にロックオンはハッとした表情をする。
「刹那、お前……」
「だから俺は変わる。この歪んだ世界を変える」
 この世界には希望の神がいる。
 そう自分に言い聞かせるように言う刹那を、ロックオンは複雑な様子で見ていた。
 家族をテロで失ったロックオンにとっては、テロが仇のようなもの。
 だが、刹那は家族を自身の手で殺してしまった。
 家族の仇は自分自身。
 ただ、どちらも悲しい出来事だというのは共通していた。
 しばらく、潮騒の音だけが響いていた。
 ふと、ハロが音声を上げ始める。
「オムカエ! オムカエ!」
「何だ?」 
 ふと、上空を見上げると赤いGN粒子を放出する二つの物体が降下してきていた。
 二機の強襲用コンテナ。
 ロールアウトしたGNアームズと共に試験運用として宇宙から直接大気圏を突破して来た。
 二機は程なくして島に降下し、元々海中に沈める前にコンテナを設置してあった場所に着陸した。
 刹那とロックオンがそこへ向かうと、丁度、中の操縦者が順に降りて現れ、ヘルメットを外す。
「よぉラッセ」
「アニュー・リターナー」
 ロックオンと刹那がそれぞれ声を掛けた。
 ラッセ・アイオンとアニュー・リターナー。
 アニューは会釈し、ラッセが後ろ手に強襲用コンテナを示して言う。
「おう、無事ミッションは終了したようだな。エクシアとデュナメスをこいつに入れて、宇宙に上がる試験に来たぞ」
 ロックオンが納得する。
「なるほど、例のGNアームズ共々ロールアウトしたのか。だが、大気圏突入は一体どうしたんだ。赤いGN粒子が出てたように見えたが」
 ラッセが腕を組んで頷く。
「その通りだ。今例の疑似GNドライヴを搭載してある。そういう意味では強襲用コンテナだけでも運用可能という事になるな」
「そいつぁ頼もしい」
 そこへアニューが事務的に言う。
「では、早速ドッキング作業に入りたいので、機体をお願いします」
「……了解した」「了解」
 そして、まず先にロックオンがデュナメスを運んで来ると、ラッセが通信を入れる。
[ロックオン、シールドが凹んでるがまさかまた例の魔法少女にやられたのか? 報告は無かったと思うが]
「ああ。だがその事は宇宙に戻ってからにしてくれ」
[……了解だ]
 事情を察したようにラッセが言った。
 デュナメスは問題なく強襲用コンテナとの接続は完了した。
 しかし、遅れて現れたエクシアは、よりにもよってコーンスラスターが歪んでしまった為にGNドライブとの接続がスムーズにできず、アニューがため息をついて、その場でスラスターだけ取り外す事になってしまったのだった。
 それはそうとして、とにかく接続を終えた二機は、大気圏を離脱して進路をプトレイマオスに向けた。


―UNION領・テリシラ邸―

 テリシラ・ヘルフィは、ラーズ・グリースの標的である金髪の子供のイノベイドの型であるブリュン・ソンドハイムとは無事に接触に成功して覚醒させる事ができ、AEUからUNIONに帰国した。
 ブリュンは自身の正体について無自覚のイノベイドの両親と一般家庭を構成して生活していたが、覚醒の結果、ヴェーダの指示によって遠くない未来にその両親とは別離せざるを得なくなる。
 しかし、当面はそのまま生活を続けるブリュンは、覚醒した事によって獲得した能力からすれば、距離的にレイヴ・レチタティーヴォ達といくら離れていても問題は無かった。
 ブリュンの能力は脳量子波によって型の違うイノベイド同士でも意識を繋ぐ事ができるというもの。
「ドクター、ブリュンの能力は凄いですね」
 ベッドで休んでいるレイヴが、帰ってきたテリシラに言った。
 テリシラは椅子に座り、紅茶を一口飲んで言う。
「ああ。離れていても脳量子波でやりとりできるというのは画期的だ。これで残るは後二人と後一人だが……問題は仲間の候補であるラーズをどうするかだ」
「ヴェーダは僕達の判断に任せるという事なんでしょうけど……さすがにもう撃たれるのはごめんですよ」
 レイヴが苦笑した。
「私も肝を冷やすのは勘弁したい。だがラーズを放置しておけばいつまでもレイヴやブリュンが危険、当然他のイノベイドもそうだが、狙い続けられる。ラーズが行く所手当たり次第に殺害対象のイノベイドの型を殺害しているのは偶然見かけたからという単純すぎる物だ。テレビに対象の型のイノベイドが映ればそれを殺しに現れる所を押さえるという方法でならまた接触できる可能性もあるだろうが……まず映らない事にはな」
 言いながらテリシラは顎に手をあてる。
「ドクターみたいに、ですね」
「ああ。私の型がラーズの対象に入っていなくて助かった」
 そこへインターホンが鳴る。
「ん」
 テリシラはすぐに立ち上がり、門の様子を映すモニターを見ると驚く。
「これは」
「ドクター? 一体誰が?」
「見てのお楽しみだ。少し出てくる」
 レイヴにそう返し、テリシラは玄関へと向かった。
 玄関を出て、広い庭を歩いて門まで着くと、そこには少女が一人。
「待たせてすまない。テリシラ・ヘルフィだ」
「暁美ほむらです」
 少女は軽く頭を下げる。
「まさか直接来てくれるとは思ってもみなかった。話は中で」
 テリシラが手で示して招き、少女はうなずいて邸宅へ入った。
 玄関から入ってすぐ、レイヴのベッドが置かれている広いホールに少女が姿を現すと、レイヴも驚いた。
「紹介しよう。彼はレイヴ・レチタティーヴォ。私達六人のイノベイドの仲間の最初の一人だ」
「は、初めまして。こんな体勢でごめんなさい」
 レイヴが上体だけ起こしてあるベッドから声を掛けた。
「お気になさらず。暁美ほむらです」
 六人のイノベイド……。
「席に掛けてくれて構わない。紅茶は飲むかね?」
「頂きます」 
 テリシラの言葉を受けて、少女はレイヴのベッドの近くのソファにゆっくりと腰掛けた。
 テリシラが紅茶を入れて戻ると少女に出し、自分も席に座った。
「改めて、直接訪ねてくれて感謝する。では早速、まずは、先に私達の事から話そう」
 少女はテリシラの方を向きながら次の言葉待つ。
「先ほどイノベイドと言ったが、私達は人間ではない。CBの根幹をなす量子演算型処理システム、ヴェーダの生体端末だ」
 テリシラは机に幾つもの写真を見えるように広げる。
「……見て貰えれば分かるが、これらは皆、ある塩基配列パターンに基づいている」
 少女は、髪型や表情の関係で若干個々で違うものの、同じ容姿をした者達が多くいる事を理解した。
 CBには人工生命体を作り出す技術まで……。
 QBがCBに目を付けたのは、やはりそういう訳ね。
「社会に出ているイノベイドは普段、自分の正体を自覚する事無く生活している。だが、私達はヴェーダによって特別な指示を受け、イノベイドである事を自覚している覚醒した存在だ」
 テリシラは更に、数枚の写真を出す。
「そして、これが十中八九、君の塩基配列パターンを使用しているイノベイドの写真だ」
 暁美ほむらに酷似した者達の写真。
 それを見て、少女は一つ息を吐く。
「全く、良く似ているわね」
 流石QB……と言った所かしら。
 人の気も知らないで、というのは無意味だけれど。
 そこへレイヴが声を掛ける。
「その様子だと知らなかったんだね」
「ええ。はっきり知ったのは今です」
「自分の遺伝子データが勝手に使用されているというのは決して良くない気分だろうが、更に、このイノベイド達は全員魔法少女だ」
「でしょうね」
 少女は自然に言った。
 テリシラは少女に怒る様子が一切見えない事には内心少し感心する。
「私達はヴェーダから魔法少女に関する情報も得ている。……ここまでで何か質問はあるかな」
「ヴェーダというそのコンピューターのようなものには、人間のような意志があるのですか」
 テリシラは否定する。
「いや、ヴェーダはイオリア・シュヘンベルグの計画を遂行する事を目的としたシステムだが、私達イノベイドのような個人としての感情は存在しない。膨大な情報を統合、計画に照らしあわせて、選択・実行をしている存在だ」
「分かりました。他に質問はありません」
 ある意味QBのようなものね。
「では。私達が君に会う必要があるという件だが、ヴェーダは君に私達六人のイノベイドと共にCBの監視者になって貰いたいらしい」
「監視者……」
 テリシラは両手を広げて説明を続ける。
「今までCBの監視者はCBに出資をしていた世界の財力ある家の人間などによって構成されていたが、それが解散となった。その為の新たな監視者組織。監視者はCBの行動をその名の通り監視する存在、そしてもしもの時にCBに対する否決権を監視者全員の総意によって行使するのが役目だ」
 それを聞いて少女は確認するように言う。
「私にその監視者に参加して欲しい、と」
「そういう事だ。勿論強制する権利は私達には無いが」
 テリシラの言葉が途中で遮られる。
「分かりました。引き受けます」
 テリシラとレイヴは意外だとばかりに目を見開く。
 レイヴが思わず尋ねる。
「ほ、本当に?」
「ええ。つい最近、似たような約束をしたので」
 少女の言葉にレイヴが疑問の声を上げる。
「約束?」
「そう、約束です」
 少女は内容を答えそうに無い様子で言った。
 QBがあの方法でここに来るのを言ってきたのは、私が引き受けるのも期待して……いえ、それは無いわね。
 もし彼に頼まれていなければ、引き受ける気は大して起きなかったかもしれないけれど、本当に、偶然ね。
 テリシラは敢えて約束については聞かずに言う。
「……いずれにせよ、引き受けてくれると言ってくれたのはありがたいよ」
 正直もう少し面倒な事になるかと思っていたが、拍子抜けだな。
「そういう事なら、ブリュン・ソンドハイムの能力でほむらに脳量子波を繋いでみると良いよ」
 忽然とひょっこり現れ、QBが首を傾げて勝手にそう言った。
「なんだ!?」「うぉ!?」
 突然のQBの出現にレイヴとテリシラが驚いた。
「じゃあ僕は帰るね」
 言って、すぐに消えた。
 場は沈黙。
 数秒してレイヴが提案する。
「えっと、じゃあ、ドクター、ブリュンに話しかけてみます?」
「ああ、頼む」
 するとレイヴの光彩が輝く。
《ブリュン、突然ごめんね。ドクターとハナミにも繋げて貰えるかな》
《はい、分かりました》
 海を跨いだAEUのブリュンと脳量子波通信が繋がり、テリシラの光彩も輝き、レイフ・エイフマンの家にいるハナミの光彩も輝く。
《良いぞ》
《何かあったんですか?》
 ハナミが尋ねた。
《魔法少女、暁美ほむらがドクターの家に来ているんだ》
《え! ホントですかぁ!》
《そうなんですか》
《私会ってみたいです。どんな人なんですか!?》
 ハナミのテンションが上がる。
 話を戻そうとテリシラが声を上げる。
《あー、いいかな。ブリュン、QBも突然現れて言って来たんだが、暁美ほむらにも脳量子波通信はできるか?》
《えっと、どうでしょう。どんな波長か分からない事には……》
 困った様子のブリュンにレイヴが試しに言う。
《ドクター、彼女に触れて貰う……とかどうでしょう?》
《触れたら繋がるような物とも思えんが、まあ、やってみるか》
 その間、少女は二人の光彩が輝き続けているのを見て少し驚いていたが、
「済まないが、私の手に触れて貰えるか」
 と突然その状態で声を掛けられた。
「分かりました」
《ブリュン、触れてみたが、どうだ?》
 テリシラが尋ねた。
 ブリュンは少し探るように言う。
《あ……えっと……はい、分かりました。繋いでみます》
《何ぃ!? ホントに分かったのか》
《どうも。暁美ほむらです》
 テリシラの驚きの声にすぐ少女の声が入った。
《わぁっ! 初めまして、私はハナミです!》
《僕はブリュン・ソンドハイムと言います》
 ハナミが明るい声で自己紹介し、ブリュンは落ち着いて言った。
《適当な思いつきだったんですけど、上手くいくものですね、ドクター》
 あはは、とレイヴが笑った様子で言う。
 現実の顔は一切笑っていない。
《……本当にな》
 テリシラは若干呆れた様子で言った。
《でも接触していないと駄目なの、ブリュン?》
《波長は覚えたので、大丈夫だと思います》
 それを聞いてテリシラが言う。
《暁美さん、手を離して貰って構わない》
《はい》
 少女はテリシラの手から手を離して言った。
《大丈夫そうだな》
《そうみたいですね》
 テリシラとレイヴが口々に言った。
《離れてても話せるなんて通信機器いらずですね!》
《うん、便利だよね》
《携帯代わりに脳量子波を使うというのは色々思うところはあるがね……》
 少女はそんな微妙に他愛も無い会話を頭に受信しながら思う。
 QBのテレパシーと同じ原理のようね。
 監視者という割には子供が多い気がするけれど……。
 そうワイワイ話している者達に少女はそう感じたが、実際子供が多いのは紛れもない事実。
 その後も少し話しを続け、テリシラがこの脳量子波通信は本来監視者として話し合いをする時の為のものだと言って聞かせたが、ハナミの様子からして確実に殆どそうはならないであろう未来がテリシラには読めた。
「少し、騒がしくて済まない」
「ごめんね」
 少女は首を振る。
「いえ。それで、今の方法で会話ができるという事はもう結構ですか?」
 帰りそうな雰囲気を出す少女にテリシラが言う。
「その件だが、できればまだしばらく滞在して貰えないだろうか? ゲストルームは豊富にあるから好きに泊まってくれて構わない。実は先程の会話で分かったと思うが、まだ私達は六人揃っていない。候補の一人は見つかっているんだが、少々厄介でね……」
 テリシラとレイヴは少女に、ラーズについて話した。
 レイヴが実際撃たれたという事、恐らく早々無いであろうが、ラーズが塩基配列パターン8686をイノベイドだと知ってしまうかもしれない事などから、少女は、残り二人の仲間が揃うまでなら一応滞在しても良いと答えた。
 それと、食事に関しても好きなものを注文して良いと言われたのもその要因だったのか、そうでもないのか。
 そんな中少女は思う。
 ヴェーダというシステムが私を監視者にしたがった理由は、真実は分からないけれど、QBがイノベイドを魔法少女にしている事について魔法少女の判断が欲しいという所なのかしらね……。


―CBS-70プトレマイオス―

 アレルヤ・ハプティズムは微妙に滅入って部屋で座っていた。
 部屋にイアンからの通信が入る。
[アレルヤ、キュリオスの整備をするぞ]
「……了解です」
 イアンが眉をひそめる。
[何だまだフェレシュテでの事気にしとるのか。シェリリンが少し怖がっとったぐらいだろうに]
 アレルヤはすぐに突っ込む。
「少しじゃなかったですよね……。どう見ても完全に怯えてたじゃないですか」
[まあ何だ、早く来てくれ]
「はい……」
 言って、通信が切れた。
 アレルヤは立ち上がりながらフェレシュテの地上基地にガストユニットを取りに行った時の事を思い出す。

 キュリオスで基地に着陸し、機体からイアンと共に降り、イアンは弟子のシェリリンとガストユニットの準備を始めた所、ある人物がキュリオスの側にいたアレルヤに絡んできた。
「よぉ! アレルヤ・ハプティズム、湿気た面してるが元気かぁ!?」
 両手は手錠で拘束されていながら、無駄にアレルヤに近づき、顔芸の如きガン飛ばす表情で言った。
「あ、あぁ、元気さ。というか君は……」
 思いっきりアレルヤは引いた。
 顔を。
「俺様? あーそういや知らなかったんだったな。あげゃげゃげゃげゃげゃッ!」
 盛大にフォン・スパークは笑い声を上げ、そしていきなり笑うのをやめ、キリッとする。
「俺様はフォン・スパーク。フェレシュテのガンダムマイスターだ。タクラマカン砂漠の時アストレアに乗ってたのは俺様だ」
「フェレシュテのガンダムマイスター」
 ああ、とアレルヤは納得する。
 続けて何を思ったかフォンは首をコキリと鳴らすと片側の口元をつり上げる。
「そうだァ、人革連のコロニーのアレは盛大だったな! ありゃ大したもんだったぜ!」
 あげゃげゃげゃ! と笑い出すフォンに言われたアレルヤは壮絶に顔をしかめる。
「フォン、アレルヤ・ハプティズムに絡むのは止めなさい」
 そこへシャル・アクスティカがたしなめに現れた。
 しかし、フォンは絡むのを止めない。
「どうせ今暇だろ。アレルヤ、あん時はどんな気分だったよ、なぁ?」
 するとアレルヤの頭に声が響く。
《アレルヤぁ、身体借りるぞ》
《ハレル》
 瞬間、アレルヤの人格は奥へ引っ込み、ハレルヤが現れ、
「んだテメェうぜぇぞ! 喧嘩売ってんのかァア!?」
 フォンに負けないレベルのガンを飛ばす。
 しかし、フォンは狂喜し、ハレルヤの額に自分の額をぶつける。
「ッハァ! お前が人革が攻めて来た時に現れたとかいう奴か! あげゃげゃげゃっ! 良いな、気に入ったァ、断然そっちの方が面白ぇ!」
 ハレルヤもその状態で最悪な目つきで言う。
「ハァ? テメェ不愉快な奴だなオィ! 何ゲラゲラ笑ってんだ、ぶっ殺すぞ!」
「いいぜいいぜ! 殺してみろよァア!? 手錠付けてる奴殺して満足ならなぁ!?」
「んだとアァ!?」
 どうしようもない不良二人がメンチを切りまくりだした。
 止めようとしていたシャルは制しようとした手をゆっくり降ろし、何も見なかったという様子で距離を取り始める。
 そこへイアンとシェリリンが現れ、シェリリンが声を出す。
「フォン、今から作業するからそこ」
「んだガキ! 邪魔すんじゃねェッ! すっこんでろッ!」
 ハレルヤが首をグルリと回し、ヤバイ顔で見下ろして言った。
「ひっ!」
 シェリリンは怯え、言われたとおりイアンの後ろに引っ込む。
 再びフォンとハレルヤは自分達の世界に入り、叫び声を上げ始める。
「あ……アレルヤぁ……」
 イアンはそれに呆れ、シェリリンの頭を撫でて見回すと端にいたシャルの方へ向かう。
「……シャル嬢、あれはどういう事だ」
 シャルがため息をつく。
「うちのフォンが絡み出したら何故か突然アレルヤが豹変して、こういう事に……」
「師匠、私怖い……」
「すまんなぁシェリリン」
 ……そして散々フォンとアレルヤは言い合いを続けた。
 途中でハレルヤが飽きるとアレルヤに戻り、その後、終始シェリリンはアレルヤを見ると怯えるのだった。
 余裕で年上のエコ・カローレすらも「す、すいません」とアレルヤにペコペコし、アレルヤは非常に滅入った。
 しかも、換装を終えて宇宙はプトレマイオスに戻り、ブリッジに報告に行くと、フェルト・グレイスがシェリリンとボソボソ会話しているのがチラリと見え、振り向いたフェルトは目を泳がせまるで視線を合わせようとしなかった。

 あのガンダムマイスター、ティエリアじゃないけどガンダムマイスターにふさわしくないと思うな……。
 ……何にしても、
「二度とフェレシュテには行きたくない……」
 ポツリとアレルヤは呟いて、格納庫へと向かった。
 そして数時間後。
 強襲用コンテナ二機がプトレマイオスに帰投した。
 コンテナごとプトレマイオスと接続し、着艦を終える。
 接続して早々、キュリオスとアイガンダムとヴァーチェの整備を終えていたイアンは、疑似GNドライヴでの強襲用コンテナの運用と、大気圏離脱が問題なく行った事については満足そうに通信をかけたが、モニターでエクシアとデュナメスの機体状況、特にエクシアの方を見た途端叫んだ。
「今度はエクシアかぁっ!」
 ともあれ、それはそれとして、ロックオンの提案によりスメラギ・李・ノリエガとガンダムマイスター達はブリーフィングルームに集合する事となる。
 スメラギがロックオンと刹那に言う。
「ミッションお疲れ様、ロックオン、刹那。それで話というのは、暗号通信には来ていなかったけど、恐らく例の魔法少女が出た事ね?」
 ロックオンは片手を掲げて見せて言う。
「ああ、その通りだミス・スメラギ。……まあそれだけじゃないんだが、最初から話す。暁美ほむらを刹那が第六スポットに東京から連れてきて、最終的に北アメリカまで送った」
「……はい?」
 スメラギは刹那が少女を連れてきた時のロックオンとほぼ同じような顔をしてみせた。
 そういう反応するだろうと思ったよ、と返してロックオンはやれやれと面倒そうな様子で丁寧に説明を始めた。
 事の一部始終を話し、HAROから端末を引き出し、映像も再生して見せた。
 何から言ったらいいのだろう、という表情でスメラギとアレルヤは余韻に浸っていたが、終始不機嫌そうな様子だったティエリアが先に口を開く。
「ロックオン・ストラトス、刹那・F・セイエイ、君達は」
 そこへスメラギがティエリアの肩に触れて止める。
「ティエリア、言いたいことは分かるけど。今回は気にしないで」
「しかし」
「しかしも何も、あなたが気にしているような事は起きないから大丈夫よ。その事も含めてQBの方も理解している筈だから」
 食い下がろうとしたティエリアを更にスメラギは諭して聞かせた。
 仕方ないと、ティエリアはそれで黙った。
 改めてスメラギが言う。
「言い出したら切りがないけど、とりあえず一件落着みたいね。事情は分かったわ」
 言外にお咎め無しと言うスメラギに、ロックオンは肩をすくめ更に説明を始める。
「そういう事にして貰えると助かる。でだ、俺が暁美ほむらをデュナメスで北アメリカまで送った時に聞いた事だが、話しによると魔獣ってのが生まれるのは別にQBが仕組んだ訳では無いそうだ。QBがコアを集めてやろうとしている事も、俺達が心配しているような事は無いとさ」
 それを聞いたスメラギ達は一瞬意外そうな顔をし、すぐにどこかホッとした様子になる。
 スメラギは伏せ目がちに言う。
「……そう。それなら良い……とは言い難いけど、300年生きているらしい彼女がそう言うなら、私達が心配しても仕方ない、のかもしれないわね。ロックオン、聞いておいてくれてありがとう」
「そりゃどうも」
 こうしてブリーフィングは、細かく聞きたいことはあるとしても、今はそこまで、となった。


―UNION領・テリシラ邸―

 数日後。
 既にレイヴの怪我は完治し、普通に起き上がって生活していた。
 いつも通り、テレビ映像をレイヴは見ながらほんの二、三日前の深夜の事を思いだす。

 レイヴが完治した時、テリシラは少女に、魔獣退治に一度同行させて欲しいと頼んだ。
 ヴェーダからイノベイド魔法少女の目から収集された映像は見たことはあっても一度だけで良いから直接見ておきたいとテリシラは考えたが為。
 少女はまるで乗り気では無かったが、別に構わないが、危険だと簡潔に忠告した上で、ある深夜、テリシラに加え成り行きでレイヴも加え、外へ繰り出した。
 目的地に行くまでの間、少女は後部座席で思う。
 まさか、車で行く事になるなんて。
 しかも……。
「次の交差点を右だよ」
 フロントガラスの前でQBが鎮座し、ナビゲート。
 ナビQB。
「分かった」
 微妙な様子ながらテリシラはきちんと了解し、言われた通り交差点でハンドルを回す。
「この辺りは郊外だから障気が薄いね。次はそのまま三ブロック直進してよ」
 QBが次々言葉を発するのをレイヴも非常に微妙な様子で聞きながら、目的地に到着するのを待った。
 QBの指示で停車し、三人は車から降り、今度は素早く一瞬で変身した少女が先導して歩く。
「結界に入るわ」
 少女が言うと、周囲の色彩が変化していく。
「あっ」
 レイヴとテリシラはそれぞれ周囲を見渡す。
 そして間もなく、少女の前方30m程度の距離に魔獣が三体出現した。
「あれが、魔獣!」
「映像で見たとはいえ、まさか本当に……」
 目を見開いてレイヴとテリシラは魔獣をその肉眼で目撃した。
「そこから動かないでいてもらえると助かります」
 言って、少女はそのままだと魔獣の斜線軸上にテリシラとレイヴが入ったままになるため即座に先頭の魔獣の頭上へ高く跳躍。
 同時に弓を形成、紫色の雷のように帯電した弦を引き絞り、矢を、放つ。
 放たれた矢の一撃は魔獣の頭部の真上から落ち、そのまま胴体までも貫通して、まず一体。
 すぐに残るニ体の魔獣が少女に向けて光線を放つ。
 しかし、少女は背中に白い翼を顕現させ、その高い機動性を以て最小限の動きだけで全て回避しながら、更に引き絞った次の矢を放ち、ニ体。
 当然、残された一体も為す術無く、頭部から穴を下まで穿たれ、消滅。
 実に僅かの間の出来事だった。
「つ、強い」
「これ程とは……」
 早業を見ていた二人が驚きの声を上げるとほぼ同時に、少女は翼を消して地面にふわりと着地し、すぐに残ったコアを拾い始めた。
 少女がカッカッと足音立てて戻ってくると、
「これで終わりです」
 と言い切り、軽く髪を掻き上げた。
 そのまま少女は二人が放心しているのも気にせず、勝手に車の置いてある方へと歩き出し、少しして我に返った二人は慌ててその後を追いかけた。

 わざわざ見に行った割には本当にあっと言う間だったなぁ……。
 イノベイド魔法少女からの映像も、魔獣を倒すのはあっという間という点では同じであったが、それは複数人での同時行動。
 対する、少女は完全単騎。
 何だかあの翼、まるで天使みたいだったけど、ハナミが見たら喜びそうだな……。
 と、脳量子波でブリュンを介して人懐っこく話しかけてくる少女の事を思いながらレイヴは淡々とテレビを見ていると、ハッと気がつく。
「あ、この人、仲間だ!」
 その人物はAEUの野党では代表格である女性議員の秘書官。
 偶然画面端に映っていた、アニュー・リターナーと同型のイノベイド。
 女性議員は難民対策に力を入れており、UNIONの議員との会談の為に今回UNIONに足を運ぶという情報が分かった。
 少女は優雅に紅茶を飲みながら、テリシラの家の大量にある本を好きに読んで良いと言うことで本を読んでいたがスッと顔を上げた。
 レイヴはブリュンに脳量子波を送り、皆に繋いで貰った。
《もう一人、仲間を今テレビ映像で見つけました。AEU野党議員の秘書官、エリッサ・リンドルースという人物です。しかもラーズの殺害対象に入っている型です》
《それはもしラーズも見ていれば、動く可能性があるな》
 テリシラが返答した。
《はい、僕もそう思います》
《そういう事なら、私に考えがある。勿論やるかどうかは判断してくれてからで構わない。まず……》


―UNION領・アメリカ・都心―

 某日。
 ラーズはUNION市内のとある高層ビルの屋上に到着した。
 左目の義眼とスナイパーライフルのスコープを接続し、見据えるのは数百m離れた所に位置するガラス張りの高層ホテル。
 その地上、ビルのエントランス前の道路。
 風が吹きラーズの長い銀髪が靡く。
「ピティ……」
 ラーズがここに待機しに来たのは新たに見つけた似非人とラーズが勝手に呼称しているイノベイドの殺害を行う為。
 飽きることも無く待つ事一時間としばし。
 そこへスーツを着たカールした黒髪の男性が目標のビル付近の歩道を歩いて現れ、その中へと入っていった。
「今の男、この前……」
 ラーズはその人物、テリシラに見覚えがあった。
 それから更に一時間。
「……あなたがラーズ・グリースね」
 穏やかな風と共にラーズの背後から声が掛けられた。
 微塵も気配に気づけなかったラーズは驚いて声の主の方に振り向く。
 即座にスコープと義眼の接続を外し、直視すると、黒髪の少女が髪を左手でかき上げていた。
 距離およそ十m。
 自然体でありながら、一切隙のない雰囲気の少女。
「貴様は何者だ」
 そして、ラーズ自身の名前を知っている人物などいる筈が無いにも関わらず、事実、呼んだ事にラーズは警戒して言った。
 素早く懐に手を入れ、拳銃にも触れる。
「暁美ほむら」
「……まさか似非人か」
 名前を名乗られた所で一切ラーズが知る訳もなく、個人的に接触してくるとしたら似非人以外にはまずありえないとラーズは判断した。
「確かに、私は人、では無いわね」
 やはり似非人か!
「神よ、似非人に死を、そして彼の魂に安らぎをッ!!」
 ラーズは懐から拳銃を取り出し少女に向けて即座に連続して三発発砲。
 しかし、残像を残すかの如く少女はソレらを回避し、一瞬にしてラーズの左側面に迫り、右の手刀をラーズの首めがけて降り降ろす。
「くッ」
 ラーズも驚異的な反射で喰らう寸前に左腕でガードをしながら、右手に構えられた銃口が少女の胴体に向く。
 発砲と同時に少女の身体は右腕に力を込めて上へ飛び、そのままラーズを飛び越える。
 着地と同時にそれを追いかけたラーズが更に発砲するが、少女は体勢を低くして避け、ラーズに回転しながら足払いを掛けた。
「ぬァっ!」
 左足のバランスを失い身体が倒れ掛けるが、右手に持つ銃は追跡を続け、足下の少女を捉える。
 至近距離で二発。
 それすらも少女は地を蹴り、滑るようにラーズの背後に回り込むようにして避ける。
 直後、鋭い手刀がラーズの首筋に叩き込まれた。
「っァ」
 短い呻き声と共にラーズの意識が飛ぶ。
 そのまま少女が支えるようにしてラーズの身体はゆっくり地面に倒された。
 少女は、一つ息を吐く。
「これで、終わりね」
 少女は徐に手を空に翳すと、ラーズの持ち物含め、忽然とその場から消えた。

 遡る事凡そ三時間。
 少女は高層ホテルの付近を歩き周り、レイヴはその高層ホテルの上層階の広い部屋の一室で双眼鏡を構え、ガラス越しに外を見回していた。
 全ては、エリッサを狙って現れるかもしれないラーズを探し出す為。
 それから二時間程が経過。
 レイヴが双眼鏡で斜めの方角に見えるビルの屋上に怪しい人影を発見したのが決定的だった。
 すぐに脳量子波でブリュンに呼びかける。
《ブリュン! ほむらに繋いで貰える?》
《分かりました》
《もしかして見つかったのかしら》
《うん、その通り。南西の方角に……》
 こうして、少女はレイヴが発見したポイントへ向かったのだった。
 一方で、テリシラは女性議員に難民への医療支援活動について話がしたいという旨の連絡を予めした上で接触をした。
 議員との会談の後、機を見計らってエリッサに見送られる形になった際、テリシラは覚醒も済ませ、ブリュンを介しての脳量子波で説明は行った。
 エリッサに与えられた能力は、六人のイノベイドと一人の魔法少女に関する記憶及び目覚めた能力のリセットというもの。
 監視者三名以上の同意があった場合に行使が可能となる。

 ……そして、レイヴ、テリシラと少女の三人は車に乗ってテリシラ邸に再び戻った。
 広間にて、テリシラが言う。
「では、ラーズを頼む」
「少し待っていて」
 言って、少女の姿は忽然と消え、間もなく再び姿を現す。
 簀巻きにされ、床に横に転がるラーズと共に。
「この前の似非人! 生きていたのかっ」
 現れて早々、ラーズは視界に入ったレイヴを見た途端に叫んだ。
 レイヴは勘弁して欲しいという表情をし、テリシラが声を上げる。
「ラーズ・グリース、君自身もその似非人とやらだ。130年生きていて老いることもないなど人間である筈がない。覚醒しろ!」
 テリシラは光彩を輝かせ、ラーズの能力を覚醒させにかかる。
「うぉォオぉおォッ!!」
 義眼ではない右目の光彩だけが輝き、頭に流れ込んでくる情報にラーズは声を上げた。
 ラーズは自分がイノベイドである事を理解し、似非人と呼んで殺害していた者達も皆同じイノベイドであった事を知る。
 妻は似非人に洗脳されたのではなくヴェーダに覚醒させられただけであり、当時の子供であるブリュンも似非人に殺された訳ではなかった。
 覚醒して理解したのは自身が数百人のイノベイドを殺して来たことの罪。
 真実を理解したショックから覚醒によってラーズに与えられた能力が発動する。
 医療用ロボット、P-5が壁際から突然勢い良くラーズに向けて動き出した。
「なんだ!」
 レイヴが驚くと、接近しながらP-5はアームを稼働させて伸ばし、その先端はラーズに向く。
 少女は素早く魔法を使い、P-5を遠隔コントロールして止める。
「彼に鎮静剤を」
 冷静に少女が言った。
「そうか、自殺する気か!」
 テリシラはP-5がラーズを狙ったのではなくラーズが能力を使い自殺を試みたのだと理解した。
「うぁアァぁァ!!」
 ラーズの右目の光彩が依然として輝き、少女が抑えているP-5が軋む音を立てる。
 少女とラーズの機械の遠隔操作が拮抗する。
「落ち着け、ラーズ!」
 そこへ鎮静剤を手にしたテリシラが戻り、ショック状態のラーズにすぐ投与する。
「あァァぁあアァ!」
 最後に声を上げるとラーズは気を失い、身体の痙攣も徐々に収まって行った。
 場に静寂が訪れる。
「……収まったか」
 テリシラが息を吐くと、レイヴもホッと胸を撫で降ろす。
「驚いた……」
 少女は無言でP-5の遠隔操作を止めた。
 すると今度はテリシラとレイヴの光彩が輝き始める。
「ヴェーダ」
 状況はどうあれ六人のイノベイドは揃った。
 成立した監視者組織に必要な具体的な情報が一斉にヴェーダから六人に送られた。

 ……かくして、新たな監視者組織が成る。
 少女はラーズを確保したのでテリシラの邸宅に滞在するのもこれまでと、テリシラとレイヴに挨拶をし、手を翳して虚空に消え、出口の通ずる日本へと帰っていった。
 一方、ひとたび眠らされてから、ラーズは昏睡状態のままだったが、ブリュンはラーズのその脳量子波に覚えがあり、昔自分の父であった事に気づいた。
 その為、ブリュンはテリシラ達にラーズの説得を自分がすると申し出て、懸命に呼びかけを続けた。
 数日が経ち、ラーズが再び目覚めた時、彼はイノベイドハンターを止めていた。
 自身の起こした罪の深さに苛まれるが、自殺を試みるのも止め、テリシラの家からテリシラとレイヴに見送られ、またどこかへと去っていった。
 そして、時をほぼ同じくしてレイヴもテリシラの元を去り、世界を見る旅に出ることを決めた。
 こうして、それぞれの監視者は世界各地に散った。
 しかし、いつでも七人は会話ができる。
 それからというもの、主にハナミがブリュンを介して、度々脳量子波で話しかけるようになった。
 何々は好きですか……など、かなりどうでも良い事も含め、わざわざ脳量子波で会話がされているのを努めて聞き流しながら、それ以外は普段の生活に戻ったテリシラはふと、赤いGN粒子による細胞異常を患っているパイロットについて思う。
 CBが保有する医療技術……ヴェーダに閲覧許可を申請すべきかどうか……。
 モレノ先生は実際にシャル・アクスティカに対しテロメア修復用のナノマシンの入った薬を処方している。
 コンタクトを取りたい所だが、立場上好ましくない。
 いや、しかし医者としては患者を助ける方法があるにも関わらず何もしない訳にはいかない。
 テリシラはそう思い直すと、光彩を輝かせヴェーダにアクセス、医療データの閲覧許可申請をした。
「ヴェーダ……」
 しかし、ヴェーダの答えは不許可だった。
 理由は社会的影響の大きさから。
 但し、テリシラが自身の血液から、ナノマシンを採取し、「個人的に」研究する事に関してはまた別に許可が降りた。
「いずれにせよ研究の段階を踏まなければ当然公的な使用は無理、という事か……」


―CBS-70プトレマイオス―

 CBの全地上基地はまず発見される事が無いようカモフラージュを終えた。
 不審な動きを見せている船舶に関してはテログループと断定次第武力介入を実行。
 一方で、UNION軍を初めとして、後からAEUと人革連も真似をし、正規軍もテロリストに対する取り締まりを強化した。
 その結果、双方からCBの基地を探そうと動いたテログループは虱潰しに叩かれ、早期にこの動きは終息を迎えたのだった。
 ブリッジで席からクリスティナがスメラギに振り向く。
「やっと落ち着きましたね、スメラギさん」
「ホントっすよ」
「だな」
 リヒテンダールとラッセが続き、フェルトはそっとスメラギを見る。
 スメラギは答えるように頷く。
「ええ、そうね。でも、まだまだこれからよ」
 言って、スメラギは少し憂いを帯びたその目をメインモニターに映る地球に向けた。
 これから起きるのは人革連の政権交代とAEU主要参加国の首脳陣の一部入れ替え。
 そして私達CBに対して有力な結果の出せないUNION……アメリカに対する参加国の信用が低下する。
 資源採掘に関する紛争を行っていた国の経済は傾き国民は不満を持つ。
 麻薬を栽培していた国も同じ。
 一部に集約した民間軍事会社は、止まらない市場規模自体の縮小で人員削減などに走り、傭兵の雇用は減少する筈。
 中東諸国に援助を回す余裕も無くなり、このまま三陣営の威信とバランスが揺らげば、反政府組織は勢いを盛り返し、減少しつつある紛争がまた新たな不満の火種によって起こりかねない。
 それを防ぐには……やっぱり世界を一つにする方向に向けるきっかけが必要……ね。
 三陣営軍事同盟。
 疑似太陽炉の供与は確かに今後の世界情勢の変化には有効だわ……。
 そして近いうちに必要になる。
 イオリア・シュヘンベルグの計画に人類の外宇宙進出が含まれているのは間違いない以上、その点を考慮に入れても、彼らは必ず動く。
 例えそれがAEUの新鋭機開発を始めとしてそれらに対して私達が行った牽制に逆行するとしても。
 ブリッジの空気は一段落した所で、クルーの明るい会話がしばらくの間続いた。
 ……そして、このスメラギの予想が現実の物となるのはそう遠くはないのだった。


―日本・群馬県見滝原市・とあるビルの屋上―

 深夜、少女はビル風に髪をたなびかせながら、ソウルジェムの浄化を行っていた。
 少女はコアを放り投げながら徐に口を開く。
「この前の魔法少女、どうしているかしら」
 上手に尻尾でバウンドさせてQBは背中にキャッチする。
「イタリアに戻ったよ。ソウルジェムの浄化が済んだらほむらが書いて渡した場所に行ってみるつもりらしいよ」
「……そう」
 QBの話に少女は短く言った。
 正直、何度もまた似たような事が起きるのは御免ね。
 リリアーナの事に手出しした後、QBに一応形式的に「助かったよ」と言われた事を思いだすと、今後どうなるかは分からないが、願わくば同じようなことが起きなければ良いと、少女は思った。
 夜風が髪を揺らし、少女は夜空をゆっくりと見上げる。
 果たして彼らが世界を変えられるのかは分からない。
 いかに困難であれ、必ず希望はある。
 約束通り、私は存在する限り見続ける。
 人の世の呪いには諦めを感じている私でも、その程度はできるのだから。


―月・裏面極秘施設―

 ヴェーダの実行した新たな監視者組織創設の一連の出来事は終息を迎え、それをリボンズ・アルマークは動く事も無く、宣言通り見物を終えていた。
 リボンズは優雅に椅子に座ったまま呟く。
「彼らに与えられた能力のうち二つは興味深い。……けど、今の所、特に問題は無いね」
 リジェネは僕より優位に立てると能力を欲しがったかもしれないけど。
 でも、彼は直接計画に参加できるようになって最近機嫌が良いから……もし知ったとしても、どうだったかな。
 リボンズは自然にフッと笑う。
 いずれにせよ、次の段階は近い。
「直接の導き無く人類は自力で一つになれるのか。さあ……その答え、見せて貰おうか」



遥か天空から舞い降りる六機のガンダム。
その手に携える物は世界に何をもたらすのか。
鳴り響くベルは、第三幕の始まりなのか。








本話後書き
原作のファーストシーズンは25話、ならばこちらも25話にせざるを得ない……という無理矢理感の滲み出るQBの介入し尽くしたファーストシーズンでした。
ただの【ネタ】から【ネタ→シリアス】にいつの間にかなってしまった本作、跡形も無いセカンドシーズンへ続く次話から、その他板に今更移動させようかと思っていますが、一応報告させて頂きます。



[27528] QB「正しく2nd始まるよ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/07/16 17:46
A.D.2310、その下半期。
CBは第四世代ガンダムの集中開発及び、ヴェーダの予測水準まで世界情勢が安定するまでの半年強に渡る期間、世間に姿を公的に晒す武力介入活動の小休止期間に入っていた。
2307年から三年半弱に及ぶCBの武力介入は結果的に2307年時点において世界で起こっていた紛争行為の9割を根絶するという確かな成果を上げた。
しかし、それは即ち諸手を上げて「世界から争いが無くなった」と呼べる事を意味する訳ではなかった……。


―中東・アザディスタン王国―

 太陽はまだまだ上がったばかりで周囲は酷く明るい。
 しかし、辺りには乾燥しきった土埃が舞い、少し注意して鼻を嗅いでみれば、微かに火薬の匂いも漂う。
 そして注意しなくとも聞こえるのは子供の泣き叫ぶ声。
 目を向ければ視界に自然と入るは路上に力なく蹲る者の姿。
 家屋の壁に貼られた皇女のポスターはあちこち破れ、はがれかかったソレは風ではためく。
 更に、数時間置きにどこからか大抵爆発音と激しい銃撃音の響いて聞こえる。
 そんな街中を、埃で汚れくたびれた服に、傷んだ外套を纏った一人の青年が目立たぬように歩いていた。
 刹那・F・セイエイ、それが彼のコードネーム。
 ふと、遠くからまた爆発音が響く。
 僅かに足を止め、音の方角を刹那は見やる。
「また……」
 変わっていない……。
 何度介入しても、変わっていない……。
 刹那はスメラギ・李・ノリエガが悲しげな表情で言った時の事を脳裏に思い出す。
(刹那、中東は……変わっていないわ。でも、それはようやく世界が変わり始めている最中だから。その事は……覚えておいて)
 刹那は拳を握り締め、その場からまた歩き出した。
 ……紛争は確かに減った。
 CBの所有する機動兵器ガンダムという圧倒的性能のMSの前に、大々的紛争の停止に至った地域は数えきれない。
 だが、人はMSが無くとも、武器を持つことはできる。
 それが、鈍器であれ、刃物であれ、銃器であれ、爆発物であれ。
 争いを生み出すのは人の心。


A.D.2307。
タクラマカン砂漠でのUNION、AEU、人類革新連盟の三陣営合同軍事演習と称して画策されたプロジェクトGと呼ばれるガンダム鹵獲作戦の完全失敗。
その際、新たなガンダムが7機、現れた。
CBの底知れない規模を垣間見た結果、それ以来三陣営はCBに対抗する作戦を打ち出す事もできず、ただただ、CBが紛争地域に現れては武力介入し去っていく様を黙って見るしかなかった。
軌道エレベーター防衛の為の演習という名目だった筈にも関わらず、その実体は「ガンダム欲しさに政府高官と軍上層部が徒に兵士の命を捨てた」と激しい世論の非難を浴びては、心を入れ替えまともにガンダムに対抗する作戦を打ち出した所で、市民はその作戦の真の狙いはガンダムの鹵獲が目的だと疑って止まない。
その上、QBは近いうちにガンダムの動力機関を譲渡するという声明を出した。
世論の反発、CBからは釘を刺され、CBの底の見えない組織規模の恐怖。
これらの間に挟まれた三陣営が取れた動きは、世論の信用を取り戻す為に、自らテロリストを取り締まる行動を地道に行う程度であった。
しかし、時の経過と共に、環境の変化に伴い、世論は変化した。


A.D.2308。
その年、世界に待っていたのは、程なくして「CBショック」と呼ばれるようになった、CBの武力介入に端を発する影響が世界に急速に波及して巻き起こった深刻な世界情勢の乱れであった。
民族紛争の減少。
宗教紛争の減少。
資源採掘・エネルギー資源を巡る紛争の減少。
麻薬栽培地域の撲滅。
順調に紛争は減少し、軍需産業の市場規模も縮小した。
しかし、これらの影響を受けて、幾つもの弊害が現れ始めた。
平行線を辿る資源採掘権を巡る話し合いが続く国の経済悪化。
資源調達が滞るようになった関連産業の経済悪化。
麻薬を収入源としていた国の経済悪化。
紛争地域国家にMSを公的に売却していた国の経済悪化などなど……。
幾つもの国で起きた経済悪化は、失業率の増加と物価の高騰を引き起こし、元々紛争と縁の無かった人々の生活にも直撃し始める。
そして、元々貧困に悩まされていた国の市民の生活は更に悪くなり、その不満の暴発は暴力となって現れる。
比較的経済状況の良い都心部での小規模な無差別テロの頻発化。
自暴自棄になった者たちの軌道エレベーターに対する相次ぐ破壊テロ。
戦いとは関係なく暮らし「CBの行動で世界から紛争が減少している」と何となく良いことなのだろうと単純に思っていた人々はそれらの被害を受け始め、世論は急激に変化する。
巻き起こるは全ての元凶たるCBの排斥運動、そのCBに対し有効策を打ち出せない三陣営政府への非難。
テロ・デモ・暴動。
紛争根絶を目指すCBの行動とは裏腹に、新たな争いの火種が世界に波及し、一年以上に渡り勢力を叩かれ続けた反政府組織は勢いを盛り返し始める。
それに対策せざるを得ない三陣営はテロ対策やデモ・暴動鎮圧の為の治安維持に力を入れ、軌道エレベーターには防衛の為に配備できる戦力の上限の上昇に関する国際条約を締結。
しかし、その一方でタクラマカン砂漠の一件で信用を失墜した人革連では政権が交代し、AEU主要国首脳陣も一部が交代。
政権交代は免れたものの、UNIONでも加盟国のアメリカへの信用低下が止まらない。
どこか世界全体が期待していたガンダムの動力機関譲渡も、何事も無かったようにCBの武力介入が半年、一年と続き「あれは嘘だった」「優位性を失う事をCBがする訳がない」ととうに諦めた。
微妙な均衡を保っていた三陣営国家群の威信・政治・軍事的安定に揺らぎが生じる事は、ただでさえ支援を必要としている中東を筆頭とした国家群の状況悪化という負の連鎖をもたらす。
世界は混迷の時を迎え、人々は不安を心に抱く日々を送るようになり、せめて平和に暮らしたいと願う人々は皆恨めし気にCBの武力介入のニュースを目にしながらまた新たな年を迎える、そんな矢先の事。


―UNION領・国際連合本部―

 2308年12月。
 国際会議場前の広場は、言いしれぬ雰囲気に包まれていた。
 各所にフラッグ、イナクト、ティエレンなど各陣営の主力モビルスーツが立ち並び警備を行う一方、国連関係者、一部各国政府高官、各国軍上層部関係者、許可を受けた報道関係者などが特設された野外施設に集う。
 その前方には敢えて何も無い場所があった。
 国際連合本部一帯の地域には大量の人々が押し掛けていたが、関係者以外立ち入り厳禁として設置された検問で必死に警備員達が抑える。
 野外施設にてカメラに対し、女性アナウンサーが中継をする。
「ご覧下さい。会場には警備のモビルスーツが並び、各所関係者が一同に介しています。現在現地時刻は10時53分ですが、未だCBは現れていません。CBは本日現地時刻11時に、ガンダムの動力機関を国連に譲渡するというメッセージを表明しています。間もなく後数分で時間となります。……JNNでは通信機器の異常に備え、中継が途絶した場合を想定し、決定的瞬間を映像に収め迅速に放送する予定です。間もなく後数分で……」
 繰り返し報道し続けるアナウンサーの一方、会場内にいたビリー・カタギリとレイフ・エイフマンは席に座って待っていた。
「いよいよですね、エイフマン教授。まさか本当にこうなるとは……正直僕は少し諦めていましたよ」
 苦い顔をしてカタギリが言い、エイフマンが唸る。
「タクラマカン砂漠の合同軍事演習から一年以上。QBにとっての近いうちとはそういう事。無論、CBも準備をする必要があったのじゃろうがな……」
「全く、やられましたね」
「今の世界情勢……このタイミングを狙ったのじゃろうて」
「ええ。このタイミングで、政府と軍上層部がどう動くか……。教授は例の動力機関、CBは一つ以上持ってくると思いますか」
 エイフマンはカタギリの質問にばっさり答える。
「……まず一つじゃろうな」
 それに分かってはいましたがとカタギリは言う。
「上層部はせめて三つは持ってくる事を期待しているようですが、やはりそうですか」
 そう二人が会話をしている一方、警備にあたっているカスタムフラッグに搭乗していたグラハム・エーカーは複雑な面もちで今か今かと待っていた。
「ガンダム……」
 初めて姿を現した時からCBの存在自体矛盾していると思っていたが、紛争の大部分が根絶されながらも、この一年でみるみる世界の情勢が悪化して行くのを、比較的影響の少なかったUNIONに所属しているとは言え、グラハムは見てきた。
 武力による紛争根絶が正しいなどと言うつもりは無かったが、師であるエイフマンの「紛争が止めば普段の平和な生活が成り立たなくなるこの世界が歪んでいるとも言える」という言葉には考えさせられ、同感もできた。
 時刻は10時58分。
 管制室から通信が入る。
[六機のガンダムの上空からの降下を望遠で視認。警備部隊は警戒態勢に移行して下さい]
「了解した」
 六機だと。
 グラハムは通信に従い、モニターに上空の映像を映しだすと、
「全てあの機体っ!?」
 驚いた。
 映るのは六機のアイガンダムが六角形の頂点を描くように降下してくる様だった。
 資材の流れはごまかせない、というのが通説でありながら、未だにCBの拠点の一つも見つからず、アイガンダムが量産機であったというのはその場にいた者たちが皆驚くには充分であった。
 一方で、間もなく地上に降下するアイガンダムに乗っていたリボンズ・アルマークは通信を入れる。
「簡単な作業だけど、ブリングがコンテナを降ろしたら全機光通信を送信。すぐにGNフェザーを展開して戻るよ」
 五人からそれぞれ簡潔な返事を受けて、いよいよアイガンダムを地面にゆっくり着地させる。
 アイガンダムの放出する粒子の色はオレンジ色。
 六機全て非武装、その内一機がコンテナを抱えていた。
 会場前のスペースに六機のガンダムが静かに舞い降り着陸すると、人々がざわめいた。
 コンテナを持っていたアイガンダムがソレを地面にゆっくり降ろす。
 一部関係者は持ってきていた双眼鏡でコンテナを確認すると、それとほぼ同時に五機のガンダムは一斉に短い光通信を送信した。
「GNフェザー展開」
 コクピットでリボンズが短く呟くと、六機のアイガンダムは背部スラスターからX字を描く巨大な翼を発生させ、空に舞い上がる。
 その姿はまるで天からの使いの如く。
 余りにも短い光通信によるメッセージと滞在時間に会場は呆気に取られながら、その存在を明示する夥しい光を放って空へと上がっていく六機のアイガンダムをただただ見上げるばかりであった。
[リボンズ~、あたし物足りない。ただ来ただけだし]
 ヘルメットを取った姿のヒリング・ケアが少々不満そうに通信をした。
[今回は私達の存在を世界に見せつける事に意味があった]
[リヴァイブの言う通り、世界の抑止力としてはあれで十分。そうだろう、リボンズ?]
 リヴァイブ・リヴァイバルとリジェネ・レジェッタが続けて言った。
「そういう事さ。ヒリング、悪いけど我慢して貰えるかい」
[それはもちろん。ただ言ってみただけだってー]
 リボンズの言葉に、ヒリングは分かってる分かってると手をひらひらさせて返した。
 早くも帰還し始めていた所、時間の経過と共にGN粒子による通信障害から復旧した地上で、JNNの中継が復旧する。
 コクピットのモニターに慌てた様子のアナウンサーが映る。
[た、たった今、計六機のガンダムが国際連合本部に降下して現れました。その内一機のガンダムが、動力機関が入っていると思われるコンテナを置いて、全機が再び空へ姿を消していきました。今丁度、軍関係者がコンテナの搬送を……]
 それを聞き流しながら、リボンズはフッと笑うのであった。
 国際連合関係者、三陣営上層部や技術者達の立ち会いの元、開かれたコンテナの中に入っていたGNドライヴの数は一基。
 最低限必要な機関部と、火入れの為の始動機だけが入っており、そのままではただ電力でGN粒子が発生するだけの物体。
 付属された僅かな資料にはGNドライヴ、GN粒子など、CBで使用されている名称が記載されており、そこで初めて彼らはガンダムの動力機関の名称を知った。
 そして最初の問題は一基しかないGNドライヴの解析をどうするかであったが、一基しかない以上、最終的に国連管理下での三陣営軍共同で解析と生産に着手するに至るのに、やや時間を要した。


A.D.2309。
2308年末に唐突に送られた国際連合へのCBからのメッセージ通り、CBの動力機関・通称GNドライヴ一基が国際連合へ譲渡されて迎えた新年。
世論はQBの声明通り確かにCBが取った行動に様々な反応を見せたが、CBの動力機関供与の真意がどうあれ、三陣営が合同して動力機関を研究し、新たなMSに使用するであろうという事だけは人々の共通の認識であった。
そして実際に、これを機に三陣営の国家軍は国連管理下の元、世界各国の優秀な軍の技術者達が集結し、GNドライヴの解析・量産化を目標に歩み寄りを始める。
2307年、本音は常に他の陣営に先んじてガンダムを鹵獲し世界をリードしようと画策していた事からすれば、三陣営が肩を並べるというのは進歩と言えたが、人々の中には相手から進んで行われた技術供与をきっかけとしなければ素直に纏まることもできない事に嘆いた者達もいた。
無論、GNドライヴを得たとはいえ、世界情勢が直ちに安定する訳も無い。
2309年もCBショックの影響が世界経済回復の足枷となった。
そうでありながらも、GNドライヴの解析とその生産は急ピッチで進められ、下半期には早くも既存MSに推進力としての利用のみを目的としてGNドライヴの搭載された機体……GNフラッグ、GNイナクト、GNティエレンなどが生み出された。


そしてA.D.2310。
猛威を振るったCBショックから二年。
幾つかの世界有数の企業や資産家が名乗りを上げ、コロニー開発事業に向け雇用の創出を増やすなどの働きかけもあり、後押しを受けた世界経済は回復への兆しを見せ、それに伴いようやく世界情勢も徐々に安定化へと足を踏み出し始める。
一方、GNドライヴ搭載機の開発においてリードしたのはUNION出身の技術者集団であった。
GNドライヴ解析の主導を取った世界的に有名なUNIONの技術者、レイフ・エイフマンの設計の元、2307年からCBのガンダムの外見構造を元に研究を続けていた成果から、フラッグの後継機の試験機が形になり始めるに至る。
そして、世間に三陣営の保有するGNドライヴ搭載機が出るかという矢先。
CBは唐突にその姿を消した。


―中東・アザディスタン王国・王宮―

 世界全体の情勢が安定化に向かい始めたとは言うものの、中東の貧困諸国の状況は依然として悪化したまま。
 アザディスタンにおける状況は特に泥沼の様相を呈していた。
 CBショックにより経済支援を受けていた国々の援助が滞り、食糧問題が深刻化。
 更に、保守派の宗教指導者マスード・ラフマディーの死去により、今まで抑えられてきた保守派と改革派の争いが再燃し、状況は泥沼の様相を呈していた。
 辛うじて国連の援助によって完成した太陽光発電受信アンテナ施設が生きているのが救いと言えた。
 しかし、皮肉にも、その太陽光発電受信アンテナ施設の破壊テロが起きる度に、迅速にその阻止を幾度も行ったのは他でもないCBであった。
 その夜、マリナ・イスマイールは寝室で休んでいた所、窓から空気が入ってくるのを感じ取る。
「ん……」
 徐に目を開けると、小さな足音がし、窓から人影が床に伸びるのが見えた。
「そこにいるのは、まさか……」
 身体を起こしながらマリナが問いかけると、天蓋のカーテンから刹那が姿を現した。
「刹那……」
 思ったとおりの人物であった事にマリナは名を呼んだ。
「……この国は変わっていない」
 刹那はベッドに腰掛けるマリナに言った。
 マリナはその言葉に目を見開いて息を飲む。
「争いを止めても、すぐにまた新たな争いが起こる」
 低い声の中に悔しさの滲むその言葉にマリナはゆっくり首を振る。
「……あなたのせいではないわ。三年前、あなたがアザディスタンの内紛を戦いを行わずに内紛を止めた、あの行為はとても素晴らしいものだと私は思う。あの時は本当にありがとう」
 刹那は沈黙する。
 すると、マリナがはっとして言う。
「……刹那、もしかして、あなた達は戦いをやめたの?」
 数瞬の間を置き、刹那が口を開く。
「……いや。俺達は戦い続ける」
「そんな……争いからは何も生み出せない。無くしていくばかりよ」
 マリナは途端に悲しそうな表情に変わった。
「……CBに入るまでは俺もそう思っていた。だが、希望はある」
「希望……?」
 マリナは刹那の言葉に思わず声を上げた。
「この世界には希望の神がいる。世界の歪みを断ち切ったその先に……」
「刹那……」
 刹那はマリナの目を見る。
「世界を変えるまで、俺達は戦う。だから、俺と違う道で、同じものを求め続けて欲しい。マリナ・イスマイール」
 言って、刹那は窓から去って行く。
「あ、待って、刹那っ!」
 反応の遅れたマリナは慌ててベッドから腰を上げて追いかけたが、既に闇にまぎれて刹那の姿は見えなかった。
「刹那……」
 そう呟くマリナの心の中には、刹那に言われた頼みが小さな光を放つように繰り返し響いていた。
 諦めない限り、そこには希望がある。


―ラグランジュ2―

 コロニー開発すら行われていない宙域。
 その場所には小惑星を改造して建造された全長15kmにも及ぶ超大型艦、コロニー型外宇宙航行母艦CBが光学迷彩を張り巡らせて密かに存在していた。
「ツインドライヴ搭載機……まさかこんなに揃える事になるとはなぁ……」
 いくらなんでも過剰すぎるだろう、と思いながらも、ガラス越しにイアン・ヴァスティがズラリと並ぶ幾つもの格納庫を見て呟いた。
「新規製造のGNドライヴの同調率は各ドライヴに合わせてあるので、恐らく問題は無いでしょう」
 やや薄嫌いガラス張りの室内、幾つものコンソールを前にメンバーが作業を続ける中、イアンの隣に立つアニュー・リターナーが手持ちの端末を見ながら言った。
「擬似GNドライヴでの検証は済んだ。後はオリジナルの太陽炉でそのマッチングテストをクリアして安定稼働領域に入れば……」
「……それは問題なく上手く行くよ、イアン・ヴァスティ」
「おぉ?」
 その声の主にイアンは振り向いて言った。
 リボンズは片手で示して尋ねる。
「どうせならガンダムマイスター達を招集するかい?」
「ふむ……マッチングテストだけなら別に呼ばんでも良いと思うが」
 イアンは軽く頭を掻く。
「なら、あたしが起動させても良い?」
 そこへ、席についていたメンバーの一人であるヒリングが振り向き、自分を指さして言った。
「起動させてみたいのかい、ヒリング?」
「もっちろん!」
 興味深々という表情で返したヒリングに、リボンズはイアンを見ると肩を竦め、好きにすると良い、というのを理解し、軽く笑う。
「構わないよ」
「やった!」
 ヒリングは腕をグッと構えた。
「どれにするんだい?」
「Zガンダムが良い!」
 言って、ヒリングは席から離れて、すぐに移動を始め、それを見送りながらイアンが言う。
「よぉし、ZガンダムでGNドライヴのマッチングテストの準備だ」
「了解」「了解です、師匠!」
 席についていたフェルト・グレイスとシェリリン・ハイドが返答し、Zガンダムの格納庫の隔壁を開き、GNドライヴの換装作業を開始する。
 CBT-002、2ガンダム(ゼータガンダム)。
 0ガンダム、1(アイ)ガンダムを経た、新たな後継機。
 元ガンダムエクシアのGNドライヴと同調率が合うように新規製造されたGNドライヴを接続し、ヒリングがコクピットに乗り込む。
「GNドライヴ、接続確認しました。Zガンダム、各部問題ありません」
「太陽炉二基、正常に稼働中です師匠」
 フェルトとシェリリンの報告を聞き、イアンが言う。
「よし、マッチングテストを始める。やってくれ、ヒリング」
[りょーかい。GNドライヴ、リポーズ解除]
 軽い声でヒリングがZガンダムを起動させる。
「トポロジカルディフェクト、規定状態より高位へ推移。ツインドライヴの粒子同調率、36…37…40…47…49…55…58…60%を突破しました」
「80を超えれば安定稼働領域に入るが、余裕そうだな」
 進捗状況にイアンは落ち着いて言い、リボンズとアニューも黙ってその経過を待つ。
「76…78…80%。突破、しました」
「よし!」
 イアンは手を叩いた。
「やったぁ!」
 シェリリンは両手を上げて声を上げた。
「90…91…92…93…94…95…96…95…94%。……同調率、95%で安定しました」
 Zガンダムは穏やかに、しかし、夥しく緑色のGN粒子を放出し続ける。
「95%……凄まじい数値だな……。二つの太陽炉を同調させ、粒子生産量を二乗化する……」
 目の前の光景にイアンが驚いて呟き、
「イオリア・シュヘンベルグの予見した新たなガンダムの主機関理論……」
 アニューが続いた。
「そう、これがツインドライヴシステムさ」
 フッと、リボンズは微笑んだ。





本話後書き
打ち切りを匂わすネタタイトルで1stを終わらせましたが、ツインドライヴを出すためには時間経過をさせざるを得ず、どういう導入にしようかと悩み、気がついたら二週間経っていました。
多分2ndは跡形も無いので、実際跡形も無い筈です。
そして予告通りその他板に移転しました。
また、25話の感想返しにつきましては、7/14時点では時間の関係でまたの機会に行わせて頂きたいと思います。




[27528] そんな機体名で大丈夫か。
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/07/22 23:25
―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

「粒子同調率……97%で安定しました」
 フェルト・グレイスの報告。
「凄い……」
「97%……流石と言ったところか」
 シェリリン・ハイドとイアン・ヴァスティが続けて驚きの声を上げた。
「これで0ガンダムのGNドライヴを除く5対のツインドライヴの各マッチングテストは完了になります」
 アニュー・リターナーが冷静に端末を操作しながら言い、イアンが唸る。
「あぁ、違いない。マッチングテスト、無事完了だな」
 リボンズ・アルマークがヒリング・ケアに伝える。
「お疲れ様、ヒリング。Zガンダムから降りて良いよ」
[りょーかい]
 すると、ヒリングはコクピットを開き、Zガンダムからワイヤーを伝って降り始める。
 再稼働した木星のGNドライヴ建造艦六隻で各一基ずつ完成し、2309年末に送られてきた計六基の新たなオリジナルGNドライヴ。
 その内四基はそれぞれエクシアのGNドライヴ、デュナメスのGNドライヴ、キュリオスのGNドライヴ、ヴァーチェのGNドライヴに粒子同調率が合うように調整された新規製造の物。
 そして、残りの二基は木星現地で同調率を合うように調整を施した結果、粒子同調率97%のツインドライヴとなった。
 0ガンダムのGNドライヴを初めとする計五基のGNドライヴが完成したのは2213年。
 約100年の間にGNドライヴ製造に欠かせない粒子加速器を初めとする科学技術は劇的に向上し、その性能は当時の物と比較するまでも無い。
 加えて、GNドライヴの全製造情報をヴェーダの中からQBが情報を引き出した事が特に大きい。
 2307年の下半期から潤沢な資金とイノベイド達により急ピッチで研究の進められたGN粒子を推進力とした木星圏までの航行技術に始まり、結果、約二年半弱で六基のGNドライヴ製造が果たされた。
 そして、新たな六基のGNドライヴの製造後の現在も木星現地では既に、更に六基のGNドライヴの製造が進められており、それも2311年末には完成・到着予定。
 リボンズは室内でイノベイドのメンバーと人間のメンバーが普通に共同して作業している姿を視界に捉えながら、GNドライヴのマッチングテストが完了した事に、何も問題はない、と思う。
 リボンズの心境に変化が現れたのは、木星で六基のGNドライヴの完成が間近となった頃。
 オリジナルのGNドライヴの製造、本当に作れるものなのか実際に完成するまでは分からない。
 だが、一度に六基が完成するというほぼ確定情報を得てしまった所、リボンズの認識の中で、オリジナルのGNドライヴは結局の所、擬似GNドライヴと違って木星でないと作れないが別に作れないわけではないという、ただ「その程度の違い」という重要性にシフトした。
 更に、GNドライブの全製造情報を元に擬似GNドライヴの性能を更に洗練させてみれば、オリジナルのGNドライヴとの違いは、稼働が有限か無限が決定的である以外は、出力はほぼ引き出す機体次第、トランザムも使用可能かつトランザム始動中に途中停止する事により炉が焼き切れる事も無く、ツインドライヴとして使用した場合その同調率は99%~100%の間というオリジナルのGNドライヴよりも寧ろ非常に安定した数値を弾きだした。
 オリジナルのGNドライヴは半永久稼働するメリットの一方で大量生産ができないデメリットを抱え、擬似GNドライヴは電力による有限稼働をデメリットとすれば地球圏で大量生産が可能というメリットがある。
 それぞれに長所短所があり、リボンズは自身の手元にオリジナルのGNドライヴが無い事に一時期固執してもいたが、それも今は昔の話。
 2311年末に到着予定のオリジナルのGNドライヴの粒子同調率は一度の製造を得たノウハウにより、更に向上するのは既に分かっている。
 不老の存在であり、身体も容器にすぎず、人間の為に死ぬ運命にあると思っていたのは間違いだったとQBから教えられたリボンズにしてみれば、特に何に焦るという必要も無くなり、以前のように人間を下等な存在と見下し、それによって自身の優位性を確かめる、というように頑張る必要もかなり薄まっていた。
 そんなリボンズの、人間を見下す意識を徐々に薄まらせる最も大きな影響を与えたのは意外にも……というには何らおかしくはないが、それはイアン・ヴァスティ。
 リボンズは2307年からアニューを派遣し、イアン達の研究を協力・監視させていた。
 イアンの発想とその設計には無駄と思える事もあったが、所謂マッドと呼べる人種の発想はイノベイドにはまず「無い」もの。
 イノベイドは往々にして先に何々が必要だから、と到達地点を考えた上で開発をするが、イアンとその弟子シェリリンなどを初めとしたCBのマッドな技術屋は突然閃き「こんなのどうよ」と到達地点が定まらないまま、何か変に凝り始め、結果として「良い物」ができあがる。
 自身でも研究を進めていたのに、アニューとヴェーダから寄せられてくる情報を目にし、それが自身の開発している物よりもより良い物であることを知ったリボンズは、優劣の問題に拘るまでもなく、そもそも考えた方が違うと理解し、素直に評価した。
 野心ばかりが滲むアレハンドロ・コーナーの傍に長く居て人間に対する認識が正直偏りすぎていたとも、リボンズは思ったぐらいであり、極めつけにQBという価値観のまるで違う生物と会話をしているうちに人間に対する優劣に拘るのも次第になんだかどうでも良くなっていったのだった。
 その事もあってか、2309年末のオリジナルGNドライヴ六基の到着にほぼ合わせて、リボンズはこのヴェーダの「並列起動」も終えたコロニー型外宇宙航行母艦をCBの研究開発施設として一部開放した。
 当然、招かれたCBメンバー達は、そのコロニー型外宇宙航行母艦CBの巨大さは勿論、ヴェーダがある事を目にして大いに驚き、リボンズ達が落ち着いて自己紹介をして早々、主にティエリア・アーデが厳しく問い詰めるような事もあったが、それはそれとして今に至る。
 リボンズがヴェーダの所在を明かすという行為を意外にも余裕を持って取れたのは、月面の極秘施設に全く同型のヴェーダのメインターミナルが存在し、現在も並行して稼動している事までは知られていないが故。
 そして、イノベイド魔法少女の生産がどこかで行われているとは推測されていても、その月で行われている事も知られてはいない。
 元々CBの保有する大小の施設は各ラグランジュエリアの資源衛星群のあちこちに存在する為、全員が揃って引越した訳では当然無いが、それでもある程度のメンバーが現在このコロニー型外宇宙航行母艦CBで活動していた。
 何より全長15kmある艦の一部開放とはいえ、名称にコロニー型とある通り、居住性は非常に高く、一部のメンバーには休養とでも言うのか……ロイヤルニート生活を送っている者がいた。
 クラシックの曲が程よい音量で流れる広間のソファで、リヴァイヴ・リバイバルがグラスを揺らし、右手にいる人物に問いかける。
「ミス・スメラギ、そのワインはどうです?」
「ええ……美味しいわ。宇宙でこんな風にワインが飲めるなんて素敵ね」
 不謹慎だとは思いながらも、CBの行動で予想通り荒れに荒れた世界情勢に傷んだ心を薄めるにはやっぱり酒のスメラギ・李・ノリエガはそっと顔を左に向けて答えた。
 戦術予報が仕事のスメラギにとって、開発が行われている今、暇だった。
 一方、リヴァイヴは元々落ち着いた性格で柔軟性もある人物で、CBメンバーとも普通に交流を交わす中、リボンズと同じように能力の高いCBメンバーを認めるようになり、こうしてスメラギの酒の相手をしたりもしていたのである。
「それに、今流れてるの、いい曲ね」
「ミス・スメラギもそう思いますか。丁度今流れているこれは上条恭介という21世紀のヴァイオリニストのソロが聴きどころなんですよ」
 流れている曲は全てリヴァイヴの趣味であり、そう、説明した。
「21世紀のヴァイオリニスト……。音楽は時代を超えて楽しめる」
「まさにその通りですね」
 そこへ、机にモニターが表示され、通信が入る。
[GNドライヴのマッチングテストが終了したぞ。5対のツインドライヴ全て安定稼働だ。って何だ、まぁた酒飲んどるのか……]
 イアンはスメラギ達を見て少し呆れた。
「それは良い情報ですね」
 リヴァイヴが言い、
「順調で何よりね。イアンさん達もお祝いに一緒に飲みます?」
 一向に悪びれる様子も無くスメラギはワイングラスを見せるようにして言った。
[あぁ……後でな。地上に降りてるメンバーにもこっちで連絡を入れておくが良いか?]
 今まだ忙しいという様子でイアンは尋ねると、スメラギが目を軽く閉じて言う。
「お願いします」
 そして、モニターが閉じられる。
「そろそろ、第四世代の本格的な機体テストですね」
「そう……なるわね」
 スメラギはやや遠い目をして言った。
「乗り気ではありませんか」
 リヴァイヴの問いにスメラギは軽く首を振る。
「いいえ。……ここまで来たからにはそんな事言ってられないもの」
「……そうですか」
 そんな二人がいる一方で、コロニー型外宇宙航行母艦CBの艦船用ドックでは、プトレマイオス2の開発も進められていた。
 そのブリッジにて、席についてコンソールを操作する者たちがいた。
「ティエリア、リジェネ、システムはどう?」
 クリスティナ・シエラは軽く後ろを振り返って声を掛けた。
「今のところエラーは無い。見つけたら報告する」
「こっちも今は無いよ」
 ティエリアは仕事だとばかりに生真面目に返答し、ティエリアの隣の席についているリジェネは軽く返した。
「了解。見つけたらよろしくね」
 カタカタと高速で手を動かし、クリスティナは思う。
 いつの間にかこの二人の顔が同じなのにも慣れちゃったなぁ……。
 まあ、性格全然違うから見分けるの簡単だけど。
 ……それにしても。
 このプトレマイオス2、トレミーの面影全然残ってないのよねぇ……。
 やたら大きいし。
 そんな事を思いながらクリスティナはプトレマイオス2の為のシステムのプログラミング構築を続けた。


―UNION領・テリシラ邸―

「随分有名になっていたのはずっと知っていたが、しかし、テリシラもイノベイドだったとはねぇ……世界は狭いというか。髪型は変わっているけど、確かに全く姿は変わっていない」
 ははは、と軽く笑いながらサングラスを外したジョイス・モレノが、テリシラ・ヘルフィに言った。
「お陰様で医者を続けています。私もイノベイドとして覚醒したときは少し驚きました。ですが、音信不通になっていたモレノ先生がCBに所属していたとは思いもよりませんでしたよ」
 モレノはCBに所属するきっかけとなった時の事を思い出すように目を細める。
「まぁ……あの時は色々偶然で、選択肢も無かったからね。だが私も同じように居合わせたイアンも今ではCBに所属している事には後悔は無いよ」
 その言葉を聞いて、テリシラは静かに無言で納得した様子を見せ、数秒の沈黙の後ふと口を開く。
「イアン・ヴァスティというと、モレノ先生と一緒に病気の患者を看て欲しいと声を掛けてきたあの時の人物だったのですから、本当に偶然も偶然ですね」
 AEU領内において、当時AEUのメカニックであったイアンが、同僚に急患が出たものの新型のMSの運搬をしていた事から情報機密の関係で困っていた所、国境無き医師団の医者として活動していたモレノとテリシラが車で偶然付近を通りかかり、助けを求められたのが三人の初めての出会った時の事。
「あぁ、イアンとはあの時会って以来が腐れ縁の始まりだったね。そうか、もう十年以上も前になるか」
「ええ」
 テリシラは紅茶を飲む。
「テリシラに『君は若いねぇ』なんて言ったのが懐かしいな……。ところで、私にさっきの監視者の話なんてしたがヴェーダから禁止されていないのかい」
 モレノは少し真剣な表情をして言った。
「禁止の指示は降りていません。監視者とは言っても、全員の意見の一致が原則の存在ですからね」
「確かに……利害関係がどうこうというアレではないか。ましてや私がテリシラに媚びを売るというのも変な話だ」
 モレノは軽く苦笑し、テリシラも同じように苦笑する。
「全くです。私がモレノ先生に何か要求を迫るというのも無いですからね」
 こうして、二人は談笑を交わすのであった。 


―AEUフランス空軍基地―

 国連管理下において擬似GNドライヴの製造数の報告は厳格に義務付けられてはいたが、擬似GNドライヴの構造解析終了後、各陣営が常に同数を生産し、保有するという事は無かった。
 なぜなら、擬似GNドライヴの製造自体には莫大な資金が必要であり、当然財力の差が製造数の鍵を握る以上、保有数の足並みを揃え続けるというのは土台無理な話である。
 国連で厳格に管理すべきという案も出たが、国連自体そもそも拠出額に国毎に差があり、それを平等に分配というのはそれこそ統一政府も無い現状、揉めるのは必然と言えた。
 そんな中、PMCトラストの職員も多く出向して研究開発に従事しているAEU軍のMS開発局では、AEUイナクトを母体とした擬似GNドライヴ搭載機の開発が行われていた。
 推進力利用だけを目的として擬似GNドライヴを構造上の幾つもの問題を度外視して搭載したGNイナクトは確かに動作し、その瞬間出力は既存のMSを遥かに超えた。
 しかし、GN粒子を推進力としたスラスターに関する技術の造詣が浅すぎ、度々の動作不良を起こし、安定して運用するには程遠い物であった。
 AEUに加え、これと全く同じ問題を抱えていた人革連に手を差し伸べる形となったのが、UNIONの主任技術者、レイフ・エイフマンのUNION軍上層部への強い提言に始まる、擬似GNドライヴ搭載機の為の基礎技術の陣営の枠を超えた、擬似GNドライヴの構造解析後にも継続した共同研究であった。
 当初UNION軍上層部は当然の如く、エイフマンの提言に難色を示した。
 擬似GNドライヴ解析において、他の技術者の追随を許さなかったエイフマンはMS開発においても同様の事になるのは明らかであり、UNIONが他の陣営を一気に引き離す事のできるまたと無い機会であったが故。
 しかし、世界的に有名とはいえ、一介の技術者にすぎないながら、エイフマンの粘り強い主張にUNION軍上層部はUNIONの一部議員にもその意見が耳に入り、AEUと人革連との議論の結果、二陣営は断る理由もなく、通った。
 エイフマンが強く共同研究の継続を主張した理由は、CBの擬似GNドライヴ譲渡の意図を十全に理解し、その意図自体には賛成であったが為。
 CBからの擬似GNドライヴ提供を機運として歩み寄りが始まった中、MS開発が再び各陣営がそれぞれに擬似GNドライヴ搭載機についてゼロから技術を積み上げる事になれば、形式上国連管理下で纏まっているとはいえ、以前と状況は何も変わらず、数年もして技術格差が広がれば広がるほど、協調関係が崩れてしまう危険性が高まる。
 それを危惧して、ハナミという存在がCBから送られてきた自身の在り方を考えてのエイフマンの提言であった。
 それにより、継続して優秀な技術者が国連管理下の元研究を継続し、基礎的部分に関しては、三陣営共に足並みを揃えて一定水準まで技術向上が進むことになる。
 そして、AEUで開発しているAEUイナクトをほぼそのまま母体とした擬似GNドライヴ搭載機。
 AEU-GN10、AEUコネクト。
 GNドライヴはイナクトの胸部に収められてはいるが、スラスターはエクシアの外観からコーンスラスターが分かり易いとは言え、依然技術的問題でキュリオスの脚部やデュナメスの腰部のスラスターなどの既存の推進機構と形が近いタイプのスラスターを元々飛行用推進剤を噴かせていたスラスターをGN粒子放出用に転換させ、見た目には余りイナクトと変化の見られない機体。
 演習場にて武装を持たないコネクトがその運動性試験の為に規定パターンで飛び回る。
「はっ、大分良くなってきたじゃねぇか。GNドライヴってのぁ大したもんだぁ。機体が軽い」
 その機体に乗るパイロット、ゲイリー・ビアッジ中尉、又の名をアリー・アル・サーシェスはコクピットの中でこう呟いた。
「だがぁ、UNIONの新型の方がよっぽど進んでると来てる訳で……AEUの技術屋には頑張って貰わねぇと困るな」
 それか、UNION軍に転属出来ればだが……。
 と思った事は口に出さず、サーシェスは機体の操作を続ける。
[ビアッジ中尉、飛行パターンをF2に変更して下さい]
「了解だ」
 即座にサーシェスは飛行パターンを変更する。
 しっかし、こいつは持ち逃げした所で充電設備がなけりゃどうしようもねぇ。
 全く、Cなんたらのせいでこんな正規軍なんて軍規やらの面倒な所にいなけりゃならねぇとはな。
 操縦の腕でテストパイロットにはなったものの……物足りねぇ、物足りねぇぜ。
 そう、戦争不足で中毒気味なサーシェスではあったが、タクラマカン砂漠でのフランス第四独立外人騎兵連隊に所属して以来、サーシェスは部隊を転々としながらも、戦争を起こす側から一転、治安維持の名目で同じ穴の狢のテロリストを徹底的に叩く側になり、着々と功績を上げ、当然のように操縦の腕を買われ擬似GNドライヴ搭載機のパイロットの位置を難なく確保していた。
 そして、最近前線に出ること無く、データ収集の為の機体テストばかり行っているサーシェスが鬱憤を晴らす方法は模擬戦。
「あらよっとぉ!」
 サーシェスは軽々と要求されるパターンを再現してみせる。
 あぁ物足りねぇ……次の模擬戦でまたコーラ叩いてやっかぁ。 

 そんな、サーシェスの憂さ晴らしの標的となっているパトリック・コーラサワーは同じ空軍基地で、丁度サーシェスの機体テストを待機室で両手に力を込めて見ていた。
「くーっ、やっぱすげぇ!」
 2000回のスペシャルスクランブルをこなし、模擬戦全勝のエースパイロットであるパトリックは、階級は同じ中尉でありながらサーシェスとは明らかな上下関係ができていた。
 パトリックは同じAEUフランス軍の所属である関係で、サーシェスと両機共にイナクトで模擬戦をする機会があり、その際完膚なきまでに敗北し、プライドを傷つけられて大いに落ち込んだ。
 しかし、その事でカティ・マネキンに電話で話してみれば「貴様は今まで調子に乗りすぎだ。それで少しは態度も治ればもう少しまともな男になりそうだがな」と忙しいマネキンにそう投げやりに言われて以来、馬鹿の一つ覚えの如く、言葉通り「もう少しまともな男」になるべく、普段の態度が改まったと言う。
 そして、何故かサーシェスの事も尊敬するようになって今に至るが、普段の仕事に徹するサーシェスはパトリックからはとにかく「できる男」に見え、その本性に全く気づく事は、無かった。
[コーラサワー少尉、機体の準備に入ってください]
「ぉ、了解!」
 パトリックはきちんと敬礼した。


―AEUスコットランド―

 草原に墓石が並ぶ墓地。
 ロックオン・ストラトスはディランディ家の墓石に花束を添えて、しばらくの間その場で佇む。
 父さん、母さん、エイミー……。
 そこへ、背後から足跡がし、声が掛けられる。
「こんにちは」
 ロックオンはゆっくりと振り返ると、
「よぉ、お嬢ちゃん。……久しぶりだな」
 そう答えた。
 その人物は、三年で成長した、大分落ち着いた様子のリリアーナ・ラヴィーニャであった。
 リリアーナは軽く頭を下げると、持ってきていた花束をディランディ家の墓石にそっと添え、黙祷を捧げた。
「……ありがとうな」
 リリアーナは首を振る。
「いえ……こちらこそ。毎年両親の墓に花束を添えてくれて、ありがとうございます」
「……ああ」
 ロックオンは静かに言った。
 ロックオンは2307年以来、AEUイタリアにあるリリアーナの両親の墓にせめてもと個人的に毎年花束を添えていた。
 リリアーナは命日に自分も墓参りに訪れた時、それに気づき、一体誰だろうと試しにQBに聞いてみれば「ガンダムに乗っていた背の高いパイロットだよ」と教えた事で、QBを介してリリアーナとロックオンの間ではたまに伝言レベルで交流があったのだった。
「生活はどうだ?」
「今は普通にハイスクールで学生生活を過ごしてます。……魔法少女なので、いつまで普通に生活できるかは分からないですけど」
 少し悲しさも見えるような微妙な笑顔でリリアーナ言い、更に続ける。
「……でも、私と同じような境遇の子が一緒に生活している所からはいつでも来て構わないと言って貰っていて、そんなに不安は無いです」
「……そうか」
 ロックオンは少しホッとした表情で言った。
 リリアーナは自分から口を開いて話し出す。
「私、こんな力があっても、まだどうしたら良いのか分からないですけど、とにかく生きてみようと思ってます。この三年、世界は色々大変ですけど、紛争が殆ど無くなったのに、こうなるのはやっぱり世界自体どこかおかしいんだと思います。あの時の私みたいに、手を差し伸べてくれる人がいて、それに自分から手を伸ばすだけで少しでも救われるのに、こんなに世界は憎しみに溢れてしまう。それでも、今やっと少しずつ世界は変わって来ていると思います。溢れていた魔獣も段々減ってきているので……」
 世界の憎しみを魔獣という存在によって直に感じ取る事ができるリリアーナ……魔法少女の言葉はロックオンにとって普通の会話には無い真実味のあるものだった。
 ロックオンは一度目を閉じ、もう一度開けて言う。
「そうだな……。お嬢ちゃん達には悪いが、俺達はまた活動を始める。……きっとテロもまた起きるだろう。だが、俺達が原因である以上、その過去は俺達の手で払拭する必要がある」
 リリアーナは一瞬俯き、ロックオンに想いを伝える。
「……あの、CBが世界を変える事、願ってるので」
 ロックオンは頷く。
「ああ、必ず変えてみせるさ」
「はい」


―UNION領・国連MS技術研究所―

 国連管理下とはいえ、元々はUNION軍の施設の一つが共同研究所として使用されていた。
「ここが共同研究所……」
 ソーマ・ピーリスがそう呟くと、セルゲイ・スミルノフが言う。
「行くぞ」
「了解です、大佐」
 スミルノフはピーリスに加え、他数名を伴い、施設へと入っていく。
 人革連はMS開発においてUNIONとAEUの双方に遅れを取っていた。
 元々ティエレンはフレーム強度や内部容積に大きな余裕があり、擬似GNドライヴやその粒子供給コードなどの機器を組み込むのに都合の良い構造をしていた為、擬似GNドライヴ搭載の際には容積的問題は僅少であるというメリットがあったが、それでも、ただ積めば良いという問題では全く無かった。
 GNティエレン(原型機、MSJ-06III-A、ティエレン全領域対応型)は擬似GNドライヴを積む時点で、ようやく地上でも問題なく超重量のEカーボンを飛行させられる仕様になった全領域対応型ティエレンの全身各所に搭載している幾つものスラスターが、GN粒子による質量軽減効果により不必要になってしまったのである。
 かと言って、それらのスラスターをGN粒子対応型にしようとも、AEUと同じく動作不良が多発した。
 UNIONとAEUと全く原型機の機体質量が違うティエレンをGNドライヴ対応型にする為には、どうしてもGN粒子に関する基礎技術が必要であり、そのノウハウが存在しない人革連には新鋭機開発には共同研究は非常に有り難い物であった。
 AEUは優秀な技術者のある程度の分散を図っていたが、人革連は優秀な技術者を軒並み共同研究所に出向させていた為、新鋭機の開発に関する情報も共同研究所現地が最も進んでいた。
 そして、人革連パイロットのトップガンは視察も兼ねてはいたが、主に直接現地での機体テストを行う為に訪れたのである。
 スミルノフ達は人革連の技術者に出迎えられ、施設を巡り、AEUとUNIONの技術者達とも挨拶をしながら、まずは視察を行った。
 スミルノフ達はこの場での最も重要な人物であるエイフマンにも挨拶を行っていたが、ピーリスの視界に、もこっとした髪型のUNIONの技研の制服を着てはいるがどうも場違いに思える少女と覚しき人物が部屋の端でコンソールを操作している後ろ姿が目に止まった。
 子供がこんな所で何故……。
 そうピーリスが思った所で、スミルノフ達の会話が終わる。
「ではそろそろ失礼させて頂きます」
 スミルノフ達はエイフマンに敬礼をして、人革連の技術者の案内に従い、ティエレン系列の機体の開発を進めている場所へと移動を開始した。
 室内を出る直前、もう一度だけピーリスは後ろを振り返ると、直前までエイフマンの傍で共に会話に参加していたビリー・カタギリが少女と会話しているのが見えた。
「中尉、何か気になる事でもあったか」
 少し通路を進むと、スミルノフがそう尋ねた。
「いえ……ただ……いえ、やはり何でもありません」 
 スミルノフはその受け答えに怪訝な表情をしたが移動中でもあり、深く詮索はしなかった。
 一方で、スミルノフ達の応対も終えたエイフマン達はしばらくして、UNIONの新鋭機開発の為に、離れた場所にあるUNION関係者以外立ち入り禁止の研究棟に移動する。
 エイフマン達のモニターの前にはフラッグを踏襲した新型の立体設計図が表示されていた。
 SVMS-GN02、ユニオンウイング。
 名称の由来は、グラハム・エーカーがキュリオスが空を飛ぶ映像を見て「私達にもあのような翼があれば……」と呟いたのを偶然横で聞いていたハナミの割と安易な発案によるもの。
 2307年からガンダムの外観上から予測範囲内でGNドライヴの大きさなども考慮し地道かつ綿密に設計が進められていただけに機体フレームは完成していた。
 基礎技術の共同研究をしているとはいえ、流石に既に三年近くかけている新鋭機の設計情報まではAEUと人革連に明かす筈も無かった。
 カタギリがコンソールを操作すると、ウイングが飛行形態、人型形態の可変を難なく行う映像がモニターに表示される。
「この前のグラハムの操縦した機体テストのデータですが、新しいOSは問題なく動作していますね」
「そのようじゃな」
 ウイングはパイロット技能に関係なく空中変形を標準でスムーズに行え、カスタムフラッグの時には削りに削った装甲を再びある程度戻し、GNドライヴの出力に耐えうる強度を持ち、加えて高い機動性能を備えた機体である。
「この前の機体テストの映像か」
 そこへ、グラハムが現れる。
「少佐!」
「グラハム。今日はどうしてここに」
 ハナミとカタギリがそれぞれ言うと、グラハムが答える。
「人革のエースパイロットが来ていると聞いた」
「それでか。相変わらず耳が早いね。……君の言うとおり、ロシアの荒熊、セルゲイ・スミルノフ大佐と挨拶したよ」
 その説明にグラハムは目を少し開く。
「ロシアの荒熊が直々に来ているのか」
「視察も兼ねていますけど、ティエレンの後継機開発の為に一緒に来たパイロットの中から専属のテストパイロットの選定をするそうですよ」
「なるほど」
 ハナミの説明にグラハムは納得したが、それは人革連のエースパイロット数人がこの共同研究所に滞在する事を意味していた。
 人革連のパイロットが来ていると聞いてやってきたグラハムであったが、都合が良いと機体の洗練の為の意見なども交わした。
 それも一段落し、ふと、グラハムが尋ねる。
「CBが表向き姿を消してからしばらく……プロフェッサー、再びCBが姿を現すとしたらいつ頃になるとお考えですか」
 エイフマンが唸る。
「ふむ……2311年が一つの可能性、と言った所じゃろう」
「年明けですか」
「各国家間の話し合いで資源採掘権の取り決めも纏まった今、新しく変化の起きた経済が安定してまたCBの武力介入に耐えうる状況になるのはその頃という事ですね」
 カタギリが言い、エイフマンは肯定する。
「うむ……」
「だが、カタギリ、それではまた世界が混乱する事になる」
 カタギリは両手を軽く広げて言う。
「それは勿論間違いではないけど、世界が全く同じ二の舞になることは無いと思うよ。CBが自分から渡したGNドライヴ搭載機の運用目処が立って来ている今、再びCBが現れた時に三陣営が正式に軍事同盟を結ぶ事は容易だからね」
「世界を一つに纏めるという例の話か……」
 グラハムは顎に手を当てた。
 徐にエイフマンが呟くように言う。
「……CBにとっての次の柱は、恐らく中東にはなるじゃろうが……どうなる事か」
 その言葉にグラハムは単語を復唱する。
「中東……」
 UNION、AEU、人革連……三陣営が軍事同盟を締結しようとも、国連管理下で纏まる以上、世界的石油輸出規制を一方的に決議した国連に対する中東の反発感情は変わらないという事……か。
 加えて、GNドライヴの技術も三陣営で独占されている今、スイール王国のような一部豊かな中東国家の反発は膨らむ。
 だが、アザディスタンのような化石燃料の枯渇している国は支援を頼るしかない。
 その支援自体も現状は国と国、それぞれの間での関係でしかない。
 それももし、三陣営が政治的にも一つになるのであれば、その状況も変わる可能性がある……。
 宗教の特に根強い中東で、CBの今まで通りの武力介入でどうにかできるとも思い難いが……。
 しかし、CBが世界に対し行動を起こすことを求めているのなら、他人事ではない……か。


―UNION領・経済特区・東京・クロスロード家―

 サジ・クロスロードは来年の秋には大学を卒業するが、今はまだ学生生活を過ごしていた。
 2309年の秋にルイス・ハレヴィは交換留学の期間が終了した為、スイスに帰国して離ればなれになったが、ほぼ毎日ルイスはサジに電話をかけていた。
[じゃあ、また明日ね、サジ]
 映像通信でルイスは笑顔で手を振った。
「うん、またね、ルイス」
 サジも軽く手を振って返し、電話を終えた。
 直後、ダイニングテーブルに端末を置いて作業している絹江・クロスロードが言う。
「それにしても、ルイスも本当にマメねぇ……。ここまで来ると相当本気だってようやく分かってくるわ……」
 正直帰国したらそれきりバッタリになるかと思ってたんだけど……。
 浮気するなよ、とか毎日電話で言う子って何よ……。
「あはは……」
 というか姉さんまだルイスが本気じゃないかもしれないと思ってたんだ……。
「ところで、どうするの?」
「何が?」
 はぁ、と絹江が言う。
「就職先よ。ルイス……の、お母さんが……紹介するって言ってるんでしょ? 素直に受けるのかどうかさっさとはっきりしないと失礼よ」
 いつからか知らないけどルイスのお母さんもサジの事気に入ってたのは最大の誤算だったわ……。
「あぁ……うん。……素直に受けた方がいいとは思うんだけど、それはそれでどうなのかなーって……」
 サジは微妙な表情で首を傾げた。
「まぁ……分かるけど。もし断るなら、絶対どこどこに入りたいとかそういう理由があってお断りしますって、先方が納得できるぐらいの説明はしなさいよ」
 絹江は忠告するように言った。
「わ、分かってるよ。ただ、姉さんの言うとおりだと、断る理由無いんだよ……。入れるなら入りたいと思ってたぐらいの所だし……」
 サジの贅沢な悩みに、絹江もそれはそれで仕方がないかと微妙な表情で言う。
「そうよね……リニアトレイン公社だものね……」
「うん……」
 返す言葉も無いとサジは頷く。
「サジ、あんた、そんなに高いプライドがあるとは思えないんだけど、どうなの?」
 絹江は更にサジの心を抉る。
「う……」
「コネで入社するのは良心が痛む……だけど、自分でエントリーして絶対入れる自信もない、と。それで落ちた後、やっぱりお願いしますなんて言ったら最高に格好悪いわねぇ……」
 絹江は片手を頬に触れて想像するように言った。
 それを想像してサジも嫌な未来予想だと思う。
「はい……」
「さっき自分で言ってたけど、素直に受けた方がいいと思ってるなら、素直に受けるのが一番無難ね」
「……僕もそう思います」
 この話は結論が出た。
 再び絹江は端末を操作しながら思う。
 リニアトレイン公社……超優良企業でうちのJNNの最大のスポンサーでもある。
 でも、間違いなくCBに出資しているのよね……。
 絹江はJNN記者である事から、ヴェーダにCBのエージェントとして指示された仕事は、ヴェーダが集める事のできないアナログな世界の情報を報告し、マスコミ関係でCB関連の情報を操作している人物がいないかその動向を報告するなどなど……地道に行っていた。
 この二年、世界の情勢の不安定さに、実働部隊ではないとはいえ、CBに所属しているという自覚が少なくともある絹江は、少なくない罪悪感を覚え、落ち込んだ時期もあった。
 それでも、できることをする以外に方法も無く、絹江は今に至る。
 そこへ不意にサジが絹江に声を掛ける。
「ところで、姉さん、そろそろまた暁美さん来るかな?」
 よくよく聞いてみるとルイスと声がそっくりな姉さんの知り合いの謎の女の子。
 気がつくと家にいたりして、本当にご飯……しかも殆ど僕が作るのを食べるだけ……。
 三年経っても全然変わってないとか、それ以外にも色々アレだけど、何回かあるうちにもう慣れたなぁ……。
 お礼だって言って日本の地方のお土産持ってきたりしてくれるし、良い子だけど……。
「そうね。……一週間か、二週間か……そろそろ来る頃ね」
「何が良いかな?」
 絹江が悩むが、
「んー、お気になさらず、ってきっと言うでしょうけど、いつも通りで良いと……思うわ」
 投げた。
 サジは薄々言うだろうとは思ってたよ、と聞いた意味ないとばかりにため息を吐く。
「やっぱり……。そのいつも通りっていうの、意外と困るんだよね……」
「可愛い女の子がどこか幸せそうにご飯食べるのが見られるんだから、安い悩みでしょ」
 絹江はカタカタと両手を動かしながら、何の気無しにそう言った。
「えーっ! だったら最初から姉さんが作ろうよ!? 姉さんの知り合いでしょ!?」
 思わずサジは突っ込んだが、
「だって、サジ、あんたの方が料理上手でしょ」
 絹江はあっさりと結論を言った。
「はい……そうですね……」


―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 GNドライヴのマッチングテストを無事終了した所で、イアンは地上に降りているメンバーにも暗号通信を行い、機体テストに入る時期について連絡を済ませた。
「師匠、各ガンダムのGNドライヴの換装完了です」
 そこへ、マッチングテストの終了したオリジナルのGNドライヴをそれぞれの第四世代ガンダムに改めて搭載する作業が終了した事をシェリリンが報告した。
 それを聞き、イアンは腰に手を当て、各ガンダムを眺め壮観だとばかりに言う。
「了解だ。これでようやく本格的な機体テストに入れるな」
 GNT-0001、ガンダムルシフェル。
 GNT-0002、ガンダムイーノック。
 GNT-0003、ガンダムアリオス。
 GNT-0004、ガンダムセラヴィー。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 計12機のツインドライヴ仕様、第四世代ガンダム。
 内、七機のZガンダムが擬似GNドライヴ搭載型。
 世界を変えるガンダムが、静かにその目覚めを待っていた。


人々の与り知らぬ所で、今、ツインドライヴが胎動の時を迎える。
トランザムで真に覚醒するオリジナルのツインドライブが、CBを未知の領域へと誘う。
それは、新たな世界が放つ産声なのか。










本話後書き
まず、申し訳ありません。
第四世代ガンダムの名前は、上から二つは嘘です。
特にガンダムイーノックは大嘘です。
中の人が同じだからやってみた! とかそういうアレです。
「普通に白けるわー」と思われた皆様、改めて申し訳ないです。
以下、7/22変更。
感想版で数多くのご意見を頂き、ダブルオーをそのままダブルオーとするのに無理があるかと思っていたのですが、そんな事はなかったという事で、ダブルオーはダブルオーにさせて頂きます。
次話で改めて修正した機体名を再掲します(本話の記事ではネタとして据え置きとさせて頂きます)。



[27528] 頭に……響くんだよォッ!!
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/08/04 13:12
―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 GNT-0001、ガンダムダブルオー。
 GNT-0002、ガンダムケルディム。
 GNT-0003、ガンダムアリオス。
 GNT-0004、ガンダムセラヴィー。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 CBT-002、2ガンダム。
 第四世代ガンダム12機。
 地上に降りている三人のガンダムマイスター達が戻ってくるまでの間、オリジナルのGNドライヴでのトランザムの始動実験もZガンダムで行われた。
 97%の粒子同調率を達成した新規製造の二基のGNドライヴでの結果は、以前既に済ませていた擬似GNドライヴでのトランザムの結果と同様、その粒子放出量は理論的限界値を越えた300%。
 但し、その際異なった現象が二つあった。
 一つは97%の粒子同調率を達成しているにも関わらず、オリジナルのGNドライヴでのトランザムは限界時間到達よりも前にオーバーロードを引き起こして停止してしまった事。
 そして、もう一つが、オーバーロードを起こす直前、イアン・ヴァスティ達には感じられなかったが、リボンズ・アルマークを始めとするイノベイド達は放出される加速したGN粒子に、不思議な感覚を覚えたという事であった。
 コクピットにいるヒリングが脳量子波で同タイプであるリボンズに呼びかける。
《ねぇリボンズ、今のなぁに? 》
《……そうだね。オリジナルのGNドライヴから生み出される純正のGN粒子がもたらす脳量子波の拡張現象という所かな。イオリア・シュヘンベルグもその理論を残していただけでツインドライヴがどういう現象を起こすのかは分からない事が多いからね》
 リボンズは落ち着いて答えた。
《リボンズでも分からない事あるの?》
《僕にだって分からないことはあるさ。詳しく調べる為には、トランザムを完全な状態で起動できるように粒子同調率の差異を制御するシステムを追加する必要があるだろうね》
《ふぅん、そっか》
 そこで脳量子波会話が終わり、
「ふぅむ、トランザム中にオーバーロードするとはなぁ……」
 イアンが手で顎に触れながら悩んだ。
 アニュー・リターナーがコンソールモニターを見ながら言う。
「データ上には二つのドライヴの粒子同調率の波形に微細な乱れが記録されています」
 それを聞き、イアンはどれどれ、とモニターに近づいて見る。
「……粒子同調率97%でもトランザムは安定せんという事か」
 リボンズも徐にモニターに近づき、イアンに聞こえるように言う。
「二つのドライヴの同調率を100%に制御するシステムを機体に追加する必要がありそうだね」
「そうなるか。……よし、これから順次機体テストに入るが、平行して更に新しい作業が増えたぞ。最大で5%、粒子同調率の制御システムを構築する仕事だ」
 イアンの呼びかけに、各メンバーはそれぞれ返答をした。


―中東・アザディスタン王国・山岳地帯―

 夜、乾燥しきった地面を星明かりが僅かに照らす中、刹那・F・セイエイは座っていた。
 そして間もなく静かな駆動音が聞こえる。
 その音の正体は隠密性を向上させる改良の施されたガンダムキュリオス。
「来たか」
 オレンジ色のGN粒子を放出するキュリオスは巡航形態のまま着陸をすると、コクピットが開き、中からパイロットが現れる。
 アレルヤ・ハプティズム。
 一応ヘルメットを取って、言う。
「刹那、通信があった通り宇宙に上がるよ」
「了解した」
 言って、刹那はキュリオスに近づき、アレルヤと共にコクピットに入った。
 慣れきった動作で再びすぐにキュリオスを飛翔させ、その場を後にする。
「……旅はどうだった?」
 沈黙したままのコクピット内でアレルヤが尋ねた。
「中東は……変わっていなかった」
「そうかい……」
「ミッションだったのか」
 一瞬で会話が終わりかけるかという所、逆に刹那がアレルヤに尋ねた。
 アレルヤは少し意外に思ったが冷静に言う。
「そうだね。相変わらずテロが後を絶たないから……」
 CBが活動休止期間に入ったとはいえ、全ての活動が停止していた訳ではなかった。
 アレルヤは既にCBに合流する形になって区別が薄れてきているフェレシュテに出向し、大気圏内で最も高い機動性を持つキュリオスを駆って、ヴェーダが掴んだ情報からテロを未然に極秘裏に防ぐ活動を地道にしていた。
 刹那を中東に迎えにきたのはそんなミッションの終了後、基地に戻る際、丁度付近にいたから。
「すまない」
 やや説明の足りない刹那の言葉。
「……問題ないさ。フェレシュテの人手は足りてるから」
 アレルヤは脳内補完をしてそう呟くように答え、操縦桿を倒した。
 キュリオスは闇夜の上空を駆け抜ける。


―UNION領・国連MS技術研究所―

 セルゲイ・スミルノフ達人革連のトップガンの一団が滞在し始めて数日。
 ソーマ・ピーリスはこの基地で、頭に響く不可解な感覚が一度あった時は気のせいかと思ったが、機体テストをこなす中、二度目を感じた。
 またこの感覚。
 やはり脳量子波……?
[どうした、中尉]
 機体の動きが一瞬止まった事でスミルノフが通信を入れた。
「いえ、何でもありません。続行します」
 ピーリスは今は仕事中だとして、すぐに返答して、機体テストを続行した。
 そして、その日の機体テスト終了後。
 ピーリスはスミルノフの滞在する部屋に向かう道すがら、思い返す。
 あれは確かに脳量子波……だが、私に向けてのものではない。
 しかも、指向性を持った脳量子波……一体誰が……。
「スミルノフ大佐、ソーマ・ピーリスです」
 部屋の前に到着した所で、ピーリスは中に連絡を入れる。
[中尉か。入れ]
 返答と共に扉のロックが外れ、ピーリスは中に入り、
「失礼します」
 敬礼をしてスミルノフに近づいた。
「何かあったかね」
 一瞬怪訝な表情をしてスミルノフが尋ねると、ピーリスは少し悩むように言う。
「はい。……この基地に私以外に脳量子波を扱う者がいます」
「ぅん? 何、中尉以外に脳量子波を扱う者?」
 スミルノフはまずありえない話に眉をひそめた。
「感じたのはまだ二回だけですが、指向性を持った脳量子波がこの基地の誰かと外部の誰かを繋いでいるようです」
 スミルノフが更に尋ねる。
「まさかメッセージをやりとりしていると?」
「恐らく。その内容までは分かりませんが」
 スミルノフが唸る。
 指向性を持った脳量子波だと……。
 ピーリスよりも脳量子波の扱いに長けたものがいるとでもいうのか……しかもこの施設に。
 脳量子波の研究は我が陣営以外、UNIONでもAEUでもまず行われてはいない。
 だが、まさか。
 スミルノフは閃いたかのように息を飲む。
 CBが脳量子波の研究までも進めているとしたら……。
 脳量子波を扱う事のできるCBのメンバーが密かにこの職員に紛れ込んでいるという可能性がある……。
 スミルノフが顔を上げる。
「ぅむ……。中尉、脳量子波を発している者の特定はできそうか」
「近くにいる時であればあるいは」
「そうか……。中尉、この事は他に誰かに報告したか?」
「いえ、大佐が初めてです」
 簡潔にピーリスは言った。
「分かった。この件はこの施設の性質上、表沙汰にすると問題が起きる可能性が高い。調査は私の方で行う。中尉は予定通り、ここで専属のテストパイロットを務めてもらうが良いか」
「了解しました」
 ピーリスは敬礼をしてスミルノフの指示を了解した。
 2307年当時、対ガンダム戦の切り札として超人機関技術研究所から出向してきたソーマ・ピーリス。
 しかし、結局現在に至るまでCBのガンダムの圧倒的性能と見えない組織規模に人革連も、UNIONとAEUと同様、特に有効な作戦を打ち出す事はできなかった。
 超人機関技術研究所自体、CBの介入により破壊され、加えてピーリスを対ガンダムの切り札としても表立って徴用させる事ができなくなった人革連軍上層部、キム中将は監視の名目でスミルノフにピーリスの身柄を預ける決定を下し、現在に至る。
 スミルノフが今回国連MS技術研究所にピーリスを連れてきたのは、ピーリスをこれまで通り対ガンダム戦以外では直接前線に出さないようにする為であった。
 ピーリスが去った後、スミルノフは人革連の諜報部に国連MS技術研究所のAEUとUNIONの職員の個人情報を集めて送るように暗号通信で連絡を入れた。
「これで何かが掴めるか、それとも……」


―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 刹那、アレルヤ、ロックオン・ストラトスの三人は人革連の軌道エレベーターの高軌道ステーションに集合し、そこから輸送艇でコロニー型外宇宙航行母艦CBに向かい、到着する。
「しかしホントに艦船とは言えない広さだな」
 刹那が少し前を先に歩き、右横にアレルヤ、緩やかに円形にカーブを描いている廊下を進む中、ロックオンが適当に天井を見て言った。
「全くだね。光学迷彩があるとしても、こんなサイズの物を今まで見つからずに作っていたというのは驚きだよ」
 アレルヤはそう言葉を返し、刹那は黙々と歩き続けた。
 艦船の搬入口から、目的のファクトリーに到着するまでにそれなりの時間を要した。
 扉を開けて中に入るとそこは、ガラス張りの向こうにガンダムの格納庫が幾つも並んでいるのが見える、数十mは優にあるかなり横長の室内。
 Zガンダム七機が格納されている隔壁は閉ざされており、開いているのは残りの五つ。
「よぉ、おやっさん達、着いたぜ」
 ロックオンが最初に声を掛けるとイアンが振り返って言う。
「おぉ、来たか。待っとったぞ。あれがお前さん達が乗る第四世代ガンダムだ」
「第四世代ガンダム……」
 アレルヤが呟くとイアンは更に続ける。
「既にティエリアはセラヴィー、リヴァイヴはZガンダムでシミュレーションを行っとる。早速で悪いが刹那はダブルオー、ロックオンはケルディム、アレルヤはアリオスに向かってくれ」
「了解」「了解した」「了解」
 三人は揃って、各ガンダムに移動を開始し、それぞれワイヤーに掴まりコクピットに乗り込む。
 ロックオンがコクピットに入ると、二体のハロからの歓迎を受ける。
『ロックオン! ロックオン!』
「よぉ相棒。というか、増えたなぁ」
 ハロが増えている事にロックオンは少し驚きながらも、いつものハロに軽く触れて言った。
「ヨロシクナ! ヨロシクナ!」
「頼むぜ青ハロ」
 そこへ、フェルト・グレイスからの通信が入る。
[マイスターは各自シミュレーションプログラムを起動して下さい]
「了解」
 ガンダムマイスターはそれぞれヴェーダの演算システムを応用した仮想空間プログラムで実際の機体テストに出払う前に、その前段階としてシミュレーションを開始した。
 一方、リボンズとヒリングは広間で丁度始まったマイスター達のシミュレーションを五分割に画面が別れたモニターで見ていた。
 ヒリングはリボンズが座るソファの背もたれの後ろから身を乗り出し、両手で顎に触れながら言う。
「ねー、リボンズー。折角作ったオリジナルのGNドライヴどうして人間のマイスターの機体に回すの?」
 リボンズは少し左に顔を向ける。
「不満かい?」
 少しヒリングはやや頬を膨らませる。
「だって、Zガンダム一機しかオリジナル積んでないなんて不公平。それにティエリア・アーデもあたしらと同類なのにあの子だけ専用機なのもさぁ」
 それを聞いてリボンズは軽く微笑む。
「GNドライヴは後一年すればまた新しく六基届くよ。専用機が羨ましいようだけど、Zガンダムに何か不満な所はあるかい?」
「……そう言われるとこれと言って無いけど」
 むぅ、と今リヴァイヴ・リバイバルがシミュレーションを行っている画面に目を見やり、ヒリングは息を吐いた。
「少なくとも、これから地球全域で場所を問わず同時に武力介入を行うことになる以上、出番はあるから安心して欲しいな」
 ふふ、とヒリングが笑う。
「それは期待してる」
「それにオリジナルのGNドライヴを搭載したZガンダムに乗りたいなら、ヒリング達で乗れば良い」
 好きにすると良い、と自分がオリジナルのGNドライヴ搭載機に乗ることに殆ど固執する様子を見せずにリボンズは言った。
「リボンズはそれで良いの?」
 ヒリングはその発言に、更に身を乗り出してリボンズの顔を見ようとしながら尋ねた。
「僕はここを余り離れる訳にもいかないし、まだまだ研究も進めたいからね。プトレマイオスに直接乗艦する機会は多くはならない予定だよ」
 それを聞いて、ヒリングはそんな、と声を上げる。
「えー、一緒に乗らないの?」
 リボンズは少し話を逸らそうとする。
「乗らないとは言ってないさ。……そうだ、ガンダムマイスター達が地上に降りていたようにヒリングも地上に行ってきても構わないよ。例えば……服を買いに行くのでもね」
 リボンズは含むような表情をしてヒリングに言った。
 虚を突かれたヒリングが目を丸くする。
「へ」
「クリスティナ・シエラ達に誘われていただろう? フフ……少し興味あるみたいだね」
 そう言われてヒリングは少し狼狽え、
「ちょ、ちょっとだけね。……時間があったら、それもいいかも」
 指を一本立てて言った。
 リボンズはヴェーダを掌握している為、他のイノベイド達の思考が読めたが、感情程度ならそれを使わなくとも、ヒリングのソレを読む事は容易であった。


―UNION領・エイフマン邸―

 夜、家でレイフ・エイフマンとハナミが二人で食事を取った後、食器の片付けをしている途中、ハナミの目の虹彩が輝いた。
 ヴェーダ?
 その輝きが収まると、ハナミは、
「しまったぁ……」
 と頭に手を当てて呟いた。
 微かにそれを聞き取ったエイフマンがキッチン越しに尋ねる。
「どうかしたかな?」
「ちょっと怒られちゃいました……」 
 あちゃぁ、という顔をしてハナミは振り返って言った。
「ふむ……。構わなければ話を聞くが」
「最近来た人革連のパイロットの中に脳量子波を扱える人がいて……それで少し問題があったんです。でも、プロフェッサーは気になさらないで下さい! 今度から気をつければ大丈夫なので!」
 少し落ち込んだ様子のハナミはすぐに元気になって両手を構えて言った。
「……そうか。ならば大丈夫そうじゃな」
 ソーマ・ピーリスという彼女の事か……。
 ハナミはハナミですぐにブリュン・ソンドハイムに脳量子波を送る。
《ブリュン、これからしばらく日中は皆が言っても私には脳量子波を繋がないで貰えますか?》
《それは良いですけど……いつも繋いでくるのはハナミの方では……》
 ブリュンは決定的な事実を言った。
 そう言われると返す言葉の無いハナミはショックを受けながらも伝える。
《うぅ……だから、私も繋がないようにこれからは気をつけます……》
《分かりました。……もしかしてヴェーダに怒られたのですか?》
《うん……》
 ハナミはしゅんとして答えた。
《そうですか……》
 こうして、これ以後しばらくの間、ハナミは日中研究所で一人になった時に脳量子波で気軽にブリュン達に話しかけるのを止めざるを得なくなった。


―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 第四世代ガンダムの機体テストは順調に進む。
 シミュレーション上のみならず、ラグランジュ2の宙域でも密かに実地試験が開始され、プトレマイオス2の建造も完成に近づく。
 そして、メンバー達による熱心な研究により、オリジナルGNドライヴのツインドライヴの後僅かな粒子同調率の誤差を制御する為のシステムが完成を迎えた。
 ガンダムの各コクピットにはガンダムマイスターとハロの姿が。
 但し、ケルディムは元々ハロがニ体いたのに加え、更に一体増え、三体。
「これが粒子同調率を安定させる為の制御システムをインストールした専用ハロの効果か……」
 ティエリア・アーデがセラヴィーのコクピットでコンソールモニターを見ながら呟く。
 一方、ガラス越しの管制室でフェルトが言う。
「ダブルオー、ケルディム、アリオス、セラヴィー、Zガンダム、各機粒子同調率100%で安定しています」
 コンソールモニターに映る各ガンダムの粒子同調率のメーターは左右のドライヴ共に100%(MAX)を示していた。
 イアンがそれを見て言う。
「調整はうまく行ってるな。よし、刹那、まずはダブルオーからトランザムをかけるぞ」
[了解]
 アニューがカウントダウンを始める。
「ダブルオー、トランザム開始まで残り5…4…3…2…1」
「やってくれ、刹那」
[了解。トランザム始動]
 瞬間、ダブルオーの機体が赤くなり、そのコクピット内のコンソールモニターは赤紫色に変貌する。
 通常時とは比較にならない程の夥しいGN粒子が一気に放出され、その輝きは勢いを急激に増していく。
「粒子生産量、粒子放出量、共に上昇」
 フェルトに続き、シェリリン・ハイドが言う。
「180%を突破。230…260…300%。予定通り理論的限界値を突破。まだ上昇し」
 シェリリンが言い終わる瞬間。
《これが……ツインドライヴの……ダブルオーの真の力……》
 刹那の表層意識が周囲一体の空間に伝わった。
《え?》   《刹那?》  《頭に声が!?》
   《何だ?》   《この感覚はっ》
《これは》 《脳量子波!》
《オリジナルのGNドライヴの効果……》
 その場にいる一同の驚きの声が共有され、表層意識がツインドライヴから生成される高濃度GN粒子によって繋がれる。
 しかし、大人しくアリオスのコクピットにいたアレルヤが突如豹変する。
《ッハハハハ!! この加速粒子ィ! 俺らの脳量子波にギンギンくるぜェ!! なぁそうだろ、アレルヤァ!!》
《アレルヤ!?》
《ハレルヤか!?》
 ハレルヤが調子に乗って強烈に脳量子波で叫ぶ声は皆の頭を刺激し《頭に響く! 黙っていろアレルヤ!》とティエリアが注意した途端から殆ど世にも珍しい超常現象を利用したただの喧嘩に成り下がった。
 そのトランザム終了後。
[迷惑をおかけしました……]
 開口一番、アレルヤが引っ込んだハレルヤの代わりにコクピット内でうなだれながら謝った。
 何とも言えない沈黙と、まばらなフォローの後……。
「し、師匠、粒子放出量は通常の七倍でした……」
 唖然としたシェリリンが報告した。
「な、七倍だとぉ!?」
 驚くイアンの少し後ろでリボンズが真剣な表情で呟く。
「オリジナルのツインドライヴによって形成された高濃度GN粒子散布領域内における人の意識の拡張……。最早MSの枠を越えているね」
 イオリアは本当にここまで予見していたのか……。
「何てこった……理論的限界値を超えるだけに留まらないとは、ツインドライブはわしらの想像をはるかに超えている。これはとんでない代物だぞ……」
 イアンは髪の毛をガシガシと掻き……一瞬で冷静になって続けて言う。
「……よし、次はロックオン、今度はケルディムでトランザムやってくれ」
 ロックオンが突っ込む。
[っておい! おやっさん、言ってる側からそれで良いのかよ!]
「大丈夫だ、問題ない」
 かくして、結局五機全てのガンダムで順にトランザムが行われ、全てのケースにおいて、ダブルオーと同じ現象が起きた。
 ハレルヤは二度目からは飽きたという理由であっさり出てこなかった。
 トランザム稼働実験が無事終了すると、不可思議な現象に各自それぞれ感想を持ちながらも解散した。
 部屋に戻ったリボンズは一人、考えていた。
 イノベイター。
 人類の到達すべき進化の先にある存在。
 人類のイノベイターへの進化を促すことはイオリア計画の重要な目的の一つ。
 オリジナルのGN粒子にはそれを促す効果がある。
 武力介入による地球上へのGN粒子の散布は……。
「リボンズ・アルマーク、さっきの現象は中々興味深かったね」
「QB」
 突然現れたQBは勝手に話し始める。
「一つ一つの個体が独立した肉体と精神を持つ人間が脳量子波を扱えるようになるのは、今後君たち人類の進化の上ではプラスになるだろう」
 リボンズが尋ねる。
「君たちは人類のイノベイターへの進化を推奨するのかい?」
 全く気にしない様子でQBは言う。
「止める理由は無いよ。今まで僕らが君達人類の文明の進歩のきっかけになる事はあっても妨げた事は無い。勝手に滅びた事は何度もあったけどね」
「フ……そうだったね」
 QBと人類の歩んできた歴史を見せられた事のあるリボンズは確かにその通り、文明が滅んだのは人間に原因があったと思い返した。 
「君もそれ程気にしていないみたいだね」
 QBはリボンズの思考を読んで言った。
「……地球上での優劣に拘るのも飽きたさ」
 全く、QBの影響でね。
 GN粒子によって人間の細胞レベルで変化が起きるとしても、既に身体はいずれ現れ出るであろうイノベイターを模している上、それすらも容器にしかすぎない僕には直接GNドライヴを使った所で大して意味が無い。
 人間のイノベイターが遅かれ早かれ現れるにしても、僕は僕でイオリア計画を進めれば良いだけだ。
 いずれにしても、人類のイノベイターへの進化がイオリア計画の重要な目的の一つである以上、ヴェーダにプランを提案しよう。
 後はそろそろ、財界を使って裏から政界に手を回す時期か。
 人類意志の統一に貢献しそうにない政治家には退場して貰おう。
 逆にAEUのブリジア議員の支援は強化しないとね……。
 そう考えながら、リボンズの虹彩が輝く。


―UNION領・経済特区・東京・とあるビルの屋上―

 深夜、幾ら年月が経過しようとも変わらぬ姿のままの一人の少女。
 少女は濁りを吸収し切らなくなったコアを徐に空に放り投げ、それをQBが落とさず背中で回収する。
「ここ最近、少しは落ち着いて来たわね」
 ふと、少女が言った。
「そうだね。でも障気はまだまだ濃い」
「……でも、あなた達には都合の良い状況ね」
 表情一つ変えずに少女は言って、更にコアを投げる。
「そう言われるとその通りさ」
 正解だよ、とQBは可愛らしい声で言ってコアをキャッチした。
 ここ数年の感情エネルギー収集効率と言えば、QBの狙い通りCBの活動開始以降、それ以前を遙かに越える収集率を弾き出していた。
 太陽光発電紛争当時のように、局所的に紛争の起きた地域があった時代と比較しても、ここ三年超の期間における総魔獣発生率は段違い。
 世界規模の情勢不安は、都市部に住む人々の心に否応なく負の感情を抱かせ、それに合わせて多く魔獣が生まれる。
 そして、その大量の魔獣を残さず狩る為の魔法少女の絶対数の問題も、ひたすら生み出され続けているイノベイド魔法少女達により解決し、QBにとってはまさに理想の状態。
 イノベイド魔法少女がいるとはいえ、勿論QBは人間の少女と新規契約を一切していない訳では無かったが、それなりの因果律を持ち、数が多く質も高い強力な魔獣とのすぐの実戦にも耐えうるであろう少女を見定めて勧誘活動を行った為、その新規契約者の数は極めて限定的であった。
 そして、2307年のリリアーナ・ラヴィーニャの一件以降、願いの方向性が高確率で直にCBに対する復讐に向くと見られる少女に関しては、QBが余計な手間がかかる事を考慮しての契約の差し控えが影響した事もその一因であった。
 それでも、魔法少女の総数は言うまでもなく激増、世界中に効率よく分散もしており、順調そのものであった。
 東京のビル群の立ち並ぶ景色を遠い目をして少女は思う。
 CBの活動から三年以上。
 約束した通り見続けているこの世界は確かに今までには無かった変化を見せ始めている……。
 そして再び彼らが活動を始めた時、果たして……。
 風に吹かれ、少女の黒髪が靡く。


―UNION軍事演習場―

 A.D.2311。
 CBが世界から表向きその姿を消してから半年超が過ぎ、暦はまた新たに一つ数字を増やした。
 場所はUNIONのMS演習を行う為の広大な敷地面積を誇る施設。
 横に長く伸びる観客席には三陣営軍関係者が揃い、今まさにUNIONの擬似GNドライヴ対応型の新型可変MSの公式発表が行われていた。
 SVMS-GN02、ユニオンウイング。
 模擬戦場として設置された幾つもの砲台から、無数の弾丸が一機のウイングを狙って発射される。
 巡航形態のウイングはオレンジ色のGN粒子を放出しながら、最低限の軌道変更と機体を回転させる事のみで、尽く全てをかわす。
 同時に、機首の砲門から次々と威力を調節した粒子ビームを発射し、Eカーボンの的を破壊していく。
 その砲門は、元機体となったオーバーフラッグに搭載していたアイリス社製リニアライフル「トライデントストライカー」の形状はそのままに粒子ビーム兵器として転用された物。
「あれがGNドライヴを搭載したUNIONの新型の機動性……」
 軍関係者の観客が呟く。
 そして次の瞬間、ウイングはいとも簡単に即座に空中変形し、人型形態に移行。
「おおっ!」
 その鮮やかな変形に観客は揃って声を上げる。
 以前はプラズマフィールドを発生させていたディフェンスロッドに今はGN粒子を纏わせ、砲台から放たれる弾丸を次々と弾いて見せる。
「流石はUNIONの新型だな」
「はい、大佐」
 他の観客と同じように視察に訪れていたスミルノフやピーリスら、人革連の軍人達。
 ピーリスはここ数ヶ月、UNION領内の国連MS技術研究所でティエレンを母体としたGNドライヴ搭載型のテストの為に滞在していた。
 その間スミルノフは、ピーリスをテストパイロットとして専任した後、再び人革領に戻って軍務を行っていた為、ピーリスとは定期連絡は取っていたとはいえ、やや久々に直接顔をあわした。
 ピーリスはウイングが飛ぶ姿を目で完璧に追いかけながら、ふと、思う。
 ここに来て二度感じた脳量子波……。
 その後、脳量子波を感じることは一度も無かった。
 ……あれは勘違いだったのか。
 レイフ・エイフマン教授の助手だというたまに研究所で見かけるハナミという子はどうも気になったが……大佐が独自で進められた調査から私に伝えられたのはデータ上問題のある人物は存在しないという結果だった……。
 一方、そう思い出していたピーリスに、指示を伝えたスミルノフ自身は、諜報部が集めた国連MS技術研究所の関係者の個人情報は確かにデータ上改竄された形跡は全く見られないという報告を受け、仮に情報改竄もCBが完璧に行っているのだとしても、立証する手立てが無く、下手に藪をつつけば蛇が出る可能性もあり、ピーリスには「この件は今は忘れて任務に専念するように」と指示するしかなかったのだった。
 CBの見えない影がスミルノフの心の隅に引っかかるも、それも時間の経過と共に、少しずつ薄れて行った。
 そして今、スムーズな可変を何度も見せ、GN粒子を主動力、主武装に使用したUNIONの最新型正式機ウイングはその発表を終え、観客席前の滑走路に人型形態でGN粒子を放出しながら重さを感じさせずに脚部をつけた。
 観客席からは拍手が起こり、その音が一帯に響く。
「ユニオンウイング。この発表にCBがAEUのイナクトの時と同じく牽制に現れるかと期待していたが……どうやらそれは無いようだな」
 ウイングのコクピット内でそのパイロットであるがグラハム・エーカーが僅かに残念そうに呟いた。
 年は明けて、2311年。
 プロフェッサーの予測通りであれば、CBはいつ姿を現してもおかしくはない。
 停止していた紛争の中にはCBがいなくなったとばかりに再発してもいる。 
 武力による紛争根絶……そう宣言したのはCB。
 一体いつになったらまた姿を現すつもりだ、ガンダム。
 グラハムは徐に顔を空へと向けた。


―中東行・AEU航空機内―

 AEU議会の野党代表であるブリジア議員は有力な複数の後援者の後押しを受けて中東諸国を訪問し、難民支援などに向かうべく、航空機で目的地へと向かっていた。
 アニュー・リターナーと同型のイノベイドである秘書官エリッサ・リンドルースを始めとして、複数名の護衛を伴い、更にはこの訪問には国境無き医師団も同行していた。
 代表のテリシラ・ヘルフィを始めとする複数の医師達。
 航空機の個室内の席に座るブリジアに対し、エリッサが声を掛ける。
「間もなく後一時間程でスイール王国首都空港に到着予定です」
「分かりました。いよいよですね」
 ブリジアは落ち着いた声で言い、組んでいた手をゆっくりと離し、膝に触れ、そのままエリッサに問う。
「最初の訪問先、スイールは中東の中では治安の良い国ですが、エリッサ、同行する事に不安はありませんか?」
「……そう言われると多少の不安はありますが、問題ありません。今回の中東訪問、これまで通りお供します」
 エリッサは目を閉じて軽く頭を下げた。
「ありがとう、エリッサ。これを機に、中東支援が活発になっていくよう尽力しましょう」
「はい。後援者からの全面的支援に国境無き医師団の同行もあります。必ず実りのある訪問になるでしょう」
 一方で、同じように同機内で席についていたテリシラは端末を見ていた。
「そろそろ到着、か……」
 今回のブリジア議員の中東訪問の後援者となった内訳……。
 その筆頭がリニアトレイン公社、公には伏せられているが王商会、加えて幾つかの有力な資産家……。
 間違いなくCBが中東をも含めた世界の統合を促す為の布石。
 間もなくCBの武力介入が再開するのに合わせ、裏からブリジア議員を強く後押しし、手付かずの中東問題に解決への糸口を作る……か。
 場合によっては、この訪問中にCBの介入を直接見る事になるかもしれないな……。 


―CBS-74プトレマイオス2・ブリッジ―

 ロックオンがケルディムの格納庫に向かう為に通路を移動する中、フェルトが曲がり角から現れる。
「よ、フェルト、いよいよだな」
 ロックオンは右手にヘルメットを抱え声を掛けた。
 フェルトが頷き、一瞬間を置いて言う。
「うん。……気をつけてね、ロックオン」
 ロックオンはふっと表情を和らげる。
「大丈夫だ。まず俺らの新しい機体なら心配いらない。気をつけるとしたらそれは狙撃の方だな。フェルトも頑張れよ」
 言って、ロックオンはこの四年で背も伸びたフェルトの頭を一度右手で軽く触れて離れる。
 ほんの少しだけ恥ずかしそうに、フェルトは返事をする。
「うん、分かった」
 それぞれロックオンは格納庫へ、フェルトはブリッジへと移動していく。
 フェルトがブリッジに到着するとクリスティナ・シエラが声を掛ける。
「フェルト、発進シークエンスの準備お願いね」
「了解」
 言って、フェルトが自分の席に着くと、クリスティナが艦内放送を入れる。
「プトレマイオス、大気圏突入シークエンスに移行します。ガンダム各機、出撃準備。マイスターは各自コクピットで待機して下さい。0030を以て、ミッションを開始します」
 言い終わると、今度はスメラギ・李・ノリエガが言う。
「リヒティ、プトレマイオスを大気圏にお願い」
「了解です」
 スメラギはメインモニターに映る地球を見る。
「さあ、いよいよ、始めるわよ」


世界に再び姿を現す新たなガンダム。
その性能に世界は震撼するのか。
新たなる日常の始まりなのか。










本話後書き
殆どシリアスでした。
先に長めの後書きになること、失礼します。
トランザムの件が調整が必要になったりとやや冗長になってしまったと反省です。
実際どうでも良いかもしれませんが、2ndを見直すと、11話「ダブルオーの声」でラグランジュ3内でオーライザーの実験で初めて使ったダブルオーのトランザムに表示されていた粒子同調率の数値は99%、そして同話におけるイアンの調整後、サジの乗ったオーライザーとのドッキング時はMAX表示でした。
そして後者において、普通の人間にも表層意識が声となって他人に伝わる現象が初めて発生しました。
本作、割と安易に新造のGNドライヴの同調率を9割高めに設定して、そのままで良いかと思っていた矢先にこれに気づき、どうあっても不思議現象を起こす為にはMAXに調整しないといけなくなったという事情がありました(実は他にも「まさかツインドライブの粒子放出量に機体が悲鳴をあげるとは」というイアンの心の呟きが存在し、それが機体のフレーム強度の事かどうかは分かりませんが、これを考えるとやはりオーライザー無いと駄目な気がしないでもないのですが、リボーンズガンダムやクアンタにはオーライザーが無いので通す事にします)。
以下8/4変更。
アリオスの太陽炉の位置ですが、ご意見を頂いた結果、両脚部に内蔵という形で確定させて頂きます、ありがとうございました。
何となく、ツインドライヴは外観的に見えている位置に無ければならないという先入観がありましたが、コーン型スタスター的な方式だとアリオスに搭載するのはキツイので、2312年時点のダブルオーのツインドライヴの設計はガンダムラジエルの設計を元にした機体外部に見える形状から考案されたものでしたが、2311年時点でも内蔵型でもツインドライヴは成立したという事にさせて頂きます。



[27528] ヒリング「あたしの出番よ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/08/30 13:32
―南アフリカ圏軌道上・外気圏―

「GNフィールド最大展開。大気圏に突入開始します」
 クリスティナ・シエラが報告すると同時にプトレマイオスの船体が夥しい量のGN粒子で覆われる。
 空力加熱からGNフィールドが船体を完全に保護し、艦首前方が紅く染まった。


―AEU・静止衛星軌道ステーション―

「司令、Eセンサーに反応。大気圏に突入する物体を捕捉しました。……ゆ、輸送艦クラスの規模です!」
 AEUの軌道エレベーター、ラ・トゥールの静止衛星軌道ステーションにて、オペレーターが驚いて報告した。
 司令が慌てて右腕を振って指示を出す。
「輸送艦規模だと!? すぐに映像を出せ!」
「はっ! 最大望遠映像、出ます!」
 次の瞬間、管制室の巨大なモニター画面に艦首部分が紅く染まったプトレマイオス2の姿が映しだされた。
 その全長約300m。
 管制室全員が驚愕の表情になる。
「ありえん。スペースシップごと地上に降りるなど……。一体どこの……まさかっ! 至急降下予測ポイントを割り出し、地上基地に入電を入れろ!」
 場は急激に慌ただしくなり、管制官達は各所への入電を開始した。


―南アフリカ圏海域・高高度上空―

「GNフィールド展開終了。GN粒子散布、通常モードへ」
 クリスの言葉と共に、プトレマイオスのGNフィールドが解除される。
「トレミー、一旦減速して通常飛行モードを維持」
「了解です」
 プトレマイオスは減速を開始し、高高度で滞空状態に入る。
 スメラギ・李・ノリエガが続けて指示を出す。
「ガンダム各機の発進シークエンスお願いね」
「了解。ダブルオー、ケルディム、アリオス、カタパルトデッキへ移行」
 フェルト・グレイスのオペレートに従い、第一、第二、第三格納庫から三機が移動し、到着する。
「リニアカタパルトボルテージ、230から520へ上昇。各機体をフィールドに固定」
「トレミー、全ハッチオープン」
 プトレマイオスの艦首に存在する左舷第一デッキ、右舷第二デッキ、中央第三のカタパルトが開き、リニアフィールドのランプ全てが点灯する。
「各機、リニアシステムクリア。射出タイミングを譲渡」
 ブリッジのモニターに刹那・F・セイエイ、ロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズムの映像が表示される。
[了解。ダブルオー、刹那・F・セイエイ、出る!]
[了解した。ケルディム、ロックオン・ストラトス、出撃する!]
[アイハブコントロール。アリオス、アレルヤ・ハプティズム、目標へ飛翔する!]
 三機はそれぞれリニアフィールドに火花を散らしながら出撃して行く。
 フェルトが次の発進シークエンスに入る。
「続いて、セラヴィー、Zガンダム、Zガンダム、スタンバイ」
 格納庫から次に出撃する四機が移動を開始し、カタパルトデッキに到着。
 リニアフィールドに固定。
 今度はクリスティナが言う。
「射出タイミングを譲渡します」
 ティエリア・アーデ、ヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバルの姿がモニターに映る。
[了解。セラヴィー、ティエリア・アーデ、行きます!]
[りょーかい。Zガンダム、ヒリング・ケア、行くよ!]
[了解。Zガンダム、リヴァイヴ・リバイバル、発進します]
 続けて三機のガンダムがカタパルトデッキから出撃して行く。
 そして、最後の二機の発進。
「リニアシステムクリア。射出タイミングを譲渡します」
 リジェネ・レジェッタとリボンズ・アルマークの二人がモニターに映る。
[了解です。Zガンダム、リジェネ・レジェッタ、出撃をします]
[了解。Zガンダム、リボンズ・アルマーク、行く]
 左舷と右舷のカタパルトデッキから二機がそれぞれ出撃した。
 メインモニターに映る各機が小さくなって行く中、フェルトが言う。
「発進シークエンス、終了です」
「プトレマイオス、光学迷彩展開」
 フェルトがコンソールを操作し、プトレマイオスの船体が周囲の景色に合わせて姿を消した。
 そこでようやくブリッジの緊張がほぐれる。
 スメラギがホッと息をつく。
「これで、一先ずね」
「はぁー。シュミレーションでは何度もやりましたけど、実際にトレミーごと大気圏突入するのは流石に緊張したっすよ」
 リヒティが振り向いて言い、クリスティナが同意する。
「うん、ホントホント」
 そこへリヒティの隣の、強襲用コンテナで何度も大気圏突入と離脱をこなしてきた経験のあるラッセ・アイオンが腕を組んで言う。
「ま、そのうち慣れるさ」
 聞いて、スメラギが軽く頷く。
「そうね。さ、リヒティ、トレミーの進路をインド洋にお願い」
「了解です」
 そして、プトレマイオスは高度を落としインド洋に潜水モードで潜行した。
 丁度、フェルトの右隣の席で作業していたアニュー・リターナーが報告する。
「フェレシュテから暗号通信が入りました。予定通り、宇宙空間でのミッションに入るそうです」
 スメラギが返事をする。
「了解よ」


―CBS-72プトレマイオスF―

 宇宙空間には、CBS-70プトレマイオスをフェレシュテ用に大幅改造したプトレマイオスFの姿が、確かにあった。
 プトレマイオスFは、コロニー型外宇宙航行母艦CBと同じく、オービタルリングからの無線電力供給を受ける事が可能。
 その為、供給範囲内において理論上無制限に近い活動時間を持ち、その無制限の電源を利用して光学迷彩を常時展開していた。
 女性オペレーターが報告する。
「Zガンダム、発進しました」
「分かりました。では、隠密ミッションも開始します」
 言って、シャル・アクスティカは手近な何も映っていないモニターに向かって話しかける。
「ハナヨ、フォンの出撃準備を」
 すると、モニターにもこっとした髪型の少女が映る。
「了解しました」
 簡潔な返事が返るとハナヨは画面から消えた。
 2303年頃に、データ上存在するイノベイドのマイスターハナヨはビサイド・ペインに関係して引き起こされたCB内の内戦の責任を問われ、またビサイド・ペインの裏切りを立証できなかった為に機能制限を掛けた独立端末、ハロにヴェーダの判断で封印されていた。
 しかし、ビサイド・ペインの裏切りは事実であり、リボンズがヴェーダに進言した事でマイスターハナヨはその封印処理を解除され、現在はヴェーダを介してモニターやハロなどの電子機器の至る所に現れる事が元通りできるようになっていた。
 フォン・スパークはハロと共に各部の老朽化したパーツを全改修済みのガンダムアストレアTYPE-Fのコクピットに乗り込む。
 すると、ハロから小さなハナヨのホログラムが現れ、
[フォン、手錠を解除します]
 フォンの手錠を解除した。
「よし、いいぜ」
 アストレアはカタパルトデッキに移動する。
[機体をフィールドに固定。射出タイミングをアストレアに譲渡します]
 リニアフィールドのランプが点灯し、フォンは爆発のような叫び声を上げる。
「ガンダムアストレア、オレ様出る! あげゃげゃげゃッ!!」
 火花を散らしながらアストレアはプトレマイオスFから出撃し、程なくして宇宙空間へ姿を消した。


―AEUフランス空軍基地―

 AEU軍の制服を着たカティ・マネキンは直接の連絡が入った為に、基地管制室に急ぎ足で到着し、状況を報告させていた。
「ピラーから入電。大気圏を突入して現れたCBの輸送艦から計八機の新型のガンダムが出撃。内三機がAEU領内、アフリカ圏を北上しているとの情報です」
 聞いて、マネキンは個人的感想は舌打ちをして抑え、先に指示を出す。
「っ、見失う前に可能な限りガンダムの予測到達ポイントの割り出しと予測到達時間の算出、モビルスーツパイロットに出撃準備の通達! UNIONと人革連とも情報の共有を進めろ!」
「了解!」
「映像、送られてきました」
 オペレーターの一人が言って、モニターに軌道ステーションで撮影されたプトレマイオス2とガンダムの映像が出る。
 実際に見ながら、マネキンは手を握りしめ、驚く。
「本当に輸送艦ごと大気圏に……馬鹿な」
 八機のガンダムに大気圏突入可能な輸送艦。
 CBめ……今まで姿を消していたのは新型の開発の為。
 この時期に再び姿を現した……明らかにこのタイミングを見計らっての事。
 三陣営に手を組むように流れを作るつもりか。


―CBS-74プトレマイオス2・ブリッジ―

 プトレマイオスはインド洋から太平洋方面へと海中を移動する。
 暗号通信が入ったのを確認し、クリスティナが言う。
「ダブルオー、ケルディム。アリオスと別れ、間もなくミッションを開始します」

 南アフリカ国境地帯。
 共に北上していた三機の内、目標地点に近づきロックオンがアレルヤに有視界通信を入れる。
「アレルヤ、予定通り俺と刹那はアフリカを回る。ヨーロッパは頼んだぜ」
[了解。後で合流を]
 アレルヤが簡潔に返事をした。
「ああ、また後でな」
 通信を終えると、ケルディムとダブルオーは高度を落とし、アリオスは高度を維持したまま、スラスターの出力を上昇させ、欧州へと単独で向かった。
 高度を落とした二機は、CBが姿を消した事で再発した国境間の紛争への武力介入を開始する。
「紛争を確認。ダブルオー、目標を駆逐する」
「ケルディム、目標を狙い撃つぜ」
 二機は別れて鈍重なアンフが互いに砲撃を放ち合っている所へ向かって行く。
 ダブルオーは左肩コーンスラスターにマウントされた非常に目立つ大型実体剣GNバスターソードIIを始めとして装備したセブンソード形態。
 GNバスターソードIIは解体されたスローネツヴァイが装備していたGNバスターソードを参考に発展させた物。
 ダブルオーはまず狙いを定めた一機のアンフに真上から一気に襲いかかり、GNソードIIロングで易々と上下に切り裂く。
 大きな音を立ててアンフが崩れ落ち、続けざまにダブルオーはコーン型スリースラスターの向きを素早く変化させて噴かせ、次のアンフへと近付き、同じように沈黙させて行く。
 一方、ケルディムに乗るロックオンは余裕の表情で、GNスナイパーライフルIIで遠距離からコクピットは避けて狙い撃ち続ける。
 機体腰後部の二基のバインダー内に太陽炉を内蔵したケルディム。
 その出力の為、デュナメスと比べ威力は勿論、射程距離も大幅に伸び、その場から動く必要すらも殆ど無い。
「当然だが、ビットは使うまでもないな」
「出番ナシ! 出番ナシ!」
 青ハロがパタパタさせて音声を出した。
「今はな。UNIONやAEUの新型相手にする時は頼むぜ青ハロ」
 狙撃中の為、手の放せないロックオンはそう声を掛けた。
「任サレテ! 任サレテ!」
 CB活動再開最初の紛争介入終了。

 コンソールを叩きながらフェルトが言う。
「ダブルオー、ケルディム、ファーストフェイズ終了。次の目標地点へと移動を開始しました」
 そこへ、クリスティナのモニターに反応が現れ、報告する。
「ヴェーダから情報。ラ・トゥールにMS部隊が展開を開始したそうです」
 スメラギが落ち着いて指示する。
「予定通りね。アリオスはプランS1を維持。最速でアイルランドへ。軌道エレベーター部隊が接近して来た場合は無視して振り切って。ダブルオー、ケルディムは南アフリカでのミッション継続よ」
「了解です」
 それから間もなく、アニューが言う。
「セラヴィー、目標を捕捉しました」
「分かったわ。イアンさん、セラヴィーの武装交換準備お願いします」
 スメラギはイアン・ヴァスティに連絡を入れた。
[了解だ]

 インド洋上。
 一隻の船が洋上を進んでいた。
 国際テロネットワークの輸送船。
 それをセラヴィーのセンサーが捕捉した。
「対象を確認」
 言って、ティエリアは接近する。
 両手に持つGNバズーカIIを両肩部のGNキャノン二門と接続し、その砲身を輸送船に向ける。
「セラヴィー、目標を消滅させる。ツインバスターキャノン。高濃度圧縮粒子、解放!」
 ティエリアは両手の操縦桿の引き金を引いた。
 甲高い音と共に二つの砲身が光り輝き、収束した一本のビームが放たれる。
 巨大なビームは容赦なく輸送船の装甲を易々と貫き、内部から深刻な損害を与える。
 次の瞬間、僅かに遅れて火の手を上げて大爆発を引き起こした。
 轟音を立てて輸送船の残骸が海の藻屑と化す。
「セカンドフェイズ終了」
 圧倒的な火力で以て輸送船を消滅させたが、セラヴィーの現在の姿は高機動形態。
 セラヴィーはティエリアがヴァーチェとアイガンダムをミッション毎に分けて使用していたのを一機に纏め、Zガンダム寄りの高機動形態とそれに専用大型GN粒子コンデンサーを各所に装備した、重砲撃を連用できる重火力形態の二つに換装が可能。
 セラヴィーはそのままインド洋に潜り、付近海中を同じように進んでいたプトレマイオスに有視界通信を繋ぐ。

[セラヴィー、プトレマイオスに一時帰投します]
 ティエリアがプトレマイオスのモニターに映り、フェルトが答える。
「了解。第一下部コンテナ、セラヴィー着艦準備開始」
 間もなくセラヴィーはプトレマイオスの下部コンテナから着艦、素早くGNバズーカIIをGNバスターライフルに武装を交換し、後で最終的にリジェネ機と合流し人革連軌道エレベーター天柱付近に向かうべく再出撃して行った。
「アリオス、後330でAEU軌道エレベーター空域を抜けます。計算上、偵察部隊を振り切れます」
 クリスティナの報告にスメラギが頷く。
「予定通りね」

 アフリカ圏AEU軌道エレベーター西南西方面高度空域。
 索敵に特化した巡航形態のイナクト五機がV字隊列で飛行する。
 突如現れた新型ガンダムに、AEUは依然稀少なGNドライヴ搭載機を出撃させはしなかった。
「こちら羽付き型ガンダムの予測通過地点に間もなく到達」
 先頭の指揮官機が軌道エレベーター管制室に通信を入れた。
 しかし、そこへ丁度センサーが反応し、望遠カメラが遠くの映像を捉える。
 巡航形態のアリオス。
「ガンダム視認!」
 パイロットが声を上げるが、すぐにその機影の移動速度に驚愕する。
「なぁっ、速すぎる!」
 それでもイナクトは右に旋回し、進路を北に修正して追跡を試みる。
 しかし、アリオスは五機のイナクトを完全に無視、圧倒的な速度で機体後部スラスターから緑色に輝く二重の円環を放出しながらその空域を北へと抜けた。
「アリオス、プランS1を継続。AEU軍を振り切った。……アリオスで初めての大気圏内飛行。これがツインドライヴの出力か……」
 アレルヤはコンソールに青いゲージで表示される粒子同調率MAXを見ながら呟いた。
 つい最近まで長く乗ってきたキュリオスも大気圏内での機動性は高かったが、両脚部に内蔵されたツインドライヴを有するアリオスはそれとはまた別次元の安定性・機動性を誇っていると言っても過言では無いとアレルヤには感じられた。


―AEUフランス空軍基地―

「ピラー管制室より入電。羽付き型ガンダム、偵察部隊を振り切り、北上を継続とのことです!」
「MS部隊の記録映像、出ます」
 オペレーターが立て続けに言って、モニターにイナクトが捉えたアリオスの飛行映像が出る。
「な、なんだこの速さはっ!」
 モニターに表示されるアリオスの推定速度の数値も目にしながら、マネキンは目を疑った。
 狙いはまずアイルランド。
 フランス領空内を通過するのは間違いないが、この速度に対応できる機体など……MSはおろか航空機でもありえん。
 そこへ更にオペーレーターが報告する。
「高軌道ステーションから入電。宇宙にもガンダムが現れたとの情報です!」
「なにっ!」
 馬鹿な、地上の八機に加え宇宙にも展開しているだと。
 だとすると新型の輸送艦ではなく以前の輸送艦も運用していると見て間違いない。
 CBのガンダムパイロットは最低11人以上……それが全て新型に乗っているとすれば……。
 CB……一体どれ程の規模があるというのだ。


―CBS-74プトレマイオス2・ブリッジ―

「ダブルオー、ケルディム、第三、第四フェイズ終了。引き続きアフリカで武力介入を継続」
 ダブルオーとケルディムはアフリカの各所を周り更に二ヶ所で武力介入を終えた。
「アリオス、目的地に到達。第五フェイズ開始です」

 AEUアイルランド北部。
 北アイルランドのテロ組織リアルIRA。
 2307年、彼らはCBの武力介入開始早期に、武力介入の対象となる前に先手を打ってその活動の完全凍結を公式発表した。
 しかし、2310年後期、三年超に及んで息を潜めていたリアルIRAは、CBが表から忽然と姿を消した事に加え、それまで温存していた分戦力も有り、北アイルランドで紛争を再び引き起こしていた。
 高度上空を最高速で飛翔していた巡航形態のアリオスはフランス領空を一気に抜け、アイルランドに近づき始めた事で速度と高度の両者を下げて行く。
 アリオスのセンサーが捉えた映像は国境山岳地帯で、ヘリオン同士のMS戦が行われている様子。
「CBが表向き介入を止めた途端これとは……紛争根絶は簡単な物ではないとは自分で言った……。けど、MS同士の争いなら対応はし易い。アリオス、介入行動に入る!」
 言って、アリオスは即座にMS形態に変形し、上空から地上を見下ろす形でヘリオン群を急襲する。
 即座に一機の四肢を一瞬で削ぎ落し、力なくヘリオンが地に音を立てて崩れ落ちる。
「粒子ビーム!?」「AEUの新型か!?」
 粒子ビームが真上から放たれたことにパイロット達は驚くも、
「っぐアぁ!!」「うぁっ!」
 アリオスの二挺のGNツインビームライフルから連射された粒子ビームに即座に撃破される。
 新素材のクリスタルセンサーによる射撃性能の向上に加え、ツインドライヴによる潤沢な粒子生成量に任せ、アリオスはヘリオンのリニアによる反撃も意に介さず、遠距離からの精密な射撃を上から次々と行い、ヘリオンの四肢を削ぎ落とし無力化していく。
「流石にこちらだけ新型だと、一方的にならざるを得ないな……」
 そう呟き、結果、二分も経たずしてヘリオン群は全機沈黙。
 コクピットフレームだけが無事残ったヘリオンのパイロット達がアリオスを見上げるようにして声を上げる中、アレルヤは言う。
「アリオス、第五フェイズ終了」
 するとハロが目を光らせ、くるくると回り、プトレマイオスに暗号通信を送り、間もなくその返信がコンソールモニターに表示される。
「了解。アリオス、現在地を離脱、移動を開始する」 
 アリオスは即座に巡航形態に変形、再び緑色に輝く二重の円環を放出しながらその空域を後にした。

「第五フェイズ終了。フランス空軍、動きありません」
 それを聞いてスメラギが言う。
「良いわ。アリオスをプランS2に移行させて」
「了解です」
 それからしばらくして、アニューが報告する。
「Zガンダム、ヒリング、リヴァイヴ機、南米予定ポイントに間もなく到達です」

 南アメリカ圏山間部。
 緑色のGN粒子を放出するZガンダムとオレンジ色のGN粒子を放出するZガンダムが飛行を続けていた。
 映像がコクピットのモニターに表示される。
「目標確認っと」
 言って、ヒリングは操縦桿を前に倒し、機体高度を下げ、リヴァイヴ機も続く。
 その場所はテログループの活動拠点の一つ。
 山場を利用し、それを掘って作られた複数の施設、その付近の林の間にはテログループ所有のMS群があった。
 空から降下してくる機影に見張りの男達が気づく。
「MS?」
「どこの機体だ?」
「おぃ! あれガンダムじゃないか!?」
「なにっ!?」
 慌てて声を上げだすと、早くもZガンダムが拠点を射程範囲に捉える。
 ヒリングが目を鋭くし、語気を強める。
「騒いでももう遅い! いっけぇ!」
 瞬間、計10基のGNビットがZガンダムの後背部から同時に射出される。
 各ビットは即座に散開、林に粒子ビームの雨が降り注ぐ。
 強烈な爆発音と共に、MS群が次々と爆散して行く。
 上空からリヴァイヴ機は両腕で構えたソレの砲身を山場の方角へと向ける。
 銃身が高濃度GN粒子をプラズマのように帯びて高音を鳴らし、
「チャージ完了。GNメガランチャー、発射」
 冷静なリヴァイヴの声と共に、巨大な粒子ビームが山場に向けて左から右へと掃射される。
 轟音を立てて、山場に作られた施設は溶けるように壊滅。
 ほんの短時間で一帯は静寂に包まれた。
 あちこちから煙が立ち上る中、悠然と空に浮かぶヒリングのZガンダムの元にGNビットが帰り、静かに背面へ再マウントされる。
 拍子抜けした様子でヒリングは呟きながら、
「んー、あっけない。軍相手にした方がまだ手応えありそ。そうじゃない、リヴァイヴ?」
 リヴァイヴに有視界通信を入れた。
[所詮旧世代のMS。当然の結果だ]
「ミッションプラン通りならUNIONが現れるかもしれないけど、どうだか」
 そして、二機のZガンダムは次のポイントに向け、北上を開始した。


―UNION領・オーバーフラッグス(旧)基地―

 AEUからのCBのガンダムの出現情報はUNIONに伝わり、関係者は慌ただしく動いていた。
 ユニオンウイングのMSハンガー付属のパイロット待機室にはグラハム・エーカーを始め、フラッグファイター改めウイングファイター達の姿があった。
 巨大なモニターは複数の画面に分割され、CBの輸送艦及びガンダムの映像が流れる。
「ガンダム、とうとう現れやしたね、隊長」
 ハワード・メイスンが真剣な表情をしてモニターを見続けるグラハム・エーカーに声を掛けた。
「ああ。プロフェッサーの読み通りだ」
 今度はダリル・ダッジが言う。
「しかも今度のCB、最初から総力を挙げるつもりみたいですが」
「どうやらそのようだ。出し惜しみを止めたか、それともまだ手札があるか……。どちらにせよ、CBは本気と見た」
 言って、グラハムはぐっと拳を握り締めた。


―オーストラリア・南西部―

 Zガンダムの眼下には、粒子ビームによる攻撃を受けて破壊されたMS群から煙が立ち上っていた。
「第八フェイズ終了」
 言って、リボンズはZガンダムの高度を挙げながら東へと移動を開始しながら思う。
 そろそろ次はダブルオー、ケルディム、アリオスの中東入りする頃か。
 さて……これから誰が人類初のイノベイターになるのか、見物だね。
 それとも、全く別の誰か、という事もあるかもしれないけれど。


CBの表向き活動再開に伴う怒濤の武力介入はその後も続く。
ダブルオー、ケルディム、アリオスは中東圏で合流を果たし、依然としてアンフが主流の中東各所での武力介入へ移行。
Zガンダム、ヒリング、リヴァイヴ機はヴェーダの情報から判明しているテログループの拠点を叩きながら南米を北西に移動。
Zガンダム、リボンズ機はオーストラリア、オーストラリア南海からニュージーランド方面へ。
セラヴィー、Zガンダム、リジェネ機はインドネシア圏を二手に分かれて移動しながら、人革連軌道エレベーター天柱方面へ。
尚、QBは武力介入の対象が紛争の場合かつ必要があれば現れた。


―中東・リチエラ王国―

 リチエラ王国の軍事基地の付近には大規模な難民キャンプが存在する。
 そして、最初の訪問国スイールから移動し、ブリジア議員一行は元々重要な目的の一つである難民支援の為に、この現地を訪れていた。
 難民キャンプ内でテリシラ・ヘルフィら国境無き医師団が医療活動を行い、直接の食料支援も行われる中、ブリジアは現地の人々と交流し直に彼らの生の声を聞いていた所、秘書官のエリッサ・リンドルースが小声で耳打ちをしに現れる。
「中東にも、CBのガンダムが現れたようです」
「そうですか……。また再び彼らが……。分かりました」
 憂うようにブリジアは呟いた。
 それからすぐにブリジアは表情を元に戻し、人々と挨拶を交わして難民キャンプを回った。
 しばらくして、夕焼け掛かった遠くの空を指を指して声を上げる人が現れ、ふと同じように見上げると、それはダブルオーが移動していく姿であった。
 ダブルオーは難民キャンプ付近の空域を抜けて進むと、不意にセンサーが反応しそれは左右からケルディムと巡航形態のアリオスが近づいてきた物。
 有視界通信でモニターにロックオンが映る。
[よし、刹那、アレルヤ、人革が偵察に来る前に予定通りトランザムで中東を一気に離脱して海に出るぞ。流石に今日は疲れたからな]
[了解]
「了解」
 言って、刹那はコンソールのすぐ右横にある四つのスイッチの内、中央二つを押すとコンソールモニターが赤紫色に染まる。
「トランザム」
 瞬間、三機のガンダムは通常の七倍のGN粒子をまるで緑色に輝く三本の天の川のようにその軌跡を残しながら高度を上げて中東を離脱して行く。
《何だ?》《頭に声?》《幻聴?》
 幾つもの地上の人々の声を微かに聴きながら……。


―北アメリカ圏南西部・太平洋上―

 巡航形態のユニオンウイング、六機小隊が先頭一機、中央二機、後尾三機のフォーメーションで整然と飛行する。
「こちらオーバーウイングス、ガンダム二機を捕捉。領空内での交戦を試みる」
 基地に報告を入れ、続けてグラハムは各機に通信を入れる。
「これより、ミッションを開始する。相手は新型のガンダムだ、心してかかれ!」
 了解という簡潔な返答と共に、ウイングはスラスターからGN粒子を放出し二機のZガンダムの後ろ姿を追って加速する。
「来た来た」
 センサーの反応に気づきヒリングが面白そうに声を出すと、リヴァイヴがモニターに映り冷静に言う。
[彼らの目的は戦闘データの収集。わざわざ交戦する必要は無い筈だ]
「じゃ、リヴァイヴ先行ってて。すぐ追いつくから」
 ヒリングが片目を閉じて言った。
 リヴァイヴは返す言葉を失い一つ息を吐く。
 そこへリボンズが二機のモニターに映る。
[好きにすると良いよ、ヒリング。ただ、殺してしまわないように気をつけて欲しいな]
 ヒリングがすかさず呼ぶ。
「リボンズ!」
[リボンズ・アルマーク、良いのですか]
 リヴァイヴの問いかけに、微笑を浮かべてリボンズが答える。
[軍にはそれなりにCBに対抗して貰う必要があるからね。戦闘データぐらい収集させても問題ないよ]
[分かりました。ではヒリング、私は先行しますよ]
「りょうかい」
 ヒリングはニッと笑って言い、通信を終えた。
 するとリヴァイヴ機は速度を上げてヒリング機から先行して距離を開け始めた。
[隊長、一機が先行を!]
「分かっている! なめられたものだが好都合だ。先行した一機を警戒しつつ目標を残った一機に定める!」
 スラスターを一段と噴かせZガンダムに迫る。
 射程範囲内に入ると同時に、全機一斉に機首の砲門から最大出力で粒子ビームを放つ。
 後ろ姿を見せたままのZガンダムに六本のビームが直撃する瞬間。
 両肘のコーン型スリースラスターから三条の小型GNフェザーが発動し、それら全てを容易に防いだ。
「なにっ!」「バリアか!」「防いだ!?」
 ウイングはフラッグに比べ機体の機動性は大幅に向上したものの、火器の威力自体はGN粒子制御技術の根本的日の浅さの問題から、依然その粒子圧縮率はCBのソレとは比べるまでもない性能であり、とりわけ対ガンダム戦を行うには極めて分が悪い。
「しょぼいビーム。今度はこっちの番、いけぇッ!」
 ヒリングは言いながら、GNビットを射出すると同時に後ろに振り返り、大型GNビームサーベル二振りを両腕に構え、ウイングを迎え撃ちに行く。
「くっ、全機散開!」
 六機は散開してGNビットを避けにかかる。
 しかしヒリングは狙いを定めて進路を追跡した一機をすれ違い様にビームサーベルで斬りつけ、巡航形態左側のサイドバインダーを切り落とした。
 ダリルが叫ぶ。
[スチュアートが!]
 機体バランスを欠いたウイングは高度を落とし始めるが、ヒリングはそれを追撃せずに振り返り、残る五機へと向かい、その周囲をGNビットが固める。
「スチュアート、無理せず戦線を離脱しろ!」
[り、了解!]
 グラハムの指示を受け、スチュアートは機体を旋回させた。
 後を取られる形になった残る五機は加速したまま即座にサイドバインダーを後方に旋回させGNバルカンをZガンダムに向けて一斉に掃射。
「この程度!」
 ヒリングは操縦桿を操作し、向かって一番左のウイングの方向に機体を動かして回避、反撃にGNビットから威力を抑えたビームを一斉発射。
 対する五機のウイングはサイドバインダー内主翼のGNディフェンスロッドを回転させて防ぐ。
 続けてスタンドポジション(MS形態)へ変形、宙返りをするように向きを即座に反転、巧みに機体を左へ右へと動かしながら片腕のディフェンスロッドでGNビットの砲撃を防ぎ、もう片腕に構えたアイリス社製GNビームライフルで応戦する。
 先程よりも出力の低い五本のビームをヒリングはZガンダムを瞬間的に上方に移動して回避、10基のGNビットの狙いを一機に集中させた。
「くァッ!」
 ウイングは回避しきれず、右腕のGNビームライフル、左脚部に被弾し、煙を上げる。
「イェーガンッ!」
 そのままZガンダムがイェーガン・クロウ機に接近するのを見てグラハムが叫んだ。
 しかし、余裕を持ってZガンダムは進路をハワード機に変更し、GNビットは他の三機に飛ばす。
「調子に、乗ってぇッ!」
 当のハワードは単独、スラスターを噴かせ、GNビームサーベルを引きぬいてZガンダムに斬りかかる。
 超高硬度カーボン製の折り畳み式アサルトナイフの刀身にGN粒子を纏わせた物。
「うぉぉォッ!」
 それをヒリングは受けて立ち、右腕の大型GNビームサーベルで一瞬刃を交えるが、
「そんなビームサーベルもどきぃ!」
 圧倒的な出力でビームサーベルごと右腕を切り落とした。
「なぁッ」
[ハワード!]
 直後、GNビットの砲撃を巡航形態に変形して掻い潜り、健在の三機がZガンダムに向けてビームを発砲、即座にヒリングは反応してハワード機から距離を取った。
「イェーガン、ハワード、戦線から離れろ」
[了解][っ、り、了解]
 ウイングとすれ違ったZガンダムは飛ばしていたGNビットを背部に戻し、再マウント、左腕のビームサーベルをしまう。
 ヒリングはその場を離脱する二機を意に介さず独り言を言う。 
「さて、半分に減っても、まだやるつもり?」
 ウイング三機は再びスタンドポジションに変形、向きをZガンダムに変えてその場に滞空する。
 ダリルが通信を入れる。
[隊長、これ以上は]
「分かっている」
 悠然と構えるZガンダムを見ながらグラハムが言った。
 戦闘データは取れた。
 せめてあの特殊な武装の一つでも鹵獲したい所、だがっ。
 こうも情けを掛けられている以上、止むを得まい。
 グラハムは奥歯を噛み締める。
「悔しさは残るが目標は達成した。撤退する!」
[了解][了解]
 そして、ウイング三機は巡航形態に変形し、後方を警戒しながら帰投を開始した。
 それを見送りながらヒリングが呟く。
「中々機動性はあるけど、武装がまるで釣り合ってない」
 でも、その機動性もアリオスに比べるとダンチなのよね。 
 ヒリングはアレルヤと模擬戦をした時の事を思い出した。
 そこへリボンズがモニターに現れる。
[ヒリング、相手をしてみてどうだったかい?]
 んー、と少し考えてヒリングが答える。
「まぁまぁって所。あと、殺害禁止は禁止で結構楽しいかも」
[そうかい]
 リボンズはフッと笑った。
「それじゃ、今から戻るね、リボンズ」
 そこで通信を終え、ヒリングはコンソール右横のスイッチ中央二つを押した。
 膨大なGN粒子を放出し紅く輝くZガンダムはトランザムでプトレマイオスのいる太平洋上へと帰投して行った。


―人革連・ロシア南部軍事基地―

 士官詰所にて、幾つもに分割された巨大モニターをセルゲイ・スミルノフが見ていた。
「我が陣営の静止軌道衛星領域圏内のみならず、天柱付近にも新型のガンダムが現れたか……」
 天柱のピラー内観測所で記録されたセラヴィーとZガンダム、リジェネ機が海上を移動する様子が映っていた。
 そこへ、一人の士官がスミルノフに近寄る。
「大佐、キム司令がお呼びです」
「分かった」
 答えて、スミルノフはキム司令との通信を行う為の場所に移動した。
[大佐、知っての通り、CBが活動を再開した。それに当たって、既に上層部では三陣営と合同で対ガンダム国連軍を創設する方向で話が始まったそうだ]
 スミルノフは少し驚き、目を見開く。
「もう国連軍を?」
 キム司令が頷く。
[そうだ。そこで頂武の時と同じく、国連軍に参加する専任の部隊を新設するが、その人選をまた君に任せたい]
「はっ!」
[では頼む]
 敬礼をして通信を終え、スミルノフは考え始める。
 重要なのは合同軍が結成される事実が世界に知らされる事だ。
 しかし、映像からして、GNティエレンでは新型のガンダムの相手はとてもではないが不可能だ。
 余りに非現実的すぎる……。
 果たして、人選は頂武の時と同じくすべきか、それとも……。
 スミルノフは今後の事に、思いやられずにはいられなかった。


―UNION領・経済特区・東京―

 家に帰宅したサジ・クロスロードは、街中のモニターで既に目にしてはいたが、改めてテレビを付ける。
[本日、世界各所に再び現れたCBですが、改めて現時点での最新情報をお送りします]
「CB……」
 アナウンサーが続けて言う。
[ガンダムの出現区域ですが、地上では、アフリカ、アイルランド、スウェーデン、中東、南米、インドネシア、オーストラリア……]
 次々に映像が切り替わる。
[衛星軌道上では、人革領及びAEU領で……]
 その多さにサジは驚きを隠せない。
「こんなに一斉に」
[ここで、ガンダムの現れた中東で不思議な現象があったという情報について、現地の池田特派員と中継が繋がっています。池田さん]
 すぐに画面が切り替わり、中東湾岸部のとある市街を背景にマイクを持った池田の姿が映る。
[はい、こちら池田です。私はこの港町に偶然居合わせ体験しましたが、恐らくガンダムと思われる機影が上空を超高速で飛び去った際、一瞬の間、頭に直接他人の声が響くように聞こえる、という現象がありました]
 続けて池田は苦い顔をする。
[こうして報道するには、俄には信じがたい事ですが、多くの市民にインタビューをした所、揃って同じ経験をしたというコメントを得ています。尚、通信機器も障害を起こした為、ガンダムとの関連性は高いと思われます]
 思わずサジは呟く。
「どういう事……他人の声が聞こえる? そんな架空の話みたいな……」
[詳細に関しましては専門家の分析が必要となると思われますが、今後もガンダムが出現した場合同様の現象が起こる可能性があるかもしれません]
 そこで元の画面に切り替わる。
[池田さん、ありがとうございました。この不思議な現象ですが、活動を再開したCBの動向と合わせてJNNでは新たな情報が入り次第……]
 そこへ携帯にメールが入った音がし、サジはそれを取り出して見る。
「ん。……姉さん。今日は遅くなる……って、CBが出たんじゃ仕方ないか」
 サジは仕事に追われて疲れた姿になって帰ってくる姉の事を思い浮かべ、メールの返信をした。


―UNION領・オーバーウイングス基地―

「いやぁ、どうにも、新型のガンダムは以前の物とは次元の違う性能だねぇ」
 大したもんだ、と六機のウイングのミッションレコーダーに記録された映像を解析しながらビリー・カタギリが苦笑して言った。
 壁にもたれかけるグラハムが腕を組んで悔しげに言う。
「一対六の数の差でありながら、いとも簡単にウイング三機を損傷させられた。しかもあの新型、GNドライヴを一基ではなく二基も積んでいるようだったが、よもやあれ程の性能とは」
 カタギリは片手で頭を抑えて言う。
「んー、でもこれは正直、単純にGNドライヴを二基積むだけではありえないスペックだよ」
 両手を広げてダリルも意見を述べる。
「そもそも相手するにはこっちの火器の威力が違いすぎるんですよ」
 フラッグファイターであった時は矜持を見せろと言っていたハワードも流石にこれには異論は無く、憮然とした顔で沈黙する。
 その開発を行っているカタギリは素直に現実を認める。
「残念ながら、その通りだね。最大出力のビーム六本を余裕で防がれ、ビームサーベルは完全に出力負け、おまけにこの放熱板のような遠隔誘導兵器を同時に10基も操るなんてどうなってんだか……」
 我慢できずにハワードが言う。
「終始ガンダムが手を抜いていたのも俺はどうも気に入りません」
 グラハムが目を閉じて頷く。
「全くだな。だが、そうでなければ、こうして文句を言うこともできなかったかもしれないのも事実だ。あのガンダムの女性パイロットには情けを掛けられたものだな」
 瞬間、カタギリ達は、は? という顔をする。
「ちょっとグラハム、もしかしてガンダムのパイロットと通信をしたのかい?」
 カタギリの問いをグラハムは即座に否定する。
「いや、していないが」
 いや、ってねぇ……とカタギリが呆れると、今度はダリルが尋ねる。
「どうして女性パイロットだと断定できるんです?」
「動きだよ。あのガンダムは女性的な動きをしていた。見れば分かる」
 言って、グラハムはカタギリの操作しているコンソールに触れ、映像を出す。
「どれどれ……」
 カタギリ達は改めてZガンダムの動きを見たが、
「あー……僕には全然分からないなぁ、二人はどうだい?」
 カタギリは諦め、
「分かりやせんぜ」
「分かりませんね」
 結局三人共分からなかった。
「分からないのか」
 グラハムの再度の質問に、カタギリがすぐ答える。
「分からないね」
 パイロットの性別が分かるのは君だけでいいよ、正直別にどっちでも関係ないし、とカタギリは心の底から思った。
 その後もしばらく対Zガンダム戦の感想を話し、ダリルが話題を出す。
「ところで、合同軍を結成するらしいですが、これからどうなるんでしょうか」
「合同軍結成そのものに意味がある」
 丁度後ろから杖をついてレイフ・エイフマンが現れて言った。
「プロフェッサー」
「エイフマン教授。わざわざこちらに来られなくとも」
 カタギリが片手を上げて言った。
「なに、新型のガンダムと直接交戦したと聞いてな」
「面目ない限りです」
 グラハムが謝るが、エイフマンは首を振る。
「気にする事は無い。機体は替えが効く。命があればこそじゃ」
 そこへ更に、ハナミが駆け込んで来て声を上げる。
「あっ、少佐達ご無事で! はぁー、良かったです」
 ホッと一人胸をなで下ろしたハナミに、グラハム達は思わず表情を和らげた。


A.D.2311、ガンダムは凡そ半年振りに世界にその姿を現した。
新型のガンダムは活動再開と同時にその圧倒的な性能を否応無く世界中に知らしめ、世界に再び楔を打ち込まんとする。
対して、三陣営はそれに呼応するように合同軍結成へと水面下で動き始めた。


―CBS-74プトレマイオス2・作戦立案室―

 世界同時多発ミッション終了後、そのブリーフィングを終えたスメラギ・李・ノリエガは、ほぼ自室と言っても良い作戦立案室で椅子に背を預けて大きめのモニターを見ていた。
 モニターには画面一杯の世界地図に複数のウインドウ。
 スメラギは特に中東地域に描かれた三つの楕円領域を見て呟く。
「トランザムによる意識共有現象……」
 ミッションプラン作成についてヴェーダから提示された条件はトランザムを使用し、オリジナルのツインドライヴから生成されるGN粒子を散布する事……。
 そしてこれは紛争の根絶には直結しない。
 スメラギはリボンズ・アルマークが呟いた言葉を思い出す。
(オリジナルのツインドライヴによって形成された高濃度GN粒子散布領域内における人の意識の拡張)
 恐らくヴェーダがこれを推奨するようになったのはリボンズがヴェーダにプランを提案したから……。
[スメラギ・李・ノリエガ、失礼しても良いかな]
 そこへ丁度リボンズが部屋の前に現れて通信を入れた。
 一瞬間を置いてスメラギが答える。
「ええ、どうぞ」
 扉が開き、リボンズが部屋に入る。
「失礼」
 スメラギは椅子から立ち上がってリボンズに振り向く。
「用件を、聞いても良いかしら」
「勿論。ヴェーダにプランを提案したのが僕だという予想が貴女には既についていると思ってね」
 言って、リボンズはモニターの方に一度目を向け、続ける。
「そのプランの目的について、話しに来たんだよ」
 スメラギは僅かに肩をすくめる。
「……奇遇ね。今丁度気になっていた所よ」
「なら良いタイミングだったかな」
 言って、リボンズは説明を始める。
「GN粒子には通信障害を引き起こすと言った複数の特性があるのはレベル4までの情報を閲覧できる貴女は当然知っている。
 だが、イオリア計画においてGN粒子の本質はガンダムの中核を担う粒子ではない。意識の伝達を可能とする原初粒子だ」
 スメラギが繰り返す。
「意識の、伝達……」
「オリジナルのツインドライヴのトランザムによって起きた現象、あれこそがその証拠」
 身を持って体験したスメラギが思い出すようにしているのを見て、リボンズはフッと息を吐き、更に口を開く。
「さて、本題だけど、僕がヴェーダに提案したのは、ツインドライヴによる全人類のイノベイターへの進化の促進だ」
 スメラギが顔を上げて、怪訝な表情をする。
 知らない事ばかり……恐らくはレベル7の情報。
「人類のイノベイターへの進化?」
「人類の到達すべき進化の先にある存在、イノベイター。簡潔に言えば、脳量子波を扱える人類さ」
 リボンズは淡々と言った。
「やはり脳量子波……。つまり、イオリア計画の中で、CBの武力介入は人類がそのイノベイターへ進化する為の布石だというの……?」
「そう考える事もできるだろうね」
 スメラギが目を見開く。
「違う……の?」
「合っているとも言えるけれど、それが全てでもないという事さ。必要性があると考えられてはいても、絶対ではない」
 スメラギが納得する。
「……そういう事ね。話しに来たのは、私が安心してミッションプランを立案するように……という所かしら」
「その通りさ。貴女は僕を余り信用していないだろうからね」
 リボンズは若干皮肉めいて言った。
 思わずスメラギが少し困った様子になる。
「それは……」
 平然とリボンズは口を開き、
「気にする必要はないさ。まあ無理もない。ところで……そんな所で立ち聞きしていないで入ったらどうだい、ティエリア・アーデ」
 徐に作戦立案室の前の扉を開けた。
「な」
 壁に立っていたティエリアは虚をつかれた。
 ティエリアはヴェーダを介してモニターから部屋の中を視ていた。
「ティエリア」
 スメラギが声を上げ、リボンズが余裕の表情で更に言う。
「僕が一体何者なのか、知りたいようだね」
「っ」
 ティエリアは一瞬表情をひきつらせ、少し間を置いて中へ無言で入った。
 なにこの状況、と思いながらスメラギは沈黙を貫く中、不審そうな顔でティエリアが問う。
「リボンズ・アルマーク、何故僕が知らない事を知っている」
 リボンズは両手を広げて言う。
「単純な事だよ。僕が君よりもレベル7の情報に多くアクセスできるからさ」
「やはり、レベル7の情報をっ!」
 声を荒げるティエリアに、やれやれとリボンズは言う。
「そんなに怒らないで欲しいな。マイスターハナヨも情報だけなら君よりアクセスできるよ」
 トライアルシステムの優先順位は下だけど。
「なっ」
 ティエリアは更に驚き、スメラギもそれには同じように驚いた。
「ただ彼女はヴェーダから課された守秘義務を忠実に貫いているから情報を話す事はまず無いけどね」
 リボンズが続ける。
「さて。ヴェーダに最初に生み出されたイノベイド……それが僕、リボンズ・アルマークだ」
 ティエリアとスメラギが驚愕に瞳を揺らす。
「な……最初のイノベイドだって……」「最初の……」
 フッとリボンズが笑う。
「言ってしまえばこれまでだね。スメラギ・李・ノリエガ、話の続きに戻るけど、僕達イノベイドは人類からいずれ現れるであろうイノベイターを模倣した存在。僕達の性格はともかく、脳量子波が扱えるというのは知っての通り、大体そういう事だと考えて貰えれば良いよ」
 そう、リボンズは一瞬ティエリアの方を見て言った。
 立て続けに言われたスメラギはそれらを飲み込むように言う。
「わ、分かったわ」
 色々あるけど、性格はともかくって……。
「そういう事だから、ティエリア、今後の武力介入は聞いていた通りさ」
 リボンズはティエリアにも言ったが、ティエリアは仏頂面で沈黙を貫く。
 そして、リボンズは作戦立案室から退室した。
「リボンズ・アルマーク……」
「まさか最初のイノベイドだったなんて……。だとすればレベル7の情報にアクセスできてもおかしくはないわ」
 スメラギが呟いた。
 そこでティエリアがやや下を向き、その胸中を呟く。
「スメラギ・李・ノリエガ、僕は……彼が本当にイオリアの計画に則っているのか、疑いを拭えない。
 QBという存在が彼らに接触した事によってイオリア計画に変化が生じたというのが僕を無性に不安にさせる」
「その気持ちは分かるわ、ティエリア……。彼はQBのように多くを語らないけれど、言っている事は理に叶っている。……いずれにせよ、私達はやるしかないのよ」
 スメラギはティエリアの肩に触れて声を掛けた。
「……分かっています。失礼します」
 言って、目を伏せてティエリアも部屋を後にした。
「イノベイター、もし本当に人類が進化するのだとすれば……。刹那、ロックオン、アレルヤ……」
 スメラギの呟きは空気に溶け込んでいった。









本話後書き
出来上がるまでに時間が掛かった割には、初回武力介入再開だけで大分字数を食われ、かなり冗長になった感があったり、その割にリジェネその他を省略したり、できればウイングをもう少し強くしたかったり、話の進展具合的に……と、色々反省です。
今まで作中に書いていませんでしたが、ブリジア議員=劇場版の女性地球連邦大統領でありまして、一応ここで説明させて頂きます。
また、ダブルオーセブンソード形態については00公式の00Vに画像が有り、ユニオンウイング=劇場版ブレイヴ一般用試験機、セラヴィー≒ラファエルガンダムに近い何か、と言った感じを想定しています。
更に、作中2ガンダムをZガンダムと呼んでおり、感想板で僅かに触れていますが実際の外観はリボーンズガンダム型のキャノンモードの変更無しバージョンのようなものを想定しています(武装は本話のリヴァイヴのメガランチャーやバスターライフルと言った形で適宜換装するような)。
Zガンダムというと可変する方だとは思いますが、可変的な意味ではアリオスが既にありますので、少なくとも飛行形態にはなりません。
8/5
少なくとも何らかのプトレマイオスの場面で終わっていないのが微妙だったので補足追加致しました、煩雑になり申し訳ないです。



[27528] 私マリナ・イスマイール。
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/08/21 04:05
―UNION領・経済特区・東京・JNN本社―

 JNN職員の大半が完全徹夜で迎えたCBの武力介入再開から翌日。 
「ぶ、部長! QBからのビデオメッセージが届きました!」
 血走った目の一人の職員が慌てて大声を上げると、フロアの職員達が皆ざわめき、部長がハイテンション気味に指でモニターを指差す。
「なにぃ!? すぐモニターに再生して見せろ!」
「は、はい!」
 職員がカタカタとキーボードを操作すると、フロアの壁に設置されている巨大モニターにビデオメッセージが再生され始める。
 そこに現れたのは椅子に行儀良く座るQBの姿。
[地球で生まれ育った全ての人類に伝えるよ。CBは戦争根絶の為に活動を再開する。この数ヶ月間、また君達人類は止めていた争いを始めたね。CBがいなければ、君達人類は争いを止めようとも思わないのかい? 君達人類はいつもそうだ。そうやって争いを繰り返してばかりいる事は分かっている筈なのに。僕らにしてみれば理解できないよ]
 職員達は唖然としてただただ不気味な赤い双貌をした生物が話すのを見上げる。
[僕らは何も君達人類が武力を完全に放棄することを求めてはいない。ただ、君達人類の国々の軍が正しく機能し、それで全ての争いが無くなりさえするなら、CBは武力介入をしなくて済むんだ。僕らは君達が賢い選択をする事を期待しているよ]
 メッセージ終了。
 少しして、我に返ったフロアの職員達は再びざわめき始め、このビデオメッセージを流すべきかどうか議論になったが、内容がどうあれCBの活動再開の声明として、JNNニュースで流す事となる。


―CBS-74プトレマイオス・ブリーフィングルーム―

[……武力介入をしなくて済むんだ。僕らは君達が賢い選択をする事を期待しているよ]
 ブリーフィングルームにてプトレマイオスクルーはJNNニュースで放送されたQBのビデオメッセージを無言で見た。
 ティエリア・アーデが最初に沈黙を破る。
「リボンズ・アルマーク、これはどういう事だ!」
 怒鳴られたリボンズ・アルマークは諦めの交じった様子で首を振る。
「残念だけど、僕は関知していないよ。間違いなく、QBがまた勝手にやったことだ。困ったものだね」
 そこへヒリング・ケアがティエリアとリボンズの間に入り、ティエリアにかなり近づき不快そうに言う。
「ティエリア・アーデ、リボンズに言いがかりつけるの止めてよね!」
「信用できない」
 憮然とした表情でティエリアが返した。
「それはあんたが勝手に疑ってるだけでしょ! 昨日もコソコソしてさぁ?」
「なに?」
 ティエリアの眉間に皺が寄り、ヒリングが更に挑発する。
「だって事実でしょ?」
「おぃおぃ、やめろって。お前らが争ってどうすんだよ。QBに笑われるぞ?」
 そこへ見かねたロックオン・ストラトスがため息をついて間に割って入った。
 ティエリアとヒリングが冷静にロックオンに顔を向ける。
「ロックオン、あのQBが笑う訳がない」
「そうよ。何言ってんの?」
 その冷めきった二人の表情にロックオンは、
「……確かに、ってそう言うことじゃねぇよ!」
 盛大に叫んだ。
「ロックオン……」
 ドンマイ、と微妙な空気の中心の中でアレルヤ・ハプティズムは呟いた。
 スメラギ・李・ノリエガが一応纏めるように言う。
「とにかく、QBの言い方はいつもの通りに世界の感情を逆撫したけれど、実際正論ではあるわ」
「ま、その通りだな。俺らが活動を止めた途端に世界の紛争は再開した」
 腕を組んだラッセ・アイオンが相槌を打った。
「本当にね……」
 アレルヤがしみじみと呟くと、他の面々も若干暗い顔になる。
 しかし、その空気を断ち切るように刹那・F・セイエイが真剣に口を開く。
「だから、俺達がいる」


―AEU領某国―

 外行きの服に身を包んだリリアーナ・ラヴィーニャは地下鉄の電車から降り、人の流れに混ざって地上出口に出た。
 ほんの少し周囲を見回して、タクシー乗り場のターミナルの方へと足を向ける。
「あれ……?」
 歩いていると、目線の先には、あるタクシーから降りて現れた見覚えのある人物の姿。
 リリアーナは思わず、小走りでその人物が背を向けてトランクを引いていくのに追いついて、声を掛ける。
「あの、こんにちは」
「ん」
 呼びかけられ、コートを着たその人物が振り返る。
 リリアーナを見ると少しばかり首を傾げる。
「こんにちは。……俺に、何か用かい?」
「え」
 予想していたのと違う反応にリリアーナは目を見開くが、すぐに何かに気がついたように焦り始める。
「あっ……こんな町中で話しかけるの迷惑ですよね。ごめんなさい。あの、私つい」
 困った顔で、その人物、ライル・ディランディが手で制す。
「いや、別に話し掛けるのは構わないが……俺を誰かと間違えてないか?」
「えっ……」
「俺には双子の兄さんがいてな……」
 リリアーナの口がポカンと開く。
「……じゃあホントに」
「当たりみたいだな。……しかし、そんなに似てるかい?」
 皮肉混じりにライルが尋ねると、リリアーナはみるみる顔色を変え、
「あっ、あの、人違いでした、ごめんなさい! 失礼します!」
 慌てて頭を下げ、即座に後ろを向いて一気に走り出した。
「ちょっと。って……何だアレ、速いなぁ」
 リリアーナはあっという間に人混みに紛れてしまい、ライルは驚きに目を丸くした。
 兄さんを知ってる……のか、何なんだか……。
 今どこでどうしてるのか知らないが、今の子とどういう接点が……?
 ライルは全く音沙汰の無い兄に、謎が増えるばかり。
「っと時間か」
 不意に腕時計を見ると、ライルは仕事に向かうべくトランクを引いてその場を後にした。


 場所は元々とある小さな教会であった所を改修した施設。
 そこは人知れず魔法少女達が集まり、その魔法少女によっては生活の場でもある。
 広間にはソファに座る三人の魔法少女の姿があった。
 JNNニュースの流れていたテレビが消される。
「CBの活動再開……」
 ウェーブのかかった長いブロンドの髪、外見的には20代に見える魔法少女、クロリス・エルンストが憂いを帯びた目で呟き、エプロンの裾を握りしめた。
 その呟きの一方、同じく外見的に20代に見える燃えるような赤い髪のポニーテール、やや吊り目の魔法少女、イリサ・ナルヴァは落ち着かない様子で組んでいた足を無言で組み変えた。
 十代前半の茶髪のショートカットの魔法少女、コリーン・リーベルトが弱々しげに呟く。
「わたし、正直不安だよ……。ニコラに続いてナタルまで円環の理に導かれて」
「言うな、コリーン」
「元気を出して、コリーン」
 そこへインターホンが鳴る。
 三人は揃って顔を上げ、真っ先にクロリスが立ち上がる。
「リリア」
 リリアーナは教会風の建物の門の所でインターホンを鳴らし、待っていた。
 すぐにクロリスが玄関から現れ、リリアーナは手を振る。
「しばらく振りです、クロリスさん」
「いらっしゃい」
 挨拶を交わし、リリアーナは門から中へと招かれ玄関扉へと向かう。
 現れたクロリスの表情には少し陰が落ちているように見えた。
「何か……あったんですか?」
 クロリスは玄関扉の取手に手を触れたまま停止する。
「……ナタルが、一昨日……円環の理に導かれたの」
「そんな……。この前ニコルさんが……」
「とりあえず、まずは中に入りましょう」
「……はい」
「今日はリリアが来るって皆知ってたけれど、その一昨日のせいで昨日から今いる以外四人は少し遠くに出てるの。ごめんなさいね」
「いえ、気にしないで下さい」
 二人が広間に到着すると、リリアーナはそこにいた二人とも挨拶をし、クロリスが紅茶を持って現れ、一息つく。
 紅茶の匂いで少し落ち込んでいた気分も落ち着き、ゆっくりとクロリス達は一昨日の事をリリアーナに話し始める。
「ソウルジェムの穢は問題は無かったけれど、ニコルが逝ってしまってから、それを直接見たナタルは少し精神的に辛そうだったわ……」
 クロリスに続き、コリーンが思い出すように言う。
「危なそう、って思ってわたし達も気に掛けてはいたんだけど……」
「一昨日、いつも通り魔獣と戦っていたら、魔獣を倒すのと同時に……唐突だったよ」
 イリサが言い、リリアーナは紅茶のコップの底を見るようにして声を漏らす。
「そう、ですか……」
 クロリスが手を額に当てる。
「それが私達魔法少女の宿命なのは分かってはいても、やっぱり何度見ても、見送る側は辛いものね……」
「太陽光発電紛争世代の魔法少女として乗り切って来たあたしやクロリスは平気だけど、空白の十年世代の魔法少女にはこの四年はかなり過酷だ。太陽光発電紛争世代で今生き残ってるのも当時魔法少女になった全体の一割ぐらいだろうさ」
 魔法少女の現実を認めているイリサは諦め混じりに言った。
 それを聞いて不安そうにコリーンが尋ねる。
「一割……。クロリス、イリサ、わたし……二人みたいに長生きできるかな?」
「心を強く持つのが大事よ、そうすれば長生きできるわ。生きたいと前向きに思ったり、やりたい事を考えたりするの」
 クロリスはそう言って、隣に座るコリーンの頭を撫でる。
「……うん」
 イリサがリリアーナに話を振る。
「リリアは最近はどうだ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。相変わらず効率悪いソウルジェムですけど」
 リリアーナが苦笑すると、クロリスが気にかける。
「本当に、リリアはそれが心配」
 続けてイリサが言う。
「いつも言ってるが、ここにはいつでも移ってきて良いからな」
「はい。後二年でハイスクールも卒業なので、もう少ししたら真剣に考えてみます。家を離れるのは何だかまだ決心が付きそうにないので……」
 14歳まで両親と住んでいた思い出のある家を離れるのはリリアーナにとっては決心をつけ難い。
「無理にとは言ってないし、よく考えれば良い。たまにこうして来るだけでも良いさ」
 軽く言うイリサにクロリスは突っ込みを入れる。
「そう言ってる割に、イリサはちょっと寂しいのよね」
「っ……わざわざ言うなよ」
 恥ずかしそうにイリサは小さい声で言った。
 そのまま淡々と会話が続く中、ふと、コリーンが尋ねた。
「あの……さ、イリサとクロリスはQBに対して、CBに協力するのをやめてって言ったり全然しないのはどうして?」
 少しの沈黙の後、イリサが遠い目をして答える。
「……意味が無いってのもあるが、QBに余り意見しないのが賢い魔法少女の生き方なんだ。残念ながらな」
「どういう事?」
「QBと契約してから、元に戻して欲しいとしつこく迫ったり、果てはQBに攻撃するような魔法少女の元にはQBは現れなくなる。そうすると、その魔法少女は自力で魔獣を探さないといけなくなるから大変になるわ。……基本的に私達魔法少女とQBは切る事はできても切ってはいけない関係なのよ」
 クロリスができるだけ穏やかにそう説明し、コリーンは納得する。
「そっかぁ……。じゃあ、例のあの人も300年もQBと関係を維持してるんだね……」
 イリサが唸る。
「そう、なるな。……けど、あの方は何ていうか、QBがいなくなったとしても関係なく戦い続けそうなイメージがあるから……」
「そうね。事情を聞いた事は無いけど、魔法少女は人の世の呪いである魔獣を狩り続ける存在……を地で行って300年の人だから」
 もうそういう次元の人じゃないわね、とクロリスは言った。
 そこでリリアーナが思い出して言う。
「たまに『あなたが復讐を心に抱いたまま魔法少女として消えるのが癪なの』って言われた時の事を思い出すけど、ほむらさんは一体何を願ったのか想像つかないな……」
 イリサは紅茶を一口飲み、少し上を見上げて言う。
「直接聞けば意外と教えてくれそうな気もするが、魔法少女として希望を抱いて戦い続ける事自体が願い、とかありそうだけど、何か違うな」
「色々思いつきはしても、それがとても300年戦い続けられるような願いだとは思えないのよね」
 クロリスは困ったような、微妙な表情を浮かべた。
 それぞれ最強の魔法少女について想像を巡らせたが、これといった答えは……出なかった。


凡そ半年超前、第三世代ガンダム四機は世界の大部分の紛争を停止に至らしめた。
それが新たに全て第四世代ガンダムとなり、機体数も地上・宇宙問わず四機を優に越えて常態的に出現。
圧倒的な質と数の双方を兼ね備えたCBに世界は為す術も無く、CBの活動再開から数日のうちに、再発していた世界の紛争は瞬く間に停止して行った。
そのような中、混迷の中東でのCBの新たなるミッションが実行される。


―中東・アザディスタン王国・王宮―

 マリナ・イスマイールとブリジア議員は王宮の応接室で対面していた。
「私達に求められているのは争いではなく、話し合いだと考えています」
「ええ、CBが活動を再開した今、世界は陣営の枠、国家間の枠を越えて自ら一つに纏まる必要があるでしょう。……QBに言われなくとも」
 ブリジアの言葉に今度はマリナが同意する。
「その通りだと私も思います」
「私は未だAEUの野党議員の一人にすぎませんが、中東の問題にいずれ世界全体で取り組むようになる、その足がかりになればと尽力して行くつもりです。今回は幸い、後援者の支えもあり食料支援と国境無き医師団の方々による医療支援を行う事ができています」
 マリナは心からの感謝の念を顔に浮かべ、ゆっくりと頭を下げる。
「ブリジア議員、アザディスタン王国を代表して感謝します。CBの出現にも関わらず、この国にいらして下さりありがとうございます。民も感謝している事でしょう」
 会話の途中、マリナの側近が近づき耳打ちをする。
「姫様」
 その内容を聞いて驚いたマリナは声を上げる。
「CBが?」
 一旦マリナはブリジア議員に事情を説明し、テレビを付けた。
 画面にはアザディスタン国境付近の中継映像が流れる。
 風が吹けば砂埃が舞う、乾いた地面がどこまでも広がる荒野。
[ご覧下さい、上空にCBの輸送艦の船影が滞空しているのが肉眼で確認できます!]
 マイクを持った池田特派員がカメラの前で話し、手で示すと、カメラはプトレマイオス2の方を向き、ズームする。
[全長約300m。巨大な船体が悠然と空に滞空しています]
 カメラははっきりとプトレマイオスの姿を捉える。
[依然輸送艦からガンダムが出撃したという情報は入っていません。……既にこの数日で、ガンダムの去り際、他人の声が頭に聞こえるという不思議な現象が世界各地で起こった事が確認されていますが、それも含め直接CBからの声明は出されて……]
 中継が続く中、ブリジアが呟く。
「CBは中東全域に対して牽制を……」
「こんな方法で……」
 そこへ今度は、シーリン・バフティヤールが慌てて応接室の奥から現れマリナの側近に端末を渡す。
 それを見て年老いた側近は驚き、マリナに再び近づく。
「姫様、CBからメッセージでございます」
 マリナは端末に映るソレを見て、思わず声を上げる。
「刹那……?」

 マリナ・イスマイール、貴方の心の声を、想いを。
 アザディスタンに、中東に、世界に、伝えて欲しい。

 そうメッセージには書かれていた。
[ご、ご覧下さい。今まさに、CBの輸送艦からガンダムが出る模様です!] 
 画面には拡大されたプトレマイオスの艦首のカタパルトデッキが展開される姿。
 間もなく、一機のガンダムが出撃する。
 それは、刹那の乗る、非武装のダブルオーであった。
 その後続けてケルディム、アリオス、Zガンダムが出撃し、カタパルトデッキは閉じられた。


[刹那、お前のミッションだ。行ってこい]
「了解」
 ロックオンからの通信に簡潔に返答し、刹那はダブルオーと共にアザディスタンの王宮へと向かった。


 ……数日前。
 世界各地での武力介入後、刹那はスメラギの元を訪れた。
「どうしたの、刹那。珍しいわね」
 全く視線を逸らさない刹那にスメラギは怪訝な表情をする。
「スメラギ・李・ノリエガ、俺からミッションプランがある」
 一瞬の間。
「……せ、刹那。あなたがミッションプランを?」
「そうだ。これを」
 言って、刹那は情報データの入ったクリスタルキーを渡す。
 意外すぎる、と思いながらスメラギはそれをコンソールに差し込み、ミッションプランのデータを表示した。
「……え? 刹那、これは」
 表示された内容はかなり少なく、なぜならそれは武力介入のミッションでは無かった。
「俺達のガンダムなら、それができる」
 そして次の瞬間。
 表示された刹那のミッションプランを許可するヴェーダからのメッセージウィンドウが現れた。
「ヴェーダ!」
 スメラギは思わず息を飲み、
「……分かったわ。このミッション、やりましょう。丁度数日後からのミッションに合わせられるわ」
 振り返って言った。
 まさか、刹那の方からこんなミッションを考えて来るなんて……。


「姫様、ガンダムはこの王宮に向かって近づいて来ているようです。もしもの時の為にすぐに避難を」
 焦り気味の側近の言葉にマリナは首を振る。
「いいえ、来るのを待ちます」
 ブリジアがマリナに尋ねる。
「皇女殿下、それは?」
「……CBはこの国に武力介入に現れる訳ではありません。不思議な現象を起こしに来るのだと思います」
 マリナはとても落ち着いた様子でそう、答えた。
 ブリジア議員にも避難しては、とマリナの側近は言ったが、ブリジアはそれを辞退して自身もガンダムがこの王宮に現れるのを見届けると答えた。
 そして、間もなくダブルオーがアザディスタン首都上空にその姿を現し、まっすぐ王宮に向かってくる。
 マリナは王宮のテラスに出て、ダブルオーの姿をその目に捉えた。
「刹那……」
 ダブルオーは王宮広場の真上に静かに両腕を広げて停止した。
 刹那は、王宮のテラスに胸に手を当てたマリナが出ているのをモニターで確認し、
「マリナ・イスマイール……」
 そう呟いた時、ダブルオーを見上げるマリナが僅かに頷いた。
 それを見て、刹那はコンソール右横の中央のスイッチ二つを押す。
「トランザム!」
 GNドライヴが駆動音を上げて機体全体が紅く輝く。
 瞬間、二対のGNドライヴから巨大な二重円が放出され、莫大な量のGN粒子がアザディスタン王宮を中心として周囲へ広がってゆく。
 刹那はマリナに向けて、心の声を飛ばす。
《マリナ・イスマイール、声を、想いを!》
 マリナはその心の声に乗った想いを受けて、強く、そして穏やかに、想いを心の声に乗せて言葉を紡ぎ始めた。
《アザディスタン第一皇女マリナ・イスマイールです。皆さん、どうか、聞いて下さい……》
 マリナ・イスマイールの争いに対する悲しみと、平和への強い想いは、改革派・保守派の宗派の枠を超える。


―CBS-74プトレマイオス2・ブリッジ―

 ブリッジのメインモニターにはダブルオーがアザディスタン王宮でトランザムを終え、光が収まった姿が望遠で映る。
「ダブルオー、トランザム限界時間です」
 フェルト・グレイスが報告すると、スメラギが頷く。
「ファーストミッション、終了ね」
 ダブルオーがすぐに王宮の上空へと去っていく映像に一人ホッとした様子のスメラギにクリスティナ・シエラが微妙な顔で尋ねる。
「スメラギさん、このミッション、本当にやって良かったんですか?」
「クリスはこのミッション反対だった?」
 クリスティナは戸惑い気味に言う。
「別にそういう訳じゃないですけど……今まで私達がやってきたミッションと全然違いますし……」
 ブリッジの扉付近の壁際でモニターを見ていたリボンズが口を開く。
「刹那・F・セイエイの提案したミッションは、ガンダムがただの兵器としてのモビルスーツではなく、本当の意味で紛争根絶を体現する存在である事を世界に示して見せたのさ」
 その説明にクリスティナ達は納得した風になり、今度はリボンズの反対側の壁際にいたティエリアが呟く。
「刹那が……」
「トランザムで人と人の想いを繋ぐ……か」
「何か、良いミッションすね」
 ラッセとリヒテンダール・ツエーリがそれぞれ言い、
「私も、そう思うわ」
 スメラギも同意した。
 そこでリボンズはフッと笑い、扉を開けてブリッジを後にした。
 ティエリアは咄嗟にその後を追い、通路でリボンズに背後から声を掛けようとするが、先にリボンズが背を向けたまま答える。
「僕は刹那・F・セイエイに何も吹きこんでいない。彼が自分で考えた。これで良いかい、ティエリア・アーデ」
「ッ」
「そういう意味では、最初にイノベイターに革新するのは彼かもしれないね。……失礼するよ」
 そうであれば、僕がソラン・イブラヒムをガンダムマイスターに推薦したのは正解になるかな。
 言って、リボンズは通路を進みイアン・ヴァスティの元へと向かった。
 プトレマイオス2の開発室に入ると、イアンがコンソールを叩き、丁度開発を進めていた。
「やはり換装できるようドッキングのシステムをダブルオーの方にも搭載せんとならんなぁ」
 イアンが呟くと、モニターに映るシェリリン・ハイドが言う。
[師匠、セファーラジエル第五形態みたいにGNセファーみたいの沢山付けましょう! そしたらきっと凄くなりますよ!]
「ん、そうだなぁ、元々ダブルオーはラジエルの設計を元に作っとるから相性は良いか」
 イアンが納得すると、シェリリンは両手を広げる。
[イメージは天使の羽って感じでブワァァーっと]
「だが、技術の向上でもうセファー程大きくせんでも良いと思うが……」
[視覚的に目立った方が良いですって!]
「分からんでもないが……ふむ、なら全部超大型ビットにするなんてのもアリか。それなら2ガンダムにも転用できそうだ」
[良いですね、超大型ビット! あ、リボンズさん!]
 そこでようやくシェリリンがリボンズの姿に気づき、イアンも振り返る。
「おぉ、リボンズ。今ダブルオーの追加ユニットのイメージを考えとる所だ」
 リボンズは少し苦笑して言う。
「盛り上がって、いつの間にか火力の強化の話になってるけど……GN粒子の散布を優先するのを忘れないで欲しいね」
 これ以上火力を強化しても使いどころは早々無いし。
「そこは、大丈夫だ」
[安心して下さい。ヴェーダの仮想空間データなら材料一切使わないので!]
 言外に、火力の追求はやめないと言い切ったシェリリンに流石のリボンズも呆れ気味に返答する。
「まぁ……それなら好きにして良いよ、シェリリン・ハイド」
[了解!]
 そこでやっと思い出したようにイアンが尋ねる。
「そうだ、刹那のミッションは終わったのか」
「その通り。問題なく終わったよ」
 敢えて聞かなかった訳ではないんだ……とリボンズは思ったが顔には出さなかった。
 それから少しばかりしてプトレマイオス2に帰投した刹那は格納庫でダブルオーからワイヤーを伝って降りて行く。
 その途中、マリナの声が刹那の心の中で復唱される。
(自分の中にある幸せを他者と共有し、その輪を広げていく事が本当の平和に繋がると私は考えています)
 それがあなたの答え……。
「だが、俺は……」
 刹那の脳裏に別の声が想起される。
(それも一つの選択肢)
(何を以て、本当に正しいのか間違っているのか、それは分からない。けれど、少なくとも悪意を持って為す事は間違っていると私は思う)
(だから、あなた次第よ)
 あなたがその道を模索し続けるというのなら……。
 俺は、俺の方法で戦い続ける。

 その日、他三機の機体もミッションを終えてプトレマイオス2への帰投後、変わらずプトレマイオス2は中東地域上空を光学迷彩を展開せず、悠然と飛行を続けた。
 この数日で圧倒的な性能を見せつけた事により、三陣営から軍が派遣されて来る事は無かった。
「ヴェーダからの報告です。ダブルオーのトランザム後、アザディスタン首都での小規模テロ及び暴動は未だ今日は全く起こっていません。その他の中東国家でも、いつもよりテロ発生数が四割減少しています」
 クリスティナがそう報告し、メインモニターに中東の地図が現れ、小規模テロ発生のデータが詳細に表示される。
「こいつは凄いな」
 ラッセが腕を組んで感心する。
「刹那のミッション、かなり効果あったみたいっすね」
「うん、ホント……凄い」
 クリスは素早く両手を動かしながらも驚きの声を漏らし、フェルトは驚きに目を瞬かせ、スメラギも呟く。
「ええ、本当に……」
 これは私も、ヴェーダさえ予測していなかったわ……。
 そこでスメラギは更に言う。
「私達が中東圏に常駐している事も抑止力として効果は出ているようね」
 予測通りなら、しばらくは良いけれど、問題は国連軍が結成されてから……。
 でも、それすらもこのトレミーなら……。


―UNION領・オーバーウイングス基地―

 レイフ・エイフマンは基地の自室で、腕を組んでJNNニュースをつけていた。
[本日、中東地域を周回し続けているCBの輸送艦ですが、出撃したガンダムの一機が現在ブリジア議員が訪問中のアザディスタン王国王宮に現れました。この映像はアザディスタン王宮で撮影されたものです。映像に若干の処理を施しましたが、強烈な光を発しますので予めご注意下さい]
 そう報道するアナウンサーから画面が切り替わり、ダブルオーのトランザムの記録映像が流れる。
 ある程度発光を抑えられてはいるが、それでも強烈な発光の映像まま、アナウンサーが言葉を続ける。
[この際、他人の声が頭に聞こえるという不思議な現象がアザディスタン首都一帯で発生した模様です。情報によるとアザディスタン第一皇女マリナ・イスマイールの平和への想いが市民に届いた……そうです。この件に関して、アザディスタン王国から公式メッセージが出ています。『第一皇女マリナ・イスマイールに王国を代表し、国民への呼びかけを求める』との内容のメッセージがCBから王宮に届いた、との事です]
 そこでトランザムの映像は中断され、アザディスタン王国首都の映像が映る。
[また、ブリジア議員の公式メッセージによると『是非、全世界の人々に伝えたい言葉、想いでした』と述べられています。そして現在、アザディスタン首都は非常に落ち着いており、テロ、暴動は確認されていません。この詳細についてはJNNではまた後日、近日中のブリジア議員の帰国に合わせ特集を組み……]
 エイフマンは徐に音量を下げ、キーボードを操作し、別のウインドウを開く。
「ガンダムの起こす特殊な現象……」
 まず間違いなくGN粒子による人間の脳量子波の拡張……そして意識の伝達。
 GN粒子の本質についての研究通りか……。
 しかし、本当にこのような事が可能とは。
 エイフマンはハナミが送られて来て以降、個人的にGN粒子についての本質に迫る研究を続け、結果としてその殆どを予測していたが、当然ヴェーダの監視下にある為、それを軍や世間へは一切公表していなかった。
「しかし……げに恐ろしきはやはり、イオリア・シュヘンベルグかな」
 その呟きは室内にポツリとこだました。


―AEUスイス・国際空港―

 空港のゲートを通り、中東訪問を終えたブリジア議員一行がAEU領に帰国した。
 ブリジア達が姿を表すと待ち構えていた大量の報道関係者が一斉にカメラのフラッシュを炊いて出迎えた。
 一行が空港すぐ付近の記者会見用に手配された建物に移動する途中、マスコミがインタビューを試みようと質問を投げかけたが、それらは「この後すぐ、今回の中東訪問について記者会見を行います」というコメントによって退けられた。
 そして、一行は移動と準備を済ませ、場所は記者会見場。
「まず、今回私達の大変有意義なものとなった中東諸国訪問に支援をして下さった皆様に心より感謝を申し上げます」
 ブリジアはそう言って、頭を下げ、続けて話を始める。
「実際に中東諸国を自身の目で直接確かめて初めて、様々な事が見えました。それにより今後の中東諸国の抱える問題について、世界規模で取り組むべき方向性というものも少なからず見えて来たように思います。……ひとえに中東諸国と括るのは簡単ですが、それぞれ国によって状況には大きく差があり、抱える問題も異なります。例えばリチエラ王国を例にとればまず……」
 ブリジア自身の口から中東諸国訪問についての総括がしばらくの間述べられて行く。
「最後に、数日前からネットワーク上で話題になっている丁度訪問をしていたアザディスタン王国でのガンダムが現れた事についても話をしたいと思います。私達が居合わせたのはまさに偶然という他ありませんでしたが、例の不思議な現象を私も身を持って体験しました。上手く言葉で表現するのは難しいですが、既に色々な方が表現しているように、声に乗せてその人がどういう感情を抱いているのか、はっきりとその想いが直接伝わって来る、というのが近いように思います。心の声が頭に響いた瞬間は戸惑いましたが、マリナ・イスマイール皇女の争いに対する悲しみと、人々の平和を強く願うその想いが言葉に乗って、普通では中々伝わないだろう所まで、深く心に響きました。『自分の中にある幸せを他者と共有し、その輪を広げていく事が本当の平和に繋がる』……このようなに皇女は伝えられましたが、私はこの考えに心から賛成です。言葉だけで皇女の感情を伝えられない事が残念ですが……とても穏やかで優しさに溢れていたように思います。……これを以て私からの総括は以上とさせて頂きます」
 会場に拍手が鳴り響き、マイクを持った司会が言う。
「ここで、ブリジア議員に同行し、医療活動に尽力された国境無き医師団の代表、ドクター・テリシラ・ヘルフィからもコメントを頂きたいと思います」
 打ち合わせ通り、テリシラ・ヘルフィが現れ、礼をして、ブリジアの隣の席に座った。
「紹介に預りました、国境無き医師団代表のテリシラ・ヘルフィです。ブリジア議員からの総括と被る部分もありますので、必要と思われる事についてコメント致します。医師として、やはり実感したのはまず、諸外国からの食糧支援の途絶による影響を受けての、栄養失調が深刻な状態の患者の多さです。早急にこの点は特に重点的支援を行う必要があると……」
 コメンテーターとしてテレビに何度も出演しているテリシラは慣れたように医療の視点から中東に必要な事を次々に述べて行った。
 ブリジアに続き、テリシラも総括を終えた所で一旦途中休憩を挟んだ後、報道関係者からの質問に移行する。
 次々と報道関係者が質問を行い、それらに回答がなされて行く。
「ブリジア議員、中東ではガンダムを何度か目撃したと思われますが、アザディスタンで先程述べられた現象を体験した事を踏まえ、活動を再開したCBについてはどう思われますか」
 その質問に対し、ブリジアが答える。
「新たなガンダムは以前の完全な兵器としてではなく、人と人との心、意識を繋ぐ事もできるという一歩進んだ印象を受けました。その点ではあの現象を実感した一人としては何か世界に変化をもたらすのではないか、と期待したいと思う部分もあります。ですが、散々議論されている通り武力による紛争の抑止というCBの行動が世界から見てテロである事には変わりません。やはり一定の評価はできても、容認はできません」
 その回答に質問者は、
「ありがとうございました」
 言って、席に座る。
 続けて、次の質問がされる。
「ドクター・テリシラ、ガンダムが引き起こす不思議な現象について、医学的見地からはどういうものであると推測されますか」
「一応この場で答えられる範囲で簡単に説明を。……一般的な脳量子波理論において生物は常に微弱な脳量子波を発しているとされていますが、ガンダムの発光する現象は人間の脳量子波に何らかの影響を及ぼして引き起こされる可能性があると考えられるでしょう。もし実際にそうである場合、脳量子波理論関連は各研究機関の機密情報に分類されている為、一般への情報開示は厳しい物となります。しかし、実際に不思議な現象が起こったとはいえ、解析するとなると全く未知の現象だというのが現状でしょう」
 そこまでで、テリシラは回答を終えた。
 その後も幾つも質問がされ、記者会見は数時間をかけて終了した。
 テリシラはブリジアと中東訪問について改めて互いに感謝を述べた後、別れた。
 そして国境無き医師団のスイス支部にて、今回同行していた医師達と挨拶を交わし、テリシラはアメリカへと戻るべく再び飛行機に乗った。
 その機内にて、テリシラはヴェーダにアクセスしながら思う。
 予測していた通り、CBを直接見る事になったな。
 ……情報はヴェーダから得ていたとはいえ、実際にあの現象は体験してみなければ中々分からないだろう。
 しかし、意識の共有を起こせたとしても、中東の問題を根本的に解決するのはCBでは難しい。
 やはり、世界の側が動かない事には……。
 ヴェーダからの情報によれば、もうそろそろ、ようやく国連軍が結成される筈だが……中東が安定に至るには茨の道になるのは間違いない。


その後、プトレマイオス2は常態的に中東地域を飛び回り続けた。
全域に対する牽制を行いながら、ガンダムが出撃すれば変わらず武力介入を行うのも変わる事無く。
……そして。


―UNION領・国際連合議会場―

 壇上で三陣営のトップが手を取り合っている中、その一段下で国際連合議長が声明を述べる。
「活動を再開したCBによって、既に度重ねて武力介入が行われています。彼らの行動によって、世界に起こる紛争が減少しているのは事実です。しかし、記憶に新しい2308年から計り知れない影響を及ぼしたCBショックを我々はまた繰り返す訳にはいきません。そして、彼らの行動がどうあってもテロ行為である事に変わり無く、我々はそれを認める訳にはまいりません。この状況に対し、UNION、人類革新連盟、AEUは軍事同盟を締結。国連の管理下で合同軍を結成し、陣営と国家の枠を超え、一丸となって世界の和平実現の為の軍事行動を行っていく事をここに宣言致します!」
 議会場に揃った各国家群首脳達は一斉に手を叩き始め、盛大な拍手が沸き起こる。
 議会場外では池田特派員がカメラの前で中継を行っていた。
「三つの陣営が、国連管理下で軍事同盟を発表しました。これにより、史上最大規模の国連軍が誕生することになります。中東はどの陣営にも所属していませんが、今後中東を交えて世界が変化を見せていくのか、その鍵となるのはやはりCBなのか、世界情勢からは目が離せないものとなりそうです」


かくして、三陣営合同軍が成り、CBの計画は第一段階が達成される。
そして、新たな歯車が回り始めるのか。
国連軍の前に、プトレマイオスがその真の能力を解放するのか。
リジェネ・レジェッタの出番はあるのか。



[27528] トレミー「俺TUEEEEEEEE!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/08/30 15:58
 QB。
 その本当の名をインキュベーターという。
 彼らは広大な宇宙の中から地球人類を感情エネルギーを回収しうるエネルギー源として見いだした。
 しかし、QBはそれ以来人類だけをその唯一の回収源と定め、人類と同様にエネルギー源となりうる可能性がある他の惑星の生命体を探し続けていなかった訳ではない。
 そのようなリスク分散は合理性そのものを体現するようなQBにとって考えるまでもないのは明白。
 故に、QBは宇宙空間各地に独自の方法によって常に探索に動いている。
 CBの進める地球人類の全イノベイター化計画は遡れば全てはQBがCBの計画に介入した事に端を発している。
 イノベイターへと覚醒した人類は強力な脳量子波を操る事ができ、高い相互理解能力を持ち、問題を争いではなく対話によって解決する傾向があると、イオリア・シュヘンベルグの計画の中ではそうだとされている。
 地球人類のイノベイターへの変革の過渡期を経て、全地球人類がイノベイター化し切った場合、地球で発生する魔獣の数は確実に減少する。
 当然、そうなればQBの感情エネルギーの回収率も必然的に減少する。
 人類有史以来、文明に関わり続けているQBにしてみれば、今や数十億に膨れ上がった人類から生み出されている日毎感情エネルギー総量は遙か過去に比較すればその比ではない。
 しかし、常にできる限り効率性を上げ、合理的に感情エネルギーを回収するのがQB。
 そして、QBにとって人類が依然としてエネルギー源たるのは厳然たる事実。

 とある魔法少女によって宇宙が改変される前、魔法少女にはグリーフシードと呼ばれるソウルジェムが変化したものと密接な関わりがあった。
 まるでそのグリーフシードのような外観をしたものが改変後の現在の宇宙にも存在していたのだ。
 それは直径三千万kmの異星金属生命体の集合体。
 黒く巨大玉葱のようなソレがとある宇宙空間を放浪するのをQBは見つけていた。
 彼の異星金属生命体は極めて強力な脳量子波を発する。
 QBが彼らの事情を観察する事により知ると、ある一つの計画が浮上した。
 イノベイターとなった地球人類に対し、外宇宙からの未知の生命体をあてがい、それが極めて強力な脳量子波を指向性を持たせて放出した場合果たしてどうなるのか。
(このまま放っておくと近いうちいずれ彼らが自然に地球へ辿りつく可能性は高い)
(そこで彼らに人類の性質について最低限の情報を提供しておけば、イノベイターの脳量子波に干渉する大きな存在となりうるだろう)
(タイミングは図る必要があるね)
(僕らが手引きした場合人類は僕らに怒りというものを覚えるだろうけど、彼らが自力でたどり着いた場合は仕方ないよね)
(それに、僕らが彼らに情報を教えなければ地球には甚大な被害が出るだろう)
(だとしたら、これを利用しない手はないじゃないか)

人類の預かり知らぬ所で、QBの影が蠢く。


CBの地上部隊としてのガンダム輸送艦プトレマイオスが中東圏の高度上空に堂々とその姿を晒して現れ、そして国連軍が結成されてから凡そ二ヶ月。
その間、CBは中東圏を基点として世界各地の武力介入を行い続け、その影響は急速に世界の紛争及びテロ組織の活動の縮小となって現れた。
更にそれだけに止まらず、オリジナルのGNドライヴを積んだ五機のガンダムは世界各地を飛び周りながら頻繁にトランザムを始動させて移動する事により、高濃度GN粒子散布領域を発生させ人々の意識を繋ぐという超常現象を引き起こすようにもなっていた。
アザディスタン王国第一皇女マリナ・イスマイールが平和を願う想いを首都に伝え、争いを鎮めたという出来事に端を発し、ガンダムが引き起こすその現象に遭遇した人々は流れ星に願いをするかのように、平和への想いを抱くようにするという社会現象が起き始め、連日ニュースでも取り上げられるようになっていた。
武力介入というそれ自体テロと呼べる行為を繰り返すCBのガンダムに対する世論は、意識共有現象によって微妙な揺らぎを見せ始めていたが、結成された国連軍はどうあってもCBを認める訳にはいかないのだ。
CBショックの悪夢を繰り返さない為に世界が一つに纏まろうとしている事を示す為には。


―中東圏国境付近・AEU軍前線駐屯基地―

 ゲイリー・ビアッジことアリー・アル・サーシェスは空を見上げて呟く。
「さぁて、化け物みてぇなガンダムとその調子こいた輸送艦とようやく戦えるって訳だぁ」
 正直別に嬉しくはねぇがな。
 幾らこっちにもGNドライヴがあっても、流石にあの性能差だぁ。
 あの輸送艦も見立てでは下手すりゃガンダムよりヤバイ兵器になってるかもしれねえってのに、また結局物量作戦とは芸がないというかぁ、まあ、それ以外に方法がないのも確かに事実、ではある。
 お偉いさん方が世界に宣言したからとはいえ、さてはてどうなることやら。
 慈悲深い事にガンダムさんは兵士殺しがお嫌いだ。
 あのクルジスのガキがそのガンダムに乗ってるってのは全く、癪に触るがな。
 その一方で、カティ・マネキンは管制室でスクリーンを見ていた。
「この配置をしてもCBは動かないつもりか……」
 つまり、それだけの余裕があるという事。
 AEU・UNION・人革連の三軍各方面からの中東圏国境地帯の包囲。
 攻撃を仕掛けた瞬間、空域を離脱するか、迎撃に入るか……。
 せめてあの輸送艦さえ叩ければ良いが、この作戦、敵は十機にも満たないMSに一隻の輸送艦だけにも関わらず、CBの余裕を考えると、とても作戦が成功するとはおもえん……。
「大佐、我が軍の作戦開始時刻です」
 オペレーターが報告した。
「これより、作戦を開始する!」


―中東圏砂漠地帯上空・プトレマイオス2・ブリッジ―

 人の住まない砂漠の広がる地域にプトレマイオスはいた。
 クリスティナ・シエラが報告する。
「国連軍各MS部隊、発進しました」
「こちらも作戦開始といきましょ」
 スメラギ・李・ノリエガが宣言すると、各員が応答する。
「了解」「了解です」「了解っす」「了解だ」
 最後にラッセ・アイオンが言うと、リジェネ・レジェッタの顔がモニターに映る。
[スメラギ・李・ノリエガ、こちらはいつでも構いません]
「了解よ。お願いするわね」
[もちろんです]
 言って、通信が切れた。
「さあ、トレミーがここからテコでも動かない事を証明するわよ!」
 プトレマイオスのガンダム格納庫ではなく、そこから遠くない所に四ヶ所のMSのコクピットを模した部屋がある。
 パイロットスーツを着たリジェネ・レジェッタ、ヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバル、アニュー・リターナーの四人は各自その部屋で待機していた。
 その部屋の正体は脳量子波同調システムを実装した砲撃室。

 グラハム・エーカーらUNION軍MSパイロット達はMS形態のウイングに乗り、一路目標へとその先頭を進んでいた。
[全モビルスーツパイロットに通達。各指定ポイントに到達後、1400に敵輸送艦及びガンダムへの三方向同時ミサイル攻撃を敢行されたし]
「作戦内容は心得ている」
 そう、グラハムは管制室からの通信に独りごちた。
 そしてUNION軍ではウイング部隊の後続にフラッグ及びリアルド、AEU軍ではコネクト部隊の後続にイナクト及びヘリオン、人革連軍ではGNティエレン部隊の後続に、ティエレン全領域対応型がプトレマイオスを指定ポイントでモニターに捉えた。
 全MSは携行してきたミサイルユニットの発射準備に取りかかり、予定時刻1400に至った。
[全機、ミサイル発射!]

「さあ、どう出る。動かず、ガンダムを出さないならば例の防御システムで防ぎきるのか」
 管制室でマネキンが呟いた。
 砂漠の空に、一ヶ所に向けて数百のミサイルが発射される。
 一切の動きを見せないプトレマイオスは、その時ようやく動いた。
「脳量子波同調、システムオールグリーン。GNビット、射出」
「ゲイゲキカイシ! ゲイゲキカイシ!」
 四人のイノベイドが同時に僅かに口元をつり上げると、複数の数字が浮かび上がって表示される操縦桿を動かした。
 プトレマイオスの外壁装甲が次々に開放され、計156基のGNビットが一斉に飛翔する。
「そう来るかCなんたらぁッ! やっぱただの輸送艦じゃねぇよなァッ! とんでもねぇ兵器だァ!」
 予想していたサーシェスの狂気と狂喜に満ちた叫び声と共に、砂漠の三ヶ所の空で盛大な爆発が発生し始めた。
 その目の虹彩が輝く四人は全領域映像を捉えながら縦横無尽にGNビットを操りプトレマイオスに迫るミサイル群を粒子ビームで次々に爆散させて行く。
 僅か数秒後。
 静寂が訪れた。
「ミサイル全弾、撃墜されました!」
「例の特殊武装ッ! ッく、構わん、作戦続行!」
「り、了解!」
 マネキンは指示を出し、片手で机を叩きつけた。
「あれは断じて輸送艦などではない……戦艦だ」
 何だあの特殊武装の数は……ッ!

「敵MS接近、数各34、32、33。総数99機、GNドライヴ搭載型です」
 フェルト・グレイスが報告すると、スメラギがすぐに指示を出す。
「下部コンテナからガンダム各機直接出撃、迎撃を。四人は火気管制の操作を継続」
「了解です。下部コンテナオープン。ダブルオー、ケルディム、アリオス、セラヴィー、出撃します」
 クリスティナの操作に従って、下部コンテナが開き、ガンダム四機が出撃した。
「アイハブコントロール。……それにしてもガンダムも大概だけど……このプトレマイオスも酷いな……」
 微妙な表情を浮かべながらアレルヤ・ハプティズムが呟いた。
《それより、分かってんだろアレルヤぁ?》
《ああ、分かってるさ……。マリーが来ている》
《そうだ。それでどうする。あのポンコツを戦闘不能にした後、マリーごと鹵獲でもするかぁ?》
《できる訳》
《だが、そうでもしなきゃ超兵のあいつは何度でも来るぜェ?》
《しかし、マリーの意志は》
《ありゃマリーじゃねぇだろ。上書きされた仮の人格だぁ》
《確かにそうだが》
《うだうだ言ってねぇでやりゃいんだよ! 相棒の仲間お得意の対話とかいう真似ごとでもなんでもよぉ!》
 そうハレルヤはアレルヤに叫んだ。
 刹那の真似……か。
 確かにトランザムの現象なら脳量子波遮断スーツも関係ない。
「だがまずは、迎撃に専念する」
 言って、アレルヤは操縦桿を動かした。

 間もなく、再び一方的な戦闘が始まった。
 プトレマイオスの上にケルディムは位置取り、GNライフルビットを一斉に射出する。
「ハロ、盛大に狙い撃つぜ!」
『狙イ撃ッテ! 狙イ撃ッテ!』
 既に156基あるGNビットに、更に10基の遠距離狙撃型のGNビットが空に加わり、三方向に向けて粒子ビームを発射し出した。
 UNION軍に向けてセラヴィーが飛ぶ。
「僕にも脳量子波は使える! セラヴィーッ!!」
 ティエリア・アーデはそう声を上げて虹彩を輝かせ、GNビットを射出する。
 AEU軍に向けてダブルオーが迫る。
「ダブルオー、目標を駆逐する!」
 人革連軍に向けてアリオスが飛翔する。
「アリオス、迎撃行動に入る!」

 迎撃というには余りに苛烈なソレは、攻める側の国連軍にとっては悪夢だった。
[全ウイングファイターに告ぐ! 全て避けて見せろッ!]
 グラハムはそう自身含め34人の全ウイングファイターに鼓舞するように告げ、巡航形態で変態機動を見せながら粒子ビームの嵐を掻い潜りセラヴィーへと向かって行く。
 その後ろ姿を見てダリル・ダッジが呟く。
「隊長……」
 言いたいことは分かりますが……。
[ダリル、隊長に遅れを取るなよ!]
 そう思った瞬間、ハワード・メイスンからの通信が入り、
「了解ッ!」
 この小尉に昇格した准尉も大概だ! とやけくそ気味に返事をして地獄のような光景の広がる先へと後を追った。
 相変わらず手加減した砲撃と言えど、尋常ではない数放たれるその粒子ビームに接近するMSは次々と被弾し、戦線離脱を余儀なくされて行った。
「その放熱板の一つでも貰い受けるぞガンダムッ!」
 グラハムは阿修羅のような表情でセラヴィーに迫りながらトライデントストライカーを連射する。
 そこへセラヴィーの周囲に纏わりつくように飛ぶ十数のプトレマイオスのGNビットがその連射を防ぎ、即座に接近を邪魔するように粒子ビームを次々に放った。
「くぅッ!」
 ウイングは機体の進路を大きく逸らし、ローリングしながら宣言通り全て避けてみせる。
《あのUNIONのエースパイロット、相変わらずだね》
《戦闘中に話しかけるなリジェネ・レジェッタ!》
 そう頭に話しかけてくるリジェネに叫び返し、ティエリアは粒子ビームの中を潜り抜けてくるウイングと交戦を開始した。

 アリオスが飛翔する方角ではヒリングの操るGNビットが猛威を奮っていった。
「いけ! いっけぇッ! 的が、デカイのよッ!」
 そう好戦的にヒリングがプトレマイオスで叫んでいる事などアレルヤは知らなかったが、
《あの緑エセ女、お楽しみみたいだなァ!》
《そうだね……僕らが出るまでも》
《んな事言ってねぇで俺に体を貸しな!》
《ハレ》
 瞬間的に切り替わったハレルヤが叫び声をあげる。
「いくぜぇぇぇッッ!!」
 一気にスラスターを噴かせ、アリオスはGNティエレンに襲いかかって行った。
 既に僚機が幾つも戦闘不能に陥らされた中、一撃粒子ビームを被弾しセルゲイ・スミルノフが声を上げる。
「ぅくっ、これだから無謀だと!」
 奴らめ、コクピットとGNドライヴは狙わないとは言え。
[大佐!]
「大丈夫だ。回避に専念しろ中尉! 来るぞ!」
[羽付き!]

「ぐぁぁッー!? 大佐ぁー!!」
 呆気なくリヴァイヴの操るGNビットを被弾し、AEUのエース、パトリック・コーラサワーは華やかに撃墜され、砂漠に落ちていった。
「ッハハハハ! 何だ何だCなんたらァッ! つまんねぇんだよ! つまらなさすぎて面白え!」
 一方で、機体を瞬間的にズラす事でサーシェスはその混沌の中、愉悦の表情を浮かべて攻撃を避け続けていた。
 そのどこか見覚えのある動きに刹那・F・セイエイが気づく。
「あの機体の動き……まさか」
 アリー・アル・サーシェス。
「ロックオン、奴が、アリー・アル・サーシェスがいる」
[何? ……そうだ今はAEUのパイロットになってたんだったなッ。どこまでもこけにしやがって。刹那、俺がッ]
 ロックオン・ストラトスがそう言おうとした所、背後から高濃度のGN粒子が辺りに広がるのに気がついた。
「トランザムか?」
[アレルヤ!]

 トランザムを、アレルヤとハレルヤは始動した。
《目覚めろ! マリー・パーファシーッ!!》
 アリオスはMS形態で中空に滞空しながら膨大なGN粒子を放出する。
 スミルノフ機とスーマ・ピーリス機はアリオスとの余りの機動性の違いから接触して一瞬にして戦闘不能になり、砂漠に落ちていたが、二人はその不思議な感覚と声に反応する。
《これが例の!》
《頭に声? っア、ぅあァァー!!》
 アレルヤとハレルヤの指向性の伴った脳量子波を脳量子波遮断スーツを無視してピーリスはそれを受信し、脳裏に再生され始めたビジョンに絶叫を上げ、間もなく気絶した。
「トランザム……中断」
 言って、アレルヤはピーリスが気絶した事に気がついてすぐにトランザムを途中停止しした。
 あっと言う間に意識共有領域は消滅する。
[どうした中尉! 中尉! ピーリスッ!]
 スミルノフはピーリス機に通信を入れるが、返答は無かった。
 そこへ出撃せず途中待機していたフラッグやイナクトなどのMS群がいる所より撤退信号弾が今更上がった。

「は。上げるぐらいなら最初からやるなってのによぉ。ったぁくっ」
 吐き捨てて、すぐにサーシェスはコネクトを最速で飛ばしその場から撤退した。
「っ、あのやろッ!」
 アリオスの方向に気を取られていたロックオンはそれに気づいて声を上げた。
「チッ……」
[ガンダム各機戦闘終了。トレミーに帰還してください]
「……了解した」


―CBS-74プトレマイオス2・ブリーフィングルーム―

 ガンダム各機を収容したプトレマイオスは国連軍が砂漠に墜落したMS部隊を回収できるよう、その高度を上げて遙か上空に上がっていった。
「勝手にトランザムを始動させてすいませんでした」
 まずアレルヤが謝った。
「まあ使ってしまった以上今更ね。普段から始動させているのに、今回だけ駄目という訳ではないし。理由を、というと例の人革の超兵よね」
「……はい」
「どうなったか……説明できるかしら?」
 答えを促すようにスメラギが尋ねた。
「ほぼ恐らく、マリー・パーファシーは覚醒したと思います」
「……そう。覚醒させてどうするつもりだった?」
 アレルヤは困った表情を浮かべる。
「どうするつもりというか、マリーを覚醒させない事には何も始まらないですから。せめて、彼女が戦場に出るのを辞めると良いんですが……」
「そう言われるとその通りね。まあこの話は余り続けても仕方がないから、ここまでにしましょう。さて、今回の作戦だったけれど……」
 そして、スメラギは今回の作戦の総評をした後、その場を解散とした。
 しかし、思うところあってブリーフィングルームに残る二人がいた。
「ロックオン、奴がまた出てきたらどうする」
 その刹那の問いにロックオンは即座に口を開こうとして一瞬止める。
(……憎いよ。憎い、けど、人殺しはしたく……ないっ)
 そう少女の言葉が脳裏に響いた。
 今更だな……。
 ロックオンは軽く頭を振って言う。
「言うまでもない。残念ながら俺は奴だけは許せないんでね」
「……そうか」
「刹那、お前はどうする」
「俺は……」
 そう問われて刹那は一瞬止まり、再び口を開く。
「俺は……駆逐する。だが、俺のは……俺がやった事だ。家族の仇を討つなら……ロックオン」
 刹那のその目はロックオンの目を一切逸らさずに捉えていた。
「……刹那。あぁ、分かったよ」


国連軍の前に、プトレマイオスはその真の能力を解放した。
リジェネ・レジェッタの出番はあった。
実は最も出番が無かったのは砲撃士であるラッセ・アイオンだった。
アレルヤ専用イベントはキッチリあった。



[27528] ルイス「サジィ!」 サジ「ルイスゥ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/22 21:10
 2311年から活動再開した驚異的戦力を誇るCBの勢いは留まる事を知らなかった。
 対する国連管理下での三陣営は技術開発を主として、過去歴史的には異例と言える程の急速な纏まりを月日の経過と共に見せ始める。
 国連MS技術研究所として機能していた機関はMSの開発だけでは不十分であり、広範な宇宙開発も視野に入れるべきだとして、国連宇宙局技術研究所と改称され運用に至り、各国トップの技術者達が集う最先端の研究所となる。
 正式なスローガンではないが「追いつけCB、追い越せCB」というのが大体皆が心に抱く想いであり、最早陣営同士の争いを続けていては打倒CBなど夢のまた夢とは、言い過ぎとも言い切れない。
 もたもたしていればしている程寧ろCBとの技術水準が隔絶していくが故に。
 そして実際に、その後もCBは月日の経過に従い次々と新装備を投入し、ガンダムを兵器を超越した存在として運用するのが常態化し始める。


―中東圏・某国―

 中東国家郊外での武力介入後、一機のガンダムの姿が首都圏で見られていた。
 GNT-0001+GNR-010、ダブルオーライザー。
「ライザーシステムで高濃度GN粒子散布領域を作る!」
 宣言して、刹那・F・セイエイはコンソール付近のスイッチを二つ押す。
「ライザーシステム作動! ライザーシステム作動!」
 ハロが音声を上げてパタパタと反応すると、機体背部のライザーユニットからGN-Rビットが機体周囲に射出され、同時にダブルオーライザーの機体が紅く輝き出す。
 天使の翼を描く様に展開したGN粒子広域散布補助機能を専用搭載したGN-Rビットは通常のGNビットに比較して一回り大きく、周囲に一際広域に鮮やかな翠色の高濃度GN粒子散布領域を急速に造り出して行く。

 遡ること幾日。
 コロニー型外宇宙航行母艦CBにて。
「これは行ける筈です師匠!」
「ああ。よぉし、完成だ」
 シェリリン・ハイドとイアン・ヴァスティの二人がライザーユニットを隔壁越しに見ながら声を上げた。
 イアンが顎を撫でながら言う。
「ユニットメインフレームのクラビカルアンテナに各高度センサー類、シェリリンが開発したGNリフレクションを搭載した新型GN-Rビット。これだけ豪華なら現状では充分だろう」
「私が開発したシステムが役に立つなんて感激です」
 GNリフレクションとはトランザムによるGN粒子開放時における機体周囲のGN粒子操作を主としたシステムである。
 以前は使用者の制御技術が問われる物であったが、ハロのバックアップによりその問題を克服している。
 そこへ余裕の表情でリボンズ・アルマークがオーライザーの横に並ぶまだ完成には至っていない機体群を一瞥して呟く。
「……順次ロールアウト予定の各第四世代ガンダム専用の広域GN粒子散布支援装備ライザーユニット、2ガンダムにはゼータユニットを装備させてダブルゼータ……」
 それに対し、イアンが苦笑する。
「このまま行くと、先に困るのは機体名の方かもしれんなぁ」
「運用中の第四世代ガンダムから収集しているデータから、次の第五世代……。今から機体名候補考えときます!」
「……気が早いね。とは言え、今後目下の予定では後三ヶ月で新たに六基新型GNドライヴも届く事だし、早いとも言い切れないか」
 リボンズの言葉を聞いてシェリリンはニコニコして自分の世界に入り気味になる。
「あー、今から待ち遠しくなって来るなぁ」
「まるでオリジナルGNドライヴのバーゲンセールだなぁ」
 イアンが腕を組んで言うと、リボンズは少し遠い目をする。
「バーゲンセールというには……製造コストは決して安くは無いけどね……」
 方方からの資金が無ければとてもではないが、フル操業でオリジナルGNドライヴの製造は困難を極める。
 それはそれとして、リボンズはJB・モレノが人間のマイスター達の身体検査をプトレマイオス2で頻繁に行っている結果から、現状では刹那の脳量子波が既にイノベイドの水準にまで強まって来ている情報に注目していた。
 さて、イノベイターの脳量子波がどれほどまで高まるものなのか、この目で見届けさせて貰おうじゃないか。
 何はともあれ、かくしてまず初めに刹那の駆るダブルオーの為のライザーユニット、オーライザーがロールアウトした。

 トランザム終了までの180秒間の間、多くの人々の想いを脳量子波で感じ取る刹那の目の虹彩は仄かに輝いていた。


―CBS-74プトレマイオス2・ブリッジ―

「ダブルオーライザー、トランザム限界時間です」
 フェルト・グレイスが報告すると、続けてクリスティナ・シエラが言う。
「散布領域半径は通常時の1,6倍を記録しました」
「散布領域範囲自体はいつもの2,6倍に拡大したという事……。流石はイアンさん達ね」
 スメラギ・李・ノリエガが感心して頷き、続けてガンダムの格納庫に待機しているミレイナ・ヴァスティを呼び出す。
「ミレイナ、ダブルオーライザーが戻ったら整備お願いね」
[了解ですぅ!]
 映ったミレイナはやる気に満ちた目で敬礼して答えて通信は閉じた。
「元気っすねー」
「全くだな。……けどよ、幾らトレミーが余程の事がなければ落ちないにせよ、14歳になったからと言って乗艦させて良かったのか?」
 リヒテンダール・ツエーリに続き、ラッセ・アイオンがそうスメラギに対してのつもりで尋ねると、先にフェルトが微妙な表情で言う。
「ラッセさん、私も14歳からクルーなんですが……」
「そうよラッセ」
 ラッセは言われて思い出した。
「ん……そうだったな。言っておくが、他意は無いからな」
「分かってます」
 そこへクリスティナが指を立てて思い出すように言う。
「でも、そう考えると、フェルト大きくなったわよねぇ。最初の頃が懐かしいわぁ」
「クリスの言う通りね。ホント、大きくなったわ」
 しみじみとスメラギもそれに乗り、妙に暖かい視線を送られてフェルトが少し慌てる。
「なっ、何ですか二人していきなり」
「ん。別に? 思い出してただけよ?」
「そうそう」
 にこーと二人は微笑み、フェルトは一つ息をついて作業に戻った。
 ミレイナはイアンがリボンズと共にコロニー型外宇宙航行母艦CBへと移った為に、オペーレーターも勤められ、また本人の意思もあって、プトレマイオスクルーとなったのであった。
 どうやら、少しティエリア・アーデに興味があるらしい。
 その後、間もなくダブルオーライザーはプトレマイオスに帰還し、コクピットから降りて艦内の通路を移動する刹那は不意に脳裏にある言葉が蘇った。
(……魔獣はこの星に生きる人々の怒り、憎しみ、悲しみのような負の感情が強まると自然に発生する存在)
(魔法少女は魔獣が人に害となって返る前に狩り続ける、それだけ)
 魔獣……。
(人の世の呪い)
 人に害となって返る……魔獣に意思は……。
《……刹那・F・セイエイ、君は魔獣に興味があるのかい?》
 そこへ刹那の頭にどこからともなく可愛らしい声が響く。
《……QBか?》
《そうだよ。魔獣に興味があるなら、一度彼らに対してダブルオーでトランザムを試してみるのも良いかもしれないね》
 刹那はQBの声に探りを入れる。
《……何が目的だ》
《僕らにとっても、魔獣そのものの原理は良く分からない。それがもし、君とダブルオーの力で何なのかが分かるのなら、僕らにとっては好都合だからね。それを伝えただけさ。もちろん急ぐ必要も、絶対に必要という訳でもないけどね》
 そう言って、QBの一方的な脳量子波通信は終わった。
「今……俺の思考を……」
 刹那の呟きは通路の空気へと溶けこんでいった。


―UNION領・経済特区・東京・国際空港―

 三陣営の中で最初に軌道エレベーター、通称タワーの完成と運用に漕ぎ着けたのはUNIONである。
 そしてタワーのリニアトレイン事業を一手に請け負うのがリニアトレイン公社。
 2311年下半期、サジ・クロスロードは大学卒業後、CBの活動再開で世間は慌ただしい中、なるようになるままに当のリニアトレイン公社グループに就職が決まり、今まさに長らく姉弟で住んでいたマンションから離れ、飛行機に乗る所であった。
 空港のゲートにて、サジが言う。
「じゃあ、姉さん。行ってくるよ」
 絹江・クロスロードが頷いて言う。
「行ってらっしゃい。あっちでルイスと仲良くね。私も出張で良くそっちには行くし、その時には連絡するわ」
「うん、分かった。こっちも連絡するよ。……それじゃ、そろそろ時間だから」
 時間を確認してサジは荷物を持つ。
「はい、それじゃ。頑張るのよ」
「姉さんも元気で」
 言って、サジはゲートの向こうへと去って行った。
 一人残った絹江はサジが見えなくなるのを見送り、ふっと息をついて踵を返す。
 これでサジも独り立ち……か。
 長かったようで短かったような、不思議な感じ。
 そして今の私があるのも、あの時あの子がいたから……。
 そうでなければ、私は今頃生きていなかったかもしれない。
 今度からは私がしっかり料理しないと。
 ……次は、いつ頃来るかしら。
 絹江は少し複雑な感情を胸に、暁美ほむらの事をふと思いながら、空港を出てタクシーに乗った。
 自宅に戻って玄関を開けると、自分の物ではない靴があった。
「あっ」
 急ぎ足でリビングに戻ると、そこにはソファに礼儀正しく座る少女の姿があった。
「お邪魔しています」
 慣れた様子で絹江が言う。
「……いらっしゃい、暁美さん。お昼食べるかしら?」
「はい、ではご馳走になります」
 少女は伏せ目がちに頷いた。
「分かったわ。少し待ってね」
 言って準備を整えると、絹江はキッチンに入り昼食を作り始めた。
 間もなく料理が出来上がると、二人は向い合って普通に食べる。
 少しして、絹江がゆっくり口を開く。
「……今日、サジが飛行機に乗ってUNIONの軌道エレベーターに行ったんだけど、サジからは暁美さんにはよろしくって言ってたわ」
 一瞬間を置いて少女が答える。
「……そうですか、お言葉受け取ったと伝えて下さい。……これまでの料理、美味しかったです、ありがとうございました、と伝えて貰えますか」
「ええ、もちろん。必ず伝えておくわ」
 絹江は深く頷いて言った。
 その後黙々と少女は料理を食べると、きちんと礼を述べて、いつも通り特に長くいることもなく絹江に見送られて玄関から出た。
 少女はCBの新設監視者組織の一人であり、ブリュン・ソンドハイムを介してCBの行動の活動目的について定期的に情報を得ている。
 高濃度のGN粒子を散布し、人々の脳量子波を強める事で、人類のイノベイターなんていう存在への進化を促す……。
 高度な相互理解能力を持つ人類……もし、その計画通りになるのだとすれば、人が宿命的に生み出す世の呪いも少しは減るのかもしれない。
 これが彼が変わる、彼らが世界を変えるという事……なのかしらね……。
 少女は東京の昼の風景を見ながら、どこかへと姿を消していった。


―人革連・ロシア南部軍事基地―

 セーターを着た私服のセルゲイ・スミルノフは基地内の上級士官宿舎のリビングでソファに座り、物思いに耽っていた。
 中尉……ソーマ・ピーリスの人格は超人機関が当時組織の存続を図る為に中尉を軍に送り出す際に植えつけた仮の人格だったとはな……。
 今の人格のマリー・パーファシーはピーリスであった時の記憶が存在し、ピーリスの人格も深層に存在している……。
 スミルノフは両手を組み直した。
 国連軍によるCBの母艦への同時攻撃作戦が完全失敗した際、アレルヤ・ハプティズムの脳量子波による呼びかけにより、ピーリスに眠っていたマリー・パーファシーの人格は表層に現れた。
 気絶状態でMSごと回収されたピーリスは、意識回復後、身体検査と事情聴取を受ける日々が続いた。
 本人の要望とスミルノフの手回しもありMSパイロットとして前線に出る事はもちろんMSのテストパイロットとしての任務も解任され、それ以後、スミルノフの下での監視という名目で軍基地内で落ち着いた生活を送っていた。
 そこへ、マリーが現れる。
「失礼します、大佐。お茶を淹れたのでどうぞ」
「……あ、ああ。ありがとう」
 スミルノフにとってはソーマ・ピーリスでありながら、確実に目の前の人物がマリーという別の人格を持った人物であるというのは違和感を拭えずにはいられなかった。
「すいません大佐、迷惑をお掛けして……」
「君が気にする事ではない。元を辿れば超人機関……我が軍に責がある」
 そうスミルノフが返すと、マリーは気まずそうな表情をし、一礼してリビングを後にした。
 スミルノフはマリーに伝えられた事を思い出す。
(スミルノフ大佐、ソーマ・ピーリスを対ガンダム戦だけに徴用し、他の作戦に参加させなかったこと、感謝しています)
 本当に、私の知っている中尉ではないのだな……。
 彼女が羽つきガンダムのパイロット、アレルヤという被験体E-57に伝えられたのは、兵士として戦いに出るのを止めて平穏に暮らして欲しいという事……。
 その通り、今は前線を離れてはいるが、しかし、ここに彼女がいることは、幸せとは言えないだろうな……。
 人革連軍にとって、機密情報を知っているマリー・パーファシーは退役させて市井に出すというのは有り得ない。
 軍の管理下の施設で軟禁に近い形で置いておく以外の選択としては、最悪秘密裏に抹殺する方法がありえ、何とも言えない閉塞感をスミルノフは感じずにはいられなかった……。


そんな個人の想いとは関係なしに、CBのガンダムはその後約三ヶ月の間、次々に追加装備を実装し、世界各地に出現しては武力介入、そうでない時にはただひたすら高濃度GN粒子を広域に散布するという活動を続けて行った。


―UNION・軌道エレベーター・地上都市部―

 それが最早日常と化したある日の事。
 お気に入りの私服姿のルイス・ハレヴィはサジの腕に絡みついて街中を歩いていた。
「んふふー」
 満面の笑みを浮かべるルイスに対し、特に周囲の視線を引いている訳ではないが人目がどうしても気になるサジは困った様子で言う。
「ちょっと、ルイス、歩きにくいんだけど」
「ん? それぐらい我慢して?」
 ルイスは上目遣いに命令した。
 一瞬間を置いてサジが観念する。
「……はい。我慢します……」
 その返答にルイスはむっとして言う。
「なぁに、私といるの嬉しくないの?」
「いや、それはもちろん、う、嬉しい……よ?」
 だが、それより恥ずかしいんだけど、という思いがサジには先行していた。
「ホントにぃ? こうして当てたりするのは……どう?」
 疑わしい視線を向けて、ルイスはわざとサジに更に密着すると、途端に慌ててサジが声を上げる。
「っ、ちょっとルイス! 本当に恥ずかしいから!」
「我慢して!」
「我慢出来ないよ!」
「えっ……?」
 パッとルイスはサジから離れて自分の体を守るようにした。
 妙な空気を感じ取り、一層慌ててサジがわたわたと取り繕う。
「いやっ、そう言う意味じゃなくて」
「っていうことはやっぱり変な想像した?」
「違うから!」
 ショックを受けたような表情でルイスは沈み込み、
「え……違うの? ……当てて反応しないとか……私ちょっと自信失うんだけど……」
 ボソボソ言った。
「ルイス……」
 どうしたら良いのコレ……。
 サジはとても、困った。
 しかし突如、通信機器が異常を来すと同時に翠色のGN粒子が周囲一帯に広がり、人々は不思議な感覚に囚われる。
「こ、これは……」
 サジが上を見上げるように呟いた。
《サジ……》
 サジの頭にルイスの声が響く。
《ルイス?》
《え、サジ、聞こえるの?》
《う、うん。……これが例のガンダムの……》
《あのね、サジ。私ね……サジの事が……》
 ルイスの妙に甘い声と共に、サジにその気持ちが伝わる。
《ル、ルイス……》
《あのね、サジ! サジ!》
 そして、翠色の空間の筈が、二人の間は桃色空間。
 ガンダムは天使と形容される事はあったが、まさに恋のキューピッドでもあったのか。
 この状況を人呼んで、リア充爆発済み……と言うとか……なんとか。
 だがガンダムマイスターには関係ない。
 平和な対話が行われたりする一方で、都市部での意識共有領域の形成は実は悪いこと考えている政治家の思考が周囲にダダ漏れになったりと……色々危険極まりない精神テロであった。
 運悪く被害にあったそういう人々は大体その後白い目で見られる事になるとか、酷い時には……。
 どこかの乙女座は曰く「ガンダムの能力も考えものだなぁ」と評したという。


……時の流れは人の意思とは関わらず刻々と過ぎ、CBの動きが一層加速したのは2312年初頭。
木星で新たに製造された六基のオリジナルのGNドライヴが予定通り、地球圏へと到着。
それまで擬似GNドライヴを搭載していた三機の2ガンダムはそれらを搭載し、計八機がオリジナルのツインドライヴを搭載する事となり、かくして全人類イノベイター化計画はリボンズの思惑通り加速して行くのであった。


―人革領・オムスク都市部郊外・住宅街―

 人革領内地方都市オムスク。
 南にカザフスタンとの国境が存在し元ロシア連邦で言えば中南部に位置する都市、その郊外の住宅街。
 一月の平均気温はマイナスを記録し、午後五時には日が沈んでいて既に暗く、空気は張り詰めるように寒い。
 そんな中、コートをきつく着込み、首にはマフラーを巻いた姿のハイスクール一年目の少女が白い息を吐きながら学校帰りの道を一人早足で歩いていた。
 茶髪のショートカットに右の目元には泣きぼくろのある少女の名をアーミア・リーと言った。
 世間ではCBのガンダムなどというものが日々現れてはあちこちで不可解な現象を起こして回っているとニュースで聞き飽きていたアーミアも、ガンダムが中東地域からのトランザム離脱時の余波で不思議現象を一瞬だけ体験した事があったが、基本的に普段の日常は変わらぬ平凡な日常だった。
「さむ……」
 はー、と真っ白な息を吐き、アーミアはアスファルトの歩道を踏みしめ、先を急ぐ。
 しかし、一歩を踏み出した瞬間、いきなり周囲の景色が灰色に変化した。
「な……なに……?」
 時間が止まっているかのようなその異質な空間に、アーミアは戸惑いながら一歩二歩と後ろに下がる。
 そこへ、巨大な白いローブを着た巨人のようで顔面には四角い何かが幾つも浮いて出ている異形の姿をした三体の者が、アスファルトの地面から湧き出すようにアーミアの前方に突如として現れゆらゆらと左右に揺れながら徐々に近づいてくる。
「なっ、なに? 何なのっ?」
 低い嘆きのような呻くような声が響き渡り、アーミアは竦み上がった。
「いや……っ」
 先頭の魔獣の右手の指がゆっくりとアーミアを捉えようかというその時。
 魔獣より遥かに大きなダブルオーライザーが上空から介入に現れた。
「……は?」
 アーミアの絶句と共に、ダブルオーライザーは粒子ビームを放ち、蒸発音を上げて魔獣の右腕を吹き飛ばした次の瞬間。
 ダブルオーライザーは一瞬紅く光ると眩く白く輝き、翠色に輝くGN粒子が灰色の空間を埋め尽くす。
「うぁぁっ!」
 その眩しさにアーミアは思わず目を閉じて声を上げた。
 刹那の両眼の虹彩が煌き、叫び声を上げる。
「お前達は何者だ! こたえろおおぉォォッー!」
 その瞬間、刹那の意識は七色の星雲が広がる不思議な空間の中に跳んだ。
《答えてくれ! お前達は何者なのか!》
 両手を広げて前方のどこまでも深い暗闇に向かって語りかける、が、
《っァァァー!》
 魔獣から恐怖、怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる人々の負の感情が強烈な奔流となって頭を急激に圧迫し、刹那は苦悶の声を上げる。
「う、うォぁぁァァッッ――!!」
 コクピット内にもその叫びは響き渡った。
「ほむら!」
 QBが呼ぶと、絶叫する刹那の横にいた少女が冷静に頷く。
「行くわよ」
 言って、少女の姿はコクピットから消え、瞬時に地上現れた。
 依然として翠色に輝く空間内で少女は、弓を引き絞り、放つ。
 紫色の魔力矢は魔獣の頭部を粉砕し、続けてもう一体も消滅させ、三体目に狙いを定めようとした時。
「ほむら、トランザムが終わるまで後150秒待ってよ!」
 肩に何気なく現れていたQBが言った。
「っ……やむを得ないわね。なら」
 少女は手早く威力を抑えた魔力矢を数本連射し、魔獣の攻撃手段となる部位を破壊した。
 そのまま後ろを振り返り、髪を掻き上げる。
 そして少女はカッカッと足音を立てて、腰を抜かしてアスファルトにへたりこんでいるアーミアの元へと歩き出した。
「……彼女に、見られてしまったわね」
 息を吐いて言う少女にQBは全く動じない様子を見せる。
「でも、どうやら悪いことだけではない」
「……どういう事かしら」
「実験にはなった、という事さ。彼女は魔法少女としての素質もあったけど、それ以上にイノベイターになり得る強い因子を持っている」
 少女は目を細める。
「……わざわざここに連れてきたのは計画通りだったという訳ね」
「その通りさ」
 全く悪びれる様子を見せないQB。
 そしてQBのもう一つの計画通り、膨大かつ高濃度のツインドライヴのトランザムによって生成されるGN粒子を至近距離で浴びたアーミアの虹彩は仄かに輝いていた。
 少女はアーミアへと近きながら、一瞬ダブルオーライザーに頭を向けた。
 魔獣に対しては失敗だったようね……。
 そう心のなかで想い、再びアーミアに向き直り、数mの距離で立ち止まる。
「……あ、あなたは一体……?」
 困惑の表情を浮かべるアーミアは少女に向かって呼びかけた。
「ただの通りすがりよ。ここで見たこと、忘れなさい」
 冷淡な声で少女はそう言い切った。
「え?」
 アーミアが間の抜けた声を上げた瞬間、少女の肩に乗るQBの両目が怪しく紅く光る。
「でも忘れられないだろうから、忘れて貰うよ」
「っ! ぅァぁ!」
 その光を直視したアーミアは僅かに悲鳴を上げるとその場でパタリと上体を倒した。
 そのまま少女は近づき、気絶したアーミアをすぐ近くの建物に上体をもたれかけさせるようにした。
「丁度時間だ。頼むよ、ほむら」
 QBがそう言うと、ダブルオーライザーの輝きが丁度収束し始めた。
「……分かったわ」
 了承して、少女はサッと振り向き、弓を顕現させ流れるように弓を引き絞り、残る最後の消滅しかけの一体に止めを刺した。
 続けて素早く少女は背中に翼を顕現させ、中空で滞空するダブルオーライザーの肩口にふわりと乗ると、強制的に魔力操作し、その場から周囲の風景が戻ると同時に上空へと離脱して行った。
 暗い夜の中、しばらく飛行していると移動中にコクピットの中に再び入った少女の横で気絶していた刹那が意識を取り戻す。
「ぅ……うぅ。俺は……」
「目が覚めたようね」
 自動操縦に切り替わっているダブルオーライザーの操縦桿は勝手に動き、プトレマイオス2へと進路を取っていた。
 刹那は少女を見て言う。
「暁美ほむら……。そうか……負の感情に呑まれて……」
「何か、分かった事はあったかしら」
「ああ。……大量の人間が一箇所に閉じ込められて叫び声を上げているようだった。だが、奴らに意思は感じられなかった。まるで何かの規則に従って動いているだけのような……」
 刹那は感じ取ったことを述べた。
 その言葉に少女は考えこむようにして復唱する。
「何かの、規則……」
 あの子が宇宙を改変した結果……。
「……そう。私としては、納得の行く話ではあるわね……。私はここで失礼させて貰うわ」
「……ああ。済まない」
 刹那は未だ気分が優れず少し辛そうに言った。
「魔獣の事は気にせず、あなたは為すべき事を為せば良い。あなた達の行動で変わっていく世界、見ているわ。……また機会があれば」
 そう伝えて、少女はコクピットの中から姿を消した。
 一方、しばし遡ればQBに記憶を軽く操作されて気絶していたアーミアはすぐに意識を取り戻していた。
「あれ、何で私……。さ、さむっ!」
 がたがたと震えて、アーミアは鞄を掴んですぐに立ち上がり、夜道を走って家へと向かっていった。
 イノベイターとして革新したという事実を知ること無く。
 その後、普段の生活の中でアーミアは自身の能力が飛躍的に伸びたことを多くの場面で感じるようになる事をまだ、知る由もない。


―ほむホーム―

 少女は紅茶を落ち着いて一口飲み、カップを皿に置いた。
「刹那の話からすると、魔獣の存在はこの宇宙の一つの法則として成り立っている可能性があるようだね。君が以前話した仮説を裏付け得る情報だ」
「だから、仮説じゃなくて本当のことよ」
 酷くあっさりと少女は言った。
「だからこうして魔獣の本質に近づく試みをしたんじゃないか」
「そうだったわね」
「いずれにせよ、まだ僕らにしてみれば確証が得られた訳じゃない。魔獣の存在は僕らが君たち人類と理想的な共栄関係を築くには役立っているけど、理解できない事象が付き纏う。魔獣が宇宙空間で発生しないのはその一つだ」
「それは私も知った事ではないわね」
 少女にしてみれば宇宙空間にまで魔法少女が一定数いなければならない訳ではない事は何ら構わない。
 しかし、QBにとっては大問題。
「僕らにしてみれば困るんだよね。コロニーでさえ魔獣が発生しないことは分かっているけど、このまま人類がいずれ外宇宙に出て新たな惑星に移り住む事になった時、魔獣が発生するのかどうか分からない。仮に地球上でしか魔獣が発生しないのだとしたら大変だよ」
 少女はより一層冷めた目付きでQBの相手をする。
「……そうなんでしょうね、あなた達にとっては。……でももしそうだとすると、確かにおかしな事ね」
 QBは少女の声色に全く気にせず同意する。
「うん、全くだ。僕らは今の所君たち人類しか見出していないけど、この宇宙には他にも人類のような個々が感情を有する独立した生命体がいる可能性は充分ありえる。いや、確実にいると言って良い」
「そうかもしれないわね」
 言って、少女は紅茶を飲む。
「だとすれば、魔獣が地球上にしか発生しないというのはまず有り得ない。僕らとしては、君たち人類が月でも火星でも良いから移住して、惑星上になら魔獣が発生するのかどうか確認したい所なんだよ」
 でなければ、人類が移住する前に他に僕らが目ぼしい生命体を見つけて確かめる必要がある。
 と、そうQBは全く包み隠さず、今後も人類が生き続ける限り感情エネルギーを収集し続ける意図を述べた。
 少女は皮肉交じりに息を吐く。
「……あなた達も、色々あるわね」
「宇宙の寿命を伸ばす為には必要な事だからね。当然だよ」
 QBは断言し、少女はまた素っ気無く返す。
「そうね。……あなた達はそういう奴らよね。ところで、さっきの彼女は例のイノベイターとやらにでもなったのかしら?」
「なったよ。本人はまだ気づいていないだろうけどね」
 無意識に発している脳量子波の強さから間違いない。
「……けど、あなた達が人類の進化を気にする必要性はあるのかしら?」
「君たち人類が本格的に外宇宙へ進出するにはイノベイターへと進化するのはプラスに働くからね。僕らにとっても重要さ」
 例え相互理解能力が高まって魔獣の発生総量が減るかもしれないとしてもね。
「そう。……元々CBの計画に入っていた事のようだし、私の口出しする話でもないわね……」
 言って、少女はカップに残った紅茶を飲み干した。
「これからイノベイターは増えていくよ」
 必ずね。
 その確認も丁度取れたし、このまま計画が進めば地球人類のイノベイターへの進化は進む。
 ワームホールを通って宇宙域を移動する彼らが来る頃には……。
 そう、QBが密かに考えている事を、少女はおろか、誰も知る由も無かった……。










本話後書き
まず、最近別の作品をフラフラ書いていて申し訳ありませんでした。
そして先に申し上げますが、今回の後書きは割とどうでも良い上に長いです。
魔獣に向かってトランザム! に至る経緯をばっさりカットした事、申し訳ありませんでした。
完全にご都合です。
実際には以前に出現させたAEU領に住むオリジナル魔法少女を出す予定だったのですが、劇場版の萌キャラ、玄関子ことアーミア・リーが「人革領の地方都市に住んでいる」という情報を延々と漁っていたら見つけてしまったのが原因でした。
アーミアと実は同じ学校に通っていた的な設定で颯爽登場的な流れで行く筈でしたが、アーミアの住所が何と人革領という事が今更発覚し……先に調べておけば……と深く反省です。
住所をロシアのオムスクに設定した理由ですが、劇場版での街並みが中国圏ではなさそうという印象を私が勝手に受けた事と、劇場版にてビリー・カタギリの嫁となったミーナ・カーマイン研究員が「これを見て」と言ってモニターに映したELS落下地点を示す赤い点のある人革領から大体オムスク辺りだろうと判断した事によります。
アーミア・リーという名前からしてリーという苗字がLEE、中国語にして「李」となり、中国圏である可能性もあります。
とすると他二点のELS落下地点は中国北西部・新疆ウイグル自治区の東と西辺りという事になるのですが、googlemapの航空写真で確認すると砂漠が広がっており、都市らしい都市がありません。
300年も経てば緑化して都市もできる可能性はあるのかもしれませんが、一応そういう事情からロシアのオムスク……と致しました。
蛇足でアーミアの年齢問題についてですが、多分学校は9月始まりなのだろうという想定だと、特段問題はないかというつもりで高校1年に設定しています。

次に、魔獣の設定ですが……盛大な後出しジャンケン臭いながら、いえ、確定的ですが、本作では本話の通り「とりあえず魔獣は宇宙空間では出ない」という事にさせて頂きます。
以前から妄想していたのですが、人革連のコロニー内で魔獣が発生する……というのが何だか心に引っかかって仕方がなく、そう言えば『人革連「罠が仕掛けられない……だと」』でQBに「人革連のスペースコロニー・全球にね。拉致した子供で人体実験を繰り返している。結果が出ないと処分するなんて、勿体無いよね」などと発言させている辺り、コロニーでも魔獣が出るっぽい事を示唆してしまっているのですが、ご容赦下さい、申し訳ありません。
……と、やはり長い割にどうでも良かったりします。

そして今後話の流れ上、イノベイターを増やしつつ劇場版に突入予定なのですが、ここで問題があります。
実際無いといえば無いのですが、異論を呼びそうだという事で、ご意見を伺いたく思い述べさせて頂きます。
・ロックオンがイノベイターに革新するか否か
・アレルヤがイノベイターに革新するか否か
と、この点なのですが、個人的にはロックオンはサーシェス殺さない限り革新はしなさそう、かつ、殺しても革新しなさそうに思います。
一方でアレルヤは意外とアリ……かな、と。
こうなると他のプトレマイオスクルーも大問題なのですが、全ての原因はいまいちイノベイターへの覚醒条件がはっきりしない事によります。
アニメ本編と外伝の作中においてイノベイターになった例としては

・刹那・F・セイエイ
 →ツインドライヴのトランザムを繰り返し、致死性の擬似GN粒子の弾丸を受けて、それを克服しつつ、かつ、変わるという強固な信念を胸に見事覚醒。
・デカルト・シャーマン
 →上記の刹那のトランザムバーストを宙域で一度浴びただけであっさり覚醒。
・アーミア・リー
 →ELSと同化された際に、ELSの情報注入を拒絶する意思を示して死亡を免れ、覚醒して……ELSに交信してしまった。
(拒絶して生き残った異例の時点でアーミアはイノベイター覚醒の為の素質は元々相当高かったと推定して本話では革新させました)
・レナード・ファインズ
 →ガルムガンダムでCだかDレベルだかの脳量子波を出してELSと鬼ごっこして何だかんだ捕まってしまい、気がついたら覚醒していた。
・クラウス・グラード
 →劇場版50年後、何か年老いた姿で覚醒していた。
・その他大勢
 →劇場版50年後、80億程度人類がいてそのうち四割が単純に覚醒すると32億人。

……と、個々人によって大分差があります。
劇場版50年後の人類4割覚醒の原因が実はGNドライヴではなくELSによるものであるかどうかは……はっきりしませんが、いずれにせよ劇場版後、毎年6400万人がイノベイターに覚醒する必要があります。
毎年一定数増えるのがありえず、幾何級数的に「ノ」の形のように増えるのだとすれば、ここで簡略的な算出をするとして、
50年×51÷2=総項数1275 そして、
32億÷1275=一コマ約250万人
……これを2314年劇場版後に当てはめると、
2315年に一コマ→250万人
2316年にニコマ→500万人(計750万人)
2317年に三コマ→750万人(計1500万人)
……以下略。
となり、たった三年で劇場版00後、イノベイターの人口は1500万人になり、その後も順調に増えないと全人類の4割には至らない計算になります。
こうしてみると何にせよやたらガンガン増えなければならないのが分かるかと思います。
ここで、これだけ増えながら人類の革新を促すツインドライヴのGN粒子を散々浴びたら、流石にCBの人間メンバーも刹那以外でも誰かしら革新しても何ら不思議ではない……という事になり、特に「ロックオンとアレルヤはどうなるのか」という問題に戻ります。
ごちゃごちゃごねている割に単純に私が皆様にお尋ねしたいのは、アレルヤは革新させても良いでしょうか……という事です。
もちろん他に、CBメンバーで「あの人はGN粒子浴びれば意外と覚醒しそう」というご意見があれば参考にさせて頂きたく思います。

……この件は正直こちらで全て決めて、作中でパッと出し「えっ、○○が覚醒してる!?」とした方が【ネタ】を冠している本作としては良い気もしたのですが、「○○が革新とかねーよ!」というご意見も出そうだという事で、どうかご容赦下さい。



[27528] アレルヤ「この期に及んで僕だけ原作イベントなのはどういう事なんだろうね……」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/24 22:00
―CBS-74プトレマイオス2・ブリーフィングルーム―

 刹那・F・セイエイは魔獣に対するライザーシステムの使用による対話の試みの結果を報告し終え、ある程度纏まった所でその話はそこまでとなった。
 しかし、そこへQBが突如現れ、一方的にライザーシステムを作動させた場所に居合わせたアーミア・リーがその影響でイノベイターになり、一度高濃度GN粒子を浴びるだけでも覚醒するケースもあるという事を話して消えた。
 間を置いてスメラギ・李・ノリエガが言う。
「……また、唐突だったけど、イノベイターへの革新の条件は個人によって相当差があるようね」
「俺達だって余程浴びている筈だが、今のところ刹那だけらしいしな。良く分からんよ」
 やれやれ、とロックオン・ストラトスが言い、次にアレルヤ・ハプティズムが悩むようにして口を開く。
「QBが言うからには少なくとも嘘ではないだろうけど、そういう事もあるんだね……。けど、スメラギさん、今のアーミア・リーという子は放置して大丈夫なんでしょうか。人革領というのが僕には気がかりです……」
 スメラギは顎に手を当てる。
「当分の間は平気だと思いたいけれど、何ともいえないわね。ヴェーダもまだその子がイノベイターだと認定していないし、私達が一般市民に関るのは難しいわ」
「そう、ですよね……」
 ティエリア・アーデが僅かに眉間に皺を寄せる。
「世界はイノベイターという存在自体を知らない。だが、今後イノベイターが増えて行く過程で能力差が露呈し問題になる可能性はある……」
 リジェネ・レジェッタが引き継ぐように言う。
「……あの人革連超人機関のようなものが研究という名の人体実験を行い始める可能性は大いにあるだろうね」
「……と、言っても、今日明日の事じゃないだろうさ」
 アレルヤの表情が暗くなったのを感じ取り、ロックオンが両手を広げて言うと、静かに腕を組んでいたリヴァイヴ・リバイバルが冷静に言う。
「人類のイノベイターへの進化はイオリア計画の一部。我々は今後も活動を続けて行く必要があります」
「そういうことー」
 頭の後ろで腕を組みながらヒリング・ケアが言った。
「人の意識を繋ぐ過程で生まれるイノベイター……」
 刹那は小さな声で呟いた。
 解散後、ヒリングは部屋で虹彩を輝かせ、リボンズ・アルマークに呼びかける。
《ねぇ、リボンズ、この調子でイノベイター増えてほんとに良いの?》
 落ち着いた声が返る。
《もちろんさ。……戦闘型である僕達の存在意義が揺らぐのが心配なようだね》
《ま、まぁ……》
《確かにイノベイターは僕達よりも個体としての能力は高いだろう。けれどイオリア計画の根幹を為すヴェーダと僕達はリンクする事が可能だ。それに完全な不老、意識データのヴェーダ内での保全……これらがイノベイターを凌駕しているのは厳然たる事実だ。CBの機密情報を維持できているのも僕らがいるからこそ。イノベイターが増えたとしても僕らの為す事は変わらないさ》
 全く動じないリボンズの声を聞いて、ヒリングは納得する。
《う、うん。別にイノベイターが増えても気にする事なんてないね》
 ……しかし。
 ブリッジにて作業中のクリスティナ・シエラが驚いて声を上げる。
「大変ですスメラギさん! ネットワーク上にイノベイターに関する情報が流出してます!」
 スメラギが慌てて身を乗り出す。
「な、何ですって!? 一体誰が」
「マジっすか」
「おいおい冗談だろ」
 真剣にコンソールを叩きながらクリスティナが言う。
「……どうやら情報を流したのはQB……みたいです」
 スメラギがうんざりする。
「またQB……」
「やってくれるな」
「うわ、ホントに……」
 ラッセ・アイオンとリヒテンダール・ツエーリもクリスのモニターに近寄って確認し呟いた。
 そこへすぐ目の前のモニターにリボンズが映る。
「リボンズ」
[……全く、QBにしてやられたよ。ヴェーダに情報の即削除を申請したらこの僕が拒否される始末さ。各陣営の上層部だけなら僕らとしても意図的な情報の流出はあり得たけど、この段階で一般のネットワークにまで情報を流されるとは余計な事をしてくれた。恐らくイノベイターの情報を世界に知らせる事で、新たな火種を生ませ魔獣を増やすのが狙いだろう]
 そう言うリボンズの顔は酷く引き攣り、演技とは言えない程に不機嫌そのものであった。
「ティエリアには……そう言っておくわ」
[ヴェーダにアクセス権のある僕が疑われるのは仕方ないとしても、いい加減信じて欲しい所だけどね。スメラギ・李・ノリエガ、これからの世界の反応次第だけど、今後のミッションプランの作成頼むよ]
 そう、伝える事をリボンズが言うと、スメラギが頷く。
「……分かったわ。本当に、QBには困ったものね」
[大分機嫌が悪いからこれで失礼するよ。では]
 言って、通信は一方的に切れた。
 クリスティナが微妙な表情をする。
「不機嫌そうでしたね……本当に」
「ええ……そうね。これでこっちはミッションプランの計画を臨機応変に見なおさなければならなくなるし……勘弁して欲しいわ」
 スメラギは大きな溜息混じりに天井を仰いだ。

 CBは秘密にしておくつもりだったけど、僕らから全地球人類に伝えるよ。
 イオリア・シュヘンベルグの提唱する新人類、イノベイターについてだ。
 イノベイターというのはCBの有するガンダムのGN粒子を浴びることで進化を促され生まれる存在だよ。
 イノベイターは状況把握能力、空間認識能力、脳量子波の増大、細胞変化による肉体強化、理論的に通常の人類の二倍の寿命といった、今この星に生きている一般的な人類の能力を凌駕する特性を持つ。
 君たち人類にとってイノベイターへの進化は魅力的な事じゃないかな?
 今後もし自分に何か変化が起きているように感じたら、それはイノベイターに進化しているのかもしれないね。

 ネットワーク上に流出した情報は大体このようなもの。
 コロニー型外宇宙航行母艦CBでリボンズは何度もネットワーク上からの情報削除を申請したがヴェーダから全て却下され、情報流出を知ったティエリアも憤慨し、次にQBが出た瞬間には殴らないと気が収まりそうになかった。
 そしてイノベイターに関する情報はたちまち世界中で波紋を呼び始める。
 勝手な計画遂行の為に人類を一方的に進化させようとするCBのやり方は言語道断だとして批判が現れたり、その一方で脳量子波の増大や寿命が常人の二倍になるという眉唾ものの情報に生物分野の研究者達は水面下で動き出したりと、QBの意図的な情報流出はその計画通り、世界に大きな一石を投じた。


―人革連・ロシア南部軍事基地―

 イノベイターに関する情報が流出して数日。
 セルゲイ・スミルノフの士官宿舎に唐突に黒服にサングラスをかけた軍関係者が複数訪れ、玄関でスミルノフに敬礼する。
「人類革新連盟軍・宇宙技術開発局よりソーマ・ピーリス中尉をお迎えに参りました」
「中尉を……何の目的か、聞いても良いか」
 このタイミング……例のイノベイターとかいう話が関係している……。
 スミルノフは不審そうに尋ねた。
「我々は中尉の移送のみが任務であり、その質問にはお答えできません」
「……私はそのような話をまだ知らされていない。何か証明するようなものはあるか」
 スミルノフが唸って言うと、黒服の一人が書類を出して見せる。
「こちらを」
 そこには、確かにソーマ・ピーリスの身柄引き渡しに関する軍上層部からの指示が書かれていた。
 そこへ問題の人物が現れる。
「大佐、一体……?」
「ピーリス」
 その後、ピーリスは人革タワー低軌道ステーションの研究施設へとスミルノフに詳しい情報を知らされる事無く、素早く移送された。
 人革連の軍研究機関はイノベイターに関する情報にいち早く対応し、超兵であるピーリスから徹底的にデータ収集を行う為、ピーリスの研究施設への移送を決定したのである。


A.D.2312。
CBにより度重ねて行われ続ける高濃度高純度GN粒子の散布の影響が、徐々にその効果を現し始める。
世界各地でイノベイターへ覚醒する人々が現れ始めたのだ。
彼らに共通する変化は、ほぼ確実に当たる勘のようなものが働き、身体機能の向上、果ては他人の思考が読める事があるなど……。
イノベイターに覚醒したのではないか、そう客観的に推測され易かったのは、とりわけスポーツ分野に携わる人物で、記録に残るような目覚しい成績を上げる人物が現れた時にはニュースに取り上げられた。
同時に、彼らが試合や競技に出ることは不公平ではないか、と議論も起こり新たな問題が浮上し始める。
しかし、世界で表沙汰になる事のないより大きな問題が起きていたのは、各国の軍研究機関において。
軍人の中でイノベイターへと覚醒したのではないかと推測された者達の元には軍の高官が研究者を連れて現れ、一方的な指令書を突きつけ、軍の研究施設に移送。
そこでは研究と称する人体実験が日々行われ、人革連の超兵特務機関の再来と言う程の完全に人権を無視したような非道な行為は行われないまでも、彼らは決して良いとはお世辞にも言えない環境下での生活を余儀なくされた。
言わば彼らはイノベイターというモルモットになったのである。
彼らの絶望も、QBの計画通りであったのか……。
そして世界がそのような動きを見せ始めてから間もない時の事。
CBに届いた情報が、アレルヤ・ハプティズムにある決意をさせた。


―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 プトレマイオス2は定期メンテナンスの為にコロニー型外宇宙航行母艦CBに帰還していた。
 アレルヤはCBのファクトリー内でイアン達と機体に関しての話をしていた所、近場のモニターにスメラギが映る。
[アレルヤ、ちょっとこっちに来て貰えるかしら。ヴェーダが収集した情報に、あなたに伝える事があるの]
 CB号内で生活する時はここぞとばかりに酒ばかり飲んで生活しているスメラギであったが、この時は思いつめたような表情をしていた。
「はい……分かりました。今行きます」
 アレルヤは静かに頷いてその場から、スメラギの元に向かった。
 広々としたホールのようなソファにはスメラギ、ティエリア、そしてリボンズの姿があった。
「それで、僕に伝える情報というのは一体何です?」
 スメラギがゆっくり口を開く。
「……ソーマ・ピーリス、言い換えればマリーさんが人革の低軌道ステーションからあのスペースコロニー・全球に移送されるという情報をヴェーダが掴んだわ」
「マリーが全球に!?」
 アレルヤの驚愕を他所に、ティエリアが宣告する。
「ヴェーダによると人革連軍部の機密情報には最終的に処分される可能性も示唆されている。このまま行けば彼女が君の望み通り平穏な生活を送る可能性は限りなく低いだろう……」
「な、なんてことだ……」
 後ろに控えていたリボンズが一歩前に出る。
「アレルヤ・ハプティズム、ここからは君の意思次第だ。僕達としてはガンダムマイスターである君には万全の状態でミッションを遂行して貰いたい」
 リボンズは右手を上げて見せて続けて尋ねる。
「そこでだ。マリー・パーファシーをCBのメンバーとしてスカウトしに向かうというミッションを君は引き受けるかい?」
 アレルヤが目を見開く。
「マリーをCBにスカウトだって? ……それはつまり」
 目を向けられたスメラギは頷く。
「そういう事よ。CBのメンバーのスカウト……これは列記としたCBの重要な活動の一つ。あなたに私情が混じっているかもしれないけど、それとこれとは別」
 反芻するようにアレルヤが沈黙すると、ティエリアが呼ぶ。
「アレルヤ・ハプティズム」
 そこで、アレルヤの迷いの見える表情はみるみるうちに、決意に満ちたものへと変化する。
「そのミッション、引き受けます」
 フッとリボンズが息を吐く。
「そうとなれば話は決まりだ」
 続けてティエリアが真剣な目付きで言う。
「バックアップには僕が入らせて貰う」
「ティエリア。……またこんな事になるとはね。感謝するよ」
 アレルヤは四年前、同じスペースコロニー・全球でミッションを行った時の事を思い出しながら言った。
 ……かくして新たなるミッションがその幕を上げる。


―ラグランジュ4―

 ラオホゥ型多目的輸送艦一隻が、スペースコロニー・全球へ向けて宙域を移動し、程なくして到着する距離に入っていた。
「スミルノフ大佐……」
 アレルヤ……。
 私はこのままあなたにも会えずに……。
 艦内の一室で宇宙服を着たマリーは力なく浮いていた。
 そこへ所変わってブリッジにてオペレーターの一人が報告する。
「Eセンサーに反応! 右舷後方から何かが急速に接近して来ます!」 
「MSか!? 早くモニターに出せ!」
「了解!」
 慌ただしく最大望遠でモニターに映し出されたのは、
「が、ガンダムです!」
 二機のガンダムの姿。
「何だとぉ!」
 すぐに艦内に警報が鳴り響き始める。
「な、何……?」
 マリーがその音に顔を上げた。
 一方、輸送艦を捉えていたアレルヤが言う。
「これよりミッションに入る!」
 アリオスとセラヴィーはバーニアを噴かせ、目標に接近する。
 そこへラオホゥ一隻の三つのうち二つの格納庫から計六隻のティエレンが緊急出撃して現れる。
[予定通り先行する!]
「了解。アリオスとティエレンはこちらで引き受ける」
 ティエリアが返事をすると、巡航形態のアリオスは更に加速して行った。
「ティエレンなど……行けッ!」
 ティエリアの虹彩が輝くと同時に10基のGNビットがティエレンに向けて飛び、次々と粒子ビームを放つ。
 後方から粒子ビームが飛び前方のティエレンが煙を上げ、全ての武装が瞬く間に沈黙させられていく中、アリオスはMS形態に瞬時に変形してラオホゥ中央部後部にピッタリと張り付き速度を同調させた。
「これで!」
 直ちにアレルヤはコクピットハッチを開けて飛び出し、スーツの噴射角度を合わせ、人員搬入用の通用ハッチに接近し、ガンダムマイスターのみがヴェーダによって与えられている『世界の鍵』とフォン・スパークが勝手に呼んでいるあらゆるセキュリティの解除能力を行使し、呆気無く通用ハッチの鍵を解錠し、内部へと侵入する。
《こっからは俺に任せな相棒!》
 そして、瞬時にアレルヤとハレルヤは切り替わった。
 ハレルヤは用意していた発煙弾を無造作に前方に投げて艦内に煙を瞬く間に充満させ始め、通路内の床を力強く蹴り、スーツの噴射も利用しながら目的の部屋まで一気に進む。
「煙幕!? 前がっ!」
 視界が煙で遮られた中、ハレルヤは通路内にいる者達の鳩尾、首筋を強烈に殴り、気絶させて行く。
「おらよォッ!」
「っかは!」
「ぐッ!」
 視界が悪くとも脳量子波によって周囲の状況を感じ取る事ができ、直線的な造りをした艦内において移動するのはハレルヤにとって造作も無かった。
《ハレルヤ、二つ先の部屋だ!》
《おうよマリーの脳量子波だァ!》
 予めヴェーダからの情報によりマリーのいる部屋を知っていた為、迷うこと無く目的の部屋に辿り着く。
 電子錠式のロックを再び一瞬にして解除し終え、扉が開く。
 煙と共に中に入る。
「マリー!」
「アレルヤッ! あなたなのねっ!?」
 マリーはオレンジ色のパイロットスーツを着た人物に対し声を上げた。
 アレルヤは手で示して言う。
「細かいことは後だ。急ごう。ヘルメットを」
 それにマリーは無言で頷きヘルメット内蔵式の強化ガラスを降ろした。
 素早く部屋から出るとアレルヤはマリーの手を引いて真っ直ぐ来た通路を一気に駆け抜ける。
 そのまま最後尾のハッチを開き、外へと飛び出し、正確に噴射角度を合わせ自動操縦のままになっていたアリオスのコクピットへと無事に戻った。
「ティエリア、目的は達成した」
[了解、現宙域より離脱する]
 そして二機のガンダムは揃って即座にその場を後にした。
 アレルヤはヘルメットを取り、悲しい表情で謝る。
「マリー、僕が覚醒させたせいでこんな事になるなんて……済まなかった」
 マリーも強化ガラスを上げ、少し目に涙を浮かべて言う。
「そんな、気にしないで。こうして助けに来てくれて……ありがとう」
「ああ……」
 そこへティエリアからの通信が入る。
[アレルヤ、予定通りトランザムで帰投する]
「了解。……マリー、加速Gに気をつけて」
「分かったわ」
 マリーが頷くのを見て、アレルヤはトランザムの起動スイッチを入れた。
 セラヴィーとアリオスは紅く輝き、夥しい量のGN粒子を放出しながら急加速する。
《アレルヤ、そんなに悲しまないで。私もこうしてあなたの顔を初めて見ることができた。覚醒したあの時も、一瞬だけど、あなただって、すぐにわかった》
 意識共有領域内でマリーがアレルヤに呼びかける。
《僕もこんな風に君とまた会って、こうして言葉が交わせるようになるなんて、思ってもみなかったよ》
《うん……。ねぇ、どうしてたの。超人機関を脱出してから。教えて》
 マリーがそう落ち着いて尋ねると、アレルヤは過去の記憶を思い出し重苦しく答える。
《……処分を免れようとして、仲間と一緒に施設から逃げたんだ。君を連れて行かなかった事を最初は後悔した。でも、それで良かったんだ》
《何が、あったの?》
《仲間と……輸送船を奪ってコロニーから脱出した。でも、行く宛てなんてどこにも無い。僕達は漂流を続け、やがて艦内の食料や酸素が底をつき、そして……》
 漂流する輸送船内でハレルヤの人格が覚醒し、生き残る為に仲間を全員殺害。
 その事を伝え終えると、マリーはアレルヤの悲しみを感じ取って言う。
《……知っていたわ。あなたの中にもう一つの人格があった事は。そして、さっき助けに来てくれた時もそうだったでしょ?》
 意識共有領域内でアレルヤは首をふるようにして返す。
《言い訳になんかできない。ハレルヤは僕だ》
《でも!》
《唯一生き残った僕は運命を呪った……超人機関を、この世界を。……だから、世界を変えようとガンダムマイスターになることを受け入れたんだ。超兵にできるのは、戦う事しかないから……》
 マリーは沈黙し、今度はアレルヤが尋ねる。
《マリー、ソーマ・ピーリスの時の記憶は……?》
《……あるわ。彼女の人格も》
《だったら分かるだろ。僕のした事。僕は……殺したんだ。仲間を、同胞を。この手で皆の命を二度も奪ったんだ……》
 意識共有領域内で、マリーはアレルヤの手を黙ってそっと握りしめた。
 アレルヤは何も言わずとも伝わってくる優しい感情に言葉を返す。
《……マリー。……僕はソーマ・ピーリスがマリーだと知って、救いたいと思った。戦場に出てくる君をせめて戦いに出なくて済むようにと思って、あの時、呼んだんだ》
《アレルヤ……》
《でも、それも結局こんな巻き込むような形になってしまって。しかも、それが叶った今、何をすればいいのか……。こんな僕が、君にしてあげられることなんて……》
 マリーは握ったアレルヤの手を自分の体に引き寄せるようにする。
《いてくれるだけで嬉しいの……》
《マリー……》
 マリーは目に涙を浮かべる。
《だって、あなたに出会えたのよ? 五感がなく、脳量子波で叫ぶしかない私に反応してくれたのはあなただけ。あなたのお陰で私は生きている事に感謝できたの。そんなあなたをこの目で見つめることができる。話す事も、触れることだって……! こんな時が訪れるなんて》
《マリー……》
 マリーは手を握ったまま静かに目を閉じる。
《神よ、感謝します。アレルヤ……》
 それを見て、アレルヤも感謝の気持ちを伝える。
《……ありがとう。生きていてくれて。ありがとう、こんな僕に生き甲斐をくれて》
《アレルヤ……》
 そして、やがてトランザム限界時間が到達した時、アレルヤの虹彩は仄かに輝いていたのだった……。


ガンダムによるラグランジュ4に移動中のラオホゥ襲撃は公表される事は無かったが、この件は間もなくスミルノフの耳にも伝わり、スミルノフは複雑な心境ではあるが、ソーマ・ピーリスはマリー・パーファシーの無事を静かに祈った。
そしてこの後、マリーはCBのメンバーへの参加を自らの意思で希望し、仲間に加わる事となる。
しかし、世界の動きはそれとは関係なく、その後軍人から現れ出るイノベイターの扱いに関する問題は起こり続け、それが解消するのは……未来の話。



[27528] ミレイナ「アーデさんアーデさん! お話しして下さいですぅ!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/25 22:04
―プトレマイオス2・ブリッジ―

 時は巡り、西暦2314年初頭。
 ブリッジ内にはティエリア・アーデとミレイナ・ヴァスティのみの二人の姿があった。
 ティエリアは眉間に皺を寄せ真剣にモニターに目を通していたが、そこへウェーブのかかった髪のミレイナがひょこっと後ろを向いて尋ねる。
 御年16歳、大人の女に脱皮中との事。
「アーデさん、今何してるんですか?」
 何気なくソファに近づいて尋ねると、
「……世界の動向の確認をしている所だ」
 ふぅむ、とミレイナは頷き、
「なるほどー。……ミレイナもご一緒しても良いですか?」
 そっと尋ねると、ティエリアは一瞬間を置いて簡潔に言う。
「……構わない」
「では失礼するです!」
 ミレイナは嬉しそうな顔をしてそのままティエリアの横に移動した。
 ティエリアはヴェーダとリンクすれば高速で膨大な情報を確認する事ができたが、ミレイナが来た事でリンクはせずに普通に確認する事にして複数のウインドウを開いた。
 ミレイナはふんふんと頷きながら、開かれるウィンドウを見ながら所々口を挟む。
「これはイノベイターさんの増加グラフですね」
「そうだ。ヴェーダの報告では、2312年からイノベイターとなりうる遺伝子的因子を持った人間が次々と発見され、その情報も交えてライザーシステムを起動させている結果、現在も加速度的に増えつつある。年末には1200万人を越すだろう」
 2312年を境にしてイノベイターは増加の一途を辿り、その総数は800万人に達していた。
「むむ……とんでも増えるですぅ。何故こんな増え方をするのでしょうか?」
「恐らくイノベイターへの覚醒が花粉症のような発症プロセスを踏むからだろう」
「花粉症……ですか?」
 ミレイナはきょとんと首を傾げた。
 ティエリアは丁寧に花粉症の説明から始める。
「一般的な花粉症は人間が花粉に接触する度、アレルギー反応を起こしIgEという抗体が過剰生産され体内に蓄積、それがある水準に達して初めて発症の準備が整った状態になる。この状態で花粉に再び接触すると感作が成立したと言い、花粉症を発症する」
「むぅ」
「……体内に花粉の貯まるコップがあるとする。その体内のコップに時間をかけて一定レベルの発症原因である花粉が貯まり、それが溢れると突然発症する、と考えるといい」
 ミレイナが閃く。
「分かったですぅ! つまりGN粒子は花粉で、体内のGN粒子が貯まるコップにGN粒子が一杯貯まってそれが溢れるとイノベイターさんに発症するです!」
「……大体、そう考えて良い」
 若干突っ込みをいれたい所だったが、ティエリアはそう言った。
 しかし、少しミレイナは頬をふくらませる。
「……でもアーデさん、そこまで簡単に説明してくれなくてもミレイナもそれぐらい分かったです……」
「……それは余計な事をした。済まない」
「あ、いえ! ミレイナのために分かりやすく説明してくれて、ありがとうです」
 ティエリアの返答にミレイナは慌てて両手を振り、嬉しそうな笑顔で言った。
 イノベイター発生の世界分布としては、各国人口密集域に多いのは当然として、CBの武力介入の中心となる中東圏においては比較的多かった。
 そして通常の人間とイノベイター間の能力差による問題は軋轢を生み、イノベイターの増加に伴いその問題も拡大傾向にあった。
「軍人のイノベイターさん達、どうにかならないでしょうか……」
 軍人のイノベイター達の扱いについて悲しげな顔をして言った。
「イノベイターの能力はまだまだ研究が必要な段階だ。イノベイターがその能力を生かす事のできるインフラ整備の為には研究を通して適切なモデルケースの確立を行う事が不可欠。ヴェーダも国連軍の研究データを収集している以上、問題の解消には現状ではまだ時間が掛かるだろう」
「物事の変化には痛みが付き纏う……ノリエガさん達が良く言う話ですか」
「……そういう事になる」
 これまでにイノベイターとなった国連軍MSパイロットで対CB戦に参加した者達はいたが、その場合彼らは尽くコクピット内にQBが現れ出撃キャンセルをさせらた。
 それゆえ、彼らは訓練やその他の場面では目覚しい実績を上げてはいても、対ガンダム戦におけるイノベイターの能力のデータ収集は一度も達成された事が無い。
「QBさんのお陰でイノベイターさん達と戦闘しなくて済むのは助かるです」
「確かに厄介なパイロットを相手にせずに済むのは助かるがあのQBの事だ。恐らく余程イノベイターの数を減らしたくないだけなのだろう」
「利害の一致だよね! ですぅ!」
 QBの真似をして言った。
「ミレイナ、悪いがQBの真似は止して欲しい」
「ご、ごめんなさいです」
 僅かに苛立ちの交じるティエリアに、ミレイナはてへへ、と謝った。
 イノベイターに関する情報流出をQBが行って以降、人々の中に何だかんだ言ってイノベイターになりたいと思う人は多かった。
 その需要を見越してか、国際旅行代理店の中には「中東圏GN粒子ツアー」、キャッチフレーズは「あなたはもしかしてイノベイターになれるかも」というプランを用意する所が現れた。
 CBのプトレマイオスが長期間滞在し、ガンダムが頻繁に出現する中東圏国家群はGN粒子を浴びるスポットとして安定しているが故に。
 そして、ガンダムのGN粒子を浴びてあわよくばイノベイターになる目的での中東圏への旅行が世界的ブームへと発展。
 結果として、中東国家群の経済が活性化し、治安も劇的に向上していくという……どこか皮肉な現象が起きた。
 このブームの裏には中東支援を名目とした王商会やリニアトレイン公社の影がある。
 時に、このようなツアーに参加する者達の乗る飛行機を狙うテロが発生しかけた事があったが、全てお見通しであったCBによって悉く失敗に終わり、旅行客達はGN粒子を浴びる事ができたりと、テロリストの思惑とは余計に皮肉な結果となったりした。
「着実に増える『このツアーでイノベイターになりました!』体験談の効果で王商会傘下の旅行代理店のツアー、凄い好評で売上が鰻登りだと聞いてるです!」
「それがCBの活動資金に回ってくる……とんだ茶番だ……」
 ティエリアは微妙な表情をして言った。
 本当にガンダムのGN粒子を浴びる事がイノベイターへの進化の原因であるのか、という疑問に対しては様々な説があったが、世界的に有名なドクター・テリシラ・ヘルフィやレイフ・エイフマンが「その可能性は高いと見て良い」という肯定する立場を取った事も、ブームの流れを後押しする一因となった。
 尚、ツアーには「当ツアーは絶対にイノベイターになる保証をするものではありません」という免責事項がきちんと存在する。
 ……このようなブームが起きた事で、CBに対する世界の人々の感情は、以前に増して更に複雑になっていた。
 どう見てもCBが中東を基点として活動する事が、結果として中東の治安を改善させ経済を活性化させるという現象を引き起こし、テロは未然に防がれ、人々の意識を繋ぎ、果ては人々をイノベイターへと進化させる……。
 過去に起きたCBショックの再発は各陣営の協力体制とリボンズの手回しにより起こることは無く、確かに色んな意味で世界は日々混乱しているが、本当の意味での酷い混乱ではない。
 CBについてどう思うか、という最近の世論調査によれば「何とも言えない」の割合が随分増えていた。

 そして、世界は2315年を目処に地球統一連邦政府の樹立へと動いていた。
 リボンズ・アルマークによるヴェーダを使っての世界への裏からの手回しにより、中東圏国家群も交えての統一政府樹立が粛々と進んでいる。
 中東政策に対し、消極的、否定的な意見を持つ議員達は軒並みリボンズの手回しで失脚しその勢力を大きく削り、AEU議員ブリジアらの宥和政策を掲げる派閥がその勢力を着実に伸ばしていた。
 また、ガンダムのライザーシステムによるゲリラGN意識共有議会の発生は、一撃で、一瞬にして各政治家の思惑を顕にし、それにより急速に各政府議会の浄化が……多大な混乱と大問題と共に……進んだ。
「今更ですけど、これってある意味テロだと思うです」
「僕達は七年前に活動を開始した時から稀代のテロリストだ」
「そうだったです」

 政治面での一方、軍事面では2311年のCB活動再開から三年の間に国連軍は国家の枠を越えて再編が行われつつあるが、完全な一元化を果たすのは地球統一連邦政府が樹立するのがまず先。
 三年の間に国連軍のGN粒子運用技術も時間の経過の分だけの向上を見せ、GNビームサーベル、GNビームライフル、GNバルカン、GNディフェンスロッドなどの装備は標準搭載されている。
 当然、CBの物とは未だ大きく性能差が開くが、国連軍が自ら治安維持を行う分には、過去に第三国に野放図に輸出されたアンフやヘリオンなどの機体に対しては圧倒的な性能を誇り、GNドライヴの製造に合わせその数を増やし続けていた。
 80歳を数えるレイフ・エイフマンを筆頭にUNION及びAEUを中心とした技術陣は最新新型可変機「ブレイヴ」を開発。
 CBのガンダムに対抗し、全て二基のGNドライヴを搭載するだけ搭載した仕様であり、ツインドライヴではなく、言わばダブルドライヴ。
 更にレイフ・エイフマンは自身で積み上げた理論により、トランザムも実現してみせた。
 当然、システムの名前は「トランザム」という呼称はされておらず、加えて擬似GNドライヴでのトランザムの問題として、GN粒子を使いきってしまうと炉が焼き切れる問題もあり、完全な最終手段としてMSへ搭載されている。
 また、国連軍はプトレマイオスという凶悪な戦艦に対抗し、地上及び宇宙には新型の艦船も就航し始めていた。
「三年で随分国連軍の技術も上がったです」
「トランザムを実現したのは脅威ではある……。だが、依然全く恐るに足らない。こちらも第五世代ガンダムの開発が佳境に入っている」
「はいです! プトレマイオス3もあるですぅ」
 ワクワクしながらミレイナが言った。
「どれも、過剰かもしれないが……」
 いずれ人類が外宇宙に旅立つには技術の開発は役立つのは間違いなのだろうが、ティエリアにしてみれば、どう考えても過剰戦力であった。
 否、第四世代ガンダムと現行のプトレマイオス2の時点で明らかに過剰。
 そこへフェルト・グレイスがブリッジに入ってくる。
「ミレイナー、こうた……」
「グレイスさん!」
 わぁっとミレイナは声を上げた。
「こ、交代……する?」
 ミレイナはささっとフェルトに近づき、耳打ちする。
「……できれば、後でお願いするです」
 そして、真顔であった。
「わ、分かったわ。……じゃあ、また後でね」
 う、うん……とフェルトが頷くと、ミレイナはガッツポーズをして言う。
「グレイスさんも、頑張って下さいです!」
「な、何をっ」
「何でもです!」
 慌てるフェルトにミレイナはしたり顔でそう言った。
 逆に恥ずかしくなったフェルトはそのままそそくさとブリッジから再び出た。
「はぁ……」
 とりあえず、フェルトはそのまま自室に戻ることにした。
 が、
「お。どうしたフェルト」
 通路で偶然ロックオンと出くわした。
「ろ、ロックオン!?」
 思わずフェルトはうわぁっ、と大きな声で驚いた。
 ロックオンもつられて驚く。
「おぉっ。ど、どうした。そんな声上げて。……ミレイナと交代するんじゃなかったのか?」
 大声を上げた事を気まずいと感じながらフェルトは説明する。
「う、うん……。ミレイナにもう少し後でお願いしますって言われて」
「おぉ、そうか。ミレイナも頑張るなぁ。っとそれじゃ、俺は格納庫に行って来る」
「う、うん」
 そして、ロックオンは格納庫へと向かって別れた。
 一方、スメラギ・李・ノリエガは作戦立案室で第五世代ガンダムの情報を見ていた。
「イアンさん達……手を抜くつもりは無いとは言ってたけど、この先、どこまで行くのかしら……」
 スメラギはイアンやシェリリン達始め、CBのメカニック達の事を思いながら呟いた。
 GNT-0000-1、ガンダムダブルオークアンタ。
 GNT-0000-2、ガンダムサバーニャ。
 GNT-0000-3、ガンダムハルート。
 GNT-0000-4、ガンダムラファエル。
 CBT-0000-3、ガンダムオメガ。
 第五世代ガンダム群。
 2313年末に木星からまた新たに完成した六基のオリジナルGNドライヴが届き、CBが現在保有するオリジナルGNドライヴの数は計23基。
「この調子だと……」
 そこへ、唐突にヴェーダからの情報が表示される。
「え……木星の有人探査船が地球圏に向けて勝手に動き出した……? 何故……?」
 船籍番号9374、船名:エウロパ。
 約130年前に木星有人探査計画の為に地球から旅立った巨大な宇宙船。
 乗組員の殆どがCBの関係者であり、木星周囲六ヶ所にGNドライヴ建造艦を造り、20年掛けて五基のGNドライヴを製造、地球圏に送還後、乗組員は全て死亡、GNドライヴ建造艦はモスボールされ、エウロパ自体は事故に偽装されてこれまで放置されていた。
 エウロパが勝手に動き出したのは、一隻のGNドライヴ建造艦からの情報であるが、現地での対応は実質不可能に近かった。
 木星の赤道面での直径は14万2984km、円周に換算して約44万9000km。
 対して地球の赤道面での直径は1万2756km、円周に換算して約4万km。
 地球の約11倍の大きさ。
 そして、木星の衛星の数は65。
 その中でも特に巨大な四つのガリレオ衛星というものが存在し、木星に近い順にイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと言う。
 ガリレオ衛星で最も外側の直径4806km、水星と同規模の衛星カリストは木星から約188万kmの位置を公転している。
 そして、六隻のGNドライヴ建造艦の位置する場所は互いに200万kmは優に離れた距離に存在しているのである。
 そんな中、突然高速で移動しだしたエウロパの追跡を行うのは言うまでもなく困難であった。
「地球圏到達は……」


―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 リボンズが一人、広間のソファに座っていた。
 スメラギと同じくエウロパが動き出した事を知ったリボンズも不思議に思っていた。
「何故、あの船が今更……。それに、動力も無しに」
 そこへQBが突然現れ、落ち着いた声で言う。
「とうとう、彼らがこの星にやって来てしまった」
 問いただすようにリボンズが言う。
「QB。……それはどういう意味だい」
「僕らQBに続く、来るべき対話の時だよ」
「まさか、来たるべき対話は数世紀先の……君たちは例外だが」
 リボンズは言いかけてすぐに表情を顰めた。
「僕らが君達人類有史以前からこの星に来ていたんだ。別にいつ他の生命体が来てもおかしくはないよ」
「……確かに、そう言われればそうだ。君はエウロパに乗っているという……その異星生命体を知っているのかい?」
 探るようにリボンズは尋ねた。
 あっさりとQBは答える。
「知っているよ。僕らからそれを君達に全て伝えるのは簡単だけど、それで良いのかい?」
 リボンズは思わずフッと息を吐く。
「……何の為の来るべき対話なのか、という訳か」
「先に言っておくけど、これは君達人類の問題だ。僕らの力を借りなければ、未知との遭遇を乗り越えられないと言うのなら、人類はそれまでだ」
 リボンズはその突き放すようなQBの発言に目を細める。
「人類が滅べば君達は感情エネルギーの回収に問題を来たす。それは君達にとってはありえない筈だろう」
「そうだね。だから僕らは最低限の事は既にした。人類が最悪滅ぶようなことにはならないから安心してよ!」
 即座にQBは消えた。
 リボンズは息を吐き、眉間にそっと手を当てる。
「……これは何だか、今までに無く、嫌な予感しかしないな……」
 第五世代の最終調整、早めた方が良さそうだ……。
 QBが確かに最悪の事態にはならないように何かをしたのだとは嘘を吐かない習性から理解はしたが、同時にQBが何か碌でも無いことを考えているのは間違い無いと、リボンズは確信した。


とうとう訪れる、それでも早過ぎる、本当の異星生命体との来るべき対話。
最初のイノベイド、リボンズ・アルマークは人類の存亡をかけて静かに立ち上がる。
QBは信用ならない。
地球六十億を超える人類はこれから起きる事を、まだ何も知る由もない。










本話後書き

何か閑話的な物を挟んだ方が良いのかと思いつつ本話、大分短いですが、時間軸は劇場版ガンダム00、突入です。
どうしようもない2ndで、完全にだらけ気味になって来ていましたが、本ネタもいよいよ終わりが見えて参りました。
その割に急ぎ足な感に自覚はありますので、何かご要望があれば感想板でご意見(例えばグラハムはどうしてる?などなど……)を頂ければ幸いです。
そして、SERAVEE様、イノベイターに関する花粉症による説明、感想板で教えて下さり改めて、ありがとうございました。
本編中で解説するとしたら、大体こんな感じなのではないかと、ネタにさせて頂きました。



[27528] ELS「やあ」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/30 09:07
―プトレマイオス2・作戦立案室―

「エウロパに異星生命体……?」
 地球圏に接近するエウロパに関するQBの話を聞かされたスメラギ・李・ノリエガがモニターに映るリボンズ・アルマークに向かって呟いた。
[どうやらそうらしい。どんな生命体なのかは現段階では殆ど分からないが、一つ分かるのはエウロパで近づいてきている以上、QBのようにどこからともなく現れたり消えたりはしないという事だろう]
「本当に……殆ど分からないようなものね……。QBが既に最低限の事をしたというのも気がかりだし……」
 スメラギが顎に手を当てて言うと、ティエリア・アーデが言う。
「順当にQBの利益を考えれば、異星生命体が地球を襲うという構図は魔獣の増加原因になりえる。QBが自らその異星生命体を地球圏に導いた可能性も否定はできないが……」
[それは次にQBが現れた時に聞くしかないね。QBは彼らが来てしまったと言ったが、まだ敵性があると断定するのは早い。QBが僕達のミスリードを狙っているだけの可能性もある]
「そしてQBのせいで逆に難しく考えすぎてしまわないようにも気をつけないと深みにはまってしまうかもしれない……」
 そうスメラギが呟いて、三人は大体全部QBのせい、と思った。
[いずれにせよ情報の集まらない今、第五世代とプトレマイオス3の完成を進めるよ]
「そうね、分かったわ」
 そこで通信は終了した。
「エウロパが地球圏に到達した時が問題だ」
「エウロパの動き方次第によるけど、迂闊な対応方法を取るのは危険ね。ヴェーダと連携してできるだけ対応パターンを考えておくわ。それまでは通常の活動を続けましょう」
 スメラギとティエリアは頷いた。

 そして、その言葉通り、CBの活動は継続して行く。
 人革領・広栄地区のレアメタル採掘基地へ、武装集団による制圧作戦が行われるとの情報がヴェーダから伝わり、速やかにスメラギがミッションプランを立案した。
 ブリッジにて、クリスティナ・シエラが報告する。
「ダブルオーライザー、0023をもってファーストフェイズを開始します」
「了解よ。刹那、頼むわね」
 スメラギがそう刹那・F・セイエイに通信を入れた。
[了解。これより広栄地区のレアメタル採掘基地への武力介入を開始する。刹那・F・セイエイ、作戦行動を開始する!]


CBのガンダムは圧倒的性能を誇りながら、その活動以来そのスタンスとQBの介入もあって、各軍のエース級パイロットはその数を実質減らしていないと言っても過言ではない。
かつてのフラッグファイターは全員現役、AEUのエースパイロットも然り、人革連の超武においても同様であった。


―UNION領・ソルブレイヴス地上基地―

 基地内の通路を歩きながらビリー・カタギリが驚きまじりに言う。
「しかし、GNドライヴを二基搭載した機体を皆乗りこなすなんて流石だよ。初期開発段階では一基の予定で、二基搭載型は指揮官用として検討していたんだから」
 不敵な表情でグラハム・エーカーが言う。
「その程度、大した障害でもない。ガンダムが二基搭載している以上、乗りこなせないなどと言っていられない。それに聞いたぞ、カタギリ」
「何をだい?」
「イノベイターパイロットはブレイヴを以てしても『この際ガンダムにでも乗りたいですね』と言ったそうだと」
 やや憤慨してグラハムが言うと、カタギリが苦笑する。
「ああ、その話か。君は本当にいつも耳が早いね。まあこういうのも悔しいけど、確かに彼らの能力はガンダムレベルでないと本領を発揮できそうにないのは事実だからね」
「イノベイターか否かが、MSパイロットとしての能力差を絶対に分かつものではないと敢えて言わせてもらおう」
 グラハムは目を閉じて言った。
「……そう言ってる君はいずれイノベイターになりそうだよ。イノベイター云々以前から君は常識離れしていたし、あの情報が流れた時は僕はすぐ君がイノベイターなんじゃないかと疑ったぐらいだ。思い当たる節が多すぎてね」
 言ってカタギリは両手を広げた。
 鋭い心眼、異様に当たる直感、高Gにも耐えてみせる強靭な体、空間認識能力、状況判断能力、元から十分高いグラハムはQBのイノベイター情報発表当時、真っ先に周囲からイノベイターの疑惑を持たれたことがあった。
「それは誉め言葉と受け取っておこう。ところでカタギリ、ガンダムとその母艦のあのオールレンジ兵器、開発は進んでいるか」
 カタギリが首を振る。
「進んではいるけど、まだ実用には難しいね。正直一つでもいいから取って来て欲しい所だよ。君は感情が乗っているなんて言ってたけど、イノベイターに言わせると脳量子波で操作しているというのだから驚きだ。そんな技術、脳量子波研究の一番進んでいる人革でも未知の領域だからね」
 グラハムが部分的に反論する。
「だが、脳量子波を抜きにしても機械的な動きをしている物はプログラムで制御しているのだろう」
「どっちにしても、あんな制御技術、見本があるからといって早々開発はできないよ。まずCBとは製造上の基盤が違うだろうし、今試作型の実験をしているのもかなり大型だ。もちろんCBも最初は大型な物を最初に開発して小型化していったんだろうけどね」
 グラハムが唸る。
「……確かに、アレの一つでも取ってきた方が早そうではあるな」
「しかし、ガンダムの身持ちは堅いよ」
「それは私の台詞だ」
 カタギリは、はは、と笑う。
「それは失礼。とはいえ、ブレイヴが完成したものの、中東圏へのCB討伐作戦は現状凍結継続と軍上層部が決定してしまっているから鹵獲する機会は、偶然交戦する事になった時だけだけどね」
「中東国家群の経済、治安共にCBが観光目的となって改善し、最早欠かせないものにすらなっているのは皮肉だが……悪くはない。惜しいが、我々は我慢しよう」
 やれやれ、とカタギリは言う。
「そうだね。残る機会といえば……都市部へのガンダムのGN粒子散布に対し、領空侵犯で防衛に出るのが正当とは言え、そもそも物理的に攻撃する意思が皆無なのは明らか、加えてガンダム自体は高度上空を高速で通り過ぎるせいで……色々複雑としか言いようがないねぇ……」
「全くだな」
 そこへグラハムの持つ端末に通信が入る。
「私だ」
[グラハム・エーカー少佐、司令がお呼びです。至急お越しください]
「了解した」
 言って、端末の通信を切った。
「何だろうね。……僕は先に行かせてもらうよ」
 カタギリは不思議そうな表情で言い、グラハムと別れた。
 グラハムは司令室で、ソルブレイヴス隊への任務に関する説明を受ける。
 全ての始まりはUNIONの高軌道ステーションの観測所で木星から放出されている木星電波の波長に変化の発生が確認されてから。
 その後、観測班は更に地球圏に飛来してくる物体を確認、データと照合した所、有人木星探査船エウロパの残骸だと判明。
 船の破損状況から、隕石か何かが衝突して針路が変わったと推測されたが、実際そうであるとしたら何億分の一の確率である。
 そして、これが観測所から政府と軍に伝わり、
「地球圏に接近する過去の探査船……」
 今に至る。
「質量が大きい為、ミサイルによる軌道変更作戦を行うが、対象の移動速度は非常に高速との情報だ。それに伴いMS隊も同行させる事になった。速やかに宇宙へ上がってもらいたい」
「はっ! グラハム・エーカー少佐、ソルブレイヴス隊、これより任務遂行に取り掛かります!」
 グラハムは敬礼し、ソルブレイヴス隊は宇宙での木星探査船撤去作業への任務に着任する事となる。


―プトレマイオス2・ブリーフィングルーム―

 ミレイナ以外の乗員全てがブリーフィングルームに集まり、モニターはコロニー型外宇宙航行母艦CBと繋がっていた。
「で、スメラギさんよ、こんなに集めるなんて珍しいが何の話だい?」
 ロックオンが尋ねた。
「……とても重要な話をするわ。地球圏に接近している有人木星探査船エウロパの件よ」
「国連軍が撤去作業に動き出したというあれですね」
 クリスティナが言った。
「ええ。そして、問題なのは、エウロパには異星生命体がいるらしいという事なの」
 スメラギは頷いて腕を組んで言った。
「何だって?」「えっ!?」「異星生命体?」「マジっすか」「おいおい」
 皆が驚く中、刹那、ティエリア、アレルヤ・ハプティズム、加えてイノベイド達は沈黙を貫いた。
 そこへ、リボンズがモニターを介して言う。
[ただ、これはQBから聞かされた話だ。先行調査に向かったフェレシュテからの報告では船体スキャンを掛けた結果、生体反応は無かったんだ]
「え?」
 フェルトが声を上げたが、リボンズが続ける。
[だが、QBが嘘を吐いていない前提で考えれば、既存の技術で生命体を発見できないと考えるのが妥当だ。動力も無く真っ直ぐ地球に向かっているのは自然現象ではありえない]
 急速に場は真剣な空気になっていく。
「そう。……考えられるのは幾つかあるけれど、今リボンズが言った通り発見できないだけでエウロパの中に未知の力を持った生命体がいる可能性、そしてQBの言う異星生命体が直接エウロパに乗っているのではなく遠隔操作している可能性、このうちのどちらかの可能性が高いと私は考えているわ」
「なるほどな……」
 ロックオンが呟いた。
「いつぞやに聞いた来るべき対話って奴か」
[その通りさ]
 ラッセの発言にリボンズが答えると、ロックオンが尋ねる。
「ちょっと待った。QBがエウロパに異星生命体がいると言い出したって事は、QBは異星生命体の事を知ってるんだろう。だったら」
 全部言い切る前にティエリアが口を挟む。
「QBは我々を試している。同時に、何かを企んでいると見て間違いない」
[QBはこう言ってすぐに消えたよ。『これは君達人類の問題だ。僕らの力を借りなければ、未知との遭遇を乗り越えられないと言うのなら、人類はそれまでだ。僕らは最低限の事は既にした。人類が最悪滅ぶようなことにはならないから安心してよ』とね]
 リボンズの説明に皆呆れる。
「何それ……」
「何なんだ一体。ったく、QBの奴……」
「しかももう何かした後なんすね……」
「訳が分からないな」
 微妙な沈黙の後、アレルヤが口を開く。
「それで、どうするんです。これから宇宙に上がるんですよね」
 スメラギが頷く。
「もちろん、そのつもりよ。国連軍は軌道変更を行うつもりだけど、私達は異星生命体だと知っている以上、それにただ任せてはおけないわ」
「対話を試みる必要がある」
 沈黙を貫いていた刹那が低い声で言った。
「刹那」「刹那……」
 スメラギはゆっくりと頷く。
「……刹那。ええ、そうね。行きましょう」
 そう言うスメラギの顔は決心に満ちていたが、心の底にはひたひたと嫌な予感がしていた。
 QBの「彼らが来てしまった」という発言、刹那が以前魔獣に対しては対話を失敗している事、果たして上手くいくのかどうか……と。


―月軌道外周・ヴォルガ級航宙巡洋艦―

 地球から月までの38万4400kmを優に越えた宙域を国連軍の三胴式の形状をした航宙巡洋艦三隻が航行していた。
 積載MSは計18機、全てブレイヴである。
「隊長、CBは来るでしょうか」
 ダリル・ダッジが尋ねた。
 グラハムが唸る。
「このタイミングで地上からCBの母艦が宇宙に上がったという情報、その可能性はあると見て良いだろうな」
「CBの奴ら、我々が失敗するとでも思っているんですかね」
 ハワード・メイスンが顔を顰めた。
 グラハムが笑う。
「そうだとしたら、舐められたものだな」
 概ね、MSパイロット達は保険の為であり、重要な任務とは言えある意味ただのゴミ掃除というつもりであり、対ガンダム戦に比べると余程緊張は薄かった。
 そのまま三隻の巡洋艦はエウロパの迫る進路へと向かい続け、間もなく作戦開始の時が近づく。
 艦長を務めるリー・ジェジャン中佐に、オペレーターからの報告が上がり、
「目標を望遠カメラが捕捉」
 モニターに巨大な船体をしたエウロパの姿が映る。
「船籍番号9374、船名エウロパ。130年程前に木星探査に向かった船のようです」
 ジェジャンが簡潔に指示する。
「念の為、船体内部の様子のスキャンを」
「了解」
 ブリッジ内の士官達がエウロパに対しスキャンを掛けて調べ始めた。
「生体反応、ありません」
「分かった。予定通り、プランD34に従いミサイル攻撃でエウロパの軌道変更を図る。MSパイロットには出撃準備に入るよう通達せよ」
「了解!」
 プランD34の作戦プランは至ってシンプル。
 巡洋艦三隻によるミサイル攻撃で、地球へと向かうエウロパの軌道を変えるというもの。
 エウロパは130年前に建造された船であるが、木星への長期間の航行を行う為、積んだ資材の量は膨大であり、それに伴い船体は酷く大きい。
「ミサイル一斉発射!」
「ミサイル発射!」
 命令と共に、三隻の巡洋艦から大量のミサイルが一斉に発射される。
 ブリッジのモニターにはミサイルがエウロパに命中し、爆発を引き起こす映像が映る。
「ミサイル、全弾目標に命中しました」
「探査船の軌道変更率を出せ」
「了解」
 すぐに士官達は端末を操作し、エウロパの軌道変更率を割り出す。
「なっ! 軌道変更率、予定の二割にも達していません!」
「何? ……やむを得ん、順次第二波、第三波ミサイル発射! MS隊も出撃させよ!」
「り、了解!」
 ジェジャン中佐は一瞬驚き、直ぐ様腕を振って指示を出した。
 各巡洋艦の艦底のハッチが次々に開いていく。
 グラハムはブリッジで判明した情報にギリ、と奥歯を噛み締める。
「あれだけのミサイルを被弾したというのに、ルート変更が計画の二割にも満たないとはな! ソルブレイヴス隊、目標を叩くぞ!」
 グラハム機の発進に続き、17機のブレイヴが出撃し、一気に二重円の軌跡を描きながらバーニアを噴かし、エウロパに向かっていった。
 ソルブレイヴス隊がエウロパを射程圏内に捉えるまでの間、第二波、第三波とミサイル攻撃が敢行される。
 しかし、一向に軌道は変更せず、地球圏への進路を取ったままだった。
 一隊六機ずつのV字編隊三つが高速で飛ぶ中、グラハムが声を上げる。
「一体どういう事だ……? ええい、構わん! 射程内に入った! ソルブレイヴス隊、全機、ドレイクハウリングを使用し目標を破壊するッ!」
[了解!][了解!][了解!][了解!][了解!]
 巡航形態のブレイヴの機首であるGNビームライフル「ドレイクハウリング」の銃身が即座に横にスライドして展開され、最大出力モードへと変形する。
 瞬間、銃身が甲高い音を上げて十八条の圧縮されたオレンジ色の粒子ビームがエウロパに着弾した。
 被弾部分が爆発し煙を上げるが、一射のみでは依然不足。
「各機散開! 探査船の船体各接続部を狙い、順次破壊を試みるッ!」
 指示通り、各機は散開し、エウロパの特殊な外観で見て取れる接続部を狙い、猛烈な攻撃を開始した。
 粒子ビームが当たる度、船体各所は爆発を起こして行く。
 しかし、軌道が変更する事はなく、三分が経過した時。
 Eセンサーに反応が現れる。
「この反応は……ガンダムかッ!」
 モニターには緑色のGN粒子の軌跡が映った。
 向かってくるのはダブルオーライザー、ケルディム、巡航形態のアリオス、セラヴィーの四機。
 刹那が目を細めて呟く。
「あれか?」
 何の反応も……いや!
 そこで突如エウロパが変化を見せた。
「何っ!?」
 グラハムはモニターに映る現象に驚く。
 船体外部金属表面の一部が銀色に変化して溶け出し、そこから同じく銀色の小型の漏斗状の物体が次々と現れ、ガンダムの方へと高速で飛来し始めた。
「馬鹿なっ!」「な、何だあれはっ!?」
 ソルブレイヴス隊員は一斉に驚きの声を上げるが、変異性金属体はブレイヴを無視してガンダムの迫る方角へとわらわらと湧いて出て行く。
「ッく!」
「何だありゃッ! まさか本当に!」
 ロックオンが言い、ティエリアが目を見開く。
「異星生命体!」
「これは、なら金属の生命体だとでも……うっ、ぐぁッ!」
 言葉の途中でアレルヤは強烈な頭痛を覚える。
「ッ、ぅくぁァッ! 何だ、この感覚、はッ……!」 
 そして刹那も同時に同じ症状になり、表情を歪め、瞳孔が開いたり閉じたりし始める。
 通信でその声を聞き、ロックオンが呼びかける。
「どうしたアレルヤ! 刹那!」
 しかし、二人はまともな返事をする事無く、その場から明後日の方角に急に離脱し始めた。
 ダブルオーライザーとアリオスがそれぞれ二方向に散開し、その後を急速に変異性金属体が追い始める。
「刹那! アレルヤ!」
 ティエリアも呼びかけるが、ロックオンからの通信が入る。
[ティエリア! アレルヤを頼む! 俺は刹那をっ!]
「ッ、了解した!」
 ケルディムとセラヴィーはすぐにそれぞれダブルオーライザーとアリオスの後を追い始める。
「うっ、くゥッ、何なんだ、この、感覚はッ」
 アレルヤは操縦桿を引き倒し、アリオスの速度を最速に引き上げ、二重円の軌跡を放出し、猛烈な速度で変異性金属体を引き離しに掛かった。
「これはッ……くうゥッ!」
 刹那は追跡してくる変異性金属体を必死に機体を操作し、避けながら逃げ続ける。
「ッチ! 異星生命体だか何だか仕方ない! 狙い撃つ!」
 ロックオンは痺れを切らし、迂闊に攻撃はしないようにスメラギに言われた事を頭の中から振り払い、攻撃を開始した。
 一方、訳のわからない現象を目にしたソルブレイヴス隊は慌てていたが、グラハムが喝を入れる。
「ええい、狼狽えるな! 全機、攻撃続行ッ!」
 一体何が、何が起こっている……ッ!
[り、了解!] 
 しかし、そこへ直ちにオレンジ色のGN粒子を放つ輝くガンダムが先程とほぼ同じルートから更に新たに現れる。
 四機の2ガンダム。
「プラン通り行くよリヴァイヴ、リジェネ、アニュー! トランザムッ!」
 四機の2ガンダムは紅く輝き、変異性金属体が魚の群れのように連なる川目掛けて全面開放した強烈な粒子ビームをGNメガランチャーから放ち、一気に薙ぎ払う。
 四機は各一射を終えると、ヒリング機とリヴァイヴ機はエウロパへとGNメガランチャーの急速チャージをしながら直進し、アニュー機とリジェネ機はダブルオーライザーとアリオスの後を追う形で変異性金属群を掃討しながら別れた。
[国連軍のパイロットに告ぐ! これよりエウロパの破砕を行う! 斜線軸上に入るな!]
 リヴァイヴは有視界通信を行い、グラハム達にそう指示を出した。
「何っ!? くッ、総員、ガンダムの斜線軸上から退避だ!」
 そう反射的にグラハムは通達すると、他17機は直ぐ様エウロパから離れた。
「チャージ完了。GNメガランチャー、発射ッ!」
「GNメガランチャー、行っけえッ!」
 二機の構えるGNメガランチャーは同時に凄まじい高音を上げ、高濃度圧縮された粒子ビームがエウロパの船体を両端から同時に襲う。
 中央で二条の太いビームが合わさる寸前で今度は上下にビームが別れ、エウロパの船体が十文字に切り裂かれ、盛大な煙と共に爆発を起こした。
「な、何て火力だ……」
「あれがガンダムの力……」
 その光景をモニターで見ていた、巡洋艦のブリッジでは初めてまともに目にしたトランザムモード時のガンダムの火力に唖然としていた。
 ヒリングとリヴァイヴ機は更に続けてエウロパの船体に二射のGNメガランチャーを放ち、エウロパを完全にバラバラにした所でトランザムを解除し、ある程度の大きさなった破片に対しても次々に砲撃を加えて行く。
 そこへ、ダブルオーライザーが離脱した方角の宙域で膨大な翠色の輝きが発生したのが分かった。
「ダブルオー?」
「刹那・F・セイエイ、ライザーシステムを」
 反射的にそちらの方角をヒリングとリヴァイヴは見た。

 刹那は頭痛を堪えながら、ロックオンとアニューがかなり数を減らしていた、追跡してくる変異性金属体に向けてライザーシステムを作動させていた。
「ッ、お前達は何者だっ! 何を求めてここに来たァっ! 答えろぉぉォォーッ!」
 意識共有領域に刹那の意識が跳ぶ。
 刹那は七色の雲間のような空間で落下しながら両手を広げる。
《答えてくれっ! お前達の目的はっ!?》
 次の瞬間、刹那の目の前の光景が複雑に変化する色彩を見せる。
《ッは!? うくッ!》
 一気に膨大な情報が刹那の意識に流れ込み、
《ぅ、うおぉぁぁぁァァーッ!!》
 その奔流を受け止めきれず、刹那は対話に失敗した。
「う、うぁアぁアァぁぁ――ッ!!」
 同時にダブルオーライザーに小型の変異性金属体が突撃して右腕、左足、頭部に付着し、コクピット内に叫び声が上がった。
 一旦離れるように言われていたロックオンが即座に声を上げる。
「刹那ァッ!」
 しかし先に動いたのは虹彩の輝くアニューだった。
「トランザム」
 GNメガランチャーを投げ出し、二度目のトランザムで擬似GNドライヴが焼き切れる危険性を無視して猛烈な速度でダブルオーライザーの元に接近。
 みるみる内にダブルオーライザーを侵食していく変異性金属体に対し二振りのGNビームサーベルを引き抜きそのまま鮮やかに右腕と左足を切り落とし、切断した部位はGNビットが即座に消滅させ爆発が起きる。
「フッ」
 続けて頭部には躊躇なくGNビームサーベルで突きを入れて切断し、同じくすぐに爆散させた。
「…………チッ」
 対処を終えると、アニューは小さく舌打ちし、トランザムを解除すると虹彩の輝きは無くなった。
「な……」
 その鮮やかな早業にロックオンは絶句した。
[……ダブルオーライザーを。プトレマイオスに帰投しましょう]
「あ、ああ……。流石、迅速な判断だったな」
[どうも。でも今のは私ではありません]
 その返答にロックオンは間の抜けた声を出す。
「……は?」
[気にしないで]
 リボンズが特殊能力「インストール」を行使し、アニューの意識を一時的に乗っ取って自分で動かしたのであった。
 一方、アリオスの方は機体そのものの最大速度の関係で追いつかれる事は無く、小型変異性金属体の魚群は後方からティエリアと少し遅れて現れたリジェネがGNバズーカとGNメガランチャーで掃討し切り、無事何とかなっていた。
 エウロパの対処に当たったヒリングとリヴァイヴはその場の流れでソルブレイヴス隊と協力する形で、探査船の破片で巨大な物を粗方処理し、素早く細分化した。
 後は地球圏に落ちても常識的に考えれば大気圏突入時の空力加熱で燃え尽きるであろう状態に……。
「ガンダムは行ったか……。ソルブレイヴス隊、一度母艦に帰投する!」
 グラハムは2ガンダムを見送って、そう指示を出した。


―プトレマイオス2・ブリーフィングルーム―

「まずは皆、お疲れ様」
 スメラギが刹那を除くガンダムマイスター達に労いの言葉を述べた。
「ミススメラギも、見事な戦術予報でした。意識共有領域の影響を考慮して擬似GNドライヴに換装しておいたのは正しかった」
 リヴァイヴがそう返すと、他の者達もそれぞれにスメラギに言葉を返した。
 再びスメラギが口を開く。
「さて、色々確認する事はあるけど、まずは……。モレノさん……刹那の容態を教えてもらえるかしら?」
 言って、スメラギはメディカルルームにいるモレノに通信を入れ、モニターに姿が映る。
[ああ。……はっきり言うが、脳細胞にダメージを負っている。既に脳細胞の再生処置を施してはいるが、意識や記憶に障害が残る可能性がある。治るかどうかは……イノベイターの能力に掛かっているかもしれない。今の所言えるのはそれぐらいだ]
「……分かりました」
 スメラギが返答するとモレノのモニターが閉じる。
「ライザーシステムの意識共有が失敗した上に脳細胞にダメージだなんて……。魔獣の時には無かったのに」
「刹那……」
 そこへモニターに今度はリボンズが現れる。
[その事については僕からも説明をさせて貰うよ]
「リボンズ」
[ヴェーダの判断では刹那・F・セイエイは異星金属生命体との意識共有を図った際、相手の膨大な情報を受け止めきれ無かったようだ。恐らく魔獣の時よりも一層強烈だったのだろう]
 アレルヤが言葉を繰り返す。
「膨大な情報……」
「それが受け止め切れない限り、ライザーシステムであろうと、クアンタムバーストであろうと対話は不可能だと言う事か……」
 ティエリアは考えるように言った。
[方法が無い訳ではないよ]
「……ヴェーダか」
[そう言う事さ]
 スメラギが仕切り直すように尋ねる。
「……アレルヤ、あの異星金属生命体に攻撃をせず、どうして離脱したの?」
 アレルヤは俯きがちに答える。
「……すいません、僕自身、良く分からないんです。ただ、何となく直感的に離脱するしかないと思って……」
「イノベイターとしての直感……」
 ティエリアが呟くとリジェネが口を開く。
「アレルヤ・ハプティズム、君は何かを感じ無意識に反応した。つまり、これはあの生命体自体に意思があると言う証明になる」
「遠隔操作説の線は無くなりましたね」
 リヴァイヴが冷静に言った。
 今度はティエリアが尋ねる。
「アレルヤ、呻いていたのはどういう事だ。昔、脳量子波の干渉を受けた時のようだったが」
 アレルヤは右手を腰元に上げて言う。
「……ああ。それに近いよ。あの生命体からは理解出来ない強烈な脳量子波が発せられていた。それが僕を、いや、僕と刹那の頭を刺激したんだと思う」
「やはり、脳量子波に惹かれて……」
 ヒリングが頭の後ろで組んでいた腕を降ろして言う。
「けどさ、何か不自然じゃない? 脳量子波なら人間は誰だって少なくとも微弱でも発してるし、あたしらだって使える。実際ビット使ったけど全然寄ってこなかったし」
 リヴァイヴが台詞を引き継ぐ。
「そして実際にイノベイターだけを狙った……」
 スメラギが口元に手を当てる。
「強い脳量子波にだけ惹かれる特性があるのか……それとも、最低限の事はしたと言うQBのせい、かもしれないわね。もしそうだとすれば……」
[QBの思惑はやはり魔獣に絡んでいる]
「ええ。……そういう事になりそうね」
「どういう事だ?」
 分からん、とロックオンが尋ねた。
「理解不能で強烈な脳量子波を発する異星生命体。それがもう今1000万人を越えたイノベイターに影響を及ぼすとしたら……という事よ」
 微妙な表情でスメラギは答え、ロックオンは理解した様子になり、
「っはぁ、なるほど。全く碌でもないな、QBは」
 吐き捨てた。
 そしてブリーフィングルームにため息の音が響いた。
 一同ロックオンと同意見。
 沈黙の中、それを破るようにヒリングが軽く指を立てる。
「ま、結局こーして一応片付けたし、平気じゃない? また現れたりしない限りはさ」
[脳量子波を用いる生命体という時点で、その可能性は、残念ながら大いにあるだろうね]
「げ」
「あぁ……嫌な予感しかしない……」
 この先を憂うようにアレルヤが呟いた。
 この後、プトレマイオスの乗員は刹那の回復を祈りつつ、コロニー型外宇宙航行母艦CBへと進路を取った……。


大気圏で燃え尽きず、地上に無事落下してしまう破片。
奇々怪々すぎる現象が、世界に未曾有の混乱を撒き散らす。
異星生命体との遭遇、それは異変を知らせる始まりの鐘。



[27528] ELS「待ってよー!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/30 08:51
木星探査船エウロパは国連軍とCBによって破壊。
細分化された破片の一部はサンプルとして回収され、残りは空力加熱で燃え尽きると想定されていた。
しかし、破片は燃え尽きず世界各地に落下したという情報が判明するのにそう時間は要しなかった。
そして、不可解な現象が発生し始める。
人革領アジア地域に落下した破片に国連軍が回収と調査に向かうと、軍の車両が一人でに動き出し、回収班に被害が発生。
AEU領モスクワ市街地では無人の車の暴走による自動車事故。
AEU領カナリア諸島では港に停泊していた全ての船舶が中央部から割れるように損壊。
AEU領ドイツではテロでもなく、大規模な地下鉄での列車衝突事故。
人革領モンゴル地区では変電施設がごっそり無くなり太陽光受信基地からの送電が停止。
そして、酷く気味の悪いモノが猛威を奮う。


―人革領・オムスク都市部郊外・住宅街―

 二年の間にアーミア・リーは自身がイノベイターに革新した確信を得ていた。
 余り得意で無かった体育も身体機能の向上のお陰で得意な授業に代わったり、元々得意であった物理や数学も空間認識力の関わる分野に関しては驚異的な理解力を発揮、状況判断能力の向上で大変空気の読める子になり、果ては周囲の皆が考えている事を何となく察せられるようになったり、場合によっては心の声が完全に読めてしまったりと、最早イノベイターに変革している以外にありえなかった。
 しかし、アーミア自身はそれを悟ってからはイノベイターである事を周囲から気味悪がられるのを恐れ、できるだけ隠すようにして生活していた。
 そんな中、この前の健康診断のデータにエラーが出て再検査になる事を告げられ、直感的にまずいなぁ、と思った日の帰り道。
 友達と一緒に住宅街に入りもうじき家の近くに着こうかという時、アーミアは急に足を止めた。
「どうしたの?」
「ぅ……あっ……」
 アーミアは頭を手で抑え、二三歩ふらついて後退し、瞳孔の開きが目まぐるしく変化し始める。
「大丈夫アーミア!? 頭痛いなら早く家に!」
 アーミアは背中にそっと触れる友達に手で触れ返す。
「ち、違うの……っぁ。……く、来るっ」
「な、何が来るの?」
 ザッ、と音が住宅街に響く。
 友人がふと前方を見て、混乱する。
「な、何……あれ」
 目に映ったのは透明感の溢れる際立つ驚きの白さ。
 そしてしなやかに伸びきった肢体。
 人と思わしき体をしているが、頭部に致命的な異常が。
 人間の胴体にサイズを合わせたかのように、頭部がQB。
 つまりQ頭身。
「に、逃げ、てっ!」
 呼吸も不規則にアーミアは声を絞りだし、Q頭身に背を向けて走り出した。
「あ、アーミア!」
 すると最高に不気味なQ頭身は無表情で両腕を全力でギュンギュン振り重厚な足音を響かせながらアーミアを追跡しだした。
「ひっ!」
 咄嗟に友達は飛びのいてQ頭身を避け、地面に尻餅をつく。
「っ、こ、来なぃでっ……!」
 アーミアは苦悶の声を上げながら、必死に走り、逃げていく。
 呆然とそれを目にし、友人は慌てて震える手で端末を取り出す。
「あ、アーミアが変質者にっ……。ほ、保安局!」
 急いで番号を入力し保安局に通報した。
 頭にQ頭身の「叫び」が響きながらも、イノベイターであるアーミアの判断は早く、すぐに鞄を途中で投げ出し、全力で都市部へと走っていた。
 人気のある街中に入ると、道行く人々は強烈な存在感を放つQ頭身を見て叫び声をあげたり、唖然としたり、偶然イノベイターの因子持ちであった場合は酷い頭痛に頭を抑え、瞬く間に騒ぎに発展する。
「くっ、ぅっ」
 そのような中、アーミアは一路保安局に向かって走っていた。
 そこへ友達が通報した事で保安局の方向から保安局員の乗る車が近づいてくるのが見えた。
「はっ、はぁっ」 
 全力疾走し続け呼吸が辛くなりながらも尚アーミアは必死で走り、Q頭身はペースを崩さず足音を立てて猛然と追い立てる。
 前方で車が急停止し、素早くニ名の保安局員が飛び出し銃を構える。
「後ろの奴、止まれッ!」
 しかしQ頭身は止まらない。
「君! 車へ!」
 局員の一人がアーミアに呼びかけた。
 アーミアは車へと走るが、
「ッぁ!」
 頭痛の波が押し寄せ、足がもつれて体勢が崩れ、強く打ち付けるような音共にアーミアは転倒してしまう。
 すぐ後ろに迫っていたQ頭身は勢いを落とし清々しいまでの無表情でアーミアに手を伸ばす。
「離れろッ!」
 局員は銃を発砲し、地面に威嚇射撃をした。
 が、Q頭身は怯まず動き続ける。
 銃声と共に、威嚇射撃二射目。
 しかし意味無し。
 アーミアは苦痛に顔を歪めながらも何とか立ち上がろうとしたが、Q頭身に接触されてしまった。
「ぇうぅァいゃぁあァ――ッ!!」
 一際大きな絶叫がこだます。
 そしてQ頭身は形状を瞬く間に刺のある輝く鉱石のように変化し、侵食を途中で止めた。
 その光景を付近で見ていた人々は戦慄し、若い女性は恐怖に叫ぶ。
 結局直接発砲できなかった局員が愕然とする。
「何なんだこれは……!」
「ぐ、軍の附属病院に連絡をっ!」
 この後……軍の回収班によりアーミアは宇宙局技術研究所に収容された。
 また、このようなイノベイターへのQ頭身による半身同化事件が世界各地で発生、被害者が出る度に専用施設に収容、イノベイターを執拗に襲うQ頭身の情報は世界に震撼を与えた。
 Q頭身の変異性金属体が全速力で腕を振って市街地を走る様は、イノベイターに取り付く事を抜きにしても最高に気味が悪く、気持ちの悪い映像で、世界的ニュースになるしかない。


―人革領・国連軍宇宙局技術研究所―

 青白い照明の灯る薄暗い研究室には、何人もの研究者達がモニターと端末を前に作業を行い、三名の研究者がテーブルの上のケース内の金属片を囲んで話をしていた。
「破片の分析の結果、微量の宇宙放射線が検出されただけで組成構造共にこれといった特徴は出ませんでしたね」
 メガネを掛けた研究者が言った。
「この回収された金属片を分析する限りでは特筆すべき点は無い。しかし、現実に起こった事象を考えるに何も無いという事はありえない」
「軍の報告によれば探査船から湧き出した金属群は二機のガンダムを追い、破壊された破片は大気圏に突入しても燃え尽きず、地上へ落下。そして地上ではQBの頭部を象った人形がイノベイターを襲っている……。この金属は活動状態では自力で移動し、強い脳量子波を発するイノベイターに向かって惹かれる特性があると見るのが妥当ね」
 長い赤髪の宇宙物理学者、ミーナ・カーマインが言った。
 研究室のメインモニターに変異性金属体に体の半分を侵食されたアーミアの姿が映る。
 生命維持装置を付けられ、アーミアはかろうじて生存していた。
 三人はアーミアについても議論を交わし、その途中、研究室の扉が開く。
「レイフ・エイフマン教授、ドクター・テリシラ!」
 気づいた研究者が言う通り、レイフ・エイフマンとテリシラ・ヘルフィそして、
「ビリィー!」
「っわ」
 ミーナは声を上げると同時にビリー・カタギリに一人突撃して押し倒し、馬乗りになってくねくねしながら喜びを顕にする。
「私に会いに来てくれたのね! あぁ、うっれしぃー! あはっ」
「み、ミーナ、君は相変わらずだね……」
 ビリーが困ったような表情で言った。
 しかしエイフマンとテリシラはそれを華麗にスルーし、研究所内で挨拶を交わし、話に入る。
「御覧ください、イノベイターであったこの少女の肉体組織のほぼ半分が金属へと変化しています」
 エイフマンが目を見張りながら唸る。
「うぅむ……。さしずめ地球外変異性金属体……ELSとでも言った所か」
 復帰していたカタギリが言う。
「それは良い呼称ですね、エイフマン教授。……それにしても、この状態で生存しているとは。現在のこの金属の状態は?」
「現在、活動を停止していると見られ、構造は把握できていません」
 研究員が首を振ると、カタギリは目を細める。
「それは厄介ですね……」
 カタギリの左腕に絡みついたミーナが上目遣いに言う。
「それにね、ビリー。回収された破片は落下した全体の二割にも達していないの」
「それがイノベイターを狙う……」
 テリシラが呟くと、エイフマンは杖を突き直して重重しく言う。
「事は重大じゃな。他に起こった不可解な事件から推測するに、移動の過程で他の物質と同化しその質量を増やしている可能性は高い」
 研究者が言う。
「国連軍は既にイノベイターを脳量子波遮断施設に避難させるように動き始めてはいますが……混乱は免れないでしょうね」
 地球統一連邦政府が樹立しているならまだしも、未だ三陣営政府の現状、そして悪い意味でインパクトのありすぎるQ頭身ELSはとでもではないが情報統制しきれるものではなく、脳量子波遮断施設への避難も足並みが揃うのに時間を要する。
 だが、ただテリシラはこの状況下、ヴェーダから送られてくる情報で地上に落下したELSは秘密裏に処理し続けられている事を知っていた。
「ELS……」
 7年かけて生み出され続けたイノベイド魔法少女達が今や魔獣だけではなくELS相手にも処理作業を実行している……。
 取り込まれてしまうと判明した実体弾が効果をなさなくとも、魔力攻撃ならELSには有効。
 ELSがイノベイターしか狙わない……。
 QBの絶妙な匙加減のような物を感じるが果たして。
 そして何故、ELSはあのような気味の悪い姿を……。
 テリシラは不意にQ頭身の姿を思い出し、顔を顰めた。


―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB・司令室―

 コロニー型外宇宙航行母艦CBの司令室は運用に向けて動き出し、CBのメンバーの殆どが各所ラグランジュ群の基地から集結し、作業に入っていた。
 リボンズ・アルマークはそれでも足りない人員を補う為にヴェーダを使って地上で社会に紛れて生活しているイノベイドを必要な分だけ覚醒。
 そしてヴェーダを通じてイノベイド魔法少女達によるELSの処理状況が順調に進み、地上での事態がようやく沈静化した事を確認していた。
 プトレマイオスクルー達は地上で事件が起こり始めた際、すぐに地上に降りて対処に当たるべきだと言ったが、そちらにはフェレシュテを対応に回させるとリボンズは言い、更にはここにきてイノベイド魔法少女の存在を暴露、対処に当たらせている事を示唆した。
 それにより、CBはプトレマイオス3と第五世代ガンダムの最終調整に専念し、加えてガンダムオメガの量産が月面基地のファクトリー及び航行母艦CBの両方で開始された。
 天井までの高低差のかなりある巨大な司令室の最上段でスメラギ・李・ノリエガが思い出すようにリボンズに言う。
「本当に、地上の事態が沈静化して良かったわ」

 地上の異変発生時、モニターでQ頭身を見た時の事。
「な、何なのこれは……」
「何故、QBの顔が……」
 スメラギとアレルヤ・ハプティズムがありえないものを見たように呟き、ロックオン・ストラトスも頬をひくつかせる。
「軽くトラウマになるぞ……」
「私気持ち悪い……」
「ミレイナも気持ち悪いですう!」
「怖い……」
 順にクリスティナ・シエラ、ミレイナ・ヴァスティ、フェルト・グレイス。
「……ホントっすね」
「何がなんだか……」
 リヒテンダール・ツエーリとラッセ・アイオンは訳が分からない様子だった。

「恐らく、これからだよ」
「そのために、打てる手は打つ……」
 スメラギは慌ただしく皆が動く様を見て思う。
 国連軍でELSと呼称され始めた異星金属生命体の行動パターンは融合。
 基本的に近接戦闘は厳禁……ELSの行動目的が何であるにしても、連射性能と威力を兼ね備えた粒子ビームによる迎撃が有効手段になる……。
 そこへ司令室内にアラート音が鳴り響き、メインモニターに木星が映しだされる。
 今まさに木星の大赤斑に次々とデブリが吸い込まれて行く所であった。
「一体何!?」
 スメラギの反応と同時に司令室内で端末を操作していたCBの人間オペレーターの何人かが頭痛に声を上げる。
「うっ、ぁあァッ!!」
 痛みに両手で頭を抑えだした。
「どうした!」「どうしたの!」
 それぞれ付近の仲間が近寄り、気にかける。
 イノベイターの因子持ちであった彼らが早急に司令室から医療室へと運ばれて行く中、木星の変化が更に加速する。
 ガリレオ衛星のうち二つ、イオとガニメデが内部から塵と化すように崩壊し吸い込まれる。
 塩基配列0666型の赤髪のイノベイドが報告する。
「イオ、ガニメデが消滅!」
 慌ただしくコンソールを操作しながらオペレーター達の声が次々と上がる。
「木星大赤斑に局所的重力場が発生しています!」
「リングが崩壊、次々と吸い込まれています!」
「大赤斑を中心に半径6万km規模が中心へ!」
「軌道エレベーターの天文台でも同様の観測結果が出ている模様!」
「信じられない……木星に穴が……!」
 オペレーターがモニターを目に呟いた。
「こんな事が……」
 スメラギも唖然とする中、付近の扉が開き、アレルヤが頭を片手で抑え駆けつけてくる。
「っは、はぁっ、くっ、一体何が……!」
「アレルヤ!」
 すぐ後ろに付いてきていたマリー・パーファシーが心配して言った。
 次の瞬間、木星に空いた穴から大量にELSの群が湧いて出現し始める。
 数m大の漏斗状、ナイフ状、角棒状の小型は勿論、400m規模の複雑な紋様のある白熱電球状、三本の触手のある蛸状、同じく三本の鉤爪状の大型も多数出現。
 瞬く間に木星の大赤斑を中心として広がって行く。
「え、ELSの大群が……」
「何てことなの……」
 司令室が愕然とする中、スメラギが指示する。
「ELSの地球圏到達までの時間を出して!」
「り、了解! ……地球圏到達まで95日です!」
 素早く計測すると、95日という厳然たる数値が判明する。
「たった三ヶ月……これが来たるべき対話に与えられた時間なの……?」
 止むこと無く木星の穴から湧いて出るELSの大群はその後一本の大河をなすように移動し始め、全てのELSが常時強烈な脳量子波を放ち、イノベイター及びイノベイターの因子を持つ人々に甚大な影響を与え始める。
 その数、数億人。
 局所的な戦争よりも、億単位の理解不可能なELSに対する恐怖という負の感情は極上の質。
 更に標準で計六十億を超える人類全体の言い知れぬ不安が。
 遂にQBの狙い通り、魔獣が加速度的に増え始める。


―UNION領・経済特区・東京・JNN本社―

[木星、大赤斑の異常と共に出現した謎の異星体、通称ELSの大群が太陽系の中心部へと移動しています。しかし現段階では地球圏へのルートに乗るかどうかは不明です。現在各国政府は来年の地球統一連邦政府の設立を前倒しする形で、国連下での緊急時特別政府議会の設置に向けて……]
 絹江・クロスロードは社内のモニターで今まさに流れている報道を見上げていた。
[イノベイターである市民の皆さんは念の為、軍の有する脳量子波遮断処理施設への避難を……]
「ELS……」
 一体地球は、どうなってしまうというの……。
[また、予てより異星生命体を自称するQBとELSとの関係は定かではありませんが、JNNでは……]


―UNION領・国際連合・緊急時特別政府議会―

 可及的速やかに設置された議会は紛糾していた。
「木星から異星人が攻めてくるなどただの夢想にしかすぎん!」
「異星人ではなく変異性金属体です」
「どっちでもいい!」「細かいこと言うなぁ!」
 あちこちから怒声の交じる発言が飛び交う。
「有人探査船はELSの斥候という可能性もある!」
「そうだ!」
「我々が狙われないという保証はどこにもない!」
 反論が飛ぶ。
「しかし、木星からの物体が絶対に地球に来るとは限らない!」
「何を楽観的な事を! イノベイターが集中的に狙われている以上来ると考えるのが道理! 現に被害が出ているではないか!」
「そもそもCBがGN粒子など撒き散らすからこういう事になったのではないか!」
 最早今更な発言をした議員に対し、ブリジアが発言する。
「過ぎてしまった事はどうしようもありません! 市民に対して私達は何らかの対策を打ち出す必要があります」
 勢いづいたようにブリジア派の議員が声を上げる。
「一般市民のイノベイターの隔離! 脳量子波遮断施設の建造を!」
「それだけでは甘い! 軍備増強! 先手を打つ! それしか市民を守る方法はない!」
「闇雲な軍備増強は費用負担の問題から世論の反発を招きますぞ!」
 緊急時特別政府議会は紛糾するが、それより現実の前に毎夜苛烈な戦いを続ける者達がいた。


―AEU領イタリア―

 ビル群の屋上にそれぞれ出現した十三体の魔獣に対峙し、同じくビルの屋上で槌を構える緑色の髪の女性がいた。
「はぁッ!」
 リリアーナ・ラヴィーニャは空を飛び、柄を伸ばしながら巨大へと変化させ一体の魔獣を消し飛ばす。
「っく!」
 しかし、普段よりも明らかに数の多い魔獣は、大気を震わせるようなうめき声を上げ、両手の指から光線を放つ。
 リリアーナは熟達した魔力操作により、その光線の雨を一気に上方の空へと飛び上がる事で避け、追尾してくる光線を掻い潜り可能な物は槌で防ぎ切る。
「数が、多い! でもッ!」
 高速で空を飛びながらリリアーナは着実に一体一体の魔獣に狙いを定めて槌を振るい消しとばす。
 その場での激しい戦闘終了後。
「はっ、はぁっ。……皆の所に加勢に行きたいけど、私が離れればこの街が……」
 消耗もするが、それに比例して集まったコアを使用してソウルジェムを浄化して行く。
 そこにQBが話しかける。
「リリアーナ、北地区にも8体の魔獣が出たよ。次々湧いてキリが無いね」
 冷ややかな目でリリアーナは呟く。
「北地区……ね」
 リリアーナはQ頭身のニュースを見た際、当然にQBに問いただした。

「QB、今日のニュースのアレは何」
「僕らに続くこの星へ来訪した異星生命体さ。僕らの頭部に擬態しているのは想定外だけど、君達人類が壊滅的な被害を受けないよう僕らから情報を伝えた時に体の一つが吸収された影響だろうね」
「異星生命体……?」
 いつも通りの明るい子供のような声でQBは言う。
「そうだよ。僕らが何もしなければ、彼らはイノベイターだけでなく普通の人間にも構わず同化してしまう所だったんだ。最悪、人類が滅びるような事にはならないから安心してよ」
 その代わりただでさえ強力な脳量子波をELSは常時最高水準で放つようになったけどね、とはQBは言わなかった。
 嘘ではないにしても、はっきり言って、全く隠す様子も無く人類の危機すら感情エネルギーの回収に利用しているとしか思えないQBに、リリアーナは普通にイラついたが個人的な感情はどうあれ、魔獣を倒さなければ被害が出るのは変わらない。

 私は希望を抱いて、まだ魔法少女として生き続ける。
「行くわ」
 リリアーナはまだまだ希望を宿した目で北の方角を見た。
「頼むよ」
 しかし、史上稀に見る魔獣の超大量発生は一定以上の戦闘力の水準に達していない魔法少女にとっては地獄であり、死地である。
 AEU領内の教会の建物に住むリリアーナの知る魔法少女達は魔獣との戦いの中で精神的に磨り減り、コリーン・リーベルトは成人を迎える前に円環の理に導かれてしまう。
 しかし、それも有史以前から延々と続く魔法少女となった者の宿命である。
 QBにしてみれば、戦いに耐え切れなくなった魔法少女は円環の理に導かれるのみであり、その穴は死を恐れぬイノベイド魔法少女で埋めれば良く、一部の高い能力を持った人間の魔法少女しか残らないのならばそれはそれで構わない。
(遅かれ早かれ、結末は一緒だよ)
 厳然たる事実を、QBはただただ述べるのみ。


地球はELSの来訪により混迷し、経済や治安が不安定になり始める。
ELSがイノベイターを狙うという情報が明らかなせいで、イノベイターと周囲に知られている人々はただでさえELSの脳量子波に苦しめられているにも関わらず、周囲からは近くにいられると危険だとして排斥され、人革タワー低軌道ステーションの脳量子波遮断施設への移動を余儀なくされる。
しかし、1000万人を越えたイノベイターを全て収容するのは物理的に不可能であり、イノベイターと同じく、数億のイノベイターの因子を持つ人々もELSの脳量子波から逃れたくとも行き場が無く、時にはその症状から既にイノベイターであると疑われる。
果てはイノベイターを根絶しさえすればELSは来なくなると標榜する過激な団体が現れ、イノベイターに否定的な勢力によるイノベイターを狙ったテロが起きる。
それに対し、CBは擬似GNドライヴと太陽光発電システムからの受電を可能とした改造をプトレマイオス2に施した。
超人機関出身の新人ガンダムマイスター、レオ・ジークを加えたフェレシュテは、プトレマイオス2Fを新たな母艦として地上に降下、秘密裏に武力介入を実施した。
最悪の事態を想定しELS対策を進めていたCBであったが、ELSが近づいてくる所へとこちらから向かうには二の足を踏んだ。
刹那は依然意識不明の重体、アレルヤもELSの脳量子波の影響でとてもではないが出撃不可能。
航行母艦CB内の脳量子波遮断処置の施された部屋で主に生活し、そうでない時は脳量子波遮断スーツを常時着ていたが、それでは対話ができないのだ。
そうこうしている内に、木星に更なる異変が起きる。
直径3000kmの超弩級ELSの出現。
月とほぼ同じ大きさを有するそのELSは膨大な量の木の根が複雑に絡み合うように形成されているかのような球体。
球の上下には細く針のような物が伸び、球の周りには惑星の環のように小型ELSが群を成す。


―ほむホーム―

「これはまるでグリーフシード……!」
 少女はマジカル☆モニターを見て驚愕に立ち上がった。
[本日新たに木星より出現した物体は大型のELSと認定されました。直径は月とほぼ同じ。その規模から見て太陽系各所、特に火星、地球圏への影響が懸念されますが現在この大型ELSは木星宙域に留まっています。市民の皆様は各機関の指示に従い……]
「その驚き方だと、君の言う前の世界ではグリーフシードはあんな形だったのかい? 僕らは見たことが無いから分からないけど」
 影からタイミングよくQBが現れた。
 少女は振り返り、QBを見下ろすように言う。
「……QB、あれは本当にただの異星生命体なの」
「そうだよ。この宇宙では一般的なタイプの生命体だね」
「あれが、一般的……?」
 少女が不思議そうにしていることが理解出来ないとばかりにQBは言う。
「僕らにしてみれば全ての個体が独立して別個に感情を持っている君達人類の方が稀有な生命体なんだよ」
「そう。そうだったわね……」
 前にも聞いた事があると、少女は思い出したように言った。
「それで、ELSが地球に来る目的は何なのかしら」
「それは挨拶だよ」
 当然だよね、と言うQBに対し、少女は理解出来ない様子で呟く。
「挨拶……?」
「そうだよ。今もELSは脳量子波でメッセージを送り続けている。君達が理解できるかどうかは別だけどね」
 脳量子波が強すぎて彼らにとっては逆効果だけど、お陰で魔獣が増えている、とは言わずにQBは首を傾げた。
「あなた達、仲介するつもりはないの」
「僕らですら最初は人類を理解するのに時間が掛かったんだよ。僕らは観察という方法で時間を掛けて理解したけど、彼らは同化するのがその手段なんだ。それを直接でなく僕らを介して間接的に都合よく簡単に伝えられると思うかい?」
 その説明に少女は沈黙し、QBが続ける。
「君達人類にとって彼らがそうであるように、彼らにとっても人類は言わば想像だにもしなかった未知の存在だよ。彼らに人類の在り方を教えるのは全く存在しなかった概念を一から教えるようなものだ。だから僕らは最悪君達人類が滅んでしまわないように最低限の事はしたんだ」
 充分手助けはしたつもりさ、と言わんばかりのQB。
「それが、ELSがイノベイターしか襲わない理由……という所かしら」
 少女は最早Q頭身について突っ込みはしない。
 否、突っ込みたくなかった。
 QBは少女の問いに、ひょいっと椅子に乗って言う。
「具体的にそう行動するように伝えた訳ではないけど、そうだね。もちろん僕らも情報を伝えただけで、彼らの行動が今後変化しないという絶対的な保証はできないよ」
「……そう。でも、現状、魔獣が増えてあなた達は良いわよね」
 冷ややかに少女が言うと、QBは屈託の無いとても可愛らしい声で言う。
「そうだね!」


ELSの群が一本の途切れることのない川となって地球に続々と迫る。
人類の存亡をかけて国連軍が動き、CBは切り札を欠きながら世界に天上人の力を示す。
来るべき対話の始まり。
それは、人類の目覚めなのか。










本話後書き

Q頭身「正直これがやりたかっただけだよ!」

まだ映像補完していない方、興味のある方、またアレを見てようかなという方はQ頭身とgoogle先生にお願いすれば、一番上に某所の解説記事が出る筈です。



[27528] 刹那「ネ申!」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/09/30 09:35
ELSはシンプルな生命体である。
ELSが地球圏に飛来して来るのは小型ELSの一つが木星のワームホールを通り抜けて出てみた所、地球から発せられる脳量子波を感知しつつ偶然エウロパに突撃し、そこでQBも混ざってきたので纏めて同化し、地球に自身達と同じく脳量子波を使用する生命体がいるので単純に彼らなりのコミュニケーションを図ろうとしているだけなのである。
ELSに人類への敵対意思は無いのだ。
ただ人類にとって問題なのはELSのコミュニケーション方法が融合だという事で、加えてELSは有機生命体における死の概念を知らない。
ELSは全ての群体合わせ、意識は一つしか持たない生物であり、肥大化した個体内で意識を共有するためには脳量子波が不可欠。
ELSは他者を知ろうとすると同時に、自身達の事を伝えようともしているが、脳量子波による彼らのメッセージは一度に何から何まで全てを纏めて発せられており、その情報量の膨大さは人間の許容量を遥かに凌駕している。
それゆえ、ELSの脳量子波を感知する人々にとっては理解出来ない強烈な「叫び」としか感じられないのである。
ELSがイノベイターに引き寄せられる理由は当然イノベイターが強い脳量子波を持つから。
これまでELSが同化を試みたイノベイター達はELSの直接による「僕らのことを教えてあげるよ!」という親切心からの情報注入を途中で拒否しシャットアウトし全員意識不明の重体で済んでいるが、ELSにしてみれば自己紹介していたら何故か途中で聞いてくれなくなってしまった上、人間側の自己紹介は一切して貰っていないという状態。
依然としてELSは「にんげんよくわからないなー」という所だが、まだまだ諦めていない。
ELSがQ頭身に擬態する理由は、エウロパで人体の形状を学習し、更にQBが既に地球人類と共存しているのを知り「僕らもQB先輩みたいに共存したいんだ! この姿で分かるかな? 今から全部一度に説明するからイノベイターの皆、僕らとお話しようよ!」という意思表示なのである。
しかし、とんでも逆効果であることをELSは知らない。


―AEU領・軌道エレベーター・高軌道ステーション―

 カティ・マネキンは自ら志願し、ELSの地球圏進行に対する防衛のため、宇宙艦隊を率いて出撃する事が国連軍で決まっていた。
 本作戦にはセルゲイ・スミルノフ大佐、パング・ハーキュリー大佐なども志願しており、それぞれ艦長として指揮する予定であった。
 しかし、作戦に向けて準備が進められていた中、政府及び軍上層部へCBからの声明が入り、作戦が修正される。
 士官室で端末を見ながらマネキンが呟く。
「CBの有する量子型演算処理システム・ヴェーダに対する一部アクセス権の許可……」
 このようなものがCBにはあったというのか……。
 技術水準が余りにも違いすぎる……!
 これもイオリア・シュヘンベルグが計画のために考案したとでもいうのか……。
 だがそうであればこれまでのCBがあれだけの武力介入を行ってこられたのも頷ける。
 マネキンは真剣な表情で両手を動かして行く。
 ネットワークに接続されるあらゆる情報端末から情報を収集するヴェーダへの一部アクセスが国連軍にも可能になるという事は、迅速な世界情勢のリアルタイムでの現状把握が可能となり、各陣営間での連携に時間がかかっていた問題も同様に素早く済ませられるという事を意味する。
 また、CBは国連軍によるELS進行への防衛作戦への参加を表明していたが、これには一つ裏事情が存在した。
 国連軍の計画にはイノベイターの軍人を乗せた艦船を囮としてELSの進行ルートを変更させようという計画があった。
 しかしそれを察知したCBは、六十億を超える地球市民を守るのが軍人の使命とはいえ非人道的な作戦である事に加え、艦船やMSを同化される事を危惧して介入に入った。
 現状ELSは小型と大型のみで構成された群が木星から延々と6億kmを優に超える距離を途切れることなく連なって迫ってきており、超弩級ELSは未だ木星から動いていない。
 交戦するとなれば気の遠くなるような消耗戦となるのは確実で、安定した補給体勢の確保が必須。
 そのため、それこそ補給もままならない火星圏付近まで出撃しイノベイターを囮とする作戦は打てる手は全て打つと言ってもはっきり言って悪手でしかなく、ヴェーダによる予測でもELS全ての進行ルートを変更できる確率は無残にも0%という数値が弾きだされた。
 そして、CBは月軌道付近での地球防衛のプランを国連軍に提示し、その配置は前衛にCB、後衛に国連軍というものであった。
「あのガンダムが数十機……。何なんだこれは……」
 マネキンは外観一枚絵のデータのみであるが、作戦に参加予定のガンダムを見て眉間に縦皺を寄せて拳を握りしめた。
 第四代ガンダムはマネキンも見た事はあったが、まだ見たこともない第五世代ガンダムと特に量産機であるガンダムオメガの厳密には明示されていないがその総保有数には言葉を出す気力も起きなかった。
 改めてCB掃討作戦が不可能である以外にありえないと考えざるを得なかったのである。
 そして、この噂は国連軍MSパイロットの間には既に広まっており「そんなにあんなら俺に一機よこせよ、ったく」とゲイリー・ビアッジことアリー・アル・サーシェスは悪態を吐いたとかなんとか。
 まだ生きてた。


―月軌道付近・絶対防衛線―

 来たるべくして来たる大群ELS出現から95日後。
 銀色のELS群の先頭が地球圏に到達し、人類側による防衛戦が既に始まっていた。
 コロニー型外宇宙航行母艦CBの司令室からリボンズ・アルマークが通信で指示を出す。
[S31に向けて次弾、GNブラスターライフル、発射]
 CB号の付近に展開する真白を基調に一部パーツが黄色くカラーリングを施されたガンダムオメガとこれまで運用され続けていた2ガンダム数十機のツインアイが光る。
 銃身は超高濃度圧縮する過程でプラズマを帯び、両腕で構えられたV字のシルエットを描くGNブラスターライフルの先端がELS群の方角を捉え、コクピット内でトリガーが一斉に引かれた。
 数十本の最早禍々しい光とも呼べるような粒子ビームが飛ぶ。
 地球にひたすら直進するELSの大群を薙ぎ払い、ビームが通った宙域のELSは小型大型に関わらず悉く消滅した。
 外観は2ガンダムの特徴を色濃く受け継ぎながら、GNドライヴを肘からアイガンダム以来から続く尖った両肩のショルダーパッド内に格納されているガンダムオメガは、ダブルオークアンタと同様に見た目にはスッキリしているがその性能は間違いなく第五世代。
 GNブラスターライフルを撃っているだけの為、2ガンダムとの違いははっきりとはしないが、確実に性能的に向上している。
 一射終了と共に、GNブラスターライフルは熱を排出し、各機はその間、機体すぐ側の使用済み自動誘導式大型GN粒子貯蔵タンクのライフルとの有線接続を切り、新たに届いた同タンクに接続を切り替え、GN粒子急速チャージ補助を開始する。
[S29に向けて次弾、GNブラスターライフル、発射]
 数秒で次弾が再び発射され、CB号自体からも各砲台からの電子レーザーが絶え間なく発射され、ELSの地球到達を妨害し続ける。
 粒子貯蔵タンクがCB号と各機の間を間断無く行き来し、擬似GNドライヴの電力量が少なった機体はCB号に帰投しては迅速にイノベイドパイロットの交代と共に擬似GNドライヴの換装が行われ、完璧にローテーションで動いていた。
 CBの戦術予報士スメラギ・李・ノリエガとリボンズ達を中心に三ヶ月の間に考案された長期の継続性、安定性、効率性を最も重視した地球圏防衛の為の戦術プランの一つである。
 しかし、これでも撃ち漏らしが発生し、すぐにELSの川が分割する事もまた想定済みであり、そのためのプトレマイオス3とガンダム。
 月軌道の外周かつELSの直進コースとならない地点にコロニー型外宇宙航行母艦CBが駐留し、新造のプトレマイオス3とガンダムはそこからやや離れた宙域にいた。
「ここから先へ通す訳にはいかないッ!」
 ティエリア・アーデの宣言と共に巨大な武装モジュールを両肩及び頭に纏うように装備する白と紫色のラファエルガンダムはGNブラスターライフルと、二対のGNビッグキャノンの二種類をそれぞれ交互に間断無く放ち、ELSの進行を防ぐ。
 実質MS一機分に相当する武装モジュールはツインドライヴの同調の性質上、全て大容量GN粒子コンデンサーに貯蔵されたGN粒子を使用している。
「GNブラスターライフル、発射!」
 白く輝く銃身から桃色の粒子ビームが半円を描くように放たれた。
 脳量子波遮断スーツ無しには頭痛に苛まれていたアレルヤ・ハプティズムは、ハレルヤが本気を出せばELSの脳量子波を遮断するという他の誰にもできない事をやってのけられる事で、戦線に、しかも最前線で遮断スーツ無しで参加していた。
 その発覚時「だったら最初からやって欲しいよ」とアレルヤは速攻で言ったが、ハレルヤは「ずっとやるのは面倒だ」と言って話は終了。
 ハレルヤが遮断できると言えどイノベイターの脳量子波を発している事は変わらず自らの存在がELSを引き寄せてしまうが、アレルヤとハレルヤは巡航形態のハルートを完璧に乗りこなし、囮と迎撃の流れを自身で完結させ、繰り返していた。
 アリオスを更に越えた速度を出す事のできるハルートは後方を追尾してくるELSの群を余裕を持って引きつけ、
「いくぜぇぇぇッッ!!」
 強烈なGのかかる逆噴射でELSが対応し切れない地点に移動しMS形態に変形、再変形を繰り返して軌道角度を急速変更し、サイドコンテナ先端の主砲であるGNキャノンを弧を描く用に放ち引きつけたELSを一網打尽にする。
「まだまだだぁぁァーッ!」
 戦意の高揚しているハレルヤはそのままELSの大群の中に単体で突撃して行きMS形態と巡航形態の変形を自由自在に行い360度ありとあらゆる方向にめまぐるしく夥しい量のGNミサイルを発射しGNソードライフル及びGNキャノンからの粒子ビームを連射。
 まさに一騎当千の力を存分に発揮して行く。
 アレルヤはイノベイターの勘としてはELSと戦うべきではないのは十二分にわかっていたが、対話をするのであれば恐らく超弩級ELSの元に行かなければならず、防衛をしなければならないのも同じで、ハレルヤが「俺らがやらなくても刹那がじきに目を覚ます」とそれこそ直感めいた事を言った。
「ッ!」
 そこへハルートに前後から二体の大型が触手を伸ばして迫る。
 瞬間、後方の大型の一つが巨大な粒子ビームで中心を貫かれ爆散した。
「ロックオン・ストラトス、狙い撃つぜ!」
「狙イ撃ッテ! 狙イ撃ッテ!」「狙イ撃ッテ! 狙イ撃ッテ!」
 全く自重していないプトレマイオス3の側で母艦の護衛も兼ねながらほぼ完全安置からサバーニャに搭乗するロックオン・ストラトスは超々長距離GNバスタースナイパーライフルを以て大型ELSを主に狙い撃ち続けていた。
 その射程距離、一万kmは余裕で捉える性能。
 デュナメス時代の高高度狙撃銃の発展型である。
 秒速約70kmもの速度で移動するELSを大型で的が大きいとは言え、ヴェーダのバックアップも相まって超高速演算処理し目標の動きを正確に予測する事で驚異的な命中精度で次々狙い撃つ様は、寧ろ後方に展開する国連軍に目に毒。
「次!」
 掛け声と共に、僅かに遅れて見事に粒子ビームが命中する。
 また、同じくその付近ではヒリング・ケア、リヴァイヴ・リバイバル、リジェネ・レジェッタがガンダムオメガに、マリー・パーファシーがアリオスに搭乗してGNブラスターライフルを連射していた。
 そのガンダム達の問題の母艦である全長300m超、古い型のオリジナルツインドライヴを一対標準搭載するプトレマイオス3の火器管制は豊富。
 ガンダムにも搭載されている最新型ビットを船体がプトレマイオス2に比べ更に大きくなった分だけ搭載した結果、プトレマイオス3の周囲には今や200基のGNビットが飛び、粒子ビームを連射していた。
 現在大量のハロによってビットは制御され、艦の各所に搭載されているGNキャノンとGNビームガンによる砲撃をラッセ・アイオンとアニュー・リターナーが担当。
 プトレマイオス3はCB号と同じく絶対落ちてはいけない艦だが、GNビットが攻撃のみではなく複数基組み合わさる事で高いGNフィールド展開能力を発揮する機会は今はまだ訪れそうには無かった。
[まだ始まったばかりではあるけど、状況は予測通りと言った所かな]
 ブリッジのモニターにリボンズが映った。
「ええ。……いつELSの動きにどんな変化があるかは分からないけど、これなら進行を食い止める事はできる。あとは刹那の容態だけど……」
 スメラギが心配するように呟いた。
[刹那・F・セイエイは目を覚ますだろう。精密検査の結果では回復の兆候が出ている]
「そう、ね」
[それに……もしそうでなければ、強制的に治療して目を覚まさせる方法もある]
「え……それはまさか」
 スメラギはハッとして聞き返すが、リボンズは淡々と言う。
[そういう事だよ。幾ら進行を今は抑えられてはいても、時間が経過すれば経過するほど不確定要素の増えるこの状況をただ無意味に続ける訳にはいかないからね。それに、今更ではある]
「……複雑だけど、最後はそれしかないわね」
 スメラギはやや俯いて言った。
[ダブルオークアンタは刹那・F・セイエイ、彼が望んだ彼の為の機体。真のイノベイターである彼が乗ってこそだ。ヴェーダのターミナルユニット設置も既に完了している]
 スメラギは頷いて顔を上げる。
「……ええ、分かっているわ。だから今は……」

 月軌道の外周でCBとELSが繰り広げる映像に、月軌道の内周に集結していた国連軍の艦隊とMS群はELSの終わりの見えないような進行には絶望感を拭えなかったが、それと同時に、
「信じられない……」
 いかにCBが恐ろしいものであるか震撼せずにはいられなかった。
 禍々しい粒子ビームを見続ける中、CBはELSがいなければ一体何に、どこでその戦力を使うつもりなのかと、疑問の湧いた国連軍パイロット、士官は多数。
「CBの新型の武装がよもやあれ程の性能を持っていようとは……ガンダムっ」
 グラハム・エーカーは妙な感動と動揺の混じる目でブレイヴに乗る中言った。
 しかし、時間の経過に連れて彼らはCBの余りにも安定した超長時間の継続戦闘を目の当たりにし、ジワジワとまた違った驚愕をする事になる……。


―中東・アザディスタン王国・王宮―

 地上の各地はELSが到達するという確定情報から、シェルターへの避難が進んでいたが、リアルタイムでの報道に僅かばかりの安堵に包まれていた。
[本日、十時間前、地球圏に到達したELSは国連軍とCBにより絶対防衛戦で現在進行を防がれており地上への被害は出ていません……]
 月軌道付近での映像を背景としたニュースを見ながらシーリン・バフティヤールが驚きに呟く。
「まさか、あの大群を防いでいるだなんて」
「CBと国連軍が協力している……」
 マリナ・イスマイールは両手を合わせ、少し嬉しそうな穏やかな表情を見せた。
「マリナ……そうね」
 シーリンはマリナのその言葉に突っ込みたい所はあったが、わざわざ言いはしなかった。
 アザディスタン王国ではシェルターに国民が入りきらず、王宮の全施設を開放して受け入れに当たっていた。
 中東国家はガンダムのGN粒子散布回数が多い地域であり、イノベイターの人口、イノベイターの因子持ちの人口も多かったが、アザディスタン王国に脳量子波遮断施設を建設する事などできる訳も無く、進行は防がれていようともELSの脳量子波に対する恐怖から彼らが逃れる事は不可能であった。
「せめて、ずっと苦しんでいる人達の苦痛を和らげる事ができたらいいのだけど……」
 マリナは脳量子波の影響を受けている民の姿を思い出しながら胸に手を当てた。
「……無理な物を欲しがっても仕方ないわ。ELSの進行が防がれているだけでも奇跡みたいなものなのに正直この状況が延々と続くようであれば、食料の問題を始めとしてじき辛くなるのは時間の問題よ」
「分かっているわ、シーリン。今、私達に出来る限りの事をしましょう」
 この世界情勢においても優しさの伺える表情の変わらないマリナにシーリンはふっと表情を和らげる。
「……そうね。パニックの抑制、民のストレスの緩和、世界平和の象徴のマリナ様の指導力、期待しているわ。私も食糧支援の手配、取り付けられるように動いてみるわ」


木星からのELS進行は昼夜を問うこと無く続く。
夜も更け、眠りに就く時間になった地域の人々の多くは翌朝起きて無事に朝を迎えられるのかと心配で決して良くは眠れない。
そして時間の経過と共に再び今度は朝が訪れれば、絶対防衛戦でELS進行が食い止められているという情報を自身の目で確認にしなければ落ち着けない。
しかしそれよりもやはり過酷なのは前線。
まず一日、24時間の必死の防衛をCBは予てより決めていたローテーションにより交代で休みを取りながら乗り越えるも、しかし日付の変わり目など関係なく対処は延々と続く。
イノベイドがいなければ確実に終わっていたのはコロニー型外宇宙航行母艦CBで言える事だが、プトレマイオス3においても当然に言える事であった。


―CBS-77プトレマイオス3―

 コロニー型外宇宙航行母艦CBにも帰投する事無くプトレマイオス3は活動を継続し、ブリッジにてクリスティナ・シエラが思わず音を上げる。
「つ、疲れる……。いつまで続くのか考えると嫌になってくる……」
「確かにこれは、このままだと来るな……」
 プトレマイオス3の緊急時の為の操舵を担当し、現在砲撃を続けるラッセも流石に唸った。
 そこへ冷静にアニューが言う。
「……現状は問題ありませんので、私に任せてどちらか休まれますか」
「い、いえ……まだ大丈夫です」
「俺も遠慮しておく」
 速攻で二人は遠慮した。
 所変わって格納庫にはティエリアが一度帰投し、ラファエルから降りたヘルメットを取った。
「アーデさん! お疲れ様です!」
 そこへサッと飲み物を持った白いノーマルスーツを着たミレイナ・ヴァスティが近寄って声を掛けた。
 少し疲れの見えるティエリアは一瞬迷って飲み物を受け取って言う。
「ああ、整備を頼む。ミレイナも張り切りすぎて倒れないように気をつけた方が良い。すぐに戻る」
「了解です!」
 ピッとミレイナは元気よく敬礼した。
 ティエリアは折角受け取った飲み物を飲みながらレバーに掴まって艦内を移動し、ある特別な部屋に向かった。
 そこにはアーモンド型の形状の生体ポッドが12基並び、そのうち5基は空、残りの7基には人の姿があった。
 ティエリアはパイロットスーツから何から何まで全部脱いで空の生体ポッドに入り、目を閉じた。
 同時に一つ隣の生体ポッド内の液体が抜かれ始め、排出が終わるとその塩基配列パターン0988の素体の目がゆっくりと開く。
 疲労感の無い寸分違わぬティエリア・アーデの姿。
 再びパイロットスーツやら何やらを着て、ティエリアは格納庫へと向かった。
「アーデさん、機体に問題無しです! コンデンサーへの急速粒子充填も完了してるです!」
 端末を持ったミレイナはすぐに振り向いて報告した。
 直ちにティエリアはラファエルに向かって近づいていく。
「迅速な整備感謝する。すぐに出撃する」
「はい、気をつけて下さいです! シエラさん、ラファエルの発進シークエンスお願いするです!」
 コクピットへと入るティエリアに声をかけて、ミレイナはブリッジに通信を入れた。
[了解]
 準備が整うとラファエルはカタパルトデッキへの移行を開始する。
[ラファエル、射出準備]
 ミレイナは格納庫から移動していくラファエルを館内放送を聞きながら見送る。
[リニアボルテージ上昇、730を突破。射出タイミングを譲渡します」
 プトレマイオス3のカタパルトが開き、リニアフィールドのランプ全てが点灯する。
[了解。ラファエル、ティエリア・アーデ、行きます!]
 ラファエルはリニアフィールドに火花を散らしながら出撃して行った。
 ティエリア、ヒリング、リヴァイヴ、リジェネ、アニューはリボンズの手筈により意識データをヴェーダに完全に保全する形で素体から素体への意識転送を可能とし、そのため疲労の蓄積も二つの体を交互に交換し続ける事で休むこと無く超長時間の継続活動を可能たらしめていた。
「GNブラスターライフル、発射!」


―絶対防衛線・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 医療室で意識不明の重体の刹那・F・セイエイは寝ていた。
 三ヶ月の間に、詳細な医療データにより容態が落ち着いてきた刹那はここへ来て、苦痛に苛まれ、呻き声を上げ出した。
「っく、ぐぅっ、くぅぅッ、うッ」
 その刹那の深層意識は遥か遠くに細い光の出口が見えるが、それ以外はどこまでも暗い闇の広がる中だった。
 出口に向かって進むような中、過去の走馬灯のようなものが目の前を過る。
 少年兵として銃を持って駆けずり回る姿。
 片手に拳銃を持ち、生気の無い表情で歩き続ける姿。
 少年兵の仲間が銃弾を浴びて血を出しながら生き絶える姿。
 何故かマスード・ラフマディー。
 そして叫び声を上げる今の刹那の姿。
 刹那は光の出口に向かって手を伸ばすが、掌を見てみると瞬く間に血に濡れた手に代わり、叫び声が轟く。
「うッ、ぁうぐぁァッ!」
 医療室の台に体を固定されている刹那は大きく背中を反り返した。
 刹那の意識は再び暗闇の中。
(もう何も怖くない)
 (怖くはない)
 刹那の混濁した意識下に囁くように女性の声が響く。
(もう、いいんだよ)
(もう自分を責めなくていいの)
 慈愛に満ちた優しい声が刹那の上に降りてくるようにまた響く。
(いつでもどこにでもいる。誰の傍にだって。あなたの傍にも)
 刹那は暗闇の中、静かに目を開く。
 遠く、遠くに、小さな光が見えた。
 再び前方へと手を伸ばす。 
 すると意識が地球の地上はクルジスへと舞い降りる。
 廃墟と化した建物と乾燥した砂地に一輪の小さな黄色い花が咲き、風に吹かれていた。
 花弁の一枚が舞い上がったのを見上げると今度はアザディスタンの王宮。
 シーリン達が民に物資を配って周り、マリナが子供の民から黄色い花をそっと受け取る姿が見えた。
 再び意識は急速に月軌道付近の宙域に舞い上がる。
 CBの仲間達が絶え間なく必死に戦い続ける姿があちこちに見えた。
 そして月面には、美しい黒髪に赤いリボンをした紫色を基調とした服装の少女の姿が見えた。
 少女は月面を歩き、地球を見てから刹那に振り向く。
(あなたはまだ生きている。生きているのよ)
 俺は……生きている……。
(いつだって希望はあるのだから)
 希望……。
 その言葉を復唱した瞬間。
 銀河の果てに十文字に眩い輝きが起こる。
 純白の法衣を纏い、宇宙にはためく幾条もの桃色の長い髪に白のリボンを付け、金色の目をした神々しい女性が現れ、両手を差し伸べた。
(最後まで、自分を信じて……!)
(がんばって……!)
 刹那はその『希望』に、手を伸ばした。











本話後書き

「もう何も怖くない!」

今回はこれがやりたかっただけです。
歌詞アウトという事は重々承知ですが、これもギリギリアウト……なのでしょうか。
それはともかくとして、感想で戦力について危惧して頂き、それについて完全な言い訳を二つ。
第五世代ガンダム(というより第五世代的な武装)であれば、全てのELSが一斉に来ずに魚群が来るだけであれば、ダブルオークアンタフルセイバーが一週間でELSをどうのこうのという話があるそうなので、当然別にそんな事をやる訳ではないですが、防衛はなんとかできるであろうというつもりです。
また、数十機というのが多すぎると言われても文句は言えないのですが、ガガが2ndでわらわら出た事やアイガンダムの頃からの機体パーツなどを流用すれば、資金と資材も豊富なこのCBなら……何とか許容範囲内ではないか、というつもりでもあります。
尚、現在都合よく今の所防げてる感じになってますが、ELSはきちんと学習します。



[27528] ラッセ「なあ……最初から刹那だけテレポートすりゃ良かったんじゃないのか?」 スメラギ「それは言わない約束なの。でないと私達の出番無いわよ?」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2011/10/02 19:25
 刹那・F・セイエイが目を覚まし、ゆっくりと瞬いた。
 無言で天井を見上げ、見渡すと室内には誰もいなかったが、固定されている右手に何か握っているような感触があった。
[目が覚めたか、刹那]
 刹那が起きた事にジョイス・モレノが気づき、手首固定用の錠が解除される。
 刹那は上体を起こし右手を確認すると、
「これは……」
 一本の赤いリボンがあった。
《刹那・F・セイエイ、目が覚めたようだね。それを貸しておくと暁美ほむらが君に伝えるように言っていたよ》
 QBの声が刹那の頭に丁度響いた。
 刹那はそのリボンから不思議と心が暖かくなるように感じ、そっと握りしめた。
 夢の中で逢ったような、『希望』そのものに触れているかのようだった。


―CBS-77プトレマイオス3・ブリッジ―

「刹那が?」
 スメラギ・李・ノリエガがミレイナ・ヴァスティの報告に聞き返した。
「はいです!」
 すぐにCB号から刹那の通信が入る。
[心配掛けて済まなかった]
 スメラギが顔を見て安堵する。
「刹那……」
[行こう、木星へ。ELSの元へ]
 刹那は何の迷いも無く言う。
「……分かったわ。行きましょう」
 スメラギは頷いて、モニターに映る木星を見た。

 刹那回復の報せを受け、プトレマイオス3はコロニー型外宇宙航行母艦CBに一度帰投。
 迅速にダブルオークアンタの搬入と物資の補充を完了し、出発の準備が整う。
[スメラギより全員に通達。トランザムで最大加速。これより本艦は木星圏の大型ELSへの接触に向かいます]
 スメラギの宣言と共に、CB号から少し離れた地点でプトレマイオス3は紅く輝く。
 艦船用GNバーニアから多重円の軌跡を放出し、その進路は木星の超弩級ELSへと取られた。


―UNION領・経済特区・東京―

 市民の多くが地下の施設に避難し、いつになく暗く閑散とした大都会の深夜。
 少女は背に白く輝く翼を展開し、地上に次々と湧いて出る魔獣を上空から射抜き続けていた。
 魔獣の両手から放たれる無数の光線が途切れる事なく少女が高速で飛び去った空を次々と追い続ける。
 少女は華麗に回避しながら弓を天に向け、夜を眩く照らす光を放つ紫色の矢を溜めるように引き絞り、
「ッ!」
 放った。
 矢が紫色の柱を成すように打ち上がり上空で一瞬留まる。
 次の瞬間、360度ドーム状に無数の矢が射出され、地上に激しい雨の如く降り注ぎ瞬く間に魔獣の群を殲滅して行く。
 数秒の後、周囲に重苦しく響く魔獣の呻き声は完全に消え失せた。
 少女はふわりと高いビルの屋上の端に舞い降り、弓を仕舞う。
 そこへQBが現れる。
「流石だね、暁美ほむら。あの数を一瞬で片付けるなんて」
「……グリーフシードを拾うのに手間が掛かるわ。手伝いなさい」
「任せてよ!」
 言って、QBは一度消えた。
 かなりの量のグリーフシードが集まり、少女は必要な分だけソウルジェムの浄化作業を行い、使い終わった物から空に投げ、QBが上手にキャッチして行く。
「君が言った通り、渡しておいたよ」
「助かったわ」
「君がお守りのように物を人に渡すなんて珍しいね」
 QBが言うと少女がコアを放り投げる。
「……そうね」
 少女にとって幾ら月日が経とうと劣化する事の無い赤い二本のリボンはほんの少しの本当の奇跡。
 そして夢と希望の象徴でもある。
 QBは人間の習慣でいうお守りと呼んだが、正しく世界にこれ以上無いお守りであった。


オリジナルのツインドライヴ9対を保有するプトレマイオス3がトランザムによる最大加速で地球圏を去った後。
絶対防衛戦でのELS進行の完全阻止は徐々にその難度を上げ始める。


―月軌道内周・絶対防衛線―

 量子型演算処理システム、ヴェーダが存在しながらELSがどういう訳か近づいてこないコロニー型外宇宙航行母艦CBの司令室からリボンズ・アルマークが通信で指示を出す。
[F42、S29、O16、T34、GNブラスターライフル、発射]
 順次ガンダムオメガを主軸とした高威力粒子ビームが放たれ、幾本にも及ぶ川に別れて地球に迫り始めたELSを消滅させてその進行を遮る。 
 戦闘継続に従い、本流から一本、二本、三本と分流が様々な角度にうねるように発生し、地球に直進するだけではなく迂回して回りこむようにも動きを見せ始め、完璧なローテーションで完封するのは困難さを増し続けていた。
 それに対し、CB号は防衛戦を抜かれた時のリスクは上がるが、その守備範囲がより小さく済むように月軌道の内周へ後退。
 そして、ただ分流が増えるのを見過ごしていた訳でもなく、適宜トランザムを始動する事により、分流をライザーソードで圧倒しELSの分流を根元まで一気に押し返す事も繰り返していた。
 CB号の一方でプトレマイオス2F及びプトレマイオスFも各宙域に展開、臨機応変にELS進行の対応に当たり、更にはより地球に近い宙域に後退した国連軍の巡洋艦にはガンダムが可能な限り護衛に付き、国連軍MSにとっての母艦喪失を防いでいた。
 カティ・マネキンは巡洋艦のブリッジでヴェーダが統括する目まぐるしく変わり続ける戦況データを素早く判断し指示を出し続ける。
「ジンバリスト隊、ポイント32のELS掃討に回れ。コーラサワー隊はガンダムと共に母艦の周囲で撃ち漏らしの掃討に専念しろ」
[了解!][了解です大佐!]
 エイミー・ジンバリスト、パトリック・コーラサワーの二人が返答をした。
「放て!」
 エイミー率いる三機の巡航形態のブレイヴは川から分断された小型ELSに向けて機首のドレイクハウリングを斉射し、三条のビームが目標を薙ぎ払う。
「逃がすかぁっ!」
 コーラサワー率いる同MS形態の三機は構えたドレイクハウリングを連射し、ガンダムオメガのGNブラスターライフル及び付近を飛び交うGNビットの砲撃から僅かに逃れたELSを撃ち落として行く。
「補給班、粒子供給急げ! 完了次第タンクをガンダムに回せ」
[了解!]
 ガンダムが使用するGN粒子貯蔵タンクは国連軍の巡洋艦で粒子を充填しガンダムに回されていた。
 CB……敵にすると脅威だが、協力するとなるとこうも心強いとは。
 マネキンは鋭い目でメインモニターに映るガンダムの姿を一瞥し、手元の戦況データにすぐに目を戻した。
 この時点でELSはMS及び艦隊には積極的には近づかず、寧ろ無視して逃げるように地球へと突入しようとして防がれていたが、この後ELSの動きは更に変化して行く。


―火星公転軌道圏外―

 地球から約5400万km程度の軌道を三日目にして通過したプトレマイオス3はELSが地球圏到達に約三ヶ月掛けた距離を約一ヶ月で到達可能予定であった。
 数千km離れた距離に延々とELS群の川が連なっていたが、一部のELSが分岐してプトレマイオス3へ寄ってきていた。
「トランザム!」
 開放された艦首ハッチのカタパルトに立つオメガに搭乗したヒリング・ケアがトランザムを始動させた。
 瞬く間にオメガは紅く輝き両腕に構えるGNブラスターライフルから特大ビームサーベル、ライザーソードが放たれ、桃色の長大なビームサーベルが宇宙空間で強烈に光る。
「くらぇぇぇッ!」
 分岐して迫りつつあったELS群は根元までごっそり消滅し、そのまま横に振られより多くのELSが撃破されていく。
 一応の目標を達成すると無駄な粒子消耗を抑えるためトランザムを直ちに中断し、機体は通常色に戻り通常砲撃にシフトする。
 別のハッチからはサバーニャが超々長距離狙撃を行い続ける。
「狙い撃つ!」
 ロックオン・ストラトスがトリガーを引く度、巡洋艦クラスの大型ELSが爆発して吹き飛び、ELS群の川の中に紫煙が上がる。
「チャージ完了。GNブラスターライフル、発射」
 残るもう一つのハッチからもリヴァイヴ・リバイバルがオメガで迎撃を行い、プトレマイオスは粒子量の大部分を推力に回していた。
「QBが何かしてるって?」
 ラッセ・アイオンがスメラギの呟きに対し聞き返した。
 スメラギは地球圏での戦況データを見ながら言う。
「ええ。おかしいのよ。ELSの行動パターンが変わるのは理解できるし、戦艦やMSに向かうようになるのも分かる。けど、CB号にだけELSは全く向かわず迂回してるのよ。迎撃が上手くいっているのも確かだけどそれだけでは説明がつかないの」
 リヒテンダール・ツエーリが軽く言う。
「意外とQBのいつものCBが壊滅するのは困るっていう奴じゃないすか?」
 一瞬ブリッジ内から言葉が消え、スメラギが遠い目をした。
「結局……それが一番ありえそうね」
 QBにとってもヴェーダは重要な存在であり、イノベイド魔法少女生産の為には不可欠、そしてオリジナルのGNドライヴも重要なもの。
 QBはCBの月面基地とコロニー型外宇宙航行母艦CB、加えて木星圏のGNドライヴ建造艦にELSが近づかないよう確実に何かしている。
「……この際QBはともかく……リヒティ、ルートをE21に変更して。少しELSから距離を取るわ」
 しても仕方ない思考を振り払い、スメラギは指示した。
「了解っす」
 リヒテンダールはすぐに操縦桿を操作し、ELSとの距離を開けに掛かった。
 しかし、すぐに木星で異変が発生する。
「スメラギさん! 大変です! 木星のELSが衛星のエウロパを同化してます!」
 フェルト・グレイスが報告した。
「何ですって!?」
 スメラギが驚いて声を上げると、フェルトがメインモニターに映像が映る。
 超弩級ELSから大型ELSを主として次々と飛んで行き、直径約3000kmのガリレオ衛星エウロパの表面が急速にELSの色へと変貌していく。
「何てことなの……!」
「おぃおぃ嘘だろ……」
「マジっすか……」
 スメラギ達はその光景に戦慄した。
 僅か数日にして超弩級ELSは二体に増え、遂に地球へと移動を開始した。


―経済特区・東京・JNN本社―

 巨大なモニターに報道官が映っていた。
[避難の済んでいないイノベイター市民の皆様は各国連軍施設への避難をお願い致します。移動が困難な場合は最寄りの保安局に……]
 報道関係者は地球の非常事態においても世界への情報発信を継続していた。
 部長が大声で指示を出す。
「軍からの最新の防衛状況と声明、纏めて十分以内に流すぞ!」
「はいっ!」「了解!」
 フロアのあちこちで慌ただしく動く社員達が返事をする中、絹江・クロスロードも自身のデスクで端末を操作しながら情報整理に当たっていた。
「二体の大型ELS……」
 ガンダムによるELSとの意識共有。
 これからCBで行われる作戦が成功すれば……。
[現在、国連軍は各軌道エレベーター及びオービタルリングに戦力を集中し、太陽光発電システムの防衛を……]


―人革領・国連軍宇宙局技術研究所―

 青白い照明の灯る薄暗く研究所内では、CBが十数日後に行うミッションの情報が伝わっていた。
 背景には青い円、天使の環を備え両翼を成すような黄色い十字のCBのマークが表示される白い画面に情報が記載されていた。
 ビリー・カタギリが信じられないという様子で言う。
「CBは例の現象でELSとの対話を本気で試みるつもりだというのですか。成功の保証などどこにも」
「保証は無いが、可能性はある」
 テリシラ・ヘルフィが目を閉じて言った。
 レイフ・エイフマンが杖をつきなおして唸る。
「儂も、その作戦の成功を信じたい。実際、それ以外に望みはないだろう。ELSが脳量子波を用いてコミュニケーションを取る生物でありながら、強い脳量子波を持つイノベイター達は肉体組織の半分を同化され意識不明の重体でここにおる」
 テリシラが再び目を開ける。
「イノベイター、ヴェーダ、ガンダムの特殊システム……一つではなく三つなら……」
 カタギリは黙り、不安そうな表情をするが、やってきていたハナミが元気づけるように両手を構えて言う。
「きっと大丈夫ですよ!」
「そうよ、ビリー。信じましょう。ELSだって私達人類の事を理解したがっているのかもしれないわ」
 ミーナ・カーマインが自然な動作でカタギリの腕に絡みついて言った。
「……そう、だね」
 一日、二日、三日と何とか防ぎ切れてはいるが、正直終わりの見えない状況、そして超弩級ELSが月サイズの衛星を同化して近づいてきているという事実に、後十数日でCBがミッションが行うというのは国連軍の士気が最悪な状態になるのを少なからず防ぐ効果があった。
 そして日毎に国連軍はMSと艦隊の疲弊が激しく同化される事を危惧した事もあり後方へと下がり続け、専ら太陽光発電システムの根幹を成すオービタルリング及び軌道エレベーターと地上宇宙双方のイノベイターを集中避難させた各軍関連施設の防衛に専念し始め、一方でコロニー型外宇宙航行母艦CBは謎の安置地帯として前進しGNブレスターライフルの連射により可能な限り纏めてELSを吹き飛ばしていた。
 しかし、密集し川のように連なって進行していたELSは、CB号が前に出れば、それに合わせてより遠方から広範囲に放射状に散開して地球圏に迫るようになり、逆に数で圧倒はされにくくなったが、対応はより困難になって行く。
 プトレマイオス3が超弩級ELSとの接触まで後二日となった時、地球の半球には銀色の小雨が降り注ぐかのようであった。


―人革タワー低軌道リング・脳量子波遮断施設―

 人革連の軌道エレベーターを支える低軌道リングに、嵌め込まれるように箱状の脳量子波遮断施設が存在する。
 しかし、この施設は遮断施設であるにも関わらず、実は脳量子波を遮断しきれていなかった。
「うぅッ! 来るっ!」「ぁぁァ!」
 そのため、避難しているイノベイターの脳量子波に引き寄せられ、ELSが絶え間なく寄ってくるポイントとなっていた。
 長い金髪に緑色の目をした青年レオ・ジークは擬似GNドライヴの搭載されたケルディムを受領し、ELSが迫るその高度斜線軸で一機のガンダムオメガと共に大量のGNビットを用いた粒子ビーム連射によって防衛していた。
「次が来るよハロッ!」
「GNビット展開! GNビット展開!」
 脳量子波に引き寄せられる為に、密度薄く小型ELS一体一体が迷子のように独立して動いていたのが再び収束し川となる所へ向けて、レオはハロの制御するGNビットと共にGNスナイパーライフルⅡを三連バルカンモードでビームを高速連射し、小型ELSを迎撃して行った。
 局所的に防衛はできたとしても、全長五万kmに及ぶオービタルリングはその長大さから言って防衛は困難。
 しかし、意を決してブレイヴに搭乗し、自ら囮となってELSを引き寄せ戦う者達の姿があった。
「っく、さあ、ついて来いELSッ!」
 外部からの脳量子波遮断スーツを着た厳しい表情のクラウス・グラードは巡航形態の最大速度で宇宙を駆け抜け、ばらけていた小型ELSは次々に引き寄せられ追跡し始める。
 ブレイヴは左右のサイドバインダーに搭載されているGNキャノンの砲身を後方に旋回させ、粒子ビームを連射し迎撃に当たる。
「GNブラスターライフル、発射」
 瞬間、クラウス機の背後を追尾していたELSが禍々しい粒子ビームに巻き込まれ一掃された。
 オメガによる砲撃。
「……これでは全く、ELSの餌だ。この、物の怪どもがぁぁーッ!」
 後方から追尾して来るELSをGNキャノンで捌き、デカルト・シャーマンは叫びながらドレイクハウリングを前方からも迫るELSに向けて放ち、進路を開いた。
「ソルブレイヴス隊、イノベイター機を落とさせるなッ!」
[了解!][了解!][了解!]
 グラハム・エーカー率いるソルブレイヴス隊はイノベイターがいれば何よりも優先してそれを追うELSを、ドレイクハウリングで薙ぎ払い、その身を挺してELSを引き寄せるイノベイターの乗る機体を援護していた。
「次から次へとッ!」
 絶対に、落とさせはしないッ!


最早完全には防ぎきれず、大気圏内に突入した小型ELSは、イノベイターに引き寄せられ、彼らが避難している軍関連施設では絶え間のない防衛が始まる。


―AEUフランス・軍事演習場―

 周囲に建物が無く、視界を遮るものが無い軍事演習場の管制室で報告が上がる。
「未確認の大型航空機八機が急速接近、生体反応ありません!」
 すぐに司令官が指示する。
「擬態したELSと断定しMS隊で迎撃を!」
「了解!」
「とうとうここにも現れたか……」
 空の輸送機が一路空から近づいて来る様子がモニターに映っていた。
 既に展開し、先頭のブレイヴに乗るアリー・アル・サーシェスが悪態を吐く。
「ったぁく、金属の化けもんと戦争たぁな!」
 三機のドレイクハウリングと三機のGNコネクトから粒子ビームが放たれ航空機を易々と撃墜し、紫煙を上げて、破片が地上に落ちる。
 しかし、ある程度の大きさで残った破片はドロドロに溶けると今度は何体ものQ頭身の姿になり、両腕を振って全力ダッシュで走り始めた。
「ッハハハハァ! こいつぁしつけぇ! 気味悪ぃんだよぉッ!」
 サーシェスは狂気染みた笑い声を上げると地上を猛ダッシュするQ頭身を僚機と共に容赦無く消滅させて行く。
 QBの頭部だけが運良く吹き飛んでコロコロ転がれば、カタカタ震えた後に崩れ落ちるように金属に戻って停止する。
 脳量子波遮断施設を用意しきる事ができず、イノベイターは周囲に一般人、建物のない軍事演習場などに収容していたが、当然ELSが引き寄せられて現れる。
 一定時間を置いては何度でも現れる擬態ELSに変化が起きた時、その防衛は難度を上げる。
 ブレイヴに擬態したELSが出現。
[ポイントF24よりブレイヴELS十機接近!]
 通信を受けてサーシェスは舌打ちをする。
「おぉおぉ、どっかの奴がしくじりやがったぁ! 糞がァ!」
 巡航形態のブレイヴELSは一斉に紫色の粒子ビームを放って来る。
 三機のブレイヴは鮮やかに避けて見せるが、二機のGNコネクトが被弾し、爆発を上げて墜落して行く。
「金属の癖に洒落臭ぇ! イノなんたら何か収容すっから寄ってきやがる!」
 圧倒的な操作技術でサーシェスは一機二機と撃墜していき、軍事演習場からもGNコネクトの増援が出撃し、防衛に当たる。
 ブレイヴELSに突撃され、GNコネクトの一機が侵食されながら墜落して行く。
[うぁぁッー!]
 通信でパイロットの叫びが聞こえるが、サーシェスは容赦なくドライクハウリングを向けた。
「ッチ、ったく仕方ねぇなァ」
 粒子ビームが直撃し、爆散した。
 続けてサーシェスは地上に落ちた破片にも射撃を加え、Q頭身に変化する傍から吹き飛ばした。
 高機動かつ粒子兵器を模倣するブレイヴELSの大量発生は、まさに悪夢の様相を呈した。
 しかし、ELSにしてみれば、
「何か撃ってきてるのおーぼえた! 見て見て! 僕らも撃てるようになったよー!」
 とメッセージを送っているだけである。


―人革連・軌道エレベーター・高軌道ステーション司令室―

「オービタルリング、23%がELSにより侵食! 電力送信ライン、六ヶ所途絶!」
「人革領ロシア北部、中国南部、各イノベイター避難施設、ELSの襲撃を受けている模様!」
 次々と管制官達がヴェーダからリアルタイムで上げられてくる情報を報告し、苦虫を潰すような表情でセルゲイ・スミルノフは自身の管轄に対し指示を出す。
「侵食されたオービタルリングの分離作業を急がせろ! 侵食をこれ以上拡大させるな!」
「了解!」
「大佐! ブレイヴに擬態したELSが六機、白虎に接近して行き来ます!」
 スミルノフが腕を振って言う。
「ブレイヴに擬態したELSの相手を下手にさせるな。ガンダムに任せて、牽制しつつ艦はすぐにポイントF53まで後退させろ! 巡洋艦にまで擬態されてはかなわん!」
「了解!」
 ブレイヴに擬態したELSが最終的に、ガンダムオメガのGNビットによって殲滅される映像がモニターに映った。
 スミルノフは拳を握り締める。 
「ELSめ……」
 ブレイヴに擬態しだした途端、よもやここまで急速に体勢を崩されるとは……。
 宇宙にはガンダムがいるからまだ良いものの、既に地上には各所で被害が出てしまっている。
 最早CBの特殊作戦とやらが成功でもしなければ、根本的な解決はありえんか……。
「信じるしか無いというのか……」
 スミルノフはガンダムオメガとケルディムが軌道エレベーターと、下の低軌道リングの脳量子波遮断施設を防衛する映像をモニターで見ながら呟いた。


―超弩級ELS進行宙域・CBS-77プトレマイオス3―

 二体の超弩級ELSが迫り、周囲には膨大な量の小型ELS、大型ELS、そしてブレイヴに擬態したELSの姿がプトレマイオスのメインモニターを埋め尽くす。
 迫り来るELSに向けて船体全体にGNフィールドを張り200基のGNビットを飛ばしているプトレマイオスの周囲には、既に順次ガンダムが出撃していた。
「ダブルオークアンタ、射出準備」
[了解した]
 ダブルオークアンタがカタパルトデッキに移動する。
「リニアボルテージ上昇、730を突破」
 機体がフィールドに固定され、ランプが点灯する。
[射出タイミングを刹那・F・セイエイに譲渡します!]
「了解。ダブルオークアンタ、刹那・F・セイエイ、出る!」
 言って、リニアフィールドに火花を散らし、ダブルオークアンタが出撃して行く。
 緑色に輝く軌跡を残しながら、クアンタは最初に出現した超弩級ELSの方へと向かって行く。
「行くぜハロッ!」
 ロックオンが声を上げ、ハロがパタパタしながら応答する。
「了解! 了解!」
「一気に道を切り開く! トランザムッ!」
 宣言と同時にサバーニャが紅く輝き、構えたGNバスタースナイパーライフルが唸りを上げる。
 溜めと共に極大の粒子ビームが斜線軸上のELSを全消滅させ、クアンタの進路を穿ち開いた。
 瞬時にハルートの頭部に三対のツインアイが姿を現し、超兵イノベイターとしての能力を最大限に解放するモードに移行する。
「いいかァッ! 反射と思考の融合だァ!」
「分かってる!」
 脚部に大型ブースター、GNバーニアユニットを装備した姿のハルートはクアンタが超弩級ELSに辿りつくまでの護衛となるべく、速度を上げて先行。
「いくぜぇぇぇぇッッ!!」
 ありとあらゆる方向に粒子ビームとGNミサイルを惜しみなく撒き散らし、幾本ものシザービットが宙を飛び交う。
 刹那はその後を追い、ただただ一路、目的のELSの元まで向かって行く。
[各機、トレミーを防衛しつつクアンタとハルートの援護開始!]
[了解!]
 六機のガンダムはそれぞれの武装を以て、後方からの援護射撃をしながらプトレマイオスの護衛を開始した。
「ポイント224よりブレイヴELS接近! 数24!」
「ポイント167から巡洋艦クラスのELS接近!」
「ラッセ!」
「おうさぁッ!」
 小型ELSが複数融合して擬態したブレイヴELSがプトレマイオスに迫りながらドレイクハウリングから粒子ビームを次々に放つ。
 即座にプトレマイオスのGNビットが六基一セットで円環状に組み合わさり、そこに強固なGNフィールドが展開され易々とビームを防ぐ。
 同時に数十基のGNビットが回避ポイントを与えぬ砲撃を放ちブレイヴELSを撃墜。
 ティエリアが叫ぶ。
「近づけさせるかぁッ!」
 大型ELSはラファエルのビックキャノンで中心を貫かれ爆散。
「GNブラスターライフル、発射」
「GNブラスターライフル、いけぇッ!」
「チャージ完了。GNブラスターライフル、発射!」
 リジェネ、ヒリング、リヴァイヴの三機がブラスターライフルを振り回すようにして強烈な光を発する粒子ビームを放ち、三方向から迫る小型ELSの群を薙ぎ払って行く。
「はぁぁぁーッ!」
 マリーはMS形態のアリオスで粒子ビームを放ち、サバーニャと共にクアンタとハルートの援護射撃を行う。
 そして周囲には200基のビットに加え、各ガンダムのビットが飛び、プトレマイオスからは全方向に無数の粒子ビームが乱射され続けた。
 スメラギは両手を握りしめる。
「刹那……」
 地球圏の状況は悪化の一途を辿り、その情報を逐一得ていたスメラギは、少しでも早く、ELSとの対話が無事成功に終わるようにと思っていた。
 不安げな様子でクリスティナが言う。
「スメラギさん、もしもの時は……」
「今は信じましょう。希望はあるわ!」
 操縦桿を握ったままラッセとリヒテンダールが言う。
「その通り!」
「そうっすよ!」
 最前線を行く刹那とアレルヤは後方からの援護射撃がありながらも、その前方には進路を塞ぎに来る途方も無い量のELSの群を相手にしていた。
「ッ! くぅッ!」
 ハレルヤのように脳量子波を遮断できない刹那は干渉を受けて呻き声を上げながらも遮断スーツ無しで機体操作を行う。
「じゃまだぁぁァァッ!」
 接近してくるブレイヴELSはハルートの秒速150kmを超えるシザービットに一瞬にして切り刻まれ次々に爆散し、GNキャノンが火を噴けば大型ELSは中心部から焼き尽くされて崩壊する。
「っぅ!」
 頭痛に刹那が声を上げると、瞬時にGNソードビットが円環を形成して飛来する粒子ビームを防ぎ、ハルートが砲撃を放ちブレイヴELSを片付ける。
 二機は動きを止める事無く前進し続け、後方からサバーニャの超長距離射撃の援護を受けて、小型ELSが雲を成す地帯も抜け、遂に超弩級ELS間近に到る。
 先行するアレルヤが刹那に通信を入れる。
「刹那、ELSの表面に穴を開ける! トランザムッ!」
 言って、機体が紅く輝き、
「いけぇぇぇーッ!!」
 超弩級ELSの木の根のような表面にGNキャノンとGNソードライフルを最大出力で撃った。
 着弾の瞬間、ELSの表面に虹色の膜が発生しビームの端が歪曲して弾かれるように拡散するが、ハルートの出力が勝った。
 照射が終了すると、周囲が溶けたような巨大な穴が穿たれていた。
[刹那ッ!]
「了解!」
 そして刹那は超弩級ELSの内部へと侵入して行く。
 トランザムをすぐに停止したハルートはコーン型ブースターを一気に噴かせ再び暴れまわるようにELS密集域から撤退を開始した。
 クリスティナが報告する。
「ダブルオークアンタ、ELSの中枢へと突入しました!」
「了解よ。頼むわね、刹那、皆」
 スメラギが頷いた。
 超弩級ELSの内部は有機的な艶やかな薄い青色をした大量の柱が表面を支えて立ち並び、最奥からは暖かな橙色の光が見えた。
 奥へと進行し始めるとクアンタのコクピット内に、
[へー、これがELSの中か]
 小人ヒリングが右手で遠くを見渡すようにしながら現れ、
[外観と違って中は有機的だね]
 小人リヴァイヴが現れ、
[ヒリング・ケア、君は緊張感が足りない]
 小人ティエリアが現れた。
[何? ティエリア・アーデ、緊張してるの?]
[そういう事ではない。時と場合を弁えた発言を]
 そこへ更に小人リジェネが少し呆れた様子で現れ、
[そんなやり取りをわざわざここに来てまでやるのはどうかな]
[……尤もな話だね]
 リボンズも現れ、無言でアニューも現れた。
 総勢六人のイノベイドのホログラムが刹那の右手近くを賑やかに彩る。
「中枢へ急ぐ!」
 刹那は簡潔に言って、所々節のある茎が無数に並ぶ青い空間を進んでいく。
 奥に近づくにつれて、周囲が暖かみを帯びた色をした空間になって行く。
 そして、最奥に複数の半球の出っ張りのある大きな紫色の球体が見えた。
 ティエリアが声を上げる。
[あれだ!]
[ELSの中枢]
 クアンタがその球体のすぐ近くにまで到着すると虹色の半球の出っ張りが動きを見せ、先端が吸盤のような形をした複数の雄しべと中心に雌しべのようなものが現れた。
[僕達を迎え入れるようだね]
 すぐに刹那はコンソールを操作し始める。
「クアンタムシステムを作動させる」
 コンソールにクアンタの機体とクアンタムシステムの文字が浮かび上がる。
[ELSの力は未知数だ。フルパワーで行く!]
 ティエリアが言うと、六人のイノベイドが刹那の目の前に扇状に並んだ。
「了解」
 刹那の虹彩が金色に輝き、紅い光がその両目を走り抜ける。
「クアンタムバースト!」
 クアンタの左肩のGNシールドが背面に移動し、二基のGNドライヴが直結。
 一瞬機体が紅く輝くと共にシールドから六基のソードビットが射出される。
 機体が次いで透明感溢れる翠色の輝きに変化すると各装甲がパージされ、ソードビットが脚部に並ぶ。
 GNコンデンサーが回転して機体表面に次々露出し、最後に胸部のものが展開され、全GN粒子が開放される。
[人類の存亡をかけた!]
「対話の始まり!」
 一際強烈な光を放つと膨大な超高濃度GN粒子が機体から湧き出すように噴出し始め、ELSの中央の吸盤がクアンタを飲み込むように動いた。
「うぅぅぉぉぉぇぇぁぁぁああアアァァ――ッ!」
 刹那が声を上げると意識が跳躍する。
 目の前が淡い紫色の奔流から始まり、青色、緑色と意識が吸い込まれていく。
《っだァッ! うぅッ、ぁぁぐァッ!》
 直後、刹那は発作のような痛みを感じ表情を歪める。
《え、ELSの意識がァッ!》
 青い激流の奥の黒い渦へと吸い込まれる中、ティエリアが囁く。
《僕達とリンクするんだ刹那!》
《ぁぁッ!》
《この情報の奔流は、あたしらとヴェーダで受け止めるから!》
 ヒリングがそぉい! と両手で情報を捌きながら自信たっぷりに言った。
 刹那の両手が一気に後ろに持って行かれ、
《くぁァッ! ぅくぁぁぁッ! あああぁァァァーッ!!。》
 パイロットスーツが千切れ飛ぶように消滅する。
 アニューが声を掛け、
《余計な物は受け流して》
 リジェネが囁き、
《本質を》
《彼らの想いを》
 リボンズが言った。
 刹那は金色に虹彩の輝く両目を大きく見開き、
《くっ! くッ、うァァっ!》
 次の瞬間、大量のビジョンが次々と意識に流れ込んでくる。
 その奔流の先に一筋の白い光が見え、出口へと出た。
 どこか遠くの星系。
 その緑色の木星型惑星の内部で誕生したELSの歴史。
 永い永い時をかけてELSは独自の進化を遂げた。
 しかし、星系が誕生から膨大な時間が過ぎ去った時、星系の恒星が水素をほぼ使い果たし外層が膨張し赤色巨星化。
 その過程でELSの母星は巨大化した赤色巨星に飲み込まれ、母星は爆風の嵐に見舞われ、木の根のような表面は薙ぎ払われ、熱を浴び続けた。
 それから徐々にガスが赤色巨星から流出して行き、最終的に中心核だけが残り恒星は白色矮星となった。
 過酷な環境の激変すら耐え切ったELSの母星は、周囲を濃いガスに覆われ白色矮星は白く弱い光を放つのみになってしまい、滅びを迎えようとしていた。
 ELSは中心から超弩級ELSを分離して外宇宙へと飛ばし、そこから更に四つが飛び出し、五つに別れてそれぞれの方向へと散った。
 それを宇宙空間から六人が並んで見送り、ティエリアが言う。
《……そうか、彼らの母星は死を迎えようとしていて、生き延びる道を探していたのか》
 刹那が続く。
《繋がる事で、一つになる事で。相互理解をしようとしていた》
 ヒリングが頭の後ろで腕を組む。
《そーいうことかぁー》
 リヴァイヴが納得したように言う。
《なるほど、道理で他の星を滅ぼしてしまった事もあった訳だ》
《生命体としての在り方の違いをELSは理解できなかった……》
 アニューが呟き、リボンズが目を細め、息を吐く。
《全く……QBが人類の脳量子波の水準に明確な段階が幾つか存在する事を教えていなければ、地球も他の星の例のように今頃全部同化されていたかもしれないね》
 ELSは人類で最も強い脳量子波を放つイノベイターに届くよう脳量子波でメッセージを送り続け、同化しては途中で失敗。
 それでもイノベイター以外に同化しても相互理解が成功する事はない以上、何度でもイノベイター相手に成功するまで同化を試みた。
 唐突に刹那の左手首が白い輝きを放ち、次の瞬間。
 刹那の左手を両手で包むように触れる、純白の法衣と煌く長い桃色の髪、美しい金の両目をした神々しい女性が顕現した。
《ガンダァァァムッ!!》
 否、
《神!》
 そう刹那が驚きに呼ぶと『希望』は穏やかな微笑みを浮かべ、刹那から離れELSの母星の前へとふわりと移動し、両手を広げた。
 六人には何も見えていなかったが刹那は言葉をゆっくりと紡ぐ。
《行こう、彼らの母星へ……。俺達は分かり合う必要がある》
《刹那・F・セイエイ……》
《……良いのか?》
 リボンズとティエリアが言った。
《良いも悪いもない。ただ俺には……生きている意味があった。みんな同じだ。生きている》
 言葉と共に、空間全体が光り輝き、急速に意識は現実に戻った。
 ダブルオークアンタは通常の形態に戻り、ELSの内部から一度出るために再び来た道を戻り始める。
[刹那、僕が同行する]
 刹那は簡潔に頷く。
「分かった。頼む、ティエリア」
[……なら、君達に任せるよ。ティエリア・アーデ、刹那・F・セイエイ]
 リボンズが一瞬間を置いて言った。
[ああ。ヴェーダを頼む]
[安心すると良いよ。行ってらっしゃい、ティエリア。刹那・F・セイエイも]
 リジェネがそう挨拶をして消え、
[またね、ティエリア・アーデ。じゃ、刹那・F・セイエイも頑張ってね]
 ヒリングが右手を頭の辺りで構え、片目を閉じて消え、
[また会う日まで、刹那・F・セイエイ、ティエリア・アーデ]
 リヴァイヴが落ち着いて言って消え、
[よろしくお願いします。刹那・F・セイエイ、ティエリア・アーデ]
 アニューが一礼して消えた。
[……それでは、またいつの日にか]
 最後にリボンズが言って、消えた。
 表層まで戻り、通路を開こうとGNソードⅤを構えるとELSは自ら外への通路を開いた。
 リンクした刹那とティエリアは言葉を交わす。
《……人は……なぜこうもすれ違う》
 ELSの外へ飛び出し、クアンタはソードビットを飛ばし、円環を形成する。
《なまじ知性があるから、些細な事を誤解する》
 刹那はコンソールを操作し、量子テレポートの準備に入って言う。
《それが嘘となり、相手を区別し》
《分かり合えなくなる。……ただ……気づいてないだけなんだ》
《だから、示さなければならない。世界はこんなにも、簡単だという事を》
 そして次元ゲートを通り、二重の円環の軌跡を残し、
 旅立った。


「アーデさん! アーデさん!」
 ヒリング達の乗るオメガはずっと変わらず戦闘を続けていたが、クアンタの旅立ちと同時にラファエルだけはその動きを完全に停止し、コクピット内のティエリアの体は安らかに目を閉じていた。
 ミレイナのモニターの前にリジェネが映る。
[ティエリアはELSの母星に刹那・F・セイエイと共に旅立ったよ]
「アーデさん……」
「刹那とティエリアが……」
 それを横で聞いていたフェルトが呟いた。
 直後、クリスティナが信じられない物を見たかのような表情で驚く。
「え、ELSが……!」
 メインモニターにはELSが次々と集まっていく様子が流れていた。
「これって……」
「これは……」
「こんな事が……」
「刹那の奴……」
 リボンズがモニターに現れる。
[彼らは人類を理解したよ]
 スメラギがしみじみと言う。
「……ええ。刹那が、やってくれたのね……」
 でも、あれ、誰……?


間もなく、ELSはその姿を変えた。
一つは『平和』を象徴する大きな黄色い花に。
そしてもう一つは、
両手を広げて花を優しく包み込み、純白の裾の長い法衣と桃色の長い髪をし、穏やかに目を閉じた『希望』を象徴する女神の姿に。
長い河のように連なっていたELSは続々とこの二つの元へと集まりながら、二つは地球圏へと移動し最終的に月軌道の外周に留まる。
半身をELSに同化されていたイノベイター達はELSとの共生体たるハイブリッドイノベイターとして復活を果たし、ELSが人類を理解したと周囲に伝え、脳量子波の干渉を数ヶ月に渡り受けていた人々はようやくその苦痛から解放され、地球圏に迫るELSの問題が終結したのだと悟った。
同時にQBの感情エネルギー回収ボーナスタイムも終了したとは世界の殆どの人は知る由もない。
ELS事変以後、緊急時特別政府議会は統一政府への足がかりとなり、2315年に地球連邦へと改名。
翌2316年、各国の軍は解体、一元化される形で地球連邦平和維持軍として発足した。
そして、世界のイノベイター人口はその後も加速度的に増え続け、その過程で様々な問題が起きたが、その度、人類は乗り越えて行った。
QBとELSという二種類の異星生命体と共存しながら。




―西暦2364年―

 地球、月、大きな黄色い花へと緑色のラインが途切れること無く続き、花を守るような女性の像も健在。
 そして花弁の一つの近くには、数時間で外宇宙へ旅立つ航行艦が係留していた。
[御覧ください、地球連邦が誇る最新鋭外宇宙航行艦スメラギの勇姿を]
 艦の周囲には作業用MSサキブレが飛び、驚きの白さの作業用Q頭身も飛ぶ。
[数時間後、この船は外宇宙へ向け、長い長い航海に旅立つのです。乗組員は長い航海に耐えられるよう、全てイノベイターで構成されています]
 外宇宙航行艦スメラギの内部には宇宙服を着たイノベイター達が働く姿があり、凡そ二十代の姿をしたアーミア・リーが艦長として指示を出す姿があった。
[全人類の六割がイノベイターとなった今、様々な問題をクリアし、我々は遂にこの時を迎えたのです]
 イケダ三世がカメラの前で右手を胸に当てて言う。
[私も、専従特派員として、この船と共に航海に出発致します。そして、できる限り情報を皆様にお届け致します。それではここで、1200人の乗組員を統括する最高責任者、クラウス・グラード氏のコメントをお聞き下さい]
 一面色鮮やかな花畑が広がる中、ポツンと真っ白なテラスが建っていた。
 空中にはマジカル☆モニターが浮き、そこからニュースの音声が小さく流れていた。
 テラスの席に少女は優雅に座り、目を閉じて紅茶を飲んでいた。
「暁美ほむら、彼が来たよ」
 突然QBがひょこっと現れて言った。
 少女は黙って目を開ける。
 ふと、柔らかな風が吹き、目を向けるとテラスに向けて歩いてくる人の姿があった。
 少女は僅かに目を見張り、すぐに表情を戻し紅茶のカップを置いて立ち上がり、QBは自然に素早く少女の肩に登った。
 そして少女は歩き出し、二人は丁度良い距離で止まる。
 虹彩が金色に輝く銀色の刹那が透明感のある落ち着いた声で言う。
「暁美ほむら。……こんなにも長く、時間が掛かってしまった」
「心配には及ばないわ。そこまで長くもなかったから」
 少女は軽く髪を掻き上げた。
 刹那はゆっくり少女に近づき、左手首に触れ、
「……これを、借りていた物を返しに来た」
 どこからともなく鮮やかな虹色に穏やかに輝く一本のリボンを取り出した。
 少女はそっと手を伸ばし、両手で受け取る。
「確かに、受け取ったわ。……綺麗ね」
 言って、少女はリボンを目の前に掲げて言った。
 刹那が口を開く。
「世界を、見ていてくれてありがとう」
「……どういたしまして」
 少女は伏せ目がちに言い、受け取ったリボンを見ながら続けて口を開く。
「変わらないと思っていた世界は、確かに少し変わったわ。……人の世の呪いは減り、この世界には希望が増えた」
「そうか……」
 安堵したような声を聞き、少女は受け取ったリボンを徐に髪につけた。
 つけ終えると、少女は徐に上を見上げ、青い空に白い月の隣に浮かんでいるものの姿を見据えながら言う。
「それでも、私のやることは変わらない。そして、これからも私は世界を見続けるわ」
 一陣の風が吹き、花びらが舞い上がる。













本話後書き

本話、冒頭と終わりは決めていたのですが、その中間が相当しょぼい感じになったことには自覚があります。
大反省です。
足りないシーンについてのご意見がもしあれば追加したいと考えています(ただ、盛り上げようと思うと、死者が出たシーンを入れないと駄目っぽいので個人的には戦闘シーンに関しては繰り返し気味になりそうでもあり、余り気乗りはしないです。すいません)。
ガンダム00はキャラクター数が多いので(本作で死んでいない人が多すぎる)それぞれのその後も気になるといえば気になりますが、確実にダレるので後日談のようなものは無しにしたいと思います(その代わり名簿形式で一人、一、二行程度でどうなった的な記述ぐらいはやっても良いか……どうか……という気はします)。
しかしながら流石にサーシェスの明確な末路を描いていないと言いますか、ロックオンとの決着がついていないのは大問題で、これを投げてしまっているのは良くない気がしますが、完全に始末するタイミングを逸しました……これも反省です。
全編に渡りCB「俺TUEEEE!」系のぬるい展開だったので最後の最後で余りブレるのもどうかと思い、ブレイヴに擬態されて押されたらしい空気をちょろっと出すぐらいになり……逆に微妙だったかもしれません。
ともあれ、最終的にはクアンタムバーストで解決する事は分かりきっているので、ある意味壮大な茶番でもあります(QB的にも)。
ELSが巨大なQBになるという展開が潰えた結果として、
「何だか良く分からないけどまど神でたー!」
本話のようになりました。
CB号が襲われなかったのは多分QBがELSの嫌がる脳量子波を出していたとかそういうアレです、適当ですいません。
小人ティエリアの件は全員で良いやと決めていましたが、ヴェーダにデータ上存在しているイノベイドのマイスター874は二つ以上の事を同時に遂行できる……そうなのでELS突入中も彼らは問題なくガンダムを操作している設定です。
そして、
「だったら最初から刹那だけテレポートしろよ!」
というのが本話の最大の間違いです(大型ELSも劇場版通り最初から地球圏に移動させた方が良かったか、あるいはプトレマイオス3にテレポート機能をこの際つけてしまう暴挙を犯しても良かったかもしれ……ません)。
あと、刹那は描写外ではきちんとマリナの元をほむらよりも先に訪れている脳内設定です(ほむらの元を訪れたのはリボン返しに来たという理由が大きいです)。


本作後書き

本作をここまでお読み下さり、感想を下さり、本当にありがとうございます。
続きまして、全体の後書きということで、本作は武力介入するCBが本格的武力介入する前に逆にQBに介入されたら、という一話目の意味不明なシーンが脳裏に閃いた(多分何かの病気です)所から始まりました。
二話目以降を考えるに当たり、やたら死者の出る00(1stでは各軍のパイロットやら絹江さん、エイフマン教授、ルイスの家族、そして特に2ndでは100万人規模の難民キャンプが吹き飛んだり、軌道エレベーターで数万人死んだり)をQBが感情エネルギーの回収という自身の利益の為に介入すれば「もったいないよね!」という理由で無理なくCQBが不殺をできるだけ貫き、死者を減らせそうで「理想的な共栄関係だよね!」となりそうだ……というのが基本的な骨子でした。
下手な人型オリ主を投下するより、自然に死者減ができたのではないかという気がします(そこに妙な満足感を感じてもだからどうしたという話ではありますが……)。
ともあれ、こうしてみるとQBは
「世界平和に貢献する極めて人類にとって有益な生物である」
……そんな単純な訳もないですが、部分的にそういう事になりました。
「これではQBの問題が解決していないからぶっ飛ばして欲しい、消して欲しい」
という意見の方もいらっしゃるかとは思いますが、一応結果として上記のような貢献をQBを果たしていますし、できれば生暖かい目であるとか、最悪ゴミを見るような目で許して下さい。
ELSが花とまど神像になった後も地球人類は何年か、あるいは十数年はいつまたELSがどういう行動に出るか分からないと恐怖したと思いますので、QB的には異星生命体を地球人類に宛てがう形になったのは大成功だったのではないかと思うと「流石QB先輩!」なのですが。



[27528] 【小話】ミレイナ「魔法少女についてどう思うですか?」 スメラギ「これだから思春期は……」
Name: 気のせい◆050021bc ID:899ac1f2
Date: 2012/03/16 23:13
本小話は「正しく2nd始まるよ!」の後辺りに入るものです。スクロールバーを見れば明らかですが物凄く短くて申し訳ありません。



―ラグランジュ2・コロニー型外宇宙航行母艦CB―

 ミレイナ・ヴァスティは指を立て、CB号の格納庫で唐突にこう尋ねた。
「パパ、つかぬことを聞くです。……魔法少女についてどう思うですか?」
「んー。どうしたんだぁいきなり。……まさかミレイナ、お前魔法少女になりたいのか」
 一瞬困惑して、はたと察したようにイアン・ヴァスティは目を丸くした。
「ち、違うです! ただ聞いてみただけですぅ!」
 慌ててぶんぶん手を振って否定するミレイナに対し、イアンはすぐ普通の顔に戻って答え始める。
「まぁ冗談だ。ぅん……そうだなぁ。結構複雑な話題なんだが、儂の客観的考えを言えば、だ。魔法少女は誰かがやる必要のある役目のようなものなんだろう。聞いた話によれば魔獣とやらが生まれるのは避けようがない事で、その対策は魔法少女が昔も昔からやっていることになる。このCBができるよりも遙か以前からだ」
 イアンの話にミレイナはじっと耳を傾ける。
「ただQBが願いを叶える代わりに子供が魔法少女になるのは、個人的な感情を言えば儂は積極的に支持はせん。だからといって消極的に支持するなんて話でもないがな。……この際はっきり言っとくが儂はミレイナが願いごとがあるから魔法少女になりたいなんて言い出しても認めんぞ。お前の親としてな」
「は……はいです」
 ミレイナは真剣にゆっくりと頷き、イアンは少し苦い表情をしたまま更に続ける。
「……何となく分かったつもりではいるが、魔法少女だからといって儂らが同情したり、妙な感情を持つのは筋違いなんだろう。願いとやらがどれぐらいのものまで実現させられるのかは分からんが、普通ではありえないことを可能にする代わりに魔法少女になって戦うという条件が厳しいかどうかはそれぞれ人によって当然違ってくるだろう。前に例の暁美ほむらが話していた時の記録映像を見たことがあるが、その話す態度からミススメラギ達もそういっていたが、儂もそう感じた。魔法少女全てが暁美ほむらのような強い意思がある訳ではないだろうし、QBのやり方には言ってやりたい文句の一つや二つ簡単に思いつくが……そういう暗黙の了解のもと普段余り話題にもしない。CBの活動が魔獣の増える要因になっとる以上尚更、な」
 そうであるが故に、何か言えた義理ではない。考えれば考えるほど複雑になり、魔法少女などというファンタジーでしかありえないような用語を自分で連呼することに若干の違和感を覚えながらイアンは目を細めた。
「それに実際の所どうなのかははっきり知らないが、ティエリア達と同じイノベイドの魔法少女達が恐らく生み出されていることを思うと余計に複雑だ」
「アーデさん達ですか……」
 うぅん……とミレイナは小さく唸った。
「本来イオリア計画のためにヴェーダとイノベイドが必要だったんであって魔法少女のためにイノベイドが必要だった訳じゃない。当然ミレイナも分かってるだろうが、ティエリア達は自身の意志を持っている。お前が生まれる前にいた儂らの仲間もそうだった。皆、儂らと変わらない心を持っとるんだ」
 ビサイド・ペインに端を発するCB組織内部の内紛によってビサイドとの戦闘でマイスター874は命を落としかけ、ビサイドによって操られたヒクサー・フェルミの弾丸を受けて致命傷の状態だったグラーベ・ヴィオレントは最後の僅かな命を賭しビサイドと戦って死んだ。そこには確かに人としての心が、確かな意志があった。イノベイドなら魔法少女になっても良い、という論理は決して正しくなどない。正しくなど無いが……それでも、だが、なお、しかし……。過去の事が不意に脳裏を掠め、沈痛な面もちのイアンが続ける。
「理不尽な事だが、感情を抜きにすればそれが一つの合理的な選択なのは、全てを納得したくは無いが、儂にも分かる。儂らにできることは儂らは儂らでやるべき事をやって、その一方でそういう現実があることを心に留めておくしかない。儂はそう思うぞ。他の皆がどう思ってるかは……また聞いてみたらどうだ。余り勧めはしないがな」
「……分かったです。ありがとうです、パパ」
 ぐっと堪えるようにして聞いていたミレイナはふっと息をついて言った。
(か、かなり真剣な話だったです……)
 むむむ、と唸りながらその場を後にしたミレイナは別の場所に向かった。
「ノリエガさんは魔法少女について、どう思うですか?」
「えー魔法少女? そうねぇ、まず若さが減らないのは羨ましいわぁ……。300年よ300年。それに願い事も叶えられるでしょう、でもそんなことよりも私なんてもうまほー☆しょうじょー! なーんて歳じゃないのよ……全く、もう嫌になるわぁ……。フェルトやシェリリン、ミレイナはいいわよねぇ。だいたいあのQBに願い事を叶えてもらえるなんて本当に信じて願い事をいうとしたら、その子絶対思春期、思春期よ、思春期真っ盛りよ。頭の中ファンタジーよ。そう思わない?」
 羽目を大いに外し酒を大量に飲んでできあがっていたスメラギ・李・ノリエガの思考はどこからどうみても正常からほど遠く、テンションがあがったりさがったり面倒臭かった。
「え、えーと。そ、そう思うです……」
 そもそも酔っぱらいに話を聞いたのが間違いだった、とミレイナは絡まれる前にそそくさと退散し、通路を歩きながらため息混じりに後悔した。
(か、完全に酔ってたですぅ……)
 そこへ反対側からアレルヤ・ハプティズムがやってきて軽く声を掛けてくる。
「やぁミレイナ。ため息ついて、どうかしたのかい」
 ミレイナはパッと顔を上げてまた同じ質問をする。
「ハプティズムさんは……魔法少女についてどう思うですか?」
「えっ、ああ……魔法少女か……そうだね。余り触れないようにしたい話題ではあるけど……僕達の行動が彼女達に関係しているのは紛れもない事実だ。目を背けてはいけない。彼女達に申し訳ないと思う気持ちはあるけど、それは僕の勝手なエゴで……だとしても、だからこそ分かった上で僕は活動を続ける必要があると思う。仕方がないっていう言葉で簡単に片づけたくはないんだけどね……あんまり上手く言えなくてごめん、ミレイナ」
 微妙な様子で答えたアレルヤに、ミレイナは首を振る。
「いえ! そんなことないです。ありがとうございました!」
 するとアレルヤは「魔法少女についてならロックオンや刹那にも聞いてみたらどうだい。じゃ」と言って去っていった。少なくとも戦術予報士よりは余程まともな言葉だった。
 ミレイナは次にアレルヤの言葉に従い、ロックオン・ストラトスのもとを尋ねると、丁度部屋を出てきたため同じ質問をした。
「魔法少女、初めて魔法少女に遭遇した時は自分で正気を疑ったな……。ま、それは半分冗談としてだ。QBは相変わらず胡散臭いが……俺達CBには俺達のやることがあるように、魔法少女には魔法少女のやることがあるって言った所か。……だが大人の割り切った考えを真に受ける必要も無いだろうさ。ミレイナぐらいなら、でも、と感情で何度も食い下がるぐらいの元気が丁度良い。……っと、CBにいる以上はそうも言ってられない……か。それよかミレイナ、あんまり聞き回ってるとQBが出てきて話し掛けてくるかもしれないから気をつけろよ。悪いが今から俺は機体テストだから行ってくる。じゃあな」
 余り深く語りたくないという様子のロックオンはやんわりと釘を指した。
「は、はい……ありがとうです。頑張って下さいです!」
 背を向けたまま片手で返事を返してロックオンは去っていった。
(次はセイエイさんです……)
 正直ミレイナには話しやすい相手とはお世辞にも刹那・F・セイエイは言い難い存在だった。それはなぜなら、実際に尋ねてみると……、
「……魔法少女は俺達と似ている。俺達CBが世界と向き合って戦い続けるように、魔法少女は闇の底から人々を狙う世界の歪みと戦い続けている。そして俺は希望の神がいることを知った」
 刹那は抽象的な言葉を真顔で口に出し、ミレイナはぽかんと首を僅かばかり傾げる。
(……神……?)
 刹那は明日を見るような目で続ける。
「この世界には希望の神がいる。世界の歪みを断ち切ったその先に……。彼女が戦い続けるように、俺も戦い続けて世界を変える。そう約束をした。それでこそ俺達はガンダムマイスターだ」
「な、なるほど…です……?」
 言葉とは裏腹に、真剣さだけは伝わったもののミレイナには所々、というか少し……よく分からなかった。
 少なくともあちこち尋ねて分かったのは、魔法少女についてそれぞれ思う所はあれど、それでもCBは戦い続けるという現実を見据えた共通の意識があるということだった。
 ……そして、一応聞き回って興味の落ち着いたミレイナのもとに来訪者が現れる。その白い生物は気さくに可愛らしい声でこう首を傾げて尋ねた。
「こんばんはミレイナ・ヴァスティ。随分熱心に魔法少女について聞き回っていたようだけど、もしかして君は魔法少女になりたいのかい?」
「謹んでお断りするです!」
 当のミレイナはQBの質問には答えず結論からビシッと片手を突きつけてお断りし、
 また、別の場所では戦術予報士が酒を勧めてくるのを「謹んで辞退します」と言って律儀に断るティエリア・アーデの姿があったとか、なんとか。
 スメラギは軽くむすっとして「いけず……」とつれないんだから……と漏らし、
 QBは契約希望者かと思えば釣れなかったがCBのメンバーを勧誘しても関係が悪化するのは容易に想定できるが故に「やっぱりそういうだろうと思ったよ」と予想の範囲内だったという。








本小話後書き
重ねて物凄く短く、申し訳ありません。
数ヶ月前に完結済みの本作ですが、感想掲示板での質問についての一応の答えとしまして小話を本当に今更ですが投稿させて頂きました。
……ただ、それだけではあんまりなので、無理矢理一つ。別に私はどこぞの回し者という訳でもありませんが、
「魔法少女まどか☆マギカポータブル」
が昨日から発売したようです。
(何やらQB視点のゲームとかで、私のようなキュゥべぇ好き向け、なのかもしれません。とはいえ、残念ながら私自身やる予定は無いのですが……)
……以上、完全に蛇足でした。


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