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[25752] 犬夜叉(憑依) 【完結】 【桔梗編 第六話投稿】
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/27 00:45
犬夜叉の憑依物です。

独自の設定の改変があります。

初投稿なのでよろしくお願いします。

11/20 後日談前編投稿

11/22 後日談後編投稿



[25752] 第一話 「CHANGE THE WORLD」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:03
第一話 「CHANGE THE WORLD」

「ここか。」

一人の少年が神社の境内へ続く階段の前でつぶやいた。
彼は今年十四歳になったばかりの中学二年生。特にこれといった特技もない平凡な少年である。
正月や祭り、信心深いわけでもない彼が神社に訪れたのはある願いを掛けるためだった。
それは「彼女が欲しい」という願いだった。彼がこんな願いを抱くようになったのは単に
周りの知り合いが次々に色恋沙汰に興味を持ち始めたことが原因といえる。
思春期ということもあり今、彼のクラスはそういった話でもちきりなのだ。
彼女が欲しいが学校の女子に話しかける、遊びに誘うなどのアプローチも恥ずかしさが勝りできない。そこで彼は偶然耳にした恋愛が成就するご利益があるという神社に訪れたのだった。

(誰もいないよな。)

キョロキョロと周りを伺いながら階段を登る姿はどこからどう見ても不審者にしか見えなかった。
そして階段を登りきり境内に入った瞬間、彼は体に違和感を覚えた。

(なんだ?これ?)

初めて来た場所のはずなのに何度も来ているような既視感。
辺りを見渡すと一本の大きな木が目に止まった。それは樹齢百年を優に超えるであろう御神木だった。

(俺はこの木を知っている・・・?)
何かに引かれるように御神木に近づく。そして御神木に手が触れたその瞬間、少年の意識は途絶えた。



「ハァッ…ハァッ…!」
夜の暗闇の森をひたすらに走る少女がいた。

彼女の名前は日暮かごめ。
彼女は今年十五歳になったばかりの中学三年生。特にこれといった特技もない平凡な少女だった……今日この日までは。

「四魂の玉をよこせえええ!」
かごめを追っているのは女の上半身、ムカデの下半身を持っている百足上臈(むかでじょうろう)と呼ばれる妖怪だ。体長十メートル以上あるであろうその姿はこの世のものとは思えないおぞましさがある。

「私はそんなもの持ってないわ!」
かごめはそう言い返すも百足上臈はおかまいなしにかごめに襲いかかる。

「きゃっ!」
間一髪のところで百足上臈の攻撃を屈んで躱す。

(このままじゃ殺されちゃう……!)
逃げようと向いた先には昼間見た少年が矢によって貼り付けにされた木があった。
しかし、昼間とは違う点があった。

少年が目覚めていたのだ。


少年が目を覚ますと目の前には夜の森が広がっていた。

(何だ…?俺は確か神社に願い事をしに来ていたはず…。)
昼間からいきなり夜になっていることに驚く少年。しかし更なる驚愕に襲われる。
自分の胸に矢が刺さっているのだ。

「うわぁぁぁっ! !」
思わず悲鳴を上げる少年。自分が尋常ではない状況に置かれていることを認識した少年はなんとか矢を抜こうと試みる。そこで初めて自分の体が全く動かないことに気づいた。
混乱が続く中更なる異常が起こる。


「犬夜叉」 「桔梗」 「封印」 「破魔の矢」
頭のなかに自分の全く知らない知識、記憶が浮かんでくるのだ。

(五十年前に桔梗に封印された?なんで?四魂の玉?一体何なんだ!?)
つぎつぎに起こる異常の中で少年はついに自分の身体が「犬夜叉」になっていることに気づく。

(この封印を解くにはどうすればいい!?)
そう考えていたとき…

「きゃっ!」
少女の悲鳴が響いた。

少年と少女の目が合う。
その瞬間、少年は少女が「日暮かごめ」であることを理解した。

少年とかごめが見つめ合った僅かな隙を狙い百足上臈がかごめに襲いかかった。

百足上臈がかごめの脇腹に噛みつく。そしてがごめの体の中から四魂の玉が飛び出す。

「かごめっ!!」
少年が叫ぶ。

「なんで…私の名前…。」
「そんなことはどうでもいい! 早く逃げろ!」
しかし百足上臈の体がかごめを犬夜叉が封印されている木にくくり付けてしまう。

「ついに手に入れたぞ…四魂の玉。」
四魂の玉を飲み込んだことで百足上臈が変化をし始める。
さらに強い力でかごめと少年は締め付けられる。

「うぅ。」
かごめの顔が苦痛に歪む。

「かごめ! 俺の胸の矢を抜け!」
「え?」

「抜いてはならん!」
村から追いかけてきた楓がそれを静止する。

「その矢は犬夜叉の封印…そやつを自由にさせてはならん!」
「このままじゃかごめが死んじまうだろうが!」
少年が言い返す。

「早く抜け! かごめ!」
次々に起こる事態にかごめも我慢の限界だった。

「みんな好き勝手言って…抜けばいいんでしょー! !」
かごめが掴んだ矢が光り砂のように消えた

この瞬間、五十年の封印は解かれた。

「ふんっ!」
少年が体に力を入れると百足上臈の締め付けが弱まった。

「凄い…。」
かごめが拘束から解放される。しかし一番驚いているのは少年自身だった。

(なんて力だ…!)
少年は自分の身体から溢れる力に恐怖すら感じた。

「おのれええ!」
百足上臈が少年を噛み殺そうと迫る。

「うわっ!」
とっさに少年は後ろに飛び退いたが勢いがありすぎたため遙か後方の木に激突してしまった。

「なにしてるのよ!」
「くっ!」
(上手く力を加減できない。)
尚も追撃してくる百足上臈。なんとか逃げ続ける少年。

「早くやっつけてよ!」
「やかましい!黙って見てろ!」
犬夜叉の記憶の中から攻撃方法を思い出す。
手に力を込め、飛びかかる。

「散魂鉄爪!!」
凄まじい斬撃が地面に爪痕を残すも百足上臈には命中しない。

「ちくしょう!」
「なんだ威勢だけかい。」
百足上臈は恐るるに足らないと判断し、止めを刺そうと犬夜叉に向かっていく。
そしてついに犬夜叉は百足上臈に捕まってしまった。

「このまま絞め殺してやる。」
百足上臈が力を込めようとしたその瞬間、

「散魂…鉄爪!!」
百足上臈の体が粉々に砕け散った。

「あれなら避けれねぇだろ。」
肩で息をしながらも安堵する少年。しかし

「油断するな犬夜叉。まだ終わっておらん!」
楓が少年に忠告する。

「何っ!?」
周りを見ると百足上臈の残骸が元に戻ろうと動き始めていた。

(四魂の玉をなんとかしないと何度でも再生しちまう…。)

少年はかごめに向かって叫んだ。
「かごめ!四魂の玉はどこだ!?」


「え?何?」
何のことだか分からず混乱するかごめ。

「光る肉片は見えるか?」
楓に言われ、光る肉片を探すかごめ。

「あった、あそこ!」
そしてかごめは一つの肉片を指差す。

「そこか!」
少年がその肉片から四魂の玉を抜き出すと百足上臈の肉片は消滅していった。

(これが四魂の玉……。)
自分の手のひらにある四魂の玉を見つめる。見る者を魅了するなにかがある不思議な玉だった。そのまま奇妙な感覚に囚われかけたとき

「いかん!」
このままでは犬夜叉に四魂の玉を奪われてしまうと思った楓が言霊の念珠を犬夜叉の首にかけた。

「なっ……!」
自分にかけられたものが何であるか思い出した少年は戦慄した。

「ふざけるな!これをはずせ!」
走り出し楓に詰めよる少年。襲われると勘違いした楓はさらに続ける。

「かごめ、魂鎮めの言霊を!」
「え?何?」
聞いたことのない言葉に戸惑うかごめ。

「なんでもいい、犬夜叉を鎮める言葉を!」
「じ、じゃあ…。」
かごめは「鎮める」と犬夜叉の「犬」からある1つの言葉を連想する。

「ま、待て…!」
少年はこれから自分がどうなるかを直感し止めさせようとするが、

「おすわり」

その瞬間、森はなにかが地面に落ちるような大きな音に包まれた。

これが少年とかごめの初めての出会いだった。



[25752] 第二話 「予定調和」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:08
「つまりお主はかごめと同じ世界から来たということか。」

「そうだ。」
楓の言葉に少年が答える。

ここは楓の家の中。百足上臈を倒した後かごめの手当てをするために移動してきた。今は手当も終わり状況を説明し合っている最中だ。

「にわかには信じ難いが先ほどの戦いとかごめとの会話から信じるしかあるまい。」
少年は先ほどかごめに現代の一般常識についていくつか質問されたがその全てに正答していた。

「分かったんなら早くこの念珠を外してくれ。」
少年は首の念珠を掴みながら楓に詰め寄る。

「済まないがその念珠は特殊でな。簡単に外すことができんのだ。」
楓が申し訳なさそうに答えた。

「くっ……。」
悔しように呻く少年。

「別にいいじゃない、あたしがおすわりって言わなければいいんでしょ。」
かごめがそう言った瞬間、少年は床に這い蹲った。

「あ、ごめん。今の無し。」
(こいつ……。)
少年は何とかして念珠を外してやると心に誓った。

「しかし記憶喪失とは…。」
「本当に思い出せないの?」
「ああ、さっぱりだ。」
少年は自分が十四歳の中学二年生であること、神社を訪れた時に意識が途切れたことは覚えていたがそれ以外の名前や生まれなど自分に関わることを全くといっていいほど覚えていなかった。

「じゃあ記憶が戻るまでは犬夜叉って呼んでもいい?」
「好きにしてくれ。」
どうでもよさげに犬夜叉は答えた。

続けて犬夜叉は自分に知るはずのない知識や記憶が断片的にあることを二人に説明した。

「四魂の玉や桔梗ねえさまのことを知っているのはまだ分かるがなぜかごめのことまで…。」
かごめは昨日この世界に来たばかり。犬夜叉の身体がその記憶を持っているはずはない。

「お主が未来から来たことに何か関係があるのかもしれんな。」
楓の言葉を聞きながら犬夜叉は自分の記憶に不安を覚えていた。

「私のことも何か知ってるの?」
犬夜叉が未来の記憶を持っているということを知り興味が沸いたのかかごめが質問をしてきた。

「確か……桔梗の生まれ変わりだったはず……。」
犬夜叉はかごめに関する断片的な記憶を思い出しながら答えた。

「桔梗?」
それはかごめも昨日何度か耳にした名前だった。

「やはりそうか。姿形、神通力だけでなく四魂の玉を持っていた事が何よりの証。」
楓が犬夜叉の言葉にうなずきながら続けた。

「その桔梗ってどんな人だったの?」

「私の姉でな。この村で巫女をしておった。弓矢の名手でもあった。」

「巫女……弓矢……。」
現代では聞き慣れない単語にかごめは自分が戦国時代に迷い込んでしまったことを再認識した。その不安からさらに質問を続ける。

「ねぇ、私がこれからどうなるか知ってるの?」
そんなかごめの様子に気づくこともなく犬夜叉は答える。

「確か犬夜叉と旅を続けて……。」
言いながら具体的な内容が思い出せない犬夜叉は最後に覚えていることを口にした。

「最後には結婚してたはず……。」

その瞬間二人の間の空気が凍った。

「なんで私があんたと結婚しなきゃいけないのよ!」
かごめが怒涛の勢いで犬夜叉に詰め寄った。

「だから俺のことじゃねぇ!」
犬夜叉としてはただ覚えていることを口に出しただけなのに責められ困惑するしかなかった。

「だいたい私まだ十五歳なのよ!そんな早くに結婚するわけないでしょ!」
「俺だって十四歳だ!」
その後も二人の言い争いは続き

「それぐらいにせんか二人とも…。」
楓が仲裁に入ろうとしたその瞬間、何か黒いものが部屋の中に飛び込んできた。

「きゃっ!」
黒いカラスのような鳥がかごめの首にかけられていた四魂の玉を奪い去った。

「四魂の玉が…!」
かごめが叫ぶも鳥は飛び去って行ってしまった。

「あれは屍舞鳥!四魂の玉を狙っておったのか。」

「屍舞鳥?」
かごめが尋ねる。

「屍舞鳥は人間をエサにしておる。四魂の玉の力で変化すれば大変なことになってしまう!」

「ちくしょうっ!待ちやがれ!」
犬夜叉は屍舞鳥の後を追い家を飛び出した。
屍舞鳥は村の外に向かって飛び去ろうとしていた。

「逃してたまるか!」
犬夜叉は目にも止まらぬ速さで屍舞鳥に追いつき飛び上がった。

「散魂鉄爪! !」
犬夜叉の爪が屍舞鳥を引き裂こうとするも易々と避けられてしまう。

(なんで当たらねぇんだ!?)
犬夜叉はうまく体が使えないことに苛立つ。
しかし今まで普通の人間だった少年がいきなり半妖の体になり、戦闘経験もないのだから無理もないことだった。

犬夜叉が手こずっている間にも四魂のカケラを取り込んだ屍舞鳥が変化を始め巨大化していく。
そして逃げる必要が無くなったと判断したのかエサを求めて村の方へ戻って行った。

「くそっ!」
犬夜叉も急いでその後を追った。


村は変化した屍舞鳥に襲われ大混乱に陥っていた。

「犬夜叉!」
かごめの声に立ち止まる犬夜叉。見るとかごめは先ほどとは違い弓と矢を持っていた。

「その弓は?」

「楓婆ちゃんから借りてきたの。さっき私は桔梗って人の生まれ変わりだって言ってたでしょ。だったら弓矢もうまく使えるはずだって。」
自信満々に答えるかごめに何か言ってやろうと考えていたその時

「あっ子供が!」
村の子供が屍舞鳥によって連れ去られようとしていた。

「くそっ!」
犬夜叉は子供を助ける為に飛びかかった。
子供を捕まえていたからなのか何とか屍舞鳥から子供を取り返すことができた。
しかし獲物を奪われた屍舞鳥は凄まじい速度で襲いかかってきた。

(まずいっ!)
子供を護る為に咄嗟に身を盾にする犬夜叉。その時、

「危ないっ! !」
かごめが犬夜叉達を助けようと弓を放った。

(これは……!)
犬夜叉はその光景に強い既視感を感じた。
矢は屍舞鳥の体に命中しそして同時に四魂の玉を打ち砕いた。
その瞬間、空は光に包まれいくつもの光の欠片が散っていった。

「あれ…?」
自分が起こしたであろう光景に唖然とするかごめ。
そして足元に一つの四魂のカケラが落ちてきた。それを拾い上げながら

「ごめん、壊しちゃったみたい。」
あっけらかんとした調子で呟くのだった。



[25752] 第三話 「すれ違い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:18
「つまりかごめが放った破魔の矢が四魂の玉を砕いてしまったということか。」
屍舞鳥を倒した後二人は楓の家に戻り事情を説明していた。

「犬夜叉、お主の記憶の中にも同じことがあったのか?」
「あぁ。」
犬夜叉は不機嫌そうに答えた。

「なぜそのことを言わなかったのだ?」

「かごめが矢を放った時に思い出したんだよ。」
どうやら犬夜叉の記憶はその出来事に関するなにかがない限り思い出すことができないようだった。

「そうか、すまなかった。しかし厄介なことになった…。」
そう言い考え込んだ後に楓は

「犬夜叉、かごめ、お主ら二人の力で四魂のカケラを元通り集めてはくれんか?」
そう二人に提案した。

(そんな…。)
かごめは内心困っていた。いきなり戦国時代にタイムスリップし妖怪にも襲われた上さらにその妖怪たちが狙っている四魂のカケラを集めて欲しいと頼まれているのだ。
いくら自分に責任があると言ってもそこまでする必要があるだろうか。
そして何より

(早く家に帰りたい…。)
かごめは何とか現代に帰れないか考えていた。何も言えないままこちらの世界に来てしまったのだから家族も心配しているに違いない。四魂のカケラは犬夜叉と楓に集めてもらおうと思っていた時

「断る。」
そう犬夜叉が答えた。

「なぜだ?」
楓は少し驚いたように犬夜叉に尋ねる。

「忘れたのか楓ばあさん、俺は本物の「犬夜叉」じゃない。別に四魂の玉なんかいらねぇ。なんでわざわざ集めなくちゃいけないんだ。」
確かに犬夜叉の言うとおりだった。楓も犬夜叉が未来の人間であることは分かっていたがこうもあっさり断わられるとは思っておらず驚いていた。

「しかし、さっきは四魂の玉を取り戻そうとしてくれたではないか。」

「それは…。」
犬夜叉は言い淀む。
実はそのことに一番驚いているのは犬夜叉自身だった。四魂の玉が奪われたあの時、取り戻さなければならないという強迫観念のようなものが犬夜叉を襲いそれに突き動かされるように動いてしまったのだ。犬夜叉は自分の身体が他人のものだということを改めて感じ不安を感じていた。

「あの時はとっさに動いただけだ。それに俺はこの身体をうまく使えねぇ。カケラ集めなんて無理だ。」
体がうまく使えないことが犬夜叉が提案を断る最大の理由だった。
犬夜叉は四魂のカケラが災厄を生むことは記憶が戻らなくとも朧気に理解していた。
しかしこれまでの戦闘で自分は記憶の中では弱い妖怪にすら歯が立たなかった。記憶の中で犬夜叉とかごめがカケラ集めができたのは犬夜叉の強さがあったからだ。自分がかごめと旅をしてもあっという間にやられてしまうだろう。

「しかし…」
楓は犬夜叉の事情も理解していた。できることなら自分がカケラ集めを行いたいが年老い、霊力も弱っている自分では難しい。しかし村の巫女として四魂の玉を放っておく訳にはいかない。何か手はないかと考えていた。

犬夜叉はなかなか諦めようとしない楓に苛立ち

「だいたい四魂の玉が砕け散ったのは俺のせいじゃないだろ。」
ついそう言ってしまった。

「私のせいだって言うの?」
いきなり自分にすべての責任があるかのような言い方をされかごめは反論した。

「あんたを助けようとしたんじゃない!それなのに何よ!」
かごめの剣幕にひるむ犬夜叉。

「でも壊したのはお前だろ。」
苦し紛れにそう反論する犬夜叉。

二人の間に緊張が走り

「おすわりっ!」
かごめの一言でその緊張は弾けた。


次の日、犬夜叉は一人村の中を歩いていた。
昨日はかごめが怒り話し合いは中止となった。朝になり起きてみると既にかごめと楓の姿はなかった。どこかに出かけてしまったのだろう。
村では畑仕事をしている者、商売をしている者などで溢れていた。犬夜叉は自分が戦国時代に来てしまったのだと改めて実感していた。そして村人たちが自分を見るなり遠ざかって行くことに気づいた。

「半妖」

その言葉が常人より遥かに耳の良い犬夜叉には聴こえてきた。
半分が人間で半分が妖怪。人間と妖怪そのどちらにもなれない存在。
記憶にある犬夜叉の人生はこの「半妖」という言葉との戦いと言っても過言ではなかった。

(胸糞悪い…。)
少年は元は人間だが今は半妖の身体になっている。自分に向けられる悪意に憤りを感じていた。

(かごめの奴どこに行ったんだ?)
犬夜叉が村の中を歩き回っていたのはかごめを探しているからだ。昨日の言葉はさすがに言いすぎたと反省した犬夜叉は謝罪をしようと思っていた。しかし村の中はあらかた探してみたもののかごめの姿はなかった。

(どうしたもんかな…。)
そう考えていた犬夜叉はあることに気づく。

(匂いで探せばいいんじゃねぇか!)
犬夜叉は犬の妖怪と人間の間の半妖。匂いで人を探すことなど朝飯前だった。
早速かごめの匂いを追う犬夜叉。しかし、

(何か大切なものをなくした気がする……。)
地面に這いつくばりながら犬夜叉はそう思った。

かごめの匂いは村のはずれに向かっていた。
(こんなところでなにしてんだ?)
犬夜叉は疑問に思いながらも匂いの後を追っていく。すると段々と匂いが近づいてきた。川の近くいるようだ。

(このあたりか。)
犬夜叉が森から川に出たところで

「え?」
「ん?」
全裸で水浴びをしているかごめと目が合った。

次の瞬間犬夜叉は地面にめり込んだ。

「おや、犬夜叉来ていたのか。」
かごめの側にいた楓が声をかける。

「いやらしいわねっ、のぞきなんてして!」
「誰がお前の裸なんて見るかっ!」
「なんですって!」
痴話喧嘩を始める二人。

「そのぐらいにしてかごめ、まず服を着てこんか。」
かごめは楓に言葉で自分が裸のままだったことを思い出し急いで着替えに行った。

「犬夜叉、お前ももっと大人にならんか。」
「俺はまだ十四歳だ。」
ふてくされて答える犬夜叉。

「大方昨日のことを謝りに来たんだろう?いい加減素直になったらどうだ。」
あっさり楓に見透かされますます不機嫌になる犬夜叉だった。

「あんたあたしになにか恨みでもあるの?」
暫くすると着替え終わったかごめが戻ってきた。

「そんなもんあるわけ…」
言いながら振り返った犬夜叉は巫女姿のかごめに目を奪われた。



「犬夜叉、私がどう見える?人間に見えるか?」
■■が犬夜叉に話しかける。

「あー?なに言ってんだてめえ。」

「私は誰にも弱みを見せない。迷ってはいけない。妖怪につけこまれるからだ。」

「人間であって、人間であってはならないのだ…。犬夜叉、おまえと私は似ている。半妖のお前と…だから…殺せなかった…。」

「けっ、なんだそりゃーグチか?おめーらしくな…。」

「やっぱり…私らしくないか…。」
■■は儚げに笑った。


「犬夜叉お前は人間になれる。四魂の玉を使えば…。」

「明日の明け方、この場所で…私は四魂の玉を持ってくる。」
そう■■は言った。

俺は■■となら人間になっても一緒に生きていけると思った。

約束の日。

自分に向けて■■は矢を放ってきた。

「犬夜叉!!」
■■の封印の矢が胸に突き刺さる。

(なんでだ…■■…!!俺は本当にお前のことが…。)




「…叉…夜叉…犬夜叉ってば! !」

「え?」
かごめに何度も呼ばれ正気に戻る犬夜叉。

「どうしたのよ。何度も声をかけたのに全然反応しないし……。」
かごめは少し心配そうに犬夜叉を見つめる。
その姿に戸惑う犬夜叉。

「かごめの姿が桔梗ねえさまにそっくりだから驚いておるのだろう。」
犬夜叉の状態を察した楓が代わりに応えた。

「私ってそんなに桔梗に似てるの?」
「そんなこと知るかっ!」
視線をそらす犬夜叉。
そう言いながら犬夜叉はかごめから視線をそらした。これ以上巫女姿のかごめを見ていると自分が自分でなくなってしまうような不安に駆られたからだ。

「なんでそんな服を着てるんだ?」
何とか桔梗の話題から離れようと犬夜叉はかごめに尋ねた。

「だって制服は破れちゃったし、これしか代わりに着るものがなかったのよ。」
不貞腐れながらかごめは答えた。

「だったら家から着替えを持ってくればいいだろうが。」
「どうやって帰れって言うのよ!」
好き勝手を言う犬夜叉にかごめも強く言い返す。

「そんなもん井戸を通って帰るに決まってんだろうがっ!」
その言葉にかごめが固まる。

「井戸を通れば帰れるの?」
次の瞬間、かごめが犬夜叉に詰め寄ってきた。
犬夜叉からすれば当たり前のことなのでかごめも知っているものだとばかり思っていたのだ。そして犬夜叉もあることに気づく。

(俺も現代に帰れる!)
そう、犬夜叉はかごめと同様に骨食いの井戸を通ることができる。

「そうだ! 帰れるぞ、かごめ!」
急に上機嫌になった犬夜叉に驚くかごめ。それにおかまいなしに犬夜叉は続ける。

「すぐに行くから早く背中に乗れ!」
そう言いながら屈む犬夜叉に一瞬戸惑うもののおぶさるかごめ。

「しっかり捕まってろよ!」
犬夜叉はかごめを背負ったまま走り出した。

「全く騒がしいやつだ。」
一人残された楓は呟いた。


二人はすぐに骨食いの井戸にたどり着いた。

「本当に大丈夫なの?」
底が見えない井戸に不安が隠せないかごめ。

「大丈夫だ、俺を信じろ。」
自信満々に答える犬夜叉にかごめは渋々納得した。

「行くぞっ!」
二人は同時に井戸に飛び込んだ。



「…ここは?」
うす暗い井戸の底でかごめは目覚めた。

「あたし確か犬夜叉と一緒に井戸に飛び込んで…。」
かごめがなんとか状況を理解しようとした時

「井戸の中なら何度も見たじゃろう。」

「だって姉ちゃんは本当にこの中に…。」
二人の聞き覚えのある声が聞こえた。

「じいちゃんっ! 草田!」
かごめは力一杯叫んだ。

助け出されたかごめは家族に事情を説明していた。

「なんとそんなことが…。」
「じいちゃん僕が言ったとおりだっただろう。」
かごめの祖父と草田が言い合っている中

「それは本当なの?かごめ。」
かごめの母親が訪ねる。

「本当よ。犬夜叉と一緒に井戸を通って帰ってきたんだから。」
かごめは説明をしながら

「あれ…?」
犬夜叉がいないことに気づいた。


「くそっ!」
拳を地面に叩きつける犬夜叉。
何度試しても犬夜叉は井戸をくぐることができなかった。
しかし一緒に飛び込んだかごめはいなくなっていたことからこの井戸が現代につながっていることは間違いない。

(俺が本物の犬夜叉じゃないからなのか…。)
考えられる理由はそれしかなかった。

「ちくしょおおおおお!!!」
この世界から逃れられる唯一の方法がなくなり犬夜叉は絶望した。


(やっぱり夢だったのかなぁ。)
家に戻りお風呂に入り食事を済ませたかごめは自分のベットに横になりながら考えていた。
戦国時代へのタイムスリップ。妖怪。四魂の玉。お伽噺話のような体験だった。
しかし夢ではない確かな証拠がある。

かごめの手のひらには四魂のカケラがあった。

(やっぱり夢なんかじゃない。あたしは確かに戦国時代に行ったんだわ。)
かごめは自分が体験したことが事実だったことを確信した。
そして同時に一つのことが気にかかった。

(犬夜叉どうしたんだろう…。)
一緒に飛び込んだはずの犬夜叉はいつまでたっても現れなかった。

(どこか違うところに行っちゃったのかな、それとも通れなかったのかな…。)
考え出すとキリがなかった。

(もう一度あっちに行ってみようかな…。でももう戻れなくなっちゃうかも…。)
向こうへ行けばもう二度と帰って来れないかもしれないという恐怖がかごめを襲う。

(でも…やっぱり放っておけない!)

喧嘩ばかりしていたが自分を助けてくれた犬夜叉をかごめは放っておくことができなかった。
そうと決まればかごめの行動は早かった。
あっという間にリュックに必要なものを詰め家族の制止も振り切り井戸の前までやってきた。

(大丈夫よ…さっきは通れたんだから…。)

「えいっ!」
かごめは再び井戸へ飛び込んだ。


「あ…。」
目を開けると井戸の外には青い空が見えた。

(戻ってきた…?)
かごめは壁に絡みついている木の枝に掴まりながら井戸を登っていった。

「よいしょっと。」
何とか井戸を登りきったかごめは周りを見渡してみた。
そこに地面に座り込んでいる犬夜叉の姿があった。

「犬夜叉……?」
後ろ姿を見ただけで犬夜叉の様子がおかしいことにかごめは気づいた。

「どうしたの、犬夜叉?」

「井戸を通れなかったんだ…。」
呟くように犬夜叉が答える。

「そうだったの…。」
他にどう言えばいいのか分らないかごめ。

しばらくの沈黙の後かごめが尋ねる。

「これからどうするの、犬夜叉?」

「…ぇだろ…。」

「え?」

「お前には関係ねぇだろ! !」
犬夜叉はかごめを怒鳴り散らした。

「お前はいいよな、元の世界に帰れるんだから!」
感情を抑えきれない犬夜叉はさらに続ける。

「俺はこれからもこの世界で生きていくしかない!こんなわけもわからない身体でだ!同情なんていらねぇ!二度とその顔見せるな!」
いきなり罵声を浴びせられたかごめも怒って反論する。

「何よ! 人が心配して見にきたのに何でそんなこと言われなきゃならないのよ!」

「うるせぇ! とっとと帰れ!」
戻れなくなる危険がある中戻ってきたのに心ない言葉を浴びせられかごめも我慢の限界だった。

「言われなくても二度とこないわよ!」
振り返り井戸に向かうかごめ。


「さよなら。」
そう言い残しかごめは元の世界に帰っていった……。



[25752] 第四話 「涙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:28
「四魂の玉はどこだ!? 隠しだてすると容赦しねぇぞ!」
盗賊の一団が村人を恫喝する。盗賊たちは最近四魂の玉が再びこの村で現れたという噂を聞きつけやってきたのだ。

「答えねぇんなら皆殺しにするしかねぇな。」
そう言いながら村人に刀を向けようとした瞬間、盗賊の一人が何者かに殴り飛ばされた。

「何だっ!?」
いきなり仲間がやられたことで慌てる盗賊たち。

「てめぇら、さっさとこの村から出てきな。」
銀髪の赤い衣を着た少年が警告する。

「ガキが! 調子に乗ってんじゃねぇ!」
盗賊の一人が少年に向け刀を振り下ろす。しかし逆に衣に触れた刀のほうが折れてしまった。

「なっ!?」
あっけにとられる盗賊たち。その隙をついて少年が次々に盗賊たちを倒していく。

「こ、こいつ人間じゃねぇ! 半妖だ!」
盗賊たちは相手が人間ではなく半妖であることに気づく。

「こんな化物相手にしてられるか!」
盗賊たちは自分たちに勝ち目がないとみるや退散していった。

「あ、ありがとう。」
村の子供の一人が少年にお礼を言った。
しかし少年は子供に一瞥をくれただけでさっさとその場から去っていった。

「何よあの態度は。せっかくお礼を言っているのに。」
「やっぱり半妖は人間とは違うんだよ。」
様々な陰口が囁かれていた。

そしてその全てが少年には聞こえていた。


かごめが現代に帰ってから一週間が経とうとしていた。
特に行くあてもなかった犬夜叉は楓の村で用心棒まがいのことをしていた。

「四魂の玉が復活した」

そんな噂が広まるのにそう時間はかからなかった。そのため楓の村には玉を狙う妖怪や人間が襲ってくるようになった。
しかし四魂の玉は砕け散っており、この村にあった唯一のカケラもかごめが持っていってしまっている。
それに気づかないような弱い妖怪や人間たちばかりであったため戦闘経験が少ない犬夜叉でも何とか追い払うことが出来ていた。

犬夜叉はかごめがいなくなってからは森で過ごすことが多くなっていた。
村にいると村人たちが自分のことを悪く言ってくるのが嫌でも耳に入ってくる。森で過ごしている方が遥かにマシだった。

「こんなところにおったのか。探したぞ。」

「楓ばあさんか。」
木の上で寝そべっていた犬夜叉に楓が話しかける。

「また盗賊を追い払ってくれたそうだな。」

「別に。それが仕事だからな。」
そっけなく返す犬夜叉。しかし楓は犬夜叉にとって自分を半妖ということで差別しない数少ない人間だった。

「お主ちゃんと食事を摂っておるのか?家には食事が用意してあるぞ。」

「森の中で適当に食ってるから大丈夫だ。俺は半妖だからな。丈夫にできてるんだよ。」
犬夜叉は自嘲気味に言う。

「…そうか。何かあったらいつでも戻って来い。」
そう言い残し楓は歩きだす。

(まともに食事を摂っておらんな。それにあの顔…まさか寝ておらんのか?)
楓は犬夜叉の異常に気づきながらも何もできない自分が情けなかった。

(かごめなら何とかできただろうか…。)

今はいない少女のことを考える楓だった。



「め…。かごめったら!」
「えっ?何?」
考え事をしていたかごめは驚いて返事をした。

「もう、かごめ最近考え事が多いよ。」
同級生のあゆみがかごめに怒る。

「ご、ごめん。」
戦国時代から戻ってきて一週間。かごめは以前と変わらず学校へ通っていた。

「風邪で休んでからぼーっとすることが多くなったよね。」
「確かに。」
由加と絵理も続いた。

「そ、そうかな。」
「もしかして彼氏のことでも考えてたの?」

「誰があいつのことなんかっ!」
かごめは立ち上がり大声で反論した。その瞬間、クラス中の視線がかごめに集まった。かごめは慌てて席に座った。

「へぇ、かごめ彼氏ができたんだ。」
あゆみが興味津々で尋ねてくる。

「違うわよっ!年下だし…弟みたいなものよ。」
かごめはなんとか否定しようとするが友人たちは全く聞く耳を持っていなかった。

「年下かぁ。ということは二年生?」
「やるじゃん、かごめ。」
どんどん話が膨らんでいく。もはやどうしようもないと悟ったかごめは口を挟むことをあきらめた。

「でもかごめ、年下なら優しくしてあげなきゃダメだよ。男の子は子供なんだから。」

「え?そうなの?」
かごめが聞き返す。

「男の子なんてみんなそうよ。変なプライドがあったりするんだから。」
「彼氏いないのになにえらそうなこと言ってるのよ。」
「そうそう。」
「う、うるさいわねっ。」
友人たちはどんどん盛り上がっていく中かごめは一人考えこんでいた。

(犬夜叉も私と同じ現代人で年下だったんだよね。あっちにいる間は忙しくて実感が湧かなかったけど…。)


「日暮、もう身体はいいの?」
今度は同級生の男の子から声をかけられた。

「B組の北条くんだ。」
友人たちが騒ぐ。

「風邪には気をつけろよ。」
そう言い残し北条は颯爽と去っていった。

「かごめ、浮気はダメだよ。」
「だから違うって!」
絵理の言葉に慌てて反論する。

「でもかごめってモテるよね。」
「確かに。」
「去年も告白されてたもんね。」

「そ…そうだっけ?」

「覚えてすらいないとは…。」
「告白した男子たちかわいそー。」


学校が終わり帰宅しながらかごめは犬夜叉のことを考えていた。

(犬夜叉もあたしと同じでいきなり戦国時代に飛ばされてたんだ。しかも他人の身体に…。あたし犬夜叉の気持ちも考えずにひどいこと言っちゃった…。)
考えるほど罪悪感が増してくる。

そしてかごめは自分の顔を叩いた。

(うじうじ考えるのはあたしの性に合わない。今夜謝りに行こう。もし許してもらえなくても四魂のカケラだけでも渡してこよう。)
かごめは急いで家に向かった。

家についたかごめは御神木に目がいった。

(そういえば犬夜叉が神社の御神木の前で意識がなくなったって言ってたっけ。やっぱりあたしの家の神社だったのかな…?でも人が倒れてたら誰かが気付くよね…そうだ!ママなら何か知ってるかも。)
そう思いかごめは井戸に行く前に母親のところに向かった。

「ママ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「何?かごめ。」
かごめの母親は台所で夕食の準備をしていた

「一週間くらい前に御神木の前で倒れてる人って見たことある?」

「御神木の前で?…うーん、そんな男の子は見たことないわね。」

「そう…」。

「その男の子がどうかしたの?」
かごめの母親が不思議そうに聞いてくる。

「ううん。何でもない。」
そう言いながらかごめは井戸に向かった。

(やっぱり犬夜叉が元いた世界とあたしがいる世界は違うのかな?)
そう考えながらも答えは出ないかごめだった。


(すっかり暗くなっちゃった…。)
井戸から出たかごめは持ってきた懐中電灯を頼りに村に向かって歩き始めた。
村に着いたかごめは楓の家を訪れていた。

「かごめではないか。元の世界に帰ったのではなかったのか?」

「うん…ちょっと犬夜叉と話をしようと思って…。」
罰が悪そうにかごめが答える。

「そういえば犬夜叉は?家にはいないの?」
かごめの言葉に難しい顔をする楓。

「…犬夜叉はここにはおらん。恐らく森のどこかだろう。」

「え、どうして?」
犬夜叉は現代人だ。森なんかより家の中で暮らすほうがいいはずなのになぜ森にいるんだろうか。

「この村の中には犬夜叉が半妖ということで差別するものもおる。それが嫌で村から離れ森で暮らして居るようじゃ。」

「そんな…。」
かごめは犬夜叉が半妖だということは知っていたがそれがそこまで差別の対象になるとは思っていなかった。

「それに犬夜叉はどうやらまともに食事もしておらんようだ。昨日会ってきたが酷い顔をしていた。もしかすると寝ておらんのかもしれ」

「あたし探してくる!」
かごめは楓の話を最後まで聞かずに家を飛び出して行った。

「全く人の話は最後まで聞くもんじゃぞ。」
楓はため息を突きながら

「頼んだぞ、かごめ。」
そう呟いた。


「ハァ…ハァ…!」
かごめの荒い呼吸が森に響く。
しばらく森の中を探してみたが犬夜叉の姿は見つからなかった。
広い森の中しかも夜の暗闇の中では見つけることは至難の技だった。

(せめて犬夜叉がいそうなところが分かれば…。)
そうかごめが考えたとき、

(あ…!)
かごめは一つの場所を思い浮かべた。

そこに犬夜叉はいる。確信に近い想いがかごめにはあった。


(いた…!)
犬夜叉は御神木の木の上で腰掛けていた。
ここは犬夜叉が封印されていた場所。
そしてかごめと犬夜叉が初めてであった場所でもあった。

「かごめか…。」
匂いで気づいたのか犬夜叉の方から話しかけてきた。

犬夜叉が御神木から降りてくる。
そしてお互いの顔が見える位置になったときかごめは驚いた。
犬夜叉の顔は酷くやつれていた。
もう何日も食事を摂っていないのだろう。
そして目の下には大きなクマができていた。
ほとんど睡眠をとっていないことは明白だった。

「犬夜叉…。」
かごめはなんと言っていいのかわからず固まってしまう。

「なんの用だ。俺を笑いにでもきたのか。」
冷淡な言葉をかける犬夜叉。

「ち、違っ…。」
「用がないんなら俺は行くぜ。」
そう言いながら立ち去ろうとする犬夜叉。しかし犬夜叉は動けなかった。

かごめが犬夜叉の手を掴んでいたからだ。

「離せ。」
「嫌。」
犬夜叉が手を振りほどこうとするがかごめはさらに強い力で手を掴んでくる。

「離せっ!」
「離さない!」
犬夜叉の怒鳴り声にも屈せずかごめは決して手を離そうとはしなかった。

「…あたし、犬夜叉に謝りにきたの。」
かごめはうつむきになりながら続ける。


「あたしこの世界に来てから怖い思いばっかりしてきた。妖怪に襲われて、死にかけて本当に元の世界に帰りたいってそればっかり考えてた。」
犬夜叉は身じろぎひとつしなかった。


「井戸を通って元の世界に戻れて本当に嬉しかった。じいちゃんがいてママがいて草田がいる。そんな当たり前のことが本当に嬉しかった。」
犬夜叉を掴むかごめの手は震えていた。


「でも後になって気づいたの。怖かったのはあたしだけじゃなかった。」
かごめの声は震えていた。


「犬夜叉も怖かったんだよね…。いきなり知らない人の身体になっちゃったんだもん…。きっとわたしより何倍も怖かったんだよね…。」
かごめが顔を上げる。


「それなのに…ひどいこと言っちゃって…。」
犬夜叉がかごめへ振り向く。


「ごめんなさい。」
かごめの目には涙が溢れていた。


「怖かったんだ…。」
犬夜叉が呟く。


「妖怪や人間が俺を殺そうとしてくるのが怖かったんだ…。」
犬夜叉はさらに続ける。


「村の人たちが怖かったんだ…。半妖って…化物って呼ばれるのが怖かったんだ…。」
犬夜叉の手は震えていた


「犬夜叉の記憶が怖かったんだ! 自分が自分じゃなくなるみたいで! 明日には自分が消えてしまうんじゃないかって! そう考えると夜も眠れなかった! ! 俺はっ! 俺はっっ! ! 」
犬夜叉の今まで溜めていた不安が爆発する。

それを聞きながらかごめは犬夜叉を優しく抱きしめる。


「ごめんね…犬夜叉…。」


「うっ…うぅ……うわあぁぁぁぁ! !」

犬夜叉はかごめの胸に抱かれながら子供のように泣き叫んだ。

これがこの世界で二人が流した初めての涙だった。



[25752] 第五話 「二人の日常」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:36
「ん…。」
朝日の光によってかごめは目を覚ました。

(あれ…ここどこ?)
かごめは寝ぼけながらキョロキョロと周りを見渡す。
あたりに広がる森を見てかごめは自分が戦国時代に来ていたことを思い出した。

(そうだ…あたし犬夜叉に謝ろうと思って…。)
そこまで思い出しながらかごめが下を向くとそこには

自分の膝で眠っている犬夜叉の姿があった。


「~~~っ!?!?」
かごめは声にならない声を上げた。
なんとか落ち着きを取り戻したかごめは自分の昨夜の行動を思い出す。

(何やってるのよあたし! いくら年下だからってお…男の子を抱きしめるなんて…。)
顔を真っ赤にしながらあまりの恥ずかしさに悶えるかごめ。

(あれは…そう! 気の迷いよ! きっとそう!)
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
かごめは自分の膝で眠っている犬夜叉の顔を眺めながら考えていた。

(寝顔だけ見てれば本当に子供ね…。)
本当に寝ていなかったのだろう、昨夜犬夜叉はかごめの胸でひとしきり泣いた後すぐに疲れ果てて眠ってしまい起こすわけにも行かず膝枕をしている内にかごめも眠ってしまった。

(男の子が泣くところ初めて見た…。)
男は泣いてはいけないとまでは思っていないかごめだか何だかいけないことをしまったような気分になるかごめだった。
そしてそろそろこの状況をどうにかしようと考えた時

犬夜叉とかごめの目が合った。

二人が同時に起き上がり距離を取った。
犬夜叉は最初慌てていたが昨夜の自分の行動を思い出したのか顔を真っ赤になっていった。
二人の間に長い沈黙が流れていく。
この沈黙をなんとかしようとかごめが犬夜叉に話しかけようとした時

一際大きな犬夜叉の腹の音が鳴った。


「ただいま。」
犬夜叉とかごめは楓の家に戻ってきた。

「おぉ、帰ってきたか二人とも。」
楓が二人を出迎えてくれた。

「ごめんね、楓ばあちゃん心配かけちゃって。」
かごめが罰が悪そうに言う。

「何構わんよ。朝帰りとはいつの間にかずいぶん打ち解けたようだな。」
楓が冗談交じりで答えた。

「「なっ…!!」」
二人が顔を真っ赤にする。

「何だ、冗談のつもりだったのだか本当にそんな仲だったのか?」

「誰がこいつとそんなことするかっ!」
犬夜叉が慌てて楓の言葉を否定する。
しかしかごめはその言葉が気に入らなかったのか怒った顔で犬夜叉を睨みつける。

(まずいっ!)
犬夜叉は念珠の言霊がくると思い身構える。
しかし何時までたっても言霊は聞こえてこなかった。

「今日は疲れてるみたいだから勘弁してあげる。」
そう言いながらかごめは家に入っていった。
犬夜叉はあっけにとられたように立ちすくんでいた。

「お腹空いてるんでしょ。早くご飯にしましょ。」

「あ、あぁ。」
かごめに呼ばれ犬夜叉も慌てて家に入っていく。
その様子を楓は満足そうに見つめていた。


「楓ばあちゃん、あたし四魂のカケラ集め手伝ってみようかなって思うの。」
食事が終わりくつろいでいた犬夜叉と楓に向かってかごめが話しかけた。

「よいのかかごめ?危険な旅になるかもしれんぞ。」
現代に帰れるようになったかごめが無理にこちらに関わることはないと思っていた楓は驚いたように尋ねる。

「うん、確かに怖いけど元はといえばあたしが原因だし…」
再び戦国時代に四魂の玉を持ち込み砕いてしまった責任は確かにかごめにもあった。

(それに…。)
かごめは犬夜叉を見つめる。

(もしあたしがこっちに来なくなったらまた犬夜叉がつらい目に合うかもしれない。)
昨夜の犬夜叉の姿を思い出す。

(もうあんな犬夜叉は見たくない。)
それがかごめが戦国時代に来ようとする一番の理由だった。
しかし正直にそのことを言うのが恥ずかしかったため四魂のカケラ集めをすることを了承したのだった。

「…犬夜叉も手伝ってくれる?」
かごめが恐る恐る犬夜叉に尋ねる。
四魂のカケラ集めの旅は犬夜叉の協力がどうしても必要だった。
犬夜叉はしばらく考え込んだ後

「…俺がこの身体に慣れてからならいいぜ。」
そう答えたのだった。


「本当にいいの?」
ハサミを持ったかごめが犬夜叉に尋ねる。

「あぁ、やってくれ。」
犬夜叉はそれに力強く頷く。
四魂の玉のカケラを集めることに決めた次の日、犬夜叉はかごめに自分の髪を切ってくれるよう頼んだ。
自分は犬夜叉ではないこと、これからこの世界で生きていくという少年なりの決意の表れだった。
そのことを感じ取ったかごめはそれ以上何も言わず髪を切っていく。
長かった銀髪は切り落とされ少年は短髪になった。

それが少年が本当の意味で「犬夜叉」になった瞬間だった。



それからかごめの二つの世界を行き来する生活が始まった。
平日は学校に通い放課後になると戦国時代に行き、夕食を犬夜叉と楓と一緒に食べ、夜には現代に戻る。
休日には朝から戦国時代に行き村で過ごす。
犬夜叉と一緒に村の仕事の手伝いをしたり、楓から巫女の力や弓の使い方を学んでいた。
犬夜叉もかごめが会いに来てくれることが心の支えとなったのか以前ほど荒れた生活を送る事はなくなった。
身体に慣れるという名目で村の仕事を手伝っていくうちに村人との関係も段々と良くなっていった。
桔梗の生まれ変わりとして知られるようになったかごめが犬夜叉と一緒に過ごしていること、村にやってくる妖怪や盗賊を追い払っていることも大きく影響していた。
特に村の子供達からは村を守ってくれるヒーロー、よく遊んでくれるお兄さんということでよく懐かれていた。

「犬夜叉兄ちゃん遊びに来たよ。」
村の子供たちが楓の家を訪れて来た。

「何だまたお前たちか。」
横になっていた犬夜叉が起き上りながら答える。

「またアレやってよ!背中に乗って森の木を飛び移るやつ!」
「ずるいぞ、今度は俺だろ!」
「わたしよ!」

「分かったからさっさと森に行くぞ。」
騒ぎ出す子供たちを面倒臭そうにしながら連れて歩いていく犬夜叉だった。

犬夜叉も段々と身体の扱いにも慣れてきており村を襲ってくる妖怪にも危なげなく戦えるようになってきていた。


「ただいま!」
学校を終えたかごめが急いだ様子で家に戻ってきた。

「おかえり、かごめ。」
かごめの母がそんなかごめの様子に微笑みながら答えた。
かごめは自分の部屋に入り着替えを済ませるとすぐに玄関に戻り。

「行ってきます!」
嵐のような慌ただしさで家を後にした。

「なんだかごめの奴、帰ったと思ったらもう出かけてしまったのか。」
かごめの祖父が呟く。

「最近の姉ちゃん何だか楽しそうだよね。」
草太がおやつを食べながらそれに応える。

「好きな子でもできたのかしら。」
笑いながらかごめの母は娘の後ろ姿を見つめていた。


いつものようにかごめが村に向かって森を歩いていると

ぷちっ

何かを踏んづけたような感触を感じた。

「え、何?」
慌てて足の裏を確認すると一匹の大きなノミがつぶれていた。
ただのノミではなさそうだったのでとりあえずかごめは楓の家まで連れて行った。


「冥加じじぃじゃねぇか。」
冥加を見て記憶を思い出した犬夜叉は話しかける。

「お懐かしゅうごさいます、犬夜叉様。」
犬夜叉の血を吸いながら挨拶をする冥加。

「髪を切られたのですか。ますます凛々しくなられて…」

ばちっ

「俺にとっては初めましてだけどな。」
言いながら犬夜叉は冥加を叩き潰す。

「い…一体それはどういう…?」
平らになった冥加が息も切れ切れに尋ねる。


「なるほど、そういうことでしたか…。」
事情を聞いた冥加は思案するように呟く。

「何か原因になるようなことは分らない?」
原因が分かれば犬夜叉も現代に戻れるかもしれないと思いかごめが冥加に尋ねる。

「残念ながらわしもそのような話は聞いたことがありませんな…。」

「そう…。」
もしかするとと思っていたかごめはため息をつく。

「冥加じじぃ…。」
犬夜叉が真剣な声で冥加に話しかける。

「俺は本物の犬夜叉じゃねぇ…こんなことを頼める義理じゃないんだが…。」

「俺に力を貸してくれないか…。」
犬夜叉は冥加に頭を下げた。

しばらくの沈黙の後

「二つ条件があります。」
冥加が答える。

「一つはあなたのことを犬夜叉様と呼ばせて頂きたい。」
それを聞き犬夜叉の表情が明るくなる。
その言葉は犬夜叉を認め協力してくれるということと同義だったからだ。

「そしてもう一つは…」
険しい表情になる冥加に犬夜叉達は息を飲む。

「毎日犬夜叉様の血を吸わせていただきたい。」

ばちっ


「断る。」
再び潰される冥加だった。
なにはともあれ犬夜叉の理解者がまた一人増えたのだった。

何もかもが順調に進んでいく。

二人は旅を始めるのはそう遠くないと

そう信じて疑わなかった。



[25752] 第六話 「異変」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:47
「ただいま。」
薪を担いだ犬夜叉が楓の家に戻ってきた。

「おぉ、すまんな犬夜叉。」
家で楓が礼を言いながら出迎える。

「別にいいさ。大した仕事じゃねぇし。」
犬夜叉はそう言いながら家に薪を運んで行く。

初め犬夜叉は爪を使った戦い方を訓練するために森の木を斬っていたのだが

「それ売ればお金になるんじゃない?」
というかごめの一言から犬夜叉は森で手に入れた木を村で売るようになった。
犬夜叉にとって木を切り運ぶことはたいした労力ではないので相場よりかなり安く売ることにした。
安く木材が手に入ることは村人たちにとっても助かるため犬夜叉はそこそこ稼げるようになっていた。

仕事を終えた犬夜叉は横になり休んでいた。
しかし落ち着かないのか寝返りを繰り返しては外の様子をしきりに気にしていた。
そのことに気づいた楓は

「かごめなら昼過ぎに来ると言っておったぞ。」
そう犬夜叉に伝えた。

「何でそんな話になる!」
犬夜叉は起き上がり楓に食ってかかる。

「かごめを待っておったのではないのか?」

「そんなわけねぇだろ!」
焦って反論する犬夜叉。

「嘘はいけませんぞ犬夜叉様。」
いつの間にか犬夜叉の肩に乗っていた冥加が口を開く。

「森にいたとき何度も井戸の様子を見に…。」

ばちっ

言い終わる前に冥加は犬夜叉に叩き潰された。

「そういえばお主らがこの世界に来てからもう一月か…。」
楓が感慨深げに呟く。
最初は様々ないざこざもあったが今は二人ともすっかり村に馴染んでいた。

「そろそろ四魂のカケラ集めの旅に出てもよい頃ではないか?」
そう犬夜叉に問いかける。
犬夜叉は身体の力の加減もできるようになり、かごめも弓をそれなりに扱えるようになっていた。

「…そうだな、今日来たら話してみるか。」
そう答える犬夜叉だった。


「楓様、様子がおかしい村の者がいるのですが…。」
村人のひとりが楓を訪ねてきた。

「分かった、すぐに行く。留守を頼むぞ犬夜叉。」
そう言いながら楓は家を出て行った。

(何だかんだで楓ばあさんも忙しいよな。)
犬夜叉はそんなことを考えた後

(四魂のカケラ集めか…。)
かごめとの四魂のカケラ集めについて考えていた。


しばらく家でくつろいでいた犬夜叉は飛び起きた。

(血の匂いだ…!)
それは楓が向かった方向から匂ってきていた。

「どうされました犬夜叉様!?」
驚く冥加の言葉を無視して犬夜叉は匂いのする方向に走り出した。

「楓ばあさん! !」
駆けつけた犬夜叉は腕から血を流している楓を見つけ近づこうとする。

「気をつけろ犬夜叉!」
楓がそう言った瞬間、刃物を持った村の娘たちが犬夜叉を襲ってきた。

「くっ!」
村娘たちを傷つけるわけにはいかず何とか攻撃を躱しながら距離を取る犬夜叉。
村娘たちはまるで見えない糸に操られているようだった。

「皆見えない髪の毛によって何者かに操られておる!」
楓は傷を抑えながらそう犬夜叉に告げた。

その瞬間、犬夜叉は記憶を思い出した。


逆髪の結羅(さかがみのゆら)

女性の姿をしており見えない糸を操る鬼。本体は魂の宿った櫛(くし)でそれを壊さない限り死ぬことはない。
記憶の中では髪の毛を見ることができるかごめと犬夜叉が協力してやっとのことで倒すことができた強敵だった。

(何とか本体の櫛を壊さねぇと…。)
そう犬夜叉が考えているうちにも次々操られた娘たちが襲いかかってくる。
娘たちは楓にも容赦なく襲いかかる。
何とか楓を庇いながら戦う犬夜叉だったがついに娘たちを操っている糸によって犬夜叉は木にくくりつけられてしまった。

「捕まえた。」
森の中から糸を操っていた結羅が呟く。
常人なら輪切りにされてしまうほどの力で締め付けられる犬夜叉。

「くっ…そっ…!」
しかし半妖の身体と火鼠衣によって何とかそうならずに済んでいた。

「はあぁぁぁっ!」
犬夜叉は一気に体に力を入れ木を砕きながら何とか強引に脱出した。

「頑丈な奴、面白い。」
結羅は自分の特製の髪でも切り裂けない犬夜叉に興味を示す。

「遊んであげる。」
そう言いながら標的を犬夜叉のみに変更した。

突然糸が切れたように娘たちが倒れていく。

(何だ…?)
犬夜叉が突然の出来ごとに身を構える。しかしいつの間にか腕に巻き付いていた糸によって引っ張られてしまう。

「何っ!?」
結羅は見えない髪のみでの戦法に切り替えてきた。
凄まじい力で森に向かって引きずり込まれそうになる犬夜叉。

「犬夜叉様、ここはひとまずお逃げくだされ!」
流石と言うべきなのかいつの間にか自分が安全なギリギリの場所に退避している冥加が叫ぶ。
犬夜叉もそうしたいのは山々だが腕に絡みついた髪の毛は振り払えそうにない。

「冥加、もうすぐかごめがこっちにやってくる! 事情を説明して助けてくれるように頼んできてくれ!」
かごめを危ない目には会わせたくない犬夜叉だが結羅の本体を見つける為にはどうしてもかごめの助けが必要だった。

「わ…分かりました!」
そう言いながら急いで井戸の方へ向かう冥加。

「そんなに来て欲しいならこっちから行ってやるぜ!」
これ以上逆らっても無駄だと感じた犬夜叉は自ら森の向かって走り出す。

「面白い奴、ますます気に入ったわ。」
それを見た結羅は妖艶な笑みを浮かべた。


「ちょっと遅くなっちゃったかな。」
午前中の授業が終わりすぐに家に帰るつもりが友人たちに捕まり帰るのが遅くなってしまった。
井戸に置いたはしごを登り井戸から出たかごめは森の中に伸びている一本の髪の毛に気づいた。

「なにこれ?」
かごめがそれに触れようとした時

「かごめっ!」
急いでこちらに飛び跳ねてくる冥加が声をかけた。

「冥加じいちゃんどうしたの?」
冥加が急いでかごめに事情を説明する。

「すぐに案内して、冥加じいちゃん!」
かごめは弓矢を持ち冥加を肩に乗せ走り出した。


森の中に髪の毛でできた巨大な毛糸玉のような物体がある。
それが結羅の巣だった。

「ハァ…ハァ…。」
犬夜叉は息も絶え絶えに立っていた。体は無数の切り傷で赤く染まっていた。

「大して強くもないのにほんとしぶといわね。」
対する結羅は全くの無傷。巣の上から優雅に犬夜叉を見下ろしていた。

「さっさと四魂のカケラを渡した方が身のためよ。」
そう言いながら犬夜叉に絡みついた髪の毛に力に入れる。

(ちくしょう…!)
犬夜叉は自分の甘さに後悔していた。
身体にも慣れ、村を襲ってくる妖怪たちを何度も追い返していく内に自分は戦えるようになったと思っていた。
なのにいくら記憶の中で苦戦していたとはいえここまで力の差があるとは思っていなかった。

「もういいわ、とりあえずその珍しい銀髪だけで我慢してあげる。」
そう言いながら結羅は一本の刀を取り出す。

「これはあたしの愛刀、紅霞(べにがすみ)。髪を切らずに肉と骨を断つ鬼の宝刀よ。いくら頑丈なあんたでもこれに斬られればひとたまりもないわ。」
そう言いながら犬夜叉に斬りかかってくる。

(やられるっ!)
そう犬夜叉が思った時、光の矢が結羅の巣を貫いた。

破れた巣の中から人間の骸骨が無数に落ちてくる。
一瞬、犬夜叉を縛っていた髪の毛の力も抜けた。その内に犬夜叉は髪の毛から抜け出す。

「大丈夫、犬夜叉!?」
矢を放ったかごめが慌てて犬夜叉に近づく。

「遅いぞ、かごめ。」
満身創痍の身体で悪態をつく犬夜叉。

「助けてあげたのに何よその言い草!」
そう言いながらもかごめは心配そうに犬夜叉を支える

「よくも私の巣を壊してくれたわね…。」
そう言いながらかごめに向けて髪の毛を放とうとする結羅。

「かごめっ、違和感がある髑髏を探せ! それが結羅の本体だ!」
そう言いながら犬夜叉は結羅に向かっていった。

(こいつっ! 何故そのことを!)
自分の弱点をいきなり見抜かれ結羅は表情を変える。

「散魂鉄爪!!」
結羅に髪の毛を操る隙を与えないようただひたすら攻め続ける犬夜叉。
しかしそれも長くは続かなかった。

「調子に乗るな!」
無数の髪の毛が犬夜叉を襲う。犬夜叉は再び髪の毛に捕らわれてしまう。

「死ね!」
結羅は刀で犬夜叉の首を切り落とそうとする。

しかし結羅は唐突に動きを止める。
結羅の視線の先には一つの骸骨に弓を放とうとするかごめの姿があった。


「かごめっ、まだ見つからんのか!?」
冥加が焦りながらかごめに尋ねる。
犬夜叉が結羅を抑えてくれているがそれが長くは持たないことは二人にもわかっていた。

(どこっ…どこなのっ…!?)
早くしなければ犬夜叉が死んでしまうという恐怖がかごめを襲う。しかしその感情をかごめは必死に抑える。

(落ち着くのよ…。ちゃんと集中しなきゃ…。)
意識を集中させるかごめ。そして

(見つけたっ!)
明らかに他の髑髏とは違う気配を感じる髑髏があった。

(あれを壊せば…!)
かごめは弓を構える。

(お願い当たって!!)
そして渾身の力で弓を放った。
かごめが放った破魔の矢が骸骨に当たろうかという瞬間、
結羅は咄嗟に犬夜叉を捕らえていた髪を放ち盾にした。そのせいで矢の軌道がずれ外れてしまった。

(失敗した…!)
千載一遇のチャンスを逃してしまうかごめ。何とかもう一度弓を放とうとした瞬間

目の前には宝刀を持った結羅がすぐそこまで迫っていた。

「あんた邪魔だからさっさと死んで!」
結羅が刀を突き出してくる。

かごめは目を閉じることしかできなかった。

痛みに備えるかごめ。しかし何時までたっても痛みは襲って来なかった。

恐る恐る目を開けるかごめ。目の前には


胸を貫かれている犬夜叉の姿があった。


「犬…夜叉…?」
ただ呆然と犬夜叉の姿を見つめることしかできないかごめ。
犬夜叉の体から刀が引き抜かれる。
そのまま地面に倒れ込む犬夜叉。

「い…犬夜叉…嘘でしょ…?」
犬夜叉に触れるかごめ。

犬夜叉はもう息をしていなかった。


「いやぁああああああ!!」
かごめは犬夜叉に縋りつきながら泣き叫ぶ。

「犬夜叉っ犬夜叉ぁあああ!!」
犬夜叉の体を何度も揺するかごめ。しかし犬夜叉は起きることはなかった。

「きゃっ!」
結羅がかごめの髪を掴んで引っ張り上げる。かごめは激痛にうめき声を上げる。

「いつまでやってんのよ。そいつもう死んじゃってんだから何したって無駄よ。」
そう言いながらかごめを睨みつける。

「あんたたちのせいで随分髪の量が減っちゃったわ。代わりにあんたの髪の毛貰うわね。」
由羅は刀を構える。

「でも首から下は要らないわ。」
そう言いながら刀を振り下ろそうとした瞬間、結羅の右腕は吹き飛んだ。

「え…?」
結羅は肘から先がなくなった自分の右腕を見て呆然とする。
そして死んだはずの犬夜叉が立ち上がっていることに気づく。

犬夜叉の姿は先ほどまでとは大きく異なっていた。

目が赤く、
爪もより鋭く尖り、
頬には紫色の爪痕のような痣

それはまさしく「妖怪」の姿だった。

そして犬夜叉と目が合ったとき、結羅は生まれて初めて「恐怖」を感じた。

「ひぃっ!」
結羅は自分が操れる限界の量の髪で犬夜叉を縛る。そしてそのまま絞め殺そうとした時

全ての髪が切り裂かれた。

「え…?」
結羅があっけにとられる。
結羅の身体は既にバラバラに引き裂かれていた。

(だ…大丈夫よ…櫛が壊されない限り私は死なない…。)
首だけになった結羅が何とかその場から逃げようとするが犬夜叉はすぐさま結羅の本体の櫛がある髑髏に飛びかかる。

犬夜叉は本能でそれを破壊した。
逆髪の結羅は完全にこの世から消滅した。


「犬夜叉…?」
かごめが恐る恐る犬夜叉に話しかける。
先程までの出来事はとてもかごめが知る犬夜叉ができるものではなかった。
少しずつ犬夜叉に近づく。

「いかんっ、逃げろかごめっ!」
冥加がかごめに叫ぶ。

「犬夜叉様は妖怪の血が暴走しておる! かごめのことなど覚えてはおらん! 殺されてしまうぞ!」
それでもかごめは確かめずにはいられなかった。

「私のこと…分かる?」
かごめがそう言った瞬間、犬夜叉の爪がかごめの左腕を切り裂いた。

「っ!!」
かごめの左腕から血が溢れる。そして犬夜叉とかごめの目が合う。
かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。

「かごめっ念珠の言霊を唱えるんじゃ! !」
冥加がかごめに叫ぶがかごめは恐怖から声を出すことができない。
犬夜叉の爪がかごめに振り下ろされる。

かごめの頬には一筋の涙が流れた。

しかし犬夜叉の爪は既の所で止まった。

「俺は…。」
変化が解けた犬夜叉は何が起こったのか分からず立ちすくむ。
元に戻った犬夜叉を見たかごめは

「よかった…。」

そう言いながら意識を失った。



[25752] 第七話 「約束」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:53
「ん…。」
楓の家で横になっていたかごめがゆっくりと目を覚ます。

「目が覚めたか、かごめ。」
それに気づいた楓がかごめに話しかける。

「楓ばあちゃん?私…。」
そう言いながら段々と意識がしっかりとしていくうちにかごめは逆髪の結羅との戦いを思い出した。

「楓ばあちゃん! 犬夜叉は!?」
かごめは慌てて楓に問いかける。

「全く、起きてすぐにそれとは…。」
楓はそんなかごめの様子に飽きれつつも安心したのだった。

「傷の方は大丈夫か、かごめ?」
楓に言われて初めてかごめは自分の左腕に包帯が巻かれていることに気がついた。

(そうか…昨日私…。)
そしてかごめは妖怪に変化した犬夜叉のことを思い出す。その姿、戦い方はまるで…

そこまで考えたところで

「おぉ、気がついたか、かごめ。」
玄関から冥加が入ってきた。

「犬夜叉は大丈夫なの?」
かごめは犬夜叉のところからやってきた冥加に尋ねる。犬夜叉は結羅との戦いで満身創痍だったはずだ。それなのに動いて大丈夫なのだろうか。

「心配はいらん。妖怪化したときに傷はすべて治っておる。」
そう冥加は答えた。

「妖怪化」

それは昨日にも冥加から聞いた言葉だった。

「冥加じいちゃん、教えて。どうして犬夜叉はあんなことになっちゃったの?」
冥加は自分から話して良いものかどうか少し思案するが真剣な様子で問いただすかごめを見て話し始める。

犬夜叉はある大妖怪と人間の女性の間に生まれたこと。

その大妖怪の血は半妖の犬夜叉の身体には強すぎること。

命の危機に晒されると妖怪の血が暴走してしまうこと。

妖怪化した犬夜叉は理性を無くし戦うだけの存在になってしまうこと。


「それじゃあ…。」
犬夜叉は自分を庇って瀕死になったことで妖怪化してしまったことにかごめは気づく。

「今、犬夜叉はどこにいるの!?」
突然大きな声をあげるかごめに二人は驚く。

「先ほどまでは川の方に…。」
「川の方ね、分かった!」
そう言いながらかごめは急いで家を出て行った。


「くそっ…。」
犬夜叉は一人、川で自分の手を洗っていた。

(洗っても洗っても匂いが取れねぇ…。)
犬夜叉の手にはかごめの血の匂いが染み付いていた。
昨日妖怪化が解けた後急いでかごめを楓の家に運んだ後、犬夜叉は妖怪化に関する記憶を思い出していた。
記憶の中では犬夜叉は段々と理性をなくしていった。しかし自分ははじめから全く意識がなかった。既の所で止まることができたのも単なる偶然だった。

そして犬夜叉は妖怪化の記憶に関連して二つのことを思い出していた。

一つは「鉄砕牙」

犬夜叉の父の牙から打ち出された妖刀。
普段はただの錆びた刀だが妖力を込めれば巨大な牙のような刀に変化する。
犬夜叉の妖怪の血を抑える守刀でもある。
今の犬夜叉にとってすぐにでも手に入れなければならない物だ。
幸いどこに隠されているかも一緒に思い出せた。
冥加に頼めばそこに行くことも難しくないだろう。

しかしもう一つの思い出した記憶が問題だった。

「殺生丸」

犬夜叉の異母兄で完全な妖怪。
その強さは桁外れで今この世界で敵う者はほとんどいない。
冷酷な性格で妖怪はおろか人間を手にかけることをなんとも思わない。
父の形見である鉄砕牙に執着しており本物の犬夜叉とはそれを巡り何度も戦っていた。
記憶の中では鉄砕牙を手に入れた犬夜叉によって左腕を切り落とされていた。

もし自分が鉄砕牙を手に入れても殺生丸に敵うはずもない。そして殺生丸は人間の女にも容赦はしない。一緒にいればかごめは間違いなく殺されてしまう。かといって鉄砕牙がなければまたいつ妖怪化してしまうか分らない。
今度変化すればきっと自分は傍にいるかごめを殺してしまう。

八方塞がりの状況に犬夜叉はどうすればいいか分からなくなっていた。

そして何より

かごめを傷つけてしまった。

そのことが犬夜叉の心を苛んでいた。

かごめと最初会ったときは喧嘩ばかりしていた。

言霊の念珠を使われる度、嫌な奴だと思っていた。

しかし酷いことを言った自分を許し、一緒に泣いてくれた。

現代での生活もあるにも関わらず自分に会いに来てくれる。

四魂のカケラ集めに誘ってくれたときは本当に嬉しかった。

かごめと一緒ならこんな世界でもこんな身体でも生きていくことができる。

そう思い始めていた。

なのに…


(それなのに俺は…かごめを傷つけちまった。)
犬夜叉は妖怪化した自分を見るかごめの姿を思い出す。
それは自分を半妖と畏怖と恐怖で見るもの者たちと同じものだった。

(もしかごめにまで嫌われちまったら…。)
そう考えると怖くて仕方がなかった。
これからどうするかもう一度考えようとした時

「犬夜叉。」
かごめの声が聞こえた。


「犬夜叉。」
かごめは川辺で一人座り込んでいる犬夜叉に話しかける。
普段なら匂いですぐに気づく犬夜叉だがよほど深く考えこんでいたのだろう。
犬夜叉は飛び起きてかごめに対面した。

「犬夜叉、体の方は大丈夫?」
かごめは犬夜叉の体を見ながら尋ねる。見たところ大きな怪我はなさそうだった。
しかし犬夜叉の様子はおかしかった。まるで自分に怯えているようだった。

「犬夜叉?」
かごめがさらに犬夜叉に近づく。すると犬夜叉はそれに合わせて後ずさりした。

「どうしたの?」
そんなことを何度か繰り返した後

「怖くねぇのか。」
犬夜叉がかごめに問う。

「え…?」
一体何のことを言っているのかかごめには分からなかった。

「お前は俺に殺されかけたんだぞ!  俺が怖くないのか! 」
犬夜叉は苦悶の表情でかごめに叫ぶ。かごめは犬夜叉が何に思い悩んでいたのか理解する。そして

「あれは妖怪の血が暴走しちゃったから何でしょ?だったら犬夜叉のせいじゃないわ。」
そう答えた。

その答えが意外だったのか犬夜叉は言葉を失う。

「それに私を庇ってくれたのが原因なんだから犬夜叉が悪いわけがないじゃない。」
さらにかごめは続ける。

「ごめんね、犬夜叉痛い思いさせちゃって…。」
申し訳なさそうにするかごめ。そして

「ありがとう、犬夜叉。助けてくれて。」
微笑みながらそう言った。

犬夜叉の目から涙が溢れる。

「もう泣き虫なんだから。」
かごめは犬夜叉を優しく抱きしめた

少年は

かごめを守れる強さが欲しい。

そう心から願った。


二人は骨食いの井戸の前に来ていた。
犬夜叉はかごめに一ヶ月、現代にいてもらうことを提案した。
最初は嫌がっていたかごめだったが犬夜叉の覚悟を感じ取り渋々了承した。

「本当に妖怪化を抑える方法があるの?」

「あぁ。」

犬夜叉は妖怪化を抑える方法を手に入れるためその間かごめには安全な現代へ戻ってもらおうとしていた。
もちろん鉄砕牙や殺生丸のことは伝えていない。何かを隠していることには気づいたかごめだったがそれ以上聞くことはできなかった。
そして犬夜叉の手の中には四魂のカケラが握られていた。
記憶の中で四魂のカケラを持たないまま現代に戻ったかごめはこちらから四魂のカケラを井戸に落とさない限り自分で戦国時代に来ることはできなかった。
犬夜叉はかごめが自分を心配してこちらに来てしまう事を恐れ自分が井戸に四魂のカケラを落とさない限りかごめがこちらに来れないようにする必要があった。

「一ヶ月ね…。約束よ」
かごめが犬夜叉を見つめる。その表情から犬夜叉を心配していることが伝わってくる。

「あぁ。」
そんなかごめを見て苦笑いしながら犬夜叉が答える。

「絶対よ。約束破ったら許さないんだから。」
強い口調でかごめが念を押す。

「分かった。約束だ。」
犬夜叉は笑いながらそう言った。

「犬夜叉……気を付けて……。」
かごめは最後までこちらを見ながら現代へ戻って行った。

「冥加、頼みがある。」
家に戻った犬夜叉はこれからのことを冥加に話す。

少年ひとりきりの犬夜叉の因縁との戦いが始まろうとしていた。



[25752] 第八話 「予想外」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 21:57
月が明るさを放つ夜。
二つの人影が村に向かって近づいていた。

「しかし本当に犬夜叉が鉄砕牙の在りかを知っておられるので?」
そう尋ねているのは邪見。
小柄な身体で自分の背丈の倍以上ある人頭杖(にんとうじょう)という杖を持っている妖怪だ。

そして尋ねられているのが殺生丸。
犬夜叉の異母兄であり、純血の犬の大妖怪。
見た目は膝裏ほどもある長い銀髪を持つの美青年だが他人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。

(あぁ…やっぱり答えて下さらない…。)
邪見はそう思いながら肩を落とす。
常に無口な殺生丸だが鉄砕牙や犬夜叉のこととなるとそれが一層酷くなる。
ここ数日はそれが特に酷く邪見は自分の胃に穴が空くのはそう遠くないと思うほどだ。

(父君が殺生丸様に鉄砕牙をお譲りになっていればこんなことには…。)
そう邪見は思いながら決して口には出せなかった。

(何故父君は天生牙などを殺生丸様に…。)

「天生牙」

鉄砕牙と同様、犬夜叉と殺生丸の父の牙から打ち起こされた刀。
普通の刀と異なりこの世の生き物を殺すことはできないが、死者に対して抜くとあの世からの使いが見えそれを斬ることで死者を甦らせることができる使いようによっては絶大な力を持つ刀だ。
しかし殺生丸が望むのはそんな力ではなかった。

曰く

鉄砕牙はその一振りで百の妖怪をなぎ倒す。

天生牙はその一振りで百の命を救う。

殺生丸がどちらを欲するかは考えるまでもなかった。


二人が村を訪れようとしているのには理由があった。
封印されていた犬夜叉が復活したという噂が流れてきたからだ。
これまで鉄砕牙を探し続けてきた殺生丸だったがまるで手がかりを掴むことができなかった。そして血縁である犬夜叉が何か知っているのではないかと疑い村に向かっていた。
二人が村が見えるほどのところに差し掛かったとき一つの人影が立ち塞がった。


「…犬夜叉か。」
殺生丸が呟く。

髪型が異なるがその匂いは間違いなく犬夜叉の物だった。
二人の間に緊張が走る。そして

唐突に犬夜叉が頭を下げた。

「何のつもりだ。」
表情一つ変えずに殺生丸が問う。

犬夜叉は自身の状況を説明する。

自分は本物の犬夜叉ではないこと。
妖怪化のこと。
それを抑えるために守刀である鉄砕牙が必要なこと。
鉄砕牙には結界が施されており妖怪には使えないこと。

暫く黙って聞いていた殺生丸だが

「それで終わりか?」
そう冷淡に告げた。

「そのような戯言、この殺生丸が信じるとでも思ったか。」
殺生丸の妖気が高まっていく。

「鉄砕牙の所有を認めて欲しいならこの私を倒してみせろ。」
そして戦いが始まった。

一瞬で懐に入られた犬夜叉が殴り飛ばされる。

「ぐっ!」
犬夜叉はそのまま数十メートル吹き飛ばされた。

(全く見えなかった…!)
ふらつきながらなんとか立ち上がる犬夜叉。犬夜叉は桁違いの強さに恐怖すら忘れた。
自分が全く歯が立たなかった逆髪の結羅も動きが見えないなんてことはなかった。
桁が違う。
それ以外の言葉で表しようもないほどの力の差があった。

「どうした、もう終わりか。」
殺生丸がつまらなげに呟く。
犬夜叉は考えられる最悪の状況に絶望していた。

犬夜叉が殺生丸に対する唯一の策が「話し合い」だった。

鉄砕牙を先に手に入れたとしてもそれを使いこなせない以上意味がない。
妖怪化をしても殺生丸には敵わない。
唯一残された策が自分の状況を話し鉄砕牙の所有を認めてもらうことだった。
しかし自分と冥加だけでは信じてはもらえない。
そこで犬夜叉は冥加に刀々斎に協力してくれるよう伝言を頼んだ。
刀々斎は鉄砕牙と天生牙を作った刀匠だ。
彼が言うことなら殺生丸も聞く耳を持つかもしれない。
記憶の中でも鉄砕牙が犬夜叉の妖怪の血を抑えるための守刀だと知ってからは奪おうとすることはなくなった。
そして自分は本物の犬夜叉ではない。
もしかしたら見逃してもらえるかもしれない。
確率は限りなく低い賭けだがそれに賭けるしかない。
そう犬夜叉は考えていた。

しかし冥加達が戻って来る前に殺生丸達が来てしまった。

逃げてしまおう。
そう考えた犬夜叉だったがどのみち殺生丸から逃げることなどできるわけもない。
もし自分が逃げたことで楓達に何かあっては耐えられない。

犬夜叉は一人死地に向かうことを決めた。


犬夜叉は覚悟を決め殺生丸に向かっていく。

「散魂鉄爪!」
犬夜叉は爪で斬りかかり続ける。しかしその全てを躱されていた。
殺生丸は躱しながら考える。

幼稚すぎる。

戦い方も。

呼吸も。

間合の取り方も。

まるで赤子を相手にしているようだった。いくら弱い半妖と言えど異常だった。

「もういい、終わりだ。」
そう言いながら殺生丸は手に力を込める。

「毒華爪!」
強力な毒の爪が犬夜叉の身体に襲いかかる。
それをまともに受けた犬夜叉は地面に倒れ動かなくなった。

「ふん、半妖ごときが殺生丸様に逆らうからじゃ。」
成り行きを見ていた邪見がそう吐き捨てる。

殺生丸が踵を返す。
そしてそのまま立ち去ろうとしたとき

強力な妖気が二人を襲った。

「なっ…!」
邪見がそのあまりの強力さに腰を抜かす。
犬夜叉は再び妖怪化していた。その姿を殺生丸は正面から見据える。

(この殺生丸に一瞬とはいえ恐れを感じさせるとは…)
殺生丸にとってそれは許し難い屈辱だった。

犬夜叉が殺生丸に飛びかかる。
先ほどまでとは比べものにならないほどの威力の斬撃が繰り出される。

しかし

「この程度か。」
やはりその全てを殺生丸は躱していた。

そのことを意にも解さず犬夜叉は攻め続ける。

「毒華爪!」
殺生丸の毒爪を喰らってしまう犬夜叉。しかし

犬夜叉の拳が殺生丸の腕に当たる。

「殺生丸様っ!」
初めて殺生丸に攻撃が当たったことに驚く邪見。しかし殺生丸の攻撃を受けた犬夜叉の体はボロボロだった。にもかかわらず犬夜叉は襲い掛かっていく。

(こいつ恐怖感も…いやそれどころか…痛みすら感じていないのか。)
そんな犬夜叉の姿を見ながら殺生丸は考える。

「ふっ、憐れな…」
殺生丸が今までより強く手に力を込める。

「半妖は半妖らしく地を這え!」
それをまともに喰らった犬夜叉は倒れ起き上がることはなかった。


(俺は…。)
瀕死の重傷を負ったことで変化が解けた犬夜叉は正気に戻った。しかし満身創痍で動くこともできない。
殺生丸が犬夜叉に近づく。

「一族の面汚しが…。止めを刺してやる。」
そう言いながら手を振り上げる。

(ごめん…かごめ…、約束…守れなかった…。)
犬夜叉が心の中でかごめに謝る。

手が振り下ろされようとしたその瞬間



「ねぇ、殺生丸様。もうそっちに行ってもいい?」
いるはずのない少女の声がした。



[25752] 第九話 「真の使い手」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:02
「うっ…。」
ゆっくりと犬夜叉が目を覚ます。

(ここは…?)
自分の状況を確認しようと起き上がろうとするが

「っつ!」
その瞬間、体に激痛が走った。

(確か殺生丸に止めを刺されそうになって…。)
犬夜叉がそこまで思い出した所で

「あ、犬夜叉様が目を覚ましたよ。邪見様。」
自分をのぞき込んでいるりんに気づいた。

「なんでそんな奴に様付けをしておるのだ、りん!」
「だって殺生丸様の御兄弟なんでしょ。だったら様付けしなくちゃ邪見様。」
「わしが認めるのは殺生丸様だけじゃ!」
そんな言い合いをしている二人を見ながら犬夜叉は考える。
自分の身体には包帯が巻かれている。りんが手当てをしてくれていたようだ。


「りん」

殺生丸が邪見と共に引き連れていた少女。
詳しい経緯は分からないが殺生丸に救われたらしい。
人間嫌いのはずの殺生丸に大きな影響を与えた。
殺生丸にとって唯一無二の存在。

しかし犬夜叉の記憶の中ではりんが殺生丸と一緒にいるようになるのはもっと先のはずだった。
それがなぜここにいるのか。犬夜叉が自分の記憶に疑問を感じていたとき、

「犬夜叉様、ご無事ですか!?」
慌てる冥加の声が聞こえた。

「随分手酷くやられてるじゃねぇか。」
よぼよぼ姿の老人が犬夜叉に話しかける。

「おめぇが犬夜叉か。」


「刀々斎」

妖怪の刀鍛冶。
犬夜叉の父の依頼で、彼の牙から息子達への形見の刀「鉄砕牙」「天生牙」を作った。
一見とぼけた老人だが刀鍛冶としての腕の右に出るものはいない。

「せっかく来てやったってのに死なれちゃ意味ねぇぞ。」
言いながら刀々斎は殺生丸に近づく。

「久しぶりだな。殺生丸。」
あっけらかんとした調子で刀々斎は話しかける。

「刀々斎か。貴様も私に殺されに来たのか。」
そう言いながら手に力を入れる殺生丸。

「違うってーの。全く相変わらず嫌な奴じゃな…。」
そう言いながら刀々斎は続ける。
犬夜叉と殺生丸の父親は犬夜叉の妖怪化を抑えるための守刀として鉄砕牙を犬夜叉に譲ったこと。
鉄砕牙には結界が施されており妖怪には使えないこと。
それらが真実であることを伝えた。

「それで…私にその半妖が鉄砕牙を持つことを認めろとでも言うのか。」
殺生丸の目付きが鋭くなる。

「ちょっと待て! 人の話は最後まで聞かんか!」
焦りながら刀々斎はさらに続ける。

「わしがここに来たのは犬夜叉に頼まれたからだけじゃねぇ。天生牙がわしを呼んだからじゃ。」

「天生牙がだと。」
殺生丸が自分の腰にある天生牙に目をやる。

「おめぇだってとっくに気付いてたんだろ。天生牙が騒いでるってことに。」
殺生丸は刀々斎を見据える。

「天生牙がお前の心の変化を読み取った。天生牙を戦える刀に鍛え直すときが来たんじゃ。」

「鍛え直すだと」
殺生丸が刀々斎に問う。

「親父殿からの遺言でな。お前が自分に足りないものを身につけたとき天生牙を元の刀に打ち直してくれと。」

「何を言う! 殺生丸様は完璧じゃ! 足りないものなどないわ!」
邪見は刀々斎に食ってかかる。

「強いし優しいしね。」
りんもそれに続く。

「…優しさなど知らん。」
言いながら落ち込む邪見だった。


「それと殺生丸。そこの犬夜叉に戦い方を教えてやれ。」
「え?」
いきなり自分のこと言われ驚く犬夜叉。

「鉄砕牙を手に入れても使い手が弱くちゃ意味ねぇからな。」
「くっ…。」
何も言い返せない犬夜叉だった。


「なぜこの殺生丸がそんなことをしなければならん。」
刀々斎の頼みを一蹴する殺生丸。しかし

「タダでとは言わねぇ。お前に一本、刀を打ってやる。」
その言葉に殺生丸は表情を変える。

「……なぜ今更刀を打つ気になった。」
殺生丸はこれまでにも何度も刀々斎に自分の刀を打つよう頼んできた。しかし刀々斎は決して刀を打とうとはしなかった。

「天生牙が認めた今のお前になら打ってやってもいいと思ったのさ。」

しばらく思案する殺生丸。そして

「いいだろう。ただし刀が出来るまでだ。」
そう答えた。

「もっとも、そこの犬夜叉を鉄砕牙が認めたらの話だがな。」
刀々斎が犬夜叉を見ながら言う。

「約束を違えればどうなるか分かっているな、刀々斎。」
殺生丸が刀々斎に釘を刺す。

(やっぱり打つのやめようかな…。)
本気でそう思う刀々斎だった。


「わぁ! すごい!」
りんが感嘆の声を上げる。
話がまとまった後、犬夜叉達は黒真珠を使い犬夜叉と殺生丸の父親の墓に訪れていた。

「殺生丸様のお父様ってすごく大きいんだね。」
りんはその巨大な姿を見上げる。

「殺生丸様の父君は西国を支配していた大妖怪であったのだぞ。大きくて当たり前じゃ。」
邪見がそれに答える。

「じゃあ邪見様は小妖怪だね。」
「なんじゃと!」
騒がしい二人を置いたまま殺生丸は飛び上がって行った。

「お待ちください! 殺生丸様!」
その後に犬夜叉達も続いた。

父親の体内に鉄砕牙は納められていた。
そして錆びた刀の状態で床に突き刺さっていた。
殺生丸は一人それに近づいていく。そして鉄砕牙に触れようとした瞬間

結界によって阻まれてしまった。

「…ふん。」
鉄砕牙に一瞥をくれた後、殺生丸はその場から立ち去っていった。

殺生丸から少し遅れて犬夜叉たちが鉄砕牙の元にやって来た。
犬夜叉が恐る恐る鉄砕牙に触れる。しかし何も起こることなく柄を握ることができた。

(俺に抜く事ができるのか…。)
犬夜叉は不安に駆られる。
自分は本物の犬夜叉ではない。
そんな自分を鉄砕牙は認めてくれるだろうか。それでも


「一ヶ月ね…。約束よ。」
そう言っていたかごめの姿を思い出す。

「絶対よ。約束破ったら許さないんだから。」


かごめを守れる強さを手に入れる為に犬夜叉は一気に鉄砕牙を引き抜いた。

「なにっ!?」
刀々斎は驚きの声を上げる。

鉄砕牙は犬夜叉が引き抜いた瞬間、本来の巨大な牙に変化した。

(こうも簡単に鉄砕牙が認めるとは…。)

鉄砕牙は人間を慈しみ守る心がなければ扱えない刀。

(こいつ…案外大物になるかもな。)
そんなことを考える刀々斎だった。


犬夜叉は鉄砕牙を手に入れた。



[25752] 第十話 「守るもの」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:07
「め…。かごめったら!」
「え?何?」
考え事をしていたかごめは物憂げに返事をした。

「かごめ最近なんか元気がないよ。何かあったの?」
同級生のあゆみがかごめを心配そうに見つめる。。

「大丈夫よ。なんでもないから。」
そう言いながらもやはり元気がないかごめ。

「彼氏と喧嘩でもした?」
由加が冗談交じりにかごめに尋ねる。

「ううん。そんなんじゃない。ただちょっと会えないだけで…。」
そう答えたあとまた一人考え事を始めるかごめ。

(いつもなら彼氏なんかじゃないって否定するところなのに…。)
(よっぽど思いつめてるのね…。)
(恋ね! 恋なのね!)
三人はそれぞれ勝手に想像を膨らませていった。


かごめが戦国時代に行かなくなってから二週間が経とうとしていた。
いつも通り学校に通っているかごめだったがどこか上の空でいることが多かった。

(犬夜叉、ちゃんとごはん食べてるかな…、きちんと寝れてるといいけど…。)
かごめはいつかの犬夜叉の姿を思い出す。

(犬夜叉泣き虫だからまた一人で泣いてるかも…。)
心配が絶えないかごめだった。

学校から家に帰った後かごめは井戸の前で佇んでいた。
そして井戸に入ろうと身を乗り出し

既の所で思いとどまった。

(ダメよ私、犬夜叉と約束したじゃない! 一ヶ月後だって!)
まだあれから二週間しか経っていない。まだ半分だと思うとやり切れないかごめ。

(犬夜叉だって頑張ってるんだから。私も何かしないと…。)
そう考えながらかごめは家に戻って行った。

かごめは次の日から弓道部に仮入部し弓の練習に明け暮れるようになった。
そしてその腕前のためしつこく勧誘されるようになるとは思いもしないかごめだった。


「はぁっ!」
犬夜叉が殺生丸に飛びかかる。
何度も爪を振るうが全て紙一重で躱されていた。

殺生丸の爪が犬夜叉を引き裂く。

「ぐっ!」
吹き飛ばされ地面に這い蹲る犬夜叉。そして

「うっ…がっ…!」
妖怪化が始まる。

「りん、早く鉄砕牙を持っていくんじゃ!」
「うん!」

邪見の言葉に従いりんは犬夜叉に近づいていく。

「はい。犬夜叉様。」
りんが犬夜叉に鉄砕牙を握らせる。
すると妖怪化は収まり、犬夜叉はそのまま気絶してしまった。
これがここ二週間の犬夜叉の生活だった。

修行を始める前に殺生丸が言ったのはたった一言

「手取り足取り教えるつもりはない。かかってこい。」
それだけだった。

それから犬夜叉の地獄のような修行が始まった。
といっても内容は単純。犬夜叉が殺生丸に挑み殺生丸がそれに反撃する。ただそれだけだった。
殺生丸も一応手加減してくれているのか毒の爪を使うことはなかった。
しかしそれでも瀕死になると妖怪化してしまう事もあり、その際は先ほどのようにりんが鉄砕牙を持ってきてくれるのだった。
そして犬夜叉は鉄砕牙を使わず爪のみで挑んでいた。まだ鉄砕牙を使う段階ではないと考えたからだ。

「全く進歩のない奴ですな。」
邪見が悪態をつく。
邪見としては適わないと分かっている相手に挑み続ける犬夜叉が理解できなかった。

「貴様の目は節穴か、邪見。」
「は?」
そう言いながら殺生丸はその場を離れていく。
今の犬夜叉は並の妖怪では相手にならないほどの強さになりつつあった。
相手が殺生丸なので何も変わっていないと邪見は勘違いしていた。
戦い方を思い出している。そうとしか言えないほどの成長速度だった。

「うっ…。」
犬夜叉が目を覚ます。

「あ、犬夜叉様大丈夫?」
りんが心配そうに犬夜叉をのぞき込む。身体には手当をしてくれた跡があった。
本当にりんには頭が上がらない犬夜叉だった。

「やっぱり師匠は強いな…。」
そう呟く犬夜叉。
犬夜叉は殺生丸のことを師匠と呼ぶようになっていた。
呼び捨てになどできないし様付けをするのにも違和感があったからだ。
もっとも初めてそう呼んだときは殺生丸に睨まれてしまったが。

「ねぇ犬夜叉様。聞いてもいい?」
突然りんが犬夜叉に尋ねる。


「犬夜叉様はどうしてそんなに強くなりたいの?」
犬夜叉はそんな質問をされるとは思っておらず目を丸くする。
誤魔化そうかとも思ったが真剣な様子で答えを待っているりんを見て正直に話すことにした。

「…守りたい人がいるんだ。」
犬夜叉は呟くように答える。

「その人は俺なんかのために泣いてくれて、一緒に居てくれた。…でも俺が弱かったからその人を傷つけてしまった。だから」
真っ直ぐりんを見据えて

「俺はその人を守れるくらい強くなりたい。」
そう答えた。


「ふん…。」
影から聞いていた邪見がその場を離れていく。

(ちょとだけ認めてやるわい…。)
邪見はそう思った。

次の日の朝。
りんが殺生丸の元を訪れていた。
犬夜叉はまだ眠っているので今は殺生丸とりんの二人きりだった。

「殺生丸様、聞いてもいい?」
りんが殺生丸に話しかける。
殺生丸はりんに目を向ける。
肯定と受け取ったりんは

「殺生丸様はどうして強くなりたいの?」
そう尋ねた。

「何?」
予想外の質問だった為か殺生丸が聞き返す。

「昨日犬夜叉様に聞いたの。犬夜叉様は守りたい人がいるんだって。だから強くなりたいんだって。」
黙って聞き続ける殺生丸。

「殺生丸様は?」

その言葉に殺生丸の脳裏にある光景が蘇る。



雪が舞う海辺に二人の人影がある。
まだ幼さが残る殺生丸とその父親だった。
父親は満身創痍だった。
それは竜骨精との戦いで受けた傷だった。
そしてそんな身体のまま犬夜叉の母である十六夜を救うため最後の戦いに赴こうとしていた。

「行かれるのか…父上…。」
そんな父を見ながら殺生丸が背中越しに尋ねる。

「止めるか?殺生丸…。」
振り向くことなく父が応える。

「止めはしません。だがその前に牙を…叢雲牙と鉄砕牙をこの殺生丸に譲って頂きたい。」
そう殺生丸が頼む。

「渡さん…と言ったら…この父を殺すか?」
二人の間に緊張が走る。

「ふっ…それほどに力が欲しいか…。なぜお前は力を求める?」
父が殺生丸に問う。

「我、進むべき道は覇道。力こそその道を開く術なり。」
迷いなく殺生丸が答える。

「覇道…か…。」
しばらくの間のあと

「殺生丸よ…お前に守るものはあるか?」
そう父は問う。

「守るもの…?」
言葉の意味が分らない殺生丸は

「そのようなもの…この殺生丸に必要ない。」
そう切って捨てた。


殺生丸はりんの問いに答えることができなかった。


「よろしくお願いします。師匠。」
そう言いながら犬夜叉が向かってくる。
殺生丸はそんな犬夜叉を見ながら父の問いの意味を考えるのだった。



[25752] 第十一話 「再会」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:15
森の中で凄まじい速さで動いている二つの人影があった。
犬夜叉と殺生丸だ。

「はっ!」
犬夜叉の爪が殺生丸を襲う。しかし殺生丸はそれを既の所で躱し逆に反撃をする。

「くっ!」
それを何とか防ぐ犬夜叉。しかしその衝撃で吹き飛ばされてしまう。
犬夜叉はなんとか体勢を整える。二人の間にはかなりの距離が開いていた。
犬夜叉は自分の身体についている血を手につける。そして

「飛刃血爪!」
自らの血に妖力を込め硬化させた刃を殺生丸に飛ばす。
しかし殺生丸は指から光のムチのようなものを出しそれらを撃ち落とす。
その一瞬の隙を突いて犬夜叉が殺生丸に飛びかかる。

(捉えたっ!)
そう思った犬夜叉だったが

「遅い。」
一瞬で後ろに回り込まれてしまった。

殺生丸の蹴りが犬夜叉の背中に突き刺さる。
再び吹き飛ばされる犬夜叉。なんとか立ち上がり振り向いた所で殺生丸の爪が喉元に突きつけられた。二人の間に緊張が走る。そして

「参りました。」
犬夜叉の言葉でそれは消え去った。


犬夜叉が修行を始めて一ヶ月半が経とうとしていた。
初めは何もできないままやられていた犬夜叉だったがここ一週間程は何とか反撃もできるようになりつつあった。といっても一度も殺生丸に攻撃は当てられていなかったが。

「刀々斎の奴いつまでかかっておるのだ。」
邪見が悪態をつく。
天生牙の打ち直しと新しい刀の作製を行っているはずの刀々斎からはまだ何の応答もなかった。

「貴様といい刀々斎といい殺生丸様をいつまでも煩わせおって!」
そんな邪見に

「悪いな、長い間付き合わせちまって。」
犬夜叉が謝罪する。

「ふんっ!」
邪見はそう言いながらあさっての方向を向く。
嫌味を言っても一向に堪えない犬夜叉にやりずらさを感じる邪見。

「もうそんなこといったらダメだよ。邪見様。」
りんが邪見を嗜める。
修行以外はいつもこんな調子だった。


しばらくして突然雷が落ちたような音が響く。そして

「待たせたな。」
そう言いながら刀々斎が姿を現した。

「ほれ、これが戦いの天生牙だ。」
そう言いながら刀々斎が殺生丸に天生牙を手渡す。

「使ってみな。」
殺生丸は鞘から天生牙を抜く。そして一本の木に向かって刀を振り下ろした。
その瞬間、刀の軌跡に合わせて木が消滅してしまった。

「何とっ!」
「すごい!」
邪見とりんが驚きの声を上げる。

「それが冥道残月破だ。使った相手を冥道に送り込む技。冥道に送り込まれたが最後、二度と現世には戻ってこれねぇ。」
刀々斎が説明をする。

(何と言う恐ろしい技じゃ…。鬼に金棒どころの話じゃないわい…。)
邪見はただでさえ強い殺生丸がさらに強くなることに恐怖すら感じた、。

「そしてこれが新しい刀の闘鬼刃じゃ。」
殺生丸がそれを受け取る。

「鬼の牙から作った鉄砕牙に優るとも劣らぬ名刀だ。鉄砕牙や天生牙のような特別な力はないが使い手の強さによって力が増す刀だ。」
殺生丸は暫く闘鬼刃を見つめた後

「確かに受け取った。」
そう告げた。

(もっともお前が自分の刀に目覚めるまでのつなぎにしかならないだろうがな…)
そう思いながらも口には出さない刀々斎だった。

「ではそろそろ行かれますか、殺生丸様。」
邪見が殺生丸に進言する。
しかし殺生丸は動こうとはしなかった。

「殺生丸様?」
邪見がそんな様子に気付きさらに尋ねる。
殺生丸は闘鬼刃を犬夜叉に向け

「抜け、犬夜叉。」
そう告げた。

「え?」
いきなり話しかけられ戸惑う犬夜叉。そんな犬夜叉を意に介さず

「剣を教えてやる。私に一太刀浴びせてみせろ。」
そう言いながらこちらに向かってきた。
刀を振り下ろしてくる殺生丸。

「くっ!」
犬夜叉は咄嗟に腰にある鉄砕牙を鞘から抜き防御する。
鍔迫り合いになるがすぐに殺生丸に押し切られ吹き飛ばされる犬夜叉。
なおも追撃する殺生丸。犬夜叉は防戦一方だった。

「全く血の気が多いやつだな。」
刀々斎が呆れながら呟く。

(まさか殺生丸様は犬夜叉で試し斬りをなさろうとしているのか。)
そんなことを考える邪見。
そのまま殺生丸の圧勝かと思われたが段々と異変が起きてきた。
犬夜叉が段々と押し返してきたのだ。

(何だ?これは?)
その状況に一番驚いているのは犬夜叉自身だった。

体が軽い。
体が熱い。
動きが見える。
鉄砕牙がまるで手に吸い付いているかのようだった。

「これは…。」
そんな様子を見ながら冥加が呟く。

「お前も気づいたか。冥加。」
刀々斎が話しかける。

「殺生丸の奴、犬夜叉を導く戦いをしてやがる。」

二人の戦いを見ながら

「すごい…。」
りんが感嘆の声を上げる。
殺生丸が導きそれに犬夜叉が応える。
それはまさしく剣舞だった。

「頑張ってー犬夜叉様―! 殺生丸様―! 」
りんが二人を応援する。

「こら何を言っておるのだ!りん!」
邪見がりんに食ってかかる。

「邪見様も応援しなきゃ。」
「わしが応援するのは殺生丸様だけじゃ!」
そう言いながら二人の戦いを見つめる邪見。

(こいつ…。)
急激な成長に驚きを隠せない殺生丸。

殺生丸との一ヶ月半の修行による経験。
鉄砕牙を持ったことによる記憶の流入。
殺生丸による剣の導き。
そして何より

「強くなりたい。」

少年の強い想いが犬夜叉の強さを呼び起こした。

一際大きな鍔迫り合いの後、二人の間に距離が空いた。

「ハァッ…、ハァッ…。」
急激な成長に戸惑いが隠せない犬夜叉。
そんな犬夜叉を見ながら

「次が最後だ。」
殺生丸がそう告げる。

闘鬼刃を水平に構える殺生丸。そして

「蒼龍波」
犬夜叉に向けて奥義を放った。

凄まじい妖力が犬夜叉に向かってくる。

(避けられない!)
直感でそう感じる犬夜叉そして鉄砕牙が震えているのに気づく。

(鉄砕牙!?)
鉄砕牙の刀身には風が渦巻いていた。
全てを理解した犬夜叉は

「風の傷っ!!」
鉄砕牙を振り下ろした。

「何っ!」
刀々斎が驚きの声を上げる。

二つの巨大な妖力がぶつかりあう。
凄まじい衝撃が辺りを襲う。
しかし最初こそ拮抗していたものの段々と犬夜叉が押され始める。

「くそっ…!」

ここまでなのか。
そんな気持ちが犬夜叉を支配する。
しかし

自分を救い手当してくれたりん。

悪態を突きながらも付き合ってくれた邪見。

自分を導いてくれた殺生丸。


みんなの思いに報いるためにも諦める訳にはいかない!

その瞬間犬夜叉は匂いを感じ取る。
それは風の傷の匂いだった。
ぶつかり合っている妖力の流れが見える。
そして

「ここだぁぁぁぁっ! ! !」
犬夜叉は鉄砕牙を振り切った。

その瞬間、殺生丸の蒼龍波が逆流を始める。
それが殺生丸に届くかというところで二つの妖力が爆発を起こす。

吹き飛ばされる犬夜叉。
殺生丸は立たずんだままだった。

(やっぱり…無理だった……。)
ボロボロになりながらも何とか立ち上がった犬夜叉が肩を落とす。
しかし

殺生丸の左腕から一筋の血が流れる。
犬夜叉は初めて殺生丸に一太刀を浴びせた。

「「やったぁ!!」」
りんと邪見が手を合わせながら飛び上がる。
そんな邪見を睨みつける殺生丸。

「ち…違います! 殺生丸様っ!」
慌てて弁明する邪見。
「もう、邪見様ったら。」
呆れるりんだった。

(爆流波もどきってところか…。)
刀々斎が先ほどの戦いを見ながら考える。

(たった一ヶ月ほどでここまで成長するとは……)
刀々斎は自分の目に狂いはなかったことを確信した。
そして刀々斎は殺生丸に近づく。

「どうだった殺生丸。人を育てるってのも悪くねぇだろ。」
そう声をかけた。

「……ふん。」
そっけなく返す殺生丸だった。


「行くぞ。」
「はっ。」
殺生丸と邪見が離れていく。

「またね、犬夜叉様。」
そういいながらりんもそれに続く。
歩きだす殺生丸に

「師匠っ!」
犬夜叉が叫ぶ。
こちらに振り返る殺生丸そして

「ありがとうございましたっ!」
犬夜叉は頭を下げた。

殺生丸達は去っていった。


「ただいま。」
犬夜叉は一ヶ月半ぶりに楓の村に戻ってきた。

「犬夜叉、心配しておったぞ。」
楓が慌てて犬夜叉を出迎える。

「ずいぶんと時間がかかったな。」
「あぁ。約束の一ヶ月をだいぶ過ぎちまった。」
罰が悪そうに答える犬夜叉だった。

二人は骨食いの井戸に向かっていた。
四魂のカケラを落としてかごめがこっちに来れるようにするためだ。
カケラを落とした後はかごめが来るまで待っていなければならないので食べ物等も持って行っていた。

「それじゃあ落とすぜ。」
そう言いながらカケラを落とした瞬間

「きゃあっ!」
そんな少女の声が聞こえた。

「「え?」」
突然の出来事に驚く二人。
そしてもの凄い勢いでかごめが井戸を登ってきた。

「楓ばあちゃんっ!」
楓に気づいたかごめが嬉しそうに駆け寄る。

「お主…もしやずっと井戸で待っておったのか?」
そう楓に問われ顔を真っ赤にするかごめ。

「ち…違うわよっ! たまたまよ! たまたま!」
慌てて反論するかごめだった。

そして犬夜叉とかごめの目が合った。
しばらく沈黙が続き犬夜叉がなんとか話しかけようとしたとき


「バカ――――っ! !!」
かごめが犬夜叉にそう叫んだ。

「なっ……!?」
いきなり大声でしかもそんなことを言われるとは思っていなかった犬夜叉はあっけにとられる。

「約束の期間とっくに過ぎてるじゃない! どうして連絡もくれなかったのよ!」
凄まじい剣幕で犬夜叉に詰め寄るかごめ。

「いやっ…色々あって…。」
しどろもどろになりながら犬夜叉が答える。

「でも一度くらい会いに来てくれても良かったじゃない!」
そう言いながらだんだんと落ち着きを取り戻すかごめ。そして

「心配したんだから…。」
かごめはそう呟く。

「本当に心配したんだから…。」
かごめの目に涙が溢れる。
そして

「ただいま。犬夜叉。」
そう告げた。

二人は抱き合いながら

「おかえり、かごめ。」
犬夜叉はそう答えた。


「全く最近の若いもんは…。」
一人蚊帳の外の楓だった。



[25752] 第十二話 「出発」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:25
「かごめ、四魂のカケラの気配はどうだ?」
自転車の後ろに乗っている犬夜叉がかごめに尋ねる。

「こっちで合ってるはずなんだけど…まだちょっと遠いわね。」
自転車を漕ぎながらかごめが答える。
二人は再会した後、互いの準備が整ったということでかごめの連休に合わせて四魂のカケラ集めに出発した。
今は気配のある方向に向かっている最中だ。

「そろそろお昼にしようか。」
そう言いながら自転車を止めリュックを探り始めるかごめ。

「今日は何なんだ?」
犬夜叉が待ちきれないようにリュックを覗き込む。

「今日はママが作ってくれたお弁当よ。」
そう言いながら弁当を犬夜叉に手渡す。
かごめは戦国時代に来る時には現代の食べ物を犬夜叉のために持ってきてくれていた。
それは犬夜叉の大きな楽しみの一つだった。

「そういえば犬夜叉、その腰の刀は何なの?」
ものすごい勢いで弁当を食べている犬夜叉にかごめが話しかける。
かごめは再会したあと犬夜叉が妖怪化を抑えることができるようになったことは聞いていたが鉄砕牙や殺生丸のことはまだ知らなかった。

「これは犬夜叉の父親の牙から作られた妖刀で鉄砕牙って言うんだ。」
そう言いながら鞘から鉄砕牙を抜く。
見た目はただの錆びた刀だった。

「ただの錆びた刀じゃない。」
かごめが訝しみながら答える。

「見て驚くなよ。」
自信満々にそう言いながら犬夜叉が鉄砕牙に妖力を込める。
そして刀を振り下ろした。
しかし

「あれ…?」
鉄砕牙は錆びた刀のままだった。

「何も起きないじゃない。」
かごめが呆れたように言う。

「そんなはずは…。」
そう言いながら何度も試すが鉄砕牙は変化しなかった。

「いつまでもやってないで行くわよ。」
かごめがリュックを背負い自転車にまたがる。

「ま、待ってくれよ!」
慌てて後を追う犬夜叉。
鉄砕牙に遊ばれている。
そう思わずにはいられない犬夜叉だった。


移動し始めてからしばらく経ったところで

「止まれ、かごめ。」
犬夜叉が自転車から飛び降りそう告げる。
かごめはあわてて停止した。

「どうしたの、犬夜叉?」
急に自転車から降りた犬夜叉に驚きながらかごめが尋ねる。

「妖怪の匂いだ。近づいてくる。」
そう言いながら犬夜叉の表情が険しくなる。

「妖怪…。」
犬夜叉の言葉を聞いたかごめの顔も曇る。

急に空が暗くなっていき空中に炎が現れる。

「貴様ら…四魂の玉をもっているな…。」
どこからともなく声が聞こえる。
二人に緊張が走る。
そして

「よこせ~~。」
間抜けな顔をした桜色の風船が現れた。

「「………。」」
あっけにとられる二人。

「殺すぞ~~。」
さらに迫る風船。それを

「あうっ!」
犬夜叉はデコピンで吹き飛ばした。
風船は煙に包まれ中から小さな子供が出てきた。

「いででで…。」
子供が額をさすりながら痛がっている。
そんな様子を見ながら犬夜叉は記憶を思い出す。

「七宝」
子狐の妖怪で可愛らしい姿の子供
性格は少しませており、犬夜叉に余計な事を言ってはいつも殴られていた。
自分も妖怪なのに妖怪を恐れるかなりの臆病者。
狐火を出したり、様々なものに変身できる。
かごめに懐いており、犬夜叉たちに助けられてからは四魂のカケラ集めの旅についてきていた。

「何この子、可愛い!」
そう言いながらかごめは七宝の頭をなでる。

「何するんじゃっ!」
七宝はかごめの手を払いのけ走り出す。
そしてかごめのリュックを漁りだす。

「ちょっと、なにしてるの!」
「あった 四魂のカケラじゃ!」
七宝が小瓶に入った四魂のカケラを見つけ出す。

「わははは!もらったぁ、さらばじゃ!」
そう言いながら七宝は狐火にまぎれて姿を消す。

犬夜叉は少しの間の後

「何やってんだ?」
草むらに隠れていた七宝をつまみあげながらそう言った。


観念した七宝は二人にに説明していた。
自分の父親が四魂のカケラを狙われて殺されてしまったこと。
その仇を討つために四魂のカケラを手に入れようとしたこと。

「雷獣兄弟の飛天、満天か…。」
そう犬夜叉が呟く。

「飛天」
雷獣兄弟の兄。若い人間の男の姿をしている。
足元に付いている滑車で空を飛び、「雷撃刃」と呼ばれる矛を使って攻撃する。
姿は人間に近いが妖怪も人間もためらいなく殺す凶暴な性格。

「満天」
雷獣兄弟の弟。
飛天とは違い怪物のような顔をしている。
雲に乗って空を飛び、口から強力な雷撃波を吐く。
特に飛天は記憶の中では鉄砕牙をもった犬夜叉も苦戦した強敵だった。

「そうだったの…。」
七宝お話を聞いたかごめが神妙そうに呟く。

「手伝ってやろうか?」
犬夜叉が七宝にそう提案する。
四魂のカケラを集める上で避けては通れない敵だ。なにより犬夜叉は七宝をこのまま放っておくことができなかった。
しかし

「へっ笑わせんな。おまえなんぞが勝てる相手じゃないわい。」
七宝は犬夜叉の提案を一蹴する。

「おまえ半妖じゃろ。人間の匂いがまざっとる。下等な半妖のくせにおらたち妖怪の喧嘩にしゃしゃり出てくんじゃねぇ。」
七宝の言葉に犬夜叉の顔が固くなる。

「七宝ちゃんっ!」
かごめが本気で七宝を叱りつける。

「ふんっ!」
七宝は再び狐火を起こしかごめから四魂のカケラを奪った。

「これで雷獣どもをおびき出すんじゃっ!」
そう言いながら七宝は走り去って行った。

「どうする犬夜叉?」
かごめが犬夜叉に尋ねる。

「決まってんだろ。」
犬夜叉は即答した。


七宝は一人雷獣兄弟の元へ乗り込んでいた。

「待て、お前ら!」
七宝が雷獣兄弟に向け叫ぶ。

「何だ、あの時の子狐じゃねぇか。」
飛天がどうでもよさげに七宝を見る。

「ほれ見ろ。おめーの親父の毛皮…あったけぇぞ~。」
そう言いながら満天は七宝に体に巻いた狐の毛皮を見せつける。

「てめぇ…よくもおとうを…。」
七宝の目に涙があふれる。そして

「よくもーーーーーっ!!」
満天に向かって飛びかかる。しかし満天に簡単に払いのけられてしまう。


「くっ…!」
悔しさに唇をかむ七宝。

「お前、四魂のカケラを持ってやがるな。」
そして飛天が七宝の持っている四魂のカケラの気配に気づく。

「さっさとそいつをよこしな。」
そう言いながら迫ってくる飛天。

「誰がお前らなんかに渡すかっ!」
飛天たちを睨みながら七宝は精一杯の抵抗を見せる。

「そうかい…じゃあとっとと死にな!」
飛天が七宝に向けて雷撃刃を振り下ろす。

「おとう……。」
七宝は目をつむることしかできなかった。
しかし、その瞬間七宝は犬夜叉に抱きかかえられながら助け出されていた。

「まったく無茶する奴だな。」
そう言いながら犬夜叉は七宝を地面に下ろす。

「おまえ…。」
七宝が驚いたよう犬夜叉を見る。

「なんだてめぇ!?」
急に乱入してきた犬夜叉に飛天が叫ぶ。

「お前らが雷獣兄弟か…。記憶以上に胸糞悪い奴らだな。」
雷獣兄弟を見据えながら犬夜叉がそう吐き捨てる。

「七宝ちゃん、大丈夫?」
少し遅れながらかごめもやってくる。

「かごめ…。」
まさか二人が助けに来てくれるとは思っていなかった七宝は戸惑う。

「半妖の分際で俺たちに喧嘩売るとはいい度胸だ!」
飛天が凄まじい速度で犬夜叉に迫る。

「切り刻んでやるぜ!」
飛天は雷撃刃を犬夜叉に振り下ろす。
犬夜叉はそれを紙一重で躱した。
なおも飛天の攻撃が続く。

「どうした、威勢がいいのは口だけか!」
犬夜叉はひたすら避け続ける。

「犬夜叉っ!」
その様子を見ていたかごめが叫ぶ。
かごめの脳裏に逆髪の結羅との戦いが蘇る。
もうあんな目に犬夜叉を合わせない。
そのためにかごめは一カ月弓の練習に明け暮れていた。
かごめは弓を構える。
そして

「え?」
犬夜叉の表情に余裕があることに気付いた。


(見える!)
犬夜には飛天の動きを完璧にとらえていた。

(師匠に比べたら止まってるようなもんだ。)
一か月以上殺生丸の速さを目にしていた犬夜叉にとって飛天の動きは恐るるに足らないものだった。

(こいつ…ちょこまかと動きやがって…!)
飛天は一向に自分の攻撃が当たらないことに苛立つ。


犬夜叉は鉄砕牙の鼓動に気付く。
そして犬夜叉は鞘から鉄砕牙を抜く。
その刀はまるで巨大な牙だった。

「はっ デカけりゃいいってもんじゃないぜ!」
飛天は渾身の力を込めた一撃を犬夜叉に振るう。しかし犬夜叉はそれを容易くはじき返した。

「何っ!?」
まさか自分の一撃がはじかれるとは思っていなかった飛天は驚愕する。
そして次の瞬間

飛天の左腕は斬り飛ばされた。

「がぁぁぁぁぁっ!!」
激痛に飛天が叫び声を上げる。

「飛天あんちゃんっ!!」
慌てた満天もうろたえるしかない。

(すごい…。)
その様子を見ていたかごめは驚いていた。
確かに犬夜叉からは一カ月以上修行していたことは聞いていた。
しかしこれほど強くなっているとはかごめも考えていなかった。
呆然と二人の戦いを見ていた七宝は我に返り、

「どんなもんじゃ、恐れ入ったか!」
まるで自分がやったのように喜んでいた。

「飛天あんちゃんを…バカにするなぁぁぁ!!」
それを聞いていた満天が七宝に向けて口から雷撃を放つ。
強力な雷撃が七宝に迫る。

(間に合わねぇっ!)
なんとか助けようとする犬夜叉だった距離がありすぎて間に合わない。

(もうだめじゃっ!)
そう七宝が思った瞬間

「危ないっ七宝ちゃん!」
かごめが七宝を突き飛ばした。
雷撃が大きなが爆発を起こす。

「かごめっ!!」
その光景を見た犬夜叉は全身の血の気が失せる

「うっ…。」
かごめは無事だったが気絶してしまっているようだった。
犬夜叉が安心した瞬間、

「どこ見てやがる!」
飛天の雷撃刃が犬夜叉を切り裂いた。

「犬夜叉っ!」
それを見た七宝が叫ぶ。

「くっ…。」
胸から血を流しながら膝をつく犬夜叉。

「どうやらその女がよっぽど大事らしいな。」
飛天は邪悪な笑みを浮かべる。

「満天、その女を人質にしな。」
飛天が満天に指示する。

「分かったよ、あんちゃん。」
満天はかごめを掴み犬夜叉に見せつける。

「抵抗したらこの女の命はないと思いな!」
そう言いながら犬夜叉を斬りつける飛天。

「がっ…!」
犬夜叉の顔が苦痛にゆがむ。

「左腕の礼をたっぷりさせてもらうぜ!」
犬夜叉は無抵抗で斬りつけられるしかなかった。

(何とか隙を見つけねぇと…。)


「犬夜叉っ!」
目を覚ましたかごめが犬夜叉に向かって叫ぶ。
何とか抜け出そうとするが満天の怪力からは抜け出すことができない。

(どうして…。)
かごめの目に涙が滲む。
犬夜叉が頑張って強くなってくれたのに自分が足を引っ張ってしまっている。
その悔しさで胸が一杯だった。

(おらのせいじゃ…おらが二人を巻き込んだから…。)
傷つけられていく犬夜叉と捕えられたかごめを見ながら七宝が罪悪感にとらわれる。

(二人とも…知り合ったばかりのおらを助けてくれた…。)
七宝は拳に力を入れる。

(おらが…おらがなんとかせねば…!)
そして七宝は満天に向けて走り出す。
犬夜叉は飛天よりも強い。
かごめを助け出せればあとは犬夜叉が何とかしてくれる。
そう七宝は考えたからだ。

「かごめを離せーーーっ!!」
七宝が満天に襲いかかる。しかし

「邪魔すんな。さっさと死ねー!」
そう言いながら満天が七宝に向けて雷撃を放とうとする。

「逃げて七宝ちゃんっ!!」
かごめが叫ぶ。
そして雷撃が放たれようとした瞬間
満天が巻いていた狐の毛皮が燃え始めた。

「ぎゃぁぁぁっ!!」
炎に包まれ悲鳴を上げる満天。
その間にかごめは満天から逃げだすことができた。

その狐火は七宝を守ろうとする父の心だった。

「満天っ!!」
飛天が弟の危機に犬夜叉から注意をそらす。その瞬間

「飛刃血爪!!」
犬夜叉が血の刃を満天に放つ。血の刃が満天の体を貫く。

「あ…あんちゃん…。」
満天はそのまま地面に倒れ絶命した。

「満天ーーー!!」
飛天が急いで満天に近づいていく。
その間に犬夜叉はかごめたちの元に辿り着いた。

「大丈夫か、かごめ、七宝。」
犬夜叉が二人の身を案じる。

「あたしは大丈夫…犬夜叉のほうがひどい怪我じゃない。」
かごめが言うとおり犬夜叉は満身創痍だった。

「すまん…おらのせいで…。」
そう言いながら七宝は目から涙を流す。それを

「よくやったな…七宝。」
犬夜叉は優しく頭を撫でた。

「犬夜叉…。」
七宝が犬夜叉を見上げる。

「後は任せろ。」
そう言い残し犬夜叉は歩き出した。


「ゆるさねぇ…ゆるさねぇぞお前ら!!」
満天の妖力と四魂のカケラを吸収した飛天が叫ぶ。
四魂のカケラの力で左腕も再生していた。

「一人残らず灰にしてやる!!」
飛天は妖力を高め全身から発熱を始める。
そして凄まじい妖力が雷撃刃に集中する。

「死ねぇぇぇぇっ!!!」
巨大な雷撃が犬夜叉に放たれた。

「待たせたな、鉄砕牙。」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。
鉄砕牙の刀身には既に風が渦巻いていた。
犬夜叉は鉄砕牙を振り上げ


「風の傷っ!!!」
全力で振り下ろした。

凄まじい衝撃があたりを襲い、そして風の傷によってすべてが消し去られていた。
後には四魂のカケラだけが残っていた。


「すごい…。」
かごめと七宝はあっけにとられていた。
いくら犬夜叉が強くなったといっても妖力が増した飛天相手に圧勝できるとは思っていなかったからだ。しかし

「どうだ、かごめ!もう錆びた刀だなんて言わせねぇぞ!」
そう言いながら子供のようにはしゃぐ犬夜叉を見て

(まだまだ子供ね…。)
かごめは溜息を吐いた。


「これからどうするの?七宝ちゃん。」
飛天を倒した後、村に戻ったかごめが七宝に尋ねる。
七宝は少し恥ずかしそうにした後

「おらも一緒に旅について行ってもいいか…?」
そう七宝は尋ねる。

「もちろん、いいよね犬夜叉。」
「あぁ。」
すぐにかごめと犬夜叉が快諾する。

それを聞いた七宝は満面の笑みを浮かべる。そして

「犬夜叉、半妖だと言ってバカにしてすまんかった。」
そう犬夜叉に謝罪した。

「いいさ、お前がいなけりゃ俺も死んでただろうしな。」
犬夜叉はそう答える。それを聞いた七宝は

「やはりおらがいなければダメじゃな!」
そう威張り散らした。
あっけにとられる犬夜叉をよそに威張り続ける七宝。
犬夜叉はついに七宝に頭にげんこつを食らわせた。

「わーん!かごめー!」
七宝がかごめに泣きつく。

「犬夜叉…。」
かごめが犬夜叉を睨む。その光景に犬夜叉は強い既視感を感じる。

「ま…待て…。」
弁明しようとしたが

「おすわり!」
かごめの言霊が響く。これが再会した後の初めてのおすわりだった。


そして新たに七宝が仲間に加わった。



[25752] 第十三話 「想い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/28 13:04
楓の村で犬夜叉は一つの敵と戦っていた。
かなりの強敵なのか犬夜叉は苦悶の表情を浮かべる。

「くそっ…。」
そう言いながら犬夜叉は頭を抱える。
犬夜叉にとってそれを相手にするなら妖怪百匹を相手にするほうが楽かもしれなかった。
何もできないまま時間だけが過ぎていく。そして

「はい、そこまで。」
かごめの声で数学のテストが終わった。


「なんで俺が勉強しなくちゃいけないんだ。」
不機嫌な顔で犬夜叉がかごめに食って掛かる。

「だって元の体に戻った時全然勉強ができなかったら困るでしょ。」
あっけらかんと答えるかごめ。

「うっ…。」
もっともな意見なので犬夜叉もそれ以上文句を言うこともできなかった。
かごめはもうすぐ期末テストということで勉強道具を戦国時代に持ち込みテスト勉強をしていた。
テストが終わるまでは四魂のカケラ集めも一時中止することになった。

「勉強なら家でやればいいじゃねぇか。」
渡された国語のテストをしながら犬夜叉が愚痴を言う。

「いいじゃない。こっちのほうが落ち着くのよ。」
それを全く気にせずかごめは自分の勉強を進める。
知らないうちに戦国時代の生活のほうがかごめにとって日常になりつつあった。

「犬夜叉、遊びに来たぞ!」
そう言いながら七宝が犬夜叉を訪ねてきた。
七宝もすっかり村に慣れ村の子供たちとよく遊ぶようになっていた。

「よし、行くか!」
犬夜叉はちょうどいいタイミングで来てくれた七宝と一緒に遊びに行こうとするが

「おすわり。」
「ふぐっ!」
かごめの言霊によってそれを阻止された。

「ごめんね、七宝ちゃん。今、犬夜叉はテストをしているからまた後でね。」
かごめが七宝にそう伝える。

「てすと?それは大事なものなのか?」
聞いたことがない言葉に首をかしげる七宝。

「そう、四魂のカケラ集めと同じぐらい大事なことだからちょっと待っててあげてね。」

「分かった、犬夜叉頑張れよ。」
そう言いながら七宝は外に遊びに行った。

「犬夜叉、いつまで寝てるのよ。時間無くなるわよ。」
「おまえ…。」
あまりの理不尽さに言葉もない犬夜叉だった。

勉強がひと段落したかごめは休憩をしていた。犬夜叉はまだテストとにらみ合っている。

「頑張っておるようじゃな、かごめ。」
家に戻ってきた楓がかごめに話しかける。

「そういえばお主らが地念児からもらってきた薬草、村でも評判がよいぞ。」
「そうなんだ、よかった。」
かごめが楓の言葉に嬉しそうにこたえる。
七宝が仲間になってから四魂のカケラ集めも順調に進み、玉の四分の一ほどが既に集まっていた。

「そういえば犬夜叉とは上手くいっておるのか。」
楓が魂が抜けきっている犬夜叉を見ながら尋ねる。

「え?うん、特に問題ないかな。ただ危なっかしいから目が離せないけど…。」
少し呆れながらかごめが答える。

「そうか…。」
楓はそう頷きながら考える。

(かごめは犬夜叉が自分に惚れていることに気づいておらんのか…。)
犬夜叉本人は隠しているつもりらしいが周りから見ればバレバレであり村では周知の事実だった。

(犬夜叉…道のりは険しいぞ…。)
かごめの鈍感ぶりに呆れながら犬夜叉に同情する楓だった。


「全然できなかったー!」
そう言いながらかごめの友人の絵理が机に突っ伏す。
定期テストの初日が終わり放課後になっていた。

「終わった、終わったー!」
かごめは笑顔で帰り支度をしていた。

「いーなかごめ。全校三十番以下とったことないもんねー。」
うらやましそうにあゆみが言う。

「そういえばかごめ、例の彼氏とはどうなの?」
由加が興味深そうにかごめに尋ねる。

「別にどうもしないわよ。最近は勉強見てあげてるけど…。」
そうかごめは答える。
もう彼氏であることを否定することにも疲れたので流れに任せるかごめだった。

「いーなー。彼氏と勉強かー。憧れちゃう。」
うっとりとした表情であゆみが言う。

「惚気もほどほどにしてよ。かごめ。」
「はいはい。」
そう言いながらかごめたちは家路についた。

帰り道多くのパトカーが走っていることにかごめは気づいた。

「なにかあったのかな…?」
かごめが訝しむ。

「例の事件じゃない?」
由加がそれに答える。

「事件?」
「最近公園で殺人事件があったんだ。中学生が殺されたらしいんだけど死体が見つからないんだって。」
「知ってる。能面みたいな顔した女の首がのびて食い殺されたんでしょ。」
「それただの噂でしょー?」
友人たちはその話で盛り上がっていく。

その噂がどうにも気になるかごめだった。


その日の午後かごめはいつものように戦国時代にやってきていた。
犬夜叉も観念したのか文句も言わずに勉強している。
しかし七宝がちょくちょく犬夜叉にちょっかいを出しては怒られ、それをかごめが諫めていた。
楓はそんな様子を見ながら

(まるで家族のようじゃな…。)
そんなことを考えていた。


勉強に区切りがついたところで二人は休憩することにした。
他愛ない話をする中でかごめは今日聞いた殺人事件の噂について話した。
かごめとしては特に特別な話をしたつもりはなかったのだがそれを聞いた犬夜叉は明らかに様子がおかしかった。
しばらく犬夜叉は考え込んだ後かごめに話し始める。

その殺人事件を起こしているのが四魂のカケラを得た肉づきの面といわれる呪われたお面の仕業であること。
記憶の中では四魂のカケラを狙いかごめが襲われたこと。
間一髪のところで犬夜叉がかごめを助けたこと。
それを聞いたかごめだったが

「でも四魂のカケラが現代にあるなら私が集めなくちゃ…。」
そう言いながらどうしようか考える。しかし

「ダメだ。」
犬夜叉はかごめの考えを一蹴した。

「お前ひとりじゃ危ないからな。その四魂のカケラは放っておくしかねぇ。」
それは犬夜叉がかごめを心配しての言葉だった。しかし

「何よ、私ひとりじゃそんなに頼りないわけ!?」
かごめが犬夜叉の言葉に反論する。
かごめは四魂のカケラ集めを始めてから焦燥感を感じることが多くなっていた。
犬夜叉が強くなったこともあって戦闘においてはほとんど役に立っていなかったからだ。
せっかく練習した弓も使う機会がなかった。
なにより雷獣兄弟との戦いでは足手まといになってしまったことを気にしていた。
そんなところにこんな言葉をかけられかごめも頭に来てしまった。

「そんなこと言ってねぇだろ。」
いきなり怒鳴られ慌てる犬夜叉。

「四魂のカケラの一つや二つ私一人でも集められるんだから!」
そう言いながらかごめは現代に戻ろうとする。

「待てよ!」
犬夜叉はそれを追いかけかごめの前に立ちふさがる。

「何よ!」
かごめが犬夜叉を睨む。犬夜叉は手を差し出し

「四魂のカケラを置いてけ。持ってたら狙われるからな。」
そう告げた。

次の瞬間犬夜叉は地面にめり込んだ。



(何よ…犬夜叉のバカ…。)
自分のベットに横になりながらかごめは不貞腐れていた。
犬夜叉の言葉が自分を心配してくれているものだということは分かっていたがかごめはどうしても感情を抑えきれなかった。

(私だって…犬夜叉を…)
そう考えながら段々と眠気が強くなっていくかごめ。
そして眠りに入ろうとしたとき

突然窓が割れる音でかごめは飛び起きた。

「何っ!?」
見ると窓から能面を付け人間の体を吸収した巨大な肉塊がこちらをうかがっていた。
その醜悪な姿に言葉を失うかごめ。

「もっと…もっと良い体が欲しい…」
そう言いながらかごめに近づいてくる肉づきの面。そして

「お前の持つ四魂の玉を…よこせ…。」
かごめに襲いかかってきた。

「きゃぁっ!」
なんとかそれを避けるかごめ。

(このままじゃ家のみんなを巻き込んじゃう…!)
そう考えたかごめは家の外に向かって走り出した。

「ハァ…ハァ…」
かごめは何とか骨食いの井戸までたどり着いた。
そして井戸に入ろうとしたところで動きを止めた。

(ダメよ…ここで犬夜叉に助けを求めたらいつもと同じじゃない…!)
かごめは井戸に置いてあった弓を手に取り人気のないところを目指して走り出した。

かごめの神社の近くに工事中のビルがある。
かごめはそこに逃げ込んでいた。あの巨体なら簡単には登ってこれないと考えたからだ。
なんとかここから弓で肉づきの面を倒そうと考えたが逃げているうちに姿を見失ってしまった。

(どこに行ったの…?)
ビルの鉄骨の上から姿を探すかごめ。しかし肉づきの面がいきなりかごめの後ろに現れる。

「あっ…。」
意表を突かれたかごめは尻もちをついてしまう。そして肉づきの面はその隙を見逃さなかった。
肉づきの面がかごめを食い殺そうとする。それを目の前にした時かごめの脳裏にある光景が浮かぶ。
それは自分を庇い胸を貫かれた犬夜叉だった。
倒れこむ犬夜叉。
息をしていない犬夜叉。
その時の感情がかごめに蘇る。

(このままじゃ…あのときと変わらないじゃない…)
かごめの目に涙が浮かぶ。

かごめは

自分を守れる強さが

そして何より

犬夜叉を守れる強さが欲しい。

そう心から願った。

そしてかごめが手をかざした瞬間まばゆい光が肉づきの面を襲った。

「ぎゃぁぁぁぁっ! !」
肉づきの面の肉体が崩れさる。そしてそれは動かなくなった。

(私……。)
かごめは自分が起こした光景に驚いていた。それは巫女が持つ神通力の力によるものだった。
落ち着きを取り戻したかごめはその場を離れようとする。しかし

(四魂のカケラをとっていかなきゃ。)
そのことに気付いたかごめは肉づきの面に手を伸ばす。しかしその瞬間、肉づきの面がかごめを襲う。

「きゃあっ!」
倒れこみながらなんとかそれを避けるかごめ。しかしなおも肉づきの面は襲いかかってくる。

(間に合わないっ!)
神通力を使おうとするかごめだったが体勢が悪く起き上がることができない。
しかしかごめが食い殺されようとしたとき

「そこで何をしているっ!」
警官の叫びととともにライトがかごめに照らされる。それに驚いた肉づきの面が動きを止める。

(今だっ! !)
その隙を突いてかごめが神通力を使う。まともにそれを食らった肉づきの面は粉々に砕け散った。
そして一つの四魂のカケラが床に落ちた。

(助かった…。)
安堵するかごめ。

しかし騒ぎの通報を受け駆けつけた警官に署まで連行され涙目になるかごめだった。


翌日、かごめは事の顛末を犬夜叉に説明していた。

「あれほど近づくなって言ったじゃねぇか!」
犬夜叉はかごめに向けて怒鳴り声を上げる。

「四魂のカケラも手に入れたんだしいいじゃない!」
かごめもそれに言い返す。そんな痴話喧嘩をしばらく続けていると

「かごめ、犬夜叉を許してやれ。」
七宝が間に割って入った。

「七宝ちゃん?」

「犬夜叉の奴昨日はかごめが心配で一晩中ずっと井戸で待っておったんじゃ。」
七宝が犬夜叉を見ながら告げる。

「そうだったの…?犬夜叉。」
かごめが犬夜叉に尋ねる。

犬夜叉の顔が真っ赤になる。

「七宝っ! てめぇっ!」
そう言いながら七宝を追いかける犬夜叉。

「素直にならんか、犬夜叉!」

そう言いながら逃げ回る七宝。

そんな二人を見ながらかごめは優しく微笑むのだった。



[25752] 第十四話 「半妖」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:48
「結構集まったわね。」
小瓶に入った四魂のカケラを見ながらかごめが呟く。
犬夜叉たちは四魂のカケラを新たに一つ手に入れ村に戻ろうと森を進んでいるところだった。

「でも誰もこの四魂のカケラを持ってなかったなんて珍しいわね。」

「たまにはこんなこともあるだろ。」
かごめの言葉に犬夜叉が答える。
崖の洞窟という人目に付かないところということもあってか今回の四魂のカケラは妖怪や人間の手に渡っていなかった。
かごめが感じる四魂のカケラの気配を頼りに犬夜叉が崖を登っていき四魂のカケラを手に入れたのだった。しかし

(なんだか今日は妙に体が重い…。)
犬夜叉はいつもの体の違和感とは違う感覚に戸惑っていた。

「残念じゃ、もし妖怪が持っとったらおらが退治してやったのにのう。」
七宝が胸を張って威張りながら言う。

「じゃあ次の時は七宝に戦いは任せるか。」
「えっ?」
犬夜叉の言葉に固まる七宝。

「い…いや、あまり弱い妖怪だとおらが相手するまでもないからな。犬夜叉に任せてやるわ。」
「遠慮すんなって。」

「二人ともいつまでやってるのー。早く行くわよー。」
かごめが少し離れた所から呼びかける。
これが四魂のカケラ集めの道中の日常だった。

村に戻ろうとした一行だったがもう夜に近いということで今日は野宿することになった。
犬夜叉は一人で簡易式のテントを組み立てている。そしてかごめと七宝は二人で犬夜叉が匂いででたまたま見つけた温泉に入っていた。

「うわ~。気持ちいい~。」
かごめが嬉しそうに温泉に入る。

「とうっ!」
七宝も続いて温泉に飛び込む。

「こら、七宝ちゃん行儀が悪いわよ。」
二人で温泉でしばらく温たまったところで

「なんでかごめは犬夜叉と風呂に入らんのじゃ みんな一緒のほうが楽しいではないか。」
七宝がかごめにそう尋ねる。

「そ…それは…、男の人と女の人はお風呂には一緒に入っちゃいけないのよ。」
何とかうまく説明しようとするかごめ。しかし

「おらはおとうやおっかあが生きてた頃はいつも一緒にはいっとったぞ。」
七宝は不思議そうに言う。

「それは…七宝ちゃんのお父さんとお母さんが夫婦だからよ。」
何とかうまくごまかせたと思ったかごめだったが

「かごめと犬夜叉は夫婦ではないのか?」
「えっ?」
七宝の予想外の言葉にうろたえるかごめ。

「ち…違うわよ!」
かごめはそれを慌てて否定する。

「そうなのか。二人がおとうやおっかあみたいだから夫婦かと思っとったんじゃ。」
そう言いながら納得したのか温泉で泳ぎ始める七宝。

かごめはその言葉で妙に犬夜叉を意識してしまうのだった。


かごめと七宝が温泉で騒いでいる頃犬夜叉は一人、木にもたれかかりながら空を見上げていた。

(そういえば…一人になるのは久しぶりだな…。)
七宝が仲間になってからは特に騒がしくなり犬夜叉が一人でいる時間はほとんどなくなっていた。
かごめがいて楓がいて七宝がいる。そんな生活が当たり前のものなっていた。しかし犬夜叉は自分の手の平を見つめる。
犬夜叉にはいくつも気にかかることがあった。

一つは体への違和感。
修行を終えても犬夜叉の体への違和感はやはりなくならなかった。
体が自分のものではないような違和感、異物感が時折犬夜叉を襲う。
それがひどい時は夜眠れないこともある。
かごめや七宝に心配をかけないために何もなかったように振る舞ってはいるが楓にはおそらくバレているだろう。

次に記憶の欠落。
徐々に記憶が戻りつつあるものの何か重大なことをいくつも見落としているような気がしてならない。

そして最も気になるのが本物の犬夜叉について。
本物の犬夜叉はどこに行ってしまったのか。
自分がこの体に乗り移ったことで消えてしまったのか、それともまだこの体に眠っているのか。もし本物の犬夜叉が目覚めてしまったら自分はどうなってしまうのか。多くの不安が犬夜叉を襲う。しかし

(かごめ…。)
犬夜叉はいつも一緒にいてくれる少女のことを想う。
かごめと一緒にいるときは多くの不安も和らぐ。
言葉には出せないが心からかごめに感謝している犬夜叉だった。
犬夜叉は再び空を見上げる。そして

月が消えかかっていること気付いた。


「かごめっ!!」
犬夜叉が急いでかごめの元に向かう。しかしそこには

「え?」
生まれたままの姿のかごめがいた。

二人の時間が止まる。そして

「おすわりっ!!」
その瞬間、時間は再び動き出した。

犬夜叉は着替え終わったかごめと七宝に説明した。
半妖は定期的に妖力が消えて人間になる日があり、犬夜叉の場合それは朔の日の夜であること。
日が落ちると突然人間になり、日が昇ると半妖に戻ること。
半妖にとってその日を知られることは命取りになる為、絶対に他人に教える事は無いこと。

「半妖はいろいろ大変なんじゃな。」
それを聞いた七宝は事の重大さを分かっていないのかあっさりしている。

「人間になるとどうなるの?」
かごめは人間の姿になった犬夜叉がどうなるのかに興味がわいたらしい。

(こいつら…。)
全く危機感がない二人に呆れつつ犬夜叉は二人に背中を向けて屈む。

「とにかく急いで村に帰るぞ。早く背中に乗れ。」
犬夜叉に急かされ背中に乗る二人。

「行くぞっ!」
しかし犬夜叉が合図し走り出したところで犬夜叉は地面に転んでしまった。

「犬夜叉…?大丈夫?」
かごめが地面に突っ伏したままの犬夜叉に話しかける。

「…ああ。大丈夫だ。」
不機嫌そうにそう言いながら犬夜叉は立ち上がる。
その姿はいつもと大きく違っていた。
髪は普段の銀髪とは違い黒になり、爪もなくなり、犬の耳もなくなっている。

犬夜叉は人間になっていた。

「本当に人間になっとるの。」
「本当ね。」
七宝が犬夜叉の頭に乗り犬の耳があった場所を触っている。
かごめも犬夜叉の体のあちこちを触っていた。

「お前ら…いい加減にしろよ…。」
二人にいいようにおもちゃにされている犬夜叉がぼやく。

「しかし人間になった犬夜叉の姿も面白いの。」
七宝がそう言いながら犬夜叉をからかう。

「そんなこと言ってていいのか。七宝。」
「え?」
犬夜叉の言葉の意味が分からず首をかしげる七宝。

「今のおれは人間だ。もし今妖怪が襲ってきてもお前らを守ることはできねぇ。本当にお前が戦わなきゃいけねぇんだぞ。」
その言葉を聞き現状を理解したのか七宝の顔に焦りが現れる。

「だ…大丈夫じゃ! 妖怪の一匹や二匹…おらがなんとかしてやるわい!」
声を震わせながら答える七宝。そして

「大丈夫よ。私と七宝ちゃんに任せて!」
かごめもその言葉に続いた。

「かごめ!?」
まさか肯定されるとは思っていなかった七宝が驚きながらかごめを見る。
犬夜叉も妙に自信満々なかごめに驚くのだった。

結局村まで戻るのはあきらめ犬夜叉たちはテントで野宿をすることになった。

「おらがしっかりせねば…おらがしっかりせねば…。」
七宝は先ほどの犬夜叉の言葉がよっぽど気になったのかテントの中でぶつぶつと独り言をつぶやいている。
犬夜叉は鉄砕牙を抱えたまま座り込んでいた。

「眠らないの?犬夜叉。」
そんな犬夜叉の様子に気付いたかごめが犬夜叉に話しかける。

「落ちつかねぇからな。先に寝ていいぞかごめ。」
そう言いながら自分の体を見つめている犬夜叉。

「犬夜叉…。」
かごめがさらに犬夜叉に話しかけようとしたとき

「きゃああっ!!」
女性の悲鳴と水の音が聞こえた。

「何だっ!?」
犬夜叉たちは慌てて様子を見に行く。見ると川で一人に少女がおぼれていた。
泳げないのかそのまま川の流れに流されていってしまう。

「早く助けなきゃっ!」
「任せろっ!」
犬夜叉が川に入り少女を引き上げようとするが

「うわっ!」
人間の体であることを忘れていた犬夜叉は力の加減を間違え一緒に流されてしまう。

「何やってるのよ。」
呆れながらかごめも川に入り少女を引き上げるのを手伝う。

「やはりおらがしっかりせねば…。」
そう言いながらも全く役に立っていない七宝だった。


「ありがとう、助かったよ。」
火を起こし暖をとっている少女が礼を言う。犬夜叉はその少女を見て記憶を思い出す。

「なずな」
かごめと同年代の少女。
父親を蜘蛛頭という人間の頭をした妖怪に殺され妖怪を憎んでいた。
寺の和尚によって救われ以来その神社で暮らしていたがその和尚の正体は蜘蛛頭の親玉であり犬夜叉たちの四魂のカケラを手に入れるためになずなを利用していた。
人間化していた犬夜叉は苦戦するがかごめたちの助けもあり何とか蜘蛛頭たちを撃波。犬夜叉との触れ合いでなずなも妖怪に対する偏見もなくなり犬夜叉たちと和解した。

「全く人騒がせな奴じゃ。」
七宝がなずなに向けて悪態をつく。

「ふん、なんで妖怪が人間と一緒にいるのさ。」
なずなは妖怪である七宝に冷たい態度をとる。

「何じゃとっ!」
怒る七宝を横目に立ち上がるなずな。

「もう帰るのか?」
犬夜叉が問いかける。

「ああ。和尚さまが心配するといけないからそろそろ帰るよ。」
そういいながら立ち去ろうとするなずなに

「今日はもう遅いから泊って行けよ。」
犬夜叉はそう声をかけた。

「何、犬夜叉その子を口説いてるの?」
かごめが犬夜叉に軽蔑のまなざしを向ける。

「そうじゃねぇっ!」
あらぬ誤解を受け弁明する犬夜叉。
そのまま痴話げんかとなってしまいその間になずなは寺に戻ってしまった。
かごめが落ち着いた後、犬夜叉はなずなの事情を二人に説明していた。

「それじゃあ早く助けにいかなくちゃっ!」
そう言いながらかごめは弓を準備する。

「…そうだな。」
犬夜叉としてはなずなに朝になるまで一緒にいてもらい妖力を取り戻してから戦いに臨みたかったがこうなってしまっては仕方がなかった。

「七宝、おまえの狐火が頼りだ。頼むぜ。」
犬夜叉が七宝に話しかける。

「お…おうっ! 任せろっ!」
そう言いながらも膝の震えが止まらない七宝だった。


三人はなずなの後を追い寺に到着した。
なずなは犬夜叉たちに気付き寺から急いで出てきた。

「何だあんたたち結局寺についてきたのか。寺に入りなよ。中に和尚様がいるから。」
そして犬夜叉たちは寺の中に案内される。

「和尚様、この人たちがさっき私を助けてくれた人たちです。」
なずなが和尚に犬夜叉たちを紹介する。

「なずなが危ないところを助けていただいたそうで。何もないところですがどうか今宵はこの寺に泊って行かれるといい。」
和尚がそう犬夜叉たちに提案する。しかし

「しらじらしいこと言ってんじゃねぇぞ。蜘蛛頭が。」
そう言いながら犬夜叉が鉄砕牙を構える。

「そうじゃ。全部分かっとるんじゃからな。」
犬夜叉の後ろに隠れながら七宝が続ける。

「…ほお、一目で気付かれるとは驚いたわ…。」
そう言いながら和尚の体が変化し巨大な蜘蛛のような体になっていく。

「まあいい、予定は狂ったが貴様らが持つ四魂のカケラをいただくぞ!」
蜘蛛頭が蜘蛛のように増えた手を伸ばし犬夜叉たちに襲いかかる。

「七宝っ!」
「任せろっ!」
犬夜叉の合図で七宝が狐火を放つ。
その熱さに蜘蛛頭が一瞬ひるむ。
そしてその隙に犬夜叉が蜘蛛頭に鉄砕牙を叩き込む。

「ぐわあっ! !」
鉄砕牙の結界によって蜘蛛頭は手傷を負う。

「なずなっ! 今のうちに逃げろっ!」
犬夜叉がなずなに向かって叫ぶもなずなは座り込んだまま動こうとしなかった。

「そんな…和尚さまが蜘蛛頭だったなんて…。」
なずなは信頼していた和尚が妖怪だと知ってショックで動けなくなってしまっていた。

「ふん、バカな奴よ。父の敵のわしを信じ切って仕えていたのだからな。」
そう言いながら手をなずなに向ける。

「もうお前は用済みだ。せめてわしの手で苦しまないように殺してやろう。」
そして蜘蛛頭の手がなずなに向かって伸びていき触れようとした時
蜘蛛頭の体が吹き飛んだ。

「何っ!?」
蜘蛛頭は何が起きたのか分からず混乱する。
それはかごめが放った破魔の矢によるものだった。

「許さないっ!」
そしてかごめが次の矢を構えようとする。

「おのれっ小娘!」
矢を放たせる間を与えない速度で蜘蛛頭が襲いかかる。

「かごめっ!」
犬夜叉がかごめを庇おうとする。しかし

「ぎゃあああああっ!!」
かごめが手をかざした瞬間蜘蛛頭の手が浄化されていく。
かごめは肉づきの面の戦いから神通力を扱えるようになっていた。

(すげぇ…。)
その光景に目を奪われる犬夜叉。

「おのれ…こうなったら…。」
このままではかなわないと悟った蜘蛛頭は標的を変える。

「貴様からだっ!」
犬夜叉に襲いかかる蜘蛛頭。

「くそっ!」
犬夜叉は何とか避わそうとするも捕まってしまう。

「ぐあああっ!!」
腕の骨が折れてしまうほどの凄まじい力で締め付けられる犬夜叉。

「犬夜叉っ!」
かごめが犬夜叉を助けようと弓を構えようとするが

「動くなっ!妙なことすればこいつの命はないぞ!」
蜘蛛頭の言葉によってそれを止められてしまう。

「さあ、さっさと四魂のカケラをよこせ。」
そう言いながらさらに締め付けの力を強めていく。

(どうすれば…。)
かごめは犬夜叉を助ける方法を必死に考える。

(ちくしょう…。)
痛みで朦朧とする意識の中で犬夜叉は自分の不甲斐無さを呪っていた。

(せっかくかごめが強くなってくれたってのに俺のせいで…。)
何とかこの状況を抜け出す方法を探す犬夜叉。
犬夜叉は自分の動くほうに手に握られた鉄砕牙に気付く。
そして犬夜叉は残った力でそれを蜘蛛頭の手に突き刺した。

「何っ!?」
結界の力によって腕が破壊され犬夜叉は拘束から逃れる。

「かごめっ、そこの部屋に逃げ込めっ!」
そう言いながら犬夜叉も走り出す。

「わ…分かったっ!」
かごめたちも急いで部屋に駆け込む。

「逃がすかっ! !」
蜘蛛頭がなおも襲いかかってくる。
かごめたちに続いて犬夜叉は間一髪で部屋に駆け込むそして鉄砕牙を戸に突き立てた。

「おのれ…。」
蜘蛛頭は鉄砕牙の結界によって部屋に入ることができなかった。

「これでしばらくはしのげるはずだ…。」
そう言いながら床に倒れこむ犬夜叉。

「犬夜叉っ!」
かごめが慌てて犬夜叉に駆け寄る。
犬夜叉の体は締め付けによっていたるところの骨が折れていた。

「大丈夫だ…朝になって半妖に戻ればすぐに治る…。」
「そういう問題じゃないでしょ!」
犬夜叉の軽口に怒るかごめ。

「ごめん…あたしが騙されてたばっかりに…。」
なずなが泣きながら犬夜叉に謝る。

「これからどうするんじゃ、かごめ?」
七宝がかごめに尋ねる。

「とにかく朝になって犬夜叉が元に戻るまで待ちましょう。」
かごめだけなら蜘蛛頭を倒すこともできるが満身創痍の犬夜叉となずなを庇いながら戦うのはさすがに無理だった。

籠城からしばらくの時間が経った。
かごめは犬夜叉が少しでも楽な体勢になるよう膝枕をしていた。
なずなと七宝は疲れ切ってしまったのか今は眠っている。

(そういえば前も膝枕をしてあげたことがあったけ…。)
そんなことをかごめが考えていた時

「うっ…。」
犬夜叉が目を覚ました。

「大丈夫、犬夜叉?」
かごめが心配そうに犬夜叉の顔を覗き込む。

「…ああ。だいぶ楽になった。」
そう言いながら犬夜叉は自分の体をじっと見つめている。

「どうしたの?」
その様子に気付いたかごめが犬夜叉に尋ねる。

「…いや現金なもんだなと思ってさ…。」
「え?」
犬夜叉の言葉の意味が分からず聞きなおすかごめ。

「前はこんな半妖の体なんかなくなってしまえばいいと思ってたのに…今は半妖に戻りたくて仕方がない…。」

「犬夜叉…。」
犬夜叉に言葉に返す言葉がかごめには見つからなかった。

しばらくの沈黙の後、

「強くなったよな…かごめ…。」
そう犬夜叉が呟いた。

「…そうね。妖怪に襲われる生活を送ってるんだもん。普通の中学三年生よりはずっと強いつもりよ。」
笑いながら答えるかごめ。そして

「でもそれは犬夜叉もでしょ。」
そう付け加えた。

「え?」
その言葉にあっけにとられる犬夜叉。

「だって犬夜叉だって中学二年生じゃない。いくら半妖の体になったからってそんなにすぐ強くなれるわけないじゃない。だから犬夜叉も強くなってるわ。」
犬夜叉の頭を撫でながらかごめはそう続ける。

犬夜叉は目を閉じる。そしてしばらくの時間がったった後

「かごめ…。」
犬夜叉がかごめに話しかける。

「何?」
かごめがそれを聞き返す。

犬夜叉は

「もし四魂のカケラ集めが終わっても…会いに来てくれるか…?」
呟くようにかごめに尋ねた。

「何言ってるのよ…。」
かごめは犬夜叉に顔が見えないよう横を向く。そして

「そんなの当たり前でしょ。」
そう答えた。


「ん…。」
浅い眠りに入っていたかごめが目を覚ます。外は少しずつ明るくなる始めていた。
外から中に入ろうとしていた蜘蛛頭もあきらめたのか物音ひとつしなくなっていた。

(今何時だろう…?)
そう思いリュックの中にある時計をとろうとした時突然床から蜘蛛頭の腕が生えてきた。

「きゃあっ!」
突然の出来事におどろくかごめ。
鉄砕牙の結界が及ばない地面の下から襲いかかってきたのだった。
そしてその隙にリュックの中にある四魂のカケラが奪われてしまった。

「ついに手に入れたぞ! 四魂のカケラ!」
四魂のカケラを取り込んだ蜘蛛頭は妖力を増していく。
そしてついに鉄砕牙の結界の力が破られてしまった。

「もう恐れるものはないわ!」
蜘蛛頭は再び犬夜叉を捕える。

「犬夜叉っ!」
かごめが弓を放とうするが蜘蛛頭のほうが早かった。

「死ねっ!!」
蜘蛛頭が腕に力を込める。犬夜叉の体は粉々になるはずだった。しかし

犬夜叉の体に大きな鼓動が走る。

「何回も同じ手が通じると思ってんのか?」
腕の拘束が力づくで解かれていく。
犬夜叉の体は粉々になるどころか傷が急激に癒されていた。
そしてかごめは寺の外から朝日がさしていることに気付く。

この瞬間、犬夜叉が復活した。

「散魂鉄爪っ!!」
犬夜叉の爪によって蜘蛛頭の腕が粉々に砕かれる。

「おのれぇぇぇっ! !」
蜘蛛頭は四魂のカケラの力で再生しながらなずなを人質にしようと襲いかかる。しかし

「狐火っ!」
七宝の狐火によってそれを防がれた。

「七宝ちゃん!」
「よくやったっ、七宝っ!」
そう言いながら犬夜叉とかごめがなずなと七宝を庇うように前に立つ。

「おらだってやるときはやるんじゃっ!」
肩で息をしながらも威張る七宝。

「かごめ、四魂のカケラは?」
犬夜叉は鉄砕牙を拾い上げながらかごめに問う。

「衣の横の頭よ!」
かごめが指をさしながら叫ぶ。

「なめるなぁぁぁっ!!」
蜘蛛頭がすべての腕を使って犬夜叉たちに襲いかかる。

「かごめっ!」
それに向かって走りながら犬夜叉が叫ぶ。

「うんっ!」
犬夜叉の言いたいことを理解したかごめが神通力を使う。
その瞬間蜘蛛頭の腕が次々に浄化されていく。犬夜叉はその隙に鉄砕牙を鞘から抜く。

「これで終わりだあああっ! !」
犬夜叉の鉄砕牙が蜘蛛頭の頭を切り裂く。そして同時に四魂のカケラを取り戻した。四魂のカケラがなくなったことで蜘蛛頭の体が消滅していく。
長い夜の戦いがようやく終わりを告げた。


「あんた…半妖だったんだね…。」
別れ際になずなが犬夜叉に話しかける。

「…ああ。」
罰が悪そうに答える犬夜叉。しばらく見つめ合った後。

「ありがと犬夜叉、あんた良い妖怪だったんだね。」
なずなはそう犬夜叉に礼を言ったのだった。

「今回はおらの大活躍でみんな助かったんじゃからな」

「本当ね。七宝ちゃんのおかげよ。」
七宝とかごめが賑やかに話しながら歩いている。犬夜叉はそれを少し離れて歩きながら見つめている。
かごめや七宝、楓に会えたのもこの半妖の体のおかげだ。そう考えればこの半妖の体も悪くない。そんな風に考えていると


「犬夜叉何してるのよ。置いてくわよー。」
「早く来んか、犬夜叉。」
かごめと七宝が立ち止り犬夜叉に手を振っている。

「ああ、今行く。」
そう言いながら犬夜叉は二人に続いていく。

犬夜叉は今がずっと続けばいい。

そんな叶わない願いを願うのだった。



[25752] 第十五話 「桔梗」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 22:56
日が傾き始めた頃、草原の上に二つの人影があった。
それは犬夜叉と桔梗だった。


「犬夜叉…戦っていなければ…お前はお前でいられないのか?」
桔梗が犬夜叉を見据えながら尋ねる。

「前にもそんなこと聞いてきたな。」
犬夜叉は以前にも同じことを桔梗に言われたことがあった。

「戦いをやめてみないか?」
「何?」
犬夜叉は桔梗の真意が分からず聞き返す。

「戦いをやめて人間になってみないか?」
桔梗が真剣なまなざしで犬夜叉を見つめる。

「俺が人間に…?」
犬夜叉はこれまで考えてもいなかったことを提案され戸惑う。

「なれるさ。お前は元々半分は人間だもの。」
微笑みながら桔梗は続ける。

「四魂の玉は邪な妖怪の手に渡ればますます妖力が強まる。だがお前を人間にするために使うならば玉は浄化され…恐らくは消滅する。」
犬夜叉は桔梗の言葉を聞きながら人間になることについて考える。
そしてしばらくの沈黙の後

「その時桔梗、お前はどうなる?」
そう犬夜叉は尋ねた。桔梗は

「私は玉を守るもの…玉がなければただの女になる…。」
そう儚げに答えるのだった。

犬夜叉と桔梗は船を使い川を渡っていた。そして船が岸に着き桔梗が岸に上がろうとするが

「あっ」
足がつまずき倒れそうになる。しかし犬夜叉がそれを抱きとめる。

「桔梗…。」
犬夜叉が桔梗を抱きしめる。

「桔梗、俺は人間になる…。気の迷いでも何でもねぇ…俺は人間になる。」

「犬夜叉…。」
犬夜叉の答えに応えるように桔梗も犬夜叉を抱きしめる。

「だからお前も一人の女に…。この俺の…。」

「もういい…。それ以上は何も言うな…。」
桔梗が犬夜叉の言葉をさえぎる。

「桔梗…俺はお前のことが…。」
犬夜叉がそう言いかけた時、桔梗が犬夜叉に口づけをする。

それが二人が結ばれた瞬間だった。

二人は夜の森の中を並んで歩いている。

「犬夜叉…良いのか…?」
桔梗が自信なさげに犬夜叉に話しかける。

「何がだ?」
そんな様子の桔梗を気にしながら犬夜叉が聞き返す。少しの間の後

「こんな私で…本当に良いのか?」
桔梗はそう犬夜叉に尋ねる。犬夜叉は

「けっ、何当たり前のこと言ってんだよ。」
照れ隠しであさっての方向に顔を向けながら答えた。

「そうか。」
桔梗は幸せそうにほほ笑んだ。

「明日の昼、西の森の御神木の前、そこで待っているから…。四魂の玉を持って行くから。」
桔梗はそう言いながら村に戻っていく。

「ああ、分かった。」
犬夜叉は笑いながら森に戻っていく。

二人はこれから待ち受ける運命を知る由もなかった…。


「桔梗っ! !」
犬夜叉が飛び起きながら叫ぶ。
犬夜叉は全身は汗まみれで呼吸も乱れていた。
犬夜叉は慌ててあたりを見回し、かごめと七宝が隣で寝ていることに気付いた。
犬夜叉たちは新たに一つ四魂のカケラを手に入れテントで野宿しているところだった。

(夢か…。)
犬夜叉は自分の胸を抑えながら呼吸を整える。
今まで何度か犬夜叉の記憶に関する夢を見ることはあったがあれほどはっきりとした夢を見るのは初めてだった。まるで本当にさっきまで桔梗と話していたと思うほどだった。
落ち着きを取り戻した犬夜叉は寝ているかごめに目を向ける。

(やっぱり…似てるな…。)
犬夜叉はかごめの顔を見ながら桔梗を思い出す。そして自分の心がざわついていることに気付いく。さらに自分が自分じゃなくなるような感覚にとらわれそうになった時

「犬夜叉…。」
かごめの寝言によって犬夜叉は現実に引き戻された。

(俺の夢を見てるのか…?)
どんな夢を見ているのか気になり耳を澄ます犬夜叉。そして次の瞬間

「おすわり。」
「ふぐっ!」
地面にめり込むことになった。

(こいつ…。)
あれだけ大きな音がしたにもかかわらずかごめは一向に起きる気配がなかった。

(やっぱりかごめはかごめだな…。)
地面に突っ伏し呆れながら一人納得する犬夜叉だった。


「ねぇ、犬夜叉。何そんなに怒ってるのよ。」
「何でもねぇよ。」
かごめは自転車の後ろに乗っている犬夜叉に話しかける。
何でもないと言いながらも明らかに機嫌が悪い犬夜叉。

「朝からずっとこの調子なんだから。」
「もっと大人にならんか犬夜叉。」
七宝が犬夜叉の肩の乗りながら話しかける。

「ふんっ。」
ますます不機嫌になる犬夜叉だった。

犬夜叉たちは村に着いたが村の様子がいつもと違うことに気付いた。

「何かあったのかな?」
かごめがそう言いながら辺りを見回していると

「かごめ、犬夜叉戻ってきたのか…。」
そう言いながら全身に包帯が巻かれている楓が近づいてきた。

「ど、どうしたの!?楓ばあちゃん。」
かごめが慌てて楓に近づく。

「大した怪我ではない…。しかしわしの力では防ぎきれなかった…。」
楓は大きくえぐられた地面に目をやる。そこには壊された祠があった。

「これは…桔梗お姉さまの墓だよ。」
「え…?」
楓の言葉に驚くかごめ。かごめにとっても桔梗は縁がある関係だったからだ。
さらに楓は鬼女の裏陶(うらすえ)と名乗るものが桔梗の霊骨を持ち去ってしまったことを話した。

「お姉さまは巫女の中でも並はずれた力を持った方だった。その骨が妖怪の手に渡ればどのように悪用されるか…。」
楓は無念そうに言葉をつなぐ。そんな様子を見たかごめは

「どうする、犬夜叉?」
そう言いながら犬夜叉に振り向いた。そして

犬夜叉の顔が真っ青になっていることに気付いた。

「犬夜叉…?」
かごめがさらにに話しかけるも犬夜叉は全く反応しなかった。しかししばらくの時間の後犬夜叉は突然一人で走り出した。


「ちょっと、どこに行くの、犬夜叉!?」
かごめが犬夜叉に叫ぶも

「俺一人で何とかするっ! 絶対に着いてくんじゃねぇぞ!!」
そう言い残し犬夜叉は森に向かって走って行った。

(どうしたんだろう…。犬夜叉…。)
かごめは犬夜叉の尋常ではない様子に心配を募らせる。すると楓が馬に乗り犬夜叉の後をついていこうとしていた。

(わしとて妹巫女…。桔梗お姉さまの骨はわが手で…)

楓は馬を走らせる。そして

「私も一緒に行く。」
「おらも。」
かごめと七宝も自転車でそのあとに続く。

「かごめ。」
楓が驚きながら二人を見る。

「ねぇ。楓おばあちゃん…犬夜叉があんなに必死になって行っちゃたのはやっぱり桔梗のせいなのかな…?」
かごめが神妙そうに楓に尋ねる。

「恐らくは…。」
そう言いながら楓は不吉な気配を感じ取っていた。


鬼女の裏陶は桔梗の霊骨と墓土を練りこみ鬼窯と呼ばれる窯で桔梗の体を焼き上げていた。しかし、蘇ったはずの桔梗は抜け殻同然で歩くことすらままならなかった。

(魂が戻っておらぬ…これではただの抜け殻…。)
巫女装束を着せた桔梗の抜け殻を見ながら裏陶は考える。

(この裏陶の鬼術が魂を取り逃がすはずはなし。ということは…魂は既に転生し他の体に生まれ変わっているのか?)

その時突然、窯の扉が壊される音が響いた。

「何じゃっ!?」
驚いた裏陶が振り向く。そこには鉄砕牙をもった犬夜叉の姿があった。

「お前が裏陶だな。」
そう言いながら鉄砕牙を構える犬夜叉。

「何者じゃ? 表の兵隊どもはどうした?」

「あの人形どもなら全部壊しちまったぜ。」
そう言いながら犬夜叉が距離を詰める。


(桔梗が蘇るのだけは何としても阻止しねぇと…。)
犬夜叉は焦っていた。もし本物の桔梗が蘇れば偽物の犬夜叉である自分は殺されてしまうかもしれない。そしてなにより桔梗に会うことで自分が自分でなくなってしまうのではないかという恐怖が犬夜叉を襲っていた。
そして犬夜叉は裏陶の横に桔梗の姿があることに気付いた。
その姿はまぎれもなく桔梗のものだった。
その瞬間、犬夜叉は激しい郷愁のような感覚に囚われる。

「桔梗…。」
犬夜叉がそう口にする。
すると抜け殻のはずの桔梗の体が犬夜叉に向かって近づいてくる。
それに合わせて犬夜叉は思わず後ずさりしてしまう。

(こやつ…桔梗と何か縁がある者なのか…。)
先程まで何の反応も示さなかった桔梗の抜け殻が犬夜叉に近づこうとするのを見て裏陶がそのことに気付く。そして

「死ねぇぇ!!」
犬夜叉の隙を狙って鎌で襲いかかる。

「なめるなっ!」
一瞬反応が遅れたものの鉄砕牙で攻撃をはじき返す犬夜叉。

(こいつ…。)
その一合で実力差に気付いた裏陶は窯の天井を壊し上空へ逃げる。

「待ちやがれっ!」
犬夜叉はその後を追う。そして何度か飛び上がって斬りかかるが空中ではうまく攻撃をすることができない。

「くそっ!」
犬夜叉は何とか裏陶を風の傷の間合いに引き込めないか考える。
そうしている間に桔梗の抜け殻が犬夜叉を追って窯から出てこちらに向かってきていた。

(やめろ…、その姿で近寄らないでくれ…。)
桔梗に姿をみることで再び記憶の感情に振り回される犬夜叉。

(あれは偽物の体だ! 本物の桔梗じゃねぇ! ! )
犬夜叉は自分にそう言い聞かせ鉄砕牙を桔梗の抜け殻に向ける。
裏陶を倒せないなら桔梗の抜け殻のほうを壊せばいいと考えたからだ。そして何より犬夜叉はこれ以上桔梗の姿を見ていることに耐えられなかった。

「ああああああっ!!!」
犬夜叉が鉄砕牙を振りかぶる。そしてそれを桔梗の抜け殻に振り下ろした。しかし
鉄砕牙は既のところで止まっていた。

「なっ…!?」
裏陶が驚きの声を上げる。確実に抜け殻を壊せるチャンスであったにもかかわらず何故犬夜叉が止めたのか理解できなかったからだ。
しかし一番驚いているのは犬夜叉自身だった。

(体が動かねぇ!?)
桔梗の抜け殻に攻撃しようとするたびに体が動かなくなってしまう。これまで体に違和感を覚えてきた犬夜叉だったがこんなことは初めてだった。
そして桔梗の抜け殻が犬夜叉に近づく。しかし犬夜叉は動くことができない。

(やられるっ…!)
犬夜叉がそう思った時

犬夜叉は桔梗に抱きしめられていた。

「えっ…?」
予想外の出来事に固まってしまう犬夜叉。そして激しい記憶の流入にさらされる。

(うっ…あっ…)
犬夜叉は桔梗を抱きしめたい衝動に駆られる。そして桔梗を抱きしめようとした時

「犬夜叉っ!」
かごめの声で現実に引き戻された。犬夜叉は桔梗の抜け殻を突き飛ばしなんとか距離をとる。声のした方向を見るとかごめと楓、七宝が心配そうにこちらを見ていた。

「桔梗お姉さま…。」
楓は桔梗の姿に声をなくしていた。

「馬鹿野郎っ!!なんで着いてきたんだ!!」
犬夜叉がかごめに怒鳴る。

「で…でも犬夜叉が心配だったから…。」
ここまで怒られるとは思っていなかったかごめが怯む。

(あの小娘…。)
裏陶がかごめの存在に気付く。

(似ている…あの面差し…桔梗にそっくりじゃ。)
裏陶はかごめが桔梗の生まれ変わりであることに気付いた。

(何という幸運っ!さっそくあの小娘を捕えて今度こそ桔梗を復活させてくれるわ!)
裏陶が凄まじい速度で上空からかごめを攫おうとする。かごめはそれに気付いていない。しかし裏陶の隙を犬夜叉は見逃さなかった。

「風の傷っ!!」
犬夜叉が風の傷を纏った鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、凄まじい妖力が裏陶に迫る。

(し、しまっ…!)
風の傷に飲み込まれ裏陶はこの世から消え去った。


「きゃああっ! !」
「何じゃっ!?」
突然の出来事に悲鳴を上げるかごめと七宝。
砂煙がようやくおさまってきた時かごめと七宝は鉄砕牙を杖代わりにしながら膝をついている犬夜叉の姿を見つけた。

「ハァッ…、ハァッ…」
精神的な疲労といきなり風の傷を使ったことによる反動で犬夜叉は膝をついていた。しかし

(これで…桔梗の復活を止めることができた…。)
犬夜叉は安堵していた。かごめが来てしまった時はどうなるかと思ったが結果的に裏陶を倒すことができた。
何故自分が今まで桔梗が蘇ることを思い出せなかったのかは分からないがこれで問題は何とかなった。そう思い犬夜叉がかごめを見た瞬間

桔梗の抜け殻がかごめに近づいていることに気付いた。


「かごめっ!逃げろっ!!」
犬夜叉がかごめに叫ぶ。

「え?」
そこで初めてかごめは桔梗の抜け殻が自分の目の前にいることに気付いた。
二人は鏡合せの様に向かい合う。かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。犬夜叉が何とか助けようとするが桔梗の抜け殻がかごめの体に触れるほうが早かった。
その瞬間、かごめの体から光の玉が飛び出してくる。それはかごめの魂だった。

「いかんっ!!」
何が起きようとしているのか悟った楓が叫ぶ。しかしかごめの魂は桔梗の抜け殻に全て入り込んでしまう。そしてかごめはその場に倒れこむ。

「かごめっ!!」
犬夜叉が慌ててかごめに近づこうとする。しかし


「犬夜叉…。」
その前に桔梗が立ちふさがる。


この瞬間、現世に桔梗が復活した。



[25752] 第十六話 「My will」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 23:08
「犬夜叉…。」
桔梗がそう言いながら犬夜叉に近づいてくる。

「桔梗…。」
犬夜叉は金縛りにあったように動けなくなっていた。楓と七宝も手を出すことができない。何人にも犯しがたい雰囲気がそこにあった。桔梗が犬夜叉の腕をつかむ。そして

「なぜ裏切った―!」
桔梗の神通力が犬夜叉を襲う。

「くっ!」
犬夜叉は反射的に避けようとするが火鼠の衣の腕の部分が吹き飛んでしまう。

「お前に裏切られた後、私は末期の力を振り絞ってお前を封印した…。二度と再びめぐり会うはずはなかったのに…。」
桔梗は体を震わせながら犬夜叉に慟哭する。

「なのになぜお前は生きている!?」
犬夜叉は記憶の流入によって頭が割れるほどの頭痛に襲われていた。それでも何とか自分が本物の犬夜叉ではないことを説明しようとする。

「ち…違う…。それは…俺じゃない…。」
息も絶え絶えに犬夜叉がそう答える。しかし

「お前じゃないだと…。」
桔梗の表情が憎悪に歪む。

「とぼけるな…あれは…お前だった…。」
そして地面に落ちているかごめの弓を拾う。

「お前はその爪で私を引き裂き、四魂の玉を奪った…。」
桔梗は弓を犬夜叉に向ける。

「お前は人間になると言った。人間になってともに生きようと…。なのに…。」
弓に力を込める。

「お前は私を裏切ったっ!!」
桔梗は犬夜叉に向けて破魔の矢を放つ。犬夜叉が何とかそれを避わそうとした時、楓の張った結界によって破魔の矢は弾かれた。

「楓ばあさん…。」
犬夜叉がふらつきながら何とか楓に話しかける。楓は結界に全ての力を使い果たし地面に座り込む。しかし

「おやめください桔梗お姉さま!」
楓は桔梗に縋りつきながら話しかける。

「お前…。」
その姿に困惑する桔梗。

「妹の楓でございます。お姉さまが亡くなってから五十年生きました…。」

「その楓が…なぜ犬夜叉をかばいだてする!?」
楓は桔梗に説明をする。

桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの時代に現れ、四魂の玉が復活したこと。
かごめが犬夜叉の封印を解いたこと。
犬夜叉の中には別の世界の少年が宿っていること。
桔梗が裏陶と呼ばれる鬼女によって蘇らせられたこと。しかし

「そんな戯言が信じられるか…。」
桔梗は縋りつく楓を振り払いながら犬夜叉を見据える。

「貴様は犬夜叉だ…。犬夜叉でないはずがない…」
桔梗は悲痛な叫びをあげながら再び犬夜叉に弓を向ける。それを見て何とか身構える犬夜叉。その時

「犬夜叉…。」
七宝の消え入りそうな声が聞こえた。

「七宝…。」
犬夜叉が七宝を見る。七宝は地面に横になっているかごめに縋りついていた。

「かごめが…かごめが起きんのじゃ…。」
泣きながら犬夜叉に訴える七宝。

(かごめ…。)
犬夜叉はかごめの姿を見つめる。かごめは目を閉じたまま眠っているようだった。しかし
このままではかごめが死ぬ。その事実に犬夜叉の血の気が引いていく。

「犬夜叉、お姉さまのその体を壊せ!」
楓が犬夜叉に向かって叫ぶ。

「楓!」
楓の言葉に反応する桔梗。

「所詮その体は鬼術によって無理に蘇らされたまがい物…。」
楓の目に涙が浮かぶ。

「お姉さまの魂を…そこから出してやってくれ!」
犬夜叉は楓の言葉で桔梗と戦うことを決意する。そして鉄砕牙を桔梗に向ける。

「無駄だ…怨念が消えぬ限り、魂はその体にも戻れん…。」
桔梗が楓に向けて言い放つ。

「あああああああっ!!」
犬夜叉が叫びながら桔梗に斬りかかる。しかし犬夜叉の体は桔梗と戦うことを拒絶する。
「ぐっ…!」
「なんのつもりだっ!」
桔梗が突然動きを止めた犬夜叉に神通力を放つ。

「がっ!」
犬夜叉はそれをまともに受けてしまい吹き飛ばされる。

「ち…くしょう…。」
犬夜叉は肉体的にも精神的にも限界に近付いていた。これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。犬夜叉は鉄砕牙を振り上げる。そして風の傷を使うために鉄砕牙に妖力を込める。しかし鉄砕牙は変化を解き元の錆びた刀に戻ってしまった。

「なっ…!?」
犬夜叉は予想外の事態に戸惑う。

「どこを見ているっ!」
桔梗はその隙を見逃さず破魔の矢を放つ。破魔の矢が犬夜叉の肩を貫く。そして
犬夜叉はそのまま地面に倒れこんでしまう。

「「犬夜叉っ!!」」
楓と七宝が叫ぶ。

(何でだ…。鉄砕牙…。)
犬夜叉は錆びた刀の鉄砕牙を見つめる。

(俺が…本物の犬夜叉じゃないからなのか…。)
犬夜叉は鉄砕牙を杖代わりにしながらなんとか立ち上がる。しかし犬夜叉は完全に戦意を喪失していた。そんな犬夜叉を見ても桔梗は攻撃の手を緩めない。

「私はお前を憎みながら死んだ…。魂が…そこから動けない…。お前が生きている限り救われない」
桔梗が手を震わせながら犬夜叉に弓を向ける。

「犬夜叉、お前の死だけが私を解放する…私とともに地獄に堕ちろ!!」
桔梗の目には涙が溢れていた。

(桔梗…。)
そんな桔梗を見ながら犬夜叉は思い出す。



村が燃えていた。
いきなりのことに少年は戸惑う。

(何だっ!?ここは一体…)
少年が思案していると

「いたぞ犬夜叉だ!」
「あいつ…四魂の玉を狙って村を襲いやがった!」

(なっ!?)
気付くと少年の手には四魂の玉が握られていた。

「犬夜叉!!」
その声とともに封印の矢が少年に向かって放たれる。

(桔梗!!)
少年は桔梗が血まみれになっていることに驚く。そしてこれが五十年前の犬夜叉が桔梗に封印された日であることに気付いた。


「あ…。」
少年の胸に封印の矢が突き刺さる。

「犬夜叉…。」
桔梗は傷だらけの体を庇いながら御神木に磔にされた少年に近づく。

「四魂の玉…。こんな物のために…。」
桔梗は涙を流しながら

「お前は私を裏切った…。」
そう呟いた。

(違う桔梗! 俺はお前を裏切ってなんていねぇ!!)
少年が心の中で桔梗に叫ぶ。しかしそれは桔梗には届かない。

「私が愚かだったのだ。一瞬でもお前と一緒に生きたいと思った…。」
桔梗が少年に縋りつく。

「犬夜叉…お前一人を…死なせはしない…。」

(桔梗…お前は俺の後を追って死んだんだな…。)
少年の目に涙が溢れる。

―― 分かった桔梗……

――― 一緒に行こう……。


「桔梗…。」
犬夜叉は抵抗をやめ真っ直ぐに桔梗を見つめていた。そして桔梗はそのことに気付く。

「ようやく観念したか…。」
そう言いながら桔梗は矢に封印の霊力を込める。そして

「犬夜叉…お前一人を…死なせはしない…。一緒に行こう…。」
そう告げた。


犬夜叉が目を閉じたとき

「犬夜叉っ!!しっかりせんかあああっ!!!」
七宝が犬夜叉に叫ぶ。そして

「正気に戻れ犬夜叉っ!!お主が死んだらかごめはどうなるのだっ!!!」
楓が犬夜叉に叫ぶ。


「か…ご…め…?」
犬夜叉の目に光が戻る。

そうだ…俺は何のために戦ってたんだ…?
犬夜叉の脳裏に一人の少女の姿が蘇る。

夜の御神木の前で

「犬夜叉も怖かったんだよね…。いきなり知らない人の身体になっちゃったんだもん…。きっとわたしより何倍も怖かったんだよね…。」

「それなのに…ひどいこと言っちゃって…」

「ごめんなさい。」
■■■は俺のために泣いてくれた。


「ごめんね、犬夜叉痛い思いさせちゃって…。」
申し訳なさそうにする■■■。そして

「ありがとう、犬夜叉。助けてくれて。」
微笑みながらそう言った。犬夜叉の目から涙が溢れる。

「もう泣き虫なんだから。」
■■■は俺をを優しく抱きしめてくれた。

骨食いの井戸での再会の日

「バカーーーーーーっ! !!」
■■■が犬夜叉にそう叫んだ。

「なっ…。」
いきなり大声でしかもそんなことを言われるとは思っていなかった犬夜叉はあっけにとられる。

「約束の期間とっくに過ぎてるじゃない! どうして連絡もくれなかったのよ!」
凄まじい剣幕で犬夜叉に詰め寄る■■■。

「いやっ…色々あって…。」
しどろもどろになりながら犬夜叉が答える。

「でも一度くらい会いに来てくれても良かったじゃない!」
そう言いながらだんだんと落ち着きを取り戻す■■■。そして

「心配したんだから…。」

「本当に心配したんだから…。」
■■■の目に涙が溢れる。そして

「ただいま。犬夜叉。」
■■■は微笑みながらそう告げた。


「犬夜叉様はどうしてそんなに強くなりたいの?」
いつかのりんの言葉が蘇る。

――俺は…

―――俺はかごめを守るために強くなりたい


犬夜叉は答えを見つけた。

その瞬間、鉄砕牙が牙に変化する。
鉄砕牙は「犬夜叉」ではなく「少年」を真の使い手として認めた。
この瞬間、「犬夜叉」の体は完全に「少年」のものとなった。
封印の矢が犬夜叉に迫る。それを犬夜叉は鉄砕牙の剣圧で薙ぎ払う。

「何っ!?」
突然の出来事に桔梗が驚く。

「犬夜叉っ!!」
七宝が喜びの声を上げる。

「はあああっ!!」
犬夜叉はそのまま桔梗に斬りかかる。

「くっ!!」
桔梗は間一髪のところでそれを避ける。
犬夜叉の動きには一片の迷いもない。
少年の強い意志が犬夜叉の体の枷を解き放っていた。しかし

「ハァッ…ハァッ…」
犬夜叉の体が限界にきていることには変わりなかった。犬夜叉は鉄砕牙に妖力を込める。かつてないほどの凄まじい風が鉄砕牙から巻き起こる。犬夜叉は正面から桔梗を見据える。そして

「風の傷っ!!」
犬夜叉は鉄砕牙を振り下ろした。しかしその瞬間桔梗の矢が鉄砕牙に突き刺さった。

(しまった!!)
桔梗の霊力によって鉄砕牙の変化が解かれてしまう。犬夜叉の注意がそれた瞬間に桔梗は犬夜叉の腕をさらに矢で射抜いた。

「がっ!!」
犬夜叉は後方の木に腕ごと磔にされてしまい見動きがとれなくなってしまった。

「ここまでだ、犬夜叉。」
桔梗が犬夜叉に近づきながら弓を構える。そして桔梗は封印の矢を放った。



(ここは…?)
かごめはまどろみの中にいた。自分が何者でどこにいるのかも分からない。どうしようか考えていると誰かの記憶が自分に流れ込んできた。

彼女は小さな村に生まれた。
彼女は生まれながらに強い霊力を持っていた。
そしてすぐに村の巫女として頭角を現していく。
それからは村を襲ってくる妖怪や、妖怪に苦しめられている人々を救う日々が続いた。
村の人々は彼女を慕い、彼女もまた人々を愛していた。
そして何年もの月日が流れたある日

私は自分が一人であることに気付いた。

村人が必要としているのは巫女としての私だった。決して人間としての私ではなかった。
そして同年代の女性が子を授かり育てていくのを見て自分は女ですらなかったことに気付いた。
巫女の在り方を否定するつもりはない。しかしそれでも私は一人でいることがさびしいことを誤魔化せなかった。

そして妖怪退治の里から出たという四魂の玉を守るようになってからはさらに過酷な妖怪たちとの戦いに明け暮れることになった。
四魂の玉を狙った黒巫女の椿という女とも争った。そして椿は私に恋をすると悲惨な運命をたどる呪いをかけたようだったが私は気にはしなかった。
人間でもなく女でもない私が誰かに恋をすることなどありえなかった。もし本当に私が誰かに恋を抱くことができるならば死んでもかまわない。そう思った。
そしていくらかの月日が流れた時

私は犬夜叉に出会った。

犬夜叉は珍しい半妖だった。四魂の玉を使って完全な妖怪になりたいらしい。一本気な性格なのか正面から私に挑んできた。私は気まぐれからとどめをささずに犬夜叉を見逃した。それから私と犬夜叉の奇妙な関係が始まった。
敵わないと分かっているにもかかわらずそれでも正面から挑んでくる犬夜叉。それを追い払いながらもとどめを刺さない私。
そしてある時、私は犬夜叉が来るのを心待ちにしている自分に気付いた。
それからは犬夜叉のことばかり考える様になった。
そして私は犬夜叉に四魂の玉を使って人間になってみないかと提案した。
四魂の玉を妖怪から守る日々に疲れていたこと、霊力が衰えてきていたこともあったからだ。

そして犬夜叉は私に一人の人間に、一人の女になってほしいと言ってくれた。

本当に嬉しかった。

こんな自分でも誰かに愛され、誰かを愛すことができると分かり犬夜叉と別れ村に戻った私は嬉しさのあまり涙を流した。


(犬夜叉…。)
桔梗の犬夜叉への想いに飲み込まれそうになるかごめ。しかし

(違う…。)
かごめは自分の体を見つめる。

(私は…私は桔梗(あなた)じゃない…!)
かごめは桔梗の記憶の中の犬夜叉に目を向ける。

(この犬夜叉は私が知ってる犬夜叉じゃない…。)
かごめは自分の手に力を込める。

(私の知ってる犬夜叉は…泣き虫で…意地っ張りで…)
かごめの目に涙が溢れる。

(でも…強くて…誰かのために泣ける優しい心を持ってる…。)
かごめは静かに目を閉じる…

(私は…)


「私はそんな犬夜叉が好きになったんだからっ!!」
そうかごめが叫んだ瞬間、目の前に光が広がった。



「あ…?」
桔梗の体から魂が抜け出していく。封印の矢の霊力も失われる。

「いやだ…まだ…!」

(私の魂が…引きずられる!)

そして魂はかごめの体に戻って行く。

「ゲホッ…ゲホッ…。」
かごめが息を吹き返し立ち上がる。そしてかごめは木に磔にされている犬夜叉に気付く。

「犬夜叉っ!!」
かごめは犬夜叉に走り寄り弓を抜く。

「大丈夫…!?」
そう言いながら犬夜叉のけがを確認しようとした時かごめは犬夜叉に抱きしめられた。

「犬夜叉…?」
犬夜叉の体は震えていた。

「かごめっ…かごめっ…」
犬夜叉は涙を流し嗚咽を漏らしながらかごめを抱きしめる。

「ごめんね…犬夜叉…。」
かごめも涙を流しながら犬夜叉を抱きしめる。そして

(私…犬夜叉が好きだったんだ…。)
かごめは自分の本当の気持ちに気付くのだった。


「ハァッ…ハァッ…」
桔梗は自分の体を引きづる様に歩いていた。

(あの女のそばにいると…残った魂も引き込まれる…。離れなければ…。)
そうして崖の近くまで離れた時

「お姉さま…」
楓が桔梗に話しかける。

「楓…。」
桔梗が息も絶え絶えに楓に話しかれる。

「お姉さま…かごめの中にお戻りください…。このままでは…。」
楓が苦悶の表情をしながら桔梗に告げる。しかし

「この私に…死ねというのか…」
桔梗が呟く。

「あの女の中に還るということは…私が私でなくなるということ…」
桔梗は楓を見据えながら

「楓…お前はそれを望むのだな…。」
儚げに告げた。

「お姉さま…。」
その言葉に返す言葉が見つからない楓。

「死ぬものか…。」
ふらつきながら桔梗がさらにかごめから離れようとする。

「私一人では死ねない…犬夜叉を殺すまで私は…。」
しかし桔梗はふらつきながら足を滑らせてしまう。

「お姉さまっ!!」
楓がとっさに手を伸ばすが桔梗はそのまま崖の底に消えていった。





川の下流で女性が流されながらも岸にたどり着く。その姿はまぎれもなく桔梗だった。


――生きている…

―――犬夜叉…私は生きている…。


桔梗はそのまま森の中に姿を消した。



[25752] 第十七話 「戸惑い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 23:17
犬夜叉たちは落ち着いた後、山から村に戻っていた。
犬夜叉の傷は特にひどかったので今はかごめの手当てを受けているところだった。

「これで良しと。」
かごめが犬夜叉の包帯を巻き終わる。

「すまねぇな。かごめ。」
犬夜叉はかごめに礼を言う。

「べ…別にいいわよ、気にしないで。」
そう言いながらかごめは犬夜叉からそそくさと離れていく。

「?」
犬夜叉がそんなかごめの様子を訝しみ話しかけようとしたところで

「すまなかったな…。犬夜叉…。」
楓が犬夜叉に頭を下げる。

「楓ばあさん?」
いきなり頭を下げられ困惑する犬夜叉。

「桔梗お姉さまは怨念に囚われてしまっていた…。許してくれとは言えないが…本当のお姉さま心優しい方だった…。どうかそれだけは分かってほしい…。」
犬夜叉は楓の言葉を静かに聞き続ける。

「ああ。よく分かってるつもりだ…。」
犬夜叉も桔梗が本来どんな女性だったかは痛いほど分かっているつもりだ。確かに殺されかけたのは怖かったが怨んではいなかった。

「楓ばあさん…。桔梗はきっとまだ生きている…。」
「何!?」
楓が驚きの声を上げる。そして犬夜叉は記憶の中でも同じような出来事があったが桔梗はまだ生きていたことを伝えた。

「そうか…お姉さまはまだ現世に囚われているのだな…。」
楓が苦悶の表情でそう呟く。そしてしばらくの沈黙の後

「みんな…大事な話がある。犬夜叉と桔梗を殺し合わせた相手についてだ…。」
犬夜叉は先ほどの戦いの中で思い出したことを皆に伝える。


「奈落」
浅ましい心をもった鬼蜘蛛(おにぐも)という名の野盗をつなぎに、無数の妖怪が寄り集まってできた半妖である妖怪の集合体。
半妖でありながら妖怪をも凌ぐ程の邪気と妖力を持つ。
五十年前に犬夜叉と桔梗を憎み合わせ、死に追いやった張本人であり再び世に現れた四魂の玉のかけらを集め始め、五十年前の事件の真相を知った犬夜叉たちと対立していた。
鬼蜘蛛の感情を受け継いでおり桔梗を愛しているが、同時に憎悪や殺意を抱いている。
半妖である自己の存在を忌まわしく思っており、それゆえにひたすら強大な力を求めており、そのために四魂の玉に執心していた。直接の戦闘よりも人の弱みに付け込む卑劣な策略を好む冷酷な性格をしている。


「そいつが桔梗をあんな目に合わせたのね…。」
かごめが怒りの表情を浮かべながらそう呟く。桔梗の記憶に触れたかごめはその気持ちを踏みにじった奈落に対して強い憤りを感じていた。

「あの鬼蜘蛛が…桔梗お姉さまを…。」
思い当たる節がある楓はそのまま深く考え込んでいる。

「犬夜叉、あたしと一緒にその奈落をやっつけましょう!!」
そう言いながらかごめは犬夜叉に迫り手を握る。

「…ああ。よろしく頼む、かごめ。」
少したじろぎながらもはっきりと告げる犬夜叉。

「おらも手伝うぞ!」
そう言いながら七宝も間に割って入ってくる。

「そうね。みんなで奈落をやっつけましょう!」
かごめは七宝を抱きかかえながらそう宣言する。

(みんな…か…。)
犬夜叉はその言葉に引っかかりを覚えるもそれが何かは分からなかった。
犬夜叉がそのことについて考えていた時、かごめが手を離し慌てて犬夜叉から距離をとった。

(かごめ…?)
(ほう…。)
その様子に気付く七宝と楓。

「わ…私ちょっと疲れちゃったから今日はあっちに帰るわね」
そう言いながらかごめは慌てて楓の家を出ていった。

「何なんだ…?」
そんなかごめの様子に首をかしげる犬夜叉だった。


犬夜叉の怪我が治るまで四魂のカケラ集めは中止することになった。そしてかごめは学校に通いながらも犬夜叉の看病に戦国時代に訪れていた。しかしその様子はこれまでと大きく異なっていた。明らかに犬夜叉を意識しすぎており必要以上に犬夜叉に近づかないようにしたり目を合わせないようになっていた。犬夜叉もかごめの様子がここの所おかしいことには気づいていたが原因となるようなことも思いつかず困惑するしかなかった。そんな様子が何日か続きついにしびれを切らした七宝が犬夜叉に近づく。

「犬夜叉、かごめはな」
そう言いかけたところで七宝は楓に口を塞がれる。

「犬夜叉、少し七宝を借りるぞ。」
「うー!うー!」
七宝が口を塞がれながらも抵抗をするが楓は七宝をそのまま抱き上げる。

「あ…ああ。」
犬夜叉は戸惑いながら楓の言葉に返事をする。楓はそのまま七宝を連れ犬夜叉の耳が届かないところまで移動した。


「何するんじゃ楓っ!!」
七宝が息を切らせながら楓に食って掛かる。

「七宝、犬夜叉とかごめにお互いが好きであることを言ってはならん。」
楓が真剣な表情で七宝に諭す。

「何でじゃ。お互い好きなんじゃからいいではないか!」
七宝は犬夜叉とかごめが仲良くなってくれるように動いたのにそれを止められ戸惑っていた。

「それは犬夜叉とかごめが自分で気付かねばならん。七宝は大人じゃろう。二人を見守ってやってくれんか。」
楓の「大人」という言葉に反応した七宝は

「…そうじゃな。おらは大人じゃからな。任せろ楓!」
そう言いながら七宝は家に戻って行く。

「全く、世話の焼ける…。」
楓はその後をゆっくりと追って行った


「め…。かごめったら!」
「え…?」
友人のあゆみに話しかけられたかごめは気のない返事をする。かごめたちは学校が終わり下校途中だった。

「なんか最近上の空なことが多いよ。かごめ。」
「また彼氏となんかあったの?」
いつものように友人たちがかごめをからかう。しかし

「ち…違うわよ!! か…彼氏なんかじゃないんだから!!」
いきなり大きな声で反論するかごめに驚く友人たち。

「何かあったの…?かごめ。」
「う…。」
一人で考え込んでいてもどうしようもないと考えたかごめは思い切って友人たちに相談することにした。事情を聴いた友人たちは


(本当に自分がその男の子のことを好きなことに気づいてなかったんだ…。)
(あんなに惚気話をしてたのに…。)
(恋ね、恋なのね!)
様々な思いを抱くのだった。

「最近なんか意識しちゃって、あっちに泊ることも少なくなってて…」
かごめは何の気なしにそう呟く。しかし

「「「泊るぅ!?」」」
三人がかごめの爆弾発言に叫ぶ。

「泊るってあんたいったい何してるのよ!?」
由加は本気でかごめを心配して尋ねる。

「え…?何って一緒に寝てるだけだけど…。」
かごめとしては友人たちがなぜそんなに騒いでいるのか理解できなかった。

「それだけ…?」
「うん…。」

そして少しの沈黙の後

「かごめ…あんた…女の子として見られてないんじゃないの…?」
絵理が言いづらそうにしながらもかごめに告げる。

「え…?どうして?」
かごめはわけが分からず尋ねる。

「その男の子って十四歳なんでしょ?普通年上の女の子と一緒に寝て何もしてこないものなの…?」
「確かに…。」
由加とあゆみがそれに続く。

「そ…そんなに変かな…?」
状況を理解したかごめが不安そうにする。

「もし私だったら気になって眠れないと思うけど…。」
絵理がそう言った後、長い沈黙がかごめたちの間に流れる。そして

「かごめ…頑張ってね…。」
かごめはそんな励ましの言葉をかけられるのだった。


余談だが犬夜叉は旅を始めた当初はかごめを意識してしまい眠れていなかった。
しかしかごめがあまりにも無防備に寝ているのを見て意識していることが馬鹿らしくなり気にしなくなっていった。
さらに七宝が仲間になってからは三人で川の字になって寝るようになり犬夜叉はかごめと寝ることに全く抵抗がなくなってしまっていた。


「犬夜叉、かごめとはどこまでいったんじゃ?」
犬夜叉は森から木を運んでいたのだが七宝からの予想外の質問に足を滑らせてしまった。

「いきなり何言ってやがんだ、七宝!」
犬夜叉は何とか起き上がりながら七宝に尋ねる。

「犬夜叉はかごめに惚れておるのだろう?なんで告白せんのじゃ?」
七宝が真剣な様子で犬夜叉に尋ねる。互いのことが好きなことがいえないのなら犬夜叉を焚きつけようと七宝は考えたからだ。

「別に…今のままでいいだろ…。」
そう言いながら村に向かって木を運び始める犬夜叉。さすがの犬夜叉もかごめ以外に自分がかごめに惚れていることが知れ渡っていることには気づいていたので否定はしなかった。
犬夜叉はかごめに告白することで今の関係が壊れてしまうことを恐れていた。
そして何よりも自分の体が他人のものであることが一番大きな理由だった。
明日にはもしかしたら自分に意識がなくなってしまうかもしれない。
告白して上手くいったとしてもそれは「犬夜叉」である自分だからかも知れない。
様々な不安から犬夜叉はかごめに想いを伝えることができなかった。


しばらくして犬夜叉の傷も治り、かごめたちは四魂のカケラ集めを再開した。
そして新たに一つ四魂のカケラを手に入れた犬夜叉たちはいつものように野宿をすることになった。
犬夜叉たちは疲れていたのかすぐに眠りについた………かごめを除いて。

「ん…。」
朝になり目を覚ます犬夜叉。そして犬夜叉は自分の血を吸っている冥加に気付いた。

「お久しぶりです。犬夜叉さ」

バチンッ

冥加は言い終わる前に叩き潰された。

「今までどこに行ってたんだ、冥加?」
起きてきたかごめと七宝も加わりながら犬夜叉は冥加は尋ねる。かごめはまだ眠いのか半分寝ぼけているようだった。

「少し四魂の玉について気になりましてな…。調べておったのです。」
冥加が犬夜叉に自信満々に答える。

「何だ、逃げてたわけじゃなかったのか。」
「なんですとっ!?」
自分の評価があまりにも低く落ち込む冥加だった。
そして冥加は自分が調べることができた四魂の玉についての情報を犬夜叉たちに伝えていく。そして四魂の玉が妖怪退治屋の里から出てきたものだという話になった時犬夜叉が急に立ち上がった。

「冥加、退治屋の里はまだ無事なのか!?」
犬夜叉が焦りながら冥加に尋ねる。

「無事と申しましても…一週間ほど前にある城の領主から妖怪退治の依頼を受けて数名の手練が出て行っていたくらいですが…。」
犬夜叉が慌てる理由が分からず困惑する冥加。

「かごめ、七宝!すぐ出発するぞ、準備しろ!」
犬夜叉に言われるままかごめたちは急いで退治屋の里に向かうのだった。


「ひどい…。」
かごめが里の惨状を見ながら呟く。村は妖怪の大群に襲われ壊滅してしまっていた。

(間に合わなかった…)
犬夜叉は自分が間合わなかったことを悟った。
犬夜叉たちが生存者がいないかどうか探していると巨大な化け猫が犬夜叉たちの前に現れた。

「えっ!?」
「何じゃっ!?」
かごめと七宝が身構えるが

「雲母っ!!」
犬夜叉に名前を呼ばれた雲母は動きを止める。

「鎮まれ、雲母。この方たちは敵ではない。」
冥加が雲母に話しかける。すると雲母は小さな子猫の様な姿になった。

「犬夜叉、この子のこと知ってるの?」

「ああ。」
かごめの問いに答えながら犬夜叉たちは里をめぐって行く。しかし生存者は一人もいなかった。

「犬夜叉はこのことを思い出したから急いでたのね…。」
里の者たちを埋葬した犬夜叉たちは楓の村に戻るために森の中を進んでいた。

「それもあるんだが…。」
そう言いながら本当の理由を話そうとした時凄まじい音の塊が近づいてくることに犬夜叉は気づいた。

「あぶねぇっ!」
犬夜叉はかごめと七宝を抱えながらそれを避ける。
巨大なブーメランのようなものが木をなぎ倒しながら戻ってくる。

「くっ!」
それを何とか避わす犬夜叉。そしてそれは一人の少女の元に戻って行った。

「貴様が犬夜叉か! 退治する!」
退治屋の装束を着た少女が巨大なブーメランを再び構える。

「さ…珊瑚!!」
冥加が少女を見て叫ぶ。

「珊瑚」
妖怪退治を生業とする妖怪退治屋の十六歳の少女。退治屋の里では一番の手練れと言われる程の腕前を持っている。
奈落の陰謀により父と弟を殺され、里も滅ぼされた後、奈落に騙されて犬夜叉を仇と狙うが、やがて真相に気付き、仇を討つ為、犬夜叉の仲間に加わった。
飛来骨と呼ばれる様々な妖怪の骨を固めた巨大なブーメランを主に使う。
腰の刀や腕に仕込んだ刃の他、妖怪退治の際の装束には毒など様々な武器や道具を隠し持っている。
妖怪退治の専門家だけあって妖怪の事に詳しく、肉体能力も優れており猫又妖怪・雲母をパートナーとして連れていた。


「飛来骨!!」
珊瑚が再び犬夜叉に向かって飛来骨を放つ。

「くっ!」
犬夜叉は鉄砕牙を抜き飛来骨を受け止める。しかし勢いを殺しきれずに後ろに吹き飛ばされてしまう。

(すげぇ…!)
犬夜叉は人間でも極めればここまで強くなれるということを知り驚いていた。半妖の犬夜叉だからこそ珊瑚の凄さが理解できた。

「犬夜叉っ!」
かごめが犬夜叉を心配し近づこうとする。

「離れてろっ!かごめっ!」
犬夜叉はかごめに叫びながら鉄砕牙を構えなおす。

「珊瑚っやめんか!この方たちは敵ではない!」

「里のみんなの仇!!」
冥加が珊瑚を説得しようとするが珊瑚は全く聞き耳を持たない。

「話を聞きやがれっ!」
犬夜叉が飛来骨を弾き返しながら叫ぶ。

「黙れ半妖!」
しかし珊瑚は攻撃の手を全く緩めようとはしない。

(あの子…背中に四魂のカケラが…!)
かごめが珊瑚の状態に気付く。そして犬夜叉は力づくで止めるしかないと判断する。

「俺が勝ったら話を聞いてもらうからなっ!」
そう言いながら犬夜叉が珊瑚に飛びかかって行く。

「やってみろ!」
珊瑚が飛来骨を手に持ったまま振り下ろしてくる。犬夜叉はそれを鉄砕牙で受け止めた。

「くっ!」
犬夜叉の腕力に負け吹き飛ばされる珊瑚。犬夜叉は体勢を崩した珊瑚に近づこうとするが

「毒粉!」
珊瑚はとっさに瘴気が含まれた粉を犬夜叉に投げつける。そしてその隙に体勢を立て直そうとするが

「はあっ!!」
犬夜叉はそれを鉄砕牙の剣圧で吹き飛ばす。

「何っ!?」
まるで自分の手の内を知っているかのような動きに戸惑う珊瑚。その隙を犬夜叉は見逃さなかった。犬夜叉が珊瑚の両手をつかんで動きを止める。

「くっ!」
珊瑚は力を振り絞り犬夜叉の手を振りほどく。そして腰にある刀で犬夜叉に斬りかかる。しかし犬夜叉はそれを素手で掴む。

「犬夜叉っ!!」
犬夜叉の手から血が流れるのを見てかごめが叫ぶ。

「いい加減しろっ!奈落に騙されてることがまだ分かんねぇのか!」

「う…うるさい! そんな戯言誰が信じるかっ!」
珊瑚は刀に力を込め犬夜叉の腕に突き立てる。

「ぐっ…!!」
犬夜叉は痛みに顔をしかめるが抵抗をしなかった。

「お前…」
そんな様子を見た珊瑚がたじろぐ。

「お前の体は血だらけになってるんだ! これ以上動いたら本当に死んじまうぞ!!」
犬夜叉が必死の形相で叫ぶ。

「な…に…?」
そこで珊瑚は初めて自分の体が血だらけになっていることに気付いた。

(こんなになってたなんて…痛みを感じなかったから…)
珊瑚はそのまま意識を失い地面に倒れこむ。犬夜叉それを慌てて抱きとめる。

「かごめ、七宝!! 珊瑚を村に連れて行く、早く来い!! 」

「う…うん!」
「分かった!」
犬夜叉たちは急いで村に戻って行く。

そしてその様子を一匹の大きな毒虫が見つめていた。



[25752] 第十八話 「珊瑚」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 23:22
夜のある城の中。
妖怪退治屋の者たちが城の主からの依頼で大蜘蛛の退治を行っていた。そしてその中には珊瑚と琥珀の姿があった。琥珀は珊瑚の弟であり今回の依頼が初めての実戦だった。

「うわっ!」
戦闘に慣れていない琥珀が大蜘蛛の吐く糸に捕まってしまうが

「飛来骨!!」
珊瑚の飛来骨によって琥珀は糸から解放される。

「あ……ありがとう、姉上。」

「しっかりしな、琥珀。また来るよ。」
琥珀をフォローしながら珊瑚は大蜘蛛に向かっていく。そして珊瑚の父たちもそれに加わり大蜘蛛を追い詰めていく。大蜘蛛はついに力尽き地面に倒れこんだ。

(簡単すぎるな…この蜘蛛、妖気も薄いし…)
そう思いながら珊瑚が気をぬきかけた時

珊瑚の父親たちの首が飛んだ。

「なっ…!?」
それは琥珀の持つ鎖鎌によるものだった。鎖鎌が血によって真っ赤に染まる。しかし琥珀はそれを手にしながらも無表情のままだった。

「琥珀!!なぜ父上たちを…!?」
珊瑚が琥珀に問いかけるが琥珀はそれを全く意に介さず珊瑚に襲いかかってきた。

「やめろ琥珀!あたしが分からないのか!?」
必死の珊瑚の言葉も空しく琥珀は鎖鎌で珊瑚を斬りつけてくる。珊瑚は腰にある刀を抜き何とかそれを防ぎ続ける。そして二つの武器が重なり鍔迫り合いになった。

「目を覚ませ琥珀!!」
珊瑚は鍔迫り合いで琥珀の武器を封じながら詰め寄る。そして珊瑚は琥珀の首に蜘蛛の糸が繋がっていることに気付く。それは城内にいるこの城の主につながっていた。珊瑚は城の主が琥珀を操っている妖怪であることを理解する。

「貴様かっ!!」
珊瑚は刀に力を加え琥珀を押しのける。そして城内にいる妖怪に向けて飛来骨を構えた。

「乱心したか、殺せ。」
「はっ!」
城の主に化けている妖怪が護衛の者に命令する。そして護衛の者たちが放った矢が珊瑚を襲う。

「くっ!」
何とかそれを防ごうとする珊瑚。しかしその時珊瑚の背中に琥珀の鎖鎌が突き刺さった。

「あ……。」
一瞬何が起きたのか分からなくなった珊瑚だったがすぐに正気に戻り琥珀に振り返る。
琥珀は先ほどまでと違い体を震わせていた。そしてそのまま地面に膝をつく。

「あ…姉上…。」
琥珀は自分が起こしてしまった惨状を目の当たりにし涙を流しながら怯えていた。

「琥…珀…?」
その様子を見た珊瑚は琥珀が正気に戻ったことに気付く。

「姉上―っ!!」
正気に戻った琥珀は傷だらけになっている珊瑚に気付き走りながら近づこうとする。しかし城の者が放つ矢が琥珀の体を貫いていく。琥珀はそのまま地面に仰向けに倒れてしまった。

「こ…琥珀…。」
珊瑚が血だらけの体を引きずりながら琥珀に近づく。琥珀の体には無数の矢が刺さり地面は血に染まっている。もはや助からないことは明らかだった。

「あ…姉上…怖いよ…。」
もう目が見えていないのか視線を泳がせながら琥珀は珊瑚に助けを求める。

「だい…じょうぶ。あたしが…ついて…。」
珊瑚がそう言いながら琥珀に寄り添う。しかし琥珀はそのまま目を閉じ動かなくなった。

そして珊瑚は意識を失った。


「琥珀っ!!」
叫びながら珊瑚は布団から起き上がる。そして珊瑚は自分が見慣れない家の中にいることに気付いた。

(ここは…あたしは一体…)
何とか自分の置かれている状況を確認しようとした時

「よう。気がついたか。」
珊瑚の横であぐらをかいている犬夜叉が話しかけた。

「貴様っ…!」
犬夜叉に気づいた珊瑚は咄嗟に襲いかかろうとする。

「何だ、まだやる気か!」
思わず犬夜叉も珊瑚に対して身構える。二人の間に緊張が走る。そして

「おすわり。」
「がっ!」
かごめの一言でそれは消え去った。


「ごめんね、悪い奴じゃないから許してあげて。」
かごめは珊瑚に微笑みながら話しかける。犬夜叉はまだ床に這い蹲っているままだった。そんな様子に珊瑚が戸惑っていると

「珊瑚、犬夜叉様たちは手傷を負ったお前を放っておけなかったのじゃ。」
そう言いながら冥加が珊瑚の肩に乗る。

「冥加じい…。」
珊瑚は見知った人物に会い落ち着きを取り戻す。そして冥加は事情を珊瑚に説明した。


「奈落…そいつが琥珀や父上たちを…。」
珊瑚は自分たちが奈落の謀略によって弄ばれたことを知り憎悪に顔を歪ませる。そしてそのまま立ち上がり家から出て行こうとする。しかし痛みによってすぐに床に座り込んでしまった。

「ダメよ、そんな体で無理しちゃ!」
かごめが慌てて珊瑚に近づき介抱する。

「そんな体で行っても返り討ちにされるだけだぜ。」
「何だとっ!」
犬夜叉の言葉に反応する珊瑚。

「犬夜叉もそんなこと言わないの。珊瑚ちゃんも今は無理に動かないほうがいいわ。」
「そうじゃ。大怪我しとるんじゃからの。」
かごめに続いて七宝も珊瑚をたしなめる。珊瑚も自分の体の怪我に気付いたのかそれ以上は動こうとはしなかった。


「かごめ、話がある。」
犬夜叉は珊瑚が眠ったのを確認した後かごめと一緒に家の外に出た。

「話って何?犬夜叉。」
真剣な様子の犬夜叉に気付いたかごめが尋ねる。
そして犬夜叉は珊瑚の弟の琥珀は恐らく奈落によって四魂のカケラを使われ生きていること。今も操られているであろうことをかごめに伝えた。

「そんな…。」
かごめは珊瑚のあまりにも過酷な状況に言葉を失くす。

「このことはまだ珊瑚には言わないでくれ。今言うとあいつは何をするか分からない。」
その後かごめと話し合い、少なくとも体が治るまで珊瑚には伝えないということになった。

珊瑚は疲れ切っていたのかそのまま眠り続けていた。一安心した犬夜叉たちは夕食をとることにした。
そして夕食を済ませた後、かごめは本を読みながらくつろいでいた。そこに

「かごめ、珊瑚が治るまではカケラ集めは中止するから一度家に帰ったらどうだ?」
犬夜叉がかごめに提案する。

「え?」
予想外の提案だったのかかごめが目を丸くする。

「えって…お前ここのところずっと家に戻ってねぇじゃねぇか。家族も心配してんじゃねぇか?」

「それは…。」
犬夜叉に言われてかごめはかれこれ五日間現代に戻っていないことに気付いた。しかし

「私がいなかったら珊瑚ちゃんの看病はどうするのよ。」
かごめはその心配があるため、まだこっちに残るつもりだった。しかし

「珊瑚は俺が面倒見とくから気にするな。」
犬夜叉は何の気なしにそう言う。その言葉を聞いたかごめはしばらく考え込んだ後、

「……やっぱり私しばらくこっちにいる!」
そう宣言しそのまま本を読み始める。

「おい、かごめ…。」
その後何度も犬夜叉がかごめに話しかけるがかごめは不機嫌なままだった。

(鈍い奴じゃ…。)
そんな様子を見ながら七宝は一人溜息を吐くのだった。


かごめたちが寝静まった後、犬夜叉は一人これからのことを考えていた。

(奈落は珊瑚に使った四魂のカケラを取り戻すために必ず仕掛けてくる…)
犬夜叉はそう考えながら鉄砕牙を握る。

(今の俺は記憶の中のこの時期の犬夜叉に比べて強くなってる…。今の奈落なら確実に倒せるはず…。)
加えてかごめも神通力を使えるようになっている。犬夜叉は初めは鉄砕牙を使わず戦い、油断して現れた奈落に確実に風の傷を食らわせる方法で奈落を倒そうと考えていた。しかし犬夜叉は気づいていなかった。

奈落の恐ろしさは強さではなくその狡猾さにあることに…。


それから数日後、楓が犬夜叉に地念児からもらった薬草が足りなくなっていることを伝えてきた。珊瑚の傷は思ったよりも深く治りも遅かったからだ。

「じゃあちょっと取りに行ってくる。」
犬夜叉はそう言い支度を始める。そして

「私も一緒に…。」
かごめがそう言いかけるも

「かごめは珊瑚を見てやっててくれ。いつ奈落が襲ってくるか分からねぇからな。」

「…うん。」
犬夜叉の言葉に返す言葉もないかごめ。

「それに一人のほうが早く行けるからな。半日もあったら帰ってくる。何かあったら狼煙を上げてくれ。」
そう言いながら犬夜叉が出かけようとすると雲母が犬夜叉の前に現れる。そして巨大な化け猫の姿になり背中を犬夜叉に向ける。

「乗せてってくれるのか?」
犬夜叉の言葉に頷く雲母。

「分かった、頼むぜ雲母。」
犬夜叉は雲母に乗り飛び立っていった。

それを見送りかごめが家に戻ると珊瑚が壁を伝いながら歩いていた。

「珊瑚ちゃんっ!」
かごめが慌てて珊瑚に近づくも

「大丈夫だよ。ちょっと歩く練習をしてただけさ…。」
珊瑚はそのまますぐに布団に戻る。

「ゆっくり休んでなきゃ…。今、犬夜叉が薬草をもらいに行ってくれたから。」
「犬夜叉が…?」
珊瑚は意外そうな顔をした後しばらく何かを考え込んでいるようだった。

それからさらに数日が経ち珊瑚は一人で歩くことができるほどに回復した。そして夜はそのことを祝っていつもより豪華な食事になった。

「こら、行儀が悪いわよ。七宝ちゃん。」
顔にご飯粒をつけながら慌てて食べる七宝にかごめが注意する。

「何やってんだ七宝。」
犬夜叉はかごめに叱られている七宝をからかう。そしてそれに怒った七宝は犬夜叉のおかずを横取りする。

「何しやがんだ、七宝!」
「悔しかったら捕まえてみんか!」
そして犬夜叉と七宝の鬼ごっこが始まる。

「全く、静かに食べれんのか…。」
楓はそう言いながら黙々と食べ続ける。

「犬夜叉、おすわり!」
かごめの一声で鬼ごっこは終わり犬夜叉と七宝はかごめに叱られる。
そんな様子を珊瑚は黙って見続けていた。

その日の深夜、一つの人影が村の外に向けて歩いていた。そして森に入ろうとしたところで

「どこに行くつもりだ?」
犬夜叉は人影に向かって話しかける。

「犬夜叉か…。」
月明かりが二人を照らす。人影は飛来骨を背負った珊瑚だった。

「決まってるだろう…。奈落を倒しに行くんだ…。」
珊瑚はそのまま村を出て行こうとする。しかし犬夜叉は珊瑚の前に立ちふさがる。

「その体じゃ無理だ…。それに一人より俺たちと一緒のほうがいいはずだ。四魂のカケラを狙って奈落は必ずあっちから現れる。」
犬夜叉はそう珊瑚を説得する。しかし

「でも…あたしはあんたにひどいことをした…。これ以上迷惑はかけられない…。」
珊瑚はそう呟く。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか。奈落に騙されてたんだからお前は悪くねぇだろ。」
あっけらかんとした様子で答える犬夜叉。そして珊瑚はそんな犬夜叉の様子に戸惑う。

「なんであんたは見ず知らずのあたしにここまでしてくれるんだ…?」
珊瑚はこれまで疑問に思っていたことを尋ねる。

「それは…」
犬夜叉は自分の記憶のことも話すわけにもいかず言葉に詰まる。そしてしばらくの沈黙の後


「お…お前は喧嘩が強いからな…。俺の…修行相手になってほしいんだ。」
何とか気のきいたことを言おうとした犬夜叉だったが結局記憶の中の犬夜叉と同じようなことを言ってしまった。それを聞いた珊瑚は

「ふっ…」
犬夜叉の言葉がおかしかったのか笑いを漏らした。

「な…何だ!なんか文句があんのかっ!」
犬夜叉はそんな珊瑚の様子を見て顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「いや…そんな誘われ方されたの初めてだったから…。」
そう言いながら笑い続ける珊瑚。

「ふんっ。」
犬夜叉は完全に不貞腐れてしまった。珊瑚は改めて犬夜叉に向かい合う。そして

「妖怪退治屋の珊瑚だ。よろしく。」
そう言いながら手を差し出した。

「…犬夜叉だ。」
犬夜叉は不貞腐れながらもその手を握り返す。


その瞬間、新たに珊瑚が仲間に加わった。

その後二人が一緒に家に戻ってくるのを見てかごめが不機嫌になったのは言うまでもなかった。



ある渓谷の中を進んでいる一行があった。
それは殺生丸たちだった。

「犬夜叉様どうしてるのかなー、邪見様?」
阿吽と呼ばれる二つの頭を持つ龍のような妖怪の背中に乗っているりんが邪見に話しかける。

「ふん、そんなことわしが分かるわけがなかろう。」
邪見は不機嫌そうに答える。

「一度会いに行こうよ、邪見様。かごめ様にも会ってみたい。」

ここ数日りんは犬夜叉のことを気にかけていた。
最近、犬の半妖と人間の女が四魂のカケラを集めているという噂が広がっていたからだ。
りんはあの修行以来犬夜叉のことが気に入ったのか度々話題に上げていた。そして犬夜叉から聞いたかごめに会ってみたいと思っていた。

「ふん…。」
そう言いながら邪見は犬夜叉のことを考える。口には出さないが邪見は犬夜叉のことを認めていた。あの殺生丸に一ヶ月半挑み続け手加減されていたとはいえ一太刀浴びせたのだ。認めないわけにはいかなかった。しかしそれを表に出せない理由があった。
それは殺生丸が犬夜叉をどう思っているか分からないということだった。犬夜叉といっても中身の人間が変わっているので本当の意味での犬夜叉ではないのだが。そして修行が終わって以来、りんが犬夜叉の話題を上げたとしても殺生丸は以前ほど剣呑な雰囲気を放つことはなくなっていた。
特に最近は戦いの天生牙と闘鬼刃を手に入れたことで機嫌が良くなっていることもあるのでそれも関係があるのかもしれない。殺生丸の様子は余人が見ればいつもと変わらないように見えるが邪見とりんはその変化に気付いていた。
邪見はそんなことを考えていると

「じゃけんさま~♪ じゃけんさま~♪ お~い~て~く~よ~♪ 」
りんが歌声に合わせて邪見を呼ぶ。見ると殺生丸たちは邪見を残し先に進んでいた。

「お…お待ちください、殺生丸様!」
邪見は慌ててその後に続く。

「しかし殺生丸様、一体どこに向かわれているのですか?」
何とか追いついた邪見は殺生丸に尋ねる。しかし殺生丸は答えない。

(ああ…やっぱり答えてくださらない…。)
機嫌はいつもより良くなっているはずなのに殺生丸の邪見への態度は変わらなかった。
そして邪見は渓谷の先に何か巨大なものがあることに気付く。

「わあ、すごーい!」
りんが驚きの声を上げる。
その視線の先には牙によって崖に磔にされた巨大な竜の姿があった。

「こ…これは…もしや竜骨精!?」
その正体に気付いた邪見が怯えた声を上げる。

「リュウコツセイ?」
聞いたことがない単語に首をかしげるりん。

「貴様は知らんで当たり前じゃ。竜骨精は殺生丸様の父君と並び称された東国を支配していた大妖怪じゃ。二百年ほど前に二人の間に大きな戦があり殺生丸様の父君によって竜骨精は封印されたのじゃ。」
邪見は胸を張り威張りながらりんに説明する。殺生丸はそれを意に介さず一人竜骨精に近づく。

しばらく竜骨精を見上げる三人。そして

「じゃあ竜骨精は殺生丸様より強いの?」
唐突にりんが邪見に尋ねる。

「そ…それは…」
邪見はその言葉に驚き考え込む。そして殺生丸が自分を睨んでいることに気付いた。

「せ…殺生丸様のほうが強いに決まっておろうが…!」
慌てながら答える邪見。

「本当、邪見様?」
邪見の怪しい態度を訝しむりん。邪見は何とかりんを黙らせようと騒ぐ。殺生丸はそんな二人から目を離し再び竜骨精に目を向ける。

(父上…)
殺生丸は二百年前のことを思い出す。
竜骨精との戦が始まる時、殺生丸の父は殺生丸に戦に加わることを禁じた。
しかし殺生丸はその言葉に従わず戦に加わろうとした。そして殺生丸の母によって戦の間封じ込まれてしまった。
そして父は戦に勝利したものの深手を負いそのまま犬夜叉の母を救うため最期の闘いに赴き亡き人となった。

(父上…なぜ私を共に戦わせてくださらなかったのですか…。)

殺生丸は封印された竜骨精を見上げながら今は亡き父に想いを馳せるのだった。



[25752] 第十九話 「奈落」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/03/21 18:13
珊瑚が仲間になった次の日、珊瑚は犬夜叉たちに頼みごとをしてきた。

「退治屋の里に行きたい?」

「ああ、里のみんなを弔ってくれたんだろう?あたしも一度帰っておきたいと思って…。」

珊瑚は真剣な面持ちで犬夜叉に話しかける。


「でもお前その体じゃあ…。」

そう言いながら犬夜叉は珊瑚の体を見る。珊瑚の体は回復してきているといってもまだ歩くのが精一杯だった。

「分かってる…。だから一緒についてきてほしいんだ…。」

珊瑚は申し訳なさそうに犬夜叉たちに頼む。その様子を見た犬夜叉は


「…分かった。その代わり無理はすんなよ。」

そう答えたのだった。


「大丈夫じゃ、おらたちがついとるんじゃからの。」

七宝が威張りながら宣言する。


「そうね、珊瑚ちゃんはもう私たちの仲間だもの。何でも言ってね。」

七宝の様子に苦笑いしながらかごめもそれに続く。


「ありがとう、みんな…。」

珊瑚はそんな犬夜叉たちの様子に安堵する。そして

「お礼といってはなんだけど向こうに着いたら四魂の玉について知っていることを話すよ。」

そう付け加える。


「四魂の玉のこと?」

いきなり四魂の玉のことが話題にあがりかごめは驚きながら聞き返す。


「ああ、四魂の玉は元々あたしたちの里から出たものなんだ。そこに四魂の玉が生まれた洞窟もある。かごめちゃんたちは四魂のカケラを集めてるんだろう?何かの役に立つかもしれない。」


(そういえば私、四魂の玉について何も知らなかった…。)

珊瑚の話を聞きながらかごめは自分が四魂の玉についてほとんど何も知らなかったことに気付いた。
今までかごめにとって四魂の玉はせいぜい妖怪が持つと妖力が増すものという認識だった。しかし自分の体に四魂の玉があったこと、桔梗の記憶に触れたことで自分と四魂の玉には何か強い因縁があるのではないかと思い始めていた。

(犬夜叉は何か知ってるのかな…。)

かごめは犬夜叉の様子をうかがう。犬夜叉は難しい顔をして何か考え事をしているようだった。


そして支度を整え珊瑚は雲母にかごめと七宝、冥加は犬夜叉に乗りながら一行は退治屋の里に向けて出発した。


「そういえば犬夜叉、昨日はどうやって珊瑚ちゃんを説得したの?」

犬夜叉の背中に乗っているかごめが尋ねる。


「べ…別にどうだっていいだろ!そんなこと!」

そう言いながら犬夜叉は顔を赤くする。犬夜叉は昨夜の自分の言葉を思い出して自己嫌悪に陥っていた。

そしてかごめはそんな犬夜叉の様子に引っかかりを感じていた。



里に着いた後、珊瑚は村の者たちが埋葬された場所で一人手を合わせていた。そんな珊瑚を犬夜叉たちは少し離れた場所から見守っていた。

(珊瑚ちゃん…)

しばらくの間の後、かごめが珊瑚に近づく。


「大丈夫?珊瑚ちゃん…。」

「かごめちゃん…。」

話しかけられた珊瑚は自分を心配そうに見つめるかごめに気付く。しばらくお墓を眺めた後、


「死んだ弟のこと考えてたんだ…。」

呟くように珊瑚が話し始める。

「ここには埋葬されていないけれど…臆病で優しい子だった…。」

珊瑚は目を閉じながら琥珀の最期を思い出す。

「奈落の城で妖怪に操られ…父上や仲間まで殺させられて…。」

そんな珊瑚に声をかけることができないかごめ。


「でも…死ぬ前に…元の琥珀に…弟に戻ってくれた。」

「珊瑚ちゃん…。」

犬夜叉の記憶通りなら琥珀は四魂のカケラで命をつながれ奈落に操られている。しかし今の珊瑚の様子を見てかごめはその事実を伝えることはできなかった。


「ごめんね…こんな話しちゃって…。」

そう言いながら珊瑚は立ち上がる。そしてかごめが持っている四魂のカケラに目をやる。


「奈落は…その四魂のカケラを狙ってるんだね…。」


「珊瑚ちゃん…みんなの仇をとるつもりなのね。」

珊瑚の鋭い視線を感じたかごめは不安そうに話しかける。そのことに気付いた珊瑚は

「大丈夫。無理して迷惑をかけるようなことはしないよ。せっかく誘ってくれた犬夜叉にも悪いしね…。」

少し離れたところにいる犬夜叉を見据える。そして


「約束通り、教えてあげるよ…四魂の玉が生まれた理由…。」

そう告げた。



一行は珊瑚の案内で四魂の玉が生まれたとされる洞窟の中を進んでいた。

しかしかごめはなぜか不機嫌になっていた。かごめの視線の先には珊瑚を背負いながら歩いている犬夜叉の姿があった。

里での墓参りを終えた時点で珊瑚が疲労していることに気付いた犬夜叉が珊瑚に提案し背負っていくことになったためだ。

珊瑚が疲労していたことは確かで犬夜叉が珊瑚に気を使っての行動だということは分かっていたのでかごめも反対することはできなかった。しかし

(そこは私の場所なのに…)

そう思わずにはいられないかごめだった。


(犬夜叉の奴、気づいておらんのか…!)

かごめの放つ雰囲気に怯えながら七宝は犬夜叉を怨んでいた。


犬夜叉としては記憶の中の犬夜叉が珊瑚を背負って洞窟を進んでいたのを思い出したのでそれを真似て行動していただけで他意はなかった。

犬夜叉は珊瑚に出会ったことで弥勒の記憶も思い出しており、珊瑚のことは完全に女性としてではなく仲間として接していた。しかしそれがかごめには犬夜叉が珊瑚に対して特別な感情があるのではないかと感じさせていた。


そして洞窟を進んだ先に一つの妖怪のミイラがあった。

「これは…」

かごめが驚きの声を上げる。そして妖怪と一体化してしまっている人間がいることに気付く。その胸には大きな穴が開いていた。

「それは無数の妖怪が一つに固まって力を増したものさ…たった一人の人間を倒すためにね…。」

犬夜叉の背中から降り珊瑚が説明をする。


かつて翠子(みどりこ)と呼ばれる妖怪の魂を取り出して浄める術を使う強力な巫女がいた。

その術はこの世のものは全て四つの魂でできているとされる神道の一つの考えによるものだった。

そして翠子はその強さゆえ妖怪に命を狙われるようになった。しかしやみくもに襲っても浄化されてしまう。そのため妖怪たちは一つに固まり翠子の霊力に打ち勝つ巨大で邪悪な魂を持つ必要があった。

妖怪が一つに固まるには邪心を持った人間をつなぎに使う必要がある。そこで妖怪たちは翠子をひそかに慕っていた男の心の隙に付け込んで取り憑いた。

翠子と一つになった妖怪たちとの戦いは七日七晩続き翠子はとうとう力尽き魂を吸い取られそうになった。その時翠子は最期の力で妖怪の魂を奪い取って自分の魂に取り込み体の外にはじき出した。

それが四魂の玉の生まれた理由だった。



「犬夜叉、今の話って…。」

珊瑚の話を聞いて思い当たることがあったかごめが犬夜叉に問いかける。

「ああ…桔梗と奈落の関係にそっくりだ…。」

犬夜叉も考えていたことは同じだった。


珊瑚はそんな二人を見ながらさらに続ける。


肉体が滅びても四魂の玉の中でまだ翠子と妖怪たちの魂は戦い続けていること。

何百年の間、四魂の玉は妖怪や人間の手を転々とし里に戻ってきたこと。

しかし四魂の玉はその時にはもう汚れきっていたため優れた巫女である桔梗の手にゆだねられることになったこと。


「まるで玉に皆、操られておるようですな…。」

冥加が難しい顔をしながら呟く。

「おら…なんだか怖くなってきたぞ…。」

翠子と妖怪のミイラを見ながら七宝がかごめにしがみつく。


(桔梗は玉を持ったまま死んだ…それですべてを終わらせようとしたんだわ。でも玉は戻ってきた…私と一緒に…。)

かごめは自分の手に握られている四魂のカケラに力を込める。


(四魂の玉…)

少年もこちらの世界に来てから四魂の玉についてそれほど深く考えたことはなかった。しかし犬夜叉、桔梗、奈落にとって四魂の玉は切っても切り離せない因縁がある。それは少年にとっても他人事ではなかった。

(願いをかなえる四魂の玉…か…)

犬夜叉は改めてかごめが持っている四魂のカケラに目をやる。おぼろげである犬夜叉の記憶の中では四魂の玉を良いことに使っている者はいなかった。


(俺の…願い…。)

犬夜叉がそのままかごめの手にある四魂のカケラに魅入られ手を伸ばしかけたところで


「犬夜叉?」

かごめの声で我に返った。

「どうしたの?」

様子がおかしい犬夜叉を訝しむかごめ。


「な…なんでもねぇよ。」

犬夜叉は慌てて四魂のカケラから離れる。


四魂の玉に願いをかけてはいけない。そんな確信を犬夜叉は感じ取っていた…。


その後、犬夜叉たちは四魂の玉と奈落についての情報交換を行った。そしてそろそろ洞窟から出ようとした時

「あ…。」

「何だ…?」

犬夜叉とかごめが同時に何かに気付いたような声を上げる

「どうしたの、二人とも?」

珊瑚がそんな二人を見ながら尋ねる。

「私は近くに四魂のカケラの気配を感じたんだけど…犬夜叉は?」

「いや…近くに妙な気配を感じて…。」

そう言いながら犬夜叉は匂いでも音でもない初めての感覚に戸惑う。

「とにかくそこに行ってみましょう。」

珊瑚を再び背負い、犬夜叉たちは気配のする方向に向かっていく。気配は里の中心近くにあるようだった。

「あれは…。」

人一倍目がいい犬夜叉が声を上げる。犬夜叉の視線の先には一つの人影があった。

それは少年の姿をしていた。

そのことに気づいた珊瑚が慌てて犬夜叉から降り少年に近づく。

「琥…珀…?」

声を震わせながら珊瑚が少年に話しかける。

「姉上…?」

珊瑚を見据えながら少年が答える。少年は間違いなく琥珀本人だった。

「琥珀っ!!」

珊瑚が泣きながら琥珀に抱きつく。

「痛いよ、姉上…。」

そう言いながら琥珀も珊瑚を抱きしめる。

犬夜叉たちはそんな珊瑚たちを困惑した顔で見つめることしかできなかった。





珊瑚が落ち着いた後、琥珀は自分の状況を話し始める。

城で重傷を負った琥珀は何とか自力で脱出し通りがかった旅人に助けられたこと。

何とか動けるまでに回復した後、珊瑚が生きていれば退治屋の里に戻ってくるのではないかと思い里に訪れたこと。

「そうだったのか…。」

珊瑚は琥珀の話を聞いて安堵の表情を浮かべる。

「本当に良かった…生きていてくれて…。」

「心配掛けてごめん…姉上…。」

琥珀はそんな珊瑚を見ながら申し訳なさそうにする。そんな二人を見ながら


「とりあえず珊瑚の体のこともあるし村に戻るか。」

犬夜叉がそう提案する。

「そうだね…。ここじゃあ落ち着いて話もできないし…。」

珊瑚は犬夜叉の提案を受け入れる。里は妖怪たちによって壊滅させられているため泊れるような場所も残っていなかった。

「帰る支度をしてくるから少し待っててくれ。かごめ手伝ってくれ。」

そう言いながら犬夜叉はその場を離れて行く。

「う…うん。」

かごめは慌てながら犬夜叉の後を追っていった。



「この辺でいいか…。」

犬夜叉は珊瑚たちに話が聞こえない場所まで移動し足を止めた。

「犬夜叉…。」

かごめが不安そうに犬夜叉に話しかける。

「かごめ…琥珀は…?」

「うん…体に四魂のカケラがあった…。」

苦悶の表情でそう呟くかごめ。琥珀が奈落に操られていることは間違いなかった。

「どうする…犬夜叉…?」

犬夜叉は考える。本当ならこの場で真実を伝えるべきかもしれない。しかし今の珊瑚を見ているとそれもためらわれてしまう。もし戦闘になったとしても犬夜叉たちには琥珀を救う手立てはない。奈落を倒すことができれば話は違ってくるが四魂のカケラの気配が近くにないことから奈落も近くにはいない。犬夜叉は悩んだ末

「村に戻ってから本当のことを珊瑚に話そう…。」

そう決断するのだった。


琥珀は珊瑚と一緒に雲母に乗ってもらい一行は楓の村に向かって出発した。

犬夜叉は走りながら横目で琥珀の様子をうかがう。一見琥珀は何もおかしいところはないように見える。しかし四魂のカケラを使われている以上奈落にかかわっているのは間違いない。
そしてもう一つ犬夜叉には気にかかることがあった。琥珀から妙な気配を感じるのだ。それは犬夜叉の記憶の中でも感じたことのないような違和感だった。しかしそれがいったい何なのか犬夜叉には知るすべはなかった。

そして一行が村の近くに差し掛かった時犬夜叉は村の異変に気付いた。

「急ぐぞ、かごめ!」

そう言いながら犬夜叉は走る速度を上げる。

「どうしたの?犬夜叉。」

いきなり急ぎだす犬夜叉に驚くかごめ。

「村が妖怪に襲われてやがる!」

犬夜叉たちは急いで村に辿り着く。村のあちこちに妖怪の姿があった。村の者たちも何とか応戦しているが劣勢は明らかだった。

「ひどい…。」

かごめが村の惨状を見て呟く。

「ひとまず楓の家まで行くぞ!」

犬夜叉は妖怪を蹴散らしながら道を作る。その後をかごめたちは続いていく。

そして何とか犬夜叉たちは楓の家に辿り着いた。

「楓おばあちゃんっ!」

かごめが楓の無事を確認して安堵の声を上げる。楓はけがをした村の者たちを手当てしているところだった。


「帰ってきてくれたか、かごめ、犬夜叉!」

楓も二人が帰ってきてくれたことに安堵する。

「楓ばあさん、こいつら一体…。」

「こやつらはいつもの妖怪ではない…。何者かに操られておる…。」

村を襲っている無数の妖怪たちはいつもの四魂のカケラを狙ってくる妖怪たちとは明らかに違っていた。まるで村そのものを狙ってやってきているかのようだった。

「珊瑚と琥珀はここで楓と一緒にいてくれ!俺は村の妖怪たちを退治してくる!」

犬夜叉はそう言い残し凄まじい速度で家を飛び出していく。

「私も行ってくる!」

弓を担ぎながらかごめも慌てて犬夜叉の後を追っていった。そして雲母も変化しその後に続く。

「お…おらがついておるからな!心配無用じゃ!」

足を震わせながら七宝が珊瑚と琥珀に向かって啖呵を切る。

「わしもおりますぞ!」

いつの間にか七宝の肩に乗っている冥加もそれに続く。

そんな二人を見ながら

(頼むぞ…犬夜叉、かごめ…。)

楓は家の中で何かの準備を始めていた。




「散魂鉄爪っ!」

犬夜叉の爪が妖怪たちを切り裂いていく。しかし次から次に現れてくる妖怪たちは尽きる気配がなかった。

(間違いねぇっ!奈落だっ!)

このタイミングで何者かに操られた妖怪の群れ。間違いなく奈落の手によるものだった。何が目的なのかは分からないが何とか早く奈落本体を見つけ出さなくてはならない。そう犬夜叉が考えていると

一本の矢が次々に妖怪を浄化していく。それはかごめが放った破魔の矢だった。そして雲母もそれに続き妖怪たちを噛み千切っていく。

「大丈夫、犬夜叉!?」

かごめが走りながら犬夜叉に近づいてくる。

「かごめ、近くに四魂のカケラの気配はあるか!?」

襲ってくる妖怪を蹴散らしながら犬夜叉はかごめに尋ねる。

「ううん、琥珀君のカケラ以外の気配は近くには感じないわ!」

かごめは逃げる村人たちを守るように神通力を使い妖怪を浄化しながら答える。

(くそっ……!)

奈落はまだ表に出てくるつもりはないらしい。村が襲われている以上、力を温存している場合ではないため犬夜叉は風の傷で妖怪たちを薙ぎ払いたいと考えていた。しかし村の中での乱戦状態では風の傷を使うわけにはいかない。
犬夜叉とかごめは終わりの見えない消耗戦を強いられていた。




「怖いよ…、姉上…。」

琥珀は外の戦闘に怯えながら珊瑚に縋りつく。

「大丈夫だよ琥珀…。今度こそあんたを一人にはしない…。」

珊瑚はそう言いながら琥珀を強く抱きしめる。できることなら犬夜叉たちと一緒に戦いたいが今の自分では足手まといになるだけ。珊瑚は役に立てない悔しさに唇をかんだ。

(何でだろう…姉上に抱かれているとすごく安心する…。)

琥珀がそのまま眼を閉じた瞬間



『琥珀、お前の役割を果たせ』

そんな誰かの声が聞こえた。


突然琥珀が珊瑚の腕を振り払い立ち上がる。

「どうしたんだ…?琥珀…。」

そんな琥珀の様子に戸惑う珊瑚。しかし琥珀はそのまま家の外に飛び出して行ってしまった。

「待って、琥珀!!」

珊瑚はその後を慌てて追う。

「どこに行くんじゃ、二人とも!」

七宝が慌てて二人の後を追うが二人は森の中に姿を消してしまっていた。




「ハァ…ハァ…」

かごめが肩で息をしながら地面に膝をつく。いくら神通力を使えるようになったといってもかごめは中学三年生の女の子。体力だけは誤魔化しようがなかった。その隙をついて妖怪がかごめに襲いかかる。

「かごめっ!」

犬夜叉がかごめを助けようとするがそれよりも早く雲母が妖怪を蹴散らす。


(このままじゃどうしようもねぇ…!!)

犬夜叉が風の傷の使用を決意し鉄砕牙を抜こうとした時

「犬夜叉、大変じゃっ!!」

七宝が慌てた様子で犬夜叉たちに近づいてきた。

「何してんだ七宝、早く楓の所に避難してろ!」

犬夜叉は七宝を怒鳴りつける。しかし七宝はそれにひるまず叫ぶ。

「琥珀が突然走り出して珊瑚がそれを追って行ってしまったんじゃ!!」

「何っ!?」

七宝の言葉に動揺を隠せない犬夜叉。何とか二人の後を追いたいが村の妖怪たちを放っておくわけにはいかない。八方塞りの状況で犬夜叉はどうすることもできなかった。しかしその時

村にいる妖怪が次々に村から逃げ出して行った。

(何だ…一体…?)

犬夜叉が突然の出来事にあっけにとられていると

「何とか間に合ったようだな…。」

楓が犬夜叉たちの元に近づいてくる。その手には一つの神具が握られていた。

「これはこの村を代々守ってきた神具でな…。時間がかかるのが欠点だが村に結界を張ることができる。これでしばらくは大丈夫じゃ。」

楓の言葉通り妖怪たちは結界に阻まれ村に入ることができないようだった。

「七宝、二人はどっちに行った!?」

「向こうの森のほうじゃ!」

犬夜叉はそのまま珊瑚たちの後を追おうとする。しかし

「私も一緒に行く…。」

かごめが犬夜叉の手を握りながら懇願する。

「かごめ、お前はちょっと休んどけ、後は俺に任せろ。」

破魔の矢と神通力を使いすぎたかごめは消耗しきっていた。しかし

「お願い、犬夜叉…私も一緒に戦いたいの…。」

かごめは真剣なまなざしで犬夜叉を見据える。それを見て犬夜叉は

「…俺から離れるんじゃねぇぞ。雲母、村のみんなを頼む。」

そう言い残し、かごめを背負いながら森に向かって走り出した。




(琥珀……!)

珊瑚は琥珀の後を追って森の中を進んでいた。体中に痛みが走っているが珊瑚はそれを意に介さず走って行く。そして何とか琥珀の姿をとらえた。琥珀は足を止めているようだ。


「琥珀っ!」

珊瑚が琥珀に近づこうとした時、琥珀のすぐそばに一つの人影があることに気付く。

それは狒々(ヒヒ)の皮を被った男だった。そしてその男を珊瑚は知っていた。


「奈落っ…!!」

珊瑚が腕に仕込んでいた刃を取り出し身構える。

「琥珀から離れろっ!」

そのまま奈落に斬りかかる珊瑚、しかしそれは琥珀の持つ鎖鎌によって防がれた。

「琥珀っ、どうして…!?」

珊瑚は痛む体を庇いながら琥珀を見据える。琥珀は先ほどまでと違い生気が感じられないような眼をしていた。

「貴様っ、琥珀に何をしたっ!?」


「ふっ…ありがたく思え珊瑚…。この奈落がお前の弟の命を拾ってやったのだ。」

「…どういうことだ?」

奈落の言葉に戸惑いを隠せない珊瑚。

「まさか貴様あの怪我の琥珀がそのまま生きていられたと思っていたのか…?今の琥珀はわしが仕込んでやった四魂のカケラで命をつないでいる。もっとも四魂のカケラを取り出せばたちどころに死んでしまうがな…。」

「そんな……。」

珊瑚は琥珀の状態を知り絶望する。

「犬夜叉たちは気づいていたようだがな…。お前の様子を見て話すことができなかったのだろう。全く仲間想いの奴らだ…。」

琥珀が奈落を庇うように珊瑚の前に立ちふさがる。

「珊瑚…お前には失望させられたぞ。せっかく四魂のカケラを貸してやったというのに犬夜叉を打ち取るどころか仲間になるとはな…。せめてもの情けだ、愛する弟の手であの世へ行くがいい。」

奈落の言葉が終わると同時に琥珀の刃が珊瑚を襲った。




「あそこよ、犬夜叉!!」

四魂のカケラの気配を感じたかごめが叫ぶ。かごめを背負った犬夜叉が凄まじい速さでそこに向かっていく。そして辿り着いた先には


血だらけで地面の倒れている珊瑚の姿があった。


「珊瑚ちゃんっ!!」

かごめが慌てて珊瑚に近づく。

「うっ……。」

珊瑚はかごめに抱きかかえられながらうめき声を上げる。

(よかった…まだ息がある…。)

珊瑚が生きていたことにかごめは安堵した。


「奈落っ…てめぇ…。」

犬夜叉が殺気を発しながら奈落を睨む。

「犬夜叉か…思ったより早かったな…。」

奈落のそばには珊瑚の返り血を浴びた琥珀がたたずんでいた。

「桔梗を殺してから…五十年ぶりになるか…。どうやらわしのことは既に知っていたようだな…。」

「てめぇが珊瑚を…。」

犬夜叉の手に力がこもる。

「ふっ…実際に手に掛けたのは琥珀だがな…。」

「ゆるさねぇ!!!」

犬夜叉は腰にある鉄砕牙を抜き奈落に斬りかかる。奈落はそのまま鉄砕牙によって両断された。しかしその瞬間奈落の体から瘴気と無数の蛇が飛び出してくる。

(傀儡っ!?)

犬夜叉はその場から離れてかごめたちの元に駆け寄る。犬夜叉たちは瘴気と蛇の大群に取り囲まれてしまった。

『珊瑚を助けるためにまんまと罠にかかりにくるとはな…。全く度が過ぎたお人好しどもだ…。』

どこからともなく奈落の声が響いてくる。

『そのまま瘴気に飲まれて死ぬがいい…。』

瘴気がだんだんと濃くなり犬夜叉たちを蝕んでいく。

「なめるなっ!!」

犬夜叉は鉄砕牙に妖力を込めるそして

「風の傷っ!!」

風の傷で瘴気と蛇を薙ぎ払った。しかし薙ぎ払った蛇から新たな瘴気が溢れだしてくる。

「くっ…!」

これ以上風の傷を使っても状況を悪化させるだけだと気付いた犬夜叉はかごめたちに近づき自分が着ている火鼠の衣を被せる。

『そんな技を持っていたとはな…。しかし残念だったな…我が瘴気の罠は決して敗れはせん。』

しかしその言葉に立ち向かうかのようにかごめは立ち上がる。

「あんたなんかに絶対負けない!!」

かごめは手をかざし神通力で瘴気を浄化しようとする。しかし残り少ない体力では大量の瘴気を浄化しきることはできなかった。

瘴気によって追い詰められていく犬夜叉たち。奈落はそんな犬夜叉たちをあざ笑うかのように言葉をつなぐ。

『全く、人間の何と愚かなことか…。桔梗といい琥珀といい信じあった者同士が憎み合い殺し合う。これほど救いがたいことがあるか。』

「奈落っ…!!」

犬夜叉が唇を噛み血を流しながら鉄砕牙を握りしめる。

『貴様らはここで死ぬのだ…。琥珀と珊瑚のせいでな…。怨むなら珊瑚の浅はかさを怨め…。』

(全部あんたが…仕組んだことじゃないの…!)

かごめが朦朧と意識の中で珊瑚を抱きしめる。その時

「ごめんね…みんな…。」

珊瑚が涙を流しながら犬夜叉たちに謝る。


犬夜叉はそんな珊瑚の姿を見て記憶を思い出す。

珊瑚は琥珀の命を弄ばれ奈落に利用されていた。

そして操られた琥珀はかごめを傷つけてしまう。

珊瑚はそのことに責任を感じ涙を流しながら琥珀を殺し自分も死のうとした。

このままではその二の舞となってしまう。


そんなことは絶対に許さない。少年の心に凄まじい怒りがわきあがる。



「絶対にゆるさねぇ……ぶっ殺す!!!」

犬夜叉が叫んだ瞬間、犬夜叉の体から凄まじい妖気と殺気が溢れだす。その妖気と殺気は隠れていた奈落にも伝わった。


(何だ…これは…?)

奈落は自分の体が震えていることに気付く。

(このわしが恐怖を感じているというのか…?)



(この感じ…。)

かごめは以前にもこの感覚を感じたことがあった。それは犬夜叉が妖怪化をしてしまったときに感じたものだった。


犬夜叉が持つ鉄砕牙が凄まじい風に包まれる。鉄砕牙はそのあまりの強力さに悲鳴を上げていた。そして


「風の傷っ!!!」

犬夜叉が鉄砕牙を振りぬいた瞬間、全ての音が消え去った。




楓と七宝は村で怪我をした者たちの手当てに追われていた。結界の力の強さにあきらめたのか妖怪たちは村に入ってこようとはしなくなった。

「犬夜叉たちは大丈夫じゃろうか…。」

七宝が心配そうに呟く。そして犬夜叉たちが向かった森の方向を見た瞬間、光と爆音が村を襲った。

「な…何じゃっ!?」

驚き目を閉じる七宝。そして眼を開けるとそこには



吹き飛ばされた山の姿があった。

それは一振りで百の妖怪を薙ぎ払う鉄砕牙の真の威力だった。



「ハアッ…ハアッ…!!」

犬夜叉は鉄砕牙を杖代わりにしてなんとか立っていた。鉄砕牙は既に元の錆びた刀に戻っている。先程の一撃で瘴気と蛇の群れは完全に消し飛んでいた。

「かごめっ、珊瑚っ!!」

我に返った犬夜叉はふらつきながら二人に近づく。

「犬夜叉、大丈夫!?」

しかし犬夜叉は逆にかごめに心配され抱きつかれる。

そして犬夜叉はかごめと珊瑚が無事なことを確認し安堵した。


(何という威力だ……。)

離れていたため何とか難を逃れた奈落と琥珀は犬夜叉たちの様子を盗み見る。

(このまま奴らを放っておくのは危険すぎる…。今の疲弊した奴らならば殺すことはたやすい…!)

奈落はそのまま犬夜叉たちに近づき、とどめを刺そうとする。しかし


かごめはその気配を感じ取った。そして弓を構え

「見つけたわよ、奈落っ!!」

最期の力を振り絞り破魔の矢を放った。



破魔の矢を受けた奈落の体が吹き飛び、奈落は首だけの姿になってしまう。


(この奈落の体を貫くとは…この力は…まるで…。)

奈落は瘴気を放ち、琥珀に抱きかかえながらその場から去って行った。




戦いが終わったことを悟り犬夜叉とかごめは安堵した。しかし満身創痍の珊瑚は無理やり立ち上がり犬夜叉たちから離れようとしていた。


「どこに行く気だ、珊瑚?」

犬夜叉がそんな珊瑚に話しかける。


「ごめんね…もう一緒にいられない…。」

珊瑚は悲しげな顔をしながら一人で歩いていこうとする。

「珊瑚ちゃん…。」

そんな珊瑚にかける言葉が見つからないかごめ。


「きっと私は裏切るよ!琥珀が奈落の手の内にある限り…!」

珊瑚は苦悶の表情で犬夜叉たちに叫ぶ。


「一人で行くつもりか…。」

「…そうするしかないんだ。」

そう答える珊瑚、しかし



「ごちゃごちゃうるせぇな……仲間になるって約束したじゃねぇか、約束は守ってもらうぜ!!」

そう言いながら犬夜叉は珊瑚に詰め寄る。


「犬夜叉……。」

珊瑚はそんな様子の犬夜叉に戸惑う。

「珊瑚ちゃん、一緒に行きましょう…?」

かごめが珊瑚に微笑みかける。


「琥珀は俺達で生きて奈落から取り返すんだ、いいな!!」

犬夜叉は反論は許さない勢いでそう宣言する。


(あたしのせいで…こんなひどい目にあったのに…)

珊瑚の目から涙が溢れる。

(また同じことを繰り返すかもしれないのに…)

珊瑚は犬夜叉を見据えながら



「一緒にいて…いいの?」

そう問いかける。

「当たり前だっ!!」

犬夜叉はそれにすぐさま答える。



―― 本当は怖かった…。

――― 一人になるのが怖かったんだ…。


珊瑚は自分の気持ちに気付き



「うっ…うっ…うわああああ!!」

犬夜叉に縋りながら泣き続けるのだった。





[25752] 第二十話 「焦り」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/03/25 22:45
楓の村から少し離れた場所にある草原で二つの人影が向かい合っている。

それは鉄砕牙を構えている犬夜叉と飛来骨を担いでいる珊瑚だった。
二人は互いににらみ合ったまま動こうとしない。そしてしばらくの沈黙が続き一際強い風が吹いた瞬間、珊瑚が先に動き出した。

「飛来骨!」

珊瑚が自分の身の丈ほどもある巨大な飛来骨を犬夜叉に向けて投げつける。飛来骨は凄まじい音を放ちながら犬夜叉に迫ってくる。しかし犬夜叉はそれを何とか鉄砕牙で受け止める。
その衝撃で二つの武器の間に火花が散る。

「はあっ!」
犬夜叉は両腕に力を込めそのまま鉄砕牙で飛来骨を受け流す。飛来骨はそのまま犬夜叉の後方に逸れていく。


(今だっ!)
犬夜叉は飛来骨が戻ってくる前を狙い珊瑚に向って飛びかかる。しかしそれは珊瑚も分かり切っていたことだった。

犬夜叉はそのまま珊瑚に肉薄し鉄砕牙を振り下ろす。しかし珊瑚はそれを後ろに飛ぶことで避わす。

「くっ!」
振り下ろされた鉄砕牙によって地面に大きな爪痕ができる。珊瑚の予想外の行動によって犬夜叉にわずかな隙が生まれる。そして珊瑚はその隙を見逃さなかった。

「そこだっ!」
珊瑚は鉄砕牙を握っている犬夜叉の手に向けて鎖を投げつける。

「何っ!?」
犬夜叉は鎖によって腕の自由を奪われてしまう。そして珊瑚の力によって引きずられそうになる。

「このっ!」
いくら珊瑚が強い力を持っているといっても半妖の犬夜叉のほうが腕力は大きく勝っている。逆にこちらに引き寄せてやろうと犬夜叉が力を込めようした時、先程受け流した飛来骨が犬夜叉に向かって再び迫ってきていた。

(まずいっ!)
犬夜叉は咄嗟に避けようとするあまり地面に突き刺さったままの鉄砕牙を手放してしまった。

「もらった!」
珊瑚はそのまま戻ってきた飛来骨を受け止め、そのまま再び犬夜叉に向かって飛来骨を投げつける。
犬夜叉は何とかそれを紙一重のところで避わす。しかし犬夜叉と鉄砕牙の間にはかなりの距離が開いてしまっていた。珊瑚はそのまま勝負を決めようと腰の刀を抜きながら犬夜叉に迫る。珊瑚は飛来骨との挟み撃ちを狙っていた。しかし犬夜叉は突然足を止め珊瑚を見据える。

(何だ…?)
珊瑚が犬夜叉の行動を訝しんだ瞬間、

「散魂鉄爪っ!」
犬夜叉は自分の爪を地面に向けて振り下ろした。その威力によって地面がえぐられ大量の砂埃があたりを覆う。

「何っ!?」
珊瑚は砂埃によって視界を奪われ犬夜叉と飛来骨の姿を見失ってしまう。
しかしこのままでは犬夜叉もこちらの姿が見えない。砂埃がおさまるのを待とうと考えかけた時、珊瑚は犬夜叉が犬の妖怪の血を持つ半妖であることを思い出した。

珊瑚は意識を集中し犬夜叉の気配を探る。そして自分の背後に微かに気配があることを感じ取る。犬夜叉は匂いによって珊瑚の位置を掴んでいた。

「もらった!」

「させるかっ!」

犬夜叉の爪と珊瑚の刀が同時に動き二人の間を交差する。しかしそのどちらも既でのところで動きを止めていた。

二人の間に沈黙が続く。そして

「こんなもんか。」

「そうだね。」

そう言いながら犬夜叉と珊瑚は互いに笑い合うのだった。



奈落との戦いから二週間が経っていた。珊瑚の怪我は重症だったが薬草の効きが良かったためか今は戦闘が行えるほどに回復していた。そしてここ数日は約束通り犬夜叉と珊瑚は修行を行っていた。修行といっても珊瑚はまだ病み上がりのため体の調子を図る意味合いが強いものだった。

「体の調子はどうだ、珊瑚?」
修行も一段落し二人で村に向かいながら犬夜叉が尋ねる。

「もうほとんど大丈夫だよ、まだ勘が鈍ってるところはあるけどね。」
珊瑚は自分の手を握りながらそれに答える。

「犬夜叉はどうなんだ?付き合ってくれるのはありがたいけど…。」
珊瑚から見ても犬夜叉の強さはかなりのものだった。自分が本調子でないことを差し引いても自分と互角以上の実力があることは疑いようがなかった。
しかも修行では風の傷は使用していない。もし風の傷も使われれば自分は犬夜叉に勝つことは難しいと珊瑚は考えていた。

「俺もいろんな戦い方を試してみたかったからな…。助かってるよ。」
犬夜叉はそういいながら自分の体に目をやる。

桔梗との戦いが終わってから少年は犬夜叉の体の違和感を感じることはなくなっていた。そして同時に戦闘においても犬夜叉の記憶に振り回されることはなくなった。それまで少年は犬夜叉の記憶を頼りにある程度決まったパターンでの戦い方しかしていなかった。

しかし自分の意思で体を完全に動かせるようになり臨機応変に対応するために少年は自分なりの戦い方を模索していた。例えるならオートからマニュアルになったようなものだった。
そして何より自分と実力が近い相手との修行は想像以上に楽しいものだった。殺生丸との修行は実力差がありすぎて修行という実感があまり湧かなかったことも関係していた。

「ならいいんだけど…。そういえばかごめちゃんは?今日は姿を見てないけど…。」

これまで修行の時は必ず一緒にいたかごめが今日は姿がなかった。

「かごめなら今日は楓ばあさんと一緒に村に結界を張るって言ってたぜ。」
「結界?」

犬夜叉の言葉に首をかしげながら珊瑚と犬夜叉は村に向かって歩き続けた。



「これでいい?楓おばあちゃん。」
座り込んだまま目の前にある大きな石に霊力を込め終わったかごめが楓に尋ねる。

「うむ、これで村に結界を張ることができる。助かったぞ、かごめ。」
楓が満足そうにかごめに礼を言う。

かごめの前にある大きな石は霊石と呼ばれる霊力を蓄えることができる特別な石。この霊石を村にいくつか配置することで邪な妖怪を寄せ付けない強力な結界を張ることができるという代物だった。

奈落が現れたことによっていつまた先日の様に妖怪が村を襲ってくるかわからないため強力な結界を張りたいと楓は考えていた。そこで奈落を浄化するほどの強力な霊力を持つかごめに協力してもらうことにしたのだった。

「うん……。」
これで村の安全は確保されたにも関わらずかごめはどこか憂鬱そうな返事をする。

「どうかしたのか、かごめ。体の調子が悪いのか?」
楓が霊力を使ったことでかごめの体調が悪くなったのかと思い尋ねる。

「ううん、体は大丈夫。先に家に戻ってるね!」
そう言いながらかごめは走って行ってしまった。

かごめはこの数日、犬夜叉と珊瑚の修行の様子を一緒に見せてもらっていた。本音としては犬夜叉と珊瑚を二人きりにさせたくなかったからなのだが。
そしてそこでかごめは自分と犬夜叉、珊瑚の間にある絶対的な差を感じてしまった。破魔の矢や神通力を使うことでかごめも犬夜叉と一緒に戦えるようになっていたがどうしても体力や戦闘経験の差は埋めることができない。二人の動きはかごめにとってとても真似できるものではなかった。
その事実を突き付けられたように感じたかごめは一人落ち込んでいるのだった。



その日の晩、犬夜叉はかごめたちにこれからの目的について話すことにした。

「これからは四魂のカケラを集めて行くことで奈落を追っていく。それと一緒に弥勒を探していくつもりだ。」

「弥勒?」
聞いたことのない人物に名前に疑問の声を上げる珊瑚。

「ああ、新しく仲間に誘いたい奴なんだ。」
犬夜叉はそれから弥勒について話そうとするが

「その人、女の人なの?」
かごめが不機嫌そうな表情で犬夜叉に尋ねる。

「お…男だ!何でそんな話になる!?」
かごめの様子がおかしいことに気付いた犬夜叉は慌てながら答える。

「別に……。」
かごめはそれきり黙りこんでしまった。犬夜叉は仕方なくそのまま弥勒について説明していく。
法師でありその実力は折り紙つきで風穴と呼ばれている呪いを奈落によって受けており早く奈落を倒さないと命が危ないことなどを伝えた。

一通り説明したところで

「その人どんな性格なの?」
珊瑚が犬夜叉にそう尋ねる。犬夜叉は少し思案した後

「一言でいえば……不良法師かな…。」
そう答えてしまった。

「「え……?」」

かごめと珊瑚の声が重なる。二人は怪しむような表情で犬夜叉を見つめる。

「そんな人、仲間にして大丈夫なの…?」
かごめが不安そうに犬夜叉に問う。

「あたしは別に犬夜叉とかごめちゃんがいれば問題ないと思うんだけど…。」
珊瑚もかごめの言葉に続く。

「い…いや……頼りになる奴なんだって…!」

犬夜叉は自分の説明の仕方がまずかったことに気づいたが後の祭りだった。結局、何とか二人を説得し本人に会ってから決めるという話に持って行くことができた。


実のところ弥勒を一番仲間にしたいと思っているのは犬夜叉だった。こちらの世界に来てから犬夜叉は同年代の男性とかかわることがほとんどなかった。女性が苦手なわけではないがやはり男同士でないと話せないようなこともある。奈落と戦う上でも頼りにしているがそれに加えて男の仲間が欲しいと犬夜叉はここのところ強く感じていた。

(すまねえ……。弥勒……。)
犬夜叉は自分の説明のせいでイメージが悪くなってしまったまだ会ったこともない弥勒に心の中で謝るのだった。



次の日から珊瑚と雲母を新たに加えた一行は四魂のカケラ集めの旅を再開した。
かごめの感じる四魂のカケラの気配はかなり遠くにあるのか一日では辿り着くことが難しかったため犬夜叉たちは野宿をすることになった。そして幸運にも近くに温泉があり犬夜叉がそれを匂いで見つけたため女性陣は先に温泉に入ることになった。


「ふう……。」
温泉につかりながらかごめは大きなため息をつく。道中ずっと犬夜叉の背中に乗っていたかごめだったがうまく犬夜叉と話すことができなかった。犬夜叉が悪いわけではないのは分かっているがどうしてもかごめは自分の感情を抑えることができなかった。

「お邪魔するよ。」
そう言いながら珊瑚がかごめの隣に座ってくる。

「あ…」
そこでかごめは珊瑚の背中に傷跡があることに気付く。

「ああ…この傷。残っちゃたな…。」
珊瑚は特に気にした風もなく呟く。

「それ……。」
かごめが言いづらそうに珊瑚に尋ねる。

「うん…。琥珀につけられた傷だよ…。」
珊瑚は少し遠くを見るような様子で答える。

「ご…ごめんね…。変なこと聞いちゃって…。」
かごめは焦りながら珊瑚に謝る。

「いいよ…気にしないで。かごめちゃんと犬夜叉には本当に感謝してるんだ。」
「え…?」

全く気にしていないような様子の珊瑚に戸惑うかごめ。

「一緒に行こうって誘ってくれたこと……本当に嬉しかったんだ…ありがとう。」

「珊瑚ちゃん……。」

二人の間に静かな時間が流れる。そしてそれを気にした珊瑚は話題を変えようとかごめに話しかける。

「そういえば犬夜叉は覗きとかしないの?」
「え…?」
かごめは予想外の質問に言葉を失くす。

「犬夜叉って確か十四歳なんだろう?それぐらいしてもおかしくないと思うけど。」
珊瑚は冗談で話し続ける。珊瑚は犬夜叉とかごめが別の世界の人間だということは既に聞いていた。

「覗かれたことは…ないかな…。」
しかしかごめは珊瑚の冗談を真に受けて考え込む。

(川で水浴びしてるのは見られたことはあるけど……。やっぱり私って女の子として見られてないのかな……。)
かごめはかつて友人に言われた言葉を思い出してさらに深く考え込む。珊瑚はそんなかごめの様子をしばらく見つめた後

「……かごめちゃんと犬夜叉は恋人同士なの?」
そうかごめに尋ねてきた。

「え!?ち…違うわよ!そんなんじゃないんだから!」
かごめは慌てながら珊瑚の言葉を否定する。二人はそれで緊張がほぐれたのか和気あいあいと話を続けるのだった。



「これでよしと。」
テントを組み立て終わった犬夜叉は木にもたれかかりながら座り込む。かごめが入浴している間にこれからのことを考えるのが犬夜叉の日課になりつつあった。

(奈落……。)
犬夜叉は先日の戦いを思い出す。思えばあれが奈落を倒す最大のチャンスだった。まだ四魂のカケラで力を増していない状態の奈落なら間違いなく今の自分とかごめで倒すことができたはずだった。しかし村を狙われ消耗したうえで罠にかかってしまったのが致命的だった。何とか撃退できたものの風の傷とかごめの力を見られてしまった。おそらく奈落はこちらの力を上回ったと考えない限り姿を現さないだろう。こちらもそれを考えて力を蓄える必要がある。そのためにも一刻も早く弥勒を仲間にしたいと考えていた。

そしてもう一つ犬夜叉は気になることがあった。それは犬夜叉が違う行動をしても結局記憶にある通りの結果になってしまっていることだった。殺生丸に関することは記憶と大きく異なっているが、四魂のカケラが飛び散ったこと、桔梗の復活、琥珀のことなどは結局変えることができなかった。そこで犬夜叉はもしかしたら自分は何も変えることができないのではないかと最近不安に感じていた。そんなことを考えていると


「犬夜叉、お待たせ。もう入ってきてもいいよ」
珊瑚がそう犬夜叉に話しかける。二人ともすでに寝間着に着替えていた。

「一人だとかわいそうじゃから一緒に入ってやるわい!」
そう言いながら七宝が犬夜叉を引っ張って行く。

「分かったから手を離せって!」

二人は慌ただしく温泉に向かっていった。そんな二人を珊瑚は笑いながら見送る。

かごめは先ほどの話題のせいもあって犬夜叉をまともに見ることができなかった。


その後、犬夜叉と七宝が温泉から上がりテントに入りかごめたちがこれから寝ようした時、犬夜叉は寝袋を担いでテントから出ようとしていた。

「どうしたの、犬夜叉?」
そんな犬夜叉にかごめが話しかける。

「いや、珊瑚もいるしな。今日から俺は外で寝るぜ。」
そう言いながら犬夜叉はテントを離れて行った。

「そんなこと気にしなくていいのに。」
珊瑚がそう呟くも犬夜叉は戻ってはこなかった。


(何よ……私の時はそんなこと気にしなかったのに……。)

かごめは不貞腐れながら眠りについた。



次の日、かごめが感じる四魂のカケラがあると思われる村に犬夜叉たちは向かっていた。そして村の入り口に差し掛かった時、

「気をつけろ……。」
犬夜叉が腰の鉄砕牙を握りながらかごめたちに警告する。

「どうしたの、犬夜叉?」
その様子に緊張しながらかごめが犬夜叉に尋ねる。

「血の匂いだ……。それも大量の……。」

「何じゃと!?」
犬夜叉の言葉に怯えて七宝がかごめにしがみつく。

「とにかく行ってみよう。」
珊瑚の言葉に続くように犬夜叉たちは匂いの元に向かっていく。


「ひどい……。」
かごめが目の前の惨状に言葉を詰まらせる。

目の前には武者たちの集団が一人残らず肝を抜かれて死んでいる光景が広がっていた。

「妖怪の仕業だね…それもただの雑魚妖怪じゃなさそうだ……。」
珊瑚が冷静に分析しながら呟く。

「四魂のカケラを持った妖怪の仕業じゃろうか…?」
七宝が怯えながら犬夜叉に尋ねる。

(血の匂いだけじゃねえ…これは…墨の匂い!)
犬夜叉はその瞬間に記憶を思い出す。


これは四魂のカケラを手に入れた墨絵師の書いた鬼の絵の仕業だった。墨絵師は四魂のカケラを入れた壺に人間の生き胆を墨代わりにして絵を描くことでその絵は命を得て操ることができた。そして一目ぼれしたこの村の姫を我が物にしようと企んでいた。記憶の中では初めて弥勒とともに共闘した敵だった。犬夜叉は墨絵師を助けようとしたが結局墨絵師は自らの墨に喰われ絶命してしまった。

犬夜叉はそのことをかごめたちに伝える。珊瑚には犬夜叉が予知能力があるということにしていた。記憶のことを伝えると弥勒と結ばれたことや琥珀が助かったことがばれてしまう恐れがあったからだ。そして犬夜叉は話しながらあることに気付く。

(事情が分かっている今回なら墨絵師を助けることができるかもしれない…!)

そう考えた犬夜叉は珊瑚に頼みごとをする。

「珊瑚、いつも口につけてるマスクを一つ貸してくれないか!?」
「ますく…?防毒面のこと…?」

どうしてそんなものを欲しがっているのか分からないまま珊瑚は防毒面を犬夜叉に手渡す。


(これで臭気にあてられずに戦うことができる…!)
記憶の中で犬夜叉は墨と生き胆の血で作られた鬼の臭気にあてられて上手く戦うことができなかった。しかしこの防毒面があればその心配もない。犬夜叉は初めて記憶の出来事を変えることができるかもしれないという期待に魅せられていた。

「……」
珊瑚はそんな犬夜叉の様子を静かに見つめていた。



その後犬夜叉たちは四魂のカケラの気配を頼りに墨絵師の家を見つけ出すことができた。しかし日が沈み辺りがすっかり暗くなってしまっていた。そして鬼の大群が空から墨絵師の家に向かってくる光景を犬夜叉たちは捉えた。

「おお…姫…お待ちしておりましたぞ……。」
小柄な眼の下にクマを作っている墨絵師が鬼たちが攫ってきた姫に向かって話しかける。

そしてそのまま姫に触れようとした時

「そこまでだ!」
犬夜叉が家の扉を壊しながら突撃しその後にかごめたちも続く。

「な…何だ、お前たち…!?」
墨絵師が犬夜叉たちに驚いている間に犬夜叉は姫を抱きかかえる。

「かごめ、姫様を頼む!」
「う…うん!」
かごめと七宝は姫を支えながらその場を離れて行く。

「さあ、観念しな!」
そう言いながら犬夜叉は墨絵師が持っている壺に目をやる。

(あれを壊せばこいつを死なせずに済む…!)
犬夜叉がそう考えた瞬間

「許さぬ…邪魔立てするものは皆食い殺してくれる!!」
墨絵師は懐に隠し持っていた巻物を広げる。そしてその中から鬼の絵の大群が現れる。

「くっ…!」
鬼の大群が犬夜叉に襲いかかる。犬夜叉は防毒面を着けそれに向かっていく。

「邪魔だ!どけってめえら!」
犬夜叉は鉄砕牙を抜き鬼たちを斬り伏せながら墨絵師に迫る。

「ひいっ!!」
墨絵師はそれを見て怯えた声を上げる。犬夜叉は墨絵師の壺に狙いを定める。

(もらった!)
犬夜叉がそう思った瞬間、後ろからの鬼の攻撃が犬夜叉の背中を襲う。

「がっ!!」
そのまま犬夜叉は床に吹き飛ばされてしまう。火鼠の衣のおかげで大したダメージはなかったがその隙に墨絵師は逃げ犬夜叉は鬼たちに取り囲まれてしまった。

(しまった……!)
犬夜叉は壺を壊そうとするあまり周りへの注意が散漫になってしまっていた。
そして鬼たちは床に倒れている犬夜叉に向かって襲いかかろうとする。

「犬夜叉っ!!」
かごめがそれを見て叫び声を上げる。かごめは何とか援護しようとするが間に合わない。

(やられるっ……!!)
そう犬夜叉が覚悟した瞬間、



「飛来骨!!」
珊瑚の飛来骨が犬夜叉の周りの鬼たちを薙ぎ払っていった。

「珊瑚……!」
犬夜叉はその隙にその場から離脱する。
そして珊瑚はそれを確認した後、犬夜叉に話しかける。

「どうした、犬夜叉。動きが悪いよ。何をそんなに焦ってるのさ?」
珊瑚の表情は防毒面で見えないがその顔が笑っていることは犬夜叉にもすぐに分かった。

「うるせえ!ちょっと油断しただけだ!」
犬夜叉は赤面しながら珊瑚に食って掛かる。

「あたしたちは仲間だろ?ちょっとは頼ってくれなきゃ。」
珊瑚がそう言うと変化した雲母も犬夜叉に近づく。その姿は一緒に戦おうとする意志の表れだった。

「お前ら……。」
犬夜叉は珊瑚と雲母に目をやるそして


「……墨絵師の持ってる壺を壊したい。手伝ってくれ。」
そう犬夜叉は二人に頼んだ。


「飛来骨!」
珊瑚の放った飛来骨が鬼たちを切り裂き道を作って行く。それを犬夜叉は一直線に突っ切って行く。

そして必死に逃げようとしている墨絵師に追いつく。

「逃がさねえっ!!」
犬夜叉はそのまま墨絵師に近づこうとするが

「捕まってたまるか…!」
墨絵師は蛇のような絵の妖怪に乗って上空に逃げて行く。

「くそっ!」
何とか飛び上がって捕まろうとするが間に合わない犬夜叉。墨絵師はそのまま遠ざかって行こうとする。

(どうすれば……!)
風の傷を使えば墨絵師は死んでしまう。犬夜叉があきらめかけたその時


「犬夜叉っ!」
空から珊瑚の声が響いた。

犬夜叉は驚きながら上空を見上げる。そこには雲母に乗った珊瑚の姿があった。そして珊瑚は犬夜叉に向かって手を伸ばす。犬夜叉はそれで珊瑚の意図を理解する。

犬夜叉は雲母に向かって飛びあがる。そして珊瑚は犬夜叉の手を掴む。
雲母は速度を上げ墨絵師に追いつく。

「いくよ、犬夜叉!!」
「ああ!!」
珊瑚の合図とともに犬夜叉は墨絵師に向かって投げだされる。そして犬夜叉は墨絵師の書いた蛇の上に着地する。

「ここまでだな……。」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。

「ま、待て、命ばかりは……。わしは元々非力な人間…。こんなものさえなければ…。」
そう言いながら壺を差し出す。墨絵師は命乞いをし隙を見つけ攻撃するつもりだった。しかし
犬夜叉はその言葉を意に介さずそのまま斬りかかった。

「ひいいいっ!!」
墨絵師が思わず頭を下げながら屈みこむ。鉄砕牙は壺だけを断ち切っていた。

その瞬間、足元の蛇が崩れ去って行く。

そしてそのまま犬夜叉と墨絵師は地上に落下してしまう。しかし犬夜叉は慌てず墨絵師を抱えながら上に手を伸ばす。雲母に乗った珊瑚がその手をつかむ。

「なかなかしゃれたことするじゃねえか。」
「まあね。」

軽口を言いながら二人は笑い合う。


犬夜叉は墨絵師を救うことができたのだった。

その後、邪気にまみれた四魂のカケラをかごめが浄化し一行は楓の村に戻ろうとしていた。しかしかごめの様子がおかしいことに犬夜叉が気付く。
最近、かごめの雰囲気がおかしいことには気づいていた犬夜叉だったが今回は特にそれがひどかった。
犬夜叉は恐る恐るかごめに近づく。

「おい…かごめ、何怒ってるんだよ…。」
犬夜叉がかごめに話しかけるもかごめは答えない。

「かごめ!」
犬夜叉はかごめの正面に回り問いただす。


「……怒ってなんかないわよ…。」
かすれるような声でそう返すかごめ。

「やっぱり怒ってんじゃねえか…。」
そんなかごめを見て犬夜叉はそう続ける。二人の間に沈黙が続く。そして



「うるさいわよ、バカーーーーーー!!!」
かごめの大声があたりに響き渡った。

「なっ……!?」
いきなり怒鳴られ思わず動きを止める犬夜叉。かごめはそんな犬夜叉に目もくれず

「珊瑚ちゃん、雲母貸してくれる?」
そう珊瑚に尋ねる。

「いいけど…どうするのかごめちゃん?」

「帰るのよ。」
そう言い残し飛び立とうとするかごめと雲母。犬夜叉は慌てながらかごめに走り寄りながら

「おい、どこに行くんだ!?」
そう尋ねる。

一瞬の間の後

「実家に帰るのよ!バカーーーーーー!!!」

大きな叫び声を残したままかごめは雲母と一緒に村に戻って行った。

犬夜叉はその大声にあてられて呆然としていた。

(全く…犬夜叉の奴……。)
事情を察した七宝はあきれた様子で犬夜叉を見つめる


そして

(かごめちゃん……。)

珊瑚はそんなかごめを見ながらなにかを思案するのだった。






[25752] 第二十一話 「心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/03/29 22:46
犬夜叉たちが墨絵師がいる村に向かっている頃と時同じくして森の中を元気よく走っている少女の姿があった。

「邪見様、早く早くー!」
りんが振り向きながら後を追ってくる邪見に向かって叫ぶ。

「こら、待たんか!りん!」
邪見はそんなりんを叱り、走りながら後を追っていく。そしてその後を殺生丸がゆっくりと歩いていた。

今、殺生丸たちはたまたま犬夜叉がいるの村の近くを通りかかったため犬夜叉に会いに村を訪れようとしているところだった。もちろん殺生丸が自らそうしたのではなくそれはりんの提案によるものだった。

(全く…なんでわしと殺生丸様がわざわざ人里に行かねばならんのだ……。)
そう思い溜息をついた後、邪見は殺生丸の様子をうかがう。

(わしが言った時はダメなのに…りんが言った時には聞いてくれるんだもんなー。)
初めは犬夜叉に会いたいと駄々をこねるりんを見かねて邪見がその旨を殺生丸に進言したのだが全く相手にされなかった。しかしりんがそのことを話すと殺生丸は何も言わずに犬夜叉の村に進路を変えたのだった…。

(このままではわしの立場が……。)
そんなことを考えていると

「わあ!邪見様、あれ見て!」
一人先に進んでいたりんが急に立ち止まり邪見に話しかける。

「なんじゃ、騒々しい……。」
そう言いながら邪見はりんに追いつきりんが指さす方向に目をやる。
そこには山が何かに吹き飛ばされたような跡が残っていた。

「お山がなくなっちゃったみたい…。」
りんは見たことのない景色に目を奪われる。それはまるで巨大な爪痕のようにも見えた。

「ふん、どうせ土砂崩れか何かじゃろう。」
邪見はそう言い残し先に進もうとする。しかし今まで後ろにいたはずの殺生丸が突然自分の前に現れ邪見は思わず尻もちをついてしまう。

「せ…殺生丸様!?」
突然のことに驚きながら邪見が殺生丸に話しかける。しかし殺生丸は崩れた山に視線を合わせたまま動こうとはしなかった。

(やっぱりわし…嫌われとるのかな……。)
そんな風に邪見が考えた時

「それは犬夜叉めがやったことでございます……。」
そう言いながら突然森の中から狒々の毛皮を被った男が現れる。

「な…何者じゃ!?」
慌ててりんを庇うように人頭杖を構えながら邪見が問いただす。しかし男はそれを無視しながらさらに続ける。

「犬夜叉めの兄…殺生丸様でございましょう?」

「……なんだ貴様?」
犬夜叉の名前を出され、今まで言葉を発しようとしなかった殺生丸が男を問いただす。

「犬夜叉に恨みがある者……といったところです。なんでもあなた様は父君の形見である鉄砕牙を探しておられるとか……。」

「………」
殺生丸は表情一つ変えず男の話を聞き続ける。

「その鉄砕牙は今、犬夜叉が所有しております…。本来、鉄砕牙はあなた様の様な完璧な妖怪にこそふさわしい刀…。ぜひこの四魂のカケラをお使いください。」

男はそう言いながら殺生丸に向かって四魂のカケラを差し出す。

「この四魂のカケラを使えば妖怪には持てぬ鉄砕牙を持つことができるようになるはず……。」

殺生丸はしばらく四魂のカケラを見つめた後

「……貴様、犬夜叉を殺すためにこの私を使おうというのか。」
そう言いながら殺生丸の鋭い視線が男を貫く。しかし

「御意。」
男はそれをどこ吹く風といったふうに答える。

「きっ、貴様…何と恐れ多い……!」
「殺生丸様……。」
りんが殺生丸に縋りつきながら不安そうな声を漏らす。

「ふっ…いいだろう…。貴様の名を聞いておこうか…。」
薄く笑いながら殺生丸が男に尋ねる。

「奈落……と申します。」

そう奈落が口にした瞬間、殺生丸は天生牙を振り下ろした。

その瞬間奈落の体は漆黒の球体に飲み込まれる。そしてそれはだんだんと小さくなり消滅した。そして後には奈落の手と四魂のカケラしか残っていなかった。

防御することもできず冥道に送り込まれれば二度と戻ってはこられない。これが戦いの天生牙の冥道残月破の威力だった。


「ふんっ、殺生丸様にあんな態度をとるからじゃ。」
邪見がそう言いながら奈落の手に握られている四魂のカケラに手を伸ばそうとした時
一匹の大きな毒虫がカケラを持ったまま空へと逃げていった。

「……傀儡か。」
「は?」
殺生丸の言葉に邪見が疑問の声を上げたのと同時に奈落の手が木でできた傀儡の手に戻っていった。

殺生丸はそれには目もくれず犬夜叉の村に目をやる。そしてしばらくの間の後、踵を返し村から遠ざかって行った。

「せ…殺生丸様?犬夜叉には会って行かれないので…?」
すぐそこまで着たにもかかわらず去って行こうとする殺生丸に思わず邪見が尋ねる。

「……奴はそこにはいない。…ならその村に用はない。」
すでに殺生丸は匂いで犬夜叉が村にはいないことに気付いていた。

「殺生丸様、お待ちくださいっ!」
邪見は走りながら殺生丸に続く。りんもその後を追いながら

「殺生丸様、犬夜叉様を助けてあげないの?」
そう殺生丸に尋ねる。りんは奈落が不気味な気配を持っていることを感じ取りさらに犬夜叉の命が狙われていることに不安を感じていた。しかし

「……あの程度の雑魚に殺されるならその程度だったというだけだ…。」
そう言い残し殺生丸は森を進んでいく。りんは一度足を止め村へ振り返る。

(犬夜叉様とかごめ様に会いたかったな……。)
そんなことを考えていると

「こら、早く来んかりん!置いていくぞ!」
邪見がこちらに振り返りながら叫んでくる。

「はい、今行きます!邪見様!」

りんは走りながら二人の後を追う。そして一行は森の中に姿を消したのだった……。




「今戻ったぞ。」
楓がそう言いながら家に戻ってくる。しかし家には七宝一人しか残っていなかった。

「七宝、家にはお主一人だけか?」
楓は家の中を見渡しながら七宝に尋ねる。

「そうじゃ、犬夜叉は珊瑚と一緒に稽古に行っとる…。」
不貞腐れた様子で七宝は楓に答える。かごめが怒って現代に戻ってからもう一週間が経とうとしていた。
七宝はかごめは長くても二、三日で戻ってくると思っていたのでなかなかかごめが戻ってこないことに焦りを覚えていた。七宝にとってかごめは母であり姉でもある存在。どうしてもいないと心細くなってしまうのだった。

「犬夜叉の奴、どうしてかごめが怒ったのかまだ分かっておらんのじゃ!」
七宝はそう愚痴を漏らす。本当なら早く謝って来いと言いたい七宝だったが犬夜叉はかごめと違い骨喰いの井戸を通ることができない。そしてかごめが怒っている理由を言うとかごめが犬夜叉を好きなことがばれてしまうため犬夜叉にそのことを直接伝えることもできない。自分ではどうにもできない状況に七宝は苛立っていた。

「犬夜叉とかごめが鈍感なのは今に始まったことではなかろう。若い頃にはよくあることじゃ。見守ってやれ七宝。」
楓はそのまま夕食の準備を始める。

(楓にも若い頃があったんじゃな……。)
そんなことを考えながら七宝は楓の姿を眺める。

(何か失礼なことを考えておるな…こやつ…。)
七宝の視線を感じながら楓は夕食の材料を切り始めるのだった。



村の外れでは犬夜叉と珊瑚がいつものように修行を行っていた。犬夜叉は鉄砕牙を珊瑚は飛来骨を使って互いに武器をぶつけ合っている。しかし犬夜叉の動きはこれまでと比べて明らかにキレがなかった。

「くっ…!」
次第に珊瑚に押され始め後退していく犬夜叉。そしてついに追い詰められ足を滑らせてしまう。そしてその隙を珊瑚が見逃すはずがなかった。

「甘いっ!」
珊瑚は飛来骨で鉄砕牙を弾き飛ばす。その衝撃で犬夜叉は尻もちをついてしまった。

「……勝負ありだね。」
珊瑚は緊張を解き飛来骨を背中に担ぎながら告げる。

「ああ……。」
犬夜叉は座り込んだまま負けを認める。

「修行はしばらくやめにしよう。このままじゃ怪我しちゃうよ。」
かごめが帰ってからというもの犬夜叉は修行に集中できていないのか動きにキレがなくなってしまっていた。

「悪い……。」
うつむきながらそう答える犬夜叉。


「……。」
珊瑚はそんな犬夜叉の様子をしばらく眺めた後、突然犬夜叉の隣に座り込んできた。

「ど…どうした、珊瑚!?」
犬夜叉はいきなり珊瑚が自分の隣に座ってきたことに驚き立ち上がろうとするが珊瑚に衣を掴まれ無理やり座らされてしまった。
珊瑚が真剣な様子で犬夜叉の顔を見つめる。その迫力に何も言うことができない犬夜叉。そしてしばらくの沈黙の後

「犬夜叉……かごめちゃんのこと…どう思ってるの……?」
珊瑚は静かに犬夜叉にそう尋ねた。

「なっ…なんだよ!藪から棒に…!」
いきなりそんな話題を振られるとは思いもしなかった犬夜叉は慌てながらそう答える。そのまま何とかごまかして話題を変えようと考えたが珊瑚はそのまま犬夜叉にさらに問いかける。

「どうなの……?」


「…………。」
犬夜叉はこれ以上ごまかすことはできないと悟る。しかしそれを口に出すこともできない。だがその沈黙はどんな言葉よりも明確な答えだった。

珊瑚もそれきり黙りこんでしまう。二人の間に長い沈黙が続く。そしてそれに耐えかねた犬夜叉が何とか珊瑚に話しかけようとした時、

「犬夜叉…どうしてかごめちゃんが怒って帰っちゃったか分かる……?」
珊瑚は犬夜叉の顔を覗き込むように問いかける。

「いや………。」
その問いかけに答えることができない犬夜叉。それを横目に見ながら珊瑚は立ち上がる。

「珊瑚……?」
そして犬夜叉は急に立ち上がった珊瑚を訝しみながら話しかける。珊瑚はそのまま背中を向けたまま

「それが分かればきっとかごめちゃんと仲直りできるよ。」
そう犬夜叉に告げた。


「…じゃあ先に家に帰ってるね。」

珊瑚はそのまま振り返らずに村に戻って行く。

犬夜叉はその後ろ姿を見ながら珊瑚の問いの意味を考えるのだった。




「はあ……」
かごめが今日何回目になるか分からない溜息をつきながら机に突っ伏す。珊瑚が仲間になってから戦国時代にいることが多くなりかなり勉強が遅れてしまっていたためかごめは家で机に向かい勉強をしていた。しかし集中できないのかなかなか内容が頭に入ってこなかった。

(犬夜叉…今頃どうしてるかな……。)
かごめは犬夜叉のことを考える。ついカッとなって怒ってしまい現代に帰ったまではよかったもののかごめは完全に帰るタイミングを失ってしまっていた。

(犬夜叉ったら珊瑚ちゃんばっかり気にかけるんだから……。)
珊瑚が仲間になってからかごめは犬夜叉と過ごす時間が少なくなってしまったように感じていた。犬夜叉が珊瑚の体のこと、琥珀のことを気にかけて珊瑚に接しているのはかごめも分かっていたがそれでも自分の気持ちを抑えることができなかった。

(犬夜叉……。)
かごめがこれほど長い期間戦国時代に行かないのは犬夜叉が鉄砕牙を手に入れるために修行をしていた時以来だった。

(私…こんなに犬夜叉のことが好きだったんだ……。)
かごめは改めて自分の気持ちを再確認するのだった…。


「姉ちゃん最近なんか元気がないよね。」
居間でくつろいでいる草太が呟く。

「ふむ、そういえばここのところ井戸に行っておるのを見ておらんな…。」
かごめの祖父もそれに続く。

「きっと好きな子と喧嘩でもしたんじゃないかしら。」
そう言いながらかごめの母がお茶菓子を二人も前に運んでくる。

「かごめもそんな年頃になったんじゃな…。わしはうれしいぞ…。」
感慨深げに頷きながら祖父はお茶をすする。

「姉ちゃん頑固なところがあるからね。仲直りできるのかな…。」
草太は少し心配そうにしながらそう言う。

「そうね……。」
そう言いながら母は何かを考えるそぶりを見せたのだった。



「ん……。」
いつの間にか机で寝てしまっていたかごめが目を覚ます。結局、勉強は全くはかどっていなかった。これからどうしようか考えた時

「かごめ、少しいい?」
ノックとともにかごめの母の声が聞こえてくる。

「う…うん、いいよママ!」
慌てながらかごめが答える。母はお茶とお菓子を運びながら部屋に入ってきた。

「どう、勉強のほうは?」
「ま…まあまあかな…。」
かごめは誤魔化しながらそう答える。その様子を母は笑いながら眺める。

「な…なによママ…。」
まるで全てが分かっているかのような母の態度に戸惑うかごめ。

「ふふ…ほんとに昔から分かりやすいんだから。かごめ、誰かと喧嘩しちゃたんでしょう?」
「う……。」
いきなり確信を突かれかごめは言葉も出ない。そんなかごめの様子をほほえましく思いながら母はさらに続ける。

「相手は男の子?」
「マ…ママっ!!」

かごめは思わず大きな声を上げてしまう。それはその質問を認めてしまったようなものだった。

「見てれば分かるわ。恥ずかしくてなかなか仲直りできていないのもね。」
「……。」
かごめは顔を真っ赤にしながらうつむく。

「かごめ…自分にも悪いところがあると思うんなら素直に謝ってきなさい。きっと許してくれるわ。その子優しい子なんでしょう?」

かごめは母の言葉を心の中でかみしめる。そして

「うん…ありがとう、ママ!あたし行ってくる!」
かごめは急いでそのまま部屋を出て行ってしまった。

「きっと苦労するわね……。」
そんな様子を見守りながら母はかごめの好きな男の子に少し同情するのだった。


「助かったぞ、犬夜叉。」
「またよろしくな。」
村の男たちが犬夜叉に礼を言う。

「ああ、またなんかあったら呼んでくれ。」
犬夜叉は村の畑仕事を手伝いが終わり家に向かって歩いていく。そして村の中心に人だかりができていることに気付いた。

「何だ……?」
珍しい光景に犬夜叉が興味を示した時

「あ、犬夜叉兄ちゃん!」
そう言いながら小さな兄妹が犬夜叉に近づいてくる。

「倫太郎、まゆりどうしたんだ?」
二人はよく七宝と遊んでいる村の子供たちだった。

「あそこで旅の商人が商売してるって聞いて見に来たんだ!」
元気いっぱいにそう答える倫太郎。そしてそのまま人だかりに中に突っ込んでいく。

「ま…待ってよ、お兄ちゃん!」
その後をまゆりが慌てて追っていく。犬夜叉もその後に続いていく。
覗いてみると様々な売り物が床に広げられていた。その様子に感心する犬夜叉。

(そういえばこっちに来てからほとんど買い物したことなかったな……。)
基本的にこの村は自給自足の生活を営んでんる為お金を使うこともほとんどなかった。
そして商品を眺めていると犬夜叉はその中の一つに目を奪われる。
それは黒の熊の爪の形をした首飾りだった。

(かごめにあげたら…喜んでくれるかな……。)
犬夜叉は首飾りを手に取りながら考える。本当ならもっときれいなネックレスや服を買ってあげたいが現代に戻ることができない自分ではそれは叶わない。迷ったが犬夜叉は結局それを買うことにしたのだった。

そして家に戻る途中に犬夜叉は七宝と出くわした。

「犬夜叉、こんなところで何しとるんじゃ?」
なかなかかごめが帰ってこないことで不機嫌な様子の七宝が尋ねる。

「べ…別に…何でもいいだろ!」
そう言いながら犬夜叉は手に握っていた首飾りをとっさに隠す。しかしそれを七宝は見逃さなかった。

「なんで首飾りなんてもっとるんじゃ?」
「か…買ったんだよ…。」
かごめのために買ったのがばれるのが恥ずかしい犬夜叉は何とかごまかそうとする。しかし犬夜叉は既に言霊の念珠を首にかけている。七宝はそのことに気付き、

「そうか、きっとかごめは喜ぶぞ!」
そう犬夜叉に告げた。

「そ…そうか?」
犬夜叉は自信満々に言う七宝にたじろぐ。

「じゃあな、犬夜叉!」
七宝はあれがあれば犬夜叉とかごめはきっと仲直りできると思いご機嫌な様子でその場を離れて行った。


(どうやって渡すかな……)
家に戻った犬夜叉は首飾りを見詰めながらそんなことを考えていた。楓と珊瑚は出かけているのか家には姿がなかった。しばらくそのままくつろいでいると

「犬夜叉、おるか!?」
慌てた様子の楓が大きな声を上げながら家に戻ってきた。

「な…なんだよ楓ばあさん…。」
犬夜叉はいきなりのことに驚きながら起き上がる。楓は犬夜叉を見つけ一瞬安堵し、すぐに真剣な表情に戻る。

「倫太郎とまゆりが村からいなくなってしまったんじゃ。もしかすると森に入ってしまったのかもしれん。お主の鼻で二人を探してくれんか?珊瑚にも頼んでおるのだがやはり森の中では…。」
奈落が現れてから村の人間は一人では村の結界の外には出ないよう決められていた。もし子どもの二人が村から出ていてば妖怪に襲われてしまうかもしれない。

「分かった、すぐ行く!!」
状況を理解した犬夜叉は首飾りを懐にしまいすぐに家を飛び出していった。



「お兄ちゃん、やっぱり帰ろうよ。怒られちゃうよ…。」
森の中を進みながらまゆりが倫太郎に話しかける。

「大丈夫だって、妖怪が出ても俺がやっつけてやるよ!」
しかしそんなまゆりの言葉も気にせず倫太郎はさらに森の奥に進んでいく。

「お兄ちゃん…」
まゆりがその後を追おうとした時、二人の前に大きな鬼の様な妖怪が現れた。


(見つけたっ……!!)
二人の匂いを森の方向に感じた犬夜叉は森に向かって走り出す。そして犬夜叉は二人の近くに妖怪の匂いがあることにも気付く。

(頼む、間に合ってくれ…!!)
祈るようにそう考えながら犬夜叉は全速力で走り続けた。


「ま…まゆりから離れろっ!!」
まゆりを守るように前に出ながら倫太郎が鬼に向かって叫ぶ。しかしその足は恐怖で震えていた。

「お兄ちゃん……。」
まゆりは倫太郎の背中に縋りつきながらおびえ続ける。しかし鬼はそんな二人に向かってどんどん近づいてくる。そしてその爪が二人に振り下ろされた瞬間、二人は犬夜叉に抱きかかえながらその場から連れ出された。

「え……?」
いきなりの出来事に倫太郎は何が起こったのか分からなかった。

何とか二人を助けることができた犬夜叉だったが二人を抱えて庇うため鬼の爪をまともに背中に受けてしまう。

「ぐっ…!」
その衝撃で犬夜叉はそのまま地面に転がって行く。そしてその衝撃で懐の中の首飾りが壊れてしまった。しかしなおも鬼は犬夜叉に襲いかかってくる。犬夜叉は二人を地面に下ろし爪に力を込める。

「散魂鉄爪っ!」
犬夜叉の爪によって鬼は簡単に切り裂かれた。どうやら奈落の手のものではなかったようだ。

「あ…ありがとう…犬夜叉兄ちゃん…。」
怯えながらも倫太郎が犬夜叉にお礼を言う。しかし犬夜叉は自分の懐にある首飾りを取り出し見つめている。首飾りは壊れてしまっていた。

「その首飾り……。」
まゆりが罪悪感を感じながらその様子を見つめる。そのことに気付いた犬夜叉は

「気にするな。さあ、さっさと村に帰るぞ!」
そう言いながら二人と一緒に村に戻るのだった。



「ただいま、みんな。」
そう言いながらかごめが楓の家に入ってくる。

「かごめっ!!」
七宝が喜びのあまりかごめに抱きつく。

「心配しておったぞ、かごめ。」
「おかえり、かごめちゃん。」
楓と珊瑚もそんな様子の七宝を見ながらかごめに話しかける。

「ごめんね、勝手なことしちゃって……。」
かごめは罰が悪そうに皆に謝る。そしてすぐに犬夜叉が家にいないことに気付いた。

「あれ、犬夜叉は…?」
一番に謝ろうと思っていた犬夜叉がいないので肩すかしをくらったような気分になるかごめ。

「なんだまだ犬夜叉の奴、首飾りを渡しておらんのか。」
かごめの言葉に合わせて七宝はついそう言ってしまった。

「首飾り?」
「あ……。」
思わず口に手を当てる七宝だったが既に後の祭り。観念した七宝はかごめに事情を説明するのだった。




「はあ………。」
犬夜叉は御神木の前で座り込みながら大きなため息をつく。手には壊れてしまった首飾りが握られていた。もう一度同じものを買おうとした犬夜叉だったがすでに商人は村から出て行ってしまっていた。
これ以上悩んでいても仕方ない。気を取り直して家に戻ろうとした時

「犬夜叉?」
背中からかごめの声が聞こえた。

「か…かごめっ!?」
いきなり話しかけられたことで驚く犬夜叉。いつもなら匂いで気付くのだが首飾りに意識を集中しすぎていたのか気付くことができなかった。

「か…帰ってきたのか…。」
「うん……。」
そして二人の間に長い沈黙が続く。そして

「犬夜叉、あのね…」
かごめが話しかけようとした時

「…悪かったよ。」
そう犬夜叉がかごめに謝った。

「犬夜叉…?」
犬夜叉のほうから謝ってくるとは思っていなかったかごめは驚いたような声を上げる。

「珊瑚に言われたんだ…どうしてお前が怒ってたのか考えろって…。一緒に戦いたかったんだよな…それなのに…気付いてやれなくてごめん……。」

「犬夜叉……。」
かごめはそのまま犬夜叉の言葉を黙って聞き続ける。犬夜叉は話すのが恥ずかしいのか顔を赤面させていた。

「でも…かごめはかごめだろ…。お前にはいつも感謝してる……。その……ありがとう…。」
そう言った後、犬夜叉は恥ずかしさのあまり後ろを向いてしまう。

「私もいきなり怒鳴ったりしてごめん……。許してくれる…犬夜叉…?」
恐る恐るかごめが犬夜叉に尋ねる。犬夜叉は

「…当たり前だろ。」
そう答えるのだった。



二人はそれから他愛ない話をいくつかしそろそろ戻ろうということになった時

「犬夜叉、それ……。」
かごめは犬夜叉が何かを手に握ったままなことに気付いた。

「こ…これは……。」
犬夜叉は慌てて咄嗟にそれを後ろに隠す。かごめはそんな犬夜叉の様子を見て笑いながら

「見せて、犬夜叉…。」
そう犬夜叉に話しかける。犬夜叉は最初は渋っていたが観念したように壊れた首飾りをかごめに見せる。かごめはそんな犬夜叉を見て事情を察する。そしてそれを取り壊れた飾りに糸を通していく。

「これでよしと。」
かごめは糸を通し終わった壊れた首飾りをそのまま首にかける。しかしその首飾りはやはり不格好なものだった。

「かごめ……」
それを見ながら犬夜叉は言葉を発しようとするが

「いいの、犬夜叉が私に買ってくれたものなんだから。」
かごめはそう言いながら犬夜叉に微笑む。
犬夜叉はそんなかごめに何も言うことができない。そして二人はお互いを見つめ合う。そのまま段々と二人の距離が近づいていこうとした時

「かごめ、犬夜叉は見つかったか?」
七宝がそう言いながら二人のほうに向かって近づいてきた。


「「!?」」
二人は慌ててお互いに離れて行く。そんな二人に気付く七宝。


「暗くなってきたしそろそろ帰るか…!」
「そ…そうね…!」

そう言いながら二人は村に向かって並んで歩いていく。そんな二人を見ながら


(お…おらはとんでもないことをしてしまったのでは……。)
七宝は一人御神木の前で打ちひしがれる。だから七宝は気づかなかった。



並んで歩いている二人の手が繋がれていたことに……。



[25752] 第二十二話 「魂」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/05 20:09
ある小さな村に晴海という坊主とその弟子が訪れていた。二人は寺に戻ろうとしている途中、村に邪気を感じこの村に立ち寄ることにしたのだった…。

「邪気を感じる…?」
村で畑仕事をしている村人が晴海の言葉に疑問の声を上げる。

「さよう、この近辺に渦をなしておる。何か怪異があるのではないかな?」
晴海はこのあたりでは有名な坊主でありその実力もかなりのもの。この村に邪気を発するものがあることは間違いない。しかし村人たちには全く心当たりがないようだった。

「何言ってる坊様、こんな平和なとこはねえぞ。」
「うん。特にあの巫女様が来てからはな。」
村人たちは口をそろえてそう言う。

「巫女…だと?」
そして晴海と弟子はその巫女に会うために村に案内してもらうことになった。


村の川の近くで一人の巫女と子どもたちが薬草を集めていた。

「桔梗様、これ薬草でしょ?」
「桔梗様、こっちは?」
子供たちが草を摘んでは嬉しそうに桔梗に見せに行く。桔梗はそんな子供たちを優しくあやしていた。

(なんだ?あの女は…。あれは…この世のものではない!)
木に隠れながら様子をうかがっていた晴海は一目で桔梗がこの世のものではないことに気付く。

「みんな、おいで。草の見分け方を教えるから。」
そう言いながら桔梗は村の子供たちに薬草の見分け方を教えて行く。その光景は誰が見ても微笑ましいものだった。

「あの巫女が魔物なんでございますか?晴海様、私には人間にしか見えませぬが……。」
弟子がその様子を見ながら疑問の声を上げる。

「貴様は修行が足りん。」
そう言いながら晴海がさらに用心深く桔梗を観察しようとした時

「そこのお坊様…。」
桔梗が二人に話しかける。

「これはこれは…気づいおられたか。」
しかし晴海は何食わぬ顔で茂みから現れ、桔梗に近づく。

「ずっと私を見ておられましたね…。」
そんな晴海を見据えながら静かな口調で桔梗が問いただす。

「いや、あまりのお美しさに見惚れてしもうた。」
「ご冗談を…」
晴海の言葉に桔梗は微笑みながら答える。そして晴海はそんな桔梗を見ながらそのすぐ側に巻物を落とす。

「拾っていただけぬかな?」
「……」
桔梗は巻物を見つめたまま黙り込む。そんな桔梗の様子を見ながら晴海はさらに続ける。

「これは破魔の経文でな。妖怪がこれに触れるとたちどころに正体を現すという。」
晴海はそれを使い桔梗の正体を暴こうと考えていた。しかし桔梗はためらいなくその巻物を手に取り

「それは…ありがたいお経でございますね。さ、どうぞ。」
そう言いながら晴海に手渡す。

(何事も起らぬ…!?)
予想に反し何も起こらないことを訝しみながら晴海は桔梗から巻物を受けとる。そしてその瞬間、晴海の体に衝撃が走った。

(な…何だ……!?無数の粒が体を通り抜けた…!?)

「さ、行こうみんな。」
「はーい。」
晴海が自分の状況に戸惑っているうちに桔梗と子どもたちはその場を離れて行く。

「晴海様、いったいどうなすったんです?」
晴海の様子がおかしいことに気付いた弟子が話しかけてくる。

「…見てみよ。」
晴海はそう言いながら巻物に視線を向ける。

「経文が…消し飛んでいる!?」
弟子が驚きの声を上げる。巻物は書かれていた破魔の経文がなくなり白紙なってしまっていた。

(あの女…破魔の経を跳ね返し、その文字でわしを貫きおった…!)
晴海は桔梗が自分には手に負えないほどの力を持ったものだと気付く。しかしそれを分かった上で晴海は桔梗に忠告する。

「巫女どの!どのような未練があるか知らぬが…ここはお前様の居場所ではないはず…。在るべき処に帰りなされ!」

「あいつ、何言ってんだ?」
「変な坊主…。」
事情が分からない子供たちは疑問の声を上げながら桔梗に付いていく。

「……」
桔梗は振り返りながらもそのまま子どもたちと先に進んでいった。


「じゃあまた明日なー。」
「さようなら。桔梗様。」
子供たちも家に戻って行きあとには桔梗と小夜(さよ)という一人の少女だけになった。

「ねー桔梗様。」
「うん?」
小夜が桔梗に近づき手を握りながら話しかける。

「明日も草や花のこと教えてね?」
小夜はそのまま桔梗の返事を待つ。しかし考え事をしているのか桔梗の様子がおかしいことに気付いた。

「……桔梗様?」
「……」
そんな桔梗の様子に小夜は不安を感じ

「ねえ…どこにも行かないよね?」
そう桔梗に尋ねる。

「小夜……」
桔梗はそんな小夜の様子に気付き小夜の顔を覗き込むように屈みこみながら話しかける。

「小夜は私が好きか?」
「うんっ大好き!」
小夜は桔梗の言葉にすぐさま答える。桔梗はそんな小夜に微笑みながら

「ありがとう…私も小夜が妹みたいに可愛いよ。」
そう口にした。

「えへへ~っ本当!?」
「ああ。」
小夜は桔梗の言葉が嬉しかったのか顔を赤くしながら照れてしまう。桔梗はそんな小夜の姿に幼いころの楓の姿を重ねていた。そして小夜を家に送り届け自分の家に向かいながら

(もう少し一緒にいてやりたかったけれど……潮時か……。)

桔梗はこれからのことを考え始めていた……。


(なんだか桔梗様元気がなかったな……。昼間のお坊さんのせいかな……。)
夜になり家の中で家族とともに布団に入っている小夜だったが桔梗のことが気になりなかなか寝付くことができないでいた。

(ふ~っ眠れないや。)
小夜は起き上がり何の気なしに家の外の様子をうかがう。するとそこには一人で森に向かって歩いている桔梗の姿があった。

(桔梗様……?)
小夜はいけないことかもしれないと思いながらもその後を追っていった。


しばらく森の中を進み桔梗は月明かりに照らされている池の近くで足を止めた。

(こんな夜遅く…なにしてるんだろ?)
小夜は木の陰に隠れながら桔梗の様子をうかがう。そして小夜は昼間の晴海の言葉を思い出す。

(桔梗様まさか……このままどこかに行っちゃうんじゃ……)
そんなふうに小夜が考えた時、桔梗に向かって無数の光の玉が集まって行く。それは月明かりと合わさりどこか幻想的な光景だった。しかしその光の玉を運んでいるのは死魂虫と呼ばれる妖怪だった。

「憐れな女の死魂たち……私とともに来い……。」
そして死魂たちは桔梗の体に入り込んでいく。

(犬夜叉…もうすぐ迎えに行く……)
桔梗はそのまま犬夜叉のことを想い続ける。


(桔梗様が妖怪を操っている…!?)
小夜は桔梗の様子に恐怖を感じてしまう。どうしてあんなに優しい桔梗がこんなことをしているのか考えた瞬間、小夜は足もとの木の枝を踏み音を立ててしまった。

「誰だ!」
桔梗が厳しい顔で音をした方向を睨みつける。そしてそこには尻もちをついた小夜の姿あった。

「小夜…見て…いたのか……。」
桔梗は悲しげな表情をしながら小夜に近づいていく。小夜はそんな桔梗の姿を見ながらどこか不安そうな表情を見せる。

「小夜……。」
桔梗はそんな小夜を安心させようと手を伸ばす。しかし

「っ!!」
小夜は眼を閉じ怯えるように体を丸めてしまう。そんな小夜を見ながら

「……ごめんね…恐い思いをさせてしまったね……。」

桔梗はそう告げる。そしてそのまま桔梗は小夜から離れるように森に向かって歩いていく。

「桔梗…様……。」
小夜はそれを見ながらどうしたらいいのか分からず桔梗の名を呼ぶことしかできない。


「さよなら…ごめんね…。」
桔梗は振り返りそう告げてから一人森の中に姿を消した……。



かごめが戦国時代に戻ってから数日後、犬夜叉たちは再び四魂のカケラ集めを再開した。しかし四魂のカケラはかなり遠くにあるのかかごめはカケラの気配を感じることができなかった。そして今一行は森の中を進んでいるのだがなぜか犬夜叉たちはギスギスした雰囲気で皆一様に難しい顔をしている。その中でも特に犬夜叉はどこか罰が悪いような表情で冷や汗を流していた。そんな中

「犬夜叉…本当にその弥勒って人を仲間にしないといけないの?」
珊瑚がどこか刺がある口調で犬夜叉に話しかける。

「う……」
犬夜叉はそんな珊瑚の迫力に言葉を返すことができない。

「犬夜叉……。」
犬夜叉から首飾りをもらったことで機嫌がいいはずのかごめも何か言いたいことがあるのか犬夜叉に視線を向ける。

「おら、今日は布団で寝れると思っておったのに……。」
七宝も犬夜叉を怨むような視線を向ける。

珊瑚たちが怒っているのには理由があった。

日も暮れかけてきたので犬夜叉たちは近くの村で宿をとることにした。何とか宿をとることもでき時間が余ったので犬夜叉たちは弥勒の情報を村で集めることになった。そして犬夜叉たちは弥勒が最近この村を訪れているという情報を手に入れることができた。喜んだ犬夜叉たちだったがすぐにそのことを後悔することになる。
なぜなら弥勒はこの村の領主に対してインチキなお祓いを行い財産を持ち逃げしてしまっていたからだ。さらに犬夜叉たちは弥勒の仲間だと勘違いされ領主とその家来たちに追いかけまわされる羽目になった。なんとか逃げ切った犬夜叉たちだったが村に戻ることもできず今に至っていた…。


「その弥勒って人本当に頼りになる人なの?」
怪しむような眼で珊瑚は犬夜叉を見据える。犬夜叉は

(未来のお前の夫だよ!!)

と叫びたいところだったがそんなことをいうわけにもいかず犬夜叉は何とかこの話題を変えることができないか考える。すると犬夜叉は近くに人里の匂いがあることに気付いた。

「近くに村がある、今日はそこに泊るぞ!」
そう言いながら一人村に向かって走り出してしまった。

「ちょっと待ちなよ、犬夜叉!」
「もう……。」
「おらがしっかりせねば……。」

その後をかごめたちは慌てて追いかけて行った。


「思ったより小さな村だな…。」
犬夜叉はそう言いながら今日泊まる宿がないか探そうとする。すると一人の少女が驚いたようにこちらを見つめていることに気付く。犬夜叉は初め半妖である自分に驚いているのかと思ったがそれは違っていた。少女の視線はかごめに向けられていたからだ。そして少女は
「桔梗様…?」
そう呟いた。

「え…?」
いきなりのことに事情が分からず呆然とするかごめ。そして

「桔梗様っ!戻ってきたんだね!」
少女はそう言いながらかごめに抱きついてくる。事情が分からない犬夜叉たちはしばらく困惑するのだった…。

それから落ち着いた小夜から犬夜叉たちは桔梗について聞かされることになる。
少し前から村に巫女として一緒に暮らしていたこと。とても優しく怪我人や妖怪に困っている村人を助けてくれたこと。子供たちには特に優しく、一緒に遊んでもらったこと。そして

「私が桔梗様が妖怪を操っているところを見ちゃったから…桔梗様は村を出て行っちゃたの……。」
小夜は後悔するように言葉をつなぐ。

「そうだったの……。」
かごめはそんな小夜をあやしながら桔梗のことを考える。

かごめは直接桔梗に会ったことはなかったが記憶に触れることで桔梗がどんな女性であるかは分かっていた。犬夜叉と楓から犬夜叉への恨みに囚われているため犬夜叉を殺そうとしたという話を聞いたときにも本当に桔梗がそんなことをするのだろうかと疑問に思ったほどだった。小夜の話に出てくる桔梗の姿こそが本来の桔梗なのだとかごめは感じていた。そしてかごめは犬夜叉に視線を向ける。

「………」
犬夜叉はどこか厳しい顔をして考え事をしているようだった。そして

「…みんな、楓の村に戻るぞ。」
そう言い残し再び森に向かって歩き始めてしまう。

「犬夜叉、ここに泊るんじゃなかったの?」
「待たんか、犬夜叉!」
珊瑚と七宝が話しかけるも犬夜叉はそれに耳を貸さずそのまま進んでいってしまう。

(犬夜叉…桔梗に会いたくないのね……)

かごめだけが犬夜叉の気持ちに気付きその後を追っていく。そして珊瑚と七宝、雲母も仕方なくその後に続くのだった……。



何とか村に戻ろうとしたが流石に距離があり結局犬夜叉たちは森で野宿することになってしまった。いつものようにかごめたちはテントで犬夜叉は外で眠ることになった。しかし皆が寝鎮まっている中でかごめは一人、目を覚ました。

(なんだろう…妙な気配がする…)
かごめはこれまで感じたことのない気配に気づきテントの外に出る。犬夜叉はそれには気づかず眠っているようだった。

かごめは自分が感じた気配の方向に目をやる。するとそこには光の玉が森の中に向かって進んでいる光景があった。

(あれは…死魂虫…!)
かごめはかつて犬夜叉から桔梗について聞いていたためそれが桔梗の操る死魂虫だと気付いた。

(近くに桔梗がいるんだわ……)
かごめはさっきの村に行ってからずっと何とか犬夜叉が本物の犬夜叉ではないこと、本当の仇は奈落であることを桔梗に伝えることはできないかと考えていた。しかし犬夜叉と桔梗が出会ってしまえばきっと戦いになってしまう。

(なら私が行った方がいいかも……)
かごめは少し迷ったが犬夜叉を起こさず一人死魂虫の後を追って森に入って行った。

(どこまで行くのよ……)
かごめは慣れない山道を何とか転ばないように進む。そして死魂虫が姿を消してしまう。慌ててかごめはその後を追おうとした。しかし

「きゃっ!」
山の段差に足を取られ下にずれ落ちてしまう。

「痛た……。」
かごめが何とか立ち上がり顔を上げるとそこには木にもたれかかりながら眠っている桔梗の姿があった。

(ね…眠ってる……?)
かごめが緊張しながら恐る恐る桔梗に近づいていく。

(私になんか…似てないじゃない?綺麗……)
かごめは桔梗の顔を見ながらその美しさに思わず身惚れてしまう。そして桔梗はゆっくりと目を覚ます。

「おまえ…!」
桔梗は飛び起きながらいきなり自分の目の前にかごめがいることに驚きの声を上げる。かごめもいきなり桔梗が起きたことに驚き後ずさりしてしまった。

「お前、私の結界を通り抜けてきたのか?」
桔梗はかごめを見据えながら問いただす。

「えっ、けっ結界!?あったけ?そんなの…」
かごめは森の中を進んできたがそんなものがあるとは全く気付かなかった。

「……そうか……おまえは私だからな……。」
桔梗は少し思案したあとそう呟く。

「あの……。」
かごめがその言葉に異を唱えようとするが

「犬夜叉は…犬夜叉は一緒ではないのか……?」
桔梗の言葉によってそれは遮られてしまった。

「……今は私一人よ…。」
かごめは緊張した様子で答える。桔梗はそんなかごめを見ながら

「お前…犬夜叉の何なのだ?」
そう尋ねてきた。

(わ…私は……)
思わず考え込んでしまうかごめだったがすぐに桔梗の言っている犬夜叉と自分が考えている犬夜叉は違うことに気付く。

「私は…あなたに話があったからここに来たの……。」
かごめが意を決して桔梗に切り出す。

「話だと…?」
そしてかごめは話し始める。

自分が桔梗の生まれ変わりで未来の人間であること。犬夜叉の封印を解いたこと。その時には既に犬夜叉の中に別の自分と同じ未来の世界の少年が乗り移っていたこと。本物の犬夜叉がどうなってしまったのかはまだ分からないことを桔梗に伝えた。

桔梗は黙って聞き続けていたが

「楓もそんなことを言っていたな……。」
そう呟く。

「じゃあ…。」
自分の話を分かってもらえたと思ったかごめは安堵の声を上げる。しかし

「お前は…犬夜叉の体に他人の魂が宿るなど…本当にありうると思っているのか…?」

そう桔梗は冷たく言い放つ。そして桔梗の放つ雰囲気が剣呑なものなっていくことにかごめは気づいた。思わずかごめが桔梗から離れようとした時

「お前は邪魔だ。」
「え…?」
桔梗の指がかごめの額に触れる。その瞬間かごめは金縛りにあったように動けなくなってしまった。

(体が…動かない…!)
何とかしようとするがかごめの体はピクリとも動かなかった。

「お前がここにいるということは…近くに犬夜叉がいるのだな…。」
桔梗はそのままかごめを置いたまま犬夜叉がいるほうへ向かって歩き始めようとする。

「まっ待って!まだ犬夜叉を殺すつもりなの!?」
かごめは何とか力を振り絞って桔梗に向かって叫ぶ。

「当然だ…私は犬夜叉を怨みながら死んだ…。犬夜叉を殺さなければ私は救われない……。」
桔梗は冷酷にそうかごめに告げる。しかし

「今の犬夜叉はあなたの知ってる犬夜叉じゃない!それに…五十年前にあなたと犬夜叉を罠にかけて憎み合せたのは奈落っていう妖怪なの!それがあなたの本当の仇なの…だから…!」
かごめは必死に自分の知っていることを桔梗に伝えようとする。しかしその瞬間、死魂虫がかごめの体に巻きつきかごめを締め付ける。

「き…桔梗…」
その苦しさでうまく声を出すことができないかごめ。

「…仇なぞ討ったところでこの身は生き返りなどしない。」
そう言いながら桔梗はかごめに近づく。そしてかごめの制服から四魂のカケラを奪い取った。

「あ……。」
「四魂の玉は元々私が清めていたもの…。お前なんぞが持つものではない…。」
桔梗はそのままかごめに手を伸ばしながら

「お前は私だ……この世にあるのは一人だけでいい……。」
そう告げた。

(殺される!!)
かごめは桔梗の殺気に身を震わせる。そして桔梗の手がかごめの手に触れようとした瞬間


「かごめっ!!」
犬夜叉の声が森に響き渡った。

「い…犬夜叉……。」
かごめが息も絶え絶えに犬夜叉に話しかける。犬夜叉はその様子を見て一瞬で状況を理解する。そして

「かごめから離れろっ!!」
犬夜叉は桔梗に飛びかかり爪を振り下ろす。

「なっ…!」
いきなり斬りかかられるとは考えもしなかった桔梗は慌ててそれを避けながらかごめから距離を取る。
犬夜叉はそのままかごめに巻きついている死魂虫を切り裂いた。

「大丈夫かっ、かごめ!?」
「う…うん…。」
犬夜叉はかごめが無事なことに安堵する。そしてすぐさまかごめを庇うように桔梗に向かい合う。犬夜叉と桔梗の間に沈黙が流れる。そして

「犬夜叉……。」
そう言いながら桔梗が犬夜叉に近づこうとする。
しかし犬夜叉はその瞬間、鉄砕牙を鞘から振り抜いた。同時に凄まじい衝撃があたりを襲う。砂埃がおさまった後には桔梗のすぐ横に地面をえぐる大きな爪痕が残っていた。

「それ以上近づいたら容赦しねえ……。」
犬夜叉は鉄砕牙の切っ先を桔梗に向けながらそう告げる。その殺気と視線がそれがただの脅しではないことを物語っていた。

(犬夜叉……。)
かごめは尋常ではない犬夜叉の様子に戸惑う。いつもの犬夜叉なら桔梗に対してこれほどまでの態度は見せないはずだった。しかしかごめを殺されかけたという事実が犬夜叉の頭に完全に血を登らせていた。

桔梗はそんな犬夜叉を驚いた表情で見つめる。いままで犬夜叉とは何度も四魂の玉をめぐって争ってきたがこれほど明確な殺意を感じるのは初めてのことだったからだ。

三人の間に長い沈黙が流れる。そして

「お前は…本当に…私が知っている犬夜叉ではないのだな……。」
桔梗は儚げな表情でそう呟く。そして桔梗の体に死魂虫が集まって行く。

そのまま桔梗は犬夜叉に一度振り返った後そのまま森の中に姿を消した……。



「ふう……。」
犬夜叉は桔梗が立ち去ったことを確認し、鉄砕牙を鞘に納める。

「かごめ、本当に怪我はねえか?」
心配そうに犬夜叉はかごめの体を確認する。

「うん…本当に大丈夫だから……。」
そんな犬夜叉に戸惑いながらかごめは桔梗のことを考える。

(桔梗…泣いてた……。)
かごめは桔梗が立ち去る瞬間、泣いていることに気が付いていた。そしてかごめは

「犬夜叉は…桔梗のことどう思ってるの?」
そう犬夜叉に尋ねる。

「な…なんだよ、いきなり…。」
いきなりそんな事を言い出すかごめに戸惑う犬夜叉。

「そういえばちゃんと聞いたことなかったと思って……。」
これまでかごめは桔梗について犬夜叉と話したことはあったがどれも客観的なことばかりで犬夜叉自身が桔梗をどう思っているのかは聞いたことがなかった。

「………」
犬夜叉はそのまま黙り込んでしまう。そしてしばらくの間の後

「一言でいえば……苦手だ……。」
そう呟いた。

「苦手…?」

「ああ…犬夜叉の記憶を見てるから桔梗が本当はいい奴なんだってことは分かってる…。でも桔梗と会うと記憶のせいで頭が痛くなるし…一度殺されかかったからな…。どうしても苦手だ……。」
犬夜叉は今の自分の気持ちを包み隠さず話す。

「それに悪いとも思ってる……。俺がいなければ本当は本物の犬夜叉に会えたはずだしな……。」
犬夜叉はそう言いながら俯いてしまう。自分の預かり知らぬこととはいえ少年はある意味本物の犬夜叉を殺してしまっているようなものだった。そのことに少年は強い罪悪感を感じていた。そんな犬夜叉に寄り添いながら

「私たちには…何もできないのかな……。」
かごめは桔梗が去った方向を見ながら呟く。

(俺に…できること……)

犬夜叉はそのかごめの言葉聞きながら何かを考え続けるのだった……。


月が明るさを放っている中、楓は村で一人寝る準備を行っていた。

(犬夜叉たちがおらんとこの家も静かだな……。)
いつもは騒がしくてかなわないがいざ一人になるとその騒がしさがいかに幸せなことか感じる楓だった。そしてそろそろ横になろうと考えた時

「楓……。」
楓は聞き覚えのある声が入口からしたことに驚く。

「桔梗…お姉様…?」
桔梗はそんな楓の様子を見ながら家に入ってくる。しかし楓は桔梗を見据えたまま黙っているままだった。

「どうした楓…姉の私が恐いのか?」
桔梗は儚げに笑いながら楓に話しかける。

「……桔梗お姉様、まだ犬夜叉の命を狙っておられるのか?」
楓は静かな口調で桔梗に尋ねる。

「今しがた、その犬夜叉と会ってきた。」
「っ!!」
楓が犬夜叉の身を案じ表情をこわばらせる。そんな楓に気付いた桔梗は

「安心しろ…犬夜叉には手を出しておらん……。」
そう楓に告げる。その言葉に楓は安堵する。そして

「話せ楓。犬夜叉と…奈落という者のことを……。」
桔梗は楓を見据えながら問いただす。

「はい……。」
それから楓は自分の知る限りの犬夜叉と奈落のことを桔梗に話すのだった。


桔梗はそれを黙って聞き続ける。全てを話し終えた楓は

「お姉様…今の犬夜叉に宿っている少年は犬夜叉とは関係のない別人です…。どうか…。」
そう桔梗に懇願する。

「別人…か…。」
桔梗は楓の言葉を聞きながらそう呟く。

「お姉様…?」
そんな桔梗の様子に戸惑う楓。

「楓…犬夜叉の体に別人の魂が宿り動かすことなど本当にできると思っているのか?」
そう桔梗は楓に向かって言葉を投げかける。

「そ…それはどういう…?」
桔梗の言葉の真意がつかめない楓は聞き返す。

「人間の魂と体は強く結び付いている…。例え他人の体に乗り移れたとしても体を動かして生きて行くことなどできるはずがない…。それが別人ならな…。」

「そ…それでは……。」
楓はそこで桔梗の言葉の真意に気付く。

「そう…恐らく犬夜叉に宿っているのは犬夜叉の生まれ変わりだろう……。」
桔梗は無表情のままそう告げる。

楓はそのことを知り様々なことに納得がいった。どうして少年が犬夜叉に憑依したのか。修行したとはいえ短時間で半妖の体を使いこなしたこと。元々犬夜叉のために遺された鉄砕牙が少年を認めたこと。

そして何よりも犬夜叉の生まれ変わりである少年と桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの時代で再び出会い惹かれあっていること。とても偶然とは思えない。まるでそれは

「運命……。」
楓の口からその言葉が漏れる。

「運命…か……。」
桔梗は何かを考え込むように黙り込んでしまう。

「しかし、それでは本物の犬夜叉は一体……?」

「……この世には同じ魂は一つしか存在できない。恐らく私が犬夜叉を封印した時、私と同じように犬夜叉の魂は転生してしまったのだろう……。」
そう言いながら桔梗はその場から立ち上がり家を出て行こうとする。

「お姉様!」
楓はその後ろ姿を見ながら叫ぶ。

「未練は…断ち切れませんか?」
桔梗は振り返り

「また会おう……。」
そう言い残し村を後にする。


(生まれ変わりである者たちは私たちにはできなかったことをやっている……。しかし私と犬夜叉は……。)

桔梗は自分の頬に残った涙の跡をぬぐいながら一人さまよい続けるのだった……



[25752] 第二十三話 「弥勒」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/13 00:11
桔梗との接触の翌日、犬夜叉たちは四魂のカケラの気配を頼りに森の中を進んでいた。犬夜叉はかごめの体の心配し一旦楓の村に帰ることを提案したのだがかごめの説得によりそのまま旅を続けることになったのだった。

「本当に大丈夫なの、かごめちゃん?」
珊瑚が心配そうにかごめに話しかける。珊瑚と七宝も桔梗との事情については既に犬夜叉から聞かされていた。

「ありがとう、珊瑚ちゃん。本当に大丈夫だから。それよりもごめんね、四魂のカケラ取られちゃって……。」
そう申し訳なさそうに謝るかごめ。既に半分近くの四魂のカケラをかごめたちは集めていたのだがそのすべてを桔梗に奪われてしまっていた。

「おら、犬夜叉とかごめにひどいことをする桔梗なんて嫌いじゃ!」
「七宝ちゃん……。」
桔梗の事情については理解しているものの自分にとって父親、母親同然の二人に怪我をさせた桔梗を七宝はどうしても許すことができなかった。

「気にするなかごめ。四魂のカケラはまた集めればいいさ。」
犬夜叉はそう言いその場を収めようとする。しかし

「でも四魂のカケラを集めていけばいつかは戦わなきゃいけないかもしれないね……。」
難しい顔をしながら珊瑚はそう呟く。犬夜叉とかごめはその言葉に何も返すことができなかった……。

しばらく森を進んでいるとかごめが四魂のカケラの気配を感じ取った。しかし

「気配が二つある…?」
「うん、一つはあの森の頂上あたりに。もう一つはあの村のあたりに感じるの。」
かごめは指をさしながら皆に説明する。

「でも村のほうの四魂のカケラの気配は…なんていうか霧がかかってるみたいにはっきりしないわ……。」
かごめは今まで感じたことのない感覚に戸惑っているようだった。

「どうする、犬夜叉?」
珊瑚は振り向きながらが犬夜叉に尋ねる。

「とりあえず村のほうに行ってみよう。そっちのほうが近いしな。」
犬夜叉の言葉によって一行は村に進路を向けた。しかし村の近くに辿り着いたあたりで犬夜叉は急に足を止めた。

「どうしたんじゃ犬夜叉?」
七宝が犬夜叉の肩に飛び移りながら話しかける。

「人の死体だ……。」
かごめたちは犬夜叉の視線の先に旅人らしき男性の死体が森の中にあることに気付いた。

「野垂れ死にじゃろうか……?」
恐る恐る七宝が死体に近づく。死体はまるで血を抜きとられてしまったかのように干からびてしまっていた。

「ひどい……。」
かごめはその姿に言葉を失くしてしまう。

「妖怪の仕業だね……。村に入ってからも用心したほうがよさそうだ……。」
「そうだな……。」
犬夜叉は珊瑚の言葉に頷く。一行は緊張した面持ちで村に入って行った。

しかし予想に反し村は活気に満ち溢れていた。様々な商人が店を構え人が溢れかえっている。

「村は妖怪には襲われてないのかな……?」
「多分そうだろうね……。」
かごめの言葉に珊瑚が答える。もし妖気に村が襲われているのならこんなに人が村に集まるはずはなかった。

「これからどうする、犬夜叉?」
かごめがそう犬夜叉に話しかけようとするが既に犬夜叉の姿は近くに見当たらなかった。

「犬夜叉?」
かごめが慌てて周囲を見渡すと犬夜叉と七宝は既に市場のほうに入って行ってしまっていた。

「見ろ犬夜叉、果物が一杯あるぞ!」
「金ならある、七宝好きな物買っていいぞ!」
「ほんとか!?」
犬夜叉と七宝は子供のようにはしゃいで買い物をしていく。

「全く、あれほど用心していこうって言ったのに……。」
珊瑚が呆れながら二人の姿を眺める。

(犬夜叉楽しそう……)
かごめははしゃぎながら七宝と騒いでいる犬夜叉を眺めながら考える。

(本当なら学校に行ったりして普通に暮らしてるはずだもんね……もし元の体に戻れたら一緒に学校に行ったり、買い物に行ったりできるかな……あ、でもみんなに見つかるとからかわれちゃうかも……それにまだ付き合ってるわけじゃないし……)
かごめが一人でどんどん妄想を膨らませていると

「かごめちゃん、どうしたの?」
珊瑚がその様子を見て心配したのか声をかけてきた。

「え、何!?」
いきなり話しかけられて慌てて我にかえるかごめ。

「なんだか考え事してたみたいだったけど……。」
「し、してない。変なことなんて考えてないんだから!」
かごめはしどろもどろになりながら答える。珊瑚はそんなかごめを見ながら

(変なこと考えてたのか……)
冷静にそう分析するのだった……。

その後犬夜叉と七宝をなんとか落ち着かせ一行は再び村の入り口に集まっていた。
「でもこれだけ人がおるとカケラを探すのも大変ではないか?」
「そうね……。」
この村にあると思われる四魂のカケラの気配はおぼろげであるため近くになければかごめも見つけることが難しかった。どうしようかかごめが考えていると

「カケラは多分弥勒が持ってるものだ…。」
犬夜叉がなぜか確信をもったようにそう告げる

「どうしてそんなことが分かるの?」
「この札に残ってる弥勒の匂いをこの村に入ってから感じるんだ。」
そう言いながら犬夜叉は前に寄った村の領主から見せられた破魔の札を見せる。
この札は前の村で弥勒がインチキのお祓いで使ったものだった。さらに記憶の中では初めて弥勒に出会った時、弥勒は既にいくつかの四魂のカケラを持っておりかごめがカケラの気配を感じにくいのも恐らく法力か何かで気配を隠しているのだと犬夜叉は考えていた。

「じゃあ二手に分かれて探そう。その方が効率もいいし。」
犬夜叉の説明を聞いていた珊瑚が皆にそう提案する。

「そうだな。」

「じゃああたしと七宝は向こうから村を見て行くから犬夜叉とかごめちゃんは反対からお願い。」

「うん、じゃあ後で珊瑚ちゃん、七宝ちゃん。」
そして一度そこで二手に分かれ犬夜叉たちは弥勒の捜索を始めるのだった。


「じゃあ探して行こうか、七宝、雲母。」
そう言いながら珊瑚は通行人たちに目を配って行く。しかししばらくして七宝が何か言いたそうな様子でこちらを見つめていることに珊瑚は気づいた。

「どうしたの、七宝?」
珊瑚はそんな七宝を見ながら不思議そうに話しかける。七宝は何かを考えるようなそぶりを見せた後

「珊瑚は犬夜叉と一緒に行かなくて良かったのか?」
そう珊瑚に尋ねる。

「え、どうして?」
いきなりそんなことを言われるとは思っていなかった珊瑚は疑問の声を上げる。さらに七宝は

「珊瑚は犬夜叉のことが好きなのではないのか?」
そう珊瑚に問いただしてきた。その言葉に思わず足を止めてしまう珊瑚。少しの間の後

「……気づいてたんだ、七宝。」
珊瑚は苦笑いをしながら七宝に話しかける。

「おらの目は節穴ではないぞ!」
そう言いながら七宝は胸を張る。といっても犬夜叉とかごめ以外の村の者は皆そのことには気づいていたのだが。

「確かに犬夜叉のことは好きだけど……あの二人の間に割って入るなんてできないしね……。」
珊瑚は少し悲しげな顔をしながら自分の素直な気持ちを七宝に語る。珊瑚は助けられたという恩を抜きにしても犬夜叉に対して好意を抱いていた。しかし犬夜叉とかごめの互いを想い合っている様子、二人の絆を見て身を引くことにしたのだった。

「珊瑚……。」
七宝は心配そうな様子で珊瑚を見つめる。珊瑚はそのことに気付き

「だから七宝、このことは二人には言っちゃだめだよ。」
そう微笑みながら告げる。

「分かった、おら口は固いからの!」
七宝は威張りながらそう元気よく答える。珊瑚たちはそのまま弥勒の捜索を続けていった。




「ちょっと犬夜叉まだなの?」
かごめがどこか慌てた様子で犬夜叉に話しかける。

「うるせえな、いろんな匂いが混じり合ってわかんねーんだよ!」
犬夜叉はかごめの言葉を聞き流しながら地面に残った匂いで弥勒を探し出そうと
地面に這い蹲っていた。しかし人の行き来が激しい道で半妖の犬夜叉が地面に這い蹲っているため通行人が集まって人だかりができてしまっていた。

「も~人が集まってくるし~っ!」
かごめは恥ずかしさのあまり赤面してしまう。

「弥勒の奴どこに行ってるんだ~?」
しかし犬夜叉はそんなかごめの様子にもお構いなしに匂いを嗅ぎ続ける。

「こんな人里に妖怪か……?」
集まってきた通行人たちが騒ぎ始める。

「ほら~、犬夜叉匂いで探すのはあきらめましょう!?」
かごめが人の目にとうとう耐えきれなくなったのか犬夜叉に懇願する。しかし

「男はともかく…あの娘の姿……。」
「妖怪かの?」
「妖怪じゃ。」
人々はかごめの制服を見ながらそんなことを囁き始める。

「え、私!?」
自分まで注目の的になっていることに気付いたかごめは涙目になりながら声を上げる。

「ふん、人のこと言えねえじゃねえか。」
犬夜叉はそんなかごめを見ながらぼやくのだった。




(はあ~ついてねえ~。)
大きなため息をつきながら弥勒は頭を抱えていた。目の前には美しい着物を着た女性たちが演奏をしながら舞を披露している。

「仰せの通り、とびっきりの上玉を集めました。」
この店の店主である老女が弥勒にそう告げる。

「これがそうですか……。」
弥勒がうんざりしたような様子でそれに答える。目の前にいる女性たちはとても上玉とは思えないような女性ばかりだった。

(前の村で稼げたのはよかったがここにはまともな女もいやしねえ……)
弥勒は自分の懐にある小箱に手をやる。その小箱には何枚かの札が貼られていた。

(四魂のカケラなんて面倒なもんも拾っちまったしな……。札で気配が分からないようにはしてるがどうしたもんかな。捨てるわけにもいかねえし……。)

そんなことを考えていると表が騒がしくなっていることに弥勒は気づいた。
そして慌ただしい音と共に目の前の障子が勢いよく開かれる。

「邪魔するぞ!」
「ごめんなさい……。」
そこには自信満々の犬夜叉と恥ずかしそうにしているかごめの姿があった。

弥勒と犬夜叉たちとの目が合う。犬夜叉はすぐに弥勒に話しかけようとするが

「おおっ、あなたは!」
弥勒のほうがそれより早く反応し犬夜叉たちに近づいてくる。そして犬夜叉の横を素通りし
「地獄に仏とはこのことだ、目が洗われるようです。」
かごめの手を握る。そしてかごめを見つめながら

「私の子を産んでくださらぬか?」
そう力強く告げる。

「は?」
かごめはそんな弥勒にあっけにとられてしまうのだった……。



犬夜叉たちと弥勒はとりあえず場所を移し事情を説明することになった。

自分たちは四魂のカケラを集めており同時に奈落を倒すために追っていること。
犬夜叉には未来予知の様な力があり風穴を持っている弥勒のことを知り仲間に勧誘しに来たことなどを弥勒に伝えた。

「風穴のことまで知っておられるとは……どうやら世迷言ではないようですね……。」
弥勒は右腕の封印された風穴を見ながら呟く。

「俺たちといたほうが奈落にも近づきやすいと思う。仲間になってくれねえか?」
犬夜叉が真剣な様子で弥勒に頼みこむ。そんな犬夜叉の様子を見てかごめもそれに続く。

「早く奈落を倒さないと死んじゃうんでしょ?私たちと一緒のほうが早く奈落を倒せると思うんだけど……。」

「かごめ様……私の身を案じてくださるのか……。」
弥勒は真剣な表情でそのままかごめに近づいてくる。かごめは自分の言葉に耳を傾けてくれたと思い安堵する。しかし次の瞬間

弥勒の手がかごめの尻を撫でまわした。

「きゃあっ!!」
思わず悲鳴をあげ弥勒から離れるかごめ。

「い…犬夜叉っ!!」
そのまま犬夜叉に向かって助けを求めようとしたかごめだったが犬夜叉は怒るどころか感心したようにその様子を眺めていた。

「何感心してみてるのよ!助けてよ!」

「お、おお。悪い…つい……。」
犬夜叉は記憶の中で弥勒がこういう人物であることは知っていたが本当に女性の尻をためらいなく触っている光景を見て驚きより思わず感心してしまっていた。

「これは失礼を。ただのお連れに見えたが…かごめ様は犬夜叉に惚れて…いやこれは失礼。」
弥勒は二人の様子を見ながらそう謝罪する。二人は弥勒の言葉で真っ赤になってしまう。

「ちっ…違うわよ!犬夜叉は…その…弟みたいなものなんだから!」
「おい!いつ俺がお前の弟になったんだ!?」
「う、うるさいわね!」
「なんだと!」
そのまま二人は痴話げんかを始めてしまう。どうしたものかと弥勒が考えていた時

「何やってるの、二人とも?」
珊瑚と七宝、雲母が騒ぎに気付き近づいてきた。

「おお、またも美しいおなごが……。」
そう言いながら弥勒が珊瑚に向かって手を伸ばそうとするが珊瑚は弥勒の手をつねりながらそれを阻止する。

「あなたが弥勒って人?」
「は…はい……。」
弥勒は痛みに耐え苦笑いしながらそれに答える。

(不良法師か……犬夜叉が言ってことは本当だったんだね……。)
珊瑚は弥勒を冷めた目で見ながらそんなことを考えていた。


犬夜叉とかごめが落ち着きを取り戻したところで改めて弥勒の返答を聞くことになった。

「美しいお二人の御誘いは嬉しいのですか…どうも私は人様と深く関わり合うのが苦手な性分でして……。」
少し迷いながらもそう告げる弥勒。

「そうか……。」
犬夜叉は何とか引き留める手はないかと考える。かごめはまた弥勒に触られないよう犬夜叉に縋りついている。

(あたしは別に誘ってないんだけど……)
珊瑚は呆れたように弥勒の様子を眺めていた。そして犬夜叉が口を開こうとした時

「妖怪だ!妖怪が出たぞー!!」
大きな叫び声が村に響き渡る。その声に村にいた人々はパニックに陥ってしまう。

「何だ!?」

「とにかく行ってみよう!」

犬夜叉たちは慌てながら声の下方向に向かって走り去っていく。

「全く、慌ただしい方々だ……。」
そして弥勒はその場に一人取り残されてしまった。



現場に辿り着いた犬夜叉たちは何人かの村人が血を抜かれて死んでいる光景に出くわす。

「これは…森で死んでた人たちと同じ……。」
かごめが先刻見た光景を思い出しながら呟く。

「みんな、上だ!!」
匂いで妖怪に気付いた犬夜叉はそう叫ぶ。村の上空には無数の鳥の様な妖怪が群れをなしていた。

「あれは…妖怪鳥!人間の血を吸うタチの悪い妖怪だ!」
珊瑚が飛来骨を構えながら犬夜叉たちに伝える。そして群れの中に人型の妖怪がいることに気付く。

「さあ、お前ら食事の時間だよ。一人残らず殺しちまいな。」
それは女性の姿をした妖怪だった。そしてその言葉が合図になったのか鳥たちが一斉に村に向かってくる。

(あれは…阿毘姫(あびひめ)!!)

犬夜叉は阿毘姫を見ることで記憶を思い出す。記憶の中では阿毘姫はその母親である鉄鶏(てっけい)の毒を治すために人間の血を集めていた。しかしそれを奈落に利用され最期には奈落の手によって殺されてしまった。


「かごめ、七宝!村のみんなを守ってやってくれ!」

「うん、分かった!」
「ま…任せろっ!」
かごめと七宝は犬夜叉の言葉に従い村人たちのほうに向かって走って行く。

「行くぞ珊瑚、雲母!!」
「ああ!!」
犬夜叉は鉄砕牙を鞘から抜き鳥に向かって飛びあがって行く。珊瑚も雲母に乗りながらその後に続く。

「邪魔だっ!」
犬夜叉は鉄砕牙で鳥たち次々に斬り払う。そして

「飛来骨!」
珊瑚は犬夜叉が取りこぼした鳥たちを飛来骨で薙ぎ払っていく。

「何だ、お前たち!?」
突然現れ鳥たちを殺された阿毘姫は噴怒の表情で犬夜叉たちに向かって叫ぶ。

「てめえこそなんだ!奈落に手を貸してんのか!?」
犬夜叉は裏で奈落が手を引いているのではないかと疑い問いただす。しかし

「何をわけのわからないことを……。食事の邪魔をするなら容赦しないよ!!」
阿毘姫はそのまま手に炎を纏わせそれを犬夜叉に向けて放ってきた。

「くっ!」
犬夜叉はそれを後ろに飛んで躱しながら考える。

(奈落に手を貸してるわけじゃなさそうだ…。それに食事って言葉……母親は毒にやられてねえのか!?)

どうやら時期が違うため記憶の中とは状況が異なっているようだった。しかし阿毘姫の攻撃のせいで隙が生じ何匹かの鳥たちが村に入って行ってしまった。
鳥たちは村の一角に村人たちが固まっていることに気付く。そしてそこに目がけて襲いかかってきた。

「ひいっ!」
「もうダメじゃあ!」
村人たちがそれに怯え悲鳴を上げる。そして鳥たちが村人に襲いかかった瞬間、鳥たちは見えない壁の様な物に阻まれてしまう。それはかごめが張った結界の力だった。

「みんな、私から離れないで!!」
かごめが村人に向かって叫ぶ。かごめは犬夜叉や珊瑚ができない部分を補うために楓から結界の張り方を学んでいたのだった。

「狐火っ!!」
七宝が結界の中から炎を出し鳥たちを追い払う。しかし鳥たちはあきらめないのか何度も結界に向かってきていた。阿毘姫はそんな様子を見ながらかごめが結界を張っていることに気付く。

「お前たちあの妙な格好をしている女を殺しな!そいつが結界を張ってるんだ!」

「てめえっ!!」
犬夜叉が飛び上がり鉄砕牙で斬りかかるも阿毘姫はさらに上空に逃げてしまう。

(ちくしょう……!)
空中戦になると飛べない自分はどうしても後手に回ってしまう。風の傷もあるがその間合いに引き込む必要があった。

「犬夜叉、そいつはあたしに任せな!」
珊瑚がそう言いながら阿毘姫に向けて飛来骨を投げつける。

「ちっ!」
阿毘姫はそれを何とか躱しそのまま炎で反撃をする。

「雲母!!」
珊瑚の言葉に応えるように雲母は炎を躱しながら阿毘姫を追っていく。珊瑚と阿毘姫はそのまま一進一退の攻防を繰り広げる。そして犬夜叉はその隙にかごめの援護に向かった。
しかしそれよりも早く鳥たちがかごめに向かって襲いかかる。かごめの結界を張る手に力がこもる。そして鳥が目の前に迫った時一つの人影がかごめの前に現れ鳥たちを斬り伏せた。

「え……?」
最初は犬夜叉が来てくれたのかと思ったかごめだったがそれは違っていた。目の前には錫杖を構えた弥勒がかごめを庇うように立っていた。

「これ以上は黙って見ていられませんな……。」
そう言いながら弥勒は右手の封印の数珠に手をかける。

「皆の集、風穴を開きます!私から離れなさい!」
弥勒は犬夜叉と珊瑚にも聞こえるよう大きな声でそう叫ぶ。

「「っ!!」」
その意図に気付いた犬夜叉と珊瑚は弥勒の前方から距離を取る。

「何だ……?」
阿毘姫がいきなり離れて行った珊瑚たちを訝しんだ瞬間、

「風穴っ!!」
弥勒の右腕の封印が解かれ風穴の力が解放される。そして鳥たちは何かに吸い込まれるような巨大な力に襲われた。

「なっ!?」
阿毘姫の視線の先には弥勒の右手に次々に吸い込まれていく鳥たちの光景が広がっていた。


(すごい…これが風穴…!!)
弥勒の後ろに隠れながらかごめは目の前の光景に目を奪われていた。まるでブラックホールに吸い込まれるように鳥たちが風穴に吸い込まれていく。犬夜叉から話は聞いていたが実際に目の当たりにするとその凄さに恐怖すら感じた。

(くそっ…ここはいったん引くしか…!)
阿毘姫は自分たちの不利を悟りそのまま村から逃げようとする。しかしその隙を珊瑚は見逃さなかった。

「逃がすか、飛来骨!!」
飛来骨が凄まじい勢いで阿毘姫に迫る。そしてそのまま阿毘姫は飛来骨によって両断されてしまう。

「そんな……この……私が……。」

力を失った阿毘姫はそのまま鳥たちと共に風穴に飲み込まれていった……。


「ふう……終わりましたか……。」
弥勒はそのまま右手の風穴を閉じ安堵の声を上げる。風穴は使えば使うほど広がってしまうため弥勒はできる限り風穴を使わないようにしていた。しかし今回は場合が場合なので使わざるを得なかったのだが。

そして村人たちも安心しかけたその時、巨大な鳥が村に降り立ってきた。その妖気も阿毘姫とは比べ物ならないほど巨大なものだった。

「何者です!?」
村人たちを守るように前に出ながら弥勒が問いかける。

「よくも私の娘を殺してくれたね……。村ごと皆殺しにしてくれる!!」
巨大な鳥は阿毘姫の母親である鉄鶏だった。そしてただでさえ強力な妖怪であるにも関わらず四魂のカケラを使っているためさらに妖力が増してしまっていた。

(これは……風穴を使わなければ厳しそうだな……!)
弥勒は迷いながらも右手に手をかけようとする。しかしその瞬間犬夜叉が弥勒を庇うように前に現れた。

「てめえが親玉だな……。」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。

「ふん、半妖風情がこの私に楯突こうっていうのかい?」
鉄鶏はそんな犬夜叉を見て嘲笑いながら言葉をつなぐ。

「関係ねえ、俺はお前らが気に食わねえから倒すだけだ!」
犬夜叉は鉄鶏の殺気と妖気を浴びながらも何食わぬ顔でそう告げる。弥勒はその様子を見て犬夜叉の加勢に入ろうとするが

「大丈夫、犬夜叉なら心配ないわ。」
かごめが弥勒にそう話しかける。

「しかし……」
そう弥勒が何か言いかけた瞬間

「死ねえええ!!」
鉄鶏の口から犬夜叉に向けて巨大な炎が放たれる。犬夜叉はそれを避ける間もなく炎に飲み込まれてしまう。その後辺り一帯は焼け野原に代わってしまっていた。

「ふん、半妖如きが私に逆らうからさ。」
そう言いながら鉄鶏が弥勒たちにその矛先を向けようとした時、炎の中に人影があることに気付いた。

「なっ……!?」
そこには火傷一つ負わずに無傷でたたずんでいる犬夜叉の姿があった。
犬夜叉は鉄砕牙の鞘の力と火鼠の衣によって炎から身を守っていた。そしてまさか自分の攻撃を受けて無傷で済むものがいるとは思わず鉄鶏はそのまま怯んでしまう。

「悪いが手加減はしねえ……。」
犬夜叉はそのまま鉄砕牙に妖力を込める。その刀身から風の傷が渦巻く。そして

「風の傷っ!!」
犬夜叉は全力で鉄砕牙を振り切った。凄まじい風と衝撃があたりを襲う。その威力によって鉄鶏の体は粉々に砕け散ってしまった。弥勒はその様子を呆然とした様子で眺めていた。

(まさかこれほどとは……)
弥勒は阿毘姫との戦いを見ている限りでも犬夜叉はかなりの実力者だとは思っていたがここまで圧倒的だとは思っていなかった。
そして弥勒は残骸の中に四魂のカケラがあることに気付く。

(ちっ、せっかく見つけた四魂のカケラも邪気まみれか。おれには危なくて触れねえ……。)
四魂のカケラは鉄鶏に喰われた人間の血によって邪気にまみれてしまっていた。仕方なくそのままあきらめようとした時

「これ、誰が持つ?手伝ってもらっちゃったし……。」
そういいながらかごめは無造作にカケラに手を伸ばす。

「あ……。」
弥勒はそれを止めようとするがかごめはあっさりとカケラを拾い上げてしまった。それを見た弥勒は

「…かごめ様がお持ちください。」
そう告げる。

「いいの?」
かごめはすぐにそんなことを言われるとは思っていなかったのか驚くように尋ねる。

(この女、カケラの邪気を浄化した……)
弥勒はそのまま少し考えるようなしぐさを見せてから

「その代わり、私も旅に同行させていただきたい。」
そう犬夜叉たちに頼んできた。

「いいのか、弥勒?」
犬夜叉としては願ったり叶ったりなのですぐに了承したかったが一応弥勒に確認する。

「ええ、皆さんお強いようですし……何より美しいおなごと一緒のほうが楽しいですからな。」
そういいながらかごめと珊瑚に目を向ける。しかしかごめはその言葉におびえるように珊瑚の背中に隠れてしまう。

「もしまたかごめちゃんに手を出したら許さないからね……。」

「……はい。」
冗談ではない雰囲気を発しながら珊瑚が弥勒に忠告する。そんな様子に苦笑いするしかない犬夜叉。そして

「よろしく頼む。弥勒。」
「よろしくね、弥勒様。」
「……よろしく、法師様。」
「よろしく頼むぞ、弥勒!」

四人が弥勒に向かって告げる。

「こちらこそよろしくお願いします。」
弥勒は笑いながらそれに答える。

この瞬間、新たに弥勒が仲間に加わった。




「そういえば一つ犬夜叉に確認しておかねばいけないことがありました……。」
真剣な様子で犬夜叉一人に弥勒が話しかけてくる。

「何だ、弥勒……?」
犬夜叉もそれに合わせ真剣な表情で弥勒の話に聞き入る。そして弥勒は

「かごめ様と珊瑚、どちらが本命なのですか?それともお二人とも…?」
真面目にそんなことを聞いてきた。

「…………。」

この時犬夜叉は初めて本気で弥勒を仲間にしたことを後悔したのだった……。



[25752] 第二十四話 「人と妖怪」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/18 14:36
ある城の中で長髪の若い男が一人薄暗い部屋で座り込んでいる。それはその城の殿に成り代わった奈落の姿だった。

(体の治りが遅い……)
奈落は自分の体に目をやる。一見何の怪我もないように見えるが実際に中身はまだ治りきっておらずその回復にも時間がかかっていた。

(やはりあの女の矢のせいか……)
奈落はその時の戦いを思い出す。自分を貫いた矢は間違いなく破魔の矢だった。

(ただの破魔の矢ならこれほどまで回復が遅れるはずがない……やはりあの力は……)
そう奈落が考えていると

「殿、よろしいですか?」
この城の家来から声がかけられる。

「なんだ。」
どうでもよさげに奈落がそれに答える。

「いえ…殿にぜひ会いたいという巫女がおりまして……」

「巫女……?」

奈落がその言葉に反応し振り向いた瞬間、家来は糸が切れたように床に倒れてしまう。そしてその後ろから巫女姿の女性が姿を現す。

「貴様は……!!」
その巫女の姿に奈落は目を見開く。その巫女は間違いなく自分が殺したはずの桔梗だった。

「どうした、そんなに私が怖いのか…?せっかく会いに来てやったというのに……。」
桔梗は冷たく笑いながら奈落を見据える。

(この女…死人か……)
奈落は桔梗が纏っている雰囲気から桔梗が死人であることに気付いた。そしていつでもこの場を逃げれるように算段をつける。

「死人がわしに何の用だ……?」
平静を装いながら奈落が尋ねる。

「ふ……あの鬼蜘蛛が上手く化けたものだ……。今は妖怪…いや…半妖奈落か。」
桔梗がそう口にした瞬間、奈落から凄まじい殺気が溢れだす。

「わしが…半妖だと…?」

「上手く化けたつもりだろうがお前に混ざり込んだ人間…野盗鬼蜘蛛の気配は消せはしない。」
桔梗はさらに続ける。

「だからこそお前は四魂のカケラを欲している。完全な妖怪の体を得るために……。」

そして桔梗は奈落に向かって何かを投げつける。それはかごめから奪った四魂のカケラだった。

「……そこまで分かっていながら何故四魂のカケラを渡す……?この奈落は五十年前、貴様を死に追いやったに憎い仇…それを知っていながら……。」
桔梗の狙いが分からない奈落は桔梗を問いただす。

「ふっ…あの時、私の肉体は滅びた……だが…むしろ今、仮の体でこの世にある今のほうが生きている気がする。」
桔梗は自嘲気味な笑みを見せながら

「愛することも憎むことも…私の魂はあの頃よりずっと自由だ。」
そう告げる。

そして桔梗は奈落に背を向け部屋を出て行こうとする。
「私は逃げも隠れもしない。私に会いたくなったら使いをよこすがいい。鬼蜘蛛……。」

そんな桔梗を見ながら
「ならばわしがこの四魂のカケラを使って犬夜叉を殺してもかまわないというのだな?」
奈落はそう挑発する。しかしその瞬間、桔梗の殺気が奈落を貫いた。

(くっ……。)
その殺気に飲まれ奈落はそれ以上桔梗に話しかけることはできなかった。


(桔梗が何を考えているかは知らんが……この四魂のカケラを使い今以上の力を…そして桔梗を想うこの鬼蜘蛛の心も消し去ってくれる……!)

奈落は四魂のカケラを握りながら新たな力を得ようとしていた……。




ある森の山中でりんと邪見は地面に座り込んだまま向かい合っていた。

「殺生丸様どこに行っちゃったのかな、邪見様?」
「そんなことわしが知りたいわい……。」
りんが邪見に話しかけるも邪見は不機嫌そうに答えた後大きな溜息をつく。

(まったく……本当ならわしもついていけるのに、りんのお守にわしが残らなければならないとは……。)

殺生丸は今この場にはおらず二人を残してどこかに行ってしまっていた。当然邪見たちも付いていこうとしたのだが殺生丸によってそれを禁じられ今に至っていた。

「邪見様、溜息つくと幸せが逃げるんだよ。」
「うるさいわい!」
りんはそんな邪見の心境を知ってか知らずか次々に話しかけてくる。

「ねえ邪見様、殺生丸様はどうして旅をしてるのかな?」
「ふん、そんなことも分からんのか。殺生丸様は強さというものを追い求めておられる。そしてその強さで父君を超えることが殺生丸様の目的なのじゃ。」
邪見は威張りながらそうりんに告げる。もちろん殺生丸がそう邪見に直接話したわけではないがそれは事実だった。

「じゃあ殺生丸様はもっと強くなるの、邪見様?」
「当然じゃ、その暁には父君のようにこの国を支配するに違いないわい!」

「楽しみだね、邪見様。」
りんは邪見の言葉を真に受けそう答えるしかし

「りん、お前それまでわしらと一緒におるつもりなのか?」
邪見は驚いたようにりんに尋ねる。

「え……ダメなの?」
そんなことを言われるとは思っていなかったりんは思わず邪見に聞き返してしまう。

「ダメではないが……殺生丸様といえど国を支配するには長い時間がかかるじゃろう。わしら妖怪にとって百年やそこらはどうってことないがお前は人間じゃからな。そのころにはとっくに死んでおるじゃろう。」
邪見は淡々と事実をりんに伝える。

「大丈夫だもん!りんは……殺生丸様と邪見様とずっと一緒にいるんだもん!!」
りんは邪見の言葉を認められず大声で反論する。

「し…仕方なかろう……。」
その様子に驚きながらもりんを諭すように邪見は言葉を続ける。しかし

「邪見様の馬鹿っ!!」
りんは涙を流しながらそのまま森の中に走って行ってしまう。

「こ…こら、りん!待たんかっ!………げふっ!!」
その後を邪見が慌てて追おうとするが足がもつれ転んでじまう。邪見が顔を上げると既にりんの姿は見えなくなってしまっていた……。




りんと邪見たちがいる森から少し離れた場所を一人殺生丸は進んでいた。そしてある一本の木の前に辿り着いた瞬間、殺生丸は足を止めた。

「そろそろ尋ねてくる頃だと思っとった…殺生丸……。」
そして突然その大きな木から老人の様な声が聞こえてきた。

「私が来ると分かっていただと……?」
殺生丸が鋭い目つきで木を睨みつける。すると木から老人の様な顔が浮かび上がってきた。

「わしの所に来たということは刀の話であろう……。」
木の老人はそんな殺生丸にも怯むことなく話しかける。

この木の老人は朴仙翁(ぼくせんおう)と呼ばれる樹齢二千年の朴の木であり鉄砕牙と天生牙の鞘はこの朴仙翁の枝から削り出されたものだった。

「ふん……朴仙翁、貴様なら知っているだろう、天生牙の冥道残月破の冥道を広げる方法を……。」

表情一つ変えず殺生丸が朴仙翁に問いただす。朴仙翁は少し思案した後

「殺生丸……お主、天生牙をただの武器だと思っているのではないか?」
そう殺生丸に聞き返す。

「何……?」
言葉の真意をつかめない殺生丸はそのまま朴仙翁を睨みつける。

「天生牙と鉄砕牙は意志を持っておる…。そして自らが認めた使い手にしか力を貸さん。だからこそ天生牙はお主を、鉄砕牙は犬夜叉を使い手として認めたのだ……。」
朴仙翁の言葉を聞きながら殺生丸は腰にある天生牙に目をやる。

「そして天生牙と鉄砕牙を真に使いこなすためにはそれにふさわしい使い手の強さと心が必要になる……。」

「強さと心だと……?」

「左様、犬夜叉の心については鉄砕牙は完全に認めておる。しかし鉄砕牙の強さに犬夜叉の強さが追い付いておらん……。そして殺生丸、お主は犬夜叉とは逆だ。天生牙はお主の強さは認めておるがその心を完全に認めてはおらん。」


(心だと……)
殺生丸はかつての刀々斎の言葉を思い出す。刀々斎は天生牙を打ち直す際に自分の心に足りないものがあると言っていた。そして同時にある言葉が殺生丸の頭をよぎる。


『殺生丸よ……お前に守るものはあるか……?』


それは父が自分に最期に遺した問いだった。

「お主が天生牙を持つにふさわしい心を手に入れた時、冥道残月破は完成するだろう……。」

朴仙翁はそう言い残し姿を消す。殺生丸はそのまましばらく天生牙を見つめた後その場を後にしたのだった……。




(邪見様の馬鹿……)
りんは一人森の中で膝を抱えたまま座り込んでいた。邪見の言葉を認めたくない一心で怒り飛び出してきてしまったもののどうしていいか分からずりんは途方に暮れていた。

(人間か……)
りんは自分と殺生丸たちの違いを考える。人間と妖怪には寿命や強さなどどうしても越えることのできない壁が存在している。それはどうしても覆すことができないものだった。

(りんも妖怪に生まれてれば殺生丸様たちとずっと一緒にいられたのかな……)
そんなことを考えているとりんは近くの茂みに何かの気配があることに気付いた。

(なんだろう……妖怪かな……?)
りんが恐る恐る音がしたところを覗き込む。そこには

「あんた、誰……?」

りんと同じぐらいの年齢の少女が座り込んでいた。




「それでね、邪見様が崖に落ちちゃったの。そしたら殺生丸様がね……」

りんが少女に向かっていろいろなことを話し続けている。しかし少女はそれを嫌がっているわけではなく真剣に話に聞き入っていた。少女の名は紫織(しおり)。この近くの村に住んでいる少女だった。初め紫織はりんを怖がっていたのだがりんの天真爛漫さに触れ二人でおしゃべりをすることになったのだった

「ごめんね紫織、りんばっかり話しちゃって。よくうるさいって怒られるんだ。」
りんはずっと自分ばかりが話し続けていることに気付き紫織に謝る。

「いい、りんの話面白いから。」
しかし紫織はそんなことは全く気にしていないようだった。

「そういえば紫織はどうして一人で森にいたの?」
りんが今さらになって紫織に尋ねる。紫織は少し悩むような仕草を見せた後

「……うち、半妖だから……。」
そう呟く。紫織は半妖だということで村でも腫物のように扱われていた。そのため自分が半妖だとバレるとりんも自分を怖がるのではないかと思いなかなか言い出せないでいたのだった。しかし

「半妖なんだ。犬夜叉様と一緒だね。」
りんは特に気にした風もなくそう告げる。紫織は自分が半妖だと知ってもそれまでと同じ様に接してくれるりんに驚いてしまう。

「どうしたの、紫織?」
突然黙り込んでしまった紫織を心配してりんが話しかける。

「ううん、何でもない。」

紫織はそんなりんを見ながら微笑むのだった。


「じゃあ、紫織は父親が妖怪で母親が人間なの?」
「うん、父上はもう死んじゃったんだけどかあちゃんは元気。」
二人はおしゃべりをしていく内に身の上話へと内容が移って行った。

「りんのおっとうとおっかあは野盗に殺されちゃったんだ……。」
りんはその時のことを思い出したのか少し悲しげな表情を見せる。それに気付いた紫織は心配そうにりんを見つめる。しかし

「でも今は寂しくないの。殺生丸様と邪見様が一緒だから!」
りんは元気一杯にそう告げる。

そんなりんの姿に紫織が思わず見とれていると

「紫織、こんなところで何してるんだい?」
「かあちゃん……」

一人の女性が二人のほうに向かって森をを進んでくる。紫織の母親が紫織を探して森までやってきたのだった。


その後りんは紫織とその母親に誘われ二人の村に訪れていた。ちょうどお昼時であったためりんは二人に昼食を御馳走になっていた。

「ごちそうさま、ありがとう!」
りんが紫織の母親に向かってお礼を言う。りんはすっかり二人の家になじんでしまっているようだった。母親はそんなりんの様子を見て優しく微笑みながらりんに話しかける。

「初めての紫織の友達だからね。これぐらいはしてあげないとね。」
紫織は母親の言葉が恥ずかしかったのか部屋の隅の隠れてしまう。

「でもこれからどうするんだい?また一人で森に戻るの?」

「大丈夫。殺生丸様と邪見様が迎えに…」
そう言いかけたところでりんは自分が邪見と喧嘩をしてしまっていることを思い出す。

(邪見様怒ってるだろうな……。もうりんのこと嫌いになっちゃったかな……。)
りんが急に落ち込んでしまったことを心配し紫織の母が話しかけようとした時

「百鬼蝙蝠が出たぞーっ!!」
村中にそんな叫び声が響き渡った。

「ひゃっきこうもり……?」
りんが自分の知らない言葉に首をかしげる。そして紫織と紫織の母親がつらそうな顔をしていることに気付いた。

「……さあ、行くよ。紫織。」

「………」
紫織は母親の言葉に従うままに家を出て行こうとする。

「紫織?」
りんは慌ててその後を追っていった。

百鬼蝙蝠は人間や妖怪を餌にして血を吸う恐ろしい妖怪であり村には巨大な百鬼蝙蝠の頭領であり紫織の祖父でもある大獄丸が訪れていた。

「約束通り紫織を連れに来たぞ……。」
大獄丸が紫織の母に向かって話しかける。

「約束だ、娘は引き渡す!そのかわり二度と村を襲うなよ!」
紫織の母は気丈に振る舞いながら大獄丸に叫ぶ。

「げへへへへ、ああ約束だ。」
大獄丸はそんな紫織の母の様子が可笑しいのか笑いながら約束する。

「さあ、紫織、祖父殿の所に行きな。」
紫織の母は紫織に振り向きながらそう告げる。しかし

「……うち、やっぱりいやだ。じいさまこわいよ……。」
紫織は怯えながらそう答える。だが

「行ってくれ紫織。」
「村のためだぞ。」
村人たちがそんな紫織に向けて心ない言葉を放つ。

「………。」
紫織の母はそんな村人の様子を見ながらも何も言い返さない。

「かあちゃん……。」
紫織は悲しげな表情をしながら大獄丸の元に向かっていく。

(紫織……そっちのほうが……お前は幸せになれるんだ……)

紫織の母はそう自分に言い聞かせる。そして紫織が大獄丸に連れて行かれようとした時

「紫織っ!!」
りんの声が村に響き渡った。

「どうしてみんな紫織にひどいこと言うの!?紫織を助けようよ!!」
りんは村人たちに向かって訴える。しかし村人たちは一人としてりんの言葉に耳を傾けようとしなかった。

「紫織っ……!!」
そんな村人の様子に失望し一人で紫織を助けようとりんが大獄丸に向かっていこうとする。しかしそれを紫織の母はりんを抱きとめながら止める。

「何だ、その小娘?」
大獄丸がそんな様子に気付き問いかけてくるが

「何でもない、もう用はないだろう!早く村から出て行ってくれ!」
紫織の母はりんの口を塞いだままそう答える。

「ふん……まあいい。確かに紫織は譲り受けた……。」

「………」

そう言いながら大獄丸は紫織を連れ村を去って行く。紫織は最後まで母とりんを見続けていた……。




「どうしてみんな紫織を助けてくれないの?」
百鬼夜行たちが去り何とか落ち着きを取り戻したりんは改めて紫織の母に尋ねる。

「………」
紫織の母は難しい顔をしたままそのまま黙りこんでしまう。しかしりんの真剣な様子に何かを感じたのか理由を話し始めた。

紫織の父親である月夜丸(つくよまる)は優しく人間を殺さない百鬼蝙蝠であり、紫織が生まれてからは仲間を説得し村は百鬼蝙蝠に襲われることがなくなったこと。
しかしある日、月夜丸が亡くなり止める者がいなくなりまた百鬼蝙蝠が村を襲い始めてしまった。
時同じくして月夜丸の父、紫織の祖父にあたる大獄丸が村を訪れ紫織を引き渡せば村には手を出さないと言ってきた。それは大獄丸や月夜丸は代々百鬼蝙蝠の巣を守る役目をしておりその血を引く跡目として紫織が必要であるためだった。

「あちらで暮らしたほうが…あの子のためだと……。それで村が助かるならと思って……。」
紫織の母は苦渋の表情でそう呟く。

「………」
りんは話の内容をすべて理解したわけではなかったが紫織の母が紫織を嫌ってあんなことをしたわけではないことが分かりそれ以上何も言えなくなってしまった。
そして時間が流れりんが何かを話しかけようとした時、家の外が騒がしいことに気付いた。

「いったい何が……?」
紫織の母が慌てて家の外の様子を見に行こうし、りんもその後に続いく。家の外に出た二人が見たものは百鬼蝙蝠に襲われている村人たちの姿だった。

「そんな……どうして……。」
目の前の光景を信じられない紫織の母はその場から動けなくなってしまった。そして百鬼蝙蝠たちが紫織の母に気付き襲いかかってくる。

「早くここから離れなきゃ!」
りんが必死に紫織に母を動かそうとするがりんの力では女性の体を動かすことはできなかった。百鬼蝙蝠たちがりんの目の前にまで迫ってくる。その恐怖でりんは声を出すこともできなかった。

(殺生丸様……!!)
りんはそのまま眼を閉じる。しかしその瞬間

「人頭杖!!」
どこからともなくりんを守るように炎が百鬼蝙蝠たちを焼き払っていく。それは邪見が持っている人頭杖によるものだった

「大丈夫か、りん!?」
邪見が慌ててりんに近寄る。りんは邪見がいることに驚き動きを止めてしまう。そして

「邪見様―っ!恐かったよーっ!」
そう言いながらりんは邪見に飛びつく。りんの目には涙が溢れていた。

「全く……あまり面倒をかけさせるでない!」
邪見はそのままりんを庇うように百鬼蝙蝠に向かって人頭杖を構える。百鬼蝙蝠たちもそれを警戒し距離を取る。そしてしばらく緊張が続いた時

「ほう…余計な邪魔が入ったようだな……。」
そんな老人の声が村に響く。その声の主は大獄丸だった。そしてその手には紫織が乗っていた。

「紫織……!!」
紫織の母がそのことに気付き声を上げる。

「村が……。」
村の惨状を見た紫織は言葉を失ってしまう。

「気にするな紫織、お前や母をいじめた奴らだ……それに安心せい。結界でわしをちゃんと守れば母の命だけは助けてやるからの。」
大獄丸はそんな紫織を言葉巧みに説得する。そして大獄丸がやってきたことで士気が上がったのか百鬼蝙蝠たちが再びりんたちに襲いかかってくる。その数は先ほどまでの比ではなかった。

「邪見様……。」
りんはその様子に不安そうな声を上げる。

「心配するなりん、わしから離れるでないぞ!」
邪見はりんを背中に庇ったまま己を奮い立たせる。

(りんに何かあればわしが殺生丸様に殺される……!!)
邪見は百鬼蝙蝠よりもそのことを最も恐れていた。

そして百鬼蝙蝠が邪見たちに近づこうとした瞬間、村はとてつもない衝撃破に襲われた。

「きゃあっ!」
「何じゃっ!?」
りんと邪見が驚きの声を上げる。砂埃がおさまった後には自分たちを襲おうとした百鬼蝙蝠たちは一人残らず消え去ってしまっていた。

「こ、これは……」
邪見が状況を理解しかけた時

「何をしている……りん、邪見……。」
闘鬼刃を手に持った殺生丸がこちらに近づいてきた。

「せ…殺生丸様……!」
思わず声を震わせてしまう邪見。その背中は冷や汗でびっしょりになっていた。

「殺生丸様っ!」
りんは嬉しそうな声を上げながら殺生丸に近づく。大獄丸は自分の仲間を一瞬で葬った殺生丸に視線を向ける。

「貴様……妖怪のくせに人間の味方をするのか!?」
大獄丸が戦闘態勢に入りながら殺生丸に向かって恫喝する。しかし殺生丸はそれを全く気にせず闘鬼刃を大獄丸に向けながら

「気に食わん臭いがしたから斬りに来た……それだけだ……。」
そう告げた。


その瞬間、大獄丸は殺生丸に向かって強力な妖力破を放ってきた。しかし殺生丸はそれをりんと紫織の母を抱えながら難なくかわす。

「ひょええっ!」
そんな中、邪見だけは置いてきぼりを食らい自力で何とか難を逃れていた。

そして殺生丸は二人を地面に下ろし大獄丸に向かって飛び上がって行く。その時

「殺生丸様、紫織は騙されてるだけなの!だから……!」
りんがそう殺生丸に懇願する。殺生丸はりんを一瞥した後すぐさま大獄丸の向かっていく。


「貴様っ!!」
大獄丸は避けることができない至近距離で妖力破を再び殺生丸に向けて放つ。
しかし殺生丸は闘鬼刃の剣圧のみでそれをかき消してしまった。

「何っ!?」
自分の全力の一撃がこうも簡単に防がれるとは思いもしなかった大獄丸は怯んでしまう。

「終わりだ。」
その言葉と共に殺生丸が闘鬼刃を振り下ろす。その瞬間、大獄丸は闘鬼刃の妖力破をまともに食らってしまった。そしてその衝撃で辺りは煙にまぎれてしまう。

「おお、流石は殺生丸様!」
邪見がその様子を見て感嘆の声を上げる。しかし煙が晴れた後には無傷の大獄丸の姿があった。その周りには赤い球体の結界が張られていた。それは紫織の力によるものだった。

「げへへへ、でかした紫織。」

「………」
紫織は無表情のまま何も答えようとしない。

「殺生丸様……。」
りんは戦いの邪魔にならないところに紫織の母とともに移動しながら殺生丸と紫織を心配する。

(いくら強力な結界といえど殺生丸様の攻撃で無傷で済むはずが……もしや本当に半妖の小娘を傷つけぬように手加減を……!?)
邪見があり得ないと思いながらもりんたちの後に続く。

「大獄丸!もうこれ以上は……」
無言で村の惨状を見続けていた紫織の母だったがついに大獄丸に向かって叫ぶ。

「ん?」

「この村は……お前様の息子、月夜丸殿が生きている間は平和だった!月夜丸殿が守っていてくれたからだ!」
紫織の母は紫織にも届くように月夜丸の想いを大獄丸に伝える。そして紫織もその言葉に耳を傾けていた。

「私と紫織の平穏な暮らしを願って…この村を襲わずにいてくれた!その月夜丸殿が遺された気持をどうか察して……。」
目に涙を浮かべながら紫織の母は大獄丸に懇願する。しかし

「奴が遺した気持ち…か。世迷言を……。」
大獄丸は邪悪な笑みを浮かべながらそれに答える。

「月夜丸…我が息子ながら愚か者であった。人間の女になぞ惚れたばかりに死期を早めたのだからな……。」

「……どういうことだ?」
大獄丸の言葉に言い知れぬ不安を感じながら紫織の母が聞き返す。

「お前の言う通り月夜丸はこの村を守るといった。もしそれが叶わぬならこの大獄丸から受け継いだ結界の守り役の座を捨てて一族を去るとまで……。もはや奴は心まで人間の女に骨抜きにされおった。だから……。」

大獄丸は紫織の母を見据えながら

「このわしが月夜丸をあの世に送ってやったのよ。」

そうはっきりと告げた。


「そんな………。」
紫織の母はそのまま力なく地面に座り込んでしまう。りんはそれを何とか支えようとする。

「ひどい……ひどいよ……。」
りんの目には涙が溢れていた。

「………」
殺生丸はそんな二人の様子を見た後に鋭い目つきで大獄丸を睨みつける。

「何だ、貴様も月夜丸と同じように人間に骨抜きにされた妖怪か?ならばお前もわしの手であの世に送ってくれよう。」
そう言いながら大獄丸が再び殺生丸に向かって戦闘態勢を取る。

それに合わせて殺生丸も闘鬼刃を構えようとした時、腰にある天生牙が騒ぎだしていることに殺生丸が気付く。それは殺生丸の心の変化に天生牙が応えたものだった。

(抜けというのか……)
そして殺生丸はそのまま導かれるように天生牙を鞘から抜く。

「ふん、貴様の攻撃は結界を破ることができなかったではないか!」
大獄丸は絶対の自信を見せながら殺生丸の襲いかかろうとする。

「紫織、結界を張り続けるのじゃぞ!」
大獄丸がそう紫織に命令する。しかし

「………出て行け。」
「あ?」
先程までと紫織の様子が違うことに大獄丸が気付く。


「父上の仇だ。」
「な!?」
そう紫織が告げた瞬間、大獄丸が紫織の結界からはじき出される。

(たかが半妖の分際でこのわしを…いや…この小娘にこれほどの力があったとは。この大獄丸ですらこのように結界を操ることはできなんだ……!)

そして大獄丸はなんとか体勢を整える。紫織は結界を解いてしまったことで空から地面に落ちて行ってしまう。

「紫織―――っ!!」
紫織の母が何とか受け止めようと走るが間に合わない。そのまま紫織が地面に激突しかけた時

「ふんっ!!」
邪見が危機一髪のところで紫織を受け止める。

「邪見様!」
りんがそんな邪見を見て思わず歓声を上げる。

(全く……なんでわしがこんなことばっかり……)
邪見は心の中で大きな溜息をつくのだった。

「どうした、半妖の小娘がいなければ何もできないのか?」
殺生丸が冷たく大獄丸に言い放つ。

「くっ……この大獄丸をなめるでないわ!!」
そう言いながら大獄丸は赤い玉の様なものを取り出す。それは血玉珊瑚と呼ばれる百鬼蝙蝠に代々受け継がれてきた宝玉であり強い結界を作り出すものだった。
大獄丸は血玉珊瑚の力を使い再び結界を張る。

「貴様はわしに傷一つ負わせることもできんっ!捻りつぶしてくれるわ!!」
そのまま大獄丸は殺生丸を握りつぶそうと向かってくる。殺生丸はそれを見据えながら


「冥道残月破!」
天生牙を振り下ろした。

その瞬間大獄丸の体は巨大な黒い球体に包まれる。それは完全な真円にはなっていなかったが大きさはこれまでの人間大しかなかったものとは比べ物にならなかった。

「ば…馬鹿な!?結界をすり抜けて……!?」
大獄丸は自分の結界を無視してくる未知の攻撃に恐怖する。何とかそれから逃れようとするが大獄丸はそのまま冥界へと送り込まれてしまった……。



「ごめんね……紫織……辛い思いをさせたね……」。
「かあちゃん……。」
紫織と紫織の母は抱き合いながら涙を流す。そしてそんな二人をりんたちは少し離れた所から眺めていた。

「よかったね、邪見様。」
「ふん、人間の親子のことなどどうでもいいわ。」
りんの言葉をそっぽを向きながら邪見は否定する。そしてりんと邪見がじゃれあい始めると

「行くぞ。」
そう言い残し殺生丸は村から森に向かって歩き出す。

「お…お待ちください、殺生丸様!」
邪見が慌ててその後を追う。りんもその後を追おうとした時

「りん!」
紫織がりんに向かって声をかけてくる。りんはその言葉に振り返る。そして

「ありがとう、また来てね!」
紫織は恥ずかしそうにしながらも精一杯の声でりんにそう告げる。

「うん、またね!」
りんは満面の笑顔でそれに答えるのだった……。




村から出発してしばらくして殺生丸が一人先を歩いている状況で邪見はりんに向かって説教をしていた。

「今回のことで懲りたじゃろう、りん。これからはきちんとわしの言うことを聞いて……ってこら、りん!」
説教を聞いていたはずのりんがいつの間にか殺生丸の横に並んで歩いた。

「助けてくれてありがとう、殺生丸様!」
りんは微笑みながら殺生丸のお礼を言う。殺生丸もその声は聞こえているはずだがそのまま無言で歩き続ける。そしてりんもその横を黙って歩き続ける。それから少しの沈黙の後


「殺生丸様………もしりんが死んでも…りんのこと覚えていてくれますか……?」
そう殺生丸に尋ねた。


殺生丸はその言葉に思わず足を止めてしまう。その表情は驚きを現していた。

りんは少し儚げな表情で殺生丸を見つめる。しかし殺生丸はすぐにいつもの無表情に戻り

「………馬鹿なことを。」
そう言い残し先に歩いて行ってしまう。そしてその後にすぐに邪見が二人に追いついてきた。

「こら、りん!わしを置いていくなと言っておろうが!」
「ごめんなさい、邪見様。」
りんは笑いながら邪見に謝る。それが気に入らない邪見はさらに怒りながらりんにむかって説教をする。そして阿吽も三人を見つけその後についていく。


一行は今日もにぎやかに旅を続けて行くのだった……。




[25752] 第二十五話 「悪夢」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/20 03:18
薄暗い部屋の中で二人の男性が向かい合っている。それは犬夜叉と弥勒だった。真剣な話をしているのか二人とも真面目な顔で互いに向かい合っている。

「そこで私は言ったのです……。私はこの地を去らねばなりません。ですがそなたと出会った証に……私の子を産んでくださらぬかと……。」
目を閉じながら感慨深げに弥勒が呟く。犬夜叉はそれを聞き逃すまいと聞き耳を立てている。

「そのまま私はそのおなごに近づき肩を抱きながら着物に手を伸ばし……」

弥勒がそこでわざと話を止めタメを作る。犬夜叉は思わず息をのむ。そして弥勒がさらに話を続けようとした時

「何やってるの……犬夜叉、弥勒様……。」
冷たい目をしているかごめと珊瑚がいつの間にか二人の後ろに立っていた。



「全く、何やってるんだか……。」
そう言いながら珊瑚が呆れたように溜息を吐く。犬夜叉は少し離れたところでかごめに説教をされているところだった。

「よいではありませんか、犬夜叉とて十四歳、そういうことに興味があって当たり前です。」
一人で頷きながら弥勒はそう続ける。

「法師様はそんなことばっかりな気がするけど……。」
珊瑚が弥勒を軽蔑するような眼で見ながらそれに答える。しかし

「何を言いますか、私は自分に正直に生きているだけです。」
弥勒は自信満々にそう答える。

「法師様はそれでいいけど……犬夜叉に妙なことを吹き込むのはほどほどにしたほうがいいよ。犬夜叉かなり純粋だから真に受けちゃうだろうし……。」

やっと説教が終わったのか忠犬のように頭を下げながら犬夜叉がかごめに付いてきながらこちらに戻ってくるのだった。


今、犬夜叉たちはある村の領主の家の一室に集まっている。理由は言うまでもなく弥勒がインチキなお祓いを行ったためだった。弥勒が仲間になってからはこの方法が主流になったためいいか悪いかは別にして犬夜叉たちは野宿をすることがほとんどなくなっていた。

「しかしやはり不思議なものですね……。」
「ほんとだね……。」
そう言いながら弥勒は犬夜叉の頭を、珊瑚は犬夜叉の体のあちこちを触っている。

「お前ら……いい加減にしろよ……。」
犬夜叉はそんな二人にいいようにおもちゃにされながら耐えている。その髪は黒に、犬の耳はなくなってしまっていた。今日は犬夜叉が人間に戻ってしまう朔の日だった。

「今の犬夜叉はただの人間じゃからな。おらたちが守ってやらねば!」
七宝は胸を張りながらそう威張り散らす。

「ふん、今は珊瑚も弥勒もいるからな。七宝の世話にはならねえよ。」
「なんじゃとっ!」
そう言いながら二人は喧嘩を始めてしまう。

「もう……。」
かごめはそんな二人を見ながら呆れたような声を上げる。

「とにかく今日は無理をせずここで夜を明かすことにしましょう。」
弥勒がそんな犬夜叉たちを気にせずそう告げる。弥勒が仲間になってから犬夜叉一行はさらににぎやかになったのだった。

そして部屋には料理が次々に運ばれてくる。それはどれも豪華なものばかりだった。
「おら弥勒が仲間になってほんとによかったとおもっとるぞ!」
「俺もだ!」
七宝と犬夜叉は料理に目を奪われながら調子がいいことを口にする。

「意地が悪いわよ、二人とも。」
「何だよ、じゃあかごめは食べないんだな。」
「た…食べるわよ!」
犬夜叉たちはめったに食べることのできない御馳走に浮足立っていた。そして皆が落ち着きいよいよ料理を食べようとした時

「ここにいやしたか、弥勒の旦那。」
部屋の前からそんな声がいきなり聞こえてきた。その声のした方向には狸の姿をした妖怪が立っていた。

「おお、はちではありませんか。」
弥勒が驚きながらはちに近づく。はちは狸の妖怪、弥勒の子分格で散々こき使われているが彼を慕う舎弟だった。

「お久しぶりです、弥勒の旦那もお元気そうで。」
はちはそう言いながら部屋に上がってくる。

「今日は一体どうしたのです?」
いきなり尋ねてきたことを不思議に思った弥勒がはちに尋ねる。

「いえ、この近くで旦那がいるって噂を聞いたもんでこいつを持ってきたんです。」
そう言いながらはちは担いでいた風呂敷を床に下ろす。

「何これ?」
かごめがその風呂敷を見ながらはちに尋ねる。

「これはこの地方でとれる有名なお酒でさあ。特に今年はできがいいらしくてたまたま手に入ったんでおすそわけに来たってわけです。」
広げられた風呂敷の中にはたくさんの酒が詰まっていた。

「これはおいしそうなお酒ですね。ありがたく頂くとしましょう。はちお前も一緒に飲んで行きなさい。」

「いいんですかい?」

「せっかく持ってきてもらったんですから構いませんよ。料理もありますし。皆さんかまいませんか?」
弥勒が犬夜叉たちに向かって話しかける。

「俺は構わねえぜ。」
「おらも」
「あたしたちもいいよ。」

犬夜叉たちもそれを快諾する。そして犬夜叉たちの宴が始まった。この時には誰もこの宴が悪夢になろうとは思いもしなかった……。



「なかなかいいお酒ですね。」
弥勒ははちが持ってきたお酒を口に運びながら呟く。できがいいという話はどうやら本当のようだった。

「お前よくこんなまずいもん飲めるな……。」
そう言いながら犬夜叉は料理にがっついていた。犬夜叉も最初は酒を口にしたのだがどうしても口に合わずしかたなく酒はあきらめ料理に集中することにしたのだった。

「犬夜叉はまだまだ子供ですね。そのうち酒の良さが分かるようになります。」
「そんなもんか?」
弥勒と犬夜叉がそんな会話をしていると

「お酒ってこんなにおいしいのね。」
「確かに今まで飲んだお酒の中で一番おいしいよ。」
かごめと珊瑚がお互いに酌をしながら酒を飲んでいた。その飲みっぷりはかなりのものだった。

「あの二人を見なさい。あんなにおいしそうに飲んでいるではありませんか。」
弥勒は二人の姿を見ながら自分もさらに酒を飲んでいく。

「はち、おらにも一杯ついでくれ!」
「へい!」
七宝とはちもかごめたちに負けず劣らず飲んでいるようだった。

「でもかごめ大丈夫か、酒飲むの初めてなんだろ?」
犬夜叉とかごめは未成年ということもあり現代では酒を飲んだことがなかった。

「大丈夫、想像してたよりずっとおいしいもの。」
かごめは心配する犬夜叉をよそに飲み続ける。

「珊瑚は酒をたしなむのですか?」
弥勒が珊瑚にそう問いかける。

「あたしも元々お酒は好きなんだよ。」
珊瑚もかごめに負けじと酒を飲み続ける。犬夜叉と弥勒はそんなふたりの様子を微笑ましく見守る。しかし

「でもあたしが飲もうとするとなぜか村のみんなに止められるんだよね……。」

「「え?」」

珊瑚が何気なく言った言葉に犬夜叉と弥勒は思わず動きを止める。二人が珊瑚の言葉の意味を理解しかけた時


「一番、日暮かごめ!歌いまーす!!」
突然かごめが立ち上がりどこから持ってきたのかマイクを手にしながら歌いはじめた。犬夜叉と弥勒があっけにとられていると

「二番、日暮かごめ!踊りまーす!!」
「三番、日暮かごめ!笑いまーす!!」
かごめに変化した七宝とはちも立ち上がり騒ぎはじめてしまう。犬夜叉たちの目の前には三人のかごめが騒いでいるという訳が分からない光景が広がっていた。

「あれ……?なんらかわらしがいっぱいいる……?まあいいや、とにかくうたえー!」
一瞬正気に戻りかけたかごめだったが結局一緒に歌い始めてしまう。

「「「へいへいへ―――い!!」
三人は肩を組みダンスを踊りながら歌い続ける。犬夜叉は開いた口がふさがらない状態になっていた。

「よーし、もう一軒いくぞ―――!!」
「おお―――!!」
三人はそのまま部屋を出て行こうとしてしまう。犬夜叉はそれを何とか止めようとする。

「お…お前ら、しっかりしろ!」

そんな犬夜叉を見ながら弥勒は一人落ち着きながら酒を楽しんでいた。

「よいではありませんか犬夜叉。今宵は宴の席。少しぐらい羽目をはずすのも許しておやりなさい。」

「弥勒、てめえすかしてねえで手伝いやがれ!!」
犬夜叉が三人のかごめにもみくちゃにされながら弥勒に食って掛かる。しかし弥勒はそんな犬夜叉の様子を眺めながらも動こうとはしなかった。しかし

「あはははははは!!」
部屋中にいきなり大きな笑い声が響き渡る。それは珊瑚の声だった。

「さ……珊瑚……?」
その尋常ではない笑い声に流石の弥勒もたじろぐ。
珊瑚はふらふらになりながら立ち上がる。その顔は真っ赤に染まっており目の焦点も定まっていない。そして今の珊瑚には妙な色気が漂っていた。珊瑚はそのままおぼつかない足取りで犬夜叉に近づいていく。

「お……おい……。」
犬夜叉はそんな珊瑚を心配して声をかける。その瞬間


「いぬやしゃ―――っ!!」
珊瑚は犬夜叉に抱きついてきた。

「さ、珊瑚っ!?」
犬夜叉はいきなりのことに顔を赤くしながらも何とか珊瑚を振りほどこうとする。しかし人間になってしまっている今の犬夜叉では珊瑚の力を振りほどくことができなかった。

「あんなのほっといて……いこー?」
「い…いくう?」
「あんなすけべなほうしさまも……なんかいっぱいいるかごめちゃんもほっといて……あたしといっしょにーならくをたおしにいこー?」
「お……おい……やめ……。」

珊瑚はうるんだ瞳で犬夜叉にもたれかかってくる。犬夜叉の体には珊瑚の胸が押し付けられており犬夜叉はその感触で目が回りそうになってしまう。

「ねえ……?」
珊瑚はそのまま眼を閉じ顔を犬夜叉に近づける。犬夜叉は何とか顔をそむけようとするが珊瑚の力には逆らえない。そのまま二人の唇が触れようとした時


「おすわり―――――――っ!!!」

かごめの叫びが部屋中に響き渡る。それと同時にとてつもない爆音が辺りを襲う。それは犬夜叉が床にめり込んだ音だった。そして

「おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!おすわり!」
いまだかつてないおすわりの連射が犬夜叉を襲う。

(ま……じ……で……し……ぬ……)
犬夜叉は朦朧とする意識の中でこれまでで一番の威力の言霊と人間の体であることから
本気で生命の危機を感じていた。

「犬夜叉っ!!」
流石に危険を感じたのか弥勒が犬夜叉を助けようと立ち上がる。しかしその前に珊瑚が立ちはだかる。

「珊瑚……。」
弥勒が恐る恐る珊瑚に話しかけようとするが

「ほうしさまの……ばか――――!!」
そう叫びながら珊瑚は飛来骨を手に取り

「ひらいこつ―――!!」
それを弥勒に向かって投げつける。

「なっ!?」
弥勒はそれを間一髪で避ける。飛来骨はそのまま屋敷の壁を壊しながらあさっての方向に飛んでいってしまった。

「こ……殺す気ですか、珊瑚!?」
冗談ではすまない威力に弥勒が戦慄する。しかし珊瑚はそのまま弥勒に襲いかかろうとする。

「い……犬夜叉、珊瑚を止めるのを手伝いなさい!!」
そう弥勒が犬夜叉に助けを求めようとするが。

「この状況を見てから言え…………」
「おすわりおすわりおすわりおすわりおすわり……」

犬夜叉は息も絶え絶えにそう答える。犬夜叉はまだエンドレスおすわりに襲われていた。

「わ…悪い……。」
その惨状に思わず素が出てしまう弥勒。しかし突然かごめのおすわりが止まってしまった。

「か……かごめ……?」
ふらふらになりながらも何とか立ち上がりながら犬夜叉がかごめに話しかける。

「なによ……みんなさんごちゃんばっかり……わたしだって……わたしだって……」
かごめは俯きながら涙を流す。そして

「ぬいだらすごいんだから――――!!!」
そのまま制服を脱ぎ始めてしまった。かごめはあられもない下着姿になってしまう。

「や…やめろっ!!かごめっ!!」
犬夜叉は必死にかごめを止めようとする。

「なによ!!わたしのはだかなんてみたくないっていうの!?」
「そんなこと言ってねえだろ!?」
二人はそのままいがみ合いながらもみくちゃになっていく。どうしたものかと弥勒が考えていると

「あたしだってまけないんだから!!」
そういいながら珊瑚も着物を脱ごうとする。

「み……弥勒!!珊瑚を止めろ!!」
珊瑚はかごめと違い現代の下着はつけていない。着物を脱げば取り返しのつかないことになってしまうため犬夜叉は必死の様子で弥勒に叫ぶ。

「仕方ありませんね……。」
少し残念そうにしながら弥勒は珊瑚の手を取りなだめようとする。

「珊瑚、年頃の女性がそんなはしたないことをするものではありません……。」
弥勒は慈愛に満ちた表情でそう珊瑚に話しかける。しかし

「なにさ……いつもはすけべなことばっかりするくせに!!」
そう言いながら珊瑚は弥勒の尻を撫でまわす。

「ひっ!?」
思わず弥勒は素っ頓狂な声をあげてしまう。珊瑚とかごめはそんな弥勒を目を丸くして眺める。

そして二人は目を合わせ邪悪な笑みを浮かべる。

「ふうん。ほうしさまおんなのしりをなでるくせに……」
「じぶんのおしりをさわられるのはいやなんだ……。」
二人は手を動かしながら弥勒に詰め寄ってくる。

「お……落ち着きなさい……二人とも……話せば分かります……。」
弥勒がそう言いながら逃げようとするが

「もんどうむよう!!」
「ひいいいいい!!」
二人に捕まりもみくちゃにされてしまう。

(すまねえ……弥勒……)
犬夜叉はその隙にこの場から離れようとほふく前進で部屋の外に向かっていく。そして出口に辿り着こうとした瞬間

「どこにいくのいぬやしゃ?」
うしろからかごめの声が犬夜叉を貫く。

「か……かごめ……。」
犬夜叉は怯えきった表情でかごめを見据える。そして犬夜叉の意識はそこで途絶えたのだった……。





「あれ……ここは……?」
かごめが目をこすりながら体を起こす。もう朝になってしまったのか部屋の外からは朝日がさしていた。そしてかごめは自分が下着姿になっていることに気付く。

「えっ何でっ!?」
慌てながらかごめは周りの状況を見渡す。そこにはボロボロになった犬夜叉と弥勒の姿があった。珊瑚は幸せそうに何か寝言を言いながら眠っている。七宝とはちは大の字になっていびきをかいていた。

「もう……ぜってえお前らとは酒は飲まねえ……。」

「同感です……。」


犬夜叉と弥勒は薄れいく意識の中でそう言い残し気を失ったのだった……。




[25752] 第二十六話 「仲間」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/28 05:21
「はあ~。」
かごめが大きな溜息をつく。今、かごめたちは新たな四魂のカケラを一つ手に入れ楓の村に戻ろうとしているところだった。しかしかごめは四魂のカケラが手に入ったにもかかわらず憂鬱そうな顔で歩いていた。

「どうしたのかごめちゃん?」
「お身体でも悪いのですか?」
そんなかごめの様子を心配して珊瑚と弥勒が話しかける。そしてかごめのかわりに犬夜叉がそれに答える。

「もうすぐテストなのに勉強してないことに焦ってんだよ。」
「てすとですか……?」
聞いたことのない単語に弥勒が疑問の声を上げる。

「物書きの試練みたいなもんだ。かごめの奴もう一週間以上こっちにいるからな……。勉強する暇もなかったし……。」
そう言いながら犬夜叉は暗いオーラが漂っているかごめの背中を見る。桔梗との接触、弥勒の捜索が立て続けに続いてしまったためかごめは完全に帰るタイミングを失ってしまっていた。何とか弥勒も仲間になり一段落ついたもののテストまでほとんど時間がなくなってしまっていることにいまさら気付いてしまいかごめは意気消沈してしまっているのだった……。

(どうしよう全然勉強できてない……早く戻って勉強しないと…………そうだ!)
そんなことを考えながら何かを思いついたようにかごめは犬夜叉に向かって振り返る。

「犬夜叉……」
「お前の勉強に俺を巻き込むなよ。ちゃんと家に戻って勉強しろ。」
かごめが言い終わる前に犬夜叉はそうきっぱり告げる。犬夜叉は以前かごめのテスト勉強に巻き込まれたことをいまだに根に持っていた。

「う……まだ何も言ってないじゃない……。」
そう言いながら涙目になるかごめ。

「未来の世界も大変なのですね……。」
「そうだね……。」
「かごめ応援しとるぞ!」

三人はそんなかごめを見ながら励ましの言葉をかけるのだった……。


「ただいま。」
「今帰ったぞ。」
犬夜叉たちは一週間ぶりに楓の家に帰ってきた。

「おお、戻ったか。今回はいつもより長かったな。」
楓が驚いたようにこちらに向かいながら出迎えてくれる。

「こちらの法師様は……?」
一行の中に見たことのない男性がいることに楓が気付く。

「はじめまして、弥勒といいます。これから犬夜叉たちと一緒に四魂のカケラ集めをさせていただくことになったのでよろしくお願いします。」
礼儀正しく弥勒が自己紹介をする。そんな弥勒を見ながら

(この男が犬夜叉が言っておった不良法師か……)
楓はそんなことを考えていた。


その日の昼食は弥勒の歓迎会を兼ねていつもより豪勢なものになった。いつものように犬夜叉と七宝が騒ぎかごめがそれを叱り珊瑚がその様子を楽しそうに眺めている。

(誰かと一緒に食事をするというのも悪くありませんね……)

そんなことを考えながら弥勒も食事を楽しむのだった。


歓迎会も終わり犬夜叉たちがくつろいでいると

「犬夜叉、かごめ……少し話がある……。」
楓が真剣な様子で二人に声をかけてきた。

「楓ばあさん……?」
そんな楓の様子に犬夜叉は得も知れぬ不安を覚える。

「珊瑚、七宝。私たちは席をはずしましょう。」
楓の雰囲気を悟った弥勒が珊瑚と七宝に声をかけその場から離れて行く。

「そうだね。」
「待て、弥勒!」
珊瑚と七宝も事情を察したのか弥勒跡に続き家を出て行き家には犬夜叉とかごめ、楓の三人だけになった。

そして楓は二人に話し始める。

桔梗が楓を訪ねてきたこと。奈落のことについて桔梗に伝えたこと。そして少年が恐らく犬夜叉の生まれ変わりであること。


「桔梗ねえさまがおっしゃっていたことだが……恐らく間違いないだろう……。」
楓が難しい顔をしながらそう犬夜叉に告げる。犬夜叉はそれを身じろぎひとつせず黙って聞き続けていた。

(犬夜叉の……生まれ変わり……)
かごめはそんな犬夜叉の様子を心配そうに見つめながら考える。
自分も桔梗の生まれ変わりであり、生まれ変わりという点では少年と同じ境遇だった。しかしかごめは桔梗ではない自分自身の体と記憶を持っている。そのため自分が桔梗の生まれ変わりだと知っても驚きこそすれそれほど悩むことはなかった。だが少年は大きく事情が違ってくる。少年は自分の名前も生まれも分からず体も半妖である犬夜叉のものになってしまっている。そして桔梗に関しては犬夜叉の記憶に振り回され自分が無くなりかけたことすらあった。かごめは少年が自分が犬夜叉の生まれ変わりであることを知ってどうなってしまうのか大きな不安を抱いていた。楓の話が終わり三人の間に沈黙が続く。そして

「少し一人にさせてくれ……。」
犬夜叉はそう言い残し家を出て行ってしまった。

「犬夜叉!」
かごめは慌ててその後を追っていった。


「ハアッ……ハアッ……。」
急いで後を追ったかごめだったが犬夜叉の速度に追いつけるはずもなくその姿を見失ってしまった。どうしようか考えようとした時

「どうしたのかごめちゃん?」
「何かあったのですか?」
かごめの慌てた様子を心配した弥勒と珊瑚が声をかける。

「珊瑚ちゃん、弥勒様!犬夜叉を見なかった!?」
かごめは事情を説明し二人に尋ねる。

「犬夜叉ならさっき森に向かって走って行くのを見たけど……。」
珊瑚がそうかごめに答える。

「森のほうね!」
かごめがそのまま急いで森に向かっていこうとした時

「かごめ様、犬夜叉のことは私に任せていただけませんか……?」
そう弥勒がかごめに提案する。

「え……でも……。」
かごめは弥勒の言葉に戸惑ってしまう。弥勒は犬夜叉の事情については全く知らないため任せていいものかどうか分からなかったからだ。弥勒はそんなかごめの様子を見ながら

「男同士でなければ分からないこともあります。ここは私に任せてください。」
そう告げるのだった。


森の中、犬夜叉は御神木を前にして佇んでいた。ここは犬夜叉が封印されていた場所であり、少年とかごめが初めて出会った場所でもあった。

(俺は……誰なんだ………?)
犬夜叉は自分の体を見つめながら考える。桔梗との戦いからは体への違和感もなくなりこの世界で生活することにも慣れいつしかかごめや仲間がいるこの世界でこのままここで生きて行くこともできるのではないかと思い始めていた。しかし自分が犬夜叉の生まれ変わりであることを知り、少年は改めて自分の置かれている状況の不安と恐怖を思い出してしまった。そして

(それじゃあ……俺がかごめを好きなのも…………)
そう犬夜叉が考えていた時

「こんなところにいましたか……。」
弥勒が苦笑いをしながら姿を現した。

「弥勒……?」
かごめならいざ知らず弥勒がやってくるとは考えもしなかった犬夜叉は驚き面喰ってしまう。弥勒はそんな犬夜叉の心境を知ってか知らずかそのまま話し続ける。

「大きな御神木ですね……。どれだけの時間を生きているのか想像もつきませんね……。」
弥勒は御神木を見上げながら言葉をつなぐ。この御神木は時代樹と呼ばれるもので骨喰の井戸もこの樹を使って作られていたものだった。

犬夜叉は弥勒の言葉を黙って聞き続ける。弥勒はさらに続ける。

「犬夜叉……私はお前が何に悩んでいるのかは分かりません。恐らくそれは私たちでは力になれないものでしょう……。しかし仲間として…年長者として助言をさせていただきたい……。」
弥勒は真剣な様子で犬夜叉を見据える。

「犬夜叉……『後悔』だけはしないようにしなさい。」

「後悔……?」
犬夜叉は弥勒の言葉に疑問の声を上げる。

「そうです……。私は生まれた時からこの風穴という呪いを受けていました。不幸を自慢するわけではありませんがやはり自分の寿命が人よりも短いと知った時は不安と恐怖で一杯でした……。しかしある日父に言われたのです。後悔がないように生きろと。」
弥勒はそう言いながら自分の右手にある風穴を見つめる。

「人間の寿命は妖怪に比べれば短く儚い……。さらに風穴という呪いを受けた自分たちはそれよりもさらに短い寿命を持って生まれてしまっている。しかし……だからこそ、その短い時間を決して後悔しないように生きろと……そう父は私に言い残しました……。」

「弥勒………。」
弥勒の儚げな表情に気付いた犬夜叉が心配そうな声を上げる。

「もちろん私は死ぬつもりはありません。そのために奈落を追っているのですから……。犬夜叉、お前は一人ではありません。私も珊瑚も七宝もあなたのことを大切に思っています。それを覚えておいてください。」
弥勒はそう言いながら犬夜叉に背を向け歩き出す。

「たまには一人で自分を見つめなおすのもいい機会でしょう。夕飯までには戻ってきなさい。あまりかごめ様に心配をかけるものではありませんよ。」
弥勒はそのまま村に向かって姿を消した。犬夜叉はその後ろ姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

(全く……柄にもないことはするものではありませんね………)
弥勒は慣れないことをしたせいか大きな溜息をつきながら楓の村に戻って行くのだった……。


「弥勒様!犬夜叉は!?」
楓の家に戻ってきた弥勒にかごめが尋ねる。その剣幕に弥勒は思わずのけぞってしまう。

「だ…大丈夫です。少し考え事をしたいから一人にしてほしいと。夕飯には戻ってくるでしょう。」
「そう……よかった……。」
弥勒の言葉に安堵するかごめ。

「全く……これほどまで想ってもらえるとは……犬夜叉は果報者ですね……。」
弥勒はぽつりと本音を漏らしてしまう。その言葉を耳にしたかごめは顔を真っ赤にしてしまった。そしてそれを否定しようとした時、近くに四魂のカケラの気配を感じ取った。

「これは………。」
かごめがそのことに驚きの声を上げる。何よりもその四魂のカケラの気配はこれまで感じたことのない大きさと邪気を纏っていた。

「どうされました。かごめ様?」
突然かごめの様子がおかしくなったことを訝しみながら弥勒が尋ねる。

「村の外の森の中に四魂のカケラの気配があるの!」
かごめは弓を担ぎながら弥勒と珊瑚にそのことを伝える。

「村の近くに?」
「あっちからこちらに近づいてきたってこと……?」
珊瑚もそれに合わせて戦装束に着替える。弥勒も戦闘の用意をしているようだ。

「犬夜叉はどうする?一度呼んでから行こうか?」
珊瑚がかごめに向かって尋ねる。そうしたほうがいいのは確かだがその間に四魂のカケラが遠ざかってしまう恐れもある。かごめが悩んでいると

「とりあえず、我々は先に行きましょう。七宝は犬夜叉を呼んできてください。」
弥勒がそう決断し、七宝に頼む。

「分かった、任せろ!」
七宝はそのまま急いで御神木に向かって走って行った。

「行きましょう、かごめ様、珊瑚!」
「うん!」
「分かった!」
弥勒たちは気配のある森の中へと向かっていく。そしてそこに近づくにつれ森が瘴気に包まれていくことに気付く。珊瑚と弥勒はそれに備えて防毒面をつける。かごめは巫女の力なのか瘴気に対する耐性があった。

「この瘴気……間違いない……!」
珊瑚の顔が怒りに歪む。かごめもこの瘴気の正体に気付き顔をこわばらせる。そしてその瘴気の中心には大きく姿が変わった奈落の姿があった……。


「久しぶりだな……。犬夜叉はいないようだが……。」
そう言いながら奈落は邪悪な笑みを浮かべながらかごめたちに話しかける。その姿は以前とは違い禍々しい鎧の様なものを纏っている。そして姿だけではなくその妖力、邪気も以前とは比べ物にならないほど強力なものになっていた。

「奈落っ……!!」
今にも飛び出していきそうな勢いで珊瑚が叫ぶ。その手には既に飛来骨が握られていた。
そんな中かごめは奈落が持っている四魂の玉の気配に気づく。

「どうしてあんたがそのカケラを……?」
かごめが驚いた声を上げる。奈落の持っている四魂のカケラは間違いなく自分が桔梗に奪われたものだった。

「そうか……貴様たちは知らなかったのだな……。これは桔梗がわしによこしたものだ……。桔梗はよほど貴様らが憎いと見える……。」
奈落は心底面白いといった様子でそれに答える。

「嘘よ!桔梗が仇であるあんたなんかに力を貸すわけないわ!!」
かごめはそんな奈落の言葉に立ち向かうように叫ぶ。

「ふん……わしの手に四魂のカケラがあることが何よりの証拠よ……。おかげでわしは以前とは比べ物にならんほどの力を手に入れた……。」
そう言った瞬間奈落の体から強力な妖気と瘴気が溢れる。

「お前が奈落か……。」
弥勒が一歩前に出ながら奈落に向かい合う。

「弥勒か……じいさんに似て女好きそうな顔をしているな……。風穴も順調に広がっているようだな……。」
奈落の言葉に弥勒の目つきが鋭くなる。そして次の瞬間、戦いが始まった。


「飛来骨!!」
「はあっ!!」
珊瑚は飛来骨、弥勒は破魔の札を奈落に向かって放つ。しかし奈落はそれを見ても全く動こうとはしなかった。珊瑚と弥勒はそんな奈落に違和感を感じる。そしてそれらが奈落に届こうとした時、何か見えない壁の様なものによって容易く弾かれてしまった。

「なっ!?」
三人が驚きの声を上げる。奈落は球体の結界によって身を守っていた。

「どうした、それで終わりか?」
奈落は三人を見下すような態度を取りながら笑みを浮かべる。

(まずい……今の破魔の札は私が使える法力で最も強力な物……。おそらく珊瑚も先程の一撃は全力に近かったはず……)
弥勒は自分たちの攻撃が全く奈落に通じなかったことに驚愕する。そして

(ならば……!)
弥勒は自分の右腕の風穴の封印を解こうとする。しかしその瞬間、奈落の周りに大量の毒虫が現われる。

「くっ……!」
弥勒はそれを見て慌てて封印を解く手を止めた。弥勒は犬夜叉から最猛勝のことを既に聞いていたため何とか風穴を開かずに済んだのだった。

「どうした弥勒、風穴でわしを吸うつもりではなかったのか……?」
奈落はそんな弥勒をあざ笑うかのように挑発する。

「調子に乗るな!」
珊瑚がその隙を突いて奈落を強襲する。しかし飛来骨を放とうとした瞬間、一本の鎖鎌が珊瑚を襲う。珊瑚はそれを驚きながらも何とか防ぐ。視線の先には

「琥珀っ!!」
生気のない目をし操られている琥珀の姿があった。琥珀はなおも珊瑚に襲いかかってくる。珊瑚はそれを紙一重に所で躱し続ける。

「珊瑚ちゃんっ!」
かごめがそんな珊瑚を見て叫ぶ。そして何とかしようと弓に手を伸ばそうとするがそれを邪魔するかのように奈落の体から伸びた触手がかごめに襲いかかる。

「こんなもの!」
かごめは神通力でそれらを浄化していく。しかし浄化しきれなかった肉片が辺りに瘴気を発生させていく。そしてそれは防毒面をしているとはいえ珊瑚や弥勒の体を徐々に蝕んでいってしまう。

(このままじゃ前と同じことになっちゃう……!!)
そう気付きながらも自分を襲ってくる触手を浄化することをやめるわけにもいかない。かごめは八方ふさがりの状況に陥っていた。

「琥珀……。」
「………。」
珊瑚と琥珀が向かい合いながら対峙する。そんな様子を見ながら奈落は琥珀に命令する。

「さあ琥珀。珊瑚を今度こそあの世に送ってやれ……。」
その瞬間、琥珀は珊瑚に襲いかかる。そしてその刃が珊瑚に届こうとした時、珊瑚は腰の刀を抜きそれを防いでいた。

「はあっ!!」
そのまま珊瑚は凄まじい勢いで琥珀に向かっていく。その姿には一片の迷いも見られない。そんな珊瑚の猛攻に琥珀は防戦一方になってしまう。

(こいつ……!)
そんな珊瑚に奈落は舌打ちをする。琥珀を使うことで以前と同じように珊瑚に揺さぶりをかけるつもりだったが珊瑚には全く迷いが見られない。むしろ逆に先ほどよりも動きが良くなっているようにさえ見えた。

「ほう……我が身かわいさに実の弟を殺すのか……珊瑚よ……。」
なおも奈落は言葉で珊瑚に付け入ろうとする。しかし

「違う!あたしは琥珀をあんたから取り戻す!そのために戦っているんだ!」
珊瑚はそんな奈落の言葉にも全く動じず琥珀に迫って行く。

「犬夜叉もかごめちゃんも法師様も……こんなあたしと琥珀のために力を貸してくれるって言ってくれた……!だから琥珀……お前も戦うんだ!!」
珊瑚はつばぜり合いをしながら琥珀に叫び続ける。

「お前は弱虫で…臆病だったけど……本当は強くて優しい心を持ってた……!だから奈落なんかに負けるんじゃない!あたしが……みんなが力を貸してあげるから!!」

珊瑚の言葉は聞こえているはずだが琥珀の表情には何の変化も見られない。しかし徐々にその動きが鈍ってきていた。まるで自分のしていることに迷いが生まれてきているようだった。

(おのれ………)
完全に琥珀を操ることができなくなっていくことに奈落が気付く。このままでは厄介なことになりかねないと判断した奈落は琥珀に離脱の命令を出す。

「琥珀っ!」
珊瑚の叫びも空しく琥珀は森の中に姿を消してしまう。そしてその隙を奈落の触手が襲う。

(しまった!)
珊瑚が自分のミスに気付き身構えた瞬間、触手は弥勒の錫杖によって切り裂かれた。

「法師様……。」

「珊瑚……悔しいだろうが今は奈落に集中しなさい……。油断しているとやられますよ。」
弥勒が珊瑚に諭すように話しかける。

「分かった、ありがとう……法師様。」
珊瑚は落ち着きを取り戻し再び飛来骨を構える。

「無駄なことを……そのまま仲良くあの世に行くがいい!」
奈落の攻撃がさらに激しさを増していく。三人はそれを何とか防ぎ耐え続ける。そして

(やはり……奈落はかごめ様を集中的に狙っている……!)
弥勒はそのことに気付く。かごめはまだ破魔の矢を使っていない。いや正確には使えないようにされていた。それは逆にかごめの破魔の矢なら奈落の結界を破ることができるかもしれないということだった。

(このままではいずれ力尽きる……ならば……!)

弥勒は珊瑚とかごめを庇うように前に出る。そして風穴の封印に手をかける。

「法師様っ!?」
珊瑚はそんな弥勒に驚きの声を上げる。

「かごめ様……私が隙を作ります……その間に矢を……。」
弥勒は奈落には聞こえないようにかごめに話しかける。

「本気か……貴様。この状況で風穴を開けばどうなるか知っておるのだろう……?」
奈落はハッタリに違いないとタカをくくり弥勒を挑発する。しかし

「ふっ、私を誰だと思っている。大切な仲間と引き換えに長らえたい命など……この私は持ち合わせておらん!!」
そう叫びながら弥勒は風穴を解放する。そしてその力が奈落を襲う。

「ちっ……!」
奈落は風穴の力の範囲から逃れようとし攻撃を止める。その間にも風穴には次々に最猛勝が吸い込まれていく。

「ぐっ……!!」
その毒による痛みによって弥勒の意識は段々と朦朧としてくる。しかしそれでも弥勒は風穴を閉じようとはしなかった。

(弥勒様……!!)
かごめは弥勒の覚悟を感じ取りすぐさま自分のやるべきことに気付く。奈落が弥勒に意識を集中している今なら矢を射ることができる。かごめは弓を構え奈落に狙いを定める。その瞬間、弥勒が風穴を閉じた。そしてそれとほぼ同時に

「奈落、覚悟!!」
かごめは全力の破魔の矢を奈落に向かって放った。

「何っ!?」
自分に向かってくる破魔の矢に驚きの表情を見せる奈落。しかし奈落はすぐさま自分の結界に力を込める。次の瞬間、破魔の矢が奈落の結界に突き刺さる。両者の間に激しい霊力と妖力のせめぎ合いが起こる。そしてついに奈落の結界が敗れ矢が奈落を貫いた。

「やった!!」
かごめがそれを見て喜びの声を上げる。そこには右腕を失った奈落が佇んでいた。

(我が結界すら貫くとは……やはりあの女……桔梗の生まれ変わりか……!)
奈落がかごめの正体に気付き自分の甘さを痛感する。普通の傷ならば再生することもたやすいが破魔の矢ではそうはいかない。

「これで終わりよ!!」
かごめがとどめを刺そうと再び矢を構える。しかしその時かごめたちの周りに霧が立ち込めてきた。

「え……?」
「これは……。」
弥勒を支えながら珊瑚が疑問の声を上げる。霧はどんどん濃くなり自分の姿すら見えなくなってしまう。

「ふ……このわしが何の意味もなく貴様らをこの森に誘い込んだと思ったか……?我が妖術、幻影殺で幻にとり殺されるがいい……。」
そう言いながら奈落は四魂のカケラに妖力を込める。かごめたちはそのまま霧に飲み込まれてしまった……。



(何だ……ここは……?俺は一体……)
弥勒は見たことのない森の中をさまよい続けていた。そしていきなり目の前に一人の法師と小さな子供、年老いた和尚の姿があった。

(あれは……俺……!?)
小さな子どもは幼い頃の弥勒だった。そして次の瞬間、法師の右腕が風穴に飲み込まれていってしまう。

「父上――――!!」
「行ってはいかん弥勒!お前まで親父殿の手の風穴に吸い込まれてしまうぞ!」

和尚が弥勒を大止めながら叫ぶ。弥勒の父親はそのまま風穴に飲み込まれてしまう。その後には大きくえぐれた地面が残っているだけだった……。

(親父………)

弥勒がそのまま自分の右手の風穴に目をやる。そこには封印が効かないほど広がってしまった風穴があった。

「なっ!?」

弥勒はそのまま風穴に吸い込まれてしまった……。




(みんな……どこにいるんだ……?)
珊瑚は仲間を探しながら森をさまよい続けていた。そして一歩前に進んだ時何か水溜りの様な物が足元にあることに気付く。それは血でできた水溜りだった。その先には血だらけになり息絶えている犬夜叉たちの姿があった。

「みんなっ!!」
珊瑚が慌てて犬夜叉たちに近づこうとする。しかしその瞬間、珊瑚の背中に鎖鎌が突き刺さる。それは琥珀が投げたものだった。

「琥珀……お前が……みんなを……?」
ふらつきながら何とか琥珀に向き合う珊瑚。

「ありがとう姉上……。姉上はいつも俺の命を守ってくれた。おかげで奈落様の命令通り働ける……。姉上も早くあの世に行ってください……。」

そう告げた瞬間、珊瑚は琥珀の手によって切り刻まれる。

(琥珀……みんな………)

珊瑚はそのまま意識を失った。




「弥勒様!珊瑚ちゃん!」
かごめは一人森の中をさまよい続けていた。そしてやっと人影を見つける。

「犬夜叉っ!!」
かごめは喜びの声を上げながら犬夜叉に近寄る。しかし犬夜叉は自分に気付いていないのか全く反応しなかった。

「犬夜叉……?」
そんな犬夜叉に違和感を感じさらに話しかけようとした時、犬夜叉の前に一人の女性が現れる。それは死魂虫を連れている桔梗だった。

「桔梗っ!?」
かごめが思わず声を上げるも桔梗も犬夜叉同様自分には気づいていないようだった。

(もしかして……私が見えてないの……?)
そのことにかごめが気付いた時

「桔梗………。」
犬夜叉が儚げな表情で桔梗に話しかける。

「犬夜叉……私がおぞましいだろう。お前への怨念に突き動かされ死者の魂をまとってこの世にあり続けているのだから……。」
桔梗が自嘲しながら犬夜叉に語りかける。しかし

「馬鹿野郎!お前は俺を憎んでるかもしれねえけどな……俺は……」
犬夜叉は桔梗にまっすぐ向かい合いながら

「俺は一日だってお前を忘れたことはなかった!!」
そう告げる。

(犬夜叉………)
かごめは黙ってその様子を見続けるしかない。そしてかごめは自分の目から涙が流れていることに気付く。

(私……どうして……)
かごめは自分の胸を襲う痛みに戸惑う。

「犬夜叉………。」
桔梗はそのまま犬夜叉を抱きしめる。犬夜叉もそれに答えるように力を込める。そして二人は口付けをかわす。そのまま桔梗は犬夜叉を地獄に引きずり込もうとする。

「犬夜叉っ!しっかりして!」
かごめが叫ぶも犬夜叉には声が届かない。二人はそのまま地面に引きずり込まれていってしまう。

「犬夜叉……私を…私を置いていかないで―――!!」

かごめはそれを見ながら泣き叫ぶことしかできなかった……。




奈落は幻に惑わされている三人の様子を高みから見物していた。その手には四魂のカケラが握られていた。

「ふっ……そろそろか……。まとめてあの世に送ってやろう……。」
奈落は自らの体から触手を生み出し倒れている三人に向けて放った。そしてそれが三人を貫こうとした時一陣の風がそれを切り裂いた。

「何っ!?」
その風は三人の周りにあった霧も同時に薙ぎ払う。そして三人の前には鉄砕牙を担いだ犬夜叉の姿があった。

「犬…夜叉………。」
何とか意識を取り戻したかごめが犬夜叉に話しかける。

「すまねえ……遅くなっちまった……。」
犬夜叉はかごめを庇うようにその前に立つ。

「ううん……よかった……来てくれて……。」
かごめは犬夜叉を見て涙を浮かべながら微笑む。

「後は任せろ……。」
犬夜叉はそう言い残し奈落に対峙する。

「犬夜叉か……姿が見えんから逃げ出したのかと思っていたぞ……。」

「何でおれがてめえから逃げねえといけねえんだ……。逃げてんのはてめえのほうだろうが……。」

二人の間に緊張が走る。そして

「貴様も我が幻影殺の餌食にしてくれるわ……。」
奈落が再び四魂のカケラに妖力を込める。すると犬夜叉は霧の中に取り込まれてしまった。

「犬夜叉………。」
かごめが悲痛な声を上げる。あの幻には犬夜叉でも敵わない。何とかしようとするもかごめは体を上手く動かすことができなかった。弥勒と珊瑚もまだ気を失ったまま。まさに絶体絶命だった。

「ふん……他愛ない……。」
奈落がそのままかごめに近づこうとした時、霧の中から犬夜叉が飛び出してきた。

「はあああっ!!」
そしてそのまま鉄砕牙で奈落に斬りかかる。しかしそれは奈落の結界によって阻まれてしまう。

「馬鹿な……!?」
結界によってダメージは受けなかったものの奈落は驚きを隠せない。

(幻影殺は四魂のカケラの力を使ったもの……破れるはずがない。現に巫女であるあの女もこの術には抗えなかった。一体……?)

奈落は予想外の出来事に戸惑う。そしてその隙を犬夜叉は見逃さなかった。


「風の傷っ!!」
犬夜叉は全力の風の傷を奈落に向かって放つ。威力もタイミングも完璧なそれは奈落を巻き込んで大きな爆発を起こす。その衝撃で辺りの凄まじい暴風にさらされた。

「ハアッ……ハアッ……」
しかし犬夜叉はそのまま鉄砕牙を構えたまま動こうとしなかった。そして煙が晴れたそこには結界を張った奈落が存在していた。先程かごめにやられた右腕以外には傷は一つも見当らなかった。

「この程度か……。」
予定外の出来事にうろたえはしたものの犬夜叉の風の傷が自分に通用しないことを知り奈落は再び冷静さを取り戻す。そして逆に犬夜叉は焦燥に駆られていた。

(ちくしょう……!)
犬夜叉の額に汗がにじむ。奈落の姿を見た時から気付いていたが今の奈落は間違いなく四魂のカケラの力を使い力を増していた。記憶の中でもこの姿になってからは風の傷で奈落に傷を負わすことはできなくなっていた。ここは何とか退却するしかない。村には結界があり中に入りさえすれば時間が稼げる。そう犬夜叉が考えた時

「ふん、逃がすと思っているのか。自分の技で仲間もろとも消し飛ぶがいい。」
奈落の結界から強力な妖力波が放たれる。それは先程犬夜叉が放った風の傷だった。

(くっ……!!)
犬夜叉は何とかそれを躱そうとする。しかし自分の後ろにはかごめたちがいる。避けるわけにはいかなかった。犬夜叉は風の傷を真正面から受け止める。

「ぐっ……が……!!」
犬夜叉は鉄砕牙とその鞘を自分の前に突き出し風の傷を受け流す。しかしその威力で徐々に後ろに押し出されていく。火鼠の衣も切り裂かれ体が傷だらけになって行く。それでも犬夜叉は退こうとはしなかった。

「ああああああっ!!」
犬夜叉が絶叫すると同時に風の傷が収まる。かごめたちは何とか無事だったが犬夜叉は満身創痍になってしまっていた。犬夜叉はそのまま鉄砕牙を支えにし膝を突いてしまう。

(ちくしょう……ここまでなのか………)
風の傷も通じず逃げることもできない。自分はここまでなのか。しかし一つだけ手は残っている。しかしそれは諸刃の剣。誤れば間違いなく自分たちは全滅してしまう。あきらめが心を支配しかけたその時、鉄砕牙が騒いでいることに犬夜叉は気づく。

(鉄砕牙………)
それは鉄砕牙が自分を信じ共に戦ってくれるという意思の表れだった。

(そうだな……いつだってお前は俺を信じてくれたもんな……)
犬夜叉は鉄砕牙を構えながら奈落に向かい合う。

(鉄砕牙……俺に力を貸してくれ……!!)


「ふん……避けようと思えば避けれたものを……。やはり貴様ら人間は脆く脆弱な存在だ。他人に縋らなければ生きていけないのだからな……。」
戦闘態勢を取りながら奈落が犬夜叉を嘲笑する。しかし

「ふん、お前が人のことを言えるのかよ……。」
犬夜叉は逆に奈落に向かって笑いながら


「桔梗に縋りついてるお前がよ……!!」
そうはっきりと奈落に告げた。

「貴様っ……!!」
その瞬間奈落の顔が憎悪に歪む。同時に無数の触手が犬夜叉に向かってくる。それを見据えながら

「風の傷っ!!」
犬夜叉は再び全力の風の傷を放つ。それは触手を薙ぎ払いながら奈落を飲み込む。しかしやはりそれは結界に阻まれ奈落には届かなかった。

「とうとう自棄になったか……この奈落を侮辱したことを後悔しながら死ぬがいい!!」
その言葉と共に風の傷が跳ね返り犬夜叉に向かってくる。しかし犬夜叉は避けるどころか逆にそれに向かって飛び上がった。

「犬夜叉っ!?」
かごめが思わず悲鳴を上げる。しかし犬夜叉は決して止まろうとはしなかった。犬夜叉の目の前に風の傷の妖力が迫る。

(思い出せ……師匠との修行を……)
犬夜叉は目を閉じながら殺生丸との修行を思い出す。

(あの時の感覚を……!)
犬夜叉の鉄砕牙を握る手に力がこもる。鉄砕牙の刀身には既に風の傷が渦巻いていた。
そして

(―――ここだっ!!)
犬夜叉の鼻が風の傷の匂いをかぎわける。犬夜叉は鉄砕牙を振り上げ


「爆流波――――――!!!」
全力でそこを振り切った。



その瞬間奈落が放った風の傷が逆流を始める。それだけではない。それに加えて犬夜叉の風の傷をも巻き込みながら威力を増し奈落に向かってくる。

「何だと!?」
奈落は咄嗟に結界に力を込めるしかし爆流波はそれをいともたやすく突き破る。そして結界内にたまった風の傷は奈落を巻き込み大爆発を起こした。その衝撃で森の大地が次々に吹き飛ばされていく。辺りはまるでミサイルでも落ちたのではないかという惨状になってしまった。


「ここは……。」
珊瑚が目を覚ますと目の前には雲母に乗った弥勒と七宝の変化した風船に乗ったかごめの姿があった。

「起きましたか……珊瑚……。」
「法師様!」
毒のせいで顔色が悪いものの何とか持ちこたえていた。

「これは一体……」
珊瑚は自分の見ている光景を疑う。先程まで自分がいた森が消し飛んでしまっていたからだ。

「犬夜叉の力です……まさかここまでのものだったとは……。」
弥勒は仲間である犬夜叉に一瞬でも恐れを抱いてしまう。それほどまでの威力だった。

「犬夜叉……。」
かごめは犬夜叉の身を案じ戦いの地を見つめるのだった。


(何という……ことだ……)
頭だけになりながら何とか奈落は意識を取り戻す。先程も攻撃のせいで殆どの力を失ってしまっていた。何とか四魂のカケラだけは手放さずに済んだのが不幸中の幸いだった。

(この混乱に乗じて撤退せねば………)
そう考え奈落はその場を離脱しようとする。しかし

「何度も同じ手が通じると思ってんのか!!」
目の前には先回りをした犬夜叉の姿があった。

「しまっ………!!」
奈落はその瞬間、自分の死を悟る。

「終わりだ、奈落!!」
犬夜叉がそう言い鉄砕牙を振り下ろそうとした瞬間、



犬夜叉の意識はこの世からなくなった。









(なんだ………ここは………?)


少年は朦朧とした意識の中にいた。周りは明るいのだろうか。日の光の様なものを感じる。体を動かそうとするがそれも叶わない。手や足どころか目をあけることすらできなかった。

そのままいくらかの時間が過ぎた時、自分の近くに人の気配が近づいてくることに気付く。

犬夜叉は力を振り絞り何とか眼を開けようとする。その微かな隙間から姿を探る。女性の様だ。

「…………、………………?」

女性は自分に何かを話しかけてきているようだ。何とかそれを聞き取ろうとした時少年の意識は途絶えた………。






「……叉、……夜叉!………犬夜叉!!」
犬夜叉はその声に反応して飛び起きる。目の前には弥勒と珊瑚、七宝そして自分に縋りついているかごめの姿があった。

「俺は………。」
犬夜叉は自分の状況を理解しようとするが何が起こったのか全く分からなかった。

「突然、犬夜叉の意識が無くなってしまったのです。」
そんな犬夜叉を見ながら弥勒が説明する。

「びっくりしたよ……奈落にとどめを刺そうとした瞬間に倒れるんだから……。奈落に何かされたのかと思ったよ。」
安堵した表情で珊瑚も続く。

「そうだ、奈落は!?」

「どうやら逃げおおせたようです。ですが悲観することもないでしょう。あれだけの深手……。しばらくはまともに動くことすらできないでしょう……。」
弥勒の言葉に溜息を突く犬夜叉。

「心配掛けるな、馬鹿者っ!!」
七宝が泣きながら犬夜叉に飛びついてくるそして

かごめが自分の胸に顔をうずめたまま動いていないことに犬夜叉が気付く。

「かごめ………?」
恐る恐る犬夜叉がかごめに声をかける。かごめはそのまま

「犬夜叉……っ!犬夜叉……っ!!」
嗚咽を漏らしながら泣き続ける。

「かごめ………。」
犬夜叉はそのまま優しくかごめを抱きしめる。

「どこにも行っちゃやだよ……犬夜叉………。」
かごめは子供のように犬夜叉から離れようとはしなかった。

「ごめんな……心配掛けた……。」
犬夜叉はかごめの頭を撫でながらそう告げる。

弥勒たちはそんな二人の様子を微笑みながら見守っていた。




自分は犬夜叉の生まれ変わりかもしれない。

それでもかごめへの気持ち、仲間への想いは決して犬夜叉の記憶ではなく自分のものだと


そう少年は確信したのだった………。



[25752] 第二十七話 「師弟」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/04/30 11:32
「よっと。」
少年が空中に木の幹を投げる。そしてそれは地面に落ちる前に鎖鎌によってバラバラになってしまった。

「すげえ!」
それを見てもう一人の少年が歓声を上げる。

「何でそんなことができるんだ?」
「なんでだろう……俺もよく覚えていないんだ……。」

罰が悪そうな顔で鎖鎌を持った少年が答える。その少年は間違いなく琥珀だった。

琥珀は目を覚ますと自分の知らない森の中に一人倒れ込んでいた。名前だけは何とか思い出したもののそれ以外のことは何も思い出すことができず途方に暮れていたところを近くの村に住んでいる恭也という自分と同じぐらいの年頃の少年とその姉に助けられ今に至っていた。

「でもかっこいいよなー。今度おれにも教えてくれよ!」
恭也は興味深々に琥珀が持っている鎖鎌に目をやる。そんな恭也に琥珀が苦笑いしていると

「こら、恭也。またあんたは危ないことをしようとしてるね。」
「げ……るか姉ちゃん……。」
恭也よりも五つ年上のるかが怒りながら太助に近づいてくる。

「遊んでばっかりいないで少しは琥珀を見習って村の手伝いをしたらどうだい!」
「こ……琥珀、逃げるぞ!」
恭也はすぐさま琥珀の手を握り走り出す。るかはそんな恭也に呆れながらもどこか楽しそうにしている。

(なんだろう……二人を見ているとなんだか懐かしい感じがする……)

琥珀は二人を見ながらそんなことを考えるのだった……。


そして三人がいつものように家で食事を取ろうとした時

「妖怪だ、妖怪が出たぞー!!」
そんな叫び声が村に響き渡った。

「妖怪!?」
琥珀たちは慌てて家の外に飛び出す。目の前には妖怪の大群に襲われている村の光景が広がっていた。

「どうしてこんなに多くの妖怪が……!?」
るかが驚いた表情でそう呟く。これまで何度か妖怪が村を襲ったことはあったがこれほどの数の妖怪が一気に村を襲ってくることなど考えられないことだった。
そして村の妖怪たちは三人に気付き近づいてくる。

「貴様、四魂のカケラを持っているな……。」
妖怪たちが琥珀の体にある四魂のカケラの気配に気づく。妖怪たちは四魂のカケラを狙って村にやってきたのだった。

(四魂のカケラ……?)
その言葉に琥珀は聞きおぼえがあった。そして

「ぐ……っ!!」
それと同時に次々に記憶が頭の中に蘇り琥珀はその場にうずくまってしまう。

「琥珀!?」
恭也はそんな琥珀を助けようと琥珀の前に出る。

「なんだお前……?」
「こ……琥珀から離れろ!」
恭也は震える体を誤魔化しながら妖怪たちに立ち向かう。しかし

「邪魔だ、死ね!!」
妖怪の攻撃が太助を襲う。そのまま恭也が切り刻まれようとした時

「恭也っ!!」
るかが間一髪のところで恭也を助け出す。

「姉ちゃん!!」
しかしるかはそのまま妖怪の手に捕まってしまう。その苦痛にうめき声を上げるるか。

「う………。」
「姉ちゃんっ!!」
恭也は何とかるかを助けようとする。そして琥珀はその光景を見ながら


『琥珀………』


全ての記憶を思い出した。

(お……俺は……姉上を……父上……みんな………)

琥珀は自分がこれまで行ってきたことを思い出し凄まじい後悔と罪悪感にさいなまれる。その目には涙が溢れ体は震えが収まらない。
琥珀の心は壊れてしまう寸前だった。しかし


『犬夜叉もかごめちゃんも法師様も……こんなあたしと琥珀のために力を貸してくれるって言ってくれた……!だから琥珀……お前も戦うんだ!!』

珊瑚の言葉が琥珀に語りかける。

『お前は弱虫で…臆病だったけど……本当は強くて優しい心を持ってた……!だから奈落なんかに負けるんじゃない!あたしが……みんなが力を貸してあげるから!!』


それはこんな弱い自分を信じてくれた珊瑚の言葉だった。そして


琥珀は目の前の二人を救うために再び立ち上がった。



「恭也……逃げて………。」
るかが朦朧とした意識の中で恭也に話しかける。このままでは恭也も琥珀も殺されてしまう。しかし

「いやだ、姉ちゃんを置いて行くなんてできない!!」
恭也はその場から離れようとはしなかった。そして別の妖怪が恭也に襲いかかった瞬間、その妖怪の首が飛んだ。

「え……?」
いきなりのことに恭也は唖然としてしまう。そして同時にるかを捕まえていた妖怪も鎖鎌によって倒された。

「きゃっ!」
るかはそのまま地面に尻もちを突く。恭也はあわててそのままルカに近づいていく。そして自分たちを妖怪から守るように立ちふさがっている琥珀の姿に気付く。

「琥珀………?」

「二人とも…そこから動かないで……。」
琥珀はそう言いながら目の前の妖怪たちを睨みつける。その数は今の琥珀ではとても倒しきれるものではなかった。逃げるだけなら何とかなるかもしれない。しかし自分には今守るべき二人がいる。

「俺はもう二度と逃げない!!」

琥珀がそう叫び鎖鎌を構えた瞬間、一本の矢が妖怪たちの群れを襲った。そしてその矢によって次々に妖怪たちが浄化されていく。後には一匹の妖怪も残っていなかった。

「え……?」
琥珀はあっけにとられたように矢が放たれた方向に目をやる。そこには弓を構えた桔梗の姿があった。

(四魂のカケラの気配を追ってきたが……。あの少年の体に四魂のカケラの気配がある……それにこの邪気………)
桔梗はそのまま琥珀に近づいていく。

「あの……あなたは……?」
琥珀が自分を助けてくれた礼を言おうと桔梗に尋ねる。しかし

「お前……奈落の手の者だな……。」
桔梗のその言葉によって琥珀の表情がこわばる。

「琥珀……?」
そんな琥珀に気付いたるかが心配そうな声を上げる。琥珀はそんなるかを見ながら

「事情を話します………付いてきてください……。」
そう桔梗に言いながら琥珀は村から離れ森に向かって走り出す。

「琥珀どこに行くんだん!?」
恭也が慌てて琥珀に向かって叫ぶ。琥珀はそんな恭也を見ながら

「ありがとう……二人とも………二人のおかげで俺は自分を取り戻せた……元気で……。」
笑顔でそう言い残し去って行った。桔梗も一人、その後を追っていく。

「琥珀………。」
残された二人は心配そうに琥珀の姿を見つめ続けるのだった……。


村から離れた森の中で琥珀は自分の事情を桔梗に説明した。そして桔梗はそれを黙って聞き続けていた。

(この少年……犬夜叉の仲間の弟か………)
桔梗は説明からこの少年が犬夜叉の関係者であることに気付く。そして琥珀はそのまま一人森に向かって進んでいこうとする。

「どこに行くつもりだ?」

「奈落の元です……あいつはまだ俺が記憶を取り戻したことに気付いていない……この命と引き換えにしても俺はあいつを殺してみせます……。」
決意に満ちた表情でそう言いながら琥珀はその場を去ろうとする。桔梗はそんな琥珀をしばらく見つめてから

「命と引き換えにしても奈落を殺す……その言葉に嘘はないな……?」
そう琥珀に問いただす。

「桔梗様……?」
琥珀は桔梗の言葉の真意が分からず聞き返す。

「私の目的も奈落を殺すことだ……そしてそのためには奴の手に渡っていない四魂のカケラを使う必要がある……。」
桔梗が四魂のカケラを追っていたのにはそのためだった。そして桔梗は感情を殺した声でさらに続ける。

「お前のその四魂のカケラを使えば奈落を殺すことができる……しかしそのカケラを使えばお前は死んでしまうだろう……それでもお前は奈落を殺したいと思うか……?」
桔梗の言葉を黙って聞き続ける琥珀。そして

「俺のこのカケラで奈落を殺すことができるなら……かまいません!!」
琥珀は絶対の意思を持ってそれに答える。

桔梗はそんな琥珀を見据えた後ゆっくりと琥珀に近づく。そしてその四魂のカケラに向かって手をかざす。その瞬間カケラにあった奈落の邪気は浄化され代わりに光が宿った。

「これは……」
「浄化の光だ……これでお前はもう奈落に操られることはない……私と一緒にいる間はな……。」
そう言い残し桔梗は歩き出す。

「桔梗様、よろしくお願いします!」
琥珀はその後を追っていく。桔梗はそんな琥珀を見ながら

(私は人でも女でもない……犬夜叉がいないこの世界で……奈落を殺す……それだけが私が現世にある理由だ………)

そう自分に言い聞かせるのだった……。




花が咲き乱れている草原の中に三人の人影がある。それは殺生丸一行だった。

「えいっ!」
りんが摘んできた花を邪見の頭に載せる。

「何するんじゃりん!」
邪見はそのことに怒りりんを追いかける。りんはそんな邪見をからかうように逃げ回る。殺生丸は近くにある大きな石に腰をかけながらその様子を眺めていた。そしていくらかの時間が流れた時、

(この臭い……)
殺生丸が突然その場から立ち上がった。

「殺生丸様?」
「どうされました、殺生丸様?」
りんと邪見がそんな殺生丸に気付き声をかける。しかし

「貴様たちはここに残れ。」
そう言い残し殺生丸は一人森の中に姿を消した……。


殺生丸は一人森の中を進んでいく。そしてしばらく進んだ先に狒々の皮を被った奈落が待ち受けていた。

「お久しぶりです……殺生丸様……。」
奈落は頭を下げながら殺生丸に話しかける。

「たしか……奈落とか言ったか……わざと臭いを漏らしてまで私に何の用だ……?」
殺生丸は無表情のまま奈落に問いただす。

「特別なことはございません……ただ犬夜叉を殺していただきたい……。」
奈落は下を向いたままそう殺生丸に告げる。殺生丸は奈落にしばらく目をやった後

「どうやら犬夜叉に手ひどくやられたと見える……。傀儡を使う力すら残っていないか……。」
殺生丸は奈落に残っている風の傷の匂いを感じ取り奈落の状態を見抜く。そして

「そんな戯言をこの殺生丸が聞くとでも思ったか……。この私が引導をくれてやろう……。」
そう言いながら殺生丸は闘鬼刃を抜き奈落にその切っ先を向ける。

「ふ……あなた様はこの奈落の誘いを断ることはできません……。」
そう奈落が口にした瞬間、闘鬼刃が奈落を切り裂く。しかしそこには狒々の皮しか残っていなかった。奈落は間一髪のところで上空に逃げ去っていた。

「馬鹿が……この私から逃げられるとでも思っているのか。」
殺生丸の妖気が高まり目が赤く染まっていく。そしてそのまま奈落を追おうとした時

「くくく…、殺生丸様。変化してわしを追うよりもお連れの小娘を早く迎えに行かれたほうがよい……。」

「………。」

奈落はそう言い残し姿を消す。殺生丸はそのまま凄まじい速度で元来た道を戻って行った……。



「邪見様……。」
「わしから離れるでないぞ、りん!」
りんを庇いながら邪見は人頭杖を構える。邪見たちの前には妖怪の大群が迫ってきていた。

(こやつら……殺生丸様がいなくなった途端に……狙いはりんか……!)
邪見の人頭杖を握る手に力がこもる。いくら邪見といえどこの数の妖怪をりんを庇いながら戦うのには無理があった。

(しかし……りんに何かあればわしが殺生丸様に殺される……!)
邪見がそう考えた時、妖怪たちが一斉に邪見たちに向かってくる。邪見が人頭杖を使おうとした瞬間

妖怪たちは強力な風によって一瞬で消え去ってしまった。後には地面に巨大な爪痕の様な物が残っているだけだった。

「何じゃ……!?」

突然の出来事に邪見が慌てて周りの状況をうかがう。目の前には鉄砕牙を担いだ犬夜叉の後ろ姿があった。

「大丈夫か、邪見、りん?」
犬夜叉は一息ついた後、二人に話しかける。

「犬夜叉様っ!!」
りんが喜びの声を上げ犬夜叉に飛びついてくる。しかし邪見はそこから動こうとはしなかった。

(殺生丸様………)
邪見は先程の犬夜叉の姿に初めて出会った殺生丸の姿を見ていた。

「どうした邪見、どこか怪我でもしたのか?」
そんな邪見の様子に気づいた犬夜叉が話しかける。

「な…なんでもないわい!何でお前がこんなところにおるんじゃ!?」
我に返った邪見は慌てて犬夜叉に食って掛かる。

「助けてやったのに何だよその言い草は……。」
犬夜叉が邪見の態度に呆れていると

「犬夜叉―!」
かごめたちが慌てた様子で犬夜叉の後を追ってきていた。犬夜叉はりんと邪見、その近くに感じる奈落の気配に気づきかごめたちを置いて急いで駆けつけたのだった……。


「師匠は?」
「今、どこかに出かけちゃってるの。」
犬夜叉の言葉にりんが答える。

「犬夜叉、その子は?」
遅れてやってきたかごめが雲母からおり二人に近づいてきた。

「はじめまして、わたしりんっていうの!」
りんが元気よくかごめに向かって自己紹介をする。かごめはそんなりんに微笑みながら

「私はかごめっていうの。よろしくね、りんちゃん。」
そう優しく話しかける。するとりんは一瞬驚いたような顔をしながら

「あなたがかごめ様……?」
そう呟く。そんなりんの様子をかごめが不思議に思っていると

「せ…殺生丸様!」
邪見が大きな声を上げる。すると殺生丸が森の中から姿を現した。

「殺生丸様!」
りんが喜びの声を上げながら殺生丸に近づく。殺生丸はそんなりんを見た後犬夜叉たちに目をやる。

「犬夜叉様が妖怪から助けてくれたの!」
りんが殺生丸に説明をする。すると

「わ…わしだけで十分でしたが犬夜叉の奴がどうしてもというので……。」
邪見が慌てて弁明をする。

「もう…邪見様ったら……。」
りんはそんな邪見を見ながら呆れたような声を出す。

「殺生丸って……あの殺生丸?」
珊瑚が驚いたような声を上げる。弥勒も同じように驚いているようだった。

「二人とも知ってるの?」
かごめはそんな二人を見ながら尋ねる。

「うん……強力な妖怪であたしたち退治屋の間では手を出すなって言われてるんだ……。」
珊瑚はそう言いながら少し緊張した面持ちで殺生丸を見据える。

「私も似たようなものです……。もっとも私は噂を聞いたことがある程度ですが……。」
弥勒も珊瑚の言葉に続く。

「そうなんだ……。」
かごめは再び殺生丸に目をやる。確かに冷たそうな表情をしているがりんや邪見の様子からそれほど怖そうな雰囲気は感じなかった。

「お…お久しぶりです…師匠!」
犬夜叉が緊張した様子で殺生丸にあいさつをする。殺生丸は黙って犬夜叉と鉄砕牙に目をやった後

「犬夜叉……貴様、奈落とか言う半妖に後れを取ったな……。」
そう犬夜叉に問いただす。

「う……。」
痛いところを突かれ犬夜叉は言葉に詰まる。その背中に冷や汗が流れる。何とか弁明しようとするが

「抜け、犬夜叉……。貴様が鉄砕牙の使い手にふさわしいかどうか試してやる……。」
そう言った瞬間、殺生丸が闘鬼刃を抜き犬夜叉に斬りかかる。

「くっ!」
犬夜叉もそれに合わせ咄嗟に鉄砕牙を鞘から抜きそれを受け止める。そしてそのまま戦いが始まった。


「犬夜叉っ!」
かごめがそんな二人を見て声を上げる。何とか止めようとした時

「大丈夫だよ、かごめ様。」
りんが笑いながらかごめの手を握りそれを止める。

「でも……。」

「ふん……いつものことじゃ……。」
邪見が殺生丸と犬夜叉を眺めながら呆れたように言う。どうやらこの二人にとってはあの光景は見慣れたもののようだった。

犬夜叉と殺生丸の間に無数の火花が散る。しかし犬夜叉は防戦一方だった。

「ぐ………っ!!」
何とか反撃しようとするが殺生丸の猛攻の前に押し込まれてしまう犬夜叉。そしてついに犬夜叉はそのまま吹き飛ばされてしまった。

「くそ……!」
なんとかすぐに起き上がり殺生丸に向かい合う。しかし殺生丸はそのまま動こうとはしなかった。

「……?」
犬夜叉はそんな殺生丸の様子に戸惑う。殺生丸は犬夜叉を睨みつけながら

「犬夜叉……貴様いつから手加減できるほど強くなった……?」
そう言い放つ。

「え……?」
犬夜叉は殺生丸の言葉に思わず聞き返してしまう。

「殺す気でかかってこい……。でなければ私が貴様を殺す。」
殺生丸の妖気が高まって行く。それがその言葉が嘘ではないことを物語っていた。

(そうだ……俺は何を考えてたんだ……)
犬夜叉は殺生丸の言葉で目を覚ます。今まで犬夜叉は先日の奈落を除いて自分よりの弱い相手としか戦ってこなかった。そのため修行で培ったはずの「挑む姿勢」が無くなってしまっていた。何よりも相手は殺生丸。自分が全力を出しても敵うか分からない相手。そして自分があの頃よりどれだけ強くなったか殺生丸に示したい。そのことに気付いた犬夜叉の目に力が宿る。

「行きます、師匠!!」
そう叫んだ瞬間、犬夜叉は殺生丸に飛びかかって行く。

「はあっ!!」
犬夜叉が全力で鉄砕牙を振り下ろす。そして殺生丸はそれを闘鬼刃で受け止める。その衝撃で殺生丸の足が地面にめり込む。しかし

「ふん。」
殺生丸はそれを難なく力で押し返す。そしてそのまま犬夜叉に斬りかかる。犬夜叉も体勢を整えながらそれに応える。二人は一進一退の攻防を繰り広げていた。

「すごい……。犬夜叉と互角なんて……。」
二人の戦いに思わず目を奪われるかごめ。今まで奈落を除いて修行を終えた犬夜叉が苦戦をしているのをほとんど見たことがなかったかごめは驚いていた。しかし

「ううん、互角じゃないよ……。」
珊瑚が冷静に戦いを眺めながらかごめの言葉を否定する。

「え?」
珊瑚の言葉に思わず疑問の声を上げるかごめ。かごめの目には二人が互角に戦っているようにしか見えなかった。しかし

「殺生丸は片手しか使っていません……。」
弥勒が珊瑚の言葉にそうつけ加える。殺生丸は戦いが始まってから右腕しか使っていなかった。

二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。犬夜叉は両手を使い全力で鉄砕牙を押し込むが殺生丸は右腕のみでそれに拮抗していた。

(ちくしょう……!!)
犬夜叉ももちろんそのことに気付いていた。しかしそれが今の自分と殺生丸の力の差だった。だが

(絶対両手を使わせてみせる……!!)
犬夜叉はそのまま後ろに大きく後退した。しかし殺生丸はそんな隙は与えないとばかりに追撃してくる。そして殺生丸の闘鬼刃が犬夜叉に迫る。犬夜叉はそれを何とか防いだ。そして

(これは…鉄砕牙の鞘……?)
殺生丸が闘鬼刃を受け止めているのが鉄砕牙ではなくその鞘であることに気付く。犬夜叉はそのまま左手に握った鞘で闘鬼刃を抑え込む。

(もらった!!)
犬夜叉はそのまま残った右手の鉄砕牙を殺生丸に振り下ろす。しかしその刃が殺生丸に届こうとした瞬間、犬夜叉の手首が殺生丸の左腕に掴まれる。そしてその爪からの毒によって犬夜叉の手首が溶かされていってしまう。

「ぐっ!!」
犬夜叉は何とか力づくでその手を振り払いその場から離脱する。しかしその際に鉄砕牙を手放してしまった。

「愚かな……終わりだ。」
最早勝負がついたと悟った殺生丸が犬夜叉に斬りかかる。しかし犬夜叉は鉄砕牙の鞘を握り

「来い、鉄砕牙!!」
そう叫んだ。
その瞬間、地面に突き刺さっていた鉄砕牙が殺生丸に向かって飛んでくる。それは鞘が鉄砕牙を呼んだために起こったことだった。

「ちっ。」
殺生丸は自分の背後から迫る鉄砕牙を体をひねり躱す。そして犬夜叉はその隙を見逃さなかった。

「風の傷っ!!」
犬夜叉は全力で鉄砕牙を振り下ろす。凄まじい妖力が殺生丸に迫る。しかし殺生丸はそれに全く動じず闘鬼刃を構え

「蒼龍波」
奥義をもってそれに応えた。

二つの巨大な妖力がぶつかり合う。その衝撃で地面は割れ暴風が吹き荒れていた。

「きゃあっ!」
「皆さん、ここから離れましょう!」
かごめたちは慌ててその場から離れていく。なおも二人の技のせめぎ合いは続いていた。

「ぐうううっ!!」
犬夜叉は今の自分が出せる全力を持って風の傷を放っていた。しかしそれでも殺生丸の蒼龍波を押し返すことができずにいた。

(この程度か……)
殺生丸はそんな犬夜叉を見ながら冷静に考える。以前、殺生丸は犬夜叉が放った風の傷で吹き飛んだと思われる山の様子を見ていた。もしあれを犬夜叉がやったものだとすればこの程度の威力のはずがなかった。殺生丸はそう思いわざと力を抜いていたのだがどうやらこれが犬夜叉の全力であるようだった。殺生丸はそう判断し

「終わりだ。」
闘鬼刃に力を込めた。

その瞬間、今まで拮抗していた二つの力に変化が生じる。蒼龍波が一気に風の傷を飲み込んでいく。そしてそのまま犬夜叉がそれに飲み込まれたかに見えた時、

「爆流波――――!!!」
犬夜叉は奥義を放った。
その瞬間、犬夜叉の風の傷が蒼龍波を飲み込みその流れを逆流させていく。それは以前、殺生丸が見たものではなく完成された爆流波だった。二つの奥義を合わせた威力の妖力波が殺生丸を襲う。そして殺生丸はそのままそれに飲み込まれてしまった。

「殺生丸様っ!?」
その様子に邪見が思わず悲鳴を上げる。

煙が晴れた後には地の果てまで続くような爪痕が地面に残っていた。

「ハアッ……ハァッ……!!」
犬夜叉が自分のすべての力を使い尽くし呼吸を荒げる。そして顔を上げた瞬間

「っ!!」
自分の首筋に闘鬼刃が突きつけられていることに気付いた。殺生丸は無傷で犬夜叉の後ろを取っていた。二人の間に緊張が走り

「……参りました。」

犬夜叉の言葉でそれは消え去ったのだった……。

「犬夜叉が負けちゃった……。」
かごめが驚いたように二人を見ながらそう呟く。

「あれでも全力は出してなさそうだったね……。」
「全く…ついていけませんね……。」
珊瑚と弥勒もその後に続く。

殺生丸は闘鬼刃を下ろしながら

「……どうやら遊んでいたわけではないようだな。」
そう言い残し犬夜叉から離れて行った。



その後一行は夕食の準備をすることになり犬夜叉と弥勒は食材の調達へ。かごめと珊瑚、りんは調理の準備をすることになった。

「こんなもんかな。」
元の世界から持ってきたガスコンロと鍋にダシを準備しかごめは満足した声を上げる。

「ほんと便利だよね。かごめちゃんの世界は。」
珊瑚はガスコンロを見ながら感心する。そしてかごめはりんがじっと自分の顔を見つめていることに気付いた。

「どうしたの、りんちゃん?」
かごめはかご見こみながらりんに話しかける。しかしりんはそのまま黙ってかごめを見続けていた。

「そういえばどうしてりんちゃんは私のことを知ってたの?」
かごめは先程のりんの様子を不思議に思いそう尋ねる。

「犬夜叉様が言ってたから!」
「犬夜叉が……?」
りんの返答に思わず聞き返してしまうかごめ。さらにりんは

「守りたい大切な人だって。だから犬夜叉様は頑張って修行してたの。だからりんもかごめ様に会ってみたかったんだ!」
そうかごめに伝える。それとほぼ同時に

「今帰ったぞ。」
「なかなか大漁でしたな。」
そう言いながら犬夜叉と弥勒が戻ってきた。

「お帰り、犬夜叉様!弥勒様!」
りんが嬉しそうに二人に近づきながら取ってきた魚を見せてもらっている。そして犬夜叉は自分をじっと見つめているかごめに気付く。

「なんだよ、かごめ?」

「ううん、何でもない。」

かごめは微笑みながらそう犬夜叉に答えるのだった。


その日の夕食はりんと邪見も加わりいつもより賑やかなものになった。とくにりんは大勢で食べるのが特に気に入ったのかはしゃいでいる。そんなりんを悪態を突きつつ邪見が面倒を見ていた。そんな中


「はい、どうぞ。」
そう言いながらかごめが少し離れたところに座り込んでいる殺生丸に向かって食事を差し出す。殺生丸はそれを一瞥し

「……余計なことをするな。人間の食い物は口に合わん。」
そう一蹴する。

「そう……。じゃあ一緒にあっちに行きましょう?そのほうがりんちゃんも喜ぶと思うし……。」
かごめは苦笑いしながらそう殺生丸に提案する。しかし殺生丸はそこから動こうとはしなかった。

(なんかやりづらいわね……)
そんなことを考えていると殺生丸が自分を見つめていることにかごめは気づいた。

「何、どうかしたの?」
かごめは話しかけるも殺生丸はそのままかごめを見つめ続ける。

(この女が犬夜叉が強くなりたい理由か……)

そして

「貴様はなぜ奴と一緒にいる……?」
殺生丸はそうかごめに問いかける。

「え……犬夜叉のこと……?」
いきなりそんなことを聞かれるとは思っていなかったかごめは言葉に詰まる。そして少しの間の後

「そんなの一緒にいたいからに決まってるじゃない。あなただってりんちゃんや邪見と一緒にいるじゃない。それと同じよ。」

そう当たり前のことのように答えた。

「…………。」

殺生丸はしばらく目を閉じた後、立ち上がりそのまま森の中に姿を消した。かごめは殺生丸を見ながら

(なんか……犬夜叉に似てるかも……。)

そんなことを考えるのだった……。



夜遅くなったこともあり犬夜叉たちはここで野宿することになった。犬夜叉とかごめ、りんと七宝の四人がテントで弥勒と珊瑚が寝袋で寝ることになったのだった。

「ん……。」
珊瑚が人の気配を感じ目を覚ます。そこには一人森の中を進んでいる弥勒の姿があった。

(法師様……?)
珊瑚はそのまま弥勒の後を追っていった……。

「ふう……。」
弥勒は大きな溜息を突く。目の前には右腕の風穴があった。

(やはりあの時の奈落との戦いが原因か……)
弥勒の風穴は思ったよりも早い速度で広がってしまっていた。どうやら奈落との戦いで無理をしたことがたたってしまったらしい。後どれだけの時間が残っているか。そんなことを考えていると

「法師様……?」
珊瑚が心配そうに弥勒に近づいてきた。

「珊瑚……いつからそこに……?」
風穴に木を取られていたため弥勒は珊瑚に気付くことができなかった。

「ごめん、盗み見するつもりはなかったんだけど……。」
誤りながら珊瑚は弥勒の隣に腰を下ろす。

「いえ…構いませんよ。」
弥勒はそんな珊瑚へ笑いながら答える。二人の間に沈黙が流れる。そして

「やっぱり…風穴のこと……?」
珊瑚が聞きづらそうにしながらも弥勒に尋ねる。

「誤魔化してもしかたなさそうですね……。その通りです。少し広がってしまいましてね……。犬夜叉とかごめ様には内密にお願いします。」
「でも……。」
珊瑚は弥勒に反論しようとする。しかし

「あの二人……特に犬夜叉には負担をかけたくないのですよ……。犬夜叉は私たちの中では一番強い……しかし心の面ではまだ危ういところがある。それをかごめ様が補っている。私にはそう見えるのです……。だからこそこれ以上二人に余計な心配をかけるわけにはいきません。」

「…………。」

真剣な表情でそう語る弥勒に珊瑚はそれ以上何もいうことができなった。しかし

「法師様はあたしや琥珀のために力を貸してくれるって言ってくれた……。だから私も法師様に力を貸すよ。これはあたしの勝手だから構わないよね?」
そう珊瑚は笑いながら弥勒に告げる。弥勒はそんな珊瑚をあっけにとられるように見つめた後

「そうですね……頼りにしてますよ。珊瑚。」

そう答えた。そしてしばらくの間の後



弥勒の手が珊瑚の尻を撫でまわした。同時に森には何かをたたいたような大きな音が響いたのだった……。





[25752] 第二十八話 「Dearest」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/05/01 01:35
「ただいま。」
「今帰ったぞ。」
犬夜叉とかごめがそう言いながら楓の家に入ってくる。

「かごめっ、待っておったぞ!」
七宝が喜びの声を上げながらかごめに飛びつく。

「おかえり、かごめちゃん、犬夜叉。」
「思ったより長くかかりましたね。どうでした、修行のほうは?」
珊瑚と弥勒が二人を出迎えながら尋ねる。

犬夜叉は殺生丸と再会した後自分の未熟さを自覚ししばらく殺生丸に修行をつけてもらうことにしたのだった。もちろん殺生丸がそれを了承するはずもなかったが半ば強引に付いていくことにしたのだった。しかしりん曰く

「殺生丸様、喜んでるから大丈夫だよ!」
ということなので犬夜叉もその言葉を信じて修行をつけてもらっていたのだった。かごめたちには先に村に帰ってもらうように提案したのたがかごめは残りたいとの事だったので弥勒と珊瑚、七宝には先に村に戻ってもらったのだった。

「少しは強くなったと思うぜ……。」
そう言いながら犬夜叉は殺生丸との修行を思い出す。

修行の内容は日に日に厳しくなっていき最後には殺生丸は冥道残月破まで放ってきた。もちろん犬夜叉には当たらないようにしてくれていた(はず)のだが犬夜叉は寿命が縮む思いをしたのだった……。

「それに新しいこともできるようになったしな。見ててくれ!」
そう言って犬夜叉は足に力を込める。その瞬間犬夜叉の体は宙に浮かんでしまった。

「浮いてる!?」
「犬夜叉、お前飛べたのですか?」
珊瑚と弥勒がそれを見て驚きの声を上げる。妖怪の中には空を飛べるものも多くいるが犬夜叉が飛べるとは二人とも思っていなかった。

「師匠だって飛べるんだ。俺ができないわけないだろ。」
犬夜叉はそのまま自由自在に低空を飛びまわる。確かに犬夜叉は半妖とはいえ殺生丸の異母兄弟。空を飛べても不思議ではなかった。

「じゃあこれからはかごめちゃんを背負って飛んで移動ができるんだね。」
珊瑚がそのことに気付き嬉しそうに話しかける。犬夜叉が飛べるようになるのなら雲母と同じ速度でも旅ができるようになると思ったからだった。しかし

「………。」
犬夜叉は珊瑚の言葉になぜか顔をひきつらせる。

「どうしたの?」
そんな犬夜叉に気付いた珊瑚が不思議そうに犬夜叉に声をかける。

「高いところを飛ぶのが怖いのよ。」
それにかごめが犬夜叉の代わりに答える。犬夜叉は空の飛び方も殺生丸に教わったのだが一通り説明された後はひたすら殺生丸によって上空から地面に向かってたたき落とされてしまったため犬夜叉は高いところを飛ぶことがトラウマになってしまっていた。

「う……うるせえ!そのうち慣れるって言ってるだろ!」
「本当に?」
焦りながら犬夜叉はかごめ食って掛かる。しかしかごめはそんなことはどこ吹く風といったふうに全く堪えていなかった。弥勒はいつも通りの二人に苦笑いしつつ

「かごめ様、これを。」
かごめの手に四魂のカケラを手渡した。

「弥勒様、これどうしたの?」
かごめはいきなり四魂のカケラを渡されたことに驚く。

「いえ、村に戻る途中に四魂のカケラを持った仙人と戦いましてね。その時に手に入れたのです。」

「怪我はなかったのか、弥勒?」
犬夜叉がそう言いながら弥勒に詰め寄る。

「大丈夫です、珊瑚もいましたしね。しかし仙人もなかなか手ごわく苦戦しましたが。」
そう言いながら弥勒は珊瑚に目をやる。そして思い出したように

「そう言えば私が死んだと思った珊瑚が私に向かって……。」
「言わんでいい!!」
弥勒が何かを口走ろうとした瞬間、珊瑚が飛来骨で弥勒の頭を殴りつけた。

「さ……珊瑚……殺す気ですか………。」
弥勒がその衝撃で地面にうずくまりながら本気で訴える。

「ふん!」
珊瑚はそんな弥勒に目も向けず顔を赤くしたままその場を去って行った。

「犬夜叉……あの二人ってもしかして……。」
「何だ、気づいてなかったのか…?」
かごめと犬夜叉はそんな二人を見ながらひそひそと話を続けるのだった……。



森の中を進む二つの人影あった。それは桔梗と琥珀だった。

二人は奈落が四魂のカケラを集めるまで身をひそめる場所を探して森を進んでいるところだった。そして一つの洞窟の近くまで辿りついた時、突然桔梗が立ち止まった。

「桔梗様、どうかされたのですか?」
琥珀がそんな桔梗を訝しんで話しかけてくる。しかし桔梗はそんな琥珀に目を向けずに自分の後ろに振り返る。

(この邪気……奈落め、仕掛けてきたか……)
自分たちを追って妖怪の大群がこちらに向かってくるのを桔梗は感じ取っていた。

「琥珀、お前はこの洞窟の中で待っていろ……。」
桔梗は琥珀を洞窟の中に押し込み洞窟の入口に結界を施す。

「桔梗様!?俺も一緒に戦います!」
桔梗が一人戦いに行こうとしていることに気付いた琥珀が桔梗の後を追ってこようとする。しかし

「奴らはお前の四魂のカケラを狙っている。その浄化の光は奈落が完全な四魂のカケラを手にした時でなければその力を発揮することはできない。今、奪われれば何の役にも立たないだろう……。」
そう言いながら桔梗は弓を取り出し洞窟を後にする。

「桔梗様!!」

「お前は奈落を殺すことだけを考えればいい。それにお前がいては足手まといだ……私のことは気にするな。」

桔梗はそう言い残し妖怪たちとの戦いに向かっていった……。



「ふう……。」
最後の妖怪を矢で射ぬき桔梗は溜息を突く。確かに大した数の妖怪だったが桔梗にとってはそれほど大した脅威ではなった。

(なぜ奈落はこんな無駄なことを……?)
そう桔梗が考えた時、森の中から巨大な黒い死魂虫が姿を現した。そしてそれは森の中の死魂を食い尽くし始める。

「くっ……!」
桔梗はそのことに気付き死魂虫から距離を取ろうと走り続ける。しかし黒い死魂虫は桔梗を逃がすまいとその後を追ってくる。

(死魂がなくなれば私の体は動かなくなる……。弓を引く力が残っているうちに倒さなければ……!)

桔梗は残された力を振り絞り弓を死魂虫に向ける。そして破魔の矢をそれに向かって放った。しかしそれは死魂虫に当たる前にほかの妖怪に当たり軌道がずれてしまった。

(くっ……他の妖怪があの死魂虫を守っているのか!?)

桔梗がそのまま次の矢を射ようとするがその瞬間、体から死魂を奪われてしまう。

(しま…った……死魂を……抜かれた………)

そして桔梗はそのままその場に倒れ込んでしまった……。




「こんなもんか……。」

今、犬夜叉は一人村の畑仕事の手伝いをしていた。かごめはテストの結果が悪かったため補習に出なければならなくなりしばらく現代に帰ることになったのだった。

(日も暮れてきたし……そろそろ帰るか……)
そう犬夜叉が考えた時、知っている匂いが森からしてきていることに犬夜叉は気づいた。

(これは……桔梗の匂い……!)
それは骨と墓土でできた桔梗の匂いだった。そして同時にその近くに妖怪の匂いがあることにも気付く。すぐさま犬夜叉は助けに行こうとするが

(行ってどうするんだ……。俺が行っても桔梗が喜ぶわけじゃねえ……。それに俺は犬夜叉じゃない……桔梗を助けなきゃいけない理由もねえ………)

様々なことが頭に浮かび足を止めてしまう。そしてそのまま踵を返し楓の家に戻ろうとする。しかし


犬夜叉はその場を動くことができなかった。そのまましばらくの間の後

「…………ちくしょうっ!!」

犬夜叉は森に向かって全速力で走りだした……。


倒れ込んだ桔梗はそこから一歩も動くことができなくなってしまっていた。そのことに気付いた黒い死魂虫は桔梗にとどめを刺そうと迫ってくる。桔梗はそれを見ながらここが自分の死に場所なのだと悟った。

(こんなところで私は死ぬのか……無意味に……奈落を殺すこともできずに……一人で………)
意識がもうろうとしながら桔梗は涙を流す。そして

(犬夜叉…………)

桔梗が目を閉じようとした瞬間、死魂虫が切り裂かれ消滅してしまった。


「え………?」
いきなりのことに桔梗は驚き目を見開く。目の前には鉄砕牙を担いだ犬夜叉の姿があった。

「犬…夜叉……?」

そう言い残し桔梗は意識を失った………。



「う……。」
桔梗はうめき声をあげながら目を覚ます。辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

(ここは……私は一体……?)
桔梗が何とか今の状況を理解しようと辺りを見回そうとした時

「よう、目が覚めたか?」
鉄砕牙を抱えたまま座り込んでいる犬夜叉が桔梗に話しかけてきた。

「貴様っ……なぜ……!?」
驚いた桔梗がそのまま立ち上がろうとするがすぐに力が抜け地面に座り込んでしまう。

「死魂を抜かれちまったんだろ?しばらくじっとしておいたほうがいい。今お前の死魂虫が死魂を集めてるみたいだしな……。」
犬夜叉は桔梗を見ながらそう告げる。その言葉通り桔梗の死魂虫は次々に死魂を桔梗に運んできていた。しかし桔梗は犬夜叉の言葉を無視するかのように立ち上がりその場を離れようとする。

「おい、動くなって言ってんだろ。」
犬夜叉が慌てて桔梗に近づこうとする。しかし

「貴様の施しなど受けん……。犬夜叉の紛い物である貴様などに……。」
そう言いながら桔梗はふらつきながら犬夜叉から離れようとする。しかしすぐに力尽き地面に倒れかけてしまう。

「桔梗!」
犬夜叉はそれを慌てて抱きとめる。

「触れるな!貴様の助けなど……!」
桔梗はそのまま犬夜叉を振りほどこうとするが力が入らずそのままうずくまってしまう。犬夜叉はそんな桔梗を見ながら

「うるせえな……俺は犬夜叉だからお前を助けたわけじゃねえ!俺が助けたいと思ったから助けただけだ!勘違いすんじゃねえ!!」
そう怒鳴りつけてしまった。

桔梗は驚いたようにそのまま犬夜叉を見つめる。犬夜叉も怒鳴ってしまったことを気にしてそのまま黙りこんでしまう。二人の間に静かな時間が流れる。そして

(なんだ…これ……これじゃあまるで俺が桔梗に告白してるみてえじゃねえか……!?)
犬夜叉がそんなことを考えていると

「ならなぜ……私を助けた……?」
桔梗が呟くように犬夜叉に尋ねる。

「なんでって……。」
犬夜叉は桔梗の言葉の真意が分からず思わず聞き返してしまう。

「私はお前にとってどうでもいい人間のはずだ……いや、私はお前を殺しかけたこともある……なのになぜお前は私を………。」
桔梗は俯きながらそう犬夜叉に問う。しかし

「けっ、人を助けるのに理由なんてあるわけねえだろ!」
そう犬夜叉はあっけらかんと答えた。

桔梗はそんな犬夜叉の言葉を聞き驚いたような表情をする。そして

「ふっ……。」
笑みをこぼしながら笑い声をあげた。

「な……なんだ!俺を馬鹿にしてんのか!?」
そんな桔梗を見ながら犬夜叉は顔を真っ赤にして食って掛かる。しかし桔梗はそんな犬夜叉を気にすることなく笑い続ける。

(そうだ……人を助けることに理由なんてない……そんな当たり前のことを……私は忘れていた………)

桔梗はまるで憑き物が落ちたような気持ちになる。それは怨念のみに囚われていた桔梗が解放されたことを意味していた。

そんな桔梗を見て犬夜叉はすっかり不貞腐れてしまっていた。桔梗は改めて犬夜叉に目を向ける。

「なんだよ……?」
ぶっきらぼうな口調で犬夜叉が桔梗に話しかける。桔梗はそんな犬夜叉を見ながら


「いや……やはりお前は犬夜叉だ………。」

そう微笑みながら答える。その笑顔は少年がかつて記憶の中で見た桔梗の笑顔と同じものだった。

「…………。」
犬夜叉は思わずその美しさに見惚れてしまう。

「どうした?」
桔梗がそんな犬夜叉の様子に気付き声をかける。

「な…なんでもねえよ!!」
犬夜叉はその声で慌てて我に帰り桔梗から距離を取る。その顔は先ほどよりもさらに真っ赤になってしまっていた。桔梗はそんな犬夜叉が可笑しかったのか静かに笑い続けている。犬夜叉はそのままあさっての方向を向いたまま黙り込んでしまった。

そしてしばらくの時間の後

「俺がここに来たのはお前を助けるためだけじゃねえ……他にも用があったからここに来たんだ……。」
落ち着きを取り戻した犬夜叉は真剣な様子で桔梗に話し始める。

「用……?」
桔梗が犬夜叉に聞き返す。犬夜叉は大きな息を一度はいてから

「本物の犬夜叉の気持ちを……お前に伝えにきたんだ……。」
そう決意に満ちた表情で告げる。

「犬夜叉の……気持ち……?」
犬夜叉の言葉の意味が分からない桔梗はさらに犬夜叉に聞き返す。

「ああ……。俺には前世の犬夜叉の記憶がある。その中では本物の犬夜叉は蘇ったお前と再会してるんだ……。だから俺がその時の犬夜叉の気持ちをお前に伝えたい。聞いてくれるか……?」
そう言いながら犬夜叉は真っ直ぐに桔梗を見据える。

少年にとってこの行為はとてつもない危険を伴う行為だった。犬夜叉の記憶を覗くということは今まで以上に自分の体に負担をかけてしまう。最悪以前のように自分が自分でなくなってしまう危険もはらんでいた。しかしそれでも犬夜叉と桔梗の再会の機会を奪ってしまった自分ができる唯一の罪滅ぼしがこれだった。

桔梗はそんな少年の決意を感じ取り

「分かった……聞かせてくれ……。」
そう呟いた。

少年はそのまま眼を閉じる。そしてそのまま犬夜叉の記憶の深く深くまでさかのぼって行く。少年と犬夜叉の意識が同調する。そのまま少年は語り始める。それは犬夜叉という半妖の少年の半生だった……。



物心がついた頃、俺はおふくろと一緒に貴族の屋敷に住んでいた。その頃は自分が半妖だとは知っていたがそれほど気にはしていなかった。しかし蹴鞠をして遊んでいる大人たちに混じろうとすると決まって大人たちは自分を置いてどこかに行ってしまう。その頃の俺はどうして自分がそんなに嫌われているのか分からなかった。おふくろはいつもそんな俺を優しく抱きしめてくれた。でもその目は涙にぬれていた。そして大きくなるにつれて自分が半妖であるからみんなにいじめられていることに気付いていった。

そしておふくろが死に一人になったとたん俺は都を追い出された。そこで俺は初めて自分が一人になってしまったことに気づいた。それからは荒れた生活を続ける日々が続いた。
人間や妖怪の中には半妖の俺と仲良くしてくれる奴もいた。でも最後には必ず俺を裏切りどこかに行ってしまった。

人でも妖怪でもないどちらにもなれない存在、それが半妖なのだと思い知らされた。

それから俺はひたすらに強さを追い求めた。強さがあれば何でもできる。自分を疎む奴らも蔑む奴らも力があれば何も言ってこない、俺には手を出してこない。

自分の居場所は力ずくでぶんどるしかねえ。そうして生きてきて……気が付いたら一人ぼっちになってた……。そういうやり方しか知らなかったからだ……。

そんな時だった。四魂の玉の噂を耳にしたのは。四魂の玉を手に入れれば完全な妖怪になれる。そうすれば自分のこの弱い心を失くすことができる。俺はそのまま四魂の玉を守っているという巫女がいる村に向かった。俺はそこで………桔梗に出会った。

桔梗はいけ好かねえ野郎だった。いつもすかした顔で生活してやがる。何とか四魂の玉を奪ってやろうと挑んだが手も足も出なかった。俺が人間なんかに負けるわけがない。そう思い何度も挑んだが結果は同じだった。そして桔梗は俺にとどめを刺そうとはしなかった。

それから俺は桔梗の隙を狙おうと桔梗に付いて回るようになった。桔梗は村の連中に好かれている巫女だった。なのに俺には桔梗がどこかさびしそうにしているように見えて仕方がなかった。俺は桔梗を殺さない、桔梗も俺を殺さない、そんな奇妙な関係が続いていた。

そして俺は四魂の玉ではなく桔梗に会うために桔梗に挑んでいることに気付いた。そしてあの日……

「犬夜叉…戦っていなければ…お前はお前でいられないのか?」
桔梗は俺を見据えながらいきなりそんなことを尋ねてきた。俺は同じことを以前桔梗に聞かれたことがあった。

「戦いをやめてみないか?」
「何?」
俺は桔梗が何を言いたいのか分からず聞き返した。桔梗は

「戦いをやめて人間になってみないか?」
そう俺に告げてきた。その表情がその言葉が冗談ではないことを現していた。そして俺はその言葉に驚いてしまう。

「俺が人間に…?」
それはこれまで考えたことがないことだった。俺は強さが欲しかった。そのために完全な妖怪になりたかった。弱い人間になることなんて考えたこともなかった。そんな俺の胸中を知ってか知らずか桔梗はさらに続ける。


「なれるさ。お前は元々半分は人間だもの……。四魂の玉は邪な妖怪の手に渡ればますます妖力が強まる。だがお前を人間にするために使うならば玉は浄化され…恐らくは消滅する。」
桔梗の言葉を聞きながら俺は人間になることを考える。人間になれば弱くなってしまう。でももう差別されることも傷つけられることもなくなる……。

でも……人間になっても俺は一人ぼっちだ……そんなのは嫌だ……俺は………

「……その時桔梗、お前はどうなる?」
俺は思わずそんなことを聞いてしまう。桔梗は俺を見ながら

「私は玉を守るもの…玉がなければただの女になる…。」
そう儚げに答える。

俺は桔梗と一緒なら……人間になっても生きていけると……一緒に生きたいと俺は思った……。なのに俺は……


少年の脳裏にある光景が浮かぶ。それは桔梗との最後の別れの場面だった。桔梗は傷つき犬夜叉に抱きしめられている。空には星空が広がっていた。


桔梗……お前は俺が生まれて初めて好きになった大切な女だ……。それなのに――――


何もしてやれなかった………。桔梗……俺は……



「俺はお前を救えなかった!!」

少年の目に涙が溢れる。そしてそれを温かい手がぬぐう。それは桔梗の手だった。


「もういい……ありがとう……。」

桔梗はそう言いながら少年に微笑みかける。少年は桔梗に縋りつき泣き続けるのだった………。




「行くのか、桔梗……?」
「ああ……。」
犬夜叉が桔梗に話しかける。桔梗は死魂を体に取り込み完全に回復していた。しかし犬夜叉は心配そうに桔梗を見つめる。

「大丈夫だ……もう今回の様なヘマはしない……。それにお前にはかごめがいる。私が一緒にいては面白くないだろう……。」
少し残念そうにしながらそう桔梗が告げる。

「う……。」
桔梗の言葉に返す言葉もない犬夜叉。桔梗はそんな犬夜叉を見ながら何かに気付いたような表情をする。

「どうかしたのか、桔梗?」
まだ妖怪が残っていたのかと思い犬夜叉が身構える。しかし桔梗はそのまま犬夜叉の顔に両手を添え


そのまま口付けをした。


「!?!?」
犬夜叉は自分に何が起こったのか分からずそのまま固まってしまう。そしてしばらくの間の後、桔梗がゆっくりと犬夜叉から離れる。

「お……お前……何を……!?」
顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながら犬夜叉が叫ぶ。桔梗はそんな犬夜叉を見て微笑みながら

「気にするな……。助けてくれた礼だ。」
そう告げる。そしてそのまま踵を返し

「また会おう……犬夜叉……。」

そう言い残し森の中に姿を消した………。



桔梗が去った後しばらく放心状態になっていた犬夜叉だったが何とか意識を取り戻す。そしてそのまま心を落ち着かせて村に戻ろうとした時

自分の視線の先にかごめがいることに気付いた。


「か……かごめ……?い……いつから………?」

声を震わせながら何とかかごめに話しかける犬夜叉。しかしその顔は真っ青になっていた。

かごめはこれまで見たことのないような冷たい目をしながら

「あんたたちがキスしてるところからよ……。」

そう感情のない声で告げる。そしてそのままかごめは村のほうへ歩いて行ってしまう。

「ま……待てよ!かごめこれにはわけが……」
「おすわりっ!!!」
犬夜叉が何とか弁明しようとするがかごめの言霊によって地面にめり込んでしまう。かごめはそのまま村に帰ってしまった。犬夜叉は地面にめり込んだまま



(桔梗の奴……かごめに気づいてやがったな………)


そう桔梗を怨みながら意識を失うのだった………。



[25752] 第二十九話 「告白」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/05/04 06:22
今、犬夜叉一行は四魂のカケラの気配を追って山道を進んでいた。しかしその様子はいつもと違っていた。かごめ一人が先を進んでその後に少し距離があり犬夜叉たちがそれに続いて歩いていた。

「犬夜叉、かごめちゃんと何かあったの?最近ずっとあの調子だけど……。」
珊瑚がそんなかごめの様子を気にしながら犬夜叉に尋ねる。かごめはいつもなら肌身離さず付けている首飾りも着けていなかった。

「おら……今のかごめには怖くて近づけんぞ……。」
「確かに。あの様子は尋常ではありませんね……」
七宝と弥勒も珊瑚の言葉に続く。

「………ふんっ!」
犬夜叉はそんな三人の言葉によって不機嫌さを増す。

犬夜叉は桔梗とキスしているところを見られてからかごめと一言も話していなかった。すぐに事情を話しに行ったのだがかごめは話を全く聞こうとしてくれなかった。

(俺は悪くねえのに……かごめの奴……)
犬夜叉は罪悪感を感じながらも理不尽なかごめに心の中で悪態をつく。その瞬間、何かを感じ取ったのかかごめが急に振り返り犬夜叉を睨みつけた。犬夜叉はそれに怯え弥勒と珊瑚の後ろに隠れる。その姿はまるで飼い主に怒られている犬のようだった。

「これはしばらく続きそうだね……。」
「そうですね……。」
「やはりおらがしっかりせねば……。」
三人はそんな犬夜叉とかごめの様子に溜息をつくのだった……。


それからしばらく一行が道を進んでいると急にかごめが立ち止った。


「どうしたの、かごめちゃん?」
珊瑚がそんなかごめに気づき話しかける。

「四魂のカケラの気配が近づいてくる……それも凄い速さで!」
かごめが驚きながら皆にそう伝える。そしてその言葉に犬夜叉たちが身構えた瞬間、犬夜叉たちの前に狼の群れが姿を現した。

「てめえら、四魂のカケラを持ってやがるな。」
その中の人の姿をした狼が犬夜叉たちに話しかけてくる。犬夜叉はその姿を見て記憶を思い出す。

(あれは……鋼牙!!)
犬夜叉がそのことに気づき驚いている間にも鋼牙は続ける。

「おめえら、命が惜しかったらさっさと四魂のカケラをよこしな!」
戦闘態勢を取りながらそう恫喝する鋼牙。そして犬夜叉はかごめを庇うように前に出ながら鋼牙に対峙する。

「なんだてめえは?」

「そんなことはどうだっていい、お前こそ持ってる四魂のカケラをおとなしく渡しやがれ!」
犬夜叉は鋼牙が持っているであろう両足と右腕の四魂のカケラに目をやりながらそう告げる。

「どっちもガラが悪いの……。」
「確かにそうですな……。」
七宝と弥勒はそんな二人を見ながら冷静に分析する。

「やかましい、この犬っころが!力の違いを分からせてやる!」
そう口にした瞬間、鋼牙は凄まじい速さで犬夜叉に肉薄する。

「覚えときな、俺は妖狼族の若頭鋼牙だ!!」
そしてそのまま強力な蹴りが犬夜叉の顔面に向かって繰り出される。しかし

「ぐっ……!」
犬夜叉はそれを何とか右腕で防御する。

(こいつっ……!)
自分の攻撃が防がれるとは思っていなかった鋼牙は驚きながら犬夜叉から距離を取る。

「犬夜叉、気をつけて!その鋼牙ってやつ、四魂のカケラを右腕と両足に使ってる!」
かごめがそのことに気づき犬夜叉に伝える。

(あの女、四魂のカケラが見えるのか……!)
鋼牙がそのことに気づきかごめに目を向ける。

「どこを見てやがる、てめえ!」
その隙に犬夜叉は鉄砕牙を鞘から抜き鋼牙に斬りかかる。しかしそれはあっさりとかわされてしまった。

(くそっ!)
犬夜叉は内心で舌打ちする。記憶によって鋼牙が素早いことは分かっていたが今の自分でも捉えきれないとは思っていなかった。

(この犬っころ……思ったより面倒だ……!)
鋼牙はそう判断し自分の懐に手に入れそこから出した鉤爪の様なものを手にはめる。

「お前ら、ここから離れろっ!!」
その正体に気づいた犬夜叉はかごめたちにそう叫ぶ。そして次の瞬間

「喰らいな、五雷指!!」
鋼牙の右腕から強力な雷が犬夜叉に向かって放たれた。

「がっ……!!」
犬夜叉は鉄砕牙とその鞘によってそれを何とか受け流す。しかしその衝撃で辺りは砂埃に覆われてしまった。

(野郎……どこに行きやがった……!?)
体勢を整えて犬夜叉が鋼牙の攻撃に備える。しかしいつまでたっても攻撃はやってこなかった。犬夜叉は訝しみながら鋼牙の臭いを探る。そして

鋼牙がかごめのすぐ側にいることに気がついた。

「逃げろっかごめ!!」
「え?」
犬夜叉がそう叫んだ瞬間、かごめは鋼牙に抱きかかえられたまま連れ去られてしまう。

「へっ、この女はもらっていくぜ犬っころ!」
鋼牙はそう言い残し凄まじい速さでその場から離れて行く。

「た…助けてくれー!」
七宝もほかの狼に捕まってしまい連れ去られてしまう。

「かごめっ七宝っ!!」
犬夜叉がその後を急いで追いかける。しかしその速度に追いつくことができない。風の傷を使えば何とかなるかもしれないがそれでは二人を巻き込んでしまう。

「ちょっと……下ろしなさいよ!」
そう言いながらかごめが鋼牙の腕の中で暴れる。神通力を使えば脱出することは容易かったがそれでは七宝一人が連れ去られてしまうためかごめは神通力を使うことができなった。

「じっとしてな、悪いようにはしねえ。」
鋼牙はそんなかごめに全く動じずそう答える。このままでは自分が持っている四魂のカケラが奪われてしまうかもしれないと考えたかごめは

「犬夜叉っ!!」
後を追ってきている犬夜叉に向かって四魂のカケラが入った小瓶を投げた。

「なっ……!?」
「かごめっ!?」
二人がそんなかごめの行動に驚きの声を上げる。犬夜叉はそれを何とか受け止める。しかしその隙に鋼牙たちは姿を消してしまっていた。

「ちくしょう……!!」

犬夜叉は悔しさのあまり鉄砕牙を地面に突き立てるのだった……。




かごめと七宝はそのまま滝の奥にある妖狼族の巣に連れてこられていた。

「無事だったか、鋼牙。」
「心配してたんだぜ。」
銀太と白角がそう言いながら鋼牙に近づいてくる。そして鋼牙が連れているかごめと七宝に気づいた。

「その人間の女どうしたんだ?」
「喰うつもりなのか?」
興味深々な様子で二人はかごめに近づく。

「この女は餌じゃねえ、盗み食いした奴はぶっ殺すぞ!」
鋼牙はそう仲間たちにくぎを刺す。しかし

「じゃあこいつは喰ってもいいんだな?」
そう言いながら狼の一匹が七宝に近づこうとする。そしてその瞬間、その狼はかごめの神通力によって吹き飛ばされてしまった。

「七宝ちゃんから離れて!」
「かごめっ!」
かごめは七宝を庇うように弓を構えながら狼たちに対峙する。狼たちもかごめの力に驚いたのか思わず後ずさりしてしまう。

「こ……鋼牙……。」
銀太が不安そうな様子で鋼牙に目を向ける。鋼牙はそんなかごめの様子を黙って見続けていた。

(犬夜叉が来てくれるまで何とか時間を稼がないと……!)
かごめはそう考えながら鋼牙を睨みつける。鋼牙はそのままかごめを何度か見直した後

「かごめとか言ったけ……お前俺の女になれ。」

そう切り出してきた。


「は?」
かごめはそんな鋼牙の言葉にあっけにとられてしまう。

「鋼牙、でもそいつ人間の女だぜ?」
白角がそんな鋼牙に確かめるように話しかける。

「ばーか、この女は四魂のカケラが見えるんだぜ。それにかわいいし何より強え。これ以上にいい女はいねえぜ。」
そう言いながら鋼牙はかごめに近づき

「そういうこった、分かったな。」
その肩に手をやろうとする。その瞬間、

「触んないでよバカ!!」
かごめは鋼牙の顔を平手打ちした。狼たちはかごめの行動に驚き騒ぎ始める。

「私には……い……犬夜叉がいるんだから……!!」
かごめは勢いでそう言ってしまう。しかし鋼牙は叩かれたことは全く気にせずに

「犬夜叉……あの犬っころのことか……。」
そう言いながら何かを考え始める。

(本当は付き合ってもいないし……キスしたこともないけど………)
かごめは犬夜叉と桔梗がキスしている光景を思い出し俯いてしまう。鋼牙はそんなかごめに向かって

「じゃあその犬夜叉とやらがいなくなりゃあいいわけだ。」
そう自信満々に告げる。

「なっ……!?」
鋼牙の無茶苦茶な論理にかごめが驚きの声を上げる。

「なんにしたってあの野郎、今度会ったらぶっ殺してやるつもりだったからな。」
鋼牙がそのまま犬夜叉を殺そうと洞窟を出て行こうとした時

「極楽鳥だ……!極楽鳥が攻めてきたぞ―――!!」
外から狼の叫びが聞こえてきた。

「ちっ……あいつらもうここを嗅ぎつけやがったか……!」
五雷指を着けながら鋼牙は顔を歪ませる。

「極楽鳥……?」
「俺たち妖狼族の天敵みたいなもんだ……。最近そいつらの親玉が四魂のカケラを手に入れたらしくてな。そいつを見つけるのをお前に手伝ってもらおうと思ってたんだが……まあいい。手間が省けたってことだ!」
鋼牙は仲間たちに向かって振り返り

「行くぞお前ら!今日で決着をつける!!」
そう叫ぶ。狼たちはそんな鋼牙に続いて次々に外に戦いに向かっていった。

(どうしよう………)

かごめと七宝はそのまま洞窟に置き去りにされたのだった……。


「どけってめえら!!」
鋼牙の五雷指から放たれた雷が次々に極楽鳥を薙ぎ払っていく。しかし極楽鳥の数は多く、次々に狼たちに襲いかかって行く。戦場は乱戦状態になってしまっていた。

(くそっ……きりがねえ……!)
鋼牙がそんなことを考えていると上空から他の極楽鳥とは比べ物にならない程の妖気を感じる。
「何っ!?」
鋼牙が慌ててそのまま空を見上げる。そこには巨大な極楽鳥が狼たちを見下ろしていた。

「くくく……妖狼族ども……今度こそ皆殺しにしてくれる……。」
極楽鳥の親玉はそのままその巨大な口を開けそこから強力な妖力波を放ってきた。

「ぎゃああああ!!」
「ひいいいいい!!」
その威力によって狼たちが次々に薙ぎ払われていく。

「てめえっ!よくも!」
鋼牙が激高しながら親玉に向かって斬りかかる。しかし親玉はそれを難なくかわす。

「ふっ……妖狼族の子倅か……貴様を殺しその四魂のカケラも奪ってくれる!」
親玉はそのまま鋼牙に向かって口を開き、妖力波を放ってくる。

「五雷指っ!!」
鋼牙もそれに合わせて全力の雷を親玉に向かって放つ。二つの技がぶつかり合い辺りはその衝撃で吹き飛んでいく。しかし両者の力は拮抗しそのまま大きな爆発を起こす。

(くそ……力は互角か……!)
自分の全力でも倒しきれなかったことに焦りを感じる鋼牙。そしてその隙を狙って親玉は鋼牙を食い殺そうと迫ってきた。

(しまった……!!)
空中で身動きが取れない鋼牙がそのまま食い殺されそうとした時、一本の矢が極楽鳥の親玉に突き刺さった。

「ぐわあああっ!!」
その矢によって片方の翼を失った親玉はそのまま地面に墜落していく。

「かごめっ!?」
それはかごめの放った破魔の矢によるものだった。

(よかった……当たった……)
かなり距離があったのでうまく当たるか不安だったかごめだったが何とか当たったことに安堵する。しかし

「おのれ……人間風情が―――!!」
地面に降りた親玉がかごめに向かって妖力波を放ってくる。

(まずいっ!!)
鋼牙がかごめを助けようと走る。しかし距離があり鋼牙の足でも間に合わない。かごめはそのまま妖力波に飲み込まれてしまった。

「かごめっ!!」
鋼牙がそんな光景を見て叫び声を上げる。そして砂ぼこりが収まった後には

かごめを抱きかかえている犬夜叉の姿があった。


「犬夜叉……?」
いきなりのことにかごめが驚きながら犬夜叉に話しかける。

「大丈夫か、かごめ!?」
「う……うん。大丈夫……。」
かごめは犬夜叉の剣幕に思わず言葉が詰まってしまう。犬夜叉はそのままかごめを地面に下ろし

「鋼牙、てめえよくもかごめを危ない目にあわせやがったな!!」
そう鋼牙に食って掛かった。

「うるせえ、てめえこそ弱いくせにしゃしゃり出てくんじゃねえ!!」
鋼牙もそれに負けじと反論する。二人はそのまま言い合いを始めてしまう。そんな二人をどうしたものかとかごめが眺めていると

「大丈夫、かごめちゃん?」
「お怪我はありませんか、かごめ様?」
雲母に乗った珊瑚と弥勒がかごめに近づいてきた。

「珊瑚ちゃん、弥勒様!」
かごめは二人の姿に喜びの声を上げる。

「おらもおるぞ!」
七宝は怒りながら珊瑚と弥勒につっかかる。

「みんな……どうしてこんなに早くに……?」
かごめが二人に尋ねる。まだかごめが攫われてからほとんど時間はたっていなかった。

「犬夜叉が空を飛びながらかごめ様の匂いを追ってきたのです。それで随分早く来ることができました。」
弥勒がそうかごめに説明する。

「え……でも犬夜叉は高いところは飛べないはずじゃ……?」
そうかごめが不思議に思うが

「きっとかごめちゃんが心配で頭に血が上ってたんだよ。」
珊瑚が笑いながらそうかごめに伝える。かごめはそのまま犬夜叉に目をやるのだった。


犬夜叉と鋼牙はまだ口論を続けていたしかし

「貴様ら……我らをなめるな――――!!!」
極楽鳥の親玉が二人に向かって再び妖力波を放つ。

「ちっ!」
鋼牙はそれを避けようとその場を離れる。しかし犬夜叉はその場から動かずに

「うるせえ、てめえはすっこんでろ!!」
爆流波によってその攻撃を跳ね返す。その妖力波が親玉に向かって逆流していく。

「何っ!?」
親玉はそのまま爆流波に飲み込まれ跡かたもなく吹き飛んでしまった。

(こいつ……一体何しやがった!?)
鋼牙が驚きながら犬夜叉を見据える。他の極楽鳥は親玉が殺されてしまったことで戦意を失ってしまったのかそのまま逃げ去って行った。

「てめえを倒してかごめの前に引きずり出してやる!」
そう言いながら犬夜叉は鉄砕牙を構える。しかし

「うるせえ、かごめは俺の女だ!どうしようが俺の勝手だ!」
鋼牙は絶対の自信を持ってそう犬夜叉に告げる。

「なっ……!?」
その言葉に思わず言葉を失う犬夜叉。かごめもその言葉で固まってしまう。そして

「う……嘘よ!勝手に言ってるだけなんだからっ!」
慌ててかごめはそれを否定する。

「あんなこと言ってるけど……。」
「本当のところはどうなんですか七宝。かごめ様と鋼牙の間になにか……?」
「おらからは何とも……。」

面白がっているのか三人は好き勝手なことを言っている。

「この野郎……勝手なことをペラペラと……!」
こめかみに青筋を浮かべながら犬夜叉が鋼牙に詰め寄る。しかし鋼牙はそんな犬夜叉を全く気にせず

「文句あっか、俺はかごめに惚れたんだ。てめえに返す気はねえ!」
迷いなくそう宣言する。かごめは開いた口がふさがらないようだった。

「ぶっ殺す!!」
犬夜叉がそのまま鋼牙に斬りかかる。鋼牙はそれをかわしながら

「俺に勝てたらかごめも四魂のカケラも渡してやるぜ!」
そう犬夜叉を挑発する。

「その言葉、後悔させてやる!!」
二人はそのまま激しい戦闘に身を投じて行く。

「ど……どうしよう、止めなきゃ……。」
かごめが二人を止めようとするが

「どうする、法師様?」
「好きにさしておやりなさい。」
「犬夜叉、応援しとるぞ!」

三人は既に観戦する体勢になっていた。


「はあああっ!!」
「ふんっ!!」
犬夜叉と鋼牙は一進一退の攻防を繰り広げていた。力なら犬夜叉、速さなら鋼牙に分があり二人は互角の戦いを繰り広げていた。二人は戦いながらも口論を続ける。

「おめえみてえな、なよなよした奴より俺と一緒になったほうがかごめも幸せになれるに決まってんだろ!」
「う……うるせえ!!」
戦いは互角だったが舌戦においては犬夜叉は鋼牙に押されてしまっていた。鋼牙はそんな犬夜叉を見てさらに続ける。

「自分の女が取られそうだってのに言い返せねえのか!?そんな奴に俺が負けるわけがねえだろうが!!」
鋼牙はそのまま距離をあけ五雷指に力を込める。そして

「これで終わりだっ!!」
全力の雷を犬夜叉に向かって放ってくる。犬夜叉は鉄砕牙に力を込め

「風の傷っ!!」
全力の風の傷でそれを迎え撃った。二つの力がぶつかり合い風が吹き荒れる。二人の力は完全に互角だった。

「ここでお前を殺せばかごめも心おきなく俺に惚れられるぜ!!」
そう言いながら鋼牙はさらに五雷指に力を込める。その瞬間、鋼牙の雷が風の傷を押す返していく。

「犬夜叉っ!!」
かごめがその様子に叫び声を上げる。犬夜叉は俯いたまま

「うるせえ………。」

そう呟く。そして同時に風の傷が再び雷を押し返していく。

「何っ!?」
そのことに鋼牙は驚く。さらに力を込めるが押し返すことができなかった。犬夜叉は鉄砕牙を握りしめ


「かごめは俺のもんだっ!!だれにも渡さねえ!!!」


そう叫びながら鉄砕牙を振り切った。

その瞬間、犬夜叉の風の傷が雷を押し返しながら鋼牙に迫る。そして鋼牙はそれに飲み込まれてしまった。


「「鋼牙!!」」
銀太と白角が慌てて鋼牙に向かって走り寄って行く。怪我はしているが命に別条はないようだった。

「犬っころ……てめえ手加減しやがったな……!」
鋼牙は体を起こしながら犬夜叉を睨みつける。犬夜叉は爆流波ではなく風の傷のみで鋼牙を退けたのだった。

「ふん……約束通り四魂のカケラは渡してもらうぜ……。」
犬夜叉はそんな鋼牙を見ながらそう告げる。

「ちっ……男に二言はねえ……。」
鋼牙は悔しそうにしながらも三つの四魂のカケラを犬夜叉に渡したのだった。


「ふう……。」
戦いが終わり溜息を突きながら犬夜叉が振り返るとそこには


顔を真っ赤にしたかごめとそれを眺めている弥勒たちの姿があった。


「え………?」

犬夜叉は一瞬状況が分からず呆然としてしまう。犬夜叉は戦いに熱中するあまりかごめたちがいることに気づいていなかった。そして犬夜叉は自分が叫んだ台詞を思い出す。

「いや、なかなかいい告白でしたね。」
「男らしかったよ、犬夜叉。」
「感動したぞ、犬夜叉!」

三人がニヤニヤしながら犬夜叉にそう伝える。そして


「あの………」
かごめが犬夜叉に話しかけようとした時




犬夜叉はそのまま逃げ出してしまった。




「やれやれ……少しからかいすぎましたか……。」
頭をかきながら弥勒がそう呟く。そしてそのままかごめに向かって

「かごめ様、行ってあげてください。」
そう話しかける。

「弥勒様……?」
かごめはそのまま三人に目を向ける。

「行ってあげてかごめちゃん。犬夜叉はずっとかごめちゃん一筋だったんだから。」
珊瑚も弥勒に続いてそうかごめに告げる。

「犬夜叉はずっとかごめが好きだったんじゃ!」
七宝は胸を張ってそうかごめに伝える。

「みんな………。」
かごめは改めて三人に目をやるそして

「ありがとう!私行ってくる!!」
そう言い残し犬夜叉の後を走って追いかけていった。


「全く……私も負けていられませんね……。」
誰にも聞こえないように弥勒が呟く。

「どうしたの、法師様?」

「いえ、なんでもありません。」

珊瑚が不思議そうに弥勒を見つめるも弥勒は何食わぬ顔でそれに答えるのだった……。




犬夜叉は森の中で地面に座り込んでいた。その表情は下に俯いており窺うことができない。

(どうしたらいい……かごめに好きだってことがばれちまった……)
犬夜叉はそのままこれからのことを考える。

(もしかごめに嫌われちまったらどうしたらいい……もう一緒に旅ができなくなっちまうかも………どうしたら…………)

犬夜叉は様々な不安で心が押しつぶされそうになっていた。そして顔を上げるとそこには

真剣な表情をしたかごめが立っていた。

「かごめ…………。」
犬夜叉は絞り出すような声でそう呟く。しかしそれ以上なにを言っていいか分からくなってしまった。

そしてしばらくの間の後

「ありがとう……犬夜叉……。」
かごめがそう犬夜叉に話しかける。

「え……?」
かごめの言葉に犬夜叉が思わず声を上げる。

「好きだって言ってくれたこと……本当に嬉しかった……。」
言葉を選ぶようにゆっくりかごめは語りかけてくる。犬夜叉は黙ってそれを聞き続ける。その時間はまるで時間が止まっているのではないかと思うほどだった。

「でも………。」
かごめは一呼吸置いた後


「私が好きなのは犬夜叉じゃないの………。」

そうはっきりと告げる。


「………………。」
犬夜叉はそのまま黙りこんでしまう。犬夜叉の心は壊れてしまう寸前だった。そしてかごめは犬夜叉の顔をまっすぐに見つめ




「私は犬夜叉じゃなくて…………『あなた』を好きになったんだから………。」



そう微笑みながら告げた。



「え……………?」
犬夜叉はその言葉の意味が分からず呆然としてしまう。そしてその言葉を理解した瞬間



犬夜叉の目から大粒の涙が溢れてきた。


その言葉は

少年が

本当に

心から望んでいたものだった。




「もう、泣き虫なんだから………。」


かごめはそのまま優しく少年を抱きしめる。そして二人は口付けをかわす。




それが二人が恋人になった瞬間だった…………。



[25752] 第三十話 「冥道」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/05/08 02:33
「おい、もうちょっと離れろよ!」
「いいじゃない、別に。」
犬夜叉が顔を赤くしながらかごめに食って掛かる。しかしかごめはそんな犬夜叉を全く気にせずにその手を握りながらその隣を歩いている。一行にとってこの光景は見慣れたものに慣れつつあった。

「全く、仲睦まじいことですね……。」
「ほんとだね……。」
弥勒と珊瑚が少し呆れ気味にそんな二人に様子を眺めている。今、一行は四魂のカケラの気配を探して森の中を進んでいるところだった。

「しかし私は犬夜叉のほうがかごめ様に甘えるようになると思っていたのですが……。」
「あたしもそう思ってたんだけどね……。」
二人とも恋人になれば年下の犬夜叉のほうがかごめに甘えるような形になるとばかり思っていたのだったが実際にはその逆になっていることに少し驚いていた。

「おらは二人が仲良くなって嬉しいぞ!」
七宝が嬉しそうにそう話す。二人は恋人になって一番喜んでいるのは七宝だった。

「そうですね……では珊瑚、私たちも犬夜叉たちに負けずに……。」
そう言いながら弥勒がその手を珊瑚の尻に近づけようとするが

「何か言った、法師様?」
それは珊瑚の手によって防がれ逆につねられてしまう。まるでそうなることが分かっているかのような手際だった。そして弥勒は苦笑いしながらその場を誤魔化す。

一行は今日も平和に旅を続けていた……。





「ねえ、邪見様。殺生丸様何してるの?」
「わしが分かるわけなかろう……何か探しておられるように見えるが……。」

りんと邪見が殺生丸に聞こえないように話し続ける。殺生丸は犬夜叉とかごめが去ってから何かを探すように空を見上げることが多くなっていた。それに気付いた邪見が何度も殺生丸に尋ねたが結局その理由を教えてはくれなかった。殺生丸はそんな二人を気にせずに自分の鼻と天生牙の導きを頼りに歩き続ける。そして何かに気づいたように突然足を止めた。

「殺生丸様……?」
そんな殺生丸に気づいた邪見が声を上げる。そして殺生丸は空を見上げた後、犬妖怪の本来の姿に変化し上空に飛び立っていった。

「あれは……?」
りんが何かに気づいたのか驚いたような声を上げる。殺生丸が向かった先には殺生丸にそっくりな巨大な犬妖怪の姿があった。その犬妖怪は殺生丸に気づいた後、その後を追うように地面に降り立った。その瞬間、辺りは砂埃に包まれる。そしてそれが収まった後には銀髪の髪をした妙齢の女性が殺生丸に向かい合うように立っていた。

「殺生丸、そなただったか……。」
女性は殺生丸を見据えながらそう告げる。その様子はどこか気品に満ちていた。

「貴様、何と恐れ多い!殺生丸様を呼び捨てにするなど……!」
いきなり現れた上に殺生丸を呼び捨てにされたことに怒りながら邪見が女性に食って掛かる。しかし女性はそんな邪見を完全に無視しながら

「大方、父上の形見の天生牙の話だろう。この母を訪ねてきたということは……。」
そう殺生丸に向かって言い放つ。

「え……?」
「御母堂様!?」
りんと邪見はその事実に驚きの声を上げるのだった……。



殺生丸たちはその後、御母堂に導かれ空の上にある屋敷に場所を移した。そこは御母堂を守るために大勢の衛兵が構えている厳かなものだった。

「殺生丸そなた人間が嫌いではなかったのか?それが人間の子供を連れて……餌にでもするつもりか?」
一際豪華な椅子に腰掛けた御母堂がからかうように殺生丸に話しかける。殺生丸はそんな母の言葉を無視しながら

「天生牙の冥道を広げる方法……父上から聞いているはずだ。」
そう単刀直入に御母堂に問いかける。しかし御母堂はそんな殺生丸の問いかけに対して

「全く相変わらず可愛げがない……。素直にこの母に聞きに来たと言えばいいものを……。」
そう拗ねた様な表情を見せながら呟く。殺生丸はそんな母の態度が気に入らないのか剣呑な雰囲気を漂わせている。御母堂はそんな殺生丸を見て満足したのか笑いながら

「殺生丸、そなたももうとっくに気づいていたのだろう?天生牙がこの母の能力を持つ刀であることに……。」
そう告げた。

「何とっ!?」
「そうなの?」
その事実に邪見とりんは驚きを隠せない。殺生丸はそんな御母堂の言葉を聞きながらも無表情なままだった。どうやら御母堂の言うとおりそのことにはとっくに気づいていたようだった。

「天生牙と鉄砕牙は元々一本の刀であり父とこの母の力を宿した刀であった。それを父の力である風の傷と爆流波を持つ鉄砕牙と癒しの力と冥道残月破を持つ天生牙の二つに分け犬夜叉とお前に分け与えたのだ。」
御母堂は淡々とその事実を殺生丸に伝えていく。殺生丸が何を考えているかはその表情からは読み取ることはできなかった。

「だというのにそなたは鉄砕牙にばかり執着しておったらしいではないか。そんなにこの母の力を受け継ぐことが気に入らなかったのか?」
御母堂はよよよという擬音が聞こえてきそうな態度で殺生丸に話しかける。殺生丸はそれを見ても無表情のままだった。そして

「御母堂様は犬夜叉様を知ってるの?」
りんが唐突に御母堂に質問をする。御母堂が犬夜叉やその母をどう思っているのか興味があったからだ。

「り…りん!無礼なことを聞くでない!人間との間に生まれた半妖のことなど……!」
邪見はりんの言葉に慌てながらそう取り繕う。しかしその瞬間、冷たい殺気が邪見を貫いた。

「ひっ!?」
その殺気に思わず邪見は身を震わせてしまう。

「小妖怪……今度、十六夜を侮辱することを言えば命はないと思え……。」
御母堂は冷たい視線を邪見に向けながらそう警告する。邪見はそれが冗談ではないことを肌で感じ取った。

「あれはいい女であった……。でなければ父との結婚などこの私が許すはずがなかろう……。」
そう言いながら御母堂はどこか遠くを見るような目をする。御母堂は人間であろうと妖怪だろうと力がある者、魅力がある者は認めるという信条を持っていた。それが殺生丸と犬夜叉の父が御母堂に惚れた大きな理由の一つだった。

「もっとも、私が正妻であることには変わりなかったがな。」
笑いながら御母堂はそう絶対の自信を持って告げた。


「ふん……そんなことなどどうでもいい。知っているのかいないのかどっちだ?」
心底どうでもいいという風な態度を取りながら殺生丸が再び尋ねる。

「全く……その性格は誰に似たのだか……。まあいい。殺生丸、そなたにはこの母の試練を受けてもらう。それを乗り越えることができれば冥道残月破は完成するだろう。」
そう言いながら御母堂は自らの首にかかっていた首飾りを外す。それは冥道石と呼ばれる冥界とつながっている石だった。

「だがもし失敗すればお前は命を落とすだろう。どうする、殺生丸?母は不安でならぬ。」
目を閉じながら御母堂は殺生丸にそう伝える。

「って笑いながら言ってるし……。」
「あんまり心配そうじゃないね。」
邪見とりんがその様子を見ながらひそひそ話をする。

(なーんかやっぱ似てるわ、この母子……。)
邪見は心の中でそんなこと考えながらこの二人は間違いなく親子であることを確信していた。


「ふん……心にもないことを……。」
御母堂の言葉を殺生丸はそう一蹴する。御母堂はそんな殺生丸を見据え

「ならば、楽しませてもらおうか。」

冥道石の力を解放した。その瞬間、石から巨大な影の様な犬が飛び出してきた。そしてそれはそのまま殺生丸に襲いかかってくる。殺生丸はそれに全く動じず

「冥道残月破!」
天生牙を犬の影に向かって振り下ろした。犬はそのまま巨大な円の冥道に飲み込まれてしまう。

「これが殺生丸の冥道か……。円を描いてはいるが真円には至っていないな……。」
それを眺めながら御母堂はそう呟く。そしてそれと同時に冥道に飲み込まれたはずの影の犬が再び姿を現した。

「えっ!?」
「殺生丸様の刀で斬れない!?」
天生牙が通じないことに二人は驚愕する。

「それは冥界の犬。殺生丸、どうやらそなたの天生牙は毒にも薬にもならぬようだな。」
御母堂はそんな様子を見ながら愉快そうに殺生丸に話しかける。その間に冥界の犬はりんに向かって矛先を変えそのまま襲いかかってきた。

「人頭杖!」
邪見がりんを守るために炎を人頭杖から放つ。しかし冥界の犬には全く通じないのかそのまま炎を素通りしりんを飲み込んでしまう。

「りんっ!」
「っ!」
邪見の叫びも空しく冥界の犬はりんを飲み込んだまま殺生丸が開けた冥道から冥界に逃げ去ってしまう。殺生丸はすぐさまその後を追い冥道に踏み込もうとする。

「お待ちください、殺生丸様!!」
そして邪見も急いでその後に続こうとした時

「待て、殺生丸!」
御母堂の叫びが殺生丸たちを貫く。殺生丸は一瞬、足を止め御母堂に目を向ける。

「冥道に踏み込むつもりか?それも人間を救うために……ずいぶん優しくなったものだな。」
真剣な表情で御母堂が殺生丸に問う。殺生丸はそれを一瞥した後

「犬を斬りに行くだけだ。」
そう言い残し邪見と共に冥道に足を踏み入れる。御母堂はそんな殺生丸たちを真剣な表情で見つめ続けるのだった。


「あれは……道!?」
殺生丸の尻尾に掴まっている邪見が声を上げる。漆黒の闇の中に一本の道が果てしなく続いていた。そしてその道を先程の冥界の犬が走っていた。

「ここまでだ。」
そう言いながら殺生丸は闘鬼刃を抜き冥界の犬に斬りかかる。しかしそれも先程の邪見同様、犬の体をすり抜けてしまう。
(そんな、闘鬼刃も通じぬのかっ!?)
殺生丸の攻撃すら効かぬ状況に邪見が焦る。このままではりんを救うことができない。りんの姿は犬の体の中に透けて見えるが気を失っているだけのようだった。しかしこのままではどうなるか分からない。
殺生丸はそんなりんの様子に目をやる。そしてりんの周りにあの世からの使いが近づこうとしていることに気づく。

(ならば……)
殺生丸はすぐさま天生牙を抜き

(癒しの天生牙!)
癒しの力で冥界の犬に斬りかかる。するとこれまでどんな攻撃も通じなかった冥界の犬の体は泡のように消えてしまった。そして助け出されりんはそのまま地面に倒れ込む。

「うっ……。」
「りんっ大丈夫か!?」
何とか目を覚ましりんが立ち上がると邪見は慌ててそれに走り寄った。
「邪見様……殺生丸様……?」
自分の置かれている状況が分からないのかりんは寝ぼけているような様子だった。
「全く、心配をかけさせるでない!」
邪見はそのままりんに説教を始めてしまう。殺生丸はそんな二人を一瞥した後、先が見えない一本道に目をやる。

(この先に……冥道残月破を育てる何かがあるということか?)
そう考えながら殺生丸はそのまま一本道を進んでいく。そのあとを邪見とりんも慌てて追っていく。

それからは道を進むごとに冥界の妖怪たちが次々に殺生丸たちに襲いかかってきた。しかしこの世のものではない妖怪に対しては絶大な力を誇る癒しの天生牙を持つ殺生丸は次々にそれらを薙ぎ払いながら道を進んでいった……。


「流石は殺生丸様、冥界の妖怪といえども手も足も出ないようですな。」

邪見がそんな殺生丸を見ながらそうゴマをする。しかし進めど進めど道に終わりは見えてこない。そのことに不安を感じさらに邪見が殺生丸に話しかけようとした時

先程まで自分の隣で歩いていたりんの姿がないことに邪見が気付いた。

「りん……?」
邪見は慌てて辺りを見渡す。すると自分たちの少し後ろで地面に倒れ込んでいるりんの姿があった。

「何を遊んでおるんじゃ、さっさと連いてこんかりん!」
邪見はそんなりんを見て悪態をつく。しかしりんはそこから全く動かなかった。

「りん………?」
その様子に不吉な何かを感じた邪見は恐る恐るりんに近づく。そしてりんの体が冷たくなっていることに邪見は気づいた。加えてりんはもう息をしていなかった。それは人間が冥界に足を踏み入れてしまった代償だった。

「せ……殺生丸様……り…りんが………。」
邪見は声を震わせながら殺生丸に声をかける。殺生丸はそんな邪見とりんの様子に気づき慌てて近づいてくる。

「せ……殺生丸様っ!天生牙で……癒しの天生牙でりんをお救いください!!」
りんが死んでしまっていることに気づいた邪見は必死の様子で殺生丸に懇願する。殺生丸は邪見がそう叫ぶのと同時に天生牙を鞘から抜く。そして癒しの天生牙を使おうとしたところで

あの世からの使いが見えないことに気づいた。

「せ……殺生丸様……?」
いきなり殺生丸が動きを止めてしまったことに驚きながら邪見が話しかける。しかし殺生丸はそのまま動こうとはしなかった。

(どういうことだ……あの世の使いどもが見えん……!?)
殺生丸は何度も目を凝らしりんの周りに目をやる。しかし何度やってもあの世の使いを見ることはできなかった。邪見はそんな殺生丸の様子を見て全てを悟った。

(りんが………死んだ………?)
その事実が徐々に殺生丸の心に広がって行く。動悸が激しくなり体から汗が噴き出してくる。こんなことは初めてだった。

(なぜだ………天生牙!答えろ!!)
殺生丸はそのまま天生牙を握る手に力を込める。しかし天生牙はそれに何も答えようとはしなかった。


「は……早く起きんか……りん……殺生丸様をこれ以上……煩わせるでない……。」
目に涙を浮かべながら邪見は何度もりんに話しかける。りんの頬に邪見の涙が落ちる。しかしりんはそのまま目を覚ますことはなかった。そして殺生丸はその様子をただ見続けることしかできなかった。


(連れてくるべきではなかった………)
殺生丸の脳裏にある光景が浮かぶ。それは天生牙でりんを救った場面だった。


野盗に殺されたりんをあの世から呼び戻したあの時―――――

あのまま―――――

人里に残してくれば―――――



そう後悔した瞬間、冥界の闇が殺生丸たちを襲う。そしてそれが過ぎ去った後にはりんの姿が無くなってしまっていた。

「っ!!」
「りんっ!!」
殺生丸と邪見がその後をすぐさま追おうとした時、突然まばゆい光が二人を照らした。それは御母堂が冥道石の力でこの世と冥道をつないだために起こったことだった。

『出ておいで、殺生丸。そのまままっすぐ進めば冥界から出られる。』

御母堂の声がその光の方向から聞こえてきた。その声はこれまでの物とは違い、本当に殺生丸の身を案じたものだった。

『この道はすぐに閉ざされる。そうなればそなたは二度とこの世には戻れぬぞ。』
殺生丸はそんな母の言葉を聞きながらもそのまま振り返り

「邪見、お前はこの道を行け。」
そう邪見に言い残し先に進んでいく。しかし邪見は迷うことなく殺生丸の後に続いていった。

「死ぬかもしれんのだぞ……なぜ付いてくる……?」
殺生丸は横目で邪見を見ながら尋ねる。しかし

「この邪見、殺生丸様が行くところにはどこまでもお供いたします!」
邪見はそう絶対の決意に満ちた声で答える。殺生丸はそんな邪見をしばらく見つめた後

「………好きにしろ。」

そう邪見に言い残した後、再び歩き始めるのだった……。


二人がさらに冥界の奥に進むにつれて死体が腐ったような臭いがどんどん強くなっていくことに邪見は気づく。そしてその先に黒い巨大な人の影があった。それはこの冥界のある時の姿でありその周りには死人の山が積み上がっていた。そしてその手にはりんが握られていた。

「りんっ!!」
そのことに気づいた邪見が叫ぶ。その瞬間、殺生丸は天生牙を抜き冥界の主に向かって飛びかかって行く。殺生丸の目に積み上がった死人たちの姿が映る。それが命を失った者たちが迎える最期の姿だった。

(りん!)
天生牙を握る手に力がこもる。

(そこには行かせん……連れて帰る!!)

殺生丸は全力で癒しの天生牙を振り切った。それと同時に冥界の主の腕が切り裂かれりんが空中に投げだされる。殺生丸はそれを両腕で抱きとめたまま地面に降り立った。殺生丸はそのまま自分の胸にいるりんを見つめ続ける。りんはまるで眠っているかのように安らかな顔をしていた。

「りん………起きろ………。」
呟くように殺生丸がりんに話しかける。しかしりんは決して起きることはなかった。

(救えんのか……?)
殺生丸の手から天生牙が抜け落ちそのまま地面に突き刺さる。しかし殺生丸はそのことに全く気付いていなかった。

「殺生丸様………。」
殺生丸の胸中を察した邪見はそれを見て涙を流すことしかできない。

(救えんのか……!!)
りんを抱く手に力がこもりそして悔しさから唇を噛み血が流れて行く。殺生丸はそのまま天生牙に目をやる。


何の価値がある―――天生牙―――こんな物のために――――

「りん……。」

お前を死なせてしまった………。

りんの命と引き換えに得るものなど――――何もない!!


そう殺生丸が気付いた瞬間、天生牙からまばゆい光が放たれる。そしてそれに縋るように死人の山が天生牙に集まって行く。

(し……死人の山が……まるで天生牙に縋っているようじゃ!)
その様子に驚きながら邪見も殺生丸に近づいていく。

(救われたいのか………)
殺生丸はそのまま導かれるように天生牙を手に取り、天に向かって突き出した。その瞬間、凄まじい光が辺りを包んでいく。それは殺生丸の慈悲の心による浄化の光だった。その光によって冥界に取り残された死人たちは次々に浄化されていく。そして同時に目の前には完全な真円の冥道が開いたのだった………。



「どうした殺生丸?浮かない顔だな。そなたの望み通り冥道残月破は完成した。少しは喜んだらどうだ。」
御母堂がそう殺生丸に話しかける。りんは寝台の上に寝かされており、邪見がその近くに控えていた。

「………りんがこうなることを……知っていたのか。」
殺生丸が鋭い視線を向けながら御母堂を問い詰める。しかし御母堂はそんな視線にも動じずそれに答える。

「そなたは既に一度、小娘を天生牙で蘇らせたのだろう。天生牙で死人を呼び戻せるのは一度きりだ。」
「っ!!」
殺生丸はその言葉に思わず目を見開く。御母堂はそんな殺生丸を見ながらさらに続ける。

「当然だろう、本来命とは限りあるもの。そなたの都合で何度も救えるほど軽々しいものではない……。そなた神にでもなったつもりだったか?天生牙さえあれば死など恐るるにたらぬと……。」
殺生丸は黙ってその言葉を聞き続けることしかできない。

「殺生丸、そなたは知らねばならなかった。愛しき命を救おうとする心と同時に、それを失う悲しみと恐れを……。」

(悲しみと……恐れ……)

「冥道残月破は相手を必ず冥道に送り込む技。それを使うときには命の重さを知り、慈悲の心を持って敵を葬らねばならぬ……。それが百の命を救い、敵を冥道に送る天生牙を持つ者の資格だ。」
御母堂はそう言いながら殺生丸をまっすぐ見据える。そして殺生丸は顔を下げたまま動こうとはしなかった。

(殺生丸様が慈悲の心を知るために……りんは死なねばならなかったというのか……)
邪見は目に涙を浮かべながらりんに目をやる。

「小妖怪、泣いているのか?」
そのことに気づいた御母堂が邪見に話しかける。

「殺生丸様はどんな時でも涙を見せぬご気性ゆえ……この邪見が代わりに……。」
邪見は着物の袖で顔を隠しながらそれに答える。その声は涙ですっかり枯れてしまっていた。

「悲しいか……殺生丸……?」
御母堂の言葉を聞きながらも殺生丸はその表情を変えようとはしなかった。御母堂はそんな殺生丸をしばらく見つめた後

「……二度目はないと思え。」
首にかけていた冥道石をりんの胸の上に置いた。その瞬間、石が光を放ち始める。その光は冥界に置き去られていたりんの命だった。そして

りんはゆっくりとその目を開けた。

「りんっ!!」
その様子に邪見は思わず歓声を上げる。りんは生き返ったことに驚き何度も咳込んでしまう。そしてそれを慈しむように殺生丸の手がりんの顔に添えられる。

「殺生丸……さま……。」
その手のぬくもりに安心したようにりんが殺生丸の名を呼ぶ。

「もう……大丈夫だ……。」

殺生丸はそう優しくりんに告げる。その言葉には殺生丸のりんへの想いがすべて込められていた。邪見はそんな二人の様子を見ながら号泣し続ける。


「全く……小娘一匹にこの騒ぎ……変なところが父親に似てしまったな……。」
そんな殺生丸の様子を見ながら御母堂は静かに微笑むのだった……。




「ありがとうございましたっ!」
そう御母堂にお礼を言いながら体調を取り戻したりんは先を進んでいく二人の後を追っていこうとする。しかし

「待て、小娘。」
りんは突然、御母堂に呼びとめられてしまう。そのままりんが言われるまま御母堂に近づいていくと御母堂はりんに懐から首飾りを取り出し手渡した。

「何、これ?」
りんがそれを不思議そうに眺める。

「それをそなたに預けておく。もし殺生丸にどうしようもない危機が訪れた時に使え。」
「え?」
御母堂はそう言うとそのまま屋敷に戻って行ってしまった。りんはどういうことなのか詳しく聞こうとするが

「何をやっておるんじゃ、りん!置いていくぞ!」
邪見が怒りながらこっちにやってくる。

「はい、今行きます邪見様、殺生丸様!」
りんはそのまま二人の元に向かっていく。


りんがその言葉の意味を知るのはもう少し後のことだった………。



[25752] 第三十一話 「光」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/05/21 23:14
「今日で中学生活も終わりかー。」
「あっという間だったね。」
かごめの友人であるあゆみと由加が感慨深げにしながらそんなことを話している。今、かごめたちは最後の授業を終えみんなで一緒に下校をしている最中だった。

「まだ卒業式が残ってるじゃない。」
二人の言葉を聞き笑いながらかごめが会話に加わってくる。しかし友人たちは何か言いたいことがあるような表情でかごめを見つめてきた。

「な……何……?」
その雰囲気に思わず後ずさりをしてしまうかごめ。そんなかごめを見ながら

「いいよねーかごめは。年下の愛しい彼氏がいるもんねー。」
「ほんとほんと。それにあんなに学校休んでたのに第一志望に受かっちゃうんだもん。」
「いいなー。」
三人は次々に言いたいことをかごめにぶつけてくる。

「か……彼氏は関係ないでしょ!それにみんなだって受かってるじゃない!」
顔を赤くしながら慌ててかごめが三人に食って掛かる。しかし三人はそんなことはどこ吹く風といった風にかごめをからかい続ける。かごめは受験が近いということでしばらくの間現代へ戻ってきていた。そして無事に受験も終え第一志望の高校に見事合格したのだった。

「じゃあ来年には彼氏も同じ高校に入ってくるの?」
あゆみが興味深々にかごめに尋ねてくる。残りの二人もその言葉に反応して詰め寄ってくる。

「そうなの、かごめ?」
「かごめちゃんの彼氏にあってみたいな。違う学校の男子なんでしょ?」

「そ……それは……」

かごめは三人の問いに思わず考え込んでしまう。確かに犬夜叉は自分より年下の中学二年生だが今は戦国時代からこちらに来ることができない。元に戻る方法も探してはいるが今のところ具体的に何かを見つけているわけではなかった。

(四魂のカケラ集めが終わったら犬夜叉はどうするつもりなんだろう……?元に戻る方法を探すのかな……でも元に戻れなかったら……私は………)

かごめはこれまで真剣にそのことを考えたことがなかったためにそのまま深く考え込んでしまった。

「全く……またあたしたちのこと忘れちゃってる……。」
「いつものことだけどね。」
「かごめちゃん、最近楽しそうだよね。」

友人たちは一人自分の世界に入り込んでいるかごめを見ながら苦笑いするのだった……。


「ただいま、みんな。」
かごめが元気な声を上げながら楓の家に入ってくる。犬夜叉たちはちょうど昼食も終わり居間でくつろいでいるところだった。

「かごめ、待っておったぞ!」
すぐさま七宝がかごめに抱きついてくる。かごめは約二週間ぶりにこちらの世界に戻ってきたのだった。

「かごめ、受験はどうだったんだ?」
犬夜叉がそれに続くようにかごめに尋ねる。犬夜叉は結局かごめの受験勉強に付き合わされ一緒に勉強をさせられることになってしまった。そこまでしたからにはきちんと受かってくれなければその苦労が無駄になるため犬夜叉は真剣にそのことを心配していた。

「大丈夫、ちゃんと第一志望に受かったわ!」
かごめはそう胸を張って告げる。その言葉を聞き犬夜叉はこれ以上勉強に付き合わされることはないことを知り胸をなでおろす。

「よく分かりませんがおめでとうございます、かごめ様。」
「おめでとう、かごめちゃん。」
事情がよく分かっていない弥勒と珊瑚だったがめでたいことだということは何となく察したのかかごめにお祝いを述べる。

「ありがとう、みんな。」
かごめは上機嫌な様子ではしゃいでいる。楓もそんなかごめを見て苦笑いをするしかない。

「ふん……受験前はあんなにひいひい言ってたくせに……。」
「何か言った、犬夜叉?」

かごめの言葉に誰にも聞こえないように呟いたつもりだった犬夜叉は思わず身震いしてしまう。そしてそのまま痴話喧嘩がはじまり周りがそれを眺めながら笑いを漏らす。犬夜叉一行はいつもと変わらない日常を送っていた……。


かごめの合格祝いがひと段落したところで犬夜叉たちはこれからのことを話し合うことになった。皆の前には今かごめが持っている四魂のカケラが置かれていた。それは玉でいえば三分の一ほどの大きさになるほどの数だった。

「最近はかごめも四魂のカケラの気配を感じなくなったし……カケラも鋼牙の奴から手に入れたのが最後でそれからは一つも手に入ってねえ……。」

犬夜叉は四魂のカケラに目をやった後にかごめたちに視線を向ける。皆犬夜叉が何を言いたいのかは既に分かっていた。

「つまり……四魂のカケラが私たちと奈落が持っているもので全て出揃ったということですね……。」
弥勒が代表してその事実を口にする。犬夜叉は黙ってその言葉を肯定する。

「ああ……一つ訂正すれば琥珀のカケラを含めてだ……。」

「………。」

その犬夜叉の言葉に珊瑚が微かに反応する。犬夜叉は以前桔梗と再会した時に桔梗から琥珀のことを聞いており、珊瑚たちも琥珀が桔梗と行動を共にしていること、琥珀のカケラを使い桔梗が奈落を倒そうとしていることは既に皆知っていた。

「珊瑚……。」

「大丈夫だよ、法師様。琥珀は必ず私の手で助けて見せる。」
弥勒が心配していることに気づいた珊瑚は決意に満ちた顔でそう宣言する。しかし

「『私たち』の間違いじゃねえのか、珊瑚?」
「そうよ、みんなで琥珀君を助けましょう。」
「そうです、桔梗様がカケラを使う前に我々が奈落を倒せばいいのですから。」
「そうじゃそうじゃ!」

犬夜叉たちが次々に珊瑚に声をかけて行く。

「ありがとう……みんな……。」
珊瑚はそんな仲間たちを見て笑顔を浮かべる。みんなと一緒ならきっと琥珀を救い奈落を倒すことができる。そう珊瑚は確信したのだった。

「そういえば犬夜叉、奈落を倒した後お前はどうするのですか?」

これからの方針が決まり一息ついたところで話題を変えようと弥勒が犬夜叉に話しかけてきた。

「なんだよ弥勒、いきなり……」
犬夜叉は突然そんなことを聞かれたため思わず聞き返してしまう。弥勒はそんな犬夜叉の様子に苦笑いしながらさらに続ける。

「いえ、四魂のカケラが出揃ったのですから近いうちに奈落とは決着がつくでしょう。ですからその後お前がどうするのか聞いておきたかったのです。」

「そうだね……何か考えてるの?」
珊瑚もそんな弥勒の言葉に何か感じることがあったのか犬夜叉に尋ねてくる。


「…………そうだな……とりあえずは元の体に戻る方法を探すつもりだ。」
犬夜叉はしばらく考え込んだ後そう答える。最近は四魂のカケラ集めや奈落のことで頭が一杯だったためそれほど考える機会がなかったがとりあえずはそうしようと犬夜叉は考えていた。

「犬夜叉はおらたちと一緒にいるのは嫌なのか?」
七宝は心配そうな声で犬夜叉に尋ねる。七宝は犬夜叉がこの世界にはいたくないのではないかと思いそう尋ねたのだった。

「そんなこと言ってねえだろ!」
七宝の勘違いに気づいた犬夜叉は慌てて弁解する。確かに憑依した当初は早く帰りたくて仕方がなかったが今はこのままこの世界で生きて行くのも悪くないと思い始めていた。

「七宝そこまでにしておきなさい。……犬夜叉、もしよければ私たちもそれに協力させていただけませんか?」
弥勒はそう七宝をなだめながらそう犬夜叉にそう提案する。その様子から犬夜叉はそれが冗談ではないことに気づいた。

「いいのかよ、付いてきても得になることはないと思うぜ?」
犬夜叉としてはありがたいことこの上ないのだが一緒に来てもらっても返せるものは何もないため思わずそう弥勒に言ってしまう。

「何をいまさら。それに犬夜叉、あまり言いたくはありませんが元の体に戻れないことも考えておいたほうがいいでしょう。」
真剣な表情でそう弥勒が告げる。それは厳しいようだったがまぎれもない事実だった。

「………そうだな。」
犬夜叉は弥勒の言葉に素直に頷く。今まで旅を続けてきたが憑依に関することは何一つ分かっていなかった。帰れない可能性のほうがはるかに高いのは明白だった。

「………犬夜叉、もしそうなったときには私たちと一緒に妖怪退治屋をする気はありませんか?」
難しい顔をしている犬夜叉を見つめながら弥勒は唐突にそう犬夜叉に話しかける。

「妖怪退治屋?」

「そうです、お前の強さは折り紙つきですからね。加えて退治屋である珊瑚もいます。お前が一緒に来てくれれば助かるのですが……どうですか?」
それは犬夜叉にとってはこれ以上にない誘いだった。村で畑仕事をすることが嫌いなわけではなかったが犬夜叉はやはりそういう仕事のほうがあっていると自分でも自覚していた。

「俺は構わねえけど……珊瑚はいいのかよ?」
犬夜叉は確認するように珊瑚に目をやる。弥勒の言いようなら珊瑚も一緒に退治屋をするような意味合いが強かったからだ。

「……法師様。あたしはそんなこと全然聞いてないよ?」
珊瑚はそんな犬夜叉を一度見た後弥勒に振り返りそう問いただす。しかし

「それはそうでしょう。今初めて話したのですから。」
しれっとした様子で弥勒はそう切り返す。珊瑚はそんな弥勒を見て溜息を吐いた後

「全く……あたしは全然構わないよ。元々奈落を倒したら退治屋を再開するつもりだったし。それに法師様と犬夜叉が加わってくれるならこちらからお願いしたいくらいさ。」
そう笑いながら犬夜叉に告げる。

「おらも一緒に行くぞ!」
七宝もその話が気に入ったのか犬夜叉の肩に乗りながら元気よくそう宣言する。

「お前ら……。」
犬夜叉はそのまま弥勒たちに目をやる。皆それが当たり前だというような顔で犬夜叉を見つめている。犬夜叉は誰にも聞こえないような声で

「………ありがとな。」

そう呟くのだった。

そんな中かごめは犬夜叉たちを見ながら一人何かをずっと考え続けるのだった。




薄暗い洞窟の中にほとりの男がたたずんでいる。それは狒々の皮を纏った奈落だった。奈落は一人目の前にある泉を見つめ続ける。するとその水面に人の姿が浮かび上がってくる。しかしそれは奈落を映しているものではなかった。現れたのは全身大火傷を負い包帯で体中を巻かれている男の姿だった。

『戻ってきたか……奈落……』

「ふん……戻りたくはなかったがな……。」
奈落は無表情のまま男に答える。

『くくく……そうだろう……お前はこの鬼蜘蛛の心……桔梗を想う心を忌み嫌い体外に出しここに封じ込めていたのだから……』
水面に映っているのは奈落が持っていた鬼蜘蛛の負の心だった。

『だが奈落、貴様はこうして戻ってきた……なぜだ……?』

鬼蜘蛛がそう奈落に問いかける。しかし奈落はそのまま一人深く考え込んでいる。


(四魂のカケラは全て出揃った……犬夜叉たちは確かに厄介だがさらに力を増した今のわしならば葬ることは容易い……だが……)
奈落の脳裏に一人に巫女の姿が浮かぶ。それは桔梗の姿だった。

(桔梗……奴だけは油断ならん……どうやら琥珀と共に行動しているようだが姿を隠しているのか捉えられん。以前四魂のカケラをわしに渡してきたが……奴は間違いなくこの奈落を殺そうとしてくるはず……)

奈落はそのまま己の背中の蜘蛛の形をした火傷に目をやる。それは奈落が半妖であることの証ともいえるものだった。

「この背中の火傷……何度体を組み替えてもなくなることはなかった……。つまりこの奈落にとって鬼蜘蛛……お前の心は切っても切り離せないものだったのだろう……?」

『ふ……ようやくそのことに気づいたか……』
鬼蜘蛛は何をいまさらといったふうに話し続ける。

『人間の心は貴様が忌み嫌うほど悪いものばかりではないぞ……邪な想い、あさましき願い、薄汚い執着……それら桔梗にまつわる人間の負の心は貴様の四魂の玉に闇の力を与える……』

「桔梗を殺すほどの……か。」
その瞬間、奈落から冷たい殺気が溢れだす。

『だからこそ貴様は……わしを取りに戻ったのだろう?』

水の中から一匹の蜘蛛が現れ奈落の手に平に止まる。そしてそのまま蜘蛛は奈落の体に溶け込んでいく。今この瞬間、真の意味で半妖奈落が完成した。

負の心か――――そうだ桔梗を殺すにはそれが一番ふさわしい武器――――

負の心こそわしと桔梗をつなぐもの――――

奈落はそのまま夜の闇に姿を消した………。




ある村の外れで二つの人影が身を隠すように佇んでいた。それは桔梗と琥珀の姿だった。桔梗は結界を張り周りからは自分たちが見えないようにしながら村の様子をうかがっていた。

「桔梗様、村まで下りてきて……何かあったのですか?」
琥珀が今まで身を隠していたにもかかわらず人里に下りることになったことに疑問を持ち桔梗に尋ねる。

「糸だ………恐らくは奈落の……。」
桔梗は目を細めながら琥珀の問いに答える。桔梗の目には村を覆うように広がっている蜘蛛の巣の様なものが見えていた。昨日から桔梗はこの蜘蛛の糸がまるで自分を探すかのように迫ってきていることに気づき移動していた。しかし結界を張っているにもかかわらず糸は桔梗のことを確実に狙って広がって行っていた。

(結界を張っているのに……一体なぜ……それにこの糸からは私に向けられた悪意を感じる……以前どこかで……)
桔梗がそのことに気づき記憶を辿ろうとした時、目の前にいた村の子供に糸が絡みつき子供は意識を失い倒れ込んでしまった。

「咲、どうした!?しっかり……」
母親が娘の異変に気づき慌てて近づこうとするが

「下がって!」
桔梗はそれを間一髪のところで制止する。母親は桔梗が巫女であることに気づきその言葉に従いその場から離れる。そして桔梗はそのまま娘の様子をうかがう。娘は蜘蛛の糸に絡まれ完全に意識を失ってしまっているようだった。

(無関係の娘を使って……どうあっても私に糸に触れさせようという魂胆か……)

桔梗は一目で奈落の思惑に気づく。奈落を倒すことを考えるならこの糸に触れるわけにはいかない。酷なようだが奈落を倒すまではこのままでいてもらったほうがいい。自分には無関係の人間でもある。しかし

「ふっ……。」
桔梗は急に何かに気づいたように笑みを浮かべる。

「桔梗様……?」
そんな桔梗の様子を訝しみながら琥珀が話しかけるも桔梗は笑っているままだった。

(以前の私ならば見捨てていたかもしれん……だが……)

桔梗の脳裏にいつかの光景が蘇る。桔梗は目を閉じた後、娘に向かって手をかざし浄化の力を使った。その瞬間、娘を覆っていた蜘蛛の糸は消え去ってしまった。

「あ……あたし……?」
「咲っ!よかった……!」

目を覚ました娘に母親が涙を流しながら抱きつく。桔梗と琥珀がその光景に安堵した時、村を覆っていた蜘蛛の糸が次々に桔梗に襲いかかってくる。

「桔梗様っ!!」
「琥珀、お前は離れていろ!この糸は私だけを狙っている!」

そう言い放ち琥珀から距離を取りながら桔梗は襲いかかってくる糸を次々に浄化していく。しかしその数は段々と増していき、ついにそのうちの一本が桔梗の腕に巻きついてしまう。そしてその瞬間、桔梗は自分の浄化の力が徐々に失われていくのを感じ取った。

(これは……鬼蜘蛛の悪意!?糸を通して私を汚そうとしている……!!)

そのことに気づき何とか糸を振り払おうとするが弱まった浄化の力ではそれも敵わない。桔梗はそのまま鬼蜘蛛の糸に完全に捕えられてしまった。

「くそ……っ!」
琥珀の目には鬼蜘蛛の糸は見えないが桔梗が何かに捕らえられてしまったことは一目瞭然だった。しかし自分にはどうすることもできない。それでも今の自分にできることしなければ、そう考えた瞬間


「ほう……思ったより早くかかったようだな……。」


琥珀と桔梗の前に邪悪な笑みを浮かべた奈落が姿を現した………。



「かごめっ、こっちであってるんだな!?」
「うん、この先に空から糸の束みたいなものがある!」
犬夜叉の背中に乗っているかごめが叫ぶ。今、犬夜叉たちはかごめが見つけた蜘蛛の糸を空を飛びながら追っている最中だった。

「しかし……我々には見えない糸とは……。」
「やっぱり奈落の仕業かな……?」
雲母に乗っている弥勒と珊瑚がそう話しこんでいる時、犬夜叉は以前感じたことのある感覚に襲われた。

「琥珀だ!琥珀がこの先にいやがる!!」

「琥珀が!?」
「匂いで分かったのですか!?」
珊瑚と弥勒が犬夜叉の言葉に驚きながらも尋ねる。しかし蜘蛛の糸の先はまだ遠く匂いで分かる距離ではなかった。しかし犬夜叉はその気配が間違いなく琥珀であることを確信していた。

「っ!私も感じたわ!間違いなく琥珀君よ………それに近くにもう一つ大きい四魂のカケラの気配がある……奈落だわ!!」
かごめも四魂のカケラの気配を感じ取り犬夜叉の言葉を肯定する。そして奈落が琥珀に迫っていることが分かり一行に緊張が走る。

「……飛ばすぞ!しっかり捕まってろ、かごめ!!」
「うん!!」
そう言いながら犬夜叉は飛ぶ速度を上げる。それに合わせて雲母も速度を上げついてくる。

(桔梗……無事でいてくれ……!!)

犬夜叉は鉄砕牙を握りしめながらひたすらに琥珀の気配に向かって飛び続けるのだった……。



「奈落っ!!」
突如姿を現した奈落の驚きながらも距離を取り琥珀は戦闘態勢を取る。しかし奈落はそんな琥珀を嘲笑うかのように何の反応も示さなかった。

「ふん……死にかけの分際でこのわしに歯向かうつもりか?まあいい……貴様は後回しだ……まずは桔梗、貴様に死んでもらう……。」
そう言いながら奈落は悠然と桔梗に迫って行く。

「く……っ!」
桔梗は残った力を振り絞り破魔の矢を放つ。しかしそれは奈落の結界の前に難なく弾かれてしまった。桔梗はそれで力を使い果たしてしまったのか地面にうずくまってしまう。

「まだそんな力が残っていたか……だが無駄だ。仮にお前が万全の状態だったとしてもわしを傷つけることはできん。」
奈落は桔梗を見下ろしながら触手を体から生み出しその切っ先を桔梗に向ける。しかし

「…………」
桔梗はまだ何か考えがあるのかそのまま鋭い目つきで奈落を睨み続けていた。奈落はそんな桔梗に気づいた後

「なるほど……そういうことか……だが残念だったな……。」
その触手で桔梗の体を貫いた。

「ぐ……っ!!」
「桔梗様っ!!」
琥珀がすぐさま桔梗に走り寄るしかし新たな触手が次々に襲いかかり琥珀はそれに捕まり身動きが取れなくなってしまう。桔梗は痛みにうめきながらも驚愕の表情で奈落を睨みつける。

「奈落……貴様……!!」

「ふ……どうやら鬼蜘蛛がいた洞窟の土を身に纏っていたようだな。確かにそれがあればわしはお前に触れることができなかっただろう。以前のわしならな……。」
奈落はそんな桔梗をあざ笑うかのように言葉をつなぐ。

「どういうことだ……?」
桔梗が息も絶え絶えに奈落に問いただす。桔梗は奈落との戦いにそなえ自分を想う鬼蜘蛛の心を利用しようと考え洞窟の土を身に纏っていた。どんなに取り繕ったところで奈落は鬼蜘蛛をつなぎに使った半妖。それならば自分を傷つけることはできない。以前死魂虫を使ってきたのも自分が手を下すことができないからこその策だった。にも関わらず奈落はいともたやすく自分を傷つけてきた。

「貴様も気付いているのではないか……?貴様をからめ取っているその糸は鬼蜘蛛の負の心……わしはそれを完全に受け入れた……貴様が相手だとしても何の問題もない、いやそれどころかさらに力が増してくるほどだ……。」
そう奈落が告げた瞬間、触手から桔梗の体に瘴気が注ぎ込まれる。その強力さに桔梗の体は悲鳴を上げ傷口が広がって行ってしまう。奈落はそのまま桔梗を自分の元に引き寄せ抱きかかえる。

「くくく……どうだ、憎いわしの腕に抱かれながら死にゆく気分は……?」
奈落は桔梗を見据えながら心底面白いといった様子で笑い続ける。

「憐れだな桔梗。お前が死にかけているというのに愛しい犬夜叉はかごめと共にいる。」
奈落はさらに言葉を続ける。しかし

「…………」
桔梗はそんな奈落を睨みながらも口を開こうとはしなかった。

「無駄だ桔梗、貴様とわしは蜘蛛の糸でつながっている。だから―――伝わってくるぞ。わしに対する憎しみと軽蔑と―――犬夜叉への未練がな。」

(犬……夜叉………)

桔梗はそのまま目を閉じる。そして奈落は桔梗の心に感じる違和感に気づく。

(なんだ……これは……この心は……犬夜叉への物ではない……?)

そのことに気づき桔梗を問いただそうとした瞬間



「桔梗―――っ!!」

犬夜叉の鉄砕牙が桔梗を捕えていた触手を切り裂いた。

「何っ!?」
いきなりの犬夜叉の奇襲に奈落は思わずたじろぐ。そして

「飛来骨!!」
その隙を狙い珊瑚が飛来骨で琥珀をからめ取っていた触手を切り裂き琥珀を救いだす。

「姉上っ!!」
「琥珀、しっかり捕まって!」
珊瑚は琥珀の手を取りそのまま奈落から距離を取る。犬夜叉も桔梗を抱きとめたまま地面に降り立つ。

「大丈夫か、桔梗!?」
「犬夜叉……?」
桔梗はまだ事態が飲み込めていないのかうつろな反応を示す。犬夜叉はそのまま桔梗の体に目をやる。その体は肩が砕かれ瘴気によって蝕まれていた。

「犬夜叉、桔梗は私に任せて!」
かごめがそのことに気づき慌てて二人に近づいてくる。かごめは桔梗を支えながら地面に横にする。そしてそのまま桔梗の体にある奈落の瘴気を浄化しようと試みる。

「かごめ……」
「今はしゃべらないで、絶対助けて見せる!」
桔梗は一点の迷いも見られないかごめの姿を見ながら

「すまない……。」
そう告げるのだった。


「ふ……少し遅かったようだな犬夜叉。桔梗はもう助からん。我が瘴気を体に送り込んでやったのだからな……。」
戦闘態勢を取りながら奈落は犬夜叉を嘲笑うかのように挑発する。その体から強力な妖気と邪気が溢れだしてくる。その力によって辺りの森は次々に蝕まれ枯れ果てて行く。

「奈落……今度こそ逃がさねえ……ぶっ殺す!!」
犬夜叉は鉄砕牙に妖力を込めその切っ先を奈落に向ける。二人の間に緊張が走る。そして犬夜叉はそれを破るかのように上空に飛び上がった。

「はあっ!!」
犬夜叉がそのまま奈落に向かって鉄砕牙を振り下ろす。しかしそれは奈落の結界に阻まれてしまう。

「ふ……忘れたのか、貴様の攻撃はわしの結界を破ることはできん。」
奈落はそのまま触手で犬夜叉を貫こうと力を込める。しかし

「なめるなっ!!」
犬夜叉がさらに鉄砕牙に力を込める。その瞬間、奈落の結界にひびが入り始める。鉄砕牙の刀身には風の傷が纏っていた。それは犬夜叉が殺生丸との修行で編み出した技だった。

「ちっ!」
このままではまずいと悟った奈落はそのまま犬夜叉と距離を取ろうとする。しかし犬夜叉も空を飛びそれに喰いついていく。両者は一進一退の攻防を繰り広げていた。


「雲母、この場を離れるよ!急いで!!」
珊瑚の言葉に答えるように雲母は速度を上げ上空に離脱しようとする。珊瑚と弥勒は事前の打ち合わせで琥珀のカケラを守るために琥珀を先に安全場所まで逃がすことになっていた。珊瑚と弥勒の攻撃が奈落には通用しないこと、風穴の使用も難しいことから奈落の相手は犬夜叉とかごめがすることになっていた。そしてそのままこの場を離脱しようとした時、大量の蜘蛛の糸が珊瑚たちを襲った。

「く……っ!」
「これは……!?」
突然の事態に珊瑚と弥勒が驚きの声を上げる。糸の先には森から次々にはい出てくる巨大な蜘蛛の大群の姿があった。


「逃がすとでも思ったか……?そやつらはわしの体から生み出した分身、貴様らを相手にするならそやつらで十分だ。」

奈落は珊瑚たちを見据えながらそう告げる。巨大な蜘蛛たちは珊瑚たちを逃がすまいと次々に糸を放ってくる。何とか抵抗し続けるがついに雲母の足に糸が絡まり地上に引きずり下ろされてしまう。

「珊瑚!弥勒!」
犬夜叉はその様子に焦り助けに入ろうとするが奈落の触手がそれを邪魔するかのように犬夜叉に襲いかかってくる。犬夜叉は何とかそれらを斬り払いながら奈落に対峙する。

「てめえ……。」

「お前の相手はわしではなかったのか?助けに入っても無駄だ。貴様らの持つ四魂のカケラと琥珀のカケラを奪いわしは完全な四魂の玉を手に入れる。そのために犬夜叉……貴様たちには死んでもらうぞ。」
そう奈落が口にした瞬間、これまでとは比べ物にならない程の数の触手が犬夜叉に迫る。犬夜叉はそれをまっすぐに見据えながら鉄砕牙を構える。そして

「風の傷っ!!」
全力の風の傷を奈落に向かって放った。凄まじい妖力波が触手を薙ぎ払っていく。しかし奈落はそれを見ながらも余裕の表情を崩さない。

「無駄だ。それではわしを傷つけることはできん。」
絶対の自信を持って奈落は風の傷を結界で受け止める。しかしその瞬間、結界は風の傷によって消し飛ばされてしまった。

「何っ!?」
そのまま奈落は風の傷に飲み込まれてしまった。

(………やったか?)

犬夜叉は鉄砕牙を構え油断なく奈落がいた煙に覆われた場所を睨みつける。殺生丸との修行によって犬夜叉は風の傷の威力を増すことができていた。そして何よりも犬夜叉自身は気づいていないがこれまでの約一年間のうちに成長した半妖としての力が目覚め始めていることが大きな理由だった。

煙が徐々に晴れて行く。そしてそこには黒い鎧甲を纏った無傷の奈落の姿があった。

「な……っ!?」
思わず犬夜叉は驚愕の声をあげてしまう。いくら結界があったとはいえ全くの無傷であるとは考えもしなかったからだ。そして同時に奈落が纏っている鎧甲の正体に気づく。

(あれは……冥王獣の鎧甲!!)
冥王獣の甲羅はどの妖怪よりも硬いといわれる物。記憶の中では魍魎丸がそれを取り込みそれは犬夜叉の金剛槍破ですら傷をつけることができない程の堅さを誇っていた。

「わしの結界を破るとはな……だがこの冥王獣の鎧甲は何人にも破ることはできん。」
奈落の強さは自らの体を組み替えることで力を増しさらに他の妖怪を取り込むことでその力を我がものにできるところにあった。奈落の激しい攻撃が犬夜叉を襲う。犬夜叉はそれを何とか防ぎ続けるが犬夜叉の攻撃は奈落には通用しない。このままでは消耗したところをやられてしまう。

(ちくしょう……!)
そのことを理解しながらも犬夜叉は時間を稼ぐことしかできなかった。

「そんな……どうして……!?」
かごめは桔梗を救うために浄化の力を使い続ける。しかしいくらやっても桔梗の体にある奈落の瘴気を浄化することができなかった。

「もういい……かごめ……私のことはいい……それよりも犬夜叉を援護してやれ、このままでは犬夜叉も……。」
桔梗は痛む体を何とかごまかしながら起き上がりかごめにそう告げる。

「でも……。」

「この瘴気はただの瘴気ではない……鬼蜘蛛がもつ負の心を含んでいるもの……いくらお前でもこれを浄化することはできん……。」

「そんな……。」
桔梗の言葉を聞きながらかごめは自分には何もできないことに絶望してしまう。

「気にするな……元々私は死人……この世にあるべきものではない……だからかごめ……犬夜叉に力を貸してやれ、それは私にはできないことだ……。」
桔梗はそんなかごめを見ながらそう言葉をつなぐ。そしてかごめは桔梗の言葉を胸に刻みながら弓を取り出し構える。

(私の矢でもあの鎧はきっと砕けない……なら……!)

かごめは弓に力を込めながら目を凝らす。そして奈落の体の四魂のカケラの場所を見抜いた。
「犬夜叉、合わせて!!」
かごめはそう叫ぶと同時に破魔の矢を奈落に向かって放つ。それは一直線に奈落に向かって飛んで行った。そして犬夜叉は一瞬でかごめの意図に気づく。矢はそのまま奈落の体に突き刺さるもやはりその鎧甲を傷つけることはできなかった

「ふん、無駄だ。破魔の矢であってもわしを傷つけることはできん。」
そう奈落が嘲笑った瞬間

「ここかっ!!」
犬夜叉が破魔の矢が突き刺さっている場所に向かって鉄砕牙を振り下ろした。

(こいつ……まさか四魂のカケラを狙って……!?)
奈落はかごめと犬夜叉の狙いに気づく。だが

「風の……傷!!!」
犬夜叉は鉄砕牙を鎧甲に押し込んだまま全力の風の傷を放つ。その衝撃で犬夜叉の火鼠の衣は裂け体には無数の傷ができていく。それは零距離で風の傷を放った代償だった。

「貴様……死ぬつもりか!?」
「死ぬのはてめえだけだ!!」
犬夜叉の気迫に奈落が戦慄する。鉄砕牙がその衝撃に悲鳴を上げる。しかし奈落の鎧甲にひびが入りそれがどんどん広がって行く。それにあわせるように犬夜叉の体は風の傷によって血だらけになっていく。そして鎧甲がついに砕けようとした瞬間

「なめるなっ!!」
奈落はその力を振り絞り何とか犬夜叉を振り払う。犬夜叉はそのまま地面にたたき落とされてしまった。だが奈落の鎧甲には大きな割れ目ができてしまっていた。

(おのれ……このままでは……ならば!!)
奈落は犬夜叉のその隙を突いてその矛先をかごめに向ける。そしてそのまま触手をかごめに向かって放ってきた。

「こんなもの!」
かごめはそれを見ながら慌てずに結界を張る。しかし触手はその結界を難なく溶かし襲いかかってきた。それは溶命樹と呼ばれる結界を溶かす樹の力を奈落が取り込んでいたためだった。

「きゃあっ!」
かごめはそれを何とか間一髪のところで躱す。しかしその衝撃で四魂のカケラが入った小瓶が地面に落ち割れてしまう。かごめは咄嗟にそれらを拾い上げようとするが

「熱っ!?」
かごめは四魂のカケラが放つ熱によってカケラに触れることができなかった。そしてその隙に奈落の触手がカケラを奪い去ってしまう。

「そんな……どうして!?」
かごめはこれまで起こったことのない事態に戸惑う。そしてカケラは全て奈落の手の元にわたってしまった。

(これは……一つになろうとする四魂の玉の意志か……?)
桔梗がその様子を見つめながら考える。

「確かにいただいたぞ……四魂のカケラ!」

奈落はかごめが持っていた四魂のカケラを取り込んだことでさらに妖力を増す。先程まで割れていた鎧甲も治り結界もより強固なものとなってしまう。奈落に手には玉の形になりほぼ完成された黒い四魂の玉が握られていた。

「くそ……!」
何とか起き上がりながら犬夜叉は奈落を見上げる。先程まででほぼ互角の力だった奈落が四魂のカケラをさらに手に入れてしまった。犬夜叉とかごめは絶望的な状況に陥ってしまっていた……。



「飛来骨!!」
「はあっ!!」
珊瑚と弥勒が襲いかかってくる巨大な蜘蛛に向かって攻撃を仕掛ける。何とか何匹かは退治することができたがこの蜘蛛たちにも完全ではないとはいえ冥王獣の鎧甲が使われているため倒すことは困難を極めていた。

「ちくしょう!!」
珊瑚が残る力を振り絞りながら飛来骨を放つ。それは何匹かの蜘蛛の足を砕いていくが蜘蛛はその数を減らすことはなかった。既に周りは取り囲まれており逃げ場もない。珊瑚たちは絶体絶命の危機に陥っていた。

(このままでは……)
弥勒は自らの右手の風穴に目をやる。以前の奈落との戦いで傷が広がり、さらに時間の経過によっての広がりも続いている。蜘蛛たちも奈落の邪気を大量に含んでいる。風穴を使えば自分は今度こそ死んでしまうかもしれない。しかしそれでも……

(珊瑚……お前を死なすわけにはいかん!!)

弥勒は決意し右腕の封印に手をかける。

「法師様!?」
そのことに気づいた珊瑚が思わず悲鳴を上げる。しかし

「珊瑚!!琥珀を連れてこの場を離れなさい!!」
弥勒は有無を言わさぬ勢いでそう告げる。そして右腕の風穴を解放する。その瞬間、蜘蛛たちは次々に風穴に吸い込まれていく。しかしそのたびにその邪気が弥勒を蝕んでいく。だがそれでも弥勒は風穴を閉じようとはしなかった。珊瑚はその姿を見ながら

「琥珀……雲母に乗ってここから離れるんだ。できるな?」
そう告げた。


「姉上……?」
琥珀は珊瑚の様子に違和感を感じる。そして次の瞬間、珊瑚は弥勒の元に元に駆け出して行った。


(これは……想像以上にきついな………)
弥勒は朦朧とした意識の中でそれでも右腕を構え続ける。邪気によって体は蝕まれ口からは大量の血が流れている。そしてついにその膝が地面につこうとした時


弥勒の手に珊瑚の手が重ねられた。

「珊瑚……?」
弥勒は信じられないものを見たような顔で自分を支えている珊瑚に目をやる。珊瑚はそんな弥勒を見ながら

「今度はあたしが法師様を助けるって約束したからね……。忘れたとは言わせないよ。」
そう微笑みながら告げた。弥勒はあっけにとられた表情を見せた後

「そうでしたね……頼りにさせてもらいますよ、珊瑚。」

そう軽口を叩く。二人は寄り添い合うように支え合いながら戦っていた。


「姉上……みんな………」
自分のために命をかけて戦ってくれる珊瑚たちを前に琥珀はそのまま立ちつくしてしまう。そして琥珀は自分の体にある四魂のカケラの浄化の光に気づく。


(そうだ……俺は決めたんだ……二度と逃げないって………だから!!)
琥珀は自分の戦う意味を見つけ走り出した。そして弥勒と珊瑚の元に向かい風穴を無理やりに閉じさせる。

「な……っ!?」
「琥珀っ!?」
いきなり自分たちの前に現れ風穴を無理やり閉じられた二人は驚きのあまり尻もちを突いてしまう。琥珀はそんな二人に微笑みながら

「姉上……みんな……こんな俺のために……本当にありがとう。俺……行きます……それが俺の役目だから!!」

絶対の決意を持って琥珀は奈落の元に向かっていく。

「琥珀……琥珀――――!!!」
珊瑚はそんな琥珀に向かって叫び続けることしかできなかった……。




「ハァ……ハァ……」
犬夜叉は満身創痍の体を何とか支えながら奈落に向かう。対する奈落は全くの無傷。結界も鎧甲も健在だった。かごめも霊力を使い果たし座り込んでしまっている。犬夜叉はかごめと桔梗を庇いながら何とか凌いでいたが限界に近付いていた。

「ふ……ここまでだな……よくやったとほめてやりたいが遊びは終わりだ……。」

奈落の体からこれまでとは比べ物にならに程強力な妖気と触手が現れる。犬夜叉はそれでもそれに立ち向かうように鉄砕牙を構える。そして奈落の攻撃が犬夜叉たちを襲おうとした瞬間、一本の鎖鎌が奈落の結界に突き刺さる。それは琥珀が放ったものだった。

「琥珀!?」
「琥珀君!?」
犬夜叉とかごめがそれに驚きの声を上げる。しかし桔梗は琥珀を黙って見続けていた。

「琥珀か……わざわざ最後の四魂のカケラを持ってきてくれるとはな……。」
奈落はそのまま触手の矛先を琥珀に向けそのまま琥珀を捕える。琥珀はそれにも関わらず鋭い視線で奈落を睨みつけ続ける。

「馬鹿な奴だ……親、仲間を殺し姉を傷つけ挙句の果てにこのわしに最後のカケラまで差し出しながら死ぬことになるのだから。」
奈落は琥珀の心を抉るように挑発する。しかし琥珀はそんな奈落の言葉にも全く動じず

「俺は……許されない罪を犯した……いまさらそれが許されるなんて思っていない……それでも……」


「俺一人では死なない……お前も道連れだ、奈落!!!」
そう慟哭する。

「戯言を……望み通りあの世に送ってやる!!」
奈落の触手が琥珀の体を貫く。その瞬間、琥珀の体にあった四魂のカケラが奪われてしまう。そしてもう用はないとばかりに琥珀は地面に向かって放り出される。琥珀がそのまま地面に激突するかといったところで

「琥珀っ!!」
珊瑚が何とか琥珀を抱きとめる。しかし琥珀はそのまま動かなくなってしまった。

「そんな……琥珀………」
珊瑚はそのまま地面に座り込み琥珀に縋りつく。その目には涙が溢れていた。犬夜叉たちはその様子を黙って見続けることしかできなかった。


「ついに手に入れたぞ……四魂の玉……!!」
奈落は手に入れた琥珀のカケラをそのまま取り込もうとする。しかしその瞬間、まばゆい光が奈落を襲った。その光は四魂のカケラにも入り込み四魂の玉の汚れを浄化していく。

(これは……浄化の光!?わしを玉ごと浄化する気か!?)

光が力を増し次々に奈落の体を壊していく。しかし奈落の瘴気もそれを押し返さんと抗う。玉の中では霊力と邪気が闘っていた。

「あれが……琥珀君のカケラの浄化の光……」
かごめが奈落の姿を見ながらそのことに気づく。琥珀はこれを狙い自分の命をかけて奈落に向かっていった。それは琥珀が自ら選んだ道だった。それでも

(それでも……他に方法はなかったの……?)
かごめはそのまま桔梗に目を向ける。その表情からは桔梗の感情を読み取ることはできなかった。

そしてそのまま奈落が滅せられるかと思われた時

「はあっ!!」
奈落が邪気の力によって浄化の光を押し込め琥珀のカケラを弾きだした。そして奈落の傷ついた体はその瞬間、またたく間に再生していく。

「そんな………。」
最後の頼みの綱である浄化の光までもが奈落の邪気に負けてしまった。

「くそ……!!」
犬夜叉は悔しさに顔を歪ませながら弾きだされた琥珀のカケラを取り戻す。そしてその瞬間、犬夜叉は奇妙な感覚に囚われる。

(これは………!!)

犬夜叉はこの時、自分の役割と運命を悟った。



「珊瑚………。」
弥勒がふらつきながら琥珀に縋りつきながら泣いている珊瑚に近づいていく。そして珊瑚に声をかけようとした時、


琥珀が息をしていることに気づいた。

「珊瑚…琥珀が……!!」
「え……?」
珊瑚が弥勒の言葉に気づき顔を上げた瞬間、

「姉……上……?」
琥珀はゆっくりと目をあける。琥珀は間違いなく生きていた。そのことに驚き珊瑚たちは思わず固まってしまう。琥珀もなぜ自分が生きているのか分からない様子だった。犬夜叉たちが戸惑っていると

「浄化の光の力を……お前に分け与えた……これでお前は四魂のカケラがなくとも命をつなぐことができる……。」
桔梗がそう琥珀に告げた。

「桔梗様………。」
琥珀は信じられないといった表情で桔梗を見つめる。珊瑚はそのまま琥珀にしがみつき泣き続ける。弥勒もそのことに安堵したのかその場に座り込んでしまった。

「桔梗……お前……どうして……?」
犬夜叉がそう桔梗に尋ねる。琥珀に力を分け与えなければ恐らく奈落を倒すことができたはずだったからだ。桔梗は犬夜叉を見据えながら

「人を助けるのに理由なんてない……そうだろう……?」

そう微笑みながら答えた。




「ふん……とんだ茶番に付き合わされたわ……。」
奈落の声が犬夜叉たちに響き渡る。その言葉に犬夜叉たちは再び身構える。奈落は浄化の光でダメージはほとんど残っていないようだった。

「琥珀を救うためにこのわしを殺す唯一の機会を逃すとはな……桔梗……お前はこれで完全な無駄死にというわけだ……。」

奈落は瀕死の桔梗を見ながらそう嘲笑する。桔梗は既に身動きが取れない程瘴気に蝕まれてしまっておりもう長くないことは誰の目にも明らかだった。

「無様だな犬夜叉……貴様はまた桔梗を救うことができなかった……そしてこれから他の仲間たちもその後を追うことになる……。」

奈落はそう言いながら戦闘態勢に入る。かごめたちにはもう戦う力残されていなかった。


どうしようもできない絶望に皆があきらめかけたその時、


犬夜叉の鉄砕牙が震えていることにかごめは気づいた。

「犬夜叉……?」

かごめは恐る恐る犬夜叉に声をかける。鉄砕牙が震えているのは犬夜叉の手が震えていたからではなかった。それは鉄砕牙自身が震えているために起きていることだった。そしてその瞬間、七宝と雲母が急に震えだす。

「どうしたの、七宝ちゃん、雲母!?」
突然の出来事にかごめが慌てて七宝に近づく。七宝はそのまま地面に座り込んでしまった。

「おら……おら……!」
七宝自身も自分に何が起こっているのか分からないようだった。そして再び犬夜叉に目をやろうとした時、辺りは凄まじい妖気に包まれた。

「なっ……!?」
「これは……!?」
珊瑚と弥勒が突然の出来事に思わず声を上げる。その妖気は犬夜叉から発せられているものだった。しかしその妖気はとても犬夜叉が放っているものとは思えないようなものだった。その衝撃で珊瑚たちは犬夜叉のそばから吹き飛ばされてしまう。

「珊瑚ちゃん、弥勒様!!」
かごめがその様子に叫び声を上げると同時に砂埃があたりを覆ってしまう。そしてそれが収まった後には妖怪化をした犬夜叉の姿があった。

目は赤く、頬には痣の様な物が浮かび、爪はさらに鋭くとがっている。その姿は間違いなく妖怪そのものだった。

「そんな……どうして……?」
かごめはその姿に思わず膝に力が抜けその場に座り込んでしまう。犬夜叉は鉄砕牙のおかげでもう妖怪化は抑えられたはずだった。にもかかわらず犬夜叉は鉄砕牙を握ったまま妖怪化してしまっていた。

鉄砕牙は犬夜叉の妖怪の血を抑える守刀。それを手にしている限り犬夜叉は妖怪化することはない。しかし犬夜叉自身が成長し飛躍的に力をつけたこと。そして怒りの感情によって妖怪の血が呼び起されてしまったことで犬夜叉の妖怪の血の力を鉄砕牙が抑えきれなくなってしまった。鉄砕牙の震えはそのために起こっていることだった。
以前、初めて奈落と戦った時にも同じことが起こったがその時はまだ犬夜叉が未熟であったためすぐに抑え込むことができていたがその力はもはや鉄砕牙では抑えきれないところまで来ていた。そしてその強力すぎる妖気に妖怪である七宝と雲母は恐怖し身動きが取れなくなってしまっていた。それは大妖怪と妖怪の絶対的な力の差から生じるものだった。そしてそれは奈落といえど例外ではなかった。

(な……なんだこれは……体の震えが止まらん!?こ……このわしが!?)
奈落が自分に起こっていることが何なのか理解しようとしたその時、奈落は凄まじい衝撃に襲われそのまま地面にたたき落とされた。その衝撃で地面はクレーターができてしまっていた。

「ぐ……!」
奈落は何とかその場がら起き上がるそして顔を上げた先には妖怪化した犬夜叉が悠然とこちらを見下していた。

「貴様……!!」
奈落はすかさず触手を犬夜叉に向かって放つ。しかし犬夜叉は全く動じず鉄砕牙を振り下ろす。その剣圧によって触手は吹き飛び奈落を守る結界も消し飛んでしまった。

「ば……馬鹿な……!?」
風の傷ならいざ知らず剣圧のみで自分の結界を破られたことに驚愕する奈落。犬夜叉はそんな奈落の様子を見て笑みを浮かべる。それはまるで子供が虫を殺して無邪気に遊んでいるような表情だった。そして鉄砕牙の刀身が風の傷に包まれていく。犬夜叉はそれを大きく振りかぶり、全力で振り切った。その衝撃で辺りの森は次々に吹き飛んでいく。奈落は風の傷に巻き込まれ吹き飛んでしまった。



「珊瑚、かごめ様を!!私は桔梗様を連れてこの場を離れます!!」
「分かった!!」
弥勒と珊瑚は二人を連れ全速力でその場を離れる。このままその場にとどまれば自分たちも殺されてしまう。人間である二人も本能でそのことに気づいていた。



「が……は……」
朦朧とした意識の中で奈落は何とか意識を取り戻す。その体は既にバラバラだった。鎧甲は粉々に砕けてしまっている。それでも四魂のカケラの力で何とか再生をしようとした瞬間、その体に鉄砕牙が突き立てられた。

「ぐあああああっ!!」
「どうした、もう終わりか?」
犬夜叉はつまらないといったような表情で奈落を見下ろす。奈落はそんな犬夜叉に戦慄する。今の犬夜叉は殺生丸に匹敵する強さを手に入れていた。

「き……貴様一体……!?」
奈落は息も絶え絶えにそう問いただす。自分は半妖である犬夜叉と戦っていたはずだ。それが何だ。目の前にいる犬夜叉はまさに妖怪そのもの。いやそれ以上の存在だった。

「俺の体に流れてる妖怪の血はお前なんぞとは格が違うんだ!!」
そう言いながら犬夜叉は手で奈落の頭を掴みながら引きずり起こす。その目は相手を殺すことができるという喜びに満ちていた。

「ひっ………!!」
奈落はこの瞬間、生まれて初めて『恐怖』を感じた。そしてそのまま犬夜叉が奈落の頭を砕こうとした瞬間


「やめて、犬夜叉―――――っ!!!」

かごめの絶叫が辺りに響き渡った。犬夜叉はその声に反応し一瞬動きを止める。奈落はその隙に逃げ出してしまう。しかし犬夜叉はそんなことには全く気付かずかごめの姿を凝視する。その目には涙が溢れていた。その姿は少年がもう二度と見たくないと思っていたかごめの姿だった。


「かごめ………」
犬夜叉の手から鉄砕牙が抜け落ちる。それと同時に妖怪化は解け元の半妖の犬夜叉に戻った。そのことに気づいたかごめはそのまま犬夜叉に抱きついてくる。犬夜叉はそのまま立ちつくすことしかできなかった。

(俺は……一体何を……相手を殺すことを……楽しんでた……?)
そのことに気づき犬夜叉は辺りを見渡す。そこには全てが破壊しつくされた光景が広がっていた。その惨状に犬夜叉は言葉を失う。

(これを俺が………)

「犬夜叉……もう大丈夫なの?」
かごめが心配そうに犬夜叉に話しかける。

「ああ……大丈夫だ……。」
犬夜叉は心を落ち着かせながらそう答える。妖怪化によって体の傷は全て治ってしまっていた。

「私……恐かった……犬夜叉が……犬夜叉じゃなくなっちゃうんじゃないかって……。」

かごめは泣きながらそう犬夜叉に告げる。犬夜叉はその言葉に何も答えることができなかった……。




犬夜叉たちは傷ついた桔梗を連れて安全な場所まで移動をした。桔梗の傷は深くもう持たないことは明らかだった。犬夜叉は静かな森の中で桔梗を抱きかかえていた。空には星空が広がっていた。

「犬夜叉……本当に何ともないのか……?」

「お前……人の心配してる場合かよ……!」
自分が死にかけているにもかかわらず自分を気遣う桔梗に犬夜叉は思わず怒鳴ってしまう。
桔梗はそんな犬夜叉を見ながら

「すまないが……奈落のことはお前たちに任せる……。」
そう犬夜叉たちに後のことを託す。


「桔梗……。」
かごめが申し訳なさそうな表情で桔梗に話しかける。桔梗はそんなかごめを見ながら
「かごめ……お前は私の様になるな……。」
そう静かに告げる。

「え………?」
かごめはその言葉の意味を尋ねようとするが

「ひとつ……頼みがある……楓に伝えてくれ………長い間、辛い思いをさせてすまなかったと………。」
桔梗はそうかごめに遺言を託す。桔梗の体から力が抜けて行く。そのことを感じ取った犬夜叉は涙は流しながら

「すまねえ……桔梗……俺はお前に何もしてやれなかった………。」
そう呟く。桔梗はそんな犬夜叉の頬に手を添えながら

「私はお前のおかげで誰かを怨みながらではなく……誰かを想いながら逝くことができる……誰かに看取られながら………そして……」

桔梗はまっすぐに犬夜叉を見つめながら


「お前は来てくれた………それでいい……。」

いつかみた笑顔で犬夜叉に微笑みかける。その瞬間、桔梗は光に包まれる。それは桔梗の魂の光だった。

(犬夜叉………今、会いに行く………)

桔梗の魂はそのままかごめの中に戻って行く。それは桔梗の魂が長い旅路を終えたことを示していた。


(温かい……)
かごめはその温かさに涙する。そしてそのまま犬夜叉に寄り添いながら

「犬夜叉………今は……泣いていいのよ………。」
そう優しく告げる。

「う…う……うああああああああ!!」

犬夜叉はかごめに縋りながら泣き続ける。それは少年が初めて親しい人の死に流した涙だった。

珊瑚たちはそんな二人を見守りながら桔梗を悼む。そして犬夜叉たちの手には最後の四魂のカケラがある。




犬夜叉とかごめ、二人の旅の終わりが近づいていた――――



[25752] 第三十二話 「竜骨精」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/05/24 18:18
薄暗い洞窟の中で奈落は四魂のカケラを手に握りながら先の戦いのことを思い出す。奈落は妖怪化した犬夜叉との戦いで初めて恐怖を感じてしまった。その時のことを思い出すと今も震えが止まらない。それは奈落にとって受け入れがたい屈辱だった。

(このわしが……あれが大妖怪の力か……)

奈落は犬夜叉が犬の大妖怪と人間との間に生まれた半妖であることは知っていたがその大妖怪の血があれほどの力を持っているとは思っていなかった。いくら四魂のカケラをほとんど手に入れたといってもあの力を上回ることは難しい。殺生丸を犬夜叉に差し向けることも考えたが犬夜叉と殺生丸は対立しているわけではないらしい。引き連れている人間の小娘を使おうともしたが既にそれも失敗してしまっている。奈落はそのまま深く目を閉じ

「あまり使いたくなかった手だが……仕方あるまい……。」

そう言いながら奈落は四魂のカケラの塊からひとカケラの四魂のカケラを取り出しそのまま洞窟を後にする。

これから奈落が行おうとしている策は諸刃の剣。もし上手くいかなければ自分が死んでしまうかもしれないものだった。それほど奈落は追い詰められていた。そして奈落はある谷に向かっていく。

そこはかつてこの国を二分していた伝説の妖怪が封じられている場所だった……。



「そうか……お姉さまは逝ってしまわれたか……。」
楓がそう呟きながらどこか遠くを見つめるような表情を見せる。かごめから桔梗の自分への遺言を聞いた楓はそのまま今は亡き姉に想いを馳せる。その記憶の中では桔梗は優しく自分を見守り導いてくれた女性だった。楓はそのまま静かに涙を流す。

「楓……すまねえ……俺は桔梗を助けることができなかった……。」
犬夜叉はそんな楓を見、俯きながらそう謝罪する。しかし楓は己の涙をぬぐった後

「いや……犬夜叉……お前は桔梗姉さまを救ってくれた……。ありがとう……。」
そう諭すように犬夜叉に話しかける。犬夜叉はそんな楓に何も言えなくなってしまった。

犬夜叉たちは桔梗を見送ってから楓の村に戻り休養を取っていた。犬夜叉以外は先の戦闘での消耗が激しく、特に弥勒は奈落の蜘蛛の分身の瘴気を風穴で吸いすぎてしまったため安静にしている必要があった。

「弥勒……体のほうは大丈夫なのか?」
犬夜叉が弥勒の右腕を見ながら心配そうに尋ねる。弥勒の風穴はさらに広がってしまっており、弥勒は誤魔化しているが残された時間がそう長くないことは誰の目にも明らかだった。特に珊瑚はそのことを身に染みて分かっているため不安そうな表情で弥勒を見つめていた。

「すいません……俺がもっと早く奈落に立ち向かっていれば……。」
琥珀がそう言いながら弥勒に頭を下げる。琥珀は桔梗の浄化の光の力によって命をつなぎ犬夜叉たちとともに村に帰ってきていた。琥珀は自分のせいで傷ついてしまった弥勒たちに罪悪感を感じそのまま俯いてしまう。

「気にすることはありません……奈落と戦ったのは自分のためでもあるのですから……それよりも琥珀……桔梗様に救ってもらったその命、粗末にしてはいけませんよ。」
そんな琥珀の様子を見た弥勒は笑いながらそう琥珀に諭す。

「……はい!」
琥珀もその言葉によって少しは気が楽になったのか自分のせいで暗くなってしまった皆の雰囲気を変えようと力強くその言葉に頷く。犬夜叉たちはそんな琥珀をみて琥珀を救ってくれた桔梗に感謝するのだった……。



「これが最後のカケラになるのね……。」

かごめはそう言いながら自分の掌にある四魂のカケラを見つめる。そのカケラには既に浄化の光の力はなくなってしまっていた。そして残りのカケラは全て奈落の手の中にある。次が間違いなく奈落との最後の戦いになる。皆、口には出さなくともそのことを確信していた。

(私たちに後を託してくれた桔梗のためにも……絶対に奈落を倒して見せる!!)
かごめは自分の中に還っていった桔梗の魂を想いながらそう決意する。そしてそのまま顔を上げた時、犬夜叉がどこか儚い表情を見せながらこっちを見ていることに気づいた。

(犬夜叉……?)
かごめはそんな犬夜叉の様子に戸惑う。犬夜叉の視線は自分が持っている四魂のカケラに向けられていた。かごめがそのまま犬夜叉に話しかけようとした時、村の外れから大きな雷が落ちたような音が村に響いた。


「何だ!?」
「とにかく行ってみよう!」
犬夜叉たちはそのまま慌ててその音がした方向に向かって駆け出していく。そして犬夜叉たちが辿り着いた先には


「よう、久しぶりだな犬夜叉。」
「お久しぶりです、犬夜叉様!」

牛の様な妖怪に乗った刀々斎とその肩に乗った冥加の姿があった。




「刀々斎……どうしたんだ一体?」
犬夜叉が戸惑いながらもそのまま刀々斎に近づいていく。刀々斎はそのまま犬夜叉と鉄砕牙を何度か見直した後

「犬夜叉……おめえ妖怪の血に負けちまったな?」
そう犬夜叉に問いただす。犬夜叉はその言葉に思わず顔をしかめてしまう。かごめたちも刀々斎の言葉に驚きを隠せない。

「お爺さん、どうしてそんなことが分かるの?」
かごめが皆を代表して刀々斎に尋ねる。かごめたちはまだ刀々斎が鉄砕牙の生みの親だということを知らなかった。

「そんなもん鉄砕牙を見りゃわかるわい。それに鉄砕牙がわしを呼んだからわざわざ来てやったんだ。犬夜叉、さっさと鉄砕牙を渡しな。研ぎ直してやる。」

「あ……ああ。」

犬夜叉はそのまま言われるがままに鉄砕牙を手渡す。刀々斎はそのまま口から炎を吐きながら鉄砕牙を研ぎ直し始める。犬夜叉たちはその様子を興味深そうに眺め続けていた。そんな中

「犬夜叉様、御無事で何よりです。ますます御立派になられて……。」
冥加がそう言いながら犬夜叉の血を吸おうと飛びかかってくる。しかしそれを犬夜叉は難なく手で追い払いながら

「冥加、おまえ今までどこにいたんだ?」
そう冥加に尋ねる。冥加はその言葉に思わず固まってしまう。

「い……いえ……噂を頼りに犬夜叉様を探していたのですがなかなか追いつくことができず……」
冥加がそう言い訳をするが

「そんなことしなくても楓の村に来ればいいじゃねえか。」
犬夜叉のもっともな意見に再び冥加は黙りこんでしまう。犬夜叉はそのまま無言の圧力を冥加にかけ続ける。

「やっぱり逃げとったんじゃな……。」
「冥加じいちゃん……。」

七宝とかごめはそんな冥加を見ながら呆れて溜息を突くのだった……。

「ほれ、受け取りな。あんまり荒っぽい使い方すんじゃねえぞ。」
そう言いながら刀々斎は研ぎ終わった鉄砕牙を犬夜叉に渡してくる。犬夜叉は黙ってそのままそれを受け取った後

「刀々斎……鉄砕牙の守刀の力を強くすることはできねえのか?」
真剣な様子でそう刀々斎に尋ねる。犬夜叉は自分の中に流れる妖怪の血が力を増したことで妖怪化を鉄砕牙が抑えきれなくなったことには気づいていた。また奈落との戦いの中で妖怪化してしまえば今度はどうなってしまうか分からない。最悪かごめたちを手にかけてしまうかもしれない。犬夜叉は再びその問題に突き当たっていた。そこでその鉄砕牙の守刀の力を強くすることができないかずっと考えていたのだった。しかし

「無理だな、守刀の力をこれ以上強くすることはできん。犬夜叉……これはお前自身の問題だ。お前はずっと親父殿の鉄砕牙に守られてきた。だが今度ばかりは鉄砕牙に頼らずにお前が何とかしねえといけねえ。」
刀々斎は淡々と事実を犬夜叉に伝えて行く。犬夜叉はその言葉を聞きながら鉄砕牙を握り続けることしかできない。

(もっともそれは犬夜叉……お前が独り立ちする時が来たってことだ……)

刀々斎は改めて犬夜叉に目をやる。刀々斎も鉄砕牙を手に入れてから一年も経たずに犬夜叉がここまで強くなるとは思っていなかった。

「まあ親父殿の妖怪の血を完全に抑えることは簡単なことじゃねえだろうがな。」
犬夜叉の父の大妖怪の血の力はそれほどまでに強力なものだった。

「犬夜叉のおっとうはそんなに強かったのか?」
七宝がそんな刀々斎の言葉に思わず問いかける。その話しぶりからだと犬夜叉の父は犬夜叉よりもずっと強いという風に聞こえたからだ。しかし七宝にとって一番強いのは犬夜叉でありそれよりも強い存在というのが想像できなかった。

「当たり前だ。少なくとも今の犬夜叉の数倍は強かったぜ。」
刀々斎はさも当然の様にそう告げる。しかしその言葉にかごめたちは思わず固まってしまう。

「犬夜叉の……数倍ですか……?」
「冗談だよね……?」
弥勒と珊瑚が信じられないといった様子で刀々斎に尋ねる。自分たちが知っている最も強い妖怪である殺生丸もそこまでの力は持っていなかった。

「冗談なんかじゃねえさ。親父殿はこの国を二分していた大妖怪だぜ。そんぐらいの力は持ってて当たり前だ。親父殿に対抗できたのは竜骨精ぐらいだ。」

「竜骨精?」
聞いたことのない言葉にかごめが疑問の声を上げる。

「親父殿と同じくこの国を二分していた竜の大妖怪だ。親父殿でも封印するのがやっとだった程の怪物でな。この国で一番大きな谷も二人の戦いで出来たもんだ。」
犬夜叉たちは自分たちの理解をはるかに超える話に付いていくことができなくなってしまっていた。そして犬夜叉がその話をもっと詳しく聞こうと話し通うとした瞬間、

空が急に暗くなってきていることに皆が気付いた。


「何?」
「雨でしょうか?」
いきなりの出来事にかごめたちが驚きの声を上げる。そして空にはあっという間に暗雲が立ち込め雷が起き始める。それはまるで天変地異の始まりであるかのような激しさだった。

その異常な状況にかごめが戸惑っていると犬夜叉、七宝、雲母の三人の様子がおかしくなっていることに気づいた。特に七宝と雲母はその場にうずくまったまま動かなくなってしまう。それは先の戦いで犬夜叉の妖気にあてられたときと状況は酷似していたがその様子は比べ物にならない程だった。

「これは……」
犬夜叉が絞り出すような声を出しながら天変地異が起こっていると思われる方向に目をやる。犬夜叉の体は震え続けその背中は冷や汗で濡れてしまっている。それは妖怪の血の本能が犬夜叉に逃げろと警告しているために起こっているためにことだった。そして天変地異に呼応するように鉄砕牙が騒ぎだす。

「犬夜叉?」
「どうしたのですか犬夜叉?」
犬夜叉の尋常ではない様子に弥勒と珊瑚も慌てて犬夜叉に駆け寄ってくる。しかし犬夜叉はそんな二人にも気付かない程に狼狽している。そして

「………どうやら竜骨精が復活しちまったみてえだな……噂をすれば何とやらってやつか……。」
刀々斎が何かをあきらめたような表情でそう呟く。そこにはいつもの飄々とした様子は微塵も見られなかった。それが今起きていることがどれほど絶望的な状況なのかを物語っていた。かごめがそんな二人に話しかけようとした時、

「四魂のカケラの気配がある!……小さなカケラが一つと大きなカケラが一緒に……間違いない、奈落だわ!」
かごめがそのことに気づきそう叫ぶ。その言葉に犬夜叉たちの顔に緊張が走る。それはこの事態に奈落が関わっていることを示していた。犬夜叉たちはそのまま戦闘の準備を始めカケラの方向に向かっていこうとする。刀々斎はそんな犬夜叉たちに向けて

「犬夜叉、竜骨精には絶対手を出すんじゃねえぞ。今のお前じゃあ逆立ちしたって敵う相手じゃねえ……いいな。」
そう忠告する。

「…………ああ。」

犬夜叉はそんな刀々斎の言葉をかみしめながらかごめたちと一緒に奈落の元に向かっていった………。




「ひどい………。」
犬夜叉の背中に乗っているかごめがあまりの惨状に言葉を失う。目の前には破壊しつくさた村、死に絶えている人々の姿、燃え続けている山々があった。まるで世界の終わりを見ているような光景だった。そんな光景が見渡す限り果てしなく続いている。そんな中をかろうじて生き残っている人々が逃げまどっていた。

そしてその中心に二つの人影がある。一つは狒々の皮をかぶった男。それは間違いなく奈落だった。

そしてもう一人、黒い長髪で鋼色の鎧を身に纏い、腰に刀をさしている初老の男の姿がある。その男は目の前の惨状を目にしながらも眉一つ動かさない。そして何よりその男からはかごめがこれまで対峙してきた全ての妖怪を前にしたとしても全く敵わないような絶対的な妖気を放っていた。巫女であるかごめですらその妖気にめまいを感じるほどだった。

犬夜叉たちはそのまま二人の前に降り立つ。そして両者の間に沈黙が続く。それは時間すれば数秒に過ぎなかったが犬夜叉たちはそれがまるで永遠に続くのではないかと錯覚するほどの時間に感じた。そんな中

「存外に遅かったな……犬夜叉……逃げ出してしまったのかと思ったぞ……。」
狒々の毛皮を頭からかぶっているためその表情をうかがうことはできないが間違いなく邪悪な笑みを浮かべているであろう奈落がそう犬夜叉たちに話しかける。奈落はもう一人の男に仕えるような位置に控えていた。

「奈落……てめえ今度は何をたくらんでやがる!?」
犬夜叉はそう奈落に叫ぶ。しかしその声はなぜか震えてしまっていた。それは決して奈落に怯えてのことではない。その隣にいる男が無意識に放っている妖気にあてられているからに他ならなかった。奈落はそんな犬夜叉に満足したのか

「私は大妖怪である竜骨精様を封印からお救いしただけだ……。」
奈落はそう頭を男に向け下げながら告げる。その言葉に犬夜叉たちは思わず戦闘態勢を取りながら男に視線を向ける。その威風、妖気、どれをとっても目の前の男がかつてこの国を二分していた大妖怪、竜骨精であることは疑いようがなかった。

(こいつが……竜骨精……!!)
犬夜叉は鉄砕牙の柄を握りしめながら竜骨精を睨みつける。犬夜叉の記憶の中では巨大な竜の姿しか見たことがなかったが恐らくそれは本性の姿であり今の人型は変化している姿なのだろう。竜骨精はそのままゆっくりと犬夜叉に目をやった後その手に握られた鉄砕牙に気づいた。

「貴様……奴の息子か………。」
竜骨精が地に響くような低い声でそう呟く。ただ話しかけられただけにもかかわらず犬夜叉は思わず鉄砕牙を抜き斬りかからなければという恐怖に襲われる。こんなことは初めてだった。

「竜骨精様、そやつがあなた様を封印した憎き妖怪の息子です……。」
奈落がそんな竜骨背を見た後そう補足する。竜骨精は一目で犬夜叉が半妖であることを見抜き

「半妖か………人間などに誑かされおって……目障りだ……。」

そう呟いた後一歩犬夜叉に向かって歩を進める。犬夜叉はそれに合わせて思わず後ずさりをしてしまう。その瞬間、逃げまどう人々の悲鳴が響き渡る。人々は何とか逃げようと森に向かって逃げ出していく。竜骨精はそんな様子を見ながら

「邪魔だ。」

爪を村に向かって振り下ろす。その瞬間逃げようとした人々はその衝撃で村ごと吹き飛ばされてしまう。その後には大きな爪痕だけが残っていた。あまりの出来事に思わず犬夜叉たちは言葉を失ってしまう。たった一振り、たった一振り爪を振るっただけで村が消し飛んでしまった。何よりも何十人もの命を奪ったにも関わらず眉ひとつ動かさない。そのあまりの非情さに恐怖すら忘れてしまった。

「ど……どうしてそんなひどいことを……。」
かごめが声を震わせながら竜骨精に問いただす。竜骨精は無表情のまま


「ごみを片付けただけだ。」

そう何でもないことの様に答えた。



「てめえええええっ!!」
その瞬間、犬夜叉は鉄砕牙を抜き弾けるように竜骨精に飛びかかる。犬夜叉は頭に完全に血が上ってしまい相手が竜骨精であることも今の犬夜叉は理解していなかった。犬夜叉はそのまま風の傷を纏わせた鉄砕牙を竜骨精に向かって振り下ろす。しかし竜骨精はそれを見ながらも全く動かなかった。鉄砕牙がそのまま竜骨精に腕に叩きつけられる。しかし

「なっ!?」
竜骨精は腕だけで鉄砕牙を難なく受け止めていた。そしてその腕にはかすり傷一つ付いていない。ありえない事態に犬夜叉は思わず動きを止めてしまう。そしてその瞬間、竜骨精の爪が犬夜叉に向かって振り下ろされる。

「くっ!!」
犬夜叉は咄嗟に鉄砕牙を楯にしてそれを受け止める。しかしその衝撃によって犬夜叉は遥か後方まで吹き飛ばされてしまった。その衝撃で辺りは砂煙に襲われる。それが晴れた先にはボロボロになってしまっている犬夜叉の姿があった。

「犬夜叉っ!?」
その光景にかごめは思わず悲鳴をあげる。犬夜叉は竜骨精の攻撃を間違いなく防御したはずだ。それなのに犬夜叉はたった一撃であれだけの傷を負ってしまっている。弥勒と珊瑚はそのあまりの強さに言葉を失う。

(け……桁違いだ………!!)

犬夜叉は鉄砕牙を何とか構えながら竜骨精に向かい合う。犬夜叉は自分の考えの甘さに後悔する。いくら大妖怪といってもここまでの力の差があるとは思っていなかった。殺生丸との修行で感じた力の差どころの話ではない。次元が違う。冥王獣の鎧甲に匹敵、いやそれ以上の防御力にあれだけの力。刀々斎の言葉は間違いなく真実だったのだ。それでも何とかここから離脱するだけの隙を作らなければならない。犬夜叉はそのまま弥勒に視線を向ける。弥勒はそんな犬夜叉を見て瞬時にその意図を理解する。

「………かごめ様、珊瑚……ここはひとまず退却します……準備をしてください……。」
「っ!……分かった、法師様……。」
弥勒の言葉に珊瑚は静かにうなずきその準備を始める。恐らく機会は一瞬、それを逃せば全滅は必死。三人は臨戦状態で犬夜叉と竜骨精の戦いに集中する。そして犬夜叉が鉄砕牙に全力の妖力を込める。それによって生じる風によって辺りは暴風に包まれていく。

(風の傷で隙を作ってその間に逃げるしかねえ……!!)
恐らく全力の風の傷でも竜骨精にはダメージを与えられないだろうが目くらましにはなる。犬夜叉はそのまま鉄砕牙を大きく振りかぶった。竜骨精はそんな犬夜叉を見ながら

「鉄砕牙……風の傷か……。」

そう呟き腰にある刀を鞘から抜く。それはまるで鉄砕牙と同じ錆びた刀だった。しかし次の瞬間、その刀は巨大な黒い大太刀に変化する。それは竜骨刀と呼ばれる竜骨精の牙から刀々斎に匹敵するといわれる刀鍛冶である灰刃坊が打ち出した妖刀だった。そして竜骨刀に竜骨精の妖力が注ぎ込まれていく。それに呼応するように雷雲は吹き荒れ、地割れが起こっていく。犬夜叉はそんな竜骨精に向かって

「風の傷っ!!」
全力で風の傷を放った。そしてその強力な妖力波が竜骨精を飲み込むかに思われた時、竜骨精が妖力を纏った竜骨刀を振り切った。その瞬間、竜骨精を飲み込みかけていた風の傷は吹き飛ばされその妖力が犬夜叉に襲いかかってくる。鉄砕牙と竜骨刀は互角の武器。そこに優劣はない。だがその技の威力は使い手の強さによって左右される。これは分かり切った結果だった。しかし

「これを待ってたんだ!!」
犬夜叉はその妖力に向かって自ら飛び込んでいく。犬夜叉は竜骨精の妖力の流れを感じ取り

「爆流波――――!!!」
そこを鉄砕牙で振り切った。そのまま犬夜叉の風の傷が竜骨精の妖力を巻き込んでいくかに思われた時、竜骨精の妖力波が逆に犬夜叉の風の傷を巻き込みながら逆流してきた。

「なっ!?」
犬夜叉は目の前で起きた信じられない出来事に驚愕する。爆流波は相手の妖力の流れを見切りそれを己の妖力で巻き込んで相手に返す技。まさに奥義と呼ぶにふさわしい技だ。しかし犬夜叉には与り知らぬことがある。
それは鉄砕牙と竜骨刀が皮肉なことに兄弟刀といっても差し支えないものだということ。打った刀鍛冶は別人だがその二人が辿り着いた刀の終着点は奇しくも同じ能力を持つ刀だった。つまりこの勝負を決めるのは純粋な『使い手の強さ』にあった。そしてその結果は既に語るまでもなかった。

「犬夜叉――――っ!!!」
かごめの絶叫が響き渡る。その叫びも空しく犬夜叉は竜骨精の妖力によって吹き飛ばされてしまう。そしてその後には血だらけで地面に倒れ込んでいる犬夜叉の姿があった。


「犬夜叉……犬夜叉……!」
犬夜叉に縋りつきながらかごめは泣き叫ぶ。犬夜叉は奇跡的に一命を取り留めていた。それは鉄砕牙の鞘と火鼠の衣の力によるものだった。しかしその体は満身創痍、いつ死んでもおかしくない、妖怪化ができない程の深手を負っていた。かごめはそのショックで戦意を完全に失ってしまっていた。かごめが何度も犬夜叉に向かって叫び続けるが犬夜叉の意識が戻ることはなかった。


「鉄砕牙を持っていても所詮半妖か……。」
竜骨精はあれだけの攻撃を繰り出したにもかかわらず息一つ乱れていない。その目には何の感情も見られない。そしてそのまま犬夜叉にとどめを刺そうと刀を振るおうとした瞬間、珊瑚と弥勒が同時に動き出す。

「飛来骨っ!!」
珊瑚が全力を持って飛来骨を放つ。そしてそれと同時に犬夜叉とかごめの元に走り出す。例え一瞬でも竜骨精を足止めし二人を連れてこの場を離脱する。それが珊瑚に残された最後の選択肢だった。しかし

「………。」
竜骨精は無造作に竜骨刀で飛来骨を斬り払う。その瞬間、飛来骨は真っ二つに両断されてしまった。

「なっ!?」
珊瑚はそれを目の当たりにして動きを止めてしまう。そして竜骨精がそのまま珊瑚にその矛先を向けようとした時

「風穴っ!!」
弥勒が右腕の封印を解き放ち間髪いれず竜骨精に向かって風穴を開く。今の弥勒には風穴を開くことで自分の寿命が縮まることなど微塵も頭にはなかった。今、この状況を乗り切らなければ間違いなく自分たちは皆殺しにされる。その恐怖が弥勒を支配していた。風穴によって竜骨精が徐々に弥勒に引き込まれていく。もし奈落が瘴気を放ってきても弥勒は風穴を閉じることはないという絶対の決意で弥勒は風穴を開き続ける。しかし竜骨精は全く表情を変えずその刀を振り切る。その剣圧が風穴の力を切り裂きながら弥勒に迫る。全てを飲み込むはずの風穴の力がまるで何の役にも立たないかの如く通用しない。あり得ない事態に弥勒は身動きをとることさえできない。そしてその凶刃が弥勒に届くかという瞬間

「法師様っ!!」
珊瑚が間一髪のところで弥勒に飛びつき地面に一緒に倒れ込む。剣圧はその上を通過し後方の森はその威力で吹き飛んでいく。弥勒と珊瑚はその光景に目を奪われたままその場を動くことができない。不思議と恐怖は感じなかった。いやもはや恐怖を感じることすらできない程、弥勒と珊瑚の心は折れてしまっていた。そしてかごめは瀕死の犬夜叉に縋ったままただ泣き続けることしかできない。



自分たちはここで死ぬ。


弥勒たちは完全に戦意を喪失してしまった。


そして竜骨精の刃が犬夜叉たちを斬り裂こうとした瞬間、竜骨精の目の前に一閃の剣圧が襲いかかる。かごめたちが朦朧とした意識の中で見たその先には





闘鬼刃を構えた殺生丸の姿があった。



「殺生丸……?」
かごめが泣きはらした目を拭いながらその光景に目を奪われていると

「かごめ様、大丈夫!?」
「こ……こら!待たんか、りん!」
りんが慌てながらこちらに近づいてくる。そしてその後を邪見が追ってきていた。

「りんちゃん……どうしてここに……?」

「殺生丸様が急に飛んで行っちゃったから急いで後に付いてきたの。」
「全く……なんでわしがいつもこんなことを……。」

りんと邪見はいつもと変わらない調子で話を続ける。どうやら状況がつかめていないようだった。かごめは二人にすぐさま今の状況を説明する。しかし

「大丈夫だよ、殺生丸様は強いもん。ね、邪見様?」
りんはそう絶対の自信を持って答える。

「あ……当たり前じゃ!殺生丸様が負けるわけがなかろう……!!」
邪見も負けじとりんの言葉に続く。しかしその言葉とは裏腹にその声は震えていた。

(だ……大丈夫じゃ……相手があの竜骨精といえど……殺生丸様が負けるはずがない……!)
邪見はそう心の中で自分に言い聞かせる。しかしどうしても邪見は自分の中から不安を消し去ることができなかった。


「やはり貴様だったか……。」

殺生丸は一度倒れている犬夜叉を一瞥した後、闘鬼刃の切っ先を竜骨精に向けそう言い放つ。既に殺生丸の妖気は高まり戦闘態勢になっていた。しかし竜骨精はそれを感じながらも全く動じずに殺生丸に目をやる。


「………誰かと思えば殺生丸……貴様か。戦に加わらず逃げていた臆病者が今更何の用だ?」

竜骨精は殺生丸を見下すようにそう挑発する。その瞬間、殺生丸はそのまま一瞬で竜骨精の懐に入り込み闘鬼刃で斬りかかる。しかしそれは難なく防がれてしまった。

「なるほど……弟よりはマシなようだな………。」

そう言いながら竜骨精は殺生丸から距離をとり体勢を立て直す。殺生丸はそれを追いたてながら攻め立てて行く。殺生丸が放つ斬撃はその全てが一撃必殺といってもいい威力を誇っている。その激しい威力により闘鬼刃が悲鳴を上げる。竜骨精はそれを受けながら防戦一方になっていた……。



「頑張って、殺生丸様!」
「殺生丸様を馬鹿にするからじゃ!」
殺生丸の猛攻にりんと邪見は歓声を上げる。竜骨精は防戦一方で押し込まれていく。このままいけば殺生丸が勝利するのは間違いない。そうかごめも思いかけた時、

「かごめ様、犬夜叉を連れここを離れます!!急いで!!」
「行くよ、雲母準備して!!」
右腕を抑えた弥勒と両断された飛来骨を抱えた珊瑚が必死の様子でかごめたちの元にやってくる。その二人の様子から何かよくないことが起こり始めていることにかごめが気付く。

「どうして……?このままいけば殺生丸が竜骨精を倒してくれるんじゃ……」
かごめがその不安を誤魔化すようにそう口する。

「そうじゃ、なんでわしらが逃げねばならんのだ!?」
邪見がそれに続くように二人に食って掛かる。しかし


「気づいていないのですか!?竜骨精は片手しか使っていないのですよ!!」

弥勒が凄まじい剣幕でそう告げる。その言葉に思わずかごめたちは殺生丸と竜骨精の戦いに再び目をやる。そこには片腕で殺生丸の攻撃をさばき続けている竜骨精の姿があった。


「………っ!」
「どうした……その程度か?」

竜骨精がつまらないといった表情で殺生丸を見つめる。殺生丸は全力で竜骨精に斬りかかり続ける。にもかかわらず竜骨精に一太刀すら浴びせることができない。それどころか殺生丸は竜骨精に両腕を使わせることすらできない。まるで大人が子供に稽古をつけている、それの程の純然たるの力の差が二人にはあった。二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。しかし竜骨精は片腕でそれを押し込んでいく。徐々に殺生丸がそれに押し込まれてしまう。そして

「やはり奴には遠く及ばぬか……。」
竜骨精がそう呟く。それは殺生丸にとって許しがたい言葉だった。

「黙れっ!!」
激高した殺生丸がそのまま竜骨精を渾身の力で吹き飛ばす。しかし竜骨精は何事もなかったかのように地面に降り立つ。そして殺生丸は妖力を闘鬼刃に込め

「蒼龍波!!」
全力の奥義を竜骨精に向かって放つ。それには山を軽々と吹き飛ばすほどの威力があった。竜骨精はそのままそれに飲み込まれてしまった。その威力によって地面が割れ一帯が消し飛んでいく。その後にはどこまでも続いていくような爪痕が残っていた。

「やったあ!!」
「流石は殺生丸様!!」

りんと邪見は喜びの声を上げ殺生丸に近づいていこうとするが殺生丸が刀を構えたまま動かないことに気づき二人は動きを止める。蒼龍波によって起こった砂煙が収まった先には傷一つ負っていない竜骨精の姿があった。


「え………?」
「な………?」
りんと邪見はその光景に何が起こったのか分からないといった表情を見せる。確かに殺生丸の攻撃は直撃したはずだ。それも恐らくは全力の一撃が。にも関わらず竜骨精はかすり傷一つ負っていない。あり得ない。悪い夢を見ているに違いない。邪見はそう考えるしかなかった。
竜骨精の強さはその攻撃力よりも防御力にあった。かつて殺生丸と犬夜叉の父が竜骨精を倒しきれなかったのはその完璧ともいえる防御を破ることができなかったことが大きな理由だった。そして殺生丸もそれを破ることができなかった……。


「人間の小娘か……。奴といいお前といい……下等な人間に誑かされおって。やはり蛙の子は蛙か……。」
竜骨精はそう吐き捨てながら殺生丸に向かって竜骨刀を向ける。その言葉には余人には理解できない程の重みがあった。殺生丸はその言葉を聞きながらその妖力を高める。その目は怒りによって赤く染まっていた。

「黙れ………!」
殺生丸はそのまま天生牙を抜き、その切っ先を竜骨精に向ける。そして

「貴様が父上を語るな!!」
竜骨精に向かって冥道残月破を放った。その瞬間、真円の冥道が竜骨精を飲み込んでいく。

竜骨精はそのまま冥道に飲み込まれ姿を消してしまった……。

「や……やったの……?」
「いなくなってしもうたぞ……?」
かごめと七宝が恐る恐るそう口にする。竜骨精の姿は完全になくなってしまっていた。殺生丸はそのまま天生牙を鞘に納め踵を返す。

「殺生丸様っ!!」
「殺生丸様、邪見は殺生丸様の勝利を信じておりました!」

りんと邪見がはしゃぎながら殺生丸の元に近づいていく。殺生丸がそのまま二人に向かっていこうとした瞬間、凄まじい妖気の波動が辺りを襲った。


「きゃあっ!!」
「みんな、伏せて!」
かごめたちは互いにに寄り添いながらその衝撃に備える。殺生丸はりんと邪見を庇うように闘鬼刃の剣圧でそれを防ぐ。妖気の波動の中心には先程閉じた筈の冥道が開いていた。そしてそこから



「冥道残月破か……残念だがその技ではわしを倒すことはできん。」

悠然と竜骨精が姿を現す。そして開いていた冥道はそのまま再び閉じられてしまう。殺生丸は驚愕の表情でその光景を見つめる。冥道残月破は使った相手を必ず冥道に送る防御不能の技のはず。それがなぜ?竜骨精はそんな殺生丸を見ながら


「信じられないといった顔だな。冥界から脱出する方法が存在しないとでも思っていたのか?現に冥道残月破を持っていた奴はわしを倒せてはいない……少し考えれば分かりそうなものを……。」

冥界を脱出する方法は確かに存在する。一つは天生牙を使うこと。現に殺生丸は天生牙の力によって冥界から脱出することができた。そしてもう一つが己の強力な妖力を使う方法。記憶の中の犬夜叉も妖怪化した妖力を使って冥界を脱出しようとしたことがある。しかしそれには冥道を圧倒するほどの妖力、制御、タイミング、そしてそれをなし得る天賦の才とも言えるものが必要だ。それほどの絶技を竜骨精は難なくやってのけたのだった。


「万策尽きたか……。ならば死ね。」
その言葉とともに竜骨精は妖力を込めた竜骨刀を振り下ろす。その凄まじい妖力波が殺生丸を襲う。しかし殺生丸の後ろにはりんと邪見がいる。殺生丸はそれを避けるわけにはいかなかった。

「ぐ………っ!!」
殺生丸はその攻撃を真正面から受け止める。闘鬼刃の剣圧と天生牙の結界の力で何とかそれを受け流し続ける。しかしその威力によって殺生丸の体は傷つき切り刻まれ血に染まっていく。それでも殺生丸はそれを避けようとはしなかった。

「殺生丸様!!」
傷ついていく殺生丸に向かってりんは悲鳴を上げる。殺生丸が自分たちを庇うために傷ついていることにりんは気づくが今の自分には何もすることができない。りんは自分の無力さに涙するしかなかった。そして殺生丸は竜骨精の攻撃を何とか耐え抜く。りんと邪見は無傷のままだった。しかし殺生丸はそのまま地面に膝を突き座り込んでしまう。


(なんということだ……殺生丸様が膝を突くなど前代未聞……!!)
あり得ない事態に邪見は恐怖する。これがかつてこの国を二分していた大妖怪の力。その力の前では殺生丸でさえ無力だった。

「あれを耐えたか……。」
竜骨精が膝を突いている殺生丸を見ながらそう告げる。全力ではないとはいえ自分の一撃に耐えたことに竜骨精は素直に感心する。そしてそのまま竜骨刀に再び妖力を込めようとした時

「竜骨精様……あとはこの奈落めにお任せください……。」
そう言いながら奈落が竜骨精の前に跪く。奈落の思惑通り竜骨精は犬夜叉だけではなく殺生丸まで追いつめてくれた。後は犬夜叉たちにとどめを刺し四魂のカケラを完成させるだけ。そう考え奈落が狒々の皮の下で笑みを浮かべた瞬間




「お前の役目はもう終わりだ、半妖。」

奈落は突然妖力波によって消し飛ばされてしまった。

「な……っ!?」
「誰だっ!?」
弥勒と珊瑚がいきなり目の前で起こったことに驚愕の声を上げる。その妖力波は竜骨精が放ったものではなかった。
その視線の先には青い髪をし、額から触角の様なものを生やしている男の妖怪の姿があった。年は殺生丸と同じぐらいだろうか。その立ち振る舞いからその男が只者ではないことをかごめたちは感じ取る。そしてその手には竜骨精が持っている竜骨刀と瓜二つの巨大な刀が握られていた。

「逃がしたか……まあいい……。」
その男はそのまま竜骨精に近づいていきそして

「お久しぶりです……御館様……。」
そう言いながら跪き頭を下げた。

「瑪瑙丸……久しぶりだな……。」

竜骨精はそんな瑪瑙丸を見ながらそう告げる。瑪瑙丸(めのうまる)は蛾の妖怪であり竜骨精の部下で一番の猛者。その力は竜骨精には及ばないものの凄まじい強さを誇っていた。そのためその強さを認められた瑪瑙丸は竜骨精の牙を譲り受けもう一つの竜骨刀の所持していた。

「封印が解けたのですね……もう少し時間がかかると思っていたのですが……。」
瑪瑙丸はそう言いながら竜骨精の体にある四魂のカケラに目をやる。瑪瑙丸は竜骨精の封印が解けるのは早くとも数十年後だと考えていた。しかしその妖力を感じ取り竜骨精の元に馳せ参じたのだった。

「わしもそう思っていたのだが……どうやらこの四魂のカケラとかいうものの力でそれが早まったようだ……。」
竜骨精はそのまま己の体にある四魂のカケラに目をやる。その四魂のカケラは竜骨精の妖力を強める働きはしていなかったが竜骨精の封印の力を抑える働きをしていた。

そして二人がそのことについて話している間に殺生丸は再び立ち上がるがその体は、満身創痍。とても戦えるような状態ではなかった。しかしそれでも殺生丸はそんなことは関係ないとばかりに竜骨精に向かって闘鬼刃を振るう。だがそれは瑪瑙丸によって防がれてしまう。

「邪魔をするな……!」
殺生丸は瑪瑙丸に用はないといわんばかりに闘鬼刃に力を込める。だが

「そうはいかん……俺の役目は御館様をお守りすることだからな……。」
瑪瑙丸はそのまま竜骨刀を振るい殺生丸を吹き飛ばす。殺生丸はその威力によって地面に倒れ込んでしまう。殺生丸は何とか闘鬼刃を杖代わりにすることでやっとの思いで立ち上がる。しかし殺生丸にもう戦う力が残っていないことは明白だった。


(せ……殺生丸様の強さを上回る妖怪が二人も……あ……悪夢じゃ………)

邪見はそのまま地面に座り込んでしまう。もはや自分たちに勝ち目はない。そしてそれはかごめたちも同様だった。どうしようもない絶望がかごめたちを襲う。それを感じ取りながらも瑪瑙丸は殺生丸に近づきながら刀を構える。殺生丸は鋭い目つきでそれを睨みつけるがその場を動くことができない。

「お前たちに恨みはないが……死んでもらう。」
抑揚のない声でそう宣言した瞬間、瑪瑙丸の竜骨刀から妖力波が放たれる。そしてそれが殺生丸を襲おうとした時


「殺生丸様――――っ!!」

りんの絶叫が響き渡る。その瞬間、りんの胸に掛けられていた首飾りがまばゆい光を放つ。それは殺生丸の母がりんに持たせていたものだった。妖力波が全てを飲み込んでいく。そしてそれが収まった後には



何もない荒野だけが広がっていた………。



[25752] 第三十三話 「りん」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/05/31 01:33
「ん………。」
ゆっくりとまどろみの中から意識が戻ってきていることを感じながら瞼を開く。そこには巨大な屋敷があるどこかの庭園が広がっている。その光景はどこか現実感を忘れさせるものだった。

「ここは……?」
ゆっくりとその場から立ち上がりながらりんは辺りを見渡す。そこには倒れている犬夜叉を庇うように抱きかかえているかごめ。互いに身を寄せ合っている弥勒と珊瑚。気を失っている邪見、七宝、雲母。そして闘鬼刃で体を支えながら何とか立ち上がろうとしている殺生丸の姿があった。そこでりんは自分たちが竜骨精たちに追い詰められその攻撃に襲われたことを思い出す。自分たちは間違いなくそれに飲み込まれてしまったはず。それなのになぜこんな場所にいるのか。りんが混乱しながらも今の状況を理解しようとした時

「誰かと思えばお前たちか。」
自分の後ろからどこかで聞いたことのある女性の声が響き渡る。りんが驚いて振り返った先にはかつて自分を救ってくれた殺生丸の母、御母堂の姿があった。

「御母堂様……?」
思わずりんは驚きの声を上げる。何故御母堂がこんなところにいるのか。そこでりんは自分たちがいる場所が御母堂の屋敷の庭園であることに気づきそのことを尋ねようとする。しかしその瞬間、立ち上がった殺生丸がその傷ついた体を引きずりながらその場を離れて行こうとする。

「殺生丸様っ!」
そのことに気付いたりんは慌てて殺生丸に近づきそれを止めようとする。だが殺生丸はそんなりんの制止を振り切りそのままどこかに向かおうとする。しかし

「どうやら手ひどくやられたようだな、殺生丸?」
そんな殺生丸の前に御母堂が立ちふさがる。御母堂はそのまま殺生丸と向かい合い互いに見つめ合う。

「……………」
殺生丸は御母堂の言葉に何も答えぬまま御母堂の横を通りその場を通り過ぎようとする。しかし御母堂はそんな殺生丸の前に立ちふさがりながら

「そんな体でどこに行くつもりだ、殺生丸?」
そう改めて殺生丸に問いただす。二人の間に緊張が走る。殺生丸はそんな御母堂を一瞥した後

「奴を斬りに行く……それだけだ……。」
そう言い残した後もう用はないといわんばかりにその場を離れ竜骨精の元に向かおうとする。そのまま御母堂は殺生丸の姿を眺めた後

「仕方あるまい………少し頭を冷やしてくるがいい。」
そう告げながら懐の中にある石を取り出す。その瞬間、御母堂の持つ石からまばゆい光が放たれる。そして見えない力が突然殺生丸を襲う。

(これは……!!)
その光と力を感じながら殺生丸は強い既視感に襲われる。自分はこの力に覚えがある。それは二百年前、父が竜骨精たちとの戦に出向き自分もそれに付いていこうとした時のことだった。その時にも自分はこの力に体の自由を奪われてしまった。殺生丸は何とかその力に抗おうとするが満身創痍の今の体ではそれもかなわない。殺生丸はそのまま御母堂の持つ石に封じ込められてしまった。

「全く……手間をかけさせおって……。」
殺生丸を封じた石を再び懐にしまいどこか安堵した表情を見せながら御母堂はそう呟く。りんはそんな御母堂の様子をしばらく見つめた後殺生丸がどうなったのか尋ねようとするが

「犬夜叉……っ、犬夜叉しっかりして……!!」
かごめの悲痛な叫びがそれをかき消す。かごめの腕の中には満身創痍の犬夜叉の姿があった。しかしその顔は青白く呼吸も次第に小さくなっていく。その傷からは血が流れ続けている。かごめはそれを何とかしようとするが犬夜叉の体力はもう持たないところまで来ていた。

「犬夜叉っ!!」
「珊瑚……何か薬はないのですか!?」
そんな二人に慌てて珊瑚と弥勒が走り寄る。しかし二人にも今の犬夜叉を救う手立てはなかった。どうしようもできない状況に三人があきらめかけたその時

「どけ、娘。」
かごめに向かってそう御母堂が言い放つ。

「え………?」
涙の枯れ果てた目でかごめが御母堂の姿に気づく。自分の知らない女性がなぜこんなところにいるのか、さっきの言葉はどういう意味なのか、様々な疑問がかごめの頭によぎるも御母堂はそんなかごめを無視したまま倒れ伏している犬夜叉に目をやる。御母堂はそのまま犬夜叉をしばらく見つめた後、先程殺生丸を封じた物とは違う石を取り出しそれを犬夜叉の胸の上に置く。その瞬間、石から光が溢れだしそれが犬夜叉の体を包み込む。そしてそれに呼応するように犬夜叉の体の傷が次々に癒されていく。

「これは……!?」
「凄い……!!」
その光景に弥勒と珊瑚は思わず驚きの声を上げる。そしてその光が収まった後には完全に傷が治りきった犬夜叉の姿があった。

「う………っ」
うめき声をあげながら犬夜叉がその体を起こす。そこで犬夜叉は自分を取り巻く状況が理解できず混乱した様子を見せる。しかし

「犬夜叉……っ犬夜叉……っ!!」
「かごめ………。」
自分に縋りつきながら泣き続けるかごめに気づいた犬夜叉はそのままかごめを優しく抱きしめる。弥勒と珊瑚もその様子に安堵の声を上げる。御母堂はそんな犬夜叉たちを少し離れた所から見守っているのだった……。


それから大事を取って犬夜叉たちは御母堂の屋敷で休息をとることになった。そしてなんとか皆が落ち着きを取り戻した次の日、犬夜叉たちは御母堂と向かい合い状況把握することになった。そしてまず犬夜叉たちはなぜ自分たちがこの屋敷にいるのかという疑問を投げかけた。御母堂はそんな犬夜叉たちの問いに淀みなく答える。

「それはその小娘が持っている首飾りの力だ。」

「え……これ……?」
その言葉にりんは不思議そうに自分が掛けてある首飾りを手に取る。そしてりんはその首飾りが放っていた輝きが今はもうないことに気づいた。

「その首飾りには殺生丸に危機が迫った時にこの屋敷に殺生丸を転移させる力が備わっている。お前たちもそれに巻き込まれたのだろう。」
犬夜叉たちは殺生丸の危機に反応した首飾りの力によってここに導かれたことを知り安堵の声をあげる。もしそれがなければ自分たちは間違いなくあそこで皆殺しにされていただろう。

「しかしこんなに早くにこうなるとはな……。」
そう言いながら御母堂はりんに掛けられている首飾りに目をやる。御母堂は竜骨精の封印が早ければ数十年のうちに解けることに気づいていた。そして竜骨精が復活すれば殺生丸がそれと闘うことは間違いない。しかし相手は父ですら倒しきれなかった竜骨精。数十年後の成長した殺生丸といえど闘えばどうなるかは分からない。そこで御母堂は殺生丸と行動を共にするであろうりんにそれを持たせることにしたのだった。

「御母堂様は竜骨精を知ってるの?」
「こ……これ、りん!無礼なことを聞くでない!」
りんの言葉に慌てながら邪見がそれを制止しようとする。しかし御母堂はそんなことは全く気にせずそれに答える。

「当然だ……父は奴との戦いの傷が原因で死んだのだからな……。それに私と父は奴とは旧知の間柄でもある。」

「旧知の間柄……?」

御母堂の言葉にりんが再び疑問の声を上げる。犬夜叉たちも声には出さぬもののそれに同調するように聞き入っていた。

「私というよりは父のほうが奴とは縁があった。二人は幼少のころからの知り合いであり兄弟同然だった。……だが考え方の違いで仲違いし争うことになった。」

「考え方の違い……?」

今度はそれにかごめが聞き返す。かごめはそれが様々な因縁の根底にあるのではないかと直感したからだ。

「奴……竜骨精は強者が生き残る道こそが覇道だと考え……それゆえに弱い人間には生きる価値がないと断じていた。しかしそれに対し父は人間と妖怪が共に歩む道こそが覇道だと信じていた。それ故に二人は争うことになった……直接の契機になったのは父が十六夜と結ばれたことだったようだが……。」
御母堂はどこか遠くを見るような目をしたまま黙り込んでしまう。かごめはそんな御母堂を見ながら

「十六夜って……誰なんですか……?」
そう聞きづらそうに尋ねる。その言葉に邪見は思わず体をこわばらせる。邪見もかつてそのことで御母堂の逆鱗に触れてしまったからだ。しかし御母堂はそんな邪見の様子に気づいていないのか何のことはないかのように話を続ける。

「そこにいる犬夜叉の母の名だ。奴はどうやら父が人間の女と結ばれたことが許せなかったらしい。」
御母堂の言葉に犬夜叉たちは何も答えることはできない。特に犬夜叉は自分のことではないとはいえ犬夜叉の体である以上この話題には触れるべきではないと考えていた。しかし


「あなたは……犬夜叉のお父さんが人間の女性と結婚することに反対しなかったんですか……?」

そうかごめは意を決して単刀直入に尋ねる。それは犬夜叉たちが知りたいと思いながらも聞くべきではないと思っていたことだった。犬夜叉たちの間に緊張が走る。しかし御母堂はそんなかごめが気に入ったのか笑みを浮かべながらそれに答える。

「当然だ。あれは私が認めた女でもある。私からすれば人間だの妖怪だのと騒ぐお前たちのほうが理解できん。」

御母堂は人間だろうが妖怪だろうが強い者、魅力がある者はだれであれ認めるという信条の持ち主だった。御母堂はそのまま犬夜叉に目を向ける。犬夜叉はそれにどこか戸惑うような表情を見せる。御母堂はそんな犬夜叉を見ながら

「犬夜叉……お前は父と十六夜の子供だ……それを誇るがいい。父は十六夜とお前を救うために命を懸けたのだから……。もっとも、惚れた女のために命を懸けれないような男などに私が惚れるわけがないがな。」

そう絶対の自信を持って告げる。かごめはそんな自分の常識では測れない女としての考えを持った御母堂に圧倒されてしまう。そして犬夜叉は初めて妖怪に半妖である自分を認め肯定されたことに驚きながらもその言葉を胸に刻み込むのだった……。

そして話がひと段落したところで

「御母堂様、殺生丸様はどうしちゃったの?」
りんが不安そうな表情を見せながら御母堂に尋ねる。御母堂はそのまま懐にある石を皆に見せる。その石は微かに光を放っていた。

「殺生丸はこの石の中に封じ込めてある。あのまま行っても竜骨精に返り討ちにされるだけだからな。」
御母堂はそう溜息を突きながら告げる。殺生丸は父に対して異常ともいえる執着を持っている。鉄砕牙がそのいい例だった。それが父の仇である竜骨精を前にすればこうなることは分かり切っていたもののその頑固さに御母堂は頭を痛める。

「傷が癒えるまで……恐らく一週間ほどはこのなかに封じておけるだろう。」

しかしそれは一週間経てば殺生丸が再び竜骨精に挑むことを意味していた。そして一行は竜骨精の強さを思い出す。自分たちの攻撃はなにも通じず、その圧倒的な力の前に為す術もなく惨敗してしまった。犬夜叉たちの間にあきらめの気持ちが生まれてくる。

「そういえば……竜骨精たちは今どうしてるんだ?」
犬夜叉は思いついたようにそう呟く。自分たちが去った後に竜骨精と瑪瑙丸がどうなったのか全く知らなかったからだ。それはかごめたちも同様だった。

「…………見てみるか?」
そんな犬夜叉たちを見た御母堂が手をかざす。その瞬間、犬夜叉たちの目の前にこの屋敷から遥か遠くにある光景が映し出される。犬夜叉たちがそれに驚きの声を上げる前に犬夜叉たちはその光景に言葉を失ってしまう。
それは一言でいえば地獄だった。自分たちが目にしたあの村の状況が際限なく広がっている。女子供も関係なく人間たちが次々に殺されていく。それは竜骨精に従っている妖怪たちの仕業だった。人間たちもそれに応戦していく。しかし力のある坊主や巫女、武者たちもその妖怪たちの強さの前では無力だった。家は破壊され燃え続け畑は荒らされ荒野と化している。そんな光景が際限なく広がりそしてそれがさらに広がって行こうとしていた。

「ひどい………。」
「…………。」

かごめがそう絞り出すように声を出している横で犬夜叉は何かをずっと考え込んでいる。その手には鉄砕牙が握られていた。そして

「かごめ……刀々斎のところに行く……付いてきてくれるか……?」

そうかごめに頼み込む。かごめはそんな犬夜叉の言葉に驚きが隠せない。いつもの犬夜叉なら危険な目に合わせたくないと言い自分をここに置いていこうとすると思っていたからだ。そしてかごめは改めて犬夜叉に向かい合う。その表情は何かを決意したものだった。かごめはそのことに気づき

「当たり前でしょ。」
そう微笑みながら犬夜叉の言葉に頷いた。そして二人が歩き始めようとしたところに


「あたしたちも忘れてもらっちゃ困るよ。」
「全く……少しは周りにも気を使ってほしいものですね。」
珊瑚と弥勒が笑いながら話しかけてくる。

「お前ら……。」

「修行に行くんだろう……?あたしも飛来骨を直しに行くから途中までは一緒に行くよ。法師様はどうする?」
「私も珊瑚に付いていきますよ。じっとしているのは性に合いませんし……。」
珊瑚と弥勒はそう言いながら当然のように犬夜叉たちの後に付いてくる。

「おらたちも付いていくぞ!」
七宝と雲母もその後に続く。皆一緒に戦うことは当然だと言わんばかりだった。

「いいのか……相手は奈落じゃねえんだぞ?それに……はっきり言ってあいつらは化けものだ。勝てるかどうかも分からねえ……。」

自分たちと一緒に戦ってくれるのはありがたいが相手は奈落ではない。それにこれは犬夜叉の因縁による戦いだ。それに巻き込むわけにはいかないと少年は考えていた。しかし

「何をいまさら……それに犬夜叉、言葉は悪いですがこれは奈落などとは比べ物にならない程の問題です。奈落を倒せたとしても竜骨精たちを止めることができなければこの国の人間たちは根絶やしにされるでしょう。そうなれば私たちに未来はありません。これは私たちの問題でもあるのですよ。」

弥勒は自分の風穴を見ながらそう告げる。風穴がまだあることから奈落は間違いなく生きている。しかし奈落にとっても竜骨精の強さは予想外のものだったのだろう。その強さは決して利用できるようなものではなかった。

「それにやられっぱなしってのも目覚めが悪いしね。悪いけど嫌だっていっても付いていくよ。」
笑いながら珊瑚も弥勒の言葉に続く。犬夜叉とかごめはそんな仲間たちを見ながら笑みを浮かべる。そして

「ああ……頼むぜみんな!!」
「一緒にあいつらをやっつけましょう!!」

そう決意を新たに宣言する。そして犬夜叉たちは殺生丸が封印を破るであろう一週間後に再び合流することを約束する。そのまま犬夜叉たちは支度を整え御母堂の屋敷を後にしようとする。

「ありがとうございました。」
犬夜叉が皆を代表して御母堂にお礼を述べる。御母堂はそんな犬夜叉をしばらく見つめた後、近づきながらその顔に手を添える。

「え……?」
突然の出来事に犬夜叉は驚き固まってしまう。しかし御母堂はそのまま犬夜叉の顔を見つめ続ける。御母堂は犬夜叉の中に今は亡き十六夜の面影を見出していた。そしてゆっくりとその手を離し

「…………死ぬのではないぞ。」

そう言い残し屋敷へと戻って行く。犬夜叉はその後ろ姿に向かって頭を下げた後、仲間とともに旅立っていった……。




「よう、そろそろ来るころだろうと思ってたぜ。」

いつもの飄々とした態度で刀々斎が犬夜叉とかごめを出迎える。竜骨精たちがまだここまで攻め込んでいないためか刀々斎はまだ自分の工房に住んでいるままだった。そして珊瑚たちは飛来骨を直すため途中で犬夜叉たちとは別れていた。七宝も自分がいては犬夜叉の邪魔になると思い珊瑚たちに付いていったのだった。

「どうやら竜骨精に手を出しちまったみてえだな。だが命があっただけ幸運だと思いな。」
刀々斎は犬夜叉と鉄砕牙を一目見てそのことに気づく。犬夜叉はそんな刀々斎の言葉を聞きながらも

「刀々斎……頼みがある……。」
そう言いながら腰から鉄砕牙を抜き刀々斎に差し出す。刀々斎はそれを眺めながら

「何だ、鉄砕牙を強くしてほしいと頼みに来たのか?」
そう犬夜叉に問いただす。かごめも犬夜叉は鉄砕牙を強くするために刀々斎の元に訪れたのだと思っていた。しかし

「鉄砕牙の守り刀の力を失くしてほしい。」

犬夜叉の言葉はかごめにとって完全に予想外のものだった。

「そんな……そんなことしたら!!」
思わずかごめが犬夜叉に詰め寄って行く。鉄砕牙の守り刀の力が無くなるということは犬夜叉の中を流れる妖怪の血を抑えることができなくなることを意味していた。犬夜叉が妖怪化をすればどうなるか犬夜叉本人を除けば一番理解しているかごめはそのことに驚きそれを止めようとする。しかし犬夜叉はそんなかごめの姿を見ながらも自分の言葉を撤回しようとはしなかった。

「…………本当にいいんだな?後で戻してくれといってもできるもんじゃねえぞ。」

しばらく犬夜叉を見つめた後、刀々斎は確かめるようにそう犬夜叉に問いただす。だが犬夜叉はそんな刀々斎の言葉にも全く動じずに語り始める。

「竜骨精と闘って分かった……鉄砕牙とあいつの刀に大きな力の差はねえ。あれは俺自身とあいつの力の差だった……。だから鉄砕牙じゃなく俺自身が強くならなきゃいけねえ……そのためには俺の中に流れてる妖怪の血の力を使いこなさなきゃいけねえんだ。」

それが犬夜叉が鉄砕牙の守り刀の力を失くそうとしている理由だった。妖怪化の力を制御できれば自分は間違いなく強くなれる。今更付け焼刃の能力を鉄砕牙に与えたところで竜骨精たちには通用しない。以前刀々斎が言っていたようにこれは犬夜叉の、少年自身の問題。鉄砕牙に頼るわけにはいかなかった。

「分かった……だが犬夜叉、言っちゃ悪いが今のお前じゃあ妖怪の血を使いこなせたとしても竜骨精には勝てねえぜ。」
刀々斎は犬夜叉の決意を感じ取り鉄砕牙を受け取りながらそう犬夜叉に告げる。それは紛れもない事実だった。だが

「分かってる……俺の役目は竜骨精を倒すことじゃねえ……瑪瑙丸を竜骨精から引き離すことだ。」

犬夜叉は刀々斎の言葉に驚くことなく冷静にそう答える。刀々斎はそんな犬夜叉に面喰ってしまう。

(こいつ……宝仙鬼と同じことを……)

刀々斎は犬夜叉の言葉にかつての宝仙鬼を思い出す。宝仙鬼は犬夜叉の父の友人である大妖怪。その力はまさしく大妖怪にふさわしいものでありこことは違う世界での犬夜叉はその妖力によって金剛槍破を授けられていた。先の大戦で宝仙鬼は竜骨精から瑪瑙丸を引き離すために闘っていた。犬夜叉の父と竜骨精は実力伯仲。そこに瑪瑙丸が加われば犬夜叉の父といえど勝ち目がなかったからだ。そしてその結果、犬夜叉の父は倒しきることはできなかったが竜骨精を封印することができたのだった。そしてそれと同じことを無意識に犬夜叉は行おうとしている。それは殺生丸なら竜骨精を倒すことができるという少年の絶対の信頼があってのことだった。

「そこまで分かってるんならもう言うことはねえ。少し待ってな、すぐに仕立ててやる。」

そう言いながら刀々斎は鉄砕牙を持ったまま奥に姿を消していく。犬夜叉はそれを黙って見続けるのだった……。




「御館様、準備が整いました。」

そう言いながら瑪瑙丸は竜骨精の前で頭を下げる。竜骨精はそれを黙って聞き届けた後、崖の上から眼下に広がる妖怪の軍勢に目をやる。竜骨精が殺生丸たちと闘ってから既に三日が経とうとしていた。殺生丸たちがあの場から逃げたことには当然気づいていたがあの程度の者など放っておいても問題ないと判断し見逃したのだった。そしてたった三日の内に竜骨精は東国の妖怪たちを束ねてしまった。初めのうちは竜骨精を知らない若い妖怪たちが竜骨精に歯向かっていったがその全てを竜骨精と瑠璃丸は葬っていった。そして今となっては竜骨精たちに歯向かう者はだれ一人いなくなってしまっていた。そしてその軍勢はすでに千を越えようとしていた。元々竜骨精に従っていたもの、その力に屈服したもの、様々な経緯を持つ決して徒党を組むはずのない妖怪たちが竜骨精という一人の妖怪の元に集っていた。それを見下ろしながら竜骨精は先の大戦を思い出す。

(なぜだ……こんな弱く醜い人間などのために……お前は……)

その脳裏にはかつて兄弟といえるほど自分を慕っていた殺生丸と犬夜叉の父の姿があった。

「どうかされましたか、御館様?」
竜骨精の様子に気づいた瑪瑙丸がそう竜骨精の身を案じ話しかける。その言葉によって竜骨精は我に返る。そしてしばらく目を閉じた後

「行くぞ、付いてこい。」
「はっ!」

竜骨精は妖怪たちに向かって号令をかける。それに答えるように妖怪たちから大きな歓声が上がる。そして竜骨精による覇道、妖怪による弱肉強食の国の建国が始まろうとしていた………。




「ハァ……ハァッ……」
荒い呼吸をしながらも犬夜叉は鉄砕牙を杖代わりなしながら何とか立ち上がろうとする。しかしついに力尽き犬夜叉はその場に倒れ込んでしまう。

「犬夜叉っ!」
かごめが慌てて犬夜叉に近づきその体を支える。その体はボロボロだった。刀々斎によって守り刀としての力を失った鉄砕牙を手に犬夜叉は妖怪化の制御の修行に入っていた。
犬夜叉の妖怪の血は少年の強い感情の高まりによって呼び起こされる。少年はそれを自らの意思で呼び起こしコントロールする必要があった。そして妖怪の血を呼び起こすことはすぐにできるようになったがそのコントロールは困難を極めていた。妖怪化した瞬間、目の前が赤と白に点滅し凄まじい破壊衝動が襲ってくる。血がたぎり全てを壊したい、犯したいという感情に圧倒される。まるで自分が獣になってしまうようなものだった。最初は一分も妖怪化を保つことができなかった。今は何とか二、三分は保つことができるようになりつつあったがそれだけの時間ではとても瑪瑙丸と闘うことはできない。最低でも五分。それが瑪瑙丸と闘うために必要な妖怪化の時間だった。

「大丈夫……犬夜叉……?」
そんな犬夜叉をかごめは心配そうに抱きとめながら見つめ続ける。かごめは犬夜叉の修行にずっと付き添っていた。それは犬夜叉の頼みでもあった。それはもし自分が妖怪の血に飲まれてしまったときに言霊の念珠で沈めてもらうためだった。しかし修行を始めてかごめはまだ一度も言霊の念珠を使ってはいなかった。それは少年の意地ともいえるものだった。

少年は思い出す。

初めて妖怪化をしてしまった時、自分はかごめを傷つけてしまった。あの時の後悔と恐怖は今でも忘れられない。
だからこそ自分はかごめを守れる強さを手に入れるために鉄砕牙を求めた。
しかしそれは自分の力ではなく鉄砕牙に頼った強さだった。
そして今、自分の中に流れる妖怪の血は鉄砕牙でも抑えることができないほど強くなってしまった。
これは自分が先送りにしてしまっていた問題に他ならない。
今度こそ自分自身が強くなりそして鉄砕牙と対等の存在にならばければならない。何よりも

「犬夜叉……?」
少年はそのまま自分を支えてくれている少女を見つめ続ける。

かごめはこんな自分のために危険な戦国時代に何度もやってきてくれている。
もしかごめに出会えなかったら。
もしかごめがこちらの世界に来てくれなくなっていたら。
きっと今の自分はなかっただろう。半妖と蔑まれ続けることで誰にも心を許せない孤独な人生を送っていたかもしれない。

『かごめを守るために強くなりたい』

それが少年が求めた強さでありそれは今でも変わっていない。
これは少年の人としての心と妖怪の血の闘い。
なら絶対に自分は負けるわけにはいかない。
今、少年は半妖の強さでもなく、犬夜叉の記憶の強さでもなく、本当の自分自身の強さを手に入れようとしていた………。




「りん、いつまで落ち込んどるんじゃ?」
邪見がぶっきらぼうな調子でそうりんに話しかける。しかしりんはそんな邪見の言葉にも全く反応しなかった。そんなりんに邪見は何度目か分からない溜息を突く。

犬夜叉たちが出て行ったあと邪見とりんは殺生丸が封印から出てくるのを待つため御母堂の屋敷に留まっていた。しかしこの屋敷に来てからというものりんはいつもの元気さが嘘のように落ち込んでしまっていた。それに気づいた邪見が何度もりんに声をかけるが結果は変わらなかった。そして今日は犬夜叉たちが出て行ってからちょうど一週間目。御母堂がいう殺生丸が出てくるであろう日だった。

(殺生丸様…………)

りんは心の中で殺生丸のことを考え続ける。りんにとって殺生丸は絶対の存在。負けることなど想像すらしたことがなかった。しかしそれは竜骨精と瑪瑙丸によって覆される。自分を庇いながら傷ついていく殺生丸の姿がまだ目に焼き付いている。りんはあの時、初めて殺生丸がいなくなってしまうという恐怖を感じた。
出会ったあの時からりんは殺生丸が強さと同じほど優しさを持っていることを感じ取っていた。そして自分と邪見を加えて旅した日々はりんにとって何物にも代えられない程の大切なものだった。邪見も自分に厳しいことを言いながらもちゃんと自分が追いつくのを待ってくれる、自分が危ない時には身を呈して守ってくれる父親同然の存在だった。でも自分は人間。二人と同じ時間は生きられない。難しいことまでは分からないがそのことは何となく理解していた。殺生丸にとって戦いは避けて通れないもの。だが自分には犬夜叉やかごめのように闘うことはできない。じゃあ何のために自分は殺生丸と一緒にいるのか、一緒にいていいのか。りんは分からなくなってしまっていた。


そしてついにその時がやってくる。大きな音とともに光が放たれ殺生丸が封じられていた石が砕け散る、そしてその後には傷が癒えた殺生丸が佇んでいた。

「殺生丸様っ!」
邪見が喜びの声を上げながら殺生丸に近づいていく。

「少しは頭が冷えたか?」
御母堂が殺生丸の前に姿を現す。殺生丸はそんな御母堂を一度睨みつけた後そのままその場を去って行く。御母堂はそんな殺生丸の後ろ姿を見ながら

「死ぬなよ……殺生丸……。」

そう呟く。そして殺生丸がそのまま御母堂の屋敷を後にしようとした時、
殺生丸の前に両手を広げたりんが立ちふさがった。


「…………何のつもりだ?」

殺生丸はそんなりんを見ながら静かにそう問う。しかしりんはそんな殺生丸の目を見ながらも臆することなくその前に立ち続ける。二人の間に緊張が走る。


(これまで一度も殺生丸様に逆らったことのないりんが……!?それほど今回の闘いが危険であることを感じ取っておるのか……!!)

殺生丸に逆らうりんに驚きを隠せない邪見。そしてしばらくの時間の後


「邪魔だ。」

殺生丸はそう冷たく言い残したままりんの横を通り過ぎそのまま竜骨精の元に向かっていく。りんはそのままそこを動くことができなかった。そしてその両目には涙が溢れていた。邪見はそのまま殺生丸に付いていくかりんの傍にいるべきかで迷ってしまう。しかしりんは自分の目の涙を拭うとすぐに阿吽がいる屋敷の外に向かって走り出してしまう。

「ま……待たんか、りん!!」
その後を邪見は慌てて追っていく。そして二人は阿吽に乗り御母堂の屋敷を去って行ってしまった。御母堂はそんなりんを見ながら

「……どうやら二人とも女を見る目だけは確かなようだな。」
そう微笑みながら呟くのだった……。




「もう大丈夫なのですか、犬夜叉?」
「ああ、心配いらねえ。」

弥勒の言葉に自信満々の様子で犬夜叉が答える。今、犬夜叉たちは修行を終え再び合流したところだった。犬夜叉の様子から弥勒たちはどうやら修行は上手く言ったことに気づき安堵する。

「珊瑚こそ飛来骨は大丈夫なのか?」
今度は逆にそう犬夜叉が尋ねてくる。珊瑚はそんな犬夜叉の心配をよそに新しく生まれ変わった飛来骨を担ぎながら

「心配いらないよ、何ならここで試してみる?」
そんな冗談を口にする。その言葉に一行が笑いに包まれる。竜骨精の戦いを前にしても一行に迷いは見られなかった。そしてそのまま犬夜叉たちが御母堂の屋敷に向かおうとした時、一匹の妖怪がこちらに向かってくることに犬夜叉たちは気づく。最初は竜骨精の手の物かと思い警戒するがすぐにそれがりんと邪見が乗った阿吽であることに気づいた。

「どうしたんだ、りん?」
「りんちゃん、何かあったの?」

犬夜叉とかごめが慌ててりんに駆け寄る。りんは二人に向かって顔を上げ涙をこらえながら

「……殺生丸様に力を貸してほしいの!」

そう力強く犬夜叉たちに助けを求める。その瞳には絶対の意志が宿っていた。そのことに気づいた犬夜叉とかごめは


「言われるまでもねえさ。」
「一緒に行きましょう、りんちゃん。」
そうりんに力強く答える。

「……うん!!」

りんはそのまま大きく頷き犬夜叉たちとともに竜骨精たちがいる谷に向かっていく。そこには辺り一面に妖怪たちの軍勢がひしめいていた。そしてその中心にはその妖怪たちを遥かに凌ぐ妖気がある。



今、人と妖怪の未来を懸けた決戦の火蓋が切って落とされようとしていた………。




[25752] 第三十四話 「決戦」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/01 00:52
「すごい数の妖怪じゃな……。」
「ええ……しかも一匹一匹の強さも並はずれたものです……。」

七宝の言葉にそう弥勒が相槌をうつ。今、犬夜叉たちの視線の先には竜骨精に従う妖怪の軍勢の姿がある。そしてその妖気から弥勒の言う通りその妖怪たちは一匹一匹が名のある妖怪であることは疑いようがなかった。そしてこれから自分たちはあの軍勢に、さらにその軍勢を合わせたよりも強いであろう二人の妖怪に挑もうとしている。皆覚悟していたこととはいえその圧倒的軍勢を目の当たりにし犬夜叉たちは緊張を隠せない。そしてそんな中かごめがその軍勢の異変に気づく。

「あれは……?」
かごめの言葉に続くように犬夜叉たちは一斉にその視線の先に目をやる。そこには妖怪の軍勢の中に一本の道ができるように地面がえぐられている光景があった。それはまるで何かの爪痕のように見えた。

「間違いねえ……師匠だ。」
その傷跡を見た犬夜叉が確信を持ってそう告げる。それは間違いなく殺生丸の蒼龍波によるものだった。しかし自分たちの視界のなかには殺生丸の姿はない。既に竜骨精と瑪瑙丸の元に向かってしまったようだった。

「殺生丸様……。」
りんが不安そうな表情をしながらそう呟く。犬夜叉はそんなりんを見て改めて覚悟を決める。そして腰にある鉄砕牙を抜き放った。

「風の傷で一気にあの中を突っ切る……いいな!?」
犬夜叉は決意に満ちた声でそうかごめたちに宣言する。かごめたちの顔にはもう迷いは見られない。皆、命を懸けて闘うことを心に誓いあう。犬夜叉はそのまま鉄砕牙に妖力を注ぎ込む。それに呼応するように鉄砕牙から風が巻き起こる。まるでそれはこれからの闘いの苛烈さを物語るような激しさだった。そのまま鉄砕牙を構えながら犬夜叉は一点を見つめる。それは殺生丸が作った爪痕の先、竜骨精と瑪瑙丸がいるであろう地だった。静かに目閉じながら犬夜叉は心を落ち着かせる。そして


「風の……傷!!!」
その叫びとともに鉄砕牙を振り切った。その瞬間、強力な風の傷が妖怪の軍勢に向かって放たれる。それはそのまま妖怪たちを薙ぎ払い一本の道を作って行く。まるでそれは犬夜叉たちを導くような爪痕を残しながら進んでいった。

「行くぞ、かごめ!!」
「うん!!」
犬夜叉はそのままかごめを背負い風の傷を追うように妖怪の軍勢に飛び込んでいく。

「行きますよ、珊瑚、七宝!!」
「ああ!!」
「おう!!」
弥勒と珊瑚、七宝は雲母にりんと邪見は阿吽に乗りながらその後に続いていく。


今この瞬間、決戦の火蓋は切って落とされた……。




悠然と歩みを進める一つの人影がある。それは一点の迷いもなく一つの方向に向かって進んでいく。その前に立ちふさがる者があるならば何者であれ容赦はしない。そう感じられるほどの妖気と闘気を放っている。しかし

「お前か……殺生丸……。」
それを感じながらも全く動じず、それどころかむしろ喜びすら見せながら一人の男が姿を現す。殺生丸と瑪瑙丸。二人の大妖怪はそのまま真正面から互いに睨みあう。その間には二人が放つ妖気によって凄まじい風が巻き起こっていた。並みの妖怪ならそれに巻き込まれるだけで命を落としてしまうだろう。

「貴様に用はない……そこをどけ。」
殺生丸は瑪瑙丸を睨みつけたままそう淡々と呟く。その目が応じなければ殺すと物語っていた。しかし

「そうはいかん。前も言ったように御館様をお守りするのが俺の役目だ。……それに本音を言えばお前が来てくれて感謝している。俺の求めるものは心躍る闘い。お前が相手ならそれも満たされるだろう。」

そう言いながら瑪瑙丸は己の腰にある竜骨刀を抜きそれを殺生丸に向ける。その目は強者と闘うことができる喜びに満ちていた。そしてそれに合わせるように殺生丸が闘鬼刃を構えようとした時

「師匠っ!!」
そう叫びながらかごめを背負った犬夜叉が二人の前に姿を現す。二人はそれに合わせるかのように動きを止める。そして少し遅れながらもりんと邪見を乗せた阿吽も姿を現す。しかしそこには弥勒たちの姿がなかった。弥勒たちは妖怪の軍勢たちを足止めするために竜骨精たちを犬夜叉に任せ、あの場に残ったのだった。

「なるほど……あの時の連中か……。」

瑪瑙丸は犬夜叉たちを見ながら冷静にそう呟く。そこに全く油断は見られない。ここにいるということはあの妖怪の軍勢を退けてきたということ。どうやら自分の認識を改めなければならないと判断したからだ。犬夜叉はそのまま殺生丸と瑪瑙丸に目をやる。どうやらまだ戦いは始まっていないようだ。自分が何とか間に合ったことに心の中で安堵する。そして

「師匠……ここは任せてください。」

鉄砕牙を瑪瑙丸に向かって構えながら犬夜叉はそう殺生丸に進言する。瑪瑙丸はそんな犬夜叉の言葉に一瞬驚いたような表情を見せる。犬夜叉は殺生丸の加勢に来て共に自分と闘うだろうと考えていたからだ。

(こいつ………)

殺生丸はそのまま黙って犬夜叉に目をやる。こんなところまでやってきてそんな戯言を言いに来たのかと内心呆れかけた時、殺生丸は犬夜叉の違和感に気づく。犬夜叉の放つ妖気が以前とは大きく異なっている。力の大きさそのものは大きく変わっていないがその妖気から感じる質は自分、いやかつての父の妖気のそれに近かった。そのことに気づいた殺生丸は


「…………好きにしろ。」

そう言い残しそのまま竜骨精の元に向かって再び歩き始める。瑪瑙丸はそんな殺生丸を見ながらも手を出そうとはしない。どうやら犬夜叉の相手をすることに決めたようだった。

「殺生丸様!!」
「こ……これ、りん!!」
りんが再び歩き出した殺生丸に向かって叫ぶ。しかし殺生丸はそんなりんに一度振り返るが一言もそれには応じずそのまま去って行ってしまった。


「お前の決意に免じて相手をしてやろう。」

瑪瑙丸はそう言いながら竜骨刀を今度は犬夜叉に向かってむけるそして同時に瑪瑙丸の妖気が高まって行く。その妖気の強さに犬夜叉は思わず後ずさりをしてしまう。

(すげえ……予想以上だ……!!)

犬夜叉は竜骨精との戦いによって瀕死になってしまっていたため瑪瑙丸の強さを見るのはこれが初めてだった。弥勒たちから傷ついていたとはいえ殺生丸の一撃を難なく防ぎ、吹き飛ばしたことを知った犬夜叉はその強さを頭では理解していた。しかし実際にそれを目の前にすることでその圧倒的な存在感を感じ萎縮してしまう。瑪瑙丸はそんな犬夜叉の様子に気づいたのか

「来ないのか……ならこちらから行くぞ。」
そう呟いた後に一気に距離を詰め犬夜叉に斬りかかってくる。

「くっ……!!」
犬夜叉は咄嗟にそれを鉄砕牙で受けるがその威力によって後ろに吹き飛ばされてしまう。犬夜叉は鉄砕牙を地面に突き立てながら何とか体勢を立て直す。しかし瑪瑙丸はその場から動かず追撃してくる気配がなかった。瑪瑙丸は改めて刀を構えながら

「どうした……その程度か?」
そうまるで犬夜叉を試すかのような言葉をかけてくる。犬夜叉はそんな瑪瑙丸に戸惑いながらも鉄砕牙を構えなおす。もはや考えることなど何もない。目の前の相手と闘いそして勝つ。それが今の自分のなすべきことだった。

「はあっ!!」
先の一撃で緊張が解けた犬夜叉は弾けるように瑪瑙丸に飛びかかり鉄砕牙を振り下ろす。そして瑪瑙丸は当然のようにそれを受け止める。その衝撃によって瑪瑙丸の足元の地面がめり込んでいく。しかし瑪瑙丸はそのまま軽々と犬夜叉を押し返す。

「くそっ……!!」
犬夜叉は地面に降り立つと同時に間髪いれず再び瑪瑙丸に斬りかかる。そして瑪瑙丸はそれらを全て捌き切っていく。鉄砕牙と竜骨刀、二つの名刀は幾度となくその刃を交えそのたびに両者の間には無数の火花が散る。それはまさしく剣舞というにふさわしい光景。りんと邪見はその光景に目を奪われ声を出すことができない。そして両者の間に距離ができる。その瞬間、犬夜叉は鉄砕牙を大きく振りかぶり

「風の傷っ!!」
全力の風の傷を瑪瑙丸に向かって放った。しかし瑪瑙丸はその場から動かずそのまま竜骨刀を自身に前にかざし妖力を込める。風の傷はその剣圧のみで切り裂かれてしまった。

(剣圧だけで……!!)
その光景に犬夜叉は内心舌打ちする。元より今の自分の攻撃が通じるとは思っていなかったがまさか剣圧だけで全力の風の傷を防がれるとは思っていなかった。何よりも驚いたのはその強さ。先程の闘いで感じた力の差は圧倒的だった。間違いなくその強さは自分が知っている殺生丸以上のもの。今の自分では逆立ちしたところで一太刀も浴びせることはできないだろう。だが同時に犬夜叉は奇妙なことに気づく。それは瑪瑙丸が持つ妖気、闘気にまるで邪気や悪意が感じられないことだった。それはまるで純粋そのもの。とても人間たちを虐殺している妖怪が持つものとは思えないものだった。そんなことを考えていた時

「犬夜叉っ!!」
風の傷を破られた犬夜叉の隙を援護しようとかごめが全力の破魔の矢を瑪瑙丸に向かって放つ。その矢はそのまま一直線に瑪瑙丸に向かって迫って行く。だがそれは瑪瑙丸の刀の一振りによって難なく防がれてしまう。

(そんな……!?)
そのあまりの強さにかごめは驚愕する。かごめの矢はあの奈落ですら完全には防ぐことができない程の霊力を秘めている。それは巫女が持つ力では最高位に近いものだ。しかしその力ですら今の瑪瑙丸や竜骨精の前には通用しなかった。そして瑪瑙丸はそのままかごめに向かって視線を向ける。だがかごめはそれを見ながらも決して怯えることはなかった。竜骨精との戦いで自分は傷ついた犬夜叉の姿によって闘う意志を失くしてしまった。でも今は違う。かごめは犬夜叉に守られてばかりいる自分が嫌だった。一緒に犬夜叉と闘い、生きて行く。それがかごめの願いだった。その願いを叶えるために自分はくじけるわけにはいかない。かごめはそのまま自らの周りに結界を張る準備をする。

(まずいっ!!)
犬夜叉は慌ててかごめを庇うようにその前に立つ。そして瑪瑙丸の攻撃に備えたがいつまでたっても瑪瑙丸は攻撃を仕掛けてこなかった。そのことに気づいた二人は驚きを隠せない。

「お前……何で攻撃してこなかったんだ……?」
鉄砕牙を構えながら犬夜叉は瑪瑙丸にそう問いただす。今のはまるでかごめがいたから手を止めたように見えたからだ。

「俺は女、子供は殺さん……それだけだ。」
瑪瑙丸は当然のようにそう告げる。その目がそれが真実であることを物語っていた。犬夜叉はその言葉に一瞬、我を忘れてしまう。そして

「お前……どうして竜骨精なんかに従ってるんだ?」
思わずそう尋ねてしまう。犬夜叉には先の闘いで瑪瑙丸は人間を虐殺するような妖怪には思えなかった。

「何を聞くかと思えば……強い者に従う……それが妖怪のあるべき姿だ。」
瑪瑙丸は犬夜叉の言葉の意味が分からないと言ったふうにそう答える。

「お前だって十分強えじゃねえか……それなのに何で……」

「………かつて俺は御館様に挑み、そして敗れた。本当ならその場で俺は殺されるはずだったが俺は生かされこの刀を譲り受けた。御館様のために闘う……それが俺の全てだ。」
瑪瑙丸は一切の迷いなくそう宣言する。しかし

「なんでお前はそこであきらめちまったんだ……なんで強くなってもう一度竜骨精に挑まなかったんだ……本当は逃げてるだけじゃねえのか!?」

犬夜叉はそう瑪瑙丸に向かって叫ぶ。瑪瑙丸の強さは本物だ。それなのになぜあきらめて竜骨精に従っているのか。犬夜叉にはそれが我慢ならなかった。瑪瑙丸はその言葉を黙って聞き続ける。そしてしばらく間の後


「ふっ……ははっ……ははははは!!」

突然何かが吹っ切れたように笑い始めた。犬夜叉たちはその光景に驚きそのまま動きを止めてしまう。瑪瑙丸も笑いが止まらない自分自身に驚いているのかしばらくそのまま笑い続ける。そしてそれが収まった後改めて瑪瑙丸は犬夜叉に目を向ける。

「いや……すまなかった……俺にそんな口を利くやつは久しくいなかったからな。……確かにお前の言う通り、俺はそこであきらめた負け犬だ。だが負け犬にも意地はある。」

そうどこか残念そうな表情を見せながら瑪瑙丸は再び戦闘態勢を取る。そしてそれまでとは違い本気の殺気をもって犬夜叉に向かい合う。

「その若さでその強さ……才能……大したものだ。だが俺には通用しない。後百年も経てば結果は違ったかもしれんがこれも時の運。少し惜しい気もするが……御館様のためお前にはここで死んでもらう。」
瑪瑙丸はそのまま竜骨刀を構えその切っ先を犬夜叉に向ける。

「そうかよ………。」
犬夜叉はそのまま瑪瑙丸に合わせるように鉄砕牙を構える。その目には先程以上の力が宿っていた。

「俺は負けねえ……師匠もだ…………俺はお前を倒す!!」

そう叫んだ瞬間、犬夜叉の体から凄まじい妖気が放たれる。それは犬夜叉の周りに渦巻きどんどん力を増していく。そしてそれに呼応するように鉄砕牙が震えだす。

「きゃあっ!」
「何じゃ……一体!?」
その凄まじさにりんと邪見が思わず悲鳴を上げる。しかしかごめは一人その姿をまっすぐに見つめている。

そして犬夜叉の体に変化が現れる。爪は鋭くとがり、その顔には妖怪の証である痣が浮かび上がってくる。それは犬夜叉が妖怪化をしてしまった証だった。だが大きくそれまで異なることがあった。

それは目だった。その目は以前のように赤く染まっていない。その目には確かな少年の人の心が宿っていた。

(温かい………)
かごめは犬夜叉が放つ妖気に温かさを感じる。それは以前の妖怪化した犬夜叉の妖気とはまるで違っていた。力強いだけではない。その妖気はかごめを守りたいという強い少年の想いが形となったものだった。

鉄砕牙はそんな少年に共鳴するかのように震え続ける。それは鉄砕牙の喜びを表していた。鉄砕牙は人を慈しみ守ろうとする心がないと扱えない刀。少年は鉄砕牙を手にしたあの時から変わらずにその心を持ち育んできた。そして今、少年はついに鉄砕牙にふさわしい自分自身の強さを身に付け、真の鉄砕牙の継承者となった。


この瞬間、妖怪の力と人の心を持った存在、『半妖犬夜叉』が完成した。

「行くぞ!!」

少年の自分の限界に挑む戦いが今まさに始まろうとしていた………。




妖怪の軍勢たちは今、自分たちの理解できない事態に浮足立っていた。先程の二度にわたる強力な妖力波によって多くの仲間たちが一撃で葬られてしまった、それはまだいい。見たところそれを放ってきたのは大妖怪だったからだ。しかし今自分たちの目の前で起きている光景はなんだ。二人の人間と二匹の妖怪によって何百といる妖怪が足止めをされている。それは妖怪たちにとって悪夢以外の何物でもなかった。


「飛来骨っ!!」

妖怪たちの群れに向かって珊瑚が飛来骨を放つ。妖怪たちはその攻撃にむかって迎撃しようとする。だがその攻撃をものともせずに飛来骨は妖怪たちに向かっていきその体を次々に破壊していく。その威力は以前の飛来骨を大きく上回っていた。

珊瑚は飛来骨を直すために薬老毒仙と呼ばれる仙人の元を訪れていた。飛来骨を直すだけなら刀々斎に頼めば済むこと。しかしそれでは意味がない。これまでも自分は奈落に対して有効な攻撃手段を持ち合わせておらずいつも犬夜叉やかごめ、弥勒に頼ってしまっていることを心苦しく思っていた。弥勒を、仲間を守るために珊瑚は薬老毒仙の試練を乗り越え奈落の邪気すら打ち砕く力を持つ新たな飛来骨を手に入れたのだった。


「風穴っ!!」

己の右腕の封印を解き放ち風穴によって弥勒は次々に妖怪を吸いこんでいく。弥勒の風穴は本来一体多数に向いておりその力は今、遺憾なく発揮されていた。しかし妖怪たちの中には毒や邪気を持つ者も多くいる。にもかかわらず弥勒は表情を変えずにその力を使い続ける。
弥勒は珊瑚が試練を受けている間に薬老毒仙に頼み痛みを感じなくなる薬を譲り受けていた。当然そのことは誰も知らない。弥勒も珊瑚と同様、奈落との戦いの中で役に立てず犬夜叉とかごめにばかり負担をかけていることに悔しさを感じていた。珊瑚を、仲間を守るためなら自らの寿命を縮めることになろうとも後悔はしない。その決意を持って弥勒はこの戦いに赴いていた。

しかし風穴を使っている弥勒の背後に妖怪たちが迫る。弥勒の風穴が一番の脅威だと判断したからだ。そのまま妖怪たちが弥勒に襲いかかろうとした時

「狐火っ!」
妖怪たちに向かって炎が放たれる。妖怪たちはそれによって思わず動きを止める。そしてその瞬間、七宝を乗せた雲母が妖怪たちを薙ぎ払っていく。

「助かりましたよ、七宝、雲母!!」
弥勒は風穴を閉じながら二人に礼を言う。四人はそのまま互いを庇いながら戦い続けるそこに迷いは見られない。

「しかし流石に手強いね……。」
弥勒と背中合わせになりながら珊瑚がそう愚痴る。既にかなりの数の妖怪たちを退治したはずだがその数はまるで減っていないように見えた。

「弱音を吐いている場合ではありませんよ、珊瑚。犬夜叉とかごめ様はこの妖怪たちを全て合わせたよりも強い妖怪と闘っているのですから。」
そんな珊瑚に笑いながら弥勒は答える。珊瑚はそんな弥勒を背中に感じながら


「そうだね……法師様の子を産むまでは死ぬわけにはいかないからね。」
そう唐突に告げた。



「………………………は?」

弥勒はそんな珊瑚の言葉に間抜けな声を上げる。弥勒はそのまま珊瑚に振り返る。珊瑚はそんな弥勒の反応が可笑しいのか笑い続けている。しかしそれが冗談ではないことは弥勒にもはっきりと伝わっていた。弥勒は大きな溜息を突きながら

「全く………ならなおさら生きて帰らなければいけませんね。」
そう笑いながら再び妖怪たちに向かって風穴を開く。

「そうだよ……妖怪退治屋をするって約束、守ってもらうからね。」
珊瑚も飛来骨を担ぎながら妖怪たちに向かい合う。そんな二人を見ながら七宝と雲母も決意をあらたにする。


四人は犬夜叉とかごめの勝利を信じ、絶対に生きて帰るという誓いを胸に圧倒的不利な戦場を駆け抜けて行くのだった………。




「これは…………」
瑪瑙丸は目の前の光景に思わず感嘆の声を漏らす。自分の前にいる半妖の少年から放たれる妖気は間違いなく大妖怪に匹敵するもの。いやそれすら超えるかもしれない程だった。そして何よりその妖気に瑪瑙丸はかつての大戦を思い出す。それは殺生丸と犬夜叉の父の妖気だった。父の強さには及ばないもののその妖気の質はまさに父のそれだった。

「行くぞ!!」
その言葉と同時に自分の目の前に一瞬で犬夜叉が肉薄してくる。瑪瑙丸は咄嗟に刀を構えるが一瞬反応が遅れる。犬夜叉はその隙を突き鉄砕牙を振り切る。その威力によって瑪瑙丸は遥か後方の崖に向かって吹き飛ばされてしまう。しかし瑪瑙丸は体をひねりながら受け身を取りその衝撃を受け流す。そして顔を上げた先には自分に迫ってくる鉄砕牙の剣圧があった。その威力によって辺りは凄まじい衝撃に襲われる。その跡にはもう一つの谷ができてしまうほどだった。

「す…凄い、凄いよ、邪見様!!」
その光景を目にしたりんが思わず歓声を上げる。邪見は自分の目の前で起きていることがまだ信じられないと言った様子だった。

(この力……まるで殺生丸様と同等……いやそれ以上!?)
邪見はかつて犬夜叉の姿に殺生丸の面影を見たことがある。それが間違いではなかったことを邪見は確信する。

犬夜叉は息を整えながら再び鉄砕牙を構える。そしてその視線の先から傷ついた瑪瑙丸が姿を現す。しかし傷を負っているにもかかわらずその妖気は全く衰えてはいない。いや、むしろさらに強さを増しているようだった。

「先の言葉を詫びよう……お前は強い……これからは俺も全力で行く……。」
その言葉とともに竜骨刀に妖力が込められていく。その目には怒りも憎しみも見られない。ただ純粋に強い者と闘うことができる、その喜びに満ちていた。両者の間に緊張が走る。そして次の瞬間、全ての音が消え去った。

二人は凄まじい速度で互いにぶつかり合いその刀を合わせて行く。もはやそれはかごめたちの目では追いきれない程の闘いだった。

犬夜叉は自分がまるで鉄砕牙と一つになっているかのような感覚に囚われる。

刀が軽い。
体が熱い。
動きが見える。

今、犬夜叉は大妖怪の域に到達していた。




素晴らしい。

その言葉しか浮かばない。
瑪瑙丸は自分と闘い続けている少年に敬意をすら感じる。
わずか二百年ほどしか生きていない半妖がこれほどの力を持っている。
何よりもその心に驚嘆する。
刀を交えればおのずとその使い手の心を感じ取ることができる。
この少年は一人の少女のために、ただそれだけのためにこれだけの力を手に入れていた。
それは自分や竜骨精すら持ちえない心の在り方だった。
いや、もはや言葉は必要ない。

ただ純粋にこの少年に勝ちたい。それはいつのまにか瑪瑙丸が忘れ去ってしまっていた己が闘う理由だった。




両者の間に数えきれない程の数の剣閃がぶつかり合う。その一撃一撃にまさしく一撃必殺に相応しい威力が秘められている。その衝撃によって谷は崩れ地面は割れ地形が変わって行く。そんな戦いが永遠に続くかに思われた時、徐々に犬夜叉が瑪瑙丸に押され始める。

(ち……くしょう……!!)

犬夜叉はそんな自分の状況に気づくもどうすることもできない。視界がかすむ、意識が遠のく、体が軋む。それは妖怪化による代償だった。いくら妖怪化を制御できるとはいえその負担がなくなったわけではない。五分。それが少年が妖怪化を行える限界だった。しかしまだ三分もたたないうちに少年は自分の限界がもうそこまで近づいていることに気づく。実際に闘いながら妖怪化を制御するのは困難を極める。そして自分は明らかに限界以上の力を引き出している。戦いをこれ以上長引かせるわけにはいかない。犬夜叉はそう判断し瑪瑙丸から一瞬で距離を取り鉄砕牙を振りかぶる。

瑪瑙丸は犬夜叉の意図に気づいたのかそれに合わせるように竜骨刀に妖力を込める。それだけで辺りは激しい妖気にさらされる。二人の刀から溢れる妖気がぶつかり合い嵐を巻き起こす。そして

「風の……傷っ!!!」

犬夜叉が鉄砕牙の真の威力の風の傷を解き放つ。それは凄まじい破壊力を持って瑪瑙丸に襲いかかる。そして

「はああああっ!!!」

瑪瑙丸の竜骨刀からもそれに応じるように妖力波が放たれる。その威力は鉄砕牙の真の風の傷に勝るとも劣らぬ力を持っている。


二つの力ぶつかり合う。その衝撃で辺りはさらに激しい衝撃に襲われる。かごめたちはその場に蹲りながらりんと邪見を庇い結界を張り続ける。

犬夜叉はそのまま全力を持って鉄砕牙に力を込める。しかしそれ以上風の傷を押し込むことができない。相手の技を返す爆流波を放つ余裕も流れも感じ取れない。

瑪瑙丸は風の傷の真の威力を目の前にしながらも全く動じない。ただ勝利のために。そのために瑪瑙丸は竜骨刀に妖力を込め続ける。そしてついに二つの妖力は拮抗したまま大爆発を起こす。それが収まった後には竜骨刀を構えた瑪瑙丸と鉄砕牙を杖代わりにしながら何とか立っている犬夜叉の姿があった。そして犬夜叉の妖怪化が解けてしまっていることにかごめが気付く。

「犬夜叉っ!!」
かごめが叫ぶも犬夜叉はそのまま立っているのが精いっぱいのようだった。しかし犬夜叉はそのまま瑪瑙丸に対峙する。その目に宿った力はまだ失われていなかった。

「まだ意志を失っていないか……。認めよう、犬夜叉……お前は強い。そして感謝する……お前のおかげで俺はかつての自分を取り戻せた。」

そう言いながら瑪瑙丸は再び竜骨刀に全力の妖力を込める。それは犬夜叉への最大の賛辞だった。かごめがそんな犬夜叉を救うために弓を構える。そしてかごめは犬夜叉が自分に視線を向けていることに気づく。その瞬間、かごめは全てを理解した。


「さらばだ。」

その言葉とともに全力の瑪瑙丸の攻撃が放たれる。そしてその瞬間



「犬夜叉―――――っ!!!」


かごめがその妖力波に向かって渾身の力を込めた破魔の矢を放つ。それはそのまま瑪瑙丸の妖力波に向かって飛びこんでいく。その破魔の力が妖気を浄化しようとするもその圧倒的力の前に吹き飛ばされてしまう。

しかしその一瞬、妖力波に歪ができた。


その瞬間、犬夜叉は最後の力を振り絞り妖怪化しながら妖力波に向かって飛びこんでいく。その余波によって火鼠の衣は破れ体には無数の傷ができて行く。しかし犬夜叉はそれに耐えながら突き進む。その手には鉄砕牙が握られている。鉄砕牙も自らの主に応えるためにその力を振り絞る。犬夜叉はかごめが作ってくれた最初にして最後のチャンスをつかみ取る。その目には妖力のひずみが見えていた。そして


「爆流波―――――――っ!!!」


全ての力を込めた奥義を放った。それは瑪瑙丸の妖力を巻き込み逆流させていく。それは犬夜叉とかごめ、二人の力が瑪瑙丸の力を上回ったことを意味していた。瑪瑙丸の敗因はかごめを侮り注意を怠ったこと。もし瑪瑙丸がそのことに気づいていれば結果は全く逆のものになっていただろう。そして瑪瑙丸は爆流波に飲み込まれながら




(そうか……誰かのために強く……そして共に闘う……これがお前達の『強さ』か………………)



どこか満足そうな顔をしながら瑪瑙丸はこの世を去って行った………。





犬夜叉と瑪瑙丸が闘ってる谷から離れた場所で二つの人影が対峙していた。

一つは殺生丸。しかしその体は既に傷だらけだった。服は破れ鎧は砕けその表情は苦悶に満ちている。

そしてもう一つは竜骨精。しかしその体は全くの無傷。そして竜骨精はつまらないといった表情で殺生丸を見下す。その力の差はやはり覆せるものではなかった。

「馬鹿な奴だ……先の闘いで敵わないことは分かり切っていただろうに……。」
そう言いながら竜骨精は遊びは終わったと言わんばかりに刀に妖力を込める。殺生丸はそれを見ながらも動こうとはしない。

「目触りだ、奴の元に行くがいい。」
そう告げると同時に竜骨刀を振り下ろす。その瞬間、殺生丸は渾身の力でその攻撃を避けながら天生牙に手を掛ける。そして竜骨精に向かって冥道残月破を放った。

「無駄だ。」

しかし竜骨精は刀を一振りすることで己の妖力をコントロールし真円の冥道を閉じてしまう。もはや竜骨精の前に天生牙は無力だった。だがその一瞬の隙を突いて殺生丸は竜骨精の後ろに回り込む。殺生丸は冥道残月破を囮に使ったのだった。殺生丸はそのまま闘鬼刃を竜骨精に向かって振り下ろす。しかし竜骨精は反応が遅れたにもかかわらずそれを竜骨刀で受け止める。

その衝撃で二人を中心に辺りの地面が吹き飛ばされていく。二人はまるでクレーターのようになってしまった地面の中心で鍔迫り合いを起こす。しかしその均衡はすぐに崩れ殺生丸は押し込まれていってしまう。

「やはりお前は奴には遠く及ばん……奴はこのわしに匹敵する強さを持っていた……それなのにどうだ……奴はその力を弱く醜い人間などのために使い……そして挙句の果てには人間の女とその子供である半妖などのためにみじめに死んでいった………!救いようのない愚か者だ!!」

竜骨精は初めて怒りの感情を見せながらそう慟哭する。その言葉には竜骨精の想いが込められていた。


「黙れ……」

殺生丸の持つ闘鬼刃に力がこもり次第に竜骨精を押し戻していく。同時に凄まじい妖力が闘鬼刃に注ぎ込まれる。闘鬼刃はそのあまりの強さに悲鳴を上げ、その刀身にはついにヒビが入り始める。だが


「黙れええええっ!!!」

殺生丸はそのまま全力で闘鬼刃を押し込む。その妖力によってついに竜骨精の体に一太刀の傷が生まれる。しかしそれと同時に闘鬼刃はその力に耐えきれずついに折れてしまった。


「終わりだ。」

冷たくそう言い放ちながら竜骨精が竜骨刀の力を解き放つ。凄まじい妖力が殺生丸を襲う。殺生丸は咄嗟に天生牙の結界を働かせる。しかしその攻撃はそれすらも容易く破り殺生丸を飲み込んでいく。そしてその瞬間、



殺生丸は左腕を失った。



[25752] 第三十五話 「殺生丸」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/02 12:13
「大丈夫、犬夜叉?」
かごめが慌てた様子で座り込んでいる犬夜叉に向かって走り寄ってくる。犬夜叉の体は瑪瑙丸との戦いで傷だらけになっていた。それは妖怪化の代償でもあったがあの瑪瑙丸と闘ってこれだけの傷で済んだのはむしろ幸運とも言えるかもしれない。

「ああ……何とかな……。」

犬夜叉は鉄砕牙を杖代わりにしながら何とかその場を立ち上がる。そしてそのまま己が放った爆流波の跡を見つめる。それは地平の彼方まで続く程の傷跡を地面に残していた。

(瑪瑙丸………)

犬夜叉はそれを見つめながら瑪瑙丸に想いを馳せる。自分が瑪瑙丸に勝てたのは決して自分の実力ではなかった。もし最初から全力でこられていたら、もしかごめを狙われていたら、自分は間違いなく瑪瑙丸に敗北していた。この勝利はいくつもの綱渡り、幸運が重なっただけの物。だがそれでも生き残ったのは自分。なら自分はこんなところで立ち止まるわけにはいかない。そう思い顔を上げた時、ここから離れた場所から巨大な爆発が起きたことに犬夜叉たちが気付く。その方向は殺生丸と竜骨精が闘っている方向だった。

「殺生丸様………。」

そのことに気づいたりんが不安そうな声を上げる。それに気づいた犬夜叉はすぐさま立ち上がりかごめに向かって背中を見せ

「師匠の所に行く、急ぐぞ!」
「う……うん!」
そう叫ぶ。かごめは犬夜叉の言葉に驚きながらも急いでその背中に乗る。

「りん、何をしておる早く来んか!」

いつの間にか阿吽に乗った邪見がりんに向かって声をかける。邪見は一刻も早く殺生丸の元に向かうために動いていたのだった。

「はい、邪見様!!」

りんはそんな邪見と阿吽の元に走り寄っていく。そして犬夜叉たちは空を飛び殺生丸と竜骨精の元に向かっていった……。



「これは……」
「すごい……」

犬夜叉とかごめは自分たちに眼下に広がる光景に息をのむ。そこには殺生丸と竜骨精の闘いの爪痕が残っていた。そこにはまるで現代での戦争の跡の様な荒れ果てた大地が続いていた。犬夜叉と瑪瑙丸の闘いの跡も凄まじかったがそれ以上のものだった。そして犬夜叉たちはそんな惨状の中にある一つの人影に気づく。それは間違いなく竜骨精だった。竜骨精は竜骨刀を手にしながら悠然とその場に君臨している。その凄まじい妖気に犬夜叉たちは思わず身震いしてしまう。そしてその竜骨精の視線の先には

顔が俯いたまま座り込んでいる殺生丸の姿があった。


「師匠っ!?」
「殺生丸様っ!?」
そのことに気づいた犬夜叉とりんが声を上げる。あり得ない事態に驚愕しながらも犬夜叉たちは急いで地面に降り立つ。

「……誰かと思えば、いつぞやの半妖たちか……。」

犬夜叉たちに気づいた竜骨精はゆっくりと振り向きながら犬夜叉たちに話しかける。その視線に貫かれるだけで息がつまり体が震える。それはまるで蛇に睨まれている蛙、いやそれ以上の力の差を感じさせるものだった。それに耐え犬夜叉たちは身構えながら竜骨精に対峙する。そしてそこで初めて殺生丸がその左腕を失っていることに気づいた。

「殺生丸様っ!!」
それを見て悲鳴を上げながらりんが殺生丸の元に走って行こうとするがそれを邪見は間一髪のところで制止する。

「離して、邪見様!!殺生丸様が……殺生丸様が!!」
「待つんじゃ、りん!!今行っても殺されるだけじゃ!!」

暴れるりんを何とか抑え込みながら邪見は殺生丸と竜骨精に目を向ける。殺生丸の元に向かうにはその位置関係から竜骨精を超えて行かなければならない。しかしそんなことをあの竜骨精が許すはずもない。本当なら自分もすぐにでも殺生丸の元に向かいたいが自分にはりんを守るという使命がある。邪見は悔しさに唇を噛みながらもどうすることもできなかった。

「貴様たちがここにいるということは……そうか……瑪瑙丸は敗れたか……。」

竜骨精はそうどこか憂いを帯びた表情を見せながら呟く。しかしすぐさまその威厳を取り戻し鋭い目つきで犬夜叉たちを睨みつける。

「それで……わしに何の用だ。まさかそこにいる負け犬の様にわしを倒しに来たなどと世迷言を吐くつもりではあるまいな。」

竜骨精は殺生丸を一瞥した後に冷たくそう言い放つ。しかし殺生丸はそんな竜骨精に言葉にも全く反応しない。まるで抜け殻のようにその生気も感じられなかった。

「うるせえ……師匠が……師匠が負けるはずねえ!!」

犬夜叉はそう叫びながら鉄砕牙を抜き構える。今、殺生丸は動くことができない。なら自分は殺生丸が再び立ち上がるまでの時間を稼がなければならない。瑪瑙丸との戦いですでに疲労しきっているがそんなことを言っている状況ではない。自分が知っている殺生丸がこんなことで負けるはずがない。少年は殺生丸を信じ竜骨精と再び闘うことを決意する。

「無駄だ……奴は既に抜け殻同然、もう立ち上がることすらできん。」

そう言いながら竜骨精はその刀を犬夜叉に向ける。ここに辿り着いたということはあの瑪瑙丸を退けたということ。ならその力を侮ることはできないと考えた竜骨精は慢心なく犬夜叉に対峙する。両者の間に緊張が走る。そして先に動いたのは犬夜叉だった。

「はあああああっ!!」

叫びとともに犬夜叉の妖気が膨れ上がって行く。同時にその体も変化し、犬夜叉は再び妖怪化をする。その妖気によって辺りは衝撃に襲われる。既に先の闘いで傷を負い体力を失っているため妖怪化していられる時間はほとんど残されていない。犬夜叉は一切の迷いなくそのまま全力で竜骨精に飛びかかって行く。そして


竜骨精は犬夜叉の攻撃によって吹き飛ばされてしまった。

「え!?」
「何と!?」

その光景にかごめと邪見が驚きの声を上げる。それは犬夜叉の強さに驚いたからではない。あの竜骨精がいとも簡単に攻撃を受けたことに対する驚きだった。確かに妖怪化した犬夜叉の強さは凄まじいものがある。しかし相手はあの殺生丸ですら歯が立たなかった竜骨精。例え不意を突かれたとしてもあり得ないであろう事態に二人は困惑している。そしてそれは犬夜叉も同様だった。

(どうなってる……これは……戸惑い……!?)

犬夜叉は竜骨精を攻め立てながらその心を感じ取る。竜骨精は間違いなく何かに戸惑っている。そのため自分の攻撃に対して防戦一方になっている。それが何なのか犬夜叉には知る術はない。だがこれは千載一遇のチャンス。これを逃せば次はない。犬夜叉は己に残された全ての力を振り絞りながら竜骨精に立ち向かっていく。

(これは……この妖気はまさか……!!)

竜骨精は犬夜叉に攻め立てられながらもその目は犬夜叉を捉え続けている。そしてその妖気に心を奪われていた。その妖気は力は劣るが間違いなく自分が知っている者の妖気だった。そんなはずはない。いくら奴の息子だとしても目の前にいるのは薄汚い人間の血を受け継ぐ半妖。そんな半妖が奴と同じ妖気を持つはずがない。竜骨精は自分の戸惑いを必死に抑えつけようとする。しかし自分に向かってくる半妖、その姿にかつての奴の面影が見える。あり得ないはずの光景に竜骨精は混乱の極致にあった。

(ここだっ!!)

犬夜叉はついに竜骨精に隙を見つけ出す。自分に残された時間はもうほとんどない。犬夜叉はそのまま残された力を振り絞り鉄砕牙に注ぎ込む。そして

「風の……傷っ!!」

竜骨精に向かって真の風の傷を解き放つ。竜骨精はそれを何とか竜骨刀で受け止める。しかしその威力によって竜骨精は徐々に押し込められていく。犬夜叉はそのまま鉄砕牙に力を込め続ける。そしてついに風の傷が竜骨精を飲み込むかに思われた時

「なめるなああああっ!!」

その叫びとともに竜骨刀から凄まじい妖力が放たれる。それは瞬く間に風の傷を押し返していく。そして二つの妖力波はその場で大爆発を起こす。犬夜叉はその威力によって吹き飛ばされて行く。煙が収まった後には肩で息をしながら立っている竜骨精と地面に倒れ伏し妖怪化が解けてしまった犬夜叉の姿があった。

「犬夜叉っ!!」

かごめが慌てて犬夜叉に向かって走り寄って行く。犬夜叉は何とかかごめに支えられながら立ち上がる。どうやら致命傷は避けられたようだがその体は満身創痍だった。それでも犬夜叉はかごめを庇うように前に出ながら鉄砕牙を構える。かごめはそんな犬夜叉を援護するために弓を構える。二人はまだ戦う意思を失っていなかった。竜骨精はそんな二人をしばらく見つめた後


「何故だ………何故貴様は人間などと一緒にいる?」

そう竜骨精は犬夜叉に問う。それはまるで犬夜叉ではない誰かに向けての言葉のようだった。犬夜叉とかごめはそんな竜骨精の言葉に言葉を失う。竜骨精がそんなことを話しかけてくるなどとは思いもしなかったからだ。しかし竜骨精は言葉をつなぐ。

「貴様も半妖なら分かるだろう……人間は自分たちのことしか考えておらん……!いつかは裏切り、そして牙をむいてくる……!それがなぜ分からん!!」

竜骨精はそう犬夜叉に向かって慟哭する。竜骨精の脳裏にかつて犬夜叉の父ともに過ごした日々が蘇る。

それは共に力を磨き共に生きた日々。そして……人間によって差別された日々だった。

犬夜叉の父は妖怪によって苦しめられている人間たちのためにその力を振るっていた。竜骨精もそんな犬夜叉の父のために共に闘ってきた。しかし人間たちは自分たちが安全になったとたんに自分たちを邪魔者扱いし蔑み差別してきた。そして最後には自分たちは救ったはずに人間たちから迫害を受けてしまう。しかし犬夜叉の父はそんなことがあったにも関わらず変わらず人間たちのために闘い続ける。そんなことが何度も何度も繰り返される。

なぜ自分たちが人間に疎まれなければならないのか。強者である自分たちが弱者である人間などに何故。何よりも人間のために力を振るっている犬夜叉の父が傷つけられていくことが竜骨精には許せなかった。しかし何度諭しても犬夜叉の父はその言葉を聞き入れない。そして竜骨精はついに決意する。
自分たちを犬夜叉の父を傷つける愚かな人間たちを根絶やし本当の強者のみが生きることができる国を、覇道を実現することを。それは竜骨精の歪んだ想いの形だった。
しかし皮肉なことにその前に立ちふさがったのは守りたいと思っていた犬夜叉の父だった。そして自分は敗れ、犬夜叉の父は人間の女とその子供を守るために人間たちによって殺された。

もはや竜骨精に立ち止まることは許されていなかった。


それは犬夜叉が初めて目にする竜骨精の感情だった。両者の間に沈黙が流れる。そして犬夜叉はその口を開く。それは少年の嘘偽りない言葉だった。

「そうだな……。俺は……半妖だと……化けものだと言われて……本当に悔しかった。何度そいつらを殺してやろうと思ったか分からない。今でも俺は奴らを許さないし許すつもりもねえ………。」

かごめはそんな少年の言葉に息をのむ。それはかごめですら聞いたことのなかった少年の心だった。犬夜叉はそのまま下を向きながら俯く。しかし少年はすぐに顔を上げる。その顔には迷いは見られなかった。

「でも……全ての人間がそうなわけじゃねえ。人間の中にも妖怪の中にもいい奴とそうでない奴がいる……それだけだ。」

そう言いながら犬夜叉は自分の隣にいるかごめに目を向ける。

この一年間の旅の中で様々な出会いがあった……楓、珊瑚、弥勒、りん、桔梗……七宝、雲母、邪見、殺生丸、冥加、刀々斎、御母堂……みんな半妖である自分を認めてくれた大切な人達。そこには人間と妖怪の違いはない。少年はそんな人達のために強くなりたいとそう強く願ってきた。


「俺は人間のためでも妖怪のためでもねえ……俺はその人たちのためにお前と闘う……それだけだ!!」

少年はそう絶対の意志を持って竜骨精に叫ぶ。それはこの旅の中で見つけた少年のもう一つの闘う理由だった。

「いいだろう……どんな戯言を並べたところで強さの前には無力……それを身をもって知るがいい……。」

もはや言葉は必要ないとばかりに竜骨精の妖気が膨れ上がって行く。そしてそれと同時に犬夜叉は鉄砕牙を構えながらそれに向かっていく。もう犬夜叉に妖怪化を行う力は残っていなかった。それでも犬夜叉は臆することなく竜骨精に向かっていく。そしてそれに合わせるようにかごめも破魔の矢を竜骨精に向かって放ち続ける。だが

「無駄だ。」

それは竜骨精の刀の一振りによってすべて薙ぎ払われ犬夜叉はその剣圧だけで吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。その力の差は決して埋められるものではなかった。しかし犬夜叉はそれでも立ち上がり再び竜骨精に向かっていく。かごめもそれに続くように矢を射続ける。その光景にりんと邪見は言葉を失ってしまう。敵わないと分かっていながら挑み続ける二人の姿。それは殺生丸の目にも写り込んでいた。


殺生丸はもはや闘う気力すら失っていた。
闘鬼刃は折れ天生牙も通用せず左腕も失った。
自分は竜骨精には敵わない。そう認めるしかなかった。
殺生丸はただひたすらに『強さ』を追い求めてきた。それは父への憧れから生まれたものだった。

そのために自分は鉄砕牙を求めた。しかし父は自分に鉄砕牙ではなく天生牙を遺した。その理由を求めてさまよい続けた。そして二人の人物との出会いが自分を変えていく。

『りん』
助けたのはほんの気まぐれだった。天生牙の力を試すための試し切りだった。だがりんはそんなことなどどうでもいいとばかりに自分に付き纏ってくる。そして次第にそれが当たり前になりそのことに安らぎを覚えはじめている自分に気づく。そして冥道での試練によってりんが自分にとって特別な存在であることを自覚した。

『犬夜叉』
久しぶりに再会した犬夜叉は本来の犬夜叉ではなかった。それ自体はどうでもいい。自分にとっては些細なことだった。しかしその少年は自分の理解を超えたものだった。その少年は自分のためではなく一人の人間の女のために強くなろうとしていた。そのために敵わないと分かっていながら何度も自分に向かってくる。それは愚か極まりない行為だった。だがそれを見ながら何故か自分の心がざわつくのを感じていた。そしてその少年は今、自分に匹敵するほどの力を手に入れていた。


『殺生丸様はどうして強くなりたいの?』

それはりんが自分に問いかけてきた言葉だった。そしてそれに自分は答えることができなかった。私が求めた『強さ』。それは父を超えるために必要なものだった。覇道、それを実現するためには力こそが全て。
だがそれがあれば本当に父を超えることができるのか。
竜骨精の覇道、あれこそが力のみを追求したものだった。だが違う。自分が求めるものはあんなものではない。


私は――――



「終わりだ。」

その言葉とともに竜骨精が竜骨刀から妖力波を放つ。それはそのまま犬夜叉たちに向かって襲いかかる。そしてその威力はりんにも向かっていく。

「りん!!」
「りんちゃん!!」
犬夜叉とかごめがそれを見て叫ぶ。しかし犬夜叉たちとりんの間には大きな距離がある。鉄砕牙とその鞘、結界によって身を守るしかない犬夜叉とかごめ。間に合わない。その事実に犬夜叉たちの血が失せる。そして妖力波はそのままりんを飲み込んでいく。犬夜叉とかごめはそれを見ながらもどうすることもできなかった……。



「………………え?」

りんはゆっくりと目を覚ます。自分は竜骨精の攻撃に飲み込まれてしまったはず。だがりんは無傷のままだった。一体どうして。りんがそんなことを考えた時


自分を庇うように覆いかぶさっている邪見の姿に気づいた。

「邪見様………?」

りんは不思議そうな顔をしながら邪見に話しかける。どうして邪見様がこんなところにいるんだろう。どうして自分に覆いかぶさっているんだろう。どうして……どうしてそんなに傷だらけになってるの……。

「邪見様……ねえ邪見様……起きてよ……。」

りんが何度も邪見の体をゆすり起こそうとする。しかし邪見はそのまま決して動くことはなかった。邪見はりんを救うために命を落としてしまっていた。

「邪見様―――――っ!!!」

りんが泣き叫びながら邪見に縋りつく。




目の前の光景に殺生丸の目に光が戻る。そしてかつての父の姿を思い出す。

『殺生丸よ……お前に守るものはあるか?』

それは遠い昔、父が自分に遺した最後の問いだった――――



犬夜叉は弾けるようにりんの元に向かう。しかし

「まだ生きていたか、目触りだ。」

そう冷たく呟きながら竜骨精が再びりんに向かって刀を振り下ろす。

「くっ!!」

犬夜叉は咄嗟に自分の背中を楯にしながらりんを庇う。しかし竜骨精の攻撃は先ほどよりもさらに強力な物。自分が庇ったとしてもりんは助からない。だがそれでも犬夜叉はそこから動こうとはしなかった。

「犬夜叉――――っ!!!」

かごめの絶叫が響き渡るも犬夜叉たちはそのまま竜骨精の攻撃に飲み込まれてしまった。かごめはそのまま地面に座り込んでしまう。その目には涙が溢れだす。かごめはただ呆然と犬夜叉たちがいた場所を見続けることしかできなかった。

「ふん……人間を庇って死んだか……半妖に相応しい最後だったな……。」

竜骨精がそうつまらなげに吐き捨てた後、とどめを刺そうとかごめに刀を向けようとした時


凄まじい妖気が煙の中から発せられていることに気づいた。


「何っ!?」

竜骨精は驚愕の表情を見せながら振り返る。その力は自分と同等、いやそれ以上のものだった。ありえない事態に竜骨精はその場から動くことができない。そして竜骨精は自分の体が震えていることに気づく。こんなことは生まれて初めてだった。


徐々に煙が晴れて行く。そこには犬夜叉たちを庇うように立っている殺生丸の姿があった。しかしそれだけではない。その失った左腕から無数の稲妻が走っている。そしてその中なら失われたはずの左腕が姿を現す。その手には見たことのない刀が握られている。


『爆砕牙』

それが殺生丸が手にしている殺生丸自身の刀の名だった。



殺生丸は元々自分自身の中に刀を持っていた。しかしそれを手に入れるためには大妖怪として独り立ちする必要があった。

鉄砕牙、父への執着を捨て

慈悲の心を手にし

そして


自分の守るものを自覚した殺生丸はこの瞬間、父を超え真の大妖怪へと至った。



「殺生丸様………?」

りんが目に涙を浮かべながら自分の目の前にいる殺生丸に気づく。殺生丸はそんなりんを見つめた後、天生牙を鞘から抜く。そしてそれを邪見に向けて振り切った。その瞬間、

「ん………はっ!!わ……わしは一体……!?」

邪見が息を吹き返し起き上がる。自分に何が起きたのか全く理解していないようだった。

「邪見様―――っ!!」

りんがそんな邪見に抱きついていく。邪見はそんなりんに驚きを隠せないまま為すがままになってしまう。

「邪見様……邪見様……よかった……よかったよう……!!」

りんは嗚咽にまみれた声で泣きながら邪見に縋りつく。邪見はようやく自分がりんを庇って命を落としたことに気がついた。そして自分を見つめている殺生丸に気づく。殺生丸は邪見を真っ直ぐに見据えながら

「よくやった……邪見。」

そう言葉をかける。その言葉には殺生丸の邪見への想いが込められていた。

「も……もったいなきお言葉……!!」

邪見はそんな殺生丸の言葉に思わず涙を流す。そんな邪見を見た後、殺生丸は再び竜骨精と対峙する。竜骨精は殺生丸の妖気に気圧されているのか動こうとはしなかった。

「お前たちはここから離れていろ。」

殺生丸はその背中を見せたまま犬夜叉たちにそう告げる。それはこれから起こる闘いには犬夜叉たちは邪魔にしかならないことを示していた。そのことに気づいた犬夜叉たちはその言葉に従いすぐにその場を離れて行く。不思議と焦りはなかった。それは今の殺生丸は絶対に負けない。そんな確信が犬夜叉たちにはあったからだ。そして後には殺生丸と竜骨精、二人の大妖怪が残された。

殺生丸が竜骨精に向けて爆砕牙を構える。竜骨精もそれに合わせるように竜骨刀を構える。しかしその表情には明らかな焦りがあった。今の殺生丸は以前の殺生丸とは比べ物にならない程の妖気と闘気を纏っている。それは間違いなく自分や殺生丸の父に匹敵している。竜骨精は自分の目の前で起きていることに驚きを隠せずにいた。そして

「行くぞ。」

殺生丸がそう呟くと同時に闘いが始まった。



それはまさしく神話の再現だった。


二人の持つ刀がぶつかり合うたびに大地は割れ、嵐が起こり、地震が起きる。その光景に犬夜叉たちは誰ひとり声を発することすらできない。その戦いによってかつて竜骨精と殺生丸の父の闘いでできたこの谷は崩れ、新たな谷ができつつある。今、後世に長く語り継がれるであろう闘いが繰り広げられていた。


(馬鹿な………!?)

竜骨精はその全力を持って殺生丸に向かっていく。しかしそれでも殺生丸を押し切ることができない。いや、それどころか自分が次第に押し込まれていっていることに気づく。あり得ない。大妖怪であり、この国の頂点に立つ妖怪の自分がこんな若造に負けるわけがない。否、負けるわけにはいかない。


「調子に乗るなあああああっ!!」

竜骨精の全力を込めた斬撃が殺生丸に向かって振り下ろされる。そしてそれに合わせるように殺生丸も爆砕牙を振り下ろす。そして二つの名刀が刃を交え、鍔迫り合いが起きる。その衝撃と威力によって二人の周りには巨大な竜巻ができる。その暴風によって二人の周りにある物は全て吹き飛ばされていく。それはまるでこの世の終わりの様な光景だった。

両者の力が拮抗する。そして次第に竜骨精の持つ竜骨刀から放たれる妖気によって殺生丸が押し込まれていく。


「このわしが……貴様などに……人間を守る貴様などに………負けるはずがないっ!!!」


その叫びに呼応するかのように竜骨精の最強の一撃が殺生丸に向かって放たれる。その威力はもはや言葉で表すことすらできない程のものだった。その力によって殺生丸は追い詰められていく。しかし殺生丸の目に恐れはなかった。その目には確かな意志が宿っていた。

殺生丸の手に力がこもる。その手にある爆砕牙が殺生丸の心に共鳴する。

その脳裏にはりんと邪見の二人の姿があった。

今の自分は誰にも負けない。否、負けるわけにはいかない!



「この殺生丸に……守るべきものなど……ないっ!!!」


その叫びとともに爆砕牙から極大の妖気が放たれる。それは殺生丸の奥義、真の蒼龍波だった。

そしてそれはそのまま一気に竜骨精の妖気を飲み込んでいく。その威力によって竜骨刀は砕け散り、竜骨精は蒼龍波に飲み込まれていく。その刹那



竜骨精はかつての自分とその友の姿を見る。




竜骨精はそのままこの世から去って行った…………。





「やったの……?」
「ああ……師匠の勝ちだ……。」

かごめの言葉に犬夜叉がそう答える。その表情には喜びが満ちていた。今、長くに渡る因縁の闘いに終止符が打たれたのだった。

犬夜叉たちはそのまま殺生丸の元に向かって集まって行く。殺生丸そのままりんと邪見に向かって近づいてくる。しかしりんは邪見の後ろに隠れたまま出てこようとはしなかった。

「何をしておるんじゃ、りん?」

そんなりんに向かって邪見が声をかけるもりんは隠れたままだった。りんは殺生丸に逆らいこの場までやってきてしまったことに負い目を感じていた。何よりも自分のせいで殺生丸に迷惑をかけてしまったことを気にしていた。

もし許してもらえなかったら、嫌いになられてしまったら、りんはそのまま殺生丸に向き合うことができなかった。しかし殺生丸はゆっくりとりんの前までやってくる。そして真っ直ぐにりんを見つめ続ける。りんも恐る恐る殺生丸に目を合わせる。二人が互いに見つめ合い、それが永遠に続くかに思われた時

「りん……」

殺生丸がその名を呼ぶ。りんの体に緊張が走る。そして


「これから勝手に私の傍を離れることは許さん。」


そう殺生丸はりんに向かって告げた。りんはその言葉に大粒の涙を流す。邪見はそんな二人を見ながら号泣しつづける。犬夜叉とかごめもそんな二人を優しく見守る。そして



「……はい!!」



満面の笑みを浮かべながらりんはそう答えたのだった………。




[25752] 第三十六話 「かごめ」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/10 19:21
竜骨精が敗北した。

その事実は竜骨精に従っていた妖怪たちにもすぐさま伝わっていった。その中でも特に優れた妖怪たちは竜骨精の妖気が消え代わりにそれ以上の力を持つ異なる妖気が生まれたことに気づきすぐに逃げ去って行った、しかしそれに気づかないもの、竜骨精がいなくなった今、自分が覇権を握ろうとする妖怪たちがその妖気の元に向かって群がって行く。そしてその先には長い銀髪をした青年の姿がある。その姿は満身創痍。恐らくは竜骨精との戦いで負った傷だろう。今の相手なら自分たちでも勝機がある。妖怪たちはそう判断しすぐさま男に向かって襲いかかって行く。それに合わせるように男は刀を抜きそれを妖怪たちに向け振り抜いた。


その瞬間、妖怪たちは一匹残らず消え去ってしまった。


「凄え………。」
「流石は殺生丸様!!」

犬夜叉はその光景に目を奪われながら思わずそう呟く。その隣では邪見が殺生丸の強さに興奮し、はしゃいでいる。かごめとりんは犬夜叉と同じように目の前の光景に目を奪われていた。そしてその一撃によって竜骨精に従い群れをなしていた妖怪たちは逃げ去っていく。

この瞬間、竜骨精との大戦は終結したのだった………。




「犬夜叉、かごめ様!」
「大丈夫、みんな!?」
「かごめ――!!」

それからすぐさま雲母に乗った弥勒、珊瑚、七宝の三人が犬夜叉たちの元に降り立ってくる。その姿は皆傷だらけで先の戦いの苛烈さを物語っていた。しかし犬夜叉とかごめは誰ひとり欠けていないことに安堵し笑顔を浮かべながら三人に駆け寄って行く。

「お前ら無事だったんだな!」
「よかった、心配してたんだから!」

そして七宝は待ち切れなかったようにすぐさまかごめに抱きついてくる。

「かごめ、おら頑張ったぞ!」
「そうね、七宝ちゃんのおかげよ。」

かごめはそんな七宝を抱きしめながらそう優しく答える。犬夜叉はその間に弥勒、珊瑚の元に近寄りながら事情を説明する。

「そうですか……では竜骨精は殺生丸が……。」
「あの竜骨精を倒すなんて……流石だね……。」

弥勒と珊瑚は犬夜叉の話を聞いた後、殺生丸に目をやる。その体は闘いの傷によって満身創痍だがその妖気、闘気は以前とは比べ物にならないものになっていた。あれなら竜骨精を倒せても不思議はないと二人は確信する。そんな話をしているとかごめと七宝が再び犬夜叉たちの元に集まってくる。


「これで全部終わったのね……。」

かごめが皆の心の内を代表しそう呟く。

「ああ……俺たちの勝ちだ!」

犬夜叉は笑顔を見せながらそう強く宣言する。その瞬間、かごめたちは歓声を上げる。それは命を懸けた絶望的な戦いを終えた喜びを表していた。その騒ぎに殺生丸の近くにいたりんも邪見を引っ張りながら加わってくる。殺生丸はそんなりんたちの様子を少し離れた所から見守っている。犬夜叉たちは心から皆の無事と勝利を喜んでいた。そして



その瞬間を待ちわびていたもう一人の存在があった。



「えっ?」

かごめが急に戸惑ったような声を上げる。その視線の先には自分が持っていたはずの四魂のカケラをもった最猛勝が自分の傍から飛び立っていく姿があった。そして同時に竜骨精が吹き飛ばされていた場所に残っていた四魂のカケラも最猛勝に持ち去られようとしていることにかごめが気付く。

「犬夜叉っ!!」

そうかごめが叫んだ瞬間、辺りには強力な瘴気が放たれた。突然の事態に犬夜叉たちは混乱し、身動きを取ることができない。同時に犬夜叉たちは先の闘いで力を使い果たしている。そのまま為すすべなく瘴気に飲み込まれかけたその時、殺生丸の持つ爆砕牙の剣圧によって瘴気は一瞬でかき消された。そして視界が晴れたその先には



狒々の皮を被った奈落の姿があった。


「奈落……っ!!」

犬夜叉は傷だらけの体を何とかごまかしながら鉄砕牙を構える。それに合わせるようにかごめたちも戦闘態勢を取る。しかし奈落はそんな犬夜叉たちを嘲笑うかのように話しかけてくる。

「感謝するぞ……竜骨精の強さはわしの想像をはるかに超えていた。四魂のカケラを使って操ろうとしたのだがそれすら通用せん。貴様らが竜骨精を倒してくれなければわしも四魂のカケラを手に入れることができなかっただろう……。」

奈落は四魂のカケラを竜骨精に使うことで操り、犬夜叉たちを殺した後、四魂の玉を完成させその体を取り込む算段だった。しかし竜骨精の強さは桁外れのものであり四魂のカケラの力すら通用しなかった。そこで犬夜叉たちが竜骨精たちを倒し、油断したところを狙って四魂のカケラを奪う手にでたのだった。

「本当なら竜骨精の体を取り込みたかったのだが……まあいい。今、わしの手には完全な四魂の玉がある。それだけで十分だ……。」

「てめえっ!!」

間髪いれずに犬夜叉が奈落に向かって鉄砕牙を振り下ろす。しかし奈落はそのまま両断され、後には木でできた傀儡が残っているだけだった。


『残念だったな……犬夜叉、次に会う時がお前の最期だ……楽しみにしているがいい……。』

そう言い残しながら奈落はその場を去っていった……。



「ごめん……犬夜叉……。」
「気にすんな、かごめ。俺たちが奈落を倒せばいい。それだけだ。」

落ち込んでいるかごめに向かってそう犬夜叉は慰める。実際、今のタイミングではどうしようもなかった。悔しいがその意味では奈落に敗北したと言っていいだろう。そして犬夜叉たちは皆、真剣な表情で奈落の去って行った方向を見つめ続ける。

今、再びこの世に戻り飛び散った四魂のカケラが一つになり、四魂の玉が完成した。そしてそれは奈落の手の内にある。次が奈落と四魂のカケラとの因縁を断ち切る最後の闘いになる。そのことを確信した犬夜叉たちは決意を新たにしていた。そんな中


「構えろ、犬夜叉。」

突然、殺生丸がそう言いながら犬夜叉に向けて天生牙を構える。

「え?」

犬夜叉はそんな殺生丸に驚き思わず声をあげてしまう。しかしそんな犬夜叉の様子を全く意に介さず殺生丸は犬夜叉に向かって天生牙を振り下ろした。犬夜叉は咄嗟に鉄砕牙でそれを受け止める。

「殺生丸様っ!?」
「犬夜叉っ!?」

りんとかごめがそんな二人に向かって叫ぶ。その瞬間、刃を交えた鉄砕牙と天生牙が共鳴する。

(これは……!!)

そしてそれが収まった時、犬夜叉の手には刀身が黒く染まった鉄砕牙が握られていた。

それは鉄砕牙の最後の形態、冥道残月破。この瞬間、鉄砕牙は本来の姿を取り戻したのだった。


「鉄砕牙が……黒くなった?」

いきなりの出来事に着いていけないかごめが疑問の声を上げる。それはかごめ以外も皆同じだった。しかし犬夜叉と殺生丸、二人だけにはその意味が通じていた。

「師匠………。」

犬夜叉が鉄砕牙に目をやった後に殺生丸に目を向ける。闘いの天生牙の力である冥道残月破を鉄砕牙に譲り渡した。それは殺生丸が犬夜叉を、少年を認めたことを意味していた。

「奈落は貴様が責任を持って片付けろ。」

殺生丸はそう言いながら天生牙を鞘に納め踵を返す。そして


「……鉄砕牙の継承者として負けることは許さん。」

そう言い残し背中を向けたまま殺生丸はその場を去って行く。そんな殺生丸の背中を見ながら

「……はい!!」

犬夜叉はそう力強く答えた。


「お……お待ちください、殺生丸様!」

邪見がいつものように慌てながら殺生丸の後を追っていき、りんもそれに着いていく。りんは犬夜叉たちに向かって振り返りながら


「ありがとう、みんな!またね―――!!」

太陽のような笑顔を見せながら殺生丸と邪見の元に向かっていった………。



殺生丸たちが去った後、犬夜叉たちもそのまま楓の村に戻ってきていた。楓と琥珀に迎えられた犬夜叉たちは自分たちの居場所はやはりここなのだと実感し、安堵する。

「そうか……四魂の玉は奈落の手に渡ったか……。」

そう静かに呟く楓。犬夜叉たちからこれまでの経緯を聞いた楓はそのままどこか遠くを見るような表情を見せる。楓にとって四魂の玉は自らとその姉である桔梗の運命を大きく狂わせた存在。そしてその因果によって楓は少年とかごめに出会った。そしてそれが終わろうとしている。そんな気配を楓は感じ取っていた。

「お主らがこの世界に来てからもうすぐ一年か……。犬夜叉、かごめ、お前達には迷惑をかけてしまったな……本当にすまない。」

楓は本来なら断られても仕方がない四魂のカケラ集めを続けてくれた二人にそう礼を述べる。本当なら自分が行わなければならないことを二人に押しつけてしまっているという罪悪感を楓はずっと感じていたからだ。

「もう、そんなこと言わないでよ。楓ばあちゃん。」
「そうだぜ、まるで俺たちが死んじまうみてえじゃねえか。」

かごめと犬夜叉が苦笑いしながらそう楓に応える。その言葉によって家には笑いが起こる。楓はそんな二人の言葉に救われたのかいつもの様子に戻るのだった。

「弥勒、風穴は大丈夫なのか?」

唐突にそう犬夜叉が弥勒に尋ねる。犬夜叉は弥勒が先の闘いで風穴を行使したということを聞きずっと気にしていたからだ。

「大丈夫……といいたいところですが今更隠してもしょうがありません。やはり少し広がってしまいました……ですが次が最後の闘い。ならば問題はありません。」

弥勒はそう犬夜叉たちに告げる。犬夜叉はその言葉に黙ってうなずくしかない。しかし心のどこかで弥勒の風穴は限界に近いのではないかという疑念は付き纏っていた。そんな犬夜叉の様子に気がついた弥勒は

「それに珊瑚に私の子を産んでもらうまでは死ぬわけにはいきませんからね。」

そう何でもないことのように犬夜叉たちに告げた。

「え……?」
「それって……?」

弥勒の言葉に犬夜叉とかごめがあっけにとられたような表情を見せる。それに満足したかのように弥勒がさらに言葉を続ける。

「いえ……先の闘いの時に珊瑚が私に」
「言わんでいい!!」

そしてそんな弥勒の言葉をさえぎるように珊瑚が飛来骨で弥勒の頭を殴りつける。弥勒はその衝撃でその場にうずくまってしまう。そんな二人の様子を見ながら犬夜叉とかごめは二人の間に何があったかを悟る。

「珊瑚……その飛来骨で殴るのは本当にやめなさい……。」
「ふんっ!」

弥勒が息も絶え絶えにそう訴えるも珊瑚は顔をそむけたまま黙り込んでしまう。そんな光景に皆が笑い合う。そして奈落との最後の闘いを前に豪華な宴会が行われることになった。

犬夜叉と七宝が騒ぎそれをかごめが諫める。
弥勒が珊瑚にちょっかいを出しては返り討ちにされる。
そんな様子を呆れながらもそこか楽しそうに眺める楓と琥珀。

それはこの旅の中でできた仲間たちの当たり前になりつつある光景だった。



「ん………。」

ゆっくりとかごめが布団から体を起こす。その横には七宝が静かに寝息を立てていた。宴会も終わりかごめは楓の家に泊まることしたのだった。まだ外は暗く月明かりが辺りを照らしている。楓たちもまだ静かに眠っていた。そしてかごめももう一度寝ようとした時、犬夜叉が家にいないことに気づいた。

(犬夜叉……?)

何度か辺りを見渡してみるがその姿はなかった。どうやら家にはいないようだ。かごめはそのまま起き上がり家の外に出てみるがやはり犬夜叉はどこにもいなかった。しかしかごめは迷うことなくある場所に向かって歩き始める。

そこに犬夜叉はいる。確信に近い想いがかごめにはあった。



一本の御神木、その前に犬夜叉は一人佇んでいた。犬夜叉はそのまま御神木を見上げながら何か考え事をしているようだった。話しかけていいかどうかかごめが迷っていると

「かごめか?」

匂いで気付いた犬夜叉がかごめに振り向きながら話しかける。かごめは少し慌てながらも森から姿を現し犬夜叉に近づいていく。犬夜叉はそんなかごめの様子に苦笑いしながら再び御神木に目を向ける。

「御神木を見てたの……?」
「ああ……。」

かごめの言葉にどこか心ここにあらずと言ったように答える犬夜叉。そんな犬夜叉を不思議に思いながらもかごめも一緒に御神木を見上げる。

ここは犬夜叉が封印されていた場所。

そして少年とかごめが初めて出会った場所だった。


「私たちが初めて会ったのはここだったわね……。」
「そういえばそうだな……。」

かごめの言葉に少年が静かに答える。同時に二人は出会ったばかりのころを思い出す。少年は犬夜叉の体に憑依したこと、かごめは戦国時代にタイムスリップしたことに戸惑っていた。

「初めの頃は喧嘩ばっかりしてたっけ……。」
「そうだったか……?」

少年はそう不思議そうな表情を見せる。かごめと恋人になったのはつい最近のことのように思える。しかし初めの頃はたった一年前にもかかわらず何年も前のように少年には感じられていた。

「そうよ。私、犬夜叉に何度おすわりって言ったか分からないもの。」

そうかごめが口に瞬間、少年はそのまま地面にめり込んでしまった。それは本当に久しぶりのおすわりだった。

「おい………。」
「ご……ごめん、犬夜叉。」

未練がましそうに睨みつけてくる少年にかごめは慌てながら謝る。二人の間にはもう言霊の念珠は必要なくなっていた。


「でも本当にこの一年間はあっという間だったわ。七宝ちゃんや珊瑚ちゃん、弥勒様……たくさんの人と出会えたし……。」

「確かに一年とは思えないような時間だったな……。」

二人はこれまでの旅を思い出しながら再び御神木を見上げる。辛いことや悲しいこともあったがそれらを含めてこの一年の二人の旅はかけがえのないものだった。

「そういえば犬夜叉、憑依する前に神社に行ったって言ってたけど何の用事があったの?」

かごめが突然、思い出したかのように少年に尋ねる。神社の御神木の前で少年が意識を失ったことは聞いていたが何で神社にいたのかは聞いていなかったからだ。

「それは……」

少年はそのまま自分が神社を訪れていた理由を思い返す。そしてその理由を思い出した瞬間、少年は顔を真っ赤にする。

「犬夜叉……どうかしたの?」

そんな少年の様子を訝しんだかごめが少年に近づいてくる。

「な……なんでもねえよ!」

少年は何とかこの話題をそらそうと必死にかごめに抵抗する。かごめもそんな少年の様子にますます意地になり迫ってくる。少年はそんなかごめを鎮めながら自分の願いが既に叶っていたことに気づいたのだった……。



「犬夜叉、奈落を倒したら弥勒様たちと妖怪退治屋をするの?」

何とか落ち着いた後、かごめは真剣な様子でそう少年に尋ねる。

「………ああ、そのつもりだ。」

少年はそんなかごめの様子に気圧されながらもそう答える。かごめはそのまましばらく黙りこんでしまう。二人の間に長い沈黙が続く。そして少年がそれを何とかしようとした時、

「犬夜叉、私もそれに加わろうと思うの。」

かごめが意を決したようにそう告げる。少年はそんなかごめの言葉に驚きを隠せない。妖怪退治屋をするということ、それは少年にとってこの戦国時代で生きて行くことを意味していたからだ。そんな少年の様子を見ながらかごめはさらに続ける。

「弥勒様が言ってたでしょ……もしかしたら犬夜叉は元の体に戻れないかもしれないって……私、それからずっと考えてたの………」

かごめはそのまままっすぐに少年を見つめる。少年もそれに合わせるようにかごめを見つめ続ける。そして


「私……犬夜叉とずっと一緒にいたい。だからもし元の体に戻れなかったら……私もこの時代で生きて行くって決めたの。」

かごめは迷いなくそう犬夜叉に告げる。それはこれまでの間、ずっと考え続けてきたかごめの答えだった。



少年はそのまま驚いた表情のまま固まってしまう。かごめは顔を真っ赤にしながら犬夜叉の返事を待ち続ける。そして

「ふっ…はは……ははははは!!」

突然、少年は目に涙を浮かべながら笑いだしてしまった。

「な……何よ、何が可笑しいのよ!!」

かごめは自分の一世一代の告白を笑われたことに怒り、少年に食って掛かる。しかし少年はそのまま笑い続けてしまう。かごめはそのまま不貞腐れてしまった。

「悪い……まさかかごめの方からプロポーズされるとは思ってなかったから……」

「私の方からしたら悪いって言うの!?」

いつものかごめならプロポーズという言葉に反応していたかもしれないが気が動転しているのかそのまま少年の迫って行く。少年はそんなかごめに

「ありがとな……かごめ……。」

そう笑いながら答える。かごめはその言葉に我に返り顔を俯きながら顔を真っ赤にする。


「でもちゃんと高校には行けよ。」
「わ……分かってるわよ!」

二人はそのまま御神木の下で他愛ない話を続ける。そんな二人を月明かりが静かに照らし続ける。





これが犬夜叉とかごめが一緒に過ごした最後の夜だった………。



[25752] 第三十七話 「犬夜叉」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/15 18:22
薄暗い洞窟の中、奈落は一人自らの掌を見つめ続けている。その中には完全な四魂の玉があった。玉は完全に邪気に染まっており一点の光も見られない。まさしく闇そのもの。いや玉そのものが奈落だといっても過言ではない程だった。

(長かった………)

奈落はそんな四魂の玉を見つめながらこれまでの自分を思い出す。

初めは野盗鬼蜘蛛のあさましい願いから全てが始まった。
その願いを叶えるために鬼蜘蛛は妖怪たちと一つとなり半妖奈落となった。
そして犬夜叉と桔梗の中を引き裂き邪気にまみれた四魂の玉をわが手にしようとした。
しかし桔梗は自らと共に四魂の玉をこの世から消し去った。
もはや四魂の玉を手に入れることは叶わない。そう思っていた。
だが五十年後、桔梗の生まれ変わりであるかごめがこの世に再び四魂の玉を復活させた。
それは砕け散り無数のカケラとなりそれをめぐり封印を解かれた犬夜叉と争いながらカケラを奪いあった。

そして今、ついに全てのカケラが自分の元に集まり四魂の玉は完成した。これで長年に渡る悲願が達成された。これで自分は半妖ではなく完全な妖怪になることができる。そして犬夜叉たちを葬り去る。完璧だ。何もかもが思惑通り。だが――――――


本当にそれでいいのか。

何かを忘れている。

自分は何故五十年前に四魂の玉を手に入れた時。そのままその場を去らなかったのか。

何故犬夜叉と桔梗を憎しみ合わさせる必要があったのか。


何故―――――



「くだらん。」

奈落は立ち上がり思考を断ち切る。それはこれ以上それを考えてはならないという無意識からの行動だった。奈落はそのまま自らの手にある四魂の玉の力を解き放つ。その瞬間、凄まじい力が奈落を包み込みその体が作りかえられていく。その力は今までの比ではなかった。そして奈落は全てを理解する。

「ふっ………なるほどな……だがそんなことはもはやどうでもいい。わしはわしの思う通りにやる。犬夜叉……決着の時だ………。」


今、長くに渡る因縁の闘いが終わりを迎えようとしていた………。




「ただいま、みんな!」

制服を着たかごめが慌てた様子で犬夜叉たちの元に走り寄って行く。犬夜叉たちは今、村の外れに集まっていた。その視線の先には黒く染まった空とそれに引き込まれるように集まって行く妖怪たちの姿がある。それは奈落が四魂の玉を使ったことを意味していた。

「ちゃんと卒業できたのか、かごめ?」

犬夜叉が面白半分にそうかごめをからかう。かごめは先程まで井戸で元の世界に戻り中学校の卒業式に参加していたのだった。

「失礼ね、ちゃんと卒業したわよ!」

そんな犬夜叉の冗談に頬を膨らませながらかごめが食って掛かる。そんないつもどおりに二人に弥勒と珊瑚は笑みを浮かべる。とてもこれから最後の闘いに赴くとは思えないような雰囲気だった。そんな中七宝が一人顔を俯かせながら何かを考え込んでいた

「どうしたの、七宝ちゃん?」

その様子に気づいたかごめが七宝に優しく話しかける。七宝はしばらくそのまま俯いた後

「おらは一緒に行ってはいかんのか………?」

そうどこかさびしそうに呟く。七宝は今回の闘いには加わらないことになっていた。奈落が完全な四魂の玉を手に入れて変化しその瘴気も桁外れの物になってしまったこと。七宝を庇いながら闘う余裕がないことが理由だった。七宝自身もそのことは理解し納得していたがやはり一緒に戦いたい気持ちは残っていた。

「七宝ちゃん………。」

七宝の胸中に気づきながらもかごめはそれ以上声をかけることができない。そんな中

「辛気臭い顔してんじゃねえぞ、七宝!」

犬夜叉がそう七宝に向かって言い放つ。七宝驚きながら顔を上げ犬夜叉に目をやる。

「俺たちは奈落を倒して帰ってくる。だからお前は俺達が帰ってくる場所をちゃんと守ってるんだ。いいな!!」

「犬夜叉………。」

犬夜叉の言葉を七宝は驚いた顔をしながら聞き続ける。そしてかごめたちがそんな犬夜叉の言葉を肯定するように七宝に視線を向ける。それは七宝が間違いなく仲間であることを示していた。

「そうじゃな……おらは大人じゃからな!おらがしっかりせねば!!」

七宝はそう元気な声を上げながら宣言する。その目には涙が浮かんでいたが皆それには触れず七宝を微笑ましく見つめる。そして一行は奈落がいるであろう先に目を向ける。皆の表情に緊張が走る。間違いなくこれが奈落との最後の闘い。全ての因縁に決着をつけるべく犬夜叉たちは空に飛び立っていった………。


「あれは……。」

かごめが目の前の光景に思わず息をのむ。そこには空を覆いつくような巨大な蜘蛛の姿があった。それが四魂の玉を手に入れた奈落の真の姿だった。その周りには引き寄せられるように無数の妖怪が集まり取り込まれていく。奈落は今もまだ成長し続けていた。

「どうする、犬夜叉?」
「決まってる、たたっ斬って中に突入するぞ!」

そう言いながら犬夜叉が鉄砕牙を構えようとした時、突然蜘蛛の体が開き大きな入口ができる。まるで犬夜叉たちが来るのを待っていたかのような動きだった。

「私たちを誘い込もうとしているようですね………。」
「あたしたちがどうするか中から見物してるに違いないよ。」

弥勒と珊瑚がそんな蜘蛛の様子を見ながら戦闘態勢に入る。その口には防毒面がつけられていた。それはこれから突入するのは奈落の体内。その瘴気に対抗するためのものだった。

「行くぞ、みんな!!」
「うん!!」

犬夜叉の叫びに続くようにかごめたちも次々に奈落の体内に飛び込んでいく。その体内には無数の糸と蜘蛛の姿があった。その蜘蛛は先の闘いで弥勒と珊瑚が苦戦をした冥王獣の鎧甲を纏った蜘蛛たちだった。しかし犬夜叉たちは全く臆することなく襲いかかってくる無数の蜘蛛たちに向かっていく。

「風の傷っ!!」

犬夜叉の風の傷が先陣を切り次々に蜘蛛たちを薙ぎ払っていく。犬夜叉の力は竜骨精たちとの戦いの中でさらに力を増していた。妖怪化が無くともその強さはまさしく本物。今の犬夜叉の前ではいかに堅い冥王獣の鎧甲といえどもひとたまりもなかった。しかし風の傷から逃れた蜘蛛たちがかごめたちに狙いを変え襲いかかってくる。しかし

「そこっ!!」
「飛来骨っ!!」
「させませんっ!!」

既に臨戦態勢に入っていたかごめたちはそれに立ち向かっていく。かごめの破魔の矢が次々に蜘蛛たちを浄化する。それに続くように珊瑚の飛来骨が蜘蛛たちの邪気を砕きながら吹き飛ばしていく。蜘蛛たちもそれに対抗しようと無数の糸を放ってくるがそれを弥勒が破魔の札で防いでいく。弥勒の風穴は限界に近いところまで先の闘いで使ってしまっている。弥勒はそのことを考え風穴を温存しつつ蜘蛛たちの相手をしていた。

四人はそのままかごめが感じる四魂の玉の気配がある場所に向かって一直線に向かっていく。短期決戦。それが犬夜叉たちの作戦だった。四魂の玉を手に入れた以上、奈落の妖力、体は無尽蔵に増えていくことは間違いない。ならば奈落の本体と四魂の玉を狙った短期決戦を挑むほかない。犬夜叉たちはそう考え奈落の体内を突き進んでいく。その姿に淀みや危なげなさは全くない。互いが互いを信頼し背中を任せながら完璧な連携で闘い抜いていく。それはこれまでの旅の中で培われてきた犬夜叉たちの絆の強さを物語っていた

そんな中突然奈落の体が大きく動き出す。それに呼応して犬夜叉たちの足場も次々に崩れだす。

「気をつけろ、何か仕掛けてくる気だ!!」

そう叫びながら犬夜叉は周囲を警戒する。その瞬間、犬夜叉とかごめの前の地面が盛り上がり大きな壁ができ、弥勒、珊瑚と分断されてしまう。しかもそれは何重もの鎧甲でできたものだった。

「弥勒様、珊瑚ちゃん!!」

かごめがその壁を何とか壊して二人と合流しようとするも壁を壊しきることができない。それは犬夜叉も同様だった。

(ちくしょう………)

犬夜叉は鉄砕牙を握りしめながら考える。妖怪化か冥道残月破を使えばこの壁を壊すことはできるだろう。だが妖怪化を使えば大きな体力を使ってしまう。そして冥道残月破は奈落を倒すための切り札。もしここで見せてしまえば奈落は自分たちの前に姿を現さないだろう。逆を言えばこのままなら間違いなく奈落は自分たちのとどめをさすために自ら姿を現すということ。

「……かごめ、このまま先に進むぞ!!」

「う……うん!!」

迷いながらも犬夜叉はそのままかごめと共に奈落のいる場所へ向かって進み始めた。


「飛来骨っ!!」

珊瑚が叫びと共に壁に向かって飛来骨を投げ放つ。しかし邪気を砕く飛来骨でもその壁を破壊することはできなかった。

「どうする……法師様……?」

これからどう行動するか弥勒と相談しようと珊瑚が話しかける。しかしいつまでたっても返事が返ってこない。珊瑚はそのことに気づき弥勒に改めて目をやる。弥勒は真剣な表情で何か考え事をしている。その顔には明らかに焦りが浮かんでいた。

「どうしたの、法師様!?」

そんな弥勒の様子に慌てて珊瑚が走り寄る。何か体にあったのかと思ったのだが弥勒は傷一つ負ってはいなかった。

「珊瑚……なぜ奈落は我々と二人を分断したのだと思う……?」

弥勒はそう静かに珊瑚に問う。珊瑚はいきなりそんなことを問われ戸惑うしかない。

「それは……戦力を分散させるためじゃ……。」

珊瑚はそう答える。それは恐らく間違いないだろう。しかし弥勒はそれだけではないと考えていた。

「奈落は犬夜叉とかごめ様を最大の脅威と考えているはず……なのになぜその二人を引き離さなかったのか……もしかすると……」

弥勒の言葉の意味に気づき珊瑚の顔が強張る。

奈落は犬夜叉とかごめを陥れる手を持っている。そう考えるほかなかった。

二人がそう気付いた瞬間、周りに先程までとは比べ物にならない数の蜘蛛たちが二人を取り囲んでくる。それはまるで二人を足止めするために動いているようだった。

「珊瑚、一刻も早く二人と合流します、行きますよ!!」
「分かった!!」

弥勒と珊瑚はその全力を持って蜘蛛たちに立ち向かっていく。しかしその圧倒的物量に苦戦を強いられるのだった……。



「あそこよ、犬夜叉!!」

犬夜叉の背中に乗っているかごめがある地点を指さす。そこには邪気によって黒く染まった四魂の玉の気配があった。犬夜叉はその場所に向かって飛び降りる。そしてその瞬間、どこからともなく狒々の皮を被った奈落が姿を現す。その手には四魂の玉が握られていた。


「待っていたぞ……犬夜叉……。」

奈落は邪悪な笑みを浮かべながらそう告げる。その姿は以前と同じだがその妖気と瘴気は桁はずれに上がっていた。

「奈落………今日がてめえの最期だ!!」

犬夜叉はすぐさまに鉄砕牙を抜き構える。今自分の目の前にいるのは間違いなく奈落の本体。ならば全力を持って闘うのみ。そして犬夜叉が妖力を高め妖怪化しようとした時


「ほう……犬夜叉……貴様、わしと心中しようというのか……?」

そう奈落は心底面白そうに言い放つ。

「………っ!!」

その瞬間、犬夜叉は思わず動きを止めてしまう。その顔は驚愕に満ちていた。奈落が何を言おうとしているのかを犬夜叉はすぐさま理解する。何故そのことを知っているのか。犬夜叉は混乱の極致にあった。しかし

「え……どういうこと……?」

かごめは二人が何を話しているのか全く分からずそう口にする。かごめはそのまま犬夜叉に視線を向ける。しかし犬夜叉は何も答えようとはしなかった。

「ほう……犬夜叉……かごめには伝えていなかったのか……まあ無理もない……お前は」
「はあああああっ!!」

奈落がかごめに向けて何かを言おうとした瞬間、それを止めるために犬夜叉は妖怪化し奈落に飛びかかって行く。そして鉄砕牙が奈落に振り下ろされようとした時、

「無駄だ。」

奈落がそう呟きながら四魂の玉に力を込める。その瞬間、犬夜叉は突然そのまま地面に倒れ込んでしまった。

「う……ぐ………!!」

犬夜叉はそのまま苦悶の声を上げ続ける。何とか立ち上がろうとするが何度立ち上がろうとしても体は全く動かない。まるで糸が切れてしまった操り人形のようだった。そんな犬夜叉の姿を奈落は満足そうに見下ろしている。

「犬夜叉っ!!」

かごめはそんな犬夜叉を庇うように走り寄る。そして犬夜叉を何とか起こそうとするが犬夜叉の体には全く力が入っていなかった。しかし体には怪我は見られない。一体どうして。かごめは自分の目の前で起こっていることを理解することができない。しかしかごめはこれと同じことが一度あったことを思い出す。それは奈落との二度目の闘いの時。犬夜叉が奈落にとどめを刺そうとした時のことだった。その時にも犬夜叉は突然意識を失い倒れ込んでしまった。しかしその理由が分からない。そんなかごめの様子が気に入ったのか奈落はそのままかごめと犬夜叉に向かって近づいてくる。

「来ないで、来たら容赦しないわよ!!」

かごめは弓を構え犬夜叉を庇いながら奈落に対峙する。しかしその体は震えていた。それは奈落を恐れてのことではない。犬夜叉が瀕死になってしまっていることへの恐怖からだった。

「ふ……憐れな女だ……。このまま死んでも死にきれんだろう……。冥土の土産にいいことを教えてやろう……。」

「やっ……め……ろっ………!」

奈落が何を言おうとしているのか気づいた犬夜叉は息も絶え絶えに抵抗しようとするも声を出すのがやっとだった。そして


「犬夜叉は四魂の玉の力によって命をつないでいる。」


奈落はそう犬夜叉の真実を告げた。



「……………………え?」

かごめはそんな奈落の言葉に目を見開く。その言葉の意味が分からない。
命をつないでいる?
四魂の玉で?
犬夜叉が?
どうして?
混乱の中かごめは犬夜叉に目を向ける。そしてその犬夜叉の目がそれが真実であることを物語っていた。
奈落はそんな二人を見ながらもさらに言葉をつなぐ。

「わしは四魂の玉を手に入れたことで全てを理解した。驚いたぞ……まさか貴様が本物の犬夜叉ではなかったとはな……。そして同時に四魂の玉がお前の魂を犬夜叉の体にとどめておるのが分かった………。」

少年の魂は四魂の玉の、正確には琥珀に使われていた四魂のカケラの力によって犬夜叉の体に宿っていた。そのため犬夜叉は琥珀の気配、正しくは琥珀の四魂のカケラの気配を感じ取ることができていた。以前、犬夜叉が奈落にとどめを刺そうとした時、犬夜叉の体が動かなくなったのも奈落に四魂の玉を完成させるための四魂の玉の意志によるものだった。

犬夜叉は琥珀のカケラを手に取った瞬間、その全てを理解し自分の運命を悟った。しかし自分と一緒に生きて行くと言ってくれたかごめにどうしてもそのことを伝えることができなかった。奈落は少年の魂をとどめている四魂の玉の力を弱め、犬夜叉を動けなくしていた。だが奈落の力をもってしてもその力を完全になくすことはできなかった。奈落も気付いていないがそれもやはり四魂の玉の意志によるものだった。

「そしてこのわし……『奈落』も四魂の玉の意志によって生まれたものだということもだ。例えわしを倒したところで新たな『奈落』が生まれるだけ。四魂の玉がこの世にある限り闘いは永遠に続く……。そして四魂の玉をこの世からなくすということは……『犬夜叉を殺す』ということだ。」

奈落がそう告げた瞬間、かごめは膝から地面に崩れ落ちる。その目には涙があふれ流れ続ける。

かごめが闘う理由。
それは犬夜叉と一緒に生きて行くこと。
だが奈落を倒し、四魂の玉を消滅させるということは犬夜叉を死なすということ。



どうしようもできない状況にかごめは絶望し、闘う意志を失ってしまった。


「……かっ……ごめ……しっかり…しろっ!!」

犬夜叉が力を振り絞りながらかごめに叫ぶもかごめは地面に座り込んだまま動こうとはしなかった。そしてその状況は奈落の手によって弥勒と珊瑚にも伝わっていた。


「かごめちゃん!!」
「かごめ様!!」

珊瑚と弥勒は自分たちの目の前に映し出されている光景に向かって叫ぶ。一刻も早く二人を助けにいかなければならない。しかし次々に現れる蜘蛛たちによって行く手を阻まれ進むことができない。珊瑚と弥勒はかごめがどれほど犬夜叉のことを想っているかを知っている。だからこそかごめの心が折れてしまっていることに気づいていた。このままでは犬夜叉とかごめは奈落にやられてしまう。

どうしようもない状況に弥勒と珊瑚の心は絶望に染まって行ってしまった。


「ふ……やはり人間は愚かだ……。他人のことばかり考え絶望するとはな……おかげで四魂の玉の汚れはさらに力を増した……。」

そう言いながら奈落は自らの手にある四魂の玉に目をやる。その色はさらに闇に近くなり力を増している。それはかごめたちの絶望の心によって起きたものだった。



「では……最後の仕上げと行くか……。」

奈落がそう呟いた瞬間、犬夜叉たちの前には新たな光景が映し出される。それは楓の村の様子だった。そしてそこには村を囲むように群がっている蜘蛛たちの姿があった。



「ぬう………!!」

楓が自らの手にある神具に霊力を込め結界を張り続ける。同時にかごめの霊力を込めた霊石の結界もその力を発揮する。しかしその力を前にしても蜘蛛たちはひるむことなく結界に群がってくる。

(まさかこれほどとは……!!このままでは……!!)

楓は霊力をとうとう使い果たしその場に座り込んでしまう。そしてついに結界が破られ蜘蛛たちが村に侵入してくる。村人たちは何とか対抗しようとするがその鎧甲に歯が立たない。そして村人たちがその糸に襲われかけた時

「危ないっ!!」
「狐火っ!!」

琥珀と七宝の二人の攻撃によってそれは防がれた。二人は村人を庇うように蜘蛛たちに対峙する。しかし蜘蛛たちの攻撃によって二人は次第に追い詰められていく。しかしそれでも二人は決してあきらめようとはしなかった。



(七宝ちゃん………)

そんな七宝の様子をかごめはうつろな目で眺め続ける。
もういい。
これ以上抵抗したら死んでしまう。
早く逃げて。
七宝ちゃんまで死んでしまったらもう……

かごめの心はもう壊れる寸前だった。


それでも七宝は決してあきらめようとはしなかった。

七宝にとって犬夜叉とかごめはもう一人の父と母だった。

文句を言いながらも自分と遊んでくれる犬夜叉、優しく自分を包み込んでくれるかごめ。

七宝はそんなふたりが本当に大好きだった。

一緒に旅した日々は本当に楽しいものだった。

それを守るために、みんなが帰る場所を守るために、七宝は逃げるわけにはいかなかった。


しかしついに七宝は追い詰められその前に蜘蛛が群がってくる。琥珀が何とか助けようとするも間に合わない。


(犬夜叉……かごめ……!!)

七宝はそのまま痛みに備えて目をつぶる。しかしいつまでたっても痛みは襲ってこなかった。七宝は恐る恐る目を開く。目の前には



自分を守るように背中を見せたまま立っている殺生丸の姿があった。


七宝は目の前の状況が分からずただ眼を見開くことしかできない。殺生丸はそんな七宝を一瞥した後、爆砕牙を振り下ろす。その瞬間、目の前の蜘蛛たちは塵一つ残さず消滅してしまう。その光景に琥珀も思わず動きを止めてしまう。


「大丈夫か、七宝!?」

そう言いながら七宝の肩に小さな何かが飛び乗ってくる。それは冥加だった。

「冥加じい……なんでこんなところに……?」

七宝が驚きながら冥加に尋ねる。危険なところには絶対姿を見せない冥加がいることに七宝は驚愕していた。

「犬夜叉様たちが最後の闘いに赴かれると知って援軍を呼びに行っておったのじゃ!」

そう冥加は胸を張って告げる。冥加は犬夜叉たちがいない隙を狙って奈落が村を襲う可能性を考え殺生丸に助けを頼みに行っていたのだった。もちろん殺生丸はそれを断り続けたのだがその熱意に負けたのか救援に駆けつけてくれたのだった。

蜘蛛たちは殺生丸を最大の脅威だと判断し次々に襲いかかって行く。しかし


「まだあがくか……爆砕牙!!」

その一振りによって蜘蛛たちは為すすべなく葬られていく。殺生丸の前には鎧甲を持った蜘蛛が何匹いようと全くの無力だった。

「流石は殺生丸様の爆砕牙は格が違う!!」
「殺生丸様すごーい!!」

そんな殺生丸を見ながら阿吽に乗った邪見とりんが姿を現す。

「よーし、わしだって……人頭杖!!」

邪見が放つ炎が蜘蛛たちの吐く糸を次々に焼き払っていき、蜘蛛たちもそんな炎に怯えるような仕草を見せる。

「いくらでもかかってきなさい!!」
「邪見様、頑張って!!」
「ありがとー!!」
邪見は頭の上で人頭杖を振り回しながら蜘蛛たちに向かっていく。

それに合わせるように七宝、琥珀も希望を取り戻し村を守るために戦っていく。



その瞬間、黒く闇に染まっていた四魂の玉に一点の光が生まれる。それは七宝が生み出した一筋の希望だった。

「ちっ……遊びはこれまでだ!死ぬがいい!!」

そのことに焦りを感じた奈落は触手を操り座り込んでいるかごめに向かって放つ。犬夜叉は何とかかごめを庇おうとするも体を動かすことができない。

「かごめ―――――っ!!」

そのままかごめが触手に貫かれるかと思われた時、触手は次々に浄化され砕け散って行く。それはかごめの神通力によるものだった。

「貴様……!!」

奈落が驚愕と共にかごめを睨みつける。かごめはゆっくりとその場を立ち上がる。そして涙を拭いながら顔を上げ奈落に向かい合う。その目には確かな意志が宿っていた。

「私は…………」

かごめは先程の光景を思い出す。みんな自分たちを信じて、帰ってくることを信じて戦ってくれている。
この戦いは自分だけの物ではない。犬夜叉や弥勒、珊瑚、七宝たち…………そして桔梗の想いを自分は背負っている。だから………

「私はあんたなんかに絶対負けないっ!!!」

その瞬間、かごめの体からまばゆい光と霊力が溢れだす。それはかごめの中に還って行った桔梗の想いが形になったものだった。その力によって四魂の玉の汚れが浄化され光が広がって行く。

「おのれっ!!」

奈落がそのことに恐怖し全力でかごめに向かって触手を放とうとする。その数は例えかごめといえど防ぎきれるものではない。奈落が勝利を確信し攻撃しようとした瞬間、奈落の体に異変が起こった。



「七宝……琥珀……みんな……」

あきらめずに闘い続ける二人の姿に珊瑚の心に希望が蘇る。そしてそれは弥勒も同様だった。しかし今の自分たちでは犬夜叉たちを助けに行くことはできない。だがこのまま黙ってあきらめることなどできるわけがない。

弥勒は自らの右腕の封印に手をかける。その手からは既に空気が漏れるような音が聞こえている。もはや一刻の猶予もない。

もう一度風穴を使えば自分は間違いなく死んでしまうだろう。だがそれでも――――

そう弥勒が考えた瞬間、珊瑚の手が弥勒の手に重ねられる。

「珊瑚………。」

弥勒は驚いた顔で自分の傍にいる珊瑚に目をやる。珊瑚はそんな弥勒に向かってただ笑いかけている。二人の間にもはや言葉はいらなかった。

死ぬためでも奈落を倒すためでもない。

生きるため、犬夜叉とかごめを救うために二人は最後の風穴を解き放った。

その力により奈落の体は崩壊し次々に風穴に吸い込まれていく。本体は別にあるとはいえ体の一部であることに変わりはない。それが崩壊していくことの影響は奈落にも伝わった。




「ちっ……無駄なことを!!」

奈落が弥勒が風穴を使い自分の体を壊していることに気づき意識をそちらに向ける。その瞬間、鉄砕牙が大きな鼓動を起こす。

(鉄砕牙っ!?)

同時に犬夜叉の体に自由が戻る。それは鉄砕牙の中に残されていた最後の守り刀の力だった。その力によって少年の魂は再び完全に犬夜叉の体に憑依する。そして犬夜叉はその力を解放し妖怪化しながら奈落に向かって飛びかかって行く。

「何っ!?」

奈落は想定外の事態に驚愕する。すぐさま四魂の玉の力で犬夜叉の動きを封じようとするも鉄砕牙の力によってそれは封じられる。

「風の傷っ!!」

犬夜叉が全力を持って鉄砕牙を振り下ろすと同時に真の風の傷が奈落を飲み込んでいく。だか四魂の玉によって力を増した結界はそれすらも凌ぐ強度を持っていた。触手は次々に消し飛んでいくものの奈落は全くの無傷だった。だが犬夜叉はそんな様子を見ても全く動じない。そして犬夜叉が鉄砕牙に力を込めた瞬間、その刀身が黒く変化する。そしてその刀身からこの世のものではない力が溢れてくる。その感覚に奈落は本能で恐怖する。それはまさしく『死』そのものだった。

「させんっ!!!」

奈落が渾身の力を持って犬夜叉に刀を振らせまいと触手を伸ばす。しかしそれは一本の矢によって一つの残らず浄化されていく。それは本来の力を取り戻したかごめの破魔の矢の力だった。

犬夜叉はそのまま鉄砕牙に妖力を込める。それに呼応するように鉄砕牙が震える。この力は殺生丸の母の力。その力を犬夜叉と殺生丸の父が己の牙に持たせたものだった。その力は命の重さを知り、慈しむ心がなければ扱えないもの。そしてその力は今、殺生丸から少年へ受け継がれた。

今、この瞬間かつてこの国を二分していた大妖怪、闘牙王の刀、『鉄砕牙』が完成した。

「冥道残月破っ!!」

犬夜叉が鉄砕牙を振り切った瞬間、無数の冥道の刃が奈落を切り裂いていく。それは四魂の玉の結界をもってしても防ぐことができない。

巨大な冥道を開き敵を葬り去るのは殺生丸の資質。そして鉄砕牙は『斬る刀』。今の形はまさに犬夜叉と刀と技が一つになったことを意味していた。

そして冥道残月破によって奈落は為すすべなく冥界に葬られていく。そんなさなか奈落の目には



かつて自分を看病していた桔梗の姿が映る。その美しさに奈落はかつての自分を思い出す。

自分の本当の願いそれは




そうだ――――


わしはただ――――




桔梗の心が欲しかった―――――




奈落は自らの本心に気づきながらこの世から姿を消した――――――



「………………」
「や……やったの……?」

かごめが恐る恐る犬夜叉にそう尋ねる。もし奈落の言っていたことが本当なら犬夜叉も一緒に死んでしまうのではないかと心配しながらかごめは犬夜叉に近づいていく。しかし犬夜叉に変化は特に見られなかった。そのことにかごめが安堵した時、


四魂の玉の気配がまだ残っていることに気づいた。


「え………?」

その瞬間、四魂の玉がかごめの目の前に現れると同時にまばゆい光を放つ。

「かごめっ!!」

そのことに気づいた犬夜叉が何とかかごめの手をつかもうとする。しかし光が収まった先にはかごめの姿はなく、四魂の玉だけが後に残っていた………。





「……め……ごめ……起きろ、かごめっ!!」

「え………?」

かごめは誰かの声と共に目を覚まし顔を上げる。自分は目の前には机がある。どうやら学校で居眠りをしてしまっていたようだ。今、何時間目だったかを思い出そうとした時、
目の前に人間の姿の犬夜叉がいることに気づいた。

「犬……夜叉………?」

かごめは驚愕の表情で目の前の少年を見つめる。その姿は間違いなく犬夜叉だった。しかも人間の姿になっているだけではない。その服はかごめが合格した高校の物。そしてかごめは自分も中学の制服ではなく高校の制服を着ていることに気づいた。

「どうして犬夜叉がここに……?」
「何言ってんだかごめ?まだ寝ぼけてんのか?」

そんなかごめの様子がおかしいことに気づいた犬夜叉がかごめに近づいていく。その仕草、口調、姿は間違いなく自分が知っている犬夜叉だった。突然の事態にかごめが困惑していると

「あ、犬夜叉君だ。」
「何、また夫婦喧嘩?」
「いいなー。私も早く彼氏が欲しい。」

かごめの友人たちが騒ぎを聞きつけて集まってくる。皆同じように高校の制服を着ている。友人たちは混乱しているかごめをよそに犬夜叉に詰め寄りからかっている。犬夜叉はそんな友人たちに顔を赤くしながら反論していた。そんな様子をかごめはどこか他人事のように眺めていると

「おい、かごめ!さっさと帰るぞ!」
「え……ちょっと……。」

犬夜叉がかごめの手を取り強引に教室から連れ出して行く。そんな様子に友人たちは騒いでいるが犬夜叉はそれを振り切るようにかごめを連れながら学校を後にした。

「……ったく、かごめ、あいつらいつもどうにかならねえのか?」
「う……うん……。」

犬夜叉と並んで帰路に着きながらかごめは隣にいる犬夜叉に目をやる。間違いなくこの少年は自分が知っている犬夜叉だ。でもどうしてだろう。何か大事なことを忘れているような気がする。私は確か………。

「おい、かごめ。」
「な……何っ!?」

いきなり話しかけられたことに驚きの声を上げるかごめ。犬夜叉はそんなかごめの様子を訝しみながらも言葉を続ける。

「お前ん家に着いたぞ。さっさと入ろうぜ。」

そう言いながら犬夜叉は勝手知ったるといった様子で家に上がり込んでいく。かごめはそんな犬夜叉に慌てながら付いていく。

「な……なんで私の家に入って行くの!?」
「何言ってんだ、お前が晩飯おごってくれるっていうから来たんじゃねえか。」

かごめの言葉に犬夜叉はそう困惑しながら答える。かごめは自分がそんなことを言ったのかすら分からない。だがそんなことを言ったような気もする。まるで夢の中の様だ。かごめはそう思いながらも犬夜叉と共に家に上がって行った。

「あら、おかえりかごめ。今日は犬夜叉君も一緒?」
「おお、久しぶりじゃな。犬夜叉君。」
「あ、犬夜叉兄ちゃんだ!」

かごめたちの姿に気づいたかごめの母と祖父、弟の草太が出迎える。その対応は犬夜叉が来るのは当たり前の様なものだった。

「ねえ、兄ちゃん新しいゲーム買ったんだ!一緒にやろうよ、姉ちゃん下手だから相手にならないんだ!」

「犬夜叉君、うちの神社を継ぐ気はないかの?どうしても家には跡取りが必要なんじゃ!」

「ちゃんとご飯は食べてるの、犬夜叉君?一人暮らしは大変だろうからいつでも来ていいのよ。」

犬夜叉たちは当たり前のように話しを続けている。
これが私の日常。
犬夜叉と一緒に学校に行って一緒に遊んで一緒に過ごす。私が本当に望んでいる願いの形。でも


何かが違う。

何かを忘れている。

かごめはそのまま一人家を抜け出し神社の境内を歩き続ける。

そしてその先には一本の巨大な御神木があった。



それを目にした瞬間、かごめは全てを思い出した。





「っ!!」

かごめは急に自分の目の前が真っ暗になっていることに驚く。いや暗いのではない。周りには何もない。自分以外誰もいない。どこまでも広がっている闇があるだけだった。そのことにかごめが気づいた瞬間、目の前に一つの光が現れる。それは完成された四魂の玉だった。

「四魂の玉っ!?」

そしてかごめは自分が四魂の玉の放った光に飲み込まれたことを思い出す。一体自分がどうなってしまったのか考えようとした時

『巫女よ……時はきた……』

四魂の玉から男とも女とも分からない声が聞こえてくる。かごめはそれが四魂の玉の意志であることに気づく。

「ここはどこ!?さっきのは一体何なの!?」

かごめは手を握りしめながら気丈に四魂の玉に問いかける。

『ここは四魂の玉の中。そして先程の光景はお前が見た幻。お前がこれから過ごすことができるかもしれない世界の日々。』

その言葉でかごめは全てを理解する。さっきの幻は犬夜叉が元の体に戻れた後の世界、あり得るかもしれない世界の幻だった。



『あの世界に辿り着きたいか……?ならば………願え、この四魂の玉に。犬夜叉と共に生きたいと。さもなくばお前たちは二度と出会うことはできない。』

それは四魂の玉のかごめに対する最後の問いだった。



(二度と……会えない……?)

かごめの脳裏に犬夜叉との思い出が次々に思いだされる。

共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に過ごした旅の日々。

全部……全部……犬夜叉がいたから過ごせた日々。これからも過ごしたい日々。



でも犬夜叉は四魂の玉の力がなければ生きていけない。

もし四魂の玉がなくなれば……犬夜叉は死んでしまう。

もう二度と会えない。

あの声も、あの温もりも………全て失ってしまう。

四魂の玉に願えばあの幻の日々が待っている。

あの幻は私の……本当に……本当に望んでいた夢だった………。




私は…………………






「私は………何も願わない。」

かごめは静かに目を閉じながらそう呟く。


「例え会えなくなっても……犬夜叉と過ごした思い出はなくならない……」

その目には涙が溢れていた。四魂の玉は永遠に争いを生む存在。桔梗もその命と共に四魂の玉をこの世から消し去った。その意志を受け継いだ自分がここで負けるわけにはいかない。なによりも



「例え会えなくなっても……私と犬夜叉はずっと一緒なんだから!!」

かごめは力強くそう宣言する。そして




「消えなさい!四魂の玉!!」




かごめは唯一正しい答えに辿り着いた――――



その瞬間、四魂の玉は砕け散り消滅していく――――




今、永遠に続いていた四魂の玉の争いに終止符が打たれたのだった――――






日が沈みかけ夕陽が辺りを赤く染めている森の中、御神木の下に犬夜叉とかごめの姿がある。犬夜叉は閉じながらかごめに膝枕をされている。かごめはそんな犬夜叉を眺めながら話しかけ続ける。


「覚えてる……?前にもこうやって膝枕してあげたことがあったけ……。」


「ああ………。」


「あの時は本当に恥ずかしかったんだから……犬夜叉ったら全然起きないんだもん。」


「ああ………。」


「この首飾り……本当にありがとう……今度は私が犬夜叉に何かプレゼントしなきゃね……」


「ああ………。」


「内緒にしようと思ってたんだけど……りんちゃんから聞いたの。犬夜叉、私の為に強くなろうとしてくれてたって………。私それを聞いて本当に嬉しかったの。」


「ああ………。」


「でもね……私も、犬夜叉を守るくらい強くなりたかったんだから。結局犬夜叉に守ってもらってばかりだったけど………。」



「これからは私が犬夜叉を守ってあげるんだから………」



「だから………ねえ……起きてよ……犬夜叉………」


かごめは優しく犬夜叉の頬を撫でる。その顔は本当に幸せそうに眠っていた。しかしその目が開かれることはなかった。犬夜叉の頬に一粒の涙が落ちる。


「約束したじゃない………一緒に……生きてくれるって………」



「ずっと一緒に……いてくれるって……………」




「犬夜叉………………」



かごめはそのまま犬夜叉を抱きしめながら静かに泣き続ける。



それに合わせるかのように御神木から光が満ちてくる。





犬夜叉とかごめ、二人の長い旅は終わりを迎えたのだった――――



[25752] 第三十八話 「君がいる未来」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/15 11:42
「おはよう、みんな。」

「おはよう、姉ちゃん。」
「おはよう。」
「おはよう、かごめ。」

かごめは家族にあいさつしながら朝食を取るために席に着く。みんなもうすでに食べ始めている。どうやら少し遅くなってしまったようだ。かごめも急いで朝食を食べ始める。今日は高校の入学式、遅れるわけにはいかなかった。

手早く朝食を済ませたかごめはそのまま急いで玄関に向かっていく。そんなかごめに向かってかごめの母が声をかける。

「かごめ、お弁当忘れてるわよ。」

そう言いながら母が弁当をかごめに手渡してくる。中学と違い今日からは弁当になることをかごめはすっかり忘れてしまっていた。

「ごめん、ありがとうママ!」

元気にそう答えながらかごめはそのまま玄関に向かって走って行く。母はそんなかごめの様子を少し心配そうに見つめながら見送るのだった……。




奈落との最後の闘い、そして犬夜叉との別れから二週間が経とうとしていた。犬夜叉と別れた後、かごめは仲間たちとの最後の別れを惜しんでいた。明確な理由があったわけではないがもう一度現世に帰ればもう戦国時代には戻ってこれない。そんな確信がかごめにはあったからだ。

仲間たちは皆大きなけがもなく無事だった。弥勒の風穴は限界寸前だったがその前に犬夜叉が奈落を倒すことができたため呪いが解け、大事には至らなかった。助けに来てくれた殺生丸は犬夜叉に何か一言呟いてからすぐに立ち去って行った。りんと邪見は犬夜叉の状態に涙しながらも別れを告げ殺生丸と共に去って行った。そして私もみんなと別れのあいさつを済ませた後、井戸に向かっていく。そしてみんな私に向かって同じことを言ってきてくれた。


犬夜叉はきっと元の体に戻ったのだと。

だからあっちの世界で会ったらよろしく伝えてほしいと。


それは仲間たちの確信に近い想いだった。

その言葉だけで犬夜叉と別れたばかりの私の心は少し救われた気がした。

そして井戸を通り現代に戻った時、神社にあった井戸はもう二度とつながらなくなってしまった。驚きはなかった。きっとこうなるだろうと……そう思っていたから。



それから私は卒業した中学に何度も訪れ犬夜叉を探し続けた。犬夜叉の元の体がどんな姿か私には分からない。それでも私の姿に気づいてくれればきっと声をかけてくれる。思い出してくれる。そう信じて毎日犬夜叉を探し続けた。自分の学校だけではない。自分の神社にこれる距離にある学校全てを探し続けた。



でも………私は犬夜叉を見つけることができなかった。



もしかしたら学校にはこれないような状態になっているのかもしれない。もしそうなら自分にはどうしようもない。

でも……どうして神社の場所は分かっているはずなのに……どうして会いに来てくれないんだろう……?

連絡をしてくれないんだろう……?

もしかしたら犬夜叉は記憶を失くして私のことを忘れてしまったのかも……


もしかしたら……犬夜叉は……もう………



『お前たちはもう二度と出会うことはできない』


四魂の玉の言葉が頭をよぎる。


私はあの時、四魂の玉に何も願わず玉を消滅させた。そのことに後悔はない。後悔なんてしない………



でも………もしあの時………犬夜叉と一緒にいたいと願っていたら………




かごめはそのまま鞄の中にある首飾りに手を伸ばす。それは歪な形をした物だった。お世辞にも出来がいい物とは言えない。だがこれは犬夜叉が自分に買ってくれた初めてのプレゼント。そして犬夜叉との出会い、旅の日々の証でもあった。


ママがいてじいちゃんがいて草太がいる。友人たちがいて共に遊び学校に行く。それが私の日常。それはこれまでもそしてこれからも続いていく。それはとても大切でかけがいのないもの。


なのに………私の心にはまるで………大きな穴が開いてしまっているようだった………。



かごめは一人神社の境内に向かう階段を上り続ける。結局かごめは高校の入学式には参加しなかった。そして無意識のうちにかごめは訪れる。全ての始まりの場所へ。

そこには五百年前から変わらず在り続ける御神木の姿があった。かごめはゆっくりその手で御神木に触れる。



御神木――――


この木に犬夜叉は封印されていた――――


五百年前に―――私はここで初めて犬夜叉に逢ったんだ――――


例え会えなくなっても―――犬夜叉との思い出はなくならない――――


例え会えなくなっても―――私と犬夜叉はずっと一緒にある――――



でも――――どうして――――どうしてこんなに辛いんだろう――――



こんなに辛いなら――――逢わないほうがよかったのに――――



でも――――会いたい。



もう一度――――





犬夜叉に会いたい。





かごめの目に涙が溢れる。


ひときわ強い風が辺りに吹き荒れる。その強さにかごめは思わず目を閉じる。


そして振り返った先には一人の少年が階段を登ってきていた。


少年はかごめと同じ高校の制服を着ていた。その名札の色から高校一年であることが分かる。


かごめは少年が中学三年の時の同級生であることを今、思い出す。


この少年とは何度も顔を合わせたことがあるはず。なのにどうして……どうして今まで忘れていたんだろう……



どうして少年に………犬夜叉の面影が見えるんだろう………



そして少年の手には……一つの首飾りが握られていた……。



それは……かごめが持っているものの元の形をしている物だった。



その瞬間、かごめは全てを理解する。




どうして自分がこの少年のことを覚えていなかったのか。




どうして自分は犬夜叉を見つけることができなかったのか。




どうして犬夜叉は井戸を通ることができなかったのか。




そして




犬夜叉が自分をずっと見守り、ずっと……ずっと自分を待っていてくれたことを……。




かごめと少年はそのまま互いを見つめ合う。そして



「おかえり、かごめ。」


少年はそういつもの笑顔でかごめに告げる。



「ただいま、犬夜叉。」


かごめも涙を流しながら微笑む。


二人は抱き合いながら口付けをかわす。







これからもきっと少しずついろんなことが変わっていく。


私はここで生きていく。


犬夜叉と一緒に。


毎日を積み重ねていく。




私と犬夜叉は、明日につながっていく。



[25752] 最終話 「闘牙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/15 05:46
赤い夕陽が自分とかごめを照らしている。


かごめは……俺を膝枕してくれているらしい。


もうほとんど目も見えず……体も動かない。


それでも……俺は何とかかごめの言葉に相槌を返し続ける。


でも……段々……意識が遠のいていく……。


かごめの姿も……声も……温もりも……分からなくなっていく……。



ごめんな……かごめ……。




約束……守れなかった………。









「ん………。」

ゆっくりと目を開きながら起き上がる。うつろな意識の中で俺は辺りを見回す。そこには見たことのない部屋の光景が広がっていた。そし自分が畳の上の布団に寝ていたことに気づいた。
一体どうして俺はこんなところで寝ているのか。そして俺は自分が火鼠の衣ではなく現代の服を着ていることに気づく。それと同時に俺は咄嗟に自分の頭に手をやる。そこにはいつもある犬の耳がなかった。しかも外の明るさから今は昼間、朔の日だとしても人間に戻るのは夜の間のみ。つまり……


(これは……俺の元の体……?)


そのことを少年がついに理解した時、


「あら、起きたのね。」

部屋の入り口からそんな女性の声が聞こえてくる。そこにはかごめの母の姿があった。

「心配してたのよ、御神木の前で倒れてるのを何とかここまで運んだんだから。」

そう言いながらかごめの母は少年に向かって飲み物を差し出してくる。少年は困惑しながらもそれを受け取り喉を潤す。

「君、名前は?」

そんな少年を微笑ましく見守りながらかごめの母が尋ねてくる。少年はその質問に答えようとする。そして

「闘牙……闘牙です……。」

少年は自分がそう呟いた瞬間、自分の名前が闘牙であることを思い出した。それと同時に闘牙は自分の生まれ、経歴を一気に思い出していく。

「闘牙君ね。とにかく良かったわ。一度目が覚めそうになったんだけどまたすぐに眠りこんじゃうから心配してたの。闘牙君はいくつなの、親御さんに迎えに来てもらう?」

「年は……十四……中学二年生です。一人暮らしなので……一人で帰ります。」

そうどこか機械的に答えながら闘牙は立ち上がる。どうやら体には大きな問題はないようだった。とにかく早く家に帰って休もうとそう考えた時

「中学二年生か……かごめと同じね。」

かごめの母の言葉によって闘牙は動きを止めてしまう。その瞬間、闘牙の頭にこれまでの犬夜叉としての記憶が蘇ってくる。それは一年間の仲間とのかごめとのかけがえのない旅の記憶。そして自分のかごめを想う気持ちだった。

「かごめは……かごめはどこにいるんだ!?」

闘牙は思わずかごめの母に詰め寄りながら尋ねる。かごめの母は急に詰め寄ってくる闘牙に困惑するしかない。そんな様子に気づいたのか闘牙はその場を離れ何とか落ち着きを取り戻す。そしてかごめがまだ中学二年生であることに気がついた。

「かごめは……中学二年なんですか……?」

「ええ……あなたかごめのお友達?」

かごめの母の質問にも答えないまま闘牙は一人考え込む。自分が犬夜叉の体で出会ったかごめは中学三年生だった。なのにどうして。答えが出ないまま闘牙は一人混乱する。しかしいつまでもここにいるわけにもいかない。闘牙はそのままかごめの母にお礼を言った後

「俺が御神木の前で倒れてたこと……内緒にしておいてもらえませんか……?」

そう闘牙はかごめの母に頼む。何か理由があったわけではない。でもそうしなければいけない。そんな漠然とした予感が闘牙にはあった。

「何か理由があるのね……分かったわ。約束するわ。」

かごめの母は闘牙のそんな頼みを快く受けてくれた。闘牙はかごめの家を後にし御神木を一度見上げてから自分の中では約一年ぶりに自宅に帰って行った……。


次の日の朝、闘牙は一人学校に登校していた。昨晩はいろいろなことが頭の中をめぐりほとんど眠れなかった。しかしその記憶の内容はとても現実の物とは思えないようなものばかりだった。普通なら夢だと切って捨てられるだろう。しかしその内容があまりにも鮮明で膨大すぎる。とても一度倒れた間に見た夢とは思えない物だった。一体自分はどうしてしまったのか。そしていつの間にか着いた学校の校門に差し掛かった時、



一人の少女に目を奪われた。


それは自分が初めて好きになった少女。

一年間、一緒に旅を続けてきた少女。

自分が愛する恋人。



日暮かごめだった。




「かごめっ!!」

闘牙は我を忘れてそのままかごめに詰め寄って行く。もはやここが学校の校門であることなど闘牙の頭にはなかった。



かごめが……かごめが今、自分の目の前にいる。


辛い別れをさせてしまったかごめがここにいる。


でも……また……また会うことができた……。


闘牙の目には涙が溢れていた。しかし




「あなた……誰……?」

かごめはそんな闘牙を不思議そうな顔で見ながらそう呟く。その表情は本当に事情が分からないことを物語っていた。闘牙はそんなかごめの反応に困惑する。まるで本当に自分のことを知らないかのような反応だったからだ。

「分からねえのか、俺だ、犬夜叉だ!!」

闘牙はかごめの肩を掴みながらそう叫ぶ。

「いぬやしゃ……?」

しかしかごめは犬夜叉という言葉にも全く反応しない。何かがおかしい。そう闘牙が考えた時、


「どうしたの、かごめ?」
「何、また告白されてたの?」
「かごめちゃん、モテるもんねー。」

かごめの友人たちが騒ぎを聞きつけ集まってくる。それだけではない。闘牙とかごめの周りには人だかりができていた。闘牙はそのことに気づき慌ててその場を逃げ出すしかなかった……。

そして闘牙は理解する。

今のかごめは、犬夜叉に出会う前のかごめなのだと。

つまり自分とかごめは本当は同い年。

戦国時代で出会った自分たちは違う時間から来ていたことに闘牙は気づいた。

闘牙はそれから何度もかごめに接触する。しかしそのたびにかごめはまるで自分と初めて出会ったような反応を繰り返すだけ。周りもそのことには全く気付かない。いやまるで見えない力によって気づかないようにされているようだった。そして闘牙は犬夜叉だった時かごめから闘牙の話を一度も聞いたことがないことに気づく。これだけ接触している同級生のことを恋人である自分に話さないなんてことがあるだろうか。つまりかごめは恐らく中学三年の卒業式まで闘牙である自分のことを覚えることができないのだろう。

そのことに気づいた闘牙はそれ以来かごめに近づくのはやめた。

本当ならしゃべりたい。触れたい。しかし今のかごめは自分を覚えることができない。

本当に……本当に……辛い日々だった……。何度もかごめのことを考えないように、忘れるように自分に言い聞かせても……そんなことができるはずもなかった……。


そして闘牙は……自分が犬夜叉でなくともかごめのことを本当に愛していることに気づくのだった………。




そして一年後、闘牙はかごめと同じクラスになった。そしてかごめが度々学校を欠席するようになる。闘牙はかごめが戦国時代に行き始めたことに気づいた。その欠席の頻度に本当に驚いた。よくこれで高校に合格できたと思うほどだった。


そしてしばらく経って、学校の近くの公園で殺人事件があったことが大きな騒ぎになった。そしてそれが四魂のカケラを得た肉付きの面の仕業であることを闘牙は思い出す。それは確かかごめが神通力で倒したはずだった。なら心配することはないと自分に言い聞かせる。しかし妙な胸騒ぎが闘牙を襲う。悩んだ末闘牙はそれからしばらくかごめを見張ることにした。幸いにもかごめは自分と会ってもそれを覚えることができない。尾行していても何の問題もなかった。しかし自分はもしかしてただのストーカーなのではないか。そんな自己嫌悪に陥りながらも闘牙はかごめを見張り続ける。

そしてついに肉付きの面とかごめの闘いが始まる。自分も一緒に戦いたいが今の自分はただの人間。足手まといになるのは明らかだった。かごめはひとり家を飛び出し人気のないところに肉付きの面をおびき出そうとしているようだ。そして闘牙はあることに気づく。かごめは自分に警官が現れてその隙に肉付きの面を倒すことができたと言っていた。しかし周りには本当に人気が全くなく誰かが通報してくれるとは思えない。

もし警官が現れなかったら……かごめは死ぬ。

そのことに焦った時、闘牙は全てを理解する。ここにはかごめと自分以外誰もいない。ならその警官を呼んだのは誰だったのか。

闘牙はすぐさま自分の携帯を取り出し110番をする。そして近くの交番から警官がかごめのいる工事中のビルに向かっていくのを見届ける。かごめは無事、肉付きの面を倒すことができたのだった……。


それから月日はあっという間に過ぎて行った。闘牙はかごめが行くと言っていた高校に受かるために決して得意ではない勉強にいそしんでいた。それはかごめとの約束を守るためでもあった。そして闘牙はその甲斐もあり何とか志望校に合格する。


そして卒業式が近づくにつれ闘牙は不安に襲われる。


もし卒業式を過ぎてもかごめに覚えてもらえなかったら………。


もし犬夜叉ではない自分を受け入れてもらえなかったら………。


闘牙はそんな恐怖に襲われる。

もしそうなったら自分はどうしたらいい。

かごめと一緒に生きて行く。

それが闘牙の夢だった。



そして卒業式の日がやってくる。


その次の日、闘牙は自分の中の不安を隠せないまま過ごしていた。そして学校に忘れ物があったことに気づきそれを取りに向かう。そこで


中学二年の教室で誰かを必死に探しているかごめの姿があった。その顔は今にも泣きそうなのを必死にこらえているようだった。そしてそんなかごめを学生たちは奇異の目で見る。


しかしかごめはそんなことはどうでもいいといった様子で必死に誰かを探し続けている。


そんなかごめの様子を見た闘牙は自分がどんなに臆病者だったかを気づかされる。



今のこんな自分をかごめに見せるわけにはいかない。


闘牙は決意を新たにしすぐさまその場を後にする。


そして闘牙は一つの首飾りを探し続ける。


それは犬夜叉である自分がかごめにあげた初めてのプレゼント。


しかしそれは自分のせいで壊れ歪な物になってしまっている。


それでもかごめはそれをいつも首にかけてくれていた。


犬夜叉はそれが嬉しくもあり、また悔しくもあった。


犬夜叉としてではなく闘牙としてかごめに首飾りをプレゼントする。


それがこの二年間の想いをかごめに伝えることになる。


闘牙はそう信じ、首飾りを探し続ける。そしてついに闘牙は首飾りを手に入れる。


奇しくもそれは高校の入学式の前日だった。




次の日、闘牙はそのまま神社の御神木に向かって歩き出す。


そこにかごめがいる。


闘牙にはそんな確信があった。




そして闘牙は階段を上って行く――――





最愛の少女がいるその場所を目指して――――



[25752] あとがき
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/15 05:10
作者の闘牙王です。皆さまのおかげでこのSSを無事完結させることができました。本当にありがとうございます。ここでは作中では明かさなかったこのSSの設定などを記していきます。まだ最後まで読まれていない方は注意してください。






















この犬夜叉(憑依)の世界にはある大きなルールがありました。それが以下の三つです。

「犬夜叉とかごめが出会うこと」

「四魂の玉が砕け散ること」

「四魂の玉がこの世から消えること」


この三つはどんなことがあろうと決まった時間に必ずおきる出来事です。例えば四魂の玉が砕け散ることは犬夜叉がどんなに防ごうとしてもその時間に砕け散ってしまいます。

これはあるゲームのタイムトラベル理論を参考にしたものです。犬夜叉はタイムトラベルという題材を使っているのでそれを何とか使えないかと思ったのがきっかけです。ネタばれになるので作品名は挙げませんが気づいた方も感想などで名前を出さないようにしていただけるとありがたいです。

そして犬夜叉(憑依)の世界では犬夜叉の魂が転生してしまうというイレギュラーが起こってしまいました。このままでは確定した出来事の一つである「犬夜叉とかごめが出会う」を満たすことができません。そこで世界(便宜上こう呼ばせてもらいます)は転生した犬夜叉の魂を持つ闘牙を御神木と四魂の玉の力で犬夜叉の体に憑依させることにしました。御神木は魂を戦国時代まで運ぶ役目、四魂の玉は魂を体にとどめる役目を担っています。

犬夜叉の定義は犬夜叉の魂と体を持っていること。闘牙の魂を犬夜叉に憑依させることで「犬夜叉とかごめが出会う」という出来事を再現することができたわけです。それが闘牙が犬夜叉に憑依した本当の理由でした。

そして「四魂の玉がこの世から消えること」これも既に決まっている出来事でした。例えは悪いですが闘牙とかごめがいなくとも四魂の玉は消える運命にあったわけです。

しかし二人が旅をして様々な経験をし、結ばれたことは間違いなく二人自身の力によるものです。それだけは御理解いただけると嬉しいです。そしてこのSSのラストは戦国時代で生きることを選んだ原作と対になるように意識しています。


この作品ではタイムトラベルを行うには条件があります。それはタイムトラベルの先に自分、もしくは自分の前世、転生した人物がいないことです。これは作中で桔梗が言っていた「世界には同じ魂は同時には存在できない」というルールが原因です。そのため作中でも闘牙は井戸を通ることができませんでした。かごめの世界には既に旅を終えた闘牙がいたからです。


またなぜ闘牙をかごめがいた時間軸から憑依させなかったかというと大きく二つの理由があります。

一つは闘牙が御神木の前で倒れたことにかごめが気付く可能性が格段に上がるためです。世界の意志で誤魔化すこともできますができるだけ無理がある修正はかけないようにする必要が世界にはあったからです。

もう一つは犬夜叉に憑依した闘牙がすぐに井戸を通ってしまう可能性があったからです。かごめと同じ時間軸にするとわずかですが現代の闘牙が魂が無い状態になっている時間だけ犬夜叉に憑依した闘牙もかごめ同様現代に戻ることができてしまいます。そうすると犬夜叉の姿をした闘牙が人間の魂がない闘牙と出会ってしまう可能性が生まれてしまいます。そこで世界はかごめの時間軸から一年前、十四歳の闘牙を憑依させることにした、というわけです。

また闘牙の容姿ですが人間の姿の犬夜叉が短髪になったものだと思ってください。

そしてこのSSでは闘牙とかごめ以外の仲間がどうなったのかはあえて描いていません。読んでない方はぜひ原作を読んでいただけると嬉しいです。

長々と設定を書き連ねてしまい申し訳ありませんでした。ただこのSSのタイムトラベルについては穴も多いの見逃してもらえるとありがたいです。


最後に感想返しを行わないにもかかわらず多くの感想を下さった皆さま、本当にありがとうございました。作品の設定上、ネタばれになるような感想をいただくことが予想できたのであえて全ての感想返しを行わないようにしていました。(答えても問題ない範囲についてはいくつか返させていただきましたが)完結することができたのでこれから質問等があればできる限り答えて行こうと思います。犬夜叉が好きだという方が少しでも楽しんでいただけたなら本望です。

次回作の構想も既にできているのでまたよければお付き合いくだされば幸いです。

それでは。



[25752] 後日談 「遠い道の先で」 前編
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/20 11:33
「ん…………」


そんな声を上げながら闘牙は意識を取り戻す。少しずつ目が覚め、自分の今の状況を確認する。今、自分は机の上に突っ伏している。そうだ。確か俺は今日の最後の授業を受けていたはず。だが苦手な数学と言うこと、そして四月という暖かくなってきた季節と言うこともあり居眠りをしてしまったようだ。既に授業は終わり、クラスメイトたちも次々に教室を後にしていく。そんな光景を闘牙は何をするでもなく眺め続けている。

何だろう。いつも見慣れている光景のはずなのにどこか違和感を感じる。どうやら先程まで見ていた夢のせいらしい。それがどんな夢だったのかは思い出せない。だがとても長い夢だったような気がする。まるで


「ちょっと、いつまでボーっとしてるの、闘牙?」


闘牙の思考を断ち切るようにそんな少女の声が闘牙に向かってかけられる。闘牙は反射的に振り返りながら名前を口にしようとする。だがその瞬間、闘牙は口を噤んでしまう。


振り返ったそこには自分の恋人、日暮かごめの姿があった。


「………なんだ、かごめか。びっくりさせんなよ。」

「何よ、私じゃ文句があるっていうの!?」


かごめは不機嫌な様子で闘牙に食って掛かってくる。だがそれは無理もないこと。せっかく声をかけたのにまるで闘牙が自分以外の誰かを期待していたかのような反応したのだから。


「そ……そんなこと言ってねえだろ………」


かごめの機嫌を損ねてしまったことに今更ながらに気づいた闘牙は慌てながら弁明するが時すでに遅し。だが闘牙自身も何故自分がそんなことを言ってしまったのか分からない。きっとさっきまで見ていた夢のせいだろう。だが今は現実。そして今の最大の問題は目の前のかごめの機嫌をどうやって治すか。闘牙がその方法を模索し始めていると


「また夫婦喧嘩?」
「いつも飽きずによくやるねー。」
「二人ともいつも仲いいもんね。」


聞きなれた三人の少女たちの声が二人に向かって響き渡る。それはかごめの中学からの友人達。だがその表情はどこか楽しげだ。三人にとっては今の闘牙とかごめの姿は日常茶飯事らしい。だがそんな友人たちの指摘に顔を赤くしながらもいつも通りかごめが反論としようとするがそれよりも早く三人に友人の一人、由加によってかごめははがいじめにされてしまう。


「ちょ……ちょっと、何するのよ!?」

「いいからいいから、闘牙君、今日はちょっとかごめを借りてきたいんだけどいい?」


突然の事態に混乱し、抵抗するかごめを見ながらもどこ吹く風と言った風に由加は話を進めていく。それに続くように他の二人、絵理とあゆみもかごめをどこかに連れ去ろうとしていく。


「あ、ああ……俺は構わねえけど………」


闘牙はそんなかごめたちの様子にどこか引く様子を見せながらもそう口にする。何にせよ今の機嫌が悪いかごめを連れて行ってくれるならこちらからお願いしたいくらいだ。だがそんな闘牙の言葉と姿が気に入らなかったのかかごめは何かを言おうとしているが三人の友人に確保されているためそれも叶わない。かごめはそのまままるで売られていく子牛のように教室から姿を消してしまう。闘牙はそんなかごめの姿を見届けた後、慣れた様子で帰り支度を整え、教室を後にする。




これが十七歳、高校二年生の闘牙の日常だった――――――







「で………一体何の用でこんなところまで私は連れてこられたわけ?」


目の前のテーブルに置かれているデザートと飲み物を口にしながらかごめはそう三人に問いかける。だがその姿から今かごめが不機嫌なことは誰の目にも明らかだった。今、かごめは友人たちによって高校から近いファミレスまで文字通り連行されてきたところ。だが何故こんなところに連れてこられてしまったのかかごめには全く見当がつかなかった。


「ごめんごめん、でもあれぐらいしないと闘牙君から引き離せないと思って。」

「そうそう。かごめにはちょっと聞きたいことがあったんだ。」


「聞きたいこと………?」



二人の言葉にかごめは首をかしげることしかできない。自分に聞きたいこと。勉強のことだろうか。だが三人とも自分と比べても成績は悪くはない。わざわざ自分に勉強を教えてもらうことはないはず。何か他にあっただろうか。そんなことを考えていると友人の一人絵理がどこか真剣なまなざしでかごめに迫ってくる。その迫力にかごめは思わず緊張してしまう。そして少しの間の後



「かごめ………………闘牙君とはどこまでいったの……?」


そんなかごめの予想の斜め上をいった質問が繰り出される。




「…………………………は?」


瞬間、かごめはその場に固まってしまう。それはまるで石化してしまったかのよう。かごめの頭は混乱の極致にあった。だがそんなかごめなどお構いなしに友人たちは盛り上がりながら矢継ぎ早に話しかけてくる。


「だってもう闘牙君と付き合いだして一年でしょ?あれからどれだけ進んだのか聞きたいと思ってたの!」

「そうだよ。キスまでいったのは聞いたけどそれからどうなったのかは全然知らないんだもん!」

「わ、私も興味があるかな……」


三人はそうどこか目を輝かせながらかごめへと迫って行く。皆十七歳の女子高生。そういった話には目が無いらしい。そして自分たちの知り合いの中での彼氏持ちはかごめだけ。そのため必然的にその対象はかごめに向けられているのだった。


「ど……どこまでって、何もないわよ!変なこと聞かないでよね!」


そんな友人たちの好奇心に満ちた質問にかごめはきっぱりとそう答える。それは紛れもない事実。だがそれを聞いた友人たちはどこか驚いたような表情を見せる。それはまるでかごめが言っていることが信じられないと言った様子だった。


「な、何、どうかしたの………?」


思わずかごめは逆に友人たちに聞き返す。まるで自分が何か間違ったことを言ってしまったのではないかと思ってしまうような雰囲気がある。友人たちも互いに顔を見合わせるしかない。どうやら友人たちの予想とは全く異なる答えをかごめが口にしたことが原因らしい。


「かごめちゃん………本当にあれから何もしてないの?」

「え…………う、うん。」


どこか静かに確認するようなあゆみの言葉にかごめはどこか緊張しながらも嘘偽りなく答える。何だろう。何か問題があるのだろうか。かごめがどこかそんな不安を抱き始めるのと同時に由加が少し言いづらそうにしながらも口を開く。


「かごめ………闘牙君は何もしてこないの……?」

「う、うん……いつも通りだけど………」


かごめはそうこれまでの闘牙を思い浮かべながらもそう答えることしかできない。だがいくら鈍感なかごめといえども流石に気づき始める。友人たちが何に驚いているのか、そして自分が何にこれまで気づいていなかったのか。



「かごめ……………闘牙君にちゃんと彼女として見られてるの……?」


絵理はそう言いづらそうにしながらも単刀直入にかごめに尋ねる。その言葉にかごめは冷や汗を流すことしかできない。

そう、自分たちはもう十七歳。高校二年生。中学生ではない。そして自分と闘牙は恋人同士。ならばもっと進展があってもおかしくないはず。だが自分は神社で犬夜叉、闘牙と再会した時キスして以来まだ何も進展していない。それを全く意識していなかったわけではないが、一緒にいられる、そのことだけで満足してしまっている自分がいたことも大きな理由だ。だがそれはかごめだけの責任だけではない。

かごめは戦国時代での最後の闘いの時、四魂の玉に取り込まれ選択を迫られた。『闘牙と共にいたいか』と。それを間違えればもう二度と闘牙と会うことはできないと。それはかごめにとって最大の試練。そしてかごめはそれを乗り越え、再び闘牙と出会うことができた。それ故にかごめは闘牙と共にいられる今に満足してしまっていたのだった。



「でも確かに闘牙君とかごめって恋人っていうよりも夫婦みたいだよね。」


そんなかごめの姿を見かねた由加がそう話題を変えようする。それは冗談ではなく友人たちが感じている事実。かごめと闘牙の間には何か長年連れ添ったような雰囲気がある。それを指した言葉だった。


「そうよね、今まで見向きもしなかった闘牙君と急に付き合いだしたのには驚いたわよ。」


「そ……それは…………」


かごめはその言葉に思わず口を噤んでしまう。それはかごめにとっては如何ともしがたい問題、いや話すことができない事情があるため。

それは闘牙の憑依に関係するもの。闘牙は十四歳、中学二年の時には既に戦国時代の旅を終えており自分のことも知っていた。だが自分は中学三年の卒業式を終えるまで闘牙のことを認識することができなかった、いや正確には認識できないようになっていたらしい。だがそのせいで大きな問題にかごめは直面する。

それは闘牙と付き合うこと。それは闘牙と再会したことから当然のこと。そこには一切の迷いもない。だが一つ大きな問題があった。それは友人たちはかごめが一つ年下の少年と付き合っていると思っていたこと。

実際それは間違いないのだが様々な事情で自分と闘牙は同い年になってしまった。今更それが闘牙のことだと言っても信じてはくれない。かごめは悩んだ末に年下の彼氏とは別れ、闘牙と付き合いだしたという嘘をつきとおすことを決断した。これで問題はなくなるはず。そうかごめは安堵した。しかしそう簡単にはいかないことをかごめはその後知ることになる。

それは闘牙との関係。

友人からすれば闘牙は中学二年の時にかごめに何度も迫り、結局振られてしまった男子。だがそんな闘牙とかごめが高校に上がった途端に付き合いだしてしまう。しかもあんなに惚気話を聞かされた彼氏とあっさり別れた後で。

加えてその態度。まるで前から付き合っていたのではないかと思わざるを得ない程の自然な関係に友人たちは驚愕するしかない。友人たちは実はかごめが二股をかけていたのではないかと疑いながらもそれを口にすることができずにいる。かごめは自分がそんなあらぬ誤解をされているとは知らずに今に至っているのだった…………


「でも闘牙君も結構もてるからかごめちゃんもしっかりしないとだめだよ。この前も新入生に告白されてたみたいだし。」

「えっ、ほんとっ!?」


かごめはそんなあゆみの言葉に驚きをあらわにする。そんな話は自分は闘牙から聞いていない。明日会ったら確認しなくては。そんなかごめの姿に友人たちは苦笑いするしかない。それは間違いなく尻に敷かれているであろう闘牙に同情してのもの。実際にはかごめの方が圧倒的に告白されている回数は多いのだが本人は自覚していないらしい。


「まあ闘牙君もかごめもどこか大人っぽいっていうか落ち着いてるところがあるからね……」


絵理がそんなかごめを見ながらもそう補足する。闘牙は中学二年の時から、かごめは中学三年の時から自分たちに比べて急激に大人らしくなった、いや度胸が座ってきたと言ったほうがいいかもしれない。それは身近で見てきた三人だからこそ分かるもの。そして言うまでもなくそれは戦国時代での現代では経験することができない旅によるもの。その変化は周りの人から見れば魅力的に映るものだったようだ。かごめもそのことに今更ながらに気づきどこか考え込むような仕草を見せる。そんなかごめを見ながら



「かごめ、応援してるからね…………頑張って………」


由加はそうどこか慰めるような言葉をかごめにかける。その言葉に驚きながらかごめは他の二人にも目を向ける。そこにはどこか自分を心配し、同情するような感情が見られる。かごめはその視線に何も返す言葉を持たなかった…………





「はあ。」


一人溜息をつきながらかごめは家路を歩いていく。その胸中は様々な想いで満ちていた。それは闘牙と自分の関係。友人たちの言葉を全て鵜呑みにするわけではないがそれでもやはり付き合って一年以上、戦国時代も含めればそれ以上になるにも関わらずキスから先に進んでいないのは遅すぎるのではないか。そんな不安が生まれてしまった。

だがそれを闘牙から感じたことがない。それがかごめの不安をさらに大きくしていた。そういうことは恐らくは男性の方が興味があるはず。にも関わらず闘牙は自分に手を出してこない。考えたくはないが本当に自分は彼女として見られていないのではないか。そんなことまで考え始めてしまう。そしてそれを振り払うかのようにかごめは自らの頬を両手で叩く。


(うじうじ考えるのは私の性に合わない……とにかく明日闘牙に会ってから考えよう!)


かごめは持ち前の性格で気を取り直しながら自宅に入って行く。それは家族に余計な心配をかけないようにするためでもあった。何より思ったよりも帰ってくるのが遅くなってしまった。もう夕飯を食べ始めている時間だろう。


「ただいま!」


かごめが少し慌てながら居間へと襖を開けながら入って行くと


「おう、おかえり。かごめ。」


夕食を食べている闘牙がそうかごめを出迎える。瞬間、かごめはまるで何かに躓いてしまったかのようにそのまま床に倒れ込んでしまった―――――




「姉ちゃん、どうしたの?」
「何をしておるんじゃ、かごめ。騒がしい。」
「どうしたのかごめ、調子でも悪いの?」


かごめの母、祖父、そして弟の草太がいきなり倒れてしまったかごめに向かって話しかけてくる。皆何故かごめが倒れてしまったのか理解できていないようだ。


「と……闘牙、どうして家にいるの!?」


何とかその場から立ち上がり、落ち着きを取り戻そうとしながらもかごめは問いかける。だが対照的に闘牙はそんなかごめをどこか不思議そうに眺めている。その姿はまさに自然体。完全に日暮一家に溶け込んでいる。


「ああ、今日は草太と遊ぶ約束してたからな。言おうと思ってたんだが由加たちにお前も連れてかれちまってできなかったんだ。」

「うん、今日新しいゲームが出たから闘牙兄ちゃんに手伝ってもらってたんだ!」


闘牙の言葉に続くように草太が嬉しそうに答える。かごめと付き合うようになってから闘牙は何度も日暮家にお邪魔することになり、草太とは本当の兄弟のような関係になっていた。そのためよく約束をしては二人で遊んでいるのだった。


「それでちょうど良かったから闘牙君にも夕食を一緒にって誘ったの。闘牙君一人暮らしだからみんなで食べたほうがいいと思って。」


楽しそうな笑みを浮かべながらかごめの母がそう事態を説明する。間違いなく今の状況は母の仕業であることにかごめは気づき、溜息を吐く。どうやらそれにまんまとやられてしまったらしい。


「でも何でそんなに馴染んでるのよ。驚いちゃったじゃない………」

「そうか?いつもこんなもんだろ。」


かごめのどこか恨めしさすらこもった言葉に闘牙は何でもないように答える。それは嘘偽りない闘牙の本音。そしてそれはかごめもいつも見ている光景。だが先程の友人たちとの会話のせいでそれに今更ながらにかごめは気づいたのだった。

そういえばいつからこんな風になったのだろうか。再会した当初はどこか気恥ずかしさや、戸惑いもあったはずだが今は一緒にいることが当たり前になり、それがなくなってしまっている。そして先程の帰り際に友人に言われた言葉が蘇る。



『かごめと闘牙君、倦怠期なんじゃないの?』



それは友人の冗談半分の言葉。だがそれはある意味正鵠を射ていたのかもしれない。このままではよくない。何とかしなければ。かごめが一人、内心で焦りを抱いているのを知ってか知らずか闘牙はかごめの家族たちと賑やかに騒いでいる。


「闘牙君、いつでも来てくれていいんじゃぞ!君は日暮神社の跡取りなんじゃからな!」

「いや……跡取りになる気はねえんだが。」

「そうですよ、お義父さん、まだ早すぎますよ。」

「僕も継ぐつもりないからね、じいちゃん。」

「そ……草太、お前までそんなことを……わしは悲しいぞ……」



それはいつも通りの日暮家の団欒。いや、闘牙がいることでそれはさらに賑やかさを増しているようだ。それは自分が望んでいた日常。闘牙がいて、母さんが、じいちゃんが、草太が、友人がいる。それがどんなに大切なことか自分は分かっている。


だがこれだけは話が別だ。自分はまだ十七歳の高校二年生。ならばそれに相応しい、恋人らしい関係が必要なはず。かごめはそう一人決意する。


「?どうかしたのか、かごめ?」

「う、ううん、何でもない!」


どこか様子がおかしいかごめに気づいた闘牙がそう声をかけるもののかごめは慌てふためくだけ。そんなかごめを不思議に思いながらも闘牙は目の前の料理を平らげていく。それに負けじと草太も夕食を平らげ、再び闘牙を自分の部屋に誘い、ゲームを再開する。どうやら今日は泊まって行くらしい。母も祖父もそのことを全く気にしていない。いや、泊まるように言ったのは母らしい。

今まではこれが普通だと思っていたがよく考えればおかしいのではないか。かごめは自分の意識、価値観と友人たちとの一般的(と思われる)意識、価値観との齟齬に悩みながらも計画を立てることにする。そうとは知らず闘牙はいつものように草太と遊び続けている。



余談だが闘牙もかごめと再会してからそういったアプローチを何度かかごめにかけたことはあった。それはある意味当然の物。だがかごめはそれに全く気付かなかった。その無防備さと鈍感さに呆れた闘牙はそれ以来それを完全にあきらめていた。それはあきらめと同時にまだ焦ることはないだろうという判断から。

それはかつて戦国時代で闘牙がかごめと一緒に寝ることに抵抗がなくなってしまった状況と酷似していた。だがかごめはそうとは知らず一人、焦燥を感じている。




致命的なまでにすれ違った二人の想いをよそに日暮家の夜は静かに更けていくのだった――――――



[25752] 後日談 「遠い道の先で」 後編
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/22 02:24
春の暖かい風が吹き、桜が舞い散っている晴天の青空の下、一人の少女がどこか緊張した面持ちで歩みを進めている。それは日暮かごめ。だがその姿はいつもの制服ではない。それは白を基調にしたワンピース。そしていつもはしない化粧もしている。そのためいつも以上にかごめの女性らしさが際立っている。それは普通の男なら間違いなく振り向いてしまうほどの物。かごめはそのまま足早にある場所に向かって行く。それは駅前。今日のデートの待ち合わせ場所だった。


(ちょっと早く来すぎちゃったかな……)


そんなことを考えながらもかごめは待ち合わせ場所に向かって進んでいく。今日は日曜日、そしてデートの相手は言うまでもなく闘牙。だが今日はいつものデートとは事情が異なっていた。先日の友人たちの指摘以来かごめは様々なアプローチを闘牙に掛けてきた。中にはかなり大胆なものもあったのだがそのすべてを闘牙は気づかず、スルーされてしまった。そんな自分の恋人である闘牙の鈍感さにかごめは呆れ果てるしかない。もっともかごめも人のことは言えない程のもの。ある意味似た者同士と言えるかもしれない。

だがこのままではいけないと考えたかごめは意を決して今日のデートを闘牙に持ちかけた。これまでもかごめは何度もデートをしてきたがそのほとんどが闘牙からの誘いによるもの。そのためかごめから闘牙を誘うのはかなり珍しいことだった。結局、面と向かって言うのが恥ずかしかったのでメールを使ってしまったのだが。何はともあれデートの約束はすることができた。この日のためにこの服や様々なものを新調してきた。一つ大きなプレゼントもある。準備は万端。

だがこんなに意識をしながらデートをするのはいつ以来だろうか。今では学校の帰りや近所のお店へ行くことは頻繁にあったがこれほど緊張することはなくなってしまっていた。まるで戦国時代で恋人同士になったばかりの様。そして今日は近所ではなく少し離れた海鳴市に最近できたショッピングモールへ行く予定になっていた。

それは友人たちの入れ知恵であったのだが気分を変えると言う意味では悪くないはず。そんなことを考えているうちにかごめは駅前に到着する。日曜日であるためか人通りもいつもより多い。だがまだ約束の時間まで一時間以上ある。やはり早く来すぎてしまったようだ。少しどこかで時間をつぶそうかとかごめが辺りを見渡そうとした瞬間


「………かごめ?」


そんな聞き慣れた声が後ろから掛けられる。慌てて振り向いた先には私服姿の闘牙が驚いた顔でかごめを見つめていた。


「闘牙!?」


それに負けず劣らずの驚きを表しながらかごめも声を上げる。間違いなく目の前にいるのは闘牙だ。だがまだ約束の時間には一時間以上あるはず。なのに何でこんなところに。そして二人はすぐに気づく。互いに約束の時間よりもはるかに早く待ち合わせ場所についてしまったことに。


「ず……随分早えじゃねえか、かごめ?」

「と、闘牙だってそうじゃない………」


どこか気恥ずかしいのか互いに顔を赤くしながらも闘牙とかごめは戸惑ってしまう。それは互いに早く来すぎてしまったという恥ずかしさもあったがその姿に驚いてしまったから。かごめはもちろんだが闘牙の姿もいつもとは違っている。いつもはラフなTシャツとジーパンなのだが今日は異なっている。それは今日のために闘牙が新調してきたもの。久しぶりにかごめからデートに誘われたことも理由だが一番は最近のかごめの様子に思うところがあったのが本当の理由。

かごめは気づかれていないと思っていたようだが最近のかごめの様子とアプローチには流石の闘牙も気づいていた。だがいきなりのことであったこと、かなりきわどいものもあったため闘牙もどうしたものかと考えていた。そしてそんな流れの中でのデート。意識してしまうのも無理ない話だった。


そんな闘牙の姿に自分と同じように今日のデートを意識していたことにかごめも気づき、恥ずかしいのかそのまま黙りこんでしまう。闘牙もそれは同じ様だ。だがこのままずっとこの場にいても仕方ない。


「と、とにかく時間は早いけど行くか。このままじっとしててもしょうがねえだろ。」

「そ、そうね。」


闘牙の提案に頷きながら、かごめも動き出す。二人はそのまま予定より一時間以上早く電車に乗り、目的地へと出発する。それが今日のデートの始まりだった―――――




「おお!」
「凄い!」

二人は同時に感嘆の声を漏らす。その視線の先には巨大なショッピングモールが広がっていた。その大きさは全てを回り切るのには一日では足りないのでは思わせるほどの物。噂には聞いていたがここまでの物だとはかごめも思っていなかった。そしてオープンしてから間もないこと、休日であることから訪れている人々の数の半端ではない。家族連れ、そしてカップルで溢れている。自分たちも周りから見ればカップルに見えるだろうか。いや、間違いなくカップルなのだが。そんなことを考えていると


「じゃあとりあえず適当に回って行こうぜ!」


闘牙がどこか興奮した様子でかごめに話しかけてくる。どうやら人の数と熱気にあてられてしまったらしい。まるで新しいおもちゃを見つけた子供の様だ。いつもはもう少し落ち着きがあるのだが二人きりになると少し子供っぽくなる癖が闘牙にはあるらしい。


「うん!」


そんな闘牙の姿に微笑みながらもかごめは闘牙と並んで歩き始める。その姿は間違いなくカップルの姿。そのまま二人は目についた店に訪れながら楽しんでいく。まだ二人とも学生であるためあまり多くのお金を持っているわけではないのでそれはウインドウショッピングといった感じの物。かごめもその数えきれない程の店を回りながら二人きりの時間を楽しんでいく。

今の時間、光景は二年前、戦国時代にタイムスリップし、闘牙と出会ってからずっと夢見ていたもの。一度は闘牙が元の体に戻れなくても戦国時代で生きる決意もしたのだが無事にこうして現代に戻ってくることが、再会することができた。

今、自分は本当に幸せだ。

でも時折考えることがある。それは四魂の玉の最期の問い。あの時私は四魂の玉の消滅を願った。それが闘牙との別れを意味していると覚悟した上で。だが私たちは再び出会うことができた。


でももし、もし私が闘牙と一緒にいたいと願っていたら。

そしたら一体どうなっていたのだろう。そんなあり得ないこと、いやあり得たかもしれないことを考えていると



「どうしたんだ、かごめ?」


いきなり目の前に闘牙の顔が現れる。かごめは思わずそのまま後ろにのけぞってしまう。闘牙はそんなかごめの姿を不思議そうに見つめている。どうやら少し長く考え込んでしまっていたらしい。


「ご、ごめん。ちょっとボーっとしてて……!」


意識を切り替え、どこか慌てながらかごめはそう弁明する。だがやはり先程までの雰囲気は隠し切れてはいなかった。闘牙はそのまま何かを考え込むような仕草を見せる。いやまるで何かをしようとして悩み、戸惑っているよう。だが


「…………ほら、さっさと行こうぜ。」


そう言いながら闘牙はかごめに向かって手を差し出してくる。そしてその顔は赤く染まりながらもそっぽを向いている。その光景に一瞬、かごめは目を奪われてしまうがすぐにその意図に気づき


「………そうね、行きましょう、闘牙!」


差し出された手を握り返す。その手には確かな力が込められている。この温もりを、手を決して離さないように。


二人はそのまま手を握ったまま再び、デートを再開する。その姿は先程までとは大きく違う。それは自然体そのもの。闘牙が騒ぎ、それをかごめが諫めながらも楽しそうに見守る。そんないつも通りの二人の姿。だがそこには確かな二人の絆がった。かごめもそんな中、気づく。

そうだ。これが自分と闘牙の関係。


一緒に笑って、泣いて、遊んで、学校に行く。私が望んだ、願いの形。


確かに友人たちの言う通り少し私たちは遅れているのかもしれない。でもそれでいい。焦る必要なんてない。私たちはもう離れ離れになることはないのだから。


かごめはそんな当たり前の、そしてもっとも大切なことを思い出す。そんなかごめの姿に内心安堵しながら闘牙はその手を引っ張りながら走り出す。賑やかな二人のデートは続くのだった―――――





「もう、しっかりしてよ。闘牙。」

「う、うるせえな……仕方ねえだろ……」


どこか呆れたかごめの言葉に闘牙はそう反論する。しかしその姿は何かに怯えてしまっているのかのように情けないもの。それは今の二人の状況のせい。二人は今、観覧車に乗っているところだった。いくら大きなショッピングモールといってもまさかそんなものまであるとは思っていなかった。せっかくだから乗って行こうとかごめは闘牙に提案するも闘牙はどこか顔を引きつらすことしかできない。それを不思議に思いながらもかごめは半ば強引に闘牙と一緒に観覧車に乗りこんだ。そして思い出し、気づく。何故闘牙がそんな状態になっていたのかを。


「まだ高いところが苦手なの治ってなかったの?」

「当たり前だ!そんなに簡単に治るんなら苦労しねえ!」


かごめの言葉にどこか必死さすら見せながら闘牙は反論する。高所恐怖症。それが闘牙が観覧車に乗りたくなかった理由だった。それはかつての殺生丸からの修行によるものであり、一種のトラウマでもあった。


「でも犬夜叉の時にはよく飛んでたじゃない。」

「あ、あの時と一緒にすんじゃねえよ!」


かごめの疑問に闘牙は言葉を詰まらせながらもそう口にする。確かに自分は犬夜叉の時には空を飛んでいたがあれは半妖の体であったこと、戦闘というある意味緊急事態の中だからこそできたもの。苦手であることにはやはり変わりなかった。


「分かったわよ………でも、もうあれから一年以上経つのね………」


闘牙の言い訳に呆れながらもかごめはそう呟く。その脳裏にはかつての戦国時代での旅が蘇っていた。

神社の井戸を通ってのタイムスリップ、四魂の玉、妖怪。とても現実とは思えないような出来事の連続。


「ああ………今でも時々夢だったんじゃねえかって思うくらいだ………」


かごめの言葉に何か思うところがあったのか闘牙もそう言葉を漏らす。闘牙にとっては二年以上前の話ではあるがそれでもまるで昨日のことの様に思い出せる。

自分の前世である半妖の犬夜叉に憑依し、四魂の玉を巡る戦いに巻き込まれた日々。多くの出会いと別れ。

もしかしたらあれは夢だったのではないか。現代に、元の体に戻ってから闘牙は何度もそんなことを感じる。だがあれは決して夢などではない。

かごめがここにいる。それがその何よりの証でもあった。



「そうね……みんな元気にしてるのかな………」


かごめはそう言いながらかつての仲間たちに想いを馳せる。もっとも仲間たちは五百年前の人々であるため元気にしているという表現は少しおかしいかもしれないが。


「心配ねえさ、あいつらのことだからな。」


闘牙はそうどこか確信に満ちた様子でかごめの言葉に答える。それは犬夜叉の記憶によってかつての仲間たちがどうなったかを断片的に知っていたから。

弥勒と珊瑚は結婚し、子育てに勤しんでいることだろう。自分が知っている子供は三人だったがきっとそれ以上の大家族になっているに違いない。

七宝も楓も村で元気に暮らしているはず。もしかしたら七宝も成長し立派な妖怪になったのかもしれない。

師匠、殺生丸とりんについてはどうなったかは分からない。記憶の中ではりんは人里でも暮らせるように楓の村で暮らしていたが、自分が知っている二人はその時とは状況が違うためもしかしたらずっと一緒に邪見も加えて旅をしているのかもしれない。何にせよ殺生丸がいる以上何の心配もいらないだろう。


それは誰に言っても信じてもらえないようなお伽噺。だがそれは確かにあった。そして自分とかごめはそれに加わっていた。それだけは間違いない。


「そうね……闘牙はやっぱり犬夜叉の姿に戻りたいって思うこともあるの?」


「そうだな………でもやっぱり今のままでいい。闘うのはもうこりごりだ。それにもう一度同じことやれって言われても絶対無理だ。今の俺はただの人間だしな」


かごめの問いに闘牙は苦笑いしながらそう答える。半妖の犬夜叉の体。その力が恋しくなることが無いと言えば嘘になるが仕方ない。何よりも現代の世界であの力が必要になることなんてないだろう。妖怪もほとんどこの世には残っていないはず。

もしいたとしてもここにはかごめがいる。かごめは自分とは違い今でも巫女の力を持っている。その弓の腕も健在だ。そう言った意味では今の自分よりもよっぽど強い。男として少し悔しいところもあるがこればっかりは仕方ない。むしろ人間でありながらあの世界で共に闘っていたかごめの凄さを元の体に戻ってから思い知ることになった形だ。

今の自分はただの人間。例え目の前に妖怪が現れたとしても逃げ出してしまうのが落ちだろう。

だがそれでも構わない。今、自分は一番欲しかったものを手に入れたのだから。



「確かに、私も闘うのはもういいかな。」


闘牙のそんな姿を見ながらかごめは笑顔を見せる。だがその胸中は闘牙とは違っていた。口ではそう言っているがきっとその時が来れば闘牙は再び闘うことを選ぶだろう。例え半妖ではなく人間だとしても。

あの戦国時代で闘牙が闘えたのは半妖の体があったからではない。それは闘牙だからこそできたこと。それを自分は誰よりも知っている。

そんなどこか意味ありげな笑みを浮かべているかごめを不思議に思いながらも闘牙はできる限り外を見ないようにしながら観覧車から降りるのをひたすら待ち続けるのだった―――――





あっという間に時間も過ぎ辺りもすっかり暗くなってしまった。午前中から歩きまわっていたため流石に自分も闘牙も疲れてしまっている。少し早いがこのまま帰ることになり、二人は光によって夜の姿に変わってしまった街を並んで歩いている。その手はまだつながれたまま。最初は人前で手をつなぐことに気恥ずかしさがあったがもう今はそんなこともない。もっとも知っている人の前でやる勇気はないが。かごめがそんなことを考えていると



「……………え?」


何か不思議な感覚がかごめを襲う。そのせいでかごめはその場に思わず足を止めてしまう。その感覚にかごめは戸惑いを隠せない。それは知っているから。これに似た感覚を自分は知っている。それはかごめの巫女としての力が捉えたもの。


(この気配………四魂のカケラ……!?)


それはかつて戦国時代で感じた四魂のカケラの気配に酷似していた。しかもそれはかなり近くにある。間違いない。だが四魂の玉は間違いなく消滅してしまったはず。なのに何故。かごめが突然の事態に混乱していると自分の隣にいた闘牙がそのままどこかに向かって歩き出す。


「闘牙!?」


かごめは慌てながらその後を追う。その際に声をかけるも闘牙はそれが聞こえていないかのように一人、歩き続ける。かごめは気づく。闘牙が向かっている方向。それは自分が気配を感じた方向と全く同じだった。そして闘牙は突然立ち止まり、その場に屈みこみ、何かを拾い上げる。かごめもその拾い上げたものを同じように見つめる。



それは青い石、いや宝石だった。何か数字の様な物が刻まれており、淡い光を放っている。


かごめは悟る。それが普通の宝石ではないことを。自分の直感が正しいならそれは危険なもの。自分はともかく何故闘牙がそれに気づいたのだろう。自分は巫女の力でその存在に気づいた。だが今の闘牙にはもう半妖の力はない。それなのに何故。闘牙はそれに魅入られてしまっているようだ。かごめが何か漠然とした不安を感じ、話しかけようとしたその時



「あの……すいません!」


突然自分たちに向かって声が掛けられる。闘牙とかごめはその声に驚きながら振り返る。


そこには栗色の髪をツインテールにした少女の姿があった。

そんな少女の姿に二人は驚きを隠せない。歳は恐らく十歳ぐらいだろうか。どこかの小学校の制服を着ており、その肩にはフェレットの様な動物の姿もある。何故いきなりそんな少女がこんな時間に話しかけてくるのか。そして何よりもこのタイミングで。


「ごめんなさい、その青い石………私の友達の探しものなんです。返してもらってもいいですか?」


少女はそうどこかぎこちない様子で闘牙に向かって話しかけてくる。だがそれが嘘であることは二人の目にも明らかだった。しかしかごめには分からない。何でこんな少女がそんなことをしているのか。


そして気づく。少女から何か不思議な力の様なものを感じる。それは自分の様な巫女とは違うが特別なものであることは間違いない。どうするべきかかごめが迷っていると



「そうか、そいつは悪かった。ほら。」


闘牙がその青い石を少女の掌に渡す。少女もかごめもそんな闘牙の行動に驚きを隠せない。かごめはもちろん、少女もこんなに簡単に渡してくれるとは思っていなかったからだ。だがそんな二人とは対照的に闘牙は自然体そのものだった。


「あ、ありがとうございます!」


少女は驚きながらも渡された青い石をその手に包む。その瞬間、青い石から感じていた力が弱まって行くのをかごめは感じる。


「ああ。でももう遅いからな。あんまり出歩くんじゃねえぞ。」


闘牙はそうどこか笑みを浮かべながら少女の話しかける。それはまるでどこかで会ったことがあるかのような自然さがあった。


「はい、ありがとうございました!」


少女はそんな闘牙に笑みを浮かべながら元気に走りその場を去っていく。闘牙とかごめはそんな白い少女の後ろ姿を静かに見つめ続ける。



「闘牙、あの宝石………」

「ああ……でもきっと大丈夫だろ。」


かごめが何を言いたいのか悟った闘牙はそう答える。どうやらかごめもその力を感じたらしい。何故自分がそれを感じ取ることができたのかは分からない。恐らくはあの少女はそれを探していたのだろう。そしてあの少女ならあの石を預けても大丈夫なはず。そんな言葉にできないような確信が闘牙にはあった。かごめはそんないつもとは少し違う闘牙の様子を静かに見つめ続けている。そして



「………ねえ、闘牙。ちょっと目をつぶってくれる?」


いきなりそんなお願いをしてくる。闘牙はかごめの言葉に驚きを隠せない。一体何故そんなことを。


「何だよ、いきなり………」

「いいから、いいから。」


戸惑いを隠せない闘牙を尻目にかごめはそう捲し立ててくる。その姿に根負けした闘牙は言われるがままに目を閉じる。いきなり何を言い出すのかと闘牙が呆れているとある感覚を闘牙は感じる。それはかごめが自分に近づいてきていること。

瞬間、闘牙の心臓が跳ねる。この状況でかごめが自分に近づいてくる。いくら鈍感な自分でもこの状況が何を意味するかくらいは分かる。だがそんな内心の動揺を悟られないようにしながら闘牙は目をつぶりながらその時を待ち続ける。だがいつまでたってもそれはやってこなかった。そして



「これでよし!もう目を開けてもいいわよ、闘牙。」


かごめがどこか満足気にそう告げる。闘牙が意味が分からないまま目を開けるとそこには



自分に掛けられた首飾りの姿があった。


「なっ!?」


闘牙はそんな声を上げることしかできない。それはかつて犬夜叉の姿の時に掛けていた物。言霊の念珠にそっくりの首飾りだった。それはかごめがずっと探していた物。それはいつかの約束。闘牙が自分にくれた首飾りのお返し。かごめはそれをやっと見つけることができたのだった。


「どう、懐かしいでしょ?」

「くっ……紛らわしいことすんじゃねえよ!」


闘牙は首飾りをいじりながらも顔を赤くしながら食って掛かってくる。それは自分が全く見当違いの勘違いをしてしまったため。首飾りのプレゼント自体は嬉しいがこれでは喜びも半減だ。


「じゃあ何を考えてたの?」


闘牙の様子を見ながらどこか楽しそうにかごめが捲し立てる。それは間違いなく確信犯。闘牙は自分がはめられてしまったことに気づき、怒りをあらわにする。


「おい、かごめ………」


闘牙がそのままかごめに怒鳴り散らそうとしたその瞬間


「おすわり!」


それはかごめの言葉によって遮られてしまう。同時に闘牙はその言葉によってその場に固まってしまう。それは条件反射。その言葉に加えて首に掛けられている首飾りのせいで闘牙の体がびくりと震える。それは一年ぶりのおすわりだった。

かごめはそんな闘牙の姿が可笑しかったのか涙を浮かべながら笑い続けている。その光景についに闘牙の堪忍袋の緒が切れてしまう。


「かごめ、てめえ待ちやがれ!!」

「いいじゃない、もう言霊は効かないんだから!」


怒りの形相で追いかけてくる闘牙から逃げ回り、かごは笑いをこらえながら謝罪する。しかしそれでも収まりがつかないのか闘牙はかごめを追いかけ続ける。そんな二人の姿を通行人達は不思議そうに見つめ続けている。そんな人の目など知らないと言わんばかりに二人の騒がしい鬼ごっこは続く。



それが闘牙とかごめの日常。


長い旅の末、遠い道の先に辿り着いた場所。



これからもきっと少しずついろんなことが変わっていく。


でもきっとずっと変わらないものもある。


私はここで生きていく。


闘牙と一緒に。


毎日を積み重ねていく。



私と闘牙は、明日につながっていく。



[25752] 珊瑚編 第一話 「退治屋」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/28 09:28
「来た、森から出てくるぞ!」

男の大きな声が辺りに響き渡る。その表情は緊張により、強張っている。だがそれは声を出した男だけではない。その周りには何人もの男、村人たちの姿がある。そしてその手には刀や槍などの武器が握られている。その服装から村人たちが侍などではないことは一目瞭然。だが村人たちは決死の覚悟である方向に目を向ける。その瞬間、大きな地響きと共に森の木々が次々に何かの衝撃によってなぎ倒されていく。それに呼応するように巨大な影が姿を現す。それはとてもこの世の物とは思えない程の大きさの妖怪のムカデ。その姿に村人たちはその場を動くことはできない。だがそれは無理のないこと。元々戦い慣れていないことに加え、目の前の巨大なムカデの姿。普通の人間が太刀打ちすることなどできるはずがない。だがその例外がこの場には存在していた。


「退治屋さん、頼む!大ムカデが来る!」


村人の一人がそう大きな声を上げる。同時に村人たちの視線がある一点に注がれる。そこには一人の少女の姿がある。歳は十五、六歳程だろうか。だがその出で立ちが少女が只者ではないことを物語っていた。

黒い装束に加え、その口には面の様な物を身につけている。だが一番目を引くのはその肩に担いでいるもの。まるで巨大なブーメラン、その大きさは少女の身の丈ほどもある。しかし少女はそれを軽々と手にしながら一人、大ムカデに向かって近づいていく。そこには一切の恐れも迷いも見られない。その姿に思わず村人たちは大ムカデがいるにもかかわらず目を奪われてしまう。そして大ムカデはそんな少女に気づき、その矛先を向ける。

瞬間、その巨体からは考えられない程の素早さで大ムカデが少女へと襲いかかる。辺りの森の木々をなぎ倒しながらその牙が少女を切り裂くかに思われたその時


「飛来骨っ!」


叫びと共の少女がその手にある巨大なブーメランの様な物、飛来骨を投げ放つ。その瞬間、飛来骨は凄まじい回転を見せながら一直線に襲いかかってくる大ムカデに向かって疾走する。その重量により空気を切り裂くような重音と共に飛来骨が一瞬で大ムカデの体を両断、いや打ち砕いてしまう。その光景に村人たちは声を失ってしまう。この大ムカデは最近現れ、この森に居ついてしまったもの。何度か村人たちで追い払おうとしたもののその巨大さと鎧の様なその外殻に手も足も出なかった。それを目の前の少女はいとも簡単に一撃で仕留めてしまった。村人たちは自分たちの常識を遥かに超えた光景に呆気にとられたまま動くことができない。


それが退治屋、珊瑚の実力だった―――――




「それじゃまた。ご用があったらお呼びください。」


珊瑚はそう言い、頭を下げながらその場を後にしようとする。その姿は先程までの退治屋としてのものではなく普通の十六歳の少女のもの。その姿も戦装束ではなく着物に着替えているため余計に先程までの大ムカデと闘っていた時とのギャップの大きさに村人たちは戸惑うことしかできない。だが村人の一人が慌てながら珊瑚へと近づいていく。


「た、退治屋さん!お礼の方は!?」


それは退治屋の珊瑚へのお礼、報酬のこと。自分たちではあの大ムカデを退治することはできないと悟った村人たちは妖怪退治の専門家である妖怪退治屋にその仕事を依頼した。その依頼を受けてくれた退治屋の里から退治屋として珊瑚がやってきたのだがその少女の姿に村人たちは困惑するしかなかった。だが結果は先程の通り。その肩書きは伊達ではないらしい。そして依頼してきてもらったのだからその報酬を支払わなければ。そう思い村人たちは珊瑚を引き留めようとする。だが


「いいよ、これもらって行くから。」

珊瑚はまるで気にした風もなくそう言いながら自らの手の中にある物に目を向ける。そこには何かの宝石のカケラの様な物がある。それは先程退治した大ムカデの体から出てきたもの。それが大ムカデが凶暴化してしまった原因だった。そんな珊瑚の言葉に村人たちが呆気にとられている中、その中の一人が珊瑚へと近づき話しかけてくる。


「退治屋さん、実はこの近くの村でも妖怪に困っているところがあるんだ。よかったら行ってやってくれないか?何でも化け犬が住みついちまったらしくて……」

「化け犬……?」


珊瑚は村人の言葉に振り返りながら足を止める。化け犬ということは犬の妖怪だろうか。そしてその村の場所もここからそう遠くない。大ムカデの退治も思ったよりも時間がかからず済んでしまった。ならもう一つ仕事をこなして帰ってもいいだろう。


「分かりました、寄って行ってみます。」


珊瑚はそう笑みを浮かべながら村を立ち去って行く。村人たちはそんな自分たちの村を救ってくれた少女の後ろ姿を見えなくなるまで見送るのだった―――――




珊瑚はそのままその足で話に聞いた村に向かって歩みを進めていた。その背中には飛来骨を背負っているためすれ違う人からは奇異の目で見られることもあるが日常茶飯事。珊瑚は軽快な足取りで目的地を目指し続ける。


(琥珀の奴、ちゃんと修行してるかな………)


珊瑚はその道中、自らの弟である琥珀のことに想いを馳せる。琥珀は十一歳になる男の子であり、自分と同じ退治屋の里の頭の子供。その実力も決して低いわけではないのだがその優しい、悪く言えば気弱な性格のためまだ実戦には出たことがなかった。姉として、同じ退治屋としてそんな琥珀をどうにかしたいと考えながらもなかなか上手くいっていないのが最近の珊瑚の悩みの種だった。だがそれももうすぐ何とかなるだろう。頭である父もそろそろ琥珀を実戦に連れていく時期だと言っていた。ならその時に備えて帰ったら琥珀に修行をつけてやろう。

そんなことを考えながら珊瑚は再び自らの懐にしまい込んでいたものを取り出す。その宝石のカケラは淡い光を放っている。だがそれはどこか黒ずんでいる。


(やっぱり四魂の玉のカケラの邪気はどうしようもないか………)


四魂の玉。

手にした妖怪の妖力を高める危険な宝玉。珊瑚はその存在を知っていた。それは四魂の玉は珊瑚のいる退治屋の里から出たものあるため。もっともそれは五十年以上前にある巫女に預けられ、その後消滅してしまったらしい。

だが最近になってその四魂の玉のカケラと思われる物が各地に現れていた。それを手に入れたもの、そして手に入れようとするものによって再び争いが起き始めている。それにより自分たちの仕事の量も増え始めている。仕事があるのはありがたいことではあるがこの事態は喜ばしいことではない。自分ではカケラを浄化することはできないが妖怪や悪人に渡るよりは遥かにマシだ。


(でも、何で急に四魂の玉がまた現世に…………)


珊瑚がそんな疑問を抱いているとその視線の先に小さな村が見えてくる。それが話に聞いていた村であることを悟った珊瑚はそのまま村に訪れるのだった―――――




「じゃあ、あの森に犬の妖怪が住みついて困ってるんだね?」

「ああ、何度か追い払おうとしたんだがやられてしまってな……あんたが来てくれて助かったよ。」


村長がそう溜息をつきながら珊瑚に愚痴をこぼす。今、珊瑚は村長に詳しい状況を聞いている最中。どうやら先の村で聞いたのとほぼ同じ内容らしい。ここ最近、森の中に人の姿に化けた犬の妖怪が住みついてしまい村人たちはそれを何度も追い払おうとしたのだがそのたびに返り討ちに会ってしまっているらしい。幸いに死者も重傷者も出ていないが村人たちはそれに頭を悩ませているらしい。だが珊瑚はどこか引っかかりを感じる。それは


「それでその妖怪は何か悪さをしてるの?」


その犬の妖怪によって村が何か被害を受けたという話が全くなかったから。珊瑚たちは妖怪退治屋を生業としている。だがそれは何も妖怪全てを対象にしているわけではない。それは人間に危害を加える妖怪たち。妖怪の中にもいい者と悪い者がいる。それを珊瑚たち退治屋は誰よりも理解していたからだ。


「いや……だが子供たちが誑かされてしまった様でな。何度も森の中に入って行こうとして困っておるのだ。」


痛いところを突かれたのか困惑した表情を見せながらも村長はそう告げる。話によれば危険な森の中に子供たちが犬の妖怪が住みついてから出入りするようになってしまい、誑かされてしまったのではないかと心配しているのがこの依頼の本当の理由らしい。

その話が本当なら見逃すわけにはいかない。一番怖い妖怪は人間のふりをしている者たち。それは父の言葉でもあった。ならばことの真意はともかく一度確かめてみる必要がある。そう珊瑚が判断したその時


「違うよ、犬夜叉兄ちゃんは妖怪じゃなくて半妖なんだ!それに何も悪いことなんてしてない!」


そんな幼い声が珊瑚と村長に向かって放たれる。珊瑚が驚きながら振り向いた先に村の子供たちが集まりながらこちらを見つめている光景があった。その姿に珊瑚は目を奪われる。その姿はとても妖怪に操られているようには見えない。そしてその言葉。


『半妖』

それは人間と妖怪の間に生まれた存在。人でも妖怪でもない存在。その存在は知ってはいるが数が少なく珊瑚も実際には見たことがなかった。そんな言葉をこんな小さな子供たちが使うということははぼ間違いなく森にすみついているのは妖怪ではなく半妖なのだろう。珊瑚はそのまま何かを考えるような仕草を見せる。


「と……とにかく、礼ならする!一刻も早くあいつを追い払ってくれ!」


そんな珊瑚の姿に焦りを感じたのか子供たちをその場から追い払いながら村長は捲し立ててくる。だが子供たちは何かを訴えるような視線を珊瑚へと向けている。少しの間の後



「………分かった、とにかくその犬夜叉って奴に会ってくるよ。」



珊瑚は少し迷いながらも自分の目で確かめるのが一番だと判断し、そのまま森の中へと進んでいくのだった…………




退治屋としての装束に身を包んだ珊瑚は飛来骨を担ぎながら森の中を進んでいく。だがその表情はいつもとは異なっていた。その理由は言うまでもなく先程の村でのやり取り。どうやらいつもの様な単純な仕事にはなりそうにない。

直接的にその犬夜叉という半妖が村を襲ったというなら何も遠慮することはないだろうがそうではないらしい。むしろ自分の寝床にした森に踏み入られてそれを追い払っているとするならば非は村人側にあるということになる。だがそれを言ったところであの様子では村人たちも聞き入れはしないだろう。そして村の子供たちの態度。あれが真実だとするならば全てに辻褄が合う。しかしこのままでは遠からず無用な争いが起きてしまう。なら難しいかもしれないがその前に自分が犬夜叉の説得をしてみるしかない。


そんなことを考えていると珊瑚の目にある光景が写り込む。それは火を使ったと思われるであろう痕。どうやらこの辺りに間違いはないらしい。珊瑚はその痕を頼りにしながらさらに森の奥に進んでいく。そして少し開かれた場所があることに気づく。そこに引き寄せられるように珊瑚は足を踏み入れていく。


珊瑚はふと不思議と息を潜めている自分に気づく。それが何故なのかは分からない。だが珊瑚は足音をたてないようにしながら歩を進めていく。


その先には一本の木がある。その幹にもたれかかるようにしている人影がある。珊瑚はその姿を目に捉える。


そこには一人の少年が目をつぶったまま寝そべっていた。



銀髪に赤い衣、そしてその頭には犬の耳がある。




それが珊瑚と犬夜叉の初めての出会いだった―――――



[25752] 珊瑚編 第二話 「半妖」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/28 22:29
「あんたが犬夜叉?」


黒い装束を身に纏った少女、珊瑚が顔を見上げながら話しかける。その先には木の上に寝そべった少年の姿があった。だが少年はそんな珊瑚の言葉が聞こえていないのか全く微動だにしない。まるで眠ってしまているようだ。そしてそれが先程から何度も繰り返されている。だがそれでも珊瑚はそれを止めようとはしない。それは木の上にいる少年が起きていることを確信していたから。それはその耳。微かにではあるが最初に話しかけた時にその犬の耳がピクリと動くのを珊瑚は見逃さなかった。


「聞こえてるんだろ?ちょっと話がしたいんだ。降りてきてくれない?」


珊瑚はどこか諭すようにそう話しかける。だが結果は同じ。少年はその場から全く動こうとはしなかった。珊瑚はその光景に大きな溜息をつく。そしてしばらくの時間の後



珊瑚はその手にある飛来骨で木の幹を叩きつけた。



「なっ!?」


同時に木の上で寝そべっていた少年がその衝撃で地面に叩き落とされる。まるで虫を捕るために木を蹴るかのような手際で珊瑚はそれをやってのけたのだった。少年はまさかそんな手段に出てくるとは思っていなかったためそのまま背中から地面に叩き落とされてしまう。だがすぐさま少年はその場から起き上がりながら珊瑚へと目を向ける。


「てめえ、何しやがる!?」


少年、犬夜叉は凄まじい剣幕で自分をこんな目に合わせたであろう珊瑚を睨みつける。だがそんな犬夜叉の姿をどこか冷静な目で珊瑚は見つめ続ける。珊瑚自身はどうやら先程の行為については全く気にはしていないらしい。珊瑚はそのまま立ち上がった犬夜叉を頭の先から足の先まで見直す。


外見年齢は恐らく十五歳程だろうか。妖怪はその寿命が人間よりもはるかに長く百年を優に超えるものも珍しくない。また変化で人間に化けているのであれば尚のこと。聞いた話では半妖であるらしいがそこは変わらないだろう。

その髪は銀、腰に届く程の長髪でありそれとは対照的にその瞳は金。何よりも目を引くのはその頭にある犬の耳。それは目の前の少年が人間ではない確かな証だった。

その服装は真っ赤な着物。腰には刀が携えられている。刀を持っている妖怪と言うのも珍しい。妖怪は主に自らの体を武器に使う者が多いがどうやらこいつは違うらしい。


「聞こえないふりしてるからさ。ちょっと聞きたいことがあったから尋ねてきたんだ。」


珊瑚は全く悪びれる様子もなく犬夜叉にそう問いかける。だがいつまでたっても返事が返ってこない。不思議に思った珊瑚が改めて犬夜叉に目向ける。そこには



まるで信じられない物を見たかのような驚愕の表情を浮かべている犬夜叉の姿があった。そしてその視線は珊瑚に向けられていた。



「……どうしたの、あたしの顔に何かついてる?」


珊瑚は不思議そうな表情を見せながらそう尋ねる。珊瑚には何故初対面のはずの相手がそんな態度を見せているのか全く見当がつかなかった。だがそんな珊瑚の言葉で我に返ったのか犬夜叉はすぐに先程の表情に戻りながら珊瑚を睨みつける。


「…………何でもねえ。てめえこそ俺に何の用だ?」


どこか低い声になりながら犬夜叉はそう珊瑚に問いかける。だがその視線、姿に珊瑚はどこか気圧されてしまう。それはまさしく獣のそれ。何よりもその目。まるで何者も信じていないかのような荒みきったその目に珊瑚は気づく。だが今はそれよりも自分の役目を果たさなければ。


珊瑚はそのまま簡潔に事情を説明していく。



自分が妖怪退治屋であり村の依頼を受けてこの場にやってきたこと。


だがその内容に不明瞭な点が多いためそれを確かめるために直接話を聞きに来たこと。




犬夜叉は何を言うでもなくそれを黙って聞き続けている。だがその姿は不機嫌そのもの。もしかした元々こういう態度なのかもしれないがやはりどこか居心地の悪さを感じながら珊瑚は話を続けていく。


「……ってわけなんだ。……あんた、本当に村の子供たちを誑かしてるの?」

「けっ、何で俺がそんな面倒臭えことしなきゃなんねえんだ。」


珊瑚の問いにどこか吐き捨てるように犬夜叉は呟く。その姿に珊瑚は確信する。目の前の少年がやはりそんなことをしていなかったことを。それは村で子供たちの話を聞いていた時から感じていた物だったが直接会ってみて確信した。ぶっきらぼうな態度を取ってはいるが少年、犬夜叉が悪い奴ではないことはあたしにも分かる。自分の話を聞いてくれているのがその証拠。もし村人の言う通りの様な妖怪なら話などできるわけもない。だがこのままではいらぬ争いが起きてしまうのは間違いない。村人たちの理解を得ることは難しいだろう。実際に何度か村の者が返り討ちにされてしまっているのだからなおさらだ。なら残された手段は一つしかない。


「このままじゃあ村人たちと争うことになる。悪いんだけどその前にこの森から住処を変えてくれないか?」


それは犬夜叉を説得すること。難しいかもしれないが自分の話は聞いてくれた。全く話が通じない相手ではない。ならそれを提案するしかない。珊瑚はできる限り事を荒立てないようにそう告げる。だがその瞬間



「………何で俺が人間なんかのためにそんなことをしなきゃなんねえんだ………?」


犬夜叉の纏っている空気が一変する。それは殺気。それも凄まじい憎悪を感じさせるもの。それを感じ取った珊瑚は思わずその場から距離を取ってしまう。それは里一番の手練である珊瑚ですらそうせざるを得ない程のもの。珊瑚は条件反射の様にその背中にある飛来骨に手をかける。だがそれを見ながらも犬夜叉は全く動じる様子を見せない。そして次第にその殺気が収まって行く。もはや先程の提案が決裂してしまったのは明らかだった。



「……俺はここから動くつもりはねえ。さっさとここから消えな。」


もう言うことはないとばかりに犬夜叉はその場を後にしようとする。珊瑚はそんな犬夜叉の姿に目を奪われながらもかける言葉を持たない。しかしこの状況。自分はどうするべきか。そう考えた瞬間、ある物が珊瑚の目に映る。それは犬夜叉の首に掛けられているもの。その鎖の先に何かがくくりつけられている。先程までは犬夜叉の着物の懐に隠れていたためにそれが見えなかった。だがそこには一つの大きな宝石がある。いや違う。


それは四魂のカケラ。


だがその大きさは自分が持っている物とは比べ物にならない。恐らくは元の玉の三分の一ほどの大きさがあるのではないかと思えるほどの四魂のカケラが犬夜叉の首元に掛けられていた。



「あんた、それ四魂のカケラ……?」


珊瑚はどこか驚いた様子で犬夜叉に問いかける。だがそれは無理のないこと。四魂の玉のカケラは各地に散らばってしまっている。その力は強力だ。例え一欠片でも先日のムカデの様に凶暴化し、その妖力が増してしまう。妖怪たちはそれを手に入れるために血眼になってそれを追い求めている。そんなものを目の前の少年、犬夜叉は持っている。それも凄まじい大きさのカケラを。


「……………だったら何だってんだ?」


一度目を閉じた後、どこか面倒臭そうな態度を見せながら犬夜叉は珊瑚に振り返る。気づかれたくないことに気づかれてしまった、面倒なことになったでも言わんばかりの態度に珊瑚の表情も強張る。それは悟ったから。犬夜叉の視線がこれ以上関わるなら、邪魔をするなら容赦はしないと物語っていることに。だが


「悪いけどそれをこっちに渡してもらうよ。それは半妖が持つものじゃない。」


退治屋としてそれを見逃すことはできない。例え半妖であってもあれほどの四魂の玉があればどんな力を、危険をもたらしてしまうか分からない。もし犬夜叉から凶悪な妖怪にそれが渡ってしまえば尚のこと。珊瑚は戦闘も辞さない覚悟でそう犬夜叉に告げる。だがその瞬間、犬夜叉は黙りこんでしまう。しかし珊瑚はその姿に思わず飛来骨を再び構える。それは条件反射ではなく珊瑚の意志。まるで嵐の前の様な静けさが辺りを支配する。それはある言葉を珊瑚が発したから。


『半妖』


それは少年にとって聞き逃すことはできない、許すことのできない言葉だった。




「そうか………じゃあ力づくでやってみなっ!」


咆哮と共に犬夜叉が獣のように珊瑚に向かって飛びかかってくる。この瞬間、珊瑚と犬夜叉の闘いが始まった―――――





「飛来骨っ!」


珊瑚は間髪いれずに自らの武器である飛来骨を犬夜叉に向かって投げ放つ。同時に飛来骨は風を切り裂きながら疾風のように犬夜叉へと襲いかかって行く。もちろんそれは全力ではない。できる限り手加減はしている。だが食らえば怪我は間違いない。しかしそれも仕方ない。珊瑚は少し後ろめたい気持ちを感じながらも退治屋としての責務を全うしようとする。

だがその一撃は紙一重のところでかわされてしまう。それは犬夜叉の半妖としての身体能力。どうやら半妖と言ってもその力は妖怪に劣るものではないらしい。だが攻撃を避けられてしまったにも関わらず珊瑚には焦りは全く見られない。それはまだ珊瑚の攻撃は終わってはいなかったから。

避けられてしまった飛来骨はまるでブーメランの様な軌道を描きながら再び犬夜叉に向かって襲いかかろうとする。その威力は全く衰えておらず、その進行方向にある木々をなぎ倒しながら旋回してくる。そして飛来骨は犬夜叉の死角、背中から再びその力を振るおうとしてくる。

それこそが珊瑚の、飛来骨の真骨頂。例え第一撃を避けられたとしても戻ってくる軌道を描く第二撃で相手を打ち倒す。退治屋珊瑚の実力だった。だが


犬夜叉はその攻撃を全く後ろを見ることなくかわしてしまう。まるで後ろに目があるのではないかと思えるほど。


「なっ!?」


その驚愕は犬夜叉ではなく珊瑚のもの。全力ではなかったとはいえ自分の飛来骨が避けられてしまったことに驚きを隠せない。いやただ避けられてしまっただけならここまで驚くことはなかっただろう。それは犬夜叉の姿。そこには全く恐れも焦りもない。だがそんなことがあり得るのか。例え背後からの攻撃を感知できたとしても飛来骨の第二撃に全く動揺を見せないなんてことが。


それはそう、まるで自分の攻撃を知っているかのような――――


そんな珊瑚の驚愕を知ってか知らずか犬夜叉はそのまま珊瑚との間合いを詰めようと接近してくる。その姿にすぐに我を取り戻した珊瑚は自分に戻ってきた飛来骨を掴み取りながらそれに備える。その視線は犬夜叉の腰にある刀に向けられていた。恐らくはそれが犬夜叉の武器なのだろう。だがそんな珊瑚の予想を裏切るかのように犬夜叉はその片手の爪に力を込めながら飛びかかってくる。そして


「散魂鉄爪っ!」


それを凄まじい速度で振り切ってきた。珊瑚はそれを飛来骨を盾代わりにすることで何とか防ぐ。だがその威力によって珊瑚はその場から吹き飛ばされてしまう。


「くっ!!」


苦悶の声を上げながらも珊瑚は何とか体勢を立て直そうと試みる。だがそんな暇など与えないと言わんばかりに犬夜叉の追撃が珊瑚を再び襲う。珊瑚はそれを受けるのは危険だと判断し、その場から離脱することで斬撃を躱す。その威力によって地面は大きくえぐられてしまう。


後にはまるで巨大な爪によって切り裂かれてしまったかのような地面の惨状が広がっていた――――



その光景に珊瑚は思わず息を飲む。その威力は間違いなく並みの妖怪ではありえない程のもの。それを目の前の半妖、犬夜叉は繰り出してきている。しかもあれだけの攻撃を繰り出したにもかかわらず息一つ乱していない。珊瑚は悟る。自分が今戦っている相手は間違いなく自分を上回る実力を持っていることを。


半妖だからと侮っていた自分がいたことは間違いない。だがそれを差し引いてもこの強さは予想できなかっただろう。加えて犬夜叉は四魂のカケラを使っていない。それはつまり今の強さが正真正銘、犬夜叉自身のものであるということ。


そんな珊瑚の姿をどこかつまらなそうに見つめた後、犬夜叉は再びその手に力を込めながら飛びかかってくる。珊瑚はそれを見据えながらも決意する。それは決死の覚悟。


目の前の犬夜叉に勝つには全身全霊をかけた攻撃を繰り出すしかない。それは命のやり取り。一歩でも間違えば自分の命が奪われてしまうかもしれない極限状態。だがその事実が、現実が珊瑚の心を奮い立たせる。


そうだ。あたしはいつだってそれを乗り越えてきた。それがあるから今の退治屋のあたしがある。それは相手が格上だとしても変わらない。あたしは負けるわけにはいかない。


里のみんなが、父上が、琥珀があたしの帰りを待ってくれてる。だから



「行くぞ、犬夜叉っ!!」


珊瑚は自らの全力を持って飛来骨の攻撃を繰り出す。その威力はまさに何者でさえ打ち砕くことができるほどの力が込められている。その速度も先程のものとは比べ物にならない。その珊瑚の魂を込めた一撃が犬夜叉を捉えたかに見えたその瞬間、それは再び避けられてしまう。それはまさに先程の焼き回し。珊瑚の全力の飛来骨をもってしても犬夜叉を捉えることができない。だがそれは珊瑚にとっては計算の内だった。



「っ!?」


その瞬間、犬夜叉の顔に戦闘中初めて驚きの表情が浮かぶ。その視線の先には自らの体に巻きつこうとしてくる鎖の姿があった。そして気づく。それは飛来骨に取りつけられている物。その鎖が飛来骨の軌道に合わせるかのように自分に襲いかかってくる。それは珊瑚が犬夜叉の動きを封じるために仕掛けたもの。その鎖の網が犬夜叉の周囲を取り囲んでいく。同時に第一撃を避けられた飛来骨が再び犬夜叉に向かってその矛先を向け、疾走してくる。


鎖でその動きを封じての第二撃。それが珊瑚の狙いであることを犬夜叉は瞬時に見抜く。だがその目には迷いも戸惑いも見られない。それは自分の力を誰よりも理解しているから。確かにその戦法に驚きはしたがこの程度でやられるほど自分は弱くはない。自分が求める強さはこれよりもはるか先にある。犬夜叉はその力を手の爪に込め、自らを縛りつけようとする鎖を断ち切って行く。まるで自分を縛り付けるものは何もないと誇示するかのように。間髪いれずそんな犬夜叉に向かって飛来骨が襲いかかってくるも犬夜叉はそれを視界にとらえることなく体をひねることでそれを難なく躱す。


確かに初見であれば手強い武器、攻撃であったかもしれないが自分はこれを知っている。それは本来ならあり得ないことであり反則と言えるかもしれないがこれは真剣勝負。後は珊瑚本人を叩くだけ。そうよぎった瞬間、犬夜叉の目の前に一つの人影が飛び出してくる。



それは珊瑚。


そしてその手には腰にあった刀が握られている。その刃が一直線に犬夜叉へと突きだされる。その光景に犬夜叉の目が見開かれる。それこそが珊瑚の真の狙い。飛来骨を囮に使った自分自身の直接攻撃。タイミングを誤れば自分も飛来骨に巻き込まれかねない諸刃の剣。


だがそれを珊瑚はその才能と決死の覚悟、いや生き残る覚悟で為し得た。珊瑚は自らの勝利を確信する。だが珊瑚は知らなかった。目の前の存在。犬夜叉はそれを覆すほどの力を持っていたことを。


珊瑚はその目に捉える。自分の放った渾身の突きが犬夜叉の体に届いていない。何故。そして理解する。それは鞘。犬夜叉が腰に携えていた刀の物。犬夜叉はそれを抜かず、その鞘を使って珊瑚の刃を受け止めていた。それは刹那の間の時間に行われた、まさに神業と言ってもおかしくない物。


そのことに驚愕したその瞬間、珊瑚はそのまま鞘を持った犬夜叉の腕力によって吹き飛ばされてしまう。退治屋である珊瑚といえどもその腕力の差は覆せるものではなかった。


「うっ……!!」


珊瑚はそのまま地面に倒れ込みながらも何とか立ち上がろうとする。だがそれよりも早く犬夜叉がその体にのしかかり、体の自由を奪う。その力に珊瑚はあらがう術を持たない。


珊瑚は悟る。自らの死を。


その脳裏には様々な想いが駆け廻って行く。


生きたい。死にたくない。みんなに会いたい。


それは走馬灯。同時にその鋭い爪が振り上げられる。それは間違いなく自分を一撃で刈り取るほどの力を持っている。


珊瑚はただその刃が自分に振り下ろされるのを目をつぶって待つことしかできなかった…………









だが、その時はいつまでたっても訪れなかった。


「………………え?」


珊瑚はそんなどこか気の抜けた声を上げることしかできない。そして気づく。先程まで自分を抑え込んでいた力がなくなってしまっていることに。


驚き、目を開いて辺りを見回したそこには刀を腰に差し直しながらその場を去ろうとしている犬夜叉の姿があった。犬夜叉はまるで何事もなかったかのように背中を見せながら森の中に進んでいく。


まるで自分にもう用はないと。そう告げているかのように。



「あんた……どうして………」


とどめを刺さなかったのか。そんな言葉が珊瑚の口から出かかるがそれを何とか抑え込む。だがそれは珊瑚の心からの疑問。今、間違いなく犬夜叉は自分を殺すことができた筈。そして自分もその覚悟を持って戦った。


そして犬夜叉は自分を生かしておく意味などないはず。自分は犬夜叉にとっては邪魔者でしかないのだから。だがその理由は今の珊瑚には分かるはずもなかった。




「………弱え奴には用はねえ。さっさとこの森から出ていきな。」



まるで感情を感じさせないような、いや感情を感じさせまいとするような声でそう告げた後、犬夜叉はそのまま森の奥に姿を消していく。




珊瑚はそんな犬夜叉の後ろ姿をただずっと見つめ続けることしかできなかった―――――



[25752] 珊瑚編 第三話 「兆し」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/11/29 01:13
静まり返った森の中、一人の少年が木の上に寝そべったまま何をするでもなくただずっと空を眺め続けていた。その視線、瞳に何が写っているのかは分からない。だがその目にはここではないどこかの景色が映っているのではないか。そんな風に思える雰囲気が少年、犬夜叉にはあった。

そんな誰にも犯すことができないような空気の中、突然犬夜叉に向かって何かが投げつけられる。それは一直線に犬夜叉に向かって放たれてくる。だが犬夜叉はそれを見ることなく、その手で難なく掴み取る。犬夜叉がその手の中に目を向ける。そこには果物がある。それが先程投げつけられてきたものの正体。そしてそんなことをしてくるのは一人しかいない。犬夜叉はどこか気だるそうに体を起こしながらその眼下に視線を向ける。そして


「またお前か、珊瑚。」


面倒臭そうな仕草を見せながらそうぼやく。だがそんなことなど全く気にせずに樹の下にいる少女、珊瑚は犬夜叉の姿を見上げたまま話しかけてくる。


「悪かったね、でもまともな物食べてないんだろ?こっちに下りてきて一緒に食べないか?」


その言葉に犬夜叉はどこかやりづらそうな表情を見せる。どうしてこんなことになってしまったのか。一週間前に初めて珊瑚と出会い、戦闘を行った翌日からこんな光景が日常になりつつあった。自分は先の戦闘で珊瑚に力の差を見せつけるために戦った。それは面倒事を避けるため。そして自分の記憶にある珊瑚の強さなら今の自分でも追い払うことができると言う確信もあったから。そしてそれは間違いなく成功した。そう思っていた。だが見誤っていた。

それは珊瑚の負けず嫌い、いや執念と言ってもいいもの。それを自分は刺激してしまったらしい。その翌日、珊瑚は自分の前に再び姿を現した。だがその姿は戦装束ではない普段の着物姿。そしてその手には様々な食べ物が抱えられている。珊瑚はそれを自分に向かって勧めながら話をしようとしてくる。そこには全く恐れも怯えもない。つい先日自分に殺されかかったというのにこの態度は何なのか。驚きと同時に呆れを抱きながらも珊瑚は自分に接触しようとしてくる。だが犬夜叉はそれを頑なに拒否し続けている。それはある意味意地の様なもの。それに屈すれば何かに負けてしまうような気がしてならなかった。何よりも餌付けされているようで癪に触るのが一番の理由だった。


「そんなに意地張らなくてもいいじゃないか。ちょっと話がしたいだけなんだから。」


そんな犬夜叉の態度を見、どこか楽しそうにしながら珊瑚はそう告げる。それは犬夜叉の態度がやせ我慢であることをここ一週間の間に感じ取っていたから。

先日の戦闘。その強さは本物であり、自分はそれに敗北してしまった。それは今すぐ再戦しても覆せる実力差ではない。それは珊瑚の退治屋としての冷静な、客観的な判断。ならばそれ以外の方法で自分はこの依頼を完遂しなくてはならない。そのためにはもっと相手のことを知る必要がある。そう考えた珊瑚はお土産と言う名の餌付けを開始することになる。犬夜叉がまともな食事を取っていなことを見抜いたのもその理由。だが任務だけならここまでする必要もない。だが珊瑚は知らず、犬夜叉に興味を惹かれていた。それは様々な理由があった。その一つが



「おお、また来とったのか、珊瑚!」

「七宝、お邪魔してるよ。」


自分の目の前にいる小さな子狐妖怪、七宝の存在だった。それを知ったのは犬夜叉と初めて出会った日の翌日。珊瑚は何とか犬夜叉と話をしようとするもそのすべてをあしらわれ、途方に暮れるしかなかった。だがそんな時、目の前にいる七宝が現れた。初めはこの森に住んでいる妖怪かとも思ったがそれは違っていた。七宝は犬夜叉が連れている仲間であったらしい。本人はそれを否定して、勝手に付いてきているだけだと言っていたがそれが照れ隠しであることは誰の目にも明らかだった。その姿はまるで兄弟の様。そして七宝は犬夜叉とは違ってかなり人懐っこい妖怪であり、人間である自分にもすぐ懐いてくれた。もっとも自分が持ってくる食べ物につられてしまっているところも大きかったようだが。


「今日は何を持ってきてくれたんじゃ!?」

「これは近くの村でできたリンゴだよ。今年はできがいいみたいだからね、きっとおいしいよ。」

「ほんとか!?犬夜叉、早く降りてこんか、御馳走じゃぞ!」

「ふん、俺はいらねえ、勝手にしろ。」


はしゃぐ七宝とは対照的に犬夜叉はそう言い放った後、再び木に寝そべってしまう。どうやら引っ込みがつかなくなってしまったらしい。まるで反抗期の子供の様だ。


「全く、犬夜叉は子供だからのう、やはり大人のおらがしっかりせねば!」


そう言いながらも七宝は一心不乱に目の前にあるリンゴにかぶりついていく。その姿はまさに見た目通りの小さな子供そのもの。犬夜叉のことを偉そうに言えるような姿ではなかった。だが七宝が誰よりも犬夜叉を信頼していることは間違いない。それは七宝から聞いた話。

七宝は雷獣兄弟と呼ばれる妖怪によって父親を殺され、その復讐をするために四魂のカケラを手に入れようとしていたらしい。だがそれを持っていた犬夜叉に呆気なく返り討ちに会い、途方に暮れるしかなかった。だが犬夜叉はそのまま何を言うでもなく雷獣兄弟を倒してしまう。そのことに感動した七宝はそれ以来犬夜叉について回っているらしい。犬夜叉曰く、それは雷獣兄弟の持っていた四魂のカケラを手に入れるためだったらしいがそれが嘘であることを七宝は確信していたのだった。


珊瑚は夢中でリンゴを食べている七宝を微笑ましく見つめた後、その視線を犬夜叉へと向ける。どうやら先程のやり取りが気に障ったのか不貞寝をしてしまっているらしい。だがそんな姿とは裏腹に犬夜叉が本当はかなりのお人好しであることに珊瑚は気づき始めていた。それは先の自分との戦闘や、村人たち相手にも手加減をしていることからも明らか。それ故に珊瑚は何とか話し合いで解決できないものかと考えていた。


そしてその視線は犬夜叉の首に掛けられている四魂のカケラに向けられる。珊瑚としてはそれを何とか渡してほしかったのだが残念ながらそれは叶いそうにない。だがそれでもいいかもしれないと珊瑚は思い始めていた。それは犬夜叉が四魂の玉を使う気が全くないことを悟ったから。七宝から聞いた話によるとそのカケラは全て犬夜叉が自分で集めたものらしい。確かに犬夜叉の強さなら四魂のカケラを手にした妖怪にも後れを取ることはないだろう。だが犬夜叉は自分の力に満足していないらしい。

『強くなりたい』

それが犬夜叉の口癖らしい。しかし今でも十分な強さを持っているのではないか。そう珊瑚は考えるも犬夜叉の目指す強さはそんなものではないらしい。だがそこには大きな矛盾が存在する。

強さ。それを手に入れるのであれば四魂のカケラを使えばいいのではないか。実際、その力を求めて多くの妖怪が四魂のカケラを探し、奪い合っている。加えて犬夜叉が持っている四魂のカケラの大きさは凄まじいもの。恐らくはそれに見合うだけの力が、妖力が手に入るはず。だが


『こんなもんで強くなっても意味がねえ』


珊瑚の疑問を犬夜叉はそう吐き捨てるようにして答えた。その言葉に珊瑚は驚愕するしかない。四魂の玉は妖怪であれば喉から手が出るほど欲しいもの。それをまるで何の価値もないガラクタであるかのように言い放つなどありえるのだろうか。だが犬夜叉が嘘を言っているようには見えない。いやそれどころか四魂の玉自体に強い嫌悪を抱いているのではないかと思えるほどの感情がその言葉には込められていた。

だがなら何故四魂のカケラを集めているのか。その理由は単純明快。それは四魂のカケラを持っていれば妖怪が自分を狙ってくるから。それが強くなるためには手っ取り早い、効率がいいため犬夜叉は四魂のカケラを首に掛け、集めているらしい。そんな本来の用途とはかけ離れた四魂のカケラの使い方に珊瑚は呆れを通り越して感心すらしてしまう。

そして同時にその強さへのこだわりに驚きを隠せない。確かに妖怪であれば、いや妖怪に限らず皆、強さを求める。だが犬夜叉のそれは明らかに異常だ。それは何かの強迫観念に囚われているのではないか、たった一週間しか関わっていない自分がそう思ってしまうほどのもの。だがその理由を犬夜叉は決して語ろうとはしない。それは七宝も知らないらしい。だが気になることを七宝は聞いたことがあるらしい。


それは『時間が無い』という犬夜叉の呟き。それが犬夜叉が焦っている理由らしい。だがその意味が珊瑚はもちろん七宝にも分からない。妖怪の寿命は人間よりも遥かに長い。半妖であってもそれは同じだ。そして犬夜叉は人間でいえばまだ十五歳前後の少年。まだまだ焦る必要などないはず。

加えて気にかかるのがその腰にある刀。先の闘いでも自分はそれが犬夜叉の武器なのだと考えていた。だがそれを結局犬夜叉は抜かなかった。もしかしたらそれを抜く必要もないと判断されたのかとも思ったがそれは違うようだ。何故ならずっと一緒に旅をしてきた七宝も犬夜叉がその刀を抜くのを一度も見たことが無いらしい。使えない、使わない刀を何故持つ必要があるのか。どんなに考えても珊瑚にその理由が分かるはずもない。


半妖と言う珍しい存在であると言うこともあるがそれ以外にも気になることが多い。そして一番の理由。それは二度目に会った時の犬夜叉の言葉。



『またお前か、珊瑚。』


それは端から聞けば何もおかしい言葉ではない。だがそれはあり得ない。それは『珊瑚』という言葉。それが犬夜叉の口から出てくるはずなどない。


何故なら自分はその時にはまだ一度も犬夜叉に名乗っていなかったのだから。


そのことを何度か問い詰めようとしたが結局はぐらかされてしまったまま。それが珊瑚が犬夜叉にこだわっている理由だった。




そんなことを考えていると、突然先程まで木の上で寝ていた犬夜叉が自分の近くに降り立ってくる。その姿に我に返った珊瑚は驚きながらも犬夜叉に視線を向ける。犬夜叉はそんな珊瑚をどこか呆れた目で見つめながら



「………俺の負けだ。これ以上纏わりつかれるのは御免だ。明日にはこの森から出ていく。それでいいんだろ?」


そう溜息をつき呟く。それは犬夜叉の降参宣言。このままではずっと纏わりつかれるのではないかという不安があったからに他ならない。


「……いいの?こっちの勝手なお願い聞いてもらっちゃって?」


珊瑚はそう驚きながら聞き返す。確かにそれは珊瑚が望んでいた結果ではあったがこんなに簡単にいくとは思わなかった。元々村側の一方的な依頼でもあったからだ。しかし犬夜叉はそんな珊瑚の姿を見ながらも淡々と言葉をつないでいく。


「ああ……どっちにしろそろそろ出ていこうと思ってたからな。この辺りの妖怪はほとんど倒しちまったし……」


それは犬夜叉の嘘偽りない本音。この森に住処を移してしばらく経つがもう自分を狙う妖怪は居なくなってしまっていた。ならばずっとここに留まる理由もない。先日珊瑚と闘ったのは一方的に言われてそのまま追い出されるのが気に食わなかったのが本当の理由だったのだがそれは言わぬが華だろう。


「そうなんだ、何だか悪いね………でもこれで安心して里に戻れるよ。」


そんな犬夜叉の胸中など知らぬ珊瑚はそう安堵の声を漏らす。何にせよこれで依頼はこなすことができた。少し後味が悪い任務ではあったが仕方がない。何より一週間と言う短い時間ではあったがどこか楽しい時間でもあった。いつもは妖怪と闘ってばかりの退治屋だがたまにはこういうのも悪くない。


「珊瑚は家に帰ってしまうのか……?」


七宝がそうどこか寂しそうに珊瑚に話しかける。短い時間ではあったが自分と接し、遊んでくれた珊瑚と別れることに寂しさがあるらしい。珊瑚はそんな七宝を優しくあやしながらも苦笑いしながらそれに答える。


「ごめんね……でもあんまり遅くなると父上や琥珀も心配するから。」


本当なら大ムカデの退治だけで帰るつもりが思ったよりも時間がかかってしまった。恐らくは心配をしている頃だろう。もう少し一緒にいたかったが仕方がない。だがもしかしたらまた会うこともあるかもしれない。その時には琥珀たちにも紹介しよう。そんなことを珊瑚が考えていると



「……………珊瑚、その琥珀ってのはお前の家族なのか……?」


突然犬夜叉がそんなことを尋ねてくる。珊瑚はそれに驚いてしまう。犬夜叉の方から自分に話しかけてくることは今までほとんどなかったからだ。何よりもその態度。それは真剣そのもの。いつもの不機嫌そうな、気だるそうな雰囲気は全く感じられない。


「あ、ああ。あたしの弟だよ。十一でね。もうすぐ初めての実戦に出る予定なんだ。」


そんな犬夜叉の姿にそこか気圧されながらも珊瑚は答える。何故そんなことを聞いてくるのだろう。自分は琥珀のことは何も話したことはないはず。ただ単に興味があっただけなのだろうか。



「………………そうか。」


犬夜叉はそのまま何かを考え込むかのように黙りこんでしまう。七宝もそんな犬夜叉の様子を不思議に思いながらもただ見つめることしかできない。自分もそれが何なのか気になるところだが日も暮れ始めている。そろそろ出発しなければ。



「じゃあね、犬夜叉、七宝!元気で!」


珊瑚はそう笑みを浮かべて手を振りながら森を後にしていく。七宝はそれを名残惜しそうにしながら見送って行く。



そして犬夜叉はそんな珊瑚の後ろ姿をどこか決意に満ちた目で見つめ続けるのだった―――――



[25752] 珊瑚編 第四話 「改変」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/02 21:48
「ただいまー。」

元気な声と笑顔を浮かべながら珊瑚は自らの故郷である退治屋の里へと戻っていく。その背中には飛来骨と共に大きな荷物も担いでいる。かなりの大荷物であったため思ったよりも遅くなってしまったようだ。


「おかえり、珊瑚ちゃん。」
「獲物は?」


珊瑚の帰還を知った里の村人たちが次々に集まってくる。そこにはどこか家庭の温かさを感じさせる雰囲気がある。退治屋の里は数十人の小さな里であり、それ故に村人同士が家族同然の親しい付き合いを行っている。もちろん退治屋の里ではあるものの村人の全てが退治屋なわけではなく、普通の村同様、畑仕事で生計をたてている者、家事を行っている者など様々。だがやはり退治屋の仕事が一番里にとっての収入の柱であるため、退治屋である珊瑚たちは特に村人たちから感謝されているのだった。


「大ムカデだよ。少しだけど足と皮を持ってきたんだ。鎧作りに使えるよね。」


珊瑚は担いでいた袋の中から先日退治した大ムカデの足と皮の一部を取り出しながら村人たちに渡していく。それが四魂のカケラに加えての今回の依頼の報酬。妖怪の牙や、爪などは妖怪退治の武器や防具の材料になる。それは退治屋の自分たちにとっても必要なものであり、またそれを里の外で売ることで新たな収入にもなる。そのため珊瑚は今回は依頼のあった村から報酬をもらわなかったのだった。そして村人たちが慣れた様子でそれらを工房に運び出していくのを珊瑚が手伝おうとしたその時、


「おかえり、姉上!」


嬉しそうな声と共に鎖鎌を腰に携えた少年が走りながら珊瑚へと近づいてくる。その隣には小さな猫の様な動物、いや妖怪の姿もある。どうやら少年同様、珊瑚が戻ってきたことを喜んでいるらしい。


「琥珀、雲母、ただいま!」


珊瑚は優しい笑みを向けながら自らの弟である琥珀とパートナーである雲母に応える。雲母はかわいらしい鳴き声を発しながら珊瑚の肩に飛び乗ってくる。珊瑚はそれを撫でながら可愛がっている。そこがいつもの雲母の指定席。

雲母は今は小さな猫の様な姿だが、戦闘の際には大きな化け猫へとその姿を大きく変える。その強さは並みの妖怪では相手にならない程。それに加え空を飛ぶことができるため、遠く離れた場所の退治屋の依頼を受ける際には特に頼りになる仲間であり、珊瑚と共に行動をすることが多い存在だった。


「今日はいつもより遅かったんだね。何かあったの?」


そんな嬉しそうな雲母の様子を眺めながらも琥珀が興味深そうに珊瑚へと尋ねる。珊瑚の目の前にいる少年、琥珀は今年で十一になる珊瑚の弟であり、退治屋の頭の息子。その姿から恐らくは先程まで鎖鎌の訓練を行っていたのだろうことに珊瑚は気づく。ちゃんと訓練をしているかどうか心配していたがどうやら問題なかったらしい。珊瑚はどこか安堵した表情を見せながら


「ちょっと飛び込みの依頼があってね。それは後で話してあげるから先に父上のところに行ってくるよ。渡さないといけない物があるからね。」


珊瑚はどこか真剣な表情で自らの懐からある物を取り出す。その掌には小さなカケラが握られている。それは大ムカデの体の中から出てきた四魂のカケラだった―――――





「四魂のカケラを手に入れたか。でかしたな珊瑚。」


そう言いながら髭を生やした初老の男性が珊瑚から渡された四魂のカケラを神棚へと奉る。その男性は珊瑚の父であり、退治屋の頭。珊瑚は依頼の報告のために父を訪ねてきたのだった。珊瑚はそのまま父が拝んでいる神棚に目を向ける。そこには珊瑚の持ってきたものに加えて二つの四魂のカケラの姿がある。それは退治屋の依頼の中で珊瑚たちが今まで集めたカケラ達。だがその全ては同じ様に黒ずんだ光を放っている。それは邪気。邪な妖怪たちの手に渡っていたために四魂のカケラはその邪気にまみれてしまっているのだった。


「こんなんでカケラの邪気は鎮まるの?」

「いや、無理だろうな。これほどの邪気を浄化するには強い力を持った巫女様に頼むしかない。」


珊瑚の疑問に難しい顔をしながら父は呟く。自分たちは妖怪退治屋であるが浄化の力を持っているわけではない。それは本来、巫女の役目。だが四魂のカケラの邪気は強力なもの。普通の巫女では浄化することは叶わないだろう。だが巫女はその数が少なく、特に力が強い者であれば尚のこと。実際、里の近くにはそれほどの力を持つ巫女はいなかった。依頼をこなす傍らでそれを探しているがすぐに見つかりそうにはないのが最近の頭の悩みの種だった。そんな自らの父の姿に目を奪われながらも珊瑚は先日の依頼の内容を報告していく。そして飛び込みで入った依頼の話題になった時、



「犬夜叉………?」


父はどこか驚いたような反応を示す。そんな父の姿に珊瑚は驚きを隠せない。確かに半妖である犬夜叉の存在、話し合いで解決することができたことなどいつもの依頼とは勝手が違ってはいたがそれほどまで驚くようなことだろうか。何よりもまるで


「父上、犬夜叉のこと何か知ってるの?」


犬夜叉のことを知っているかのような反応を示した父に珊瑚は聞き返す。父はそんな珊瑚の問いを聞きながらもどこか考え事をしているかのような仕草を見せる。それはまるで昔のことを思いだそうとしているかのよう。そしてしばらくの間の後、



「ああ………確か五十年ほど前に封印された半妖だったはずだ。」


遠い記憶を思い返すかのように父は珊瑚へと自らが聞きおぼえている内容を伝えていく。それは先代、つまり珊瑚の祖父から聞かされた話。


五十年前、里から出た四魂の玉を桔梗という霊力の強い巫女に預け、清めてもらったこと。


だがその四魂の玉を狙う者は後を絶たず、巫女は戦いの日々を過ごしていたこと。


そんな中、犬夜叉という半妖が四魂の玉を手に入れるために桔梗がいる村を襲ったこと。


その際に、致命傷を負ったものの桔梗は最後の力を振り絞り犬夜叉を封印したこと。


四魂の玉は桔梗の亡骸と共にこの世から消え去ったこと。



珊瑚の父はどこか悲しげな表情を見せながら事実を語っていく。それは先代の想いを思い出していたから。先代の頭は桔梗に四魂の玉を預けたことを生涯後悔し続けていた。確かに桔梗は並はずれた力を持った巫女であり、事実その玉の邪気を清めることができた。だがどんなに強い力を持っていたとしても、巫女だとしても桔梗は少女であったことを里の者はもちろん、桔梗の村の者たちも気づくことができなかった。そう無念そうに自分に語っていた自らの父の姿が頭の目に焼き付いていた。


だがそんな父の姿を見つめながらも珊瑚はどこか納得がいかないような表情を見せていた。


それは違和感。


父上の話は恐らくは間違いない事実だろう。先代から伝えられたものであればなおさらだ。しかしその話の中で出てくる犬夜叉のイメージと先日の犬夜叉の姿がどうしても一致しない。

父上の話では犬夜叉は四魂の玉を手に入れるために桔梗という巫女と村を襲ったらしいが珊瑚にはどうにもそれが信じられなかった。一週間と言う短い時間ではあったが犬夜叉の人となりは理解できた。七宝と言う純粋な子供の妖怪があんなに懐いていることからも犬夜叉がお人好しであるのは疑いようがない。加えて犬夜叉は四魂の玉を使う気が、いや玉に関する執着すら全く感じられなかった。自分をだますための嘘をついていた可能性もあるがそうは見えなった。なら村を襲ったのにも何か理由があったのではないか。珊瑚があごに手を当てながら一人考え込んでいると



「とにかく、もう一度その犬夜叉と会ってみる必要があるな。四魂のカケラを持っているのなら尚のことな。」


頭はそうどこか決意した顔で告げる。どうやら父の中でも色々と気になることがあるらしい。だがそれは自分も同様。初めて会った時から妙なところが多い犬夜叉ではあったが自分の想像以上に事情が複雑そうだ。


「……分かった、その時にはあたしも一緒に行くよ。」


珊瑚は想像以上に二人との再会の時が近いことを感じながらもその場を後にするのだった―――――





「ほんとに姉上が負けちゃったの?」

「ああ、悔しいけど完敗だったよ。」

どこか信じられないといった様子で縁側に腰掛けている琥珀が珊瑚に話しかける。対する珊瑚は畳の上でうつぶせになり、雲母と戯れながらそうどこかあっさりと答える。そんな珊瑚の言葉に琥珀は驚きを隠せない。

珊瑚は退治屋の里で一番の使い手であり、その実力は頭も認めている程。その強さを琥珀も何度も目にしている。何よりもそんな姉の様に強くなりたいと思ったのが退治屋になろうと思った一番の理由。だがどうしても臆病な性格が災いし、上手くいっていないのが琥珀の最大の悩みだった。そしてそんな姉が敵わなかったという半妖。それ自体にも驚いたがそれでも無事に帰ってきたことの方が琥珀を驚かせていた。

退治屋の仕事は死と隣り合わせ。敗北すると言うことは死を意味しているからだ。しかし姉の話ではその半妖はとどめを刺さず、見逃してくれたらしい。いくら半妖とはいえ普通あり得ないような話に琥珀は聞き入ってしまう。


「そうなんだ……一度会ってみたいな。」


「きっと二人とも喜ぶと思うよ。それに今度会う時には借りを返さないといけないからね。」


琥珀の素直な言葉に答えつつも珊瑚はどこか不敵な笑みを浮かべながらそう宣言する。そんな珊瑚の姿に琥珀は苦笑いするしかない。負けず嫌いの姉にしては素直に負けを認めていると思っていたがどうやらあきらめていたわけではないらしい。いつもも通りの姉の姿に相手をさせられるであろう半妖の犬夜叉に内心琥珀が同情していると


「ついでにあんたの訓練にも付き合ってあげるよ。あさってには初めての実戦に出るんだから。」


「うっ………」


珊瑚は立ち上がりながら琥珀に近づいてくる。だがその言葉に琥珀は思わず口を噤んでしまう。その表情には怯えと不安が満ちている。そんな琥珀の姿にどこか呆れながらも珊瑚は近づいていく。それは先程、頭から伝えられた依頼。それに琥珀は初めて参加することになった。年齢的にも実戦にも出てもおかしくないのだがその性格から先延ばしにしてきたのだがどうやら頭も決心したらしい。

だが肝心の琥珀はこの有様。どうしても不安は隠しきれないようだ。その心境は珊瑚にも分かる。今では里一番の手練である珊瑚だが最初からそうだったわけではない。最初の実戦では足が震え、上手く動くことができなかった。だがそれは当たり前。命のやり取りを最初から簡単にできる者などそうはいない。だが頭や仲間たちの助けもあり、珊瑚はここまで成長することができた。ならば今度は自分がその役目を果たす番。



「心配ないさ。あたしも父上も付いてる。何かあっても助けてあげられるさ。」


「……う、うん。」


珊瑚は優しく諭しながら琥珀の肩にその手を乗せる。そこには姉としての姿と同じ退治屋として琥珀に期待している眼差しがある。珊瑚は琥珀が決して弱くないことを知っている。いや、才能でいえば自分にも引けは取らない程のものをもっているはず。だが琥珀はそれに気づいていない。ならば少しでもその自信をつけていけるように手を貸していこう。珊瑚はそう決意する。


琥珀もそんな珊瑚の想いを感じ取ったかのように笑みを浮かべる。だが琥珀はその胸に中にある言いようのない不安を誤魔化すことができずにいる。


それが何なのか分からないまま、珊瑚と琥珀にとっての運命の夜が訪れようとしていた―――――





日も落ち、薄暗い闇が辺りを覆い尽くしている中、大きな屋敷に多くの人影がある。だがその雰囲気はとても普通の物とは思えないような緊張感に満ちていた。


「夜な夜な大蜘蛛がこの城を襲い、城中の者も既に何名か喰われておる。仕留められるか?」


そんな城の中に座り込んでいるこの城の城主が眼下にいる珊瑚たち退治屋に向かってそう問いかける。珊瑚たちはそんな城主に向かって面を下げながら控えている。


城を襲う大蜘蛛の退治。それが今回の依頼の内容。

城の者たちだけでは手に負えないと言うことでその退治が珊瑚たちの里に依頼されたのが事の経緯。だが聞いた話ではそれほど強力な妖怪ではないらしい。だがそれにも関わらず頭は珊瑚を筆頭に里の手練たちを依頼に同行させていた。それは琥珀の初の実戦と言うことが一番の理由。口には出さないがやはり琥珀のことは心配しているらしいことに珊瑚は気づく。


「里の中から手練を選りすぐってまいりました。」


城主の問いに一部の迷いもなく頭は即答する。それは間違いない事実。だが


「手練と申しても……おなごらしき者や子供まで居るではないか。」


城主の目にはそう映らなかったらしい。しかしそれは無理もないこと。珊瑚はともかく琥珀は十一の少年。それを目の前にすれば不安が芽生えない方がおかしいだろう。現に先の大ムカデの依頼でも村人たちは実際に見るまで珊瑚の実力を疑っていたのだから。


「この二名は手前の娘と息子にて……里の中でも一、二を争う名手。」


そんな城主の不安をかき消すかのように頭は自信を持ってそう告げる。だがその言葉には少し誇張表現が含まれていたのだが。



「……だってさ。頑張れよ、琥珀。」


父の意図に気づいた珊瑚がそうどこかからかうように琥珀に呟く。その口元は防毒面と呼ばれるマスクの様なものによって隠れているため見ることができないがそれが笑っているのは明らかだった。


「父上の嘘つき………」


もはや引っ込みがつかなくなってしまった琥珀はあきらめとともに覚悟を決めながら自らの武器である鎖鎌に力を込める。こうなってしまっては仕方ない。上手くできるかどうかは分からないができる限りのことをするしかない。琥珀の目には先程まであった焦りと不安がなくなりつつあった。その様子に珊瑚は安堵する。恐らくは緊張しすぎている琥珀に気づいた父なりの心遣いだったのだろう。後は実戦を乗り切るだけ。そう考えた瞬間、空からこの世の物とは思えない程巨大な蜘蛛が姿を現す。それがこの城を襲っている大蜘蛛であることは疑いようがない。

その姿に城中が緊張に包まれる。城の警備の者たちもその武器を手に構えるがその姿には全く覇気が無い。それは悟ったから。自分たちでは目の前の蜘蛛には、妖怪には敵わないと。いくら妖怪退治屋と言ってもこんな化けものをどうやって倒すのか。そんな不安と恐怖が辺りを支配しかけたその時、


「囲めっ!」


頭の号令と共に退治屋たちが弾けるように動き出す。その動きには一切の迷いも、一部の隙もない。まさに退治屋のとしての姿がそこにはあった。退治屋たちは散開しながら蜘蛛を取り囲むように陣を作って行く。大蜘蛛はすぐに退治屋たちが自分にとっての障害であることに気づき、その口から蜘蛛の糸をはきだすことによってそれを排除しようとする。


だがその攻撃は一つとして退治屋たちを捉えることができない。それは長年の経験と磨き上げてきた実力によるもの。それが人間でありながら妖怪と渡りあうことができる退治屋の姿だった。その光景に城内の者たちは目を奪われていた。もはやここが戦場であることを忘れてしまうほどの何かがそこにはあった。そしてそれは戦いの中に身を置いている琥珀も同じだった。


「飛来骨っ!」


珊瑚の飛来骨がその威力を持ってその大蜘蛛の体を一撃で打ち砕く。既に頭たちによって足を奪われていた大蜘蛛にそれを防ぐ手立てはない。いや、もしそれがあったとしても飛来骨の攻撃を耐えることなどできなかっただろう。



「す……凄い、姉上………」


その光景に思わずそんな声が琥珀の口から洩れる。それは憧れ。自分と歳が離れているとはいえ珊瑚はまだ十六歳の少女。にもかかわらずあんな強さを持っている。珊瑚だけではない。父上も、仲間たちも身惚れてしまうほどの力を持っている。それが妖怪退治屋。自分が目指すもの。その事実に琥珀の心が高まっていく。


自分はまだみんなのように上手く戦うことはできないかもしれない。でもいつかみんなと同じように、あの領域に。そして妖怪によって苦しめられている人たちを守りたい。


それは初めて琥珀が誰かに言われたからではなく、自分自身で感じた感情。そしてそれこそが退治屋にとって、強くなるために最も必要なもの。琥珀はそう自分の気持ちに気づき、戦いに加わろうとした瞬間、


琥珀の目の前から光が消えた―――――




そして珊瑚の一撃が決め手となったのか、大蜘蛛はその場に崩れ落ち身動きができなくなってしまった。それを見て取った頭たちはとどめを刺すために近づいていく。だがそこには全く油断は見られない。


「よし、頭をつぶすぞ。とどめだ。」


頭の合図と共に退治屋たちがその武器を構える。そしてその光景を琥珀同様、珊瑚も少し離れていたところから見つめていた。



(簡単すぎるな……この蜘蛛、妖気も薄いし……)


珊瑚はそう内心で考える。体の大きさの割には大したことない妖怪だった。少し呆気なさすぎるような気もするがたまにはこういうこともあるだろう。珊瑚はそうどこか気の抜けたこと考える。


それは油断。だがそれは無理のないこと。実力でいえば一番だが経験においては頭たちの方が圧倒的に上。加えて珊瑚は先日の依頼をこなしてからほとんど休んでおらず、疲労もたまっている。それを責めることなど誰もできないだろう。だがそれが致命的だった。



珊瑚は気づく。琥珀がその手にある鎖鎌を構えていることに。それは何もおかしいことではない。恐らくは大蜘蛛に頭達と共にとどめを刺すつもりなのだろう。


そう。ただそれだけ。何の問題もない。


なのに何故。自分はこんなにも目を見開いているのだろう。息ができないのだろう。血の気が失せているのだろう。



それは直感したから。琥珀の手にしている鎖鎌が大蜘蛛を狙っているのではないこと。



その手にある鎖鎌が放たれる。それはとてもいつもの琥珀の物とは思えないほどに機械的で、無慈悲なもの。



その鎌が、凶刃が放たれる。その先には自らの父である頭、そして家族同然の仲間たちがいる。


だが彼らは気づかない。その刃が自分たちに放たれたことに。



当たり前だ。一体誰が想像できる。琥珀が、あの琥珀が、誰よりも優しい心を持った琥珀がそんなことをするなどと。



珊瑚はその光景に目を見開いたまま動くことができない。


その手が、足が動かない。声を上げることもできない。


それほどの一瞬の出来事。だがそれを珊瑚は捉えていた。


琥珀の動きが、鎖鎌の動きがまるでスローモーションように見える。それはまるで走馬灯の様。だがそれに体が、思考が追い付かない。




その死神の鎌が退治屋たちの首に襲いかかる。その首をその名の通り斬り落とすために。そしてそれを珊瑚は止めることができない。



それはまるで運命。それにより珊瑚と琥珀は消えることない罪と傷を負うことになる。それは定められていたこと。本来の歴史。だが




それを覆すことができる者がこの時代には存在していた。





「…………………え?」


その声は一体誰のものだったのか。それが自分が発したものであることすら珊瑚は気づかない。その瞳はただその姿を目に捕えていた。



それは一瞬で琥珀と頭たちの間に割り込み。その刃を防いでしまった。その速度はまさに疾風。とても人間が出せるものではない。一体誰が。そこには



赤い着物を着、


銀の長髪をたなびかせ



頭に犬の耳をした少年の姿があった






これが、珊瑚と琥珀の運命が大きく変わった瞬間だった―――――



[25752] 珊瑚編 第五話 「運命」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/05 01:41
今、城内は静けさに包まれていた。それはまるで時間が止まってしまったかのよう。だがそれは決して比喩などではない。その場にいる全ての人間が動きを止め、ある一点を見つめている。そこにはこの場にはいなかったはずの存在がいた。その出で立ちからその少年が普通の人間ではないことは明らか。いや、その頭にある犬の耳から妖怪なのだろう。だが一体何故そんな妖怪がこの場に突然現れたのか、そして何故退治屋の少年の攻撃から他の退治屋を庇うような真似をしたのか。城の住人達は自分たちの理解を超えた事態にただ呆然とするしかない。そしてそれは珊瑚たちも同様だった。


「犬夜叉………?」


珊瑚はそうどこか心非ずと言った風に呟く。まるでここが現実なのかどうかわからないと言った様子だ。先程の琥珀の突然の凶行。それを前に自分は動くことができなかった。それは間違いなく父の、仲間たちの命を奪うはずだった。だがそれは防がれた。目の前の半妖、犬夜叉によって。


だがどうしてこんなところに犬夜叉がいるのか。それも何故自分たちを救うようなことを。何よりもそのタイミング。まるでそれが分かっていたかのような乱入。まるで何かの物語の様にできすぎている状況に珊瑚はただ呆然とするしかない。それは珊瑚の父たちも同様だ。珊瑚の反応で目の前にいる少年が犬夜叉であることは間違いないらしい。だが何故初対面であるはずの自分たちを救ってくれたのか。その目的も、考えも全く分からない。


しかしそんな皆の視線を受けながらも犬夜叉は全くそれを無視したままただ真っ直ぐに目の前の少年、琥珀を見つめ続けている。その姿は真剣そのもの。その雰囲気から犬夜叉が本気、いや何かに緊張しているのが珊瑚たちにも伝わってくる。そしてすぐに珊瑚たちは我に返り、その目を琥珀に向ける。

先程の行動はとても琥珀の物とは思えない。一体何が起きているのか。珊瑚たちは臨戦態勢を取りながらも琥珀の姿をその目に捉える。そして気づく。それは眼。その眼には全く生気が感じられない。うつろなまるで人形の様なその姿。何かが琥珀に起こっていることを悟った珊瑚が慌てながら琥珀に近づこうとしたその時、犬夜叉がまるで獣のようにその場を弾けるように飛び出していく。その速度はまさに獣のそれ。そしてその矛先は鎖鎌を構えている琥珀に向けられていた。


「なっ!?」


その光景に珊瑚は思わずそんな声を上げる。珊瑚はいきなりの事態に混乱することしかできない。突然の犬夜叉の襲撃。それはまるで獲物を狙うかのような殺気を纏っている。先日の自分との戦闘とは比べ物にならない程のもの。それほどの鬼気迫るものを珊瑚は感じ取る。そしてそれが自分の弟である琥珀に向けられている。


どうして犬夜叉がそんな姿を見せているのかは分からない。だがこのままでは琥珀が殺されてしまう。それを許すわけにはいかない。珊瑚はすぐさま自らの手にある飛来骨を構え、それを犬夜叉に放とうとする。だが


「大丈夫じゃ、珊瑚!犬夜叉は琥珀を助けに来たんじゃ!」


そんなどこか場違いな子供の声が珊瑚に向かって放たれる。その声に思わず珊瑚は動きを止めながら振り返る。そこには雲母に乗った七宝の姿があった。その光景に珊瑚は混乱の極致にあった。七宝に加えて何故里に残っていたはずの雲母までこの場にいるのか。あり得ない事態の連続に珊瑚は動揺を隠しきれない。だがそんな中、犬夜叉はその凄まじい速度で一気に琥珀に肉薄する。だがそれを見ながらも琥珀はまるで機械の様な動きでその鎖鎌を犬夜叉に向かって放ってくる。

そこには何の感情も見られない。先程、頭たちを殺そうとした時と全く同じだった。だがその攻撃を犬夜叉はその爪を使って難なく防ぐ。いくら退治屋だといっても琥珀はまだ十一の少年、それを捌くことは犬夜叉にとっては造作もないこと。まるで攻撃など無かったかのように犬夜叉は琥珀の間合いに入り込み、


「散魂……鉄爪っ!」


その手の爪を振り下ろした。その強力な斬撃が琥珀を襲う。その圧倒的な力の前には琥珀は為す術を持たない。その衝撃によって辺りは砂埃に覆い尽くされてしまう。


それが収まった先には地面に倒れ伏している琥珀とそれを見下ろしている犬夜叉の姿があった。



「琥珀っ!?」


その光景に悲鳴を上げながら琥珀がすぐさま琥珀の元に駆け寄って行く。それとほぼ同時に頭たちも琥珀の元に集まって行く。珊瑚はそのまま琥珀を抱きかかえる。だがその目には涙が溢れていた。先程の斬撃。それを受けて助かる人間など居るはずがない。それは犬夜叉と闘った自分が誰よりも知っている。一体どうしてこんなことに。珊瑚が激しい怒りと悲しみの眼差しを犬夜叉へと向けようとしたその瞬間、



「姉……上……?」


そんな聞き慣れた声が耳に響いてくる。それは小さく聞き逃してしまうかの知れない程のもの。だがそれは間違いなく自分の弟である琥珀の声だった。珊瑚は驚愕しながらも琥珀を抱き起こす。そして気づく。その体にはかすり傷一つついていない。何よりもその姿。それはいつもの琥珀の姿。先程までの人形の様な雰囲気は何一つ残っていなかった。


「琥珀、大丈夫なのか!?」

「う……うん、でも一体何があったの……?」


珊瑚の剣幕に琥珀は事情が分からないかのように戸惑うことしかできない。どうやら先程までの記憶が無いらしい。その様子はまるで何かに操られていたかのよう。その事実に至った珊瑚の目がある物を捉える。それは蜘蛛の糸。それが琥珀の首の後ろにつながっている。珊瑚は悟る。その蜘蛛の糸によって琥珀が操られていたことに。だがその糸は途中で途切れて、いやそれは断ち切られている。珊瑚はそのまま驚いたように顔を見上げながら自分たちの隣に立っている犬夜叉に目を向ける。それは先程の犬夜叉の行動の意味を珊瑚は理解したから。


だがそんな珊瑚たちの姿に気づきながらも犬夜叉は全く表情を変えることなくどこかに視線を向けている。その先にはこの城の城主の姿があった。だが城主の様子が先程までとは明らかに違う。その表情にはどこか焦りの様な物が浮かんでいる。そしてその視線は犬夜叉へと向けられていた。二人の視線が交錯し、睨みあっている状況の中、珊瑚は感じ取る。

それは殺気と妖気。それが城主から犬夜叉へと向けられている。瞬時に珊瑚は城主の正体が妖怪であり、恐らくは先程の蜘蛛の糸を使って琥珀を操っていた黒幕であることに見抜く。そのことに自分の隣にいる頭も気づいたようだが身動きを取ることができない。それは今の状況にある。

突然の犬夜叉の乱入。さらに依頼主である城主が妖怪であったという事実。それは今回の依頼自体が自分たちを狙った罠であることを意味していた。加えて城の者たちは人間であり、城主の正体には気づいていないようだ。もしここで城主に襲いかれば間違いなく城の者たちは応戦してくるだろう。それを捌けない自分たちではないがここには弱ってしまっている琥珀がいる。庇いながらの乱戦になれば苦戦は免れない。何よりもここは敵の術中。どんな手を使ってくるかも分からない。多くの不安要素によって頭は容易に動くことができずにいた。そんな中



「……七宝、珊瑚たちを連れてこの城から離れてろ。」


城主に向かって視線を向けたまま犬夜叉はそう呟くように七宝に告げる。それにはどこか無骨な雰囲気がある。だが七宝はこれまでの付き合いからその言葉に自分への犬夜叉の信頼が込めらていることを悟る。


「分かったぞ、任せろ犬夜叉!」


七宝が自信満々にそう力強く答えるのを聞き届けた後、犬夜叉は一瞬その場に屈みそのまま一気に飛び上がる。その跳躍力はここから離れた城主がいる城内までの距離を一気にゼロにしてしまうほどのもの。そんな犬夜叉と七宝のやり取りを聞きながらも珊瑚たちは驚きながらそれを見つめることしかできない。

城の者たちは焦りながらも城主の危機に自らが持っている弓を放つことでそれに応戦していく。その無数の矢がまるで雨の様に犬夜叉へと降り注いでいく。だがそれらは犬夜叉にかすり傷負わせることができない。犬夜叉はその矢の雨を自らの爪を使って全て弾き、捌きながら突き進んでくる。その光景に城の者たちは恐怖する。当然だ。いくら妖怪だと言っても目の前の相手は人型の妖怪。先程の巨大な大蜘蛛ではない。だが目の前の恐らくは犬の妖怪の姿。その強さと殺気。城の者たちは悟る。目の前の妖怪が大蜘蛛を遥かに超える存在であることに。


瞬間、城主に異変が起こる。それはその姿。まるでこちらに向かってくる犬夜叉に反応するかのようにその姿が大きく変わっていく。その光景に城の者たちから悲鳴が上がる。その視線の先にはまるでこの世の物とは思えないような姿に変わり果てた城主の、いや蜘蛛の妖怪の姿があった。それこそが城主の正体。その体を乗っ取っている蜘蛛こそが全ての元凶だった。その狙いは退治屋を操ることによる同士討ち。だがそれは犬夜叉によって防がれ、その正体も見破られてしまった。ならばもはや正体を隠す必要もない。

蜘蛛妖怪はそのまま大きく体をのけぞらせた後、その口を大きく開きながら無数の蜘蛛の糸を犬夜叉に向かって放ってくる。それには強力な毒が含まれている。それに触れてしまえばいかに妖怪といえどもひとたまりもないもの。その糸の束が犬夜叉を捕える。そこには逃げ場所など無い。蜘蛛妖怪は自身の勝利を確信する。


だがその瞬間、その蜘蛛の糸はまるで紙屑のように断ち切られてしまう。それは犬夜叉の爪によるもの。例え毒を含んだ蜘蛛の糸も今の犬夜叉にとっては何の意味もなさなかった。そのことに蜘蛛妖怪が驚きながらも、更なる追撃を加えようとする。だがいくらそれを行おうとしても体が全く動かない。一体何故。突然の事態に蜘蛛妖怪は混乱する。


それは自分の視界。犬夜叉の姿がまるで逆さになってしまっているように見える。いや違う。これは自分が逆さになってしまっている。そして蜘蛛妖怪はついに気づく。


自分の首が胴体と離れてしまっていることに。蜘蛛妖怪は自分が首をはねられてしまったことにようやく気付きながらこの世から姿を消していった……………




その光景に珊瑚は眼を奪われてしまっていた。それは自分の腕の中にいる琥珀や父上も同じらしい。それは一瞬の出来事。瞬きほど間に起きた光景。自分は確かに犬夜叉の強さを知っていた。その実力なら先程の蜘蛛の妖怪など相手にはならないだろう。それ自体には驚きはない。珊瑚が驚愕したのはその戦闘。

まるで一部の隙のない動き、何よりも一切の情けも容赦もないその手際。それはまさしく獣のそれ。退治屋の自分でさえそれに恐れを抱いてしまうかもしれない程のもの。それは先日の自分との戦闘とは全くかけ離れた犬夜叉の姿だった。その違いに珊瑚が驚愕し、戸惑っていると


「珊瑚、早くここから離れるんじゃ!」


七宝のそんな声によって珊瑚は我に返る。そこには雲母に乗った七宝が退治屋たちと共にこの場を離脱しようとしている姿があった。


「で、でも犬夜叉は……」


珊瑚はその光景に驚きながらもそう言葉を漏らす。確かに犬夜叉は自分たちにここから離れるよう言っていた。だが既に城主にとりついていた妖怪は倒された。ならば急いでここを離脱する必要もないのではないか。何よりもまだ犬夜叉が戻ってきていない。そう珊瑚は考えていた。だがその眼が捉える。それは犬夜叉の姿。そこには全く臨戦態勢を崩していない、むしろ先程以上に鋭い目つきをした犬夜叉が佇んでいる。それはまるで何かを探しているかのような―――――



「珊瑚、ここは一旦撤退する。琥珀を連れて雲母に乗れ!」


険しい声を響かせながら頭が珊瑚にそう告げる。そこは退治屋の頭としての判断。これ以上この場にいるのは得策ではない。何よりもこの城の邪気。それは先程城主の物だと思っていた。だが城主が犬夜叉によって倒されてしまったにも関わらずそれはなくならない。いや、それどころかさらに強まっていることに頭は気づく。それはすなわちここにはそれを超える存在がいるということ。それを感じ取ったからこそあの少年、犬夜叉は臨戦態勢を崩さずその場を動こうとしないのだろう。

本来ならそれを退治することが自分たちの役目。だが不確定要素が多すぎる。このまま闇雲に挑んでは全滅の可能性もある。悔しいがここは犬夜叉が言う通り撤退するしかない。それは長年の経験と直感によるもの。そしてそれは正しかった。珊瑚はそんな頭の姿にすぐ冷静さを取り戻し、琥珀を抱えながら雲母に乗る。そしてすぐさま頭たち共に城を離脱していく。だが珊瑚はどこか心配そうな顔で一人城に残った犬夜叉の姿を見つめている。しかし


「心配いらん、犬夜叉は強いんじゃからな、誰にも負けん!」


七宝がそんな不安を吹き飛ばすかのように宣言する。その七宝の犬夜叉への絶対の信頼に珊瑚は思わず目を見開く。同時に自分の腕の中で眠ってしまっている琥珀へと目を向ける。


そうだ。今は自分が為すべきことを、できることをするしかない。そう自分に言い聞かせることしかできなかった―――――




(行ったか………)


城を離脱していく七宝たちを見届けた後、犬夜叉は心の中で安堵の声を漏らす。自分を取り囲もうとしていた城の者たちも城主の正体が妖怪であったことに驚き、混乱しながらこの場から去って行ってしまった。恐らくは自分の強さには敵わないと悟ったのもその大きな理由だろう。だが犬夜叉は一度大きな息を吐いた後、意識を切り替える。それはまだ犬夜叉にはやるべきことが残っていたから。


琥珀を救うこと。


それが少年がこの場に訪れた理由。だがそれは本来ならあり得ないこと。だが自分はそれを知っている。何故なら自分は犬夜叉の生まれ変わりだから。

自分は本当は五百年後の未来の人間。だが様々な理由から今、自分は前世の犬夜叉の体に憑依している。そしてその前世の記憶によって珊瑚と琥珀のことを自分は知ることができた、いや思いだすことができたと言った方が正しいかもしれない。珊瑚については森で初めて会った時、琥珀については珊瑚がその名を口にした時。

記憶の中では琥珀は奈落の策略によって命を奪われ、四魂のカケラをよって蘇らせられたあと操られてしまっていた。同時に珊瑚はそれにより父親と里を失い、弟の琥珀を救うために傷つきながらも戦い続けていた。だが珊瑚の話から琥珀がまだ生きていることに少年は気づく。だがすぐに少年は行動を起こそうとはしなかった。


自分は犬夜叉ではない。それがその理由。


確かに自分は犬夜叉の生まれ変わりだ。だが決して自分は犬夜叉本人ではない。そして記憶の中では仲間ではあったが自分と珊瑚たちは赤の他人。なら何故自分が危険を冒してまでそれを救う必要があるのか。それは少年の犬夜叉への嫌悪。

自分はこれまでずっとこの半妖の体である犬夜叉の運命に翻弄されてきた。謂れのない差別。四魂の玉。かごめとの出会い。逆髪の結羅、殺生丸との戦い。それは犬夜叉の運命、因果。それによって自分はずっと苦しめられてきた。

それは自分の弱さ。もっと自分が強ければ、誰にも負けない強さを持っていればこんな惨めな思いをせずにすんだはず。ならばそれにこれ以上関わる必要もない。そんな義務も責任も自分にはない。そう少年はまるで自分に言い聞かせるようにして思考を断ち切ろうとする。だが胸のざわつきを抑えることができなかった。

それは珊瑚の姿。人間と話したのは本当に久しぶりだった。記憶の中では仲間だったが自分と珊瑚は初対面。どうせ他の人間たちと何も変わらない。そう思い、相手にはしなかった。だが珊瑚はそんな自分を見ながらもあきらめようとはしなかった。いくら依頼だといってもやりすぎではないのかと思えるほど。そしてそこには半妖である自分への差別も恐れもなかった。

それは退治屋である珊瑚だからこそ。妖怪というものを誰よりも知っている退治屋だからこそもの。半妖である犬夜叉を認めてくれた人間が妖怪退治屋であったのは皮肉だとも言えるかもしれない。そんな珊瑚の姿にどこか心がざわつくのを少年は誤魔化すことができなかった。それは少年がいつの間にか失くしてしまったのもの。


今の自分にはあの時にはなかった強さがある。それは師の教えによって得たもの。自分の生き方を、生きる意味を与えてくれた人によるもの。

それがあれば珊瑚と琥珀を、自分の運命を変えることができるかも知れない。少年は自らの感情に戸惑いながらも琥珀を救うことを決意する。それにはある理由もあった。

それは自分のせいでこの世界は本来の歴史とは異なってしまっているから。その最たるものが今、この世界にはかごめがいないということ。それはつまり、本来なら死人として蘇るはずの桔梗もこの世界にはいないということ。記憶の中では琥珀は桔梗の浄化の光によって命を救われた。だが桔梗がいないこの世界ではそれは起こり得ない。それはつまりこの世界で琥珀が死んでしまえば二度と生き返ることはできない。ある意味でそれは自分の責任。ならばできる限りにことをするしかない。少年はその決意を持ってこの場を訪れていた。


だが内心では少年はかなりの緊張状態にあった。それは自分の行動に他人の命がかかっているという状況から。

自分の命であればいくらでも投げ出せれる、賭けられる。しかし今回は違う。一歩間違えれば一つの人間の命が、いや珊瑚の父たちを含めれば多くの命が失われてしまう。その事実が、現実が少年に襲いかかってくる。

もしかしたら琥珀たちが死ぬことは運命で決まっていることなのかもしれない。自分がかごめたちに出会ったことも、四魂の玉が砕け散ったことも全て。結局自分には何一つ変えることができないのかもしれない。

もしかしたら自分が何もしなくても珊瑚たちは助かるかもしれない。琥珀が死ぬこともないかもしれない。だがそんな自分の心の不安を抱えながらも少年は飛び込む。自分の、珊瑚たちの運命を変えるために。


そして今、珊瑚たちはこの城から脱出していった。余裕がなかったためまともに受け答えすることができなかったが七宝に後のことは頼んである。上手くやってくれるだろう。そして少年は一瞬で意識を切り替える。

それは戦闘を行う際の少年の姿。油断と慢心。それこそが戦いにおいて最大の敵であることを少年は知っている、いや教えてもらった。自分の力を過信なく捉え、一切の油断と容赦なく敵を屠る。


それが戦闘、命のやり取り。師の教え。そしてそれはまだ終わっていない。少年は捉える。その臭いを、邪気を。




それは犬夜叉にとって避けることのできない因縁の相手の気配だった―――――



[25752] 珊瑚編 第六話 「理由」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/07 02:04
薄暗い部屋の中で一人の男が座り込んだままどこかに目を向けている。その姿は長髪の若い男、城主の息子のもの。だがそれは仮の姿。奈落。それがその男の正体。それはこの城と仮の姿、身分を手に入れるための策略だった。奈落はどこか心ここに非ずと言った様子で何かに意識を向けている。その眼にはここではない場所が映し出されていた。そこはこの城の中。そしてそこにはある一つの人影がある。銀の長髪、赤い着物そして犬の耳。それは


(犬夜叉……だと……?)


間違いない。それは間違いなく五十年前に封印されたはずの半妖犬夜叉。自分がそれを見間違えるはずがない。何故なら犬夜叉を陥れたのは他でもない自分自身なのだから。


五十年前、奈落は四魂の玉を持っていた桔梗と犬夜叉を憎しみ合わせ、四魂の玉を穢れさせようとした。そしてその策略によって犬夜叉は桔梗に封印された。それは解けるはずのない封印。だが自分の目に映っているのは間違いなく犬夜叉だ。だが何故こんなところに。封印が何らかの理由で解けてしまったのだとすれば犬夜叉が復活しているのには説明がつく。だがこの状況は一体何なのか。


自分は再び現世に復活した四魂の玉のカケラを集めるために行動している。そして今回の策略もそのためのもの。風の噂で妖怪退治屋の里に四魂のカケラがあるという情報を奈落は掴んだ。妖怪退治屋の里ならば退治した妖怪から四魂のカケラを手に入れていたとしても不思議はない。そして間違いなく四魂のカケラが里に存在していることを奈落は確認する。だが相手は妖怪退治を生業としている者たち。正攻法で挑むにはリスクが大きい。ならばそれを陥れる罠におびき寄せることを計画する。


それこそが奈落の強さであり恐ろしさ。奈落は嘘の依頼によって退治屋たちを分断、戦力を分散させ、手薄になった里を妖怪たちによって襲う手段に出る。幸いにも依頼の方には里の手練が出てくることになっている。ならば里の方は造作もなく壊滅させることができるだろう。ならば自分はもう一つの方に手を尽くすだけ。自分の手下である蜘蛛妖怪を使い退治屋たちを同士討ちさせる。いくら妖怪退治に優れている退治屋とはいえ、自分の仲間が突如襲いかかってくればひとたまりもなく、全滅させることは容易い。


だがその退治屋たちの実力に奈落は感心する。特にあの大きな武器を使う女。その強さは並はずれている。このまま唯死なせるのは惜しい。奈落はそのまま自らの手にある四魂のカケラに目を向ける。それは奈落の邪気によって黒く染まっている。奈落は既にいくつかの四魂のカケラをその手に納めていた。自分はまだ完全な状態には至っていない。それに至るには更なる四魂のカケラが、完成された四魂の玉が何よりも必要不可欠。ならば更なる手駒が欲しい。四魂のカケラは死者を蘇らせることすら可能なもの。ならばあの女を殺した後、四魂のカケラを使い蘇らせ、操ればいい。奈落はそう判断し、珊瑚たちの様子を眺め続ける。そして退治屋の少年を操ることで蜘蛛妖怪が退治屋たちを同士討ちさせようとする。その光景を奈落は薄く笑いながら見つめ続けていた。


やはり人間同士が、仲間同士が傷つけあい、殺し合う様は見ていて心が躍る。その笑みこそが奈落が奈落である所以。人間の負の心を集めたかのような存在だった。その策略によって退治屋たちが絶望に染まろうとしたその瞬間、ありえない存在が姿を現す。それによって奈落の策略は全て狂わされてしまう。だが分からない。何故犬夜叉がこんなところに、しかもこのタイミングで。だがいくら考えても答えなど出るわけがない。自分が操っていた蜘蛛妖怪も倒されてしまった。このままでは自分の狙いを果たすことができない。


だがここは自分にとっての隠れ家であり、拠点。まだ隠し手の一つや二つは用意してある。確かに犬夜叉の乱入は予想外だったが問題ない。今の自分の力をもってすれば葬ることなど容易い。完全ではないにしろ四魂のカケラによって増した力を試すいい機会だと考えればいい。何よりも犬夜叉をこのまま黙って帰すことなどありえない。奴には地獄の苦しみを与えてやらなければ。自分に騙され、陥れられて桔梗と憎しみ合わされたのだと知れば一体どれほど怒り、絶望するのか。それを考えるだけで体が震える。そして奈落が新たな手を講じようとしたその時、ある光景が眼に写り込んでくる。


それは退治屋たち。犬夜叉の乱入によって生きながらえた者たちがそのまま城から離れ、撤退して行こうとしている。その光景に奈落は驚きを隠せない。この城の城主に化けていた蜘蛛妖怪は犬夜叉の手によって倒されてしまった。にもかかわらず退治屋たちは一切の迷いなくこの場を離脱していこうとしている。自分の存在を気取られてしまったのだろうか。ならば思ったよりも手強い連中であることは間違いない。四魂のカケラは抜きにしてもここで始末しておくにこしたことはない。


奈落はそのまま城の結界を張ろうする。そうすれば奴らは袋の鼠。後はそれを嬲り、料理するだけ。そう考えた時、あることに奈落は気づく。それは犬夜叉。先程までその場にいた筈の犬夜叉の姿は消えてしまっている。それはほんの一瞬の間。だが辺りをいくら見渡してもその姿を見つけることが、捉えることができない。一体どこに。奈落がさらに探索に意識を集中しようとしたその瞬間



「………てめえが奈落だな。」


その背後から突如そんな声が掛けられる。それはまるで何かを確かめるかのようなどこか静かな雰囲気を感じさせるもの。だがその声とは裏腹にその雰囲気、気配には確かな殺意、殺気が込められていた。


「っ!?」


奈落は弾けるようにしてその場を飛び上がりながらその声の主から距離を取る。それは純粋な逃亡。目の前の存在、犬夜叉に恐れを抱いたからに他ならない。どうやら自分の匂いと邪気を辿ってここまでたどり着いたらしい。その速度に驚きながらも奈落は体勢を整える。しかしその体の震えを抑えることができない。だが奈落はそんな事実を決して認めるわけにはいかなかった。それを認めることは奈落にとって許しがたい屈辱、何よりも犬夜叉にそれを感じることなどあってはならない。



「ほう……よくここが分かったな……」


そんな胸中を悟られまいとするかのように奈落は不敵な笑みを浮かべながら目の前の存在、犬夜叉と対面する。それは実に五十年ぶりの再会。因縁、運命ともいえるかの知れない邂逅。四魂の玉、桔梗と言う存在を巡る因果。それが今、ここで再び交差している。奈落はその事実にどこか楽しそうな姿を見せる。

それは喜び。五十年前、犬夜叉は桔梗という愛する者の手によって封印された。それは自分の策略によるもの。だがそれだけでは満足できない自分がいたことに奈落は後に気づいた。そしてその答えを見つける。自分は自分のその手で目の前の犬夜叉をその手にかけたかったのだと。他の誰でもない自分自身の手で犬夜叉をあの世に送る。それこそが自分の望みであることを奈落は悟る。だが奈落はまだ気づいていない。それは犬夜叉への憎しみではなく、桔梗への執着から生まれる感情であることに。


だがそんな奈落とは対照的に犬夜叉はどこか冷めた目でそんな奈落の姿を見つめているだけ。まるで何かを見定めるかのような、そんな視線を奈落に向けているだけ。奈落は自分の予想とは全く違う態度を見せる犬夜叉に戸惑いを隠せない。何故そんな態度を見せているのか。そして奈落は気づく。犬夜叉はまだ自分の正体に気づいていないと言うことに。自分が桔梗の仇であると言う事実に。奈落は邪悪な笑みを浮かべながら



「久しぶりだな、犬夜叉……桔梗を殺してから……五十年ぶりになるか………」


五十年前の真実を告げる。それは犬夜叉にとって許すことができない、耐えることができない残酷な真実。自分が騙され愛する女性と殺し合わされ、そして奈落によって愛する女性を奪われたという事実。その言葉が犬夜叉に向かって告げられる。だが



「…………」


それを聞きながらも犬夜叉は全く動じる様子を見せず、身じろぎひとつしない。ただ変わらずどこか冷たい視線で自分を見つめ続けている。そんな犬夜叉の姿に奈落は戸惑いを隠すことができない。何故そんな反応を見せているのか、いや何の反応も示さないのか。初めはその感情を悟られまいとしているのかと考えたがそれは違う。その目には、姿には怒りも憎しみも見られない。だがそんなことがあり得るのか。自分を、愛する女性を陥れ、奪っていた自分に対して何の反応も示さないなど。怒り狂い、感情をむき出しながら自分に襲いかかってくるはず。そしてその際には大きな隙が生じる。それを狙い、一撃で犬夜叉を葬る手はずだった。だが目の前のこの状況。奈落はただ同じように犬夜叉と向き合い、対峙するしかない。そしてついに気づく。

犬夜叉の視線。それはまるで自分を見下しているかのようなもの。いやそうではない。そこには違う感情がある。それは憐れみ。奈落に対する同情と憐れみの感情がその視線には込められていた。

その事実に奈落は驚愕し、そして同時に憤怒する。怒りや憎しみ。恐れと恐怖。それこそが自分に向けられるべきもの。それこそが自分の力、原動力。それを犬夜叉に与えるために自分はここにいる。それが何だ。何故、何故自分がそんな視線を向けられなければならない。他でもない半妖などである犬夜叉などに――――


「貴様っ!!」


叫びと共に奈落の体が動く。それは本能からの行動。何よりもそれ以上その犬夜叉の視線を許すわけにはいかない。奈落の意地、誇り。だがその瞬間



奈落の右腕が一瞬で吹き飛ばされた。



「…………なっ!?」


一瞬の間の後、奈落はまるで信じられない物を見たかのような表情で自らの右腕を、いや右腕があった場所を見つめている。分からない。一体何が起こったのか。奈落は混乱しながらも大きく犬夜叉から距離を取る。それは咄嗟の行動。それは悟ったから。自らの右腕が犬夜叉の爪によって斬り落とされたのだという事実に。それは自分の動きを読み切った上での攻撃。何よりも驚愕するのはその速度。その攻撃がまるで見えなかった。自分がその間合いに入り込んだ瞬間にその爪が腕を切り裂いたのであろうことを奈落は見抜く。しかしいくら自分の攻撃を見切ったのだとしてもこのあり得ない状況。


犬夜叉はそんな焦る奈落の姿を見ながらも先程と全く変わらない表情で、態度でいる。追撃を加えてくる気配もない。まるで機械なのではないかと思えるほどの無慈悲な、無駄なものが無い戦う獣の姿がそこにはあった。


(こいつ……一体……!?)


奈落はそんな犬夜叉の姿に思わず後ずさりをしてしまう。何だ。目の前の存在は一体何なのか。自分は犬夜叉と対峙しているはず。それは間違いない。だがその雰囲気も、佇まいも全く記憶と異なる。自分が知っている犬夜叉はこんな存在ではない。なら自分はいったい誰と対峙しているのか。そんなあり得ないことを考えながらもどうするべきか、奈落が思考し始めたその時



「……どうした、四魂の玉が無けりゃ何もできねえのか?」


犬夜叉がどこかつまらなさそうにそう呟く。その言葉に奈落は思わず我を忘れそうなる。それほどの侮蔑がその言葉には込められていた。だが奈落はその動きを止める、いや抑え込む。それはあるものをその眼に捉えたから。

そこには犬夜叉の首に掛けられた四魂のカケラの姿があった。だが驚くのはその大きさ。元の玉の大きさの三分の一ほどもあるそれに奈落は目を奪われる。間違いなくそれは本物。それを犬夜叉は持っている。それは自分が持っているカケラの数を遥かに上回る物。そして犬夜叉はそれを首に掛けたままで使ってはない。それは今の犬夜叉の強さは四魂のカケラによるものではないということ。その事実が奈落に冷静さを取り戻させる。どうやら自分は犬夜叉の力を大きく見誤っていたらしい。何よりも自分の記憶、予想とは違うその姿。四魂のカケラは惜しいがこの場は撤退するかない。



「ふ……半妖如きが四魂のカケラを扱えるとでも思っているのか?」


奈落は犬夜叉を挑発しながらも離脱の機会を伺う。そこには先程まであった油断も慢心もない。奈落はそのまま自らの体の邪気を高めていく。そのことに気づきながらも



「てめえが人のこと言えるのかよ……『半妖奈落』」


犬夜叉はどうでもいいことのようにそう吐き捨てる。その言葉に奈落の顔が憎悪に染まる。それはその殺気だけでも人を呪い殺せるのではないかと思えるほどの物。その瞬間、部屋中を強力な瘴気が包み込んでいく。犬夜叉はそれを見ながらも爪を振るうことでそれを振り払う。それが収まった先には既に奈落の姿はなくなってしまっていた。先程の憎悪を抱きながらも奈落は理性を保ち、撤退する判断を下したらしい。だがそんな状況の中、少年はその跡を追うことも、悔しさに顔を歪ませることもない。


何故ならこの状況は少年自身が作り出したものだったから。


奈落の厄介さはその再生力、生き残る力にあると言っても過言ではない。それを少年は記憶により知っている。自分の実力なら今の奈落に後れを取ることはないだろうがそれでもそれを倒しきるのは難しい。鉄砕牙を使うことができれば跡形もなく消し飛ばすこともできたかもしれないがそれは今の自分には扱うことができない物。それは仕方のないこと。ならば違う方法で力をつけていくしかない。何よりも今の奈落に苦戦しているようでは話にならない。自分が求める強さはさらに先にある。

そして今回の戦闘では一つの大きな狙いがあった。それは奈落に自分が持っている四魂のカケラを見せること。それにより奈落はその標的を自分に向けることになるだろう。そうなるように挑発もした。これで珊瑚たち退治屋がこれ以上狙われる可能性は低くなるだろう。それでもそれがゼロになったわけではないがそれは仕方ない。再び奈落が里を狙う可能性もあるがその全てを防ぐことなどできるわけがない。悪いが後は珊瑚たち自身に任せるしかない。だが彼らも妖怪退治屋。それ相応の対策や準備はあるだろう。これで自分の目的は果たした。

しかしそれによって予想より早く奈落と接触することになってしまった。本当ならもっと力を身に付けた後、初戦で一気に決着をつけたかっただが今となってはどうしようもない。どっちにしろ犬夜叉になってしまった以上、奈落との戦いは避けられない。それが早まっただけだ。それに備えていないわけではない。そのために自分は四魂のカケラを集めている。珊瑚に言ったよう妖怪を引き寄せるために集めているのも嘘ではないが奈落に四魂のカケラを渡さないことがその本当の理由。記憶の中では桔梗が四魂の玉を完成させた瞬間に奈落を滅するため、四魂のカケラをわざと渡していた。だがこの世界には桔梗もかごめもいない。その手段は通用しない。


ならばわざわざカケラを渡す必要もない。それは奈落を強くしてしまうだけ。そう考え少年はカケラを集めている。既に玉の三分の一ほどはこっちの手の中にある。例え残りを全て奈落が手に入れたとしても記憶通りの強さにはならないはず。そして自分もこのまま何もしないでいるつもりは毛頭ない。それを超える強さを手に入れるだけ。


少年はそのまま自分の首に掛けられる四魂のカケラに目を向ける。そこに本来あるはずの言霊の念珠は既にない。それは自分にはもう必要のないもの。ある意味それが自分が犬夜叉ではない証。少年はそのカケラを手に握りながら考えを巡らす


それは先程の奈落の姿。自らの願い、野望のために四魂のカケラを求め、完成させようとするその姿。初め奈落と会えば犬夜叉の記憶にあてられるのではないかという不安もあった。だがそれは杞憂だった。自分は既に師匠との修行によって犬夜叉の体を完全に自分のものにしている。それが功を奏した形だ。怒りと憎しみは確かに力を生むがそれ以上に焦りも生み出してしまう。それは戦闘においては致命的な隙になるためそれを少年は一番警戒していた。そして奈落の姿にどこか憐れみを、いや同族嫌悪を感じてしまった。


それは自分と奈落は同じく、四魂の玉に運命を弄ばれた存在だから。


奈落は自らの意志で四魂のカケラを集め、玉を完成させようとしていると思っているのだろう。だがそれは違う。それは四魂の玉の意志。奈落はそれによって生み出された存在。確かに奈落の元となった人間、鬼蜘蛛の桔梗への執着は間違いなく本物だったのだろう。だが四魂の玉によって生まれた奈落はそれを利用されているだけ。四魂の玉を完成させ、この世から消滅させるための存在。それが奈落。恐らく四魂の玉を完成させるその時まで奈落はそのことには気づかないのだろう。


そしてそれは自分にも言える。自分も四魂の玉の意志によってこの時代に、犬夜叉の体に憑依させられた存在。そして四魂の玉の消滅と共に消えゆく存在。それは恐らく遠くない話。そんな自分が四魂のカケラを集めているのは皮肉としか言えない。いや、これも四魂の玉の意志なのかもしれない。だがそんなことなどどうでもいい。


自分が何者だろうと構わない。


犬夜叉の運命も、四魂の玉の意志も自分にとってはどうでもいい。


俺の目的は、向かう先には何の関係もない。あの日、俺が出会った『強さ』の意味。


それを手に入れること。それだけが俺が生きる意味であり、存在理由。


犬夜叉も、奈落も、四魂の玉も関係ない、俺の、俺だけの戦う理由。




少年は一度目を閉じた後、すぐに踵を返しその場を後にする。その向かう先に何が待ち受けているのか。それはきっとだれにも分からない。だが少年はそれでも進み続ける。自分の求める答えを得るために――――――



[25752] 珊瑚編 第七話 「安堵」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/13 23:44
夜の森の静けさの中、凄まじい速度で動いている人影たちの姿がある。それはまるで山道など何でもないかのように突き進んでいく。その中には明らかに人ではない物の姿も交じっている。それは大きな化け猫、子狐の妖怪。そして人影たちは珊瑚たち退治屋たち。珊瑚たちは真剣な、緊張した面持ちを浮かべながらも森に中を疾走していく。並みの人間ならとてもその速度には付いていくことできないだろう。ついに珊瑚たちは目的地に辿り着く。そこは珊瑚たちにとっては慣れ親しんだ場所、故郷である退治屋の里だった。


「みんなっ!!」


里に着いた瞬間、珊瑚は大声を上げながら里の中に飛び込んでいく。その顔は焦りと不安に満ちている。そんな珊瑚の胸中を嘲笑うかのような光景が目の前には広がっていた。破壊されつくされた建物、荒れ果てた畑、そしてそれらを行ったであろう無数の妖怪たちの死骸。まさに地獄絵図と言っていい光景だった。

珊瑚は自らの故郷である里の惨状に言葉を失う。まるで信じられない物を、あり得ない物を見てしまったような表情でその場に立ち尽くすことしかできない。珊瑚の後に続くようにお頭や琥珀たちもやってくるもその光景に珊瑚と同じように眼を見開き、その場に呆然とすることしかできない。

それは自分たちが罠におびき寄せられている間に襲われてしまった里の無残な姿だった。その逃れられない残酷な現実に珊瑚たちが絶望に包まれかけたその時



「お頭……珊瑚……?」


そんな聞きなれた男性の声が珊瑚たちに向かって響き渡る。驚きながら振り返ったそこには里の守りに残っていた退治屋の中の姿があった。いや、それだけはない。それに続くように身を隠していたのか次々に人影が姿を現していく。それは里の住人達。


「え………?」


その光景に珊瑚たちは目を丸くすることしかできない。間違いない。目の前にいるのは座との仲間達だ。そして一目見た中でも誰ひとり欠けている様子が無い。中には怪我を追っている者の姿もあるが居なくなっている者は見当たらなかった。そして珊瑚は気づく。


それは里の惨状。無数の妖怪の死骸はあったもの、その中には一つも里の人間は混じっていなかったことに。その事実に珊瑚は思わずその場に座り込んでしまう。それは安堵。誰ひとり欠けることなく生きていたことに対する喜び。それは琥珀たちも同様だった。里の者たちはお頭たちの帰還と無事を知ったことで喜びの声を上げながら集まってくる。その人だかりでその場は一瞬で何かの祭りの様な騒がしさに包まれてしまう。だがそれは無理もないこと。もしかしたらもう二度と会えないことになっていたかもしれない。それほどの危機が里に訪れていたのだから。珊瑚はそんな騒ぎの中に巻き込まれながらもある疑問を抱く。

それはこの状況。確かに里の者たちは妖怪退治屋であり、それに相応しい強さを持っている。だがこの妖怪の死骸の数。とても尋常な数ではない。それは里の者が応戦したとしても倒しきれる量を大きく超えている。本来なら間違いなく里は全滅していてもおかしくないはず。だが怪我を負っている者はいるものの誰ひとり死んでいない。そんなことがありうるのだろうか。珊瑚がそのことに驚きながらも戸惑っていると


「だから言ったじゃろう!おらと犬夜叉が妖怪たちをやっつけたんじゃ!」


そんな子供の声が里に響き渡る。それは雲母の上に乗っている七宝。まるで自分がそれをやってのけたのだと言わんばかりの態度でふんぞり返っている。珊瑚たちはそんな七宝の姿に呆気にとられてしまう。


『里が妖怪に襲われた』


その情報を珊瑚たちは城から離脱している途中に七宝から得ることになった。それは珊瑚たちを納得させるには十分な物。自分たちを罠にはめたこの任務を考えれば十分にあり得る事態。珊瑚たちはそのまま全速力で里へと戻ってきた。しかしその最中、七宝は里が助かっていることを何度も口にしたのだが聞き入れてもらえなかったため今に至っているのだった。


「本当だ、お頭。犬の耳をした妖怪がわしたちを助けてくれたんじゃ。」


七宝の言葉を肯定するように里の者の一人が珊瑚たちに事情を説明していく。



珊瑚たちが依頼のために里を出ていってからしばらくして無数の妖怪の大群が里を襲ってきたこと。そのことに驚きながらも里に残ったものたちで何とか応戦はしたもののその圧倒的物量に為す術がなかった。里の中の手練である珊瑚たちが出払ってしまっていたことに加え、突然の奇襲。それは無理もないことだった。だがそれでも妖怪退治の里である住人達は必死に立ち向かっていく。だがそれを覆すことはできなかった。無数にわいてくる妖怪の大群の姿。その絶望的な状況に村人たちがあきらめかけたその時、


赤い着物を着た犬耳の妖怪がその場に乱入してきた。


初めは新たな妖怪の敵かと身構えたがその妖怪はそのまままるで自分たちを庇うかのように妖怪の軍剤たちをその爪をもって薙ぎ払って行く。その光景に里の者たちは目を奪われるしかない。何故妖怪が自分たちを庇うようなことを。だがそれは些細なことだった。その本当の理由はその強さ。まるで妖怪の軍勢など何でもないと言わんばかりのその強さに目を奪われてしまったのだった。だが妖怪はそんな自分たちにその場を離れるよう言い放った後、一人妖怪の軍勢の中に飛び込んでいく。

村人たちはその声によって我を取り戻し、すぐにその場を離脱し守りを固めていく。その動きには一切の無駄がない。それは村人たちに希望が芽生えてきたからに他ならなかった。そしてしばらくの間の後、里は静けさに包まれる。まるで誰もいなくなってしまったのではないかと思えるほどに。村人たちが恐る恐る里に近づいていく。

そこには妖怪の返り血によって血まみれになった犬耳の妖怪の姿があった。そしてその妖怪を囲むように無数の妖怪の残骸が積み上がっている。その光景に村人たちは息を飲みながらも悟る。目の前の妖怪が一人であれだけの妖怪の大群を葬ってしまったのだということに。村人たちはどうしたものかとその場に立ち尽くしていると妖怪が突然村人に向かって声をかけてくる。


『珊瑚と琥珀はここにはいないのか』と。


そんな質問に村人たちは呆気にとられるしかない。当たり前だ。何故目の前の妖怪がそんなことを聞いてくるのか。何故二人のことを知っているのか。考え出せばきりがないほど。だがそんな中、村人一人がそれに答える。珊瑚たちは依頼を受けて出かけており、この場にはいないと。本来ならそれは言うべきではないこと。自分たちを恐らくは救ってくれたといえ正体不明の妖怪に教えるのは普通ならあり得ない。だがそうしなければならない。そう思わせるような空気が、雰囲気がその妖怪にはあった。

妖怪はその言葉を聞いた瞬間、苦渋の表情を浮かべる。まるで何かを失敗してしまったかのように。自分たちには理解できない事態の連続に村人たちが戸惑っていると一つの小さな子猫が妖怪に近づいていく。それは雲母。いつもは珊瑚と共に依頼に付いて行っているのだが今回は里の守りのために残っていたのだった。雲母はそのまま変化をし、大きな化け猫に姿を変えながら妖怪に近づいていく。その光景に村人たちに緊張が走る。それは雲母が妖怪に戦いを挑むつもりなのではないかと考えたから。だがその予想は大きく外れることになる。雲母はそのままその背中を妖怪に向ける。

村人たちはその姿に驚きを隠すことができない。その行動は雲母が誰かを背中に乗せ、飛ぶ時の物。雲母は今初めて会ったはずの妖怪に自分の背中に乗れと、そう訴えていた。妖怪もその姿に一瞬驚いたような表情を見せるものの、すぐにその背中にまたがる。同時に森の中から小さな子狐の妖怪が姿を現し、慌てて雲母に乗りこんでいく。雲母はそのまま二人を乗せたまま空に飛び立って行ってしまう。村人たちはその光景をただ黙って見送ることしかできなかったのだった―――――



「そうだったんだ……」


村人たちの説明を一通り聞き、事情を把握した珊瑚はそんな声を漏らす。それは二つの驚きからのもの。


一つはその強さ。確かに自分は犬夜叉の強さを知ったつもりになっていたがそれは大きな間違いだったらしい。目の前に広がる妖怪の残骸の山。話通りならこれを犬夜叉はほぼ一人でやってのけたということになる。いくら自分でもこれだけの妖怪と一人で戦うことはできないだろう。


二つ目は犬夜叉の行動。それはまるで自分たちを救うための動いているかのよう。だがその理由が珊瑚には見当がつかない。自分と犬夜叉は出会ってから一週間ほどの関係。それも依頼の中での物。深い仲になったわけでもない。にもかかわらずどうして犬夜叉は自分や琥珀を助けるような行動をしているのか。いや何よりも何故自分たちが窮地に陥ることが分かっているのかのように動いているのか。そのタイミング、手際からそう思わざるを得ない程の違和感がある。初めは自分たちを陥れようとした奈落という妖怪とつながっているのかとも考えたがそんな気配もない。


そんな珊瑚とお頭の視線が交差する。どうやら父も考えていることは同じ様だ。だが何はともあれ皆、一人のかけることなく危機を乗り越えることができたことには変わりない。とりあえずは今晩をしのげるように準備をしなければ。そう珊瑚たちが動き出そうとしたその時、一つの人影が森の中から姿を現す。


それは犬夜叉。


その姿に里の者たちの視線が一斉に注がれる。だがそれは当然だ。今回の事件全てに関わっている存在であり、自分たちを救ってくれた存在。だがその正体も全く変わらない。どう対応したらいいのか。里の者たちはそんな戸惑いに包まれていた。そんな中


「犬夜叉、遅かったではないか!」


村人たちと楽しそうにおしゃべりをしていた七宝が喜びの声を上げながら犬夜叉に飛びついていく。それはまるで子供が父親に飛びついていくかのような光景。


「上手くやったのか、七宝?」

「当たり前じゃ!」


どこか面倒くさそうに七宝をあしらいながらも犬夜叉は七宝にそう尋ねる。七宝はそれに自信満々に胸を張って答える。珊瑚たち城からの離脱と里への帰還を促すことが七宝に託されたこと。それを無事成し遂げることができたことで七宝は上機嫌になってしまっているようだ。そんな二人の光景に里の者たちの雰囲気も和らいでいく。七宝と戯れる犬夜叉の姿は里の者たちにとっても安心を与えるものだったらしい。

だが犬夜叉はそんな七宝を引きはがした後、どこか真剣な視線を里の者たちに向ける。その視線に里の者たちはどこか恐れを感じてしまう。その視線は珊瑚と琥珀に向けられたところで動きを止める。そして




「大人しくお前達が持ってる四魂のカケラ、全部こっちによこしな。」



そんな言葉を口にした。






少年は里の者たちに視線を向けながら考える。どうやら大事には至らなかったらしい。妖怪たちはほとんど自分が倒したがあれだけの数。そのすべてから村人を守ることは自分にも不可能。ある程度は自衛をしてもらうのを期待するしかなかった。だがやはり退治屋の里だけあってその実力は侮れるものではない。あれだけの妖怪の軍勢を相手にしながらもどうやら怪我人だけで済んだらしい。

だが自分は里の者たちを救うためにこの場を訪れたわけではなかった。自分は珊瑚と琥珀の居場所を確かめるためにこの妖怪退治屋の里を訪ねていた。奈落による罠の依頼がいつ行われるか分からない以上、面倒だか珊瑚たちに気づかれないようその動向を知る必要があったからだ。だが里に訪れた瞬間、少年は妖怪の軍勢の臭いに気づく。そこには今まさに里が滅ぼされようとしている光景が展開されていた。同時に少年は思い出す。珊瑚たち退治屋の里が奈落の策略によって滅ぼされてしまったことを。

少年はそのまま里を守るために戦闘を開始する。だがそれは予想以上に困難なもの。自分だけなら造作もなかっただろうが里の物を守りながら戦うのは骨が折れる。鉄砕牙が使えれば一振りで妖怪たちを薙ぎ払うこともできるがそれは叶わない。里の者たちを避難させることで何とかそれを成し遂げることができた。そして珊瑚たちが既に奈落の罠にかかり、城に向かってしまったことを知る。その事実に少年は冷や汗を流す。まさに入れ違いの形になってしまったようだ。

だがそれは結果的には幸運だったと言える。何故ならもし珊瑚たちと共に城に向かってしまっていれば里は間違いなく全滅してしまったはずなのだから。


そして犬夜叉は何とか当初の目的である琥珀を救うことに成功した。奈落もあの場で倒すことができれば完璧だったのだがそれは仕方がない。何にせよこれで自分の役割は終わりだ。あとは最後の仕事を済ますだけ。それは


この里にある四魂のカケラを手に入れることだけだった。





「なっ……!?」


犬夜叉の放った言葉によって里には動揺が広がって行く。当たり前だ。自分たちを救ってくれた筈の妖怪が今度は自分たちに向かって四魂のカケラを渡すように脅してきたのだから。だがその殺気と視線がそれが冗談ではないことを物語っている。犬夜叉は自らの爪に力を込め


「とっとと渡した方が身のためだぜ。」


不敵な笑みを浮かべながら里の者たちに向かって近づいていく。その姿に里の者たちは思わず後ずさりをしてしまう。それは目の前の犬夜叉の力を理解していたから。今の自分たちでは、いや例え万全の状態であっても犬夜叉には敵わないことは誰の目にも明らかだった。そんな事実を理解しながらもどうするべきか、打開策をお頭が模索していると一人の少女が犬夜叉に向かって近づいていく。


それは珊瑚だった。


珊瑚はまるで自然体そのものでそのまま犬夜叉へと近づいていく。その光景に犬夜叉はもちろん里の者たちも呆気にとられるしかない。だがそんな犬夜叉の姿を見ながらも珊瑚はそのまま犬夜叉の目の前まで近づき動きを止める。その視線は真っ直ぐに犬夜叉へ向けられていた。


「お、おい」


そんな珊瑚の姿に気圧されながらも何とか犬夜叉が言葉をかけようとした瞬間




犬夜叉は意識を失った。



それは珊瑚の持つ飛来骨による一撃。それを頭部に受けた犬夜叉はまるでねじが切れた人形のようにその場に倒れ込んでしまう。一同はそんな光景に言葉を失う。だが珊瑚はそんなことなど全く気にした風もなく犬夜叉を担ぎ


「七宝、ちょっと犬夜叉を借りてくよ。」


そう言い残したまま森の中に入って行ってしまう。七宝はそんな珊瑚に頷くことしかできない。今の珊瑚には逆らってはいけない。そんなことを考えながら里の者たちは二人が消えていった森の中を見つめ続けるのだった………






「てめえ、何しやがる!!」


凄まじい剣幕で犬夜叉は目の前にいる珊瑚に向かって食って掛かって行く。今、犬夜叉と珊瑚は里から少し離れた森の中で対面していた。先程まで意識を失っていた犬夜叉だったのだが目を覚まし、事態を把握した後自分を殴り倒した珊瑚に向かって詰め寄って行く。それはある意味当たり前の行為。だが


「自業自得だよ。あんなことをみんなの前で言うんだから。」


珊瑚はそんな犬夜叉の姿を見ながらもどこ吹く風といったように答えるだけ。それは自分はまるで当たり前のことをしたと言わんばかりの態度だった。



(こ、こいつ………)


犬夜叉はそんな珊瑚の姿に呆気にとられてしまう。本当に珊瑚は自分を殴り倒したことを悪いとも何とも思っていないようだ。確かに自分の言い方も悪かったかもしれないがそのこととこれは話が別だ。自分もまさかそんな行動をしてくるとは思っていなかったため不意をつかれてしまった形だ。だがそれ以上にさっきの珊瑚の飛来骨の一撃には強い既視感を覚えていた。そして犬夜叉はついにその正体に気づく。


それは言霊の念珠。


まるで言霊であるおすわりを食らってしまった時のような感覚を自分は先の一撃に感じてしまった。まるで避けることができない、いや避けることを許さないような力が先の一撃にはあった。その事実に犬夜叉の背中に冷や汗が流れ始める。それはある光景を記憶の中から思いだしたから。


それはかつての弥勒の姿。


弥勒は幾度も珊瑚の尻を撫でまわしては平手打ちを食らっていた。それは犬夜叉とかごめの間で言うおすわりの様なものだったのだろう。そしてそれが今、自分に向けられたらしいことに犬夜叉は気づく。だが半妖である自分相手だからなのか平手打ちではなく飛来骨の一撃にグレードが上がってしまっているらしい。その証拠に以前も飛来骨の一撃によって木から落とされてしまったこともある。



「何やってんの、犬夜叉?」


珊瑚は不思議そうな表情を見せながらそう声をかける。そこにはまるで自分を警戒し、犬の様な体勢を取っている犬夜叉の姿があった。



「う、うるせえ!てめえこそ俺に何の用だ!?」


犬夜叉は珊瑚から少し距離を取りながらも態度を大きく見せながら声を荒げる。そんな犬夜叉の胸中を知ってか知らずか珊瑚は溜息をつきながらその理由を話し始める。


「あんたが里のみんなを怖がらせるようなことを言うからさ。みんなあんたに感謝してるのに何であんなこと言うんだい?」


それが珊瑚がこの場に犬夜叉を力づくで連れてきた理由。里の者たちと違い自分は一週間と言う短い時間であったが犬夜叉の人となりは理解している。そのため先程の姿と言動が犬夜叉の嘘であることを見抜いていたのだった。もっともそれは七宝にも言えることなのだが。


「けっ、俺は四魂のカケラを手に入れるためにここに来たんだ!感謝なんかされる覚えはねえ!」


犬夜叉はそんな珊瑚の言葉を聞きながらもそう吐き捨てるように答える。だがその姿が何か無理をしているのは一目瞭然だった。


「つくんならもっとマシな嘘をつきなよ。四魂のカケラなんてどうでもいいって前言ってたじゃないか。」


「くっ………!」


痛いところをつかれたのか犬夜叉はそのままどこか歯ぎしりしながら黙りこんでしまう。珊瑚はそんな犬夜叉の姿をどこか呆れながら眺めているだけ。完全に犬夜叉は押されてしまっている状態だった。



(くそっ……何でこんな面倒臭えことになっちまったんだ……)


少年はどこか恨めしさすら見せながら珊瑚に目を向ける。どうやらいらないことを自分はしゃべりすぎてしまったらしい。どうせもう会うことはない、これ以上纏わりつかれるのは厄介だったため本当のことをいくつか話してしまったことがこんなところで災いするとは考えてもいなかった。本物の犬夜叉のように完全な妖怪になるために四魂のカケラを集めていると言った方が良かったかもしれない。いや、そんなことを言えばきっと珊瑚は自分をずっと追いかけ回しかねなかったためどっちにしろ選択の余地はなかっただろう。

加えてどうやら七宝がかなり珊瑚にいらないことを吹き込んだようだ。そのせいで余計自分に疑念の様なものを抱いているらしい。ただでさえ予期したように里と琥珀を救っているのだから尚のこと。面倒なことになる前に里にある四魂のカケラを手に入れ去るつもりだったのだが予定外の事態になってしまった。四魂のカケラについては置いていってもいいのだがどうしてもそうなれば奈落が再び里を襲う確率が増してしまう。そうなっては自分がしたことが何の意味もなくなってしまう。それだけは避けたい。

だが話し合いでそれを譲ってもらえるほど退治屋達は甘くないことは分かり切っている。ならば力づくで奪って行くしかない。そう思い行動したのだがどうやらそれは珊瑚には見抜かれてしまったらしい。どうしたものかと少年が頭を悩ませていると



「とにかく、色々聞きたいことはあるけど一つだけ言わせてもらうよ。」


「………?」


珊瑚はどこか大きく咳ばらいをしながら犬夜叉に向かってそう宣言する。犬夜叉はそんな珊瑚の言葉と姿に驚きながらも目を向ける。珊瑚はどこか恥ずかしそうにしながらも


「あ、ありがとね。あんたのおかげで琥珀も里のみんなも助かったよ。」


そう犬夜叉に向かって礼の言葉を告げる。それが犬夜叉をここまで引っ張ってきた本当の理由。皆の前でそれを言うことが恥ずかしかった珊瑚の照れ隠しだった。



だがいくら待っても何の反応も返ってこない。そのことに気づいた珊瑚が目を向けるとそこには何か信じられない物を見たかのように呆然としている犬夜叉の姿があった。珊瑚はそんな犬夜叉の姿を不思議そうに眺めている。そんなに自分はおかしいことを言ったのだろうか。いやただ単にお礼を言っただけだ。なのに何故犬夜叉がそんな態度を見せているのか分からない。



「…………ふんっ!」


そして犬夜叉もすぐに我に返るも慌てながらそっぽを向いてしまう。そんな素直になれない犬夜叉の姿に珊瑚が笑いを漏らしていると



「おい、犬夜叉!里のみんなが料理をごちそうしてくれるらしいぞ、早くこっちに来んか!」


嬉しそうにはしゃぎながら七宝が二人の前に姿を現す。いきなりことに呆気にとられる二人をよそに七宝は犬夜叉の手を引きながら里に向かって走り出してしまう。その騒々しさと素早さに珊瑚も口をはさむことができない。


「おい、七宝!そんなに引っ張るんじゃねえ!」
「早く行かんと料理がなくなってしまうぞ!」


犬夜叉はそのまま七宝に引っ張られたまま里に向かって連行されていってしまう。どうやらあの犬夜叉も子供である七宝には強く出ることができないらしい。その姿はまるで年相応の少年のよう。とても先の城中で見た冷徹な獣の様な姿と同一人物だとは思えない。


そんな犬夜叉のギャップと様々な疑念を胸に抱きながらも珊瑚は二人の後を追って行く。自分の家族と仲間がいる退治屋の里に向かって―――――



[25752] 珊瑚編 第八話 「仲間」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/16 02:41
妖怪たちの襲撃によって里は大きな被害を受けてしまっていた。だが幸いに死者も出ず、村人たちは皆無事にそれを乗り越えることができ、今里では壊れていない建物の中で食事と言う名の宴会が開かれていた。里の者が皆参加していることもありその賑やかさは夜であるというのを忘れてしまうほどの物。男たちは料理と酒を嗜み、女たちはその準備をしながらも楽しそうにおしゃべりをしている。まるで今日の出来事が嘘だったのではないか。そんな風に思えてしまうような暖かで楽しい時間が里には流れていた。そしてその中には本来ならいないはずの存在も混じっていた。


「どうじゃ、これが変化の術じゃ!」


自慢げな声を上げながら七宝は自らの変化の術を里の者たちの前で披露している。その術の出来自体は決してほめられたものではないのだが七宝が小さな子供であること、皆酒によって酔ってしまっているためそれは些細なことだったらしい。七宝の変化によって里の中に笑いが生まれ、それに調子をよくした七宝がさらに騒ぎたてている。まるでずっと前からこの村にいたのではないかと思ってしまうほど七宝は馴染んでしまっている。それは七宝の純粋さと人懐っこさが為せる技だった。


「琥珀、お前もこっちに来んか、一緒に遊ぶぞ!」

「わ、分かったよ七宝。」


七宝がそう言いながら半ば強引に琥珀を引っ張っていく。琥珀はそんな七宝にされるがまま。そんな琥珀の姿に里の者たちからさらに笑いが起きる。歳が近いということもあり、七宝は琥珀に親近感を感じているのがその理由。琥珀自身、その強引さに戸惑いながらも満更でもないらしく苦笑いしながら七宝に付き合っている。それはまるで兄弟の様。そんな微笑ましい光景は里の人々にとっても和む物だった。それに気を良くしたのかお頭を含む、退治屋の男衆が立ち上がり声を上げて騒ぎ始めてしまう。もはや収拾がつかない宴の光景を呆れながらも珊瑚はどこか安堵しながら見つめていた。


今、自分の目の前に広がっている光景。それは当たり前の、日常の光景。だがそれがどんなに貴重なものであったか。それを考えずにはいられない。もし何か少しでも違っていたら、何かがずれていればきっとこの光景は二度と見ることができない物になっていたのだろう。それほどの危機が今日、自分たちに襲いかかってきたのだから。


珊瑚はそのまま視線をある方向に向ける。そこは部屋の隅。そこに一人の少年の姿がある。


それは犬夜叉。


先程七宝に半ば強引にこの場に連れてこられたのだがその表情は不機嫌そのもの。宴会が開かれているというのにそれには加わらず刀を抱えたまま部屋の隅に座り込んでしまっている。どうやら宴会には加わるつもりはないらしい。だが全くそれに興味がないわけではないのだろう。その証拠にその視線は宴会の様子をちらちらと伺い、その耳は聞き耳を立てているかのように微かに動いている。犬夜叉がやせ我慢をしているのは誰の目にも明らかだった。


「そんなところで見てないで行ってきたらいいじゃないか。」

「……うるせえ、俺に指図すんじゃねえ!」


そんな犬夜叉の様子を見かねた珊瑚がそう助け船を出すものの犬夜叉はそれを突っぱねた後、再び不貞腐れた様子を見せたままその場を動こうとはしない。それが先程からずっと繰り返されている状況だった。まるで反抗期の様な犬夜叉の姿を珊瑚は呆れながらも眺め続ける。元々人見知りが激しそうだとは思っていたがこれほどまでだとは珊瑚も思っていなかった。だがその姿はどこか普通ではない。

確かに犬夜叉は初めて出会った時は取り付く島が無いような態度を取っていたがここまでではなかった。それは里の者たちと対峙してから特にひどさを増している。まるで里の者たちを遠ざけるような、いや恐れているのではないかと思えるほどの態度を見せている。自分は既に里の者たちに犬夜叉の事情をある程度説明し、先の脅しも冗談だったと伝えている。もちろんそれをそのまま受け止めるほど里の者たちも甘くはないが珊瑚やお頭の言葉、加えて理由は分からないとはいえ自分たちを救ってくれた存在。里の者たちも七宝同様犬夜叉を歓迎したのだがそれを全て犬夜叉はそっけない態度で返すことしかしなかった。まるで自分たちとは関わり合いになるつもりはないと、そう宣言するかのように。その結果が今の状況だった。


珊瑚は何故犬夜叉がそんな態度を取っているのか分からない。確かに見た目と言動は荒っぽいがお人好しであることは間違いない。なぜわざわざ嫌われるような、距離を取るようなことをしているのか。だがそれを直接聞いたところで答えたりはしないことは分かり切っている。しかしこのまま犬夜叉を一人きりにしているわけにもいかない。珊瑚はそのまま半ば強引に犬夜叉の隣に腰掛ける。


「な、何だよ!?」


そんないきなりの珊瑚の行動に犬夜叉は驚きの声を上げる。だが珊瑚はそんな犬夜叉の姿を見ながらも何でもないことの様に話しかける。


「ちょっと話がしたいと思ってね。別にいいだろう、暇そうにしてたし。」

「お、お前……」


歯に衣着せぬ珊瑚の物言いに犬夜叉はただ呆気にとられるしかない。以前から思っていたがこうなった珊瑚には何を言っても無駄であることは少ない時間の付き合いとはいえ犬夜叉も理解してきたためあきらめながらその場に座り込むことを決め込む。その姿をどこか満足気に眺めた後、珊瑚は隣にいる犬夜叉に話しかけていく。


「犬夜叉はあの森に来る前もずっと四魂のカケラを集めてたの?」

「………ああ、そうだ。」


珊瑚の問いに犬夜叉はどこか投げやり気に答える。しかし珊瑚はそれを気にすることなく他愛ないことを話し続ける。どこで生まれたのか、どんな食べ物が好きなのか、どんな風に生活していたのか。犬夜叉はうんざりした様子を見せながらもそれに応えていく。だが珊瑚は感じ取っていた。

それは犬夜叉の雰囲気。それはどこか警戒を感じさせるもの。まるでいらないことを、言ってはいけないことを考えながら言葉を選んでいるかのように。そして一通り質問が終わり、二人の間に時間が流れる。だがそれを破るかのように珊瑚が口を開く。



「……父上から聞いたんだけど、五十年前に封印されたっていうのは本当なの?」


それが珊瑚が聞きたかったこと。お頭から聞かされた話の中で最も気になっていた四魂の玉を守っていた巫女によって封印されたという話。だがそれがどうしても珊瑚の中では引っかかっていた。それが事実だとすれば今も犬夜叉は四魂の玉を狙っていることになる。だが犬夜叉には玉に関する執着が感じられない。もし本当に玉が欲しいだけなら先程力づくで奪って行ったはず。話の中でも村を襲ったというのだからなおさらだ。だが目の前の犬夜叉はそれを行わなかった。自分がそれを妨害したこともあるが恐らくはそれが無くとも村人たちを傷つける気が無かったのは明白だった。そんな様々な疑問の答えがきっとこの質問で分かるはず。珊瑚はそう判断し、その質問を投げかける。だが


「……………」


犬夜叉はそのまま何を言うでもなく黙りこんでしまう。まるで何も言うことはないと、そう告げるかのように。だが犬夜叉がその質問に大きな反応を示しているのは明らか。しかしそれ以上待っても犬夜叉は口を開こうとはしなかった。どうやらやはりこの質問は犬夜叉にとって答えたくなかったものだったらしい。そう悟った珊瑚は空気を変えようと違う話題を振ることにする。


「……そういえば犬夜叉はいくつなの?」


それは初めて会ってから結局まだ一度も聞いたことが無かった質問。本当ならもっと早く聞くつもりだったのだが半妖は人間とは歳の取り方も寿命も大きく異なるため聞けずじまいになってしまっていたのだった。犬夜叉はいきなり話題が大きく変わったことと質問の内容に何か思うところがあったのかしばらく黙りこんでしまう。そしてしばらくの間の後



「………十四だ。」


そう静かに答える。それはまるで自分自身でそれを確かめるような呟き。そのことを不思議に感じながらも珊瑚は改めて犬夜叉に目を向ける。恐らくは人間でいえば十四歳相当だということなのだろう。

実際犬夜叉の体は正確にいえば二百歳前後。人間でいえば十五歳相当なのだが少年はあえて自分の本当の年齢を答えたのだった。それは少年のある意味意地、こだわりの様なものでもあった。だがそんなことなど露知らず珊瑚はそれに答える。


「そうなんだ、あたしは十六だ。そういう意味じゃあたしの方が歳上かもね。」


珊瑚はそう冗談交じりに話しかける。実際精神年齢であれば自分の方が犬夜叉よりずっと大人であることは間違いないだろう。そのことにどこか優越感を感じている中、珊瑚は気づく。それは犬夜叉の姿。その表情が驚きに染まっている。一体何をそんなに驚く必要があるのだろうか。珊瑚が首をかしげていると



「お前、十六だったのか………十六の割には随分」

「『随分』……何?」


犬夜叉がそう自らの本音を口に、いや口にしかけるもののそれを寸でのところで止める。それは殺気。それが自分の目の前にいる珊瑚から発せられていることに犬夜叉が本能で察したから。珊瑚はこちらを見ながら笑みを浮かべている。だがその胸中が穏やかではないのは鈍感な犬夜叉でも理解できていた。もしその言葉の先を口にすれば飛来骨の一撃が自分の頭部に襲いかかってくるのは火を見るより明らか。



「いや……何でもねえ……」


犬夜叉は顔を引きつかせながらそう口にすることしかできなかった…………





長かった宴会も終わり、里には夜の静けさが戻り里の者たちは皆眠り落ちてしまっていた。だがそれは無理のないこと。それだけの戦闘が今日は立て続けに起こったのだから。だがそんな静まり返った里の中を動いている人影がある。それはまるで物音を立てないようにしながら歩みを進めていく。里の者たちはその存在に誰ひとり気づくことはない。そしてその人影が里の出口に差し掛かったその時



「……どこに行くつもり、犬夜叉、七宝?」


その人影に向かって少女の声が掛けられる。その瞬間、声を掛けられた人影は動きを止めがら振り返る。同時に月明かりが辺りを照らし、その場を包み込んでいく。


そこには着物姿の珊瑚と七宝を肩に乗せた犬夜叉の姿があった。両者はそのまま何を言うでもなくただ見つめ合っている。そんな中


「ど……どうするんじゃ、犬夜叉?見つかってしもうたぞ……」


七宝が焦りながら犬夜叉に問いかける。どうやら見つかりたくない場面を珊瑚に見つかってしまったらしい。だがどうしたものかと七宝は狼狽することしかできない。だがそんな七宝とは対照的に犬夜叉は慌てることなくそれに答える。


「……決まってんだろ、ここから出ていくところだ。」


その姿には一片の戸惑いも迷いも見られない。ただ純粋な事実だけを犬夜叉は口にしていた。それは何もおかしいことではない。里を救ったことで一時的に宴会に誘われはしたもののずっとここに留まる気など犬夜叉には全くなかった。面倒な事態に巻き込まれる前にここから出ていく。それが犬夜叉の判断だった。だがそんなことは珊瑚とて分かっている。だが声をかけなければならない理由が珊瑚にもあった。


「じゃあその手にあるカケラは何?」


珊瑚の視線が犬夜叉の右手に向けられる。その手の中にはこの里にあった三つの四魂のカケラが握られていた。それは犬夜叉が皆が寝鎮まった後、探し出したもの。それを手に入れることが犬夜叉が宴会の場に留まっていた本当の理由だった。


「言ったはずだぜ。四魂のカケラは頂いていくってな。お前らが持ってても奈落に奪われるのがオチだからな。」


犬夜叉はそれを見せびらかし、まるで挑発するかのように珊瑚に言葉を放つ。それはある意味で決別宣言。これ以上慣れ合う気はない。戦闘になっても構わない。そんな決意が込められた言葉だった。そんな言葉に七宝はどこか落ち着かない様子を見せ続けている。七宝としては犬夜叉の味方をしたいのだが自分たちによくしてくれた珊瑚たちを裏切るような気がしてどうしてもいたたまれない心境だったからだ。


犬夜叉はそのまま臨戦態勢で珊瑚と対峙する。それはいつでも戦闘、もしくはこの場を離脱できるようにするため。だがそんな予想とは裏腹に珊瑚は犬夜叉に向かってこようとはしなかった。


その自分の予想とは大きくかけ離れた珊瑚の姿に犬夜叉は驚きを隠せない。自分はこの里にあった四魂のカケラを奪い去ろうとしている。それは珊瑚個人としても、退治屋としても見過ごせるものではないはず。だからこそ自分を追ってここまで来たのだろう。なのに何故、何もしてこようとしないのか。犬夜叉が困惑していると


「あたしはあんたに提案があってここに来たんだ。」


珊瑚がどこか真剣な表情を見せながらそう告げる。その言葉に犬夜叉は戸惑うことしかできない。一体何を言おうとしているのか。だがそんな犬夜叉の姿を見ながらも



「犬夜叉、あたしたちと一緒に妖怪退治屋をする気はない?」


そんな提案を珊瑚は口にした。瞬間、犬夜叉の時間は凍りついた。




「…………………は?」


何とか我を取り戻した犬夜叉はそんな間抜けな声を上げることしかできない。当たり前だ。何がどうなったらそんな話になるのか。訳が分からない事態に犬夜叉は混乱することしかできない。だが珊瑚はそれを見ながらも言葉をつづけていく。


「強くなるのがあんたの目的なんだろ?あたしたちの仲間になれば妖怪と闘うのには困らないはずさ。四魂のカケラだって集めやすくなるはずだよ。」


それは客観的な事実。自分たちに仲間になりなることで得ることができるであろう犬夜叉にとってのメリット。そしてそれを提供することにより犬夜叉を勧誘すること。それが珊瑚の狙い、任務だった。


犬夜叉の言う通り、自分たちがこのまま四魂のカケラを持っていても奈落に奪われてしまう可能性が高い。そう言った意味では犬夜叉に持っていてもらった方が遥かに安全だろう。そして犬夜叉が自分たちの身を案じ、四魂のカケラを持って行こうとしていることを珊瑚はとっくに見抜いていた。素直にそう言えばいいにも関わらずわざとあんな言動しているのが犬夜叉らしいと言えば犬夜叉らしい。だがそのまま犬夜叉に全てを任せるのは、押し付けるのは退治屋としても、自分自身としても納得ができるものではない。


奈落という妖怪と犬夜叉が何か因縁があることは七宝から聞き及んでいる。既に奈落に目をつけられてしまった以上、自分たちもそれと対峙していくことは避けられない。ならばバラバラになるよりも手を組んだ方が効率がいい。それが犬夜叉を仲間に誘おうとしている退治屋としての珊瑚の判断だった。


そんな珊瑚の姿に犬夜叉はその提案が世迷言ではないことを悟る。そしてその決意が深いものであることも。確かにその提案は自分にとってもメリットは大きい。自分が里に留まることによって里が狙われるリスクもあるが自分が離れてしまった後に里が襲われそれを人質にとられるような事態の方が自分にとっては厄介だ。ならばいっそ仲間になった方がやりやすいかもしれない。今回は罠に掛けられたため後れを取ったが退治屋たちの実力はかなりの物。やすやすと後れを取ることはないだろう。特に珊瑚に関しては大きな戦力になる。


加えて衣食住の心配をしなくてよくなるのが大きい。自分だけならまだどうとでもなるが七宝に関しては話が別だ。できるならまともな環境で暮らさせてやりたいと考えており、この提案に乗ればその問題は解消される。もしもの時には七宝を預けることができる。自分としてはこの提案を断る要素はほとんどない。こちからからお願いしたいぐらいだ。だがそれができない理由があった。それは



「…………分かってんのか、俺は『半妖』なんだぜ?」


自分が半妖であるという、ただそれだけの事実。そしてそれが全てだった。


珊瑚はその言葉にどこか気圧されてしまう。それほどの重さがその言葉には込められていた。だがそれを聞きながらも珊瑚は



「ああ、あんたが妖怪だろうが半妖だろうが構わないよ。それにこれは父上からの許可ももらってるから心配もいらないよ。」


笑みを浮かべながらそう告げる。この提案は珊瑚の父からの物でもあった。お頭は恐らくは犬夜叉が四魂のカケラを持って里を去っていくことを見越し、その説得を珊瑚に任せていた。それは犬夜叉の強さが里にとって魅力的だったこともあるがそれ以上に先代のお頭の言葉がその理由。

かつて自分たちは四魂の玉を桔梗という巫女一人に押しつけてしまった。その結末は語るまでもない。そして半妖とはいえまだ幼い少年がそれと同じ状況に至ってしまっている。同じ間違いを再び犯すわけにはいかない。それが退治屋の里のお頭の判断だった。


そんな珊瑚の言葉に犬夜叉は驚き、目を見開きながらもそれ以上何も口にしようとはしない。その姿に珊瑚は目を奪われる。その姿から犬夜叉が何かに悩み、決断を下せずにいることを悟る。だがこれ以上退治屋としては言葉を掛けることはできない。できるのは



「それにあんたにはまだ負けたまんまだからね。借りを返すまでは嫌でも付き合ってもらうよ。」


退治屋としてではない自分自身の言葉を犬夜叉に掛けることだけだった。



そしてそれが最後の決め手になった。



「…………後悔しても知らねえぞ。」


犬夜叉はどこかあきらめを感じさせるような姿でそう答える。それは先の提案に対する犬夜叉なりの答えだった。その言葉に珊瑚はもちろん、七宝も喜びの表情を見せる。どうやら七宝も珊瑚の提案には心惹かれるものがあった様だ。珊瑚はそんな言葉を聞きながらも改めて犬夜叉と向かい合う。


犬夜叉と珊瑚。少年と少女が互いに向かい合う。そしてそれに合わせるように珊瑚の右手が差し出される。


「退治屋の珊瑚だ。よろしく。」


それは仲間に向ける初めての言葉。


「………犬夜叉だ。」


少年はそれが恥ずかしいのかそっぽを向きながらその手を握り返す。だがそんな二人の姿が嬉しかったのか犬夜叉の肩に乗っていた七宝がはしゃぎ、騒ぎ始める。犬夜叉はそれを何とか諫めようとするが七宝は逃げ回りながらそれをからかい続ける。珊瑚はそんな二人の姿をどこか微笑ましく見守っている。



それが犬夜叉と珊瑚が仲間になった瞬間だった―――――



[25752] 珊瑚編 第九話 「日常」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/16 19:20
「ただいま。」
「今戻ったぞ!」


珊瑚と七宝の声が里の入り口から村人たちに向かって響き渡る。村人たちは驚きながらその声の方向に向かって目を向ける。そこには四人と一匹の一団の姿があった。珊瑚と七宝はそのまま村人に向かって近づきながら依頼の達成と帰還の報告をしていく。特に七宝は久しぶりの帰郷にはしゃいでしまっているようだ。珊瑚も村人たちもそんな七宝の様子を微笑ましく見つめている。だが


「おい、七宝いつまでも騒いでんじゃねえ。里に入れねえじゃねえか。」


そんな七宝に向かって犬夜叉はどこか気だるそうに愚痴をこぼす。やっと依頼も終わり久しぶりにゆっくりできると考えていたにも関わらずいつまでも寄り道をしている七宝に思うところがあったらしい。


「いいではないか。おらたちはちゃんと依頼をこなしてきたんじゃからちゃんと報告しなければな!」


だがそんな犬夜叉の言葉など耳に入っていないかように七宝はいつもの調子で騒ぎたてている。その光景に犬夜叉は溜息を漏らすしかない。そんな中


「兄上、七宝の面倒は僕が見てるから姉上と一緒にお頭のところに行っててください。」


琥珀が苦笑いしながらも犬夜叉にそう提案する。それはある意味でいつも通りの琥珀の役目。依頼の道中もだが七宝の面倒を見ることに関しては琥珀が最も手慣れていると言っていいだろう。ただ一緒に振り回されているところがあるのも否めないが。


「分かった、後は任せるぜ。珊瑚、さっさと行こうぜ。」

「ああ。」


犬夜叉はそのまま珊瑚と共にお頭がいる屋敷に向かって歩き始める。それに続くように子猫姿の雲母が珊瑚の肩に乗ってくる。



それが犬夜叉たちのいつもの日常の光景だった―――――





「御苦労だったな、犬夜叉。依頼の方は問題なかったのか?」

「ああ、なんてことない依頼だったぜ。」


里の中で一番大きな屋敷の中、お頭の部屋で犬夜叉とお頭は対面しながらそんなやり取りをしている。そこには珊瑚の姿はない。先程依頼の報告を終えた後、犬夜叉も珊瑚と共に部屋を出ていこうとしたのだがお頭に呼び止められ、今の状況に至っていた。


「で、一体何の用があるんだ、親父?」


犬夜叉はどこか真剣な雰囲気を纏いながらそう単刀直入に切り出す。珊瑚を出払わせてまで自分とする話。恐らくは何か重要な話があると悟り犬夜叉は緊張した面持ちを見せている。だがそんな犬夜叉の姿をどこか感慨深げにお頭はじっと見つめ続けていた。その姿に犬夜叉は戸惑うことしかできない。そんな中


「いや、やはりその呼ばれ方は何か心に来るものがあると思ってな。」


お頭はどこか楽しそうな笑みを浮かべながらそんなこと口にする。同時に犬夜叉はまるで空気が抜けてしまったかのように肩を落としてしまう。まるで肩すかしを食らってしまったかのような犬夜叉の姿をお頭は満足気に見ながらも上機嫌になってしまっていた。



「で……それだけのために俺を引きとめたのか?」

「ははっ、そんな顔をするな。ちょっとした冗談だ。」


どこか冷めたジト目で自分を睨めつけている犬夜叉をからかいながらお頭は笑い続けている。そんなある意味いつも通りのお頭の姿に犬夜叉は溜息をつくことしかできない。


犬夜叉と七宝が妖怪退治屋の仲間になってから既にひと月以上が過ぎようとしていた。初めはそのことに戸惑い、やりづらさを感じることも多かったのだが流石に慣れてきたこともあり、犬夜叉は何とか里に馴染み始めているところだった。そんな中でも特に驚いたのが目の前の存在、お頭の姿だった。


初め、犬夜叉はお頭は厳格な人物なのだとばかり思っていた。特に戦国時代であるということ、それに対する少年の先入観からもそうなのだろうと考えていたのだがそれが大きな勘違いであったことを少年は思い知る。お頭は良く言えば豪快な人物、悪く言えば冗談好きな唯の親父だった。もちろんいつもそうなわけではない。戦闘の時や退治屋の頭としての場ではそれに相応しい風格と態度を見せている。どうやら公私を切り替えているらしい。そのギャップに最初は戸惑うことしかできなかったが流石に慣れてきたこともあり、今では気楽に話すことができる間柄になっている。本当なら敬語を使わなければならない目上の存在なのだが今更自分の態度を変えることもできず、仕方なく普段の態度で接している。『親父』という呼び方はお頭の提案によるもの。


初めは珊瑚たち同様『お頭』と呼ぼうとしていたのだがお頭の提案によってそれを変えられてしまった。何でもそう呼ばれてみたかったらしい。お頭は娘と息子である珊瑚と琥珀からは『お頭』もしくは『父上』と呼ばれている。その呼ばれ方も決して嫌なわけではないのだがやはり堅苦しいところがあったらしい。珊瑚はともかく息子である琥珀にそう呼んでほしかったらしいのだがその性格からそんな呼び方はしてもらえないであろうことは分かり切っていたためあきらめるしかなかった。だがそこに犬夜叉と言う存在が現れる。その結果が今の犬夜叉の言葉だった。そして琥珀の『兄上』という呼び方もお頭の仕業であるのは言うまでもなかった………



「それにしてもお前達が里から来てからもうひと月か。珊瑚とは上手くやっているのか?」

「………ああ、よくどつき回されてるよ。」


お頭の言葉にどこかげんなりした姿を見せながら犬夜叉は目の前に置かれたお茶を口に運ぶ。その脳裏にはこのひと月の珊瑚との付き合いが蘇っていた。仲間になった当初は里の復興と奈落への対策のために二週間ほどはほぼ里に缶詰の生活となっていた。それが何とか形になったところから犬夜叉の退治屋としての生活が始まった。もっとも退治屋に関しては犬夜叉は全くの素人。そのためその補助と言う名の見張りとして珊瑚が依頼に関しては同行する形になった。それ自体は構わない。退治屋はもちろん、少年はこの時代の常識に関しては何も知らないと言っても過言ではなかったからだ。


だが自分が何かミスをしたり、失言する度に飛来骨で殴るのだけは勘弁してほしい。珊瑚本人としてはそれほど気にしてはいないようだがやられる方からすればたまったものではない。いくら半妖だと言っても痛いものは痛い。それを何度も抗議しているのだが現状は全く変わっていなかった。


そんな落ち込んでいる犬夜叉の姿にお頭は笑い続けている。どうやら上手くやっているらしいことにお頭は内心安堵する。初めはその態度から犬夜叉が上手くやっていけるかどうか不安もあったのだが杞憂だったようだ。まだ珊瑚や自分以外の里の者たちとは少し距離があるようだがそれも時間の問題だろう。犬夜叉自身は気づいていないようだがその物腰が丸くなってきている。それは珊瑚たちの影響はあったのだろうがそれ以上にそれが少年の本来の姿なのだろう。お頭は犬夜叉の他人を寄せ付けない態度がどこか無理をしていることには気づいていた。恐らくそれは少年なりの処世術だったのだろう。まだその堅さが残ってはいるがこの調子なら心配はないはず。お頭はそのままお茶を飲んでいる犬夜叉に向かって



「それで……珊瑚とはどこまで進んだのだ?」


そんなことを真剣な様子で問いかけてきた。


「なっ……何だよ、いきなり!?」


突然のお頭の問いに犬夜叉は思わず飲んでいたお茶をむせ込んでしまう。何とか答えようとするも上手く呼吸ができないのかその場にうずくまってしまう。


「何だ、まだ手を出しておらんのか。見た目と違って奥手だな。」


犬夜叉の様子からまだ何も進展していないことを見て取ったお頭はそんな感想を漏らす。それは冗談でも何でもないお頭の本音。珊瑚は今年でもう十六になる。年齢でいえばもう嫁いでいてもおかしくない。だが珊瑚にはまだ男っ気が全くない。それが琥珀のことに次ぐお頭の心配ごとだった。


だがそれはある意味仕方がないこと。それは珊瑚の強さ。里一番の手練である珊瑚には里の男たちもなかなか手が出しにくいらしい。それ以上に珊瑚自身がそれに興味を示していないのが一番の理由だったのだが。そう言った意味では目の前にいる犬夜叉は貴重な存在と言える。半妖とはいえ珊瑚の口から男の話が出てくることなどこれまでなかったこと。恐らく珊瑚本人は気づいていないのかもしれないが脈はあるのではないかとお頭はずっと気にしていたのだった。



「あ、あんたな………」


犬夜叉はそんなお頭の言葉に呆れながらも何とか落ち着きを取り戻す。いくら冗談だとしても言いすぎだ。仮にも自分の娘に対する言葉とは思えない物。もっとも恋愛観も倫理観も現代と戦国時代とでは大きく異なるのかもしれないが。しかしそれがお頭自身の価値観というのが恐らくは真相だろう。加えて少年は珊瑚をそういう対象としては全く見ていなかった。


それは犬夜叉の記憶の影響。それによって少年は珊瑚のことは仲間だと強く意識していた。確かに女性でありそのことを気にすることが全くないと言えば嘘になるが珊瑚には弥勒という相手がいる。そして珊瑚も自分をそういう対象として見ていないのはこれまでの付き合いからも明らか。何よりももし直接手を出そうものなら飛来骨の一撃が襲いかかってくるのは分かり切っている。自分はまだ死ぬ気はないためそんなことは絶対御免だった。



「……まあそれはともかく、頼まれていた奈落の居場所についてはやはり掴むことはできておらん。どこかに身を隠しているのだろう。」


犬夜叉が落ち着いてきたのを確認した後、退治屋としての顔に戻りながらお頭はそう犬夜叉に告げる。それは奈落に関すること。それに対する備えを自分たちは進めている。里の守りについては既に完成している。それができたからこそ犬夜叉たちは里の外で退治屋の依頼をこなせるようになっていた。だが肝心の奈落の居場所については分からずじまい。恐らくは結界を使って身を隠しているのだろう。それは力をつけるため。今度奈落が姿を現すのは自分の強さを上回ったと判断した時のはず。ならばそれを超える強さを自分は身につけるしかない。犬夜叉はどこか決意を満ちた目をしながら自らの拳に力を込める。



「……何か分かればすぐに知らせる。犬夜叉、お前もあまり焦り過ぎんようにな。」


そんな犬夜叉の肩を軽く叩いた後、お頭はそのまま屋敷の奥に姿を消していってしまう。その言葉と姿はまるで父親のそれ。そこには半妖である自分に対する差別も忌避も全くない。それを犬夜叉はこのひと月ずっと感じていた。それはお頭に限った話ではない。里の者たちにもそれはいえる。もちろんそれが全くないというわけではない。だがそれはある意味当然のもの。自分も現代で外人と共に過ごすことになれば少なからず意識してしまうはず。それと同じ程度の物。その事実に犬夜叉は驚きを隠せなかった。


それは退治屋の里だからこそ。妖怪と言う存在を誰よりも理解している里の者たちだからこそのもの。もしかしたら自分はここで受け入れてもらえるのではないのか。そんな甘い誘惑が少年を襲う。だが少年はそれに身をゆだねることはできなかった。また。またあの時の様なことが起きるかもしれない。その恐怖が、絶望が頭から焼き付いて離れない。少年はそれを振り払うかのように屋敷から離れていくのだった―――――





日が傾き、辺りが暗くなり始めた頃、お頭の屋敷ではいつものように夕食が開かれていた。そこには珊瑚、琥珀はもちろん犬夜叉と七宝の姿もある。犬夜叉と七宝は形式上は珊瑚たちの家のお世話になっており、そこを拠点している。そのため寝食に関しても同様だった。


「犬夜叉、それ食べないんならおらがもらうぞ!」

「余計な御世話だ。他人のもんまで食おうとするんじゃねえ。」


いつものように騒ぎ立てる七宝を諫めながらも犬夜叉は自分の料理に箸を進めていく。その光景をお頭は満足そうに、そして琥珀は楽しそう見ながらも食事を進めていく。そんな皆の姿を見ながらも珊瑚も夕食を口にしていく。それがここひと月ほどの珊瑚たちの食事の風景だった。だが最初からこうだったわけではない。初めは犬夜叉が自分たちと一緒に食事をすることに関して難色を示していたからだ。だが七宝の強引さに負けたのか食事に関しては一緒に取るようになっていた。珊瑚は黙々と食事を進めている犬夜叉を見つめながら思い返す。それはこれまでの犬夜叉との関わり。


最初の二週間ほどは里の復興が最優先であったため妖怪退治については後回しにせざるを得なかった。それ自体に犬夜叉は不満があったらしい。犬夜叉からすれば強くなるために余計なことをしている暇はないということだったのだろう。だが働いている里の者たちを見ている中で何か感じるものがあったのか犬夜叉はその仕事を手伝うようになる。それは主に家を立て直すために必要な木材を森から取ってくる作業。自分たちにとっては重労働のそれは半妖の犬夜叉にとっては大したものではなかったらしい。そのおかげもあり、村の復興は想像よりもあっという間に成し遂げることができた。その中で里の者たちも犬夜叉がどんな人物であるか、どんな付き合い方をすればいいのか掴めたらしくそう言った意味でもそれは大きな成果があったと言える。


そして準備が整ったことで退治屋としての依頼をこなす日々が始まる。しかしそれも一筋縄ではいかなかった。それは犬夜叉がまるで世間のこと、常識を全く知らなかったことが原因。里にいた頃から薄々感じていたことだったが犬夜叉は一般的な常識や知識を全く持ち合わせていなかったらしい。確かに半妖としてずっと人にかかわらずに生きてきたのだとすれば分からなくもないがそれにしてもその無知さは異常だった。お金の単位、数え方、旅の仕方など数えればきりがないほど。


特に驚いていたのが若い夫婦たちの姿。それは犬夜叉と歳がほとんど変わらない者達。そんな者たちが結婚し、子を育てている光景に犬夜叉は驚きを隠せずにいた。どうやら犬夜叉は人間はもっと歳を取ってから結婚するものだと思っていたらしい。そのことを珊瑚が説明するも、犬夜叉はそれに関するいらないことを珊瑚に口走ってしまったため地面に倒れ伏すことになってしまったのだが。そんな犬夜叉の面倒を見ながらの依頼をこなすのは一苦労。いや依頼自体は犬夜叉もいるため何の問題もないのだがその道中が一番苦労することになるとは珊瑚も思っていなかった。まるで弟がもう一人増えてしまったかのよう。もっともそれは琥珀に失礼かもしれない。珊瑚はそのまま犬夜叉の隣に座っている琥珀に目を向ける。


恐らく犬夜叉が来たことで一番変わったのは琥珀だろう。琥珀は今、犬夜叉同様、自分の依頼についてくるようになっていた。それはこれまでの琥珀からは考えられない行動。先の城での戦闘。それによって琥珀はもう戦うことができなくなってしまうのではないか、そう珊瑚はもちろん、お頭もそう危惧していた。そうなってもおかしくない程の出来事だった。だがそれは杞憂だった。それどころかそれが琥珀の心境に何か大きな変化をもたらしたらしい。犬夜叉が里に来てからしばらくして琥珀が時々姿を消すことが見られるようになった。それを気にした珊瑚がその跡を追った先である光景を目にする。


それは琥珀が鎖鎌を手に修行を積んでいる光景。だがそれだけではない。その先には犬夜叉の姿もある。どうやら琥珀の修行相手をしているらしい。琥珀がそれを犬夜叉に頼んだであろうこともだがそれ以上に犬夜叉がそれに応じていることの方が驚きだった。そしてその表情は真剣そのものであり、また的確に戦い方を琥珀に教え込んでいる。その姿は普段の犬夜叉からは考えられないようなもの。その変わりようはそう、まるで戦闘中のよう。一切の甘さも油断も感じさせないような過酷なもの。一緒に旅をするようになって実感したが犬夜叉は戦闘中とそうでない自分を切り替えているらしい。だがそれ自体は珍しいことではない。その証拠に自分もお頭も戦闘時には思考を切り替えるようにしている。だが犬夜叉のそれはそれとは明らかに一線を画している。そのことについて何度か聞いたことがあるがはぐらかされてしまっている。唯一聞いたのがそれが闘い方を教えてくれた師の教えらしいということだけ。それ以外にも気になっていることを何度か尋ねてはいるものの全てはぐらかされてしまっているのが珊瑚の今の悩みの種だった。


だが琥珀に関しては犬夜叉には感謝するべきだろう。琥珀もまるで兄の様に犬夜叉を慕っており、『兄上』という呼び方からもそれは明らか。その呼び方のきっかけは父上だったようだが父上が言わなくともきっとそう呼ばれていたであろうことは想像がつく。もっともその呼び方に慣れないのか犬夜叉は複雑な表情を浮かべていたが。そんなことを考えていると



「じゃあな、俺はもう行くぜ。」


そう言い残した後、犬夜叉はその場を後にし、屋敷から出ていってしまう。だがそれを制止する者は誰もいない。それはそれがいつもの光景だったからに他ならない。



「………やっぱり寝込みを見られたくないのかな?」


食事に関しては一緒に取るようになったものの犬夜叉は寝るときだけは屋敷から出ていき、森で過ごしている。それを何度か止めようとしたが犬夜叉はそれを頑として受け入れなかった。恐らく睡眠という一番無防備な姿を自分たちにさらしたくないのがその理由なのだろう。これまで一人で生きてきた犬夜叉にとってはそれは当たり前なのかもしれない。だが


「それは違うぞ、珊瑚!」


そんな珊瑚の胸中をまるで見抜くかのようなタイミングで七宝が声を上げる。それはまるで自分が何か珊瑚の知らないことを知っているかのような優越感を感じさせる姿。


「………?どういうこと、七宝?」


珊瑚は首をかしげながら聞き返す。一体何が違うというのだろうか。七宝はその胸を張り、威張り散らしながら



「犬夜叉は珊瑚と一緒に寝るのが恥ずかしいから森の中で寝とるんじゃ!」


そう大声で宣言する。その言葉に珊瑚はもちろんお頭と琥珀も思わず固まる。まるで時間が止まってしまったかのよう。


だがすぐにその場は笑いに包まれてしまう。特にお頭は笑いのツボにはまったのか笑いが抑えきれないようだ。琥珀も笑ってはいけないと思いながらも堪え切れずにいる。だがまるで自分の言葉を信じてもらえていない七宝は機嫌を悪くしながらそれに反論していく。だが


「そんな理由なわけないさ。それにあたしはそんなこと気にしてないよ。犬夜叉にそんな根性があるわけないし。」


珊瑚は笑いながらそう告げる。それは嘘偽りない本音。それを前に七宝はそれ以上何も言えなくなってしまう。しかし七宝の言葉。それは間違いない事実だった。それは犬夜叉とずっと一緒にいた七宝だからこそわかること。


少年は半妖の体になってしまったとはいえまだキスすらしたことのない十四歳。いくら仲間とはいえ自分より年上の女性と同じ屋根の下で眠ることには抵抗があったのが本当の理由。ある意味純粋無垢であるが故の行動。だがそうとは知らず珊瑚たちは話に花を咲かせている。故に気づかなかった。


その言葉が犬夜叉の耳に届いていたことを―――――






月明かりだけが光を放っている夜の里の中、うごめいている影の姿がある。それはまるで忍者の様な動きである家に向かって行く。それは珊瑚たちのいる屋敷だった。



(あいつら……勝手なことばかり言いやがって……!)


影の正体、犬夜叉は心の中で悪態をつきながらも静かに屋敷に近づいていく。その目的はもちろん珊瑚が寝ているであろう部屋。犬夜叉はそこを目指して一直線に向かって行く。


それは世間一般で言う夜這いと呼ばれる行為。あそこまで馬鹿にされては黙ってはいられない。そんな少年の小さな意地の様なものによるもの。


もっとも本当に襲う気などさらさらない。散々自分を馬鹿にしてくれた寝ている珊瑚を驚かせてやる。そんな子供のいたずらの様な理由がその根底にはあった。だがその部屋に近づいていくごとに少年は少しずつ我に返って行く。


激情に任せてここまでやってきたものの自分がしようとしていることはもしかして犯罪なのではないか。そんな不安と奇妙な緊張感が少年を包み込んでいく。十六歳とはいえ歳上の女性が寝ている部屋に侵入しようとしているという事実に少年の体はどこか緊張し、汗ばんでいく。


だがここまできた以上何もせずに帰るのはあり得ない。少年はそう自分に言い聞かせたままその部屋の前まで辿り着く。だがその胸中にはすでに自分の目的が抜け落ちてしまっていた。少年は知らず息を飲みながら部屋に入り込んでいく。


そしてそこには小さな寝息を立てながら布団の中で眠っている珊瑚の姿があった。


少年はそんな珊瑚の姿に一瞬、どきりとしながらもそろりそろりと近づいていく。どうやら深く寝入ってしまっているらしい。少年は自分がいけないことをしているという感覚に囚われながらもその顔が見える位置まで近づいていく。そこには



静かな寝息を立てている十六歳の少女の姿があった。


そんないつもとは違う珊瑚の姿に少年は毒気を抜かれてしまう。そうさせてしまうほどの何かがその姿にはあった。先程まであった怒りや浅ましい感情もとっくに霧散してしまった。



(ふん………そうしてれば美人なのによ……)


そんな珊瑚に聞かれていれば間違いなく殴り飛ばされるであろうことを考えながらも少年はそのままその場を後にする。そして気づく。


自分は珊瑚を見返すことしか頭になかったためそれを行った後自分がどうなるかを失念していた。もし自分が予定通りのことをしていればどうなっていたか。そのことに先程までとは違う汗を背中に流しながら少年は森に戻って行った―――――









そしてそのしばらく後、横になっていた珊瑚は静かに目を開く。その視線の先は先程出ていった犬夜叉の跡を追っているかのよう。



「…………やっぱり根性無しじゃないか。」


そんな言葉を溜息と共に漏らした後、珊瑚は再び布団にもぐりこみながら眠りに着く。だがその姿はどこか楽しげでもあった。




それがある日の犬夜叉、珊瑚の日常だった――――――



[25752] 珊瑚編 第十話 「失念」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/21 02:12
日が傾きかけている川辺に二つの人影がある。それは珊瑚と犬夜叉。着物姿の珊瑚はその背中に飛来骨を担ぎながら川辺に沿って歩みを進めている。そしてそれに少し遅れる形で犬夜叉が後を着いてきている。これがいつもの珊瑚たちの退治屋の道中の光景。そして今、珊瑚と犬夜叉は依頼を終えた後、里へと戻っている最中。だがいつもと異なることがある。


それはその数。いつもは二人に加え、七宝、琥珀、雲母も同行しているのだがその姿が見当たらない。だがそれには理由がある。琥珀と雲母については別の依頼をこなすために今、出かけているところ。そしてそれは琥珀が独り立ちができるかどうかのお頭からの試練でもあった。だが以前の琥珀なら難しかったかもしれないが今の琥珀は強さに加え、その精神力も大きく成長している。恐らくは心配ないだろう。珊瑚はそう考えていた。しかし七宝については分からない。何か特別な用事があった様には見えなかったがどうしたのだろうか。だが今更そんなことを考えても仕方がない。珊瑚は意識を切り替えながらその視線を自分の後ろを着いてきている犬夜叉に向ける。


その姿はいつもと変わらない。どこか不機嫌そうに腕を組みながらも自分に着いてきている。そこでふと気づく。そういえば犬夜叉と二人きりでの依頼というは久しぶりだった。


最初の頃は何度かあったが七宝や琥珀が一緒に着いてくるようになりそれ以来二人きりでの旅はしたことがなかった。だが依頼についてはもう全く問題ない。それは犬夜叉たちが仲間になってからの二月の時間が為したもの。犬夜叉もすっかり退治屋や世間の常識を知り、ミスを犯すようなこともなくなっている。もっともいらないことを言う癖は直ってはいなかったが。そして妖怪退治の依頼の中でいくつかの四魂のカケラも新たに手に入れることができた。だが犬夜叉は強い妖怪と闘えていないことに不満があるらしい。


だがそれでも犬夜叉が退治屋を続けているのは珊瑚との修行がその理由。珊瑚と犬夜叉は依頼がない時には里の外で模擬戦形式の修行を行うのが日課になっていた。そのきっかけは珊瑚のリベンジにあった。最初は渋々それに付き合っていた犬夜叉だったのだが実力が近い相手との修行の効果を実感したのか積極的にそれに加わるようになっていた。事実、二人の実力は二月とは思えない程の成長を遂げていた。もっとも珊瑚はまだ犬夜叉から一本取ることができていないのでそれを実感することができていなかったのだが。


里での生活もすっかり板に付き里の者たちとも交流する機会も増えている。もう一人で退治屋としてやっていけるのではないかとお頭も考え始めるほどだった。そんな犬夜叉の成長に仲間として感慨深げにしている中、珊瑚は気づく。それは自分に着いてきている犬夜叉の姿。それはどこかそわそわしているのではないかと思えるもの。まるで自分に何かを言おうしているのだがそれを言い出せないでいる、そんな気配。



「どうかした、犬夜叉?」

「…………なんでもねえ。」


珊瑚がそれを気にし、話しかけるも犬夜叉はそう答えたままそっぽを向いて黙りこんでしまう。その光景に珊瑚は溜息をつく。何故ならそれは今回の依頼を受けて里を出てきた二日前からずっと繰り返してきたやり取りだったから。そのたびに聞き返すのだが犬夜叉はその理由を話そうとはしない。


一体何の用なのだろうか。流石にこれだけ続いていれば珊瑚も強引に聞かざるを得ない。少し強めに問い詰めてやろう。そう珊瑚が決意し、犬夜叉に近づいていこうとしたその時、その視界にある物が写る。その光景に珊瑚は思わず動きを止めてしまう。



それは人の首。


それが川の上流から流れてきている。だがそれだけならまだ分かる。どこかで戦があったとすれば説明はつく。だがそれだけとは思えない。その理由はその数。それは一つや二つでない。そして流れ着いたものの一つを確認したところその首にはまったく斬られたような跡がない。普通なら考えられないような事態だった。


「一体何なんだろう、人の首には違いないみたいだけど……」


珊瑚はそう言いながら退治屋の顔に戻る。どう考えても異常な光景。恐らくは妖怪の仕業である可能性が高い。ならばこのまま放っておくわけにもいかない。とにかく首が流れてきたと思われる上流に向かってみるのが先決。そう珊瑚は判断し、動き始める。だが


「……………」


犬夜叉はどこか厳しそうな表情を見せながら流れてきた首達を見つめ続けている。その表情からその感情を読み取ることはできない。だがその表情を珊瑚は何度か見たことがある。まるでここではないどこかに想いを馳せているのではないか。そんな雰囲気がそこにはあった。だがこのままずっとこの場に留まるわけにもいかない。


「……何してるのさ、さっさと行くよ、犬夜叉?」


珊瑚はそう言いながら川の上流に向かおうとする。だがいつまでたっても返事が返ってこない。そのことに気づき、振り返ったそこにはその場から動かずに難しそうな顔をした犬夜叉が佇んでいた。何故そんな姿を見せているのか珊瑚が疑問を抱いている中



「……もう依頼は済んだんだ、さっさと里に帰ろうぜ。」


犬夜叉はそんな予想外の言葉を口にした。



「………どうしたの、犬夜叉?」


その言葉に珊瑚はそんな声を上げることしかできない。それは違和感。確かに犬夜叉は天の邪鬼の様な性格をしている。表面上は人助けを面倒臭がったり、嫌がったりはするものの、結局何だかんだでそれを放ってはおけないお人好しであることを珊瑚はこれまでの付き合いで理解していた。だが今の言葉。そこにはそれが全くない。本当に犬夜叉はこの事態を見逃して里に戻ろうと本気で言っていることに珊瑚は驚きを隠せない。そんな珊瑚の姿に気づいたのか犬夜叉はどこか罰が悪そうな態度を見せるものの、さらに言葉を続ける。


「今からそんなことしてたら今日中に帰れなくなっちまうぜ。依頼じゃねえんだからそんなに急がなくてもいいじゃねえか。」


犬夜叉は振り返り、先程まで進んでいた方向へ足を進めながらそう口にする。珊瑚の位置からはその表情を伺うことができない。だがその声が何か無理をしているように聞こえるのは気のせいではないだろう。


「……本気で言ってるの、犬夜叉? らしくないじゃないか。」


ならば何か理由があるのではないか。そう考えた珊瑚は再び犬夜叉に問いかける。確かに犬夜叉の言う通りこれは依頼されたことではない。だが退治屋の本質はお金ではなく妖怪に苦しめられている人々を助けることにある。その一点において犬夜叉は出会った時からその素質を持ち合わせていた。だからこそ自分もお頭も犬夜叉を里の仲間に誘うことにした。にも関わらず犬夜叉はそれを見逃したまま帰ろうとしている。知らず珊瑚の口調は強くなっていた。


「…………」


だがそんな珊瑚の言葉を聞きながらも犬夜叉は黙り込んだまま何も答えようとはしない。その姿は自分が答えることができない質問をした時の犬夜叉のもの。故に珊瑚は悟る。今の犬夜叉には何を言っても無駄であるということに。



「………分かった、犬夜叉は先に帰ってなよ。後はあたし一人でやっておく。」


珊瑚はそうどこか機嫌が悪そうに言い残したまま川の上流に向かって走り出してしまう。その速度は凄まじくあっという間に珊瑚の姿は見えなくなっていってしまう。


「おい、待て珊瑚!」


そのことに驚きながら犬夜叉はそう声を上げるものの珊瑚はその制止を振り切りそのまま姿を消してしまう。後には苦悶の表情で拳を握りしめている犬夜叉が一人残されてしまったのだった―――――





(全く……犬夜叉の奴……)


珊瑚はそう心の中で愚痴をこぼしながらもある場所を目指していく。それは桃果人と呼ばれる仙人の元。それがこの事態の元凶だった。


犬夜叉と別れた後珊瑚はある物を川の上流で見つける。それは一本の木。そしてその枝には先程と同じ人間の首がなっていた。だがそれまでと違っていたのはそれらがしゃべることができたということ。そのため珊瑚はそのまま事情を聞くことができた。


首だけになってしまった者たちは皆、生きることに疲れ、仙人が住むというこの山に訪れたこと。そこはこの世の極楽だという噂が広がっていた。


だがそれは嘘であり、騙された人々は桃果人と呼ばれる仙人に喰われてしまったこと。


そして喰われた者たちは人面果と呼ばれる姿にされ、桃果人の不老長寿の薬にされてしまうこと。



それを聞いた珊瑚はそのままその仙人である桃果人の住処へと向かっているところ。人食い仙人となれば下手な妖怪よりもよっぽどタチが悪い。そんなものを野放しにしておくなど退治屋の名折れだ。


そうだ。自分は退治屋の珊瑚。例え犬夜叉がいなくともそのことは変わらない。いつだって自分はそうしてきた。珊瑚は知らず背中の飛来骨を握りしめながら走り続ける。珊瑚は気づいていなかった。知らず自分が焦ってしまっていることに―――――





崖の頂上にある小屋にある人影がある。それは巨大な大男でありどこか人間離れをしている。特にその腹はまるで桃の様に丸く太っている。それがこの一帯を支配している仙人、桃果人の姿だった。


桃果人は座り込んだまま優雅に木の実をいくつもその大きな口に放り込みながら飲みこんでいく。それは桃果人の日常の光景。そしてそろそろ木の実ではなく捕えている新しい人間を喰おうかと考え始めた時、大きな物音共に桃果人の前に新たな人影が姿を現す。



「あんたが桃果人だね、悪いけど退治させてもらうよ。」


そう言いながら戦装束を身に纏った珊瑚は飛来骨を構える。いつもなら目の前の男が本当に桃果人なのかどうか確かめる必要があるのだが目の前の光景と先程の首だけにされてしまった者たちから聞いた桃果人の風貌。それらから目の前の桃果人であることは間違いない。そしてこの部屋に充満している臭い。全てがそれを証明していた。


「ん~? 何だ、お前?」


突然の乱入者である珊瑚の姿を見ながらも桃果人はそんな気の抜けたような声を上げるだけ。まるで動揺する様子を見せない。そんな桃果人の姿にどこか自分が馬鹿にされているのではないかと考えながらも珊瑚は自らの武器である飛来骨を構える。もはや目の前の存在とは話し合いは通用しない。それを直感で悟ったからだ。


「覚悟しな、飛来骨っ!」


叫びと共に珊瑚は己の武器である飛来骨を投げ放つ。それは凄まじい回転を見せながら一直線に桃果人へ向かって疾走する。だがその攻撃に桃果人は身動き一つ見せない。その瞬間、珊瑚は自らの勝利を確信する。あの巨体では自分の一撃をかわすことは叶わない。それを証明するかのように飛来骨が桃果人の体に命中し、その体を両断するかに思われたその瞬間、まるで何かに弾かれてしまったかのように飛来骨はその力を失い弾き飛ばされてしまう。


「何っ!?」


予想外の事態に驚きながらも珊瑚は弾き返された飛来骨を何とか受け止める。そしてその目は桃果人の巨大な腹に向けられていた。そのまるで桃の様に太ったその体がまるでクッションの様な働きをし、飛来骨の威力を吸収してしまったことを珊瑚は瞬時に見抜く。



「いててて……いきなり何するんだ。」


言葉と裏腹に全く痛がるそぶりを見せずに桃果人は立ち上がりながら珊瑚に対峙する。珊瑚はその姿にすぐ我に帰り、距離を取る。どうやら知らず自分は相手を侮ってしまっていたらしい。


目の前の桃果人は妖怪ではなく仙人。それはある意味では妖怪よりも厄介な力を持っている可能性を示している。加えて自分の一撃が全く通用しなかった。珊瑚は自分の失態に気づき、一旦この場を離脱し体勢を整えようと判断する。だが


「誰だか知らねえが仙人に勝てると思ってるのか?」


それよりも早く桃果人はその手にある木の杖の様なものを振り下ろす。その瞬間、辺りに無数の花が現れ、珊瑚を取り囲んでいく。


(何だ……この花は……?)


珊瑚は飛来骨を構えながらも警戒しながらその花を見据える。だが一向に何も起ころうとはしない。桃果人もそんな珊瑚の姿を見ながらも追撃を加えてくる気配もない。一体何を狙っているのか。そう疑問を抱きながらも珊瑚が自らの目の前の花を注視する。だがそれこそが桃果人の狙いだった。


その瞬間、珊瑚の目の前の花が急激に大きく、いや巨大化していってしまう。それはあっという間に珊瑚の身の丈と同じほどの大きさになっていく。


「花が大きく……!?」


珊瑚は自分の目の前で起こっているあり得ない事態に驚愕の声を上げる。一体何が起こっているのか。戦闘の際には冷静さを失わない珊瑚も流石にこの事態には混乱するしかない。だが


「ばーか、お前が小さくなってんだよ。」


そんな声と共に桃果人の巨大な手が珊瑚に向かって伸ばされてくる。いやそれは桃果人の手が巨大になっているのではない。桃果人の言葉通り、珊瑚の体が花と同じほどにまで小さくなってしまっているためだった。


珊瑚は気づく。自分が敵の術に嵌ってしまったことに。そう、桃果人は仙人。それは仙術と呼ばれる仙人が使うことができる術。何よりもこの状況はそれを甘くみていた、そして心に焦りがあった珊瑚の失態だった。


「くっ……!」


珊瑚は己の失態と不利を悟り、何とかその場から離脱しようと試みるもそれよりも早く桃果人の手が珊瑚を掴み取ってしまう。それは逃れようがない、覆すことができない大きさの差によるもの。


「若い娘は珍しいからな。小さいまま喰うのはもったいないな。」


桃果人はそう呟きながら、自らの珊瑚を掴んでいる手に力を込める。それは小さくなってしまっている珊瑚にとっては耐えることができない程の圧力となって襲いかかってくる。何とか意識を保とうとするがそれに抗うことはできない。


(ちく……しょう……)


珊瑚は悔しさに顔を歪ませながらもそのまま意識を失ってしまうのだった―――――





日も暮れ、月だけが明かりを放っている深夜、崖を何とか登り切り走っている一人の少年の姿がある。それは犬夜叉。だがその様子はいつもとは大きく異なる。息は荒れ、体は崖を登ってきたことによって疲労してしまっている。それはいつもの犬夜叉ではありえないこと。それを証明するかのようにその姿も異なっている。


髪と目は黒く、犬耳と鋭い爪はなくなってしまっている。


それは人間の姿。


何故なら今日は朔の日の夜。それは犬夜叉の妖力が消え、人間になってしまう日だった。



(ちくしょう……珊瑚の奴、一人で突っ走りやがって……!)


内心で愚痴をこぼしながらも犬夜叉は全速力で桃果人の住処へと向かって行く。だがその顔は苦悶に満ちている。それはここまでたどり着くまでの疲労によるもの。いつもの半妖の体なら一気に時間をかけることなくここまで来ることができただろう。だが今の自分はただの人間。山を、崖を登るだけで精一杯。珊瑚が一人、川の上流に向かって行ってしまった時には自分は既に力を失いかけていたため自分は珊瑚に追いつくことができなかった。同時に珊瑚がどれだけ人間離れしているか実感する羽目になってしまったのだが。


だが間抜けなのは自分の方だろう。何故なら川を流れてきた首の姿を見るまで今日が朔の日であることを忘れてしまっていたのだから。


それは本来、絶対に忘れてはいけない、自分にとっては命にかかわること。だがそれを自分は忘れてしまっていた。その理由も情けないもの。それは珊瑚との二人きりの旅を意識してしまっていたから。これまではそんなことを意識することはほとんどなかった。だが先日の夜這いから犬夜叉はどうしても珊瑚を意識してしまうようになってしまっていた。そんなところに今回の二人きりの依頼。そのため犬夜叉はそれを失念してしまっていた。


そして何故川を流れてきている首を見たことでそれを思い出したのか。それは記憶の中の犬夜叉もこの戦いの際には人間に戻ってしまっていたから。そのことから少年は朔の日であることを思い出した。だがそれは皮肉としか言いようがない。いくら自分が犬夜叉の生まれ変わりだからといってここまで同じにならなくてもいいのではないか。そう思ってしまうほど。


そしてその相手である桃果人は仙人であり、かなり手強い相手。半妖ではない人間の姿では勝ち目は薄い。そう判断し、珊瑚には一度里に帰るよう提案した。珊瑚がいれば桃果人にも後れを取ることはないだろうが万全を期す必要があったからだ。だがその言葉は逆に珊瑚の反感を買うことになってしまう。


本当なら桃果人のことを説明すれば話は早かったのだがそうなれば何故自分がそのことを知っているのということになってしまう。ただでさえ今までのことで自分は珊瑚に疑念を持たれている。加えて自分の事情を話したところで信じてもらえるわけもなくその証拠もない。七宝だけはそのことを知っているがあれは七宝が子供であるから例外だ。朔の日のことを話せばよかったのかもしれないが個人的な理由でそれを口にすることもはばかられた。だがその結果が今の状況だった。


もしかしたらもう既に珊瑚は桃果人を倒してしまっているのかもしれない。自分の行動も心配も杞憂かもしれない。そう犬夜叉はまるで自分に言い聞かせるように考える。だがそれは空しくも砕け散ることになる。



それは目の前の光景。



そこには桃果人の姿がある。その姿は自分の記憶と一致する。間違いなく目の前の大男が桃果人。だがそこには珊瑚の姿がない。まだここに辿り着いていないのだろうか。だがそれは考えづらい。あの珊瑚があれからここまでたどり着いていないとは思えない。しかしなら一体どうして。そう思い、部屋を見渡した瞬間、ある物が犬夜叉の目に写り込む。


「何だ、また客か?」


桃果人はどこかどうでもいいような空気を発しながら自分の家に侵入してきた犬夜叉に目を向ける。何故今日に限ってこんなに邪魔者が現れるのか。そんな雰囲気を纏いながらも桃果人は犬夜叉に向かい合う。だが犬夜叉はそんな桃果人の姿が全く目に映らないかのように固まったまま。その視線はある一点を見据えている。そこには



飛来骨と珊瑚の着物があった。



その意味を悟った瞬間、犬夜叉は一匹の獣になった。





「え?」


桃果人は目の前の光景に呆気にとられるしかない。先程までそこにいた筈の人間の男が今自分の目の前にいる。だがそれだけではない。その男の手には刀が握られている。それはまるで錆びてしまっている刀。そんな物を男は自分に突き立てている。その一瞬の出来事に桃果人は呆気取られるしかない。だがそれはすぐに消え去ってしまう。


それは恐れ。


男の殺気とその刀が突き立てている部分。それは自分の腹に仕込んでいる四魂のカケラがある位置だった。そして男はさらに刀に力を込めていく。そしてついにその刀の切っ先がカケラに届こうとしたその瞬間


「てめえっ!!」


それまでの余裕など微塵もない態度を見せながら桃果人はその手を使って犬夜叉を振り払う。その威力によって犬夜叉は為すすべなく部屋の隅にまで吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ……!」


犬夜叉はその衝撃と威力によって苦悶の声を上げるものの、すぐさまその場に立ちあがる。だがその左腕は力なくぶら下がってしまっている。それは先程の攻撃によって左腕が折れてしまったためのもの。その激痛が襲いかかり、意識が遠のきそうになるがそれを何とか力づくで抑え込み、犬夜叉は鉄砕牙を構えながら桃果人に向かい合う。だがその内心は焦りに満ちていた。


「おめえみてえな不味そうな奴はいらねえ。このまま踏みつぶしてやる!」


桃果人はそう大きな声を上げながら犬夜叉に向かってくる。そこには先程までの油断や慢心が全くない。それは自分の腹に仕込んだ四魂のカケラを狙われたことに気づいたから。そして先の一撃こそが犬夜叉にとって最初にして最後の勝機だった。


少年は前世の記憶によって桃果人が腹に四魂のカケラを仕込んでいることを知っていた。そして桃果人はただの人間である自分に対しては油断するはず。ならばそれを狙った一撃に賭けるしかない。そう考えていた。だがそれは通じなかった。ここまで自分の力が落ちているとは少年自身も予想外。加えて珊瑚のことに関する怒りによって自分は我を失いかけてしまっていた。それが一番の原因。少年は一度大きく深呼吸し、心を落ち着かせる。


そうだ。まだ珊瑚が死んだと決まったわけじゃない。記憶の通りならかごめの時と同様、別の部屋に囚われている可能性の方が高い。なら今の自分にできることをするだけ。


今の自分では目の前の桃果人を倒すことはできない。それは先程の攻防で身をもって実感した。ならばあきらめるしかないのか。いや違う。力が足りないのならそれを補う術を。


例えどんな窮地だろうと劣勢だろうと思考を止めた時こそが敗北であることを自分は知っている。そして今の自分にはその手段がある。



桃果人がその巨体による体当たりを犬夜叉に向かって放ってくる。その重量には人間を圧殺するには十分すぎるものがある。そして犬夜叉が立っている場所は部屋の隅であり逃げ場はない。桃果人は自身の勝利を確信する。


だがその瞬間、犬夜叉が突然自らの懐に手を突っ込む。その行動に桃果人は目を奪われる。この状況で一体何故そんなことを。そう疑問に思った瞬間、あり得ない物がその視界に映る。それは



(四魂のカケラ……!?)


元の玉の三分の一以上あるであろう巨大な四魂のカケラだった。それを目の前の犬夜叉は手に持っている。そんなあり得ない光景に桃果人は思わず動きを止めてしまう。だがそれは無理のないこと。誰もこんな人間があんな巨大な四魂のカケラを持っているなど想像もできないだろう。加えてそれは桃果人が探し求めている物でもあった。そしてそれこそが犬夜叉の狙いだった。



瞬間、桃果人の視界が赤に染まる。いや、その片方の視界が奪われてしまう。一体何が起こったのか。そして気づく。



犬夜叉の持つ鉄砕牙が自分の右目に突き立てられていることに。




「ぎゃああああっ!!」


その激痛によって桃果人は絶叫を上げる。そのまま手によって目を押さえながらもその激痛によって桃果人は地面に転げまわってしまう。


桃果人の体は四魂のカケラによって防御力を飛躍的に高めている。それは鉄砕牙の一撃を跳ね返してしまうほどのもの。その力の前には今の自分では敵わない。だがそのむき出しになっている部分、眼なら話は別だ。だが馬鹿正直にそこを狙ってもそれが通じないのは分かり切っている。ならば桃果人の動きを止め、隙を作り出すしかない。それが自分が持っている四魂のカケラを見せること。そしてその狙いは成功した。



犬夜叉はすぐさま鉄砕牙を鞘に納めた後、その場を離脱する。その向かう先は恐らく珊瑚が捕えられているであろう場所。だがゆっくりとはしていられない。今、桃果人は身動きができない状態だがすぐにでも復活し、後を追ってくるはず。加えて珊瑚の安否も気になる。記憶の中でもかごめは後一歩のところで殺される寸前だった。ならば一刻も早く助けに行かなければ。


そしてその途中、犬夜叉は床に落ちている飛来骨を拾い、担ぐ。朝になり、半妖に戻れば桃果人には後れは取らないが状況によっては珊瑚の力を当てにするしかない。そう判断してのこと。




「ハアッ……ハアッ……!」


荒い呼吸をしながらも犬夜叉は走り続ける。その顔は苦悶に満ち、体は汗まみれになってしまっている。それは先の戦闘で負った傷のせいでもあったがそれ以上に担いでいる飛来骨のせいでもあった。その重量に犬夜叉は驚くことしかできない。半妖の時には気づかなかったがその重さは男の自分でも根を上げてしまいそうなもの。それを珊瑚はいつも軽々と扱っていた。まさに馬鹿力といってもおかしくない程の力を珊瑚が持っていることを犬夜叉は再確認する。そんな珊瑚が聞いていれば間違いなくどつかれるであろうことを考えながらも犬夜叉はその場所に辿り着く。



「珊瑚っ!!」


犬夜叉は足で入口を蹴破りながら中に突入する。犬夜叉は焦りから様々なことを失念してしまっていた。


犬夜叉はそのまま慌てながら中に突入する。だがそこには全く油断は見られない。それは中には桃果人の手下である使い魔がいることを知っていたから。しかしそこには犬夜叉の予想外の光景があった。それは使い魔たちが全員倒されてしまっている光景だった。その光景に犬夜叉は呆気にとられることしかできない。同時に犬夜叉は自分の認識の間違いに気づく。



そう、自分が助けようとしていたのは『かごめ』ではなく『珊瑚』であったということに。



そしてさらにもう一つ、忘れてはいけない致命的なことを思い出した瞬間、



「………犬夜叉?」



そんな聞きなれた声が犬夜叉の目の前からかけられる。そこには




生まれたままの姿の珊瑚が呆然とした顔で佇んでいた。




珊瑚は目の前の人間の姿になっている犬夜叉に驚き、その姿に目を奪われている。



そしてそれに合わせるかのように犬夜叉も珊瑚の姿を上から下まで見つめた後、再び顔を上げる。



珊瑚はそんな犬夜叉の姿に気づき、自分の姿を見直す。



そこには何も纏っていない自分の裸があった。



そのまま二人は何を言うでもなく無言で見つめ合う。そんな中犬夜叉は思い出す。ここは桃果人の厨房であり、記憶の中でかごめが裸であったことに。



「ま、待て珊」



犬夜叉が何とか我を取り戻しそう口にしたその瞬間、




珊瑚の悲鳴と共に犬夜叉はその意識を失ってしまったのだった――――――



[25752] 珊瑚編 第十一話 「背中」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/21 23:12
「だから悪かったって言ってるだろ、犬夜叉。」

「………」


どこか罰が悪そうに珊瑚は目の前にいる犬夜叉に謝罪する。だがそれでも収まりがつかないのか犬夜叉は不貞腐れた様子でそっぽを向いてしまっている。言うまでもなくそれは先程の珊瑚の攻撃のせい。不可抗力とはいえ珊瑚の裸を見てしまった犬夜叉は恥ずかしさによって混乱した珊瑚による一撃によって気を失う羽目になってしまった。その威力は凄まじく、もしかしたら桃果人の一撃を上回っているのではないかと本気で思ってしまう程のもの。せっかくここまで来たというのに何故そんな目に会わなければならないのか。犬夜叉でなくとも文句の一つも言いたくなるだろう。珊瑚もそれが分かっているからこそ謝罪しているのだが犬夜叉はまだ恨めしそうな目でこちらを睨みつけていた。


今、珊瑚と犬夜叉はひとまず桃果人の厨房から離れ、違う部屋に身を潜めている状況だった。それは犬夜叉の折れた左腕の応急処置をするため。本当ならもっと本格的な治療をしたいところなのだが贅沢は言っていられない。応急処置自体は珊瑚に心得があったため何の問題もない。退治屋をしていればこういった事態はある意味日常茶飯事だったからだ。


そしてそれを行っている珊瑚の姿はいつもと異なっている。いつもの戦装束でも着物でもない赤い着物。それは犬夜叉がいつも着ている火鼠の衣。流石にあのまま何も着ていないのはまずいということで犬夜叉が珊瑚に貸しているのだった。


「大丈夫なの、犬夜叉?」

「……ああ、どうってことねえ。」


応急処置が終わり、その場を立ち上がり動き始めようとしている犬夜叉に向け珊瑚はそう問いかける。確かに骨折自体はそれほどひどいものではなかったがそれでも大怪我であることは変わらない。痛みも当然あるはずだ。だがそれを全く感じさせない姿を見せながら犬夜叉は周囲を警戒している。それは自分たちを探しているであろう桃果人を警戒してのもの。何とかこの場を離脱しなければならない。珊瑚は犬夜叉が持ってきた飛来骨を取り戻したため戦闘を行うことはできるがこれ以上相手を侮るわけにはいかない。とにかく時間を稼ぎ、半妖に戻らなければいけない。そうなれば十分な勝機が見い出せる。それが犬夜叉の考えだった。


だがそんな中、どこか真剣そうな表情を見せながら自分を見つめている珊瑚の姿があった。その姿にどこか気圧されながらも犬夜叉も真剣な表情を見せながら珊瑚に向き合う。そしてしばらくの時間の後、珊瑚はその両手で犬夜叉の頭を撫でまわし始める。


「………おい。」

「いや……本当に人間になってるんだなと思ってさ。」


額に青筋を浮かべている犬夜叉をよそに珊瑚は犬夜叉の体中を触り続けている。それは犬夜叉が本当に人間になってしまっていることを確かめるため。だがそこには全く遠慮がない。まるで見世物になってしまっているかのようだった。そして一通り触り満足したのか珊瑚は改めて犬夜叉に向かい合う。そこには何の変哲もない黒髪の少年の姿があった。


半妖は定期的に妖力を失う時がある。


それを珊瑚は知識としては知っていた。だがこうして目の前にするとやはり違って見える。本当に前にいるのは人間の犬夜叉。それは妖怪と人間の間に生まれた半妖だからこその姿。


そして半妖はそのことを決して他人に話すことはない。それは妖力を失うということは半妖にとって命にかかわることだから。それを知られてしまえば自らの身を守ることすらできなくなってしまう。半妖だからこその弱点。


珊瑚は気づく。犬夜叉は何故自分の行動を止めようとし、里に帰ろうとしていたのか。その時、何か無理をしているかのような態度を見せていた理由。それが全てそのせいであったことに。だがそれでも思わずにはいられない。ならどうして


「ならどうして、そうだって言ってくれなかったんだ?」


そのことを自分に話してくれなかったのか。そうしてくれていれば自分もそれを聞き入れたはず。だが犬夜叉はそれを自分に話してはくれなかった。その理由も分かり切っている。それは


「やっぱり、まだあたしのことを信じてくれてないの?」


犬夜叉は自分のことを信頼してくれていない。ただそれだけ。その事実に珊瑚はどこか寂しげな表情を見せる。だがそれは当たり前だ。仲間になったとは言ってもそれはまだ二月とたっていない。そんな自分に己の弱点を話してくれるほど犬夜叉は甘くはない。


それは命にかかわることであり、これまでずっと一人で生きてきた犬夜叉にとってはそれを他人に話すことなどあり得ないのかもしれない。だがそれでも仲間だと思っていた犬夜叉が自分を信頼してくれていないという事実に珊瑚の表情に陰りが見え始める。しかし



「…………違う。」


そんな珊瑚の姿を見ながらも犬夜叉はそうぼつりと呟く。それはまるで犬夜叉の心の内が漏れてしまったかのような呟きだった。珊瑚はいつもとは違う犬夜叉の姿に驚きながらも目を向ける。


「なら……どうして……」


珊瑚はそう犬夜叉に問いかける。犬夜叉の言葉。それが真実なら犬夜叉は自分のことを信頼してくれているということになる。だがそんなことを犬夜叉が口にすることなど考えられなかった。それはこれまでの犬夜叉との付き合いでも明らか。犬夜叉はそんなことを口に出す性格ではない。


そのことに驚きながら珊瑚は言葉をつなぐ。犬夜叉はそんな珊瑚の問いに顔を俯かせたまま黙りこんでしまう。二人の間に静かな時間が流れる。だがそこには不思議と気まずさはなかった。そしてしばらくの間の後



「……………情けなくて言えなかっただけだ。」


犬夜叉は絞り出すように視線を床に向けながらそう自らの本心を吐露する。それは普段なら決して少年は口にしないこと。だがそれを少年は口にしてしまった。それは人間になってしまったことでどこか緊張の糸が切れてしまったためのもの。



自分の弱いところを珊瑚に見られたくなかった。



それが少年が朔の日のことを珊瑚に話せなかった理由。それはまるで子供の様な幼稚な理由だった。


犬夜叉の体。


少年はそれが嫌いだった。いや恨んでいると言っても過言ではない。人間でも妖怪でもない。どっちにもなれない半端者。そのせいで自分はずっと差別と迫害を受けてきた。それが生まれ持ってのものならまだあきらめもついただろう。だがこの体は自分のものではない。確かに自分は犬夜叉の生まれ変わりであり、この体は前世の体。だがそれでも自分は人間であり半妖ではない。にも関わらずに何故自分ばかりがこんな目に会わなければならないのか。戦国時代へのタイムスリップ。それだけならまだ良かっただろう。まだ身の振り方も考えられる。だが半妖の体ではそれすらできなかった。人里で暮らすことも、妖怪たちの様に生きることも。


そんな自分が生きていくためには『強さ』が必要だった。それを教え、救ってくれた人がいた。その人がいなければ今の自分はなかっただろう。


そしてそれを手に入れるためにはこの半妖の力が必要だった。皮肉な話だ。消えてしまえばいいと思うほど嫌っている半妖の体に頼って生きていくしかなかったのだから。まさに今この時も自分は半妖の体に戻りたくて仕方がない。そんな矛盾した感情。


だがそんな自分に新しい生き方を、居場所を与えてくれる女性がいた。言葉には出せないがそれにどれだけ感謝しているか分からない。きっかけは偶然、なし崩し的なものだった。でもそれは自分にとっては本当に奇跡だったのかもしれない。そしてそれ故に朔の日のことを話すことができなかった。


もしそのことで自分を見限られてしまったら。弱い自分を受け入れてもらえなかったら。


珊瑚たちが半妖である自分を仲間に誘ってくれたのは分かっている。それは当たり前。珊瑚たちは妖怪退治屋なのだから。その足手まといにはなりたくない。


そんな小さな子供の様な理由。だがどうしても振り払うことができない不安。それが今の少年の心境だった。


少年はそのまま何を言うでもなく黙りこんでしまう。どうやら自分は体に加えて心まで不安定になってしまっているらしい。


いつもこうだ。朔の日にはどうしても本来の自分が表に出てしまう。それは弱さ。何の力も持たない無力な十四歳の自分の姿。少年がそのまま深い自己嫌悪に陥りかけたその時




「……何だ、そんなこと気にしてたの?」


それは珊瑚のあっけらかんとした言葉によって振り払われてしまった。



「そ、そんなことってお前………」


少年は珊瑚の言葉に呆気にとられながらもそんな言葉を発することしかできない。だがそれは当然だ。自分がこれまでずっと悩んでいた、苦しんでいたことを『そんなこと』と一蹴されてしまったのだから。もしかしたら自分の言葉の意味を理解していないのではないか。そう思わずにはいられない程。


だが珊瑚は理解していた。犬夜叉が何故自分にそのことを話せなかったのか。もちろんその背景にある苦悩まで理解できたわけではない。それをすぐに理解できるほど自分は思いあがってはいない。だがそれでも



「前にも言っただろう。あんたが妖怪だろうと半妖だろうと構わないって。今は人間だけど……それでもあんたが犬夜叉だってことは変わらないよ。」


目の前の少年、犬夜叉が自分の仲間であることには変わらない。それは嘘偽りない珊瑚の犬夜叉への想いだった。


その言葉に少年は目を見開くことしかできない。そんな少年の様子に気づくことなく珊瑚はさらに言葉を続ける。


「その証拠にあんたは人間の姿でもあたしを助けに来てくれたじゃないか………ありがとね、犬夜叉。」


珊瑚は恥ずかしいのか顔を赤くしながらそう少年に礼を言う。それは気恥ずかしさからなかなか言い出せなかった言葉。裸を見られてしまったのは予想外だったがそれでも危険を顧みず自分を助けに来てくれたことに対する珊瑚の感謝の言葉だった。しかし面と向かって言うのは流石に恥ずかしいため顔をそむけながらその言葉を告げ、犬夜叉の反応を待つことにする。


だがいつまでたっても反応が返ってこない。いつもなら不満げな、天の邪鬼の様な態度で言い返してくるはず。一体どうしたのか。不思議に思いながら珊瑚はその視線を犬夜叉へと向ける。そこには




呆然と自分を見つめ、両目から涙を流している犬夜叉の姿があった。



「…………犬夜叉?」


そんな信じられない、あり得ない光景に珊瑚は驚愕の声を上げることしかできない。


あの犬夜叉が、今まで一度も自分たちに弱みを見せたことがない犬夜叉が涙を流している。それも自分の何気ない言葉によって。犬夜叉自身も自分が涙を流していることに気づいていない。


だがその光景に珊瑚は目を奪われる。それはまるで自分が今まで見たことのない犬夜叉の、少年の本当の姿のようだった。



犬夜叉はそんな珊瑚の姿を見つめた後、すぐに自分が涙を流していることに気づき、慌ててそれを拭い始める。だがいくらそれを拭おうとしても涙が止まらない。犬夜叉はそのまま珊瑚から自分の顔が見えないように後ろを向いてしまう。そんな犬夜叉の姿に珊瑚は賭ける言葉を持たない。


「と、とにかく早いとこ、ここから離れねえとな、行くぞ珊瑚。」


どこか上ずった声でそう告げながら犬夜叉はその場から動き始める。珊瑚はその言葉ですぐに我に帰り、犬夜叉の後を追って行こうとする。犬夜叉の言う通りとにかく今はここから脱出することが最優先。今の自分も万全の状態ではない。そう判断してのこと。だが



「残念だったな、お前らをここから逃がすわけねえだろ。」


そんな声が二人に向かって放たれる。同時に二人はすぐさま振り返りながら臨戦態勢を取る。その視線の先には右目を失いながらも健在な桃果人の姿があった。だがその様子は先程までとは大きく異なっている。凄まじい殺気と威圧感。どうやら犬夜叉の攻撃によって怒りを抑えきれていないらしい。



「犬夜叉は下がってな、ここはあたしがやる!」


珊瑚はそう宣言しながら自らの武器である飛来骨を構える。その言葉は決して犬夜叉を侮ってのものではない。だが今の犬夜叉は満身創痍。とても戦える状態ではない。それを見抜いてのものだった。犬夜叉は苦渋の表情を見せながらも珊瑚に言われた通りにその場から距離を取る。それは犬夜叉も自分の状態を理解していたから。どんなに強がっても今の自分は闘うことができる状態ではない。近くにいては珊瑚の邪魔になってしまうだけ。悔しさはあるがそれでもこの場は珊瑚に任せるしかないという戦闘時の犬夜叉の判断だった。


「飛来骨っ!」


そしてそれを見て取った珊瑚はそのまま飛来骨を桃果人に向かって投げ放つ。だがそれは先の闘いの焼き回しのよう。


「馬鹿が、そんなもん俺には通用しねえってまだわかんねえのか。」


桃果人はそう告げながら身じろぎひとつせず飛来骨に向かい合う。この攻撃は先程もう見せてもらっている。その攻撃が自分には通用しないことも。桃果人は先程と同じように自からの体によって飛来骨の攻撃を弾き返そうとする。だがすぐに桃果人は気づく。


それは飛来骨の軌道。それが以前とは大きく異なっている。それはまるで床を這うかのような軌道を描いている。桃果人はその狙いに気づくも時すでに遅し。飛来骨はそのまま桃果人の足元の床を打ち砕く。瞬間、桃果人は足もとが崩れたことで体勢を大きく崩してしまう。そしてそれこそが珊瑚の狙いだった。


「もらった!」


同時に珊瑚がその手に犬夜叉から借り受けた鉄砕牙を手に桃果人へと接近する。その狙いは腹に仕込まれた四魂のカケラ。それを珊瑚は犬夜叉から聞き及んでいた。人間の姿の犬夜叉ではそれを貫くことはできなかったが珊瑚ならそれは十分に可能。そう判断しての作戦。狙いもタイミングも完璧。珊瑚はそのまま走りながら桃果人へとその刃を繰り出そうとする。


だがその瞬間、激痛が珊瑚を襲う。それは珊瑚の足首からのもの。その痛みによって珊瑚の動きに隙が生じてしまう。それは桃果人に捕まった時に受けてしまった怪我。ここまで何とか誤魔化していたがどうやら限界がきてしまったらしい。そしてその隙が致命的だった。


「てめえっ!!」


すぐさま立ち上がった桃果人はそのまま凄まじい張り手を珊瑚に向かって繰り出す。それは直撃を受ければタダではすまないほどの一撃。


「くっ!!」

珊瑚は咄嗟に床に落ちている飛来骨を盾代わりにすることでそれを防ぐ。だがその威力を完全に受け流すことができず、そのまま吹き飛ばされてしまう。だがその先は木でできた窓。珊瑚はその勢いによって窓を突き破ってしまう。その瞬間、得も知れない感覚が珊瑚を襲う。


それは浮遊感。まるで自分が宙に浮いてしまっているのではないか。そんな感覚。だがそれは間違いではない。


珊瑚は気づく。それは眼下の光景。そこにはどこまでも続くのではないかと思えるような深い底を感じさせる崖の姿。珊瑚は自分が崖に突き飛ばされてしまったことに気づく。だが不思議と焦りはなかった。それは本能。自分はここで死ぬ。それを悟った故の感情。それは時間にすれば一秒にも満たない時間。だがそれがまるで止まってしまっているかのように感じる。だが自分は動くことができない。珊瑚がそのまま重力のまま落下していこうとしたその瞬間、



「珊瑚っ!!」


叫びと共に誰かが自分に飛びついてくる。その突然の光景に珊瑚は目を奪われることしかできない。それは犬夜叉。犬夜叉はあろうことか自分を追って窓から崖に落ちようとしている自分に向かって飛びついて来たのだった。


「なっ!?」


珊瑚はそんな声を上げることしかできない。当たり前だ。犬夜叉は何の命綱も付けていない。それはすなわちこのまま犬夜叉も自分と同じように崖に落ちていくしかない。そうなれば自分だけではなく犬夜叉まで命を落としてしまう。


「何やってんだ、犬夜叉このままじゃあんたも……!!」


落下による風を受けながらも刹那の時間の間に珊瑚はそう犬夜叉に言い放つ。何故こんなことを。こんなことをしても何の意味もない。二人とも死んでしまうだけ。まさに自殺行為だ。だがそんな珊瑚の言葉を聞きながらも犬夜叉はあきらめの顔を見せない。



「ごちゃごちゃうるせえ………」


そう呟きながら犬夜叉はその両手で珊瑚を抱きしめる。その力に珊瑚は驚きを隠せない。犬夜叉は左腕を骨折しているはず。だがそんなことなどどうでもいいとばかりに犬夜叉は自らの全力をもって珊瑚を抱きかかえる。まるでその体を決して離さない。そう誓うかのように。


瞬間、珊瑚は目を奪われる。それは光。それが自分たちを照らしている。いや闇に染まっている崖をその光で照らしていく。


それは朝日。長い夜の終わり。そしてこの戦いの終わりを告げるもの。


珊瑚は気づく。それは鼓動。凄まじい鼓動が自分に伝わってくる。それは自分を抱きかかえている犬夜叉の物。その鼓動が自分に届いてくる。その力強さはまるでどんなことでもできるのではないか、そんな想いを生み出してしまうほどのもの。



「目の前で死なれちゃ目覚めが悪いんだよっ!!」


犬夜叉は咆哮する。その瞬間、犬夜叉の姿が大きく変わっていく。



髪は銀髪、頭には犬の耳、爪は鋭く尖っていく。




今ここに『半妖犬夜叉』が復活した――――――








「ふん、妙な奴らだったな。」


そう愚痴を漏らしながら桃果人はその場を後にしようとする。色々邪魔が入ったがようやく決着がついた。あの小僧が持っていた四魂のカケラは崖の下に落ちてしまったが後で使い魔たちに探させればいいだろう。久しぶりに動いたので腹が減ってしまった。また新しい人間を誘い出そう。そして人面花を作り、不老長寿の薬の元にする。そうと決まればさっさと動くとしよう。そう考えた瞬間、凄まじい物音が辺りに響き渡る。桃果人は俺に驚きながら振り返る。そこには先程の壊れた窓から飛び込んでくる人影がある。


それは珊瑚を背中に背負った犬夜叉。その突然の光景に桃果人は身動きを取ることができない。崖に落ちた奴らが何故こんなところに。それは当然の疑問。だがそれを許さないとばかりに二人はそのまま桃果人へと向かって行く。


「はあっ!!」


珊瑚は犬夜叉の背中に乗ったまま手にある飛来骨を投げ放つ。だがその軌道は桃果人とは見当外れの方向に飛んで行ってしまう。桃果人はそんな無意味な行動に驚き、動きを止めてしまう。そしてその一瞬の隙を犬夜叉は見逃さなかった。


瞬間、凄まじい衝撃が桃果人を襲う。それは犬夜叉の攻撃。その鋭い爪が桃果人の腹に突き立てられている。その威力は軽々とその腹に仕込まれた四魂のカケラに届く程のもの。それが力を取り戻した犬夜叉の実力だった。


「がはっ……!!」


その速度と威力に桃果人は反応すらすることができない。それは犬夜叉の力に加え、人間の時の犬夜叉の力しか知らなかった故の油断によるもの。犬夜叉はそのまま腕を引き抜き、四魂のカケラを奪い取りながら桃果人から距離を取る。


「おのれ……!!」


桃果人は残った力を振り絞り、奪われた四魂のカケラを取り戻そうと二人に襲いかかろうとしていく。だがそんな桃果人の姿を目の前にしても犬夜叉と珊瑚はまったく動こうとはしない。一体何故。そう桃果人が疑問を抱いた瞬間、衝撃が桃果人の背後から襲いかかってくる。いきなりの自体の連続に桃果人は混乱することすることしかできない。そして気づく。


自分の背中に先程あさっての方向に飛んで行ったはずの飛来骨が襲いかかっている。それこそが犬夜叉と珊瑚の狙い。戻ってくる軌道を描く第二撃による攻撃。そしてそれに気づいたものの桃果人はその威力によって吹き飛ばされる。その先は先程犬夜叉たちが落ちていった窓。桃果人は為すすべなくそのまま崖の奥底へと落ちていってしまう。


それがこの長い夜の戦いの決着だった―――――





「終わったんだね……」

「ああ……」

戦闘が終わったことを確信した二人はそのままその場に座り込んでしまう。それは一晩中続いた戦闘の疲労によるもの。珊瑚はもちろん、半妖に戻り体も全快したはずの犬夜叉もその精神的疲労から参ってしまっているようだ。だが何はともわれ自体は解決した。記憶通りならこれで人面花にされてしまった人間たちも成仏したはず。犬夜叉がそう安堵していると


「犬夜叉、元に戻るんならそう言ってよ、心中するつもりなのかと思ったじゃないか。」


珊瑚はどこか怒りながら犬夜叉にそう告げる。上手く半妖に戻れたからよかったようなものの、タイミング的にはギリギリだった。事前にそう言ってくれればもっとやりようもあったかもしれないという珊瑚のささやかな愚痴だった。


「う、うるせえな、言う暇がなかったんだよ!」


そんな珊瑚の愚痴を聞きながら犬夜叉はそう言い放つ。だがそれは真っ赤な嘘。犬夜叉自身、朝が来ていることには全く気付いていなかった。あの時動いたのも反射的なもの。半妖に戻れて助かったのも偶然の産物だった。だが今更そんなことを言うわけにもいかず、犬夜叉はそのまま黙りこんでしまう。そんな犬夜叉の姿を不思議に思いながらもその場を立ち上がり、


「とにかく里に帰ろうか。犬夜叉も疲れただろう?」


そのまま里に向かって歩き始めようとする。だがいつまでたっても犬夜叉はその場を動こうとはしなかった。一体どうしたのだろうか。半妖になって怪我は治ったと言っていたがやはりどこか悪いところが残っていたのかと珊瑚が心配しかけたその時、



突然犬夜叉が自分の前で屈みこんでしまう。その背中を向けて。そのことに珊瑚が呆気にとられていると



「……さっさと乗れ。足、怪我してんだろ。」


どこか恥ずかしさを隠しながら犬夜叉はそう珊瑚に告げる。その言葉と行動の意味を悟り、珊瑚は驚きの表情を見せる。


珊瑚を背中に乗せて走ること。


それが少年がこの二日間、珊瑚に言おうとしても言えないでいたこと。これまで珊瑚はずっと雲母に乗り移動をしていたためその機会がなかった。だが今回久しぶりの二人きりの依頼ということもあり、それを切り出そうとしながらも結局、今の今までできずにいたのだった。


珊瑚もそのことに気づき、どこか笑いをこらえながらも



「……ああ、宜しく頼むよ。」


そう言いながら犬夜叉の背中に乗る。その見た目とは裏腹な大きな背中を感じながらも珊瑚はその身を犬夜叉に委ねる。


「行くぞ、飛ばすからな、しっかり捕まってろよ!」


少年は気恥ずかしさを誤魔化すようにそう宣言した後、凄まじい速度で山を下りていく。かつて記憶の中で犬夜叉はかごめを背中に乗せて走りまわっていた。その意味を実感しながら少年は帰って行く。


自分の仲間たちが待つその場所へ――――――



[25752] 珊瑚編 第十二話 「予感」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/23 00:51
里から少し離れた森の中に二つの人影がある。その人影たちは両者とも距離を開けたまま睨みあっている。だがそのうちの片方は肩で息をしており、疲労してしまっている。それは鎖鎌を構えた琥珀。その体は汗にまみれており、顔は苦悶に満ちている。だがその眼はまだ戦意を失っていなかった。


対照的に冷静にそれを見つめているのが犬夜叉。だがそこには全く疲労は見られない。いや息一つ乱していない。その眼はまっすぐに琥珀を捉えている。そのまま両者の間に沈黙が流れる。そしてそれがずっと続くかと思われた時


「……今日はこれくらいにしとくか。」


犬夜叉がそうぽつりと呟く。その瞬間、先程まで犬夜叉が纏っていた冷たい空気が霧散していく。それは犬夜叉が戦闘態勢を解いたことを意味していた。


「……はい、ありがとうございました、兄上!」


それを肌で感じ取った琥珀は一気に緊張が解けたのかその場に座り込みながらもそう大きな声で礼を述べる。それがいつもの琥珀と犬夜叉の修行の風景だった。



「随分様になってきたんじゃねえか、琥珀。」


犬夜叉はそう言いながら手を伸ばし琥珀をその場から立ち上がらせようとする。琥珀も慌ててその手を握りながら立ち上がるもふらついてしまう。どうやらまだ疲れが残っているようだ。そう判断した犬夜叉は琥珀が落ち着くまで少し待つことにする。


「そんなことないです……まだまだ兄上や姉上には程遠いし……」

琥珀は息を整えながらもそう口にする。それは嘘偽りない琥珀の本音。そして琥珀が目指している目標でもあった。


先の奈落の罠による依頼。自分はそれにまんまと嵌り、操られてしまった。そして後一歩で姉を、父たちをその手に掛けてしまうところだった。そのことを思うと今でも背筋が凍る。だがそれは覆された。目の前にいる半妖の少年、犬夜叉によって。自分がそれを知ったのは姉からの話。あの姉が敵わなかったという半妖。それだけでも十分に気になる存在だった。それがこんな形で出会うことになるとは想像もできなかったが。そしてその強さは本物だった。自分を救ってくれた時、そして里を襲ってきた妖怪の大群。そのどちらを取っても犬夜叉の強さは自分の想像をはるかに超えたものだった。それは姉や父の様な磨き上げられた力とは違う、純粋な強さ。それに自分は恐れを通り越して憧れを抱いてしまった。そして何よりも気になることがあった。


それは何故初対面である自分たちを救ってくれたのか。その理由がいくら考えても分からなかった。だがどんな理由があったとしても自分たちを救ってくれたことには変わりない。そう思い、里の無事を祝った宴の席で琥珀は犬夜叉に向かって礼を言いに向かった。だがそれを犬夜叉は無下に扱い、そのままその場からいなくなってしまった。その態度と雰囲気から想像以上に怖い人なのではないかと琥珀は思っていた。その証拠に犬夜叉は村の者たちにも自分と同じようにどこか冷たい態度をとっている。琥珀はそれが原因でしばらくは犬夜叉に近づこうとはしなかった。だがそれが大きく変わる転機が訪れる。


それは七宝。犬夜叉と共に旅をしていたという子狐妖怪。犬夜叉とは対照的に人懐っこい妖怪であり、加えて子供であることから年齢が近い自分に親近感を持ったらしくよく遊ぶようになった。そしてその中で犬夜叉がどんな人物なのかを聞き及ぶことになる。それは自分が思っていた犬夜叉のイメージとはかけ離れたものだった。だが七宝が嘘を言っているとは思えない。琥珀は迷いながらもあることを犬夜叉に頼みに行くことを決意する。それは修行をつけてもらうこと。琥珀は先の依頼で自分がどんなに弱いかを身をもって味わった。同時に同じぐらいそのことが悔しかった。もう二度と同じことを繰り返したくない。そのための強さが欲しいと、そう琥珀は決意する。犬夜叉との修行ならそれを得ることができるのではないか。そう考えての物。しかし勇気を振り絞ったお願いは犬夜叉に一蹴されることになる。


『何で俺がそんなことしなきゃいけねえんだ?』


それはある意味当たり前の答え。いくら仲間になったと言ってもそこまでしてくれるはずもない。分かり切っていたことではあったがそれでも琥珀はそれに落ち込むことしかできなかった。だがこのまま何もしなわけにはいかない。琥珀はその日から一人森の中で鍛錬を積み始める。少しでも、少しでもあの二人の強さに追いつきたい。それは以前の自分なら考えられないようなことだった。そしてそれから数日が経ったとき、鍛錬を行っている琥珀の前に一人の人影が姿を現す。


それは犬夜叉。


いきなりのことに琥珀は驚き、動きを止めてしまう。だが犬夜叉はそんな琥珀の姿を一瞥した後、


『そんなことやってても強くなんてなれねえ、かかってきな。』


どこか投げやりな雰囲気を纏いながらそう告げる。琥珀はすぐに気づく。犬夜叉が自分に修行をつけてくれるためにこの場にやってきてくれたことに。それから琥珀と犬夜叉の修行の日々が始まった。その厳しさは凄まじく、父上や姉上から受けたものとは比べ物にならない程。だがそんな中でも犬夜叉は的確に自分に戦い方を教えてくれた。その心構えから、間合いの取り方、駆け引き。それはまさに実戦に即した命のやり取り。それに何度根を上げそうになったか分からない。だがあきらめるわけにはいかなかった。何よりも自分にわざわざそれを教えてくれている犬夜叉の厚意に応えるために。


その甲斐もあり、今自分はお頭に独り立ちを認めてもらうことができた。犬夜叉も退治屋の依頼で出かけることが多くなってしまったため以前ほど修行を着けてもらうことはできなくなってしまったがこうして時間があった際にはそれを行っているのだった。



「そういえば珊瑚の奴、どこに行ったんだ? 姿を見ねえが……」


いつもの調子でどこか不機嫌な様子を見せながら犬夜叉がそう疑問を口にする。いつもなら朝食で顔を合わせるのだが今日は姿を見なかった。だが依頼を受けたという話も聞いてはいない。一体どうしたのだろうか。


「姉上なら少し用事があるとかで朝出かけて行きましたよ。」


そんな犬夜叉の姿にどこか笑みを浮かべながら琥珀が答える。詳しい内容は教えてもらえなかったが何か調べ物をするために出かけてくるという話を琥珀はお頭から伝え聞いていたのだった。琥珀の言葉に犬夜叉はどこか考えるような表情を見せる。こんな朝から出かけるほどの用事があったのだろうか。自分や琥珀も連れずに出かけるような。何かいつもとは違う違和感を犬夜叉が感じていると


「全く、ちょっと珊瑚がいなくなったからといって寂しがってはいかんぞ、犬夜叉!」


そんな元気な声が犬夜叉に向かって響き渡る。振り向いたそこにはどこか勝ち誇ったような態度を見せている七宝の姿があった。どうやら二人の修行を見に来ていたらしい。


「七宝、てめえいい加減なことぬかしてると承知しねえぞ!」


だがそんな七宝に向かって怒りの表情を見せながら犬夜叉は詰め寄って行く。それは先の七宝の言葉が気に障ったため。自分だけならともかくここには琥珀もいる。あとでそんな言葉が珊瑚に知られればどんなにからかわれるか分かったものではなかった。しかし、そんな犬夜叉の姿を見ながらも七宝は余裕の態度を崩さない。


「そんなことを言っていいのか、犬夜叉? おらは知っとるんじゃぞ……」


七宝はどこか楽しそうな笑みを浮かべながらそう告げる。その雰囲気に思わず犬夜叉は気圧されてしまう。だが犬夜叉には七宝が何を言おうとしているのか見当がつかなかった。だがその先を言わせてはいけない。そんな直感により犬夜叉が七宝を何とか黙らせようとするがそれよりも早く



「犬夜叉、昨日、珊瑚の尻ばかり見ておったじゃろう!」


そんな爆弾発言を口にした。



「なっ……!?」


犬夜叉はそんな七宝の言葉に言葉を失う。同時にその顔が真っ赤に染まる。それは七宝の言葉が紛れもない真実だったから。


昨日、少年は夢を見た。それは記憶の中の犬夜叉の旅の記憶。だがそれ自体は珍しいことではない。これまでも何度も見ていることでもある。だがその内容がいつもよりも鮮明だった。恐らくは珊瑚たちの仲間になったことで今まで以上にその記憶が鮮明に蘇ったのだろう。その夢の中で少年はある光景を目にする。


それは弥勒が珊瑚にちょっかいを出す姿。正確には珊瑚の尻を触り、平手打ちを食らっている光景。それはある意味お約束、日常の光景。だが少年はその光景に目を奪われてしまう。それは疑問。何故弥勒はあんな目に会ってまで珊瑚の尻を触ろうとしているのだろう。確かに弥勒はスケベであり、女性にちょっかいを掛けるのは日常茶飯事。しかし珊瑚に手を出せば平手打ちが返ってくるのは分かり切っているはず。それなのに何故懲りもせずにそれを繰り返すのか。それほどの魅力がその行為にはあるのだろうか。ある意味で純粋な少年はそう疑問に思わずにはいられなかった。そのため昨日は知らずその視線が珊瑚の尻に向いてしまっていたらしい。


だがそれをまさか七宝に気づかれていたとは思いもしなかった。ある意味でもっとも知られたくない奴に知られてしまったと言ってもいい。それが珊瑚にばれるのだけは絶対に阻止しなければ文字通り命にかかわる。犬夜叉が焦る気持ちを何とか抑えながら七宝に詰め寄ろうとするが


「ほう、そこに目をつけるとは流石だな、犬夜叉。」


それを遮るかのようにそんな声がかけられる。そこには先程までいなかったはずのお頭の姿があった。どうやら自分たちの修行の様子を見に来ていたらしい。だがその表情は楽しげだ。まるで面白いことを見つけたと言わんばかりの表情。犬夜叉は悟る。七宝のほかにもう一人知られてはいけない奴に事態が露見してしまったことに。


「安心しろ、犬夜叉。珊瑚の奴は母親と同じく安産型だからな。」

「あんざんがた? なんじゃそれは?」


お頭は嘘か冗談か分からないようなことを口にし、事態を楽しんでいる。七宝もその言葉の意味は分からないもののどうやら犬夜叉をからかえる言葉であることは理解し、それに聞き入っている。そこには退治屋の里のお頭の威厳も何もあったものではない。ただのセクハラ、エロ親父だった。だがそれらの行動の結果が自分に降りかかってくるのは火を見るより明らか。


「てめえら……いい加減にしろよ……」


犬夜叉はその額に青筋を浮かべ、その拳を鳴らしながら二人に詰め寄って行く。自分たちが調子に乗りすぎてしまったことに気づいた二人はそのまままるで蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく。そしてその後を叫びながら犬夜叉が追いかけていってしまう。そんなある意味いつも通りの光景に琥珀は苦笑いをするしかない。



今日も退治屋の里には平和な日常が流れているのだった―――――






退治屋の里から遠く離れた森の中で、一人の少女が一人、佇んでいる。それは珊瑚。だがその表情はどこかいつもとは異なっている。まるで何かに目を奪われている。そんな雰囲気を放っている。そしてその視線はある物に向けられていた。



そこには大きな一本の御神木の姿があった。



(これが、犬夜叉が封印されてた御神木か………)


珊瑚はそう考えながらもその御神木に目を奪われる。自分はこの御神木の由来も何も知らない。だがそれでも何か不思議な気配を感じずにはいられない、そんな力があるのではないかと思ってしまう何かがこの御神木にはあった。そして珊瑚は思い返す。それは先程の村人たちの様子だった。

今、珊瑚は一人、犬夜叉が封印されていたとされる御神木と、襲ったと言われる村を訪れていた。それが今回、一人で里を出てきた理由。犬夜叉の事情は父上から聞いた内容しか分かっていない。そしてそれは恐らくは真実なのだろう。何度かそれを犬夜叉自身に問いかけたとこもある。だが犬夜叉はそれには何も答えようとはしなかった。だがその反応からそれが本当であるのは自分にも分かった。


だが自分にはどうしてもその違和感が拭えなかった。何か確証があったわけではない。だがそれでも言葉に表せないような感覚を覚えずにはいられない。そしてそれを犬夜叉は隠している、いや自分たちには話そうとはしない。だがどうやら七宝は何か事情を知っているようだ。以前、そのことについて何か口を滑らせそうになり、犬夜叉に怒られているのを見たことがある。その後、七宝にこっそり聞こうとしたのだが結局七宝はそれを教えてはくれなかった。あのおしゃべりの七宝が言わないのなら何か理由があるのは理解できる。だがそれは抜きにしても珊瑚は自分自身でこの地を訪れる必要があるとずっと思っていた。


犬夜叉を裏切るような後ろめたさが無いと言えば嘘になるがこればかりはどうしても譲れない。お頭も事の真偽を確かめる必要があるとのことでこの任務を珊瑚に与えていた。今頃は犬夜叉の足止めをしてくれているはず。


そして自分はこの村にやってきた。流石に御神木の正確な位置は分からなかったためそれを村人に尋ねることにする。だがその際の村人たちの態度は予想外のものだった。


『犬夜叉』


その言葉を出した途端、村人たちの態度が豹変する。顔は険しくなり、口数も少なくなる。まるでそれに触れることはタブーであるかのような態度。その視線と態度に思わず珊瑚も言葉を失ってしまう。確かに犬夜叉は五十年前にこの村を襲ったらしい。だがここまでの態度示すのは明らかに異常だ。


それはまるで五十年前のことに対する態度とは思えない。まるでつい最近のことであるかのように村人たちは犬夜叉について決して語ろうとはしない。そのことに驚きながらも珊瑚は何とか御神木の場所を聞き出すことができ、今に至っていた。


珊瑚はそのまま再び、目の前にある御神木に目を向ける。その幹には一部分だけ色が違うところがある。恐らくはそこに犬夜叉は封印されていたのだろう。だが村人たちの様子から考えるにその封印が解けたのは最近のことの様だ。でなければあんな態度は取ったりはしないだろう。だが何故五十年間解けなかった封印が解けたのだろうか。そんなことを考えていると




「………お主が犬夜叉のことを聞いて回っているという娘か?」


そんな声が珊瑚の後ろから響き渡る。驚きながら珊瑚が振り返った先には



隻眼の老婆の姿があった―――――






「そうか、お主は退治屋だったのか……」


隻眼の老婆、楓はお茶を入れながらそう口にする。今、珊瑚は目の前の老婆、楓の家に招かれていた。楓はこの村の巫女。そして自分が犬夜叉のことを聞いて回っていたことを耳にし、自分を探していたらしい。だがその姿もだがその雰囲気は他の村人たちとは異なっていた。


それは態度。犬夜叉のことを話題に出しているにもかかわらず、楓は村人たちの様に差別、忌避するような態度を見せていない。いや、それどころかどこか懐かしんでいるような気配すら感じる。そのことを不思議に思いながらも珊瑚は考える。この人物からなら犬夜叉のことが聞けるのではないのかと。


「はい、何でも最近封印が解かれたという噂を耳にして……」


珊瑚はそう言葉をつないでいく。だがその中には嘘が含まれていた。珊瑚は自分が四魂の玉を狙っていた犬夜叉が封印から解かれたと知り、それを確かめに来たという嘘をついた。それはこの村の様子を見たからこそ。もし自分たちの仲間に犬夜叉がいるとなれば無用な争いやいざこざを生みかねない。そう悟った珊瑚の判断だった。



「そうか………」


楓は入れ終わったお茶を珊瑚に出した後、真っ直ぐにその視線を珊瑚に向ける。珊瑚は驚きながらもその視線を合わせる。楓はそのまま何を言うでもなく珊瑚を見つめ続ける。一体どうしたのだろうか。そんな疑問を珊瑚が抱いていると楓はその視線を下げ、深く目を閉じてしまう。そしていくらかの時間が流れた後、楓は語り始める。



それは半年前、犬夜叉の封印から解けた時からの出来事。



封印が解かれた犬夜叉はそのままこの村で暮らしていたこと。


だが半妖であるということで差別と迫害にあい、森で暮らすようになったこと。


それにより犬夜叉は弱っていってしまったこと。




淡々と楓は事実を話し続けていく。だがその姿にはどこか悲哀が後悔がにじみ出ている。それは楓が犬夜叉のことを気に掛けて、いや心配していたことが伺える。だがその理由が珊瑚には分からない。犬夜叉は封印されていたとはいえこの村を襲った半妖。そして先程聞いた話では犬夜叉を封印し、殺された巫女である桔梗は楓の姉であったらしい。そうなれば犬夜叉はいわば楓にとっては姉を殺した仇でもあるはず。だが今の楓にはそんな恨みも憎しみも感じられない。そんな違和感を覚えながらも珊瑚は口を挟まず、話しを聞き続ける。そんな珊瑚の姿を確認し、一度大きな溜息をついた後、楓は再び話し始める。



そんな扱いを受けながらも犬夜叉は村の用心棒の様な仕事を行っていた。だがそんな中、ある妖怪がこの村を襲ってくる。


それは逆髪の結羅と呼ばれる妖怪。


結羅はこの村にあると思われる四魂のカケラを狙ってやってきた妖怪であり、その髪を使って村人たちを操り始めてしまう。それを防ぐために犬夜叉は結羅に立ち向かっていく。


だが結羅の操る髪は普通の人間には見ることができない物。犬夜叉は為すすべなく追い詰められていってしまう。楓もその霊力で対抗しようとしたがその老いにより力が衰えているため犬夜叉を援護することもできない。そして犬夜叉は結羅の攻撃によって絶命してしまう。いや絶命したかに見えた。


だがその瞬間、あり得ないこと起こる。間違いなく死んだと思われた犬夜叉が復活する。その姿はそれまでの犬夜叉の姿とは大きく異なるもの。それはまさしく妖怪の姿。そして犬夜叉は一瞬で結羅を八つ裂きにしてしまう。そのあまりの強さ、光景に村人たちは呆気にとられるしかない。だがこれで妖怪は去った。村は救われた。そう村人たちは安堵する。だがそれは一瞬にして崩れ去る。犬夜叉の手によって。


暴走した犬夜叉は今度はその矛先を村人たちに向ける。その爪で村人に襲いかかり、村を破壊していく。それはまさに悪夢のような光景。だがそれでも一人の死者が出なかったのは奇跡と言っていいだろう。それは村人たちには知る術はなかったが犬夜叉に人の心が残っていたからに他ならなかった。そして犬夜叉は暴走が収まった後、目にすることになる。


それは自らの手で破壊してしまった、傷つけてしまった村の姿。自分に恐怖と怒りの目を向ける村人たち。


その日を最後に犬夜叉はこの村から姿を消してしまったのだった―――――





楓はそのまま顔を俯かせたまま黙り込んでしまう。珊瑚もそんな楓の姿に掛ける言葉を持たない。だがこれで納得が言った。何故あれほどまで村人たちが犬夜叉を敵視していたのか。何故犬夜叉があれほどまでに人間嫌いだったのか。自分たちと関わり合いになるまいとしていたのか。


だがそれ以上に納得がいかないことが多すぎる。まず何故犬夜叉が村を守るようなことをしていたのか。そんなことをする必要は犬夜叉にはないはず。


次に結羅と呼ばれる妖怪との戦い。確かに見えない髪は厄介かもしれないがそれだけであの犬夜叉が後れを取るとは考えづらい。それほどまでに強力な妖怪だったのだろうか。だが楓の話からは犬夜叉が手も足も出なかったらしい。


そしてもう一つ。それは楓の言葉。


楓は話の中で犬夜叉のことを時折、『少年』や『あの子』と呼んでいる。それはまるで犬夜叉ではない誰かのことを指しているかのよう。


珊瑚はそれが今まで感じてきた犬夜叉への違和感の正体なのではないかと悟る。だが問いただしても楓はそれには答えてはくれなかった。まるでそれは自分が話すべきことではないと。そう告げるかのように。




「ありがとう、おかげで助かったよ。」


珊瑚はそう言いながら立ち上がり、その場を後にしようとする。もうすっかり遅くなってしまった。あまり遅くなると犬夜叉たちも心配するだろう。今、森の中で雲母が自分を待っているはず。それに加え、自分があまり長い間ここにいるのは楓にも村にとっても迷惑になるはず。聞きたいことはもっとあったがそれでもここに来た意味はあった。珊瑚がそのまま礼を述べた後家を出ていこうとしたその時、




「珊瑚とやら……もし、犬夜叉に会うことがあったら伝えてはくれまいか……『すまなかった』と……」


楓がどこか寂しげな表情を浮かべながらそう告げる。その姿に珊瑚は悟る。楓が自分と犬夜叉が近しい関係であるということを見抜いていることに。




「………ああ、会ったら伝えとくよ。」


珊瑚はそう答えることしかできない。だがその約束を守ることはできないだろうと。そう思いながらも。だがそれは楓も分かっていること。そして


「それと………」


楓はさらに何か自分に伝えようとしてくる。だがそれを言いかけたところで楓は口を噤んでしまう。それは先程自分が答えられない問いをした時と同じ姿。



「………いや、何でもない。気をつけてな。」


楓はそう言いなおし、珊瑚を見送る。珊瑚もそれ以上聞き返すことなく楓の家を、村を後にしていく。だがその胸中はある疑問に満ちていた。



それは犬夜叉がどうして封印から解かれてしまったのか。




それに楓は触れなかった。いや、意図的に避けていた節があった。




何故そんなことをしたのか、それを珊瑚は遠からず知ることになる―――――







楓は珊瑚を家から見送った後、家に戻りながら大きな溜息をつく。先程の珊瑚と言う娘。恐らくは犬夜叉と近しいものだったのだろう。


どうやらそれを隠そうとしていたようだが自分の話を聞いているその姿からそれは明らかだった。


そしてその姿から犬夜叉のことを大切に思っているのであろうことも。故に自分は告げることができなかった。



それは一人の少女のこと。



本当ならそれを伝えてもらうべきだったのかもしれない。だがそれはできなかった。今の犬夜叉、いや少年はもう新しい、恐らくはここにいるより遥かに幸せな生活をあの娘たちと送っているのだろう。ならばそれを壊すようなことをするべきではない。


もし何かが少し違っていればこんなことにはならなかったのかもしれない。


だが自分たちはあの少年にそれだけの仕打ちをしてしまった。例えそれが悪意が無かったことだとしても。




楓はそのまま後悔と罪悪感を胸に抱きながらも、少女が戻ってくるであろう家に明かりを灯し、唯その帰りを待ち続けるのだった―――――――



[25752] 珊瑚編 第十三話 「苦悶」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/11 13:08
「今回の依頼は楽勝じゃったな、これもおらのおかげじゃな!」

「お前は何にもしてねえじゃねえか……」


七宝のそんな得意気な声が響き渡る。その姿は本当に今回の依頼を自分一人で達成したと言わんばかりの物。だが七宝を背負っている犬夜叉は呆れながらもそう呟くしかない。もはやこれは七宝の恒例行事と言っても過言ではないものだったからだ。


「でも今回は七宝も狐火で援護してくれたしね。今度も頼むよ、七宝。」

「おお! 任せとけ、珊瑚!」


いつも通りの二人のやり取りに笑いを漏らしながらも珊瑚はそう七宝に話しかける。それに気を良くしたのか七宝はさらに上機嫌になりながら犬夜叉の背中で騒ぎ続けている。それに辟易しながらも犬夜叉はそのまま速度を上げながら走り続けている。その背中には七宝に加えて珊瑚の姿もある。それが最近の犬夜叉と珊瑚の退治屋の光景。先日の桃果人との戦闘以来、移動に関しては犬夜叉が背中に珊瑚を背負いながら走ることが日常となっている。それは琥珀がお頭と共に依頼をこなすことが多くなり、必然的に移動手段でもある雲母を使う必要が出てきたから。流石に二組の間で酷使すれば雲母とはいえ疲労がたまってしまう。そう言った事情もあり、犬夜叉は珊瑚を背負いながら移動することになっている。雲母に比べればその速度は落ちるもののそれでも珊瑚だけで移動するのに比べれば雲泥の差。

言葉には出さないが珊瑚自身もそれ自体は気に入っている。それはその乗り心地もだがあれだけ人嫌いだった犬夜叉との距離が今まで以上に縮まったことを実感できるから。先日、犬夜叉が封印されていた村に訪れ、その経歴の一端に触れはしたもののやはり犬夜叉は犬夜叉なのだと、そう珊瑚は確信することができていた。もっともいらないことを言ったり、失礼なことを言う癖は直ってはいなかったが。


「だいだい何でいちいち着いてくるんだ? 大人しく里で待ってりゃいいだろうが。」


流石にその騒がしさに我慢が出来なくなってきたのか、犬夜叉がそう七宝に向かって悪態を突く。着いてくるのは構わないが人の耳元で騒ぎたてるのはいい加減にして欲しい。自分は犬の妖怪との半妖であるためあまり近くで大声を出されるのは色々と面倒なことになる。だがそんな犬夜叉の愚痴などお見通しとばかりに


「なんじゃ犬夜叉、そんなに珊瑚と二人きりになりたかったのか。それならそうと言わんか。」


どこか意地悪気な笑みを浮かべながら七宝は切り返す。その言葉に犬夜叉は思わず言葉を失ってしまう。いや、出かかった言葉を噤んでしまう。もし今自分が考えたことを口に出せば間違いなく背中にいる珊瑚からの飛来骨の一撃が下されるのは火を見るより明らか。口は災いの元。そんな言葉を犬夜叉は珊瑚と出会ってから文字通り身をもって味わって来た。とにかくこの状況ではあまり余計なことは言わない方が良い。犬夜叉はそう判断し、当たり障りのない返事をすることにする。それはある意味成長した少年の処世術だった。


「そ……そんなんじゃねえよ。」


どこか苦虫をかみつぶしたように犬夜叉は呟く。それは精一杯の犬夜叉の抵抗。これぐらいの言葉なら珊瑚の逆鱗にも触れないだろうというもの。だが


「ふうん、いつか夜這いをかけてきた奴とは思えない言葉だね。」

「っ!?」


そんな甘い期待は珊瑚の言葉によって粉々に砕かれてしまう。その言葉は楽しげではあるがどこか刺がある。何よりもそのことに気づかれていたという事実に犬夜叉の背中に冷や汗が流れ始める。本当ならこの場から離脱したいのだが二人を背負いながら移動しているこの状況ではそれも不可能。犬夜叉は内心の動揺を悟られまいとしながら走り続けるしかない。だがそんな犬夜叉のことなど知らぬと言わんばかりに珊瑚と七宝はさらに話を続けていく。


「ヨバイ? ヨバイとは何じゃ?」

「それはちょっと七宝には早いかな。もっと大きくなったら教えてあげるよ。」


七宝の純粋な疑問に珊瑚はそんな本気か冗談か分からないような返事を返している。それを聞きながらも犬夜叉はこの話題に触れることは絶対にしてはいけないと本能で悟り、それ以上しゃべろうとはしない。それをいいことに二人は犬夜叉の背中で好き放題自分のことを弄繰り回している。それが犬夜叉一行の退治屋のいつもの光景だった―――――



犬夜叉たちは既に依頼された仕事をこなし、そのまま退治屋の里へと帰ろうとしているところ。依頼自体も大したものではなくすぐに終えることができた。犬夜叉は自分でも退治屋が板についてきたのではないかと思えるほどには慣れてきており、またその実力も珊瑚との修行によって増している。四魂のカケラもあれからいくつか手に入れることもできた。もっとも一番の懸念である奈落はまだ全く動きを見せていない。恐らくは自分同様、四魂のカケラを集め力を蓄えようとしているのだろう。ならば自分もそれに対抗、いやそれを凌駕する強さを身につけなければならない。そんなことを考えていた時、ある臭いを犬夜叉の鼻が捉え、同時にその足を止める。


「い、一体どうしたんじゃ、犬夜叉?」

「何かあったの?」


突然の事態に背中に乗っていた二人が驚きの声を上げる。そんな二人の声を聞きながらも


「………死体の臭いだ。それも大量の……」


そうどこか静かに告げる。犬夜叉たちは緊張を高めながらもすぐにその臭いの場所へと向かうのだった―――――





「これは……」

「ひどい有様じゃの……」


目の前の惨状に珊瑚と七宝は言葉を失ってしまう。その視線の先には絶命してしまっている村人たちの姿がある。その村も無残な姿になってしまっており、何かに襲われてしまったことは誰の目にも明らかだった。犬夜叉の嗅覚によればこの場には既に生きている人間はいないらしい。恐らくは妖怪によって全滅させられてしまったのだろう。珊瑚は退治屋としての顔を見せながらその惨状を分析していく。そして気づく。それは村人たちの死体。そのすべてにまるで血を吸われてしまったかのような跡が残っている。その証拠に死体からは出血は見られない。ならばある程度その妖怪は限られてくる。加えてこの規模の村を全滅させることができるということは群れを作る妖怪であることは間違いない。そして珊瑚はその決定的証拠を見つける。そこには村人の反撃によって撃退されたのであろう妖怪の死体があった。それは


「百鬼蝙蝠だね……」


珊瑚はそう確信を持って告げる。それはその名の通り蝙蝠の特性をもつ妖怪。主に人間の血を食料にしているかなりタチが悪い妖怪だ。なによりも厄介なのはその数。百鬼蝙蝠たちは群れをなして生活しており、必然的に大群で襲いかかってくる。空を飛ぶこともできることも相まって素人では相手をすることが難しい妖怪。本来なら自分たち退治屋でもかなりの人数を組まなければならない相手。だが自分と犬夜叉ならば恐らくは後れを取ることはないだろう。群れをなす脅威はあるもののその一匹一匹はそれほど大したことはない。特に犬夜叉は退治屋の里を襲ってきたあの妖怪の大群を実質一人で全滅させるほどの力を持っている。負ける要素は何一つない。


「犬夜叉、この妖怪の臭いを追える?」


珊瑚は振り返りながら犬夜叉へと問いかける。この村が襲われてからそう長い時間はたってはいない。まだその跡を追うことはできるはず。そう判断しての物。だが珊瑚が眼を向けた先には



険しい表情を見せている犬夜叉の姿があった。



その姿に思わず珊瑚は気圧されてしまう。犬夜叉は何を言うでもなくそのまま百鬼蝙蝠の死体に目を向けている。だがその眼がそれを捉えていないのは珊瑚にも分かる。まるでそれを通して何かを見ているのではないか。そんな雰囲気。これを自分は知っている。それは先日の桃果人の時。あの時も犬夜叉はどこか心ここに非ずと言った様子を見せていた。だがその様子はその時とは大きく異なる。明らかに犬夜叉は何かに嫌悪を感じている。初めはこの村の惨状によるものかとも思ったがそうではないようだ。


「……どうしたの、犬夜叉?」

「………何でもねえ。後を追うんだろ。さっさと背中に乗りな。」


どこか乗り気ではない雰囲気を発しながらも犬夜叉はそう言いながら背中を二人に向ける。珊瑚はそんな犬夜叉の姿に戸惑いながらも言われるがままにその背中におぶさる。七宝も慌てながらその後に続く。だが何故そんな態度を見せているのだろう。以前の桃果人の時は朔の日であることが犬夜叉が乗り気ではなかった理由だった。しかし今日は朔の日ではない。ならば特に犬夜叉が忌避するような理由はないはず。


珊瑚はいくら考えてもその理由に思い至ることはできない。だがそれは当たり前だ。それは犬夜叉だから、いや少年だからこそ抱くことができる理由。その訳を珊瑚はすぐに知ることになる―――――





珊瑚たちはそのままある村に足を踏み入れる。それは小さな村ではあったがまだ何の被害も受けている様子は見られない。だがそれは不自然なこと。何故ならこの村の近くには百鬼蝙蝠の巣があるはずなのだから。それは犬夜叉の嗅覚が捉えた間違いない事実。にもかかわらずこの村はそれに襲われた形跡がない。ここから離れたあの村が全滅させられているというのにこんな目と鼻の先にある村を襲わないなんてことがあり得るのだろうか。もしかしたら犬夜叉の勘違いなのではないか。そう思い何度か尋ねたものの犬夜叉の答えは変わらなかった。そこに嘘はない。だがその態度は明らかにおかしかった。いや、正確にはその態度がこの村に近づくにつれておかしくなってきた。


口数が少なくなり、どこか剣呑な空気を犬夜叉は発し始める。その道中で何か自分や七宝と口論があったわけでも、百鬼蝙蝠の襲撃があったわけでもない。その雰囲気は珊瑚ですらどこか近づきがたいと感じてしまうほどにまで悪化している。その理由を何度か尋ねたものの犬夜叉は決して口を開こうとはしない。仕方なく珊瑚はそのまま村人たちに事情を聞くことにする。百鬼蝙蝠の巣が近くにある以上何らかの情報は持っているはず。このまま直接巣に奇襲をかける手もあるがそれは最後の手段。まずはできる限り情報を集めることから退治屋の仕事は始まると言っても過言ではないからだ。


「妖怪退治屋……?」
「あんた達、百鬼蝙蝠を退治しに来てくれたのか!?」


珊瑚の話を聞いた村人からそんな歓声が上がる。どうやら本当に百鬼蝙蝠の巣はこの村の近くにあるらしい。その話しぶりから考えるに恐らくは百鬼蝙蝠に苦慮していたことがうかがえる。ならば話は早い。後は自分たちがその退治の依頼をもらうことができればお膳立ては整う。そう珊瑚が考えたその時、


「余計なことすんじゃねえ。もしあんたらがやられてあいつらの怒りを買ったらこの村は終わりなんだぞ!」

「そうだ、余所者が口出すんじゃねえ!」


他の村人たちからそんな声が上がってくる。それを皮切りにして村人の間で怒号が飛び交い始める。その内容からどうやらこの村は一枚岩ではないことが伺える。だがどうにも腑に落ちない。村人たちからすれば百鬼蝙蝠は退治してほしい存在のはず。なのに何故それをよしとしない村人たちがいるのか。だがその理由はすぐに明らかになる。


「心配するこたあねえ、明日には紫織があいつらのところに行ってくれる。それでこの村は安泰だ。」


村人の一人がそうどこか吐き捨てるように告げる。その瞬間、村人たちの雰囲気が変わる。まるで何か触れてはいけないものに触れてしまったような、腫れものに触れるような空気。


「『紫織』……?」


珊瑚はその言葉、恐らくは名前であろうものを口にする。それは直感。それこそが恐らくは村人たちの態度の、この村の事態の核心なのだと。


「紫織はこの村にいる半妖だ。百鬼蝙蝠と人間の女の間のな。薄気味悪い奴だ。いつも無表情で見てるだけで気が滅入っちまう。」

「そうだ、あいつがいるから俺たちはこんな目に合わなきゃいけねえんだ! 一刻も早く出っててもらわねえと!」


まるでその言葉で火がついてしまったかのように村人たちは次々にその半妖である紫織を罵倒し始める。その光景に珊瑚と七宝は驚き、戸惑うことしかできない。その紫織という半妖がどんな人物なのかは分からない。だがそれでもそれが事実無根であろうことは誰の目にも明らかだった。にもかかわらず村人たちはそれを止めようとはしない。それはまさに謂れのない差別。まるで村人たちの不安や恐怖のはけ口にされているのではないかと思えるほどの罵詈雑言。珊瑚は思い出す。これを自分は知っている。この光景を自分はつい先日目にしている。それは―――――



瞬間、凄まじい轟音が辺りを支配した。



村人たちはもちろん、珊瑚たちもその轟音によって動きを止めてしまう。その視線の先には巨大な爪に地面が抉られたのではないかと思えるような光景が広がっていた。その威力によって辺りは砂埃に覆われてしまう。それが収まった先には



冷たい眼をした犬夜叉の姿があった。



その姿に珊瑚はその場を動くことはできない。それは犬夜叉が振るった爪の一撃によるものではない。それは眼。村人たちを射抜いているそこには間違いなく殺気が込められている。脅しでも何でもない、純粋な殺意。まるで目の前にいるのは人ではないと、そう思っているのではないかと思えるような眼光。珊瑚はそんな今まで見たことのない犬夜叉の姿に声をかけることもできない。


「な、何だ、妖怪がなんでこんなところにいるんだ。」
「と、とにかく余計なことはすんじゃねえぞ………」


犬夜叉の行動と殺気に恐れをなした村人たちはまるで蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去っていく。それをつまらなげに一瞥した後


「………その紫織って奴のところに行くぞ。どうせそうするつもりなんだろ。」


どこか投げやりな態度を取りながら犬夜叉は歩き始める。そのまるで自分の考えの先を読んだような犬夜叉の行動に戸惑いながらも珊瑚はその跡を追って行く。同時に悟る。恐らくは犬夜叉はこうなることを知っていたからこそ剣呑な空気を発していたのだと。何故村に来る前からそれが分かっていたのかは分からないが、それは確信にも近いもの。珊瑚はその理由を問い詰めたいと思いながらもそれをできないままただ犬夜叉についていくことしかできない。



(犬夜叉………)


そんな二人の姿を少し離れた場所から七宝は心配そうに見つめている。珊瑚は今の犬夜叉の姿に戸惑っているが自分はそれを知っている。それはまるで初めて会った頃の犬夜叉の様。七宝が初めて出会った頃の犬夜叉がまさに目の前の姿。七宝は悟る。犬夜叉はこの村に来てしまったことでその時の状態に近づいてしまっていることに。


犬夜叉は珊瑚たちの仲間になってから本当に優しくなった。いや、元々優しかったことを自分は知っている。だがそれを犬夜叉は決して表に出すことはなかった。特に人間に対してそれが顕著だった。妖怪である自分にも初めはそんな態度だったことからもその凄まじさは明らかだ。だが珊瑚と出会ってからの数ヶ月間で犬夜叉は本当に別人のようになった。きっとそれが犬夜叉の本当の姿。七宝はそれが本当に嬉しかった。もうあの時の犬夜叉を見ることはないだろうと思っていた。でもそれが今、再び現れてしまっている。


珊瑚は知らないがきっとその紫織と言う半妖がいることを犬夜叉は知っていたのだろう。だからこそ犬夜叉はこの村に来ることを嫌悪していた。もっと早くそのことに気づいていれば無理やりにでも里に帰ろうとすることもできたがもうそれは手遅れ。七宝は今の犬夜叉の姿が一時的なものであることを願うしかなかった―――――





「あんたたちが退治屋だね。話はもう聞いたよ。」


どこか気の強そうな女性がそう言いながら珊瑚たちを家に招き入れる。珊瑚たちはそのまま招かれるまま家に入って行く。そこには小さな少女の姿がある。だがその肌と瞳の色は普通の人間とは大きく異なっている。それこそが少女『紫織』が半妖である証でもあった。


「いきなり押しかけてすいません。色々事情を聞きたいと思って……」


珊瑚は自分たちが目の前の親子に迷惑をかけていることを承知の上でそう切り出す。元々は百鬼蝙蝠の退治の為に訪れたのだがその複雑な事情から勝手に動くことは危険だと判断してのもの。村人たちの意見が割れていたのもそれを証明している。自分たちは負けるつもりは毛頭ないが万全を期す必要がある。


そのまま珊瑚は目の前の少女、紫織に目を向ける。確かにその容姿は普通の人間とは異なるがそれでも優しい性格なのであろうことは一目でわかる。少なくとも村人たちが言っていたような存在ではないことは明白だった。だが紫織はそんな珊瑚の視線に気づいたのかそのまま母親の後ろに隠れてしまう。それはきっと人見知りなのもあるのだろうがそれ以上に村人たちからの差別が原因であるのは疑いようもなかった。そのことに心を痛めながらも珊瑚は事情を把握していく。


紫織の父親である月夜丸は優しく人間を殺さない百鬼蝙蝠であり、紫織が生まれてからは仲間を説得し村は百鬼蝙蝠に襲われることがなくなったこと。

しかしある日、月夜丸が亡くなり止める者がいなくなりまた百鬼蝙蝠が村を襲い始めてしまったこと。

時同じくして月夜丸の父、紫織の祖父にあたる大獄丸が村を訪れ紫織を引き渡せば村には手を出さないと言ってきた。それは大獄丸や月夜丸は代々百鬼蝙蝠の巣を守る役目をしておりその血を引く跡目として紫織が必要であるためだった。



「あちらで暮らしたほうが……この子のためだと……それで村が助かるならと思って……」


紫織の母は苦渋の表情でそう呟く。その姿に珊瑚は掛ける言葉を持たない。だがこれで納得がいった。この村が何故襲われていないのか。そして何故紫織が疎まれていたのか。しかしある事実を珊瑚は伝えることができない。


それは紫織を引き渡せば間違いなく百鬼蝙蝠たちは村を容赦なく襲うだろうということ。何故なら百鬼蝙蝠たちは紫織を気に掛けているがゆえに村を襲わなかったのだから。それがなくなればそうなるのは明らか。村人たちもそんな単純なことに気づいていない。いや、気づくことができないのだろう。自分たちの置かれている状況の原因が紫織にあるという思い込みによって。


そして紫織の母もそう信じている。それは村の安全以上に紫織が百鬼蝙蝠の中で暮らした方が幸せになれると。それが正しいかどうかは人間である自分には分からない。いや分かるはずがない。故に珊瑚はそのことに口を出すことができないでいた。そんな中


「……見たところあんたも半妖だろう? なら分かるだろう、半妖が人間の世界じゃ生きていけないってことが……」


紫織の母がそう犬夜叉に向かって問いかける。犬夜叉はこの家に入ってからその壁に寄りかかり、腕を組んだまま一言も発していなかった。まるでこの事態には関わる気はない、そう告げるかのように。犬夜叉はその言葉に反応し、目を向けるものの口を開こうとはしない。だが


「あなたも……うちと同じ半妖なの……?」


今まで母の後ろに隠れてしゃべろうとしなかった紫織がそう犬夜叉に話しかける。それは自分と同じであろう存在と初めて出会えたことによるもの。人間でもない、妖怪でもない自分の気持ちを理解してもらえるかもしれない。そんな淡い期待が込められた言葉。それを聞いた犬夜叉は一度、目を閉じた後



「お前……どうして自分がこんな目にあってるか分かるか……?」


静かにそんな問いを投げかける。その質問の意図が分からず、珊瑚たちは口をはさむことができない。だが紫織は自らの経験によってその答えを口にする。


「うちが……半妖だから……?」


それが紫織の答え。半妖というどちらにもなれない体。存在。だからこそ自分は差別を、忌避をされている。きっと目の前のこの人もそれを経験しているはず。ならきっと自分の苦しみを、悲しみを分かってくれるはず。だが



「違う……お前が『弱い』からだ。」


犬夜叉はその言葉によって紫織を拒絶する。自分とお前は違うと。そう突きつけるような冷たさがその言葉にはあった。その言葉に紫織は目を見開くことしかできない。当たり前だ。初めて出会った自分と同じ半妖が自分を否定した。きっと分かってくれると、そう思った存在が。


犬夜叉はそのまま踵を返し、そのまま家を出ていってしまう。その光景に皆、動くことができない。だがすぐさま我を取り戻した珊瑚はその跡を追って行く。何故自分が犬夜叉を追っているのか分からない。だが今追いかけなければいけない。そんな強迫観念にも似たものが珊瑚の心を支配していた。



「犬夜叉っ!」


珊瑚は息を切らせながらその背中に追いつく。犬夜叉はその声に気づいたのか珊瑚に向かって振り返る。その表情からは今の犬夜叉の感情を読み取ることはできない。だが珊瑚そのまま犬夜叉に声をかける。それは言うまでもなく先程の紫織とのやり取り。


「どうしてあんなこと言ったんだ!? あんな小さな子に……同じ半妖だろう!?」


珊瑚は大声で自分の感情を犬夜叉にぶつける。それは嘘偽りのない珊瑚の本音。何故あんな小さな子にあんな言葉を。あの子が望んでいた言葉を犬夜叉なら分かっているはずだという、そんな非難。だが


「何だ……同じ半妖だから傷を舐め合えってのか……?」


それは犬夜叉の一言によって封じられてしまう。それほどの力がその言葉にはあった。まるで自分と犬夜叉の間に見えない壁があるのではないかと、そう感じてしまうほどの何かがそこにはある。


「お前に何が分かる………」


絞り出すような犬夜叉の声が漏れる。知らず珊瑚の体が震える。何かを言わなければ、そう思いながらも何も言葉にすることができない。犬夜叉の言葉に返す言葉を今の自分は持っていない。いや、持つことなどできるはずもない。



「お前に俺の何が分かるってんだ―――――!!」



こんな凄まじい感情を、苦悩を含んだ叫びに、どんな言葉を返すことができるだろうか。



犬夜叉はそのままその場から飛び上がり、そのまま森の中に姿を消してしまう。珊瑚はそんな犬夜叉を追うことも、その場から動くこともできない。ただ悲しげな表情でその場に立ち尽くすことしかできなかった――――――






「ハアッ……ハアッ……!!」


呼吸を乱しながら少年はただ森の中を駆け抜けていく。何故自分がここにいるのか分からない。何故走っているのか分からない。いや、その理由は分かっている。ただ逃げたかった。あの村から。紫織から。珊瑚から。何よりも自分自身から。


犬夜叉はそのままその足を止め目の前にある巨木に目を向ける。そして全力でその拳をその幹に叩きつけた。その衝撃によって幹には大きな亀裂が走って行く。だがそれに合わせるようにその拳にも血が滲んでいく。だがそれでも少年はただひたすらにその拳を振るい続ける。まるでその行為自体が自分に対する戒めであるかのように。


分かっている。これが自分の弱さだってことは。


珊瑚と出会えたことで自分は変われたと思っていた。でも違った。


自分は何も変わっていなかった。楓の村を追われ、絶望したその時から。


この村の空気、それは自分が陥った地獄と同じだ。それによって自分が以前の自分に戻ってしまっていることに気づいた。もう振り切ったと思っていた弱い自分に


分かっている。分かっていた。


紫織が決して弱くないことも、紫織の母が本当に紫織の幸せを願っていることも


でも、自分はそれを前にして平常心を保つことができなかった。


まだ強さを身につけていない紫織。そこにかつての自分の、いや本当の自分の姿を見てしまったから。


自分は何も変わっていない。弱いままだ。逆髪の結羅に、殺生丸に負けたあの時のまま。


強さがあれば、強さがあればあんな惨めな思いをせずに済んだのに、そのために強くなろうとしているのに


振り上げた拳をそのままに少年はその顔を俯かせる。その視線の先には一本の刀がある。



『鉄砕牙』


自分には扱えない刀。そして自分の弱さの象徴。


こんな物のせいで自分は殺生丸に殺されかけた。こんな物欲しくなんてなかったのに。


自分にそれが使えないと知った殺生丸はそれをまるで無造作に捨てたまま自分の前から姿を消した。


そして自分はその捨てられた鉄砕牙を手に取った。いや、取らざるを得なかった。


妖怪化。それを抑えるにはそれに頼るしかなかった。例え、どんな悔しさに、屈辱にまみれようとも。


それは人を慈しむ心が無ければ扱えない刀。今の自分には絶対に扱えない刀。当たり前だ。自分は憎んでいる。自分を差別した人間を、自分を追い詰めた人間を。自分も同じ人間だというのに。


紫織を迫害していた村人たち。その姿に吐き気がした。本気で殺してやろうかと思った。きっと百鬼蝙蝠が村人を襲っても自分はそれを助けない。その確信がある。


そんな自分に鉄砕牙が力を貸すはずもない。その証拠に今まで一度も自分は鉄砕牙の声も、鼓動も感じたことがない。自分にとっては見た目通りのただの錆びた刀でしかない。


それでもそれに縋るしかない自分が何よりも許せない。だからこそ力を、強さを求めた。あの人のように強くなれればきっとこんな狂った世界でも生きていける。そう信じて――――違う。そう『言い聞かせて』ここまで来たのに、それなのに―――――



少年はそのまま血だらけの手で鉄砕牙を握り続ける。



少年はそのまま一人、夜の森の中で自分と向かい合い続けるのだった――――――



[25752] 珊瑚編 第十四話 「鉄砕牙」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/13 23:14
静かな森の中に一人の少女の姿がある。少女は一人、何をするでもなくその場に立ち尽くしている。それは紫織。そしてここはいつもの紫織の遊び場。誰にも邪魔をされない、自分の居場所。そこで遊ぶことが紫織の楽しみの一つだった。だがその表情は暗く沈んでいる。その理由。それは今日が自らの祖父、大獄丸が自分を迎えに来る日だから。そして自らの母との別れの日でもあった。


(かあちゃん………)


紫織は一人、目を伏せながら母へと想いを抱く。半妖の自分を愛してくれている大好きな母。自分がどうして半妖として生まれてしまったのか。それを考えない日はない。村人からの差別。自分だけでなく、母までもがそれに巻き込まれてしまっている。それが紫織は辛かった。自分のせいで母を辛い目に会わせてしまっている。その事実が。


でもそれも今日で終わる。自分がこの村を出ていくことで。そしてそれを母も望んでいる。それが自分の幸せになると、そう思ってくれているから。でも、それでもやはり母と別れることに迷いがある。もしかしたら祖父の元、百鬼蝙蝠たちの中で暮らす方がいいのかもしれない。この村にいるよりも幸せな生活があるのかもしれない。でも



「違う……お前が『弱い』からだ。」



そんな言葉が紫織の脳裏に蘇る。それは昨日、自分が言われた言葉。犬夜叉という、自分と同じ半妖の少年によって。それは生まれて初めて会った自分と同じ半妖だった。同時に自分の中に淡い期待が生まれてくる。もしかしたら目の前の犬夜叉なら自分の苦しみを、悲しみを分かってくれるのではないかと。だが違った。自分はその言葉によって拒絶されてしまった。村人たちと同じように。やはり自分を認めてくれる人は母以外にはいないのだと、そう悟るしかなかった。だがその言葉が、姿が頭から離れない。それが何故だか分からない。でも何かそうしてしまうような不思議な力がその言葉にはあった。それが何なのか紫織が考えていると


「こんなところにおったのか、紫織。」


そんな聞き慣れない子供の声が聞こえてくる。驚きながら振り返った先には自分と同じぐらいの年の子狐妖怪、七宝の姿があった。


「おっかあが心配しておったぞ。早く家に戻らねば。」


七宝は紫織に向かってそう声をかける。もうすぐ大獄丸との約束の時間。七宝は紫織の母に頼まれ、紫織を迎えに来たところ。だが七宝の言葉を聞いた紫織はどこか悲しげな表情を見せたままその場に立ち尽くしてしまう。その姿に七宝もその場にとどまることしかできない。いくら子供といえど七宝も紫織が置かれている状況がどんなものかはおぼろげながら理解している。そして七宝は意を決して紫織に尋ねることにする。


「紫織は……おっかあと離れ離れになってもよいのか?」


それが七宝の一番聞きたかったこと。そして一番聞かなければいけないこと。この村の人々が紫織にひどいことをし続けてきたことを七宝はこの短い時間の間でも理解できた。この村で暮らすよりもその方がいいのかもしれないと思ってしまうほど。でもそうなれば紫織は母と共に暮らすことができなくなってしまう。それがどんなに辛いことか七宝には分かる。自分も大好きだった父と別れることになってしまったから。その悲しさと寂しさは今でもこの胸にある。今は犬夜叉や珊瑚たちがいるためそれを感じることは多くはないがそれでも時折、思い出し泣きそうになることがある。このままでは紫織もそうなってしまうのは明らか。だからこそ七宝は紫織の本音を、本当の気持ちを聞きたいと思っていた。そんな七宝の問いと姿に紫織は顔を俯かせたまま黙りこんでしまう。そして


「でも……そうしないと、かあちゃんが辛い目に合うから……」


絞り出すように、かすれるような声で紫織は七宝の問いに応える。そのまま紫織は一人、森から村に向かって戻って行く。その背中が見えなくなるまで七宝はそれを見送ることしかできない。そんな中


「紫織、行っちゃったんだね………」


七宝の後ろからそんな女性の声が聞こえてくる。どこか悲しげな、何かを言いたくてもいえない、そんな雰囲気を感じさせる声が。


「珊瑚………」


七宝は振り返りながら声の主である珊瑚に目を向ける。どうやら先程のやり取りを見ていたらしい。だが珊瑚も七宝同様、紫織を追うことなくその後ろ姿を見つめ続けている。本当なら声をかけ、思いとどまるように言うべきかもしれない。そんなことをしても村が救われるわけではないという事実を。だがそれを口にすることはできなかった。それを口にすればもしかしたらこの場は紫織が祖父の元に行かなくなるかもしれない。しかしそれは何の解決にもならない。それによって百鬼蝙蝠たちが強行な手段に出てこないとも限らない。何よりも、これはあの親子の、いや紫織自身の問題。紫織が自分で考え、選ばなければ何の意味もない。自分たちがそれに口を出すことなどできない。それができる者がいるとすればそれは紫織と同じ半妖、いや同じ苦しみを知っている犬夜叉だけだろう。


「全く……犬夜叉の奴、どこで何してるんだか……」


どこか呆れ気味の表情を見せながら珊瑚はそう呟く。あの後、森の中に姿を消してから犬夜叉は珊瑚たちの前には現れていなかった。恐らくまだ森の中にいるのだろう。あんなことを言ってしまった手前、出るに出てこれなくなってしまっているのかもしれない。そんなことを考えていると


「珊瑚……犬夜叉のことを嫌いにならんでやってくれんか……?」


七宝がどこか言いづらそうな様子を見せながらそう口にする。そんな七宝の姿に珊瑚は少し驚きながらもすぐに事情を察する。どうやら七宝は自分が昨日の出来事のせいで犬夜叉に幻滅してしまっている、嫌ってしまっているのではないかと思っているらしい。


「……心配しなくていいよ、七宝。犬夜叉のことを嫌いになんてなってないさ。いつも通り天の邪鬼なだけなんだから。」


七宝を安心させるような優しい笑みを浮かべながら珊瑚はそう告げる。確かに犬夜叉の紫織への態度に驚き、問い詰めてしまったもののあの後珊瑚はすぐに気づいた。犬夜叉が紫織に放った言葉には犬夜叉なりの紫織への想いが込められていたものだったということに。もしかしたら本人は無意識でそうしていたのかもしれないが。


だが犬夜叉がこの村に来たことによって不安定になっていることは間違いないだろう。それは十中八九、封印されていた村での生活にあるはず。きっと犬夜叉はそれと向かい合い、悩んでいるのだろう。ならそれを乗り越えるまで自分は待つことしかできない。


「それにきっとすぐに戻ってくるよ。あたしたちは仲間なんだからね。」


それは珊瑚の心からの言葉。犬夜叉への、仲間への信頼と想い。それを感じ取った七宝の表情に明るさが戻る。その姿に珊瑚も笑みを浮かべながら村に向かって行く。恐らくは自分本来の仕事をこなす必要が出てくることを確信しながら―――――





「あんたたちには迷惑かけちゃったね。ありがとう。」


どこか無理をした笑みを浮かべながら紫織の母はそう珊瑚たちに礼を述べる。もうすでに紫織の姿はここにはない。約束通り迎えに来た大獄丸によって村から去って行ってしまった後。ただそれだけで決して広くはない家が急に広くなってしまったのではないか。そんなことを紫織の母は感じながらもそれを表には出そうとはしない。


そうだ。これで良かったんだ。この村にいても紫織が幸せになれないことは自分が一番分かっている。今は自分が紫織を守ることができる。だが自分はずっと紫織と一緒にいれるわけではない。遠くない未来、紫織は一人になってしまうのだろう。その時のことを考えるなら、妖怪である祖父に紫織を任せる方が紫織のためになるはず。きっとあの子も分かってくれる。紫織の母そう自分に言い聞かせる。その姿に珊瑚たちは掛ける言葉を持たない。そして沈黙が辺りを支配しようとした瞬間


凄まじい悲鳴と物音が村中に響き渡る。突然の事態に紫織の母は驚き、目を見開くことしかできない。慌てて家の外に出たそこには、百鬼蝙蝠によって蹂躙されている村の無残な姿があった。



「そんな……どうして……」


その光景に力を失い、紫織の母はその場に崩れ落ちるも近くにいた七宝がそれを何とか支える。その隣には既に戦装束を身に纏った珊瑚の姿がある。その眼は既に臨戦態勢。退治屋としての珊瑚がそこにはあった。


「……七宝、ここは頼んだよ。あたしはあいつらを相手する。」

「分かったぞ、珊瑚!」


七宝の心強い言葉に笑みを浮かべながら珊瑚は自らの武器である飛来骨を担いだまま走り出す。戦場となってしまった村の中を駆け抜けながら―――――





百鬼蝙蝠たちは思うがままに村を襲っていた。その姿は普段よりも荒々しく、容赦がない物。それは今まで目の鼻の先にありながら手を出すことが禁じられていたこの村をやっとその手に掛けることができるという喜びから。その眼下には逃げまどう村人たちの姿がある。自分たちに抵抗しようとする者は誰一人いない。当たり前だ。村人たちは誰よりも自分たち百鬼蝙蝠のことを理解している。決して敵わず、逃げられないことを。今までは先代の長である月夜丸、そして紫織の祖父でもある大獄丸によって村を襲うことを禁じられていたがそれも今解かれた。百鬼蝙蝠たちがその欲望のまま村人たちに襲いかかろうとしたその瞬間、凄まじい衝撃と威力が百鬼蝙蝠たちを襲う。突然の事態に何が起こったのか分からず百鬼蝙蝠たちは慌てることしかできない。だがそこには先程までいた仲間たちが切り裂かれ、地面へと落ちていく光景がある。一体何が。だがその正体を百鬼蝙蝠たちはすぐに目の当たりにする。


それはまるで巨大なブーメラン。それが凄まじい速度と威力をもって自分たちに襲いかかってくる。空と言う人間には手が出せない領域にいる自分たちを何の問題もないかの如く次々に葬り去って行く。それはそのまままるで吸い寄せられるかのような軌道を描きながらある方向へと戻って行く。そこには黒い装束を身に纏った少女の姿があった。百鬼蝙蝠たちは悟る。その少女こそが目の前の光景を作り出した原因、自分たちの敵だと。


百鬼蝙蝠たちはすぐに冷静さを取り戻しながら一斉に少女、珊瑚へと向かって襲いかかって行く。それはまるで獲物を見つけた鳥の群れの様。だがその圧倒的数を目の前にしながらも珊瑚は全く動じる様子を見せない。そのことに気づいた瞬間、百鬼蝙蝠たちは戦慄する。それは先のブーメラン。それが少女から放たれた瞬間、襲いかかった仲間たちがまるで為すすべなく切り裂かれていく。先程のは奇襲だったため対応できなかった。だが今は違う。自分たちは油断も容赦もなく襲いかかっている。だがそれを何の問題にもしないかのように珊瑚はその力を振るい、百鬼蝙蝠たちを倒していく。本当に目の前にいるのは人間なのか。そう思ってしまうような、悪夢のような光景が百鬼蝙蝠たちの前にある。


それが退治屋珊瑚の実力だった―――――



「どうした、もうかかってこないのかい?」


飛来骨を肩に担ぎながら珊瑚は空を飛び、自分と距離を取ったまま動こうとしない百鬼蝙蝠たちを挑発する。だが百鬼蝙蝠たちは珊瑚に恐れをなしてしまったのか動こうとはしない。それは本能。目の前の珊瑚には敵わないという事実を悟った故の行動。それを見据えながらも珊瑚は考える。どうやら思ったよりも相手は大した相手ではなかったらしい。その数から苦戦することも覚悟していたが杞憂だったようだ。


それは珊瑚自身は気づいていないが犬夜叉との修行によって上がっている実力故の物。今の珊瑚にとって百鬼蝙蝠が何匹いようが何の脅威にもならない。だが相手は空を飛んでいる。雲母がいればやりようもあったが今の自分ではその距離を詰めることはできない。ならば何とか自分の間合いに相手を誘い込まなければ、そう思考した時



「ほう……余計な邪魔が入ったようだな。」


そんな老人の声が辺りに響き渡る。珊瑚がその声の先に視線を向ける。そこには紫織をその手に乗せた百鬼蝙蝠の長、大獄丸の姿があった。その姿に珊瑚は緊張を高める。それはその大きさ。普通の百鬼蝙蝠の何倍もある巨体。恐らくはその力も今までの相手とは比べ物にならないであろうことは明らかだった。何よりも紫織が一緒にいるというこの状況。どう動くべきか珊瑚が決めかねていると


「紫織っ!」


家から飛び出してきた紫織の母の叫びが響き渡る。七宝はそれを何とか止めようとしたがどうにもできなかったらしい。


「かあちゃん……」


紫織は母の叫びを聞きながらもそう呟くことしかできない。それは大獄丸との約束。自分が言うことを聞けば母には手を出さないというもの。そのせいで紫織は大獄丸に従わざるを得なかった。


「どういうことだ、大獄丸!? 約束を守れば村を襲わないはずだろう!?」


気丈に振る舞いながら紫織の母そう言葉を荒げる。その約束があったからこそ紫織を預けた。なのにこの光景。それは夫である月夜丸が守ってくれた村が、約束が破られてしまったことを意味していた。


「ふん、だれが人間との約束など守るものか。それにこの村の者たちは可愛い孫をいじめてくれた。なら何の遠慮がある?」


まるで紫織に言い聞かせるように大獄丸は笑みを浮かべながらそう告げる。だがその言葉が体のいい嘘、言い訳であることは誰の目にも明らかだった。紫織の母は自分ではもうどうすることもできないと悟り、その場に座り込むしかない。同時に百鬼蝙蝠たちが再び村人たちを襲おうと動き出す。どうやら長である大獄丸が現れたことで戦意を取り戻してしまったらしい。それをさせまいと再び珊瑚が動き出そうとするが


「それ以上邪魔はさせんぞ、小娘!」


それを阻むかのように大獄丸がその巨体をもって珊瑚へと襲いかかる。どうやら自分を抑えることで他の百鬼蝙蝠たちを攻撃させない狙いらしい。このままでは村人に被害が出てしまう。この村人たちに思わないところが無いわけではないがそれでも自分は退治屋。そして百鬼蝙蝠たちの凶行を見過ごすことなどできない。


「飛来骨っ!」


珊瑚は自らの全力を持って飛来骨を投げ放つ。もちろんその手に乗っている紫織を巻き込まない軌道を描きながら。そしてその飛来骨がその威力を持って大獄丸を切り裂くかに思われたその瞬間、


飛来骨は赤い膜の様な物によってその攻撃を弾かれてしまう。


「なっ!?」


その光景に珊瑚は驚愕する。それは結界。赤い球体の様な結界が大獄丸を守るように張られている。自分の全力の一撃を防がれてしまったこともだがそれを張っているのが紫織であることに珊瑚は驚きを隠せない。そしてその隙を狙うかのように大獄丸の攻撃が珊瑚を襲う。珊瑚はすぐさま冷静さを取り戻し、それを何とかかわすもその顔には焦りが浮かぶ。紫織のこともだが自分の攻撃が通用しなかったのは予想外。このままでは追い詰められてしまう。だが一刻も早く大獄丸を倒さなくては村人たちに被害が出てしまう。


「どうした、さっきまでの意勢はどこに行った!?」


そんな珊瑚の姿を嘲笑いながらも大獄丸はその追撃を緩めない。その結界もいまだ張られたまま。珊瑚はその攻撃を避けながら打開策を模索するしかない。しかしそれが見つかる前にさらなる窮地が珊瑚を、いや七宝たちを襲う。事態が悪化したことを悟った七宝が何とか紫織の母をこの場から引き離そうとしていたところに百鬼蝙蝠たちが襲いかかろうとしていく。今の百鬼蝙蝠たちはもはや紫織の母を襲わないという取り決めすらその頭には残っていなかった。大獄丸もそのことに気づくもあえて見逃すことにする。あの母さえいなくなれば紫織が人間たちに縛られる理由もなくなる。そう判断してのもの。


「くっ!」


何とか七宝たちを援護しようとするも大獄丸を相手にしている珊瑚には為す術がない。七宝たちは自分たちを襲おうとする百鬼蝙蝠たちの姿にただ目をつむることしかできなかった。だがその瞬間



「かあちゃんっ!」


叫びと共に紫織が大獄丸の手から母の元へと飛び降りる。同時にその結界が紫織の母と七宝を包みこみ、百鬼蝙蝠たちをはねのける。その光景には珊瑚はもちろん、大獄丸も驚き、動きを止めてしまう。当たり前だ。あの紫織が、大人しく自分の殻に閉じこもっていた紫織がそんな行動に出るなどこの場の誰ひとり想像することなどできなかった。



「紫織………」

「かあちゃん……うち……かあちゃんと一緒にいたい……」


紫織は目に涙を浮かべながらそう母に告げる。それが紫織の答え。きっと自分はこの先も差別を、迫害を受けるだろう。この村でなくてもきっとそれは変わらない。でも、それでも構わない。自分が愛する母と、自分を愛してくれる母と一緒に暮らすことが自分の望み、願い。これが紫織が自分自身の『強さ』を身に付けた瞬間だった。



「ふん……やはり貴様は奴の子供だ……あの愚か者、月夜丸のな……」


紫織の裏切りにどこか冷めた、冷酷な視線を向けながらも大獄丸はそう告げる。まるで紫織に、紫織の母に聞かせるかのように。その言葉を二人はただ聞き続けることしかできない。だがその気配、まるで自分たちを絶望させるような何かがそこにはある。それは


「人間などに誑かされおって……素直にわしの言うことを聞いていれば死なずに済んだものを……」


自分たちの大切な人を目の前の存在が奪ったのだという、残酷な事実だった。



瞬間、紫織の母はその場に崩れ落ちる。それを支えながらも紫織はその眼を持って大獄丸を睨みつける。それは怒り。自らの父を奪い、そして母を傷つけた大獄丸に対する。


「お前の様な子供一人で何ができる。もういい……お前も父親と同じところに行くがいい!」


その言葉と共に大獄丸は小さな玉の様なものを取り出す。それは血玉珊瑚と呼ばれるもの。百鬼蝙蝠に代々受け継がれてきた宝玉であり、その妖力がその玉には込められている。その力によって大獄丸の体が再び結界に包まれる。それは紫織の結界を遥かに凌ぐ力を持っていた。大獄丸はその力を持って紫織たちに襲いかかる。珊瑚がそれを助けようとするが間に合わない。だが紫織はそれを見ながらも決してその場を動こうとはしない。母を守る。その絶対の意志が、決意がそこにはあった。そして大獄丸の手が伸ばされたその瞬間、凄まじい衝撃が大獄丸を襲う。


「何っ!?」


大獄丸はそのままその衝撃によって吹き飛ばされてしまう。結界によってダメージは負っていないもののその衝撃は凄まじく自分の巨体を吹き飛ばすほどもの。紫織が驚きながら顔を上げたそこには



まるで自分を庇うように背中を見せている犬夜叉の姿があった。



犬夜叉は一度振り返り、紫織を見つめた後、そのまま大獄丸に向かって歩き始める。まるで言葉は必要ないと。そう告げるかのように。


そして犬夜叉は駆けつけた珊瑚と視線を交差させる。だがすぐにどこか居心地が悪そうに視線を外してしまう。それは気まずさ。先日の八つ当たりと言ってもいい自分の姿をさらしてしまったことへの。だが


「遅いよ、犬夜叉。何やってたのさ。」


その感情は珊瑚のその一言によってかき消されてしまう。それほどまでの信頼が、想いがその言葉にはあった。


「………ふん! お前だっててこずってたみたいじゃねえか。」


それを感じ取りながらも気恥ずかしさから犬夜叉はそんな言葉を口する。そんないつも通りの犬夜叉の姿に珊瑚は安堵する。やはり犬夜叉はこうでなくてはいけない。これでこそ張り合いがあるというもの。だがそれも今は目の前の大獄丸を倒してからだ。


「また邪魔者が一人増えおったか。どいつもこいつも人間などに骨抜きにされおって。」


犬夜叉の一撃によって吹き飛ばされはしたものの、結界によって傷一つ負っていない大獄丸は悠然とその姿を現す。だがそれを見ながらも全くひるむ様子を見せず犬夜叉は大獄丸に対峙する。そして


「関係ねえ………」


自分は自分を差別した人間を、そしてこの村の人間を憎悪している。その事実はなくならない。そいつらのために戦う気なんてさらさらない。ただ


「俺はてめえが気に食わねえから戦う……それだけだ!!」



その言葉と共に腰にある鉄砕牙を地面へと投げ捨てる。その光景に珊瑚たちは目を奪われる。当然だ。刀を構えるならまだしも何故それを捨てる必要があるのか。


それはこれから犬夜叉が行おうとしていることにはそれが邪魔になるからに他ならない。文字通り犬夜叉の奥の手、切り札と言ってもいいもの。それを使うためのものだった。


瞬間、凄まじい力、妖気が辺りを襲う。そのあまりの強力さに大獄丸はもちろん、珊瑚たちすら身動きを取ることができない。それは本能。大妖怪に匹敵する妖気を浴びたことによる。特に妖怪である大獄丸と七宝はそれにあてられ体が震え始める。それは大妖怪と妖怪との絶対的な差によるもの。


同時に犬夜叉の姿が大きく変わっていく。目は赤く染まり、頬には紫の痣、その爪はさらに鋭く尖っていく。珊瑚は悟る。それがまさしく『妖怪』の姿であることを。


『妖怪化の制御』


それこそが少年の切り札。正確に言えば未完の切り札。だがそれを使わざるを得ない程の力が大獄丸には、その結界にはある。先の一撃は自分の全力。それが通じなかった以上これを使わざるを得ない。できればそれは避けたかったがこの状況を打破するにはそれしかない。


妖怪化した犬夜叉の姿を前に、大獄丸の時間が止まる。そして犬夜叉はその力を解き放った。


瞬間、大獄丸は我を失う。一体なのが起こっているのか分からない。目の前にいた筈の犬夜叉の姿が消えている。いや違う、それがまるで瞬間移動したかのように目と鼻の先にいる。それは犬夜叉の速度を大獄丸の目が追いきれなかったから。そして犬夜叉はその爪を振るう。そう、ただそれだけ。何も恐れる必要はない。その攻撃を自分は先程結界で防いだ。なら何も問題ない。だがその爪はまるで何もなかったかのように結界を破り、その体を切り裂いた―――――



「なっ……!?」


その光景に珊瑚は言葉を失う。自分の飛来骨が全く通用しなかった、そして恐らくは犬夜叉の全力の散魂鉄爪すら防ぎきった結界を今の犬夜叉はいとも簡単に切り裂いた。その動き、力はまるで獣のそれ。とても犬夜叉とは思えないようなその姿、動き。全てが珊瑚の常識を超えている。それは決して触れてはいけない力なのではないか。そう感じてしまうほどの何かがそこにはある。それは『恐怖』それを自分は犬夜叉に抱いている。仲間であるはずの犬夜叉に。その事実に珊瑚が身動きができないでいる中


犬夜叉が息を切らせながらまるで縋りつくように捨てた筈の鉄砕牙を手にする。その瞬間、犬夜叉の姿が先程のものから普段のものへと変化していく。その妖気も霧散していく。まるで刀によってその力がなくなっていくかのように。


(くそっ……やっぱり無理があったか……)


呼吸を荒くしながら犬夜叉は何とか意識を取り戻す。その顔は苦悶に満ちている。それが妖怪化の代償、そして未完の切り札である所以だった。瞬間的に妖怪化し、一撃で相手を葬る。それが自分の切り札。だがその制御は困難であり、今は一瞬、一撃が精一杯。それ以上維持しようとすれば間違いなく意識を持って行かれてしまう。ほとんど実戦では使っていなかったため不安はあったが何とかうまく行ったようだ。


「犬夜叉っ!」


犬夜叉の姿を心配した珊瑚が自分に駆け寄ってくる。どうやらそれほど今の自分の姿は疲労しているように見えるらしい。だがこれで何もかもが終わった。そう犬夜叉が安堵しかけたその瞬間


「貴様……よくもこのわしを………」


地に響くのではないかと思えるような声が辺りを支配する。そこには傷つきながらも怒りによって憤怒の化身と化している大獄丸の姿があった。その姿に犬夜叉は驚愕するしかない。それは油断。まさか妖怪化した一撃を結界を張っていたとはいえ耐えきるなど考えもしなかった。


「もう容赦はせん……貴様ら全員皆殺しだ!!」


咆哮と共に大獄丸がその全力を持って突撃してくる。犬夜叉はそれを見ながらもその場を動くことができない。


「犬夜叉っ!」


そのことを瞬時に悟った珊瑚が犬夜叉を庇うように前に出ようとする。今の犬夜叉は疲労しきってしまっている。ならば自分がそれを助けなければ。そんな無意識に近い行動。だが犬夜叉はそんな珊瑚を押しのけるようにして前に出る。


「っ!?そんな体じゃ……!!」


大獄丸がその凄まじい速度を持って接近してくる刹那の間に珊瑚は叫ぶ。目の前にいる犬夜叉はとても戦えるような状態ではない。例え戦える状態だとしても大獄丸の結界を破ることはできない。ならせめて犬夜叉だけでも。だがまるでそんな珊瑚の考えを許さないように犬夜叉は珊瑚を庇うように前に出る。



「ごちゃごちゃうるせえ………」


自分の後ろには珊瑚がいる。避けることはできない。だが自分の攻撃は結界の前には通用しない。妖怪化ももう使うことはできない。いや、使うことはできる。大獄丸を倒すことならそれでできるだろう。だがそれだけ。そのあと自分は間違いなく妖怪の血に飲まれ、珊瑚たちをこの手に掛けてしまう。


どうしようもない状況、絶望に少年の時間が止まる。


どうすればいい、どうすればこの状況を打破できる?


これでは同じだ。ただ自分の弱さによって全てを失ったあの時と。


それが悔しくて、許せなくて自分は強さを手に入れた。なのに、それなのに俺は―――――


「俺が……お前を…………」


「…………え?」



その瞳に少女の姿が映る。こんな自分を信じ、想ってくれた少女の姿。自分を変えてくれた、共にいてくれた少女の姿。


それを守れないような、そんな強さしか自分は持っていないのか



力が欲しい―――――



それは願い。



力が欲しい―――――



少年が失ってしまっていたもの。



珊瑚を守れる力が欲しい――――――



大切な誰かを守りたいという想い。




「俺がお前を守るって言ってんだ――――――!!」



少年は初めて自分のためではなく誰かのための強くなりたいと願った―――――



瞬間、凄まじい鼓動が、熱が少年を襲う。


その手には鉄砕牙ある。自分には使えない、弱さの象徴ですらあった鉄砕牙。その声が、鼓動が自分に響いてくる。まるで今まで凍っていたものが解けてしまったかのように。


少年は気づく。鉄砕牙がずっと、ただずっと自分がその心を取り戻すのを待っていたことに。


少年はまるで導かれるようにその柄に手を伸ばし、一気にそれを引き抜いた。瞬間、凄まじい光が刀から放たれる。


それが収まった先に巨大な牙の様な刀身が姿を現す。それが鉄砕牙の真の姿。かつて犬夜叉の父が犬夜叉の母を守るために作った刀。人を慈しみ、誰かを守る強い想いが無ければ扱えない刀。



この瞬間、犬夜叉はついにその力を手に入れた。




「はああああっ!!」


咆哮と共に犬夜叉は鉄砕牙を振り切る。そこには先程までの疲労した姿はない。今、犬夜叉は自分の中に漲ってくる力に包まれていた。まるで鉄砕牙が自分の体の一部であるかのようにその力が流れ込んでくる。そして自分の力が鉄砕牙に流れ込んでいく。今の自分は誰にも負けない。そんな確信が体を支配する。それに呼応するように振り切った鉄砕牙の刀身から凄まじい風が放たれる。それはまるで大地を切り裂いてしまうのではないかと思える圧倒的力を持って大獄丸に襲いかかる。


それは風の傷。


一振りで百の妖怪を薙ぎ払う鉄砕牙の力。


長い眠りから覚めた喜びを示すように鉄砕牙はその力を持って主に応える。その力によって鉄壁であるはずの結界はかき消されその風が大獄丸を飲みこんでいく。後にはまるで地平の果てまで続くのではないかと思えるような爪痕が残っているだけだった―――――



「凄い………」


その言葉でしかこの状況を表す言葉が無い。珊瑚は目の前の光景にただ目を奪われるしかない。犬夜叉が持っている刀、鉄砕牙が普通の刀ではないことは知っていた。だがその錆びた姿からだれがこんな力を持っていることを想像できるだろうか。まさに桁外れの力が鉄砕牙にはある。あの大獄丸を一瞬で葬ってしまうほどの。何とか我を取り戻し、犬夜叉へと近づこうとするがすぐに珊瑚はその動きを止めてしまう。それは犬夜叉の姿。その眼がまだ戦いは終わっていないと告げていた。


それを証明するかのように風の傷の後からまるで怨念の塊であるかのような存在が姿を現す。それは大獄丸の持っていた宝玉、血玉珊瑚から生まれている。それは代々受け継がれてきた百鬼蝙蝠たちの妄執、怨念と言ってもいいもの。それが新しい持ち主を探している。そしてその矛先はその血を受け継ぐ紫織へと向けられようとする。だが



「これで終わりだあああっ!!」


その怨念を、紫織を縛る鎖を断ち切るかのように犬夜叉が鉄砕牙を振り下ろす。その刃がその宝玉を、怨念を断ち切る。それが長くに渡る百鬼蝙蝠の歴史の終焉、そして紫織の新しい人生の始まりだった―――――





「本当に良かったの犬夜叉? 紫織と話をしなくて……」

「ふん、話すことなんて何もねえよ。」


並んで歩いている珊瑚の言葉にどこか不機嫌そうに犬夜叉は応える。今、一行は村を後にし、里に帰ろうとしている道中。大獄丸を倒し、他の百鬼蝙蝠たちを退治した後、犬夜叉たちはそのまますぐに村を後にした。自分たちにできることはこれで終わりでもあったから。だがそんな中、紫織が犬夜叉へと近づいてきた。そして


『ありがとう』


そう一言告げる。それは本当にたった一言。そして犬夜叉もそれに何も答えなかった。だがそれだけで二人の間には十分だったのだろう。


結局紫織はあのまま村で暮らすことになった。百鬼蝙蝠の脅威がなくなったとはいえ決して紫織の置かれている環境が変わったわけではない。これからも辛いことや悲しいことが続くはず。だがそれでも紫織は母と一緒に人の世界で生きることを選んだ。誰に言われたわけでもない、自分自身の意志で。きっと紫織なら大丈夫だろう、そう思える強さがあの時の紫織にはあった。そんなことを考えていると


「全く、素直じゃないんじゃからな、犬夜叉は!」


いつの間にはいつもの調子を取り戻した七宝が犬夜叉にちょっかいを出している。それはいつも通りの光景。だが七宝も内心は犬夜叉のことを心配していたはず。それを考えれば似た者同士と言えるのかもしれない。


「お前にだけは言われたくねえよ……」


呆れながらも犬夜叉は鉄砕牙を手にしながら想いを馳せる。その脳裏にある言葉が蘇る。



『その刀が使えるようになったら俺の前に来い』



それは約束、そして自分が初めて強さを求めた理由。自分を救い、導いてくれた人との。



「そんなことを言っていいのか、犬夜叉……?」


知らず物思いにふけっていた犬夜叉に向かってどこか勝ち誇ったように七宝が話しかけてくる。その姿に何か強烈に嫌な予感を感じた犬夜叉がその口を閉じようとするが


「帰ったら里の皆に教えてやらねばの、犬夜叉が『珊瑚は俺が守る』と言っておったと!」

「なっ!?」


それよりも早く七宝の言葉が告げられ、その言葉の意味に今更ながらに気づいた犬夜叉は顔を真っ赤にしながらその口を封じようと七宝に向かって行くも七宝はそれを難なくかわしていく。まるで兄弟の様な鬼ごっこをしながら二人は里に向かって走っていく。


「全く……子供なんだから……」


ある意味いつも通りの犬夜叉の姿の呆れながらもどこか嬉しそうな笑みを浮かべ珊瑚もその後を追って行く。自分たちの家である、退治屋の里に向かって―――――



[25752] 珊瑚編 第十五話 「望み」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/13 16:22
静寂が全てを支配し、月明かりだけが光を放っている夜をうごめく者たちがいる。だがその数は常識を超えるほどのもの。それは妖怪の大群。それはまるで百鬼夜行。無数の妖怪たちはまるで吸い寄せられるようにある場所へと向かっていく。その先には一つの村が、里がある。妖怪退治屋の里。それこそが妖怪たちの狙い。いや、妖怪たちを操っている奈落の狙いだった。


「さあ……あの時の続きといこうか……」


邪悪な笑みを浮かべながら奈落はそう誰にともなく呟く。それを合図にするかのように妖怪たちはその牙を、爪をもって我先にと里に向かって襲いかかる。まるでやっとみつけた獲物に群がるかのように。そしてついに里へと侵入を果たすかに思われたその瞬間、妖怪たちは突如見えない力によって弾き飛ばされてしまう。それはまるで見えない壁があるかのよう。妖怪の群れはそれに阻まれそれ以上前に進むことができない。


「ふっ……結界か。無駄なことを。」


だがその光景を見ながらも奈落は全く動じる様子を見せない。それは村に恐らく結界が張られているであろうことを既に見抜いていたから。それは自分が退治屋と、犬夜叉と戦闘を行った後から張られていた物だろう。奈落はあの後も、自らの手下である最猛勝と呼ばれる虫を使って偵察を行おうとした。だが奈落はその村の様子を伺うことはできなかった。どうやら中の様子が見えないようにする結界を張っているらしい。またそれ以来奈落はまだ一度も犬夜叉たちの姿を見ていない。どうやら自分に見つからないように動いていたらしい。そのことに違和感を覚えたものの奈落はそれを深く考えず、自らの強化、四魂のカケラを集めることを最優先にこれまで動いてきた。そして既に自分の手にはあの時とは比べ物にならない大きさの四魂のカケラがある。恐らくは犬夜叉が持っていた物に匹敵するであろうもの。犬夜叉は四魂のカケラを使わない、いや、使えないようだが自分は違う。自分は四魂のカケラの力を思うがままに扱うことができる。それこそが自分の方が犬夜叉よりも優れている証。その証拠に自分の力、妖力はあの時とは比べ物にならない程上がった。その姿も大きく異なっている。体にはまるで鎧の様なものを身につけ、その風体もまさにそれを物語っている。それこそが新生奈落の姿。犬夜叉たちでは傷一つつけられないであろう程の力を自分は身に付けた。ならばこれ以上奴らを見逃しておく理由はない。何よりもあの日受けた屈辱を何倍にもして返してやらなければならない。


奈落はその喜びに打ち震えながらその手をかざす。その手から凄まじい妖力が、邪気が溢れだす。それはまるで蝕むように里の張られた結界を溶かしていく。下らぬ知恵を働かせたようだが所詮は人間。こんなもので自分を退けられると本気で思っていたらしい。そして結界にできた穴からまるで待ちかねたかのように妖怪の群れが里の中へと流れ込んでいく。


さあ始めよう。これがあの日の続き。今度こそ犬夜叉たちを、里の者たちを皆殺しにしてくれる。奈落がそう誓いながら自らも里の中へと侵入する。犬夜叉に関しては妖怪の群れでは殺すことはできない、何よりもそれは自分の手で成し遂げなければならない。そう考えてのもの。それは奈落にとって当たり前のこと。

だが奈落は気づいていない。それが自らの失態であることを。



「む……?」

知らず奈落はそんな声を漏らす。その視線の先には無人の里の姿があった。見える範囲には一人も村人の姿が無い。いや、人の気配が全く感じられない。いくら今が深夜だとしてもあり得ないであろう光景に奈落も妖怪の群れを戸惑うことしかできない。一体何故。奈落がどう動くべきか考え始めたその時



音が聞こえてくる。



それは足音。それが静かに、だが一歩一歩、確実に自分に近づいて来る。



奈落はそれをただ見つめることしかできない。いや、そうせざるを得ないような何かがその光景にはある。



一つの人影。それが次第に姿を現していく。夜の闇によって見えなかったその姿が月明かりによって照らされていく。そこには



自分を見据えながら静かに近づいてくる犬夜叉の姿があった。



奈落は気づかない。いや、気づこうとしない。今の犬夜叉が自分にとっての死神だということを。




「久しぶりだな……犬夜叉。どうやらお前だけの様だな。他の仲間たちはどうした? 尻尾を巻いて逃げてしまったのか?」


自らの宿敵である犬夜叉の姿に昂ぶり、興奮しながらも奈落はそう犬夜叉を挑発する。どうやら犬夜叉は自分を一人で迎え撃つつもりであるらしい。そのために恐らくは村人たちを避難させたらしい。だが甘い。自分一人でこの奈落と妖怪の群れを同時に相手ができるなどと本気で思っているのだから。だが余計な邪魔が入らないならそれは構わない。容赦なく地獄の苦しみを与えながら死を与えてやるだけ。そしてその後、あの退治屋たちにも同じ末路をくれてやる。


奈落はまだ気づかない。本当に甘かったのが誰なのかを。


「…………」


犬夜叉はそんな奈落を見ながらも身じろぎひとつせず、一言も発しようとはしない。ただ真っ直ぐに、静かにその眼で奈落を捉えている。あの時と変わらない、自分に対する同情と憐れみを含んだその視線。瞬間、奈落の顔が憎悪に染まる。それは奈落にとって最も許しがたいもの。あの時自分はその力の差から撤退せざるを得なかった。いや、違う。あの時はまだ自分は完全な体を手に入れていなかった。だが今は違う。ならばこの力を持ってその眼を、絶望と恐怖に染めてくれる―――――


「ここがお前の墓場だ……犬夜叉!」


号令と共に妖怪の群れ達がその矛先を一斉に犬夜叉へと向ける。獲物を捉えた妖怪たちはその圧倒的物量によって犬夜叉を圧殺せんと群がって行く。その光景を奈落は楽しそうに眺めているだけ。恐らく妖怪の群れだけでは犬夜叉を殺すことはできないだろうが消耗させることはできる。それを眺めた後、ゆっくりと息の根を止める。それが奈落の狙い。それは正しい。それは間違いなく成功しただろう。犬夜叉があの時と同じままだったなら。


犬夜叉は妖怪の軍勢を前にしながらも静かに自らの腰にある刀を抜く。それは唯の錆びた刀。その光景に奈落は戸惑いを隠せない。確かあの刀は以前も持っていた。だが何故そんなナマクラ刀を抜く必要があるのか。この状況に自棄を起こしたのか。しかし次の瞬間、その刀は大きくその姿を変える。


(何だ……あれは……?)


それは牙。まるで巨大な牙だった。まるで犬夜叉の身の丈ほどもあるのではないかと思えるような巨大な刀。しかしいくら武器を手にしたと言ってもこの状況が好転したわけではない。奈落はそう判断する。だがそれは間違い。犬夜叉がその刀を振り切ったその瞬間、


全ての音が消え去った――――――




「なっ………!?」


奈落は目の前の光景に言葉を失う。当たり前だ。自分の目の前の光景が現実なのだと誰が信じられる。夢だ。夢に決まっている。奈落は驚愕し戦慄する。その視線の先には一匹残らず消し飛ばされてしまった妖怪たちの無残な残骸がある。いや、残骸すら残っていない。文字通り全て消し飛んでしまっている。百を超えるであろう妖怪の群れがただの刀の一振りで。あり得ない。そんなことなどあり得ない。知らず体が、手が震える。それは恐怖。目の前の犬夜叉に対する。その存在に対する。


「貴様………!!」


それを押さえ込みながら奈落は咆哮する。それは本能。このままこの空気に、状況に飲まれてはいけない。そんな焦り。そしてそれを振り切るかのように奈落はその体から無数の触手を生み出し、一気に犬夜叉に向かってその力を振るわんとする。それは邪気を含んだ触手。例え犬夜叉といえど食らえばひとたまりもないほどの攻撃。だがそれは


「風の……傷っ!!」


鉄砕牙の一振りによって全て粉々に打ち砕かれる。まるで何もなかったかのようにその風が全てを薙ぎ払いながら奈落へと襲いかかる。その未知の力に奈落は恐怖する。いくら再生力をもつ自分でもこれをまともに受ければタダではすまない。奈落はその手にある四魂のカケラに力を込めながら新たな力を振るう。それは結界。新しい体と共に手に入れた絶対の防御。その盾を持って奈落は風の傷を文字通り受け止めた。瞬間、凄まじい衝撃が辺りを襲う。その衝撃によって無人の里の民家が吹き飛ばされていく。


「ぬううううっ!!」


奈落は自らの全霊を持って結界を張り続ける。自分を吹き飛ばそうとする風の傷を目の前にしながらも奈落はそれを受け流し続ける。だがその威力に絶対であるはずの自らの結界が悲鳴を上げ始める。だがそれを許すわけにはいかない。今の自分の力が、四魂のカケラを手にした自分が犬夜叉に劣ることなどあってはならない。


「無駄だっ!!」


咆哮と共に奈落の結界はさらに力を増し、ついに風の傷を防ぐことに成功する。だがその表情は苦悶に満ちている。確かに奴の攻撃を耐えることはできた。だがあれを何度も受けるわけにはいかない。なら次なる手を。奈落がその策略をめぐらせようとしたその瞬間、目の前に鉄砕牙を振りかぶった犬夜叉が現れる。それは奈落が風の傷を防いでいる間の隙を狙ったもの。その奇襲に驚愕しながらも奈落はその結界を持って鉄砕牙の一撃を受け止める。先程の攻撃ならいざ知らずこの程度の斬撃を防ぐことなど造作もない。奈落はそのままその隙を狙い、触手によって反撃をしようと試みる。だがその瞬間、未知の力が奈落を襲う。その感覚に奈落は目を見開くことしかできない。それは妖気。凄まじい妖気が犬夜叉から、いや鉄砕牙から放たれる。その光景に奈落は目を奪われる。そこには


その刀身が赤く染まった鉄砕牙の姿があった。


瞬間、奈落を守っていた結界が文字通り切り裂かれる。まるで何もなかったのだと言わんばかりに呆気なく、無造作に。その光景に奈落は恐怖する。絶対であるはずの自分の結界が破られた。いとも簡単に、一瞬で。


それが鉄砕牙の新しい力。結界破りの鉄砕牙の能力だった。


奈落はその事実に戦慄し、その胸中が恐怖に支配される。それは死。このままでは自分は間違いなく殺されてしまう。それほどの圧倒的な力を犬夜叉は持っている。このままではまずい。逃げなければ。この場は引くしかない。そしてまた身を潜め力を蓄えればいい。奈落はそう判断、いや逃避し、その場から上空へ飛び上がり逃げ出そうとする。だがその瞬間、奈落は村の結界の力によってそれを封じられてしまう。


「ば……馬鹿なっ……!?」


あり得ない事態に奈落は絶叫する。その結界は自分の力ならいとも簡単に破ることができたもの。だがそれを今の自分は突破することができない。その強度は先の比ではない。奈落は知らなかった。


この結界が『里を守るため』のものではなく『奈落を閉じ込めるため』のものであることを。


あり得ない事態の連続に奈落は狼狽し混乱することしかできない。だがそんな暇すら与えないとばかりに次なる脅威が奈落に迫る。それは轟音。まるで空気を切り裂くかのような轟音が自分に向かってくる。驚きながら振り返った先には自分に向かって疾走してくる飛来骨の姿がある。その光景に奈落は身動きを取ることができない。その視界の先に一人の少女、珊瑚の姿がある。一体どこにいたのか。この場には犬夜叉しかいないのではなかったのか。そんな疑問を抱きながらも飛来骨が襲いかかってくる。このタイミングではそれを避けることはできない。結界も破られ、すぐに張ることができない。ならそれを受けるしかない。だが自分には無限と言える再生力がある。四魂のカケラによってそれはさらに力を増している。この程度の攻撃の傷なら何の問題にもならない。だがその予想は脆くも砕け散る。


飛来骨の一撃が奈落の体を捉える。そしその瞬間、奈落の体がまるで砂の様に粉々に打ち砕かれていく。その力に奈落は戦慄する。


何だ。何だこの力は。まるで自分の体の邪気を巻き込むかのようにその力を撃ち砕いていく。こんな力が飛来骨にあるなど知らない。奈落は自分の想像を超えた事態に為す術を持たない。


それは生まれ変わった飛来骨の力。珊瑚の新しい力。その邪気を打ち砕くまさに奈落にとって天敵と言える力だった。


犬夜叉に加え、珊瑚の自分の予想を遥かの超える力によって奈落は追い詰められる。その体は飛来骨によって打ち砕かれ、満身創痍。だがまだだ。自分にはまだ四魂のカケラがある。これさえあればいくらでも力を得ることが、再生することができる。だがその隙をずっと狙っていた存在がいた。


奈落がその手にある四魂のカケラの力を振るわんとした瞬間、一本の鎖鎌がまるで狙っていたかのような速度を持ってその手を切り裂く。その狙いは正確無比。寸分の狂いもなくその手を切り裂く。それに今の奈落は対応できない。そしてその鎖鎌はその手にある四魂のカケラと共に奪われていく。その先には


鎖鎌を構えた退治屋、琥珀の姿があった。そこには恐れも迷いもない。それが一人の退治屋として成長した琥珀の力だった。


「小僧っ……!!」


その姿に奈落の顔が憤怒に染まる。犬夜叉や珊瑚ならいざ知らず、あんな小さな子供にすら出しぬかれてしまったという事実が奈落を激昂させる。奈落はそのまま凄まじい速度を持って四魂のカケラを取り戻さんと琥珀へと向かって行こうとする。だが



「どうした……四魂の玉がなけりゃ何もできねえのか?」


その前に鉄砕牙を担いだ犬夜叉が現れる。その眼光がこの先には一歩も行かせないと語っている。その後ろには飛来骨を構えた珊瑚の姿もある。その光景に、状況に奈落は絶望する。


相手を倒すことも、逃げることもできない。文字通り絶体絶命の状況。これまで感じたことのない感覚が奈落を包み込む。


何故だ。何故こんなことになっている。自分は力を手に入れた。四魂のカケラによって無敵に近い力を。なのに何故こんな奴らに、半妖に、人間どもによって追い詰められているのか。



それは慢心、油断。自らの力を過信した奈落の間違い。


犬夜叉たちの力を見誤ったツケ。


そして


他人を罠に、策略に陥れることはできても、自分がそれに嵌るとは考えもしなかった奈落自身への報い。


だが奈落はそれを認めるわけにはいかなかった。それを認めることだけはできない。それだけが今の奈落に残されたたった一つの誇りだった。



「なめるなあああああっ!!」


満身創痍の体をものともしない気迫と覚悟によって奈落は渾身の一撃を犬夜叉に向けて放つ。それはまるで犬夜叉への憎悪、いや桔梗への妄執が形になったかのような力。だがそれは少年が持つ鉄砕牙の力によって為すすべなく砕かれていく。その風の力が全てを無に帰していく。だがそれを前にしても奈落はあきらめようとはしない。



こんなところで、こんなところで死ぬわけにはいかない。何のためにここまで来た。何のために犬夜叉と桔梗を憎しみ合わせ四魂の玉を手に入れようとした。それは完全な妖怪になるため。ただそれだけのために自分は生きてきた。それをこんな奴らに、何よりも犬夜叉によって止められるなどあってはならない―――――


「犬夜叉――――――!!」


それは最後の力。残された全ての力を持って奈落は結界を張り、風の傷を受けとめる。いやそれだけではない。奈落はその結界の力をもってそれを跳ね返す。まさしく奈落の意地と言えるほどの力。野盗鬼蜘蛛の妄執。だが奈落は気づかない。自分が何故四魂の玉を求めていたのか。妖怪に体を明け渡してまで自分が何を望んでいたのか。その答えを。


その怨念ともいえる力が犬夜叉に向かって跳ね返ってくる。だがそれを前にしても犬夜叉は全く動じない。その眼はただ前を見据えている。


奈落。犬夜叉にとっての因縁の、仇ともいえる相手。自分にとってはその因縁はさしたる意味を持たない。だがそれでも今はここにいない犬夜叉の代わりにそれを断ち切らなければいけない。


今の奈落の姿。それはもう一つの犬夜叉の姿。同じ女性を愛した男の。だが決定的な違いがあった。同じ半妖でありながら人の心を持つことができたか否か。それこそが犬夜叉と奈落の小さな、そしてもっとも大きな違い。


自分は犬夜叉ではない。でもその想いを、誓いを受け継いでいる。この鉄砕牙と共に。だから俺はお前に負けるわけにはいかない――――――



「爆流破―――――――!!」



少年は自らの全ての力を持って奥義を放つ。それが鉄砕牙の真の力『爆流破』


その想いの力が奈落の怨念を、邪気を押し返していく。それを前にして最早奈落は身動きすらとることができない。ただその力に身を任せ、飲みこまれていくだけ。その体が砕け散っていく。無数の妖怪によって繋ぎとめられた自分の体が。まるで元々なかったかの如く無に還っていく。



分からない。何故自分が負けてしまったのか。自分が何故生まれてきたのか。何のために生まれてきたのか。



光が奈落の視界を覆い尽くしていく。その光が何なのか分からない。これがあの世と言うものなのか。そんなところに自分は行くことができるのか。その刹那、奈落はその光景を見る。




それは自分を看病するかつての桔梗の姿。




幻か、夢か。だが間違いなく自分はその光景を覚えている。何故この時にそれが見えたのか。





奈落は自らの本当の望みを知らぬままこの世から消え去った――――――



[25752] 珊瑚編 第十六話 「再会」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/14 03:32
人の気配が感じられない静かな森の中で一人の少年が何をするでもなく木の上に寝そべっている。それは犬夜叉。ここは退治屋の里から少し離れた森の中。かつてはここを寝床にしていたのだが今は珊瑚たちの屋敷に厄介になっている。その際に色々とあったのだがそれはまあいいだろう。犬夜叉はそのまま目を閉じたまま回想する。


それは奈落との決着。それから既に一週間以上が経とうとしていた。


奈落との戦い。それが避けられない物、そして遠からずやってくることは最初から分かり切っていた。当初は自分一人でそれに対抗しようと考えていたのだが様々な経緯があり、自分はこの退治屋の里で退治屋として働くことになった。それは必然的に退治屋の皆と共に奈落と闘うことを意味している。最初はそれを断ろうと思っていたのだがその強引さ、何よりその実力から手を貸してもらうことになった。ならばそれを活かさない手はない。特に戦闘経験、知識については自分とは比べ物にならない程のものをお頭はもちろん、退治屋たちは持っていた。その力を自分は貸してもらうことになる。


それは奈落への対策。


こちらから奈落を狙うことも考えたがその足取りをつかむことはできなかった。ならば奈落の方からこちらを狙ってくるのを迎え撃つ形しかないということ。そして少年は自分が知る限りの奈落の情報を退治屋たちに提示する。その力、性格、傾向。それを分析したうえで自分たちは奈落を倒す術を探っていく。退治屋たちはその情報をもとにそれを完成させた。それは数多の妖怪と戦ってきた退治屋の者達だからこそ生み出せたもの。それは大きく分けて三つの対策によって成り立っていた。


一つは奈落にこちらの四魂のカケラを渡さない、そしてできる限り四魂のカケラを自分たちが先に確保すること。

これは言うまでもなく奈落にこれ以上力をつけさせないためのもの。もっともこの点については既に少年が行っていたことでもあった。それは犬夜叉の記憶による経験。かつては桔梗がかごめから奪った四魂のカケラを奈落に渡し、その完成の時に滅しようとしていた。だがそれは大きなリスクを伴う。実際、それが行われる前に奈落はその力を大きく増し、手に負えない事態になることが何度か見られた。何よりもこの世界には桔梗はいない。どちらにせよこの策は成立しない。ならばできる限り四魂のカケラをこちらで確保する必要がある。自分たちは既に三分の一以上のカケラを手にしており、奈落が例え残り全てを手にしても記憶通りの強さにはならない。それだけでも意味がある。


二つ目がこちらの情報を奈落に与えないこと。つまりこちらの手の内を、強さを奈落に知られないようにする必要があった。

かつて記憶の中の犬夜叉たちはほぼ常に奈落にその居場所や状況を掴まれており、それが結果的に奈落に後れを取る大きな要因になっていた。特に自分たちの戦力を知られることは絶対にされてはいけないこと。奈落はその狡猾な性格から自分が相手を上回ったと判断した時にしか動こうとはしない。そして敵わないと判断すれば身を隠し、力を蓄えてしまう。ならば自分たちの力が奈落を上回っていることを気取られるわけにはいかない。そのために退治屋たちは里に結界を張ることにする、それは里の内部を見えないようにする結界。それを使えば奈落は自分たちの情報を得ることができなくなる。それに加え、犬夜叉たちが退治の依頼に赴く際にもそれを気づかれないよう里に新たに作った抜け穴によって行き来するようにした。依頼中も自分たちを見張っている最猛勝がいないかどうかも常に警戒してきた。

それにより自分たちはその力を奈落に知られることなく戦いを挑むことができた。特に鉄砕牙の存在を知られなかったのは大きい。加えて図らずも百鬼蝙蝠との戦いによって結界破りの能力も得ることもできた。これだけでも十分だったのだがもう一つ予想外のことがあった。それは飛来骨の強化。珊瑚は自分たちに告げないまま邪気を打ち砕く飛来骨を手に入れてきた。どうやら犬夜叉が鉄砕牙を手に入れ大きく力を上げたこと、そして足手まといになりたくないという想いからそれを成し遂げたらしい。それは奈落の邪気すら打ち砕くことができるまさに切り札となりうる力。これにより自分たちは間違いなく奈落を上回る力を得ることができた。


そして最後が奈落を逃がさない状況を作ること。

それこそが最も重要な要素。奈落は逃げる、いや生き残る力に特化している。その再生力、邪気からもそれは明らか。実際記憶の中でもそれにより何度も奈落を取り逃がしている。特にその中でも二回、奈落を倒せる大きなチャンスがあった。それは鉄砕牙の強化、赤い鉄砕牙と金剛槍破を手に入れた時。その時、犬夜叉は間違いなく奈落を上回る力を手に入れていた。だが結果的にそれを生かせず、奈落を取り逃がしてしまう。ならば絶対に奈落が逃げれない状況を作り出す必要がある。そのため退治屋たちはもう一つの結界を施すことにする。それは通常の結界とは異なり外よりも内側の方が強力な結界。里を守るためではなく、奈落を閉じ込めるための結界を。霊石と呼ばれる霊力を蓄えることができる石をお頭が取り寄せることでそれは完成された。


そして奈落がこちらの里を狙ってくること、その性格からとどめの際には間違いなく姿を現すであろうことから奈落自身が里に侵入してくることは確定的。


そして決め手になったのが前日の奈落の偵察。これまでも何度か最猛勝が里を偵察しに来たのを見張りの者が確認していたがその日はそれがいつもより明らかに多かった。そのことから襲撃のタイミングを見抜いたお頭の判断によって計画は実行された。里の者を地下に避難させること、奈落には犬夜叉と珊瑚、琥珀が迎え撃つこと、他の退治屋たちは万が一に備えて村人たちの護衛につくこと。それは決して少年一人ではできない作戦。退治屋と言う、いわば組織ともいえる力によって成し遂げられた計画。それによって少年は奈落を倒すことに成功したのだった―――――



少年は考える。これで自分の犬夜叉に関する因果、因縁についてはほぼ解決したと言ってもいい。犬夜叉には大きく三人の人物との因縁があった。


『奈落』

言うまでもなく犬夜叉にとって最も因縁の深く、同時に最も厄介な相手。だがそれは既に解決したのは言うまでもない。


『殺生丸』

これに関しては既に接触しており、また決着も付いている。もっとも一方的に襲われ、そのまま去って行っただけ。少年にとっては思い出したくもない屈辱の記憶。鉄砕牙が自分に使えないと知った以上もう会うこともないだろう。会ったところで殺し合いになるのは目に見えている。もっともその時には負ける気はさらさらないが。


『桔梗』

これに関しても問題はない。いや問題にすらならない。桔梗はこの世にはいないのだから。だがそれは幸運と言えるかもしれない。もし桔梗が蘇れば本物ではない自分は殺されてしまうかもしれない。何にせよ面倒なことになったのは間違いないだろう。


結果的とはいえそれらの問題は全て解決された。だが自分には後一つ、避けられない大きな因果がある。


それは四魂の玉の因果。


それによって自分はこの世に留まることができている。正確にはこの犬夜叉の体に。そしてそれは四魂の玉の完成とともに終わりを告げる。その消滅共に自分もこの世にはいられなくなる。そのまま死んでしまうのか、それとも元の体に戻るのかは分からない。だがこの世界にはいられなくなることには変わらない。そして恐らくはあと半年も時間は残されていないだろう。だがその前に自分は成し遂げなければいけないことがある。それは他人から見れば何の意味もないことかもしれない。だが自分はそのために強さを求めてきた。それは犬夜叉の因果も、四魂の玉の因果も関係ない自分自身の理由。


少年はそのままその手に鉄砕牙を握り続ける。そんな中



「やっぱりここにいたんだね、犬夜叉。」


そんな聞きなれた声が眼下から聞こえてくる。目向けたそこには食べ物を手に抱えた珊瑚の姿があった―――――



「犬夜叉、最近森にばっかりいるから父上が寂しがってたよ。」

「ふん、どうせからかう相手がいないから暇してるだけなんだろ。」


珊瑚の言葉にそう呆れながら犬夜叉は珊瑚が持ってきた食べ物を口に運んでいく。その光景を珊瑚はどこか楽しそうに眺めている。今二人は並んで木を背中にしながら座りこんでいる。どうやら珊瑚は既に食事を済ませているらしく犬夜叉一人が食べ続けている。だが二人の間には気まずさはない。どこか温かさすら感じる雰囲気があった。


珊瑚はふと気づく。そう言えば今の状況はまるで初めて犬夜叉と出会った時の様。もっともあの時は自分が持ってきた食べ物を口にしようとはしなかったが。だがその差がこれまで犬夜叉と共に暮らしてきた時間の為せることなのだと珊瑚は悟る。初めは何も知らず子供のようだった犬夜叉だが今は一人でも依頼をこなすことができるようになっている。まるで成長した弟を見ている気分だ。もちろんそれは琥珀にも言えることだが。


だが珊瑚には最近気にかかることがある。それは犬夜叉の姿。


奈落を倒してから犬夜叉は森の中で過ごす時間が増えていた。宿敵であった奈落を倒したことによる安堵と緊張感がなくなったことが理由だと思っていたがそれだけではないことに珊瑚は気づいていた。それは犬夜叉の雰囲気。どこか儚げな、ここではないどこかに想いを馳せているのではないかと思える表情を犬夜叉はよく見せるようになった。それ自体は何度か目にしたことがあるがその頻度が明らかに増えている。それはそう、まるで


「犬夜叉……もしかして、里を出ていこうと考えてるんじゃないか……?」


ここからいなくなってしまうのではないかと、そう感じてしまうほどに。


その言葉に犬夜叉の表情が驚愕に染まる。自分の考えていることを言い当てられてしまったが故の反応。すぐにそれを誤魔化そうとしたが既に時すでに遅し。もはや言い逃れはできないと悟った犬夜叉はそのまま無言のまま顔を俯かせる。その態度が珊瑚の問いに対する犬夜叉の答え。


奈落を倒すこと。それが自分が退治屋の仲間になった一番の理由。そしてそれは成し遂げられた。後は四魂の玉の問題だけ。奈落から手に入れたカケラは凄まじい邪気にまみれておりまともに触れると危険があるほど。だがそれは仕方のないこと。四魂のカケラを狙う妖怪は後を絶たないが奈落程の相手などそうそういるわけもなく何の問題もない。何よりも珊瑚たちは知らないが四魂の玉が完成し消滅することは既に決まっていること。例え自分たちが何もしなくともその時が来れば消滅してしまう。もっともだからと言ってカケラを妖怪に渡す気など毛頭ないが。


そして強くなること。それも自分は成し遂げることができた。鉄砕牙と言う武器が使えるようになったことで。もちろんそれだけで満足する気はない。今の強さではあの人に届かないことは誰よりも分かっている。ならば残された時間の中で力を磨くだけ。だがそれはここにいなくてもできること。そして何よりも


半年後には自分は消えてしまう。


それが少年が里を出ていこうと考えている理由。このまま里に残っても別れることは決まっていること。ならばそれが辛くなる前に出ていった方がいい。そんな想い。七宝はそのことを既に知っている。そして自分がいなくなった時の七宝のことだけが気がかりだった。しかしそれは解消された。この里なら妖怪である七宝も受け入れてくれる。半妖である自分を受け入れてくれたように。



「理由は……教えてくれないの……?」


どこか苦悶の表情を浮かべている犬夜叉を見つめながらも珊瑚は静かに尋ねる。その言葉には様々な意味が込められていた。犬夜叉が何か自分にいえないような複雑な事情を背負っていることは最初から分かっていた。どうやら七宝はそれを知っているようだが結局それを教えてはもらえなかった。それは犬夜叉が封印されていた村の巫女、楓も同じ。だが思わずにはいられない。

何故自分にはそれを教えてくれないのか。それほどの理由がそこにはあるのだろうか。珊瑚自身も疑問がある。

何故、まるで先のことが分かっているかのような行動を取ることがあるのか。

何故、五十年前四魂の玉を手に入れようとしたのか。

何故、封印が解かれたのか。


そして何よりも何故、初対面の自分を助けてくれたのか。


そんな今までの想いを込めた問いに少年は目を閉じることしかできない。そのまま二人の間に時間だけが流れていく。そして



「俺は………」


犬夜叉がそう何かを口にしようとした時、



「姉上、兄上、ここにいたんだね!」


そんな声が二人に掛けられる。驚きながら顔を上げた先にはどこか慌てている琥珀の姿があった。


「どうしたの、そんなに慌てて……?」


それまでの雰囲気を何とか悟られまいとしながら珊瑚は聞き返す。こんな森の中まで自分たちを探しに来るということは何か里にあったのだろうか。だが妖怪が出た時の様な雰囲気ではない。なら一体何なのか。


「今、里に巫女様と法師様が来られてるんです。何でも巫女様は四魂のカケラの邪気を浄化できるらしくて……」

「四魂のカケラの邪気を……?」


琥珀の言葉に珊瑚は驚きを隠せない。四魂のカケラの邪気は凄まじく、普通の巫女ではそれを浄化することはできない。事実、お頭が各地の巫女の浄化を頼みはしたものの成功したことは一度もない。話が真実ならそれはかなりの力を持った巫女ということ。何にせよ本当にそれができるなら願ったり叶ったり。こちらからお願いしたいぐらいだ。


「とにかく行ってみよう、犬夜叉も来るだろう?」

「………ああ。」


先程のやり取りが尾を引いているのか犬夜叉はどこか考えるような仕草を見せながらも後を着いてくる。とりあえずは先程の問いは後だ。今はその巫女に会いに行くことが先決。三人はそのまま急いで里へと戻って行く。




里に戻った珊瑚の視線の先は三人の人影がある。一人はお頭。どうやら里を訪ねてきた二人に事情を尋ねているらしい。珊瑚はそのまま訪れてきた二人に目を向ける。


一人は法師と思われる服装をした男性。年齢は二十歳前後だろうか。どこか飄々とした態度でお頭と話をしている。どうやらお頭とは気が合いそうな人物らしい。


そしてもう一人。そこには少女の姿がある。恐らくは彼女が話に聞いた巫女なのだろう。歳は恐らく自分と同じぐらいだろうか。だがその服装はどこか普通ではない。巫女だというのに巫女姿ではなく見たことのない妙な服を着ている。その手にはなにかよく分からない車輪が付いたものを握っている。一体に何に使うのだろうか。そんなことを考えながらも珊瑚がその姿を少し離れたところで見つめていると


少女の視線が自分に向けられている。自分もそれに気づき挨拶をしようとしたその瞬間、少女はまるで信じられない物を見たかのような驚愕の表情を見せる。


その姿に珊瑚は戸惑うしかない。何故そんな表情を少女が見せているのか分からない。だが珊瑚は気づく。その視線が自分を捉えていないことに。その視線は自分の隣にいる犬夜叉に向けられていた。そのことに気づき、珊瑚は隣にいる犬夜叉へと目を向ける。そこには


少女と同じように驚愕の表情を見せている犬夜叉の姿があった。


「どうしたの……?」


珊瑚が思わず犬夜叉に問いかける。その驚き方は尋常ではない。まるであり得ない物を見たかのような、そんな表情。犬夜叉は珊瑚の言葉も届いていないのかそのまま立ちつくすことしかできない。そして



「犬夜叉………?」


少女がその名を口にする。その言葉には何か言葉に言い表せないような感情が、想いが込められている。自分には理解できない状況に珊瑚はそのまま二人の姿を見比べることしかできない。



それが犬夜叉と日暮かごめの半年ぶりの再会だった―――――



[25752] 珊瑚編 第十七話 「追憶」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/16 02:39
分からない。


何もかもが。


今、自分がどこにいるのか。今、自分がどうなっているのか。そして何よりも自分が誰なのか。



感覚が無い。自分の体の感覚が。手も足も、指先すら動かすことができない。だが視界だけは何故かまだ生きている。それが捉える。それは自身の体。自分のものではない借り物の体。


なんだ。そうか。感覚が無くて当たり前だ。倒れ伏している顔の近くに真っ赤な血が流れてくる。体中の傷から流れ出てきた血が。


それが今の自分の姿。そして最期の姿。


心も体も摩耗しきっている死の淵にある自分自身の。


その傍らには一つの光のカケラがある。淡い光を放っている宝石のカケラ。


次第に意識が遠のいていく。その脳裏に記憶が蘇って行く。今になって思う。あれがきっと走馬灯と呼ばれる物だったのだろう―――――






目が覚めた時、自分は自分ではなくなっていた。そんなあり得ない事態がこの身に降りかかってきた。だがそれだけならまだ良かった。それが人間であったなら。


『半妖』


人間と妖怪の間に生まれた存在。犬夜叉。それが今の自分の姿。そしてその封印を解いたのが日暮かごめという少女だった。


中学三年生、十五歳の少女。だが少女の様子もどこかおかしかった。まるで何かの戸惑っているかのように。その理由を自分はすぐ知ることになる。


『戦国時代』


今、自分がいる世界が過去の世界であることを認めざるを得なかった。当たり前だ。どんなに否定しても目の前にある光景が真実を、事実を何よりも表している。自分とかごめという少女が恐らくはタイムスリップをしてしまったということを。


加えて様々な事態が自分を襲ってくる。


自分が誰だか分からない。

おぼろげな経歴は覚えている。年齢や一般的な知識はある。だがそれ以外についてはすべて失ってしまっているかのように思い出すことができない。記憶か途切れてしまっているかのように。


代わりにこの体、犬夜叉の記憶が蘇ってくる。それはこれから起きる、起きるはずであった記憶。四魂の玉を巡る争い。その中ではかごめも深くかかわっている。かごめがここにいるのもそれに関係しているのではないかと、そう思わずにはいられなかった。


『日暮かごめ』

気の強そうな女。それが一番しっくりくる表現だろう。この状況においても取り乱すことなくいられることからもそれが伺える。村の巫女である楓によってかけられた言霊の念珠で何度も沈められるだけは納得できないが。だが今になって思う。それでもかごめという存在がいてくれたことは自分にとっては救いだったのだと。差異はあれど自分と同じ現代からやってきた少女。自分と同じ境遇の人間がいてくれたことが自分が自分を失わないでいられた理由だったと。


だがそれは終わりを告げる。


それは骨喰いの井戸。


それを通れれば現代に戻れることを自分は思い出す。あの後のことは良く覚えていない。ただこの世界から帰ることができる。その嬉しさで満ちていた。自分の体が半妖のままだったことなど気にも留めていなかった。ただ帰ることができる。その喜びだけだった。だがそれはすぐに絶望に変わる。自分だけが井戸を通ることができない。その絶望によって。


どうして、どうして、どうして―――――


何で通れないのか。記憶の中では間違いなく犬夜叉は井戸を行き来していたのに。それなのに。かごめは通ることができているのに。何で。何で。何で。どうして自分だけ。そんな黒い感情が溢れてくる。そしてそれを自分はかごめにぶつけてしまう。


それは八つ当たり、嫉妬。分かってる。かごめが悪くないことは。自分の行為がどんなにみっともない物か。だがそれでも自分はそれを抑えることができなかった。



そしてかごめはそのまま井戸の向こうから帰ってくることはなかった。



当たり前だ。かごめにとってもこの世界は危険が満ちている非日常。そして何度も行き来できる保証はどこにもない。それでも一度自分のことを気に掛けて戻ってきてくれただけでも感謝するべきだった。だがこの時の自分はそんな単純なことにすら気づくことができなかった。


それから一人きりの生活が始まる。だがそれはまさしく地獄だった。村人たちの自分に対する差別、迫害が襲いかかってくる。謂れのない、ただ人間ではないと、それだけの理由で。次第に村にいることが辛くなり、森で暮らすことが多くなった。楓は自分のことを気に掛けてくれていたようだがそれでもそれを止めることはできなかったようだ。


だがそんな扱いを受けながらも自分はこの村に留まっていた。それは他に行くあてがなかったこともあったがそれ以上に一つの大きな理由があった。


『もしかしたかごめが戻ってきてくれるのではないか』


そんな都合のいい、淡い期待。そんなことがあり得ないことは分かっている。他でもない自分自身のせいでかごめは帰ってしまったのだから。だがそれでもそれを考えずにはいられなかった。だがその時が訪れることはなかった。


そして一人の妖怪が現れる。それは逆髪の結羅と呼ばれる妖怪。見えない髪の毛を武器として使う手強い妖怪。自分は村を守るためにそれと闘った。逃げても良かった。自分が村を助ける義理など無い。でも、それでもここで逃げれば何か大切なものを失くしてしまう。そんな予感が自分を突き動かす。だが自分は手も足も出すことができない、赤子同然だった。そしてその刃によって貫かれる。その瞬間、自分は死んだ。いや、死ぬことができればどれだけ良かったか。


意識を取り戻した時には全てが終わっていた。血に濡れた自分の両手。破壊しつくされた村。傷ついた村人たち。彼らの怒りと恐怖の視線。この瞬間、自分は全てを失った―――――



それから村を離れた自分はただその日その日を生きることしか頭にはなかった。人里に下りることもできない。だが森の中での生き方など分からない。ただ手探りでも、やって行くしかなった。だがそんな中、ある存在が現れる。


『殺生丸』


犬夜叉の異母兄弟。その存在を自分は完全に失念してしまっていた。いや、違う。そんなことを考えるほどの余裕すらなかった。


『鉄砕牙』


それが殺生丸の狙いだった。話し合いも、言い訳をする暇もなく自分は完膚なきまでに敗北する。それに、その力に抗う術など無い。だが自分は命を奪われることはなかった。りんという少女のおかげで。何故少女が今殺生丸と共にいるのかは分からない。だが自分はそのおかげで助かった。だがそのことに喜びはなかった。もしかしたらこの頃には自分は既に壊れかけていたのかもしれない。


黒真珠を使い犬夜叉の父の墓を訪れた。殺生丸はその結界によって鉄砕牙を抜けないことを悟るとその場をすぐに去って行った。自分もそれを抜くことはできなかった。いや、そんなことは分かり切っていた。この刀は誰かを守りたいという強い想いがなければ扱えない刀。それを自分が抜くことなどできるはずもなかった。だが人間であるりんがそれをあっさりと抜いてしまう。それは人間であるりんだからこそできたこと。りんはそれを自分に渡した後、少し考えるような表情を見せながらも殺生丸の後を追って行った。そしてこの手には鉄砕牙が残された。唯の錆びた刀。それでも妖怪化を抑えるためだけに自分はそれを捨てることもできなかった。



そこからの記憶は曖昧だ。ただ生きる。それだけの毎日。だがそれは最後のよりどころだった。このまま死ぬわけにはいかない。何故自分がこんな目に会っているのか。自分がこの世界に来た意味、自分が誰なのかも分からないまま死にたくない。だがそれすらも、そんな願いすらもこの世界は自分には許してはくれなかった。


『四魂のカケラ』


それを自分は偶然手に入れる。いや、それは偶然ではなかった。自分は感じたことのない気配を感じ、それに導かれるようにこのカケラを見つけた。そしてそのカケラを手にした瞬間


自分は『全て』を理解した、知ってしまった。


自分が犬夜叉の体に憑依した理由、自分の正体、そして自分が消えてしまう運命を。



「あ………」


なんだ。そうか。要するに自分は文字通り『犬夜叉の代わり』であったらしい。ただそれだけ。それだけのために自分はここにいるらしい。



「あ……あ……」


そんなことのために自分はこんな目に、地獄にいるらしい。こんな狂った世界に。たった一人、孤独の中で。その中で死に、消えていくことが自分の定められた運命だった。



「あ……ああ………あああああああああああああっ!!」




この瞬間、少年の心は砕け散った。


絶叫し、慟哭することしかできなかった。


憎い、憎い、憎い―――――


全てが、自分をこんな目に会わせた全てが。四魂の玉が。犬夜叉が。人間が。何よりもなにもできない自分自身が。無力な自分自身が。


少年はそのまま自らの首に掛けられている言霊の念珠に手を掛け、それを引きちぎろうとする。それは自分にとっての運命の象徴。決して逃れることのできない、変えることができない呪われた運命の。


少年は自分の全ての力を持ってそれを引きちぎろうとする。それができればきっとこんな狂った運命を変えられると、そう信じるかのように。その手がその力に耐えきれず深紅に染まって行く。その鮮血が両手を真っ赤に染めていく。それでも少年は絶叫しながら首飾りを引きちぎろうとあがき続ける。だがそれは為し遂げられることはなかった。まるでその運命を変えることができないと、そう告げるかのように―――――





ふと、目を覚ます。


どうやらまだ生きていたらしい。こんな体でも生き汚さだけはあるらしい。だがもうすぐそれも終わる。


無数の傷。四魂のカケラを狙って来た妖怪たちによって受けた傷。どうやら最後の最期まで自分は四魂の玉に弄ばれる運命にあったらしい。


唯一残っていた視覚も失われていく。そんな中、その視界が歪んでいく。まるで涙を流した時の様に。だがそれは涙ではなかった。それは雨。それが次第に自分の体を包み込んでいく。


そうだ。涙など流れるはずがない。そんなもの、とうの昔に枯れ果ててしまったのだから。


体の感覚が無いはずなのにその雨の冷たさが伝えてくる。これが自分の最期なのだと。森の中、一人野たれ死ぬ、ある意味道化である自分に相応しい最期かもしれない。


だがもういい。もう疲れた。これでやっと解放される。この狂った世界から、運命から―――――





瞬間、音が聞こえてくる。


聞こえてくるはずのない音が。


それは足音。


それが自分近づいてくる。


薄れゆく意識の、刹那の間にその姿を見る。


刀を腰に差し、鎧を身に付けた見たことのない男の姿。


少年はそれを見つめながらも意識を失って行く。





それが少年と瑪瑙丸の出会いだった―――――――



[25752] 珊瑚編 第十八話 「強さ」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/16 22:47
今になって思う、あの日が、あの出会いが自分の人生を大きく変えたのだと。


ふと、目を覚ました。瞬間、その明るさによって目が霞む。だがすぐに辺りの景色が見えてくる。どうやら自分は森の中にいるらしい。どうしてこんなところに。だがその瞬間、激痛が襲いかかる。その痛みによって一瞬、意識を失いかけるも何とかそれを耐える。目を向けたそこには満身創痍の自分の体がある。同時に思い出す。自分が何故こんな状態になっていたのか。だが分からない。その体には応急処置の様な物がされている。自分はこんな処置はしていない。あの時自分は死を覚悟していた。いや、死を望んでいた。そしてそれは間違いなく訪れようとしていたはず。それなのに。混乱し、どうしたらいいのか途方に暮れていた少年に向かって


「目が覚めたか。」


そんな聞いたことのない男の声が聞こえてくる。少年は驚きながらもその姿に目を向ける。それは見たことのない男の姿。青い髪に額には触角の様な物が生えている。それだけで目の前の男が妖怪であるのは間違いない。見た目は二十代後半と言ったところだろうか。もっとも妖怪にとって外見など何の当てにもならないのだが。そしてその佇まい、纏っている空気。その姿はまさに武人という言葉でしか表わせられない。初めてあったにも拘らず少年は目の前の男が戦う者であると直感した。そして少年は気づく。目の前の男が自分を助け、手当てをしてくれたのだということを。


だが分からない。どうして目の前の男は見ず知らずの自分を助けるような真似をしたのか。そんなことをする必要も理由も全くないはず。犬夜叉の記憶の中にも目の前の男のことはまったくない。何のつながりもないはず。だとすれば四魂のカケラだろうか。そう考えるのが妥当だろう。それ以外に考えられない。だがそれでも疑問は残る。カケラを手に入れるだけなら自分を助ける必要もない。少年はボロボロの体を庇いながらもただ目の前の男を見つめることしかできない。そんな少年の胸中を悟ったのか


「お前に聞きたいことがある……」


目の前の男はそう静かに問いただしてくる。その言葉に何故か知らず息を飲んだ。それだけの何かがその言葉にはある。その視線は真っ直ぐ自分を射抜いている。だが不思議と恐怖はなかった。その眼光には邪なもの、悪意の様な物が全く感じられない。そしてその視線が自分から違うものに向けられる。それは


「その刀と着物……どこで手に入れた……?」


自分が持つ、鉄砕牙と火鼠の衣に向けられていた。それが瑪瑙丸が自分に向けた初めての言葉だった。



『瑪瑙丸』


それが男の名前。何でも当てもなく日本中を旅しているらしい。その理由も至極単純なもの。強いものと闘いたい。そんなまさしく武人そのものと言っても過言ではない理由。普通なら一笑に付されるような理由。だが不思議と納得してしまった。それだけの雰囲気と例えの様のない何かを自分は瑪瑙丸に感じたから。


そしてその道中に倒れている自分を見つけたらしい。そして鉄砕牙と火鼠の衣を身に纏っている自分に興味を示したらしい。どうやら瑪瑙丸は鉄砕牙と火鼠の衣の力を見抜いたようだ。一目でそれを見抜いたことだけでもその異常さが伺える。そしてすぐに気づく。恐らくは瑪瑙丸はそれを奪うことを目的にしているのだと。それだけの力が鉄砕牙と火鼠の衣にはある。もっとも鉄砕牙は妖怪には扱えない代物なのだが。本当なら逃げるべきだったのだろう。だがそんな気はなかった。いや、そんな気さえ起きなかった。自暴自棄、全てに疲れてしまっていたのがその理由。また生き延びてしまった。やっと解放されると思ったのに。それすら自分は許されないのか。もういい。後はどうにでもなってしまえ。少年はそのまま語り始める。自らの事情を。


それはきっと荒唐無稽な戯言、妄言。そうとられてもおかしくない物。だが少年はそれをただ黙々と話し続ける。ただ、事実だけを淡々と。きっとこの時の自分は心が死んでしまっていたのだろう。そう見えてもおかしくない程の無様な姿をさらしていたに違いない。だがその話を目の前の男、瑪瑙丸はただじっと聞き続けている。何を言うでもなく、ただ静かに。この時、瑪瑙丸が何を考えていたかなど今の自分には分かるはずもなかった。


そして次第に自分はその感情を、憎しみを口にし始める。自らの運命、半妖である体への嫌悪。その時の自分はきっと見るに堪えない醜態をさらしていたに違いない。だがそれを止めることはできなかった。ただ聞いてほしかった。自分の想いを、そして理解してほしかった自分の苦しみを。初対面であるはずの瑪瑙丸に向かって自分はその苦悩を吐き出し続ける。四魂の玉のせいで、半妖の体のせいで自分はこんな目に会っているのだと。まるで子供の様に自身の心を吐露する。だが


「違うな。」


それは瑪瑙丸のそんな言葉によって否定される。今まで一言も発しなかった瑪瑙丸がしゃべったこと、何よりもその言葉に驚きを隠せない。違う?何が違うと言うのか。何も間違ってなどいない。何も知らないからそんなことが言えるんだ。結局誰も自分の気持ちなど理解してはくれないと、そう少年が悟りかけた時、



「四魂の玉も、半妖も関係ない……お前が『弱い』のが悪いんだ。」


瑪瑙丸の言葉によってそれは止められる。その言葉に目を見開くことしかできない。知らず体が震えている。まるで今まで自分が遠ざけていた、向き合いたくない現実が、真実がそこにはあった。


そうだ。自分の『弱さ』それこそが全ての原因。それを自分はずっと認めたくなくて、誰かのせいにしたくて、ずっと、ずっと逃げていた。強さがあれば、誰にも負けない強さがあればきっとこんなことにはならなかった。村人たちに差別されることも、結羅や殺生丸に負けることも、ただ何もできずに死を待つこともなかった。でもどうすればいい。どうすれば強くなれる。それが分からない。せっかく答えが、自分が探し続けていた答えが見つかったかもしれないのに。そんな思考の迷路に迷い込み始めたその時、新たな存在が二人の間に割って入る。それは森に住んでいる妖怪たち。自分が殺されかけた四魂のカケラを狙う者たちだった。その姿に思わず自分は後ずさりしてしまう。それは本能。つい先刻自分が殺されかけた相手たちが目の前にいることによるもの。だがそれが何よりの証明。自分が弱いことの。そして瑪瑙丸の言葉が真実であることの。だがそんな中、瑪瑙丸がゆっくりとその場を立ち上がる。同時にその腰にある刀を抜き放つ。その刀に少年は目を奪われる。


それは錆びた刀。そう、まるで鉄砕牙の様な。瞬間、それが大きく姿を変える。まるで瑪瑙丸の戦う意志に反応するかのように。それはまるで巨大な牙。それはまさに黒い鉄砕牙と言っても過言ではない程、鉄砕牙に酷似していた。

『竜骨刀』

それがその刀の名であることを自分は後に知ることとなる。それを振り切った瞬間、全てが終わった。それは一瞬、だがそれだけで十分だった。その後にはまるで一体が消し飛んでしまったかのような光景が広がっているだけ。それが竜骨刀の、いや瑪瑙丸の『強さ』だった。その光景に、力に自分は目を奪われていた、いや心を奪われていた。魅せられていったと言った方がいいかもしれない。自分にもあれば、自分にもこんな強さがあれば、そんな子供が親に憧れるような、そんな感情。だがそれは決してそんな甘いものではなかった。渇望。そう言ってもおかしくない程の凄まじい感情が自分の中に生まれて来るのを感じる。それはまるで自分が失くしてしまった生きる力を取り戻していくかのよう。それから自分がどうしたのかはよく覚えていない。それほどの衝撃だった。唯一つ確かなこと。


『瑪瑙丸の様に強くなりたい』


この瞬間、それが自分にとってのこの世界での生きる意味になったということ。



『好きにしろ』

それが自分が付いていきたいと言った時の瑪瑙丸の答え。拍子抜けしてしまったことは覚えている。当たり前だ。いくら助けてくれたと言っても赤の他人である自分を連れて行ってくれることなどあり得ない。最悪無理やりにでも付いていくつもりだったのだからその答えには驚くしかなかった。それからは瑪瑙丸とともに当てもなく旅を続ける日々、そして修行の毎日だった。それはまさに地獄と言ってもおかしくない程の修行。瑪瑙丸は一切の容赦なく自分を鍛えてくる。間合いの取り方、力の使い方、駆け引き。そのすべてをまるで叩きこむかのように自分に教えてくる。だがそれが自分は嬉しかった。強くなること。それが修行を行っている理由。だがそれ以上に自分に対等に向かい合ってくれる瑪瑙丸がいることがただ純粋に嬉しかった。その中で自分は戦いの心構えを教えられる。


油断と慢心。それこそが最大の敵なのだと。それはある意味で自分自身が最大の敵だということ。例え格下の相手であっても、一切の容赦なく一撃でそれを葬り去る。それこそが戦い、命のやり取り。戦いを楽しむことができるのはそれができるようになってからだと。それを心に刻みながらただひたすらに強さを求めた。その成長が自分自身でも分かる。それは犬夜叉の記憶の力。それが呼び起こされたことが影響している。だがそれでも構わない。それで少しでも瑪瑙丸の強さに近づけるのなら何だってかまわない。何よりも自分の戦い方は記憶の中の犬夜叉とは大きく異なる。それは自分が犬夜叉ではない何よりの証明だった。


だが分からない。何故瑪瑙丸は自分を鍛えてくれるのか。例え鉄砕牙と火鼠を持っていたとしても自分は半妖の戦いに関しては素人。そんな自分をどうして。だがそれに瑪瑙丸は答えてくれはしなかった。瑪瑙丸は寡黙な妖怪だった。必要なこと以外は自分からは話そうとはしない。こちらから話題を振れば応えてくれるのでそれほど苦ではなかったが。そして自分は瑪瑙丸のことを呼び捨てにしている。最初は戸惑ったのだがじきにそれにも慣れていった。その中で聞いたことがある。強くなりたいなら四魂のカケラを使えばいいのではないかと。それはごく当たり前の少年の疑問。四魂のカケラを使えば妖怪は妖力を高めることができる。それを求めて妖怪たちは血眼になってそれを探している。ならばそれを使えばいいのではないかと。だが瑪瑙丸は


『そんなもので強くなっても意味はない』


そう断じるだけだった。だがそれが瑪瑙丸と言う妖怪を何よりも表している。自身で身に付けた力だからこそ意味がある。誇りと自信。ある意味で奈落とは対極にある考え。自分もこうありたいと思った。それはまるで父に憧れる子供。いや事実それに近い感情を少年は瑪瑙丸に抱いていた。もし自分に父がいればこんな風だったのだろうかと、そんなことを考えてしまうほどに。


だがそんな瑪瑙丸が一度だけ笑ったのを見たことがある。それはある日の修行の後。他愛ない雑談の時。もっとも雑談と言っても自分が一方的に話しかけているだけなのだが。その中で自分は尋ねた。どうして瑪瑙丸は強くなりたいのかと。


『御館様のために』


それが瑪瑙丸の答えだった。どうやら御館様とは瑪瑙丸が従っている妖怪らしい。その事実に少年は驚きを隠せない。当たり前だ。瑪瑙丸の強さは本物だ。間違いなく殺生丸を超える強さを瑪瑙丸は持っている。そんな瑪瑙丸が従わなければいけない存在など想像もできない。そしてその理由も単純そのもの。自分がその妖怪に敗北したから。唯それだけの理由で瑪瑙丸はその妖怪に忠誠を誓っているらしい。そのことが自分には納得できなかった。何故そんなことをしているのかと。逃げているだけなのではないかと。もっと強くなってそれを超えればいいのではないかと。その言葉に瑪瑙丸は驚愕の表情を見せる。それは初めて見る瑪瑙丸の表情だった。そしてしばらく間の後瑪瑙丸は突然せきを切ったかのように笑い始めてしまう。それは止まることなく続く。瑪瑙丸自身も自分が笑いを止められないことに驚いているかのようだった。そして


『いや……すまなかった……俺にそんな口を利くやつには久しくいなかったからな……確かにお前の言う通り、俺はそこであきらめた負け犬だ』


そんな言葉を口にする。だがその内容とは裏腹にその顔はどこか楽しげでもあった。この時の自分には分からなかった。何故瑪瑙丸がそんな姿を見せているのか。




そしてその時が訪れる。


それは別れの時。


どちらから言い出したわけでもない。だがそれでもそれは唐突に訪れた。不思議と驚きはなかった。きっとこうなるだろうと、そう思っていたから。


自分は瑪瑙丸によってその戦い方の全てを教え込まれた。もう前までの自分ではない。何もできずにただ泣くことしかできなかったあの頃とは。だがそれでも寂しさがある。それは短い間とはいえ共にいてくれた存在への感情。それをこんなところで見せるわけにはいかない。そんな情けない姿を最後に見せるわけにはいかない。少年は気丈を振るまいながら去って行こうとする瑪瑙丸を真っ直ぐに見据えている。表情からはその感情を読み取ることはできない。二人の男が互いを見据え、見つめ合う。そして瑪瑙丸はそのまま腰にある竜骨刀を抜き放つ。その光景に少年は驚くも身動きを取ることはできない。それを見ながらも瑪瑙丸を一切の容赦なくその刀を少年に向かって振り下ろした―――――




「…………え?」


そんな声が自分の口から洩れる。だがそれすら意識の中にはなかった。その視線はある一点に注がれている。それは自らの首。その首飾り。決して外すことができなかった言霊の念珠。だがそれがない。いや、違う。それは文字通り斬り裂かれてしまっていた。瑪瑙丸の刀によって。その残骸が地面に散らばっている。まるで自分を縛り付けていた物が無くなってしまったのように。


瑪瑙丸はそのまま踵を返し、その場を離れていく。まるで自分の役目は終わったと。そう告げるかのように。その姿に少年は目を奪われるも何も言うことができない。何を言えばいい。何を自分を口にすればいい。だがこのまま行かせてはいけない。自分は自らの気持ちを伝えなければ。だがそれが出てこない。少年があきらめかけたその瞬間



「その刀が使えるようになったら俺の前に来い……『犬夜叉』」



瑪瑙丸は背中を向けたままそう言い残し、その場を去って行く。瞬間、少年の目に涙が流れる。それは歓喜の涙。少年はこの世界に来て、初めて自分の名前を呼んでもらえたと、そう確信する。同時に決意する。強くなる。もっと強くなる。そして目の前の人、瑪瑙丸を超えて見せる。



それが自分が生きる意味。四魂の玉も、犬夜叉も関係ない。俺の、俺だけの戦う理由。



少年は強さを追い求め続ける。この日の誓いを、約束を守るために。



強さの意味を。その答えを得るために。




珊瑚と出会うその時まで―――――



[25752] 桔梗編 第一話 「鬼」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/20 20:50
日が傾き、一日の終わりを告げようとしている。その夕日が全てを照らしている。真っ赤な、まるで血の様な色が全てを染め上げていく。森から一斉に鳥たちが鳴き声を上げながら飛び去って行く。その声はまるで何かの不吉を孕んでいるかのよう。いつもと変わらない、ずっと暮らしてきたはずの村の光景。なのに何故こんなにも違って見えるのか。分かっている、そんな理由はとうの昔に分かっている。これは他でもない、今の自分の心境を表しているのだから。

村の中を一人の老女が歩いている。その姿は巫女装束、そして隻眼。それがこの村の巫女である楓の姿。楓はそのまま村の中を通りながらどこかに向かって行く。そんな楓の姿に村の者たちは気づくも誰も声をかけることはない。いや、声をかけることなどできるはずもなかった。

どこか疲れ切った、憔悴しているかのような姿。確かに楓は高齢ではあるがそれでも健康であり、その姿が村が平和であることの証でもあった。だがかつての楓の姿はそこにはない。深い悲しみを、哀愁を感じさせるかのような雰囲気をもちながら楓はただその場所へ向かって行く。全ての始まりであり、そして全ての終わりであるその場所へ。


そこは村から少し離れた場所。森に近い場所。楓は老体に鞭を打ちながらその場所へと辿り着く。それはあの日からの心労によるもの。それは楓の体に負担を掛けるには十分すぎるほどの物。だがそれでも自分はここにこなければならなかった。たったひとり残った家族を迎えに行くために。


そこには一人の人影がある。小さな子供の様なその姿。だがそれは人間ではない。尻尾が生えているその姿はまさしく妖怪の物。子狐の様な少年。


「七宝……またここにおったのか……」


子狐妖怪、七宝がそこにいた。だが七宝は楓の言葉に何の反応も示さず、ただずっとある物を見つめ続けている。楓も同じようにその視線を向ける。小さな石がそこにはあった。だがそれがただの石ではないのは明らか。

それは墓石。一人の少女の墓標。自分たちにかけがえのない、そして七宝にとってはもう一人の母といっても過言ではなかった少女の墓。

七宝は俯いたままその墓石の前で佇んでいるだけ。その表情を伺うことはできない。だがその小さな背中がその心境を何よりも表していた。楓は何を言うでもなくその姿を見つめることしかできない。掛ける言葉など持たない。そんなものはとうの昔に失くしてしまったのだから。

だがその眼が捉える。それは花。墓石の前にまだ真新しいであろう花が供えられている。その花はこの辺りは見ないようなもの。一体誰が。だがすぐに悟る。それを誰が供えたのかを。

「楓……おら、おら悔しいんじゃ………」

七宝は震えるような、絞り出すような声で呟く。嗚咽を漏らしながら、涙を流しながら。自らの無力さを、後悔を。

「何もできん……子供のおらが………」

あの日、何もできなかった自分。自分を見守ってくれた、一緒にいてくれた二人を失ってしまったあの日。もう帰ってはこない、あの日々。全てを失ってしまった、全てが変わってしまった。まるで時間があの時から止まってしまったかのように。


楓はそんな七宝の姿を見ながらも、ただ深く目を閉じることしかできない。その心は七宝と同じだった。数えきれない程の後悔をこれまでの人生でしてきた。だがそれでも自分はここまで生きてきた。それを乗り越えて、受け入れて。だが今度は、今度ばかりはそれもできないかもしれない。自分はまだいい。もうそう長くない人生。それならまだ耐えられる。

だが目の前の少年は、七宝は違う。きっとそれに生涯苛まれるはず。父を失い、それでも新たな出会いによって救われたはずなのに、また七宝はそれを失ってしまった。


楓は赤く染まった空を見上げながら想いを馳せる。どうしてこんなことになってしまったのか。何が間違っていたのか。どうすればよかったのか。その脳裏に二人の姿が浮かぶ。


今はもうここにはいない一人の少年。そして


(まだこの世を彷徨われているのですか……お姉さま………)


自らの姉である、桔梗の姿を―――――




温かな風が木々を揺らし、小鳥たちが囀っている森の中の小さな村。そこに一人の女性がいた。だがその姿から女性が巫女であることが分かる。巫女は静かにその場にある薬草を手に取って行く。そこには全く淀みが無い、まるで自然体そのもの。黒い長髪をたなびかせながら、どこか優雅さすら感じさせる光景。それはまさしく美女。もし男がその場にいれば間違いなく見とれてしまうだろう。

「桔梗様! みて、こんなにとれたよ!」

そんな中小さな少女が嬉しそうに走りながら巫女に、桔梗に向かって近づいてくる。その手には薬草が握られている。少女は桔梗と共に薬草を取る手伝いをしにやってきていたのだった。もっともその理由は桔梗と一緒にいたかったからだったのだが。

「そうか、ありがとう、小夜。」
「うん、桔梗様、また花の名前を教えて!」

桔梗はそんな小夜に微笑みながら答える。その姿に少女、小夜は恥ずかしそうに笑みを浮かべながらも桔梗に次々に質問を、お願いをしていく。それはまるで姉に付き添っている妹のよう。桔梗もそんな小夜の事を優しく見守りながら一緒に過ごしている。それがここ最近の小夜の日常だった。


桔梗がこの村にやってきたのはつい最近のこと。どうやら偉い巫女様だったらしい。桔梗は村の傷ついた人々、病気の人々を看病し、たちまち村の人気者となった。巫女としての力も凄まじく、村にやってきた妖怪もあっという間に追い払ってしまった。村人たちはそんな桔梗に感謝し、以来桔梗はこの村に滞在している。村人たちも桔梗が来てからは村が穏やかに、平和になったことから感謝しているようだ。特に村の子供たちからは慕われており、桔梗の周りにはいつも子供の姿が見えるほど。誰にでも優しく、遊んでくれる桔梗は子供たちにとってもかけがえのない存在だった。小夜もそんな中の一人。だが今日はいつもとは少し違っていた。珍しく今日は自分しか桔梗の傍にはいない。今まではないこと。桔梗を独り占めできているという嬉しさと優越感から小夜はいつも以上にはしゃいでしまっているようだ。だがそれを分かっているかのように桔梗は優しくあやすように小夜と戯れている。

小夜はそんな桔梗との交流を楽しみながらも子供心ながらに気づいていた。桔梗が時々、どこか遠くを見るような、寂しげな目をしていることがあることを。儚げな、いつかいなくなってしまうのではないか、そんな風に思ってしまうような姿。

「ねー桔梗様。」
「うん?」

そんな不安を振り切るように小夜は桔梗のその手を取りながら近づいていく。まるでこの手を離さないと、ずっと一緒にいてほしいと、そう伝えるかのように。

「明日も草や花のこと教えてね?」

小夜はどこか不安感じさせまいとしながらもそう桔梗に告げる。それは約束。きっと明日も変わらずにあるであろう日常。でもそれをせずにはいられなかった。だが

「……桔梗様?」
「………」

桔梗はそんな小夜の言葉を聞きながらもどこか心ここに非ずと言った風な姿を見せている。どこか儚さを、悲しさを感じさせるもの。だがそれすらも美しいと感じてしまうほどの何かが桔梗にはあった。しばらくその姿に見とれてしまっていた小夜だが

「ねえ……どこにも行かないよね……?」

静かに、それでもどこか不安を隠しきれない様子で桔梗に尋ねる。まるで母に縋る子供のように、どこにも行かないでほしいと。そんな小夜の姿に気づいた桔梗はすぐに雰囲気を変えながらしゃがみ込み、小夜と視線を合わせる。

「小夜……小夜は私が好きか?」
「うんっ大好き!」

小夜は桔梗の言葉にすぐさま答える。そんなことは当たり前だと、そう宣言するかのように。桔梗は小夜の迷いない言葉に微笑みながらも

「ありがとう……私も小夜が妹みたいに可愛いよ。」

そう小夜に自らの想いを伝える。それは嘘偽りない本音。自分に就いて回ってくるその姿、自分に全幅の信頼を抱いているその姿に桔梗はかつての楓を重ねていた。自分にとってはついこの間に思えるような日々。だがそれから既に五十年以上が経っている。再会した楓の姿からそれは間違いない真実。そしてこの体、死者の墓土によってできた紛い物の体。まるでこの世にあるべきではない自分への戒め、呪縛。本当なら自分はこの子たちとは関わりになるべきではないのだろう。死者でしかない、亡霊の自分には。

「えへへ~っ本当!?」
「ああ。」

だが小夜は桔梗の言葉が嬉しかったのか顔を赤くしながら照れてしまう。桔梗はそんな小夜の姿に心を洗われるような感覚を覚えながらもその手を取りながら村に戻って行く。その温かさを感じながらもう少し、この子たちと一緒にいてやれたなら。だがそんな小さな望みは一瞬にして打ち砕かれる。


「妖怪だっ!! 妖怪が出たぞ―――!!」


望まれぬ者が村に現れたことによって。その言葉と共に村に緊張が走る。男たちは武器を手に持ちながら、女たちは子供たちを連れながら家の中に避難していく。まるで先程までの穏やかな、平和な時間が嘘であったかのような光景に小夜は言葉を失う。だがそれを振り払うかのように小夜はその手に力を込める。自分の隣にいる桔梗の手を握る手に。しかし桔梗はそれに何の反応も示さない。いつもなら自分を安心させるように声を掛けてくれるのに。

「桔梗様……?」

小夜はゆっくりとその顔を上げる。だがそこには自分が知る桔梗はいなかった。先程までのどこか儚げな姿、いやそれ以上の感情を感じさせるその表情。一体それが何を意味しているのか小夜に知る術はない。ただひとつ分かること。それは


「見つけたぜ………桔梗………」


それは間違いなく目の前の妖怪のせいなのだということ。


銀の髪に金の瞳。赤い着物と刀を身に付け、犬の耳が頭にある。間違いなく人間ではない存在。


だがその姿に、雰囲気に小夜は恐怖する。その空気、そしてまるで死んだ魚の様な目。まるで生気を感じさせないような、見たことのないような姿。その発した言葉からは憎しみが、恨みが溢れている。怨嗟、呪いともいうべきものがそこには込められていた。


だがそれを前にしながらも桔梗はただ、真っ直ぐにその少年に向かい合う。



それが今の犬夜叉の、いや少年の『復讐鬼』と化してしまった姿だった―――――



[25752] 桔梗編 第二話 「契約」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/20 23:29
静まり返った村の中で二人はお互いを見つめ合う。いや、少年、犬夜叉はその瞳で巫女である桔梗を睨みつけていた。その眼光には視線で人を殺せるのではないかと思えるほどの殺気が込められている。その光景に小夜はもちろん、武器を構えている村人たちも誰ひとりその場から動くことができない。だがそんな犬夜叉を前にしながらも桔梗は怯えることもなく、ただその視線を返しているだけ。その表情から感情を読み取ることはできない。何人にも犯せない世界が二人の間には存在していた。

「またお前か………」

そんな中、静かに呟くように桔梗が告げる。感情を感じさせない声で、まるで感情を見せまいとしているかのような声で。その言葉と共に犬夜叉の空気が変わって行く。その殺気が、妖気が膨れ上がって行く。まるで爆弾が今にも爆発するのではないかと思えるような前兆。

「言ったはずだぜ……絶対に逃がさねえってな……」

その爪に力を込めながら犬夜叉は地に響くような声で答える。それはまるで獲物を前にした獣その物。絶対に逃がさないと、どこまででも追っていき、必ずその息の根を止める。そう誓うように。それを見ながら桔梗は一度目を深く閉じた後

「私は逃げてなどいない……逃げているのはお前の方だろう……」

その言葉を口にした。それは犬夜叉にとっては絶対に許すことができない、認めることができない言葉。瞬間、弾けるように犬夜叉は動き出す。その爪で桔梗を引き裂くために。その動き、速さはまさに獣そのもの。目にも止まらない速度で犬夜叉は一瞬で桔梗の目の前まで距離を詰める。その光景に小夜も、村人たちも声を上げる暇すらない。今まで見てきた、出会ったどんな妖怪とも比べ物にならない実力が目の前の妖怪にはあると悟るものの、桔梗が襲われるのを防ぐことができない。小夜はその光景に悲鳴を上げるが

桔梗はそれをまるで見抜いていたかのような最小限の動きで躱す。

空を切った爪の威力で地面に大きな爪痕が残るも桔梗にはかすり傷一つ負わすことができていない。自分の爪が難なく躱されてしまったことで犬夜叉は体勢を崩すもののすぐに立て直しながら再び桔梗へと襲いかかって行く。だが何度続けてもその爪は桔梗を捉えることができない。

それは桔梗の経験によるもの。巫女として数多くの、そしてかつて犬夜叉と何度も戦ったことがある桔梗だからこそ。加えて今の犬夜叉は怒りに、憎悪に身をゆだねたままただがむしゃらに向かってきているだけ。ならばその動きも至極読みやすい。

「ちっ……!!」

そのことに気づいた犬夜叉は一旦、大きく距離を取った後、熱くなってしまっていた頭を冷やす。そう、今自分が戦っている相手は、殺そうとしている相手はただの巫女ではない。数多の妖怪から四魂の玉を守ってきた巫女、桔梗。かつての犬夜叉も一度も勝つことができなかった程の相手。

その事実が犬夜叉に冷静さを取り戻させる。確かに桔梗は凄まじい巫女の力を持っている。だが半妖である自分は身体能力という点においては大きく勝っている。ならばそれを持って向かって行くのみ。

犬夜叉は再びその速度を持って桔梗へと飛びかかって行く。だがそれを許さないとばかりに桔梗はその手に矢を持ち、弓を構える。その光景に犬夜叉は息を飲む。弓の名手。桔梗はかつてそう呼ばれるほどの弓の腕の持ち主。それこそが桔梗の真骨頂。その弓によって何度も自分は敗れている。そう、あの時も。そのせいで、そのせいで俺は―――――


「ああああああっ!!」

咆哮と共に犬夜叉は躊躇いなく桔梗へと迫る。桔梗はそれを見ながらも表情を変えることなくその矢を、破魔の矢を放つ。それは巫女が持つ霊力、浄化の力を込めた矢。邪悪なもの、妖怪に対しては天敵ともいえる力を持つ矢。ましてや桔梗の矢には並みの妖怪なら触れるだけで消滅してしまうほどの力がある。

だが犬夜叉はそれに怯むことなく向かって行く。まるでもう二度と同じ間違いは犯さないと、そう誓うように。その矢がまさに犬夜叉を貫かんとした時、それは紙一重のところで躱される。その光景に今まで全く変わらなかった桔梗の表情に一瞬、驚きが浮かぶ。それは犬夜叉の目と反射神経によるもの。今までの戦いの中で、殺生丸との修行の中で身に付けたもの。そう、かつてかごめを守るために身に付けたもの。なのに、それなのに―――――


「はあっ!!」

そんな想いを振り切るかのように犬夜叉は爪を振り切る。だがその姿は先の弓の余波で傷ついてしまっている。確かに避けた筈なのに余波だけで火鼠の衣は破け、体中に傷が生まれている。だがそんなことは承知の上。全てはこの時のため。

自分の、かごめの仇である桔梗を殺すために。その憎悪の爪がついに桔梗に届くかに思われたその瞬間、犬夜叉は見えない力によってその場から弾き飛ばされてしまう。

「がっ……!?」

何が起こったのか分からないまま犬夜叉は遥か後方まで吹き飛ばされてしまう。何故。自分は間違いなく桔梗の隙を突いたはず。矢を躱し、次の矢を放つ隙を与えないタイミングを狙ったはず。なのに何故。だが犬夜叉はすぐに気づく。それは桔梗の霊力、破魔の力であることに。桔梗は弓で応戦が間に合わないと瞬時に判断し、その手に霊力を集中させ犬夜叉を弾き飛ばしたのだった。それは言うならば見えない壁によって阻まれてしまったようなもの。だがそれだけではない。その力によって犬夜叉の全身はまるで火傷を負ってしまったかのような姿になってしまっている。それは破魔の力。巫女、桔梗の力だった。その力の前に犬夜叉は為す術がない。いや、そんなことは分かっていた。もう既に何度も、数えきれない程その力の前に敗れてきたのだから。


「あああああっ!!」

叫びと共に犬夜叉は傷ついた自分の体の血に妖力を込めながら桔梗に向かって放つ。それは飛刃血爪と呼ばれる犬夜叉の飛び道具。だがそれは桔梗の霊力によって為すすべなく防がれてしまう。だが犬夜叉はそれを見ながらもただがむしゃらにその血を、爪を振るい続ける。その光景に村人たちは戦慄する。

まるで狂人のようなその姿。妖怪だからではない、そのありように、姿に村人たちは本能から恐怖する。だがそんな中で唯一人、桔梗だけは恐れも、怯えも見せぬまま、その弓を構える。そして静かにその破魔の矢を放つ。まるで狂っている、狂うことしかできない犬夜叉を止めるかのように。

その矢が、避けることのできない矢が犬夜叉の左肩を射抜く。その衝撃と威力によって犬夜叉は叫びを上げることもできぬままその場にうずくまる。だがその矢による傷によって犬夜叉は左腕を動かすことができない。普通の矢なら射抜かれた程度は何の問題にもならない。だが破魔の矢なら話は別だ。そのダメージは凄まじく、回復にも時間がかかる。もはや勝敗は決した。だが犬夜叉は全く怯むことなくその眼で、視線で桔梗を射抜いている。桔梗はそんな犬夜叉の姿を見ながらも何かを口にしようとする。

だがそれをまるで振り切るかのように犬夜叉は残った右の爪を振るい、地面を切り裂く。その衝撃と威力によって辺りは煙に包まれてしまう。そしてそれが収まった先には、大きな爪痕が地面に残っているだけだった―――――



「桔梗様、大丈夫っ!?」

戦いが終わったことを悟った小夜が慌てながら桔梗へと近づいていく。見ている限りは怪我はなさそうだったが大丈夫だろうか。あの相手が普通ではなかったことは子供の自分でも分かった。でもやっぱり桔梗様はすごい。あんな妖怪相手でも一歩も引けを取らないのだから。

だが妖怪を追い払ったはずなのに桔梗様の表情には安堵や喜びがみられない。いや、むしろその表情には先程以上の儚さが寂しさがある。何でそんな顔をしているのか小夜には、村人たちには分からない。


「……すまない、心配をかけた。早く家に帰ろう。」


そんな小夜達の姿を見ながらも桔梗は弓をしまいながら歩き始める。いつもと変わらないその背中を見せながら。


そしてその夜、桔梗は小夜たちの前から姿を消した―――――




「ハアッ……ハアッ……!!」


動かない左腕を、傷だらけの体を引きずりながら少年は森の中を進み続ける。まるで何かから逃げるかのように。桔梗からではなく、他の何かから逃げるかのように。だがついに力尽き、その場に倒れ込んでしまう。いくら力を入れても立ち上がることすらできない。地べたに這いつくばるようなその姿。いや、これが今の自分に相応しい姿なのかもしれない。少年は朦朧とした意識の中で思い出す。自分にとっての、自分たちの運命が変わってしまったあの日。

桔梗が蘇り、そしてかごめが命を落としたあの日。

犯してはいけない過ちを、罪を犯してしまった日。

そう、分かっていた。桔梗を殺さなければかごめが死んでしまうことを。だが自分は桔梗を殺すことが、この手に掛けることができなかった。

犬夜叉の記憶のせいではなく、自分自身が、人を殺すことを躊躇ってしまった。相手は死者、この世にいてはいけない存在だったのに。それは自分の弱さ。我が身可愛さによるもの。

その結果を、結末を変えることができたかもしれないのに。

少年はその手をかざす。覚えている。あの温もりを。自分に生きる意味をくれた、一緒にいてくれた少女の温もりを。

覚えている。自分の腕の中で冷たくなっていく少女の姿を。


それからはただ桔梗を殺すために追い続ける日々の始まりだった。

それはまるで五十年前、四魂の玉を狙っていたかつての犬夜叉のよう。だが違うところがあるとすれば自分は犬夜叉とは違い、本気で桔梗を殺しにかかっているということ。

正々堂々などど綺麗事はいっていられない。寝込みを、その隙を自分は躊躇いなく狙い続けてきた。だがその全てが通用しなかった。自分は決して弱いわけではない。確かにこの世界に来た当初はそうだったが師匠に、殺生丸に鍛えてもらった自分は強くなれたはず。だがそれさえも通用しない。傷一つ負わせることもなく、ただ返り討ちにあい、見逃されるだけ。

いっそ殺された方が楽になる、あきらめがつく。だが桔梗は決して自分にとどめを刺そうとはしない。まるでかつての犬夜叉にそうしたように。その事実にただ打ちのめされるだけ。まるで自分にはとどめを刺す価値もないと、そう告げられているかのように。

知らず自分の心が死んでいくのが分かる。憎しみに、悲しみに囚われていくうちに自分がなくなって行っているのが分かる。いや、自分なんてものは最初からなかった。自分が誰かすら分からないのだから。でもそれでもよかった。

ただかごめがいてくれれば。かごめがいてくれればこんな世界でも生きていけると、そう思っていたのに―――――

その眼が捉える。それは刀、かつて自分が誓いと共に手に入れた力。鉄砕牙。だがそれを使うことはもうできなくなってしまった。あの日から鉄砕牙は一度も自分に力を貸してくれはしない。当たり前だ。鉄砕牙は誰かを守りたいという心がなければ扱えない刀。今の自分にそれが扱えるはずがない。ただ復讐のために、憎悪によって動いている自分には。


『かごめを守りたい』


かつての自分はその誓いを持って鉄砕牙を手に入れた。だがそれを自分は守ることができなかった。そのために強くなったのに、それなのに一番大切なものを守ることができなかった。

分かっている。分かっていた。それが桔梗のせいではないということは。これはそう、全て自分の弱さのせい。妖怪化に飲まれてしまった時から何一つ変わっていない自分の心の弱さ。今、自分が鉄砕牙を持っているのもただ妖怪化を抑えるためだけ。かごめを悲しませたあの姿をもう二度とさらしたくなかったから。だがそれももう何の意味もない。かごめはもうこの世にはいないのだから。


少年は無造作にそれをその場に投げ捨てる。決して失くしてはいけないはずの物を。まるでかつての誓いを、自分を捨てるかのように。


もう何も自分には残ってはいない。守りたいものも、誓いも、何もかも。


心が、体が摩耗していく。絶望が、闇が少年を飲みこんでいく。どうしようもない、覆せない自らの運命を呪うかのように。十四歳の少年の心は既に限界を超えていた。そして、それが少年の前に現れる。


何もかも失ってしまった少年にたったひとつ残ったもの。


それは宝石のカケラ。かつて四魂の玉であったもの。元の大きさの三分の一ほどの大きさを持つ四魂のカケラ。それが今、少年の手の中にある。


それはかごめとともに集めていたもの。それを集めるために自分たちは旅をしていた。だが四魂の玉などどうでもよかった。ただかごめといられることが俺の全てだった。なのに今の俺に残ったのはこんなものだけ。願いをかなえるという呪われた宝玉、そのなれの果て。


だがそれを使ってもかごめを蘇らすことはできない。その魂は全て桔梗の元にあるのだから。


だからもういい。全てを失くしたい。この体も、いやこの心を。かつて誰かが言っていた言葉を思い出す。

四魂の玉は力を与える代わりにその心を奪うのだと。

それはきっと命よりも大切なもの。だがそれすらどうでもいい。いや、この心がなくなればこの苦しみから、地獄から解放される。


少年はその手に力を込める。同時に淡い光がカケラから放たれ始める。


『強さが欲しい』


それが少年の願い。かつての犬夜叉と同じ願い。だが決定的に違うことがあった。それは少年の望んだ強さは自分自身の心を失くし、この世界から逃げ出すための強さだったから。


それは契約。絶対に結んではいけない悪魔との契約。


それが今、ここに成立した。


この瞬間、世界は闇に包まれた――――――



[25752] 桔梗編 第三話 「堕落」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/22 22:33
薄暗い雲が空を覆い尽くしている下、森の中を進んでいる集団がある。だがそれは普通の集団ではなかった。皆、その手や肩に武器を持ち、どこか剣呑な雰囲気を放ちながら進軍していく。戦装束を着た者、法衣を着た者、その出で立ちも様々。だがそのすべてに共通していること、それは彼らが皆、妖怪と戦うことを生業としているということだった。

その中でもさらに異彩を放っている人物がいる。それは少女。恐らく十五、六歳程だろうか。物々しい集団の中に会って唯一の紅一点。しかしその装束、そして肩に担いでいる巨大な武器からその少女が妖怪退治屋であることが分かる。それが妖怪退治屋、珊瑚。里の中でも一番の手練である退治屋だった。

珊瑚は全く疲れを見せることなく森の中を進みながらも周りの者たちに目を向ける。自分たちと同じように退治屋を生業としている者、法力を使うのであろう坊主、法師。そして自分の前には退治屋の頭である父と、仲間たちの姿がある。仲間たちだけならいざ知らず、こんな大人数、生業も違う者たちが一同に介し、同じ目的のために動くことなど珊瑚はもちろん、その父、頭ですら初めてだった。

ある妖怪の討伐。

それが今回、珊瑚たちに依頼された任務。それ自体は珍しいことではない。だがその物々しさは異常だった。本来なら妖怪退治といっても里の手練が全員出てくることなどあり得ない。だが依頼主は一切の迷いもなく、それを要請してきた。いや、そうでなければならないと懇願してくるほど。それだけではない。自分たち以外の退治屋や、それに近い生業をしている者たちをこれだけ集めているのだから。だがそれには理由があった。それは最近、一つの国が滅ぼされたから。しかもそれはたった一匹の妖怪によって。それが今回の退治を依頼されている妖怪。

珊瑚はもちろん、この中に入る誰ひとりそれを真に受けてはいなかった。確かに国が滅びたのは間違いない事実らしい。だがそれをたった一匹の妖怪で行えるはずがない。妖怪によって滅ぼされたことが事実だとしてもそれは妖怪の大群によるものであることは間違いない。噂に尾ひれが付き、そんなことになってしまっているのだろう。しかし、今までの中でも一番大きな仕事になるのは間違いない。珊瑚はそれまでの思考を断ち切り、その手にある飛来骨に力を込める。余計なことは考えなくていい。ただ自分は退治屋としての本分を全うするのみ。そんな中


「いや、これは驚きました。まさかこんな所におなごがおられるとは。」

そんなどこか緊張感のない、陽気な声が自分に掛けられる。一体誰がこんな場違いな発言をしてきているのか。訝しみながら振り返った先には法衣を身にまとい、錫杖を手に持った若い法師の姿があった。恐らく二十歳前後だろうか。だがその姿と発言はとても法師とは思えないようなもの。

「……何? 女が居ちゃいけないっての?」

「いえ、逆ですよ。こんな中にあなたのような美しいおなごに出会えたことが嬉しいのです。」

ぶっきらぼうに、軽蔑のまなざしを向けているにも関わらず目の前の男は気にした風もなくしゃべり続けている。どうやら元からこういう性格らしい。それが法師、弥勒の姿。不良法師と呼ばれる所以だった。

「どうですか、この仕事が終わればどこかでお話でも……」

「……構わないけど、その前に妖怪にやられないように気をつけるんだね……」

呆れながらもそう伝えると弥勒は嬉しそうにはしゃいでいる。恐らくはこの場の雰囲気を変えるためにそういう発言をしたのだと受け取り、珊瑚もそれに乗った形。だが半分以上弥勒は本気だったのだが。

そんなやりとりをしながらも一団は森を超え、目指すべき場所へと辿り着く。一団の中に緊張が走る。それは武者震い。これから起こるであろう戦いに向けて己を奮い立たせる行為。例え百を超える妖怪の軍勢が相手であっても引けを取らない戦力が自分たちにはある。

だが彼らはまだ知らなかった。これから起こるものは戦いなどではなく、ただの虐殺、殺慄であることを。



地獄


それ以外にそれを表す言葉はない。もし地獄というものがあるとするならば、それは間違いなく目の前の光景を指すのだろう。


燃え盛る炎、その業火が村を、森を焼き尽くしていく。村であったものは既に形が無い瓦礫の山、荒廃した大地。


人。

人が、人であった者たちが辺りに散らばっている。それが人であったのかどうかすら定かではない。男なのか、女なのか。大人なのか子供なのか。なぜならそれらはただ一つも元の形を保ってはいなかったのだから。しかしそれが間違いなく人だと示すものがある。


それは血。まだ乾いていない深紅の色が、滴りが、匂いが辺りを覆い尽くしている。その光景に誰ひとり言葉を発することはできない。嘔吐する者、その場に倒れ込んでしまう者すらいる。だがそれを咎めることなど誰もできはしない。それほどの光景が、地獄がそこにはあったから。


だが珊瑚たちは気づく。虐殺されたのが人間だけではないことに。その残骸が妖怪も同じように葬られていることを示している。だが分からない。何故妖怪までそんなことになっているのか。共倒れになったのだろうか。いや、違う。この状況はそうではない。退治屋たちは、法師たちは悟っていた。これは人間の仕業でも、妖怪の仕業でもない。これは――――――



彼らの瞳が捉える。一人の青年を、妖怪を。


崩壊した世界の中で、唯一人その場に立ち尽くしている存在。


銀の長髪に金の瞳。そして犬の耳の様なものが頭にある。それはその青年が人間ではない証。外見は恐らくは二十歳程だろうか。その頬には痣の様な物がある。


その姿に知らず息を飲む。まるで一枚の絵画の様な雰囲気がそこにはあった。触れてはいけない、いや触れるべきではない物がそこにはある。


だがその存在が、妖怪がこの事態の原因であることは間違いない。それはその着物。赤い着物。だがその着物が元から赤かったのかすら分からない程、それは返り血に染まっていた。その長い爪を持つ手はその血によって真っ赤に、そして乾いている部分は既に黒ずんでいる。それが全てを物語っていた。しかしそれだけなら歴戦の退治屋達、法師たちはここまで驚愕することはない。その本当の理由。


それは眼。妖怪の眼、表情。そこには何もない。


感情も、意志も、光も。虚無。ただここではないどこかを見つめているかのようなその瞳。その光景に彼らは恐怖する。まるで死者の様なその姿。この世の不吉を全て孕んでいるのではないかと思えるような、そうまるで死神の様な、死の気配がそこにはあった。


だがそれを前にしながらも彼らは妖怪を取り囲み、戦闘態勢に入る。まるでそれらを振り払うかのように。だが全く勝算が無かったわけではない。それは数。いくら強力な力を持っていようともその数の差は圧倒的。加えて自分たちは妖怪を退治することを生業としている。その自負、そしてこの地獄をこれ以上広げるわけにはいかないという決意が彼らを突き動かしていた。珊瑚もそれに続くように戦闘態勢に入る。しかしそれを前にしても妖怪は身じろぎひとつせず、その虚ろな瞳を珊瑚たちに向けているだけ。そこには殺気も、妖気もない。


今まさに戦闘がはじまらんとしている中、弥勒だけはそれに加わることなくその妖怪をただ見つめ続けている。それは戦いに加わることを恐れてのことではない。それは妖気。自分はそれをここに来てから全く感じていない。だが殺気はまだしも、妖気を感じないということがあり得るだろうか。相手は間違いなくこれほどの惨状を生み出すほどの妖怪のはず。なのに何故。だが瞬間、弥勒は悟り、戦慄する。自分は妖気を感じていなかったのではない。それは


目の前の妖怪は自分では感じ取れない程の妖気を、力を持っていたということ。



瞬間、全てが消え去った―――――――






「…………え?」


知らずそんな声を上げていた。珊瑚は一瞬飛んでいた意識を取り戻しながらその光景を見る。そこには何もなかった。あるのは巨大な爪痕だけ。まるで地面を引き裂いたような破壊の痕。だがそこには確かにいた筈だ。そう、父が、仲間たちが。でもいない。誰ひとりいない。ついさっきまでそこにいた筈なのに。おかしい。そんなはずはない。どこにいってしまったんだろう。定まらない思考の中、その手が触れる。そこには――――があった。


「いやあああああっ!!」


珊瑚は理解する。全てを。父たちの行方を、そして自らの運命を。ただ悲鳴を、叫びを上げることしかできなかった。だがそれすらできなくなる。

「―――――――」

自分を見つめている妖怪。それに魅入られてしまったから。その瞳は先程と何も変わっていない。たった一振り、たった爪の一振りで父たちの命を奪い去った、刈り取ったにも関わらずそこには何の感情もみられない。幽鬼のように、死者のようにただそこにあるだけ。

珊瑚は悟る。目の前の妖怪にとって自分たちは何でもないのだと。そう、まるで道端に落ちている石ころ。眼に止めることもない、そんな存在なのだと。そんな絶望と恐怖が珊瑚を包みかけたその瞬間、


「早くこの場から離れなさいっ!!」


叫びと共に珊瑚を庇うように弥勒がその手にある札を放つ。それは弥勒が持ち得る霊力を込めた札。その力は法師の中でも上位に当たるもの。だがそれは妖怪に触れることなく消滅してしまう。その光景に弥勒は声を上げることすらできない。相手は何の動きも見せていない。その爪で斬り裂いたわけでも、振り払ったわけでもない。それはつまり、相手が無意識に放っている妖気すら自分の札は破ることができなかったということ。


弥勒は知らなかった。それが大妖怪の力。人間では決して超えることができない壁。それが眼の前に立ち塞がっていた。だがまだだ。まだあきらめるわけにはいかない。今の自分には自分だけではない、後ろにいる少女の命も背負っているのだから。その決意と同時に妖怪の爪がわずかに動く。それは先程と同じ。全てを切り裂く爪が振るわれる前兆。それを許すわけにはいかない。


「風穴っ!!」


それよりも早くその右腕の封印が解かれ、その力が解き放たれる。風穴。奈落によって与えられた呪い。全てを飲みこむ力。それを弥勒は己の命を代償に解き放つ。


その力が全てを飲みこんでいく。まるでブラックホールのように。その力に抗う術はない。破壊しつくされた村が、葬られた人間が、妖怪たちがその戻ることができない穴へと落ちていく。弥勒は左腕でそれを支えながら目の前の妖怪を吸いこまんと迫る。次第にその距離が縮まって行く。いくらどんなに強い妖怪でもこの力には通用しない。例え毒や瘴気を放ってきたとしても、例えこの命が尽きることになろうとも風穴を閉じることはない。その覚悟をもって弥勒は命を燃やし続ける。


その力がついに届くかに思われたその時、妖怪が動く。それは何かを振り切るかのような動き。そう、まるで刀を振り切るような――――――


弥勒はその光景に目を奪われる。そこには斬り落とされた腕がある。先程まであったはずの自らの右腕が。まるで刀に斬られてしまったかのように。


それは弥勒が望んでいたこと。風穴。その呪いから解放からされたことを意味していた。


例えそれが刹那であったとしても。


瞬間、弥勒はこの世から姿をなくす。制御を失った右腕、風穴の力に飲み込まれる。それが弥勒の最期。風穴に飲み込まれるという父と同じ運命だった―――――――



「あああああああっ!!」


絶叫と共に珊瑚はその手に飛来骨を持ちながら妖怪へと向かって行く。もはや恐怖も、絶望もない。その心にはたった一つの想いしかない。


生きたい


ただそれだけ。まだ自分はここで死ぬわけにはいかない。そうだ。ここで死ぬわけにはいかない。自分が死んでしまえば、死んでしまえばあの子が一人になってしまう。それだけは、それだけは絶対に―――――――



珊瑚が最後に見た光景。それはたった一人の弟。



そして切り裂かれた飛来骨と自分に迫る爪だった―――――――






それは時間にすれば三分にも満たない時間。その間に青年は、いや少年は全ての敵を葬り去った。息一つ切らさず、かすり傷一つ負わず。


それが今の犬夜叉の、少年の力。


四魂のカケラによって得た力。本来なら長い年月と鍛錬の末に辿り着くはずの姿と力。


大妖怪。かつての犬夜叉の父に匹敵する力。


少年が少年である証、意味である『心』を代償に得た力。


その絶望と、世界への憎しみの具現。



少年は歩きだす。ゆっくりと、目指す場所もなく、ただ前へと。だが、その足が止まる。それはこれまでの少年には見られなかった反応。それは感じ取ったから。その存在を。


森の中から現れる。静かに、それでも圧倒的存在感を持って。


腰を超える銀の長髪、鎧と二本の刀を携えた青年。まるで今の少年の姿と瓜二つの姿。


だが決定的に違うもの。それはその眼。その眼光は鋭さを、冷たさを備えている。


殺生丸。


今、逃れることができない犬夜叉と殺生丸の運命が交差しようとしていた――――――



[25752] 桔梗編 第四話 「死闘」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/24 13:19
生きた者が誰ひとりいない地獄の中で二人の男が向かい合っている。だが遠目からみればそれはまるで鏡合わせのよう。その髪も、姿も、背丈も。だが二人の間には決定的に違うものがあった。それは意志。それが犬夜叉と殺生丸の決定的な違い、そして致命的な差だった。

犬夜叉は目の前に現れた殺生丸を前にしても表情一つ変えることはない。その瞳には確かにその姿が映っているはず。だがそれを前にしても虚ろなその瞳、心は変わることはない。ただ目の前に現れる者、生きている者を葬り去る存在。それが今の犬夜叉。少年が望んだ、歪んだ強さの形。

殺生丸はそんな犬夜叉を見据えながらもいつもの表情を変えることはない。どこか冷たさを、冷酷さすら感じさせる視線。余人が見ればその変化を見分けることはできないだろう。だが今、殺生丸は憤りを感じていた。その姿に、光景に。


「やはり貴様だったか……犬夜叉……」

変わり果てた犬夜叉の姿。自分が知る姿とはかけ離れたその姿。だが分かる。その臭いは間違いなく犬夜叉の物。どんな手段を使ったのか知らないが恐らくは強制的に成長したのだろう。その妖気、そして以前は持ち得なかった邪気を纏っている。自分がここにやってきたのはその力を、臭いを感じたから。だがそれは以前、犬夜叉が妖怪化をした際に感じたものとは比べ物にならない力。それを示すように今も自らの腰にある父の形見、天生牙が震え続けている。まるで目の前の存在を、犬夜叉を止めろと訴えるように、その力に恐れを感じているかのように。

だが今、殺生丸が感じているのはそんなことではなかった。それは犬夜叉の妖気。それは間違いなくかつての父のそれ。自分が尊敬し、同時に越えるべき最強の存在であった父と同じ妖気。それを持ち得ているということ、そして何よりもその力をこんなことに使い、貶めている犬夜叉。かつて鉄砕牙に認められ、自分の下で強さを求めていた犬夜叉。その姿に心がざわついた自分。初めて感じた自分の求める強さへの疑問。人間の女のために強くなりたいといっていた犬夜叉。その結果、末路。


犬夜叉、それがお前の答えか――――――


「無様だな………」

侮蔑を、憐れみを込めた言葉を告げながら殺生丸は静かにその腰にある刀を抜き、構える。闘鬼刃。刀々斎が鬼の牙から作り出した刀。その刀が殺生丸の妖気によって力を増し、共鳴していく。力が、剣圧が辺りを支配していく。だがその力を前にしても犬夜叉は変わらない。ただそれに反応して爪を構えるだけ。ただ戦うだけの修羅。


もはや言葉は必要ない。目の前の犬夜叉は既に半妖ですらない。獣、いやそれ以下。ならばそれに相応しい最期を。


その瞬間、戦いが始まる。兄と弟。師と弟子。最初で最後の、そして命を賭けた死闘の幕が切って落とされた――――――



人と獣の戦い。

それが殺生丸と犬夜叉の戦いだった。


獣、犬夜叉はその四肢で地面を駆けながら殺生丸に向かって飛びかかって行く。そこには何もない。技術も、駆け引きも。ただ獲物を狩る動物の原初の本能。だがその速度は、動きは常軌を逸している。恐らく人間であろうと妖怪であろうとその動きを捉えることはできない。同時に犬夜叉はその爪を持って殺生丸を引き裂かんと迫る。ただ力にかませた爪の一撃。それが犬夜叉の攻撃。だが今の犬夜叉によって繰り出されるそれはまさに一撃必殺。その速度と力は弥勒や珊瑚ですら為すすべなく敗れるしかなかった程の力を誇る。だがそれを覆せる者がここにはいる。


人、殺生丸はその爪の一撃を難なく闘鬼刃で斬り払う。表情一つ変えることなく、まるでそうなることが当たり前だと告げるように。自らの攻撃が防がれてしまったにも関わらず犬夜叉はすぐさま反転し、再び爪を振るいながら殺生丸に追撃を加えんと襲いかかる。それを見ながらも殺生丸はその両手で闘鬼刃を構えながらその全てを捌いていく。刀と爪がぶつかり合うたびに凄まじい火花と金属音が響き渡る。その衝撃と威力、犬夜叉の駆けた跡、爪痕が辺りを更なる惨状へと変えていく。互いに一歩も譲らない互角の戦い。もしこの戦いを目にしている者がいれば間違いなくそう見えるだろう。だがそれは違っていた。

それは静かに、だが確実に現れてくる。徐々にだが殺生丸が襲いかかってくる犬夜叉を圧倒し始める。それは犬夜叉の爪、手。それが戦いが続くにつれて、交差するにつれて傷つき、血に染まって行く。今までとは違い自らの血によって。だが犬夜叉は全く攻撃の手を休めることはない。まるで痛みを感じないかのように。だがそれでも殺生丸が優勢であることには変わりはなかった。

刀と素手。その差が両者にはあった。

優位に戦いを進めながらも殺生丸には余裕は全く見られない。その証拠に殺生丸はその両手をもって闘鬼刃を振るっている。それはすなわち殺生丸が己の全力を以て戦っている証。だがそれをもってしても犬夜叉を追い詰めることができていない。徐々にその天秤が自分に傾いてきているとはいえ拮抗していると言っても過言ではない戦い。それは殺生丸にとって許しがたい屈辱だった。

だがそんな感情とは裏腹に冷静に戦力を分析している自分がいる。それは自分と犬夜叉の力。認めたくはないがその力は犬夜叉の方が上なのは間違いない。恐らくはかつての父に匹敵しかねない妖力を今の犬夜叉は持っている。それにまだ自分は届いていない。だがそれでも自分が優位である理由。それは武器が、刀があるからこそ。闘鬼刃。鉄砕牙や天生牙のように特別な力はないものの、使い手によって力が増す刀。それによって自分の力は犬夜叉を上回っている。武器の差で勝っているという誇ることができない事実。だがそれでもこれは戦い、命のやり取り。そこに一切の容赦も慈悲も必要ない。もし犬夜叉が鉄砕牙を持っていればどうなっていたかは分からない。だがそんなことは今は何の意味もない。ただ目の前の相手を、堕ちた半妖を葬り去るのみ。

瞬間、殺生丸の剣が犬夜叉をその爪ごと弾き飛ばす。その力と剣圧によって犬夜叉は抗うことができない。何とか体勢を整えようとするもそれよりも早く、まるで瞬間移動したかのように殺生丸が目の前に現れる。その隙を狙うために、その一刀を以て犬夜叉を両断するために。その刃が振り下ろされる。無慈悲に、躊躇いなくその脳天へと。まるで断頭台のように。それがまさに届かんとしたその時、


その刃はナニカによって受け止められた。


その光景に殺生丸の表情が初めて変わる。その視線の先には闘鬼刃を黒いナニカで受け止めている犬夜叉の姿があった。だがそれに殺生丸は戦慄する。それは本能。目の前の黒い、まるで剣の様な影が凄まじい力を持っていることを悟ったから。

犬夜叉の手にあるもの、それはまるで実体がないような影。だがその形から刀であることが分かる。その力はまさに邪気の塊。その証拠に犬夜叉がそれを手にした瞬間、辺りの地面が、森が次々に腐って行く。


『邪気の剣』

それが今の犬夜叉が持っている自身の刀の力。今の少年の心の具現、虚無、実体が無い架空の剣。あり得たかもしれない未来で持つはずだった本来の少年自身の刀とは全く正反対の力をもつ刀だった。


殺生丸がそのことに気づき、その力を以て犬夜叉を吹き飛ばそうとするがそれを全く介さず、犬夜叉はその刀、力によって闘鬼刃ごと殺生丸を吹き飛ばす。それは先程までの力の比ではない、その動きも桁違い。まさに獣から人に変わったかのような動き。それが犬夜叉の真の力。皮肉にも殺生丸の強さがそれを呼び覚ましてしまった。

殺生丸はそのまま吹き飛ばされながらも何とか闘鬼刃を地面に突き立てながらそれを抑える。だがその眼が捉える。それは闘鬼刃。その刀身にヒビが入ってしまっている。それは犬夜叉の刀と打ち合ってしまった代償。その力の差によるもの。つまり今まであった武器の優位が無くなってしまったと言うこと。だがそんな思考の隙を与えないとばかりに犬夜叉はその刀を大きく振りかぶる。同時にその刀に邪気が、妖気が集まって行く。まるで風の傷を放つ時のように。

殺生丸は瞬時に闘鬼刃に自らの全力の妖気を込める。その力に闘鬼刃が悲鳴を上げる。鬼の牙を以てしても殺生丸の全力の妖気を受けきることができない。加えて先程のヒビがその影響でさらに広がって行く。だが殺生丸はそれを意に介すことなく自らの奥義を放たんとする。それを持ってしかこれから放たれるであろう犬夜叉の攻撃には対抗し得ない。


「――――――」


声を上げることもなく、犬夜叉はそれを振り下ろす。まるでその悲しみの、憎しみを現すかのような邪気の力を。風の傷に匹敵、凌駕しかねない力の波が殺生丸に迫る。


「蒼龍破―――――!!」


殺生丸も自らの奥義を以てそれに応える。その力の波が龍となりながら黒の力へと向かって行く。それを打ち砕き、犬夜叉を打ち抜かんと。二人の大妖怪の力がぶつかり合う。その威力によって全てが消え去って行く。音も、視界も、何もかも。だがそれはまるであの日の続き。犬夜叉に殺生丸が剣を教えたあの時、その最後のぶつかり合い。風の傷と蒼龍破、互いの奥義のぶつかり合い。だがその時と違うこと。それはかつてとその力関係が逆になってしまっていたこと。


「……っ!!」

殺生丸の表情に焦りが浮かぶ。それはあり得ないこと。だがそうならざるを得ない程の事態。自らの奥義が、全力が通じない。いや、押し戻されて来る。それを押し返すことができない。それは覆すことができない力の差。かつての父と同じ力を持つ犬夜叉と今の殺生丸の差だった――――――





「ハアッ……ハアッ……」


膝を着き、肩で息をしながらも殺生丸はその眼で犬夜叉を捉える。だが犬夜叉ははじめと変わらない姿で殺生丸を見ているだけ。いや、その瞳には何も映っていないのだろう。目の前に入るのが誰なのかすら分かっていない。ただその黒い刀で全てを薙ぎ払い、斬り伏せるだけ。

殺生丸の体は既に満身創痍。それが先の攻防の代償。その手には既に闘鬼刃はない。闘鬼刃は先の奥義のぶつかり合いによって粉々に砕け散ってしまった。それほどの力、そして天生牙の守りの力を以てしてもこのダメージ。単純な力のぶつかり合いでは勝ち目はない。それは動かしようのない事実。だがそれを知ってもなお殺生丸の目にはあきらめはない。何故ならその切り札が、真の力があるのだから。

殺生丸はその体に鞭を打ちながら立ち上がり、その刀を抜く。それは牙。父が自らに遺した牙。天生牙。その力を以て決着を着けるのみ。

その危険性を感じ取ったのか犬夜叉が凄まじい速度で刀を構えながら肉薄せんとする。だがそれを上回る速さで殺生丸はその力を解き放つ。

冥道残月破。それが戦いの天生牙の力。鉄砕牙の最後の形態。自らの母の力。使った相手を冥界へと送る防御不能のまさに一撃必殺の奥義。

天生牙が振り下ろされると同時に、黒い球体が犬夜叉へと放たれる。まるで深淵、死の気配を感じさせる力。絶対に避けられないタイミングで殺生丸は冥道残月破を放つ。どんな強い妖怪でも、再生力を持つ妖怪でもこの力の前では通用しない。その不可避の死が犬夜叉に迫らんとした時、あり得ないことが起きる。


あろうことか犬夜叉は自ら冥道残月破に飛び込んでいく。


いや、違う。それは考えなしの行動では、特攻ではない。犬夜叉はその左腕を捨てて強引に冥道残月破を突破してきた。


その光景に、行動に殺生丸は驚愕する。自らその左腕を捨てる。まさに狂気の沙汰。常人なら、いや狂人であっても為すことができない程の選択。自分は確かに冥道残月破を放った。だがそれは犬夜叉がそのまま突っ込んでくれば避けられないと計算したうえでのもの。その避けた後の隙を狙い、とどめの一撃を放つ狙いだった。だがそれは覆される。自ら左腕を差しだしたことで犬夜叉は最短距離で殺生丸へと迫る。それは秒にも満たない時間。隙とすら呼べない瞬間。だがこの戦いにおいてそれはあまりにも長い、致命的な隙だった。

両者が交差する。まるで光の速さに思えるような交錯。


その瞬間、殺生丸は天生牙を握っていた左腕を斬り飛ばされた――――――




殺生丸と犬夜叉。共に左腕を失った姿はまるで鏡合わせのよう。だが殺生丸は圧倒的に不利に立たされていた。互いに満身創痍、そこに違いはない。だが今自分は刀を持っていない。斬り飛ばされた左腕と共に今いる場所から離れた場所に天生牙はある。それに対して犬夜叉はその右手に刀を持っている。いくら自分でも素手では敵わない。何とか天生牙を手に取らなければ。だがそれを許さないとばかりに犬夜叉もその隙を狙っている。極限状態の中で両者は対峙する。間違いなく次の攻防で、動きで勝敗が決する。永遠にも思えるような凝縮された刹那。そしてついに殺生丸が動き出そうとした時、それは起こった。


それは犬夜叉の姿。犬夜叉が自分ではなく違う方向へとその瞳を向けている。この状況で何故。だが殺生丸も捉える。その匂いを、姿を。そこには


自分たちの姿を見つめているりんの姿があった。そしてその瞬間、勝敗は決した――――――




りんはただその光景に目を奪われることしかできなかった。殺生丸と変わり果てた姿の犬夜叉の死闘、殺し合いを。

今、わたしがここに入るのは偶然ではない。それは突然何かに気づいたように飛んで行ってしまった殺生丸様を追って来たから。邪見様はそれを止めようとしたけどわたしはそれを振り払ってここまで来た。それは不安。どこか殺生丸様が遠くに行ってしまうのではないか、帰ってこないのではないかという。こんなことは初めてだった。邪見様は何とかわたしを止めようとしていたけど体が上手く動かないようだった。その理由をわたしはここに来たことで知った。

それは犬夜叉様の力。その姿はまるで殺生丸様のよう。でも何でだろう。わたしが知っている犬夜叉様とは何もかもが違う。まるで人形の様な、心を持っていないかのようなその姿。それと戦い続けている殺生丸様。互いに譲らないまさしく命を駆けた死闘。それを前にしてわたしはどうしたらいいか分からず、ただそれを見つめることしかできなかった。でもその時が来た。

それは眼。犬夜叉様の眼がわたしを捉えた。その瞬間、体が動かなくなった。まるで金縛りのように。声を上げることもできない。ただ怖かった。まるで野盗に殺されてしまった時のよう。そんなわたしに向かって犬夜叉様が近づいてくる、その黒い刀を振り上げながら。それを前にしてただ眼を閉じることしかできなかった――――――



「…………え?」


そんな声を上げることしかできなかった。いつまでたっても痛みが襲ってこない。間違いなくその刀が自分に向けられていたはずなのに。恐る恐る眼を開ける。そこには自分を守るように立っている殺生丸様の姿があった。


「殺生丸様……!」


眼に涙を浮かべながらわたしはその名前を口にする。自分にとっての最も大切な人の、愛しい人の名前。でも殺生丸様はいつまでたっても返事をしてくれない。どうしてだろう。いつもは、いつもは声をかけてくれるのに。静かな声で、それでも温かな声で。


りんはそれに気づいていなかった。いや、気づこうとしかなかった。それは胸。殺生丸の胸に黒い刀が突き立てられている。その刃が体を貫いている。まるでりんを守るかのように。立ったまま、その命を失っても尚、りんを守ろうとするかのように。


天生牙ではなく、戦いではなく、りんを選んだ。それが殺生丸の答え。そして殺生丸の最期だった――――――



その光景にりんは悲鳴を上げることすらできない。ただ目の前の光景に、現実に翻弄され、殺生丸に柄づこうとすることしかできない。まるで父を失ってしまった子供のように。そうすればこの絶望から、悪夢から覚めることができると信じているかのように。だがそれを見ながらも犬夜叉は殺生丸を貫いていた刃を抜き、その矛先をりんへと向ける。そこには何もない。ただ目の前にいること。それが理由。その凶刃がりんへと振り上げられた瞬間


二人の間に割って入るかのように光の矢が放たれる。犬夜叉は咄嗟にそれを躱しながらりんから距離を取る。そしてその矢を放った者を見た瞬間、今まで誰にも反応しなかったはずのその瞳が揺らめく。



そこには巫女、桔梗の姿があった―――――――



[25752] 桔梗編 第五話 「鎮魂」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/25 00:02
一人の巫女が静かにその場に現れる。その手に弓と矢を持って。どこか儚げな、切なげな雰囲気を纏いながら。その姿に今まで何の感情も、表情も見せなかった犬夜叉に明らかな変化がみられる。その瞳が、姿が、間違いなく巫女を前にしたことで戸惑いを現している。だがそれを感じ取りながらも巫女、桔梗はそのまま小さな少女、りんを庇うようにその前に立ちながら犬夜叉と対峙する。

この世の終わりの様な世界。破壊と絶望が全てを覆い尽くしている世界。その中で一人の男と一人の女が向かい合う。その視線が交差すると同時に一際大きな風が巻き起こる。その風が両者の髪を、着物をたなびかせる。銀と黒の長髪。火鼠の衣と巫女装束。互いの互いを証明する証。だが両者の間に言葉はない。もはやそれは何の意味も持たない。これまでがそうであったように、それはきっと変わらない。

桔梗はその姿を瞳に映す。犬夜叉、いや一人の少年の姿、そのなれの果て。自分が知る姿から大きく変わったその風貌。その理由はもはや語るまでもない。それが見える。少年の胸にある四魂のカケラ。それがその元凶。そこには一点の光もない、穢れによって黒く染まっている。それが何よりも物語っている。少年の絶望を、悲しみを。

戦いによって無数の傷を負い、左腕は既にそこにはない。もはや立っているのが信じられない程の深手のはず。だが少年はまるで痛みを感じていないかのようにそこにある。その妖気も、邪気も衰えていない。その力は巫女の自分でもめまいを覚えてしまうほど。今まで昔話でしか、伝聞しか知らなかった大妖怪、それが今の少年の力。だがいくら四魂のカケラを使ったとしてもこれだけの力を得ることなどあり得ない。それは恐らくは犬夜叉の力。半妖という存在。かつて聞いた言葉を思い出す。犬夜叉の母は人間だったと。恐らくはその父が大妖怪に匹敵する力を持っていたのだろう。その力が、妖怪の血がここまでの力を与えたのだと。

それは正しい。その力は間違いなく大妖怪の父を持つ犬夜叉だからこそ持ち得るもの。だが本当の理由。それは少年が四魂の玉に選ばれた者だったから。その力によってこの世に留まっている少年は唯一、四魂の玉の力の全てを扱うことができる。それが今の少年の力の元凶。

桔梗はゆっくりとその矢を構える。まるで何かを噛みしめるように、何かを思い出すかのように。その力が矢に込められていく。だがそれはこれまでの破魔の力ではない。それはもう一つの桔梗の力。その切り札。

封印の矢。

射抜いた者を醒めることのない永遠の眠りに就かせる矢。倒すことができない相手に使う最後の切り札。そして、かつて犬夜叉を御神木に封じた矢だった。

その矢を、矛先を桔梗は犬夜叉へと向ける。それは自分の力では目の前の少年には敵わないと悟ったから。破魔の矢は確かに妖怪や魔に対して強力な力を誇る。だが今の少年の前にそれは通用しない。それほどの妖気と邪気、強さを持っている。ならば小細工は無用。ただ自らの切り札を以て挑むのみ。この矢であればどんな妖怪でも封じることができる。それを五十年前、自分は証明している。

それを前にしながら少年はその手にある刀に力を込める。その憎しみ、悲しみの具現である刀を。その瞳に桔梗を捉えながら。その一刀によって桔梗を斬り伏せるために。まるでそれこそが自分の望みだと、そう告げるかのように。

桔梗はその弓を構えながら、その矢を向けながらその姿を見つめ続ける。犬夜叉。その姿を、体を持つ、こことは違う世界の少年を。



あの日、私はこの世に再び蘇った。妖怪の手によって、死者という、紛い物の体を持って。何故。何故こんなことになってしまったのか。私はもう二度と現世に戻る気など無かったというのに。その眠りを妨げられたこと、そして犬夜叉への憎しみによって私は支配されていた。故に私が犬夜叉と戦うのは必定。その中で五十年ぶりに楓と再会した。歳を老い、自分が知る楓とは大きく変わってしまったその姿。それが自分が死んでからの年月の流れ、その証。そして知る。自分の生まれ変わりであるかごめという少女の魂によって私は蘇ったということ、そして今の犬夜叉が本物の犬夜叉ではないということを。だがそれをあの時の私は信じることなどできなかった。他人の体に魂が憑依することなどあり得ない。私を騙すための戯言だと、そう切り捨て私は犬夜叉を追い詰める。自分を裏切り、四魂の玉を奪い、その命を奪った半妖。それでも私が愛していた男。再び、私は封印の矢を犬夜叉に向かって放とうとした。

だがそれは止められる。小さな子供、子狐の妖怪によって。子狐の妖怪はまるで犬夜叉を庇うように私の前に立ちふさがっている。だがその眼は涙に、体は恐怖によって震えている。それでも子狐の妖怪は決してそこをどこうとはしない。まるで大切なものを守るかのように。それを前にして戦いを続けることなどできなかった。私はそのままその場を後にする。気にすることはない。犬夜叉を殺すことはいつでもできる。ならば機会を変えそれを果たせばいい。そうその時の私は考えていた。それが一体何を意味するのか全く知らぬまま――――――



楓の村から離れた私は様々な場所を渡り歩いていた。私がこの世から去った日から既に五十年の月日が流れている。その間に何が変わったのか、それを見てみたかったから。だがそれはすぐに終わりを告げる。何も変わっていない。それがすぐに分かったから。人も、妖怪も、何一つあの頃と変わってはいなかった。ただ変わらず争い合っているだけ。その中で巫女としていくらかの人間を救い、助けたがその中で私は気づく。自分はやはり死者なのだと。皆と同じ時の流れにはいないのだと。

孤独。

それはかつてと同じ。巫女として、四魂の玉を守る者として慕い、必要とされていた自分。それだけでしか必要とされなかった自分。本当の自分を誰一人理解してくれなかったあの頃。本当の私を、女としての私を見てくれたのは犬夜叉だけ。ここに私の居場所はない。当然だ。私は恨んでいる。この世を、この世に生きている者全てを。だから終わらせよう。犬夜叉の死。それのみが私を解放するのだから。


だがそれは覆される。それは犬夜叉が自ら私の前に現れたから。だがその姿は先の時とはかけ離れていた。眼からは光を失い、頬は痩せこけ、その姿はまさに亡霊、いや死者と言ってもおかしくない物。何よりもその殺気。まるで鬼になってしまったかのようなその姿。それが復讐に囚われてしまった犬夜叉の姿だった。


それに驚愕しながらも私は犬夜叉と戦う。だがその姿は今まで見たことのないようなもの。本気で犬夜叉は私を殺しに来ている。これまでそんなことは一度もなかったのに。だがその時についに悟る。

目の前にいる犬夜叉が自分が知る犬夜叉ではないということに。

楓の言葉。それが真実であったことに。そして知る。犬夜叉ではない目の前の存在が、少年が自分を殺そうとしてきている理由。それが自分の生まれ変わりであるかごめが死んだからであることを。それは当然のこと。今の自分の魂は元々かごめの物。それを奪われたかごめが命を落とすことは避けられない。その仇を、復讐を果たすために目の前の少年はここにいる。私はその力を以て少年を退ける。命を奪うことなく、ただ追い払うだけ。


それはその少年の姿に自分を見たから。


ただ恨みに、復讐に囚われているその姿。それが今の自分と全く同じだと悟ったから。そして同時に私は目的を失ってしまった。それは犬夜叉がもうこの世にはいないと分かったから。あの少年の正体。それは犬夜叉の生まれ変わりなのだろう。でなければ犬夜叉の体に憑依することなどできるわけがない。だがそれは犬夜叉の魂が転生し、もうこの世にはいないことを意味していた。それは私がこの世にいる意味を失ってしまったことを指している。だがそれでも私はこの世から去ることができなかった。


罪悪感と未練。それが私をこの世に繋ぎとめていた。


それはあの少年に対するもの。その運命を、心を壊してしまったことへの。かごめの命を奪ったこと。それに全く罪悪感がないわけではない。だがそれはある意味仕方がないこと。何よりもかごめは自分の生まれ変わり、言うならばもう一人の自分。故にそこに罪悪感がないわけではないが後悔はしていなかった。


しかし、あの少年に対しては違う。


それは夢を見るようになったから。それは自分の夢ではない。生まれ変わりであるかごめの記憶。そしてかごめと少年の記憶だった。


自分の名すら分からぬ少年。だがそんな中でも少年は生きていた。かごめと共に。その笑みを、姿を私は見る。年相応の純粋な、恥ずかしがりながらもかごめと触れ合う姿。それはまるで私が見てみたいと思っていた犬夜叉の姿のよう。


そして、今の少年の姿とはかけ離れたもの。今の少年には既に記憶の中の姿はない。少年は憎しみに、悲しみによって堕ちてしまった。他ならぬ自分のせいで。与り知らぬことだったとはいえ、それは間違いなくそれは私の罪。


だがそれを購う術を私は持たない。どうすればいいのか。そんなことは分かっている。私がこの世から消えること。それがきっとあの少年にとっての救いとなる。でもそれができなかった。それは私のこの世への未練。


知らず、少年がやってくるのを心待ちにしている自分がいた。自分を殺しにやってくる相手を待っている。そんなあり得ないような思考。もしかしたら自分は狂っているのかもしれない。いや、そんなことは分かっていた。それは生きていた時から変わらない。血塗られた巫女として生きていた時から私はきっと狂っていたのだろう。でも構わない。あの少年だけが私を見ていてくれる。憎しみ、殺意だけが私とあの少年の、この世との繋がり。それを断ち切ることができなかった。


その結果が、終わりがそこにある。自分が追い詰めてしまった、壊してしまった少年が今、目の前にいる。そうなる前に少年を救うことができたかもしれないのに、それを私はしなかった。自分勝手な、縋りつくような惨めな未練によって。


だからこれは私の償い。罪。この矢を以て、少年を止めること。それが私のこの世にいる意味だった――――――



その時が訪れる。それは一瞬。まるで時が止まったかのような刹那。少年がその刀を桔梗へと振り下ろさんと迫る。だがそれよりも早く、桔梗はその矢を、封印の矢を構える。そこには一切の無駄はない。ただ目の前の少年を止めるために。桔梗は再びその矢に力を込める。だが



桔梗はその矢を放つことができなかった。


それは後悔。五十年前、封印の矢を犬夜叉へと放ってしまったことへの。最後まで犬夜叉を信じることができなかった、例え裏切られたのだとしても、それを信じることができなかった消えることのない後悔。目の前の少年は犬夜叉ではない。だがそれでも、同じ過ちを犯すことが桔梗にはできない。


何よりもその想い。自らの中にあるかごめの少年への想い。それが全てだった――――――






桔梗はただその姿に目を奪われていた。自分の目の前にいる少年。だがその刃は自分を斬り裂いてはいない。その刃は自分に届くことなく止まっている。まるで少年がそれを躊躇ったかのように。


少年の瞳が桔梗を捉える。その姿を、少年は見る。失ったはずの心で、その姿を。桔梗ではなく、その姿に少女を見る。それは



「かごめ………」


自らが愛した少女の姿。自分のために涙を流してくれた、共にいてくれた少女の姿。


かつて妖怪化した自分が犯してしまった罪。それを二度と繰り返さないために自分は強さを求めた。なのに、それなのに、何で俺は、俺は――――――――


瞬間、全てが消え去って行く。その黒い刀が、その姿が、元の姿へと戻って行く。まるで憎しみから、呪いから解放されるかのように。


それを洗い流すかのように雨が降り始める。その雫が、冷たさが少年と桔梗を包み込んでいく。


少年は薄れ行く意識の中でも、その姿を見続ける。自分を見つめているかごめの、桔梗の姿を。かつて犬夜叉の記憶の中で見た時と変わらない、一人の少女の姿を。


少年は意識を失い眠りに就くように倒れ込む。だがそれをまるで包み込むように桔梗は抱きとめる。互いに雨によって冷めきってしまった体で。



それがこの悪夢の終わり、そして少年と桔梗の初めての触れ合いだった―――――――



[25752] 桔梗編 第六話 「愛憎」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/02/27 09:42
ふと、目を覚ました。

だが意識が定まらない。まだ頭が覚醒しきっていないように。次第にその眼が捉える。そこには見たことのない、知らない天井がある。自分は知らない場所で横になっていたらしい。ここは一体どこなのか。一体何があったのか。疑問が次から次に湧いてくる。しかしこのままじっとしていても仕方がない。そう思い、体を動かそうとしたその瞬間、凄まじい激痛が体中を襲う。

「ぐっ……!?」

その痛みに悶絶し、声を上げることすらできない。今まで経験したことのないような痛み。まるで体がバラバラになってしまうのではないかと思えるような痛み。それが体中、至る場所から生まれてくる。ほんの少し体を動かしただけなのに。何とか呼吸を整え、意識を落ち着かせながら自分の体に目をやる。そこには自分の体が、いや、犬夜叉の体がある。しかしそれは包帯によって巻かれている。巻かれていない場所の方が少ないのではないかと思えるほど。何故こんな大怪我を負っているのか。一体誰が手当てをしてくれたのか。新たな疑問が生まれてくるも、少年は体からの痛みを抑えながら何とか体だけでも起こそうとする。しかし、それはできなかった。

「………え?」

どこか場違いな、疑問の声を漏らすことしかできない。そう、起き上がることができない。何度も、何度も起き上がろうとしても、それができない。いつもできていることなのに、考えなくてもできることなのに。どうして。どうして。その理由は痛みのせいでも、怪我のせいでもない。少年はその瞳で捉える。その理由を。そこには


いつもあるはずの己の左腕がなかった――――――――


その光景に少年は眼を見開くことしかできない。呼吸が止まる。体が震える。汗が滲む。体が熱い。動悸が収まらない。分からない。何が、何が起こっているのか。どうして、どうして腕がないのか。混乱の極致にある中、ついに少年の脳裏に蘇る。その理由。自分が左腕を失ってしまった理由。そして、その悪夢を、現実を。


四魂のカケラに心を差し出した自分。逃げまどう人々。それを切り裂き、引き裂いていく自分。人間も妖怪も、女も子供も関係なく、ただ目に着いた者を惨殺していく。


その爪で。一片の容赦も、慈悲もなく、ただ機械的に。その感触が、臭いが、悲鳴が蘇ってくる。数えきれない程の人間を、妖怪を自分は葬り去って行く。それに例外はなかった。弥勒も、珊瑚も、そして師匠も。


信じられない、信じたくない記憶が、光景が突きつけられる。まるで悪夢のような。だが違う。それは決して夢でも、幻でもない。その失ってしまった左腕が、隻腕になってしまった姿がその証。逃れられない罪の、罰の証。その残った右手を見る。いつもと変わらないはずの右手。だがそれが


まるで真っ赤に血塗られているように見えた――――――


瞬間、少年は嘔吐する。胸からせり上がってくる感覚を抑えることができない。だが吐き出すものなど胃にはない。ただ胃液だけを逆流させ、嗚咽とともに吐き出すだけ。それは拒絶、逃避。自らの犯した罪への。そのことへの体の反応。それを止めようとしてもできなかった。いや、できるはずもなかった。少年はそのままただ涙と嗚咽を漏らしながらその罪と向き合い続ける。


それがどれだけ続いたのか、いつの間にか、少年は落ち着きを取り戻していた。いや取り戻したように見える。それは既に流せるものを、吐き出せるものを失ったから。その姿はまるで抜け殻のよう。生気を感じさせないような姿。そんな姿で、朦朧とした意識の中で少年はあることに気づく。何故自分はこんなところにいるのか、何故自分は生きているのか。何故自分は正気を取り戻しているのか。その瞬間、


「………目が覚めたか。」


そんな声が少年に掛けられる。どこか清らかさを感じさせるような、そんな声が。少年は驚きながらその声の方向へと目を向ける。そこには一人の女性の姿がある。その姿に少年は幻を見る。もういないはずの、自分の愛した少女の姿。だがすぐにそれが幻であることに気づく。何故ならそこには自らにとっての、かごめにとっての仇である桔梗の姿があったのだから。


「てめえ―――――」


瞬間、少年はまるで獣の様な殺気を発しながらその場を飛び出していこうとする。だがそれは叶わない。その体の怪我、そして痛みによって少年はその場にうずくまり、動けなくなってしまう。だがそんな中でも少年はその眼だけは桔梗を睨みつけながら顔を歪ませる。その憎悪をもって。これまでと変わらないように。


「……じっとしておけ。本当なら死んでもおかしくない傷なのだからな……」


そんな少年を見ながらも桔梗は静かに告げながらその場に腰掛ける。その姿もいつもと変わらない。何を考えているか分からない表情。透き通るような白い肌に巫女装束を纏っている姿。だが少年はその言葉によって悟る。目の前にいる桔梗が自分を助け、手当てをしたのだと。だがその事実が、現実が少年の心に暗い影を落とす。それはこれまでも同じだったから。


「……何で俺を助けた……? 俺はてめえを殺そうとしてんだぞ……」


それは今までの戦い。そのすべてで自分は見逃されてきた。その気になれば間違いなく桔梗は自分を殺すことができるはず。なのにそれをしない。まるでかつての犬夜叉にそうしたように。それが少年には屈辱だった。自分の復讐を、恨みを否定するかのようなその行為に。自分をまるで犬夜叉と同一視しているようなその視線に。


「いつもすかした顔しやがって………俺を馬鹿にしてやがんのか―――――!!」


少年は動けない体を軋ませながら、その右手に血が滲むほど力を込めながら慟哭する。自分の命をまるでどうとでもできるかのように扱うその姿に。あまつさえ死にかけていたところまで救われてしまった。命を狙っているはずの相手に、仇に何度も命を救われている。自分の行動を、生きる意味を全て否定されているに等しい屈辱が、悔しさが少年を支配する。そして今の自分の状況。憎しみに駆られ、全てを失ってしまった自分。そのやり場のない怒りを、憤りをぶつけるかのように少年はその言葉を放つ。

「…………」

だが桔梗はそんな少年の言葉に何も応えようとはしない。それはこれまでと同じ。今まで何度も同じことを少年は桔梗へと問いかけてきた。だが桔梗は一度もそれには答えなかった。ただいつもと変わらない表情で少年を見つめているだけ。今もそれと変わらない。少年はその右手を力の限り床に叩きつける。体の痛みも怪我も関係ないかのように。そして少年はそのまま無造作に横になる。まるで全てをあきらめてしまったかのように。


そうだ。何をしても変わらない。今の自分では桔梗には敵わない。いや、万全であったとしてもそれは変わらない。これまでの戦いでそんなことは分かり切っていた。でも、それでもやめることができなかった。それを止めてしまえば何もかもなくなってしまう。かごめが死んだ意味も、何もかも。だがもういい。自分では桔梗を殺すことができない。それが分かったから。思い出す。それは最後の光景。

四魂の玉によって心を失い、ただ戦うだけの存在になってしまった自分。弥勒と珊瑚。自分にとっては会ったことのない二人。だが犬夜叉の記憶の中でそれを知っていた。そして殺生丸。自分に戦い方を教えてくれた人。そんな人達すら自分は何の躊躇いなくその手に掛けた。なのに、それなのに自分は桔梗を殺すことができなかった。桔梗を殺すために、復讐を果たすためだけに生きてきたのに。それを前にして自分は刃を振り下ろすことができなかった。その姿に幻を、かごめを見たから。


桔梗はかごめではない。それなのに、俺は―――――――



少年はそのまま何も言葉を発することなく、布団に横になったまま。その残った右手で顔を抑えたまま黙り込んでしまう。もう何も言うことはないと。まるで生きる意味を、意志を失くしてしまったかのように。


「………今日はもう休め。動けば体に障るだろう……」


桔梗は一度少年に目を向けた後、立ち上がりながらその場を後にしていく。その表情を伺うことは少年の位置からはできない。いつもと変わらない声色を、背中を見せながら桔梗はその小屋から去って行く。少年は摩耗しきったその心でそれをただ見つめ続けるのだった――――――




「いってきます!」


慌てながらわたしはそのまま家を飛び出し走り始めます。それがわたしの一日の始まり。その行先もいつもと同じ。村から少し離れた森に近い場所。そこがわたしの目的地。そこにいる人に会いに行くことが本当の理由。近づくにつれその姿が見えてくる。いつもと変わらない巫女装束。そして綺麗な姿。わたしが大好きな人の姿。

「おはよう、桔梗様!」
「小夜か、おはよう。今日も早いな。」

桔梗様はそう微笑みながら挨拶を返してくれる。その言葉に思わず笑みを堪えることができない。何故ならこのやりとりは一度失われてしまったものだったから。

桔梗様は元々この村に滞在していた巫女様。その優しさと力によって村に人達からは尊敬され、慕われていた。わたしもその中の一人。いつも一緒に遊んでもらって、色々なことを教えてもらう日々。だがそれは突然終わりを告げる。一匹の妖怪が現れたことによって。それは犬の耳をした妖怪。どうやらその妖怪は桔梗様を狙っている妖怪らしい。でも桔梗様はそんな妖怪を退治することなく逃がしてしまう。そしてその日を最後に桔梗様はこの村から姿を消した。それが本当に悲しかった。せっかく仲良くなれたのに、まるで姉のように優しくて、綺麗な憧れの存在。それを失ってしまったから。

でもあの日、桔梗様はこの村に戻ってきた。もう戻ってくることはないと思っていた私はもちろん、村の人達皆がそのことに喜んだ。でもそれだけではなかった。桔梗様はもう一人の人物を連れていた。それは妖怪、桔梗様を狙っていたあの犬の妖怪だった。しかもひどい怪我を負っている。桔梗様はその妖怪を手当てしたいと村の人たちにお願いしていました。私は分かりませんでした。どうして桔梗様は自分の命を狙っている妖怪を救おうとしているんだろう。それは村の人たちも同じでした。でもその理由を聞いても桔梗様は答えてはくれません。結局村の人たちもそれを了承し、村から少し離れた小屋に妖怪を匿うことになりました。村にとっては桔梗様が戻ってきてくれることの方が良いということだったみたいです。その日から桔梗様は再びこの村で暮らすようになっていました。


わたしはそのまま桔梗様に目を向けます。そこにはいつもと変わりなくその手で薬草を摘んでいっている桔梗様の姿があります。でも以前と違うこと。それはその薬草はあの妖怪を看病するために集めているということ。その様子を何度か見たことがあります。でもそれは見ていて辛いものでした。

桔梗様がどんなに献身的に看病をしてもあの妖怪は何もしゃべらず、目を合わせることすらありません。桔梗様が毎日、食べやすいようにとお粥を持って行っていますが、妖怪は一口もそれを口にしようとはしません。その光景に思わず怒りを覚えてしまうほどでした。でも桔梗様はそんな態度を、扱いを受けているのに何も言わずに看病を続けています。それが何故なのか。わたしにはどうしてもわかりません。


「……ねえ、どうして桔梗様はあの悪い妖怪を助けようとしているの……?」


知らず、わたしは薬草を集めている桔梗様に尋ねていました。その言葉に桔梗様は一瞬、驚いたような表情を見せたものの、すぐにいつも優しい笑みに戻りながら


「小夜……あの子は本当は優しい子なんだ……だからそんなことは言ってはいけないよ。」


わたしを撫でながらそう教えてくれました。その言葉にはまるであの妖怪が優しかった頃のことを知っているかのような雰囲気がありました。桔梗様はそのまま再び、薬草集めに戻って行きます。でもその姿は以前この村にいた時とは違っているように見えます。あの頃の桔梗様は優しさの中にも儚さ、切なさを感じさせることがありました。でも最近はそれが少なくなっているような気がします。それがどうしてなのか、でもそれを聞くことはできませんでした――――――




桔梗はその手に薬草を煎じた薬、そして粥を持ちながら少年がいる小屋へと向かって行く。決して口にはしてもらえないと分かっているにもかかわらず。だがそんなことなど気にしないかのように、いつも通りの雰囲気を纏いながら桔梗は小屋の中へと入って行く。だが


そこにはいつもいるはずの少年の姿がなかった。


その光景に桔梗は手に持っていた薬と粥をその場に落としてしまう。一体どこに行ってしまったのか。まだ少年の傷は癒えてはいない。いくら回復が早い半妖と言ってもあの傷はすぐに完治するような、動けるような傷ではない。桔梗はそのまま小屋を出て辺りを見渡す。だが犬夜叉の、少年の姿は見当たらない。村に行ったのであればすぐに騒ぎになるはず。とすれば森の中。だがこの森の中でどこに行ったかなど分かるはずがない。


だがまるで導かれるように桔梗は森へと足を向ける。そこに少年はいる。そんな確信が桔梗にはあった――――――



ある感覚が今の桔梗を支配していた。それは既視感。だがそれは桔梗自身のものではない。それは――――――


桔梗の足が止まる。その光景を見る。そこには、川でその手を洗っている少年の姿があった。


少年はこちらに気づくことなく、ただその手を水に着け、洗っている。片手しかないためその川底に擦り付けるように、それでも懸命に、まるで何かを振り払うかのように。それが何を意味しているか桔梗は知っていた。


血の匂い。それを取るために少年はただ手を洗い続けているのだと。それはあの時と同じ。少年が妖怪化し、かごめを傷つけてしまった時と同じ。今その手に血は残ってはいない。だが犬夜叉には、少年にはその匂いが分かるのだろう。それがあの少年にとってどれだけの苦痛であるか、苦しみであるか。きっとそれは自分が想像できるものではない。


少年はただそれを繰り返す。まるで購いのように、許しを乞うように。だがその瞳には涙が溢れている。その嗚咽が、嘆きが聞こえてくる。それはまるであの夜のよう。


村人たちの迫害によって追い詰められていた少年。一人、絶望に、悲しみに囚われていた姿。かつて、かごめが救ったはずの少年。それなのに――――――



瞬間、少年はこちらに気づいたように振り向く。桔梗は知らずその光景に目を奪われていたため気配を消すことを怠ってしまっていた。少年はその手で顔を拭い、顔を歪ませながらその場を離れようとする。だがその怪我、そして慣れない片腕であることによってバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまう。その光景に桔梗は咄嗟に近づき、手を差し伸べようとする。だが


「―――――触るんじゃねえっ!!」


それは少年の右手によって振り払われてしまう。容赦なく、まるでその心を現すかのように。その姿に桔梗は掛ける言葉を持たない。少年はそのままふらつきながらも立ち上がり、桔梗を睨みつける。その瞳には間違いなく桔梗が映っているはず。だがそれを認めない、そんな視線が桔梗を貫く。


「俺は犬夜叉でも……鬼蜘蛛でもねえ……」


少年は告げる。その言葉を。それは見たから。桔梗が自分に犬夜叉を、鬼蜘蛛を重ねていることを。少年にとって許せない事実。かつてのかごめが認めてくれた自分を否定する事実。自分は自分だと。故に自分は目の前の女を認めるわけには、許すわけにはいかない。


「死人が俺に纏わりつくんじゃねえ………」


それは桔梗にとっての禁句。変えることのできない事実。だがそれをあえて少年は口にする。


「お前からは墓土の匂いしかしねえんだよ―――――!!」


かつて犬夜叉が口にした言葉。それと同じ意味を持つ言葉。桔梗への明確な、否定の言葉。そして自分自身への言葉。血の匂いしかしない、人殺しでしかない自分自身への。



桔梗はその言葉を前に言葉を発することも、その場から動くこともない。ただ静かに少年を見つめ続けているだけ。少年はその体を引きずるように歩きながら桔梗の横を通り過ぎていく。視線を合わせることもなく、ただ真っ直ぐに。まるで桔梗などその場にはいないのだと。そう告げるかのように。



誰もいなくなった森の中でただ一人、桔梗はその場に立ち尽くすのだった――――――――


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