ドゴォン!
「………」
ドゴォン!
「エラー発生!研究■■■施された強制封■■損傷発生!」
ドゴォン!
「強■■印、更に損傷!維■不可能!“サ■■■”解凍―――」
「GuOOOOOOOOOOOOOOO!!」
◆
ゴーイング・メリー号は、リヴァース・マウンテンの運河を勢い良く下る。
時折、頬に当たる水しぶきが心地よい。
―――ブオォォォォ!!
「―――!」
私の耳が奇妙な音を捕えた。
だが、水しぶきで視界が悪く、その根源を目視することが出来ない。
「おい何だ?何か聞こえたか?」
「知るかーーーッ!行けーーーッ!」
「風の音じゃない?変わった地形が多いのよ。きっと」
ゾロ達はあまり気にとめていないようだが…
「おい…なんだ、ありゃ」
「ナミさん!前方に山が見える!」
「山?そんなはず無いわよ。この先の“双子岬”を越えたら海だらけよ?」
―――ブオォォォォ!!
なおも響き続ける奇妙な音。
やはりこれは…
「生物の鳴き声だ」
「え?」
私の呟きにナミが反応したと同時に、ルフィが叫んだ。
「山じゃねぇ!クジラだ!」
水しぶきが晴れた先にいたのは小島と見紛うほどの巨大なクジラだった。
クジラは海面から垂直に傷に塗れた顔を出し、リヴァース・マウンテンに向かって吠えている。
問題は、このクジラが私達の進路をふさいでいるということ。
このままでは船はクジラに激突し、大破してしまう。
「何にしろ、この大きさでは壁と変わらん。ぶつかれば、ただではすまんぞ」
「どうするの!?」
「やるべきことは一つ」
(うむ、一つだ)
私と氷女は一呼吸置く。
「(捕鯨だァァァッ!)」
「「「「ええぇぇぇぇッ!」」」」
「やめろアホども!お前らが食い終わる前に船が激突するわ!」
(…む、確かに、いかに私と言えども、あの大きさでは一瞬で骨にすることは出来ないな)
「よしんば、喰えたとしても、骨が残る。それにぶつかっても駄目か…今の私では氷女ほどの捕喰速度は出せんしな。すまん、ゾロ。考え無し過ぎた」
ゾロのツッコミで我に帰る。
いかんな、あまりにも巨大で美味そうな獲物を前にして、少々理性が飛んだ。
「…お前ら、ホント食うことしか考えて無ぇよな」
「そう褒めるな」
「「「「褒めて無ぇッ!」」」」
「健啖家なカリギュラちゃんも素敵だ!」
(…私は主殿のこともちゃんと考えてるぞ)
氷女がちょっといじけた。
全員から突っ込みを受けた後、気を取り直して、どこか抜けられる場所は無いかと視線を動かすと、クジラの左側に通れそうな隙間があった。
「ふむ、左側から抜けられそうだな。とり舵を取って来る」
「おれも手伝うぞ!」
「男として、カリギュラちゃんだけに任せられるか!」
「い、一応おれも手伝うぞ!」
ゾロ達と共に操舵室へ向かう。
「そうだ!良いこと思いついた!」
「何すんのルフィ!?」
ルフィは私達とは来ず、船室に走りこんでいった。
「とり舵!とり舵ぃぃぃッ!」
折れた舵をゾロ達と共に操作しようとするが、舵はびくともしない。
…少し強く行くか。
「ふん!」
私は舵を握っている手を原型に戻し、更に強い力を込めた。
グシャ!
「………あ」
「「「………………!!」」」
残った舵の柄を握り潰してしまった。
「…テヘ♡」
「「お前、もう二度と舵を握るな!」」
「カリギュラちゃん、キュートだぜ!」
サンジ以外に怒られてしまった。
「お、おい!どうすんだ!?今度こそ舵の柄が全部無くなっちまったぞ!?」
キャプテンの言うとおり、もはや舵は握るべき柄も無くなってしまった。
当然、メリー号はクジラに直撃のコースを走っている。
「仕方がない。ここは私のアラガミバレットでクジラに風穴を開けよう。其処を通過する。多少船が損傷するかもしれんが、正面衝突するよりはマシなはずだ」
(主殿!ゴハンゴハン!)
次の手段として、私と氷女でクジラを排除することを提案する。
「…それしかねぇか。よし、早速甲板へ出るぞ」
ゾロと共に甲板へ出ようとしたその時―――
ドォン!
メリー号の船首下部にある大砲が発射された。
「「「「大砲………!」」」」
「…ルフィか」
あの男の行動は本当に予測が付かないな。
砲撃の反動により、メリー号はある程度減速したが、結局はクジラにぶつかり、羊を模した船首がその衝撃でへし折れた。
「「「「「「………」」」」」」
その場を沈黙が支配する。
しかし、しばらくの時間が経っても、クジラは一向に動く気配を見せない。
「に…逃げろォッ!今の内だ!」
「何だ一体、どうなったんだ!?砲撃に気付いてねぇのか!?」
「知るか!とにかく今の内だ!」
「了解した」
砲撃に全く気が付いていないクジラから、オールを使って船を漕ぎ、隙間から脱出を試みる。
―――ブオォォォォ!
「ぐお!耳が痛ぇ!」
船を漕ぎ出すと同時に、クジラが再び吠え始めた。
「漕げ!とにかく漕げ!こいつから離れるんだ!」
(主殿!ゴハンゴハンゴハン!ゴーハーンー!)
「バカ野郎!さっきの砲撃で、クジラの奴がいつ暴れ始めるかわから無ぇんだ!諦めろ!」
(うう………)
氷女は残念そうだ。
…私もちょっと残念だ。クジラの刺身、喰いたかったな…
「―――ルフィ?」
私と、ルフィを除く男衆で船を漕いでいると、ルフィが甲板へやってきた。
ルフィは無言のまま、折れた船首の前まで歩く。
ちらりと見えた表情には、はっきりと怒りが浮かんでいる。
………
「お前、一体、おれの特等席に…」
まあ、この男ならやるとは思った。
「何してくれてんだァッ!!」
ルフィは怒り咆哮と共に、ゴムゴムの銃でクジラの目を殴打した。
「「「アホーーーーーーーーーーーッ!」」」
「………(クラ…)」
(…色んな意味で馬鹿な男だな)
「そこが面白い」
(…フン)
氷女がルフィの行動に呆れたのと同時に、クジラの目がギョロリとメリー号を捕えた。
「こっち見たーーーッ!」
クジラがこちらを認識したことに、皆は悲鳴を上げる。
「かかって来い!コノヤロォッ!」
「「テメェもう黙れ!」」
クジラと戦う気満々だったルフィを、ゾロとキャプテンがダブルツッコミキックで甲板に沈める。
ツッコミの業を背負った2人の同時攻撃に、さすがのルフィもダウンした。
「お、おい!クジラが口開けたぞ!」
「も、もしかして…!」
ルフィをシバいている内に、クジラが大口を開け、勢い良く海水を呑みこみ始めた。
「うわァァァァァッ!」
その衝撃により、ルフィが船外に投げ出される。
拙い、ルフィは私と違って、海に落ちたら力の大半を殺がれる。
「ルフィ!」
「カリギュラ!」
私は素早くブースターを展開し、ルフィを回収する。
だが、その代わりに船がクジラに呑みこまれてしまった。
ルフィを抱きかかえながら、茫然とクジラを見つめる。
「………」
「どうしよう、みんな食われちゃった。―――!」
「―――!ルフィ!」
ルフィは私の腕を無理やり解くと、クジラの背に乗り移り、力いっぱい殴りつける。
「おい、お前、吐け!みんなを返せ!吐け!」
ルフィは狂ったように、クジラを殴りつける。
この様子では、根拠のない説得では耳を貸さないだろう。
半狂乱にクジラを殴りつけるルフィを見つめながら、私は氷女に念話を繋ぐ。
(氷女、無事か)
(ああ。ただ、奇妙なことになっているがな)
(奇妙なこと?)
(言葉では表現し辛い。だが、主殿は無事だ)
(他の皆は)
(…まあ、生きている)
やれやれ、氷女の奴、ゾロ以外はどうでも良さそうな感じだな。
(そうか。では、クジラの腹を搔っ捌くなり、喰らいつくすなりして、脱出を試みろ)
(承知した)
(では通信を終わる)
氷女との念話が終わると同時に、クジラの身体が、徐々に海に沈んでいく。
「クソォ!海に潜る気だ!おい、やめろ!待ってくれよ!おれの仲間を返せ!これから一緒に冒険するんだ!大切なんだ!」
拙いな。海底にでも潜られたら、氷女が内側からクジラを喰い殺して脱出しても、全員命は無い。
…ん?
「おい、ルフィ…其処にあるのはハッチか?」
「―――え?」
ルフィのすぐ傍に、人一人が入れそうな大きさのハッチの様なものがあった。
何故、生物にこのようなものが。
「疑問は残るが、もう時間が無い。ルフィ、そのハッチを開けて中に入れ。もしかしたら、皆と合流できるかもしれん。皆の無事は、先ほど氷女と通信して、確認した」
「ホントか!うし、行くぞ!あ、カリギュラはどうすんだ?」
「私は外で待機する。私は離れていても、氷女と通信が出来るからな。外側から何らかのアプローチが必要な際に備える」
「応!じゃあ、ちょっと行ってくる!またな」
ルフィは素早くハッチを開け、中に滑り込む。
再びハッチの蓋が閉まると同時に、クジラは完全に海へと沈んでいった。
完全に静寂の戻った海面を眺めつつ、待機場所を探す。
さて、どの辺りが―――
Guoooo…
「………?」
私の聴覚が懐かしい声を捕えた。
今は勝手に行動を起こすべきではないが…どうも気になるな。
氷女からの連絡を気にしつつ、調査を行うとしよう。
私は声が聞こえた方向へ飛ぶ。
其処はクジラが潜った場所からそれほど離れていない、レッドラインの壁だった。
見たところ、何も無いようだが…
ゴォォォンッ!
「何だ…!?」
レッドラインに何かが激突したような音と振動が伝わる。
発生源は海中のようだが、空を飛んでいる私にまで聞こえるということは、余程の衝撃なのだろう。
「―――!レッドラインの壁が…」
目の前にあるレッドラインの壁の表面が、先ほどの衝撃によって、崩れ落ちる。
そして、崩れ落ちた岩肌の後に、ぽっかりと洞穴が現れた。
大きさは私の原型も容易く入れそうな程大きい。
Guoooo…!
懐かしき声は、その洞穴の奥から響いてくる。
「…何にせよ、この声が“奴”のものならば、排除しなければならんな」
この声の主が、私の予想通りのものだとしたら、早急に対処しなければならない。
もし、オラクル細胞を持たないルフィ達が鉢合わせしてしまえば、かなり拙い事になる。
「行くか」
私はブースターを噴射すると、洞穴の中へ突入した。
「地面や壁の凹凸が不自然に少ない。やはり、自然に出来たものではないな」
洞窟内部はかなり整備されていた。
使われなくなって、ある程度の年月が経っているのか、ところどころ荒が目立つが、壁に設置された照明器具らしきものが、自然物で無いことを物語っている。明らかに人工的に作られた洞窟だ。
そのまま黙々と進むと、開けた場所に出た。
それ以上奥に続く道は無いので、どうやら、ここが最深部らしい。
そこにあったものを見て、私は少々あっけにとられた。
「ここは…研究所か」
部屋には無数の機械類が設置されていた。
それも、元の世界で見たような、コンピュータや培養槽などの非常に高度なものだ。
それらの機械を一つ一つ調べながら、部屋を探索する。
「…駄目だな。完全に死んでいる。記録でもあれば良かったのだが」
元の世界で喰らった人間から得た知識でコンピュータを操作するも、メモリが完全に消し飛んでいたり、そもそも起動すらしないものが大半だった。
だが、調査を進めていくと、一つだけ、まだ生きているコンピュータを見つけた。
―――password:↩
「…パスワードか」
当然のことながら、コンピュータにはセキュリティが掛けられていた。
無論、私がパスワードなど知るよしもない。
そこで、左腕を触手型の器官に変形させると、コンピュータ本体に捕喰技術を応用して、強引に触手を接続する。
セキュリティとは電子の錠前。その鍵が無いのならば、錠前ごと叩き壊すのみ。
ガリガリとハードディスクから悲鳴のような音が響き渡るが、強引にロックを外す。
―――UNLOCK:↩
「完了だな」
私は触手を引っ込め、データの検索を開始する。
少々データが破損しているが、読めないことは無い。
【Rep■rt 1】
“未知の文章(ジョンドゥ・レポート)”と共に見つかった“サンプル”の研究のため、このような僻地に研究所を構える■■■なった。だが、ジョンドゥ・レポートに記されていたことが本当であるならば、致し方ないかもしれない。“サンプル”の取り扱い方を誤れば、世界が滅ぶかも■■■■■だから。
この研究が成功し、“サンプル”から造り出した兵器が完成すれば、我らに敵はいなくなる。理想の世界のため、今は耐えることが必要だ。
【R■port 2】
“サンプル”の培養は順調だ。
最初は数十個の細胞の集合体であった■■■、もうすでに肉眼で確認できる程の大きさとなっている。
ジョンドゥ・レポ■■■共に発見された、培養槽を始めとするこれらの機器は、我々の持つ科学技術を大きく凌駕するもので、その原理を100%解明できてはない。結果が出ているので、気にするなと上は言っているが…研■■■■■は、賛同しかねる。
話を戻そう。“サンプル”はあらゆる物質を取り込む性質を有しているこ■■分かった。通常の食料から石などの無機質まで、ありとあらゆるものを取り込み、増殖していく。海王類ですら一滴で絶命する猛毒すら取り込んだのには、驚■■■■た。
【Repo■t 3】
“サンプル”が特定の形態を獲得した。
魚類と鰐の混合体に近いが、頭部■■■る砲塔が異彩を放っている。
また、“サンプル”の凶暴■■一段と増しているジョンドゥ・レポートから得た防護壁が無ければ、この研究所は破壊し尽く■■■■■■■■う。
一刻も早く、制御方■■見つけなければ。
【Repor■ 4】
ついに研究が実を結んだ。この凶暴な生物兵器を完全に制御し、支配下に置くことに成功したのだ。
これで、我らは世界の■■■手に入れることが出来る。あの鬱陶しいシャン■■■始めとする愚者どもも、完全に一掃■■■■■■来るだろう。
他の研究所で完成した個体も次の作■■■■■れるようだ。だが、私の研究所の“サンプル”―――“アラガ■”こそ、我々に勝利を齎すものなのだ!
日記に日付の記載が無いので、いつのことかは解らないが、洞窟の様相から、かなり昔のものだろう。
そこから先は自分たちの造り出したアラガミが何人殺しただの、大規模な作戦で戦果をあげただの、どうでもいい事で埋め尽くされていた。
そして、レポートの最後の文章を開く。
【R■■■rt 2■5】
緊急事■だ!アラ■■が防御■を食い破り、外■と溢れだした。
奴らはこ■研究所にあ■あらゆる■のを食■散らしている。
他の研■■■■連絡が取れないこ■■■■どこも同じような状■■■■もしれない。
逃げよ■■も、本部の連中が強制封印■■■■■■、逃げ場■無い。
手際の良さ■■■えて、最初からこ■■■■とは予測済みだ■■■見るべ■■ろう。
この文章を見■■■。どうか、私■■無念を―――
「自業自得だ。愚か者」
破損したレポートを読み終わった私の口から思わず罵倒がこぼれる。
この研究所はアラガミを生物兵器として運用することを目的としていたようだ。
だが、アラガミを御するなど、遙かに科学技術の進んでいた元の世界―――否、古代ですら、不可能であったこと。今の時代の人間に出来るはずもない。
案の定、防壁の因子に適応したアラガミによって、全員喰い殺されたようだな。
機械類が残っているのは、このレポートにあった強制封印というものに関係があると思うが…現段階では詳細は不明だな。
………さて、虐殺犯のお出ましだ。
GuOOOOOO!
即座に、私は真横に飛び退く。
その直後、巨大な水球が私のいた場所を、コンピュータごと押しつぶした。
水弾が放たれた方向を向くと、其処にいたのは巨大な牙と頭部に砲塔を持つ魚類と鰐を掛け合わせたような、異形だった。
この瞬間、私は自分の予測が正しかった事を理解した。
「やはり、グボロ・グボロか。まさか、この世界で遭うことになろうとはな」
グボロ・グボロは水上に適応したアラガミ。
注意すべきは頭部の砲塔。ここから放たれる水弾は、下手な大砲などより、破壊力がある。正直なところ、私も人間体のままで、直撃を貰いたくは無い。
個体の強さはそれほどでもないが、有効な攻撃方法を持たない人間にとっては絶望的な相手だ。ルフィ達に相手はさせられんな。
今まで気配を感じなかったが、どうやら、部屋の隅にある穴から出てきたらしい。
先ほどの衝撃で、入り口だけでなく、床にも外につながる穴が空いたのかもしれない。
「Guuuu…」
グボロ・グボロはこちらをじっと睨み、低く唸る。
ダラダラと大きな口から涎が溢れだすのは、醜悪の一言に尽きる。
「どうやら、強制封印とやらから目覚めたばかりで、腹が減っているらしいな。だが―――私を喰らおうなどと、片腹痛いわ!」
私は素早く混成型へと変じると、グボロ・グボロ目掛けて突っ込む。
「GuOOOOOO!」
グボロ・グボロもそれに反応し、その巨体を活かした突進を繰り出す。
いくらなんでも、ウェイトに差があり過ぎる。まともに受ければ、押しつぶされるのは明白。
ゆえに、直線軸から半歩ずれ、左ブレードですれ違いざまに斬りつける。
「Gyaaaa!」
ブレードはグボロ・グボロの右ヒレを切り裂くが、浅い。
弱いとはいえ、さすがはアラガミ。
いつものように、一刀両断とは行かないな。
「それ、こいつも持ってけ」
グボロ・グボロの背後から、二連轟氷弾を連射する。
弾丸は正確にグボロ・グボロを捕え、背ビレを破壊した。
アラガミはオラクル細胞の集合体であり、その結合は非常に強固だが、箇所によっては、ダメージの蓄積により、結合崩壊が起きる。結合崩壊を起こした部分は比較的、攻撃が通りやすくなり、個体によっては、攻撃行動の制限をすることも可能だ。
「G,GUAAAAA!」
グボロ・グボロは激痛に呻きながらも、私に向き直り、頭部の砲塔の照準を合わせ、水弾を打ち出す。
鋼鉄の防壁をも容易く貫通する水弾は、私を正確に捕えるが
「甘い!」
極低温のエネルギーを纏わせた右手で、水弾に掌底を叩きつけると、水弾は一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った。
さらに、水弾を打った反動で動けないグボロ・グボロに一気に接近し、猛襲を仕掛ける。
「GAAAAAAAA!」
右ブレードが牙をへし折り、唸る拳打が砲塔を砕き、鋭い蹴りが胴体を穿つ。
瞬く間にして、グボロ・グボロは満身創痍となった。
「いかに弱体化したとはいえ、この程度の相手に後れを取りはしないか」
長い間何も捕喰していないためか、この個体は記憶にあるものよりもずっと弱い。
これなら、それ程苦も無く倒せるだろう。
だが、その慢心を突かれた。
「GURUAAAAAAA!!」
グボロ・グボロが猛攻の僅かな隙に、その巨体を無茶苦茶に暴れさせる。
「ぐがァ…!」
完全に油断していた私の腹を、グボロ・グボロのヒレが打ち据える。
身体が木葉のように舞いあがり、部屋の壁に激突する。
「…今のは効いた」
口から垂れる血を拭いながら起き上がると、グボロ・グボロが床の穴に飛び込み、逃げて行くのが見えた。
外で捕喰を行って、傷を癒すつもりか…そうはさせん。
私はグボロ・グボロを追って、穴に飛び込んだ。中は予想通り、海中に繋がっており、私の身体が原型に戻る。
前方にグボロ・グボロが見えるが、かなり離されてしまっている。
ブースターを噴出し、後を追うが、中々距離が縮まらない。
さすがに、海中では奴の方に分があるか。
しばらくすると、場所が開けた。どうやら、レッドラインの中を抜けたらしい。
ドゴォォォン!
鳴り響く轟音。
視線を移すと、其処にはレッドラインの壁に、頭を叩きつけている巨大なクジラが居た。頭にある無数の傷跡から、間違いなく、メリー号を呑みこんだクジラだ。
強制封印とやらが解けたのも、奴の仕業かもしれんな。
「―――!」
水の流れに違和感を感じ取って、グボロ・グボロに視線を戻すと、砲塔から、クジラに向けて、巨大な水弾を発射したのが見えた。
どうやら、クジラを捕喰対象に決めたらしい。
「―――!ブオォォォォッ!」
水弾が直撃し、クジラは苦悶の声を上げるが、その小島のような巨体ゆえ、絶命には至らない。
クジラはこちらを振り返り、瞳に怒りを宿して、こちらを睨みつける。
…おい、私もか。
クジラがその巨大な口を開く。嫌な予感しかしない。
案の定、クジラが物凄い勢いで、海水を吸い込み始めた。
ブースターを全開にして、脱出を試みるが、どんどんクジラの方に引き寄せられてしまっている。
それは、グボロ・グボロも同じで、必死に逃げようとしているが見て取れる。
(…アラガミが普通の生物に喰われるとは、何とも皮肉なことだな)
そんなことを考えつつ、私はクジラに呑みこまれて行った。
◆
しばらく水流により、身動きが取れない状況に陥っていた。
だが、胃袋に達したのだろか、水流による束縛が弱くなったので、水面に顔を出す。
私の眼に飛び込んできたのは空と小島。
…何故、クジラの腹の中にこのようなものが?
さらに辺りを見回すと、メリー号を見つけた。
どうやら、仲間達は全員無事のようだ。3人ほど知らない顔が居るが。
「「「「「「「………!」」」」」」」
「―――?」
皆が私を見て、驚愕の表情を浮かべている。
「「「「「「「バケモノだァァァーーーーッ!!」」」」」」」
「何!?化物だと!?」
私は周囲を見回すが、グボロ・グボロ姿は見当たらない。
「いないじゃないか」
「「「「「「「オメェのことだよッ!!」」」」」」」
…そういえば、ルフィ達にこの姿を見せるのは初めてだったな。
「落ちつけ、お前ら」
サンジが煙草に火をつけながら、他の皆を制す。
「その様子だと、何か厄介事があったんじゃないかい?カリギュラちゃん」
「「「「エエェェェェッ!あれ、カリギュラーーーーッ!?」」」」
あ、サンジにはアーロンパークで原型を見せていたな。
「うむ、私だ」
「ハッ!も、もしかして、お前、その姿は…!」
ルフィがワナワナと震えながら問いかける。
「これが私の本当の姿。少し前に見せると約束した姿だ」
「―――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「感動で声も出無ぇのか…」
ボロボロと涙をこぼすルフィにゾロが突っ込む。
…って、こんなことをしている場合ではない。
「皆、水面を警戒しろ!来るぞ!」
「来るって、何が―――」
「GuOOOOOOOO!」
ナミが疑問を口にするより早く、グボロ・グボロがメリー号の甲板に飛び出した。
「ギャァァァァ!何じゃこりゃぁぁぁぁッ!」
「まともな生物にゃ見えねぇな。料理しても不味そうだ」
「もう嫌ァァァァッ!」
「ミ、ミス・ウェンズデー!わ、我々は捕鯨をしに来たんだ!断じてクリーチャーの討伐に来たのでは無いぞ!」
「その通りよ、Mr.9!」
「…この生物は………」
「おい氷女、こいつはなんだ?」
(私達と同じアラガミだ。名称はグボロ・グボロ。水上に適応したアラガミで、頭の砲塔から水弾を放つ。それ以外に大した特徴は無い。…しかし、見事なまでにボロボロだな。創造主が叩きのめした後だろう。砲塔もオシャカだ。これでは、水弾すら撃てまい)
「おうコラ、さりげなくおれをアラガミにするな!」
(事実だ)
「おれは認めん!」
氷女とじゃれあいつつも、ゾロはグボロ・グボロから意識を離さない。この辺りはさすがだな。
「なんかしんねぇけど、やるって言うなら、相手になるぞ!ゴムゴムの―――」
「ルフィ!止せ!」
「―――スタンプ!」
グボロ・グボロの威嚇に反応したルフィが、伸びた足でグボロ・グボロを踏みつける。
私は即座にブースターで水中から飛び上がると、ルフィを強引にグボロ・グボロから引きはがすと、甲板に叩き下ろす。
…人型に戻る際に、外皮はちゃんと構成し直したから、そんなに慌てるな、ゾロ。
「な、何すんだよ、カリギュラ!」
「足を見てみろ」
「足?…ゲ!サンダルの底が無ぇ!」
ルフィのサンダルは、グボロ・グボロに触れた部分が綺麗に無くなっていた。
「奴はアラガミ。その身体はオラクル細胞の集合体だ。あらゆる攻撃を喰らって無効化する。ゆえに、迂闊な攻撃は命取りだ」
「………?」
「…アラガミにはお前の攻撃が効かないということだ」
「ええェェッ!じゃあ、どうすんだよ!」
「―――!カリギュラ!危ねぇ!」
ルフィと会話している私を絶好のチャンスだとばかりに、ゾロと睨みあっていたグボロ・グボロが標的を変え、襲い掛かってきた。
「こうするんだ」
振り向き様に、原型に戻した左腕で、グボロ・グボロに裏拳を叩きこむ。
大分痛めつけたので、人型でも、容易く殴り飛ばせた。
「GAGO!?」
グボロ・グボロはそのまま甲板を転がり、ぐったりとダウンした。
「アラガミに有効打を与えたければ、同じオラクル細胞で攻撃するしかない。今のところ、それが出来るのは、私と―――」
(私達だな)
氷女の声が聞こえたので、そちらを向くと、ゾロが氷女を鞘に納めたまま、倒れているグボロ・グボロに駆け寄るのが見えた。
「一刀流居合い…修羅雪氷女!」
ゾロは走りこんだ勢いを殺さぬまま、氷女を抜刀し、神速の居合いでグボロ・グボロを真っ二つにした。
瀕死状態とはいえ、アラガミをああも容易く切り裂くとは…ゾロと氷女の適合率は、私の想像以上に高いようだ。
真っ二つにされたグボロ・グボロはコアを露出させ、機能を停止させる。
「お、終わったの…?」
「9割方な。後はコアを喰らうだけだ」
私は腕を捕喰形態へと移行する。
「「ヒィ…!」」
「………」
見知らぬ3人がそれを見て、小さく声を上げる。
ただ、花の様な老人は、何やら考え込んでいた。
(待て)
コアを捕喰しようとしたら、氷女に声を掛けられた。
「…何だ」
(これは私と主殿が仕留めたんだ。捕喰は私が行う)
「仕留められるまで弱らせたのは私だ。私にも捕喰の権利はある」
(………)
「………」
「お、おい、お前ら…」
「な、なんか険悪な感じがしないか?」
「氷女と喧嘩でもしてるのかしら…」
「おれらには氷女の声聞こえねぇからさっぱりだな」
「ああ…険悪なカリギュラちゃんも危険な香りがして素敵だ!」
「ミス・ウェンズデー、何なんだろうな、あいつらは」
「電波を受信しちゃった危ない人たちなのかしら、Mr.9」
「………」
「ならば、解決方法は一つしかないな」
(ああ)
私と氷女は一呼吸置いて、
「(喰ったもん勝ちじゃーーーーーッ!!)」
「「「「「「「「発想が子供レベルだーーーーッ!」」」」」」」」
私は捕喰器官だけでなく、上の口も使って、グボロ・グボロに喰らい付く。
(主殿!早く早く!喰べられちゃう!)
「わかったわかった!だからそんなに喚くな!」
数瞬遅れて、氷女がグボロ・グボロ突き立てられた。
その後、コアは仲良く二等分して喰べた。
…これが、人間で言う、「おふくろの味」と言うやつなのだろうか。
まさかの同族との出会いであったが、あの研究所のレポートから推察するに、別の個体と遭遇する可能性が極めて高い。
何かしら、皆にも対抗手段を用意してやりたいな。
【コメント】
前回の予告に誤字がありました。
捕鯨編×
↓
捕グボロ・グボロ編○
皆さまに迷惑をおかけしたことを、ここにお詫びいたします。
あと、ハンニバル種の攻撃の中で、一番厄介なのは、予備動作無しの裏拳だと思います。