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[25145] Der Freischütz【ストライクウィッチーズ・TS転生原作知識なし】
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2014/06/29 11:31
始めに

Der Freischütz(魔弾の射手)はストライクウィッチーズ二次小説です。

ノリと勢いで書いているので更新は不定期で誤字脱字が多いかも。

内容はアニメと外伝小説、スオムスいらん子中隊をメインに書いて行く予定。





小説版とのアニメとの設定に矛盾があることに気付いたので、本SSでは以下のような設定にします。

アニメではストライカーの開発成功が1939年で、その試作機のテストをしていたのが坂本美緒となっている。

しかし小説や漫画の零では扶桑海事変が1937年に発生しており、それ以前にストライカーユニットが存在し、坂本美緒は新人としてストライカーを穿いていた。

なので本SSでは設定を統合して、

扶桑海事変が1937年が発生するが、以前より扶桑皇国が宮藤博士の協力で開発していたストライカーユニットとそれを運用するウィッチの活躍で撃退。
これにより各国にストライカーユニットの有用性が認められる。
              ↓
以前から開発協力していた国も含め、ブリタニアに科学者を集結させ、宮藤博士も交え、次世代のストライカーユニットの開発を始める。
扶桑海事変に参加していた坂本美緒もテストウィッチとして同行。
第二次ネウロイ大戦勃発後、ブリタニアからそのまま扶桑皇国海軍遣欧艦隊に合流。


という形に。





2010/12/28 第一話投稿
2010/12/30 第二話投稿
2011/01/03 第三話投稿
2011/01/10 第四話投稿
2011/01/17 第五話投稿
2011/01/23 第六話投稿
2011/01/29 第七話投稿
2011/02/05 第八話投稿
2011/02/11 第九話投稿
2011/02/18 第十話投稿
2011/02/26 第十一話投稿
2011/03/04 第十二話投稿
2011/03/08 第十三話投稿
2011/03/13 第十四話投稿
2011/03/21 第十五話投稿
2011/03/30 第十六話投稿


2014/02/23

何年も放置して誠に申し訳ありませんでした。

仕事のあまりの激務とブラックさに、ずっと更新が出来ずにいました。

しかし昨年には仕事も代わり、プライベートにも余裕が出来たのですが、あまり間が空きすぎたのと、今見ると恥ずかしいまでの厨二ぶりに創作意欲が湧かず、現在まで放置してきた次第です。

それに加えて、ヤマグチ先生の悲報も手につかなかった原因の一つです。

ですので、誠に勝手ながら連載の休止を宣言させて頂きます。

ストライクウィッチチーズの小説はいつかまた書きたいと思っているのですが、いまの所は予定がありません。

もしもう一度書くことになるならば、魔弾の射手の主人公設定を引き継いだ別の話になると思います。

期待を裏切り、誠に申し訳ありません。









[25145] 第一話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/06 20:37
Der Freischütz 第一話 「狂人を探せ!! あるいはウォーリー的転生者の憂鬱」




転生者、それは前世の知識を持って異なる時代、異なる世界に生まれ変わる者の事を指し示し、物語の中では大抵のその転生者が持つ前世の知識が有益かつ重要なモノとして転生者の力となり物語をいい方向へいい方向へと持っていく。


これは至極当然な事の成り行きであり、たとえ己自身にその様な非常識な事態が振りかかったとしても、その法則は不変のモノとして当然の如く自身に作用する…………、――――そう思った時期が私にもあったのだ。


「ねぇ、りっちゃん……」


現在、何故だか分からないが転生し、年端のいかない少女として第二の人生を送っている私は、端正といっていい自分の顔を歪めながら幼馴染であるりっちゃんにいつものごとく尋ねてみた。


「それってやっぱりパンツじゃないかな?」

「何言っているの司ちゃん。いつも言ってるけどこれはズ・ボ・ンだよ、ズボン。司ちゃんってやっぱり変わってるよね」


いや、変わっているンはソッチだよと、私は純白のパンティを純真そうな顔でズボンと言い張る少女に眩暈を覚えた。上半身はともかく、下半身にそれしか穿いていないのにりっちゃんはまるで羞恥を知らない。
おそらく『パンツじゃないから恥ずかしくない』と本気で思っているのだろう。


しかしながらこれこそが今、私が住む国の……いや、世界のグローバルスタンダードなのだ。


私の第二の人生を送る事になった世界は前世と大分違っていた。前世に照らし合わせるなら私、狩谷司が生まれたのは第二次世界大戦頃の日本になるのだろうがまず国名が大日本帝国や日本国ではなく扶桑皇国となっており、史実(前世)より積極的に海外進出を行っていて、大規模な海洋貿易国家になっている。他にもリベリオン合衆国(アメリカ)、ブリタニア連邦(イギリス)、帝政カールスラント(ドイツ)など国家の名前や在り方なども大なり小なり前世の歴史とは異なっている。


そもそも第二次世界大戦すら起こっていないが、その原因には史実はないデタラメな侵略者の存在がある。


――ネウロイ、それこそが現在の全世界共通の敵となっているモノの名称である。
私なりの表現で言い表すならば前世でやったゲーム、マブラヴに登場したBETAを機械兵器チックに置き換えた存在である。BETAとはいろいろな点で共通点があるが、回収した資源を宇宙に送る様子もないので資源回収ではなく、特定の知的生命体を抹殺するために異星人が造った自己増殖型キリングマシーンなのではないかと私は勝手に妄想している。

これで戦術機とか登場してくれれば、不謹慎だが心が躍ったと思うがこの世界の工業能力はそこまで進歩していないので、そんなものはどこも開発してはいない。

だが代わりにとんでもない技術を使った、とんでもない兵器が対ネウロイ用に開発された。
その名はストライカーユニット。名前だけ聞けばカッコイイのだがその実態はいろいろな意味でのトンデモ兵器だ。


『魔力を動力とする魔導エンジンを搭載した魔女専用装備』


魔女や魔法、これがこの世界では当たり前のように存在し、なおかつネウロイに対して有効である事実に私は神の悪意を感じた。(特に魔法が女性にしか使えず、使用時に使い魔の力を使う為に尻尾と耳が生える事や、年齢的な意味やxxx的な意味で大人になると魔法力が弱くなって魔女じゃなくなるあたり、確実な悪意を感じる)


しかし、今やこの世界では私もデタラメの代名詞である魔女なのであまり深くは突っ込めないが……。


話を戻そう。ストライカーユニットには航空型、陸戦型が存在するのだがその形状は機動性や魔女の持つ固有能力(火炎を出すとか、姿消すとか、投射したモノを自在に操るとか、とにかくすごいチート)及び魔導シールド(魔女が出す、すごいシールド。ネウロイの攻撃を実弾、ビームを問わず防げる。大人になったり大人の階段昇ったりすると使えなくなるらしい。ストライカーユニットを扱う魔女の引退は魔導シールド展開の可否で決まるとか)の耐久力と大きさを考慮した結果、極限までの小型化がされ、ストライカーユニットは馬鹿にでかい長靴の様になり(それでも他の航空機や戦車に比べればよほど小さいが)、その形状通り長靴の様に履く事で装着する。

さらにストライカーユニットとの干渉を避けるために下半身の露出を大幅に防ぐような服を着用出来ないうえ、魔法使用時に生えてくる尻尾に干渉しないようパンツ(ズボン)に切れ目を入れるか、超ローライズを穿かなければならない。

ストライカーユニットを装備した各国の機械化航空歩兵の写真を見てきたが、どれも性質の悪いコスプレにしか見えない。
我が母国、扶桑皇国に至ってはストライカーにミニスカ巫女服だとか、お尻に尻尾用の切れ目が入ったスク水の上にセーラー服や軍服とか各国からさらに抜きん出ている。
さすがHentaiの国、日本もとい扶桑。ストライカーユニットの開発に成功したのも扶桑の博士であった所に片鱗を感じさせられる。
年端のいかない少女にイメクラ紛いの格好を強いるとは開発した故人宮藤博士はきっと、よほどの変態紳士だったのであろう。

けれど魔女、ウィッチ達はその格好に全く羞恥を感じていない様なのだ。
それどころか世界中の成人していない女性の殆どがパンツの事をズボンと主張し、それしか穿いていない事はザラで扶桑の女学校の制服はセーラー服+スク水orブルマorパンツが一般的という変態的な常識がまかり通っている。
前世に存在した大きいお友達が見たら血涙を流しそうなカッコをした少女達が戯れている様子を割と簡単に見る事が出来る。
しかしながら自分がその様な恰好をしなければいけないとなると別の意味で血涙を流したくなる。
――本当に責任者が居るのなら出てきて欲しい。


この世界で生まれた人間は生まれた時からこの世界の常識に沿って生きているからいいだろうが、異邦人たる私は違う。なまじ前世での規範や常識が染みついている分、そのような格好に凄まじい抵抗感を感じる。これほど前世の記憶を恨めしいと思う事になると誰が予想した。
故にこの世界では私こそが狂人であり、私こそがウォーリーを探せ!!でいう所のウォーリーなのだ!! 
まぁ、私はウォーリーよりも遥かに目立ってしまうのだが…………。


「……………………」

「やっぱり司ちゃんて、どこいっても目立っちゃうね」


私とりっちゃんは今、学校から家へ下校する最中なのだが、会う人、会う人が必ず私を見てくる。
私にはそれがまるで自身の格好(セーラー服にスク水)をおかしく見られているように思え、羞恥心を煽られるが、目立つ真の理由は私の容姿だ。
日本人ばなれしたブロンドの髪(でもお年寄りから白髪に間違われる)に金色の瞳。つまるところまったく日本人に見えない容姿が私を悪目立ちさせているという事なのだ。


私自身の親は容姿、国籍も合わせ両方立派な日本人であるのだが(ただし父は写真でしか見たことがない)、祖父がカールスラント人であるので隔世遺伝のクォーターということになる。
――何というか私はあらゆる意味で異端だ。


「じゃ、りっちゃん。また明日」

「うんまた明日ね、司ちゃん」


私はりっちゃんに別れを告げると駆け足で自宅に帰る。 
我が家である古い木造建築の家の玄関に着くと、靴を脱いで母親と祖母に帰宅を伝えた。


「母さん、ばっちゃ、ただいま」

「あら、お帰りなさい司」

「おや、今日はやけに早いじゃないかい」


母と祖母は口々に言葉を返す。私の家は父親に祖父、男兄弟もおらず我が家の家族構成はこれだけだ。
狩谷家は代々魔女の家系であるのだが同時に生まれてくる女子は男運に恵まれないというジレンマを抱えている。祖母はカールスラント人の男性と、かなり深い関係になり子供まで儲けたが、様々な事情から周囲に結婚を反対され引き裂かれてしまったし。
母は結婚してすぐに父と死別してしまった。我が家の魔女は代々そんな感じで、その男運の無さは呪いに匹敵するほどだ。
だが前世で男性であった私は結婚することなど微塵も考えていないので、あまり関係のない事ではある。
私の代で狩谷の血が絶えるのは、正直忍びないが、私が男とコンバインするなど毛ほども想像できないので仕方がない……。


私は家に入り鞄を自分の部屋に置くと、家の庭にある使われなくなった土蔵に向かった。


「伯爵、伯爵。帰ってきたぞ」


暗い物置の中でそう告げると当然暗がりで小さな二つの眼が光り、バタバタとした羽音がこちらに向かってくる。


「ピギー、ピギピギ、ピギー」

「こらこら、そんなにがっかなくても、ちゃんと果実を持ってきたぞ。今日は伯爵の大好物の桃だ」


そう言って私は自分の使い魔であるコウモリ、「伯爵」に桃を与えた。


――私と伯爵との出会いは森の中であった。
伯爵はその大きさからコウモリの中でもオオコウモリに分類されると思われるが、前世の知識では本来オオコウモリは生息分布である小笠原諸島と琉球列島にしか存在していないはずだが、何故関東圏の森で倒れていたかは分からない。(前世とここは似ていても別世界なので何ともいえないが)
とにかく私は怪我をしていた伯爵を家に連れて帰り、手当をした。
りっちゃんの母親が稀有な回復能力を持つ年長の魔女だった事が幸いし、回復魔法を使う事で伯爵はみるみる良くなっていった。

今思うと、私はコウモリである伯爵に自己投影を行っていたのかもしれない。
イソップ物語の「卑怯なコウモリ」では蝙蝠は獣と鳥の両方にいい顔をしてしまい、最後にはどちらからも追放されてしまった。
そのコウモリの二重性が私には自身の自己の境界性の揺らぎを象徴しているように思えたのだ。
前世と現在、扶桑とカールスラント、男と女、様々な面で現状どっちつかずの私はコウモリのソレとなんら変わりない。

まぁ、その様に自分の中でも思う所があり、回復した後、私は伯爵を私の使い魔とした。
野生動物を使い魔にした場合には感染症を持つ疑いがあるので、魔法術式を用いた滅菌処理をこれまたリっちゃんの母親にしてもらった。
何というかマジ魔法パネェ。
最近ではこの魔法滅菌処理は畜産にも利用され、無菌豚の生産に成功したそうな。科学に合わせ魔法という伸びしろがある分、色々と便利な世の中だ。


「じゃ、そろそろ出かけるから伯爵。ちゃんとついてこい」

「ピギー!」


私は伯爵に桃を与え終わると、制服に比べまともな服に着替え、帽子を被り、玄関で靴を履き替える。
なお、これら全ては私が今から向かうバイトで稼いだお金で買った物だ。他はおさがりばかりで、女手しかない我が家はあまり裕福といえない現状が表われていた。


「じゃ、母さんとばっちゃ。出かけてくるから」

「粗相のないようにね」

「気を付けて行っておいで」


私は家を出るとすかさず耳と尻尾を出し魔女のしての力を顕現した。
この状態の利点は魔力を消費するがその分、元の運動能力の数倍以上の力を発揮できる所にある。
この状態で走ればバイト先に行くまでの時間が半分以上短縮される。耳と尻尾が出るせいで余計に目立ってしまうのは、走るのに邪魔にならない程度に長いスカートと帽子より解決できたので私はそれほど恥ずかしくはない。

――そういえばこの世界には普通のオリンピックに加え、魔女限定のオリンピックがあるのだが、何故あのような前世の深夜にやっていた如何わしい番組並のアレを公共の電波にのせられるのかと思う。いやマジで本当に……。







「いやー、司さんが居て本当に助かっているよ。司さんが提案してくれた新メニュー『お子様ランチ』は家族連れに大人気でね。最初はご飯の上に旗を立てるのに少し抵抗を感じてたけど、全体としてみれば綺麗だし子供も大喜びさ」

「いえ、私は盛り付けを提案しただけですから、後は門屋店長の腕があっこそですよ」

「いやいや、司さんも若い内からそんな謙遜が出来るとは……やはり将来が楽しみだ」


私は現在、港の近くに存在する、とある洋食店で働いていた。
前世では学生時代に同じような洋食店で働いていた私は偶然この店を見つけ、前世での思い出に浸っていたのだがそれが門屋店長にはひもじい思いをしている栄養欠乏児に見えたらしく心配になって私に声を掛けてくれたのだが……。
――いつの間にやら洋食についての話になり、私は調子に乗って前世で働いていた店でおやっさんに深くきつく叩きこまれた洋食のノウハウを門屋店長にひけらかしてしまった。


洋食はこの世界ではまだまだ新しいジャンルのものであり、その道を試行錯誤を繰り返して進んできた門屋店長にとってその内容は大変衝撃であったらしく、私は肩を激しく揺すられ質問攻めにあった。
しかし私は知識の出所を一切の秘密とした。前世ですなんて本当の事も言えず、下手に嘘を吐けば後でボロが出て事態が余計にややこしくなると考えた私は口を噤んだのだ。
変わりに私は門屋店長にこう持ちかけた。『私の知識について一切追求せずに私を雇ってくれるなら私の持っている知識を詳しく教えます』と……。


正直、家の経済状況を考えて働きたいと思っていた事もあったのと、前世では料理人になって自分の店を持ちたいとの大望を抱いていた私である。(勿論、叶わぬ夢であったが)
何としてでも雇って欲しかったのだ。
結果として私は門屋店長に雇われ無理のない範囲でこの店で働くことになった。これが約一年前の出来事……。
正直、まだまだ短い第二の人生の中であの時こそが前世の知識が一番役に立ったと感じた場面であった。


「司さん、オムライス一つ頼むよ」

「――分かりました」


私は慣れた手つきでフライパンを準備する。こういう立ち仕事は小学生がやる様なモノではないが私には魔法というとっておきのチートがある。
衛生の為、尻尾と耳を頭の布巾とエプロンで隠し、足りない身長を店長に作ってもらった台の上に乗って補い作業に従事する。フライパンを片手で扱うのに必要な力も魔力が補ってくれる。
最初は自身の魔力量が少なく途中でキッチンの仕事ができなくなってしまう事がしばしばあったのだが最近では魔力量にも余裕が出てきてるし、十数年近いブランクも近頃はそれほど感じる事もなくなっていた。
現在小学生である私が働いている……、この事についても前世であれば色々な法律に引っ掛かかっただろうが子供の内から仕事をこなしている人間はこの世界では珍しくもない。
魔女の仕事など十代から二十歳くらいなので、かなり早い内から従軍していたりもするし。







「ごくろうさん、司さん。最近はお客さんもいっぱい来るようになったし僕一人じゃ大変だからね。はい、これはいつもの賄だよ」

私が仕事を終えると門屋店長は欠かさず賄を出してくれる。
この洋食店は基本門屋店長が一人で切り盛りしており、私が仕事を終えた後も門屋店長は仕事が続いているのにもかかわらずにだ。
私はもう少し時間を延ばしてもいいといいうのだが、門屋店長は子供をそんな時間まで働かせられないと頑なに拒否させられた。
――かといって申し訳ない事を理由に賄を断る事は、成長期真っ盛りの私の胃袋が絶対に承諾しなかった。
最近、私は急速に背を伸ばし、10歳過ぎでもう145cmに届くかというほどの伸びっぷりだ。
おそらくいい物を食ってる事と私に色濃く表れているカールスラント人の血が理由だろう。


私は遠慮なく賄にありついた。
一度は家族に申し訳ないと鋼鉄の意志で断っていた時期もあったが、それからは小さな鍋にシチューの残りをいれて持たせてくれて、残ったパンの耳を油で揚げて砂糖を塗したモノを持たせてくれるようになり門屋店長の言葉にも押され、私は賄を食べる事がほぼ習慣となった。

しかし魔法を使ってガス欠の私がガツガツ食べているところを門屋店長に見られていると、やはり何だか申し訳なく思えてくる。
(何だがいろいろ催促したようで本当にスイマセン門屋店長)
そう心の中で呟きながらも私の手と口は決して止まることはなかった。






Side/門屋店長


こうして司さんがせわしなく食事をしている所を見ていると普通の無邪気な少女に見えるのだが、実はそうではない事を僕は知っている。
司さんに初めて会ったのはもう一年も前になる。
ガラス越しにこちらを見る司ちゃんを僕は最初に見た時、見た事もない華やかな料理を見て腹を空かせているただの子供と思っていた。
今思えば、彼女の瞳は郷愁や羨望の感情を映していたのかもしれない。
興味本位で開店前の店から出て彼女と言葉を交わした時、私は人生の中で最高の衝撃を受けたと思う。
もちろんそれはこれからも変わる事はないだろう。
彼女の口から出たのは洋食に対する深い造詣、知識に加えて洋食について十年以上勉強してきた僕が全く知らない調理法に料理。
それらが嘘やデタラメでない事は僕が積んできた経験が告げていたし実際にそうであった。


ところが彼女は知識の出どころを僕には一切話してくれなかったし、追求しない事を条件に僕に雇って欲しいと頼んできた。
僕はその条件を飲んだのだが、一度どうしても気になり彼女のいない間に司さん家を訪れ家族にそれとなく聞いてみたが、返ってきた答えは驚くべきものだった。

「娘は洋食の『よ』も知らない様な子なのですがちゃんとやっていけてるでしょうか?」

僕はとっさに否定の言葉を出しそうになったが何とか抑え、「そうなのですか」と話を合わせた。
すると彼女の母親は自身の家が貧しい事、娘に全く贅沢をさせてやれないことを僕に語ってくれた。
その上で、できれば彼女の仕事が拙くとも何とか彼女を使ってやって欲しいと僕に告げたのだ。
彼女の祖母から聞いた話もほとんど変わらなかった。


確かに司さんは最初の頃は拙い所があったが、少なくとも全くの素人でもなかった。
ならば彼女はどこで洋食について学んだのか?
分からない事は他にもある。
彼女は最初の僕の店に入った時、彼女はぼそっと小さな声で『レトロな店、懐かしい』と呟いた。
レトロとは一体どういう意味なのだろう、それに何故懐かしいなどと言ったのだろうか?
他にも彼女がお客に出せない残りものの材料を使って作った焼きギョーザなる料理も大変おいしいかったが、同時に大変に完成された料理に思え、彼女に自分で考えたのか尋ねると『いいえ、チューカ料理です』と答えたのだが、僕がチューカ料理とは何かと聞くと彼女はハッとなって口を噤んでしまった。


魔女と言うのは古くから各国で神秘の象徴とされてきたが、彼女の料理についての知識の深さは掛け値なしに魔的だ。
僕は約束を破ってでも彼女の秘密を知りたいと時々思うのだが、そうしてしまうと扶桑の昔話にある鶴の恩返しの様にどこかへ消えてしまうのではないかという不安に駆られる。
願わくばずっと僕の店で働いてくれればいいとそんな傲慢な事を考えるが、そうもいかない事は僕にも分かっている。
彼女は小学校を卒業した後、魔女、――いやウィッチ養成学校に行くと決めていると言っていた。
彼女は経済的な事情から普通に進学していくのは困難であるが、ウィッチ養成学校へ入れば様々な支援を受ける事ができる。
けれど同時にウィッチ養成学校を卒業すれば危険なネウロイとの戦いを行っている前線に向かう確率が非常に高い。
ストライカーユニットを駆使して戦場で戦うか、魔女の力を使い後方支援に回るか。
多少の違いはあるものの、どちらも同じく前線への赴任であり死の危険と隣り合わせなのに変わりない。


人類が初めてストライカーユニットを駆使してネウロイを撃破した扶桑事変。
それを題材として製作された映画は扶桑国民の精神を大いに高揚させ、多くの幼き魔女が感化を受けて軍へ入っていった。
聞いてみた所、彼女はその映画を見ておらず、憧れでウィッチになった訳ではないという。
ならば何故?と彼女に尋ねた所、彼女は困った表情でこう答えた。

『後悔したくないんです。出来る事を出来ないと決めつけて諦めるのは、――もう御免だから』

その時の彼女の顔は年端のいかない少女の顔ではなく、人生を長く積み重ねてきた大人の顔だったと僕は記憶している。
本当に不思議な事だと僕は思う。
あの扶桑人離れした容姿に、時々見せる大人っぽい仕草や言動。それに今の様に賄を食べている時の年相応の無邪気な様子。
それに彼女の神秘性が合わさり、彼女の魅力を大きく高めている。
僕がもう少し若ければ……、などと馬鹿な考えをするくらいに彼女は魅力的なのだ。

『(願わくは彼女の未来に幸有らん事を……)』

食事を取る彼女を見ながら僕はそう強く願った。








「では気を付けて帰ってくださいね、司さん」

私は店長と数度言葉を交わした後、洋食店を出て帰路に就いた。

最近、店長と共有する話題はもっぱら、ネウロイの欧州侵攻についてである。店長は私にいかに欧州が現在危険で危機的状況にあるかを語り、従軍は命がいくつあって足りないから小学校を卒業したら内で本格的に働かないかと持ちかけてきた。

話が飛躍しすぎではないかと思うかもしれないが、家計があまり芳しくない我が家では補助の出るウィッチ養成学校以外進めないので政府の、軍属のウィッチにならないならそこからもう自分で働かなければならない。
そういった子供も現在の扶桑ではさほど珍しくないが、いざ自分に身に関わってくると嫌なものである。
洋食店で働くのは好きだが、一生あそこで働きたいかといえばNOである。
何というか最近、店長の私に対する態度は怪しいものがあるのだ。
3日前だっていきなり『そういえば海外のウィッチに30歳も年の離れた将校と恋愛結婚した子がいるそうだよ。君はどう思う?』などと聞いてきた。
その時に店長の言葉にはやけに熱が籠っていた様に思える。
さらには卒業して内で真剣に働く事を考えてくれたら給料も上げると、まだ10歳と数カ月の私にしつこく言ってくるのだ。
正直、狙われているとしか思えない。
生理的にも道理的にもアウトである。
童顔で優男で前世のアニメやゲームキャラに強引に例えるならカーキャプの桜父とか白詰草話のツナカワの様な容姿の店長だからこそ余計に私を心配にさせた。
雇ってくれた恩を仇で返すようで悪いが小学校卒業までのらりくらりとかわしながら軍学校への入隊までもたせよう。
私は心の中でそう誓っていた。


軍属となり、前線でネウロイと戦う事に恐怖を感じないかと問われるならば全く怖くないわけではない。
だが、それ以上に軍属のウィッチになる事が私には魅力的であった。
待遇はべらぼうにいい。
衣食住は一切保障されるのに加え、給料も破格で前世の価値で年収400万からでエース級のウィッチとなると1000万を超える事もある。
そして階級はしょっぱなから軍曹、これは男性軍人がむやみにウィッチに粉を掛けさせないようされた処置であり、私にとっても大変ありがたいものだ。
他に色々な特典があるのだがそれは割愛する。
それに私がウィッチになりたいと思った一番の理由は、後悔したくないからだ。


人類種の天敵たるネウロイの天敵足り得る魔女。
私はその一人としてネウロイと戦える力を持っている。
ただ戦える期間はわずか20歳ほどまで。
その間にネウロイと戦っていなければ恐らく私はずっと後悔するだろう。

戦えるだけの力、やれるだけの能力を持っておきながらなぜ戦わなかったのかと。

思えば前世の人生は後悔の連続だった。
言い訳ばかりでいつも半端、何一つやりとげられない、やろうとしない情けない自分。
料理人になるという夢も自信のなさを言い訳にして結局、自分から目を背けたのだ。
そんな私であるが、何の因果か第二の生を受けて今、ここに生きている。

一度はなくした命だ。
だからこそ重要で尊いモノだということを我が身にしみて理解している。
だが……、――いやだからこそ、その命を守る為に戦わなければならないと私は思うのだ。


「でも、できれば今からでも入隊して、戦場に出ても死なない程度の技量を身につけておきたいな。それに若い内から入った方が給料を多く貰えるし、貴族やお偉いさんとの人脈を築いておいて退役後にコネで店を出す為には入隊は早い方がやはり有利だと思うし。私が今からウィッチとして軍に入隊するには誰かお偉いさんの推薦が必要だけれど……」

そうな取りとめのない考えをはしらせながら帰路についていると・・・・・・

「ドロボー!! 待てこら! 待ちなさい!!」

声を耳に届いたのとほぼ同時に横を誰かが凄まじい勢いで通り過ぎるが魔力である程度強化された視覚は確かにその横顔を捉える。私は瞬時に眼球に魔力を込め、過ぎ去っていく人物を捕捉した。夜ではあるが蝙蝠である伯爵と同調しているおかげかはっきりくっきり相手を映しだす。見えたのはヒゲの濃い厳つい中年で、手には不釣り合いで高級そうな鞄を抱えている。

「こらっ!! 鞄を返しなさい」

ヒゲ中年の通り過ぎた道の方から二度目の声が聞こえた。

……なるほど事情はだいだい察する事ができた。 おそらく声の主が本来の鞄の持ち主であり、あのヒゲは盗人という訳だ。

私は門屋店長にもらったジャガイモを入れた袋を地面に置くと、おもむろに一つ取り出す。手に持ったジャガイモの形を握って確認し逃げた盗人に目を向けた。

「大分離れたけど、届かない距離じゃないな。 ……門屋店長ごめんなさい!」

息を大きく吸い込むと、私はジャガイモをオーバスローで盗人めがけて投擲した。

それは出鱈目なフォームだった。前世も合わせて野球など数えるほどしかした事のない私である。しかもボールではなくジャガイモの投擲。

だがジャガイモは凄まじい勢いで盗人めがけ飛翔する。魔女としてのありったけの力を込めてのオーバースロー、ジャガイモはただ物理法則に従い、込められた力の通りに空気の壁を喰い破るように突き進んだ。

けれども、いくら距離が届こうとコントロールがなければ意味がない。次第にジャガイモは横にずれ、盗人に後、少しという所で進行方向は完全に壁の方に逸れた。

しかし……


「――曲がれ」


魔女は理を超越する……。

壁に向かっていた筈のジャガイモが直角に軌道を変える。横の向きを変え、下へと。法則を無視した魔の二段変化。その時、確かにジャガイモは、――魔球と化した。

まるで吸い込まれるように、地を踏み抜こうとする盗人の足と地面の間にジャガイモが滑り込む。盗人は思いっきりジャガイモを踏み、盛大に転倒した。地面に倒れこんで動かなくなったが、強化された聴覚は確かに盗人の鼓動を捉えていた為、私は取り乱すことなく逆方向に向きを変える。

「待て! 待ちな……」

「盗人なら100メートルほど先でのびています。そう焦らなくても鞄は取り戻せますよ」

私は息を切らせた身なりの良い男性にそう声を掛けた。








「いや~、職業柄ウィッチにはよく会うんだけど、あんな所を助けられるなんて……。ところで君は何処の所属なんだい?」

盗人を警察に送り届けた帰り道、私のとなりには鞄の持ち主だった男性がいた。
話を聞いた所、どうやら海軍の軍人で大尉だそうだ。
眼鏡を掛けており、どこか頼りない優男の様な印象を受ける。
相当若く見えるのに実力者か七光か……。

「いえ、軍属ではないです。まだ小学五年生ですし」

「えっ、小学生なの?」

驚かれた。
無理もない。同い年の子はみんな130cm台なのに対して私の身長は145cm、中学生ぐらいの高さだ。
その所為で学校でも目立つのだが――女学校だからまだいいが何か親が見に来る行事は止めて欲しい。
特に運動を伴うようなものは……、運動会なんて親達の目線がこちらに集中する上、服装がぱっつんぱっつんの制服+ブルマorスク水なので気が変になりそうになる。
身長と比例せず胸がまな板なのが唯一の救いだ。

「小学5年――か。しかしあの能力を鑑みればむしろ……、いやあの話が出た後にこんな巡り合わせがあるなんて、よし」

(あの話? 一体何の?)

そうこう思っている内に両腕を包むように掴まれ、軍人さんは顔を思いっきり近づけてきた。

「君、海軍に入らない?」

「えっ、……えーと。はい?」

――思えばこれが私の人生のターニングポイントであった。



[25145] 第二話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/12 22:22
Der Freischütz 第二話 「初めての……」




前話より数か月……一九四十年

私こと狩谷司は半年の訓練を経て船に揺られ海を渡り、スオムスへ派遣されている真っ最中だ。
半年というのは短いと言われるかもしれないがウィッチの二十歳前までしか戦えない事を考慮し、できるだけ早く前線に出れるようという考えがあっての事らしい。
中には碌に訓練を受けずに前線に出る例もあるそうだ。
何も訓練を受けずに戦場に出るとは正気の沙汰とは思えない。居るのなら顔を見てみたいものである。


一九四〇年現在、欧州の状況は芳しくない。オストマルクに続きカールラントは五月にベルリンが既に陥落し、現在カールスラントとオストマルクに隣接するガリア、ヴェネツィア、オラーシャにネウロイが大挙して押し寄せてきている。
人類が築き上げてきた戦争の歴史から鑑みて攻勢正面を多面に増やすことなど考えられない戦法だが、ネウロイはそれを実行してきた。
この為、こちらも多面攻勢に対応する様ウイッチの数を増やさなければならない。
そのあたりも訓練期間が短くなった要因の一つとして間違いないだろう。


「しかし配属がスオムスとは……」


いきなり配属が激戦区ではなかったのは素直に喜ぶべき事だろうが……。
やはり配慮があったのだろうかと思い。あの優男風の大尉との最初の会話の一言が思い出される。


『君には海軍の新たな広告塔となって欲しい。正確にはその候補の一人なのだが』


優男風の大尉、石間清治(いしま きよはる)の話はこうだった。現在扶桑海軍は新しいウィッチの広告塔を探している。
扶桑のウィッチの中で広告塔といえば陸軍出身の穴拭智子が有名である。
自分は軍属になる前は友人やラジオで名前を聞くだけで詳しく知らなかったがここ半年でかなりの事情を知った。
通称「扶桑海の巴御前」で自称は「白色電光(の)穴拭」。
白色電光穴拭というとなんだか語呂的に某機動戦士を思い出してしまうのは自分だけであろうか……。
――とにかく彼女は有名だ。プロパガンダ色が凄まじい映画、「扶桑海の閃光」にも本人役で主演して国民に絶大な人気を得た。
扶桑軍に入隊する幼き魔女たちの志望動機の6割近くが彼女に憧れてというものだそうだ。
しかしそれが問題となった。彼女に憧れて入った魔女たちは彼女の戦い方を真似ようとする。つまり単機による近接空中格闘戦をしようとする傾向にあるが、その戦い方は現在の対ネウロイ戦で言えば悪手に分類される。


ネウロイは度重なる人類――いや魔女との戦いを経て学習してきた。ネウロイの大型化や小型種の連携を始め、さまざまな行動を取るようになり初期のウィッチ達のドックファイト戦法はよほどの実力者でないかぎり通用しなくなった。
それだけではない、飛行型から派生し陸上で活動する戦車型ネウロイや、光線ではなく視認しにくい小型の弾丸を高速発射するタイプまで割と初期から出現してる。
あの学習能力といい、雲の様な巨大な巣といい、何かとBETAを連想させるがグロくないだけマシである。


話が逸れたがとにかく穴拭智子に憧れて軍に入ってくれるのは軍部の目論見通りだが、彼女の戦闘スタイルまで真似ようとするのが問題なのだ。
ある程度は訓練で矯正できるが我が強い者は前線までそのスタイルを貫こうとする。――そして自身だけではなく同じ隊の仲間まで危険に巻き込む。


『かつて武子君が智子君に対してした危惧が扶桑所属の魔女全体規模で起こっているとは皮肉な事だな』

そう石間大尉は言っていた。


陸軍は何とか事態の打開を図る為、カールスラントで義勇軍として戦っている加藤武子やスオムスの穴拭智子その人の現在の活躍が隊の仲間との連携あっての勝利と強調して国民に宣伝しているが一向に効果は上がらない。
例え映画であろうとその戦いを一度、目に焼き付けてしまった者にはいくら穴拭智子達、エースの活躍が仲間との連携によるものだと謳ってもその仲間たちというのはエースを引き立てるおまけにすぎないのだろう。
それに扶桑の魔女いや巫女達の先祖は多数の敵に対し単機で戦い、巫女同士ではお互いに名乗りを上げて一騎打ちをしたという。
そうした血が彼女達の戦い方に確実に影響している節もあるのだ。


そうした現状に痺れを切らした海軍は新たな広告塔を立てることにした。
単体ではなく隊単位で活躍する存在。
アイドルならソロではなくユニットで活躍する広告塔というわけだが、私はその件に関して絶賛選考外となってしまった。
理由は私が創設しようとしている広告塔の隊に入ると私だけが目立ってしまうからだ。
まず容姿、私の外見は外国人なのだ。地元でも港の方に行くと外人さんに間違われて話掛けられる事もあるほどに。
それに年齢――身長は変わらなくとも年齢は他の候補の子達と比べて2,3若い。
極めつけは私の固有魔法、自分が思うに後方からの遠距離射撃に使えば援護に最適かと自分で思ったのだが、訓練をしていく過程で戦い方次第では単機で大型を倒す事も十分可能でありうるというお墨付きを教官からもらってしまった。
私が入れば広告塔の隊の均一性を崩してしまう。
結局の所、私は海軍の求めていた新たな広告塔とは対極に位置する存在だったという訳だ。


私を推薦してくれた石間大尉には申し訳なく謝罪した事もあったが石間大尉はいつもの様なやさしそうな笑みを浮かべてこう言った。
『確かに君は今海軍が求めている広告塔像とは違ったが君には光るものがある。それを感じたからこそ君を海軍に推薦したんだ。前線に出れば君は素晴らしい活躍をしてくれると思う。年齢的にいきなり国境線沿いの激戦区はきついだろうから智子君が居るスオムス辺りが望ましいが……。とにかく個人としては君を応援しているよ』

最初は頼りなく思えた大尉だが、入隊してから海軍中でも相当な切れ者で海軍の情報部とも懇意にしているという話を聞いた後は不思議と心強く感じた。
今回の欧州への補給に合わせた単身でのスオムス行きも彼が根回ししてくれたのではないかともっぱらの噂だ。


しかし配属先がスオムス義勇独立飛行中隊とは……。ここは例の彼女、穴拭智子中尉が率いていた部隊だ。
それはいい、それはいいのだが……私は輸送艦の護衛に編成されている航空母艦の中である話を聞いたのだ。
発端はあまりに暇すぎる船の中で普段の乗員が一体何の話をしているのかと伯爵を憑依させて聞き耳を立てたことにある。

『だから本当なにだって穴拭中尉は…………』

『やめましょうよそんな話、穴拭中尉や……義勇中隊の方に失礼ですよ!!』

どうやら穴拭少佐や彼女の隊の事を話していると分かったその時の私は、ラジオをチューニングするように彼らの声の波長に耳を合わせた。
すると……


「お前が何と言おうとな穴拭中尉は女好きなんだよ。百合だ百合、武語(元の世界でいうところの英語)で言う所のレズビアンって奴だ」

えっ!! どういう事?


「だからそう言う根も葉もない話をするなと言っているんだ!! だいだい何の根拠があってそんな話を……」

「忘れたのか、俺はほんの数ヶ月前まで、整備兵としてスオムス義勇独立飛行中隊が居るあのカウハバ基地に居たんだ。部下の迫水ハルカ飛曹とジュゼッピーナ・チュインニ准尉が夜な夜な穴拭中尉の部屋に入っていき……吹雪がない静かな夜には数刻と立たずボロな造りの宿舎からは噛み殺したような喘ぎ声が聞こえてくる。あの基地では日常茶飯事な出来事だったよ」


ゴクリ……と片方の士官が喉を鳴らす音を私は確かに聞いた。何なんだこの会話は!?
この二人がわい談の様な話をしているのはいい。海の男というのは男だらけでずっと海に居るせいでアッチの気に目覚める事が多いと聞く。
そういう事態を防止する為に本能的に女性の少し卑猥な話題を男同士で話し合う事でガス抜きをし自身の正常性と健全性を守るのは仕方のない事だ。
しかしこの話題は何だ!! 穴拭中尉が女好き!? そんな話は聞いていない。
ウィッチはその能力を守る為に男性と接触を極力しない環境でウイッチ同士つまり女性同士で長期間生活する。
そしてその中で女性同士の倒錯的な関係に至る事もあると聞いたが自分の隊の隊長が、あの巴御前の穴拭智子がそうだとは夢にも思わなかった。


「しかしあの穴拭中尉が一体何故?」

「スオムスを行く前は恋人はキューナナ(キ27飛行脚)みたいな人だったからな。やっぱり原因はスオムスへの配属だろ。扶桑海戦で活躍した同期はみんなカースラントに派遣が決まったのに一人だけ当時はネウロイなんて襲来していなかったスオムス。そこでの挫折が中尉を変えたんじゃないか。あとミカ・アホネン大尉の影響もあったかもしれない」

「ミカ・アホネン大尉?」

「金髪ロールでデコが広いスオムス空軍飛行中隊隊長さ、。あの人も女好きだが穴拭中尉とは桁が違う。あの人自分の部下を妹って呼んでてさ。部下の子達には自分をお姉様って呼ばせてるんだがその妹達と乳繰りあってるんだ。しかも誰が居ようと何処であろうと。こっちがハンガーでせっせとBf109Eを整備してるってのに隣で《妹》の耳に舌を入れてたのを見た事もある。あの人にとっちゃ男なんて手足の生えたジャガイモくらいにしか見えてないんだろうよ」


また一つ知らなくてもいい事実を知ってしまった。
ミカ・アホネン大尉の名前も知っている。渡された資料の中、配属予定の基地のウイッチの名簿欄に彼女の名前を見た記憶があるのだ。
アホネンって何だが間抜けな名前だなと印象に残っていたがそんな人だったなんて……。


「しかし……それがもし本当ならあの狩谷軍曹は御気の毒だな。そんな百合百合しい隊に配属されるなんて」

「あぁ……、純朴そうで何も知らなそうな子だったからな。それがもしかしたら穴拭中尉やアホネン大尉の手で――」


ゴクリ……と彼ら二人が喉鳴らす音を聞いて、これ以上聞きたくないと伯爵の憑依を解く。

(もう嫌っ!!)

りっちゃんが書いてくれた激励の手紙だけが唯一の癒しであると思えた私は手紙を読み返すことで現実逃避することにした。



…………………………
…………………
………



『しかし本当の本当にその話は確かなんだな?』

『う~ん、そう言われると……アホネン大尉の話は断言できるが穴拭中尉の方は……、でも喘ぎ声は確かに聞いたし迫水ハルカ飛曹本人がよく『穴拭中尉は女好き』とか『昨日の夜も穴拭中尉はずっと私を放してくれなかった』っていってたから確かだと思うぞ』



…………………………
…………………
………



スオムス カウハバ基地 スオムス義勇独立飛行中隊指揮所


「後数日で扶桑の新しいウィッチが着任するのね。これでやっとウルスラの抜けた穴を埋めることができるわ」


元倉庫のさびれた建物の中で穴拭智子はそう呟く。
既にウルスラ・ハルトマンは隊を抜け、南リベリオンにあるノイエ・カールラントの研究機関に入っていた。
ウルスラは考案していた新技術をまとめたモノをしかるべき所に送っていたのだが、それが目に留まり採用が決まったそうだ。
採用通知が届いた後のウルスラの変化は隊の中も驚くものであった。暗く陰鬱した雰囲気は消え去り、明るく朗らかな雰囲気へと変わったのだ。
本人の話曰く、それが本来の地であったらしいが希望していた研究職を双子の姉であるエーリカ・ハルトマンのウィッチとしての資質から『お前も姉のように才能があるはず』だと周囲に無理やり軍に入れられ段々とあの陰鬱とした性格になってしまったらしい。
それから事ある事に姉であるエーリカと比べられ、何とか研究職に就こうと新型航空爆弾のテストを行ったが功を焦りすぎた為に失敗。自分の所属していた飛行一個中隊を壊滅に追い込んでしまい自暴自棄になっていた所、スオムスへ転属になったと語っていた。


それは誰だってあんな暗い性格になると智子は思った。
昔の自分ならただの敗北主義者と切って捨てたかもしれないが今は違う。
誰だって完璧という訳ではない。人には何かしら欠点があったり過去に傷を持っていたりする。だからこそ仲間と協力する事が大切なのだ。
智子はその事をここスオムスで強く深く認識した。


「……しかし新しく来る狩谷って子も灰汁が強そうな子ね」


配属に先んじて届いた彼女、狩谷司の履歴に目を通す。


「まだ11になったばかりらしいけど体重や尊重を見ると14,5歳に見えるわ。見た目は欧州の子っぽいのに両親どちらとも扶桑人って……、祖父がカールスラント人なのね。それにしても綺麗な子だわ、まるでお人形みたい――はっ! 何考えてるの智子!! 馬鹿馬鹿!! 私の馬鹿!!」


私はノーマル、私はノーマル、私はノーマルと念仏でも唱えるように呟く智子であったが部下であるハルカやジュゼッピーナ准尉と幾夜も熱い夜を過ごしている彼女の言葉に何ら説得力はなかった。
けれど少なくとも彼女の精神衛生を正常に保つ上で必要な儀式的かつ形式的な行為ではあった。


「気を取り直して……あっ、この子料理が趣味で得意って書いてある。ウチの隊じゃ料理できるのは少ないから助かるわね。へ~、この子固有魔法持ってるんだ。えーとこの子の固有魔法は……」




同時刻……


「――繰り返す、6時方向敵大型ネウロイ発見。現在敵の距離は4000」


船の中で何度も警報が鳴り響き、伝令は敵ネウロイの襲来を告げている。
現在の地点は終着点であるオラーシャの港まで後数時間と言う所、そこから陸づたいで鉄道等と輸送機を使いスオムスのカウハバ基地に行く予定だったのだのが唐突に奴等は現れたのだ。
待機任務中だった私は傍らにある自分の愛機と武器に目をやった。


「いきなりの実戦、ウィッチは私一人。恐らくこの距離ならオラーシャからのウィッチ増援を頼んでも最低十数分はかかる……」


やれるのか? 実戦経験のない私に……。
いや、やるしかない。
今ここで一番ネウロイと戦えるのはウィッチであるこの私なんだ!


私は自分を奮い立たせると急いで準備を始めた。





「えぇいっ!! こんな所にまで大型ネウロイが来ているとはオラーシャの連中は何をやっていた!?」


航空母艦の中で艦長は悪態をついた。無理もない、自分達も危機に陥っているがすぐ眼と鼻の先にはオラーシャがあるのだ。それをここまで侵入を許した事に艦長は憤りを感じていた。


「艦長、真後ろから現れた事を考えると、おそらく敵はオストマルクからオラーシャとの国境を避けて南東から海に出たのではないでしょうか。そこからオラーシャへ北上している最中我々と接触したのかと。あくまで想像ですが」

例えそうだとしても今ここにいるネウロイはオラーシャ周辺に張り巡らされた監視の目をすり抜けてきたということになる。偶然かあるいは意図的なモノか。
艦長に進言した副官は前者であってほしいと願った。

「どちらにしろ我々が抜かれれば、次はオラーシャが標的となる。なんとしてでもここで食い止める。ここでおめおめと行かせれば扶桑海軍の名折れぞ!!」


「艦長、発進準備が整いました。昇降機を上げてください!」


唐突に響いた声に艦橋の艦長や副官とその他一同は驚くが瞬時にその声が乗艦していたスオムス派遣予定のウィッチ、狩谷司軍曹だと分かると彼女が自己紹介で言っていた事を思い出した。


『固有魔法というわけではないのですが使い魔を憑依させた状態で音波に魔力を重ねて遮蔽物に関係なく通常より遠くに声を飛ばしたり任意の場所だけに声を伝えたりも出来ます』


「その声、狩谷軍曹かね? こちらの声は届いているか」

「はい艦長、問題ありません」

「しかし、実戦経験のない君を出すのは……。それに君の装備は支援用の遠距離射撃装備のはず」


遠距離射撃装備のウィッチは精密射撃をする為、空中制動を行う必要がありその場合はネウロイのいい的となる。よって遠距離射撃装備のウィッチが力を十全に発揮するには前衛のウィッチとの連携が必須なのだ。
ここでのネウロイとの戦闘は完全に想定外でありウィッチの装備は彼女が持ってきた自前の物だけで他にない。
そんな状態の彼女を出撃させていいものか思案する艦長であったが……。


「時間稼ぎ位はできます!! 艦長、発進許可を……」

「艦長、オラーシャからの返信が来ました。付近を飛行中だったウィッチの小隊を向かわせたそうです。到着までは約12分!!」

「……分かった。狩谷軍曹、決して無理をするな。到着までの時間を稼げればいい。――昇降機を上げろ!! 狩谷軍曹が発進する!!」

「ありがとうございます艦長!! 狩谷司、これより発進準備に移ります」



昇降機が上がり、私は甲板へと出る。
私の衣服は通常の扶桑海軍ウィッチが着るセーラー服にスカート(軍に入隊して初めて知ったがこの世界ではベルトと言うらしい)だが上にウィッチ用の黒ジャケットを羽織っていおり、手には黒色のオープンフィンガーグローブを着けていた。
ジャケットは自前で購入したものだ。ウィッチは全身に薄いシールドを張る事が出来るのでどんな格好でも風避けや寒さなどとは無縁なのだが上に何かを羽織ってはいけないという規則もないのでこんな恰好している。
正直な所、セーラー服のまま魔法少女みたく飛ぶのが嫌だったのだ。
ただ下の装備は泣く泣く紺のスク水装備を受け入れたが。
……空を飛ぶ際、パンツを見せるかスク水を見せるか究極の選択であった。


使い魔である伯爵は当然憑依させており頭からはコオモリの耳が生え、スク水の切れ目(スカートもといベルトに隠れみえないが)から悪魔の尻尾の様な尾が生えている。
ベルトを肩から下げて両手で保持している武器はPzB39(パンツァービュクセ39)、元いた世界では第二次世界大戦時にドイツが使用していた対戦車ライフルである。
この世界では対ネウロイ用装備としてカールラントが開発したが一撃離脱を好むカールラントのウイッチは眼もくれず、既にPzB39より扱いやすいブリタニア開発のボーイズ対ネウロイライフル(元の世界では対戦車ライフルだが)があり他国のウィッチからも使われず、お蔵入りになったものらしい。
それが様々な諸事情から扶桑に提供され今は私の武器となっていた。


そしてストライカーユニットも通常のモノではない。
キ60試作飛行脚、キ44「鍾馗」をも超える重戦闘飛行脚を開発する為に試作されたストライカーユニットである。
ドイツのストライカーユニットBf109にも搭載されている液冷魔導エンジンを搭載し飛行テストではオリジナルBf109やキ44に比べ速度や操作性では勝っていたが格闘性能の面でキ44に及ばず正式採用に至らなかった不遇の名機。
それを私にPzB39と共に貸与してくれたのも石間大尉であった。
PzB39はどこから持ってきたか分からないし、キ60は陸軍の要請で試作された機体だ。そう考えるとそれを調達してきた石間大尉はますます底が知れないと私は思った。
だが、それらが私とすこぶる相性が良かったのも事実だ。


「魔導エンジン始動開始……」


私は魔法陣を展開しキ60に魔力を吹き込んでいく。キ60もそれに呼応するように回転数を上げていった。


「狩谷司、これより発進します」


その言葉と共に甲板を駆け、私は空へと飛翔した。


私は大型ネウロイの注意を引く為、急いで艦隊を離れPzB39を構える。
元の世界では単発・ボルトアクション式だったPzB39だが航空戦でウィッチが使う事を考慮してかボーイズと同じく五連発・ボルトアクション式の機構になっておりさらに私の意向でバレル部を切り詰め、取り回しを良くしている。
それでも全長は元の162cmから140cm、私の身長ほどのサイズだ。
その化け物の様なライフルをネウロイへと向けた。
現状でもPzB39の有効射程圏内だが大型ネウロイを貫通させたいならもう少し近づかなければいけないしショートバレルにした分、命中性能も悪く反動もボーイズより酷い。遠距離射撃が得意なウィッチでもこの銃で敵に当てるのは至難の技だろう。
ただ、それはセオリー通りの話ならばだが……。


私は狙いもつけず、移動したままでPzB39を発射した。
7.92ミリの弾が初速1452m/sという凄まじい速度で発射され大きな反動が私を襲うが魔力で強化された力で無理やり抑えつけ、そのまま構わずボルトを引き排莢を行い次弾を装填し再び発射する。

狙いの付けられていない二発の弾は確かにネウロイの方に向かうが、このままいけば命中する事はまずありえない……はずだった。


「曲がれ――」


真っ直ぐ飛んでいるだけの弾は、突如としてまるで生きてるかの如く、ぐにゃりと向きを変える。
弾はまるで獲物を見つけた二頭の猟犬が如くネウロイへと喰らいつく。
着弾時、爆裂と煙が発生し煙が晴れた後、そこには表面装甲が二か所剥離したネウロイの姿があった。


「……やっぱり距離を詰めるか弾に込める魔力の量を増やすかしないと奥まで貫通しないか」


ネウロイの装甲が修復されるのを観察しながら私は呟く。
私の固有魔法――、それは移動物体の方向操作。攻撃系、念動系、感知系などに大別される固有魔法の中では念動系に属すモノで正確に言えば自身の魔力の込めた物体の力の向きを操作するという能力だ。
ただ物体の質量に比例して必要な魔力量が多くなるのであまり巨大なモノの向きを変えることはできない。
ジャガイモを投げた時もこの能力で向きを変えたのである。
駆逐艦の攻撃に反応したネウロイも二発の弾でこちらをより脅威と判断したらしく艦隊から離れこちらに光線を放ってきた。


「じゃ、時間稼ぎといきますか」


私は充分距離を取りながら光線を回避していき、PzB39で再び牽制を開始する。
シールドを張りつつ、大型ネウロイの周りを飛んでいく。距離も取っているからか殆ど光線は当たらなかった。
光線がシールドを捉えた時、最初はおっかなびっくりであったがシールドが完全に光線を弾くのを見て安心できた。
しかしながらやはりキ60の速度は凄い。まだ十数回の使用だがそれでも練習で使用していたキ27に比べれば段違いの出力である事は体感できる。
ただ重戦闘機の宿命かキ27に比べて旋回(格闘)性能で劣っているが、それは私にとって些細な問題にすらならなかった。
再び来る光線に対し私は旋回しての回避行動を取る。
旋回して光線を回避していくが途中で旋回中の自分を光線が捉えそうになるが旋回途中から横へ滑る様な動きに切り替え避けきった。


「こうゆう動きにも応用できるから便利だな、固有魔法って」


そうなのだ。私は自身の動きの向きを操作する事によって光線を回避したのだ。
訓練学校時代、飛行訓練最中に私はふと思いついた。
魔力を込めたモノの向きを変えられるなら魔力の源である自分自身の向きも操作できるのではないか?と。
目論見は見事成功する。
ただ持続使用は魔力消費量が大きいので向きを変える時の補助として使用するのが限界だが、それでもより自分の思った通りに空を飛ぶ事ができるようになった。(しかしながら教官からは『皆は泳ぐように空を飛んでいるがお前は空を滑るように飛んでいる。そのままだと正しい飛行の基礎が身についてるか分からない』と言われ封印した時期もあるが)


「だいたいパターンは読めてきた。あそこからなら至近距離まで近づけるけど……」


もう十分は経過しただろう。オラーシャからの通信が正しければすぐに援軍が来てくれるはずだが……。
私は聴覚を研ぎ澄ます。小型のプロペラ音が数機、だんだんとこちらに近づいてきているのが分かる。


「…………来た!!」


その声と共に無数の火線がネウロイを貫いた。


「オラーシャ陸軍所属のアレクサンドラ・I・ポクルイーシキン准尉です。救援に来ました」


「扶桑海軍所属の狩谷司軍曹です。救援感謝します」

現れたのは4人の魔女だった。使用してるストライカーは恐らくMiG系列の機体だと思われる。
名乗り出た子は幼い印象を受けたが、階級や増援に来た他の三人に指示を送っている事から小隊長なのだろう。
若いのに大したものだと考えてから、自分も若い事に気付き苦笑した。
しかし増援が来たならアレを試してみるべきかな。教官からお墨付きをもらった一撃必殺を……。


「ポクルイーシキン准尉、少しの間敵の注意を惹きつけてくれませんか? 私に考えがあります」


「え、……はい分かりました。無茶はしないでください」


オラーシャの4人の魔女達は散開して敵大型ネウロイの注意を引き始めた。
私は現在装填している弾頭に魔力を込めていき、さきほど近づけると確信したルートからネウロイに急接近していく。
(予想通りここからなら弾幕が薄い)
魔導エンジンの出力を最大限にして一気に接近し、PzB39の銃口を直接ネウロイの装甲に当てる。


「これで…………!!」


限界まで魔力を込めた弾丸が対ネウロイライフルから発射される。
弾は兆弾することなく、まるで障子を突き破るかの如くネウロイの中へと侵入し勢いは全く衰えていない。
通常は真っ直ぐ飛ぶ事しかない銃弾は魔女の恩恵を受ける事により魔弾と化し、高速で掻き毟る様にネウロイの中を蹂躙していく。
やがて内部を突き進んだ弾丸はコアへと至り、そのまま突き破った。


コアが消滅した事によりネウロイは自己崩壊を起こし崩れていく。


「これが実戦……」


驚いた様子で近づいてくるオラーシャのウィッチ達と粉々に砕け散るネウロイを交互に見つめながら初めて(の実戦を)を実感した。









二話にして難産でしたORZ、年明けは忙しいので次の更新はかなり遅れます。申し訳ありません。

この小説の現在時系列はいらん子中隊本編より数ヵ月後、アニメ一期の4年前です。

補足


・ボーイズ対戦車(ネウロイ)ライフル
史実ではイギリスが開発した対戦車ライフル。
全長は157.5cm、使用弾頭は13.9mm弾、重量16kg 銃口初速は前期型で747m/s、後期型で884m/s
アニメ・ストライクウィッチーズではリネット・ビショップが使用。

・PzB39(パンツァービュクセ39)
史実ではドイツが開発した対戦車ライフル。
全長は162.0cm、使用弾頭は7.92mm弾、重量11.6kg  銃口初速は1452 m/s
この小説本編の主人公が使用しているが機構が単発・ボルトアクション式から5連発・ボルトアクション式なってたりバレルが切り詰められたりしているので、もはや別物。

・キ60試作飛行脚

史実のキ60試作戦闘機が元ネタ。
ただ、史実での試作機の完成は昭和16年(1941年)の3月。

・アレクサンドラ・I・ポクルイーシキン

公式キャラクター
未来のオラーシャ陸軍親衛第16戦闘機連隊長でその後、第502統合戦闘航空団(ブレイク……もといブレイブウィッチーズ)所属。

登場時の階級は捏造設定。



[25145] 第三話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/21 20:35
Der Freischütz 第三話 「北の善き魔女と古き夢」


「――では貴方の使っているキ60はBf109系列の機体が使用している液冷魔道エンジンと同型の物が積んであるのですか……。確かに機体の構成がBf109に似ていました。けどキ系列ということは扶桑陸軍が開発したストライカーユニットですよね? 何故、海軍のあなたが……? あっ!! すいません。出過ぎた事まで聞いてしまって」


場所は目的地だったオラーシャの港にあるとある食堂。そこで私は初実戦の際に救援に駆けつけてくれた小隊の隊長、アレクサンドラ・I・ポクルイーシン准尉に質問攻めを受けていた。
本来ならばすぐにでも補給船から積み荷を降ろし私もその補給物資と共にスオムスに向かうはずだったのだが、私が遭遇したネウロイの件でゴタゴタがあり積み荷が降ろせない状態で足止めを食っていた。
そんな中、艦長の計らいで数時間だけオラーシャの港を回る許可を頂き船から降りた所、偶然アレクサンドラ・I・ポクルイーシン准尉に遭遇し港町を案内してもらっていて現在に至るわけだ。

「ポクルイーシン准尉は先程からストライカーユニットの事に関して楽しそうに話していますが、好きなのですか?」


現在キ60の話をしているが96式艦上戦闘脚改の話から始まりキ27、キ43『 一式戦闘脚「隼」』、キ44ときて現在の話題となっていて、付け加えるならそれらについて話すポクルイーシン准尉は何というか恍惚とした表情をしている。


「私の父が機械技師で私も幼いころから機械を弄ってましたから機械弄りが趣味なんです。後、さっきから何度も言っている通りサーシャって呼んでください。隊の仲間もみんなそう呼んでますから。」


にこりと笑う彼女を見つつ、私は注文した紅いスープを口に運ぶ。食堂のボルシチの味は私に確かな前世のロシアと現在のオラーシャの繋がりを感じさせた。


「別にキ60の事は機密ではありませんのでお答えできます。キ60はキ61とほぼ同時期に開発が始まったのですがキ60がカールラントから取り寄せた液令魔道エンジンを搭載したのに対して、キ61は取り寄せた魔道液冷エンジンを参考にしてエンジンから開発を始めましたが、開発が遅れた為にキ60だけ先にロールアウトし性能評価を行いました。そこで不採用となり陸軍の倉庫でお蔵入りしてた所を海軍が陸軍から移譲してもらったんです」


「移譲ですか?」


「はい、重戦闘脚であるキ60を零式艦上戦闘脚の改修や次世代機の開発の参考にする為に」


「けれど扶桑海軍は開発した最新鋭機、零式艦上戦闘脚は軽戦闘脚ですし、話に出てきた陸軍のキ61も同じく軽戦闘脚として開発されていると聞いています。格闘戦に重きを置いている扶桑のウィッチの戦闘脚としてはあまり参考にならないのでは……」


彼女の意見はもっともだ。零式艦上戦闘脚は傑作機というべき軽戦闘脚で後継機や改修機の参考に試作の重戦闘脚を持ってくるのはおかしく思えるはずであろう。
だが、


「零式艦上戦闘脚は軽戦闘脚であり長い活動時間と高い運動性を両立し魔力量消費効率も大幅に良くなりました。欧州派遣部隊でのベテランウィッチ達も高い評価を下しています。しかし防御力、展開できる魔力障壁の強度が他国の次世代機と比べて高くありません。欧州激戦区での戦いを考えると軽戦闘脚よりも重戦闘脚の様な防御力や機動性の高い機体が必要だと扶桑海軍は感じてきているのです」


そうなのだ。零式艦上戦闘脚の高性能は前世のゼロ戦と同じく、防御力を犠牲にして成り立っている。要するに悪く言えば紙装甲(前世ほどではないが)。防御の無さを空戦機動でカバーできる『当たらなければどうという事はない』的な熟練ウィッチはいいのだが、そうでない新兵のウィッチが零式艦上戦闘脚の防御の薄さが致命傷を招く可能性がある。
カールスラントの事実上の陥落により欧州での戦いは激化し、前線からは多少の活動時間や運動性は犠牲にしても攻撃力や防御力、機動力を確保したいという意見も出ている事もあり。扶桑海軍は今後の開発の参考に重戦闘脚であるキ60を持ってきたのだ。その提案や移譲の交渉に深く変わっていたのが石間大尉である事を聞いた時は私も驚いたけど。


「移譲されたキ60は計三機で、二機は本国で様々な実証試験を行い、残りの一機である私の機体は実戦でのテストを行っているという訳です。一応、移譲後に陸軍から海軍に仕様変更の改修があったのでキ60試作戦闘脚改と言う事になるのですが私はキ60とそのまま呼んでます。その後陸軍でもキ60を見直す動きが出てきていて、陸軍に残っているキ60をキ61に合わせて再度調整中という話を聞きました」


ちなみに海軍の広告塔部隊から外された後、いきなりキ60の貸与が決まったのでキ60が来るまで96式艦上戦闘脚改から陸軍機のキ27に練習した後、キ60を穿き始めた。本当は同じ陸軍機の重戦闘脚であるキ44を使って練習を行いたかったが、前線への投入の為都合がつかなかった。


「そうだったんですが……」


ポクルイーシン准尉、いやサーシャさんはオラーシャアン《ロシアン》ティー(※本場じゃジャムを入れるのは全然一般的ではない)を飲みながら納得したという表情をしている。


「それにしても……」


サーシャさんはカップを皿の上にゆっくり置くと……、


「オラーシャ料理の事をよく知ってるんですね。扶桑のウィッチはメニューは読めてもメニューに書いてあるオラーシャ料理がどんなものか分からないと先輩ウィッチの方から聞いたことがあったんですが……」


ギクリ……とスープに持っていったスプーンを硬直させる。そういえば扶桑ではオラーシャ料理には影も形もなかった。ただ前世では料理好きだったのもありロシア料理もそれなりの知識がある為、案内された店のメニューを見てすぐに即決してしまった。
サーシャさんがそれが適当でないと考えたのは俺がパンやスープに魚料理などをバランスよく注文したからだろう。。
もう少し悩んで料理を決めていたらどんな料理か分からないんだと勘違いされてサーシャさんに声を掛けられ気がついたかもしれない。


「――以前、本で見た事があるんです。私は料理が趣味なんでそういう本を良く見てますから、そこで知った料理を注文しただけです。それより救援の時、穿いてたストライカーユニット。あれってMiGですよね。オラーシャの広報の写真で見た時は試作機製作中ってありましたが完成したんですか?」


日本人(扶桑人ではなく)が誤魔化しの時に使う典型的な笑みを浮かべながら話題を変えると、サーシャさんはいきなりどよんとした雰囲気に変わった。


「あの~、聞いちゃいけない話でしたか?」


「……そう言う訳じゃないです。あの機体の事は各国にもう伝わってますから。――あの機体、MiG51っていうですが欠陥があって正式採用できない機体なんです。」


「欠陥ですか?」


「はい,一定以上の速度に達するとその……、空中分解を引き起こしてしまうんです。MiG設計局は他の設計局と共同で新規の機体を開発していますが並行してMiG51の設計の一部を変更する事で欠陥を改善できないかと腐心しています。陸軍から出向してきた私達が再設計機の評価試験を行った所、結果は芳しくなく。空中分解には至らなかったものの最高時速に達すると機体が異常振動を起してしまいました」


……最高速度で空中分解というフレーズに衛星軌道上を幻影の様に疾(はし)っていった某ツインマッドのMSを思い出したが、よくよく考えたらあの話は第二次世界大戦中のゴーストファイターの話にインスパイアしていた事を思い出す。そういえばこの世界にもHe 100というストライカーユニットはあるのだろうか? あるとしたらカールスラントなのだが……。

しかし……


「こう言っては失礼なのでしょうけど、よくMiGの評価試験の任務をお受けになりましたね。事故が起こるかもしれないと怖くなかったのですか。それにそんな機体で救援なんて……」


「MiG51を穿く際は足に厳重な保護を施して、背中にはパラシュートを背負って行っていました。確かに怖かったですがオラーシャではストライカーユニットの開発は難航し、正式採用化された機体は未だにありません。現在オラーシャが運用しているストライカーは他国の旧型がほとんどなのが現状で。MiGが他局と共同開発しているMiG60は共通フォーマットこそ完成しているものの、実用化にまだまだ時間がかかります。私は少しでも早い正式採用機の導入を願ってMiG51の試験飛行に志願しました。最初は一人で行くつもりでしたが小隊のみんなも『隊長だけに任せておけない』って付いてきてくれて……。本当に私その時、嬉しくて……」


その時の様子を思い出してか、感極まったようでポロリと涙を零すサーシャさん。
こちらの会話の内容が届いてない為か、店を切り盛りしている熊の様な胆っ玉母さん系の女性はこちらをギロリと睨みつけてきた。どうやら私が彼女を泣かしたのと勘違いしたらしい。


「サーシャさん、これで涙を拭いてください。綺麗な顔が台無しですよ」


黒ジャケットのポケットからハンカチを取り出すとサーシャさんに渡した。何とか場を取り繕おうと自然に出た言葉が『綺麗な顔が台無しですよ』とは恥ずかしい……。
だが感極まっていたサーシャさんの耳には意味のある言葉として響かなかった様子で「ありがとうございます」とハンカチを受けとるだけだった。


「……涙を拭いたら落ち着きました。ごめんなさい、仲間の言葉を思い出したらあの時の気持ちを思い出し涙を流してしまいました。救援の件ですが……、その時ちょうど海上で実銃に弾を込めた銃を持っての機動性試験を行っていたもので……。MiG開発局としても欠陥が改善されてないからこそ、データをきっちり取って次に生かしたいと思っていますから。そこで偶然扶桑海軍の艦からの救援を受け救援に向かいました。本当なら海軍のウィッチ隊が来る筈だったのですが距離が近かったことや実弾装備の状態など偶然が重なり私達が来たという訳です。オラーシャのあんな所にネウロイが出るなんて初めてですから、とにかくすぐにでも状況を確認する必要もありましたし」


成程と……私は得心する。なぜ陸軍所属のサーシャさんが救援に来てくれた理由や後続で来たオラーシャ海軍のウィッチのストライカーが他国の物であった事など疑問に思っていったのだがそういう事情があったのか……。


「納得しました。やはりあそこまでネウロイが接近してきたのは初めてなんですか?」


「えぇ、あそこの航路は現在の扶桑―オラーシャ間だけではなくアフリカ―オラーシャ間での補給ルートでもあるので上層部も大騒ぎしています。このままではオラーシャだけではなくネウロイのアフリカ大陸侵攻も現実味を帯びてきたわけですから……」


ますますマブラヴ染みてきたと私は勝手に思う。このままF-4って名前のジェットストライカーが出てきたり、翼がベーンブレードになっているSu設計局製の機体に乗るスカーレットツインとかいうコンビが出てきたり、扶桑で将軍家専用の超高性能近接格闘戦仕様の機体が出てくるまで戦いは続くのだろうか?
分からない。開戦当初はまだしも扶桑海戦でのウィッチの戦いぶりとストライカーユニットは確かな希望を人類に示した。
しかし現状での人類はネウロイに勝利できていない。オストマルクに続き、カールスラントは首都ベルリンが陥落。欧州はゆっくりではあるが確実にネウロイの侵攻を許している。
まぁ、BETAの侵攻後ほどではないが一度ネウロイの瘴気に包まれた土地は動植物が生きられない土地となりウィッチ以外では侵入できず、瘴気を払うにはネウロイとその巣を消滅させる以外に手段がないのだ。
そんな考えを巡らされていると、この世界でアインシュタイン博士の名前を全く聞かない事を思い出した。もしかするとこの世界にはいないのかもしれない。
この時代の時点であの兵器が誕生しない事は良い事であると自分は思うのだが。

――ふと自分の頭の中から現実に回帰してみるとサーシャさんは落ち込んだ表情をしていた。


「どうしたんですかサーシャさん? 何か気に障る事を私しましたか?」


「いえ、せっかく案内を頼まれてお食事できる所に連れてきたのに私が話をふった所為で機械や軍関係の重い話ばかりにしてしまったから。女の子が普通にする様な内容ではないですし……。ずっと黙りこんでいるのでもしかして不快な思いをさせてしまったのではないかと」


「いえそんな事全然ありません。ただ考え事していただけです!」


「……本当ですか?」


さっきの涙で涙腺が弱くなっているのか再び泣きそうになっているサーシャさん。
熊のみたいな食堂のおばちゃんは武器にできそうな肉切り包丁を見ながらこちらを睨んでる。滅茶苦茶怖い!!


「本当です。私、女の子だけど機械や機械弄りは好きですし(前世は男だったから)。あんまり同年代の子とも話題が合わなかったからこうやって色々話せて私嬉しいですよ。だから何でも聞いちゃってください」


今気付いたがこの食堂内でサーシャさんとした会話はおよそ小学生ぐらいの女の子達がする会話ではないんじゃないだろうか。軍に入ってから1,2歳しか離れていない先輩達とそういう会話ばかりしていたから麻痺してたけど今考えるとかなりおかしい。
いや、しかし私の様に幼い年から従軍している子もいるだろうし、現にサーシャさんは年が12歳なのに会話が成り立ってる訳で……。
思考の袋小路で迷う私は肩を掴まれるという物理的な行為によって引き戻される。意識を戻すと肩を掴み、顔を至近距離まで近づけるサーシャさんが確認できた。


「本当になんでも聞いていいんですか?」


妙な迫力に押されて肯定の意を示すと……。


「良かった。じゃあ――、キ60についてもっと詳しく教えてくれませんか。できればキ61についても特に扶桑で開発中の液令魔道エンジンとか……。後、私前線に出た人から話を聞いてネウロイに有効な動きや戦術を纏めてるんです。司さんが新兵なのは聞きましたがあの最後の至近距離での射撃、前線のウィッチの話でも有効だと聞いたのですが一撃で仕留めるなんて凄い!! 一体どうやったんですか? それに私、固有魔法『映像記憶能力』というのを持っていて一度見たものは正確に思い出せるんですが――あなたの空戦軌道、旋回している途中にスライドする様な動きに変わったりしてましたがどうやったんですか!?」


マシンガンの様に飛ばされるサーシャさんの質問に私は苦笑する。
追加注文を取りつつ、どこからともなくノートと鉛筆を取りだしたサーシャさんの質問に答えていった。
質問にしながらもネウロイとの戦闘に有効な戦法などを教えてくれるサーシャさんとの会話はとても有意義なものだった。ただし結局会話の内容は年相応の物ではなかったが……。









スオムス カウハバ基地 スオムス義勇独立飛行中隊指揮所



「ビューリング、あの報告どう思う」


穴拭智子は隣にいるエリザベス・F・ビューリングにオラーシャ近く、数時間前にあったオラーシャ内海でのネウロイとの戦闘報告について意見を求めた。
ビューリングが「一服いいか?」とポケットを軽く叩く仕草をすると智子は若干ビューリングから離れて、「どうぞ」を返す。智子は使い魔であるキツネの「こん平」を憑依させることにより全身に薄い魔導シールドを張り、煙が届かないようにした。
もう半年近い付き合いになる両者の仕草や、間の取り方は洗練された物となっている。
慣れた手つきでマッチと紙煙草を取り出すと火をつけて紙煙草を咥えてゆっくりと吸い、煙を吹き出すビューリング。


「すごい戦果だな、ウチの新人は……。着任前に大型ネウロイを仕留めるなんて、しかも実質一人で戦った様なもんなんだろ。これで私も楽ができる」


「そうじゃなくて、オラーシャ内海にネウロイが出てきた事の意見を聞きたいの」


「…………欧州全域地図はどこにしまってあったかな」


そうビューリングが呟くと智子は棚の一つからさっと地図を取り出し机に広げた。


「ネウロイはオラーシャ内海のかなり北、本土手前に現れたわ。上の予想では大分防衛戦をネウロイに喰い破られたオストマルクの南東から黒海に出てそのまま繋がってるオラーシャ内海に北上したと見ている。……これって大分ヤバイわよね」


智子は地図のオストマルクに指を指し、その指を黒海、オラーシャ内海へと動かした。


「千年以上前に中東方面の大地が消えて出来たオラーシャ内海、これのおかげで極東オラーシャと扶桑の貿易だけではなく、西側オラーシャとも昔から盛んに行われていた訳だが……」


ビューリングは地図上のオラーシャ内海に指で×マークをなぞった。


「オラーシャ内海にネウロイに押し寄せてきたら扶桑からオラーシャ西への航路が使えなくなる。そうしたらスエズ運河を経由してロマーニャやガリヤ、ヒスパニア、それにブリタニアへの航路しか使えなくなるわね」


「いや、そちらも使えなくなるだろう。オストマルクから黒海を抜けてきたんだ。だったらスエズ運河にも来るだろう。そうしたら次はアフリカだな」


「アフリカに敵が来るっていうの!!」


驚く智子であったがビューリングは煙草を吹かしながら何て事はないといった表情で話を続ける。


「オラーシャシャの戦線もだんだん東に圧されているし、オストマルクの下はアフリカ大陸と繋がってる。奴等は寒さや大河や海洋を渡るのを嫌う傾向があるから、オラーシャの戦線がこのまま下がるか突き崩されればエジプトに南下してきて一戦あるだろう」


「今でさえガリア、ヴェネツィア、オラーシャ、スオムスと来ているのにこれ以上の攻勢面を増やすわけ……」


「増やすさ奴等は、――絶対にな。それに奴等は進化を続けている。最初は航空機、次に戦車、そして数か月前には私達ウィッチを摸倣してきた。どうも奴等は自分の脅威となる物を模倣しようとする節がある。それはお前も体感済みだろ」


ビューリングの言葉に智子は数ヶ月前に遭遇した魔女型のネウロイを思い出す。あれから人型ネウロイは確認されていないがアレが大量に前線に出てくるのを想像するとぞっとした。ウィッチの姿をし、ウィッチと同等の力を持つ敵。そんなモノが現れたらこちらの士気がどれだけ落ちることやら。
それに仮にその二つのルートが使えなくなれば扶桑やインド等からの補給ルートはアフリカ大陸の最南端の希望峰を通って、ブリタニアに行くかジブラルタルを通って地中海を抜けるルートしかなくなり輸送にかかる時間はかなり延びてしまう。

「すぐにか数カ月先か分からないがネウロイは確実にエジプトに来る。そうなった時、エジプトの戦力だけでネウロイに太刀打ちできるのか……」


ビューリングの危惧は皮肉な事に、ほんの3ヵ月後現実のものとなる。











――――夢を見ている。
不思議な夢だ。朝起きると見た事全てを覚えていない。
まるで蜃気楼の様。
――ぼやけた霞の様でゆらめく陽炎の様でもある。
でも確かにそこに見えている……、そんな夢を私は見ていた。





――少女が立っていた。
満月の下に、唯一人、ポツリと……。当然の如く存在していた。
私と同じ銀色の髪に、私とは違う紅い瞳をした少女は月下の元に立っているのだ。
――少女は待っていた。狂おしい思いで待っていた。

――まるで恋人を待ち続ける様に。
――まるで親友を迎え入れる様に。

愛しい、愛しい……。愛しくて堪らない自分の怨敵を月の下で待ち続けていた。


「待ちかねたぞ――」


その声は年相応の物だった、まるで小鳥がさえずる様な少女の声だった。
その声色は年不相応の物だった。その声に含まれた艶はおよそ少女のものではなく幾重にも年を重ねた不毛地帯を連想させた。

――少女は笑う、勇猛果敢に迫る宿敵たる魔女の勇気に……。
――少女は嗤う、己に挑む愚かな魔女の蛮勇に……。


「覚悟なさい、伯爵!!」


騎士の様な恰好をした魔女は己が持つ鉄の槍に雷(いかずち)を纏わすと全力で少女に投擲した。
雷の力と魔女自身の怪力が合わさった超電磁投擲法と言うべき驚異の技だった。

神速の如く、空気を貫き滑空する。
神速を越え、少女を貫こうと疾駆する。
それはまさしく稲妻の槍だ。

超常の暴力は確かに少女の胸を貫こうとする。だが――


「遅い――」


少女は槍をごく自然に掴んだ。
化物は槍を当然の如く掴んだ。
ただその行いが不変の理であるかの様に……。


「どうした? その程度か我が宿敵よ。その程度なのか我が怨敵よ。――否、否! 断じて否だ!! 我が天敵たる魔女ならばそんなモノではあるまい。さぁ夜はまだこれからだ。早く! 早く早く!! 早く早く早く!!! 向かってこい! 我が愛しい敵よ!!」


とても尊しそうに。
とても滑稽そうに。
少女の姿をした化物は魔女に向けて笑みを浮かべた。


「――っ! あなただって魔女でしょうに!!」


腰から剣を抜いた魔女は憤る様にそう叫んだ。


「違うな、間違えるな。――私は血を吸う怪物だ。私以外が私をそう定めた。――私は血を糧とする化物だ。他でもないこの私がその運命を受け入れた。だから私はヒトなどではない!!」


魔女の斬撃をどこからともなく出した深紅の剣で防ぐ。
その剣戟は舞踏の様に。
その剣戟は演奏の様に。
ただただ純粋な闘争を具現させる。


少女/化物は長い時を経て、数え切れない魔女と戦ってきた。自身の魔導障壁をランスへ纏わり付かせていた魔女。自身の放つ矢を無数に増やす事が出来る魔女。姿を動物に変える事が出来る魔女。一瞬で別の場所に転移する事が出来る魔女。自身の体を超高速で回復する魔女。異国から渡来してきた白と赤のいでたちをした魔女もいた。


少女/化物はその全てを打ち倒し、血を自分の糧とした。生き残る為に……。

ただ生きる事に疲れ果てるその時まで……。


「なっ……!!」


魔女の剣は少女/化物の心の臓を貫いた。
全く意図せず。
全くの不意に。
まるで少女/化物の方から貫いてくれと言わんばかりに胸を突きだした形となった。
魔女は急いで剣を抜こうとするが、深紅の剣が魔女の剣を両断した。
少女/化物を貫いた剣は杭のように少女/化物の胸に残る。


「なんでっ……!?」

「――これでゆっくり眠る事が出来る。そう永遠の眠りに……」


穏やかで満ち足りた表情をした少女に、魔女は駆け寄る。


「答えなさい伯爵!! 何故一度倒して血を吸った私を生きて返した? それだけではありません、他の魔女達も!! 民を虐げ、暴虐を働く者をあなたは殺したかもしれませんが、無辜の民に何一つ手を出さなかった。どうしてです!? 答えなさい! 伯爵!!」


「……さぁ、貴様の様な人間には分からぬさ。何故なら私はヒトではなく化物だからな……」



魔女の問いに少女がそう答えると深い眠りについた。

長い長い眠りに……、彼等が襲来するその時まで……。



……………………………………
…………………………
………………



「あれ、ここは……」

そうだ、鉄道で移動した後、今度は空中輸送艇に乗り換えてカウハバ基地に向かっている最中だった。
それで仮眠を取って……。
何か夢を見ていた気がするけど何の夢を見てたんだろう?
思い出せない……。


「あっ、伯爵! また外に出てる」


最近になって伯爵は用意した籠の中から抜け出してしまうようになったのだ。
元から賢いと思っていたが困ったものだ。まぁ、抜け出しても眼の届く範囲にいるからいいのだが……。
やはり広い土蔵で飼っていたから狭い籠の中はお気に召さないのだろうか?


私は伯爵を籠に戻すと再び眠りについた。



髪に隠れてみえない首筋に二本の牙が突きたてられた痕がある事など全く気付かずに…………。











後書き


更新遅れると思ったけどそんな事もありませんでした。(ただ正月明けは本気で忙しくなるので今度は本当の本当に更新がかなり遅れます)

読んだ後、読者は『最後あたりのパートだけ話が別モノだ』と言う。(JOJO的な意味で)
作者がどんな漫画が好きかも大分分かったでしょう。


後、アフリカの☆(誤字じゃありません、わざとです)読んだら設定で乖離してる所や矛盾してる所がありましたがパラレルだと思って許してください。お願いです(切実に)。
ちなみに世界の地形は穴ぼこだらけの小説版を準拠しています(中○とか中東あたりにでかい穴が空いてる。オーストラリアなんてコロニー落としみたいな跡がある)。



[25145] 第四話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/13 22:03
Der Freischütz 第四話 「十色十ウィッチ」



「狩谷司軍曹。現時刻マルキュウマルマル(9:00)を以てここカウハバ基地に着任しました」


ピシッとした動きで目の前に居る女性に対し私は敬礼する。
カウハバ基地についたのはほんの十数分前。格納庫にキ60が運ばれたのを確認した後、指令部へ着任の報告に向かったのだ。


「扶桑からようこそ。基地司令部、ハッキネン中佐です。」


眼鏡を掛けたハッキネン少佐という女性はなんというか理知的なイメージを漂わせていたが声を聞くとより一層その印象が強まった。しかし目の前の女性はクールビューティーというよりさらに冷たいオーラを放っている。
挨拶の後、何か話があるかと思ったが特になく何やら忙しそうな様子であった。
私は用意された軍用車によって『義勇独立飛行中隊』の指揮所まで直行というカタチとなったのだが……


「――ここが本当に『スオムス義勇独立飛行中隊指揮所』なの?」


……何というか想像と違った。
『各国選りすぐりの精鋭集団』という宣伝については石間大尉からもらったスオムス義勇独立飛行中隊各隊員のスオムス転属前の詳細書によってやや誇大表現というのは分かっていたけれど、それでも扶桑の穴拭智子中尉やブリタニアのベテラン、エリザベス・F・ビューリング少尉、ロマーニャのエース、ジュゼッピーナ・チュインニ准尉がいるのだ。
それにスオムス義勇独立飛行中隊は創設から現在まで誇張ではない戦果を築きあげてきたというのに……。


(ボロっ!! 元は倉庫とかだったでしょ! ホントにここであってるか? ……でも屋根の下に掛かった看板に扶桑の文字で『スオムス義勇独立飛行中隊指揮所』って書いてあるし)


達筆な字だ。義勇中隊にいる扶桑人は穴拭智子中尉と迫水ハルカ飛曹だが、書いたのは穴拭中尉なのだろうか?
その横にはやや小さく武語(ブリタニア語)で同じ内容が記述されている。
――しかし不自然に破壊せれた箇所が修繕されているのが見てとれるが……。確かここカウハバ基地はネウロイに一度占領されたらしいけど。
疑問を抱えつつも恐る恐る中へ入って見ると……


「「「「着任おめでとう~~!!」」」」

「わっ!!」


いきなり大声を出されて尻もちをついてしまう。地面についたお尻を押さえつつ顔を上げるとそこにはスオムス義勇独立飛行中隊の面子が全員居た。
よく見てみるとやや年季の入った黒板に、これまた扶桑語と武語で『祝着任、狩谷司軍曹』と書かれているのを確認できる。
そこでやっと脳が認識に追いつき、中隊の皆さんがサプライズの歓迎をして私を驚かせたのだと理解した。


「あっ、大丈夫なの!?」


慌てた様子で転んだ私に穴拭中尉が手を出す。手を差し出す穴拭中尉を見て、ふいに中尉の風評を思い出し手を掴む事に一瞬躊躇したが、それでも差し出された手を掴まなければ変に思われると思い差し出された手を掴んだのだが……


「えっ、何!?」


穴拭中尉は私の手を掴むと一瞬体をブルっと震わせ、次の瞬間思い切り私の掴んだ手を振り払った。
突然の事に私は座ったまま呆然とし、振り払われた手に視線を注ぐ。
(どうして手を振り払われた? 私嫌われてる? それだったら最初から手を差し出す意味が分からないし……もしかしてワザと手を差し出して振り払われた? もし噂が本当なら嫌われていた方がいいのかも知れないけど……何で? 私何かした?)
穴拭中尉が他の隊員にジト目で睨まれ、「ごめんなさい。わざとじゃないの。何だか手を繋いでる時に寒気がして思わず手を放しちゃっただけだから」と言っているのにも気付かず、思考の殻に篭ってしまった私。
だがいくら考えても結論は出ず。この時はまさか穴拭中尉に流れる邪を払ってきた先祖の巫女(魔女)の血が憑依させておいた伯爵に反応したとは夢にも思わなかった。
カフハバ基地についてそのまま檻の中に放置というのはさすがにまずいと思った判断が引き起こした出来事なので必然と言われれば必然だったのかも知れないが……


「本当にごめんなさい。 でも本当に悪気があった訳ではないのよ。信じてちょうだい!!」


「それはもう分かりましたから頭を上げてください」


結局、何故穴拭中尉に手を払いのけられたのか(その時には)分からず、穴拭中尉の必死の謝罪によりワザとではない事だけはしっかりと伝わった。


「――それくらいにしておけトモコ、新人にもワザとではないともう充分伝わっただろう」


長髪に黒いコートを着た女性が穴拭中尉の肩に手をおく。カウハバ基地の司令部で会ったハッキネン少佐と同じくクールな印象を受けるがハッキネン少佐と違い、冷たさというよりどこか飄々とした印象を受ける。


「あなたは……」


「エリザベス・F・ビューリング少尉だ。よろしくカリヤ軍曹」


そうだ名前はエリザベス・F・ビューリング少尉、元はオストマルク国際ネウロイ監視航空団で戦っていたブリタニアの熟練ウィッチ。
ビューリング少尉は私に近づき手を差し出す。それ見た私はさきほど手を振り払われた感触を思い出し、手が固まったが「大丈夫だ。こいつの様に払いのけたりしないよ」との言葉に握手に応じる。
近づいてみて初めて気付いたがビューリング少尉は全身から煙草の匂いを漂わせていた。けれど不快というわけではなくどこか安心させる匂いであった。


「次はわたしね、リベリオン海軍所属のキャサリン・オヘア少尉でーす。どうぞよろしく~。あっ、お近づきの印にコーラ飲むね?」


(コーラだ!!)


差し出されたコーラを受け取るとごく自然な動きで喉を鳴らして飲んでいく。あまりの懐かしさに涙が出そうだ。
私は思わず一気に飲んでしまう。


「ありがとうございますオヘア少尉。久々に飲む事ができました」


「えっ、カリヤ軍曹はコーラ飲んだことあるね? トモコもハルカもソーダは飲んだことがあってもコーラは飲んだことはない言ってたけど」


(あっ、しまった。また……)


「…………実家の近くに港があるのですが、そこで知り合ったリベリオンの人がよく飲ませてくれたんです」


「Oh~、そうだったんですか~。だったらもっと飲んでいいね。リベリオンから補給で届いたばかりヨ」


どうやら誤魔化せたらしい。……しかし食べ物や飲み物の事になると何かしらボロが出ることが多い、気をつけなければ。
サーシャさんの時と同じ誤魔化しスマイルでオヘヤ少尉から二本目のコーラを受け取ると私は心の中でそう胸に刻んだ。


「あの~、私はエルマ・レイヴォネン中尉です!! 遠い扶桑からの派遣、スオムス空軍の一員として歓迎します」


「狩谷司軍曹です。こちらこそどうぞよろしくお願いします!!」


ピシッとした姿勢で敬礼するレイヴォネン中尉に同じ様に姿勢を正し敬礼する。
何となく雰囲気的に優しそうで、義勇飛行中隊の中では灰汁が薄そうだなと思ってしまう私。
それにしても……、ほぼ無意識の内に以下の行動をしていた自分に気付き、扶桑海軍の訓練が身に染み込んでいることを改めて実感したが……。


「ひゃっ――」


いきなり胸を掴まれ背中に誰かが密着し為、私は思わず可愛らしい悲鳴を上げてしまう。
あまりの恥ずかしさに顔を赤らめながら振り返るとそこにはロマーニャ空軍所属のジュゼピーナ・チェンニ准尉がいた。


「ピアチェーレ!! ジュゼピーナ・チェンニ准尉よ。よろしくね。 それにしても――ケ・カリーナッ!! 食べちゃいたい」


ぺロリ……と生暖かい湿ったなにかが耳を撫でた。思わず全身の毛が逆立つ。え、私ナニサレテルノ?
(そういえば、穴拭中尉とチェンニ准尉はそういう関係だって船で聞いたけど……、まさか)
そう頭によぎった時、誰かが私とチェンニ准尉を引きはがす。


「こら、この色ボケパスタ女朗!! 私の智子大尉に飽き足らず、私の後輩に手を出すなんてやめなさい!!」


そこには海軍の白い制服を身に纏う迫水ハルカ飛曹の姿があった。


「ハルカったら。ちょっとしたジョークだから怒らないでよ。後、トモコ大尉は貴方だけのものじゃないから」


チェンニ准尉は私から離れたが、離れる直前に耳元で「また今度」と囁いた。
どうやらここがある意味、危険でアブナイ場所なのは確かなようである。


「大丈夫? 私は迫水ハルカ少尉よ」


「少尉? 義勇飛行中尉隊の資料では飛曹だったはず、それに智子大尉って……」


「1週間前に昇進の通達があったの。私は飛曹から少尉、智子中尉は大尉に昇進したのよ。それより本当に大丈夫だった? 気をつけてね。あのパスタの国の准尉はいつもあんな風なの。私は先輩だから何かあったら相談に乗るわ」


優しく微笑んだ迫水少尉はその時の私にとって慈悲深い菩薩の様に思えた。
(頼りになりそうな人、レズだって話もこの人に限っては間違いだったのかも)
……ただチェンニ准尉の激しい洗礼に圧倒されていた私は迫水少尉の『私の智子大尉』やチェンニ准尉の『後、トモコ大尉は貴方だけのものじゃないから』といった重要な発言に加え、私の後ろであった「……あれ、誰ね?(コーラを飲みながら)」、「誰がみても迫水ハルカ少尉だろ。ただし昇進と後輩が出来て舞い上がったあげく自分の事を棚に上げてるが(煙草を吸いつつ)」、「いいじゃないですか、昇進と後輩の登場でハルカ少尉にも先輩としての自覚が出てきたんですから。それにハルカ少尉も初めてできた後輩を慕ってる様子ですし、これで夜のアレが収まってくれたら(微笑ましいと感じている)」、「私、最初はハルカに慕われてただけなのにどうして今みたいな関係になったんだろう(ぽつりと)」、「「「「………………!!(気まずい沈黙)」」」」、「ハルカが食べちゃったら私もつまんじゃおうっと(A・T大尉と同じくポツリと)」という掛け合いに気付かなかった。

断言できる、この時の私の眼は確実に節穴だった……。












「それにしてもトモコとハルカは昇進出来て、なんでミーはできないね?」


ハルカが新人に付きっきりになっている中、唐突にオヘヤ少尉がそう文句を垂れる。


「お前がストライカーを壊しすぎだからだオヘア。整備兵が『オヘヤ少尉はいつも不運(ハードラック)と踊(ダンス)ってやがる』って愚痴を言ってたのを聞いたぞ。それに見学に来たリベリオン武官の『ここでも壊し屋(クラッシャー)オヘアは健在らしいな』発言でそのあだ名もここカウハバ基地で広まっている。昇進したいなら壊したストライカーの分を帳消しするほどの働きをするしかないと思うぞ」


「ビューリングに言われたくないね、自分だって昇進してないのに」


「昇進の話はきている。二階級特進で大尉にしてやるからブリタニア本国に戻ってこいという通達が何度もな。まぁ、あがりを迎えるまではここを離れるつもりはないから断っている。後、一年くらいはここに居るよ。それに……」


ビューリングは「まだ戻って墓参りをする覚悟もできてない」と誰にも聞こえない小さな声で自嘲気味に呟く。煙草を吹かしながら仲間達に目をやった彼女の顔にはどこから寂しいような悲しような表情を浮かべていた。


「私もロマーニャから通達が何度も届いてますけど断ってます。だって昇進したら激戦区に逆戻りで智子大尉とお別れになっちゃいますし。それにカールスラントの子は堅物が多くて全然落ちてくれなかったけどここはウブな子が多くていいです。特にアホネン大尉の部下の子とか……。ビューリング少尉、寂しいなら慰めてあげましょうか、主に今夜あたり」


陽気なチェンニ准尉の発言にビューリングの感傷は見事に打ち砕かれたる。ビューリングは「全くウチの隊は」と笑いを浮かべると「遠慮しておくよ」と答えを返す。


「残念です、でも気が変わったらいつでも言ってください。昔の女なんて忘れるぐらい慰めてあげますから」


その台詞にビューリングは幾夜も続くトモコの喘ぎ声を思い出し、もし自分だったらと想像の中で喘ぐトモコと自分を置き換えてしまう。
想像の中の自分は長い髪を振りしだき、玉のような汗を浮かべて乱れ。泣いて亡き戦友に許しを請いながら何度も何度もチェンニ准尉に撃墜されていた。
カアァっと顔を真っ赤にしたビューリングは顔に手を当てて「Shit!」と小さく呟くと、なんて想像したんだと後悔する。どうやら自分もこの隊にいろんな意味で染まってしまったらしい。
後残り一年でトモコの様には絶対ならないとビューリングは心の中で強く誓った。






「それにしてもカリヤ軍曹は扶桑人なのに何だか欧州の人みたいな見た目をしていますね」


エルマ中尉の発言に義勇飛行中隊の皆さんの視線が再び私に集まる。
ついに聞かれたか……と私は溜息をついた。これについては二度目の人生の中で何度も聞かれた事だ。むしろ初対面の人で聞かれなかった事など数えるほどしかない。親友のりっちゃんも、洋食屋の門屋店長も、海軍の石間大尉も、最近ではオラーシャで仲良くなったサーシャさんにも聞かれた。
穴拭大尉と迫水少尉は気まずそうな雰囲気で私に視線を送る。恐らく書類を見て祖父の部分にカールスラント人としか記入していない所や父の欄に故人と書かているからいろいろ察してくれたのだろう。


「はい、祖父がカールスラント人なもので」


こちらとしては何ら後ろめたい事はないので堂々とした態度で答える。


「Oh! ユーのグランドファーザーはカールスラント人なのね。どんな人ヨ?」


「会った事はありませんが誇り高いカールスラントの軍人だったと祖母から聞いています」


「会った事がないってカリヤ軍曹が生まれる前に死んじゃったってことですか?」


「いいえ、祖父は名門貴族の一員で祖母は扶桑の魔女だったので結婚を周囲に反対され引き裂かれてしまったそうです。写真も残っていないので祖母や祖母の話を昔から聞いている母の話の中でしか私は祖父を知りません」


エルマ中尉の問いにはっきりそう答えると穴吹大尉と迫水ハルカ少尉の気まずい雰囲気が周りに伝播する。エルマ中尉は話題を変えようとし「じゃ、お父さんはどんな人なんですか」と尋ねてくる。


「父の事も母と結婚してすぐ私が生まれる前に死んだので写真の中でしか知らないのですが、優しくて立派な人だったと母が良く語ってくれました」


その返答にこれまた周りの空気が重くなる。だがこういう事は最初に言った方がいいと私は思うのだ。後からいってこちらの印象を変えられるよりよっぽどいい。
私はそのまま言葉を続ける。


「確かに私には父も祖父もいません。家族は母と祖母だけでした。でも父と祖父の分まで、いえそれ以上に母と祖母は愛を注いで私を育ててくれましたから寂しいと思ったことはありません。それに私よりも寂しいと思っているのは母と祖母のはずですから」


祖父と引き裂かれたばっちゃも結婚してすぐに父と死別した母も、何も父や祖父の事を知らない私より何倍も辛い筈だ。
胸に両手を当てて眼を閉じれば母とばっちゃと過ごした日々の事が鮮明に思い出される。第二の生を受けて約十年、私を育ててくれた家族。
私は最初から前世の私だったわけではなく、少しずつ前世の記憶が染み出す様に溶けあい今の私があるのだ。
前世の私と母とばっちゃに育てられたこの世界での私が溶け合う事で今の私があるのだから、母とばっちゃが現在の人格の土壌を生みだしたと言えるだろう。
だからこそ今の私が居る事を母とばっちゃに感謝しなければならないのだ。

――そうこう回想していると目の前には眼をウルウルと潤ませる穴拭大尉と迫水少尉の姿があった。


「……何ていい子なの。11歳になったばかりで従軍してきて苦労したのね。安心して私が何でも助けてあげるから」


「いいえ面倒見るのはこの私、迫水ハルカです!! 私の後輩なんだからこれだけは智子大尉といえど譲れません。先輩の私にいつでも相談してね。辛いならこの私が慰めてあげるから」


「わーい。智子大尉、面白そうだから私も混ざりますね」



穴拭大尉と迫水少尉、それにチェンニ准尉が私に抱きついてきた。苦しくて息が……、っ! 何かやわらかいのがあたってるし! ちょっと!! そんな所弄らないで!!


「……何やってるんだ。自己紹介はトモコ以外終わったしそろそろ倉庫の車のエンジンも温まってきただろうから、後のカリヤ軍曹の入隊歓迎は街の酒場に行って……」


ビューリング少尉が言い終える前に基地のサイレンがけたたましい音を上げる。


「……どうやらカリヤ軍曹の歓迎を私達より早くネウロイがやってくれるらしい。主役をエスコートしてさっさとパーティー会場へ向かうぞ。メインディッシュの食い残しは主催者に失礼だ。――骨も残さず喰らいつくしてやろう!!」


口端をつりあげ皮肉そうに笑みを浮かべるビューリング少尉に義勇飛行中隊の皆は苦笑し、同意する。
三人に解放された私も苦笑いを浮かべると義勇飛行中隊の皆の後ろについて指揮所を出た。






格納庫のハンガーに行くと既にキ60は発進準備が整えられていた。他の義勇飛行中隊のメンバーもそれぞれのストライカーを穿いていく。
私はキ60の暖機をしてくれた整備員に礼を言うといそいでキ60を穿いた。
既に憑依させていた伯爵を顕現して、自身の魔力を最大まで高める。
最初は少しずつ、次第に多く。まるでアクセルペダルを踏み込んで車の調子を確かめるように魔力をキ60に注ぎ込んでいく。
聞きなれたキ60戦闘脚のエンジン音とプロペラ音は私にコンディションを伝えてくれた。


「みんな発進準備はできた?」


複数のストライカーユニットの音に負けない穴拭大尉の声がハンガーに響き、皆もそれに応えていく。


「扶桑三番、OTR(オン・ザ・ランウェイ)です」


最後に私がそう返答すると智子大尉の「スオムス義勇独立飛行中隊全機離陸開始!!」の掛け声と共に私達はカウハバ基地を飛び立った。






「そういえば聞いてなかったけど司軍曹は何の戦闘脚を穿いてるの?」


「キ60試作戦闘脚・海軍改修仕様です穴拭大尉」


「キ60って陸軍機じゃない。それに海軍改修仕様って」


空での移動中にキ60について尋ねてきた穴拭中尉は驚いた様子でキ60について尋ねようとしたが、耳につけた通信機に通信がきたようで「基地に帰ったらまた教えて」と言うと元に位置へと戻っていった。


「こちら穴拭大尉です。アホネン大尉、――えっ!! 分かりました。今回は私達が前衛を務めます。――みんな、編隊を変更するわ!  扶桑一番(私)と扶桑二番(ハルカ)と扶桑三番(司)で三機編隊(ケッテ)。ブリタニア一番(ビューリング)とロマーニャ一番(ジュゼピーナ)、スオムス一番(エルマ)とリベリオン一番(オヘア)で二機編隊(ロッテ)よ。アホネン大尉の第一飛行中隊は今回、後方支援に回るそうなので私達が前衛を務めます。――目標が見えてきたわ、全機散開!!」


穴拭大尉の声に合わせ、私達は散開し指示通りに編隊を組む。
目視して確認できた敵の数は艦上戦闘機のカタチをとる小型ネウロイ『ラロス』(十中八九、旋回性と防御の上がった改型だろう)12機と中型爆撃機のケファラス3機が編隊を組んでこちらに向かってくる。
穴拭大尉と迫水少尉の後ろに追従する私は装備している対ネウロイ大型ライフル、PzB39を構えると即座に発射した。大尉と少尉の間をすり抜けケファラスに取り巻くラロス改の一機に向かって飛んでいく。
標的となったラロス改は優れた旋回性を活かしこちらの弾を避けようとするが、こちらも避けさせるつもりは毛頭ない。


「――曲がれ」


そうであれと自らに暗示を掛けるように言葉に出すことで私の魔弾は最大限の力を発揮する。
一直線に滑空していた7.92mm弾の軌道はラロス改の旋回に合わせるように唐突に弧を描き、弾丸は先端のプロペラを模した部分から後方へとネウロイを突き抜け、もう一体のラロス改の側面主翼の付け根から侵入すると内部から分厚い装甲を抉るように滑り、やがて静止する。
貫かれたネウロイは両方ともコアを抉られており、まるで砕けたガラス細工の様に消滅した。


「「……すごい」」


「穴拭大尉、迫水少尉。ラロス改は私がやります。大尉達はケファラスを!!」


穴吹大尉は頷くと、随伴である迫水少尉を連れてケファラスの一機へ接近する。私はケファラスの残りの随伴ラロス改二機に銃口を向けるが……。
突然の発砲が側面から私を襲い、急いでシールドを張る。視界を横へとずらすとそこには新たな十二機のラロス改編隊が居た。

(しまった。――急いで穴拭大尉達と合流を!!)

合流を果たす為、魔道エンジンの出力を上げるが十二機のラロス改の内、四機が行く手を阻む。
後方のアホネン大尉の中隊に援護を期待しようにもどうやらあちらも新手と戦っている様だ。
いくらウィッチとはいえど、12機にネウロイに囲まれて四方八方から撃たれたら……。
額に嫌な汗が浮かぶ。このままじゃ、私は…………。


(――我が名を呼べ、我が主よ)


死を予感させたその時、私の中の何かのイメージが走った!!
紅い双眸、以前どこかで私はあの瞳を――――。
十二機のラロス改に囲まれつつある中、私が何かに魅入られ静止していると……。


「こら! そこの長髪、ぼうっとしてんな!!」


「危ないから、ちょっとどいていてください」


私を取り囲んでいたラロス改の内の二機に魔力の篭った銃弾が雨のように降り注ぎ、撃墜される。
ハッ!となり私は援護に来てくれたウィッチ二人に目をやる。幼かったサーシャさんの同じくらいに見えるから私と同じ十一歳くらいか?
穿いているストライカー、あの寸胴なフォルムはリベリオン製ストライカー、バッファローか!
既にリベリオン本国ではF4Fワイルドキャットの登場で旧式化したストライカーだが自国のストライカーを持たないスオムス軍に貸与されている筈。
ということは一部仕様が変更されているスオムス空軍輸出用のType/B-239。


「でもイッル、やっぱり指示を無視して前に出てきて良かったの?」


「いいんだよニパ。あんな百合大尉の話をイチイチ聞いてちゃ戦場に出た意味がないじゃないか。『前に出ないで後ろから戦闘を見てなさい』って、私らは見学に来た訳じゃないっての!」


イッル、ニパと呼び合う二人の少女は両手で保持した短機関銃・スオミKP/31を構え発砲し、私を囲んでいたラロス改を追い払った。


「救援感謝します。私はスオムス義勇飛行中隊所属、扶桑海軍の狩谷司軍曹です」


「……なんだ、同郷かと思ったけど独立中隊のメンバーか。百合大尉の命令違反の言い訳に『同郷の魔女の危機を見過ごすわけにはいけなかった』とか言おうと思ったけど……まぁ、義勇軍の魔女でも変わらないな」

イッルと言われたどこか少年っぽい印象を受ける少女はこれまた少年のような容姿をしたニパという少女を引き連れ、私の死角をカバーするような位置で静止する。


「私はエイラ・イルマタル・ユーティライネン、こっちは……」

「ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン、親しい人からニパって呼ばれてる」


私は体勢を立て直すと再びPzB39をネウロイに構え直した。


「エイラさん、ニッカさん。貴方達は第一飛行中隊の所属なんですか?」


エイラさんが言っていた百合大尉というのは女好きって噂のミカ・アホネン大尉だと思うのだが……。


「あんたの方が年上っぽいし、敬語はいいよ。エイラって呼んでくれれば。後、私達の所属は第一飛行中隊じゃない。まだ訓練兵だ。ウィッチ養成学校の突然の思いつきで『訓練課程の最後として実際の戦闘を体験して来い』って言われてはるばるカウハバ基地に来たんだ。なぁ、ニパ」


ニッカさんは頷くとKP/31の射線をエイラさんに合わせ、ラロス改をもう一機撃墜する。
訓練兵の実戦投入ってもう何でもアリだなウィッチって……。百合な魔女もいるんだからおっぱい星人の魔女もいるんだろうか?
思考の連鎖が訳の分からない方面に向かっていた私だが、エイラさんの声にて正常な思考に引き戻される。


「お前、ツカサとかいったけどまだ戦えるな。私とニパの後ろに付いてこい。即席の三機編成(ケッテ)で艦上戦闘機モドキを攻撃するぞ」


「――分かりました」


穴拭大尉達と分断された今、単機での行動は危険と判断し、エイラさんに随伴する。
エイラさんの空戦機動は凄まじかった。ニパさんも訓練兵とはいえない動きだがエイラさんはその動きの二、三段上をいく。
まるで未来が見えているかのようにラロス改の機銃の雨を回避していく。
元の世界とこの世界でも一部の人間から『空飛ぶビヤ樽』と烙印を押されたストライカーとはとても思えない。
陽の光に反射して煌めくバッファローはまさしく『空飛ぶ真珠』に相応しい機体であった。
私達三人は即席の編隊であったがラロス改を次々撃破し、標的を大物の大型爆撃ネウロイ、トゥーバリュフに移す。


「ち、硬てぇな!」


エイラさんは愚痴りつつニッカさんと共にトゥーバリュフの表面装甲を弾丸で引きはがしコアを探し、私はそれの援護をする。


「見つけた。背中の真ん中にある紅い装甲部分の下だ」


「分かりました。私が表面装甲を引き剥がしますから、二人はコアを頼みます」


二人が頷くのを確認するとトゥーバリュフの上まで高度上げ、二発の弾丸を発射する。二発の弾丸はネウロイの光線を交わしつつ軌道を変え、目標の場所に着弾した。


「今です!」


着弾と同時に二人のKP/31が剥離した装甲部に火を噴く。KP/31のドラム式マガジンから計71発の弾が全て吐き出されんばかりに発射され。やがて数発がネウロイのコアに確かに到達した。


「「やった(ぜ)」」


大物撃破を喜ぶ二人、しかしネウロイは最後の手土産と言わんばかりに一発の光線を発射する。
エイラさんは反射的な動きでそれを避けるが、後ろに居たニッカさんの片方のストライカーを掠めた。


「えっ!!」


破損した影響か片方のストライカーのエンジンが停止し、バランスが取れずに急落下した。


「おい、ニパ!!」


急いでエイラさんは降下しようとするが新たなラロス改の攻撃に降下するタイミングが遅れる。

――こうなったら私が……!!

私はほぼ垂直に真っ逆さまにニッカさんを追って降下する。


「おい、そんな角度で下がったら後で上昇できなっ」


途中でエイラさんを追い抜かす時に何か聞こえたが関係ない。今はニッカさんを助ける事だけ考える。
全力で降下していった私はニッカさんを捕捉した。背中に背負っているPzB 39の先端がニッカさんに当たらないように注意しながら近づき両手で抱き寄せる。


「――曲がれ」


ほぼ垂直に下へ向かっていた進行方向を固有魔法にて無理やり上へと変更していく、少しずつ少しずつバランスを崩さないように下降から上昇へと軌道変更した私は空へと戻っていた。
途中で上昇に加わったエイラさんも含め、私達三人は元の高度に戻っていく。


「……ニパ、お前も運がないと思ったけど初陣で墜落するとはな」


「私もそう思う、まさか油断している所に攻撃受けて地面にキスしそうなるなんて……、ありがとうツカサ」


明るい少年のような笑顔に、思わず見惚れそうになる。


「いえ、私も助けてもらいましたしお互い様ですよ」


なんとか平静を保ちニッカさんに答えた所、エイラさんが意地の悪い笑みを浮かべ。


「ニパ、そうやって抱きかえられているとまるでお姫様みたいだな、さしずめツカサは王子か」


その言葉に私とニッカさんは思わず顔を赤くした。
エイラさんに対し、私とニッカさんは反論しようとするがエイラさんに遮られる。


「どうやら戦闘が終わったみたいだ。百合大尉と赤白服のウィッチが近付いてくる。大尉に説教を食らうと思うから弁護してくれよツカサ。私とニパはお前を助ける為にしょうがなく先行したって」


悪戯小僧のような笑みを浮かべたエイラさんを見て私は若干乾いた笑いを浮かべると、ウィッチにもいろんな人が居るんだという事をカウハバ基地一日目にして深く実感した。












後書き


今回も急いで書いたおかげで予想より早く書けました。しかし今後はどうなるか……



補足



・バッファロー

史実ではアメリカのブリュ―スター社により開発された艦上戦闘機。
運用開始当初、ドイツ第三帝国のBf109に敵わないが黄色人種の日本人には勝てる筈と人種差別的な観点から極東、シンガポール、マレーシア戦線に配備されキ43や零戦と交戦したがほとんどが撃墜、日本軍パイロットから『空飛ぶビヤ樽』と蔑称を受けることに…………どうしてこうなった!!
しかしフィンランドに輸出された性能を落としたB-239型計43(44?)機は1941年6月から1944年頃まで働き、実に444機の敵機を撃墜し『空飛ぶ真珠』と呼ばれた。
この差は一体どこから出たやら……。


・スオミ KP/-31

フィンランド国防軍が使用していた短機関銃。スオミ KP/-26の改良型。71発のドラム弾倉に加え、20、40、50発の箱型弾倉も使用可能。銃口初速は396m/s、発射速度は750~900発/分。冬戦争(ソ連のフィンランド侵攻)時、フィンランドの善戦に一役かった武器。
かなり優秀な武器であったが欠点は重い事(6kg以上の重量でドラム弾倉を装着すると全部で7kgを超えた)。


・エイラ・イルマタル・ユーティライネン

ストライクウィッチーズ本編の主要キャラの一人。
まだ運命の人には出会う前。


・ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン

公式キャラ。
通称ニパ、ついてないカタヤイネン。後の第502統合戦闘航空団所属。同じスオムス空軍に容姿が似てるハンナ・ウィンドがいる。


・その他登場人物

小説版ストライクウィッチーズ・スオムスいらん子中隊をよろしく!!



[25145] 第五話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/03/08 21:48
Der Freischütz 第五話 「サウナorお風呂with料理」




私は現在、カウハバ基地内のサウナに居た。スオムスは前世でいう所のフィンランドであり、フィンランドと同じくサウナ発祥地であるからして基地にサウナがあるのは至極当然の事だろう。
ではこの基地に風呂はないのか?と聞かれたのなら答えはNOである。すでに半年近く居る穴拭大尉、迫水少尉の為に同じ扶桑出身の整備兵やその他の協力もあり基地には小さな風呂が存在している。
私は一カ月近い航海の中、まともに風呂に入っておらず週二の頻度で桶五杯ぐらいの真水のお湯は使っていた。風呂については海水風呂で私はいつも最初に入れる様に艦長が取り計らってくれたが海水風呂に抵抗があったのと他の乗員を差し置いて先に風呂に入るのは気がひけたのであまり利用していない。
オラーシャからスオムスまでの移動の間に利用した制限なしの久しぶりの真水のシャワーで喜んでいた私は本音を言えばカウハバ基地の風呂の話を聞いて利用する気まんまんだったのだったのだが……。


「ツカサは扶桑人なら確か風呂だから……サウナは初めてなのか?」


「勝手が分からないなら何でも聞いてよ。私達はスオムス暮らしでずっとサウナだし」


「こうして入るのは(この世界では)初めてなのでいろいろ聞かせてください。後、誘ってくださってありがとうございますエイラさん、ニッカさん」


……そうなのだ。私は二人に誘われカウハバ基地のサウナを三人で利用している。風呂には穴拭大尉と迫水少尉とあのストレートにまで女好きのチェンニ准尉が向かった。穴拭大尉と迫水少尉は大丈夫なんだろうか?
しかし基地に帰ってからここに来るまででかなり疲れた。特にあの…………。

「それにしても助かったよ。ツカサがあの百合大尉の前で弁解してくれたおかげで私とニパはほとんどお咎めなしだったし」


「エイラさんとニッカさんには助けられたから。でも本当にアホネン大尉があんな百合百合しい人だったなんて……」


百聞は一見にしかずというけど、百合な人だということは少なくとも聞いた通りの人だった。
私がエイラさんとニッカさんの弁解をした後、怒っていたアホネン大尉は一応の納得はしてくれたのだがその後いきなり雰囲気を変えて私の顎を掴んで顔を近づけると『それにしても可愛らしい子、トモコにはもったいないわね。私の妹の一人にならない』と誘ってきたのだ。
私が危険でアブナイ雰囲気になりかけた所、駆けつけてきた穴拭大尉が助けてくれていなかったらどうなっていた事か……想像したくはない。
だが、エイラさんとニッカさんの事については本気で身の安全を考えて先行したのを怒っていたので根本的にはいい人なんだと思う……百合以外は。
私も穴拭大尉達にラロス改に分断された時に間を空けすぎたことを注意され、あの場面は止まったままラロス改を狙うより距離を保ちつつ穴拭大尉達の中型撃破の邪魔になるラロス改を倒しておけばと猛省した。
キ60の運用を任させてた辺りから集団飛行訓練が疎かになっていたから、独立義勇飛行中隊では訓練で感覚を取り戻さければ……。


「“さん”付けはいらないって。同い年だったんだから私のことはエイラもしくはイッルって呼んでくればいいさ」


「私もニパでいいよ。ツカサはなんたって私の白馬の王子さまだからね」


撃墜時のエイラさ……イッルの冗談を引っ張るニパに私は「もうその呼び名はやめて欲しい」と苦い笑いをこぼす。
私の所属する独立飛行中隊やアホネン大尉の第一飛行中隊およびスオムス空軍の訓練生ウィッチの編隊に先程の戦闘の後、イッルとストライカーユニットの壊れたニパを抱える私を目撃された訳だがその場面を見た一部のウィッチが『まるで王子様の様』などと言っていたらしく基地に戻ってからも密かに私を指差してヒソヒソ話をしているところを多数見かけた。
伯爵を顕現させて内容を聞けばまだ時間の経っていないニパを助けた話が誇張され最後には『ほんとに王子様みたい』という会話で締めくくられる。
あげく同じ隊のビューリング少尉には『噂は聞いた、白馬みたくストライカーを白く塗ってみたらどうだ』とからかわれてしまったし。
少尉はブリタニア人なので元のイギリスの国民性的に考えて毒舌家なのだろうか?


「白馬と聞いて思ったんだが、ツカサって肌白いな。ニパや私より白いんじゃないか」


「そういえばツカサの肌、すごい白いね」


そう言われて改めて自分の肌とイッルとニパの肌を比べてみると私の肌が凄く白いことに気がつく。祖父の血の所為か私の肌の色は元々白いが、白さに磨きがかかったのは伯爵と契約してからだ。伯爵は陽の光が嫌いなようなので、もしかしたら憑依させている最中に薄く張った魔道シールドが風や寒さ暑さだけではなく紫外線なども弾いているのかもしれない。
まぁ、不健康なのは見た目だけで中身は元気なので気にすることではない。


「それにさ、ツカサって背も高いけど胸もそれなりに膨らんでるよな」


「ちょっとイッル! ツカサが顔赤くしてるよ」


…………認めたくないものだが、ここ数カ月で絶壁だった私の胸は成長して膨らんできた。最初は伸び続ける身長に喜んでいたのだがしだいに身長に合わせ胸が丸みを帯びてきた時に気付いた時、私は一時間ほど放心状態に陥った。
扶桑海軍の先輩ウィッチの真似をしてさらしを胸に巻いていた時期もあったがそれでも胸が大きくなることは止められはしなかったのである。
若干涙目になりつつ、自分の胸に視線をやっていると……。


「じゃあ、実際の胸の大きさをっと……」


「あっ、え!!」


イッルは手に持っていた葉っぱ(白樺の葉)を置くと両の手でいきなり私の胸を掴んだ。体に巻いたバスタオル越しに胸にイッルの両の手の感触を感じる。
もみもみと、そういった擬音が聞こえるぐらいの勢いで無遠慮かつ大胆に手は動いていく。


「ニパより少し大きめぐらいか、この年でこれならまだ大きくなんな」


「イッルやめて、お願いやめて!! ニパも顔赤くしてないで助けて!! ――くそっ! ホントにおっぱい星人のウィッチがいやがったよ!!」


いきなりの事態に頭が追いつかず、思わず二度目の生の中では他人との会話で一度も出した事ない汚い男言葉が出てしまう。
なんとかイッルの両手を振りほどこうとするが胸を揉まれてるせいか力が上手く出せない。
このバストシェイクが百合的行動ではなく、好奇心旺盛な男の子がする様な悪戯なのは分かるのだがやられるコチラとしてはどちらにしろたまったものではない!!


「お、いきなり男らしい口調に変わったけど、もしかしてソッチが素かツカサ? それにおっぱい星人ってなんだ?」


「違います!! イッルが胸揉むから。――それにおっぱい星人っていうのはおっぱい星からやってきた、おっぱいの素晴らしさを伝道する使者のことで、おっぱい星人=巨乳好きというわけではなくむしろ貧乳だろうとなんだろうと全て等しく平等に愛せる人のことをおっぱい星人と…………あれ? なに言ってるんだ私?」


「プ、アハハハハハハハッハ!! ツカサって面白い奴だな」


胸を揉まれて混乱しているからか、サウナの熱気で頭が動いてないからか、またはその両方のせいで私の思考回路と言語中枢は私の意図から大分外れてしまっている様である。
爆笑するイッルと顔を赤くしつつも傍観し続けるニパ。
嗚呼、なんかいい感じにのぼせてきた…………。


「おい、ツカサしっかりしろ!!」


「大丈夫、ツカサ!?」


戦闘後で疲れが溜まっていた所為か泥のように眠る瞬間みたく私は意識を手放した。















同時刻 カウハバ基地 風呂場



「――初めて入りましたがフソウのフロというものはいいものですわね」


「……アホネン大尉、なんで私とあなたが同じ風呂に入っているの? まぁ、ハルカとジュゼッピーナを追い払ってくれたのは感謝するけど」


現在、穴拭智子とミカ・アホネンは元々サウナだった一室を改装して造った風呂場のお湯に浸かっていた。
本来はハルカとジュゼッピーナも押しに弱い智子をなし崩しで一緒に入るところだったのだが突然現れたアホネンと二三言葉を交わした後、智子と一緒に入るのはアホネンになっていたのだ。(智子も遠巻きで会話を見ていたのだが二人の抗議に対してアホネンが何かを呟くと二人は退散していった。何か弱みでも握られているのだろうか?)
風呂を毎回沸かす手間を考えてそれほど大きいものにはしなかったがそれでも5,6人は余裕で入れるスペースに背中合わせに入っている二人。
しばらくお互いに無言が続き、体を動かす際の水の跳ねる音だけが響いていたが静寂を破ったのはアホネンからだった。


「今回の新人の件、お互い大変でしたわね。エイラ・イルマタル・ユーティライネンとニッカ・エドワーディン・カタヤイネン……見た目はかわいいのですが、やることなすこと滅茶苦茶ですわ。こちらの説教も煙に巻くし、サウナの中で話をしようにも同じ新人のツカサって子をダシにして逃げてしまいましたし。でも、問題がある新人の中ではツカサって子が一番マシですわね。連携訓練をしばらくやればモノになりそうですし……、やっぱり譲ってくださらない? そそる容姿をしてますし私に預けてくれた暁には連携訓練と夜間連携訓練で二重の意味で“モノ”にして差し上げますわ」


「そんな身売りみたく同郷の子を貴方に渡せる訳ないでしょ!! あの子は確かに距離の空けすぎで分断されたけどそれはキ60に慣れる為に単独飛行を繰り返していたから連携が鈍ってただけであってアンタの抱えてる訓練兵みたく最初から独断専行した訳じゃないわ。むしろ一気に二機のラロス改を倒したあの子をみて油断して間を空けすぎた私の判断も悪いし。だいたい夜間連携訓練って言ってるけどやることは自分の部屋に呼んで行為に及ぶだけでしょ、それとも連携がついてるからアンタの妹も加えて三機編隊ってわけ?」


「おしいですわね。妹二人を合わせて四機編隊、さしずめカールスラントのヴェーラ・メルダース少佐が生みだしたシュヴァルム戦法(二機編隊(ロッテ)二組魔女四人からなる戦術)と言ったところかしら…………ちょっと! なんでお湯をコチラに飛ばすの!?」


「そんなしたり顔で言っても結局、三人から四人になっただけじゃない。なにが『シュヴァルム戦法と言ったところかしら』よ! 考案したメルダース少佐も自分の戦法がそんな例えに使われるなんて夢にも思ってないでしょうね」


風呂慣れした扶桑人特有の両手を使った水飛ばし、――俗に言う『水鉄砲』をアホネンに浴びせながら智子は思考する。
狩谷司……、変わった人物――否、かなり変わった子だと思う。なんというかあって間もないが、同郷とはあまり実感できなかった。
容姿もだが使ってる武器もカールスラント製だしストライカーも元は陸軍機だがエンジンはカールスラントのモノで機体構成も今までの扶桑のモノとは少し毛色が異なっている。
海軍から支給のセーラー服の上に黒いジャケットを着込んでいる為、見た目も相まって初見で扶桑のウィッチと気付ける人間はいないだろう。
それに容姿だけではなくもっと深い部分で惹きつけられるのだ。智子は昔、扶桑で神社で年配の巫女(魔女)から聞いた言葉を思い出す。

『気をつけなさい、魔性はヒトを惹きつけ狂わせる。決して魅入られていはけない』

……とはいっても魔なるものというのに智子は会ったことはない。文明が発達するにつれて魔女以外の魔性(扶桑でいうなら妖怪等)は姿を消していったのだ。今では会う事すら非常に困難である。
ゆえに狩谷司に惹かれているのは魔性というべき何かを秘めているからなどと判断できる材料を智子は持ち合わせておらず、むしろ智子自身の中に潜む別の意味での魔性(百合的な意味で)が司に惹かれていると考えた方がしっくりくる(智子自身は激しく否定したいが)。
けれど、最初に手を掴んだ時に感じたあの感覚は…………。
思考の渦に呑まれかけた智子は自身の顔面に浴びせられたお湯により引き戻される。


「きゃっ!!」


見ればアホネンも智子と同じく両手を使い『水鉄砲』を再現していた。


「コツは掴みましたわ。私、手の器用さには自信がありますの」


「この、やったわね!!」


水鉄砲から始まった応酬は次第に白熱し、最終的に立ち上がり両手を使った水の掛け合いへと移行した。
一分ほどバシャバシャと水を浴びせあって疲れた二人は再び背中合わせで湯船に浸かる。


「……なんでわたくし達、こんな事してるのかしら?」


「さぁ、分かんないわ」


「……まぁ、いいですわ。いろいろ逸れましたけれど本当に話したかったのはあの訓練兵達の事。――なんで訓練課程を切り上げてわざわざネウロイと交戦しているこの基地にあの子達が来たのかあなたは分かってるんでしょ?」


「薄々だけどね。カールスラントの本格的な撤退戦が始まったからでしょ。確か作戦名は……」


「大ビフレスト作戦、小ビフレスト作戦に続く遅延戦術による段階的な撤退戦。主目的はカールスラント国民の各国経由しての南リベリオン、ノイエ・カールスラントへの避難の時間稼ぎ。バルトランドとここスオムスにもかなりの数の避難民が押し寄せてきます」


「そして本土の放棄により、カールスラントに居たネウロイは他の国に行くと……」


智子の言葉に風呂場の空気が張り詰める。今までの緩い雰囲気ではなくどこか剣呑なモノとなった。


「そこまでは言っていません! むしろカールスラントは頑張った方だと思っています。あそまでネウロイに抗戦し、首都ベルリンが陥落した今も段階的な撤退戦を行えるだけの余力があるのですから」


「……そのくらい分かってるわ。言い方が悪くなったのは、私があの最前線の激戦区にいけなかったからだって自分でも分かってる。私がここじゃなくてカールスラントに派遣させていたとして状況は変わらなかったのも理解しているけど…………けど、やっぱり私は悔しいんだわ!! 同期の武子達がカールスラントで毎日必死になって戦ってるのに私だけスオムスで……、ヒガシ先輩なんて式典での事故の所為で病院行きで欧州派遣をできずにあがりを迎えて、私よりも何倍も悔しい思いをしてるのを分かっているのに……」


今まで貯めこんでいた激情を吐露するように叫ぶ智子。水面の揺らぎは智子の体の震えを確かに表わしていた。
その様子を複雑な表情で見るアホネンは話を続ける。


「…………カールスラントという国自体の力と扶桑やその他から派兵されたウィッチのおかげで今まで持たせることができた。だからこそ今後、どうするかということを考えなければならない。訓練兵の派遣もその一環なのでしょう。今まで防波堤となっていたカールスラントが崩れた今、スオムスも自前の堤防をすぐにでも用意しなければならない、――そう多少壁が低くなったとしても」


心が昂ぶっていた智子も自分と同じく憤りを感じ拳を堅く握って肩を震わせているアホネンの様子を見て平静を取り戻す。


「訓練兵の子達は上の思いつきとか言ってたけどやっぱりそういうことよね。若いウィッチの少しでも早い前線の投入、錬度の低い子を前に出しても碌な事にならないのは戦争の基本でしょうに」


「観戦武官はいつでも逃げれるよう準備を整えている様子ですし、司令部はハネッキン少佐を中佐に昇進させて権限を与えて北部に移ろうとしてますし。正直わたくしも苛立っています。けれどスオムスはマシな方ですわ。司令部でのやり取りを少し小耳に挟んだのですが……ガリアはまだ撤退準備が整っていないそうです」


「それって!! ガリアはかなり劣勢なんでしょ。ならカールスラントに同調して撤退作戦を始めるべきでしょ……」


「ガリアは欧州の中でもプライドと愛国心の強い国です。それが裏目に出ているのでしょう。扶桑とカールスラントはガリアにビフレスト作戦への同調を進言したらしいのですが、ガリアは断ったそうです。あくまでも撤退ではなく国土の防衛を主眼として動いています。ブリタニアやヒスパニアはガリアが抜かれれば困る立場、安易に撤退を進められる訳もない。――どう転んでもガリアは確実に荒れますわ」


言葉をアホネンに遮られ黙りこむ智子、こうして考えてみるとここ半年で欧州の状況はさらに悪化した。
派遣前は『扶桑海戦を制した扶桑のウィッチが欧州へと派遣されれば状況は好転する筈、それよりなんで私はスオムス行きなのか!! これでは激戦区のカールスラントに行く武子との間に差が付いてしまう』という思いで頭の中はいっぱいだった。
だがここ半年欧州で、スオムスでネウロイと戦って扶桑では見えてこなかった現状が見えてきたのだ。
無尽蔵に現れるネウロイ、終わりの見えない戦い。はたして人類の勝利とは、ネウロイの敗北とは何をもって決まるのか?
それが分からない現状は暗闇の中を彷徨っているに等しいというのが今の智子の考えだった。


「あぁ、こういう話をしたかったから風呂について来たってわけね」


「そうですわ智子大尉。あなたも私もあの様な取り乱している様子を部下には見せられないでしょう。上に立つモノが先行きに不安を持っているなどと知られたら部下にも動揺が走る。だからこそこの場を借りてあなたと話をしたかったの」


「アホネン大尉……」


カウハバ基地着任当初はいけ好かない奴だと正直智子は思っていたが、半年ほど顔を突き合わせアホネン大尉がどれだけ部下を仲間を大切に思っているか知った今では尊敬に値する人物だと智子はアホネンのことを信頼している。
ただ……、やはり百合趣味なのはいただけないが。


「そういえば、どうやってハルカとジュゼッピーナを退散させたの?」


「簡単ですわ。あの子達、最近二人してわたくしの妹達にちょっかい掛けているモノですから。その事を追求したら逃げていっただけです。あなたの管理不行きについても追及すべきかしら」


「あの子達……」


「確かハルカさんの言い訳は『確かに智子大尉は最高です。扶桑食に例えるならばホカホカの銀シャリ。ですがホカホカの炊き立て銀シャリであろうと毎日食べればあきが来なくともたまにはパンが食べたくなるのが人というモノ。それに食べるときには、誰にも邪魔させず自由で……、なんというか救われてなきゃあ』と孤独でグルメな感じを醸し出して真顔で言ってましたわ」


「ハルカったら!! 最初の頃は『味噌汁が食べたくなったら、私を食べてください』とか殊勝なこと言ってたのに。今やグルメ気取りなんて……。あっ、グルメで思い出したのだけれどアホネン大尉、この後の義勇中隊での食事に参加しませんか? ツカサ軍曹がネウロイ戦での失敗の謝罪を兼ねて数時間後の夕食を作ってくれるそうなので」


「そう、あの子が……それは興味がありますわ。私は構わないけど、私の分も今から用意できるのかしら?」


「まだ時間がありますし、あなたが抱えてる新人のエイラとニッカって子も食事に参加するらしくて、ツカサ軍曹もすこし余計に作るっていってたから大丈夫だと思う。仮に足りなかったらハルカの分を貴方にまわすわ。あの子はパンでも食べてればいいから」


智子の皮肉を聞いたアホネンは笑い「分かりましたわ」と了承し……、


「で、あの子は何の料理を作るの?」


「『それが出来てからのお楽しみ』って、とっても楽しそうな笑みを浮かべて言ってたわ。あの子」


「それはこちらも楽しみですわね」


智子とアホネンはしばらく他愛もない会話を続けながら風呂の中での休息を楽しんだ。
















「イッル、次あんなことしたら絶交だから……」


「いい加減機嫌直せよツカサ、今度ニパの胸揉ませてやるから」


「ちょっと! なんで私の胸がそこで出てくるのイッル!!」


現在、私はサウナを出て御機嫌斜めになりつつイッルとニパを連れてカフハバ基地の物品を管理している倉庫に向かっていた。
食事を作ろうにも材料がなければ何も始まらない。
そこで材料を調達する為に移動しているいうわけだ。


「おう、魔女の嬢ちゃん達。何が欲しいんだ?」


基地の内部の通路から倉庫に繋がる道へきてみると、倉庫番をしている軍人さんの一人が私達の前に駆け寄ってきた。
見た目から判断するに40,50歳ほどで顔に重ねた皺や若干しわがれた声に私は頼りになる大人といった印象を受けた。


「料理を作ろうと思いまして、食料品に関する物品表を見せて頂けませんか?」


「料理か……、俺の娘もおまえさん位の頃には母さんの代わりに料理を作ったりしてくれたっけ。ほらよ、これがリストだ。補給が入ったばっかりだしそれなりに融通を利かせてやれるぜ」


私を見ながら倉庫番の人は自分の過去を回想していたが、背の高さから多少私の年齢を高く思っているらしい。11歳で母の代わりはきついだろうし。
まぁ、11歳だと言って本当に料理が出来るのか心配させるよりはいいので訂正せずに食料品のリストに目を通す。
しかし目を通して見ると期待していたよりもかなり充実している。
いろんな国から物品の提供があるのだろう。物を見てから作るものを決めようと考えていたけど、これは案外作れるものの幅が広いな。


「すいません、このケチャップ缶って他のと比べて量が多いんですけど余ってるんですか……?」


「そいつはリベリオンからの補給品なんだがみんな肉やジャガイモ、それにサラダに掛けるぐらいしか使い方を思いつかなくて余っちまってよう。使いたかったらじゃんじゃん持ってていいぞ」


洋食ではケチャップはかなり重宝するのでありがたい話だ。扶桑から補給で米もかなり入ってきたし、スオムスは寒いから体が暖まるものがいい。それなら……


「じゃこれだけの分をお願いできますか?」


鉛筆を倉庫番の人から借りると、伝票の様なものに欲しいものとその量を書き込んで手渡す。


「おう、ちょっと見せてくれ。…………ほう、嬢ちゃんはビーフシチューでも創るのかい?」


「似たようなものです。私の得意料理なんですが…………」


完全にイッルとニパは蚊帳の外であったが私は見事に食材を確保する事ができた。
勿論、その後に台車を使って食材を調理場へ運ぶのは二人に手伝ってもらった。基本的に世の中は働かざるもの食うべからずなのだから。















智子がアホネンを連れだって食事場所に来ると既に他のメンバーは全員揃っていた。部屋の中にはおいしそうな匂いが立ちこめており奥の調理場ではツカサの調理をニッカとエイラが手伝っている。


「食欲をかきたてる香りがしますわ。ビーフシチューでしょうか? てっきり扶桑料理かと思ったのですがこれはこれでありですわね」


「お鍋を使ってご飯も炊いてる様だし和洋折衷ってことかしら」


アホネンと智子はお互いに料理の内容を予想しつつ席に着くと、ちょうどツカサ達は食器を運んできた。そして食器がテーブルに置かれると全員が驚愕する。


「えっ、なに? ライスカレーなのかしら」


器にはご飯半分に、カレー?半分が綺麗に盛られていた。 智子も海軍との交流会の中で何度か食した事があるが、目の前に出されたものは色合いや匂いが違った。
海軍のライスカレーと同じく茶色っぽいが記憶よりもやや色が濃い気がする。それに匂いもカレーは刺激的な匂いがする筈だがこの料理から漂ってこない。


(もしかして失敗作?)


そんなふうに智子は思ってしまうが、器を並べ終えて席に着いた当の本人は自信満々の様子で失敗した様には思えない。


みな疑問を抱きつつもそれぞれの様式で食事の前の挨拶を終えるとスプーンを使って料理を口に運んだ。


「あ、おいしい」


智子をはそう呟くが周りも同じような反応でスプーンをせわしなく動かしていく。
味は想像していたカレーのものではなくアホネン大尉のいっていたビーフシチューに似ていたがそれよりも甘くまろやかでご飯とよく調和している。
これなら何杯でもご飯を食べれてしまうと智子は思った。


「これって何て料理なの?」


周りの反応を見ながらも自分の料理をおいしそうに食べている司軍曹に智子は尋ねる。


「ハヤシライスっていう名前の料理です。扶桑の洋食店で出されている料理の一つなんですけど、あんまりドミグラス(デミグラス)ソースを煮詰めるのに時間を掛けられなかったんで少し不安だったんですが。良かったちゃんとできて……」


「ドミグラスソースは確か古典的なガリア料理に多用されていた筈。よく知っていましたね」


アホネン大尉は純粋に感心した様子であった。


「扶桑に居た時、洋食屋で働いていたもので……洋食にはそれなりの自信があるんです」


満面の笑みを浮かべて宣言する司を見て智子は呆気に取られる。


(料理が得意とは聞いてたけど、洋食屋で働いてたなんて。しかも凄く美味しいし。やっぱり変わってるわね)


「ツカサ、手伝ったんだからおかわりしてもいいよな?」


「私もおかわりしていいかい? 予想してたよりもおいしくて何杯でもいけそうだよ」


エイラとニッカの言葉に私もおかわりと義勇飛行中隊の面々は主張を始め、司は「たくさん残っているんで大丈夫です」と嬉しそうな顔でみんなをなだめた。


「やっぱりツカサさんをわたくしの妹にしていいかしら?」


「だめよ。私の大事な隊の仲間なんだからアンタなんかには任せられないわよ」


笑顔を交わし合う智子とアホネン。
カウハバ基地で作った初の司の料理が大成功だったことはいうまでもなかった。




















後書き
主人公より智子とアホネンがメインの話だったでござるの巻。


補足


・ヴェーラ・メルダース
公式キャラ。第二次ネウロイ大戦前期のエースウィッチで世界初のネウロイ100機撃墜を記録した人物。ロッテ戦法とそれを発展させたシュヴァルム戦法を編み出す。後のカールスラント空軍第51戦闘航空団司令。登場時の階級は捏造。

・武子
公式キャラ。フルネームは加藤武子。扶桑陸軍四天王の一人。智子のライバル。

・ヒガシ先輩
本名・加東圭子。公式キャラ、扶桑陸軍四天王の一人。四天王の中でカトウが被ったので『フジ』と 『ヒガシ』と呼ばれ区別された。扶桑海戦の戦勝記念式典での曲芸飛行で失敗し大けがを負って長期入院。欧州派遣を希望していた入院中にあがりを迎えて復帰を諦め一旦退役。しかし転んでもただでは起きず、戦場カメラマンとして欧州を駆け巡る。その後、いろいろあって第31統合戦闘飛行隊「アフリカ」隊長となる。欧州・アフリカでの愛称は『ケイ』。
カメラの扱いに関しては同じ陸軍四天王の武子に教わった。



[25145] 第六話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/12 22:23
Der Freischütz 第六話 「夢と欲望と日常と」




…………ここは?
周りを見渡すとそこは見覚えのない一室だった。
床にはカーペットがひかれており、蓄音機やピアノに加え奥には高級そうな机がある。
それに机の後ろに一面のガラス張りが続いておりそこからは高層ビルが立ち並ぶ何とも近代的な風景が見えていた。
――っ!! なんだ今の違和感は? まぁ、とにかく自分は今どこかのビルの一室に居るようだ。来客用とおぼしきソファとテーブルもあることから何となくドラマやアニメに出てくる社長室を連想させる部屋である。
何かの引っ掛かりを感じつつもしばらく部屋の中を観察した後、出口のドアに向かったのだが……。


Happy birthday to you~ Happy birthday to you~ 


ドアノブに手を掛けていた私は突然流れてきた曲に驚き振りかえる。すると先程までレコードすら入っていなかった蓄音機が稼働していた。円盤を確かに回して。
それだけではなく先程まで誰も居なかった筈の高級そうな机の上で男がなにやら作業をしている。
男性は赤い派手なスーツの上に黒いエプロンをしており年は若くはなかった。――しかもなぜこんなビルの一室でケーキを作っているのか?
蓄音機から流れる独特のこもりのある音楽、ハッピーバーステーの曲に合わせて口ずさみながら男は赤い苺の載った白いホールケーキにチョコレートクリームで文字を書いている様子だ。


「あの、一体ここはどこで、アナタは……」


しかし男は意を介さず、ハッピーバーステーの歌をを口ずさみ作業を続ける。
そんな男に私は抗議をしようともう一度口を開こうとするが……。


「ハッピーバーステートゥーユー~、ハッピーバーステートゥーユー~、ハッピーバーステーディア『狩谷司』、ハッピーバーステートゥーユー~。――――――オメデェトウゥゥ狩谷司君!! 君の誕生日を心から祝福させてもらうよ!!」


「え、なんで…………!?」


声が甲高かったりやたらとハイテンションであったがそれはどうでもいい!
まさかと思いすぐさま机に駆け寄るとケーキの上には『Happy birthday 狩谷司』と文字と誕生日が書かれていた。ただこの誕生日は今の私のものではない。これは……、


「なんで!? これは前の私のっ……」


私の言葉を無視し男は話を続ける。


「見たまえ司君!! 家も、ビルも、道路も、橋も、車も!! ここから見える景色全ては人が欲しいという思いから生みださせた“欲望”の産物! 同じ様に空を飛びたいという人の欲望が飛行機を作りだし、ネウロイに勝ちたいという人の欲望が新たなる魔女の箒『ストライカーユニット』を生みだした。素晴らしいィィ! 実に素晴らしいッッ!!」


男の会話に何やら違和感を覚えるのと同時に、私は何故だかこの男を知っている様に感じた。前世でも現世でもこの男に会ったことなどない筈なのに……。


「時に司君、君の中に欲望はあるかい。何かになりたい、何かを手に入れたい、とにかく何でもいい。君の『欲しい』というモノは一体なんだね?」


そんな質問よりこちらが聞きたい事が多々あった筈なのに、そう尋ねられ私は何故だか答えなければという思いに駆られた。


「私は自分の店を持ちたいと思っています。小さくてもいいからとにかく洋食店の店主に……」


「他にはないのかね?」


「えっ、他にはですか、そう言われると……う~ん。夢を叶えるにはネウロイとの戦いに生き残らなければいけないので『生きたい』っていうのも欲望でしょうか?」


ネウロイとの戦いに生き残ることができなければ夢を叶えるもへったくれもない。ウィッチは魔道シールドを持っている分、戦場での生還率は他の兵士より高いが死ぬ時は死ぬのが現実。
仮に生き残っても五体満足でなければ夢を叶えられなくなるだろう。なら五体満足で生き残ると言った方が良かったのか?


「『生きたい』か、なるほど――生きるというのは常に何かを欲するということだが、『生きる』こともまた欲望の一つとなる。素晴らしいィィ! 実に素晴らしいッッ!! それに気付くことができたとは――新しい司君の誕生だよ!!」


やはりのこの異様なテンションの男をどこかで見た覚えがある。あれは確か―――、


「ヒトはその人生を全うするまで何者でもありません。一度終わりを迎え、再び始めた生も例にもれず終焉をもって完結するでしょう。あなたにも良き終わりが訪れんことを――」


いつのまにか赤い服の男が消え、左肩に人形を乗せた男がかわりに立ってた。人形に語りかけるかのように話しているがこの台詞、私に向かって言っているのか?
だが考える暇もなく私の意識は次第に薄れていった。




「……………あれっ? ここは――カウハバ基地のベット」


……ということは今まで見ていたのは夢という訳か、しかし脈略はなかったが妙にリアリティがあった気がする。
特にあのホールケーキ、夢じゃなければどんなに良かったことか。
……ただケーキの上にそのままチョコレートで名前を書いていたのはいただけない。あれだと切った後の見栄えが悪くなるから白い板チョコをプレートにして文字を書いておくべきだった。
あぁ、ケーキのこと考えるとますます食べたくなる。
二度目の人生でケーキを食べたのは門屋店長の店でクリスマス等のイベント用に何度か作ったのを味見で食べたくらいだ。
本気でケーキを食べたくなったけどカウハバ基地じゃ材料揃えられないだろうな。
やはり最大の障害は甘味料か。
砂糖は食料品の物品表の中で見たが、数が少量で紅茶などの飲み物へ入れるの使っているからそれほど大量に手に入れれないだろう。
いや待てよ、ファラウェイランド(前世でいうところのカナダ)からメイプルシロップの補給がそれなりに……。
なら次の問題は卵…………、


ケーキのことを際限なく考え始めた私はいつのまにか夢の事など、どうでもよくなってしまっていた。





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(どうやら主とのリンクは盤石となりつつあるようだ)


司の中にあるもう一つの意志は確かに思考していた。


(接続がどれほど深くなっているか試す為に主の取り込みきれていない記憶の残滓を利用して夢に介入してみたが思った以上の成功だな。しかし夢の介入のさわりの部分は『ここはあなたの夢の中、そして私はあなたの使っている銃(ガン)、パンツァービュクセ39の精です』の方が良かったか? まぁいい、それにしても本当に主と我は奇妙な取り合わせだ)


死したと思った我が身は人間達がネウロイと呼ぶ異形の軍団に叩き起こされ、弱りきっていた我は残っていた力を振り絞り転移をし、気付けば東の最果ての島国。
そこで力を使い果たした我は力の消費を最小限に抑える為、本能的にコウモリの姿を取り我自身の自我も曖昧になっていた。
そんな状態の我を拾ってくれたのが主である。
我は怪我を癒し、主の使い魔となり少しずつ少しずつ自分の意思を取り戻していった。
そして垣間見たのだ主の記憶を……。
主の主観が正しいなら主の現在の生は二度目であり、一度目の世界に似た世界を生きる転生者となる。
不死者と転生者。本当に奇妙な組み合わせだ。
それに使い魔である我に付けた名前が『伯爵』とは本当に傑作である。
コウモリ→吸血鬼→ドラキュラ伯爵という主の前世の知識の連想から出た名前だがこれほど的を射た名前が他にあるだろうか。
主の前世では魔女と同じく空想の産物であった我もこの世界では主の使い魔として未だに存在し続けているのも実に皮肉だ。


(しかし主の『生きたい』という願いは何とも生者らしい。既に死人同然の我には到底思いつかなかいモノだ。――やはり死者は死者らしく大人しく眠っておこう。生きるという事はすべからく生者の特権なのだから)


本気になれば司に憑依している『伯爵』は現段階で司の元から去る事も司を乗っ取る事もできたのだが伯爵にそんな気はさらさらなかった。
主である司に全てを委ねるように憑依した伯爵はまどろみにつく。
ただただ主である司を見守る様に……。
















「嬢ちゃん――じゃなかった軍曹、悪いが今度は連続で撃ってみてくれ」


カウハバ基地内にある射撃訓練場にて、私はPzB39を構えていた。
既に朝食を取りおえた私は格納庫で自分の武器の調整をしていたところPzB39に若干の違和感を覚え、整備兵の一人に相談したのだが私のPzB39の状態を見た整備兵の男性に『実際に撃ってるところを見せてくれ』と言われ現在に至る。
反動を魔力で増強した力で抑えつけボルトを引き、次々弾を撃っていく。
それを見ていた整備兵は『そういう事か』と納得した様子で口を開いた。


「軍曹、アンタの居た訓練学校に同じ様な得物(銃)を使うウィッチは居たか?」


「いえ、居ませんでした」


質問の意図の掴めぬまま私は整備兵の質問に答える。
海軍の訓練学校で使用した実砲は機銃や機関砲であり、対戦車ライフルなど扱ったことはない。
いや、正確には扶桑唯一の対戦車ライフル、『97式自動砲』を使った事があるがアレは重量が60kg近くあり作動方式もガス圧作動方式で今のPzB39とはいろいろと勝手が違いすぎるので除外していいだろう。
なのでPzB39の様なライフルを使ってるウィッチとはカウハバ基地に会う前まで会ったことがなかった。


「やっぱりか、軍曹……普通ウィッチが対装甲ライフルみてーな一発一発の反動が馬鹿にでかい得物を使う時は魔法力を使って反動を軽減するんだ。つまりアンタの様に魔力で強化した腕力で反動を無理やり抑えるってのは普通じゃねぇのさ。多分その所為でボルト部の金属が少し歪んでんだろう。まぁ、すぐに銃は直せるから問題はアンタの方だな」


「えっ……!!」


知らなかった……反動って力で抑えつけるモノじゃなかったのか。


「隣でオラーシャから貸与された試作対装甲ライフル、『PTRS』を撃とうとしている彼女なら遠距離狙撃の経験をかなり積んでる。聞きゃ反動の軽減の仕方も教えてくれるだろう。それにアンタの固有魔法は魔力を込めた物体の動きの向きを変えるっていったが、それなら持ってる得物に魔力を込めて反動の向きを拡散させたらいいんじゃねぇか?」


横で準備をしているウィッチを指すとそう教えてくれた整備兵の男性。
固有魔法で反動を拡散させるとは考えもしなかった。
それに拡散させるじゃなくてむしろ反動を固有魔法で転化して加速や方向転換に利用するって手も……。
そう考えると戦い方の幅が広がってくる。
思考の海に沈もうとしていた私であったが目の前に整備兵の人が居ることを思い出しハッとなった。


「ありがとうございました。すいませんがPzB39の修理を任せても……」


一応をPzB39の分解・組み立ては覚えたが曲がった金具の修正は門外漢なのでプロに任せようとお伺いをたてる。


「了解した、元々それが仕事だからな。PzB39をそこに置いといてくれ。二時間位したら格納庫に取りに来てくれればいい。――いやしかしウィッチと話したのは久しぶりだ。第一中隊はアホネン大尉傘下だし義勇中隊とは接点もない。アンタみたいに自分から話しかけてくるウィッチは本当に珍しい」


「そうなんですか?」


「ああ、まぁウィッチに粉かけて戦えなくなったら大事だ。そんなことしたら良くて刑務所、悪くて最前線の懲罰部隊って所か。それでも果敢にアタックをやめないロマ公共はある意味で尊敬したくなる。その調子でネウロイに向かっていけばロマーニャも安泰だろう。逆にアンタの国、扶桑の整備兵なんかは完璧に裏方に徹して極力ウィッチの目に入らない様にしている奴が多い。あういうのをNINJAっていうのか。……話が逸れたな。とにかく俺達はお上の連中に耳が痛くなるまでウィッチとの距離の取り方について聞いてるから色々と心得ているつもりだ。そうじゃないのが居るなら報告すればいい。そうすりゃ、次の日には最前線でネウロイと戦う『簡単なお仕事』がソイツに回ってくるはずだ」


皮肉めいた口調で出る言葉に私はゴクリと喉を鳴らす。
整備兵の話を聞くにウィッチに手が出ないように裏では様々な対策がされている様だ。
良かった男に生まれなくて。男だったら絶対、本能的に女の子の下半身や胸に目線がいく。
そんなんで前線出てたら整備兵の言う『簡単なお仕事』にすぐ回されたことだろう。


「本当になにからなにまでありがとうございます。――では」


ぺこりと条件反射でお辞儀をした私は隣でPTSRを撃とうとしているウィッチに話を聞こうと向きを変えた。






……………………………………………………………………
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扶桑らしからぬ扶桑のウィッチを見送った後、整備兵である男は聴覚保護用のイヤープロテクターを付け、目の前のPzB39に手を掛けた。

(……重いな)

11kgほどの重量を持っているのだから当たり前と言えば当たり前だが、それをあの少女は目の前で軽々と扱っていた。

(ウィッチか……、あんな子供が戦場に出るとはな)

確かに魔女は昔から戦場で活躍していた例は多いが、現代戦においてはその優位性は脆く崩れ去ったと誰もが思っていた。
けれどそれはネウロイとそれに対抗するストライカーユニットにより一気に一変する。
機械化航空歩兵の登場。彼女達を皆は昔からの名に則り『ウィッチ』と呼ぶ。
ストライカーユニットに積まれた魔道エンジンによりウィッチは自身の魔力を増幅し、一部の修練を積んだ魔女にしかできなかった飛行能力、身体強化及び防御魔法を訓練なしで使用する事ができるようになった。
常人では持つ事のできない銃火器を携帯し、空を駆け、大地を走破し、魔導シールドにてネウロイの攻撃を防ぎ、ネウロイに攻撃を叩きこむ。
なによりネウロイの瘴気に対してウィッチが耐性を持っている所もおあつらえむきだった。
歩兵から戦車、戦車から戦闘機へ戦力の中核が移り変わってきたようにウィッチは登場して間もなく対ネウロイ戦の花形となった。
だが本当にそれで良かったのだろうか?
確かにストライカーユニットが、ウィッチが居なければ人類はネウロイの侵略になす術がなかった。
だからといって子供しかも女性を戦場へと駆り立てるのは大人として誰もが複雑な思いを抱いていたが、たった3,4年で彼女達が、ウィッチ達が戦場に居るという異常が異常でなくなったことに誰もが慣れてしまっている。
唯一の救いはこれが人間同士の血生臭い争いではなくネウロイという化物との戦いであったことだろう。


「なあ、戦友。お前が居なくなってから戦争も戦場もすっかり様変わりしちまったよ」


懐に仕舞った写真に写る戦友の顔を思い出しながら男が呟いた言葉はPTRSの銃声に完全に掻き消された。
















飛び立つ、飛翔する、飛行する、天駆ける、舞い上がる。言葉では何通りでも表せるが実際に空を飛んでいる今の自分の気持ちを言い表せと言われるなら上手く口にする自信はない。
人が空へと上がってからこれほどまでに自由に空を飛べることがあっただろうか、少なくとも元の世界では不可能だったモノはこの世界の魔法という奇跡により可能となっている。
鳥のように空を飛ぶ、鳥ではないモノ……それが今の私だった。


「連携訓練はここまでにして一対一の戦闘訓練に移るわ。ビューリングとジュゼッピーナ、キャサリンとエルマのペアに分かれて。ハルカと司は私に付いてきなさい」


喉頭式無線機の通信を受け「扶桑三番了解しました」と返答し、迫水少尉の後に付き穴拭大尉についていく。


「私が見ててあげるから二人で戦ってみせて。ルールは相手の背中に触るか装備している模擬戦用銃の照準に相手を数秒間収めること。判定は私がやります」


喉頭式無線機を二度叩き、穴拭大尉に肯定の意を示すと私はいったん迫水少尉から距離を取る。
いつものPzB39ではなく模擬戦用銃を構えた私はグリップとダミーの引き金に掛けてある片手を開いて握り直し、模擬銃の感触を確かめる。

(訓練学校でやったようにすればいい。まずは相手の動きを見る為に様子見で……)

距離を保ちつつ私は動き出した。

(やはり迫水少尉は動きが軽い。試作といってもさすがは零式艦上戦闘脚か、でも――)

私は意を決して近づく、重戦闘脚で軽戦闘脚に近接格闘戦を挑むのは普通ならば愚の骨頂だが私にはそれを覆す戦い方がある。
一定の距離まで詰めると私はキ60の加速性能の活かし、迫水少尉へと直進した。
迫水少尉は驚いた様子だったが直進してきた私に照準を合わせようとする。

(かかった、曲がれ――)

進行する向きを真横にずらすことで私は真っ直ぐ迫水少尉の方を向いたまま迫水少尉の視界から横にフェードアウトした。


「あ、えっ!!」


そのままCの字にターンし私を見失って硬直する迫水少尉の真後ろを取ると背中に軽くタッチする。
よし! 上手くやれた。
――そうして戦闘訓練を続け、三回ほど迫水少尉の背中に触れると穴拭大尉の激が飛んだ。


「ハルカ撃墜。なにしてるの先輩の意地を見せなさい!!」


するとその場で迫水少尉がふるふる震えだし……。


「智子大尉の前で新人に負けて、醜態を晒すなんて。本当はアレだけはしたくなかったのに……ホントウに。うふふふ」


怪しげな笑みを浮かべた迫水少尉の動きが変わった。
さきほどまで訓練で培ってきたであろう教本に沿った動きではなく蛇の様というか軟体動物を思わせるような不規則で緩急のある動きに私はみるみる距離を詰められる。
いったん間を空けようとするが既に遅く、いつの間にやら迫水少尉に後ろを取られ手で触られた――――背中ではなくお尻を。


「えっ! え!」


さわ~と臀部を撫でられる感触が一瞬で脳へと伝わり、体中に怖気が奔る。
たかだかソフトに撫でられただけの筈なのにまるで舐められているかのように錯覚した。
私はこの時知らなかった。
現在、迫水少尉が使っている動きは穴拭大尉との戦闘訓練でお尻を触りたい一念で迫水少尉が生みだした異端の飛行機動だという事を……。
私は知らなかったのだ。
現在の迫水少尉の機動を可能にしている尋常ならざる集中力はただ私のお尻を触りたいという純粋な邪念に支えられている事を……。
何も知らなかった私に出来たことは戦闘訓練を続け、迫水少尉のタッチを避けながら迫水少尉の背中を狙う事だけだった。





…………………………………………………………………
……………………………………………
………………………






戦闘訓練というより空中鬼ごっこみたくなりつつある二人の様子を智子は静かに見守っていた。
普段ならばハルカが破廉恥に司のお尻を触り始めた時点で智子は止めに入っただろうが……、自身でも手を焼くあの状態のハルカに対してどこまで司が付いてこれるか知りたかった。
つまり司の力量を見極めたかったのだ。

(今の所、7-7で同点。新人であの動きに対応できるなんて……。私でも苦戦するハルカのあの変態機動はここ数カ月の経験の蓄積に裏打ちされている。その差を埋めているのはやっぱり司軍曹の固有魔法ね)


機体性能でも才能の差でもなく固有魔法の有無が二人の差を縮めていた。
司の動きは重戦闘脚とは思えないとても軽快なものでむしろ対極に位置する軽戦闘脚を智子に連想させる。


(固有魔法を利用してキ60を馬力のある軽戦闘脚の様に扱う。数ヶ月前の私だったらさぞ羨ましく思ったでしょうけど)


「ハルカ、交代よ!! 私と代わりなさい」


「え、でも智子大尉。まだ充分にお尻を……じゃなくて、まだ撃墜数は同じです。後一度決着を付けるまで……」


「訓練時間は無限じゃないのよ。決着は今度付けさせてあげるからいいから代わりなさい!!」


喉頭式無線機越しのやや横暴な命令ではあったが智子の命令とあってハルカは大人しく従った。
ハルカが離れると入れ替わりで今度は智子が司に近づいていく。


「ルールは同じよ。準備はいいわね――では始め」


智子と司は同時に動き始める。いつもなら刀の鞘を得物にして一体一の戦闘訓練をする智子だったが今回は刀は背中に背負ったままで使う気はなく装備に関しては両者とも対等であった。
智子を警戒しているのか司は距離を取ったままだったが、その小まめな旋回軌道はやはり軽戦闘脚を思わせる。

(その動き、軽戦闘脚なら教本に乗っ取った正しい動きよ。……ただ貴女が扱ってるのは重戦闘脚だって忘れてるのはいただけないわね)

智子は意を決すると上昇しそれに追随するように司が迫る。
そのまま水平機動に移行するが加速性能では智子のキ44より司のキ60の方が上回っているので両者の差は次第に埋まっていく。
だが二人の間がウィッチ一人分になった時、智子はいきなり降下した。
司も続こうとするが固有魔法で推力の一部を方向転換に使っている為、思ったほど速度が出ない。
対する智子は重戦闘脚であるキ44の優れた降下及び上昇性能を十二分に発揮し、降下して視界から消え司の後ろに付いてすぐに元の高度に戻る。
一瞬で追うモノと追われるモノの立場は入れ替わった。


「はい、撃墜」


一連の流れる様な智子の動きに司は為すすべはなく、その後も何度も撃墜判定をもらい智子に触れることすらできなかった。


「いい、司――あなたの機動は軽戦闘脚なら私も文句なし、問題ない動きよ。けれどあなたの使っている戦闘脚はキ60で重戦闘脚なんでしょ。重戦闘脚で軽戦闘脚の動きができるのは確かにあなたの長所だけれど、それは同時にキ60の重戦闘脚としての長所を潰してるって事にもなってるの。どうせなら重戦闘脚の特性を活かした動きも出来るようにしておきなさい。軽戦闘脚と重戦闘脚、両方の動きを使い分けていく事であなたの戦闘中に取れる動きの選択肢はさらに増える筈よ」


一体一の戦闘訓練を終えた後に智子が司に助言すると司は目から鱗と言った様子で智子の助言に感謝する。


(まだ数日しか一緒に訓練していないけど、少なくとも真面目で向上心の強い子なのは確かな様ね。――ネウロイがいつ本腰を入れてスオムスを攻めてくるか分からないし、教えられることは早め早めに教えておくべきだわ)


智子は自分の中で考えを纏めると言葉を続ける。


「それと――、夜間飛行訓練をする為に夜間飛行の許可を申請しておくから覚えておいて。できれば基地に居るナイトウィッチに同行してもらうけど後は私とあなただけだから一体一でしっかり教えてあげるわ」


智子は送られてきた司に関する書類に一通り目を通していたが訓練内容短縮で夜間飛行の適性があるのにも関わらず訓練学校で一度しか夜間飛行訓練をしていなかった。
そこで智子は司に充分な夜間飛行訓練をさせて夜間飛行も出来る様にさせようと思った訳だ。
もしもの時の為に司以外の義勇飛行中隊のメンバーは既に夜間飛行訓練は済ましているし、智子自身も扶桑陸軍で夜間飛行のイロハを一通りは叩きこまれたので後はそれを司に教えればいい。
魔導針が使えない為、単機での夜間飛行には向かないかも知れないがそれでも魔導針を持つナイトウィッチの随伴機として最適である。
しかし、そうこう考えての智子の発言にいつの間に近づいてきたハルカが抗議の声を上げた。


「ずるいですよ智子大尉。二人だけで夜間訓練なんて!!」


「何が羨ましいのよ?」


はっきり言って夜間飛行訓練はつらい訓練だ。夜間に行うから訓練前に仮眠を取っても昼型人間はいくらか眠くなってしまうし。真っ暗で視界が悪いのに加え、スオムスの夜空は夏といっても昼間よりはかなり寒い。魔導シールドのおかげでかなり軽減できるといっても全く影響がない訳ではないのだ。
そんな極寒の夜間飛行訓練を羨ましいとのたまうハルカに智子は『お前は何を言ってるんだ?』という様子で問いかける。


「だって二人だけ夜の空に出て、手とり足とり教えるんですよね。つまり――――って―――――する訳なんでしょ? だったら私も智子大尉と一緒に司軍曹を―――って―――してさらに―――――したいです」


「な、な、な、何考えているのよアンタは~~~!!」


ハルカの口から出た破廉恥な単語の羅列に智子は顔を真っ赤にした。
幸い智子の耳にハルカが直接囁いた為、司に聞こえなかった様だが智子はとても聞かせられないと思った。
何故に夜間飛行訓練とか一体一の個人指導という単語だけそういう想像に持ってこれるか? 思考がアホネン大尉と同レベルというかむしろハルカの方が発想がオヤジ臭くて酷い。


「私の目の黒い内は新人の司軍曹に手を出すのは絶対許さないから!! 飛行訓練は私とあの子の二人で行うから付いてこようとするなら縛りつけてベットに放り込むわよ」


智子は脅しのつもりで縛りつけると言ったのだがハルカはむしろ恍惚した表情で「智子大尉の緊縛、それはそれでいいかも……」と呟き、体をクネクネさせていた。

(最初はまともな子だったけど、数か月でどうしてこうなったのかしら?)

いくつも要因を頭に浮かべつつ、智子は新人の司がこの様な手遅れな状態にならないようしっかり指導していくことを心の中で新たに決意した。



















後書き

話は全然進まなかった……ORZ というか主人公の影が薄い。





補足


・97式自動砲

史実では大日本帝国陸軍が制式化した唯一の対戦車ライフル。
ガス圧作動式で装弾数は7発。使用弾頭は20mm、銃口初速750m/s。
全長2m、重量は59.10kgもあり、かなり巨大だった。

・PTRS

正式名称・シモノフPTRS1941。
史実ではソ連が1941年に採用した五連発・ガス圧作動のセミオートマチック方式の対戦車ライフル。
全長214cm、重量20.8kg。使用弾頭14.5mmで銃口初速は1012m/s
カリオストロで次元が最終決戦に使っていたアレ。
当SSではオラーシャから貸与された試作銃ということで登場させた。
同時期に投入されたデグチャレフPTRD1941という対戦車ライフルもある。(こっちはDTB2で蘇芳が使ってたヤツ)



[25145] 第七話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/12 22:24
Der Freischütz 第七話 「死神のバレット、または司のカウハバ基地お料理奮闘記」




数ヶ月前 スオムス、ラドガ湖北部周辺


「中尉、哨戒から帰った兵より報告です。A6地区にてネウロイを発見、中型の四足が3で板付きが11。そのまま真っ直ぐコチラに向かっているそうです」


雪に紛れれば見つけることの難しくなる白い服を着た兵士は同じく白で統一した服を着た女性に声をかける。
中尉と呼ばれた女性の足に穿かれている陸戦用のストライカーユニットが彼女がウィッチである事を示していた。


「分かったわ、みんなを集めて頂戴。A2地区で待ち伏せていつも通りに手厚い歓迎と行きましょうか」


「了解です中尉。わざわざクソ寒いスオムスまで来てくれたんですから精々暖かくしてやりましょう」


皮肉げに笑い合うと男は仲間を集める為にいったん場を離れ、女性は地面に置いていたラハティL-39対装甲銃を軽々と持ち上げた。


「さぁ、来なさいネウロイ達。特別製のカクテルをあなた達に捧げてあげるわ」






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陽の光を受け、白銀に輝く雪原を黒い集団が踏みならしていく。
多砲塔戦車のボディに昆虫の様な四足を付けた異形とデッサン用の木偶人形の足にスキー板を付けたようなアンバンスな人型が徒党を組んでいるのだ。
人は彼らの名を、出現した土地にちなんでネウロイ(異形のモノ)と呼んでいる。
ネウロイ達は人々のいる街に向かい、ただただ行進していた。
それが明確な意志によるものか、はたまた本能によるものなのか? 無機質な黒い体躯からそれを推し量れる者はだれ一人としていない。
ただ人間に理解できるのがこのままネウロイを放置すれば街に向かい破壊と蹂躙の限りを尽くし、人の住めない場所になるということだけだった。


「開始っ!!」


息を殺して上からネウロイを窺っていた兵士達は無線機にて指示を受け、巨大な雪玉を斜面へ転がしていく。
現在ネウロイ達が密集している場所は周りよりも低地な為、無数の雪玉は自然とネウロイ達へ誘導された。
自分達へと向かってくる雪玉を脅威と判断したらしいネウロイ達は照準を雪玉に合わせ……、


「今よ、撃ち方始めっ!!」


ネウロイ達の照準が雪玉の方に向くと左右の森の中に潜んできた兵士たちが一斉に射撃を開始する。
正面の雪玉に加えての左右からの斜め十字砲火に、どちらを優先して処理すればいいのか混乱したのかネウロイ達の動きが鈍る。
その隙をついてさらなる指示が飛んだ。


「投擲ぃ!!」


合図ともに琥珀色の液体が充填されたガラス瓶が宙を舞う。
投げられたガラス瓶の一部は見事にネウロイに命中して瓶が割れ、同時に派手に炎上した。
『モロトフ・カクテル』、史実では冬戦争時、ソ連がフィンランドに最初に行った空爆について当時のソ連外相であるヴャチェスラフ・モロトフが『あれは空爆ではなくフィンランドの貧民にパンを投下したのだ』と発言したのを皮肉り、火炎瓶を『ご丁寧に爆撃機でパン(皮肉であり実際は全部爆弾だった)を配ってくれるモロトフに感謝の意味を込めて捧げる特別製のカクテル』と呼んだのだ。
単なる火炎瓶は投擲する前に火をつけるのだがこの特別製カクテルは塩素酸塩と硫酸の化学反応を利用し、片方を瓶の外側に塗布し片方を内部の液体と混合してガラスが割れると自然発火する仕組みになっている為、ネウロイに直撃した瓶が炎上したのである。
そして割れずに落ちた瓶も後続で投げられた手榴弾の爆裂により着火し炎上していく。
密集していたネウロイは残らず燃え盛り、言葉通りにスオムス兵達から暖かい歓迎を受けたのだ。
ネウロイ達は表面が溶けて焼け焦げ、ボロボロになり多砲塔戦車もどきにいたっては一体が内部に取りこんでいた機械に搭載された燃料タンクに引火したのか派手な花火を上げる。
だが、そんなことはおかまいなしに兵士達はネウロイに無数の鉛玉をプレゼントしていく。
兵士達が人型、中尉と呼ばれたウィッチがラハティL-39対装甲銃の20mm弾で戦車型を蕩けた穴開きチーズにするのにはさほど時間は掛からなかった。
中尉が残り一体の戦車型に止めを刺そうとした時、中尉が空けた風穴を通って一発の弾丸がコアを貫く。


「また獲物を取られた。あの射撃は多分……」


周囲を確認した後、炎上した場所を避けて隊員達は集合する。
すると一人だけ異彩を放つ兵士が居た。
雪のように白いギリ―スーツを纏った150cm程の小柄な男がオラーシャから貸与された120cmもあるモシン・ナガン狙撃銃をまるで手足の如く扱い、狩り残した獲物が居ないかと辺りを見回していたのだ。


「はい、今回ネウロイを仕留めた人!」


いったん周囲の警戒を続ける部下の一人をそのままにして中尉は他の部下達に尋ねる。
すると5人の兵士が人差し指以外を閉じた状態で片手を上げた。


「5人で五体ね。私が人型2に戦車を1仕留めて、戦車の内1体はカクテルに酔って月まで吹っ飛んだから……14引く9で残りが5体。ということは兵長…………じゃ、もうないのね。少尉! あなたは何体仕留めた?」


数週間前、五階級特進という前人未到の昇進を果たした部下に未だに実感が湧かず、中尉は少尉を前の階級で呼んでしまう。
けれど少尉は特に気にした様子はなく肩に掛けたスリング(負い紐)と片手でライフルを構えたまま、残った方の手の指を全て開いて中尉の方へ見せた。


「やっぱり5体か、人型4に戦車を1体仕留めたわけね。本当になんでウィッチの私よりもネウロイを撃破できるのやら? スロ・コルッカを目指せとは言ったけどまさかスロ・コルッカを超える活躍をするなんて……」


数か月前の突然のネウロイ達のスオムスへの侵攻。
地上から侵攻してきたネウロイは主に人型多数と四足の戦車モドキが少数でただ単純に突撃してくるばかりで個々では大したことはなかったが、いかんせん数が多かった。
しかし、戦力差を遅延戦術や地の利を活かしたゲリラ戦を仕掛けて覆し、ネウロイの集団を撃退する事に成功する。
中尉の率いる中隊もここラドガ湖北部周辺、コッラー地方を見事に防衛した。
その戦いの中で抜きん出た活躍をしたのが中尉の部下に居る少尉である。
少尉はウィッチが持つような特別な力は持っていなかったが射撃の腕は入隊直後から他の追随を許さなかった。入隊前はケワタガモ猟などで生計を立てていたという事なのでそれが関係しているのかもしれない。
ともかく当時、兵長だった彼はその卓越した射撃の腕を使ってネウロイ達を撃って撃って撃ちつくしたのだ。
そうして彼が撃破したネウロイの数は記録上は100以上だが、それは隊の仲間達と一緒に確認した彼のスコアであり少尉が自己申告していない非公式のものも合わせれば倍を超えるかもしれない。
記録上での撃破数の時点でエースのウィッチでも数人いるかいないかのレベルだ。
いくら人型ばかりだったとはいえ、ウィッチでもない彼がうち立てた記録はとんでもないとか凄まじいとか、そういう尺度を超越していたといっていいだろう。


「少尉、周囲の警戒はそれくらいにして……」


中尉が声を掛けようとした時、少尉は雪の中に伏せ、射撃体勢に移った。
仲間達は何事かと銃を構え、少尉の向いている方向を警戒する。
敵の姿など見えない200mほど遠方の雪原に少尉が一発の弾丸を撃ち込むと、突然雪が吹き飛び、中から黒い異形が姿を現したのだ。
つくしの様な長細い楕円形の頭を平べったい体から生やした人型のネウロイだった。
ネウロイは逃走を図ろうとした様だが、少尉はそれを許さなかった。
ボルトを引いて次弾を装填すると躊躇いなく引き金を引く。
発射された7.62mm弾はごく当たり前の様にネウロイの頭を貫き、ネウロイはそのまま仰向けに倒れ、砕け散った。


「これで6つね。雪の中に紛れてたなんて、いつから居たのよ。……それに何でネウロイが居たってわかったの?」


中尉が少尉に問いかけると少尉は辺りを見回し、戦車型ネウロイのカメラ部分だった残骸を見つけて手に取ると、陽の光に合わせて傾かせ中尉の所に向かって光を反射させる。


「もしかして、ネウロイの眼が太陽に反射して光ったから気付いたの?」


コクリと頷き肯定する少尉に中尉はなかば呆れていた。
200mほど離れた雪原からごく僅かにもれる光に気付くなんて……。
本人の狙撃銃も光に反射によるネウロイの察知を嫌ってスコープを使わず、アイアンサイトのみでのあの正確な射撃といい、この異常な察知能力といい人間離れしすぎなのだ。


「……まぁいいわ。――それにしてもあのネウロイ。あそこで私達の行動を監視してたってこと?」


ならばこれから同じ手が通用しない可能性が出てきたことになる。
ネウロイは個体同士である程度情報を共有している節があるのでこちらを監視していた個体を撃破したからといって情報が伝わっていないとは限らないのだ。


「――けれど同じ手が使えないなら次の手を考えるだけよ。いつでも来ればいいわ。あの異形達がスオムスの森を、川を、大地を、その恩恵のなんたるかを理解できない限り、スオムスの自然はこちらの味方。地の利はこちらにある。何度でも暖かく……、手厚く歓迎してあげるわよ」


「中尉、周辺に敵の姿はありません。敵は見当たらないと少尉も言っています」


「分かった。本陣まで戻りましょう。分かってると思うけど戻るまでがゲリラ戦よ。ノロくさ帰ってる途中で間抜けに背中を撃たれるなんて想像したくもない」


「――肝に銘じておきます。しかし冷えますな。戻ったらヴォトカ(ウィッカ)で一杯やっていいですか?」


「程ほどにしておきなさい。自重できないようならここに特別製のカクテルが残ってるけど、今飲んどく?」


杯を煽るジャスチャーをする部下に中尉は残っていたネウロイ・カクテルを見せた。


「謹んで遠慮させていただきますよ。いくら酒が北欧の男の燃料だからといってソイツはきつ過ぎる。飲んだ途端に火がついて昇天しちまいます。――そういやカクテルで思い出しましたがイワン共、最近ろくに補給も寄こしませんね。まぁ、もともと不要になった旧式兵器や安酒くらいしか送ってきませんでしたが」


スオムス軍は元々、武器、弾薬、装備が不足しており、各国からの援助によって装備を揃えている。隊の中で一部が使っているモシン・ナガンもオラーシャからの貸与品で初期モデルの設計が1891年であり、改良が重ねられてるとはいえ旧式感は否めない。
もっとも少尉は専用に調整されたものとはいえモシン・ナガンで数多の敵を葬っているし、専用の物を与えられる前から通常のモシン・ナガンで活躍していたが彼の基準を他の兵士に当てはめるのは酷というモノだろう。


「オラーシャも大分苦戦しているのでしょ。私達もコッラーの戦いは危なかったし」


「あの時は駄目かと思いました。なのに中尉ときたらヘグルンド少将の『コッラは持ちこたえられるか?』の言葉に『コッラーは持ちこたえます、我々が退却を命じられない限り』って返答してましたし。奴等が撤退してなかったらどうする……」


「最後まで戦ったに決まってるでしょ。むしろあそこから本番だったのに……、肩透かしを喰らった気分だったわ、あの時は……」


部下が『どうするつもりだったんですか?』と言い終える前に中尉は当たり前のように言い放った。
陸戦ウイッチであり、卓越した前線指揮官であり、年上、しかも男ばかりの部下達をまとめ上げ『母』と呼ばれ慕われるほどの女傑であるが、エキサイティングというかエキセントリックすぎる性格だけは問題があるんじゃないかと言葉を遮られた部下は思った。


「――そ、そういや中尉の妹さん、空軍の機械化航空歩兵に志願したんでしたよね。あれからどうなったんですか?」


これ以上のその話題を避けるため、部下は別の話題を振る。


「上への定時連絡の時に少将がご丁寧に教えてくれたわ。今は訓練学校に居るそうよ。問題も起しながらも中々に優秀な成績を修めているって。全く我が妹ながら……、第一次ネウロイ大戦のカールスラント空戦エース・リヒトホーフェン大尉の回顧録を読んで聞かせてあげてた頃から『私も空のエースになってやる』とか言ってたけど、この分だと本当になっちゃうかもしれないわね」


「いくら中尉の妹とはいえエースになっても中尉は超えられないでしょう。なにせ中尉はコッラの戦いの英雄ですよ!」


「ありがとう、お世辞でもうれしいわ。でも妹が世間の中でアウロラ・E・ユーティライネンの妹と呼ばれる枠で収まるか……、それとも私を越えて逆に私をエイラ・I・ユーティライネンの姉という枠に収めてくれるか――今から楽しみで仕方ないの」


空を見上げ不敵な笑みを浮かべる部隊の隊長、アウロラ・E・ユーティライネン中尉を見て部下達は隊長はやっぱり変わっていると再認識させられた。














時間を戻し場所はカウハバ基地。


「えっ! イッル、今何て言った?」


「だから、私の姉さんも陸戦のウィッチで中隊長をやってるんだけどその部隊の部下に凄腕のスナイパーが居るんだ。――――少尉っていう」


「ホントに! 本当に! その人の名前――――っていうの!?」


「ああ、そうだけど?」


「どうしたのツカサ? なんか慌ててるみたいだけど」


ニパの心配する声は耳に届かず、興奮した私はイッルに尋ねる。
現在、待機状態で暇を持て余していた私はいつもの様に同い年のイッルとニパと談笑していた。
サウナの妖精や、タロット占い、昔欧州の小さな国に居た吸血鬼の話(何故か聞いてる時に既知感を感じたが恐らく前世の知識のせいであろう)など話題は様々であったのだが今回はイッルの姉の話になり、そのアウロラ・E・ユーティライネンさんの部下の凄腕スナイパーの話になったのだが………私は知っていたのだ、前世からその名を。
白い死神、災いなす者、前世ではソ連兵達にそう呼ばれて恐れられた伝説の狙撃手。
私の知っている知識の範囲の中だけでも元世界ではエースパイロットだった人や有名な戦車乗りがこの世界ではウィッチになっているから、もしかしたらウィッチかと思ったけどどうやら普通に男の人らしい。(戦果を聞く限り普通の男性ではないが……)
やばい、やばい。つまりファンレターとか書いたら本人に送れるッてことだよね。
むしろ頼んだらサイン入りプロマイドとかもらえるかな?
何だろうこの気持ちの高揚感は、まだ一度目の人生で幼い子供だった時に誕生日やクリスマスを迎えてプレゼントに期待した時の心の高ぶりに似ている。


「ねぇ、イッル。イッルのお姉さんに頼んだら―――少尉のサイン入りプロマイドとかもらえるかな? 後。イッルがお姉さんに手紙出す時に私も――少尉にファンレター書いて送ったりしてもいい!?」


「別にいいけどさ。私の姉さんの自慢話してるのにそういう反応されると複雑だな」


「あ、ごめんなさい。できればイッルのお姉さんのプロマイドも頼めばもらえる?」


「そんなついでみたいな扱い……、姉さんもスオムスじゃ英雄扱いなんだけどな。やっぱ部下の――少尉が凄すぎんのか」


この時やたらとテンションの上がっていた私はイッルが次、姉の話をする機会があった時は可能な限り部下の――少尉の話にはしないようにしようと思っているなど露ほども分からなかった。
















私はカフハバ基地に来てまだ二週間経つか経たないかぐらいであるが、結構な頻度で料理を作る様になった。
義勇中隊のメンバーだけではなく最初のハヤシライスの時に食べに来てくれたアホネン大尉もたまに数人の部下を連れて料理を食べにきれてくれたりして量を多く作らなければならない場合もあるが全員に同じものを用意すればいいのでそれ程大変な訳でもない。
ハヤシライスに関しては後から穴拭大尉に『ハヤシライス』は語呂的に早死を連想させるから別の名前にしときなさいとアドバイスをもらい名前を暫定的に『ビーフライス』と改めた。
そういうデリケートな部分での気遣いができなかった事を反省した私は料理を作る前にみんなに一度意見を聞いて作っている。
他にも前世の日本で第二次世界大戦後に生まれた料理、パスタのトマトケチャップ炒め、『ナポリタン』に対してジュゼッピーナ准尉がこんなのロマーニャ料理じゃないと突っ込んできたのも記憶に新しい。
まぁ、元々の世界でもGHQのアメリカ兵達がパスタにケチャップを和えたレーションを食べているのを見た日本の料理人が思いついて創作した料理であり(ただしオリジナルのスパゲティナポリタンはトマトケチャップは使わずトマトピューレを使っていた)どちらかいえばアメリカ寄りの料理で、ロマーニャ人の准尉には私がカリフォルニアロールに『SAMURAI』とか名付けてしまう外国人料理人の様に思えたのだろう。
それらの事柄から様々な人種が入り乱れる義勇飛行中隊では一人一人の食のこだわりが違う事を強く実感したのだ。
しかしそれは私にとって辛いことではなく料理を作るうちに一人ひとりの個性が見えてきてむしろ面白かった。
料理を作るのを手伝ってもらいながら私はそれぞれの個性を確かめていった。
例えばリベリオン人のオヘヤ少尉の調理の仕方は豪快で悪くいえば大雑把だけれどお肉を切るのには慣れているらしく手早い。
食べる方に関してはあっさりしていて味が薄いものよりこってりしていて味付けも濃い方が好みの様だ。
対してブリタニア人のビューリング少尉は器用に調理をこなすが、料理については最低限食べれる料理であれば何でもいいらしい。
何というか……個性というより国民性な気がするが気にしない。
とにかく、今までの扶桑での料理生活とはまた違ったものが見えてきたという事だ。


「今日はまず頼んでおいたものを……」


私は準備を始める前に例の物を取りに行った。


「軍曹、頼んでたヤツは出来てるぜ。……しかし何の料理に使うんだソレ?」


PzB39を整備してくれた兵士の人に無理を言って頼んだのだがどうやら作ってくれたようだ。
机の上に置いてあるソレを私は確かめる。
薄い金属性の板が円環状に結合しており、筒の様な形をしていた。


「ちょっと小麦粉で作る皮の型抜きに使おうかと、――ちゃんと丸くなっている。ありがとうございます、こんな事まで頼んでしまって……」


「――別にこれくらいなら片手間でもすぐに終わるから構わねぇさ。しかし型抜きとはラビオリでも作るのか?」


「具を皮に包むのは合ってますがラビオリでないです。うまく出来たら今度差し入れましょうか?」


「……いや、遠慮しておく。俺だけ抜け駆けは良くねぇからな」


ややウンザリした様子でクイっ、クイっと後ろを指示す。
するとそこにはこちらを食い入る様に見つめるその他の整備兵の方々が居た。


「大丈夫です。皮と具材を用意すれば後はじゃんじゃん作れる料理なんで皆さんの分を持ってきますね。では――」


その場に居るみなさんにおじぎをすると急いで調理場に行く。今日の手伝ってくれる人達が待ってる筈だから早く行かなきゃ――、私は駆け足でその場を後にした。






……………………………………………………………………
………………………………………………
……………………………






「おいっ、待った軍曹!! 別に差し入れは……って聞いちゃいねぇな。あんなに嬉しそうにはしゃいじまって……、やっぱりこど――うっ、何しやがる!! 首を絞めるな!!」


「あんなかわいいウィッチ引っ掛けやがってこの野郎! 一人だけずりぃぞ!! どうやったんだ? 昨日もお前を探して頼み事に来てたし。畜生うらやましい!!」


仲間の一人が整備兵に突っかかり、文句を言うと周りも同調し「そうだ、そうだ」と声を上げる。


「言っとくけどなぁ――、なりはでかいがあのウィッチの軍曹殿はまだ11歳だぞ。年が2倍も3倍も違うようなガキの相手してるだけで羨ましがられる筋合いは……」


「つまりお前はそういうのが好みだった訳だな!! 道理で花屋に誘ってもいつもお前だけ食いつきが悪かったが道理で……」


「はぁ!? 何言ってやがんだ。 勝手に人の……」


「いい、いい。――人には言えない事が一つや二つあるもんな。ただウィッチを相手にするのは問題があると……ウボぁっ」


言い終わる前に整備兵の鉄拳が炸裂し、強制的に仲間を黙らせた。


「人の話を聞けと言ってるだろクソッタレ!! それとも俺のケツをなめるか!?」


「やったなこのっ!! 表に出ろ!!」


些細な事から始まったこの事態は野郎同士の取っ組み合いまで発展した。
取り巻きの仲間達も「やれ! やっちまえ!!」とヤジを飛ばしていく。


「止めなくていいですか……これ?」


一番年の若い整備兵が仲間内では一番年を経ていて頼りにされている整備兵に意見をうかがう。


「好きにやらせとけ、いい傾向だ。いつもしみったれたツラで機械を弄ってやがったアイツがあんな生き生きした顔をしてやがる。仲間内でも一人だけ距離置いてやがったしこれで距離が少しでも縮まれば御の字だ。だがここ最近じゃ、少しは変わってきてたか? まぁ、そうだとしたらあの嬢ちゃんの影響だろうよ」


顎に手をやり、感慨深そうな様子で取っ組み合う二人を見つめる初老の男。


「そうなんですか!?」


初老の整備兵が肯くと、いつの間にやら当事者二人を囲むように整備兵達が円陣を組んでいた。血が昇っている二人が周囲の機械や工具に突っ込まない様にという配慮に加え見事なチームワークだった。
















「じゃあ始めますね。お願いしますエルマ中尉、穴拭大尉。後イッルとニパも」


私はまず最初に材料を確認していく。
小麦粉、塩、水、リーキ(西洋ネギ)、キャベツに朝オヘヤ少尉に手伝ってもらって挽肉機にかけて作ったミンチ。もう一方の方は野菜各種にポテトスターチ(要するに片栗粉)に調味料にご飯、その他etc……。
先にまずはエルマ中尉と穴拭大尉には野菜を切ってもらい。私達は小麦粉で皮を作っていく。


「イッルもニパももっと皮を伸ばして、1mmより薄くなるぐらいが目安だから……」


皮を伸ばすと今度は用意したあの型抜きで丸い形に切り取り、皮を作っていく。
必要な数だけ皮を用意すると今度は具材に取りかかった。
刻んだネギとキャベツにひき肉を混ぜ合わせる。本当は卵も加えるといいのだが今はないのでこれで我慢する。
混ぜ合わせた具材を皮にのせ、包んで閉じる。
この料理を作る際、一番苦労する工程はこれだろう。案の定みな苦戦したが穴拭大尉だけは飲み込みが早く一つ作っていく毎に上手くなっていった。
なんとか全て包み終えると、焼きには入らずメインの方に取りかかった。
メインの方が8割方完了した頃、メインを他の人に任せて具材を包んだ皮を温めて油の敷いたフライパンに載せていき……。


「油で揚げるんじゃなくて蒸し焼きするのね」


小麦粉の皮で包んでるし、中華料理を知らない穴拭大尉は餃子を洋食の一部と思っている為かそんな感想を述べた。
揚げ餃子もあるが元々のルーツである茹でたり蒸したりして作ったこの料理の残りモノを焼いて再利用する事からきた蒸しながら焼くという工程に従い私は作っていく。
水分が飛んだ後は蓋を取って底に焦げ目が付くまで焼きをいれた。


「出来たっ!!」


完成した料理をお皿に盛りつけていく。


「今日のお昼は野菜のあんかけご飯と焼き餃子です。タレはこれを付けて食べてください」


唐辛子が用意できなかったのでタレは醤油にお酢、ネギにゴマ油を少々加えたものを用意した。
けれど唐辛子があってもラー油を作るのはさじ加減が面倒なのに加え作るのにそれなりに時間が掛かるので作らなかっただろうけど。


「このギョーザって料理、皮がパリッとしてて中は肉と野菜の旨みが染み出てきておいしいわ。これも洋食なの?」


「ブリタニアでも見たことはないな。ガリヤのクレープやオラーシャのブリヌイに近い様な気がするが……」


「これは洋食ではなく私の完全な創作料理です。手軽に作れるものと思って考えつきました」


穴拭大尉やビューリング少尉の疑問に胸を痛めながら答えた。
本当の事など言える訳がない。それを語るにはこの世界には存在しない国の話から始めなければならないのだから……。
元の世界では世界三大料理に数えられていた中華料理が見る影もないのは悲しいことである。
後、中華包丁や中華鍋などの調理器具も存在しないのが痛い。
一応夢は洋食屋の店長だが、夢が叶ったなら中華料理も普及させていくよう活動していきたいと私は新たな目標を抱くのだった。


後日、整備兵の人達にも餃子を食べてもらったが予想外に盛況で結構な量を用意したが足りず追加でこちらの作るペースが間に合わないほどだった。
……ただ、PzB39の整備や餃子の皮の型抜きを作ってくれた整備兵の人は顔に無数の痣があり、静かにもくもくと食していた。隣に居た人も顔に痣を作っており同じく仏頂面で餃子を頂いていたけど……あの二人、何か喧嘩でもしたのかな?


















後書き

予定より早く書けましたが今回も話が、というか今回の方が話としては進んでいない。

後、完全に私事ですが執筆のテンションを上げる為にニコニコ動画でストライクウィッチーズのMADを見てたんですがミルキィホームズPSP版OPのパロMADの『アネキィホームズPSP版OP』っていうMADの完成度が高くて驚きました。
見れる方は是非高画質の時に見てください。



補足(今回はかなり多い)

◇ネウロイ
・戦車型(四足)
小説版や同人に出てくる陸戦型ネウロイ、キャタピラではなく四足で移動し砂漠だろうと凄まじい早さで向かってくる。
SSに出てきた戦車型ネウロイのイメージはソ連のT-35重戦車をひっくり返して四足を付けた感じ。ただし、T-35重戦車は史実の冬戦争には投入されてないとか。
・人型(板付き)
人型タイプのネウロイは小説版で出ており割と初期からいるらしい。こいつの存在があるから一期で芳佳以外のストライクウィッチーズのメンバーが躊躇なくウィッチ型ネウロイに攻撃したのではないかと作者は勝手に思ってる。
足に板が付いてるあたりは完全に作者の二次創作、ネウロイがスキー兵を摸倣したという設定。
手と足の板が伸縮しスキー板とストックの役割を果たす。
・つくし頭
これも作者の完全なオリジナルネウロイ。隠密行動に特化した人型という設定。


◇兵器
・ラハティ L-39 対戦車銃
10連発セミオートマック方式。
史実ではフィンランド軍が使用した対戦車銃で試作型が冬戦争に二挺投入された。
全長224cm 重量49.5kg 使用弾頭20mm 銃口初速800m/s
65口径長と言う長大な銃身を持つことから『象撃ち銃』とも呼ばれた。

・モシン・ナガンM1891/30
帝政ロシア陸軍が導入した五連発・ボルトアクションライフル、その後ソ連陸軍でも引き続き大量に配備されていた。
全長130.5cm 重量4.37kg 使用弾頭7.62mm 銃口初速810m/s
フィンランドでも輸入や生産、ソ連から鹵獲などして使用していた。

・モロトフカクテル
本編で説明しているので割愛。これの存在が火炎瓶をモロトフと呼ぶルーツになっている。


◇人物

・アウロラ・E・ユーティライネン中尉
エイラ・イルマタル・ユーティライネンの姉。陸戦ウィッチ。
元ネタはフィンランド陸軍のアールネ・エドヴァルド・ユーティライネン。ラドガ湖北のコッラの戦いにおいて兵士数で圧倒的に勝るソ連軍による攻勢を食い止めた国民的英雄。部下から慕われ『親父』などと呼ばれていた。

・少尉
本編でも名前は出しませんでしたが察してください。フィンランドが生んだ魔人一号。
詳しくは『冬戦争 狙撃』でネット検索すれば出てくる。
ウィッチにしようか迷ったが本SSでは特別な力を持たない男性のままにした。
だってホラ……、史実でもチートなのにウィッチなんかにしたら超絶チートすぎて『もう○○○だけでいいじゃないか』という事になっちゃいますし。

・スロ・コルッカ
フィンランドが生んだ魔人2号。正式な記録は残っていない。ただ実はスロ・コルッカの方が早くから冬戦争で活躍していたらしく、スロ・コルッカの活躍を聞いた魔人一号は『勲章が貰えるならと自分も数えるか』と戦果を数え始めたらしい……冬戦争の途中から。

・リヒトホーフェン大尉
元ネタの人物はフルネームでマンフレート・アルブレヒト・フライヘア・フォン・リヒトホーフェン。
史実では第一次世界大戦での撃墜王。赤い戦闘機に乗っていた事から『レッドバロン(赤い男爵)』、『赤い悪魔』などと呼ばれた。
エイラの元ネタのエイノ・イルマリ・ユーティライネンは兄のアールネ・エドヴァルド・ユーティライネンからリヒトホーフェンの回顧録をプレゼントされたことからパイロットを志すようになったという。



[25145] 第八話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/03/08 21:38
Der Freischütz 第八話 「Quaking Heart」




「すいません穴吹大尉、朝から手伝ってもらってしまって……」


「いいわよ、私も朝は鍛錬の為に早く起きているから。それよりあなたの方こそ、基地に来てからいつも、こんなに朝早くいつもみんなの朝食の準備をして。訓練で疲れてるでしょうに……大丈夫?」


智子は部隊に入ってまだ日の浅い部隊の仲間、狩谷司の様子を心配する。11歳と聞いて最初は不安になったが実際に着任してみれば彼女は年に似合わず大人びていて落ち着いており性格も温厚で、問題行動も着任早々の戦闘でも分断を除けば特になく問題ばかりの義勇飛行中隊の中では一番まともな分類に入る。
ただ生真面目すぎるというか、肩肘張って頑張りすぎている様に智子には思えるのだ。
この朝食の件に関しても、朝は作らなくても共用の食堂に頼めばいいと言ったのだがアホネン大尉の飛行中隊が当番制で朝食を自前で作っているからと作り始めたし、別に頼まなくても部屋の掃除を始めたりとこちらに気を使いすぎるのだ。
義勇飛行中隊の中でも最年少なのだから、もっと部隊の仲間を頼ってほしいと智子だけではなく他のメンバーも少なからず思っていた。


「大丈夫です。朝食に関しても自分が好きでやっている事ですから。それに最近はすこぶる調子が良くて全然疲れてません。むしろ元気すぎるぐらいで、これから夜間飛行訓練まで寝れるか心配なぐらいです。夜間飛行がなかったら非番の時間で皆さんで食べるお菓子を作りたかったなぁ……」


満面の笑みを浮かべた後に、お菓子を作れないことで少し残念な表情をする司は年相応の少女に智子には見えた。
確かに潜在能力は高いし、他の同年代の子よりも体は大きいけどこんな子を戦場に出すなんて……。
しかし前線に出てくるウィッチの年少化は他の国で酷くなっている。国土を奪われたカールスラントなどはウィッチの適性を持つ幼い少女達が次々志願し、一日でも早く戦場に出る為に訓練に励んでいるという。
そう思うと智子は少しやりきれない気持ちになり、自分の中での気持ちを切り替える為に司に話題を振った。


「お菓子で思い出したのだけれどもハルカもお菓子を作るのが得意なのよ。今度二人でお菓子作りをしたらどうかし……」


そこまで言ってハッとなる。
ハルカの名前を聞いた後、司の体が小動物のようにビクッと震えたのだ。


「迫水少尉と二人になるのはちょっと……」


かなり怯えた様な声で申し訳なさそうに言う司。
無理もない、飛行訓練中でのお尻タッチ事件以降、司はハルカの事を警戒し色々な人物(主に義勇飛行中隊とアホネン大尉の中隊の面々)から話を聞いたのだ。
そして知ってしまった、迫水ハルカの実態を……。
先輩であるハルカを慕っていた司はそれから不用意にハルカに近づかなくなり、ハルカが居ると他のメンバーの後ろに隠れてしまうようになった(ただしジュゼッピーナを除く)。
ハルカはハルカで司に怖がられている事には残念がってはいたが、『だってかわいい後輩なんですから、――つい食べちゃいたくなるくらい』とか『アホネン大尉みたいに私も妹を作ってみたいな……』などと反省の色はみられない。

(私が注意を促しても『妬いてるんですか?』とか、したり顔で見当違いな事を言って、結局なし崩しに……)

昨日のハルカとの夜間戦闘を思い出しながら智子が顔を赤らめていると、司がジト目でそれを見ていた。


「穴拭大尉、まさかまた迫水少尉とその……したんですか?」


やや口ごもりながらもはっきりと智子の眼を見て司は尋ねる。
司はハルカの事を聞いた時に、合わせて智子の事も聞いており、また既に当人の智子にも事実関係を確認していた。
顔を赤くしながらも智子は『別に私は女が好きとか、そういうのじゃないのよ!! でもいつも途中で抵抗できなくなって……』と弁解していたが司はやや懐疑的に考えていた。


「……えっ、そんなわけっ!!」


「……したんですね」


司の言葉に智子は押し黙る。

(この人は……。確かに穴拭大尉は優秀なウィッチで、中隊長で、指導者で、しっかりとした人格者だけどやっぱり迫水少尉やジュゼッピーナ准尉との関係だけは感心できない。本来なら本人の意思が尊重されることだから別に智子大尉が『そうよ、私は女の子が好き。何か問題でもあるの?』と言ったならこちらに火の粉が降り注いでこない限りは私も文句を言わないだろうけど、穴吹大尉はそうではなく非常に煮え切らない態度を取っているし。『私は女の子なんて好きじゃない』と言いつつ、実際は深みまで嵌まって抜け出せない泥沼状態っていえばいいのかな? とにかく誰かが指摘しないといけない事だから……)



「智子大尉、始めの頃は迫水少尉を自分の意志で拒むことが出来てたって言ってましたよね、なぜ拒めなくなったんですか?」


「え、それは……その、最初はベタベタ触ってこちらに迫ってくるだけだったけど、ハルカがアホネン大尉の隊に一時移った事があって。その後にあの子急に上手くなっちゃってそれから拒めない様に……って何言わせるの!!」


「つまり……迫水少尉の手管に籠絡され、ジュゼッピーナ准尉にもなし崩しに。言い方は悪いかもしれないですが世間的にそれって調教されてるって言うんじゃないですか?」


「ちょっ、調教って貴女……」


「『くやしいけど……でも感じちゃうみたい』って官能小説みたいな事になっているんです。穴拭大尉もはっきり自覚してください!!」


思わず過激な言葉を飛ばしてしまった司に、今度は智子が怪訝な顔をした。


「調教とか官能小説とか、貴女、真面目そうな子だと思ってたんけど、その年で意外と耳年増なのね。しかもかなりむっつり」


「違います! 私は女性として淑女として最低限の知識を持ち合わせているだけであって……」


「そんな年でそんな知識を持ち合わせている淑女がどこに居るの。仮に居るとするなら変態って書いて淑女って読むんでしょうね」


「うっ……」


司の苦しい言い訳を智子はその一言で言い負かした、
(この子、真面目そうに見えてこういう一面があったなんて……。まだ11歳なのよ。扶桑海軍はどうなっているの!?)
一応ソッチ方面の知識に関しては全て前世から継承したモノであって決して司は変態とか耳年増な訳ではなかったが、そんな事など知らない智子は司=真面目な子から司=実は幼い癖にむっつりと少し評価を改めた。


「――とにかく、想像してみてください。若くて実力もある扶桑陸軍の男性士官が居るとします。今まで挫折を知らず実績を重ねてきたのに仲間達が皆前線への派遣が決まった中、彼は一人だけネウロイなど見る影もない辺境に島流し。そんな失意の中、彼は同じ場所に派遣された女性に誘われて、なし崩しに関係を結んでしまう。本人にその気がないままで……何故だと思います?」


「それは……、その男は挫折を知らなかったんでしょ。それなのに一気に転落してしまって酷く衝撃を受けて……、弱っていた所をつけこまれたんじゃない?」


とても11歳が語る例えでないことに対し智子は『やっぱり耳年増ね』と確信しつつ質問に答えた。


「そう、それです!! 今の穴拭大尉の状態はまさにそれっ!! 隙間に付け込まれてしまっているんです!! 一度栄光から転落した男の人はお酒や女性に溺れたりすることがありますが、穴拭大尉は同じ様に女に溺れているんです!!」


「あっ、確かに……そうかも」


この場に他の義勇飛行中隊のメンバーが居たならば智子の台詞に対して『いやいや』と突っ込みが入っただろうが、少なくとも智子にとって司の言葉は自分が何故ハルカやジュゼッピーナを拒めないかという問題の答えとして都合の良いものだった為、すんなりと受け入れてしまった


「そうよ、なんで私がハルカ達を拒めないか自分でも分からなかったけど言われてみればそうかもしれないわ。欧州派遣の事も割り切ったつもりだったけど、結局、尾を引いてるし……。無意識に何かに逃避しようとしてハルカやジュゼッピーナの誘いを断れなかったのかも。いいえ、きっとそう、きっとそうなんだわ穴拭智子。ネウロイがいつ大勢で押し寄せてくるか分からないスオムスで女の子に逃避してるなんて武子に申し訳がたたないじゃない。今日ここで生まれ変わるのよ…………っ!! 指から血が!!」


手元がくるい、扱っていた包丁でほんのちょっぴり指を切ってしまった智子。
慌てて司は駆け寄る。


「大丈夫ですか。すぐに手当てを…………」


血が漏れる智子の指を見て、司の思考は一度止まってしまう。
血、血、血だ、赤の血、赤い血、紅い血、深紅の血。
嗚呼……、何て……………◆◆◆◆◆◆なんだ。
司は虚ろな瞳で血の出た智子の指を覗き込むと躊躇いなく咥え込んだ。


「えぇ!! ちょっと司、あなた何やって……っ!!」


「……ちゅぱっ、んんっ……んっ……はぁっ……ちゅるっ……んんっ」


司は意に介さず、流れ出る血を舐め取っていく。
頬を上気させ、顔に年に不釣り合いな官能を示し、まるで貪るようにしゃぶっている様子に智子の顔まで赤くなってしまう。


「ちょっと、嘘っ!! 何でこんなに気持ちいいのよ!? ―――体の力が抜けちゃう。お願いだから本当にやめて…………このままじゃ私、駄目になっちゃうっ!!」


けれど智子の言葉は既に司に届いておらず、ただ本能の赴くまま、ただ吸い続ける。
司が我を取り戻した時には風呂上がりのように体中を赤くし、床に倒れた智子の姿があったが指を咥え込んでいる最中の記憶が一切残っていなかった司には一体何が起こったのか理解できなかった。







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「暇だね。イッル、ニパ」


私は現在、朝食とその片づけを終え、夜間飛行訓練に向けてカーテンを閉めた薄暗い部屋の中に居た。
部屋の中には同じく夜間飛行訓練を受ける事となったイッルとニパがおり、自分と同じ様に暇を持て余している。
本来なら穴拭大尉も用意されたこの仮の詰め所の中で夜まで過ごす予定であったが何故か自分は別の場所で待機していると言い、この部屋にはいない。
何だか熱っぽい様子だったが大丈夫だろうか?


「夜まで寝てなきゃいけないけど……私達、今起きたばかりだしね。――そうだイッル、ツカサにタロット占いをやってあげたらどう?」


「そういや、話はしたけどツカサはまだ一回も占ってなかったけ。いい機会だな」


イッルはポケットからカードの束を取り出すと7枚のカードを地面に並べる。
私はその中から一枚のカードを選びとった。


「このカードは……」


角と羽の生えた男が描かれたカードを逆さまの状態で引いたのだ。ナンバーXVと刻印されているから……。


「――逆位置の悪魔」


「う~ん、束縛からの解放、自由の獲得、それに覚醒だから、――何から解放されて自由な気分になり新しい自分を発見するって感じだな」


イッルは占いの結果を私に伝える。


「イッルの占い良く当たるから、ツカサも覚えておいた方がいいよ」


「そうなんだ」


イッルの占いを自慢げに語るニパ。
しかし解放されて自由になり、新しい自分を発見するなんて全く自分では想像できない。
そんな自分なんて…………。
――ふと私は手に持ったカードに視線を送る、
逆位置で映った悪魔が私に何かを連想させた。
そうだ、何かを思い出すと思ったら――使い魔の伯爵に見えてたんだ。


「――まぁ、いいか。それよりイッル、ニパ。前の話の続きしてよ。ほら学校の校長から軍に復帰して活躍した……」


「シーラスヴオ大佐の話の続きか。何処まで話したっけ、ニパ?」


「えっと確か…………」


そうして長い時間取り留めのない会話した後、私達はベットで三人川の字(左右は私とニパ、真ん中はイッル)になり眠りについた。
……余談ではあるが話の最中、イッルが持参してきたサルミアッキを勧めてくれたが丁重にお断りした。
サルミアッキをおいしそうに食べる二人を見た私は、スオムスの人に凄い人物が多いのはその辺も関係しているかもしれないと思ったりしたのであった。













「暗いな……」


真夜中となり夜間飛行訓練となった私は滑走路へと出ていた。
空は分厚い雲のカーテンに覆われているらしく、月や星の光が全く見えてこない。
雲さえなければプラネタリウムでしかお目にかかれなかった凄まじい数の星を見る事が出来るのだが……、まぁ空に飛び立てば雲を抜けるのでそれまで待てばいい。
伯爵が憑依している為、最初は薄暗く感じた視界も徐々に鮮明なものとなって夜間飛行を行う他のメンバーの姿を捉えていく。
穴拭大尉、イッル、ニパ、それにアホネン大尉の飛行中隊傘下のナイトウィッチの……。


「フランセーン少尉、今回の夜間飛行の同行よろしくお願いします」


「お姉様より話は伺っています。こちらこそよろしくお願い致しますわ。ただ夜間哨戒の任務を兼ねていることだけはしっかり心に留めておいてください」


代表して穴吹大尉がフランセーン少尉に声を掛けた。
今回の夜間飛行訓練はフランセーン少尉の夜間哨戒に付きそう形で行われる。
前線であるカウハバ基地では貴重なナイトウィッチを遊ばせておく余裕がない為、こういう変則的な形の訓練となったが本来ならあがりを迎えたばかりでシールドは張れなくても魔導針が使えて空も飛べるウィッチが夜間飛行訓練に同行するのが一般的なのだ。


「眩しっ…………」


滑走路に誘導灯がつく。完全に夜の闇に目が慣れきっていた私は思わず目が眩んだ。
心配した様子でニパが駆け寄ってくれる。
どうやら眼が眩んだのは自分だけの様だ。夜闇の中で眼が利くのにもそれなりに弊害があるな。


「ではフランセーン少尉、訓練兵二人を頼みます。私は……司、一緒に手を繋いで飛ぶわよ」


何故か顔を赤くし、腕をフルフル震えさせながら腕を差し出す穴拭大尉。
さっき体調が悪いか尋ねたら穴拭大尉は『だ、大丈夫よ』と若干どもりながら答えていたが本当に大丈夫なのだろうか? 
顔もまともに合わせてくれない穴拭大尉を心配して再び声を掛ける。


「あの……、穴拭大尉。腕が震えてますけど体調の方は本当に大丈夫なんですか?」


「さっきからあなた、それを本気で聞いてるの?」


「当り前です! 私は穴拭大尉の体調を心配して……」


「分かった。分かったわよ。手を貸しなさい、お互いの魔導エンジンの出力を出来るだけ合わせて飛ぶわよ」


若干睨みをきかせていた穴拭大尉は一瞬呆れた様な顔をしたが、すぐに私の片腕を掴み飛行の準備を促す。
私は穴拭大尉の手をしっかり握ると魔導エンジンの回転数を上げていった。。


「離陸するからタイミングを合わせて」


穴吹大尉の顔を見てしっかり頷く私。
大尉はまた顔を赤くしたが、そのままフランセーン少尉達の後に続き私達は空へと飛び立った。
空を駆け上がりそのまま雲の中へと突入する。
闇の中でもはっきりものを見る事ができる私の眼も雲の中では用をなさず、ベテランである穴拭大尉の誘導にしたがって飛行していく。
やがて雲を抜けるとそこには期待していた満天の星空が広がっていた。


「凄い……、とても綺麗」


「そうでしょうとも。冬になればオーロラを見れるですよ。その代わりにストライカーの魔導エンジンが凍りつくほどの寒さですが」


私の感想にフランセーン少尉は言葉を返してくれる。
フランセーン少尉の方を見ると既にイッルとニパは少尉と繋いでいた手を放し単独で飛んでいた。
夜間飛行で難しいのは離着陸と視界が利かない状態なので月明かりが辺りを照らしている今は安全だと判断したのだろう。


「穴拭大尉、もう手を放しても大丈夫です。ここからは一人で飛べます」


「ねぇ、司。あなた本当に朝の事覚えてないの?」


唐突に自分にとっては何の脈略もないように思える内容が穴拭大尉からこぼれた。
朝のこと? 確か穴拭大尉が指を切ったから手当をしようとしたら立ちくらみを起しちゃって、気付いたら穴拭大尉が倒れてたことかな? 最初は驚いたけど出血は止まってたし気絶してただけだから大丈夫だと思ったのだけれど……。


「やっぱり朝、何かあったんですか? あれからずっと様子が変ですけど?」


「……演技とは思えないし、本当に覚えていないのかしら?」


「何て言いました、穴拭大尉?」


か細い声で穴拭大尉は何かを呟いたが魔導エンジンの駆動音とプロペラの音に掻き消されてしまった。


「何でもないわ、それより離陸と雲を抜けるまでに誘導しながら教えたことをちゃんと覚えておくように。基地へ帰るとき、もう一度雲を抜けて着陸するから教えた事を反復しながら飛ぶのよ」


穴拭大尉が手を放し、私は単独での飛行を開始する。
月と星の散りばめられた夜の空は昼とは違う趣があり、穴拭大尉から離れないようにしながら私は夜の空を楽しんだ。











……しばらく夜間飛行を楽しんだ後、ふとフランセーン少尉の方から音楽が聞こえてきた。


「フランセーン少尉、もしかしてラジオを聞いてるんですか?」


「魔導針で電波を拾ってそのまま出力しているの。ナイトウィッチ同士や基地などと交信できるのは知っていてもこれは知らなかったのかしら?」


自分の頭に展開している魔導針(魔導アンテナ)を指差し説明するフランセーン少尉。
魔導針による索敵や、味方との通信機能は知っていたけどラジオまで聞けるのか……、しかし何をスピーカーの代わりにしているのだろう? やっぱり魔導針?
それについても聞きたかったが、もう一つ気になっていた事があったので私はそちらを優先した。


「ずっと気になっていましたがアホネン大尉の率いる飛行中隊のメンバーは全員メルス(Bf109)を穿いているんですよね?」

Me109とも呼ばれるカールラント製ストライカー、前世でも第二次世界大戦時にドイツの主力戦闘機として名を馳せていた、カールスラントのウィッチ達も使用する性能の高い戦闘脚で、Bf109に積まれているエンジンと同系統のモノが私のキ60にも搭載されている。
そんな最新鋭機を中隊の隊員全てが揃えているかと思えばイッルとニパのストライカーはバッファローだし、スオムスは兵器全般は他国からの貸与品だからそこ等辺がアンバランスなのだろうか?


「……えぇ、お姉様が率いるスオムス空軍飛行第一中隊のメンバー全員がメルスを愛機としていますわ。カウハバ基地は前線ですが激戦区ほどネウロイが来る訳ではないので新型機や試作機の性能テストには調度いいとの事でカールラントから全員にメルスが貸与されました。本来ならスオムス空軍飛行第24戦隊などにも段階的配備されていく予定でしたが先のカールスラント陥落でそれどころではなくなってしまいまして。私たち以外のスオムス空軍のウィッチの殆どは旧型のストライカーを未だに使い続けているのが現状で……。カウハバ基地の整備兵の方々も何とかメルスの部品を最低限確保しようと躍起になっています」


知らなかった。最近、整備兵の人達が困っている所を見かけたけどそんな事情があったのか……。しかし他人事ではなく、キ60の心臓部といえる液冷魔導エンジンもBf109と同じ物を積んでいるのだから私の問題でもあるわけで。
私は魔導針の事を含め、Bf109の部品事情について尋ねようとした。
しかし……、


「前方に機影を発見、数は7。この反応は―――――ネウロイっ!!」


フランセーン少尉の魔導針の色が緑から赤に変わる。
どうやら敵を察知したらしい。
喉頭式無線機越しに穴拭大尉の声が飛ぶ。


「カウハバ基地に連絡をっ!!」


「既にやっています!! 敵機は7機全てが小型。真っ直ぐこちらに進行。待ってください……速度を上げました。すぐにこちらに来ます!!」


数刻と経たず肉眼でも確認できた。
平べったい形のネウロイだった。横にすれば魚に見えるかもしれない。
形状的に考えてステルス戦闘機のつもりなのか? この世界まだそんなものは存在しないはず……単なる偶然?
だがネウロイ達はこちらに考える暇も与えず攻撃を始める。


「見たことないタイプね。フランセーン少尉、二人を頼みます。司は私とロッテを組むわよ! 敵を迎え撃つわ」


敵が新型といえど小型である事や敵の機動性の高さから今から逃げても背中を捉えられる可能性がある事から穴拭大尉は敵との交戦を指示する。
フランセーン少尉も同じ意見だったらしくイッルとニパに指示を出して編隊を組んだ。
私も穴吹大尉の後ろに付き、PzB39を構える。
4機がフランセーン少尉達に、3機が私と穴拭大尉の方に飛んできた。
こちらに突っ込んでくるネウロイに対し、大尉のホ103 12.7mm機関砲と私のPzB39が発射される。
だが、


「何よその動きっ!」


穴吹大尉は驚きの声を上げる。
敵のネウロイ三機は横に滑るような動きで銃弾を回避したのだ。
上下を軸として独楽の様に回転するあの動きはヨーイングかっ!!
とにかく距離を詰められ過ぎている為、銃弾の方向を変えても上手く当てることができない。
三機のネウロイは私達の懐に入ると間に割って入る様に執拗に攻撃する。
なんとか分断に抵抗しようとしても、大尉に2機、私に1機のネウロイが張り付いて段々と距離が離される。

(最初からこれが狙いだったのか…………)

何とかネウロイを引き剥がそうと飛行する中、チラリとフランセーン少尉とイッル、ニパの様子が見えた。
こちらと同じ様に分断され、少尉に2機、イッル、ニパにそれぞれ1機ずつのネウロイが同じ様に張り付いている。
追いかけてくるネウロイに攻撃を当てようとしても距離が詰まりすぎていて当たらない。
後ろを取ってもすぐにヨーイングで前を向いてくる。
つまり攻撃を当てたかったら敵の真上か真下を取ればいい。
なら、
私は意を決して魔導エンジンの出力を調整し下降した。
相手のネウロイも横の機動では私に勝っているが下降能力はそれほどでもなく簡単にネウロイの下につく。


「もらったっ!!」


トリガーを引こうとした瞬間、機銃の音が響く。
敵ネウロイは正面からの光線攻撃だけではなく機体の底に対地用の機銃を備えていた。
急いでシールドを張るが一発の弾が予備弾薬の詰まったバックの革紐を掠め、そして千切れる。
慌てて掴もうとするが敵の機銃攻撃に動きが安定せず、予備弾薬が入ったバックは地面に落下していった。
一気に形成はこちらの不利に傾く。

(――どうする、残った弾は今のカートリッジに入っている3発のみ。真上をとって再度仕掛けるか? しかし同じ様に真上を取っても相手は攻撃できるかもしれない。できるだけ相手の意表をついて短い時間で決着を付ける必要がある。しかもチャンスはそう多くない)


《3発も要らぬ、せいぜい1発だな》


焦燥感に苛まれながら必死に策を考えていると直接頭に声が聞こえた。


(誰っ?)


《今はそんな事より敵を倒すことが先決だ。我と同調しろ、我が主よ》


(本当に誰なの! それに同調ってどうやって?)


《少々、頭の中がごちゃごちゃし過ぎているな。ふむ、少しばかり干渉するか。それに同調にも言霊が必要になるな。別に心を震わせ昂ぶらせられるのなら何でもいいのだが、何か洒落の効いたのは…………うむ、飛びきりいいの思いついたぞ我が主。魔弾の射手たる主に相応しい詠唱を謳い上げようぞ!!》


謎の言葉とともに私の思考はクリアなものとなった。
簡単な事だ。
今は声の主と同調して、ただ敵を倒せばいい。
その為の術は既に頭に流れ込んで来ているのだから…………。


『Was gleicht wohl auf Erden dem Jagervergnugen?《この世で狩の喜びを何に例えられるだろう?(分かりきっている。例えられない、比べようもない娯楽なのだ)》』


体に流れる魔力が変質していく。


『Wem sprudelt der Becher des Lebens so reich?《命の杯は誰が為に泡立ち溢れるのか?(決まっている。我らにこそだ――)》』


清らかなる、聖なる力を象徴するかの如く青い光を発していた魔力光は徐々に赤く、紅く染まっていった。


『Diana ist kundig, die Nacht zu erhellen, 《狩を司る神は夜を照らし》』


『Wie labend am Tage ihr Dunkel uns kuhlt. 《陽の光さえも陰らせる》』


まるで心の中のしがらみが一つ一つ溶けてゆくように感じている。
かつてこれほどまでに自分が自由だった事があっただろうか?


『Den blutigen Wolf und den Eber zu fallen,《慈悲を知らぬ異形共を!》』


『Der gierig die grunenden Saaten durchwuhlt,《血に飢え、生を犯す獣共を喰い散らして》』


心が昂ぶり、震えているのが分かる。
倒せ、倒せ、倒せと何かが叫んでいるのだ。
あのような異形の存在は一片たりとも、一秒たりとも許してはならないと何かが私に訴えかけている。


『Beim Klange der Horner im Grunen zu liegen,《その断末魔を聞き、笑みを浮かべ》』


『Den Hirsch zu verfolgen durch Dickicht und Teich,《山河を飛翔し、獲物を追うは》』


『Ist furstliche Freude, Ist mannlich Verlangen.《王者の喜び、愚者の憧れ!》』





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言霊を紡ぎ終えた後、狩谷司は確かに変生した。



「さしずめ魔夜の狩人《Der Freischutz Teufelsnacht》とでもいうか。それよりも今は敵を倒すことが最優先だな」



金の双眸は赤く染まり、闇夜に妖しく光っていた。
司は愉快そうに笑みを浮かべると魔導エンジンに込める魔力量を増やす。
ストライカーユニットもそれに応え、紅い魔力光を噴射させて速度を上げていった。
疾走する司に、ネウロイも喰らいついていくが司は笑みを崩さない。
司は頃合いを見計らって直進飛行から宙返りの機動に移った。
半円を描き、上昇し赤い魔力光の軌跡を残していく。
ネウロイもその軌道の後ろにぴったりと追従する。
そして円の頂点、宙返り機動の中間に差しかかって……。


「拡散しろ――」


ストライカーの先端から発生している推力を全方向に拡散させた。
“魔導エンジンを最大出力にして失速する”というあり得ない矛盾を引き起こし、司はそのまま左に旋回していく。
低速で旋回した事で旋回半径を大きく短縮し、宙返りの機動についてきたネウロイの背中を容易く取る。
捻り込み――、それは扶桑の熟練したウィッチにしか出来ない戦闘機動であり現状の司の経験からは為し得ぬ技だった。
だが、血という情報源から他者の経験の一部を取りこんでいた司は固有魔法を補助に使う事で可能としたのだ。


「曲がれ――」


拡散した推力を再び収束し、今度は推力の向きを変える事によりそのまま距離を詰めていった。
左捻り込みと推力偏向、プロペラ機とジェット機、それぞれでしか行えない機動が合わさった事により誰も為し得ぬ魔の機動が生まれ、奇跡という名のデタラメは産声を上げる。
魔導障壁を前面に展開すると司はPzB39に纏わせるように収束していく。
防御など必要ない、何故なら今の司は◆◆◆なのだから。


「Gotz!!《Leck mich im Arsch!!》」


獰猛な笑みを浮かべた司は魔導障壁を収束したPzB39を槍に見立て、ネウロイを貫く。
円錐状に収束した魔導障壁の槍が容易く装甲を突き破り、ネウロイの核である赤い12面体のコアを貫くと、司は笑い声を上げ躊躇なく抉る。
コアが抉られ破壊された事によりネウロイはたちどころに鉄屑の塊と化した。


「弾は一発も要らなかったか」


だが獲物は残っている。
そう思うと司の口から自然と笑みがこぼれる。
司は愉快で愉快でたまらなかった。
空を鬱陶しく飛びまわる黒い虫共を狩るのがこんなにも楽しいものだったのかと。
故にこの愉悦を少しでも長く味わう為に司は狩りを続ける。
頬を赤く染め、乾いた唇に舌を這わし満面の笑みを浮かべる司。
再び魔導エンジン出力を上げると司は残りの獲物の元へと飛翔していった。















「ちぃっ―――」


智子は苦戦しつつも小型ネウロイの一体を撃破した。
何とか真上を取って射撃で運良くコアを貫けたから良かったものの、もしそうでなかったのなら未だに二体のネウロイと戦っていた事であろう。
フランセーン少尉達の方は訓練兵であるユーティライネンが一機撃墜した為、全員が一機ずつ相手をしておりそれほど危ない状態ではない。
それよりも問題は司の方だと、智子は不安を募らせる。
司の装備は対装甲ライフルだ。
いくら弾道を操る能力があるとはいえぴったりと張り付かれればひとたまりもない。
離された司を案じ、一刻も早く助ける為に奮起するが……

突然、赤い光の線がネウロイを貫いた。


「えっ――!!」


赤い閃光は何度かネウロイを貫くと、コアを捉えたようで智子の相手をしていたネウロイは砕け散る。
光が飛んできた方向に顔を向けるとそこには司の姿があった。


「司っ! あなた無事だったのね。相手をしていたネウロイは倒したの?」


けれど返答はなく、代わりにPzB39の銃口が智子に向けられた。


「ちょっと! 何やってんの!! 今はふざけている場合じゃないわ……っきゃ!!」


何の警告もなしに弾丸は発射される。
驚く智子は反射的に魔導障壁を展開するが、弾丸は智子を避けてフランセーン少尉達の方に向かう。
不規則な弾丸の軌道は今までの司のモノと全く違った。
前の司の弾頭軌道がただ獲物を真っ直ぐ追いかける猟犬だとしたら、今の弾頭軌道は海を縦横無尽に泳ぐ鮫の様だった。
不規則かつ高速で動く弾の軌道はその場に居た誰一人とて捉えることはできず、フランセーン少尉達の相手をしていたネウロイ達を貫く。
何度も何度も、獲物を嬲る様にコアを貫通するまで赤い魔力の込められた弾頭はネウロイ達を貫き続け、やがて三体とも消滅に追いやった。


「有象無象の区別なく我が弾頭は許しはしない……といったところか」


「ちょっと司、危ないじゃない!! それに今は何やったの? 一気に三体倒しちゃってるし。 それに今の台詞、あなた本当に大丈夫なの?」


何となしに司の様子がおかしい事に気付いた智子は尋ねた。


「大丈夫だ、問題な――――いや、どうやらはしゃぎ過ぎたらしい。ガス欠だ。後を頼む」


司は智子に近づき寄りかかるといきなり意識を失った。
慌てて司を抱える智子。
フランセーン少尉達もこちらの方に近づいてくる。
諸々の疑問を残しつつも夜間でのネウロイとの戦闘は一応の決着を見せた。
















後書き

今回も難産でした。もっと早く書けるようになりたい。


司に覚醒後の戦闘シーンではヒロインらしくオリジナル笑顔(ガン×ソード的な意味で)を浮かべている所を想像して書いてます。
さらに「ゲェェァァァ――ハハハハッハ!!」というとてもヒロインらしい(装甲悪鬼的な意味で)台詞を付けようと思いましたがそれだと司があまりにもヒロインらしくなってまうのでやめました。
まぁ冗談ですけど(ヒロインについては)。


補足


・ネウロイ

作者の考えたオリジナルネウロイでモデルはX-36、マクドネル・ダグラス(現ボーイング)社とNASAが開発した無人の無尾翼戦闘機機動研究機。ヨーイングの制御の為に推力偏向機構が搭載されている。一応ステルス性もあり。


・シーラスヴオ大佐

チート小学校校長。フルネームはヒャルマー(ヤルマル)・フリドルフ・シーラスヴォ《細川さん、ご指摘ありがとうございます》。
予備軍役となっていたが復帰し司令官を任されて冬戦争や続く継続戦争で凄まじい戦果を上げた。

・フランセーン少尉

完全に作者の捏造ウィッチ。いらん子中隊の小説ではアホネン大尉の部下はモブなのでナイトウィッチを登場させる為に捏造。捏造ウィッチはあまり出したくなかったが物語の都合上出しました。

・メルス

本編で記述しているので割愛。


・厨二もとい詠唱

SSタイトルになっているドイツのオペラ、魔弾の射手の中で歌われている狩人の合唱より引用。
SS本編中の歌詞の日本語訳は主人公に合わせてかなり意訳しています。後、使っているのは歌全てではなく適当に文を引き抜いてごちゃ混ぜにしているので注意。
後、元ネタが同じなので某怒りの日の赤騎士さんの第一創造に微妙に被っている。

・Leck mich im Arsch!!

モーツァルトの名曲のタイトルになっているが日本語に直すとかなり下品になる。
とりあえずSSの中ではカールラントの戦車乗り(ウィッチでない)には一度は言わせる予定。



[25145] 第九話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/12 11:31
Der Freischütz 第九話 「夢で終わらせない」




「で、司軍曹は大丈夫なんですか?」


カウハバ基地にある病室の中、ベットで寝かしつけられた司に目をやりながら智子は女医に尋ねた。
司のベットの横にはエイラと二パの姿もあり、意識を失っている司の様子を心配そうに見守っている。


「大丈夫。ちょっと体の中の魔力が欠乏して意識を失っているだけだから、貧血みたいなものよ。――しかし分からないのは何で症状に陥ったかってことだわ。普通ウィッチがこういう状態になる時は長時間に及ぶ戦闘行動もしくは固有魔法の使いすぎが多いのだけれど。穴拭大尉、何か心当りはない?」


下にズボンとストッキングしか穿いていない――否、下にズボンとストッキングを穿いている若い女医は一応の症状をカルテに書きながらごく自然に組んだ足を組みかえる。
上から着込んだ白衣の裾が翻り、臀部が僅かに露わになるが特に気にした様子はなく、女医はカルテに書き込みを続け、智子に質問をした。


「気を失う直前に見た時は少し様子がおかしかったと思います。すこし喋り方が芝居がかってて、雰囲気もまるで別人みたいで……後、魔力光の色もおかしかったです。戦闘脚の先端の呪符(プロペラ)が赤い色になっていて、銃弾に込められた魔力や瞳の色も同じ赤に。固有魔法もいつもより強力でしたが何か関係があるんでしょうか?」


「う~ん。あなた達はどう、何か心当りはある?」


女医は司に付き添っているエイラとニパにも意見を求めた。


「いや、私達が駆け寄った時は既に気絶してたから。ただ私達が相手をしていたネウロイを倒した司の攻撃は穴拭大尉が言ったように前に見た時とは違った気がする。何か……こう、技の切れが違ったというか、とにかく段違いだった。私達が攻撃を当てられなくて苦戦していたネウロイをあっという間に倒したんだ」


エイラの言葉に頷くニパ。
どうやら同意見だった様だ。


「確か、カリヤ軍曹の固有魔法は魔力を込めた物体の方向操作だったわね。固有魔法の威力の増大が症状の原因かしら? 感情の昂ぶりで一時的に魔力や魔法が暴走するウィッチの事例は多数報告されてるからそれでしょう。けど、魔力光や瞳の変化に関しては私も聞いたことがないわ。私は専門外なんで分からないのだけれど魔力光についてはストライカーの不調で色が変わるってことはないの?」


「いえ、確かに戦闘脚にはウィッチの魔力を増大させる機構は搭載されていますが、魔力が変質するような話は聞いた事がありませんし。見た事もないです」


智子の言葉に今度はエイラとニパが同じ意見だと頷いた。


「分かりました。じゃ、取りあえずは安静ってことで。後、私がいない時に彼女が起きたらこれを彼女を食べさせておいて」


女医は椅子から立つと棚から何かを取りだし机に置く。
ステック状の直方体の物体は両の手で持てば包める程の大きさで、ステックを包む包装紙には武語がプリントされている。


「それは……?」


「リベリオン陸軍が開発した軍用レーションチョコレート、レーションDバーのウィッチ用改良型。元々のレーションDバーをより高カロリーにしたもので、長時間飛行をしいられるウィッチのエネルギー補給を目的に作られたそうよ。飛行中携帯を考慮してオリジナルよりコンパクトなサイズになってるし、片手でも包装が開けれるように改良されてて、なにより味もオリジナルは『茹でたジャガイモよりややましな程度』って言われるぐらいだけれど、お菓子のものと変わらないくらいに改善されているわ。ただ砂漠などの高温環境にも耐えるようにすごく硬く作られてるから。それだけ注意するように言っておいて」


女医の説明にその場に居たウィッチ三人は「分かりました」と答える。


「しかしまぁ、ウィッチっていうのは羨ましい存在ね。こんな高栄養価のもの、とてもじゃないけど私は食べられないわ。ウィッチは不思議な事にどれだけ栄養をとっても必要以上は脂肪にならずに体内の魔力に転化しちゃうみたいだし。学会でも注目され続けてる研究テーマだけれど未だに詳しい原理は不明。解明されて一般人にもこの原理を利用できれば、女性達の永遠の悩みの一つが解消されるでしょうに。――あなた達も今はいいけど、あがりを迎えた後は気を付けなさい。そのままウィッチだった頃の食事量を引きずるとすぐにとんでもない事になるんだから」


机の上のレーションを見ながら語る女医の忠告をまだ幼い二人はあまり実感が湧かず聞き流したが、智子だけは苦笑いしながら真摯に受け止めていた。


「少し用事で出るけど、基地の中には居るから何か緊急の事があったら放送で教えて。じゃ」


カルテを机の上に置き女医は病室から出ていく、すると入れ違いで義勇飛行中隊のエルマ中尉が部屋の中に入ってきた。


「どうです? ツカサちゃんの様子は……っ、居たんだエイラちゃん、ニッカちゃん」


「エルマ先輩、こんにちは」

「こんにちは」


エルマが親しそうにエイラとニパに話しかけると、エイラとニパも同じように親しそうに返事を返した。
その様子を智子は意外そうな顔で見つめる。


「司は大丈夫よ、魔力不足で眠ってるだけだって。それよりエルマ、あなたってその二人と知り合いだったの?」


「はい、二人ともカウハバ基地に転属する前の後輩なんです。カウハバ基地にこの子達が来た時には私も驚いたんですよ」


司の様子を聞いて安心したエルマは緊張して硬くしていた表情を緩ませ智子に語る。


「私達もエルマ先輩の元気な姿を見て安心したよ。いつも気弱でビクビク、オドオドしてたから転属してもやっていけてるかなって心配してたんだ」


「ちょっとイッル……」


エイラのエルマに対する遠慮のない物言いに対してニパは注意を促すがエイラは特に気にした様子もない。
言われたエルマはさきほどまで明るい雰囲気とはうって変わってどんよりとしたオーラを纏い、「わ、私って後輩の子からそんな風に思われてたんだ」と意気消沈している。
智子はそんなエルマを慰めようかとも思ったがエルマが落ち込むのはいつもの事であるのを思い出し、気になっていた事を確かめる為に義勇飛行中隊の戦闘脚が整備されている格納庫に向かう事を優先した。


「エルマ、悪いけど待機室で仮眠をとってる他のメンバーに司は気絶しているだけでどこにも異常がなかったって伝えておいて。後、あなた達は司の付き添い頼むわ。私は義勇飛行中隊の格納庫に行くから、司が起きたら知らせてね」


他の義勇飛行中隊の隊員達は夜間戦闘での救援に駆り出された為に、現在、仮眠を取っている最中なのだ。智子はハルカやジュゼッピーナが司にいたずらをしないか心配したが、さすがに倒れた仲間にその様な気を起すことはなく。年相応の寝顔を浮かべ眠りについている。
その仲間達への連絡をエルマに、司の看病をエイラとニパに頼むと智子は病室を出て、格納庫へと向かった。












「ヒデェな……こりゃ。どうやったらこんな風に成っちまうんだ?」


整備兵達は驚きと呆れの混じった声を上げる。
現在の格納庫内では司の愛機であるキ60のオーバーホールが行なわれていた。
司達が帰還した後、全員の戦闘脚に通常の定期点検を行ったところ司のキ60にかなりの異常がみられ、キ60の整備点検の為に扶桑海軍から派遣された整備兵に加えて、カウハバ基地の常駐の整備兵の一部も手伝い全面点検を開始したのだ。
二機で一対となるストライカーユニットから心臓部である魔導エンジンを二基とも取り外したところ、ひどい有様だった。
パッと両方のエンジンの外見周りを見ただけでも部品の著しい劣化に亀裂、果ては溶けて変形している部分すらある。
さらに細かい分解を始めると……出るわ、出るわの損傷のオンパレード。
まだ数年ではあるがストライカーユニットの登場時から、整備を行っていた古参でもこんな酷い状態は見た事がない。
耐久性のテストの為に魔導エンジンを壊れるまで稼働し続けてもこうならないといったレベルである。


「クソっ、魔法出力リミッターが焼き切れてやがる。普通は規定値以上の魔力が流れてきたらリミッターが働いてエンジンに流れる魔力がカットされるはずだぞ。どんだけ魔力を注ぎこんだらこんなになるんだ!?」


「魔導力増幅装置も完全にイカれてます。いったいどうゆう穿き方すればこうなるやら?」


「ウイングの先端に取り付けられている夜間飛行用の衝突防止灯も両方点きません。どうやら電子系統も駄目みたいです」


次々と故障の声が上がり、交換が必要な部品の名前が山のように出てくる。


「どうする? お宅らが持ち込んだキ60はどうやら一切合財、部品を変える必要があるようだぜ。幸いにも要請していたメルス(Bf109)の部品が大量に届いた後だから部品が足りねぇなら分けてやれるが、――いっそのことDB601Aエンジンからカールスラントから届いたばかりのメルス用のDB601Eエンジンか新型試作魔導エンジンのDB605に乗せ換えちまうか? キ60はメルスと構成が似てるし設計時に拡張用の余剰が残されてるからいけると思うが……」


キ60専属である扶桑人の整備兵達にカウハバ基地の古参整備兵はそう提案した。
どうやら原因は過剰な魔法力の流入による魔導エンジンのオーバーロード(過負荷)であることから、DB601Aの改良型か、DB601の発展型で一回りサイズが大きく、必要とされる魔法力も増大している試作のDB605を載せた方がマシになるのではないかという配慮からの発言であった。


「いえ、細かい部品についてはお願いしたいのですが、エンジンに関しては予備のDB601Aがありますのでそちらに換装したいと思います」


提案について扶桑の整備兵を代表して一人が丁寧な口調で返す。


「……そういや、お宅らのキ60は試作機としてのデータ取りも必要だったな。勝手なエンジンの変更は駄目か」


「いえ、そういう訳ではありません。必要なデータは既に本国で取り終えているので……、実戦でのキ60の運用のデータ取りとは名目上でしかなく、重要なのはキ60ではなく重戦闘脚が戦場で活躍する事によって零戦を開発した海軍派閥の人間にも重戦闘脚の有用性を理解させることです。余計な重圧を掛けない様に狩谷軍曹に伏せられていますが主目的はそういう事なのでエンジンの換装は問題ではないのですが、まずは使えるものを使いきってから頼ろうと思っています」


司は教えられていなかったがキ60の司への貸与にはそういう背景が存在しており、キ60の中身が多少入れ替わろうと問題はなかったのだがまずは使える部品を使って整備するという基本に従う旨を扶桑の整備兵は返答した。


「了解した。しかし戦場でキ60が活躍するのがあんた等の目的ならそのお役目をキ60共々あの嬢ちゃんは充分に果たしてるんじゃないか? 何せまだ一カ月経つか経たないかで新米ウィッチでネウロイの撃墜数が十数機ときてる。まだ10歳越えたばかりのガキとは思えないあの落ち着き払った態度といい。将来は大物だな」


「ええ、我々も彼女の成長には目を見張るものを感じています。日に日に魔法力も増大し続けていましたが、まさかエンジンが壊れるほどの魔法力を一度に出せるなんて……、このままいくと専用機が必要かもしれませんね」


そうやって会話を続けていく整備兵達。
そこに一人の部外者が立ち入った。


「少し司の戦闘脚の様子を見にきたのだけれど……、え!! ここまで分解する必要があるってどんだけ無理したのよあの子は!?」


司の戦闘脚が分解されているさまを見て驚く智子。
そんな智子に古参の整備兵は声を掛けた。


「ちょうど良かった大尉殿。ちょうどこの戦闘脚の主である軍曹の状態を聞きたかったんだが、どうなんだ?」


「司軍曹ならベットで寝てるだけよ。ただの魔力不足らしいからすぐに良くなるわ」


「そいつは重畳。聞いたか野郎共!! カリヤ軍曹は無事だそうだ。なら俺達の仕事は眠り姫ならぬ眠りの王子が目覚めちまう前にぺローの灰かぶり姫に出てくる魔女になったつもりでさっさと目の前のガラクタを魔法の馬車に仕立てちまう事だ! さぁ、始めるぞ!! 悪いが大尉殿、軍曹の戦闘脚の魔導エンジンを両方新品に挿げ換えなきゃならねぇ、手伝ってくれるか?」


智子は眠りの王子というフレーズを聞き、司がカウハバ基地でも初陣で訓練兵のニッカ・エドワード・カタイヤネンを助けてアホネン大尉傘下の飛行中隊の隊員達から影で『王子』などと呼ばれていたのを思い出す。

(ここまで広まってたのね。私はどちらかというと王子というより姫って言葉が似合う子だと思うのだけれど)


智子がそんな事を考えていると扶桑の整備兵達が遠慮の声を上げる。


「いえ、穴吹大尉に手伝ってもらう訳には……」


「いいわよ。いざって時にあの子が飛べなきゃ困るのは隊長である私なんだから。喜んで手伝わせてもらうわ」


扶桑の巴御前に手伝いなどさせられないといった具合の扶桑の整備兵をしりめに智子は手伝いを始め、なし崩しに作業は開始された。
















「みんな、ツカサちゃんはただ魔力不足で眠っているだけだから安心していいそうですよ!」


義勇飛行中隊の面々が待機していた部屋にてエルマの声が響く。


「……そうか。なら安心した。他の寝ている面々には後で伝えればいいだろう」


「ミーも安心したね。ツカサが倒れたら、ミー達の食事は持ち回りで温めた缶詰を開けて皿に出すだけの虚しいモノに逆戻りヨ」


寝ているハルカとジュゼッピーナに代わり、ビューリングとオヘヤはそう返答した。
エルマもかなり大きな声を出して皆に伝えたのだがどうやら二人は相当深い眠りについている様だ。


「しかし……眠り姫ならぬ、眠りの王子か。誰かキスする姫が必要だな」


「まだそのあだ名を引っ張るね? ミーはどちらかというとツカサはプリンセスって感じがするけど」


「いや、そうでもないさ。確かにいつもはお淑やかにしているが、よく見るとたまに粗野な面が垣間見れる。片手を後ろにやって頭を掻いたり、大きな欠伸をしたり。そこだけ見ると男みたいな感じだ」


「それはまだ、ツカサが子供だからね」


「確かにな。だがそれに加えて不思議な事がある。ツカサ軍曹の料理を手伝った時にブリタニア料理のフィッシュ&チップスの話になったんだが料理の事で興奮していた彼女はふとこう漏らしたんだ。『本場のパブでフィッシュ&チップスにモルトビネガーと食塩をかけてビールと一緒に頂くのは格別ですよね!!』と……。不思議だろ、まるでツカサ軍曹が本場のブリタニアのパブでフィッシュ&チップスをビールと共に頂いた事があるように言ったんだ。まだ11歳で扶桑からスオムスへの出国が初めての彼女が」


「ミーも同じようなことがあったね。ツカサの料理の手伝いをしてて、いつの間にかバーベキューの話で盛り上がって、後日に智子やハルカとその話題で話したら『バーベキュー、なにそれ?』って返されたね。でもおかしいとは思わないヨ」


「どうしてだ?」


「だってツカサは洋食屋で働いて、そこの店長からいろんな国の料理の話を聞いたと思うね。ツカサぐらいの年の子供なら大人から聞いた話をさも自分が体験したかのように言いたくなるからビューリングの話も、バーベキューの話もきっと洋食屋の店長から聞いた話ね」


「そうか、そうだな……」


ビューリングはオヘヤの話を聞いて同意の言葉を述べる。
けれど未だにビューリングの中では司の事が引っ掛かっていた。
司から感じるあの違和感は――まるで外見と中身がずれている様な……。
そこまで考えて、他人の事情に対しあまりに深入りしようとしている自身にビューリングは気付く。

(他人にそれほど深入りするような人間ではないだろうエリザベス・ビューリング。私らしくもない……)

まったく此処へ来て本当に変わってしまったと、自分に呆れつつ口に片手を当て自嘲気味な笑みをオヘヤから隠した。


「どうしたねビューリング?」


「いや、少しヤニを吸いたくなってな。少し外に出てくるよ」


そういってビューリングは部屋から出ていく。
外で煙草を吹かして戻ってきた頃には司に対する違和感など綺麗さっぱり頭の中から消し去っていた。

















――エイラは気付くと闇の中に居た。

(そうだ……。結局ツカサが起きないまま夜になって。女医は自室に戻ったけど私とニパはこのまま付き添うって言ったんだっけか)


次第に暗がりに目が慣れる。どうやら椅子に座ったまま、肩に毛布をかけて寝てしまっていたらしい……。
エイラはいったん立とうとするが片手ががっちり掴まれている事に気付く。

(ツカサか……ってニパが握ってんのか)

最初はツカサに手を握られていたかとエイラは思ったが良く見てみるとニパに片手を握られており、ニパ本人は何故だが満ち足りた表情で眠りについている。

(ニパの奴、私とツカサの手を握り間違えたのか?)

とりあえずこのままでは動けないのでエイラはニパの手を、起さないようゆっくり引き剥がした。
すると幸せそうにしていたニパの表情は若干歪み今度は苦しそうな表情へと変わる。

(何か夢でも見てるのか……。まぁ、どうでもいいか)

立ち上がったエイラは司の様子を確かめる。
司は静かに寝息を立てながら、穏やかな表情で眠りについていた。
カーテンより漏れる月の光が司の顔を照らし、白い透き通るような肌と銀の髪は淡い光を受けて幻想的な雰囲気を醸し出す。
その様子を見つめていたエイラはひどく落ち着かない気分となっていった。

(なんでだろう? こうやって眺めているだけで胸がドクンドクンいってる……)

正体の分からぬ想いに駆り立てられエイラは身を乗り出し、ベットに両手をついて自分の顔を司の顔に近づけていく。
顔が赤くなり、動悸が激しくなり、息が荒くなる。
司の顔をじっと眺めているとエイラの頬は赤くなり、体が熱くなっていった。


「ツカサ、ツカサ。――ツカサ」


熱病にうなされるようにエイラは司の名前を呼び、数センチと離れていない顔をさらに近づける。
そして顔と顔とが接触する直前――

カッと司の眼が見開かれた。


「うあっ!」


驚いたエイラは夢遊病のような状態から我を取り戻し、急いで司から離れようとするが司にがっちり肩を掴まれる。


「あの、ツカサ、これはな――えっ!?」


司から逸らしていた目を司の顔に合わせエイラは驚く。
――司の眼は赤くなっていた。
充血などではない。
まるで最初からそうであったかのように月の光を受け、司の両眼は美しいルビーように赤い煌めきを放つ。

(そういや、トモコ大尉が女医の人にツカサの眼が赤くなってたって言ってたけど……)

違うのはそれだけではない。
無表情の状態で肩を掴んでいる司はどこか違うとエイラは感じていた。

(分かんない、分かんないが……今、目の前にいるのはツカサじゃ――)

エイラが自分の思考を帰結させる前に司に変化があった。
笑ったのだ。
聖母のような慈愛の笑みを浮かべて。
どこか幻想的で人間味のない笑みを浮かべた司の赤い瞳が妖しく光る。


「すまぬな。お前は少し良くない夢を見ていただけだ。だから寝ていろ――」


司のモノであって司のモノではない声を聞き、エイラの意識はそこで途切れた――。





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「ふぅ、主の回復を促す為に同調率を上げていたが、この様な弊害があるとは……」


司の体を借りている我は眠りについた主の友人の一人を見て、そう呟く。
しかし我の魅惑に当てられたとしてもそれなりの素養がなければこうはならぬのだが……。


「主の力を高める為に、パスの繋がりを強化したのは逆効果だったかもしれんな。さきの夜間戦闘では同調というより主の意識を我の意識で塗り潰していった感じであった。主の自己の境界性を保つために己の事を『私』から『我』というように変えたがそれでも足りぬらしい」


元々、前世の自己と現世の自己が融合して出来た主である。
それ故か、憑依している我と同調すると同一化がすさまじい勢いで進行し、最終的に自我の強い我の方が体を支配してしまう。
戦闘が終われば同一化は完全に解除されるが戦闘時に我が表に出過ぎるのはデメリットが多い。
元々、無尽蔵に魔力を持っていた我は魔力の扱いが下手で燃費がすこぶる悪く、自身と我の魔力を合わせ、出撃前は莫大な魔力を保有していたが我が同調した数分で大部分を消費してしまった。
理想的なのは我が持っている固有魔法や知識を駆使して、主が己が意志で魔力を扱い戦う事なのだが……。


「問題は我の事を知らない主が同調時に我のことをきちんと認識できず、無意識に自分と同一化させようとすることか」


ならば、いつぞやの様に主の意識に夢という媒体を使って介入して我の事を少しずつ認識させればいい。
主との対話を始めようとする前に、我は主共々に空腹であることに気付き、女医が何か食べるようにと机に置いた事を聞いていたのを思い出した。





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私はただ何処かを漂っているように感じていた。


「固い、固すぎる!! 我も飲み物としてのチョコレートは嗜んでおったし、主の記憶でも固形のチョコートもおいしいものと刻まれていたからいくら軍用とはいえ少しはマシなものを期待したが……。岩でも噛み砕いてる気分だぞ、これではいくら美味でも意味がない。溶かして飲もうにも高温でも溶けぬ様になっておるし。主の記憶通りにこちらの世界もいくならレベリオン陸軍のレーションにM&M'sが開発され加わるのは1,2年後か――。こちらにも回ってくる事を精々期待しよう」


私でない者の声を聞いて私の意識は次第に覚醒していった。
瞼が開いた後、周囲に広がる風景に私は唖然となった。

「なに……ここ?」


とても広く豪華な部屋の中であった。
床に敷かれたカーペット、机、天蓋付きのベット、天井のシャンデリア。どれも高級品に見える。
だというのに同時に貧乏くさいコタツにTV、レコーダーと対応する映画や特撮、アニメのメディア、ゲーム機、PC、漫画や文庫に雑誌が存在していた。
大きな部屋の中央にコタツがちょこんと置かれ、延びていたコードは延長コードを伝い壁まで伸びており美しい装飾がされている壁にはそぐわない電源プラグに繋がっていた。
高級そうな机には、やたらとミスマッチかつ見覚えのある高性能のゲーパソが配置され、TVの近くには無数のゲーム機にカセット、ディスクが散乱し、書籍類は所かまわず積み上げられている。
その手の趣味人が部屋に置いているアイテムをそのまま、お城の一室みたいな部屋に移植したらこうなるだろうといった様相だ。
その部屋の中でコタツに座り、片手でステック状のチョコレート?を食べながら携帯ゲーム機を器用に操作している少女がいるのだ。
年は同い年ぐらいか? 髪の色は私より少し白く、眼の色は私とは違い赤い。
あれ? 確かどこかで見た事がある様な気が…………。


「ようやく目覚めた。ようこそ我が領域へ。歓迎しよう。我が主よ」


我が主? 我が領域? 領域っていうのはこの残念な部屋の事をいってるのか?


「あなたは誰なの?」


「この姿では分からぬか、――ならこれでどうだ」


チョコレートとゲーム機をコタツの上に置き、立ち上がると少女は光り輝き、その姿を変えた。


「は、伯爵~~!?」


「ご名答だ。我が主」


コウモリへと姿を変えていた伯爵はその姿のままに言の葉を発し、人の姿へと戻った。


「なんで伯爵の姿が人に! そもそも何、この部屋は! もしかして私夢を見てる!?」


「少し落ち着け主よ。立ち話もなんだ、ここに座れ」


伯爵?の言葉に従い、私はコタツに足を突っ込み。対面する形で座る。
『食べかけだが、食べるか?』とやたらとフレンドリーな感じでステック型のチョコレートを勧められ、少し迷った後、私はチョコレートを頂いた。


「固い……」


溶かして使う事を前提としている業務用チョコレートでもここまでは頑強に作られてはいない。
この固さは人の頭を殴るのに使ったら凶器になるレベルだろう。


「そうか、そうか。やはり主もこのチョコは固すぎだと思うか」


コタツに対面して座っているのはゴス調の服を来たアルビノちっくな美少女の自称伯爵。
そしてお城の一室と見まがう豪華な部屋には何故かオタクアイテムが散乱している。
なんだか悪夢というか、頭の悪い夢を見ているんじゃないかと自分でも思う。
夢って自覚したら起きるものじゃなかったっけ?


「言っておくが主よ。ここは確かに夢の中であるが、主自身が創り出したまやかしという訳ではない。それに主の食べているチョコレートは、現実でも主が食しているモノなのだぞ」


確かにチョコレートの味も食感も、夢とは思えないリアルさだが現実でも食べているとはどういう……
しかし私の思考は伯爵の言葉に遮られた。


「主よ。さきの夜間戦闘では魔力を無駄使いし過ぎて申し訳なかった」


突然の謝罪に驚いた私だが、『さきの夜間戦闘』という言葉にあの戦闘で起こった事を思い出す。


「あの声って伯爵だったの!? 本当の、本当に!? ――なんで喋れるの!?」


「扶桑でも動物の形をした物の怪の類を使い魔にしている者が居るだろ。我もその類だ。主に拾われる前に酷く消耗してしまい。確固たる自分の意識を取り戻したのはごく最近だったので喋るに喋れなかったのだ」


物の怪、確かに智子大尉の使い魔の『こん平』を紹介してもらった時に人の言葉で挨拶をしてきたし、そういう類の者が居る事は聞いているけど伯爵がそうだったなんて……。


「とにかく、我の事を主に知ってもらう為に今回はここに呼んだのだ。――では目覚めるといい転生者。言い忘れたがこの部屋の場違いな物体達は主の記憶の結晶の様なモノだ。これのおかげで我も飽きがこない、感謝しているぞ」


伯爵は聞き捨てられない台詞を吐くがこちらが口を開く前に私の意識はその場から引っ張られていき現実へと戻った。


「――ちょっと今、転生者って……え」


気付けば私はベットの上に居た。
確かここはカウハバ基地の病室の筈だ。
時計を見ると時刻は早朝だった。
ベットの横にはイッルとニパが布団を被ってこちらにもたれている。
どうやら気絶した私は病室に運ばれて寝ていたらしい。
やはりただの夢だったのかと思った時、手に何かが握られている事に私は気付く。


「これって……、さっき夢の中で食べてたチョコレート」


口の中にもチョコの味が残っていた。
ということは…………。


《ところがぎっちょん!! 夢ではありません。……これが現実、……これが現実。というわけでコンゴトモヨロシク。――転生者の主殿》


やたらとふざけた口調でさきほど夢の中で聞いた声が頭に響いた。
……どうやら私の記憶は使い魔の伯爵に筒抜けになっているらしい。





















後書き

ファンブック読んでて魔導エンジンではなく、公式では魔道エンジンと呼称されてる事に気付きましたがとりあえず本SSでは魔導エンジンのままでいきたいと思います。




補足

・レーションDバー

史実ではアメリカで開発された軍用チョコレート。
主に士気高揚とカロリー補給を目的とする。高温下でも簡単に溶けないよう若干粉っぽい食感が特徴。
ひとりの戦闘員が1日に必要とする最低限のエネルギー1,800キロカロリーが補給できたが味が改善される前はその味と相まって人気がなかった。
その後に軍用チョコレートとしてM&M'sもアメリカで開発される。


・ぺローの灰かぶり姫

グロ夢もといグリム童話の方ではないシンデレラの事。日本などで絵本にされているシンデレラの物語はぺローが改変したモノが元となっている。


・ホ103 機関砲

前話で記載し忘れたのでここで記述。
史実では日本が開発したアメリカのブローニングM2重機関銃の劣化コピー品。
全長126.7cm 重量23.0kg 砲口初速780 m/s 発射速度 800 発/分 ベルト給弾式で装填弾数は250~350発。



[25145] 第十話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/19 09:17
Der Freischütz 第十話 「忘れないで」




私、エイラ・イルマタル・ユーティライネンは最近調子がおかしい。
自分でこんな事を言うのはおかしいとは分かっているんだが、調子が良くない具体的な理由が分からない私にはこう表現するしかなかった。
ただ私に分かるのは、――ツカサを見ている時に私の調子は悪くなることだけなんだ。

そんな私は現在、ツカサに付き添って射撃訓練所に来ている。
……整備兵も加えてだが。


「軍曹、頼まれてたサイドアームの具合はどうだ?」


「こいつの形式は?」


「モデル・シュネルフォイヤー、リベリオンの代理店が付けたモデルM712って名前や1932年に製造されてたからM1932でも呼ばれてる。悪名高かったライエンフォイヤーの改良型だ。安心しな、欠陥は完全に改められてる」


「作動方式は?」


「ショートリコイル・フロップアップ方式。当然フルオート、セミオート切り替え可能。切り替えの面倒は……まぁ、ウィッチなら普通とは逆にフルオート一択か」


「使用弾薬は?」


「7.63mm×25マウザー弾。弾倉はこのタイプだと10発か20発の着脱式マガジンが一般的だが、見ての通りウイッチ用の特別製30発着脱式マガジンもある。その代わりにそれを使うと元々手ぶれが酷くて低いフルオートの命中率が重量増加でさらに悪化するが……、ウィッチには関係ねぇか。普通の兵士がフルオート射撃するにはストックが必須だってのに」


「パーフェクトです!! 9mmルガー弾タイプも捨てがたいですけど牽制用のサイドアームズとしてこれほど携帯性と速射による火力の優れた銃はありません。さすがモーゼルC96!」


弾倉を装着し、撃鉄と安全装置を降ろしたツカサは拳銃を構えながら整備兵と仲良く談笑している。
なんでだろう?
その様子を見ていると酷く胸がざわついて胸が痛くなってくる、


「嬢ちゃん、じゃねぇ軍曹、どこで覚えてきたか知らないがその呼び方は間違ってるぞ。まず呼び名はモーゼルじゃなくてマウザーだ。それにC96ってのは民間販売用の形式で軍用ではM96だから呼ぶならマウザーM96だな」


「あっ!! すいません。つい間違えてしまって……」


困った様な笑みを整備兵に向けて浮かべるツカサ。
その笑みを向ける先が私でない事が何故か私を苛立たせる。
いつから私はこんな風になってしまったんだっけ?
確か数週間前、ツカサが倒れた時に何か夢を見てそれから私はおかしくなったと思うのだが。


「……まぁ、いいが。俺としてはカンプピストルも軍曹と相性がいいと思うが……それはM24型柄付手榴弾を二、三発も持てば補えるか。せっかく戦闘脚も載せ換えたDA601Aエンジンをカリカリまでチューンしたんだ。出力も上がってる、もう少し積載量も増やしても大丈夫だろうよ。――しかし、カリヤ軍曹はホントにカールスラントの兵装と相性がいいというか縁があるというか……」


「4分の1はカールスラントの血が入っているので、そのおかげかも知れません。それにストックを使わない場合でもこう撃てば結構当たりますよ」


するとツカサはモーゼルとかいう拳銃を今までの構えから横に寝かせ、連射して撃ち始めた。


「反動を殺さずに利用して横方向に弾をばら撒く……。水平撃ちか、確かにそれなら命中率を上げれるな。誰かに聞いたのか? それにマウザーの扱いも手慣れてるな」


「バゾク――いえ、カールスラントのバイク乗りの兵士がこういう撃ち方をすると聞いたもので。マウザーの扱いに関しては扶桑でもライセンス生産されたものが一部採用されていますからそれを扱った事があるんです」


「なるほど、そういう事か」


最初にバゾク?という言葉をツカサは呟いたが小さい声だった為、どうやら整備兵の男に届かなかったらしい。
バイクを言い間違えたのか?
それはどうでもいいけど、会話の輪に加わろうとしてもなかなか話題についていくことができずにうまく割り込めない。
そうしてツカサと整備兵の会話を指を咥えて眺めていると私の視線に気付いたツカサは声をかけてくれた。


「エイラもせっかく付いて来たんだがら撃ってみたいよね。いいですか?」


「射撃許可申請は通してあるし、嬢ちゃん達が撃ちたいなら俺は構わねぇさ」


「じゃあ、こっちに来てエイラ」


私は誘いを受けてツカサの傍に寄った。
ツカサは私に銃を持たせると、私の背中に寄り添い、覆いかぶさる様にして拳銃を持った私の手に自分の手を重ねてくる。


「エイラはこのマウザーM96の事、どこまで知ってる?」


体はぴったりと密着しているわけじゃないけど、ツカサの吐息は確かに私の耳を撫でた。
顔を赤くしながら、ツカサの声が耳に響くたびに何故だか私は幸せな気分になる。


「いや、全然分かんない」


「じゃ、まずこのマウザーM96は自動拳銃だけど、グリップ部が弾倉を兼ねているわけじゃなくトリガーの前にマガジンハウジングが来てるの。だからグリップの形が他の自動拳銃と違って四角くなく丸みを帯びてる。この独特の形から『箒の柄(ブルームハンドル)』って呼ばれてるんだ。このグリップは小柄な体格の人でも握りやすく、ウィッチにも扱いやすいって人気なんだよ。逆に体の大きい人だとグリップが小さくて銃を撃つ時の手振れが大きくなるけど……。操作方法は――撃鉄(ハンマー)はこっちでその横についてるのが安全装置(セイフティ)。セレクターは真ん中のボタンを押しながらのフルオートとセミオートの切り替えが面倒で……。あとマガジンを詰めたら、後ろのボルトを引けば…………」


ツカサの言ってることの意味は右から左に突き抜けていったが、その声の響きは私の頭の中に心地よく染みわたっていった。






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私こと、狩谷司は上機嫌で基地を移動していた。
腰に下げた新品革製のホルスターにはマウザーM96が収まっている。
数週間前の夜間戦闘を機に、武器が対装甲ライフルだけでは拙いのでないかと考えるようになった私は、他の先輩ウィッチや交流のある整備兵の人達と相談し、補助兵装を持つことになった。
私がお釈迦にしてしまった魔導エンジンも新調と同時にチューンしたらしく出力が上がっており、積載量を上げる事はできるが携帯性の利便を考え、他のウィッチと同じく拳銃を要請したがまさかモーゼルC96、いやマウザーM96が自分に貸与されるとは思ってもみなかった。
マシンピストルの元祖ともいえるこの銃(ルガーのフルオートもだが)は前世の知識では第二次世界大戦時、ドイツで短機関銃の代わりとしても使用されており、短所であるフルオート射撃での振動による命中率の低下はウィッチの魔法力でカバーできるので相性もいい。
まだ11歳の自分がこんな拳銃を持っていることにも複雑な感情を抱きつつも、おもちゃを貰いたての子供のように喜びを隠せない。
それが今の私の心境であった。


《主が貸与されたのがモーゼルC96とはな……。これはもう一丁片手にモーゼルを持って、全く無駄のない無駄なポーズで『俺は魔術師……』と言ったり、モーゼルC96に加えてルガーP08を持てば『泣き叫べ――今夜ここに、神はいない』とかできる――》


(やらないから。そんなスタイリッシュ電波お兄さんやキチ○イ電波の真似、絶対しないから――、それとこいつはマウザーM96だから)


突如として頭に響いてきた声に私はそう返答した。


《同じであろう、主の記憶ではモーゼルC96が一般的な呼称なのだからな。……しかしやってくれないのは残念だ》


私の返答に対し、私の使い魔である“伯爵”はさらに言葉を返してくる。
伯爵、私が使い魔にしたコウモリはただのコウモリではなかった。

『ざっくばらんに言えば――我は化物だ。だが安心しろ、取って食うようなつもりはない。主には恩もあるし、何より気に入っている。《オレサマ オマエ マルカジリ》的な化物ではなく、《――力が欲しいか? 力が欲しいなら……くれてやる!!》系な化物だと思ってくれればいい。――っ! 物理反射が鬱陶しいな』

再度、伯爵のあの部屋(本人いわくベルベットルームもどき)を訪れた時に、伯爵は見覚えのある携帯ゲーム機に熱中しながら、私に語った――自分は化物であると。
しかしゲームに熱中しながら片手間に語られてもまるで説得力はない。
自分が転生者などという出鱈目な者ではなければ、妄想乙、厨二乙、邪気眼乙の三段活用でバッサリ切っていただろう。
いや、そもそも前世の記憶がなければそんな表現を取る事ができず、自分の正気を疑ったかもしれない。
……もしかしたら素直に信じ込んでしまったかもしれないが。
ともかく、私は知らず知らずの内にその伯爵の恩恵にあずかっていたらしい。
ここ最近の調子の良さは伯爵が蓄えていた魔力の量の増加によるものであった。
他にも様々な恩恵を受けているが、当然様々なデメリットも存在している。
一等厄介なのは他人の血を見ると吸いたくなるという吸血鬼じみた性質だ。
これは伯爵とのつながりの強化と伯爵自身の魔力の増大が原因らしく、伯爵が憑依中の同調を深くしなければ発生しないらしい。
私は無自覚な状態で既に穴拭大尉の血を吸っていると伯爵に聞かされた。
どんな状況でどう吸ったのかも……。
それを聞かされて以来、私はまともに穴拭大尉の顔が見れていない。


「あ、司じゃない。ちょうど良かった」


「――ひゃう! あ、あ、穴拭大尉!!」


後ろから突然張本人に話しかけられて、私は思わず硬直してしまう。


「――? あなた最近調子悪いの、顔も赤いし」


「しょんなこと――、いえ、そんな事ないです。失礼噛みました」


何だよ『しょんなこと』って! どこの萌キャラだ、私は!!
私は何とか取り繕うと、穴拭大尉に何とか顔を合わせる。


「とにかく、ついて来なさい。ハッキネン中佐の招集で、義勇中隊のメンバーは集合だそうよ」


穴拭大尉の言葉にブンブンと首を勢いよく振って頷くと私は大尉の後に続いた。













「――ガリアの防衛線が瓦解しました。緊急の撤退作戦が発令され、ブリタニア、ヒスパニア、ロマーニャ等へ避難を開始しています。ですが撤退準備が整っていなかった為、大いに混乱しているそうですが」


淡々とした口調でハッキネン中佐から伝えられる言葉の羅列に私は唖然とする。
北部の国境線に敷かれた防衛線の崩壊、そこから流入したネウロイの群れ、そしてガリア北部の首都、パリの陥落。
あまりにも突然の陥落の報せを受け、声も出ない。


「それとは別に、カールスラントのビフレスト撤退作戦に関してですがカールスラント国民の避難はほぼ完了に近いと報告を受けました。しかし、その代償として十万のカールラント陸軍が、ゼーロウ高原近くに残っているのが現状で、カールスラント皇帝フリードリヒ4世からは『一兵たりとも見捨てるな』との勅命が出ています。貴女達にも上より指令が届きました。『スオムス義勇独立飛行中隊はリバウを経由し、ゼーロウ高地でのカールスラント陸軍の撤退支援作戦に参加せよ』との事です。詳細に関しては――」


それを聞いた私は今度こそ、グウの音もでない。
ゼーロウ高原近く、ベルリンには新たなネウロイの巣が存在が確認されている。つまりは……


「最前線の激戦区――」


《激戦区での支援作戦、――地獄の釜が煮え立つ音が聞こえそうだな、我が主よ》


伯爵の言葉に私は喉を鳴らし、唾を呑みこんだ。





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「現時刻を持って、エイラ・イルマタル・ユーティライネンと、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンの両名を軍曹に任命し、スオムス空軍第24戦闘機隊への所属を命じます。また基地の移動についてはスオムス義勇独立飛行中隊と同じく……」


「ちょっと待ってくれ!! まだ私達のカウハバ基地への派遣期間は!!」


「――状況が変わったのです。ガリアが陥落一歩手前、オラーシャの戦線も南部が徐々に圧されています。もはや猶予はありません」


ツカサ達が呼び出された後に、入れ替わる形で私とニパの二人が部屋に入ると、私達が基地に着任した時と同じく、冷たくはっきりした口調でハッキネン中佐は宣言した。
驚く私達に、ハッキネン少佐は説明を続ける。
唐突すぎる命令だと私もニパも思った。



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「いつかはカウハバ基地から離れるって分かってたけど、こうも早くなるなんて。せっかくツカサと友達になったのに、離れ離れか……。寂しいね、イッル」


自室に戻る途中、ニパの口から出たツカサという単語に私は思わず反応する。


「ツカサと別れる……」


そう思うと、胸が少し痛くなる。
チクチクする様なこの胸の痛みのワケは、私には分からなかったが、ただツカサとあって話をしなければ解決しないことだけは私にも分かっていた。





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「何を書いたらいいんだ? 母さんに、ばっちゃに、、りっちゃん、門屋店長……」


私は自室で机に向かい、手紙を書いていた。
けれど、どうにも筆が乗らない。
本当にこういう時、何を書けばいいのだろう?


《別に遺書など書かんでも良いだろ、我が主。後、口調が少し荒くなっているぞ》


「遺書なんて書いてるつもりはないけど、でも何かあるか分からないから書いておかなきゃ……」


少し前に言われた穴拭大尉の言葉を思い出す。


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「まだ11歳で前線に出て2カ月だし、あなたが嫌だというなら私が掛け合ってあげるけど。どうする?」

私の激戦区での戦闘への不安を見抜くように穴拭大尉は私に告げた。

「他のみなさんは?」

「全員参加するわ。ウチの隊で一番怖がりのエルマもあなたみたいに支援作戦への参加を怖がってる。でも言ってたわ――『取り残されたカールスラントの兵士の皆さんは軍の誰かが自分達を助けに来てくれると信じで、避難民の人達を助けて、その場に残ってる筈ですから。今度は私達がその人達を助けてあげないと』って、だから参加するそうよ。ハルカも『智子大尉の行くところなら、例え火の中、水の中、智子大尉の胸の中』とか言ってたけど……これは参考にならないわね」


いつもなら自分と迫水少尉の事を茶化したりは絶対にしない穴拭大尉がそう言ったのは、私を気遣ってくれたからだろう。


「私は貴女の飛行や戦闘を見てきたけど……正直凄いと思ってる。たった二カ月で戦闘脚の扱いもすごく上手くなっているし、今のあなたなら支援作戦に参加しても絶対に足手まといにはならない。この私、穴拭智子が保証するわ」


『だから参加しなさい』とは穴拭大尉は言わなかった。
ただ自信を持ちなさいと私に言っただけであった。


「……一つ聞いていいですか」


「なに?」


「穴拭大尉は怖くないんですか? 支援作戦での戦場はネウロイの巣の眼と鼻の先、多分見た事がないくらいの数のネウロイが現れると思います。――私は怖いです。そんな数のネウロイを相手にすると思うと……すごく怖い」


それは私の偽らざる気持ちであった。
一度死んでいるかといって死ぬのが怖くないわけではないのだ。
だから尋ねたのだろう、ウィッチとして先輩である穴拭大尉に、どうして戦えるのかと?


「怖いかと聞かれたら正直、怖いとは思ってないわ。むしろ嬉しいとさえ思ってるの。私が戦闘脚を穿き始めて、みんなに褒められて、一番を目指して、周りに競争相手が出てきて。その子達と競い合っていたらいつの間にか『扶桑海の巴御前』なんて言われるまでのウィッチになってた。……そして今でも一番を目指している。激しい戦いが繰り広げられる場所でこそ、私の力が優れていると証明できるから、それが私は嬉しいの。誰もよりも優れたウィッチになるのが私の夢だから」


そう語る穴拭大尉には一切の迷いがなかった。
穴拭大尉と違い、私の夢はまだ遥か彼方にある。
少なくともあがりを迎えて退役するまでは叶えるつもりはない、料理人として店を持つ夢。
同じ様に、誰しも夢を抱えて生きている。きっとカールスラントに取り残された兵士達も……。
――そうだ、私はそういうものが守りたくてウィッチになったんだ。
ならば……、答えは決まっている。


「……私も撤退支援作戦に参加します。私は人の命や夢を守りたくてウィッチになりました。穴拭大尉と違って抽象的な理由ですけど、――守りたいから、私は飛びます!!」


「分かった……。貴女の覚悟、しかとこの耳に聞いたわ。安心して、私達は一人一人なら確かに心許ないかもしれない。けど私達は義勇独立飛行中隊、ウィッチではなくウィッチーズなんだから」


穴拭大尉は優しい笑みを浮かべ私に手を差し出す。


「頑張りましょう。――大丈夫、危なくなったら私達が貴女を助けてあげるから。だから貴女もみんなを守りなさい、司」


私は差し出された手をギュッと握り、穴拭大尉に頷いた。



…………………………………………………………………………………………………



「覚悟は決まったけど、何を書いていいかは全然思いつかない……伯爵はどう思う?」


《化物の事など参考にならぬと言っておこう。少し煮詰まっているな。風に当たってくるといい、主》


確かに……と、私は椅子から立って背伸びをする。
伯爵の言う通りか……、まだ点呼時間でもないし。
私は掛けておいたコートを羽織ると、部屋から出て、基地の中を散歩することにした。


時刻は夜だが、スオムスが極に近い為、まだ明るい。
夜風に当たるというよりは、気を紛らわすために鈍った体を動かしているといった感じだ。
しばらく私が基地の周りを歩いていると、建物の壁にもたれ座っている人物を発見した。
その人は、PzB39の修理とアドバイス以来、いつも私の相談に乗ってくれる整備兵だった。
良く見ると片手には空の酒瓶がある。
どうやら酔っぱらってダウンしているようだ。


「大丈夫ですか? このままここで寝ていると風邪ひきますよ」


少し腰を屈ませ、近くで声を掛ける。


「あっ、嬢ちゃんじゃねぇか。いや~、久しぶりに浴びるほど飲んじまったら、このザマでな。外の風に当たっていた所だ」


掛かった息は予想通りに酒臭く、口調も若干呂律が回っていない様子だ。


「部屋まで送ります。(お願い、伯爵)」


《了解した、――さぁ始めるザマスよ》


伯爵は若干の茶々を入れつつも憑依した状態から顕現する。
もう怪物というよりも怪物くんといった感じだ……ネタ的に考えて。
耳と尻尾を出した私は肩を貸して、立ち上がる様に促した。
整備兵がしぶしぶといった様子で立ち上がろうとした時、整備兵のコートの内ポケットから、何かがヒラリと落ちた。


「え、写真――」


地面に落ちたソレを拾い上げ、見るとモノクロの写真には二人の男が複葉戦闘機をバックに写っていた。
一人は目の前の整備兵だ、もう一人はパイロット服を着ているからおそらくこの戦闘機のパイロットか?
それにしても、肩を組み、笑顔を浮かべてとても仲良さそうに写っているな。


「この写真――」


そこまで言って私は言葉を止めた。


整備兵が私の持っている写真に向けていた表情は、さきほどまでの気のいい酔っぱらいのモノではなく、酷く痛々しい、何か傷を抉られたような苦渋に満ちた顔だったのだ。


「す、すいません! これ、見ちゃいけないものでしたか!?」


慌てて謝ろうとすると、整備兵は私の手からゆっくりした動作で写真を取り戻すと、肩を持っている私に「悪い、座るから離れてくれ」と言う。
私が肩を離すと、整備兵は再び壁に持たれて、自身の手に持った写真に目をやる。


「軍そ……いや、嬢ちゃん。これは唯の酔っ払いの戯言だが聞いてくれるか?」


「はい……」


何かあったのかは分からないが、私は聞かなければならないと、強く感じた。
いや、自分自身が聞きたかったのかもしれない。


「――昔々、いやたった一年と少し前の事か。俺は元々オストマルク出身でな、オストマルク空軍で軍用複葉機の整備をやっていて。そして――アイツもそこに居た」


整備兵が言っているのは恐らく一緒に写っていたパイロットの事だろう。


「ガキの頃から腐れ縁で俺達は両方とも空に、飛行機に憧れを抱いていた。俺の夢が飛行機の整備でアイツの夢は飛行機のパイロットで、お互い夢に向かって走り続けて、夢を見事に叶えた。アイツの乗った戦闘機を俺が整備する。……本当に夢みたいな事だったよ。そして本当に夢みたいに終わっちまったんだ」


立っている私には、座って顔を傾けている男の表情は分からなかったが、つらい表情をしているぐらいは容易に想像できた。


「あの日突然。奴等が……、ネウロイが現れて。全てを奪っていった。俺の故郷も、俺の家族も、そしてアイツも! 何もできなかったんだ、俺は! その癖、自分だけ生き残っちまって。辛くて苦しくて、忘れたかった。でも忘れられねぇんだ。アイツの笑顔を、夢を忘れるなんて俺にはできなかった。……笑えるだろ、いい大人がこんなに情けなくて――」


「笑えなんてしやしません!!」


私は思い切り声を張り上げる。

《周りに音が拡散しない様に遮断した。安心しろ、聞こえているのはその男のみだ》

どうやら伯爵が配慮してくれたらしい。
ありがとう、と伯爵に伝えつつ私は言葉を続けた。


「誰も、あなたの事を笑うなんて事はできませんし! 誰もあなたを笑う権利なんてありません!! それに忘れるより、忘れないことの方がずっと強いんです。辛いから、苦しいからって全部なかった事にしてしまうのは、とても悲しい事だから……。だから忘れないでください。その人が生きていた事を、それがその人の生きた証になるから」


とにかく浮かび上がった感情を何とか言葉に変換する。
言わなければならないと強く感じたから。


「嬢ちゃん――」


顔を合わせ見つめ合う。
そうして初めて、自分が凄まじく臭い台詞を吐いたことに気がついた。
滅茶苦茶恥ずかしい、穴があったら入りたい。


「すいません、ガキの癖に調子に乗って。人の気持ちも考えないで」


「いや、そんな事はねぇさ。そうか、俺はなかった事にしたくなかったから、忘れられなかったんだな……。ありがとう嬢ちゃん」


整備兵は写真をしまうと一人で立ち上がった。


「すっかり酔いも醒めた。おかげで一人で帰れる」


そういうと整備兵を私に背を向けて、私から離れていき一旦立ち止まり……。


「嬢ちゃん嬢ちゃん、言ってすいませんでした軍曹殿。侮辱罪は勘弁してくださいよ」


それだけ言って、その場を後にした。
良かった、どうやら調子は戻ったようだな。


《中々に臭い台詞を吐いたな。『恥かしい台詞禁止』と言いたくなるくらいに》


「じゃ、私は『ネタな台詞禁止』と言っておく。それに今の私はまだ子供で14歳も越えてないから許容範囲」


《屁理屈だな、転生者》


「そうだね、怪物くん。でも外に出ろってアドバイスのおかげで何を書いたらいいかは思いついた。『――忘れないで』。それだけ書ければ、後は前に手紙を出した時と一緒でいい」


《我は怪物だから、良く分からぬが、簡潔なのは良い事だろう》


私は伯爵に「そうだね」と言葉を返すと、手紙を書く為に自室に戻っていった。






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「ツカサ、あの私………」


私はツカサと別れる前に、二人で話がしたくてツカサを呼び出した。
本当ならニパと一緒の方が良かったのかも知れないけど、私は何故かそうするのが嫌だった。
何を言えばいいのか、自分でも分からない。
でも、何か言わなきゃ――。
立ちつくしている私の不安を見抜くように、ツカサは私に微笑んだ。
そしてごく自然な形でツカサは私を抱きしめる。


「大丈夫だよ、イッル」


「ちょ、ツカサ!!」


「離れ離れになっても私、イッルの事を忘れないから。だから忘れないで、私のこと」


「ツ、ツカサ?」


ツカサに抱きつかれたことに驚いて、すぐには分からなかったけど、ツカサの声が若干震えていた事に気付いた。
しかし気遣う間もなく、ツカサは私から離れるといつもの調子に戻っていた。


「きっとまた会えるよ。どれだけ離れても、海と大地は空で繋がっているから、私達がその空をネウロイから守る限り、また会える。――だから約束しよう。また会おうって」


差し出された手を掴む。
すると不思議な事に、今まで抱いていた胸のモヤが消えていった。

『また会おう』

その言葉が私の胸を満たしていく。


「ところでイッル、私に何が言いたかったの?」


「それは……うん、私もツカサと同じだ。私もツカサに同じ事が言いたかった」


「だからまた会おう」と私は返事をする。
また会う頃には、この気持ちの正体が分かっているかもしれないし、全く別の気持ちを抱いているかもしれない。
でもどうなろうと、またこの空の下のどこかで、会おうというこの約束だけは、必ず果たそうと私は誓った。


「約束だかんな」


「うん、約束だよ。イッル」


























後書き

今回はパンツという訳ではないが、自分でも書いてて恥ずかしかった。
ダラダラ書いても仕方ないので話を進めていき、次はリバウの話となります。
穴拭智子と坂本美緒の二人には面識があるという設定をどこかで聞いたのですが、どこで面識があるか知ってる人がいたら教えてください。次の話に関わってくるのでお願いします……ORZ





補足

・モーゼルC96

史実ではドイツで開発された拳銃で20世紀前半で最も知られた自動拳銃。
ネジを使わない独特の構造で、生産に手間がかかる為、値段も高く、第二次世界のドイツでは徐々に二級線兵器となる。
中国でもコピー品が生産されており、当時の中国軍人や馬賊が使っており、司がSS中でやっていた水平射撃は「水平なぎ撃ち」や「馬賊撃ち」と呼ばれ、これには当時の日本軍も苦しめられた。



[25145] 第十一話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/05/14 19:50
Der Freischütz 第十一話 「大空のサムライ」




私は甲板から海を見つめながら、現状について考え始めていた。


 私達、義勇独立飛行中隊の面々は軍船に乗り、スオムスからオラーシャの端、カールスラントの北西国境近くに存在するリバウの軍港を目指していた。
この船に乗る際、カールスラントから避難してきた人々の避難は完了した。これにより南部からロマーニャへの避難に続き、バルトランド、スオムス、オラーシャへの北部および西部のカールスラント人の避難は完了したことになる。
問題は東部からガリアへと避難した人々だ。


防衛線の崩壊により、東部からのカールスラント避難民はさらに東のブリタニアを目指し、避難を行っている。
ガリアの緊急撤退作戦は大きく三つに分かれ、カールスラント東部よりガリヤへの撤退作戦から継続してブリタニアへの撤退作戦となったオペレーション『ダイナモ』、ヒスパニアへの撤退作戦であるオペレーション『ロンスヴォー』、カールスラント人のヴェネツィア及びロマーニャへの避難に続き、ガリアの避難民支援として続行されているオペレーション『ハンニバル』とそれぞれ呼称されている。
ちなみにカールスラント避難民の北西部(バルトランド、スオムス、オラーシャ)への撤退作戦はオペレーション『チェンベルス』だ。


現在の統合軍総司令部の指令により、ヒスパニア軍とヴェネツィア、ロマーニャ連合軍は撤退支援作戦と同時にガリア南部に防衛線を敷き、ヒスパニア、ヴェネツィアおよびロマーニャにネウロイが流入しない様に作戦を展開している。
扶桑国軍の多くは現在欧州ではなく、オラーシャの防衛線でオラーシャ陸軍や海軍と共同で作戦を行っているがどうやら徐々に圧され始め、ヴァイクセル川とカルパティア山脈に敷いた防衛網も厳しい状況になっているらしい……。
いま向かっているリバウもその防衛線が崩れれば危うい状況になるだろう。


もしこれでストライカーユニットとそれを扱うウィッチがいなかったらと思うと……ぞっとする。
でなければ、人類はマブラヴオルタ並に詰みな状況になっていた筈だ。
人類がネウロイに抗えるのも、私がネウロイと戦えるも、全てストライカーユニットを開発した宮藤博士のおかげなのだ。
変態紳士とか言っていた自分が恥ずかしい……。
今でもスク水着て飛ぶのは恥ずかしいが、……パンツ丸出しよりはマシである。
扶桑海軍のウィッチで良かった……。


一通り考えを纏めた後に、甲板から景色に意識を戻すと、向こう側に陸地、いや港が見え始めていた。


「あれがリバウ軍港……、扶桑皇国海軍遣欧艦隊の本拠地」


私のその呟きは、搭乗している船の汽笛により掻き消された。

















船が停泊すると、私達は穴拭大尉を先頭にして船から降りた。
私達はリバウで一日、待機した後、カールスラント航空母艦に乗り換え、バルト海のカールスラントの対岸付近まで移動した所で母艦から飛び立ち、ゼーロウ高地で展開されている支援作戦に参加するスケジュールになっている。
スオムスからリバウまで乗ってきた船は補給を終えた後に、リバウに避難してきた人々を乗せてスオムスに戻る予定だ。
停泊した船を眺めると、様々な国の船が確認できる。


別に私自身は前世を含め、軍艦の知識については明るくないが、船に付けられた旗や船自体に塗装されたマークで判別するぐらいは簡単な事だった。
目に付いたものだけでも、扶桑、ブリタニア、カールスラントと多様な船の停泊していることからいろんな人種の人間が集まっているのだろう。
私達、義勇独立飛行中隊もそうではあるが。
車に乗り、扶桑の下士官の案内で、基地の方に向かうと――そこには三人の扶桑海軍のウィッチが居た。


「お久しぶりです、穴拭大尉。リバウまでは詳しい情報は回って来ていませんが、扶桑海の時と変わらず、スオムスでも活躍していると聞いています」


三人の内、片目に眼帯を付けたウィッチが穴拭大尉に声を掛ける。
髪はポニーで纏められており、背中の扶桑刀(日本刀)が扶桑のウィッチであることを、より明確に特徴づけている。


「そっちこそ活躍は聞いているわよ。リバウの三羽烏の一人、坂本美緒(さかもと みお)少尉。初めて会った時、戦闘脚を穿いてたった十時間のあなたが燕返し(陸軍での“捻り込み”の別称)を使ったのには本当に驚いたわ。三人一緒に居ることをみると他の二人もそうなのかしら?」


穴拭大尉の言葉に坂本曹長と呼ばれているウィッチは頷き、仲間の二人に自己紹介を促した。


「竹井醇子(たけい じゅんこ)少尉です。噂に聞く、スオムス義勇独立飛行中隊の面々や、それを率いる穴拭智子大尉に会うことができて本当に光栄です」


迫水少尉や坂本少尉と同じくセーラーではなく白い扶桑海軍の士官服を着たウィッチであった。
物腰はどこか優雅で、頼りになりそうな印象を受ける。
左右から伸びた髪は肩に掛かっており、坂本曹長ともう一人のセーラー服のウィッチを含めた三人の中では大人びた女性らしい雰囲気を一番漂わせていた。
三羽烏の中にはリバウの貴婦人と呼ばれているウィッチが居ると聞いていたが、おそらくこの人のことだと私は確信した。
噂に聞く、などと言うフレーズを耳にした時には一瞬、いらん子中隊の件を皮肉られたのかと思ったが、本人が浮かべている柔和な表情から考えて単にご活躍は耳にしていますといったニュアンスで言ったのだろう。


しかし、リバウの三羽烏と呼ばれ活躍は私も聞いているのだが、階級が高くて少尉とは……。
だが、扶桑のウィッチの昇進はあまり早くないし、むしろ遅い。
そう考えると迫水少尉の昇進の異様さが目立つ。
現在の扶桑海軍ウィッチの階級は一等飛曹もしくは軍曹から始まるのだが、迫水少尉はそこから飛曹長(曹長とも呼ぶ)を飛ばして少尉になっているので実は二階級特進なのだ。
士官教育を受けていない迫水少尉が士官まで上がれることに、着任したての頃は違和感を感じたが、どうやらなにかカラクリがあるらしい。
緘口令が敷かれているのか、詳しいことは分からないけれど、カウハバ基地で確認された『人型ネウロイ』との接触および戦闘が迫水少尉の昇進に関連していることは確かだ。
何か迫水少尉に口止めしなければならないことがあって、口止めの代わりに昇進したと私は予想しているのだが……。
義勇独立飛行中隊の他の面々と竹井少尉との会話から次のウィッチの自己紹介に移り、私は考えを中断した。


「あたしは西沢義子(にしざわ よしこ)。階級は飛曹長。よろしく!」


ショートの髪に、私と同じタイプのセーラー服を着た少女であった。
明るいというか、どこか野性児じみた活発な印象を私は受ける。


「西沢、もっと言うことは……まぁ、階級を言っただけマシか」


坂本少尉や竹井少尉はやや呆れた様子であるが、それが西沢曹長のいつもの調子らしい。


「私の紹介がまだだったな。私は坂本美緒だ。階級は竹井と同じ少尉。スオムス義勇独立飛行中隊の活躍は聞いている。よろしく頼む」


何というか、サバサバとした体育会系タイプの印象を坂本少尉に私は持った。
まるで背負った刀といい、本当に侍みたい。
そこまで考えて、私の思考は刺激を受けた。

(リバウ、ラバウル、西沢、西澤、竹井、笹井、坂本、侍……坂井!)

連想の羅列が、私の中で荒唐無稽な仮説として結び付く。
微妙に名字は変わっているが、この一致は!! 眼帯をしていて片目だし……まさか。
前世の第二次世界大戦のエースがこの世界では微妙に名前を変えてウィッチになっていることには前から気付いていたが……こんなことがあるのか。


「大空のサムライ……」


思わず考えていたことが口に出てしまう。
はっ、と口に手を当てるが、既に時遅く、その場に居た他のメンバーの視線が坂本少尉から口を開いた私に移った。
坂本少尉は私をしばらく真顔で見つめた後、唐突にわっはっはと笑い始めて……。


「仲間だけではなく他の国のウィッチからもサムライサカモトなどと呼ばれていたが、大空の侍か……。いい渾名だ。次から自分でそう名乗るのもいいかもしれん」


独特の豪胆な笑い声を上げてそう語る坂本少尉を見た私は半ば出鱈目な考えを抱いていた。
もしかしたら、この人こそがこの世界での坂井三郎なのかもしれないと……。














「で、ゼーロウ高地の状況はどうなっているの?」


義勇中隊全員が自己紹介を終えた後、話題はすぐに撤退支援作戦の状況についてになった。
作戦自体は既に開始しており、何度かネウロイとの戦闘が起こっているようだが、私達にはまだ詳細は届いていなかった。
穴拭大尉の一言で坂本少尉と、竹井少尉の顔が引き締まる。


「状況は……お世辞にも良いとはいえません。カールスラント軍を主力として、撤退支援の為に援軍を送っていますが、敵の数が膨大で苦戦を強いられているのが現状で。作戦が成功しても……かなり犠牲はついてまわると思います」


「我々、扶桑海軍航空隊は既に、ここリバウから直線、バルト海経由での撤退を目指し、船の待つ北の海岸線へと向かうカールスラント陸軍を反復支援しているが、じゅん……竹井少尉の言う通り、敵の数が多すぎる。倒しても倒してもキリがないからな、迂闊に敵の中に切り込み過ぎないよう気を付けてくれ」


「ちょっと待ってください! ここから直接、現地に向かってるんですか!? 片道だけでも500kmはありますよね」


驚いた様子で口を開いたのは、義勇中隊のエルマ中尉だった。
通常の戦闘脚では増槽を付けてもそれほど飛べないからだ。
しかし扶桑海軍のウィッチの標準装備である零式艦上戦闘脚は違う。
零式艦上戦闘脚が絶賛される理由の一つに、他の追随を許さない航続距離がある。
エルマ中尉が驚いたのはそこだろう。
義勇飛行中隊では試作である十二試艦上戦闘脚を迫水少尉が穿いているが、他のメンバーの戦闘脚が重戦闘脚でそれに合わせている為、気付かれていなかった。
例えば、私のキ60は和製Bf109といった具合の模範的な重戦闘脚だが、片道200kmで往復の事を考えて戦闘すると約15分の戦闘がやっとである。
しかし、零式艦上戦闘脚の場合は……。


「扶桑海軍のウィッチが使用する零式艦上戦闘脚は、増槽を付ければ片道1200kmの往復でも30分の全力戦闘が可能だと聞いている。それくらいは朝飯前なのだろう」


答えたのは意外なことに、ビューリング少尉だった。


「そうだったんですか……、知らなかった」


「詳しいですね、確か……」


「エリザベス・F・ビューリング少尉だ、サカモトミオ少尉。スオムスじゃ、様々な国のストライカーが混在しているし、自分の戦闘脚の整備をしている時、手伝ってくれる整備兵のウンチクを聞いていたから自然と覚えただけさ」


いつも同じ気だるい雰囲気を若干、醸し出しているビューリング少尉は何てことないといった様子で坂本少尉に答えた。
確かに、自分の戦闘脚の整備をしている時に、隣にいる整備兵の人達がいろいろ戦闘脚について教えてくれるのでもっともな意見である。


「……話を戻していいかしら。とにかく状況は切迫しているのね。後、聞きたいのは……」


穴拭大尉やビューリング少尉と坂本少尉、竹井少尉の会話を主にして現地の状況や出てくる敵の種類などと詳しく話し合った。



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「とりあえず、聞きたいことは全部、聞けたわ。ありがとう。ブリーフィングでも話を聞くけど。やっぱり現地に飛んだウィッチの話を聞くのが一番分かりやすいから。――さて、これからどうしようかしら?」


「では、久しぶりに一戦お願いしてよろしいですか?」


智子大尉にそう切り出したのは坂本少尉だった。
一戦というのは、模擬戦の事をいっているのだろう。


「いいの? 貴女達は反復支援で帰ってきて、今は休息中なんじゃない? それに私達の戦闘脚は今、あっちの倉庫で全面点検中で……」


「戦闘脚は練習機仕様の零式艦上戦闘脚があります。休息中でも少しぐらいは体を動かしていないと落ち着かないモノで、お願いできますか?」


「許可は下りるの?」


「扶桑海の巴御前の飛ぶ姿が見れると聞けば、すぐにでも許可は下ります。なぁ、竹井」


やる気に満ちた坂本少尉が竹井少尉に同意を求めると、『また悪い癖が始まった』といった感じで竹井少尉は呆れている様子だったが、しぶしぶ同意していた。


「じゃあ、あたしもやる」


話し合いの最中、退屈な様子であった西沢曹長も手と声を上げる。


「一対一での模擬戦をしたいからな。もう一人居ればちょうどいいんだが……」


坂本少尉は困った様子で呟いた。


「なら、――司、あなたも参加しなさい」


突然、穴拭大尉に名前を呼ばれて私は驚く。


「私ですか!?」


「せっかく偉大な大先輩達が居るんだから、胸を借りなきゃ損でしょ。やるわよ、司」


穴拭大尉はそんな事をいうが、相手はリバウの三羽烏の一人なのだ。
とても私では相手をできる自信はない。


「いえ、私よりも迫水少尉の方が……、その一二試艦上戦闘脚も穿きなれていますし」


顔を引き攣らせながら、流し目で迫水少尉の方を見る。
こういうのは肝の太い人間に任すのが一番だと、代わってくださいの合図を送るが……。


「私は穴拭大尉の活躍をしっかり焼き付けたいので、遠慮します。頑張ってください」


あっさりこちらの期待は裏切られる。


「じゃ、ビューリング少尉は……」


「大人しく諦めろ、トモコのご指名だ。それにいつもとは違う相手と訓練を行って学ぶこともある。特にお前のような新人はな」


ビューリング少尉から有り難い言葉を頂いた私は観念して、リバウの魔王と呼ばれる西沢義子曹長と一対一での模擬戦をすることなった。





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ビュウ、ビュウと風が鳴る大空で、金属の打突音が混じっていた。
二陣の風は重なり合う度に、鋼を打ち合い、鋼を鳴らす。
その音は徐々に、徐々に加速していく。
風となって空を駆け抜ける二人を、穴拭智子と坂本美緒といった――。


二人の腰にはベルトがはめられており、ベルトの後ろで固定された金具から伸びるロープには、風速や風向を目視する為につかわれる吹き流しが繋がれていた。
二人の定めた模擬戦のルールは至極簡単である。
飛び道具はなし、得物は己の扶桑刀のみで、相手の吹き流しか、繋げているロープを切断した方が勝利。


二人の格闘戦は背中を取りあうドックファイトではなく正面からぶつかり合う決闘じみたモノであった。
数度打ち合い、相手の力を確かめる。
十数度の打ち合いで相手の技量を推し量る。
さらに数度の剣戟で、相手自身を感じ取る。
そこで初めて、互いに頭ではなく体で理解する、相手に取って不足はないと――。


「さすがです。扶桑海の巴御前の名は伊達ではありませんね」


「あなたこそ、正直ここまでやるとは思っていなかったわ。このままいけば、黒江を越えるかも。そういえば扶桑海戦では同じ第一戦隊だったっけ?」


「はい、同じ飛行第一戦隊の一員として肩を並べて戦っていましたが、追いつくにはまだまだ修練が足りないと自覚しています。ですが同じ扶桑海戦のエースにお墨付きが頂けるとは、訓練の甲斐があったと、――いうものです!!」


上昇した美緒は、智子との高度の落差を力へと転化し、扶桑刀を振り上げる。
空中での近接格闘戦では、上昇する方よりも下降する方が勢いがつく。
美緒は地の利ならぬ、空の利を活かし、智子に斬りかかった。


――しかし、


「甘いわよ!!」


智子はわざと、片方の戦闘脚の出力を落とし、急制動をかけるとそのまま横に移動する。


「“燕返し”か!!」


美緒の一撃は、智子の燕返しにより、紙一重で回避される。
急いで体勢を整える為に、美緒は旋回するが、なまじ勢いがある分、余分な旋回半径が必要となり大きな隙が生じた。


「これで――!」


智子は背中を見せた美緒に対し追撃を仕掛け、後ろの吹き流しを自分の間合いに捉える。
無双神殿流、空の太刀。
居会の構えから、すれ違いざまに刀を抜き打ち両断する一撃が、美緒の吹き流しを捉えようとするが……


「まだです!!」


智子と同じく、美緒は片方のストライカーに積まれた魔道エンジンのトルクを制限し、急制動をかけて左に旋回する。
それにより智子は捉えていた美緒の吹き流しを見失った。
そんな智子に対し、死角から吹き流しへの攻撃が迫るが、研ぎ澄まされた五感はその動きを捉え、美緒の一撃を切り払う。


「驚きました。左捻り込みから繋いだ攻撃を防がれるとは――、あの燕返しの動きのキレといい。あなたの相手ができて本当に良かった、穴拭大尉」


驚きと喜びが入り混じったような表情で美緒は智子を称賛する。


「こっちも同じよ――、正直、今のは肝が冷えたわ。あなたの捻り込みも大したものよ」


智子も同じく、美緒を褒め称えた。


互いに刀を構え直す。
左右逆方向に旋回し、距離を保ったまま視線を交わし、


「「けど!/ですが!」


同時に相手に向かって突進する。


「「勝つのは、――私よ!!/私です!!」


互いの全力を込めた一刀が、天空にてぶつかりあった。













「智子達は、まだ続いているようだな。表情まではよく見えないが、笑っているのか?」


双眼鏡を片手にビューリングは二人の模擬戦を見物していた。
いや、ビューリングだけではない。
周りには、既に人だかりが出来ていた。
穴拭智子と坂本美緒の模擬戦を聞きつけ、リバウ基地の兵士が集まってきたのだ。
興奮した様子で言葉を交わすもの、賭けを始めるもの、何とか二人の姿をカメラに収めようというもの、など様々である。
中には双眼鏡を食い入るように覗き込みながら「吹き流しが邪魔で、お尻がよく見えない、智子大尉のお尻~」などと不審な台詞を吐いている者もいたが、例外中の例外であった。



「穴拭大尉は分かりませんが、たぶん、美緒は笑っていると思います。彼女は自分と同じか、それ以上の人と戦えることをすごく喜ぶから……」


「詳しいな、タケイ少尉」


「彼女とは付き合いが長いんです。ちょうど同じ時期にウィッチになりましたし、同じ場所で剣も習っていましたから。その頃からずっと親友でライバルなんです」


「ライバル、か……」


その言葉に、ビューリングはふと亡き戦友のことが過ぎったが、すぐに振り払った。
感傷が過ぎたと、心の中で反省すると、今度は智子の方ではなく、もう一つの模擬戦の様子を双眼鏡で覗き込む。
そこには西沢曹長に翻弄される狩谷軍曹の様子が映し出されていた。





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(こっちは全然照準に収められないのに――、あっちはこちらを最低でも十数回は標準に収めてきてる。……これがリバウの魔王の実力)


全く手も足もでない。
照準器で動きを捉えたと思った時は、既に視界から消えており、いつの間に逆に私が、照準に収められている。
豪快な性格に思えた西沢曹長であるが、零式艦上戦闘脚の扱いは凄まじく繊細かつ正確で、こちらの死角に寸分違わず、滑り込んでくるのだ。
こちらが動きを変えても、すぐにあちらも動きを合わせてくる。
キ60という重戦闘脚に慣れている私が、零式艦上戦闘脚を扱えきれていないことを差し引いても、どうにもおかしい。
まるで……


「動きを読まれているみたい」


《みたいではなく、読まれているのだ。主》


(起きてたんだ。伯爵)


《先程からな、相手にしている魔女が誰か知らぬが、相手はお主の動きのパターンを記憶して、そこから主の動きを推測しているのだ。顔を見る限り、賢しいようには見えぬし、無意識にやっているのだろう》


意識してそんな事をやるのと、意識しないでそんな事をやるの、どっちが難しいと尋ねられればどっちもどっちだが、レベルで考えれば無意識の方が凄いことだと思う。
失礼ではあるが私の頭に天才と馬鹿は紙一重という言葉が過ぎった。


(何とか一回ぐらいは照準に収めたけど……、どうすればいい?)


《決まっている。動きが読まれるなら、読まれぬ動きをすればいいだけのこと。すこし力を貸そう、我が主》


一瞬の不快感の後、私の意識は徐々に変革される。
気持ちが大きく、尊大になり、何でも出来るような気さえしてくる。
代わりに、自制心やら羞恥心といった感情が薄れていく。
天秤は徐々に傾き、私とは違う、私に変わっていった。



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西沢が違和感を感じたのはすぐの事だった。
模擬戦をしている相手の感じが変わったのだ。
西沢はその違和感を上手く、言語化する術を持たなかったが、顕現している猫の尻尾が逆立ち、何か嫌な
感じがすることだけは確かであった。
目の前の相手の動きが変わる。
西沢は数秒の間、相手を注視した後、再び相手を照準に収めようと相手の動きに合わせ、機動を変える。
けれど……、


(動きが捉えられない!!)


今までは自然と動きを合わせられていたのが、まるで噛み合わない。
まるで別人になったかのような機動に、戸惑いながらも西沢は司を追いかける。
違和感はさらに強まる。
追いかけているのは西沢で、逃げているのは司。
だというのに、西沢には自分が優勢であるという実感はなかった。


(追い込んでるのに、逆に追い込まれてるみたい)


そんな考えが浮かんだ直後、西沢の前方に司がくる。
西沢は頭を切り替え、チャンスとばかりにツカサを真正面に捉えた瞬間……、


「拡散しろ――」


西沢の視界から突如として司の姿が消える。
魔道エンジンとプロペラの音を頼りに、西沢は司の居場所を探すが、聞こえてくるプロペラとエンジン音は己の戦闘脚からのみだった。
まるで本当にその場から消えてしまったような……。
相手を確認できないという事態が西沢につけいる隙を生じさせる。


「Jackpot!!」


突然、後ろから響いた声に、西沢は後退しながら、旋回し、振り向く。
模擬銃を構えた司の姿があった。
西沢は完全に照準に収められていたのだ。

西沢は分からなかったが、司は、推力を拡散させて失速し、急激に下降して西沢の視界から消えた後、推力を収束して西沢の後ろに上昇したのである。――自分から発生する音の波に方向性を与え、西沢から遮断した状態で。

西沢がその時、司の顔をチラリと視界に入れると、目が赤く光ったように見えたが、次に視界に入れた時は元の瞳の色に戻っていた。
それから程なくして、二人の演習は幕を閉じたのだった。





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演習を終えた後、私はその汗を洗い流すため、坂本少尉と西沢曹長に誘われ、お風呂に入りに来ていた。
穴拭大尉は他の扶桑のウィッチに囲まれ、動きが取れない状態で、迫水少尉はそれに付き従っており、竹井少尉はその場を取りなしている。
結果としては、穴拭大尉と坂本少尉の模擬戦は、穴拭大尉が勝利した。
やはり空中格闘戦では穴拭大尉は一日の長があるようだ。
なので……この三人での入浴となったのだが……、
連れられて来たのは、基地から離れた海岸沿いの崖下で、その場にはドラム缶と貯水用のタンクが置かれている。
水の入った容器を、一輪車で大量に運んで来た時から、薄々感づいてはいたけど。


「ドラム缶風呂ですか」


「ああ、私達がここに来てからずっとこれのお世話になっていてな。三人だから、二つ湧かせば充分か……」


私は、坂本少尉と西沢曹長の指示に従い、風呂を沸かす作業を手伝った。


…………………………………………………………………………………………


「――じゃあ、坂本少尉は扶桑海事変の後に渡欧して、宮藤博士のストライカーユニット開発に協力していたんですか?」


「海軍同士なんだ、階級をつけなくてもいい。私のことは坂本と呼んでくれ。あの頃は本当に宮藤博士の世話になった」


「あたしのことも、西沢か義子でいいよ。あたしはね、陸軍のセントーショウゾクがかっこいいから、陸軍に入ろうと思ったんだけど、海軍の人がストライカーを穿かせたりしてくれて、海軍に入隊した方がいっぱいいい事があるって聞いたから海軍に入隊したんだ」


ドラム缶の下に敷かれたレンガの間から覗く火の具合を見つめながら、私達三人は会話をしていた。


「宮藤博士に会っていたなんて凄いです! 坂本さん、宮藤博士はどんな人だったですか?」


私は坂本さんの言葉に驚きながら、聞いてみたかった事を尋ねる。
宮藤博士とは一体どんな人物であったのかと……?


「本当に凄い人さ。博士が居なければストライカーユニット開発はなかった言っていい。不思議な人だったが、同時に優しい人でもあった。私の恩師だよ。……だからいつかは博士の家族に会わなければと思っている。博士には私より下の歳の娘が居るんだ。どうやら祖母や母に続き魔女の素質があるらしい。いつになるか分からないがウィッチになるか誘ってみるつもりだ」


具体的な話は聞けなかったが、どうやら宮藤博士はいい人だったことは確かだと私は感じた。
でなければ、坂本さんもそんなふうには言わないだろうし。


「そうですか……」


「そろそろ、風呂湧いたし。さっさと入ろうよ」


「では、着替えるとするか」


すると坂本さんと西沢さんはすごい速さで服を脱いでいき、あっという間に裸になった。


「どうした狩谷? はやく着替えたらどうだ」


西沢さんが風呂に入る中、坂本は私に声を掛ける。
なんで何も付けていないのにそんなに堂々としてられるんだと私は頬を赤く染めてしまう。


「あの、坂本さん。前隠してください! 前!!」


「何だ、顔を赤くして? もしかして恥ずかしがっているのか? 大丈夫。ここには私達しか居ないんだ。女同士、何を恥ずかしがる必要がある」


腰に手を付き、わっはっはと笑う坂本さんは素晴らしく漢前だった。
もしも私が前世も女だったら惚れてしまうぐらいに。
いくらなんでも堂々としすぎでしょ。


しょうがなく私は背を向けていそいそと服を脱ぎ始めた。


「あの、水着を着たまま入っても……」


「だめだ狩谷、風呂では裸の付き合いが基本なのだぞ。脱がないなら私が脱がす」


振り向いて、顔を合わせた坂本さんの顔はいたって真面目である。
きっと脱がなければ、本気で脱がしてくると感じた私は、しょうがなく最後の砦であったスクール水着をしぶしぶ脱ぎ去ったのだった。











「あたし模擬戦で驚いちゃったよ。だって最初はビューって飛んでたのに、最後の方でバーって飛ぶようになって。パッと消えていつの間にか、背中にヒュッて現われるんだがら。えっと名前は……」


「狩谷司だ、西沢。お前は人の顔や名前を覚えるのが本当に苦手だな。下原なんかはなかなか名前を覚えてもらえなくて落ち込んでいたぞ」


私はドラム缶風呂に西沢さんと二人で入っている。
坂本さんは堂々とし過ぎているので、一緒に入ると絶対恥ずかしくなると思った私は、そもそも羞恥心がなさそうな西沢さんの方が気は楽だと思ったからだ。


「それは美緒のしごきのせいだとあたしは思うけど。とにかく狩谷、最後のあんたは別人みたいに凄かった。でも、次に勝負したら負けないよ。なんたって、あたしってば最強なんだがら!」


「えっ、……チルノ?」


『あたしってば最強なんだがら』の言葉に、思わず前世の⑨妖精のことを思い出す。
伯爵はまだそこ等辺の知識は得ていおらず、⑨というとアーマード・コアの事を思い浮かべると言っていた。
最近はロボット物に嵌まっており、コンバトラーやボルテス、果ては電磁抜刀がどうのこうのと呟いていたが今はどうなのだろう?
現在はまた眠りについているようなので後で聞いてみるとするか……。


「ん? チルノ? なにそれ?」


「い、いえ、気にしないでください! それにしても綺麗ですね……景色」


一面に広がる大海原を見渡す事ができ、潮風に吹かれて寄せては返す、波の音や鳥の鳴き声が風情を出していた。


「そうだろう。海を眺めながら風呂に入るというのは乙な物だ。一日に疲れも溶けるように消えていくしな」


「ありがとうございます、坂本さん。こんな景色の見えるお風呂に誘って頂いて」


「そういってもらえると私も嬉しいよ。狩谷、作戦が終わったらまた一緒に入ろう」


「あっ、はい!!」


私が頷くと、坂本さんは再び、わっはっはと笑い始めた。




















あとがき

次回 Der Freischütz 第十二話 「もう何も恐くない、怖くはない」


??<司、僕と契約して魔法少女になってよ


劇場版機動戦士ガンダム00挿入歌「もう何も怖くない、怖くはない」を聞いて、次回をお持ちください。





補足

・坂本美緒

アニメ・ストライクウィッチーズの主要キャラの一人。リバウの三羽烏に名を連ねる。
モデルとなったのは言わずと知れたパイロット、坂井三郎。

・竹井醇子

リバウの三羽烏の一人、リバウの貴婦人とも呼ばれている。後の第504統合戦闘航空団、アルダーウィッチーズの戦闘隊長。
モデルなった人物はラバウルの貴公子と呼ばれた笹井醇一。

・西沢義子

リバウの三羽烏の一人、リバウの魔王と呼ばれ、射撃の位置どりの機動は三人の中でも一番優れている。
モデルはラバウルの魔王、西澤広義。

・黒江

扶桑陸軍四天王の一人、黒江綾香のこと。魔のクロエとも呼ばれる。
扶桑刀による近接戦闘能力は歴代ウィッチの中でもトップクラスで、十指に入ると言われる。
趣味は釣り。
元ネタは魔のクロエと呼ばれた陸軍パイロット、黒江保彦。

・無双神殿流、空の太刀。

いらん子中隊第一巻の序盤で穴拭智子のライバルである扶桑陸軍四天王の加藤武子に模擬戦で使った空中抜刀術。
本SSでは智子も使えるというねつ造設定。
本SSで出した理由は……

・下原

下原定子、リバウへの遣欧部隊に選抜された扶桑海軍のウィッチ。
後の第502統合戦闘航空団のメンバーで、彼女が正座を502JFWに持ちこんだ。
精神修養や礼儀作法の為に教えたものが懲罰に使われるとは思っていなかったが……。
モデルは坂井三郎の僚機だった上原定夫。



[25145] 第十二話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/03/24 10:57
Der Freischütz 第十二話 「もう何も恐くない、怖くはない」




「――作戦開始時間となりました。航空機械化歩兵隊は、ただちに発進してください。繰り返します。航空歩兵部隊はただちに発進してください」


「こちらスオムス義勇独立飛行中隊、了解しました。義勇独立飛行中隊、全機離陸せよ」


ストライカーユニットを装着し、既に待機状態であった私達は、喉頭式無線機からの通信を受け、穴拭大尉の指示の下、発進を開始する。
左右それぞれの戦闘脚に増槽を追加装備した状態で飛行を開始し、矢じり型陣形(アローフォーメーション)で編隊を組む。
ついに始まったか、と私は大きく息を吸い込んだ。
ゼーロウ高地にて足止めされているカールスラント陸軍を救援する為の支援作戦。
今、私……いや私達は参加しているのだ。


作戦概要はこうだ。
まずドイツ北部の海岸近くに限界まで航空母艦で接近した我々は、ここから発進して先行し後続で来る、カールスラントの輸送機Ju52到着地点時の安全を確保する為に、複数ある投下予定ポイントの一つをネウロイを掃討しつつ防衛。
Ju52からの物資及び人員の投下が完了した所で、航空母艦への帰投を考慮した限界戦闘時間まで指定区間内のネウロイを撃滅する。


作戦の要になっているJu52輸送機であるが、私は前世の知識からいって不安を隠せない。
Ju52は前世ではドイツの旅客機だったものを軍用に転用したものだ。
もちろんそれはこの世界でも変わらず、元々軍用だった物に加え、バルトランドへの避難に使った旅客機のJu52も即席の改修を受けて今回の作戦に輸送機として参加する。
初めて軍用として活躍したのは前世と同じく、1936年で場所はスペイン(この世界ではヒスパニア)。
元の世界ではスペイン内戦が起こった年だが、この世界では小規模怪異が発生した年だ。
その時には、Ju52は輸送機としてだけではなく爆撃機としても運用され活躍した。
高い信頼性を持ち、離着陸距離が短いため、小さな飛行場での運用も可能で扱いやすく、バルトランドへの民間人の避難の際は臨時の滑走路をバルトランド先端にすぐに設けることができ、効率の良い避難に一役買った。(避難民できた人数の割合からいえばごく少数であったが)


ここまで聞けば何を不安がる必要があると思うかもしれないが、Ju52にも欠点が存在する。
それも致命的な。
まず遅い。初期型の最大速度は265km/hで三基あるエンジンを全て新型に換装したタイプでも295km/hしか出ない。
それに根本にある基本設計はあくまで民間旅客機であるので装甲もそれほど厚くはなく、武装も貧弱である。
遅い、脆い、豆鉄砲の三拍子揃った、時代遅れ感の否めない輸送機、それがJu52なのだ。
前世のドイツは諸事情から終戦までドイツ軍輸送機でありつづけ、第二次世界大戦では片っ端から連合軍に落とされ、輸送力が低下し、戦線を拡大しすぎたドイツ軍は補給ができす、大きな痛手を受けた。
その脆弱性が今回の作戦に影響しないかと心配になるのだ。
不安の種は私の中で根を張り、別の心配へと成長する。


(そういえば、坂本さんの『また一緒にお風呂に入ろう』って言葉に頷いたけど。よくよく考えたら死亡フラグじゃないか!? そんなこと考えちゃだめ! これでも私は扶桑皇国海軍のウィッチなんだから!! ……何か、同じ様な台詞を言って死んだ人が居たような気が……。あぁ!! 考えが悪い方にしか浮かばない!!)


どうにも考えがネガティブへと進んでしまう私は顔を左右にブンブンと振った。


《死なんと戦へば生き、生きんと戦へば必ず死すものなり。家を出ずるより帰らじと思えばまた帰る、帰ると思えばぜひ帰らぬものなり》


(え、伯爵?)


《上杉謙信の言葉だ。戦場では生きようと思う者ほど死んでいき、逆に決死の覚悟をした者こそ、死地より生還する。――ようは気の持ちようで生きるか死ぬか変わるということだな。死亡フラグをいくら立てようとへし折ってしまえばどうということはない》


言い方はどこか素っ気なかったが、どうやら私を励ましてくれたらしい。
それにしても……。


(元々は私の知識の筈なのに、私も覚えていないことまでハッキリ覚えているなんて……)


歴史の本などを読むのが好きだった私は、確かに一時期、戦国時代関連の書籍を読みふけった時期があったが、それは遥か昔の出来事だ。
それを一字一句、細かに覚えているとは、全くもって不思議なことである。


《我は元々、血から経由して魔力だけではなく、他者の知識や経験を吸収することができるが、主の様な例は我も初めてだ。ゲームや本の中身が完璧な状態であるなど記憶以前の問題であるが、理屈は分からぬし、転生などいう出鱈目をしているのだから考えるだけ無駄であろう》


(そうだね。――話は変わるけど、伯爵は何で私に力を貸してくれるの? 力は完全に取り戻していないけど、もう一人で行動できるんでしょ。それなのに何故、協力をしてくれるのか疑問に思ってたんだけれど)


ずっと気になっていたが口にはできなかったことを伯爵に告げる。
激戦を前にして、胸の閊えを取り除こうとしたのか、それとも背中を預けるモノの真意を問いただそうとしたのか。
ひどく心をざわつかしていた私自身分からなかった。


《つれないではないか、我のことが嫌になったのか主よ?》


少し拗ねたような、いや茶化すような声色を伯爵は出していた。


(違うよ。もしかしたら嫌々私に付き合ってるんじゃないかと思って。伯爵が私に話しかけてくれるようになってからずっと助けられてるし。迷惑ならこの戦いが終わったら契約を解除しても……)


《嫌ではない。自慢ではないが、私は生粋の快楽主義だ。嫌なことなど絶対にやりはしない。何度も言うが、私は主であるお前のことが気に入っている。――それよりも我は、我自身を主に拒絶されることが怖い》


(えっ、もしかして自分のことを化物って言ってるの気にしてる? 別に私は伯爵のことを化物だとは思ってないよ。エイリアンとかプレデターとか遊星から来ちゃった物体とかならまだしも、ちゃんと会話も成立しているし)


《……主は『化物はなにか?』ということを身を持って実感しておらぬからそう言えるのだ。もし、今向かっている戦場が予想通りに命が次々散りゆくこの世で最も劣悪な場所ならば、我が化物である所以を見せることができるやもしれん》


(――? それってどういう……)


《行けば分かる。遅れているぞ、編隊を崩してはまずいのだろ?》


(あっ、うん!)


私は意識を完全に飛行に集中させ、ゼーロウ高地へと向かった。






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……………………………






同時刻 ゼーロウ高地付近





史実ではソ連軍からベルリンを防衛する為の戦いがあり、オーデル川とその支流ナイセ川沿岸や台地上に起伏した地形を最大限に利用してドイツ軍は防衛拠点を配置したが、この世界でもそれは変わらない。
ただし、この世界では防衛目標だったベルリンから敵が襲来する為、史実とは逆方向に防衛戦を敷き、またその相手は人ではなく未知の侵略者であった。


「状況はいったんは落ち着いたが……」


無数のトーチカが配置された高台に男は居た。
男は双眼鏡を持ち、高台から平野の様子を見つめている。
高台はオーデル川が射程に捉えることが出来る距離にあり、8.8cm野戦高射砲(アハトアハト)の18型や、ヒスパニアでの怪異発生時の実戦経験を元に18型に改良を施した36型が存在し、加えて3.7 cm PaK 36(45口径37mm対戦車砲)や同じくヒスパニア事変での経験を活かして開発された5 cm PaK 38(60口径50mm対戦車砲)の姿も確認できる。


「中佐、支援艦隊から連絡がありました。予定通り、補給部隊とそれに先行して護衛の為のウィッチがこちらに向かってくるそうです!!」


高台に設けられたテント、臨時の指令室から若い男が飛び出してくる。
補給とウィッチの増援の報せに、喜びを感じているのか興奮した様子であった。


「了解した。しかしまだ時間が掛かるだろ。先行したウィッチはまだしも、ユーおばさん(Ju52)の歩みはいささか遅い。もう少し落ち着いた態度で待っていたらどうかね?」


「す、すいません中佐」


「別に咎めはしていないさ。ただ、戦場では感情を乱し、判断を乱したものから先に死んでいく。それだけは覚えておいてくれたまえ」


「はい!」


「敵、四足走行型戦車が平野に接近、数は8!!」


平野の様子を監視していた兵から声が上がると、男はそちらに双眼鏡を向けた。
四足の異形は平野のぬかるみにはまり、正常な姿勢で照準をこちらに向けることも、まともな速度が出すことができず、もがくように足をバタつかせ、陣地に向かって這い寄ってくる。
予め用意されていた上流の貯水池の水量調節により、平野は沼地へと化しており、大きく開かれた平野は敵ネウロイを殲滅せしめる為のキルゾーンとなっているのだ。


「こちらも敵を確認した。アハト・アハトで先制し、敵の体勢を崩す。榴弾装填、仰角合わせ! あちらの射程ギリギリまでひきつけろ!!」


指示を受けた砲兵達は、予め教えられていた地点に照準を合わせ、敵を奥へ奥へと誘い込む。
そして……、


「今だっ、撃てぇ――!!」


二門の8.8cm砲が火を噴き、砲弾がネウロイ達の下へと降り注ぐ。
轟音と共に爆裂し、爆風で破片をばら撒くが戦車型ネウロイの装甲は厚く、機能を停止し砕けていったのは直撃を受けたネウロイの一体のみ。
もともと榴弾は火力の爆発力により相手を損傷させるものであり、堅固な敵に対しては効果が薄い。
確実に堅牢な装甲を持つネウロイを仕留めるのであれば、徹甲弾を用いるのが定石である。
だが、これでいい。何故ならば……。


「敵の進軍が停止しました。さきほどの爆発の衝撃で完全にはまり込んだようです」


戦車型ネウロイの四脚は泥の沼に沈みこみ、藻掻けば、藻掻くほどに深みにはまる。
完全に自由を奪われ、動けなくなっていた。
四脚戦車型ネウロイはその四肢をまるで肉食獣のように俊敏に動かすことにより高速移動を可能としている。
その四足歩行が沼地により、ネウロイの弱点となったのだ。


「まさに泥沼状態だな……。後は戦車砲と対戦車砲により敵を撃滅する。――総員、撃ち方始め!!」


高台の横に陣取り、待機していた戦車兵や砲兵が砲を構え、ネウロイに一斉射を始める。


「さぁ、俺のケツをなめろ! ネウロイ共!!」


戦車兵の一人が大きな声でそう叫ぶ。
発射音が連続で響き渡り、ネウロイは鉄の雨を受け、へこみ、ひしゃげ、亀裂が入って穴があき、ただの鉄屑へと還される。
男は双眼鏡越しに、淡々とその様子を見守っていた。


「中佐、奴等は本当に何者なのでしょう? 遥か昔より、何度も人類の前に現れてはその存在を脅かす。宗教屋どもは『神の試練』等とのたまいますが……」


傍に控えていた若い男は、そう問いを投げかける。


「私にも分からぬさ。ただ奴等は断じて神ではないよ。神には慈悲があるが、奴等にはそれがない」


「確かに、そうですね」


最後に残ったネウロイが同属の骸に足を掛け、沼から這い上がろうとし、無数の砲弾を叩きこまれるさまを見つめながら男は答え、若い男はそれに頷いた。



「総員、撃ち方やめ!! ……来るのは四足の戦車型ばかりか。頻繁に来ていた航空型ネウロイが来ないのは少し引っ掛かるが、彼女達が休息を取ることができたのは幸いだ」


ゼーロウ高地には志願してこの場に残った空軍のウィッチも存在し、彼女達が制空権の確保に一役買っているのだ。
限界まで活動していた彼女達に休息を与えることができ、男はほっとするが、同時に一抹の不安も過ぎる。
まるで嵐を前にした静けさを感じるように……。


「右翼の防衛部隊より通信、『敵人型ネウロイ、多数こちらに進軍』とのことです!!」


「分かった。中へ戻ろう」


「了解です」


今までの不安を忘却し、すぐに頭を切り替えると、男は状況を確認する為に、若い男と共にテントの中へと戻っていった。














「もう! 最低、最低、最悪、最悪、最低最悪ですわっ!! 誇り高き名門バルシュミーデの一族に名を連ねるこのワタクシが、こんな縦穴の中で土まみれになるなんて! 本当に耐えられませんわ!!」


突貫で掘った塹壕の中で、まくしたてるように悪態をつきながら、一人の陸戦ウィッチがドラムマガジンを装備したMG34機関砲で近づく人型ネウロイ達を片っ端から蜂の巣にしていく。
右翼に敷いた防衛網の前方数百メートルに広がる森林が戦車型の行く手を阻んでいるため、戦車型ネウロイは到来しないが、代わりに凄まじい数の人型が殺到していた。


「そんな嫌なら何で陸戦のウィッチになったんですか? バルシュミーデ中尉、空戦ウィッチにでもなれば良かったと思いますよ」


同じ塹壕の中で、MP38短機関銃を構え、人型ネウロイに向かって9mmパラベラム弾をばら撒く、バルシュミーデの部下達の一人が言う。


「うっ、それは……」


その言葉にバルシュミーデ中尉は押し黙ってしまう。
無論、機関銃は撃ちっぱなしではあるが。


「中尉は重度の高所恐怖症なのさ、その所為でそれまで最優秀の成績で陸軍のウィッチ養成学校を出ていたのに、空軍と合同で行ったパラシュート降下訓練で輸送機の中で半べそかいて、プライドにも、成績にも泥を塗っちまってるんだ。あんまし触れてやるな」


「触れてます! 触れてますわよ!! というか何でそれを知っていますの!?」


部下の一人の暴露にバルシュミーデは顔を赤くしながら、突っ込みを入れる。


「空軍に知り合いが居ましてね! 聞きましたよ、それまでは“麗しのバルシュミーデ”と言われてたのがその日を境に“泣き虫のバルシュミーデ”って呼ばれるようになったんですってね!! 心中お察し致しますよっと」


部下の一人は口を動かしながら短機関銃のマガジンを換装し、地面に置いておいた木の棒の先端に缶詰を付けたような物体を片手で拾う。
その見た目からポテトマッシャー(じゃがいも潰し)とも呼ばれる武器の名をM24型柄付手榴弾といった。
木の柄の底部に付けられたねじ込み式の安全キャップを外し、紐で繋がった握り玉を引っ張ると、摩擦により紐で繋がった缶状炸薬の導火線に火が付き、敵の密集している地点に投擲する。
すると3,4秒で投擲地点の周囲約10mで爆発が発生し、敵ネウロイ達はバラバラになって飛び散った。


「あ~~!! 最低です、最悪です、あの降下訓練の日に続いて人生最低最悪の厄日ですわ!」


そうは言いつつもバルシュミーデの射撃は正確で、部下の一人が放った柄式手榴弾の衝撃でよろけた他の人型ネウロイ達の頭と胸を素早く貫き、次々スクラップに変えていった。
バルシュミーデは計250発のウィッチ用特別製ドラムマガジンを撃ち尽くすと、最低と最悪をリズムよく呟きながら、土で汚れた薄い手袋をした手に魔導障壁を張り、加熱し、摩耗しかけた銃身を押さえ、尾筒部を回転させて後ろから引き抜くと、手早く土壁に掛けてあった予備の銃身と交換し、新しいドラムマガジンを取りつけようとする。


「中尉、敵が一匹近づいてます!!」


体中に穴を開けながらも塹壕に向かい、人型ネウロイがバルシュミーデに近づく。


「地虫風情が、鬱陶しいですわね!」


銃身を交換したMG34を立てかけると、隣に置いておいた塹壕用シャベルを手に取った。
史実では、塹壕戦において最も多くの兵士を葬り去った打突の一撃が、魔力で力を強化された魔女の怪腕から放たれる。
塹壕の中へと顔を出したネウロイはその一撃により、コアごと頭を縦に真っ二つに叩き割られ、そのまま地面にうつ伏せに倒れ込んだ。


「地虫は地虫らしくそうやって這いずっていなさい! まったく、本当に最低ですわ」


バルシュミーデは何事もなかったかのように立てかけていたMG34のドラムマガジンを交換し、ネウロイの残骸を軽々と退かすと、再び機関銃を連射する。


「さすがです、バルシュミーデ中尉。馬鹿力の固有魔法を持つことはありますね。確か使い魔の名前はゴリラでしたっけ? 猪なのに」


普段、散々気取った態度を取っていたバルシュミーデは部下からさらなる茶々を入れられる。


「ゴリアテですわ!! 私の使い魔を馬鹿にしないでください! それに私の固有魔法は筋力強化です!」


「そりゃあ、知りませんでした。そんな投石喰らったら自滅しそうな名前だとは」


「そうやってまた!! 最悪ですわ、本当に貴方達は――――」


無駄口を叩きつつも、バルシュミーデとその部下達は向かってくるネウロイを残らず捌いていく。
凄まじい数の敵が向かってくる激戦の中、軽口を叩けるほどの余裕を持っていることが彼等の強さを表わしていた。
バルシュミーデの部下達はネウロイとの激戦の中を生き抜いてきた古参の兵士であり、戦場という異常な環境に耐えることができる猛者達である。
ではバルシュミーデはどうか? バルシュミーデはゼーロウ高地での戦い以前は、貴族の出であるのを配慮されてか、あまり前線には出ず、後方支援の任務ばかりであった。
だというのに、バルシュミーデが臆することなく、慌てることなく、自分本来の力を十分に発揮できたのはバルシュミーデ自身の性格の為である。
“地球が自分を中心にして回っている”と素で信じ込める精神構造を持った彼女にはそもそも自分が死ぬなど事象は一片たりとも頭の中に存在しないのだ。
そんな英雄じみた思考を持った彼女は、どんな場所(ただし、空は除く)であろうとも、自分本来の実力を発揮することできる。
そのバルシュミーデの姿を見て、部下の兵士達もより一層の余裕を持つことができ、さらなる実力を発揮する。
この相乗効果が凄まじい戦果としてその場に現れているのだった。


そんな中、部下の一人が銃声や砲音以外の音が、空から響いて来ているのに気付く。


「どうやら、天使達が到着したようだ!! 中尉殿、空を飛べるのが羨ましいからって、嫉妬して撃たないでくださいよ」


空をチラリと横目に覗けば、そこには航空ウィッチが確認できた。


「だから貴方達は一体私を何だと思ってるんですか!! もうすぐ機械化航空歩兵部隊の援軍に続き、補給部隊も来ますのに、本当に最低最悪ですわ」


バルシュミーデはもはや常套文句と化した悪態を呟きながら、一息の間に三体の人型を倒し、さらなる獲物に狙いを付けた。






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私達は作戦区域であろうゼーロウ高地に到着していた。
既に空になった増槽を投棄して、万全の状態であり、編隊を組みかえ、直ぐに戦闘に移行できるようになっている。


「目標区間に到達、発煙信号弾を上げるわ」


穴拭大尉は扶桑陸軍が正式採用している十年式信号拳銃を取り出すとそのまま引き金に手を掛け、信号弾を空の上へと打ち出す。
打ち出された信号弾は吊傘が展開し、ゆっくりと降下しながら発煙弾本体から煙を出す。


『こちらゼーロウ高地作戦司令部、信号弾を確認した。そちらの所属をどうぞ』


信号弾を確認した司令部より、高等無線機に通信が入る。


「こちら、スオムス義勇独立飛行中隊です」


「――! わざわざ、スオムスから駆け付けて頂けるとは本当に光栄です。今、補給投下予定ポイントに発煙筒を焚きますので少しお持ちください」


無線機越しに聞こえた声は、喜びが感じられ、私達の到来を待ちわびていたようであった。
しばらくして発煙筒が焚かれ、、防衛位置を確認する。


「幸い、まだ飛行型ネウロイが来ていないから、さっさと地上の敵を掃討――――」


『敵、飛行型ネウロイ多数接近! ラロス改です、編隊を組んで中央防衛線に真っ直ぐ向かって来ます!!』


突然の通信を受け、遥か遠方に目をやると黒い飛行物体群がこちらに近づいてきているのに気付く。


「……命令を変更するわ、中央防衛線に侵入しようとするラロス改を最優先で叩きます! 地上からの戦車型ネウロイの砲撃に注意。後、味方の高射砲の射線に割り込まないよう気をつけなさい。 ――全くタイミングがいいんだか、悪いんだか」


穴拭大尉の指示の下、三機、二機、二機の編隊に分かれ、中央防衛戦に切り込んでいった。








(体が軽い!? それに弾道のコントロールが細かい所まで効くし、まるで力が増してるみたい)


穴拭大尉および迫水少尉と共に三機編隊を組んでいる私は、中央防衛線上空にてラロス改の編隊の相手をしていた。
私達、義勇独立飛行中隊だけではなく、私達と同じ航空母艦から飛び立ったカールスラントのウィッチやリバウから飛んできている扶桑海軍航空隊の坂本さん達の姿も確認できる。
そんな中で私は自分自身の力の違和感を感じていた。
力が体から無限に湧きあがってくるような気さえしてくる。


「下に味方が居るんだがら、考えて撃墜して」


「恥ずかしい!! 味方のウィッチがこんなにいっぱいいるのにこんな瓶底眼鏡かけてるなんて恥ずかしいです智子大尉~~!!」


機関砲を敵に向かって一定間隔で連射しながら、迫水少尉は言う。
最近知ったことなのだが、迫水少尉は近視らしく、度のきつい水中眼鏡のような眼鏡を掛けないと、まともに射撃の狙いを付けられないそうだ。
そんな状態でスオムスでも普通に出撃していたし、案外義勇中隊の中で一番度胸があると言えるかもしれない。


「死にたくなかったら、黙ってそのまま機関砲を撃ってなさい!! 司、援護を頼むわ!」


「了解しました」


穴拭大尉の後方から、前方に迫るラロス改の三機編隊に対し、PzB39から弾丸を発射する。


「曲がれ――」


弾丸の軌道はいつものような単調なものではなく、伯爵の助力を得たときのように不規則な軌道を描き、敵の懐へと入り込み、ラロス三機全ての翼を抉った。


「はぁぁっ――!!」


バランスを崩し、隊列を乱したラロス改達を穴拭大尉は魔力を込めた扶桑刀にて斬り伏せていく。


「さすがです、穴拭大尉」


「あなたこそ――って、後ろから来てるわよ!」


その声を聞き、振りかえるとラロス改がこちらに向かって機銃を向けていた。
急いで障壁を張り、弾丸の雨を防ぐが、距離が近く、PzB39では取り回しが悪い為にまともに狙いを定められない。
なら……、
私は腰のガンベルトからマウザーM96を引き抜き、近距離に存在するラロス改にフルオートで弾丸を叩きこむ。
効果はあったようで速度を落としながらも、私から離れようとするラロス改。
私はマウザーを戻すと、今度は腰に下げていたM24型柄付手榴弾を手に取り、安全キャップを外すと槍でも持つように構えた。
そのまま加速して、損傷を与えたラロス改の後ろに追いつくと、魔導障壁をいつぞやの時のように収束し、M24型柄付手榴弾の先端に円錐状の槍を発生させ、ラロス改に突き刺す。
先端の炸薬部が完全にラロス改の内部にめり込んだのを確認すると、柄の底部にある握り紐を引っ張り、そのまま離脱すると、数秒後にはラロス改は派手な花火を上げ、コアごと爆散した。


「やるじゃない司」


「いえ、何だか調子がいいみたいなので」


三機編隊を組み直して、飛行しながら私は穴拭大尉にそう告げた。
そう、本当に調子がいい。
伯爵の持つ固有魔法を自分だけで上手く使うことも出来た。
まぁ元々、伯爵の持つ複数の固有魔法の大半は、魔女の血を吸ったときに偶然覚えたものでそのほとんどを使いこなすことができないと自分で言っていたから、私が使いこなせるのは幸運なことだろう。
本当は完全に相手の血を干からびるまで、吸えばおそらく完璧に相手の能力をコピーできるといっていたが、封印される前に血を吸っていた頃は自分が必要な量だけ血を吸って相手を逃がしていたと言っていた。
曰く、乾物屋をやる趣味はないとのことだ。
何というかつくづく化物っぽくないと私は思う。


「運も調子も実力の内よ、その調子で頼むわ」


「了解です」


穴拭大尉に返答すると、大きなプロペラ音が響いていることに気付く。
音の方を見つめると大型のプロペラ機を確認することができた。
周囲の敵の掃討がちょうど完了したことに合わせ、Ju52の航空輸送部隊が到着したのだ。



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Ju52輸送機から、補給地点へ物資や人員がパラシュートにより降下していく。
物資と味方の増援に、カールスラント陸軍の士気は再び上昇していった。


「敵の攻勢が弱まっている、今が踏ん張りどころだな」


降下した物資を運び、弾薬を補給している仲間の兵士達を見守りながら、カールラント士官の一人が呟く。
そしてネウロイ達が到来する方面の山岳を双眼鏡で覗き込むと、巨大な黒い飛行物体が山を越えようとしているのを確認できた。


「半分見えてるだけだが、あの大きさはディオミディア(超大型爆撃ネウロイ)か!! 作戦司令部に伝えてくれ、超大型飛行ネウロイが接近している、おそらくディオミディアと推定される!!」


士官が通信兵に伝えると、素早く通信を送り、すぐに返答が返ってきた。


「詳細な情報を求むとのことです」


「了解した。今、確認する」


山岳を越えようとするディオミディア?を士官は詳しく観察した。
そしてディオミディア?がその全身を顕わにした時、士官は驚愕した。


「まさか……、あれは!?」


その姿は紛れもなく何度も苦汁を舐めさせられた忌々しい超大型爆撃機、ディオミディアであった。
しかし、その底部には全く爆装されてる形跡がない、爆弾はないのだ。
その代わりに無数の機銃と共に馬鹿にでかい砲塔が取り付けられていた。
それは砲というにはあまりに大きすぎた。大きく分厚く重く、そして繊細であり、まさに金属から成る芸術品だ。
そしてその砲に士官は見覚えがあったのである。


「どうしました、早く報告をお願いします!!」


「ウソ……だろ!! 魔女の婆さんの呪いか!? なんで80cmれっ――」


男が全て言い終わる前に、ディオミディアの底部に存在する巨大な砲塔から放たれた砲弾に全て吹き飛ばされた。










「何だ! 今の衝撃は!!」


「中佐、前面の部隊との通信が途絶しました。恐らく今の一撃に巻き込まれたのかと! 途絶する前にディオミディアを確認したとの報告が入っています!!」


「ディオミディアだと!!」


「こちらも視認できました…………アレは! ――中佐、私の見間違いでないのなら、敵ディオミディアは底部に80cm列車砲を装備しています。グスタフかドーラかは分かりませんが底部に装備されています!!」


男が双眼鏡を取り確認すると、ディオミディアの底部には確かに80cm列車砲らしきものが存在した。


「馬鹿な!! 80cm列車砲はどちらも解体された筈だ!!」


80cm列車砲、史実では第二次世界大戦でドイツ陸軍が実用化したドイツ軍最大の巨大列車砲である。
総重量約1350トン、全長42.9m、全高11.6m。
この化物のような巨大砲の運用には支援用員4000以上、砲操作に約1400人、さらに砲弾の装填には約600人の人員を要する。
80cm砲は伊達ではなく、ソ連の要塞攻略に凄まじい力を発揮した。
その巨大砲塔は、敵超大型飛行ネウロイに装備されているのだ。


「ドーラは時間が足らず完全解体されずに投棄されたと聞いています。それに製作途中であった三号機も同じく時間が足りず手つかずだと。推測でしかありませんが、もしかしたら、それらが合わせて敵に取り込まれたのかも知れません」


別の兵士が男に向かい進言する。


「二台で一台をでっち上げたというのか!? ビルなどの巨大建築物を母体としたジグラットなどの巨大な要塞型ネウロイの存在が確認されているが、まさか、そのままこちらの兵器を取りこんで利用するとは……」


「砲塔が稼働しました! 第二波来ますっっ!!」


数トンの重量を持つ800mm砲弾がディオミディアの砲塔から発射され、防衛線の陣地内に突き刺る。
その砲弾はいうまでもなく戦場に地獄を描きだした。



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「ナニ、あれ……」


恐ろしく巨大な飛行型ネウロイが恐ろしく巨大な砲塔を装備して現れたのだ。
そして何もかも抉り、吹き飛ばしている。
陣地も、高射砲も、対戦車砲も、戦車も、大地も、塹壕も、森も、岩も、そして人も……。
私はそれをただ茫然と眺めているしかなかった。
そして化物のようなネウロイはこちらの方を向き、巨大な砲塔を稼働させた。


《主よ、早く退避しろ! 死にたいのか!!》


「逃げるよ、司!!」


しかし既に時遅く、砲弾は私達三人の手前の地面に着弾する。
私は反射的に二人の前に立つと、自分の中の全ての魔力を振り絞り、巨大な魔導障壁を展開した。
凄まじい衝撃と轟音が空中に居る私を襲う。
舞い上がった土煙で視界を奪われるが、私はあまりの恐ろしさに元々瞼は閉じていた。


(恐くない、怖くなんかないんだ!!)


後ろは穴拭大尉と迫水少佐の二人が居るということが私を踏ん張らせる。
何とか衝撃が収まるまで障壁を展開することができた。
凄まじい轟音のせいで、耳がいかれているが、微かであるが確かに穴拭大尉と迫水少尉の声が聞こえている。
良かった、二人は無事らしい。
それにしても一体何を叫んでいるのか?
私は展開していた障壁を解き、状況を確認する為に瞳を開けた。


「え――?」


目の前には新手のラロス改が接近していた。
まるで障壁を解くのを待っていたと言わんばかりに。
私は表情を強張らせる。


「逃げて!! 司!!」

「司ちゃん! 逃げてください!!」

《主っ!!》


魔導障壁の展開は間に合わず、ラロス改の機銃の雨は私の胸を貫いた。























あとがき

待て、待て、落ち着け! まだ慌てるような時間じゃない。それでも伯爵なら……伯爵ならきっと何とかしてくれる!!




補足

出てくる兵器に関しては 『ググれば詳細分かるんじゃん』という天啓を受けたので、今回からは重要な物以外は割愛することとさせていただきます。


・3.7 cm PaK 36

37mm級としては威力のある方だったが、史実ではソ連やイギリス、フランスの重装甲戦車には叶わず。叩くだけ貫通しないという意味で『ドアノッカー』と呼ばれた。対戦車砲(笑い)。

・バルシュミーデ中尉

作者の捏造ウィッチ第二弾、あまり出したくないとか言ってた割にはノリノリで出してしまった。
元ネタの人物はなし。作者の中でのイメージは優秀だけれど、どこか三枚目なお嬢様。
シャベルのようモノを用いた白兵戦を得意とする。


・MG34機関銃

史実はラインメタルやマウザー・ヴェルケなどが製造していた機関銃。
スペイン内戦で活躍し、その後もドイツ陸軍の汎用機関銃として愛用された。
しかし職人により精密な削り出し部品が多用され、生産性が悪かった為、プレス加工を使い、安価に量産することのできるMG42に取って代わられる。
ちなみMG42はアニメ・ストライクウィッチーズでカールスラント組が使っていた機関銃である。


・ディオミディア80cm列車砲装備型

作者のオリ設定ネウロイ、スオムスいらん子中隊一巻のボスである超大型爆撃機ネウロイ、ディオミディアにカールスラントの誇る変態兵器が融合したという設定のとんでもネウロイ。
オリジナルの列車砲は一発撃つのにも凄まじい時間(だいたい30分から45分)がかかるが、こいつはバカスカ撃ってくるという。
すごい! すごく強い! すごくデカイ! すごいネウロイだ!! ←どこかの超ド級戦艦みたく。



[25145] 第十三話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/04/23 09:18
Der Freischütz 第十三話 「吸血騎/BLASTER ARTS」




一を十となせ、
二を去るにまかせよ、
三をただちにつくれ、
しからば汝は富まん、
四は棄てよ、
五と六より七と八を生め。
かく魔女は説く。
かくて成就せん。
すなわち九は一にして、
十は無なり。
これを魔女の九九という。

――ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、『ファウスト』より。







落ちる、墜ちる、堕ちていく――、
私は……、私の意識はただひたすらに何かに引かれ落下する。
重力だろうか? それとも死だろうか?
どちらにしろ結末も顛末も変わらない。
終わりでしかないのだ。


(死ぬ前にオムライス食べたかったな……)


フワフワ卵のオムライスを時間をかけてじっくり調理して、お腹いっぱい食べたかった。


「くぁ、は……」


うまく呼吸ができない。
肺をやられているのだろうか、それに心臓も動いていない。
一瞬のはずの落下が長く感じる、走馬灯というヤツだろうか?
……考えても仕方がないか、私はどの道、墜ちることしかできないのだから。


「終わりになどさせぬよ」


不意に、落下による浮遊感が消失する。
何者かによって掴まれたのだ。


「幕引きにはまだ早すぎる。さぁ、我が主よ」


私の意識は聞き覚えのある声と共に、上と引っ張り上げられた。


「――ここは、私どうなったの?」


確かここは、伯爵の心象風景であるお城の一室だ。
私の意識は先程と違って、鮮明だった。
胸が苦しくも、痛くもない。


「主の意識をここまで引っ張り上げるに苦労したよ。ちなみに今はこの精神空間での時間は極限まで引き延ばされている。今も現実では、我と主は落下しているよ」


「……そうだ、戻らなきゃ」


けれど、どうやって意識を現実に回帰させるか、分からない私はオロオロしてしまう。
それに現実の私は今どうなって……、


「落ち着け、ここでの時間は現実での一秒にも満たない。焦る必要はない。それに戻ったところで今のままでは落ちて死ぬだけだぞ。――だが、我ならば何とかできる。このゴイスーなデンジャーから切り抜ける術を持っている」


「本当に!?」


なら早く戻ろうと言う前に、伯爵の様子がいつもと違うことに私は気付く。


「ああ、ただしそれは……我が化物としての力を十二分に発揮することが必要なのだ。」


伯爵の声色が変わる。
いつになく真剣な様子で伯爵は語りを続けた。


「今より主が振るう力は、魔女の域を、人の域を超えるモノだ。聖剣を手に入れた円卓の王しかり、ひとたびソレを振るえば、全てを持つことができるが、それは同時に全てを失う羽目になることを意味する。――覚えておけ主よ、栄光と破滅は常に背中合わせなのだ。一時の勝利の代償として多大な後悔をするやもしれん。それでも我の真なる力を欲するか? 過去の王にして未来の王などとほざく道化の愚者と同じく、剣を抜く覚悟があるか?」


いつもの間にか風景が変わっていた。
大きく開けた大地、緑の広がる丘の上、突き刺さった赤い剣の後ろに伯爵は仁王立ちしている。
あの剣は……、確かいつかの夢の中で伯爵が、雷を使う魔女と戦う時に使っていたモノに似ていた。


私は丘の上へと駆け上がる。
そして丘の上に刺さった剣に手をかけた。


「ねぇ、伯爵?」


「何だ、主よ?」


「その力を使えば、あのネウロイを倒せるんだよね?」


「勿論だ。だが、倒さなければ良かったと思うほどの後悔を抱くことになるやもしれぬが」


それならば……と剣に握る力をさらに強める。


「伯爵は後悔って、したことある?」


「我が生は後悔の連続だよ。一時は自分自身の生まれを呪ったことさえあった。まぁ、それを含めて今の我があるわけだが」


「私も同じだよ。特に前世の人生は後悔ばかりだった。―――だから後悔なんて後ですればいい。どうせ、やらなくても後悔するんだから、―――私は剣を振るうことを選ぶよ」


私は岩に刺さった深紅の剣を引き抜く。
後悔は後にすればいい。
私はやれることを、やりたいことをやって進むだけだ。
以前(前世)のように、やらなくて後悔することだけはしたくないから。


「『やらなくても後悔する』か……成程、道理だな」


そうして私達の意識は現実へと戻った。



……………………………………………………………………………………
………………………………………………………
…………………………………



「つかさぁぁああぁ!!」


智子は力の限り、絶叫した。
たった今、自分とハルカを爆風から庇った司が、ラロス改に撃たれたのだ。
新人である彼女が、守るべき対象である彼女が、胸を貫かれて落下している。
その事実が智子をひどく取り乱させた。


「離しなさい、ハルカ!! 司を! あの子を助けないと!!」


「すごい数のラロス改が向かってきてるんですよ!! あの中に突っ込んだら智子大尉も死んじゃいます!!」


大量のラロス改が迫る中、その中に突入しようとする智子をハルカは抑えていた。
火事場の馬鹿か、はたまた智子への愛がなせる業か、ハルカは凄まじい力で智子を後ろからがっちりと抑えこみ、零式艦上戦闘脚の魔道エンジンを全開にして、徐々に後ろに引っ張っていく。


「関係ないわ! 私はねぇ!! 危なくなったら、あの子を助けてあげるって約束したのよ!! それなのに逆に助けられて、それを見捨てるなんて! なにがウィッチよ! なにが扶桑海の巴御前よ!! 仲間一人守れなくて、なにが誰よりも優れたウィッチになるよ!! 離しなさい迫水少尉! これは命令よ!!」


「そんな命令には従えません! 智子大尉は錯乱しているんです!! それとも、司ちゃんの行為を無駄にするつもりなんですか!!」

「そんな風に言って、あの子はまだ死んで……え!?」


落下していく司から目を離していなかった智子は異変に気付く。
墜落している司の体が空中で停止し、赤い魔法陣が展開したのだ。


「どうしたんですか……なに? 司ちゃんから赤い魔法陣が、それにどんどん広がってる」


赤い魔法陣は司を基点にして際限なく広がり続ける。
その魔法陣はキ60戦闘脚に内蔵されている最新理論の東洋式魔法陣術式ではなく、欧州のストライカーユニットに使われる西洋式魔法陣術式にどこか似ていた。
古風であり、どこか禍々しい印象を受けるその魔法陣は植物の根が広がる様にゼーロウ高地全土に広がっていく。








「――なんだ、あれは!?」


突然の巨大砲塔搭載型ディオミディアの登場に、体勢を立て直すために後退していた扶桑海軍航空隊の坂本美緒は、驚きの声をあげる。
魔眼により、ディオミディアの様子を窺っていた美緒は巨大な魔法陣の発生を確認したのだ。
そして……、


「赤い魔法陣を中心にして何かが集まっている? 魔力か、いや違う、何だ、何が集まっている……!?」


美緒の魔眼は、何か魔法陣に収束している様子を確認する。
けれど、それが何であるかは、“幸い”にも理解することはなかった。

















遠い昔の話をしよう。
欧州のとある場所に、伯爵と呼ばれる吸血鬼がいた。
彼女がどこから来たのかは誰にも分からなかった。
コウモリの化け物だの、竜の化身だの、復活したヴラド公爵だの、さらには元は普通の魔女だったのと様々な噂が飛びかったが、誰一人真相を知る者は居なかったという。
金、地位、名誉、善意、悪意を問わず、様々な理由で多くの者達が伯爵を討ち取る為に挑んだ。
だが10人で挑めば、10人が倒され、100人で挑めば100人が返り討ちにあう。
領民を虐げていた位の高い貴族が、反乱を起こした民達を見せしめの為に皆殺しにしようと1000人の兵を向かわせた所、何故かその場に現れた伯爵に、その大部分が逆に命を刈り取られる事となったという逸話も存在する。
その話は現代まで語り継がれ、劇やオペラの題材にされることもしばしばだ。
その場に居合わせた騎士(ただし貴族側ではなく、民を守る為に参上している)が残した手記とされるモノが今でも現存しており、こう記されている。


『領主の暴挙を許せなかった私は、たった一人でその場に向かった。何ができるか自分にも分からなかったが、騎士として、できるだけのことをしようと参上したのだ。――しかし、到着した時に私が見た光景は、想像していた物とは違った。確かにそこで行われたのは虐殺だった。断じて、断じて戦などではなかったが、殺されていたのは民ではなく領主の差し向けた兵だったのだ。たった一人の少女に、年が十を超えるか、越えないかという少女一人に領主の差し向けた兵達が虐殺されている様子に私は自分の眼を疑った。血を吸えば吸うほど鍛えられるという伝説の魔剣フルンティングがごとく、少女は兵を殺めれば、殺めるほど力が増している様子で、まるで他人の命を糧としているようだという考えが頭をよぎり、そこで私は気付く。この少女こそ、音に聞く吸血鬼“伯爵”なのだと!!』


手記の中に『他人の命を奪い糧とする』とあるが、これについては他の文献にも似たような記述があり、この能力こそが当時の欧州において、伯爵という存在への恐怖を際立たせ、伯爵という存在が忌み嫌われることに拍車を掛けたという。






赤い魔法陣に力が収束する。
かつて命と呼ばれたものを、死者の骸より抜けていく生命力の残滓を魔法陣に集結させ、取り込んでいく。
伯爵の、他者の魔力と生命力を簒奪し、己が力に還元する能力は生者に対しては、吸血という行為を媒介にしなければ発動できない。
だが、死者ならば、物言わぬ骸に残る命の欠片ならば、伯爵は触れずとも吸収する事ができる。
これこそが伯爵を伯爵たらしめた力であり、蛆蝿が如く嫌悪された力であった。
皮肉にも、この世で最も命が軽く扱われるこの戦場こそが、伯爵という存在にとって最も命が泡立ち溢れる場所足りえるのだ。
ゼーロウ高地に散っていた何千ともいう命は、血のように紅い魔法陣を通じて、カリヤツカサという杯に注がれていく。
この戦場に到着してから、ほぼ無意識の内に、呼吸でも行うように行使していたこの力を、魔法陣を媒介にゼーロウ高地全域に広げる。
その命を自らの杯に収めるモノを魂を獲得する者、ソウルゲイナーと呼ぶのか、それとも魂を喰らう者、ソウルイーターと呼ぶのかは結局のところは、一人一人の主観によって決まるものでしかなった。







――無へと向かっていた命は、膨大なる生の濁流により、息を吹き返す。
まるで消えかけた蝋燭にガソリンを垂れ流すように……、その感覚は人知を超える人外の経験だった。
のたうち回るように、産声をあげるように、凄まじい刺激を伴って、欠損した肺が再生する、壊れた心臓が蘇生する。
一から始まり十で終わるのが、人の生だとするならば、この回復は、九を一に捻じ曲げ、十(終わり)を無へと還す、神をも冒涜した魔性の所業だった。
それは焼け付くような痛みであった。
それは蕩けるような快楽であった。
脳を焼き切られるような甘美な感覚。
しかし心は手放さない、剣を自らの手で握ったのだ。
ならば、最後まで己の意志で振るわねばならない、“伯爵”という銘を持つ魔剣を……。


汝が眼《マナコ》は我が眼。
汝が腕《カイナ》は我が腕。
―――故に汝が罪は、ことごとく我が罪なり。



(伯爵、私の見えているものが見える?)

《あぁ、見えているとも我が主よ。はっきりと見えている》

(じゃあ、行こうか)



今の私達はどちらに任せるわけではなく、二人で一人なのだから。


『Was gleicht wohl auf Erden dem Jagervergnugen?《この世で狩の喜びを何に例えられるだろう?(分かりきっている。例えられない、比べようもない娯楽なのだ)》』


無尽の力が体の中を駆け抜け、体に流れる魔力が変質していく、


『Wem sprudelt der Becher des Lebens so reich?《命の杯は誰が為に泡立ち溢れるのか?(決まっている。我らにこそだ――)》』


清らかなる、聖なる力を象徴するかの如く青い光を発していた魔力光は徐々に赤く、紅く染まっていった。
その色は、最後の瞬間まで、命を輝かせ続けてた者達が存在した証であった。


『Diana ist kundig, die Nacht zu erhellen, 《狩を司る神は夜を照らし》』


『Wie labend am Tage ihr Dunkel uns kuhlt. 《陽の光さえも陰らせる》』


まるで心の中のしがらみが一つ一つ溶けてゆくように感じている。
かつてこれほどまでに自分が自由だった事があっただろうか?
けれど認めよう、それも私だ、私なのだ。
決して手綱を放すことはしない。
それが私の責任なのだから。


『Den blutigen Wolf und den Eber zu fallen,《慈悲を知らぬ異形共を!》』


『Der gierig die grunenden Saaten durchwuhlt,《血に飢え、生を犯す獣共を喰い散らして》』


心が昂ぶり、震えているのが分かる。
倒せ、倒せ、倒せと散っていった者達が、流れ込んでくる魔力を通じて叫んでいるのだ。
あのような異形の存在は一片たりとも、一秒たりとも許してはならないと彼等が私に訴えかけている。
空に浮かぶ、あの怪砲を持った異形を撃ち滅ぼせと!!


『Beim Klange der Horner im Grunen zu liegen,《その断末魔を聞き、笑みを浮かべ》』


『Den Hirsch zu verfolgen durch Dickicht und Teich,《山河を飛翔し、獲物を追うは》』


『Ist furstliche Freude, Ist mannlich Verlangen.《王者の喜び、愚者の憧れ!》』



……………………………………………………………………………………………………



言霊を紡ぎ終えたその瞬間、吸血騎は降臨する。
装備されていた戦闘脚も、武器も、紅いナニカに浸食され、より強靭で、より禍々しいナニカに変貌を遂げていく。
体から溢れだす赤く魔力は辺り一帯に広がり、空を紅く、暗く曇らせた。


「さしずめ創造、魔夜の狩人《Der Freischutz Teufelsnacht》とでも言っていこうか。ようこそ、我が領域へネウロイ共。一つ異形の先達として、化物とは何であるか?ということを教授してやろう」


ラロス改の大群を前にし、司は牙をむくような笑みを浮かべると、かつて戦闘脚と呼ばれた飛行ユニットに膨大な魔力を込める。
魔道エンジンだったモノは、それに応え、心臓が脈打つように内部で可動すると、その魔力全てを余すことなく推力に変換していく。
紅い閃光が、紅い嵐となった司がラロス改の集団の中を疾駆し。瞬く間にラロス改達を一つ残らず鉄屑へと還す。



「どうした、そんなものでは私を相手にするには力不足だぞ」


まるで相手にならないと、相手する価値がないといった様子で、放出される余剰魔力の余波だけでラロス改を地へと叩き落していった。
だが、別の方向よりさらなるラロス改の集団が接近していく。
けれど……、


「蚊トンボ風情が、鬱陶しい。―――墜ちろ」


紅く変貌したPzB39より射出された弾丸は、人知を超えた軌道を描き、襲来するラロス改達の間を、乱舞する。
ネウロイ達が、自身に弾丸が貫通していく事象を知覚する前に、紅い魔弾は全てのコアを貫き、次々爆散していった。


「さて、邪魔な雑魚共は喰い散らした。早々にメインディッシュを頂くとしよう」


司は禍々しく変貌を遂げたPzB39を、遥か遠方に滞空している列車砲付きのディオミディアへと向ける。


「ちょっと、司! あなたどうなってるの!! 機銃に撃たれて落下したと思ったら、いきなり馬鹿にでかい赤い魔法陣が展開して、それで周りのラロス改を全部撃墜しちゃって一体なにが……!! あなた、目が紅くなって、それに戦闘脚も、武器も! 本当に何をやって――」


「ノープロブレムです、穴拭大尉。全て異常も、問題もありません」


ラロス改達が消滅したのを確認して、急いで近づいてきた智子は司を問いただそうとするが、司の『問題ない』という一言に遮られる。


「異常がないって、あなたその格好は……って砲弾がまた!! 逃げるわよ」


「いえ、問題はありません」



再度、ディオミディアの怪砲から数トンの重さを持つ砲弾が放たれる。
全てを破壊せしめるもの。
全てを焼き尽くすもの。
その一撃が大地に突き刺さろうと滑空する。
けれど……、



「落ちろ―――」



その砲弾は、紅い魔銃から放たれた魔弾に貫かれ、空中で爆発した。
この地上に地獄をもたらす悪魔の砲弾はさらに連続で放たれる。
応射、応射、応射、応射―――――、
一つ撃ち落とせば、いかに凄まじい魔力を込めた魔弾とて、数トンにもなる砲弾の爆発には耐えきれず、消滅する。
ならば――こちらも連射して撃ち落とせばいい。
PzB39という名を持っていた紅い魔銃はもはや本来の機構を無視し、ほぼフルオート同様の勢いで弾を発射していく。
弾を補充する為に、弾倉を魔銃に押しつけると、まるで貪るように中に取りこまれた。
鋼と鋼がぶつかり合い、天空にて無数の爆発が起きる。
数キロ間を挟んだ、荒野の決闘ならぬ、高地の決闘を、智子もハルカも唖然としながらも、その様子を黙って見守るしかなかった。


けれど、それは唐突に終わりをつげた。
怪砲から発射される砲弾の嵐が止んだのだ。



「弾切れか――?」



如何にあの巨躯といえど重さ、数トンにもなる砲弾を無尽に持つことは出来なかった様だ。
現に奇怪な形をした飛行型ネウロイがあの巨砲に近づき、何やら作業を行おうとしている。
おそらく補給だろう、それなら――。



「充填《チャージ》などさせるものか」



とはいえこちらも弾は残り少なく、あの巨躯を仕留めるには心許ない。
ならば、どう応報すればいい?


人がこの世に敷いてきた武に従うならば……、


素手にて挑むもは、剣にて斬り捨てればいい。
剣にて挑むものは、銃にて撃ち貫けばいい
銃にて挑むものは、砲にて吹き飛ばせばいい。
砲には戦車を、
戦車には爆撃機を、
爆撃機には戦闘機を、


それこそが戦争の、争いの、武の本質だ。
相手を凌駕するモノによって、相手を撃ち滅ぼすこの理に従うならば、どう応報する?
決まっている――。




異形が、人の英知の生みだした怪砲を持って、こちらを撃ち滅ぼさんとするならば――、

それを上回る、前人未到の、人知の及ばぬ魔砲を持って撃ち滅ぼせばいい。




「電磁結界・纏」




司の体より放出される膨大な魔力が紅蓮の稲妻へと変換される。
かつて伯爵を打倒した魔女、彼女の持っていた固有魔法を司は行使し、雷《イカズチ》を纏った。
だが足りない、魔砲を行使するにはまだ工程が足りないのだ。



「流れ――、回る」



司は自身の固有魔法を行使し、雷に流れを与える。
稲妻は魔銃へと流れ込み、奔り、魔銃の中で二つの流れが生まれた。
装填された銃弾を魔力で包み込む。
用意はできた。
後は、ひたすらに稲妻を、魔力を、命であったモノを魔銃へと注ぐのみである――。



――魔砲の話をしよう。魔砲とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない――



夢を追う資格が無い、と男は自分自身に告げた。
叶えられる願いでは決してない、と


生きる資格がないと、少女は告げられた。
化物が生きれば、誰もが不幸になる、と



その言葉に男は頷いた、認めてしまった。
自分は愚かだと、無力だと決めつけてしまった。


その言葉を少女は拒絶した。認めなかった。
自身の力を、魔性を行使した。




―――決断を、した

―――しかし、やはりあれは間違った選択ではなかったか?




『夢を追う資格が無い』というのなら―――、
それを得られるよう、私は奮うべきではなかったか?


『誰もを不幸にしてしまう』というなら
幸せをも生むよう、我は生きるべきではなかった?




何故、その決断が出来なかったのか、

―――そう、罪《悔恨》は其処に在る。




恋人の為、戦う者が居た。
北へ避難する恋人を守る為に、この高地に残り、戦って散った兵士が居た。

家族の為に戦う者が居た。
家族との生活を、平穏を取り戻す為に、この高地で戦い、そして散った兵士が居た。

友の為、戦う者が居た。
共に闘う戦友を守る為に、この高地で戦い、そして友を庇って散った兵士が居た。

祖国の為に戦う者が居た。
ネウロイによって侵略された祖国を取り戻すその日を信じて、最後までこの高地で戦い、散っていった兵士が居た。




夢から目を背けた男が居た。
そしてその男は、第二の生を受け少女となり、諦めた夢を再び追いかけていた。

生きることに疲れた化物が居た。
そしてその化物は、少女と出会い、再び生きることを決めた。



少女は憧れる、化物とまで呼ばれても諦めず、必死に生きようとした者の姿に。

化物は憧れる、諦めた夢を、再び追いかけ、前に進む者の姿に。



―――故に、この戦場には愛があった、勇気があった、希望があった、そして夢が存在していた。



それを証明する為、魔砲は成就する。



――魔砲の話をしよう。魔砲とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない――



魔銃の砲身に紅蓮の稲妻が迸り、唸りを上げる。
幾千もの散っていた者の命が、想いが、生きた証が、雷となり魔銃を流れる。
そして幾千もの雷が、魂が魔銃に収束し、魔砲は完成した。



「電磁投射魔砲《レールガン》」



そして魔砲は放たれる。
音速を越えた超速の一撃は怪砲を装備したディオミディアへと向かう。
放たれた弾丸は大気を切り裂き、ソニックブームを発生させる。
周辺を飛んでいた小型、中型ネウロイはその衝撃波を受けて地面に叩き落されていく。


神速の如く、空気を貫き滑空する。
神速を越え、異形を貫こうと疾駆する。
それはまさしく稲妻の槍だ。



「禍れ――」


まるで吸いこまれるように稲妻はディオミディアに着弾する。
魔砲より放たれた7.92mm弾は全長約50メートルもある列車砲を軽々と装備するその巨体に、それに釣り合う巨大な穴を穿った。
SF映画で熱線砲やレーザー砲を受けた宇宙船が、中心に穴を開けて外縁部が膨らみ、穴開きドーナツのようになる場合があるが、ディオミディアの姿はまさにそれであった。
中身のクリームがないロールケーキのようになったディオミディアは底部の列車砲を支える事が出来ず、怪砲は周辺の装甲と補給の為にとりついていたネウロイを伴って脱落し、地面へと落下した。



―――確かに魔砲は怪砲を凌駕した。
この戦場にあった、愛を、勇気を、希望を、夢を、消失していったモノの実在を証明したのだ。


しかしディオミディアは倒されていない、巨大な穴を穿たれながら、巨大な砲塔をなくしながらも、しぶとく生き残っていた。
ゆっくりとではあるが穿たれたディオミディアの穴は再生していく。




「あれを喰らって生き残るとは――、だが、いかに堅固な城塞とて……天の鉄槌《イナズマ》の前では脆いことは、既に証明された。故にもう一度、今度は直接叩きこんでやるだけだ」



虚空へと手を伸ばすと、そこには紅い魔剣であった。

精神世界で司が自ら引き抜いた剣をその手に握る。

するとその姿が変わる、西洋剣の姿をしていた魔剣は、扶桑刀に、刀と鞘に姿を変化させる。


「電磁結界・纏。流れ――、集う」


再び放出する魔力を稲妻へと変換し、今度は腰に構まえた扶桑刀に収束させていく。


「ちょっと、司、あんた今度は何をする気!!」


まるで白昼夢を見たかのように、呆然と滞空していた智子は、我を取り戻して司に声をかけるが、既に遅く、司はディオミディアに一直線に飛んでいく。
司は自身に掛かっている重力軽減の魔法を解除する。
これにより飛行可能としている戦闘脚が、それを解除すれば普通ならば地面に真っ逆さまであろう。
しかし――、



「辰気加速《グラビティ・アクセル》」



同時に司は己に掛かる重力を自身の固有魔法で捻じ曲げ、推力へと転化する。
さらに加速した司は、あっという間にディオミディアとの距離を詰める。
ディオミディアは装備した無数の機銃の嵐は、近づく者を例えウィッチだろうと死へと追いやる死の雨だ。
けれど、司の魔導障壁に針の穴一つ通すことはできない。



「蒐窮開闢 終焉執行 虚無発現―――《おわりをはじめる しをおこなう そらをあらわす》」



紅蓮の稲妻が鞘とそれに納められた刀に収束し、凄まじい唸りを上げて震える。
その脳裏に描くのは紅い武者、呪われし妖甲、ソレの放つ必殺の一撃を具現せん為にその言霊を紡ぐ。
しかし司はソレの修めた剣術を知らない、必殺の剣を放つ為の技を司は持たない。



―――ならば、放つ為の技を、獲得した他者の経験から代用すればいい。



「無双神殿流、“空の太刀”が崩し……」


穴拭大尉が行使する必殺の空中抜刀術、その一撃を下地にし、魔性にして神速の剣技を再現せんとする。
この剣技は、絵空事に過ぎなかった。
頭に思い描く、架空の一撃を行なおうとしているのだから……、
けれど、魔法という名の力は、魔砲の時と同じく、その想い、願いを現実の形として成就させる。



「電磁抜刀《レールガン》、―――――“禍”《マガツ》」



刹那の間に、鞘から抜刀される。
その瞬間、放たれた天の鉄槌《イナズマ》により、ディオミディアの巨躯は一刀のもとに、両断された。
―――魔剣はここに完成したのだ。


「異形・断つべし!!」




















その様子を見たいたモノが一斉に叫ぶ。


「戦乙女だ、ヴァルハラより戦乙女が降臨したのだ!!」


ある者は司の姿に戦乙女を見出し。


「ドラクル《竜の化身》だ!! ドラクルが! 伯爵が現代に復活したんだ!! ガキの頃に聞いた御伽話の通りに血のように紅い魔力を迸らせながら、今も空を飛んでいる!!」



ある者はその姿に不死の化物を見出す。


そして……、


「あのネウロイをたった一人で倒すとは、―――英雄だ。このゼーロウ高地にて英雄が生まれた。あれこそ我々の、いや人類の希望だ」


そして多くの者が司の姿に英雄を見出した。
遥か古に聖剣を抜いた円卓の王が如く、
栄光という名の人参を眼下に吊り下げられ、蒼ざめた馬と競って走る、愚かなサラブレットが如く、
その姿を見出され、担ぎ上げられた人間の多くが頂点に達した瞬間に、地面へと叩き落される。


剣を握った者の行く末を、―――この時は誰もが知らなかった。
















あとがき


自分の趣味全開の話でした。
というか装甲悪鬼ネタが多すぎる!! タイトルも装甲悪鬼ネタで、吸血騎は勿論の事、BLASTER ARTSはBLADE ARTSから取りました。
今回は全くスト魔女小説書いてる気がしなかった……。


追伸

冷静なって読み返したら『コレナンテ最低系?』って自分でも思いました。
でも本格的に改定しようとすると、ダレて続きを書かなくなってしまう可能性があるのでこのままいこうと思います。
本当に申し訳ありません。



[25145] 第十四話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/03/22 11:08
Der Freischütz 第十四話 「変遷する明日」




「今回の議題である。オペレーション『ビフレスト』および『チェンベルス』の一環として、カールスラント軍が主体となって行った、ゼーロウ高地の残留カールラント陸軍部隊の大規模撤退支援作戦の報告は以上です。詳細に関しては、お手元に配られた資料の参照してください」


ブリタニアの某所にて、対ネウロイ連合国最高司令部の会議が行われていた。
会議の主な議題は既に完遂された残留カールラント陸軍部隊の大規模撤退支援作戦の報告とガリア防衛および避難民の支援をどう行っていくかという事だった。
本来ならば残留カールラント陸軍部隊に対する大規模撤退支援作戦に関してはこの連合国会議の中では議題にするものではなかった。
撤退支援作戦は、連合国ではなくカールスラントがほぼ独自に主導で行った作戦だ。
各国に報告を回してしまえば、本来それで事足りるモノなのだが、今回はいくつか事情が違った。


「―――80cm砲搭載型ディオミディアか、まったくもって厄介なモノが現れたモノだ」


遠方より撮影され、粗いながらも全体像が写っている資料の写真に目をやりながら、会議参加している者の一人が口を開いた。
続けて別の者たちも口を開いていく。


「推定最大射程は80cm列車砲の軽く見積もって約8倍。有効射程は報告から推測するに約3倍程度。底部装備で砲を上に向けられないのが救いですな」


「そもそもあんな口径の砲を飛行物体の上部に取り付けて撃てば、反動で真っ逆さまだよ。普通ならば底部に取り付けて撃ってもバランスを崩して、同じ事になる筈なのだが、それを連射できるとは……つくづくネウロイ共には我々の常識が通用しないことを思い知らされるよ」


「こちらの兵器を取りこんで、さらに強力な兵器として使用する……、別の方面から考えるなら、我々がネウロイ化した兵器のコントロールを可能にできれば、ウィッチに頼らずともネウロイに対抗できるという事ですな。各国共同で行っている対ネウロイ研究が進まぬ現状では、夢のまた夢ではありますが」


それは進まぬ対ネウロイ研究を皮肉り、冗談めかしに出た発言だった。
会議に主席した誰しもが、苦笑を浮かべる中……、ブリタニア軍の代表の一人として出席していた“とある空軍少将”だけは眉をヒクつかせて真剣にその言葉に反応したが、そのことに気付く者は誰も居なかった。


「しかしながら、このネウロイの出現はカールスラントの不手際では? 列車砲を投棄が今回のネウロイ登場に繋がった訳ですから。全く、無用の長物ならまだしも敵に利用されるなど……、今後、同型のネウロイが前線に出てきたら、どう責任を取るおつもりで?」


嫌味ったらしく、わざわざ相手を逆撫でするようになじる発言に出席していたカールスラントの軍人たちは苦虫を噛み潰したような顔をし、刺すような視線を発言相手に返す。


「よさないか! 今回の会議ではその事を話すものではない、 肝心なのはここからなのだ。君、もう一度、例の写真を映してくれ」


「はっ、了解しました」


指示を受けた士官の一人が、エピスコープ(反射式幻灯機)にて拡大投影した写真をスクリーンに映す。
そこには上空に展開している赤い魔法陣が映し出されていた。


「――先程の報告のあったように、この赤い魔法陣が展開収束が確認された後、件(くだん)のディオミディアは僅か、十数分で撃破されたそうだ。それも“たった一人のウィッチ”に」


「付け加えるならば、その後、そのウィッチは防衛線付近に居たネウロイの大半を撃滅しています。それ以降はネウロイの襲撃は収束し、ほぼ犠牲を出すことなく無事に海岸線への撤退を完遂。序盤の攻勢や80cm砲搭載ネウロイにより数千人の犠牲者が出たモノの、支援作戦内で出た損耗は撤退支援に参加した兵も合わせ、奇跡的に一割を超えなかったそうです」


「悪いですが、私はこの報告書を書いた者の正気を疑いますよ。もしくは三流脚本家が書いた内容が資料の中に混じったとでも? リベリアン共が好みそうな筋書きだ。ハリウッド辺りで映画化でもすればいい。きっと巨大なゴリラがニューヨークで暴れるあの映画の時と同じくバカ受けだ。スクリーン越しでも、大西洋越しでも、自分達に被害の及ばない対岸の火事に傍観を決め込むのが大好きな連中ですからな」


対ネウロイ連合国の中でも今回の会議に参加していないリベリオンに対して、一人が痛烈な皮肉を放つ。
リベリオンは欧州に対し、武器弾薬、燃料および食料などを支援しているが、支援艦隊の派遣は未だになかったのだ。
それについて、リベリオンは様々な弁明をしていたが、所詮は建て前に過ぎず、高度な政治的判断というのが本音であることは明白であった。
けれど、大規模な物資支援を受けている欧州各国は、それについて面と向かって文句を言うことはできない状態なのである。


「……今の発言は聞かなかったことにしておこう。今回の報告書は撤退戦に参加した多くの将兵から証言を纏めた物だ。そして彼等は口を揃えてこう言ったそうだ。『ゼーロウ高地にて新たな英雄が生まれた』とな」


「英雄ですか……、ますますキナ臭くなってきましたな」


「英雄というより、化物ですよ。報告書には一撃でディオミディアに円筒状の巨大な穴を開け、その後に真っ二つに両断したと書いてありますし。それに件の彼女は赤い魔法陣を展開する直前に、ラロス改の機銃の直撃を胸部に受けているという報告をある。着衣にも胸から背中にかけて無数の貫通痕とおびただしい血痕が残っていたというのに、どうして帰投した彼女は“無傷”だったですか? まるで、数百年前に欧州に居たという吸血鬼だ……」


「確かに、使い魔が蝙蝠であることいい。不気味なほど印象が重なる。吸血鬼“伯爵”に……」


「伯爵ですか……、それこそ中世の創話でしょう。文献には数多く残されていますが、実在した証拠は見つかってはいない。ただの偶然ですよ」


「そうは言うが、彼女は赤い魔法陣を展開したことに加え、瞳の色を赤く変化させていたという! それに複数の固有魔法の使用!! これらは多くの文献に記されている伯爵の特徴に合致―――」


「そこまでにして頂きたい! 何時からこの会合はオカルト好きの集まる討論会になったのですか? 我々は彼女、ツカサ・カリヤの戦果の報告を受けて、彼女をどう扱うか?というものを議論する為にここに集まったのです。 決して彼女の力の正体は何なのか?という議論をする為に集まった訳ではありません。それは専門家達に任せておけばいい」


議論を加熱しようとして出席者たちはその声に押し黙る。
そう、今回の会議での決めるべきは司の処遇だった。
司の所属が扶桑皇国海軍遣欧艦隊であったならば、この会議の検討すべき案件には上がらなかっただろう。
しかし、司の所属はスオムス義勇独立飛行中隊、連合国最高司令部の傘下にある部隊の所属なのだ。
いくらその部隊が連合各国が問題児ばかりを送り出し、『後はスオムスで何とかしてくれ』と指揮権をスオムスに押しつけた名ばかりの傘下部隊であろうとも、その処遇を決める権利は連合国最高司令部にある。
残留カールラント陸軍部隊の大規模撤退支援作戦に際し、カールスラントが連合国に協力を要請した所、義勇飛行中隊をゼーロウ高地に派遣を決定したのも最高司令部であった。
よって彼等は司の処遇を決める権利を持つ。


「当初あった予定を変更して、彼女には部隊ごと、ここブリタニアに向かってもらっている。問題は今度についてだが……」



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「やはり何事にも、判断する時間が必要ででしょう。ゼーロウ高地にて起こった事が奇跡が都合よく、二度続くとは限らない。過度な期待は禁物ですよ。まだ彼女はあまりに幼いのだ。彼女という存在の将来性を見る為にもここは一つ、――――ということで。反対の方はおられますかな?」


様々な意見が飛び交った後、一人の男が全体としての意見をまとめる。
そこにいる者達の意見はみな揃ってほぼ同じだった。
目の届くところでおいて、ゼーロウ高地での活躍の真偽と、彼女という存在が今後連合各国にどんな益をもたらすかということを見極めたい。
つまりは…………、


「反対意見がないようならば、取り敢えずの扱いはそういうことでよろしいですな」


出席者たちは頷いていく。


「一つよろしいでしょうか?」


カールスラントの代表としていた男が挙手をした。


「どうぞ」


「我々としては、彼女をカールスラント軍のプロパガンダに使いたいと思っています。その許可を頂きたい」


「ほう――、なるほど。しかしそれならば我々より先に、扶桑に伺いを立てるのが筋なのでは?」


「それならば心配はありません。既に扶桑との話はつけてありますので」


その言葉に、出席していた扶桑の代表達が頷く。


「それは失礼した。けれどまだ彼女の力の真偽は明らかになっていませんが、それでもよろしいので?」


「構いせん。我々は此度の大戦で多くを失いました。祖国の大地を、多くの同胞を。けれどまだ戦いは続いていく、そんな我々には新たな心の拠り所が必要なのです。祖国を失い、散り散りに分かたれた我らの心を纏める新しき御旗となる存在が……。そんな時に、彼女が現れた。聞けば彼女は祖父がカールスラント人とのこと。カールスラントの血を持つ扶桑のウィッチが、ゼーロウ高地にてカールスラント陸軍の危機をたった一人で救った。既にゼーロウ高地より生き残った者達の多くがそう語っています。この話を聞けば、我が国の多くの人間が勇気づけられるでしょう」


既にバルトランドに脱出したカールスラント軍の間で広がっている現代の英雄譚をカールスラント国民全員に伝え、広げることで疲弊した士気を鼓舞する事が目的であり、詳しい真相など二の次であると、暗にそう告げたのだ。


「分かりました。そういうことならば、反対する理由はありません。みなさんもいいですね」


反対意見は出なかった。
そうしてツカサ・カリヤに関する案件での議論は終息へと向かう。


「ところで件の彼女は、今どうしてるのですか?」


「力の使い過ぎかは分からないが、軽度の精神的な虚脱症状にあるらしい。片腕に蓄積した極度の疲労に合わせ、こちらに向かっている船の中、ベットの上で療養中とのことだが、中々面白い子ではあるようだ」


「というと?」


「ゼーロウ高地より帰還した後に、『功績を称え、褒賞を与えるが、何か欲しい物があるか?』と聞かれ、彼女は『卵が欲しい』と答えたそうだ。何でもオムライスなる卵料理を自分で作ってお腹いっぱい食べたかったらしい」






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「主よ、具合の方はどうだ?」


ベットに横たわる少女の傍らに、同じく幼い少女の姿があった。
赤い瞳を持つ少女はベットの横たわる少女を気遣う。
円形の金属枠に収まったガラスから差し込む光が、二人の姿を淡く照らし出していた。


「大丈夫……」


「せっかく智子が新鮮なリンゴを切って置いてくれたのだ。少しは口にしたらどうだ?」


「そうだね」


「しかし、凄まじい活躍だった。あの怪砲付きを両断した後も、残りのネウロイを……こう、『バーン! ネウロイ君、吹き飛ばされた!!』みたくバッタバッタと倒していって。おかげで魔力はスッカラカンだがな」


「そうだね」


「もしかして電磁抜刀の所為で、片手が酷い筋肉痛になって動かさせない事を拗ねているのか。確かに提案したのは我だったが、あの時は主もノリノリだったではないか。それに、もし我の肉体強化なしでアレを放っていたら、刀が腕ごと吹っ飛んでいたぞ、『ロケットパンチ~~!!』みたく。まぁ、我が提案しなければこんな事にはならなかった訳だが……、正直、剣術を甘く見ていた。これが世に言う『才なく心なく刀刃を弄んだ』報いというやつかも知れんな」


「そうだね」


凄まじく突っ込みの入れるべき台詞を、ベットの傍の椅子に座っている少女、の姿を伯爵は口に出す。
普通ならば『腕が吹き飛んだってどういうこと!?』、『才なく心なく刀刃を弄んだって……、刃鳴乙、もしくは村正』、『伯爵は報いを受けてないでしょ!!』などと多様な返答を返すべきはずの司は、心に波風一つ立ってはいない様子で、先程と同じ返答を返した。


「なぁ、主よ。そろそろ『何で、伯爵が人間の姿になってるの? 見つかったらマズイでしょ』とか『なんでいきなり、穴拭大尉を智子とか呼び捨てにしてるの』と我に突っ込んだり――」


「――そうだね」


「やはりまだ抜け殻状態か……。皆、主の事を心配していたぞ。まるで死人の様だと。」


そう、現在の司はまるで抜け殻の様だった。
全てを成し遂げた後の様に、
真っ白に燃え尽きだが如く、
その身をベットへと横たえていた。


「――大丈夫。ちゃんと私は生きてるよ。ただ……、あの時は、あの戦いの中では、私の中に確かに全てがあったんだ。みんなの命も、みんなの心も、みんなの願いも、だから私はあの力を戸惑うことなく、躊躇なく、振るうことができたんだと思う。けど、それがごっそり全部無くなって、空っぽになったから、多分今は抜け殻みたいなっているだろうね……私」


窓から差し込む光の方に顔を向けながら、どこか他人事のように司は呟く。


「――過大なる力は、人に全能を錯覚させる。魔力と共に自身の一部となっていた他者の残留思念が、主の精神に取りこまれ自我の極大化を引き起こし、その後に魔力消費をしたことにより膨らんでいた自我が核であった主の精神を残して消失。擬似的な自己の欠落から来る虚脱だ。ようするには膨らみ過ぎた風船《せいしん》が元に戻ったのを、心と体が萎んだと誤解して虚脱が起こっているだけで、2,3日もすれば元に戻る。安心しろ」


横たわる司の髪を撫でながら、労わるように伯爵は司を励ます。
その顔には聖母のような慈悲の心が顕われていた。


「自分の意志で力を振るっていたつもりが、結局を力に振り回されていたんだね。駄目だな私。それに比べて伯爵はあんな力をずっと振るっていたなんてすごいよ……」


「いや、正直我も今回は流れてくる感情に酔っていた。主と変わらぬよ」


「どうして……? 慣れてる筈じゃ――」


「あれほど多くの共感できる想いなど、我に流れ込んでくることはなかったよ。我が奪った命から流れ来る感情など、恐れや怒りなどとの害意ばかりだ。『死ね、呪われろ、害されろ、、化け物、お前のせいだ、消えされ、滅びろ』……並びたてれば、キリがない。城を一つを自分の物とし、伯爵と名乗るようになってから我の噂は瞬く間に広がった。それからというもの、何でも我の所為にされたのだ。疫病も、干ばつも、不作も、貧困も、果ては……どこぞの貴族に嫁いだ女が子供を一向に授からぬのは我の呪いの所為などと言われ、兵を差し向けられたこともあった。ゴルゴムも真っ青、いや奴等は実際に全て事を起していたから『これも全て乾巧って奴の所為なんだ』の方が近いか。なんにせよ、そんな奴等の想いをいくら取り込もうと精神の同化など起こらぬさ。ただただ、濁って腐ったヘドロのような悪意が胎に溜まっていくだけだ」


「それでも凄いよ。そんな悪意に晒されて生き残ってきたんだから、私より伯爵の方がよっぽど強い。私だったら『お前は化物だ、皆を不幸にする』って言われたら生きていけないもの」


その言葉に、伯爵は少しだけ辛そうに顔を歪めた。


「そういえば、見たのだったな…………互いの記憶の奥までも」



あの戦闘の最中、同調が深い所まできていた為に、垣間見たのだ。
深く沈みこんだ、果ての記憶を。


「蝙蝠じゃなくて、その人の姿が本当の姿だったんだね。気付かなかったよ、伯爵が本当にドラキュラ伯爵だったなんて」


まるで今日の天気でも語るように、ごく当たり前のことを語るように、司は伯爵に返答する。
その声からは驚きも、恐れも、怒りも感じられない、穏やかな口調だった。


「それで我との契約はどうするのだ? 解除するならば今にでも――」


「しないよ。だから伯爵、これまで通りに私といっしょに居てほしい、力を貸してほしい」


虚脱に陥っている筈の司だったが、その言葉には確かな熱が篭っていた。
伯爵はその熱を確かに感じ取る。


「何故だ、我の記憶を見たのだろう? 我は災厄しか呼ばぬ死神だ。我はあの戦場にて主に絶大な力を与えた、しかしそれは魔の契約、ザミエルに魂を売ったカスパールはどうなった? メフィストフェレスと契約したファウストはどんな末路をたどったのだ? 非業の死だ、悲惨な末路でしかない。だというのに何故、我との契約を続けようと思う?」


常人はそんなものは求めない、破滅する分かってもその力を手にしようとする者は愚者なのだ。
そして、力を手にした愚者が大義を成せば、それは英雄へと名を変える。
司は自身に英雄など求めない。
ならば、何を持って、司は愚者たらんとするのか?


「伯爵も見たでしょ? 私の前の人生を、本当に後悔ばっかりだった。やりもしないで諦めて、その癖、後ろばっかりチラチラと振り返って『○○しておけばよかった』と数え切れないくらい呟いてた。もうそんなのは嫌なんだ。だから私は……、後悔するなら、せめて自分のやりたい事をやって後悔したい。あの紅い剣を抜いた時に決めたように、私は自分自身の意志で伯爵との契約を続けるよ。伯爵が何者だろうと構わない。私はこれまで通り、伯爵と一緒に戦っていきたいんだ。だから、ここで別れるなんて私が許さない」


どうせ後悔するならば、自ら望んだことをやって後悔する愚か者でありたい。
その想いが、狩谷司という人間の根幹にあるが故に、答えは最初から決まっていた。
それが、どれほど愚かな選択であろうとも。


「……主も大概だな。その一念への執着、狂っているぞ、――だがそれがいい。良かろう、付き合ってやる。たとえ死が我らが別とうとしても、地獄の果てまで付いていこう。そして主が望むなら、何度でもそこから引っ張り上げてやる。だから安心して、その一念を貫けばいい」


「……ありがとう、伯爵。卵が貰えたら、伯爵の分のオムライスも用意するから」


「それは楽しみだな」


司を虚脱の為、弱々しい笑みを浮かべながらも伯爵の手を取る。
伯爵はその手を強く握り返す。
二人は手を取り合い、明日を進むことを選んだのだ。
たとえその明日が、――どんなに自分達が望んだモノから外れようとも。






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―――場所は再び、連合国最高司令部の会議へと戻る。


「まったくガリアの今後について話しているというのに、この場にガリアの代表が居ないとは……」


現在、会議の中ではガリア防衛および避難民の支援について話し合われていたが、そこにガリア代表の姿はなかった。


「防衛線の崩壊、その混乱でまさか無政府状態になるとは……、カールスラントのように、本土から撤退準備を十分に行っていればこんなことにはならなかったものを」


「今だにガリア全軍の指揮系統は麻痺している。南部に展開している連合軍の傘下に入ることで何とか機能をしてはいるが……。連絡によれば、南部に避難したガリア首脳部は何やら、内輪で責任の押し付け合いを行っているようで、このままいけば、ガリアは複数に割れますな」


「――全く何をやっているやら」


「そんなことを、いくら話そうと状況は良くならんよ。話すべきは今後の事だ。早急な防衛網の構築でガリア南部へのこれ以上のネウロイ流入は防ぐことはできた。次の問題は北部だ。南部に向かっていたネウロイ達が今度は北部へ向かおうと動きを変えている。北部のガリア避難民およびカールスラント避難民の避難状況はどうなっているかね?」


「オペレージョン『ダイナモ』により、カールスラント難民を先導してガリアに避難していたカールスラント軍や北部に展開していたガリヤ軍の部隊の活躍により、ブリタニアにへの避難は着々と行われています。ただ避難民の数が多いので完了にはいましばらく掛かるかと」


「北部のネウロイ侵攻を遅延させているのはやはりウィッチ達の活躍でしょう。特にカールスラントからの撤退で連戦を重ねているベテランウィッチ達の戦果は聞きしに勝るものがある、確かパ・ド・カレーに展開しているのでしたね」


「やはり、次世代の航空戦力はストライカーユニットとそれを運用するウィッチだな。戦闘機など、この第二次ネウロイ大戦の中では二級線兵器に過ぎん」


その言葉に、各国の空軍関係者達は複雑な思いを抱いた。
今まで自分達と共に歩んできた物が、その存在を否定される現実に。
そして、ブリタニアの“とある空軍少将”トレヴァー・マロニーはその言葉に本当に悔しそうに顔を歪めていたのだった。
だが、マロニー少将の眼は強い光を持っていた。
ネウロイからも、ウィッチからも、
いつか、いつの日にか、自分の空を、自分達の空を、必ず取り戻さんという野望に瞳を輝かせる。
その野望に気付く者は、今は誰も居なかった。


会議内の空気が若干重くなったが、変化に機敏に反応した出席者である一人が、雰囲気を変える為に新たな話題を振る。


「パ・ド・カレーと聞いて思い出しましたが、パ・ド・カレー領主は避難民のブリタニア渡航に尽力し、現地に残っているそうです。『領主である私が逃げては、領民に、皆に示しがつかない。最後まで貴族としての責任を全うする』と言ったそうで、まさにノブレス・オブリージュ、パ・ド・カレー領主の“クロステルマン”伯は貴族の鏡ですね」


その話題により、会議は重苦しい雰囲気から持ち直す。
けれど、クロステルマン伯の子女がウィッチの正規訓練を受けているという話になった辺りから、また雲雪が怪しくなる事となった。






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ガリア北部 パ・ド・カレー



「お父様、やはり私一人がブリタニアに逃げることなどできません! 私も最後まで!!」


金の長髪に眼鏡をかけた少女は、大きな声で父親に訴えかけていた。
けれど父親がその言葉に首を縦に振ることはなく、面と向かい娘の肩に手を置き、諭すように告げる。


「ピエレッテ、私は貴族としての務めを果たさなければならない。同じ様に、お前にもウィッチとしての務めがあるのだ。ガリアは北部はこのパ・ド・カレーも含め、間もなく陥落するだろう。その時、この地を、ガリアの大地を再び取り戻す為に必ずやウィッチの力が必要となる。お前はその役目を果たす為に必ずや生き残らなければならない。――だから先にブリタニアへと行くんだ、ピエレッテ」


「お父様……、わたし、わたし」


「泣かないでおくれ、……お前は母さんに似て、強い子なのだから」


涙を流す我が子を、父親はその両の手でしっかりと抱きしめた。




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「おつかれミーナ」


金の短髪をした男は、赤く長い髪をし、カールスラントの制服を着たウィッチに飲み物とタオルを渡す。


「ありがとう」


「状況はどうなっている?」


戦闘から戻ってきた恋人に男は聞いた。


「段々とネウロイの数が増えてきているわ。そろそろ、ここも危なくなってきたわね」


「民間人のブリタニアへの避難はもうすぐ完了する。今が踏ん張り時さ。だからもう少し頑張ってほしい」


「分かっているわ。必ず生き残りましょう」


「あぁ、約束するよ。君が歌手になる姿を見るまで僕は死なない」


恋人達はつかの間の逢瀬を楽しむ。













…………………………………………………………………………………














少女は願う。
自分の望む明日を――、


少女は願う。
家族の無事を――、


少女は願う。
恋人との未来を――、



人の願いは尊く、儚い。
だからこそ、どれも等しく平等に、願いを叶える権利がある。
しかしそれは、どれも等しく平等に、踏みにじられる運命を孕んでいるということでもあるのだ。


故に少女達の祈りは何よりも尊く。
同時に何よりも儚いものであった。
















あとがき


生存報告を兼ねて投稿。






補足

・巨大なゴリラがニューヨークで暴れるあの映画

特撮映画の先駆け的作品、キ○グコ○グの事。
ちなみにチョビ髭伍長もファンだったとのこと。

・トレヴァー・マロニー

原作一期の終盤に登場した人物。みんな大好きマロニーちゃん。
本SSでは野望に燃える男として書く予定。アニメでは大将だったが、過去ということで少将にした。
ウォーロックが量産の暁にはry
元ネタの人物はイギリス空軍大将トラッフォード・マロリー。


・ピエレッテ

ペリーヌのこと。(ペリーヌの本名はピエレッテ=H・クロステルマン。HはおそらくHenriette《アンリエット》の略)
ペリーヌ・クロステルマンでお馴染みの、アニメストライクウィッチーズの主要人物の一人。
元ネタの人物は自由フランス空軍のエース、ピエール・アンリ・クロステルマン。

・ミーナ

アニメストライクウィッチーズの主要人物の一人、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケのこと。
元ネタの人物はドイツ空軍エース、ヴォルフ=ディートリッヒ・ヴィルケ。


・ミーナの恋人

フルネームはクルト・フラッハフェルト。ミーナとは生き残ると約束したが……。



[25145] 第十五話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/05/14 19:20
Der Freischütz 第十五話 「落日」




カールスラント陸軍への支援作戦後、バルトランドの軍港を経由し、ブリタニアに向かっていた義勇独立飛行中隊の面々は、航路の変更と、新たな作戦への参加要請の通達を受けた。
作戦区域はブリタニア南東部、海岸線の眼の鼻の先に存在するガリヤア領地、パ・ド・カレー。
そこでの撤退支援作戦参加の為に、当初の航路でブリタニアに向かう船と既にネウロイに占拠させているネーデルラントとベルギガ沿いの海、ネウロイ出現領域のギリギリ外側を進んでパ・ド・カレー近海に向かう艦隊の2つの編成に分かれた。
もちろん、後者の艦隊に義勇独立飛行中隊は組み込まれている。


「いきなり、ここから緊急支援作戦発動とは相当パ・ド・カレーの状況もやばいってことでしょうね。全く、スオムス防衛の為の部隊だったはずなのに、ブリタニアくんだりまで来るとは分からないものね」


甲板の滑走路にて義勇独立中隊は、戦闘脚を装備し待機していた。
既に日は傾き、沈み始めているため、全体の作戦時間は短く設定されている。
パ・ド・カレーで戦い、そのままブリタニア本土に向かう手筈になっているカールスラントウィッチからの継戦および、最後までパ・ド・カレーに残存していた部隊の撤退支援が主目的なのだ。


「で、本当に大丈夫なの? 司」


「はい、大丈夫です。穴拭大尉」


心配そうに智子が声をかけると、司は元気そうに返事をする。
しかしその声を聞いても、智子の顔からは不安の色は消えていない。
司が現在装備している戦闘脚はキ60ではなく、カールスラント軍から回されたDB601魔導エンジンを搭載したメッサーシャルフ・エーミール(Bf109E型)だった。
司はあの撤退戦から帰還した後、司の使用した装備の殆どが凄まじい消耗していた。。
PzB39は部品の6割を取りかえる必要があったが、カールスラントウィッチが攻撃力不足を解消する為に採用していた為、修理をすることができた。
だが、キ60に関しては、そうでもない。
一度完全にオーバーホールした筈が、またもやスクラップに逆戻りしたのだ。
キ60の専属整備員達は、カールスラントの技術士官と協力し、何やら図面を引いておりブリタニアに着き次第、キ60の改修作業を始めるとのことである。
しかし、智子が抱えている不安は司の装備や体調のことではなく、司自身の事についてであった。






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数日前


カールスラント陸軍支援作戦完遂直後、航空母艦内部の一室で智子とビューリングが餞別代りにもらったシュナップス(カールスラントの蒸留酒)で一杯やっていた時のことだった。


「トモコ、お前はどう思っているんだ? ツカサのことを……」


黙って酒を煽っていたビューリングが唐突に口を開く。


「それは今回の戦闘のことを言ってるの?」


「今回の戦闘以外のことを含めて、カリヤツカサに関して何か違和感を抱いていないかと、私は聞いているんだ」


「それって、もしかして司がネウロイに操られているかもしれないって疑っているってこと?」


智子は間近で見たあの戦闘を思い出す。
司がラロス改の機銃を受けて、落下しかけ展開した赤い魔法陣。
その後の司は活躍は鬼神の如き、いやあの時の司はまさしく鬼神だった。
周りに居たラロス改達を一瞬にして撃破し、あの大型砲塔を搭載したディオミディアに一撃で大穴を開けたあの力に、智子は驚愕させられた。


そして、何処からか取りだした扶桑刀でディオミディアを両断したあの技、あの構えには智子は見覚えがあったのだ。
自身の抜刀術である無双神殿流・空の太刀、司の構えはソレに似ていたように思える。
技の摸倣と、戦闘時の豹変。
智子の中で、ジュゼッピーナ准尉の着任を伴ったあの騒動のことが思い出される。


今でこそ、明るく情熱的なロマーニャ娘といった感じのジュゼッピーナ准尉であるが、着任当時は違った。
無口で無表情で全く覇気のなかった当初の彼女はロボットのようであり、現在の彼女とはまるで対極だったのだ。
その裏には恐るべきネウロイの陰謀が存在した。
カールスラント防衛線に居たジュゼッピーナ准尉はネウロイに撃墜され、一週間行方不明となったのだが、その後、徒歩で基地に帰還し、記憶喪失となる。
その後、最前線でまともに戦えなくなった彼女は、体よくいらん子中隊へと流された。


だが、実は-――彼女は行方不明だった一週間の間にネウロイによって洗脳されていたのだった。
自己の意思をネウロイにより改竄された彼女は、ネウロイの天敵たるウィッチの空戦機動をコピーする目的を与えられて仲間の下へと戻り、スオムスへと飛ばされるたのだ。
そこでの顛末の全て語ることはできないが、ビューリングの機転、ハルカの智子への愛? 智子の活躍などにより空戦機動をコピーしたウィッチ型ネウロイを全て撃破し、ジュゼッピーナ准尉の洗脳を見事に解くことに成功したのは確かな事実である。
それ以来人型ネウロイが出現する事はなく、この事件は各国の中でも上位の機密となり、智子達にも緘口令がひかれていた。
智子はあの時と同じ様なことが司の身の上に起こっているのではないかと内心疑っていた。


「いや、それはないだろう」


しかし、その考えはビューリングによってすぐさま否定された。


「どうしてそう言い切れるの?」


「お前が、ジュゼッピーナやハルカの時のことをツカサに被せているなら、それは違うだろう。ツカサの初戦はカウハバ基地に来る直前だ。それ以降にネウロイに捕まって洗脳される程の空白があるわけではない」


ビューリングの意見はもっともであった。
恐らくウィッチを洗脳するには一度、ネウロイの巣の中に収容する必要があると考えられる。
司には、そんな事をされた形跡は全くないのだ。


「でも、あの子と一緒だった夜間哨戒の時に、ネウロイの攻撃を受けて私、あの子と分断されて……その後なの。あの子が赤い魔力を使って一瞬でネウロイを倒したのは。今、思うとあそこからおかしくなったと私は思う。分断されていた間に、追いかけていたネウロイに何かされて……」


「分断されていたのはごく短時間なのだろ? それだけの時間でウィッチを洗脳出来るなら、ネウロイ共もとっくの昔にやっているさ」


「でも……」


智子は、ゼーロウ高地の戦いで司がディオミディアを叩き斬った一撃を放った構えが、ライバルである武子が得意とし、自身も使う抜刀術に似通っていたことをビューリングに説明した。


「成程……、だがやはりネウロイによる洗脳の線はないだろう。仮に洗脳されているなら、あれほどの力が出せる時点で、ツカサをすぐにでもコチラにぶつけてくる筈だ。それに洗脳の前提に考えるとあの巨大砲塔搭載のディオミディアの撃破したのは、損得計算が狂っている。まぁ、ジュゼッピーナの時も言ったが、私達の考えがネウロイにどこまで通用するかは分からないが」


「確かに……そう考えると辻褄が合わない」


「お前は夜間戦闘の時から司がおかしくなったと言ってるが、それについても私とお前では見解が違う」


「それってどういうこと?」


「今思うと、――カリヤ軍曹には最初から違和感があったんだ」


ビューリングは智子にそう切り出した。


「違和感って、ちょっとビューリング!! あなた、今さっき司はネウロイに洗脳されるわけじゃないって……」


「洗脳はされていない。それは間違いないだろう。けれど、ツカサは何かを秘密を隠している。智子、お前もツカサの料理作りをたまに手伝っているだろ、どう思った?」


「どう?って……」


司のことを料理の上手い子だと智子は思う。
和食は勿論のことだが、洋食屋で働いていた為、か洋食についても知識が豊かで様々なおいしい料理を作ってくれている。
中でもチューカ料理なる智子の全く知らない料理を作ることもあり、まったく知らないような調理法を取る事もあった。
そう思うと、智子が知り合ったウィッチの中では司が一番料理について詳しいように思えてきた。


「料理が詳しくて、上手い子だと私は思うわ」


「私もそう思うよ。――で、その料理をツカサはいつ覚えたんだ?」


「『いつ』って、あの子もいつも言ってるじゃない。洋食屋で働いてたって……」


「一年と八カ月だ」


ビューリングは唐突に口にする。


「えっ?」


「ツカサが、その洋食店で働いていた期間だ。カウハバ基地着任前に送られてきた書類に記載されていた。ツカサは料理が上手く、料理に対する造詣も深い。レシピを書いたノートを複数所持してるほどにな、おそらく作れる料理のレパートリーは軽く百は超えている。だが、たかだか“一年と八カ月”でそこまで料理について覚えられると思うか?」


「それはそうだけど……、それなら、その前から料理について勉強してたんじゃ」


「ありえないさ、ツカサの家族は母親と祖母だけで、家もそれほど裕福ではない。むしろ貧しい分類に入るだろう。これについても書類上のウィッチ志願の動機の一つとして記載されていた。『家族への経済的負担を軽くする為に志願した』とな。そんな経済状態の人間が単独で料理の勉強が出来ると思うか?」


「じゃ、そのノートは働いていた洋食店の店主か何かのノートを書き写した物なんじゃない? それなら話に筋も通るでしょ?」


レシピは書き写しただけで、それを元に料理を作っているだけならそれでもできる筈だと智子は思った。


「話の筋は通るよ。しかし納得はできない。料理を作るときにいつもツカサはレシピの書かれたノートをさらっと見るだけだ。だというのに手際が良すぎる。素人目で見ても分かる、あれは2年足らずで覚えた手際じゃない」


「そう言われると……確かに。ビューリング、他の違和感っていうのは?」


手際は良すぎるという言葉に、智子は思い当たる節があった。
ツカサの料理の腕もだが、調理に関する指示についても的確でまるで迷いはない。
しかしそれは、わずか11歳の少女に見合ったものであったのだろうか?
そんな疑念を新たに抱きつつ、智子は質問を続ける。


「ツカサの料理を手伝うときに、私はよく料理の話をするんだが、よくそこからそのまま欧州の歴史の話になるだが、よく間違えるんだよ」


「なにをよ?」


「人名、国名、それに会社名。とにかく固有名詞なら何でもだ。最近だとメッサーシャルフ社のことをメッサ―シュミット社と間違えていていたな。人名に関してはさらに面白い間違え方をする。別の人物と取り違える訳ではないんだ。女性の名前を良く似たような名前の男の名前にしてしまうんだよ。ライト“兄弟”などといったときは味見をしていたスープを吹き出してしまうところだった。だが、今に考えると引っ掛かる、間違いにしてはなんというか……巧妙すぎる」


「…………」


無言ではあったが、智子にも思い当たるフシがあった。
司は自身の祖国である扶桑を日本と呼ぶときがあるのだ。
扶桑が極東である為に、まだ国の名前が定まらない頃に『日出ずる処』と呼ばれていたことがあり、そこから日本と名前が出てきた。
701年の大宝律令の際に大和、扶桑と並んで日本という名前も国名の候補にあがったらしいのだが、文献が不足している為に現代でも正確なことは分かっていない。
何故、司はそんな名前で扶桑を呼ぶのか智子には皆目見当がつかなかったが、今にそれは疑念へと変わる。



「その顔、思い当たるフシがお前にもあるようだな。実を言うと私は、ツカサの力に関して心当りがあるんだ」


「本当なの?」


「ただし、遥か昔の与太話だがな。話半分に聞いてくれ」


ビューリングは酒を煽りながら、欧州に伝わる最上級の与太話、吸血鬼“伯爵”について語った。


「吸血鬼……」


「ツカサの戦いを見て、ふと思い出したんが、やはり突拍子もない……どうした智子?」


智子の表情はみるみる驚愕の顔へと変わっていく。


『吸血鬼は他人の血を吸うことで他者の持つ力を得ることができた』


ビューリングの語った一節が何度も智子の頭の中でリフレインする。
思い出されるのは、司に指を吸われたあの時のこと。

(まさか、そんな……)

偶然の一致だと、理性は叫ぶが、
反対に本能は智子に囁く、
―――偶然などではなく魔性の証であると。


「本当にどうしたトモコ?」


「な、なんでもないわ」


推測の域の出ないことを話すべきではないと智子は口を噤んだ。


「まぁ、いい。私が言いたかったのは私達はまだ、ツカサのことを良く知らないということだ。我々が待つカリヤツカサという人間のピースを組み立てても、全体像は見えてこない。まるで性質の悪いトリックアート眺めているようにも思える。――司自身は赤い魔力を放出した戦闘を“覚えていない”というし。それについて私や智子を含め、皆がそれを納得してしまった。いや、納得させられたのか? ……どちらでもいいか、そんなことは」


ビューリングは酒の入った杯を再び傾ける。
不思議なことにビューリングは司の覚えていないという言葉に疑念を抱かなかった。
より正確にいえば、司の説明を聞いたものは皆、そのことに疑念を抱こうとすれば途端にそのことについてどうでもよくなってしまうのだあった。
そこに何者の介在があるのか誰も分からない。
誰も知らないのだ。
狩谷司という複雑怪奇なパズルに欠けた“不死者”と“転生者”という二つの重要なピースを。
ゆえに誰も真相に辿り着くことなどできなかった。






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………………………………………………………………………
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(ねぇ、伯爵?)


仮の戦闘脚であるBf109E型を履きながら出撃を待つ、私は伯爵に心の中で問いかけた。


《何だ、主よ?》


(穴拭大尉がさっきからこっちを睨んでるんだけれど、ビューリング小尉のチラチラこちらを見てくるし。やっぱり……)


《あぁ、抱いておるな、――何らかの疑念を》


そうか……と私は心の中で溜息をついた。


《やはり、戦闘時のことを覚えてないという方便を信じる込ませるだけだけではなく、主と我に対する疑念自体も抱かぬようにすれば良かったな。我も力を使えば造作もないことだ》


(いいよ、既に伯爵の力を使ってみんなを無理やり納得させた私が言えることでじゃないけど、これ以上はやったら線引きが出来なくなると思うから。それに私達が吸血鬼伯爵の再来だって言ってる人は多いんだ。いちいち力を使ってもキリがないよ)


私は虚脱から完全に回復した時に、義勇中隊の仲間であるみんなに戦闘時のことを問い詰められた。
本当のことを全て打ち明けることも考えたが、その先にあるであろう結果を伯爵も私も望まない。
なので嘘をついた。
――戦闘時の記憶はないと。
いくら私が幼いからといってあんな派手な戦闘をしておいて、記憶がないと言ったところで完全に信じてはくれない為、私は使った、使ってしまったのだ伯爵の力を。
言葉にのせた魔力は私のつたない説明に偽りに説得力を与えた。
これにより、私に説明を聞いた人々は一応の納得をしてくれたのだ。
しかし、それ以上の力を振るうことを私はしなかった。
伯爵が言うには、力の使い方次第では完全に私達に疑念を抱かなくなるといったが、私はできなかったのだ。
これ以上に力の行使は、狩谷司として守ってきた大切な何かを自分で踏みつける行為だと分かっていたから。
その甘さ、中途半端さが現在の事態を招いたわけだから。
私は穴拭大尉とビューリング少尉を甘んじて受けとめる義務が私にはある。
しばらくの間、何とも言えない雰囲気を時間を過ごした後、出撃命令を受けてパ・ド・カレーへ向け、茜色に染まりかけた空へと飛び立った。

















「これは……」


視界に映った景色は燃える大地だった。
救援の為に、カールスラント軍が使っていたというパ・ド・カレー軍港に駆けつけたが、既にそこは――火の海だった。
既にネウロイの爆撃や光線の飽和攻撃を受けたのか、そこは更地に成りかけていた。


「生存者の捜索を!!」


途中から同行したブリタニア空軍のウィッチ小隊に智子は指示を下した。


「り、了解です!!」


唖然としていた彼女ら4名は指示を受け、我を取り戻す。
4人の内の一人が、頭部から展開している魔導針により、生存者の所在を探った。
作戦前にきた報告によれば、未だにカールスラント軍人の一部が基地に取り残されている筈だ。
しかし……、


《主、残念だが……生者はここには居ない》


魔導針を持つウィッチが結果を報告する前には伯爵が私にそう告げた。


「――っ!! 基地周辺に反応なし、生存者は……確認できません」


伯爵の言葉の少し後、同じ内容が魔導針を持つウィッチの方から告げられた。
私を含め、その場に居たウィッチ達は悔しそうに表情を歪める。


「引き続き、捜索をお願い。加えてパ・ド・カレー伯の屋敷周辺に向かった別動隊への連絡も。もしかしたら、残存していたカールスラント軍の部隊もそっちに集結したのかもしれないから」


その言葉に私達の中に一抹の希望は再び灯る。
索敵していた彼女は並行して別動隊への通信を行ったのだが、


「……………駄目です。返答によれば、別動隊が向かった屋敷の周辺一帯も大規模炎上中、生存者は確認できずとのことです」


灯りかけた希望はすぐに風前の灯へと変わった。
それでも何とか生存者を捜そうと、穴拭大尉が指示を下そうとした矢先。
索敵をしていた魔道針の色に変化が起こる。


「これは――、大尉、敵ネウロイがこちらに接近しています。数は一!!」


「優先目的を生存者の捜索から、ネウロイの撃滅に変更。小隊は我々の後ろに下がっていてください」


「了解です」


穴拭大尉の指示通り、小隊は私達義勇中隊の後方へと下がった。
ブリタニアからの派遣部隊は救助用装備を背中に背負っている為に、積載量軽減の必要があり、火器装備が貧弱になっている。
小隊を下がらせたのは当然の判断だった。


「敵、正面より数十秒後にこちらに接触します」


その言葉に皆が武器を構える。


「―――来た」


灼熱の炎とむせるように立ち上る煙の柱を越えて、ネウロイは姿を現した。


「見たことないタイプ、爆撃機?」


飛行している大型ネウロイの姿は、前世のアメリカのマーチン社が第二次世界大戦直前に試作した大型爆撃機XB-16に似ていた。
当然の如く、大型のネウロイはこちらに攻撃を仕掛けくる。
黒い巨体に点在する無数の赤い六角形の斑点から光線が放たれる。
まるで弾幕を貼るような苛烈な攻撃に、私達はネウロイに近づくことができない。
私は距離をとるために高度を上げ、直上より対装甲ライフルを発射する。


「曲がれ――」


6基存在するプロペラを模した推進機の一つに、弾は吸い込まれるように着弾した。
だが……、


「表面装甲を少し抉っただけ?」


敵の装甲は厚く、表面に少しの傷を作るだけであった。
その傷もみるみる修復されていく。
連続で弾丸を発射するが、大した効果は上げられなかった。
同様に距離を空けているせいか、他の義勇中隊のみんなの攻撃もネウロイに大きい損傷を与えることができずにいた。
近づけば、無数の極光によって魔導シールドが貫通する可能性が出てくる。
かといってこのままではネウロイを倒すこともできない。
そのジレンマに苛まれ、私は自身の半身となっている伯爵に助け船を求めた。


(伯爵、何かいい手はない?)


《既に辺りの生命力は霧散した後だ。この戦場ではあまり魔力の補給は期待できだろう。自前の魔力で何とかするしかないな。うむ、私にいい考えがある》


最後の言葉だけはやけに芝居掛っており、私に某機械生命体の元祖司令官の台詞を彷彿とさせた。
つまりは嫌な予感しかしなかったということだ。


《最大出力で魔導障壁を張り、敵に突撃し懐に入り込んだ後、全魔力を放出、電撃へと変換して敵に叩きつける。名付けて『フッ、いくら装甲が厚いと言えど、この至近距離からの電撃ではひとたまりも……なにっ!?』作戦……》


(却下、いろいろ突っ込みたいけど、第一に現状で近づけなくて困ってるんだからそれは絶対無理)


伯爵の助力を受けて、赤い魔力を使えば可能かも知れないが、疑いの眼が掛かっている現状ではあまり使いたくはない。
現状の状態でも遠距離からなら無数の極光を浴びても、まだ持つだろうけど、それではまるで意味がないのだ。
だいたい作戦名からいって死亡フラグである。
どこのテッカマンランスだよ。
私もブレードのブラスターボルテッカが放てるなら、遠距離からでも相対している敵を倒せることであろう。
ゼーロウ高地の戦いでは全魔力の電撃変換放出で似た技ができたかもしれないが、今は絶対に無理だ。
もしくはエビルのPSY……、待てよ。


飛行と固有魔法に使う魔力以外を魔導障壁に回せば、遠距離からならば無数の極光にも耐えられる。
私の能力はやろうと思えば、電気の流れも操れた。
なら、できるじゃないか?


(伯爵はこういうのはどうかな? ………………………)


《ほう、主も突拍子もないことを考える。――だが、やってみる価値はあるだろう》


「穴拭大尉、実は…………」


喉頭式無線機にて、私の意向を大尉に伝える。


「司、それ本当にできるの?」


「はい、多分ですが」


「分かったわ、でも……」


穴拭大尉は私に接近すると、私の手を握った。


「私も一緒に障壁を張るわ、万が一でも破られたりしたら大事なんだから。――各機に通達、今から司と一緒に少し無理をするから、フォローよろしく」


通信を終えると、私と穴拭大尉は手をつないだまま、敵の真正面へと飛んだ。


「こっちよ、ネウロイ」


穴拭大尉の機関砲と私の対戦車ライフルが火を噴き、次々とネウロイに直撃する。
相変わらず大した損傷は与えられえないが、注意を引くことはできた。
ネウロイから発せられた無数の極光がこちらに迫る。
私と穴拭大尉は握り合った手に力を込め、同時に魔導障壁を展開し、無数の極光を防ぐ。


「今よ、司!!」


「了解です!!」


私は自身の固有魔法を発動する。
ネウロイからこちらに放たれている“光線”をその対象とした。


収束、収束、収束。


展開した魔導障壁の中心を基点として、無数の極光を球状に纏める。。
流動する水を凍らせ、雪玉に纏めるようなイメージで本来無形である赤い光に固有魔法にて新たな流れを与え、凝縮していく。
こちらの意図に気付いたのか、ネウロイは光線の発射を止めた。
だが、もう遅い。後はこいつを解放するのみだ。


(もう一つおまけだ!!)


魔導障壁に使っていた魔力を放出に回し、電撃に変換すると、凝縮した赤い光と共に敵ネウロイに向けて一気に放出する。


《PSYボルテッカァァァァ――――》


伯爵のノリノリな声が頭に響く。
元ネタはそれに間違いないのだが、そうやって他人が叫んでいるのを聞くと何だが恥ずかしくなってくる。
けれど、気を取り直し固有魔法の制御に意識を集中する。
放出された極太の光の方向を制御し、敵ネウロイに叩きつけた。
直撃した光はネウロイの黒い装甲を焼き、溶かし、そして貫通する。
そうしてネウロイは自身の放った光により、その身を焼かれ、大きな横穴を造ったのだ。
コアを貫いたのか、浮遊していた巨体はガラス細工の砕けるように飛散し、海の藻屑と消えさった。


「やりましたね。穴拭大尉」


私は笑顔で穴拭大尉の方へ振り向いた。
しかし……、


「貴女、その電撃放出の固有魔法……あの時の!」


疑いの眼差しを私に向ける穴拭大尉の顔に私の笑顔が凍りつく。
しまった!と思った時はもう既に後祭りであった。


「え~とですね、何となく、自然に出来ちゃいました」


強張った笑顔のまま、私は穴拭大尉に告げる。
当然ながらそんな言い訳は通じることはなく、作戦終了後に、船ではなくそのままブリタニア本土の基地へと帰還した後、私は穴拭大尉にこってりと追求を受けた。
無論、本当のことを言えるわけもなく、ごく自然に使うことができたの一点張りで何とか追求を押しのけたが、これからも疑いは続くこととなった。
『PSYボルテッカの真似なら相手の攻撃に自分の攻撃も加えて倍返しが基本』などと考えて行動に移した自分をベッドの中で恨みつつ、ブリタニアでの最初の夜は更けていった。






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狩谷司がベッドの中で眠りについたのとほぼ同時刻。



月明かりの下、むせび泣く少女が居た。
数時間にわたり、泣いていた少女の金色の髪は乱れ、目元は赤く腫れていた。


「―――――――っ」


枯れた喉から洩れる声はあまりにか細く、本当に声を発したかと思うほどだった。


「―――――――っ」


嗚咽を漏らしながら少女が思い出すのは、わずか数時間前のこと。
パ・ド・カレーを船にて脱出した直後の光景。
突然現れたネウロイ、燃え盛る大地、燃え盛る町、燃え盛る――――少女の屋敷。
全て奪われた、故郷も、家も。家族も。
まだ屋敷には家族が居たというのに、屋敷が燃え盛る光景を少女は船から眺めることしかできなかったのだ。

「い、いやぁ――っ」


枯れた声より発せられた少女の慟哭はあまりに儚いものだった。
自分だけ生き残ってしまった。
その辛さが幼い少女の心を激しく苛む。


「お婆様、お母様―――っ」


祖母からお守りがわりに貰った、花の種が入った袋を握り締めながら止めどない涙を流す。
結局、ウィッチの訓練ばかりに力を入れ、代々家業として続いていた魔法医としての勉強を疎かにしてしまった。
もう永久に祖母や母から教えてもらう機会は失われた。
その事実が少女の心に深い悔恨を生む。


「お父様―――っ」


少女は自身の父に想いを馳せる。
パ・ド・カレー伯であり、ガリア貴族の鏡であった父。
ネウロイの侵攻に対しても、動じることなく最後まで領地に残り、皆の避難に尽力していた父。
そして……、
少女の中で屋敷が燃え盛る光景が思い出される。
自然と涙があふれ出し、さらなる悲しみが少女の心に広がった。
だが、同時に少女の中で父との約束が思い出されたのであった。


『ピエレッテ、私は貴族としての務めを果たさなければならない。同じ様に、お前にもウィッチとしての務めがあるのだ。ガリアは北部はこのパ・ド・カレーも含め、間もなく陥落するだろう。その時、この地を、ガリアの大地を再び取り戻す為に必ずやウィッチの力が必要となる。お前はその役目を果たす為に必ずや生き残らなければならない。――だから先にブリタニアへと行くんだ、ピエレッテ』


少女は何もかも失っていたが、その約束はだけはまだ残っていたことを思い出したのだ。


『お前はその役目を果たす為に必ずや生き残らなければならない』


(……なら、生き残った私は役目を果たさなければいけない。もうそれしか、私には残されていないのだがら)


泣き腫らし、涙で濡れたベッドのシーツを強い力で握りしめた。
少女の眼に徐々に強い意志が宿っていく。
―――ただし、その少女の眼は、悲痛な運命に晒された人間がその運命を受け入れたときにする哀しい眼をしていたのだった。








さらに時を同じくして、赤い髪の少女が泣いていた。
仲間へ余計な心配をかけまいと、喉から洩れる泣き声を噛み殺しながら、涙をゆっくりと零していく。

(クルト……)

つい数時間前に届いたパ・ド・カレー基地に残存していたカールスラント兵士全滅の報せ
その報告は少女の心を深く抉った。
音楽家を目指していた彼が軍への志願を打ち明けたときのことを少女は思い出す。

『君だけを戦わせたくはない』

彼は確かそう言っていたと。

(私のせいだ。私がクルトに恋をしなければ……、こんなことにはならなかった)

少女は彼と恋人になったことを後悔した。
自分と恋人にならければ、音楽家を目指していた彼が志願することをなかった筈だと。
悲しい出来事は起こらなかったのだと。


「こんなに悲しくて、苦しいことになるなら、恋なんてするんじゃなかった! そうだったらきっと彼だって……」


その思いが、楔となって少女の心の中に深く深く打ち込まれたのだった。
















少女達の祈りは踏みにじられ、少女達は涙を流した。

ならば、今なお明日への希望という祈りを持った少女はどうなるのだろう?

役者達は徐々にその姿を現していき、舞台は整いつつあった。

開幕する演目は喜劇か、悲劇か? 英雄劇《サーガ》か、恐怖劇《グランギニョル》か?



劇の主人公さえも、自らの演じる演目の名を未だに知らない。


















あとがき


取り敢えず第一幕終了みたいな感じです、……まだまだ原作一期まで道のりは遠いですが。

後はアナウンスですが、晴れて四月より作者は名実ともにやっと社会人となるので、四月以降の更新は鈍足化すると思います。
どのくらいのペースになるかはまだ分かりませんが、更新は続けるつもりなので、引き続きよろしくお願いします。



[25145] 第十六話
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/04/03 15:33
Der Freischütz 第十六話 「わが今生」





私こと狩谷司は、魔法という力が常識として存在するこの世界にて二度目の生を受けて以来、さまざま疑問を持ったが、根本的かつ素朴な命題は未だに解決はしてない。


『この世界はどこにあるのだろうか?』


それが命題の名だった。
私は二つの世界を知っている。
前世の世界と現在の世界。
未来の世界と過去の世界。
魔法のない世界と魔法のある世界。
二つの世界は、細部は違うが極めて相似していた。
――ならば二つ世界の繋がりは、二つの世界の位置関係はどうなっているのだろう?


同じ宇宙の中に二つ世界は別々の惑星として存在しているのだろうか?
それとも並行世界という、極めて近く限りなく遠い距離の壁に隔てられ隣り合わせに二つの世界は存在しているのだろうか?
はたまた、どちらかの世界が滅びた後にもう一度、始まった世界がもう一つ世界なのか?


――結局のところはいくら仮定したところで無意味なのだ。
この命題の答えはきっと、宇宙の遥か彼方に存在している。
宇宙の誕生の秘密も分からない現段階では、『屏風の虎をどうやって追い出せばいいのか』と真面目に考えているのと同レベルの状態だ。

昔、誰かこう述べていたことを思い出す。

『世界とは一つであるが、世界を観測する者達の認識は一人一人が異なっている。一人一人が違う世界の認識を持つ為、一つである世界は、同時に無限にも存在している』
この命題も同じだ。
真理という箱の中の猫を見ることができないから、箱の猫の中がどうなっているのか想像するしかない。
箱の中身が空けられないかぎり、解釈は無限に存在し、可能性は無尽蔵に存在する。
故に結論は何度やってもこう行き着く。

『語りえぬものについては、沈黙しなければならない』と……。

つまるところ――、今まで語った言葉遊びには何の意味もないということだ。


――さて、そろそろ私が何故こんな電波的かつ一四歳チックな、非生産的思考に逃避したかを語らなければなるまい。
哲学的な思考の燃料となったのは、まず間違いなくブリタニアに着くまで乗船していたカールスラントの母艦の中、ベッドで養生していた私が暇な時間を潰すために読んでいた哲学書であろう。
哲学書はベッドのあった部屋に備え付けられたもので、フリードリヒ・ニーチェやルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、イマヌエル・カントなどのドイツ……ではなくカールスラント人哲学者が書いたものであった。


初等教育のころから授業があったブリタニア語はともかく、カールスラント語に関しては軍に入ってから習い始めたわけだか、どういう訳か、私は凄まじい勢い習得し、日常会話からある程度読み書きのようになってしまっていた。
今思うに、目覚めてはいなかったがその頃から伯爵の恩恵に与っていたのだろう。
それに加えて、ゼーロウ高地での戦闘時に魔力とともに知識を吸収したためか、発音はともかくとしてカールスラント語の読み書きに関してはネイティブといって差し支えない状態となっており、難しい言葉が延々と連なるカールスラント語の哲学書もスラスラ読めてしまった。


その時の私は虚脱《けんじゃ》状態で無心で本を読んでいて気付かなかったが、もしカールスラント語で書かれた哲学書などスラスラ読んでいるところを見られていたら、今よりさらに穴拭大尉やビューリング少尉にさらに怪しまれただろう。
虚脱時にフォローしてくれていた伯爵には感謝してもしきれない。


逃避の燃料はそんな所だ。
では逃避の引き金、火種となったものは何かというと……、


「――いや、お恥ずかしながら私は父と不仲でしてね、父は私を税関事務官にしたがっていましたが、私は古典教育が学びたかったですよ。それで反対を押し切り、父が強く推していた学校を振って、自分の望んでいた学校に入学したんですよ。あの頃は本当に大変でした。フーリドリヒ4世が作ってくださった苦学生の助成制度のおかげ何とかなりましたが、あれがなかったら両親がお金を出してくれない状態であの学校には通えなかった……」


やや訛りのあるブリタニア語が私の耳に響く。
一室にて待機していた私は、同じ部屋に居るとある人の話を聞いていた。
私に事務的な説明を語った後に彼は、待機で暇をしていた私にいろいろなことを語ってくれた。
男の人の語りは上手く、何気ない会話でも私は話に引き込まれていき、気付けば彼の話は自分の身の上になっていた。


「それで……、その学校を出た後はどうしたんですか?」


私はせかすように彼に話の続きを聞いた。
彼に対して、ある種の確信を抱きながら……、


「その後は、先ほども話した通り、ウィーン美術アカデミーを受験し、何とか一回で合格して入学しました。本当にあの時は運が良かったと思います。あそこは楽しい思い出も、苦い思い出もたくさん詰まった場所です。今はもう存在しないと思うと、寂しい思いが込み上げてくる」


既にウィーンの存在していたオストマルクは陥落しており、アカデミーは既に瓦礫と化しているとのことだ。
彼にとって美術アカデミーが、挫折の象徴ではなく青春の証であるということが、私にはある種の感慨を抱くほどに驚きであった。


「美術アカデミーを卒業した後は、しがない画家兼小説家をやりながら生計を立てていました。一流とは言えませんでしたが、それなりに生活は送れました。リヒャルト・ワーグナーの歌劇場に夢中になって通いつめて、食事を切り詰めた時期をありましたな……。今思うと本当に懐かしい」


「……軍に入隊したのはいつ頃ですか?」


「第一次ネウロイ大戦時です。カールスラントの一員として戦わねばならないと使命感を燃やして入隊したもの、与えられた役職は伝令兵でした。それほど危険な任務をこなす回数も少なく、その時の階級は“伍長”止まりです。転機は大戦後に起こりました」


彼は自身の“ちょび髭”に手を当てながら、思い出していくように私に語っていく。


「大戦が終わった後、私はしがない元の絵描き兼物書きに戻ろうと思ったのですが、懇意にしていた上官に引き留められたのです。『軍の広報で働いてみないかと?』と彼は言いました。私に絵心とある程度の文を構築する能力を持っているのを知っていたから薦めてくれたのでしょう。私は喜んで頷きました。そうして今、私はカールスラント軍広報にいるわけです。私にとってこの仕事は天職でした。『広報には人を煽る力が必要とされる』と、入った当初にさんざん言われましたが、どうやら私はその力が人よりあったようで、気が付けば成果を上げていき軍広報部でも上の立場の人間になっていました。――人生とは分からないものですね」


「《ええ、私も今あなたの話を聞いて、とても強くそう“実感”しました》」


ちょび髭の似合う彼、アドルフ・ヒットレル広報担当官の言葉に私はブリタニア語ではなく、カールスラント語にて返答した。


「《驚きました。カールスラント語が喋れるのですね》」


「《ええ、浅学なモノなので上手く話せているか不安ですが……》」


「《いえ、とても綺麗な発音でカールスラント語を話されています。自信をお持ちください、フロイライン》」


歌劇場で出てくる主役の騎士のように、芝居がかった雰囲気でヒットレルさんは言った。


「《そんなおだてないでください。ヒットレルさんは本当に話し上手ですね》」


「《これでも広報担当の人間ですから》」


茶目っ気のある笑顔を浮かべる彼に、私も笑みを返したが内心では心臓が破裂するほどに脈打っていた。
そもそも発端は扶桑海軍からの指示を受けて、カールスラントの広報に協力するためにブリタニアのカールスラント大使館に向かったことだった。
あれだけ派手に活躍すれば、プロパガンダの一つや二つに協力しなければいけないことはについてはある程度予想はしていた。
だが、予想をしていない事態も起こったのだ。
大使館の中で私の広報担当するメンバー代表として、ヒットレル広報担当官を紹介されたときは一瞬、完全に思考回路がフリーズし、そこから哲学への逃避にはしった。


本当に、今までの人生の中で一番驚いたかもしれない。
最初の頃はあまりの事態に私の脳内で元祖伝説の戦士である白黒二人が『びっくりするほどプリッキュア!! びっくりするほどプリッキュア!!』と叫びながら、乱舞していた。
つまりは……ぶっちゃけありえなかった。
ぶっちゃけ伯爵のドラキュラカミングアウトよりよっぽど驚いた。

(本当に、正真正銘、――ぶっちゃけありえない)


《そうか……? 主の世界でこの男がカールスラント、いやドイツ第三帝国の総統だったのは事実であろう。だが、この男は主の知っている男とは歩みが違う別人だ。こういうこともある、ただそれだけのこと。別に女性化して支持率100%のアイドル総統なったわけではないのだから、そう驚くことではない》


(それなんてドクツ第三帝国)


それはそれで……うん、絶対にありえない。
想像して顔を歪める私に対し、ヒットレルさんは調子が悪くなったと思ったのか、会話をブリタニア語に戻して心配そうに声をかける。


「どうしました?」


「いえっ!! なんでもありません。大丈夫です」


張り付いた面のように強張った笑みを浮かべつつ、ヒットレルさんに返答した。
丁度のそのタイミングで、部屋のドアが開く。


「お待たせしました。準備が整ましたので一階のホールにお越しください」


報せに来た男性はスーツを着込んでいることから、ヒットレルさん達撮影クルーではなく、おそらく大使館のスタッフだろう。


「おお、やっと“彼女”の方も来ましたか……。では行きましょう、カリヤ・ツカサさん」


ヒットレルさんのエスコートを受けて扉をくぐった私は、ハッ――とあることを思い出した。


「ヒットレルさん、撮影会が終わった後に一つ頼みたいことがあるのですが……」


このタイミングでは少々間が悪いことは承知していたが、今言っておかなければもう機会はないという危惧が私を駆り立てたのだ。


「私のできることでしたら」


私の心中を知ってか知らずか、ヒットレルさんは嫌な顔一つせずに私の急なお願いを聞き入れてくれた。

















(眩しいな……)


無数のフラッシュをたかれながら、私はそんなことを思っていた。
ホールに集合した後、大使館の一室にて現在、宣伝用の写真撮影が行われている。
今回のプロパガンダの趣旨は私のゼーロウ高地での活躍を伝えつつ、ダイナモ作戦で活躍したほぼ同年代のカールスラントウィッチも同時に紹介することで、カールスラント国民の士気高揚と共に第二次ネウロイ大戦勃発以前から同盟を結んでいた扶桑との強い繋がりを内外にアピールするのが目的のようだ。


(それにしても……)


写真に写るポーズを変える指示を受けて体を動かす際、チラリと顔を横に向ける。
そこには黒いカールスラントの制服を纏った金髪の少女が居た。
一歳年上であるらしい彼女は、私と同じく今回のプロパンガンダ役に選ばれたウィッチであった。
カールスラントウィッチ=規律に厳しいというイメージは彼女の遅刻により、即刻私の中で崩れ去っていた。
彼女が時間に遅刻してくれたおかげで、私はヒットレルさんと、ある程度の会話をすることができたので、私は彼女に感謝するべきかもしれないが、『あなたが遅刻してくれたおかげでヒットレルさんと話ができました。ありがとうございます』では意味が分からないし、『あなたが遅刻してくれたおかげで別の世界ではカールスラントの総統閣下だった人と話ができました。ありがとうございます』では彼女には全く理解できないことなるので、やめておいた方がいいだろう。
……加えてだが、私は彼女自身についても気になっていた。


(エーリカ・ハルトマン)


彼女の名前はカウハバ着任直前に目を通した元義勇中隊メンバー、ウルスラ・ハルトマンに関しての書類に姉と記載されていた。
ハルトマン、ドイツ、飛行機乗りと聞けば、私が前世の知識から南部の黒い悪魔と呼ばれたエースパイロット、エーリヒ・ハルトマンのことが思い出される。
そして私の知識が正しければエーリヒの妻の名前がウルスラだったはずなのだが……。
まさかとは思うが、爆撃王、否……爆撃神たるルーデル閣下が女性であったことから、可能性がないわけではない。
一緒に撮影を受けている彼女は終始笑顔であり、まだ二、三しか言葉を交わしていない私には彼女が明るい感じの人物であることぐらいしか分からなかった。




















「いや~、疲れた疲れた。そんで、疲れた後のおやつは格別においしい!」


「そう言ってもらえると幸いです。そのカスタードプティング、私が作ってきたものなんですよ」


大使館の一室にて私とエーリカさんは休憩を取っていた。
いったん休憩時間を挟んだ後に、撮影を再開する予定となっている。
その間に持ってきたプティングをエーリカさんと一緒に頂いている途中であった。


「それ本当!?  すごくおいしいよ、このプリン。えーとカリアだっけ?」


「ツカサ・カリヤです。ツカサが名前ですが、呼ぶときはどちらでも好きな方で呼んでください、エーリカさん」


「ありがとね、カリヤ。ブリタニアに来るまではずっと撤退戦で、こういう甘いお菓子は久しぶりだったから本当においしいよ」


「お礼でしたら、カールスラント大使館とフリードリヒ陛下に言ってください」


「えっ、どうして?」


首を傾げるハルトマンさんに、私がカスタードプティングを作るまでの経緯を話した。
ことの始まりは私のゼーロウ高地での活躍だった。
ゼーロウ高地から航空母艦に帰還後、私の活躍はいち早く聞きつけた艦長が直々に現れて、『フリードリヒ四世陛下に君の活躍を報告するが、褒賞に何か欲しいものがあったら言ってくれ』と私に言ったのだ。
今考えると……艦長も興奮しており、気の早い話だったが、虚脱状態だった私にはそんな機敏を察知する余地はなく、死ぬかけた時に無性にオムライスが食べたかったことを思い出し、卵が欲しいと艦長に告げた。
私の『卵が欲しい』発言は当然フリードリヒ陛下にも伝わったのだが、その発言は陛下にとっていたく面白いものだったらしく、後日に大使館から大量の卵と一羽の鶏が届いた。
バスケットいっぱいに詰まった卵にも驚いたが、届いた鶏は、なんとフリードリヒ陛下の食す卵を産んでいる鶏と同じ品種のものらしく扶桑大使館を巻き込んでの大騒ぎとなったのである。
軍の任務でいつまた別の場所に転属になるかもしれない私は、使い魔でもない鶏を飼う余裕はなかったので現在扶桑大使館に管理を委託し、フリードリヒ陛下への感謝の手紙を書いた際にその旨も綴っておいた。


妙に偉そうな雰囲気を纏っていたその鶏は、現在扶桑大使館の庭に増設された小屋に居を構えており、フリードリヒ陛下から贈られた鶏として大切に飼育されている。
忘れていたが、大使館の人に促され、その鶏に私が名前を付けた。
名前はDino《ディノ》、その鶏の脚があまりに立派で恐竜の脚のように見えたことからそう私は名づけたのだ。
贈られてきた大量の卵は様々な料理に使い、義勇中隊の一緒に存分に味わった。
約束通り伯爵にもオムライスを振る舞い、それでも残った分でデザートのプティングを作ったのだ。
もちろんプティングなのでゲル化剤で使ったのではなく蒸して作ったものである。
伯爵のことを省き、その経緯をエーリカさんに話しおえると、エーリカさんは再びプリンに手をつけはじめた。


「へぇ~、そういえば私も初めてネウロイを撃墜したとき、エディータにご褒美になにか欲しいものがあるか聞かれて『お菓子が欲しい』って答えたっけ? そんで、ネウロイ50機撃墜祝いのときも同じこと言ってトゥルーデやミーナに呆れられて……」


言葉が急に途切れる。


「エーリカさん?」


顔を注視すると先ほどまで絵に描いたような満面の笑顔とはうってかわって彼女の顔に陰りが見えた。
まるで忘れかけていた嫌な何かを思い出したかの如く、忘却していた茨の棘に触れたかの如く、顔をしかめる彼女に私は新たな話題を振る。


「エーリカさん、そんな気に入っていただけたのでしたら、また作って持っていきます。カールスラントウィッチの滞在場所と義勇中隊の滞在場所は近いのでいつでも持っていけると思いますので」


現在私達が寝泊りしている基地は仮の宿舎であった。
ブリタニア本島から南の突き出た半島にブリタニア防衛のためのウィッチ基地を作っているとのことだが、元々存在していた城の改修や、宿舎の増築のなどの作業が完了する目途はまだ立っていない為、いつまで仮の宿舎で過ごすことになるかは分からない。
ブリタニアの防衛線は本土と欧州の間のドーバー海峡となるので前線に出るウィッチは必然的に同じ場所に纏められる訳だ。


「……うん。ありがとう。こんなにおいしいお菓子だったら毎日でも持ってきてほしいくらいだよ」


一拍ほど間を置いて、エーリカさんは先ほどと同じ明るい雰囲気へと戻ったが、その明るさにはどこか陰がチラつているように私は思えた。
何か、悩んでいるなら相談に乗るべきだろか?とも考えたが、今聞いたところで休憩の間だけでは時間が足りないだろうし、何よりまだ出会ってから数時間しか立っていない私がそんなことを聞いても余計な詮索にしかならないだろうという思いが、私を止めた。


……それからはお互い事を話し合った。
エーリカさんの父は医者、母がウィッチで、幼いころはアジア方面で生活をしていたこともあるらしい。
ますますエーリヒ・ハルトマンと印象が被るなと思いつつ、妹さんであるウルスラさんの話題を振ったのだが、語りだした最初は明るかったのに、思い出したようにまた暗い雰囲気になった。
何故だが分からないが、妹に関する話題がNGであることだけは察した私はまた別の話題を振ることで何とか暗い雰囲気から脱却することができたのだった。
楽しい会話の時間はあっという間に過ぎ、湯気の立つほどの熱かった紅茶が冷めてしまった頃に休憩時間は終わりを告げる。


「じゃ行きましょうか、エーリカさん」


「もうそんな時間か……。あっ、そういえば忘れてた」


何か思い出したらしいエーリカさんが私の近づく、ヒョイっと、ごく自然な形で私の両の手を握り、顔を近づけてきた。


「ゼーロウ高地での活躍、私も聞いてるよ。カールスラントのみんなを助けてくれてありがとう」


一瞬のことで呆気に取られているうちにエーリカさんは私から離れ、「先に行くよ」と部屋から出て行く。
エーリカさんの言葉が頭に届くのにそれから二、三秒かかった。


「『みんなを助けてくれてありがとう』……か」


むしろあの時の活躍は、彼らを助けられなかったからこそできたものだった。
助けられなかった人達の力が、私を助けたのだ。
そのことを思うと、私はエーリカさんの言葉を素直に受け取ることができなかった。


《主よ、皆が待っているぞ》


「……そうだった!」


感傷を自分の胸の中に仕舞い込むと、私は急いで撮影場所に向かった。









…………………………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………
……………………………













「「「「では、乾杯!!」」」」


カールスラント大使館近く酒場で、複数人の声が響く。
とうの昔に撮影は終了し、酒場ではスタッフ達の労いを兼ねて、飲み会が開かれていた。
まぁ、お題目などはどうでも良かった。
祖国が陥落し、落ち込む気分を払拭するために、酒を飲んで盛り上がればいい……と皆がそう思っていたのだ。
やれカールスラントのビールはこうだったと、いちいち文句を付けながらも皆が浴びるようにビールを飲む中、ヒットレルだけは一人チビチビと酒を煽っていた。
元々ヒットレルは酒も煙草も控える主義であったが、広報部に来てからは付き合い程度には酒を飲むようになっていた。


アルコールを喉に流し込みながらヒットレルが思いを馳せるのは、いつもならばノイエ・カールスラントへと疎開した妻のエヴァや可愛がっていた姪のゲリ、数頭の愛犬など家族のことなのだが、今日に限っては違っていた。
ツカサ・カリヤ、欧州人のような見た目を持つ扶桑のウィッチの少女についてヒットレルは思案する。
初めに対面したときは、彼女が丁寧に挨拶することから、年の割に礼儀のしっかりした子だとヒットレルは思ったのだが、会話をする時間を持ちその印象はさらに変化した。
彼女は礼儀正しいだけではなく、教養も深かった。
思いのほか、会話が弾んだために、つい何時もの癖で子供には分からないような引用を会話に混ぜで喋ってしまったのだが彼女はその引用に反応し、引用元までヒットレルに指摘してきた。


(まさかな……)


広報担当を任されてからヒットレルは、カールスラントの上層階級の情報にもそれなりに耳が聞くようになっていたが、その上層階級である噂が広がっているのを耳にしていたのだ。


『詳細が分からぬツカサ・カリヤのカールスラント人祖父は正体はとあるカールラント貴族』


『今回のツカサ・カリヤの手柄は、隠し子である彼女の為にその祖父が手を回してでっち上げたもの』


活躍がねつ造というのは完全なやっかみ、根もない噂だった。
多くの将兵やウィッチが彼女の活躍を目撃し、報告している。
確かに出鱈目な戦果であったが、ウィッチの中にはときに奇跡としか言いようのない活躍をするものが出てくるのが常であり、多大な戦果の報告はさらに過大となることが戦争ではよくあることだ。
たまたま今回は彼女、ツカサ・カリヤにも当てはまっただけのことだとヒットレルは認識していた。
ただ、とあるカールスラント貴族の隠し子というのは噂だけはヒットレルの中で合点がいったのである。
対面する前に、ヒットレルが読んだツカサ・カリヤの詳細書類から想像した彼女は、経済的に困窮して軍へ入隊し、多大な活躍を果たしたシンデレラのような少女であったのが、対面を果たし後のヒットレルは彼女がどこかの令嬢のようなイメージを抱いていた。
それも陰で祖父から何らかの援助を受けていたならば納得がいくと、ヒットレルの頭の中でツカサ・カリヤに関する勝手なバックストーリーが完成していく。
その内容は完全な出鱈目《ファンタジー》小説のようなものだったが、残念ながらそれを指摘するものはいなかった。
妄想の筆を頭の中で振るっていたヒットレルは、その途中、ただ一つ不可解だったことがあったのを思い出す。


『撮影が終わった後、ヒットレルさんと一緒に写真を撮っていただいてもよろしいでしょうか』


彼女は何故か、ヒットレルと一緒の写真を撮ることを希望したのだ。
そのときは気をよくして、何も考えず了解したが、よくよく考えると何故自分と一緒の写真を希望したのかヒットレルには分からなかった。
わが軍の若きエースウィッチであるエーリカ・ハルトマンと共に撮った写真の一部は選りすぐって彼女にも渡されることになっていたのだから、記念撮影にしてもおかしかったのである。
結局、ヒットレルは上手い理由を思いつかず、今度彼女自身に会ったときに聞いてみようということで考えを纏めた。


(今度、エヴァに送る手紙の話題に……いや、よそう)


妻への手紙に今回のことを書こうと思ったが、ヒットレルは直ぐにそれを思い直す。
ヒットレルの妻であるエヴァは情緒面で少々……いや多少に不安定なのだ。
まだエヴァと恋人だったとき、ヒットレルは可愛がっていた姪のゲリと不適切な関係にあるとエヴァに疑われたことがあった。
全くの事実無根であったが、疑心暗鬼に陥ったエヴァはついには拳銃自殺を図ろうし、ヒットレルは慌ててそれを止めることなった。
それが切っ掛けで結婚したことはヒットレルが墓まで持っていきたい秘密の一つである。
結婚後もことあるごとにエヴァはヒットレルの浮気等を疑い、ストイックな行動で出ることがあった。
それだけ自分のことをエヴァが愛している証拠であり、好ましいことだと自分に言い聞かせていたが、時々は……愛が重いと感じることも。
そんな妻であるから、ウィッチと一緒に写真を撮ったと手紙に書くだけでも自分の浮気を疑うのではないかとヒットレルは考え、手紙のことを考え直したのだ。
その日の夜、ヒットレルは不思議な夢を見た。
自分がカールスラントの総督閣下になるという荒唐無稽な夢であった。
夢の最初で暗闇から、そんな三文小説のような世界へとヒットレルを誘ったの、誰かの右手であったが、その手は一緒に写真を撮ったときに手を繋いだ少女、ツカサ・カリヤのモノに似ていたと、夢から覚めた後、ヒットレルは気付いたのだった。



























後書き



今回は難産な上にほとんど話が進みませんでした……ORZ


次回は……すごく、未定です(更新日的な意味で)


後、SS書いてて気づきましたが、設定通りならゲルトの妹のクリスは4年くらい昏睡状態ってことなるですね。
そりゃシスコンにもなるわ。








補足

アドルフ・ヒットレル

ちょび髭が似合うおじさん。奥さんは少しヤンデレ気味。
本SSに登場するアドルフ・ヒットレルは空想上の人物であり、実在の団体・人物とは何ら関係はありません。


エーリカ・ハルトマン

アニメ、ストライクウィチーズの主要キャラの一人、EMT《エーリカ・マジ・天使》。
元ネタの人物は第三帝国の黒い悪魔ことエーリヒ・ハルトマン。
本SSでエーリカが落ち込んでいた理由は、仲間であるミーナやトゥルーデが落ち込んでいるのに自分が何もできないからと感じているから。(また自分の妹であるウルスラから、意識の戻らないトゥルーデの妹、クリスを思い出し、そこでも落ち込んでいる)


エディータ


カールラント空軍のウィッチ、エディータ・ロスマンのこと。略して呼ぶとエロスry
元ネタの人物はドイツのエドムント・ロスマン。


トゥルーデ


カールラント空軍のウィッチ、ゲルトルート・バルクホルンのこと。
アニメ、ストライクウィチーズの主要キャラの一人。元ネタの人的に考えて自動車の運転は鬼門。
元ネタの人物はドイツのエース、ゲルハルト・バルクホルン。



[25145] 超お茶濁し企画!!
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:5faabe4b
Date: 2011/02/14 07:48
◆以下の事にご注意ください。◆


本SSは本編のストライクウィッチーズの二次小説とは全く関係ありません。

なのはのPSPゲームが出たぐらいに書いていたなのはSSです。無くしていたUSBから発見。懐かしかったので掲載してみました。

すぐに消す予定でしたが、とりあえず残しておきます。

続きはありません、この一話のみです。

それでもよろしい方はスクロールしてお読みください。





























































遥か未来の話だ。


数百年で勢力をさらに大幅に拡大していった時空管理局は徐々に肥大化し、横柄で傲慢な組織へと変わっていった。勢力拡大に伴う侵略紛いの次元侵攻、現地世界住民に対する圧政。いつの世もそれは当然ながら対立、反抗するモノを生む。

反時空管理局運動の発生及び、複数の世界が母体となった反管理局組織が誕生。旧時代の第97管理外世界に存在していたアメリカとソ連の様な対立構造が作り出された。


その後、ゴルバチョフでも出てきてくれたならば良かったのだがが、自体はキューバ危機よりよほど最悪最低の事態となる。


管理局は無警告でアルカンシェル数発発射。それにより反管理局陣営だった国、いや世界が一つ消し飛んだ。


それは燻っていた火薬に火を付けるには十分すぎる火力であり、数百年ぶりの次元大戦に始めるには十分すぎる威力の祝砲だった。


少なくともその砲火が八神隼人のターニングポイントになったのは間違いない。


新暦XXX年 ミッドチルダ上空


「嫌な花火だ」


隼人は吐き捨てるように呟いた。質量兵器のマズルフラッシュやら殺傷設定の魔力光やらが輝いては消えていく、辺り一帯は銃声や魔力の放出音に加え、人々の怒声、悲鳴や狂った笑い声が絶え間なく響いており、異様な熱気に包まれていた。


「胸糞悪い。大昔にあったっていうベルカ戦争もこんな感じだったのか?」


独白に対する答えはない。ただ知己であった者の声が聞こえた。


「F.A.T.E-PMS-01に告ぐ。今すぐ降伏して、管理局に戻るというのなら私が弁護しましょう。だから……」


凛とした声が響き渡る。栗色の混ざった金色の髪に、オッドアイ、黒いバリアジャケット、加えて七色の魔力光を持つ人物など俺は一人しか心当りは存在しない。


「F.A.T.E-PMS-01なんて記号は俺の名前じゃない。今の俺は八神隼人だ。それにしても……思い込んだら一直線、やっぱりお前の愚直さはオリジナルにそっくりだよ、F.A.T.E-PMS-02。いやオリジナルと同じく不屈のエースオブエースと呼んだ方がいいか? それとも管理局名物の聖王人形?」


「……………っ!!」


隼人は軽口を叩きながらも、構えを解かない。相棒である装着融合型デバイス、サイクロンスピードにはいつでもフルドライブモードに移行できるように指示してある。元よりそんな為にここに戻ってきた訳ではないのだ。


「どうしてですか、あなたは元々こちら側の人間でしょう? 何故反管理局陣営にあなたが居るのですか!! 私達が何の為に生み出されたのかあなたは忘れたのですか!? なのにナゼ……何故、貴方は其処にいるの!!?」


隼人は彼女、F.A.T.E-PMS-02の激情に面食らう。この様に激情をぶつけられる事は彼女の同僚で同類であった時にはなかった。故に人形の様に思えた彼女にこの様な激情をぶつけられるとは思いもしなかったのだ。


あんぐりと開いた口を引き締めると、自然と笑みがこぼれた。


「何だ、ちゃんと怒れるじゃねーか!! 誤解してたわ、訂正するよF.A.T.E-PMS-01! テメーは人形なんかじゃねぇ。……だが立ち塞がる以上、オマエは俺の敵だ!!」


溢れ出た言葉は臆病者の己からは想像もできない熱血漢のセリフだったが、今はこれでいい。行き場のなかったか感情を吐き出すにはこれくらいでちょうど良かったのだ。


「…………分かりました。ならば力づくであなたを連れ帰ります」


「言葉は不要……ってな。サイクロンスピード、フルドライブモードに移行!!」


『 《了解しました、フルドライブモード起動。IS(インヒューレントスキル)、【思考加速】との連動を開始……連動を確認。システムオールグリーン》』


どうしてこんな事になった……何てことは隼人にはもう考えられなかった。ただ思考が加速していく刹那、出撃前の光景が頭を過っていた。





数時間前……





「まさか。こんな事になるなんて夢にも思ってなかったわよ。まぁ、私としては一秒でも早くあの忌々しい神様気取りの管理局から抜けだしたかった訳だからいいとして……。アンタはどうなの? 02に比べれば盲信的じゃなかったにしても犬の様に尻尾を振ってたじゃない」


紫の長い髪を弄りながら、隼人と同じく管理局を離反した彼女は言った。口調はいつもと変わらずきついモノであったが、彼女の金の瞳はひどく揺れている様に見える。彼女にも彼女なりの苦悩があるのだろう。


「相変わらず毒舌だな00、いや今はラスト・スカリエッティだったか……」


「そういうアンタは八神隼人で決定なの?」


「あぁ、今の俺は八神隼人。だから管理局の次世代人造魔導師製造計画で製造されたF.A.T.E-PMS-01なんて犬の尻尾は、あの時のアンカンシェル発射時に蒸発して死んだんだ」


「じゃあ、私も同じね。F.A.T.E-PMS-00なんて管理局の豚どもの奴隷はあの世界と共に消滅した。今いる私は反管理局組織所属のラスト・スカリエッティ、それ以上でも以下でもない。……ありがとう隼人、少しは気持ちが軽くなったわ」


「……どういたしまして」


彼女……ラスト・スカリエッティの感謝に対して隼人は頷いた。


F.A.T.E-PMS、それが管理局が再び開いたパンドラの箱の名前である。勢力拡大とともに、管理局は人材……とりわけ魔導師の不足が目立つ様になった。占領した管理外世界からの徴用だけでは不足を補う事が出来ず、だからといって反管理局組織の台頭を黙って見逃す訳にもいかない。


そんな中。時空管理局は一つの結論に行き着いたのだ。


『優秀な魔導師がいなければ、造り出せばいい』


かくして、数百年前のパンドラの箱は開かれた。


ジェイル・スカリエッティの残した膨大な研究データやプレセア・テスタロッサが完成させたプロジェクトF.A.T.Eおよび過去のJS事件で活躍(暗躍)した人物の遺伝子データを利用し、試作のF.A.T.E-PMS-00を完成させ、その後にF.A.T.E-PMS-01、02が誕生。


隼人は自称の通り、歩くロストギアと呼ばれていた八神はやての遺伝子データを元に造られた人造魔術師で、ラストもその名の通りスカリエッティの遺伝子を元に作られた同類だ。プロジェクトF.A.T.Eの売りであった記憶転写に関しては反乱を防ぐためにオミットされており、代わりに様々な社会常識や特殊な技能を頭にインストールされている。


F.A.T.E-PMS計画で製造された人造魔導師はスペックだけ考えればF.A.T.E-PMS-00、01、02共に成功との事だが、02の製造過程のイレギュラー(オリジナルとは逆の性別になるよう、設計された筈が同じ性別となった事。聖王の成功クローン体の遺伝子を組み込んだからうんぬんと研究者達は愚痴っていた)とラスト及び隼人の強い自我の発現、さらには予想以上のコストという問題が発生し計画は凍結された。


今はどうなっているのか隼人にも分からないが、計画はそのまま凍結されているならF.A.T.E-PMS計画成功個体は隼人とラストと02の三人のみという事になる。


「それにしても、ミッドチルダの首都クラナガンに奇襲なんて本当に正気の沙汰とは思えないわね」


「相手もそう思っているからだろ、狂気の沙汰ほど何とやらだ……。それに反管理局側は劣勢でこのままいけばジリ貧。挽回が利くのは今だけだからな」


現在、大規模な陽動作戦が進行しており、ミッドチルダの防衛にあたっていた管理局部隊の一部を別の次元世界に引き込んでいる最中である。陽動が完了次第しだい別動隊がクラナガンに転移し、管理局本局を制圧、または破壊する。


しかしながら、仮にこのまま陽動が成功しても残りの魔導師部隊の他に防衛用に量産されたガジェットドローンやこちらから鹵獲した質量兵器を運用している部隊がまだ存在する。


だがF.A.T.E-PMS-01及び02に関する問題(聖王のクローン体や八神はやての遺伝子の無断借用等)により発生した管理局と聖王教会の不和をついて取り付けた裏取引により、聖王教会はこちらに協力する手筈になっていし、加えてガジェットドローン関しても……


「ラスト、鹵獲したガジェットドローンの調整はどうなった?」


「私に流れるオリジナルの遺伝子が怖くなるぐらいにバッチリよ。それに分解して分かったんだけど制御回路から中枢のチップまでオリジナルが量産したガジェットドローンと一緒。あの管理局の無能ども、で工夫って言葉を知らないみたい。改造したこっちのガジェットドローンがあればあっちのコントロールは簡単に奪える」


「ガジェットドローンのコントロールを奪って、相手が動揺した隙を突けば何とか本局になだれ込めるか……」


「だけど、首都の魔導師部隊にはF.A.T.E-PMS-02が残ってるわ」


「できれば陽動に引っ掛かって欲しいが、そんなうまくいく相手でもないか……。まぁ、出てきたら俺が相手をするしかないだろう」


正直、敵う相手とは到底思えない。F.A.T.E-PMS-02は性別に関するイレギュラー以外を除けば管理局に最高傑作と言われるほどの能力を持ち魔導師ランクSSS+にして固有技能【聖王の鎧】を保有する。唯一の救いといえばアレが殺傷設定の魔法を使わないという事だろう。


だが戦場で戦闘不能になれば他の管理局員に止めを刺されるの必至なので、結局に命を失うことに変わりない。


「私もガジェットドローンのコントロールが安定したらすぐに援護にいくから、とにかく時間を稼いでおいて」


「分かった。そういうのは一番得意だ。それにお前が調整してくれたサイクロンスピードもあるしな。後は作戦開始を待つだけだ。ラスト、仮眠を取るから作戦開始時刻の前に起しに来てくれ」


最後の晩餐ならぬ、最後の睡眠になるかもしれないから……と隼人がラストに告げると『相変わらずね』と呆れられた。不思議と自分が死ぬかもしれないという恐怖は湧いてこない。もうそういう場面には数十回と遭遇している為、慣れてしまったかもしれない。


隼人は仮眠室に向かう為、向きを変える。


「待って隼人……」


「何だ?」


後ろからラストに声を変えられ隼人は歩みを止める。


「ずっと聞きたかったんだけど。なんで隼人は私達のオリジナルが暮らしていった時代の事に詳しいの? アンタ時々、オリジナルの事をまるで見てきたように話すし。管理局を作ったいう最高評議会の三人が新暦75年までずっと変わってなくて脳味噌だけだったとか、広域次元犯罪者だった私のオリジナルのジェイル・スカリエッティが最高評議会が作り出した存在でマッチポンプだったとか、どれもアンタの与太話だと思ってたけど、この前管理局のF.A.T.E-PMS計画関連施設を強襲したときに吸いだしたデータにその事を示唆する文書が最重要機密として混じってた。どこでそんな事知ったの?」


隼人は一瞬、ピクリと肩を揺らしたがすぐに言葉を返した。


「知りたいなら作戦から帰ってきた後にベットで教えるよ」


口から出た言葉を場を茶化す為の冗談だった、元より隼人とラストはそんな甘い関係ではない。


ただ、いつものように顔を真っ赤したラストが隼人に怒り、それに合わせて隼人が逃げればそれでこの話は終わり。


そのハズだった……


「――いいわよ、聞いてあげるわ…………ベットの中で」


突然の爆弾発言に隼人は盛大にズッコケた。いつでも逃げられるように足に力が入れていたのが裏目に出てしまい、バランスを崩してしまったのだ。


「……今なんて言った?」


「ベットの中ですっぽりじっぽり聞いてあげるって言ったの!! 何か文句ある?」


顔だけ振り返ってみると、ラストは当初の予想の通り顔を赤くしていたが、その表情はいつも怒りの発露とは様子の違うものである。


隼人はややテンパリつつも、彼女に反射的に聞き返す。


「いや、ホントにマジで?」


「こっちは大真面目よ!! だから……、だからアンタもちゃんと生き残りなさいよ」


ラストの真剣な表情を見て、隼人は彼女との邂逅を思い出した。


まだラストがPMS-00と呼ばれていた時の彼女は何事にも無関心でまるでこの世の全てに興味がない人形の様であったが、今ではそんな面影はどこにも存在しない。


「何よ? 人の顔をジロジロ見て」


「いや、何でもない……。ひと眠りしてくるわ」


何とも言えない感慨を抱くつつ、隼人は仮眠室へと歩みを進める。


心の中ではそろそろ自分のあり得ない身の上を話してもいいかなという思いが湧ていた。


二三歩、歩みを進めた後、再び立ち止まり……


「ラスト……」


「何?」


「大丈夫、切った張ったは苦手だから危なくなったらすぐに逃げるよ」


振り向かずそう呟くと、隼人は再び歩き出した。




………………………………………………………………………………




(ラストにはああ言ったものの、状況は最悪だな……)


F.A.T.E-PMS-02に偉い口を叩いた割に隼人は逃げの一手だった。


自身の装着融合型インテリジェンスデバイス、サイクロンスピードの解析結果によれば、相対しているF.A.T.E-PMS-02はさらなる超絶強化をされているとの事である。


『《F.A.T.E-PMS-02は自身のリンカ―コア以外からも膨大なエネルギー供給を受けています。反応パターンからロストロギア、ジュエルシードとレリックをデバイスに複数内蔵している模様》』


(確か一期の全く反映されなかった設定にジュエルシードを格納する事でレイハとバルディが強化されるってのがあったが、これはもうそんなレベルじゃないな……)


計測された魔力値は魔導師ランクSSSオーバーを振り切っている、つまり通常の想定測定値をオーバーしているのだ。こちらとあちらとの力関係は凄まじい隔たりが存在している。笑えほどに絶望的だ。


距離を取ればバスタービットとバスターモードの相手デバイスからの十字砲火で、近づけばベルカ式近接格闘のレンジに入り、膨大な魔力を込められた拳によって普通ならとうの昔に意識を刈り取られていただろう。ただそうならなかったのはひとえにF.A.T.E-PMS-02と戦いの相性が良かったからだ。


速度……、それこそが八神隼人の最高の武器である。


F.A.T.E-PMS-01として製造された時に附随された先天固有技能【思考加速】は元々、現場でのとっさ状況判断を行う為のモノであったが、管理局を抜けてから幾戦かの戦いを経て、隼人は高速戦闘に利用できないかという考えに至った(つまりはクーガーの兄貴バリの動きがしたかった)。


……しかし。


「アンタと02は私と違って生体部分の機械化と強化処理を行ってないから、高速戦闘なんてしたら負荷で体がミンチになった挙句、摩擦で火達磨よ。それとも改造処理する?」


これを聞いた時、隼人は大いに絶望した。高速戦闘したけりゃ全身改造とか……やめろショッカー! ブッ飛ばすぞ!! ほんと【お断りします】である。


そんな失意の中、隼人は某特撮ヒーローからある妙案を得た。


装着している間だけ戦闘機人になればいい……と。


隼人の案をラストが形にして出来たのがサイクロンスピードである。デバイスに備わった疑似ユニゾンデバイスとしての特性、融合能力を利用し融合時に隼人の体を機械の体へと変化させるのだ。骨格と筋肉は人口のモノへ、五臓六腑は人工臓器に挿げ変え、感覚器を強化し、全身をバリアアーマーにて覆う。


全身を覆うアーマーは外部から大気中の魔力を取りこむことも出来るし、AMFなどが拡散されている場所ではアーマーの機密性を上げ、内部で魔力をやり取りする事により干渉を最小限に防ぐ事も出来る。


さらに全身の補助制御を新規に装備された人格搭載型AIが行っており、元がアームドデバイスとは思えない魔改造ぶりといっていい。


元々F.A.T.E-PMSとして拡張性を持たせてある隼人の体は機械との親和性は抜群である。


これにより、隼人は不可能であった超高速戦闘を可能とした。


現状で隼人がF.A.T.E-PMS-02とそれなりに戦えているのは9割方、ラストが造ったこのデバイスのお陰と言っていいだろう。


とにかく隼人はF.A.T.E-PMS-02の攻撃を避けて、避けて、避け続けていた。


1秒を10秒に、10秒を100秒にと。ISにより思考と感覚は限界まで加速され、強化された体はそれに追従する。隼人は相手デバイス本体とビットから放出される無数の極光を、まるで針の合間を抜けていくかの如く回避する。


いくらF.A.T.E-PMS-02の砲撃が強力でも、いくら膨大な魔力を込めたベルカ式格闘術が必殺あっても……、当らなければどうということはないのだ。


そもそも前提条件として隼人はF.A.T.E-PMS-02に勝つことなど考えていない。ただ時間を稼ぐ事しか考えていない隼人を倒すことは現状のF.A.T.E-PMS-02には容易ならざることであった。


……だが、こう着状態の現状に痺れを切らしたF.A.T.E-PMS-02は己のデバイスに新たな指示を下す。


「ルシフェリオンビート、バスタービットのパターンをA16、形態をバスターモードからガントレッドモードに変更。それと魔力による肉体強化と感覚強化を199%まで引き上げて」


『《了解しました》』


轟と、F.A.T.E-PMS-02に纏わりつく大気が揺らめいた。次の瞬間、雷光の様な速度でF.A.T.E-PMS-02は隼人との距離を詰め、必殺の拳を振るう。


隼人は一瞬驚いたが、それでも自身の最高速を持って攻撃を回避する。続けて光刃を展開した無数のバスタービットが間髪入れずに隼人を貫こうとするがそれも全て迎撃した。


けれど……


「これでもダメみたい。ルシフェリオンビート、これ以上時間を掛けれられないからレリックを一つ開放して。それと魔力による肉体強化と感覚強化をさらに530%に」


『《ですがマスター、そんな事をすればマスターに負荷が……》』


「いいからお願い」


『《……分かりました。レリックウェポンシステム、リリース。加えて肉体と感覚をさらに530%ブースト》』



さきほど比べ物ならない大気の放流がF.A.T.E-PMS-02の周りに渦巻く。


放出される強大な魔力によってF.A.T.E-PMS-02の姿は陽炎のように揺らめいた。


「死なないように手加減するけど、骨の数本はいくと思うから謝っておきます、ごめんなさい。でも安心して……毎日病院に見舞いに行くから」


『《ソニックムーブ》』


そして最速は覆される。


凄まじい魔力の光を伴って、F.A.T.E-PMS-02は容易く隼人に接近した。限界まで加速された知覚でも動きを捉えるのがやっとの速度でだ。音はF.A.T.E-PMS-02の後からやってくる。


「……っ!?」


さきほど攻撃を凌駕する速度で拳は振るわれ、隼人は回避する事ができず両椀で全面をガードした。展開していたプロテクションは障子に張った紙のように容易く突き破れる。


「終わりです」


すさまじい魔力の篭った一撃は前面のガードごと隼人を撃ち抜こうした。


しかし……


「サイクロンスピード、 アーマー内の圧縮魔力を急速解放しろ! それとカートリッジを一番から五番まで発動!!」

『《了解、緊急解放》』

インパクトの瞬間、隼人はありったけの魔力を解放し、前面の両椀に収束させる。それにより魔力の篭った相手の拳との魔力の反発が生じ、双方弾き飛ばされた。これにより実質的なダメージは皆無となる。


隼人はある程度の衝撃は覚悟していたため、すぐに体勢を立て直せたが内心は穏やかではない。


自身の最速の領域に簡単に踏み込まれてしまった事は隼人にとって大きな衝撃だった。確かに隼人の速度は厳しい修練や、日々の努力といった類のもので高速戦闘を手に入れた訳ではないが、思考加速を持ってしても高速戦闘での動きの制御にはかなりの苦労が存在する。けれど、F.A.T.E-PMS-02は児戯の如く隼人の速度についてきた。


莫大な魔力を使った強引な強化による速度の極大上昇、恐らく体感速度を変化させたわけではなく超絶的な肉体と感覚の強化によりコチラの最高速を見切っているのだ。けれども同じ条件で同様の事をこちらがしようとすれば魔力が暴走して恐らく自滅するだろう。あそこまでの莫大な魔力を制御する事は隼人には不可能だ。


今の隼人には明確な勝利へのビジョンが湧いてこなかった。さきほどまでは逃げて時間稼ぎをすれば済んだが、相手に同じ速度の土俵に立たれた今、それは叶わない。


現在の速度なら、聖王の鎧の自動展開防御より早く攻撃する事ができるが、肝心のF.A.T.E-PMS-02は自身の自動展開よりも早くこちらの攻撃に反応してくる。魔力を使って攻撃を防がれたそこでお終いだ。レリック一つ開放してあの速度だ。これ以上解放されたら勝ち目は完全になくなってしまう。


(どうする、どうすればあいつに勝てる?)


思考加速を極限まで行い、考える時間を引き延ばす。ラストには危なくなったら逃げるといっていたがここで本当に逃げてしまえばコチラの戦線は目の前のF.A.T.E-PMS-02によって覆される。それだけは何としても阻止しなければ……。


(奥の手を使うにしても意表を突かなければ意味がないな。速度では追いつかれたが細かい動作はこっちが上手だ……、こんなりゃイチかバチかだな!!)


「サイクロンスピード、フォーム2への移行の準備を頼む。次にアイツがこちらに接近した時、合図ですぐ切り替えてくれ。それとその後に拳の魔力を……」


『《了解しました。フォーム2での戦闘は10秒が限度です。十分に留意してください。》』


「分かった。――そら来たぞ!」


体勢を立て直したF.A.T.E-PMS-02は先程と変わらぬ速度で接近するが、隼人も加速しているため一度見てしまえば動きはそれなりに見切れる。なにより完全近付かれるの待つ必要はないのだ。


「今だ! サイクロンスピード!!」


こちらに拳が届く前のタイミングで隼人は叫んだ。


『《フェイク・パージ》』


その声と共に隼人を覆っていたアーマーが弾け飛んだ。突然の事態にF.A.T.E-PMS-02は急停止したが、弾け飛んだアーマーが炸裂し、発生した閃光に反射的に反応して体を硬直させる。


フォーム2とは、完全なる速度特化の軽量型フォームで、アーマー内にあった必要機能はパージ前に八神隼人の中に取り込まれ体内の機械率はさらに上昇している。


このフォームでは機能集約とアーマーパージによる軽量化でさらなる高速戦闘を行う事が出来るが、耐久力を完全に度外視した結果、活動限界が十秒になってしまっている。


難点である活動限界や耐久力を伸ばそうとすると結局フォーム1とほとんど変わらない速度しか出せない為、隼人はフォーム2を奥の手としていたのだ。


「もらった!!」


隼人は右腕を突きだし硬直したF.A.T.E-PMS-02に向かって突貫する。


「まだです!!」


F.A.T.E-PMS-02は何とか硬直した体を動かし、とっさに両の手でプロテクションを展開した。


F.A.T.E-PMS-02は、隼人が自分を倒すために残った魔力を突きだした拳に集中したと予想し、この魔法障壁に隼人の拳が接触した瞬間、さっきやられた様に魔力を収束して反発させ弾き飛ばし、そのまま追撃を入れるつもりであった。


しかしF.A.T.E-PMS-02の予想は大きく裏切られる。


「――これを待っていた。指向性AMFを前面に展開!!」


「えっ!?」


隼人は魔力をまったく込めていなかった右手の拳を開くと、AMFによって前面の魔法障壁の結合を解いた。プロテクションは瓦解し使用された魔力は形を失い放出される。


「AMF解除。続いて放出されている相手の魔力を収束、術式発動!!」


隼人は放出されたF.A.T.E-PMS-02の魔力を右手に収束し、魔法陣を出現させる。その間、わずがレイコンマ1秒以下。いくら肉体と感覚強化して速度を増そうとも、F.A.T.E-PMS-02は細かい魔力操作までは高速化できない。隼人はその隙を突いたのだ。


F.A.T.E-PMS-02が再度、プロテクションを展開しようとしても魔力を放出、形成する過程で割り込まれ、逆に隼人の展開したミッドチルダ式テンプレートに魔力が収束されていく。


「結局の所、どんな盾を貫く最強の矛もどんな矛も通さない無敵の盾も、相手に当てたり防御出来なきゃ意味がない。お前の敗因はそれだF.A.T.E-PMS-02」


隼人は最後に自身残存の魔力もありったけ込めると右手の術式を解放する。


「ディバイィィンンバスタァァァァーッ!!」」


放ったのは皮肉にもF.A.T.E-PMS-02のオリジナルが使っていた収束型魔法砲撃。凄まじい砲撃音に合わせ直撃を至近距離で受けたF.A.T.E-PMS-02は吹き飛ばされた。


「はぁ、はぁ……これで終わったか」


『《フォーム2タイムアウト。アーマー再形成。フォーム2終了から1分26秒は機能回復の為、戦闘の能力が大幅に低下します》』


「分かってる。そもそも魔力切れでこっちは浮いてるのがやっとだよ」


『《ですがマスター、相手はそうでもない様子です》』


「――やってくれましたね。F.A.T.E-PMS-01。正直、貴方の事を過小評価していたいたようです」


爆発の粉塵から現れたのは、なおも膨大な魔力を溢れださせるF.A.T.E-PMS-02の姿だった。


バリアジャケットは半損状態、デバイスにはいくつもヒビが入り、体中に傷跡が見える。だがそれでもなお、その瞳からは不屈の心が燃え上がっていた。


「マジかよ。さすが不屈の戦闘民族。これじゃサイヤ人もびっくりだな」


さすがに隼人もこの様相に笑いしか出てこない。これでは仮に後三つフォームを残していようともどうにもならないように隼人は感じた。


「何を言ってかは皆目見当が付きませんが、ここでお終いですF.A.T.E-PMS-01.」


「いいえ、終わりなのはアンタよF.A.T.E-PMS-02」


無数のガジェットがF.A.T.E-PMS-02を囲むように転送され、同時にAMFバインドでF.A.T.E-PMS-02を拘束した。想定外の事態と隼人との戦いのダメージの蓄積が重なったためか、F.A.T.E-PMS-02はいとも容易く拘束される。


気迫と魔力の量に隼人は圧倒されたが、どうやら相手もそれほど余裕があった訳ではないようだ。


「……F.A.T.E-PMS-00」


拘束されたF.A.T.E-PMS-02はラストの事を親の敵の様な顔で見つめた。その視線に見え隠れする怨嗟と憎悪は裏切りの相手を見る以上の何かがあった。


「助かったよラスト。ベストタイミング」


「ごめんなさい隼人。もっと早く来れると思ったのだけれど……。でも代わりにこの戦いはもうコチラの勝ちよ。管理局のノータリン共、防衛用のガジェットを管理局本局の中央防衛システム直結させてたの。だからコントロールを奪ったガジェットを通じて防衛システムを乗っ取ってやったわ。奴等はこれで何もできない。外もあらかた片づいたし、後の管理局本局の制圧は他の仲間に任せましょう」


そう聞いて隼人は辺りを見渡す。戦闘に集中して気付かなかった戦闘も大分、小規模化していた。


「何だか、気が抜けてきた。ラスト、俺早く基地に戻ってシャワー浴びてベットで寝たい」


「取りあえずは……F.A.T.E-PMS-02を司令のとこまで連れていくましょう。ガジェットと防衛システムのコントロールも移譲しなきゃならないし。……それが終わったら基地に戻って一緒にシャワー浴びてベットに入りましょ」


そういうとラストは隼人に寄りかかり、自身の豊満な胸を惜しげもなく押し付けた。


「うわっ! ラスト、何でお前そんなに大胆になってるんだよ!!」


「別に……。ただやっぱり隼人と一緒に居られるのはうれしいな~と思って」


謎のデレモードに隼人が困惑している中、口を閉ざしていたF.A.T.E-PMS-02が突如として口を開いた。


「……な、なんで!! どうして……どうしてですかF.A.T.E-PMS-00!! なんでアナタがF.A.T.E-PMS-01に抱きついているのっ!!」


突然の怒声に隼人は驚いたが、ラストは身動ぎもせず、当然のように隼人を引き押せると隼人の背中に手を回した。


「なんで……って言われてもそういう関係だからとしか答えられないわよ。聞いてたでしょF.A.T.E-PMS-02、私と隼人はベットやシャワーを共にしてる仲なの。そうよね隼人」


はぁっ? 何言ってるんだよと隼人は口に出そうとしたがラストから念話で『いいから頷きなさい隼人!! どうせ基地に帰ったらそういう関係になるんだから今頷いても一緒でしょ』と有無を言わさず怒鳴られ、隼人は反射的に頷いた。


「……っ!! そんな、……嘘」


「嘘じゃないホントの事よ」


隼人の肯定とラストの言葉にF.A.T.E-PMS-02は瞳をいっぱいまで見開くと、やがて顔を下に向けた。そこからは無数のしずくがこぼれでいた。F.A.T.E-PMS-02から先ほどまで感じられた覇気は見る影もなく消滅する。

その様子をラストは満足そうに見届けると仮想キーボードを展開し、F.A.T.E-PMS-02を捕縛したガジェット達に指示を出した。


「大丈夫なのかラスト? アイツ泣いてるぞ」


隼人はF.A.T.E-PMS-02を心配するが返ってきたラストの言葉は冷たいものだった。


「いいのよ、ただF.A.T.E-PMS-02の根底にあった不屈の心の芯が折れちゃっただけだから。ずっと現実を見えてなかったあの子にはちょうどいいわ。それより早く司令の所に連れて行ってさっさと基地に帰りましょ」


隼人がF.A.T.E-PMS-02の方からラストに方に向き直り、『そうだな』と言おうした時、後ろのF.A.T.E-PMS-02の魔力反応がいきなり膨れ上がった。


「……認めない、みとめない、ミトメナイ。そんなわけない、ウソ、絶対にこんなハズじゃなかった。どうしてなんでこんな事になちゃったの!? 私の方が先に好きなったのに!? 私の方が先に想ってたのに!? 嘘、絶対に……ウソ」


なおも魔力反応は増大し、AMFバインドは弾け飛び、ガジュット達は爆発する。


「そうだ、あの時の任務。……あの時の任務の担当が00と01でなければ……。――帰りたいあの時に、戻りたいあの頃に、そう私は戻りたいだ。……もっとずっと最初に、始まりの時間に、始まりの場所に」


その言葉に呼応するかのごとく、魔力量はさらに爆発的に上昇をみせる。


『《解析終了、どうやらデバイス内部のジェルシードとレリックが暴走しているようです。次元振が発生します》』


「ラスト、急いでここから退避を!!」


「ダメ、間に合わない!!」


そうしてF.A.T.E-PMS-02を中心として発生した光は瞬く間に隼人とラストを包み込む。


彼らはその時代から消失した。


続……かない。














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