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[18683] コードギアス 反逆のルルーシュ~架橋のエトランジュ~
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/15 08:35
 この作品は、コードギアス~反逆のルルーシュ~の二次創作です。
 
 この話は基本的に本編よりですが、オリキャラ介入によってイベントフラグが折れたりしていきます。
 そのため、基本的に悲劇を回避していくつくりになっております。
 
 スザク、ブリタニア陣営に対して否定的な部分があります。
 こちらで勝手に作った設定があります。

 上記の点が駄目と言う方は、閲覧をお控えくださいますよう、お願い申しあげます。

 その他至らぬ点など多々あると思いますが、皆様に楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、感想・御指摘などをお待ちしております。  



[18683] プロローグ&第一話  黒へと繋がる青い橋
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 08:56
 プロローグ


 「いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね」

 貴方がそう言ったから、私達はずっと待っていました。
 与えられた部屋で、みんなで仲良く寄り添って、貴方が戻ってくるのを待っていました。

 けれど、貴方がひと月経っても戻って来ませんでしたので、私達はもう待ってはいけないと言われました。

 時の流れは、待ってはくれない。
 だから、私達もその流れに乗るようにと。

 みんなで仲良くいつまでも。 

 望みは、ただそれだけ。

 それだけのはずなのに。

 なぜ私は・・・私達は。

 人殺しのための機械に乗っているの?


 第一話  黒へと繋がる青い橋


 「人々よ! 我らを恐れ、求めるがいい!
 我らの名は、黒の騎士団!!
 我々黒の騎士団は、武器を持たない全ての者の味方である!
 イレヴンだろうと、ブリタニア人であろうと・・・。

 日本解放戦線は卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り無残に殺害した。
 無意味な行為だ。故に、我々が制裁を下した。

 クロヴィス前総督も同じだ。武器を持たぬ、イレヴンの虐殺を命じた。
 このような残虐行為を見過ごす訳にはいかない。 故に制裁を加えたのだ。

 私は戦いを否定はしない・・・しかし・・・。
 強いものが弱いものを一方的に殺す事は、断じて許さない!

 撃っていいのは・・・撃たれる覚悟のあるやつだけだ!!

 我々は、力ある者が、力なきものを襲う時、再び現れるだろう。
 例えその敵が、どれだけ大きな力を持っているとしても・・・。

 力ある者よ、我を恐れよ!
 力なき者よ、我を求めよ!
 世界は!我々黒の騎士団が、裁く!」

 テレビ画面の向こうで、黒いマントをたなびかせ、黒い仮面をかぶった・・・たぶん男が声高らかに叫んでいる。

 はたから見たら悪役の総大将といった風体ではあるが、それに似合わぬ台詞はまさしく正義の味方のそれだった。

 それをじっと見ていた10歳から19歳の五人の少年少女は、クスクスと笑う。

 「なに、あれ?何かいちいちポージングが派手で、超笑える」

 「格好もあれはねえだろ・・・全身タイツみたいだし、仮面ライ○ー悪の怪人そっくりじゃね?」

 「後ろの団員達は、まともな制服なのにな~・・・それが超残念」

 「それだけに、印象付けるにはありとあらゆる効果があるのは確かと思いますが」

 ひとしきりゼロと名乗る仮面のテロリストについて語り終えると、椅子に座っているきっちりドレスを着こみ、さらに青いケープを羽織った少女が口を開いた。

 「ですが、ブリタニア皇子であるクロヴィスを殺し、あの戦姫と名高いコーネリアに苦杯を飲ませたあの手腕は見事なものです。
 ・・・彼を、仲間にしなければならないのです」

 「格好がアレだからやだ・・・っていうのはダメよね、やっぱり」

 「奇抜なカッコしてんのは、お前らだって同じだろ」

 「これはステージ衣装なの!今度のイリュージョンの胴体切り、トリックなしであんたにやってあげようか?」

 「心より辞退させて貰うぜ」

 くすくすと笑い合う仲間達を前に、少女は席を立った。

 「エディ?どこ行くんだよ」

 「今度のエリア11・・・いえ、日本のゼロのことに関しては、EUでも話題になっていることでしょう。
 彼と接触するべきだと、提案してきます」

 「許可、されんのか?」

 「許可は出るそうです」

 エディと呼ばれた少女はそう断言すると、彼女の横にいた十歳くらいの童女がすぐに立ち上がり、ドアを開けた。
 ぞろぞろと、他の者達もその後に続く。

 「エディ様はゼロのこと、気に入ってるの?」

 「まだ直に会ったわけではないので、そういうのではないですが・・・・。
 ただ、強者が弱者を虐げるのは許さない・・・そう言ってくれるのなら、彼を求めます。私達は・・・弱者ですから」

 「そう・・・そうだね」

 五人の少年少女は、小さく頷いた。

 しばらく廊下を歩いて行くと、EU連邦副議会長の秘書室の前まで誰に遮られることなく歩いてきた少女は、秘書に副議会長への面会を求めた。

 少女の名は、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス。

 わずか15歳にして、EU連邦の加盟国・マグヌスファミリア王国の女王。
 だがその国土は、神聖ブリタニア皇国のエリア16として支配されていた。



 「リフレインはあらかた焼却出来たぞ、ルルーシュ」

 「その名前はここではよせ、C.C」

 黒の騎士団本部のトレーラーの司令官室で、仮面を外していたゼロことルルーシュは共犯者に苦言すると、彼女はフンと鼻で笑った。

 「別にいいだろう、お前と私しかいないのだから」

 「だからといって、いつどこで誰が聞いているかも解らない。用心に越したことはない」

 「相変わらず用心深いことだな・・・猫に仮面を持っていかれるというドジを、やらかした後だからな」

 その時の様子を思い出したのだろう、C.Cは実に楽しそうに笑い、逆にルルーシュは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 「黙れC.C。お前がちゃんと見張っていれば・・・!」

 「私は何もしていないぞ」

 「本当にな!この無駄ピザ食らいが」

 あの時はむしろ、何もしない方が問題だったというのに、この女は・・・とルルーシュは嘆息する。

 「まぁいいじゃないか、終わりよければなんとやらだ・・・結果はすべてに優先するんだろう?」

 「都合のいいように解釈するな」

 ルルーシュはそう言ったが、この女に何を言おうとも暖簾に腕押しなのはすでによく知っていたため、それ以上は何も言わなかった。

 「まぁ、いい。次のミッションだ」

 「なんだ、また正義の味方をやるのか?」

 「黒の騎士団には、数々の功績が必要だからな・・・だが、次は違う」

 ルルーシュは正義の味方ではない顔でニヤリと笑うと、パソコン画面を指す。

 「ほう・・・これは・・・」

 「日本解放戦線・・・それにコーネリアがチェックをかけるつもりのようだ」

 コーネリア・リ・ブリタニア。
 現皇帝の第二皇女であり、ルルーシュの異母姉でもあるブリタニアの戦姫。

 「それを利用して、コーネリアにチェックメイトをかける」

 ナリタ戦役・・・後世そう呼ばれることになる戦いの準備に向けて、ルルーシュはキョウトに連絡を取るのだった。



 「日本解放戦線などと称するテロリストどもを、一人残らず殲滅せよ!」

 成田連山にて、そう叫ぶコーネリア。
 それを今にも迎え撃たんとする黒の騎士団の様子を昆虫型のカメラで見ていたのは、エトランジュを含む三人の少年少女、そして一人の壮年の軍人だった。
 
 「あんなこと言ってる本人を超殲滅したいんだけど、ダメよねえエディ」

 薄いステージ衣装を着た女、アルカディアがコーネリアをぶちのめしたいと訴えると、軍人が首を横に振る。

 「駄目だ!今お前達が離れたら、誰がエトランジュ様をお守りするんだ」

 「親父がいればいいじゃん・・・って、冗談だよ」

 父に睨まれた少年、クライスはしぶしぶ戦闘意欲を引っ込めると、次は真面目に提案する。

 「けど、勝負はお互い互角・・・このままじゃ、ゼロが」

 「互角どころか、これは圧倒的に不利だ」

 「・・・ジークフリード将軍、ゼロはいったい、何を考えているのでしょう?
 兵力差がこれほどあるのに、真っ向から挑むとは」

 エトランジュが首をかしげるのも無理はない。

 現在、ブリタニア軍は日本解放戦線の本拠地を落とすべく、かなりの数の部隊を投じているのに対し、黒の騎士団は解放戦線の兵力はあてにできず、それでいて全軍といえど素人上がりの兵士を指揮して闘っている。

 エトランジュは軍の知識こそ少ないが、それでも相当に不利に思えた。
 傍らのジークフリードという軍人が、それに答える。

 「山の頂上に陣を敷いたところを見ると、おそらく地形を利用した戦いをするつもりでしょう。
 背水の陣といえばそうですが、勝つためにはまず山の下から来る軍を叩き潰さねばなりません」

 「それはそうですが・・・兵力差で劣るのに、どのようにして?」

 「我らが一度、ブリタニアの軍に文字通り土をつけた策と同じでしょう」

 「土砂崩れか!」

 実に嬉しそうに、仲間達が叫ぶ。

 マグヌスファミリア王国が占領される際の、たった一度の攻防戦。
 その時、わずか二百人足らずのマグヌスファミリアの軍はマグヌスファミリアを象徴する山・アイリスモンスに立てこもり、最後の抵抗を試みた。

 その際にブリタニア軍の三分の一をあの世送りにして、意地を見せた策こそが、人為的に岩玉を落とし、土砂崩れを起こし、一気にブリタニア軍を土の下に送るというものだった。

 それでも全てを倒すことはできず、結局彼らは出来るだけのブリタニア軍を道連れにして、この世を去った。

 「なるほど、よく解りました。
 その隙をついて、解放戦線を脱出させ、そして黒の騎士団もそれに続くということですね。
 ならば私達もそれに便乗し、ゼロと接触したいところですが・・・ちょっと気になる点が」

 エトランジュは地図を見つめながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。

 「この山は相当に大きいですから、土砂崩れを起こすとなると流される土も相当なもののはず。
 コーネリアの軍を何分の一倒すつもりにせよ、街中まで土が行くのは避けられないのではないしょうか?」

 「そうですなあ・・・どう少なく見積もっても、その可能性は大でしょう」

 「でもブリタニア軍・・・近くに戦場になる山があるというのに、国民に避難誘導なんてしていませんよね?」

 「そんなことをしていたら、感づかれてしまいますから・・・解放戦線に逃げられてしまうからでしょうな」

 「・・・黒の騎士団や解放戦線に、国民の避難を誘導できる余裕がありますか?」

 「・・・ないでしょうなあ」

 ブリタニアが弱肉強食をかかげ、戦場にいた国民の方が悪いと言い切り、見捨てるのは今までのやり口でよく知っている。
 よってブリタニア軍などはあてにできない。

 「黒の騎士団・・・そこまでは目がいっていないようですね。
 もし黒の騎士団の作戦が原因で国民に被害が及べば、ブリタニアは嬉々として、『これが正義の味方のやることか』と非難することでしょう」

 「国民を避難させなかったことを非難するってか?・・・いてぇっ!」

 笑いながら言う少年の寒すぎるシャレは、実現すれば笑えないので父親からの鉄拳で応じられた。

 「ブリタニアが喜ぶようなことを見逃すっていうのは、私超嫌」

 「同感・・・」

 その瞬間、一同の脳裏に同じ作戦が閃いた。
 そして即座に、その作戦を行うことが決定される。

 「“イリスアーゲート”を使い、国民の方々をナリタ連山より避難誘導します。
 私が避難民の方々を説得するので、避難経路の確保をお願いします将軍」

 エトランジュが軍の専門であるジークフリード将軍に確認すると、彼は頷いた。

 「それでよろしいかと思います」

 「じゃあ黒の騎士団との連絡のほうは、私がやっておくわ」
 
 派手な衣装をまとったアルカディアが大きなマシンガンを背負いながら言うと、他のぶ面々は一番危険な場所に向かう彼女を心配そうに見やったが、やがて頷いて了承する。

  「それじゃ、この戦いが終わった後にね!」

 アルカディアがトンと地面を蹴ってナリタへと走り去ると、一同もそれぞれの役目を果たすべく、その場から歩き去ったのだった。



 (こっちに落とし穴、あっちは確か油が仕掛けてあったわね)

 黒の騎士団が来る道をひた走りながら、アルカディアはブリタニア軍が来る経路に事前に仕掛けておいた罠を避けながら、まっしぐらにゼロの腹心であろう赤いナイトメアの場所をめがけて走っていた。

 (あんな派手で性能のいい機体、ゼロの腹心クラスが扱うべきものだしね。
 ゼロとコンタクトを取るには、まずそっちから会わないと)

 もうすぐ、あの紅いナイトメアが土砂崩れを起こす。
 そうなる前に、黒の騎士団の下っ端でもいい、とにかく誰かと会いたい。

 (私達が味方と判断して貰うには、あからさまにブリタニアにダメージを与えることなんだけど、現在の戦力じゃ無理。
 エディ達が近隣住民の避難をさせてからのほうが効果的かしらね)

 そう思っていると、エトランジュ達がさっそく近隣の住民達に向けて避難するよう呼びかけている声が響き渡る。

 「始まった…こっちも急がないと!」



 「皆様、突然に失礼いたします。
 私どもは黒の騎士団と協力関係にあります、“青い橋”と申します」

 自分達が所有するナイトメア、“イリスアーゲート”に乗って住民達の前に現れたエトランジュは、大胆にもナイトメアの肩の上にちょこんと生身の体をさらけ出して右手で身体を支えて立ち、住民達に適当なグループ名を名乗って会釈した。

 ナイトメアだとかろうじて見えるが、非常に古い機体であるのが素人でも解るものの、それでも住民達は慄く。
 ブリタニア皇族を殺したゼロが率いる黒の騎士団の名前が出た瞬間、彼らはさらに息をのんだ。

 しかし即座に逃げろなどとパニックにならなかったのは、彼らが“正義の味方”としてたとえブリタニア人であろうと、何もしていない人間に対してテロを行う集団でないことが知られていたからである。

 それでもテロリストとして指名手配されているため、何事かと怯えた様子の彼らに対し、エトランジュは奇麗な英語で語りかけた。

 「皆様もお判りかと存じますが、現在あのナリタ連山にてブリタニア軍と黒の騎士団、そして日本解放戦線の方々が戦闘を行っております。
 ここまでは戦火が及ばないとお思いでしょうが、実はこの辺りの地盤は大層ゆるんでおりまして、土砂崩れの危険が高くなっております」

 「なんだって?!」

 実は故意に土砂崩れを起こすのだが、それは告げずにエトランジュは続ける。

 「このままではこの辺りにお住まいの皆様にまで被害が及ぶため、私どもがその避難誘導をするよう、ゼロより申しつかった次第です。
 日本人ではなく自国の方が主にお住まいのようなので、ブリタニア軍が避難誘導するかとも思ったのですが、あいにくそうではないようなので・・・貴重品だけを持ってすぐに避難して下さいませんでしょうか?」

 前半は思い切り嘘だが、誰もそれを疑おうとはしなかった。
 そして後半の言葉に、ざわめきが広がる。

 ブリタニアが弱者を守る気などない国家であるのは、自分達がよく知っている。
 普通テロリストだけとはいえ、攻撃する場合周囲の住民を避難誘導するものだが、逃げられると困るという理由でぎりぎりになってから一方的に通告するだけで、巻き添えを食っても己の力で逃げられないほど弱かったのが悪いのだということになる。

 「ここまで土砂崩れが起こるという証拠はあるのか?!」

 住民の一人が叫ぶように問いかけると、エトランジュは首を横に振った。

 「ここまで土砂崩れが起こる、という証拠は生憎と出せません。
 しかし、ごらんのとおりコーネリアの軍があちらまで来ていますし、あとはこちらで土砂崩れの可能性が高いという計算結果が出たことを信じて頂くしかありません」

 確かに眼の前ではブリタニア軍の旗とコーネリアの紋章を翻した軍が、ナリタ連山を包囲している。

 と、そこへ一人の男が進み出て皆に言った。

 「通常の土砂崩れなら、ここまで土砂崩れが到達することはあり得ない。だが、激しい戦闘で地盤が崩れれば、あり得ますよ皆さん」

 「フェネットさん・・・」

 フェネットと呼ばれた壮年の男は、肩を大きくすくめて繰り返した。

 「地層にはそういう、裂け目みたいなものがあるんでね・・・そこに誰かがダメージを与えれば、一気に地面が揺れてしまう。
 特にここエリア11が地震が多い国だということくらいは、ご存知でしょう?」
 
 その言葉にはっとなった住民は、やっとエトランジュの言葉を信じた。

 「こちらで避難経路は整えさせて頂きましたが、もちろん私どもが信じられないとおっしゃるならば、とにかくここから避難なさって頂くだけでけっこうです。
 予想戦闘開始時刻まで残り30分を切っておりますので、急いでください!」

 エトランジュの残り30分、との言葉に、住民達は一斉に貴重品を取りに家へと走り出す。
 
 「フェネットさん、でしたか・・・ありがとうございます。貴方の言葉がなければ、信じて頂けないところでした」

 深々と礼をするエトランジュに対し、フェネットはいいや、と小さく首を横に振る。

 「こちらこそ、貴女に指摘されるまで気づかなかった。距離があるからこちらまでは被害が来ないと思っていたので、土砂崩れまでは考えていなかった」

 自然災害というのは恐ろしい。土砂崩れのスピードはかなり早く、人間の足ではどんなに早く走ったところでそれから逃げることは困難なほどなのだ。

 よって土砂崩れが起こると知ったなら、その場所から一目散に逃げるしか対処する方法はないのである。
 
 「私は仕事でこの辺りの地質を調査しているんだが・・・まったく、すぐに思い当たらないとは、地質学者失格だな」

 頭を掻きながら溜息をつくフェネットは、ナイトメアを見上げてエトランジュを見た。
 声からしておそらく少女、顔はよく見えないが、身長からして自分の娘と同じ年齢か、もう少し下に見えた。

 娘とそう変わらぬ年齢の少女が、後方とはいえこうして戦いの場に赴いているという現実にフェネットは再度溜息をついた。

 「私は君達を全面的に信用する。こうしてわざわざ忠告に来てくれた上、避難経路まで確保してくれたことに感謝しよう」

 「あ、ありがとうございます。
 でも、私達が直接誘導すれば後日こちらの方々にスパイ疑惑などが浮上する可能性があるので、申し訳ないですが貴方が指導したということにして頂けませんか?」

 先日のオレンジ事件が尾を引いて、現在ブリタニアでは裏切り者やスパイに対してたいそう敏感になっている。

 黒の騎士団の関係者を名乗るグループの指示で避難しました・・・確かに充分に、ブリタニア軍から睨まれる材料になる。

 だが“テログループから警告を受けて、あり得るかもしれないと思った地質学者が念のため避難を呼びかけ、それを指導した”という程度であれば大丈夫だろう。

 フェネットはそれを聞いてなるほど、と納得すると、快く引き受けてくれた。

 「そういうことなら、喜んで引き受けよう。重ね重ね感謝する」

 「では、こちらが避難経路です。黒の騎士団、および解放戦線の脱出路とは逆ですので、彼らとかち合う心配はないルートです」

 “失礼します”と言ってエトランジュが重みのある筒に入れた地図を落とすと、フェネットはおそれることなくそれを拾い上げた。

 「ありがとう」

 「こちらこそ、勝手に押しかけて頼み込んでしまって申し訳ありませんでした」

 再度大きく頭を下げると、エトランジュはナイトメアの中に戻っていった。

 「それでは、私どもはこれで失礼させて頂きます。皆様、ご無事でお逃げ下さいね。
 なお、予測戦闘開始時刻はあと15分後です」
 
 それだけ言い残すと、イリスアーゲートは音を立てて戦場へと走り去っていく。
 
 残されたフェネットは筒を開け、丁寧な英語で書かれた避難経路図を見て貴重品を手にして戻ってきた住民達に言った。

 「すぐに避難しよう・・・もうすぐ戦闘が始まる気配だし」

 「ああ、ニュースでもやってたから急いだ方がいい。
 しかし、あのナイトメアと女の子はどうした?」

 「ナリタのほうへ走って行ったよ・・・さて、ついさっき簡易にだが避難経路図を作ってみたんだ。
 この経路なら土砂崩れがあっても、安全にブリタニアプリンスホテルまで避難が出来る」

 そう言ってフェネットが先ほどエトランジュから渡された地図を見せると、住民は安堵した。
 
 「さすが地質学者だなフェネットさん。じゃあみんな、急いで逃げよう!」

 住民達は住民の一人が所有していたトラックに乗り込み、一目散にナリタから走り去る。

 彼らがこの行動の正しさを知ったのは、半日後にブリタニア軍からの連絡で案の定土砂崩れが起こり、彼らが住む一帯を土が埋め尽くしたと聞いた時だった。



[18683] 第二話  ファーストコンタクト
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/15 08:34
 第二話  ファーストコンタクト

 
 「よし、周辺住民の避難完了!あとはこれを手土産に、ゼロに接触するだけ・・・なんだけど」

 エトランジュから避難誘導成功との連絡を受けたアルカディアは、ブリタニア軍を避けて駆け降りてくる黒の騎士団の面々を見て軽く両手をあげた。

 (皆さん混乱してて、どうにも話を聞いてくれそうにないわね・・・となると)

 とりあえずこの面々を助けて、麓に降りてからのほうがよさそうだ。

 そう判断したアルカディアは、羽織っていたマントをはためかせて叫んだ。

 「私はブリタニア反抗組織、“青い橋”のメンバーよ!
 これより黒の騎士団に味方します!」

 最初は英語で、そして繰り返しては日本語での叫びに、黒の騎士団が反応する。

 「日本語?!味方なのか?!」

 「そう、私は味方。青い星がついてる場所がある。
 そこに罠仕掛けたから、行ってはいけない」

 燃えるような赤い髪に、白い肌、片言の日本語。
 明らかに日本人ではないその容貌に、黒の騎士団員はいまいち信用していないようだったが、アルカディアはそれを見て言った。

 「証拠見せる。私はブリタニア軍を殺す」

 そう告げると、案の定突進して来たブリタニア軍のナイトメア部隊を見て、ひらりと木の上へロープを使って舞い上がる。

 「こんにちは、ブリタニア軍の皆さん!地獄へようこそ!」

 奇麗なブリタニアの発音の英語ではあったが、あまりに挑発的な台詞にブリタニア軍は激昂した。

 「ふざけるな、女ぁ!」

 ナイトメアで撃ち殺そうとしたが、既にアルカディアの姿はない。
 それどころかナイトメア同士が突然ぶつかり合いを始め、身動きが取れなくなっていく。

 「な、なんだこれはぁ?!」

 「強力電磁波のお味はいかが?」

 いつのまにか別の場所へ移動していたアルカディアの手には、スイッチが握られている。
 実はこの辺りに事前に仕掛けておいたのは、西にS波、東にN波が発生する機械で、その中に鉄の塊などがあるとそれらは磁石と同じ役目を果たすようになるという代物である。
 もっともナイトメアほど大きな鉄の塊を磁石に変える強力な電波を、それに見合わぬ機械で無理やり発生させているため、実は発生しても3分ももたない。

 (だが、それで充分!)

 時計をちらっと見たアルカディアは、ゼロの作戦始動が始まる時間が近いことを知っていた。

 「騎士団の皆さん、すぐ逃げる。あと3分で、ここ埋まる」

 「え?そうなの?」

 「走れば間に合う。ゼロはそう調節してるはず。私も逃げる。ゼロに話、ある」

 危ないところを助けて貰った騎士団は、アルカディアを信用することにしたらしい。
 共に走り出した騎士団員が見たものは、確かに青い星マークが描かれた場所でブリタニアの軍人が呻き、あるいは息が絶えて転がっている光景であった。

 「この辺りは大丈夫。たぶん罠にかかってるのがほとんど」

 そしてしばらく走ってゼロが指定した場所の近くまで来ると、アルカディアは急停止した。

 「もうすぐ、土砂崩れ来る。怪我しない、止まる。敵来ない」

 複雑な日本語を喋ることにイライラしたが、アルカディアはこれで形勢が決まったと機嫌がよかった。

 (うまくすれば、これであのコーネリアがこの世から消えるんだもの。
 この手で殺したかったけど、まあ仕方ないわ)
 
 我が故郷であるマグヌスファミリアを蹂躙した、あの憎きブリタニアの魔女。
 この目で死ぬのを拝めることができるなら、それでよしとすべきだろう。

 だが土砂崩れが起こったその時、アルカディアは一転して不機嫌になり、思わず口に出してしまった。

 「は?コーネリアが生き残るって何それ」

 明らかに日本語ではないが、英語でもないその言葉は、マグヌスファミリアの母国語・ラテン語であった。

 何を言っているかは解らないが、表情で何か意表を突く出来事が起こったのだと解った騎士団員は、おそるおそる言った。

 「あ、あんたが土砂崩れ起こるって言ったんじゃないか。どんぴしゃのタイミングで・・・」

 英語の方が通じているであろう彼女のために、英語でそう言った騎士団員の目前では凄まじいスピードで土砂が流れ、ブリタニア軍はまるで急流の中を下る魚の群れのようだ。

 「すっげえ読みだよ、あんた。ありがとな」

 きっと予想外の量の土砂崩れに驚いているのだと思い込んだ騎士団員は、これでブリタニア軍も終わりだと笑う。
 しかし、アルカディアは忌々しそうに髪をかき上げて吐き捨てた。

 「コーネリア、生き残る。ゼロ、取り逃がす」

 「え・・・でも、まだ戦闘は始まって」

 今土石流が流れている真っ最中で、コーネリアの本陣とゼロがぶつかり合うには余りに早すぎる。

 「・・・仕方ない。戦ってない私、文句言えない。
 ゼロいる隊、降りてきたら、私、会わせて。
 私の名前はアルカディア、マグヌスファミリア王国の使い」

 困惑する騎士団員の問いかけを無視して、アルカディアはそう要求する。

 「マグヌスファミリアって、聞いたことあるような・・・」

 「ブリタニアがエリア16にした、私の国。私は今の女王の従姉」

 その説明に、騎士団員の一人がはっとなった。
 確かに二年半ほど前、コーネリアが総指揮を執って攻め滅ぼしたのは、そんな小国だったはずだ。

 「私達、仲間集めてブリタニア滅ぼしたい。ゼロ、その力になる。
 だから、その相談、したい」

 片言の日本語で真摯に訴えかけるその言葉に、騎士団員は頷いた。

 「英語でいいよ、アルカディアさん。改めて言うよ。助けてくれてありがとう」

 英語でそう礼を言う団員に、アルカディアも笑みを浮かべた。

 「こちらもお礼を言うわ。“アリガトウ”」

 日本語での礼の言葉に、騎士団員の一人が小さく涙を流した。
 エリア11と呼ばれるようになってから、日本語など日本人からしか聞いたことがなかったから。
 まだ日本が日本であった頃は、祖国が誇る文化、アニメや漫画などが最盛期であり、EUやオーストラリアからの日本語を学ぶために訪れた留学生もたくさんいた。

 あれから七年も過ぎた今、日本語など忘れられていると思っていたけれど、こうして話していてくれる外国人がいる。
 それが、とても嬉しい。

 「すぐ、ゼロの元に案内する。
 あ、でも本隊に着く前には武器とかは預けて、身体検査を受けて貰いたいんだけど・・・」

 規則だし、完全に信頼したわけじゃないから・・・と気まずげに言った騎士団員に、アルカディアはあっさり了承した。

 「それは当然だから気にしないわ。そうしなかったら騎士団はバカと思われるだけ」

 「ひどいなー」

 笑い合う騎士団員とアルカディアだが、彼女の脳裏は別のことが占めていた。

 (ち、コーネリアとその妹は無事・・・解放戦線は全滅に近い、か。
 ・・・解ったわよ、とりあえずゼロと話つけるから、そっちも私を追って来てね)

 そう心の中で語るアルカディアの瞳は、赤く縁取られていた。



 「くそ、コーネリアを取り逃がした!」

 そう悔しそうに叫ぶ黒の騎士団幹部・玉城を、扇がたしなめる。

 「そう言うな、ブリタニア軍に打撃を与えられただけでも満足すべきだ・・・解放戦線の件は、残念だったが」

 黒の騎士団の合流ポイントで、ゼロ達が集まって何やら話をしている。
 辛くも生き残った騎士団員達は、生き残った安堵感に身を浸す者、コーネリアを逃したことに憤る者、仲間を亡くして嘆く者など様々にいた。

 と、そこへ新たに生き延びて合流して来た団員達を見て、扇が嬉しそうに声をかける。

 「ああ、まだ仲間がいたのか。よく生き延びてくれた」

 「扇さん!実は、ゼロに会いたいという人を連れて来たんですけど」

 アルカディアを連れてきた騎士団員がそう報告すると、扇は不審そうに眉をひそめた。
 それを見た団員は、慌てて言い添える。

 「俺達をブリタニア軍から助けてくれたんです。
 その、マグヌスファミリア王国の使者だって言ってて、ゼロの力を借りたいと」

 「マグヌスファミリア?・・・二年半くらい前にブリタニアに占領された、EUの国か」

 「そうなのか?そんな国、俺初めて聞いたけど」

 玉城が笑うと、扇はそうだろうなと思った。何しろ教師をしていた時代でさえ、自分も知らなかったほどの小さな国なのだ。
 エリア16にさえならなければ、恐らく知る機会すらなかっただろう。

 「その国の女王の従姉だそうです。
 武器も全部提出して貰いましたし、身体検査でも・・・その、危ない物は持ってませんでした。
 今はここから離れた場所で、別の仲間と一緒に待って貰ってます」

 騎士団員の報告に、扇はそれが本当ならその使者を粗略に扱うべきではないと思った。
 だが、それが事実であるか否かは自分では判断が出来ない。

 「ゼロに報告してくるから、その使者の方にはもう少し待って貰うよう言ってくれ」

 「はい・・・あ、それから使者の人は手紙を渡して欲しいとのことです。
 俺達が渡した紙とペンでその場で書いて貰いましたから、変なものも仕込んでないはずです」

 徹底してるな、と扇は思ったが、とにかく報告しようと扇はその手紙を受け取り、急ぎ足でゼロの元へと走って行った。


 ルルーシュはコーネリアを取り逃したことに内心苛立っていたが、それをおくびにも出さずにコーネリアと善戦したカレンを労っていた。



 「よくやったカレン。
 コーネリアを逃がしたことは残念だったが、輻射波動をうまく使い、見事作戦を成功させてくれた・・・感謝する」

 「いえ、ゼロ。私こそコーネリアを倒せず、申し訳ありません」

 あの白兜さえ来なければ、と二人が歯噛みしていると、扇が急ぎ足でやって来た。

 「どうしたの扇さん?そんなに急いで」

 「ああ、ゼロにカレン。
 実はついさっき、騎士団員を助けてくれたというマグヌスファミリア王国の使者と名乗る人物が来たそうなんだが・・・」

 扇の報告に、ルルーシュは仮面の下で柳眉をひそめた。

 (マグヌスファミリア・・・今のエリア16だな。総人口の少なさが功を奏し、国民全員での亡命に成功したという)
 
 「マグヌスファミリア王国?聞いたことないですけど・・・どんな国なんですか」

 カレンの問いに、ルルーシュはうむ、と咳払いをしてから教えてやる。

 EU連邦の加盟国であり、人口二千人を少し超えた程度の小国。
 イギリスよりはるか西に存在し、面積はオキナワのイゼナ島より少し大きい程度で、40年ほど前まで鎖国しており、EU連邦の加盟要請を受けてそれと同時に開国。

 二年半前にコーネリア率いるブリタニア軍により、一度の交戦の後占領。
 しかしその交戦の隙を突いて、国民全員がEUへ脱出することに成功。
 その際に当時の国王・アドリスが行方不明になり、その一年後に死亡したものとみなされたため、その一人娘であるエトランジュ王女が女王として即位したはずだ。
 
 「詳しいんですね、ゼロ」
 
 「ブリタニアの回線をハッキングすれば、ブリタニアが統制している事件でもEUのニュースなどで見られるからな」

 ブリタニアでは、ブリタニアの不利になる情報を遮断するため、海外のホームページを閲覧する際には許可が必要となる。
 ルルーシュほどの情報処理能力があれば、プログラムを改ざんして外国のホームページを閲覧するくらいは、たやすいものだ。
 
 「それで、その使者から預かった手紙があるんだが・・・何でも騎士団員が手渡した紙とペンで書いたものらしい」

 「ここまで疑われないようにと念を入れられると、かえって疑いたくなるがな」

 根がひねくれているルルーシュらしい意見であるが、それでも扇が手渡した手紙を受け取って封を開く。

 英語の文で書かれたその内容を見て、ルルーシュは目を見開いた。

 「こ、これは・・・?!」

 “私はマグヌスファミリアの女王・エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスの従姉、アルカディア・エリー・ポンティキュラスと言います。
 会ってお話したいことがあるので、ぜひ今ナリタに来ているエトランジュとともに、貴方と会いたいです
 今は私一人ですが、貴方と会う時には女王本人とその護衛が合流しています”

 文章自体は、とりたてて不審なものではない。
 だがその手紙には、手書きである紋様が描かれていた。

 自分と、その共犯者である自分達しか知らないはずの、鳥が羽ばたいているかのようなマーク・・・ギアスの紋様が。



 一方、監視の騎士団員ととりとめのない世間話をしながらゼロとの面会許可を待っていたアルカディアは、背後から聞こえてきた声に笑みを浮かべた。

 「いたいた、アルカディア従姉(ねえ)様!」

 「早かったわね、エトランジュ」

 嬉しそうな声で彼らの元へ走り寄って来たのは、エトランジュとジークフリードだった。
 クライスは隠してきたイリスアーゲートの見張りをするため、ここには来ていない。

 「な・・・どうやってここが解ったんだ?!」

 騎士団員が驚愕して問いかけると、アルカディアはごめんなさい、と小さく謝る。

 「実は、こっそり知らせてたの。ゼロと会うには、やっぱり女王本人と会わせたくて」

 「そういや、合流するって手紙に書いてたな・・・」

 「はじめまして、こんにちは。エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」

 アルカディアと異なり、発音こそ違和感があるがそれでもはっきりした日本語だった。
 十代とは言え女王だという少女にぺこりと頭を下げられて、権威に弱い日本人は首を横に振って挨拶を返す。

 「どど、どういたしまして。俺は黒の騎士団に所属してるしがない団員っす!」
 
 「しがない・・・?知らない言葉ですね」

 どうやら細かい日本語は解らないらしい。困惑した様子のエトランジュに、団員が教えてやる

 「“しがない”っていうのは、“つまらない”とか“どうでもいい”みたいな感じの意味っす」

 「そう言う意味ですか・・・そんなことはないです。貴方は私達をゼロの元へ案内してくれたのですから」

 そうエトランジュが言った刹那、扇達へ報せに行った団員に連れられて、なんとゼロが現れた。背後には、緑色の髪の女が付き従っている。

 まさかいきなりゼロが来ると思っていなかった騎士団員は驚愕したが、当のマグヌスファミリアの面々は冷静である。

 「ゼ、ゼロ?!どうしていきなり」

 「まだ団員達が本拠地へ撤退出来ていないのでな。
 そんな中に敵か味方か解らない者を連れて来られては困るので、私が直接来た」

 「ゼロ・・・」

 エトランジュは己を落ち着かせるように小さく息を吸うと、全身黒ずくめの怪しい仮面をかぶった、クラウスいわく“悪役みたい”と称された男の前にゆっくりと歩み寄る。

 「初めまして、ゼロ。
 私はマグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです。
 私達と同盟を組んで、ブリタニアを打倒するべく力をお貸し頂きたいのですが」

 英語でそう語ったエトランジュが、握手を求めるようにケープの間から右手を差し出した。
 その白い手の甲を見たルルーシュは、息を呑む。

 (なぜ、C.Cと同じ模様がこの女の手にもあるんだ?!)

 自分の共犯者である謎の女、C.Cのほうへ振り向くと、滅多に感情を表に出さないC.Cも眉をひそめたようだった。

 「お前も・・・そう、なのか?」

 「そう・・・と申しますと?」

 「コード・・・と言えば解るか?」

 「!!」

 ルルーシュには理解できなかったが、マグヌスファミリアの面々には意味が通じたらしい。
 エトランジュは小さく首を横に振って否定した。

 「いいえ、違います。でも、私の一族に貴女と同じ方がいます」

 「そう、か・・・他にもいたのか」

 どこか納得したようにC.Cは呟くと、ルルーシュに言った。

 「おい、こいつらはお前と同じのようだぞルルーシュ。話ぐらいは聞いておいた方がいいと思うが」

 「・・・そのようだな」

 ルルーシュは自分達しか知りえない紋様、C.Cとの会話で、下手にこの場から逃がすわけにはいかないと判断した。
 マグヌスファミリアの面々の方に振り向き、会談を了承する言葉を紡ぎながら、左目を露わにする。

 「いいでしょう、真偽を確かめるためにも、お話を伺わせて頂く・・・ただし、決して私に嘘を言わないで頂きたい」

 赤い鳥が羽ばたき、絶対遵守の命令が下る。
 青い瞳が赤く縁取られたエトランジュが言った。

 「はい、貴方に嘘は言いません」

 「よろしい・・・ではさっそくですが、貴女の仲間はこれだけですか?」

 「いいえ、他に一人いて、今はここに来るのに使ったナイトメアの見張りをしています」

 素直にそう答えるエトランジュに、さらにルルーシュは尋ねた。

 「貴女は私達に危害を加えるつもりがありますか?」

 「いいえ、ありません。私達はゼロの力を借りたくて、ここに来ましたから」

 「それなら結構・・・話を伺いましょう」

 ギアスにより彼女達に害意がないことを確認したルルーシュは、詳しい話を聞くことにした。
 しかし、ギアスについて聞かれると困るため、団員達を追い払っておかねばならない。

 「お前達は扇と合流し、そのまま本拠地へと向かえ。私達は後から向かう」

 「しかし、一人で大丈夫なんですか、ゼロ」

 「心配ない。彼女達は我々に危害を加えるつもりはない」

 そんなあっさり信じるのか、と騎士団員は思ったが、ゼロがそう言うなら大丈夫なのだろう、と納得し、命じられるままに扇達の元へと歩き去っていく。

 それを見送ったルルーシュは、一番気になることを真っ先に尋ねた。

 「お前達は、何者だ?なぜこのマークのことを知っている?」

 アルカディアが寄越した手紙を開き、中に描かれたギアスの紋様を指すと、エトランジュが赤く眼を光らせたまま答えた。

 「我がポンティキュラス家は、マグヌスファミリア王国が建国された時よりギアスの源であるコードを、王位と共に代々受け継いできた一族です
 
 「な、なんだと!?」

 「そしてそのマークは、コードを受け継ぐべき者だけに伝えられてきました。
 私達は、ギアス能力者なのです



[18683] 第三話  ギアス国家
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2012/08/04 10:24
 第三話  ギアス国家


 「コードとギアスを、代々受け継ぐ王族だと・・・?そんなものが、本当に?」

 C.Cはこの身体からコードを捨て去るため、様々な国を放浪してきたが、そんな国があったとはついぞ知らなかった。

 「どういうことか、話してくれ。貴女の一族とコードとギアスについて、知っていることをすべてだ」

 「解りました」

 ルルーシュの問いにエトランジュは軽く頷くと、知っていることを話し始めた。

 マグヌスファミリア王国は、2千年以上も前に建国された、小さな島にある王国。
 そしてその王家であるポンティキュラス家が持つ異能、その源であるコードを宿した人間から与えられたそれを用い、国を治めてきた。

 しかし、そのコードの持ち主にはある呪いが存在した。
 そう、不老不死という心臓を刺されようと、生きたまま炎の中に放り込まれようと、決して死なず老いもしない身体になるという呪いが。

 「初めこそは同一人物がずっとコードを保持していたそうなのですが、ある日その生に疲れ果てた保持者がコードを他の王族に譲りました。
 さらにその保持者が・・・というのが繰り返され、いつしかそれが慣習になっていったのです」

 王族達のうちから数人、ギアス能力者を作り出す。
 そしてそのギアス能力者のうちの誰かがコードを受け継げるほどギアスの力を増した時、コードをその人間に移す。
 これを繰り返すことで、彼らはたった一人が長い間呪いに蝕まれることを避けていたのだ。

 マグヌスファミリアでは、15歳から成人と見なされる。
 そして王族の直系・・・現王の兄弟、子供、ポンティキュラス家から出ていない兄弟の子供が成人になるとギアスを与えられる。

 さらにコード所持者が40歳から50歳辺りの時に、ギアスの力が一定の力になり、なおかつある程度年齢を重ねた者の中から一人を選んでコードを継承する。
 若いうちからコードを受け継いでしまうといつまでも変わらない姿に国民が怪しむが、ある程度年齢を重ねた人間だと十年や二十年同じ姿でもさして気にされないからだ。

 「なるほど…その手があったか」

 かつて己が所属していたギアス嚮団も、もしかしたらこのような目的で創られたものなのかもしれないな、とC.Cは思った。
 お飾りとはいえ嚮主として過ごしていた自分でも、彼らの設立理念は知らなかった。
 ただコード保持者を嚮主として崇め奉っていた集団だったが、己のコードを譲渡する人間を生み出すためだったというのもあり得る気がした。

 「コードが何なのか、どこから来たものなのかは私達にも解りません。
 ただ、ギアスを使い国を治めることこそがポンティキュラス家の使命であると、長年信じられて過ごしていました・・・EUへの加盟要請が来るまでは」

 50年ほど前、エトランジュの曾祖父が王位に着いたばかりの頃、EUからの使者がやって来てマグヌスファミリアにEUに加盟するようにとの要請があった。

 人口二千人程度、さらには国民の殆どが農民で王族自ら鍬を持つのが当然の貧乏小国に何故そんな要請が来たかと言うと、当時EUが排他的経済水域・・・平たくいえば海の所有権を広げるため、イギリス西方の海のど真ん中に位置するマグヌスファミリアが欲しかったのである。
 ちなみに排他的経済水域の国際法では、自国の沿岸から200海里(約370km<1海里=1852m>)であり、その範囲内であれば水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査、開発に関する権利を得ることが可能だ。

 EUに加盟するための加盟金や分担金がないとはじめは断ったのだが、そんなことは先刻承知の彼らは“マグヌスファミリアに遠洋漁業、交易の補助機関を設立、および維持するための資金を提供する。
 マグヌスファミリアはその施設の管理を行い、EUが支払った金額の8割をEUへ分担金として納める”
という取引を申し出た。
 
 早い話が、“実質的にEUが自分で自分に分担金を納めるし施設の建設と維持費を支払うから、代わりに遠洋漁業と交易の手助けをして欲しい”ということだ。

 それでも断ろうとしたのだが、鎖国は国際社会としてどうなのか、もうそろそろ文明を受け入れてもいいのではないかという説得から始まり、しまいに武力による制圧まで示唆されては、軍隊どころか警察すらないマグヌスファミリアは受け入れるしかない。
 
 ただ、そうなると重大な問題がある。そう、コードとギアスだ。

 一般国民にすら秘匿している秘密を、世界にバレるわけにはいかない。
 折しも当時は本格的な戦争時代に突入してこそいなかったものの火種はあちこちに転がっており、そんな状態で機械に頼らずとも様々な能力が得られるギアスの存在が知られれば、マグヌスファミリアは各国から狙われてしまう。

 いくらギアスがあり国民全員に与えようとも、たった二千人・・・それも戦える人間に限定すれば千人超える程度のそれで、勝てるわけがないのだ。 
 何としてでも隠し通さねばならないと判断したポンティキュラス家は、決断した。
 “コードとギアスの歴史を終わらせよう”と。

 世界の情勢を見れば、抱え込むには重すぎる秘密だ。一族はその研究のために必死になった。
 そのためにはまず、コードを消すことが必須になる。ギアスは与えなければそれでいいが、コードはそうはいかない。
 コードがこれまでバレなかったのは、壮年の人間にコードを渡して隠ぺいしていたからで、それをするにはギアスを与えなければならない。
 そしてギアスを与えなければいつまでも同じ姿で永遠を生き続けなければならない上に、人口二千人の狭い国では国民が互いに顔見知りと言ってもいいくらいだ。国民に紛れて何百年も暮らすなどということが出来ない。

 「そこで私達EUから得たわずかな資金を使い、国に残った記録を手がかりに、コードを消すための研究を秘密裏に行いました。
 ある者は留学して機械文明を習得し、ある者は自ら実験体となり、ある者は世界を放浪し点在する遺跡を調査してコードについて研究してきたのです」

 海のはずれにある孤島だというのを利用して鎖国してきたマグヌスファミリアだが、実は一つだけ世界と繋がっていた場所がある。

 「それがマグヌスファミリアの城の地下に隠されている遺跡でした。
 私達はそれを“橋の扉”と呼んでいます」

 「“橋の扉”とは?」

 「解りやすく言えば、ワープ装置ですね。世界にはこの遺跡と同じものが十いくつかありまして、その遺跡を繋いでいる扉なのですよ」

 「ワープ、だと・・・そんなことが出来るのか?」
 
 そんな代物が世界各国にあるならとうに公開されていそうなものだが、とルルーシュは疑ったが、それを肯定したのはC.Cだった。

 「コード所持者とギアス関係者だけが開けることが出来る扉だ。
 ちなみに私も、それを使って日本に来た」

 「なるほど・・・ということは、日本にもその遺跡はあるのか」

 「神根島、と呼ばれている小さな無人島にあります。
 日本がどういう扱いをしていたかは知りませんが、今はブリタニアが直轄管理しているみたいですね」

 マグヌスファミリアの面々もそれを使って来日したのだが、見張りや研究員がいて到着した際はかなり苦労したため、うんざりした表情だ。 
 しかし、“ブリタニアが直轄管理している”という言葉に、ルルーシュは眉根を寄せた。

 「小さな島を直轄管理・・・その遺跡が目的か?」

 「遺跡しか目立ったものないですから、そうでしょうね。
 というか、マグヌスファミリアを侵略したのもその遺跡が目当てだと思われます。ブリタニアのほとんどの侵略地に、遺跡があることを確認しましたから」

 それが事実なら、何が目的で手に入れたのだろうか。
 戦争に利用するつもりならとうにそうしているだろうが、これまでの戦争の様子を見る限り軍隊や物資の輸送というような手を使っているようには見えない。
 そもそもあんな海の孤島にあるワープ装置を手に入れたからと言って、何の得になるというのか。

 「それは知りませんが、二年半前にブリタニアから言いがかりを付けられた時、ブリタニアの狙いは十中八九そうだろうということで意見は一致しました。
 ブリタニアの侵略のせいで遺跡の研究が出来なくなっていたので、彼らの狙いがすぐに解ったんですよ」

 何せ自分達が研究している遺跡がある国を、次々に占領しては直轄地としていたのだ。
 占領する価値などまるでない自国との共通点と言えば、それしかない。

 「それは重要な情報だな・・・そして貴方達は宣戦布告を受けて、国民全員でマグヌスファミリアの地から脱出したということか」

 宣戦布告からわずか2日で占領が完了したことを知っているルルーシュが言うと、エトランジュは首を振って否定した。

 「少し違いますね・・・私の伯父の一人が持っているギアスがいわゆる“予知能力”なので、ブリタニアが攻めてくることを早くから知っていたため、宣戦布告の前から少しずつ脱出準備をしていました」

 「予知能力、だと?そんなギアスがあるのか?!」

 ルルーシュは驚いた。
 もし事実なら、自分の絶対遵守のギアスに並ぶ強力なギアスではないか。

 (ぜひとも手に入れたい力だな・・・“嘘をつくな”ではなく、“私の命令に従え”とギアスをかけてこの女を手中に収めてしまうべきだったか)

 最悪なケースでない限り使うまいと自分に戒めている命令内容だが、それだけの価値がある力に思わず誘惑に駆られてしまう。

 「はい・・・伯父のギアスは“血族の未来が脳裏に浮かぶギアス”で、自分の血族に関することが予知できるというものです。
 ただし自動発動型なので、自分で制御することが出来ないという少々使い勝手が悪いものですが」

 エトランジュの伯父が持っているギアスの内容は、自分から見て親・子供・兄弟・兄弟の子供・・・つまり直系のみに発動する。
 たが例えば“父親に明日何が起こるか知りたい”と思ったとしてもそれは出来ず、不意に発動して“明日弟が事故に遭う”ということが予知出来る・・・と言った具合にだ。

 「なら、血縁外の私の予知は出来ないということかな?」

 ルルーシュは確認すると、エトランジュがあっさり頷いたので自分の役に立たないと思い直した。

 「そして私のギアス・・・、“人を繋ぐギアス”を使い、迅速に血族にその予知を伝えてその効果を最大限得られるようにしているのです」

 「“人を繋ぐギアス”?・・・それはどのようなものだろうか」

 「簡単に言えば、“人の感覚を繋ぐ能力”ですね。
 たとえば私がアルカディア従姉様にギアスをかけますと、私が見た光景が従姉様の目に映りますし、その逆も出来るようになります。
 また、脳の感覚も繋げられますので脳裏に浮かんだ言葉のやりとり・・・いわゆるテレパシーも出来ますし、光景も直接脳に送ることが可能です」

 つまり伯父が予知した内容をエトランジュに送り、それをさらに各地に散らばりブリタニア抵抗活動を行っている血族達に伝えているということだ。

 使い勝手の悪い予知だが、血族同士を繋ぐこのギアスのお陰でかなりの効果を上げているという。

 「ちなみに今度の作戦も、伯父からの予知を元に作戦を立てたんですよ。
 まず“コーネリアがナリタ連山で日本解放戦線を壊滅させ、ゼロと交戦したというニュースを(わたし)が見る”ことを予知したので、居場所が解らなかったゼロとここで接触することにしました。
 さらにその後の(アルカディア)がコーネリア軍を罠を使って迎撃する”予知をそのまま実行、最後に土砂崩れが起こる範囲とタイミングを見ていた予知が来てくれたので、より安全に行動できました。
 ・・・途中でゼロがコーネリアを取り逃したニュースの予知も来ましたが」

 これだけの予知だったため、彼女達はゼロの細かい作戦内容までは把握出来なかった。
 ただ黒の騎士団がナリタ連山の頂上に陣を敷いたことと、土砂崩れが起きたという予知を合わせてジークフリードが作戦を察した。

 さらにエトランジュが土砂崩れの範囲内にいた住民達が避難出来ていない事に気づいたので、避難誘導をして黒の騎士団が汚名を被らないようにしてやり、それを手土産とすることでゼロと会談しようという作戦になったのだ。
 あとはアルカディアが黒の騎士団員と接触し、彼女のナビでエトランジュ達が合流してきたという訳である。

 自分達が起こした土砂崩れに住民が巻き込まれるところだったと聞いて、ルルーシュは驚愕した。

 「麓の住民が住む地域にまで土砂が流れただと?!それは本当か?!」

 「はい・・・勝手とは思ったのですが、黒の騎士団に協力するグループと嘘をついて避難誘導させて頂いたので、皆さん避難して下さったと思うのですが」

 運良く居合わせた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたので、ジークフリードが割り出した黒の騎士団や日本解放戦線が来ないルートを教えて避難して貰ったと聞いて、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。

 (もし麓の住民が全滅などと言う事になっていたら、今まで築き上げてきた非戦闘民を巻き込まない正義の味方と言うイメージが崩れてしまうところだった・・・。
 日本人、ブリタニア人問わず、一般人の支持を失うのは痛いからな)

 ルルーシュの目的は、ブリタニアの打倒である。そのためには人種を問わずに仲間を集め、数多くの人間の支持が必要だ。
 ブリタニア人でも主義者と言うブリタニアの覇権主義に異を唱える者はいるし、ブリタニアの特権階級から虐げられている者も存在する。
 彼らを味方につけることが出来れば、スパイ活動や資金面、情報戦など内側から攻めることが可能になるのだ。
 それを思えば、“ブリタニア人であるという理由でこちらにも危害を加えるから協力しない”と思わせてしまうような、軍人や貴族でもない人間に危害を加える行為など絶対にしてはならないのである。
 
 「・・・そうか、それはお気使い感謝する」

 「いいえ、それはいいのですが・・・私達は貴方にお願いがあるのです」

 エトランジュの目から赤い光が消えると、彼女は一瞬きょとんとした顔になり周囲を見渡した。
 おそらく彼女のギアスで仲間と会話しているのだろう、しばらくしてからエトランジュは頷き、ルルーシュに頭を下げて言った。

 「私達はこれまで鎖国してきたため、戦争などしたことのない一族です。
 まして女王である私に至っては戦争はもちろん、政治駆け引きの才能のなど皆無。
 いくら幾多のギアスがあろうと、予知ができようとも、これではブリタニアに勝つことなど出来ない」

 解りやすいたとえをするなら、いくら予知で相手の20手先が読めようとも、ルールを知らなければチェスで勝つことは無理だ。

 「ですが、貴方にはその力がおありになる・・・あの寡兵でコーネリアとすら戦える頭脳をお持ちの貴方の力を、お借りしたいのです。
 代わりに私達は、こちらの不利になる場合を除いて貴方の指示に従うことをお約束します」

 「・・・その交渉のために、貴女が来たと?私にギアスがあると知りながら」

 ルルーシュが不審そうに問うと、再びルルーシュがかけた“嘘をつくな”というギアスが発動し、彼女の瞳が赤く染まる。

 「このままでは私達はEUに見捨てられるか、EUがブリタニアに攻め滅ぼされるか・・・どちらにしろ滅びの道しか残されていません」

 マグヌスファミリアの国民が亡命出来たのは、ひとえにEU諸国の同盟国は交互に助け合うという建前のお陰であり、現在彼らは仮設住居を与えられて得意の農耕を行ったり、工場で働いたりして何とか生活出来てはいる。
 しかし、それでももしEUがブリタニアに屈したら、ブリタニアからすれば自国の植民地のナンバーズ“マグヌスファミリア人(シックスティーン)”の引き渡しを要求するだろう。
 遺跡を我がものとするため、もしかしたら二度とあの懐かしき故郷へ帰されない可能性もある。
 何が何でもブリタニアを敗北させてすべての植民地を解放させなければ、自分達は二度と故郷の地を踏めない。

 それを思えば、王族である自分達が率先して動き、国民のために危険を冒すのはギアスを使う自分達の役目なのだ。

 「それに、ゼロ」

 「何だろうか?」

 「信じて欲しいのなら、まず自分から信じなければ・・・そう、思いませんか?」

 「!!」

 そう言って微笑むエトランジュに、ルルーシュは思わずマントを握りしめた。

 無条件に他人を信じることなど、七年前にやめてしまった。
 もちろん彼女とて、まったくの無条件で自分を信じたわけではないだろう。

 しかし、ギアスを持っている自分の前に何の対抗策も持たずに現れ、ただ真摯に味方になって欲しい、出来る限りの事はすると訴えてきた。

 やり方が拙劣だったところを見ると、本人の言うように戦争や政治駆け引きの才能がないのだろう。
 だからこそ直球で相手に言葉をぶつけることしか出来ず、それだけにその思いは相手の心を打つ。

 (さらに言えば、才能がないと解っているからこそそれが出来る人間を仲間にしたいと考えたんだろうな。
 他力本願といえばそれまでだが、逆に自分に出来ると思い込んで無理をするよりはるかにましな行為だ)

 他力本願が悪いとは、ルルーシュは思わない。
 すべてを相手に丸投げして文句だけは言うならともかく、出来ないことを出来ないと認め、その代わり自分が出来ることはするというのならむしろ合理的で好感が持てる。

 さらに、打倒ブリタニアを掲げる国と同盟を結んで行くという構想は自分も望むところだった。
 そのためにも、小国といえど一国の元首である彼女の協力があるのはありがたい。

 「・・・いいでしょう。結びましょう、その同盟!」

 「ありがとうございます、ゼロ!」

 かくて、同盟は結ばれた。
 そしてこのギアス同盟が日本を、やがては世界を動かしていくことになるのである。



[18683] 挿話 エトランジュのギアス
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/23 13:41
 挿話 エトランジュのギアス


 エトランジュが嬉しそうに、そして受け入れて貰えたことに安堵して息をつくと、ルルーシュは釘を刺す。

 「しかし、私の正体については詮議無用に願いたい。よろしいかな?」

 「構いませんよ」

 やけにあっさりエトランジュが承諾したので、かえってルルーシュは首を傾げた。
 それを見て、エトランジュは言った。

 「貴方が正体を隠しているのは、貴方の正体がバレたらブリタニアが喜ぶか、もしくは反ブリタニア組織がついていくのをためらうような人間だということくらい、私にだって解ります。 
 だから、貴方の正体を探るなんて真似はしません」

 「・・・貴女が聡明な女性であることに感謝する」

 「それに、私達が望むのはブリタニアが滅ぶか植民地が解放されて故郷に戻ることです。
 そのためにわざわざ不利になるようなことはしたくないですし・・・」

 現実的なエトランジュにルルーシュはよく解っていると感心していたのだが、最後の言葉に凍りついた。

 「いざとなれば私と結婚でもして貰って、EUの王族の一員になって頂ければ貴方の正体は適当にねつ造出来ますから」

 有能な人材を取り込むため、自ら今日初めて会ったばかりの、しかも仮面をつけた素性の知れぬ男との政略結婚も辞さぬというエトランジュに、ルルーシュは引き攣った。

 「・・・それはたいそう、気を使って頂けて光栄です」

 か細い外見とは裏腹に、なかなか肝が据わっている。
 
 「次に貴方達のギアスについて詳しく話を伺いたいが・・・今日のところはこの辺りにしておきましょう」

 いつまでもここにいては、扇やカレンあたりが気にしてここに来るかもしれない。
 その時ギアスだの遺跡だのの話を聞かれるのは、ルルーシュとしては不本意だ。

 エトランジュ達もそれは同じだったのか、頷いて了承してくれた。
 
 「では、まず連絡方法をどうするかですが」

 現時点で考えられる方法を口に出そうとしたルルーシュだが、エトランジュがコードを模した刺青が入った左手を差し出して言った。

 「それなら、私のギアスを使えばいいと思います。
 私のギアスは“人を繋ぐギアス”、思考のやり取りも出来ますから」

 「そういえばそのようなギアスだとおっしゃっていましたね。
 こうして手を差し出すということは、相手に触れることで発動するギアスですか?」

 「はい、そのとおりです。相手に直接触れてギアスをかけることを、私は“リンクする”と言っておりますが」

 「解りやすいですね。では、一度リンクするとずっと感覚は貴女と共有することになるのでしょうか?」

 「さすがにそれだと私の負担が大きすぎます。私はたとえていうとサーバーのようなものなので、24時間ずっとというにはちょっと・・・」

 機械でもない、生身の人間が多数の人間の感覚をずっとやり取りするには、確かに負担が大きいだろう。
 そのため、彼女は必要な時にしかリンクを開かないようにしているそうだ。

 「それに、ギアスの解除はかけられた方でも可能です。“ギアスを解除したい”と念じれば、それだけでリンクは切れますから」

 つまりはいつでも解除が出来るので、ルルーシュが不都合な場面になればさっさとリンクを切ればいいわけだ。
 それを思えば、割と安全なギアスではある。

 「では、こちらからの指示がない限り、私とのリンクは開かないようにお願いする。
 貴女の件を黒の騎士団の幹部達に伝え、お迎えする準備が整い次第、本部へとお招きさせて頂く」

 「了解しました。では、そうですね・・・日本時間で四時間ごとに貴方と思考を繋ぐので、準備が整えばその時に詳細をお伝えして下さいませんか」

 「と、申しますと?」

 「もっと例えますと、私のギアスは私自身が送受信の携帯電話を持ち、相手に受信専用の携帯電話を渡すみたいな感じ・・・なんです」

 「つまり、貴女から私に連絡は出来るが、私から貴女へ電話をかけることは出来ないわけですか・・・それもちょっと使い勝手が悪いですね」

 ルルーシュが嘆息するが、エトランジュはそのおかげでブリタニアに通信妨害されることなく確実に情報伝達が可能というメリットがあると、前向きである。

 (なるほど、それでエトランジュ女王は四時間ごとに連絡を入れると言ってきたわけだ。
 恐らく他の面々とも、何時間かごとに連絡を取り合っているんだろうな)

 ちなみに戦闘中は予知能力持ちの伯父と四六時中リンクを開いているため、エトランジュは全く戦闘に参加していない。
 伯父から届いた予知を皆に伝え、さらに現在の仲間の状態や作戦を全員に伝えるだけで精いっぱいなのだそうだ。

 何十通りもの考えを同時に処理できるルルーシュなら、脳内で予知を分別しつつ仲間の状態を把握し、かつ作戦を展開するという芸当も可能だが、悲しいことにエトランジュは極めて平々凡々な処理能力しか持ち合わせていなかった。

 「そういうことなら仕方ありませんね。解りました」

 ルルーシュは手袋を取って手を差し出すと、エトランジュは頷いて左手でその手をつないだ。

 「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスが繋ぐ・・・!」

 エトランジュの左目に、赤い鳥が羽ばたいた。
 次の瞬間、ルルーシュの脳裏にエトランジュの声が響き渡る。

 (あのー、ゼロ。聞こえますか?)

 「・・・・!!ええ、確かに聞こえますよ」

 (今、貴方の思考と私の思考だけが繋がっている状態です。一度、そのリンクを切るよう念じてみて下さいな)

 ルルーシュは頷いてそう念じると、とたんに彼女の声が脳裏から聞こえなくなる。

 「なるほど・・・かなり便利なものですね。これでこちらから連絡が可能なものなら、もっとよかったのですが」

 「上ばかり見ていても、仕方ありませんよゼロ。
 今あるものをいかようにして最大限活用するかを考える方が、建設的です」

 まったく正論である。
 ルルーシュの“絶対遵守”のギアスにしても、“相手の目を見なければ発動出来ない”“一人につき一回”というような制約があり、それさえなければと不満に思ったところで“一度だけならどんな命令も遵守させられる”という効力は確かに凶悪な効果を持つのだから。

 (いっそ、C.Cにリンクを繋げさせる方がいいか?万が一にもここから俺の正体がばれるのを防ぐためにも、そのほうが・・・)

 いつも自分の傍にいるC.Cなら、いわば電話として最適だ。
 そう考えたルルーシュは、C.Cを指して言った。

 「では、連絡係としてC.Cを使いたいのですが・・・よろしいかな?」

 てっきりあっさり了承して貰えると思ったルルーシュだが、エトランジュは困惑した様子である。
 そこへ、ずっと黙っていたアルカディアが教えてやる。

 「あのさ、ゼロ。“コード保持者にギアスは効かない”んだけど・・」

 「な、なんだと?!そうなのかC.C!!」

 初耳だったルルーシュが共犯者に向かって問いかけると、飄々とこの魔女は肯定した。

 「ああ、その通りだ。聞かれなかったから教えなかったがな」

 「・・・っ!この魔女め」
 
 となれば、エトランジュ達と連絡を取るには自身がギアスをかけられるしかないと、ルルーシュは腹を決めた。

 「仕方ありませんね・・・ではもう一度、私とリンクして頂きたい」

 ルルーシュの手を再度繋いたエトランジュは、もう一度彼にギアスをかける。

 「ありがとうございますエトランジュ様。では、改めて用意が整い次第、定時連絡の時にお伝えする」

 「ありがとうございます・・・私達はこのまま、いったんサイタマゲットーの方へ参ります。
 もうサイタマにブリタニア軍はいませんから、大丈夫だと思うので」

 コーネリアのせいで壊滅状態になったサイタマだが、それだけに潜伏するには持って来いだと思ったのだ。

 「なるほど、トウキョウにも近いですしね・・・では、お気をつけて」

 「はい・・・では、失礼します」

 ぺこりと頭を下げたエトランジュは、仲間とともに立ち去って行ったのだった。



 「さてと、そろそろコンタクトを外しますか」

 ゼロから遠ざかったのを確認したアルカディアは、大きく息を吐くと両目に指をやり、コンタクトを外した。
 一方、ジークフリートは耳から耳栓を取り出し、軽く耳を叩く。

 アルカディアのコンタクトは一見普通のカラーコンタクトレンズに見えるが、実はこれをつけると視力が遮断されてしまうというものだ。
 何故こんなものをつけているかというと、もちろんゼロへのギアス対策である。

 あの通称オレンジ事件の際、全国中継だったこともあってエトランジュ達もその放送を見ていた。
 その際、ジェレミアを見たコード保持者がこれがギアス能力者の仕業であると判定した。
 ただあいにくと、どのような手段でギアスをかけたかまでは解らない。

 これまでの自国にいたギアス能力者は“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”に大別されていた。
 映像やこれまでのゼロの情報を見る限り、自動発動型ではないしジェレミアには指一本も触れていないから接触型でもない。
 その場にいた全員にギアスがかかったわけでもないから、範囲型でもないだろう。
 ならば聴覚型か視覚型のどちらかということになる。

 エトランジュが信頼を得るためにあえて丸腰で彼の前まで行くと言った時、二人は反対したがそれ以外に彼の信頼を得る方法は思いつかなかったため、アルカディアは視覚を、ジークフリードは聴覚を遮断して万が一自分達に妙なギアスをかけられた時、どちらかが対応出来る様にしておいたのだ。

 エトランジュにアルカディアは視覚を繋ぎ、ジークフリードは聴覚を繋いで貰っていたが、二人の身体に直接ギアスがかかることはない。

 ゼロが“嘘をつくな”というギアスが発動した時、実はアルカディアだけそれにかかっていなかったのだ。

 「ゼロが変なギアスをかけたら、即刻逃げる予定でしたからな」
 
 ジークフリードがペットボトルに偽装した煙幕弾を指しながら言うと、アルカディアが眉をひそめた。

 今までの情報から、ゼロのギアスはおそらく“相手に命令を守らせるもの”ではないかと推測していた。
 ただどこまで命令が出来るか否かまでは解らなかった。

 「私だったら、かたっぱしからブリタニア軍に“死ね”って命令しまくるか、“永久に私に従え”って言うけどね」

 情もへったくれもないアルカディアの言葉は、普通ならそれが一番手っ取り早い方法であることは確かなものだった。

 それをしないということは、もしかしたら命に関わることや相手を永久に拘束する命令は出来ないというような制限があるのかもしれないと考えていたりする。

 後にそれも可能だったがゼロが単に己のポリシーで滅多に使わないようにしていることを知り、驚愕することになるのだが。

 一時的な拘束力しか持たないギアスなら、大して恐れることもないと考えてはいたが、念のためきっちり保険だけは掛けていた、マグヌスファミリアの面々であった。


 ※第三話に盛り込めなかったし、第四話に入れると長すぎてしまうので、とりあえずエトランジュのギアスだけを入れてみました。
 主人公なのにギアス能力がこんな扱いって(汗)
 読者様・・・文章力が欲しいです・・・
 



[18683] 第四話 キョウト会談
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/07 11:59
 第四話 キョウト会談



 キョウトから招待状が来た夜、エトランジュからギアスの定時連絡でルルーシュがそう言うと、エトランジュが尋ねた。

 《キョウト六家・・・ですか?それはどのようなものですか》

 《一言で言えば、日本のレジスタンスをまとめている・・・日本国の内閣のようなものですよ》
 
 ブリタニアの支配を認めないレジスタンスからすれば、自分達は日本国軍でありそれを指揮して資金援助を受けているから、そう例えるのもあながち間違いではない。

 《なるほど・・・それで、私にその方々と会えと?》

 《貴女の本当の目的は私ですが、ブリタニアの脅威にさらされている国と同盟関係を結んでいくこともそうであるはず。
 それは私としても望むところなので、ぜひ貴女にその役目をして頂きたい》

 怪しい仮面の男よりも、小国でありまだ幼いといってもいいが素性が解っている女王の方がやりやすい役目だ。
 
 《確かにその通りですね・・・国同士の連携も大事なものですから》

 実はEUとしても対ブリタニア戦線を築くために各国と連絡を取りたいところなのだが、その余裕もない上に安心して他国と同盟を組める状況ではないため、なかなかうまくいっていないのだ。

 その点現在エリア支配を受けている国なら対ブリタニア感情が燃え盛っているだろうし、こちらがある程度援助をすることで同盟のきっかけになるかもしれない。

 《解りました・・・では、いつお会いすればよろしいでしょう?》

 《実は今日招待状が届いたのですが、明日にということなのです。急な話で申し訳ないのですが》

 《明日ですか?別にいいですよ》

 特に予定もない・・・というかずっとゼロの連絡待ちだったので、彼女達は山で山菜を採ったり野兎などを捕まえ、廃墟の中で寝起きしているというサバイバル生活を行っていた。

 《では明日、シンジュクゲットーへ来て頂きたい。場所はキノクニヤという大型書店跡がありますので、そこで・・・》

 細かい場所を伝えると、エトランジュはそれを反復して了承した。

 《くれぐれもブリタニア軍に気取られぬよう、慎重にシンジュクまで来て頂けますか?》

 《もちろんです・・・では、明日によろしくお願いいたしますね・・・おやすみなさいませ》

 エトランジュからの通信が切れると、ルルーシュはパソコン内に映るキョウト六家を司る重鎮達、その中の一人の項目に目をとめた。

 (EUとの外交特使をしていた宗像か。この男となら、エトランジュ女王と連携が取れる可能性がある。
 明日は二つの会談が行われる日だ・・・慎重にいかねば)

 ルルーシュは横に置いてあったチェスの黒のクイーンを手に取り、自らの黒のビジョップの駒の横へと置く音が響いた。




 
 「ご連絡感謝いたします、エトランジュ様」

 シンジュクの廃墟と化していた大型書店で待っていたマグヌスファミリアの面々を迎えに来たルルーシュが会釈すると、まだ残っていた本を発掘して読んでいたエトランジュは慌てて立ちあがった。

 「こんなに早く日本の方と会談出来る機会を下さるとは、思っていませんでした」

 「貴女のナリタでの行動のお陰で、我が黒の騎士団の名声が堕ちずにすみましたのでね」

 友人の父親の命と、友人の心も・・・そして友情も。

 先日学園へ戻ったルルーシュは、シャーリーから父親がナリタ連山で土砂崩れに巻き込まれそうになったが、寸でのところで避難したために助かったことを知った。
 詳しく話を聞いたところ、エトランジュが説得した際彼女の言葉を信じてくれた地質学者と言うのが、なんとそのシャーリーの父親だったのだ。

 これから先数多くの死者を己が出すことになるとは重々理解していたつもりだったが、いきなり友人を巻き込みかけてしまったルルーシュは、内心酷く悩んだ。
 だが今更引き返すことなど出来ない。しかし、より深い策を練り上げてせめて無関係の人間を巻き込むことを避ける程度のことはしてみせると、ルルーシュは誓った。

 「改めて、御礼を言わせて頂きたい・・・ありがとうございます」

 「・・・?いいえ、どうしたしまして」

 改めて言われるほどのことだったろうか、とエトランジュは首を傾げたが、あえてそれを問いただすことはしなかった。

 「キョウトの方とお会いして頂く前に、実はお願いがあるのですが」

 「何でしょう?」

 「私はキョウトにすら、素顔を明かしたくはありません。そのために少し策を弄しますので、貴方がたも協力して頂きたいのですよ」

 「・・・内容次第です」

 エトランジュの返答にルルーシュは協力内容を告げると、エトランジュ達は相談の末了承した。

 「そういうことでしたら、別に構いませんけど・・・それでよろしいのですか?」

 「私の読み通りなら、これでうまくいくはずです・・・貴女も他の幹部と共に赴いて、ブリタニアのスパイと疑われるのは心外でしょう?」

 「確かに・・・ではその作戦で参りましょう」

 ルルーシュと共にマグヌスファミリアの一行はシンジュク近くを歩くと、まずキョウトが寄越した車を見つけてルルーシュだけが歩み寄り、他のメンバーは息をひそめて壁の方へと姿を隠す。
 
 そしてルルーシュがギアスを使い運転手から目的地を聞きだすと、さらに替え玉のC.Cに率いられた黒の騎士団幹部が車に乗り込み走り去るのを見てエトランジュ達も動き出した。
 ルルーシュが用意した車に大急ぎで乗り込むと、彼とともに目的地へと先回りする。

 「ここが、キョウト六家のアジト・・・」

 日本を象徴する美しき霊峰・富士山。
 だが今やその神秘さは醜いコンクリートに浸食され、地表がむき出しになってブリタニアに搾取され続ける日本を腹立しいほどに表現していた。

 「私達の虹の山(アイリスモンス)も・・・何らかの資源があったのならこのような姿になっていたのでしょうか」

 マグヌスファミリアにも、富士山ほどではないがそれなりに大きい山がある。
 何らの資源も眠っていないが代わりに緑豊かな自然に彩られ、春には花が咲き乱れ、夏には冷たい泉が湧き、秋には美味な山菜が実り、冬には白い雪に覆われる。
 国の中心にあるその山の麓には湖があり、そのほとりにポンティキュラス王族が住む城が建てられていた。

 「その地下に遺跡があって私達が管理していたのですが・・・ブリタニアにその遺跡を渡さないためと、うまくすればコーネリアが倒せるかもしれないという打算の元、土砂崩れで城を埋めて湖の水を引き入れて水没させてしまいました」

 マグヌスファミリアは農作物以外に何もない国なので、虹の山(アイリスモンス)にもEUの地質学者が研究していったが“巨費を投じて採掘すべきものなし”と評価し、がっかりした顔で帰って行った。

 「日本人が聞いたら気を悪くするだろうけど・・・これ見たら何も持ってなくてよかったと思うんだよな」

 クライスが富士山を見上げて、正直な感想を言った。

 「気持ちは解るが、くれぐれも日本人の前で口にしないように。では、これより中へと侵入する」

 ルルーシュが自分のギアスを使って侵入を試みようとしたが、それをアルカディアが止めた。

 「待って、こういう時は私のギアスの方がいいわ」

 アルカディアのギアスは“自分と自分に接触している人間が認知されなくなるギアス”であり、潜入活動に大変便利な能力である。
 ただ持続時間と人数は反比例しており、五人だと三十分ももたない。

 「ただこのギアス、機械相手には通じないのよねえ」

 要するに見張りはスル―出来ても、監視カメラや自動改札機はごまかせない。
 一昔前ならともかく監視カメラが氾濫しているこの時代ザルもいいところの能力だが、アルカディアはきちんと弱点を克服していた。

 「ハッキングしてカメラの画像変えちゃえばいいのよ」

 「なるほど・・・貴女もプログラミングが得意のようですが、時間がないので私がします」

 暗に自分の方がパソコン能力があると断言されてアルカディアはムッとしたが、ルルーシュは持っていたノートパソコンでどこをどうしたものか、あっという間に監視カメラの画像は現在の状況をエンドレスで流し続けるものに変更してしまう。

 「はやっ」

 「では行きましょうか」

 「私もけっこうなプログラミング能力持ってるんだけどなあ」

 アルカディアはマグヌスファミリアが占領される前からEUに留学しており、機械工学を学んでいた。
 奨学金で大学に推薦入学出来るほどの頭脳を持っているのだが、それでもゼロには劣るのかと彼の頭脳に感心する。

 「あとでそのスムーズなハッキング法、教えてね。じゃ、行くわよ」

 アルカディアは羽織っていたケープを脱ぎ捨てて露出の高い服装になると、左目にギアスの紋様が浮かび上がらせる。
 素肌で触れないと効果がないと言われ、ルルーシュも年頃の女性の肌に触るのには少々躊躇したが仕方ないので彼女の右肩に手を置くと、他の面々も慣れているのでエトランジュが右手、クライスが左手、ジークフリードが左肩に手を触れる。

 傍から見たら実に珍妙な光景だったが、堂々と見張りの前に姿を現したにも関わらず何の反応もない。

 「なるほど・・・これは便利なギアスですね」

 「日本に着いた時も、この能力が大活躍よ」

 神根島には研究員や見張りが大勢いたが、監視カメラなどのハイテク機器で見張っていなかったため、アルカディア達は遺跡に到着するなりギアスを発動すると背後から次々に彼らを襲って殺害し、その後彼らが所有する小型艇を強奪し、持参したイリスアーゲートを結びつけて日本本州にこっそり上陸した。

 「声なんかも全然認知されないから大丈夫だけど、絶対手を離さないでね」

 「了解した・・・目的地は警備用ナイトメアが置かれている場所です」

 ルルーシュは己のギアスで見張りからその場所を聞き出して案内させると、二人の操縦手を操って二体の警備用ナイトメアを奪い取った。

 「エトランジュ様はアルカディア王女とジークフリード将軍とでギアスでこっそり隠れていて下さい。合図があればギアスを解除し、姿を現して頂きたい」

 「それじゃ、俺はそのナイトメアであんたが撃たれないよう念のために援護すればいいってことだな?」

 「そうして頂ければありがたいですが、一番に守るのはエトランジュ様ですよ。万が一銃撃戦になって彼女達に銃弾が当たりでもしたら、まずいですからね」

 生身の人間から3人が見えなくなるという事は、逆に言えば知らずに彼女達に向けて銃弾が発射されてしまうかもしれないということだ。
 ジークフリード父子は納得し、クライスは嬉々としてナイトメアに乗り込んでいく。

 (準備はこれで整った。後は会談がうまくいけば・・・)

 エトランジュが国同士の連携を取るよう説得出来れば、自分がかねてから考えていた“超合集国”の構想が実現しやすくなる。
 もし出来ないようなら、説得方法を彼女のギアスを通じて教えてやればいいのだ。
 ルルーシュはそう計算し、己もナイトメアへと乗り込んだ。
 



 「ぬるいな。それにやり方も考え方も古い。だから、貴方がたは勝てないのだ!」

 C.Cが偽者のゼロであり、キョウト六家の正体を知っていると知るや、ルルーシュが素早く桐原の頭にナイトメアの銃を突きつけた。

 「何か、正義の味方っていうか悪のリーダーみたいに見えるのよねー、こうして見ると」

 失礼だがもっともな感想を抱きながら、謁見の場にいたアルカディアはただ黙ってその様子を見ているエトランジュを見やって語りかける。
 
 「だからこそ、彼が必要なのではないですか。あれだけ冷徹かつ的確に結果を出すことが、私達に出来るのですか」
 
 「うん、無理。あんな悪辣なこと、戦争したことない私達には考え付かないもの」

 ぬるい、とルルーシュは六家を束ねる桐原に言ったが、自分達はぬるいどころの騒ぎではない。
 何しろ彼らの国は殺人事件が十年に一度起こるか否か、というほどお気楽な国だったのだ。そんな彼らにいっそ笑いたくなるほど人を殺さなくてはならない戦場でどうすればいいのかなど、到底解らなかったのだ。

 「その通り・・・私は日本人ではない!」

 その言葉に大げさに納得しつつも驚く黒の騎士団の幹部達に、本当に日本人だと思っていたのかとむしろ彼女達は驚いた。
 ちょっと想像すれば、仮面を隠している理由が真っ先にそれだということくらい解りそうなものだけど、とアルカディアは呆れた。

 ルルーシュと桐原の対峙は、さらに続く。

 「日本人ならざるおぬしがなぜ戦う?何を望んでおる?」

 「ブリタニアの崩壊を・・・」

 「そのような事、出来るというのか?おぬしに・・・」

 「出来る。なぜならば、私にはそれを成さねばならぬ理由があるからだ」

 そしてルルーシュが仮面をおもむろに外したのが、背後からでも見えた。

 「ふふ、貴方が相手でよかった・・・」

 驚きにかっと見開く桐原の目。

 (桐原公は、ゼロを知っていた?ということは、彼は日本以外の国の要人ってところかしら?)

 アルカディアは顎に手を当てて考え込むが、答えは出ない。

 「おぬし・・・」

 「お久しぶりです。桐原公」

 「やはり、8年前にあの家で人身御供として預かった・・・」

 「はい、当時は何かと世話になりまして」

 「相手がわしでなければ人質にするつもりだったのかな?」
 
 「まさか・・・私には、ただお願いすることしか出来ません」
 
 「8年前の種が花を咲かすか・・・」

 その会話はエトランジュ達には聞こえなかったが、桐原は豪快に笑いだした。

 思ってもみなかった懐かしい邂逅。これからの展開に対する期待が、桐原を満たす。
 桐原は久しぶりに、腹の底から笑った。

 「扇よ、この者は偽りなきブリタニアの敵。素顔をさらせぬ訳も得心がいった。
 わしが保証しよう・・・ゼロについて行け」

 声高らかにそう命じる桐原に、エトランジュは選んだ相手がゼロでよかったと、心から安堵した。

 「情報の隠蔽や拠点探しなどは、わしらも協力する」

 破格の待遇に、幹部達から感動と事情が解らない困惑とが入り混じった声が上がる。
 殺される一歩手前の状況から、 この破格の厚遇に驚いているのだろう。

 「ありがとうございます」

 ゼロについて行けば、力と勝利、そして京都の支援も受けられる。
 扇はそう判断し、ゼロに関して詮索するのをやめることにした。ここに至り、ゼロは黒の騎士団において盤石の基礎を築いたことになる。

 「感謝します。桐原公」

 「行くか、修羅の道を・・・」

 「それが我が運命ならば」

 ルルーシュはそう言い放つと、再び仮面を装着して桐原に言った。
 
 「実はもう一人、会って頂きたい人物がいるのですが」

 「ほう?もしやお主の宝物かな」

 桐原の言う“宝物”はもちろんナナリーのことを指していたのだが、ルルーシュは苦笑することで否定して言った。

 「ブリタニアに対する包囲を完成させるために、うってつけの方です。
 貴方がたにとっての、宝物となるかもしれませんね」

 そう言ってルルーシュが合図を送ると、アルカディアはギアスを解除して柱の陰から出てきたふりをしてエトランジュと共に登場した。

 「な、こいつらも日本人じゃないぞ?!」

 騎士団幹部達はむろん警備の者達も驚愕して思わず銃を向けるが、一機のナイトメアが二人の前に立ちはだかって攻撃を阻止しにかかった。

 「やめい!その方々は、どちらかな?」

 桐原が周囲の者を制して問いかけると、エトランジュは膝を折って三つ指をつき、深々と頭を下げて日本語であいさつした。

 「初めまして、日本の六家の方。
 私はEU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」

 「マグヌスファミリア・・・今のエリア16ですな」

 「はい。対ブリタニア戦線を作り上げたく、日本の方と話をさせて頂きたいのですが・・・よろしいですか?」

 日本語で語られたその言葉に警備の者達も何となく攻撃することをためらったのか、銃口が下げられていく。

 「ふむ・・・日本語がお上手ですな」

 老獪にも一度話題を逸らした桐原の言葉に、ジークフリードが誇らしそうに言った。

 「実はエトランジュ様は一年ほど前から、日本語のみならずブリタニアに支配された国々の言語を学んでおいでなのです。
 いずれブリタニアに対抗するためにはその国の協力がいる、そのためにはこちらから歩み寄らなければならないからと」

 世界共通語は英語で、ブリタニアもそれを公用語として使っている。
 だがEUは英語の他にもその国独自の公用語を用いている国もあるし、日本のように英語が公用語ではない国も存在する。

 エトランジュはブリタニアに支配された国のレジスタンスを味方につけるためにはどうすればいいだろうと考え、それにはまず説得しなくてはならないと思った。
 説得するには言葉が通じなければ話にならない。だからエトランジュは、まずそれぞれの言葉を覚えることから始めたのだ。

 「英語が通じるのだからそれでもいいのではと進言したのですが、やはり祖国の言葉で話された方が喜ぶだろうと。
 私も逆の立場なら、ラテン語で説得された方がやはり嬉しいものですからな」

 誇らしげに言うジークフリードに、幹部達は嬉しそうに頷いた。
 久しぶりに外国の人間から聞く祖国の言葉・・・奪われた自分達の国名、誇り、尊厳・・・そしてそれらを象徴する言語。
 忘れずにいてくれた人がいることが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
 かつて教師をしていた扇としては、涙がにじみ出るほど嬉しい。

 「ありがとうございます・・・」

 「泣くなよ扇―!俺も泣きたくなっちまうじゃねえか!」

 釣られたのか素なのかは不明だが、玉城まで鼻をすする。

 「感動しているさなか申し訳ないが、さっそく本題に入らせて頂きたい。
 先に伺ったところによれば、マグヌスファミリア王国の方々は“対ブリタニア戦線”を構築すべく、我らと手を組みたいとのことでしたが」

 無愛想に感動を壊したゼロの発言に、玉城が空気嫁と怒鳴ったが、カレンが彼の足を蹴飛ばして沈黙させた。

 それを視界の端にちらりと捉えたエトランジュは顔を引きつらせたが、こほんと咳払いをして頷く。

 さすがに長文は無理なのか、英語で失礼しますと前置きして語った。

 「・・・ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、現在EUはブリタニア軍と小競り合いを繰り返しております。
 我がマグヌスファミリアを含め既にEUの三ヵ国が植民地化されており、ブリタニアに対して早急に手を打たねばならない状況なのです」

 「それと日本を助けることが、どう繋がると?」

 桐原の問いに、エトランジュははっきりと彼の目を見据えて答える。

 「ブリタニアのエネルギー源の一つであるサクラダイトの供給地を断ちたいというのがまず一点ですね。これだけでもブリタニアにとっては相当な痛手になりますから」

 妥当な理由に一同が納得すると、エトランジュは続ける。

 「さらに申し上げますとEUだけで植民地を解放した場合、その立て直しに追われてブリタニアと戦えるだけの力が維持し辛くなるのです。
 ただでさえ戦力が圧迫されており、戦線を維持するのが精いっぱいなのが現状ですので」

 そこでエトランジュが考えたのが、一言で言い表すなら“EUだけで無理なら他の国と助け合えばいいじゃない”だった。
 ブリタニアの植民地を次々に開放してその力を吸収し、かつ他の国と連携してブリタニアを囲い込めばいいのではないかという彼女の提案は、はじめは子供の絵空事と却下された。

 ところがEUを取りまとめる評議員の数人が、その案に補足をつける形で賛成した。

 このまま植民地を解放することに成功したとしても、ブリタニアは国威を失墜させるのを防ぐために再びまた戦端を開くだろう。
 そうなったらいたちごっこであり、消耗戦もいいところである。ならばその元であるブリタニアを滅ぼすしかないが、どう考えてもEUだけでは不可能だ。

 EUも決して一枚岩ではない。ブリタニアと和解という名の降伏をすべきだという国もあるし、ブリタニアと親交の深い国もある。
 小国同士が集まって生まれたEUだが、このような場面では互いの利益や損失のみが先走って話し合いが進まなかったのだ。

 このままではその隙をブリタニアに突かれてしまうと考えた評議員は、他の国と同盟を組んで万一EU連邦から抜ける国が出てもブリタニアと戦える力を維持していくほうがいいと判断した。

 その提案自体は実に妥当なものだったのだが、その同盟を組もうとしたところそのイニシアチブを取りたがる国が続出した。
 目的は明白で、“ブリタニアを倒した同盟連合の主導国”という看板が欲しかったのだ。
 うまくすれば同盟の過程でブリタニアから取り戻した国を自国に取り込めるかもしれない、という思惑もある。

 もちろんエリア支配を受けている国も、同盟を持ちかければそれを警戒するだろう。
 ブリタニアの支配を抜けてもまた別の国の支配を受けねばならないと思えば、同盟に二の足を踏む可能性は高い。

 結局足の引っ張り合いになりそうになったところに眼に止まったのは、EUの最小国家であるマグヌスファミリアだった。

 何も持たない国が同盟を主導するなら、EUに組み込まれる恐れもなく同盟を結んでくれるかもしれないと考えた評議員達はEU連邦に所属し、かつブリタニアにエリア支配を受けている国であり、さらに見た目や年齢から警戒されにくいエトランジュに白羽の矢を立てたのである。
 彼女の身分なら、少なくともメッセンジャーとしての役割ぐらいは充分可能なのだ。

 エトランジュはその申し出を受け入れ、こうしてエリア支配を受けている国々の言語を学んでいたというわけだ。

 「なるほど・・・小国であることを武器にして、交渉に赴いたという訳ですな。EUもなかなか面白いことを考える」

 弱い事が不利になるとは限らない。
 状況次第で弱小国であることを大きな武器に変えた彼らに、桐原は笑った。

 つまりはマグヌスファミリアを介して互いに協力し合おうという申し出だが、さすがにこればかりは独断で決められないため、上の階にいる他の六家の面々に事の次第を報告すると、キョウト六家の一人・宗像 唐斎が通信回線で話しかけてきた。

 「お初にお目にかかる、エトランジュ女王陛下」

 「初めまして。貴方は確か・・・以前はEU諸国に大使として赴任しておいでだった」

 「さようです・・・私は宗像と申しまして、日本が占領される以前は主にEU諸国との外交を担当しておりました」

 「日本に来る前に、当時の要人の方の資料は拝見しておりました。
 余り憶えていないのですが、日本大使の方からお土産の赤いおもちみたいなお菓子を頂いたことがあります」

 「・・・確かにご本人のようですな。ええ、私が御父君にお渡ししたものです」

 どこか懐かしそうに言う宗像は、国際会議が終わってすぐにパーティーに出ることなく帰国しようとしていたアドリスと偶然会い、話したことがあるのだ。
 娘が待っているから早く帰国したいのだと言うアドリスに苦笑し、ならば姫君にどうぞと持参した赤福を渡したことは、あまり知られていない話だ。
 それなのにそれを知っているという事は、やはり彼女がエトランジュ本人であることは間違いない。なにより彼女は、父親によく似た容姿をしている。

 「はるばる日本へ、ようこそおいで下さいました。このような状況でなければいろいろとご案内したいところですが、ご容赦願いたい」

 「いいえ、こちらこそ突然押し掛けてきて申し訳ございません」

 深々と再度頭を下げたエトランジュに、宗像は尋ねた。

 「それは構いませんが・・・貴方は何故、同盟国に日本をお選びになったのですかな?」

 「先にお話しした理由がまず一つですね。それに盛大にブリタニアに抵抗活動を続けている国ですので、説得しやすいと思いましたし」

 そう言われて照れたように笑う玉城に、カレンが軽く肩を叩いてやめさせた。

 実際はゼロが欲しくてやって来たのだが、それを口にすれば日本の面目が丸潰れなのでエトランジュはそう取り繕う。

 「ブリタニアのエリア支配が続けば、その支配に慣れてブリタニアに組み込まれていく国がどんどん増えます。
 今のうちに数多くの国と同盟を結んでブリタニアを倒し、平和を取り戻したいのです」

 「それは一理あるが・・・それが可能だとお思いか?」

 「私達に日本語を教えて下さった日本人の方が、こんな言葉を教えて下さいました。

 “一人に石を投げられたら二人で石を投げ返せ。二人で石を投げられたのなら四人で石を。
 八人に棒で追われたら十六人で追い返し、三十人で中傷されたなら六十人で怒鳴り返せ。
 そして千人が敵ならば村全てで立ち向かえ”

 というのが、その方の村に伝わる言葉だそうです」

 ずいぶん好戦的な言葉だが、意味は通じる。
 日本だけで、マグヌスファミリアだけで、そしてEUだけでブリタニアと戦えないなら、同じブリタニアを敵とする国と結束して戦えば勝機はある。
 それは決して理想論ではない。それを言うなら、日本だけでブリタニアを倒せると思っている人間こそが理想論だ。

 桐原と宗像は、それがよく理解出来た。EUがどれだけの支援を日本にしてくれるのかは不明だが、日本解放後の展開としては他の国と良好な関係に持っていきたいため、エトランジュと言う繋がりは外交カードの札として充分成り立つ。

 「他にもエリア支配を受けてレジスタンス活動を続けている方々には他の一族が連絡を取り、協力を取り付けていきます。
 日本解放を見れば他のエリア支配の国も一斉に蜂起し、ブリタニアに打撃を与えることが可能でしょう。言い方は悪いですが、こちらにはこちらの思惑があるのです」

 「当然ですな。善意だけで日本解放を支援するなど、あり得ぬこと」

 あっさり桐原が頷くと、エトランジュは同盟を受け入れて貰えそうだと思い、自分達が持つカードを明かした。

 「現在EUにある対ブリタニア組織の一つは、我がマグヌスファミリアが掌握しています。
 主にエリア支配を受けて亡命してきた方で構成されているのですが、一部ブリタニアから亡命してきたブリタニア人の方もいらっしゃいます」
 
 「ブリキもいるのかよ・・・信用出来るのか?」

 無礼な口調で嫌そうに言い放つ玉城に、エトランジュが厳しい口調で言った。

 「ブリタニア人だからといって、全てのブリタニア人が差別主義を標榜しているわけではございません。
 ブリタニアにも弱肉強食の国是に反対して弾圧されている方もいますし、また身体や精神に不自由を負い、敗者として蔑まれている方もいるのです。
 皇族や貴族から無理を押しつけられて家族を奪われた方も・・・貴方はそういう人達ですらも、ただブリタニア人であるという理由で排斥するのですか?」

 それならブリタニアの人種差別と大差ないではありませんか、と怒った口調で言われた玉城は慌てて首を横に振る。

 「そういうわけじゃなくて、ただ俺はスパイの可能性を・・・」

 「もちろんその可能性がないわけではありませんが、その可能性ばかりを追求して全てのブリタニア人をブリキと呼んで差別するのはやめて下さい。
 私達に英語を教えて下さったのもブリタニア人の元貴族の方で、母の親友だった方なのです」

 「ほう、ブリタニアの貴族も仲間にいるのですか」

 ルルーシュが意外そうに言うと、エトランジュは頷いた。

 「ブリタニアの血の紋章事件というのに巻き込まれかけたので、亡命してきたそうです。
 ブリタニアがEUに侵攻して来なかったのならこのままEUで呑気に語学教師をやっていたかったのにと、愚痴をこぼしておいででした」

 「ああ、あの事件・・・納得です」

 現皇帝シャルルを狙って、当時の一部のナイトオブラウンズも加わった大規模な反乱が起きた。その際粛清された皇族貴族は数多くおり、特にただでさえ少なくなっていたシャルルの兄弟は全て処刑されている。

 「他にもエリア民と国際結婚をしていた方やハーフの方もいます。ブリタニアを憎むブリタニア人は、貴方がたが思っているよりけっこう多いんですよ」

 「そう言われれば、納得だよな・・・あんだけしょっちゅう争ってりゃ、離反者も出る」

 そういったいわば主義者と呼ばれるブリタニア人は、たいていの場合EUに亡命する。
 植民地エリアの国では玉城のように考えて信頼を得ることが困難であり、場合よっては腹いせで殺されてしまう可能性があるからだ。

 しかしEUならもともとブリタニアがEUが出来る以前のイギリス人が開祖であるという背景もあり、ブリタニア皇族が留学したり積極的に貿易を行うなど、実はブリタニアが覇権主義を掲げる前はさほど悪い関係ではなかったのだ。

 「納得して頂けたのなら、結構です。黒の騎士団は日本人であろうとブリタニア人であろうと差別しないと言っていたのも、貴方がたと手を組みたいと思った理由なのですから」

 「わ、悪い・・・以後気をつける」

 玉城が軽く両手を上げてすごすごと引き下がると、桐原と宗像は頷き合った。

 「では、この件については六家全員で協議し改めてお返事をさせて頂く。
 それまでエトランジュ女王陛下には、ごゆるりとこちらで滞在して頂きたい」

 「ありがとうございます!申し訳ありませんが、お世話になります」

 ぺこりと再度頭を下げたエトランジュに、桐原が苦笑しながらたしなめた。

 「貴方の礼儀正しさには感心しますが、国のトップとあろう方がそう簡単に頭を下げるのはよくないですぞ。
 国の面子を失わぬためにも、もっと威厳を持って臨みなされ」

“お願い事をする時と親切にされた時は、きちんとお礼を言いなさい”と、お母様は私に教えて下さいましたので・・・威厳や面子も、礼儀を守ってこそだと。
 そしてえっと・・・ごーに行ってはごーに従え・・・でしたでしょうか」

 言い慣れぬ日本語のことわざで懸命に説明しようとするエトランジュに、宗像は目を細めた。

 「・・・エトランジュ女王陛下のご両親は、とてもよいご教育をされていたようだ。
 我が日本の皇族の姫とも、よきお付き合いを願いたいものだ」

 桐原と宗像が笑い合う。

 その様子を視界に収めながら、ルルーシュは好調な滑り出しに満足した。
 あとはEUに返礼の使者を出し、うまくこちらとの連絡網や支援方法などを相談出来れば上々である。

 「では、エトランジュ様はこちらに滞在するということでよろしいですね」

 《それは構わないのですが、私達はどうすればいいのでしょうか?》

 エトランジュがギアスを使って問いかけると、ルルーシュは答えた。

 《当面はこのままキョウトの方々と親睦を深めて頂きたい。時期を見て、EUと本格的な連携をしていこうと考えているので》

 《了解しました。では定時連絡だけはまめにするということで》

 相談がまとまると、マグヌスファミリアの一行は桐原の方へと歩き出す。
 ルルーシュは踵を返して仮面をつけ直しながら、桐原に礼を言った。

 「感謝します。桐原公」

 「なに、こちらとしても思いもかけず外国との連携が取れる方を案内してくれて助かったところだ・・・日本解放は成ったとしても、その後の展望がまだ出ておらなんだのでな」

 桐原が肩をすくめて言うと、お察しするとばかりにルルーシュも笑う。

 これから、戦争が始まる。
 世界を巻き込んだ、大きな大きな戦争。

 これまで小さな国しか知らず、ただ楽しく暮らしていただけの自分もそれに参加しなければならない。

 (大丈夫、私にだって出来る・・・戦わなければいけないのです。
 あの時のように、もう一度やらなければいけないのです)

 脳裏に蘇ったのは、怯えて震える幼女と血にまみれた己の手と。
 己が殺した、ブリタニア人の姿だった。



[18683] 第五話  シャーリーと恋心の行方
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/05 16:48
  第五話  シャーリーと恋心の行方

 


 「黒の騎士団が日本解放戦線の救出に失敗、ですか?」

 キョウト六家が所有するトウキョウ租界の邸宅に客人として滞在しているエトランジュがそう報告を受けたのは、懇意になったキョウト六家の筆頭にして最後の皇族・神楽耶からだった。
 年齢は彼女より二つ下だが、戦乱と言うこの時勢に否が応にも流され、政治・軍事にある程度通じていた。

 「そうですの・・・片瀬少将が流体サクラダイトで自爆してせめてブリタニアに損害を与えんとしたので、それに乗じてゼロ様がコーネリアを討とうとなさいましたのに・・・例の白兜というナイトメアに妨害されたようですわ」

 片瀬も無駄死にです、と腹立だしげな様子の神楽耶に、エトランジュはそれはご愁傷様でしたと弔意を示す。

 「それで、ゼロは何と?」

 「日本解放戦線の中核を担う藤堂中佐がまだ無事ですので、桐原が彼の捜索と保護を依頼しましたわ。
 ゼロ様も有能な軍人が仲間になるのはありがたいと、協力して下さるそうです」

 黒の騎士団は、まだまだ寄せ集めの軍隊だ。プロの軍人が仲間となるのは、必要かつ心強いことであろう。

 「しかし、あれほど綿密な作戦を立てられるゼロが幾度もしてやられるナイトメアなんて・・・驚きです」

 「ええ・・・戦略が戦術に敗れるなど、滅多にあり得ぬことです。
 幸い機体性能が良すぎて量産出来ないタイプのようなので、あれが大量に戦場に出ることはないのが救いですな」

 「え・・・機体ならたくさん作れるのではないですか?ブリタニアが資源不足というのではないでしょうし」

 「ああ、そう言う意味ではございません。映像を拝見しましたが、あんな非常識な動きをする機体を操作出来るパイロットなど、そうはいないということです。
 黒の騎士団の紅蓮も、滅多な人間では動かせないでしょうな」

 我が愚息でもなかなか、と息子に厳しい評価を下したジークフリードに苦笑すると、エトランジュはそれならと提案した。

 「戦場で倒せないなら、そのナイトメアのパイロットを割り出して暗殺などの手段を取れば、白兜とやらは何とかなるのではないのですか?」

 「まあ、エトランジュ様ったら。怖いことをおっしゃる」

 穏やかな口調であっさり暗殺を提案するエトランジュに、ころころと笑って応じる神楽耶も相当だとジークフリードは思った。
 だが、同時に哀れだと思う。
 まだ幼く、大人の庇護の元で生きていくべき年代に人の生死に関わり、時に厳しい判断を下さねばならない立場の少女達。

 自らの主君も、本来ならこんな娘ではなかった。
 暗殺など思いもつかない優しい少女だったのに、こんな言葉は聞きたくなかった。

 「そういえば、妙ですわねえ。あれだけの成果を上げたパイロットなら、大々的に紹介してブリタニアの力を誇示しそうなものですのに・・・全く情報が入って来ませんもの」

 「私ですら思い到ったことですもの、暗殺を警戒しているのかもしれませんね。
 でもパイロットさえ解れば、アルカディア従姉様が片をつけて下さるかも」

 アルカディアのギアスとゼロのハッキング能力を使えば、軍人を一人始末するくらいは何とかなりそうだとエトランジュは考えた。

 「ゼロに言って、検討して頂く事にしましょうか。アルカディア従姉様にもお話しておかなくては」

 「アルカディア様は科学者なのでしょう?暗殺などもなさるのですか」

 神楽耶が驚いたように問いかけると、エトランジュはええ、と頷いた。

 「本業は科学者ですが、従姉様はそれだけではなく罠などを仕掛けて戦うことも出来る方なのです。ナリタの時もそうでした」

 「ああ、お話は伺っておりますわ、たいそうなご活躍だったと」

 「もっとも、今はナイトメア戦が主流なのであまり出番はないとお考えのようで、イリスアーゲートの改造に全神経を注いでいらっしゃいますが」

 現在アルカディアはキョウトの援助で、イリスアーゲートの改造をラクシャータという女科学者の協力で行っている。
 イリスアーゲートはEU戦で壊れて戦場で打ち捨てられていたものを回収し、それを予算が許す範囲で何とか移動や物資の輸送に動かせる程度に直したもので、とうてい実戦に使えるものではない。
 
 「戦闘サポートに特化したナイトメアにするおつもりだとか・・・ラクシャータさんや他の技術者の方も、それは面白そうだとおっしゃって下さいました」

 「戦闘を援護するためのナイトメアですか・・・それは初めての試みですわね」

 「ゼロもあの白兜を倒すためにも、いろんなタイプのナイトメアがあるのはいいかもしれないと賛成して下さいました。
 パイロットはジークフリード将軍かクライスになると思いますけど、他にお使いになられる方がいらっしゃればもちろんお貸しさせて頂きます」

 「マグヌスファミリアのものですもの、当然ですわ」

 遠慮なさる必要はございませんと、神楽耶が完成が楽しみだと笑う。

 「エトランジュ様はEUと他のブリタニア植民地と日本を繋いで下さる、大事なお役目を担っておいでの方ですわ。
 この程度の援助をさせて頂かなくては、わたくし共はEUの信頼を失ってしまいます」

 先日、キョウト六家は非公式にエトランジュを通じてEUと会談した。
 その結果、EUは日本解放のための資金援助とブリタニアに関する情報の開示を行い、代わりにキョウトも同じく情報の開示とおよびサクラダイトの供給をEUに対して行う密約が締結された。

 ただサクラダイトの密輸はブリタニアの監視の目が大きいため、その密輸を行うルートの開発が急務となりゼロがその構築に向けて動いている。
 また、他の植民地でレジスタンス活動を続けているグループとの連絡網も、マグヌスファミリアが築きつつあった。

 (ゼロがいろいろアドバイスして下さったおかげで、案外スムーズにいきそうだとのことですし・・・)

 ゼロの主導で日本解放さえ成ったら、彼を中心として対ブリタニア戦線を築き上げてブリタニアを倒す、という絵が描けそうだ。

 ちらっとエトランジュが時計を見ると、ちょうどゼロとの定時連絡の時間だった。
 エトランジュはちょっと席を外しますと言ってお手洗いに立ちあがると、神楽耶はそれを見送ってお茶を手にする。
 
 エトランジュがトイレに入って鍵を閉めると、ギアスを使ってゼロへ語りかけた。

 《失礼します、ゼロ。定時連絡ですが、今は大丈夫ですか?》

 いつもは何事もなくキョウトやEUの動きを報告して終わるのだが、今回は違っていた。

 《お待ちしておりましたよエトランジュ様・・・さっそくお伺いしたい事があるのですが》

 やけに焦った口調のゼロに驚きながらも、エトランジュは先を促す。

 《どうかなさったのですか、ゼロ》

 《心を読めるギアス能力者に、お心当たりはありませんか》

 《心を読めるギアス能力者、ですか?・・・いいえ、ございませんが》

 エトランジュはゼロのギアスのせいで、嘘がつけない。だからゼロはその言葉をあっさり信じて、言った。

 《実はつい先ほど、そのギアス能力者と対峙したところなのですが・・・》

 《え・・・マグヌスファミリアのギアス能力者でないですから、ブリタニアのギアス能力者ですか?!》

 エトランジュは焦った。
 ブリタニアが各地の遺跡を侵略して我が物としている以上、当然彼らもコードとギアスについて知っている可能性が極めて高い。もしかしたらコードやギアスも持っているかもしれないということは、ゼロも一致した考えであった。

 《それはまずいですね・・・心を読むという強力なギアスなら、貴方お一人では厄介でしょう。すぐに援護に向かわせて頂きます》

 《それがブリタニアのギアス能力者ではなく・・・C.C絡みのようです》
 
 ゼロの言葉にエトランジュは目を大きく見開いた。

 《C.Cは正直、完全に私の味方というわけではありません。ギアスについても、私は詳しく聞いていないのですよ》

 《そういえば、コード所有者にはギアスが効かないということもご存じではありませんでしたね》

 《そうです・・・だから貴女にお伺いしたい。ギアスについて》

 《知る限りのことはお教えいたします。まず、こちらで把握しているギアスですが》

 エトランジュが自国でこれまでいたギアス能力者のこと、“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”のタイプがあることなどを話した。
 ゼロも今回会ったマオという心を読むギアス能力者の詳細について話すと、エトランジュは言った。
 
 《その心を読むギアス能力者の方は、聞く限りでは範囲型と思われます。
 もちろんそれにも差がありますから、どれくらいの広さで発動されるのかは解りませんが》

 《範囲型?常時発動型ではなく?》

 《常時・・・つまりずっと発動しっぱなしってことですか?》

 《そうです・・・C.Cからはそう聞いているのだが、マグヌスファミリアではいなかったタイプのギアスですか》

 《ずっと発動しっぱなしって、ギアスの暴走ですよそれ》

 《ギアスの暴走だと?!そんなことがあるのか?!》

 さらりと当たり前のように告げたその言葉にゼロが驚いたため、知らなかったということにエトランジュの方が驚いた。
 
 《はい・・・それもご存じなかったのですか。ギアスは使い続けると力がどんどん増していって、そのうちずっと発動しっぱなしになるんです》

 《例外なく、ですか?》

 《暴走するまでの期間が人それぞれですが、使い続けているといずれ暴走するのは間違いありません。
 たとえばエマおばあ様・・・私の父の母の場合、“人の心の顔が見える”ギアスを持っていたのですが、十年くらいで暴走して見る人全てに発動したと聞いています》

 エマは先々代のマグヌスファミリアの女王だった。
 当時は開国したばかりの祖国のために“人の心の顔が見える”能力を使い、他国の人間が信頼できるか否かを調べて大いに外交に役に立てていたのだ。

 その能力はマオのそれとよく似ており、たとえば顔は笑っているのだが内心では怒っていたりする場合、エマにはそれがすぐに解ってしまう。
 どんな嘘かは解らないまでも、嘘をついているなというくらいはバレてしまうのだ。

 《暴走した後、当時のコード所持者からコードを受け継いで暴走を止めたそうですが・・・》
 
 《コードを受け取らないとずっとギアスは発動したままということですか?》

 《いいえ、いずれはまた元通り自分でオンオフの切り替えが出来るようになるそうです。
 ただそうなるまでは発動条件が満たされれば自動的に発動されてしまうため、かなり不便になるんですよ》

 たとえばエトランジュの場合、相手に触らなければリンクは繋げない。暴走すれば触れただけで相手と自分との間にリンクが繋がってしまうということだ。

 《アルカディア従姉様はもっと最悪です。効果の範囲に自分も含まれているので、暴走したらずっと自分の姿が認知されないことになりますからね》

 《持続時間などの制約が外れるということですか・・・もしかしてギアスを王族直系限定にしているのは、暴走が怖いからですか?》

 《そうです・・・接触型ならいいですよ、相手に触らなければいいですから。でも視覚型や聴覚型はうかつに相手を見たり声を発したり出来なくなります。
 範囲型にいたっては言わずもがなですし、いくら便利でも暴走すると解っているものをばらまくわけにはいきません》

 特に怖いのは、ギアスに伴う制約すらも暴走してしまうことだ。
 記録に残った例では、ギアスを使っている間は自分の呼吸を止めてしまうという制約があった能力者がいて、暴走した際はすぐに命を落としたという。

 《なので、マグヌスファミリアでは“使い続けていても影響が少ない者”にギアスの使用を義務付けて暴走状態にするんです。
 そうすればコードを継承できる資格が持てるので、暴走した際にコード所持者がコードを渡すというわけです》

 《暴走状態にならなければ、コードは受け継げないのですね》

 《そうです。正確に申し上げれば、コード所持者が“コードを渡す”意志を持って暴走状態のギアス能力者に触れれば継承が成り立ちます。
 さらに暴走状態が終わってオンオフの切り替えが出来るようになれば、ギアス能力者がコードを継承する意志さえあれば、コードを受け継げるようになるそうです》

 マグヌスファミリアのコード継承は大部分が前者によって行われており、後者のギアスのオンオフの切り替えが可能になった“達成人”と呼ばれている状況のもとで行われたケースが少ない。

 《どうして教えておかなかったんでしょう、C.Cさん。いずれこうなることは、コード継承者である以上ご存じのはずなのに》

 エトランジュは不思議だった。
 ポンティキュラス王家のギアス能力者は、ギアスを授かる時に全員がこのことを知らされている。
 コード継承はともかく、ギアスの暴走については絶対に教えておくべきことであろう。

 《それは私も解りませんが、マオの狙いはギアスが効かないために安心して付き合えるC.Cです。
 諸事情あって私にもC.Cが必要なので、彼をどうにか排除したいのですよ》

 《排除って・・・三人一緒にいるという選択肢はないのですか?》

 いきなり最終的な手段に訴え出ようとするゼロにエトランジュはそう提案したが、ゼロは首を横に振った。

 《彼は人間不信に陥っていて、とてもこちらの話を聞いてくれる状態ではありません。
 今余計なことにかかずらっている余裕がないのはご存知でしょう》

 《もしかしてゼロ・・・貴方の大事な方がそのマオという方に危害を加えられましたか?》

 彼らしくもなく焦った様子のゼロを見てそう見当をつけたのだが正解だったらしく、彼から返答はなかった。

 《なるほど、そういう事でしたか・・・しかしゼロ、話を聞く限りでは原因はC.Cさんにあるようです。
 あの人にどういうつもりでマオさんにギアスを与えたのか、そして何故捨てたかを伺ったほうがよろしいのではないのですか?》

 《あの魔女にですか・・・孤児だったのを拾ってギアスを与えたが、契約を果たせそうにないと読んで捨てたとしか聞いていませんね》

 《その契約内容について、詳しいことは聞いておられないのですか?》

 《ええ、ブリタニアの崩壊が成った時に、契約を果たして貰うと》

 ここまでの話をして、エトランジュはC.Cとの契約内容がおおかた予想がついた。
 それはゼロも同じだったらしく、話を終えようとする。

 《では、マオの件はこちらで片付けます。情報提供、ありがとうございました》

 《お待ち下さい、ゼロ!このままでは、マオさんがあまりにもお可哀そうです!》

 エトランジュもゼロも、C.Cがコードを押し付けるためにマオにギアスを与えたのだと解っていた。
 暴走状態になればコードを譲渡出来るが、何らかの事情でそれをやめてゼロにその役目をして貰おうと考えたのだろうということも。

 マオにコードを渡さないのなら、彼は再びオンオフが出来るようになるまで一人ぼっちで生活しなくてはならないことになる。
 それはあまりにも哀れ過ぎる。

 《しかし、彼は黒の騎士団や私の正体についても知っています。放置しておくにはあまりにも危険過ぎる存在です》

 ギアスのことが世間に知られるのはマグヌスファミリアにとっても痛手のはずだと言われると、エトランジュは黙りこんだ。

 《・・・それなら、いい方法があります。それで私が彼を説得してみますから、殺すのは少しお待ち頂けませんか?》

 《いい方法、と申しますと?》

 エトランジュがいい方法とやらを語り終えると、ゼロは納得したように頷いた。

 《それはいいですね、ぜひとも成功させたい方法です。しかし、それにはマオがこちらの案に同意することが必須条件ですよ》

 《解っております・・・ではC.Cさんに彼を呼び出すように言って下さい。
 私は今桐原公のトウキョウ租界の邸宅に滞在させて頂いておりますので、すぐに向かいます》

 マグヌスファミリアの一行は白人なため、ゲットーなどにいるよりは租界にいるほうが目立たないのだ。

 《了解しました。では、トウキョウ租界の公園で》

 ゼロから待ち合わせ場所を聞いて通信を切ると、エトランジュはお手洗いから出て神楽耶に言った。

 「申し訳ないのですが、少し外に出てもよろしいですか?会わなければならない方がおりますので」

 「それは構いませんけれど・・・大丈夫ですの?」

 神楽耶の心配そうな問いに、エトランジュは頷いた。

 「ええ・・・頼もしい味方が出来るようなので」

 そう、エトランジュに危害が及ぶことはない。
 彼女に先ほど届けられた予知は、サングラスをかけた白髪の青年に抱きつかれる自分の姿だったのだから。



 一方その頃、ルルーシュは気絶したシャーリーを抱きかかえ、ゲットーにある自分しか知らない隠れ家にいた。

 日本解放戦線を囮にしたコーネリアを討ちとるのに失敗したあの夜、見事にあの白兜にやられて自分はうかつにも気絶した。
 そこへブリタニアの女性軍人に仮面を取られて素顔を見られたらしいのだが、それを阻止したのは誰あろうシャーリーだった。

 話を聞いたところ彼女は父親が自宅でナリタで会ったという黒の騎士団の協力員の少女についての事情聴取を受けており、その時部屋に飾っていた生徒会メンバーで撮った写真からルルーシュを見つけた。

 ヴィレッタ・ヌゥというその女性軍人はシンジュクゲットーで見たその少年だとすぐに気づき、彼が黒の騎士団に関係しているのではないかと疑いをかけ、シャーリーにその可能性があるから情報が欲しいと言ってきたという。

 (あの時の女軍人か!くそ、うかつだった・・・)

 シャーリーはその時は一笑に伏したのだが、確かにサボリやナナリーを放って旅行に行くというルルーシュらしからぬ行動があったことに気付き、こっそり尾行していたところあの戦いに遭遇したのだ。

 そしてヴィレッタがゼロの仮面を取ってその予想が当たったことを知った際、これで貴族になれると高笑いする彼女を、無我夢中でシャーリーは落ちていた銃で撃ったのだと。

 『だ、だってルルに捕まって欲しくなくて!ルルが意味もなくテロとかする人じゃないって知ってるもん!ルルが好きだから、ルルを取らないでって思ったから!!
 だから、私、私・・・!ルル、ルル、どうしよう!!』

 人を殺してしまったと泣きだしたシャーリーを気絶させたルルーシュは、マオがそのことをネタにシャーリーに近づき、ルルーシュと心中させようと心理誘導してきたことを思い起こして歯を噛みしめた。

 マオのことを知って駆け付けたC.Cからマオの話を聞いていたところに、タイミングよくエトランジュから定期連絡があり、ギアスの暴走やコード継承についての情報を聞いたという訳である。

 「・・・と、エトランジュ女王から聞いたわけだが。C.C、なぜこのことを話さなかった?」

 「お前のことだ、もう想像がついているのだろう?ルルーシュ」

 「ああ・・・お前の目的は、“そのコードを俺に継承させること”なんだろう?だからギアスを頻繁に使わせてギアスの力を強めさせようとしている」

 エトランジュが言うには、ギアスは使えば使うほど力が増す。逆に言えば使わなければ力は増えず、コードを受け継げる資格は得られない。

 ブリタニアとの戦争でギアスを使わせれば、短期間に暴走状態になる可能性は高い。
 だからC.Cは積極的にルルーシュに協力しているのだと、ルルーシュは考えたのだ。

 「・・・怒っているのか、ルルーシュ。何も言わずに契約だけを押し付けたことを」

 当然の話だからそうだと言われてもC.Cは何とも思わない。だが、ルルーシュは首を横に振って否定した。

 「いいや、この力を与えてくれた代償なら、いっこうに構わない。どのような裏があっても、俺はお前に感謝している」

 「ルルーシュ・・・」

 まさか真実を知ってなお感謝されるとは想像していなかったC.Cは、驚きに目を見張った。

 「契約は契約だ、叶えよう。俺のギアスが暴走するか、もしくは“達成人”となった時お前のコードを引き継ぎ魔王となろう。
 お前の呪いを俺が引き継ぎ、お前との約束を果たそう、C.C」

 「ルルーシュ・・・本気か?」

 「ああ・・・どれほどの呪いに満ちたものであれ、俺の目的を果たすためにはこの力は必要だ。
 コードもナナリーが笑って暮せる優しい世界を見守っていくために必要だと思えば、永遠の生も悪くはない」

 ルルーシュはそう言って笑った。
 C.Cは泣きそうな顔で笑って、ルルーシュに抱きついた。

 「初めてだよ、お前みたいなやつは・・・」

 C.Cは嬉しかった。まさか己の呪いを知ってなお、否定しなかった人間がいるとは思いもしなかったから。

 「それに、マグヌスファミリアもコードを消す研究をしていたと聞いている。
 まだ結果は出ていないかもしれないが、それに俺も力を貸すつもりだしな」

 「そう言えばそう言っていたな・・・お前の頭があれば、研究が成るのも早そうだし」

 C.Cとルルーシュとの間に話がつくと、ルルーシュはシャーリーを見た。

 「とにかく、マオの件を片付けないとな。シャーリーのほうは・・・彼女には悪いが、記憶を消すしかない」

 ギアスを使って自分がゼロであったことを忘れさせ、学園に戻そうとするルルーシュに、気絶していたはずのシャーリーが飛び起きて言った。

 「いや、消さないでルル!私、忘れたくない!」

 「シャーリー・・・起きていたのか」

 ルルーシュの非力な力では、大して効力がなかったらしい。
 シャーリーはC.Cを押しのけてルルーシュに抱きつき、再度懇願した。

 「ルルがゼロなんて、私絶対誰にも言わないから!ルルのこと忘れたくないの!」

 「落ち着いてくれシャーリー。君が密告するなんて、これっぽっちも思っていない」

 自分の正体を知った軍人を撃ってまで、秘密を守ってくれたのだ。今更そんな疑いなど持っていない。
 しかし、その軍人の死体が確認出来ていない。万が一生きていてそこから情報が漏れれば、黒の騎士団に通じていたと思われてシャーリーの身が危ない。

 「あ、あの変な男の人が・・・ルルがゼロならいずれ捕まるって・・・私も軍人撃ったからお父さんやお母さんも捕まって殺されちゃうから、その前にって言われて・・・ごめんなさい!動転してたの」

 「やはりか・・・大丈夫だ、それは俺がどうにかするから。
 君は何もかも忘れて、いつもの学校生活を送ってくれればいいんだ」

 「いや!ルル、やめて!どうして、どうして私じゃ駄目なの?カレンやその女の子の方がいいの?ゼロの協力者だから?!」

 (マオのやつ、カレンが騎士団にいることまで教えたのか。それでシャーリーの焦りにつけこんだんだな)

 C.Cはそのやりとりで冷静にそう分析する。
 おそらくマオはルルーシュの記憶を読み取り、カレンが黒の騎士団の一員であることを知り、それをシャーリーに教えることでこのままでは自分がルルーシュの心に入り込む余地がないから今のうちにとでも言ったのだろう。
 
 ルルーシュはだいたいの人間の心理を分析出来るが、女心だけは専門外であることを嫌というほど知っているC.Cは、助け船を出してやることにした。

 「いいじゃないかルルーシュ。別に記憶を消さなくても」

 「C.C!だがこのままではシャーリーが」

 「だいたいその女が撃った軍人の生死が不明なんだろう?もし生きていたら、そいつの記憶を消したところで彼女が危険なのは同じじゃないか」

 「それはそうだが・・・」

 そこまで話した時、C.Cは契約者とだけ話せる精神会話でルルーシュに語りかけた。

 《だったら、その軍人の始末がついた後で改めて消せばいい。今消すのは却って危険だ・・・マオの件もある》

 《それまでは俺がシャーリーについて、ブリタニア軍から守るしかないということか》

 C.Cの意見にも一理あると思ったルルーシュは、全力でシャーリーが撃ったという女軍人の行方を確かめることにした。

 「解った、君の記憶は消さないよシャーリー。
 だが済まないが、君が撃ったという軍人の情報をくれないか?この件をうまく処理するためにも、必要なんだ」

 「ほんと、ルルーシュ?ありがとう!」

 シャーリーは安堵した笑みを浮かべて、ルルーシュに言われるがまま自分が会った軍人の情報を話した。

 「ヴィレッタ・ヌゥか・・・すぐにでも調べるとしよう。
 シャーリー、カレンはゼロの正体が俺だということは知らない。だから、学校でもカレンとその話をするのはやめてくれ」

 「そっか、カレンは知らないんだ・・・でも、あのカレンがねえ・・・」

 あの病弱なお嬢様だと思っていたカレンが、黒の騎士団でルルーシュと付き合っていたと思っていたシャーリーはさらにほっとした。

 ゼロの正体を知っているのは自分だけ。そう思うと、なんだかとっても嬉しい。

 だがそう思った瞬間、マオの言葉が脳裏に蘇った。

 『ルルーシュを救ったのは自分・・・そう思って彼を手に入れられるかもって醜い考えを持っただろう?』

 「・・・・!!!」

 青ざめた顔でうずくまったシャーリーに、ルルーシュは慌てて膝をついて彼女を抱きしめた。

 「大丈夫だ、安心してくれシャーリー。巻き込んでしまった以上、俺が守るから」

 「違うの、違うのよルル。私ね、ひどい女なの。ゼロの正体を知って、それを助けたから私、ルルに好きになって貰えるって思ってたの」

 「それがどうしたというんだ、シャーリー。俺はもっと外道なことを考えて、そして実行に移してきた。
 それに比べれば、君ははるかに純粋だよ、シャーリー」

 「ルル・・・」

 「君はただ友人を助けようとしただけだ・・・君は悪くない。俺がすべて片付けるから、何の心配もいらないから・・・泣かないでくれ」

 全てが終わったら、本当に何もかも忘れさせるから。
 ゼロのことも、彼女が犯した罪も、自分への想いも・・・嫌なことは全て。

 「さあ、帰ろうシャーリー。俺達の学園へ」

 「ルル・・・うん、帰ろう。みんなが待ってるもの」

 シャーリーは安心したようにルルーシュの腕につかまりながら立ち上がる。

 「C.C、マオの件は彼女達と連携して片付けることにした。詳しい事は彼女から聞いてくれ」

 ルルーシュがエトランジュとの待ち合わせ場所を教えると、C.Cは了解した。

 (彼女達って・・・ルル、他にも協力してくれる女の子いるんだ)

 無意味に女を引き付ける想い人に、シャーリーは内心で大きく溜息をつく。
 よもや無自覚な女たらし認定を横にいる少女にされているとは思ってもいないルルーシュは、大事そうにシャーリーと手を繋いでアッシュフォード学園へと戻るのだった。



[18683] 挿話  父親と娘と恋心
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/11 21:19
  挿話  父親と娘と恋心


 
 ナリタから戻ったルルーシュが生徒会室に入ると、シャーリーが大きく溜息を吐きながミレイに今日の生徒会は休ませてほしいと頼んでいるところに遭遇した。
 
 滅多にないシャーリーの休暇願いに、ミレイは心配そうにその理由を尋ねた。

 「どうしたのよシャーリー。どこか具合でも悪いの?」

 「違う違う、そんなんじゃないの。実は単身赴任をしてたお父さんが、急きょトウキョウに戻ってくることになってね」

 「あらあら、また急に戻ってくることになったのねえ?」

 「うん、実はちょっと怖い話なんだけどね・・・お父さん地質学者で、ナリタ連山で仕事してたのよ」

 サクラダイトの鉱脈がフジ以外にもないかどうかを、エリア11を巡って調べるのがシャーリーの父親の仕事だった。
 だが黒の騎士団によりナリタ連山は土砂で埋もれてしまい、とても調査どころではなくなったため、また別の調査対象の山が決まるまで待機ということになったのだそうだ。

 「ナリタ、連山・・・」

 ルルーシュが内心青ざめた表情で呟いた。
 生徒会のメンバーは黒の騎士団によるテロに巻き込まれそうになったシャーリーの父親を案じてのことだと思ったが、もちろん違う。
 己が起こした土砂崩れの場所に、よもや友人の父親がいるとは思いもしなかったのだ。

 「ああ、大丈夫よルル。お父さん周辺の人達とすぐに避難したから、全然元気」

 シャーリーの言葉に、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。
 これから死者が大勢出る戦争に発展していくことは、承知の上だった。
 だが、何の関係もない一般人、しかも知人の友人まで巻き込むことになるなど、今の今まで思い当たらなかったのである。

 幸い今回は無事だったようだが、もし本格的に日本解放戦争となったら当然最後の舞台はここ、トウキョウ租界だ。
 
 (せめて己の箱庭に住む者達くらいは巻き込まないようにしなくてはならない・・・ナナリーのためにも)

 「・・・それはよかったなシャーリー。あの土砂崩れは相当なものだったと聞いていたが、どのあたりに住んでいたんだ?」

 事実、ルルーシュの想定範囲外にまで土砂が及んでおり、エトランジュ達の機転がなければ大きな失点となるところだったのだ。
 シャーリーが父親が借りていたナリタ連山にある借家の住所を答えると、もろにその場所であったことを知り、内心で冷や汗を流す。

 (エトランジュ女王達には、個人的にも感謝だな・・・)

 よもやゼロの知人がいると知っての行為ではないだろうが、公私ともに大きな借りを作ったなとルルーシュは思った。

 「それでね、お父さんの私物もみんな土に埋もれちゃって・・・仕事柄単身赴任ばっかだから、家にそんな服も置いてなくて・・・それで今から買い物に付き合えって言われちゃったの」

 「そういうことなら、仕方ないわね。単身赴任ばかりなら、この辺りの事もよく知らないだろうし・・・」

 ミレイが許可を出すと、シャーリーはありがとうございます、と頭を下げた。
 と、そこへミレイがルルーシュに向かってニヤリと笑いかけて肩を叩く。

 「そうだルルちゃん。シャーリーとお父さんの買い物、貴方も手伝ってあげてよ」

 「俺が?どうしてですか」

 「だって、お父さんの服って当たり前に男性用でしょ?
 その手の店にシャーリーが詳しい訳ないんだから、ここは同性であるルルちゃんのほうが適正じゃないの」

 悪戯っぽい笑みなミレイのもう一つの真意はむろん、カレンとルルーシュが付き合っているのではとやきもきしているとシャーリーを慰めるためだったりするのだが。

 ルルーシュは黒の騎士団との二重生活の中、少しでも負担になるような事は正直避けたかった。
 しかし、確かエトランジュが“たまたまいた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたおかげで住民の避難が成功した”と言っていたのを思い出し、まさかと思ったので了承することにした。

 「解りました。シャーリー、君もそれでいいか?」

 「え、え、いいの?!」

 「ああ、別に構わないぞ。俺の分の仕事は会長がやってくれるそうだし」

 「えー、どうしてそうなるのよー?!」

 その言葉にミレイは不満そうに叫んだが、言いだしっぺは会長だというルルーシュの言葉に頬を膨らませる。

 「ある程度まででいいですよ。差し迫ったものもないようだし・・・じゃあ、行こうかシャーリー」

 「う、うん!じゃあ私着替えて来るから、正門前で待っててね」

 まさかルルーシュと買い物できるなんて、とシャーリーは顔を上気させ、有頂天に生徒会室から走って行く。

 「久々に父親と会えるからって、そんなはしゃがなくてもいいのにな」

 「あー、いや、そういうわけじゃないから、ルルーシュ」

 鈍い友人の天然発言に、ニーナはシャーリーに何度目か解らない同情をしたのだった。


 30分後、ルルーシュとシャーリーが正門前に来ると、既に彼女の父親がそこで待っていた。

 「あ、お父さん!早かったね」

 「ナリタ周辺住民が一時的にトウキョウ租界に避難することになってね。そのための臨時便が出たから、それに乗って来たんだよ」

 ナリタの適当な店で買い求めたというラフな服装でやって来たシャーリーの父親は、娘の顔を見て頬を緩めた。

 「今日は部活はいいのかい、シャーリー?」

 「部活はないけど、生徒会があって・・・でも、会長が快く休みをくれたから」

 「そうか、それは悪いことをしたな。後でケーキでも買って、皆さんに差し入れてあげなさい」

 「そうだね・・・そうそう、今日私達の買い物に付き合ってくれるって、うちの生徒会の副会長のルルーシュが来てくれたの」

 シャーリーがそう言って父娘の再会をどこか遠いものを見るように見ていたルルーシュを手招きすると、ルルーシュが二人に歩み寄って手を差し出して自己紹介する。

 「ルルーシュ・ランぺルージといいます。シャーリーには、いつもお世話になっています」

 「いやいや、娘の方こそ世話になって・・・シャーリーの父です。娘からは君の事は常々聞いているよ」

 娘がたまにする電話で世間話のように聞かされていた少年が、娘の意中の人物だと彼はすぐに悟った。
 こうも毎回同じ人物、しかも異性の話をされれば、どんなに鈍い人間でも解ろうというものだ。
 気づかないのは当の想い人のみである。

 「あのね、お父さんの服男性用だから私よく解らないだろうって、ルルが来てくれることになったの」

 シャーリーが嬉しそうに言うと、これではむしろ自分がお邪魔虫だとフェネットはいたたまれない気分になった。
 今からでも自分抜きで若い二人だけで・・・と言いたかったが、主目的は己の買い物なので、今更断るわけにもいかない。

 普通の父親なら娘のボーイフレンドを見極めようとするものかもしれないが、フェネットは娘を信頼していたのでそこまでしようとは思っていなかったのだ。

 「そうか、忙しい中すまないねルルーシュ君。では、今日はよろしくお願いするよ」

 「ええ、俺でよろしければいくつか行きつけの店を紹介します」

 「君のような年代の子が行く店か・・・もうおじさんの私では似合わないかもしれないな」

 「とんでもないですよフェネットさん。もう高校生の御令嬢がいるとは思えないほど、若々しくていらっしゃいます」

 天然タラシと言われるルルーシュの弁舌は、別に女性にだけ発揮されるものではなかったらしい。
 フェネットはいやいや、と否定しながらもまんざらではなさそうだ。

 三人が歩き出すと、ルルーシュはまず自分が愛用しているデパートを案内することにした。そこなら年代別の服装はむろん、下着や日常品が一気に選べて配送もして貰えるからだ。

 シブヤにあるデパートにフェネット父娘を連れて行くと、まず日常に使う服、下着、日常品などを次々に選んでいく。
 さすがに男の買い物は早く、それはすぐに終わったのだがついでにシャーリーも服が欲しいと言い出したため、付き合い料の名目で買って貰えることになったシャーリーは目を輝かせてレディースフロアに飛んで行った。

 「まったく、女の子というのは・・・もうすでにたくさん持っているというのに」

 喫茶店で溜息をつくフェネットに、ルルーシュは笑いながらフォローする。

 「シャーリーもお年頃だから仕方ないですよ。成長期ですからすぐに服も合わなくなるし」

 「それもそうだが、それだけじゃない気もするよ」

 「と、言いますと?」

 きょとんとした顔で聞き返すルルーシュを見て、フェネットは娘が恋焦がれているこの少年が半端なく鈍いことを知った。
 横に好きな男の子がいたら自分をもっと魅せたいと思うのは当然のことで、それ故に服や化粧品などが欲しくなるものだというくらい、自分でも知っている。

 (これは手強そうだ・・・頑張れシャーリー)

 内心でそうエールを送るフェネットは、シャーリーに手渡したコンサートのチケットのことを思い出した。
 友達を誘うと言っていたが、あの声音からおそらくボーイフレンドの方だろうと予想していたので今後の展開を楽しみにすることにした。

 「いや、何でもないよ・・・それより、当分はトウキョウ租界にいることになるので家族サービスでもしようと思っているんだが・・・シャーリーが喜びそうな場所とかは知らないかな?」

 今日のお礼と称して誘って、自分は急に仕事が入ったことにしてキャンセルしようと娘のためにささやかな計画を瞬時に立てたフェネットの問いに、ルルーシュはすぐに答えた。

 「シャーリーは水泳部ですから、そうですね・・・クロヴィスランドのプールなどいかがですか。
 大型のスライダーなどもありますから、家族にも人気だそうですよ」

 「なるほど。いや、いつも放っておいてばかりなので、娘の喜ぶものなどあまり見当がつかなくてね」

 「放っているなどとんでもない!放っておくというのはですね、子供に対して何もしないことをいうんです。
 俺はフェネットさんはシャーリーを大事に思い、育てていると思いますよ」

 やけに語調の鋭いルルーシュに、フェネットはもしかして彼は親とうまくいっていないのではないだろうかと思った。
 
 「その、失礼だが君のご両親は?」

 「・・・母が事故で亡くなった後、俺達に何も手を差し伸べなかったあのクソ親父は本国でふんぞり返っています。母の遺産で何とか暮らしているんですよ」

 「養育費も送ってこないのかい?・・・君のお父さんは」

 「そんな単語があの男にあるとは思えませんね」

 戦争を起こすつもりで戦場となる国に目と足が不自由な妹と共に送り込み、助けのHの字も寄越さなかったあの父親に、ルルーシュは何も期待していない。
 再会したが最後、自分は容赦なくあの男の心臓に銃弾をお見舞いするであろう。

 「だから、貴方のように子供を大事にしてくれる父親が羨ましい。貴方のような人が父親だったらと、いつも思っています」

 せめてナナリーだけでも、フェネットのような人の元に生まれていればよかったのに。

 「そうか・・・まあ、これも縁だ。何かあったら、相談くらいには乗るよ」

 「ありがとうございます・・・すみません、初対面の人にこんな話を」

 「振ったのは私の方だから、気にしないでくれ・・・ああ、ナリタのニュースをやってるね」

 無理やり話題変換を試みたフェネットが、喫茶店に置かれていたテレビのニュースを見やって言った。

 「ナリタ連山の被害は甚大でありましたが、幸い政庁からの避難誘導に従った市民が多く死者は出ませんでした。
 なお、この土砂崩れは黒の騎士団が人為的に引き起こしたものであるとの見解が・・・」

 「やっぱり、黒の騎士団が原因か・・・避難するよう呼びかけて正解だったな」

 フェネットがぽつりと呟いた言葉に、ルルーシュが目を光らせた。

 「貴方はこの土砂崩れを知っていたんですか?」

 「ああ、実は私達が住む地域にまで土砂崩れは来ないと読んでいたから、安心していたんだけどね・・・ここは危ないとわざわざ忠告してくれた女の子がいたんだよ」

 (エトランジュ女王か・・・まさかとは思ったが、シャーリーの父親と会っていたのか)

 今回シャーリーの父親と会う事にして正解だったらしい。
 しかし、なぜルルーシュはエトランジュの言葉を信じたのか不思議に思い、尋ねてみた。

 「なぜテロリストの言葉なんかを信じたんです?普通あそこまで土砂が来るなんてあり得ないでしょうに」

 「そうだな・・・“あり得ないからこそ信じた”ってところかな?」

 フェネットがそう言うと、買い物を終えたらしいシャーリーが背後から声をかけた。

 「なあに、それ?よく解らないけど」

 機嫌良く紙袋を荷物入れに置いたシャーリーは、顔を赤くしながらもさりげなさを装ってルルーシュの横へと座った。
 
 「ナリタの話?私も聞きたいな」

 自分だけ置き去りにされるのが悔しくて、シャーリーが話に加わるとフェネットはそんな娘に苦笑を浮かべながらも答えてやる。
 
 「いや、私達に避難するよう呼びかけたのは、何世代前のだって言いたくなるほどの古いナイトメアに乗った女の子でね・・・しかもお前より年下のようだったよ」

 「そんな古い機体に乗せた女の子まで参加しているの?黒の騎士団って」

 子供を戦わせるなんてひどい、とシャーリーは怒ったが、フェネットはまぁまぁ、とたしなめて続けた。

 「その子は特に弁舌を弄したわけではなくて、ただこの辺りまで土砂が来ると計算結果が出たから避難してくれと訴えただけだった。
 他の人は何を馬鹿なと思ったみたいだけど、私は本当にそんな計算が出たから忠告に来たんじゃないかと思ったんだよ」

 黒の騎士団は、テロリストだ。テロリストに何でもないことのために人員を割く余裕があるとは思えない。
 なら今回の件も何らかの意味があるはずだと、フェネットは考えたのだ。
 本当に黒の騎士団が行う作戦で、大規模な土砂崩れが起こるかもしれないと。

 「実際、滅多な事じゃあそこまでの土砂崩れは起こらない。それこそ相当なダメージを相当な兵器を使って与えない限りあり得ないことだ。
 けど、昔のエリア11のコミックにあったな・・・・“あり得ないなんてことはあり得ない”と」

 あの少女の台詞を聞いた時、フェネットは本当にそんな兵器を黒の騎士団が作ったのではないかと思った。
 フェネットは人種差別を妄信してはおらず、虐げられれば人間反発するものだということを知っていた。
 だからこそ恨みをバネにそんな恐ろしい兵器を作ったのかもしれない・・・もともと日本人は器用で高い技術力を持った国だったではないか。 

 黒の騎士団は正義の味方を謳っているからこそこうして忠告する人間を差し向けたのだと考えたフェネットは、少女を信じることにした。
 何も起こらなかったとしたらそれでよし。ただ自分は心配性だというレッテルが貼られて終わりである。

 だから少女の台詞に合わせて住民達を避難させたのだが、それは見事に正解だったわけだ。

 「お陰で住民からは感謝されたし、軍からもお褒めの言葉を貰えたよ。人間誰からのものであれ、忠告は聞いておくものだね」

 「それは・・・よかったですね」

 「まあ、こうして臨時の休みが貰えて娘ともしかしたら義理の息子になるかもしれない子とゆっくりできるんだから、大きな声では言えないが黒の騎士団に感謝してもいいかもしれないね」

 フェネットが後半は小さな声で言うとルルーシュは目を見開き、シャーリーはリンゴのように真っ赤になって父親の肩を叩いた。

 「ちょっと、お父さん!ルルとはそんな仲じゃないんだってば!!」

 「そうなのかい?私はてっきり・・・」

 「ル、ルルだって困ってるじゃない!もー、まったく・・・」

 照れ隠しに乱暴にフォークを動かしてケーキを食べるシャーリーに、ルルーシュは天然で残酷な言葉を言ってしまった。

 「そうですよフェネットさん。俺みたいな男がシャーリーと付き合うだなんて・・・」

 ガシャン、と音を立てて、シャーリーの手からフォークが落ちた。
 自分はこんなにも彼のことが好きなのに、彼にとってはそんな対象ではないのだろうかとシャーリーは不安になる。

 「知っての通り、俺には目と足の不自由な妹がいて、親もいない。
先行きがいろいろと不安なので恋愛どころじゃないですし、そんな男が大事な娘さんを幸福に出来る自信はありませんよ」

 軽くそう笑いながら優雅な手つきでコーヒーを飲むルルーシュに、シャーリーは恋愛どころじゃないという言葉にホッとなるべきなのか、それとも悲しむべきなのか迷った。

 (恋愛どころじゃないってことは、カレンもその対象じゃないってことで・・・でも、それならそれで私はルルにそういう対象に見られることはなくて・・・)

 「そうか、妹さん思いだなルルーシュ君は・・・私としてはそういう子が娘の婿になって欲しいものだけどね」

 「フェネットさんも冗談がお上手だ」

 はははと笑い合う父と恋焦がれる少年に、シャーリーはもう顔を赤くするしかなかった。
 ぐるぐる回る思考をしている娘に、青春してるなと感慨に耽るフェネットだった。
 
 
 今日の休暇の礼にと生徒会への差し入れを買った一行は、デパートを出たところで父親は家に帰ると言って別れた。

 いや、父親がおせっかいにも“以前渡したチケットのコンサート、彼を誘うつもりなんだろう?うまくやりなさい”などと囁いてきたので、さっさと帰ろうとばかりにシャーリーが強引にルルーシュを引っ張ったという方が正しいだろう。

 フェネットは娘の恋がうまくいくように祈りながら、わざとらしくハンカチを振ってそんな二人を見送っていた。

 「まったくもー、お父さんってば」

 ぷりぷり怒りながら学園への道を歩くシャーリーに、ルルーシュはいつになく真剣に言った。

 「君のことを大事にしてくれる、いいお父さんじゃないか・・・そう怒ってやるな」

 「だってさ、ルルにだって余計なことばっかり・・・」

 「今回のことだって、一歩間違ったらお父さんは土砂崩れに巻き込まれていたかもしれないじゃないか・・・そう思うと生きて戻れたことに安心して、気が緩んでいるのかもしれないし」

 もしエトランジュ達が来なかったら、十中八九そうなっていただろう。
 今頃シャーリーの元に父親の訃報が届いていたかもしれないと思うと、ルルーシュの背中に冷たいものが走る。

 自分が行く道は悪鬼羅刹が跋扈する戦場であり、数多くの犠牲が出ると解っていたはずだ。
 そのために犠牲になる者が多く出ることも、身内を殺されて泣き崩れる者が大勢出てくることになることも、全て理解していたはずだ。

 (幸い、運良く今回は回避できたが・・・これを教訓にして、もっとシミュレーションの幅を広げておかなくては)

 覚悟は出来ていても、だからといってむざむざ手を打たないほど自分は馬鹿ではない。
 ルルーシュはそう決意すると、不意に足を止めた。

 「どうしたの、ルル?急に止まって」

 「ああ、携帯のバッテリーが壊れかけているから、そろそろ買い換えようと思っていたのを思い出してね。ついでに今から行ってこようと思って」

 「それなら、私も・・・」

 慌ててついていこうとするシャーリーだが、ルルーシュは彼女の手にあるケーキが入った箱を指して言った。

 「シャーリーはそれを生徒会のみんなに届けてやってくれ。夏場だし、早く食べたほうがいいからな」

 「そ、それもそうだね。じゃ、また後で」

 (わあん、コンサートのこと言うきっかけなかった!!)

 シャーリーが内心でそう叫びながら学園に向かって走り去ると、ルルーシュは携帯電話のショップを通り過ぎてシンジュクゲットーの方へと足を進めた。


 その日の夜、フェネットは自宅でナリタ連山で会った黒の騎士団の協力者と名乗ったナイトメアに乗った少女について、改めて尋問を受けていた。
 フェネットは避難した後にも言ったようにその少女から避難するよう言われて念のためにそうしただけ、ナイトメアも旧型でケープを羽織った十代の少女としか言えないと答えると、ヴィレッタ・ヌゥと名乗ったその女性軍人は深く頷いて軽くメモを取った。

 「フェネットさんに黒の騎士団に通じているなどという疑惑はありません。  
 こうして幾度もお尋ねしたのも、また新たに思い出したことがないか確認させて頂いているだけのことですので」

 「それならいいのですが」

 余計な疑いをかけられて連行されたりすれば、娘にも累が及んでしまう。フェネットは疑いはないようだが、面倒なことだと内心で大きく肩を竦めた。

 ヴィレッタとしても本当に形式的に聞きに来ただけなので、長居するつもりはなかったらしい。さっさと辞去する旨を伝えると、ふと飾ってあった写真に目を止めた。

 「・・・この写真、お子さんの写真ですか?」

 「ええ、娘と娘が所属している生徒会のメンバーの写真です。以前娘が送って来たもので・・・」

 単身赴任中にシャーリーが送って来た生徒会メンバーの集合写真を、避難する時に持って来たのだと答えるフェネットは、その写真の真ん中にいる黒髪の少年を凝視しているヴィレッタに眉をひそめた。

 「あの、そちらの少年がなにか?」

 「いえ、ちょっと見かけたことがある気がしただけですが、気のせいでした・・・夜分遅くに、失礼しました」

 ヴィレッタはそれだけ答えると、再度礼をしてフェネット家を辞した。

 (あの少年は、あの時のテロの現場にいた・・・アッシュフォード学園、か)

 これは調べてみる価値があると内心で呟くと、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。



[18683] 第六話  同情のマオ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/19 11:50
  第六話  同情のマオ



 翌日夕刻、シンジュクゲットーにあるルルーシュの隠れ家でエトランジュはC.Cと会っていた。

 「事情はある程度ゼロより伺っておりますが・・・いくら何でも、何も知らない人間にギアスを与えて利用するのは酷くありませんか?
 ましてギアスの暴走と言う必ず伝えなくてはいけない事すら教えないなんて」

 冷たいエトランジュの声に、C.Cはいつものように涼しげな態度で応じた。

 「解っていてやったんだ・・・私は魔女だからな」

 「私にはコードを持っただけの普通の人間の女性に見えますが」

 思いもしなかった台詞で言われて、C.Cは驚いたようにまばたきする。

 「お前には、私が普通の人間に見えるのか?」

 「ええ、どこにでもいる普通の女性に見えます。だから、こうやって苦情を申し上げているのではありませんか」

 貴女は人間以外の存在に、こうやって懇々と苦言を呈したり説教したりということをするのですかと言われ、C.Cはなるほどと笑みを浮かべた。

 「そうか・・・人間扱いされるのも、ルルーシュ以外では久々のことだな」

 生まれた時から孤児で奴隷として売られ買われた日々。
 やっと自分を望んで愛してくれる人がいたと思えば、自分をいわば生贄として利用するために選ばれただけだった。
 ギアスでしか愛を得られず、それ以降は魔女として疎まれた。

 けれど目の前の小さな女王は、自分が人間に見えるからこそこの行為に怒っているのだと言う。

 (ルルーシュとは違った意味で、初めてだなこんなやつは)

 「とにかく、これからマオさんに会いにいくわけですが、貴女には必ずして頂きたいことがあります」

 「なんだ?」

 「マオさんに謝って下さい」

 C.Cがどんな目的でマオを拾い、そして何故捨てたかを正直に言い、その上で謝るべきだとエトランジュは言った。

 「人間相手に迷惑をかけたら謝るべきだと、私はお母様から教わりました。
 貴女は理由があったとはいえマオさんを大事に育てたのかもしれませんが、彼を歪む原因を作ってしまったのですから」

 「解った・・・今日、トウキョウ租界の小さな遊園地で会う手はずになっている。
 ルルーシュが当分の間、そこへ誰も入れないようにするそうだ」

 「解りました。では、参りましょう」

 エトランジュは隠れ家の外で見張りをしていたジークフリードとC.Cの三人で、トウキョウ租界へと戻った。

 約束の時間までまだあるので、エトランジュは先にアルカディアやクライスのお土産としてタコヤキやタイヤキを買いたいと言ったが、冷めるとまずいと言われて断念する。

 「せっかく桐原公からお小遣いを頂きましたのに・・・日本の美味しいものを買って、みんなで食べようと思っていたのですが」

 日本の食べ物は、こうやって細々と屋台で売られているものだけで、物珍しさからブリタニア人、懐かしさから日本人が買っていく程度のものだった。

 「昔頂いた赤福も、もう売っていないそうです。何か他にないでしょうか・・・」

 屋台を見回してみると、apple candyとcotton candyと書かれた屋台を見つけた。エトランジュはなんだろうと思って近寄ると、確かに林檎を飴でくるんだものと、綿のようなお菓子が並んでいる。

 「わあ・・・これ、何て言うんですか?美味しそうです」

 目を輝かせて尋ねるエトランジュに、名誉ブリタニア人の男が丁寧に説明する。

 「これはご覧のとおり、林檎を飴でくるんだものです。少し食べづらいですが、甘くて美味しいですよ」

 「私には甘すぎそうなので合いそうにないな・・・」

 ジークフリードが果物の飴漬けと聞いて胸やけがしそうな顔をしたが、エトランジュはニコニコしている。

 「こちらは砂糖を機械で綿状にした飴です。手で食べるとベタベタしますが、こうやって割りばしで絡めれば・・・」

 店員が器用に機械から出てきたわたあめを絡め取ると、まるで雲が割りばしに刺さっているかのようだ。

 「わあ、綺麗!あの、これお土産に持って帰りたいんですけど・・・出来ますか?」

 「はい、もちろんです!こうして袋に詰めれば・・・リンゴ飴もビニールに包めば大丈夫ですよ」

 「じゃあ、林檎飴とわたあめを十人分ずつ」

 「どれだけ食うつもりだお前」

 C.Cが思わず突っ込むと、エトランジュは実に嬉しそうな表情で答えた。

 「だって、おじ様方やお友達の方にも配りたいんです。きっと皆さん、喜んで下さいます」

 おじ様方とはキョウト六家の面々で、お友達の方とは神楽耶のことだ。
 日本奪還を目指して日々粉骨砕身している方々に、せめてもの差し入れをというエトランジュに、C.Cはナリタで会って以来常に感情を抑制しているように見えた彼女の本質を垣間見た気がした。

 ふとジークフリードを見てみると、彼は無表情でわたあめが作り出されているのを年相応に興味津々に見ている主君を見つめている。

 「凄い、砂糖が綿みたいに・・・どうやって作るんですか?」

 「機械ですから、詳しい事はちょっと・・・はい、どうぞ」

 大量に積まれた林檎飴とわたあめに、エトランジュは少し重そうに受け取った。

 「けっこうかさばるんですね」

 「わたあめは食べようとすると量はそれほどでもないので、それくらいじゃないと物足りないんですよ」

 「そうなんですか・・・あ、これお代です」

 先に荷物になる物を買ってしまったが、夜になると名誉ブリタニア人は特例を除いて帰宅しなければならないため、屋台が閉まってしまうから仕方ない。

 こうして時間を潰すこと二時間後、マオとの約束の時間の十五分前に、エトランジュ達は待ち合わせ場所である遊園地にやって来ていた。

 「マオさんとおっしゃる方は、白い髪で背の高い男性・・・でしたよね?年はお幾つですか」

 「十一年前の六歳の時にギアスを与えたから・・・十七歳のはずだ」

 「アルカディア従姉様より年下なのですね」

 (そういえば、ルルーシュとも同じ年になったんだな・・・)

 マオと出会ったのは十一年前で、それからはずっと彼を育てて暮らしていた。だがある日マリアンヌとシャルル、そしてV.Vと出会い、“ラグナレクの接続”という計画を知らされ、それならマオにコードを押し付けなくてもよくなると思い賛同した。

 それ以降はお飾りのギアス嚮団の嚮主になり、マオには内緒でブリタニア首都のペンドラゴンの宮殿とギアス嚮団本部にたまに顔を出していたが、それでも彼と暮らしていた。

 だが七年前にマリアンヌが殺され、シャルルとマリアンヌ、V.Vに不信を抱いたC.Cは当初の計画通りマオにコードを渡そうとしたが・・・結局、出来なかった。

 嫌なことを後回しにしていたツケが今回ってきたと、C.Cは自嘲した。

 暗い園内で三人で待っていると、いきなり電気が点灯しメリーゴーランドが回り出した。

 「C.C~!来てくれたんだね!余計な子もいるみたいだけど・・・」

 白馬に乗った王子様、と己で言いながら現れたマオは、ぎろりと鋭い目でC.Cの横に立つエトランジュを睨みつけた。

 「何だよ、お前・・・僕を説得に来たんだろ?どうせ無駄だと・・・思うけど・・・」

 マオは初めこそバカにした様子だったが、だんだん語尾が小さくなっていく。
 エトランジュはいきなりな登場の仕方に初めこそ瞬きを繰り返して呆気に取られていたが、すぐに表情を引き締めてマオを見つめた。

 「初めまして、こんばんは。私はエトランジュと申します、マオさん。
 C.Cさんから貴方のお話は伺いました。だから、私と話をして頂けませんか?」

 「う、うるさいうるさい!何だよ、僕に同情してるのか?!
 そんなの僕はいらない!C.Cがいればいいんだ!!」

 「はい、それは解っています。でも、それは私達が困るのです。
 だから、丸く納まる方法を考えてみたので、検討して頂きたいのです」

 「なんだよ、確かにその方法なら、何とかなるかもしんないけど!!その方法はすぐには使えないんだろ!
 日本が解放されるまではたぶん無理だって、それまで僕はどうしろってんだよ!
 それに、その方法でギアスが僕からなくなったって、今更僕は人間となんか暮らせないんだ!!
 C.Cとじゃないとだめなんだよ僕は!!」

 エトランジュの心を読んで彼女の提案する策を知ったマオだが、頑なに拒否してメリーゴーランドから降りた。

 だが、それでもエトランジュが己に同情はしても悪意は持っていないことは理解しているのだろう、ゆっくりとエトランジュとC.Cに歩み寄る。
 そしてギアスを使いエトランジュの記憶を読み取ると、だんだんその顔から血の気が失せていく。

 「それに・・・嘘だよねC.C。僕に不老不死のコードを押し付けるつもりだったなんて・・・ね、僕にそんな酷いことするつもりだったなんて、この子の勝手な推測なんだろ?」

 本当は自分ですらそのとおりだと心の底では解っているだろうに、マオは震える声でC.Cに否の答えを求めた。

 「・・・すまない、マオ。私はお前を・・・」

 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!C.Cがそんなことを僕にするはずがない!!」

 「そうですね、マオさん。C.Cさんは貴方にそんなことが出来なかった。だから、貴方の元から去ったのです」

 エトランジュが静かな声でそう言うと、マオは荒く呼吸を繰り返しながらエトランジュを見た。

 「貴方を大事にしていたから、貴方に辛い運命を押し付けることが出来なくて・・・でもコードを自分から消したくて・・・・だから貴方を置いて行ったのです」

 「でも、でも!僕はC.Cがいないと生きてけないんだ!独りは嫌なんだよ!
 だから僕が死ぬまでは傍にいてよ、お願いだから!!」

 エトランジュの言葉が真実だと知ったマオは、それでもC.Cを頑なに求めた。
 そして常に誰かと共にいるエトランジュには、マオの気持ちが痛いほど解る。
 独りで生きていくことが、どんなに怖いか。そしてたった一人と決めた存在が失われたことが、どれほど恐ろしいことか。
 だから、エトランジュは言った。

 「貴方の気持ちは解りますよ。貴方の人生に、C.Cさんは大きな責任がありますからね」

 「そうだよね、そうだよね!だからC.C、僕と一緒にオーストラリアに行こう。僕、家を買ったんだ!」

 エトランジュから同意を得られて嬉しそうな声で言うマオだが、心の中でエトランジュが思っていることを知り、台詞が止まった。

 「何だよ、だけどC.Cを連れていかれたら困るって・・・ブリタニアがC.C狙ってるからって・・・!」

 「C.Cさんがブリタニア軍に捕まって、人体実験を受けていたことは今ご存じになったかと思います。
 ただでさえ不利な中、ブリタニアにギアス能力者を大量に得られたら困るのですよ」

 「そんなの、僕には関係ない!」

 「でも、オーストラリアに一緒に逃げたとしても、また貴方もろとも捕まってしまうかもしれませんよ?
 貴方は特に、戦争に便利なギアスをお持ちですし・・・」

 「う、うるさい!・・・そーだ、いい事を教えてあげるよエディ。ゼロの正体」

 エトランジュが真っ正直にC.Cがブリタニアに連れていかれたら己が困ると告げたのと同時に、本当に自分を心配してくれているのだとマオは解ったが、人間と言う存在を信じていないマオは彼女の醜い部分が見たくなった。
 ゼロがブリタニアの皇子と知れば、きっと彼女は騙されたと怒るに違いない。

 「ゼロはね、今のブリタニア皇帝の末の皇子なんだよ!彼は自分を捨てた父親に復讐したくて、君達を利用しているにすぎないんだ!」

 C.Cが止めるより先に、マオは満を持して暴露した。
 にやりと笑みを浮かべてエトランジュを見やると、彼女は目を小さく見開いた後口を開いた。

 「そうですか・・・ブリタニア皇帝は子供を捨てるような人なんですか。それなら怒って仕方ないですね」

 「え・・・何で君、ルルに対して怒らないのさ」

 マオが理解不能というような顔で尋ねるのを見て、C.Cも驚いた。
 彼がそう言うからには、本当にエトランジュは怒っていないのだろう。

 「どうしてって・・・親から捨てられた子供が怒るのは当たり前でしょう?
 マオさんだって、C.Cさんからいきなり捨てられて怒ってらっしゃるのではありませんか?」

 「怒って・・・怒ってるわけじゃない!ただ、C.Cを連れ戻したくて!!」

 これまで見てきた人間とはまるで違う反応をするエトランジュが理解出来なくて、マオは必死で彼女を否定する。

 「うるさいうるさい!何でお前怒らないんだよ!同じブリタニアを恨みを持つ者同士で同盟を結んでいくのに変わりない、理由は人それぞれなのは仕方ないって!! 
 何でそんな割り切って・・・割り切らないとやってけない?!戦争やってる時点で奇麗事じゃやってけないから・・・・?!」

 マオが読んだエトランジュの考えは、こうだった。

 戦争をしている時点で、奇麗事ではない。目的を達するためには、汚れた手段などいくらでも使わなければならない。
 他人を利用するのだから、自分達も利用されても仕方ない。
 ブリタニアを恨む人達は数多くてその理由もそれぞれだから、いちいち気にしていたら切りがない。
 
 ゼロはブリタニアを恨んでいる。たとえその正体がどのようなものでも、彼の才能を頼りにしてブリタニアを倒そう。

 ゼロの正体はブリタニアの皇子・・・でも父皇帝から捨てられた。なら自分達を利用はしても裏切りはしないだろうから、気にしなくてもいいだろう。
 
 マオはエトランジュの理論は筋が通っている分、理解は出来た。ただ、感情で生きている彼は、そこまで理性で物事を捉えるエトランジュが理解出来ないのだ。

 理解出来ないものを遠ざけようと両耳を塞いだマオに、エトランジュは心の声で語りかけた。

 《聞こえますか、マオさん。どうか、私と話をして下さい》

 「・・・・っ」

 《ゼロの正体を教えてくれてありがとうございます。でも、それは今関係のないお話なのです。
 貴方の今後について、話し合いましょう?》

 「う、うるさい!お前、僕の能力が欲しいだけなん・・・じゃないんだ!あればいいかなって思ってるだけって!」

 《はい、あったら物凄く便利だなとは思いますが、別にないならないで仕方ないので気にしません。
 ですから、私の話を聞いて・・・貴方の話を私に聞かせて下さい》

 「・・・・・」

 《貴方には私のことが解っていても、私は貴方のことが解らないのです。話して下さらなければ、解らないのです。
 だから、どうか話して下さいな》

 ちゃんと聞くから。
 だから、貴方の言葉を聞かせて下さい。

 「・・・どうやって話せばいいのさ」

 マオはこれまで、自分の考えを人に話すということをしなかった。
 その前に他人の本音が透けて聞こえて、自分の真実を話すことが怖かったからだ。

 C.Cは自分が言葉にしなくても、己のしたいことや話したい事を理解してくれたから、それでいいと思っていた。
 だけど、エトランジュはそれでは解らないと言う。

 「では、私の質問にゆっくりでいいので答えて下さい。いいですか?」

 「解った・・・」

 マオが小さく咳払いをすると、エトランジュは尋ねた。

 「では、貴方はC.Cさんと一緒に暮らせれば、それでいいのですか?」

 「うん・・・僕はC.Cが傍にいてくれればいいんだ。でも、それじゃ君達が困るしC.Cも困る。
 ブリタニアはC.Cを狙ってるし、そしたら僕も危なくなる・・・だから、一緒にいようってことだろ?」

 「そうです。でも、貴方のギアスの暴走はまだ治まりそうにないようですので、黒の騎士団にいるのは辛いことと思います。
 だから、当分はC.Cさんと一緒にどこかで暮らして貰って、日本解放が成ったら遺跡を使ってマグヌスファミリアのコミニュティにいらして貴方のギアスを譲り受けたいのですが・・・その策についてはどう思っていますか?」

 「・・・マグヌスファミリアに、“他人の能力を他の人間に移す”ギアス能力の叔母さんがいるから、僕のギアスを他の子に渡そうって・・・出来るなら、いいけど」

 「前例はいくつかございます。暴走状態のギアスは、こちらとしても願ったりなことなので」

 ブリタニアが遺跡を次々に手に入れてはいくつか作動させた形跡があったので、ブリタニアにもコード所持者やギアス能力者がいる可能性は濃厚だった。
 そのためブリタニアからコードを奪う必要があると考えたマグヌスファミリアは、コードを奪える“達成人”になるべく、目下努力を重ねている。

 ところがポンティキュラス家はギアスの適性が低いのか、実はいまだに暴走状態にすらなっていないギアス能力者ばかりなので、マグヌスファミリアとしてはマオのギアス能力と言うより暴走状態のギアスが欲しいというのが本音だったりする。

 ただそれならマオにコードを奪わせるだけでもいいのだが、さすがに何も知らずにギアスを与えられて暴走状態にまでなってしまった人間に、そこまで背負わせるのは酷いと思ったのだ。

 「・・・僕もこのギアスはいらないから、貰ってくれるならいいと思う。君達も利用価値があるから別にいいって思ってるみたいだし」

 「では、ギアス能力を私どもに譲るという策は受け入れて頂けますか?」

 「うん、構わないよ。でも、日本を解放して遺跡が自由に使えるようになるまで、僕はどうすればいいの?C.Cは・・・僕のこと」

 利用していただけだったんだろ、という言葉を飲み込んだマオは、視線をC.Cからそらした。
 そしてC.Cはゆっくりとマオに近寄り、彼の顔を見て言った。

 「すまなかった、マオ」

 「C.C・・・」

 「私は孤児だったお前を見て、ギアスの素養があるとすぐに解った。もうこの長い長い生にケリをつけたかったから、お前にしようと思ったんだ」

 だからギアスを与え、以前の自分がされたように大事に育てた。
 マオのギアスは範囲型で、実はそれは常に発動するものではなかった。

 「お前のギアスは“一度発動すると一時間持続する”ものだったんだ。
 一時間経てばギアスはその後一時間使えなくなるというのが、制約だった」

 「え・・・でもC.Cは一度もそんなこと言わなかった!」

 「もし言えば、お前はギアスを使わなくなるだろう?そうなったらギアスの力は強まらず、暴走状態にならない。
 だから私は誘導して、お前に常にギアスを使うよう仕向けたんだ」

 C.Cとマオは、初めは中華連邦の小さな貧民街で暮らしていた。
 マオの能力の詳細を知ったC.Cは、ここは治安が悪いからギアスを常に使うように言い聞かせたのだ。
 もちろんいずれ暴走するなど、一言も告げないまま。

 「お前はまだ小さかったから憶えてないだろうが、周囲の心の声が聞こえない時間帯があったはずだ。
 それはギアスが使えない時間だった・・・その間に昼寝をさせたり勉強させたりして巧みに気づかせないようにしてな」

 マオが大人になる頃には、きっと暴走状態になっているはずだ。そう思っていたのに、予想外にギアスの成長が激しくすぐに彼のギアスが暴走した。

 自分に縋りついて怖い怖いと言う幼い彼にコードは渡せなかったから、C.Cはせめて彼が大きくなるまでと思い、彼の傍にいることにした。

 紆余曲折あってマリアンヌやシャルル、V.Vと出会い、“ラグナレクの接続”計画で彼にその運命を負わせなくなると思ったのだが、それも駄目で。
 だから、マオに呪いを渡して終わりにしようと思った。

 だけど。

 『ざぁんねん!あなた、騙されちゃったの!!』

 ああ、自分はあの時眼が眩むほどの絶望に我が身を覆われたというのに、同じことをしようとしたのだ。

 「お前が成長した後も、心が子供のままのお前にコードは渡せなかった。
 だから、今度はコードを背負っても強く生きていけそうな奴に渡そうと思ったんだ」

 「それが、ルル?」

 「そうだ。あいつは言ったよ、『それでもいい』と」

 「・・・嘘だ」

 「本当だ」

 C.Cにきっぱりと断言されて、マオは震えた。

 「嘘だ!僕の方がC.Cのこと想ってるはずなのに、僕が思っていないことをあいつが思ってるはずがない!!」

 「マオさん、愛情の示し方は一つではないのです。マオさんにはマオさんの愛し方が、ゼロにはゼロの愛し方がある・・・それだけの話なのですよ」

 エトランジュの正論に、マオはその通りだと納得しつつも頭を振る。

 「う・・・!でも!」

 「C.Cさんも、貴方を利用するつもりで育てた。でも、貴方を愛していたからこそ捨てた・・・どちらも本当のことで、それもまた愛情の一つではあったのでしょう。
 C.Cさんにとっての愛情がコードを受け取ってくれるものであるなら、貴方はコードを自分に宿さなくてはならなくなりますよ?」

 「・・・・」

 「愛情は簡単なようで複雑です。
 考え込んでも答えは出ないので、一つだけ言えることは“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”ということくらいですね」

 「“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”・・・じゃあC.Cは、僕にコードを渡さなかったの?」

 「・・・そうだな、何の覚悟もないのに渡すものじゃないからな」

 C.Cはそう答えると、マオを抱き寄せて再度謝罪した。

 「すまなかった、マオ。ごめん」

 「C.C・・・わあぁぁぁん!!」

 マオはC.Cの胸に顔を埋めて泣いた。
 
 自分を捨てたと思って、怒って泣いた。
 だけど自分を捨てたと信じたくなくて、本当は自分と一緒にいたいんだと思い込もうとして、無理やりにでも連れて行こうとした。

 本当は解っていた。C.Cが自分に何かを望んでいたということは。
 でもそれを聞きたくなくて、C.Cがルルーシュを選んだ理由からわざと耳を塞いだ。

 自分は醜い本音が嫌いだったのに、自分で自分に嘘をついていたのだ。

 「僕、僕もうやだよ!こんな力もういらない!エディ、エディはこの能力が必要で持っていってもいいんだろ?!」

 「ええ、私達にはあればいい能力です。
 でも、残念ながらまだそれは出来ないのです・・・隙を見て叔母様がこちらに来ることが出来ればいいのですが、今の状況では難しいと思います」

 以前に遺跡に到着してすぐにブリタニアの軍人や研究者をみんな殺してしまったため、恐らく警備はもっと強くなっているだろうと言うとマオは納得はしたが駄々をこねるように叫んだ。

 「それまで、僕はどうすればいいの?C.Cはルルの手伝いしなくちゃいけないから、ずっと僕の傍にいるの難しいかもって思ってるじゃないか」

 「ならば、俺がどうにかしてやろう」

 唐突に傲岸不遜な声が、一同に響き渡る。
 声のした方向に振り向くと、そこには黒髪で美しい紫電の瞳を持った少年が立っていた。

 「ルルーシュ・・・来たのか」

 C.Cが半ば予想していたように呟くと、エトランジュはルルというゼロの愛称らしき呼称から、それがゼロの本名だと悟った。

 「貴方が、ゼロなのですか?」

 「ええ、エトランジュ様。実はずっと、会話は聞いておりましたので・・・正体がばれてしまったのなら、もういいと思いましてね」

 C.Cに仕掛けてあった盗聴器を指すと、エトランジュはそうですか、とあっさり納得した。

 「本当に怒らないんだねえ、君」

 「ゼロの立場を思えば、当然かとも思うので」
 
 「そっか・・・いろんなこと考えなきゃいけない立場って、大変なんだね・・ああ、そんなことがあったんだ」

 エトランジュの記憶を読んだマオは、彼女がどうして理性的に物事を捉えるかを知り、生まれて初めて他人に同情した。
 
 「『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』か・・・そんなこと言われたら、そうなっちゃうよねぇ」

 「そう言われてしまうのも、無理はなかったのです。当時の私は本当に、何も知らないままでいようとした愚かな小娘でした」

 エトランジュはこれ以上さすがに己の暗い過去に触れられたくはなかったらしく、ルルーシュに向き直った。

 「ゼロ・・・ルルーシュ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 「ゼロとお呼び下さい、エトランジュ様。ただ、租界内で会った際はルルーシュと」

 「解りました・・・では、本題に戻りましょう。どうにかしようとは、どういう意味でしょうか?」

 エトランジュの問いにルルーシュが答えようとすると、その前に考えを先読みしたマオが嬉しそうに笑った。

 「わざわざ実験までしてくれたんだ、ルル。そっか、その手があったんだ」

 「マオ、お前は考えを読めるからいいだろうが、エトランジュや私には解らないんだ。
 きちんとルルーシュの説明を聞いてやれ」

 C.Cに窘められて、マオがルルーシュに言った。

 「解ったよ・・・じゃあルル、説明してあげてよ」

 「ああ・・・一言で言えば、“俺のギアスでマオのギアスを制御する”

 ルルーシュの簡潔な説明に、エトランジュが疑問の声を上げる。

 「なるほど・・・しかし、ギアスの暴走は生理現象のようなもの。ギアスで止められるものなのでしょうか?」

 「俺のギアスの有効範囲は、かなり広いのです。
 自殺をさせたり毎日同じ行為をさせたりも出来ますが、記憶を消したり逆に“こういうことがあったと思い込め”ということも可能です」

 「ギアスで能力がないものと思い込めとか、そんな命令で打ち消すということでしょうか?」

 「いや、それだとマオが日本にいる間、マオのギアスが使えなくなります。
 彼にはブリタニア軍人から情報を集めて貰いたいのですよ」

 「ああ、あの女の子が撃った軍人の情報ね。ルル、僕のギアス使う気満々だぁ」

 「お前がシャーリーにかけた迷惑料だ・・・それくらいは働け」

 マオの言葉にそっけなくルルーシュが言うと、マオはえーと頬を膨らませる。
 それを見たエトランジュが、眉根を寄せて尋ねた。

 「マオさん、貴方はシャーリーさんとおっしゃる方に、何かご迷惑をかけたのですか?」

 「う・・・ルルとちょっと心中して貰おうと・・・心理誘導した」

 さすがに口にすると多少の罪悪感は出てきたらしい。マオが視線を逸らしながら答えると、エトランジュは大きく肩をすくめた。

 「いいですか、マオさん。人間関係の基本は二つあります」

 人との付き合い方が解っていない彼のために、エトランジュは懇々と説いた。

 「“自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけない”ことと、もう一つは“他人に迷惑をかけてしまったらごめんなさいと謝ること”です。
 この二つさえ出来たら、大概の人間関係はうまくいきます」

 もっとも、言うほど簡単なことでもないみたいですけど、とエトランジュは複雑そうな笑みを浮かべた。

 「じゃあ、僕シャーリーに謝って来るよ・・・それでいいだろ?」

 「エトランジュ様のご意見はもっともなんだが、今お前が会いに行くとシャーリーは卒倒する。
 自分のしたことに罪悪感で死にそうなほど青くなっていたんだからな」

 自分のギアスで操ったのとは違い、シャーリーは誘導されたとはいえ己の意志でやろうとしたのだ。
 ただ愛する人と一緒にいたいという純粋な想いは、方向性を間違うと恐ろしいものになる。

 「お前がそれを一番知っているだろうに、自分だけは別だと思うなよ、マオ」

 「・・・ごめん、ルル」

 「俺に謝るな、シャーリーに言え・・・と言いたいが、今は無理だ。
 だから頼む・・・シャーリーの安全のために、ヴィレッタ・ヌゥの情報を集めてくれ」

 もともと巻き込んだのはマオではなく自分のせいだと、ルルーシュは思っている。
 マオにばかり責任を負わせるつもりはないが、政庁にうかつにハッキングなどを仕掛けて藪蛇をつつく結果になってしまっても困る。

 その点マオなら軍人が集まる場所にアルカディアと共に行って貰えれば、ヴィレッタの情報がすぐに集まると考えたのだ。

 「いいよー、借りは返さないと気持ち悪いからその件はOKだよ」

 「よし、ならやるぞ・・・俺の目を見ろ」

 マオが頷くと、ルルーシュは説明するより早いとばかりに左目に赤い羽根を羽ばたかせてマオに命じた。

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!
 お前のギアスで聞こえる心の声は、“自分の意志で聞くものでない限り”全て聞くな!!

 その声がマオの脳裏に届いた瞬間、彼の両目が赤く縁取られる。

 「うーん・・・あれ?」

 マオは少し瞬きしたが、生まれて初めての違和感に眉根を寄せる。

 「あれ・・・すごい!やったやった!」

 「どうした、何か不具合でもあったか?」

 C.Cがマオの髪を撫でてやりながら問うと、マオはパアっと顔を明るくして言った。

 「うん、あのねC.C!凄いよ、心の声が聞こえないんだ!
 ルルの声も、エディの声も聞こえない!!」

 嬉しそうにはしゃぐマオに、“自分の意志でなら聞こえる”ようになっているのかを確かめるべくエトランジュが言った。

 「本当ですか?では、試しに私の心を読んでみてくれますか?」

 「う、うん・・・あ、そしたら聞こえた」

 マオが“エトランジュの声を聞きたい”と念じると途端にギアスが解放されるらしく、エトランジュの心が聞こえてきた。

 「おそらくだが、マオのギアスは暴走したままだと思う。ただ、俺のギアスで“心の声”に関する感覚のみが遮断されたというところだろう」

 ルルーシュはエトランジュからマオのギアスを自分の一族の人間に移すという策を聞いた時、それをマオが受けいれる公算は少ないと思っていた。
 というのもその案自体はいいのだがすぐに実行出来るものではないため、それまでの間どうすればいいのかという問題が生じる。

 彼女はその間C.Cとどこかで暮らせばいいと思っていたようだが、C.Cは自分としても必要なため、正直困る。だからルルーシュはギアスを使い、いくつかの実験を行った。

 適当な人間に“俺が何を言っても無視しろ”・“自分の気に障る言葉は忘れろ”といった大雑把なギアスをかけてみたところ、それらは全て通じた。

 他にも外道な命令をしても良心が咎めない人間に“熱湯に指を浸しても痛みを感じるな”というギアスをかけてみると、その人間は無表情で熱湯に指を浸していた。

 つまり絶対遵守のギアスは、人間の感覚をある程度制御出来るということになる。
 だからルルーシュはギアスをなくすことは出来なくても、感覚を制御すればいいと考えたのである。

 ルルーシュの説明に、マオはくるくると回りながら叫んだ。

 「なるほどー。ああ、誰の声も聞こえない!!こんな清々しい気分は初めてだ!」

 今にも踊りだしそうなマオは、年齢がもう少し幼ければ貸し切りの遊園地で我を忘れて遊ぶ子供のようだ。

 「ありがとう、ルル!ありがとう、エディ!」

 マオは生まれて初めて、C.C以外の他人に感謝した。
 多少の打算はあったとしても、それでも自分のためを思って力を貸してくれた二人。
 人間の本音など、醜くて汚いと思っていた。
 他人の嘘も、だからこそ醜いだけだと信じていた。

 だけど、エトランジュは心の声で自分に言った。

 《優しい嘘は好きですよ、綺麗ですから。
 でも、怖い本音は嫌いです・・・泣きたくなりますもの》

 マオも優しい嘘は好きだ。C.Cの綺麗で優しい嘘に包まれていたかったのだと、あの時に気づいた。
 けれどマオが一番好きなのは、優しい本音だ。

 エトランジュは心の底から自分に同情し、そして心配してくれていた。
 だから即座にマオを殺そうとしたルルーシュを止め、拙いながらも代案を出して救おうとしてくれたのだ。

 自分のギアスが欲しかったのも本当だが、自分を心配する心もまた真実。
 でも、もしこの案をマオが呑まなかったら彼を殺すことに同意するつもりだったから、そうなるのが嫌たったことも。

 (こんな子、初めてだなー。それに、この子も可哀想・・・人なんて殺したくないのに、でもやらないといけないなんて)

 マオはエトランジュはある人物から『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』と詰られ、それ以降は自分が取りたくない手段を出された場合代案を考えるようになり、それでも駄目なら相手の意見を受け入れるようになったことを知っている。
 
 ただ人が死ぬのを見たくないと強く思っている彼女が、同時に暗殺を提案し、自ら手を汚すこともいとわぬ覚悟を持っている理由が彼女らしくはあったが哀れなものだった。

 (“人の嫌がることは自分が嫌なことでも進んでやってあげなさい”、か・・・殺人なんてそりゃ普通は誰でも嫌がるだろうけどさ)
 
 王族として生まれど、普通の教育と愛情を受けて普通に育ってきた少女。
 戦乱の時代でさえなければ確実に幸福になれたはずなのに、征服された王国の唯一の王の娘として生まれたことが、彼女の不運であった。

 (ちょっとくらいなら、協力してあげてもいいかなー。借りは返さないと気持ち悪いし)

 マオはそう内心で決めると、とりあえずシャーリーが撃ったヴィレッタ・ヌゥの情報を集めるついでに、彼女の故郷を滅ぼしたコーネリアの情報も集めることにした。
 極秘でどこかに行く情報でもキャッチできれば、自分を認知出来なくするギアスを持つアルカディアが暗殺出来るだろう。

 「ねえ、話がまとまったところでさ・・・僕はさしあたってどうすればいい?」

 「ゲットーに部屋が借りてある・・・中華連邦人のお前ならそっちのほうが目立たない」

 ルルーシュが言うと、エトランジュも言葉を添えた。

 「キョウトの方々には、貴方の事は母の縁戚として私に協力をするために来日してくれたと話をつけておきます。
 母は中華とイタリア人のハーフなので、それで通じると思いますから」

 エトランジュの母・ランファーは、父が中華、母がイタリア人のハーフだ。ただ彼女が五歳の頃に両親が離婚して父親に引き取られたが、十歳の頃に父が亡くなったので母の元に引き取られてイタリアに移り住み、大学時に父・アドリスと出会ったのである。

 「正直祖父のことは詳しく聞いていないのですが、適当に話を作っておきます。 なので、マオさんも黒の騎士団の方とお会いした時はそのようにお願いします」

 「それならゼロがマオを捜させた理由も“エトランジュ女王の縁戚”ということが出来ますね。よし、それでいこう」

 ルルーシュがそう話を締めくくると、エトランジュはC.Cに言った。

 「では積もるお話があると思いますので、今夜はマオさんとC.Cさんお二人でお過ごし下さい。くれぐれも、喧嘩はなさらないで下さいね」

 「解ったよ・・・C.C」

 「ああ、久々に一緒に寝るか、マオ」

 C.Cが差し出した手をぱあっと顔を輝かせて取ったマオは、嬉しそうに歩きだす。

 「ではルルーシュ、騎士団に顔を出す前にゲットーの部屋に来い。マオに旨いピザの味を教えたいからな」

 「それはつまり、俺にピザを作って持って来いということか?」

 「ゲットーにピザなど宅配してくれないからな。いいな」

 C.Cは一方的にそう要求すると、浮かれるマオと共に姿を消す。

 「くっ、あの魔女!」

 「いいではありませんか、丸く収まったのですから。話し合いで解決するって、気持ちいいですね」

 エトランジュがたしなめると、歯軋りしていたルルーシュはそれもそうかと息を吐く。
 
 「そうですね・・・こういうのも、悪くはない」

 血生臭い戦争よりも、綺麗な手段。出来るなら、その方がいいに違いない。
 愛しい妹が望んだ、“優しい世界”にふさわしい。

 「では、俺も戻ります。俺の正体は、桐原公しか知りません。
 ですから、俺の正体に関する事は、彼とだけ話をして頂きたい」

 念を押すルルーシュに、エトランジュは了承した。

 「解りました。では、これで」

 二人が別れて遊園地を出ると、そこにいたのは親指を立てて笑う仲間達だった。

 「うまくいったみたいね、エディ。一応心配で見ていたけど、その必要なかったわ」

 「アルのギアス、心の声も認知出来なくするみたいだな。お陰で全然気づかれなかった」

 アルカディアとクライスが笑い合うと、エトランジュは嬉しそうに微笑んだ。

 「では、美味しいお菓子を買ったのです。みんなで帰って食べましょう」

 ジークフリードは息子に荷物を半分押し付けると、一行は租界の桐原邸へと歩き出す。
 他愛もない話をしながら歩いて行くその一行は、途中ブリタニアの軍人とすれ違っても気にされないほど自然だった。



[18683] 第七話  魔女狩り
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/26 11:21
 第七話  魔女狩り



 マオが仲間になってから数日後、エトランジュはマオが気にかかったのでルルーシュとは別に彼とは定期的に連絡を取っていた。
 彼自身自ら自分とリンクを繋いで欲しいと言ってきたことに驚いたが、エトランジュは嬉しくなって喜んで彼にギアスをかけたのだ。

 マオはあの後、ルルーシュの依頼通り軍人の集まる場所にアルカディアと出かけては情報収集にあたっていた。
 さすがに上に知られたくないお喋りをするだけあって監視カメラもないので、この二人にとってブリタニアの軍人用クラブは情報の狩り場となり果てた。

 “自分達を認知されなくなるギアス”と“心を読むギアス”・・・この二人のギアスの組み合わせは抜群で、ただ軍人が集まるクラブにこっそり侵入するだけで面白いように情報が集まっていく。

 そしてヴィレッタ・ヌゥについては彼女が例のオレンジ事件で信用を失い閑職に回された純血派の人間だったため、彼女が行方不明だと騒がれたのは昨日今日のことらしい。
 しかも彼女自身の評判は悪くなかったが、所属していた派閥を気にして真面目に捜索する者がいないせいで、目下行方不明のままだということが判明しただけだった。

 それを聞いたルルーシュは舌打ちしたが、とりあえずは己の正体がブリタニアに知られていないことが解ったので一安心である。

 だがマオはよほどエトランジュが気に入ったのか、それとは別に彼女のためにとある情報を知って嬉々として教えてくれたのだ。

 《エディ、エディ!いい情報見つけたから教えてあげる!》

 いつもは母親にその日あったことを報告する幼い子供のようなマオがそう言ってきたため、エトランジュは少し驚いたが嬉しそうに言った。

 《まあ、それはありがとうございます。でも、あまり無理はしないで下さいね》

 《大丈夫大丈夫!アルのギアスと僕のギアスがあれば、これくらい全然だよ》

 初めて他人と行う共同作業にマオは新鮮味を感じたようで、アルカディアが辟易するほどの頻度で情報召集を行っていた。
 アルカディアも自分よりはるかに研究知識に富むラクシャータがイリスアーゲートの調整や改造を請け負ってくれているため、マオと組む情報収集が一番役に立つと解っている。

 《あのさあ、中華の後押しで例の日本の元政治家がホクリクに攻めて来るみたいなんだけど》

 《ああ、確かC.Cさんが中華に行った際に報告のあった・・・でも、それは黒の騎士団が折を見て止める予定と聞いておりますが》

 《その動きはコーネリアも察してて、イシカワに極秘で向かうらしいよ。
 細かい動きは随時こっちで調べておくから、うまくすればそいつを倒せるんじゃないかなあ?》

 《それは本当ですか?!解りました、すぐにゼロと相談します》

 これが事実なら、好都合だ。極秘なら護衛も密度が濃くても人数が少ないものだろうから、この合間を縫えば何とかコーネリアを討てるかもしれない。

 《マオ、それなら先に私に教えてよ・・・》

 《だって、僕が報告したかったんだもん。いいじゃんどうせ同じことなんだから》

 どうやらアルカディアには教えず、真っ先にエトランジュに言いたかったことらしい。
 全く子供なマオにエトランジュはクスクスと笑ったが、アルカディアは大きく溜息を吐く。

 《はいはい、でも情報は一分一秒を争って伝えないといけないから、その辺は気をつけてね》

 《僕だってそれくらいの区別はつくよ、アル。失礼だなー》

 《まあ、お二人とも仲がよろしいですね。マオさん、アルカディア従姉様はとてもお口が悪いですけど、悪気のある方ではないのです。
 あまり、お気になさらないで下さいな》

 エトランジュの言葉にアルカディアも笑ったが、マオは少し不思議そうな顔である。

 《うん、それは解ってる・・・心配しないで。ちゃんとやるから》

 《気をつけて下さいね・・・では、私はゼロと協議に入りますので》

 エトランジュがリンクを切ると、アルカディアは忌々しげに呟いた。

 「私達の家族を殺し、私達の国を奪って蹂躙した、あのブリタニアンロールがっ・・・!」

 そしてその先駆者であるブリタニアの魔女、コーネリア・リ・ブリタニア。
 あの女とあの女の父親だけは、絶対に許さない。

 「行くわよ、マオ。あの女に関する情報は、出来る限り集めておくの」

 「はーい、今日は例の士官クラブだっけ?コーネリアの腹心のダールトンとその義理の息子達がよく使うっていう」

 「ダールトン本人が来るようだから、確実な情報が手に入るわ。
 ふふ、伯父さんの予知能力とマオの心を読む能力、そして私の姿を認知させなくするギアスのコンボは大したものね」

 伯父は既にアルカディアがダールトンから情報を得る様子を予知してくれており、確実に彼が士官クラブにいることは解っていた。
 ただ細かい予知までは出来なかったので、予知通りアルカディアがマオとともに士官クラブに潜入しなくては詳しい情報は手に入らないのである。

 自分の腹心から己の情報が流れ出たと知ったら、あの魔女はどんな顔をするのだろう。
 アルカディアは暗い笑みを浮かべて、マオを連れて租界へと出て行くのだった。



 一方、エトランジュからの報告を聞いたゼロことルルーシュはキョウトからの紹介で四聖剣と呼ばれる藤堂の腹心達から、囚われの身となった藤堂を救出して欲しいと依頼され、それを受けて準備を進めていたところだった。

 《コーネリアがイシカワへ・・・てっきり藤堂の処刑を見届けるものと思っていたが》

 《こういう言い方も失礼ですが、奇跡の藤堂と言われていてもテロリストの処刑より、中華との戦闘の方に重きを置いたのではないでしょうか?》

 《そのようですね・・・しかし、それは確かにチャンスです。
 私達が藤堂を救出するためにチョウフ基地にいるところへ、別動隊がまさか来るとは思わないだろうし》

 《じきにマオさんが詳しい情報をダールトンの記憶を読んで持ってきてくれるそうです。
 それを元に、作戦をお考え頂けないでしょうか?》

 《そうですね、情報次第では可能でしょう。しかし、マオもずいぶんと貴女に懐いたものだ》

 感心したようなルルーシュの言葉に、エトランジュは嬉しそうに笑った。

 《私はただマオさんの話を聞いて、私の話を聞いて貰っただけなのです。いずれはマオさんも、誰とでも普通にお話しできるようになると思いますよ》

 《だといいですね。それはそうと藤堂の処刑まで日がないので、急がなければなりません。だたちに準備を始めましょう》

 《間に合うでしょうか・・・》

 話を聞いた時は手放しで喜んだが、考えてみれば急な話である。
 いきなりコーネリアを討つ準備と策をと言われても、いかなルルーシュでも困ることだとエトランジュはしゅんとなったが彼は不敵に笑みを浮かべた。

 「私を誰だとお思いですか、エトランジュ様。私はゼロ、奇跡を起こす男ですよ」

 アルカディアが聞いたらこのかっこつけめ、とでも言いそうな台詞を傲岸に言い放ったルルーシュは、早くもパソコンで現在得られた情報を元に仮の作戦案を考えていく。

 《ゼロ!従姉様とマオさんから連絡です。とてもよい手土産があるとのことです》

 まめにアルカディア達と連絡を取っていたエトランジュがそう言うと、ルルーシュは二人と繋ぐように言ったのでエトランジュは即座にルルーシュと二人の間にリンクを繋ぐ。

 《早かったですね、アルカディア王女、マオ》

 《ええ、超朗報があるのよ。コーネリアがイシカワに向かうルートと護衛の陣容なんだけど》

 《ほう、それはそれは・・・・ぜひ詳しくお伺いしたい》

 アルカディアは実に楽しそうに、マオから聞いた情報を整理してルルーシュに伝えていく。

 《とりあえずカナザワまで行くようなんだけど、サイタマとグンマを通っていくみたいなの。
 だから私としては迎え撃つとしたらトウキョウから遠いグンマあたりかなって思ってるんだけど・・・・》

 どうやら溺愛する妹・ユーフェミアがトウキョウで公務をするため置いて行くらしく、護衛のためにダールトン率いるグラストンナイツの半分以上がトウキョウに残るらしい。

 《相変わらずだな、コーネリアも・・・》

 以前と変わらぬ同母妹への溺愛ぶりに、自分も人のことは言えないか、と苦笑しながら作戦案を練っていく。

 《―――という作戦でどうだろうか、エトランジュ様》

 《はい、解りましたゼロ。では、これがイリスアーゲートの初陣となるのですね》

 ラクシャータに依頼していたイリスアーゲートの改造が済んだため、その性能を試すいい機会だと言われてアルカディアはニヤリと笑った。

 《ふふ、連中もさぞびっくりするでしょうねえ。自国の旧型のナイトメアが、まさかあんなものに化けるなんて思ってもいないだろうから》

 《では、可及的速やかに作戦準備に入ります。今からなら、黒の騎士団以外のレジスタンスの方にコーネリアを討つために協力をと言えば了承して下さるかもしれませんし》

 《くれぐれもお気をつけて頂きたい。コーネリアを討ち漏らしたとしても、貴方を失うことに比べれば大した事態ではありません》

 今回の件はしょせん棚ぼたであるため、成功すれば儲けもの程度だというゼロに、エトランジュは頷いた。

 《では、行って参ります。ゼロも、藤堂中佐の救出が成功するようお祈りしております》

 こうしてルルーシュとの通信を切ると、エトランジュ達はキョウト六家に紹介状を要請すると、それを持ってサイタマとグンマに基地を持つレジスタンスの元へと慌ただしく出発していったのだった。



 そして藤堂の処刑当日にして、コーネリアがイシカワへと出発する当日。
 エトランジュ達はキョウト六家の紹介で知り合った二つのレジスタンス組織のメンバーと共に、グンマとナガノの県境でコーネリアを迎撃する準備を終了し、後はブリタニアが来るのを待つばかりとなっていた。
 見た目から初めはブリタニア人かと疑われたのだが、相手が自分達と同じブリタニアに蹂躙され国を奪われたマグヌスファミリアの人間でありキョウトの客人、さらにはあの黒の騎士団のゼロによるコーネリアを討つ秘策があると知ると、話を聞いてくれた。

 彼らもあの奇跡の藤堂が処刑されることは知っていたがどうにもならないと歯噛みしていたが、黒の騎士団が救出すると聞いて安堵の息が漏れた。しかもゼロはそれすらも利用して、コーネリアを討つと言う。

 『いつも引き連れているグラストンナイツが半分というのも、滅多にない好機なのです。
 でも、あいにくと黒の騎士団や他の協力組織も藤堂中佐を救出する方を優先しているため、どうしても人手が足りません。
 お願いします、手を貸して頂けませんか?』

 キョウトからの命令、しかもあのコーネリアを討つためならと、彼らは協力してくれた。
 というのも、先のシンジュクゲットーやサイタマゲットーで家族を殺された者達が数多く在籍しており、特にここグンマはサイタマの隣にあるため、避難してきたサイタマ県民が多かったのだ。

 コーネリアがトウキョウを出発したとの連絡があってから数時間後、伝令が報告した。

 「エトランジュ様、コーネリア部隊を確認!現在うちのレジスタンスリーダーの加藤が、作戦通りトンネルを封鎖して退路を遮断!
 そのままナイトメア数体でコーネリアを囲い込みます!」

 「解りました。では皆様、ご武運をお祈りいたします」

 エトランジュはコーネリアが使う県道の一つの近くにある街で総指揮を務めている。
 ルルーシュは同時刻藤堂救出を行っているため、彼からの指示はなるべく仰がないようにしたいと言うと、彼は何通りもの作戦を用意してくれていた。

 「ジークフリード将軍、お願いします」

 「ええ、こういうことは地位の高い人間が言う方が重みがあるものですからな」

 エトランジュには少々理解しがたいことだが、指示というのはより地位の高い者が行う方がどうしてか従うものであるらしい。
 特に女王とか大将とか、そんな肩書を持っているとなおさらその効果が出るものなのだそうだ。

 そのため、二度手間だが状況判断すら迅速に出来ないエトランジュの代わりにジークフリードがどの作戦が効果的かを判断し、それをエトランジュに教えて彼女が指示するという形式をとることになったのだ。

 「では、まずは一番の作戦を指示して下さい」

 「皆様、コーネリアがポイントBまで入ったら加藤さん達はいったん退却!別動隊の方々はポイントC地点まで誘導をお願いします」

 「了解!」

 今回、彼らの士気は異様なものがあった。それはおそらく、コーネリアによって無残に殺されたサイタマの民が多いせいだろう。
 彼らは殺された家族、友人達の仇打ちとばかりに、怒りの焔を燃やしている。

 そんな彼らがエトランジュの指示に従っているのも、彼女が今回の機会をもたらしたのもあるが、彼女もまた自分達と同じコーネリアによって家族を殺されたという共通点も大きい。

 さらに彼女は復讐心というものを認めた上で、彼らに説いていた。

 『貴方がたの怒りはよく解ります。ですが、それに任せて感情的に行動すれば討てるものも討てなくなります。
 あのコーネリアはさすがに百戦錬磨の武人、感情で行動していると解ればどんな挑発的なことをしてくるのか解ったものではありません・・・サイタマがいい例です。
 だからこそ、何を言われても無視して下さい。あの魔女の言葉には、私が応対します。
 皆様は私のことなど気になさらず、お互いに連携して作戦の遂行のみをお考え頂きたいのです。
 ・・・・貴方がたを無為に死なせたくはありません』

 年端のいかぬ少女に言われてしまっては、彼らとしても正論なだけに自制せざるを得ない。
 彼らはほとんど無言になって、まずはコーネリアを作戦ポイントまで追い込んだ。
 周囲にはグラストンナイツの他にも護衛隊がいたが、後発隊をトンネル内に閉じ込めたので二十人強のグラストンナイツと選任騎士のギルフォード、そしてコーネリアを相手するのみとなった。

 「おのれ!!貴様らは何者だ!」

 「はい、私達は貴女を殺しに参りました日本のレジスタンス組織の者です」

 コーネリアの誰何に、エトランジュは冷静な声で応じた。
 声音を変えていないので、響く少女の声にコーネリアは眉根を寄せて肉薄するレジスタンスのナイトメアを打ち払いながら叫ぶ。

 「馬鹿正直なことだ・・・だが、その程度の人数と装備で、我らに勝てると思うな!」

 「誤解なさらないほうがよろしいかと。私達は貴方がたを討ちに来たのではなく、貴女を討ちにきたのですよ、コーネリア・リ・ブリタニア」

 エトランジュはそう言うと、別の通信機で指示する。

 「コーネリアがポイントCに到達しました。作戦開始!」

 エトランジュの言葉で隠れていたクライスが操縦する新生イリスアーゲートが現われて戦場と化した道路を走りだした。

 「あれは・・・はは、第五世代のナイトメアではないか。あの程度で・・・」

 憐みすら込めて笑うグラストンナイツ達だが、これはアルカディアが考案した機能をラクシャータが作り上げた、見かけは旧型、中身は最新型のナイトメアだ。
 
 イリスアーゲートは作戦ポイントまで素早く移動すると、手にしていた球体をコーネリア達がいる場所にボーリングのように投げ転がしていく。

 その球体が素早く道路内を転がっていくと、中から透明な液体が流れ出た。
 またたく間にコーネリアはむろん、レジスタンス達のナイトメアの足下に油が広がっていく。

 「それは租界からゲットーへと放置された廃棄物の油です。
 古くてべとべとしていますが、火をつければ燃えるので銃のご使用はお控えになった方がいいと思います。
 あと、移動の際にもくれぐれもご注意を」

 「しょせん子供だましだ!重火器が使えなくとも、貴様らを葬ることなど造作もない!
 貴様らもまた、逃げることも攻めることも出来ぬではないか」

 コーネリアはふんと嘲笑したが、次の瞬間目を見開く。

 「な、これは?!」

 なんと目の前にいたナイトメアの搭乗者達は、次々と脱出ポットに乗って退却していったのだ。逃げたか、と思う間もなく、次に飛んで来たのは火炎瓶だった。
 道路はすぐさま火の海と化し、コーネリアは慌てず冷静に消火を命じようとしたが、それではコーネリアを護衛出来ない。

 「後発部隊がいれば、違ったのですが・・・連中、次々と油入りの玉を投げてきます!」

 イリスアーゲート以外にも、二体のナイトメアが同じ油入りの玉を投げていく。
 下に油がある上、卑劣にもナイトメアの腕の部分をめがけて油まみれにして来るので重火器をうかつに使うことが出来ないのだ。

 「奴ら、白兵戦では届かない位置から攻撃してきます!卑劣な、恥を知れ!」

 ギルフォードがそう叫んだが、エトランジュは至極冷静な声で言った。

 「そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので」

 「・・・・」

 「その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。
 コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ」

 武器を持たない一般国民を虐殺した軍と、人数と装備で劣るからと遠くから火をつけた軍、どちらが非難に値するのだろう。

 そう言いきったエトランジュに、レジスタンス組織からは同調の声が上がる。

 「そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!」

 「僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!」

 「このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!」

 「皆様、冷静に!作戦を続行してください、手を休めないで!」

 エトランジュの指示に瞬く間に罵声は止み、再び油と火炎瓶攻勢が始まる。

 「く・・・やむを得ん、一時退避だ!いったん退いて、態勢を立て直す!」

 この状態では蒸し焼きになるのが落ちだ。
 しかし、連中のナイトメアは放棄したものを除いては5体もないと読んだコーネリアは一度退避し、その後トンネルからいったん抜けて別ルートからくる後発部隊と合流して連中を叩くべきだと判断したのだ。

 テロを警戒してすぐにナイトメアに搭乗出来るようにしていたため、彼らのほとんどはナイトメアに乗っていた。
 しかし、それが仇となり油のせいでナイトメアを動かすことはむろん、降りて逃げることが出来ない彼らは脱出装置を作動させていく。

 「う、うわあ!?」

 ブリタニアの軍から悲鳴が上がった。脱出装置を作動させて空へと舞い上がったポットがどこからともなく飛んできた弾に当たり、ロストしていったからだ。

 それに気づかず脱出装置を作動した軍人達も、そのうち二名が犠牲となった。

 「五名がロスト、七名が脱出成功ですか・・・コーネリアはまだ逃げないようですね」

 「くっ・・・どこからだ?!どこから・・・」

 「姫様、あの奥からです・・・あの道路の上から!」

 ギルフォードが指した先の道路上には、無表情で立っているアルカディアが立っていた。
 彼女の役目は2基の大砲を作り、それを脱出ポットとナイトメアから降りてくる軍人めがけて撃つことである。

 「ち、さすがに連弾撃つのは難しいわね・・・」

 残念そうにひとりごちるアルカディアは、忌々しそうに大砲を調整する。
 脱出装置を作動させるのが止まったのを見て、エトランジュが淡々とした声で言う。

 「あの大砲は博物館で展示されていた百年近く前のものを、弾はボーリングの玉を改造したものなんですよ、コーネリア。
 そしてこの場に撒いた油は、租界からゲットーへと捨てられてくる廃棄物から持ってきました。
 貴方がたのうち誰が、こんなもので人が殺せると思ったことでしょうね?」

 「・・・・」

 「人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
 成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?」

 エトランジュは目を瞑ると、静かな・・・それでいて力強い言葉で続ける。

 「殺すという意志・・・それさえあれば、たとえ銃を奪われようと、剣を奪われようと、火を奪われようと・・・モノと名のつく全てが奪われようと、人を殺すことが出来る」

 ここにいるブリタニア軍以外の人間には、コーネリアを殺すという断固たる意志が存在する。そのために集い、力を合わせて行動しているのだ。

 「私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
 だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです」
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね」

 「その通りだ!間違いなどない!」

 「はい、認めましょう。それは全くの事実だと」

 意外にもブリタニアの主張が正しいことを認めたエトランジュに、レジスタンス達はむろん、コーネリア達も驚いた。

 「原始の真理は強者が弱者を食らっていたのも間違いはないです・・・でも、それって動物の真理ですよ?」

 「なん・・・だと・・・」

 「この世界が出来た日から人間が存在していたと、ブリタニアでは教えているのですか?
 長い年月をかけて猿が人間に進化したなど、今時幼児でも知っていることですよ」

 この地球が出来た時にはまだ生き物がいなくて、単細胞から長い長い年月をかけて命が生まれた。
 そして更なる年月をかけて生まれたのが、ヒトだ。
 あらゆる生物の中で他に真似の出来ない特長を持つ人間だ。

  「ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
 『親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ』と」

 「それは極論だ!」

 「でも、親は子供より頭がよくて力があり、仕事をして子供を養っていますよ。間違ったことを言いましたでしょうか?
 ・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もないのです。
 それに比べたら、言っていることが厳しくてもやっていることが正しい方がよほどましだと私は思います。
 そう、日本語でそれを“つんでれ”というのです!」

 (何かそれ違くね?!)

 エトランジュは大真面目な声で言いきったが、そんな細かいことを指摘するどころではなかったので、空気を読んで誰も深く追及はしない。

未だに解っていないコーネリアのために、エトランジュは教えてやる。
 ブリタニアが掲げる法則“弱肉強食”の他にも、法則があるのだと。

 「“やったらやり返される”のですよ、コーネリア。“因果応報”と呼ぶそうですが、聞いたことがおありでしょうか?」

 それとも。

 「聞いた事はあっても、自分達には当てはまらないとでも考えていたのなら、それは貴女にとって大変残念なことに間違いです。
 私達は今貴女に対してやり返しているわけですが、またブリタニア軍からの報復があることくらい解ってやっているのです」

 「その通りだ!ここで逃げたとしても、地の果てまでも追って貴様らを殲滅させてくれる!!
 そこまで解っていて我らに喧嘩を売るとは、この愚か者どもが!」

 コーネリアの叫びに応じたのはエトランジュではなく、大砲で照準を合わせていたアルカディアだった。

 「私達の世界で喧嘩を売るって言うのは、“何もしていない人間に勝負を仕掛ける”って意味なの。
 あんたらは自分が何もしてないと思ってるのか、それともあんたの持ってる辞書の意味が違うのか、どっち?」

 「ナンバーズごときが、えらそうに!」

 「あんたらにとってはナンバーズな私達だけど、それが何か?
 言っていることに間違いでもあったのなら説明してよ、頭いいんでしょ?言い負かしたら証明出来るわよ」

 オープンチャンネルで馬鹿にしたかのように問いかけるアルカディアだが、コーネリアからの返答はない。

 「その定義に沿うなら、喧嘩を売られたのは私達の方なのです。
 私達が何をしました?サイタマの方々が貴女に何をしました?
 日本人の方がブリタニア人に対して何をしたのでしょうか?」

 静かに問いかけるエトランジュの言葉に、コーネリアはやっと口で言い負かせられるものを見つけたらしい。
 
 「日本人がブリタニア人に何をした、だと?!貴様らは我が弟妹を殺したではないか!!」

 「クロヴィスのことなら、シンジュクの件での自業自得かと」

 「違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
 私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!」

 その名前にエトランジュはぱちぱちと瞬きした。

 (ゼロの本名ですよね・・・でも、あれって人質として無理やり日本に送られて、開戦理由のために父帝から殺されかけたと聞いているのですが)

 しかも堂々と皇帝本人がちょうどいい取引材料だと明言して放り出し、誰もそれを止めなかったとルルーシュが憤っていた。
 そう、兄弟の誰一人として、自分を助けはしなかったのだと。

 「あー、あの十歳かそこらの皇子と皇女が留学したとは聞いてるよ。普通あり得ないと思ったもんだけど」

 加藤が回線でエトランジュに教えると、エトランジュも同感だ。どこの世界に十歳になったばかりの少年と目と足が不自由な少女を留学させる親がいるのだろう。
 ああ、ブリタニア皇帝がそうだったのだ。

 「・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ」

 ぽつりと思わずアルカディアが呟いたが、しっかりコーネリアに聞こえていたらしい。

 「何だと・・・何がおかしい?!」

 「さあ?・・・どうしてでしょうね。考えてみるのも一興かと」

 エトランジュは何とか冷たい声音でごまかすと、次の作戦準備が終わったことを知らせる通信が入った。

 「エトランジュ様、作戦準備終了です。ご指示を!」

 「解りました・・・ではコーネリア、そろそろ刻限ですのでお話はこれまでです・・・皆様、コーネリアに向かって撃ち方始め!」

 エトランジュの号令が下った瞬間、四方八方からコーネリアめがけて弾が飛んできた。
 ナイトメアからすれば小さなボーリングの弾だが、執拗にコーネリアのみを狙って正確に飛んでくる。
 
 彼女達が用意した大砲は、威力もそれほどではない上に移動に手間のかかるものだった。現代のものとは異なり、照準も一回合わせるとなかなか切り替えられるものではない。
 そこで彼女達はいったんコーネリア達を身動きが取れないようにした上で、正確に照準を合わせて一斉に撃つという手段を取ることにした。
 呑気にコーネリアと会話をしていたのは、そのための時間稼ぎだったのだ。

 「撃て撃て!狙うはコーネリアだけだ!雑魚には構うな!」

 「大した威力ではなくても、続ければ必ずダメージを負う!コクピット部分を狙え!
 動けないように足も同時に撃つんだ!!」

 アルカディアが使っているだけではない大砲に、コーネリアの軍は慌てた。だがそこはさすがに歴戦の軍人である。この大砲の照準がそう簡単に切り替えられないことにすぐに気づいた。

 「姫様、あいつらの大砲は照準を合わせるのに手間がかかるようです!
 これまで話していたのはその時間稼ぎでしょう・・・何とかその場から数歩でいい、動いて下さい!」

 「げ・・・すぐにバレた」

 通信傍受機から内容を知ったアルカディアは焦った。あと2、3分程度はバレないと思ったのに、何とも勘のいいことだ。

 ギルフォードの助言にコーネリアはなるほどと納得し、油まみれでもそれくらいは可能だと動かそうとしたその刹那。

 「させるかああ!!!」

 そう叫んでコーネリアの足にしがみついたのは、白兵戦でコーネリアに斬られ、もう止まっていたはずのナイトメアだった。

 「こんなこともあろうかと思って、やられたふりをしていたのよコーネリア!!
 絶対放さない・・・ここから一歩だって、動かせてやるもんですか!!」

 「文江さん?!」

 エトランジュは驚いた。確かそのナイトメアに搭乗していたのは、サイタマの虐殺から避難していた田中 文江だった。そしてその近くのナイトメアに乗っているのはその夫の田中 光一だ。

 「よし、やったぞ文江!このまま抑えつけろ!!」

 「あなた!」

 すっかり止まっていたと思い込んで油断していたコーネリアは、半壊状態とはいえ二体のナイトメアに抑えつけられて身動きが取れない。

 「くっ、このイレヴンが・・・!!」

 「もう放さんぞコーネリア!みんな、俺達に構わず撃て!この魔女を仕留める最大のチャンスだぞ!!」

 「で、ですが・・・それではお二人が!」

 光一の叫びにエトランジュが躊躇するが、文江が笑って言った。

 「いいんですよ、エトランジュ(しきかん)様。私達、こうするって決めてましたから・・・この作戦を聞いたあの日から」

 あの日、エトランジュ達が来て作戦内容を話して決行すると決まったあの日、この夫婦は自ら一番危険な“コーネリアを作戦ポイントまで囲い込む”役目を引き受けた。

 一番危険な事だったが田中夫妻はもと軍人で、ナイトメアの扱いにはある程度慣れていたから、むしろ適任だとなったのだ。

 「お前のせいで、私達の息子が死んだのよ!必ず殺してやる!!」

 「貴様・・・サイタマの人間か!」

 コーネリアの問いに、田中夫妻はギリギリとあらん限りの力を振り絞ってコーネリアを拘束することで答えた。

 さすがにコーネリアの一撃をくらって五体満足とはいかず、骨があちこち折れていたがそんなことは気にならない。ただ殺意だけが夫妻を突き動かしていた。

 「あれはゼロを誘き出すための作戦だ・・・恨むならブリタニアに楯ついたゼロを恨むべきだろう!」

 ギルフォードが主君に駆け寄ろうとナイトメアを動かしながら叫んだが、アルカディアが容赦なく大砲をギルフォードのグロースターの足に撃ちこみ、救助を阻止する。

 「つくづくブリタニア貴族って訳の分からない思考をするのねえ。
 ゼロが別にサイタマの住民が死ねばいいと思ってブリタニアに刃向ったわけじゃないし、ゼロがあんたらにサイタマの人間を殺せって命じたわけでもないでしょうに」
 
 「同感です・・・貴方がたが勝手にゼロを誘き出すためにサイタマの人間を殺して回ったのでしょう?貴方がたが自分のご意志で、明確に選んで」

 そう、それをやると決めて実行したのはブリタニア軍。
 反逆者が現れれば、巻き込まれる民のことなどどうでもよいと考えて武器を持たない者達を殺して回った。

 そうすることで反逆者への見せしめにしようと考えたのだろうが、それは支配者の考え違いだ。
 もちろんゼロを恨む者はいるだろう。しかし、ブリタニアを恨む人間は、それの何百倍もいるのだ。

 「貴方がたに問いましょう。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』と。
 ・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?」

 「・・・・!」

 「お答え下さい・・・どっちですか!その程度のことすら答えられませんか!!」

 エトランジュはとうとう叫んだ。ああ、この人達とは駄目だ、話が出来ない。
 事ここに至っても、何が悪いかすら理解していないのだ。

 「もう結構です。田中さん、こんな方々のために命を捨てることはありません。退却を!」

 「いいえ、俺達はこんな奴らのために死ぬのではありません・・・仲間のために、日本のために死ぬのです」

 光一は穏やかな声で言った。そして、文江も。

 「あの子が大きくなって、貴女のような女の子をお嫁さんに迎えて、また新しく家族を作っていけるのなら・・・ブリタニアの支配でもまだ我慢できたのに」

 「文江さん・・・」

 「ゼロのせいだと恨んだ日もありましたけど、一番悪いのは何もしていないのにただ私達を囮にして殺したのはコーネリアです。
 ゼロだってそうなると思ってやったわけではないのですから・・・悪いのはあの女なのです・・・ああ、どうしてよりによって私と夫が揃って仕事だったあの日に!!」

 田中夫婦はもと軍人だった。あの戦争では辛くも生き残り、階級も低かったから戦犯とならなかったけれど職を失った。
 当時生まれたばかりの息子がいたから、共働きだった。そうしなければとても一家三人、暮らしていけなかったから。
 それでも幸せだった。貧乏でも、三人一緒なら暮らしていける。そう、家族一緒なら。

 「でも、息子はもういない。お前が永遠に連れ去って逝ってしまった!まだたったの八歳だったのに!!」

 『お父さん、お母さん、行ってらっしゃい。俺、留守番して待ってる』

 それが最後の言葉になるなんて、思ってもみなかった。
 銃弾の中を駆け抜けて家に戻ってみると、そこにいたのは壊されたドアと血の海に沈む息子の姿。

 「あの子は・・・留守番しているんです。俺達が戻って来るのを待ってる」

 「一人で寂しがっているでしょうから・・・早く(かえ)ってあげなくちゃ」

 「・・・田中さん」

 エトランジュは目をギュッとつむった。待っている。来るはずの両親をずっとずっと。

 (私も待っている・・・お父様を、あの日からずっと)

 エトランジュは目を見開き、全員に命じた。

 「皆様、田中さんの犠牲を無駄にしてはなりません!一斉に攻撃して下さい!!」

 「エトランジュ様・・・・!」

 ジークフリードが何かを言いかけたがやめ、その代わりに周囲のレジスタンス達の攻撃が苛烈さを増す。

 「へっ、甘いだけのお姫様じゃねえようだな・・・聞いたか、撃て!あの魔女を燃やせ!」

 「やれやれ!!田中達を思いやるなら、何としてもあの女を討て!!」

 「皆さん・・・ありがとう。コーネリアああああぁっぁあ!!」

 田中夫妻は渾身の力を込めて、死すとも放さじとコーネリアのグロースターにしがみつく。
 コーネリアも渾身の力を込めて振り切ろうとするが、死を覚悟・・・いや、むしろ死を望んでいる彼らの最期の力は振りほどけない。

 「くっ、貴様ら・・・・!」

 「グラストンナイツの足止めは任せなさい!動いたら私が撃つ!コーネリアだけを狙え!」

 アルカディアはコーネリアを助けようとするナイトメアの足めがけて大砲を撃ち、動けないようにしてしまう。
 そしてそれ以外の面々はイリスアーゲートが次々に弾をセットしていく大砲から、容赦なく田中夫妻もろともコーネリアに撃ち放っていく。

 田中夫妻のナイトメアが少しずつ壊れていくのが見えたから、限界はある。しかし、それ以上に降りそそぐ弾丸に最新型のグロースターも耐えきれるか解らなかった。

 轟音、怒号、炎が燃える音が響き渡って、どれくらいが経過しただろうか。
 数時間とも思えるほどだったが、実際には一時間も経っていない。
 
 「・・・タイムアップですね」

 エトランジュの予知と加えてトウキョウから援軍が出立したとの情報を受けて、エトランジュは断念した。

 「皆さん、残念ながら時間切れです。援軍が来ては我らに勝ち目はありません・・・引き上げて下さい!」

 「ち、まだ一時間も経ってねえってのに・・・!仕方ない、退却するぞ!」

 重ねての加藤の指示に、全員舌打ちしながらも退却していく。
 残された大砲は、なんとイリスアーゲートが持ち上げた。

 「最後の置き土産だ・・・これで逝ってこいや、コーネリア!!」

 クライスはそう叫ぶと、大砲を思い切りコーネリアに向けてぶん投げた。

 「姫様!!」

 ギルフォードが最初の大砲を何とか庇って自ら直撃を受けたが、大砲は一つだけではない。二つ、三つと容赦なくコーネリアに投げ落された。

 「ギルフォード!!ぐはっ!!!」

 コーネリアはあまりの衝撃にのけぞり、背中と腕に猛烈な痛みを感じたが叫びを一度上げただけで、それ以上の声は抑え込んだ。
 これ以上ナンバーズごときに・・・しかも自分の弟妹を殺したイレヴンに、弱みなど見せてなるものか。

 コーネリアは歯を食い縛って屈辱と痛みに耐えていたが、笑い声がオープンチャンネルから聞こえてくる。

 「くすくす・・・ざまあ・・・みやがれ・・・」

 コーネリアの叫びを聞きつけた文江は、自身も血まみれになりながらも笑った。
 ああ、何て心地のいい悲鳴だろう。可愛い息子を奪った人間の苦痛の声が、こんなにも耳に心地いい。

 「あなた・・・聞こえる?コーネリアの声・・・もう、先に逝っちゃったのね」

 夫からの返答はない。息子が待ちきれなくて、妻を置いて逝ったようだ。

 「あんたがこの場から生き延びても・・・まだまだいるんだからね・・・おぼえて・・・と・・・いいわ・・・」

 コーネリアに恨みを言い残し、文江は目を閉じた。

 「まだまだいる、か・・・そんなことは解っている」

 軍人として生きると決めた日から、コーネリアは恨みと憎悪の中で生きることになると解っていた。
 自分はきっと、皇帝にはなれない。なるとしたら、兄達のうちの誰かだろうと。
 そうなれば新たな皇帝の元、自分の地位を確立しておかねば優しすぎて弱い妹はどうなる。
 末の弟妹のように政治の道具にされて、殺されてしまう・・・それを防ぐためにも、コーネリアは何としてでも己の地位を確かなものにして、妹を守る盾としたかったのだ。

 「今さらだ・・・私は負けんぞ・・・!」

 コーネリアはそう決意したが、体が動かせない。遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたが、それに反応する力もない。
 燃える炎の音が、自分の意識をかき乱していた。



[18683] 第八話  それぞれのジレンマ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/03 22:23
 第八話  それぞれのジレンマ



 イリスアーゲートがエトランジュ達がいる場所に着くと、すぐに二人を乗せて逃走する。
 まさか到着する前に逃げるとは思ってもいないだろうから、わりとあっさり逃げることが出来た。

 「全員、脱出成功しましたエトランジュ様!
 戦死者は田中夫妻、如月 始、山越 和人四名、負傷者八名です」

 「負傷なさった方は、すぐに手配した病院へ搬送をお願いいたします。
 ブリタニア軍はコーネリアの救助を最優先しているでしょうから危険は少ないと思いますが、くれぐれもご用心を」
 
 「はい!」

 生き残ったレジスタンス達はエトランジュの指示を受けて、処理を始めていく。
 エトランジュも疲れたのか、近くのコンクリートに座りこんで田中 文江から受け取った合金製のロボット人形をじっと見つめている。

 『息子の形見なんです・・・預かって頂けませんか?』

 「あんたに持っていて欲しかったみたいっすね、エトランジュ様」

 そう後ろから声をかけて来たのは、レジスタンスを束ねていたリーダーの加藤だった。

 「あ、加藤さん・・・お怪我はありませんか?」

 「いや、まったくピンピンしてる。にしても、さすがはゼロだな・・・正直これだけの犠牲であそこまでコーネリアを追いつめられるとは思わなかった」

 「・・・私の指揮がもう少し迅速なら」

 「変わんなかったと思いますよ、俺は。正直あの作戦は、誰の指揮でも同じ結果が出るもんです。
 ぶっちゃけコーネリア一人を囲い込んで全員でフルボッコっていう、単純な作戦ですからねー」

 作戦だけ聞けば卑怯極まりない戦法だが、それ以前にコーネリアがしたことがしたことだったので、それと比較すれば大したものではない。
 
 「むしろ、あんたに驚きだ・・・田中夫妻が自分達ごとコーネリアを撃てって言った際、わりとすぐに反応して俺達に指示をした・・・いや、お見事です」

 穏やかに笑いながらグンマに住んでいる住民の避難や子供の相手などをしている 彼女を見た時、てっきり正論ばかりのほやほやしたお姫様かと思っていたら、思いきった決断をしたエトランジュに加藤は心底から感心した。

 「あんたは出来るだけのことはした・・・後はあれでコーネリアが死んでくれればいいんですけどね・・・ま、最悪でも当分動けなくなる程度の怪我は間違いない」

 「そうですね・・・見る限りクライスが投げた大砲は二つ、命中していたみたいですし」

 「たとえ死んだとしても情報がすぐに流れないと思うんで、判定は難しいけど」

 「すぐに調べて頂きますので、お待ち頂きたく」

 マオには悪いが、確実にコーネリアを殺せたかどうか調べて貰おうとエトランジュは思った。

 「とりあえず、作戦結果をゼロに報告しなくては・・・藤堂中佐の救出はうまくいったのでしょうか?」

 「さあ・・・こっちもこっちのことで精いっぱいですからね。エトランジュ様はさっさと租界に戻ったほうがいいと思いますよ」

 他のレジスタンスの者達も同意の頷きを返すと、エトランジュがルルーシュへリンクを開こうとした刹那、脱出合流地点にいたレジスタンスの一人が慌てた声で報告してきた。

 「おい、凄いことになってるぞ加藤!あのユーフェミア皇女が騎士の発表を行った!」

 「あん?あのお飾り皇女か。そいつがどうした?」

 ブリタニアの皇族は一人につき一人、選任の騎士を持つことが出来る。コーネリアもギルフォードという騎士を持っていることから、それ自体は不思議なことではない。
 このテロが頻発している日本でまだ選任騎士を持っていない方がおかしかったのだから、さすがに危機感が出て来たのだろうと加藤はのんきに思っていたが、続きの報告に飲んでいた水を噴き出した。

 「それが、名誉ブリタニア人なんだ!あの日本最後の首相の息子、枢木 スザクなんだよ!」

 「あの、神楽耶様の従兄の?!本当ですか?」

 「今、そのニュースでどれももちきりっす!あの・・・これってどうなるんですかね?」
 
 恐る恐るといった様子で問いかけてきたレジスタンスに、エトランジュもさすがに首を傾げることしか出来ない。

 「とにかく、キョウトの対応も聞いておきます。皆様はくれぐれもブリタニアの情報に踊らされることなく、ご自重をお願いしたいかと」

 「・・・確かに、それが一番だな。おい、とりあえず撤収だ。レジスタンス狩りが始まる前に、出来るだけ遠くの県まで逃げるぞ」

 「了解!」

 皆がざわめきながら散り散りにそれぞれの退避地へと去っていくのを見ながら、エトランジュはルルーシュへとリンクを開く。

 ちなみに万一言葉が出てしまってもごまかせるよう、人前では携帯電話を持ってカモフラージュしていたりする。

 《ゼロ、聞こえますか?エトランジュです。コーネリアを撃破しました。残念ながら死亡までは確認出来ず・・・ゼロ?》

 何の反応も返してこないルルーシュに若干焦りながら、エトランジュは再度問いかける。

 《ゼロ、どうかなさいましたか?ゼロ?!》

 《・・・クックック、はははははは!》

 哄笑が脳裏に響き渡る中、エトランジュは瞬きを繰り返して途方に暮れる。
 あのルルーシュが何を言っても反応しないどころか、狂ったように笑っている。まるで理性を捨てたかのようなそれ。

 《落ち着いて下さいな、ゼロ!何があったのです?!》

 《はははは、エトランジュ様ですか。いいえ、何でもありません・・・下らぬことです》

 《そんなはずないでしょう!・・・解りました、とりあえずこちらの報告を先にさせて頂きます》

 今強引に話を聞いても無駄だと判断したエトランジュは、手短に報告する。

 《作戦は成功しました。コーネリアは現在、最悪でも重傷を負い当分戦場には立てないかと存じます。
 協力して下さったレジスタンスの方々からは、後日黒の騎士団に合流してもいいとのお言葉を頂きました》

 《なるほど、それは朗報ですね。こちらも藤堂中佐の救出に成功いたしました。
 今後は我々とともに行動することになろうかと思います》

 それを聞いたエトランジュは、まだ残っている加藤にそれを伝える。

 「加藤さん、藤堂中佐の救出に成功したそうです。今後はおそらく、黒の騎士団の傘下に入るだろうとのことです」

 「お、二重にいい知らせだな。よし、藤堂中佐がいるなら他のレジスタンスも黒の騎士団に入ることに同意するかもしれないから、説得しておきますよ」

 加藤の他にもそれを聞いたレジスタンスが、よっしゃと手を叩いて喜んでいる。

 《それと、こちらは悪い知らせなのですが・・・テレビをご覧になりましたか?》

 《テレビ・・・何かニュースでも?》

 《ユーフェミア皇女が騎士の発表を行ったのですが・・・それがあの枢木 スザクだと》

 《・・・!!クックック、そうですか・・・あのユーフェミアがスザクを》

 (・・・スザク、と今呼び捨てに?まさか、ルルーシュ様は枢木 スザクとお知り合いなのでしょうか)

 《花畑で夢しか見るつもりがない主従同士、お似合いだな。解りました、至急キョウトとも話し合って対応を決めましょう。
 エトランジュ様も至急、租界へお戻りを》

 素気ない口調だったが、内心でどれほどの怒りと焦りを秘めているのか、エトランジュには解る。
 しかし事情を詳しく知らないためにどう言えばいいのか解らず、リンクを切った。

 「・・・申し訳ありませんが、すぐにトウキョウ租界へ戻らなくてはならなくなりました。
 皆様に対する援護は続けてキョウトより行われますので、よろしくお願いいたします」

 「ああ、今日はありがとうございますエトランジュ様。何かあったら、いつでも声をかけてくれてオッケーなんで」

 「そうそう、何だかんだでいろいろ気にかけてくれたしな」

 加藤の言葉に周囲も頷くと、エトランジュは小さく頭を下げた。

 「ありがとうございます・・・では、失礼いたします」

 エトランジュはそう礼を言うと、イリスアーゲートに乗ってアルカディア、クライス、ジークフリードと共に租界へと走っていく。
 それを見送ってから、加藤達もその場から逃げ去ったのだった。



 「コーネリアの件、お聞きになりましたわ!大金星ですわエトランジュ様。
 藤堂中佐および四星剣も黒の騎士団に入団・・・吉報続きでよろしいこと!」

 神楽耶がうきうきとした声で租界に戻ったエトランジュ達を出迎えると、エトランジュは伝えたくはないことを伝えようと重い口を開いた。

 「それが、神楽耶様。先ほどのニュースで貴女の従兄の方がユーフェミア皇女の騎士になると・・・・」

 「ああ、ついさっき報告が上がってまいりましたわね。でも、お気になさることはございません。
 あの者はブリタニア軍に入った時点で裏切り者、縁も切っておりますもの。どうとでもご自由にと、ゼロ様にお伝え下さいませ」

 さらりと告げられた切り捨て発言に、エトランジュは目を丸くする。

 「そうおっしゃって頂けると正直やりやすいのですが・・・よろしいのですか?」

 「ええ、こんな日が来るかもしれないとは思っておりました。それに、あの男は例の白兜のパイロットだと合わせて報告が来ましたので」

 「え・・・名誉ブリタニア人がナイトメアに?!」

 エトランジュ達は驚愕して顔を見合せた。
 あのナイトメアに乗る資格を持つのは純粋なブリタニア人だけだと公言してはばらかないブリタニア軍が、最新鋭のナイトメアに名誉ブリタニア人を乗せるとは、いったいどういう風の吹き回しか。

 「マジで何があったんだ?ブリタニア軍・・・」

 「さあ・・・私も何て言えばいいのやらと」

 クライスとアルカディアも首をひねるしかない事態である。もともとそこまで日本人とブリタニア人の関係について詳しく把握していないマグヌスファミリアの一行としては、ゼロに聞いてみるかという他力本願な答えを即座に導きだした。

 (でも・・・ゼロの様子がおかしかったのですが)

 「・・・神楽耶様、申し訳ないのですが桐原公とお会いしたいのですが・・・よろしいですか?」

 「桐原に、ですか?解りました、すぐに手配いたします」

 どうもルルーシュの様子から察するに、枢木 スザクとの間に何らかの関係があるとしか思えない。
 そういえば彼が現れたのは、スザクがクロヴィス殺害の濡れ衣を被せられて処刑されようとした時ではなかったか?

 神楽耶がすぐに桐原との面会を手配すると、エトランジュはアルカディアとクライスを置いて彼の前まで来るや人払いを要求した。

 「申し訳ございませんが、二人きりでお話したい事がございます。お傍控えの方は、ご退出願いたいのですが・・・よろしいですか?」

 「うむ・・・皆下がれ」

 ルルーシュ絡みのことだと悟った桐原の言葉に、使用人達は頭を下げて退出していく。
 それを見届けてエトランジュが単刀直入に尋ねた。

 「いきなりで失礼ですが、ゼロ・・・ルルーシュ様のことなのですが、枢木 スザク様とはどのようなご関係ですか?」

 「・・・一言で申し上げるなら、親友同士ですな」

 質問の意味を瞬時に悟った桐原は、重い溜息を吐きながら答えた。

 「ゼロ・・・スザクの件が相当衝撃だったと?」

 「はい・・・コーネリアに重傷を負わせたと報告をしたら、それを聞きもせず狂ったようにお笑いで・・・彼がユーフェミア皇女の騎士になると伝えたら、お似合いの主従だとお怒りの様子でした」

 「狂ったように笑った、か・・・無理もない」

 幼き頃のスザクは、名家のお坊ちゃま育ちにありがちな傲慢な性格をした少年だった。
 初めこそは互いに喧嘩もしていたが、やがて敵国の長の子供同士という枠を乗り越えて互いに認め合い、あの戦争時にも手を取り合っていた。

 それがどうした運命のいたずらかスザクはブリタニアの軍人になり、ルルーシュはブリタニアに反旗を翻す反逆者となった。

 「・・・エトランジュ女王陛下、個人的に言わせて頂くならあの二人は本来手を結んでもよかったはずじゃった。
 ルルーシュ殿下がゼロであるなら、あのうつけも目を覚ましてブリタニアのくびきから抜け出すやもしれぬと期待してもいた。
 ・・・もしそうなったら、あやつは我がキョウト六家の枢木の長、ゼロと希望の重みを分かち合えるものと考えておりました」

 「それほどまでに仲が・・・」

 「まさかあの白兜のパイロットがスザクとは、想像すらしておりませなんだ・・・今探りを入れて調べておりますが、いったいどうやったものやら」

 今、日本人の誰もがそう思っているだろう。いや、ブリタニア人も同様で、おそらく日本が占領されて以来、初めて日本人とブリタニア人の思考がシンクロした日に違いない。

 「近々、それについて会議が行われると思います。
 しかし、今の状態ではいくら枢木の御子息といえどもあの白兜のパイロットは早急にどうにかするべきとなるかも・・・しかも、皇女の騎士になるとあってはおさら」

 「その件については、神楽耶様が申されたとおり切り捨てることで意見の一致を得ました。
 わしもゼロのことがなければ何のためらいもなく同意したのでな」

 「解りました、枢木 スザクについてはキョウト六家の総意としてはゼロに一任ということでお伝えしてもよろしいのですね?」

 「・・・ゼロにお伝えして下され。
 “あのうつけが目を覚まさぬようなら、もう目を覚まさなくともよいようにしても構わぬ”と」

 つまりは神楽耶の言うとおり切り捨てろという意味である。
 エトランジュとしては内心非常に複雑ではあったが、上に立つ者としては至極当然の判断であることも理解していたために何も言わなかった・・・そもそも口出し出来る立場でもない。

 「確かに承りました。それにしても、枢木 スザク・・・どうしてブリタニア軍などに入ったのでしょう?」

 「・・・あやつの考えは解りませぬ。ただ、己の保身のためではないということは解りますが」

 桐原はスザクが過去、あくまで開戦しようとする父を諌めるために父親の血で両手を染めた。
 だがそれは六家の秘事としているため、エトランジュといえど話せるものではない。
 だが桐原には解る・・・彼が死に場所と断罪を求めて軍に入ったのだということを。

 「一度、彼の考えもお聞きしたいものですが・・・コーネリアの生死とこの後の展望についてのほうが先ですね」

 「そうですな・・・おお、お祝いを申し上げるのを忘れておりました。
 コーネリアを撃破なさったそうで、おめでとうございます」

 「いいえ、すべてはゼロの采配と他のレジスタンスの方々のご協力あればこそです。
 私はただゼロの指示を伝えただけですもの」

 エトランジュは手を振って謙遜したが、桐原はいやいやと賛辞の言葉を送る。

 「それでも、あのサイタマの惨劇を生んだ魔女を追いつめたのはエトランジュ陛下です。日本を束ねる六家として、お礼を申し上げたく存じる」

 エトランジュは小さく頭を下げることで賛辞を受けると、桐原は手を叩いて使用人を呼ぶ。

 「さあ、今宵は小難しい話はこれくらいにして、ごゆっくりとお休み下され。夕餉の支度と風呂を用意させておりますゆえ」

 「ご好意に甘えさせて頂きます。それでは、おやすみなさいませ」

 着物を着た使用人がしずしずと歩み寄ってふすまを開けると、こちらへと頭を下げて誘導する。
 エトランジュは再度桐原へ頭を下げると、使用人の後ろについて歩きだす。

 スザクのほうに気を取られて忘れていたが、まずはコーネリアがどうなったかを確かめなくてはと思い、エトランジュはマオとの間にリンクを開く。

 《マオさん、失礼します。エトランジュです》

 《ああ、エディー、無事でよかった!で、どうだった?》

 《コーネリアを撃破することに成功はしたのですが、生死はまだ解らないのです。
 マオさん、大変申し訳ないのですが、アルカディア従姉様と確認して頂けませんか?》

 申し訳なさげなエトランジュに、マオはあららと両手を上げた。

 《それは残念だね~。まあ、人数少ないから追いつめただけでもすごいのかな?
 ん~、めんどくさいけどやることないからまあいいよ》

 《ありがとうございます!お礼に今度、マーボー豆腐をお作りしますね。お好きだと伺いましたので》

 《ほんと?約束だよ!じゃあアルが帰ってきたらすぐに行くね》

 嬉しそうな声音で了承したマオに再度礼を言うと、エトランジュは小さく溜息をつく。

 予想外のことばかりが相次いで、もともと処理能力が小さいエトランジュの脳はパンク寸前である。
 何はともあれ、コーネリアを撃破したことだけは家族達にも伝えておこう。
 エトランジュはそう決めると、今度は伯父達のもとへとリンクを繋ぐのだった。



 一方、ブリタニア政庁では大混乱を極めていた。
 政庁を司る姉妹のうち姉は重傷を負わされて緊急入院、妹は突然何の通告もなく選任騎士の発表・・・それだけならまだしも、なんとそれは名誉ブリタニア人だという。
 挙句その男が、純粋なブリタニア人しか許されぬナイトメアのデヴァイサー・・・しかも最新型を動かしているということが判明したのだ。

 「何と言うことだ・・・コーネリア殿下が重傷だと?!ギルフォード卿は何をしていたのだ!」

 「彼も現在、殿下を庇い重傷を負っております!コーネリア殿下以外の兵士の被害はほとんど0です・・・何でも殿下一人を狙い撃ちにしたものと・・・」

 「ええい、狡猾な・・・この件は外部に漏らすな!イレヴンどもに付け入る隙を与えるわ!!」

 ダールトンの指示に一斉に政務官が散っていくと、蒼白な顔でユーフェミアが叫ぶ。

 「お姉様が、重傷・・・す、すぐに病院へ向かいます!」

 「なりませぬユーフェミア様!今外には例の騎士の発表のためにマスコミどもが数多くおります。
 そんな中に病院に足を運べば、秘匿したコーネリア殿下のことが漏れかねません。ご自重を!!」

 ダールトンの制止に、ユーフェミアはフラフラとソファに座りこむ。
 ああ、何と言うことだろう。こんな時に限って姉があのような目に遭うとは、想像もしなかったのだ。

 「とにかく、コーネリア殿下の件を隠すためにも騎士の件について早急に詳しいことを発表して目を逸らしましょう。よろしいですな?」

 「はい・・・解りました・・・」

 「それにしても・・・思い切ったことをなさいましたな。我々に何の御相談もなく・・・」

 思わず額を手で覆って嘆くダールトンに、ユーフェミアは力のない声で言った。

 「だって相談したらきっと、反対されてしまうと思って・・・でも、どうしても彼を騎士にしたかったの」

 自分の考えを聞いてくれる人だったから。
 お人形扱いされていつも聞かれることのなかった自分の言葉を、最後まで聞いてくれてそして間違っていないと言ってくれた人だから。

 「なぜ、そこまで彼を?彼は名誉とはいえしょせんイレヴン。いつ我らに牙をむくか知れないのですよ」

 「そんなことはありません!彼は、ルルーシュの親友なのですよ」

 「ルルーシュ・・・あの、このエリア11でお命を落とされたマリアンヌ様の御子息ですな。何故彼とルルーシュ殿下が?」

 ダールトンの疑問に、ユーフェミアは彼が枢木首相の息子であり、ルルーシュが日本に送られた時に知り合い、そして友達になったのだと答えてやる。

 「友達が出来た、とルルーシュから来た一度だけの手紙に書いてありました。それで私、ルルーシュのことをいろいろ彼から聞いていたの」

 「なるほど、そういうことですか。しかし、思い出話をなさるためなら何も騎士になどせずともよいではありませんか」

 ダールトンはあまり考えの足りないユーフェミアに、それ以上何も言わなかった。既に発表してしまった以上、覆すことも出来ない。
 このまま適当なシナリオをでっちあげて、ブリタニア人の反感を買わぬよう、そしてユーフェミアとコーネリアの株が下がらぬようにしなければならない。

 まさかこんな発表があるとは黒の騎士団やコーネリアを襲ったレジスタンス共も思ってもみなかっただろうが、最悪のタイミングである。
 
 (コーネリア殿下がご無事なら、ご指示を仰げたのだが・・・これではユーフェミア様のご意志を尊重して枢木を騎士にせざるを得ん!
 それにしても、あのテロリスト共・・・よくもコーネリア殿下を、許さんぞ!)

 怒りに燃えるダールトンは、ユーフェミアの騎士発表を行うことと並行してコーネリアに重傷を負わせたレジスタンス狩りを行うことを決意した。
 あの辺りをサイタマと同じようにすれば、やつらが出てくるに違いないのだ。
 しかし、ユーフェミアがそのようなことに同意するとは思えないため、許可を得られるか解らない。
 コーネリアが不在の今、決定権は彼女にあるのだ。

 さらに今回のコーネリア襲撃についても、いろいろと疑問がある。
 兵力からして騎士団が全力で藤堂を奪還したはずだが、黒の騎士団が関係しているのか?
 レジスタンスは黒の騎士団だけではない。表向きは別グループとしておいて、実態は黒の騎士団の下部組織という可能性もある。

 さらに、このタイミングで・・・まさかとは思うが、スパイがいるのだろうか?

 「ダールトン、お願いがあるのですが」

 「何でしょう、ユーフェミア様」

 ユーフェミアが青白い顔のままであることに気づいたダールトンが、水差しからグラスに水を注ぎながら応じると彼女はおずおずと言った。

 「あのお姉様がどのようにして襲撃を受けたのか、知りたいのです。お姉様を襲った犯人を捕らえるためにも、今から情報を解析するのでしょう?」

 「それはそうですが、ユーフェミア様がご覧になるものでは・・・」

 「いいえ、私が副総督である以上、知る必要があると思うのです。忙しいのは解っておりますけど・・・」

 「・・・かしこまりました、ユーフェミア様」

 コーネリア救出を最優先にしたため、すでに連中は他県に逃走しているだろうが、必ず捕えてやるとダールトンは決意していたため、既に情報解析の準備を行うよう、グラストンナイツに命令を下していた。
 幸いほとんどが租界にいたために無傷のこの軍さえあれば、ゼロが後ろで糸を引いていようとも必ず殲滅させることが可能だと、彼は信じている。

 ダールトンの命令でグンマで行われた戦闘状況を録音したブラックボックスがユーフェミアの部屋に運ばれて来ると、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。

 「ユーフェミア様・・・お辛いのでしたら」

 「大丈夫です・・・始めて下さい」

 ユーフェミアの命令でスイッチが押され、当時の状況が再現される。

 コーネリアがトンネルを通り抜けたところに、上から大型の廃棄物を落として退路と後方部隊を遮断、ナイトメア数体でコーネリアを追い込み、さらに油を撒いて動きを止める。

 さらに火炎瓶で逃げ道を遮断し、脱出装置を作動させた者は旧型であるとはいえ大砲で撃ち落とす。
 その上でコーネリア一人を狙い撃ちと言う、卑怯極まる戦い方に非難の声が飛ぶ。

 「おのれ、卑怯な!戦争の仕方も知らぬ野蛮なイレヴンどもが!!」

 「まともに戦う気もないらしい。大した装備もないくせに」

 これをエトランジュ達が聞いていたら、戦争の仕方を知らない国に戦いを仕掛けるのはいいのか、軍人ではないのだからまともに戦う気がないのは当たり前だと言うだろう。

 だがそれよりもユーフェミアの顔から血の気が引いたのは彼らの戦い方ではなく、その主張だった。

 『そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので』

 『・・・・』

 『その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。 
 コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ』

 それを聞いた時、ユーフェミアは内心で正しいと思ってしまった。あの時の姉は確かにやりすぎだと思う。
 周囲によってその時の街の様子は知らされてはいなかったけれど、住民が残っていたのならそれは虐殺だからだ。

 『そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!』

 『僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!』

 『このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!』

 耳に轟き渡る罵声に、思わずユーフェミアは耳を塞いだ。
 これまで日本人は自分達を恨んでいるだろうという認識はあったが、その恨みの声を聞いたことはなかったから彼女はそれを正確に実感してはいなかった。

 しかし、自分達がどれほどの憎悪と怨恨の渦の中にあったのか、彼女は今初めて知ったのである。

 「あ・・・あ・・・・」

 「ユーフェミア様!お気を確かに・・・別室へ」

 「いいえ、いいえ!続けて下さい」

 ユーフェミアはダールトンの手を振り払い、続きを聞くことを選んだ。
 今まで自分は、レジスタンス達がどのような思いで戦っているのかを知らなかった。今はその考えを知るいい機会のはずだ。

 (これからスザクと一緒に、ブリタニア人と日本人と仲良く暮らす国を造るんですもの。この人達だって、話せば解ってくれるはずです)

 未だに甘い認識を持っているユーフェミアはそう考えたが、次のレジスタンスの指揮官の言葉に息を呑む。

 『人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
 成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?』

 『私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
 だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです。
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね』

 『その通りだ!間違いなどない!』

 『はい、認めましょう。それは全くの事実だと』

 「え・・・この方はどうして・・・」

 てっきり父の国是を否定していると思っていたのに、それを認めた指揮官にユーフェミアは目を丸くした。
 周囲の人間も同様だったが、彼女はそれが動物の真理であり、どのようにその国是を受け止めているかを聞いて納得した。

 『ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
 “親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ”と』

 「・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もない」

 ユーフェミアはその通りだと思った。
 人間は言葉より行動でその真意を測る。親が子供を愛するのは当然だと言いながら殴っていたら、それは正しいことなのだろうか。

 『“やったらやり返される”のですよ、コーネリア』

 「やったら、やり返される・・・」

 何と単純な言葉だろう。声音から自分と似たような年齢、しかも女性だろうその指揮官の言葉は的確で、反論のしようがないものばかりだ。
 事実姉ですら、指揮官の糾弾に反論出来ずにいる。

 だが一つだけの反論・・・すなわちルルーシュとナナリーを殺したという言葉に対して、レジスタンスの一人が妙な反応を返した。

 『・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』

 「!!」

 ユーフェミアはその言葉に敏感に反応した。
 あの時、カワグチで会ったゼロは言っていた。

 『あの男がブリタニア皇帝の子供だから・・・そう言えば、貴女もそうでしたね』

 「もしかしたら・・・本当に・・・」

 忘れるはずがない。自分の初恋の異母兄を。
 あの時、クロヴィスを殺しておきながら自分を殺さなかったゼロ。
 そして出会ったスザクはルルーシュのことを、今でも生きているかのように話すことがある。

 スザクは自分の言葉を聞いてくれる、大事な人だ。もしルルーシュが生きていて、スザクがそれを知っていたのなら。
 そしてそれを自分にも黙っている理由は解らないけれど、自分にも秘密を話してくれるほどの信頼を得られたら、真実に辿りつけるのではないかと考えた。
 だから、彼を騎士にしようと思った。

 (ゼロがルルーシュなら、あの言葉も解る。
 ブリタニアの皇族を恨んでいるのも、殺そうとしたのは日本人じゃなくて、皇帝陛下なら・・・あのレジスタンスの人の言葉も納得出来るし・・・)

 ユーフェミアはおぼろげながら真実に気づいていたが、悲しい事にそれを口にしても誰も信じてくれないということも解っていた。
 姉に言えばいいのかもしれないが、その場合姉はルルーシュをサイタマで殺そうとしたわけであって、きっと彼は怒っているに違いない。

 (それに、ゼロがルルーシュだって決まったわけじゃないし・・・でも)

 ユーフェミアが考え込んでいる間にも記録は進んでいき、田中夫妻がコーネリアを抑えつけて彼らもろともレジスタンス達が攻撃していた。

 そして恨むならゼロを恨むべきだというギルフォードに対して、指揮官が尋ねている。

 『貴方がたに問いましょう。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 “俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め”と。
 ・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?』
 
 それまでの冷静そのものだった声に、苛立ちがこもっている。そしてその問いに答えられないコーネリアに見切りをつけたのか、それ以上指揮官は姉に対して何ら言葉をかけるのをやめていた。

 そして田中夫妻は玉砕し、レジスタンス達は姉の生死を確認する間もなく援軍が来る前に撤退していったが、まだ息のあった姉に息子を殺されたという母親は笑っていた。

 ざまあみやがれ、まだまだいる・・・と言い遺して。

 ユーフェミアは姉よりも、このレジスタンスの指揮官の方に共感を覚えた。
 彼女は何ら間違ったことは言っておらず、またコーネリアに対して考えを尋ねたりもしているが、姉はそれに答えることはなかった。

 あの指揮官は正論すぎるほどの正論で論破していた。
 自分も心のどこかで思っていた言葉を堂々と伝えた彼女に、羨望を抱くほど。

 だけど、姉が自分を守るためにどれほどの努力をして危険な戦場に立っているのかも知っていたから、自分は何も言えなかった。

 自分も何かを言えるほどの功績を立てたいのに、過保護さからそれをさせて貰えないという矛盾が、常にユーフェミアを取り巻いている。
 だが思いもよらぬ形で副総督としての立場が求められているこの状況を利用出来るほど、ユーフェミアは有能ではなかった。

 レジスタンスの指揮官と話をしたいが、捕まえたが最後ダールトン達はきっと彼女を殺してしまう。
 だけど、捕まえなかったらこのまま自分達は彼らによって殺されてしまう。それだけのことをしてしまっているのだから、当然だ。

 だから、ユーフェミアは震える唇でこう命じた。

 「・・・レジスタンスを捕らえる前に、租界の護りを固めた方がいいかもしれません。
 万一にもお姉様の件が漏れていたら、ここでテロが起こるかもしれないですし」

 こう命じておけばレジスタンスを捕らえることは難しくなると、短絡的に考えてのことだった。
 いつもは己の意見を無視されることが多いユーフェミアだが、今回は頷く者が多かった。

 「私も賛成です、ダールトン将軍。コーネリア殿下があのルートを通ってイシカワに向かうのは極秘のことだったのに、こうもあっさり漏れていたのもおかしい。
 ・・・言いたくはありませんが、スパイの可能性が」

 「・・・むう」

 ダールトンが渋面を作るのも無理はない。 
 まさか己の心の声を聞いていたなどというトンデモ理論など思いもつかない彼らがその結論になるのは、当然と言えよう。

 「例の純血派のこともありますし・・・租界の護りを固めておくほうが無難かと。
 幸いコーネリア殿下はお命までは助かる可能性が高いとのこと、それまでユーフェミア様とトウキョウ租界を守り抜く方が無難では?」

 「おのれ・・・!くっ、ではテロリストどもの捕縛は後回しとし、租界の守りをこれより強化する!
 ゲットーへの出入りはブリタニア人でも禁止し、名誉ブリタニア人の施設の利用も制限する。
 併せて裏切り者の発見に全力を尽くすぞ!」

 「イエス、マイロード!」

 ダールトンの命令にグラストンナイツは敬礼をして応じているのを見つめながら、ユーフェミアは椅子に座りこんだ。

 (スザク・・・スザクに会いたい。私はこれから、どうすればいいのかしら)

 自分はお飾りだと言われてきたから、今後も政務官達が望むとおり、書類に判子を押すだけの仕事をするのだろうか。

 それではだめだと思うけれど、どんな政治をすればいいのか。
 
 (・・・私は、みんなで仲良く暮らせる国を造りたい。スザクを騎士にして日本人の人達とも仲良く出来ると伝えればいいんだわ。
 今まで酷い目に遭わせてしまった分、大事にすればきっと解ってくれる)

 そう決意するユーフェミアだが、その背後で日本人達の生活をさらに圧迫しようとしているダールトン達を止めることはしなかった。

 彼女には解っていないのだろう・・・確かに租界とゲットーの出入りをブリタニア人でも制限すればレジスタンス狩りは出来なくなるが、代わりに生活するための必需品の入手、租界での仕事が減り収入もなくなるということに。
 ゲットーでの仕事などたかが知れている上、租界から材料の搬入などが出来なくなるとそれすらも不可能になる。

 パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、と言ったお姫様がいた。
 それはお菓子の方が高額だと知っていれば出ない発言だが、ユーフェミアはまさにそれだ。

 ユーフェミアはゲットーがどれほど荒廃しているか、スザクと共に見ている。
 そしてそれはシンジュクでのテロが原因と言われていたが、それがなくても荒れていたのだ。
 理由は簡単・・・再開発するだけの資金と物資がなかったから。

 さらに言うなら、基本的な事柄・・・人間が生きるには何が必要かということも彼女は忘れている。
 衣・住・食がなければ生きていけない、そしてその中で最も大事なのは食糧だ。

 ユーフェミアも知らなかったことだが、ブリタニア人でも日本人達に慈悲を施す者は存在する。
 そう言った者達はこっそりと、ゲットーの者達に食料や衣類などを援助している。ただ租界近くだとそれがバレてスパイの疑いをかけられたり、非難されたりするため、割と遠いゲットーで行われていることが多かった。
 それを制限されれば、その援助を得ている者達はどうすればいいというのか。

 スザク一人の意見で満足せず、ゲットーに住む者の意見も聞いていたらユーフェミアも物資の援助などを行って住民に被害が及ばぬようにという考えが生まれたかもしれないが、残念なことにそこまで及ばなかった。
 軍人気質のダールトンでは、そんな思いやりなど最初からない。

 己が中途半端なままの理想を掲げていることに気づかぬまま、テロリスト狩りを阻止出来たことに満足して、ユーフェミアはスザクの選任騎士の発表を行うべく部屋を出た。



 「ユフィ・・・どこまで俺のものを奪えば気が済むんだ・・・!」

 エトランジュからの報告を聞いて怒り狂ったルルーシュは、ユーフェミアの騎士発表の映像を見て乱暴に電源を落として消し去った。
 
 「ああ、解っているさあいつは善意だけだと!スザクを騎士にしたのだって、日本人を思っての行為だということもな!」

 自分は日本人でも差別しない、だから一緒に新しい国と作りましょうと言いたいのだと、ルルーシュはすぐに解った。

 それは全くの事実だが、何故こうも自分を追いつめる行為に繋がることをするのだろう。
 もしもスザクが選任騎士になったら、まずブリタニア人の嫉妬を買ってアラ探しのためにスザクの身辺を調べるだろう。
 そうなったら、自分達の生存が本国にバレかねない。
 
 (いや、その件はユフィも知らないから責めようもない・・・俺が隠してくれと言ったわけでもないからな。
 だが、名誉ブリタニア人は喜ぶかもしれないが、これではレジスタンス活動がし辛くなる・・・いや、待てよ?)

 コーネリアを半殺しの目に遭わせた・・・これはいい。
 だが、それについて報復行為を行わないはずがない。ユーフェミアはともかく、ダールトンやグラストンナイツはそうではないからだ。
 
 (ユフィが止めるだろうから、大っぴらな軍事行動は行えない・・・となると、当分ゲットーへ物資や出入りの制限が行われるな・・・桐原とも相談して、手を打たねば)

 あの白いお姫様に教えてやろう。そう、エトランジュの言葉の意味を、経験で理解させてやる。
 
 『言っていることが正しくても、行動が間違っていたら意味がない』

ルルーシュは唇の端を上げると、ようやく落ち着きを見せた。

 「理想と現実の違いを、そろそろ知ってもいい頃だ・・・そうだろう?ユフィ」

 かつての初恋の少女を憐れむ声で、ルルーシュは彼女を追いつめるための手を打った。



[18683] 第九話  上に立つ者の覚悟
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/10 11:33
 第九話  上に立つ者の覚悟



 黒の騎士団に贈られた潜水艦の中で、ゼロことルルーシュは黒の騎士団の再編成の発表を行っていた。
 そこにマグヌスファミリアの一行も同席させて貰うことになり、エトランジュは椅子に座って人事の発表を聞いている。

 まず軍事総責任者に入ったばかりの藤堂 鏡志郎、情報全般・広報・諜報の総責任者にディートハルト・リートが任命された。

 その際に民族にこだわるわけではないが、なぜブリタニア人に?と疑問の声を上げた千葉に対し、ルルーシュはならば自分はどうなのか、と尋ね返した。

 「理由?・・・では、私はどうなる?・・・知っての通り、私も日本人ではない。必要なのは結果を出せる能力だ。人種も過去も手段も関係ない。
 最初に言っておこう・・・ブリタニアを倒すには、日本人だけでは無理だと」

 その言葉にプライドを刺激された数人の日本人が抗議の声を上げようとするが、それは桐原が制した。

 「ゼロの言うとおりじゃ・・・もともと今残る日本人だけでは、全員が玉砕したとしてもブリタニアを倒すことは不可能。
 日本解放が成っても、次から次へと再奪還を企てられては消耗戦になるだけ。それでは日本解放の意味がなかろう?」

 「う・・・しかし!」

 「何のためにエトランジュ女王陛下がこうしてブリタニアの植民地を回り、味方を増やそうとしているのか考えてみよ。
 戦は元凶を断たねば終わらぬが、そのためには多くの人間の力を束ねる必要があると知っておられるからじゃ。
 真に日本解放を目指すのであれば、その日本人だけで成せるという傲慢を捨てよ」

 「桐原公のおっしゃる通りだ。日本人としての誇りは大事だが、そのために大局を見誤るような真似はやめたほうがいい」

 藤堂にまで言われて団員達は押し黙る。そこへエトランジュが控えめに口を挟んだ。

 「ブリタニア人の方に大きな不信感がおありになるのは解ります。
 しかし、EUにはブリタニア系の方々も多く、ブリタニアのやり方に反発なさって亡命してきた方も多いのです。
 皆様の誇り高さは尊敬いたしますが、どうかこれだけは忘れないで下さい。ブリタニア人だからといって、差別主義や覇権主義を是としているわけではないということを」

 理屈は解る。だが、感情はそれについていけないのだと表情で語る日本人達の前に、エトランジュは続ける。

 「信用とはするものではなく積み上げていくものだと、お父様はおっしゃいました。
 ディートハルトさんには大変なことだと思いますが、今後とも黒の騎士団にいっそうの努力を持って貢献して頂かなくてはならないことと思います。
 しかし、その代わり貴方がたも成果を挙げたのならどうかその手を取ってさしあげて頂けませんでしょうか?」

 ブリタニア人が他国で信用を積み上げていくのは並大抵なものではないと、エトランジュは説いた。
 生まれのせいでナンバーズが差別されてしまうのなら、逆に他国でブリタニア人がそうなってしまうのはある意味で等価交換と言えるのだが、とばっちりであることは確かである。

 「そうだな、黒の騎士団(おれたち)に貢献するのなら、仲間だよな。実際、こいつが持ってきた情報は正しかったんだろ?ならいいじゃねえか」

 新入団員にしてコーネリア襲撃の際エトランジュに協力した加藤の台詞に数人が同調し、ディートハルトは思っていたほど悪意を向けられずに済んだ。
 ディートハルトはそのきっかけを作ってくれた幼い女王を観察したが、見る限りごく普通の少女である。そう、小さな幸せをこそ望んでいる、王族というには違和感を覚えるほどの。

 (マグヌスファミリアの女王、か。こんな駒まで得ていたとは、さすがゼロというべきか)

 小国であることを武器にして各国のレジスタンス達を束ねているという作戦を全く予想もしていなかったから、意外すぎて驚く。
 だがその長だという少女は一度話をした際、大した才能はないと判断した。
 ただ本人もそれを自覚しているのか、口を出すにしても失敗のない言い方をするあたりユーフェミアとは違うと感心した。
 
 (ゼロとは違った意味で、人心をまとめることが得意なようだ。この二人の組み合わせは、存外に相性がいいのかもしれないな)

 ゼロが圧倒的なカリスマで人の上に立つなら、エトランジュはあくまでも相手と同じ目線を持つタイプだろう。
 上の事情を理解し、下の心情を知ることが出来る彼女は、トップに立つよりむしろ中間管理職に向いている人間だ。
 
 そして副指令に扇 要、技術開発担当にラクシャータと無難かつ的確な人事が行われ、最後にゼロ直轄の部隊であるゼロ番隊の隊長に紅月 カレンが任命される。

 「親衛隊・・・ゼロの!」

 嬉しそうにその役職を拝命するカレンに、エトランジュが祝福の言葉を贈る。

 「よかったですね、カレンさん」

 「はい!私、頑張ります!」

 「ああ、期待している。そして一番隊隊長・・・」

 こうしてひと通りの人事発表が終わると、ルルーシュは最後にエトランジュを紹介する。

 「知っている者もいるだろうが、この方はEUのマグヌスファミリア王国の亡命政府を束ねるエトランジュ女王陛下だ。
 現在対ブリタニア戦線の構築に当たっていて、既に四ヶ国のレジスタンス組織と同盟を組むことに成功している」

 おお、と小さな歓喜の声が上がり、エトランジュは照れたように笑った。

 「マグヌスファミリアの使者なら、インド軍区にもいるわよぉ~。
 今回の件には関係してないけど、日本には女王様が来てるからよろしくって言われたわ」

 ラクシャータがのんびりした声で言うと、エトランジュはああ、と手を叩く。

 「インド軍区でしたら、アーバイン伯父様ですね。インドの方もいろいろとおありのようだと聞いておりますが」

 「中華とEUの思惑を警戒して、上層部も二の足踏んでるのよね~。ま、持てるカードは多い方がいいってんで、貴女と同じ客分として滞在してるわ」

 どこも考えることは同じのようだ。
 しかしそれでも話を聞いて貰えるところまでいったのだから、それでよしとしようではないか。

 「いいか、よく聞け。この戦いはブリタニアを倒すまでは終わらない!
 それには日本人だけでなく、ブリタニアに虐げられている全ての者達の力を結集しなくてはならない!
 それはブリタニアから不当な迫害を受けているブリタニア人も同様だ!エトランジュ様はそれに真っ先に気づいたからこそ、こうして先んじて活動を続けてこられた。
 そして日本人は果敢にブリタニアに抵抗し、また我ら黒の騎士団の理念に共感しているからこそ、手を組みたいと申し出てこられた。
 人種、国、そのようなもので人を区別してはならない!確かにスパイなどの動きは警戒せねばならないが、残念ながら日本人でも同胞を売る者はいる」

 そのとおりだ、と数人が頷く。かつてブリタニア人にそそのかされ、同胞を売った日本人がどれほどいたことか。
 密告により壊滅させられたレジスタンスも多い。

 「しかし、逆にブリタニア人でも日本人を助ける者はいる。
 事実ホッカイドウやオキナワなど、トウキョウ租界から遠く離れた地域では微力ながら援助を行っているブリタニア人がいるという。
 人は人を虐げるだけではない、ともに手を取り合い助け合える生き物なのだ!」

 しかし、とルルーシュは大仰に肩を落とし、そして言った。

 「残念ながら今入った情報では、その良心に従い日本人と手を取り合おうとした者達の出入りを制限する動きが出たそうだ。
 コーネリアは現在、意識不明の重体・・・・残ったユーフェミアを護衛するために租界の守りを固めたようだが、スパイを探すと称して租界とゲットーの警備を強化し、物資の制限を行うようだ」

 「なんだと・・・それじゃあ他の住民の生活はどうなるんだ!」

 扇が怒りの声を上げるが、ルルーシュはもちろんそのまま捨ておくつもりはないと言った。

 「既にトウキョウ近隣のゲットーに住む者達は、内密に北はホッカイドウ、南はオキナワなどの租界から遠い場所へ移住する手配を行っている。
 そして彼らにはこれから日本奪回のための準備や食料を作る仕事をして貰う」

 戦争をするには軍人だけいればいいというものではない。
 食料を作って維持し、また弾薬製造や後方支援などの機能が働いてこそ軍隊として成り立つのだ。
 ルルーシュはトウキョウ租界に目を光らせている隙を利用して、そのための人手を駆り集め、日本奪還の準備を始めようというのである。

 ユーフェミアがスザクを騎士にして日本人の支持を集めようとしても、既にゲットーから物資を途絶えさせた後では人気取りにすらならない。
 名誉ブリタニア人達も日本人の生活が困窮した状態を見れば、スザクを騎士にしたのはただのそれらをごまかすための策だと受け取り、自分達も同じように出世出来るとは思わないだろう。

 結果ユーフェミアは日本人の支持を得られず、ブリタニア人達からも名誉とはいえしょせんはイレブンを選任騎士にした愚かな皇女というレッテルを貼られ、双方から信頼を失うはめになるのだ。

 「一度に大量に移動すれば気づかれるから、ゲットーに住む者達の移住は極秘に行う。
 既にカンサイ地方、チュウブ地方のゲットーの整備に入り、仕事や食事のあっせんの準備に入っている。
 それまで東京近隣の日本人の生活物資については、協力を申し出てきたブリタニア人から提供して貰う予定だ」

 「よくブリタニア人が協力してくれたな」

 「実は日本にも、カレンさんのようにハーフの方がおられまして・・こっそりとゲットーに住む妻子に援助をしているブリタニア人の方がそれなりにいるのですよ」

 エトランジュが説明したところによると、日本に限らずブリタニアの植民地ではブリタニア人とそのエリア民との間に生まれた子供がいる。
 心ない者は相手と子供を捨てたりするのだが、ほとんどは租界で名誉ブリタニア人として雇い入れて保護し、あるいはゲットーに住まわせて援助を行ったりしているらしい。

 「カレンさんのように素性を隠して純ブリタニア人として籍に入れている方もいるようですが、それはむしろ少数です。
 私が知る限り、貴族の方がそうなさっているのを見るのは初めてでびっくりしました」

 エトランジュが同盟を結ぶために多数のエリアを見て回ったが、貴族が素性を隠してとはいえ実子としてハーフの子供を育てているのを見るのは初めてだと告げると、カレンはフンと肩をそびやかした。

 「まさか!あいつは本妻に子供がいないからって、私をやむなく引き取っただけです。
 お母さんもあいつに逆らえなくて、でも私の将来を思って私をシュタットフェルト伯爵家に預けたの」

 「はあ・・・複雑な事情がおありのようですね」

 エトランジュは何やらカレンに家庭の事情があると感じ取ったが、口には出さなかった。代わりにアルカディアが首をひねりながら言った。

 「でもさあ、ルチア先生が言ってたよね?ブリタニアは血統を重んじるから、ハーフを籍に入れるくらいならどこかよその貴族の家から養子を貰うって」

 ルチアとはエトランジュの母の親友で、マグヌスファミリアで語学教師をしている元ブリタニア貴族の女性だ。
 現在は対ブリタニア戦線の構築のため、亡命してきたブリタニア人やハーフのグループを取りまとめている。

 「ほら、貴族でも二男三男とかは家を継げないでしょ?だから子供がいないならそういう子を養子にして家を継がせるってパターン・・・ま、これはブリタニアに限ったことじゃないと思うけど」

 「そう言われれば、確かに・・・」

 扇達も顔を見合せてカレンを見る。
 
 「で、でもならどうして私を・・・」

 「たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
 クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・」

 エトランジュがゆっくりとそう告げると、カレンは信じられないといった様子だ。

 「父親から何か言われたのか?お前はただの家を継ぐ道具だというようなことでも」

 黙って話を聞いていたルルーシュが尋ねると、カレンはいいえ、と小さく首を横に振った。

 「私をシュタットフェルト家に引き取った後、母と一緒にあの家に住まわせてから本国からあまり戻ってきてないので・・・話もあまりしたことがありません」

 「それなら、直接真意をお伺いなさるのはいかがですか?喧嘩ならその後で充分ではありませんか」

 エトランジュが穏やかにそう提案すると、カレンはでも、と尻ごみする。

 「ブリタニアと日本との戦争と、貴女のご家庭の事情は無関係です。
 どうして自分を引き取ったのか知る権利が貴女にはありますし、嫌うのはそれからでもよろしいのではないでしょうか?
 それに、えっと・・・“親の心は子供は知らない”ままで後で悔いるのも・・・酷い言い方ですが、死んだ親と話し合いは出来ませんよ」

 「そ、それは・・・」

 カレンが思い返したのは、実母のことだった。
 母は自分をシュタットフェルトに売って名誉ブリタニア人としての生活の安定を望んだのだと思いこみ、長年母を軽蔑して過ごしていたが、実際は自分を見守るために屈辱を受けてなおシュタットフェルト家にいただけだった。

 『カレン・・・そばにいるからね』

 あの時ほんの少しでも母の真意を聞いていたら自分もあんな態度に出ることはなく、母もリフレインなどという忌まわしい薬に依存する事はなかったかもしれない。
 あの件は今も、カレンの胸の奥で深い傷となって血を流していた。

 「エトランジュ様のおっしゃる通り、一度話し合ってきた方がいい。
 何、どうなろうとしょせん親子喧嘩、どこの国でもある話じゃ」

 四聖剣の最年長・仙波が軽く笑いながら同意すると、他の年かさの者達も頷き合う。

 「・・・まだ決心がつかないので、改めて決めたいと思います。
 でも、皆さん・・・ありがとうございます」

 カレンは涙を拭きながらそう言うと、ルルーシュがどこか羨ましそうな声音で言った。

 「君の気持ちは解る。だがこれだけは言っておく・・・君が父親と和解したとしても、私は君が我々と戦ってくれることを信じている」
 
 「ゼロ・・・はい、もちろんです!」

 カレンは感極まった泣き声でそう応じ、列へと戻る。千葉がその背中を抱きよせて、撫でさすっていた。

 「えっと、その・・・空気を読まずに申し訳ないのですが、話を戻します。
 そういう方々からも家族の生活を心配しているので、黒の騎士団を通じて援助を行えるのならと協力して下さるそうです。
 コーネリアの件があまりにうまくいき過ぎたせいでしょうね、ブリタニア軍は内部に裏切り者がいることを前提として動いているため、ブリタニア人のゲットーへの立ち入りが禁止されたと聞きました」

 「あー・・・そういうことか」

 ブリタニア人の協力者が多い理由に納得の声が上がると、同時に租界への立ち入りが出来なくなったことを知って眉をひそめた。

 「それじゃあ、俺達も租界へは入れなくなるってことか。活動に支障は?」

 扇が不安そうに尋ねると、ルルーシュは心配無用とマントを翻す。

 「トウキョウ租界で活動しやすいエトランジュ様達が諜報活動をして下さる。
 今のところはコーネリアが意識不明の重体のため、指揮者がいない状態だ・・・あのユーフェミアではせいぜい現状維持が精いっぱい、思いきった行動はとれまい」

 独裁政治というのは物事をスピーディーに進められる利点があるが、指揮する者がいなくなると逆に何も出来なくなるという欠点がある。
 しかも今回のように死亡したわけではなく、ただ一時的に退場というパターンだといずれ指揮者が復帰することを考えると、後で責任を追求されることを恐れて余計に思いきった行動が取り辛くなるのだ。

 その意味では殺してしまって後から有能な総督に赴任されるより、こちらの方が好都合かもしれない。
 お陰で思うように日本奪還の準備が進められるのだから。

 「なるほど、充分な準備を整えておく好機というわけだな。補給が続かなければ戦いどころではないから、それも重要なことだ。
 我々もこの間に自らを鍛え、日本解放の決戦に備えよう」

 「「「「承知!!」」」」

 藤堂の言葉に四聖剣が呼応すると、最後にルルーシュがまとめた。

 「当分は補給ルートの構築に力を入れることに重点を絞って活動する!
 地方を中心に動くことになるので、各地に散らばるレジスタンス組織とも連携をとっていきたい」

 こうして地方での活動について話し合いが終わると、次は枢木 スザクが議題に上がった。

 「枢木スザク・・・彼は日本人の恭順派にとって旗印になりかねません。私は暗殺を進言します」
 
 ディートハルトがさっそく過激な手段を提案すると、アルカディアも露骨に嫌な顔でそれに同調する。
 
 「私もそっちのほうがいいと思うわ。あいつぶっちゃけ超ウザい」

 ルルーシュの親友であるとエトランジュから聞いて知ってはいたが、そんなことは彼女にはどうでもいいことだ。自分が何をしているかも解っていない人間が半端に上の地位に居座られると、実に面倒なのである。
 ブリタニアだけが害を被るならともかく、どう考えても日本人の方に被害がいっている。

 「なるほどねぇ。反対派にはゼロってスターがいるけど、恭順派にはいなかったからね」

 ラクシャータがそう指摘すると、ディートハルトは続ける。

 「人は主義主張だけでは動きません。ブリタニア側に象徴たる人物が現れた今、最も現実的な手段として暗殺という手があると」

 「反対だ!そのような卑怯なやり方では日本人の支持は得られない」

 藤堂がそう反対するが、アルカディアは飄々としたものだ。

 「幸いユーフェミア皇女の騎士になるというからブリタニア人の方にも妬まれてるし、いいチャンスよ。
 幸い租界は日本人の出入りを禁じてるもの、今の状況なら暗殺してもそっちの線が濃いってなって、表向きは“黒の騎士団の仕業”と発表されて実態はろくな捜査もされずに終わるわよ」

 スザクが藤堂の弟子だと知っての発言に、血も涙もない。

 ブリタニアのニュースを真面目に信じる人間など、純粋なブリタニア人だけだ。日本人達にユーフェミアの騎士になったためにブリタニア人の妬みを買い、暗殺されたのだとゲットーに伝達して回ればどちらを信じるのか。
 いや、ブリタニア人ですら租界とゲットーの境界を厳重に管理している状況ではそう思う可能性が高いというアルカディアに、報道人のディートハルトはそのとおり、と満足げに頷いた。

 「アルカディア様の言う通りです。私のほうでその情報をさりげなく世間に流布すれば、効果はさらにあるでしょう」

 「しかし、俺達黒の騎士団は武器を持たない者は殺さない。暗殺って彼が武器を持っていないプライベートを狙うってことでしょ!」
 
 「上の地位にいるってことは武器を持つ持たない、プライベート云々は関係ない、常に戦場にいるつもりでいるのが普通なの。
 エディやゼロ、桐原公達にしてもそれは同じ・・・いつ暗殺されるか、いつ捕まって連行されるか、そんな恐怖を隣人として過ごしている」

 扇の反対の弁を、ルカディアははっ、と顎を上げて切り捨てた。

 「上の地位だけで、それは武器を持ったことになるの。ましてやあの男は白兜のパイロットとして、仲間を殺してる・・・命を奪った以上、いつ命を奪われても仕方ないの。
 貴方も副指令という地位を持ったのなら肝に銘じておいたほうがいいわ・・・それが出来ないなら、その地位は他の人に譲った方がいい」

 「っつ・・・!」

 扇は思わず肩を震わせたが、反論の言葉が見つからずにそれ以上は何も言わなかった。

 「キョウトの方でも、枢木 スザクの件は騎士団に一任するとのことだしね。で、どうするのゼロ?」

 「枢木 スザクは殺さない。このままユーフェミアの騎士になって貰おう」

 さらりと告げられた返答にざわめきが上がると、ルルーシュは仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。

 「このまま日本人達の生活が圧迫されれば、自然とその矛先は為政者であるユーフェミアとその騎士となった枢木に向かう。
 日本人達に衣・食・提供する我々と恭順派のどちらを支持するか、火を見るより明らかだ・・・暗殺などするまでもない」

 「つまり、枢木 スザクを逆の意味での旗頭とするのですね?」

 「そのとおりです、エトランジュ様。
 それに、暗殺といっても今コーネリアの件で警戒も厳重だ・・・成功したとしてもこちらに被害が来るのでは割に合いません」

 殺すより生かして利用しようというルルーシュに、藤堂は内心複雑ではあったが殺されるよりはいいと考え、口は出さなかった。

 「それに、ブリタニア人がこの件でユーフェミアに多少なりと不信感を抱き始めているらしい。コーネリアが不在の今、奴らの間に争いの種を蒔く機会にもなる」

 「なるほど・・・では枢木 スザクの件は、暗殺せずこのまま放置ということで」

 エトランジュがそうまとめて会議が終わると、一同はそれぞれの仕事に入るべく散っていく。
 エトランジュ達も協力してくれるブリタニア人との交渉に赴くべく部屋を出ようとすると、ルルーシュが引きとめた。

 「ああ、エトランジュ様とアルカディア様。少しお話があるので私の部屋までご足労願いたいのですが」

 「今から、ですか?解りました」

 ギアス絡みのことだろうか、と思いつつルルーシュの後について彼の部屋に入ると、ルルーシュは仮面を取って机に置く。

 「いきなりで申し訳ないのですが、ご存じのとおり租界とゲットーの間で警備網が敷かれ、私も少々移動が困難になりました」

 「ええ、私もアルカディア従姉様のギアスがなければここまで来るのが難しかったくらいですものね。
 今はブリタニアの兵士達がゲットーと租界の境界を警邏しているだけのようですが、いずれは監視カメラなどの配備が行われるかもしれません」

 「そうなると、ギアスだけでは頻繁な行き来をするのは危険が伴います。
 それに地方での活動を行うことが増えますし、私も表向きは学生をやっている上に妹がいるので、正直困っているのです」

 「・・・なーんか、嫌な予感がするんだけど」

 アルカディアが頬を引きつらせて言うと、ルルーシュが勘がよろしいですね、と笑顔になって言った。

 「そこで、アルカディア様に私の身代わりになって活動して頂けないかと思いまして」

 「いやだ」

 やっぱりか、とアルカディアはムンクのようになって即断ったが、ルルーシュは拒否を許さぬ声音でなおも迫った。

 「エトランジュ様では身長差や役割から無理・・・ジークフリード将軍もエトランジュ様の護衛があるし、クライス護衛官もナイトメアの演習のために藤堂らと行動を共にしています」

 「絶対やりたくない!何で私なのよ、C.Cに頼めばいいじゃない!」

 「C.CはEUや中華との交渉に出向かせていますし、何より彼女にギアスは効かないから貴女しかいないのです」

 「ギアスがって・・・どういうことよ」

 「エトランジュ様のギアスを使い、私の思考を貴女に転送すれば何が起きてもすぐに対処出来ますから。ゆえに、ギアスのことを知っている貴女にしか頼めないのです」

 つまりはゼロの仮面を被って腹話術師の人形になれというわけである。
 アルカディアは納得はしたが、心底から嫌そうな顔で唸っている。

 「私は科学者なんだけど・・・何でこんなことばっかり・・・」

 断れないと解っているだけに、陰に込もった声である。
 何が悲しくてこんなセンス皆無の服とマントと仮面を被り、オーバーアクションでフハハ笑いをして日本各地を回らなければならないのか。

 「ア、アルカディア従姉様・・・その、私も一緒に回りますから、元気出して・・・」

 「ありがとう、エディ・・・ふ、ふふ・・・」

 やけっぱちのように笑いながらアルカディアはゼロの仮面をひったくると、やや乱暴にくるくると回す。

 「いーわよ、やってやろうじゃない!命がけってほどでもないようだしね!あは、あははははは!!!!」

 悪趣味と己で評したそれを着る羽目になるとは思わなかったアルカディアはひとしきり笑うと、そこまで嫌がらなくてもと不思議そうにしているルルーシュに向かって要求する。

 「それじゃ、報酬としてハッキングの方法の伝授と最新型のパソコン一台ちょうだいね。
 それから、コルセット一つ用意して」

 「コルセット?何に使うんです」

 首を傾げるルルーシュに、アルカディアはふふ、とどんよりと背後に夜叉を背負って叫んだ。

 「私が使うに決まってんでしょ!あんた男のくせに何でそんな無駄に細いわけふざけんじゃないわよ!!」

 魂の叫びにエトランジュがおろおろしているのと見ながら、ルルーシュは何故にそんなに怒るのかとさらに首を傾げながら、とりあえずコルセットと最新型パソコンの手配を行うのだった。
 


 それより少し前、ブリタニア政庁では荘厳な儀式が行われていた。
 神聖ブリタニア皇国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの選任騎士の叙任式である。

 コーネリアの入院は秘事とされ、表向きには現在彼女はイシカワで軍事行動のため不在ということになっている。
 
 「名誉ブリタニア人とはいえ、イレヴンが騎士に上がるとは・・・」

 「テレビ放送も許可したとか」

 「どうやって取り入ったのやら」

 「そこはほれ、ユーフェミア様も年頃だから」

 貴族達の嘲るような声が、ひそひそと会場中で囁かれる。
 そしてその声は、中継を見ている者の口からも放たれていた。

 「マジかよ!」

 「ありえねぇーだろ、こんなの!」

 「しかも少佐だって、イレヴンが」

 アッシュフォード学園でその様子を見ていた者の中にも、不満そうな者がいる。
 そんな声など聞こえないかのように、儀式は粛々と進んでいく。

 「枢木スザク、汝、ここに騎士の制約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 「汝、我欲にして大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認めます。
 勇気、誠実、謙譲、忠誠、礼節、献身を具備し、日々、己とその信念に忠実であれ」

 ユーフェミアが剣をスザクに掲げてそれをスザクが拝領し、叙任式は滞りなく終了する。

 最後の言葉の後、常ならば拍手が会場を満たすはずなのだが、誰も手を叩かない。不気味なほど静まり返る会場。
 だが、飄々とした風情のロイドが意図をつかませない顔でパチパチと手を叩き始めると、ダールトンもそれに続く。
 そして三つ、四つと拍手は増え、大きく響き渡る。

 スザクはそれを嬉しそうに受け、ユーフェミアの横に立つ。
 華やかな騎士叙任は、大々的に日本各地で放映された。
 神聖ブリタニア帝国始まって以来初となる、名誉ブリタニア人の騎士の誕生である。

 (これで一歩、ブリタニアを変えることが出来た。これからユーフェミア様のために頑張っていけば、きっと・・・!)

 拍手を受けながら、スザクはそう信じて疑わなかった。
 このままブリタニアのために戦えば、いずれはその働きを認められて日本人が不当に扱われなくなると。

 しかし、ブリタニアのために戦うイコール日本人や他のナンバーズ、およびこれから侵略する国々の者達を殺すということに、彼はまるで気付いていなかった。

 主たるユーフェミアも、気づかないことこそが罪であるということに気づかぬまま二人で新たな一歩を踏み出せたと信じて微笑みを浮かべていた。




[18683] 第十話  鳥籠姫からの電話
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 08:57
 第十話  鳥籠姫からの電話



 コーネリアがテロの襲撃に遭って以降、ブリタニア軍は裏切り者を探すべく、必死になって調査を続けていた。
 裏切り者などブリタニア軍の内部にいないのだから見つからないのが当然だが、そんなことは知らないブリタニア軍はその痕跡がいっこうに見つからず苛立ちばかりが募っていき、巡り巡って最下層の者達へと向かっていく。

 「租界の仕事、当分来なくていいって言われたよ・・・明日からどうやって食っていけばいいんだ」

 「当分は貯金でやっていくしかないけど・・・でもそれまでに仕事なんて」

 ゲットーではトウキョウ租界の許可が降りない限り、勝手に商売などを始められない。
 そして租界からの物資を止められては、ようやっと認められた商売もすることが出来ない。
 しかもゲットーからゲットーの移住にも許可がいるのだが、それも緊急措置だとかで止められ、彼らは進退極まっていた。

 租界は租界で、安い賃金で働かせられる労働者の数が制限されてしまったため、工事などに遅れが出てしまっていた。
 結果辛うじて認められた労働者達にしわ寄せが来てしまい、サービス残業を強いられるようになってしまう。

 ユーフェミアは姉コーネリアが不在の今形式的なトップとしての仕事が山積し、また新たなテロの標的になるかもしれないというダールトンの判断で政庁から出られない状況になっていた。 

 コーネリアが重傷を負ったのはスザクが情報を流したのではという噂が立ったが、その前に幾度となく黒の騎士団に黒星を与えているという実績があるため、ユーフェミアの後見があることもあり、それはすぐに消えた。

 ユーフェミアはスザクに学校に行くようにと勧めたが、コーネリアがテロに遭い緊急入院との報を聞いてスザクも不安になり、彼女の傍にいて護衛する方を選択した。
 そのため二人はゲットーの様子を知ることが出来ず、まさかトウキョウ租界とゲットー内部で不満と怒りが生まれているなど考えもしなかったのだ。

 それでもユーフェミアは何とかして日本人の権利を守ろうと政務に励もうとしたが、周囲は彼女に余計なことをして欲しくないとばかりに重要な書類は回さず、ただ判子を押すことのみを求められた。

 ただそれは悪意からだけではなく、ダールトンなどは下手なことをして失敗し、彼女の評判を落とすまいとする善意からのものだった。
 ユーフェミアは自分を心配するが故と言う臣下の思いを無視出来ず、ただ姉の回復を待ち現状を維持する方を選んでしまった。
 
 「ダールトン、お姉様を襲ったレジスタンス組織の情報は集まりましたか?」

 「いいえ、あの時援軍が到着するより前に逃げましたので、影も形も見当たりませんでした。
 あのタイミングの良さからも、内部にスパイがいる可能性が高いですな」

 「スパイ・・・その情報もまだ?」

 「例の純血派のこともありますし、厳重に調べておりますが・・・そちらも見つかりません。面目次第もございませぬ」

 深々と頭を下げて謝罪するダールトンに、ユーフェミアは首を横に振る。
 
 「貴方のせいではありません。でも、殲滅はいけませんよダールトン。このままでは問題は解決しないと思うのです」

 あの時の指揮官の言葉と玉砕した夫妻の言葉が、耳にこびりついて離れない。
 ユーフェミアはどうしてテロという手段で自分達を倒そうとするのか、聞いてみたかった。自分は戦いたくない、話せば解る筈だと伝えたいのだ。

 「それは確かに一理ありますが、甘い顔をすればイレヴンはつけ上がります。
 コーネリア殿下を倒したとイレヴンどもにバレれば、テロ活動は更に・・・」

 「でも、ダールトン。お姉様を倒した組織がまた捕えていないなら、どうしてそれを大々的に報じないのでしょう?
 藤堂中佐が黒の騎士団に奪回されて以降、目立った動きはないのでしょう?」

 「そういえば・・・黒の騎士団は相変わらず正義の味方と称してリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰して回ってはおりますが、我が軍に対する攻撃はしておりませんな」

 ダールトンもユーフェミアの指摘に考え込むように顎に手を当てる。
 言われてみれば彼らは殆どが逃亡に成功した以上、コーネリアが最低でも大けがをしたことだけは確実であることを知っているはずである。
 しかしそれを日本全土に報じることもせず、不気味なほどの沈黙を保っていた。

 「黒の騎士団は、この件に関係していないのではないでしょうか。ゆえにコーネリア殿下の件も知らないのでは・・・」

 「それも考えられるが、ならそのコーネリア様を襲撃した組織が何の目的で総督を襲ったのかという疑問が出来る・・・」

 スザクの説にうむぅ、とダールトンも唸る。
 コーネリアを殺す目的があったのは解るが、日本解放戦線と名乗っていたレジスタンスはささいな功績でもさもそれが素晴らしいかのように頻繁に報じていたというのに、これはおかしい。

 黒の騎士団がそれを報じない理由は、地方のレジスタンス組織が活発化し、それによりブリタニア軍に出動の大義名分を与えることを防ぐためだった。
 現在黒の騎士団は後方支援組織の構築に向けて地方で活動しているため、ブリタニア軍に出撃されると非常にまずいのである。

 「我がブリタニアに忠誠を誓う名誉ブリタニア人を黒の騎士団に送り込もうとしたのですが、巧妙な組織で中枢に入り込めていないようです。
 せめて黒の騎士団が関係しているか否か、確認したいものだが・・・」

 ダールトンらが送り込んだスパイは中枢に入り込むことに成功したが最後、ブリタニア軍によりC.Cが拷問に近い人体実験を受けていたことを知りブリタニアは敵と認識したマオによって即座に発見され、ルルーシュによってギアスをかけられていたりする。
 C.Cと末長く暮らす未来を得るためにはブリタニア軍が邪魔だと考え、エトランジュに恩義を感じていることもあったマオは、制御出来るようになったギアスを使って大層な成果を上げていた。

 「・・・そういえば、シュナイゼル兄様がエリア11へ来られるとのことです。お兄様のお知恵をお借りしたほうがいいかもしれません・・・ご訪問の目的は?」

 「宰相としてエリア11、特に式根島基地の視察と伺っておりますが・・・コーネリア殿下の件は」

 ダールトンは半ば決まった答えをいちおう確認すると、ユーフェミアは小さく頷く。

 「お伝えしないわけにはいかないでしょう。宰相閣下がお越しになるというのに、総督の出迎えがないというのは明らかにおかしいですもの」

 「そうですな。では、シュナイゼル殿下がご到着の際に内密にお伝えいたしましょう」

 シュナイゼルに借りを作ってしまうことになるが、この場合は仕方ないとダールトンは判断した。

 ユーフェミアは優しすぎる・・・それだけならいいが、夢を見て現実を直視しない傾向があるのだ。
 それはこれまで過保護だった自分達の失態だが、だからといって今彼女を嵐の渦中に放り込むわけにもいかない。

 現にユーフェミアは異母兄が来るならきっと打開策が見つかると単純に考えているようだが、皇族同士が争うのが当然の中で政務について知恵を借りることがどういうことか、いまいち解っていない。単純に異母兄の力を借りる程度の認識だった。
 
 しかし、皇帝に最も近いとされるシュナイゼルの保護に入れるなら、そう悪いことでもないのかもしれない。
 帝国随一の切れ者で温厚な彼なら、ユーフェミアを粗略に扱うことはしないだろう、とダールトンは思った。

 「事情が事情ですので、シュナイゼル殿下のご訪問の発表は控えた方がよろしいですな。
 式根島の基地に数日滞在した後、トウキョウ租界の視察に回られるとのことで・・・」

 「わたくしが副総督としてシュナイゼル兄様を案内するということですね」

 「テロリストどもについては、引き続き我々が捜査を続けます。
 政務の方はシュナイゼル殿下がお越しになった際、会議を開くことに致しましょう」

 「解りましたわ。でも、くれぐれも手荒な行為は慎んでくださいね、ダールトン」

 「イエス、ユア ハイネス。出来る限りは事を荒立てぬように致します」

 ユーフェミアがそれだけ釘を刺すと、ダールトンは敬礼して部屋を出る。
 ユーフェミアはドアが閉じるのを見計らって、大きく息を吐きながらスザクに言った。

 「ゲットーにはブリタニア人が入れないようにしてサイタマやシンジュクのようにならないようにしたけど・・・みんな大丈夫かしら」

 「軍は動いてないってロイドさんが言ってたから、大丈夫だよ。
 テロリストもそこまで馬鹿じゃないから、このあたりのゲットーに潜伏する事はしないと思うし」

 まさかそのブリタニア人の立ち入り禁止令が彼らの生活を別の意味で脅かしていると考えもしていないお前にだけは馬鹿と言われたくないと、ルルーシュやアルカディアあたりなら嫌そうな顔で言うだろう。

 「ゲットーの様子を見に行きたいけど、コーネリア様があんなことになった以上、君から離れる気はないんだ。
 学校のみんなも、騎士になったなら仕方ないって言ってくれたし」

 スザクがユーフェミアの騎士になったことを祝ってパーティーを企画してくれたアッシュフォード学園の生徒会メンバーだが、スザクがさっそくに護衛しなくてはいけなくなったからと言うと残念そうにしつつも仕方ないと笑ってくれた。

 「学校ですか、羨ましいですわ。私も学校に通っていましたけど、友達なんて一人もいなくて・・・」

 取り巻きは掃いて捨てるほどいた。でも、それはいつも自分の機嫌を取ることに終始したものだったから、むしろ寂しい気持ちにしかならなかった。

 「ああいうのは、友達じゃないと思うの。わたくしが欲しかったのは、お互いに言いたいことが言えるような、楽しい関係」

 「ユフィ・・・」

 「幼い頃、ルルーシュとナナリーとはよくお話しして遊んだものです。
 どちらがルルーシュのお嫁さんになるかで喧嘩したこともあって・・・」

 もし、あの兄妹が生きて自分とずっと暮らしていたなら・・・きっと仲の良い幸せな関係を築けたのに。
 もしも今も生きているのなら・・・また、会いたい。

 「スザク、その・・・あのね」

 「何だい、ユフィ」

 「ルルーシュは・・・本当に死んだのよ、ね?」

 「!!・・・うん、そうだよユフィ」

 (ごめん、ユフィ・・・・本当のことを言えなくて)

 本当は真実を伝えたいが、親友から堅く口止めされている以上、勝手に告げるわけにはいかなかった。
 そうですか、とがっかりした表情の優しい主を見て、スザクは大きく溜息をつく。

 だがすぐにユーフェミアは笑顔になって、スザクにデスクに置かれている電話を差し出して言った。

 「そうだわスザク。ずっと学校に行っていないのだから、みんな心配しているかもしれないわ。
 電話を貸してあげるから、たまには連絡して安心させて差し上げなさいな」

 「え・・・いいの?」

 「ええ、もちろんよ。そうだ、ダールトンにも言って、携帯を用意して貰うわね」

 ユーフェミアの心遣いに嬉しくなったスザクは、嬉しそうに笑みを浮かべて電話を受け取った。
 
 (そうだ、ルルーシュにユフィにだけなら事実を話してもいいか聞いてみよう。
 あれだけ仲が良かったんだ、ユフィなら絶対秘密にしてくれるって言えば、きっと)

 こんなに優しい主なら、きっと大丈夫。
 スザクはそう信じて、ためらくことなくルルーシュの携帯番号をプッシュした。



 日本列島の各地方では、内密に移住してきたトウキョウ近辺のゲットー住民達が続々と到着していた。

 「こちらスミダゲットーの住民、約230名です。皆さん、こちらの指示に従って移動して下さーい!」
 「カツシカからは百名だ!わしが代表だから、連絡はわしに頼む」
 「あ、これが住民リストですね。確かに預かりました」

 黒の騎士団は七年前の戦争で比較的被害の少なかった地域を選び、その中でも廃工場となった場所を選んで極秘に基地を造っていた。
 まだまだ完全ではないが、それを今から集まった住民達に完成させて頂きたいと伝えると、住民達からは歓声の声が上がる。

 「もちろん、飯は出るよな?!」
 「よかった、これで子供にご飯が食べさせてあげられるわ!」

 「むろんだ、諸君!喜んで頂けて何より!!」

 黒いマントを翻しながら住民達の前に姿を現したのは、誰あろうゼロだった。
 つい先ほどスマゲットーでリフレインの取引をしていた組織を潰し、その足でここヒョウゴへやって来たのである。

 もちろん中身は内心嫌で嫌でたまらないアルカディアなのだが、開き直った彼女は本人以上にハイテンションである。人、それをヤケという。

 「ゼロ!ゼロだ!」

 「今回、貴方がたにして頂く仕事は二点・・・まずは工場の完成だ。
 これだけの人数が揃えば、ひと月ほどで完成するだろう」

 「任せろ!わしはこれでも、危険物取扱者、ボイラー整備士、電気工事士、自動車整備士、潜水士、鉄骨製作管理技術者の資格を持ってるからな」

 カツシカゲットーの代表の頼もしい台詞に、周囲からはおお、と期待の声が上がる。

 「それは実に頼もしい。私もここに常駐するわけにはいかないので、多才な方がこうして協力して頂けるのは力強い限りだ」

 「ゼロはここにずっといては下さらないのですか?」

 「他にも我が黒の騎士団の後援基地を増設する予定なので、ここばかりという訳にもいかないのだ・・・だが、もちろん安全は保障する」

 女性の不安そうな声にそう応じると、アルカディアはこの基地の用途、さらに給料や住居について説明する。

 「ここは今は部品製造の工場だが、ゆくゆくはカンサイにおける中心基地にする予定だ。
 住居は幸い壊れていない周囲のマンションを用意したので、そちらを割り振って頂きたい。
 なお、子供を持つ者のために保育園を準備したいので、保育者の資格を持つ方はぜひご協力を願いたい」

 すると数人の女性が挙手をし、特技をアピールし始めた。

 「あ、私ベビーシッターの資格なら持ってます!」
 「あたし資格こそ取れなかったけど、戦争前は短大で保母の勉強してました」

 「よっしゃ、ならそっちのほうも後で話をまとめよう!」

 「応!」

 ヒョウゴの工場が密集している地域に集まって来た住民達は、さっそくてきぱきと住居の割り振りを行い、仕事について語っている。

 ゼロに扮したアルカディアも計画書などを手渡して会議を行っていると、ひょっこりと現れた白人の少女に周囲の住民が一斉にびくっと震えた。

 「な、何でブリタニア人が・・・」

 「あ、初めましてこんにちは。ブリタニア人ではありませんよ、私はエリア16にされた国の者です」

 さすがに大勢に己の身分を明らかにせず、エトランジュは日本語でそう言ってペコリと頭を下げた。

 「日本語・・・味方、か」

 「ええ、驚かせてしまって申し訳ありません。
 私は黒の騎士団に協力させて頂いておりまして、今食料の搬入をしているところなのでそれをお知らせに上がりました」

 「そっか、それはありがとう!飯は大事だからな」

 うんうん、と周囲から同意の頷きが起こると、エトランジュはただ、と申し訳なさそうな顔になった。

 「残念なことに、まだまだ食糧の分配がぎりぎりで・・・当分は効率化のために食堂で一斉に取って貰う形になります。
 無駄なく食料を分配するには、これしか思い浮かばなくて・・・」

 つまりは周囲に定食屋などは作れないので、決まった食堂で決まったメニューをみんなで食べて欲しいということである。
 確かに限られた食料を効率よく分配するには最善の方法だが、不満そうになってしまうのは仕方ない。

 「農業のほうにもお手伝いをお願いした方々がおられますが、すぐに作物が実るわけではございません。
 少なくとも自給が出来るようになるまで、我慢して頂けませんか?」

 「それもそうだな・・・食えるだけでもマシだ」
 「シンジュクじゃテロリストが多いからっていうんで、最近じゃ食糧だってロクに来なかったものねえ」

 そのくせ普通の一般民の引っ越しすら安易に認めないのだから、どうしようもない。
 住民達が納得すると、エトランジュは頭を下げて礼を言った。
 
 「ありがとうございます!余裕があるようでしたら、皆様でご相談の上うまくメニューを作成して下さい。
 アレルギーなどをお持ちの方については栄養士の方に既にお願いしておりますので、そちらの方へ。
 あと、何かございましたら設置した・・・そう、“目の箱”に入れて頂きたいのですが」

 「目の箱・・・?ああ、目安箱ね。了解了解」

 クスクスと苦笑した声に、間違えたエトランジュがわたわたと慌てると、すっかり場が和んでいた。
 だが、それもゼロが辞去する旨を伝えるまでのことだった。

 「ゼロ、期待してるからな!」
 「ブリタニアを倒せ!」
 「俺達にも出来ることがあるって、証明してやろう!」

 「おおおーー!!」

 拳を突き上げて叫ぶ日本人達に、ゼロに扮したアルカディアが手を上げる。

 「そのとおりだ!一人一人の力は小さくとも、それを束ねれば大きな力となる!それはこれまでの人間の歴史が証明してきた!
 一人一人は確かに非力だ、だが決して無力ではない!!己が力を信じよ、仲間を信じよ!!
 そうすれば、道は必ず拓かれるのだ!!」

 「そうだ!ゼロの言うとおりだ!」
 「ゼロ!ゼロ!」
 「俺達もやってやろう!」

 ゼロコールが、ヒョウゴ区に響き渡る。
 それを背にしてアルカディアとエトランジュが去り車に乗り込むと、先に待っていたクライスが腹を抱えて爆笑していた。

 「くっくっく・・・マジ最高お前」
 
 「クラ、次に向かう徳島で生き埋めにされたくないなら、今すぐ黙ろうか?」

 低い声でそう脅すアルカディアに、今のこいつなら確実にやると確信したクライスはぴたりと口を閉じて車を発進させた。
 しばらく走るとぐったりとした顔のアルカディアが、苛立ったように仮面を外す。
 
 「疲れた・・・このテンションで日本を回るかと思うと、目まいがするわ」

 「でも、なかなかお上手でしたよアルカディア従姉様」

 「うん、それフォローになってないからエディ」

 アルカディアはマントを脱ぎ棄てて車のクーラーのスイッチを入れると、エトランジュが差し出したスポーツ飲料の水筒を受け取ってがぶ飲みする。

 「この日本の湿度の中、よくこんなもん着る気になったもんねゼロも・・・」

 「素材は通気性がいいですけど、確かにフィットし過ぎてますよねこの衣装」

 「全くだわ・・・コルセットもきついし」

 アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。

 「ゼロは租界から動けませんが、代わりに様々な計画を考案して下さっております。
 うまくいけば今年中にも日本奪還が成るかもしれないとのことなので、もう少しの辛抱です」

 ルルーシュはトウキョウ租界から動きにくくなった分、移動する時間がなくなったためにアッシュフォード学園で授業に出ることに専念し、授業中に計画を考えて学園が終わるとそれをまとめてエトランジュに伝えていた。

 以前は直接彼が指揮しなければ収まらなかったのでたいそうな負担だったのだが、アルカディアの身代わりのお陰で睡眠時間も確保出来るようになり、実に助かっていた。
 最新型パソコンとハッキングの伝授では安い報酬といえよう。

 「ここまでやったんだから、ほんと頼むわよ、ゼロ・・・」

 アルカディアの怨みがましい言葉をかき消すように、定期連絡をしていたエトランジュがおずおずと言った。

 「アルカディア従姉様・・・どうしましょう。今ゼロから連絡が」

 「どんな?」

 「ユーフェミア皇女と枢木 スザクが政庁を出て式根島に向かうと情報があったそうです。
 何でもこの日本に今度は帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアが来て、式根島の基地を視察するのでその案内をするためだとか・・・数日かけて」

 その固有名詞を聞いた瞬間、アルカディアの顔から表情が消えた。

 「・・・あそこって確か、神根島の隣にあったわよねえ?」

 日本に到着する際、あそこの目をごまかすのに苦労したことを思い出した一同に、苦々しさが蘇る。

 「・・・徳島基地の建設については別の団員に任せるので、至急戻るようにとゼロが」

 「その方がいいわね・・・あんなところ数日も視察してどうするってのよ」

 あるとしたら、その隣に存在する無人島・・・神根島だ。

 「予定を変更して、トウキョウ租界へ帰還します」

 エトランジュの指示に、クライスは車をUターンさせた。
 車が加速し、コウベの美しい海を堪能する間もなく彼らはヒョウゴから立ち去ったのだった。



 その一時間ほど前、アッシュフォード学園のクラブハウス内で、ルルーシュは妹と気分を晴らそうと誘ったシャーリーとティータイムを楽しんでいた。

 「お兄様、最近お出かけなさらないようですけど、ご用事のほうはよろしいのですか?」

 「ああ、ひと段落ついたので当分はお前といようと思っているよ。たまには家族サービスをしないと、嫌われてしまいそうだ」

 「まあ、お兄様ったら。何があっても、私がお兄様を嫌ったりなんてありませんのに」

 クスクスと笑い合う兄妹に、シャーリーは水入らずの邪魔をするのもとはばかったが、ルルーシュはそんなシャーリーに手作りのクッキーを勧める。

 「どうしたんだい、シャーリー。ほら、君の好きなジンジャークッキーを焼いてみたんだ。気に入ってくれるといいんだが」

 「お兄様のクッキーは本当においしいんですよ、シャーリーさん」

 「ルルは料理上手だもんね。遠慮なく頂くね」

 料理人と比較してもいいほど料理のうまいルルーシュに、シャーリーは内心で複雑な気分だったが、実に美味なクッキーを食べながらほっとしたように紅茶を飲む。

 「本当においしいよ、ルル。私も作ってみたいなあ」

 「なら、今度一緒に作ってみるかい?君のお父さんに持っていってあげるといい」

 「本当?ありがとうルル!」

 和やかな空気の中、ルルーシュのポケットの携帯電話が鳴り響いた。

 ルルーシュが携帯を取り出して着信欄を見てみると、そこには“非通知”の文字が表示されている。

 「誰だ?非通知とは・・・」

 眉をひそめながら電話に出ると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

 「久しぶりだね、僕だよ枢木 スザク!」

 「何だ、スザクか。どうしたんだいきなり?」

 「うん、僕も騎士になって以降、仕事でそっちにいけなくなったから・・・その、ユーフェミア皇女がご好意で電話を貸してくれるって言うから、君の声が聞きたくなったんだ」

 「な、何だと?!まさか、今その場にいるんじゃないだろうな?!」

 いきなりのイレギュラーにルルーシュが席を立ち上がる勢いで驚くと幸いスザクの声が聞こえないシャーリーは事情をが解らず目を丸くし、耳の良いナナリーは会話が聞こえてやはりびっくりした様子だ。

 「実は、そうなんだ・・・あのさ、その・・・やっぱり、まずいかな?」

 「当たり前だ!あれほど言うなって頼んだだろうが!!」

 スザクがさっきから自分の名前を呼ばないあたりいちおうは気を使ったのだろうが、電話をしてきた時点で台無しである。

 (こいつはどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!このイレギュラーの塊が!)

 一人で電話をして来るならともかく、ユーフェミアがいる場でかけてくるなど何の嫌がらせだろう。
 これだから深く物を考えない体力バカが、と内心で吐き捨てると、とにかく通話を打ち切るべくスザクに言った。

 「とにかく、その件は他言無用だ!お前とは後で話をじっくりするからな…切るぞ」

 「でも、彼女も気にしてて・・・絶対に言わないと思うから」

 「意図して言わなくても、天然で周囲に悟られる行動をするのが彼女なんだ!今現在がまさにそれだと気づけ、この体力バカが!!」

 本気で怒鳴るルルーシュにシャーリーが黒の騎士団絡みかと焦るが、ナナリーには正確に意味が通じたらしい。
 ナナリーがおずおずとたしなめにかかる。

 「お兄様、スザクさんも悪気があったわけではないのですから、落ち着いて下さいな。シャーリーさんも驚いておいでですわ」

 「あ、ああ・・・そうだな済まない」

 「シャーリーがいるのか・・・ごめん、そこまで気が回らなかった」

 スザクはルルーシュが怒っている理由が“事情を知らない者がいる時に、皇族であることが知られてしまうような電話をしてきたこと”だと勘違いして謝罪する。

 だがその場にいたのは、スザクに劣らぬ天然成分の皇女、ユーフェミアだった。
 しかし同時に感の鋭い彼女は、自分の推理が正しかったことを確信してスザクから受話器を強引に奪い取る。

 「ちょ、ユフィ?!」

 「ルルーシュ?!ルルーシュなのでしょう?!」

 「・・・どなたかと勘違いなさっておいでではありませんか?」

 「やっぱり、ルルーシュね!私よ!よかった・・・生きてた」

 涙を流しながら喜ぶユーフェミアに、ルルーシュはぎり、と歯を噛みしめる

 (俺達がどんな苦労をして隠れ住んでいるか想像もせず・・・・この、世間知らずが!!)

 これ以上しらばっくれると、何を言い出すか知れたものではない。ナナリーだけならともかく、シャーリーにこれ以上余計な事を知ってほしくないルルーシュは、観念した。

 「・・・バレたのなら仕方ないな。だが、今友人がいる。下手なことは言わないでくれ」

 「解っているわ・・・ごめんなさい、つい興奮して」

 ユーフェミアが謝罪すると、ルルーシュは前髪を苛立ったようにかき上げた。

 「君の活躍は見ているよ。頑張っているようで何よりだ」

 その頑張りを無にする勢いで日本人の支持を集めているくせに、ルルーシュはしゃあしゃあと言ってのける。

 「だが、俺には構わないでくれ・・・もう、あそこには関わりたくないんだ。このまま二人で静かに暮らしていきたい」

 「ルルーシュ・・・そう、そうかもしれないわね。ごめんなさい、私今、心細くて・・・貴方が生きてるって解った時、嬉しくて仕方なかったの」

 「心細いって、何かあったのかい?」

 コーネリアのことだとすぐに解ったルルーシュだが、それを隠して尋ねると、ユーフェミアは涙を拭いながら答えた。

 「ええ、実はお姉様がちょっと入院してて・・・スザクが学校に通えなくなったのも、そのせいなの」

 「そうか・・・大丈夫だ、きっとすぐに回復するさ。強い方だからな」

 「そう、そうですわね!ありがとう励ましてくれて・・・昔と変わらず、ルルーシュは優しいのね」

 その姉を半殺しの目に遭わせたのは自分だと知らないまま、ユーフェミアは無邪気に笑う。

 「不安だったけど、貴方のお陰で元気が出て来たわ。
 もうすぐシュナイゼル兄様がこちらに御来訪なさるので、そのお出迎えのために式根島まで行くの。
 視察が数日かかるけど・・・終わったらその、一度だけでいいから会いに行ってもいいかしら?」

 (シュナイゼルが日本に?式根島といえば、確かギアスの遺跡がある島の隣にある島だったな・・・)

 思いがけずいい情報が手に入ったが、ユーフェミアのお願いにルルーシュは溜息をついた。

 「それは無理だ・・・今は君も微妙な立場なのだろう?せめて姉上が回復するまで、不用意な行動は控えた方がいい」

 「そう、ですわね・・・貴方がいてくれたらと思ったの。無理なことを言って、ごめんなさい」

 「いいんだ・・・君と話せて、楽しかった。だが、もう連絡はやめて欲しい。
君には悪いが、もうあそこには関わらないと決めているんだ」

 「解ったわ・・・安心して、お姉様にもシュナイゼル兄様にも、絶対に言わないって約束するから。
 あのね、ルルーシュ」

 「何だい?」

 「今日はお話ししてくれて、ありがとう。私、この国を良くするために頑張るから。
 だから、ずっと見守っていて下さいね」

 「ああ、ずっと見ているよユフィ。無理をせずに頑張ってくれ」

 「ええ、ルルーシュも身体に気をつけて」

 ピッ、と通話を終了ボタンを押して通話を切ると、ナナリーが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

 「本国にいた頃の友人だよ、ナナリー。あとで思い出話をしようか」

 「やっぱり・・・!はい、お兄様」

 嬉しそうな笑みを浮かべるナナリーに、シャーリーがおずおずと尋ねた。

 「スザクくんの知り合いから、電話があったの?女の子みたいだったけど」

 どうやら通話の相手がユーフェミア皇女だとは思いもしなかったが、漏れ聞こえてきた声が女性だということには気づいたらしい。
 ルルーシュはシャーリーの悶々とした気分を察するどころではなく、ああ、と頷いた。

 「スザクが仕事で知り合った子で、携帯を持っていないスザクのために電話を貸してくれたらしい。
 今度会えないかと言われたが、ちょっと事情で会いたくなくてね」

 「そ、そうなんだ・・・残念だね」

 内心でほっとしたシャーリーだが、ルルーシュの表情が笑っているように見えて実はそうではないことに気付いた。
 彼がゼロをしている理由は、もしかしたらその事情が原因なのかもしれないとぼんやり考えながら、シャーリーはあえて笑顔で紅茶を新しく淹れ直してルルーシュに勧める。

 「ほらルル、喉乾いたでしょ?紅茶飲む?」

 「シャーリー・・・ありがとう、頂くよ」

 ルルーシュは席に座り直してカップを手にして紅茶を飲むと、ささくれだった気分が落ち着いて行くのを感じた。

 自分とナナリーの箱庭・・・ここだけは絶対に死守しなくては。

 ユーフェミアには悪いが、彼女はあまりにも考えがなさ過ぎる。
 約束を破るとは思わないが、うっかりシュナイゼル辺りに自分達の生存を漏らしてしまうかもしれない。

 (クロヴィスのように始末、するか・・・それとも)

 ルルーシュは悩んだが、ふと思った。

 (いっそ、一度会って自分の生存のことを忘れさせるか?そうするのが一番安全だ)

 ついでにスザクにも、自分の生存をユーフェミアに知らせるなとギアスをかけるべきだろうか。
 親友にだけはギアスを使いたくはなかったが、こんなことは二度とごめんだ。

 この組織作りの大事な時に余計な心労を抱え込んでしまったルルーシュは、ひたすら悩み続けるのだった。




 「ユフィ、その、ごめん!悪気はなくて!」

 通話を切ったユーフェミアに、スザクはパンと両手を合わせてユーフェミアに謝罪したが、ユーフェミアはにっこりと笑って首を横に振った。

 「いいのよ、スザクはルルーシュとの約束を守っただけですもの。貴方は悪くないわ。
 それに、ルルーシュを説得してくれようとしたんですもの・・・お礼を言うのは私のほうだわ、ありがとう」

 「ユフィ・・・」

 二人が見つめあっていると、そこへノックの音が響き渡る。

 「ユーフェミア殿下、ゼロの情報が入りました。入室してもよろしいですか?」

 「ダールトン・・・ええ、どうぞ」

 慌ててユーフェミアが受話器を置くと、失礼しますとダールトンが入室してきた。
 何故か泣いた様子のユーフェミアを見てダールトンは眉根を寄せたが、当の本人は先ほどの憂鬱が消えたかのようにニコニコしているのでどうしたものかと一瞬途方に暮れた。

 「ダールトン、ゼロがどうかしたのですか?」

 「は、ゼロがカンサイ地方のスマゲットーにて現れたとの情報です。
 リフレインの密売を行っていた組織を壊滅し、その主導をしていたハーマウ男爵を殺害して姿を消したようです」

 「ハーマウ男爵が?貴族でありながら、なんということを!」

 ユーフェミアが憤慨すると、貴族にあるまじき所業にダールトンも頷く。

 「ハーマウ男爵家については、こちらで厳正なる処分を下しておきます。ユーフェミア様にはそのご許可を頂きたく」

 「はい、解りましたわ。こんなことが続くから、日本人の方々が反発してしまうのです。
 黒の騎士団ばかりが摘発しているようでは、ブリタニア全体が嫌われてしまいますわ」

 「は、それもそうですなユーフェミア様。以後こちらでも犯罪組織を壊滅するよう努めます」

 「早くこのエリアを住みよい国にするためにも、わたくしも頑張らなくては・・・さあダールトン、お姉様が不在の今、お仕事がたくさんあります。書類を持ってきて下さいな」

 ダールトンが先ほどとは打って変わって元気が出てきたユーフェミアに驚くが、副総督の自覚が出て来たのだろうと内心で喜ぶ。

 「イエス、ユア ハイネス。ユーフェミア副総督閣下、すぐにお持ちいたします」

 ダールトンが退出すると、ユーフェミアは先ほどの報告を思い返していた。

 (ゼロがカンサイに・・・でも、ルルーシュは学園にお友達といるって・・・やっぱり、わたくしの思い過ごしなのかしら)

 ユーフェミアはそう考えたが、心のどこかでやはりという疑念がある。
 いつか会って真意を問いたいと願いながら、ユーフェミアは仕事をするために椅子に座って書類を待つのだった。



[18683] 第十一話  鏡の中のユフィ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 10:10
  第十一話  鏡の中のユフィ




 トウキョウ租界にある、とあるシティホテルのスイートルーム。そこでマグヌスファミリアの一行とルルーシュ、C.Cが集まって会議を開いていた。
 彼らだけで行っている理由はもちろん、議題がギアス絡みだからである。

 先に偽名でチェックインを済ませたエトランジュ達が入室した後、C.Cを伴ってやって来たルルーシュの顔色が悪いことに気づき、エトランジュがおずおずと言った。

 「ルルーシュ様・・・その、お顔の色が悪いのですが」

 「ああ、ちょっといろいろありましてね」

 ユーフェミアに生存がバレてしまい、その原因となったスザクを思うと胃に穴があきそうである。
 スザクに土下座でもさせてその頭を踏みにじってやるくらいのことをしないと、この怒りは収まりそうにない。

 「あまりご無理をなさらないように。何かございましたら、私どもも出来る限り協力いたしますので」

 「ありがとうございます・・・こちらで何とか致しますので、お気になさらぬよう」

 ルルーシュは一人がけのソファに腰を下ろし、C.Cは当然のようにベッドに寝そべる。

 「C.C・・・お前な」

 ルルーシュは行儀の悪いC.Cにたしなめようとしたが、彼女には馬耳東風であることを嫌と言うほど知っているため、溜息をついて諦めた。
 ルルーシュがエトランジュに向き直ると、さっそく尋ねた。

 「本日来て頂いたのはほかでもない、神根島の件です。あの遺跡について、詳しいことを伺いたいのですが」

 「はい・・・あそこについては昨日伯父様方から聞ける限りのことを聞いて来たのですが・・・どうも、コードとギアスを生み出した者達が創ったものだろうとのことでした」

 「コードとギアスを・・・道理ですが、その目的は?」

 「その辺りは不明ですが、調べた限り世界各地にある遺跡の中でも、神根島のものがもっとも古いものだそうです。
 各遺跡に各地に散らばる遺跡の地図があるそうなのですが、一番最初に書かれている場所が日本のものだとのことなので、間違いないだろうとおっしゃっていました。
 今はブリタニアが直轄管理していますが、戦前は世界のオーパーツとして研究している国もあったそうです」
 
 ルルーシュは考古学については専門外だが、図書館などで一応のことは調べてきた。
 オーパーツとは現代に至るまで謎が解明されていない不思議な遺跡や建造物などのことで、マチュ・ピチュやナスカの地上絵などが代表的な例だ。

 ギアス遺跡は神根島、マグヌスファミリアなどの島に点在することが多く、中華連邦やブリタニアのペンドラゴンなどの大陸部にある遺跡は少ないそうだ。
 エトランジュが遺跡がある国名を羅列すると、遺跡に沿って侵略が行われているのが解る。

 「ブリタニアの手に渡っていないのは、イギリスにあるブリテン島のストーンヘンジと中華連邦の遺跡だけです。
 あの周辺にイギリス政府に無理を言ってマグヌスファミリアのコミュニティを作って、こっそり使用しているのです」

 「ストーンヘンジ・・・有名なオーパーツですね。ただ石が並んでいるだけかと思っておりましたが」

 「あの遺跡はコード所持者かギアス能力者がいなければ、決して入口は開かない仕組みになっているのです。
 ほとんどは石造りの扉一つだけなんですけど、マグヌスファミリアやイギリスのそれは二重扉・・・とでもいいましょうか、いったん地下に下りる仕組みの扉があるのですよ」

 「なるほど、興味深い話だ。その扉が、遺跡だけのどこでもドアということですね」

 「んー、ちょっと違いますね。扉をくぐるといったん“黄昏の間”と呼ばれる大きな広間に入るんです。
 そしてそこから行きたい場所を念じて扉をくぐると、目的地の遺跡の扉から出ているということですね」

 ルルーシュはエトランジュの話を聞いて、ますますブリタニアの目的が解らなくなった。
 コード所持者とギアス能力者しか使えない代物を、わざわざ侵略する意味があるのだろうか?
 そして今回来日するシュナイゼル・・・あの異母兄は何が目的であの場所へ行くのか。

 「クロヴィスもあの遺跡を研究していたようです。
 彼が死亡した後も彼の命令で研究していた者達が数人いたのですが、私達が到着した際にみんな殺して彼らが持っていたパソコンや資料などは全部壊してきました」

 持っていこうかとも思ったのだが、量が多すぎて邪魔になるだけだったのでブリタニアの手に渡るのを阻止するために抹消するほうを選んだのだ。

 「概要は理解した。俺も一度ぜひ、この目で見ておきたいものだが」
 
 「しかし・・・あそこは皇帝直轄領です。そう簡単に忍びこめるとは」

 おまけに自分達が容赦なく全員を始末してしまったので、そう簡単にはと申し訳さなそうに言うと、ルルーシュはニヤリと笑みを浮かべた。

 「幸いある姫君が漏らした情報によりますと、シュナイゼルが視察に向かうと聞きました。
 あの男を抹殺すれば、あの島に来る者はしばらくいなくなる」

 皇帝直轄領と言うことは、裏返せば命令がない限り誰も立ち入れないということである。
 クロヴィスは第三皇子であり、このエリアの総督であったからこそ皇帝の命令で調査をしていた可能性が高い。
 だが、シュナイゼルは宰相であり考古学者ではない。宰相が遺跡を調べるために来日するなど、普通はあり得ない・・・裏があると考えるべきだろう。

 「黒の騎士団も、後援組織のために租界では軍事行動を起こしておりません。
 地方で何かしていると感づかれないためにも、そろそろ租界で活動しておかねばと思っていたところですしね」

 「なるほどね、いいんじゃない?EUに貸しも作れそうだし」

 アルカディアの言葉にルルーシュが眉をひそめると、彼女はジュースを飲みながら答えた。

 「EU戦であの男が裏でいくつか策謀巡らせてるみたいでさ・・・アイン伯父さんの予知とあんたの助言でいくつかは回避出来たけど、次から次へとえげつない策やられててね」

 阻止出来ていないものもあるし、現地で指揮をしているわけではないルルーシュだけでは完全に安心というわけではないらしい。
 ゆえにシュナイゼル抹殺が黒の騎士団によって成し遂げられれば大きな貸しを作れる上、その根回しをしたマグヌスファミリアとしても今後の活動がしやすくなるのだ。

 ルルーシュは己の策が異母兄に通じていないと聞いて、生来の負けず嫌いに火がついた。

 「アルカディア様、申し訳ないがマオと共にシュナイゼルが来る日程をお調べ頂きたいのですが」

 「もう調べた。例によってマオと士官クラブに行ったら、グラストンナイツから来週の金曜日だって情報ゲットしたわよ」

 さすがに行動が早い、とルルーシュが満足すると、アルカディアは難しい顔で付け加える。

 「ただ、最新鋭浮遊航空艦アヴァロンってのに乗ってくるみたいなの。コーネリアの件で護衛がいつもより分厚くなるようだから、油断しないで」

 「ほう、空飛ぶ船に乗ってのご来日か。それならそれで、策はある」

 ルルーシュはニヤリと笑って作戦を説明すると、エトランジュは首をひねったように言った。

 「あのー、実は伯父からこんな予知が来ていたのですけど」

 エトランジュが伝えた予知に、ルルーシュは眉をひそめた。

 「・・・犠牲が出るかもしれない、ということか。ならば、貴方がたにはこのように・・・」

 「解りました、お任せ下さい」

 「では、来週の金曜日に。行くぞ、C.C」

 ルルーシュがずっと黙って話を聞いていたC.Cを呼ぶと、彼女は面倒そうに立ち上がってルルーシュに続く。

 (例の遺跡・・・中華連邦のやつはブリタニアの手に落ちていないと思っているようだが、もうすでにギアス嚮団によって占拠されているとは知らないらしいな。
 ・・・教えておくべき、なのだろうか)

 マグヌスファミリアは現在、中華連邦の遺跡を渡すまいとして親ブリタニア外交を阻止すべく中華連邦でも活動しており、C.Cが中華連邦へ交渉しに行った際にも使者として赴いていたアルカディアの母・エリザベスと会った。

 既にエトランジュから連絡を受けていたのか、いろいろと親切に話をしてくれたがコード所持者については話せないと申し訳なさそうだった。

 「どうした、C.C?」

 「いいや、別に・・・それより、腹が減った。ピザだピザ」

 まだ食う気か、と呆れ果てたルルーシュをよそに、C.Cは話さなかったことにもやもやした気分を持ったことに苛立ち、それを振り払うかのようにピザのメニューを頭に思い浮かべた。




 「ブリタニア帝国宰相シュナイゼルを襲撃、か!最近黒の騎士団もでかいことばっかするよなあ!」

 玉城がうきうきと弾んだ声で言うと、藤堂が気を引き締めるように低い声で牽制する。

 「コーネリアを半殺しの目にしたせいで、護衛も彼女の数倍は配置されているそうだ・・・油断するなよ」

 「うっ・・・へいへい、解ってますよ」

 「今回の目的は、シュナイゼルを抹殺することにある!!
 あの男の抹殺が叶えばブリタニアは頭脳をもがれたようなもの、我らが悲願であるブリタニアの滅亡に大きく近づくことになろう!!」

 久々にゼロとして衣装をまとい団員達の前で演説をするルルーシュは、潜水艦の中で作戦を説明する。

 「あの最新鋭浮遊航空艦アヴァロンにシュナイゼルは搭乗しているが、あれは母艦の動きのみならず最新鋭のミサイルを装備、防御力も侮れたものではない。
 だがそれは、あくまで“空に浮いている場合”のことだ」

 「なるほどね~、あんなバカでかいもので来たら居場所がバレバレってことだから、基地に着陸したのを見計らって襲いましょうってことか~」

 間延びした声で了解したのは、ラクシャータであった。 
 大きなものほど飛び立つ時多大な時間とエネルギーが必要であるなど、基本中の基本である。
 基地に着陸した状態なら、ミサイルも使えないのだ。後はそのままアヴァロンを壊すなり、基地に避難したシュナイゼルを抹殺するなり策はいくらでもある。

 「そういうことだ・・・まずアヴァロンが到着したことを確認次第、各部隊で式根島基地を襲う。
 カレン、君にはおそらくその時に邪魔に入るだろう白兜を相手にして欲しい」

 「はい、ゼロ!しかし、その・・・そっちはどう対処すれば」

 「・・・出来れば生かしたままが望ましいが、あの枢木ではそうもいかないだろう。
 君の命が危うくなれば、その場合は・・・始末しろ」

 「はい、解りました!」

 カレンが了解すると、横で藤堂が出来うることなら捕虜にして説得したいと考えていた。
 あの弟子は、昔から感情で突っ走ることが多かった。今回も本人的には考えて出した末の結論でも、短絡的な思案の末だろうと予想している。
 しかしそれを口にすれば、軍事総責任者である己が私情で動くのは困ると非難される。そしてそれは組織にとって良くないことだと理解しているため、口には出せなかった。

 「シュナイゼルを抹殺に成功すれば、即座に撤収だ。後は予定通り地方に散って後方支援組織作りに戻る・・・以上だ」

 各自が作戦展開のために散っていくのを見送りながら、ルルーシュは複雑な気分になっていた。

 己の口から、親友を始末しろという台詞。
 決して仲が悪いわけではなかった異母兄を殺し、異母姉を意識不明の重体に追いやり、仲が良かった異母妹を追いつめ、そして親友を殺す。

 何と呪われた人生だろう。ここまで来たら、いっそ笑いたくなる。
 だが、それでも修羅の道を行くと決めた。最愛の妹のため、そして自分のためにだ。

 「スザク・・・俺は俺の道を行く。だから、お前もその道を行け」

 あの白の皇女を選んだのは、スザクだ。何度も手を差し伸べたのに、選んだのは奇麗な夢を語るお姫様だ。

 綺麗な夢を見たまま、そのまま永遠の眠りにつかせてやるのもいっそ親友のためかもしれない。それが自分に対する言いわけだとしても。
 ルルーシュはそう決意すると、自分も作戦のために己の機体へと足を向けた。




 「ルルの目的はさー、シュナイゼルの抹殺および、神根島みたいだね。
 あれさえ手に入れられれば、自由に中華連邦とイギリスの行き来が出来るようになるって言ってたよ」

 「それが目的か・・・確かにアシが着くことなくEU、中華、日本を往来出来るのは助かるからな」

 ゼロの私室を陣取ったC.Cは、マオが差し出したピザを食べながら思案に耽る。

 イギリスはともかく、中華連邦の遺跡はすでにブリタニアの手に落ちている。式根島の基地が落ちれば割と神根島へは自由に立ち入りが出来るだろうから、作戦成功時には教えてやるとしよう。

 (お前をあのV.Vの手にやるわけには、いかないからな。いや、作戦の成否に関わらず、ギアス嚮団については教えた方が・・・)

 「僕もこのギアスとおさらばしたいし~、作戦成功してあの島手に入れたいよね」

 見違えるほど明るくなったマオを見て、C.Cは薄く笑みを浮かべた。
 それなりに大事に思っていた養い子と根気よく向き合ってくれたエトランジュに、C.Cはこれでも感謝している。

 マグヌスファミリアは長年コードを消す研究をし、コードを代々受け継ぐのは慣習だと聞いている。
 このままエトランジュ達に協力し、ブリタニアを倒してその研究が成ることに協力する方がいいのかもしれない。
 もしその研究が成らなくても、自分のコードをその慣習で無理なく継いで貰えるように頼んでみようか、とC.Cは思った。

 「あ、C.C、エディからだよ」

 「なんて言っているんだ?」

 ギアスが効かないC.Cは、エトランジュからの連絡もマオを介さなければ伝わらない。
 そしてマオはエトランジュに懐いているから、人を繋ぐギアスのリンクを切ることなく今に至っている。

 「式根島基地をルル達が襲撃したってさー。シュナイゼル・・・殺せるといいね」

 「そうだな・・・だが、うまくいけばいいんだが」

 C.Cはそう呟いて、最後のピザを口に含んだ。




 「いらっしゃいませ、シュナイゼルお兄様。エリア11へようこそ」

 「やあ、久しぶりだねユフィ。最後に会った時より、ずっと美しくなって・・・すっかりレディの一員だ」

 最新鋭浮遊航空艦アヴァロンのタラップから降りてきた金髪の青年・・・神聖ブリタニア帝国宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアはにこやかな笑みを浮かべて出迎えた異母妹の手を取り、その手の甲にキスをする。

 「エリア11の副総督として、よくやっていると聞いているよ・・・コーネリアのこともね」

 シュナイゼルは前日になってダールトンから護衛の増強についての連絡があり、その理由としてコーネリアがテロに遭い重体、加えてスパイの可能性があることを聞いていたのだ。

 「お兄様・・・お姉様が、その」

 「いいんだ、大丈夫だよユフィ。私がエリア11にいる間は手を貸してあげるから。
 心配せずに、エリア11のことにはまだ詳しくない私を補佐してくれないかな?」

 「はい、シュナイゼルお兄様」

 ぱあ、と明るい表情で頷くユーフェミアは異母兄の手を取ると、まずは基地内へ入ろうとする。

 「お疲れでしょうから、まずはご休憩をお取りになって下さい。お話はその時に・・・きゃっ!」

 突然に響き渡った轟音に、シュナイゼルは目を鋭く光らせた。

 「ユーフェミア様!」

 とっさにスザクはユーフェミアを庇うべく彼女の身体を覆うと、シュナイゼルは冷静に分析する。

 「まさか、本当に来るとはね・・・このタイミングで仕掛けてきたとなると、租界へ戻るのはかえって危険かもしれないね」

 「は、広範囲にわたってジャミングがかけられております!」

 「やはりね・・・では、そのままテロリストを迎撃してくれたまえ」

 「イエス、ユア ハイネス!くそ、黒の騎士団か?!」
 
 ブリタニアの軍人が散っていくのを見て、シュナイゼルは無表情に考えた。
 確かに目立つアヴァロンで来たから要人が来たことは解るだろうが、襲撃のタイミングが早かったことから見ても、あらかじめ自分の訪問を知っていたと見るべきだろう。

 (なるほど、ダールトン将軍の言うとおりこれはスパイの線が濃厚だね・・・それも、上層部に近いところで)

 その線に一番近いのは目の前でユーフェミアは自分が守りますと息巻いている名誉ブリタニア人の騎士だが、彼にはいまだ携帯電話の所持が認められていない上、ずっとユーフェミアの傍にいたと聞いている。
 何より彼ではあからさまに疑ってくれと言わんばかりの人間なので、スパイとしては向いていない。

 (スパイでないなら、今から向かう遺跡の人間に不思議な力を与えるもの・・・なのかなこれは)

 父であるブリタニア皇帝が何やら怪しげな研究をしていると聞いて自分でも内密に調べているが、リアリストの自分は全く信じてはいなかった。
 しかし、クロヴィスもまた熱心に調べていたとあっては、本腰を入れて調べる気になった。事実、遺跡を中心に侵略をしていることは、シュナイゼルも知っていたからだ。

 「いいえ、スザク。貴方は司令部の救援に向かって下さい」

 「駄目です!自分はユーフェミア皇女殿下の騎士です。貴女をお守りする義務があります。
 副総督の貴女が、テロの対象なのかもしれないのですよ!」

 コーネリアがあんなことになったのだ、狙いは副総督のユーフェミアであってもおかしくない。

 本来、騎士が仕える主の命令に異を唱えるなど許されることではない。
 しかし、今回はスザクの言っていることのほうが正論の上、名誉ブリタニア人とはいえイレヴンに助けられたくはないというプライドもある。
 そのため、周囲の軍人は一斉にスザクに同調した。

 「そのとおりですユーフェミア皇女殿下。どうか騎士と共に我々と避難を」

 「司令部は管轄にお任せを!ささ、殿下・・・シュナイゼル閣下も、お早く!」

 その様子をじっと見ていたシュナイゼルだが、飛び込んできた伝令に唇の端が上がる。

 「黒の騎士団です、殿下方!ゼロが現れました、すぐにこちらから退避を!!」
 
 「やはりそうか・・・ロイド伯爵、確かあそこのエースナイトメアと互角にやり合ったのは、ランスロットだけだそうだね?」

 「そうですよ~、シュナイゼル殿下。僕のランスロット以外は、みぃーんなやられちゃいました。あっちは白兜とか呼んでるみたいですけど」

 センスないですよねー、と方向性の違う不満を口にするロイドを無視して、シュナイゼルはスザクに向かって言った。

 「なら枢木少佐、私からもお願いしたい・・・ゼロを捕縛して欲しいのだが」

 「しかし、シュナイゼル殿下・・・それではユーフェミア皇女殿下が」

 「幸い、通常よりも多い護衛部隊がこの場にいる。だけど、あの黒の騎士団に黒星を与えているのは君のランスロットだけだ。
 ゼロを倒すことはユフィを守ることにもなる・・・君にしか出来ないことだ」

 ブリタニアの口先の魔術師とでも名付けたくなるほどの口のうまさである。
 スザクは自分が帝国の宰相閣下に期待されていると思い込んで感激し、ちらっと主君を見ると彼女も笑顔で頷いた。

 「お行きなさい、スザク。ここで貴方の力を示すのです。そうすればいずれ雑音も消えるでしょう」

 「イエス、ユア ハイネス!」

 イレヴンごときが宰相閣下から直接命令を拝するとは、とブリタニア軍人は悔しがったが、それを口にすることは皇族批判に繋がるために黙っている。
 
 スザクがランスロットのキーを握りしめてその場から立ち去ると、改めて二人の皇族に避難をするよう進言する。

 「ああ、では君達はユフィを頼むよ。私は少し、用事があるのでね」

 「は・・・しかし」

 軍人が尚も食い下がるが、シュナイゼルに笑顔で見つめられて口を閉じる。

 「かしこまりました。では、ユーフェミア皇女殿下」
 
 「はい・・・お兄様もお気をつけて」

 ユーフェミアが素直に護衛部隊を引き連れて立ち去ると、ロイドはぽつりと呟いた。

 「あれ、絶対何か企んでるよね~」

 「ロイドさん!」

 セシルが慌てて止めようとするが、ロイドは飄々としたものだ。

 「僕とあの方とは学生時代からの付き合いだからねえ・・・ある程度は解るさあ~」

 「企むとは人聞きの悪い。ただ、私は私の仕事をするだけだよ」

 シュナイゼルは不敬に値するロイドを咎めもせず淡々とした口調で言うと、アヴァロンに視線を移した。




 基地を破壊し尽さんとばかりに盛大に大暴れをする紅蓮にワイヤーを投げて邪魔をしたのは、白兜ことランスロットだった。

 「来たか、ブリタニアの走狗があぁっ!!」

 カレンはそう叫ぶとロープを避け、紅蓮の腕で攻撃する。

 「ここで決着をつける!と言いたいけど、目的は白兜の足止め・・・難しいけど、ゼロの命令よ!」

 「ゼロ・・・ゼロはどこに?!」

 紅蓮の相手をしながらも、命令であるゼロの捕縛のために彼の姿を追うが、彼の乗っているナイトメアがどれかはスザクには判別できない。

 ルルーシュはナイトメアの腕は悪くはないのだが、前線に出て指揮を執っているために常に的になり、そのたびにナイトメアを破壊されているのでその都度交換を余儀なくされているせいだ。

 「言う訳ないでしょ!弾けろ、枢木 スザクっ!!」

 紅蓮の腕がランスロットを襲うが、スザクはそれを避けて剣でなぎ払う。
 
 「く・・・お前よりもゼロだ・・・ゼロを捕まえなければ、ユーフェミア殿下の安全が・・・・」

 「へぇー、あのお姫様がそんなに大事なんだ?安心しなよ、こっちの狙いはあのお飾りより帝国宰相だから!」

 カレンが接近戦でランスロットを抑え込もうとすると、スザクはそれを紙一重ですり抜ける。さながらナイトメアで、ワルツでも踊っているかのようだ。
 
 「シュナイゼル殿下を?!許さない!」

 「あんたに許して貰おうなんて思っちゃいないわよ!この日本の裏切り者があっ!」

 「君達こそ、そのテロ行為が日本を壊していくことだと気づかないのか?!ブリタニアだって従順で優秀な者は、こうして僕のように取り立ててくれる!
 無意味なことはやめるんだ!ルールに従わないと、いい結果は得られない!!」

 「ブリタニアのルールに従えって?!まっぴらごめんね!」

 紅蓮でランスロットの頬を殴り倒したカレンは、この男の脳味噌が何で出来ているのか知りたくなった。
 従順に暮らしている租界近くのゲットーに住む者がどんな目に遭っているか、知っているのだろうか。

 「あんた馬鹿?!今までどこ見て生きてたのよ!!
 従順に暮らしていたってね、不都合が起きると私達を平然と使い捨てにするのがブリタニアなのよ!!
 今のゲットーがどんな状態か、あんたほんと知らないのね」

 「な・・・なんだって・・・?」

 「どうせブリタニアに逆らう私達が悪い、ブリタニアは悪くないって正当化するってゼロが言ってたから教えてやらないわよ!
 日本人はあんたに何も期待してないわ!期待しているのはあんたの飼い主だけよ、せいぜい大事にすることね!!」

 そう、大半の日本人は既に黒の騎士団の方に期待の目を向け、スザクには関心がなかった。
 ちなみにスザクに希望を見出しているのは、名誉ブリタニア人として出世し、より多くの給料と安全を得たい日本人ぐらいなものである。

 「いいんだ、それでも・・・僕は僕のやり方で、日本を守る!!
 この国を安全に・・・そして平和にしてみせる!!」

 スザクはそう叫ぶと、紅蓮に向かって強化型スラッシュハーケンを撃ち放つ。
 カレンはそれを輻射波動で相殺し、ランスロットの足止めに専念するのだった。




 同時刻、そのやり取りを聞いていたルルーシュは自らのナイトメアである月下で呆れた溜息をついていた。

 (あのバカ・・・日本の何を守りたくて戦っているんだ)

 日本人が誇り、尊厳、権利の全てを捨て去れば、確かに奴隷の平和と言う名の安全は得られるだろう。
 互いに造反者が出ないように監視し合いブリタニアのために働けば、ブリタニアも便利な道具をわざわざ壊すような真似はすまい。
しかし、それだけだ。ただ生きているだけの人生に、何の甲斐があろう。

 ルルーシュはかつて、己を産み出した人物から生きていないと言われた。死んでいるのだ、とも。

 だから、生きてやろうと思った。何が何でも生きて、ナナリーと共に幸福になる。
 人は生きるために生きるのではない。幸せになるために生きているのだ。

 「そのためには、ブリタニアが邪魔だ・・・世界を戦争に導いている国のために戦っている身で平和を語っても、誰もついてこないんだよ」

 いっそ憐れみすら含んだ口調でそう呟くと、鉄壁の防御力を持つアヴァロンが発艦準備を行っているのを見てそこにシュナイゼルが乗り込んだかと思ったが、ラクシャータが言うには発艦には最低でも30分は必要のはずだ。

 「違うな・・・それは囮だ!アヴァロンにシュナイゼルは乗艦していない!」

 ルルーシュは自身で作ったプログラムでブリタニアの通信を傍受しており、シュナイゼルがユーフェミアと別れていることを知っている。
 とすればシュナイゼルは別方面に回り、基地ごと自分達を葬る。母艦はアヴァロンだけではないのだから。

 「ユフィを避難させたのも、そのためだな。スザク一人で黒の騎士団を葬れるのなら、安すぎる代償だ」

 ルルーシュはそう吐き捨てると、高速で基地ごと自分達を葬ることが可能な場所を割り出し、さっそく全軍に指示を出した。

 「全軍に通達する、速やかに基地から離れろ!シュナイゼルは基地ごと我々を葬るつもりだ!!」

 「マジかよ!やべえ!!」

 ランスロットにやられて脱出ポットで逃げた玉城が、悲鳴を上げる。

 「だが、シュナイゼルの居場所は割り出した!東の砂浜にある母艦、ブリタニア海軍航空母艦にいる。
 奴が策に気づかれたと悟る前に、その空母艦ごと葬り去れ!!」

 「承知!!」

 あの場所からなら、森などに遮られることなく基地にミサイルを発射出来る。
 ルルーシュは短い時間でそう分析すると、己もシュナイゼルを討つべく東の砂浜へと向かうのだった。




 東の砂浜にあるブリタニア海軍航空母艦に乗艦していたユーフェミアは、基地から黒の騎士団が撤退していくという情報を聞いてモニターに目を向けると、まっしぐらに向かってくる黒の騎士団のナイトメアの群れが視界に入った。

 「あれは・・・黒の騎士団?!ユーフェミア様、早くこの場から撤退を!」

 「駄目だ、間に合わない!くそ、やつらユーフェミア皇女殿下が目的か?!」

 「わたくしを・・・ゼロが・・・」

 一瞬青ざめたユーフェミアだが、すぐに毅然とした態度で通信機に手を伸ばして言った。

 「黒の騎士団の皆さんに申し上げます!わたくしは神聖ブリタニア帝国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです!
 ゼロと話がしたいのですが、ゼロはそこにいますか?」

 「ユフィ?!なぜお前がそこにいる?!」

 ルルーシュはシュナイゼルがいると判断した場所にユーフェミアがいることを知って唖然とすると同時に、これがシュナイゼルの策であることに気づく。

 「ち、ユフィは囮か!!くっ、あいつはどうでもいい・・・シュナイゼルはどこだ?!」

 「おい、あそこにいるのはユーフェミア皇女のようだぞ。どうするんだゼロ!」

 藤堂に指示を仰がれたルルーシュは、舌打ちしつつも撤退をすることにした。
 シュナイゼルの居場所が解らない以上、このままやみくもに探すことは危険だ。また、長い間ここに留まればユーフェミアごと葬られかねない。

 「やむを得ない・・・撤退だ!シュナイゼルを探していれば、こちらの戦力が削られる。
 小さいとはいえ基地を使い物にならなくした戦果はあった・・・これで良しとよう」

 「寡兵の弱みだな・・・仕方ない、撤退だ!ルート4を用いて全軍速やかに撤退せよ!」

 黒の騎士団は純粋の軍人が少なく、軍隊としてまだ未熟といっていい。
 そのためゼロの軍略に一糸乱れぬ正確さで従い、また短時間で作戦を遂行しなければ成果が得られないという弱点があった。

 「ここまで来て・・・!けど確かに探している時間はないね。二番隊撤退!」

 「続けて三番隊も戦場を離脱!」

 次々に式根島から撤退していく黒の騎士団を見て、ブリタニア海軍空母にいた軍人達は大きく安堵の息を吐く。

 「奴ら、ユーフェミア様のご威光に恐れをなしたようですな。次々と逃げていきますぞ」

 実際はここにいるのがシュナイゼルだと勘違いしただけで、いたのが殺しても何ら益のない皇女だから撤退したのだとその場にいたブリタニア軍人ですら悟っていたが、彼らはそう言って嘲笑う。

 ユーフェミアはせっかくゼロと話し合おうとしたのに、自分の言葉に何ら反応を返してこないゼロに悲しくなった。

 (ゼロ・・・わたくしは戦いたくないの。話し合いで解決したいのです)

 それを伝えれば、無益な戦いなどしなくてもよくなる。
 正義の味方とリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰している彼なら、きっと解ってくれる・・・そしてゼロがあの日優しい言葉をかけてくれた彼だったなら、喜んで手を取ってくれるはずだとユーフェミアは信じた。

 「待って、ゼロ!わたくしは貴方と話がしたいのです。無益な戦いはやめて、わたくしと話をして下さい!」

 「ユーフェミア皇女、私も暇ではありません。
 それに、日本を奪い返すための戦いを無益とはさすがブリタニアの皇女殿下、国是に従った見事なお言葉です」

 ナンバーズはブリタニア本国人に従うべきだという国是からすれば、確かに全く無益以外の何ものでもないだろう。

 苛立ちを隠した声でそう皮肉を返してきたゼロに、ユーフェミアはそんなつもりで言ったわけではないと首を振る。

 「違います!そういう意味ではなく、殺し合うより話し合いで解決したいと思って!」

 「話し合い?ナンバーズを虐げてきた貴方がたが、我々と何の話し合いをしようというのですか?
 もともと不当に日本を占拠したのはブリタニアだ・・・我々はそれを奪い返そうとしているだけですよ。ああ、失礼、ブリタニアはそれがおかしいからやめろと、そうおっしゃりたいのですね解ります。
 ・・・貴様らの都合など知ったことか!!いい加減にお前の身勝手な願望を押し付けるのはやめろ、ユーフェミア!!」

 話しているうちに苛立ってきたルルーシュの怒鳴り声に、ユーフェミアはびくりと肩を震わせた。

 「わ、わたくしはただ・・・!」

 「では伺おうか・・・お前は副総督として就任してから、日本人に対して何をしてきた?」

 「な、なにをって・・・わたくしはまだ何も」

 「そうだ、お前は何もしていないだろう?日本人は未だに移動を規制され、住居を規制され、結婚を規制され、就職や起業に関する事まですべて規制されている。
 お前が来て何ヶ月も経つが、日本は何も変わってない・・・お前がやったことはたった一つ、枢木を騎士にしただけだ!それで日本人の生活がどうにかなるとでも思ったのか!」

 ユーフェミアはその指摘を聞いて、大きく眼を見開いた。

 (せい、かつ・・・日本人の生活・・・わたくしはそれをよくしたくて・・・)

 ユーフェミアの脳裏に、スザクと共に見た荒れ果てたシンジュクゲットーが蘇る。
 
 崩れたビルに、疲れ果てて座り込む日本の人々。
 数少ない食料を分け合い、また奪い合う者達。自分はそれをどうにかしたいと、ずっと考えてきたつもりだった。

 「ですから、皆さんと一緒に日本をよりよくしていこうと・・・」

 「ほう、ブリタニアが資金、資材、人材、決定権の全てを保有しているのに、あえて我々に働けと?つくづくブリタニア皇女らしいお考えだ」

 「あ・・・!」

 さらなる指摘を受けて、ユーフェミアはゼロの怒りの理由にやっと気がついた。
 そう、ブリタニア植民地において何かをする場合、必須なのはブリタニアの許可と協力なのだ。
 
 まず資金をユーフェミアが予算から出して資材を揃え、さらにゲットーの開発やそれに伴う法律の整備、開拓を終えるまでの生活環境の整備、それらを行って初めて『皆さんと一緒に日本をよりよくしていきたい』という言葉に説得力が伴うのである。

 何もないところで高みから見下ろし『日本をよくするためにわたくしに協力して下さい』と言うのでは、ただの命令以外のなんだというのか。

 「お前はただ、自分の優しい言葉で己を飾って満足しているだけだ!
 夢を見て理想を語れば、それが現実化するとでも思ったか!!」

 「・・・そんな、そんなつもりじゃ・・・」

 ユーフェミアは泣きそうな声で、へなへなと床に座り込む。

 「そんなつもりなどなくても、日本人から見たお前はそういう人間だ・・・そろそろ“他人から自分がどう見えているか”を知ったらどうだ?
 さもないと、他人に利用されて終わるだけだぞ」

 最後の言葉は、先ほどの台詞より穏やかな口調だった。そして憐れみと忠告の色が塗られていることを、ユーフェミアはぼんやりと感じ取る。

 「たとえば、こんな風にな・・・上を見てみろ」

 ゼロの台詞に不審に思った空母のレーダーを操作したオペレーターが、青い顔で報告した。

 「ユーフェミア様!そ、空に飛行物体が・・・ミサイルの発射準備を確認!」

 「え・・・?それはどこの・・・」

 「断わっておくが、黒の騎士団ではないぞ。まだ全員撤退出来ていないのに、こんな馬鹿げた真似はしない」

 ユーフェミアはオペレーターに視線でどこに所属している飛行物体か調べるように言うと、それはすぐに判明した。

 「我がブリタニアに登録されている機体です!シュナイゼル殿下の・・・」
 
 「シュナイゼルお兄様の?」

 「やはりな・・・これがブリタニアだ、ユーフェミア皇女。
 我々は離脱します。貴女も助かるといいですね」

 そしてせいぜい、シュナイゼルの“君を巻き込むつもりはなかった”という嘘に騙されていればいい。

 (綺麗なものを見続けていたいお前には、シュナイゼルの方がお似合いだ)

 「では、お互いに生きていたらいずれ戦場でお会い致しましょう」

 ルルーシュはそう皮肉っぽい口調で言い捨てると、己も離脱すべく月下を動かす。
 だがそこへ現れたのは、左腕をもがれたランスロットだった。
 
 ランスロットは残った右腕でルルーシュの月下の首元をロックし、そのまま抑えつける。

 「白兜・・・スザクか!!」

 「ゼロ・・・お前を捕まえた!!」

 「そんなことを言ってる場合か!貴様も巻き込まれるぞ枢木!!」

 「お前を捕まえろと命令されている・・・!軍人は命令に従わなければならないんだ!」

 「フン!その方が楽だからな!人に従っている方が!」

 「うっ」

 「お前自身はどうなんだ!」

 「違う!これは俺が決めた俺のルール!!」

 自らに言い聞かせるかのように叫ぶスザクに、ルルーシュはこのバカがと思う余裕もなくスザクを振り払おうとするが、相手が破損しているにも関わらず振りほどけない。

 「この、ブリタニアの犬があっ!ゼロを放せ!!」

 カレンが操る紅蓮が乱入すると、スザクに向かって号乙型特斬刀で斬りかかる。 既にランスロットとの激戦で欠けていたために威力は低いが、それでもなんとかルルーシュは離脱に成功した。
 
 「助かったぞカレン!全力でこの場から退却する!!」

 「いえ、私はゼロの親衛隊ですから!では、私が!」

 紅蓮がランスロットに向き合うと、既にミサイルはルルーシュ達に向けて照準が合わさっている。
 シュナイゼルが乗艦しているのは、アヴァロンの小型版のような浮遊航空艦であった。

 ダールトンからコーネリアが襲撃され、それがスパイによる情報漏洩による可能性が高いと聞いたシュナイゼルはアヴァロンの他にもう一機別の浮遊航空艦を用意させており、ユーフェミアと別れた後上空で待機させていたそれに乗り換えたのである。
 アヴァロンより威力も防御力も劣るが、それでもナイトメア数機を葬り去る程度のことは十分可能なのだ。

 「シュナイゼル兄様・・・!スザクごとゼロを・・・?」

 ユーフェミアは青ざめた顔でそう呟くと、慌てて海軍航空母艦の外に飛び出した。

 「ユーフェミア殿下、何を?!外に出ればミサイルの衝撃が来ますぞ!どうぞ中へ!!」

 「シュナイゼル兄様にお伝えなさい!わたくしが巻き込まれる危険があると!!それでも発射命令を出せますか?!」

 「あのような騎士など、いくらでも代えがおりましょう!わがままも大概になさって頂きたい!!」

 不敬罪に問われかねない台詞だが、周囲も同感だったらしい。誰からも咎める声は上がらなかったが、ユーフェミアはそれを無視してスザクの元へ向かおうとする。

 背後で合流したセシルがユーフェミア様なら、と希望を見出すが、ロイドは諦めた表情で『駄目じゃないかな・・・それでも』と溜息をつく。

 案の定ユーフェミアの言葉を伝えられたシュナイゼルだが、あっさりと“それは私がミサイルを発射した後に聞いたことにするよ”の台詞の元に切り捨てた。
 そしてその手を振り下ろし、ミサイルを発射する。

 「接近するミサイルを確認!」

 「ええい・・・!全ナイトメア、飛来するミサイルに弾幕を張れ!全弾撃ち尽くしても構わん!!」

 藤堂の指示に退却し遅れたナイトメアがゼロを守るべく弾幕を張るが、それでも防ぎきることは不可能だった。

 「このままではお前も死ぬ!本当にそれでいいのか!!」

 「枢木少佐、これは無駄死にではないぞ!
 国家反逆の大罪人・ゼロを確実に葬ることが出来るのだ!
 貴公の功績は後々まで語り継がれることとなろう!」

 「黙れぇぇぇっ!!」
  
 通信を傍受したルルーシュは絶叫するが、スザクは苦渋に満ちた顔で言った。

 「く・・・ルールを破るよりいい!!」

 「この、解らず屋があっ!!」

 ルルーシュはスザクの説得を、完全に断念した。これほど言い聞かせても、捨て駒にされてもなおそれでいいというなら、もはや何を言えばいいというのか。

 「もういい!!お前とともに新たな日本を見たかったが・・・残念だ。もう、二度と言わない」

 「ゼロ・・・?」

 「さらばだ、スザク」

 ファーストネームだけでそう別れの言葉を告げると、カレンに向かって指示する。

 「カレン、紅蓮がそのざまでは脱出は無理だ。既にエトランジュ様に救護の準備を依頼してある!脱出装置を作動させろ!
 他のメンバーはナイトメアで脱出ポイントまで退却!私も追って脱出する」

 今回の作戦にマグヌスファミリアの一行が参加しなかったのは万一の事態に備えた救護のためか、と一同は納得し、それならばと藤堂達は一目散にミサイルを避けて退却していく。

 「さすがゼロ・・・紅月 カレン、脱出します!!」

 カレンが脱出装置を作動させてコクピットが放出され、海へと吸い込まれていく。
 
 「あ~あ、あとで紅蓮を回収しなくっちゃね」

 通信を聞いていたラクシャータは残念そうだが、あの攻撃ではブリタニア軍も退却しているだろうから、その隙をついてなんとか回収するしかない。

 続けてゼロも月下から脱出装置を作動させると、彼もまた海へと飛んで行った。

 「ゼロ・・・!!逃げるな!」

 スザクがそう叫んだ刹那、ミサイルが付近に着弾した。
 響き渡る閃光と轟音・・・そして、スザクの思考が黒く染まる。

 (スザク・・・!まだ死んではなりません!)

 そう念じながら甲板にあったナイトメアにまさに乗ろうとしていたユーフェミアも、爆風をもろに食らって海へと落ちて行った。





 「ここは・・・・?」

 「気がつきましたか、ゼロ」

 気を失っていたルルーシュが目を覚ますと、視界に飛び込んで来たのは金髪に青い目を持つエトランジュの心配そうな表情だった。

 「エトランジュ、様・・・ここは・・・」

 「神根島ですよ。貴方を回収した後、一番近い島がここでしたので・・・今アルカディア従姉様とクライスが、カレンさんを探しに行きました」

 ルルーシュがエトランジュ達に会った際に依頼したのは、ミサイルなどを撃たれて退却に失敗した仲間を救護する事だった。
 水中に潜れるイリスアーゲートはまさに適役で、何よりエトランジュ達が慌てて海中に仲間を助けに向かう予知が来ていたことを聞いていたためである。

 この予知のお陰で慌てることなく速やかに救助に動いたマグヌスファミリアの一行は、すぐにルルーシュを回収することに成功した。
 次にカレンを救助すべく、ルルーシュをエトランジュと護衛のジークフリードに任せ、アルカディアとクライスは再びイリスアーゲートで探索に出たのである。

 「そうですか・・・お世話をおかけして、申し訳ありません」

 「いいえ、仲間ですから。お気になさいませんよう・・・あ、これお飲みになりますか?」

 エトランジュが温かいスープが入ったマグカップを差し出すと、ルルーシュは礼を言って受け取った。

 「今、周囲にブリタニア軍がいるんです。何でもユーフェミア皇女がミサイルの爆風に巻き込まれて飛ばされたとかで」

 「またあいつか・・・!探索が減る頃を狙って、脱出するしかないということか」

 「一応通信で外部と連絡はとれますから、力ずくでの脱出も可能かと」

 エトランジュの提案にそれもあるかとルルーシュは策を巡らすが、目覚めたばかりで脳がうまく働かない。
 と、そこへエトランジュが冷静な口調で言った。

 「それに、ゼロ。こんな手もありますが、いかがなさいますか?」

 「こんな手、とは?」

 ルルーシュが尋ねると、エトランジュは先に脱がせて乾かしていたゼロの仮面を差し出して被るように促してきた。
 それに不審を感じたが、彼女が無駄なことをさせる性質ではないことを知っているルルーシュは素直にそれを被ると、エトランジュが言った。

 「ジークフリード将軍、あの方をこちらへお連れして下さい」

 「はい、レジーナ様」

 レジーナとはエトランジュの偽名で、EU圏の言語では女王を意味する単語である。
 岩陰にいた軍服をきっちり着込んだジークフリードが連れて来た人物を見て、ルルーシュは目を見張った。

 「・・・・!!!」

 いちおうの手当てはされたのか、豪奢なドレスは脱がされてその身体は毛布にくるまれ、包帯が右手に巻かれた痛々しい姿で現れたのは、自らの異母妹であるユーフェミア・リ・ブリタニアであった。



[18683] 第十二話  海を漂う井戸
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/31 12:01
  第十二話  海を漂う井戸



 ユーフェミアは仮面をつけたゼロをじっと凝視していたが、やがて確信を持って叫んだ。

 「ルルーシュ、ルルーシュなのでしょう?!」

 「!!!」

 一同は内心で驚愕したが何とかそれを態度には出さず、代表してジークフリードが銃を彼女のこめかみに突きつけて言った。

 「発言を許した覚えはありませんぞ、ユーフェミア皇女。貴女の今の立場は捕虜です・・・それをお忘れきように」
 
 低い声で牽制されてユーフェミアが黙りこくった隙に、エトランジュがギアスでルルーシュに尋ねた。

 《あの様子では、確信がおありのようですよゼロ。どうなさいますか?》

 《全く、彼女は無駄に勘が鋭かったからな・・・このまましらばっくれても、どこかでまた何か言いだすに決まっている》

 この前のスザクによる電話での行動がいい例だ。彼女は自分の情だけで動いて、結果相手を追いつめる。
 失敗しても“そんなつもりじゃなかった”と泣きごとだけを言って、反省しないのだ。

 《それに、私もいろいろと覚悟を決めましたのでね。もういいですよ》

 《と、申しますと?》

 エトランジュが尋ねると、ルルーシュは仮面に手をかけてそれを外した。
 チューリップ形の仮面の下から、黒い髪と紫電の瞳を持った少年の顔が現れると、ユーフェミアは涙を流して喜ぶ。

 「やっぱり・・・ルルーシュ・・・!」

 「ああ、お前達が使い捨てにした皇子だよユフィ。そして俺がゼロだ。
 それで、よく喜べるなユフィ・・・お前の姉が俺を殺そうとして、俺がコーネリアを半殺しの目に遭わせたというのに」

 感動の再会とは程遠い台詞を叩きつけられて、ユーフェミアの表情が凍りついた。
 そう、ルルーシュとコーネリアが幾度も殺し合っていたのは事実であり、またコーネリアを意識不明の重体に追いやったのは自分であると、彼は認めたのだ。

 「ルルーシュが、お姉様を?本当に?」

 「正確にはコーネリアを襲撃したのは私どもですが、その作戦を考案して下さったのは間違いなくその方です」

 エトランジュが淡々と事実を述べると、ユーフェミアは身体を震わせた。

 「本来なら、そこで仕留めたかったのですが・・・さすがはブリタニアの指揮官機、頑丈すぎてとどめはさせなかったですね」

 死ねばよかったのに、と裏に隠された台詞を感じ取ったユーフェミアは、ルルーシュの横に当然のように立つ少女を見つめた。

 外見は金髪碧眼といった、典型的な白人である。いつもは青いケープをまとっているのだが、日本の夏の湿度と暑さに負けて脱ぎ捨て、大きな青いパラソルを周囲にさして陽射しを防いでいる。

 「あの・・・貴女は?日本人ではないようですけど、ブリタニア人、ですか?」

 「白人が皆ブリタニア人ではありませんよ。私達は貴女の姉によって故郷を滅ぼされた国の者です」

 「・・・そう、ですか。その・・・ごめんなさい」

 ユーフェミアが謝罪するが、エトランジュは首を横に振った。

 「別に貴女のせいではないので、謝って貰っても困ります」

 「で、でも私の父と姉のせいで・・・!」

 「ええ、確かに貴女の父君と姉君のせいですが、貴女のせいではありません。
 貴女が謝罪したからといって私の家族は蘇りませんし、故郷が戻ってくるわけでもないので、無意味なことはおやめになったほうがよろしいかと」

 自分の謝罪は無意味と言われ、ユーフェミアは傷ついた表情になった。そこへルルーシュが冷たい声で尋ねた。

 「では聞くが、謝ってどうするんだ君は?それでレジーナ様が喜ぶと思ったのか?」

 「え・・・?でも、私の家族のせいだから謝るのは当然では」

 「謝るだけで解決する問題じゃないと言っているんだ」

 ルルーシュの指摘に、ユーフェミアはまたしても己の考えのなさに気づいた。ルルーシュは溜息をついて、異母兄として最後に異母妹に現在の状況を教えてやろうと思った。
 過去、仲の良かった彼女だからこそだ。そして、二度と異母兄としてユーフェミアには会わない。それが、ルルーシュの覚悟でありけじめだった。

 「ユフィ、これが君の兄としての君への最後の言葉だ。どう捉えるかは君の自由だ」
 
 「ルルーシュ・・・最後って・・・どうして・・・せっかく会えたのに」
 
 目を潤ませたユーフェミアに対して、ルルーシュは大きく溜息をつく。

 「では聞くが、俺がどうしてブリタニア皇族として復帰しなかったのか、何故俺がブリタニアに反逆しているのか、解っているか?」

 「それは、ブリタニアに戻ったらまた政治の道具にされるからで・・・」

 「それもあるが、一番の理由は“俺達がブリタニアに殺されかけた”からだよユフィ。
 あの時日本への開戦理由は俺達が日本人に殺されたというものだった・・・そんな中でのこのこと現われてみろ、言いがかりで国を滅ぼしたなどブリタニアが認めると思うのか?」

 「実際、言いがかりをつけて各国を植民地にしているので、ルルーシュ様のご生存が知れても世界的にはブリタニアらしいと思われて終わるのではないでしょうか」

 「ふふ、レジーナ様もなかなかおっしゃるものだ」

 マグヌスファミリアが占領された際も、“何であんな僻地を植民地にしたのだろう”と疑問に思われただけで、もはやブリタニアが植民地を増やすための開戦理由については議論すら起こらなかった。

 「だから俺達が生きるには、ブリタニアが邪魔なんだよ。
 いつまでもあの学園の箱庭にいられないからな・・・もっとも、その箱庭ももう壊れたが」

 「どうして?!私もスザクも、誰にも言って!!」

 「誰も言ってなくても、お前のことだ・・・自重出来ず会いに来るに決まっている!
 電話に関してもそうだ・・・政庁の電話からかけてくるなど何の冗談だ!!」

 エトランジュはそのやりとりを聞いて、ユーフェミアがルルーシュの生存を知って政庁の電話からルルーシュに連絡したことを知った。

 「それは駄目ですねユーフェミア皇女。バレるきっかけは充分でしょう」

 「どうして?!」

 「だって、政庁の電話って記録が残るのでしょう?
 アッシュフォード学園にユーフェミア皇女が何の用事でかけたんだろうって調べられたら、すぐに解ってしまうのでは」

 「総督の許可がなければ、皇族が使う電話の通話記録は公開出来ません」

 「その総督は意識不明の重体だが、助かる可能性は高いと聞いた。意識が戻ったら、真っ先にやるのはお前の行動調査だろうな。
 当然通話記録も見るだろうな、姉上なら確実に」

 ルルーシュの姉をよく理解している指摘に、ユーフェミアは青くなった。
 コーネリアはいつも過保護で、本国にいた時でさえそういう行為がたびたびあったことを思い出したのである。

 「君の性格は信頼している。だが、はっきり言おう・・・君の能力が信用出来ないんだよユフィ。
 君は嘘をつくことに向いていなさ過ぎる・・・コーネリアに問い詰められれば、いずれ確実にボロが出る」

 「ルルーシュ・・・!じゃあ、もしかして」

 「ああ、ここから脱出したら、すぐに俺とナナリーはアッシュフォードを出る。アッシュフォードに咎めがないようにしてやってくれ」

 それだけ頼む、とルルーシュに頭を下げられて、ユーフェミアは慌てて止めにかかる。

 「で、でもあそこを出てどこへ行くの?」

 「予定地はいくつかあるが、君には言えない。スザクが騎士になった時点で、準備はしてあったからな」

 「どういうこと?」

 「名誉ブリタニア人が皇族の騎士になったというので、その座からスザクを引きずり下ろそうといろいろ調べている連中がいてな。
 幸い奴は素行は真面目だったしアッシュフォードが俺達を守るために厳重な警備を敷いていたからバレなかったが、もし俺とスザクが一緒にいるところをスクープされていたら“生きていた皇族の生存を隠していた”とバッシングの対象にされて、芋づる式に俺達も戻らされていたさ」

 自分がよかれと思ってしていたことが大好きな異母兄を追いつめていたことを知って、ユーフェミアは砂浜に座り込む。

 「それは君のせいじゃない・・・その時点で君は俺の生存を知らなかったんだからな。
 だが、経過はともかく結果はそういうことになったので、引っ越しの準備はしてあったんだよ」

 それに加えてユーフェミアに生存が発覚したため、すでにルルーシュはナナリーに近日中にアッシュフォードから出ることになるかもしれないと伝えていた。
 ナナリーは残念がったが、このままではミレイ達に迷惑がかかると言うと仕方ないですねと寂しそうだった。

 「そんな・・・そんな・・・私のせいで・・・」

 「ああ、君の不用意な行動のせいだなユフィ。
 それに、さっきも言ったが日本人の生活をよくしたいと言っていたあれだ・・・あれも最悪だぞ」

 ルルーシュは幼い頃のユーフェミアをよく知っていたから、彼女は善意で日本を良くしようとしていることを理解していた。
 しかし、それはあくまでも彼女を知っていればの話だ。会ったこともない人間を理解しようとすれば、それは今現在の行動によって推し測るしか術はないのである。

 「俺が君の異母兄じゃなかったら、間違いなく君をそんな目で見ていた。ただの理想だけで生きている馬鹿なお姫様だ、しょせんは弱肉強食の国是の皇族だとな。
 そちらにいらっしゃるレジーナ様に聞いてみるといい・・・君がどんなふうに見られているかが解る」

 ユーフェミアが恐る恐る無表情で立っている少女に視線を向けると、エトランジュはすっとその場から歩きだした。

 「あの・・・!」

 「少々お待ち下さい。準備して参りますので」

 エトランジュはそう言うと持って来ていた簡易テーブルと椅子を準備し、ユーフェミアに座るように促した。

 「海で流されて立つのもお辛いでしょう、どうぞお座り下さい」

 「あ、ありがとうございます」

 お礼を言ってユーフェミアが席につくと、エトランジュはヤカンからお湯を注ぎ、インスタントのスープを作って彼女に差し出す。
 そのユーフェミアの背後には、銃を持ったままのジークフリードが立つ。

 「毒は入っておりませんので、よろしければどうぞ」
 
 「・・・ありがたく頂きます」

 初めて飲むインスタント特有の濃い味にユーフェミアは瞬きしたが、好意で作って貰ったのだからとユーフェミアは半分飲み干してカップをテーブルに置く。
 温かいスープのおかげで、海で体温が奪われた上にルルーシュの糾弾に血の気が引いた顔に赤みが戻る。

 「それ、あんまり美味しくないですよね、ユーフェミア皇女」

 突然にそう言われて、ユーフェミアはどう答えたらいいか分からず口ごもる。
 作って貰っておいてまずいとは言えないし、かといって美味しいというのも嘘を言っているような気がしたのだ。

 「私も国を追われた先で初めてインスタントを口にしたのですが・・・お湯を注ぐだけで食べられる便利さなのに、味が濃くて美味しい印象はなかったんですよ」

 もちろん質がいい物はインスタントでも美味しくて、ブリタニアの高級軍人などが野営で食べる物はそう言う代物である。

 「でも、今トウキョウ近辺のゲットーの方々は、そういうものですら滅多に食べられないんですよユーフェミア皇女。どうしてだと思います?」

 「え・・・どうしてって・・・ごめんなさい、解りません」
 
 素直にユーフェミアが答えると、エトランジュは怒ることなく答えた。

 「ブリタニアがブリタニア人や名誉ブリタニア人のゲットーへの立ち入りを禁じた上、各ゲットーからの移動も禁じたせいです。
 東京近辺には畑などございませんし、あったとしても既に日本占領時に壊滅状態になったのでとてもそこで作物を作れる状況ではないんです。
ではあそこに住む方々は、どこから食料を手にすればいいのでしょうか?」

 「あ・・・!」

 「もちろん最低限の食料は送られてはいますが、全員を賄えるには至っていませんでした。
 しかもその食料を買うためのお金もないんです・・・租界での仕事が制限されましたからね」

 ユーフェミアはレジスタンス狩りを防ぐことばかりに目が行って、その他についてまるで見ていなかったことに気づかされた。
 言われてみれば租界とゲットーの行き来を分断するということはさらなる区別化に続くものであり、ブリタニアの国是にまことにふさわしい行為でしかないと。

 「人間食べ物がなければ死ぬしかありません。つまり日本人は飢えて死ねと態度で表明したことになってしまうのです」

 「そんなつもりはありません!!ただ、レジスタンス狩りを止めたくて、その法案に許可を出してしまったのです」

 ユーフェミアが叫ぶと、エトランジュはなるほどそういう意味もあったのかと納得した。

 「確かにブリタニア人が来なかったのでゲットーでは私どもも動きやすかったですが、残念ながらそれは伝わっていませんでした。伝わらない善意は無意味でしかありません。
 軍に殺されるか餓えに殺されるかという違いに収まっただけと言えるでしょう」

 じわじわと襲ってくる分、飢えの方が恐ろしい。目に見える軍なら反撃のしようもあるが、全ての生物が歴史上飢餓に勝てた例は一つもないのだ。

 「すぐに戻って、食糧の配給を・・・!」

 ユーフェミアは慌てたように立ち上がるが、それをエトランジュがやんわりと止めた。

 「落ち着いて下さい、ユーフェミア皇女。やめたほうがいいです・・・反対されますから」

 「え・・・?」
 
 「今戻ってゲットーに食料を配布すると言ったとしましょう。
 まず周囲が止めるでしょうね・・・そもそもゲットーを封鎖したのはスパイを探すためなのですから、それが見つかっていない以上そんなことをすればスパイが動きかねないと」

 原因があって結果がある。
 この場合ブリタニアの行動理由である“スパイ活動防止”のために“ゲットー封鎖”をしたのだから、それを止めるためには“スパイ発見”をしなければならないのだ。

 「そして私達に要求しますか?スパイ活動を止めて欲しいと・・・そうすればゲットーに食料が配布出来るからと」

 ユーフェミアはまさに言おうとしていた台詞を先に言われて、ぐっと押し黙る。
 そしてエトランジュははっきりとした口調で詰問する。

 「貴女は説得する相手を間違えています。どうして彼らを説得しないのです?貴女は副総督であり、皇族です。
 私どもに戦いをやめて協力して欲しいと説得はするのに、どうして周囲の文官や姉であるコーネリア総督を動かそうとはしないのですか?」

 「それは・・・・誰もわたくしの言葉など聞いてくれなくて・・・」

 小さな声で答えるユーフェミアに、エトランジュはまた尋ねた。

 「日本人の方々や私達も、貴方の説得に耳を貸してはいませんよ・・・同じですよね?
 つい先ほどのゼロに対する説得を聞いて、私の従姉様は自分より下の人間にしか“説得”をしない自己保身に長けたお姫様だとおっしゃっておいででしたよ。
 なら何故貴女の言葉を聞かないのか、考えたことはございますか?」

 「お姉様はこのエリア11を平定したくて、テロリストを壊滅するのが一番の早道だとお考えだからわたくしの政策は駄目だとおっしゃるばかりで・・・。
 そんなお姉様に反発して、騎士団の方々が力ずくで日本を取り戻そうとしていると考えていました。
 だから和平などあり得ないと・・・そう思っているとばかり」

 「その通りです。
 何故かと申しますと、戦いをやめる条件がコーネリア総督は“日本人が服従すること”であり、日本人は“日本人を虐げるブリタニアの排除”だからです」

 ユーフェミアはその通りだと頷くと、エトランジュは小さく息を吐いた。

 「なら、どうすれば双方が矛を収められると思いますか?」

 その質問に、ユーフェミアはルルーシュから何もしてないのに要求だけするなと指摘されたばかりだから、“日本人がテロをやめること”とは言えなかった。
 となるとコーネリアを止めるべきなのだろうが、それが出来るならすでにやっている。

 「・・・解りません。もう、どうすればいいのか・・・」

 夏の暑い日差しの中、肩を震わせて小さな声で答えるユーフェミアにエトランジュは言った。

 「勘違いなさっているようなので言っておきましょう。赴任当初、貴女は日本人からそれなりの支持があったのです」

 あの戦姫と名高く植民地を増やすコーネリアと違い、妹姫は穏やかな性格でナンバーズでも差別しないという風評があったからだ。
 そのため多少なりと期待を寄せていたのだが、サイタマゲットーの虐殺についても何も言わず、その他のゲットーについても何らの政策を講じなかった上、トウキョウ租界とゲットーを封鎖してしまった。
 これでユーフェミアの評判は確定した、と言っていい。

 「ユーフェミア・リ・ブリタニアは口だけの皇女であり、ナンバーズを憐れむ自分が素晴らしい人物だと思い込んでいるお姫様だというのが私が聞く限り日本人最多のご意見です。
 貴女には貴女なりの思惑と善意はあったのでしょうが、それは為されなければ無意味なのです。
 政治とは結果あってのものだと、言われたことはございませんか?」

 自分に対する酷評を聞いてユーフェミアはうなだれたが、エトランジュの問いにはい、と小さな声で答えた。

 政治は結果を上げなければ認められない、失敗は己の死を意味する。
 だから余計なことはしてはならない、自分達がするから無理はするなと、副総督に就任してからは毎日のように言われていた。

 「貴女は自分を信用して欲しいと訴えましたが、それも間違いです。
 信用とはして貰うものではなく積み上げていくものだと、お父様は私におっしゃいました。
 ある程度日本人の生活を良くしてからならともかく、貴女は日本人に対して結果を上げることが出来ませんでした。だから貴女の言葉を聞く方がいなかったのです。
 それは逆に、ブリタニアの政治家や軍人の方も同じでしょうね。自分達の目的が達成出来ない政策なら、無視するのが当然です。
 そして、貴女の最大の間違い・・・それは“味方作りを怠ったこと”です」

 「味方作り・・・でも、そんなのわたくしに」

 「いたんですよ、それも大勢。主義者、と呼ばれている方々・・・ご存知ですよね?
 私いくつかのブリタニア植民地を回っていましたが、そう言う方々が政治家の中にも結構いらっしゃいました」
 
 「え・・・政治家にも?」

 「誰とは言えませんが、日本にもいましたよ?
 ユーフェミア皇女なら穏健な政策を打ち出している自分達をお呼びしてくれると思ったのに、結局何も言われなかったとおっしゃっておいででしたが」

 主義者とはブリタニア人でありながらブリタニアの政策に反対する人間のことを指し、ブリタニアでは国是に反するとして投獄対象にされることすらある者達のことだ。
 侵略に対する反対運動、ナンバーズの待遇改善を訴えただけで国家反逆罪になりかねないため、表だった活動が出来ない者達である。

 「主張が主張でしたので中間管理職以下の方々でしたからご存じないのも無理はないのですが、それでも穏健な政策を訴えた方はいらっしゃったのです。
 貴女と言う主義者がいたのですから、他にもいると思わなかったのですか?」

 周囲は全て姉の子飼いの者達ばかりだったから、当然国是を肯定する人間で構成されていた。
 だが、言われてみれば確かにその輪の外に主義者がいてもおかしくはない。

 地球上に68億人以上いると言われる人間である。当然様々な思想があり、考えがある。
 その中で、当人のみしか通用しない思想や考えというものはない。
 どれほど異常な思想であろうと、同調する人間が一人や二人必ずいるものである。

 ましてやユーフェミアのように穏健で平和を訴える思想なら、数え切れないほどいる。たとえ弱肉強食を唱える国のもとで生まれ育とうとも、己の判断でそれは間違っていると言えるブリタニア人もまたいるのだ。

 始め彼らはユーフェミアを旗頭として自分達の穏健政策を通して貰おうと考えていたが、幾度となく提出した提案書に対する返答もなく、ユーフェミアが語る政策を支持する者を探す気配もなかったので、諦めざるを得なかったのだ。

 「あ・・・わ、わたくし・・・そんなこと、想像もしていなかった・・・」

 ラプンツェルのように高い塔に住んでいるユーフェミアは、自分の状況を知らず己の髪を垂らすことをしなかった結果がこれである、
 もしほんの一筋でも髪の毛を垂らしていたら、それを伝って彼女の元へ来る者はいただろう・・・そう、スザクのように。

 「仲間はいないと思いこみ、一人でやろうとしたことが貴女の最大の失敗です。
 山火事を一人で消すことがどうして出来ましょう?」

 エトランジュはさらに説いた。
 シンジュクゲットーの荒廃ぶりはクロヴィスの虐殺のせいで確かに悲惨だったが、その他のゲットーもまったく開発が進んでいないこと、もしそれを見ていたらそれらを比較して問題点に気づけただろう、と。

 「たったひとつのゲットーだけを見てそれで判断してしまったのも駄目です。それに貴女は、日本人のご意見を伺った事はおありですか?」

 「スザクの意見しか・・・他の日本人は、わたくしを見るなり逃げてしまわれるので」
 
 「それでおしまいにしたのもいけなかったですね。
 貴女に伺いましょう・・・貴女はある日風邪を引きました。そしてお医者様が呼ばれて病状について伺ってきました。
 ・・・それを貴女にではなくその横にいたコーネリア総督に尋ねていたら、貴女はそのお医者様がうまく治療してくれると安心出来ますか?

 「・・・いいえ、そうは思いません」

 風邪を引いて苦しんでいるのはユーフェミアなのだから、自分が喋れない状態でもない限り本人に病状を尋ねるのが当然である。
 ましてコーネリアが頭痛がしているのに推測で『お腹をさすっていたから腹痛かも』などと伝えて腹痛の薬を処方されでもしたら、それで治るわけがない。

 つまりゲットーの状態をよくしたいのならゲットーの住民の意見を聞くべきなのであって、また各ゲットーの不満もそれぞれなのでシンジュクゲットーを見ただけで満足すべきではなかったということだ。

 ユーフェミアは的確な指摘をしてくれるエトランジュを尊敬の目で見つめたが、エトランジュはそれほど独創的なことを言ってはいない。
 そのどれもがかつて名君として名をはせた指導者達が行ったもので、彼女はそれを口にしているに過ぎないのだ。

 ルルーシュはそんな二人のやりとりを見て、大きくため気を吐いた。

 客観的に見て、能力値だけを見るならユーフェミアの方がはるかに優れている。
 エトランジュは国立のポンティキュラス学園(七歳から十五歳までの一貫教育を行う。マグヌスファミリアにある学校はここだけである)の勉学を国が攻め落とされた十二歳の時に中断されたままで、その後はひたすら戦争を終わらせるために費やし時間が空いた時にアルカディアなどから教わっているだけなので、学力は非常に低い。

 農耕馬の扱いに慣れているし移動手段として主に馬を使っていたので乗馬は得意だが、危険なスピードを出す競馬などは苦手らしい。
 さらに言えば、ナイトメアどころか車の運転すら出来ない。

 しかも女王といえど国力もブリタニアの地方男爵にすら劣り、他人の力を借りなければこうしてブリタニアと対抗することすら出来ないのだ。
 彼女がユーフェミアに優っている点と言えば、自活能力と語学能力くらいなものである。

 エトランジュは基本的に“失敗しない”ことを前提にして己の能力のほどを理解しているため、周囲をよく観察して考えてから動く。
 これまで守られ愛されてきたのはユーフェミアと同じだが、それ故に彼女は周囲の人間を信じて愛されているという自信があるからこそ、己の意見を伝えることをためらわない。
 そしてその分相手の意見を聞く耳を持っているから、周囲も安心して自分の言葉を伝えてくるのである。

 たとえばゲットーの日本人を移住させる際、彼女は必要なもののリストや計画書を作成し、それを一度扇や藤堂、キョウト六家に見せてこれでいいだろうかと確認していた。
 もちろん穴はいくつもあったが彼らも時間を割いて不足を指摘し、協力していた。
 他人の助力がなければ何も出来なくても、協力を得られるそれは間違いなく彼女の力であり、武器だろうとルルーシュは考えている。

 何故ならやっていることは確かに小さいが、そういうことの積み重ねが信頼を生み出し、その信頼のもと協力を得てその協力で物事を行うのが政治だからだ。

 「これで解っただろう、ユフィ。君が日本人からどう思われていたのか」

 「ルルーシュ・・・・ええ、本当、馬鹿です私」

 ユーフェミアは笑った。それは全く周囲を見ていなかったのだと理解した、自分への嘲りだった。

 エトランジュの話を聞く限り、彼女が来たのはナリタ連山戦の後だったという。
 自分より後に来たのに日本人を理解し、その信頼を得ているのは黒の騎士団に所属していることからも解る。
 また、彼女の言葉が事実なら既に主義者達とも親交があるのだろう。

 自分はいったい、これまで何をして来たのか。
 何も行っておらず、ただ理想を語りそれが受け入れられないと嘆いてばかり。

 それなのに目の前の少女は国を父と姉に滅ぼされ、知らない国でこうして国を取り戻すための戦いに身を投じている。
 常に考え、行動し、成果を上げているエトランジュの年齢を聞いてみると、自分より一つとはいえ年下の少女だった。
 
 だが、自分の父と姉に国を滅ぼされたという彼女がどうして自分のために話をしてくれるのか不思議に思い、おそるおそる尋ねた。

 「あの、どうして貴女はわたくしにそんなお話をして下さるのですか?
 わたくしは何もしていないとはいえ、わたくしの父と姉は・・・貴女の故郷を・・・」

 「はい、貴女の父親と姉のせいで、私の家族が93人も亡くなりました。
 現在は数字をつけられ管理された、私の大事な国です」

 「なら、どうして・・・わたくしを殺そうとは思わないのですか?」

 「理由はいくつかございますが、まずは無関係の方を殺してブリタニアと同じ人種にはなりたくないからですね。
 貴女は皇族ですから全くの無関係ではありませんが、侵略には関わっていない以上それを理由に殺すのは理不尽です」

 テロリストと同じ人種だからとサイタマやシンジュクのように利用し殺すような真似はしたくないというエトランジュに、ユーフェミアは姉の行為を何としてでも止めればよかったと後悔した。
 シュナイゼルのミサイルからスザクを庇おうとした時のように、サイタマに飛び込み虐殺を止めていれば、きっとエトランジュの言うところの“信用を積み上げる”ことになり、日本人の信用を得ることが出来ていたかもしれなかったのに。
 
 「そしてもう一つの理由は、私の最終目的がブリタニアを滅ぼすことではないからです」

 「え・・・でも、貴女は姉を」

 ユーフェミアが驚いたようにエトランジュを見つめると、彼女は頷いた。

 「ブリタニアを滅ぼすことは、手段であって目的ではないんですよユーフェミア皇女。
 私の最終目的はたった一つ、“占領された我が国を取り戻して帰国し、みんなで仲良く暮らすこと”なので」

 「みんなで、仲良く暮らす・・・」

 自分も幾度となく見た夢。


 EUも中華連邦もブリタニアもみんななくなって、世界が一つになって仲良く暮らせますように。


 最後のブリタニアもなくなっての部分がみんなに咎められたけれど、その夢を亡きマリアンヌだけが素晴らしい夢だと褒めてくれた。
 
 「そのためにはブリタニアが滅ぶか、国是を変えて植民地を解放するかのどちらかですが、あの皇帝が玉座に座っている限り不可能でしょうね」

 だからブリタニアを滅ぼすことにしたのだというエトランジュに、ユーフェミアはさらに尋ねてみた。

 「姉を殺そうとしたのも、そのためだと?」

 「ええ、あの人はブリタニアの国是を肯定しそのための侵略を現在進行形で行い、過去の所業も全く反省していませんからね。
 復讐心も消えようがありません・・・この状態で殺す以外どうしろと?」

 「ですよ、ね・・・」

 自分ですら無理だった説得に、他人である彼女が可能とは思えない。
 
 そして自分を殺さなかった理由も、姉と自分が別個の人間であると認めてくれたからこそだという彼女に、ユーフェミアは嬉しくなると同時に悲しくなった。

 (戦時下ではなかったなら、いいお友達になってくれたかもしれないのに・・・どうしてこんなことに)

 「こんな状況ではなかったなら、貴女とはいいお付き合いが出来たかもしれませんね。
 それだけに、とても残念です」

 「?!」

 エトランジュが自分と同じことを思っていてくれたと聞いて、ユーフェミアは思わず顔を上げた。

 「ブリタニアの皇族の中で、私の話を聞いてくれたのはルルーシュ様を除いては貴女だけなんですよユーフェミア皇女。
 コーネリアは都合のいい質問には答えてくれましたが、それ以外については答えになっていない答えしか返してくれませんでしたから」

 「・・・ええ、聞きましたレジーナ様。貴女とお姉様のやりとりを全て」

 「そう、ですか。もしかして、その通信からルルーシュ様がゼロだと?」

 ふと思い当たったエトランジュに、ユーフェミアはこくりと頷く。

 「最初に会った時から、ゼロには懐かしいものを感じていましたから。確信を持ったのはついさっきですが、レジーナ様の仲間の女性の言葉でそうじゃないかなって・・・」

 「その通信とは、どういうことですかレジーナ様」

 怒りを若干滲ませたルルーシュの声に、エトランジュは謝罪しながら答えた。

 「申し訳ございませんルルーシュ様。実はですね」

 『違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
 私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!』

 と言ったコーネリアに対して、アルカディアがうっかり『ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』と応じてしまったことを伝えると、ルルーシュは目を見開いた後そうですか、とだけ言い、案の定笑いだした。

 「クックック・・・確かに笑うか怒るかしかないですねこれは・・・ハハハハハ!」

 「ルルーシュ・・・」

 「あの時日本に送り出される俺達に、何の言葉もなかったくせに、よく言う・・・!せめて傷を負ったナナリーだけでも守ってくれていたらな!!」

 ダン、とテーブルを叩いたルルーシュにエトランジュとユーフェミアはびくりと肩を竦ませたが、何も言わなかった。

 「ああ、解っているさ下手に口出ししてその役目が己とユフィに来るのを恐れただけだということはな!!
 なら俺がナナリーと自分のために姉上を殺したとしても、文句はないはずだ・・・そうだなユフィ?」

 「・・・筋は通っていますわ」

 ユーフェミアは苦渋に満ちた返答をしながら、ルルーシュが姉を喜んで殺そうとしたわけではないことを悟った。
 そしておそらくクロヴィスを殺したことも、仕方ないと思いつつも苦しんでいるということも。

 「なら、もういいだろうユフィ。これ以上俺達を振り回すな」

 もうあの日々は戻ってこない。
 それを知って、七年前に自分の異母兄妹であったヴィ家の兄妹は死に、今戦っているのはブリタニア皇家に反旗を翻すゼロなのだと割り切るがいい。

 「その覚悟が出来ないなら・・・ユフィ、ブリタニア首都(ペンドラゴン)へ帰れ」

 何も知らなかったことにしてスザクとともに自分の箱庭に戻り、どちらが勝つにせよ全てが終わるのを見届けろと言い聞かせるルルーシュに、ユーフェミアは首を何度も横に振る。

 「嫌です、ルルーシュ!!どうして、どうしてこんなことに!!」

 とうとう泣きだしたユーフェミアに、エトランジュが静かに問いかける。

 「ではユーフェミア皇女、私からの最後の質問です。貴女の一番大切な物は、何ですか?」

 「・・・一番、大切なもの」

 「人でも物でも、主義でも構いません。貴女が一番に守りたいものをお答え下さいませんか?」

 「・・・私の一番」
 
 改めて問われると、何と難しい問いだろう。

 大切なものならたくさんある。
 優しく守ってくれた姉に、育ててくれた母に、自分を補佐してくれるダールトン。
 今は敵対する立場になっているのに、厳しくても忠告をしてくれたルルーシュに、幼い頃共に楽しく遊んだナナリーも大切だ。
 
 お飾り程度の力しかないのにそんな自分の騎士になってくれたスザクに、彼と同じみんなで仲良く暮らす夢も捨てられない。
 
 「私、大切なものがたくさんあって・・・決められないのです・・・!」

 「そうでしょうね、私自身こんな状況下でなければ同じ答えを返していたと思いますから・・・私と貴女は、よく似ていると思います」

 平和な状況なら、あれもこれもとたくさんの望むものが出てくる。
 エトランジュも大切なものがたくさんあって、どれが一番など考えたことはなかった。ユーフェミアと同様、世界中のみんなが仲良く暮らせる世界なら幸せだと夢見たこともある。

 マグヌスファミリアは小さな国で、国民がみんなで仲良く暮らしていた。
 そうでなければ国自体が成り立たないという事情があっても、家に鍵をかける習慣がないほど平和だった。

 王族と国民の垣根などないに等しく、誰でも挨拶一つで入れる城に、気軽に会える王族達。
 国民二千人のうち国王の姿を見たことがない人間などおらず、また声をかけたりかけられたりしたことがない者のほうが珍しいほどだ。

 それが普通だったから、国を追われ避難した先の外の国はエトランジュにとっては衝撃の連続だった。

 家族でさえ別々に住むことが珍しくなくて、王族や皇族の間では王位継承で互いに殺し合うという話を聞いた時は目を丸くしたし、ブリタニアではそれを皇帝自ら奨励していると知った時の衝撃は生半可なものではなかった。

 イギリスにあるマグヌスファミリアのコミュティの外へ、エトランジュが自転車を借りて買い物に行った時の話である。
 鍵をかける習慣がない彼女はうっかり自転車に鍵をかけないまま店に入り、用事を済ませて帰ろうとするとまさにそれを盗もうとした少年少女と遭遇した。
 たまたま通りかかった警官が彼らを補導したが、警官に叱られたのだ。『きちんと鍵はかけておかないと、盗まれても仕方ないぞ』と。

 「その言葉を聞いた時、心底怖かったですよ。だって、盗んだ方が悪いけど鍵をかけてない方も悪いという理論が本当に理解出来ませんでしたから」

 マグヌスファミリアでも窃盗事件が全く起こっていなかったわけではないが、何があろうが盗った方が悪いとなって被害者を叱るということはまずなかった。
 
 この出来事があって以降、エトランジュは早く故郷に戻りたいとそれだけを願ってきた。マグヌスファミリア以外の国で生きていける自信がなかったから。

 「私がこの・・・マグヌスファミリア(レジスタンス)女王(リーダー)に収まったのは、私が前(リーダー)の娘だからでした。
国民(メンバー)は私がただのお飾りと理解していましたから、何の期待もされませんでしたけど」

 自分の出自が明らかにならないよう、そう言い繕ったエトランジュは遠い目をした。

 父・アドリスが祖母のエマから王座を譲り受けたのは、エトランジュが四歳の時だった。
 アドリスはエマの15人の子供達のうちでも最も優秀と言われ、事実彼は外交で多大な成果を上げていたこともあり、三男であるにも関わらず不安定な世界情勢では彼の方がいいと推され望まれて王になった。
 
 その即位式の日、幼い自分を抱いてバルコニーに立つ父に期待の歓声を上げた国民達を見て、お父様は凄いんだと目を輝かせていたのを憶えている。

 けれどその娘が即位したとき、周囲から言われた言葉は。

 『大丈夫だからねエディ!僕達がついてる。無理しないで』
 『貴女は怖いことをしなくていいのよ。伯母さん達に任せて、お勉強していなさい。
 貴女に何かあったら、戻ってきたアドリスに叱られちゃうわ』

 急きょ造られた王座の上、エトランジュはぽつんとそこに置き去りにされたような気がした。
 
 解っている、自分は愛されているからこそそう言われたのだということを。
 だけど、戦争中の中まず叔父の一人が亡くなった。

 それと前後して、自分もブリタニア軍人を一人、手にかけた。
 その時思ったのだ。今は伯父達が政治を司ってくれているから自分は玉座のお人形でいいけれど、もしもみんな死んでしまったら?
 その時は、自分が王だ。父が、祖母が、さらにその先祖がしてきたように、二千人の国民を守る役をする王だ。

 一番高いところに設えられた自分の部屋から、二千人が住むマグヌスファミリアのコミュティを見た。形式上自分が治める、自分の家族を見た。

 怖かった。二千人だけなのに、他の国では村と称されるほどの人数なのに、彼女にはそれが大きく見えた。

 「いつまでもお飾り人形でいるわけにはいかないと、その時悟りました。
 だから、出来るだけのことをしていこう、今伯父達が健在なうちに学べるものは学ぼうと思ったのです」

 それ以来自分が出来ることはなんだろうと常に考え、EUから依頼された反ブリタニア同盟を築く使者となるために語学を、さらに政治や軍事について寝る間も惜しんで学んだ。
 何かをしていないと不安でならなかったし、何より自分はあんまり出来がいいとは言えなかったから、思いつく限りのことを全力でするしか出来なくて。

 「お父様は私にこうおっしゃられました。“大人になるということは、やりたいことをするためにやりたくないことをする”ということだと」

 「・・・だから、こうして戦争をする、と?」

 「そうです。私自身この手で既に何人も殺していますが、人を殺して愉快になった覚えはありません。
 それでもブリタニア軍人を殺し、死んでいくのを見て心のどこかで喜んでいる自分を自覚することがありますし、それは日を追うごとに多くなっているのです。
 いずれはブリタニア軍人のように、敵を殺して笑うようになるかもしれません」

 別にこれは皮肉ではなく、エトランジュの本心である。
 ブリタニアも黒の騎士団も人を殺すたびに快哉の声を上げ、戻ってきたらその成果を誇らしげに報告する。
 それをおかしいと思った時もあったがそれは既に過去のものとなり、自分自身素晴らしいことだと言うようになったのはいつからだったか。

 「変わっていく自分が怖い。だから早く戦いを終わらせて、私はみんなで家に戻りたいのです。私達のあの平和な箱庭へ」

 みんなで仲良くいつまでも。
 家族で怖いことや嫌なことを考えずに暮らせる、あの場所へ。

 それがエトランジュの一番の望みで、守りたいものだった。

 「矛盾しているとお思いでしょうね。
 だけど、そのために私はブリタニアの軍人を殺す策をゼロに求め、その軍人を指揮するブリタニア皇族を殺します」

 「・・・・」

 「平和な時代であれば一番など考えなくても許されますが、追い詰められれば大事なものに順位をつけて選ばなければならないのですよユーフェミア皇女。
 シャルル皇帝の言うとおり、人は平等ではありません。私は私の家族(いちばん)を守るために、他の誰かの一番を殺すのです」

 ユーフェミアはルルーシュを見た。彼自身もまた、順位をつけて選んだのだ。
 ナナリーを一番の座に据え、それ以外のものを下にして。
 ナナリーと自分が幸福に生きる道のため、仲が良かったクロヴィスを殺しコーネリアを殺そうと謀った。

 ルルーシュやエトランジュだけではない・・・今戦っている者すべてが、自分の一番のために。

 椅子から立ち上がって砂浜の方へと歩き出したエトランジュが、歌うように言った。
 
 「・・・井の中の蛙、大海を知らず。されど空の蒼さを知る
 
 「それは・・・どういう意味ですか?」

 ユーフェミアが尋ねると、エトランジュは波の中に足を浸しながら静かに答えた。

 「井の中の蛙は外の大海原を知ることはないけれど、井戸の中からだからこそ“空の蒼さ”を誰よりも知ることが出来るかもしれない。
 空しか見ることの出来ない井戸の蛙だからこそ、憧憬とともにその“空の蒼さ”を心に刻むことだってあるかもしれない、という意味です。
 私はずっと、小さな島国の中で生まれ育ちました。こうやって海を眺めてその先にたくさんの国があることを知っていても、そこを見ようとしたことはありません」

 みんなから愛されて、何の不安もない幸福な気持ちだったから。
 楽園に住んでいる人間は、新天地など夢にもみない。

 「けれど海原の先を知ることはなくても、こうして太陽が輝く青空が美しいことを知っていました。
 貴女は何を見て、そして何を知ろうと思いましたか?」

 「・・・解りません。考えたことが、なかったですから。でも」

 ユーフェミアは波の音と、風が吹いて揺れる葉の音を聞いた。
 そして、エトランジュの問いに小さな声で答える。
 
 「今からでもこれからいろんなものを見て、いろんなものを知って、そして考えていきたいと思います」

 「・・・時間はそうないと思いますよ?」

 「解って・・・います。でも、私はこれまで行動することこそが大事だと思っていましたが、何の考えもないまま動くことの愚かさを教えて頂きましたから」

 「考えるだけ考えて、動かないというのも無意味なのですけどね」
 
 かつての自分がそうでした、とつくづく両極端な過去の自分とユーフェミアを思い浮かべたエトランジュは小さく笑うと、空を見た。
 灼熱の太陽が光り輝き、雲一つない蒼天の夏空。

 「綺麗ですね、空」

 「・・・ええ」

 抜けるような青い空と、冷たい波の音と、涼しい風がそよぐ砂浜で。
井戸の中へ戻りたい蛙の女王様と、井戸の外へ飛び出すことを望んだお姫様が小さく涙を流していた。



[18683] 第十三話  絡まり合うルール
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/07 11:53
 第十三話  絡まり合うルール



 ミサイルの爆風を受けて海を漂い砂浜に流れ着いたスザクは、目を覚ました後まず周囲を見渡した。
 どうやら式根島付近の島だと当たりをつけると、通信機もないのでその場で救助を待つことにし、まずは水場を探すべく歩き出す。

 果実があちこちに生り、兎が走っていくのが見えて、水場さえ見つければ当分はここで過ごせそうだと考えながら辺りを見渡すと、滝の音が聞こえてそこに足を向ける。

 案の定小さな滝が見えてほっと一息つくと、そこにいたのは裸体の女性だった。 燃えるような赤い髪をした女性は自分の気配を感じたのかさっと振り向き、相手を見て驚愕した顔で叫んだ。

 「お前・・・!スザクっ!!」

 「わぁ!ちょっと!!」

 雰囲気が全く違ったのでカレンと思わなかったスザクは、相手が誰か解らず反射的に眼を覆った。
 それをチャンスと取ったカレンは、脱ぎ捨てて乾かしていた黒の騎士団の制服に駆け寄り、中からいつも持ち歩いているナイフを手に取る。

 「黒の騎士団の・・・!君は、黒の騎士団員か?!」

 「死ね、枢木 スザク!!」

 カレンは渾身の力を込めて襲いかかるが、海で体力を奪われていたこともあり、あっという間にスザクに組み伏せられてしまった。

 「日本人じゃ、ないね・・・ブリタニア人かい?」

 「私は日本人だ!!ブリタニア人なんかじゃない!!」

 裸体のまま地面に組み伏せられたカレンが吠えるが、スザクは相手をまじまじと見つめ・・・そして眉をよせて尋ねた。

 「まさか、君は・・・カレン・シュタットフェルトかい?」

 「そんな名前で呼ぶな!私は紅月 カレン!そしてゼロの親衛隊隊長だ!!」

 誇らしげにそう名乗ったカレンに今度はスザクのほうが驚愕したが、やがて苦渋に満ちた顔で言った。

 「そうか・・・カレン、君を拘束する。容疑はブリタニアへの反逆罪だ」

 スザクはそう宣告してカレンの腕を後ろ手に回そうとした刹那、背後から笑い声とともに銃声が轟き渡った。

 「くすくす、それは困るわねえ枢木 スザク。カレンさんを放しなさいな」

 「あ・・・アルカディア様!」

 スザクの背後から現れたのは青いステージ衣装をまとったアルカディアと、銃をスザクに向けているクライスだった。
 先ほどの射撃は威嚇だったのか、近くの岩に当って弾が地面に兆弾している。

 「君達も・・・黒の騎士団か」

 「いいえ、正式な団員じゃないわ。世界中にいくつもあるブリタニアレジスタンスのグループの一員よ。
 今は黒の騎士団に協力して、代わりにゼロの知略を借りているの」

 そういえば目の前の二人は黒の騎士団の制服ではなく、青を基調とした服を着ている。

 「・・・君達も、拘束させて貰う」

 「それも困るわねえ枢木。でも、そうね・・・あんたと私達じゃ、正直勝てそうにないわ」

 あっさり自分達の方が弱いと認めた相手にスザクは眉をひそめたが、カレンを後ろ手にして拘束し、二人に向き直る。
 だがアルカディアは余裕の笑みを浮かべて、ポケットからあるものを取り出してスザクに見せびらかした。

 「ねえ枢木、これ、なーんだ?」

 「・・・それは、ユフィの?!」

 目を見開いてスザクが凝視したものは、ユーフェミアが身につけていたチョーカーだった。

 高級なシルク生地があちこちちぎれていたが、頑丈な革のそれと中央についているピンク色の花は、いつも彼女が身につけていたものに違いなかった。

 「君達・・・まさか、ユフィを?!」

 「あら、主君をずいぶんと親しく呼ぶのね。ま、それは私達も同じだけど・・・仲がいい事はこっちにとっても好都合ね」

 アルカディアはクスクスとバカにしたように笑うと、今度はデジカメを取り出してとりあえずの手当てをして寝かせていたユーフェミアの画像をスザクに見せてやる。

 「ほら、大事なお姫様は私達が回収して看病してあげたわよ。今頃目を覚ましているんじゃないかしらね」

 「っ・・・!彼女は、今どこに?」

 「大事な人質よ、言うわけがないでしょう。とりあえず、カレンさんをこっちに渡しなさいな」

 「・・・ユーフェミア様と交換だ」

 スザクがカレンを強く引きよせながら要求するも、こういう交渉術はアルカディアの方がはるかに長けている。
 彼女はわざとらしく首を横に振ると、通信機を取り出した。

 「あら、別にいいのよそれでも。私達はそのままユーフェミア皇女を人質にして、包囲網を突破するだけだから」

 「仲間を見捨てるんだね。それが黒の騎士団のやり口か!」

 「ブリタニアも貴方を巻き込んで相手を殺そうとしていたじゃないの。
 ブリタニアはよくて私達は批難するなんて、さすがブリタニアの軍人、ご立派ねえ」

 ぱちぱち、と拍手をして褒めたたえるアルカディアに、スザクがぎり、と唇を噛む。

 「いいのよ、ブリタニアの軍人だものねえ。ブリタニアは何をしてもいいって考えなのはとっくに知ってるから、気にしていないわよ」

 「違う!!」

 「どう違うの?説明してくれない?」

 アルカディアが溜息をついて尋ねると、スザクはどう答えようと思案を巡らす。

 その一瞬の隙をついてクライスが銃をスザクの足元に発砲し、彼が驚いた隙にカレンは身をよじってスザクの手から逃れると一目散にアルカディアの方へ走りだす。

 「待て、カレン!!」

 「待つわけないでしょ、バーカ!」

 カレンがアルカディアに抱きとめられると、アルカディアが低い声で通信機に向かって言った。

 「カレンさん保護に成功!同時に枢木 スザクと交戦中。
 レジーナ、私達に何かあった場合、即座にユーフェミア皇女に傷つけてしまいなさい!」

 「な・・・!卑怯だぞ!」

 「あー、私何が何でも生きないといけない理由があるから。
 別にいいじゃない生きていれば・・・ちょっとぐらい傷つこうが、生きてるんだから」

 アルカディアはいっそ清々しい笑みを浮かべると、スザクに向かって外道な選択肢を突きつけた。

 「さて、選びなさい枢木。一つはそのまま私達を拘束し、引き換えにユーフェミア皇女に一生消えない傷をつけて人質交換に臨むか。
 二つ目はあんたが拘束されて後日無傷の主君ともども解放されるか・・・どうする?」

 「信用出来るか!」

 まことにもっともな返答に、アルカディアが教えてやる。

 「ユーフェミア皇女を殺すわけにはいかないのよねー。殺しちゃうとコーネリアが退場状態の今、他から有能な総督が来るから」

 「・・・・」

 「無能なお人形がトップの方が、こちらも何かとやりやすいの。
 覚えておくといいわ、弱いことが時として身を守るってこと・・・残念な意味で」

 「ユフィは無能なんかじゃない!!」

 スザクが目を吊り上げて否定するが、アルカディアははいはい、と手をヒラヒラさせてそれを無視する。

 「ま、そういうわけなんで生かしたまま適当に痛めつける手段を取ることになるの。
 そうなっちゃうと主君を守れなかった馬鹿な騎士を、ブリタニアが許すかしらね?
 せっかく掴んだ騎士の座、お互いにバカバカしい理由で失いたくないでしょう?」

 そうなったら白兜を操縦するパイロットがいなくなるので、こっちとしてもメリットはある。

 「くっ・・・好きにしろ!この外道が」

 「ブリタニアに言われても痛くもかゆくもないわね・・・クラ、拘束して」

 アルカディアの指示にクライスが銃を突き付けたまま、スザクの元に歩み寄る。

 「いっそ、殺っちまわないのかよ?」

 「ゼロの指示待ちかしら。戦闘時にこいつを見捨てる発言してたから、もしかしたらそろそろOKが出るかもね」

 クライスはスザクをナイトメア用牽引ロープで作った縄で後ろ手に拘束して座らせている間、アルカディアは持って来ていたケープを視線を逸らしながら彼女の身体にかけてやる。

 「目のやり場に困るから、とりあえずこれ羽織って。制服はまだ乾いてないんでしょ?」

 「ありがとうございます、アルカディア様」

 「いいのよ、気にしないで。そうそうカレンさん、ゼロも既に救助済みだから安心していいわよ」

 「本当ですか?!よかった・・・!」

 気がかりだったゼロの安否を知らされて、カレンは安堵のあまり涙をこぼす。

 「・・・ユフィはゼロの元にいるんだな」

 「そうだけど、あんたはともかくあの皇女様は生かした方が何かと便利だからちゃんと手当したわよ?
 いくらあの皇女がコーネリアの妹だからって、それだけで殺すほど私達も理性失ってないつもり」

 冷たい口調でそう言い放つアルカディアは、水筒からスポーツ飲料を出してカレンに手渡す。

 「はい、とりあえずこれ飲んで」

 「ありがとうございます。頂きますね」

 カレンは先ほどのやりとりで喉が渇いていたのでそれを受け取り、一気に飲み干す。
 冷えてほの甘いスポーツ飲料が、体の疲れを流していく。

 「いろいろとお世話をおかけしたようで、申し訳ありません」

 「仲間だからいいのよ、こっちもいろいろとお世話になってるしね。
 ちょっと休んで体力を回復してから、ゼロと合流しましょう」

 「いえ、私はゼロの親衛隊長ですから!すぐにでも」

 「だって、貴女の制服まだ乾いてないんでしょ?そのケープだけで彼の前に出るつもり?」

 思わず立ち上がりかけたカレンはその指摘に顔を真っ赤にして、再び地面に座り込む。
 背後ではスザクとクライスが、半裸のカレンから目を逸らしているのが視界の端に見えた。

 「・・・この暑さじゃすぐに乾くから、待ちなさい」

 「はい・・・そうします」

 カレンはゼロが救護済みと聞いて焦る必要はないと知り、大人しく制服を乾かしてから合流することにした。

 カレンが喉を潤している間、アルカディアはギアスでエトランジュと会話する。

 《カレンさんを保護することに成功したわ。制服が濡れてたから、乾かしてからそっちに合流するわね》

 《了解しました。あ、ユーフェミア皇女が目を覚ましたので、ちょっと言いたいことがあったのでいろいろと》

 《どうせ身にならないと思うわよ?
 ああいう中途半端に高い教育と権力を持った連中って、ピントのずれた考えしかしないから》

 ユーフェミアは自分が何とかしなくてはという考えはあっても“下の人間の立場に立って考える”という発想がないので、自分ではそのつもりでも視界に入るのは視野が広くても高い塔から見える景色だけだ。

 《ま、それでも言わないよりかはマシでしょう。で、スザクの捕縛に成功したんだけど・・・殺していい?》

 《あの、今はゼロ、ユーフェミア皇女とお話しているんです。これが最後の異母兄妹の語らいになるからと。
 この島から脱出出来たら、ナナリー様ともどもこちらに来るそうです》

 《最後の・・・そう、ゼロも覚悟決めたのね。そういうことなら、終わったら連絡ちょうだい》

 妹と共に、アッシュフォードの箱庭から出る。
 それはすなわち、本格的なブリタニアとの戦いに身を投じるということである。

 ユーフェミア皇女とルルーシュとはそれなりに仲が良かったと本人から聞いていたから、彼女にはそれなりの思い入れがあるのだろう。
 これから先コーネリアもなく自分と戦うことになる妹に、最後の言葉を。

 (家族、ね・・・ま、家族と殺し合わなきゃいけない彼にも、同情するし)

 家族と仲良く暮らしてきた自分達とは、何という差だろう。
 事情が違うだけで仲が良かった異母妹と殺し合わなければならない運命。

 それでも彼はその道を行くと決めたし、それによる利益を享受するのは自分達だ。
 なら、その程度のわがままくらいは聞いてやりたい。
  
 (こいつにも愛想が尽きたらしいしね・・・大事なものが次々にその手から零れ落ちていくゼロも、気の毒だわ)

 現在起こっている事態すら正確に把握していない目の前の男を見つめて、アルカディアは小さく溜息をつく。

 「まったく、これだからブリタニアは・・・」

 「ですよね!迷惑ばっかりかけるんだから!」

 カレンがアルカディアの呆れた様子に同調すると、スザクが怒鳴る。

 「それは君達がテロなんかするからだろ!」

 「そーね。私はブリタニア嫌いだから、滅んでしまえと思ってるからね。で?」

 「で?・・・って」

 今更何言ってんの、と表情で語るアルカディアに、スザクは言葉を詰まらせる。
 
 「向こうは他国が嫌いで侵略しているので、私達はそんなブリタニアが嫌いです。だから戦争しています。以上・・・何か言うことあるの?」

 「それは間違っている!ルールに従わなければ、いい結果は得られない!!」

 「国際法にははっきりきっぱり、侵略に対する抵抗権が認められてるわ。
 私の国だってそれとは別だけど同じことが明記されてる・・・民衆に害を及ぼす者の排除を認めるってね」

 ルール的には問題ないと言うアルカディアに、スザクは違うと首を横に振る。
 
 「ええ、ブリタニアの法律からすれば間違ってるわね、知ってるけど・・・でも私達、ブリタニア人じゃないから」

 「そう言う意味じゃない!!中から変えていくことこそが大事だと言っているんだ!」

 「私達が?ナンバーズの私達が、ルールにのっとって中から変えるべきだと?」

 アルカディアが正気を疑うような眼差しで問いかけると、スザクは至極真面目にそうだ、と頷いた。

 「・・・あんたってさあ、子供の頃新しい遊びを覚える時ルールの説明も聞かずに『説明なんかより、まずはやってみよーぜ!』って言うタイプだったでしょ」

 いきなりな台詞だが、過去の己を言い当てられてスザクはどうして解ったのかと驚いた。

 「現在を見りゃ、そいつの過去はある程度解るわよ・・・あんたほど解りやすいのも珍しいけどね」

 「っつ・・・それが、どうしたっていうんだ?」

 「どうしたもこうしたも、ルールルールって言う割に根本的なルールを把握してない状態でそれを変えようって・・・おかしいと思わないの?」

 あんたバカだろと横にいたクライスが呟き、カレンも同じ表情である。

 「根本的なルール?」

 「ブリタニアの国是は純粋なブリタニア人とナンバーズを区別してて、公職につけるのも物凄い限られてるの。そこまでは解る?」

 まったく解っていないスザクに、大仰に溜息をつきながらもアルカディアは説明してやる。

 「それでね、ブリタニアの法律にはっきり書いてあるのよ。“ナンバーズは国是に対して刃向かってはならない。また、ブリタニア法律の変更を求めることをしてはならない”ってね」

 「つまり、ルール上俺達ナンバーズは“ルールを変更してはならない”ってわけだ」

 だから力ずくでブリタニアを潰そうとしているのだというアルカディアとクライスに、スザクは目を見開いた。

 「・・・ナンバーズに許されないなら、それを否定するブリタニア人に協力して貰えば!」

 ユフィのように皇族にだって国是を否定しナンバーズを救う意志のあるブリタニア人がいると叫ぶスザクに、カレンが言い返す。

 「ゲットーを封鎖したあのお姫様ね!おかげで今日本人は散々な目に遭ってるわよ!」

 「な、なんだって・・・?」

 「あのさあ、あのゲットーの状態で仕事があると思う?」

 説明するのもめんどくさいと顔に書きながらも、水筒からスポーツ飲料を飲みながらアルカディアが問うと、スザクは首を横に振る。
 
 「租界で日雇いで何とか食べていける日本人がほとんどなのにその仕事も奪われるし、食糧は制限されてさあ・・・その食糧だってタダで配られるものじゃないから、それすら買えない人でゲットーはいっぱいになりましたー」

 さらりと告げられた内容に、スザクは真っ青になった。
 だがそれはもとはといえばコーネリアを襲ったテロリストが悪いのだと言い募ろうとするも、アルカディアは空になった水筒をスザクに投げて口を閉じさせる。

 「いいのよ、言わなくて。『コーネリア総督を襲ったテロリストに通じているスパイを探すためだから、悪いのはテロリストだ』でしょ?」
 
 「そのとおりだ・・・」

 「うん、そうね。ブリタニア人は弱肉強食が国是、だからたとえとばっちりを食ってもそれに耐えきれない方が悪いんだものね。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』
 ・・・そう言われても、ナンバーズだから仕方ないのよ」

 だから何の対策もしていないのでしょう、と笑うアルカディアに、スザクは知らなかっただけだと否定する。

 「政務を司る者が、知らなかった・・・ね。あの無能なお姫様らしいわ」

 「ユフィは無能じゃ!」

 「ええそうね。ブリタニア人からしたらナンバーズは治める民じゃないもの。
 目に入れるべき存在じゃないわけだから、ブリタニア人の利益を守るために日本人を見殺しにしただけでしょうから、無能じゃないわねえ」

 弱肉強食を掲げ、ナンバーズを差別するのが当然のブリタニア人でありその頂点に立つ皇族だからルール上間違っていないというアルカディアに、スザクは何故そうもユーフェミアを悪意の対象に取るのか解らなかった。

 ユーフェミアは優しく温厚な性格であり、いつも日本人の生活を憂えている皇族だというのに、どうしてそれを解ろうとしないのか。

 「ユフィは、僕達の生活を変えようとしてくれて僕を騎士に取り立ててくれたんだ!
 その彼女を悪く言うのは許さない!!」

 「悪化してるって今ついさっき言ったでしょうが!!何聞いてたのよあんた!!」

 カレンが怒鳴るとアルカディアはだけは冷静に言った。

 「だから、自分に従わないナンバーズはどうでもいいってことでしょう?
 私にはそうとしか見えない」

 そう言う意味じゃない、と唸るように言うスザクに、アルカディアははっきりと告げてやった。

 「あんたはブリタニア人だもの、だからあんたの言ってることは間違ってないの。
 ブリタニア人の主張としては全くルールに沿った意見だから、あんたは間違ってないわよ?」

 「ブリタニア人としては、間違って・・・ない?」

 スザクは間違ってないと言われて安堵の息を吐きかけ・・・そして真の意味に気付いてハッと顔を上げた。

 「ブリタニア人として・・・じゃあ、他以外からは」

 「間違ってるとしか言いようがないわね。
 他国侵略して他国人を殺して支配してるんだから、正しいと思う訳ないでしょう」

 「・・・・」

 「それを肯定してるから、ルールに従うべきだって言ってるんでしょ?普通間違ってると思うルールに従う人なんていないからね」

 「違う・・・肯定してなんかいない・・・!」

 「ついさっき説明したでしょう?ナンバーズは国是を変えてはいけないの。
 ルールに従ったらそもそもルールの改変が出来ないんだから、肯定するしかないじゃないの」

 同じこと何度も言わせるな、とアルカディアは呆れを通り越して無感動に言う。

 「ユフィなら・・・やってくれる!そう約束してくれたんだ!」

 「そこまで言うなら、こっちもはっきり教えておくわね。
 あんたの言うその方法は確かに一番いい方法なの。“国是を否定する皇族が皇帝になって、植民地を解放して戦争をやめる”っていうのはね」

 あっさりスザクの主張に利があることを認めたアルカディアに、カレンの方が驚いた。

 「え・・・でも、貴女達はそんなこと一言も」

 「実現性が低すぎたんで、言わなかっただけよ。ただ、実現すれば一番いい方法なのは確かなだけ」

 そう前置きしてアルカディアが説明する。

 まず、国是を否定し植民地を解放することにより、ナンバーズがいなくなる。
 当然それまで疲弊してきた祖国を立て直すことに追われるが、同時に戦争をする理由も余裕もなくなるため、一時的にせよ戦争は収まるだろう。
 あとはゼロなりエトランジュなりがその間に『ブリタニアは反省したのだから追い詰めるようなことはやめて、賠償金を出させてそれを復興資金にしよう』などと訴えていければ、とりあえず一息つける。
 ただし、ブリタニア以外という副詞がつくが。

 「別に殺し合いをしなくても日本も私達の国も戻って来るから、植民地にされた私達にとっては一番いい方法なの。
 でも、ブリタニアは思い切り嵐に見舞われるわね。自分達に非があると認めることになるから賠償金を支払わないといけなくなるし、復興資金や技術の援助も行わないとだめね」

 「・・・・」

 「18カ国ある国々に対する賠償となったら、相当な額よ。それこそ皇族、貴族からも大量の税金を取らないと追いつかないでしょうね。
 これまで特権に浴していた皇族貴族、反発して反乱でも起こすでしょうし。
 そして国力が低下したら、当然それまでやられていた恨みとばかりに攻めてくる国が現れないとも限らないし」

 そんな明らかに損が多いと解りきっていることをする人間が、はたしてどれほどいることか。
 ゆえにむしろブリタニアを滅ぼして、0から始める方が効率がいいと考えたのがゼロである。
 互いに最初から始めましょうという状態なら、賠償金だのそれが分配される順番だのという理由で植民地同士が揉めることもあるまい。

 「それでもやってくれると言ってくれるならいいけど、ユーフェミア皇女じゃ無理ね。彼女にはその能力がない」

 「ユフィは確かに力不足だけど、ナンバーズを思いやってくれる優しい人なんだ!
 苦労が多くても、彼女は・・・彼女はそれでも頑張るって・・・!」

 ユーフェミアを馬鹿にされたと激昂するスザクに、アルカディアは持参していた飴玉をカレンに手渡しながら淡々と言った。

 「あんたにとって優しい人なのは解った。私は“能力がない”と言ったんだけど、解らなかった?」

 「“能力がない?”どういう意味だ」

 「全くその通りの意味よ。ゲットーの様子も知らない、日本人を憐れみながら何の対策も取らない、姉に逆らうこともしない・・・そんな彼女が、どうやってまず皇帝になるの?」

 彼女が皇帝になる様子がまったく想像出来ないというアルカディアに、スザクは押し黙る。

 「国是を否定するために皇帝になるなんて言ったら、ナンバーズの支持は得られてもブリタニア人の反発を買うわね。
 そして国のトップに立つにはどこの国でもそうだけど・・・“その国に住む民の支持”が必要不可欠なのよ」

 つまり、ユーフェミアが皇帝になるのに必要なのはナンバーズではなくブリタニア人の支持だ。
 
 「ね、ユーフェミア皇女じゃ無理でしょう。
 それでもナンバーズの生活をある程度よくしておいて、その裏でブリタニア人の支持を集めたりしてその上で皇帝になり、植民地解放をしていくというのが一番だけど・・・今さら無理無理」

 ゲットー封鎖でもう信用ないからあのお姫様、とあっさり宣告したアルカディアは、スザクに冷たい声音で尋ねた。

 「あんたのやりたいことは解った。
 あんたはルールを変えるためにルールを変える権限を持ったブリタニア人のために働いて、日本を解放したかったのね?」

 「・・・そうだ」

 「だったら、どうしてユーフェミア皇女の騎士になったの?
 彼女、どう考えても皇帝になれそうもない皇族じゃないの」

 国是は皇帝しか変えてはならない。それがブリタニアのルールである。
 まさかその程度のことすら知らなかったと言うつもりかと視線で問うアルカディアに、スザクはようやく気付いた。

 そう、国是は皇帝しか変えてはならない。つまり、彼がルールにのっとってブリタニアを変えようとする場合、自分が仕えている主を皇帝に据えるしか道はないのだ。

 「あんたが所属してる特派・・・もともとシュナイゼルの組織なんですってね?
 帝国宰相のシュナイゼルの騎士になるというのならまだ解るけど、いくら主義者の思想を持っているからってお飾りと評判の皇女の騎士になってどうする気よ」

 「・・・・」

 「せっかくシュナイゼルという有望な皇族の組織にいるんだから、それこそ努力して彼と渡りをつけるようにすればいいのに・・・.
 どうせあんたのことだから、白兜でテロを潰してあっちからのアプローチを待つだけで、自分からシュナイゼルにアピールするなんてしなかったんでしょ」

 事実を言い当てられて、スザクは口ごもる。

 「それでたまたまユーフェミア皇女が現われて、あんたの思想に共感してくれて、騎士になってと言われたから承諾したわけだ?」

 「・・・そうだ」

 「行き当たりばったりにもほどがあるわね。
 だからあんたのルールに従って中を変えるって思想に誰も賛同しなかったのよ・・・何その運頼みの策」

 ばっさりそう言い捨てられて、スザクは自分の考えのなさにある程度気づいた。
 言われてみれば自分の栄達はユーフェミアあってのものであり、その彼女が来た理由は前総督であるクロヴィスがゼロによって殺されたからだ。
 逆に言えばゼロがいなければ彼女と出会うことはなく、自分はただのブリタニアの一兵卒のままだっただろう。

 「で、でも、それでもユーフェミア皇女はブリタニアを変えてくれると!力不足かもしれないけど、それがルールなんだ!
 僕の考えが足りなかったことは認めるよ・・・けど、その強運を無駄にするわけにはいかないんだ!!」

 「どうぞ、お好きにやってちょうだい。別に止めないわよその件に関してはいっこうに」

 止める理由はまったくない。
 成功すれば犠牲者が出ることなく植民地の解放が成り、失敗したらしたで目の前の男が主とともにあの世に旅立つだけの話である。

 ただこの主従は角度のずれた考えと行為により迷惑を振り撒いているから、うんざりしているのだ。

 「でも、協力する気もないわ・・・さっきも言ったけど、実現性が限りなく低すぎるのよ。
 専制君主国家を変える場合、方法は大きく分けて二つ・・・トップを変えるか、国そのものを別形態に変えるかなの」

 繰り返すが、前者の場合それに伴うデメリットがブリタニアからすれば大き過ぎる。
 ユーフェミアにその志があっても、それを制御し得る力がなければ結局場を混乱させるだけで、よけい始末に負えなくなるのだ。

 「だが、それがルールだ!ルールを守らなければ、いい結果は出ない!」

 「はぁ?・・・あんたいくつになったの・・・」

 小学生の理論を語りだしたスザクに、三人からこいつもう駄目だという視線が突き刺さる。

 「大人の世界は結果あってなんぼよ?よく言うでしょ、一人殺せば殺人犯、一万人を殺せば英雄って」

 「極論ばかり持ち出して・・・!」

 「でも、それが事実よ。あんたみたいな脳みそ容量が小さいやつには、極論しか解らないでしょう。だいたい極論を先に言ってるのはあんたのほうだし。
 そもそも、ブリタニアだってそのルールよ?結果良ければすべてよしってのは」

 アルカディアはそう言うと、スザクを指さす。

 「よく思い出してごらんなさい。あんた、学校に行ってるんですってね?お友達はいい人かしら」

 「ああ・・・名誉ブリタニア人の僕でも、生徒会に入れてくれた・・・一番の親友も、ブリタニア人だ。
 カレンだってそうだと思ってたけど・・・黒の騎士団員とはみじんも思わなかったよ」

 ルルーシュの笑顔を思い出して笑うスザクに、カレンはスザクを睨みつけながらも確かに生徒会のメンバーはいい人達だと言い添える。

 「会長は悪ふざけが激しいけど、日本人にも偏見がないしリヴァルやシャーリーだって。
 ・・・ルルーシュは社会は変えられないとか斜なことばっかり言うヤなやつだけど。でも、それがどうしたしたんですか?」

 「ではその人達、日本人の境遇に同情はしても変えようとする人達かしら?」

 「・・・いいえ、残念ながら」

 カレンが少々辛そうな表情で否定する。
 ミレイは没落したとはいえそれでも元は名門貴族の家系だし、リヴァルもそこそこの家の出身者だ。
 シャーリーはごく普通のブリタニア人で、国是を否定するといった思想家でもない。
 二ーナに至っては日本人に乱暴されかけたトラウマから、むしろ国是よりに近い考えを持っている。

 「でしょうね。そしてほとんどのブリタニア人はそうなのよ。
 ナンバーズを気の毒に思いつつも、適当な施しをしてそれで終わりって言うね・・・それが悪いとは思わない。人として当たり前だとすら思ってる」

 奇しくもエトランジュがユーフェミアに言ったとおり、人にはそれぞれ自分の一番が存在する。
 自分の家族を破滅に追いやりかねない行為より、自分達の豊かな生活を支えているナンバーズを憐れみ、ささやかな施しをして心の安定を図る方を選んだからと言って責めるつもりはないのだ。

 「そしてもう一つ・・・シャルル皇帝の支持率は、他国侵略して大量殺人をしているにも関わらず、ブリタニア国内では決して悪くないわ。どうしてだと思う?」

 「・・・それは彼が、ブリタニアの皇帝だからだ」

 スザクの答えは、カレンも同じだったらしい。しかし違ったらしく、アルカディアは指で×を作った。

 「シャルル皇帝はね、ブリタニア国民に限っては、実にいい政治を行っているからよ。
 皇族、貴族に特権を与えてはいるけどそれ以下の国民を豊かに生活させ、数多くの領土を作って繁栄させているもの。
 ただし、経過は言いがかりをつけて他国を侵略し、他国の民を奴隷にしてだけど」

 それでも結果は結果だ。
 弱者を切り捨て、強者のみを栄えさせるというのは、善悪理非を無視すれば確かにもっとも効率がいい方法なのである。
 弱者となる側からしたら最悪の悪政でも、強者からはまことに最高の善政なのだ。
 そして平民は皇族・貴族からしたら弱者でも、ナンバーズに対しては強者になることが出来る。

 さながら鶏がストレス発散のために下の地位の鶏を苛め、その鶏がさらに下の鶏をいじめるように。
 まさしくブリタニアが言行一致で実現した、弱肉強食の世界。

 己がいつ弱者になるかという不安が常に付きまとうし、いつ誰に切り捨てられるか戦々恐々としなくてはならない。
 そんな社会を厭い否定するのが、主義者達だ。

 「一度楽を覚えたら、もうそこから抜け出すのは難しいわ。
 あんただって、今さら電気なしの生活に耐えられる?車や電車なしで、遠距離を移動する気になるかしら」

 ナンバーズに苦労を押し付け甘い蜜を吸うことに慣れたブリタニア人達・・・それは日を追うごとに増えていく。
 事実スザクも、ただ生まれだけでナンバーズに暴行を加えるブリタニア人を見たことがある。

 「そいつらにとっては、ナンバーズは生きた道具にすぎないの。私達はもの言う車や電車や電気・・・だから人格を無視した法律が存在する」

 「・・・・」

 「解った?世の中は結果なの。たとえ何があろうと、最終的に結果を出した者こそが支持される。
 たとえばユーフェミア皇女が皇帝になるために父シャルルを殺し、兄弟を殺し、その末に私達ナンバーズを解放したとしても、私達は彼女を支持して快哉を叫ぶわ」

 ブリタニア皇族が不幸になろうが、自分達には関係ないのだ。
 もっとも理想的なアルカディアのもしもの未来図を、スザクは否定した。

 「ユフィはそんなことはしない!!」

 「・・・ちょっと待て。お前、マジで何がしたいの?」

 ずっと空気と化していたクライスが、アルカディアがもうやだこいつと表情で語っているため、代わりに口を出す。

 「あんた、ユーフェミア皇女をトップに据えたいんだろ?なのに皇帝や兄弟殺さないって、何だそれ」

 「親兄弟を殺すなんて、許されることじゃない!」

 確かにもっともな意見なのだが、ブリタニアのルールに限っては例外である。
 なぜならブリタニアの国是は弱肉強食・・・奪い合い競い合うのが鉄則なのだから。

 「はっきりあのブリタニアンロールが巻き舌で『皇位を望む者は奪い合って競い合え』って言ってるけど?」

 それとも俺の空耳か、と尋ねるクライスに、スザクは今度こそ顔色をなくした。
 
 「あ・・・あ・・・俺は、ユフィに・・・」

 「あーうん、皇帝になってくれって言うことイコール親兄弟を殺せってことになるわなあ」

 クライスの宣告に、スザクは首を何度も横に振る。

 「皇族全員を説得するってんなら別だけど・・・無理だろそれ」

 説得が可能なら、そもそも今現在ここまでの泥沼になっていない。
 
 「う、うあ・・・うああああ!!!!!」

 頭を抱え込もうとするが、拘束されているため叶わないスザクは砂浜を転がって絶叫する。

 「俺、俺はユフィに・・・俺と同じことを!!!うわあああ!!!」

 「はぁ?」

 三人は顔を見合わせるが、スザクは耳に入らずただ叫ぶ。

 あの戦争時に徹底抗戦を唱え、そして親友を殺そうとした父を止めるために、自分は父の血で両手を染めた。
 その結果日本は敗北し、日本は名を、誇りを、そして番号を与えられた。

 あれは自分がルールを破ったからだ。もっと父を理性的に止めていれば、あんなことにはならなかった。

 「ユフィ!ごめん・・・そんなつもりじゃ!!」

 「・・・じゃあどうする気だよお前!マジで考えなしの野郎だなおい!」

 とうとうキレたクライスがスザクの胸倉をつかむと、頬を殴って砂浜に飛ばした。

 「てめえの事情なんぞどうでもいいんだよこっちは!
 だいたいルールって、何で俺達がてめえの決めたルール守んなきゃいけねえんだ言ってみろ!」

 「うう・・・!それは・・・」

 「日本のためを考えるのは解るよ!てめえは元日本人だからな。
 けどブリタニアの占領地は日本だけじゃねえんだ!俺らの国だって、他の国だってブリタニアのせいでどんな目に遭わされてるのか考えたことあんのかよ?!」

 「日本以外の、占領地・・・」

 日本のことだけで精いっぱいで、他の国も苦しんでいるなど深く考えたこともなくて。
 ああ、でもブリタニアの占領地は18だ。日本は11番目の占領地なだけだった。
 数をつけられて支配された祖国は、その一つにすぎないのだ・・・。
 
 「そんな考える余裕・・・なかった・・・」

 「そらそうだ、そんなバカじゃ無理ねえわな!
 こっちだっていっぱいいっぱいで、てめえのお姫様が優しい夢を見る善人で、理想で動いて結局悪い結果を産んでるのを微笑ましく見守ってる余裕なんざねえんだよ。
 いいか、俺達がやってんのは戦争だ!正々堂々のスポーツマンシップなんぞドブに捨てる軍人なんだよ俺達は!」

 そう言ってクライスはスザクのパイロットスーツにつけられていた軍人の証であるエンブレムを引きちぎり、潰す勢いで握りしめる。

 「戦争時の軍人が真っ先にやるのは殺人だ!普通なら間違ってる以外の何ものでもねえことをやるのが俺達なんだよ!
 それなのに間違ってることはするなだあ?・・・ふざけんじゃねえぞてめえ!」

 「・・・殺人・・・殺人が、仕事・・・」

 「その通りだよ!てめえだって黒の騎士団員何人殺してきたよ?
 ああ、確かにブリタニアのルールじゃ間違ってねえよ。倫理観は思いっきり無視してるけどな!」

 スザクはランスロットを駆り、ブリタニアに刃向う黒の騎士団のナイトメアを幾度となく破壊してきた。
 その中で脱出装置で逃げた者もいるが、それをする間もなく絶命した者も多くいた。

 それに対して苦渋の表情をしながらも、それがルールだからと言い聞かせてブリタニアの上官からの賛辞を受けて間違っていないのだと思い込んだ。

 「・・・それは戦場だから仕方ない!戦場の外で殺すのはルール違反だ。
 皇宮で陰謀をめぐらすなんて・・・!がはっ!!」

 自己弁護の言い訳を叫ぶスザクに、とうとう静かにブチ切れたアルカディアが歩み寄った。そして片足を上げて、彼の頭を踏みつける。

 「ふーん、戦場の外で殺人は何があってもいけないと?」

 「そうだ・・・そんなことをしたって、絶対にいい結果は得られない」

 「絶対ね?言いきったわね。じゃあ、こんな話をしてあげようか。
 一年ちょっと前くらいかなあ・・・うちのリーダーがある日、ブリタニアから侵攻されてたEUの国に、陣中見舞いに行ったことがあってね」

 アルカディアはそう話しだすと、スザクの頭をぎりぎりと踏む。


 ブリタニアと交戦中のルーマニアへのEU評議会の使者として、マグヌスファミリア亡命政府の長であるエトランジュが選ばれた。
 理由はブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙ったものだった。

 そんな思惑を背後に負ってやって来たエトランジュは、覚えたてのルーマニア語で拙くも一生懸命にねぎらいと感謝の言葉をかけ、初めこそ子供の相手かとうんざりしていた者もそれなりに感じるものがあったのか、邪険にされることなく一週間ほど滞在していた。

 エトランジュの役目はただ見舞うだけではなく、軍が保護した戦災孤児となった十数名の子供達を連れて戻ることだった。
 まさに子供のお守りに子供を使ったわけだが、エトランジュは自分にも出来る仕事に張り切り、生来の温厚な性格もあってすぐに子供達と打ち解けた。

 軍の隅にあった倉庫を改造して設けられた子供達の部屋で、エトランジュは一週間、子供達と過ごした。
 戦争で心の傷を負った子供もいたが、彼女に懐いて楽しそうに笑う子もいた。
 一歩外に出れば戦場だとは思えないほど、そこは小さな箱庭の楽園のように見えた。

 だが、その箱庭はある日突然に終わりを告げる。

 その日は、雨だった。
 倉庫を改造しただけとはいえクーラーが設置され、外に出なくても快適に遊べる。
 だから室内で遊んでいたのだが、クーラーの調子が悪くなったのでアルカディアは修理の道具を借りにクライスを連れて倉庫を出た。

 道具を借りてさあ戻ろうとした刹那、スピーカーから緊急放送が流れた。

 『捕虜となったブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!』

 その放送に嫌な予感がした二人は、すぐに倉庫に戻ると中から悲鳴と泣き声がしてきた。
 脱走したブリタニア兵の怒号も聞こえてきて、ブリタニア兵が中にいた子供達を人質にしているのだとすぐに解った。

 敵襲だの粉砕せよだのというような物騒な言葉は子供達を怯えさせるとの判断からスピーカーは置かれておらず、すぐにアルカディア達が戻ってくると思って倉庫に鍵をかけていなかったことが災いしたのだ。

 ルーマニア軍人が慌てて倉庫を包囲するも、うかつな突入は出来ない。
 何しろ中にはEUの使者であるエトランジュがいるのだ、彼女を死なせるわけにはいかない。

 だが睨み合いが始まって十分ほどが経過した頃、何人かの子供達が泣きながら飛び出してきた。

 『エディ様が・・・エディ様があああ!!』

 もはや一刻の猶予もないと判断したアルカディアとクライスが慌てて中に飛び込みその光景を見つめ・・・そして我が目を疑った。

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
 そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。

 何があったか、明白だった。
 恐らく一瞬の隙を突いてエトランジュが男を手にした物で殴りつけ、男が昏倒したことに気づかず何度も何度も無我夢中で殴っているのだ。

 アルカディアは恐る恐る従妹に近づいて手首をつかんでやめさせ、震える声で言った。

 『もういい・・・やめようエディ』

 『アル・・・さま・・・?』

 『もう、死んでる』

 事実を告げたその時、エトランジュは確かにホッとしたような微笑みを浮かべ・・・その数瞬後、大きな叫びが倉庫に響き渡った。
 
 その手から落ちた男の血で赤黒く染まった、男の子用のブリキのロボット人形が床に転がり鈍い音を立てた。


 「・・・思いっきり正当防衛じゃないですか」

 カレンがまさかそんな形でエトランジュが人を殺していたとは想像もしていなかったらしく、唖然としつつもそう言った。

 エトランジュは農耕国家であるマグヌスファミリアの人間である。
 王族といえど野良仕事を手伝うことなどしょっちゅうだし、乗馬もするので実は見た目とは裏腹に同年代の少女と比べるとはるかに腕力がある。
 
 おおかた脱走したブリタニア兵も女子供ばかりと侮って油断し、拘束もしていなかったので思いもよらぬ反撃をくらったというところだろう。

 しかしいくら腕力があっても格闘家でもない彼女があの状況では殺すしかない。
 検死の結果一度殴りつけた後はまだ生きていたようなので、それを見て怯え生存本能が働いたエトランジュは、ずっと相手の頭を殴り続けていたのだ。

 いくら軍人でも、それなりの腕力でブリキの塊の人形で頭部を殴り続けられれば死に至る。

 「戦場の外での殺人です。うちのリーダーが悪いのね?
 あのまま人質になって、みんなを困らせて、子供達が死んでもいいのね?」

 「・・・それは・・・」

 「あんたが今言ったじゃない。絶対に!いい結果は得られないって」

 スザクはどうして極端な話ばかりするのかと首を何度も横に振ると、反論するために自らの過去を話しだす。

 「だって・・・僕は・・・父を殺したんだ。父が、徹底抗戦をすると言うからそれを止めるために・・・」

 「枢木首相って・・・自殺じゃなかったの?!」

 さすがに驚いたアルカディアに、クライスとカレンも顔を見合わせる。

 「あんた、当時十歳でしょう。マジで?」

 「本当だ・・・父が、当時預かっていたブリタニアの皇子を殺すって言うから・・・どうしても止めたかったんだ・・・」

 (ルルーシュ皇子のこと、よね?なるほど、そういうことか)

 親友を守りたくて、でもどうしていいか分からず直談判に行った結果、むげに否定されて逆上した、というところだろう。

 「ふーん、なるほど。それでどうなったの?」

 「周囲がそれを押し隠して、開戦に抗議しての自殺とされて終わったんだ。
 そして日本は負けた・・・僕が父を殺したから」

 そう静かに唇を噛みしめて懺悔するスザクを、アルカディアはスザクの頭を蹴って否定する。

 「あんたが父親を殺したから日本が負けた?そんなわけないでしょ」

 「どうしてそう言いきれる!」

 「理由なんぞ言い尽くせないほどあるわよ。日本って民主主義国家よね?」

 スザクにではなくカレンに向かって問いかけると、カレンは幾度も頷いて肯定する。

 「ってことは、首相がいなくなっても副首相や幹事長、いざともなれば象徴とはいえそれでも形式的な国のトップである皇家もいるわけよね?
 多少の混乱があっても、『やばい、仕事進められない』なんてことにならない。
 まあ俺が次の首相だ!って揉めたのならともかく、戦争の瀬戸際時にそんな呑気なことするバカはまずいないでしょうね。
 だいたい普通どこの国でも、トップが入院なんかしてもすぐに代行人が立てられるようになってるわよ?」

 「・・・そ、それは・・・」

 「ブリタニアが戦争する気満々だったのは全世界が知ってたことだったから、首相が自害して反対したのが事実であっても、開戦はもう確定的だった。
 そして戦争するのは首相じゃなくて軍人!藤堂中佐とか片瀬少将なの。
 つまり戦争が起こったのはブリタニアのせいで、負けたのはあくまで軍の技量が日本の方が劣っていたってだけで、別に首相のせいじゃないわよ」

 戦争作戦の責任はあくまで軍人であり、戦争状態にしてしまった政治的責任が首相にあるというだけである。

 「むしろあのお陰でこうしてブリタニアと戦える余裕を持てたとすら考えてたわよ、ゼロ」

 「・・・どういう意味だ?」

 スザクが目を見開いて尋ねると、アルカディアは説明してやった。

 あの時、確かに枢木 ゲンブが自害したことによる混乱はあったがキョウト六家がまとめることで、割とすぐに納まっていた。
 そして売国奴の汚名をかぶった桐原が早期に降伏しある程度の資産を六家に留めることに成功し、また使える軍人達を在野に放った。そのため、日本ではテロが絶えなかった。
 徹底抗戦を主張する首相がいたら、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。

 「つまり、頻繁に日本解放のために動けるほどの戦力を残せたってことね。それを狙っての自害かとゼロは考えてたみたいだけど・・・。
 そう言った意味では、あんたの枢木首相暗殺は見事に正しかったことになる」

 「・・・そんな、俺が父さんを殺したのは、正しかった・・・?」

 「子供が父親を殺すのは、確かに間違っているけどね。
 でも、その間違いで早期に戦争が終結したと思えば、助かる命も多かったと考えることが可能ね」

 どっちみち敗北が確定的だった戦争である。
 それなら早いうちに戦争を終わらせ戦力を保持しておいて、日本を解放する方がいいと当時のキョウト六家は考えたのだろうとアルカディアは思う。

 それも少々楽観的な策だが、結果として各地の植民地のレジスタンスを団結させ、反ブリタニア同盟を構築しようとするエトランジュ達が現れたのだから、結果論としては正しかったことになるのだ。

 今まで自分のしたことが悪だと己を責め続けていたスザクは、思いもよらぬ形で正しいと言われて呆然となった。
 もちろん完全に正しいと認められたわけではないが、見方を変えればそうなるとは考えてもみなかったのだ。

 「俺は・・・俺は・・・なんで・・・」

 「考えなしで動くからだ」

 はっきりと原因を告げたクライスに、スザクはうつろな瞳でアルカディアを見上げた。
 そしてそのアルカディアは、赤い髪を風に揺らしながら溜息を吐く。

 「あんたは当時は子供だったから、仕方ないわ。幼さゆえの行為をあげつらうわけにはいかないし」

 だが、経過は既に過ぎ去り、結果が残る。
 たとえ子供のしたことでも、それによって起こった出来事は消えない。
 さらに、もう自分達は子供ではない。それをこの男にはどうしても教えておく必要がある。

 「それに、日本じゃ二十歳が成人だと聞いているけど私達は子供じゃないの。
 既にお互いに確たる地位を持ち、世間や目下の者について責任を持たなければならないの。
 私達のリーダーはまだ15歳だけど、その地位に就いたのは13歳の時だったわ。幼かったけどその地位の重みだけは解っていたから、怯えて震えてた」

 周囲の思惑で己の意志を聞かれることなく、女王の座に就いた幼い従妹。
 当時すでに成人していたアルカディアは彼女の即位に反対したが、結局押し切られて反対しきれなかった。

 自分はどうすればいいの、と幾度も尋ね、女王だからいろんなことを考えなきゃと拙い案を出して来ていた。
 初めこそ哀れに思っていたけど、あまりの奇麗事ばかりのそれに厳しくなる戦況に苛立ち、とうとう怒鳴ってしまったことを思いだす。

 「『麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』・・・そう怒鳴ってね。
 あの子はあの子なりに、責務を果たそうとしてただけなのに」

 己に才能がないことを自覚していたからこその行為だった。
 ユーフェミア皇女を見るたび、エトランジュはまだ賢かったのだとしみじみ思う。
 失敗すれば他人に迷惑がかかると理解していから、まずは聞いてみようと考えただけなのだから。

 「いい加減に悟りなさい!私達は形は違えどそれぞれの地位を持ってるの。
 地位を持ったということは、もう子供の時代は終わったの。スポーツマンシップにのっとってなんていうのは許されないの!
 何が何でも結果を出す・・・それが大人のルールなのよ!!!」

 「大人の、ルール・・・」

 「結果よりも経過・・・それが許されるのは、スポーツ選手くらいなもんよ!
 でもそんな呑気なことやっていられる余裕があるとでも思うの?」

 「・・・いいや、ないと思う」

 スザクが小さな声で答えると、アルカディアはじゃあもういいわね、とスザクの顔から足を下ろした。
 
 「あんたの事情はよく解ったけど、それに同情したり甘ったるい思想に協力する余裕はないわ。
 あんたは皇帝になる能力のないブリタニア皇女の騎士になって、今後ともそのために戦わなければならない。
 それはつまり私達レジスタンスの敵になるということね。だからこれからも私達は敵同士」

 「・・・・」

 「もう、いいでしょう?あんたはブリタニアのために戦うのがルールだと決めたんだから。
 これから先あんたはブリタニアのためにレジスタンスを殺し、他国を侵略するために戦うの」

 冷たい宣告に、スザクはもはや何も言えなかった。
 確かにその通りの選択をしたのは、まぎれもない自分だった。
 
 ブリタニアのルールを変えるために、ブリタニアのために戦い上の地位に行くということは、そういうことなのだ。
 レジスタンスを殺し、侵略戦争に加担する。
 日本のために他国を犠牲にするという行為だったということに、スザクはようやっと気がついた。

 「もっと言っておこうか。それで日本解放が成ったとしても、他国を犠牲にした以上誰も日本を相手にしてくれないからね。
 日本の食料自給率って、いくつだっけ?」

 「あ・・・!」

 「ブリタニアの属国になれば、飼い犬に餌をやる気分で向こうが援助してくれるかもね。
 つまり、名前だけ取り戻して実態は同じというわけよ」

 聞けば聞くほど、己の手段は悪い結果ばかりだった。
 いい事もあると叫びたいが、その根拠が解らずスザクはただ呆然とする。
 
 「でも、いいのよそれで。あんたは名誉とはいえブリタニア人なんだから。ブリタニアのルールに従うのは正しいことよ」

 サッカー選手が足のみを使って、バスケットボール選手が手のみを使ってボールをゴールに入れるのと同じこと。
 ブリタニア人がサッカーのルールを、黒の騎士団がバスケットボールのルールを使うだけだとアルカディアは言った。
 
 「ブリタニアのルールに従って、今後も頑張ってね?私達はブリタニア人じゃないから」

 思い切り皮肉な形で正しいと言われたスザクは、ただただ砂の上に横たわって青い空を見上げている。

 「俺は・・・俺は・・・!でもそれがルールで・・・ルールに従ったらでも」

 もはや訳の分からない言葉を呟き続けるスザクを無視して、アルカディアが聴覚を繋げていたエトランジュに語りかける。

 《思っていたよりヘビーな過去ねえ。枢木首相、子供の教育に失敗したわね》

 《はあ・・・ルルーシュ様といい枢木少佐といい・・・どうしてこうも家族で殺し合うのでしょう》
 
 《戦乱の世だから仕方ない・・・としか言えないわね》

 不思議そうなエトランジュに、アルカディアは身も蓋もないことを言う。

 《ま、どうでもいいわよもう。あいつの事情を思いやれる余裕がないことに変わりないから》

 スザクがレジスタンスの事情や気持ちを考える余裕がなかったように、自分達もスザクの事情や気持ちそ斟酌する余裕などない。いわゆるお互い様というやつだ。

 EU戦で捨て駒となるべく送られて来た名誉ブリタニア人が大勢いると知っていても、自分達の国民を守るために殺す。
 矛盾に満ち溢れた行為を繰り返す・・・それが戦争なのだ。

 《・・・そろそろそっちに向かうけど、それでいい?》

 《あ、はい。ではお待ちしております》

 アルカディアは思っていたより長い間話していたため、それにより既に乾いていた制服を手にしていたカレンを見た。

 「じゃあそろそろゼロと合流しようか。枢木―、あんた自力で歩いてってね」

 ユーフェミア皇女と会いたいんでしょともはや何の感情もない声音に促され、スザクはよろよろと立ち上がる。
 カレンはスザクの意外な過去を知って動揺していたが、アルカディアの言うとおり既に今後の結果は決まっている以上、何も言えなかった。
 今更彼に黒の騎士団に来いとは言えないし、かといって責めることも出来ない。

 カレンは制服を手にして木陰に走り去ると、ことさら時間をかけて着替える。

 「あの・・・着替え終わりました」

 「じゃ、行こうか」

 アルカディアがカレンを先導し、スザクの背後に立って追い立てるようにクライスが続く。
 
 今後の脱出作戦や今夜の寝床や食事について語っているアルカディアとカレンを、護送される罪人のような表情をしているスザクはぼんやりとした眼で見つめていた。



[18683] 第十四話  枢木 スザクに願う
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/21 11:24
  第十四話  枢木 スザクに願う  


  「あー、いたいたレジーナ!!」

 砂浜近くでパラソルを差し、簡易椅子に座って話していたエトランジュとユーフェミアはアルカディアの声を聞いて視線を向ける。

 「あ、アルカディア従姉様!カレンさんも無事のようで良かったです。
 お怪我はありませんでしたか?」

 日本語でカレンを気遣うエトランジュに、ユーフェミアは目を丸くした。

 「日本語・・・話せるんですかレジーナ様」

 「ええ、日常会話程度なら」

 ブリタニア植民地の言語ならある程度話せるというエトランジュに、仮面をかぶったルルーシュが言った。

 「相手の言語を理解するということは、相手と会話をしたいと態度で表明したことになるからな。
 事実彼女は日本語を話し、礼儀作法も学んで相対することで日本人から警戒されることなく、話を聞いて貰うことに成功していた」

 「そう・・・ですか。そうですよね」

 ユーフェミアが落ち込んだように肩を落としたのを見て内心で溜息をついたルルーシュは、カレンに視線を移す。

 「無事でよかった、カレン。無理をさせてしまってすまなかったな」

 「いえ、こちらこそこいつから助けられなくて申し訳ありません!親衛隊隊長でありながら、失態でした!」

 頭を下げて謝罪するカレンに、ルルーシュは気にするなと声をかけながらアルカディアの背後で酷い表情をしているスザクを見やる。
 
 「・・・ゼロ」

 「ずいぶんと手酷く論破されたようだな、枢木 スザク」

 「論破っていうか・・・根本的なことがもう解ってなかったわ。会話にならない会話って、ほんとしんどいのよね」

 もうこいつ何とかさせてくれという心の声が、アルカディアとクライスからギアスを使わずとも聞こえてきた。

 「ただバカなだけなら放置してもいいけど、こいつは白兜のパイロットよ?
 いい機会だからこのまま海に放り込みましょう」

 アルカディアの案は至極もっともなもので、彼が自らの親友でなかったら即座にそうしろと命を下していたであろう。

 ルルーシュはエトランジュのギアスでアルカディアの聴覚を繋いで貰っており、スザクの過去を聞いていた。
 まさか自分達兄妹を助けるために父親を殺していたとは想像もしておらず、ルルーシュの心はまたしても揺れたのだ。

 (聞かなければ・・・捨て駒にされてもいいと言い切ったあいつを見捨てられたものを・・・)

 アルカディアもルルーシュの葛藤を悟っていたが、それでもこの男の戦闘能力はあまりにも危険過ぎる。
 彼女の提案が正しいと思いつつも、ルルーシュはそれを口に出せずにいる。

 その様子に溜息をついたアルカディアは、クライスに命じた。

 「じゃ、私達が勝手にやるわね。こっちの独断で・・・クラ、そいつに重石つけて崖から放り出して」

 「アルカディア様・・・!」

 「恨み事はブリタニアとの戦争が終わった後に聞きます。いいでしょう?」

 自分が勝手に手を下したのだから、自分のせいじゃないという言い訳を与えようとしたある意味残酷な優しさに、ルルーシュはゆっくり瞑目し・・・そしてとうとう決断した。

 気を利かせてリンクを開いてくれていたエトランジュに礼を言い、アルカディアに語りかける。
 
 《スザクに・・・ギアスをかけます。ですから、今回は助命してやって頂きたい》

 《え・・・でもこいつを今さら支配下に置いたって、この男の居場所は騎士団にはないと思うわよ?》

 すでにスザクの心証は底なしに悪く、むしろ今寝返れば何と己の信条がない人間かと日本人とブリタニア人双方から疎まれるだけであろう。
 そしてそんな人間を迎え入れたとして、ゼロの信頼が危うくなる可能性が高い。ただでさえ失敗が許されない彼に、こんな下らぬ失点を与えたくはない。

 《そういうギアスではありません。ですが、こいつが二度と迷惑をかけないようにするギアスを》

 《それでももし、こいつに迷惑かけられたら?》

 《私が彼を・・・殺します》

 責任は取ると言うルルーシュに根負けして、アルカディアはクライスに合図をすると彼も溜息をつく。

 「もうちょっと待とうか・・・何かまだユーフェミア皇女を探索中のブリタニア兵がいるから、もしかしたらこいつがうっかり助けられるかもしれないわ」

 ルルーシュはほっと安堵すると、もはやスザクに正体がバレたカレン、ユーフェミアに正体がバレてナナリーともども箱庭から出ざるを得なくなった状況を考え、とうとう覚悟を完全に決めることにした。

 「カレン、一つだけ聞きたいことがある」

 スザクではなくカレンに向かって問いかけてきたことに驚いたが、カレンは背筋をピンと伸ばして聞く姿勢を取る。

 「はい、何でしょうかゼロ!」

 「私の正体が何であっても、私に従いていくと言ったな・・・あれに偽りはないか?」

 日本解放戦線を救助に向かう間際、ナリタ攻防戦でシャーリーの父親が危うく巻き込まれそうになったことに罪悪感のあったカレンがゼロの元に行った際、彼女はそう確かに誓った。

 カレンはもしかしたら自分に正体を明かしてくれるつもりだろうかと期待したが、同時に知ることに勇気がいることを悟って即答を躊躇った。

 ふと周囲を見渡してみるとユーフェミアは目を丸くしているし、エトランジュ達は半ば妥当な判断だというように口を挟まず静観している。

 「あの・・・エトランジュ様達はもしかしてゼロの正体を」

 「救助した際、仮面を取りましたから。それに、お世話になっている方からもいろいろと」

 あっさり認めたエトランジュに、カレンは親衛隊長よりも先に知っていた彼女に嫉妬心を覚えた。
 しかし彼女が探ったわけではなく単に流れで知っただけとの言葉に、それなら仕方ないと納得する。

 「カレンさんに申し上げます。ゼロの正体は現時点では極秘にしなければならないものなのです。
 日本解放と言う実績を挙げた後ならある程度の方々にバレても大丈夫ですが、今のままでは黒の騎士団の存続に繋がりかねないものなのです。
 ・・・それでも、知る勇気がおありですか?」

 日本語だったのでユーフェミアには解らなかったが、スザクには理解出来た。
 そこまで重大なゼロの正体を、まさかこの場で明かすつもりなのだろうかとスザクは不思議に思ったが、以前から己に見え隠れしていた“ゼロの正体”の固有名詞が脳裏をよぎって喉を鳴らす。

 「・・・私はこいつに黒の騎士団員だとバレました。すぐにシュタットフェルト家から出て、そっちに向かわなければならないでしょう」

 「その通りだ。だから、君と私はいっそう似た関係になる。
 だからこそ問いたい・・・私をリーダーだと認め、従いて来てくれるか?」

 カレンの言葉にゼロが改めて問いかけると、カレンは覚悟を決めた。
 そうだ、中身が誰であろうと、ゼロがブリタニアを憎みここまで日本人を率いていてくれたのは事実だ。
 多くの人間をまとめ上げ、自分達の窮地を幾度となく救い日本解放の光明を射してくれたのは、ゼロだ。

 さらに同じようにブリタニアを憎んでいるエトランジュも、彼の正体を知ってなお変わらぬ協力をしてくれている以上、何をためらうというのか。

 「はい、ゼロ。私は貴方に従い、これからも従いていくことを誓います」

 カレンの宣誓に、ルルーシュは心底から安堵した。
 嘘をつかなくても己を受け入れてくれる人間がいるということが、これほど心安らぐものだったとは想像していなかった。
 その意味ではシャーリーもそうだが彼女は危険に巻き込むわけにもいかず、側にいて貰う訳にはいかない。
 
 だがカレンは自分と同じ目的を持ち、ゆえに共に道を歩める戦友であり得るのだ。

 「信じていいな?」

 「はい!あの・・・でも、無理なら今のままでも」

 恐る恐るそう言うカレンに、ルルーシュは仮面に手をかけた。シュンと音を立てて仮面を外すと、中から現れたのは見知った少年のそれ。

 「別に構わない・・・そう、俺と君とは似た関係になるんだからな」

 「ルルルル・・・・ルルーシュ!!!」

 口をあんぐりと開けて驚愕するカレンに、スザクはやはりという得心と信じられないという驚愕が合わさった顔で立ち尽くす。

 「ちょ・・・あんた、ルルーシュ??影武者とかじゃなくて?!」

 「正真正銘、俺がゼロだ。全く、初めに疑われた時は肝を冷やしたぞカレン」

 ゼロじゃないかと疑われてあれこれとごまかしていたことを思い返したルルーシュが溜息をつくと、先ほどの従順さはどこへやら、カレンは彼の襟を掴み上げる。

 「何で?!社会は変えられないとかほざいていたじゃないあんた!」
 
 「ああ、あのままでは変えられないのは事実だったからな。行動したからと言って全てが思うとおりに動くわけじゃない・・・意味は、解るだろう?」

 ルルーシュがちらっと考えなしの行動で日本人の生活を悪化させ、その信用を失墜させたユーフェミアに視線を送るとカレンは正論だと認めて手を放す。

 「そう、そうね・・・あんたが現れなかったら、こうはうまくいかなかったから、それはいいわ。
 でも、どうして私にも今まで黙ってたの?!親衛隊長にしてくれたのに!!」

 今の今まで信じてくれていなかったのかと涙目になったカレンに、ルルーシュは答えた。

 「ついさっき、レジーナ様が言っていただろう。俺の正体は黒の騎士団の存続を揺るがしかねないものだと・・・。
 だが、あのご老公の言うとおり俺はまぎれもないブリタニアの敵だ・・・そうだな、ユフィ、スザク」

 とうとう正体を晒したルルーシュに茫然としていたユーフェミアが我に返って頷くが、スザクは何も言えずただ立ち尽くしている。

 「どうした、スザク?俺はあの日お前に向かって言ったはずだぞ。
 『俺はブリタニアをぶっ壊す』と・・・忘れたのか?」

 「ああ・・・確かに言っていたよルルーシュ」

 信じたくはなかった。
 けれど、心のどこかでゼロの正体は彼ではないかと知っていたスザクは、その答えが正しかったことを認めたくはないというように首を横に振り続ける。

 「でも、だからといって君がっ・・・!異母とはいえ兄を!!」

 「ああ、クロヴィスは俺が殺した。ああしなければシンジュクの日本人はもっと殺されていたし、俺自身も危なかったからな。
 お前はそれより、ルールの方が大事だという訳か」

 「違う!!」

 「そうとしか聞こえないぞスザク。なら聞こうか・・・あの時クロヴィスを殺さなくても俺やシンジュクゲットーの住民が助かる方法を」

 鋭い視線で問い詰められて、スザクは口ごもる。
 そこへさすがのエトランジュも眉をひそめながら口を挟んだ。

 「あの、枢木少佐。貴方の言っていることはですね、こういうことなのです。
 たとえば貴方がオキナワ旅行の計画を立てたとします。そこへ同行者から『暑いところは嫌だ、別の所がいい』と言われました。
 そして貴方が『じゃあどこがいい?』と尋ねると『君が責任者なんだから君が考えて』と返されました。
 そんなことを言われたら、どう思います?」

 「うわー、物凄い解りやすいたとえ」

 これで解らなかったらもう本気で崖から落とそうとカレンが内心で考えていると、スザクはさすがに理解したらしく、彼は首を横に振る。

 「私から見て、貴方は貴方の視線でしか物事を見ていないように感じられます。
 それは人には多かれ少なかれあることですが、貴方の場合人それぞれ考えがあるということを全く理解していないとしか思えないのです」

 「でも・・・ルールは・・・」

 まだ言うか、とクライスは呆れたが、アルカディアはもはや完全にスル―している。
 なのでまたしてもエトランジュが解り易く説明してやった。

 「私達はバスケットボールで試合がしたい、ブリタニアはサッカーがしたい。
 しかし競技場がひとつしかないのでどっちかしか出来ない・・・それで喧嘩になったといえばご理解頂けますか?
 貴方がブリタニアのルールでゲームがしたいのなら、私達と敵対するしかないのですよ。
 つまり、『説得はもう無理』なのです」

 本物のスポーツなら交替でやろうという折衷案も可能だが、国だとなるとそうはいかない。
 いや、それでも世界には数多くの形態を持つ国がある。平穏なら自分に合った国の戸籍を得てその国民になることが可能だが、戦乱のこの世では不可能なのだ。

 「ルールを守るということ自体は素晴らしいお考えです。
 私自身祖国のルールを破ることはしたくないので共感出来ますが、“変えたいルールに従う”というのが理解出来ません。
 どうして自分に合ったルールを持つ組織に行こうとなさらなかったんですか?」

 脚力に自信がある者がサッカーをするように、腕力が強いのならばバスケットボールを選ぶように、なぜ自分に合った場所に行こうとしなかったのかというエトランジュに、スザクは首を横に振った。

 「ここは日本だ!日本を守るためには、日本を支配しているブリタニアにいて変えるしかないと思ったんだ!」

 「違うな、間違っているぞスザク!ここは日本じゃない!」

 ルルーシュがそう否定すると、カレンが噛みついた。

 「何ですって?!ここは日本よ!あんた、やっぱりブリタニアね!酷い・・・」

 「あの、カレンさんそう言う意味で言ったわけじゃないですよゼロ。
 お話は最後まで伺った方がよろしいかと・・・」

 いち早く真意を悟ったエトランジュがおずおずとカレンをたしなめると、カレンはえ、と思いつつルルーシュに視線を戻す。

 「ここは“日本人が住んでいるエリア11”だスザク。だからブリタニアの法がまかり通っている。
 そして確かに日本の法律では国を変えたい場合、“上に行って法律を変える”ことが許されているが、ブリタニアはそうではない。
 もともと上に行ける人間が限られているからな・・・ナンバーズなら言わずもがなだ」

 親友への最後の説教とばかりに、ルルーシュは説明する。

 「お前が一番、日本を引きずっているんだよスザク。
 日本が敗戦したのは自分のせいだと思い込んで、日本のルールでブリタニアを変えようとしているだけだ。
 だが、それは無理なんだよスザク。もう、ここは日本じゃない。
 それを悟ったからこそ、それを奪い返すために日本人がこうして立ち上がったんじゃないか。
 “日本列島に日本人が住んでいるエリア11”であることを理解したからこそ、ブリタニアを滅ぼして改めて日本国家を創ろうとしている」

 そしてそれはエトランジュ達のマグヌスファミリアも同じこと。
 彼女達はブリタニアの身内同士ですら争えというルールに反発し、それを守りたくなくて国民全員で亡命した。

 今、あそこはマグヌスファミリアではない。ただのほんの少しのブリタニア人が住むエリア16だ。

 「実はアルカディア様が持っていた通信機で、お前の事情は聞かせて貰った。
 お前が枢木首相を殺していたとはな・・・」

 「え・・・スザクが?」

 スザクの過去を聞いて思わず口に手を当てて驚くユーフェミアに、、スザクは震えた声で叫ぶ。

 「ルルーシュ・・・俺は!」

 「いいんだ、過ぎたことだしお前の考えも解る。それに、アルカディア様が言っていただろう?
 ある意味であの行為は正しかったのだと・・・解らなくてもいい、ただそういう側面もあったとだけ心の隅に留めておけ」

 スザクに理解させるという行為は非常に難しいと悟ったルルーシュは、そう告げる。

 「俺がこのまま、ブリタニアを壊すことに変わりはない。
 まず手始めに日本を解放し、各地の植民地を解放しつつその力を吸収し、最終的にあの男を殺してブリタニアを滅ぼす」

 「やめろルルーシュ!!そんなことをしたって、後悔するだけだ!!」

 父殺しを堂々と表明したルルーシュに、スザクは大きな声で止めた。
 あの時、もっと冷静に父を止めていればよかった。あんな方法を使わなくても、親子なのだからきっと。

 後悔しなかった日はないと訴えるスザクに、ルルーシュはもう手遅れだと自嘲の笑みを浮かべる。

 「俺はすでに異母兄クロヴィスを殺している。その日から修羅の道を行くと決めた。
 そうでなければ、いくら虐殺者だとしても仲がそれなりに良かった兄を殺しはしないさ・・・コーネリア姉上もな」

 「それは間違っているルルーシュ!家族で殺し合うなんておかしいじゃないか!」

 「あの男は子供(おれたち)を捨てた。子供を捨てた男が、父親たる資格などない。
 だからお前とは事情が違う・・・いい加減人それぞれの事情があると悟れ。
 お前の視野は狭すぎる。だからお前の言葉を誰も聞こうとはしないんだ」
 
 自分が父親を殺した時は後悔した、だから君もそうなるというのは善意からの言葉でも、なら殺さなければどうなるかという考えがまるでない。
 事実父親から殺されかけた自分はどうなのかと問いかけるルルーシュに、スザクはユーフェミアを見つめて叫んだ。

 「ユフィ・・・ユフィ、君だってそう思うだろう?コーネリア殿下だって、ルルーシュを気にかけてくれていたって言ってたじゃないか。
 ナナリーと揃って、皇族に戻るという考えはないのかい?」

 「ないな。俺はもともと継承権を剥奪された身だ・・・今更あの男の庇護に入ったからと言って、また別の国に見捨てる予定の人質として出されるだけだ。
 ナナリーはもっと悲惨だな・・・変態趣味の高官にでも褒賞代わりに与えかねない」

 どういう経緯で自分達が日本に来たか忘れたのかと言うルルーシュに、スザクはユーフェミアを見た。
 そんなことをしない父親だと言い切れる自信がないどころか、あり得るとすら思ったらしく、俯いている。

 「コーネリアだって、ユフィが巻き添えを食らうかもしれないとなったら見捨てるに決まっている・・・七年前のようにだ。
 だから戻れない。お前のルールを守るという自己満足のために、ナナリーともども犠牲になるつもりはない」

 二人のやりとりを聞いていたカレンは、小声で恐る恐るエトランジュに尋ねた。

 「あの・・・もしかしてルルーシュって・・・皇族ですか?」

 「はい。現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの末の皇子ですよあの方」

 あっさり認めたエトランジュに、カレンはやりとりの内容に納得しつつも驚愕の叫びをあげた。

 「ちょ、ブリタニア皇族が反逆って・・・何があったのルルーシュ?!」

 「ああ、日本を植民地にしたがったあの男が、当時母を殺されて後ろ盾がなく、俺と巻き添えを食らって両足が使えなくなり目も見えなくなった妹ナナリーともども日本に送られてな。
 そして俺達が日本人によって殺されたと言いふらし、それを口実に攻めて来たんだよあいつは」

 もちろん生きていたら困るから刺客まで寄越して来たという壮絶な過去に、カレンはあんぐりと口を開ける。

 「そういえば、ブリタニア皇族が留学しに来たって・・。
 でも、父親が子供殺そうとしたって・・・その前に母親殺されて傷心のあんたらを?
 あの状態のナナリーちゃんを、死なせるつもりで日本へ?」

 どこの世界に歩くことが出来ず、目も見えない少女を留学させる親がいるというのか。
 今の年齢からならまだ解らなくもないが、七年前ならナナリーはまだ七歳のはずだ・・・日本でいうなら、小学一年生である。
 
 車椅子で盲目の少女を思い浮かべたカレンが絶句し、ようやくルルーシュの行動の理由が見えて納得した。

 「そりゃ怒るわ・・・でもブリタニア人ってだけならまだしも皇族だって知れたら日本人が従いてこないから、正体を隠していたのね?」

 「そんなところだな。俺は母に似過ぎているから、見る者が見ればすぐに正体が知れる。
 ある程度成果を上げてからなら、事情を知っている藤堂がいるからバレても構わないだろうが・・・今はまだ無理だ」

 「あ、藤堂さんは知ってたんだ・・・もしかして、あの人も?」

 固有名詞は出さずに桐原のことを言うカレンに、ルルーシュは頷く。

 「藤堂は俺の正体こそ知らないが、知ったらオレの行動に納得してくれるだろうよ。
 だが、それでも結果を出さないと俺を庇う奴に迷惑がかかるからな」

 燃えるような夕焼けの中己の決意を叫んだあの日、藤堂もまたその場にいたのだ。
 もしかしたら、ある程度はゼロの正体に当たりをつけているかもしれない。

 「解った、そういうことなら私も絶対口外しないわ。それにしても、これだからブリタニアは!!」

 子供を殺そうとする父親が皇帝な国なんぞ滅んでしまえと怒り狂うカレンに、スザクとユーフェミアは言い返すことが出来ず沈黙する。
 まともに考えれば怒らない方がおかしいのだから当然だ。
 
 「お前に聞く・・・これでもなお、俺が間違っていると言うつもりか?」

 「・・・君の知略があれば、中から変えていける方法もあるはずだ」

 他人任せなのは解るが、ルルーシュの頭の良さを知っているスザクの提案にルルーシュはあっさり頷いた。

 「ないこともない・・・が、それは時間がかかり過ぎる。あらゆる手間もかかる。効率的とはいえないな」

 「だったら!」

 「お前、アルカディア様の言っていたことを理解しているか?
 全ては結果ありきなんだよスザク・・・そして結果を上げるのに時間がかかっていたら、傍から見たらそれは失敗しているようにしか見えないんだ。
 そして時間がかかればかかるほど、お前の言う上に行って変える方法が使えなくなるんだよ」

 いまいち解っていなさそうな親友に、ルルーシュはどうして時間をかけるとまずいのかからまず説明してやることにする。

 「よく聞けスザク。今、日本人の子供の学力は低い。教育どころではないからな」

 そこまではスザクも知っているために深く頷くと、ルルーシュははっきりと解り易く一言で言った。

 「この状態で、上に行ける日本人がどれだけいると思う?言ってみろ」

 「・・・あ!」

 権限の強い役職に就くには、当たり前の話だが学力が必須条件である。
 そしていわゆる学力格差が広がっている今、そもそも就職することが目標のナンバーズが政庁になど就職出来るはずがないのだ。

 そしてそれはこのまま武力で日本を解放しても同じことだ。
 さっさと日本を解放しある程度の知力を持った人間が可及的速やかに立て直しを図らなければ、日本と言う国が立ち行かないのである。

 「主義者達を上の役職に就かせることくらいは出来るが、それでは単に奴隷の平和を作るだけだ。
 お前は日本人を、穏健な世の中の奴隷にしたいのか?」

 「違う・・・そんなことをしたいわけじゃない!」

 「だから時間はかけられない。武力解放の方が、日本にとっていい方法なんだよスザク。
 今からお前の言うルールでやろうとしたら、まず教育制度を整えてそれから日本人がある程度の学力を備えるのにかかる時間が約十年、さらにそこから上の役職に就かせるまで十年前後。
 それだけあったら、ブリタニアを滅ぼせるぞ俺は」

 通常戦争とは、いくら長引いても十年経たずに終わる例が多い。
 自信たっぷりに言い切るルルーシュに、スザクはそれでも犠牲はないと言い募るがエトランジュがきっぱりと断言した。

 「犠牲は出ますよ枢木少佐。戦場のようにはっきりとした形ではありませんが、死人が出ます」

 「どうして解る!」

 「貴方は“どうして”と考えることを身につけた方がいいです。
 どうしてナンバーズがブリタニア人との婚姻や就職、租界への立ち入りを制限されたりしていると思います?」

 エトランジュの問いかけに、ユーフェミアが答えた。

 「それは、日本人に富を与えるとテロを起こすと考えたからです」

 「正解です。では何故ナンバーズが富を得て、テロを起こすと考えているのでしょうか?」

 「ブリタニア人が、不当に各国を占領したからです」

 「正解です。つまりブリタニア人は“仕返しされても仕方のない立場”にいるということを、彼ら自身知っているということです」

 ユーフェミアはその説に納得したが、スザクはそれが意味する事が解らなかったらしい。それを見てとったルルーシュが教えてやる。

 「つまり、連中は仕返しを恐れているんだよスザク。だからナンバーズに税をかけたりして富と教育の機会を奪い、自分達と張り合えないように仕向けているんだ。
 そんな奴らがナンバーズが重要な役職につき国を変えるようになると理解したら、全力で阻止しにかかるだろうな・・・それこそ暗殺などの手段を取っても」

 だが、それでもブリタニアのルールは許してくれる。
 ナンバーズが殴られても蹴られても何もしなかった理由は、ブリタニア人を傷つければ何があろうとも処罰されるからだ。
 逆に言えば、暗殺されようとも適当な捜査で終わってしまえばもうどうにもならないのである。

 「僕は仕返しなどしない!」
 
 「貴方はそうでも、他の方々は違うでしょうね。やられたらやり返したくなるのは人の常です。
 私自身目的半分、復讐半分でコーネリアを襲撃したのですから」

 どこまでも自分ならを繰り返すスザクに呆れたエトランジュの告白に、スザクが睨みつける。

 「君が、コーネリア殿下を?!」

 「ああ、俺が策を考え、この方が指揮を執ってコーネリアに重傷を負わせたんだ」

 既にユーフェミアは知っていたのか驚きもしていないのを見て、スザクはルルーシュとエトランジュを交互に見つめる。

 「いい加減にして下さい枢木少佐。貴方はどうして自分が自分がと言うのに、他の方の事情はお聞きにならないのですか!
 ルルーシュ様はすでに、貴方の事情は理解して下さっています。
 だから何度も同じことを繰り返して説明して、無理だと教えているのですよ!」

 「家族で殺し合うのはおかしくないと言うのかい?!」

 「それを仕掛けたのはどちらが先です!ルルーシュ様が何もしていないご家族を殺す方だとでも思っておいでなのですか?!」

 「それは・・・でも!」

 エトランジュに怒鳴られるようでは相当だとアルカディアは思ったが、既に文句を言う気力すらないので彼女に任せることにした。

 「間違っているのはシャルル皇帝だと貴方が思っているのなら、本人に向かって文句を言うのが筋でしょう。
 だいたい家族で競い合え奪い合えと言っているのは誰ですか?!
 私だって目の前に来たらいくらでも言いますが、話を聞く意思のない相手に文句を言っても無駄だと解っているから、こうしてやりたくもない戦争をしているんです!
 日本のことわざにあるでしょう、“馬の耳に祈りの言葉”と!」

 「馬の耳に念仏ですエトランジュ様」

 日本語だったのでユーフェミアは首を傾げたが、ルルーシュが正確な言葉と意味を告げるとなるほどと一つ知識を増やしていた。

 「どうして間違っているルールを実行している本人に向かって文句を言わず、やりたくもないことを強いられている私達に向かって言うんです?!
 私から見たら、貴方は単純に楽な方を選んでいるとしか思えません」

 「楽だなんて、そんな決めつけるな!」

 「楽な方だろう・・・」

 エトランジュがどう説明しようと考えているのを見かねたルルーシュが、やれやれと言った様子で助け船を出した。
 
 「今どき子供でも知っているぞ。法律を変える権限があるのは政治家なんだ、軍人じゃない。
 なのに、どうしてお前は軍人になったんだ?」

 「・・・え?何でって」

 「確かにブリタニアは軍人がある程度政治に干渉出来るが、それでも表向きには政治の筆頭でもある総督の許可という形で最終決定が為されているんだぞ?
 まともなルールに沿うなら、お前は政治家を目指すべきだろう」

 クロヴィスは総督ではあったが、軍人ではない。
 他のエリアも似たようなもので、コーネリアのように軍人であり総督であるほうが珍しいのだ。
 
 「だが、お前はどう考えても政治家になれないな。
 お前の成績は知っているから、政庁登用試験にたとえブリタニア人であっても受からないだろう」
 
 「・・・・」

 「自分の能力を生かす形でといえば聞こえはいいが、それでも殺人者とならざるを得ない軍人を選んだ。
 お前は結局、自分で考えることから逃げたんだよ。軍人は言われた通りのことを実行に移せばいい、いわば歯車だ。
 お前には確かに向いているが、ルールを変えるという目的からすれば大きく外れている職業だな」

 ルールの通りに動けばいい軍人が、ルールを変える権限などない。
 高級軍人ならともかく、先も言ったが仕返しを恐れるブリタニア人は有能であればあるほどナンバーズを上に据えることはしない。
 だが無能なら無能で下の階級のままなので、結局は同じことなのである。

 「解っただろうスザク。お前のルールは通じないんだよ・・・だからお前と共に行くことは出来ない。ユフィ、君ともだ」

 「ルルーシュ・・・そんなこと言わないで!私、努力するから!今からでも、日本人の生活をよくすれば!」

 ユーフェミアが叫ぶが、ルルーシュはゆっくりと首を横に振って否定した。

 「もうそんな時間はないんだよユフィ。国を立て直すという時間が必要な今、占領から七年と言うのはもうギリギリだ。
 それに植民地は日本だけじゃない、18ヵ国もあるんだ。君はそれらを、完璧に解放出来る自信があるのか?」

 「・・・・」

 「君が成長するのを待ち、スザクの事情を考えてやる義理も義務も余裕も日本人やレジーナ様達には全くない。
 これは俺が個人的に最後にしてやれる、最後の義務と義理だ」

 「ルルーシュ・・・!」

 「それに、君だってコーネリア姉上は捨てられないだろう?どっちも得たいというのは解るが、俺にはそのための方法を考える余裕はない。
 俺もナナリーが幸せになるのが最優先だ、こればかりは譲る気もない」

 自分をあてにするなと言う冷たい言葉に、ユーフェミアは泣きそうな顔になる。
 
 「でも、でも・・・私は戦いたくなんてない・・・!お姉様は何とか説得してみるから、お願い!」

 「それってさ、ナイトメア牽引用ロープを針の穴に通すようなもんだと思うわよ?」

 ユーフェミアなら思考能力はあると判断したアルカディアが言うと、ユーフェミアは押し黙った。

 「ゼロの正体を言えば、まああんたの言うとおりルルーシュ皇子が大事ならゼロと戦うのはやめようとするかもしれない。
 けど、十中八九彼らを皇族復帰させようとするでしょうね・・・ゼロの正体を隠したままで。それしか方法ないから」

 「・・・それは」

 「当然正体を知っている可能性のある黒の騎士団・・・全滅させるわねあの女。サイタマで目的のためなら人命なんぞどうとも思わないのは証明されてるし。
 しかもあの女はあんたが一番大事なわけだから、いざとなればルルーシュ皇子や妹姫を見捨てる可能性があるってルルーシュ皇子は言ってる。
 そうはならないと言うなら、その根拠を示さないと納得しないわよ」

 コーネリアはルルーシュの生母であるマリアンヌを敬愛しており、その暗殺についても調べている、生きていたら自分が後見人になれるのにと言っていたことを告げると、ルルーシュは不機嫌そうな表情になった。

 「なら、どうして七年前に日本を占領された時に俺達を捜さなかった?死体がなかったのだから生きているかもとは思わなかったんだな。
 ああ、そういえば日本に送られた後も手紙も寄越さなかったな・・・俺が手紙を送ったのに」

 「それは・・・陛下に止められたからやめろとお姉様が」

 「やはりな。つまり姉上にとってはあの男の命令の方が俺達より大事というわけだ。
 俺が反旗を翻したゼロだと万一にもあの男にバレたら、お前と自分のために躊躇うことなく引き渡したとしても、おかしくはないな」

 信じるに値しないと言い放ったルルーシュに、ユーフェミアはどうしたら信じてくれるのかと途方に暮れる。

 「どうして君はそう自分を中心に考えるんだルルーシュ!仕方ないだろうコーネリア殿下はユフィが大事なんだから!」

 「だったらどうして俺が俺とナナリーを大事にしたらいけないんだ!
 俺の一番はユフィじゃなければならない理由でもあるのか、スザク!!」

 「だからさあ、そいつは自分さえよければいいんだってゼロ。
 もうそいつの一番はユーフェミア皇女で決まった・・・それだけのことでしょう」

 アルカディアの言は言いすぎだが、実際は単に相手が言われてどう感じるかという能力がないだけだとエトランジュは思っている。
 どっちみち自分のことしか見えていないことに変わりはないから、指摘しなかったが。

 「君は日本開放のために黒の騎士団員に利用されているだけだ!だから君だって正体を隠しているんだろう。
 その他の植民地の人だっていうテロリストだって、君を利用したくて家族間で殺し合いにするって事情を無視しているじゃないか!」

 「その通りだが、お前には関係のないことだ」
 
 あっさり利用されていることを認めたルルーシュに、スザクは理解不能と言いたげに親友を凝視する。
 
 「この方々は各国のレジスタンスを束ねていてな、ある程度の戦力をお持ちだが残念ながらそれを生かす才幹はなかった。
 だから俺が知略を貸し、引き換えにその助力を借りるという取引でここにいるんだ。お互い様というやつだ」

 そして黒の騎士団も同じことだと言うルルーシュに、カレンはまだ自分達を信頼してくれていなかったのかと悲しくなった。
 しかし、事情を鑑みればそれも無理はなくて、日本解放が成ればみんなもブリタニア人を受け入れる土壌がある以上、彼も正体を明かしてくれるかもしれないと展望を抱く。

 「家族間で争うのはあの男のせいで、レジーナ様が仕向けた訳ではないぞスザク。
 俺の正体を知らずに単純に力を借りようと思ったゼロがそう言う事情を抱えていたが、目的のためには仕方ないと放っておいているだけだ」

 文句があるなら家族間で殺し合いを仕向けている本人に言えというルルーシュに、スザクは黙りこむ。

 「断わっておくが、別に姉上がお前を一番に考えて行動することに怒っているわけじゃないからなユフィ。
 ただ、俺もナナリーの幸福を考えれば信用出来ない相手と一緒に行動する訳にはいかないというだけの話だ」

 「ルルーシュ・・・私は、お姉様も貴方も大切なのよ・・・」

 ユーフェミアは小さな声で呟いたが、それ以上は口に出せなかった。
 七年前にルルーシュら兄妹を見捨てたという前科がある以上、ユーフェミアとしては何も言えない。
 あの時、たった一言でも姉が、自分が何かを言っていたなら・・・ここまで不信を抱かれることはなかったかもしれないのに。

 「そうか、だが俺の一番は決まっている。俺はナナリーの幸福のために戦う」

 「日本解放のためじゃないんだね」

 スザクの低い声音の問いに、そうだとルルーシュはあっさり肯定する。

 「レジーナ様も同様に、別に日本解放が最終目的じゃない。
 ただブリタニアを滅ぼす=祖国が戻るという方程式のもと、仲間を増やす過程で日本解放に協力してくれているだけだ」

 カレンは日本解放が手段に過ぎないと知ってムッとなったが、確かにエトランジュ達が協力している理由がそうなので、彼だけを責めるわけにはいかないとそれを押し殺す。
 それに、結果的に日本解放が成るというのなら、責めることもないのだ。

 「お前、これだけ言われてまだ気づかないのか。
 誰だって自分それぞれの一番大事なものがあって、そのために戦っているんだ!
 俺の一番はユフィじゃない、ナナリーだ!そしてお前の一番はユフィ、それだけの話なんだよ」

 「俺の一番が、ユフィ・・・?」

 今更何を言っているのかとルルーシュは舌打ちすると、スザクの頬を張り倒した。

 「お前はあいつの騎士になったんだろう!騎士は常に主君に従い、そのためだけに生きる存在だ。
 ルールルールと言うくらいなら、きちんと騎士がどういうものかぐらい把握しろ、この体力バカが!」

 だからこそ自分のものではなくなったスザクに、ルルーシュはショックを受けたのだ。
 それなのにこの男は、そんなことすら解らずに呑気に騎士が職業の一つだとでもいうように受け止めていたらしい。

 「ウザクウザクって言われてる理由・・・よく解ったぜ」

 ぽつりと呟いたクライスの台詞に、当人とユーフェミア以外の面々は深く頷く。
 ユーフェミアが理由を視線で尋ねて来たので、エトランジュが教えてやった。

 「うざったいというのは日本語で鬱陶しいという意味なのですが、それとスザクさんの名前とを組み合わせての仇名です」

 意味を知った時は苦笑したが、なるほど的を射た呼称だ。
 日本人内でスザクがどれだけ嫌われているのか、この一事だけでも解る。

 「日も暮れてまいりましたので、そろそろ話をまとめてもよろしいでしょうか、皆様?」

 ふと気づけば既に夕日が地平線に沈もうとしており、辺りは橙色に染まりつつある。
 ルルーシュがどうぞ、と促すと、エトランジュは自分なりにまとめた結論を言った。
 もっとも、既に結論は出ているものだったが。

 「ルルーシュ様はナナリー様と幸福に暮らすために、ブリタニアを滅ぼしたい。そのためには黒の騎士団を率いて、今後とも戦っていくおつもりです。
 そしてカレンさん方黒の騎士団は、ゼロの知略を用いて日本解放を行い、その後再奪還をされないためにもブリタニアを滅ぼしたい。
 ・・・利害一致なので、それでいいですね?」

 「はい、レジーナ様。異存はございません」

 カレンは全く間違いがなかったので納得し、ルルーシュも頷いて同意する。

 「私達もブリタニアを滅ぼさない限り祖国が戻ってこないので、レジスタンスをまとめて反ブリタニア同盟を作っていきたいので貴方がたと共に行動したいのですが、よろしいですか?」

 「ええ、もちろんです。カレンもそうだな?」

 「はい、ゼロ」

 そしていよいよ問題となっている主従に視線をやると、二人はびくっと肩を震わせる。

 「貴方がたは私達と戦いたくはない、けれどそれをやめさせる術を持たない。
 私達にやめて欲しいと言うしかないけれど、私達には貴方がたの事情を忖度する余裕も義務も義理もありませんのでその要求は却下されます。
 結論として、状況は改善されません

 「そんな・・・ルルーシュ!」

 「おやめなさい、スザク!もういいのです」

 スザクがなおも言い募ろうとするが、ユーフェミアの制止を受けて驚きつつも口を閉じる。

 「皆さんの言うとおり、何もしていないのに要求ばかりするのはやめるべきです。
 本来なら、私達は敵同士である以上この場で殺されても仕方なかったのにこうして話し合いの場を設けて下さいました。
 それだけでも、感謝すべきなのです」

 「話し合いで解決するのがいいんだろうけど、ユーフェミア皇女じゃぶっちゃけ無駄な時間で終わるからねえ」

 はっきりとそう言いきったアルカディアを、エトランジュがフォローする。

 「私としては貴女とお話するのはとても良かったと思います。
 少なくとも貴女は相手の話を聞く意志をお持ちで、状況を改善したいという思いもよく解りました」

 けれど、ユーフェミアでは決定権がない。
 いくら彼女がナンバーズを解放したいと願おうとも、それに否と皇帝に言われればどうするすべもないのだ。

 「専制君主国家の皇女である以上、仕方のないことと思います。
 ですから結果的には無意味に終わることでも、それでも私は嬉しかったです・・・私の話を聞いて下さったから」

 「レジーナ様・・・」

 「貴女の姉は都合の悪い話から耳をふさぎましたが、貴女は真っ向から向かい合い受け入れて下さいました。
 いろいろと貴女なりのご苦労や思いがおありだったでしょう。
 ですが、アルカディア従姉様がおっしゃったように、残念ながら貴女との話し合いは組織的には無意味なのです・・・ですから、余計に残念です。
 それでも、私の話を聞いて下さったことに礼を言います・・・ありがとうございました」

 ブリタニアを治める資格を持つ皇帝が変わらない限り、何もかもが変わらないというエトランジュに、何かを決意したユーフェミアが尋ねた。
 
 「皇帝陛下が考えを変えたら、戦う必要はないと?」

 「無理でしょうね。
 これだけの死人が出ている以上、今から侵略をやめて植民地を解放するといったところで、これまで侵略に貢献していた軍人に反発され、今まで殺されてきたナンバーズと呼ばれた方々から恨まれるだけです」

 「・・・なら、皇帝が変わった後に国是を変更するなら?」

 「時間がかかるでしょうけど、シャルル皇帝が変えるよりははるかにましでしょうね。
 ・・・貴女にそれが出来ますか?」

 「・・・解りません。でも、私はそれを変えたいのです。
 私はEUも、中華連邦も、そしてブリタニアも全部なくなって、世界が一つになって平和な世の中を見たいのです」

 ユーフェミアがまっすぐエトランジュを見据えて語る夢に、エトランジュは小さく笑みを浮かべた。

 「よく世界を一つに・・・などというスローガンを耳にしますが、私はそれがいいとは思えません。
 自分が好きな場所を選べないというようにも取れますからね」

 「それは、どういう意味ですか?」

 「一つということは、他のものがないともいえるからです。
 EUはあくまでも小国同士が集まって大国並の影響を持っているということはご存知でしょう。ひとつの国家にはまとまっていないんですよ」

 EUでは、それぞれの異なった形態を持つ国が集まっている。
 君主国家もあれば完全なる民主主義国家、貴族制度のある国やない国など、本当に様々なのだ。

 実はマグヌスファミリアは王族が主体となって政治を行っており、国民達は関与していない。その意味では、ブリタニアに近いといえる。
 王族が高度な教育を受けるために海外へ国費で留学する代わり、国のために政治を行う。いわゆる高貴なる義務と言うやつだ。
 農耕国家ゆえの貧乏さから効率的に政治を行うためなので、文句が来たことはない。
 もともと身分制度自体、そうすることで効率的に政治を行うために生まれたのだ。

 そんな貧乏君主国家のマグヌスファミリアだが、そんな国にも移住希望者は来る。
 緑豊かでのんびりした国で過ごしたいという者が、移住を望んで来ることは何年かに一人や二人は来るのである。

 逆にマグヌスファミリアの機械文明に憧れた娘が、EUのとある国の嫁不足に悩んでいた農村に嫁いだこともある。

 EUでは移民を希望し、その国が移民を認めれば犯罪者などでない限りそれが叶えられる。そうEU連邦の法律で決められているのだ。

 「自分に合ったものを選べるというのも、よろしいのではないでしょうか?
 極端な例ですがユーフェミア皇女、ご自分の一番好きな物が最上級の素材で作られたものだけがあるレストランと、少々味は落ちてもたくさんのメニューがあるレストラン・・・永続的に利用するとしたら、どちらを選びますか?」

 「解りやすいですね・・・もちろん、たくさんのメニューがあるレストランです」

 「私はそれでいいと思うのです。たくさんのものがあって、それぞれ好きなものや自分に合ったものを選べる世界。
 一つに纏まるというのはそれはそれで素晴らしいと思いますが、それぞれがその中核になるために争い出しては本末転倒ではないかと思うので」

 現在ブリタニアがやっているのがそれだ、と言うエトランジュに、なるほどそういう考えもあるのかとユーフェミアは目から鱗が落ちた。
 もちろんそれはあくまでエトランジュ個人の考えであり、穏便に一つになれるというのならそれはそれで悪いものではない。

 「ユーフェミア皇女に一つ、偉そうですがこんな例があったことをお教えしておきましょう。
 昔とある国で宗教間の争いが起きていることに心痛めた皇帝がそれを止めるためにその二つの宗教を廃止し、新たな一つの宗教を改めて広めようとしたことがあったのです。
 一見いい考えに見えますが、双方からすれば別宗教を押し付けられていることに変わりはないということにその皇帝は気付かず、情勢が悪化する結果になってしまいました」

 「・・・ご忠告、ありがとうございます」

 自分ならうっかりやってしまいそうな行為だと、ユーフェミアは溜息をついた。

 「政治って、大変ですね・・・改めて言われると、怖くなりました」

 「大勢の人々がいる以上、大国であればあるほど意見が纏まらなくなるのは仕方ないと思います。
 私の国は非常に人口が少なく僻地にあるので、逆に結束力が強くあんまり揉めたりしないんですよね」

 実際、マグヌスファミリアでは暴動だの革命だのそんな物騒な事件が起こらなかった。
 理由は貧乏ゆえに余裕がないため、王族が食料を独占するだのという行為をしたが最後、他の国民達からあっという間に排斥されることが目に見えているので初めからやらないからである。
 王族より国民の方がケタ違いに多い上に王族を守る軍隊がないのだから、当たり前だ。
 ゆえに平等に食糧分配という王族最大にして重要な仕事だけは、意地でもきっちり行っていた。

 世界史上、国が内部から崩壊した理由の大半が、飢えと貧困によるものだ。フランス革命などその代表である。
 “飢えは為政者の最大の敵”というのは、はっきり言って常識中の常識なのだ。
  それを知らずにゲットー封鎖などという行為をしてしまったユーフェミアの信用は、地に潜ってしまったという訳だ。

 「それと、最後にもう一つだけ・・・私はブリタニア皇族が嫌いです」

 はっきりとそう告げたエトランジュに、ユーフェミアは小さく俯いたが続けられた言葉にはっと顔を上げた。

 「けれど、ブリタニア人が嫌いなわけではありません。
 私達に英語を教えて下さったのは元ブリタニア貴族の方ですし、レジスタンス活動を助けてくれる方やそうと知りながら見て見ぬふりをして下さっているブリタニア人の方が大勢いるからです。
 ブリタニア皇族が嫌われているのはその血筋故ではなく、その行為によるものであるということを、忘れないで下さい」

 「はっきり言うとね、あんたらはその辺りのことが全く解ってないのよユーフェミア皇女もそこのウザクも」

 アルカディアがスザクにはもはや何を言っても無駄と認識したので視界にも入れず、ユーフェミアに向かって手厳しい口調で言った。

 「私達がユーフェミア皇女のバカと罵ると、“自分はブリタニア皇族だから、姉が日本人を虐殺したから恨まれている”って思いこんで、自分達が何をしたかなんて考えてもいなかったでしょ」

 むしろ自分は善意でしたことだからいい結果が出ているはずだと考え、どうして理解してくれないのかとすら思っていたはずだと言い当てると、ユーフェミアははい、と小さな声で認めた。

 スザクもユーフェミアを悪しざまに罵るアルカディアをそんな目で見ていたが、はっきり迷惑を被ったからだと言われると言い返せなかった。

 「だけど、確かに虐殺者の身内だからと恨む人はいるけどね、実際は当人がまともなら人はそれほど悪意を向けたりはしないものなの。
 むしろコーネリアはああいう女でも、さっきも言ったけど余裕がない今効率を考えて妹は自分達を大事にしてくれるなら彼女を支持していこうとなったでしょうね。
 善意が全ていい結果になるとは限らないことを理解せずに、彼らの信頼を失ってしまったってわけ」

 「そういえばユフィ、コーネリア姉上が入院してから、どういう形で物事を決裁していたんだ?」

 だいたい想像はついていたが、念のためルルーシュが尋ねるとユーフェミアが小さな声で周囲の人間が運んでくる書類を確認し、日本人を弾圧する書類を避けて決裁していたと告げるとやはりなと溜息を吐く。

 「戻ったら自分が決裁したもの以外の書類を確認してみるといい。
 君が許可を出した書類は確かにブリタニア人が日本人を弾圧しないものばかりだが、総督や副総督の許可がなくてもいい範囲内なら、日本人に対する弾圧が行われているはずだ」

 「え・・・あ!」

 ユーフェミアは考えが足りないだけで、政治的知識はある。ルルーシュの言葉の意味に気付いて、顔を青ざめさせる。

 「どういう意味ですか、ルルーシュ様。ユーフェミア皇女の許可がないなら、それでいいというわけではないようですが」

 てっきりゲットーを封鎖しブリタニア人の行き来を封じるという弾圧だけだと思っていたエトランジュに、ユーフェミアが震える声で答えた。

 「いくら総督や副総督でも、全ての決裁を行うのはとても無理です。
 ある程度は地方長官などに権限を委託していて、トウキョウ租界についてはダールトンがわたくしの裁可がなくてもある程度の政策を整えることが可能なのです」

 「たとえば名誉ブリタニア人を左遷する、ある程度の財産を持っている日本人に対する地方増税、テロリストとして捕らえた日本人の処刑は、地方長官程度の権限で施行することが可能なのですよ」
 
 マグヌスファミリアでは国すべてのそれは国王決裁なので、エトランジュは人口が多いとそうなるのかと一つ学んだ。
 ちなみに現在、国王代行として伯父にして宰相のアインが政治を処理しているので、エトランジュはまるでやり方を知らなかったりする。

 「ああ、そういえばカンサイでは地方税が高収入の日本人にだけ増税されるって聞いたわね。
 私達が殺したハーマウ男爵がカンサイブロック長官権限で決めたんだっけ?」

 「そうですよアルカディア様。ナンバーズに対する法律適用は、ブリタニア人次第でいかようにも出来ますからね。
 総督や副総督なら止めることが可能ですが、決めるだけならある程度権限のあるブリタニア人の自由です」

 「私・・・トウキョウ租界近くのゲットーの日本人ばかりに目が行って、他のことが見えてなかった」

 ルルーシュが教えてくれなければ、恐らくここを出てからも解らずにいただろう。
 
 「おそらく、君は周囲に“テロリストに対して手荒な行為をするな”などと言っただけで、それ以外の日本人について確たる指示を出さなかったんじゃないか?
 しかもその手荒な行為というのも細かく指示を出していない・・・違うか?」

 「はい・・・全くその通りですわ」

 租界とゲットーの行き来を制限したとはいえ、“ゲットーへ行く者はブリタニア執政官および大佐以上の許可を得た者のみとする”となっているため、逆に言えばその許可を得られた者は出入り出来る。
 その者達は当然スパイの疑いがない信頼できる精鋭達である。その能力を発揮し、黒の騎士団の下部組織や他の弱小テログループをいくつか摘発していたのだ。

 逮捕された者は、当然ブリタニア側からすればれっきとして犯罪者だ。そして“現在のブリタニア法律に則って”処理される。
 裁判なしの死刑だの投獄だのが行われても、それは裁判官の許可で充分だ。わざわざ副総督の許可などなくても、事後報告で構わないのである。
 
 自分が決裁するから必ず報告せよと言う命令がない限り、必然的にそうなる。彼らは命令に背いたわけではないから、責めるわけにもいかない。

 「ユフィ、俺の意見を言わせて貰う。
 君は確かに崇高な理想を持ち、それに向かって努力する姿勢を持っていることは素直に尊敬しよう。
 だが、やり方が解っていない。何よりまずいのは、君は思いつきで行動しすぎだ」

 それは為政者として最悪だとはっきり宣告すると、ユーフェミアは落ち込みながらも頷いた。

 「スザクに言って電話をかけさせた時、君は何故俺が君に生存を言わなかったのか、考えなかっただろう?それと同じノリで、今までやって来たと想像がつく。
 電話をかけさせて俺の生存を探るまではまだいいが、いきなり俺と話そうとしてきて・・・どれだけ俺が焦ったことか」

 「ご、ごめんなさい」

 「君がまずやるべきことは、政治のやり方を覚えることだ。
 いきなり副総督などという地位を渡した姉上が悪いが、通常は地方長官から始めるくらいがちょうどいいんだぞ」

 つい先ほどまで学生だった人物を、自分がいるからと言って権限の強い副総督に据えたコーネリアがそもそも悪いのだ。
 どうせ彼女のことだから重要事項は自分一人で決めて、口では厳しく言いながらも本音では妹には自分の傍で穏やかに過ごして貰いさえすればいいとでも考えていたのだろう。
 
 そうでなければ妹に確実な実績を積ませようとするはずだが、コーネリアがつけた補佐であるダールトンが結局全てやってしまっているため、彼女は成長する機会を奪われ続けていたのだ。

 「あんたさ、今までの話を聞くに思い付きで何かの提案をするだけで、計画して行動するってことがなかったでしょ」

 「・・・はい。解りますか?」

 「ええ。そっちの騎士も同類でしょうね」

 「・・・・」

 アルカディアの呆れかえった台詞にユーフェミアが顔を赤くすると、エトランジュを指さした。

 「うちのリーダーも頭あんまりよくないから、まず自分の案は紙に書いてよく考えるの。
 それで却下されたらどうして駄目なのか、理解するまで説明を求めてくるわ」
 
 もちろんこのようなやり方では政務は遅れるし、尋ねられる方も説明にうんざりするかもしれない。しかし、それでエトランジュはゆっくりでも学んでいく。
 彼女達の年齢では、もともと成功するより失敗を糧に成長するのが当たり前なのだ。ただ状況がそれを許さない以上、失敗のないように行動するには無難な方法なのである。

 「あんたはまず、計画を立てて考えることから始めた方がいい。さもないと、全員が迷惑する。
 っていうか、あんたらのほうが余裕があるんだから、頼むから計画書を書くくらいのことはしてじっくりとっくり考えて欲しいわ」

 政治家の基本だというアルカディアに、ユーフェミアはもっともだと納得してしゅんとなった。

 「ただし、あんたがゆっくり学んで成長していると知っていても私達のほうは余裕が全くないから、今後ともブリタニアと戦うことに変わりないわ。
 時間は全くないと思った方がいいでしょうね」

 「そういうことだ・・・それでも君にはダールトンやギルフォードと言った信頼出来る人間がいるというのは幸運なことだ。
 あいつらが国是思想の持ち主でも、君を思っている以上君が成長する機会を奪うような真似はしないだろうよ」

 ただし、君がはっきりと成長したいと告げなければ鳥籠の中で鑑賞されるお飾りのままだと言うルルーシュに、ユーフェミアは異母兄をまっすぐに見据えて言った。

 「もし間に合わなくても、私はやるべきことはやっていくわルルーシュ。
 あの・・・一つだけ貴方に相談したいことがあるの。聞いてくれる?」

 「なんだい、ユフィ」

 最後の語らいだから何でも聞くというルルーシュに安堵の吐息を吐いたユーフェミアは、笑顔で尋ねた。

 「私、貴方にとても迷惑をかけたし、日本人にもとても悪いことをしてしまったわ。 
 私が出来ることで、みんなの役に立つことはありますか?」
 
 貴方なら信頼出来る。
 だから、自分がどうすべきか貴方の意見を聞かせて欲しいというユーフェミアにルルーシュは低い声で言った。

 「俺はゼロだぞ?」

 「でも、今は私の兄だわ。兄として最後の言葉をくれるって言ってくれた」

 ルルーシュはその言葉に大きく眼を見開くと、一本取られたというように観念した。

 「いいだろう、俺なりの考えを君に話そう。ただし、それらすべてが正しいとは限らない。
 君自身が考え、選んでいくんだ・・・いいな?」

 「ええ」

 ルルーシュは異母妹の髪を撫でてやると、後ろ手に縛られたまま放置されたスザクの傍に歩み寄る。
 
 「・・・礼を言っておこう。俺とナナリーを守ってくれようとしたんだな。・・・ありがとう」

 「ルル-シュ・・・」

 「だが、それももう無理だスザク。今度は俺達の代わりというのもおかしいが、ユフィを守ってやってくれ。
 敵は黒の騎士団ばかりじゃない、皇宮に巣食う宮廷貴族どもや皇族達もそうだ。
 お前ならそこらの刺客程度なら、簡単に排除してくれるだろう」
 
 再会した時華麗な蹴りを披露したスザクを思い出したとからかうように言うと、スザクは親友の儚い笑顔を凝視する。

 「明日になれば、俺達は敵同士だ・・・もう、友人ではなくなる。
 だから、これが最後の友人としての言葉だ」

 ルルーシュはゼロとして相対すればお前を殺すと言いながらも、それでも初めての親友に向かって矛盾した優しくも残酷な言葉を告げる。

 「親友としてお前に言う。枢木 スザク、お前は生きろ

 「・・・・!!」

 「そして、俺の異母妹(いもうと)を守ってくれ。出来れば、黒の騎士団と戦って欲しくはないがな

 冗談めかした台詞がスザクの耳に入った瞬間、その言葉が絶対遵守の命令となってスザクに流れ込む。

 赤く縁取られた目をしたスザクが、紫電の瞳を持った友人にその命令を遵守すると宣誓する。

 「解ったよルルーシュ。もう、騎士団と戦うことはしない

 「ありがとう、スザク・・・そして、すまない」

 こんな形で決着をつけたくはなかったが、これ以上ゲンブやシャルルといったバカな大人のために振り回されたくはない。
 親友と戦いたくないのは、自分も同じなのだ。だが彼が戦う意思を持ち続ければ、確実に彼を殺さなければならなくなる。

 親友の命を助けるためとはいえ、こんな手段を取らざるを得ない己に腹が立った。

 「俺達は親友だから・・・」

 「ああ、そうだねルルーシュ」

 スザクは涙を流しながら頷くと、ルルーシュの胸に顔をよせて懇願するように言った。

 「俺は・・・俺は生きていてもいいのか?父を殺した俺を、幾多の人命を奪った俺に、君は生きろというのか?!」

 「そうだスザク。君は俺達を助けてくれた・・・俺はお前に感謝している。
 だからあの日、お前が無実の罪で処刑されるのを見過ごしたくなくて助けに行ったんだ」

  反逆の意志は初めからあったが、ナナリーがまだ学生、自分自身も学生なままでゼロをやる予定はクロヴィスを殺した時にはまだなかった。
 だがスザクが犯人としてでっち上げられ、彼を助けるためには早めに反逆者デビューを果たさざるを得なかったのである。

 お陰で出席日数はやばくなるわ、妹との語らいの時間は減るわ、貯めていた貯金は減るわでいろいろ大変な事態になっていた。
 もしあの件がなければ、反逆者ゼロの登場は二年ほど遅れていたであろう。

 しかし、そのスザクが処刑されかけた事件の映像でゼロを見つけたマグヌスファミリアとしては、少々複雑な心境であった。

 「俺のため・・・ルルーシュ・・・」

 「ああ・・・お前に死んで欲しくはなかったんだ。技術部と聞いていたから安心していたのに、まさか白兜のパイロットだなんてチョウフ基地で判明するまで思ってもみなかったよ」

 「ごめん・・・心配掛けたくなくてさ・・・」

 「もういいんだ、スザク。俺はもう、友達同士で騙し合うことに疲れた」

 スザクは人の話を聞く耳はないし、かといって自分のためにその手を血に染めたと知っては、もはやこうするしかなかった。

 「お互い命の助け合いをした・・・そういうことにしようスザク。
 明日からはもう、親友のルルーシュ・ランぺルージはいない。お前の前に立ちはだかる、ブリタニアに反旗を翻すゼロだ」

 そしてスザクはブリタニア皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアを守る騎士だ。ゼロの敵以外の何ものでもないと告げると、スザクはどうしてこうなったのかと自問する。

 もしも先にルルーシュがゼロだと明かしてくれていたら?いや、自分はきっとそんなことはやめろと言い続けて彼を窮地に追いやってしまっていた。
 自分をよく理解していたからこそ正体を明かさなかったのだと、スザクは今さらに悟って呆然となる。

 「だから言ったでしょ、何をしようが結果はもう決まってるって。
 あんたのリアクションを見るに、ゼロの正体にうすうす気づいていたけど、今の関係を壊したくなくて黙ってたんでしょ」

 「・・・ああ、そうだ」

 ゼロの正体がルルーシュなら、ゼロをやめて貰えば彼を捕えずに済むと心のどこかで考えていた。
 結局自分はルルーシュに甘えて甘えて、結果彼をここまで追い詰めてしまったのだ。

 「覚悟決めなくてもいいから、何もしないで枢木。あんた、本当に邪魔。
 あんたの考えは角度がずれ過ぎてて、悪い結果しか生まないから」

 脳筋とかもうそれ以前の問題だというアルカディアはそれだけをスザクに要求した後、ユーフェミアに手厳しい言葉を浴びせかける。

 「あんたもそうよユーフェミア皇女。あんた自分が持ってたアドバンテージを経緯はどうあれ自分で壊したんだから、ルルーシュ皇子の策を持ってしてもどこまでいけるか解らない。
 冗談抜きで自分の命賭けることになるけど、その覚悟を持ってやることね」

 相手は黒の騎士団および世界各地のレジスタンス、さらには国是主義のブリタニア人と敵は多いと告げるアルカディアに、はい、とユーフェミアは頷く。

 「私は・・・みんなと仲良くしたいです。それが見ることが叶わないなら、それでも構いません」

 ブリタニア皇族には貴重な主義者である。
 アルカディアとしても無為に殺したくはないし、ブリタニアを滅ぼした後彼女を傀儡のトップとして据えればある程度のブリタニア人の反感を抑えられるという案もある。

 エトランジュも考えは同じなのか、スザクだけ殺してユーフェミアのみ生かすのが一番だが、今回は諦めることにした。

 「では、今回はルルーシュ様のお顔を立てましょう。
 ユーフェミア皇女を捕らえた黒の騎士団から、枢木少佐が同じく捕らえたカレンさんとの人質交換で奪還したのです。
 今宵あった出来事は、ただの生き別れになった異母兄妹の語らいであり、親友同士が腹を割って話しただけです。それで、よろしいですか?」

 「俺は構わない。もう、二人と話す機会はないだろう・・・感謝しますよレジーナ様」

 「ち、レジーナが言うなら仕方ないわね・・・手は打ってくれるようだし」

 はっきりスザクにギアスをかけたことを確認していたアルカディアも、その代償ならいいと納得するとスザクとユーフェミアも了承した。

 「ありがとうございます皆様。スザクも、いいですね?」

 「でも、俺は・・・父親殺しの俺が、貴女に仕える資格は」

 震える声音で俯くスザクに、ユーフェミアは微笑みかけた。

 「なら、これからわたくしと一緒に償っていけばいいわ。私には貴方が必要なのです・・・私の騎士なのでしょう、スザク。
 それとも、日本人を追いつめてしまった私はお嫌いですか?」
 
 「いいえ、そんなことはありません!!ですが!」

 「それなら、私の味方になってくれませんか?
 私には貴方が必要なのです。貴方がいなくなったら、ルルーシュもいなくなる今私の味方は貴方だけです。
 私と一緒に、頑張ってくれませんか?」

 「イエス、ユアハイネス・・・ユフィ、ありがとう」

 スザクが涙を流すと、ルルーシュはスザクを縛っているロープをほどこうと手を伸ばす。

 「ちょっと待ってろ、今ほどいてやる。そうしたら、夕飯の材料を取りに行って貰うからな。体力バカにはぴったりの役目だろう」

 「ひどいなルルーシュ。ここには兎や鳥もいたし、すぐに捕まえてくるよ」

 ルルーシュは初めこそ余裕の表情で縄を解こうとしていたが、相当固く結んだらしくてほどけない。
 
 「くっ・・・なんだこれは?!この結び目ならこうすれば計算上ほどけるはずだ!」

 「あー、それ漁師の人から教わった結び方で、解き方判んないと無理よ?」

 アルカディアがさらっと言うと、エトランジュがすたすたとスザクに歩み寄りロープに手をかけると、力を入れながらもするするとほどいていく。

 「はっきりきつく結んだんですねアルカディア従姉様・・・はい、これで大丈夫ですよ」

 「・・・どうも、ありがとうございます」

 やり方を知っていたとはいえ、それでも年下の少女に簡単に解かれる様を見たルルーシュは、内心プライドが傷ついた。

 スザクの手首にはうっ血の痕が生々しく残っており、アルカディアがいかに彼を始末する気満々だったかが伺える。

 「・・・とりあえず、今夜の食事を確保しよう。まず穴を掘って兎を捕まえて・・・」

 「もう捕まえてしまいましたルルーシュ様。既に血抜きも終わっていますので、食べられますよ」

 エトランジュが木陰に吊るされている兎を指すと、ジークフリードが息子に指示する。

 「食べられる実などもありますが、この人数では少々厳しいですな。クライス、近くに魚がいる川があっただろう。何匹か捕まえてこい」

 「へいへい、めんどーだけど仕方ねえな。アルー、お前も手伝ってくれよ」

 「時間ないし、いいわよ。じゃあちょっと行って来るから、カレンさんとジークさん、悪いけどあとはよろしく」

 何をよろしくするのかというと、もちろんスザクの監視である。
 クライスとアルカディアが川へと消えていくのを見送りながら、カレンが尋ねた。

 「ここで一泊する羽目になるって、解ってたんですか?」
 
 「ルルーシュ様の指示を受けて救護のためにここに来た時、万が一に備えて兎とか木の実とか集めてたんです。
 私も料理は父や家族から習ってたので、こういうことは得意なので」

 電化製品などあまりないマグヌスファミリアでは、かまどによる調理もするし家畜を処理する事も日常茶飯事にある。
 ウサギ程度ならエトランジュにも捌けると聞いて、カレンはさすが農耕国家と驚きつつも感心した。

 手際よくエトランジュが兎を切り分け、ジークフリードが火を起こすのをただ見ている文明国家育ちの面々は、気まずそうに顔を見合わせた。

 「・・・後片付けくらいは、俺達がするか」

 「そうだね、ルルーシュ」

 「後片付けって、どうするんでしょう?」

 「洗い物とか・・・でも、洗剤とかなさそうだし。ってか、皿とかあんの?」

 他愛のない会話をしながらも四人はだんだんと口数が減り、何となく夕焼けを見つめた。
 あの太陽が再び昇った時・・・再び自分達は敵味方となる。

 一番仲が良かった異母兄妹なのに、親友なのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 楽しそうに夕飯の支度を整えているマグヌスファミリアの一行が、とても眩しく見えた。 




 「私は日記をつけて日々の記録をしてますね。後で見返してみると、いろいろ見落としてたりすることがありますので」

 「日記ですか、それはいい考えですね。私もやろうかしら」

 ユーフェミアとエトランジュが兎の串焼きと木の実を食べながら談笑している傍ら、ルルーシュが怒鳴っている。

 「違うな、間違っているぞスザク!魚は焼けばいいというものではない、きちんと三枚におろして内臓を抜くんだ!」

 「君はこういうことにうるさいなルルーシュ。食べられればいいじゃないか」

 「こういうところの魚は、寄生虫などの危険もあるんだ!熱処理を完全に行うべきだ!」

 「なんだ、焼くだけじゃ駄目なのか」

 カレンも木の枝で作った串に魚を刺して丸焼きにしようとしていたのを見て、料理に関しては自分がやらねばと材料を二人から強奪する。

 「幸いレジーナ様が海水を乾燥させて作った塩があるから、味付けは出来る。俺に任せろ!」

 無駄にオーバーアクションを取りながらも、カレンから借りたナイフで華麗な手さばきで魚を切り分けていくルルーシュに、カレンは何だかムカついた。

 「あんた、皇子様のくせになんでそんな料理がうまい訳?」

 「日本に人質に出された時、毒殺の恐れがあったから自分で材料を仕入れて作るようにしたんだよ。
 ゲンブが俺達を殺そうとしていた事実が明らかになった今、それは正解だったようだな」

 そういえば生徒会の差し入れも、時々こいつの手作りだったけと思いだしたカレンに、ルルーシュはさらりと鉛のような答えを言う。

 「そ、そう・・・それは大変だったわね」

 「・・・・」

 その答えが耳に入ってしまったユーフェミアは、何の心配もなく宮廷の最高料理を食べていた己が恥ずかしくなった。

 「どうしたユフィ。その実がまずいなら、こっちの甘いやつにするかい?」

 「ううん、いいのよルルーシュ。本当に大変だったのね」

 「まあ、生きていくためのスキルは一通り身につけられたと思えばいいさ。
 ふっ、適量の塩、この火力による焼き加減・・・さらにこの木の実で作ったソース!完璧だ!さあ食べるがいい!」

 無駄に完璧主義なルルーシュが焼いた魚は、甘い実で作ったソースが実によく合う絶品であった。

 「あ、おいしー!たったこれだけの材料で?!あんたゼロ引退したら料理人でやってけるわよ」

 「よく実だけでソースなんて作ったもんねえ。私もお代わりー」

 カレンとアルカディアが遠慮なしに食べるのを見て、遠慮したのはユーフェミアとエトランジュ・・・双方の陣営の中では一番身分の高い二人であった。

 「・・・人気みたいですから、一匹を半分こしませんか、ユーフェミア皇女」

 「そうですね、レジーナ様」

 綺麗に半分に分けた木の実ソースがけ焼き魚を、兎の肉とともに食べる。

 結局朝食分に回す実以外を綺麗に平らげた面々は、約束通り食料集めをしていなかったルルーシュ達がやり、骨や種などを木の根元などに埋めて処理する。

 「次は寝床の準備だけど・・・夏とはいえ夜は冷えるのよね」

 温かい洞窟があるにはあるが、そこは遺跡がある場所だ。
 カレンやユーフェミア皇女、スザクがいなければそこでとなるが、部外者を連れて行きたくはないし、シュナイゼルらがいつ来るかも解らない。
 アルカディアは持参していたサバイバルシートを3枚取り出し、それを寝袋代わりにすることにした。
 それを受け取ったエトランジュは、草むらにそれを敷き詰めにジークフリードと共に歩き去っていく。
 
 「三枚しかないから、レジーナとユーフェミア皇女と、カレンさんで。
 男の方が体温高いんだから、一晩くらい何とかなるでしょ」

 「え、アルカディア様はいいんですか?」

 カレンが遠慮すると、クライスがひらひらと手を振る。

 「こいつ頑丈だから、平気平気」

 「うん、クラの上着強奪するから」

 「待てやごるぁ!てめえ保温性の高いケープ持ってんじゃねえか」

 アルカディアとクライスが罵り合っているのを、ユーフェミアは少々おろおろしながら言った。

 「あの、止めなくていいんですか?」
 
 「ああ、あの二人はいつもあんな感じだから、あれで仲がいいんだろう」

 ただのスキンシップだろうと言うルルーシュにほっとするユーフェミアだが、もしかしてというように尋ねた。

 「もしかして、お付き合いされてらっしゃるとか?」
 
 その言葉が口から放たれた瞬間、二人の動きが止まった。

 「違う!間違ってるユーフェミア皇女!俺は確かに既婚者だが、こいつじゃねえ!」

 「そうそう、こいつは私の姉と結婚してんの。つまりは義理の兄」

 やめろおおと嫌がりすらするクライスに、ああそれで女王であるエトランジュにタメ口なのかとルルーシュとカレンは納得する。
 アルカディアの姉なら当然エトランジュの従姉なわけだから、彼女にとっては義理の従兄でもあるわけだ。

 「結婚してたんですかクライスさん?!指輪してなかったから解らなかった・・・」

 「外国じゃ既婚者は指輪するらしーけど、うちは農業や漁業するのに邪魔なんでそんな風習ないんだよ」

 「なるほどー。じゃあコミュティで帰りを待ってるんですか奥さん」

 カレンの何気ない問いに、クライスは小さく笑みを浮かべて答えた。

 「国が占領される際、城を湖に沈める装置を動かすために残って・・・そこで死んだよ」

 遺跡を鎮める仕掛けは城が建設された当時からあったものだが、それを動かす方法は王族のみが知っていたため、アルカディアの姉であるエドワーディンがその役目を引き受けたのだ。
 動かすだけならいいが、ブリタニア軍に包囲されていたせいで逃げることが出来ず、彼女はその後自害した。

 クライスが姉にあれほどの殺意で大砲を投げた理由が解ったユーフェミアは、いたたまれない気分になった。

 「ま、そんなわけでコーネリアには恨みがありまくりな俺ですが、あんたにそれを向ける気はないので安心して下さい」

 「・・・はい」

 ごめんなさいと言っても何の価値もないとエトランジュから言われたユーフェミアだが、それでも何度でも頭を下げたい衝動に駆られる。

 「あのー、サバイバルシートを草むらに敷いてまいりました。
 朝は早く起きた方がいいでしょうから、そろそろ行きませんか?」

 先ほどのやり取りは聞こえていなかったエトランジュが戻ってきたが、ユーフェミア皇女が暗い顔をしているのを見て何があったか視線で問うと、アルカディアがクライスを指す。
 それだけで理解したエトランジュは、何事もなかったかのように言った。

 「私達三人は、そっちで眠りますね。殿方とアルカディア従姉様は、どうなさいますか?」

 「私は見張りも兼ねて、ジークフリード将軍とちょっと離れた場所で寝るわ。
 そっちのバカとルルーシュ皇子でどうぞごゆっくりー」

 ひらひらと手を振りながら一方的にそう告げると、アルカディアはジークフリードを従えてさっさと立ち去ってしまう。

 「じゃあ、私はカレンさんとちょっとお話がありますので・・・いいですか?」

 「・・・そうですね、実は私も、いろいろと質問が」

 実際はそんなものはないが、カレンもルルーシュの覚悟を見て取って最後なのだからと言い聞かせてエトランジュの言葉尻に乗ると、そそくさと彼女の背後に従って歩き去った。
 エトランジュとカレンがあからさまに気を使って三人だけにしてくれたのだと解った三人は、少々気まずい沈黙の後まずルルーシュが口火を切った。

 「さて、ユフィ。さっきの約束通り、君に俺が考え得る“日本人とブリタニア人が共存出来る方法”を教える。
 ただし、本当に難しい・・・それでも聞くかい?」

 「ええ、ルルーシュ。お願いするわ」

 ルルーシュが細かいところまで交えたその手段を語ると、ユーフェミアはあまりの綱渡りの方法に唖然とした。

 「・・・それじゃないと、駄目?」

 「まず君がすべきことは日本人の信用を回復することだが、ブリタニア人の反感を買わないようにするバランス感覚がまず求められる。
 コーネリア姉上の意識が戻ったら確実に反対される案だから、君がトップのうちに片を付けるのが一番だが・・・時間が足りなさ過ぎる。
 だから一番失敗のない方法は、まずブリタニア人の中からブレインとなる人物を探すことだな」

 「主義者の方、ですね」

 エトランジュから中間管理職以下になら主義者の政治家がいると聞いていたユーフェミアが答えると、ルルーシュは独り言のように言った。

 「たとえば政庁で資料室長をしている男は、以前日本人に対する法の適用がまずいと発言して法務課から飛ばされていたな。
 男爵家の二男だし、君が資料を探す手伝いをして欲しいと言えば手伝ってくれるかもしれない」

 つまり皇族の手伝いをしてもおかしくない身分な上、とかく情報を遮断されがちな彼女の助けになってくれるというアドバイスに、ユーフェミアは嬉しそうに頷いた。

 「あからさまに主義者を周囲に集めると、確実に後からまずい事態になる。
 せいぜい3,4人程度にしておいて、後は裏から使う程度にしておくといい」

 「解ったわ、気をつける。あのね、その策のことなんだけど・・・下地が出来たら、貴方も協力してくれる?」

 「・・・出来たらな。その方が俺も好都合だ」

 ルルーシュは一から十までギアスで支配して指示する方が確実だと解ってはいた。
 しかし、自分の意志で頑張るという異母妹にそれは出来ず、どうしても失敗してしまいそうならその時にと決めていた。

 「戻ったら、すぐにでもやらなくては・・・計画書を立てるところからだけど」

 「ちゃんと解っているじゃないか。まあ、頑張れ」

 はい、と嬉しそうに笑みを浮かべる主を見て、この策がうまく行ってユーフェミアの地位が確たるものになったら皇族に復帰してくれないだろうかと甘い考えを抱いた。
 しかしどう見ても戻る気のない親友に二度も言えば本気で見限られかねず、おそるおそる尋ねる。
 
 「・・・あのさ、ルルーシュ。どうしても、アッシュフォードから出るのか?」

 「ああ、お前達が黙っていてくれても、いずれコーネリア姉上にバレるからな」

 政庁の電話で連絡してしまった主従は、せめてスザクを学園にやって手紙でも渡せばよかったと今更に悔やんだ。
 
 「気にするな、これで俺も踏ん切りがついた。これからは思う存分、ゼロとして動けると考えることも出来るからな」

 凶悪な笑みを浮かべて物騒なことを言うルルーシュに、ユーフェミアとスザクは顔を引きつらせる。

 「・・・ナナリーのことは、スザクから聞いたわ。まだ、あのままだって」

 「ああ・・・名医に見せれば足は治るかもしれないが、それをするとブリタニアに生存がバレる可能性があるからな」

 「そう・・・そうね」

 ユーフェミアが押し黙ると、ルルーシュが尋ねた・

 「俺からも聞きたいことがある。君は母が殺された事件について、何か知っているか?」

 「いいえ、私は何も・・・でも、お姉様がいろいろ調べているみたい。マリアンヌ様は、お姉様の憧れだったから」

 「そうか・・・姉上ほどの身分と実力者が調べて不明なままなら、相当な身分の者が関係しているなこれは」

 それだけでも手がかりだとルルーシュは考えた。仮にも平民出身とはいえ皇妃を殺されたというのに、何の捜査も行われないというのは明らかにおかしいのだ。
 
 「まあ、いい。ブリタニアを崩壊させた暁には、草の根分けても引きずり出してやる」

 母を殺された息子としては、至極当然の決意である。
 
 「君は母の事件について何も調べるなよ・・・確実に君の立場がまずいことになる」

 「解ったわ、ルルーシュが教えてくれた策の方で、精一杯だし・・・」

 ユーフェミアはそう考えながら、このままいけば遠くない未来ルルーシュとスザクがまた戦うことになるのではないかと危惧した。
 自分の護衛と言う名目でランスロットに乗せなくても、シュナイゼルから出撃命令が下れば彼も戦わざるを得ないからだ。

 迅速かつ確実に、ルルーシュから教わった策を実行に移そう。
 そう決意を秘めたユーフェミアがふと物音がしたので振り向いて見ると、そこにはサバイバルシートが一枚、ぽつんと置かれている。

 「・・・レジーナ様」

 見えないメッセージを受け取ったユーフェミアは、涙をぬぐいながらそれを手にする。

 「あのレジーナっていうリーダー、いい人だね・・・アルカディアって人はすごい毒舌家だけど」

 「約束があるからだ」

 さんざん言い負かされたトラウマか、スザクが苦手そうに言うとルルーシュが教えてやる。

 「どんな辛いことでも、ありのままのみを口に出して嘘を決してつかないと、レジーナ様と約束したんだそうだ。
 実際嫌なことの方が多い出来事を口にし続けるというのは本人にも苦痛だろうが、それでも現実を認識しなければ未来はない。
 だからいつまでも逃避思考のお前に腹が立ったんだろう」

 「そっか・・・そうだよね」

 軍人でもないのにその手を汚した従妹が醜い現実を直視して行動しているのに、それを下らぬ考えで否定されれば腹も立とう。

 「さあ、そろそろ休もうユフィ。明日のシナリオは解っているな?」

 「ええ・・・私は黒の騎士団に捕虜にされたけど、その後スザクがカレンさんと交換で奪還、その後ゼロ達は隠しておいたナイトメアで逃走した・・・でいいのね?」

 「そうだ。俺達が持って来ているナイトメアに乗って、仲間と合流する」

 幸いマオがC.Cと潜水艦に乗っており、既に黒の騎士団にはゼロとカレンの無事を伝えている。
 あとはイリスアーゲートでブリタニアの包囲網を突破し、迎えに来るタイミングを指示すると言ってあるので段取りはついているのだ。

 (最もイリスアーゲートだけでは難しいんだがな・・・藤堂か四聖剣の誰かにでも、援護に向かわせるか)

 思案を巡らすルルーシュにサバイバルシートの上に寝転がったユーフェミアが、まだ余裕のあるスペースを指して言った。

 「ねえ・・・一緒に寝ましょう。ここ空いているもの、ね?」

 「いくら兄妹とはいえ、もうそんな年齢じゃないだろ?」

 苦笑して窘めるルルーシュだが、これがナナリーなら即座にOKしたであろう。
 そしてナナリーでなくても、妹には甘いのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと言う男である。

 「でも、最後だし・・・お願い、ね?」

 「仕方ないな・・・最後だからな」

 ぱあっと顔を輝かせて横に来たルルーシュに抱きつくユーフェミアに、スザクは何だか自分がお邪魔虫のような気がして来た。

 そして草むらの上で、ルルーシュのゼロのマントを借りたスザクが掛け布団にしてユーフェミアの横に寝ころび、川の字になる。

 満天の夜空を見上げてそれに見入っていると、ユーフェミアがぽつりと呟く。

 「星は変わりませんね、あの頃のまま。昔、皆で見上げた星空とあの頃のままでいられたら、どんなに良かったでしょう」

 「そうだね、戻れたらどんなにいいだろうね・・・」

 スザクもルルーシュとナナリーと、あの幼き日を過ごした土蔵の窓から見上げた夜空を思い出し、拳を握りしめる。

 「・・・俺は・・・ユフィ、俺自身が生きるためにも・・・」

 「みっともなく足掻いて生きる意味を探し求める・・・だろ?」

 ルルーシュの言葉を薄く笑みを浮かべて続けたスザクに、ルルーシュは驚く。

 「俺もそうだった・・・それに下らない言い訳ばかりを重ねていたんだな俺は」

 「スザク・・・」

 「ルルーシュ、君の願いは確かに受け取ったよ。ユフィは何としても俺が守る。
 親友からの、頼みだから・・・そして俺が、選んだ人だから」

 スザクはそう言うと、ユーフェミアのストロベリーブロンドの頭越しにルルーシュを見据えて言った。

 「だから、俺からも言うよ・・・ルルーシュ、君も生きろ」

 「スザク・・・お前」

 「俺はもう、あれこれ余計なことを考えるのはやめにした。
 ろくな結果にしかならないと、こうも言われ続ければさすがにね・・・」

 ルルーシュは自嘲するスザクにそうだな、と同意すると、ルルーシュは二人だけで作った合図で『了解した』と答える。

 「その願い、確かに受け取ったぞスザク。俺は生きて、ナナリーと共に幸福な未来を掴み取る」

 「ああ・・・それがいいと思う。
 俺はユフィを守る・・・それにだけ全力を注ぐよ。それが俺が決めた、俺のルールだ」

 思いもがけない機会を得て、それぞれの秘めた決意を伝え合う。
 それらをただ、星だけが見守っていた。



[18683] 第十五話  別れの陽が昇る時
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/08/21 12:57
  第十五話   別れの陽が昇る時



  陽が昇る間際、薄暗い中既に起床していたマグヌスファミリアの一行は冷たい水で顔を洗って眠気を払うと、エトランジュがルルーシュを起こしにやって来た。

 「ルルーシュ様、朝ですよ。起きて下さいな」

 「ん・・・エトランジュ、様?」

 うっかり寝ぼけ眼で本名を呼んでしまったが、他の二人はまだ眠っているらしくほっとなりながら身を起こす。

 《あのー、実はここを出る前に遺跡を案内しようと思ったのですが、アルカディア従姉様がおっしゃるにはシュナイゼルの手の者が入っているようだとのことで》

 《あいつが?そうか・・・今回は残念だが見送るしかありませんね》

 アルカディアが水を汲みに行く途中、偶然ブリタニア軍が洞窟方面へ行くのを見たのだと報告するエトランジュに、ルルーシュは断念した。

 《それで、遺跡とは逆の方向にブリタニア軍はいないようなので、そこから脱出をとのことなのですが》

 《了解しました・・・念のため誰かを迎えに寄越すよう、マオに伝えて頂きたい》

 《解りました。では、参りましょう》

 ギアスによる会話を終えた二人は、まだ眠っている二人を起こしにかかる。

 「起きろスザク!朝食をとったら、すぐに動くぞ」

 「いたっ・・・あれ、ルルーシュ?」

 遠慮なしにスザクの頭を殴って叩き起こしたルルーシュは、次は打って変わって優しくユーフェミアの髪を梳いてやりながら起こす。
 
 「おはようユフィ。眠いだろうがもう朝だ」

 あからさまな待遇の差にスザクは少し悲しくなったが、ルルーシュだから仕方ないとスザクは起き上がってエトランジュが用意してくれていたビニール袋に入れられていた冷水で顔を洗う。

 ユーフェミアはゆっくりと目を開けると、優しげな眼差しの異母兄の姿を認めて笑みを浮かべ、そして朝が来てしまったことに悲しくなった。

 「ユフィ、レジーナ様が水を用意してくれている。早く顔を洗うといい」

 「はい、そうします。いろいろすみません」

 ユーフェミアはゆっくりと起き上がって川の水を汲んだばかりの冷水で顔を洗うと、エトランジュが差し出したタオルで顔を拭う。

 「いい気持ち・・・川の水がこんなに気持ちいいなんて、知りませんでした」

 「冷やさなくても冷たいですからね。夏場はそこで泳ぐととても気持ちいいですよ」

 祖国でもよく川辺で夏に遊んだものだと述懐するエトランジュに、ユーフェミアはつくづく申し訳ない気分になる。

 「昨日の木の実がありますから、それを朝食にしましょう。
 今ジークフリード将軍がお湯を沸かしていますので、インスタントスープも飲めますよ」

 「手際がいいですね。ではありがたく頂くとしましょうか」

 ルルーシュに促されて二人がエトランジュに案内されると、そこでは朝食を食べ終えたアルカディアとクライス、そしてヤカンでお湯を沸かしているジークフリードがいた。

 「ルルーシュ皇子方、湯が沸いております。どうぞ、そちらへ」

 「感謝する、ジークフリード将軍」

 既にカップの中にはインスタントスープの素が入れられており、ジークフリードがヤカンからお湯を注ぐとインスタント特有の強い匂いが立ち上る。

 相変わらず美味しくないが、栄養価だけはある。三人は味を気にしないようにして、エトランジュは食事は食事と感謝してスープを飲む。

 「俺達はナイトメアで、裏側から出る。お前達を探索しにブリタニア軍が既にこの島にいるようだから、助けを求めればそれでいいだろう」

 「解ったわルルーシュ。出来るだけそっちにブリタニア軍が行かないようにしてみるから」

 ルルーシュとユーフェミアが改めて確認すると、手早く片付け終えたエトランジュがさっそく促す。

 「では、夜が明ける前に行きますよ。今ならまだ眠っているブリタニア兵も多いでしょうから、いい時間帯です」

 ジークフリードとクライスはイリスアーゲートを取りに行くべく別行動をとり、他の一同は別れる予定のポイントまで移動すべく歩き出すが、ユーフェミアとスザクはこれでルルーシュと別れることになると思うと足取りが非常に重い。
 対してルルーシュはそんな気分がないわけではないが、覚悟を潔く決めたので迷いなく歩いている。

 「ここでお別れだユフィ、スザク・・・あっちをまっすぐに行けば、ブリタニア兵がいる。俺達はもう少し奥に行ってから、ナイトメアで脱出する」

 「ええ・・・さようなら、ルルーシュ。
 私頑張るから、もしうまく行ったら・・・一緒にやってくれる?」

 「・・・うまくいったら、必ず」

 ユーフェミアはルルーシュに抱きついて最後の抱擁を交わすと、名残惜しげに離れる。

 それらを冷めた目で見ていたアルカディアは、ふと周囲を見渡して気づいた。

 「ここは・・・!」

 「どうしたんですか、アルカディア従姉様」

 《ここ、遺跡エレベーターよ!!ほら、紋様のある石がある!》

 アルカディアが指した先にあった明らかに人為的に削られた四角い石に、ギアスの赤い鳥の紋様がくっきりと刻まれているのが見えた。

 《気付かなかったです・・・ということは、この下が遺跡》

 遺跡入口にブリタニア兵が集まっているから逆の方向にと単純に考えていたが、確かに洞窟奥を進めばここが遺跡の真上なのである。
 
 ルルーシュは興味深そうにエトランジュの横に来てその石を見つめたが、今回はそれどころではないと調査を諦めることにした。

 《ほう、これがそうか・・・だが、下にはシュナイゼルがいる。使う訳にはいかないな》

 《もちろんですルルーシュ様。作動など絶対に・・・え?》

 突然地面が赤く光ったかと思うと、見慣れたあのコードの紋様が浮かび上がるのを視認した時、思わずエトランジュが叫んだ。

 「どうして?!私達は動かしてなどいません!!」

 幸いラテン語だったのでユーフェミアとスザクには理解出来なかったが、ルルーシュにはその表情から意味を悟った。

 地面が徐々に下に降りて行く異様な光景に驚いたのはスザクとユーフェミアも同様で、スザクは彼女を抱きよせてバランスを取る。

 同じくとっさにルルーシュもエトランジュを引きよせてしゃがみ込んだ。

 「きゃあ!!」

 「ユフィ、僕に捕まって!!」

 アルカディアもエトランジュの元に行きたかったが酷い揺れのためにそれが出来ず、舌打ちしつつも地面が下に着くのを待つしかない。

 ゴゴゴオと地面がせり落ちてく様に一同はただ驚愕するばかりだが、それは遺跡に到着したばかりのシュナイゼルをはじめとする面々も同じである。

 突然天井が妙な鈍い音と共に揺れたかと思えばそれがゆっくりと落ちてきて、しかもその上に自分の部下と異母妹が現れたのだから当然だ。

 「枢木少佐!それとまさか・・・ゼロ?!」

 服装からそう判断したロイドの台詞を聞きつけたエトランジュは、思わずルルーシュの前に立って叫んだ。

 「ゼロ、早く仮面を!!」

 「あ、ああ!」

 すぐに下に落ちていた仮面をかぶったルルーシュに、同じくその叫びを聞いてブリタニア兵が銃を向けるが同時にユーフェミアがいることに気づいたバトレーが制止する。

 「馬鹿、ユーフェミア様もおられる!確保だ、確保しろ!」

 仮面をかぶり直している隙にアルカディアは銃を構えて威嚇射撃を行いつつ二人に合流すると、カレンが傍にあった黒いナイトメアに気付いた。

 「ゼロ、あそこにナイトメアが!」

 「よし・・・!あれを使うぞ!来い!」
  
 ルルーシュがそれに向かって走り出すと、カレンが駆け寄って来たブリタニア兵の隙を突いて銃を奪い、それを乱射して足止めする。

 エトランジュもアルカディアと共に走り出すが兆弾がエトランジュの足を掠め、転倒して頭を打つ。

 「きゃっ!・・・あ・・・!」

 「エディ!エディ、しっかりしなさい!!」

 「しっかり!私がサポートします!!」

 カレンも銃を乱射して足止めに協力し、どういうわけか呆然としているスザクを無視してユーフェミアが混乱したように装ってブリタニア兵の前に来る。

 「ああ、どうしてこんなことに・・・何があったのかしら?」

 「ユーフェミア様、ここは危険ですお下がりを!」

 それをチャンスと見てとったアルカディアは何度も呼びかけるが、応答はない。
 とうとうアルカディアは彼女を横抱きにしようと手を伸ばすと、エトランジュはゆっくりと立ち上がる。

 「よかった!ほら、にげ・・・え?」

 「non...!tu vulneras filiae...!」

 「・・・・!!」

 その台詞を聞いてアルカディアは驚いたように舌打ちすると、彼女の手を引いて走り出す。

 「急いで!カレンさんも!」

 「は、はい!」

 いつもの彼女に似つかわしくない、何やら憎々しげな表情のエトランジュに一瞬驚いたが、それどころではないカレンは黒いナイトメアに駆け寄る。

 コクピットでは既に作動済みであることを確認したルルーシュが、凶悪な笑みで操作パネルを動かしている。

 「ありがたい!無人のうえに起動もしているとは!
 ・・・何だこのナイトメアは・・・ふははは、ついている!」

 遺跡を調べるために先にバトレーが来て起動していたのが仇になったらしい。
 大まかなナイトメアの機能を把握したルルーシュはふとモニターに視線を移すと、そこには無言でこちらを見つめている金髪の男・・・次兄シュナイゼルの姿があった。

 (シュナイゼル!)

 「彼が・・・ゼロか・・・あの少女は・・・」

 シュナイゼルが考えの読めない表情をしている横では、ロイドが何やら考え込むように顎に手を当てている。

 そしてナイトメアが動き始めると、ロイドははっとなって慌てだした。

 「ああ、ガウェインが!!」

 その隙にカレンがガウェインという名らしきナイトメアの右肩に飛び乗ると、アルカディアとエトランジュも左肩に飛び乗った。

 「取り返すのだ!あの機体、ゼロごときに渡してはならぬ!!」

 バトレーの指示にブリタニア兵がわらわらと寄るが、ナイトメアが相手では生身の人間にはどうすることも出来ない。

 「シュナイゼル・・・だが、今は!!」

 彼の抹殺と言う当初の目的を果たせなかった憎しみをこめてそう吐き捨ててナイトメアを発進させた途端、洞窟の外にいたナイトメアが一斉に襲い掛かって来た。
 だが明け方のせいか、数は少ない。

 「出口にサザーランドが!」

 「捕まっていろ、このまま突っ込む!」

 「ええっ?!」

 カレンが驚愕するが、アルカディアはそれしかないと解っているのだろう、エトランジュを守るようにしてガウェインにしがみ付く。

 外では銃を構えて撃とうとするサザーランドの群れに目をつむりながらもガウェインに三人はしがみ付くと、ルルーシュはうっとおしげにパネルを操作する。

 「消え失せろ」

 その操作を終えた瞬間、ガウェインから熱線が放たれてサザーランドを一掃した。
 だが威力はそれほどでもないことを見てとって、ルルーシュは忌々しげに舌打ちする。

 「ちっ、武器は未完成か!」

 「ゼロ、もう敵はいません!ですが、クライスさん達は・・・」

 「大丈夫、事情は既に通信機のスイッチを入れて知らせてあるわ。たぶんこの光景を見て脱出してるはずよ」

 イリスアーゲートは海中移動が可能だからと説明するアルカディアに、カレンはほっと安堵の息を吐く。
 知らせたのは自分達がまさにいきなり遺跡前に落ちて慌てたエトランジュがリンクを開いた際に伯父から届けられた、このナイトメアに乗って逃走する予知だが。

 (もっと早く予知してよ!これだから自動発動型ギアスは!!)

 そう罵っても伯父もコントロール出来ないのだから仕方ない。

 「心配するな、もう一つは作動している」

 ルルーシュは自信たっぷりにそう告げた瞬間、ナイトメアが飛翔する。

 「飛んだ・・・ナイトメアが、空を?!」

 驚いたように呟くカレンをよそに、ナイトメアは速度を上げて飛びみるみる神根島が遠ざかっていく。

 「ふははは、はははははは!!」

 悪役笑いを響かせながら、ルルーシュはエトランジュに指示した。

 「イレギュラーにより、迎えの位置を変えなければなりません。連絡をお願いしたいのですが」

 「ごめん、ちょっとエディは・・・気絶してるから駄目」

 「何だと?!・・・だが、ああいう状況では無理もありませんね。仕方ない、こちらから本部へ連絡するとしましょう」

 アルカディアがぐったりとしているエトランジュを転落しないように抑えているのを見て、カレンはついさっきは普通に走っていたのにと首を傾げた。
 だが飛び立つ衝撃で驚いたのだろうと自己完結し、無事脱出出来たことに安堵する。

 イリスアーゲートは海中からガウェインが無事飛び去ったのをレーダーで確認した後、長居は無用とばかりに黒の騎士団の潜水艦へと海中移動を始めていた。



 一方その頃、我を失ったかのように遺跡の扉を見上げていたスザクは外から響き渡る轟音にようやく我に返り、後ろで心配そうにしている主の姿を見た。

 「す、すみませんユーフェミア様!ちょっとその・・・」

 「いいの、スザク。あれで・・・」

 スザクがなまじに戦っていれば、わざと逃がしていたように思われたかもしれない。何はともあれ、無事にルルーシュ達がこの場から逃げおおせられたことに二人はほっとしていた。

 ここはどういうものなのか二人は疑問に思ったが、いつまでもここにいても意味がないと外に出るとバトレーが呆然と立ち尽くしている姿が目に入った。

 「あぁあ、ガウェインが、我々のガウェインが・・・!!」

 「よい、所詮は実験機。それより2人の無事を祝おう」

 切腹でもして責任を取りたいとでも言うようなバトレーをそう慰めたシュナイゼルは、異母妹とその騎士に笑みを浮かべる。

 「シュナイゼルお兄様!」

 ユーフェミアは次兄の姿を見てほっとするも、彼が自分とスザクがいるのにミサイルを撃ち放ったことを咎める視線を送る。

 「すまなかったねユフィ・・・君が飛び出したことを知ったのは、私がミサイルを撃った後だったんだよ」

 「だからと言って、スザクを犠牲にするなんて!!」

 「あの時は、あれが一番確実な手段だった。我々は上に立つ者として、時として非情な判断を下すのも義務なのだよ。
 まだ若い君には、解らないかもしれないが」

 しゃあしゃあとそう言ってのけるシュナイゼルになおも言い募ろうとするが、ルルーシュから『シュナイゼルには逆らわない方がいい』と忠告されたことを思い出して口をつぐむ。

 「解りました・・・わたくしも軽率でした、申し訳ありません」

 「ありがとう、解ってくれて嬉しいよユフィ。それに、救助が遅れて申し訳なかったね」

 シュナイゼルは再度そう謝罪すると、異母妹の騎士に視線をやる。

 「捨て駒にしようとしたことは、素直に詫びよう枢木少佐」

 「いえ、自分はブリタニアの軍人であり、ユーフェミア皇女殿下の騎士ですから」

 恨み事一つ言わないスザクに、バトレーは当然だと言いたげに幾度も頷く。

 「さあ、二人ともこちらに来なさい。まずは軽食でも・・・ああ、その前に健康チェックを行った方がいいね」

 「おお、そうですなユーフェミア殿下。ささ、すぐにこちらへ」

 バトレーがユーフェミアをアヴァロンに案内すべく歩き出すと、スザクも彼女の背後につき従う。

 アヴァロンに乗艦する間際、ルルーシュ達が飛び去った空を二人は見つめた。
 昨日と同じ雲ひとつない青空に、眩しく輝く朝日が昇っている。
 
 あの夢のような一夜・・・それはもう戻らないのだろうか。
 二人は無言のまま思いを同じくすると、無機質な空の艦艇へと足を踏み入れた。




[18683] 第十六話  アッシュフォードの少女達
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2011/02/12 10:47
 第十六話  アッシュフォードの少女達



 ルルーシュが強奪したガウェインは、そのまま黒の騎士団の基地へ移動し、無事に帰還することが出来た。
 シュナイゼルのミサイルから逃れた後の経緯を、スザクとユーフェミアの部分を隠して説明し、試作機とはいえ高性能のナイトメアを手に入れたことに歓喜の声が上がる。

 「さすがゼロ!うまいことやったもんだな」

 「いきなり地面が下がった、ねえ・・・妙なこともあるもんだ」

 玉城は何も考えずに拍手し、扇が首を傾げるとカレンも頷く。

 「シュナイゼルがいたことから、何かの実験をしていたのかもしれないってゼロが言ってたわ。
 こんなナイトメアまで持って来てたんだから、たぶんそうじゃない?」

 「なるほどねえ・・・ラクシャータが大張りきりで解析と改造に取りかかるって言ってたから、相当なんだろうな」

 遺跡についてのことはカレンには言わない方向で話をまとめたルルーシュとマグヌスファミリアの一行は、そうカレンをごまかしていた。

 「そういえば、そのゼロは?ラクシャータにあのナイトメアを渡した後、姿が見えないんだけど」

 「ああ、当分こっちで騎士団の方に専念するからって、引っ越しの準備をするんだって。
 私もスザクに正体がバレたから、もう租界には戻れないわね」

 父親と話す機会をと言われたが、この状況ではもう無理だ。心残りだが仕方がない。
 扇はぽんとカレンの頭を叩いて慰めると、カレンはまだ居場所があることに笑みを浮かべた。

 「扇さん・・・大丈夫、ここが私の帰る場所だから」

 「そうか、まあ何かあったらいつでも相談に乗るからな」

 「ありがとう!じゃあ、私はエトランジュ様に呼ばれてるので、行ってきますね」

 カレンがマグヌスファミリア一行に与えられている部屋をノックして入室すると、エトランジュとアルカディアがカジュアルな服を着て待っていた。

 「あの、私達は今からゼロの引っ越しのお手伝いをしに租界に参ります。
 既にあの方はアッシュフォードに戻って、事情の説明をしているそうなので」

 「そうですか。で、ナナリーちゃんはどこに?」

 「現在、ブリタニアの主義者の方とハーフなどの方が主に集まっているメグロゲットーです。
 あそこならナナリー様がおられても目立たないとの判断で」

 ブリタニア人の主義者やハーフの人々は現在ゲットーの一部を独占し、そこで暮らしている。
 ほんの百名足らずだが、一見それらは日本人から弾き出されたハーフやその親達のグループに見えるため、今まで見過ごされていた。
 今までは全くその通りだったが、エトランジュやゼロの説得により黒の騎士団に組み入れられ、ブリタニア主義者の受け入れに重要な役割を果たしている。
 
 黒の騎士団の台頭以降幾度となく監査の手が入って来たが表向きは全く非がないため、遠くから監視される程度に留まっていた。
 というより、こちらに目を向けておいてほかで活動しているのだろうと思わせる囮でもあり、それに引っかかったブリタニアは割と放置気味のようですらある。

 「そう言えばブリタニア人と日本人の夫婦と子供が、けっこういましたね。親がいない子供が集まる施設もあったような?」

 「ええ、公的にはほとんど援助がない施設ですが、裕福な日本人や有志の主義者の方による出資で何とか運営出来ている孤児院です」

 表向きには不具合を持った娘を親が捨て、それに反発した兄ともども来たというお涙物語とともにメグロに来るらしいという説明に、あながち間違ってないなとカレンは溜息を吐く。

 「以前からその施設の改修にゼロが関わっていたのは、こういう事態を想定してのようですね。
 家を借りようかとも考えたそうなのですが、ゼロとして動いている間一人には出来ないとの判断です」

 「なるほど、施設なら誰かしらいるし騎士団員を護衛につけられますもんね。
 それで、ナナリーちゃんにゼロの正体は?」

 エトランジュが首を横に振ると、カレンはやっぱりと頷いた。

 「いずれはお話しした方がいいと言ったのですが、どうもまだそんなおつもりはないそうです」
 
 「相変わらず過保護な・・・ま、あんな過去があったんじゃ無理もないけど。私もたまに顔出そうかな」

 「ぜひ、そうしてあげて下さい。
 それでですね、申し訳ないのですがカレンさんにナナリー様の服や日用品を買ってきて頂きたいのです。私、租界の店には詳しくなくて・・・」

 「ああ、そういうことですか、解りました」

 カレンが了承すると、エトランジュはルルーシュから預かっていたカードを手渡す。

 「これ、ゼロから預かってきたカードです。じゃあ、私どもはナナリー様を迎えにアッシュフォードに向かうので」

 「あ、途中まで一緒に行きましょうエトランジュ様。租界も結構広いですから」

 「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて」
 
 エトランジュ、アルカディア、カレンの三人なら、租界を歩き回っていても不自然ではない。
 アルカディアは車を運転出来るので、二人を乗せて租界へと車を飛ばすのだった。



 一方、夜半のアッシュフォード学園のクラブハウスでは、ルルーシュがミレイに箱庭を出ることを伝えていた。
 寝耳に水だとミレイは驚愕したが、スザクがユーフェミアに己の生存をバラしてしまい、彼女が考えなしに政庁の電話で自分に電話をかけてきたと伝えると驚きつつも納得する。

 「スザクですか・・・貴方のご親友だと伺っていましたから安心していたのですが、こんなことをしでかすとは」

 「あいつに悪気はないんだ、考えもないがな。
 そういうわけで、ユフィには口止めをしておいたがいずれボロを出す可能性が高い以上、ここは危険だ。
 みんなには親戚が俺達を引き取ることになったから、本国に戻ると伝えてくれ」

 「承知いたしました、ルルーシュ様。力及ばず、申し訳ございません」

 生徒会長のミレイではなく、ヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘としてルルーシュに相対する彼女は深々と頭を下げる。

 「アッシュフォードのせいではない、気にするな。あいつが騎士になってからは、想定していたことだ。
 ・・・これまでのアッシュフォードの忠義に、礼を言う」

 「とんでもございません!僅かな間でも、貴方様の箱庭の番人のお役目を賜ったことは光栄に思っております」

 ミレイは悔しかった。自分の初恋の相手にして、我が家が忠誠を捧げた皇子殿下を守るという己に課した役目がこんな形で終わるとは、想像していなかった。

 せめて彼が高等部を卒業するまではと、ミレイはわざと単位を取らず彼とともに過ごし彼が楽しく暮らせるようにと考えて生きていたというのに、余計なことをしてくれたものである。

 「ユフィには万一俺の生存が本国にバレても、咎めがないように言い含めてある。
 後は、任せたぞ・・・ミレイ・アッシュフォード」

 「イエス、ユア ハイネス。して、今後はどちらへ?」

 「それは言えないな・・・お前達に迷惑がかかる」

 「迷惑なことなど、何もございませんルルーシュ様。我が主君は皇帝にあらず、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア唯一人です。
 そうでなければ何年も、貴方様をここに匿うなど致しません!」

 没落した今、その地位を向上するためにとうに皇帝に突き出しているというミレイに、そうだな、とルルーシュは笑った。

 「助力が必要な時は、いつでもお声をおかけ下さい。私はその日を、心待ちにしております」

 自分が守ると決めた皇子が、自分の手を必要としない地へと旅立って行く。
 それはとても悔しくて悲しかったが、現状では己が出来ることなど何もないのだ。

 「ナナリー様には、なんと?」

 「ユフィに生存がバレてしまった。本国にばれるのも時間の問題だから、知人の元に移るとだけ説明してある。
 幸い租界外でも、ブリタニア人がいてもおかしくない場所があるからな。
 あと、咲世子さんにもうまく言って出来ればこのまま雇ってほしい」

 「もちろんです、私付きのメイドとしてこのままこちらに」

 首にしてうっかり別の邸宅でルルーシュに関することを話されては困る。彼女には二人の詳しい素性を教えていないのだから軽々しく口出さないかもしれないが、念には念を入れておくべきだろう

 「いろいろと世話になったな・・・では、俺は行く」

 「はい、行ってらっしゃいませルルーシュ様。いずれまた、この学園へお帰りになられる日を・・・お待ち申しあげております」

 床に跪いて臣下の礼を取るミレイに、ルルーシュは苦笑する。

 「もうやめて下さい会長。俺がまたこの学園に戻るとしたら、それは皇子ではなくルルーシュ・ランペルージとしてです。
 この数年間、本当に楽しかったですよ」

 「・・・・!うん、私もとても楽しかったわ。頑張ってね、ルルちゃん」

 涙を浮かべるミレイはそう言って立ち上がると、ルルーシュは自室で既にクラブハウスを出るばかりとなっているナナリーに言葉を贈るべく部屋を出る。

 そしてルルーシュは自室を出て、彼らにだけは嘘ではあるがアッシュフォード学園を退学する理由を言ってある生徒会メンバーが集まっている生徒会室へと足を運ぶ。

 そこにはミレイから事情を聞いて呆然としている親友であるリヴァル、何を言っていいのか解らなそうにしているニーナ、そして泣きそうな顔のシャーリーがいた。

 「おい、会長から聞いたぞ!親戚が引き取ることになったって、ここ全寮制なんだし引っ越さなくてもいいじゃん別に!」
 
 「リヴァル、家のことなんだから無理言っちゃダメよ・・・私だって寂しくなるけど」

 やんわりとリヴァルを窘めるニーナだが、それでも出来ることならそうして貰えたらと思っているのが見て取れる。

 「すまない・・・本国の病院でナナリーを診てくれるっていうから、断りきれなかったんだ。手紙くらいはたまに出すから」

 「・・・そっか、そういうことなら仕方ないな。本国の方が有名な病院が多いし」

 ナナリーのためなら仕方ないとリヴァルは説得を諦めると、ルルーシュの肩をバンと叩いた。

 「絶対、連絡寄越せよ?!送別会してやれなくて、悪かったな」

 「急だから仕方ないさ。これが送別会だろう、リヴァル」

 笑みを浮かべるルルーシュに、リヴァルはじんわりと涙を浮かべる。

 「ううー、お前とこれから賭けチェスで荒らし回れなくなるのかよ~!」

 「卒業したら、またこっちに来るよ。その時は、また」

 「賭けチェスって・・・それはだめなんじゃ・・・」

 二ーナが肩をすくめて止めるが、二人とも聞かなかったことにした。
 
 「ルル・・・ほんとに行っちゃうの?」

 突然の退学理由は嘘で、本当は本格的に黒の騎士団のゼロとして動くつもりなのだと悟ったシャーリーの顔は、見ていて気の毒なほど青い。
 ルルーシュは小さく笑みを浮かべて、彼女に言った。

 「ああ、いろいろと心配だろうけど仕方ないさ。そうだシャーリー、君に渡したいものがあるんだ。来てくれないか」

 そっとシャーリーを生徒会室から連れ出すルルーシュに、リヴァルはおお、と野次馬根性で後を追おうとしたが、二ーナに止められて断念した。

 ルルーシュは綺麗に私物がなくなった自室にシャーリーを引き入れると、さっそくに切り出した。

 「こんな形で君から離れるつもりはなかった。まだヴィレッタ・ヌゥの件が片付いていないというのに、本当にすまない」

 「ううん、そんなことはいいの。これだけ時間が経っても何もないってことは、たぶんあの人・・・死んじゃったと思うし」

 自分が銃で撃った女軍人を思い浮かべて身体を震わせるシャーリーの手を取ったルルーシュは、その手のひらにメモを握らせた。

 「君のせいじゃない、いいんだ。たぶんそうだろうと俺も思うが、念には念を入れて君には俺の連絡先を教えておく。
 ただし、どうしても緊急の用事の時だけ使ってくれ。俺の反逆がバレた時、頻繁に連絡歴が残っていたら君まで芋づる式に捕まりかねない」

 「ルルーシュ・・・解ったわ。危ないことはしないで・・・って、無理か」

 反逆する時点ですでに危ない。シャーリーはあまりにも無理な要求をすぐに取り消したが、ルルーシュは笑って応じた。

 「心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとうシャーリー。
 いろいろ迷惑をかけた・・・許してくれ」

 「そんな、いいのルル。それより、どうしていきなりここから出るの?」

 これまでずっとここにいてゼロをしていたのに、何かあったのかと首を傾げるシャーリーに、ルルーシュは一部だけ事実を明かした。

 「・・・俺はとある理由で、生存が本国にバレてはいけないんだよ。それをスザクの奴が、俺の幼馴染と偶然知り合ってうっかり生存をバラしたからな」

 「生存がバレてはいけないって、どういう意味?」

 「それだけは言えない・・・だから俺はブリタニアを壊さなくてはならない。
 俺が俺として・・・ルルーシュ・ランペルージとして生きるために」

 そう言えばあの時かかってきた電話に、ルルーシュはたいそう慌てていた。彼には深い秘密があるのだろうが、自分には話すつもりはないらしい。
 自分を巻き込むまいとする優しさからだと解っていても、シャーリーにはそれが辛かった。

 「ルル、私も・・・私も連れてって!私も頑張ってルルの役に!」

 「だめだ、シャーリー!バカなことを言うな!!」

 カレンもそこにいるのなら、自分も連れて行って欲しいと言うシャーリーに、ルルーシュは思わず怒鳴った。

 「君には、君を大事にしてくれるご両親がいるのだろう?悲しませるようなことをしてはいけない」

 「でも、カレンだって!」

 「・・・彼女のことを安易にバラしたくはないが、仕方ない。
 カレンは日本人とのハーフなんだよ実は。父親違いの兄がブリタニアに殺されて、その兄の志を受け継ぐべく、騎士団に入ったんだ」

 「そっか、カレンがハーフ・・・言われてみれば、思い当たる節ある」

 どこか国営放送のテレビ番組を見る目つきが鋭かったり、スザクに対してやたら憎々しげな眼差しを向けているなと感じてはいたが、そう言う理由だったのかと納得する。

 「俺なんかを想ってくれて、本当にありがとう。だが、もういいんだ・・・君を巻き込みたくない」

 「ルルーシュ・・・でも」

 「シャーリー、俺は君が傷つくのを見たくないんだ・・・だからカレンと一緒に、必ず戻ってくるよ」

 カレンと一緒にという部分が少々複雑だったが、彼が無事にここに帰ってくれるならそれだけでいいとシャーリーはルルーシュを抱きしめる。

 「せめて、たまには無事だってテレビとかに出てくれると嬉しいな。駄目?」

 「シャーリー・・・解った、努力してみるよ」

 いろいろ心配と迷惑をかけているシャーリーの頼みなら断れない。
 どのみち黒の騎士団をアピールするためにも、己の存在を誇示するつもりだから問題はあるまい。

 「では、そろそろ行く。迎えが来る時間だ」

 名残惜しげにルルーシュから離れたシャーリーは、重い足取りでルルーシュの部屋を出ると、そこには咲世子に連れられたナナリーがいた。

 「お兄様、リヴァルさんはミレイさんや二ーナさんと一緒に外にお行きになられました。
 ・・・もう、出なくてはいけないのですね」

「ああ、そうだよナナリー。でも、何もかも片付いたらまた戻って来られるさ」

 「はい、お兄様。私はお兄様と一緒なら、それで・・・」

 シャーリーは何があってもルルーシュと共にいられるナナリーが、羨ましかった。
 けれど愛する人の一番の椅子には常に彼女がいるから、せめて二番目にと思っていたけれど、彼はどうもその二番目を作る余裕がないと、彼がゼロであると知った時にぼんやりと感じ取った。

 彼の助けになりたいけれど、確かに自分には大事なものがたくさんある。
 複雑な心境と状況にシャーリーが溜息をついた刹那、ルルーシュの携帯が鳴り響いた。五回のコール音が切れると、ルルーシュはエトランジュ達が来たことを知った。

 「迎えが来たようだ・・・シャーリー、みんなによろしく言っておいてくれ。
 それから、くれぐれも無茶な行為は慎んでくれよ」

 「うん・・・ルル。外まで送るね」

 「・・・ああ」

 シャーリーにはゼロだとバレているし、彼女なら信用出来るからと学園の外に出ると、そこにはエトランジュとアルカディアがいた。

 「あ、ルルーシュ様。お迎えに上がりました」

 「ああ、お手数をおかけして申し訳ないですね、エトランジュ様。
 ナナリー、こちらの方は今度から住む場所でお世話になるエトランジュ様だ」

 「いいえ、私達も何かとお世話になっていますから、お気になさらず。
 初めましてナナリー様。私はエトランジュと申します。今後ともよろしくお願いいたしますね」

 優しそうな声音の少女の声に、ナナリーは安心したように微笑み、彼女と握手を交わす。

 「こちらこそ、よろしくお願いします。ナナリーです。
 後ろの方は、私達のお世話をして下さっていた咲世子さん」

 「あら、そうです・・・か・・・」

 咲世子と視線が合ったエトランジュの言葉尻がだんたんと小さくなったのでナナリーが首を傾げると、エトランジュは恐る恐る尋ねた。

 「あのー、もしかしてこの間ディートハルトさんとお会いしていた篠崎 咲世子さんでしょうか?」

 「やっぱり・・・あの時の方」

 咲世子が考えが読めない顔で肯定したのでルルーシュが何故に互いに面識があるのかと驚くと、エトランジュはギアスで説明する。

 《あの方、この前黒の騎士団の地下協力員になられた咲世子さんですよ。
 確かに貴族のお屋敷でメイドをしていると伺っておりましたが、まさかゼロのお世話をしていたとは露と思わず報告しておりませんでした・・・》

 《・・・世界は狭いな》

 ディートハルトは外交・報道・情報の総責任者であり、そのための部下を持つ権限を与えていた。
 スパイを防ぐためにマオを連れたエトランジュが名誉ブリタニア人やブリタニア人の思考調査を担当しているのだが、先日ディートハルトが迎え入れたという数人の名誉ブリタニア人の面接時に彼女がいたのである。

 エトランジュの人をまとめる才能はルルーシュも認めていたので、いちいち報告は無用と指示していたのが仇になったようだ。
 まさか知人、しかもメイドの咲世子が黒の騎士団入りをするとは、まったくの想定外だったのである。

 《まだ調査をマオさんにはして貰っていない方なので、知りませんでした。申し訳ございません》

 エトランジュが黒の騎士団の賓客(かんぶ)であると、咲世子はもちろん知っている。
 そしてそんな彼女が己をわざわざ迎えに来たとなると、下手なごまかしは逆効果である。
 ルルーシュは予想外のイレギュラーに頭を抱え込んだ。咲世子には既にギアスを使っている以上、人力でどうにかしなくてはならない。

 《・・・貴女の見識を伺おう。咲世子さんは信用出来るか?》

 《何でも代々要人のボディーガードをしていた家系の方で、日本解放は悲願であると。
 何より地下協力員になってまだ日が浅い方なので、私がどうと言えるほどでは・・・むしろそれは、貴方ご自身にお尋ねするべきではないでしょうか》

 咲世子と長い付き合いなのは自分なのだから確かにその通りであるが、今すぐに結論を出す必要はないと思ったエトランジュがすぐに手を打ってくれた。

 「咲世子さん、事情は後でお話するので、この場は」

 ひそひそと日本語でそう言うエトランジュに、咲世子はちらっとシャーリーに視線を送って頷いた。

 「まぁ、日本語がお話出来るんですねエトランジュ様」

 「え、ええ、その縁で実は先日知り合いになりまして」

 「奇遇ですね。ねえ、お兄様」

 無邪気に笑うナナリーに、そうだねとルルーシュはにこやかに応じる。
 ナナリーは枢木家に世話になっていた当時から外に出ていないので、日本語を話せていなかったのが幸いである。日本語だと解っても理解は出来なかったようだ。

 そして続けて世界は狭いと実感することになったのは、エトランジュであった。
 彼女はさっきからエトランジュを凝視しているのでアルカディアが軽く睨んでいたのだが、悪意からではなさそうなので反応に困っている。

 「・・・あの、エトランジュ・・・様?」

 ルルーシュが様付けして呼んでいるのでそれに倣って呼びかけるシャーリーに、エトランジュは笑顔で応じる。

 「何でしょうか?」

 「私シャーリー・フェネットといって、ルルの同級生なんですが」

 「・・・フェネット?」

 初めてゼロとコンタクトを取ったあのナリタ連山で、土砂崩れを知らせに行った時己の言葉を信じてくれた地質学者が、確かそんな名字だったはずだ。

 「もしかして、ナリタ連山の時の・・・?」

 「やっぱり!私あの時の地質学者の娘です。父を助けて下さったそうで、ありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げたシャーリーに、まさかここであの時の地質学者の娘に会えるとは想像していなかったエトランジュは驚いた。

 そういえばルルーシュはマオに気を取られて、シャーリーがナリタ連山でエトランジュを信じてくれたフェネットの娘だということを話すのを忘れていた。
 つまりエトランジュは、シャーリーをマオが迷惑をかけてしまったルルーシュの同級生の少女と認識していたのである。

 「父からあの土砂崩れを教えてくれたのは、私より年下の金髪の女の子だって聞いていたから・・・お礼を言いたかったんです。
 本当にありがとうございました!」

 「いいえ、こちらこそ私の言葉を信じて下さって、ありがとうございます。
 そうですか、あの時の・・・もし信じて貰えなかったら、大変なことになるところでした」

 「父も半信半疑だったそうなんですが、念のために避難していて良かったと言ってました。あの、貴女はルルの?」

 「ええ、黒の騎士団の協力者です。ブリタニア人ではありませんが」

 他のエリアの者だと答えるエトランジュに、シャーリーは自国がいかに他国から恨みを買っているかつくづく実感した。

 「シャーリーさん、以前にマオさんがたいそうご迷惑をおかけしたそうで、申し訳ありません。
 彼に代わりまして、お詫び申し上げます」

 深々と頭を下げて謝罪するエトランジュに、マオと言う男が彼女の知り合いと知ってシャーリーはさらに驚いた。

 「あの、マオって人と貴女は・・・」

 「母方の縁戚です。ちょっといろいろ過去にあったので、行動がその・・・他人の迷惑を顧みるものではなかったのですが今は落ち着いているので、貴女に二度とあのようなことはしないと誓ってお約束いたします。
 よろしければこれ・・・彼からのお手紙なのですが読んでやって頂けませんか?」

 マオが迷惑をかけたシャーリーがルルーシュのガールフレンドと知っていたエトランジュは、これが最後の機会かもしれないからとマオを説得してお詫びの手紙を書くように促していた。
 ルルーシュに頼んで届けて貰おうと思っていたのだが、本人に渡せてよかったとエトランジュはシャーリーに白い封筒に入れられた手紙を渡す。

 己をあのように恐ろしい行動へと誘導した男からの手紙とあってシャーリーは恐る恐る受け取ったが、カンパニュラの花が封筒裏に印刷されているのを見て封を開ける。

 「この花・・・確か花言葉が“後悔”って意味ですよね」
 
 己の行為を後悔しているという意味だろうか、とシャーリーがゆっくりと手紙を読むと、子供っぽい文調だがしっかりとした字でお詫びの文が綴られていた。


 『シャーリーへ
 この前はあんなことをしてごめんなさい。ルルが僕の大事な人と仲良くしているのが気に入らなくて、巻き込んでしまいました。
 エディやルルからたくさん叱られたし、自分がやられて嫌なことや、相手が困ることをするのはよくないと言われてとても反省しました。
 二度とあんなことはしないので、許して下さい。
 本当にごめんなさい』


 「本当は直接謝罪に赴くべきなのでしょうが、やってしまったことがことなので、手紙にした方がいいだろうと思いまして・・・」

 「いえ・・・これで充分です。反省しているならこれ以上怒る気にはなれないですから、許すって伝えて下さい」

 「そうですか。許して下さって、ありがとうございます」

 エトランジュがマオに代わって礼を言うと、シャーリーはその手紙を見て嫉妬がいかに醜いか、改めて感じていた。

 ルルーシュが自分の傍からいなくなるのに、カレンは彼の傍にいる。さらに目の前にいるのも女の子で、シャーリーは気が気でなかった。

 もしかしたら誰かがルルーシュの心を射止めてしまうのではないか、そうなるくらいなら自分もと、相手のことを考えない自分が嫌いになった。

 そのマオという男性も、そうだったのではないだろうか。
 自分以外の誰かと好きな人が一緒にいるのを見たくなくて、感情的にあんな行動をとってしまったのだと、今なら理解出来る。

 ついさきほど、自分は彼と形は違うけれど同じことをしようとしていた。
 ルルーシュが自分に負い目があるのをいい事に、無理難題を言って困らせてしまった。
 シャーリーは本当は大声で、自分も連れて行って欲しいと叫びたい。
 けれど、それは彼を困らせる行為でしかなかった。

 (相手が困ることをするのはよくない、か・・・)

 「彼に、伝えて下さい。相手のことを考えない行為をしてはいけませんよって」

 「はい、必ず」

 それは、自分自身にも向けられた言葉。
 相手を愛しているのなら、相手のことを考えて、そしてそのためになることをしなくてはいけない。
 
 シャーリーは手紙を読んである決意を固めると、ルルーシュのほうを振り向いた。

 「私、頑張ってここでルルの帰りを待ってる。でも卒業したら、ルルを追いかけるから!」

 「・・・え?」
 
 いきなりの黒の騎士団入り宣言に、ルルーシュはまたしてものイレギュラーに呆けた顔をする。

 「卒業するまでは、私ルルを待ってる。でも卒業したらきっと、ルルの場所に行くから!!」

 どこに行っても、何があっても。
 ゼロをしていても、反逆を終えてどこかに姿を消したとしても、必ず行く。

 シャーリーはそう宣言すると、びしっとルルーシュを指さした。

 「駄目って言っても聞かないからね!これは、私が決めたことなんだから」

 好きな人のために戦うことは悪いことかと言うシャーリーに、ルルーシュは返答に窮して呻き声を上げる。

 「だからルル・・・ちょっとのお別れだよ。頑張ってね」

 ぎゅっとルルーシュに抱きついてそう願うシャーリーに、王道のラブストーリーを見せられている面々は反応に困って顔を見合わせている。
 ただナナリーだけは少々ふくれっ面になっているのが、エトランジュには見えた。

 「ルルーシュ様、そろそろお時間です。車を外に止めたままでは、いつ検問に遭うか」

 「あ、ああそうだな。シャーリー、そこまで言うからには俺からは何も言えない。
 だが・・・無理はしないでくれ。それから・・・ありがとう」

 ルルーシュはシャーリーから離れてナナリーの車椅子を動かすと、一同に向かって言った。

 「じゃあ、行こうか。俺達の新たな家へ」

 「はい、お兄様・・・あら?」

 耳の良いナナリーがいち早く捉えた空気を切るような音はやがて一同にも聞こえ、やがて心地よい破裂音が空へ響き渡った。

 「銃声・・・じゃない、花火だわ!」

 アルカディアの言葉通り、空には美しい火の花が夜空に華麗に咲き誇っている。
 いくら夏の代名詞の花火とはいえ、祭りでもないのにと首を傾げると次々に花火が打ち上げられていく。

 「屋上から・・・会長達だわ!」

 シャーリーが指さした校舎の屋上には、確かに見慣れた人影が花火を打ち上げていくのが見える。

 「会長・・・リヴァル・・・ニーナ・・・」

 「みんなの、送別の代わりなんだね」

 「ああ・・・綺麗だ」

 漆黒の闇に打ち上げられる、別れの花。
 ルルーシュの脳裏に、ここに入学してからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。

 「・・・必ず戻ってくるよ、必ず。それまで、待っていて欲しいとみんなに伝えてくれ」

 「うん・・・ルルーシュ、行ってらっしゃい」

 シャーリーが手を振るのを背後に、ルルーシュはナナリーの車椅子を押して歩きだす。
 その背後にエトランジュとアルカディア、そしてナナリーの荷物を持っている咲世子が付き従う。

 「待ってる・・・でも、そういつまでも待たないんだから」

 シャーリーはそう呟くと、彼らの姿が視界から消えたのを見送ってから、彼女の決意を実行に移すべく学園寮の自室へと走って戻っていったのだった。



 「お兄様、私達はこれからどこへ行くのですか」

 「メグロにあるブリタニア人の租界外の居住区域のある場所だよ。
 知人がそこで働いているから、俺もそこで職を貰えてね」

 ナナリーの問いにそう答えるルルーシュに、やはりまだ事情は話していないのかとアルカディアは少し呆れた。
 しかし彼の事情を知るとむげに注意する気にもなれず、どうしたものかと溜息を吐く。

 「障がい者の子もいる施設だから、リハビリ施設もあるのよ。ナナリーちゃんにはいい場所かもしれないわね」

 もともと医療サイバネティクスの第一人者だったというラクシャータも余裕を見てはその施設に訪れて子供達を診ているので、彼女にはそれほど悪い環境ではないだろう。

 ワゴンに車椅子ごとナナリーを乗せると、咲世子がトランクにナナリーの私物を入れて出発の準備はすぐに整った。

 「咲世子さん、詳しい事情は後日こちらから連絡いたしますので・・・」

 イレギュラーに弱いルルーシュは、改めて冷静になって考えることにしたらしい。時間がとれる余裕があったのは不幸中の幸いであった。

 「解りました。アッシュフォードのご許可さえ頂ければ、私もそちらに参ってもよろしいのですが」

 エトランジュ達が知っている場所であるなら、すなわち黒の騎士団が関わっている場所である。黒の騎士団の協力員である咲世子がそこに行くのをためらう理由はなかった。

 「そう、ですね・・・考えておきます。では、失礼します」

 ルルーシュの合図で運転席のアルカディアが車を発進させると、咲世子はそれを見送りながら考えた。

 スザクがクロヴィス暗殺の犯人という濡れ衣を着せられてゼロに救出された事件以降のルルーシュの行動、そしてエトランジュの態度とを合わせて、彼がゼロなのではないかと疑った。
 どんな理由かまではさすがに予想もつかないが、ルルーシュがブリタニアの貴族を極端と言ってもいいほど嫌っている節があったのは、彼女も知っていた。

 まずはいつでも出られるように、怪しまれない程度に荷物をまとめておこう。
 それから直接の上司であるディートハルトには、今夜のことは黙っておいた方がいいだろう。

 (あの方がゼロなら、私の選択は間違って・・・いいえ、正しかった。でもまだ結論を出すのは早計、エトランジュ様からの連絡を待つことにしましょう)

 咲世子はそう結論を出すと、クラブハウスへと戻っていった。



 突発的に思いつきで起こす祭りに使うため、いつも余分に置いておいた花火を打ち上げ尽くしたアッシュフォード学園生徒会メンバーの面々は、空になった花火の残骸を見詰めて静まり返った。

 「行っちまいましたねー、ルルーシュの奴」

 「ええ・・・行ってしまったわ」

 アッシュフォードの箱庭から、遠い世界へと。

 「あーあ、花火切れちゃった。当分お祭りはなしね」

 「そんな、会長!花火なんてまた買えばー」

 リヴァルがこういう時こそ祭りを開いてぱあーっと、と提案するが、ミレイはそれを却下する。

 「もうすぐ学園祭があるし、有能なルルちゃんがいなくなったから無理無理。
 それに、単位取り損ねたのもあるから、いい加減そろそろ本腰入れないとね」

 もともとルルーシュの卒業に合わせるつもりだったから計画的にサボって単位を取らなかったのだが、もうそんなことは言っていられない。
 迅速に単位を取って学園を卒業し、主君の元へ行かなくてはならない。

 「ミレイちゃん・・・」

 「いいの、二ーナ。さあさあ皆の衆!まずはここの片づけをして、それからみんなにルルーシュの退学を告げないとね」

 「暴動・・・起こりそうな予感が」

 ルルーシュのファンは膨大におり、突然彼が退学したと告げれば一斉に生徒会に押し掛けてきそうである。
 リヴァルの不吉な予想は一同には容易に想像出来たのか、明日はクラブハウスを封鎖しようと視線を交わし、満場一致で決まった。

 「ま、ルルちゃんだから仕方ないわ。後でこのツケは取り立てるとしましょう」

 一同は苦笑して頷くと、花火の残骸をゴミ袋に詰め終え、それを手にして校舎内へと足を進める。

 ミレイはアッシュフォードにとって本来の役割を終えた学園を屋上から見下ろし、一筋の涙をこぼした。



 その夜、シャーリーはある書類に名前を書いていた。

 “早期単位取得願”と書かれたそれは、テストで一定の点数を取ることで単位を取得し、卒業単位を取り終えたときに卒業出来る制度・・・解りやすく言えば、飛び級をして卒業する制度の利用願いである。

 それには放課後に行われる講義への出席日数、科目ごとに八割以上の点数の取得、学業態度など厳しい制限があるため、利用する生徒は非常に少ない。
 本来ならルルーシュもそれを利用して卒業してもよかったのだが、ナナリーがいるためあえて使用しなかったのだ。

 「お父さんに頼んで、保護者承諾のサイン貰わなきゃ。それから・・・」

 シャーリーが次に手にしたのは、“退部届”だった。

 これから卒業に向けて全神経を注ぐのだから、生徒会だけで手いっぱいだ。もう水泳は出来ない。
 けれど、それでいい。好きな人の元へ行くためなら、比べるほどのものではなかった。

 シャーリーはルルーシュとナナリーと三人でお茶会をした時に撮った写真を大事そうに見つめ、彼から貰ったメモの番号をしっかり眺めて暗記する。
 憶えやすいようにしてくれたのだろうか、シャーリーの誕生日とナナリーの誕生日を合わせた番号にしてあった。

 万が一誰かに見つかってその番号にかけられないようにと、未練はあったが意を決して破いてゴミ箱へと捨てる。

 「待っててルル。私、すぐに追いつくから」

 シャーリーはそう呟くと、父に連絡すべく携帯を手に取った。



 翌朝、ミレイは怒りを胸に押し隠して政庁へと赴き、受付で名前と身分を告げて枢木 スザクとの面談を申し入れた。
 その横にはもしかしたらユーフェミアに会えるかもと言う淡い希望を抱いた二―ナが、おどおどしながら周囲を見渡している。
 受付の女性は初めてのスザクに対する面会希望者に驚きながらも連絡を入れると、すぐに許可が下りたので訪問者用IDをミレイと二―ナに手渡す。

 ミレイは初めて入る政庁を見る余裕もなく、職員に案内されて上層階の応接室に通された。

 「枢木少佐は間もなく参りますので、こちらで少々お待ち下さいませ」

 「はい、よろしくお願いいたします」

 出された上質の豆で淹れられたコーヒーを飲み、立ち上る芳香に気分を落ち着かせようと努力している所にノックが聞こえてきた。

 「会長、僕です、枢木です」

 そう名乗って自動ドアが開いて入室して来たのは、自らの主が箱庭から去る原因を作った男であった。
 思い切り憎悪の視線をこめて睨みつけてやると、スザクは思わず後ずさる。

 「あの、会長?」

 「うん、久しぶりねスザク君。ちょっといろいろいろいろ話があってきたの。とにかく座って話そうか」

 明らかに穏やかな話ではない口調に、スザクは彼女がここまで怒る理由に心当たりがあったので、ミレイの前に後ろめたさを感じながらも腰をおろす。
 これほど怒っているミレイを見るのはニーナも初めてで、目を白黒させていた。


 「私が怒っている理由、知ってるかなスザク君?」

 「はい・・・あの・・・」

 「解ってるならいいのよ、余計なこと言わないで。イライラするから」

 ここは政庁だが、いつどこで誰の目と耳があるか解らない。
 万が一にもルルーシュのことが耳に入ってしまったら、秘匿していた皇子をみすみす逃がしたアッシュフォード家はおしまいである。

 「ま、それはそれとしてもうどうしようもないから何も言わないけどね。
 今日はこれに記入して貰いたくて来たの」

 ミレイが無表情で差し出したのは、“退学届”と書かれた書類だった。

 「会長・・・」

 「もうスザク君も騎士になって、いろいろと忙しいでしょう?
 学園にも来るのが難しそうだし、こっちのほうがいいかと思って」

 穏やかに言い繕っているが、本音はルルーシュの生存をユーフェミアに暴露してしまい、彼が箱庭から逃げだす原因になったスザクを追い出そうというものであることは明白である。

 スザクはあまりにも考えが浅すぎて知らずに敵を作り、またアッシュフォードに彼の失態を探る輩が現われたりするかもしれない。
 ミレイはまた主君が戻る日のためにも、美しく安全なままの箱庭を維持しなくてはならないと考えたのである。

 「本当に残念だわ・・・うちの副会長が突然辞めて、スザク君もってことになるのは寂しいけど仕方ないもの」

 まだスザクがイエスと言っていないのにも関わらず、ミレイはもうそれが確定事項であるかのように言った。

 「ルルーシュが・・・そうか・・・」

 既にルルーシュがアッシュフォードを出たことを知ったスザクは、応接テーブルに置かれていたペンを手にして退学届に記入していく。

 「僕の保護者は、上司のロイド伯爵なんです。会長の婚約者の・・・今日サインを貰ってから、アッシュフォードに郵送します」

 「そうしてちょうだい・・・それからスザク君」

 「はい」

 「もう、二度と来ないで。全部全部、貴方のせいなんだから!!」

 話していくうちに感情が高ぶったミレイが思わず叫ぶと、二ーナが小さく悲鳴を上げて彼女から距離を取る。

 「ミ、ミレイちゃんどうしたの?ルルーシュが退学するって言った日から、変だよ」

 「ご、ごめん二ーナ。ちょっとね」

 ミレイは大きく深呼吸をすると、スザクの顔など見たくないとばかりにソファから立ち上がった。

 「・・・用件はそれだけ。じゃ、さようなら」

 そう言い捨ててさっさと応接室から出たミレイに、何があったのかと驚くニーナもスザクをちらっと見ておそるおそる尋ねた。

 「どうしたの、スザク君・・・会長があんなに怒ること、したの?」

 「うん、ちょっと考えなしにバカなことしちゃってね。会長はもう、僕を許さないと思う。
 こんな形で辞めるのは不本意だけど、自業自得だから・・・みんなにはすまないって伝えておいて下さい」

 ニーナは何が何だか解らないと途方に暮れたが、理由を話してくれる気がないと雰囲気で察し、リヴァル達には伝えておくねと答えておずおずと立ち上がって応接室を出る。

 「全部僕のせい、か・・・」

 ただあの時落ち込むユーフェミアを励ましたくて、彼女なら他の皇族にもバラさないし仲が良かったと聞いていたから大丈夫だと安易に考え、学友を失い、学園を失い、そして親友を失った。

 もう迷惑をかけるわけにはいかない以上、学園を辞めるというのは悪い選択ではないだろう。
 これでもう、妬みを買う立場の自分のアラ探しのために、あの孤高の皇子を守る箱庭の学園を探られることはない。

 「ロイドさんに、サイン貰いに行かなくちゃ」

 せっかく入学させて貰ったアッシュフォード学園だが、もう仕方ない。
 スザクも応接室を出てロイドのいる特派に向かおうとすると、そこには驚いた表情のミレイと二ーナ、そしてへらへらといつもの笑みを浮かべているロイドがいた。

 「あれ、ロイドさん!どうしたんですかこんなところで」

 「いやあ、僕の婚約者が来たのにどうしてかスザク君に用事って言うからね~」

 ヤキモチ焼いちゃった、と明らかにウソだと誰もが解る台詞を口にしたロイドに、ミレイは乾いた笑みで応じた。

 「そんな、浮気じゃないですよロイド伯爵。
 ただスザク君、今後も学校に通うのは難しいんじゃないかって思って、退学を勧めに来ただけです」

 「退学~?通信学科のある学校に転校じゃなく~?」

 「・・・騎士様じゃ、勉強なんてしてる余裕ないでしょ。スザク君あんまり成績良くないですし」

 何気に酷いことを言いながらごまかすミレイに、ロイドはふーん、といつものように考えが読めない顔で笑う。

 「で、スザク君もそれでいいと思ったの~?」

 「え、ええ・・・せっかくの好意で入れて貰った学園ですが、ユーフェミア様の護衛が最優先ですので」

 「うんうん、君そう言ってランスロットにも乗りたくないって言ったもんね先日~。
 ユーフェミア皇女殿下の傍から離れたくないって」


 スザクは神根島から戻った後、ルルーシュとの打ち合わせ通りにシュナイゼルにこう報告していた。
 シュナイゼルのミサイルを受けた後神根島に漂流し、助けを待つべく水場を探していたら黒の騎士団の幹部を発見したので拘束した後、一晩を明かして再び救助を求めようとしていたところにユーフェミアを捕えていたゼロと黒の騎士団員と鉢合わせしたので人質交換を申し出てユーフェミアを奪還したところに、いきなり地面が落ちてシュナイゼルらの元に来たのだと。

 ひと通りの筋は通っているし、ユーフェミア自身もそうだと答えたためにそれ以上の追及はなかったがスザクはその後こう言ったのだ。

 『ユーフェミア皇女殿下がまさかこんなことになっているとは、想像もしておりませんでした。
 やはり自分が離れたのがよくなかったのでしょう・・・主君に心配をかけるなど騎士失格です』

 『そんな、スザク!あれはわたくしが勝手にしたことなのですから、貴方のせいでは・・・そんなことを言わないで下さい!』

 ユーフェミアの言葉にスザクは意を決したように、宣言したのだ。

 『ロイドさん、二度とこんなことにならないよう、自分はユーフェミア様の護衛に専念したいと思います。
 主君を守ることを第一に考えるのが騎士だと、ダールトン将軍もおっしゃっていましたし』

 そう言ってランスロットの起動キーをロイドの手に返却したスザクに、最高のパーツがなんでええええ!とロイドが悲鳴を上げたのは記憶に新しい。


 「じゃ、仕方ないね。保護者のサインどこ?あ、ここね」
 
 スザクから退学届の書類を受け取ったロイドは、さらさらと己のサインを書いて印を押すとミレイに手渡す。

 「ん~、これでスザク君をネタにアッシュフォードの高等部に入るのは無理になっちゃったね~。
 大学部に間借りした時、大学部以外には入るなって太い釘刺されたし」

 「やだなあロイドさん。高等部になんて用はないでしょ」

 スザクが笑ってそう言うと、ロイドは一瞬だけ二ーナに視線を送るとすぐにミレイに戻し、飄々とした口調で言った。

 「うん、なかったんだけどね~、実は出来たんだよ。アッシュフォードの宝物を確認したくてね」

 その台詞を聞いた瞬間、ミレイの表情が凍りつく。

 「な、何のことでしょうロイド伯爵。あ、もしかしてガニメデやイオのことですか?」

 「うん、それそれ。それを毎年巨大ピザ作りで使ってるんだったね、副会長さんが」

 口調こそ何気ないが、意味はスザクとミレイには充分に通じた。二―ナだけが有名なアッシュフォードの学園祭の行事に、にこやかに応じる。

 「そうなんです、ルルーシュがいつも操縦して・・・でも今年はどうするの?」

 何も知らない二ーナが無邪気にそう尋ねると、ロイドは幾度か納得したように頷いた。

 「何だったら、僕が操縦しようか~?ピザくらいならなんとか作れる程度には操縦できるよ」

 「ロイド伯爵!そんな、伯爵にそんなことをして頂く訳には・・・」

 「まあまあそう言わずにさ~、ゆっくり話し合おうよ、二人きりで~。
 君もその方がいいだろうし~」

 「っつ・・・解りました」

 ルルーシュの名前が出てしまった以上、もうごまかすことは出来ない。
 ユーフェミア様に会えるかもしれないから一緒に連れて行って欲しいと必死に食い下がって来た二ーナを連れてくるんじゃなかったと、ミレイは後悔した。

 「じゃー、僕ちょっと婚約者殿とラボで愛を確かめて来るから」

 「似合わない台詞ですよロイドさん・・・」

 スザクはどうしたものかと考えるも、余計なことはするな言うなオーラを発しているミレイに気圧されて口を噤むしかなかった。

 ロイドはあはは~と何を考えているか解らない顔でラボに案内すると、お茶を運んできたセシルににこやかに言った。

 「セシル君~、ちょっと彼女と貴族の会話をしなくちゃいけないから、当分こっち来ないで貰えるかなあ~」

 滅多にない、というより初めての台詞にセシルは目を丸くしたが、ミレイが真剣な表情で座っているのを見て頷いて退出していく。

 「大丈夫~、彼女もなんだかんだで一線は弁えてるから」

 「・・・で、貴方はどこまでご存じなんですか」

 直球でそう尋ねてきたミレイに、なかなか頭のいい子だがまだ若いな~とロイドは苦笑する。

 「うん、まあはっきり答えるとアッシュフォードにルルーシュ様がお隠れになっていたってことだね。
 君はあの方をお守りする役目を持っていた・・・違うかなあ~?」

 「その通りです。それを、あのスザク君が台無しに・・・!」

 「あー、彼がうっかりした行動で生存がバレるかもしれない事態引き起こしたから、あの方はどっか行っちゃったと。
 もう余計なことして欲しくないから、学園から追い出したわけだ~?」

 なるほどなるほど、とロイドは幾度も頷くと、ミレイが鋭い目で睨みつける。

 「どうしてあの方のご生存を知ったのです?貴方はいったい・・・」

 「おめでと~、僕もあの方をお探ししてたんだよミス・ミレイ」

 「・・・は?」

 呆気に取られたミレイがそう聞き返すと、ロイドはははは~と笑みを浮かべる。

 「ちょおっとある場所であの方をお見かけしてねえ~。あの方は母君に瓜二つだから、すぐに解ったよ」

 「・・・・」

 ミレイは眉をひそめてロイドを伺うが、さすがに飄々と貴族社会を自由奔放に生き抜いてなお伯爵の地位を失わずにいるだけあり、ミレイごときではとても真意を推し量れない。

 「閃光の忘れ形見なら、僕もお会いしたいんだよね。
 あのガウェインをたった一度プログラム見ただけでさらっと操縦したほどの方ならなおさら~」

 「・・・ロイドさん、はっきりおっしゃって下さい。あの方をどこでお見かけしたのですか?」

 「うん、試作機のガウェインを奪って逃走したところをね、偶然ちょっと見えちゃったんだよね~・・・仮面の素顔」

 「仮面・・・まさか!」

 ミレイは口を手に当ててそれ以上の声を発するのを止めたが、ロイドは『大正解~』などと言って手を叩いている。

 「あ・・・そういえば・・・」

 ミレイはスザクがゼロによって救出されて以降、彼らしからぬ行動が目立っていたことに気がついた。
 特に、ナリタ連山・・・ナナリーを放って数日間の旅行など、彼にはあり得ないのにと不思議に思っていた。

 今思えば確かに、ゼロが現れた期日彼はいったいどこにいたのか?
 
 そして、日本でルルーシュとナナリーが安心して暮らせる場所とはどこなのか。そして何故自分に居場所を知らせず立ち去ったのか。
 
 その答えを運んできたロイドを睨みつけて、ミレイは尋ねる。

 「・・・ロイド伯爵、それを私にお話ししてどうすると?」

 「うん、ぶっちゃけて言うとね、君はどうする?」

 「・・・私は真面目に話しているのですが」

 「僕もだよ、ミス・アッシュフォード。君はあの方が反逆しても臣下であり続けるのかい?」

 ロイドの問いかけに、ミレイは何を今さらと言うように言った。

 「私はヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘です。主の道を歩くことこそ臣下の務め」

 「あっはっは、さすがは地位を奪われても貴族、主君に忠義を尽くすんだ~」

 それだけではない感情があることをロイドは感じ取ったが、それは口に出さずロイドはとりあえずね、と前置きして言った。

 「僕にもちょっと思惑が出来たから、このことは口外しないよ、約束する。
 優秀なパーツ君がデヴァイサーを降りた本当の理由も解っちゃったし~」

 あの時、確かに仮面は初めから外されていた。つまりはあの時、スザクとユーフェミアはゼロの正体を知っていたことになる。

 ユーフェミアとルルーシュが仲が良かったことはロイドもシュナイゼルとの付き合いで皇宮に出入りしていたから聞き知っていたし、スザクがたまに話す“親友”が彼であるとするならば彼以外に動かせないランスロットのデヴァイサーを降りるには充分過ぎる理由だろう。
 
 とするなら、ランスロットのデータは当分集まらない。それどころか、活躍することなくこのまま白い人形となる可能性すらあるだろう。
 ユーフェミアも異母兄と戦うことを良しとしないだろうから、なおさらだ。

 それならいっそ黒の騎士団に入って、思う存分研究してみたい。自分が完成するはずだったハドロン砲を完成させたい。
 シュナイゼルを後援してはいるが別に忠誠心などないし、自分はただ己が作ったナイトメアが活躍する姿を見てみたいのだ。

 (それだったら、まだ劣勢の黒の騎士団に入ったほうがいいデータ取れそうだしー。
 あのドルイドシステムをさらっと解読したあの方ともお会いしたいし~)

 実にマッドサイエンティストな思惑にうふふ~と不気味な笑みを浮かべるロイドに、ミレイは引きながらも迂闊なことは言えないと立ち上がる。

 「その言葉、今は信じるしかないようですね・・・一応言っておきますけど、私を監視しても無駄ですよ。
 あの方の行き先は、教えて頂いておりませんので」

 「あは、なるほどね~。慎重なことだ・・・もしかしたら、貴女を巻き込みたくなかったかもしれないね~」

 おそらくロイドの言うとおりだろう、とミレイは思った。
 自分に感謝していると言ってくれたルルーシュなら、父帝に反逆するという大罪に巻き込むようなことは意地でもすまい。

 「何とかしてガウェインのデータ欲しいし、ドルイドシステムを軽く動かせるあの方とお話したいし~。
 機会があったら僕もあの方の元に行きたいから、その時はよろしく」

 どうやらロイドはルルーシュとの繋ぎを取りたくて、ミレイと話したかったらしい。
 おそらくロイドはルルーシュがゼロであることをミレイが知っていた可能性があると読んで仮面の素顔と言ったが、彼女が驚いたために彼の正体を暴露したのだろう。

 これまでルルーシュをかくまってきたのだから、彼の正体を知っても当の本人が既にいない以上それを今さら報告する訳にもいかないし、その気がないということはルルーシュが何をしようとも従う意志のある者だから問題ないと判断したのである。

 「・・・貴方のお話は解りました。ですが、それを決めるのはあの方です」

 「うん、そうだろうね~。こっちも事を急に運ぶつもりはないから」

 「お話はそれだけでしたら、私はこれで失礼いたします。ああ、ロイド伯爵」

 「な~に~?」

 ミレイはきっとロイドを睨みつけると、はっきりと言った。

 「私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下です。
 あの方の不利になる行為は許しません」

 「怖いなあ~、婚約者なのに・・・君が卒業したらすぐに結婚して、夫婦であの方の元に行くっていうプランはどうかな~?」

 「考えておきます。では、これで」

 ミレイは乱暴にドアを開けてロイドの研究室を退出すると、ロイドは自分のパソコンを操作して未完成のままだったガウェインの設計図を見た。

 まだ未完成の武器、しかも複雑な操作を必要とするドルイドシステムを理解し動かし軽々と空へと羽ばたかせたルルーシュに、ロイドは背筋に電撃が走った。
 そう、誰も動かしきれなかったランスロットを己の身体のように動かしてのけたスザクに匹敵する興奮。

 「僕、筋金入りのナイトメアバカだから~。
 閃光のマリアンヌ様の御子息であの技量・・・ふふ、お会いしたいな~」

 久々に機嫌のよくなったロイドは、傍から見たら実に不気味な笑みを浮かべた。



 (ゼロがルルーシュ様、ですって?!言われてみれば納得だわ、どうして気付かなかったのミレイ?!)

 自分で自分に憤りながら政庁を出たミレイは、二―ナがまだ中にいることも忘れて帰路を急ぐ。

 (まったく、ルルちゃんってば・・・私に何も言わず・・・!ああ、ああいう人だってのは知ってたけど、でも私は!)

 アッシュフォード学園は主君を守るための箱庭だった。元来ならこんな小さな場所ではなく、豪華絢爛な皇宮に住む至高の身分にあったはずなのに、彼はここにいた。

 アッシュフォードがいつ裏切るのかと常に疑心に駆られていたことは知っていた。
 祖父はともかく、両親はルルーシュを爵位と交換するチケットのように考えていたのだ。聡い彼がそんな父母が祖父の後を継ぐと思えば、信用出来ないのは当然だ。

 だからミレイは、常にルルーシュのためにだけ行動してきた。
 ナナリーと共に暮らせるように寮ではなくクラブハウスを宛がい、彼が楽しい学園生活を楽しめるようにと楽しい祭りを開き。

 ・・・恋をして心から信じる人が出来ればいいと、生徒会に女の子を中心に誘ってみたりもした。
 自分の一番は、恋をしたルルーシュだった。だから彼のためなら、どんなことでもすると決めていた。
 自分以外の誰かと結ばれても構わなかった。彼が自分を信じてくれるなら、それで。

 あと一年で、ルルーシュもこの箱庭を卒業する。その時には自分と結婚してアッシュフォードを支配しても構わなかったし、他の道を選ぶのならそのために尽力するつもりだった。

 それなのに、外から来た異分子の彼の親友によって最悪の終わりを迎えることになるとは、想像もしていなかった。

 だが、過去は変えられない。そして自分の生き方も変えられない。

 (私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下)

 主が決めた道を歩くことこそ、臣下の定めにして務め。

 早く反逆を終わらせて、何事もなかったかのようにこの箱庭へとご帰還頂く。そのためにも、もうモラトリアムはおしまいだ。

 まずは学園を卒業し、祖父から直接跡目を受け継ぐ。
 両親は爵位欲しさにヴィ兄妹を守ってきたが、ルルーシュがゼロだと知れば切り捨てるに決まっている。
 だからアッシュフォード当主の座を父を飛び越し自分が手にするのだ。

 黒の騎士団は日本解放のために動いているだけでルルーシュを守る存在ではないのなら、自分はあの方を守る騎士になる。
 理事長特権を駆使して、早く自分を学園を卒業させるよう取り計らうよう祖父に言わなくては。

 そしてあの何を考えているか分からない男と政略結婚もしよう、伯爵であるあの男なら、利用価値もあろう。
 彼の行動を監視しつつ、ありったけのナイトメアの技術を受け取って、それを手土産にしてもいい。

 ミレイはそう決意すると、祖父に会うべく歩調を速めた。



[18683] 第十七話  交錯する思惑
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/09/11 12:52
第十七話  交錯する思惑



 アッシュフォードから引っ越してきたルルーシュとナナリーは、メグロにある孤児院の一室を借りてそこに住み始めた。
 ルルーシュが改築に関わっただけはあり、外観こそ古いが施設内はバリアフリー化、衛生面なども完璧な建物である。

 ルルーシュは周囲には、不具合になってしまった妹に辛く当たる父親に反発して彼女と共に家出をしようとしていたところに、この施設を紹介されたと言っていた。
 そんな話は珍しくもなかったのか、ここなら大丈夫だからと親切にいろいろと世話をしてくれる者もいるし、リハビリ施設もあるのでナナリーも同じ境遇の友人が出来、みんなでリハビリに励んだりしていた。

 そしてルルーシュはゲットー内部にある小さな事務所で働いていると言いながら黒の騎士団本部に行き、暇を見ては施設の子供達に食事を作ったりして高い好感度を得ていた。
 時折カレンも訪れるのでナナリーも最初にあった不安が消え、楽しく過ごせているようだ。

 「学生との二重生活より時間が取れるようになって、結構だなルルーシュ。
 だが、租界の外に出てから私はピザが食べられなくなってしまったのだが」

 現在の状況に満足していたルルーシュにC.Cはそう苦言を呈するが、ゲットーにピザを配達する店などないから諦めろと睨みつける。

 「仕方ないだろうC.C。恨むならスザクを恨め」

 「全く、本当に余計なことをするなあいつは・・・だがまあ仕方ないからお前が作るので我慢しよう。
 せっかくチーズ君グッズがもう一つ手に入る予定だったのに」

 「まだあのぬいぐるみが欲しいのか?一つで充分だろう」

 「保存用だ。こういう生活をしていると、どこかに置き去りにしたまままた突然引っ越しなんてのもあり得るからな」

 C.Cはそう言いながら、ルルーシュの部屋から持ってきたチーズ君を抱きしめてベッドに寝転がる。

 と、そこへエトランジュが慌てた様子でリンクを開き、ギアスで語りかけてきた。

 《突然申し訳ございませんルルーシュ様。実は中華連邦に動きが・・・!》

 《中華連邦、ですか。黒の騎士団やキョウト、ニュースを通しての情報ですか?》

 《いいえ、私達が個人的に持っているルートからです。私、当代の天子様とは友人同士ですので》

 エトランジュが日本に来る数ヶ月前、彼女は中華連邦に伯母のエリザベスと共に赴き、一週間ほど滞在していた。
 いくら小国の亡命政府といえど、長く国の元首が滞在するのは痛くもない腹を探られるとの判断で名残惜しく立ち去ったが、天子とは数年前からたまに文通をする仲であるという。

 《何でも中華連邦に亡命している日本の官房長官の澤崎とおっしゃる方が、中華の後押しを受けて日本解放を考えているそうなのです。
 天子様としては反対だと、エリザベス伯母様を通じてお言葉が》

 《ほう、それはそれは・・・では、至急それをキョウトにご報告を。私も今から参りますので、対応を協議致しましょう》

 幸いまだ日本に攻めてくるまでは、一週間前後の時間がある。このタイミングで情報が来たのは実にありがたいことだった。

 ルルーシュはC.Cを伴って自室を出ると、リハビリ施設にいるナナリーに声をかけた。

 「ナナリー、俺はちょっと今から仕事で出なくてはいけなくなったんだ。
 食事はすでに作ってあるから、みんなで食べるといい」

 「昨日はお休みでしたものね、お兄様。解りました、私みんなと先に頂いていますね」

 「ルルーシュさんのごはん、美味しいから好きー」

 「ねー。たまに日本食も出るもんね。昨日作って貰った栗ごはん美味しかった」

 子供達が歓声を上げるので、ルルーシュは一人一人の頭を撫でてやりながら笑いかける。

 「じゃあ、すまないがナナリーを頼むよ。デザートも冷蔵庫にあるから」

 すっかりルルーシュの食事の虜になった子供達は、はーいとよい子の返事をしてルルーシュを見送る。

 「行ってらっしゃいませ、お兄様」

 「行ってくるよ、ナナリー」

 ルルーシュがC.Cとともに施設を出ると、C.Cは不満そうに言った。

 「どうしてあんな子供のリクエストは聞くのに、私のリクエストは聞かないんだ?」

 「ピザばかりだと栄養が偏るし肥満になる。お前と違って子供は繊細なんだ、栄養面を考慮しなくてはな」

 お前はどこの母親だと言いたくなる台詞を至極真面目な顔で吐くルルーシュに、C.Cは溜息を吐く。

 「まあいい、エトランジュにはマオを通じて、租界からこっちに来る時はピザをお持ち帰りで頼むように言ってあるからな。
 後で彼女が立て替えた代金を渡しておいてくれ」

 「やはり俺持ちか?!」

 ルルーシュは嫌そうな声を上げたが、エトランジュは無限に使えるほどの金は持っていない。
 後で彼女に代金を支払おうと、ルルーシュは財布の中身を確かめるのだった。



 黒の騎士団の本部会議室では、通信回路を開いたキョウト六家の桐原、宗像、神楽耶の三名、そして席にはゼロたるルルーシュ、エトランジュとアルカディア、ディートハルト、扇、藤堂、カレンの幹部が座っている。

 皆が着席すると、ルルーシュはさっそくに切り出した。

 「枢木政権の官房長官だった澤崎が、中華の援護を受けて日本解放をすべくフクオカに侵攻するという情報を、エトランジュ様を通じて入手した。
 これについての協議を行いたい」

 「澤崎官房長官が・・・日本解放を目指すというなら、協力すべきでは」

 扇がまず無難にそう提案するが、桐原は乗り気ではないようで首を横に振る。

 「それが成ったとすれば、日本は中華の傀儡政権になるやもしれん。
 今中華では大宦官が政治を私物化しており、非常に国内が混乱していると聞いているゆえな」

 「どうも中華では、大宦官と科挙上がりの官僚とで争っているらしい。
 今回の件も、大宦官が中心で進めているとエトランジュ様がおっしゃっておりましたが・・・中華の状況をご説明して頂いてよろしいですかな?」

 宗像の問いかけにエトランジュは頷いて了承すると、先ほどアルカディアと共に作った資料をモニターに映し出す。

 「三年半ほど前に先代の中華連邦皇帝がお亡くなりになり、ご孫娘(そんじょう)である(チェン) 麗華(リーファ)様がその地位をお継ぎになられましたがまだ当時九歳という幼さのため、常から政治を司っていた大宦官が権力を独占するようになったのです」

 モニターに映し出された生気のない表情をした幼女の姿に、痛々しげな視線が集まる。

 「そしてそれ以降、先代皇帝陛下が病臥するようになってからの大宦官は政治を私物化、富を独占する行為に拍車がかかり、今大変国内は荒れているのです」

 中華のGNPや雇用情勢などを記したグラフを見て、うわあと扇から呆れの声が上がる。

 「トップがまだ何も解らない子供じゃ、傀儡にしかならないよなあ・・・って、でもこの情報は天子様からだって」

 資料にそう書いてあるのを見て扇が首を傾げると、エトランジュは頷いた。

 「先代皇帝陛下が病にお倒れになった時にEUを代表して、お父様がお見舞いに訪れたことがあったのです。
 その際にお父様が陛下にいろいろとアドバイスをなさったとかで」


 エトランジュの父・アドリスはEUのお見舞いの使者として先代皇帝に自室で横たわったままの皇帝に謁見した。
 その時皇帝の頭を占めていたのは国の行く末ではなく、ひたすらに遺される孫娘のことだった。

 まだ九歳の幼すぎる娘、確実に大宦官に利用され尽くして捨てられる未来が目に見えるようだと嘆く皇帝に、アドリスは言った。

 『失礼ながら皇帝陛下、貴方は公主(姫の意)様を思うあまり、あの方を過保護にされていらっしゃるようにお見受けします。
 護衛をつけて城に閉じこめて護るだけでは、それはいかがなものかと存じますが』

 『もし朕が死にあれまでもということになれば、次の皇帝を巡って争いになる。
 国には誰かが守る意志のある者がおるが、あれはまだ子供なんじゃ・・・朕が守ってやらねば誰が守るのじゃ・・・!」

 国よりも孫娘が大事だ、と皇帝らしからぬ台詞に眉をひそめる侍官もいたが、アドリスはそうですねと同意する。

 『私も人の親、貴方の御心はよく解ります。
 国なんぞ守る気のある者が勝手に守ればいいですが、子供を善意だけで守ってくれる人間はそうはいません・・・この動乱の時代なら、なおさらね。
 親が一番に考えるのは子供のことであるべきなのは当然です』

 ブリタニアの世界各国の侵略開始からこっち、世界各地で騒乱の種が育って血の花を咲かせている。
 中華も例外ではなく、大宦官が麗華がある程度育ったらブリタニアの皇族と結婚させて甘い汁を吸おうとする動きがあることも、皇帝は知っていた。

 『しかし陛下、公主様はまだ幼く学校にも行っておられないのだから、助けとなる者が一人もいない。
 人間は社会的生物、誰の輪にも入らぬ者を助ける者は、あいにくおりません』

 『それは・・・じゃが外に出せば何が起こるか。とてもあれを学校には』

 『でしたら、家庭教師などをつけるなりすればよろしいでしょう。
 貴方にはそれまで生きてきた中で、心から貴方が信頼し得る者が一人や二人はおいでになられるはずです。その方に後見をお願いすればよろしいのでは?』

 心から信頼出来る者がいなかったわけではない皇帝は、その言葉にううむと考え込んだ。
 だがその者達は自分が病に倒れると同時に理由をつけて左遷されてしまい、今は近くにいない。
 しかし、確かに彼らになら孫娘を託してもいいと、皇帝は考えた。

 『そしてその方々に、公主様のご教育もお願いするのです。
 陛下、王族であろうと平民であろうと、親が子供に必ず受け継がせなくてはならない財産があるのをお忘れですか?』

 『必ず受け継がせなくてはならぬ財産、とな?』

 『ええ・・・それは親がいなくなっても、一人で立ち歩いていける力です。
 子供を災厄から守り育てるのは確かに簡単ですが、それは自分がこの世から立ち去った時たちまち子供は自分ではどうすることも出来ず終わってしまうだけの結果にしかなりません。
 普通に考えれば、親が子供を置いて死ぬのが当然ですからね』

 皇帝はその言葉に、ほとんど見えなくなった目で自らの病み衰え血管の浮き出た手を見つめた。

 皇太子と妃が謀殺され、残された孫娘が皇太女として立った時から自分は息子の忘れ形見である彼女を守ろうと護衛をつけ、城から出さないようにして育てた。
 それが孫娘のためだと信じて疑わなかったが、いざ自分が倒れ身体を動かすのも難しくなった時、孫娘の行く末だけが頭を占める。

 『公主様がしっかりなさった方なら、貴方もここまで不安になることはなかったでしょう。
 私の妻も数年前に病死しましたが、彼女が死ぬ時娘に未練はありましたが心配はしておりませんでした。私がいるし、家族がたくさんいるからこの子のことは大丈夫だと』

 『麗華はおとなしいんじゃ・・・とてもあの大宦官どもと争えるような性格ではないし、能力もない・・・』

 『親の私が言うのもなんですが、私の娘も性格は温厚で能力も平凡です。
 王位を継がせるつもりはありませんし、何より嫁にやりたくないほど可愛いので問題ないですがそれはさておき。
 我が国のようにただ穏やかに暮らせる小国ならそれでいいですが、中華ほどの大国となるとそうはいかないでしょう』

 だからこそそれを補う人材をまずはつけておき、いずれ国政を担える能力を身につけさせるべきだと説くアドリスに、皇帝はふふ、と自嘲の笑みを浮かべた。

 『いつぞや聞いた話じゃが、マグヌスファミリアでは王が健在なうちに成人した王族の誰かを選んで王位を譲るそうじゃな?
 息子が死んだ時、朕もそうする法律を作っておくべきじゃったわ』

 『ええ、私の国では譲位制度がありまして、だいたい在位二十年前後で次代に王位を譲り渡す習慣があります。
 開国した当時は祖父が、そして祖父の弟、母との順で現在の王が私です。
 今私が死ねば、私の娘はまだ成人年齢に達していないので、私の兄弟の誰かが王になるでしょう』

 『縁戚の誰かを養子として迎え、早めに譲位しておけば・・・ここまで事態は悪くならなんだやも知れぬ。
 今更言っても詮無きことじゃがの・・・・』

 今それをすれば養子とした者が殺されたり、妨害工作が入ることは間違いない。自分がまだ権力を握っていたうちに、そうしておけばよかったのだ。

 『じゃが、アドリス殿の申すことはもっともじゃ。歳はとりたくないものじゃなあ・・・』

 過去にお前は次期皇帝なのだからと息子に厳しい教育を課していたことを思い浮かべて、何故そんな大事なことを忘れていたのかと自嘲する。

 『今からでも遅くはございません。公主様に教育を・・・そして大宦官を抑える政策を行ってはいかがでしょうか』

 具体的なことを示唆すれば内政干渉になるため、ぎりぎりの線でそう提案するアドリスに皇帝は決意した。

 『・・・失礼じゃがアドリス殿、朕は用事が出来たゆえ席を外して貰いたいのじゃが』

 『ああ、これは失礼いたしました。長居し過ぎたようです・・・そうです陛下。うちの娘と公主様はお年も似たようなものですし、文通などいかがですか?』

 『文通、とな?』

 『私の妻は父が中華連邦人でして、十歳までここにいたのですよ。娘も妻の母から中華語を教わっているので、出来ればお願いしたいなと。
 大国ならこんな情勢ですから妙な誤解をされるかもしれませんが、我が国ような小国の王女と文通したところで、誰も気にしませんよ』

 城から出られないのなら、せめて小さくとも外の世界を見る窓口をというアドリスに、皇帝は目を見開いた。

 『そうか、それもいいものじゃな・・・麗華もよい刺激になろうて。アドリス殿・・・謝々(シェイシェイ)

 皇帝は末期の水を飲む前に大事なことを教えてくれたアドリスに礼を言うと、その翌日からさっそく行動に移し始めた。

 自分を支えてくれた左遷されていた重臣を呼び、幼い天子を教育する役目の太師、太保という役職に据えて後見人とし、病を押して任命式まで行った。
 名誉職ゆえ権限こそないが、それゆえに権限の強い役職ばかりを求める大宦官には盲点であった。

 そして久しく行われていなかった科挙(官僚になるための国家試験)を行い、幅広く人材を求めた。
 大宦官の妨害が入ったので百名に満たなかったが、それでも合格して新たに官僚となった者達に国を頼むとテレビ放送までして信頼する旨を伝えた。

 これまでの無理が祟ったのか、その後ほどなくして皇帝は亡くなり麗華がその後を継ぎ天子と呼ばれるようになった。

 天子はまだまだ幼く教育段階であったが、大宦官ではなく太師と太保から国政を司る者としての教育を受け、そしてたまに来るエトランジュからの手紙を楽しみにして勉学に励む日々を送っていた。

 エトランジュも初めての外国の友達が出来たと喜び、一週間に一度のEU本土の定期便を待ち、自分の手紙を届けまた返事が来るのが楽しみだった。

 一方、科挙組と呼ばれる官僚達が大宦官の専横を止めるべく奮闘していたが、既に確固たる地位を築いている大宦官を止めるのは容易なことではなく、特に人事関係が大宦官の派閥に取り込まれていることが災いして取り立てて効果が上がらなかった。

 それでも生前の皇帝がある程度の地位を科挙組に与えていたため、情報を得て会議などに出られる程度のことは可能であった。


 「今回の件は、大宦官の肝いりで行われたようです。
 日本をブリタニア侵略から解放するとなれば国際世論は中華側に向くでしょうし、サクラダイトの利権も手に入るとの思惑だそうです。
 あと、科挙組の方からは『単純に国内がうまくいってないから、外国侵略して目を逸らそう』という汚い理由が一番だとのご意見が」

 「よくあるパターンだな。ブリタニアと同じだ」

 国の政策が失敗し国内が荒れている場合、他国にそれの理由づけをするというのはよく使われる手段である。ようするに国が行う八つ当たりだ。

 ルルーシュはフンと不愉快そうに資料を机に落とすと、桐原達に視線を移す。

 「私としてはブリタニアの支配を逃れても今度は中華の支配を受けるというのはいかがなものかと思うのですが、キョウトのご意見は?」

 「虎を避けて狼を招き入れることなかれと言いますな。我らに図らずこのような愚挙は止めるべきかと」

 「ましてこの件が成功すれば、日本は中華とブリタニアとの戦の場となる。私も反対ですな。
 ただ日本の名が戻り権利を回復したとしても、それが形式的なものでは何の意味もない」

 桐原と宗像の反対意見に、扇はそれでも日本解放の一手になるのではと意見する。

 「戦力を集めることこそブリタニアを倒すために必要だと、ゼロも言っている。
 天子様とお知り合いのエトランジュ様なら、中華の力を正しい形でお借り出来るのでは?」

 「申し訳ございません扇さん・・・実は天子様と科挙組の方としては、この件を止めて欲しいそうなのです」

 実はこの日本解放と銘打った侵攻の件は、天子を始めとした科挙組が強く反対して出兵が遅れていたという背景があった。
 国内が荒れているのに外国を助けている場合かという、酷くはあるが最もな意見に対してサクラダイトの利権を手に入れれば財政が潤うと言う大宦官に、それでは火事場泥棒以外の何だというのか、目的は人道による日本解放ではないのかと返す。

 正論を武器にされれば勝ち目のない大宦官達は、結局無理やり出兵を認める決定を行った。

 このゴリ押しに憤った科挙組が訪れたのは、反ブリタニア同盟とギアス遺跡について調べるために訪中していたエトランジュの伯母であるエリザベスの元だった。

 彼女から今天子の文通友達であるエトランジュが日本の、しかも黒の騎士団に滞在していると聞いていた彼らは、黒の騎士団に協力しているエトランジュを通じて彼らに出来るだけ被害を少なくして軍を追い払って貰おうと考えたのである。

 C.Cが黒の騎士団の使者として繋ぎを取ったのも科挙組で、大宦官がこともあろうに天子をブリタニア皇子と娶せ中華を売ろうとしていることから反ブリタニア派が多かった。そのため、それなりの縁はあったのである。

 『こちらは大宦官の思惑を止めたい、日本は中華の侵攻を止めたいと利害は一致しておりますもの、受け入れてくれると思います。
 私からエトランジュに申し伝えましょう・・・もちろん表だっては何もなかったと言い含めておきますのでご安心を』

 日本が無意味に争いの場となれば、姪とそれに付き従っている子供達が心配なエリザベスも同意し、ギアスを使った定期連絡でエトランジュにその旨を伝えてきたというわけである。

 「つまり、中華としても国内が荒れている今長期戦争をするような愚は犯したくないということだ。
 私達が大宦官派の将軍を捕え、天子様が黒の騎士団に引き渡しを依頼して無傷で送り返せば天子様は大宦官どもに貸しを作れて、私達も中華との間に太いパイプが出来る」

 何事も形式は大事だからな、というルルーシュに、桐原と宗像が頷く。

 シナリオとしては日本解放と銘打った中華連邦の侵攻に黒の騎士団が反対してブリタニアが動く前に鎮圧し、中華連邦へ追い返す。
 そして捕らえた中華連邦軍の幹部達を、天子の方からエトランジュを通じて解放を依頼したという形にして引き渡すのである。

 「これこそ理想的な国家のやりとりというものじゃ。扇よ、他国の力を借りるというのは、言うほど簡単なものではない。
 エトランジュ様が個人的に天子様と仲が良くても、それを元に国の力を借りるのとはまた別の話じゃ。
 今回のように個人的な縁を政治に介入させてうまくいく例は少ないと心得よ」

 「は、勉強不足で申し訳ありません」

 桐原に諭された扇が頭を下げて詫びると、藤堂が口を開いた。

 「では、今回の中華の侵攻を阻止するということだな。
 問題はどのようにして止めるかだが・・・ゼロ、どうするつもりだ?」

 「エトランジュ様が科挙組の官僚を通じて得た情報によれば、奴らはキュウシュウのフクオカから日本上陸を目指すらしい。
 しかし大々的に部隊を動かせば、中華を撃退した後漁夫の利を狙ったブリタニア軍に我々が襲われる可能性が高い。
 よって少数精鋭で迅速に片をつけるべきだろう」

 うむ、と頷く藤堂に、エトランジュが言った。

 「幸いある程度の軍事情報は、既にエリザベス伯母様が入手して下さっております。
 何でもまだ戦力としては大軍を動員していないらしくて、キュウシュウブロックを制圧してからさらに増援を寄越す予定だとか」

 「ならば初戦で連中を根こそぎ叩き出せばいいな。カレンの紅蓮と私のガウェインで迎え撃つとしよう」

 「たった二機で?大丈夫なのか?」

 藤堂が眉をひそめるが、ルルーシュは不敵な笑みを浮かべて頷く。

 「ブリタニアも無能ではない、奴らを倒すべく兵を投入していくだろうが、苦戦するだろうな。
 だがフクオカ基地を占拠するくらいは成功するだろう」

 ならば連中がフクオカ基地を占拠し、周囲の交通網を寸断すべく動いたところで基地を強襲すればいい。
 キュウシュウブロックにも黒の騎士団の基地が一つあるのだ、潜伏するのに何ら困ることはあるまい。

 「今から動けば、紅蓮とガウェインをキュウシュウまで内密に運ぶくらい造作もないことだ。すぐに準備に取り掛かろう」

 「承知した。では俺と四聖剣はいざという時のために出撃準備をしておく」

 「そうしておいてくれ。
 それからキョウト六家は、フクオカ基地を占拠したところでサクラダイトの利権についての相談ないし通告があるだろうが、ブリタニアに余計な疑惑を持たれぬよう否の答えを返しておいて頂きたいのですが、よろしいですか?」

 「当然じゃな。中華とのほうもわしらが取り繕っておく」

 桐原が了承したところで会議がお開きになると、カレンはキュウシュウに向かうべく準備を整えに会議室を出た。

 「ゼロと二人きりで作戦展開・・・!やった!」

 ゼロがルルーシュと知って複雑だったカレンだが、ルルーシュがゼロとしてふるまっている間は以前のまま彼を敬愛している。
 それなのにルルーシュがルルーシュとしている間はさばけた態度になるのだから、女は解らないと当の本人からは首を傾げられていた。

 鼻歌を歌いながら軽い足取りで紅蓮の準備をすべく格納庫に来たカレンに、既に詳細を聞いていたラクシャータは『若いっていいわねぇ~』と笑いながら、隣の改造済みのガウェインともどもキュウシュウに移す作業を行うのだった。



 次兄シュナイゼルに呼び出されたユーフェミアは、スザクを伴って彼の部屋へと訪れた。
 室内にはダールトンとシュナイゼルがいて、シュナイゼルがいつものように穏やかな笑みを浮かべて席を勧める。

 「すまないねユフィ、勉強中に呼び出したりして」

 「いいえ、とんでもありませんわシュナイゼル兄様。それで、どんなご用事でしょうか?」

 ユーフェミアは神根島から戻った後、まずは政治の仕方を覚えろとルルーシュに言われたことを実行に移すべく、政庁の資料室長の男を自分の秘書に抜擢し、まず日本の状況を正確に把握することから始めた。

 室長は主義者ではあるものの黒の騎士団の協力者ではなく、協力者の知り合い程度の男だった。
 だがルルーシュによってギアスをかけられており、時折ユーフェミアの状況を密告したりしているのだが、彼女はもちろんそれを知らない。

 だがそれでも主義者の彼は日本をよくするために、正確な情報を望むユーフェミアの望みを叶えていた。
 さらに計画書の立て方などを教わり、彼から説得の方法や人間関係などについての本を借りては読み、知識を入れることに余念がなかった。

 「ああ、実はちょっと君に聞きたいことがあってね。まずはこれを見て欲しいんだが」

 そう言ってシュナイゼルがパソコンのモニターに出した映像は、見出しに“EU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の亡命政府、新たな王としてアドリス国王の息女、エトランジュ王女を擁立”とある電子新聞だった。

 二年半前の日付に大きめの写真に載せられていたのは、生気のない顔を年齢に似合わぬ化粧でごまかし、青いドレスを着せられて立つ金髪碧眼の少女だった。

 「あ・・・この方・・・!」

 年齢こそ下だが、確かに神根島で自分を捕えて説教という名のアドバイスをしてくれた少女である。

 姉に滅ぼされた国の者、と言っていたが、まさか女王だったとは思いもせず、ユーフェミアは目を丸くしながら写真を凝視する。

 「やはり、彼女だったか・・・君達が急に落ちて来た時、彼女の顔が見えてね」

 EU攻略を担当しているシュナイゼルは、EUの情報を逐一集めては自分で解析していた。
 コーネリアが滅ぼした国の一つが国民全員で亡命するという他国では不可能な行動を起こした上に亡命政府を樹立したことも、その政府が国王の一人娘を王に据えたことももちろん知っていた。

 ただ所詮は二千人程度の王国、EUもただ盟約で彼らを助けたのだろうと妥当な判断を下したシュナイゼルはその情報を脳内に押しやっていたが、いきなり異母妹がゼロと共に落下して来た時ゼロを庇うように立ちふさがった彼女を見た際、彼の優秀な脳はその時の映像が蘇ったのである、

 「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス、世界で二番目に人口の少ないマグヌスファミリア王国の女王にして、前国王アドリス王の愛娘。
 コーネリアが滅ぼし我が国のエリア16にした国だが・・・よく君が無事に生きて戻れたものだ」

 「はい・・・あの、お姉様を恨んではいるが、別にわたくしに恨みはないからと。やつあたりで殺すようなお姉様と同類にはなりたくないと言っておりました」

 「何と生意気なことを!コーネリア様をよってたかって殺そうとするような卑劣な行為をしておきながら、自分が高潔な人間のように振舞うとは」

 ダールトンが憤慨するが、シュナイゼルは内心軍隊を持っていない自国に攻め込んで来たのだから、その程度のことをしても彼女達からすれば卑劣でも何でもないのだろうなと納得していた。

 「なるほど、彼女がゼロに協力、ね」

 恐らく反ブリタニア同盟を築くべくエトランジュがゼロに協力を依頼したか、逆にゼロが彼女と繋ぎをとったか、どちらかだろう。
 日本だけでブリタニアと戦うなど、まず不可能だ。ならば各植民地にあるレジスタンスと連携し、ブリタニアを追いつめる方が効率的である。

 「これは困ったね・・・少し厄介なことになった」

 「どういうことですかシュナイゼル兄様。資料によりますとこの国、二千人くらいしか国民がいないとありますけど・・・」

 大した国力がないことを人口が示していると言うユーフェミアに、シュナイゼルが説明してやった。

 「確かに本人に大した力はないが、ゼロが彼女につくとなると厄介なんだよ。
 王族のお家芸を使われると、EUにゼロが入ることになるからね」

 「王族のお家芸?」

 「ああ、私達も得意と言えばそうだけどね・・・政略結婚だよ」

 EUは大小様々な国が入り乱れ、争い、また融和を繰り返してきた歴史を持つ。
 とある王家は“戦争は他家に任せ、我が一族は結婚せよ”と家訓を残し、政略結婚で領地を増やしてきた例すらあった。

 そのためEUでは身分こそ重んじるが他国民の血が混じることを恥とは思わない傾向があり、混血でない王家など非常に少ない。
 現在のEUの王族や貴族はほとんどが象徴的なものとなったが、系図を紐解くとあちこちの国に遠戚がいる。

 マグヌスファミリアは長らく鎖国していたとはいえ、開国後は現イギリス国王の遠戚がエトランジュの叔母の一人と結婚しており、それなりに縁がある。
 特に世界中に戦火が上がるようになると、結束力を強めるためにEU内での王族・貴族の婚姻が数多く行われるようになった。

 「マグヌスファミリアに突出した人材がいないことは、開国後もあまり発展していない様子からも解る。だから祖国を取り戻したくてもその力がない。
 だが、ブリタニアに対してれっきとした成果を上げているゼロが彼女と結婚したら、いくら仮面をつけているとはいえ“マグヌスファミリア女王の伴侶”という素性が出来る」

 そうすればその肩書きの元、EUの軍隊に関与する機会が与えられることになる。
 もちろんそれを認めるかどうかは議会の決定次第だが、ブリタニアに追い詰められれば選択の余地なく彼に指揮権を与える可能性が非常に高い。
 そう、ブリタニアが名誉ブリタニア人と侮蔑していたスザクを、結局は彼にしか動かせなかったランスロットのデヴァイサーにし、黒の騎士団と戦わせたようにだ。

 おそらくゼロの目的は、まず日本解放を実現させて自分には植民地を解放する能力があると世界的に知らしめ、各地にある植民地に存在するレジスタンスを糾合する。
 それと同時にブリタニアと交戦中のEUとも同盟を結び、ブリタニアを包囲するつもりだろう。そのためには形式的にでも、EUの元首が必要なのだ。

 陳腐だが効果的かつ合理的な作戦に、シュナイゼルはどうしたものかと思案する。

 今EUにテロリストと繋がりを持つのかとを言えば、たかだが小国の幼い女王のすることに大仰なと侮られるし、ブリタニアが彼らにしたことに対して反抗することの何がおかしいとすら言われるだろう。
 現在でもEUとブリタニアは戦争状態であり、下手に彼女達のことを口に出せば堂々ゼロとエトランジュを結婚させて当然の行為であると世界に発表しかねない。

 亡国の女王と世界的カリスマのレジスタンスリーダーのゼロ、世間から見れば実に受けの良い光景である。

 さらに言えばたとえゼロが失敗したとしても、その場合エトランジュごと切り捨てれば済む話だ、EUとしては大した損失はない。
 成功すれば儲けもの程度だろうとシュナイゼルは見抜いている。

 だが最近EUに対する謀略がいくつか止められているところを見ると、ゼロが彼女を通じて既にEUに対して多少なりとも貸しを作っているだろう。
 表向きはマグヌスファミリアの手柄としておけば、EUの面子は守られる。
 それが積み重なっていけば、確実にEUはゼロを無視出来なくなる。

 「小さすぎて見えなかったね・・・盲点だったよ」

 恐らくエトランジュはゼロの腹話術の人形となり、ゼロの策と言葉で持って世界各地のレジスタンス組織と連絡を取っているだろう。
 胡散臭い仮面の男よりも、小国といえどブリタニアに滅ぼされた女王の言葉なら聞く人間が多いからだ。

 シュナイゼルはエトランジュの幼さと今まで表だった成果がなかったせいか、彼女がゼロの台頭以前からせっせと世界各地を回っていたという発想はなかった。
 確かに本格的な同盟を構築したのはゼロが仲間になってからだが、自力で地道に下地を作っていたので割と手早く反ブリタニア同盟が出来上がったのだ。
 もちろん決定打になったのは、ルルーシュによる対ブリタニアに対する効果的な作戦の示唆や同盟を組むことによるメリットの説明であるが、本人の言うとおり“小さすぎて見えていない”ようである。

 だがそれを差し引いても、シュナイゼルは反ブリタニア同盟を築くキーを握るエトランジュの存在を知ってしまった。

 「こちらも早急に手を打たねばならないね。教えてくれてありがとう、ユフィ」

 「いえ、こちらこそ報告せずにいて申し訳ありません」

 ユーフェミアは化粧でごまかしてあるとはいえ、生気のない顔で玉座に座るエトランジュの写真を見て、神根島で会った時の彼女とを比較した。

 俯き震える写真と違い、あの時の彼女は無表情ではあったがそれでもまっすぐに顔を上げて淡々と現実を語った。
 何があろうとも現実を直視すると決め、どれほど醜いことでもありのままを見続けきたエトランジュと、安穏と姉の保護のもとで綺麗な幻想だけを見てきた自分。

 最近顔つきが変わったようだと、昨日ダールトンに言われた。
 必死になって勉強に取り組み以前のような夢見がちなものではなく、まだまだなところはあっても現実を見据えた政策を考えるようになったユーフェミアに、ダールトンはそう言って自分を褒めたたえた。
 苦労は人を変えるというのは、本当のようだ・・・外見的な意味でも、内面的な意味においても。

 「では、わたくしは資料を探しに資料室へ参りますので、失礼させて頂きます。
 またなにかございましたら、お呼び下さいませ」

 「うん、頑張っておいで。ああ、それと枢木少佐」

 シュナイゼルはユーフェミアの背後で立っていたスザクに視線を向けると、少し困ったような表情で言った。

 「ランスロットの件だが・・・ロイドが君以外だと適合率が半分いくかいかない者ばかりだから、デヴァイサーをなかなか決めてくれないんだ。
 やはり、君が一番あれを扱いきれるようだね」

 「お褒め頂き光栄ですが、でもあんなことがあっては、自分がユーフェミア様のお傍を離れることは出来ません。
 とてもランスロットに乗って黒の騎士団と戦う気は・・・」

 帝国宰相の言葉に逆らうとは、と常ならば怒りそうなダールトンだが、理由が理由なだけに彼はスザクの言い分を否定出来ず、大きく溜息を吐く。

 神根島から戻ってきたユーフェミアからスザクを囮にシュナイゼルがミサイルを放つことが許せず、護衛部隊から離れてスザクを助けに行こうとした結果、爆風に飛ばされて神根島に漂流した挙句、ゼロの人質になったと聞かされて真っ青になった。

 幸い同じく漂流したスザクが人質交換で奪還に成功したから良かったようなものの、今後ともこんな出来事が起こらぬよう、彼女の傍にいて護衛をいうのは実に正しいと言わざるを得ない。

 ただスザクが乗っているランスロットが彼にしか扱いきれず、そのランスロットが黒の騎士団に黒星を与え続けているナイトメアのため、シュナイゼルがわざわざ口を出しているのである。

 「シュナイゼル殿下、もともとナイトメアは純粋なるブリタニア人のみが騎乗するべきものです。
 ユーフェミア殿下は幸いコーネリア殿下と異なり戦場に出られる方ではないのですから、彼以外のデヴァイサーを見つけるのが一番かと」

 「それが出来たらいいのだが、ロイドが適合率八割は超えないと認めないと言うものでね・・・君は彼のお気に入りだし、お願い出来ないものだろうか?」

 「恐れながらシュナイゼル殿下、あの時ユーフェミア様をお止め出来なかった護衛部隊があの体たらくでは、枢木少佐も不安になりましょう。
 彼の身体能力はまことに素晴らしく、護衛としては私としても安心出来るほどです」

 ダールトンがそう褒めたたえるのも無理はない。
 ナイトメアの操縦以外に護衛として役に立つのかと皮肉を言われた際、ダールトンが試しに肉弾戦で試合をさせてみると、彼はそのことごとくに勝利した。

 データを見てみると筋力、脚力、動体視力、その他の身体能力は絶句の一言に尽きるほど秀でており、なるほどあのナイトメアを動かせるわけだと納得しつつ驚愕したものだ。
 しかも銃弾を軽々避け、壁まで走る様を見せられてはダールトンとしては彼に主君の宝物を任せても不安はない。

 エトランジュの信用はして貰うものではなく積み上げていくものという言葉を証明するように、スザクは確かに黒の騎士団に対して実績を上げており、またシュナイゼルから黒の騎士団に対する囮にされても『ルールを破るよりいい!!』と答えて従っているため、それなりの信用はあった。

 彼がランスロットのデヴァイサーを降りた理由については誰も疑わず、シュナイゼルですら今回の件があったのでとりあえずデヴァイサーを探して代わりが見つかればそれでよしとしたかったのだが、そううまくいかなかったようだ。

 「適合率がそれくらいないと、戦場に出てもどうせやられるだけだと言って聞かないんだよ。
 陛下のナイトオブラウンズクラスでなければ、どうやら無理のようだね」

 頑なにランスロットには乗らないというスザクに、この手の人間を説得するのには骨が折れると知っているシュナイゼルは説得を断念した。

 シュナイゼルが退出を促したので、三人が頭を下げてシュナイゼルの執務室を退室すると、スザクはダールトンに礼を言った。

 「ありがとうございます、ダールトン将軍。殿下の命令を断った自分を庇って下さって・・・」

 「何、貴殿の言うことは尤もなことだし、ユーフェミア様もそれを望んでおられるからな。聞けば学園まで辞めたというではないか・・・騎士として見事だ。
 後任さえ見つかれば丸く収まるのだが・・・全く、息子どもも情けないことよ」

 スザクがデヴァイサーを降りるとなった時にその理由を聞いたダールトンは納得し、まずは自分の子飼いの部下にして義理の息子達でもあるグラストンナイツを後任にと特派に差し向けた。

 だがあまりの高性能振りと相当な身体能力がなければ動かせないため、最高でも適合率六十%前後という数値を出すだけで終わり、優秀ではあるが同時に妥協を知らない研究者のロイドに拒否されてすごすごと引き下がった。

 ランスロットのデヴァイサーであるというのはスザクの強みでもあったのだが、それを捨ててまで主の護衛に専念するという姿勢を褒める者もいたし、自ら栄誉あるナイトメアのデヴァイサーを降りるとは身の程知らずなと責める者もいる。

 また、スザクがアッシュフォード学園を退学したことが知られるとタイミングがタイミングだったため、ユーフェミアの護衛のためだと誤解したダールトンは彼を素直に認めて擁護した。
 さらにコーネリアの騎士ギルフォードもその行動を称賛し、ユーフェミアも同意した上にシュナイゼルが黙認したのであれば、それ以上は皇族批判にもなりかねない。
 
 実はこれらは、神根島でルルーシュがスザクに行った入れ知恵である。

 『ユーフェミアの護衛に専念するからランスロットを降りると言え。
 シュナイゼルがユフィは大丈夫と言っておいてこのザマになったんだから、奴も強くは言えないだろう。
 お前の圧倒的な身体能力を見せ付ければ、他の奴らも黙るさ』

 案の定微妙な立場にはなったがいいタイミングでアッシュフォード学園を退学したこともあり、スザクは円満にとはいかなかったがランスロットのデヴァイサーを降りることに成功した。
 後はユーフェミアを戦場から離れさせておけば、自分はルルーシュ率いる黒の騎士団と戦わなくてもいいのである。
 
 名誉ブリタニア人が操縦しているランスロットは黒の騎士団に対する安易に切れる切り札と考える者が多かったので、戦場から逃げる言いわけだと言いがかりをつける者はいたが、自分が予想するより味方が多かったのでスザクは内心驚いていたりする。

 と、そこへ慌てた様子でグラストンナイツの一人がやって来た。

 「ユーフェミア殿下、ダールトン将軍!」

 「どうした、騒々しい。黒の騎士団に動きでもあったのか」

 「いいえ、中華です。中華連邦がなぜか日本の国旗を掲げてエリア11に侵攻してきたとの報告が!」

 「何だと?!ユーフェミア殿下」

 ダールトンが呻くと、ユーフェミアとスザクが司令室へ足を向けるのを見てダールトンも後を追う。

 司令室へ飛び込むと、中華連邦軍がフクオカ基地を強襲し、それを占拠したとの報が届いたところだった。

 そしてモニターに映ったスーツを着た中年の男が目を光らせて、厳かに宣言する。

 「我々はここに正統なる独立私権国家、『日本』の再興を宣言する!!」

 「この人は・・・父の政権で官房長官だった澤崎さんです。まさかこんなことをするなんて・・・!」

 スザクの言葉にダールトンが日本政府の亡霊が、と吐き捨てる。

 「コーネリア殿下がおられない時に、なんと・・・やむを得ん、私が指揮を執る!
 枢木少佐、貴殿は全力でユーフェミア殿下をお守り参らせよ!」

 「イエス、マイロード」

 スザクが了承するとダールトンは続けてグラストンナイツに指示する。

 「速やかにキュウシュウブロックに向けて出発する!
 この隙を狙って、黒の騎士団や他のテロリストどもが小うるさく蠢動するやもしれん。
 気を抜かず租界の守りも徹底して行え!」

 慌ただしく交戦の準備に入った司令部の中、不安になったユーフェミアだがそれを振り払うようにして言った。

 「ダールトン、軍のことはお任せします。
 わたくしは租界の護りや国民への説明について、シュナイゼル殿下と協議の上行わなくてはなりませんから」

 「おお、そうですなユーフェミア殿下。あの中華に操られた亡霊など、すぐさま成仏させてご覧にいれますゆえ、どうかご安心を。
 私は留守に致しますが、グラストンナイツのうちから作った護衛部隊を置いておきます」

 彼らにはユーフェミアの突飛な行動を抑えるように言い含めてあるし、スザクにも協力的な者を選んで構成してあるから彼とも連携を取っていけるだろう。
 再びシュナイゼルの執務室へと戻るユーフェミアの後ろ姿を見て、副総督として徐々にしっかりしてきた彼女にダールトンは不敬とは知りつつも成長した娘を見る気分であった。

 彼女の頑張りを無にしないためにも、迅速に奴らを殲滅しなくては。
 そう決意を固めたダールトンは、改めて軍に指令を飛ばすのだった。



 「予想通りだな。澤崎のグループはキュウシュウブロック内のテロ組織と協力し、ホンシュウ、シコクブロックとの陸上交通網を寸断した」

 キュウシュウブロックにある黒の騎士団後方支援基地内部で、ルルーシュは澤崎の行動についてつまらなそうに弄んでいたチェスの駒を倒した。

 中華連邦両党軍管区の支援を受け、フクオカ、ナガサキ、オオイタを中心に勢力を広げるつもりだろう。
 そしてエトランジュがエリザベスを通じて手に入れた情報によれば、それから中華から増援が寄越される予定のはずだ。つまり、叩くとしたら今が好機なのだ。

 「“中華連邦のツァオ将軍によると、これはあくまで人道支援であり”・・・ね。サクラダイト目当てのくせに、よく言ったものだ」

 「キョウトには一方的なサクラダイトに関する権利について、通告があったそうです。
 もちろん即座に断り、ブリタニアにも報告して彼らとの間に関係はないことを強調しておいたと桐原公から連絡が」

 エトランジュの報告に、ルルーシュは満足げに頷く。

 「既に条件はクリアされた。あとは奴らを潰すだけ・・・カレン、準備はいいか?」

 「もちろん、いつでも出撃出来るわ」

 カレンはゼロとの共同作戦に張り切っていたが、内心実は少し複雑であった。
 ガウェインは副座式であり、直接機体を動かすパイロットとシステムを動かす者とが同時に乗り込まなくては本来の機能を引き出せない。

 ルルーシュは素顔を知っているC.Cにしか任せられないとすぐに彼女をパイロットに任命したのだが、同じく素顔を知っていても自分には紅蓮があるので立候補を断念せざるを得なかったのだ。

 「この基地の存在がバレるわけにはいかないから、ある程度場所を移動してからフクオカ基地を強襲する。
 今ならキュウシュウ地方を手中に収めるために戦力を分散しているだろうから、楽なはずだ・・・行くぞ」

 「はい、ゼロ!」

 ルルーシュは作戦を説明しながら仮面を被ると、カレンとC.Cとエトランジュを伴い部屋を出ると、四聖剣の仙波と卜部が外で待っていた。

 「思っていたより遅かったな。ま、エトランジュの様の情報ですぐ俺らが動けたせいだけど」

 「中華の動きの方はあらかた予測済みだが、ブリタニアの動きのほうが気になる。
 そちらは藤堂達に任せてあるが、お前達はエトランジュ様をサポートして貰いたい」

 「承知した。任せてくれゼロ」

 エトランジュには捕らえた中華連邦軍の幹部の前で天子と会談し、ゼロに自分を通じて中華に返すという形式(しばい)をして貰う役目がある。
 あくまでも黒の騎士団は日本の権利を守るために動いただけで中華連邦と敵対する意思はないと告げ、天子もそれを了解した上で自国の軍幹部の引き渡しを依頼、エトランジュはその仲立ちをした形にするわけだ。

 それには幹部達の前で直接エトランジュが説明を行う必要があるため、卜部と仙波の仕事は万が一に備えての護衛である。

 「お願いします、卜部少尉、仙波中尉」

 キュウシュウブロックに作った基地に中華連邦の幹部を招き入れればこの基地の存在がバレる危険があるため、黒の騎士団建設当初に本部にしていたトレーラーと同じものを新たに手に入れてある。

 「エトランジュ様の大事なお役目を全うして頂くためにも、我々も協力は惜しみませぬ。
 では、予定ポイントまで移動をお願いいたします」

 仙波に促されて、エトランジュは頷いてトレーラーに乗り込むべくルルーシュと別れ、ルルーシュもまたカレンとともにナイトメア格納庫へと向かうのだった。



 キュウシュウブロック周辺では、ブリタニア軍と中華連邦軍が小競り合いを続けていたが、互いに一進一退を繰り返していた。

 澤崎は自分にキュウシュウ周辺のレジスタンスが協力してくれるものと考えていたのだが、既にキュウシュウ基地建設の際に黒の騎士団に組み入れられたため、思っていたより少なかったせいだ。

 「おのれ、日本を取り戻せる好機だと言うのに!機を読めぬ馬鹿どもが!!」

 「ご心配には及びませんぞ澤崎殿。
 フクオカ基地は我らの手に落ちたのです、じきにキュウシュウ全域を」

 ツァオ将軍がそうたしなめた時、数十機のブリタニアのナイトメアを撃破したとの報が届いて澤崎は破顔した。

 「おお、さすがは中華連邦ですな。貴軍ならばこのまま日本を解放して下さる日も遠くはありませんよ」

 「もちろんですとも澤崎殿。日中で力を合わせてブリタニアを倒し、末長いお付き合いをお願いしたいものです」

 ツァオ将軍の空々しい台詞に、澤崎はうんうんと幾度も頷く。自分が利用されているという考えは、どうやらまったくないようである。
 だがその笑顔は、長く続かなかった。

 「・・・!ツァオ将軍、二機のナイトメアを確認!凄まじいスピードで我が基地へと進撃してきます!
 我が方のナイトメア数体が撃破されました」

 「何?!ブリタニアか」

 「いいえ、違います・・・あれは、黒の騎士団のマーク?!」

 モニターに映し出されたナイトメアには、黒の騎士団のエンブレムが誇らしげに掲げられており、彼らが何者であるかを雄弁に語っている。

 「何だと?!黒の騎士団が、何故日本解放の邪魔をするのだ?!」
 
 澤崎が呻くが、誰もその答えを返さない。
 ツァオ将軍も理由は解らなかったが、敵対行為を取っている以上こちらも応戦しなくてはならない。

 「そのナイトメアを撃破せよ!これは明らかに我が方への敵対行為である!」

 「はっ!」

 たちまち応戦すべく動きだした軍に、澤崎はモニターを睨みつけた。

 「止まれ!中華連邦は日本解放のために進軍したいわば友軍である!
 日本解放を目指す黒の騎士団が、何ゆえ邪魔をするか?!
 ゼロ!!お前達は日本を憂うる同志ではないのか?!」

 「我ら黒の騎士団は、不当な暴力を振るう者全ての敵だ」

 「不当だと!?私は日本のために」

 基地から聞こえてきた澤崎の台詞に、ルルーシュは傲岸不遜名声で応じた。

 空に舞い上がる黒いガウェインと、真紅の紅蓮がそれを守るようにコンクリートの無機質な地面に立っている。

 「友軍?サクラダイトの利権目当ての通告をしておいて、何を言うやら。
 この戦い、日本の飼い主の名前を変えるだけの行為にしかならない!
 自らの手で勝ち取ってこその名前であり、権利であり、自由であることが、どうして解らない!」

 一方的に中華連邦の見返りを受けるわけにはいかないからサクラダイトを提供するという安易な考えでは、今後も日本はそれ目当てに搾取され続ける奴隷国家だ。

 ルルーシュでさえEUと盟約を結んだ際、切り札のサクラダイトの密輸はあくまでほんの一部だけとして主な提供物は情報、策略といったものであり、またEUからも同じく情報と最小限の物資を提供するという小さくとも対等な取引を行っている。
 日本解放が成れば、お互いにもっと本格的な同盟条約が結ばれるだろうことは、すでに暗黙の了解である。

 「行くぞ、カレン!
 あの傀儡になっていることすら解らぬ愚か者と、私欲のために日本を汚す者達を日本から叩き出せ!」

 「はい、ゼロ!」

 紅蓮は嬉々としてガウェインの先頭に立ち、敵のナイトメアを次々に撃破していく。
 空から襲撃して来た飛空艦艇を見て、ルルーシュが面倒そうにキーボードを叩く。

 「邪魔なんだよ、君達は」

 ガウェインの肩から砲撃が現れたかと思うと、中華連邦の飛空艦艇は抵抗する間もなく撃墜されていく。

 「空のハエは私に任せろ!カレン、君は地上部隊を主になぎ払え!」

 「了解!」

 二人は見事な連係プレイで中華軍を倒し、基地の中を進撃していく。
 だが今後の中華との対応を考えて出来る限り死者を出さないよう、足やエナジーフィラーを狙って攻撃している。

 瞬く間に基地の三分の二が制圧されると、ツァオ将軍と澤崎は撤退を決意せざるを得なかった。

 「外国に助力を乞い、機会を待って何が悪い…!それこそが戦略というものなのに・・・!」

 確かにそれも一つの戦略であるし、一概に悪いとは言えない。
 だが中華連邦もサクラダイトが目当てであり、ブリタニアと戦うための拠点として日本を手にいれたがっていることが問題だと、この男はまったく解っていなかった。

 「カゴシマならまだ防衛線が引けますよ」

 「は、世話になります」

 車に乗って撤退しようと基地を移動し軍事ヘリの元に辿り着いた刹那、軍事ヘリを壊した紅蓮が、二人の乗る車の前に立ちふさがった。

 「ここまでだな」

 「まさか・・・キュウシュウ最大の要害を、いとも簡単に・・・?!」

 二人が絶句すると、ルルーシュは通信をキーボードを操作してエトランジュと通信を開き、さらにそれを外へと繋ぐ。

 「ツァオ将軍、聞こえますでしょうか?
 以前一度お会いしたかと思いますが、マグヌスファミリア女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです」

 しっかりした発音の中華語に、ツァオ将軍は驚いた。

 「・・・!去年来たあの!」

 先帝の見舞いに訪れた彼女の父親の仲介で天子と文通友達であるという縁から、天子の誕生日のお祝いにとEUの使者として訪れたのは確かに彼女だ。

 「現在我がマグヌスファミリアは、ブリタニア植民地のレジスタンス同盟を組むべく世界各地を回っているのですが、ちょうど日本におりまして黒の騎士団に滞在しているのです。
 今回ゼロをお止めすることは出来ませんでしたが、中華の方々の身の保証は何とかお願い出来ました。
 ですからお願いいたします、どうかこの場は矛を収めて頂けませんでしょうか?」

 ツァオ将軍は予想外の展開に驚愕したが、弱小国であり亡命政府であったとしてもれっきとしたEU加盟国の元首の元で明言されたのなら、もはや選択の余地はない。
 既に己の首に、チェックは掛けられたのだ。思いもがけずブリタニアへ送られずに済んだのだから、幸運と言うべきだろう。
 
 「やむを得ませんな・・・全軍に通達!速やかに母国中華へと撤退せよ!」

 「そ、そんな・・・!ここまで来て!」

 澤崎が絶望の呻き声を上げてへたり込むと、ゼロが告げる。

 「貴方がたの身柄は、一度我々が預らせて頂く。だがすぐに中華へお返しすることをお約束しよう」

 「好きにするがいい」

 ツァオ将軍の指示で武装が解除され、数人の高級将校のみを残して全軍が中華へと撤退していくのを見ながら、紅蓮とガウェインは彼らを連れてフクオカ基地を後にした。



 それから一時間後、黒の騎士団トレーラー型基地にて、今回の騒動(えんげき)の結末を飾る役者が勢揃いしていた。

 まずはゼロがモニターの前に立ち、その横にエトランジュが座り、さらに卜部、仙波が護衛として背後に立つ。

 モニターに緊張した面持ちの幼い天子が映し出されると、その前にはツァオ将軍を始めとする中華連邦軍の幹部が何とも言えない顔で途方に暮れている。

 「えっと、今回我が中華連邦は、日本の解放・・・という人道・・・支援のために軍を派遣させて頂いたのですが」

 明らかにカンペを読んでいると解る口調でそう切り出した天子に、ゼロが穏やかに応じる。

 「しかし天子様、NACに対しサクラダイトの一方的な供給を要求されたとあっては、日本としては承服致しかねます。
 サクラダイトは日本にとって重要な資源、それを中華が独占するとなるとブリタニアもそれを奪われまいと更なる軍を派遣してくることは明白、そうなれば日本はどうなります。
 何より日本独立後に日本が立ち直るためにも、あれは重要な資源なので他国にそう簡単に供給する訳には参りません」

 「エトランジュ様のお話では、黒の騎士団はあくまで黒日本の権利を守り、また日本を無駄な・・・戦火に巻き込みたくないとの意向で、動かれたとのことですが」

 「はい、相違ございません天子様。
 決して中華連邦と敵対する意志はなく、今回の件は私としても遺憾に思っておりますので、出来る限り被害は抑えたつもりです。
 たまたまこちらに滞在中のエトランジュ様が、中華連邦は母方の祖父の故郷でありまた天子様とも一方ならぬご親交があるので出来る限り無傷で鎮圧して頂けないかとお願いされたことですし」

 椅子に座ってにっこりと笑うエトランジュに、天子もほっとしたように笑みを浮かべた。

 「そちらの事情は、解りました。こちらも日本の・・・事情をよく把握していなかったようですので、今後とも気をつけていきたいと、思います」

 「では、今回の件はお互い様ということに致しましょう。
 すぐにもツァオ将軍や他の将校の方々を中華へお返しいたしますので、その件について話し合いたいのですが」

 「はい、蓬莱島に出迎えの準備をしておきますので、どうかよろしくお願いいたします。
 今回はいろいろとご迷惑をおかけいたしました」

 「いいえ、こちらこそ事情があるとはいえ、中華連邦軍と交戦してしまったことは申し訳なく思っております。
 今後はぜひ、そうなることのないようにお願いしたいものです」

 最初から決まっていたやり取りを何とか言い終えた天子はほっと溜息をついてエトランジュを見つめると、エトランジュは椅子から立ち上がって中華語で言った。

 「今回、いろいろと事情が絡み合って残念な結果を招いてしまいましたが、大きなものに発展しなくて済んたことは幸いでしょう。
 今はあちこちで戦火が広がっているのです、無駄な争いは避けていければと存じます」
 
 「私もそう思いますエトランジュ様。戦争は怖い・・・痛いのも辛いのも嫌です・・・悲しいです」

 これは天子の本心だろう、俯き震える小さな声に、エトランジュは慰めるように言った。

 「私も同感です。だからこそ私達はこうして話し合っているのですよ天子様。
 私達は人間です。ここには日本語、中華語、ラテン語、英語と様々な言語に分かれた人間がおりますが、こうして意思を伝え合い考えを述べ合い、そして未来を語ることが出来る唯一の生き物です。
 どうか忘れないで下さい、痛くて怖い思いをしなくても、解決の糸口をつかめる手段があるということを」

 「エトランジュ様・・・!はい!」

 天子の明るい笑顔に黙ったまま話を聞いていた澤崎が、吐き捨てるように言った。

 「これだから子供は・・・!綺麗事で世界は動かん!
 今は動乱の世の中なのだ、非常の手段と言うものがある!ましてや話し合いなど不可能だ!」

 「存じております。私も既に人を殺した身です。人を殺した時点で既に悪でしょう」

 正当防衛とはいえ、エトランジュはその手を血に染めた。あれほど非常の手段と言う言葉にふさわしい行為はあるまい。

 「それでも、安易に人を殺す行為には走りたくありません。それは憎しみの連鎖を生むだけです。
 だからこそ私はたとえ口汚く罵るだけであっても、話をしたいのです。それだけなら心は傷つくかもしれませんが、身体は傷つきませんしましてや死ぬこともありません。
 死なないのならまだ取り返しは付きます、何度でもやり直しが可能でしょう。
 私の言うことが確かに綺麗事なのは認めましょう。ですが、綺麗事よりも戦争が正しい手段なのでしょうか?
 澤崎官房長官、貴方は日本の何を守りたいのですか?日本国と言う名前さえあれば、日本が戦火に燃やされ国民が苦しみあえいでも構いませんか?」

 「それは・・・・だが、それも独立のための!私が中華の傀儡政権というなら、お前自身はどうなのだ?!
 EUの、ゼロの傀儡にしか見えんぞ小娘が!!」

 澤崎が激昂して叫ぶと、エトランジュはあっさり認めた。

 「澤崎官房長官、認めましょう、私は確かに操り人形です。
 父が行方不明になり、本来なら王になる筈ではなかったのに伯父達の思惑で王になり、EUの思惑で反ブリタニア同盟を組むための使者になりました」

 「・・・・」

 「ですが、私は私の操り手を選びました。伯父達を信じたからこそ王になり、反ブリタニア同盟は私の国を戻すために必要だと考えたからこそ使者になりました。
 そしてゼロも、ブリタニアを倒すために必要な力を持っていると思ったから、私は彼の言葉に従ったのです」

 エトランジュは傀儡でも、それには確かに意思がある。
 自らの操り手を選び、ふさわしくないと思えば否と撥ねつけ操るための糸を切る程度のことはするつもりだ。

 「お互いに心行くまで話し合った末に納得したことです。
 話し合いとは相手の話を聞くことから始まると、お母様が教えて下さいました。
 だから澤崎官房長官も、どうか話して下さいな。貴方の望む日本の在り方を。
 そしてみんなで考えていけばいいではありませんか。“三人で集まれば宝石の知恵”なのでしょう?」

 「・・・“三人寄れば文殊の知恵”ですよ、エトランジュ女王陛下」

 はは、と乾いた声でそう修正した澤崎は、疲れたように床に座り込んだ。

 子供は単純でいい、綺麗事で満足できる、素晴らしい時代だ。
 自分もあの年代の頃は、政治家になって日本を導く夢を叶えるために猛勉強をしていた日々を思い出す。
 
 だが、もうその時代はすでに過ぎ去り、今や自分は敗残者として仮面をかぶった怪しい男に生殺与奪を握られる身となった。

 「澤崎よ、お前の身柄は我が黒の騎士団が預かる。当分の間、自らを省みることだな」
 
 「あっ・・・ではゼロ、今回はいろいろとお世話になりました。それでは失礼いたします」

 天子が再度礼を言って通信を切り、会談は終わった。

 その後、ツァオ将軍達はカゴシマにいた中華連邦軍に送り届けられて中華へと撤退していった。
 それで今回の件は、対外的には綺麗に決着がついたことになる。

 黒の騎士団はこれで天子との間にパイプが出来、天子をはじめとする科挙組は大宦官達に貸しを作れた上に発言力を削ることが出来る。
 特にこれで、海外派兵に関してはこの件を持ち出して止めることが容易になるだろう。

 理想的な結末に、ルルーシュは満足した。



 「ゼロが中華連邦軍を撃退?・・・なるほどね」

 ゼロの狙いを看破したシュナイゼルは、感心したような声を上げて納得する。

 必要なことは勝利ではなく、中華連邦の侵攻に黒の騎士団が反対したという事実だ。これは彼らの立場を全世界に伝える役に立つ。
 これまでブリタニアは情報操作で彼らの行動をテロによるものだと位置づけていたが、この行為により彼らの目的や存在意義は世界に知れ渡るだろう。
 何しろ騎士団にはエトランジュがいるのだ、いくらブリタニアが表だって情報を流さなくとも、彼女から確実に世界に広まる。

 (本当に地味に厄介な女王様だね・・・さて、どうしたものか)

 その報告をしたロイドは、自分が開発したハドロン砲を収束させられた、僕が完成させるはずだったのにいいい!!と別方面で地団太踏んで悔しがっている。

 と、そこへ黒の騎士団に捕えられた中華連邦軍幹部が解放されてカゴシマから中華へ撤退したようだとの報を受け、あまりにも早い対応に柳眉をひそめた。

 ブリタニアから逃がすためにというなら、捕らえることなくさっさと日本から追い出せば済む話である。
 わざわざ捕えておきながら、数時間も経たないうちに何故解放したのだろう。

 (まさか・・・すぐに中華連邦に探りを入れてみるとしよう)

 疑問の裏付けを行うべく、シュナイゼルは自分の副官に連絡を入れ、中華連邦の動きを調べるよう命を下すのだった。




[18683] 第十八話  盲目の愛情
Name: 歌姫◆0c129557 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/11 12:09
  第十八話  盲目の愛情



 「今日は学園祭ですねお兄様。私も参加したかったですけど・・・」

 「そうだねナナリー。でも、代わりにここでも小さいけどお祭りがあるんだから、楽しもうじゃないか」

 二人が住んでいるメグロゲットーの施設では、ルルーシュが学園祭を楽しみにしていたナナリーのために立案した夏祭りが開かれていた。
 ただ人が大挙すればブリタニアに目をつけられるため、こぢんまりとした小さなものだったが金魚すくいやボールすくいといった定番の店が施設内で開かれ、浴衣などを来た子供達がリハビリルームを彩っている。

 「そういえばスザクさんの神社でもやっていましたね。ふふ、わたあめがおいしいです」

 「私も好きですよ、これ。ふわふわして甘いです。こんにちは、ナナリー様」

 わたあめを美味しそうに食べるナナリーの背後からそう声をかけて来たのは、エトランジュだった。
 つい先ほどまで中華連邦と話していたのだが、それを終えて夏祭りに誘われてやって来たのである。

 「まあ、エトランジュ様、こんにちは。
 わたあめの他にも、何かお持ちになっていらっしゃるようですけど」
 
 「ええ、ベビーカステラです。一口サイズのカステラですが、よろしければどうぞ召し上がって下さいな」

 エトランジュが紙袋からベビーカステラを取り出してナナリーに握らせると、出来たての甘い匂いが食欲を刺激する。

 「ありがとうございます!あ、本当に食べやすくて美味しいです」

 目が見えないナナリーでも手軽に食べられるベビーカステラに、ナナリーは笑顔を浮かべた。

 「日本のお祭りは楽しいですね。
 クライスなんて金魚すくいに夢中で、ついさっき玉城さんと競って負けたと落ち込んでおりました」

 「なんだ、あいつも来ていたのか。あまり騒ぐなと、エトランジュ様から釘を刺しておいて頂けませんか?」

 玉城をよく知るルルーシュの要請に、エトランジュは苦笑いを浮かべながら頷く。

 「ナナリー様も行きませんか?
 車椅子の方でも出来るように、高めのテーブルに置かれた水槽のある金魚すくいやボールすくいもあるんですよ」

 「本当ですか?ぜひ行きたいです」

 ナナリーが嬉しそうに頷くと、金魚すくいのコーナーではクライスと玉城が再戦しているのが見えた。

 「大人げないやつ・・・」

 呆れたようにルルーシュが呟くと、クライスが再び負けたらしい。悔しそうに唸っていた。

 「ちっくしょー!また負けた!」

 「へっへ~ん、俺はガキの頃からこれが得意だったからな」

 得意と言うだけあって、玉城はクライスの数倍の戦果をあげていた。

 「だらしないわねえクラ。魚釣りなら得意なのに」

 アルカディアがたこ焼きを食べながら言うと、クライスはポイを手にして叫んだ。

 「こんな薄い紙で魚をすくうなんて器用な真似、出来るのは日本人くらいなもんだ!」

 「あー、まあ一理あるわねえ。紙で箱やら人形やら鶴を作るなんて、大したものだとびっくりしたし」

 「ふっふっふ、日本人の凄さ思い知ったか!」

 威張る玉城に、子供達が自分にもコツを教えてくれと群がってくる。
 ナナリーもおそるおそる彼に近づいて、お願いした。

 「あの、玉城・・・さんですか?私にも教えて頂きたいのですが」

 「あん?ブリキ・・・いや、ブリタニア人の女の子か。
 ・・・もしかして、カレンが言ってた親父が酷いこと言って放り出したって子か?」

 「え、いえ、そういうわけでは」

 ナナリーがやんわりと否定するが、涙もろい玉城は何も言うなとばかりに幾度も頷き、ポイを手にして彼女の手に握らせた。

 「いいんだ、悪いこと聞いちまってすまねえな。
 目が見えないんだろうから、手を取ってコツを教えてやるよ」

 別にロリコンではない彼はお椀を借りて金魚を一匹中に入れ、ナナリーの手を取ってポイを操作してひょいと別の器に移し替える。

 「大体こんな感じだな。それ貸すから、練習してみろ」

 「ありがとうございます!でも、いいんですか私だけ・・・」

 「いいっていいって!祭りなんだから楽しまなくちゃな」

 周囲もそうだそうだと同意して、紙ではなく大きめのスプーンをナナリーに渡して練習が出来るようにしてやる。

 他にも目が見えない子供にも同じようにしてやり、みんなで金魚すくいの練習を始めた。
 だがなかなか難しく、ナナリーが落ち込みかけるとルルーシュがポイを手にして言った。

 「任せろナナリー、俺が取ってやる」

 ルルーシュがそう言って金魚が泳ぐ水槽にポイを入れるが、すぐに水に濡れて破けてしまう。

 「くっ・・・だがもう一度!」

 ・・・これが数度繰り返された後、玉城がルルーシュの肩を慰めるように叩いた。

 「諦めろ、な?人間向き不向きがあるんだ。
 それにこれは金魚が欲しくてやるんじゃなくて、すくう過程を楽しむもんなんだぜ?あんたがやってどうすんだよ」

 玉城の言葉に周囲が同意すると、ルルーシュはうぐぐぐと悔しそうに唸った。

 「い、いつかきっとルルーシュ様も金魚をすくえますよ。ナナリー様も頑張って練習すればいいではありませんか。
 どちらが先にすくうか、競争するというのはいかがでしょう?」

 エトランジュの提案に兄妹の意志は無視して賛成の拍手が起こり、兄と妹の対決が決定された。

 それでもナナリーには新鮮な出来事だったらしい、改めて練習が開始された三十分後、子供達から感嘆の声が上がった。

 「ナナリーちゃんすごーい、もうコツを覚えちゃった」

 「俺まだ一匹もすくえてないぜ。けっこー難しいなこれ」

 すぐにコツを覚えたナナリーは、ゆっくりだが紙のポイでも金魚をすくえるようになっていた。
 一方のルルーシュは、無駄に力が入り過ぎている上に無駄に考えを巡らせるせいで二匹すくえればいい方という有様である。

 「はい、この勝負ナナリーちゃんの勝ちー!おめでとー」

 ぱちぱちとナナリーを褒めたたえる拍手が鳴り響くと、ルルーシュは落ち込んだがすぐに立ち直ってナナリーの頭を撫でた。

 「さすがナナリーだな、よく頑張った。俺の負けだよナナリー」

 「お兄様・・・でも金魚すくいに勝っても、お兄様のお役になんて」

 幼い頃は自分の方が体力があり、兄にかけっこで勝ったことがあるが既に遠い過去のことだった。
 母が暗殺された事件以降、自分は常に兄の庇護のもとで生きてきたから兄に劣ると劣等感を抱いていた。
 今回も、金魚すくいで勝ったからと言って、と自分を貶める言葉が響き渡る。

 と、そこへアルカディアがたこ焼きの箱を潰しながら言った。

 「何言ってんの、どうでもいいことが後で力になったりすることがあるんだから、素直に喜びなさいって」

 「でも・・・」

 「どんな小さいことでもね、出来ることがあるっていうのは恥になることじゃないわ。
 出来ることをたくさん学んで増やして、それをどう実生活に役に立てるかを考えるのが大事なの。
 あんた目が見えない、足が使えないってことで卑屈になってるみたいだけど、意外とやろうと思えば出来るのよ。
 日本だって耳が聞こえなくて話せない女の人が、ナンバーワンホステスになったって有名なんだから」

 そう言ってアルカディアが視線を向けた先は、手が使えない者が足の指を操作して金魚やボールをすくったり、耳が聞こえず話せない者が周囲の合図でダンスをしている光景だった。

 目が見えないナナリーにそういう人間もいると説明してやると、ナナリーはそれでも尻込みした様子だった。

 「でも、私いつもお兄様の手を煩わせてばかりで」

 「そんなことはないよナナリー。俺がお前を邪魔に思ったことは一度もないんだ。
 大丈夫、何の心配もいらない。俺が傍にいるよ」

 兄妹がしっかりと手を握ってそう語りかける姿はまことに美しく、玉城などは涙を流して感動している。

 「いい兄ちゃんを持ってよかったな!何か困ったことがあったら、俺だっていつでも頼っていいんだからな!」

 調子よくそう叫ぶ玉城に、近くにいた少女が言った。

 「じゃあおじちゃん、私にも金魚のすくい方教えて?」

 「おじ・・・ちゃん・・・俺、おじちゃん?」

 がーんと背後に岩が降りてきたかのような顔で尋ねる玉城に、少女は笑顔で頷いた。

 「うん、おじちゃんだよね?」

 きっぱり断定された玉城は、怒鳴るわけにもいかず落ち込んだ。
 それでもいくらでも頼れと言った手前、玉城は心で泣きながら子供達に金魚すくいのコツをレクチャーするのだった。



 楽しい時間はあっという間に終わり、既に片付けの時間帯になった。
 笑顔で協力して片付ける彼らの顔は、いつも気を張り詰めている日常のいい気分転換になった祭りに晴れやかになっている。

 先にナナリーを自室に帰して片づけをして終わったところに、ルルーシュはゴミ捨てから戻ってきたジークフリードに声をかけられた。

 「申し訳ないが、ちょっとよろしいかなルルーシュ君。ちょっと話があるんだが」

 「はい、解りました。では、あちらの部屋で」

 騎士団絡みのことだろうかとルルーシュは考えながら、二人で施設の一室に入った。

 「どうなさいましたか、ジークフリード将軍」

 「・・・こういう家庭のことには口を挟みたくはありませんし、貴殿の事情も知っていますから言いづらかったのですが、私も親ですのでね、忠告しておこうと思いましてな」

 「家庭のこと?俺が、何かナナリーにまずいことをしているとでも?」

 不愉快そうに眉根をひそめたルルーシュに、ジークフリードは頷いた。

 「はっきりと申し上げましょう。貴方のなさっていることは、一種の虐待ですルルーシュ殿」

 「な!!俺がナナリーを虐待しているだと!失礼ですよ将軍!!」

 激昂して叫ぶルルーシュに、ジークフリードは落ち着き払って頷いた。

 「確かに世間的にはそうは見えませんし、貴方もお若いのでまだ解らないでしょう。
 ですが、私から見るとそうなのですよ・・・“過保護”という虐待です」

 「過保護・・・」

 その単語にふさわしいことは自覚していたのか、今にもジークフリードに掴みかからんばかりだったルルーシュの動きが止まった。

 「ナナリーの状態はご存知でしょう。あれくらいは当然です!」

 「だからといって、出来ることをやらせないというのは明らかにやり過ぎです。
 いつも貴方が傍にいて何もかもしてあげていては、彼女はいつまでも何も出来ないままでしょう」

 先ほどの金魚すくいでも、目が見えないナナリーが自分で取れずに落ち込んだ時ルルーシュが取ろうとしたのがいい例だ。
 出来ないのなら出来るように教えるという発想が、ルルーシュには欠けている。

 しかし傍から見れば妹を大切にしている兄の行為にしか見えないため、玉城のように称賛する人間の方が多い。
 ゆえにこれまで、それを指摘する者がいなかったのだ。

 「中華連邦の先代皇帝を見舞った時、アドリス様がおっしゃっておいででした。
 『親がいなくなっても、子供が一人で立ち歩いていける力だけは必ず受け継がせるべき財産である』と。
 ナナリー殿はどうです、貴方がいなくなっても生きていける方ですか?」

 「それは・・・!だから俺がブリタニアを壊して、ナナリーと共に暮らせていける世界を創ればそれで!!」

 「落ち着かれよ、ルルーシュ殿。貴方はナナリー殿だけを見て、他の人間が目に入っておられない。
 ナナリー殿のように目が見えず足も動かない方もいますが、その者達は着替えも出来ますし周囲の協力があればある程度の仕事もこなせています。
 貴方がナナリー殿を愛しているのが問題なのではありません。ナナリー殿から学ぶ機会を奪っているのが問題なのです」

 ナナリーには危ないから、大変だからと言って彼女に何もさせていないことは、施設に入ってから見ていたからよく知っている。
 ナナリーとて人間である。あれもしたいこれもしたいと欲求はあるのだが、兄から危ないからいけないと言われると途端に諦めてしまっていた。

 それは兄が自分のためにどれほど苦労しているか知っているため、彼に対して引け目を感じているからだ。ゆえに兄を困らせることを避けてしまう。

 結果としてナナリーはますます兄なしでは生きていけないようになるというわけである。。

 「実は心理学を学んでいた方が現在この施設でカウンセラーをしているのですが、貴方がた兄妹のことを“共依存”という関係に当てはまるのではないかと言っておりました。
 貴方は妹には自分が付いていなければとと言いながら、本当は貴方自身がナナリー殿を必要としているのはないですか?」

 「共、依存・・・」

 ジークフリードのさらなる指摘に、ルルーシュは七年前に日本に送られてきた時から、目も見えず足も動かせない妹のために生きてきた。
 もしも彼女がいなければ、自分はおそらく自暴自棄になっていたと自分でも思う。

 ・・・自分はナナリーを自分が生きる目的にしたのだろうか。

 ルルーシュは最愛の妹を生きる道具にしたという面から目をそらすように、首を横に振る。

 「俺は、俺は・・・でもナナリーは!」

 「その人いわく、直接的な物言いはカウンセリングには向いてないそうなのですが、貴方はあまりに頭がよろしいのでね、こういうやり方になってしまって申し訳ない。
 しかし、私の目から見ても貴方はあまりにもナナリー殿を大事にし過ぎて、結果として彼女を駄目にしていると思います。
 己の足で立ち生きようとする人間が持つ強さを、貴方はよくご存知なのではないですか?」

 噛んで含めるようにそう問いかけてくるジークフリードに、ルルーシュはゲットーでどれほど虐げられようとも逆境を跳ね返すべく立ちあがった黒の騎士団の仲間達を思い浮かべた。

 人は平等ではない、というあの忌々しい父親の言うとおり、人にはそれぞれ欠点や劣っている面が存在する。
 だがそれをものともせず生きてきた人間の強さを、自分は確かに目にして来た。

 「エトランジュ様がナナリー殿はユーフェミア皇女と似ていると仰っておいででしたが、私も同感です。
 いいですかルルーシュ殿・・・愛するだけが愛情ではないのですよ」

 「ユフィと、ナナリーが似ている・・・だと?」

 今でこそある程度考えのある行動を取るようになったようだが、自分の考えを根拠もなく正しいと信じ、善意の迷惑をかけてきたあのユーフェミアとナナリーとを混同されて、ルルーシュはジークフリードを睨みつける。

 「エトランジュ様がおっしゃるには、コーネリアがユーフェミア皇女の行動を逐一監視し、また抑制していたせいで考える力が欠けているように見えたとのことです。
 そのくせ自分が失敗しても、姉なり姉の部下なりが後始末をしてくれていたので、失敗しても大丈夫という安易な考えを持ったのではないかというのがアルカディア様の分析でした」

 「それは正しいだろうが・・・それとナナリーは」

 「行動の幅を広げたいとナナリー殿がお考えになっても、貴方がそれを危ないからと止めておいでですし・・・“鞭を惜しめば子供を駄目にする”というではありませんか」

 「う・・・」

 自分の行動を改めて指摘されたルルーシュは、ナナリーの身体状況を思えば仕方ないという自分と、ジークフリードの意見が正しいと言う自分とに挟まれて頭を抱えた。

 「誤解なさらないで頂きたいのは、愛情を与えるなと申しているのではありませんし、鞭でナナリー殿を鍛えろというのでもありません。
 ましてやナナリー殿を生きる理由にしてはいけないわけでもありません。
 ただ愛情の与え過ぎはよくない、やれることはやらせて自分で出来ることを増やしていくようにするべきだと言っているのです。
 相手に何かをしてあげるというのは確かに解りやすい愛情の与え方ですが、過ぎればそれは人を腐らせる毒になる」

 ジークフリードはそう言って、庭に置かれてあった自転車を指した。

 「自転車に乗れるようになるには、何度も転んで練習しなくてはなりません。
 エトランジュ様も幾度となく転んで傷を作りましたが、それでも乗れるようになりました。
 アドリス様も転んで傷を作るエトランジュ様に薬を塗ることはしましたが、決してやめろとは言いませんでしたよ」

 自転車に乗ろうと頑張る娘を応援し、傷だらけになって帰って来た彼女を励まし、また練習に向かう娘を送り出した。

 その後『エディがケガした・・・早く乗れるようにならないものでしょうか』と仕事を放り投げてこっそり物陰で見守っていたことを思い出す。

 「一度乗れるようになってしまえば、後は割と応用が出来るようになってしまうものです。
 そこに至るまでが見ているほうも心配なほど大変ですが、必要なことではありませんか?」

 「心配するのはいいが、俺がナナリーのために何もかもしてやるのはよくないと?」

 「そうです。これは共依存について書かれた本だそうですが」

 そう言ってジークフリードが差し出したのは、日本語の本だった。心理学の本のようだ。
 “共依存について”と書かれてある。

 「勝手ながらシンジュクの本屋から持って来た本だそうです。
 先ほど申し上げたカウンセラーの方が、日本語が解るなら読んでみるように勧めて欲しいとのことで」

 何でもそのカウンセラーは早くに父を失い母親の手で育てられたそうなのだが、その母親もマルチに引っかかって作ってしまった借金を苦に自殺したらしい。
 その時母は大学生だった自分に何の相談もしてくれなかった、自分一人で何もかも背負う人だったと寂しそうに言っていたのが印象的だった。

 「過度に妹御を大事にされる貴方を見て、おせっかいかもしれないとも言っておりましたが、私もカウンセラーに同感です。
 貴方もぜひ、カウンセリングを受けてみるのもいいかと思います」

 ルルーシュはジークフリードから手渡された本をめくり、最初の項目を見つめた。

 「共依存というのは自分のことより他人の世話に夢中になり、他人がとるべき責任を自分がとってしまい、他人をコントロールしようとする行動を指す・・・」

 さらにページをめくってみると、自分の行動に当てはまる項目が多いことに目を見開く。

 「いきなりで混乱されておられるでしょうが、他人から見るとそう見えるとだけ今回はご記憶しておくといいでしょう。
 最近少し騎士団の方も落ち着いているので、いい機会かと思っただけですので」

 ジークフリードが頭を下げると、ルルーシュは震える声で言った。

 「・・・忠告は受け取っておきます。ですが、俺は」

 「それは貴方のご家庭のこと、我々が口を出す権利はありません。ですが、心配くらいはさせて貰えませんかな?」

 困ったような笑みでそう言うジークフリードに、ルルーシュも少し笑みを浮かべた。

 「打算のない心配を大人からされるのは久々だったので、新鮮でしたよ。
 ・・・少し、俺も考えてみます」

 ルルーシュはそれだけ答えると、ナナリーの元へ戻るべく部屋を出る。
 その背後に、ジークフリードは声をかけた。

 「一度ナナリー殿と話し合って、結論を出してみてはいかがでしょうか。
 ナナリー殿も愚かな方ではない、おそらく解って下さるでしょう」

 「・・・なるほど、そういうことですか」

 それなりの付き合いになっているルルーシュは、今頃この件についてエトランジュやアルカディアがナナリーに話していることを悟った。

 おそらく彼らは仲が良過ぎる自分達を心配し、こうして別々に話を通して現在の状況を悟らせ、改めて二人で話し合わせようとしたのだろう。

 おせっかいには違いないが、ルルーシュには不愉快に感じなかった。
 それは彼女達が、ああしろこうしろと指示するのではなく最終的に自分達で結論を出すようにしてくれたからだろう。

 ルルーシュがナナリーの元へ戻ろうとすると、予想通りリハビリルームにナナリーの車椅子を押して戻ってきたエトランジュとアルカディアが目に入った。

 ナナリーは少々蒼い顔で、だが何かを考えている様子で車椅子に座っている。

 「ナナリー」

 「・・・お兄様」

 二人はしばらく沈黙した後、ナナリーが意を決して口を開いた。

 「お兄様、あの・・・二人きりでお話があるのですが」

 「・・・ああ、俺もだ」

 ルルーシュがナナリーの車椅子を動かそうと背後に回ると、それに交代するようにエトランジュがナナリーの前に来て彼女の手を握った。

 「大丈夫です、ナナリー様。ルルーシュ様は解って下さいます。
 ご兄妹なのですから、言いたいことは言ってもいいと思います」

 「エトランジュ様・・・はい!」

 勇気を貰ったように微笑むナナリーに、ルルーシュはやはりかと納得しながらも二人でナナリーの部屋へと戻った。

 引き戸のドアが閉められると、ナナリーがまず口を開いた。

 「あの、お兄様。私、その・・・ずっとお兄様に言いたかったことがあるのです」

 「・・・自分で出来ることを増やしたい、か?」

 先回りしてそう問いかけてきたルルーシュに、ナナリーはこくんと頷いて肯定する。

 「私、今までお兄様にご迷惑をかけてはいけないと思ってお兄様のお世話になるばかりでした。
 お兄様にお任せすれば何もかもうまくいっていたから、それが一番なのだとそう思って・・・」

 ルルーシュは先見の明に優れ知能も高く、さらに家事能力も突出して優れている。
 平和な時代であれば、一生遊んで暮らせる財産を築く程度のことは確実に可能であろう。

 ゆえに彼に任せれば何もかもうまくいくという判断は、ある意味残念なことに事実なのだ。

 「エトランジュ様もそれは間違いないと肯定しておいでだったのですが、だからといって私が何もしないままなのはよくない、と・・・。
 エトランジュ様の仕事場でお兄様がお手伝いなさっているそうですが、お兄様の指示は的確でその指示に従うことに疑問はないそうです。
 でも、従うだけで何も手伝わないわけにはいかない、って・・・」

 正確にはルルーシュの仕事をエトランジュが手伝っているのだが、対外的にはそう取り繕っている。
 エトランジュ達はルルーシュの指示に的確に従い、何かあれば即座に報告を行い、また今回のように忠告や疑問があればこのようにすぐに言ってくれる。
 単純な能力値はそれなりでも、そういった意味では実に得難い人材であった。

 「お前の身体では、手伝うのは無理だ。
 だから俺がと思っていたんだが、ついさっき言われたよ・・・それではナナリーはいつまでも何も出来ないままだと」

 「私、前からずっとお兄様のお役に立ちたいと思っていたんです。でも、お兄様にご心配をおかけしたくなくて、ずっと黙っていたんです」

 「ナナリー・・・」

 兄に頼めば、兄は嫌な顔一つすることなく何でもしてくれていた。
 自分で何かをすれば兄は心配そうな声で危ないからやめるように言うから、それが正しいのだと信じて疑わなかった。

 けれど、施設にいる友人達を見るうち、自分も一人で着替えたり出歩いたりしてみたいと強く思うようになった。
 けれど兄に心配をかけてしまうからしてはいけないと思っていた。

 「前からその、エトランジュ様に相談していたんです。
 私もいろんなことをしてみたいのですが、お兄様が許して下さるでしょうかって・・・」

 「以前から?なぜ俺に言わなかったんだ、ナナリー」

 少し咎める口調でそう尋ねるルルーシュに、ナナリーはびくりと肩を震わせながらも答えた。

 「失敗したらお兄様にご迷惑をおかけすると思って、どうすればいいだろうかって相談したんです。
 そうしたら、エトランジュ様が『迷惑くらいかけてもいいと思います。別に悪いことをしようと言う類の迷惑ではないのですから、特に気に病むことはないと思いますよ』っておっしゃって下さったのです」

 エトランジュいわく、自分で自分のことをするために学ぶのだから、自分が少しくらい痛い目を見るのは仕方ない、ただそれを見てルルーシュが心配するのも解るから、出来るだけ怪我などしないように手配すると言ってくれたのだ。

 『私のお父様も、私には結構その・・・甘いところのある方なのですが、それでも泳いだり乗馬の練習をするのを止めることはなさいませんでした。
 それを乗り越えなくては出来るようにならないと、ご存じだったからだと思います。
 健常者でも、障がいをお持ちの方でも、何かをするためには努力が必要であることには変わりないと思います。他人ではなく、他ならぬ自分自身が自ら動く努力が』

 「ここにいる人達はいろんな障害を抱えておいでですけれど、誰かの力を借りていろんなことがお出来になります。
 エトランジュ様が『人に頼り続けるのはよくないですけれど、力を借りるのはいいと思います。でも、借りたものは返さなくてはなりません。
 今は皆さんの力を借りていろんなことを学んで、後でお返しすればいいと思います』って・・・。
 私、その、迷惑をたくさんかけてしまうかもしれないけれど、やりたいことがたくさんあるんです、お兄様」

 人は生きているだけで大なり小なり迷惑をかけているものだから、迷惑をかけてもいい、ただ心配をかけるのはよくないからその加減が大事なだけだと聞いて、ナナリーは少し肩の力が抜けるのを感じた。

 エトランジュもルルーシュをはじめとしてたくさんの人々の力を借りている。
 故に少しずつでも自分の出来ることで返していこうとしているのを、ルルーシュは知っていた。

 「皆さんに迷惑をかけるかもしれないですけど、出来ることをたくさん増やして少しでもお兄様のお役に立ちたいんです。
 怪我もたくさんするかもしれないですし、弱音を吐くこともあると思います。
 でも、でも・・・やってみたいんです。いけませんか?」

 「・・・ナナリー」

 自分が黒の騎士団にいない間、一人にしておけないと思ってこの施設に入居した時、ナナリーと同じ障がいを持った者達と一緒に過ごすことは彼女にもいいことだと思っていたが、まさかここまで考えていたとは本当に気づかなかった。

 ナナリーは障がいを持った人間は誰かの力がなければ何も出来ないと思い込んでいたが、努力次第でそれを克服し決して無力なのではないことを知り、自分もそうなりたいと思ったのだろう。
 ただそこに至るまでの過程が長く辛い道のりであることも知って、尻ごみすると同時に兄に心配をかけてはいけないと考えて口に出せなかったのだ。

 けれど、エトランジュも友人達も言ったのだ。

 『辛かったり怖かったらいつでも言ってくれていいんですよ、ちゃんと聞きますから』

 『たくさん愚痴を言ったら、また一緒に頑張ろう。困った時は助け合わなきゃ』

 その言葉だけで、気が楽になった。それなら、頑張ってみようか。
 歩けない足でも車椅子があるし、自分の目が見えないのは神経が悪いのではなく精神的なものなのだから、もしかしたらいつか見えるようになるかもしれないという希望だってある。

 「だから、お兄様・・・私、やってみたいんです。出来るところまで、行けるところまで・・・だめ、ですか?」

 「駄目なはずないだろう、ナナリー。そうか、お前がそこまで考えているなら、やってみるといい。
 俺も、出来る限り協力しよう」

 大事な妹の願いだ、出来る限りは叶えてやりたい。
 それに、冷静に考えればナナリーの言葉は至極もっともなものだ。
 自分がしている反逆で、自分が死ぬ可能性だってあるのだから。

 ジークフリードの言うとおり、自分がいなくなっても生きていける力を与えることこそ保護者の最大の務めだと、ルルーシュは認めた。

 そして認めたのなら即座に行動に移すのがルルーシュである。

 (明日にでも、リハビリルームの設備を増強して理学療法士、作業療法士などの資格を持つ者を探して雇い入れよう)

 ナナリーが自分がいなくなっても大丈夫なように、という未来図は、確かにルルーシュの心にぽっかりと穴をあけたような気分にさせた。
 だが、ナナリーは自分から離れていくために頑張るのではない。
 自分の役に立つために頑張りたいと言ってくれたのだから、それは喜びこそすれ悲しむことではないはずだ。

 (それから、リハビリを補助するための知識を仕入れておかなくては・・・咲世子さんに頼んで、その手の本をこちらに送って貰おう。
 出来れば彼女にはナナリーについて貰いたいが、まだそれは無理だからな)

 咲世子にはアッシュフォードで別れた後、結局自分の正体がゼロであることを話した。
 それについて咲世子は納得して絶対に口外しないことと、改めてルルーシュに忠誠を誓うと言ってくれたのだ。

 すぐにメグロに行くと言ってくれたのだが、トウキョウ租界に公然といられる咲世子は貴重な存在であり、アッシュフォードの動向を見張ったり租界で物資を仕入れることも出来るので非常に悩んだが、彼女には未だにアッシュフォード学園のクラブハウスにいて貰っている。

 ただルルーシュも知らないことだが、既にロイドからルルーシュがゼロであることを聞かされているミレイが咲世子が黒の騎士団員であることを知らず、咲世子もまたミレイがルルーシュがゼロだと知っていることを知らないという、非常に残念(カオス)な展開になっていたりする。

 ゆえにルルーシュとスザクが学園を退学したため、ピザ作りのガニメデを操作するためにロイドがやって来たことを咲世子から聞いても、『ロイド?ああ、会長の婚約者の伯爵だな。そうか』の一言で終わっていた。

 ルルーシュがもう遅いから眠るように促すと、ナナリーははい、と頷きながら嬉しそうに言った。

 「それでですね、お兄様。エトランジュ様がこんなものを下さったんです」

 ナナリーが差し出したのは、少し大きめのボイスレコーダーだった。
 再生・録音・消去ボタンの上には点字シールが貼られ、目が見えないナナリーでも操作出来る仕様になっていた。

 「これで毎日の記録をつけると、やる気が出るってアドバイスして下さったんです。
 目が見えない人でもつけられる、音声日記というものだそうです」

 「なるほど・・・いいものを貰ってよかったな、ナナリー」

 これが出来ないからと言ってやらせないのではなく出来るようにするということか、とルルーシュは学んだ。

 「はい!私、今日から早速使ってみようと思って」

 「ああ、せっかく貰ったんだから有効活用しないと失礼だからな。明日お礼を言いに行こう」

 ルルーシュがいつものようにナナリーの服を着替えさせようと手を伸ばすと、ナナリーがおずおずと言った。

 「あの、私今日から一人で着替えようと思うんです。いけませんか?」

 「ナナリー・・・ああ、解ったよ。やってごらん」

 思い立ったが吉日とばかりにさっそくやろうとするナナリーに、ルルーシュは笑みを浮かべた。



 ランぺルージ兄妹が兄離れと妹離れの第一歩を踏み出した同時刻、政庁で副官のカノンからの連絡を受けたシュナイゼルは、その報告を聞いてやはりねと呟いた。

 「シュナイゼル殿下のおっしゃられた通り、マグヌスファミリアのエトランジュ女王は昨年中華を訪れております。
 また、それ以前にも天子との親交があったとのことですわ」

 「それ以前から?二人に何か接点でもあったのかい?」

 「先帝の代に前国王アドリスが訪れたことをきっかけに、文通をしていたとか。
 また、最近までエトランジュ女王の伯母であるエリザベスが末息子と共に滞在していたようです。
 キュウシュウ戦役後に、彼女はEUに戻ったとのことですが」

 現在天子と兄であるオデュッセウスとの婚儀をまとめるため、繋がりを持っている大宦官を通じて調べてみたところ、エトランジュの影を見つけた。

 キュウシュウ戦役後から中華ではこの作戦に失敗した責を問われた大宦官のうち二名が失脚し、海外派兵を中止する動きが強まっている。
 同時に外国より先に自国をどうにかすべきであるとの意見が徐々に力を増しており、大宦官達には非常に面白くない事態になっていた。

 「・・・やられたね。ゼロは初めから中華に貸しを作るつもりで、将軍達を捕まえたようだ」

 「そのようですわね。ゼロ、EU、中華・・・どれにもメリットがあります」

 ゼロは中華に貸しを作れ、中華は長期戦争を止めることが出来、EUは中華の勢力拡大を阻止出来た。
 いずれ日本を解放すれば、中華とEUとの間に同盟を築こうとする意図があるのは明白である。
 そのためにも、他国によい印象を与えておく必要があるのだろう。

 見事に他人の影に隠れて活動を続けてきたマグヌスファミリアに、シュナイゼルはその長であるエトランジュをどう処理すべきか考えた。

 一番手っ取り早いのは暗殺だが、エリア11内にいる可能性が高いとはいえどこに潜伏しているか解らない上、殺しても別の王が即位して同じことをすればいたちごっこで意味がない。
 
 あの国自体が僻地にあり長く鎖国していたせいか、世界的にもポンティキュラス王家は特殊な一族だ。
 王位継承権に順番はなく王が健在なうちに時代の王を協議の上選んで譲位する制度があり、また他国ではあり得ないことに家系図を遡ると国民が絶対にどこかで王族と縁戚関係を結んでいるほど王家と国民の絆が強かった。

 と言うのもマグヌスファミリアは二千人強程度の人口しかおらず医療制度が発達していないせいで平均寿命が五十代と短いため、人口を維持するために多産が奨励されている。
 現女王は母親が早く病死したせいで一人っ子だが、前国王アドリスも十五人兄弟でありその兄弟もそれぞれ三人以上の子供を儲けていた。

 ただ血が濃くなるのを避けるために、直系同士の婚姻は禁じられている。
 従兄妹までの婚姻は禁止しているので、鎖国している状態で王族以外となると、貴族制度がないマグヌスファミリアは自然国内の誰かと婚姻を結ぶことになる。
 ゆえにマグヌスファミリア・・・大きな家族という国名にふさわしく、系図を見ると王族を中心として全ての国民が血縁関係に当たるのだ。

 例外は外国から嫁入りした前王妃ランファーのような者くらいであろう。

 「つまり、極論を言えば国民全員が王位継承権を持っているわけだ。
 形だけ王族の養子として迎えて即位させても、彼らとしては問題にすらならないのだろうね」

 「おそらく、そうでしょうね。ただ、一つ気になることが」

 そう言ってカノンが取り出したのは、EUに提出されていたマグヌスファミリアの法律書である。
 その中の王位継承に関する項目には、“王族の中から成人した者を選んで譲位すること”とはっきり記されている。

 「・・・今の女王が即位したのは、確か十三歳になるかならないかではなかったかな?」

 マグヌスファミリアの成人年齢は十五歳だ、ちょうど今のエトランジュの年齢である。
 しかも前国王アドリスの兄弟の他に、既に成人した彼らの子供もいるはずだ。

 「はい、その通りです。
 普通なら王が亡くなったからその一人娘が即位というのはごく自然な成り行きですが、マグヌスファミリアに限ってはそうではありません」

 これはいったいどういうことだろう。本来なら王になるはずのないエトランジュが、どうして法を無視して即位したのか。

 「なるほど、そういうことか」

 マグヌスファミリアに関する資料を一通り読み終えたシュナイゼルは、彼らの狙いをある程度推測出来た。

 彼らにはサクラダイトのような突出したものがないせいで、周囲に祖国を奪還するために協力を依頼するにしても交渉のための切り札がない。
 そこで反ブリタニア同盟を組むことを考え、説得のためにエトランジュを使者に立てることを思いついた。
 父親を殺され、国をブリタニアに滅ぼされた幼い女王がブリタニアを倒すために協力して欲しいと訴えれば、王道のストーリーが出来上がる。

 これは全くの事実であるから、植民地にしたエリアのレジスタンスもその境遇に同情して力になる者も出てくるだろう。
 それで彼女が死んでも、一種の死んだヒロインが出来上がるだけでマグヌスファミリアとしては彼女の遺志を継ぐ者として新たな王を即位させれば済む。

 小国が出来る精一杯のことだが、中華連邦の天子と繋がりを持ち、さらにゼロの協力を取り付けた今、この戦略は大成功を収めたと認めざるを得なかった。

 「EUのガンドルフィ外相・・・いえ、元でしたわね。
 彼が我々と密通しているのが発覚して免職されて以降、EUの動きが掴みづらくなっていたので気づきませんでしたわ」

 EUのガンドルフィ外相はシュナイゼルと繋がり持ち、EUの機密情報を流していたのだがそれがバレて即座に免職され、さらには他のブリタニアに通じていた者数名も同じ運命を辿ったため、EUに対する戦略を考え直している最中だった。

 「操り人形をどうにかしても、意味がない。
 だがその操り人形が成果を上げているとなると、無視は出来ないね・・・本当に厄介だ」

 彼女を殺しても別の傀儡が立てられ、殺さなければこのまま各地に情報をばら撒きつつ連携を取っていくための看板をするだけなのは明白だ。

 「一応本人がどのような人物かを調べてみましたのですが、海外に留学経験がないどころか、マグヌスファミリアから亡命するまで一度も出国の経験がないそうです。
 聞けば相当父親から溺愛されていたようですが」

 エトランジュが六歳の頃に妻が病死したアドリスは、遺されたたった一人の娘をそれはそれは大事にしていた。
 EU元首会議の後行われる親睦パーティーにも、定期便があるし娘が待っているからと出席することなくさっさと帰国し、執務室にも妻子の写真を国旗を片づけて大きく貼り付け、娘の『お父様、お仕事頑張って』と吹き込まれたボイスレコーダーをBGMに仕事していたなど親バカも極まっていたと、ガンドルフィは心底から呆れた口調で語った。

 そんな親に育てられた娘らしく、亡命してきた頃は父親が帰って来ると信じてその報を受けるためにEU本部のマグヌスファミリアに当てられた執務室でひたすら待つ彼女は、どう見ても甘ったれの小娘にしか見えなかったそうだ。

 「せいぜい特筆すべきことは、彼女はEUのほとんどの言語を理解し、父方の祖父が中華連邦人であることから中華語も理解出来るくらいでしょうか」

 「ああ、それで天子との文通も出来たのだね。
 相手の言語を使って交渉すれば、相手の好感度も上がる。これで女王の肩書があれば、彼女ほど使者にふさわしい人間はないということか」

 シュナイゼルも他国との交渉によく海外に赴くため、その効力が高いことは知っていた。
 ただ彼にはそこまで労力を使う必要がないため、せいぜい教養として学んでいるという程度である。

 「今回の件があるし、中華と彼女との繋がりは無視出来ない。
 兄上と天子との婚姻を早め、中華をこちらの手に収めるとしようか」

 国内が荒れているとはいえ、それでも強国の中華がゼロの元にいるエトランジュにつくとなると非常にまずい。
 しかも科挙組が『天子様はまだ十二歳、法で定められた婚姻可能年齢に達していない!』と今回の政略結婚に反対しており、後見人である太師と太保も同様のせいで遅々として話が進んでいなかった。
 正論を武器にされることほど邪魔なものはない。

 「エリア11のほうは、当分ダールトン将軍に任せるとしよう。
 それからエトランジュ女王を操っているEUのほうにも、楔を打ち込んだほうがよさそうだ」

 シュナイゼルは予定を繰り上げて中華へ移ることを決めると、スケジュールの調整をカノンに命じた。
 彼が頷いて退出すると、改めてマグヌスファミリアの資料を手に取り、王族が住む城の地下に遺跡発見、だが水没させられたために調査不可能という項目を見つめた。
 父であるシャルル皇帝が遺跡を直轄領としていることから、この遺跡もそうなのだろう。

 (それに、マグヌスファミリアがコミュニティを築いたのは陛下も気にしていたストーンヘンジ周辺だ。
 わざわざ自国の遺跡を水没させているし・・・この遺跡について、彼らが何か知っている可能性は高いな)

 殺すよりも、取り込んだ方がいいかもしれない。
 シュナイゼルはそう考えると、その策について考えを巡らせた。



[18683] 第十九話  皇子と皇女の計画
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/09/25 13:41
  十九話   皇子と皇女の計画



 夏祭りが終わった二ヶ月後、ルルーシュ達は黒の騎士団後方基地の建設が完成し、また厄介なシュナイゼルが日本を去ったこともあって緊張がある程度解けて比較的穏やかな雰囲気であった。

 だが次兄の恐ろしさを知っているルルーシュは、エトランジュから受けた報告に眉をひそめた。
 その左目には、何故か医療用の眼帯が痛々しく当てられている。

 「中華連邦でシュナイゼルが、第一皇子のオデュッセウスと天子様との婚姻を早めようとしているようです。
 科挙組や太師や太保がまだ天子様が婚姻可能年齢になっていないと反対しているのですが、先のキュウシュウでの戦いが失敗したからブリタニアと縁を結んでおくべきと大宦官が言いだしたそうです」

 「元はと言えば自分達の失敗だろうに、尻拭いを天子様にさせようというのですか・・・情けないことだ」

 ルルーシュの心底から呆れた声に、エトランジュ達も頷いて同意した。

 「気休めかもしれませんが、こちらもこんな手段はどうかと提案しておいたのです。
 エリザベス伯母様の息子のアルフォンス・・・つまりは私の従兄なのですが、彼と天子様とを婚約させて、ブリタニアとの政略結婚を阻止しようというものなのですが」

 いくら身分が高いといえど既に三十になろうという第一皇子との婚姻より、小国な上に末流とはいえそれでも王族であり十九歳の男性との方が、天子の抵抗は少ないだろう。
 それにこれはあくまで婚約なので、ことが終われば適当な理由をつけて破棄しても問題はない。

 アルフォンスも別に自分が適当な汚名をかぶっても構わないと、了承済みである。

 「天子様はまだ成人しておりませんので、婚約とだけしておきます。
 そして天子様が二十歳前後になってから改めて考えるという形にしておけば、とりあえずブリタニアとの婚姻は阻止出来やすくなるかと思って」

 「なるほど、そういう策もありますか」

 マグヌスファミリアとの婚約にしろ、ブリタニアとの結婚にしろ、誰がどう見ても政略絡みの婚姻政策である。それならばより世間の印象をよくした形で行うのが得策であろう。

 天子が二十歳になる頃には、戦争が終わっている可能性が高い。
 ブリタニアとの戦争が終わった時点でブリタニア皇子と結婚を断るための口実なので婚約破棄と発表すれば、暗黙の了解というやつでそれで終わる。

 もちろんそのまま二人の間に愛情が出来て結婚しても、それはそれで一向に構わない。

 一度も中華連邦へ訪れていないオデュッセウスよりも、昨年エトランジュにについて訪中して面識のあるアルフォンスの方が、天子もマシだと感じるだろう。
 EUとしても中華の国力をブリタニアが得るのは防ぎたいため、天子と友人関係にあるエトランジュが従兄をさりげなく推した件については黙認する構えらしい。

 「と言いますのも、中華連邦皇帝の夫の座と言うのは魅力的らしくて・・・王族の男性を天子様にという考えを持っているEU加盟国がいるんです。
 ただ天子様がまだ幼く、このご時世いつ誰が殺されて王位を引き継がねばならないとも限らないので王族男性をおいそれと海外にやるわけにはいかないと、結構複雑みたいなんですよね」

 中世ならいざ知らず、いくら政略だからといってこの現代で皇帝といえどまだ十二歳の少女の夫にと王族の誰かを推薦するのは、ある意味非常に勇気がいる。
 ブリタニアや中華と違って、他の国は国民感情を気にしなくてはならないからだ。

 己がロリコン呼ばわりされるのを覚悟で他国に婿に行く度胸のある男が、どれほどいることか。
 かといって天子と似合いの年頃の少年となると、大宦官にいいように利用されるか殺されるかのどちらかである。

 また、世界で長引く戦争のため大人が次々に死ぬ事態に陥っている。幼い天子が皇帝にならざるを得なかったのが、いい例だ。
 ゆえにおいそれと王族の男性を他国に送り込むわけにはいかない。

 対してマグヌスファミリアの場合、人口が少ない割に王族が多いので王位を引き継ぐ誰かがいなくて困るという事態にはまずならない。
 さらに今回は天子とエトランジュが友人なので、彼女を通じて知り合い仲良くなったという建前のストーリーが作れるのだ。

 それにアルフォンスと天子の年齢差は十九歳と十二歳、ロリコン呼ばわりされても今は仕方ないが、天子が二十歳になればそう気になる年齢差ではない。
 少なくともオデュッセウスに比べればはるかにマシな世間体は整っている。
 
 「世間体を整えるのも大事なことですからね。
 なるほど、アルフォンス様を天子様に引き合わせておけば、事実はどうあれとりあえず見合い結婚という形式が作れます」

 「婚約ですからいつ破棄されるかは解りませんが、これが成れば中華とEUの間で同盟が結ばれることも不可能ではないかと」

 「ええ、そしてEUと我ら黒の騎士団との間で同盟が成れば、強力な反ブリタニア同盟が出来上がります。
 早く日本解放を行って、そちらの政策を取るよう仕向けたいものですが」

 科挙組としては天子の意志を無視する婚姻は避けたいらしく、エトランジュ達も気持ちは解るのでいざとなったらアルフォンスを、と提案するに留めている。
 いつでも破棄が可能な婚約の方がリスクこそ少ないが、それはそのまま同盟ごとEUに破棄される恐れがあるというのと同じなため、それはそれで安心出来ないのだ。

 「かといって婚姻では、ブリタニアを咎めることは出来ません。
 科挙組と連携して婚約というほうが、国民受けもいいですからね」

 あちらを立てればこちらが立たず。まったく難しい問題である。

 「エトランジュ様、当の天子様はどのように?」

 「まだお悩みのようです。太師と太保のほうも考え中とのことですが、シュナイゼルが中華連邦にいる今時間はあまりないと考えた方が・・・」

 ルルーシュはさもあらんと納得したが、同時に厄介も極まる次兄の策動にどうしたものかと思案にふける。

 もう七年も会っていないが、長兄のオデュッセウスは凡庸ではあるが穏やかな男で、正直純粋に夫としてなら彼はなかなか無難な相手と言えるだろう。

 天子を軽んじていないからこそ第一皇子を娶せたのだとアピールするための人選だろうが、エトランジュから聞いた天子の性格にもオデュッセウスは的確な相手だ。
 家族がいない天子が彼にほだされる可能性が、無きにしも非ずである。

 「・・・中華とブリタニアの婚姻政策は、何としてでも阻止する。
 近々俺は日本を離れることになると思うので、俺が直接中華に乗り込み指示を送りましょう」

 「え?!ルルーシュ様自らですか?!」

 エトランジュが驚愕して問い返すと、ルルーシュはそんなに驚かなくてもと視線で呟いた。

 「だって、日本にはナナリー様が」

 「もちろん週に一度は日本に戻って来ますよ。毎週ほんの五日、中華へ出張するだけです」

 本当はそれでも嫌なのだが、そうも言っていられない。
 神根島から戻った後、C.Cから既に中華のギアス遺跡がブリタニアの手に落ちており、そこでギアス嚮団なる組織がシャルルの元で働いていると聞いては何としても中華を手中に収めなくてはならないからだ。

 また、対ブリタニア組織連盟の“超合集国”を構築するためにもEUとブリタニアに並んで国力の強い中華の協力が、ぜひとも欲しいのだ。

 「幸い、ナナリーも少しずつだがしっかりしてきたことだし・・・ギアス能力者が大勢いるなら、俺の絶対遵守のギアスで連中を支配下に置くのが一番です」

 エトランジュ達のギアスでは、ギアス能力者に対抗する事は難しい。
 何しろ戦闘向きなのはアルカディアのギアスだが、それでもただ姿が感知されなくなるだけなので嚮団殲滅には向いていない。

 さらに中華で大っぴらに許可のない軍事行動を行う訳にもいかない以上、一番なのはアルカディアのギアスで嚮団の内部に侵入し、片っ端からルルーシュのギアスをかけて支配下に置くのがベストなのだ。

 「了解いたしました。では中華でエリザベス伯母様が作った隠れ家の地図を後でお渡しいたします」

 エトランジュが中華での活動に備えた拠点をいくつか作っていると話すと、ルルーシュは満足げに笑みを浮かべた。

 エトランジュも釣られて笑うと、思い出したようにバッグから小さなコンタクトレンズケースを取り出してルルーシュの前に差し出した。

 「そうだ、例のギアスの暴走を止めるためにルルーシュ様に依頼されたコンタクトレンズが出来たので、お届けいたしますね。
 アルカディア従姉様特製の、ギアスを遮断するコンタクトレンズです」

 「おや、思っていたより早く出来上がったのですね」

 ルルーシュの感心したような声に、エトランジュが小さく溜息をついて答えた。

 「眼帯をつけるというのが一般的ですが、それだと少々不便ですから・・・視覚型ギアスが多いので、アルカディア従姉様は以前から研究してたんです」

 実は先月ルルーシュのギアスが暴走を始め、エトランジュに向かって言った『俺の代わりに子供達に食事を作って貰えませんか』という言葉がたまたまエトランジュの隣に立っていたのでルルーシュの視界にいたアルカディアの耳に飛び込んだ。

 アルカディアはまだルルーシュのギアスにかかっていなかったので見事にその言葉が絶対遵守の命令となり、その時まだナイトメアやコンタクトレンズ、その他の機械開発で多忙を極めていたアルカディアは常ならば私は忙しいからヤだと怒鳴りそうなものなのに、素直に『そうね、解ったわ』とキッチンで食事を作り始めた。

 まだギアスを得て一年も経っていないのにとルルーシュもマグヌスファミリア一行も絶句したが、とりあえず眼帯をルルーシュに手渡し一時的な処置としたのである。

 「これをつけていると暴走しても相手の目を見たことにはならないのですね?」

 「アルカディア従姉様はそうおっしゃっておいでした。実験済みだそうです」

 「ありがたく頂きます。アルカディア様に礼を伝えておいて頂きたい」

 ルルーシュがエトランジュの手からコンタクトレンズケースを受け取ると、さっそくそれを左目につける。

 コンタクトをつけるのは初めてなので、少々違和感があった。だがそれもじきに馴染むだろうと、後で適当な人間にギアスをかけて改めて効果を確かめることを決めた。

 「逆に視覚型ギアスならこのコンタクトレンズで防ぐことが可能ですから、量産すればギアス嚮団なるブリタニアのギアス能力者に対する防御策にもなります。
 マオさんがつけていた色眼鏡でもいいのですが、壊されてしまえばそれまでですからね」
 
 「確かにそうですね。視覚型だけというのがネックですが、それでもないよりはいい。
 ギアス嚮団と対決するまでに、それの量産をお願いしたいのですが」

 「はい、既に手配済みです」

 ギアスについて改めて話していると、慌てた声でドアがノックされた。

 「ゼロ、ブリタニアが動きました。テレビでユーフェミア皇女による発表があるそうです!」

 カレンの声にルルーシュは来たか、と頷き、エトランジュを伴って私室を出た。

 会議室では既に主だったメンバーが揃っており、緊張した面持ちでテレビに視線を釘づけにしている。

 「皆さん、今日は重大な発表があります。
 わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアはイレヴンの方々の雇用先として、また総生産を上げるための場として、工業特区日本、農業特区日本、そして経済特区日本を設立することを宣言いたします!!」

 「なんと・・・・それはどのようなものですか?」

 記者の質問に、ユーフェミアはしっかりとした口調で答えた。

 「先のテロリストを発見するためとはいえ、ゲットーを封鎖したことでイレヴンの方々から租界での仕事を奪うことになり、ゲットーの整備も行き届いていなかったせいで再就職の道がなかったために、皆様には多大な迷惑をかけてしまったと反省しました。
 よって二度とこんなことが起こらないよう、雇用政策の一環として労働の場を提供しようと考えたのです」

 「なるほど、しかし日本と言う名前をなぜ・・・」

 それではイレヴンを調子づかせることになるのでは、という意見が出ると、ユーフェミアは首を横に振った。

 「ここは元は日本と呼ばれていた場所です。その名前はイレヴンの方々にとって誇るべきもののはずです。
 ですから、その名前が一番ふさわしいと思ったのです」

 相変わらず甘い幻想のお姫様だ、と心の中で記者達が呟くが、ユーフェミアはさらに続けた。

 「ホッカイドウに農業特区を、オオサカとハンシンに工業特区を、そして富士山周辺にそれらをまとめる場として経済特区を作りたいと考えています。
 参加希望者は各地に設けられた登録所に登録し、特区戸籍を造り、その上で移住して頂くことになります。
 当面の生活費および食料の受給についても・・・」

 「思ったより遅かったな。まあ、ユーフェミアなら上出来か」

 既に話を通していた黒の騎士団の面々は、驚くことなくルルーシュの呟きに頷いた。

 神根島でユーフェミア皇女を捕らえた時、どうしても戦いたくないというユーフェミアに日本人に労働の場を与えて保護し、これ以上虐殺などの悲劇を起こらせないようにしろと諭して策を与えたと話してあった。

 「この特区を作らせた狙いは、確か俺達が作った基地に対する目くらましと日本奪回の決起に対しての物資を得るためだったよな?
 公然と物資を作れる場所ってのはありがたいから」

 玉城が言うとルルーシュはそうだ、と頷く。
 
 日本各地に散らばる黒の騎士団後方基地から適度な距離を取って特区を作らせ、その中でまず自分達が囲いきれなかった日本人に労働の場を与え、また間接的な労働力を得る場とする。

 そして黒の騎士団が作った基地が出す廃材などをこっそり特区に移して処理したり、万が一基地が潰されてもそちらに物資を移して保護出来るようにしたり、また基地にいる日本人達の避難場所にするなど、かなりメリットがある。

 「逆に特区から基地のほうに物資を横流しさせることも可能だからな。ブリタニアの資金と資材をうまく使ってやるさ」

 「騎士団にいるブリタニア人協力者を特区の経営に参画させましたから、監査役さえうまく買収するか騙すかすればいいでしょう。
 これで日本人の生活は一息入れることが出来ましたね」

 ディートハルトの言葉に、扇や玉城はうんうん、と満足げに頷く。

 ユーフェミアは最近はいくらか現実的になっているようだが、それでも根本を変えない限り日本人をはじめとするナンバーズとブリタニア人が仲良く暮らせるということが不可能だと、まだいまいち理解出来ていない。
 日本特区はしょせんは対症療法でしかなく、ないよりはマシという程度でしかないのだ。

 しかし、それでも黒の騎士団の活動と日本人の生活を安定させるついでに、彼女の夢を一時的にせよ実現させることが可能な策である。

 (無理やりに日本人の特区を作れば、さんざん試行錯誤した末に砂上の楼閣のように崩れ去るだけだからな。
 初めからこちらのコントロール下でやらせるほうがいい)

 一見ユーフェミアの掲げる理想、日本人とブリタニア人が手を取り合って暮らせる場所であり、日本人の生活を豊かにする特区政策は彼女の好みにも合致している。
 
 だが、特区がブリタニア人の特権がなかったり二十万程度の収容能力しかなかったりした挙句、黒の騎士団に参加を呼びかけるものであるなら最悪だ。

 ブリタニア人が特権を使えないなら資金、資材、人材を持つブリタニア人が参加しないのですぐに限界が見えるものになる。
 さらに一億以上いる日本人、その何十分の一もない人間しか入ることのない代物では、名誉ブリタニア人に毛が生えた程度の階級がほんの一握り出来るだけで終わってしまう。

 とどめに黒の騎士団に参加を呼びかければ、参加すれば武力を取り上げられ、拒否すれば平和の敵と言うレッテルを貼られ、どちらにしろ騎士団は終わるだろう。
 
 (ユフィなら釘を刺しておかないと絶対、騎士団に参加を呼びかけるからな。
 あいつに主導権は意地でも渡せない)

 「では打ち合わせ通り、扇を中心として南、杉山、井上、吉田に特区に入って貰う。
 他にも騎士団や協力者から数十人特区に差し向けるので、彼らをまとめてくれ」

 「解った、任せてくれ。連絡役はカレンでいいんだな?」

 扇の確認に、カレンは小さく笑みを浮かべて頷いた。

 「ええ、特区に参加するブリタニア人グループのリーダーに私の・・・父が選ばれたから手伝いの名目で私も行けるの。
 ・・・やっと、シュタットフェルトの名前が役に立つのね」

 どこか恥ずかしそうなカレンに、周囲は笑みを浮かべる。

 カレンは、父親と和解することに成功していた。
 策ではなく、ただまっすぐに父親とぶつかり合い、話し合った末でのことだった。

 アッシュフォードで情報召集に当たっている咲世子から、カレンの正体がまだ学園に知れ渡っていないことを聞き、スザクやユーフェミアがカレンのことを報告していないことを知った。

 合わせてこの日本特区に出来れば権限の強いブリタニア人がいてくれれば助かることから、シュタットフェルトが使えないかと考えたルルーシュは、カレンに租界に戻るように頼んだところ、確かにそのほうがいいことを理解した彼女は渋々ながらも引き受けてくれたのだ。

 そして帰宅した彼女を待ち受けていたのは、娘が行方不明と聞いて本国から日本にすっ飛んで来て、顔を青ざめさせて行方を極秘で追っていた父親だった。

 突如ひょっこり戻って来た娘に安堵してソファに座り込んだ後、盛大にカレンを叱りつけたのはカレンとしても驚いた。
 ずっと自分を跡取りのための道具としてしか見ていないと思っていたのに、『百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった』との呟きに、エトランジュの『カレンさんを引き取ったのは、純粋に貴女の将来を思ってのこと』という推測が当たっていたことを知った。

 その後、どうして自分を引き取ったのか、自分と母をどう思っていたのかを尋ねた。
 父が自分の将来のためを思って義母との間に出来た子としてシュタットフェルトの籍に入れたことや、母の百合子にどうしてもと頼まれ名誉ブリタニア人として雇い自分の傍に置いたことを聞いた。
 本当なら租界に小さな店でも与えて、兄のナオトと何不自由のない暮らしが出来るように手配するつもりだったらしい。

 父は自分が思っているような冷血漢ではなく、それなりに自分と母のことを考えていてくれたことを、彼女はやっと気づいたのだ。

 そして少しずつ少しずつ父娘の溝を埋めていき、今では少々のぎこちなさはあっても話が出来るくらいにはなっている。

 「シュタットフェルト伯爵のほうには、ユーフェミアのほうから話をするよう協力者を通してそう仕向けてある。
 皇族からの依頼と言う大義名分があれば、シュタットフェルトも動きやすいからな」

 ルルーシュはそう取り繕ったが、実際はルルーシュがユーフェミアに指示してシュタットフェルトに協力を依頼するよう言ったことを、カレンはもちろん知っている。

 ユーフェミアがスザクを通して知り合ったシュタットフェルト伯爵家の令嬢のカレンに己の特区の構想を伝え、それに協力を依頼しシュタットフェルト家が了承したという筋書きである。

 幸運なことに何故かニーナがユーフェミアと知り合っており、アッシュフォード学園絡みで知り合ったということに誰も疑問を挟まなかった。

 「何かニーナが政庁でばったりユーフェミア皇女と会ってたらしいんですよね。
 スザクが学校辞めちゃって退学届を出した時に、会長に同行した縁で」

 何でもスザクが退学届を出した際、それをスザクに渡しに来たミレイに同行した二―ナはミレイに置き去りにされ、それに気づかず政庁内で途方に暮れていたところをスザクを探しに来たユーフェミアに会って思わず近寄ったらしい。

 不審者と勘違いされて取り押さえられ掛けたが、ユーフェミアがカワグチ湖で会った少女だと気づき、ユーフェミアは事情を周囲に説明して彼女をお茶に誘ったという。

 そのためカレンがアッシュフォード学園でのスザクの学友で、そこからユーフェミアと知り合ったという説明に、二―ナの例があったからそうですかの一言で済んだのである。

 「何であれ疑われないというのは結構なことだ。これで君は公然と、ユーフェミア皇女と会うことが可能になる」

 「正直あのお姫様はまだめでたい思考するから苦手なんですけど・・・仕方ないですね。
 何とかうまくやってみます」

 この策を聞いた時カレンはあのお姫様のお守りか、と嫌な顔をしたのだが、ルルーシュにあのともすれば理想で暴走しかねない彼女を監視しろと言い換えられてころっと了承していた。

 「特区開催記念式典は一週間後です。今日、ユーフェミア皇女と政庁で打ち合わせがあって・・・」

 「ああ、後で内容を教えてくれ」

 「解りました、ゼロ。では、私は準備がありますので」

 仕事とはいえ皇女と会うのだから面倒な支度が必要だと愚痴を呟きつつも、カレンはシュタットフェルトの名をうまく使う機会なのだからと言い聞かせて部屋を出た。

 だが、扇や玉城達はルルーシュの真の狙いを知らない。
 まさかこの特区が、“失敗を前提に造られている”など、想像すらしていないだろう。

 この事実を知っているのは、桐原を初めとするキョウト六家、カレン、ディートハルト、そしてマグヌスファミリアの面々のみである。
 
 会議が終わった後、ディートハルトとエトランジュとアルカディアの三人をゼロの私室に呼び出したルルーシュは、さっそくに本当の作戦について語り出した。

 「ディートハルト、特区に参加するブリタニア人についてだが」

 「はい、主に主義者達で構成されておりますが、貴方のおっしゃった通り日本人をよく思わないブリタニア人がその特権を使って利益を横取りしようと今から動いている者が数名おりますね。
 こういう商業絡みのことは、早く要所を抑えねば利益は得られませんから」

 「よし、そいつらから目を離すな。はじめは好き放題に泳がせて利益を奪わせてやるさ。
 そのうちにそいつらの悪行を暴露し、日本人の憎悪の象徴になって貰うのだから」

 だがいくら最初から失敗が前提とはいえ、特区を早く潰し過ぎるものであったりこちらの不利益になる行為をされては困るため、監視は常にしておく必要があるのだ。

 「はい、解っております。しかしさすがゼロ・・・日本解放のきっかけにするために、このような策を・・・!」

 興奮して肩を震わせるディートハルトに、アルカディアは思わず彼から数歩離れて距離を取る。

 「特区を失敗させ、それを持って日本解放戦争の決起とする・・・それこそが、特区を作らせた本当の狙い・・・!

 そう、ルルーシュの本当の目的はまさにそれだった。

 かなりの規模の特区を成立させて日本人の生活基盤をある程度落ち着かせるが、それでも一億もの日本人がいるのだから、当然その輪に入れない者が存在する。
 もちろんゲットーにも特区から資材を出して開発を進める予定だが、それはまず特区がうまく循環してからになるため、まだ先になるだろう。

 とすると経済に明るい者はその理屈が解るだろうが、大概の者達の目から見ればユーフェミアはやはり自分に従うナンバーズのみを大事にするのだと感じ取り、不満を募らせることになる。

 そして実は特区は当初は盛大に成功させ、大いに利益を上げる。もともと日本は高い技術力があるし、サクラダイトといった資源もあるので、全くゼロからの出発と言うわけではない。
 また、日本製の米や和牛などそれなりに評価の高い農作物や畜産物もあるので、食糧自給率を上げるためにも効果的だ。

 そうして特区が多大な利益を上げて日本人が豊かな生活をするようになると、特に不利益を被ったわけでもないのに選民意識の強いブリタニア人はそれが不当なものであるように感じ、それに対して邪魔をしてくることは必至である。

 コーネリアのような連中なども、過度にナンバーズに富を与えることは危険と感じ、そんな連中に同調する可能性が高い。
 そして、それこそがルルーシュの狙いだった。

 「せっかく生活水準が上がったのに、それを不当にまた奪われればブリタニア人がいる限り自分達の生活はいつまでもよくならないと、嫌でも日本人は理解する。
 特区にブリタニア人の特権はある程度残してあるし、日本人との間に差は設けてあるのだからその相乗効果で徐々に不満が募っていったところで・・・」

 「その不満を爆発させる事件を起こし、特区を失敗させるのですね。
 この特区自体もともと失敗する要素の方が多いですから、どうせならこちらの利益になる形で失敗させる方がダメージが少なくていい」

 ディートハルトはその混乱が来る日が待ち遠しいと言わんばかりに顔を輝かせ、アルカディアはさらに彼から引いた。

 「民衆には物語が必要だからな。
 日本人とブリタニア人が手を取り合って暮らせる小さな箱庭を、己の欲望で汚したブリタニア人によって壊される・・・王道のストーリーだろう?」

 ディートハルトが幾度も頷いて同意すると、エトランジュがおずおずと尋ねた。

 「しかし、それだと少し時間がかかってしまうのでは?初めは成功させなければいけないのでしょう?」

 「そうですね、最低でも半年ないし一年はかかるでしょうが、ある程度操作して出来るだけ短い間で利益が出るようにするつもりです。
 既にある程度経済計画は立てていますし、それをカレンに持たせてユーフェミア皇女に届けさせましたから。
 最初が肝心ですからね・・・最悪な失敗だけはさせませんよ」

 「で、その間あんたは中華連邦やEUで反ブリタニア活動をする、と」

 アルカディアの言葉にルルーシュが頷くと、ディートハルトはなるほどとさらに納得した。

 経済にも精通しているゼロなら、ここに残るメンバーに指示するだけで特区は十分何とかなる。
 正義の味方である黒の騎士団は融和政策を始めたブリタニアに対して攻撃出来ない以上、失敗が公になるまでは当然活動を控えざるを得ないのだ。

 ではどうするかというと、世界各地にあるブリタニア植民地を回り、またブリタニアと交戦しているEUにも赴いて直接活動を行おうというのである。

 「そろそろ自分の目で世界の情勢を確かめたいと思っていたところだからな。
 それに中華の天子様の婚姻も阻止しなくては・・・」

 「私達に協力して下さっているブリタニアレジスタンス組織にも、ゼロとお会いしたいとのお言葉を頂いております。
 二面作戦ですのでご負担は相当なものかと存じますが、よろしくお願いいたしますね」

 「いえ、こちらも負担をお願いするのですから、大したことではありませんよ」

 ルルーシュの言葉に、アルカディアが露骨に嫌そうな顔をした。
 ルルーシュ自身が直接世界各地に赴くことはあるが、大方はアルカディアがゼロに変装してエトランジュがリンクを開いて彼の言葉を伝えて情報を得るべく各地を回れという意味だと悟ったからだった。

 エトランジュも当然、ゼロについて世界各地を回らなくてはならない。
 今現在のところ協力してくれている各国のレジスタンスはマグヌスファミリアの指揮下にあるのだから、その長である彼女がゼロを紹介しなければ受け入れて貰えないからだ。

 こうして見ると、リンクを繋いだ仲間さえいれば同時に情報を伝え合えるエトランジュのギアスは相当に強力だとつくづく思う。
 しかもギアスのことを知る親族達が各地にいて自分の意思を正確に伝えられ、さらに彼らからリアルタイムで情報が手に入るのだ。
 己の負担が大幅に減る、実にありがたいギアスである。

 「まずは式典を成功させ、ひと月ほど様子を見てから中華へと移る。天子様の政略結婚を潰すのは、私が直接指揮を取りましょう。
 ディートハルト、お前を特区の広報の担当に任命するよう裏から手を回しておいたから、その間情報収集および操作を行え」

 「お任せ下さいゼロ。私の得意とするところです。
 では、さっそく準備を整えに参りますので、失礼いたします」

 ディートハルトが嬉々として了承して私室を出ると、残された三人は日本が一年のつかの間の平和を楽しむ間、自分達は世界各地で起こる争乱を回るハードスケジュールを思って大きく溜息を吐く。

 「まず中華で天子様の政略結婚潰して、EUでシュナイゼルが張り巡らせた謀略潰して、ナイトオブラウンズによる侵略を潰して・・・はぁ、休むヒマなさそー」

 「EUでは伯父様達がゼロの知略を元にいろいろ動いて下さっておりますが、侵略の方が難しいと相談を受けております。
 マグヌスファミリアは戦争は本当に門外漢もいいところですから」
 
 アルカディアの嘆きにエトランジュも困ったように首を傾げる。

 「既に俺が常に入ってくる情報を解析して作戦を考えてあります。
 万が一俺が別行動を取っても、ある程度は貴方がたで対処が可能なようにしますので」

 ルルーシュがパソコンを操作して何十通りもの策が書き連ねられたファイルを開くと、現時点で起こり得る問題とその対処の仕方、またそれを阻止する手段などが事細かに記されていることにエトランジュは感嘆の声を上げる。

 「さすがゼロ・・・ですが、私には何が何だかさっぱりと」

 エトランジュはルルーシュをも凌ぐ語学能力の持ち主だが、意味が解らなければそれはただの解読不能な文字でしかない。

 「退路を絶った上でわざと放棄した軍事基地には焦土作戦を敢行、さらに一個大隊を持ってこれを撃破・・・焦土作戦って何ですか?」

 「侵攻してくる軍隊の進撃地にある住居や食糧、補給品などを全て焼き払って、現地調達をさせない作戦のことです。
 ブリタニアは常に戦っておりますので、侵略した地から物資を奪うのはよくある手ですからね」

 なるほどとエトランジュは納得したが、意味が解らなければ読めても意味がないので、エトランジュは軍事、経済についてせめて専門用語だけでも覚えておかねばと決意する。
 何しろ一個大隊も実は解っていなかったりするのだから、彼女の知識は偏っていると言わざるを得なかった。

 「私がいますから、それほど気負う必要はありません。
 エトランジュ様はただ、各地にいらっしゃるご親族の方に指示を伝えて頂くだけで結構です」

 「はい、ゼロ。でも念のためそのファイルの開き方を教えて頂きたいのですが」

 「もちろんです。ここをこうして、パスワードは三つありますのでしっかりご記憶頂きたい。順序も決して間違えないようにお願いします」

 「三つ、ですか・・・解りました」

 エトランジュとアルカディアがファイルの開き方とパスワードを聞き終わると、アルカディアは時計を見て立ちあがる。

 「やばい、もう時間だわ!ちょっと行ってくる」

 「ああ、そうですね。くれぐれもお気をつけて・・・アルカディア従姉様」

 エトランジュの心配そうな声に、アルカディアは大丈夫と笑った。

 「ギアスでいつも繋がってるんだから、何かあったらすぐに解るわよ。じゃ、行ってくるわ」

 アルカディアが慌てて部屋を出ると、ルルーシュは改めてTVをつけて、再度放送されているユーフェミアの特区宣言の映像を見つめた。

 今度こそ己の理想が実現すると信じて、おそらくは夜も寝ずに頑張ったのだろう、化粧で隠された隈が見えた。

 (すまないユフィ、君を利用した。
 だが、君の理想は日本だけじゃない、世界各地で実現させてみせるよ)

 それにこの策は成功した時はブリタニア人にもそれなりの利益があるものだからブリタニア人、日本人の双方からユーフェミアの評価が上がるだろう。
 だが失敗する時はその責任はあくまでも事件を起こしたブリタニア人と、利益を横取りしたブリタニア人のものだから、彼女はむしろ被害者として仕立てて責任が行かないようにするつもりだった。

 そして日本独立戦争が終わった後、彼女は戦いによらずして日本人とブリタニア人を共存させようとした気高い皇族である、弱肉強食を訴える皇帝を倒し、彼女をブリタニアの代表として立てて世界を平和にしようという世論に持って行ければ、彼女は殺さずに済む。

 ルルーシュはその未来を実現させるため、特区を持ち上げて落とす策のために、再びパソコンに向かうのだった。



 数時間後、カレンはシュタットフェルト邸宅前にやって来た人物を見つめて、仰天したようにその人物を指さした。

 「ちょ、あの・・・ホントにアルカディア様?!」

 「しっ、その名前で呼ばないで欲しいカレン様。私はエドワード・デュランです」

 さっき念を押したでしょう、と視線で咎めるアルカディアに、カレンはもぐもぐと口を閉ざす。

 しかし、カレンが驚くのも無理はない。何しろ今のアルカディアは、細見ではあるが堂々たる男性に変装しているのだから。

 金髪碧眼といったエトランジュに少し似た容姿に高級スーツを纏った彼女は、どう見ても男性にしか見えない。

 「赤髪がカツラだってのは聞いてましたけど、身長や体格を服や靴でごまかすだけで、女でも男に化けられるものなんですねえ」

 そう、実はアルカディアの髪はカツラだった。
 何故そんな真似をしているのかと言うと、赤は一番目立ち印象に残る色なので、いつもその髪で戦場や租界をうろついておく。
 すると万一追いかけられたりした場合、カツラを処理してちょっと変装すればそれだけでも結構逃げ切れたりするのである。

 ちなみに今回は変装術が得意だという咲世子のアドバイスを受けて腰をタオルで巻いてウエストを増やしたり、シークレットブーツを履いたり、襟の詰まった服を着て喉仏がないのをごまかしたりしていると説明すると、カレンは納得して感心した。

 「さ、お喋りはここまで。父親にはまだ、黒の騎士団に入ってることは黙ってるんでしょ?」

 「は、はい。そんなことはまだ言えなくて・・・特区を希望したのも、行方不明になったお兄ちゃんを探すためって言ってあるの」

 カレンが後ろめたそうな声で答えると、アルカディアは大きく溜息を吐く。

 「仕方ないって台詞は、ほんと便利な言葉よね。それだけでみんな、カタがついちゃうんだから」

 「同感です。でも、本当にそうとしか言えないんです」

 「事情がこうだから、ほんと仕方ないわよ。こっちもせっかく家族と和解したんだから、うまくいくように調整するから心配しないで。
 私達はブリタニアを壊したいだけで、よそ様の家庭を壊したいわけじゃないんだから」

 ルルーシュも協力してくれるという意味を言葉から捉えたカレンは一瞬顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った後、逆に怒ったような声で言った。

 「べ、別にあんな奴に心配して貰わなくたって、私は・・・!」

 「はいはい、仲間だから心配するの。私達は身内で争いまくるブリタニアとは違いますからねー」

 ブリタニアとは違うと言われて、カレンはそうですねとあっさり怒りを鎮めた。

 「仲間だからですよね、うん。仲間だから心配してくれたんだから、怒っちゃダメよね」

 「おっと、本当にお喋りはここまでよ。貴女のお父さんが来たわ」

 アルカディアは喉に手をやって咳払いを二度ほどすると、カレンも表情を引き締めて門が開く音を聞いた。
 そしてそこから大きなリムジンが出てくると、二人の前で停車して窓が開く。

 「どうしたんだカレン、そんなところで」

 門の外に出たと聞いて不思議に思っていたと言うカレンの父・シュタットフェルトに、カレンはぎこちなさそうに答える。

 「実は、特区に協力してもいいって人が来てくれて・・・この人、アッシュフォードを去年卒業したエドワードさん。
 プログラミングを主に勉強していてね、特区の情報処理システムにぜひ協力させて欲しいって言ってくれたの」

 「ああ、君がカレンが言ってた・・・どうぞ、乗って下さい」

 「失礼します、シュタットフェルト伯」

 自動で開いたドアにカレンに続いてアルカディアが乗り込むと、リムジンは音もなく走りだす。

 「改めてご挨拶をさせて頂きます。去年アッシュフォードを卒業して、今は租界の店を回って情報処理を担当しているエドワード・デュランと申します」

 「シュタットフェルトです、こちらこそよろしく。娘とはどのような縁で?」

 キランと目が光ったように感じたカレンとアルカディアだが、カレンは気のせいだとすぐにスル―し、アルカディアはエトランジュの父にして己の叔父であるアドリスと同じ目をしていると心の中で溜息を吐く。

 (あー、そうですか娘に悪い虫がついているか心配ですか)

 なら日本に母がいるとはいえ放り出して本国にいるなよ、と内心で突っ込んだが、彼にも彼なりの事情があることをカレンから聞いているアルカディアは笑顔で応対する。

 「ええ、アッシュフォードの科学部にいたのでOBとして顔を出したのですが、その時偶然に御令嬢とお会い致しまして少しお話を。
 実はここだけの話、私の祖母は日本人なのでそこからも・・・」

 「ああ、そうだったか。それで特区にご興味を?」

 「ええ、祖母は昔和菓子屋をしていたそうで、それをまたもう一度したいと言っていたので最期に夢を叶えてやりたくて・・・もう年ですから」

 お涙ちょうだいストーリーをたそがれたような顔でしゃあしゃあと言ってのけたアルカディアは、シュタットフェルトが最も気にしているであろう不安を払拭するために続けて言った。

 「特区が成功すれば、私も堂々と婚約者と結婚出来ます・・・彼女は日本人なのでね、ぜひとも成功させたいものです」

 その台詞にあからさまに安堵の息を吐いたシュタットフェルトは、今のは内緒にしておいて下さいねと手を合わせるアルカディアに幾度も頷いて了承する。

 「いや、そういうことなら結構だ。この日本特区が成功するよう、私も尽力するとしよう。
 実はあそこにリフレイン患者のための病院を建てられないかと考えているんだが、国是からすると難しそうでね・・・」

 「お母さん、出所してもまだ後遺症から抜けられるか心配だもんね。
 日本人にまだリフレイン患者は多いし、それを治療するための設備なんてないもの」

 カレンが俯いて呟くと、シュタットフェルトは慌てたように付け足す。

 「百合子が収監されている刑務所には裏で手を回して特別待遇にするよう手配はしたが、治療となるとまた別だ。
 彼女のためにもどうにかしてみせるから、心配するなカレン」

 どうやら娘にこれ以上嫌われたくないらしいな、とアルカディアはシュタットフェルトの態度から悟った。

 「話は聞いておりますが、まだカレンさんの母君が出所されるまでまだ日はあります。
 他のリフレイン患者を後回しにする気がしますが、焦って無理やり病院を設立するよりしっかりした基盤を作ってからのほうがいいと思いますよ」

 日本解放が成ったら、リフレイン患者のためのリハビリ施設を造ることはすでに決定済みだ。
 つまり特区で無理をして作らなくても、新たな日本政府の元で設立出来るのだから焦る必要はない。
 今はそれより新たなリフレイン患者を減らし、売人を摘発して潰していく方が現実的な処置なのだ。

 「ああ、そうだな・・・ああ、着いたようだ」

 リムジンが止まってドアが運転手によって開かれると、目の前には日本における敵の総本山である政庁が白くそびえ立っている。

 (この政庁、ドカーンと綺麗さっぱり消え去ってくれたらさぞ気持ちいいだろうなあ・・・コーネリアごとだったらなおのこと)

 物騒な感想を抱きながらエントランスに入ると、受付でシュタットフェルトの名前を告げて特別訪問者用IDを受け取って奥へと入る。

 さすが伯爵なだけあって、VIP用のエレベーターでスザクに会いに来たミレイより上の階にある応接室に通され、さらに上質の葉で淹れられた紅茶を出された。

 「ユーフェミア副総督閣下は間もなくこちらにおいでになられますので、もうしばらくお待ち下さい」

 「はい、解りました」

 女性職員が立ち去ると、敵陣真っ只中にいるカレンとアルカディアは落ち着かなさけにそわそわする。

 「落ち着けカレン、エドワード君。そう緊張しては副総督閣下がおいでになられた時どんなことになるか・・・」

 「そ、そんなんじゃなくて・・・・いや、やっぱそうかも」

 カレンは慌ててごまかすと、不意にドアがノックされて静かに開いた。

 「申し訳ありませんシュタットフェルト伯!お待たせしてしまいましたわ」

 少し慌てて入室して来たのは、背後にスザクとダールトンを従えたユーフェミアだった。
 先ほどまでエリア11における経済状況についての会議が行われ、それが少し長びいて遅れてしまって申し訳ないと再度謝罪する。

 「いえいえ、とんでもございませんユーフェミア皇女殿下。お忙しい中お時間を頂きまして、まことにありがとうございます」

 ソファから立ち上がって臣下の礼を取るシュタットフェルトに、内心嫌で仕方なかったがカレンとアルカディアも同様の礼を取った。

 「今回はぜひ特区に協力したいと申し出てきた青年をお連れさせて頂きました。エドワード・デュランです」

 「エドワード・デュランと申しますユーフェミア皇女殿下。お会い出来て光栄です」

 アルカディアがにっこりを笑みを浮かべると、特区参加協力者と聞いてユーフェミアは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「まあ、特区の?!さっそく協力者が来て下さるなんて、嬉しいわ!さあ、どうかお座りになって下さいな」

 ユーフェミアに促されて三人が再度ソファに座ると、ユーフェミアは近くにいた侍女に改めて紅茶とお茶菓子の用意を言いつけた。

 ユーフェミアが三人の前のソファに座ると、その背後にスザクとダールトンが立つ。

 「ではさっそくですが、特区日本の式典についてお話を」

 「はい、ユーフェミア副総督閣下。実は私どもでいろいろと考えた計画書がございますのでぜひ、ご覧頂きたいのです」

 カレンが数枚の書類が入った袋をユーフェミアに差し出すと、カレンの正体が黒の騎士団のゼロの親衛隊隊長・・・すなわちルルーシュの側近だと知っているユーフェミアはこれが彼からのものだとすぐに解った。

 逸る気持ちを抑えてユーフェミアが書類を出して読むと、それにはそれぞれの特区における今後の予想展開図とその対処法がずらずらと並べられている。

 エトランジュと異なり知識は高いユーフェミアはその正確さに喜んで、これなら特区の成功は間違いないと顔を輝かせる。

 「ありがとう、さっそく会議にかけて検討致しますわ。皆さんにお礼を申しあげておいて下さらないかしら?」

 「はい、必ずお伝えさせて頂きます」

 カレンが軽く頭を下げて了承すると、大事そうに書類を袋に戻してテーブルの上に置く。

 「一週間後の開催記念式典ですが、主なスケジュールは先日お送りさせて頂いた通りです。
 既に資材の準備は整っておりまして、参加者は農業特区ホッカイドウが十万人、オオサカ・ハンシン工業特区が十五万人、さらに経済特区が二十万人です。
 現在簡易的に戸籍が作られておりますが、いずれ本格的な物を作らねばならないでしょう」

 シュタットフェルトの説明に、予想より少ない参加人数にユーフェミアは肩を落とした。

 「もう少し集まって下さると思ったのですが・・・」

 「軌道に乗れば、人は自然にこちらに集まりますユーフェミア副総督閣下。稼働出来るだけの人数は十二分にあるのですから、問題ありません」

 やはり以前のゲットー封鎖が尾を引いたのか、特区に閉じ込められ奴隷労働でもさせるつもりじゃないだろうかという後ろ向きな考えを持つ者が大勢いたりするせいで、参加をためらう日本人が多かった。

 ユーフェミアはそれも自業自得だから仕方ないと諦め、とにかく何が何でも特区を成功させるのだと己を奮い立たせる。

 「記念式典には、私達も参加させて頂きます。
 あの、それと二ーナからなんですが、彼女もぜひ協力参加させて欲しいとお願いされたのですが・・・どうしましょう?」

 つい先ほどテレビを見た二ーナはすぐさま特区について調べたところ、次のニュースでシュタットフェルト家が主に主導すると知ってカレンに電話をかけてきたという。

 「まあ、ニーナも?嬉しいわ。でも、学校の方はどうするの?」

 「早期単位取得制度を使ったら、もともと卒業が近いしすぐに卒業出来るからって言ってました。二ーナは成績優秀だし、真面目ですから」

 「協力してくれる人が多いのは心強いわ。でも無理はしないでって伝えておいて下さるかしら」

 「はい、かしこまりました。すぐにお伝えしておきます」

 日本人の参加者が少ないことに落ち込んでいたユーフェミアだが、逆にブリタニア人の協力者が多いことに彼女は希望を持てたらしい。

 (やっぱり、人はこうやって助け合えるものなのよ。
 戦わなくてもこうして手を取り合っていろんなことをしているのを見れば、お姉様だってきっと解って下さる)

 未だ意識不明のコーネリアだが、勝手なことをしたと始めは叱られるだろう。
 けれど結果がすべてと言ったのは姉なのだから、いい結果を出せば認めてくれるとユーフェミアは信じている。

 「喜んで下さいユーフェミア副総督閣下。既に特区に入場を始めたイレヴンの中には、まだ記念式典が始まっていないのに仕事を始めている者もいるようです。
 ああ、もちろんきちんと監督役のブリタニア人の指揮のもとでですのでご安心を」

 「本当ですか?日本人の方は勤勉だと伺っておりましたが、気がお早いこと」

 シュタットフェルトの報告にユーフェミアが苦笑しつつも嬉しそうな様子に、アルカディアが言った。

 「働くことが美徳だとされた国民性だそうですから、仕事をさせれば大いに利益を上げてくれると思いますよ。
 いつか聞いたのですが、十何年か前のCMで“24時間働けますか?”がキャッチフレーズな商品があったとか」

 仕事中毒にもほどがあると呆れるアルカディアに、ユーフェミアは目を丸くする。

 「さすがにそれは無理でしょう・・・わたくしだって睡眠時間が五時間きった時は・・・あ」

 思わず自分の手を覆って台詞を止めたが、しっかりダールトンとスザクには聞こえていた。じろりと見つめられて、ユーフェミアは視線をそらす。

 「いけませんよユーフェミア様!あれほどご無理はなさいませんようにと申し上げたではありませんか!」

 「もう寝るからって僕を退出させた後、部屋で仕事してたんですね・・・」

 道理で朝早くからあれこれ指示を出せていたはずだと納得した二人が頭を押さえると、アルカディアがやれやれと肩をすくめてアドバイスする。

 「お疲れのようですので僭越ながら申し上げます。
 時間がない時は確かに睡眠時間を削るしかないのですが、無理をなさってお倒れになられては意味がありません。
 無理して起きるより、眠くなったらすぐに寝て早めに起きて仕事をなさる方がよほど効果的です」

 さらに短時間で熟眠出来るコツやアロマテラピーなどによるリラックス法を教えると、ユーフェミアは幾度となく頷いてメモを取る。

 「ついでに料理人の方にも、疲れを取る食材を使った料理を作って貰えれば少しはましかと存じますが」

 「なるほど、すぐに手配しよう。こういうことに我々は疎いからな・・・いや、助かった」

 アルカディアが己の主君を半殺しの目に遭わせた一人だとも知らず、ダールトンが礼を言うとアルカディアは実に嬉しそうにお役にたてれば何よりですなどと言って笑っている。

 と、そこへダールトンの携帯が鳴り響き、ユーフェミアが頷いたので彼が一礼して退出すると待ってましたとばかりに彼女はカレンに尋ねた。

 「式典には彼も来てくれるのかしら?やっぱり、無理?」

 「会場にはブリタニア人もいますし、それほど目立たないと思うんですけど今のところは聞いていないんです。
 いちおう手紙を預かってきましたので」

 ルルーシュから隙を見て渡せと言われていた手紙をカレンから手渡されたユーフェミアは、嬉しそうにそれを受け取り宝物のように胸に抱く。

 「ありがとう、カレンさん。ああ、長居させてしまって申し訳なかったわ。
 では次は記念式典でお会い致しましょう」

 「はい、今日はお時間を賜りましてまことにありがとうございました」

 シュタットフェルトが頭を下げて二人もそれに倣うと、ユーフェミアは頭を上げるように促した。

 「こちらこそいろいろと助けて頂いておりますもの、お気になさらないで。
 どなたか御三方をエントランスまで送って差し上げて下さいな」

 近くにいた職員に先導されて全員で応接室を出ると、ダールトンが慌てた様子でやって来た。

 「どうかしたのですか、ダールトン」

 「は、ユーフェミア様・・・どうかこちらへ」

 カレン達に一瞬視線を向けたダールトンの言葉に、ユーフェミアは眉根を寄せながらも彼についてその場を離れた。

 いきなりユーフェミアが立ち去ってしまったので、帰っていいものかと途方に暮れた一同がその場に取り残された五分後、難しい表情をしたユーフェミアが戻ってきた。

 「何か緊急のご報告があったようですね。邪魔になりますゆえ、私どもはこれで・・・」

 シュタットフェルトがそう切り出すと、ユーフェミアはカレンに向かって言った。

 「ええ、お姉様に呼び出されてしまったから、今からお姉様のところへ行かなくてはならなくなったの。
 もしかしたらお姉様から特区について改めて説明を求められるかもしれませんが、その時はお手数ですけどお願いしてもよろしいかしら?」

 「!!!」

 (これって・・・もしかしてコーネリアが目を覚ましたってこと?!)

 ユーフェミアの言葉の真の意味を瞬時に悟ったカレンとアルカディアは、内心で舌打ちしつつも顔は何とか笑顔を取り繕う。

 「解りました、改めてご説明に上がらせて頂きます。それでは、私どもはこれで御前を失礼させて頂きます」

 「ええ、今日は本当にありがとう」

 ユーフェミアはこのタイミングで姉が目を覚ますなんてと少し姉不幸なことを考えながらも、エレベーターに乗り込み去っていく三人を見送った後、スザクに向かって言った。

 「今すぐお姉様の入院されている病院へ向かいます。
 きっとお姉様はお怒りでしょうけれど、解って下さるまで説得するわ」

 ユーフェミアはそう決意すると、スザクと共に姉に会うべく駐車場へと向かうのだった。



 「何がどうなっている!お前達が付いていながら何と言うことだ!!」

 目を覚まして早々、医者とギルフォードから自分の状態を聞かされたコーネリアは自分があのテロにやられて以降三ヶ月も眠っていたと知らされ、いくらまめに体位変換を行い筋肉をほぐしてあったとはいえ、それでもろくに動かせぬ己の身体に呆然となった。

 だがそれより先に最愛の妹の様子が気になってギルフォードに尋ねてみると、まずユーフェミアはこともあろうにイレヴンである枢木 スザクを選任騎士に選び、さらに次兄シュナイゼルについて視察を手伝いに行った際に黒の騎士団に襲撃され、海を漂って偶然流れ着いた島で人質にされたと聞いた時は血の気が引いた。

 だが同じく漂着したスザクによって救出され、以降は彼女を守るために栄誉あるナイトメアのデヴァイサーと学園を辞めてまで護衛について以降は何事もないと聞き、ほっと安堵する。

 「イレヴンではありますが、彼は騎士として実に立派な男です。
 聞けば戦闘能力も群を抜いておりまして、グラストンナイツですら彼には敵わなかったとか」

 「そうか、お前が言うならそうなのだろうな。ユフィもあれ以降無茶なことはしなくなったのなら、奴が騎士であることは認めよう。
 だが、この特区日本と言うのは何だ?!イレヴンを調子づかせるだけではないか」

 テレビから流れるニュースを見ながら怒鳴るコーネリアに、ギルフォードがたしなめる。

 「ユーフェミア様もお考えがあってのことです。
 今こちらに向かわれているとのことなのですから、直接伺った方が・・・!」

 「ユフィ・・・誰も止めなかったのか?」

 「は、あの方もこの二か月、特区のために寝食を忘れて特区成立に向けて努力されておりました。
 それに私から見ても見切り発車ではなく、きちんとシュタットフェルト伯爵家を始めとする有力貴族に協力を仰いで推し進め、経済計画、予算計画などもしっかり考えておいででした」

 思いがけず妹の成長ぶりを聞かされたコーネリアは、目を見開いた。
 そしてギルフォードから特区について書かれた書類を手渡されて、食い入るように見つめる。

 「これは・・・本当にユフィが考えたのか?」

 「は、細かい部分は会議で決定していったようですが、大枠はユーフェミア様です。
 参加者も特区稼働には充分な人数が集まり、ブリタニア人の参加者もそれなりにいるようですが」

 コーネリアも馬鹿ではない。この特区がこのエリア11の経済活性化に貢献の余地があることは、すぐに理解出来た。

 だがこの特区が成功すればイレヴンに余計な富を与えることになり、それによってまたテロを起こす輩が現れる可能性もある。

 だからといって万一にも失敗すれば、特区の提唱者であるユーフェミアに大きな傷がつく。

 どちらに転んでも最善とは言えない結果になる特区に、コーネリアは頭が痛くなった。

 しかし、既にここまで事が大きくなり、たった今全国に向けて発表が行われた以上覆すことは出来ない。

 「おのれ・・・私がこのような目に遭ってさえいなければ、意地でも阻止したものを!!
 あのテロリストども、許さんぞ!!」

 「申し訳ございません姫様、奴らはまだ捕縛出来ておらず・・・しかし正体は解りました。
 エリア16・・・元マグヌスファミリアの亡命政府の女王、エトランジュ率いるテロリストグループです。
 ゼロと組んで、身の程知らずにも我がブリタニアに刃向おうとしているのです」

 「あの、マグヌスファミリアか!たかが二千人程度しかおらぬ小国の分際で・・・!」

 その二千人程度しかいない国に攻め込んだことに対して恥を感じることはなかったらしい。
 コーネリアはろくに動かぬ身体で怒りを発散すべく、テーブルに置かれていたカップを薙ぎ払った。

 「ユフィは?ユフィはまだか?!」

 常に沈着冷静な誇り高い主の時ならぬ狂態に、ギルフォードは鎮静剤が入った飲み物を主君に差し出しながらなだめた。

 「どうか落ち着いて下さい姫様。ユーフェミア様も貴女様にご迷惑をかけようとしているのではありません。
 この特区でイレヴンが飢えることなく暮らせるようになればテロなど起こさなくなる、そうなれば姫様も無理に戦わなくてもよくなるとおっしゃっておいででした。
 貴女様を思っての特区でもあるのですよ」

 「ユフィ・・・だがそれは理想論だ」

 うなだれながらそう呟くコーネリアの視線の先には、テレビの中で顔を輝かせて特区設立を宣言する最愛の妹の姿があった。



 《コーネリアが目を覚ました?構いません想定の範囲内です》

 命が助かりいずれ目を覚ますと知っていたのだ、さして驚くことではないと、アルカディアから報告を聞いたルルーシュは別段気にすることなく言った。

 《既に特区成立の宣言は成ったのです。今更彼女に何が出来ます》

 《だけど、あの女がどう出るか》

 《そのユフィからコーネリアの動きを知ることが出来るように、カレンをやったのです。
 カレンの正体がバレないようにだけ気をつけて貰えれば結構》

 《了解・・・うっかり医療ミスでも起きて死ねばよかったのに》

 そうすれば自動的にユーフェミアが総督だ。いろいろと後の作業が楽になるのにとアルカディアは心の底から残念に思った。

 (今頃姉妹喧嘩の真っ最中だろうな。さて、どうするコーネリア)

 今更特区は覆せない。だが失敗の要素が多い特区だから、ユーフェミアの失点になるとさぞかし焦っているだろう。

 (ですがご安心を姉上。ユフィに余計な傷を負わせるつもりはありませんので)

 コーネリアにはさらなる傷を負わせる予定だが、と内心で付け足し、ルルーシュはあくどい笑みを浮かべた。



[18683] 第二十話  合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/30 07:39
  第二十話  合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち



 特区開催記念式典まで残り五日となり、黒の騎士団の中から特区へ入る予定の幹部達はそれぞれ準備に余念がなかった。

 コーネリアがとうとう目を覚ましたことを知った黒の騎士団は騒然となったが、『今更彼女に何も出来はしない。こんな時のためにカレンをユーフェミアの傍にやったのだから動きはすぐに解る』との言葉にさすがゼロと安堵していた。

 ディートハルトは嬉々として日本経済特区フジに入り、特区に関する全ての情報を集めては解析し、あるいは操作をして来たる日に向けて備えている。

 「えっと、扇副司令は協力者として協力して下さっているブリタニア人と日本人のハーフの方と一緒にご夫婦として特区潜入ですか。
 ブリタニアの目を欺くには理想的ですね」

 「おお、何かあいつすっげえ仲がいいみたいでよ、タコさんウインナーが入った手作り弁当とかうまそうに食ってたっす」

 玉城が羨ましそうにエトランジュにそう報告すると、実に微笑ましい出来事に笑みを浮かべる。

 「こうして人種を超えて手を取り合えるのは、素晴らしいことです。
 扇さんには経済特区に設立予定の小学校の教師の職をお願いしたのですけれど」

 「それも凄い喜んでた。あいつ、日本が解放されたら昔みたいに教師をするのが夢だったから」

 玉城は友人の夢が一時的にせよ叶えられる特区に、玉城はそれなりに肯定的だった。
 ただ彼はうかつな行動や言動が多いため、特区参加者から外されたという経緯があるので黒の騎士団の後方基地で待機予定である。

 「特区参加者の大部分が、既に各地に入場し始めているようです。
 後は特区をうまく成功させるだけ」

 そして、その後特区を失敗させる。
 みんなで努力を積み重ねているものを、壊す予定で造り上げる。

 何とも笑えないにもほどがある茶番劇に、エトランジュは小さく首を横に振る。

 「けどよ、成功したら日本人はブリタニアに取り込まれるってことにならないかって意見もあるんすけど」

 「いいえ、そうはならないとゼロがおっしゃっておりました。
 これはあくまでもユーフェミア個人の融和政策に近いですから」

 「ふ~ん、そんなもんかねえ。ま、ゼロの言うことは間違いねえ、任せるよ」

 玉城が機嫌よくエトランジュの前から歩き去ると、エトランジュは小さく溜息をついて中華総領事館経由で届けられた天子からの手紙に視線を落とす。

 (式典が終われば、次は中華・・・一刻の猶予もならない)

 天子からの手紙には、太保が病に倒れてブリタニアとの婚姻政策を推し進める動きが強くなってきたこと、アルフォンスとの婚約でそれを断る手段を使うことを考えていることなどが書かれている。

 近日中に、アルフォンスを中華に連れて行った方がいいかもしれない。
 それからゼロにも引き合わせて、天子の信頼を得るようにしておこう。

 エトランジュはそう考えると、中華行きの準備をすべく天子からの手紙を持ってゼロの私室へと向かうのだった。


 
 「NACと繋がっているブリタニアの内通者じゃが、うまく証拠を隠滅させて我らとの関係を隠し通せることに成功した。おぬしの言ったとおりじゃな」

 桐原の言葉にルルーシュは満足げに頷いた。

 「奴らにはまだ利用価値があります、桐原公。それをネタに特区への協力をさせ、さらに利益(エサ)を与えて飼いならしておいて頂きたい」

 かねてからNACから賄賂を受け取り、キョウトが日本に散らばっているレジスタンスを援助していることを隠してきた政府高官達をマークしていた動きは、ルルーシュも把握していた。

 使える駒は確保しておく主義のルルーシュはさっそく手を打ち、彼らを保護するために策を弄していたのだ。

 「コーネリアは特区に加担する訳にも、かといって失敗させるわけにもいかない。
 特区に奴らを入れておけば、おいそれと連中を糾弾するわけにはいきませんからね」

 「なるほど、特区は公然と日本人や日本人よりのブリタニア人を保護出来るというわけじゃな。つくづくおぬしを選んで正解だったわ」

 桐原の満足げな言葉に、ルルーシュはさらに言った。

 「あとは特区を成功させ、物資を出来るだけ生産して頂きたい。日本解放の戦争時に、それらを大いに役に立たせますのでね。
 さらに現在ブリタニアと交戦中の国々にも提供したいので」

 「あい解った。して、おぬしはその間どうするのじゃ?
 中華へ参る予定だと聞いておるが」

 「はい、中華の天子様との婚姻をやめさせなくてはなりませんからね。エトランジュ様と共に、中華へ行く予定です
 何しろシュナイゼルが相手ですから、私が直接指揮を取らねば」

 黒の騎士団とは常時連絡を取り合えるようにしてあるので、異常があればすぐに指示するというルルーシュに、桐原は頷いた。

 「準備が整い次第、出発いたします。メンバーは私、C.C、エトランジュ様、アルカディア様、ジークフリード将軍、マオの五名です。
 クライスにはここに居残って頂く」

 何故クライスだけ残すのかと桐原は首を傾げたが、おそらくEUとの連絡役として一人残していったのだろうと納得する。
 もちろん事実はクライスはエトランジュとギアスで繋がっているため、彼が生きた通信機として残って貰うだけだったりするのだが。
 ついでにナナリーの護衛も依頼してある。

 「ナナリーのほうも、既に知人にお願いしておりますので心配ありません。
 では、特区の方はよろしくお願いいたします」

 「承知した。では、またいずれ・・・」

 桐原の画像が通信機から消えると、既に中華へ渡る準備がされているトランクを見つめた。

 天子にも協力を依頼して、蓬莱島経由で中華へ密航する準備は万全だ。
 天子の婚姻を潰し、その後マグヌスファミリアのギアス能力者を集めてギアス嚮団なるものを潰せれば、後顧の憂いはなくなる。

 ルルーシュは順調に進んでいるこの状況に満足した。



 同時刻、ユーフェミアは次兄シュナイゼルから通信を受けていた。

 「聞いたよユフィ。雇用政策の一環で、イレヴンに職を与えるための特区を造るんだってね」

 「はい、シュナイゼル兄様。もう既に入場して下さっている方々の中には、仕事をして下さっている方もいるんですって」

 「それはいいことだね。私から少し提案があるんだが、黒の騎士団にも参加を呼びかけてみてはどうだい?
 イレヴンの支持を集める彼らが特区に参加してくれればもっと人は集まるし、イレヴンに不当な振舞いをしようとするブリタニア人の牽制にもなるんじゃないかな」

 シュナイゼルのにこやかな耳触りのいい台詞に、ユーフェミアは小さく首を横に振った。

 「わたくしもそう思って提案してみたのですが、テロリストの認定を受けている騎士団を公に認めるわけにはいかない、そんなことをすればわたくしがテロを容認していると取られかねないからやめるようにと、秘書から反対されました。
 それに、式根島で言われたように何もしていないうちから要求ばかりするようなことを二度もすれば、ゼロはもうブリタニア人を信じてはくれないと思います」

 シュナイゼルは特区を言い出した時にそう提案してあっさり却下されたと聞き、ユーフェミアらしいと納得しながらも黒の騎士団から武力を奪う機会を失ったことを知った。

 「でも、特区が成功してブリタニア人と日本人が仲良く共存しているのを見れば、きっとゼロも武装を解いて特区に参加してくれますわ。
 今まで力で抑えつけてばかりで、何もしなかったのがいけなかったのです。信用がないのは仕方のないことです」

 (ふむ・・・彼女なりに考えているようだね。だが)

 確かにユーフェミアらしい政策だが、経済計画や予算計画、さらには周囲を動かす根回しなどを見ると、これまでの彼女の能力からすれば飛びぬけているものが多い。
 一見すればユーフェミアが主導しているように見えるのだが、あまりにも的確過ぎるのだ。

 (まるでユフィの性格を熟知した者が、彼女を動かすために策を与えたような・・・)

 だがゼロは式根島で思い切りユーフェミアを罵倒しており、また彼女を人質にしたのはマグヌスファミリア・・・コーネリアが滅ぼした国の女王だ。

 そんな彼らがユーフェミアのために策を与えたとは考えにくいし、そもそも日本に来るまで公に活動をしていなかった彼女の性格がどんなものかなど知るはずもない。
 よって式根島でゼロが語ったユーフェミアの人物像が彼らにとっての彼女の姿であると、普通はそう考えるだろう。

 それでもシュナイゼルは引っかかるものを感じたが、珍しく明確な答えが出なかった。  

 「シュナイゼル兄様も、どうか特区のためにいいお考えがあったら聞かせて下さいな。
 お姉様は特区は理想論に過ぎないとおっしゃるばかりですの」

 「コーネリアらしいね。まあ、君の思うとおりにしてみるといいよ。
 争いばかりで解決するのは悲しいことだからね・・・いずれ機を見て参加を呼びかけるといい」

 今はユーフェミアの言うとおりタイミングが悪いが、ある程度特区が利益を上げた頃を見計らって参加を呼びかければ、それで彼らから武力を取り上げられる。

 ゼロの出頭と引き換えて黒の騎士団を免罪すると言えば、彼のいない騎士団など烏合の衆だ、どうとでも料理出来る。

 融和政策を打ち出したブリタニアに、黒の騎士団は当分攻撃して来ないだろう。その間に中華をブリタニアの手に治めておく。

 シュナイゼルはそう決意すると、ユーフェミアとの通信を切った。



 シュナイゼルとの通信が終わったユーフェミアは、私室でスザクに怒ったように訴えた。

 「お姉様はひどい、勝手なことをしたとお怒りになられるばかり。
 成功したらナンバーズがその富を使ってテロを行うかもしれないって、悪い面をおっしゃってばかりだわ。
 ルルーシュがそんなことさせたりしないのに」

 「それは仕方ないよユフィ。総督閣下はゼロがルルーシュであることを知らないんだから。
 特区を成功させて黒の騎士団が何もしてこなかったのを見れば、きっと解って下さるよ。結果はきちんと認めて下さる方なんだから、ね?」

 そう慰めるスザクにユーフェミアはそうね、と気を取り直してルルーシュからの手紙を見る。

 それには特区に参加は出来ないが、カレンを通して手紙くらいは送らせて貰う、頑張ってほしいと励ましの言葉が書かれている。

 「騎士団に参加して欲しかったけど、私の立場が悪くなるって気を使ってくれて・・・でも、私の立場が悪くなると特区が立ち行かなくなりますものね。
 ブリタニア人の面子をある程度立てて、日本人の生活をよくしなくては」

  本当に怖い綱渡りだとユーフェミアは怯えたこともあったが、これを成功させなければいつまでもブリタニア人と日本人は争ったままだ。

 ユーフェミアはクローゼットから記念式典のためのドレスを取り出し、身体に当ててくるりと回転する。

 「ねえスザク、素敵でしょう?これを着て私は式典に出るの。日本人の方は喜んでくれるかしら」

 「ああ、綺麗だよユフィ。日本人のみんなも、これを見れば君を信じてくれる」

 スザクは今から式典が待ちきれないとばかりに笑う主に、早く仲良く暮らせる特区に行きたいと、胸を膨らませるのだった。



 そしてあっという間に時間は流れ、日本特区開催記念式典の日が訪れた。

 農業特区ホッカイドウ、工業特区ハンシン、オオサカ、そして経済特区フジに同時に行われ、ユーフェミアが参加するのは経済特区フジだった。

 全世界に生中継される式典に、ニーナも学校を休んで参加していた。
 彼女は昨夜準備のためにシュタットフェルト邸に泊まらせて貰い、カレンとエドワードとして変装したアルカディアと合流し、一番大きなリムジンに乗り込んだ。

 「カレンさんもニーナさんも、今日はまたひときわ綺麗ですね」

 アルカディアの言葉にカレンは朝からメイド達に囲まれて着飾らされたとうんざりした表情で、二―ナはこんな豪華なドレスなんて似合わないと思い、小さくなっている。

 「そうだ、カレンさんから伺ったのですが、何やら見て欲しいものがあるとか」

 「え、あ、そうなんです。
 ロイド伯爵に見て貰おうと思ったのですけど、連絡先をうっかり聞き忘れて・・・エドワードさんも科学に詳しいって聞いたから、ぜひご意見を伺いたくて」

 ニーナが鞄からCDロムを取り出すと、アルカディアは持参していたノートパソコンを立ち上げてCDロムのファイルを開く。

 「へえ、新しいエネルギー源に関すること、かな・・・ウランについて、か」

 さすがに大学で科学を学んでいたアルカディアは、ある程度の概要を理解出来た。
 だが読み進めていくうちにその表情が険しいものになっていくことに気付いて、ニーナが恐る恐る尋ねる。

 「あの、何かおかしな点がありました?」

 「いや、見事な論文だよ。このまま学会に出しても通じるくらいだ」

 お世辞ではなくはっきりとそう言ったアルカディアに二ーナは嬉しそうだったが、アルカディアは首を横に振りながら言った。

 「だが、それはまだしないほうがいい。これは危険だ」

 「どうして?このエネルギー源を使える方法さえ確立出来たら、ユーフェミア様だって特区のエネルギー源に使えるって喜んで下さるかと思ったのに」

 現在もっとも効率的なエネルギー源としてはサクラダイトが有名だが、それを日本人に使わせるわけにはいかないと、主に使用を許されているのは電力である。

 電力は確かにソーラーシステムなどで安定して得られるがいまいち火力が弱く、ユーフェミアは特区成功のためにももっと効率よく使えるエネルギー源がないかと科学者の卵であるニーナに相談していたのだ。

 「解りやすく言うと、これは確かに強力なんだけど、その分暴走したらまずいことになる代物だからだよ。
 たとえばこれをエネルギー源の発生装置として使ったとしよう。万が一これが何らかのシステムエラーでも起こして暴走したら、どうなると思う?」

 ニーナはその指摘を聞いてすぐに理解し、顔を青ざめさせた。

 「あ・・・周囲の建物とかが綺麗に消えてしまうわ!気づかなかった・・・」

 ニーナの答えを聞いてカレンもシュタットフェルトも絶句し、慌てて二ーナを止めにかかる。

 「ちょ、何その物騒な機械!やめよう怖いわよそれ!」

 「暴走したら特区失敗どころじゃない・・・それはちょっと」

 ニーナはもっともだと納得してしゅんと落ち込んだが、だからといってこの理論が使えない代物なわけではない。
 アルカディアは少し考え込んだ後、二ーナに向かって提案する。

 「だったら、この暴走が起こっても大丈夫なシステムを作って、それと同時に発表すればいい。
 暴走が起こってもすぐに止められるシステムとか・・・そうすれば安全性のアピールになるし、悪用する者に対する牽制にもなる」

 「悪用って・・・これは新たなエネルギー源としてのもので」

 「どんなものでも悪用すれば怖いことになる。包丁だってただ料理をするために材料を切る道具なのに、それで殺人事件が多数起きているのは知っているだろう?
 人間は良くも悪くも考える生き物だ、己の悪意のために使用法を考えることもある」

 アルカディアはそう諭すと、彼女にならいいかと思い本当に恐れていることを話す。

 「それに、これを爆弾に転用されたらどうなる?ナイトメアなんか目じゃないぞ。
 ブリタニア軍なら、たぶんこれに目をつけるだろうね・・・そして君をユーフェミア様の元から連れ出すだろう。
 たとえば宰相閣下辺りから引き抜くとか言われたら、ユーフェミア様だって逆らえないし、君もその命令に従って開発をしなくてはならなくなる。
 君だって平和を望むユーフェミア様の意に逆らって、爆弾開発なんてしたくないだろう?」

 「・・・・!嫌よ、私!ユーフェミア様のお傍から離れて恐ろしいものを作るなんて!!」

 大いにあり得る展開にニーナが頭を何度も横に振って否定すると、アルカディアの言うとおりまずはウラン理論の暴走を止める方法を考えることを決めた。

 「ありがとうございます、エドワードさん。
 新しい理論を作ってユーフェミア様にお褒めて頂くことばかり考えて、他に目がいってなかった」

 「科学者にはありがちなことだから、気にしなくていいよ。
 でも今後は新しい理論を考えたら、その危険性も合わせて気にした方がいい」

 「そうします・・・頑張らなくちゃ」

 ブリタニア軍に悪夢のような兵器が生み出される危険性を回避出来たことに、カレンとアルカディアがほっと安堵の息を吐く。

 (よかった!マジでよかったよここに来て!生きた心地しなかった・・・)

 あの理論を見て始めは凄いと思っていたが、シャレにならないエネルギー放出量に本気で血の気が引いた。
 彼女の動向から目を離すなと視線でカレンに訴えたアルカディアに、カレンは二度頷いて了承した。

 微妙な雰囲気の中特区に入場した一行は、今度は緊張した面持ちでスザクとダールトンを従えたユーフェミアの前に目通りした。

 「ユーフェミア様!やっとですね!」

 「ニーナ!来てくれたのねありがとう」

 何故かまだ着替えていないユーフェミアにニーナは首を傾げたが、当の本人は気にすることなくカレン達を出迎えた。

 「あの、私来月中には学校を卒業出来そうなんです。これでその・・・ユーフェミア様のお役に立てられるって」

 顔を紅潮させてそう言うニーナに、ユーフェミアは驚きながらも嬉しそうに彼女の手を取った。

 「まあ、無理をしなくて良かったのに。でも嬉しいわ、ありがとう」

 「ニーナも卒業するのか。生徒会も大変そうだね」

 スザクが少し驚いたように言うと、ニーナもうん、と少々申し訳なさそうに頷いた。
 何しろカレンが休学届を出したので、残る生徒会メンバーはミレイ、リヴァル、シャーリーの三名だけとなるのだ。
 その上シャーリーが早期単位取得制度を使って放課後講義に出ているため、仕事は多忙を極めているそうだ。
 
 「ミレイちゃんもいい加減単位を取れって理事長から叱られたらしくて、お祭りもやってないのよ。
 いつもは疲れるとか思ってたけど、なくなると寂しいものね」

 ニーナの溜息にユーフェミアが尋ねた。

 「お祭りってなあに?学園祭のことじゃないみたいだけど」

 「あ、はいユーフェミア様。会長が突発で開催するお祭りなんです。
この前はアーサーを学園で飼うことになった時、歓迎会と称した猫祭りが行われて・・・」

 「猫祭り?」

 「ええ、全員が猫の格好をして騒ぐってお祭りで。前は男女逆転祭りだったな」

 面白そうにスザクが語る祭りの内容に、ユーフェミアが思いついたように手を叩く。

 「まあ、それは面白そうだわ。そんなお祭りなら、みんな楽しめそう」

 「ユーフェミア皇女殿下、そのような庶民の祭りなど真似をすべきではありませんぞ」

 ダールトンが慌てて叱りつけると、ユーフェミアは頬を膨らませる。

 「まぁまぁ、いいじゃないんですかそんなのも~。
 だいたい男女逆転祭ですか?あれなら四六時中カノン伯爵がやってますしぃ~」

 間延びした声でそうユーフェミアを擁護したのは、ロイドだった。
 この特区にゼロが関与しているなら黒の騎士団員がいるかもしれないと踏んだ彼は、こうしてやって来たのである。

 「カノン伯爵って?」
 
 「シュナイゼル殿下の副官~。彼、しょっちゅう女装してるんですよね」

 スザクの問いにそうロイドが答えると、ユーフェミアは驚いた。

 「え、あの方女性じゃなかったんですか?てっきりわたくしはずっと・・・」

 「いや、カノンって男性名でしょう?あ~、でも女性名だっけ日本じゃ」

 小学校に通っていた時代、同級生に花音という名前の少女がいたことを思い出したスザクに、ユーフェミアはそれならとダールトンに訴える。

 「ほら、シュナイゼル兄様の副官の伯爵の方だってなさってるんですって。
 こんな気楽な祭りなら、きっと皆様楽しんでくれますのに」

 「・・・・・」

 ダールトンは伯爵であり皇族の副官でありながら女装などという行為を公然としているカノンに、苦情を入れようと決意した。
 だが味方は思わぬところから現れた。

 「でもユーフェミア殿下、女装って若いうちは似合う人が多いからいいですけど、大人になるにつれて似合う人って言うのは少ないですよ。
 いや失礼を承知で言いますけど、ぶっちゃけダールトン閣下とかだと・・・」

 アルカディアの言葉によく言ってくれたとばかりにダールトンも同調する。
 一瞬己の女装姿を脳裏に浮かべてしまい、顔が引きつっている。

 「そ、そうですなユーフェミア様。中には抵抗を示す者もいるでしょうし」

 「大丈夫です、自由参加にしますから。後で計画書を立てましょう」

 ユーフェミアの中では既に開催は決定されたらしい。余計なことを言ったスザクとロイドを睨みつけたダールトンに、アルカディアが囁く。

 「こっちで適当に理由をつけてやめるように申し上げましょう。どうせ特区が成功してからになるので、時間はあります」

 「うむ、よろしく頼む」

 ダールトンはコーネリアと絶賛姉妹喧嘩中のユーフェミアの扱いに、たいそう苦労していた。
 ユーフェミアの気持ちもコーネリアの気持ちも解るだけに、間に立たされる彼の胃は最近悲鳴を上げている。

 そんな側近の苦労など知らず、ユーフェミアはこんな仮装祭りならルルーシュもこっそり参加出来るのではないかと淡い期待を抱いていた。

 「ユーフェミア皇女殿下、そろそろ記念式典開催の刻限です。お支度を」

 秘書に言われてユーフェミアが一礼して部屋に走り去っていくと、一同も用意されているVIP席へと案内されていく。

 そのVIP席にはキョウト六家の面々も座っており、神楽耶などはこの特区が失敗すると知っていることからどこかつまらなそうな顔をしていた。

 しばらく雑談などをして時間を潰していると、とうとうユーフェミアによる特区開催宣言の時刻になった。

 「いよいよね・・・ユーフェミア様・・・」

 ニ―ナが壇上に食い入るように見つめていると、ブリタニアの皇族カラーである白いドレスをまとったユーフェミアが現れ、壇上へと立つ。

 「あれは・・・ユーフェミア皇女・・・」

 彼女の姿を見て一部の人間は、そのドレスが何を意図しているものかを悟った。
 真っ白なドレスに白いハイヒールを履いた彼女の胸元には赤いバラが飾られ、そのシンプルな姿が日本の国旗を表したものだと気づいたのだ。

 ブリタニア人にもそれに気づいた者がいたが、それを口にするわけにはいかず黙っている。

 「日本人の皆さん、本日は日本特区開催記念式典に参加して下さって、ありがとうございます!」

 「に、日本人と・・・皇女殿下が・・・!」

 ユーフェミアのいきなりな台詞に、この展開を予想していたダールトンは大きく溜息を吐く。

 「これからわたくし達は共に手を取り合い、この日本を、エリア11を発展させていきましょう!
 争いばかりではお互いに傷つけ合うだけです。これから先相互の認識の違いや過去の確執など、様々な困難があることと思います。
 しかし、それでもその先に共存し繁栄の道があるとわたくしは信じます」

 あの神根島で、ルルーシュは言った。
 ナナリーは優しい世界でありますようにと願ったと。その願いを叶えてやりたいとも言った。
 自分も同じくするその願い、異母姉として叶えてやりたい。

 (だから、わたくしは・・・!)

 「ただ今を持って、経済特区、農業特区、工業特区日本の開催をここに宣言いたします!!
 どうかこの特区が、優しい世界の先駆けとなりますように!!

 その言葉に、日本人達が一斉に立ち上がって拍手する。

 「オールハイル・ユーフェミア!日本万歳!」

 「ありがとうございますユーフェミア様!」

 ユーフェミアはゲットー封鎖を行ったことで不信を持たれていたが、もともと日本人は浪花節に弱い。
 そしてユーフェミアが日本の国旗を模した服装で現れたことも手伝って、一気に彼女に対して期待する感情が高まったようだ。

 ユーフェミアによる特区設立宣言が何事もなく終わると、続いてブリタニア人代表であるシュタットフェルト、さらに日本人代表であるキョウトによる祝辞が述べられ、セレモニーは滞りなく進んでいく。

 (さて、そろそろ時間だわ。行かなくては)

 アルカディアはカレンに目配せをして席を離れ、今回の作戦のために足早に歩き去った。



 日本人達がユーフェミア万歳を叫ぶ中、当の本人は自分に相談することなくあのような格好で式典に臨んだことを通信でコーネリアから叱責されていた。

 「お前はブリタニア皇族だぞ。何故あのような・・・!」

 「だってお姉様、白は皇族の色だしちょうどいいと思って・・・日本人の皆さんだって、喜んで下さいましたわ」

 「あまりナンバーズを甘やかすんじゃない!奴らを調子に乗らせるとロクなことにならん」

 「ほう、ではこの特区、貴女は成功させるつもりがないということかな、コーネリア総督」

 いきなり背後から現れた声に、ユーフェミアもスザクも驚いて後ろを振り向くと、そこにはゼロがいた。

 「る・・・ゼロ?!」

 「ゼロだと?!貴様・・・!」

 コーネリアがダールトンがいない今スザクにすぐに取り押えるように命じようと口を開くと、その前にゼロが嘲るように言った。

 「いいのかな、コーネリア。今この場で騒ぎを起こせば、特区はそれだけで失敗するぞ?」

 未だ日本人の支持が強いゼロを特区内で追いつめれば、この特区がゼロをおびき寄せるものだと勘違いされる可能性があると言うゼロに、おそらくはそう情報操作をするつもりだと悟ったコーネリアは歯噛みしつつも捕縛を断念する。

 「貴様・・・何の用だ?!」

 「大した理由ではありません。ただ今回の日本特区開催のお祝いを申し上げに参っただけです」

 ゼロの答えにユーフェミアは嬉しそうに微笑み、では貴方も参加してくれるのかと期待の眼差しを向ける。

 「いいえ、残念ながらそれはまだ無理です。
 しかも総督閣下があのような心積もりと知っては、なおさら我々が参加する訳には参りませんね」

 「くっ・・・!」

 「ですがユーフェミア皇女、貴女が真実日本人を思い、この特区が成功したと知った暁には、この日本で反ブリタニア活動を行う必要はありません。
 潔くブリタニアに出頭しましょう」

 「なんだと・・・それは本気か?」

 いきなりの出頭発言に、ゼロは不敵に頷いて肯定した。

 「もちろん、タダで私がここに足を踏み入れるつもりはありません。黒の騎士団の日本人達の免罪と引き換えです。
 特区が成功すれば、日本とブリタニアは争う必要がありませんからね。平和のためなら、喜んで私は出頭しましょう」

 「ゼロ・・・・!でもそれは」

 ユーフェミアの言葉を止めたのは、コーネリアだった。
 言質を捉えた彼女はニヤリと笑みを浮かべ、ゼロに確認する。

 「その言葉、忘れるなよゼロ。
 必ずや貴様をこの場に出頭させて、そのふざけた仮面の下を衆目に晒してやる」

 「どうぞ、ご自由に。それともうひとつ・・・我々黒の騎士団は、融和政策を打ち出したユーフェミア皇女に対し攻撃を加えないことをお約束しましょう。
 黒の騎士団は不当な暴力を振るう者全ての敵ですが、平和を望みそのために粉骨砕身する者の味方でもありますのでね」

 「何を言うか!このエリア11で不当に暴れ回るテロリストが!!」

 「先にこの日本で不当に暴れ回ったのはブリタニアだ。
 貴方がたにその自覚はないのは知っていますので反論はけっこう」

 ルルーシュはそう吐き捨ててコーネリアの口を止めると、ルルーシュとコーネリアの間でおろおろしているユーフェミアに向き直る。

 「このたびは特区を無事開催出来、まことにおめでとうございます。
 しかしこれから先多々苦労がおありかと存じますが、まずは貴女のお手並みを拝見させて頂くこととしましょう」

 貴女の手を取るのはそれを見てからというルルーシュに、ユーフェミアは頷いた。

 「もちろんですわゼロ。わたくしは戦うことなくみんなで仲良く暮らしたいのです。
 お姉様も貴方も、戦いで傷つくのを見るのはもうたくさん!」

 「ユフィ・・・」

 自分が重傷を負ったと聞いて、この妹もたいそう傷ついたのだろうとコーネリアは大きく溜息をついた。
 いきなり自分と言う支えを一時的にせよなくし、ギルフォードやダールトンがいるとはいえさぞ怯えたことだろう。
 
 (聞けば式根島でも、枢木が離れたために黒の騎士団の襲撃に遭った上に人質にされたというからな・・・私が不甲斐無かったばかりに、ユフィに余計な心配をかけてしまった)

 ダールトンが言うには、シュナイゼルに言われてユーフェミアから離れたスザクがシュナイゼルの策の囮にされてしまい、ユーフェミアはそれを庇おうとして飛び出しあの騒ぎになったという。

 以降スザクはランスロットのデヴァイサーと学園を辞めて護衛についたと聞いた時は、確かに彼は騎士として褒めるべき行動であると、コーネリアは認めた。

 戦いのために自分の大事な人が傷つくのを見るのが耐えられないと言う妹からすれば、融和政策でテロが収まる方がいいと考えたのかもしれないが、せめて自分が回復するのを待ってくれればと思わずにはいられない。

 しかし、今ゼロは確かにユーフェミアに手を出さないと確約した。彼の常日頃の主張と行動を鑑みれば、それを違えない可能性は高いだろう。
 今現在ゼロと手を組んでいるらしきマグヌスファミリアの連中も、彼に止められて自分への復讐のためにユーフェミアをどうこうすることは出来ないかもしれない。

 (そう考えれば、特区はユフィを守る壁ともなる・・・特区に私が手を出すのは控えて、ユフィに主導させる方が・・・)

 テレビを見る限り、イレヴンはユーフェミアに好意的だ。
 そうなればシュナイゼルいわく反ブリタニア同盟を作るために来たと思われるマグヌスファミリアの女王も、イレヴンの心証を悪くする行為をおいそれとはすまい。

 「ユフィ!いや、ユーフェミア副総督」

 「はい、総督閣下」

 「お前は当分特区にのみ専念しろ。まだまだ始まったばかりだ、何事もダールトンや執政官に図り、イレヴンの言い分のみを聞くようなことは避けるように。
 ゆめゆめ気を緩めず、精進するようにな」
 
 「お姉・・・いいえ、コーネリア総督閣下!ありがとうございます」

 特区をわずかなりと認めてくれたとユーフェミアは嬉しそうに頷くと、コーネリアはダールトンからの意見書を思い出して特区を成功させるためにいくつかの手を打つことを決めた。

 (特区を成功させた暁には、特区に対して徴税率を上げれば奴らに余計な富を与えずに済む。
 また、特区の中でのみ使える振興券などの発行を行ってそれを買わせることで、特区の外に富が流れるのを防ぐ手もある、か)

 コーネリアはこの意見をもっともだと考え、満足していた。

 だが、彼女はその案は今通信機の向こうにいるゼロからのものであり、その法案を可決したが最後、その特区を失敗させる要素に化けるということに気付いていない。

 ルルーシュはそんな異母姉の考えを見抜いてにやりと仮面の下で笑みを浮かべると、ユーフェミアに向かって言った。

 「残念ながら人間は、厚遇されるとつけ上がるものです。日本人を庇う貴女の姿勢は素晴らしいですが、それを変に勘違いする者もいるでしょう。
 くれぐれもそのバランスを間違えないように」

 「そう、そうね・・・気をつけます」

 素直にゼロの言葉を聞くユーフェミアに、コーネリアは不愉快な気分になった。
 愛しい妹に何を偉そうにと言いたいが、ゼロの言っていることが正しいだけに却って腹が立つのだ。

 「では、私はこれで失礼します。特区の成功、私も陰ながらお祈りしております」

 しゃあしゃあとそう真摯な口調でそう言ってのけたルルーシュがきざったらしく襟元を直してから部屋から出ていくと、ユーフェミアはがっかりした顔になった。

 (ユフィ・・・何故ああもあの男を特区に参加させたがるのだ。
 あれは正義の味方を気取っているだけのテロリストだぞ)

 いくら平和を望んでいるからとて、ユーフェミアの態度に違和感を覚えたコーネリアだが、今無理に追求すればただでさえ喧嘩中の自分達の溝を深めることになりかねない。

 コーネリアは何度目か解らぬ溜息をつくと、再度頑張るようにと告げてから通信機を切るのだった。



 それから五分後、スザクはユーフェミアを連れて屋上に来ていた。

 そこには既にゼロの衣装を脱ぎ、茶髪のウィッグと青色のカラーコンタクトレンズをつけて変装したルルーシュがいた。

 「ルルーシュ!」

 「早かったな、スザクにユフィ」

 ルルーシュに笑顔で出迎えられて、ユーフェミアは嬉しそうに彼に抱きつく。

 「来てくれたのね、嬉しい!ルルーシュったら、急に来るから驚いたわ」

 「たまには俺から驚かそうと思ってね。ちょっとカレン達に協力して貰ったんだよ」

 ルルーシュは特区開催記念の入場者に紛れ、ギアスを使って会場に入って来ていた。
 そしてつい先ほどまでアルカディアと合流して彼女のギアスで姿を消し、日本特区に関わる者や特区を警護するという名目の監視兵などにポンティキュラス王族のギアス能力者のみに施される“左手の甲にコードを模した刺青をした者の指示に従え”とギアスをかけて支配下に置いていた。

 こうしておけば特区に出入り出来るアルカディアが彼らに命令出来るし、ルルーシュが直接彼らに命を下す場合はペーパータトゥーを貼れば問題はない。

 特区に関わる全ての者が集まっている今が、その作業を行うのにもっとも効率的だったのである。

 (ホッカイドウ、オオサカ、ハンシンの特区の者には、既にギアスをかけてある。
 これですべての特区が、俺の手の内に入った)

 ちなみにアルカディアはエドワード・デュランとしてシステムのプログラミングに関わっており、ルルーシュのパソコンからハッキングや情報閲覧が出来るようにもしてある。

 (条件はすべてクリアした。次は中華だな)

 「それにしてもスザク、どうしてルルーシュが屋上にいるって解ったの?」

 「それは秘密だよユフィ。男同士のね」

 スザクが悪戯っぽく口に人差し指を当てると、ユーフェミアは頬を膨らませる。

 「まあ、二人だけの秘密なんてずるい!これだから男の人って」

 「ナナリーにも内緒なんだよ、ユフィ。
 この特区が姉上にも内緒なんだから、これが俺達だけの秘密・・・それでいいだろう?」

 姉に対して絶賛反抗期中のユーフェミアはその言葉に嬉しそうに納得し、悪戯っぽく笑った。

 「そうね、ルルーシュと私が作った特区だもの。お姉様にも内緒の・・・。
 ねえルルーシュ、私はうまく出来たかしら?」

 「ああ、とてもよく頑張ったよユフィ。そのドレスも似合ってる」

 ルルーシュが素直にそう褒めたたえると、ユーフェミアは白いドレスを翻した。

 「日本人のみんなも喜んでくれたし、私を少しでも信用してくれるようになったらと思って・・・これにしてよかった」

 「うん、いいアイデアだ。だが、ブリタニア人が余計な邪推をすることもある。
 その辺の舵取りが難しいところだが・・・特区内でだけ日本人の呼称を使い、外ではイレヴンと区別して使い分ける方がいいな。
 むやみに敵を作るのはよくない」

 「そういうのは好きじゃないけど、確かに私の立場が悪くなったらいけないものね。
 お姉様に当分特区にだけ専念しろと言われたから、イレヴンなんて呼ばなくてもよさそうなのが救いだわ」

 ルルーシュのアドバイスにユーフェミアは素直に頷く。
 コーネリアと喧嘩している今、自分好みのアドバイスをしてくれるルルーシュを何かと頼って来るこの状況を彼は最大限に利用していた。

 「俺は特区にはたまにしか来られないが、カレンを通して手紙くらいは送るから。
 困ったことがあったら、彼女を通して知らせて欲しい」
 
 「ええ、解ったわ。ところでルルーシュ、本気なの?特区が成功したら出頭するって」

 心配そうにそう尋ねるユーフェミアに、スザクも不思議そうな顔だ。

 「そうそれ、僕も聞こうと思ってたんだ。どうしてあんなことを・・・」

 「ああ、それか。確かに出頭するとは言ったが・・・・」

 そこでルルーシュは、非常にあくどい笑みを浮かべて言った。

 「ブリタニア軍に捕まりに行くとは一言も言っていないからな

 「・・・え?」

 二人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたので、ルルーシュが説明してやる。

 「出頭とは、“官庁などの呼び出しを受けてその場所に赴くこと”だ。自首ではない。
 つまりこの特区に出頭して黒の騎士団員の免罪を宣言させた後で、俺はこの場から速やかに撤退する」

 勘違いしている者が多いが、出頭とはあくまで警察などに出向くことを言うのであって、捕まりに行くことではないのだ。
 解りやすい例を取ると、『警察に明日出頭するように言われたよ』と言う人がいるが、その人物が犯罪者であるとは限らない。
 ただの参考人かもしれないし、落し物が見つかったので引き取りに来るように言われただけかもしれないのだ。
  
 「・・・何その一休さんみたいなとんち」

 さすが徒手空拳からここまでの大組織を作り上げただけはあり、何とも悪知恵が働くことである。

 親友のいっそ褒めたくなるほどあくどい知恵にスザクは感嘆したが、その彼の本音を知ればもはや言葉は出ないであろう。

 (特区は失敗すると解っているからな・・・俺がその約束を果たすことはあり得ないんだよ、コーネリア姉上)

 今頃特区を支援するために手を打っているであろう異母姉にそう呟くと、ユーフェミアがおそるおそる尋ねた。

 「その後はどうするの?まさか外国に行くつもりじゃ・・・」

 「ブリタニアに虐げられているのは、日本だけじゃない。
 エトランジュ様達のこともあるのは、君も知っているだろう?」

 「・・・ええ。次はEUへ行くのね」

 ユーフェミアはルルーシュが特区が成功すればさらに遠くに行ってしまうことを知って複雑な気分になったが、ルルーシュは笑って言った。

 「心配するな、ちゃんと日本への密航ルートは考えてある。暇を見て来るから、安心してくれ」

 「そうなの?たまにでも無事な姿が見られるなら、それでいいわ」

 「ああ・・・さて、そろそろ時間だ。俺は行くよ」

 ユーフェミアの姿が見えないことに、ダールトン当たりが騒ぎ出す頃だ。
 ルルーシュが指を鳴らすと、屋上の出入り口をギアスで姿を消して見張っていたアルカディアが姿を現す。

 「あ、あの時の・・・アルカディアさん」

 「久しぶりね、ユーフェミア皇女。
 今回はいい仕事をしていたようで、まずはお祝いを申し上げるわ・・・エディからもね」

 「ありがとうございます。あの、実はエトランジュ様のことをその・・・シュナイゼルお兄様にお話ししてしまって」
 
 申し訳なさそうに謝るユーフェミアに、アルカディアはあっさり気にしていないと言った。

 「変に隠してもどうせバレたと思うから、別にいいわよ。
 あの時いきなり何でか床が落ちてエディの顔がバレたのは、不可抗力だしね」

 誰が遺跡へ行くための装置を動かしたのかは未だに解らないが、あれは事故だ。
 そして余計なことを憶えていたシュナイゼルのせいであることは理解しているので、ユーフェミアを咎める気は彼女達にはなかった。

 「私達も無理に暴力で解決したいわけじゃないから、こういうのは嫌いじゃないわ。
 まあ、せいぜい頑張ってね」

 「そうですよね、暴力で解決するのはよくないですもの。私頑張ります」

 「じゃ、そろそろ帰るわ。あ、そうそうナナリー皇女からの伝言が」

 正確には伝言と言うよりもユーフェミアに向けて応援する言葉を呟いていただけなのだが、それを伝える。

 「『ブリタニア人と日本人が一緒に暮らせる場所なんて、ユフィ姉様は凄いです。
 大変でしょうけど、頑張ってほしいです』・・・だって」

 「ナナリー・・・!ええ、私絶対に特区を成功させてみせるって、伝えて下さい」
  
 涙を浮かべて末の異母妹からの言葉を喜ぶユーフェミアは、特区に体の不自由な者でも過ごせる場所を作れば、ナナリーもいずれはここに、と考えた。

 ここは自分が作った特区なのだ、ルルーシュに何かあってもナナリー一人を守れる力くらいはあるはずだ。

 「そうだ、カレンから聞いたが、無理はするな。ちゃんと睡眠と栄養のとれた食事をするように。
 君が倒れたら、特区は大変なことになる。体調管理も上に立つ者の大事な務めなんだからな。
 ナナリーにはちゃんと伝えておく。じゃあ、俺達は帰るよ」

 彼らしいお説教を最後にしたルルーシュがアルカディアと共に立ち去ると、ユーフェミアは屋上から楽しそうに笑い合う日本人とブリタニア人を見つめた。
 ブリタニア人らしき褐色の肌をした女性がはにかみながら、日本人の男性と寄り添っている姿も見える。

 ああ、何て素敵な光景だろう。
 人種を超えて手を取り合い笑い合う光景は、こんなにも美しい。

 この特区を一刻も早く成功させて、大事な家族をここに呼ぶのだ。

 (ずっといつまでもみんなで仲良く暮らすの・・・必ず実現させてみせるわ)

 ユーフェミアはそう心に決めると、スザクの手を取って会場へと戻るのだった。



 一方、コーネリアからゼロが特区内に現れたと聞いたダールトンは、騒ぎにならない程度に兵を集めた。
 ゼロをこの特区内で捕えればイレヴンどもが騒ぐので、特区の外に出た頃を見計らって捕まえろとの指示を受けた彼が特区内をうろついていると、そこへ青いケープをまとった赤髪の女が茶髪の少年と共に歩いている姿が見えた。

 「あの青いケープに赤髪・・・ギルフォードが言っていたコーネリア殿下を襲ったテロリストの女か!」
 
 ダールトンが引き連れていた兵とともに走り出すと、アルカディアはげ、と呟き、慌てて走り出した。

 「な、なんだいきなり?!」
 
 ルルーシュは驚いたふりをして彼女と無関係を装うと、兵の一人がルルーシュに尋問する。

 「あの女は手配中のテロリストだ。
 大事な式典の中騒ぎを起こしたくないので極秘に捕まえたいのだが、あの女とどんな関係だ?」

 「え、あんな格好してたからてっきりこの特区内のサーカス団の一人かと思って、話しかけただけです。
 ケープの下が派手なステージ衣装だったし・・・」

 「そういえばサーカス団が招き入れられていたな。念のため姓名を伺いたい」

 「アラン・スペイサーといいます。
 この特区に協力参加しているエドワード・デュランの従弟にあたる縁で、式典に参加させて頂きました」

 ふむふむと兵士がメモを取っていると、ダールトンがエドワードに変装したアルカディアを伴って戻ってきた。
 何故か上着を着ていなうえにシャツが濡れているが、事情を知っているのかダールトンと兵士達は何も言わなかった。

 「あ、ダールトン将軍。この少年は特区参加協力者の従弟で、あの女にはサーカス団員と勘違いして話しかけたとのことなのですが」

 「アランじゃないか、何だどうした?」

 「ぬ、エドワード殿の知り合いか?」

 エドワードがいかにも不思議そうに問いかけると、ダールトンはエドワードの従弟かと納得して彼を解放するよう手を振って指図する。

 「全く、驚くことばかりですよダールトン将軍。
 何しろジュースをこぼされたのでちょっと身体を拭おうと男子トイレに入ったらいきなり女が入って来た上に窓から飛び降りるし、アランが何かの疑いかけられているときた」

 「ああ、まさかこんなことになるとは私も思わなかったがな。
 この様子では逃げられているな・・・全く狡猾な連中だ」

 実はゼロも追いかけていた女もすぐ目の前にいるんだけどね、と必死で笑いをこらえているアルカディアは、アランを手招きする。

 「では将軍、私は農業特区のシステムエラーが見つかったと報告があったので、ちょっと直してきます。
 早くトラブルを処理しておかないと、イレヴンが勝手にやりかねませんのでね」

 「全くそのとおりだ。物流システムを勝手にいじられて物資を横領されたりしてはかなわんからな。
 アラン君には失礼なことをした」

 「いえ、お仕事ですから仕方ありません。誤解は解けたのですからお気になさらず」

 「全くすまなかった。他にも騎士団の連中がいるかもしれん、気を抜くな」

 「イエス、マイロード」

 「ああ、そうだエドワード殿、その格好では何かと不便だ。
 侘びと言ってはなんだが、今替えの服を持ってこさせるので、少し待って頂きたい」

 「え・・・・」

 アルカディアは反射的に断ろうと思ったが、断るのは却っておかしいためにではありがたくと了承してダールトンが無線で服を持ってくるように言いつけているのを、実にありがた迷惑と溜息をつきながら見守っていた。

 ルルーシュは騒ぎを聞きつけてここに来るかもしれないユーフェミアと鉢合わせするのを防ぐため、車を回してくるとごまかして立ち去っていく。

 アルカディアはダールトンに見つかった後、手近にあった女子トイレに駆け込み一度ダールトンの追跡から逃れ、ギアスを使って姿を消して男子トイレに移動した。

 カツラを取りズボンを履きシャツだけ着ると、脱ぎ捨てたステージ衣装はケープに包んでカツラと共に鞄に隠し、タイミングを見計らってダールトンの前に堂々と姿を現したのである。

 特区内はテロやスパイを防ぐため、日本人・ブリタニア人問わずに携帯の使用が禁じられている。
 外から連絡を取ることを防ぐために、特区内に妨害電波が張り巡らせているのだ。

 そのためブリタニア軍人のみに通じる波長を合わせた無線機内で、連絡を取り合っているのである。

 しかし外と完全に遮断されているわけではなく、公衆電話で外部と連絡をとることは可能である。
 もちろんブリタニアが盗聴可能な仕様になっているが、特に後ろめたいことを考えていない人間は携帯がないよりマシと考えているようだった。

 しばらくしてからグラストンナイツの一人がシャツを持ってやって来ると、アルカディアに手渡す。

 「サイズが少々合わないかもしれませんが」

 「あー、いいですよ別に。じゃ、ありがたく頂きます」

 着替えようとトイレに足を向けた彼女に、ダールトンが言った。

 「ああ、今からあの女がどうやって逃げたか調べるためにそこのトイレを検証するので、申し訳ないがこちらで着替えて貰えないか?
 男なのだから、問題ないだろう?」

 「!」

 アルカディアは眉をひそめたが、慌てはしなかった。
 他のトイレでと言おうかと思ったが、特に意味はないと考えたのでアルカディアはあっさり頷くと、自らシャツに手をかけて脱ぎ捨てる。

 アルカディアの上半身は線が細いせいで女性めいていたが、胸は見事にまっ平であり、喉仏もしっかりと見えた。

 アルカディア・エリー・ポンティキュラス。
 本名はアルフォンス・エリック・ポンティキュラスであり、エリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長男である。



 ルルーシュが特区にあるサービスカウンターでタクシーを手配してアルカディアの到着を待っていると、彼女・・・いや彼がお待たせと言いながら駆け寄って来た。
 二人が会話していると、その会話が聞こえない距離で軍人達が話している。

 「なあ、さっきのイレブンとハーフの夫婦見たか?」

 「ああ、特区には何組かいるよな。中にはブリタニア人とイレヴンの夫婦もいたぜ、物好きなこった・・・で、そいつらがどうかしたのか?」

 「あのハーフだって妻のほう、行方不明になったヴィレッタ・ヌゥのような気がしたんだけど・・・」

 自信なさげにそう告げる男に、相手はまさかと一笑に伏す。

 「あのナンバーズ・・・特にイレヴン嫌いの純血派の女がイレヴンと?
 そんなのあり得ないって。気のせい気のせい」

 「ああ、純血派のリーダーのオレンジとかキューエルが心酔してたマリアンヌ妃のお子様方を殺したからってんで、イレヴン嫌ってたんだよな。
 ・・・じゃあやっぱり他人の空似か」
 
 軍人達がそう納得して歩き去ると、その会話が聞こえなかったルルーシュとアルフォンスも、その軍人とすれ違いながら特区を出るべく歩き出した。



 「お帰りなさいませ、ルルーシュ様、アルカディア従姉様」

 メグロゲットーに戻った二人を出迎えたエトランジュに、アルフォンスは言った。

 「中華に行ったら、その呼び方はやめなよエディ・・・前のようにアル従兄様と呼ぶんだ、いい?」

 アルカディアも中華でボロが出ないように、念を入れて今から男性言葉で喋りながら釘を刺すと、エトランジュは真剣な表情で頷く。

 「予定を早め、中華へと出立する。
 すまないが貴方達が先に中華へと渡り、根回しがすんだところで俺も追って向かいますので」

 何しろ特区が無事に動き出したか見守らなくてはならない上、ナナリーにも出張だと告げなくてはならないのだ。
 だがあまりに長いと彼女を心配させてしまうので、なるべく遅く日本を出発したいのである。

 それに全員で移動すれば目立つというのもあり、先発としてマグヌスファミリア組、後発にルルーシュ、C.C、マオ組に分かれることになっていた。

 「では、私どもはお先に中華へと参りますね。それでは、失礼します」

 既に準備が完了していたエトランジュとアルフォンス、ジークフリードは家族を装った偽造パスポートを手にして、ナリタ空港へと向かうべく施設を出て行く。

 「次は中華、か・・・」

 ルルーシュは現在の中華の状況が記された報告書を手にすると、既に長兄オデュッセウス・ウ・ブリタニアと共にシュナイゼルが訪中していると書かれていた。

 「今度こそ、お前に勝つ・・・シュナイゼル!」

 ルルーシュはそう決意すると、最近目まぐるしいほどの速度で身の回りのことが出来るようになった愛しい妹に出張を告げるべくリハビリルームへと向かうのだった。



 「ユーフェミア副総督閣下が開催された特区日本開催式典は、オールハイル・ユーフェミアの歓声が響き渡る中幕を閉じました、
 シュタットフェルト伯爵は今後の特区の行方を見守ってほしいとコメントし、ご息女と二人三脚で特区を盛り上げていくとのことです。

 続けて次のニュースです。

 中華連邦にご訪問中のオデュッセウス皇太子殿下および帝国宰相シュナイゼル殿下は、本日未明中華連邦皇帝、(チェン) 麗華(リーファ)に正式にオデュッセウス皇太子殿下との婚儀の申し入れを行ったと発表がありました。
 中華連邦総領事館からはその件にはノーコメントとの返答があり、今後のブリタニアと中華連邦との関係に期待の声が上がっています・・・」



   コードギアス 反逆のルルーシュ R2編へと続く



[18683] 挿話  親の心、子知らず ~反抗のカレン~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/30 07:32
 アルカディアが男だとの反響が多くて、ちょっとびっくりしました(汗)。
 ので、挿話の前に解り辛すぎる伏線をこそっとお伝えさせて頂きます・・・さりげなさを装いすぎた結果がこれです。
 この辺りのさじ加減も難しいと悟りました。
こじつけにすら見えるかもしれませんね・・・本当に申し訳ございませんでした(汗)。
 
 それでは挿話の前に、伏線をば。

 ①「コルセット?何に使うんです」(第九話より)

 この後アルカディアに怒鳴られたわけですが、ルルーシュはキョウトのアジトに潜入する時アルカディアに触れており、露出の高い服装をした彼の姿や肌の質感などからその時に彼が男であることに気付いています。
 女装するために既にウエストを細くしていることも知っていたのでこの発言でした。それでも足りなかったからコルセットとなったのですが、己の苦労を知らずに言われたのでキレたのです。

 ②アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。(第十話より)

 コルセットを外すためには上半身裸になる必要があります。しかもその後服を着た描写はないので、当然そのままです。
 いくら外から中が見えない車とはいえ、また身内とはいえ男性のクライスがいる中で女性が車の中ですることではありません。

 ③やめろおおと嫌がりすらするクライス(第十四話)

 クライスとアルカディアに付き合い疑惑が浮上した際の彼の態度。単純に男であるアルフォンスとそんな疑惑を持たれて嫌がっただけでした。

 ④男女逆転祭を阻止したがるアルフォンス(第二十話)

 彼が女装すればアルカディアになるので、カツラや化粧である程度はごまかせますがそれでもバレる可能性が出るのを防ぐためです。

 ⑤ポンティキュラス王族の名前

 これが一番大きな伏線です。
 これまで出てきた女性キャラ:エトランジュ、エリザベス(アルフォンスとエドワーディンの母)、エドワーディン(アルフォンスの姉)、エマ(エトランジュ達の祖母)の頭文字がE。
 男性キャラ:アドリス、アイン(マグヌスファミリア宰相)、アーバイン(インド軍区使者)、そしてアルフォンスの頭文字がA。
 王族達は女性はファーストネームがE,ミドルネームがA、男性はその逆という慣例があります。アルカディアだけが“A”というのが伏線のつもりでした。 
 
 
 彼が女装するようになった理由は挿話でお知らせする予定です。
 それではカレンの挿話です、どうかお楽しみくださいませ。



 挿話  親の心、子知らず ~反抗のカレン~



 私の一番古い記憶は、小さな台所と小さな部屋が二つあるだけのアパートで笑い合う母と兄の姿だった。

 母と兄に抱き上げられ、いつも共に過ごしていた幸せな記憶。

 『どうして私の髪はお母さんやお兄ちゃんと同じ色じゃないの?』

 初めて持った疑問に、母は困った顔をした。
 兄は私の髪を撫でて、大きくなったら教えてやると言ってくれた。

 小学校に入学してから、私の父が外国人だということを知った。
 当時ブリタニアと日本との関係は悪化していたから、私はいつもいじめられていたけれど、兄はお前はお前だからと頭を撫でてくれたし、兄の友人の扇さんも庇ってくれたから、私はそれで充分だった。

 母が経営している小さな喫茶店は、私がいるせいだろう、客は少なかった。
 そんな苦しい家計を遣り繰りして母がたまに買ってきてくれるプレゼントが大好きだった。

 だから私はたくさん勉強していい会社に就職して、母に楽をさせてやるのだ。
 そう決意して、私はいつも勉強に励んでクラスで一番、学年で一番の成績を維持し続けた。

 けれどあの悪夢が日本を覆い尽くした時、母はただ呆然とした顔で私と兄に『大丈夫だからね』と言いながらも、収容所で震えていたのを覚えている。

 それからしばらくしてやって来たのは、私の父親だというシュタットフェルト伯爵だった。
 
 私達三人を収容所から連れ出したあの男は、場違いなホテルに私達を連れて行くと母を連れて別室へと入っていった。

 そして後日、私を実子として連れて行くと告げられた私は、大きな声で叫んだ。

 「あんたなんか父親じゃない!」

 その時のあの男の顔は・・・私は見ていなかった。



 いずれ日本を解放した後、己と母の生活を成り立たせるためにも勉学は欠かせない。
 だからカレンは暇を見てはいつものようにテキストを揃えて勉強していた。
 
 アッシュフォードでも成績はトップクラスのカレンだが、専門職の方がなにかと強いと思い、いずれは専門的な分野を選んでそこを集中的にと考えていた。

 と、そこへ内線が鳴ったのでカレンが受話器を取ると、ゼロことルルーシュから呼び出しがあった。
 
 「カレン、話があるんだが、部屋まで来てくれないか?」

 「解りました、ゼロ。すぐに向かいます」

 カレンはゼロの呼び出しと聞いて足取り軽く部屋を出た。
 
 (また何か大きな作戦かな。ああでもあいつのことだからスザク関連・・・だったらやだな)

 そう思うとゲンナリするが、断るわけにもいかない。
 カレンがゼロの私室のドアをノックすると、中から操作されてドアが開く。

 「急な呼び出し、すまないなカレン。まあ座ってくれ」

 仮面をつけたルルーシュに促されて椅子に座ると、ドアが閉まってロックされる。
 それを確認したルルーシュは、既に正体が知られているので仮面を外してテーブルへと置く。

 「どうしたのよいきなり・・・何かあった?」

 「実はアッシュフォードで密偵をしてくれている咲世子さんから報告があってね。
 何でも君の正体、スザクやユフィは上に報告していないようで君のことは騒ぎになっていないらしい」

 「へ?何でまた?」

 てっきり既に大騒動、シュタットフェルトも取り潰し騒ぎにでもなっているかと思っていたのに、意外な事態にカレンは首を傾げた。

 「神根島での礼のつもりかもしれないな。
 あいつららしいといえばそうだが、君が租界で活動出来るようなったことはありがたい。
 そこで君に重要な頼みがあるんだが」

 「重要な頼みって、何よ?」

 「実は、ユフィにある政策を与えたんだが、それにシュタットフェルト伯爵家に協力させたい。
 つまり、君にそれを主導して欲しいんだ」

 いきなりな言葉にカレンが眉をひそめると、ルルーシュが日本特区計画と題されたファイルを見せて説明した。

 「これは俺が神根島でユフィに与えた策だ。
 表向きは日本人に対する雇用政策、戸籍作りの一環、総生産を上げる場とし、その実は日本人の保護区にする」

 ホッカイドウ、オオサカ、ハンシン、フジにそれぞれの日本特区を造らせて日本人に職と住居を与え、物資を公然と生産出来るようにする。

 さらに黒の騎士団の後方基地の隠れ蓑、物流操作などのメリットにもなると言うルルーシュに、さすがゼロと感嘆した。

 「なるほど、だいたいは理解したわ。
 そのためにブリタニア人側の協力者として、シュタットフェルトを使いたいのね?」

 「そう言うことだ。勝手なことをしてすまないが、伯爵家にはユフィから話をするよう既に言ってある。皇族からの依頼だ、伯爵は断れまい。
 だから君に頼みたいんだが・・・引き受けてくれないか?」

 「う~、確かにシュタットフェルトの家名が役に立ついい機会だけど、こういうの好きじゃないのよね。
 表向きでもなんでも、ブリタニア人が上に立つんだから・・・ま、仕方ないか」

 渋々だが仕方ないと言いたげにカレンが引き受けると、ルルーシュがさらに追い打ちをかけるようなことを告げた。

 「そうだな、どうせ失敗する特区だから、そう張り詰めなくてもいいぞ」

 「失敗するって、どうしてよ。何で失敗するものわざわざ造るわけ?」

 不思議そうにそう尋ねるカレンに、ルルーシュは説明する。

 「ユフィは戦いを望んでいない。あのまま放っておいたら、どんな手段を使ってでも戦争をやめさせようとするだろう。
 それこそ特区を作り、日本人を保護するとか言いだしかねない。そして我々黒の騎士団に参加しようと誘うだろうよ」

 ゼロである自分が異母兄ルルーシュだと知っているならなおさらだというルルーシュに、カレンはそれのどこがまずいのかと首を傾げる。

 「まんまそれを言いだすと、まずブリタニア人が反発するのでその協力が得られないから特区が酷く限定的なものになる。
 そうすれば何十万人かの日本人だけが特区に入ることになり、それ以外は放置される。特区の日本人とそれ以外の日本人との間に差が生まれ、反発し合うことになりかねない」

 「確かに・・・今でも名誉ブリタニア人の日本人と、そうじゃない日本人とでいろいろあるしね」

 「そして黒の騎士団に参加を呼びかければ、融和政策に反対した黒の騎士団は平和の敵とレッテルを貼られ、かといって参加すれば武力を取り上げられることになる。
 そうなれば黒の騎士団は終わりだ。もっとも最悪な終わり方だな」

 「・・・悪意なしにそこまでやっちゃうかもしれないあたり、あのお姫様最悪だわ」

 考えのない善意に権力が絡むと最悪だと、カレンは知った。
 幸いそうなる前にルルーシュがならばと黒の騎士団のメリットになる形で特区を作らせたのだと悟ったが、あえて失敗するままにしたのは何故だろう。

 「だから俺がある程度大枠を考えてやらせた。
 ある程度物資を作らせ、利益をあげさせれば特区は成功したといえるが、ブリタニア人がそれをよく思うはずがない、必ず邪魔をして来る。
 特区に税金をかけるなどもしてくるだろうな・・・そうなったら当然」

 「自然に特区は失敗するわね。特区の意味がないもの」

 「だから、その辺りを見計らって不満を爆発させる事件を起こし、失敗させる。
 それを持って、日本解放戦のきっかけとするんだ」

 開戦理由は戦争する際、必ず必要なものだ。
 ブリタニアでさえ言いがかりとはいえ形式的にでも作ろうとし、幼いルルーシュとナナリーを犠牲にしたように。

 「その時特区で作った物資が大活躍する。そのためにも必要なんだ。
 君がブリタニア人として参加し、上の方にいてくれれば何かと助かる」

 「解ったわ、やってみる。私経済とかその辺りまだ詳しくないから、いろいろ指示してくれれば大丈夫だと思う」

 「それは任せておけ。では頼むぞ」

 「了解」

 カレンはそう了承してゼロの私室を出ると、シュタットフェルト家の名が役に立つと喜ぶべきか、それともあの今まで忌避してきた父親と向き合わねばならない事態に溜息を吐くべきか悩んだが、これは自分にしか出来ないことだ。

 「よし・・・頑張れカレン!」

 己の両頬を叩いて気合いを入れたカレンは、トウキョウ租界に戻るために着替えるべく、自分の私室へと向かうのだった。



 久々に戻ったトウキョウ租界のシュタットフェルト邸。

 (ここは嫌い。あんなに大きいのに冷たくて、私と母さんを閉じ込めた檻みたいだもの)

 カレンは使いもしない部屋が多く並べられ、使用人達が大勢いるのに母親以外誰も自分を思う者などいないこの家が嫌だった。

 この日本が占領される以前に暮らしていた小さいアパートの方が、どれほどよかったことか。
 いつも兄と母と一緒、美味しい温かいご飯に母に抱き締められて眠る狭い部屋が、カレンは好きだった。

 大きく溜息をつきながらインターフォンを押すと、警備を担当している男が悲鳴じみた声で確認が来た。

 「カ、カレンお嬢様?!」

 「そうよ、すぐに開けてちょうだい」

 「は、はい!おい、お嬢様が戻って来られたぞ。旦那様にお知らせしろ!」

 門が開く音と同時にそう怒鳴る警備員の声に、カレンは父親が帰って来たことを知って再度大きく溜息を吐く。

 無駄に広いホールに出ると、そこには唖然とした顔で立っているこの七年数えるほどしか目にしたことのない父親が立っていた。

 「カ、カレンか。本当に・・・」

 「そうですカレンです。ちょっと用事でしばらく家を出てただけですから」

 いつものように冷たい口調でそう応じたカレンに、シュタットフェルトは娘の手をつかんで歩きだした。。

 「ちょ、何するのよいきなり!」

 「いいから来い!唐突に家に戻ってこなくなったと聞いて、どれほど心配したと思っている!!」

 「え・・・しんぱい?」

 この人何言ってんのとカレンは目を丸くしたが、シュタットフェルトはそれに構わず娘を己の書斎に引きずっていくと、カレンを何度も見つめて五体満足であることを確認し、彼はよかったと呟いてからソファに座り込んだ。

 「怪我なんかはしてないようだな。
 ・・・百合子のことは聞いた。何でもリフレインをやって、黒の騎士団に摘発されたそうだな」

 「ええ・・・それがどうしたの?」

 今さらだというカレンに、シュタットフェルトが怒鳴りつけた。

 「どうしたとは私の台詞だ!どうして私に報告しなかったんだ?!」

 「え・・・」

 「てっきりここで百合子と何とかやっていると思っていたのに、お前は不登校、朝帰りにゲットーに出入り・・・いや、ナオト君に会いに行っていただけだろうから、これはいいが・・・百合子が正妻や他の使用人に虐待されていたことも、どうして伝えなかったんだお前は!
 百合子が自分から私に言うような性格ではないことは、お前がよく知っているだろう?!」

 カレンは父親から怒鳴られたことにも驚いたが、その内容が理解出来なくて大きく眼を見開いた。

 (何よこれ・・・朝帰りやゲットーに行ってお兄ちゃんに会うのはいいけど、お母さんが苛められていたことを言わなかったのが悪いって)

 「・・・貴方に言っても解決しないって思ったから」

 母のことはどうでもよかったんじゃ、と小さな声で呟いたカレンに、シュタットフェルトは自分と同じ赤い髪を搔き毟る彼をまじまじと見つめる。

 「そうか・・・そう思われていたのなら仕方ないな。
 そんなわけないだろう。仮にも子供まで作ったんだぞ。百合子のことは大事に決まっている」

 シュタットフェルトの台詞に、カレンはぎっと父を睨みつけた。

 「だったら!どうして母さんを放って本国なんているのよ!
 ましてあの人と一緒にするなんて、どうかしてるわ!」

 妻妾同居なんて考えるだに恐ろしいとは思わなかったのかと問い詰める娘に、シュタットフェルトはああ、そうだなと認めて頷いた。

 「私だってそんなことをしたくはなかった。
 だが百合子がお前と離れたくないと泣いて訴えるから・・・お前付きのメイドとして雇い入れることにしたんだ」

 「母さんが・・・そう、そうなの」

 『カレン・・・傍にいるからね』

 リフレインが見せる偽りの夢の中での母の台詞を思い返して、カレンは納得した。

 「お前を引き取った後は、租界で前のように小さな喫茶店をさせるつもりだったんだ。
 そうしたらお前もそこに行けば百合子やナオト君にも会えるし、一番無難な方法だったんだが・・・カレンもお母さんと一緒がいいと泣くから」

 「・・・確かに言ったけど!でも・・・だったら私達なんて放っておけば・・・」

 「自分の娘を放っておくなんて出来るか!
 子供に無駄な苦労をさせたい親などいるはずないだろう!!」
 
 そう怒鳴りつけられたカレンはびくっと身を竦ませたが、怒鳴った方も同じだったらしい。
 怒鳴ったことを小さな声で謝罪され、ただただ驚いてシュタットフェルトを見つめた。

 「・・・私も驚いたよ・・・私はたまに百合子と電話で話していたんだが、その時はカレンと仲良くやっているから心配しないでいいと言うから安心していた。
 使用人達から聞いたぞ、お前は百合子とあまり話したりしていなかったそうだな」

 カレンは母親のあまりのプライドのない態度に反発し、母がどんな目に遭っているかをしっかり知っていながらも何もしなかった己に、父を責める資格はないと悟ったらしい。

 それに、母とたまにでも話をしていたと聞いては自分よりよほど母を大事にしていると、カレンは複雑な気分で認めた。

 「それは・・・反省してる。母さんがいつもヘラヘラ笑って何もしなかったから、それにムカついて」

 「それが一番だと思っていたんだろうな。正妻のこともある。
 百合子は昔から他人のことばかりで、自分のことは顧みなかったから」

 シュタットフェルトはそう独語すると、書斎に置いてあった小さな冷蔵庫からワインを取り出し、忌々しそうにグラスに注いで一息に飲み干す。

 「・・・百合子のほうは刑務所に働きかけて、特別待遇にするようにした。
 刑期も折を見て短くするようにするから、もうしばらく待ってくれ。
 それで、お前はどうして長いこと家を空けたんだ?ナオト君になにかあったのか」

 シュタットフェルトから伝わってくる母への愛情に戸惑いながらも、カレンは父の質問に答えた。

 「お兄ちゃんが・・・あのシンジュクの事変に巻き込まれて以来行方不明なの。
 だからお兄ちゃんの友達とかに協力して貰って、探してた」

 まさか私は黒の騎士団幹部ですとは言えず、そう嘘をついたカレンだが、シュタットフェルトは信じたらしい。驚いたような顔で納得した。

 「何?!そうか、それでか。百合子には・・・?」

 「言った・・・多分、それ以降もっとリフレインに依存するようになっちゃったんだと思う」

 「そうか・・・言わんわけにもいかんからな。
 まさかお前も百合子がリフレインをやっていたなんて知らなかっただろう」

 「知ってたら言わなかったわよ!」

 己の自分勝手な思い込みで母を追いつめて薬物依存に走った母に、さらに追い打ちをかけるような真似をしてしまったとカレンは後悔しない日はなかった。

 もっと母をよく見るべきだった。
 自分はいつだって自分のことばかりで、他人を見ようとしなかった。

 「そうだな、悪かった・・・ナオト君のほうはまさか私が表だって探すわけにもいかんが、何とかして探してみよう。
 だからもう無理をせず、学校に行くんだ・・・いいな。
 全く百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった」

 普通に娘を思う父親の台詞を吐くシュタットフェルトに、カレンは驚愕した。

 『たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
 クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・』
 
 エトランジュの台詞が脳裏に響き渡ったカレンは、この機会にどうして自分を引き取ったのか尋ねることにした。

 カレンは不味そうに年代物のワインを飲み干す父親の手からワイングラスを奪うと、シュタットフェルトに質問する。

 「ねえ、聞かせて。なんで私を引き取ったの?
 ブリタニアの貴族は子供がいないなら、他にたくさん子供がいる貴族から養子として引き取るって聞いたんだけど」

 「お前は私の子だ、当然だろう・・・確かにお前を生まれて十年も放っておいたのは事実だから、怒るのは無理ないが」

 シュタットフェルトは娘の怒りを買っていることは重々承知していた。
 だからカレンに睨まれることを甘受していたのだが、彼も人間なのでそんな娘の冷たい視線に耐えきれず、彼女を避けていたのだ。

 己で己の首を絞める行為だと気付いていたが、百合子の『いつかはあの子も解ってくれるから』との言葉に甘えて招いたのがこの事態である。

 「お前ももう十七歳、か。月日が経つのは早いものだな」

 そう前置きして、シュタットフェルトは百合子との出会いを話し出した。

 「このエリア11が日本と呼ばれていた十八年前になるかな、私がシュタットフェルト伯爵家が経営する貿易会社の社長としてここに来たのは・・・。
 当時新たなるエネルギー源として注目を集めていたサクラダイトの商談のためだった」

 商談は滞りなく終わり、ついでに日本各地を観光しようとぶらりと回っていたら小腹がすいたのでどこか食べる場所はないかと探したところ、小さな喫茶店を見つけた。
 他に見つからなかったのでシュタットフェルトが入ると、そこにいたのは店主だという女性と小さな男の子だった。

 「それが当時夫を亡くして数年経った百合子だった。
 亡夫が遺した喫茶店を一人で切り盛りしていてね、私一人しか客がいないこともあって、カウンターでいろいろ話をしたのがきっかけだった」

 大学時代英語学科だったという百合子が話しかけてくるのに楽しくなったシュタットフェルトは、この時から彼女に夢中になった。いわゆる一目ぼれというやつだ。

 以後まめにサクラダイトの商談にかこつけては日本に来るようになったシュタットフェルトに百合子も心を動かされ、やがて二人は付き合うようになった。

 当時ブリタニアは覇権主義を推し進め、世界各地を侵略して支配していたから、ブリタニア人は世界各地で嫌われていた。
 それなのに自分に想いを寄せてくれる百合子にシュタットフェルトはますます夢中になり、やがて彼女は妊娠した。
 
 「その知らせを聞いた時は嬉しかったよ。絶対産め、結婚しようとプロポーズした。
 はにかみながらも百合子が頷いてくれた時は、天にも昇る心地だった・・・。
 私は次男だから跡取りは兄だ、別に問題ないと思っていたが、私の両親は貴族ですらないブリタニア人どころか、他国の人間を妻に迎えるなんて許さないと反対した。
 そんな親に反発して家を飛び出した私は、百合子とナオト君と共に小さなマンションで暮らすようになったんだ」

 「え・・・?」

 「籍を入れるのは妨害されたから駄目だったが、事実婚だった。思えばあの時が一番幸福だったな。
 私は株で収入を得る傍ら、百合子の喫茶店を手伝った。ああ、喫茶店の宣伝のためのホームページを作ったりもしたな。
 私は卵を割ったことすらなかったから、いつも彼女の迷惑にしかならなかったが」

 意外だった。まさか伯爵家育ちの父が家を出てまで母と自分を選んだことがあったなんて、想像すらしていなかったから。

 「百合子と籍を入れられないままお前が生まれたが、父親の欄にははっきり私の名前を入れたよ。
 これからは四人家族でやっていこうと一年くらい経った頃だな・・・私の父と兄が死んだと報告が来たのは」
 
 ある日自分が住んでいたマンションに来たシュタットフェルト家からの使いの報告に、さすがに本国に戻ったシュタットフェルトは父と兄が乗った飛行機がテロに遭い、死亡したことを知った。

 あれだけ世界各国で侵略していれば当然の出来事だったが、残るシュタットフェルトの子供は自分だけという事態に彼は指を噛んだ。
  
 意地でも後を継げと怒鳴る母に、さもないと日本に圧力をかけてやると脅しまでかけられたシュタットフェルトは屈服した。せざるを得なかったのだ。

 ちょっと日本の政財界の者に賄賂を贈れば、百合子のように何の後ろ見もない小さな喫茶店などあっという間に潰される。
 それにまだ幼い子供を二人抱えて働き口などそう見つからないし、シュタットフェルトが株で稼ごうにもあっという間に持ち株などを調べられてその価値をなくさせるくらい、伯爵家には容易いことだ。

 嫌々実家に戻ることを承知したシュタットフェルトだが、代わりに百合子達には手を出さないこと、毎月日本円にして五十万の仕送りを認めること、何かあれば自分がカレンを引き取ることに同意すると約束させた。

 そして一度日本に戻った彼は百合子に事情を説明し、幾度も謝ったが彼女はある程度予測出来ていたのだろう、気にしないでと寂しそうに笑った。

 こうしてブリタニアに戻った彼は、本来なら兄と結婚するはずだった女性と結婚した。それがシュタットフェルト夫人である。
 子爵家の令嬢だった彼女は政略結婚で兄に嫁ぐはずだったのだがその兄が亡くなったせいで、シュタットフェルトとは面識すらなかったが覆せなかったのだ。
 
 シュタットフェルトはしっかり自分には既に想い人がいて既に娘までいることを正直に伝えたが、政略だしもともと彼と結婚するはずじゃなかったから仕方ないと、夫人は若干不機嫌そうではあったが自分が男児を産めば問題ないと考えたのだろう、気にしないと当時は認めた。

 だが自分の中では妻は百合子と考えていたシュタットフェルトは余り夫人に構わなかった上、彼女は子供が出来にくい体質であると判明して以降は百合子に仕送りをしたり電話をかけたり、カレンにせっせとプレゼントを贈る彼に苛立つようになった。

 第三者の視点から見るとこれは大層難しい問題であろう。
 客観的に見ればシュタットフェルトは政略とはいえ結婚した女性に子供の存在を正直に告げ、出来る限り父親としての務めを果たそうとした誠実な人物だ。

 そして妻に対してもそれなりに礼儀を払い、後ろめたさもあったので好き放題に買い物したり旅行に行ったりする彼女を咎めることもしなかった。

 だが夫人から見ればいくら政略絡みとはいえ結婚した正式な妻である自分を放って愛人にばかり構い、その娘に会うために本国から離れる不誠実な男に見えたに違いない。
 ましてや彼女はブリタニア貴族だ、いずれナンバーズになるかもしれない人種のためにそこまでする彼が理解出来なかったのかもしれない。

 「もしかして、たまにお母さんが持ってきたプレゼントって」

 「私から贈った物だと思う。会おうとはしたんだが、私も滅多に日本には行けなかったし、せめてそれくらいはと・・・」

 「・・・・」

 そういえば兄のナオトは、シュタットフェルトのことを母とカレンのことを金で解決しようとした冷血漢だと言っていた。
 彼からしたらいきなり母とカレンを捨てて伯爵家に戻り、金だけ送って放置したように見えたのだろう。
 高価なぬいぐるみやおもちゃなども、ブリタニア人の血を引いているという理由で苛められているカレンに、物さえ与えれば満足するとでも思ったのかと怒ったに違いない。

 「でも、毎月五十万も送ったのなら働かなくても大丈夫なくらいのお金じゃない。
 どうしてお母さんは小さなアパートを借りていつも頑張って働いていたのよ」

 だからカレンは父を養育費も送ってこない冷血漢だと信じて疑っていなかったのだが、むしろ遊んで暮らせるだけのお金を送っていたことを知って疑問に思った。

 「・・・それも今後悔するべきか、微妙な話なのだが。
 百合子は私の父と兄があんな亡くなり方をしたので、私もいつそうなるか解らないと不安だったんだろう、貯蓄していたらしい。
 学資保険や生命保険をかけたり、貯金に回したりしていたそうだ」

 「母さんらしいわ。それがどうして後悔・・・・まさか!」

 「そのまさかだ・・・半分はナオト君に渡したらしいが、残ったその貯金がリフレインの購入資金になったんだ」

 頭を押さえて苦悩するシュタットフェルトに、カレンはガタガタと震えた。

 どうして雀の涙程度の給料しか貰ってないはずの母が大量にリフレインを買えたのかと疑問だったのだが、思わぬところからその理由を知ってヘタヘタと座り込む。

 「馬鹿よ、母さん!何やってるのよ、本当に!」

 「・・・それで七年前だ。あの当時は本当に安心していた。
 ブリタニア皇族が二人留学することになったから、日本は侵略対象にはならないと思っていたからな。
 だがその皇族が殺されたと発表されて、これはまずいと思った私はすぐに百合子に連絡して、今の貯金全てをブリタニアポンドに変えるよう指示した。
 お前には不愉快だろうが、日本が占領されるのも遠くないと思ったからな。それですぐに日本に渡り、収容所にいるお前達を引き取った」
 
 「憶えてるわ。いきなり何の事情も聞かないままホテルに連れていかれて、今日からシュタットフェルトの子として暮せって言われたの」

 「それが一番だと、私も百合子も思った。ナンバーズがろくな生活しか出来ないことは、よく知っている。
 名誉ブリタニア人になったところで、そう変わるわけじゃない・・・せめてお前だけでもまともな生活をさせてやりたいと百合子は泣いて訴えたが、そんなことは当たり前だ、頼むことじゃない。
 お前さえブリタニア人として暮せられれば、形式的に名誉ブリタニア人として百合子とナオト君を置けると考えた」

 シュタットフェルト夫人はその話に嫌な顔をしたが、このまま子供すら作れない女とシュタットフェルトの一族に睨まれる方が嫌だったのだろう、仕方なく了承した。

 こうして公式にはカレンをシュタットフェルト夫妻の間の娘として迎え入れた彼はトウキョウ租界に豪華な邸宅を建て、エリア11と名付けられた日本の利益を得るべく精力的に動き、この日本でもトップクラスの名家として君臨することに成功した。

 後はシュタットフェルト伯爵家の階位を上げ、エリア11で副総督くらいならなれる程度の家柄に上がりさえすれば、たとえカレンの素性がバレても権力で口封じが出来る。

 そのためにもシュタットフェルトは本国でも精力的に働き、辺境伯になれるまでもう少しのところで使用人頭から『カレンお嬢様がもう長い間お戻りになっていないのですが』と聞き、慌ててすっ飛んできた。
 百合子はリフレインを使った容疑で逮捕されて懲役二十年、娘はずっと学校を休んでいた上に家に滅多に戻らない日々があった上に行方不明という気絶したくなるほどの事態に、シュタットフェルトは唖然とした。

 カレンを探せと怒鳴る夫を冷たく見つめるシュタットフェルト夫人と、名誉ブリタニア人の使用人から百合子が夫人に虐待されていた、自分達も彼女に命令されていろいろやらされていたと密告を受けて原因はそれかと心配で気が気でなかったところに、カレンが戻ってきたという訳である。

 「こんなことになるなら、やはり最初から喫茶店を与えて穏やかに過ごさせるべきだった。
 ・・・百合子のことだ、自分さえ我慢すればいいと思っていたんだろう」

 そしてそんな母を見てブリタニアは悪だと思ったナオトが、レジスタンス活動を行うようになった。
 それに釣られる形で本当のシュタットフェルトの思いなど気づかず、父を冷血漢の外道だと信じたカレンは、そんな父親に縋る母を軽蔑した。
 
 そしてそんな娘の視線に耐えきれず、過去に戻れるリフレインを使うようになり、それにのめり込んだ百合子は子供達のために貯めていた貯金を使ってまで依存するようになったのだ。

 「・・・気づかなかった私が悪いし、お前を放っておいたのも悪い。
 当分はここにいて百合子やナオト君の件をどうにかするから、しばらく待ってくれ。
 もしかしたら彼が見つけられるかもしれない仕事も出来たことだしな・・・」

 「お兄ちゃんが見つかるかもしれない仕事って・・・?」

 「何でもこのエリア11で、日本人に職を与えるための特区が造られるらしい。
 そのためにシュタットフェルト伯爵家の力を借りたいと、ユーフェミア副総督から直々の申し出があった」
 
 すでに話が出ており、また父が兄のためにもと考えていることを知ったカレンは、初めて父親に願った。
 ルルーシュに言われたから嫌々ではなく、心からの言葉で。

 「だったら私も手伝う!一緒にやらせて!」

 「カレン・・・・だがお前はまだ学生で」

 「そんなの後でやればいい!休学届出せばいいし、家庭教師について勉強もするから、手伝わせて!!お願い!」

 初めて娘に願われたシュタットフェルトは、やはり母娘だな、行動がそっくりだと内心で大きく溜息をついて了承した。

 「解った、好きにしなさい。アッシュフォード学園には私から休学させる旨を伝えておこう。
 ただし、頼むからこれ以上心配をかけるなよ」

 「本当?!解った・・・気をつける」

 たぶん無理だけど、と心の中でそう付け足しながらも答えたカレンに、シュタットフェルトは言った。

 「詳しい概要が出来たら知らせるから、それまでは家でおとなしくしていろ。
 ああ、夫人にはあまり構わなくていい・・・気にするな」

 「う、うん・・・でもお兄ちゃんを探してくれてる人達にだけ会いに行ってもいい?
 その特区に参加してくれるかもしれないし、このこと伝えたいから」

 「そういうことなら構わんが、連絡だけはしてこい。最近テロ防止のために租界とゲットーの管理が厳しいからな」

 カレンは頷くと、書斎を出ようと入口に足を向けた。
 ドアを開け、外に出ようとしてドアを閉める前、彼女は小さな声で言った。

 「お兄ちゃんとお母さんのこと、ありがとう。
 それから・・・心配掛けて・・・ごめんなさい」

 早口でそう謝ったカレンは、ドアを凄まじい速さで閉めてまっしぐらに自分の部屋へと戻っていく。

 娘の言葉を聞いたシュタットフェルトは、グラスに乱暴にワインを継いで一気飲みをすると、書斎の引き出しから一枚の写真を取り出してじっと見つめた。

 カレンが生まれて四人で撮った記念写真。
 幸せそうに笑うそれは、誰が見ても幸福な家族そのものだった。

 「どうしてこんなことになったんだろうな、なあ、百合子・・・」

 最善の道を選んで進んできたつもりだったのに、どうして今バラバラになってしまったのだろう。
 あの時、彼女に出会わなければよかったのだろうか。

 『いらっしゃいませ・・・あら、ブリタニアの方ですか?ならベーコン目玉焼きとホットサンドイッチのセットなどいかがでしょう』

 初めて出会った日の百合子の姿を思い返して、彼は泣いた。



 翌日、カレンは黒の騎士団本部へと来ていた。

 そしてどうだったかと尋ねてくる扇達に昨夜の出来事を伝えると、反応が実にさまざまだった。

 「そいつは親父が悪いぜ!金だけ渡しておしまいってのはどうよ?」

 「事情があったにせよ、娘に説明しないというのもな~。せめてナオトにだけでも話せばよかったのに」

 玉城と扇が憤ると、藤堂と四聖剣の仙波が疑問の声を上げる。

 「そうはいうが、大人の事情を子供に話したくないという気持ちは解る。
 それに、当時の状況を見れば最良の手段だったのは確かだと思うが」

 「同感ですな。なんだかんだ言っても、金は身近かつ確実な力になるもの。
 リフレインなどと言う形になってしまったのは残念じゃが、母上殿の手に貯金を残したままだったのも伯爵の思いやりだったのではないかな?」

 見事に年齢層に分かれた意見に、ルルーシュが肯定したのは後者の意見だった。

 「玉城の言うとおり話さなかったのはまずいと思うが、子供には理解し辛いだろうからもう少し成長した後でと考えたのだろう。
 それに何もせずに放っておいたわけじゃない、彼なりの誠意はあったんだ。何もせず放置しっぱなしの父親より、よほど尊敬出来る」

 自分にお前は生きていないと暴言を吐かれて妹共々放り出されたルルーシュから見れば、何と羨ましい父親かと言いたくなる。

 「悪いのはそんな状況にしたブリタニアだ。
 連中が他国に攻め入ったりしなければ、何もブリタニア人ではないからと結婚を反対されるようなこともなく、普通に家族で暮らせていたはずだからな。
 父親の真意を知ったんだ、後はゆっくり溝を埋めていけばいい」

 「そうは思うんですけど、どうしたらいいか分からなくて・・・」

 親とどう接したらいいか解らないと言うカレンに、これはそうあっさりアドバイスが出ない問題なので皆が腕を組んで唸る。

 「とにかく、家でちょこちょこ話してみるとか!」

 「一緒に旅行に行くとか!」
 
 「ごはん作ってみるとか!」

 口々に無難ではあるが実行するのが気恥ずかしそうな提案に、カレンはどうしようと悩みだす。
 ルルーシュももっとも苦手な相談ごとに、ため息をついた。

 私事にまつわる相談にはエトランジュの方が適任なのだが、彼女は生まれ落ちたその日から父親から溺愛されており、今更父親と仲良くするにはどうしたらいいかと尋ねられても困るだけだろう。

 (それに、今現在父親が行方不明だ。そんな彼女にしていい相談じゃない)

 「こういうことは他人がどうこう言える問題ではないからな・・・難しいものだ」

 「ですよね・・・私、頑張ってみます。どのみち特区のためにもあの人は避けて通れないし・・・」

 カレンはそう言うと、特区設立のために当分ここに来られないと告げた。

 「なるべく早く成立させるようにするから、ちょっとだけ待って下さい」

 「解った、だが無理はするなよ」

 「はい、ゼロ!」

 皆から公私に渡って大変なカレンに心配そうな視線を浴びせられながら会議室出、それから自室で着替えてから租界の邸宅へと戻った。



 邸宅に戻ると使用人が数名入れ替えられており、解雇された者が母を苛めていた者であることに気づいたカレンがそっと父の書斎に行くと、彼は小さな声でお帰りと言った。

 「ただいま・・・あの・・・使用人だけど」

 「その方がいいと思ったからな。正妻は不愉快そうだったが、もうお前は気にするな。
 百合子が出所したら、特区に店を与える。お前もそこで暮らせばいい」

 まただ。
 また自分の言い分も聞かずに一方的に己の進路を決める父親に、カレンは怒りを爆発させた。

 「何で勝手に決めるのよ!いつだってそうよ、私がどうしたいかなんて聞かずに勝手に決めてばかり。
 あんたにとって私は何なの?!」

 「私の娘に決まっている!カレン・・・私はそれが一番だと思って」

 「そんなの私が決める!私の人生なんだから、どう生きるかは私が選ぶわ!」

 カレンはそう怒鳴ると、ルルーシュから受け取った特区計画書を父親の机の前に投げた。
 
 「これ、特区賛成者の友人と一緒に考えたの。各地の視察に行くんでしょ?私もついてくから」

 「え?だがな・・・」

 「行くの、行かないの?!それとも私と一緒は嫌?!」

 睨むように尋ねる娘に首を横に振って否定したシュタットフェルトが手配しておくと言ったので、カレンはじゃあ準備するからと言い捨てて部屋を出て行く。

 勢いに任せて父親と二人で出掛けることに成功したカレンは部屋に戻ると、ドアを閉めてズルズルと床に座り込む。

 「な、なんで一緒に視察に行くだけなのに・・・ああ、もう!」

 カレンはクッションを壁に投げつけて、訳の解らない感情をぶつけるのだった。


 
 そしてシュタットフェルトと視察に出る前日、カレンは母の面会に来ていた。
 特別待遇と言うだけあって個室で、無理な労働などをさせられることなく暮らせているからと聞いたが、母の言うことなので信用せず己の目で確かめようと、嫌ではあったが他に方法がないので特権を使って母の部屋での面会を実現させた。

 「カレン・・・どうしたの?ここに来たらいけないと」

 「うん、ごめんお母さん。ちょっと知らせたいことがあって」

 「知らせたいこと?」

 青白い顔をしながらも自分が持ってきた不器用そうに切られた林檎を美味しそうに食べながら尋ねる母に、カレンは嬉しそうに言った。

 「あのね、もうすぐ日本人に職を与えるための特区が作られるんだけど、それをシュタットフェルトが主に推し進めることになったの。
 私もそういう特区ならぜひ協力したくて・・・その、あの・・・お、お父さんと一緒にやろうと思って」

 本人には面と向かって言えなかった単語だが、母になら言えたらしい。
 百合子がポカンとした顔で林檎を落としたのを見てカレンが慌ててそれを拾い上げると、百合子がおずおずと尋ねる。

 「カレン、今なんて・・・?」

 「あの人から聞いた。私が何でシュタットフェルトの家に預けられたかとか、お母さんにお金送ってたとか、いろいろ」

 「そう・・・駄目なお母さんね、私。貴方達のためにと貯めてたお金であんなこと・・・」

 泣きだした母にカレンはまたしてもつい怒鳴ってしまった。

 「お母さんのせいじゃないって言ったじゃない!どうしてそうすぐに謝るの?!」

 カレンは一度怒鳴るとまたやってしまったと反省し、母に謝る。

 「ごめん、また私・・・お母さんのせいじゃないよ、私も何も言わなかったのが悪かったの」

 「カレン・・・・」

 「だ、だから一度また話し合おうと思ってね、その・・・だから・・・」

 「いいことだわ、カレン。そうなの、頑張ってね」

 母に頭を撫でられたカレンは、遠い昔テストで百点を取って褒められた日のことを思い出した。

 『まあ、この前も百点だったのに凄いわ。お母さんの自慢の子よ、カレン』
 
 「お母さん・・・だからね、私ね・・・」

 「ええ、いいのよカレン。お母さんはお前が幸せならそれでいいの。
 無理をしないで好きなようにやればいいの」

 穏やかな笑みを浮かべて自分の手を取る母に、カレンはうん、と涙を浮かべながら笑った。

 カレンがドアを開けて部屋を出ようとすると、百合子が小さく手を振りながら言った。

 「カレン、頑張ってね・・・私達の娘」

 「お母さん・・・うん、私頑張るから!」

 カレンはそう言いながら部屋を出てドアを閉じると、百合子は途端にベッドにうずくまって胸を押さえる。

 「はあ、はあ・・・カレン・・・・!」

 リフレインの禁断症状だった。
 胸が苦しい、早くあの幸せな夢が見たいと悲鳴を上げる身体に、百合子はよろよろと手を伸ばして写真を手に取った。
 
 シュタットフェルトも持っていた四人で撮った写真を見つめ、禁断症状を抑えるための薬を手にする。

 この薬もシュタットフェルトが寄越したものだ。効果が効果なだけにとても高価なもので一般の者の手に入る代物ではなかったが、彼はすまないと何度も謝り自分に渡してくれた。

 早くこんな薬などなくても暮らせる身体に戻りたい。
 娘は過去にではなく、未来に向かって進もうとしているのだ。それなのに母親が過去の幻影にばかりすがってどうするのか。

 百合子は薬を一粒だけ手にして飲み込むと、気を紛らわせるために歌を歌いながら編み物を始めた。

 「からす、なぜ鳴くの~♪からすは山に~、可愛いからすの、子があるからよ~・・・♪」



[18683] 挿話  鏡の中の幻影 ~両性のアルカディア~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/09 10:35
  挿話  鏡の中の幻影 ~両性のアルカディア~



 私と貴女は生まれる前から一緒だった。
 同じ年、同じ日、そしてわずかな時間の差だけで、私と貴女はこの世に生を受けた。

 同じ身長、同じ体重、同じ髪の色、同じ瞳の色。
 違っていたのはたったひとつ、性別だけだった。

 マグヌスファミリアの当時の女王、エマの三女であるエリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長女、私の姉のエドワーディン・アルカディア・ポンティキュラス。
 
 それから二分の時間を置いて誕生したのは、その長男の私、アルフォンス・エリック・ポンティキュラス。

 性別こそ違えど他はまるでそっくりな双子の私達は、いつも仲良しだった。
 子供のうちは男女の服装はスカートさえ履かなければ似たようなものだから、たまに訪れる外国人からは『可愛い坊ちゃん達だこと』『いや、お嬢さんだろ』と同じ性別の双子のように言われていたことを今でもよく憶えている。

 食事の好みも一緒、本もよく同じものを読みたがっていたし、叔父であるアドリスを尊敬していたのも同じ。
 違っていたものなどないと幼い頃は信じて疑っていなかったのに、ある日エドの身体に突然焼けただれた痕が出来た日から私達の道は違ったものになってしまった。

 「アル、聞きなさい。エドはもう、外を歩いてはいけないの。
 エドはお日様に当たると具合が悪くなってしまう病気なんですって・・・だから、もうあの子と一緒に外に出たりしてはだめよ?」

 五歳の時に母さんからそう聞かされた日、この人は何を言っているのかと思った。
 だって私は何ともないのだ、何故エドだけがそうなるのかと幾度も問いただしたが、両親はエドとお前は違うのだと繰り返すばかりで、そんなのは嘘だと泣いて怒鳴った。

 その日からエドは自分と同じ部屋から日の当たらない地下室に自分の部屋を移動した。
 個室になってしまった部屋はやけに広くて、でも地下室は狭かったから自分も行くとは言えなかった。

 マグヌスファミリアに嫁いできたアドリス叔父さんの妻となったランファー叔母さんがお医者さんだと聞いたから姉の病気を治してほしいと頼みに行くと、彼女は困ったように首を横に振った。

 「ごめんよアル・・・治してやりたいのはやまやまなんだけど、あたしは鍼灸師なんだ。正確に言えば医者ですらないんだよ。
 だから、あの子の症状を何とか軽くする程度しか出来ない」

 「そんな・・・」

 「それに、あの病気は完治する方法が見つかってない特殊な病気なんだ。
 いつかはきっとと希望を持って、対症療法・・・その都度症状を何とかするしかないんだよ。
 あたしも協力するし、あの子は軽度の症状だって話だし、医師の友達もいるからそこは大丈夫」

 ランファー叔母さんの言ったことは事実だった。
 彼女はいつも針や漢方薬を使って姉の症状を和らげてくれたし、EUから月に一度医者が来て診察もしてくれた。

  それでも結局完治には至らなかったから、十三歳になった時私は姉の病気を何とかしてやりたいと思い、医者になろうと思った。
 だけど既に従兄の一人が医者になると決まって既に医大に行っていたから、私がなることは出来なかった。
 専門の知識を得るために王族が留学するのは決まりごとだったけれど、学費がかかるので決まった数しかそれは出来ない。

 私は暗い地下室で機織りをして暮らす姉にせめて外に出られる方法が見つからないかと思い、医大に行っていた従兄に相談すると彼はいいことを教えてくれたのだ。

 『紫外線をシャットアウトするやつならあるな。でも凄い分厚いスーツだから、遊ぶのは無理だ・・・何より、高いし』

 『・・・じゃあ僕が開発する。軽くて薄いのを作ったら、似たような病気の人が買ってくれるしさ』

 そう決めた私はそれからアドリス叔父さんについてがむしゃらに勉強した。

 叔父さんは奨学金さえ取れたら生活費くらいは出すからと言い、イタリアにいるランファー叔母さんの母にお願いしてあるからと準備をしてくれた。
 エドは無理するなとだけ言って、そして笑った。

 ・・・そして十五歳になった日、私は王になっていたアドリス叔父さんからギアスのことを聞かされた。
 そして、例外的に既に姉のエドがギアスを得ていたこと、そしてそのギアスが“人の中に入り込むギアス”だということを。

 そのギアスは目を合わせた人物の中に入り込む。そして入り込んだ相手の感覚を自分の感覚のように感じることが出来るというものだった。
 エドはそのギアスを使って父や母の中に入り込み、太陽の光を浴び、外交のために訪れた国の風景を見つめ、その風を感じ、外国のオペラ歌手の歌を聞いていたのだ。

 それを知った時、私の中にあったのは怒りだった。

 「どうして僕に教えてくれなかったんだよ!なんで僕の中に入ってくれなかったの!」

 いつも一緒だったのに、何も教えてくれなかった。
 そして、感覚を共有するギアスなのにその相手に自分を選ばなかったということに強い憤りを感じた自分は、ギアスを得るのを拒否した。

 翌日から留学する予定だった私は、エドに会うのも嫌で部屋に引きこもっているとそのエドがやって来た。

 『アル、ごめん・・・悪気はなかったの。だってずっと自分の中に私がいるのよ?普通気持ち悪いじゃない』
 
 『・・・他人ならそりゃやだけど・・・家族で姉だろ。遠慮する必要がどこにあるんだよ』
 
 『アルは本当に頼りがいのある子よね。でも、私は女であんたは男。
 ・・・やっぱり、そういうのはよくないと思うの』

 エドの言い分はもっともだった。私は男で、エドは女。
 以前は同じ体型だったのに自分の身長は彼女より高くて、体重ももちろん違っていて胸なんてのもない。

 『女だったらよかったのに』

 そしたらずっと一緒に、同じものを見て同じものを感じられたのにと言う私を抱きしめてくれた。
 
 だから、私は言った。

 『・・・一緒に行こうよ、イタリア。エドも一緒に』

 『ありがとう。でも・・・』

 『別にそのギアスは一度僕の中に入ったからって、四六時中感覚繋いでるわけじゃないんだろ?
 必要な時だけすればいいじゃないか』

 私の提案に迷ったように考え込むエドに、私はとどめを刺した。生まれる前からずっと一緒だったのだ、弱点くらい把握している。

 『イタリアの服着てみたいんだろ?ああいうのって直接行かないと似合う服って見つからないよ?』
 
 『足元みた・・・!ったく、じゃあお願いするわ』

 内心では申し訳ないと思いながらもやったとか思っているくせに、エドはそう言って笑った。
 こういうところは姉弟ながらの気安さだ、何でも言い合えて喧嘩をしてもすぐ仲直り。

 だから、私達はずっと仲良し。ずっと一緒・・・。


 ・・・そのはず、だった。



 「ねえ、アル!貴方の国にブリタニアが宣戦布告したわよ!!」

 そんなバカな、と返したくなるような報告を受けたのは、大学の友人からだった。
 大学で医療科学技術を学んでいたアルフォンスは、読んでいたラクシャータの論文を床に落として教室に置かれていたテレビを見つめると、母国マグヌスファミリアがマフィアの資金源となり、それを援護しているとというはぁ?としか言いようがな言いがかりをつけられているニュースが流れている。

 マグヌスファミリアは軍隊がいないことから非武装国家宣言がなされており、国境の周囲はEUの排他的経済水域であることを示すため、EUが派遣した巡視船が回っている。

 それなのに何故そんな言いがかりがつけられたかと言うと、ブリタニアが言うにはマグヌスファミリアは税金を取っていないにも関わらず銀行を開設しており、そこが租税回避地でありマフィアの資金などがあるというものだった。

 「・・・なにこれ」

 マグヌスファミリアは確かに税金がない。
 理由は農作物が主な生産物であるが輸出出来るほどの量ではないため、国内の生産物は全て国内で消費されている。

 もともと国土が広くないので馬車が一台あれば半日もあればどこへでも行ける。 さらに円形状の島で中心に王族が住む城と国民達のための大きな城があり、そこで自由に市場などが開かれていた。
 取れたものは一度城に集められ、そこに国民が必要なものをとっていくといういわば原始共産主義国家なのだ。ゆえに通貨と言うものは開国するまで必要なかったのである。

 代わりに成人した者には必ず働かなくてはならない義務がある。
 もしニートなどがいたらそれは国益を害したとみなされ、冗談でなく死刑の対象になるのだ。
 事実病気だったエドワーディンでさえ地下室でせっせと機織りの仕事をしていたのだから、そう言った意味では厳しい国家と言えよう。
 
 マグヌスファミリアにも銀行があるが、それはEUから送られてくる資金を受け取り、それをEU連盟への分担金として送るために設立されたものだった。
 よって他国のように個人でお金を預けるためのものではなかったのである。

 だがそれでは確かに租税回避地として利用されてしまう。
 EUもそんなものをわざわざ造って利益をみすみすマグヌスファミリアに渡したいわけではなかったし、無駄なトラブルはごめんだったマグヌスファミリアは他国ではあり得ない方法でそれを回避した。

 「うちの国は確かに税金ないけど・・・王族以外が口座開設してはいけないって法律があるんだけどね」

 繰り返すが、マグヌスファミリアの人間は現金収入が殆どない。
 まれに漁業で魚を卸した者が得る程度で、貯金するほどのものでもないので銀行で口座が開けないからと言って困る者はいないのだ。

 もちろんその法律の存在は誰もが知っている。
 何人か税金回避を目的として口座を開きたいと言ってきた連中がいたが、その法律を聞かされるとすごすごと帰って行った。

 EUの報道官がまたブリタニアの侵略か、と呆れ果てた顔でその法律があるのでマグヌスファミリアは無実です、でもどうせ攻めてくるだろうから国民達を保護しますと全世界に向けてコメントしている。
  
 仰天したアルフォンスは慌ててイタリアからイギリスへ飛び、避難してきた家族達と会った。

 「母さん、父さん!エディ!」

 「アル、ああ、アル!」

 母のエリザベスに抱きしめられたアルフォンスはほっとしたが、何故かエドワーディンの姿がない。
 
 「・・・エドは?」

 「・・・死んだわ」
 
 「・・・は?」
  
 この人何言ってんのと言う眼差しで見つめてくる息子に、母はもう一度告げた。

 「ブリタニアの目的は、貴方も見た遺跡だったの。だからみんなでこっちに来る前に、水没させたわ。
 でもその装置を動かせるのは王族だけ。だから、あの子が・・・」

 日の元を歩けない自分は一番の役立たずだから、自分がやると言って残ったのだと言う母に、アルフォンスは母の胸倉をつかんで問い詰めた。

 「何だよそれ!何でエドがっ・・・新婚だったろ!」

 去年エドワーディンは、自分達と同じ年の友人であるクライスと満月の夜の中結ばれた。
 彼女は病気ではあったが昼間出歩けないだけで、明日をも知れない命と言う訳ではなかったから、普通に恋をして普通に嫁に行った。
 もっとも地下室が城にしかなかったから、名字が変わっただけで地下室にクライスが住むようになったくらいの変化だったが。

 「ごめんなさい、アル・・・」

 「母さん・・・」

 「ごめんなさい、アル・・・ごめんなさい、エド・・・」

 そう泣きだす母に、アルフォンスはもう何も言えなかった。
 そして母から視線をそらした先には、父親が帰ってくるのを待つ従妹の姿があった。
 再度母を見ると、彼女が首を振ったから尊敬する叔父も姉と同じ運命を辿ったのだろうと察した彼は、忌々しそうに壁を蹴った。

 「あんの疫病神国家のブリタニアがああああ!!!」

 その叫び声に周囲の人間はびくりと肩を震わせたが、同感だったのだろう、頷く者や同じように叫びだす者とで部屋が溢れかえる。

 だがこれは、まだ序章に過ぎなかった。



 それから数ヶ月経った後、王族会議でアルフォンスはまたしても理解不能な事態になったことに頭を痛めた。

 「正気?エディを王位につけるなんて、タチの悪い冗談にしか聞こえないんだけど」

 「お前の言うことは解る。だが、それが我々が取り得る最良の方法なんだ」

 母の兄妹の中で一番年上のアイン伯父の言葉に、アルフォンスはバンとテーブルを叩く。

 「最良?!あの右も左も分からない、十三になるかならないかのあの子をこれから戦争やろうって言う僕らの王にするのが?!
 玉座の上の人形にしかならないだろ!あんな小学校レベルの勉強しか出来なくて、通貨の概念もよく解ってない子に、何が出来るんだよ!!」

 酷い言い草だが全くの事実だったため、他の数名からも同様の声が上がるが、アインは言った。

 「私の予知によれば、あの子が持つギアスは我々にとって大変有益な“人を繋ぐギアス”だ。
 それを最大限生かすためにも、あの子を王にする」

 「何それ?どんなギアスだよ」

 「エドのギアスに少し似ているギアスだ。エディのギアスは自分と他者の感覚をやりとり出来る。
 エドと違い人数に上限はないし感覚を全員で共有できるから、これから世界各地を回って対ブリタニア戦線を構築するためにも、あの子が必要なんだ」

 「だったらギアスだけ使わせればいいだろ!何でわざわざ王位に就かせるんだよ」

 もっともな疑問を据わった目で投げかける甥に怯えつつも、アインは続ける。

 「エディはアドリスの一人娘だ。あいつは国王だった頃から世界を回って各地に友人がいる。
 エディが王になれば、何かと力になってくれるだろう」
 
 「・・・確かに外の国じゃ僕らだけでブリタニアと戦うことは不可能だ。だけど・・・!」

 「それに、あの子には語学能力がある。英語、イタリア語、中華語、ラテン語が話せるあの子は、諸国を回るには最良の人選なんだよ。
 中華連邦の皇帝とも文通友達と言う縁もある。もしかしたらEUと中華との間で同盟が出来るきっかけになるかも・・・」

 「いつどこが戦場になるか解らない場所に、エディを行かせる気?!おかしいよ伯父さん!!」

 テーブルを叩いて怒鳴る甥に同調する大多数の一族達に、エトランジュを王位に就かせるべきだという一族達は大きく溜息を吐く。

 「アドリスがいない以上、決定権は前女王である母さんにある。
 ・・・母さん、この案の可否を決めてくれ」

 アインの言葉にずっと黙ったまま話を聞いていたエマは、ガタガタと手を震わせながら小さな声で告げた。

 「・・・アインの案を・・・認めます。
 次の王は、アドリスの長女であるエトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです・・・」

 「おばあちゃん・・・!ちょっと・・・!なんで?!」

 「お母さん?!あの子はまだ成人してない!法に反してる!」
 
 まさかエマが認めるとは思わなかった一同が唖然として問いかけると、エマも断腸の思いだったのだろう、涙を流しながら続ける。

 「ただし、政治に関する決定権はアインを宰相として責任を持たせます。
 エディには常に護衛をつけ、また早急にギアスを与えます。十五歳になるまでは本格的な活動はさせません」
 
 「・・・狂ってるよ!いくら非常時だからって、みんなどうかしてる!!」

 アルフォンスはそう吐き捨てて一同に軽蔑の一瞥をくれた後、会議室を出て行った。

 「・・・狂ってる、か。はは・・・全くだ」

 アインの疲れたような呟きに、周囲もまた同じような顔で同意する。
 こうしてマグヌスファミリア始まって以来の、最年少の女王が誕生した。



 悲劇のお飾りの女王。
 それが国内外のエトランジュの評価であり、そして事実でもあった。

 ただエトランジュ本人もそうだと理解しており、いつまでもそのままではいけないということくらいは解っていたのだろう、マグヌスファミリアの教師であるルチアについて勉強したりEUの高官達の家を訪れては挨拶回りをしたりと、自分に出来る精一杯の活動を行っていた。

 アルフォンスは大学に休学届を出した。
 友人達は仕方ない、何かあったら連絡しろと口々に言い、周囲に呼びかけてマグヌスファミリアのコミュティに衣服や食料などの物資を送ってくれた。

  国民達もまたイギリス国内に働きに出たり、小さな畑を耕したり、何とか自分達の生活を成り立たせるべく動いていたが、その表情のなんと生気のないことか。

 それらを束ねる幼い女王もまた青白く沈痛な顔を隠せなかったから、無理やり化粧を施しバルコニーに立たせた。
 新たな王が立つ時は常に沸き起こっていた歓声も、起こることなく終わった即位式。
  
 (ここはどこだ?こんなの、僕の国じゃない!!)

 苛立ちを隠せないままアルフォンスはコミュティの電気整備などを行い、そしてある処置を行った。

 (絶対おかしい。不自然すぎる)

 あの疫病神が祖国を蹂躙した後から、何もかもがおかしいとアルフォンスは思った。

 何故こんなにも早く、マグヌスファミリア国民の受け入れ態勢が整っていたのか。
 どうして国民達の仕事がこうも早く見つかったのか。

 これらは予言能力を持つ伯父・アインの予知によりアドリスが早急に手を打ったというところだろうが、ならばいつその予知が行われたのだろうか。
 それだけの準備が出来る時間があるのなら、国民脱出のためにブリタニアの足止めで93人もの国民が犠牲になる必要などなかったはずだ。
 遺跡だってさっさと沈めて、国民達と共に避難すれば済む話である。

 エトランジュにしてもそうだ。あの子の持つギアスが必要なのは解るから早急にギアスを与えるのはいいが、何故王位につける必要がある?
 接触型のギアスなのだ、ここにいて片っ端から一族達に触れてリンクを繋げばそれで十分事足りる。

 だからアルフォンスはアインを中心とする母の兄妹達の部屋と会議室に盗聴器を仕掛け、今それを傍聴している。

 (・・・何でだよ。こんな時だからこそ協力しなくちゃいけないのに、何で隠しごとなんか・・・!)

 アルフォンスはその時、生まれて初めて・・・悔しさで泣いた。
 そのことに気づかないまま、彼が聞いた真実。

 後に彼は、こう語っている。
 
 『陳腐だけどね、“知らない方がいい事もある”ってこういうことを言うんだなって思ったわ』

 その盗聴器から聞こえてきたいくつもの真実に、彼はただただ唖然とした。
 
 「何だよこれ・・・エドが生きてて・・・コード所持者って・・・!

 確かにここ半年、彼女は自分にギアスを使っていなかった。
 理由はアドリスに頼んで、別の国のことを感じたかったので彼にギアスをかけたというものだった。
 それを信じて疑っていなかったのに、真実を知ってアルフォンスは驚愕する。

 激情に任せた彼は母の部屋のドアを土足で蹴り開けて乗り込むと、彼には似つかわしくない声で問い詰めた。

 「エド・・・生きてるんだってね?どういうこと?」

 「どうしてそれを?!」

 「盗聴器って便利だねえ・・・犯罪だけど。こんな大事なことを隠してた理由を話すまで、絶対ここから出さないから」

 これほど怒り狂ったのはブリタニアの侵攻について二番目だよといっそ笑みすら浮かべて言う息子に、エリザベスは観念した。

 「このことは最低限の家族にしか言えなかったんだけど、仕方ないわね。
 絶対・・・クライスにも話さないと約束出来るだろうから、全て話すわ」

 まるで事実を知れば確実に納得するはずだと確信している声で言う母に、どれほど重い真実が隠されているのかと、アルフォンスは息を呑む。
 それでも聞かない訳にはいかないと、エリザベスの前に座った息子に、彼女は告げた。

 「貴方も大体想像付いてると思うけど、ブリタニアにもコード所持者がいる可能性が濃厚なの。
 つまり私達マグヌスファミリアは、ブリタニアが抱えるギアス能力者をどうにかしなくてはならないわ。私達にしか出来ないから」

 生身の人間がギアス能力者に対してどうこうするのは難しい。
 ギアスによるにせよ、大概は人間相手に多大な力を発揮するのがギアスなのはアルフォンスもよく知っていた。

 「それで?なんでエドの生存を隠した理由は?」

 「もしブリタニアのギアス能力者の中に記憶や心を読む力や、自白させる力を持つ者がいたら、どうなると思う?
 私達の誰も、仲間を裏切るなんて思わない。けれど、そんな能力者の前にはそんな強固な意志など無力なの・・・解るかしら」

 「・・・ああ、解るよ母さん」

 頭の回転が速いアルフォンスは、それだけで事情を悟った。

 ギアス能力者と対峙しなくてはならないポンティキュラス王族は、当然相手のギアス能力を考慮しておかねばならない。
 さらにそのギアス能力者を増やすのを避けるためには、コード所持者を探し出て身柄を確保するか、コードを奪うかしなくてはならないのだ。

 「ブリタニアも同じことを考える。だからコード所持者であるエドを死者としておいて、連中の目を逸らそうとしたわけだ」

 「そういうことなの・・・貴方はギアス能力者じゃないから連中と戦うことはないけれど、どこから漏れるか解らないわ。
 だから隠してた・・・ごめんなさいね」

 「そういうことなら仕方ないな。僕もその可能性を考えもしなかった・・・ごめん」

 どうして自分に何も言わないのかということにキレて、どうして言わないのかという理由を考えなかった己に腹が立つ。

 「解った、もういい。クライスにも言わない、約束する・・・罪悪感はあるけどね」

 新妻を亡くして落ち込む幼馴染を脳裏に思い返して溜息をつくアルフォンスに、エリザベスはさらに告げた。

 「それから、もう一つ・・・アル。私達はブリタニアからコードを奪うために、“達成人”になる必要があるの。
 半年前にエドが暴走状態になって、お母さんからコードを受け取ったんだけど・・・タイミングが悪かったわね」

 「ああ、それで半年前からギアスを僕に使わなかったのか。暴走状態になったら、どうなったの?」

 「貴方の中から出られなくなったのよ、あの子。
 そうなったらあの子の身体は衰弱していずれ死んでしまうから、お母さんがエドにコードを渡したの」

 「・・・聞いてはいたけど、暴走って怖いね。それで?」

 「そうね、でも暴走過程を経て私達はコードを奪える“達成人”になるためにギアスを使わなければならないわ。
 それでね・・・」

 母が告げたもう一つの真実に、アルフォンスは血の気が引いた。

 「何だよそれ!幾らなんでもそれは・・・でも、確かにそうしなければ・・・!」

 感情論ではあまりにも酷い事実だった。
 けれど現実を見ればそれが一番効果的かつ効率的な手段であることを理解したアルフォンスは、壁を何度も殴りつける。

 「やめなさい、アル、アル、アルフォンス!やめなさい!」

 母の悲鳴じみた制止に我に返ったアルフォンスは、血が滲み出た己の拳にペッと唾を吐きかける。

 「“砂漠に宝物を落としたと泣く少女の話”・・・母さん知ってる?
 聞いた時は笑ったもんだけど、いざリアルに起こるとこれほど気の毒なストーリーは滅多にないだろうね」

 知るんじゃなかった、とアルフォンスは後悔した。
 だけど知ることを決めたのはほかならぬ自分だ、誰を恨みようもない。

 「・・・今日のことは僕の胸に秘めておく。僕は何も聞かなかったし知らなかった。
 それから勝手なことをして、ごめん」

 アルフォンスはそう謝罪すると、母の部屋を後にした。



 知らないほうがいい事実を知ってしまったアルフォンスは、翌日から対ブリタニアのために自分が研究していた医療技術とは真逆の戦争のための道具を開発することにした。

 日々厳しくなる状況、要求されるより殺傷能力の強い武器の開発、何より隠し続けるには重すぎる秘密に、彼は心身ともに追いつめられていた。

 「お帰りなさい、アル従兄様。今日は私、外交のために考えてみたのです」

 無邪気な笑みでそう言って来たのは、女王として頑張ろうと奮闘している従妹のエトランジュだった。
 何とかしてみんなの役に立とうとしているのか、時折こうして提案をして来るのだ。

 「EUの方々も、一生懸命訴えればブリタニアと戦ってくれます。だから、私説得してみようかなって・・・」

 弱々しい笑みを浮かべて言う従妹に、アルフォンスは苛立ったように前髪をかきあげた。

 今EUは親ブリタニア派と反ブリタニアとに分かれ、まとまりが悪い。
 というのもEUは大小様々な国が入り乱れており、中にはブリタニアとそれなりの親交を持つ国もあるので、そういったしがらみがあるせいだ。

 そんなことも知らず説得すれば解ってくれると安易に言う従妹に、アルフォンスはとうとう怒鳴りつけた。

 「無理だって前も言ったろ!エディが考えているのは解るけど、お前のそれはただの綺麗な夢物語なんだよエディ!
 綺麗事ばかりで何の役にも立たないことしてないで、もう寝ろ!どうせまたろくに寝てないんだろ。
 そんなだからいつまでたっても役立たずなんだ!」

 八つ当たりだと、自分でも解っていた。
 だけど自分が嫌な現実を見なければならないのに、いつまでも夢に縋ってばかりの従妹に苛立ったのも確かだった。

 エトランジュは悪くない。彼女はただ年齢と実力に似合わぬ地位を押し付けられ、怯えてそれでも何とかしなくてはと考えただけだ。

 解っているのに、どうして自分はこんな言葉を吐いているのだろう?

 我に返ったアルフォンスが見たのは、生まれて初めて暴言を吐かれたエトランジュの能面のような顔だった。

 「ご、ごめんエディ・・・言い過ぎた。ちょっと疲れてた」

 「従兄様・・・私、その・・・」

 「ろくに寝てないのは僕もそうなんだ。今日はもう寝よう。朝まで一緒に」

 アルフォンスはそう言うと、自分のベッドにエトランジュを押しこむ。

 「エディは悪くないし、役立たずじゃないから。さっきのは・・・全力で忘れろ、いいね?」

 「・・・はい、アル従兄様」

 エトランジュは小さな声で了承したが、アルフォンスは知っている。
 言葉はそう簡単に忘れられない。特に本人が気にしていることなら、なおさら。

 それでも家族だから、自分よりもはるかに働き成果を上げているアルフォンスが疲れていたから思わず怒鳴ったのだ、ということは解ったのだろう。

 この子は半端に賢いから、何となく隠し事をされている、けれど事情があるから自分に言わないだけだとうっすら悟っている。

 (だから自分にも出来ることがあるとなったら、話してくれると思ったんだろうな。
 でも今うかつに失敗したらみんなに迷惑がかかると知ってたから、あれこれ聞いたんだ・・・)

 エトランジュは大人しい性格で、争いごとを嫌う傾向が従兄妹達の中でも一番強かった。
 従兄妹達が喧嘩をしているとすぐに止めに入ったし、喧嘩にならないようにと母方の祖母が持ってくるお土産は『みんなで遊べるものがいい』と頼んでいた。
 彼女には人間関係を良好に保つ才能が、抜群にあった。

 けれど、それ以外の才能は悲しいことに皆無といってよかった。
 だから自分でも気づいていたからこそのこの行動は、間違っていなかった。

 (あの子が王にさえならなかったら、こんなことには・・・!)

 ・・・これ以降、エトランジュが自分に相談することはなくなった。
 自分勝手にもそれにまた苛立ったアルフォンスは、己の身勝手さにさらに苛立つのだった。



 それから一年後、初めてエトランジュが正式なEUの要請を受けて、女王としてルーマニアに派遣される日がやって来た。

 (他人のこと言えた義理じゃないけど、どいつもこいつも何も知らないエディを利用して・・・!ムカつく・・・!)

 ブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙った思惑など知らず、彼女はルーマニア語を三ヶ月かけて集中的に学び、ある程度の日常会話が出来るまでになっていた。

 「ブナ ズィーワがこんにちは、メルスィがありがとう。フランス語に似てますね」

 「ラテン語はヨーロッパの言語の基礎になったって、大学で聞いたことあるよ。だから憶えやすいのかもね」

 陣中見舞いは女王であるエトランジュ、護衛として彼女の即位とともに護衛隊長として任命され、それに伴って将軍の称号を拝命したジークフリードと護衛官クライス、科学技術者のアルフォンスの四名である。

 ブリタニアが攻めてきているルーマニアだが、この基地は最前線よりはるか後方にあるから安全であるとの説明を受けていた。
 事実この基地周辺は何もないが、車で一時間も走れば街もあるしさらに走れば首都にも近い。

 そして基地に到着したエトランジュが挨拶を済ませ、さっそく目的である既に占領された地域から逃げてきた数十人の戦災孤児と会い、貴方達はマグヌスファミリアが預かりますと告げた。

 「私達は大きな家族と呼ばれています。貴方達に私達の家族になって欲しいのです」

 ずっと一緒に仲良く暮らす家族になろうと言うエトランジュに、子供達は嬉しそうに頷いた。
 そのうちの何名かは元から孤児だった者もおり、名前すら持っていない子供もいた。
 そんな彼らに、エトランジュは名前を考えてつけてやった。

 そんな中でも、イーリスと名付けられた銀髪でヘイゼルの瞳の少女は特にエトランジュに懐き、いつも彼女にくっついて離れなかった。

 避難民は順次EU各地に送られていき、孤児達は一番最後だった。
 本当なら先に子供をというところだが、イギリスは遠いので移送に使う軍用ヘリの都合でそうなったのだ。

 一週間ほど倉庫を改造した子供達のための部屋に泊まることになった彼らは、出発まであと三日と言うところで、それは起こった。

 「雨だってのに、クーラーなんか調子悪くねえ?」

 「そうだねクラ・・・あー、これはちょっとモーターの動きが悪いだけだからすぐ直せるよ。
 道具持ってくるから、クラ手伝って」

 「へいへい」

 ジークフリードは明後日の軍用ヘリについての説明を受けるため、この場にはいなかった。
 けれどここは安全地帯との認識があったから、彼らは護衛対象から全員が離れるという失態を、ここで犯してしまう。

 「すぐに戻って来るから、鍵かけないでね。じゃ、行ってくる」

 「はい、行ってらっしゃいませ」

 この発言を一生涯後悔することになったのは、わずかに十分後のことだった。

 「緊急事態発生、緊急事態発生!収監中の捕虜であるブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!」

 「へ?」

 道具を受け取りさあ戻ろうとした瞬間聞こえてきた放送に、アルフォンスとクライスは全速力で倉庫に戻った。
 あそこには子供達を脅えさせないよう、スピーカーは設置されていない。用がある時は携帯で連絡を取るようになっていたが、それは今アルフォンスの手の中だ。

 (こんなことなら、あの子に使い方教えて持たせておけばよかった!
 よりにもよって僕らが離れた時に限って!)

 己の馬鹿さ加減を罵りながら倉庫に辿り着くと、中から聞くに堪えない怒声と悲鳴が聞こえてきた。

 「黙れ、この劣等人種のガキどもが!!いいか聞け、ナンバーズ!我々ブリタニア兵を速やかにみな解放し、これまでの無礼を詫びて降服しろ!
 さもないとここのガキどもを一人ずつ殺していく!」

 「待って下さい、ここにいるのは子供だけです、私だけ残るから他の子は・・!」

 エトランジュの悲鳴じみた哀願の声に、どう考えても彼女を殴りつけたとしか思えない鈍い音がした。

 「エディ!あの野郎・・・」

 殺す、とクライスが銃を手にして叫ぶと、アルフォンスもさすがに躊躇っている場合ではないと覚悟を決めた。

 ルーマニアの軍人達が倉庫を包囲し、突入計画を推し進めていると突然中から子供達が飛び出してきた。

 「エディ様が・・・エディ様があああ!!」

 「シエル、ローラ、コンラート?!」

 泣きながらアルフォンスに抱きついてきた子供達に、アルフォンスは慌てて倉庫に駆け込んだ。それにクライスも続き、数人の軍人達も飛び込んでいく。

 「エディ、エディ、エトランジュ?!」

 倉庫に駆け込んで目に飛び込んできた光景は、誰もが想像していないものだった。

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
 そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。

 (まさか・・・まさか・・・この子は・・・)

 ふと部屋の隅を見てみると、逃げていなかった子供達がお互いに抱きしめあって震えている。
 さらにエトランジュの横には、いつも彼女に一番懐いていたイーリスと名付けられた少女が呆然とした顔でエトランジュの狂態を見守っている。

 (エディがなんとか反撃したんだな!はやくやめさせないと)

 そう判断したアルフォンスは恐る恐るエトランジュに近づいて彼女の手首をつかんでやめさせると、震えている声で言った。

 「もういい・・・やめようエディ」

 「アル・・・さま・・・?」

 「もう、死んでる」

 その事実を告げた時、エトランジュは確かにほっと安堵の表情を浮かべた。
 だがそれからじわじわとその言葉が意味することを理解した時、彼女の声から完全に音域を外した悲鳴がほとばしる。

 そしてその小さな白い手から、赤黒い血に染まった男の子用のブリキのロボット人形が転がり落ち、血の池に沈んでいった。



 気絶したエトランジュ以外、死傷者なし。
 死んだのはブリタニア兵だけという結果だけ見れば理想的な結末を迎えたこの騒動だが、マグヌスファミリアの一同にとっては最悪の結末だった。

 「・・・エディは?」

 「錯乱して鎮静剤を打たれて寝てる・・・無理ないけど」

 クライスの問いにアルフォンスが疲れたような顔で答え、二人は大きな溜息をついた。

 「何でだよ・・・何でこんなことに・・・」

 アルフォンスはそう呟くと、悔しさのあまり泣いた。

 (アイン伯父さんがコミニュティにブリタニアからギアス能力者が来るって予知したから、エディを避難させるためにこの陣中見舞いに行かせたのに・・・命と引き換えに殺人するってなんて、性質の悪い・・・・!

 つい先ほど事の次第をアインに伝えたところ、その予知はしていなかったらしい。青ざめた声で本当かと怒鳴って来た。

 それと同時に母の弟にあたるアンディがギアス能力者と戦い命を落としたことを知り、二重三重の凶報に自分も錯乱したくなった。

 予知能力とて万能ではないことを思い知ったアルフォンスは、自分もギアス能力を得ることを決意した、
 もういつまでも逃げてはいられない、幼いエトランジュまで犠牲になったのだからと遅すぎる決意をした自分に嫌悪する。

 「あの時、さっさとギアスを持つことを決めてれば・・・ちくしょう・・・」

 どんなギアスを持つことになったのかは知らないが、少なくても何かの力になったはずなのに。

 「どうしてこんなことに・・・だと?全部あいつらのせいだろアル!!
 あの連中があんなバカげたことさえしてなきゃ、俺達は、俺達はこんなところでこんなことせずに済んだんだ、そうだろ?!」

 クライスがそう叫ぶと、アルフォンスの胸倉を掴み上げる。

 「エドが死んだのも、アドリス様が行方不明になったのも、エディがあんな目に遭ったのも、全部ブリタニアのせいだ!
 俺達は何も悪くない、そうだろ!!何でお前自分を責めるんだよ、おかしいだろ!!」

 「クラ・・・」

 「俺は決めた・・・軍人になる。軍人になって、ブリタニア皇族全員殺してやるんだ。
 あいつらが全ての元凶なんだ、あいつらさえ消せば俺達は家に帰れる・・・そうだろ?」

 クライスの決意に、アルフォンスは頷く。
 そしてフラフラとエトランジュが眠る部屋へと入り、眠る彼女を見下ろした。

 点滴を打たれて眠る痛々しい姿に、アルフォンスは顔を手で覆い、次に顔を上げたとき、彼はとうとう全ての覚悟を決めた。

 だから、眠るエトランジュに向かって言った。

 「・・・ちょっと話があるんだけど、聞いてくれるよね?」

 その台詞が部屋に響き渡った時、エトランジュのまぶたが開いた。
 彼女に似つかわしくない、憎しみを含んだ瞳をして。



 エトランジュが目を覚ました翌日、予定を繰り上げて軍用ヘリでマグヌスファミリアの一行と戦災孤児達はマグヌスファミリアのコミュニティへと移った。
 その間ほとんど無言だったエトランジュに、子供達も無言で彼女の周囲を囲んでいる。

 腫れもの扱いで国民達に出迎えられたエトランジュは再度具合を悪くしたので、そのまま病室に連行されていくのを見送ったアルフォンスは、母の部屋にある隠し部屋を開いて地下へと降りた。

 そこにいたのは死亡したと聞かされて以来一度も会っていなかった姉・エドワーディンだった。

 「・・・久し振り、エド」

 「・・・久し振り、アル」

 同時にそう挨拶した双子の姉弟は、もう言わなくても解っているとばかりに手をつないだ。

 「この力を得れば、貴方は人の(ことわり)を外れて生きることになる。それでも?」

 「聞かなくても解ってるだろ」

 「そうね・・・では始めましょうか。E.Eが契約を結ぶ・・・!」

 エドワーディンはそう宣言すると、アルフォンスにギアスを与えた。

 自分の中に姉が入り込んでくる懐かしい感覚に、アルフォンスは久々に安らぎを感じた。

  ギアスを受け取ったことを確認したアルフォンスは、その力が“自分と自分に触れた者を周囲の人間に感知されなくなる”ものであることを知った彼は、嘲るように笑った。

 「僕にふさわしい力だよ、エド。
 この力が最初からあったら、あの事件の時さっさと倉庫に入って僕があのブリタニア兵を殺せたのに」

 「エド・・・」

 「今更言っても仕方ない。僕はこれからあらゆる手を使って、ブリタニアを滅ぼすために動く」

 アルフォンスはそう言うと、ドアを開けた。

 「すべてが終わるまで、僕はもうここに来ない。力をくれたことに、感謝する」

 「・・・解ってるわ。頑張ってね。
 私も一緒に戦いたいけど、ごめんなさい」

 エドワーディンは泣き笑いの台詞に、アルフォンスも同じ表情を浮かべた。
 服装さえ同じなら、まるで鏡に映ったように見えるほどそっくりな顔。

 「・・・じゃ、行ってくる」

 ばたりと自ら閉じたドアを後にして、アルフォンスは自室へと戻った。



 自室へ戻ったアルフォンスは、クローゼットから女物の服を数枚出し、それを身にまとった。

 まだ平和だった時代、姉へのお土産にと買い求めたそれは自分が自ら試着して似合うと思ったものだった。
 もともと女装は嫌いではなかったので、そういうことに抵抗は全くなかったから。

 そうしてワンピースにショールをまとった自分の姿は、今しがた別れた双子の姉と全くそっくりだった。

 「私も一緒に、か・・・いいよ、ずっと一緒だったんだから、僕らは」

 昔から何をするにもずっと一緒だった。
 けれどもう、そんなことは不可能になってしまった。

 「ブリタニアが全ての元凶、ブリタニアさえなくなれば何もかも元通りになる」

 ブリタニアさえいなくなれば、必ず。

 自分はもう家族や自分を憎みたくない、罵りたくない。
 だからブリタニアに憎悪をぶつけ、恨んで、そして滅ぼしてやる。

 そのためにはあらゆる手を使う。

 だから、“私”は・・・。


 
 「あ、アル従兄様?!そのお姿はいったい・・・?」

 自室に訪れた従兄が従姉そっくりの姿をしていることに驚いたエトランジュに、アルフォンスは言った。

 「これから世界各地を回ることになるだろ?その時女がいた方がブリタニアの目を油断させやすいんだよ。
  荷物だってこの年齢の女がいると不自然に多くても警戒されにくいからね」

 「それはそうですが、だからといって・・・」

 「もう手段は選ばない。僕は・・・私はそう決めた」

 「そうですか・・・実はアル従兄様、私もお願いがあるのです。
 どうかこれからは、何でもおっしゃってくださいな。
 どんな辛いことでも、ありのままを全て伝えて欲しいのです・・・前へ進むために」

 「エディ、それは・・・!」

 「もう、逃げていられないのでしょう?だから、どうか教えて下さいな。
・・・ブリタニアを倒すために、どんな恐ろしいことでも伝えられるものは全て」
 
 (やっぱり、隠しごとをされてることは知ってたのね)

 アルカディアは溜息とともに頷くと、エトランジュに誓った。

 「解ったわ・・・私はこれから先ずっと、何があっても事実を貴女に伝えるわ。
 どうしても駄目なものは確かにある。けど、それ以外のことは全て言う・・・誓うから」

 「ありがとうございます、アル従兄様・・・」

 「この姿でいる時は、従姉様と呼びなさい。いいわね?」

 「はい、アルに・・・いえ、アルカディア従姉様」

 アルと言えばどうしても従兄様と言ってしまいそうになるので、エトランジュはエドワーディンのセカンドネームであるアルカディアの名前で呼びかける。
 いいアイデアだとアルフォンスは・・・いやアルカディアは満足して笑った。

 自分がこの姿をしているのは、本当はエドワーディンと共にと願ったことをエトランジュが悟ってそう呼びかけてくれたのだ。

 「・・・ありがとう、エディ」

 我ながら女々しいことだと、アルカディアは自嘲した。
 けれど、こうでもしなければとても耐えられそうにない。

 アルフォンスは、これから先苦難の道を強制的に歩かされる従妹を抱きしめた。

 「私達は家族だから・・・ずっと一緒よ」

 「はい、アルカディア従姉様」

 
 大事な家族を守るために、子供は大人になる。

 




[18683] 挿話  カルチャーショックプリンセス ~交流のユフィ~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/09 11:36
  挿話  カルチャーショックプリンセス ~交流のユフィ~



 特区開催宣言から一週間後、少しずつ特区参加者は増えているものの、まだまだ目標の人数には遠い。

 そこでユーフェミアは考えた。

 (そうだ、エトランジュ様が日本人の人達とあんなにも仲がいいのは、日本語や日本文化を学んでそれに合わせていたからだとルルーシュが言っていたわ。
 私も同じようにすれば、日本人達も私を信じてくれるかもしれない)

 既に効果があると実証されているのだから、やってみたい。
 いいことはどんどん模倣してそれを自分流にアレンジすることこそが肝要だと、ルルーシュは教えてくれた。

 (でも、堂々とやってしまうとお姉様に叱られてしまうし、ブリタニア人だって・・・本当にバランスって大事なのね)

 周囲に反発されることなく日本文化を学ぶには、どうしたらいいだろう。
 ユーフェミアはスザクとカレンを私室に招き入れて相談したが、二人とも頭より体を動かすタイプなので、すぐには答えが出ない。

 「という訳なので日本文化を学んでみたいのですが、どうすればいいでしょう?」

 「いいアイデアだと思うけど、周囲に反発を買わないでってのが問題だよね。
 うーん、特区の事業の一環でってのは駄目かなあ?」

 「ただでさえ日本特区っていう名前だけで反発食らったから難しいかも。国旗だって掲げられなかったし・・・。
 この前白いキャンパスの真ん中に赤い花を描いた絵を飾ろうとしたんだけど、却下されたわ。ユーフェミア皇女の式典の時のドレスの件があったから」

 スザクの提案にカレンが忌々しそうに無理っぽいと言うと、ユーフェミアは大人げないと溜息をつく。

 「こういうのってエドワードさんがバランスよく考えてくれそうだけど、あの人どうしたの?
 彼ダールトン将軍も信用してるっぽいし、うまいことやってくれそうだけど」

 頭の回転が速いエドワードに聞こうと言うスザクに、ユーフェミアもホッカイドウに行くと言ったきり連絡のない彼はどうしたのかと尋ねると、カレンは中華に行ったとは言えないので、こうごまかすように言われていたことを思い出して言った。

 「ああ、昨日電話したら、ホッカイドウで風邪こじらせて入院しちゃって長引きそうなんだって。
 そりゃ晩夏とはいえ夜に半袖で出歩いたら、ホッカイドウじゃ風邪ひくわよ」

 「あ~、気温の変化よく知らなかったんだ。それじゃ無理ないね」

 スザクが納得するとユーフェミアはホッカイドウとトウキョウとの気温差を比べてなるほどと頷く。

 「まあ、こんなに差があるのね。豪雪地帯みたいだし、視察に行くならこの時期が一番かしら。
 そうだ、視察に行くついでにエドワードさんのお見舞いを・・・」

 「だだ、だめユーフェミア皇女!感染ったら迷惑かかるから来なくていいって言われてるから!」

 実際は入院などしていないのだから、来られたら困る。
 必死で制止するカレンに、そうとは知らないスザクも同調した。

 「そうだよ、彼が原因で君も風邪をひいたりしたら、彼も困る。お見舞い送るくらいにしておこうよ」

 「そんな簡単に感染ったりしないと思うけど、そうね。
 後でフルーツでも送るから、カレンさんお願いしてもいいかしら?」

 「解った、任せて。で、さっきの件だけど・・・スザクが言ったように特区のイベントの一環として盛り込むのがいいと思う。
 ただその内容をどうするかが問題なのよね」

 カレンがごまかすように話題を元に戻すと、二人も首をひねって考え込む。

 「イベントなら会長が得意なんだけど、突拍子もないやつばかりだから許可が下りるかどうか・・・」

 「だね・・・日本人とブリタニア人が興味を引くような形にするのが難しいよ」

 ミレイの考案する祭りは確かに楽しいのだが、奇抜なものが多いので庶民受けはしてもダールトンなどの貴族達からすれば受けが悪い。
 是非ともやってみたいとユーフェミアなどは思っているのだが、学園祭とは違うのだから気軽に出来ないのだ。

 「でも、お祭りって形にするのはいいかもしれないわ。問題はきっかけなんだけど・・・」

 「ブリタニアの記念日に合わせてってのが波風立ちそうにないからいいかも。
 けど建国記念日はまだ先だし、ブリタニア皇帝の誕生日も終わったし・・・てか祝いたくないし」

 何よりルルーシュが絶対嫌な顔するとスザクもユーフェミアも同時に思ったので、これはやめようと心の中で頷き合う。

 「あ、誕生日なら十月がユフィの誕生日だよね?それを祝う形でお祭りするってのはどうかな?」

 スザクの提案に、カレンがいいアイデアだとスザクを指さす。

 「ああ、それならいいんじゃない?
 主役なんだから多少の無理は聞いて貰えそうだし・・・日本人もユーフェミア皇女のお祝いなら派手にしてくれそう」

 「え、私ですか?!でも・・・!」

 ユーフェミアは考えてもいなかった案に恥ずかしそうに頬に手を当てると、二人は日本側ブリタニア側共に一番受け入れられやすいと言い募る。

 「もともと日本人はイベント好きだし、特区の象徴の誕生日なら盛り上がってくれるって!」

 「これならブリタニア様式に合わせたパーティーをすることに日本人も抵抗ないから、ある程度は折り合いつけられそうだし・・・これにしましょうよ」

 日本人は文化に対してはよく言えば寛容、悪く言えばいい加減なところがある。
 たとえば年末、キリストの誕生日を祝った一週間後に寺に行って煩悩を消すための除夜の鐘をつき、年が明けると神社でお参りをする。

 楽しめればいいや的な傾向が強く、ブリタニアの文化を拒否しているのはブリタニアが嫌いだからであって、決して嫌な文化だと言っているわけではないのである。
 よって日本人が好意を抱いているユーフェミアの誕生日なら、ブリタニア様式の祭りでもいいとなる可能性が高いという二人に、ユーフェミアは半分嬉しく、半分気恥ずかしいような複雑な気分で了承した。

 「揉めることがないなら、そのほうがいいわ。みんなが楽しめるなら、私にとっても最高のパーティーですものね」

 「じゃー、どんなパーティーにするかだけど。気軽な立食式にするかい?」

 「駄目よ、完全なブリタニア様式なんてつまらないし意味がないわ。
 そうねえ・・・私、日本の食べ物を食べてみたいわ。半分は日本食に出来ないものかしら?」

 「あ、それいいね。日本の屋台を入れて、自由に食べるって方式はどうかな?」

 過去に自分の神社でやっていた神社の祭りみたいに、と細かい話をするスザクに、ユーフェミアは目を輝かせた。

 「まあ、それは楽しそうだわ!射的とか金魚すくいとか、私もしてみたい!」

 「じゃー、半分はそれを入れるってことで。カレンは屋台の内容はどれがいいと思う?」

 スザクに問われてカレンが考え込むと、過去の屋台を思い返していくつか列挙する。

 「食事関係ならOK出やすいと思うから、立食するのに楽なの選んだらもっと波風立たないと思うわ。
 タイヤキとか、イカ焼きとか、ベビーカステラとか」

 「あとは遊戯用の屋台として射的と金魚すくいとスマートボールなんてのもいいよね」

 日本育ちの二人が次々と計画を立てているのを、よく解らないユーフェミアは首を傾げながらも楽しそうに見ていた。

 「立食式のパーティーエリアと、日本式のお祭りエリアを入れるって形にしましょう。
 景品とかの準備もした方がいいわね」

 「ええ、本当に楽しみ。こんなに楽しそうな誕生日パーティーは、私初めて!」

 ユーフェミアは計画書をもう一度三人で見直すと、明日の会議で提出することにしたのだった。



 翌日、特区日本の経営会議においてイベントを開催して特区を盛り上げようという意見がカレンから出された。

 「十月にエリア11の副総督閣下にして特区日本の総責任者であらせられるユーフェミア皇女殿下のお誕生日がございます。
 それをお祝いするというものですが、皆様のご意見を伺いたく存じます」

 「このような格式の低いもので、皇女殿下の誕生日を祝うなど以ての外だ」
 
 「構想は悪くないが、日本文化を入れるというのがな・・・コーネリア総督が何とおっしゃるか」

 独立志向を上昇させることになる可能性が高いと、コーネリアが過敏になっていると数名の文官が渋い顔をする。

 「しかしそうは言うが、ここ特区にいるのはまだ経済的に日々の生活が営めている程度のイレヴンがもっとも多い。
 彼らに我ら貴族に合わせた格式のものをさせるには、こちらから援助しなくては不可能だろう。
 となればこの辺りが妥当では?」

 シュタットフェルトの言に一理あることを認めた者達は、まずまずのバランスが取れている提出された計画書をを見た。

 「会場を二つに分け、通常のパーティーエリアとイレヴンの屋台を中心としたエリアを作る、か。
 これならばどちらも角は立たないでしょうから、私は賛成です」

 数名から賛成の挙手が上がると、格式を重んじる者達からは反対の声が上がる。

 「皇族の権威と言うものがある。決して軽んじるわけにはいかん!」

 「ですが、特区を盛り上げるためにこういう催しは大事だと思います。
 クロヴィスお兄様だって以前は頻繁にパーティーなどをなさっていたそうではありませんか」

 「それはそうですが、格式の問題で・・・」

 「では、その格式あるパーティーをどのような形で特区でやるのですか?」

 「う・・・・」

 日本人に参加させない形でなら、この場にいる貴族達が費用を出すことで行うことは可能である。
 ましてその準備や片づけを日本人に押し付けて自分達だけ楽しめば特区を盛り上げるという目的から大きく外れ、結局ここがブリタニアの搾取のための労働の場だと自ら宣伝するようなものだ。

 「みんなで楽しめるパーティーの方がいいに決まっています。
 ブリタニアと日本の皆さんが双方楽しめる姿を見るのが、私にとって最高のプレゼントですわ」

 祝われる張本人がそう言うのでは、もはや反論の余地はない。
 かくて十月十一日、ユーフェミア・リ・ブリタニアの十七歳の誕生日パーティーと称した祭りが特区内で開催されることが決定されたのだった。



 会議室を出たユーフェミアは、傍に控えていたダールトンに尋ねた。

 「貴方は反対しなかったのですね、ダールトン」

 「正直イレヴンに甘いとは思いますが、こうしてブリタニアの体面を重んじられている以上、むやみに反対するのはどうかとも思いましたゆえ。
 シュタットフェルト伯の言うように、イレヴンが皇族や貴族の格式に合わせるのは無理ですからな。今回ばかりは仕方ありません」

 男女逆転祭などに走られるより、はるかにましだ。
 地味に開催式典の提案に恐れをなしたらしいダールトンは内心でそう呟くと、テロの危険性やまたゼロに入り込まれた時のための警備計画を立てなくてはと考えた。

 「それに、日本文化を学ぶいい機会です。ねえ聞いて、ダールトン。
 スザクから聞いたの、ルルーシュも日本に来た頃、お祭りの屋台でいろんなものを食べていたんですって。
 わたあめというのがナナリーのお気に入りだったって聞いたわ。私も食べてみたいの」

 目を輝かせて語るユーフェミアに、姉妹が尊敬していた閃光のマリアンヌの子供達を思い出し、ダールトンはそれでか、とユーフェミアが屋台を出したがった理由を知った。

 「解りました、ユーフェミア皇女殿下のお誕生日ですからな・・・お好きになさればよろしいでしょう。
 しかし安全性を確立するため、信頼出来る店を今から選ばねばなりません」

 これだけは譲れないと厳しい目をするダールトンに、ユーフェミアは日本人はそんなことしないと言いたかったが、こじれるのはよくないので了承した。

 「それに、ブリタニア人にも食べられる店でなくてはなりません。
 特に食文化というものはそれぞれ違いがありますからな」

 幾多の植民地を作って来たダールトンは、現地でブリタニアでは絶対に食べない物が出てきた時の話をした。

 「特に中華などでは、猫や犬を食することもあると聞きます。
 確かエリア11では、中華料理が流行っていたと聞いたことがありますし」

 「い、犬、猫・・・!」

 青ざめた顔でユーフェミアが繰り返すと、これは確かに確かめておいた方がいいと納得する。

 「・・・一度特区内にある日本食を製造販売している方々に集まって頂きましょう。
 パーティーについての説明と協力、および屋台の内容物についての確認を行うのです」

 「イエス、ユア ハイネス」

 こうして祭りの準備が始まった。



 二日後、ユーフェミアの召集を受けて経済特区内で飲食店を経営している日本人が数十名、会議室にやって来た。
 会議室にはダールトンとスザク、カレンがいる。何故かロイドとセシルも来ており、興味津々にテーブルに並べられた試食品を見つめていた。

 「・・・というわけですので、皆様にもぜひ協力して頂きたくお集まり願った次第ですの。
 食文化の交流になると思いますし、特区を宣伝するいい機会ですわ」

 「そういうことでしたら、喜んで協力させて頂きます。
 それで、販売品の確認とはどのような意味でしょうか?」

 ユーフェミアの説明にそれはいい考えだと、元来イベント好きの日本人は今から楽しそうにユーフェミアに問いかけた。
 
 「ええ、実は食文化にはそれぞれ違いがありますので、主な日本食がどのようなものかを確認させて欲しいのです。
 ブリタニア人が食べないものなら、許可が出しづらくて・・・」

 少し申し訳なさそうにユーフェミアが答えると、なるほどと納得した日本人が言った。

 「そういうことなら、租界で人気の屋台とか調べてみたらいかがです?
 人気があるならそれはOKってことですから、こっちで作ればいいですし」

 「ああ、そういえばクレープを食べたことがありますわ。あれも美味しかったです!」

 「日本食ってわけじゃないですけど、日本人も好きなので入れておきますか?」

 「あら、よろしいのですか?日本食でなくても」

 「別に気にする人はいませんよ。クレープといったら屋台の定番ですし、貴女のお誕生日なんですから」

 誰も反対しないのを見てユーフェミアはまたクレープが食べられると笑みを浮かべると、ダールトンがどこで食べたのだろうと首を傾げていた。

 (こう聞くとブリタニア人と日本人は、さほど味覚は違いそうにないわね。
 作って貰った試食品も、どれも美味しそうだし・・・)

 変わった形をしているものはたくさんあるし、むしろ綺麗な花を象ったものや可愛い人形の形をしていたりして、見ているだけでも楽しいものが多い。
 見る限り変わった食材を使ったものはなさそうである。

 「ユーフェミア様、先日行われたアッシュフォード学園祭でのアンケート結果をお持ちいたしました。
 参考になればよろしいのですけど」

 カレンがミレイからFAXで送って貰ったアッシュフォード学園祭の人気のある屋台はどれかというアンケート結果を見せると、ユーフェミアは礼を言って受け取った。

 「第一位はホットドッグ、第二位はクレープ・・・あんまり日本食はないのね」

 「あ、でも四位がタコ焼きですよユーフェミア様。僕も好きだなこれ」

 スザクが四位にランクインしているたこ焼きの欄を指すと、ユーフェミアはそれはどんな食べ物か興味を示す。

 「たこ焼き・・・知らないわ。どんな食べ物かしら」

 「見た方が早いけど・・・あ、これだこれ」

 スザクが試食品のテーブルからたこ焼きが入った皿を手に取り、ユーフェミアに見せる。

 「あら、一口よりちょっと大きめの丸い食べ物ね。中に何か入ってるみたいだけど」

 「それがタコですユーフェミア様。ちょっと独特の触感ですけど、美味しいですよ」

 カレンがそう答えるとソースを取り出して取り皿に分ける。

 「これをつけて食べるんです。マヨネーズをかけて食べる人もいるみたいで、その辺りはお好みでどうぞ」

 「なるほど、ドレッシングを選べるのね」

 ユーフェミアは初めて見る調味料をそう解釈したらしく、どちらも試そうとソースとマヨネーズをつけようとした時、横に置かれていた箱に気がついた。

 「これはなあに?なんだか青い粉と黄色の粉が入ってるみたいだけど」

 ユーフェミアの問いに、スザクが自分の分を取り分けたタコ焼きに適当に青のりと鰹節をかけながら答えた。

 「あおのりと鰹節っていう、日本の調味料です。青のりは海藻を乾燥させたもので、鰹節はカツオを乾燥させて削ったものです。
 これもお好みでかけて食べるんですよ」

 「好きに味を調整出来るのはいいですね。では食べてみます」
 
 ユーフェミアもスザクに倣ってタコ焼きに青のりと鰹節をかけ、ソースだけをかけたりマヨネーズと一緒に食べてみると、ふわふわの生地に包まれた中に歯ごたえのあるタコとの感触が実によく合い、美味しいと歓声を上げる。

 「十月は肌寒い季節ですし、温かい食べ物はいいですね。これは気に入りましたわ」

 「もっと温まる食べ方もありますよユーフェミア皇女殿下。
 出し汁を使ったものなのですが、よろしければそちらもお試しになられますか?」

 「ええ、もちろん。お願いしますね」
 
 たこ焼きが気に入ったらしいユーフェミアが興味津々に頼むと、たこ焼き担当の日本人がかつおだしから作った出汁を温めてユーフェミアに差し出す。

 「これはカツオから取った出し汁です。これにつけると軟らかくなりますので少し食べづらいですが、大きめのスプーンをお使いになれば大丈夫ですよ」

 「あら、本当にいい匂い・・・それに確かにぽかぽかしそうですわ」

 ユーフェミアが礼を言ってスプーンと器を受け取ると、これも美味しいと顔をほころばせた。
 この方式は初めてなのか、カレンも美味しそうに手を伸ばす。

 「食べ慣れてるソースの方が私は好きだな。これって確かカンサイの食べ方じゃなかったっけ?」

 テレビで見たことがあるカレンが問いかけると、たこ焼き店員はよくご存知で、と肯定した。

 「明石焼きと呼ばれてるよね。
 タコ焼きに似てはいるけど、作り方がちょっと違っていたりするらしいんだよね~。その辺りは面倒というか何というか・・・」

 スザクはキョウトに親戚がいる関係もあって関西にはよく行っていたため、食べたことがあるらしい。
 ただ作り方などは知らないので、ぶっちゃけたこ焼きを出し汁につけて食べるのが明石焼きでいいじゃないかとか思っていたりする。
 
 「自分の好みにカスタマイズ出来るのがいいよね~。僕も気にいっちゃったなこういうの」
  
 ロイドがタコ焼きにいろんな調味料をかけて味を試している横では、ユーフェミアが興味を示したので周囲も食べようと考えたので需要が発生したため、せっせと店員がたこ焼きを作っている。

 「ええ、この際ですからいろいろ試して新しい味を作ってみるのも面白いかもしれませんよ。そうですね~、メープルシロップとかどうかしら?」

 「た、タコ焼きに甘いのはちょっと・・・日本食は塩味が基本だし・・・」

 「しょっぱいだけじゃ飽きるでしょ?だからこの前おにぎりにブリーベリージャムを入れてみたの。
 それと同じみたいな感じでどうかしら?」

 セシルのにこやかな邪気のない台詞に、カレンが引きつった顔で近くにいたブリタニア人に尋ねた。

 「あれ誰?何か怖いもの作ってるけどあの人・・・」

 「ロイド伯爵の部下のセシル補佐官です。きっと日本食よく知らないからではないですか?」

 それなら仕方ないとカレンは思ったが、セシルの差し入れを食べたことのある者数名がセシルの提案を止めろと視線で会話をしているのが見えた。

 「・・・今日のところは試食だけにして、新たな味の開発は後日にしましょう。 どんなものかみんなが知ってからのほうが、アレンジしやすいでしょうし」

 「カレン嬢にさんせーい!今回はそうしましょう!」

 「うん、そのほうがいいって!基本を押さえないといい結果は出ない!」

 ロイドとスザクはこの時、間違いなく100%のシンクロ率を叩きだしていた。

 聞くからに合わなさそうな食材を使おうとするセシルに悪意は感じられないので、空気が読めないユーフェミア以外の全員が真正の味覚オンチかと彼女からの差し入れは断固食うまいと決意する。

 「そう言われればそうね。でも私も作ってみたくなちゃったな・・・あの、作り方教えて下さらないかしら?」

 自分で作って新たな味の開発をする気だ、とスザクとロイドは青ざめた。
 何とか聞かせまいとするが、ユーフェミアもぜひ作っているところを見たいとセシルに同調する。

 「お邪魔でなければ、作っているところを拝見したいのですけど」

 「構いませんよ、どうぞどうぞ」

 店員は笑顔で了承し、さっそくにタコ焼きを作り始める。

 丸いくぼみがある特殊な鉄板に生地を入れ、紅ショウガを入れて赤く茹でたタコを入れて器用にひっくり返して綺麗に丸く焼いていく。

 「あんな小さなピックで綺麗に丸く焼くなんて、器用ですね」

 「本当ですね。私じゃちょっと難しいかも・・・」

 セシルの残念そうな言葉に、味見に付き合わされるであろうスザクとロイドが安堵の溜息を吐く。

 「慣れれば簡単ですよ。何でしたらコツを教えますけど」

 (余計なことしないでえぇぇぇ!!)

 タコ焼の人気に店員は嬉しくなったのか、ニコニコしながらタコ焼きの作り方をセシルにレクチャーしている。

 こうしてタコ焼きの参加が決定したところで、セシルが尋ねる。

 「鉄板が出来たら、作ってみようかしら。
 そうだ、肝心のタコですけど、どこで手に入りますか?」

 「魚屋で普通に売っていますよ。ツキジからこっちに輸送して貰ってるんです。
 一度茹でてから一口大に切るんですけどね」

 「魚介類だったのか・・・」

 ダールトンが確かにそんな感じだなと納得すると、ユーフェミアが尋ねた。

 「タコって私見たことないです。どんなお魚なんですか?」

 「魚ではないですよ。でもこれ英語で何て言えばいいんですかねえ」

 魚介類としか解らないと首をひねる店員に、スザクとカレンもそれが一番適当な表現なので何も言えなかった。

 「貝の仲間ではないのか?似た食感だが」

 「そういえばそうですね。でも貝ではないと?」

 ダールトンの言葉にユーフェミアも頷くと、いっそ見せた方がいいのではという雰囲気になった。

 「たぶんご覧になったことはあると思うのですが、よろしければ確認してみますか?」

 「ぜひ!どんなものなのでしょう」

 好奇心に瞳を輝かせたユーフェミアの後ろを、同じように興味を抱いたブリタニア人が後に続く。

 (タコくらい知ってるでしょうに、何でぞろぞろついて行くんだか)

 カレンがユーフェミアに追従している権力の犬どもめと内心で嘲りながら試食品の赤飯を食べていると、調理室から悲鳴が聞こえてきた。

 「きゃあああ!」

 「何、どうしたの?!」

 慌ててカレンが調理室に駆け込むと、そこには目を回したユーフェミアとそれを支えるスザクがいた。

 「どうしたのスザク?!何があったの?」

 「いや、それがカレン・・・ユーフェミア様がタコを見た瞬間、悲鳴を上げてふらふらしちゃって・・・」

 「へ?なんで?」

 カレンの不思議そうな声に、セシルがそれこそ不思議そうに尋ねる。

 「カレン嬢は平気なのですか?その・・・オクトパス」

 「いえ、別に?だってタコですもん。みんな知ってたんじゃないんですか?」

 けろっとした顔でカレンが調理場のまさに茹でられる前の食欲が失せそうな色をし、ぬめぬめとした身体にぎろりと眼を光らせた軟体生物、タコことオクトパスを直視しているので、セシルがおずおずと言った。

 「私達、タコがオクトパスだって今知りました・・・」

 「・・・へ?」

 「そうなの?」

 カレンとスザク、日本生まれ日本育ちの二人が顔を見合わせると、やっと復活したらしいユーフェミアがよろよろと立ちあがりながらスザクに問いかける。

 「あれ・・・日本では普通に食べるんですか?」

 「はい、メジャーな食べ物って言っていいくらいですね。
 たぶん、居酒屋とか大衆食堂とかなら、大概扱ってるんじゃないかなあ」
 
 「たこの刺身とか酢漬けとか、シーフードサラダなんかにも出ますよね」

 スザクとカレンが肯定すると、店員も頷く。

 「何て物をユーフェミア様に食べさせたのだお前達は!!」

 「そんなこと言われたって、私どももブリタニア人がタコを食べないなんて今知りましたよ!!」

 ダールトンの怒声に店員が涙目で反論すると、ユーフェミアがそれを止める。

 「知らないのも無理はないですよ、ダールトン。
 学園祭でも四位に入っているくらいですから、みんな食べると勘違いしたのも仕方ありません」

 大多数がタコの正体を知らずに美味しいと思って食べているのだろうが、人気があるなら日本人だって勘違いを起こす。

 「それはそうですが・・・何故イレヴンはこんな気持ちの悪い生き物をを食べるのだ?」

 「調理しやすいですし、海のどこでも獲れますから・・・まあ美味しいなら食べます」

 店員はあっさりそう答えると、タコを沸騰させた湯が入った鍋に投入する。

 「それにこうして茹でてしまえば・・・ほら、さっきみたいに赤くなって美味しそうでしょう?」

 「本当ですわ、全然色が違う・・・わたくしお料理をしたことがないのですが、魚介類は熱を加えると色が変わるのですか?」

 「ものによりますね。それにこう言っちゃなんですけど、肉類とかだって捌く時は一般人は目を背ける光景ですよ。 
 それと似たようなもんじゃないでしょうか?」

 「ぐ・・・!」

 確かに牛肉や豚肉はブリタニア人も普通に食す。
 その時牛や豚を解体する様子をユーフェミアに見せられるかと言われれば、ダールトンは断固阻止するだろう。

 「まったく、こういうことがあるから、このような場を設けたのは正解でしたな」

 ダールトンがタコの正体がオクトパス・・・別名デビルフィッシュと言われる軟体生物だと知って驚くブリタニア人を見つめながら溜息をつくと、セシルからブリタニアではタコを食べる習慣はない、たぶん世界的に見ても珍しいと言われてスザクが驚いていた。

 「そうなんだ、全然知らなかったよ。
 租界でも屋台でタコ焼きがあってブリタニア人が買ってたから、知ってると思ってた」

 「ってか、あのイラスト見て気付かなかったの・・・?」

 タコ焼きの試食に書かれたデフォルメされたタコのイラストを指してカレンが問うと、セシルが代表して答えた。

 「てっきり日本で生息してる生き物だとばかり思っていました。赤いし、何か可愛いし・・・」

 「何故オクトパスと明記しなかったんですぅ?」

 ロイドのもっともな疑問に店員がそういえばと考え込む。

 「日本が占領される前から、TAKOYAKIと銘打って売ってましたから、特に気にしてませんでした。
 直訳したら無駄に長いからじゃないんですか?」

 「俺は日本語を英語にするのが面倒だから、そのまんまの名前にしたって聞いたぞ」

 わいわいと日本人達が勝手に論議していると、ダールトンが大きな声で命じた。

 「今回は仕方ない!だが本日から材料名を英語表記で表示することを義務付ける!
 誤解を避けるためだ、いいな?!」

 ブリタニア人達が一斉に頷いたので、料理人達はまあ仕方ないかと同意した。

 「じゃー、残りの試食品に材料名書いてきます」

 「ぜひそうしろ!」

 料理人達が試食品に材料名を書いていくと、『梅干しってどう表記するんだ?』とか『ウナギの綴り教えてくれ』と言った声が聞こえてきた。
  
 気を取り直したユーフェミアが、日本人に悪気がないと解っているだけにこれ以上怒鳴りつけられずフラストレーションがたまっているダールトンを窘める。

 「ダールトン、そう怒らないであげて下さいな。
 毒があるものを出したわけではないのですから、皆さんを責めてはいけません」

 「は、かしこまりました。しかし驚きましたな・・・オクトパスが茹でるとあんな風になるとは」

 「ええ、見た目で判断してはいけないといういい例です。
 美味しかったですし、たこ焼きはそのまま販売することにしましょう」

 オクトパスと知っても美味しいことは既に実証されているのだし、毒があるわけではないし調理するのは日本人だ。ブリタニア人に不都合なことは何もないはずである。

 「そうですな、では許可証の発行を・・・」

 と、そこへカレンが食べていた赤飯の横にある炊き込みご飯を食べようとしたロイドが炊飯器の蓋を開けた瞬間、よろめいて大急ぎで蓋を閉じた。

 「うえええ・・・何これえ・・・」

 吐きそうな顔をしているロイドにスザクが駆け寄ると、ロイドが口を押さえてスザクに尋ねた。

 「あれ何か凄い匂いなんだけど・・・変なもの入れた?」

 「凄い匂い?何だろこれ・・・」

 スザクが炊き込みご飯と書かれた炊飯器の横に材料が書いてあるのを見て、スザクが嬉しそうな顔になった。

 「松茸の炊き込みご飯か、懐かしいなあ」

 「え、松茸あるの?私食べたことないのよね」

 実は先日、エトランジュ達が日本人がお好きだと聞いたのでとスウェーデン産の松茸を送って貰ったことがあったのだが、カレンは租界に戻った後だったので食べ損ねていたのである。

 カレンがぜひ食べてみたいと炊飯器のふたに手を伸ばすと、ロイドが止める。

 「だから凄い匂いなんだって・・・ところでマツタケってなに?」

 「えっと、キノコの一種です。日本じゃ高級食材で有名なキノコですよ」

 「ふーん、キノコねぇ・・・」

 ロイドが何だか嫌な予感がした。凄い悪臭のするキノコの学名が、脳裏をよぎる。

 「・・・まさか、これのことじゃないよね?」

 ロイドがセシルが持っていたノートパソコンを借りてホームページを開くと、そこにはまごうかたなき太めの形をしたキノコ、松茸が載っている。

 「そう、それですロイドさん!松茸、英語で何て言うのか解らなくて」

 無邪気に肯定するスザクに、ロイドとセシルが引き攣った顔になった。

 「・・・道理であんな凄まじい嫌な臭いがすると思ったよ」

 「え、松茸っていい匂いするのに・・・」

 「・・・君、耳鼻科行った方がいいよ」

 ロイドの言葉に日本人一同が首を傾げたので、スザクだけが特殊なのではなく日本人全体が松茸の匂いをいい匂いと感じていることを知り、愕然となる。

 その様子を黙って見守っていたユーフェミアとダールトンは、マツタケマッシュルームと表記された材料メモを見てキノコなら安心だと思っていたのにまた何か問題があるのかと、おそるおそるロイドに尋ねる。

 「あの、マツタケというのはどんなキノコなんですか?」

 「毒こそないんですけどね~、匂いがもう悪い意味で凄いんです。
 『軍人の靴下の臭い』とか『数ヶ月も風呂に入っていない不潔な人の臭い』って言われてるくらいで・・・。
 学名がトリコローマ・ナウセオスムっていうんですけど、ラテン語で“臭いキノコ”って意味です」

 「・・・・」
 
 ロイドの説明を聞いた瞬間、ユーフェミアとダールトンが恐ろしいものを見るような目で松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器を見つめた。

 「そんな匂いがするものを、いい匂いだと・・・?」

 ダールトンが正気かと言わんばかりの目で日本人達を凝視すると、日本人達はきょとんとした顔で尋ねた。

 「あの~、もしかして松茸の匂いって・・・外国の人は嫌いだったりします?」

 「先ほどロイド伯爵が証明したと思うが」

 ダールトンが意を決して松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器の蓋を開けると、最後の矜持で表情を変えることは耐えたが、即座に蓋を閉じた。それはもう凄まじい速さだった。

 「イレヴンの嗅覚はおかしい!何なんだこれは?!」

 「ええええ!!??」

 傍にいたスザクが平気な顔をしているどころか、早く食べたいなーと表情で語っているのを見たダールトンの叫びに日本人達が驚いた声を上げる。
  
 本当に食べるのか、嫌がらせではないのかと疑っていたダールトンだが、スザクがそうではないと証明したのでどうしたものかと頭をひねっていると、そこへ仕事で遅れていた広報担当のディートハルトがやって来た。

 ブリタニア人と日本人の何とも言えない微妙な空気を察したディートハルトが何があったと先に来ていた部下に尋ねると、たこ焼き騒動と今起こっている松茸騒動について語った。

 「ああ、マツタケね・・・世界で取れる松茸の大部分が日本に輸出されるほど、世界中ではあまり好まれていない食材だな」

 その呟きが耳に入ったダールトンは、マツタケについて詳しい説明を彼に求めた。

 「そんなにエリア11では好まれているのか?」

 「ええ、高級食材の一つとして日本人の間では有名です。
 特に日本産のものは庶民では手が出ないほどの値がつくとか」

 先日エトランジュがEUからの援助品の中に頼んで送って貰ったという松茸を見た日本人達は、エトランジュ様GJ!と大感激し、当然のようにその夜は松茸パーティーになった。
 団員全てに行き渡るほどの量だったので高かったでしょうと申し訳なさげだった団員に、エトランジュはタダ同然でしたからと答えていたほどである。

 認識の食い違いにディートハルトが聞いてみたところ、主に北欧でよく採れて殆どが日本に輸出されていたらしいのだが、日本占領時に輸入もストップしたため、松茸は価値がなかった。
 そこへエトランジュが日本人の皆さんが喜ぶからお願いしたいと申し入れたところ、いくらでもどうぞとあれだけの量の松茸が差し入れられたという訳である。

 「どうもあの匂いを好むのは日本人だけみたいですね。EUでも食べないようです」

 エトランジュ達も松茸を渡した後、皆さんだけでどうぞとそそくさと食堂から立ち去り自室でカップ麺を食べていたのを、同じく食堂から逃げたディートハルトは目撃している。

 「松茸を出すというのは、日本人にとってはもてなしの意味なのでしょうね。
 何しろ高級食材だと認識しているのですから・・・しかも希少な日本産のものならなおさらです」

 「そうか・・・しかしこれはどうしたものか」

 調理法にもよるだろうが、これはブリタニア人は嫌う匂いである。
 だが日本人は大好物であり、ブリタニア人食べないなら俺ら食い放題じゃんとポジティブにとらえた発言が聞こえてくる。

 「大部分が輸入に頼っていたそうなので日本産のものは少ないですから、輸入しないならそれほど出回るとは思えませんが」

 「なら規制するのも気の毒です。
 そうですね・・・数が少ないなら決まった店にだけ出して貰うというのはいかがでしょう?」

 松茸が出ている店を限定すれば、そこにブリタニア人はまず行かない。
 だが特区にいるのは大部分が日本人だ、経営難になるということはないだろう。

 ユーフェミアの提案に、もともと出回る数が少ないので自然にそうなるであろうことは明白なため、日本人とブリタニア人双方から不満の声は上がらなかった。

 「じゃー、この祭りでは松茸は駄目ってことで」

 「仕方ないな・・・じゃあこれは俺達が全部食べます」

 松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器に実に嬉しそうな顔で担当の日本人が言うと、その場にいた日本人達が手を挙げた。

 「俺食ったことない!それ日本産のだろ!」

 「私も食べたいー!」

 自分も食べたいとカレンは言いたかったが、それを言ってしまうと確実に不審に思われるのでカレンは渋々我慢した。

 その様子を見て取ったディートハルトは、確か扇のところにもエトランジュから差し入れられたはずなので扇の家に行けば食べられると後で伝えておくことにした。

 炊き込みご飯の入った炊飯器を抱えた日本人達が会議室から立ち去ると、食べ損ねたスザクがうう、と少々未練がましそうにその集団を見送っている。

 「・・・本当に食べるのか、あれを・・・」

 ブリタニア人が得体のしれない者を見る目つきで日本人を見たのは初めてだと、ディートハルトは思った。

 職務のため残った日本人も未練がましげだったが、調理場に行けばまだ松茸があるはずなので後で土瓶蒸しか何かにするかと話をまとめる。

 「・・・では、試食の続きを。屋台の定番、ベビーカステラなんかいかがです?」

 気まずい雰囲気を変えようと、カレンがブリタニア人でも大丈夫そうなものを選んでユーフェミアに勧めると、出て来たのは小さな一口サイズのカステラだった。
 
 「これは・・・カステラなのですか?」

 「ええ、これなら大丈夫でしょう?ぜひどうぞ」

 材料は同じで一口サイズに焼き上げただけだという説明にダールトンも安堵し、ユーフェミアが食べてみると確かにこれはカステラだった。

 「これはいいですね。食べたいだけ食べられますわ」

 「ほう、これは美味だ。立食には持って来いだな」

 ダールトンも馴染みのあるカステラに、やっと問題のないものが出たと安堵の溜息をつく。
 立食式のパーティーなのでこれはいいと、ベビーカステラは問題なく許可が下りた。

 「あ、そうだ私わたあめが食べてみたいんです。ありますか?」

 ユーフェミアの問いにもちろん、と担当の日本人が案内する。

 「この機械で作るんです。少々お待ち下さいませ」

 わたあめの店員が砂糖を機械に入れて出てきたわたあめを器用に割りばしで絡めていくのを、ユーフェミアは感動したように見つめている。

 「わあ、砂糖が本当に綿みたい!でも、そんなに大きいもの食べきれるかしら」

 ユーフェミアの自信なさげな言葉に、スザクが大丈夫だと笑った。

 「見た目はこうだけど、ボリュームはそうないですよ。食べてみれば解ります」

 ユーフェミアが受け取ったわたあめを口に含むと、確かに文字通りあっと言う間に舌の上で溶けていく。

 「本当ですわね、ふわっと消えてなくなっちゃいました。
 たくさん食べるのは無理ですけど、これくらいなら」

 「私も食べたいです!」

 母と兄と行った縁日で必ず買って貰ったわたあめに、松茸を食べ損ねて頬を膨らませていたカレンが嬉々としてわたあめを手にした。

 「ん~、おいしい!」

 「砂糖そのものをアレンジして飴として作るとは・・・斬新な発想だな」

 甘いものが苦手なダールトンは砂糖のみを原材料としたわたあめを避けて呟くと、店員が何言ってんですかと応じた。

 「このわたあめの機械を作ったのって、ブリタニア人ですよ。名前までは知りませんけど、確かそうだったはずです」

 「え、そうなんですか?知りませんでしたわ」

 意外とこれは知られていなかったらしい。
 確かに屋台でわたあめを売っている比率はブリタニアより日本の方が多いため、元がブリタニアの機械だとは双方とも知らない者が多かったようだ。

 「ブリタニアで作ったものが日本で有名になるなんて、素敵!
 これも許可させて頂きますわ!」

 ユーフェミアが許可印をわたあめの店に押したので、これも出店が決定する。

 その後甘いものばかりでは胸やけがするので、おめでたい日に欠かせない赤飯を花形の型で形作ったものや、花模様のある太巻きなどのご飯ものを食べ、さらに人形焼きや和菓子など見た目にも美しい菓子などが出された。

 芸術品といってもいいほどの和菓子はブリタニア人も感嘆し、クロヴィス兄様もこういうものを保護すれば日本人から反発されなかっただろうにと、ユーフェミアは残念に思った。

 ブリタニア人が食べない食材や慣れない食材がそれなりにあったものの、問題ないものがほとんどだったため、祭りに充分な品数があるのを確認して一日がかりで食品物の検査と出店が決定した。

 「皆様お疲れ様でした。では祭りの日に改めてまた頂きたいと思います」

 緑茶(グリーンティー)を飲みながらユーフェミアが締めの言葉を述べると、久々に懐かしい日本食を食べられて満足げなスザクとカレンが、十月もまた食べようと今から楽しみにしている。

 「いやあー、懐かしいもの食べられて俺達も嬉しかったです。
 TVとかでこの様子を宣伝で流すんですよね!きっとみんな来ますよ」

 「特区の外からも大勢来るかもしれないね。行列整理の人とかいるよこれ」

 日本人達が笑顔で片づけをしながらの台詞に、ユーフェミアも嬉しそうに笑う。

 こうしてユーフェミアは、日本文化を学ぶための第一歩を踏み出した。
  
  
  
 その日、試食品とはいえかなりの量を食べたユーフェミアは夕食を取るのをやめて仕事をし、ダールトンから釘を刺されたのでアルカディア(エドワード)からのアドバイスどおり、早めに寝て早めに起きる習慣になっていたユーフェミアは、寝ることにした。

 そして最近日課にしている日記をつけるべく、日記帳を開く。

  
  八月十五日  晴れ  

 今日は十月の私の誕生パーティーMATURIのための試食会を行いました。
 タコがオクトパスと知ってみんな仰天!私もびっくりしたけど、美味しかったです。
 いろんな味を楽しめるのって素敵。セシルさんがメープルシロップとか美味しそうと言っていたので、試してみようかしら。

 次のマツタケは残念ながら絶対やめたほうがいいとダールトンやロイド伯爵に止められたので、詳しく知ることは出来ませんでした。
 そんなに凄い匂いなのかしら・・・怖いけれどちょっと興味があります。
 食べたそうにしていたのに食べられなかったスザクが可哀想。

 ナナリーが好きだというわたあめはふわふわしていて美味しかったです。
 でもその機械がブリタニア人が作ったと聞いて、ブリタニアの機械で作ったお菓子が日本人に大人気と聞いて、とても嬉しい!
 こういうのを異文化コミニュケーションと言うのだと、秘書が言っていました。

 和菓子も花や川を模していて、見ているだけでも楽しいものばかり。
 後から聞いたのですが、お弁当にも可愛い猫や犬を描いた“キャラ弁”と呼ぶものもあるのだとか。
 茶碗蒸しを温かいプリンと勘違いして食べたロイド伯爵が、甘くないとがっかりして口直しに小豆のゼリーを食べていました。

 特にマキズシという包丁で切ったら、側面が可愛い犬の絵柄になっているのには驚きました。日本人は本当に器用だわ。
 私の誕生日の時にはお好きな物をお造りしますと言ってくれたので、猫をリクエストしました。きっとタコのイラストみたいに可愛い猫を作ってくれると思います。

 これほど待ち遠しい誕生日は初めてで、今から楽しみでなりません。
 ルルーシュも来てくれて彼と一緒にお祭りを楽しめたら、一番のプレゼントだけど・・・駄目かしら。
 ああでも、やっぱりみんなが楽しめるパーティーになってくれるだけでも幸せです。

 次は服を調べてみたいです。キョウトの宗像さんの奥様が特区式典の時に着ていた着物の柄が本当に綺麗でした。あんな繊細な模様の布なんて、ブリタニアにはありませんもの。
 ああ、また口実を考えなくては・・・この調子で交流を深めていけば、こんなことを考えずに済みそうです。今日は書くことがたくさんありました。

 それでは、おやすみなさい。



   ~後日談~


 「え、ナガノじゃ蜂の子を食うの?!」

 「俺んとこのオキナワではマグロの目玉を食べるぞ」

 日本人達がお互いに自分の郷里の食材を述べ合い、互いにおかしいだろと突っ込んでいる様子を、ダールトンは胃薬を飲みながら見つめていた。

 その横ではディートハルトがそれなりにカオスな光景を、それなりに嬉しそうに撮影している。
  
 「・・・異文化交流とは難しいな」

 ユーフェミアの御意だしこの特区を成功させるためには必要なものなので協力するのにやぶさかではないが、これはないだろうと疲れていた。
 蜂の子だの目玉だの、同じ日本人であるスザクですら引いている食材ではないか。

 しかもフグを高級食材だと言うのにも驚いた。
 いくら特定の部位にしか含んでいないとはいえ、猛毒があるものを何ゆえ高級食材と主張するのか、彼にはさっぱり解らない。

 すったもんだの末、毒がないと確認された食材に関しては取り扱いを認めることになった。
 それにブリタニアの料理人数名が興味を示し、最近では日本の料理人の元に出入りしている。

 少しずつだが、ブリタニア人と日本人は歩み寄りつつある。
 ほんのわずかな一歩でも、それでも少しずつゆっくりと。



 お・ま・け

 中華連邦に到着したマグヌスファミリア一行は、天子の後見人の一人である太師の邸宅に招かれていた。

 「はるばる中華へ、ようこそおいで下されたエトランジュ女王陛下。
 粗餐ですが、どうぞお召し上がり下され」

 老齢の太師に勧められた器の中身を見て、エトランジュとアルフォンスは引き攣った笑みで頂きますと言った後、スプーンを手にする。

 「到着したばかりでお疲れでしょう。氷砂糖入りのヒキガエルの蒸し物は、滋養にとてもよいものですぞ。
 それに冬虫夏草と烏骨鶏のスープも、ぜひご賞味を」

 草とつくから薬草かと勘違いするだろうが、実はこれの正体は虫である。

 心で泣いて顔で笑いながら、エトランジュとアルフォンスは見事に完食したのだった。




[18683] 挿話  それぞれの特区
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/16 12:06
  挿話  それぞれの特区



 「扇さーん、ディートハルトさんからここに松茸あるって聞いて来たんですけど、一緒に食べさせて貰っていいですか?」

 日本食の試食会の翌日、ディートハルトから扇の家にエトランジュから贈られた松茸があると聞いてやって来たカレンに、扇は目を丸くしながら出迎えた。
 ちなみに表向きには妻としている千草は現在買い物に出ており、ここにはいない。

 「どうしたんだカレン。十月のユーフェミア皇女の誕生祭りの試食会で松茸が出たと聞いたんだが」

 「それがね・・・」

 カレンが残念そうな声で試食会であった松茸騒動を語ると、扇はそういえば今朝の朝刊見ていなかったなと特区内で発行されている日本特区新聞を手に取った。

 「本当だ、松茸が日本だけで好まれているって出てるな。
 輸入許可は下りなかったから日本産のみ取扱い可か・・・エトランジュ様もいいタイミングで配ってくれたもんだ」

 「あんな状況で私も食べるなんて言えなくて、それで食べ損ねちゃった。
 ちょっとだけでいいんで、分けてくれませんか?」

 「そういうことなら食べていくといい。千草が調理方法知らなかったもんだから、まったく手つかずだったんだ。
 ・・・でも参ったな。外国人は松茸の匂い駄目なんだろ?千草食べられるかな」

 ふと扇が心配そうな顔をしたので、そういえば扇の内縁の奥さんはハーフだったとカレンはどうしようと悩んだ。

 「貰ってから時間経ってるってことは冷凍保存でしょ?香りは残念だけど飛んでるんじゃないかな」

 「そうか、それなら何とか大丈夫かもな。
 実はレシピを同僚の教師から貰って来たから、千草が帰ってきたら作って貰うよ」

 扇は経済特区日本にある小学校の教師をしている。ナンバーズを意識してしまうことからクラスは数字やアルファベッドではなく、幼稚園のように月組や星組と名付けられた。

 「扇さん、何だか楽しそう。お兄ちゃんも生きていたらきっと・・・」

 「ああ、ナオトも喜んだろうにな。
 生徒達ものびのびと勉強が出来ると喜んでなあ、戦争前にあったモンスターペアレントや学級崩壊とかいじめとかもなくて、理想的な環境だよ」

 扇が嬉しそうに学校の様子を語るのを見て、カレンは一時的にせよ己の望みが叶った扇に申し訳なく思った。

 (ごめんなさい扇さん・・・一年もすれば終わっちゃう教師生活なんです。
 でも日本が真に解放されたら、副指令は誰かに任せてずっと先生して貰いますから)

 ずっと器じゃないと嘆いていた重責から解放されたせいか、扇は実に生き生きしている。

 「まあ、とにかく千草が来るまで待っててくれ。そういや本部にいる連中は元気か?
 公衆電話で話したいが、禁止されてるからな」

 騎士団本部の場所が探知されるのを防ぐため、特区内の公衆電話から連絡を取るのは禁止されている。
 そのため、騎士団への連絡はすべてカレンを経由して行われることになっていた。

 「うん、玉城もゼロも元気にしてる。
 日本が落ち着いたからゼロ達は一度海外を回って、レジスタンス同盟を組むって言ってたわ」

 「そうか・・・経済特区にいるのは俺とカレンだけだからな。他の連中は?」

 「農業特区の南さんはホッカイドウでお米作ってて、吉田さんは酪農やってるんだって。
 工業特区の井上さんと杉山さんは、主に電化製品作ってるみたい」

 ホッカイドウでなるべく日持ちするものを作って日本解放時に大いに活躍させ、さらに工業特区で電化製品を作る過程で部品などを横流しする構想の元、特区のメンバーはそれぞれ動いていた。

 「順調ならいいんだ。このまま平和になれば、それでもいいのかもな・・・」

 妹分のカレンも親子の誤解が解けてそれなりにうまくいっているようだし、何も波風を立てなくてもという思いが扇にはあったが、さすがにそれを口には出さない。

 「平和が一番よ、扇さん。でも、ブリタニアが支配している限り、しょせんは一時しのぎでしかないと思う」

 カレンはたかが試食会を催すのに口実を設けねばならない現状や、学校にブリタニアの思想を刷り込む時間割を入れられたりしている状況を語ると、扇はそうだなと溜息を吐く。

 「その思想教育の時間枠は、適当にごまかしてるんだけどな・・・カレンが教育担当官をブリタニア人の協力者にしてくれたから」

 「こういうことのために私がいるんだから、気にしないで。
 そうそう、今度から各特区間で郵便が開通することになったの。
 検閲が入るけど普通の手紙ならやりとり出来るから、内容に気をつけてみんなと連絡してね」

 ゼロが暗号を考えてくれるから出来たら教えるというカレンに、扇は複雑そうに笑った。

 「解った。ないよりマシだけど、検閲か・・・やっぱりブリタニアがいる限り普通の生活は駄目なんだな」

 「だから私達が戦うんじゃないですか。頑張りましょうね」

 カレンは握りこぶしを作って鼓舞すると、扇はああ、と頷く。

 「ところでカレン、千草が帰ってくるまでまだかかるんだが、よかったら先に俺と作るか?」

 そう長いことここにいるわけにもいかないだろうと言う扇に、カレンはう、うんと頷きながら台所に立つ。

 そして十分後、扇は心の中で亡き親友に語りかけた。

 (ナオト・・・貴族育ちにすると駄目なんだな。
 ああそういえば小母さんもドジなところあったな・・・ならこれは血筋なんだろうか・・・?)

 たった十分で調味料を入れ間違えたり無駄に力を入れたりして細かくなったりしたので食べられなくなった下ごしらえの材料と、砕けた皿を量産したカレンに扇は溜息をつく。
 
 ごめんもういいよ俺がやるからと扇に言われた時、無駄に家事能力の高いルルーシュを思い浮かべてカレンは言った。

 「シュタットフェルト家じゃこんなこと出来ないんで、やらせて下さい扇さん!!」

 余りの気迫に気圧された扇がこくこくと頷くと、カレンは再び包丁を手に取った。
 そして思い切り包丁を振り落として大根を切った・・・まな板ごと。

 それから五分後、壊した調理器具を買いに行くために扇宅を出るカレンの姿があった。



 カレンが特区内にあるデパートの調理器具コーナーに足を向けると、彼女はこの特区日本でユーフェミアに次いで有名なシュタットフェルト家の令嬢のため、それなりに顔を知られているせいで視線が集まった。

 「シュタットフェルト伯の令嬢だ・・・何でこんなところにいるんだろ」

 「さあ・・・さっきからまな板とか見てるわね。家で料理でもするのかしら」

 カレンは居心地の悪さに小さく震えると、さっさと用事を終わらせるべく己が壊した調理器具をカートに入れていく。

 そして会計のためにレジに並ぶと、他はすべて日本人だったために一斉に日本人達が彼女に列を譲ろうとしたので、カレンは手を振った。

 「いいんですいいんです、順番は守りますから!」

 カレンが日本人との間に生まれたハーフであることを知らない彼らは、その台詞に感動した。

 「まあ、シュタットフェルトの御令嬢は優しいのですね。この前、順番譲らなかったって激怒したブリタニア人がいたので・・・」

 (やっぱりか!これだからブリタニアは!!)

 「最低限のマナーを守らないなんて、それこそブリタニアの品位を落とす行為だわ。
 こちらできつく叱責します!まったくもう・・・!」

 カレンは見つけたらシメてやる、と決意すると、会計を済ませた。

 扇宅へ戻る途中、さっそく己でシメなければならないブリタニア人と遭遇した。

 十歳くらいの少年がベンチに座って美味しそうにおはぎを食べながら会計をしている母親を待っていると、ちょうどそこへいかにも貴族ですという服装をした軽薄な雰囲気の二十歳前後の男二人が通りかかり、そのおはぎを取り上げて床に叩きつけた。

 「イレヴンのガキが、さっさとどけ!ブリタニア貴族が来たんだ、言われなくても場所を開けろよバカ」

 「言われないと解らない脳みそだから仕方ないだろ。おら、落ちたまずそうなもの取って食え!」

 「あいつら・・・!」

 泣きだした少年を無理やりベンチから引き離してどかっと腰を下した貴族に、母親が慌てて飛んできて息子を抱きしめる。

 その様子を警備員達も見て見ぬふりをしているのに腹が立ったカレンは、その貴族の前にやって来た。

 「貴方達をこれから警察に連れてくわ。罪状は不当な理由で特区内の子供を傷つけた暴行の現行犯よ」

 「なんだと?僕の家は男爵家だぞ!たかがイレヴンのガキをどうこうしたからって・・・!」

 「特区法令により、何人たりとも正当な理由なく日本人に危害を加えることは禁止されているはずよ。
 貴方達は今、ただベンチに座っていただけの子供の腕を無理やり引っ張って床に投げ倒したわよね?」

 「う、うるさい!僕の家は男爵・・・」

 「おい、こいつシュタットフェルト伯爵の令嬢だぞ!経済特区責任者の娘だ!」

 「・・・へ?」

 こういう権力を笠に着て無法な振る舞いをする人間は、より強い権威に弱い。
 自分が何もしていないと訴えても、この少女が見たままを証言すればどちらの言い分が取られるかは明々白々である。

 「いや、あのですねこういうくだらないことで警察の手を・・・」

 「子供に手を上げて平然としてるような人間として間違っている人を、この特区内でのさばらせておくのは、ユーフェミア皇女殿下の気高いご意志に反します!」

 こういう場面で安易に抜かれる伝家の宝刀を持ち出されて、男爵家の男は途端に卑屈になって言い訳にならない言い訳を始めた。

 「いやあの我が男爵家はこの特区に多大な寄付を・・・」

 「貴方の父君の財力は必要ですが、貴方自身はいりません。
 とっとと荷物まとめて出て行って二度と出入りしないことで男爵家の名誉を守るか、警察沙汰になって御父君もろとも特区のニュースの一面を飾るか、どちらを選びます?」

 「今すぐ租界へ帰らせて頂きます!」

 選択の余地はなかった。
 男爵家のバカ息子達が泡を食って逃げだすのを、その場に居合わせた日本人達は笑いをこらえて見送った。
 
 「あの無法を働いた者は二度と特区に出入りさせません。
 表沙汰に出来ず申し訳ありませんが、これでよしとして頂けますか?」

 カレンの言葉にむやみに騒ぎを起こしてせっかくの特区を潰されたくない日本人達が同意するとカレンはごめんなさいと再度謝罪した後、と扇宅に向かって小走りで走り去った。

 (これで三人目だ・・・短期間でこういうのが出られると困るのよねほんと)

 口止めしたからと言っても、人の口に戸は立てられない。
 積み重ねればブリタニア人の法を無視した行為が許され続けると、日本人達が特区から離れる危険がある。

 (始まったばかりだってのに・・・いったん成功させないといけないんだから、一度きつく全体でシメたほうがいいかもしれないなあ)

 カレンは政庁までコーネリアに報告に出向いているユーフェミアに相談するかと、溜息をつくのだった。



 同時刻、政庁でコーネリアに面会したユーフェミアは特区の報告を行った。
 未だに身体が思うように動かないコーネリアは無理をして正装をまとい、総督室でその報告を聞いている。

 「順調にいっているようなら何よりだ。
 農業特区は元から農業を営んでいる者達が中心なので今年中の収穫もあり、か」

 「ええ、これでエリア11の食料自給率の安定が見込めます。
 工業特区における電化製品も、来月中にはエリア11内で販売が可能とのことですわ」

 「よくやったユーフェミア副総督。だが、十月のお前の誕生日を祝うこの企画だが・・・」

 特区業績に置いて見事な成果を上げている妹に、コーネリアは成長したと喜びつつも日本人に甘い政策を取る彼女にどうも不安を覚えていた。

 「はい、十月にある私の誕生日をお祝いしてくれることになったのです。
 試食会や出し物の確認も済んだのですが、楽しかったですわ」

 「ダールトンから聞いた。オクトパスだの異様な臭いのキノコだのという意味不明な食材をどう扱うかで揉めたとな」

 「別ににほ・・・いえ、イレヴンの方々に悪気があったわけではないのですから、よろしいではありませんか」

 「それはそうだが、あまり奴らに甘い政策を取るなよ。
 ・・・今のところはバランスが取れているようだから、この調子でな」

 ユーフェミアが日本人をイレヴンと呼んだことで、きちんとブリタニア人と区別をつけていることが出来ているならそうきつく言うまいと考えた。

 「平和的な手段で交流を深めていく方がいいと思ったのですわ。
 それにルルーシュも食べていたっていう屋台の食べ物を私も食べてみたかったのですもの」

 「何、ルルーシュが?何故屋台の食べ物など食べていたのだ」

 ろくな食生活をさせていなかったのかと眉をひそめるコーネリアに、ユーフェミアの背後に控えていたスザクが答えた。

 「実は日本には祭りの際に屋台をたくさん並べる風習がありまして・・・。
 ちょうどルルーシュ・・・殿下がおいでの際は預かっていた自分の家でお祭りが幾度か開かれておりましたから」

 「そういうことか・・・それでお前も興味を示したのか」

 「ええ、とても面白い食べ物ばかりでしたわ。
 切ったら犬の絵柄が出てくるマキズシとか、オセンベイにソースで絵を描いたりとか、ナナリーが好きだって言うわたあめも美味しくて!」

 いかに試食品で食べたものが見た目にも楽しくて美味しかったかを嬉しそうに語るユーフェミアに、コーネリアは亡き末弟と末妹を思い浮かべた。

 「そうか、それならぜひ私も食べてみたいものだな」

 既に問題がないものばかりに許可を出してあるのなら、そうまずいものはあるまいと考えたコーネリアの言葉に、ユーフェミアは顔を輝かせた。

 「ええ、ぜひおいでになって下さいな!オクトパスというと皆さん気持ち悪がりますけど、茹でるだけであんなに美味しそうなんです。
 和菓子もご覧になって下さいな、綺麗でしょう?」

 報告書に添付された美しい花形の和菓子の写真に、コーネリアはほう、と素直に感心する。

 「なるほど、ブリタニアとはまた違った趣きの菓子だな。
 お前の誕生日だ、好きにするといい」

 実は本国の目もあるのでもう少し格を重んじたパーティーにするよう言い聞かせようと思っていたコーネリアだが、この地で儚く散った弟達が好きだったものを自分もと言う彼女らしい思いに情を動かされ、やめることにした。

 「ありがとうございますコーネリア総督閣下。
 閣下がお越しになって下さることが、何より嬉しいプレゼントですわ」

 日本特区に反対していた姉が来てくれるのが嬉しいと全身で語るユーフェミアに、コーネリアも笑みを浮かべる。

 「総督として一度は視察に行かねばならんと思っていたところだ。
 十月には私の身体も元に戻っているだろうから、安心しろ」

 「はい、お待ちしておりますね。では、私はそろそろ特区に帰ります」

 ユーフェミアは特区に集中するため、現在の住居は経済特区フジである。

 「そう急がずとも・・・今夜は政庁に泊っていけばよかろう」

 「いいえ、まだまだ仕事が残っておりますもの。
 明後日からは農業特区ホッカイドウに視察に行かなくてはなりませんし・・・」

 「ああ、あそこは冬になれば雪が凄いそうだからな。今のうちに行った方がいいだろう」

 「ええ、ブリタニア特区協力者のエドワードさんが気温の変化をよく知らずに風邪をこじらせて入院してしまったそうですの。
 お見舞いは感染ったらいけないということで遠慮させて頂きますけど・・・」

 ユーフェミアが少し残念そうなので、コーネリアは当然だと頷く。

 「お前に何かあったら、特区もまずいことになる。
 ダールトンからろくに睡眠もとらず無理をしていたと聞いたが、くれぐれも自愛するように」

 「皆様からもそう叱られてしまいました。
 早寝早起き、栄養のとれた食事をするだけでも違うとエドワードさんが教えて下さいましたから。あと、アロマテラピーの方法など」

 「いいことだ。なかなかいいアドバイザーがいるようで、安心した」

 こういう面での的確なアドバイスは、ダールトンやスザクなどでは難しいだろう。
 自分の代わりに私的な面でも気にかけてくれる者がいることに、コーネリアは安堵した。

 「政治を司る者としての自覚も出たようで、私は嬉しいぞユフィ。
 ・・・くれぐれも身体に気をつけるように」

 「お姉様・・・!はい!」

 ユーフェミアは最愛の姉に褒められたことが嬉しくて、ユーフェミアは笑顔で総督室を後にする。

 それを見送ったコーネリアは、ずっと己が守ってきた最愛の宝物の成長を確かに喜びながらも、同時にどこか寂しいものを感じて小さく首を横に振った。

 「・・・少し見ない間に、大きく成長したようだなユフィは」

 「はい、姫様。この分ならば黒の騎士団を始めとするテロリストをエリア11から排斥出来れば、この地はユーフェミア様にお任せしても安心かと」

 ギルフォードの言葉にコーネリアはそうだなと頷くと、黒の騎士団についての報告書を再度手にする。

 「特区にはあれ以降手出しはしていないようだが、各地で犯罪組織の撲滅を行っているな。
 最近では数が少なくなっているせいで数ヶ所にとどまっているようだが」

 「は、特にリフレイン密売組織はほとんどが壊滅しているようです。
 情けないことに地方長官などの高官が関与していた動きが明らかになりまして、ユーフェミア様もたいそうお怒りで厳罰に処すようにおっしゃっておいででした」

 「そんなザマだから、ゼロが調子に乗るのだ!
 幸か不幸か連中は今静かだ・・・ブリタニアの国威をこれ以上落とすわけにはいかん」
 
 コーネリアは現在収監中の汚職に関わった高官達の処刑を決定すると、特区日本の影響で日本文化に興味を示すブリタニア人が増えたと特集が組まれた新聞に視線を落とす。

 「日本食の次はキモノか・・・確かに美しい柄だが」

 「着るのは難しいのでペルシャ絨毯のようにインテリアとして飾る者がいるそうですね。ユーフェミア様のお誕生日に献上するという企画があるとか」

 業績も順調に上がっており、租界から特区に観光目的で訪れるブリタニア人もユーフェミアの誕生日以降は増えるだろう。特区が成功したと言える日が来るのも、そう遠くはないかもしれない。
 特区に対して収益をブリタニアに戻す法案を早急に通すべきかもしれないと、コーネリアは考えた。

 (イレヴンの支持を集めているユフィが締め付けるより、私がやる方がいい。
 あれに対してイレヴンに不信を抱かれたら、特区が終わるからな)

 コーネリアはそう決意すると、執務室で書類に向かうのだった。



 カレンが扇の家に戻ると、彼の内縁の妻である千草が戻って来ていた。

 「戻りました扇さん!壊しちゃった器具、買ってきました」

 「ああ、千草も今戻ってきたところだから、ちょうどよかったよ」

 無残に壊された料理器具を前に途方に暮れていた褐色の肌をした背の高い女性・千草ことヴィレッタは、カレンが買ってきた調理器具を見てほっと胸を撫で下ろした。

 「お帰りなさい、カレンさん。
 はじめまして、千草といいます。よろしくお願いします」

 にっこりと穏やかな笑みを浮かべる女性の声に、カレンはどこかで聞いたような声と内心で考え込むが、まさか目の前の女性が日本人にとって忌むべき純血派の軍人であるヴィレッタ・ヌゥだとは思いもつかなかった。
 いつもナイトメアで戦っていたのでヴィレッタの顔を見たことがなかったし、そもそも雰囲気からして軍人には見えないのだから無理もない。

 「あ、私こうづ・・・いえ、カレン・シュタットフェルトと言います。
 扇さんには兄との関係でお世話になってました」

 たとえ扇の内縁の妻といえども、どこから漏れるか解らないので素性はバラすなとルルーシュから命じられているカレンがそう自己紹介する。

 「ええ、要さんからお話は伺っています。今日は松茸でしたね。
 要さんの同僚の人から貰ったレシピがありますので、今から作りますから少し待って貰えますか?」

 「す、すみません・・・調理器具壊しちゃって」

 そう言ってカレンが買い揃えた調理器具をヴィレッタに手渡すと、彼女は礼を言って受け取り、手際よくレシピを見ながら料理を始めた。

 冷凍されていた松茸は既に解凍されており、香りは飛んでいたのでヴィレッタは少々顔をしかめた程度で先日のダールトンのような反応はなく、料理が完成する。

 「あんまり香りしないなあ・・・冷凍ものだから仕方ないけど」

 「そうだな・・・でもお吸い物はいい香りだぞ」

 ヴィレッタがマスクをして無理して作ってくれた松茸の吸い物の香りを、扇とカレンが堪能する。

 「ん~、おいしい!松茸ごはんに網焼きー。お母さんにも食べさせてあげたいなあ」

 「エトランジュ様にお願いすれば、また送ってくれるんじゃないのか?」

 EUでは価値がないらしいから、言えば送って貰えるだろうという扇に、カレンは少々申し訳なさそうな顔になる。

 「でもこっちから言ってばかりっていうのもねえ・・・何か日本から送れるものがあればいいんだけど」

 「それもそうか。まあ機会を見て松茸が手に入ったら、小母さんに送ってやればいいさ」

 扇の言葉にそうね、とカレンが笑うと、匂いは合わないが口には合ったらしく、ヴィレッタも松茸を食べている。

 「匂いは苦手ですけど、味はいいですね。
 慣れれば気にならないから、ブリタニアも輸入を認めてくれればいいのに」

 「松茸が受け入れられても、戦争してるからEUからの輸入は厳しいかもな。
 ああでも中華連邦からなら・・・」

 扇がそう言いかけたが中華とブリタニアとの政略結婚を阻止するべくゼロとエトランジュが動いているんだっけと思いだし、日本解放まで松茸は当分お預けだなと内心で溜息をつく。

 「・・・ま、栽培とか出来るようになったら、食べられるようになるさ。
 食事と言えば、明日から学校で給食が出るんだ。そっちも楽しみでなあ」

 教師生活を堪能しているらしい扇の話を、カレンとヴィレッタが食事をしながら楽しそうに聞いている。

 松茸づくしの夕食が終わった後、カレンは時計を見て慌てて立ちあがった。

 「やばい、そろそろ帰らなきゃ!今日はごちそうさまでした扇さん!」

 「ああ、遅くならないうちに戻った方がいいな。じゃあ、また」

 「はい。千草さんも、夕食美味しかったです。では、また」

 「ええ、またどうかいらっしゃってね」

 自分の正体が知られないよう軽く変装したカレンは、とうとう千草(ヴィレッタ)の正体に気づくことなく扇宅を出た。

 この辺りは扇と千草のように日本人やブリタニア人、もしくはハーフが共に居住する地域で、特区内でも注目が集まっている場所だ。

 ユーフェミアの理想に一番近いとされているが、同時に文化や習慣の違いによるトラブルが多い地帯でもあるためなのだが、ことがことなだけになかなか解決が難しい。

 ユーフェミアから黒の騎士団内でもブリタニア人がいるそうだが、このようなトラブルにはどう対処しているのかと尋ねられたことがある。
 黒の騎士団の場合、ブリタニア人でも日本人でもないエトランジュ達が間に立っており、重いトラブルだとゼロ自ら対処していると告げると第三者がいない特区内では使えない策なので諦めた。

 その都度話し合って折り合いをつけていくしかないので、そのためにもお互いの文化交流を深めていくべきだとカレンは思う。

 まだ陽が完全に落ちていないせいか、まだ子供達がいる公園を通りかかると、ブリタニア人の子供達が日本人の子供達と一緒にかごめかごめをして遊んでいるのが見えた。

 「か~ごめかご~め、籠の中の鳥は~♪」

 大人の思惑やしがらみなど知らぬげに楽しそうに遊んでいる彼らを見ると、頬が緩む。

 ほんのつかの間でも、何と平和で和やかな光景だろう。
 いつか日本が解放される日が訪れても、この光景だけは永遠に続けばいい。

 カレンは心からそう願いながら、経済特区にあるブリタニア人専用マンション最上階にあるシュタットフェルト家の別宅へと足を向けるのだった。



 その夜、ユーフェミアは就寝前にスザクに言った。

 「お姉様はルルーシュとナナリーのことを気にかけていらっしゃる分、彼のことを出されると弱いみたい。
 なら、ナナリーを記念した病院を建てたいと言えば許可して下さるかしら?」

 ルルーシュのことは信頼しているが、危険なことをしている分万が一ということがある。
 その時ナナリーだけでも保護したいと考えているユーフェミアは、安全に彼女を保護出来る環境作りをしたいと思ったのである。

 「木を隠すなら森の中って言うし、ナナリーと同じ境遇の子をたくさん集めればバレにくいわ。
 前々からこういう施設を造りたいと思ってたもの、特区の業績が伸びれば福祉政策の一環として何とかお姉様の御許可を頂ければ・・・」

 以前のユーフェミアならば思いもつかないであろう他人の心情を理解した上での作戦に、スザクは驚きながらも頷いた、

 「いい考えだと思うよ。ルルーシュに言えばうまい計画書の出し方や根回しの仕方を教えてくれるんじゃないかな」

 ナナリーのためなら寸暇を惜しんでやってくれるとスザクは確信している。
 それを聞いたユーフェミアは、困ったような笑みを浮かべた。

 「医療特区と名付けて大規模な医療施設を造るのが一番理想だけど、まずは大病院くらいから始めましょう。
 ナナリーには来て欲しいけれど、その場合ルルーシュに何かあったってことだから複雑だわ」

 「戦争をしているんだから、まさかの時のために準備をするのは悪いことじゃないと思うよ。
 それにナナリーが来なくても、福祉機能を整えることは正しいんじゃないかな」

 「そうね、スザクの言うとおりだわ。
 特区の業績が黒字に転じたら、すぐに通せるように今から計画書を立てましょう」

 ユーフェミアはそう決意すると、ルルーシュにそれを伝えるべく、明日になればカレンに話そうと明日会いたいというメールを彼女に送信するのだった。



[18683] 挿話  ティアラの気持ち  ~自立のナナリー~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/23 10:49
挿話  ティアラの気持ち  ~自立のナナリー~



 メグロにある孤児院で、ナナリーは本日ラクシャータと言う医療医療サイバネティック技術の第一人者だという彼女の診察を受けていた。

 「・・・検査の結果なんだけどね、神経が銃弾でやられているから完全に繋ぐのは無理ってことが解ったわ。
 でも神経の代替品を埋め込めば、元通り歩けるようになる可能性は高いと思う」

 「そうですか・・・以前は義足をと言われたのだが、そこまでしなくてもいいということですか?」

 ルルーシュの問いにラクシャータが頷くと、足を切断しなくても治療が可能ならその方がいいと考え込む。

 ラクシャータが来たのはエトランジュの依頼と言う形にしてあるため、彼女はゼロの正体を知らずにここに来た。
 他にもシンジュクやサイタマで腕や足を失くした者が数名おり、キョウトや有志の者が治療費を出して新たに義手などをつける者もいる。

 「手術時間も義足をつけるよりは短いし、リハビリもまだ若いんだから半年か一年もあれば充分だと思うわあ~。
 この子十四歳だし、一番処置に適した年齢だからいいんじゃないかしら」

 「足を切り落とされなくても、歩けるようになるんですか?本当に?」

 ナナリーは義足を使えば歩けるようになると言われた際、足を切るのが怖いと怯えて尻ごみしていた。

 ルルーシュも気持ちは解るので無理じいはせず、七年と言う歳月を車椅子で生活させていたのだが、せめて足だけでも治してやりたいと考えていたのでラクシャータに相談することにしたのである。

 「手術は麻酔をかけるし、怖くないのよ~。むしろその後のリハビリが大変だけどね~。
 けどこのご時世だし、何が起こるか判んないから日本が今特区で安定している間にやっといたほうが、いいんじゃないかしら?」

 ラクシャータの言葉はもっともなもので、ナナリーも歩けるようになりたいという憧れはある。
 それに歩けないせいで日本占領時の戦争では兄とスザクにたいそうな負担をかけてしまったという負い目もあった。

 「それはそうですけど・・・でも怖い・・・」

 「ま、気持ちは解るし・・・ゆっくり考えてからにすればいいわ。
 データも取らせて貰ったし、OKが出たらすぐに作ってつけてあげる。今忙しいから、2、3ヶ月かかるけど。
 解らないことがあったら、どんどん聞きにおいで」

 ラクシャータに微笑みかけられたナナリーははい、と答えると、悩んだ表情で診察室を出て行く。
 彼女が出て行った後、ラクシャータは打って変わって少し厳しい声でルルーシュに向かって言った。

 「医療に携わる者として患者のプライベートに首を突っ込んじゃいけないんだけどね・・・あの子どうしたの?」

 「・・・何か不自然なことでも?」

 「あの子の足の傷から見て、どう考えてもわざと足を撃ったとしか思えないのよね。
 確かに逃げないように足を撃つってのはある話だけど、その場合あの子が人質か何かだったってことになるし・・・事件に巻き込まれでもしたのかい?」

 「・・・ええ。詳しいことは言いたくないので言えませんが」

 ルルーシュはかろうじてそう応じたが、ラクシャータの言葉に内心で眉をひそめていた。

 (故意に足を撃たれた、だと?ナナリーは母さんに庇われて足を撃たれたと聞いたが・・・)

 「わざと撃たれたという根拠はなんです?」

 「あの子の足ね、至近距離で撃たれた痕跡があったんだよ。
 しかも両足とも同じ膝下位置で撃たれてたから、同一人物があの子の足を使い物にならなくする目的で撃ったとしか考えられないねえ」

 「なんだと・・・?」

 ラクシャータの言が正しいとするなら、ナナリーはまず足を撃たれてアリエス宮を襲ったテロリストの人質にされ、それを見て抵抗を封じられた母が襲われたということだろう。
 だが自分が二人を発見した時、息絶えた母の腕の中で怯えるナナリーがいたわけで、母がナナリーを奪還した前後に撃たれたということになるのだが・・・。

 (だが母さんが蜂の巣にされたというのに、ナナリーには足以外まるで怪我がなかった!
 第一先にナナリーの方が襲われたなら、それに母さんが気づかないはずがない!)
 
 伊達に元ナイトオブラウンズの地位にいたわけではないし、そもそもアリエス宮には母を慕う警備兵が大勢いたことを憶えている。
 ナナリーが襲われたと判断したなら、警備兵を招集して事態に対処しようとするのが普通だろう。
 だがそんな騒ぎが起これば、いくら寝ていた自分でも目を覚ます。
 
 (だがあの男や診察した医者、捜査にあたった連中全てが母はマシンガンで撃たれ、それに庇われたナナリーが足を撃たれたと言った!
 しかし、綺麗に両足ともに同じ位置で撃たれるなどあり得ない!)
 
 つまりはその報告自体が虚偽だということになるが、それもまた皇族、それも高位に連なる者が犯人であることを示唆している。

 (ナナリーの記憶さえ戻れば、詳しいことが解るんだがな)

 実はアルカディアからギアスでそのことを聞けないかという案が出されたのだが、無理やりに聞きだすのも嫌だったし何よりナナリーは目が見えないのでギアスをかけることは出来ない。

 (無理にナナリーから聞きだしてトラウマを抉るより、マオに記憶を探って貰うか・・・あの子は忘れただけだが、記憶は消せるものじゃないと本で読んだからな)

 本人が忘れたつもりでも、脳ははっきりと記憶している。催眠術などで聞き出せることもあると本で読んだルルーシュは、後で彼に頼んでみようと決意した。

 「・・・情報、ありがとうございます。
 ナナリーが手術に同意したらすぐにつけられるように、その神経装置を作っておいて貰えませんか?」

 「いいわよ~。足が治ればもしかしたら目も治るかもしれないしねえ」

 ラクシャータがカルテに何やら書き込みながら言った。

 「心因性の視力障害ってのは、ストレスが原因のケースが多いんだけどね。あの子の場合その事件が凄いストレスになってると思うの。
 だからその事件を象徴してる足が治れば、トラウマを克服できるきっかけになるかもしれないってこと~」

 「なるほど・・・妹にも話しておきます。それでは」

 ルルーシュはラクシャータに頭を下げると、自分も診察室を出るのだった。



 ナナリーが最近よくいる場所は、リビングルームだった。
 みんなでリビングで音楽を聴いたりハンドベルを鳴らしたりして楽しんでいる。

 最近では少し型は古いが電子ピアノが置かれ、ルルーシュも暇を見ては弾いてやっていたりする。

 「ナナリー」

 「お兄様!あの、私その・・・」

 「いいんだ、無理はするな。手術は誰しも怖いものだからな」

 ルルーシュの優しい言葉にナナリーはほっとしたように笑みを浮かべると、電子ピアノを弾き始めた。

 「今、日本の童謡を弾いているんです。とても弾きやすくて」
 
 「ああ、上手だよナナリー。もう一曲聴かせてくれないか?」

 「はい、お兄様!」

 電子ピアノの少し雑音混じりの音だが、ナナリーが奏でるとこんなにも美しくなるとルルーシュは兄バカ全開の感想を抱いた。

 曲が終わるとその場にいた全員から拍手が起こり、ナナリーはお粗末さまでしたと恥ずかしそうにピアノから離れる。

 「俺達は子供の頃から習っていたからな・・・ナナリーもペダルなしのピアノなら綺麗に弾けるんだよ」

 「ナナリーちゃん上手―。ピアニストになればいいのに」

 「そんな、私なんて・・・お兄様の方がよほど」

 友人の賞賛にナナリーが謙遜して兄に視線を向けると、ルルーシュは妹の頭を撫でながら笑う。

 「自信を持てナナリー。お前のピアノはあの頃とは比べ物にならないほど上達しているよ。
 俺の年齢になれば、きっと俺より上手になっているさ」

 「お兄様・・・」

 ナナリーが嬉しそうに笑みを浮かべると、他の子供達もピアノやハンドベルを手にして曲を奏でたり、中にはそれに合わせて歌っている者もいた。

 アッシュフォードとは異なる平穏な日々に、ナナリーは満足していた。 
 ここは自分で何でもしなければならないけれど、自分で出来ることが少しずつ増えていくことがこれほど楽しいとは思いもしていなかったから。

 (以前行っていた病院は治らないと一点張りだったけど、ラクシャータさんは治るって言ってくれた。
 歩けるようになればペダル付きのピアノも弾けるし、他の子のお世話のお手伝いだって出来るようになる。
 でも・・・やっぱり怖い・・)

 自分の足に作為が加えられるということは、嫌でも七年前の事件を連想してどうしても怯えてしまうのだ。
 どこへでも行けるようになりたい思いと沸き起こる恐怖とに挟まれて、ナナリーは憂鬱な溜息を吐くのだった。



 その夜、ナナリーは仕事に出かけた兄を見送った後リビングで夕食の片づけを行っていた。

 と、そこへ誰かが転倒して転ぶ派手な音が響き渡り、近くにいた職員が慌てて駆け寄る。

 「大丈夫?私やるから座ってて」

 「いいんだ、やらせて。お皿割れてない?」

 松葉杖をつく音がしたので、転倒したのは片足が使えない少年のようだった。
 最近入所した少年で、親はすでにいないとのことだ。

 「駄目よ無理しちゃ!ほら、こっちにおいで」

 「いいんだ!これくらい出来ないようじゃ、黒の騎士団に入れないじゃないか!」

 少年はそう叫ぶと、再び皿を拾い洗い場に持っていこうとする。

 他の者達は小さく首を横に振って少年が頑張って足を引きずり片づけを進めようとするのを見守っている。

 「あの子・・・黒の騎士団に入りたいんですか?」

 ナナリーが先ほど少年を助けた職員の女性に尋ねると、彼女は頷いた。

 「そう、あの子シンジュクでブリタニア兵にご両親を殺された上に鉄骨を足に挟まれてね・・・それで仇を取るんだって言ってるわ。
 足が治ったら騎士団に入るんだって」

 「シンジュクって・・・あの毒ガスの?」

 ナナリーはトウキョウ租界で聞いたニュースしか知らず、事実を全く知らなかった。
 よってシンジュクで起こった事件が毒ガスを散布した日本人のテロによるものであると認識していたのである。

 それを知った職員は慌ててナナリーの口を塞ぐと、周囲を見渡して誰も聞いていないことを確認し、ほっと安堵の息をつく。

 「駄目よナナリーちゃん!いくら租界から来たばかりだからって、そんなこと言ったら睨まれちゃうわよ」

 「どうしてですか?」

 不思議そうに問いかけるナナリーに、職員はそっと彼女を誰もいないベランダへと連れ出した。

 「あのね、シンジュクで起こった事件で報道されてるの、あれ全部嘘なの。
 日本人が日本人しかいないゲットーでテロなんかすると思う?」

 「何かの事故で散布されたっていう報道も聞いたのですが・・・」

 「毒ガスが撒かれたところに、総督が来てどうするの・・・いくら装備があったって、危ないでしょ?」

 そう指摘を受けたナナリーは、確かに異母兄クロヴィスはシンジュクで暗殺されたと聞いたので、そういえば毒ガスが撒かれた場所にいるのはおかしいとやっと気づいた。

 「だからあれはテロリストの殲滅っていう名分で行われた日本人虐殺なのよ。
 あの男の子の両親だって、ブリタニア兵に撃たれて死んだんだから」

 悲しげな声音の職員に、ナナリーはどちらが正しいのか解らず途方に暮れた。
 
 「ごめんね、同じブリタニア人の悪口を聞かされてるみたいでいい気分じゃないわね。
 でも、少なくともここじゃそういう認識だから、うかつに口に出さない方がいいわ」

 「はい、解りました。でも、クロヴィス・・・総督が虐殺を・・・」

 庶民の母を持つとほとんどの異母兄姉が自分達を忌避する中、頻繁にアリエス宮に訪れてくれた三番目の兄の行為に、まさかという思いが脳裏をよぎる。

 「クロヴィスは同じブリタニア人には優しかったのかもしれないけど、私達日本人のことなんてどうでもよかったんでしょうね。
 そう言う人は珍しくないけど・・・・」

 「え・・・それはどういう意味ですか?」

 「うん、ナナリーちゃんにはまだ判んないかもしれないけど・・・人間って相手によって態度が変わっちゃうものなの。
 たとえばナナリーちゃん、先生と友達と同じ態度で接したりはしないでしょ?」

 「あ、はい。それなら解ります」

 非常に解りやすい例題にナナリーが頷くと、職員は困ったように笑う。

 「だから、ブリタニア人にとってはいい人でも、私達にしてみたら嫌な総督でしかなかったの。
 コーネリア総督だってゲットーを封鎖して人の出入りを制限したせいで物資を少なくしてしまった時は、ここもあわや閉鎖されるところだったわ。
 今はある程度緩やかになったし、騎士団や有志の人達がいろいろしてくれたからどうになかったけどね」

 「あ・・・テロが起こってるからゲットーと租界の行き来を禁止するって」

 聞いた時はそれなら仕方ないとろくに考えもせず肯定していたが、それがこうして今身近にいる人達にとっては死活問題に発展していたことを知って、ナナリーはブリタニア人と日本人との間の認識の差をぼんやりとではあるが感じ取った。

 「私、ブリタニアの報道をそのまま信じ込んで、疑いもしませんでした」

 「それは仕方ないわ、ナナリーちゃんは目が見えないしまさかゲットーまで来て 真偽の確認なんて出来ないものね。
 でも、物事は一つだけの側面ではないってことは忘れないでほしいな」

 「はい・・・お兄様はどう思ってらしたのかしら」

 ルルーシュはクロヴィスが虐殺をしていたことなど自分には何も言っていなかった。
 けれど兄は賢いから、どちらが真実だったのか知っているのかもしれないと、ナナリーは思った。

 「ああ、ルルーシュさん賢いもんね。お兄さんがどう思っていたか聞いてみるのもいいと思うわ」

 まさかランペルージ兄妹がクロヴィスの異母兄妹だなど想像もしていない職員は、さらっとそう答えた。

 「はい、後で聞いてみますね」

 「・・・ブリタニア人のナナリーちゃんには辛いかもしれないけど、ブリタニア人は日本人にとても酷いことをしているの。
 日本人を殴る蹴るの暴行を加える目的でゲットーにくるブリタニア人なんて珍しくなかったくらい」

 「そんな・・・反撃出来ないんですか?」

 「ほんの少しでも日本人がブリタニア人を傷つけたら、それだけで懲役刑よ。正当防衛なんて認められた例はないわ」

 女性職員から告げられた祖国の人間の仕打ちに、ナナリーは青ざめた。

 「だからね、ナナリーちゃん。ブリタニア人は基本的に日本人からすごく恨まれてるの。
 まあ日本人も関係のないブリタニア人を巻き込むテロなんかしてる人もいるけど、根源はいきなり攻めてきたブリタニアのせいだし。
 ここの人達は全てのブリタニア人が悪いなんて思ってないけど、でもシンジュクやサイタマの件はみんな恨みに思ってるわ。
 だから、うかつに口にしてはダメよ?」

 「はい・・・気をつけます」

 顔色の悪いナナリーを見た職員は、彼女を軽く抱きしめて言った。

 「でも、私はナナリーちゃんが大好きよ。リハビリもしてるしいろんな曲を弾いてみんなを楽しませてくれたりして、たくさん頑張ってるものね。
 それに、そんな貴女を一生懸命に守ってるお兄さんもね」

 穏やかに微笑みそう語る職員に、もしかしたら内心ではみんなブリタニア人である自分を嫌っていたのだろうかと怯えていたナナリーは、安堵の笑みを浮かべた。



 翌朝、ルルーシュは朝食を作ってナナリー達に食べさせた後、片付けは子供達に任せて自室で仕事をするべく部屋に向かおうとすると、ナナリーが真剣な口調で呼び止めた。

 「お疲れのご様子ですのに、ごめんなさい。
 少しお尋ねしたいことがあるんです・・・大事なことなんです」

 「大事なこと?もちろんいいとも」

 愛しい妹の大事な話と聞いては、たとえ締切が一時間後にある仕事があろうとも後回しである。
 幸いそこまで差し迫ったものではないので、ルルーシュは心おきなく妹を自室に招き入れた。

 「大事な話ってなんだい?もしかして手術のことなら・・・」

 「いえ、それではないんです。実は昨日・・・ここの先生から伺ったのですけど・・・」

 ナナリーが昨夜の出来事をかいつまんで話すと、ルルーシュは眉をひそめた。
 ナナリーも兄にとって愉快な話ではないと悟り、意を決して尋ねる。

 「お兄様、あの日確かリヴァルさんとシンジュクを通りかかったっておっしゃってましたよね?
 本当にテロがあったのですか?クロヴィス兄様が虐殺をしたなんて・・・その・・・」

 ルルーシュは妹があの優しかった三番目の異母兄がまさかという思いと、日本人がシンジュクでされたことを恨みに思う施設の子供の言い分も嘘だとは思えず板挟みになっていることを知った。

 真実を口に出せば、心優しいナナリーは家族の所業に心を痛めるだろう。そしてそれを負い目に感じてしまい、施設の子供達と距離を置くかもしれない。

 かと言って事実を隠せば日本人が流す情報を嘘だと信じ、それがまた日本人との間に溝を作ることになる可能性がある。

 どちらに転んでも最善とはいいかねる事態にルルーシュは頭を抱えたが、自分が思い当たらなかった全く正しい注意を職員はナナリーにしてくれたのだ。
 ならばもう下手に隠すことはやめて、クロヴィスのフォローをした上で事実を話すことにした。

 「・・・解った、ナナリー。全て話そう。
 だが、お前には本当に辛いことだ。心して聞いてほしい」

 「はい、お兄様」

 ナナリーはこくりと喉を鳴らすと、兄の言葉に耳を傾けた。

 「結論から言うと、クロヴィス兄さんがやったことは本当だ。兄さんが人体実験にかけていた少女が、日本人レジスタンスに連れ去られてな。
 まあ本当に毒ガスと思いこんで持ち去ったのがたまたまその少女だったらしいんだが、毒ガスなんかじゃない」

 「じ、人体実験・・・・?!クロヴィスお兄様はそんな恐ろしいことを?!」

 「ああ・・・どうもそうらしい。C.Cを知ってるだろう?彼女がそうだ」

 身近にいる兄の部屋に時折やって来ては泊まり込む女性を思い出したナナリーは、いきなり想像もしていなかった話に身体を震わせた。

 「俺はたまたま巻き込まれて、彼女を見つけた。
 そして毒ガスが奪取されたことにしてクロヴィス兄さんは軍を出動させたわけなんだが、その中にスザクがいたんだよ」

 「スザクさんとはそこで既に再会なさっていたのですね。それで・・・」

 「あいつはテロリストと勘違いされた俺を庇って、何とか俺を逃がしてくれたんだ・・・C.Cも一緒にな。
 ・・・その時のシンジュクの様子は酷いものだった。
 ブリタニア兵が武器を持たない日本人を平気な顔して殺戮する、まさに地獄絵図だったよ。
 ゼロがクロヴィスを殺して止めていなければ、シンジュクだけで被害が済んだかどうか・・・」

 「そんな・・・クロヴィスお兄様、どうして・・・」

 この世で一番信頼する兄が肯定したことで、ナナリーはようやくシンジュク事件がブリタニアによる虐殺であったことを信じた。

 「おそらく、怖かったんだろうな・・・皇族としての地位を奪われるのが。
 弱肉強食が掟のブリタニア皇族だ、常に成果を上げなければその地位は廃嫡される。クロヴィス兄さんは七年もこの日本を統治していたのに、衛星エリアに昇格させるどころかレジスタンスによる抵抗を治めることも出来なかった。
 たぶんだけどこれ以上現状のままなら総督を解任するというような最後通牒でもあって、焦って非人道的な行為に手を伸ばしてしまったんだろう」

 ルルーシュはクロヴィスを悪人だとは思っていない。
 ただ皇族としては頭があまり良くなかったばかりに、人間として当たり前の自己保身に走った結果、安易な手段に手を出してしまっただけの凡人だった。
 普通の貴族の二男三男辺りとして生まれていれば、その芸才を発揮して有名になり、彼としても本望の人生を歩めていたであろう。

 まだ自分がブリタニアにいた頃、私は皇帝の器ではないと言っていたからある程度己の才能の分を理解していただけに、それに合わぬ競争を強いられた犠牲者だ。

 「クロヴィス兄様・・・お可哀そう」

 「ああ、確かに気の毒な人だよ兄さんは。だけど、だからと言って虐殺が許されていいわけがない。
 そんな身勝手な都合で殺された人達の方が、もっと気の毒だ」

 「そ、そうですねお兄様。
 では、先生がおっしゃっていたゲットー封鎖や日本人に酷いことする人達がいるっていうのも・・・」

 「事実だよ。最近はユフィの政策のお陰でとんと見なくなったけど、租界でも珍しい話じゃなかった。
 ゲットー封鎖時には食料の盗難事件が頻発して、黒の騎士団が出動する騒ぎになった地域さえあると聞いたくらいだ」

 盗んだ方も生きるためとは言え盗みを許すわけにはいかず、騎士団は数度に渡ってゲットー周辺を巡回したり食料を配布したりしていたが、充分なものではなかったためにかなり苦労していた。

 「そうですか・・・それではサイタマの件は何ですか?先生からは名前だけしか聞いてなくて・・・」

 「・・・・」

 クロヴィスに次いで仲の良いコーネリアの所業を説明しなければならないのかと、ルルーシュは鬱になった。
 全く仲の悪かった他の異母兄やギネウィアなどの所業だったなら、ためらうことなく話せたものを。

 「・・・俺としては言いたくないほどなんだがな。
 コーネリア姉上はゼロを誘き出すためにサイタマを封鎖して同じく虐殺をしたそうだ。
 あのあたりは確かにレジスタンスが多くいたが、それでも大部分が活動らしい活動をしていない住民が大半だったと聞いているよ」

 「あの武人のコーネリアお姉様がですか?!何もしてない方々を殺すなんて、そんな方ではありませんでした!」

 驚きを隠せず叫ぶ妹に、ルルーシュはそうだな、と何とも言えない表情で応じた。

 「ゼロを誘き出すのは仕事だからいいとしても、日本人をなんだと思っているのかが解る所業だな。
 エトランジュ様もその時の生き残りの人と知り合いのようで、話を聞いた」

 「エトランジュ様が・・・」

 自分と兄との間に立っていろいろ相談に乗ってくれた少女の言葉ならそうだろうと、ナナリーは思った。

 自分がゼロであることは話さなかったが、それ以外についてはおおむね事実を話したことに、非常に複雑な気分だった。
 いっそ全て話すべきかと悩んだが、それは今回は見送ることにして妹に語りかける。

 「姉上やクロヴィス兄さんにも事情があるのだろうが、それでもやっていいことと悪いことがある。
 クロヴィス兄さんとは無理だが、コーネリア姉上とはいずれ出来れば話をと考えている。
 ユフィも協力してくれるだろうし、特区に病院を作ったらお前を招待したいと言っていたそうだ。
 日本人を大事にしてくれるユフィなら俺も信じられるから、俺もそのためならいろいろ手助けしてやりたいんだよ」

 「ユフィ姉様・・・!私も特区に行ってみたいと思っておりました。よろしいのですか?」

 「うまくごまかせるよう、カレンも協力してくれるそうだよ。だからナナリー、お前も協力してほしいんだ。
 日本人とブリタニア人が仲良く暮らせる、優しい世界を造るために」

 「もちろん、私に出来ることでしたら・・・でも、何が出来るのでしょうか?」

 最近は多少の自信が出てきたようだが、それでもまだまだ出来ないことの方が多い自分にコンプレックスのあるナナリーがしゅんとなると、ルルーシュは彼女の細い体を抱きしめながら言った。

 「これからも日本人と仲良くして欲しい。
 俺達の家族は確かに日本人に対して多大な迷惑をかけてきたが、だからといって距離を置いたりすればいつまでもこのままだからな。
 ユフィもそんな事情を知っていて、どちらとも手を取って前に進むために特区を作ったんだ、お前にもそうして欲しいんだよ」

 「お兄様・・・!」

 自分にも出来ることがあるから頑張って欲しいという兄の言葉に、ナナリーは涙を浮かべて喜んだ。
 信頼していた家族の恐ろしい所業を聞かされ、ここにいる日本人達の前にどんな顔をして出ればいいのかと怯えていたナナリーの心に希望の光が灯る。

 「私、頑張ります。いつかみんなで仲良く暮らせるようになるために・・・!」

 「ああ、お前になら出来るよ。兄さん達の件については、これはもう終わったことだしお前には罪のないことだ・・・気にするのは解るがな」

 自分でさえ半分血の繋がった兄姉の行為に眉をひそめたのだ。
 心優しいナナリーがどれほど心を痛めるのかと思うと、とても口に出せずにずるずると隠してきた。

 けれどもう隠しておくことは出来ない。いつかは自分がゼロであることを話さなくてはならなくなる時も、そう遠くはないだろう。

 「ナナリー、一つだけお前に謝らなくてはならないことがある」

 「何ですか、お兄様」

 兄の心からすまないと感じている声音を感じ取ったナナリーが不安そうに尋ねると、ルルーシュは言った。

 「お前にだけは嘘は言わないと約束したが、実はそうではないんだ。
 お前に傷ついてほしくなくて、嘘をついたことがあるし言っていないこともたくさんある」

 「お兄様・・・」

 ナナリーは嘘をついていたことがスザクと再会したのが本当は学園ではないこと、シンジュクで起こった事件などのことだと思ったが、それだけではないことを言葉から知った。

 「そんなこと・・・七年前スザクさんのお家に預けられた時から存じておりましたわ。
 あの日、スザクさんの土蔵を綺麗なお家だって言って、それをスザクさんが嘘だってあっさり教えちゃって台無しになりました」

 「・・・・・」

 「お兄様は私を愛して下さっているから、クロヴィス兄様やコーネリア姉様のことを黙っていたことくらいは、私にだって解ります。
 他にも、あるんですね・・・私には言えないこと」

 ナナリーは車椅子の手すりを指で撫で、動かせない足を動かそうとしてやはり動かない足に首を横に振る。

 「エトランジュ様がおっしゃってました。自分を一番大事にしてくれる人が何も言わない場合は、例外なく自分のためだって」

 「エトランジュ様が?」

 「ええ・・・あの方もご家族からいろいろ隠し事をされてるみたいなんです。
 私、以前からお兄様のお仕事とか知りたくてお尋ねしたら、秘密だから言えないって答えて頂けなかったんです。
 家族にも言えないことってなんだろうって言ったら、そう言われました」

 どうして追及しないのかとナナリーが尋ねると、答えは単純だった。

 「『家族を信頼しているから』だそうです。言わないのはきっと自分が傷ついたり不利益になることだろうから、ならば聞かない方がいいと思ったそうです。
 いつかお話ししてくれることも信じているから、自分に話せる価値・・・というのもおかしいけれど、そうなれる自分になるために頑張るのだと」

 「・・・あの方らしいな」

 マグヌスファミリアの一族の絆は頑強だ。
 何しろお互いに心で会話をし、言いたい放題している彼らの中でも、秘密というものは存在する。
 秘密を持たれて愉快な人間はいないだろうが、それでもそれを探らないことに疑問を持たないということがその強さを示している。

 「今回も、話して貰うのを待とうかなって思いましたけど、これは一時しのぎにしかならないと思って・・・聞いてよかったです」

 「そうか・・・強くなったなナナリー」

 「そう言う人はこの施設の中にもいらしたんです。お子様の治療費を稼ぐために、人には言えない仕事をしている方もいるって・・・・。
 私全然知らなかったんです。お金を手に入れるって言うことが大変だったなんて」

 母親が身体を売っていることを知った子供が親を問い詰めた時、エトランジュはしたくてしている仕事ではないしこの状況下ではやむを得ないことだと懇々と説いていた。
 隠していたなんて酷いと言う少女に、貴女に心配させたくなかったし引け目を感じて欲しくなかっただけ、お母様が貴女を愛していることが解らないはずはないでしょうと諭すと、少女は頷いていた。

 「賭けチェスのことも、それくらいしないと私の治療費なんて無理だろうと教えてくれました。それなのに危ないからやめて下さいだなんて、私は何と愚かだったのでしょう。
 今だってお兄様は事務員のお仕事をなさっているそうですけれど、二人で食べるくらいが精いっぱいだなんて・・・」

 実際のところ給料など出てすらいないのだが、キョウトからの援助金から二人分の生活費を貰っているのでそれを給料だと偽って施設に送っていたりする。
 あまりに多大な額だと怪しまれるので、そういうことにしてあるのだ。

 「ナナリーが気にすることじゃない。お前は妹なんだから、兄の俺が働くのは当然だ」

 「でも、いつかは私も十七歳になるんですよね?お兄様と同じ・・・」

 ナナリーは施設にいる人達を見て、また働きに出る兄を見ていかに自分が兄に依存しているかを否が応にも悟った。
 今はそれでもいいとみんな言うけれど、今はいつか終わってしまう。どんなに楽しい時も、いつかは必ず。

 「私・・・手術を受けます。私も歩けるようになりたいです」

 少しまだ手術に怯えがないわけではないが、足を切断して義足をつけるよりよほどいい。
 それに、苦労に苦労を重ねた兄が貯めたお金を出して治って欲しいと願ったのだ。
 
 ほんのちょっとの苦労くらい耐えなくては、自分はあの日のままいつまでもお荷物だ。
 七年前の戦争時、歩けぬ自分をおぶってくれたスザクに、荷物を抱えて歩くルルーシュ。
 せめて足だけでも無事だったなら、自分の足で逃げることが出来たのだ。

 「楽しい時はいつかは終わるけれど、辛い時もいつかは終わるものだって聞きました。
 今は日本は落ち着いているようですし、足を治して私も働きたいんです」

 リハビリの方が手術の時よりも辛いと聞いた。半年から一年もかかると知った時、ナナリーはそれにも尻込みしたのは確かだった。

 光陰の矢の如しということわざが示すとおり、二十歳を過ぎれば短くすら感じる時間の流れだが、若い時の半年、一年というのは長い。大人が感じるそれよりも、はるかに。
 
 けれどいつかは終わる。
 どれほど辛くても、歩けるようになってしまえばそれが遠い過去のように感じられるほどに。
 
 ピアノの練習をしていた時、あんな難しい曲なんて弾けないと何度も感じたことだろう。
 だけど一度たどたどしくでも弾けてしまえば、後は上達に上達を重ね、弾けなかったのが嘘のように感じたことを覚えている。

 自転車でも乗馬でも、出来るまでが辛いだけだ。だからそれまで頑張ればいい。

 「その意気だ、ナナリー。エトランジュ様もリハビリのために療法士やアドバイザーを呼んでくれるとおっしゃっていたよ。
 みんなが助けてくれるんだ、それを無駄にしてはいけないよ」

 自分で見つけてきた療法士とアドバイザーだが、話としてはそう通してある。
 エトランジュは信用があるので、目立てぬ自分の隠れ蓑をこうして引き受けてくれるのだ。

 「はい、お兄様」

 「すまないナナリー。お前が考えているとおり、俺はお前に隠し事がある。
 だが、いつか必ず話すから、もう少し・・・もう少し待っていてくれないか?」

 自分もクロヴィスやコーネリアほどではないが、人を殺すという非道な行為をして来ているのだ。
 今はまだその勇気はないし、何よりどこから秘密がバレるか分からない以上、せめて日本解放を成し遂げるまでは話せないのだ。

 (今回だって職員の何気ない言葉からナナリーにシンジュクの件がバレたからな・・・秘密を知る人間は出来るだけ少なくというのは鉄則だ)

 「解りました、お兄様。私、待ちます・・・お兄様が全てを話して下さるのを」

 「ありがとう、ナナリー」

 「お兄様が私のために頑張って下さっているんですもの、これくらいは私も我慢しなくてはいけません。
 お兄様も、もうすぐ出張にお出かけになるそうですし」

 ナナリーの少し寂しそうな声音にルルーシュはうっと声を詰まらせたが、不可欠なことなのでそれを振り払って言った。

 「ああ、エトランジュ様にどうしてもと頼まれては断れないよ。
 一か月はかかるが、時間があればこちらに戻る時間をくれると言ってくれたし」

 都合のいい言い訳に打ってつけのエトランジュに、ルルーシュは心の底から感謝した。
 ナナリーの信用もある意味自分より高いし施設の人間からの好感度もあるので、彼女の名前を出せばさほど不自然に思われずに済むのである。

 「いろいろお気を使って下さって、優しい方ですねエトランジュ様」

 「ああ、いずれお礼をしないといけないな」

 ルルーシュが日本に戻っている間、代わりにアルカディアがゼロとして中華で動かなくてはならない。
 そのフォローに回るエトランジュも活動するアルカディアにも大層な負担だが、妹大事なのがルルーシュという人物であると既に理解しているので何も言わなかった。
 彼女達もまた家族大事の人間なので、彼の思いを理解しているというのもある。

 「解りました、お仕事ですものね。お兄様もあまりご無理をなさらないで下さいね」

 「ああ、解ったよナナリー」

 妹を抱きしめて、ルルーシュは一つまた心が軽くなるのを感じた。
 自分がブリタニアを壊すゼロだということを、いつか話すことになるかもしれない。

 だが、隠し続けるには重いものであることも確かだった。その覚悟はあったし、今でも隠し続られるならそれでもいいと考えている。
  
 クロヴィスやコーネリアの所業のほうをこそむしろ言いたくなかったくらいだ。
 日本解放が成った暁にはその情報だけをナナリーからシャットアウトするつもりだったが、考えてみればこのゲットー内でシンジュク事変だけでも彼女の耳に入る可能性は高かったのだ。

 「ナナリー、クロヴィス兄さんやコーネリア姉上にだって大事なものがあってそれを守るために戦うこと自体は間違っていない。
 それはここの日本でレジスタンス活動を行っている日本人だって同じことだ。
 その手段によってそれぞれの視点は異なっている。自分の価値観だけが正しくて他人の価値観などみな間違っていると信じこめば、虐殺という行為に走ってもそれが当然のように感じてしまうものなんだ」

 「お兄様のお考えでは、お二方にとってその虐殺は正義だと?」

 「でなければやれるものか、あんな非道な行為・・・!黒の騎士団だってそうさ、自分達が正義だと思わなければ殺人という行為など耐えられるはずがない。
 カワグチのテロリストだって、無関係のブリタニア人を巻き込むやり方は間違っていたが憤るのには間違っていないと、俺は思う・・・ナナリーにはまだ難しいだろうから、少しずつ解っていけばいいことだけどね」

 ナナリーは確かに難しすぎてまだよく解らない話だった。
 けれど人それぞれの価値観がある、自分だけの価値観だけが正義ではないということくらいは理解出来た。
  
 「今はまだ、自分のことだけを考えていてもいい。
 いずれお前の足が治り目が見えるようになったなら、改めて世の中を見てお前の価値観を作っていけばいいんだよ」

 「はい、お兄様」

 ナナリーは笑みを浮かべると、ラクシャータに神経装置が出来たらすぐにつけて欲しいと頼みに行くべく、部屋を出るのだった。



 それから五日後、ルルーシュが中華へ出立する日がやって来た。

 「じゃ、行ってくるよ」

 「はい、くれぐれもお気をつけて・・・」

 既にエトランジュ達は先に行っているがナナリーがいるのでぎりぎりまで彼の出立を遅らせたとクラウスから聞いたナナリーは、兄に向って言った。

 「どうかお仕事に専念なさって下さいな。私は皆さんがいるから大丈夫ですから」
 
 「ありがとう、ナナリー。電話は難しいが、時期を見てかけるから」

 ルルーシュの方が名残惜しげだったが、ナナリーはにこやかに兄の背中を押した。

 「行ってらっしゃいませ、お兄様」

 「ナナリー・・・行ってくるよ」

 ルルーシュはそう笑いかけてナナリーの頬にキスを送ると、スーツケースを抱えて施設を出た。

 そこにはC.Cとマオが同じくスーツケースを持って待っていた。

 「行くぞ、ルルーシュ。空港に行く前にスーパーに連れて行け」

 C.Cのいきなりの要求にルルーシュが眉をひそめると、マオが答えた。

 「ついさっきエディから連絡が来てさ、中華にピザないって・・・タバスコも売ってないからピザを作るなら持ってきた方がいいって言うからさ」

 「というわけだ、お前は中華に着いたらピザを作れ」

 身勝手な要求にルルーシュは呆れたが、彼女には苦情は無駄だと知っているので溜息で了承する。

 ルルーシュは見違えるほど大人になった妹がいる施設を再度見つめ、今度こそ後ろを向かず歩き去った。

 妹達が望む優しい世界。
 そのために立ち塞がる高い壁であるブリタニアを壊すためには、多くの味方が必要だ。

 (これ以上ブリタニアに力をつけさせるわけにはいかない。天子との政略結婚は必ず阻止する!!)

 ルルーシュはそう決意すると、用意していた車に乗り込んだ。
 彼の持っている携帯には、ナナリーが折った折り鶴がストラップになって小さく揺れていた。



[18683] コードギアス R2 第一話  朱禁城の再会
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/30 15:44
 今回よりR2となりました!
 無印より立った成長フラグや不幸フラグ折れのため、キャラの性格が若干変わっている場合があります。
 特にナナリーの性格が途中から黒いです。CDドラマ版ナナリーになります。
 主人公チームが有利になっているのでご都合主義流れになってしまうかもしれませんが、なにとぞご了承頂きますようお願い申し上げます。
 
 それでは、コードギアス 反逆のルルーシュ ~架橋のエトランジュ~R2編、お楽しみくださいませ。


  コードギアス R2 第一話  朱禁城の再会



 中華連邦にやって来たルルーシュ達は、変装キットで顔を変えた後エトランジュのギアス誘導で彼女の仲間である女性に出迎えられた。
 コーネリアと比較してもいいほど高い身長にスーツを纏い、薄手の眼鏡をかけて知的なボブカットの少し赤みがかかった髪の女性だ。

 「初めてお目にかかりますわね、ルルーシュ様。
 わたくし、マグヌスファミリアで教師をしておりますルチア・ステッラと申します」

 「ルルーシュといいます。お話は常々エトランジュ様より伺っております。
 何でもエトランジュ様の母君の御親友であるとか」

 「ええ、血の紋章事件でブリタニアを去ってイギリスに亡命した時、当時イギリスに在住しておりましたランファーと会って以来、ずっと友人同士でした。
 諸事情あって全て存じておりますので、そちらのことも貴方にお話しして欲しいとエディに言われましたもので」

 そう言いながら軽く左目を撫でたところを見ると、つまりはギアスのことも知っていると言うことだろう。

 「日本での経緯も存じておりますので、ご不安でしたらマオさんにも確かめて頂いて結構でしてよ。
 とりあえずここでは何ですから、一度ホテルへご案内させて頂きます」

 「お世話をかけます」

 ルチアの先導でルルーシュ達が後をついていくと、お土産屋を見ていたマオがルルーシュにささやきかける。

 「ああ言ってるけどどうする?いちおうあの人の心の声を聞いておこうか?」

 「いや、それはエトランジュ様やルチアさんにも失礼だろう。それはもう少し疑念が持ってからでも遅くはない」

 ルルーシュはそう言って止めたが、内心でルチアの素性に眉をひそめた。

 (彼女、色つきの眼鏡でごまかしてはいるが、俺達皇族と同じ紫がかかった瞳の色をしている。
 名門貴族の出だと聞いているから、近親者に皇族がいたのかもしれないな)

 一同が用意された車に乗り込み運転手が発進させると、C.Cが空気を読まずに要求した。

 「ホテルに着く前にピザの材料を買いたい。店に寄ってくれ」

 「エディが貴女がそうおっしゃるだろうと予想して、既に準備してありましてよ」

 「さすがだな、気配りの出来るいい女だ。良妻賢母になれるだろう」

 「現在これから先の行動のため、無駄な出費は許されなくてよ。ですから今回限りです」

 「ち、世知辛いな・・・だが仕方ないか」

 物の道理が解らない彼女ではないので、ない袖は振れないから大事にピザを食べるかとC.Cは思った。

 「ホテルは首都洛陽の隣の都市にご用意させて頂きました。
 この車は我が反ブリタニアレジスタンスが所有しているものですが、貴方がたにお貸ししますのでご自由にお使い下さい」

 「アクセスも容易、かつ目立たない、か。なかなかいい場所をご用意して頂き感謝する」
 
 ルルーシュはルチアに礼を言いながら車の外を見ると、空港の周囲にある街を通りかかった。

 そこは元来なら店が立ち並び商売に励む人々がいるはずなのに、大半の店は閉じられているかもしくは明らかに略奪されたとみられる形跡があり、人々は疲れたように座り込んでいる。

 「・・・まるでゲットーのようだな。酷いものだ」

 「十一年前はもうちょっとマシだったんだけどね、前皇帝が倒れちゃってからだんだん荒れていってさ・・・僕もこの辺に住んでたんだ」

 「そうなのか?」

 ルルーシュの問いかけにマオが遠い目をしながら頷く。

 「空港近くの街だったから、観光客向けの店がいっぱいあったよ。
 僕の家もそうで割と裕福な部類だったと思うけど、税金が上がったしそれにつれて観光客も減って誰もお土産なんて買わなくなったから家の収入も減って・・・破産しちゃった」

 その後両親はマオを捨てて蒸発し、空き家で泣いていたところをC.Cに拾われたのだ。

 「そうか・・・大変だったな」

 「C.Cと一緒になってからここはゴーストタウンで食料もろくにないからってことで、洛陽に引っ越したんだけど・・・そこも多分変わってないだろうなあ」

 一見栄えて見える洛陽だが、特権階級が住む地域と貧民街とで明暗が分かれている。
 まさに租界とゲットーと同じと言うマオに、ルルーシュはこの中華も根本的に生まれ変わらせるべきだなと考える。
 
 一行に用意されたホテルは、小さいが大宦官に対する抗議活動をしている科挙組の遠戚が経営しているホテルで、レジスタンスが旅行客を装って住んでいると言う。
 現在滞在している全員が、大宦官に反発するレジスタンスや科挙組、エトランジュが呼び寄せた反ブリタニアレジスタンスだった。

 「なるほど、ホテルなら住人の入れ替わりが激しくても、大量に食料を搬入しても怪しまれない。
 特権階級の連中はもっと豪華なホテルを使うから、まず来ないだろうからな」

 「普通の客が来たらどうするのさ?そいつが私服警察だったりしたら・・・」

 マオの問いにルチアが青色のホテル会員カードを取り出し、フロントに見せた。
 ルチアがそのカードを見せながらテーブルの上にあるペンではなくわざわざ持参した鳥の紋章が彫ってある万年筆で名前を書き込むと、フロントの女性マネージャーがご案内しますと出てきた。

 (なるほど、青色の会員カードと鳥の紋章の万年筆で宿帳に名前を書く・・・二重の確認作業を行っているということか)

 普通青い会員カードだけならすぐにこれが目印だと解るだろうが、書く物にまで注意を払う者は少ないだろう。
 書き慣れた物で文字を書く者はざらにいるから、怪しまれることもない。
 それ以外の客は丁重にお断りするか、一般用のフロアに案内すればいいのである。

 「我が香南飯店へ、ようこそお越し下さいました。お部屋にご案内させて頂きます」

 「お世話になります」

 マネージャーに案内されて着いた部屋は、二部屋とユニットバスがあり、三人で住むには十分なスペースがあった。

 「この辺では自炊のホテルが珍しくありませんので共同になりますが、キッチンが各階に設けられております。
 また、小さいですが食事を出す場所もございますので、どちらもご自由にお使い下さい」

 「ありがとうございます」

 「太師からお話は伺っております。何でもブリタニアが持ちかけてきた政略結婚を潰しに来て下さった黒の騎士団の方だと」

 女性マネージャーはおぞましそうに口を押さえると、彼女は左遷されて地方に飛ばされていた当時の太師の秘書だったと教えてくれた。

 「お可哀そうに、まだ十二歳だというのにあんな三十になる男の花嫁になど酷すぎます!
 断固阻止すべきですわ、おぞましい・・・!」

 女性としては嫌悪を禁じ得ぬ話に、ルルーシュも頷いた。

 「私達も協力いたしますので、何かありましたら遠慮なくおっしゃって下さいね。
 それでは、失礼させて頂きます」

 マネージャーが立ち去ると、ルルーシュ達は変装マスクを外しさっそくソファに腰を下ろしてルチアに言った。

 「改めて紹介させて頂こう。俺はルルーシュ・ランぺルージ、そっちの女はC.Cで、その男は中華連邦人のマオだ」

 「よろしくお願いいたしましてよ。では、さっそくご用件のほうですが・・・」

 「はい、別便で来ている黒の騎士団員ですが、地方組と首都で動いて貰う団員、さらに中華にいる友人宅に潜伏するチームとに分かれていますので、彼らに命じた役目と連絡方法についてお教えしておきましょう」

 ルルーシュは中華語を話せる者や中華連邦に詳しい者、もしくは知人がいるという団員を選んで今回の件に参加させた。
 中でも中華の呪われた泉とやらで武者修行をしたことがあるという父子は、息子の方に数名の女性が強引に心配だから私もついていくと主張して騒ぎになり、ついてくんなと怒鳴っていたのが印象的だった。

 『性格や能力こそ違うが、どこかの誰かを彷彿とさせる男だな』とはC.Cの弁である。

 「現在の状況はおおむねエトランジュ様から伺っております。
 二日前、天子様の後見人の一人である太保が亡くなったそうですね。
 今マグヌスファミリアの一行は太師の邸宅に滞在しており、天子様と頻繁に面会しているとか」

 ルルーシュの言葉にルチアは頷くと、科挙組と合わせて政略結婚を防ぐべく動いているのだと言った。

 国際路線からも結婚適齢期になっていない少女を結婚させるなどそれでも節度ある大人の態度かと批判を浴びせかけ、中東の一部からもその動きをして貰っている。

 「最近エリア18にされた中東にある国家と親しかった国があるので、喜んで応じて下さいましてよ。
 ブリタニアには敵が多いですもの、一部ではロリコン太子と報道している国もあるほどで、面白い事態に・・・くすくす」

 ころころと楽しそうに笑うルチアはノートパソコンを開くと、そこには長兄であるオデュッセウスと書いてロリコン太子、十二歳の幼女に求婚という悪意ある見出しのある電子新聞を一行に見せた。

 「これはこれは、事実をこのように言い換えるとは報道とは面白いものですね。
 それで、その効果は?」

 「ある程度は上がっておりましたが、大宦官はその政略結婚を成立させた暁にはブリタニア貴族として迎え入れられるという密約があるそうで、それならば外国の風評など気にする必要はないとばかりの態度になりましてよ。
 ブリタニアはもとより他国の風評など意にも解さぬ国ですから、そっちには全く効果がありませんでした」
 
 「ならばこの結婚を失敗させれば、人道に反する行いをしたとして大宦官達を公然と粛清出来ますね。
 ブリタニアとの密約だけでも売国行為、法を無視して未成年の少女を結婚させようとしたのですからね」

 「ええ、その方向に持っていきたいと天子様と太師様、さらに(リー)軍門大人からも伺っておりますの。
 ですから可及的速やかに失敗させたいものですが」

 状況としてはもはや一刻の猶予もならない、ただ協力してくれる者も多いという情報に、ルルーシュは駒を把握することから始めることにした。

 「天子様には無理としても、太師にはお会いしておきたい。それから、黎軍門大人とは誰です?」

 「現在のわたくしの滞在先で、本名を(リー) 星刻(シンクー)とおっしゃいまして、現在朱禁城にて武官をなさっている方ですの。
 天子様に高い忠誠心を抱いておられまして、この政略結婚は何としても潰すと息巻いておられましたわ」

 下級官吏の子として生まれ、以前から役人をしていた男だという。
 それが下級役人だった当時囚人に薬を与えたことを咎められた時、天子の温情で助けられてから彼女と永続調和の契りを交わした忠臣だそうだ。
 ちなみに軍門大人とは、軍における地位を持っている人という意味である。

 「ただそれだけに大宦官に煙たがられておりまして、生まれを理由に遠ざけられがちだったとか・・・。
 日本の駐在武官に左遷されかけたこともあったそうですが、天子様が強く彼をお付きの武官にと望み、太師様が彼の後見人になったことから連中もそう強く出られないようです」
 
 「武官の・・・地位はどれほどです?」

 「反大宦官派の中ではリーダー格だと聞いておりましてよ。
 ナイトメアの技量は彼を抜く者はいないと伺っておりますが」

 (これは使える駒だな。エトランジュ様にお願いして、彼と顔を合わせる機会を作って貰おう)

 「おおよそは理解した。
 では、細かい打ち合わせのためにも太師様と黎将軍とお会いしたいので手回しをお願いしたいのですが」

 「そうおっしゃると思いまして、明日の夜にお時間を頂いておきましてよ」

 「話が早くて助かります。では中華との話はひとまず置いて・・・貴女は何故、今になってブリタニアの崩壊に手を貸すのです?」

 血の紋章事件から、既に二十年近い歳月が過ぎている。
 今になって何故と問うルルーシュに、ルチアはバカバカしいことを聞くとばかりに顎を上げた。

 「わたくし、別にブリタニアなどどうでもよろしいの。
 ブリタニアに限らず、どこの国が栄えようが滅ぼうが、わたくしには無関係・・・ただあのマグヌスファミリアで人生を過ごせられれば満足でした」
 
 「・・・・」

 「それなのにあの国ときたら、よりによって祖国と決めたマグヌスファミリアを占領したのです。
 まったく他人に迷惑をかけなければ生きていけぬ国ですこと」

 だから祖国を奪回するためにブリタニアを潰すだけだと言うルチアに、彼女の中にブリタニアはないのだとルルーシュは知った。
 事実彼女の心の声を聞いたのだろうマオも、表情で『この人ほんとにどうでもいいって思ってる』と語っている。

 「血の紋章事件に関わっていたと聞きましたが・・・」

 「わたくしの親が当時のシャルル皇帝の異母兄に加担してクーデターを企んだのですわ。
 わたくしがその加担した兄皇子の息子の妃になるという条件がありましたので、事が失敗した時わたくしまでとばっちりを食ったのです。
 幸い失敗すると解っていたので、計画を聞いた時さっさとEUに亡命したので助かりましたが」

 あっさり両親を見捨てて亡命したと告げる彼女に、ルルーシュはさすがブリタニア貴族と感心する。

 「貴方も大変でしたわね、ルルーシュ殿下。本当に母君によく似ていらっしゃること」

 「母と会ったことがあるのですか?」

 意外そうに尋ねるルルーシュに、考えてみれば当時母・マリアンヌはナイトオブラウンズとして皇族の近くにいたのだ。
 名門貴族としての彼女なら、顔見知りでも別におかしくはない。

 「ええ、学年こそ違いましたが同じ学校に在籍しておりましたので。
 彼女は士官学校に進み、私は高等学校に進みましたけれどお付き合いは少しばかりございました」

 「そうですか・・・母とも」

 思いがけず母の古い友人に会ったルルーシュが何となく笑みを浮かべると、ルチアは紅茶を飲みながら昔語りを始めた。

 「意外でしたのよ、彼女が皇帝の后妃になったと聞いた時は。
 何しろ自由奔放な性格で、何かに縛られるのが嫌だという女性でしたからね。家庭にだって入るのはなるべく遅いほうがいいと言っていたほど」

 「母さんらしいな・・・その方が良かったかもしれない」

 「子供だって好きに戦場を巡れなくなるからいらないと言っていたのに、二人も子供を作るなんて・・・やっぱり女は子供を産むと変わるものかもしれないと思ったものです」

 そのやりとりを聞いていたC.Cは、確かに彼女はマリアンヌを知っていると思った。
 彼女はルルーシュを妊娠した当時、戦場を巡れなくなったと愚痴っていたし面倒な宮廷のしきたりにも嫌がっていた。

 シャルルはマリアンヌに夢中だったから、ナナリーを懐妊した時の台詞は『あらまた出来てしまったわ』とやたらあっさりしていた。

 ただだからと言って子供達を嫌っていたわけではなく、彼女なりに息子と娘を大事に思っていたのは解るが、アリエスの悲劇以降の彼女の行動を見るにつけ、ルチアの言うように“子供を産んで変わった”ようには見えない。

 (むしろシャルルの方が変わったな。V.Vが焦って嫉妬して、マリアンヌを殺してしまうほどには・・・)

 母の昔話を頼むルルーシュに応じているルチアを見ながら、C.Cは内心で溜息をついたのだった。



 その夜、洛陽にある太師宅でははるかに重大な会議が開かれていた。

 エトランジュに太師、科挙組官吏が数名、黎 星刻である。

 「ゼロが無事に到着いたしました。協力者の方は用意して頂いたホテルに、ゼロは別行動だとのことです」

 「あのコーネリアに苦杯を飲ませたというゼロか・・・味方としては頼もしいのだが」

 顔も明かさぬ仮面の男にどうしても懐疑的なのは、反ブリタニア派の軍の中核を担う星刻だ。
 エトランジュの人格は信頼しているが、彼女の能力はそうではないし彼女自身がゼロにうまく言いくるめられているのではとなるのは至極当然の流れである。

 「明日、お互いに会おうとのことです。
 私も軍や政治のお話はまだまだついていけませんので、直接お話しになったほうがよろしいかと思いました」

 「時間がないし、その方がいいでしょうね。天子様・・・!」

 政略結婚などしたところで、どうせ中華を拠点にEUと争うことになる・・・そう太師から言われた天子は、そんなのは平和じゃないと泣き叫んだ。

 「ゼロとの利害は一致しておるのだ。太保は先日、息を引き取ってしもうた。
 わしももう長くない・・・その前に何としても大宦官どもだけでも片づけておきたいのじゃ」

 車椅子に座る先代皇帝のように病み衰えた太師の身体を見た星刻は、あらゆる意味で時間がないことを悟った。

 「エトランジュ陛下・・・・ゼロは信用出来ますか?」

 「私は信頼しております。中華のために、今回の件に関しては力になってくれるものと思います」

 能力的、反ブリタニア思想を持つことには疑いの余地はない。
 利害は一致しているはずだと言うエトランジュに、星刻は押し黙った。

 「とにかく、会ってみなくては解るまい。
 ごほん・・・何事も相手を見るにはそうしなくては始まらぬ。百聞は一見にしかずというであろう・・・」

 咳き込む太師にエトランジュが薬湯が入った器の蓋を開けて差し出すと、太師は礼を言って飲み干した。

 「星刻よ、お主とて身体の具合はよくないと聞いておる。焦るのは解るが、まだ若いお主なら回復の余地もあろう。
 くれぐれも先走ってはならんぞ・・・大義のためじゃ」

 「は、それは重々・・・申し訳ありません、婚儀を強引に挙げようとする大宦官どもに、焦ってしまいました」

 星刻が頭を下げると、エトランジュは心配そうに尋ねた。

 「黎軍門大人、お身体の具合は最近よろしいと伺っておりますが、大丈夫ですか?」

 「ええ、エトランジュ様がご紹介して下さった薬師のお陰で、ずっと体調がいいです」
 
 星刻が感謝の意をこめて頭を下げると、紹介しただけですからとエトランジュは恐縮した。
 
 「ひと段落つきましたら、一度検査をして治療に専念なさるのもよろしいのでは?」

 「そうですね、反大宦官派の中でもっとも有力な武官は星刻だ。大宦官どもさえ消えれば、圧力をかけてくる連中もいなくなる。
 いくらよく効いても、薬じゃ対症療法に過ぎないよ」

 科挙組の言葉に太師も頷いた。

 「うむ、同感じゃ。じゃが、何はなくともまず大宦官とブリタニアをどうにかせねばの」

 「では、明日の夜に太師様の邸宅に・・・でよろしいですか?」

 エトランジュの問いに太師が頷くと、星刻が言った。

 「しかし、ゼロが来るとなるとブリタニアの動きが・・・周囲は大宦官の手の者に監視されているのですよ」

 「大丈夫です。アル従兄様がうまくフォローして連れてくるとのことですから」

 「そうですか・・・ですがくれぐれもご用心をお願いしたい」

 「はい、もちろんです。では、明日の夜に」

 こうして一同が散会すると、星刻は窓の外から見える朱禁城を見た。

 豪華な造りだが冷たい鳥籠に囚われている主君に、外の世界を見せると約束した。

 エトランジュが日本からやって来た時、日本の皆様に作って頂きましたと言って千羽鶴を天子に贈ってくれた。
 さらに私室に招き入れられた後、こっそりと日本の皇族の姫君からですと言って皇 神楽耶からの手紙を手渡していた。

 『聞いて星刻!私にもう一人お友達が出来たの!』
  
 あの時の天子の嬉しそうな顔は、ブリタニアの皇子達から受け取ったカラーダイヤモンドの装飾品を受け取った時のそれより、比べ物にならないほど輝いていた。

 (天子様を思うのなら、同じ政略ならエトランジュ様の従兄のアルフォンス殿の方が・・・ブリタニアはどう考えても中華の平和など考えていない)

 連中が望んでいるのは、明らかに自国の繁栄だけだ。
 他国を格下と位置づけ、誇りと尊厳を奪い支配する国など信用する方がおかしい。

 EUや他の反ブリタニア勢力を組んで戦の目となっているブリタニアのみを相手にする方が、平和を望む御心にも叶っているのではないだろうか。

 (太師様のおっしゃるとおり、考えても仕方ない。ともかくゼロを見てからだ。それから天子様に奏上しよう)

 天子はまだまだ世間知らずな分、外に出ていろんなことを見聞きしているエトランジュが信じているのならと考えている面がある。

 それはある意味仕方ないが、エトランジュも天子もまだまだ幼い。その分自分がしっかりゼロを見定めねばならない。
 エトランジュやアルフォンスは信用出来ても、EUが一枚岩ではない分EUと同盟を結ぶのも二の足を踏んでいるという事情もある。

 星刻はそう決意すると、自宅へ戻るべく太師の邸宅を辞したのだった。



 ブリタニア大使館では、オデュッセウスとシュナイゼルが向かい合って優雅に夕食をとりながら今後の展望を相談していた。

 「どうしたものかなあ、シュナイゼル・・・天子は僕に怯えるし、その一方でアルフォンス王子が彼女との間に信用を築き上げているんだけど」

 客観的に見れば天子の文通友達であるエトランジュの従兄であり、下に従弟妹が大勢いて年下の相手をし慣れているアルフォンスの方に分があるのは明白だ。
 オデュッセウスは長男で下には弟妹しかいないが異腹であり妃同士のいさかいもあって、彼らの面倒を見たことなどなかった。
 
 対してアルフォンスは従妹であるエトランジュを間に挟んで親密に接しており、エトランジュが特技を生かして周囲の中華連邦人とも友好関係を広めているため、なかなか侮れない相手になっている。
 どうにかして平和的に天子の緊張を解こうとしているオデュッセウスとしては、溜息をつきたくなる事態だった。

 「実はユフィに同行して貰って、天子との間に立って貰おうとしたんだけどね・・・行政特区に専念しなくてはいけないと断られてしまったんだよ」

 「なるほど、それは残念でしたね」

 凡庸な兄にしてはいいアイデアだった。確かに温厚なユーフェミアなら天子の警戒を解き彼らの間を取り持つには最適の人選といえるだろう。
 しかし今彼女は行政特区のほうに全力を注いでおり、中華に滞在する余裕など全くないはずである。

 姉妹なら他に五人いるが、次点のコーネリアは退院したばかりな上に黒の騎士団殲滅に躍起になっているし、長女のギネウィアは性格がきつ過ぎて向いていない。
 末のカリーヌは活発だが殺戮行為などに関して笑って話すなどブリタニア皇族らしい残酷さがあるので、外交観点から物事を話すということがまだ出来ていない。

 四女は政治に無関心で、学生寮に入ったきり一度も宮廷に戻っていない。

 こうして見ると穏健な形で話を進めたい場合、主な皇族の中でそれに向いた人材が少ないなとシュナイゼルは思った。国是からすれば当然のことなので、思っただけだが。

 「実はエトランジュ女王のほうに私から話してみようかと考えておりましてね。
 そこで兄上にお願いがあるのですが」

 「それは、話し合いが出来ればそれに越したことはないと思うけど、彼女は我が国が侵攻したマグヌスファミリアの亡命政府の女王だよ?」

 天子の前でブリタニアを罵ることこそしなかったが、自分の前で挨拶をした後自分に一切視線を向けて来なかったエトランジュを思い返して言うオデュッセウスに、シュナイゼルはいつもの笑みを浮かべてグラスを傾けた。

 「だからこそ話し合って理解を得たいのですよ兄上。
 彼女は今ゼロと組んでいるようですが、顔も明かさぬテロリストのすることですから、彼女をどう利用するか解りませんからね。
 その辺りのことも含めて、一度どうしても話をしておかなくてはなりません」

 「ゼロか・・・それは確かに危険だね」

 ある程度常識があるオデュッセウスは、エトランジュに対して多少の負い目があった。
 そのため彼の性格もあり、エトランジュが天子の前に来るとどうしても行動し辛いのである。

 遠くにいるならそうでもないが、近くにいるならそれなりに罪悪を感じるエトランジュのためになるならと、オデュッセウスは弟の頼みをあっさりと了承する。

 シュナイゼルはそんな兄を見ながら、脳裏で各地から集めたエトランジュに関する話や朱禁城での様子から、彼女の情報を整理した。
 
 エトランジュはEUでは捨て駒に近い扱いを受けており、ゼロの件に関してはやはりやらないよりはマシという腹積もりのようだった。

 だが彼女を通じて与えられたゼロの知略がそこかしこで使われているようで、EUに対する策がいくつか止められている上に最前線がエリア17として占領した国以降からいっこうに進められていなかった。

 そのためゼロは確保しておくべきとの考えが徐々に浸透しており、ゼロもEUの負担にならない程度の援助物資を要求しては受け取っているとの情報が手に入った。

 また、今回のオデュッセウスの婚儀についてはせっせと悪意ある報道をEU内でばら撒いており、中東でもエリア18にした国と親交の厚かった国などで同様の動きをするなど、他人の力をうまく使ってブリタニアに地味にチクチク攻撃を仕掛けていた。
 さらにEUに亡命したブリタニア人達を中心にしたレジスタンスを組織したとも言う。

 やっていることはそれなりの成果だが、人物像としてはみな殆ど“一般人として付き合うなら理想的だが、この戦乱の時代ではただの操り人形にしかならない女王”という評が返って来た。
 つまりは人柄だけで能力はないユーフェミアタイプの人物ということだろう。

 会議などでもきちんと話は聞くのだがいかんせん学校すらまともに出ていないせいでろくに理解が出来ず、解らないことをその都度聞いてきたことがあったという。
 父親から“解らないことはすぐに聞きなさい”と言われたからだそうで、本人に悪気はなく、その後注意をされたのか会議終了後にまとめて解らないことを文書でまとめて聞いてくるようになったのだそうだ。

 朱禁城にいる彼女の様子を遠目から見る限り、非常に礼儀正しく大宦官達でさえ傀儡だという認識もあるせいだろう、彼女に露骨に悪意を向けることはしなかった。
 せいぜい天子に余計な知恵をつけるなという程度の不満である。

 天子と席を並べて『一人でするより、何でもみんなでやった方が楽しいです』と笑いながら太師について勉強することもあった。

 (つまりは子供の思考をする人物・・・ということだろう。それも大人の理想とする優等生タイプだな。
 知識不足から深い思考が出来ない・・・とすれば、そこをうまく突けば会話を誘導し彼女を取り込める)

 エトランジュさえこちらに引き込めてしまえば、EUに亡命しレジスタンス組織を作った元ブリタニア貴族にそれをきっかけとして免罪してもいいと持ちかけて駒に出来るし、ゼロとの間に出来たEUとの縁も壊せる。

 また、天子もエトランジュがいるならと婚儀にそれなりに肯定的になる可能性もあるだろう。
 何気に人脈があり外交技術の高い彼女は、味方にすれば地味に役立つということに、シュナイゼルは気付いたのだ。

 何よりも、父であるシャルル皇帝が気にしていた遺跡・・・あそこにあった模様と同じ刺青が彼女の左手の甲にあったのを、シュナイゼルは偶然目撃していた。

 (確実にあれについて何か知っているな、あの一族は。
 彼女の信用を得れば、ポンティキュラス王家から何か聞き出せるかもしれない)

 家族を大事にする傾向の強い一族だ、その可能性は高い。

 そのための策を弄するために、父帝シャルルに要求した一件は是との返事を貰ってある。
 シュナイゼルはそう考えを巡らせると、ワイングラスを揺らすのだった。



[18683] 第二話  青の女王と白の皇子
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/13 11:51
  第二話  青の女王と白の皇子



 翌朝、太師宅から自宅に戻った星刻が起きて居間に出ると、そこにはゼロや黒の騎士団員を案内してきたルチアが自分のために薬を調合してくれていた。

 「おはようございます、ルチア殿」
 
 「おはようございます黎軍門大人。お薬が出来ておりましてよ」

 ルチアがそう言って薬を差し出すと、彼はそれを受け取って食事を始めた。

 「貴女が来て下さってからというもの、身体の様子がとてもいい。
 ブリタニア人に、こうも我が国の薬をうまく扱える方がいるとは想像していなかったな・・・感謝する」

 「・・・ランファーから受け継いだだけですわ。
 本来ならこの技術は、わたくしではなくエディ・・・エトランジュ様が受け継ぐはずでした」

 エトランジュの母ランファーは鍼灸師だが、漢方薬などを扱う資格も同時に持っていた。そしてその知識を、“他人の能力を他者に移すギアス”を持つエリザベスを介してルチアに渡したのである。

 「伺っている・・・エトランジュ様はもともと王位を継ぐはずではなく、あの方が継ぎたかったのは母君の職であると。
 いずれ我が国に留学したくて、そのために中華国語を学んでおられたとか」

 「ええ、一度わたくしに能力を渡して、それをあの子が成人した際に譲り渡して欲しいと頼まれたものですの」

 まさかまんま能力の譲渡だとは想像すらしていない星刻は、それを『ランファーが亡くなる前に鍼灸や漢方薬に関する知識をルチアに教え、それを成人したエトランジュに教えて欲しい』ということだと解釈した。
 
 「そうか・・・ご自分でお教えしたかっただろうから、ランファー様もさぞ心残りであったろうに」

 「・・・ええ」

 本来ならば十五歳になった今約束通り渡すはずが、自分が持っている方が何かと有利なはずだと言ってエトランジュの方が拒否してしまった。
 確かにその通りだが、他にも理由があると悟ったルチアが探りを入れて事情を知り、彼女が納得するまで預かっておくことにしたのだ。

 「それはそうと、エトランジュ様は今日も天子様と?」

 「あの方がおられると、天子様もずいぶんとご安心される。
 オデュッセウスやシュナイゼルからも引き離しておける、絶好の口実にもなるからな」

 初めこそはそんな直接的な物言いは避けていた星刻だが、当のエトランジュがあっさり自分を口実に使ってあの二人から天子様を引き離して下さいと言い切ったので、星刻も少し毒されてきたようだ。

 「それは結構ですこと。
 天子様の方はそれでよろしいでしょうけれど、肝心のオデュッセウスやシュナイゼルの動きを攫まなくてはいけないのではなくて?」

 「大使館のほうに網を張れないかとも思ったが、難しいな。その辺りを含めて、ゼロの意見も聞きたいものだ」

 「お伝えしておきましてよ。あら、もうこんな時間・・・・!
 はい、こちらが昼食のお薬で、夕食のお薬ですわ。あと発作用のお薬も新しく造りましたので、絶対手放さないで下さいませね」

 夫婦よろしくルチアが薬の入ったケースを星刻に手渡すと、彼はそれを腰に下げている袋に入れた。

 中華では独身の男の家に女性を入れることはマイナス評価になるため、実はルチアは表向きは星刻の婚約者として堂々と彼の家に住み込んでいる。
 一人女性がいると使用人やメイドを複数雇ってもおかしく思われないので、職がなく困っている者を雇い入れたりしてほんの少しでも人助けをしていた。
 そしてそんな彼女達も星刻に感謝し、街の様子の情報を仕入れたりこっそりと反大宦官達のグループと連絡を取ったりして貢献していた。
 こういう小ずるい策動に星刻はまるで思い至らない堅物なので、その方面でもルチアは彼をサポートしている。

 星刻はルチアにゼロとの会合についていくつか確認した後、朱禁城に出仕した。

 朱禁城に着いた星刻は、まず天子の住む宮に入って天子に膝をついて挨拶するのが日課である。

 「おはようございます天子様。ご機嫌麗しく、何よりにございます」

 「星刻!おはよう!」

 身なりを整えた天子が、女官から離れて彼の元に走り寄る。

 「太師父が今日もエディと一緒に授業をしてくれるんですって。
 休憩時間に折り紙を教えてくれるって言ってくれたから、とても楽しみなの!」

 「それはよろしゅうございましたね、天子様」

 「折り鶴を千羽折ると、願いが叶うっておまじないが日本ではあるそうなの。だから星刻も協力してくれる?」

 「もちろんですとも天子様。では私もやり方をエトランジュ女王陛下から教わるといたしましょう」

 「ありがとう星刻!」

 周囲に同学年の少女がいない天子は、生まれて初めて出来た友人が毎日のように朱禁城に来てくれるので非常に明るくなった。
 エトランジュも天子に向いた物語を語ったり遊びを教えてくれたりするので、ここのところ天子の住む宮からは楽しげな声が響いている。

 星刻が朝議に出る天子を朝廷まで送っていくと、大宦官達が出迎えた。

 「おはようございます天子様。本日もご機嫌麗しゅう」

 ほほほ、と気持ちの悪い笑みを浮かべる大宦官に、天子は先ほどまでの笑みが嘘のように消えた。

 「おはよう、(ジャオ) (ハオウ)

 「今宵はオデュッセウス殿下との会食を予定しております。
 あの方もいろいろと天子様にお気を使って下さっておいでなのですから、ご無礼のなきように」

 「そんなの、私は聞いていないわ」

 「政は我らにお任せを。いつもそうしてきたではありませぬか」

 天子の泣きそうな顔など無視して、強引に婚儀を進める意図が見えた星刻は思いきり連中の顔を殴り倒したい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて天子に言った。

 「天子様、朝議のお時間に遅れてしまいます。どうぞお急ぎを」

 「・・・ええ、解ったわ」

 天子が大宦官の横を通り過ぎて謁見の間に入っていくと、大宦官は星刻に向かって厭味ったらしく言った。

 「分をわきまえよ星刻。しょせんお前は武官、我らに逆らうなど考えるでないぞ?」

 「ブリタニアと縁を結べられれば、この中華連邦の未来も安泰というもの・・・ほほほほ」

 (お前達の未来が安泰の間違いだろうが・・・!この豚どもがっ・・・・!)

 「・・・だとよろしいのですが。では、私は仕事がありますので、失礼します」

 手をぎりぎりと音が鳴るほど握りしめて屈辱に耐えながら、星刻は軍務の前に気晴らしするべく、鍛錬場へと向かい複数の訓練用の案山子を真っ二つにしたのだった。



 天子にとってはただ玉座に座っているだけの朝議が終わると、彼女は宮に戻り太師について勉強をしていた。
 午前の授業は教養の時間で、行儀作法や詩などを学ぶものだったのでエトランジュも参加出来る。

 「はい、結構ですお二方。やはりご学友がおられますと違いますなあ」

 一人で授業をするのとは段違いの進み具合に、太師は満足そうに教本を閉じた。
 比較対象や自分とは違う思考をする人間が傍にいることで、新たな発見をする。学びには友人が隣にいるべきなのだと、太師はつくづく実感した。

 「お疲れ様でした。さあさあ、昼食を摂られた後は算術と経済についてお話しましょう。
 昼食が出来るまで、まだしばらくかかるようです。あずま屋でお待ち頂くというのはいかがですかな、天子様」

 太師の提案に天子は頷き、エトランジュの手を引っ張ってあずま屋まで連れて行く。

 「こっちよ、エディ。あそこの池には、お魚がいるの!」

 「あら、それは楽しみです」

 二人があずま屋の池の近くに並んで立つと、池の上に蓮の花が浮かんでいるのが見えた。そしてその間を、魚がすいすいと泳いでいる。

 「蓮葉 何ぞ田田たる 魚は戯る 蓮葉の間に 魚は戯る 蓮葉の東に・・・」

 先ほど習った詩を見事な発音で歌いだしたエトランジュに、天子も笑顔で唱和する。

 女官達もそんな微笑ましい様子をそっと見守っていると、いきなり現れた人影に声を上げた。

 「な、何者です?!ご来客など聞いておりませんよ、お下がりなさい!」

 女官の金切り声にエトランジュと天子が歌を止めて振り向くと、そこにいた人物を見て息を呑んだ。

 「これは失礼を・・・実は大宦官の趙 皓殿にご案内して頂きまして」

 柔和な笑みを浮かべて驚き慌てる女官の頬を染めたのは、淡い金髪の青年・・・シュナイゼル・エル・ブリタニアだった。

 いきなりの登場に驚いたエトランジュは、慌ててルルーシュの間にリンクを開く。

 《ルルーシュ様、ルルーシュ様!シュナイゼルが天子様のところに現れました。
 どうすればよろしいでしょうか?》

 《何?!天子様に甘言を吹き込むつもりか・・・いや、もしかしたら貴女にもということも考えられます》

 相手の出方をまず見て欲しいとルルーシュが指示を出すと、エトランジュは天子を抱き寄せて天子の耳元で中華語で囁いた。

 「天子様、落ち着いて下さいな。まずはシュナイゼルの用件を聞いてみましょう」

 「解ったわ。でも、怖い・・・!」

 ぎゅっとエトランジュにしがみつく天子の手を撫でながら、エトランジュはシュナイゼルを案内してきた大宦官・趙 皓に尋ねた。

 「あの、趙太監。天子様に急なご用事でもお出来になったのでしょうか?」

 太監とは宦官に対する呼称のことだ。
 趙 皓はほほと笑みを浮かべると少し遅れてやってきたオデュッセウスに視線を向けながら言った。

 「実は予定を変更して、お昼の会食をということになりまして・・・」

 「そうですか。天子様とご一緒したかったのですが、残念です」

 真に残念なのは自分にそれを掣肘出来る力がないことなのだが、予想に反して趙 皓が言った。

 「いえいえ、是非にエトランジュ陛下もご一緒にとオデュッセウス殿下とシュナイゼル殿下のおおせです。
 貴女様もお席へご案内させて頂きますぞ」

 意外な展開にエトランジュは驚いたが、シュナイゼルは笑みを浮かべてエトランジュに言った。

 「初めまして、エトランジュ女王陛下。シュナイゼル・エル・ブリタニアです。
 先約がおありだと伺いましたので、私達の都合で天子様にキャンセルして頂くのも勝手だと思いましたので、ならばご一緒にと考えた次第です。
 貴女も我々にいろいろと思うところがおありでしょうが、これを機にお話しをしたいのですよ。応じて頂ければ幸いです」

 にこやかに耳触りのよい台詞を並べ立てるシュナイゼルに、エトランジュは思い切り眉をひそめた。

 「せっかくの可愛らしいお顔がだいなしですよ、エトランジュ女王陛下。
 天子様も怯えてしまわれます、どうか先ほどのように素晴しい笑顔を浮かべて私に見せて頂けませんか?」

 「・・・・」

 褒め言葉をこれほど気持ちが悪いと感じたのは生まれて初めてだと、エトランジュは思った。

 確かに天子が怯えてしまうと思ったので笑顔を浮かべようとしたが、天子が袖を引っ張って顔を横に振った。
 無理をしなくていいという意味だろう。天子もエトランジュがシュナイゼルに嫌悪を感じた理由がすぐに解ったので、当然の反応だと思ったのである。
 
 《・・・天子様の顔を潰したくはありませんので、会食に応じるしかありません。
 どうかこのままお話を聞いて頂きたいのですが》

 《当然です。うかつにあの男と話さないようにして下さい。
 シュナイゼルは会話を誘導するのが得意な男ですからね》

 《解りました》
 
 「承知いたしました。では、参りましょうか天子様」

 ギアスでルルーシュと会話をすると、世界に散らばる一族達との間にもリンクを開きながら天子と手を繋いでエトランジュは歩き出した。

 《ブリタニア帝国宰相シュナイゼルと会食に臨みます。どのような対応をすればいいか、教えて下さいね》

 《ついさっき、こっちも連絡来たところ。あの野郎、僕を副官に足止めさせるつもりらしいね。
 隣室で聞いてるから、何かあったらすぐジーク将軍と駆け込むから安心して》

 アルフォンスが科挙組と話していると、先ほどエトランジュと天子がオデュッセウスとシュナイゼルと会食することになったと一方的に知らされ、その間隣室で私とお食事しませんかとしゃあしゃあと誘ってきたカノンを睨みつけていたところだった。

 《大丈夫、心配しないで。エディには僕らがついてるんだから》

 《はい、アル従兄様。では、行って参ります》

 震えながらも気丈に会食場へと向かうエトランジュに、一族達もエールを送る。

 《お前ならブチ切れて怒鳴るなどということはないから安心だ。
 話を聞いて対応は私達が考えるからな。無理はするな》

 《頑張って!怖がらなくていいからね!》

 一族達の声援に落ち着きを取り戻したエトランジュが会場に入ると、既に数人の女官が控えて食卓の準備が整っていた。

 「あったかい料理・・・」

 普段は毒殺防止のために冷えたテーブルを囲むのが常の天子の声に、エトランジュが囁いた。

 「よかったですね、天子様。そうだ、今度は私が温かいお料理を作ってさしあげましょうか?」

 「エディはお料理もするの?すごいわ!」

 キラキラと目を輝かせる天子に、エトランジュも笑みを浮かべる。

 「ええ、お母様から中華の料理も習ったことがあるので・・・餃子とか、肉まんじゅうとか・・・杏仁豆腐は冷たいけれど甘くて好きです」
 
 ブリタニア陣営を無視して楽しげに中華語で交わされる会話に、大宦官がごほんと咳払いをして止めた。

 「さあ天子様、他の皆様もお待ちですよ。お席をお勧めして差し上げなくては」

 「あ、はい・・・皆さま、どうぞお座り下さいな」
 
 天子の言葉にレディーファーストでとエトランジュが先に席につき、オデュッセウスとシュナイゼルが着席する。
 そして天子が最後に座ると、会食が始まった。

 《さすがにこのような場で毒など仕込まないでしょう。その点は安心してもいいと思います》

 ルルーシュの言葉に皆が同意すると、エトランジュもナイフとフォークを手に取った。

 高級そうな肉に切れ目を入れ、キャビアやトリュフなどの高級食材を見ると今城外にいる人達がこの一口だけにかかる値段で一食分は賄えるだろうと思うと、エトランジュは罪悪感すら覚えた。

 (そう言う問題ではないことも解っているのですが、なんだか・・・)

 (エトランジュは人としてまともな感性の持ち主だからな。
 目の前にいる連中は、そんなことすら頭に入っていない)

 物の値段はもちろんのこと、外の様子すら知らない天子は仕方ないが、餓死者すら出ていることを知りながら平然と血税で高価な食事をしている大宦官やブリタニア皇族のほうがおかしいのだ。

 エトランジュの心の声を聞き取ったルルーシュがそう思いながら会話に耳を傾けていると、エトランジュと天子には加わる気すら起こらない会話が繰り広げられていた。

 「我がブリタニアと中華との間で深い縁が結ばれれば、両国には平和が訪れます」

 「そうですともオデュッセウス殿下。平和が何よりですからなあ・・・ほほほほ」

 自分達だけが平和でありさえすればいいとばかりの会話に、せっかくの温かな料理もおいしく感じない天子がエトランジュに視線を送ると、エトランジュは小さく首を横に振って無視するように言い聞かせる。

 会食が終わりテーブルにジャスミンティーが運ばれて来ると、シュナイゼルがにこやかな笑みでさっさと席を辞そうと立ち上がりかけたエトランジュをさりげなく呼びとめた。

 「そうお急ぎにならず、もうしばらくお時間を頂けませんか、エトランジュ女王陛下。
 実は私は貴女に、大事なお話があるのです。聞いては頂けませんか?」

 「大事な、話ですか?」

 あからさまに警戒の目を向けてくるエトランジュに、シュナイゼルは悲しげな表情を浮かべて頷いた。

 「二年半前、我がブリタニアが誤解により貴国に攻め込んだことを、さぞお恨みのことと思います」

 「・・・誤解?」

 これは誤解などではなく明確な意図で自国に攻め込んだことをよく知っているエトランジュの呆れを含んだ声だったのだが、エトランジュは何も知らされていないと読んでいたシュナイゼルはそれに気づかなかった。
 
 「・・・どのような誤解だとおっしゃるのでしょう?」

 「貴国が税金を取っていないのは通貨がなかったこと、王族にしか口座を持てないことを知らず、租税回避地として富を流しこんでいると判断したことです」

 「・・・あの、百条もない法律書を読むことすらせず我がマグヌスファミリアに攻め入ったと、そういうことでしょうか?」

 エトランジュが引きつった顔でそう尋ね返すと、シュナイゼルは内心でそれくらいの応答は出来るのかと少し感心した。

 「誠に申し訳ないことに、部下達が植民地を増やすために故意に報告を上げてこなかったようなのです。
 私達も多忙の身なので部下を信用していたのですが、まさか通貨がない国があり王族しか口座が持てないなどという法律があるとは考えもしておりませんでしたので」

 確かにそんな国は世界広しといえどマグヌスファミリアだけだろう。
 だからといってTVできちんとそんな法律があると報道していたのにそれを綺麗に無視したのはどこの誰だと、マグヌスファミリアの一同は憤る。

 「テレビの弁明も見苦しい言い訳だと、担当のコーネリア総督が報告して参りましたもので・・・」

 《それが見苦しい言い訳だっての!気づけよこの野郎》

 アルフォンスがカノンとの会話を適当に聞き流しながら、不機嫌そうに肉にフォークを突き刺した。

 「・・・そうですか。でもマグヌスファミリアは未だブリタニアに占領されたままですが」

 なるべく無表情になりながらエトランジュが言うと、シュナイゼルはその言葉を待っていたとばかりに笑顔で宣言した。

 「ええ、ですから貴女に内密にですがマグヌスファミリア国土をお返ししたいと思い、こうしてお話をさせて頂いている所存です。
 EUを通じるのが筋でしょうが、残念ながら一部の加盟国と交戦中なので難しく・・・ゆえに中立の中華でならお話しさせて頂けると考えたのですよ」

 《しまった!その手があったか》

 ルルーシュはシュナイゼルの意図にすぐさま気付いて、座っていたベッドから立ち上がる。

 マグヌスファミリア国土を返還すれば、エトランジュ達は反ブリタニア活動を行う理由がない。
 そうなればポンティキュラス一族が組織し援助してきた各国のレジスタンスの連携は崩れ、ゼロとの間にあるEUとの縁も切れてなくなってしまう。
 他のレジスタンスはともかく、ゼロとEUとの繋がりは断ち切っておかねばならないと考えても不思議ではない。

 また、彼が研究してきた遺跡の中で彼女達が何らかの関係があると気づいたことも考えられた。

 (マグヌスファミリアの遺跡は水没しているから、ブリタニアにとって既に利用価値のない国だ・・・くそ、やられた・・・!》

 常々祖国を取り戻して平和に暮らすのが夢だと言っていた彼女達が、この申し出を断る可能性は低いと考えたルルーシュだが、意外にもエトランジュを含んだポンティキュラス一族は静かである。

 《ルルーシュ様、この申し出を受け入れたら皆様困りますよね?》

 《え、ええ、それはもちろんですが・・・しかし、貴方がたは祖国を取り戻したいとおっしゃっていたではありませんか》

 《今更こんな申し出をするのは裏があることくらい、私にだって解ります。
 ただ意図が読めないので、ゼロのお考えを聞かせて頂けませんか?》

 エトランジュもバカではない、二年以上も経って法律書を読んでこちらの誤解でしたなどと言うのは何か裏があると考えるのは、至って当然のことである。

 ルルーシュがシュナイゼルの意図を話すと、アインやアーバインなど政治的知識のある者もそのとおりだと同調した。

 《EUとの間にいさかいの種として撒くことも出来るだろうな。おまけに各国のレジスタンスの連絡役は、現在のところ私達だけだし》

 《つまり、私達を利用して反ブリタニア同盟を壊そうとしているということですか?》

 《そのとおりですが・・・》

 それでも戦争をしなくてすむのではとルルーシュが言おうとした刹那、エトランジュが言った。

 《では断りましょう、こんな申し出。せっかくこれまで私達に協力して下さった方々に、大変失礼なお話です》

 《よし、よく言ったエディ!そうなったらブリタニア以外に友好国がなくなる。
 そうなればマグヌスファミリアは実質はブリタニアの属国だ、大して変わらん》

 《その程度の陰謀に気づかない私達じゃありませんよ、ゼロ。ただ、どうやって断るかが問題ですが》

 アインとエリザベスの他にも、一族総出の却下案にルルーシュは驚いた。

 常々戦争は嫌だ、早く終わらせたいと言っているエトランジュが断ろうと言い出したことにも意外だが、満場一致で断れとなるとは思わなかったのだ。

 《こんな裏事情を知ったらそりゃ断われってなるよゼロ。いいからとっととうまく断る策考えてよ!そっちだって困るんだろ》

 アルフォンスの言は最もだったので、ルルーシュはすぐにエトランジュに策を授けた。

 「せっかくのお話ですが、お断りさせて頂きます」

 「即答ですね。後見人の方々に諮らなくてもよろしいのですか?」

 まさかこの場でいきなり断られるとは想像していなかったシュナイゼルが内心で驚きながら尋ねると、エトランジュはそうですと肯定する。

 「聞かずとも答えは解っておりますので、時間の無駄です。
 今私達がその約定に応じれば、せっかく築きあげた各国の信頼を失ってしまいますので」

 「それはそうかもしれませんが、我がブリタニアも十分な補償や今後のよきお付き合いをさせて頂く所存です。
 マグヌスファミリア、中華連邦、ブリタニアと長く平和にお暮らしになるつもりはありませんか?」

 「無理です。ブリタニアを信じる理由がございませんから」

 穏やかにそう言い聞かせるシュナイゼルに、エトランジュが誰もが納得する理由を告げた。

 「貴方がたは私達の家族を93人も殺したのですよ。誤解でしたで済む範疇ではありません」

 「家族?王族の方々はほとんどが亡命なさったと伺ったのですが」

 「我がマグヌスファミリアには、国民という単語はありません。
 家族と呼び習わしていて、他国で言う家族は直系と呼んでいるのです」

 マグヌスファミリアの国民達は、互いを家族と呼ぶ。そして直系とはその本人から父・母以上の祖先を、さらに兄弟、伯父や伯母、従兄妹までを直系と区別している。
 つまり王族とは、国王の直系を指しているのだ。

 (そういえばコーネリアを襲撃した時も、93人の家族を奪われたと言っていたな。
 あれはそう言う意味だったのか)

 シュナイゼルはエトランジュ達がコーネリアを襲撃した時の記録を思い返すと、さらに甘言を囁いた。

 「そうですか、それは素晴らしい習慣ですね。
 もちろん亡くなられた方のご遺族に対する補償もいたしますし、今後一切マグヌスファミリアに攻撃しないと帝国宰相である私が約束いたします」

 「・・・・貴方がですか?ブリタニアがではなく?」

 「・・・!」

  う、シュナイゼルが“私は攻撃しない”と言ったところでそれは彼自身の口約束だ。
 いくら彼が帝国宰相の地位にあっても、それは皇帝の命令でたやすく覆されてしまうものであることを見抜かれて、シュナイゼルは意外に耳敏いとエトランジュに対する認識を改めた。

 《ふん、やはりな。やつの考えそうなことだ》

 もちろんこれはルルーシュの入れ知恵である。
 現在のエトランジュはまさにルルーシュの腹話術の人形であり、説明は後でするので今は自分の言うとおりに話して欲しいと言われ、忠実に実行に移していた。

 「こういうことを中立国である中華連邦で申し上げたくはないのですが、お許し頂けますか、天子様?」

 後で政治に巻き込まれたと言われないためにもそう前置いたエトランジュに、天子は頷いて了承する。

 「構いません。ここでお話しすることになっているのですから・・・そうでしょう?」

 後ろにいた大宦官に確認するとお膳立てをした手前否とは言えない彼らは、仕方なく頷いた。

 「現在、私達は反ブリタニア活動をしています。他にもそんな方々と一緒に活動しているので、私達だけが利益を得るわけにはいきません。
 それはマグヌスファミリアの信用を失うことになります」

 「それは、ゼロのことですね?」

 シュナイゼルが確認すると、エトランジュに的を絞ったのは神根島で自分と共に落ちてきた彼女を見たからかとルルーシュは納得した。

 ゼロの単語を聞いて大宦官がざわめき出したが、既に一緒に行動しているところを見られている以上否定は出来ない。

 「そうです。あの方にはずいぶんとお世話になっておりますので」

 「顔も明かさぬテロリストを、随分と信頼なさっておいでですね。
 彼は無位無官の身だ、貴女を利用しようとしているとはお考えにならないのですか?
 恐ろしいことにまだ十五歳の貴女を、平然と戦場に立たせた男ですよ」
 
 ゼロに対する不信感を植え付けようとするシュナイゼルだが、エトランジュはその台詞にあからさまに不愉快な顔になった。

 《自分はいいとでも考えているように聞こえるのですが・・・》

 エトランジュにしては毒を含んだ台詞に、ルルーシュが自分は何をしてもいいというのがブリタニア皇族ですからと答えると非常に納得した。

 「ゼロにはゼロの思惑があることは知っていますし、私達には私達の思惑がありますので特に気にしていません」

 そもそも互いにないものを補い合おうという形で組まれた同盟である。
 悪い言い方をすれば互いに利用しているのだから今更だ。

 「過去の遺恨があるのは解りますが、どうか私達を信用して頂けませんか?
 補償や貴方がたを必ずお守りするとブリタニアの名を持って約束いたしましょう」

 はっきりとブリタニア帝国の名前で再度申し出るシュナイゼルに、エトランジュはこの人は駄目だと思った。
 何故信用出来ないのか、まったく解っていないのが不思議でならない。

 ルルーシュにどうして信用しないのか説明してもいいかと尋ねると、はっきりと言ってやって下さいと了承されてエトランジュは言った。

 「どうして私がブリタニアを信用しないのか、はっきりと申し上げましょう。
 私はこれまでブリタニアの植民地を回って参りました。
 その中でブリタニア人ではないという理由で酷い扱いをしている方々を大勢見て参りました。
 貴方のご家族を酷い目に合わせて平然としている人達がいたとしたら、貴方はその人達を信用出来ますか?」

 当然と言えば当然である。誰が自国民以外は劣等人種であると公言している皇帝が支配する国を信用するのだろう。
 自分達の身の安全さえ図れればいいという大宦官のような者ならともかく、普通の人間はまず信用などする気すら起こらない。
 そしてエトランジュは至極まともな判断のもと、ブリタニアを信用する気がなかったのである。

 「それに、ゼロは私達の仲間であることをご存じの上で貴方はゼロに利用されていると思わないのですかなどとおっしゃいましたね。
 貴方はご自分の仲間を悪く言われたら、愉快な気分になりますか?」

 シュナイゼルはあまりに単純な言葉を投げかけられて、かえって反応に困った。
 是と言えば己の感性を疑われて信用を失い、否と答えてもだったら私が怒っている理由がお解りですねと返るだろう。

 「悪口を言ったつもりはなかったのです。ただ、貴女が心配になっただけですよ。
 その若さで危険な仕事をしているとは気の毒だと・・・」

 「そうですか。ではその原因はどこにおありだとお考えですか?」

 「・・・これは手厳しい」
 
 元はと言えば世界中で侵略戦争をしているブリタニアのせいである。
 そして彼女の国を滅ぼし、国土から追いやるよう命令したのは目の前の男の父親で、それを忠実に実行に移して幾多の家族の命を奪ったのは彼の異母妹なのだ。

 ユーフェミアですら、エトランジュは実のところさほど信用していない。性格的には一度会った際にブリタニア皇族にしてはまともな人だとは思ったが、それだけである。
 もしルルーシュが彼女に策を与えたと知っていなければ、また一度も会わずにいたならば特区ですらナンバーズに対して裏があるという目で見ていたであろう。

 今回、誘導の定石としては間違っていなかった。
 エトランジュを一人だけ連れ出して事実上軟禁し、相手をおだて上げて周囲を貶め、自分は味方だとアピールして相手が望んでいるものを目の前に吊り下げる。

 これまでのエトランジュから考えるに、常に他人の言葉で動いている彼女がこの場で返答しない可能性が最も高いとシュナイゼルは読んでいた。
 是という返事が返ってくればよし、『私としてはいい話だと思いますが、いったんは周囲に諮ってみます』という返答を取り付けた後、彼女の後見人達に会ってさらにこの案を承諾させることになるだろうと考えていた。
 
 だが予想に反して今この場で否の返事を返してきたことに、顔にこそ出さなかったがシュナイゼルは本当に驚いていた。
 形式上は彼女が王であり、成人した今決定権を持っているのだ。ゆえにその言葉はすでに決定事項として受け取らなくてはならない。
 もしその意見を無視すればマグヌスファミリアを軽んじていると取られ、今後の交渉が難しくなる。

 シュナイゼルが考えを巡らせていると、エトランジュが言った。

 「ブリタニア皇族の方は、ご質問に答えては下さらないのですね。
 先ほど私は貴方に三つの質問をしましたが、貴方は一つも答えて下さらなかった」

 『自分の家族を酷い目に合わせて平然としている人達がいたらその人達を信用出来るのか、自分の仲間を悪く言われたら愉快な気分になるのか、自分が危険な仕事をしている原因は何だと思うか』という質問に対し、シュナイゼルはその話題を変えるばかりで明確な答えを返していない。
 
 「ご自分のことですのに、どうしてお答え頂けないのでしょうか?
 貴方にだってご自分のお考えや思いがあるからこそ宰相の地位になり、大変なお仕事をなさっておられるのでしょう?
 理解をして欲しいとおっしゃるのなら、どうか貴方の答えを聞かせて頂けませんか」

 いきなりな言葉にシュナイゼルが虚を突かれたような顔になったが、すぐに元の何を考えているか解らない笑みを浮かべる。

 理由はその質問はどう答えようともブリタニアの不利になることだったため、意図的に答えなかったのである。
 ただエトランジュにはそんな意図は全くなく、単純に疑問に思ったから尋ねたに過ぎなかった。

 シュナイゼルは生まれてから今日に至るまで皇族として暮らし、常に上に立つ者として生きてきた。
 彼は自分と異なる意見の持ち主でも、その卓越した頭脳と弁舌で己の思い通りに事を運んできていたが、その中で“一般階級の人間”は一人もいなかった。
 それは幾多の一般の人間を動かすよりも一人の権力者を動かす方が効率的だったからで、当然その相手は地位を持ちそれなりに能力のある人物が大半である。
 
 よく一般の人々がどうしてあんな判断をするのかと権力者の行動を疑問に思うことがあるが、シュナイゼルはそんな彼らの感覚を理解し、また地位を持っているが故の自尊心をうまく突いて会話を誘導し、思い通りにしてきたのだ。
 
 しかし、今目の前にいるエトランジュは王族という身分に生まれたが育ちとしては一般人のそれと大差はない。
 生まれてすぐに従兄姉達と遊び、数年後には従弟妹達の面倒を見、両親から教育を受けて学校で勉強をして農作業などの手伝いをして過ごしていた。
 時折外国からの観光客がエトランジュが王女だと知り仰天するほど、実に一般市民と変わらない生活をして来たのである。
 事実現在でも、黒の騎士団の後援基地をエトランジュがたまに訪れているが、彼女のことは実によく働く外国のお嬢さんという認識が一般的で、よもや小国といえど女王だなどと思ってすらいないだろう。

 そしてエトランジュ自身そんな自分の評価をよく知っているため、自分の判断で動くということをしない。
 地位に酔い自分の力を過信しがちになる人間が多い中である意味一番の賢者といえるかもしれないが、それでも彼女は上に立つ者としての能力はさほど持っていなかったのは事実である。

 シュナイゼルの誤算はギアスは仕方ないにしても、エトランジュが変にプライドを持たない人間だと洞察出来なかったことと、敵とみなした人間の言葉を鵜呑みにするわけがないという一般人の感覚を理解していなかったことだろう。

 エトランジュはさして深い知識と能力を持たなかったからこそシュナイゼルを敵としてしか見ることが出来ず、ゆえにその言葉をまったく信じなかった。
 さらにオブラートに包んであるとはいえ仲間の悪口を言われ、何十人もの死者が出た事件を誤解で片付けられ、自分が無関係だと言わんばかりに己が今危険な仕事をしているのが気の毒だと言うのである。
 これで怒らない方がどうかしている。

 《・・・何も言ってくれませんね。私は今、馬鹿にされているのでしょうか?》

 《うん、思いっきりされてるよ。これは怒っていい部類になるね・・・っていうかむしろキレろ》
 
 アルフォンスがどうにかしてこの男を殺せないものかと本気で思案しながらの台詞に、けしかけるな、気持ちは解るけどと一族達が呆れ怒りだす。

 《あとでこの男にはエトランジュ様を侮辱した代価を支払って頂くとしましょう。
 アイン宰相閣下はこの件をすぐにEUに報告し、断った旨をお知らせして頂きたい》
 
 《了解した。まったくふざけた物言いだ。私達を馬鹿にするにもほどがある》

 内密に返還するということは、表向きは適当な理屈で返還することになるとはいえ、たとえ補償するといったところでそれが少ないものであっても公然と抗議が出来なくなる。

 どう考えてもマグヌスファミリアに不利な取引を持ちかけられて、よりによって祖国を道具に使われたマグヌスファミリアの一同は怒り狂った。
 
 《エディ、そんな奴の話など真面目に聞く必要はないぞ。適当に切り上げてしまいなさい》

 《はい、アイン伯父様》

 まさか現在進行形でゼロと相対しているも同然な上にこのやり取りが彼女の一族全てに見聞きされているとは知らないシュナイゼルは、エトランジュの問いには答えず大げさに溜息をつきながら言った。

 「貴女とはよいお付き合いが出来ると思っていたのですがご理解頂けず、残念です」
 
 「ここは中立国とはいえ、一歩外を出れば私と貴方は敵国同士なのです。
 そんな貴方の言葉を信じるわけにはいかないのは当然だと思います・・・あっさり鵜呑みにして仲間を裏切るような行為をする人間がいるとでもお思いですか?」

 同時刻、特区日本でそれぞれ仕事に励む黒の騎士団幹部達と日本海を進む潜水艦の中では、奇跡の二つ名を持つ男とその腹心の女性が同時にクシャミをしていた。

 エトランジュの怒りを滲ませた声に、そんな彼女を見るのが初めての天子は驚いた。だが同時に彼女の言い分の方が解りやすいが故に理解していたため、無理もないとも思う。

 「私は臣下がいなくても生きていける自信はございますが、仲間がいなくなって生きていける自信はありません。
 友達は大事にしなさいと、お母様が教えて下さいました。それに付き合う相手はよく選べと、お父様が常々おっしゃっていたことですから」

 痛烈な皮肉を返したエトランジュは、大宦官達に向かって言った。

 「失礼ながら、これ以上は誰の益にもならないお時間になると思います。
 これ以上はお互いのためも私は席を辞した方がよろしいかと思うのですが、構わないでしょうか?」

 既に答えが出た以上、確かに無駄である。

 「そうですね、お引き留めして申し訳ありません。
 今日のお話はなかったことにしておきましょう・・・お互いのために」

 彼女があるがままをレジスタンスや一族、何よりゼロに話せば、仲間のために祖国に戻れるチャンスを自ら破棄したとして、エトランジュの価値を高めるために宣伝するのは明白だったがゆえの口止めだったが、手遅れである。
 既にアインがEU本部に報告すべく車を走らせており、各地に散った一族がルルーシュの策を受けて効果的に宣伝すべく動いているのだから。
 
 (それにしても・・・まさかこんな事態になるとは)

 シュナイゼルの策動は巧妙だったが、それを打ち破ったのはエトランジュのギアスの力もあったが何よりもエトランジュの行動だった。

 虚を突かれたようなシュナイゼルの表情を見たのは、ルルーシュも初めてだった。
 いつも澄まして思い通りにして来た圧倒的頭脳の持ち主の次兄が、まさか彼の足元にも及ばぬエトランジュに一撃を与えられるなど、想像すらしていなかった。

 エトランジュが深々と一同に頭を下げて応接食堂を出ると、そこにはカノンと不味い食卓を囲んでいたアルフォンスが出迎えた。

 「お疲れ様、エディ」

 「アル従兄様・・・そちらの男性は?」

 疲れた顔で食堂から出て来た従妹を抱き締めたアルフォンスは、造り物の笑顔でカノンを紹介した。

 「ああ、シュナイゼル宰相閣下の副官で、カノン・マルディーニ伯爵だそうだよ」

 「そうですか。私はエトランジュと申します」

 儀礼的によろしくとすら言えないほど消耗したエトランジュに、アルフォンスは出てきた大宦官に言った。

 「ちょっとエディの調子がよくないようなので、今日は失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 「それはよくないですな。天子様にはわたくしからお話ししておきましょう」

 「それでは、失礼させて頂きます」

 ジークフリードが自分達と会ったことで緊張の糸が切れたエトランジュを抱き抱えると、三人で部屋を出て行った。

 
 
 一方、天子も体調不良を訴えて報告を聞いて飛んできた星刻に連れて行かれ、応接食堂で残されたオデュッセウスは初めて交渉に失敗した異母弟にどう声をかけたらいいものかと悩んでいた。

 「あ~、シュナイゼル。彼女はまだ子供なんだ、難しい話が理解出来なかったのは仕方ないよ」

 「確かにそうでしょうね。理解出来たはずはないのに、彼女はこちらの意図を読んだ」

 シュナイゼルは自分が裏でマグヌスファミリアが築いてきたレジスタンス同盟を壊す意図があると彼女が悟っていたことに、その言動から気付いた。
 綺麗に押し隠しきれなかったのが彼女の未熟さを示しているが、その割にあっさり気付いたことがどうしても腑に落ちない。
 
 「ゼロが先にこの策を読んで、エトランジュ女王にすぐに否と言えと指示していた可能性が高いですが・・・その割には私がマグヌスファミリアの国土返還を申し出た時本気で驚いていましたし」

 (どうもちぐはぐだな彼女の態度は・・・聡明かと思えば外交に不向きな直接的な問いを投げかけて来る)

 一般人としては当たり前のやり取りなのかもしれないが、この場で相手を追い詰め過ぎる質問をするのはよい手段とは言えない。
 経験不足が滲み出ているのに、自分の策を看破したかのように即座に否の答えを返して来た。
 
 それにもう一つ、シュナイゼルの興味を引いた出来事があったのだ。

 (初めてだな、“自分だったらどう思うか”と聞かれたのは・・・)

 シュナイゼルは大貴族の母を持ち、また幼い時から発揮されたその才覚から次期皇帝になることを望まれ、またそうなると信じて期待されて育った。
 政治的な話ならともかく、身近なところで自分が何を思い、望み、選んでいるかなど尋ねられたことなどなく、彼にとってはそれが既に日常(とうぜん)のことであったがために、それが異常だとは考えたこともなかったのだ。

 「陛下からも彼女を取り込むことを望まれているし、機を見て交渉を再開します」

 『ご自分のことですのに、どうしてお答え頂けないのでしょうか?
 貴方にだってご自分のお考えや思いがあるからこそ宰相の地位について、大変なお仕事をなさっておられるのでしょう?』

 そうだねと軽く笑って応じる異母兄のよりも深く、先ほどのエトランジュの声がシュナイゼルの脳裏に響き渡った。



 自室に戻った天子は、星刻にしがみ付きながら太師に先ほどの出来事を語ると、二人は予想外の取引内容はもちろんのこと、それをあっさり断ったというエトランジュに驚いた。

 「それはまた・・・思い切ったことをなさったものですなエトランジュ様も」

 「そうなの?私にはよく解らないわ。でも、私ブリタニアの人は怖いって思ったの」

 感心したような太師の言葉に天子が怯えた声で応じると、星刻が尋ねた。

 「どうして怖いとお思いになったのですか、天子様?」
 
 「だって、あのシュナイゼルって人・・・エディを前にして笑ってた」

 外交なのだから当然なのではと星刻は思ったが、天子はそういうことじゃないと首を横に振る。

 「エディのお父様が行方不明になって、家族がたくさん亡くなって大変なのはブリタニアのせいなのに、どうして笑って話しかけて来たんだろうって思ったら、怖くなったの。
 オデュッセウス殿下は初めてエディに会った時、気まずそうにしてらしたのに・・・」

 「なるほど」

 シュナイゼルは当時は無位無官だったユーフェミアとは異なって帝国宰相として当然、マグヌスファミリアへの侵略に対して大小ならず責任がある。
 それなのに彼は笑顔で話しかけて来たのだ。エトランジュはさぞかし不愉快だっただろうと天子ですら理解出来たのに、シュナイゼルは平然と会話をした挙句自分の提案が受け入れられないとご理解頂けなくて残念ですと言ったのだ。

 「ブリタニアにも事情があるのかもしれないけど、あれは何だか違う気がするの・・・それが何なのか、うまく言えないけれど」

 「いいえ、それは間違っておりませんとも天子様」

 太師の言葉に天子が自分がおかしいのではないと知りほっと安堵の息を吐く。

 その様子を見て、やはりブリタニアとの婚儀は壊すべきだとの認識を新たにした星刻は太師と目配せをし、天子の髪を撫でて落ち着かせる。

 「天子様、どうか正直にお答え下さい。
 ブリタニアとの婚儀をどうお思いですか?」

 「・・・私、ブリタニアになんて行きたくない。あの人達は、怖いもの」

 「かしこまりました、天子様。そのお言葉で、一切の迷いが断ち切れました・・・感謝いたします」

 星刻が床に膝をつくと、太師も同じようにして両手を組んで臣下の礼を取る。

 「ご安心下さいませ天子様。必ずや我らが貴女様の御意に叶うようにしてご覧にいれましょう」

 「でも、そんなことをしたらブリタニアと戦争に・・・」

 「ブリタニアは他国を自国の奴隷とするために各地を侵略しているのです。
 他国を軽んじた発言をしているのは、天子様もご覧になられたでしょう?」

 大宦官の手によりテレビなど外部の情報が手に入るものを撤去された天子だが、ルルーシュの指示でエトランジュから手渡された小型液晶テレビで天子はブリタニア皇帝が弱肉強食の国是を声高に主張し、中華を怠け者ばかりだとを批判している様を見ている。
 そんな恐ろしいことを平然と言える人物が義理の父親になるなど、恐ろしくて仕方なかったのだ。

 「我らは貴女様に忠誠を誓った身にございますれば、当然のことにございます。
 解らぬことがございましたら、何度でもお尋ね下されませ。何度でも、お解りになるまでお話しいたしますゆえ・・・」

 「星刻、太師父・・・解ったわ。貴方達を信じる」

 天子の力強い返事に、星刻は必ず天子とブリタニアとの婚儀を壊すと誓った。
 その決意を秘めた黒い瞳の先には、外の世界を見せると約束した日の永続調和の契りを交わした小指が立てられ、小さく揺れていた。



[18683] 第三話  闇夜の密談
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/13 11:35
  第三話  闇夜の密談



 月灯りなどない新月の夜、星刻が婚約者と偽って同居しているルチアを伴い太師宅へと訪れた。

 名目は最近身体の具合が悪い太師の見舞いである。後見人なのだから具合が悪いのならば頻繁に訪れるのは当然だと言わんばかりに、堂々としたものだ。

 「ゼロはまだ来ていないようですね、エトランジュ様」

 「はい、黎軍門大人。アル従兄様が迎えに行ったようなので、もうすぐ来られるかと思います」

 昼間の出来事で消耗したのか、ぐったりと椅子に座りルチアが作った薬湯を飲むエトランジュに星刻は痛ましげな視線を送る。
 
 「昼間の件、天子様から伺っております。
 思い切ったことをなさったと、太師様がおっしゃっておられましたが・・・」

 「あのような人を馬鹿にした取引に、応じられません。
 しかもその自覚すらないのですよ、本当に恐ろしい・・・!」

 ルルーシュからブリタニア皇族としてはあれでも譲歩したつもりだろうと言われたエトランジュは、あまりの感性の違いに唖然とした。

 「伯父様達も、それでいいとおっしゃっておりました。
 こうなった以上、私の祖国が戻るのはブリタニアの崩壊を持ってしかあり得なくなってしまいましたが、悔いはありません」

 「お察し致します。こちらもブリタニアに天子様をやるなど言語道断!
 是非とも力を貸して頂きたい」

 星刻の台詞にエトランジュが頷くと、アルフォンスのギアスで姿を隠して太師宅を訪れたルルーシュとアルフォンスがギアスを解いて登場した。

 「もちろんだ黎 星刻殿!あのような欲にまみれた取引に幼き皇帝を利用するなど、正義に背く行いだ」

 「ゼロ!いったいどうやって入って来た?!」

 驚き大声を上げた星刻に、ルチアが慌てて彼の上着を引っ張って止めた。

 「お静かに!外にいる大宦官の手の者に気づかれてここに踏み込む口実を作るおつもりですの?」

 「ルチア殿・・・失礼」

 「僕ですよ黎軍門大人。ちょっとトリックを駆使して、太師宅に入って来たんです。
 外にいる監視の連中には気づかれてません」

 ルルーシュの隣でそう言いながら現れたアルフォンスに、確かに外を監視している連中は全く騒いだ様子がないので、どうやったかは解らないがうまくやったようだと納得する。

 「さすがはアルフォンス様、大学で科学を学んでおられただけはありましてよ」

 極秘とはいえ会議の場であるので、ルチアは敬称をつけてアルフォンスを呼ぶ。

 「メンバーはこれで全員揃いましたね。では、太師様のお部屋へ参りましょう」

 椅子から立ち上がって太師の部屋へと歩き出したエトランジュの後ろに全員がついて行くと、そこにはベッドを起こして横たわる太師の姿があった。

 「申し訳ありませぬな、ゼロ・・・このような見苦しい姿での会談になり、お詫び申し上げる」

 「何をおっしゃいます、お身体のことはエトランジュ様から伺っております。
 ご無理をなさらず、ご自愛を。今回の件が成功し大宦官を粛清した暁には、貴方に官吏達の統制を取って頂かなくては天子様がお困りになります」

 「ゼロの言う通りです太師様。お気になさらず、楽になさって下さい」

 中華連邦の情勢を把握しているゼロを感心しつつ、星刻は太師に歩み寄りながらルルーシュに申し出た。

 「なるべく早く終わらせて貰いたい。
 太師様のお身体に負担がかかってしまうからな」
 
 「もちろん、私もいつまでも長居をするわけにはいかないからな。では、まだるっこしいことはやめて、結論から言わせて貰おう。
 我ら黒の騎士団と中華連邦、そしてブリタニアに虐げられているすべての国々との間で同盟を組ませて頂きたい」

 「黒の騎士団だけではなく、他の国々ともだと?!」

 ルルーシュの思いもしなかった申し出に星刻が驚くと、既にエトランジュから大まかな話を聞いていた太師が言った。

 「超合集国構想・・・先に拝読させて貰ったが、よく出来ておる。
 簡単に言えばEUのような連合を組み、ブリタニアに対抗しようということじゃな」

 「それは、確かにそれが一番効率的だが・・・可能なのか?」

 「出来る!貴殿らの協力があれば、実現する可能性はかなり高いからな」

 星刻の疑わしげな声に、ルルーシュは自信を持って言い切った。
 そしてルチアが皆に超合集国構想と書かれた資料を配ると、星刻もさっそく目を通して熟読する。

 「我が中華連邦の蓬莱島に本部を造り、反ブリタニア国家および亡命政権などの国々を中心として連合国家を造り、相互に助け合う・・・それはいいが、この国家としての軍事力を放棄するとはどういうことだ」

 「見ての通りだ。超合集国は各国が固有の武力を放棄し、その上で加盟して貰う」

 「・・・そして黒の騎士団にその戦力を組み込み、一つの軍隊とする、か」

 各国家が武力を永久に放棄する代わりに、人員・資金提供を条件にどの国家にも属さない黒の騎士団と契約し、黒の騎士団が安全保障を担う。
 これは烏合の衆と化する各国家の軍隊の連携不足の問題を解消し、また武力を一つにまとめることでブリタニア戦後各国が争わぬようにするためでもあるという。

 「中華にとっても大宦官どものせいとはいえインドや他の地域で紛争していた背景がある以上、悪い話ではないはずだ。
 何しろ殆どの国に超合集国に加盟して貰うつもりなのだから、ブリタニアという敵国もある以上中華に矛先が向くことはない。
 今中華と揉めているインドにも独立を認めて貰いたいのだが、その場合結局は超合集国という同じ枠に入るのだから、無駄な争いを回避して同じ結果を得られるだろう」

 「なるほど。では本部を蓬莱島にしたのはどういうつもりだ。
 黒の騎士団発祥の地である日本に置いた方がいいのではないのか?」

 「日本は島国だ、交通に向いているとは言えない。
 その点蓬莱島は大陸にあるから便利だし、輸送などについても有利だからな」

 島国では防衛に便利な時代もあったが今は航空機も発達しているので、いざという時簡単に孤立してしまうという欠点がある。
 それを思うと大陸にあり、人口の多い中華に本部を置く方が何かと安心出来るのである。

 「我ら黒の騎士団はあくまでも超合集国の依頼を受けて安全保障を請け負うという形になる。
 つまり黒の騎士団本部をいずれ解放する日本に置き、超合集国本部を蓬莱島に置くというのがベストだと考える」

 「そうなれば中華は本部建設のための工事を行い国民達に職を与えることが出来るし、周囲の国々の者が集い来るので国際都市として発展することが可能になる。
 出費はそれなりにあるが、充分それを補って余りある利益は見込めそうじゃのう」

 ルルーシュの計画に老いたとはいえかつては要職にあった太師はすぐに理解した。

 「大宦官どもの資産を差し押さえれば、蓬莱島工事の費用はむろん当面の国民達の生活についてもめどが立つとの試算もある。
 何よりブリタニアのみを相手にして今後の天子様を守る壁が出来るよい策じゃとわしは考えておるが・・・皆はどうか?」

 「理屈は解りますし、そうなれば平和のためにも大変良い策でしょう。
 しかし、そのためには各国を守る武力となる黒の騎士団の実力を示さなくてはなりません。コーネリアに苦杯を呑ませただけでは、とても信用はされないでしょう」

 星刻の言はもっともなものだった。
 ブリタニアの恐怖から解放出来るという確固たる実績がなければ、黒の騎士団がブリタニアから解放した後の国々を超合集国に組み入れて保護し、守っていくという宣伝が使えないのだ。

 「もっともな意見だ。ゆえに私はここに宣言する!一年以内に、日本を解放してみせると!
 それを持って超合集国日本の成立とする!」

 自信をみなぎらせてそう宣告したルルーシュに、事情を知っているマグヌスファミリア以外の一同は一年以内という短さに驚いた。

 「一年、だと・・・そんな簡単に・・・」

 「既に手配は終えてある。
 今も着々と準備は進んでいるのだが、ブリタニアに貴国の力を得られては非常に困るので、先に話して協力を仰ぐことにしたまで」

 確かに青写真を語られるだけよりはゼロが日本を解放したのちに超合集国を設立すると宣言したほうが、星刻もその実力を信頼して参加を前向きに考えたことだろう。

 だが予想外に早くブリタニアが中華連邦を取り込むべく政略結婚を画策したため、計画を前倒しにして動かざるを得なくなったのだ。

 「ふっ、星刻よ、貴殿もまた奇跡が必要か。
 ならば私が見せよう、この中華が変わりゆく奇跡を!
 まずはブリタニアと天子様との政略結婚・・・それを破壊してご覧にいれよう」

 星刻がゼロの実力を目の当たりにしたことがない上、素顔を晒さぬ相手に懐疑的になるのは仕方がない。
 ならば黒の騎士団の初期メンバーの時のように、奇跡を起こしてやる。

 自信たっぷりにそう宣告するルルーシュに、星刻はそこまで言い切るからにはやってみろと言いかけた刹那、ずっと話を聞いていたエトランジュがおずおずと口を開いた。

 「ですがゼロ、中華を貴方を含む黒の騎士団が介入して革命が成功すれば、天子様はどうなります。
 結局後ろにいるのがゼロに変わっただけのただのお飾りと侮られてしまいます」

 「!!」

 エトランジュの指摘を受けて、星刻はその危険性に気付いた。
 そう、ブリタニアとの政略結婚を潰すだけではなくそのまま中華をゼロの主導で改革してしまえば、天子はただの中華の象徴の操り人形と周囲に受け取られてしまう。
 天子に忠誠を誓う者はいることはいるが、それは彼女がいずれ国をよくしてくれると信じているからこそだ。
 しかし彼女が成長するよりも先にゼロがそれを成し遂げてしまえばどうなるか、火を見るより明らかである。

 今ゼロは中華を改革する奇跡を見せてやると断言した。
 それが成れば実質中華はゼロの支配下に入ることになる。
 超合集国の構想を見れば人口比率によって投票率を決めるとあるので、ブリタニアを除いては世界一の人口を誇る中華の協力が是が非でも得たいのだと星刻も解っている。

 「むろん私とてむやみに介入して中華の反発を招きたくなどないが、我々が信用ならないというならこの手しかございませんエトランジュ様。
 中華の国力をブリタニアに渡すことは何としても止めなくてはならないのは、貴女もよくご存じのはずです」

 ルルーシュの気は進まないが仕方ないと言う言葉に、エトランジュがならばと双方に向かって提案する。
 
 「ならば利害が一致している天子様とオデュッセウスとの婚儀を壊す計画だけは協力して行うというのはいかがでしょう。
 黎軍門大人にとっても、ゼロの真価を推し量れるよい機会なのでは?」

 エトランジュの折衷案に星刻はそれならばと提案を受け入れることにした。
 ルルーシュも異存はないと同意を受けて、天子の政略結婚に関することのみは互いに協力して行うことが決定する。

 「確かに、エトランジュ様のおっしゃるとおりだ。ゼロの手腕、ぜひともこの目で拝見したい。
 その盟約、我が名をもって結ばせて頂こう」

 星刻は中華連邦の今後についてある程度の展望があり、その中でもインドなどの中華が現在介入している地域についても今後の立て直しのために必要だと考えていた。
 ゆえにゼロがインドの独立を求め、さらに一年以内に日本を解放するという大言壮語に逆に不審を抱いたのだ。

 しかしエトランジュが指摘したとおり、万が一にも自分達が介入しないままにゼロだけが大宦官を粛清して中華を改革すれば、最悪天子はそのまま体よく放逐されてしまう可能性がある。
 仮にも正義の味方を自称している以上、孤児としてどこぞへ放り出すなどということはしないかもしれないが、それでも天子は身分がなくなればただの身寄りのない孤児も同然である。
 
 (今後を考えれば、天子様が中華を治める皇帝として国民に認めさせて統治して頂くほうがいいに決まっている。
 そのためにもむやみに紛争を続けるよりは、単純にブリタニア一国だけを同盟国全てで相手に出来る超合集国のほうがいい)

 だがそれはあくまでもゼロの手腕がどこまで出来るかにかかっている。
 星刻の表情からそんな彼の思惑を読み取ったルルーシュは、さっそくに星刻に切り出した。

 「その盟約、確かに結ばせて貰った。ではさっそく、協議に入らせて頂こう」
 
 監視の網がかかっている自分達には、そう頻繁に密談が出来ない。
 数少ない機会の間に、出来るだけ完全な計画を練って連携を取っておかなくてはならないのだ。

 「既に計画は私が考えてある。大まかにだが説明させて貰う」

 ルルーシュがそう前置きしてブリタニアとの政略結婚を潰しつつ大宦官を粛清する計画を語ると、星刻と太師は大胆な計画に目を見開く。

 「天子様を婚儀の式でゼロが連れ出し、その後立て篭もった地にてブリタニアと中華と交戦して劣勢に見せかける。
 その隙に大宦官どもとの通信を国民に流し、彼らの悪虐ぶりを見せつけることで民衆達に決起を促す、だと・・・!」

 「そうだ、人は自分が勝利を確信すると、どうしても気が緩んでしまうものだからな・・・そこで会話を誘導して本音を喋らせる。
 それを国民達に流せば確実にそうなると、私は見ている」

 「確かに、そうなるじゃろうのう・・・ただでさえ不満がくすぶり火種は充分過ぎるほど国内のあちこちに転がっておる」

 太師が呻くように言うと星刻も納得したが、天子を誘拐するというゼロをじろりと睨みつける。

 「だが、この計画では私はお前達と交戦するために朱禁城に残らなくてはならない。
 その間、天子様をお前達に預けろと?」

 「そうなるな。
 貴殿が指揮しなくても我が軍と適当な加減で戦闘を行えると言うのなら、貴殿が黒の騎士団が立てこもる場所へ来て貰っても構わないと言えばそうなのだが・・・」

 「私の天子様への忠誠は連中もよく知っている。細工が目立つという訳か・・・」

 実はこの計画、星刻の協力がなくても実行可能なようになっている。
 ただその場合交戦した際にこちらの被害が大きくなる可能性があるため、出来れば彼の協力が欲しかった。
 
 こうして協力を得られた以上その面での心配はなくなったが、星刻が天子が誘拐されたというのに一向に姿を見せなければ真っ先に彼がゼロに協力していると考えられるのは明白だ。

 「この計画は、貴殿が我らと組んでいることが大宦官やブリタニアに悟られないことがもっとも重要な要素だ。
 バレれば貴殿が天子誘拐の共犯として奴らに処断される格好の材料になるからな。そうなれば貴殿の腹心が軍を指揮していても、すぐに指揮権を剥奪されるのは目に見えている」

 理屈は解るが、だからと言って天子を自分の目の届かぬところにやるのはと難色を示す星刻に、アルフォンスが提案した。

 「何も黎軍門大人自らが来られなくても、貴方の信頼なさる方をこちらに送ってくれればいいんじゃないですか?たとえばあの女性士官の方とか」

(ジョウ) 香凛(チャンリン)、ですか?確かに彼女なら天子様をお任せ出来るが・・・」
 
 逆を考えたアルフォンスの案に、星刻は考え込む。

 「どうせ戦闘はこっちとの打ち合わせの上行う台本劇のようなもの、それなりの人数を天子様の護衛に当ててもさして不都合はないと思いますね」

 「ふむ・・・それならば、こんな案はどうじゃな?」

 何か考え込んでいた太師がその計画に便乗する形で天子の君主としての威光を高める策を提案すると、ルルーシュと星刻は驚いた。

 「・・・なるほど、伊達にお歳を召して修羅場をくぐってはおられませんね太師殿」

 「出来るだけ天子様には実績を作って差し上げておきたいでな。
 あまり綺麗なやり口とは言えんが、政権を科挙組に円滑に移すにも効果的じゃからのう。
 ・・・あの方には、少しずつ政治の闇の部分や汚れた手段も知って頂かねばならぬ」

 軽く咳き込みながら重々しく語られた太師の言葉に、星刻は覚悟を決めた。

 「いいだろう、至急人選を行いそちらに私の信頼が置ける者を送ろう。
 香凛をはじめとする二十人ほどになるが、構わないな?」

 「むろんだ、むしろ協力者が大勢いるのはありがたい」

 香凛は喪中と称して長期休暇を取らせ、他の者達は出張や左遷という形で離れて貰えばごまかせるだろう。
 大枠の計画が決まると、すぐに細々とした打ち合わせに入った。
 エトランジュとアルフォンス、ルチアを介しての連絡手段などの相談を終えると、既に三時間が経過していた。

 「決行は天子様とオデュッセウスの婚儀の日だ。
 朱禁城への突入経路はこちらで自力で確保しておく」

 「それはいいが、どうするつもりだ?」

 早い段階から星刻を介入させるとそれだけ彼がゼロと関係していると悟られると言うゼロに星刻は納得しつつも、あの警備が厳重な朱禁城にどのようにして侵入するつもりか疑問に思った。

 「警備を担当している武官の韓弦と大宦官の弱みを握ってある。
 利用するだけしてこちらで処分しておくが、構わないな?」

 もちろんギアスを使って警備隊を操り突入経路を確保する予定だが、それを口にするわけにはいかないのでそう取り繕う。
 もともと警備担当の韓弦は大宦官の元で軍の予算を横領をしてはその金で酒池肉林に明け暮れている男だったので、星刻はむしろやってくれとばかりに承諾した。

 こうして話がまとまると、まず先に星刻達が帰宅しその後でルルーシュ達が引き揚げることになった。

 太師とエトランジュに一礼して部屋を出た星刻とルチアの後をルルーシュが追って来たので、廊下で星刻はまだ何かあるのかと振り向いた。

 「どうかしたか、ゼロ?」

 「天子様を私達が連れ去る際、貴殿が無反応だったりもしくは大げさな演技などをされては困るので、少し釘を刺そうと思ってな」

 ルチアも星刻に演技力は期待出来そうにないと考えていたので非常にもっともだと思いはしたが、だからと言って天子付き武官の星刻を婚儀の警備に向かわせないわけにもいかない。
 
 「た、確かに私は演技は苦手だが・・・」

 「ゆえに私が、その演技の秘訣を授けておこう」

 ルルーシュはそう言うと仮面の左目部分をスライドさせて赤く羽ばたく翼が刻まれた瞳を露にすると、星刻に命じた。

 「貴殿は作戦開始から私の作戦終了の合図があるまで、今宵の密約を忘れろ」

 「・・・ああ、そうしよう」

 その命令が耳に届いた星刻が赤く眼を縁取らせて聞き入れたことを伝えると呆然とした顔になったが、すぐに我に返った。

 「・・・う、私は何を・・・?」

 「お疲れのようだな、星刻殿。お身体のこともあるというのに、お引き留めして申し訳なかった」

 「あ、ああ、そのようだな。何の話をしていたのだったか?」

 「婚儀の間だけ今宵の密約を忘れたつもりで振舞って欲しいと言いに来ただけだ」

 「ああ、解った。少々自信がないが、やってみるとしよう。では、失礼する」

 星刻がルチアと共に太師宅を出たのを見送ったルルーシュは、うまくギアスをかけられたことを確認して仮面の下で条件がクリアされたことに満足の笑みを浮かべた。

 《ルルーシュ様のおっしゃった通りになりましたね。
 これでお互いに信頼関係が出来れば、超合集国連合もスムーズに行くかもしれません》

 ギアスでうまくいったことに安堵の声で語りかけてきたエトランジュに、ルルーシュも頷く。

 《ブリタニアと戦える国家連合とEUとの間で同盟が成れば、これほど強力な反ブリタニア包囲網もありませんからね。
 万が一EUが親ブリタニアに傾いても、マグヌスファミリアは超合集国が保護いたしますのでご安心を》

 実はエトランジュ達が超合集国創立に積極的に協力したのも、そのことを危惧したが故だった。
 もしそうなった場合マグヌスファミリア国民やポンティキュラス王族はEUからブリタニアに引き渡される可能性が高いので、そうなる前に新たな避難先として超合集国があればいいと考えたのである。

 《中華ならば二千人くらいならすぐに保護が可能です。
 百万人でも大丈夫なほどの国土がありますからね・・・最悪の事態は常に考慮しておかなくては》

 《シュナイゼルがEUであれこれ動いているようですので、あり得ないと言いきれないのが恐ろしいですけどね》

 《婚儀は一週間後です。それまでに朱禁城への突入経路を確保しておかなくてはなりませんので、ご協力をお願いいたします》

 《ああ、C.Cのアイデアだったっけ?別にいいよ》

 アルフォンスは楽しげに承諾したが、ルルーシュはあまり気が進まなそうである。

 《全く、あいつの策はろくなものがないが・・・あまりことを荒立てずに済むならそれに越したことはないから仕方ない》

 《じゃ、時期を見計らってやるとしますか。衣装とかは用意してあるから、近くにとってあるホテルに集合ね》

 《了解しました。では》

 ギアスで打ち合わせを終えたルルーシュは太師の部屋に戻り辞去する旨を伝えると、彼は咳き込みながら言った。

 「星刻は悪気はないがまだまだ先走る所があるので、どうかその辺りを指導してやって貰いたい」

 「ああいう男は嫌いではありません。
 彼とはよいお付き合いをしていきたいと思っておりますので、太師様もぜひに彼とともにご協力頂ければと存じます」

 太師が頷くとルルーシュは太師に一礼し、アルフォンスを伴って退室した。

 (これでこの件が成れば、天子様をお守りして中華をブリタニア以外からの国と干戈を交えさせずに済む。
 超合集国連合で中華の立場を上にするためにも、まだまだわしは生きねばならぬ)

 科挙組は純粋に国を思ってはいるが年若く理想ばかり高い者が多い。それは自分もその年代の時はそうであったから気持ちは理解出来るのだが、その分融通が効かないところがあるのだ。
 ゆえに彼らが現実を知り成長し天子を的確にサポート出来る力を身につけるまで、自分が彼らを教導していかねばならない。

 (そのためにも、手段は選べぬ。エトランジュ様も思惑あってのこととはいえここまで協力して下さったのじゃから、わしも覚悟を決めてことに臨もうぞ)

 太師は力強く寝台から立ち上がると机の引き出しを開けてルチアから手渡された薬を見つめ、いつでも飲めるようにと大事そうにピルケースに納めるのだった。
 


 天子の婚儀の前日、ルルーシュ達は朱禁城への突入経路を確保すべくC.Cの作戦に従って行動を開始していた。

 朱禁城の守備部隊の長である韓弦に昨日のうちに旅芸人として渡りをつけた一行は、血税を使って天子の婚儀の前祝いと称した宴に招かれることに成功したのだ。

 久々にアルカディアに変装したアルフォンスはステージ衣装を纏って手品を披露し、C.Cも美しく踊って酒に酔った武官や大宦官をしたたかに惑わせて油断を誘う。

 「美しい」

 「何と妖艶な舞いよ、特に緑の髪の方」

 「いやいや、私は赤い髪の見事な奇術もさることながら、美しさも素晴らしいと思いますな」

 好き勝手に好色な視線をぶつけられてアルカディアは内心気分が悪かったが、任務だと言い聞かせて一流とはいえないまでもそれなりに本格的な手品や大学時代に友人から教わったダンスを披露していた。

 一方、そんな視線に慣れっこの上にどうすれば男が鼻の下を伸ばすかをよく熟知しているC.Cは、頃合を見計らってアルカディアに目配せした。

 「前座はこれで終了ですわ、韓弦様。お楽しみ頂けましたでしょうか?」

 「眼福眼福、見事な舞と奇術であったぞ、二人とも」

 ほろ酔い気分で機嫌よく手を叩く韓弦に、アルカディアは鳥肌が立つのをこらえて妖艶に笑みを浮かべる。

 「光栄でございますわ、韓弦様」

 「しがない旅芸人に過ぎない私達が、まさか首都洛陽の守備隊長様の前で踊らせて頂けるなんて」

 C.Cも素晴らしいプロポーションを惜しげもなく披露すると、アルカディアも目的が目的なのでコルセットでいつもより美しく体型を整えた身体をさりげなく見せつけるようにして籠絡にかかった。

 「天子様とブリタリア王子と結婚と聞き及び、はるばる洛陽まで参った甲斐がありましたわ。
 まさかこんなご高名な武官様にお呼び頂けるなんて・・・まるで夢のようです」
 
 実際はこんな肥え太った男に気持ちの悪い視線を投げつけられているアルカディアは悪夢でも見ているようだと思ったが、それをおくびにも出さずに褒めちぎると真に受けた韓弦は得意げに誘った。

 「二人ともどうだ?旅芸人などやめて、わしのところに留まるつもりはないか。
 根なし生活よりも、はるかに良い暮らしをさせてやろう」

 よし来た、とC.Cが目を光らせると、さっそく仕掛けの一言を紡ぐ。

 「姉も一緒なら」

 「姉、とな?」

 「はい、私達の姉でございます。ね、アルカディア?」

 「はい、私どもなど足元にも及ばない、優れた踊り手ですわ。
 もうまさに立っているだけでもいいと言われるほどの美貌を持っていらして、姉様がいらしたら私どもなんて相手にされないと思うと怖いくらいです」

 過剰な美辞麗句を並べたてるアルカディアに、C.Cは視線でよくここまで言えるなと呟いた。

 「その通りです。その美しさは恐らく大陸随一」

 「その声はまるで魔力を持っているかのようで、殿方はその言葉にメロメロになってどんなお願いでも聞いてしまわれるほどですの」

 あながち嘘ではないアルカディアの台詞に、一同はそれならぜひとも見てみたいと欲望に目を光らせた。

 「韓弦様もきっと気に入られますわ」
 
 「ほう、それは興味深い」

 「実は、連れて来ております。舞いをご披露しても?」

 もったいぶったC.Cに惑わされた韓弦は一も二もなく頷いて、凶悪極まりない狼を招き入れてしまった。

 「よかろう、楽師ども」

 韓弦の指示で楽師達が奏でた音楽に合わせ、長い黒髪のウィッグをつけて平坦な胸をフォローするようにラインを強調した紫色の衣装をまとい装飾をつけたルルーシュが現れた。

 堂々と足を進めて現れた美しい踊り子に、中身を知らぬ武官達は色めき立つ。

 「おお、これは・・・」

 「美しい・・・」

 先ほどの娘達の言は大げさだと侮っていたが、なるほどと武官達が囁き合う。

 「お姉様、韓弦様に踊りを」

 「お姉様の美声を、ぜひお近くで聞かせて差し上げて」

 やっとこの苦痛から解放されるとアルカディアはさっさとカタをつけて貰おうと、ルルーシュを韓弦の前まで誘導する。

 ルルーシュが韓弦の前までやって来ると、そのまま黙ったルルーシュに韓弦が猫なで声で言った。

 「ん?どうした?緊張することはないぞ」

 「お初にお目にかかる、洛陽の守備隊長殿」

 傲岸不遜な低い声に、目の前の美女が男だと悟った武官達がざわめき出した。

 「男だと?バカな」

 「しかし、今の声は確かに」

 「つまみ出せ」

 男など愛でる趣味のない武官達が動き出そうとするが、それを止めたのは意外なことに韓弦だった。

 「まあまあ、待て。わしは美しいものが好きだ、性別などという小さなことにはこだわらぬよ」

 「げ・・・ちょっと早くその・・・!」

 女装は好きだが男に、しかも脂ぎった中年男に言い寄られる趣味などないアルカディアがこっちに目が向く前にと心底から気持ち悪そうにルルーシュにつけられたヴェールを引っ張り早くと急かすが、ルルーシュは余裕たっぷりである。

 「両方ともいける口というわけか」

 「そちは我が中華連邦の者ではないな。ロシアか、それともタールキオ・・・」

 「日本からだ」

 ルルーシュの返答に、酔いが覚めたかのように武官達が騒ぎ出した。

 「なんと?エリア11ではなく、日本!?」

 「黒の騎士団か?」

 「何をしに来た?」

 明らかに東洋人ではない者達が日本と口にしたことで、どこに所属しているかを考える程度の思考はあったらしい。
 さすがに韓弦も危険を感じたのか、息を呑んでルルーシュ達を睨みつける。

 「この中華連邦には、あの男を倒すための武器が二つある。
 一つは戦力、日本一国では、強大なブリタリアと戦うには不足だからな」

 「なに?」

 中華を支配してブリタニアと対抗する気かとあながち間違いでもない推測を巡らせた韓弦に、C.Cが続ける。

 「もう一つは、ギアスのルーツ」

 「ああ、今以上に敵を知り、己を知らなければならない。
 現在は嚮団なるものが占拠しているという遺跡を、我が手に納めなくてはならないからな」

 「何だ?お前達、何を言っている?」

 三人にしか解らない会話を交わされて不快そうに怒鳴る韓弦に、手早く済ませるかとルルーシュはアルカディアいわく“魔力を持っているかのようで、殿方はその言葉にメロメロになってどんなお願いでも聞いてしまわれるほど”の声を発した。

 「洛陽守備隊長韓弦、大宦官に取り入り権力を貪る、人々に重い通行税を課す、腐れ役人の親玉が!」
 ルルーシュ ヴイ ブリタリアが命じる!貴様は豚だ!永遠に言葉を失い、家畜として暮らすがいい!!」

 「え?」

 アルカディアがこいつ何でこんな命令をしたのかと驚いたが、既に時遅し。
 絶対遵守のその命令を聞き入れた韓弦らは床に這いつくばり、ぶうぶうと聞くに堪えない鳴き声を発している。

 「貴様らにはそれがお似合いだ」

 「ふふ・・・星刻との間に、打ち合わせは済んでいるんだろう?」

 C.Cが残された食事を軽く摘みながら尋ねると、ルルーシュが頷く。

 「立てこもる天帝八十八陵には、既に香凛士官を始めとする天子の護衛部隊がいる。
 後は天子をあそこへ連れて行き、星刻と交戦するだけだ」

 星刻の傍にはエトランジュとリンクを繋いだルチアがいる。よって彼女を通じていくらでもリアルタイムで情報と指示のやり取りが可能なのだ。

 「それは結構なんだけど・・・こいつらどうする気?」

 アルカディアが人の姿をした豚と化した武官達を何とも言えない目で見つめながらルルーシュに問いかけると、ルルーシュはあ、と己の行為のまずさに気がついた。

 「天子様の婚儀までもう少し時間あるし、それまでこいつら行方不明にすれば怪しまれるわよ。
 きっと他の守備隊長が派遣されるだろうし、殺すにしても死体の始末が面倒よ?」

 それなりの地位にいる隊長に連絡が取れなくなったら、代理が来るのは当然である。
 しかも現在はエトランジュが中華におり、彼女の背後にはゼロがいることをシュナイゼルも知っている。
 彼女との和議が不発に終わったことからゼロが天子とオデュッセウスの婚儀で何か仕掛けてくる可能性があると、警備を強化する指示が出たという情報もある。

 「・・・・」

 「・・・・」

 「・・・・」
 
 重い沈黙が部屋を支配した。聞こえてくるのは武官達の発する鳴き声だけという異様な光景である。

 「何で普通に自分に従えって命じなかったのよ。
 永遠に家畜として暮らせって命じちゃった以上、こいつらずっとこのままよね?」

 ルルーシュのギアスはたった一度しか相手に命令を与えることは出来ないが、代わりに期間をこちらで指定すればその間は効果が持続出来る。
 ゆえにルルーシュが“永遠に”と指定してしまった以上、この命令は永続的に彼らに作用してしまうことになるのだ。

 「・・・代理となる副隊長の男にギアスをかけて、中から扉を開けさせよう」

 「二度手間だな。ま、お前のうっかりのせいだが」

 ルルーシュの策にC.Cが事実を述べると責任を取って自分でするからいいと広間を出て行ってしまった。

 「外にいる藤堂達には、もう少し待って貰うことになりそうだな」

 日本から呼び寄せた藤堂達は昨日のうちに既に洛陽に入っており、花嫁誘拐作戦に協力して貰うことになっているのだ。

 「それはまだ時間の余裕があるからいいとして・・・こいつらどうしよう?」

 アルカディアは大きく溜息を吐きながら、未だにぶうぶうと鳴き這い回る武官達を眺めていらぬ思案を巡らせるのだった。




[18683] 第四話  花嫁救出劇
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2012/12/02 21:08
 第四話  花嫁救出劇



 起こさなくてもよいアクシデントを何とか片付けたルルーシュ達は、朱禁城の一角に全員を集めて最終確認を行った。
 藤堂と四聖剣のうち朝比奈、千葉、卜部である。仙波は全員が中華へ来てしまうと日本の騎士団を統率する者がいなくなるので、日本に残って貰ったのだ。

 「天子様を婚儀から連れ出したら、すぐに天帝八十八陵へと行く。
 藤堂、お前にはそこで星刻と戦って貰うが、月下の準備は万全だろうな?」

 「ああ、ラクシャータが月下に改造を施し飛行能力をつけた斬月を持ってきた。
 今は戦闘能力は月下よりましというレベルだが、いずれはランスロットともやり合えるものにしてみせると言っていたな。
 しかし、相手を殺さぬように真剣に戦うというのはかえって難しそうだな」

 藤堂がブリタニア側に不審を抱かれぬように全力で、だが相手は殺すなという困難極まる命令に複雑な顔をしたが、作戦上仕方ないと気を引き締めて承諾する。

 「そして四聖剣の朝比奈と卜部と千葉、お前達には主に星刻以外の兵士達と適当に戦ってほしいのだが、もしかしたらラウンズを相手にして貰うことになるかもしれない」

 エトランジュからオデュッセウスの婚儀に出席するためにラウンズのナイトオブ・スリーのジノ・ヴァインベルグとナイトオブフォーのドロテア・エルンストが来たとの情報を聞いたルルーシュの言葉に、一同がざわついた。

 「ラウンズ?ブリタニア皇帝の騎士達か」

 大物を相手にすることになる可能性があると聞いて三人は息を呑んだが、相手に不足なしと己を鼓舞しながら朝比奈が言った。

 「承知した。けどあれほどの大物に、藤堂さんではなく何故俺達を?」

 「星刻のナイトメアの腕前は中華随一だ。真剣に戦って貰わなくてはならない時に、お前達一人二人をあてがうのは戦力分散の愚に繋がる。
 ならば始めから藤堂を彼に振り分けてお前達でラウンズを相手にするほうが得策だ」

 藤堂が星刻と戦い劣勢を装う一方で、本当の敵であるラウンズ達を倒すのが最良だというルルーシュに、三人は頷いて納得した。

 「ブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたとあっては、連中も口実をつけて介入してくる可能性が高い。
 幸いEU戦で連中が戦っている時の映像記録をエトランジュ様が手に入れて下さったから、そのデータを元にしてお前達で掛かれば倒せるだろう」

 「ああ、枢木を追いつめた時のあれね。それなら何とか・・・」

 「中華で民衆が決起するのが早ければ、星刻と藤堂がラウンズを相手にすることも出来るだろう。そうなれはこちらの勝利は確実となる」

 藤堂が戦うならばラウンズなど敵ではないとばかり、朝比奈と千葉が幾度も頷いた。

 「では、私は天子様を婚儀の席からお連れしに出て行く。お前達は天帝八十八陵に行く準備をしておいてくれ」

 「承知!」

 ルルーシュがマントを翻して部屋を出ると、藤堂達はさっそくに朱禁城脱出の準備に入ったのだった。



 ウェディングドレスを纏わされた天子は、泣きそうな顔で花嫁の間で式を待っていた。
 シュナイゼルとオデュッセウスとの会食以降、大宦官から理由をつけてエトランジュと会わせて貰えず、心細さだけを感じてとうとうこの日を迎えてしまったのである。

 (星刻は何とかしてくれるからご安心をって言ってくれたし、エディも必ず助けるって・・・でも、どうやって婚儀をやめさせるのかしら)

 天子はエトランジュから贈られた千羽鶴の中の一つを取り出して、お守りのように持ち歩いていた。
 今日もこれだけは手放したくないと駄々をこねて、大事そうにブーケに入れて飾っている。

 星刻と同じように演技に期待出来ないために何も知らされていない天子は、不安に胸を膨らませてとうとう式場へと連れ出された。

 まるで今から裁判にでも向かうように顔を伏せた幼い花嫁がバージンロードを歩く姿はまことに痛々しく、この様子を中継で見ていたブリタニア人からも気の毒にという声が上がる。

 天子付き武官の星刻も忌々しげな表情を隠しもせずに祭壇近くに立ち、ギアスによってルルーシュとの密約を忘れている彼はやはり無理をしてクーデターを起こせばよかったかなどと考えている。

 一方、これまで何事もなかったブリタニア陣営はゼロが無反応であることに訝しみながらも、ここが中華であり己の思うように軍を指揮出来ないことからも、せいぜい警備を強化するように依頼する程度のことしか出来ていなかった。
 そしてその警備隊が既にルルーシュの手に落ちていることを見逃しており、せめてラウンズ二名を式場に連れて来て無事に婚儀が終わるのを見守っている。
 シュナイゼルがちらっと頭上に視線をやると、天子から一番遠ざけられた賓客席に祝いの席らしく豪奢に着飾ったエトランジュが座っており、背後にはジークフリードの姿しか見えずアルフォンスはいないようだった。

 天子とオデュッセウスが祭壇に上がり神父が誓いを促そうと口を開いた刹那、突如上に飾られていた中華連邦とブリタニアの国旗が落ちてきて、それと同時にゼロが姿を現した。

 「何?!」

 一同が驚き席から立ち上がると、ルルーシュは天子の横に立って彼女を傍に引き寄せる。

 「あれがゼロ・・・イレヴンの王様か」

 祭壇に駆け寄りゼロを確保しようとしたジノを視界の端に捉えたルルーシュは、幼い少女のこめかみに銃を突き付けるという正義の味方に程遠い行いをやってのけた。

 「動くな!」

 上の賓客席でことの推移を見守っていた彼の仲間は、何故か自分を引きつった表情で見降ろしているのがちらりと視界に映った。
 もちろん二人の顔が引きつっている理由は、自分達の盟友がどう見ても悪人にしか見えなかったからである。

 盟約を綺麗に忘れ去っている星刻は決死の形相で祭壇に駆け寄り、ルルーシュを糾弾する。

 「ゼロ、貴様はそれでも正義の味方か!!天子様をお放ししろ、この外道があっ!!」

 「おや、そうかい?ふはははははははは!」

 この光景をテレビ中継で見ていたアッシュフォード学園にいたミレイとシャーリーは、現れた瞬間こそルルーシュが元気そうで良かったと安堵したが、次の瞬間のあんまりと言えばあんまりな所業に二人して思わず飲んでいたジュースを噴き出してパソコンを濡らしてしまい、リヴァルを慌てさせていた。

 (な、何やってんのルル?!それじゃまるで悪の帝王だよ!)

 (婚儀を壊したかったんだろうけど、手段選ばなさ過ぎよルルちゃん!)

 さらに同時刻、経済特区日本でスザクとカレンと共に長兄の晴れ姿を見ていたユーフェミアは、幼女に銃を突き付けるなどという非道な行いをノリノリでやっているルルーシュに茫然となり、ティーカップを取り落として背後にいたスザクに呟いた。

 「ルルーシュ・・・何であんなこと・・・・」

 「さあ・・・ルルーシュのやることはちょっと僕には解らないから」

 周囲に誰もいないことを確認したユーフェミアは、カレンに尋ねた。

 「あれも、何か目的あってのことなのですか?」

 「中華の国力をブリタニアに得られたら困るから、婚儀を壊すって聞いてるけど。
 天子様にもそう話してあるそうだから、演技でしょ」

 ルルーシュが本気で無抵抗の子供を殺す人物ではないと知っているユーフェミアとスザクはほっと安堵の息を吐いたが、それにしたって妙にハマっている悪役っぷりに反応に困ってしまった。

 海を隔てた向こうで幼馴染とクラスメイトと異母妹から言葉を失わせた張本人は、さらに悪役しか言いそうにない台詞を言い放った。

 「花嫁はこの私が貰い受ける!」

 (他に言い方ってもんがあると思うんだけどねえ・・・何で悪役に走るかな)

 城外でエトランジュのギアスを使ってことの推移を見守っていたアルカディアの心の声は、絶好調で悪の花嫁強奪犯を演じているルルーシュには聞こえなかった。
 そういえば先ほどの豚になれギアスを思い出すに、ルルーシュには正義の味方よりも悪役の方に才能があるのではあるまいか。

 自分達のリーダーが悪だと思うと切ないので、アルカディアはさっさとこんな茶番劇を終わらせて欲しいと願った。

 だが恋は盲目と誰が言ったやら、事情を知っているカレンと神楽耶はルルーシュが無理やり結婚させられる幼い花嫁を颯爽と救出に来た正義の味方に見えるらしい。
 
 (さすがですわゼロ様!警備の厳しい朱禁城にいとも簡単に侵入なさって天子様をお救いに上がるなんて!)

 (私も参加したかったなあ・・・こんなところでお姫様のお守りなんてするよりも、親衛隊長の私がゼロの助けになるべきなのに)

 大宦官の指示により既に放送を切られた画面を見つめながら、神楽耶は作戦成功の報が来たらすぐに報告するように桐原達に言いつけて自室に戻り、カレンはユーフェミアにさりげなく事態の推移を探ってみるように提案していた。

 ユーフェミアはそれを了承するとダールトンに先ほどの中華での異変に関する報告を行うように指示して、その際に姉がゼロの所業に怒りの声を上げていると聞いて深い溜息をついた。

 そんな女性陣の複雑な心境など知らぬルルーシュは、ギアスによって目のふちを赤く光らせ密約を忘れて本気で怒り狂う星刻と対峙していた。

 「くっ・・・ゼロ、天子様を返す気はないのか?」

 「星刻、君なら天子を自由の身に出来るとでも?違うな」

 ルルーシュの言葉と同時に背後の壁が崩れ落ち、外から現れた黒いナイトメアに星刻は呻いた。

 「ナイトメアまで用意していたか!」

 「フッ、まさか斬月の初仕事が花嫁強奪の手伝いとはな」

 これでは手出し出来ずにみすみす天子をゼロの手に渡してしまうと狼狽する星刻を無視して、ルルーシュが指示する。

 「藤堂!シュナイゼルを!」

 「解った」
 
 この場で最も厄介な策を巡らせるシュナイゼルを始末出来れば、今後は非常にやりやすくなる。
 式根島での借りを返せとばかりの命令に藤堂が斬月の腕をシュナイゼルらに向けた刹那、上空からの攻撃にその手を止めた。

 「ラウンズか!もう来たのか」

 「ち、シュナイゼルめ!あらかじめ手配していたな」

 ラウンズは二人と聞いていたから、ジノとドロテアが揃っていることに油断したとルルーシュは舌打ちする。

 「モニカ・クルシェフスキー卿か。いいタイミングだったね」

 「オデュッセウス殿下、シュナイゼル殿下、ご無事ですか?!」

 その頭上では、モニカの駆る薄紫色を基調としたナイトメア・ユーウェインと藤堂の斬月が相対していた。

 藤堂はハーケンが弾かれたと同時に、更に上空へと飛び上がった。
 
 さすがにラウンズの機体なだけはあり、性能は未だ試作型の斬月では分が悪かった。
 しかし機体性能で劣っても藤堂はモニカの攻撃をかわし、その隙を突いてハンドガンを撃ち放つ。

 「奇跡の藤堂と言われていても、しょせんこの程度か!
 このユーウェインには何のダメージにもなっていないっ!!」

 「くっ、防御装甲が思っていたより厚いな」

 藤堂が集中的に攻撃をして外装を壊すしかないと考えていると、モニカがスラッシュハリケーンを放ってきた。

 「この距離じゃ避けられない!そのまま落ちろ!」

 「避けられないなら止めればいいじゃない」

 そう言いながら現れたのは、アルカディアの操縦するナイトメア・イリスアーゲート・ソローだった。

 イリスアーゲート・ソローに搭載されているのは、アルカディアでも動かせるようにドルイドシステムを簡略化したものだった。
 防御能力のみに特化しているためにハドロン砲などは無理だったが、代わりに輻射障壁発生装置を組み合わせることでシールドを張ることが可能ないわばナイトメア版バリアである。

 それを操り見事にモニカのスラッシュハーケンを無効化したアルカディアは、藤堂に向かって言った。

 「藤堂中佐、防御は私に任せて貴方は攻撃にのみ専念して下さい!
 これならあのラウンズの攻撃は防げるわ!」

 「援護に感謝する、アルカディア殿・・・承知した!!」

 「くっ、新手か!」
 
 2対1とは卑怯な、と一部から非難が沸き起こるが、戦場では数がものを言うのである。
 アルカディアに至っては軍隊のない二千人強の祖国を六千もの兵士で攻め滅ぼされた経緯があるので、まったく良心は痛まなかった。
 
 しかもこの二人は悪辣なことに朱禁城を背にして戦いを挑んでおり、下手に大規模なを与えると未だ朱禁城から避難出来ていないシュナイゼルやオデュッセウスを巻き添えにする危険がある。
 また、中華との関係が悪化する恐れもあることから、うかつなことは出来なかった。

 見事に攻守に分かれて攻めてくる斬月とイリスアーゲート・ソローに思わぬ苦戦を強いられたモニカは、機体性能に劣る相手に負けてたまるかとばかりに接近戦でカタをつけるべくランドスピアで襲いかかるも、藤堂に廻転刃刀で止められる。

 藤堂達がモニカに気を取られている隙にと、ジノがシュナイゼルらに避難を進言する。

 「殿下、今のうちに!」

 「仕方ないね・・・兄上」

 オデュッセウスは天子が気になる様子だったが異母弟に促され、ジノとドロテアと共に式場を出て行く。

 (っ、シュナイゼル!)

 ルルーシュはシュナイゼルを仕留め損ねたことに歯噛みするが、それよりも先にここから脱出する方が先決である。

 「ここは軍に任せて、我らも・・・!」

 「うむ」

 大宦官も命が最優先である。我先にと式場から逃走し出した。

 こうして部外者が逃げ出した式場に藤堂とモニカが交戦している隙を突き、千葉が同じく飛行能力をつけた月下でコンテナを持って降りてきた。

 「ゼロ!こちらは予定通りです」

 「よし、サードフェイズに入る!」

 「解りました」

 コンテナが開くとその中に入って逃げる気だと悟った星刻が、懐からクナイを取り出してゼロに投げつけようとするが、千葉が銃を乱射してそれを阻む。

 「星刻、星刻!!」

 いきなりな事態に混乱して泣き叫ぶ天子と、必死に天子を奪い返そうと奮闘する星刻にまさか裏でゼロと繋がっているとは誰も疑わなかった。
 なまじに星刻が実直で感情が顔に出やすいと知られていたがゆえに、ギアスで記憶を消したことが効いたのである。

 ルルーシュが天子を連れてコンテナに乗り込むと、すぐさまコンテナが閉じて千葉が運び出す。
 
 コンテナが閉じたのを見計らうと、コンテナに置かれていた箱の影から香凛とエトランジュが怯える天子の前に姿を現した。

 「天子様、もう大丈夫ですよ。私とエトランジュ様がおられますからね」

 「手荒な方法で申し訳ありません!他に方法が思い当たらなくて」

 銃を突き付けられ誘拐された天子に謝罪しながら現れた親友に、天子はほっとしながらも瞬きした。

 「あれ、エディ?でもついさっきまでお席に・・・!」
 
 「あそこにいたのは私の従妹なんです。私に変装して貰ってました」

 実は賓客席にいたエトランジュは本人ではなく、エトランジュと一番似た顔立ちをした従妹の一人だ。
 祝いの席だからと豪奢に着飾り髪型を変えて化粧をすれば、近くで話しでもしない限り親しい人間でければ別人だと見破るのは困難であろう。
 ほんの少しでも天子と話させていれば目の前のエトランジュが親友でないことをすぐに看破しただろうに、ゼロからの指示で天子に余計なことをされてはたまらぬとばかりに彼女を遠ざけたことが災いしたのだ。

 「もともと女は着飾れば同一人物とは思えないほど化けますからね。
 ジークフリード将軍が護衛につけば、傍から見たらエトランジュ様に見えるのですよ」

 香凛はそう言うと天子を大事そうに抱えこみ、コンテナに置かれた座席に腰をおろす。

 コンテナが持ち上がり浮遊感に包まれると、天子はぎゅっと香凛にしがみついた。

 「さあ、これより貴女様を安全な場所へお連れ致します。
 星刻様はおられませんが、貴女様をお守りする者達が既におりますゆえどうかご安心を」

 「星刻も知ってたのね。あんなに必死だったから解らなかったわ」

 様子を通信機で窺っていた香凛は、常は他人を騙すことに向いていない上司とは思えぬほどの迫真の演技に驚いていたが、それも天子様のために努力したのだろうと受け取った。
 
 「かなり揺れますので、しっかりお掴まりを!」

 千葉の月下によって抱えられてコンテナが持ち上がると、天子様を取り戻せと怒鳴る星刻の声が響いてくる。

 一方、エトランジュ達はEUがこの天子誘拐に関与されていると疑われると後々面倒なことになるため、この件は彼女達は関係していないと取り繕う必要があった。
 何しろルルーシュの天子誘拐は味方ですらも彼が悪に見えてしまうほどであったので、なおさらである。

 中華に赴任しているEU大使には既に話がつけられており、たとえブリタニアから関与しているのではないかと言われても証拠がないと抗弁して貰う手はずである。
 もともとシュナイゼルがゼロとエトランジュが繋がっていると気付いたのは自分が式根島でゼロと共に行動しているエトランジュを見たからであり、明確な証拠はない。
 先の密談が公になっていない以上、シュナイゼルがゼロと組んでいるのをエトランジュが認めたと言っても証拠にはならないのだ。
 よってゼロによる天子誘拐にゼロと協力関係にあるエトランジュが関与していると言われても、ゼロとエトランジュが繋がっている証拠があるのかと言えば充分言い逃れが可能なのである。

 シュナイゼルもそうなるであろうことは予測していたため、無駄にEU大使館にエトランジュ達の引き渡しを要求する真似はしなかった。

 そして身代わりを務めた当の本人はルルーシュ達がコンテナで飛び立ったのを確認すると同時にジークフリードと逃走しており、豪華な服を脱ぎ捨てて本来の姿に戻ると天帝八十八陵に向けて出発している。

 「藤堂中佐、天子様が無事にコンテナに入ったようよ。
 時間を取られる訳にはいかないから、あの機体の飛行機能だけを壊して撤退しましょう」

 「この場で倒したかったが、やむを得んな」

 「続きは後でいくらでも出来るわ。それにあのユーウェインとやらのデータもばっちり取ったから、これを元にすれば・・・」

 アルカディアの言葉に藤堂が頷くと、アルカディアが割り出したユーウェインのフロートシステムにスラッシュハーケンの照準を合わせる。

 モニカがまずは防御を担当しているイリスアーゲート・ソローの方を始末しようとユーウェインに搭載されているミサイルを向けた刹那、アルカディアはそれを避けて斬月の背後へと回る。

 (ちゃーんと予知はしてくれてあったんだから、よけるのは簡単!)

 伯父がしっかりミサイルを撃たれる自分の予知をしてくれてあったから、これまでのデータを合わせればどのようなエネルギー数値を発信していたらどんな攻撃が来るかを予測するのは容易い。

 その隙を突いた藤堂は撤退に必要なエネルギーだけを残した全てを込めて、ユーウェインのフロートシステムめがけてスラッシュハーケンを食らわせた。

 「しまった!!」

 アルカディアが避けたためにナイトメアの態勢を整えきれなかったモニカはその攻撃を避けきれず、そのままフロートシステムを見事に破壊されてしまった。
 防御装置が働きゆっくり落下していくユーウェインに舌打ちしながら見送った二人は、全力でルルーシュ達の後を追うのだった。



 同じく天帝八十八陵に向かって大型トラックを走らせているルルーシュ達一行は、コンテナ内で香凛とエトランジュに会えてほっとしている天子が二人に尋ねた。

 「私達はこれからどこへ向かうの?」

 「歴代の皇帝方がお眠りになっている、天帝八十八陵です。あそこが一番防衛戦に向いているとのゼロの判断で」

 エトランジュの返事に天子は祖父の葬儀以来一度も行ったことのない墓所の名に、そう、と呟いた。
 そんな天子を見た香凛が、怒り呆れたようにエトランジュに言った。

 「大宦官どもときたら、毎年一度は必ず参拝しなくてはならないというのに天子様をお連れしなかったのです、エトランジュ様」

 「伺っております。勝手ながらこちらで祭祀の準備をさせて頂きましたから、どうぞご両親やお祖父様のお墓参りをなさって下さいな。少しは落ち着かれるかと思います」

 「エディ・・・ありがとう!」

 ずっとしたかったことを取り計らってくれた親友に、天子は先ほどの恐怖が和らいだように笑みを浮かべた。

 (こういう気の回し方が絶妙だな、エトランジュは。天子のお守りは任せて、ブリタニア戦に専念させて貰うとするか)

 天子だけにあれこれ話すよりは先に到着している太師が派遣した官吏達と香凛を交えてからの方がいいのではと言うエトランジュの意見を聞き入れたルルーシュはこの場で天子には何も言わず、星刻が差し向けた追手と応戦している千葉に指示を出している。

 撃てども撃てども現われるVTOLに向けて千葉は仕込んであった煙幕を発射し、さらにルルーシュが搭載してあるジャミングシステムを使って動けなくしてしまう。

 「殺さずに妨害するというのは、どうにも難しいな」

 ようやくVTOLを沈黙させた千葉が溜息をつくと、ナビさえ出来ない玉城をC.Cは無視してトラックを動かした。

 「よし、次を右!」

 「違うな、真っ直ぐだ」

 「おい、知ってんのかよ?」

 「昔、ちょっとな」

 玉城は簡単なナビもこなせない己の身の程を知らず、ルルーシュに役職を要求していたがルルーシュはそれを無視して言った。

 「橋が落とされてあるが、これも予定の内だ。朝比奈!」

 「はいはい、全軍、攻撃準備!」

 ルルーシュの指示に朝比奈が部隊を率いて月下に乗って現れると、追撃部隊に向かって一斉に銃を構えた。

 「それじゃ、新型の試作品の試し撃ちを!!」

 いずれ造られる予定の新型ナイトメア暁に実装する武器の試作品のテストを兼ねて、朝比奈達は追撃部隊に一斉射撃を行った。

 「さて、ここまでは予定調和だ。あともうひと騒動終えれば、天帝八十八陵へ籠城出来る」

 星刻との打ち合わせ通りにここまではうまくいっている。
 ただ当の本人はそのことを忘れ去っているために逆に何をするか解らなくはあったが、自分が有益な作戦を指示してもそれは演技だから承諾して行動に移すふりだけしろと先に命じるように言ってあるから大丈夫だろう。

 (むしろシュナイゼルのほうを気にしなくてはならない。ラウンズが三人か・・・気を引き締めなくては)

 ルルーシュはぎりっと唇を噛むと、現在建造中の浮遊航空艦・斑鳩の試作艦である飛鳥と合流し、さらなる指示を出すのだった。



 走るトラックの中にいる天子が外の騒動に不安な表情で香凛を見上げると、香凛は大丈夫ですと主君に微笑みかける。

 「すべて星刻様との打ち合わせの上の行動です。なるべく犠牲者が出ないように加減して行っておりますので、ご安心召されませ」

 演技とバレては台無しなので実のところ死人もケガ人も皆無というわけにはいかないのだが、それは告げなかった。
 
 「ブリタニアを騙すためなのね?」

 「そうです。天帝八十八陵にお着きになられましたら改めて作戦内容をご説明させて頂きますので、今はブリタニアの目をくぐることのみをお考え頂きますようお願い申し上げます」

 「解ったわ」

 味方がいるなら大丈夫と天子は自分に言い聞かせて、外から響き渡る音に目をつむって耐えている。
 そんな天子を抱き寄せて、香凛は必ずお守りしますと誓いを新たにするのだった。



 一方、星刻は自分の命令が行き届かずみすみすゼロを逃してしまったことに苛立ち、ゼロに逃げられたとの報告を受けて部下を怒鳴りつけていた。

 「お前達はいったい、何をしている?!こうもあっさりゼロに逃げられるとは!」

 陣中見舞いと称して訪れたシュナイゼルの副官・カノンがいるからと熱のこもった演技・・・に見える星刻の部下達は恐縮し、どう反応すればいいものかと悩んでいた。

 「例の特別製ナイトメアフレームの神虎・・・完成していたなら、あれに乗ってゼロを追い倒していたものを!!」

 今回の作戦を思えばハイスペックなナイトメアなど完成していなくて幸いだったのだが、密約を忘れている星刻は本気で歯噛みしていた。

 「連中が立てこもった場所が解りました!怖れ多くも歴代皇帝陛下がお眠りになる天帝八十八陵です」

 「何だと!天子様をあそこへ・・・おのれゼロ、許さんぞ!可及的速やかに天子様をお助け申し上げる!!」

 傍から見たらゼロを完膚なきまでに叩き潰すとしか思えない作戦をてきぱきと指示してくる上官に、部下達はこれなら大宦官やブリタニアも彼がゼロと繋がっているとは思うまいと上官の必死の演技(に見える)を内心賞賛していた。

 と、そこへ星刻の腹心の一人である(ホン) ()が入室して来た。

 「失礼する、星刻!」

 「洪 古か、何か進展があったのか」

 「いや、私的な用件の方だが重要だから報告しに来た。
 実は先ほど貴殿の婚約者の光蘭殿より星刻に薬が届けられたので、渡しに参った次第だ」

 洪 古はそう言うと、彼の手に青い薬袋を手渡した。

 「身体を労わって欲しいと、光蘭殿がおっしゃっていたぞ。
 定期的に薬を届けるので、必ず飲むようにと・・・」

 星刻がその薬袋を手にした瞬間、彼は思わず頭を押さえてよろめいた。

 『ゼロからの天子様を天帝八十八陵に連れ出す作戦終了の合図は、わたくしから青い薬袋が届けられた時でしてよ。
 その後はゼロとの約定どおり、民衆による決起が起こるまで適当な加減で黒の騎士団との戦闘を続行して下さいませな』

 そうルチアの声が脳裏に響き渡ると、星刻の瞳を赤く彩っていた光が失せて密約を交わした時の記憶が蘇る。

 「うっ・・・私は・・・」

 「星刻様!お疲れなのではないですか?少しお休みして下さい!」

 「そうだな。だが星刻の身体が心配ゆえ、光蘭殿をお呼びしろ!医術の心得がある彼女に、星刻について頂くのだ」

 洪 古の指示に一人の兵士が部屋を飛び出すと、我に返った星刻は天子が誘拐されたことは認識していたが、本当にそのように振る舞えた自分に驚いていた。

 (何だか自分がしたこととは思えぬ行動だったな・・・それだけ必死だったのかもしれんが)

 あの時のことはうろ覚えで記憶がはっきりしないが、ちらりとカノンに視線を送ると何か不審を抱かれたようには見えない。
 だが向こうもそれすらも演技かもしれないため、油断は出来なかった。

 黒の騎士団にいるエトランジュと連絡が取れるルチアを自然にこの場に呼び出せたことに安堵した星刻は、何はさておき天子の近況を聞かねばと決意するのだった。



[18683] 第五話  外に望む世界
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/27 10:55
 第五話  外に望む世界



 天子が天帝八十八陵に到着すると、そこには香凛率いる天子の護衛部隊が一斉に天子の前に跪いて出迎えた。

 「お待ちしておりました、天子様!我らニ十名、星刻様の命により貴女様をお守りさせて頂きます」

 「こんなにたくさん来てくれたのね。ありがとう」

 「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」

 「さあ、お疲れでしょう。まずはお部屋でお休みを」

 香凛が天子にそう促すと、天子は少し言いづらそうに背後のエトランジュに言った。

 「エディ、私・・・安心したら、その・・・」

 「はい、みんな疲れておりますから、お食事にしましょう。
 ちょうど日本から持ってきた冷凍のうどん麺がありますから、すぐにお作りしてお部屋にお持ちしますね」

 婚儀に不安で食欲がなかったことを知っていたエトランジュがそう言うと、うどんという聞き慣れない料理名に瞬きした天子は日本の温かくて胃に優しい料理だとの説明を受けて嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「ありがとう、エディ!日本のお料理は私初めて!」

 「よろしゅうございましたね天子様。さあ、お部屋に参りましょう」

 香凛の言葉に天子が頷いて護衛部隊とともに部屋に歩き去るのと見届けたルルーシュは、調理場に向かおうとするエトランジュに向かって言った。

 「あまり時間はありません。
 星刻の部隊がこちらに到着する前に天子様に例の話をしておきたいので、軽食が済み次第会議室へとお連れして頂きたい」

 「解りました、天子様にそうお伝えいたします」

 エトランジュはそう答えると調理場に向かい、元は新聞社の文化部に務めていたという騎士団員からアドバイスを受けてうどんを作り始めた。
 
 関西風のうどんに滋養のある卵を入れて作ったうどんを天子の部屋に運ぶと、天子は目を輝かせた。

 「わあ、いい匂い・・・!」

 「月見うどんです、天子様。香凛さんもぜひご一緒にどうぞ」

 ワゴンを押して三つの椀に入れられたうどんをエトランジュが勧めると怖れ多いと香凛はためらったが、天子から一緒に食べましょうと誘われて了承する。

 「恐縮ですが、ご相伴に預からせて頂きます」

 「お食事は大勢でした方が美味しいですよ」

 シュナイゼル達との会食のような例外もございますが、と内心で付け足してエトランジュがテーブルの上にうどんを置くと、三人で食べ始める。

 「あったかいお料理・・・美味しい!」

 「喜んで頂けて何よりです」

 喉ごしもよく温かな麺を香凛も気に入ったのか、七味唐辛子をかけて美味しそうに食べている。
 天子もかけようとしたが辛いですと止められて味見をし、慌てて水を飲みながらエトランジュに尋ねた。

 「辛い・・・どうして香凛はそんな辛いのをかけるの?」

 「味覚はそれぞれですからね、いろんな調味料をかけて個人で調節するのが一般的なんです」

 「そういえば卜部という騎士団の男が、メープルシロップをかけるとか言ってましたね」

 それに対して大多数の日本人の顔が引きつっていたのを見ていた香凛は、メープルシロップをうどんにかけるのは少数派のようですがと付け足す。

 「大人になったら、味覚は変わってしまうと聞きましたからね。
 アル従兄様も辛い物は苦手だったのですが、今は召し上がるようになりましたし」

 「そうなんだ・・・私もいつかは辛い香辛料をかけて食べられるようになるのかしら?」
 
 「もちろんです、天子様」

 微笑ましい会話を香凛に見守られながら食事を終えると、外にいた護衛の騎士団員に後片付けを依頼してワゴンを外に出すと、エトランジュは打って変わって真剣な表情で天子に言った。

 「天子様、到着したばかりで申し訳ないのですが、お時間がありませんのでどうかお話を聞いて頂けませんでしょうか?」

 きた、と天子は思った。
 ここには墓参りをしに来たわけではない、ゼロが自分をここに連れて来たのはブリタニアの国力を中華によって増強されないためなのだ。
 そして今、表だって天子誘拐犯となったゼロが今後のために話をするというのは当たり前のことだった。

 「これから洛陽からお集まり頂いた科挙組の官吏の皆様とゼロと、会議を行って頂きます。」

 「科挙の人達もいるのね。それで、私は何をすればいいの?」

 いつも政治的な事柄に関しては周囲の言うとおりにしてきた天子がそう尋ねると、エトランジュは頷いて言った。

 「まずはお話を聞いて頂くことです。でも、少し注意事項がございますので、よろしいでしょうか?」

 「なあに?」

 「これからゼロや官吏の方々が行うお話は、天子様には難しいと思います。
 ですが解らないことがおありでしたら、ご遠慮なくお話しして頂きたいのです」

 「でも、いちいち私が質問していたら会議にならないのではないかしら?」

 「いいえ、今後の中華の行く末を決める大事な会議です。確かに象徴としての天子であればただ頷くだけで許されますが、子供の時代はいつかは終わるのです。
 子供のうちは学び質問することが許されます。遠慮などする必要はございません。
 ゼロももちろん構わないとおっしゃっておりました」

 「ゼロも?」

 いきなり己のこめかみに銃を突き付けてきた仮面の男を思い出して思わず震えた天子に、エトランジュは無理もないと思いつつも安心させるように言った。

 「ああいう場面でしたのであのような手段になってしまったことを、ゼロも恐縮しておられたのですが・・・あの方は結果主義なのです。
 政治は結果が全て、過程は問わぬというお方なので」

 「一理ありますが、もう少し選んで欲しかったものですね」

 香凛の溜息にエトランジュはごまかすように天子を諭す。

 「ですが、余裕がないとなるとおのずと手段も制限されてしまいますから。
 今回は少々手酷い行為でしたが、決して天子様を軽んじてのことではないということはご理解頂ければと思います」

 「エディがそう言うなら・・・」

 結構ノリノリで花嫁強奪犯をやっていたルルーシュのフォローを終えたエトランジュは、さらに続けた。

 自分も解らないことはいつも尋ねてきた、だから天子が許されない道理などないと言うエトランジュに天子は大宦官の言葉を思い出した。


 『難しい政は我らにお任せを』
 『幼い貴女は何もしなくてよいのですよ』
 『玉座にお座りになることこそ貴女の務め・・・』

 玉座の人形として扱われてきた天子にとって、自分は天子だからこそ知らなければならない、解らないなら解るまで説明するというエトランジュの言葉は新鮮だった。
 さらに香凛もエトランジュの言葉に同調する。

 「エトランジュ様のおっしゃるとおりです、天子様。
 貴女様はこの中華を統べる皇帝なのですから、いつまでも解らないままでいるわけには参りません」

 「解ったわ。解らないことがあったら、ちゃんと尋ねる」

 「結構です。それで天子様、これからゼロがお話しになる超合集国構想を解りやすく説明したものをお持ち致しましたので、どうかお読み頂けませんか?」

 そう言いながらエトランジュが取り出したのは、“よく解る超合集国構想!”と青いタヌキのような生き物が天子と同じ年頃の眼鏡少年のイラストが描かれた数枚の書類だった。

 「これは・・・日本の漫画と呼ばれる読み物ですね」

 「そうなの?香凛。可愛い絵・・・」

 「ええ、日本で有名な漫画を描いてらした方にお願いして作って貰ったのです。
 漫画はとても解りやすいので、概要だけをご理解頂くにはちょうどいいと思って」

 天子は文字ばかりと思っていたら絵と台詞で解りやすく説明してくれる青いタヌキと少年の漫画を気に入ったのか、ゆっくりと読んでいく。

 「ブリタニアに対抗する国で、みんなで助け合う連合国家・・・」

 それに伴うデメリットもきちんと説明している漫画に、天子は少々考え込んだ。

 「悪いこともあるのね」

 「残念ながら、利点ばかりという訳にはいきません。完璧なものなどどこにもないからです。
 しかし、政治とはそういったものだとお父様も伯父様もゼロもおっしゃっておりました。利点を伸ばし欠点を補い影響を少なくすることを考えていけば・・・」

 やっているうちに欠点とは見えてくるものだからその都度考えていくのだというエトランジュに、天子は頷いて納得する。

 「ゼロは幾通りものパターンを瞬時に考えることが出来る方ですし、欠点も織り込み済みのようですから影響はそうないと伺っています」

 ただエトランジュもさほど政治や経済に詳しい訳ではないので断言は出来ないと申し訳なさげに告げると、天子は大事そうに漫画を閉じる。

 「ゼロに聞いたら、答えてくれるかしら?」

 「もちろんですとも天子様。説得力がないかもしれませんが、あの方は子供には非常にお優しい方ですから。
 騎士団でも孤児院にいる子供に食事を作ったりして面倒を見ておられるんですよ」

 本当に説得力がないと香凛は思ったが、口には出さなかった。
 ノリノリ過ぎて天子の信用を落としてしまったルルーシュにエトランジュは内心で溜息をつき、ギアスで天子に対しては気を使った対応をするように頼んでおく。

 と、そこへ部屋のドアをノックする音が響き、外から会議を告げる声が聞こえてきた。

 「失礼いたします、天子様、エトランジュ様。会議の準備が整いましたので、どうか会議場へお越し下さいませ」

 「解りました。すぐに参ります・・・天子様」

 「・・・はい」

 生まれて初めて自分の言葉を出さなくてはならない会議に臨む天子はびくびくしながら立ち上がると、エトランジュがそっと手を繋いだ。

 「大丈夫です、私もいますし科挙組の方々もおられます。
 一人ではなく味方がたくさんいるのですから、何を恐れることがありましょう?」

 「ひとりじゃ、ない・・・そう、そうね」

 「それにこれは会議です。戦争ではないのですから」

 重ねて怯える必要はないと告げるエトランジュに天子は心が軽くなった。
 ぎゅっとエトランジュの手を握りしめて、天子は部屋を出て会議室へと歩き出した。



 会議室にはゼロことルルーシュを中心に同じ制服を着た騎士団員の藤堂を筆頭に朝比奈、千葉、卜部がおり、その反対隣には同じ制服を着てはいるがブリタニア人らしき金髪の男性がいる。
 さらに顔こそ知らないが官僚の服をまとった数人の中華の官吏達が見えた。

 「あら、ミスターディートハルトではないですか。どうして中華に?」

 「私はゼロを撮り続けるために黒の騎士団に入ったのです。
 ゼロの新たな伝説の1ページを録り損ねるなどあり得ませんよ」

 ディートハルトに目を止めたエトランジュの不思議そうに問いかけに、ディートハルトは当然だと言うように答えた。

 「このような素晴らしい歴史の場面に立ち会わずして、何がジャーナリストですか。
 特区の方は落ち着いておりますので部下に任せ、有給を取ってやって参りました」

 「そうですか。そういえば今回の作戦の要は大宦官の本音を中華中に流すということでしたから、そういったことにお詳しい貴方が来て下さったのは大変助かるのでは?」

 「得意分野ですので計画は基本的に私が立てたのですが、アクシデントが起こった場合は必ず現場でお役に立てると存じます」

 (相変わらず勝手な行動を・・・!だが確かにこいつは使える。今回は目をつむってやるとしようか)

 ルルーシュが鷹揚に頷くと、エトランジュは天子に席を勧めた。
 
 「さあ天子様、どうぞお席へ」

 知らない人間が多いことにおどおどしながらも天子が席に着くと背後に香凛が立ち、その隣にエトランジュが座った。

 「ブリタニアの人もいるのね」

 「我ら黒の騎士団は、人種や国を問わぬことを信条にしております。
 ブリタニア人全てがあのような弱肉強食の国是を認めているわけではありませんからね」

 出来るだけ優しくとエトランジュから釘を刺されたルルーシュは確かにもっともだと思ったので、穏やかに言った。

 「そう、みんな仲良くしているのね」

 シュナイゼルらと攻防を繰り広げたエトランジュが普通にディートハルトと話しているのを見て、天子はブリタニア人にもいい人がいるのかと思った。

 「はい、いつまでもブリタニア人だからと嫌い争っていては平和には至りません。
 争いの根源たる皇族だけを排除し、他のブリタニアの方々とは末長く暮らしていければいくことこそが肝要であると考えております」

 「そのための超合集国なのですか、ゼロ?」

 「そのとおりです、天子様。概要はすでにお読み頂いたようですが」

 「私はいいことだと思いました。
 少しは喧嘩することもあるかもしれないけれど、他の国が止めてくれるのなら・・・話し合いで解決するのが一番だと、太師父も言っていたもの」

 「まったく私も同感です。
 そのために超合集国を創り、我ら黒の騎士団が各国の者達で一つの軍隊となって守っていければと」

 「みんなでお互いを守るということ?」

 「そういうことです。軍隊というのはそもそも、出来れば使わない方がいい道具のようなものですからね。
 ただ安心するためにだけあるというのが一番理想なのです」

 軍人を馬鹿にしたかのように聞こえるが、実際はそのとおりだなと藤堂は内心で呟いた。
 もしも七年前にブリタニアの侵攻がなく平和であったなら、藤堂は軍を退役して道場でも出来ればいいと考えていた。
 必要だけれども出来る限り使わない方がいい・・・それが軍隊なのだ。

 「一つしか軍隊がなければ、人は話し合いで解決しようとするでしょう。
 今は話し合いという単語が辞書にないブリタニアがいますが、かの国を倒して言葉で解決を図る道を模索して歩いていきたいと思います。
 いずれゼロが不要となるその時まで」

 「ゼロが不要って・・・貴方は黒の騎士団をまとめる人なのですから、ずっと必要ではないのですか?」

 目を丸くして問いかける天子に、ルルーシュは仮面の下で自嘲の笑みを浮かべて答えた。

 「ゼロとは悪を倒し世界を平和に導くただの記号ですよ、天子様。
 狡兎死して走狗煮られ、高鳥尽きて良弓蔵ぜられ、敵国破れて謀臣滅ぶという中華のことわざの通りだということです。
 今はゼロをもてはやしていても、平和になれば仮面をつけた男がそのまま統治することは自然に厭われます。
 かといって仮面を外せばたとえ私がどれほど平等に国々を扱おうとも特定の国に有利になると思われたり、不満を抱くことにもなる。
 だから私はことが終われば黒の騎士団の総帥を降りることになるでしょう」

 さらりとそう告げたルルーシュに、周囲はざわめく。
 それは確かに彼の言うとおりだが、ならば彼は何がしたくてゼロになったのだろう。

 そんな周囲の心の声はギアスなどなくても聞こえてきたルルーシュは、はっきりと告げた。

 「私は優しい世界を望みます、天子様。弱者が強者に虐げられることのない、平和な時代を。
 恒久的な平和は望めなくとも、せめて私や私の家族だけでも平和で豊かな時を過ごせる時代を創ることは出来るでしょう。
 それが過ぎればまた人々は争いだすかもしれない。だからこそ私は超合集国を構想し、黒の騎士団を創り上げたのです。
 強者が弱者を虐げないという矜持を持つ国を、それを誇りとする者達が作る明日を私は見たい」

 「あした・・・」

 毎日が同じことの繰り返しだった天子にとって、ゼロの語る明日という言葉に胸を高鳴らせた。

 みんなで仲良くいつまでも。
 最初にエトランジュが寄越した手紙に書いてあった一文が、天子の心に響き渡る。

 「みんなで仲良く暮らせる世界になりますか?」

 「そのために努力し続けさえすれば、必ず。そのためにも、この戦いを終わらせなくてはなりません。
 世界各地で起こっている戦争はブリタニアが嵐の目となっている面が一番大きいですが、決してそればかりではない。
 もちろん貴女のせいではありませんし理不尽にも感じるでしょうが、貴女が中華連邦の皇帝である以上中華が関わった争いを収束させる義務がおありになるのです」

 「・・・国でたくさん飢えている人や病気になってもお薬が貰えない人がいることも、私がなんとかしないといけないのですね」

 「そのとおりです。ですが、一人でやれなどと言うつもりはありません。
 このとおり、貴女の力になる者達、貴女の味方が大勢おります」

 天子が途方もない責任に顔を俯かせると、ルルーシュは科挙組の官吏達を天子の前に来るように促す。

 「お初にお目にかかります、天子様。
 私どもは科挙に合格して官吏となりました者達にございます」

 天子の前に跪いた官吏達に天子は戸惑うが、彼らは大量の書類を脇に置いて天子に向かって言った。

 「本日は天子様に奏上したき儀がありまして、勝手ながら拝謁を賜らせて頂きました。
 私どもは御吏の任を賜っている者です」

 「御吏ってなんです?」

 朝比奈が小声でエトランジュに問いかけると、太師から聞いて知っている彼女が教えてやる。

 「御吏というのは官吏の中に不正や悪事を働いた者がいないかを調べる官吏だそうです。
 官吏限定ではありますが強制捜査権や直接皇帝に弾劾奏上出来る権限をお持ちだとか」

 「ようするに官吏専門の警察ということかー」

 朝比奈は納得したが、その御吏達がこの作戦にどうして関わっているのだろうと首を傾げる。

 「私どもは官吏になって以後幾度にも渡って大宦官やその他の汚職官吏の弾劾を行って参りましたが、御吏の長が大宦官の幹部であるためにもみ消されておりました。
 中には暗殺された我らの同朋もおりまする。どうか天子様、我らの訴えをお聞き届け下さいますようお願い申し上げます」

 そういうことか、と周囲の者は納得したが、同時に天子とはいえ幼い彼女に言っても解決しないのではないのかとも思った。

 「大宦官達は、何をしているの?」

 「はい、奴らは元来ならば民に還元すべき血税を横領し、自分達だけ膨大な俸給を受け取り生活しております。
 それのみならず自らの縁戚に予算で工事などを請け負わせ、水増し請求をするなどは日常茶飯事。それによる被害は目を覆いたくなるほどです」

 その他の悪事と同時に被害総額を告げると天子やエトランジュはいまいちピンと来なかったようだが、他の面々は顔を引きつらせた。
 既に予想していたルルーシュは呆れることすらせず、淡々と言った。

 「それだけの額なら省の一つや二つ、住民を飢えや病から救うことが可能ですね」

 「そんなにたくさんの人達が助かるお金を、大宦官は持って行ったの?!」

 世界最大の人口を誇る中華連邦の省人口ともなれば、数千万を数える省も存在する。それらを飢えから救うだけの額となると、いったいどれほどのものなのか。

 「私、そんなこと全然知らなかった・・・」

 「前皇帝陛下がご存命の折には連中も隠れてやっていたのですが、ご逝去されてからは隠すことすらせずやりたい放題。
 そうして積もり積もった被害がこれほどになってしまいました」

 「今は政治の要職は全て大宦官どもが占めております。
 御吏の長ですらもそうであるがために、我らの権限で連中を糾弾することもままならず・・・」

 それも我らの不甲斐無さゆえ、と科挙組達は頭を下げたが、詳しいことはまだ理解出来ない天子は戸惑った。

 「で、でも私にはどうしたらいいか・・・」

 「確かに大宦官どもが政治を司っているとはいえ、貴女様は我が中華連邦の長にございまする。
 どうか貴女様の御名をもって、我らに命を賜りたいのです。大宦官どもの不正を暴き、持って法を正し民を救えと」

 「私、が・・・?」

 いきなり自分の力が必要だと言われた天子は震えた。自分はいつも周囲に言われるがまま何もせずにいたから、自分の力がどんなものかなど考えたこともなかったからだ。

 「大宦官どもを罷免し不当に搾取した財産を没収すれば、国庫は一時的に落ち着きまする。
 それを民に還元し、田畑を耕し国を潤すために使えば中華は立て直しが可能です」

 「今がその機会なのです、天子様。大宦官どもはブリタニア貴族の地位を得ればあの弱肉強食の国是を掲げて更なる搾取を行うと聞いた者もおります。
 幼き天子様にこのような重責を負わせるのは恥と重々承知しておりまする。
 ですが我らにはもはやこの手しか残されておらぬのです」

 天子といえど十二歳の少女に政治に関われと要求するのは官吏として以前に人間として恥だと思い、これまで自分達で何とかしようと頑張ってはいた。
 だが既に根底から腐りきっている祖国を救うためには、もう時間がない。幸いにして天子は穏やかな性格で、後見人たる太師は経験豊かな政治家である。
 ならば太師が健在なうちに大宦官達を一掃し、可及的速やかに立て直しを図るしか道はなかったのだ。

 「・・・太師父も星刻も、賛成しているの?」

 「はい、天子様。天子様をブリタニアに売り払うなどという暴挙をしでかした以上、もはや一刻の猶予もならぬと」

 香凛が答えると、天子はそれならばそれがいい道なのだろうと短絡的に考えた。 だがそれによってどんな出来事がこの先起こるのか、知っておきたかった。

 「もし私がその命令を出したら、どうなるの?」

 「貴女様のお言葉は何者にも掣肘されぬ勅命となりまする。
 我らはその(みことのり)を持って大宦官どもの家宅捜査を行い、またここにまとめました不正の証拠を持って逮捕拘束し裁判にかけることが可能になります。
 そのうえで財産没収などの刑罰を下し、あとは戸部(財務を司る部署)が民にそれらを還元すべく取り計らうこととなりましょう」

 「我らは民のために官吏となりました。どうか天子様も国民を思われるのでしたら我らに命を!」

 一斉に頭を垂れて懇願された天子は、自分の言葉にそれだけの力があるのだろうかと逆に不安に駆られ、エトランジュを見た。
 同じように幼くして王位についたエトランジュもこうだったのだろうかとふと思う。

 太師は言った。王は民のために在り、官吏は王に仕えて民を守るものなのだと。
 そしてみんなが飢えずに楽しく暮らせる国がいいと言ったら、それこそが元来国のあるべき姿なのだとも。

 「私、まだまだお勉強ばかりで何も知らないの。
 外に住む国の人達がどんな暮らしをしてどんな思いで過ごしているのかも、何も知らないの」

 「天子様・・・」

 「でも、私もゼロの言うように飢える人達がいなくなって争いがない世界を見てみたい。みんなはどう思う?」

 「それは中華に住む者達とて同じ望みにございます!否定する理由などどこにありましょう!」

 「我らも同じ思いにございます、天子様!」

 口々に同意する官吏達に向かって、天子はまだ怯えながらも言った。

 「私はまだ何も出来ない。でも、そのために力になるというのなら頑張ってみる。
 だから・・・私に力を貸してくれますか?」

 あまり語彙のない天子は、ただ心に浮かんだ言葉のまま官吏達にそう願った。
 まだ何も知らない世間知らずの少女の掲げる絵空事と断じるのは容易い。
 だがその純粋さこそこの腐りきった祖国を変えるには必要なものなのではないだろうか。
 黒い現実を諦め受け入れるより苦しい選択であろうとも、黒を白に塗り変え新たな色彩で美しい絵を描く。

 官吏達はいっせいに臣下の礼を取ると、天子に向かって忠誠を宣誓した。

 「我ら一同、貴女様に恒久の忠誠をお誓いいたします!」

 「みんな・・・ありがとう」

 ぽろぽろと涙をこぼした天子は、ハンカチを差し出して涙をぬぐってくれたエトランジュを見上げた。

 「エディ、私頑張ってみる。
 まだよく解らないけれど、太師や星刻やここにいる人達を信じて、やれることを精一杯やってみるわ」

 「私もそこから始めました、天子様。私に出来て貴女に出来ない道理はありません。
 一緒に頑張りましょう・・・みんなで」

 「エディ・・・はい!」

 その言葉に勇気づけられた天子は、科挙組達に尋ねた。

 「あの、命令を出すってどうやるの?ただ大宦官達の不正を暴けって言えばいいのかしら?」

 「正式な命令となりますと、まず命令書をしたためて後見人である太師様の印があれば形式的にはそれでいいのですが、大宦官どもが偽の詔だと言い出せば難しいのですよ」
 
 「そこで今回の作戦ですよ、天子様」

 外野が口を出せば内政干渉と取られかねないので黙っていたルルーシュが、そこで口を挟んだ。

 「今回の作戦の目的は、大宦官どもに己の本音を暴露させて国中に流すというものです。
 その後で天子様にテレビに出て頂き、その勅旨を出して頂ければ誰もが従うでしょう」

 簡単に要約した作戦内容に天子は理解はしたが、自分の言葉を国内に流すと聞いてびくりと震えた。
 
 (でも、これが私のお仕事なんだもの。エディだって戦場にお見舞いに行ったことがあるって言うし、それに比べたらこれくらい・・・)

 親友だって頑張っているのだから自分もと己を奮い立たせた天子は、官吏達に向かって言った。

 「私、テレビに出るわ。みんなにちゃんと勅旨を出す」

 「ありがとうございます、天子様!」

 この作戦が成れば、長年の夢だった国を食い潰す寄生虫である大宦官の排除が叶う。
 官吏達の中には大宦官達に濡れ衣を着せられ処刑投獄された者もいるのだ、恨んでも恨みきれるものではなかった。

 「では、我らは急ぎ洛陽に戻り準備を整えます。
 既に星刻殿が手配して下さった兵が大宦官捕縛のためにおりますので」

 「解ったわ。頑張ってね」

 「御意!」

 科挙組達が黒の騎士団が手配した車に乗り込むべく部屋を出ていくと、リーダー格の官吏が香凛とルルーシュに向かって言った。

 「くれぐれも天子様をお頼み申し上げる。あの方が我らの希望なのだから」

 「もちろんだ。星刻様にもそうお伝えしてくれ」

 「我ら黒の騎士団は、平和を望みそのために粉骨砕身する者の味方である。
 必ずや天子様をお守りすることを約束しよう」

 二人に頷かれて官吏が今度こそ部屋を出ようとすると、慌てて天子が呼び止めた。

 「星刻に会いに行くなら、手紙を渡してほしいの。きっと心配してると思うから」

 「おお、そういえば貴女様を誘拐を装って連れ出す際にも大いに慌てたそうですな
 何でもとうてい演技とは思えぬほどだったとか」

 「そうなの、だからお願いしてもいい?」

 「もちろんですとも」

 官吏達が快諾するとエトランジュが阿吽の呼吸で準備した便箋にさっそく短くはあったが手紙を書いた。
 それに丁寧に封をしてすると、エトランジュが小さく折り鶴の絵を描く。

 「こうしておけば万が一ブリタニアや大宦官の手の者に見られても中を見られない限り天子様からのものだとは解りませんよ」

 「そうか、そういうことも考えないと駄目なのね。ありがとう」

 官吏が手紙を受け取り大事そうに文箱に入れると、一礼して今度こそ部屋を出た。

 こうして黒の騎士団とエトランジュとアルフォンス、そして天子と香凛だけになると、ルルーシュが優しく天子に言った。

 「夜明け頃に星刻の部隊が来ます、天子様。タイミングを見計らって大宦官どもと話し、会話を誘導して連中の本音を聞き出しそれを中華に放送します。
 その後は貴女が洛陽にいる官吏達に向かって勅令をお出し頂きたい」

 「解ったわ、やってみる」

 「多少は練習をする時間があると思います。
 その後はどうか今宵は明日に備えてお休み頂ください」

 ふと時計を見ると、既に夜の七時になっている。どっと疲れが押し寄せてきた天子が頷くと、エトランジュに促されて退出していく。

 それを見送ったルルーシュは、藤堂に向かって言った。

 「これで条件はクリアされた。後はラウンズ達を始末し星刻と戦い劣勢を装い、作戦を開始する」

 ここから先は大人特有の汚い会話だ。いくら天子が知りたいと望んでも、まだ彼女には理解出来ないことだろう。
 理想と現実との違いを知るには、十二歳の彼女ではまだ早過ぎるのだ。

 同じように理想と現実の違いを知り小さな一歩を踏み出した天子に、最愛の妹の姿が重なり合った。



 天子と別れた官吏達が途中の街に立ち寄ると、そこにはちょうど星刻の軍がいた。
 ゼロは狙って天帝八十八陵に立てこもった、罠を仕掛けるのが得意だと聞いているのでどこで罠を仕掛けてくるか解らないという名目の元、進軍の速度は怪しまれない程度に遅くしてあるからだ。

 「黎軍門大人、科挙の官吏達が洛陽に向けて出発したとのことです。
 ただ一人、面会を望んでいる方がいるとのことですが」

 天帝八十八陵に向かう星刻に同行したルチアの報告に、星刻は即刻通せと命じると顔見知りの官吏が明るい表情で入室してきた。

 「黎軍門大人、天子様は全てを了承して下さった。
 これで公然と大宦官どもを粛清し法の裁きを受けさせられる」

 「そうか、さすが太師様だな。これで天子様が中華を統べる皇帝だと民に印象付けることが出来る」

 この天子による勅旨を出すという案は、出来るだけ天子に国を治める者としての実績をと言う太師からのものだった。
 決起した民衆と軍との間で衝突することにでもなれば、民衆にも害が及ぶ。
 だが天子が軍に命令して多少でも牽制になれば被害を減らすことが可能という一石二鳥の策である。

 「して、私に用とは?」

 「うむ、天子様から貴殿にとお預かりしたものがある」

 官吏が風呂敷に包まれた文箱を差し出すと、星刻は逸る気持ちを抑えきれずに文箱を開けて中の手紙を大事そうに手に取った。

 「これは、鶴・・・天子様」

 『折り鶴を千羽作ると、願いが叶うんですって』

 星刻は手紙を取り出し食い入るように読むと、そこには紛れもない天子の文字が並んでいる。

 『星刻、大丈夫ですか?私は元気です。
 ゼロは少し怖いと思いましたけど、きちんとお話をさせて貰ったら優しい人でした。あんなやり方になってしまったのもあれ以外に方法がなかったんですって。
 ここには香凛や他の人達もいるので、私は怖くありません。
 私ね、飢えることや争いがない世界を見たいの。官吏の人達もそれがみんなの望みだと言ってくれました。
 私はまだまだ何も知らないしみんなに迷惑をかけてしまうけれど、星刻も助けて欲しいの。
 私も出来るだけ頑張るし勉強も一生懸命するわ。だからいつか交わした約束通り朱禁城の外の人達の生活を見せて欲しいの。
 そしてみんなで平和に暮らせる国にするために星刻の力を貸してほしいの。
 私は貴方を信じています。 蒋 麗華」

 「天子様・・・」

 自分を信じているというその言葉だけで、星刻は何もかもが報われる思いだった。
 あの日天子から救われた時に交わした永続調和の契りを支えに、ここまで来た。

 「我が心に、迷いなし!」

 歓喜に身体を燃え盛らせた星刻の叫びに、官吏も頷く。

 「我らもあの方に忠誠をお誓い申し上げた。この作戦、必ず成功させてご覧にいれよう」

 まだ何も知らぬがゆえに未来のある天子に、中華の未来を見た。
 これからは何でも知っていきたいと望む主に、外の世界を。
 そして誰も飢えることなく平和に暮らせる世界を、共に創造していこう。

 二人はそう決意すると、己の役目を果たすためにそれぞれの戦場へと足を進めるのだった。



[18683] 第六話  束ねられた想いの力
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/12/11 11:48
 第六話  束ねられた想いの力



 翌朝目が覚めた天子は、すでに起きていたエトランジュに笑顔であいさつした。

 「おはよう、エディ!」

 「おはようございます天子様。今日の朝食はゼロお手製のホットケーキだそうですよ」

 「ホットケーキ?私初めて食べるわ。でも、ゼロお手製って・・・」

 首を傾げる天子だが、そういえばゼロは黒の騎士団が関わっている孤児院の子供達に食事を作ることもあると言っていたっけと思いだす。

 「甘くて温かい食べ物です。きっと天子様もお気に召しますよ」

 「甘くて温かい食べ物・・・!楽しみだわ」

 笑い合う二人の部屋のドアがノックされると、さっそく来たとエトランジュがドアを開けた。

 「おはようございます、ゼロ」

 「おはようございます、天子様、エトランジュ様。
 昨日のお詫びと言ってはなんですが、朝食を作らせて頂きました。ぜひ召し上がって頂きたい」

 ワゴンにほかほかと湯気の立ち上るホットケーキを乗せて入室したルルーシュに、天子は目を輝かせた。

 「あったかい・・・!美味しそう」

 天子は温かくて甘い料理と聞いているので嬉しそうにナイフとフォークを手に取り、エトランジュを真似てゆっくりとホットケーキを切り分けて美味しそうに食べた。

 「甘い・・・美味しい!」

 こんな美味しい食べ物は初めて、と笑みを浮かべてホットケーキを食べる天子に、昨日のお詫びとしては最良だったなとエトランジュのアドバイスは正解だとルルーシュは思った。

 (いくら非常時とはいえ、怯えさせてしまったのならもっともなことだからな)

 「それはよかった。昨日は本当に申し訳ないと思っていたので、これからも時間を見ては作らせて頂きますよ。
 ああ、朱禁城のコックにもレシピを渡しておきましょう」

 「本当?!ありがとうゼロ」

 「よかったですね、天子様」

 ほのぼのとしたやり取りをしながらホットケーキを完食した天子が、ミルクティーを飲みながら尋ねた。

 「今日はお外で戦いがあるのでしょう?どれくらいで終わるのかしら」

 「すでに仕込みは完了しておりますが、数時間はかかるでしょう。
 連中も自分達が優勢とならなければ口が軽くなりませんからね」

 「星刻が勝っているように見せかけるの?」

 「そうです。そして本当の敵であるラウンズを倒すのが目的なのですよ」

 アルフォンスが入手してくれたEU戦のラウンズの機体データ、昨日のナイトオブトゥエルブのモニカの機体であるユーウェインのデータを分析し、そのデータを元に倒す策があるのだ。


 「あちらには私の仲間のルチア先生がいますから、常時連絡を取れます。
 現在はこの近くの街にいらっしゃって、ラウンズも同行したとか」

 表向きにはブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたのだから大宦官から依頼されたという名目だが、明らかにシュナイゼルの意図が働いている。
 エトランジュの報告に、天子が不安そうに言った。

 「ラウンズって、ブリタニアでも強い人達だって聞いてるけど・・・」

 「大丈夫です天子様。既に勝つための策をゼロが考えて、いろんな罠などを仕掛けてありますから」
 
 綺麗事だけで物事は動かないと聞いていた天子は、エトランジュの物騒な単語に何も言わなかった。
 そしていつも自分に優しい言葉をかけてくれるエトランジュが自分よりもずっと世の中の黒い部分を見続け、それ故に黒い手段を知り使うこともいとわなくなっていることを知った。

 (大人になるって、こういうことなのかしらお祖父様。
 でも、やるって決めたのだから、私も目をそらしちゃ駄目なんだ)

 天子は命令に重みを持たせるためにと、祭祀を執り行った上で持ち出したこの天帝八十八陵に奉納されていた先代皇帝の玉爾を押して作成した詔を見つめた。



 「敵部隊捕捉!黎 星刻率いるナイトメア部隊、ラウンズの機体が一体です!」

 通信士の報告に、天子と別れて司令部に来たルルーシュは来たかと画面を見つめた。
 シュナイゼルが乗るアヴァロンだけは太師達が何とか拒否出来たが、代わりにラウンズ二名を派遣することに同意させられたのである。

 「藤堂、作戦通りお前は星刻のナイトメアと交戦しろ。
 一番隊と二番隊はAパターン、三番隊と四番隊はCパターンに沿って動け」

 「承知した。なるべく早く大宦官との会話をして欲しいものだな」

 「劣勢を装わないと無理だな。お前には不本意なことだろうが、よろしく頼んだぞ」

 わざと不利なように振る舞えという作戦に、奇跡の藤堂が劣勢だからこそ効果があるのだというルルーシュの説明に、朝比奈が複雑そうな顔をした。

 「そりゃ確かに俺らが劣勢じゃあインパクトないだろうしさあ・・・でも藤堂さんが負けそうってのが何か嫌だな」

 「もう決まったことを愚痴るなよ朝比奈。こっちのほうが効率的なんだから諦めろって」

 卜部がナイトメアの最終調整のモニターを眺めながら諫めると、朝比奈は解ってると溜息をつく。

 「よし、月下の準備は完璧だな。イリスアーゲートとの連携で、ラウンズをやれればいいんだが・・・」

 「データ解析は出来てるけど、枢木と違ってもろにパターン通りの行動をしてくるほど単純じゃなさそうね。
 でも所詮は人間、徹底的に追い詰めて焦りを誘ってやればいいのよ」

 何のためにせっせと罠を仕掛けたりデータ解析をしたりして来たのかと言いながら現れたアルカディアに、卜部と朝比奈が敬礼する。

 「来襲したラウンズは二名、後の一名は洛陽に残ったシュナイゼル達の護衛にあたるらしいわね。
 来るのはナイトオブフォーのドロテア・エルンストと、藤堂中佐がフロートシステムを壊したナイトオブトゥエルプのモニカ・クルシェフスキーだそうよ」

 「相手に不足はありませんよ。なあ朝比奈?」

 「同感だ。日本の意地と誇りにかけて、遅れはとりません」

 卜部と朝比奈が戦意を燃え上がらせると、アルカディアはさすが軍人と笑みを浮かべた。

 「頼もしい言葉ね。防御は私に任せてね。私と組むのは卜部少尉よね?」

 「そうです。朝比奈と組むのはジークフリード将軍でしたね」

 「イリスアーゲート・ソローと一緒に開発して貰った、イリスアーゲート・パターで出るわ。
 ジーク将軍はシステム操作が苦手なんで単純に防御装甲を厚くして、あと小型のミサイルなんかも積んであるからソローより攻撃的な仕様になってるけどね」

 イリスアーゲートシリーズは攻撃力こそ低いが、基本的に戦闘補助に特化したナイトメアだ。
 祖国が建国された時から資源に乏しく北方の厳しい環境で何事も互いに協力し合ってきた自分達にふさわしい。

 「さあ、行きましょうか。ブリタニアに私達の誇りと意地を見せてやりましょう!」

 「「承知!!」」

 その叫びを聞いて、騎士団内に打倒ブリタニアを叫ぶ声が響き渡る。
 それを背後に背負いながら、アルカディア、朝比奈、卜部は自身が乗るナイトメアへと乗り込んでいった。



 「あれが黒の騎士団の移動型基地か」

 フロートシステムを破壊されただけで戦闘能力はなお健在だったユーウェインを搬送して天帝八十八陵に参戦したモニカは、雪辱に燃えていた。

 「フロートシステムなどなくとも、必ず討ちとってやるわ」

 「油断は禁物だモニカ。あちらのナイトメアのフロートシステムは無事なんだから」

 「解ってる!」

 ドロテアの忠言にラウンズの誇りに掛けて負けないと、モニカはユーウェインを発進させて陣頭へと立った。
 大宦官からの要請、またブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたのだから奪回に動くのは当然という名目のもと、ラウンズ二名が参戦したのである。

 「これは中華連邦内のこと、ラウンズのお二人には我らに任せて後方にいて頂きたいのだが・・・」

 たとえ感情がこもっていなくても不審を伴いにくい台詞をルチアが考えてくれたので、棒読みに近い言葉だったが星刻の台詞は国の面子を気にする武官のものとして受け入れられた。

 「我らブリタニアと中華連邦とは、今回の婚姻で和平が成るのですよ。
 婚姻をあのように壊されたまま黙っていては、ブリタニアの国威にも関わること」

 「ドロテアの言う通りです。どうぞ我らに天子様救出をお手伝いさせて下さい」

 「それは頼もしい」

 適当にやり取りしたらそれでいいと言われていた星刻は、天子がいる天帝八十八陵に視線を定めた。

 「これより天子様を救出する!一番隊、二番隊は前へ!」

 (私の部隊を有利に中央突破をさせ、大宦官らが私もろとも天子様と黒の騎士団を葬ろうとしたところでゼロと大宦官らに本音を話させる。
 本当の敵であるラウンズは、連中に任せる手はずだ)

 星刻がそう内心で確認すると、飛鳥から自分と対戦する斬月が飛び出して来た。

 「藤堂 鏡志郎、まかり通る!!」
 
 「貴様が藤堂か!天子様を返して貰うぞ!!」

 それだけを叫んだ星刻は中華のナイトメアフレーム鋼髏(ガン・ルゥ)を改良した自身のナイトメア鳳凰(フォンファン)を操り、言葉だけで実際の演習を全くしていない斬り合いを始めた。
 しかし互いに機体の情報を提供しているため、壊されるとまずい箇所を避けることは留意している。

 藤堂がナイトメア戦闘用刀をかざして斬りかかれば、星刻は中国刀でそれを止める。

 (さすがは奇跡の藤堂と異名を取るだけはある!演技とはいえこちらも手を抜けないな)
 
 (病を持つとは到底思えん技量だ!本気で掛かられてはスザク君にも引けを取らない。
 これで彼に見合うナイトメアなら、余裕などなかっただろうな)

 お互いの技量に舌を巻きつつ、二人は他者が入り込めぬ戦いをしている。

 一方、本当の敵であるラウンズと対戦すべく飛鳥を飛び立った卜部とアルカディア、朝比奈とジークフリードは打ち合わせ通り二手に分かれて戦いを開始した。

 「四聖剣が一人、卜部 巧雪が相手だ、ラウンズ!」

 「黒の騎士団協力者のアルカディアよ。ブリタニアへの恨み、ここで少しでも晴らさせて貰う!!」

 卜部とアルカディアがそれぞれ名乗ると、卜部が上空からモニカのユーウェインにハンドガンを連射し、アルカディアがモニカが応戦して撃ち放ったスラッシュハーケンを無効化する。

 「あの時と同じ・・・芸のない奴ら!!」

 「何度も使われるのは効果があるからよ。その程度のことも知らないの?」

 悔しかったら突破してみろとアルカディアが挑発すると、さすがにラウンズなだけあはあり、フロートシステムが使えないにも関わらず的確に卜部とアルカディアを狙って攻撃してくる。

 「速い!!卜部少尉、左翼から攻撃して!!」

 「任せろ!!」

 アルカディアが必死でキーボードを叩いて輻射障壁を発生させて攻撃を無効化している間に、卜部が既に割だしてあるユーウェインのエナジーフィラーに向けて集中的に攻撃する。

 (狡猾な!奴らはナイトメアを動かせないようにする戦術をする気だ!!)

 「ドロテア、気をつけて!連中はエナジーフィラーを狙ってくる。
 壊されたらすぐにやられる!」

 「仮にも騎士を名乗っておきながら、卑怯な戦術を・・・!!簡単にやられぬ!」

 同僚の忠告を受けたドロテアは、朝比奈とジークフリードと相対した。

 「四聖剣が一人、朝比奈 省吾だ!」

 「ジークフリードだ。主の命によりお前を倒す」

 低い声でそれだけを告げたジークフリードは、イリアスアーゲート・パターに搭載されている小型ミサイルをいきなりドロテアが操縦するベティウェアへ撃った。
 だがそれは難なく避けられてしまい、ドロテアはまっしぐらにジークフリードに向かって斬りかかって来た。
 
 「これくらい、避けられる!!」

 「残念、それオトリだから」

 朝比奈が廻転刃刀でジークフリードの陰から飛び出すと、ベティウェアの腕にヒビを入れる。

 「これくらい、どうということはないっ!」

 「あと二回ってところかな。無駄に装甲が厚いね」

 フロートシステムを搭載しているナイトメアは、上空の気圧に耐えるために装甲を厚くしてある。
 フロートシステムを搭載しているナイトメアはまだ少ないとはいえ、その辺りも考慮して武器の攻撃力を高めなくてはとその様子を見ていたラクシャータは思った。

 ジークフリードが撃ったミサイルは、飛鳥からわずかに離れた場所に着弾したが爆発しない。

 「不発弾か・・・黒の騎士団は大した武器を搭載していないと見える」

 「だがまだ武器はある!」

 ジークフリードは腕からワイヤーを飛び出させ、ベティウェアに有線電撃アームを繰り出した。

 それを腕で絡め取ってちぎり取ろうとしたドロテアだが、高圧電流を流されて動きが止まる。

 「そんな仕掛けが!!」

 「スキありっ!!」

 朝比奈がナイトメア戦闘用刀をベティウェアのヒビの入った腕に振り下ろすと、ドロテアは避けきれずに腕の機能が一部破壊されてしまった。

 「おのれ!!」

 ドロテアは槍で月下を打ち払うと、体勢が悪かったせいで腰の部分に当たってしまう。

 「朝比奈少尉!」

 「うん、大した傷じゃない!」

 朝比奈は強がるが、動きが明らかに悪い。
 ジークフリードはそんな朝比奈をフォローをすべく、スタンガンを乱射する。

 「とにかく時間を稼ぐほうに専念しましょう。例の作戦はアルカディア様にお任せするのです」

 「うーん、残念だけどそのほうがよさそうだね。承知!!」

 朝比奈は悔しそうにジークフリードの提案を了承すると、戦闘能力を奪うべく傷を負わせた腕に向かって集中的に攻撃をし出す。
 人体を模して造られたナイトメアは、弱点も同じである。すなわち、腕をなくせばバランスが取り辛くなるのだ。
 それを狙ってかとドロテアはすぐに悟り、朝比奈のフォローをすべくジークフリードが飛ばす有線電撃アームをよけながら朝比奈に立ち向かうのだった。



 それぞれの戦いをモニターで観戦しているルルーシュは、思っていたより戦局がこちらの優位に進んでいることに眉根を寄せた。

 「アルカディアとジークフリード将軍のサポート能力を甘く見ていたな。
 いくら倒すべき相手とはいえ、早くカタをつけられてはメインの作戦が行いづらくなる」

 「エディがギアスで伯父さんの予知を常時知らせてるもんだから、相手の行動が把握出来てるせいみたいだよ」

 マオが現在自室でギアスを使って情報のやり取りをしているエトランジュの状況を伝えると、ルルーシュがなるほどと納得した。

 だからと言って今さら劣勢を装うのもわざとらしい。
 疑われるだけならまだしも、そこから本当に逆転されては目も当てられない結果になる。

 「仕方ない、少し早いが作戦を開始する。距離を取られたし、戦況から朝比奈達では難しいな。
 マオ、卜部達に変更だとエトランジュ様に言って連絡して頂いてくれ。
 既に条件はクリアされたからな・・・皆、準備をしろ!」

 「はいっ!!」

 モニタールームにいた一部の騎士団員が緊張した面持ちで叫ぶと、準備を始めた。



 エトランジュから作戦変更と開始の報を聞いたアルカディアは、モニカに対してにやりと笑みを浮かべた。

 「卜部さん、少し早いけど作戦開始よ。
 あいつは飛べないけど遠距離攻撃の飛距離が長いナイトメアだし」

 「え、俺らになったの?!朝比奈達じゃ・・・」

 「戦局がこっちに有利過ぎたのよ。だからフロートシステムが壊されて劣勢の彼女にやらせてインパクトを与えようってこと」

 「そういうことか、さすがゼロだな。承知した」

 納得した卜部は方向転換すると、ガクンと月下を揺らして地面に降りた。

 「フロートシステムのエナジーが切れた・・・」

 「私が援護するわ!」

 オープンチャンネルでのやり取りではなかったが、モニカは事情を相手のエナジー切れだと解釈した。

 「フロートシステムのエナジーが切れたみたいね。たかがテロリストのナイトメア、その程度か」
 
 実はこれは演技なのだが、もともとブリタニア人以外を格下とみなしているのがブリタニア貴族である。
 あっさりとそう信じた彼女は、これで条件は互角とばかりに卜部に襲いかかる。

 「くっ・・・!」

 「卜部少尉!!ちっ、ここは退きましょう!代わりにC.Cさんが出てくれる!」

 「四聖剣の俺が退くとは情けない!」

 「無駄死にするのも情けないわよ!さっさと退却してちょうだい、邪魔なだけよ!!」

 演技とはいえ酷い物言いだ、と卜部は思ったが、アルカディアはそんな心情など知らずにチャフスモークを放って目くらましを行った。

 「逃げる気か?!」

 「明日に向けての転進よ!」

 物は言いよう、という素晴らしい格言の元そう言い放ったアルカディアは、卜部を飛鳥まで誘導する。

 それを追いすがるユーウェンは、それを阻止しようとした黒の騎士団の量産型ナイトメアを薙ぎ払っていく。

 「雑魚は邪魔だ、どけえっ!!」

 「うわああ!!ちっくしょおおーー!!」

 ナイトメア部隊を率いていた玉城の叫びが聞こえたが、脱出装置が働いているから大丈夫だと判断したアルカディアはそのまま卜部の退却を援護していく。

 一方、作戦開始かと星刻はすぐに理解し、全軍に向かって伝達した。

 「ラウンズの一人が道を開いた!その後を追え!天子様を救出するのだ!!」

 「応!」

 星刻の部隊が飛鳥に向かって中央突破すべく進軍を開始すると、騎士団の陣形が少しずつ崩れていく。

 モニカが飛鳥まで残り500メートルのところまで来た瞬間、彼女の命運は決まった。

 「来た来た、ラウンズの女の人だよ!これで心が読み放題だ!」

 飛鳥にいたマオがギアスでモニカに狙いを定めると、さっそく心を読んでそれをエトランジュがアルカディアに伝達する。

 「ふふ・・・私も月下で出る」

 養い子の活躍にいつもの彼女らしくもなく頬を緩ませたC.Cに、ルルーシュが言った。

 「C.C・・・不利になったら脱出しろよ」

 「ふっ・・・その前に手を打っておけ」

 C.Cはそう笑うと、マオを見た。

 「こいつがいるんだ、負けはない。頼んだぞ、マオ」

 「うん!任せてよC.C。でも、ルルの言うとおり気をつけてね」

 「大丈夫だ、私はC.Cだからな」

 C.Cはそう笑いかけると、司令室を出た。



 飛鳥の近くまで来たモニカは、中に入ろうとする卜部の月下にスラッシュハリケーンを浴びせかけた。

 「うわあああ!!」

 卜部はその攻撃をもろに食らい、脱出装置を働かせる。
 噴射されたコクピットを既に手配した救護用ナイトメアが運んで行くと、卜部を迎えるために開いていたハッチに向かってモニカがさらにミサイルを撃ち放つ。

 だがその行動をマオが読んでいたため、ミサイルの軌道を変える演算を終えたアルカディアがチャフスモークを噴射すると同時に起動キーを押して別方向へとミサイルを誘導した。

 「ちっ・・・!」

 モニカは舌打ちしたが、それは彼女にとって思わぬ効果を発揮した。

 「飛鳥の司令部にミサイルが!!」

 「な、何だってえええ!!?」

 飛んできた通信に騎士団員達がざわめき出し、藤堂や朝比奈の動きも一瞬だが止まる。

 「司令部・・・ゼロも?」

 「ゼロ、ゼロは?!」

 ざわめき出す騎士団員に、藤堂が喝を入れた。
 
 「落ち着け、彼は健在だ!目の前の敵を打ち払え!さもないとあるのは敗北だ!!」

 「は、はいっ!!」

 だがその乱れを逃すほどラウンズは甘くはない。

 (これはいい機会だ、このまま天子誘拐犯としてゼロを葬り天子を救出すれば、円満に中華を我がブリタニアの植民地に出来る)

 曲がりなりにも天子なのだ、可愛らしい人形として皇宮に飾っておけばいい。
 その身分でオデュッセウスの妃として安泰に暮らしていくのが、あの子供にはお似合いだ。

 そう考えたモニカは飛鳥の上に飛び立つと、出迎えたのはC.Cが乗る月下とアルカディアが乗るイリスアーゲート・ソローだった。

 「ようこそ飛鳥へ・・・・」

 「そして、さようならだな」

 飛鳥周囲にいる黒の騎士団員は、星刻の部隊と一進一退を繰り返している。
 よって援護など当てにならないとモニカは舌打ちしたが、朝比奈とジークフリードを圧しているドロテアがゆっくりこちらに向かっているのをレーダーで確認した彼女は、まずは飛鳥を破壊するべく動き出した。

 「この艦ごと壊せば済む話!ユーウェインが壊れても、ゼロとなら悪くはない代償だ!!」

 「そうか、勝てるといいな?」

 この飛鳥は自分達の土俵であり、マオという心が読める強力な援護員がいるのだ。
 C.Cはエトランジュとギアスで繋がってはいないがコードによってマオと繋がっているため、自由に会話が可能なのである。

 「そうか、奴は司令部を壊す気か。ふふ、大丈夫だマオ。お前のお陰で負けなどあり得ないからな」

 C.Cの言葉通り、先手先手を知るC.Cとアルカディアの連係プレイによってモニカは徐々に後退を強いられていく。

 (何故だ?!なぜ攻撃が当たらない?!)

 先ほどとは見違えるような動きに加え、滑らかな動きで自分の攻撃を無効化してくるアルカディアにモニカは焦りを隠せなかった。

 「マオ、超チート!後で何でもお願い聞いてあげるわ!」

 大好きなC.Cとそれなりに好意を持っているアルカディアに褒められたマオは、張り切ってモニカの情報を知るなり全て流していく。

 「くっ・・・こうなったらいっそここから離れて、ドロテアと合流するしか・・・」

 マオから五百メートル以上離れられたら有利に戦えなくなると判断したアルカディアは、キーボードを操作した。

 「ゲフィオンディスターバー、オン!」

 その台詞と同時に飛鳥に仕掛けられていたゲフィオンディスターバーを作動させる磁場発生装置が作動し、ユーウェインを取り囲む。

 「え・・・ユーウェインが、停止した?!」

 突然の事態に驚き慌てたモニカが唖然としながら操縦桿を動かすが、ユーウェインはもはや何の反応も示さない。

 ラクシャータが開発したゲフィオンディスターバーは、サクラダイトに磁場による干渉を与えることでその活動を停止させるフィールドを発生させる装置である。
 実用化には成功しており実験も行っていたが、敵味方問わずに停止させてしまうという欠点があった。
 そこでどうしたかと言うとイリスアーゲート・ソローによる輻射障壁発生装置を使い、一部にだけその効果を受け付けないようにしたのである。

 「戦場で使うには、難しいかー。こんな特殊な事態じゃないと駄目ね~。
 まだまだ改良の余地が必要か~」

 データ入力を行えるイリスアーゲート・ソロー及びガウェインがいないと安心して使えないが、それでも味方が動けるというのは大きな強みである。
 アルカディアが送って来たデータに、ラクシャータはホクホクした笑みを浮かべた。

 「貴様ら・・・なぜ攻撃して来ない?!」

 どういう訳か全く攻撃して来ないアルカディアとC.Cを訝しんだモニカだが、ジャミングされて通信機も使えない彼女はどうすることも出来なかった。

 「ざぁんねんでした・・・貴女、利用されちゃったの!!」

 どこかで聞いたような台詞だな、とC.Cは内心で遠い目をしながら、アルカディアが実に嬉しそうな声でモニカに告げるのを見た。

 「なんだと・・・?」

 「こっちが不利になるように見えないと困るから、貴女にここまで来て貰ったの。
 司令部を壊してくれてありがとうね、これ試作艦だから壊れても別に構わなかった。
 これで私達が不利だと、印象付けることが出来る」

 外では徐々に黒の騎士団が圧されており、藤堂もまた一部機体を破壊されるなどの演技を続けている。
 どういうことかとモニカが呻く。その答えは、司令室にあった。

 同時刻飛鳥の司令室では、自身の上半身を血にまみれさせたゼロが大宦官と通信をしていた。
 横では黒の騎士団員の制服に白いエプロンを着て右腕に赤い十字架の腕章をはめた看護師らしき黒髪の少女と、非常に美しい顔立ちをした少女が手当てをしている。

 「どうしよう、血が止まらない!ゼロ・・・!」

 「落ち着いて!ほら、輸血の準備をするのよ!急いで!」

 「はい!」

 ニヤニヤした笑みを浮かべた大宦官達は、降伏を申し入れたルルーシュに対して否の答えを返している。

 「天子を見殺しにする気か!」

 ルルーシュの怒声に、大宦官は得々として言った。
 そう、自分達の死刑執行署にサインをする行為だとも知らずに得意げに。

 「天子などただのシステム」

 「代わりなど幾らでもいる」

 「安い見返りだったよ」

 「領土の割譲と不平等条約がか?」 

 「我々はブリタニアの貴族となる」

 この下種が、とルルーシュな内心で吐き捨てながらさらに会話を誘導する。

 「残された人民はどうなる!?」

 「君は道を歩くとき蟻を踏まないよう気をつけて歩くかね?」

 「尻を拭いた紙は捨てるだろう?それと同じだよ」

 「主や民など幾らでもわいてくる、虫の様にな・・・」

 しっかりその放送は中華連邦中のみならず、EUにまで届いていた。
 中華連邦の国力をブリタニアに譲渡するのを阻止したのは黒の騎士団だと宣伝し、大宦官の逃げ道を防ぎ、とどめにブリタニアがこのような外道と組んだ悪であると知らしめるためだ。
 イタリアに留学していたアルフォンスは、動画にとって出来るだけ配信するように学友達に依頼してあるという徹底ぶりである。

 「腐っている!何が貴族か!ノーブル・オブリゲーションも知らぬ官僚が!」

 ノーブル・オブリゲーションとは、高貴なる義務といって身分の高い者が国民のために行う義務を指す。
 コーネリアもその義務の元世界各地を侵略し、もってブリタニアに貢献しているわけだが、これは侵略される側にとっては極めて迷惑な義務の果たし方である。

 「つまりお前達はこの中華連邦の国民に、ブリタニアの奴隷になれということか!」

 「そのとおり・・・ほっほっほ。我らの奴隷からブリタニアの奴隷になるだけのこと。
 今と何が変わるわけでもない・・・ほほほほ」

 この瞬間、民衆の怒りは頂点に達した。
 これほど飢えに苦しみ、重税を課された上に他国の奴隷になれと言う大宦官どもを滅ぼせと、民衆達が怒鳴り立ちあがる。

 そしてその聞くに堪えぬ本音をじっと座って聞いていた天子は、涙を流した。

 「こんな・・・こんな人達の言うことを今まで聞いていたなんて・・・!」

 「天子様・・・」

 「私、何て馬鹿だったんだろう・・・!こんな私が、天子なんて・・・皇帝なんて・・・!お祖父様・・・!」

 玉爾を握りしめて泣く天子に、ギアスを一時止めたエトランジュが多大な情報をやり取りして少しフラフラする頭を叱咤して言った。

 「それは仕方ありません。聞いていなかったなら貴女は殺されて別の代わりが立てられただけです。
 それに、今は違うでしょう?貴女には信じると決めた方々がおられます。皆様、貴女の命令を待っているのですよ」

 「・・・私の、命令」

 「そうです、中華連邦の皇帝であらせられる貴女の命令をです。
 もはや引き返す道はございません。可及的速やかに混乱を治めるためにも・・・」

 そうだ、自分はやると決めたのだ。
 いつまでも震えて怯えていたら、外で戦っている星刻や洛陽にいる官吏達はどうなるのか。

 天子は椅子から立ち上がると、大きく呼吸をして言った。

 「・・・通信回路を開いてください」

 「はい!」

 黒の騎士団のオペレーターが中華連邦内に仕掛けられたラインに通じる通信回路を天子の前に開くと、天子の正装を纏った天子が中華連邦内のテレビ画面に映し出された。

 「今の言葉、どういうことですか?」

 「ほ、これはこれは天子様。いや、前と申し上げた方がよろしいですかな?」

 「聞かれた以上、もう私どもの人形ではいてくれそうにありませんものなあ」

 天子の代わりなどいくらでも用意出来ると嘲笑う大宦官達は、あっさりと天子を殺すことを決定した。
 それにびくっと肩を震わせた天子だが、勇気を出して詰問する。

 「この中華を売り払い、ブリタニアに渡すというのはまことなのですね?」

 「そのとおりと申し上げましたよ。ほほ、子供が政に口出しなど・・・」

 「この中華の人達を他国の奴隷にするなんて、私は認めない。中華は中華の人達のものよ、ブリタニアのものじゃないわ。
 ましてや貴方達のものでもない・・・!それなのに、どうしてそんなことが言えるの?!」

 涙目でそう叫ぶ天子は、大きく息を吸って大きな声で命じた。
 自らの意志で、震えながらもはっきりと。中華に住む者達全てに届けと願いを込めて。

 「私は天子として宣言します。我が中華連邦は、ブリタニアには屈しません!
 我が国の国民達を怠け者などと言った人を、義理とはいえ父と呼びたくありません!
 中華連邦の民は奴隷などではありません、誇りを持つ人間です!
 私は、貴方達に国政を任せません。今を持ってその任を解任します!」

 「ほほ、子供が戯言を・・・」

 「国を売り自分達だけの安全を図る人達が政治を行うなんて、おかしいもの、間違ってるわ!
 私に賛同してくれるのなら、お願い・・・その人達を捕まえて!国民を奴隷扱いした人達を、そしてこれまで悪事を働いてきた大宦官達を捕えて下さい!!」

 天子の叫びに、しょせん子供がそこで何を言おうとも無駄なことと笑みを浮かべていた大宦官達だが、ガンと扉を蹴り開けられて突入してきた数十名の兵士達に思わず悲鳴を上げた。

 「な、何じゃお前達は!誰も呼んでおらぬぞ、下がれ!」

 「天子様の命により、お前達を拘束する!
 容疑は売国行為、背任、横領、そして先の太保様の死亡に関する殺人容疑だ!」

 逮捕状を掲げて叫んだのは、昨夜に天子に目通りを願った御吏の一人だった。
 下っ端役人が何を偉そうにと嘲笑する大宦官達に、御吏がさらに嘲笑する。

 「貴様に何の権利がある。天子の命令?そのようなものがどこにある」

 「貴様らも聞いていただろう、つい先ほど、中華全土に出された勅命である!
 愚か者どもめ、これを見るがいい!」

 御吏の一人がテレビをつけると、先ほどの大宦官とゼロとの会話がエンドレスで流れている。
 星刻や太師達が手配したテレビ局の者が、ディートハルトが操作するラインを通じて流しているのだ。
 途端に真っ青になった大宦官達は、慌てて否定した。

 「な、な・・・そ、そんなのは偽物だ!偽造されたものである!」

 「私達もその内容を聞いていたのだがな。それが偽造だという証明がなされぬ限り、天子様の勅命が優先である!
 この者達を捕らえよ!そして大宦官どもの屋敷を家宅捜索し、証拠を洗いざらい朱禁城へと運ぶのだ!」

 「はっ!」

 初めは星刻の部下だけだったのだが、大宦官の暴露放送が流されるにつれてどんどん人数は増えていき、外から怒号が聞こえてくる。

 「ふざけるな、大宦官!」

 「俺達にブリタニアの奴隷になれだと?今回の天子様の婚姻も平和のためなどではなく貢物扱いとは!!」

 「天子様の勅命だ!天子様はブリタニアに従わぬとおっしゃられた!
 我らの国は我らのものであるともおっしゃった!それに賛同する者は、この国を売り己の安泰を図ろうとする大宦官を捕らえよ!」
 
 「聞こえたであろう?これが中華の声だ・・・貴様らに逃げ場などない!」
 
 朱禁城はむろん、中華連邦中にいる大宦官一派は次々に御吏達によって捕えられていく。
 
 そしてその指揮を執っているのは、太師だった。
 老病に冒されているはずの彼がどうして、と皆唖然としたが、太師は飄々とした顔で答えた。

 「うむ、あまりのことに倒れてしもうたが、何故かけろりと治ってのう。
 夢の中で先帝陛下が天子様を頼むとおっしゃられたのじゃ。きっと陛下があの世からわしをお救い下さったに違いない」

 そんな太師の横には彼の従者がそっと化粧道具一式を持って立っており、それが全てを物語っていた。
 太保が大宦官らによって毒殺されたと知った時、次のターゲットは間違いなく自分だと読んだ太師はルチアに相談したところ、いいアイデアを教えてくれたのだ。

 『連中の手口は少しずつ毒を盛り病死を装うものであるようですわ。
 ならばそれを逆手にとって病気の振りをすれば暗殺が失敗したと悟られませんから、次の手段を取ることはないと思いましてよ』

 毒を無効にするものや解毒剤の相談に訪れたのだが、思いもかげずそう提案してくれた彼女は化粧道具一式を寄越し、病人に見えるメイクの仕方を伝授してくれた。
 
 「そうですか、先帝陛下が・・・天子様がご心配で、まだまだ太師様が必要だとお考えになられたのでございましょう」

 嘘だ、と誰もが解るやりとりだが、誰もそれを指摘しない。
 太師は見事な指揮で大宦官達を捕えていき、かつては誰もが恐れたという気迫のこもった声で指示を出す。

 「全軍に告ぐ!黒の騎士団に捕えられたという天子様じゃが、それは誤解である!
 天子様は大宦官どもの陰謀を事前に察知し、ゼロによって天帝八十八天陵にてかくまわれていただけである!
 これ以上騎士団に対する交戦はやめよ!天子様のご意志である!」

 その命令が中華全土に伝えられると、大宦官が派遣した中華連邦軍は動きを止めた。
 士官達は黒の騎士団と星刻らと戦えと怒鳴るが下の兵士達の一部が命令を拒否し、その人数は放送が流れるにつれて増えていく。

 「・・・ということなの。ラウンズのモニカとか言ったっけ?
 もう貴女に用はないわ、これまでの侵略に対する罪、貴女の命で償いなさい!」

 「黙れ、このテロリストが!!」

 まんまとゼロの策に利用されたと知ったモニカは激昂したが、何をどうしようともユーウェインは動かない。
 そしてある意味ルルーシュよりはるかに現実主義者の彼女は、これまで各地で侵略しを繰り返してきたラウンズや皇族貴族であるなら、たとえ抵抗出来ない状態であっても殺すことに躊躇いがなかった。

 動けない相手なら、戦闘能力の低いイリスアーゲート・ソローでも殺すことが可能である。

 「大した力がなくても、人は殺せる。知ってた?」

 「な、何をするつもりだ・・・!」

 もはやハッチすら開けないユーウェインの中に閉じ込められたモニカは、何の感情もこもっていない相手の声に初めて背筋を凍らせた。

 アルカディアはユーウェインのエナジーフィラーと脱出装置を破壊した後、C.Cと協力してユーウェインを飛鳥から放り投げる。
 そう、先ほどジークフリード将軍が不発弾を装って着弾させたミサイルの上目がけて。

 「ハイスペックな機体はいくらでも作れるけど、それを操れる人間はそう簡単には作れないからね。
 人は人がいないと何も出来ないってことは、私達よく知ってるの」

 何の資源もなく北方に位置する祖国にあったのは、人だった。
 互いに助け合い守り合うことが、自分を助け守ることだったのだから。

 「さて、クイズです。この下には私の姉の夫の父親からのプレゼントがあります。
 それはいったい何でしょう?」

 「・・・・!!」
 
 落下していくユーウェインの中で、ドロテアと交戦していたナイトメアの不発弾を思い出したモニカは己の最期を悟った。
 
 響き渡る轟音が戦場を支配すると同時に、アルカディアが宣言する。

 「ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキーを討ちとった!!残るは一人っ!!」

 「モ、モニカがやられただと・・・貴様ら、どんな汚い手を使った!!」

 ドロテアが叫ぶが、アルカディアは無感動に応じた。

 「戦場に汚いも何もないわね。あんたら戦争したくてやってるんだから、どんな死に方しようと文句言ってんじゃないわよ」

 そう言うとC.Cから受け取ったエナジーフィラーを交換したアルカディアは、ドロテアを討ちとるべくC.Cと共に再び空へと飛んで行く。
 
 「・・・やられたね」

 アヴァロン内でドロテアの通信機から内容が耳に届いたシュナイゼルは、全てが最初から仕組まれていたものであることを知った。
 中華では大宦官達を取り込んでいるとはいえそれでもまだ自らの影響力が薄かったこともあり、太師と星刻以外に目を向けていなかったことが災いしたのだ。

 (黎 星刻が婚儀の席であれほど焦っていたし、太師の容体も悪いと信じ込んだのが失敗だったな)

 先の太保が死亡したのも大宦官の暗躍だと知っていたシュナイゼルはその前情報と天子の後見人として邪魔な太師をも殺そうと少しずつ毒を盛っていると聞いていたため、老齢であることもあって太師が重い病だとまったく疑わなかったのである。

 (ゼロの策は、この大宦官達の本音を放送しそれによって民衆達の決起を促すものだったか。この分では、EUにも放送されているな)

 エトランジュを思い浮かべたシュナイゼルは、中華連邦が完全に敵となったことを認めざるを得なかった。
 軍とは士官だけで動くのではない。兵士が動かなくては軍として成り立たないのだ。
 そしてその兵士達が大宦官を拒否した以上、戦力としてみなすことは出来ない。
 よって動くこちらの戦力は実質ラウンズのみ、しかも一人は既に戦死し残る一名もこのままでは人海戦術によって倒されるだけだろう。

 「シュナイゼル殿下、私を援護に向かわせて下さい。ラウンズの実力を、中華とゼロに思い知らせてやりましょう!」

 ジノがシュナイゼルの前に跪いて申し出るが既に盤面は悪く、チェックをかけられた状態だ。
 だがチェックメイトではないのだ、負けないためにはここは引き分けに持ち込むしか道はなかった。

 「いや、素直に負けを認めようヴァインベルグ卿。
 君の誇り高さは尊敬するが、あのゼロと星刻、さらに藤堂に四聖剣、さらにあの援護に特化したナイトメアが相手ではラウンズといえども二機では分が悪すぎる。
 何より君が到着するより先に、エルンスト卿が包囲されてやられるだろうね。
 それに、外から聞こえないかな?あの声が」

 耳をすませるまでもなくジノの耳に聞こえて来たのは、ブリタニアを罵る中華連邦の国民達の声だった。

 「ふざけやがって、ブリタニアがああ!何が怠け者ばかりの国だあのヘアーロールケーキが!!」

 「幼い女の子を強引に嫁がせようとしたロリコン皇子を追い出せ!!」

 テレビモニターを見てみると、そこには常日頃の父皇帝・シャルルが声高に他国を非難している演説が流されていた。
 はっきりと『富を平等にした中華は怠け者ばかり』と馬鹿にしているとしか聞こえない言葉があり、ただでさえ働きたくとも職のない彼らの怒りに火を付けるには充分過ぎたのである。

 さらにルルーシュが派遣した中華語を話せる者や中華に知人がいる者が扇動者として入り込んでいることも大きい。

 「くっ・・・解りました」

 モニカを二機のナイトメアで葬った奴らなら勝つためにやると悟ったジノは、シュナイゼルに従い撤退準備を始めた。
 ジノからシュナイゼルから撤退命令が出たと伝えられたドロテアは悔しそうにしながらも、援軍がないと悟った以上無駄死にするだけなのは重々理解している。
 破壊されたモニカのユーウェインに小さく黙祷をした後、自身のベティウェアを反転させ、戦場を離脱した。

 「ラウンズが敵を前にして撤退とは!いずれこの辱めを晴らしてやる、ゼロ!!」

 「ラウンズが撤退していくぞ、ゼロ!追わなくていいのか?」

 卜部の問いにルルーシュは構わんと追撃をやめさせた。

 「今は中華の混乱を収束させる方が先だ。データも集まった、再戦した時に倒せばいいことだ」

 「承知した」
 
 勝利を確信したルルーシュは、声高に宣言した。
 その横には空になった輸血用の血液のパックがあり、全てが演技だったことを雄弁に物語っていた。
 ちなみにこの司令部にいた団員のうち数人は元劇団員であり、中でもゼロの手当てをしているふりをしていた二人の少女はかつて日本一の名女優しか演じられないという役を争ったという、すなわち日本で1、2を争う女優達だったりする。

 「援軍が来た!数億を超える中華の国民達が今、立ち上がったのだ!
 中華の民の方々、このたびはお騒がせしたことをお詫び申し上げる。
 だがこうでもしなければ、貴国を救うことは出来なかったのだ。
 しかし、中華を変えたのは我々ではない!貴方がた一人一人が悪を許さぬと決起し、行動したからこそだ!
 天子様は言われた、中華連邦は中華に住む者達全てのものである、と!黒の騎士団はこれに賛同する!
 未来は!貴方がた一人一人のものだ!!」

 テレビ画面で、ラジオ放送で伝えられた言葉に、中華の国民からは歓呼の声が上がる。
 そこに天子が、決意を秘めた声で続ける。

 「中華に住む皆さん、私は中華連邦皇帝、蒋 麗華です。
 一番先に謝らせて下さい・・・この人達を止められなかったことは、本当に申し訳ないと思っています」

 まだ十二歳の子供だから仕方ない、と大部分の者達は理解していたために彼女に怒りは感じなかった。
 だが同時に子供が形式的とはいえ国のトップに立つからではないかとも考えたため、この際彼女には退位して貰って有能な官吏などが代表になればいいのではないかとざわめきだす。

 しかし、続けられた言葉に皆思わず息を呑んだ。
 
 「私はこれまで、朱禁城の外に出たことがありませんでした。
 本当に何も知らなかった・・・国民の人達がどんな暮らしをして、みんながどれほど苦しんでいるのかも全然知らなかった。
 だから、今は太師をはじめとする官吏の方々に政治を任せるしかありません。でも、今からでも知っていきたいと思います・・・いつまでも子供じゃいられないから」
 
 「天子様・・・」

 放送をじっと聞き入っていた星刻は、既に戦闘が終了したためにまっしぐらに天子のいる飛鳥にとナイトメアを走らせる。

 「私に出来ることは少ないです。だから、国民の皆さんにお願いがあります。
 私はみんなで仲良く暮らせる国が見たいです。中華連邦を誰もお腹が空かなくて、笑い合える国にしたいのです。
 それに賛成してくれるのなら、どうか私に力を貸してくれませんか?」

 お願いします、と頭を下げた天子に、中華の国民達の間に沈黙が降りた。
 駄目だったか、とうなだれる天子だが、民衆達から上がったのは歓呼の声だった。

 「私は天子様を支持する!天子様、万歳!」

 「俺もだ!天子様は俺達を奴隷じゃないとおっしゃって下さった!」

 「天子様万歳!中華連邦万歳!」

 幼い子供の夢物語だと思いはした。
 だが、この地獄のような現実にその夢を叶えたいとその幼い子供が震えながらも立ち上がったのだ。
 ならばその夢を自分達も見続けよう。
 お腹が空かない、誰もが笑い合って暮らせる国。戦火が起こる前までは確かにこの国にもあった光景を、もう一度自分達の手で再現するのだ。

 そのためにも、悪夢を産み出した元凶をこの手で葬らなくてはならない。

 中華の民衆は我先にと逃走を始めた大宦官達を捕まえては、星刻や太師が派遣した軍へと引き渡していく。

 「国とは領土でも体制でもない、人だよ。民衆の支持を失った大宦官に、中華連邦を代表し我が国に入る資格はない」

 そう言い捨てたシュナイゼルはすでに彼らを見捨てアヴァロンでブリタニア本国に向けて出立しており、逃げ場などどこにもなくなったことを知った大宦官の顔は真っ青だった。

 その頃、飛鳥で洛陽での出来事の報告を受けた天子は、通信回路から聞こえてくる天子様万歳の声に涙を流した。

 「エディ・・・私忘れないわ。私を喜んでくれる人達の声を、絶対忘れない」

 「天子様・・・」

 「洛陽に戻ります。私はあそこでお仕事しなくちゃ」

 「そうですね。さあ天子様、御迎えの方が来られたようですよ」

 エトランジュが管制室に星刻の乗るナイトメアを飛鳥へ迎えてくれるように依頼すると、すぐにそのナイトメアが飛鳥へと入って来た。
 エトランジュと天子がナイトメア着艦場に急いで向かうと、今まさにハッチが開くところだった。

 「天子様!!」

 ハッチが完全に開くのも待てずに星刻がナイトメアから飛び出してくると、天子は涙を流しながら星刻へと走り寄る。

 「星刻!会いたかった!!」

 「よくぞご無事で・・・!先ほどのお言葉、お見事でした。これで中華は変われます」

 「ううん、星刻や太師父が頑張ってくれたおかげだもの。ありがとう」

 「もったいなきお言葉・・・!この星刻、永続調和の契りを持って天子様をこれからもお守りいたします・・・永久に」

 「変なの・・・嬉しいのに、私嬉しいのに・・・」

 涙を流す天子に、エトランジュは優しく教えてやった。

 「涙は悲しい時にだけ出るものではありません。
 とても・・・そう、とても嬉しい時にも出るものなのですよ、天子様」

 「そのとおりです、天子様。
 さあ、涙を拭いて・・・今度は画面越しではなく、民衆の前へと参りましょう」

 星刻が天子の前に手を差し出しながら言うと、天子は目を見開いた。

 「朱禁城の外には出ましたが、貴女はまだこの国をご覧になってはおられない。
 五年前の約束を、今こそ守らせて頂きます」

 「星刻・・・!うん!私は中華連邦を見たい。
 そして・・・みんなでこの国をよくするの!!」

 エトランジュが女王となりブリタニアと戦うと聞いた日、そんなに恐ろしいことをどうしてするのか、怖くはないのかと思った。
 だけど今、その理由がはっきりと解った。

 (みんなと一緒だったから、エディは怖くなかったんだ)

 完全に怖くなかったわけではないが、それでもみんなと一緒なら大丈夫だと思ったから。
 
 天子は涙を拭くと、まっすぐに顔を上げて星刻の手を取った。
 外には光輝く太陽が、これからの中華連邦を照らすように上っていた。




[18683] 挿話  戦場の子供達 
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/12/11 11:42
 挿話  戦場の子供達  



 洛陽へと戻った天子が見たものは、やせ細った身体にいかにも貧しげにぼろぼろの衣服をまとった民衆達が自分の帰還を喜び万歳を叫ぶ姿だった。

 それを見た天子は嬉しくて、そして苦しみを抱えて暮らしていた民衆を思って悲しんで泣いた。

 「ごめんなさい・・・こんなことになってるなんて知らなくて、ごめんなさい」

 「泣かないで下さい天子様!これからの中華をよくして下さると約束して下さったのですから!!」

 「そうです天子様!我々をブリタニアと大宦官の陰謀から救って下さってありがとうございます!!天子様万歳!!」

 星刻のナイトメアの上からありがとう、私頑張りますと告げた天子に、ひときわ大きな歓声が上がる。

 朱禁城に戻った天子は、さっそく太師に言った。

 「みんなあんなに瘠せてて可哀想・・・何とかならないかしら?」

 「はい、それにつきましては大宦官どもの屋敷から横領された大量の米や食料を発見しました。
 速やかにそれを中華全土に分配したいと思いまする」

 「ありがとう、なるべく早く配ってあげて?」

 「御意にございます!天子様の勅命である!!
 速やかに中華に食糧分配を行え!!」

 官吏達が頷き合うといったん朱禁城に運び込まれた食料を分配すべく、会議室へと走って行く。

 「地方の省を治めていた者達の半数が逮捕されておりますゆえ、そちらの代わりとなる者も配備しなくてはなりませぬ。
 暫定的に御吏を派遣して食糧の配給を任せなくては」

 怒涛の忙しさの中にも笑顔のある官吏達は、てきぱきと太師の指示を受けて動いている。
 天子は何を言っているのかすら解らず途方に暮れたが、それでもこれから中華に食料が配られてとりあえずお腹が空かなくなるのだということは理解出来た。

 「しかし今ある食料を配るだけでは限界が来る。次の農作物についても考えなくては・・・」

 「国有地を人に任せて農地として開拓し、そのための人を雇うというのはどうだろうか。
 他にもEUは戦争中なので食料の買い取りは難しいが、中東やオーストラリアからなら買い取れるかもしれない。
 中華の貨幣は値下がりしているが、大宦官どもが横領していた金などでなら・・・」

 「すぐにオーストラリアの駐在大使に連絡を・・って、そいつは大宦官だったな。すぐに召還して他の者を派遣し、可能かどうか聞いてみよう」

 そんな日々が一週間ほど経ったある日、玉座で会議を聞いていた天子にお疲れでしょうと女官達が休むように言ってきた。
 折りを見ては質問し、また拙いながらも意見を言う天子に官吏達は今はともかく将来はきっと素晴らしい名君になると安堵する。

 ある程度の草案がまとまると天子が再びテレビの前に立ち、食糧配給が決定したことと大宦官が治めていた地域に代わりの官吏を派遣することを知らせると中華に再び歓声が溢れ返り、天子はテレビの前でだけでなく洛陽の外で直接民に話すなど今日は忙しかったのだ。

 「もうそろそろお休み下され、天子様。休むのもお仕事にございまするぞ」

 「太師様のおっしゃるとおりです。さあ、エトランジュ様と夕餉をお取りになって下さい」
 
 星刻がエトランジュがまた食事を作ってくれたようなので無駄にしてはいけないと言うと、天子はまだ会議をしている官吏に後はよろしくお願いしますと頼んで女官と共に食堂へと向かった。
 そこにはエトランジュがほかほかと湯気の立ち上る鍋をテーブルに置いて待っていた。

 「お仕事お疲れ様でした、天子様。今日は梅干し入りの雑炊にしてみました」

 「これ、私も食べたことあるわ。風邪を引いた時に作って貰ったの」

 天子がテーブルについて食事を始めると、エトランジュが言った。
 
 「少しのお米と野菜でかなりの量が作れますからね。日本でも現在よく作られているんですよ」

 「ブリタニアに占領されてから、あんまりご飯食べられてなかったから?」

 「そうです。栄養を取ってかつたくさん食べられるようにしないといけませんからね。
 でもいつも同じ物ではよくないですから、たくさん分量が作れるレシピをいくつか官吏の方に送らせて頂きました。
 あと、中華は広くてそれぞれ気候が違うのであんまり役に立たないかもしれませんが、我がマグヌスファミリアで行っている農耕作業法なども参考になれば幸いです」

 中華にも古来からある農耕作業のやり方があるので本当に参考にしかならないのだが、天子は顔を輝かせた。

 「ありがとう、エディ!本当にいろいろ助けてくれて、私とても嬉しいわ」

 「困った時は助け合うのがマグヌスファミリアの国是ですから、お気になさらず。
 それに、これ以上長く留まっていると痛くもない腹を探られるかもしれないからいったんEUに戻らなくてはいけないようなので、このくらいはさせて欲しくて」

 困ったように溜息を吐くエトランジュに、天子は首を傾げた。

 「エディがここにいて中華を助けてはいけないの?」

 「EUが私達を通じて中華にあれこれ干渉してしようとする動きがあるそうなんです。
 援助する代わりにいろいろ要求されてしまうと、せっかくうまく行きかけたこの改革の動きが悪くなるかもしれないので、私達はいったん帰りますね」

 エトランジュはEU側の人間だが、だからと言ってまとまっているものを壊すかもしれない行為に手を貸す気はない。
 さらに御吏達の家宅捜索の結果、大宦官と贈収賄をしていたEU関連の企業と官僚がいることが明らかになり、その件も含めてどうするかと問題になっているのだそうだ。

 「そう・・・寂しくなるわね」

 「ああ、でも大丈夫ですよ天子様。こっそりと天子様にお手紙を送らせて頂きますから。
 ルチア先生もしばらくここに残って下さるそうですし」

 「あ、確か星刻の婚約者の人・・・」

 何故か顔を俯かせた天子に、エトランジュは首を傾げた。

 「私、会ったことないんだけど・・・星刻の好きな人なら、きっといい人なんでしょうね。エディの先生でもあるんだし・・・」

 「ええ、ルチア先生はいい人ですよ。母亡き後は私に礼儀作法なんかも教えて下さった方ですもの。
 元はブリタニア貴族の方ですが、とても頼りがいがありますので何でもお聞きに・・・」
 
 知らない人と会うのが不安なのだと勘違いしたエトランジュの台詞に天子はますます俯いたので、エトランジュは不思議に思って現在イリスアーゲート・ソローに乗って天帝八十八陵で戦後処理をしていたアルカディアに尋ねてみた。

 《・・・という訳で、天子様の様子がちょっとよく解らないんです。何かよくないことを言ってしまったのでしょうか?》

 《うん、言っちゃったみたいね。そっちの意味じゃ、天子様の方がエディより進んでるようだし》

 《そっちの意味?》

 アルカディアが戦争に明け暮れて恋どころではない従妹を憐れみながら、アルカディアは言った。

 《いいからルチア先生が本当は黎軍門大人の婚約者じゃないって言いなさい。
 ついでにルチア先生には好きな人がいたって言えば、それで問題は解決するから》

 《は、はい、解りました》

 首を傾げながらもエトランジュはアルカディアのアドバイスどおり、天子に事実を告げた。

 「天子様、ルチア先生は本当は黎軍門大人の婚約者ではないんです。
 ただ協力者として一緒にいるための目くらましでそう取り繕っただけで・・・」

 「・・・え、そうなの?」

 はっと顔を上げた天子に、本当に解決したとエトランジュは驚いた。

 「それに、アル従兄様がおっしゃるにはルチア先生には好きな人がいたってことですし」

 「そ、そうなんだ・・・」

 ほっとしたような天子の様子に、エトランジュもルチアに想い人がいたとは知らなかったらしく誰なのでしょうと考え込む。
 同時にここに至ってようやく天子が星刻に恋をしていると気付いたようで、エトランジュが確認した。

 「もしかして、黎軍門大人のことがお好きなのですか、天子様?」

 かあと顔を真っ赤にした天子に、それならアルフォンスとの婚約はなしの方向にもっていくべきだと思った。

 「でも、星刻は大人で・・・私はただ五年前に約束をしただけで・・・」

 「朱禁城の外に、でしたね。その約束を果たして頂けて、よかったではありませんか」

 「はい、いい人なんです、星刻。私との約束は必ず守ってくれるの」

 必ず守ってくれる約束を交わしてくれる人なら、自分にもいる。
 今は傍にいてくれないけれど、自分との約束は必ず果たしてくれた。

 『いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね』

 二年半前に父と交わした約束が果たされるのは、いつの日か。
 天子のように何年も待った末でも、必ずいつか果たしてくれる。
 
 「だから、私も中華をよくするために頑張るって約束を守らないといけないと思うの。
 結婚も、中華のためになるものじゃないと・・・・アルフォンス様と結婚したらEUとの関係も良くなるって聞いたし、あの人もいい人だから私は・・・」

 思いつめた天子の台詞に父を思い返していたエトランジュは、慌てて顔を上げて言った。

 「結婚なんて、まだ先でよろしいのですよ天子様。
 オデュッセウスとの結婚に反対する際、未成年との婚姻など言語道断という形を取ったので当分どこからもその話は出ないと思いますから」

 十二歳の幼女に振られたと世界中で悪意ある宣伝をされたオデュッセウスの件があるため、適齢期になるまで確実に婚姻の話はないと言うエトランジュに天子は安堵の息をはく。

 「エディは?エディはもう大人なんでしょう?
 やっぱり、エディも政略結婚を・・・?」

 「たぶんそうなると思います。今のところ相手はゼロが一番可能性が高いんですけど、日本の神楽耶様も立候補なさっているので難しいですね」

 クスクスと笑うエトランジュに、どうして笑っているのかと首を傾げる。

 「神楽耶様もそうなら、エディは困るんじゃ?」

 「いえいえ、ゼロが私達の仲間でいてくれるなら別に結婚という形を取らなくてもいいんですよ。EUが今ゼロを取り込むべきか否かで意見が割れているだけで・・・。
 ただゼロが仮面をつけていて素性が不明なせいで国民達が不安になるので、言ってみれば保証書になる人物なら誰でもいいのです」

 つまりそれは日本の皇族の生き残りである神楽耶でも、EU加盟国の元首である自分でもどちらでも構わないのだという説明に、天子は納得した。

 「神楽耶様はゼロを夫にと自分からおっしゃるほどお好きのようですから、出来ればその方がいいです。
 政略でもお互いに思い合って結ばれる方が、みんな幸せになれますからね」

 どこの国でも、昔から政略結婚は当然のようにあった。
 習慣の違いなどからすれ違う場合もあったが良好に家庭を持った例も多く、結婚とは形式ではなく要は当人達の合性次第でうまくいくということだろう。

 「エディはゼロのことはどう思っているの?」

 「いい人と思っていますよ。家庭を大事にする方ですし、結婚することに不満はありません」

 それはルルーシュの方も同じのようで、正体も秘密もバレているしナナリーとも仲がいいので実は一番有利な立場にいるのがエトランジュだったりする。
 ただお互いにラブではなくライクの感情なので、『相手に好きな人がいるなら避けた方いい』という似た者同士の思考になっていた。

 「ただ、その場合私の家にお婿に来て貰うことになるので、ゼロがどう思うのか・・・私は一人娘ですからね」

 「そうか、エディにはご兄弟がいないものね。それに女王だし・・・」

 「王位は誰かに任せるという手があるからいいんですが、お父様と約束したんです。
 “お嫁に行かないでお婿さんを貰って、ずっと一緒に暮らそう”って」

 「そうなんだ・・・約束なら仕方ないわ」

 一般家庭ならよくあることかもしれないが、王族でそういうのはよくないと解ってはいた。
 けれどエトランジュには父と交わした約束を支えにここまで来たし、何よりエトランジュは祖国でずっと暮らしたいと願っているので他国に嫁に行きたくはなかったのである。

 「それに、黎軍門大人もこの件で中華でも重要な地位に就かれたお方です。
 いずれ将軍の地位を拝命なさることでしょうし、天子様がお年頃になる頃には決して不釣り合いなどと言われることはないと思いますよ」

 「え・・・それって、星刻と私が・・・その・・・・」

 ますます顔を紅潮させた天子に、エトランジュはさらに言った。

 「黎軍門大人のお身体の具合がよくなるように、実は知り合いのお医者様方に中華に来てほしいと頼んでいるところなのです」

 エトランジュ達がイギリスへ亡命した時、マグヌスファミリアのコミュティへ訪れたのが、国境を超える医師団と呼ばれる医師達だった。
 けが人こそいなかったが家族を大勢喪ったせいで精神面で傷を負った者が多く、主に精神科医などが来てカウンセリングなどを行ってくれたのである。

 その際エトランジュの主治医になってくれたのが日本の小さな村出身の精神科医で、日本語を教えてくれたのも彼だった。
 日本語をマスターした時卒業証書代わりにと、日本の秋葉原で流行ったというメイド服なるものをくれたとエトランジュは笑った。

 「その方も中華の現状をお話ししたら、ぜひ伺いたいとおっしゃって下さいました。 
 明日また奏上があると思いますが、国境を超える医師団という世界各地で医療活動を行う医師の方々に中華へ入国する許可を頂ければ・・・」

 「そんな人達がいるなんて・・・!解ったわ、みんなに聞いてみて、なるべく早く来て貰うわ!」

 星刻の身体が良くなる上に、病気で苦しむ人達も救って貰えると天子は喜ぶ。
 祖父や太師、星刻が言ったとおりだ。みんなと仲良くすれば、みんなが幸せになれる。

 超合集国が出来れば、きっともっと楽しくなるに違いない。
 そう思えば、今の多忙な日々すらも愛しく思えた。



 食事が終わった二人が食堂を出ると、太師に先導されたルチアがやって来た。

 「あ、ルチア先生」

 「突然にお邪魔して申し訳ございません天子様。お初にお目に掛りますね。
わたくしはマグヌスファミリアで教師をしております、ルチア・ステッラと申します」

 「あ、初めましてステッラ女史。蒋 麗華と申します」

 虚偽とはいえ星刻と一緒に暮らしている婚約者という女性は背の高い美女で、礼儀正しく優雅に挨拶をするルチアに天子は何だか尻込みした。

 「今回の件は大層ご心痛の限りと存じますが、ご無事で何よりでした」

 「天子様、この方のお陰でわしも命拾いをしましてのう」

 太師が大宦官によって毒殺されそうなところを、ルチアが化粧という男ではとうてい思いつかない策を持って助けてくれたと語ると天子は綺麗なだけじゃなくて頭もいい人なんだと思った。

 「中華の件は落ち着いたようですし、わたくしも折を見て引き上げようかと考えております。
 国境を超える医師団が来たら、黎軍門大人の容体も診て頂けるでしょうし」

 「いろいろと助けて頂き感謝しますぞ。本当にエトランジュ女王陛下はいろんな人脈をお持ちでいらっしゃいますなあ」

 小国の幼い女王と思いきや、地道に世界各地を回り、かつ両親の人脈基盤をしっかり受け継ぎ活動しているエトランジュに、さすが法を曲げてまで即位させただけはあると太師は感心する

 自他共に認めるあまり才能のないエトランジュだが、まさに人が人を繋いでいる。
 親や他人の力をいいように使っていると批判されることもあるだろうが、彼女なりに考えてまめに手紙や相手が喜ぶものを的確に把握して送ったりという地道な活動は、こうして実りを得た。

 「天子様も超合集国創立の際は、もっと素晴らしい人脈を作れましてよ。
 きちんと挨拶もお出来になられ、何が正しくて間違っているかもよくお解りになっていらっしゃる。
 素晴らしい皇帝陛下におなりでしょう」

 「ステッラ女史もそう思われるか。
 いやステッラ女史なら海外の作法にもお詳しいゆえ天子様にも教えて頂ければと考えておったのじゃが・・・・」

 こういう礼儀作法などに関することは、男である自分よりも同じ女性の方が何かとやりやすいのだ。
 理屈は解るが形式的にはただの教師とはいえ元ブリタニア貴族の自分がやるのはよくないと、ルチアは断った。

 「何だか外交って難しいのね。みんなで出来ることを教え合った方がいいと思うのに」

 「おっしゃる通りではあるのですけど・・・大人には何かと面倒な思惑がございまして」

 天子の子供らしい正論に、ルチアは苦笑を浮かべた。

 「ところでルチア女史は、どうして朱禁城に?」

 「ああ、黎軍門大人に薬を届けに参りましたの。
 あれほど持って行けと言ったのに天子様のことで頭がいっぱいだったらしくて、綺麗に忘れておりましたから」

 呆れたように言うルチアに、わざわざ届けに来るほどなのだから星刻とは仲がいいのかと天子が落ち込みかけた。

 「面倒なので人に届けさせようかと思ったのですが、この子がどうしてもエトランジュ様に会いたいと言うものだから・・・」

 「この子?」

 エトランジュと天子が顔を見合わせると、ルチアが背後の通路角に向かって呼びかけた。

 「イーリス、出ていらっしゃい!貴女が来たいと言ったのでしょう?」

 「イーリス?」

 ルーマニアで自分が保護した孤児の一人の名前に、エトランジュがどうして彼女がいるのかと驚いて角に向かって走り寄ると、そこには気まずそうに隠れていた銀髪の少女・・・イーリスがいた。
 天子は初めて見る自分より小さな少女を、興味深そうに見つめた。

 「エトランジュ様の身代わりのためにエヴァンセリン・・・様を中華にお呼びになったでしょう?
 その時にコミュニティから隠れて来たそうですの」

 呆れたように告げるルチアが言うには、婚儀の席でエトランジュの身代わりとして彼女の従妹であるエヴァンセリンを中華に呼んだ時、どうしてもエトランジュに会いたかったイーリスはこっそり双発の大型ヘリコプターに積まれた荷物箱に隠れて来たらしい。

 出発してしばらくした後に気付かれたが引き返す暇などなかったため、ルチアに預けて作戦決行となったのだがエトランジュに余計な心配をかけてしまうと判断したので黙っていたのである。

 「見送りの際にイーリスがいなかったけど、連れて行って貰えないことにすねていただけと考えていたらこれだったと、エヴァンセリン様も呆れておいででしたわ」

 「ご、ごめんなさいエディ様。イーリス、エディ様にずっと会ってなかったから会いたくなって・・・」

 さっきまでエトランジュに会いたいと騒いでいたのだが、会う寸前でエトランジュに叱られるでしょうけどとルチアに言われたので角に隠れていたのである。

 「だからと言って、こんな危ない真似をしていいはずがないでしょう!貴女はルーマニアであったことを忘れたのですか?!」

 初めて聞くエトランジュの怒声に天子もイーリスも驚いたが、叱られても仕方のないことだったのは解っていたのでイーリスはごめんなさいと再度謝罪する。

 「イーリス、エディ様の役に立ちたくて・・・コミュティじゃいろんなお手伝いさせてくれたけど、エディ様がいないんだもん。
 だから、イーリスが行けばいいって思って・・・」

 どうしても連れて行ってほしいと頼み込んだが八歳の子供は駄目と言われ、思いあまってオレンジが入ったコンテナに隠れたのだという。
 中華とEUの国境近くでトラックに乗り換えたのだが、その時検閲のためにエヴァンセリンがコンテナを開けるとそこにはヘリコプターが上がる時の衝撃で気絶しているイーリスがいて、当然その後みっちり叱られた。
 
 「二度としてはいけませんよ、いいですね?!」

 「はい、エディ様。ごめんなさい」

 素直に反省したイーリスにそれ以上叱責せず、エトランジュはふう、と大きく溜息を吐いてから天子に向かって言った。

 「申し訳ありません、天子様。急に怒鳴ってしまいました」

 「気にしないで、エディ。今のは仕方ないと思うから」

 「子供のすることとはいえ、危ない真似をしたのなら叱るのは大人の義務ですからのう」

 天子と太師が手を振ると、エトランジュはイーリスを紹介する。

 「ご紹介させて頂きますね。この子はイーリスと申しまして、ルーマニアで保護されてマグヌスファミリアに養女として迎え入れられた子なんです」

 マグヌスファミリアは占領時93人の国民が死亡しており、その後は多忙なことと行き先不安なせいか結婚なども行われていないので子供も数人しか生まれていないという、人口的危機に陥っていた。

 そこで何人かの孤児を引き取ろうということになり、EUも数人とはいえ引き取ってくれるならむしろ助かるということで、ルーマニアの孤児達を差し向けたのだ。
 戦争が終わって子供を育てられる余裕が出来たら、さらに養子にとろうということになっている、

 「イーリスといいます、天子様」

 「きちんと挨拶が出来て、偉いですな。さすがはエトランジュ様のお国の子じゃ」

 太師に頭を撫でられて、イーリスはエトランジュにも微笑みかけられてほっと安堵する。

 「今宵は朱禁城にお泊りになって下され。女官達に客室の準備をさせましたでのう。
 天子様もどうぞお部屋にお戻りを」

 「はい、太師父。エディとイーリスもおやすみなさい」

 「おやすみなさいませ、天子様」

 「天子様、おやすみなさい」

 エトランジュとイーリスに見送られて天子が太師と立ち去ると、エトランジュが言った。

 「イーリス、ことが落ち着いたら私もEUに戻るので、一緒に帰りましょう。
 またすぐ日本に向かうことになると思いますが、このようなことは二度と許しませんからね」

 「はい、エディ様」

 日本に来る時にイーリスまで来られたら、ルーマニア人質事件の二の舞になりかねない。
 特に日本は激戦地なのだ、何が起こるか解らないのだからなおさらである。

 「さあ、今日は一緒に寝ましょうか」
 
 「本当?イーリス、エディ様のお歌が聞きたい!」

 「いいですよ。さ、お部屋に行きましょう」

 イーリスの手を繋いで歩きだしたエトランジュに、ルチアは誰に似たのかと眼鏡を上げる。

 (全く、エディは甘いんですから・・・顔は父親似ですのに、性格は本当にどっちにも似ておりませんわね)

 エトランジュの両親であるアドリスとランファーは非常に享楽的な性格で、義務を果たした後は人生を楽しむべきという考えの持ち主だった。
 二人が出会ったのも大学時にあったコンパで、レポートを見せ合ってレポートや論文などを終えたら二人してどこかに遊びに消えるなどは日常茶飯事だった。
 いかに義務にかける労力を少なくして遊ぶ時間を確保するかに血道を上げていたのである。

 ランファーの方が年上だったので先に彼女が卒業して鍼灸師の職に就くと、アドリスは肩こりや神経痛に苦しむ友人を連れて会いに行ったりしていた。
 これだと友人の悩みが解消されるしランファーの収入にもなるし自分も好きな人に会いに行けて一石三鳥だなどとほざくような男だった。
 アドリスは情で動いても理が取れる考えをする男だったから、国王になるかもしれないと聞いた時は納得したものだ。

 ところが本人は王になったら仕事が増えるから嫌だ、妻子と一緒に自国に引きこもると公言してはばからなかった。
 当時女王だった母・エマの外交官として活躍していたアドリスには期待が高かったため、民主主義による投票で彼は王になったがその時もどうにかして逃げようとあがいていたのを今でもはっきり覚えている。
 
 結局は逃げられなかったので彼は王になり、義務を果たさなければ己の首が締まると理解していたアドリスは見事に務めを果たし、こうしてブリタニアとの戦争時にも国民を脱出させて生活させるための手腕を発揮した。

 幸いこの夫婦は自分達の性格がどこかかっ飛んでいることは自覚していたので、娘の教育には結構気を使っていた。
 そのため当時のアドリス夫妻を知る者達には、己の性格矯正には失敗したが娘の教育には成功したと言われている。
 
 (猫かぶりだけは得意で、よろしかったことアドリス。
 お陰でこうして中華との繋がりも円滑に進められたし、エディにはいい方向に向きましてよ)

 ルチアはそう内心で呟くと、星刻に薬を届けるべく彼女も歩き去ったのだった。
 


 翌朝、天帝八十八陵から戻った黒の騎士団達は蓬莱島で日本に戻るための準備をしていた。
 エトランジュがイーリスを伴ってやって来ると、エトランジュがゼロと話をするために席を外した後にゴミを集めたり掃除の手伝いをしたりして働くイーリスは、一部の騎士団達から可愛がられた。

 「可愛い、エトランジュ様の国の子ですって」

 「礼儀正しくてとても頑張るいい子ね。はい、飴玉あげる」

 「ありがとうございます、おいしく頂きます」

 きゃあきゃあと女性陣が子供を可愛がる光景は微笑ましく、男性陣は遠くからそっと見守っていたのだが、イーリスが何故か貰ったお菓子を抱えて千葉に手を繋がれてとことことやって来た。

 「どうしたんだろ、こっち来るよ」

 「こっちに挨拶でもしたいってことじゃないのか?」

 朝比奈の疑問に卜部が国王に似て礼儀正しい女の子っぽいし、と言うと、藤堂がなるほどと頷く。

 「こんにちは、藤堂中佐と・・・えっと、四聖剣さん」

 「はいはい、こんにちはー。俺は朝比奈 省吾。こっちの顔長いのが卜部ね」

 「朝比奈さんと、卜部さん?」

 「そ。で、あちらにいるのが我らが奇跡の藤堂中佐!!」

 朝比奈が藤堂にだけやたら丁重な紹介をしたので、卜部が思い切り朝比奈の足を踏んだ。

 「いったいなー、何するんだよ」

 「子供になんだから、もっと解りやすい紹介の仕方をしろ」

 「卜部の言うとおりだ」

 千葉が呆れると、?マークを飛ばしているイーリスに改めて紹介した。

 「今足を踏まれたのが朝比奈、踏んだのが卜部。そしてあそこで刀を持っておられるのが藤堂中佐だ」

 「朝比奈さん、卜部さん、藤堂さん!」

 「そうだ、よく覚えたな。さっきもきちんと私達のお手伝いをして、偉いぞ。
 ゴミ捨てや掃除なんか、みんな嫌がるのにな」

 千葉が腰をかがめてイーリスに視線を合わせながら頭を撫でて褒めると、イーリスは笑顔で言った。

「エディ様が言ったもの、人の嫌がることは進んでしてあげることはいいことだって。
 人が嫌がることほど自分がするのは、とてもいいことなんでしょう?」

 「そうだな、偉いぞイーリスちゃん。さすがはエトランジュ様だ、とてもいい教育をなさっておられる」

 大好きなエトランジュが褒められたイーリスは、自分も褒められてとても嬉しくなった。

 「うん、だからねイーリス、もっと頑張ろうと思って聞きたいことがあって来たの!」

 「聞きたいこと?いいとも、何でも聞きなさい」

 子供が頑張る姿を見るのは、大人としても気持ちがいい。
 昔子供達に武術を教えていた藤堂は懐かしくなり、厳格な顔を緩ませてイーリスに言った。

 「あのね、あのね!ブリタニア人の殺し方ってどうやるの?」

 無邪気にそう尋ねてきたイーリスに、その場にいた大人達の笑顔が凍りついた。

 「・・・え?」

 今この子何て言った、と絶句する彼らに、イーリスは笑顔でもう一度繰り返した。

 「うん、ブリタニア人の殺し方教えてって言ったの」

 まるで算数でも教えてくれというように笑って尋ねるイーリスに、悪意は全く感じられない。
 
 「・・・何でそんなこと知りたいのかな?」

 凍りつかせた笑顔で朝比奈がそう尋ね返すと、イーリスはんーと、と考え込みながら答えた。

 「イーリスね、エディ様のこと大好きなの。だからエディ様の役に立ちたいの」

 「それはいいことだね。で、それとさっきのとどう結びつくのかな?」

 「昔ね、エディ様に助けられたの。ブリタニアの人にイーリス達がえっと…人質っていったかなあ、そんなのにされちゃったことがあって」

 イーリスが拙い言葉で説明したところによると、彼女が自分達を引き取りに基地に来た時、ブリタニア人が自分達を人質にして降服しろと迫ったことがあったらしい。
 その時エトランジュが反撃してそのブリタニア人を殺したことで事なきを得たという事件があったのだそうだ。

 「エトランジュ様が・・・そういえば紅月が言っていたな」

 「そうなのか、千葉。あの方らしいっちゃらしいが・・・」

 千葉と卜部がエトランジュの意外な過去とそんな恐ろしい事件に巻き込まれたイーリスに同情の視線を向けると、イーリスは笑顔で続けた。

 「でもエディ様ね、その後凄い悲鳴上げて暴れちゃって・・・その時は怖かったんだけど、後になって思ったらエディ様かっこよかったんだ!」

 悪い人にたった一人で立ち向かったエトランジュがかっこよかった、と無邪気に語るイーリスに、きっと無意識に美しい記憶として改ざんされたんだろうなと誰もが悟った。
 悪い記憶をいいように修正するというのは、たまに聞く話だ。
 やや興奮気味にこうやって人形でガンガンってやってたんだ、と説明するイーリスに、想像したら普段おとなしいエトランジュがやるとむしろ恐ろしい光景でしかないと藤堂は思った。

 「そうか、エトランジュ様も君達を守ろうと必死だったんだろう。それで?」

 「うん、でも後で聞いたらエディ様、人を殺したくなんてなかったみたいだったのね。
 でもイーリス達を守るには仕方なかったんだってみんな言ってて・・・。
 あんな酷いことするブリタニア人なんか殺されて当然だって言ってたの」

 「そうだな、間違いないと俺達も思うが・・・・」

 「だから、イーリスがやってあげればエディ様が喜んでくれると思って!」

 満面の笑みを浮かべてそう告げたイーリスに、彼女の質問理由は解ったがとても同意出来ないそれに、一同は顔を見合わせる。

 「人の嫌がることをしてあげたら喜んでくれるって、エディ様が教えてくれたもの。
 だからイーリス、エディ様が嫌がってたから人の殺し方を覚えて、ブリタニアの人達を殺してあげようと思ったの」

 「・・・・」

 「ブリタニアの人達は悪いことばかりしてるんでしょう?
 エディ様のお父さんがいなくなっちゃったのもブリタニアのせいだから、ブリタニアの皇族がいなくなったらみんな元通りになるってアル様も言ってたし。
 だからイーリスもお手伝いしたくて!」

 確かに常日頃自分達が主張していることである。
 しかしだからと言って小学校も卒業していないような子供にやらせることでは断じてない。
 天子にさえこのような大人の政争に立たせたことに忸怩たるものを感じていているのだ。
 
 「マグヌスファミリアの人達は子供には教えられないって言われちゃって・・・。
 藤堂さん達はブリタニアに一番勝っている黒の騎士団の偉い人達だって聞いたから、だから教えてくれるかと思ったの!」

 「あー、うん。それで俺達に聞いて来たのか・・・」

 (でも、今更違うとは言えないしなあ・・・それに殺人でさえなかったならこの子のやろうとしていることはむしろいいことな訳で・・・)

 子供特有の短絡的な考えに、朝比奈は頭を抱えた。
 大好きな人に恩返しをしたい、嫌がることをやってあげれば喜んでくれるからその方法を聞きに来たという姿勢自体は確かにいいことなのだ。
 殺人をしたくないと思うのは人として当然のことだから、エトランジュが嫌がっているというのも本当だろう。

 「ちょっと待っててね~、相談するから」

 「うん!」

 イーリスが貰ったお菓子を大事そうに抱えて隅に会った椅子に腰かけるのを見届けると、藤堂達は円陣を組んで相談を始めた。

 「どうします、これ?俺らがごまかしたらあの子、絶対他の奴んとこ行きますよ」

 「戦闘のやり方なんか教えたら、エトランジュ様から苦情が来るし・・・ってか子供に教えられないのはマグヌスファミリアに限ったことじゃないって言えば」

 卜部の案に千葉が既にエトランジュ達が言っているはずなのに、どうしてまた自分達に聞いたのだろうと首を傾げる。

 「解らないことは聞けってしつけられてるようだからな・・・まともな教育を受けてる素直ないい子なのに、何でまた私達に・・・」

 千葉が呻くと同時に、ふと先ほどのイーリスとの会話を思い出した。

 紅蓮が来なかったみたいですけどと言う騎士団員に、カレンは他の仕事を日本でしていると告げるとカレンが学生をしていることを知っていた団員に学校ですかと尋ね返されたたのだ。
 そこへ少し考え込んだ表情のイーリスが質問した。
 
 『そのカレンって人は学校に行ってるの?』

 『もとは学生だったが、辞めて今は別の仕事をして貰ってるんだよ』

 いきなり会話に入って来たのでどうしてだろうと思ったが、理由が今解った。

 「学生=大人じゃない=子供。でも戦っているから日本ならいい・・・そう思ったんじゃ・・・・」

 短絡的にもほどがある。
 本当にどう説明すべきかと考えた結果、藤堂が覚悟を決めて言った。

 「あー、イーリス君。残念だがそれは教えられないんだ」

 「えー、どうして?!」

 頬を膨らませるイーリスに、藤堂は噛んで含めるように言い聞かせた。

 「君はまだ十五歳じゃないだろう?世界には十五歳にならないと戦争に参加してはいけないという決まりがあるんだ。君が巻き込まれた事件はあれは正当防衛なだけで、戦争じゃない。
 現にエトランジュ様も、十五歳になってから戦争に参加するようになったんじゃないのかな?」

 「あ、そういえば・・・でもカレンって人は?」

 「彼女は十七歳だ、問題はない」

 実のところ十七歳でもまだ高校生なので、戦前なら立派に罪に問われる行為だ。
 藤堂はカレンの年齢を口にしたことで、黒の騎士団エースと賞賛される彼女ですらもまだ子供と言っていい年齢であり、最前線に立って活躍しているこの時代を改めて狂っていると感じ取った。
  
 「・・・だから十五歳になったら改めて来なさい。
 それまでは君には他に学ばなくてはならないことがたくさんある、そちらを優先するべきだ」
 
 「そうそう、それに日本には決まりがあるんだ。学校を卒業しないと軍人にはなれないんだよ」

 これは本当なので朝比奈の言葉に皆うんうんと頷いた。

 「学校を卒業しないと大人じゃないっていうのは、どこの国でもそうなんだよ。
 エトランジュ様だってその方がいいとおっしゃるに決まってる。
 余計な心配をかけてしまうから、まずは勉強の方が頑張った方がいいと思うよ」

 「勝手に中華に来てしまって、心配掛けたと叱られたと聞いている。
 心配をさせてしまうのは悪いことだと、教わっただろう?」

 千葉にそう言われたイーリスは残念そうな顔をしたが納得したらしい。

 「そっか、エディ様に心配かけちゃいけないもんね。十五歳かあ・・・まだずっと先だなあ」

 「まあまあ、仕方ないよイーリスちゃん。ほら、難しいことは僕らに任せて、君は部屋に戻って勉強しないと」

 「朝比奈の言うとおりだ。勉強なら教えてあげられるから、解らない問題があったら聞きにおいで」

 「うん!ありがとうございます。じゃあイーリス、お部屋に戻るね」

 千葉に頭を撫でられたイーリスがさようならー、と頭を下げて足取り軽く立ち去るのを、一同は引き攣った笑顔で見送った。
 イーリスの姿が見えなくなると、卜部が思い出したように言った。

 「そういやあさ、サイタマの加藤が言ってたな。今の子供達はいい子が多いって」

 「いい子が多い、とはどういうことだ?」

 「俺らが子供の頃って言ったら、イタズラしたり我が儘言ったりで親を困らせたりするのが普通だったけど、そんなことする子供が少ないってことです。
 知人の五歳の男の子も変わった行為をしては親を困らせる子だったらしいんですけど、コーネリアの虐殺事件以降はぱったりと止んだとか・・・」

 無理もない、と藤堂が嘆息した。
 子供は好き勝手に振舞うと言う大人が多いが、実際はそうでもない。
 子供は親の背中を見て育つと言うように、子供は常に親の空気を読んで動いている。
 つまり子供はこれくらいなら許して貰えると無意識に悟ってやっているのであり、ボーダーラインというものを子供なりに理解しているものだ。

 いい子が多いということは悪戯や我儘を言える雰囲気ではないことを子供が悟っているということで、今の日本の状況の酷さの一端を表しているといえよう。

 「そう考えたら、子供が親を困らせるというのはむしろ平和でいい事なのかもしれんな。まあ程度はあるだろうが・・・」

 「その親御さんも子供がいい子になったというのを喜ぶどころじゃなかったって言ってたそうです。
 子供に気を使われたくないと、普通の親なら思うでしょうね」

 「・・・子供の前では話題を選ぶよう、騎士団内で通達した方がいいかもしれんな。
 子供があんな風になるのは、見るに忍びん」

 「賛成です、中佐・・・」
 
 子供はいつでも大人の真似をしたがるものだし、また正しいと信じるものだ。
 だがいくら自分達がいしていることが正しいと思っていても、子供が見習うべき行為ではないことだと改めて気付いた。

 少し鬱になった気分を叱咤して作業を続けた後、藤堂と千葉は終了報告を兼ねた提案をすべく、ゼロの執務室へと向かうのだった。



 ゼロの執務室では、ルルーシュとアルカディアが今後について相談していた。
 ちなみにエトランジュは今天子と話しており、ここにはいない。

 「そろそろ一度、日本に戻った方がよくない?処理も一段落したことだし」

 「そうですね、一ヶ月も留守にしてしまいましたし・・・特区のほうを見て、今度はEUに向かおうかと」

 「EUはまだゼロに懐疑的だけど、レジスタンスの方ならぜひって意見が多いの。そっちにまず顔を出して貰いたいんだけど」

 「了解した。では十月辺りにでも・・・」

 ルルーシュとアルカディアが話していると、ノックの音が響いた。

 「誰だ?」

 「藤堂だ。少し話があるんだが」

 「藤堂か、入ってくれ」

 「こちらの戦後処理は終わった。後は日本に戻る準備をして、明後日には日本に向けて出発出来る」

 「そうか、私は先に別便で戻らせて貰うが、帰還の指揮はお前に任せる」

 「承知した。ところでゼロ、話があるんだが」

 藤堂が彼らしくもなく溜息をついて話した先ほどの出来事に、聞いていたアルカディアが眉根をひそめた。

 「イーリスがそんなことを?すまなかったわね藤堂中佐」

 「いや、子供らしいといえばそうだから、叱らないで差し上げてくれ。
 ただこういったことが今後もあるかもしれないから、騎士団内でも団員の子供達がいるから言動に注意するようにゼロから喚起した方がいいと思ってな」

 「・・・なるほど確かにその通りだな。日本に戻ったら、さっそく言っておこう。
 ブリタニア人というだけで嫌悪の目で見るようになったら、日本が解放されたら逆にブリタニア人を迫害する土壌になりかねないからな」

 「それもよくないが、何よりまずいのは真似をしようとする子供が出てくることだ。
 イーリスという少女のように無鉄砲な行為をする子供が出ないとも限らない」

 「もっともだ。騎士団に入りたいという子供が多いが、自分は大人だと認めて貰うためにやるかもしれん。
 重々言い聞かせて釘を刺しておくよう、孤児院の職員などに言っておくとしよう」

 ルルーシュが大きな溜息をつくと、アルカディアも同感だったらしい。
 マグヌスファミリアでも十五歳になったらその瞬間に自分達の元に来ると言い出す子供が多い。
 何しろ自分の親が自分を逃がすために死んだという子供もいるので、復讐心に燃えている者も多いせいだ。子供が染まっていくのも無理はなかった。

 (私も疫病神国家のブリタニアのせいだと叫んだしなあ・・・今思えばまずいことしたもんだわ)

 ルーマニアで起こったエトランジュ正当防衛事件の際、異常な気迫で脱走兵を殺したエトランジュに怯える子供がそれなりにいたのだ。
 そのため周囲の大人達がエトランジュは悪くない、悪いのはブリタニア人だから彼女の行為は正しいと言い聞かせたことが尾を引いたかと、アルカディアは眉間を押さえる。

 「事実を事実として言っただけなんだけど・・・」

 「だからこそ気をつけねばならないということでしょう」
 
 確かに、と一同が同意し、ルルーシュが改めて注意を呼びかけておくと話がまとまったところで、話を子供の前で絶対に出来ない戦場の話へと戻した。

 「今後のことだが、EU戦のほうもラウンズが一人戦死しナイトオブスリーとフォーが一度本国に戻ったのでしばらくはナイトオブテン一人が相手となるでしょう」

 「ブリタニアの吸血鬼だったかしら?あいつ枢木とは違った意味で単純なんだけどあんまり相手にしたくないなあ」

 オープンチャンネルで聞いた快楽殺人者の言動をするルキアーノ・ブラッドリーに、アルカディアはげんなりする。

 「ま、直接突っ込んでくるタイプみたいだから、ナイトオブトゥエルプみたいにすれば勝てる可能性は高いわね。
 ゲフィオンディスターバーも改良して、戦場でも使いやすいようにすれば・・・」

 「幸いあの場面はブリタニアに見られていない。対策はとれまい」

 「『切り札は先に見せるな。見せるならさらに奥の手を持て』って言ってた人もいたしね。
 ラクシャータさんと協力して、改良しておかないと」

 ルルーシュが仮面の下で悪どい笑みを浮かべると、アルカディアも親指を立てる。

 「そうそう、例の大宦官の本音暴露映像、EUでも流しておいたんだけど反響が凄くてね、反ブリタニアに世論が傾いてるみたいよ。
 友達に頼んであちこちばら撒いて貰った甲斐があったわ」

 大学の友人に頼んで出来るだけ多くのサイトに動画をばら撒いて貰ったというアルカディアは、実に楽しそうに言った。

 「友達も大宦官の慌てふためきぶりに爆笑しててさ、こういうことならいつでも声掛けろって言ってくれたわ。
 EUのお偉いさんは初め削除させるべきだって意見もあったけど、ここまで来たらもうどうしようもないし中華も抗議しない方向になったから、放置してるみたい」

 「ブリタニアが中華を批判している様子を合わせて暴露したのも、中華を反ブリタニアに傾かせるのに効果的でしたからね。
 さすがはアルカディア様、目の付けどころがいい」

 ルルーシュが素直に賞賛した。
 シャルルが『中華は怠け者ばかり』と言っていたと民衆にバラせば反ブリタニアになるというのは、アルカディアからの提案だった。
 案の定職がなく苦しんでいる彼らは激怒し、ブリタニアに悪感情を抱かせるには充分だったのである。

 的確にブリタニアにダメージを与えるマグヌスファミリアのやり方は、決して綺麗とは言い難い。
 モニカを討ち取った時も、複数のナイトメアや罠を使って一人を追いつめ撃破したという戦法は、傍から見たら集団で一人をなぶっているようにしか見えないだろう。
 それでも躊躇うことなく実行に移してのけたアルカディアは、究極の現実主義者だと藤堂は知っている。

 いつぞやスザクを暗殺すべきだというディートハルトの案に反対した藤堂と扇に対し、アルカディアはそれが一番だと賛成した。
 扇に対して上の地位にいること自体が既に武器を持ったことになる、それが他者の命を奪うことになり、それ故に自分が命を奪われても仕方ないと言い切った。
 他人に言うくらいなのだから、当然自分がそうなることを覚悟の上でここにいる。

 (大学の友人、か・・・彼女もまだ学生だったんだな)

 二年半前に大学を休学したアルカディアは、十六歳でイタリアのそれなりに有名な大学に奨学金で入学したという、一般的には天才の部類に入る人間である。
 ただそれ以上の天才(特にゼロ)がわらわらいる黒の騎士団にいると普通の人に見えてくるのだから世の中広いと本人は語っていた。

 「私達はブリタニアを倒すためなら何でもするって決めたの。
 そのためにどうすればいいか、仲間うちでいろいろ話してるからね」

 ラウンズを倒す作戦の際、アルカディアは機体性能が勝る相手をどうするかと考えた結果、複数のナイトメアで襲いかかってゲフィオンディスターバーで動きを止めれば何とかなると考えた。

 アルカディアは基本的にどう作戦を考えるかというと、“仲間を決して死なせることなく相手だけを殺す”ことに重点を絞っている。
 自分達が弱いことを自覚しているがゆえに、考えることに容赦も血も涙もなかった。
 もともとブリタニアからされたことが軍隊を持たない国に襲われたというものだったので、なおさらである。

 「連中は強い。だったらこちらも相当のことをしなければ勝てはしない。
 実際フロートシステムを壊してデータをしっかり取って相手の行動を読んで、飛鳥に引きずりこんで動きを止めてやっと勝てたんだから。
 私はそんな連中とまともに戦う気なんてさらさらないわよ」

 仲間を無駄死にさせる気はない、させるくらいならどれほど外道な手段でも取るという彼女は、軍人気質の自分から見ると確かに恐ろしさすら感じるが、一面では正しくもあると藤堂は理解している。
 上に立つ者が部下の命を守るのは当然であり、そのために泥をかぶるのはこれまた当然のことだからだ。

 「私は家族をこれ以上喪いたくないもの、そのためならどんな手も打つわ。
 卑怯でも卑劣とでも、いくらでも好きなだけ罵ればいい。それだけで家族を守れるなら、何てことない代償よ」

 本来ならしなくてもいい覚悟だった。
 それをさせたのはブリタニアだ、と言うアルカディアに、藤堂は瞑目した。

 思えばスザクも変わった。以前はもっと個人主義だったのに、今やルールを重視する平和な世の中なら優等生として褒めてもよい性格になっていた。

 変わらないものなどないと知っていた。
 けれどこんな風に変わって欲しくなかったと思うのは、大人の身勝手な思いだろう。
 大人がこうも事態を悪化させた結果、子供達がそのツケを払っているようなものだ。

 自分達を守るためとはいえ何の覚悟もないまま人を殺したエトランジュに、汚い大人に操られ政治の道具とされてしまった天子に、日本最後の皇族としての重みを背負った神楽耶に、父と姉が仕出かした行為を平和的にどうにかしたいと立ち上がったユーフェミアもまだ大人の庇護が必要な少女達だ。

 自分達が変わっていくことを、彼女達は自覚しているのだろうか。
 長きに渡る争いに、自らが歪んでいることも解らず無邪気に殺人の方法を尋ねて微笑んだイーリスは、それを端的に象徴しているように見えてならない。

 (どんな手を使っても、早く戦争を終わらせるべきだ。
 手を汚すのは本来なら我々だけの役目のはずなのに)

 『スザク・・・僕は、ブリタニアをぶっ壊す!』

 燃えるような夕焼けの中、そんな誓いを口にした少年の姿が脳裏に蘇る。
 幼い妹を抱えて実の父親に見捨てられ、味方は親友一人という絶望の中でも、そう言って立って歩いた黒髪の少年は、今どうしているのだろうか。

 そう考えた時ゼロがあの時のブリタニアの皇子ではという考えがよぎった藤堂だが、スザクはゼロの仲間になるのを拒んだのだ。

 (・・・まさか、な。もしそうなら、あれほどルルーシュ皇子と仲が良かったスザク君が仲間になるのを拒むはずがない)

 自分の考えを軽く首を横に振って打ち払った藤堂は、七年前にあの古い土蔵で楽しそうに笑い合っていた兄妹とかつての弟子の姿を思い出した。

 ずっと長く続くと信じていた、当たり前の幸福。
 落ちた鏡のように砕け散った欠片に映った己の姿に、かつての弟子は何を思ったのだろう。

 過去を懐かしむ間もなく、彼らは今日も戦場へと向かう。

 そこにいるのは、駆け足で大人にならざるを得なかった幻のような子供達だった。



 中華連邦某所にて、金髪を足下にまで伸ばした子供が頬杖をついて座りながら何やら考え込んでいた。

 「せっかく中華をブリタニアのものに出来るはずだったのに、逆に反ブリタニアになっちゃったのは困ったなあ。
 C.Cがギアス嚮団のことをゼロにバラしちゃってたら、ここを潰そうとするだろうし・・・」

 ギアスと関係の深いマグヌスファミリアの連中と組まれたら、能力こそ弱いがあちらのほうがギアスの歴史が長いので何をしてくるか解らないというのもある。

 「暗殺しちゃおうと思ったけど、連中ギアス対策も完璧だったし」

 以前にギアス嚮団の暗殺者を差し向けたところ、かろうじて一人だけ殺せただけで他は返り討ちにされた。

 「ゼロをどうにかするしかない、かな・・・マグヌスファミリアもゼロとC.C頼りだろうし、ゼロを殺してC.Cを連れ戻して研究を進めるのがいい」

 自分達の邪魔をするルルーシュが、V.Vは気に入らなかった。自分達兄弟の仲に割って入ったあの女に似ていることが、なおさら気に食わない。
 今まで放置していたのは自分達の計画に支障がなかったからだが、本拠地としている中華がゼロ側に向いた以上呑気にしているわけにはいかない。

 「これくらい大丈夫って放っておいたら、シャルルが変わっちゃったんだ。さっさと行動しておかないと!」

 V.Vは思い立ったが吉日とばかりに椅子から降りると研究室へと向かった。
 そこにはエリア11から送られていた実験体・ジェレミア・ゴットバルトが実験装置の中で液体に包まれている。

 「ねえ、ギアスキャンセラーの適合体のことだけどどんな具合?」
 
 「V.V様・・・申し訳ございませんまだ使いものにはならなくて」

 「そっかあ・・・なるべく急いでね。完成したらゼロのギアスに対する武器になるんだから」

 「承知しました」

 研究者にそう言いつけたV.Vは、探索を担当しているギアス能力者を日本に派遣してルルーシュの居場所を探すことにした。
 以前はアッシュフォードにいたと知っているが、その後の行方はこれまで興味がなかったこともあり今まで調べていなかったのだ。

 (シャルルもあいつには興味ないみたいだし、殺しちゃってもいいよね。
 ギアス嚮団を守るためなんだし・・・C.Cだってそろそろ捕まえなきゃ)

 そう自己完結したV.Vが他のギアス能力者に命令を出そうと歩き出すと、人形のように無表情の少年とすれ違った。

 「あ、ロロ。ちょうどよかった。君にまた仕事を頼もうと思ってたから」

 「解りました。誰を殺すんですか?」

 「ゼロってやつ。居場所が解ったら、また連絡するからね」

 「はい」

 淡々と殺人の命令を了承したロロは何事もなかったかのように殺風景な自室に戻り、ベッドに横になった。

 ・・・夢は、見なかった。



[18683] 第七話  プレバレーション オブ パーティー
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/12/18 11:41
  第七話  プレバレーション オブ パーティー



 ルルーシュはC.Cとマオを伴って日本に戻ると、真っ先にメグロの孤児院へと車を飛ばして帰った。

 「ただいま、ナナリー!!」

 「お帰りなさいませ、お兄様。一ヶ月のご出張、お疲れ様でした」

 ナナリーが微笑みながら出迎えると、ルルーシュは最愛の妹を抱きしめた。

 「長いこと留守にしてすまなかったな。お詫びに今日はご馳走を作ろう」

 「そんな、お帰りになったばかりでお疲れですのに、そんなことはさせられませんわ。
 今日は私達がお兄様にお食事を作ってあげようってことになっているんです」

 ナナリーが一緒に出迎えてくれた孤児院の子供達を指すと、えへへと照れたように笑った。

 「いつも美味しいご飯作って貰ってばかりだから、今日は俺達がってことになったんだ。
 ナナリーちゃんさ、ピーラーで野菜の皮むいたりして手伝ってくれてるんだぜ」

 「指を切ったこともありましたけど、慣れたらすぐに出来るようになったんです、お兄様。
 それくらいですけど、みんなと一緒に作ったお食事は美味しいです」

 「そうか、頑張っているなナナリー。そういうことなら、ぜひご馳走になろう」

 「ありがとうございます!さあお兄様はお部屋でお待ちになって下さいな。
 出来たらすぐにお知らせに上がりますから」

 ピーラーで切ったのだろう切り傷がナナリーの指に見えたがそれは消えかかっており、少々痛い目は見たが成果を上げて出来るようになった妹に、ルルーシュはナナリーの髪を撫でた。

 「怪我をしたようだが、これくらいで済んでよかった」

 「ええ、一度切ったら次は薄いゴム手袋を下さったので、怪我はそれだけです」

 「なるほど。俺も安全性を考えてみるから、他にやりたいことがあったら遠慮なく言うんだぞ?」

 「はい、お兄様。では、私達は今からお夕食を作って参りますね」

 ナナリーが友人達と共に厨房に向かうと、ルルーシュは荷物を整理するために自室へと入った。

 「ナナリーが野菜の皮むきを・・・成長したな」

 「お前があれこれ教えていたら、もっといろいろ出来るようになっていただろうな」

 部屋に入るなりベッドにゴロンと横になったC.Cが突っ込むと、ルルーシュは不愉快そうにしながらも正論だと認めた。

 「そんなことは解っている。だから今度から安全面を考えてさせることにしたんだ」

 「いいことだ。なら次はピザの作り方を教えてやれ。あれはいいものだから、覚えて損はない」

 「損にはならないがお前の得になるというのが気に入らないな」

 互いに毒を吐きながらルルーシュがさっさと荷物の片づけを終えると、厨房に向かった。
 そっと様子を伺ってみると、それぞれ担当を決めて手分けして作っているようで、なかなか手際が良い。

 (ナナリーの手術はナナリーの誕生日が終わった十月末だ。足が動けるようになったら、もっといろんなことが出来るようになる)

 足が治ったら目も治るかもしれないと聞いているルルーシュは、それに向けての訓練を勧めた方がいいかもしれないと考えた。
 リハビリも大変だと聞いているし、少しずつ慣らした方が負担が軽いだろう。
 
 公私ともに順調に進んでいるこの状況に満足したルルーシュがパソコンで情報を整理していると、カレンからのメールが届いた。

 「カレンか・・・特区絡みで何かあったかな」

 ルルーシュがメールを開くとそこには特区というよりユーフェミア絡みについて書かれている。

 『十月にあるユーフェミア皇女の誕生日パーティーのことなんだけど、貴方にも参加して貰えないかってユーフェミア皇女が言ってるの。
 出来ればナナリーちゃんもって望んでいて、いちおう末の妹の代わりにって名目で同じ境遇の子を何人も招待するって策を、バレないように用意したみたい。
 ただコーネリアが来るから、私としてはナナリーちゃんは変装したにしても目立つからやめた方がいいと思うんだけど、最終的な判断は任せるわ。
 特区の方は順調で、例の物資の横流しについてはパーティーの準備のどさくさ紛れに手配したから後で確認よろしく。
 PS.そろそろアルカディア様を入院したって装うのが限界。一度顔出して貰えないか聞いておいてね』

 「ユフィか・・・あいつらしいといえばらしいが」

 あまり効果的とは言えないが、いちおう策を考えたというのは彼女もまた成長したということだろう。
 それについては素直に褒めたいが、カレンの言うとおりナナリーを連れて行くのはやめた方がよさそうだ。

 「しかし、代わりになる程度のことはしてやりたいな。ナナリーも特区に行きたいと言っていたし」

 「全く、お前は妹に甘いな。ま、平和でけっこうなことだ」

 「日本以外は嵐に見舞われているがな。
 他国のレジスタンスのほうはアルカディアにゼロとして出て貰っているが、いずれはこの目で確認しておかなくては」

 ナナリーの手術が始まる前に一度EUや他エリアのレジスタンスを見て回ろうと計画している。
 手術が終わった後はリハビリが彼女を待っているので、さすがに眼を放したくなかったからその前に済ませておきたかったのである。
 
 「EUに属していないエリアでゼロが関わっているとなると優秀な総督が派遣されることになるから、抵抗活動はやめさせてエトランジュ様の組織に属させるほうがいいな。
 今は戦力の増強に努めるべきだと説得すれば難しいことではないだろう」

 「そうだな、小国同士のレジスタンスが大きくなる方がいいと、諭せば解るだろう。EU戦のほうは大丈夫なのか?」

 「ああ、内部でシュナイゼルと繋がっていた連中が数人捕まえられたからな。
 大宦官と繋がって汚職に走った連中も逮捕されたようだし・・・。
 ただ、それが俺の指示ではなくアイン宰相からのものだったんだが・・・」

 日本に来て早々お持ち帰りのピザをぱくつくC.Cは予知という滅多にないギアスを持つのなら不思議ではないと思っていたが、ルルーシュの表情に首を傾げる。

 「予知ギアスか。それなら内通者が解っても不思議じゃないだろ」

 「予知とは言っても、彼の予知の範囲は血族のことしか解らないと聞いた。
 つまりEUの不利になる行為がマグヌスファミリアにとってまずい事態を招いたことくらいは解るだろうが、原因をどうやって突き止めたかということだ」

 解りやすいたとえをすると、アインがマグヌスファミリア国民が突如ブリタニアに引き渡されるという予知をしたとしよう。
 それを防ぐとなれば当然何故そうなったかを考えなければならないわけで、彼らには的確に原因を突き止められる手段を持っていることになる。

 「他のギアス能力を使ったんだろ。たとえばエマとかいう先々代の女王の心の顔が見えるとか言う能力とかな」

 「そんなことは解っている。
 俺が言っているのは、原因を突き止めてすぐに対処が出来るだけの頭を持っているのが誰かということだ」

 「アインとかいうやつじゃないのか?」

 「違うな。俺はエトランジュ様のギアスを通じて何度か話をしたが、それほど頭がいい男ではなかった」

 酷い言い草だが、事実である。
 アインは頭が悪いとは言わないが凡庸な男だった。無能を装う理由などどこにもないので、あれが素だろうとルルーシュは見ていた。

 「情報流出を避けるために、あえて情報を互いに遮断していると聞いている。
 何しろ心を読めるマオがいたわけだから、ギアス能力者のとの戦いを思えば正しいと言わざるを得ないな」

 ゆえにエトランジュ達もコード所持者が誰かあえて聞いていないし、コードによって繋がっている会話も全くしていないと聞いた。
 
 「・・・仕方ない、追及はやめておくとしよう。EUの内部は一息ついたんだ、戦略の方に目を向けるべきだ」

 エトランジュを通じて、EUに出来るだけの恩を売ること。
 そうすればエトランジュ達は発言力が強くなり、それを元に超合集国に組み込むかもしくは同盟に持ち込むことが可能にしやすくなる。

 (あちらのレジスタンスを取り込めば、もっと楽になる。今のうちに戦力を増やしておかねば)

 ルルーシュはカレンへの返事をメールに打ち込みつつそう思案し、さらに今後についても考えを巡らせるのだった。



 ブリタニア植民地、エリア8では、ゼロに扮したアルカディアがレジスタンスと面談を行っていた。
 もちろんエトランジュのギアスを使い、ルルーシュの言葉をアルカディアが話してである。

 「貴方がたの反ブリタニア活動についてだが、この規模では正直なところ犬が噛みついたくらいにしかブリタニアは考えない。
 よって各植民地との連携を取り、規模を大きくしていくのが妥当だと考える」
 
 「黒の騎士団のようにか・・・それは我々も考えている」

 「貴方がたに黒の騎士団に入って欲しくはあるが、自分達の力で祖国を解放したいという気持ちも理解出来る。
 幸いエトランジュ様は末席とはいえEUの元首に名を連ねられ、中華連邦の天子様とも大きな繋がりをお持ちの方。
 彼女を盟主としたレジスタンス連合を作るというのも一案かと思うのだが」

 そしてそのエトランジュはゼロの協力者だ。結果は同じということだが、看板が同じブリタニア植民地にされた国の女王であるならば、意味合いが違ってくる。
 ただ戦後にEUの干渉が来るということを危惧しており、実に面倒な思惑の結果なかなか踏み切れずにいるのが現状であった。

 「だがこの国のレジスタンスだけの活動には限界があるのも事実だ・・・現状を打破するには、やむを得ん」

 「各植民地のレジスタンスを糾合するには、確かにエトランジュ女王は象徴として適任だ。
 中華の大宦官達の事件についても、黒の騎士団を通じて助けたという情報もある」

 レジスタンス達もそれなりに情報網があり、EUに中華事変の動画をばら撒いたのがマグヌスファミリアであるとの情報を既に得ていた。
 反ブリタニた活動の効果を上げており、また黒の騎士団のゼロと中華連邦との繫がりを持つというのは実に魅力だったのだ。

 「既に六ヵ国のレジスタンスの方には、是との返事を頂いております。
 戦力を一つにまとめブリタニアに対抗する組織作りをというゼロの案ですが、それについてはどうお考えですか?」

 エトランジュの問いにレジスタンスの幹部は顔を見合せた。
 
 「今の活動は限界がある。俺は賛成だ」

 「だがエトランジュ様にその気がなくても、EUの植民地にされてしまうかも・・・」

 それを危惧しているというレジスタンスに、アルカディアは待ってましたとばかりに言った。

 「貴国一つではどちらにせよそうなるな。私としても国が支配されるという事態は避けたい。
 よって私は超合集国を構想している」

 アルカディアが超合集国連合について、ブリタニアに対抗する連合国家を作れば植民地にされる恐れはなくなる、今のうちに話し合いで解決する国家間の場を作ろうと説くと、思ってもみなかった発想に皆考え込む。

 「いずれEUとは同盟という形になると思う。しかしそれはあくまで超合集国連合との間ということだから、加盟国が植民地になるという話にはならない。
 貴国の心配が解消される案でもあるが、どうだろうか?」

 「なるほど、それなら戦争後各国で協力し合って復興への道が開けられるな」
 
 「そういうことなら・・・しかしゼロ、貴方の手腕が問題になるぞ」

 レジスタンスが名声はあっても実績はまだそこまでいっていないと言うと、アルカディアはすでに慣れっこになっていた派手なポージングを取って宣言した。

 「一年だ!一年以内に黒の騎士団発祥の地である日本を、解放してご覧にいれよう。
 それをもって合衆国日本の成立とする!!」

 「一年、だと?黒の騎士団が活動している期間を含めれば、一年半もないぞ」

 「それだけで日本を解放出来るというのか?!」

 驚くレジスタンス達に、アルカディアは頷いた。
 
 「既に種はまいてある。後はそれをご覧になった上で、答えを出して頂きたい」

 レジスタンス達が了承すると、他はマグヌスファミリアが構築した各国のレジスタンスの連絡網を伝え、連携を取り合って行動することに同意したのを見届けてから、エトランジュ達はその場を去った。

 ジークフリードが運転する空港に向かう車の中でゼロの扮装を解いたアルカディアは、エトランジュのギアスでルルーシュに報告した。

 《これで七ヵ国はこっちのレジスタンス同盟に入って貰えたわ。
 戦力として少しずつ集まって来てくれた》

 《戦果は上々ですね。では一度日本に戻って頂きたいのですが》

 《いいわよ、エドワード入院で一ヶ月経ったからそろそろかなと思ってたから。
 エディも日本に来たほうがいい?》

 既に中華の件についてEUに報告しており、エトランジュが隠密に黒の騎士団を通じて政略結婚を阻止したことは、表だって協力していなかったせいもあって形式的にある程度の注意を受けるだけで終わった。
 アルフォンスとの婚約は今は時期が悪いとなったので、とりあえず中華との関係については復興するのを見守るという形にするという。
 
 《戦争してて復興を助ける余裕がないってのが本音でしょうけど、まあ建前は取り繕っておかないとね。
 ま、機を見てEUからの慰問の使者としてエディが差し向けられるってところかしら》

 《幼い女帝に文通友達の女王が見舞うというのは、実に絵になる光景ですからね。
 民衆が望む物語としては理想的です。その要請が来るまでは、日本にいて頂きたいのですが・・・》

 ルルーシュの要請にエトランジュが了承すると、十月のカレンダーを見て言った。

 《そういえばもうすぐナナリー様の手術がありますね。それまでは私もいて差し上げたいと思っておりましたし》

 《ああ、それでね・・・じゃあ、十月まで日本にいるってことで。
 ああ、ユーフェミア皇女達をごまかさないといけないから、ホッカイドウ土産準備しておいてね》

 《解りました。では日本でお会い致しましょう》

 話がまとまるとギアスが切られ、エトランジュはジークフリードに言った。

 「すぐに日本へ渡るので、手配をお願いします」

 「承知しました」

 遺跡にブリタニア兵がいないとは限らないので、エトランジュは、ルルーシュが手配した偽のパスポートを使って中東を経由して日本に入ることにした。
 
 ごく普通のブリタニア人親子として審査を通った三人は、日本へと飛んだ。



 九月末の日本では、近々行われるユーフェミア皇女の誕生日パーティーが話題になり、本国や各エリアでも取り上げられていた。
 一般市民でも参加が可能だというので日本経済特区内にあるホテルは全て予約で埋まっているという報告に、ユーフェミアは気恥ずかしそうに笑った。

 「まあ、そんなにたくさんの人が来てくれるなんて、嬉しいわ」

 「租界内のホテルも予約の問い合わせが殺到しているそうです。
 ユーフェミア皇女殿下の御人徳のたまものでしょう」

 シュタットフェルトの報告にユーフェミアはこれは失敗が許されないと気を引き締めた。

 「土産物などの生産を増やそうとの提案がありまして、さらにゲットーから日本人を募集した甲斐あって販売には充分な生産量です。
 問い合わせが多く、かなりの売れ行きが見込めましたので」

 「そうですか。これを機にブリタニア人と日本人の人達が仲良くしてくれるようになってくれればよろしいのですけど」

 「は、平和的なものをアピールすれば、多大な効果があると存じます。
 後はその・・・ブリタニア人が日本人に無法な振る舞いを避けてくれたなら、確実に成功すると申せましょう」

 シュタットフェルトがなるべく言葉を選んで言うと、ユーフェミアはもっともな危惧だと溜息をついた。

 「そうね、きちんとブリタニア人のほうにやってはいけないと納得して貰わないといけないもの。
 カレンさんから聞いたわ、特区内でそういうことをした貴族達がいると」

 表沙汰になったらまずいので暗に脅して特区から追い出したと言っていたが、ブリタニア人が多く来るということはそういったトラブルが増えるというのが予想出来た。
 特に特権意識というのはなかなか抜けないものだから、なおさらである。

 カレンからブリタニア人だという理由で日本人に無法な振る舞いをする者がいる、外から大勢来るブリタニア人が日本人に同じことをしているのが解ったら、特区参加者が増えないという訴えを聞いた時、ユーフェミアは考えた末にある提案をした。

 『わたくしが特区内の法令を語ったDVDを作りましょう。それを空港や港などに流すのです。
 それだけでは反発を招くでしょうからむやみに力で対応せず、無法な振る舞いを受けたらその証拠となるものを取って提出するように呼びかけましょう』

 ブリタニア人、日本人共に特区内での無法な行為を禁じる。もし何か起これば証拠となるものを自分のところへ持って訴え出るように呼びかけると言う策に、シュタットフェルトはなるほどと納得した。
 それだけでは心もとないので特区内にはトラブルが起こった時に証拠とするための監視カメラがあり、それを増設して抑止力とするという提案をして可決された。

 「監視カメラは特に日本人が多く集まる祭りエリアを中心に設置終了いたしました。
 日本人の監視のためとしていますので、ブリタニア人からの反発はないと思います」

 「監視カメラというのは個人的には好きではないのですが、仕方ありませんね。
 やったやらないの水掛け論になってしまっては、話が進みませんから」

 ブリタニア人には“surveillance camera”、日本人には“防犯カメラ”と表示する形にしようというのは、ユーフェミアのアイデアだった。

 そのやりとりをユーフェミアの後ろで聞いていたダールトンは、なるべくブリタニア人やイレヴンが反発を起こさないように考えを述べるユーフェミアに心の底から感嘆した。
 特区の仕事を通じて政治家として急激な成長を遂げた彼女に、この誕生日パーティーが特区の成功の鍵を握っているのだから自分も全力で協力せねばと手を打つことにした。

 (怖れ多くも皇女殿下の誕生日パーティーを台無しにするような愚かな振る舞いをする者にはそれなりのペナルティがあると、私のルートを使って貴族達に釘を刺しておこう。
 姫様にも申し上げて、ご協力を仰がねば)

 ダールトンは侯爵であり、貴族に顔が広い。
 それなりに高い皇位継承権を持つユーフェミアの誕生日パーティーに出席する貴族が多いので、そう言った者達こそが模範を示さねば下は従わないものだ。

 「租界内では既に流れておりまして、そういった行為の減少が認められたとの報告もあります。少しずつですが、効果が表れていると思います。
 また、租界や特区内のホテルの客室にも無料配布し、なるべく目に入るようにいたしました」

 「みんなで楽しく過ごせる時間にするためにも、努力を怠ってはいけません。
 シュタットフェルト伯爵もいろいろ大変ですが、よろしくお願いしますね」

 「もったいなきお言葉にございます。娘ともども、お力になれれば幸いに存じます」

 「ええ、カレンさんには公私ともにお世話になっていますから。
 御令嬢をお借りしたままで申し訳ありません」

 中華からルルーシュが戻って来たと聞いて、ユーフェミアは天子誘拐の件を含めて詳しい事情を知りたくて、カレンを呼んだのだ。

 「娘がお役に立っているのであれば、光栄にございます。どうかお気になさらぬよう」

 その娘は黒の騎士団の長・ゼロの親衛隊隊長なのだが、そうとは知らぬシュタットフェルトは深々と頭を下げた。
 皇族に深く信頼されているということはそれだけカレンの身の安全に繋がることなので、シュタットフェルトとしてはむしろ望むところである。

 こうしてシュタットフェルトが執務室を辞すると、ユーフェミアはダールトンに尋ねた。

 「中華のゼロの件ですが、中華の暴動が終わった後はどうなったのですか?」

 「は、ゼロは狡猾にも中華の天子に甘言を弄して操り、民衆を扇動して中華とブリタニアの国交を断絶させました。
 その後の行動は不明ですが、騎士団が中華から去ったとのことなので、このエリア11に戻っている可能性が高いでしょう」

 「そうですか。お姉様はなんとおっしゃっているのですか?」

 「ナイトオブトゥエルプのクルシェフスキー卿が戦死なさったことにたいそう驚かれておいでで・・・。
 ラウンズが負けたままではいられぬと、ナイトオブナインのノネット・エニアグラム卿がゼロと戦う機会を得るためにと、このエリア11に赴任することを希望しているとか」

 「エニアグラム卿は、お姉様の士官学校の先輩だったと伺っていますが」

 「はい、そういった縁があるので、エニアグラム卿をとなったようです」

 とうとうラウンズが派遣されるほどになった黒の騎士団に、ユーフェミアは複雑な気持ちになった。
 ただモニカが戦死したので各国侵攻の作戦計画を変更しなくてはならなくなったため、来る時期はまだ未定だという。

 「姫様もゼロの居場所が解り次第、殲滅作戦を行うとお考えのようです」

 (サイタマのように住民を巻き込んだ殲滅作戦だけは、今度こそ阻止しなくては・・・お姉様にはそれだけ進言しておかないと、またやってしまうかもしれませんもの)

 エトランジュの側近であるアルカディアという女性が言っていたというように、自分より立場の下の人間にだけ説得をするような卑怯な真似はやめるべきだ。
 今度こそきちんと姉と向き合い、あのような恐ろしい行為をやめて貰わなくては自分がこうして特区を立ち上げた意味がなくなってしまう。

 「簡単には見つからないでしょうけれど、居場所が解りましたらわたくしにも情報を回して下さいねダールトン」

 「かしこまりました。では午後の会議まではどうぞお休み下さいませ。最近どうも根をつめておられるようですから」

 ダールトンの心配そうな台詞に、ユーフェミアは笑って頷いた。

 「ええ、今からカレンさんとお茶の時間にしようかと思っておりますの。
 カレンさんも働きどおしですから・・・」

 「結構なことです。では、御前を失礼させて頂きます」

 ダールトンが退室した後、ユーフェミアの執務室横にある私室でカレンを待つと、ルルーシュと会って来たらしいカレンがやって来た。

 「遅くなってごめん、ユーフェミア皇女。あいつ遅刻しちゃってさー」

 「いいのよ、無事に会えたみたいでよかったわ。
 さあ、座って話を聞かせて下さいな」

 カレンがユーフェミアの前のソファに腰を下ろすと、中華連邦の件について差しさわりのないことだけを話し始める。

 「中華の件は、婚姻壊しただけで引き揚げたそうよ。
 あの天子様誘拐のほうも、最初から打ち合わせてやったって言ってたわ」

 「やっぱり、ルルーシュがあんな小さな子に銃を突き付けるなんてするはずがありませんものね。ブリタニアではずいぶん批判されておりますけど・・・」

 天子誘拐シーンのみを延々と流し、後の大宦官の本音暴露と中華で起こった暴動についてはシャルルの発言が報道されていないため、ブリタニアではゼロは幼い幼女皇帝を無理やり脅して婚儀を壊したとされている。
 やはり少しはやり方を選ぶべきだったのではとユーフェミアは思っているのだが、他の方法など考え付かなかったので批判することはしなかった。

 ちなみにアッシュフォードではミレイとシャーリーがその報道を見ては詳しい事情を知りたがっているのだが報道規制のため事実を知ることが出来ず、また相談出来る者がいないせいで悶々とした日々を送っている。
 
 「エトランジュ様を通じて、話を通してあったからね。天子様とエトランジュ様は友人同士なの」

 「そうなのですか・・・あの方は本当にお友達が多いのですね」

 自分とは大違い、とユーフェミアは羨ましがったが、思えば友人を作る努力をしなかった己が悪いのだ。

 「それに、今回中華で起こった暴動で反ブリタニアになったのはシャルル皇帝の演説で『中華は怠け者ばかり』って言ったのがバレたせいなんだから。
 国のトップがあんなこと言ったら、そりゃ普通怒るでしょ」

 「それは同感です。少しは言葉を選んで頂きたいものです」

 ルルーシュが煽ったせいもあるが、ブリタニアのしていること自体が他国に反感を抱かせる行為なのだとユーフェミアは父に対して言いたかったが、それも出来ない自分に溜息をつく。

 「ルルーシュが無事でよかったですわ。でも、近々日本にナイトオブナインのノネット・エニアグラム卿が来るとのことですの。
 ・・・どうか気をつけて下さいと、伝えて下さいな」

 「ナイトオブラウンズが、日本に?それは伝えておかないと。教えてくれてありがとう」

 黒の騎士団に機密情報を教えてしまうのは、ブリタニアの皇女としてやってはいけないことだと解っていた。
 けれど、自分はルルーシュを助けたいのだ。彼らが一番を選んで戦っているのだから、自分も守りたいものを守るために精一杯のことをすると決めた。

 (エニアグラム卿には悪いのですが、ルルーシュを失いたくありません。
 お姉様とも戦って頂きたくないのですが、そのためには日本特区を成功させないと)

 日本特区を成功させ、黒の騎士団の免罪宣言を姉に出して貰った後に彼をEUに亡命させる。
 そうすれば姉を日本総督のままでいて貰えれば、それが可能になるとユーフェミアは考えている。
 EUにいるブリタニア軍がルルーシュを相手にして貰うことになるが、ユーフェミアに出来るのはこれが限界なのだ。

 「それで、ユーフェミア皇女に朗報ね。貴女の誕生日にはナナリーちゃんは無理だけどルルーシュが来てくれるって」

 「本当ですかカレンさん!嬉しい!!」

 きっと無理だろうと思っていたルルーシュの参加に、ユーフェミアは破顔した。

 「ルルーシュから聞いたんだけど、ユーフェミア皇女とナナリーちゃんの誕生日が一週間違いなんですってね。
 だからナナリーちゃんに日本特区の記念品を贈りたいとかで、来るつもりみたい」

 「ええ、そうなのよ。私からもナナリーにプレゼントがあって・・・カレンさんに頼もうと思ってたけど、彼が来てくれるならルルーシュに渡せるわ」

 実はスザクと一緒にナナリーに手渡すプレゼントを選んでいたのだが膨大な量になってしまい、その中からさらにどれにするかと今悩んでいる最中なのである。

 「コーネリア総督と鉢合わせする訳にはいかないから、彼女が来る前がいいと思うの。だってパーティーが終わったら特区に泊まるんでしょ?」

 「そうですわね・・・でも朝早くからいらっしゃるから、難しいかも」

 「なら適当に理由をつけて彼女から離れて貰って、そこにしましょうか。
 特区の私の家で会って貰っても構わないし」

 一時間くらいなら大丈夫だろうと言うカレンに、ユーフェミアは頷いた。

 「ありがとう、そうさせて貰いますわね」
 
 「くれぐれもバレないように気をつけてね。私が手引きするから」

 「解っておりますわ。ああ、本当に楽しみ!」

 うきうきと声を弾ませたユーフェミアは、ふと尋ねた。

 「そういえばエドワードさんは?もう二ヶ月近く入院なさっていらっしゃるようですけど」

 「ああ、エドワードさんなら退院して今日特区に戻って来たわよ。退院してからも自宅療養してたんですって。
 今は経済特区内で買い物してるわ」

 「そうですの・・・風邪といえども侮ってはいけませんわね。
  これから寒くなりますから、気をつけなくては」

 やっとごまかす必要がなくなったとカレンが内心でほっとすると、鞄からパンフレットを取り出して言った。
 
 「それならいいものがあるわよ。工業特区から出されたこれなんだけど・・・こたつフェア」

 「こたつ、ですか?」

 「日本独自の防寒用具でね、テーブルに分厚い布団を被せて温めるの。
 一度入ったら出たくないくらいの気持ち良さよ」

 ブリタニア人用に椅子に座っても使えるタイプがあると言うカレンに、冬は少し冷え症気味なユーフェミアは珍しそうにパンフレットを眺めた。

 「工業特区からユーフェミア皇女への献上品として贈られるの。
 これ絶対気持ちいいんだから、楽しみにしててね」

 これでこたつが広まれば工業特区が潤い日本特区の成功の一手にもなるというカレンに、ユーフェミアは嬉しくなった。
 大好きなルルーシュが来てくれるし、ナナリーに日本特区の記念品も受け取って貰えて楽しそうなフェアも開かれる。

 きっと楽しい誕生日になるに違いないと、ユーフェミアはカレンダーを待ち遠しそうに見つめるのだった。



 一方、久々にエドワードとして経済特区フジにやってきたアルフォンスはルルーシュと土産物屋をうろついていた。
 実はカレンはルルーシュと共に経済特区フジに戻って来ていたのだが、ユーフェミアと会う訳にはいかないと、来たことを言わないように頼んだのだ。

 ユーフェミアの誕生日パーティーが近いこともあって、混雑を避けて先に買っておこうというブリタニア人の姿が目立つ。

 「お、人形焼き。巻きずしも人気あるなあ・・・試食会の様子が流れてる」

 「結構な賑わいだな・・・特区が成功する日も遠くないな」

 ルルーシュがナナリーへのプレゼントを物色しながら呟いた。
 中華の騒動など知らぬげに楽しそうにしているブリタニア人と日本人の姿に、最初からこうしておけば各地の植民地支配もここまでの泥沼にならなかったのにとアルフォンスは呆れつつ、エトランジュ達のお土産を買っていった。

 と、そこへ通りかかったダールトンがアルフォンスを目ざとく見つけ、彼を呼び止めた。

 「エドワード殿!」

 「・・・ああ、ダールトン侯爵。ご心配をおかけしたようで、申し訳ないです」

 内心嫌な顔をしたアルフォンスだが、そうとは気づかせない笑みを浮かべて彼と向き合った。
 ルルーシュは変装しているとはいえダールトンと顔を合わせたくなかったので、土産を選ぶのに夢中になっているふりをしながら手近な店へと入って逃げた。

 「エドワード殿、開催式典以来ですな。入院なさったと聞いたが・・・」

 「ええ、ホッカイドウで思い切りバイクを飛ばしたらあのザマに・・・広々とした畑の中を走るのが気持ちよくて」

 半袖だったのでうっかり死にかけました、と笑うアルフォンスに、ユーフェミアについてホッカイドウを視察したダールトンは若いなと苦笑する。

 「気候が気候だから、無理もないが・・・何はともあれ、回復してよかった。
 貴殿もユーフェミア皇女殿下の御誕生パーティーには参加されるのかな?」

 「はい、よろしければ参加させて頂こうかと思っております。お土産などは混みそうなので今のうちにと思いまして」

 「その方がいいだろうな。今も予約が殺到してな、増産に増産を重ねているらしい。
 土産はそれでいいのだが、レストランなどの予約が軒並み埋まっているので屋台などを増やして補おうという提案が出て、対応しているところだ」

 「ずいぶん盛り上がっておりますね。整理券などの準備をしておかないと、長蛇の列が出来てしまいますよ」

 「うむ、警備隊をコーネリア殿下から寄越して頂く手はずになっている。
 何しろブリタニア本国からの旅行者や参加者も来るようだからな」

 ユーフェミアはもともと皇族としては気さくで温厚な性格であり、そんな彼女らしく一般市臣民の参加を許したパーティーを開くとあって本国でもこの誕生日パーティーが話題になっているらしい。
 そのため租界のホテルの予約も埋まっており、ついでに日本風の旅館などを楽しみたいというブリタニア人もいて、現在日本各地は占領後始まって以来の盛り上がりを見せていた。

 (コーネリアの警備隊、ねえ・・・これは気をつけないといけないかな)

 ルルーシュがこっそり参加すると聞いたアルフォンスは変装をより慎重に行うよう助言しておくことにした。

 「お仕事お疲れ様です。では、私は邪魔になってはいけないのでここで・・・」

 「うむ・・・ユーフェミア様も貴殿を気にしておられたので、元気そうだったとお伝えしておこう」

 「はい。そうそう、ホッカイドウは本当に寒いので、そちらに行くなら防寒具をしっかり用意するようにガイドブックなどどうかと思っているんです。
 こういうのもエリア11をアピールするのに効果的かと」

 「なるほど、いいアイデアだ。私からも口添えをしよう。では、失礼する」

 ダールトンと別れたアルフォンスはルルーシュが逃げ込んだ店に入ると、彼は何でいきなりユーフェミアの側近と出くわすのかと愚痴りながら、土産を見ていた。

 「相変わらず運が悪いね。僕もまさか顔を合わせるとは思わなかった」

 「顔を見たら話しかけてくるほど、相手の信用があるという証拠でもあるが・・・俺がいる時に限って会うとは・・・」

 「パーティーの時は別行動の方がいいね。次はうっかりコーネリアと鉢合わせするかもしれないし」

 ダールトン繋がりでコーネリアとも顔を合わせることになるかもしれないと言うアルフォンスに、エドワードの正体をユーフェミアには教えていないのだから無邪気に会わせる可能性があると考えたルルーシュは、そうすることを決意した。

 「・・・この分だと、計画も早まりそうだ」

 いったん成功させた後、それをぶち壊しにするようにブリタニアを仕向けなければならないわけだが、この様子では思っていたより時期を早めないとブリタニアによるエリア民同化政策を手助けしてしまう結果になりかねない。
 時期の見極めが重要だと考えながらルルーシュが大量に買い求めた土産入ったカートを押していると、駐車場で小柄な少年とぶつかった。

 「ああ、すまない。前が見えなくて」

 「いえ・・・別に」

 素気ない態度で傍を通り過ぎようとした少年の顔に、カートによって出来た小さな傷を見てルルーシュが呼び止める。

 「待て、怪我をしている。ちょうど絆創膏があるから」

 ルルーシュが少年に近付くと最近怪我をすることが多いナナリーのためにいつも携帯している絆創膏を取り出すと、少年の顔に貼り付けてやる。

 「雑菌が入ってはいけないからな。今日は一日貼っておくといい」

 「・・・・」

 何故かきょとんとして戸惑っている様子の少年に、ルルーシュは買い求めた土産の中からKIBIDANGOと書かれた袋を一つ、彼の手に握らせた。

 「お詫びと言ってはなんだが、食べてくれ。すまなかったな」

 「は、はい・・・あの・・・・」

 何を言っていいのか解らなそうにしている少年の後ろから、男の低い無機質な声が響いた。
 不機嫌そうな壮年の男で、スーツに似た服を着ていた。

 「何をしている、ロロ。早く来い」

 「あ、はい・・・すみません」

 少年が慌てて声がするほうに走って行くと、その少年を見送った二人は車に乗り込んだ。
 運転席でハンドルを握り、後部座席に座ったルルーシュが言った。

 「何だろうな、あれは・・・子供がぶつかって軽傷とはいえケガをしたというのに、気にせずさっさと行こうとするとは」

 「全くだよ。もしかしたらあの子、虐待とかされてる子なのかも」

 何かの世話になったり貰い物をした時は、あの年齢の子供なら御礼くらい言うのが普通だろう。
 それなのにあの少年は、どうしたらいいのか解らないと戸惑っていた。

 「ルーマニアで会った孤児院の子供の中で、優しくされることに慣れてなかったせいかあんな感じの子が割といたよ。
 中にはぶつかっただけでごめんなさいって怯える子もいたくらい」

 「そうか、偏見かもしれないが確かにそんな雰囲気だったな。思い過ごしだといいんだが・・・ん・・・な、ないっ!!」

 荷物の整理をしていたルルーシュが、ふと買い求めたナナリーへのプレゼントの一つが消えていることに気付いて叫び声を上げた。

 「どうしたの?携帯でも落とした?」

 「そんなものではない!ナナリーの誕生日プレゼントがない!!」

 「へ?何買ったの?」

 「折り鶴を模した携帯ストラップだ。確かにここに入れたのに・・・」

 ルルーシュが漁っている袋を見たアルフォンスは、先ほど少年に渡したお菓子を出した袋だと気づいた。

 「さっきあの男の子に渡したお菓子に入ってたんじゃないの?」

 「あ・・・ほああああ!!」

 土産をそれぞれの店で買ったので持ち辛いと、いくつかに分けてまとめたのだ。
 その際ナナリー用、施設への子供用、黒の騎士団用とに分けており、うっかり彼は施設への子供用と間違えてナナリー用の袋からお菓子を取り出していたのだ。
 おそらく一番大きな袋に入れたKIBIDANGOの袋の中に、何かの弾みでナナリーに贈るプレゼントが入ったのだろう。

 「限定品だったのに・・・!ナナリーに似合うピンクの折り鶴だったのに・・・」

 座席でこめかみを押さえて唸るルルーシュに、アルフォンスが肩をすくめた。

 「だったら別の贈ればいいだろ。日本特区の記念品は別にあるんだから」

 「だが、トウキョウ租界にはシャーリー達に会わないとも限らない。ゲットーではろくなものがないぞ」

 「ちょうど僕が作っているものがある。手伝ってくれたら、ナナリーちゃんの誕生日までに間に合うと思うけど」

 そう言って信号が赤の間にアルフォンスが提示したのは、携帯型デジタルペットのプログラムだった。

 「昔日本で流行ったやつでね、プログラム造る暇がなかなかなくてさ・・・。
 お喋り機能でもつけたら、ナナリーちゃんにも楽しめると思うよ」

 「よし手伝おう」
 
 これならナナリーもペットを飼う雰囲気を楽しめて喜んでくれると、ルルーシュは感謝した。
 
 施設の中で子供達がペットが飼えないからと、当時流行った世代の親が持っていたそれを与えていたのを見つけたアルフォンスは、閃いた。

 「オスとメスに分かれてるゲームだったんだけど、ドッキングさせることで子供を作れるタイプのやつでね。
 それを隠れ蓑にすれば、データのやり取りに使えると思って」

 「なるほど、特区内では使える策だ」

 特区内で携帯の所持は認められておらず、USBやCDロムといったものの媒体物について日本人には少し規制があった。
 二人とも多忙を極めているのでせめて回覧板的なものだけでも特区にいる騎士団員内で回したいと考えたアルフォンスは、その携帯型デジタルペットを見てこれは使えると思ったのだ。

 「赤外線ならうっかり他の機械にキャッチされるかもしれないが、これはドッキング型だからその恐れはないし、見た目はただのデジタルペットだ。
 データの中身を見られない限り取り押えられることはない」

 「そう、それが狙いで作ってたんだけど、なかなか進められなくて。
 ラクシャータ先生はナイトメアや例の神経装置の方で多忙だから手伝ってなんて言えないしね」

 デジタルペットを装った回覧板とは、なかなかユニークな代物だ。

 「よし、ならユフィの誕生日にそれを渡して話題にし、特区内で広める。
 そうすれば日本人が持っていても怪しまれないから、もっと効果があるだろう」

 さらに互いにドッキングを重ねることで珍しいアイテムが手に入る仕様にしておけば、互いにデータのやり取りをしているのを見られても単に遊びとしか取られない。

 「さすがゼロ、黒の騎士団員用にプログラムを組めばいいしね。
 幸い一般人向けなら過去に流行ったやつがあるから、桐原公にでも頼んでデータを貰うだけでいいと思うし」

 「この程度なら三日もあれば充分だ。さっそく取り掛かろう」

 ナナリーにもっと楽しいプレゼントが贈れそうでよかったと前向きに考えたルルーシュは、さっそく脳裏でプログラムを練り始めるのだった。



 その頃、経済特区内にあるホテルではルルーシュとぶつかった少年・ロロが、貰ったお菓子袋の中にあった小さなストラップをじっと見つめていた。
 大事そうに包まれた女の子もののそれを何となく手にしてみたら、手放す気になれなくなったのだ。

 (あの男の人の家族にあげるはずだったのかなあ・・・)

 『待て、怪我をしている。ちょうど絆創膏があるから』

 『お詫びと言ってはなんだが、食べてくれ。すまなかったな』

 謝られたのも、手当てをされたのも、初めての経験だった。
 温かな手でお菓子を渡されたことも、これまで一度としてなかった。

 ロロはホテルのルームサービスで取った温かな料理には目もくれず、ルルーシュから貰ったお菓子を手に取った。

 「美味しい・・・」

 量産品のお菓子なのに、どうしてこうも美味しく感じるのだろう。
 ロロが初めて味わう感覚に戸惑っていると、ノックもせずに入りこんできたギアス嚮団の男を見て、慌てて折り鶴のストラップを隠した。

 「ゼロの情報が集まるまで、このホテルを拠点にする。
 私は任務のためエリア11内を回るが、お前はここにいろ」

 「解りました」

 用件だけを伝えて挨拶すらなく部屋を出た男に何も思うことなく、ロロは再びストラップを取り出してじっと見つめた。



[18683] 第八話  束の間の邂逅
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/12/25 10:20
  第八話  束の間の邂逅



 十月十一日、エリア11内は朝からにぎやかな空気に包まれていた。
 エリア11の副総督にして神聖ブリタニア帝国第三皇女のユーフェミア・リ・ブリタニアの誕生日パーティーが開かれるのだが、一般国民のみならずナンバーズである日本人も参加が可能な初めての試みとあって、世界中が注目していたのだ。

 コーネリアやダールトンが暗に釘を刺したこともあり、この日だけはブリタニア人も日本人に対して無法な振る舞いを避けるように心がけようという雰囲気が流れたため、横にブリタニア人がいるというだけで神経を尖らせる日本人も少ない。

 「いいか、今日が特区成功の分け目を握る大事な日だ。
 ユーフェミア様を快く思わないイレヴンはもちろんのこと、特区を壊そうと企むブリタニア人もいるかもしれん。心して警備に当たれ!!」

 「イエス、マイロード!!」

 ダールトンがグラストンナイツにそう檄を飛ばすと、グラストンナイツや警備を担当している軍人達は緊張した面持ちで敬礼する。

 コーネリアは皇位継承権としては第五位と高く、戦女神と名高く軍の支持が根強いため、皇位を望む皇族からは常に足元を狙われていた。
 コーネリア自身は皇帝になろうとは考えていないのだが、それを知っている皇族は少ないのだ。
 よって本人ではなく彼女の弱点であるユーフェミア失脚を狙う可能性があり、その意味でも気が抜けないのである。

 日本人の騎士であるスザクが乗っていたランスロットを展示してナンバーズでも出世する機会があるとアピールし、ついでにテロリストに対する牽制にするなどの策が使われている。
 裏ではそんなピリピリした緊張感が漂っているのだが、外では朝から祝砲が打ち上げられて盛り上がっていた。

 「ご覧ください、ユーフェミア副総督のお誕生日を祝おうと、エリア11内から、ブリタニア本国から大勢の人が集まっております!!
 日本経済特区フジは普段は身分証の提示をすれば入出場が自由なのですが、今回はそれと合わせて整理券が必要なほどの人出です。
 そのため2、3日前からホテルや特区に住むブリタニア人の家などに滞在するブリタニア人が多く、ホテルはどこも満室。
 あ、今ツアーバスが来ました。トウキョウ租界のホテルからのようで、日本経済特区フジに入っていった模様です」

 アナウンサーがニュースで花火や祝砲で盛り上がる特区の様子を伝えると、孤児院でTVを見ていたナナリーが嬉しそうに言った。

 「凄いですね、ユフィ姉様。こんなに早く特区を成功させるなんて」

 「ああ、ユフィが頑張った証拠だなナナリー。俺もお祝いの言葉を贈りたいから、少し行ってくるよ」

 「はい、私からのお祝いをお渡しして下さいねお兄様」

 「任せてくれ。じゃあ、留守は頼んだよ」

 ナナリーの髪を撫でてからルルーシュがエドワードに扮したアルフォンスと共に孤児院を出ると、彼の運転で経済特区フジへと向かった。

 「ユーフェミア皇女へ送る携帯型デジタルペットが間に合ってよかったよ。
 黒の騎士団用のプログラムが完成したらダウンロードして配るから、工業特区ハンシンで量産するよう手配して貰わないと」

 「ああ、それとなくニーナにプログラムを渡して彼女からユフィに手渡すように手配してある。
 公の場で渡せばそれが宣伝になり、特区に広まるさ。あと数ヶ月もすれば、条件がクリア出来そうだからな。
 それはそうと、今日はエトランジュ様はアキタに行かれるそうだが」

 「うん、超合集国参加に好意的な王国の王子にサイタマに住んでる友人の安否を確かめて欲しいって頼まれてね。
 自分にそっくりなせいで誘拐事件に巻き込まれたのがきっかけで知り合ったって言ってたなあ」

 「よく見つかりましたね。サイタマと言っても広いのに」

 驚いたように言うルルーシュに、アルフォンスはその王子の写真を見せて言った。

 「この子にそっくりな子を知りませんかって聞いたら、あっさり見つかった。サイタマじゃ有名な子みたいだったから。
 今はこの子のお父さんの実家のアキタにいるんだってさ」

 「そうですか、それならよかった。それにしても、怖いくらい順調だな・・・ここまで事がうまく進むと、かえって退屈なほどだ」

 「やめてよ、そう言った時に限って最悪な出来事が起こるっていうのがお約束だって、どっかで聞いたから」

 露骨に嫌そうにそう言うアルフォンスは、科学者のくせに迷信を気にする性質なのかとルルーシュは意外に思った。

 「貴方がそんなことを気にするとは思わなかったが」

 「まあ、常は気にしないんだけどね・・・何だかあんたが言うと怖いから」

 それを日本人が見ていたら『それフラグ!』と叫んで会話を止めていたであろう。
 しかしあいにくと日本の縁起担ぎに詳しくない二人は軽い調子で笑うだけだった。

 「でも慎重を期して、コーネリアや側近に出くわす前にさっさと用件を済ませて引き揚げたほうが無難だと思うよ」

 「同感だな。では行くとしよう」

 特区の出入り口は車で渋滞になっていたがカレンから借りた通行証で貴族用のゲートから特区に入ってカレンのマンションの駐車場に車を止めると、さっそく公衆電話からカレンに連絡した。

 「あ、カレンさん?エドワードです。今特区に入ったところで・・・え、もうコーネリア総督が来てる?
 開催の挨拶が終わってからは貴族達に顔を出さないとだめ・・・解った、じゃあそれが終わったらまた連絡する」

 「携帯が使えないって不便・・・仕方ないけど。でも、人間ってほんと便利なことに慣れるとそれがなくなると理不尽に感じるものなんだな」

 「ええ、だからナンバーズという生きた道具がなくなると、ブリタニア人にとっては理不尽なことなのでしょう」

 ルルーシュの言葉にアルフォンスはなるほどと理解はしたが、だからと言って自分達がもの言う道具として扱われることに対しては絶対に納得出来なかった。

 「しばらく時間がかかるみたいだから、どこかで時間潰さないとね。
 カレンさんの家には今メイド達がいるらしいから、エドワード・デュランとして借りてるビジネスホテルがあるからそこで行こう。
 実は今朝ルチア先生から来たんだけど、そっちの私情で伝えたい報告があるし」

 「俺の私情で伝えたい報告?・・・伺おうか」

 ナナリーのことならすぐに報告してくれるだろうから何だろうと首を傾げたルルーシュとアルフォンスは、ビジネスホテルなのに賑やかな様子のホテルのロビーでチェックインを済ませて部屋に入った。
 ごく普通のツインルームで、さっそくテレビをつけるとコーネリアが特区に到着した時の映像が流れていた。

 「コーネリア総督がいらっしゃったようです!
 ここ最近メディアの前にお姿を現さなかったコーネリア総督閣下ですが、妹君のバースデーパーティーであり初の試みである特区の催し物とあって視察を兼ねてのご参加とのことです」

 「ち、元気そうだなー。もっと念入りに大砲用意して投げればよかったか」

 「後遺症は若干残っているようだな。腕の一部の動きが隠してはいるが鈍い」
 
 施設の子供達の動きをよく見ていたルルーシュが看破すると、ならあれは全くの無駄じゃなかったかとアルフォンスはほっとした。

 「そのコーネリアについてなんだけど、ルチア先生が興味深いことを教えてくれたんだよ。
 ゼロが調べてるって言ってたマリアンヌ妃の暗殺事件についてなんだけど、その日住んでたアリエス宮だっけ?そこの警備を担当してたのが彼女だって」

 「そこまでは俺も知っている。クロヴィスが『シュナイゼルとコーネリアが知っている』と教えてくれたから、そこまでは調べがついたんだ」

 コーネリアの経歴を調べると、確かに士官学校を卒業した後希望してその任に就いたと記録に残っていた。
 
 「そうなんだ。じゃあマリアンヌ妃が暗殺された時警備隊を引き上げたのが彼女だっていうのは知ってた?」

 「何だと?!それは本当か?!」

 「本当かどうかは知らないよ。ルチア先生がまとめてる亡命したブリタニア人の中にね、一人だけいたんだってさ・・・その当時の警備隊の人が」

 「その男からの証言ということですか・・・詳しく伺いたい」

 ルルーシュがまさかルチアから手がかりがつかめるとはと驚きながら続きを流すと、アルフォンスは話し出した。

 あの日の夜、警備の者達が配置に就こうとコーネリアに最終確認をしに行ったところ、突然コーネリアから今宵はいいとの命令を受けたのだと言う。
 理由を尋ねたところマリアンヌ自身からの命令だとのことで、せめて数人だけでもと言い募ったのだがそれも却下されてしまい、命令に従わなくてならない下っ端の身ではそれ以上はどうすることも出来ずに引き下がったのだそうだ。

 「そしたら翌朝の事件発覚で、仰天したんだってさ。
 それでおかしいと思って事件を追っていたそうなんだけど、それが上層部の気に障ったらしくて軍を追われて・・・紆余曲折を経てEUに亡命したんだって」

 ちなみにこの情報を何故最近知ったのかというと、中華からマグヌスファミリアのコミュニティに戻ったルチアが母の仇を探しているのならと、怪しまれない程度に亡命していたブリタニア人達にそれとなく聞いて情報を集めたのだという。

 「なるほど・・・母の命令でコーネリアが警備を下げただと?」

 「警備を下げた瞬間にテロリストが来たんだから、何か関係してると考えるべきだけど・・・たとえばそう取り繕えと命じられたとか、状況を聞いた限りじゃそんな感じだと思うね」

 コーネリアを蛇蠍のごとく嫌っているアルフォンスだが、だからと言ってこいつが犯人だと決めつけてさらなる憎悪を燃やすほど馬鹿ではない。
 きちんと白黒つけて理論立てて考えれば、せいぜいコーネリアは間接的な協力者だという推理が一番しっくりくることを、彼は認めていた。

 ルルーシュも同意見だったらしく、顎に手を当てて考え込んだ。

 「本当に母がコーネリアに命じたというなら、そう仕向けた誰かがいたということだ・・・一番可能性が低いが、あり得ない話ではない。
 コーネリアに一度会って、確認しておかなくては」

 「ギアスかけて聞くのが一番だけど、どうやってあの女に会うかだね。
 日本解放戦の時に捕虜にでもする?」

 「グンマの時は捕虜にするのは無理な戦力差だったから断念したが、今なら状況次第で可能だからな・・・」

 「いざって時にはマオに頼めばいいと思うな。あー、いっそ今日連れて来てコーネリアの頭の中覗いて貰えばよかった」

 今更思いついて済まないとアルフォンスが両手を合わせると、まだ機会はあるから気にするなと、ルルーシュは手を振った。

 「いい情報をありがとうございます。しかし、母の死を調べてくれる者がいたとは・・・」

 「軍の、特に下の方からはずいぶん支持が根強かったみたいだよ。
 七年前の日本侵攻も、日本人がマリアンヌ妃のお子様を殺したって言うので軍人達の怒りが爆発した猛攻があったみたいで。
 あとそれが原因でナンバーズに対する虐待が日本だけ他エリアより激しくなったんだってさ。ちなみに純血派がその筆頭で、例のオレンジも当時アリエスの離宮にいたそうだけど・・・」

 「オレンジが?それは知りませんでしたね」

 己が濡れ衣を着せて軍から放逐した男がかつて母に仕えていたと知ったルルーシュは一ミクロンほどは悪いことをしたかと思ったが、親友に濡れ衣を着せるなど非道な行いをしたのは事実なので、それ以上は何も思わなかった。

 母の人気の高さを嬉しく思いつつも、それが原因で日本人達が虐げられたと知ってルルーシュは複雑な気分になった。

 (それもブリタニアの虚偽に満ちた情報操作のせいだ。あの男、必ず責任をその命で取らせてやるぞ)

 ルルーシュが改めて実父に対する殺意を燃え上がらせていると、万が一自分の生存とゼロの正体がバレてもブリタニアの内部分裂を誘うくらいは可能かとも考えた。
 何しろ自分は生きているのだから、自分を殺そうとしたのは父シャルルであると言えば自分が本物のマリアンヌが長子・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであると証明出来ればうまくいくかもしれない。

 (何しろ大勢の貴族達の前で俺にお前は生きていないだの取引材料だとの言い放っていたからな。
 表向きは偽者だとなっても、内心はどこまで信じるか・・・もしブリタニア人をまとめなければならなくなったらゼロの正体は不明のままにしておいて、俺が表舞台に立つという線もありかもしれないな)

 ユーフェミアを傀儡にして新ブリタニア政権をと考えていたが、もしそれが無理なら代わりのプランとしてはいいかもしれない。
 だがそれはあくまでも最終手段だ。いろいろと不都合も多いし、何より皇族に戻ってナナリーをもゴタゴタに巻き込むなどごめんである。

 ルルーシュは一通り考え込むと、テレビに視線を戻した。
 そこにはナナリーが来た時の目くらましにと、ユーフェミアが呼んだ障がいを持つ子供達が映っている。

 いくら目的があってのこととはいえユーフェミアもそういった者達と交流を持つのは学生時代からしていたことなので、特に不審に思われた様子はない。
 子供達を出迎えたユーフェミアの後ろにはスザクと、先月アッシュフォード学園を卒業したニーナもいる。

 「ニーナもここで働いているんだったな。確か特区の技術部に就職したと聞いてるが」

 「うん、例のウランについても個人で研究してるらしいよ。
 ただあれマジでシャレにならないエネルギー量だから、出来ればやめた方がいいと思うんだけどね」

 必死で危険性を説明したというアルフォンスの声に、科学にはそれなりに知識のあるルルーシュは詳しく理論は見ていないがエネルギー発生量の数値を聞いて唖然としたのはよく覚えている。

 いずれここに子供達のための病院をと考えていますと笑うユーフェミアに、ルルーシュは困ったように笑った。

 「俺に万が一の時があったらナナリーを保護出来る病院か・・・気持ちは嬉しいが、特区といえどブリタニアでは安心出来ない」

 ナナリーの名前を出して病院を造るというのは賛成だが、そこにナナリーを預けるわけにはいかない。
 もし自分に何かあった場合、彼女をマグヌスファミリアのコミュティへ預けて欲しいという依頼は了承して貰っているのだ。

 「そう簡単に何かあって貰っても困るんだけどね。ゼロのお陰でレジスタンス活動が軌道に乗ったんだから」

 「もちろん、うぬぼれでなければ俺でければ先に進めないと思っておりますよ」

 ニヤリと自信たっぷりに笑うルルーシュに、たまに自信の大きさからくるうっかりさえなければこの男ほど有能な味方はいないとアルフォンスは解っている。

 「だから、くれぐれも自重してよ。朱禁城みたいなことを二度もしたら、蹴り入れてやるから」

 「・・・あれは二度としませんので、ご容赦を」

 いらぬギアスをかけた結果、いらぬ手間をかけさせられたアルフォンスの苦情を粛々と受け止めたルルーシュは、ユーフェミアと会うまでの時間をテレビを見て過ごすことにしたのだった。



 朝から怒涛のスケジュールをこなしたユーフェミアは、何とか一時間半の自由時間をもぎ取るとシュタットフェルトの執務室とカレンの服を借りて着替え始めた。
 ユーフェミアの盛装のドレスは一人では着脱しにくい仕様になっており、カレンが不器用ながらも彼女の着替えを手伝っている。

 「早く着替えて、ルルーシュに会いに行かなくちゃ」

 「久々にルルーシュと会うもんね。ナナリーへのプレゼントも忘れずに持って行かないと」

 シュタットフェルトの執務室前で見張りをしているスザクに、もちろん忘れずに持って来ていると笑った。

 「何かあったら二ーナから連絡して貰うように頼んだし・・・これで大丈夫かしら?」

 「外が凄い混雑してるから、徒歩じゃ時間確保出来ないと思うの。
 だからうちの車を用意したから、地下を通っていけばいいわ」

 地下には非常避難用の通路が張り巡らされており、常は皇族や貴族専用の交通網として使用されている。
 今回のように混雑する時はめったにないが、今は大活躍しているようだった。

 「ありがとう、助かりますわ。さあ、参りましょうか」

 カジュアルな服に着替えたカレンが外に出ると、サングラスをかけただけを変装とほざいたスザクに呆れたカレンにより、カツラや地味な服装で印象を変えたスザクがいた。

 「本当に、ちょっと見ただけではスザクとは解りませんわね。私もショートヘアのカツラと薄い色つきの眼鏡をしてますけど・・・」

 「うん、ぱっと見ならユフィだとは解らないね」

 「変装って言ったらせめてこれくらいはしないと!騎士団じゃもっと本格的な変装してる人なんかざらにいるんだから」

 カレンの駄目だしにさすがだと二人とも感心しつつ、三人はそっと駐車場に向かった。

 「これは、カレンお嬢様」

 「悪いんだけど、友人達とお茶をしようってことになったの。
 喫茶店とかは混んでるし、ここじゃ皇族方もおられるから一度家に戻ろうと思って」

 「は、かしこまりました。ではどうぞ」

 運転手がカレンの背後にいるエリア11の副総督にして第三皇女ユーフェミアとその騎士であるスザクを見てもちょっと似てるなくらいにしか思わず、車のドアを開けた。

 三人が後部座席に乗り込むと、リムジンが静かに地下通路を走り出す。
 
 「外の様子を見たかったけど、仕方ありませんわね」

 「帰りは時間が余ったら、外を通って戻る?」

 「いいんですか?それならお言葉に甘えて」

 ルルーシュを挟んで割と友好的な雰囲気の二人に、スザクはこのまま穏やかな時が過ごせることを心から願った。
 初めはトゲトゲした雰囲気のカレンだが、ユーフェミアが日本人のために頑張っているのを見て徐々にトゲも丸くなっていったようで、最近では友人といってもいい関係になりつつある。

 地下通路から経済特区でも一番の高層マンションの駐車場に着くと、三人は急ぎ足で最上階のカレンの家へと向かった。
 さすが伯爵家の別宅なだけはあり、最上階全てがシュタットフェルト宅なので誰かに姿を見られることもない。

 「ルルーシュ!!」

 飛び込むようにホールに入ったユーフェミアがルルーシュの名前を呼ぶと、カレンがリビングはこっちと少し呆れたように手招きする。

 顔を赤くしながらユーフェミアが案内されたリビングに入室すると、そこには変装を解いたルルーシュがテレビを見ていた。

 「早かったな、ユフィ。カレンも案内してくれて助かった」

 「別に、これくらいはどうってことないわよ」

 若干頬を赤らめて大したことじゃないと言うカレンに、素直じゃないなーと女装したアルカディアは勝手にキッチンを物色して淹れた紅茶を飲みながら思った。

 「あ、アルカディアさんもいらしてたんですか?」

 「ええ、いちおうゼロの護衛で。ついでに日本の食べ物を食べて帰ろうかと」

 混雑していたので早めにアルカディアがゲットしておいた整理券を使って買った日本食を見て、ユーフェミアは嬉しそうだった。

 「楽しんで頂いているようで、嬉しいです。あの、エトランジュ女王は・・・」

 「さすがに顔がはっきりバレてるから、あの子は来れないわ。代わりにお土産買って帰るつもり」

 「そうですよね・・・あ、これ特区内の人気のリストです。
 よろしかったら参考にして下さい」

 「ありがとう、ありがたく活用させて頂くわね」

 エドワードとして特区に少々関与しているアルカディアは既に持っていたものだが、おくびにも出さずにユーフェミアから受け取った。

 「じゃー、ちょっと隣の部屋で食べて仮眠してるから、帰る時になったら呼んでね」

 ばいばいと手を振りながら隣室へと向かうアルカディアに、さんざん言い負かされてトラウマとなっていた彼女に苦手意識を持っていたスザクがあっけに取られたように言った。

 「あの人、意外にいい人だったんだな・・・」

 「ああ、あれほどコケにしていたのはお前くらいなものだったぞ。
 アルカディアは面倒見がよくて騎士団でも慕われてるんだが、お前の面倒だけは無理だと神根島の時にはっきり言われたからな。
 人の話を聞かない奴はどうしようもないからだそうだ」

 「・・・耳が痛いよ」

 肩を竦めて言うルルーシュによほど嫌われたらしいとスザクは思ったが、お前達は間違っていると断じて自分のしていることを省みることなく弾劾したのだから仕方ないと、改めて他人の話を聞くって大事だなと実感した。

 「だが相手が変わったと認めたなら、ぞんざいな扱いはしない人だ。せいぜい精進することだな。
 時間もないし、お茶にしようスザク、ユフィ、カレン。プリンを作って来たぞ」

 「まあ、ルルーシュのデザート?楽しみだわ」

 「ルルーシュの食事は本当に美味しいからね。あ、イチゴ入りだ」

 スザクとユフィがルルーシュの前に座ると、カレンはルルーシュの横に座った。
 ルルーシュの手作りプリンがテーブルに並べられると、スザクとユーフェミアは目を輝かせる。

 「美味しそう!頂きますね」

 「あ、私も貰うね。紅茶に入れるから砂糖ちょうだい」

 ルルーシュが紅茶を入れ直すとカレンも嬉しそうにプリンに手を伸ばし、楽しいお茶会が始まった。

 「パーティーは順調のようで、よかったなユフィ」

 「ええ、今のところトラブルもないし、みんな楽しそうで嬉しいわ。
 そうそう、ニーナがデジタルペットをプレゼントしてくれたの!とっても可愛くて私今から育ててるの」

 ユーフェミアが嬉しそうに、キーホルダーほどの大きさの“ラブリーエッグ”と名付けられたデジタルペットをルルーシュに見せた。

 「お互いにドッキングすることで新しいアイテムを貰えたり子供が出来たりするんですって。
 たくさんの人同士でやったほうが楽しいって言ったら、さっそく工業特区ハンシンで量産しましょうって言ってくれたわ」

 パーティーの開催時にニーナが渡したことでそれをテレビ放送されたこともあり、既に十代の少女を中心に問い合わせがあったのだそうだ。

 ルルーシュは自分の計画がうまくいったことを知り、黒の騎士団員にだけは別に作って配布すれば条件はクリアされると笑みを浮かべる。

 「それで私、ナナリーにもプレゼントしたいんだけど来週までに間に合いそうになくて・・・」

 「ああ、それなら心配しなくて大丈夫だ。実は俺がある程度プログラミングをしていてな、それをニーナに渡したんだよ」

 「え、ルルーシュが?でもどうして二ーナに・・・」

 「俺から君に渡すと誰が作ったのか聞かれたら、君が困るだろう?だからニーナにそれとなくデータを渡しておいたんだよ」

 実際は思い切り黒の騎士団員のための策なのだが、そう取り繕うとユーフェミアとスザクは納得した。
 ニーナも何を贈ろうかと悩んでいたのだが、こっそり連絡したルルーシュからのプログラムを見て『ブリタニア人の女の子向けに君が改良して渡せば喜んでくれる』と言うと感謝しつつ短時間で完成させてくれたのだ。

 「ナナリーにもペットを飼う楽しみを味わってほしくてね、君も楽しんでくれればと思うよ。
 あと、アイテムやキャラに着せる服はニーナに頼んだんだ」

 「こういうのは男じゃ無理だもんね。特に君・・・センスないし」

 「何だと!俺のどこにセンスがないと言うんだ?!」

 スザクの暴言にルルーシュが真顔で尋ねると、ゼロの扮装を思い浮かべたスザクは気付いてないのかと呆れた。

 「君、ゼロの身代わりをしてくれてる人がいるだろ?嫌がられなかったかい?」

 「ああ、ウエストがどうたらと言われて嫌がられたな。よく解ったな」

 「確かに君女性より細いもんね・・・でも多分それだけじゃないと思うよ」

 何しろ女性でかつウエストの細いユーフェミアと同じくらいのウエストなのだ。男性に頼んだとすればセンスの悪いスーツと合わせてさぞ嫌だったに違いない。

 ウエストがきついのが原因で嫌がられたと思い込んでいるルルーシュが首を傾げると、ユーフェミアも同じしぐさをした。

 「あら、ゼロの衣装はかっこいいと思いますけれど・・・」

 「そうよスザク!失礼しちゃうわね!」

 カレンからも怒鳴られたスザクは、何故自分が悪者にされているのかと途方に暮れた。
 この場にアルカディアがいたらいい機会だからと服のセンスについて突っ込んでくれただろうが、あいにく彼女は隣室でテレビを見ながらたい焼きを食べている。

 恋は盲目ということわざを実体験する羽目になったスザクは、心でさめざめと泣きながらプリンを食べるのだった。



 そんな和やかなお茶会が始まる少し前、パーティー会場では主役たるユーフェミアの姿がないのでコーネリアとギルフォードが探していた。

 「ユーフェミア様はいずこにおわす?」

 「はい、ユーフェミア様でしたら先ほど娘と一緒に休憩したいとおっしゃられて、執務室の方へおいでになられましたが・・・」

 ギルフォードの問いにシュタットフェルトがかしこまって答えると、朝からハードスケジュールだったから無理もないと、妹の居場所が分かったコーネリアは安心してボーイのトレイからシャンパンを手に取った。

 「実に行き届いているパーティーだ。御苦労であったなシュタットフェルト伯爵」

 「もったいなきお言葉にございます、コーネリア総督閣下」

 「妹も随分と成長して、特区成功に向けて大きな前進をしている。まだまだなところのある妹だが、これからも助力を頼む」

 「もちろん、娘ともどもこれからもユーフェミア副総督閣下とともに特区を支えさせて頂く所存にございます」

 深々と頭を下げるシュタットフェルトに、ユーフェミアに尽力して特区に貢献している彼を認めていたコーネリアは妹の味方を増やすためにと、前々から考えていたことを告げた。

 「まだ正式に決定していないのだが、卿に辺境伯の位をと考えている。
 いずれエリア11のテロリストどもを殲滅させた暁には、私はEU戦へと赴くことになるだろう。
 その際にはぜひ、総督となるユーフェミアを助けてやって貰いたいのだ」

 「わ、私を辺境伯に?!よろしいのですかコーネリア総督閣下」

 辺境伯と言えば貴族の中では上の下という位である。本国ではそれなりにいるが、エリアであるならそれこそ総督かその代理になってもおかしくない地位であった。

 (このエリア11で辺境伯になれれば、カレンの身は安泰だ)

 「御令嬢も学校を休学してまでユーフェミアに尽くしてくれていると聞いている。
 今はシュタットフェルト伯の秘書のような扱いだと聞いているが、いずれは正式な地位を与えた方がいいだろうな」

 その言葉にシュタットフェルトは内心で狂喜乱舞しながらも、自制してコーネリアに礼を述べた。

 「もったいなき御配慮、まことにありがとうございます!
 娘とともにこのエリア11の発展に尽力させて頂きます」

 ユーフェミアの味方は多い方がいいと考えたコーネリアは、これで自分がEUに向かった時は安心だと安堵する。
 シュタットフェルトは昔から続く名家だし、今度の件では随分とユーフェミアを助けたという成果もあるので爵位を上げるのが妥当だと考えたのだ。

 と、そこへコーネリアがシャンパンのグラスを取り落とすと、ギルフォードがそれが床に落ちる寸前で掴み取り、カーペットが汚れる惨事を防いだ。

 「姫様もお疲れなのでは?少しお休みになった方が・・・」

 未だに身体が本調子ではないコーネリアを気遣うギルフォードに、シュタットフェルトが周囲を見渡して提言した。

 「今はそれぞれで集まって懇談しているようですので、次のユーフェミア様主催の日本文化についてお話しされるまで、お休みになってはいかがでしょう?
 今ユーフェミア様もお休みになっておられることですし、ご一緒にお茶でもなさっては?」

 姉妹が今ぎくしゃくした関係だとは知らないシュタットフェルトの案にコーネリアは一瞬戸惑うが、ギルフォードがいい案だと頷いた。

 「そういたしましょう、姫様。最近姫様もご多忙で、ユーフェミア様とお話しする機会も少ないことですし」

 「ギル・・・そうだな、そうさせて貰おう。
 私とギルは少々席を外すので、シュタットフェルト伯は会場を見ておいてほしい」

 「かしこまりました。お任せ下さいませ」

 シュタットフェルトに見送られてコーネリアはギルフォードと共にユーフェミアの執務室へと向かい、ドアをノックする。

 「ユフィ、いるか?私も少し休もうと思ったのだが、入ってもいいだろうか?」

 「え・・・コーネリア様?!」

 何故かそう驚いたように返って来たのは、今日妹にデジタルペットというものを贈ったニーナという少女の声だった。
 何でもカワグチ湖で起こったテロに巻き込まれ、ユーフェミアに助けられたという恩を感じて飛び級卒業してまで特区に参加したらしく、本日デジタルペットを二つ献上してご姉妹でどうぞお育て下さいと言われたのでよく憶えている。

 「お前は確か、ニーナと言ったな。ユフィはいるか?」

 「えっと、ユーフェミア様はその・・・えっと・・・」

 歯切れの悪いニーナに業を煮やしたコーネリアがドアを開けて執務室横にある私室に入ると、そこには誰もいなかった。

 「・・・ユフィはどうした?ここで休んでいると聞いたのだが」

 「あの・・・その・・・ちょっと外を見ていきたいからとカレンさんとスザク君と一緒に・・・」

 こわごわと応接椅子から立ち上がってかしこまって答えたニーナに最近はしっかりしてきたのにまたかと、コーネリアはこめかみを押さえた。

 「あ、でもでも大丈夫です!ちゃんとぱっと見には解らないくらいに変装していらっしゃいましたし、行き帰りにはカレンさんの車を使うっておっしゃってましたから!」

 「だからと言って、外を安易にうろつかれては・・・今どこにいるか解るか?」

 「はい、今はカレンさんのマンションにおられるみたいです。何かあったら連絡してほしいと頼まれてて・・・」

 きちんと行き先を知らせている分、以前よりはるかにマシな脱走の仕方ではあった。
 もしかしたらと予想していたのでそれほど怒りは感じなかったが、騒ぎになる前に連れ戻さなくてはとコーネリアが私室をを出ようとした時、ふと応接テーブル上のニーナが使っていたPC画面が目に入った。

 誰かに送信するメールだろう、デジタルペットについての案をありがとうと書かれてある。
 そしてその相手の名前の綴りを見たとき、コーネリアは目を見開いた。

 「ルルーシュ、だと・・・?」

 「コーネリア様?」

 いきなり様子が豹変したコーネリアに震えたニーナだが、彼女に構うことなく怒鳴るように尋ねる。

 「ルルーシュというのは、誰だ?!」

 「ア、アッシュフォード学園にいた時の生徒会の副会長をしていた人です。
 私が卒業するちょっと前に、学校を辞めて本国に戻ったんですけど・・・」

 「アッシュフォードにいた、ルルーシュ・・・?」

 そこでようやくギルフォードも主の驚愕の理由に気付いた。
 そして何が何だか解らないと立ち尽くすニーナに、主君に代わって穏やかに尋ねる。

 「急ですまないが、ルルーシュという人物について詳しく伺いたい。
 彼はアッシュフォード学園で、どんな様子だったか?」

 「えっと・・・両親が亡くなったので、ナナリーちゃん・・・彼の妹です・・・と一緒にクラブハウスに住んでました。
 凄く頭がよくてチェスが得意で、よく外でやってたみたいです」

 「そのナナリーという少女だが、目と足が不自由だったか?」

 「はい、よくご存知ですね・・・あの、二人が何か?」

 ニーナがおそるおそる二人に彼らがどうかしたのかと尋ねるが、コーネリアとギルフォードはそれどころではない。

 「・・・姫様」

 「ああ、間違いない。ルルーシュとナナリーだ」

 ルルーシュとナナリーという兄妹で、チェスが得意な兄と目と足が不自由な妹でアッシュフォードの庇護を得ていたとなれば、それに思い当たる人物はひと組しかいない。

 「そういうことか・・・!枢木を通じて、二人と会っていたんだなユフィ!」

 道理で彼を騎士にしたがった訳だとあながち外れでもない推理をしたコーネリアは、再びニーナに尋ねた。

 「このデジタルペットは、そのルルーシュからのものか?」

 「はい、大枠だけ・・・私がユーフェミア様に贈るプレゼントで悩んでいるとカレンさんから聞いて知ったみたいで、こういうのはどうかってアドバイスしてくれたんです」

 実はルルーシュは自分の名前を出して発表するなと口止めしただけで、事情を知らないニーナに自分の生存云々については逆に怪しまれるので頼む訳にいかなかった。
 さらにさすがに皇族から尋ねられたのではニーナとしては事実を喋らない訳にはいかず、結局は無駄な釘刺しに終わってしまったのである。

 確かシュタットフェルト伯の娘はアッシュフォード学園の生徒会の人間だったと思い出したコーネリアは、今妹が彼女の家にいると聞いてすぐに気付いた。

 「ということは、今ルルーシュはこの特区にいるな!ギルフォード、すぐに向かうぞ!」

 「は、かしこまりました。すぐに車を用意させます」

 内線でギルフォードが地下通路に車を用意させると、ニーナからルルーシュに連絡が行くことを恐れたコーネリアは彼女に命じた。

 「今から妹を迎えに行くゆえ、そなたも来るがよい」

 「え、え?でも私は何かあったらユーフェミア様にご連絡するように言われていて・・・」

 おどおどしながらもユーフェミアの命令に従おうとするニーナに、こういう状況でなかったなら褒めたたえたいが実行に移される訳にはいかないと、ギルフォードが強引に彼女を連れて歩き出す。

 本当に何が起こっているのか解らないまま、ニーナは二人に連れられて執務室を後にした。



 一方、思わぬ形でコーネリアに生存がバレたとは知らぬルルーシュ達は、呑気にティータイムを楽しんでいた。

 「そう、ナナリーが手術をするの・・・大丈夫かしら?」

 「ああ、信用出来る人だから心配していないが、リハビリが大変らしくてな。半年はかかるそうだ」

 「そんなに・・・無理をしないでね。そうだ、これナナリーへのプレゼントなの」

 ユーフェミアがスザクと一緒に選んだという桜の模様が描かれた包装紙に包まれたプレゼントを、ルルーシュに手渡した。

 「中身はオルゴールで、ナナリーが好きだった曲が入ってるわ。
 こっちのCDは琴とか三味線の音楽が入ってるの」

 「ありがとう、ナナリーも喜ぶ。これはナナリーから君へのプレゼントだ」

 そう言ってルルーシュが差し出したのは、白い袋に赤いリボンで飾られたプレゼント袋だった。 

 「中身は俺も見ていないから知らないが、受け取ってくれないか?」

 「もちろん!中身は何かしら」

 ユーフェミアが嬉しそうにリボンをほどいて中身を見ると、そこには様々な模様の紙で折られた折り紙が入っていた。

 「まあ、素敵!鳥に人形に動物・・・!全部ナナリーが折ったのかしら」
 
 「同じ施設にいる子供が手伝ったのもあるだろうが、ナナリーが折ったのが多いな。最近ナナリーは意欲的にいろんなことに挑戦しているから」

 「綺麗ね・・・ありがとう!ナナリーにお礼を言っておいてね」

 さすがナナリーだとルルーシュは妹を称賛していると、ユーフェミアが折り紙をプレゼント袋に大事そうにしまいながら言った。

 「後で和楽器による演奏会があるの。一緒には無理だけど、聴いていったらどうかしら?」

 「そうだな、悪くないな・・・さて、そろそろ時間だ、戻った方がいい」

 「もうこんな時間なの?・・・寂しくなるわね」

 滅多に会えないのに、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
 ルルーシュはそんな彼女に優しく微笑みかけた。

 「また機会があるさ。それと、これは俺からのプレゼントだ・・・受け取ってくれ」

 そう言いながらルルーシュが差し出したのは、ピンク色のオリーブの花が刺繍されたチョーカーだった。中央にはユーフェミアの誕生石であるピンク色のトルマリンが飾られている。

 オリーブの花言葉は“知恵”と“平和”だ。それに気づいたユーフェミアは嬉しそうにルルーシュに抱きついた。

 「ありがとう、ルルーシュ!私大事にするわね」

 「喜んでくれれば何よりだ。作った甲斐がある」

 「ほんとあんた器用なのね。料理だけじゃなくて手芸も得意なんて」

 手芸も得意なルルーシュに、カレンが女として敗北感を感じていた。
 こいつと結婚する女は、ある意味非常に勇気がいるのではないだろうか。

 「ああ、成長期の服は馬鹿にならないからな。大きめの服を買って裾詰めは基本だぞ。
 刺繍をして破れた部分をあしらったり・・・何だ、どうしたんだそんな顔をして」

 元皇子とは思えぬ生活臭に満ちた台詞にユーフェミアは罪悪感に満ちた顔になり、スザクは家事一般をこなしていた過去のルルーシュを思い返し、カレンはまた余計なことを聞いてしまったと彼から目線を逸らした。

 微妙な雰囲気の中今度こそカレンのマンションを出ようとした刹那、インターフォンがやや乱暴に鳴らされてドアが開けられる音がした。

 「シュタットフェルト伯かい、カレン?」

 「まさか・・・父さんならインターフォンなんて鳴らさないわよ。私、ちょっと見てくる」

 「僕も行くよ。ルルーシュはユフィと一緒にいてくれ」

 「解った、気をつけろよ」

 スザクとカレンが連れ立ってリビングを出ると、ホールにいたのはコーネリアだった。
 背後にギルフォードとダールトンもおり、さらに数人の軍人がいたので二人は仰天した。

 「コーネリア総督?!」

 「ユフィがここにいると聞いてな・・・それと、ルルーシュもだ!」

 「!!!」

 何でバレたと二人が顔を青ざめさせるが、時間を稼ごうとしたカレンが何とかブリタニア皇族のルルーシュではないとごまかすべく、慌てて言った。
 
 「あの、アッシュフォード生徒会の元副会長のルルーシュが何か・・・?」

 「・・・ああ、そうか、シュタットフェルト伯爵嬢は知らないのか」

 てっきり全て知ってのことかと思っていたがユーフェミアに命じられてこの逢瀬をセッティングしたのかと、コーネリアは勘違いした。
 よってここで彼の正体を暴露するのはやめておこうと、スザクをギロリと睨みつける。

 「言いわけは後で聞いてやる。とにかく二人の元へ案内しろ!!」

 「・・・イエス、ユア ハイネス」

 そう答えるしかないスザクに防音効果があり過ぎておそらくこの会話が聞こえていない二人にどう伝えようと、カレンが考えを巡らせるがどうにもならない。
 もしここにアルカディアがいることがバレたらルルーシュがゼロであることも解ってしまい、さらに自分の正体も芋づる式にばれてしまえばいろんな意味で終わってしまう。

 コーネリア達がリビングに飛び込むと、そこにいたのは最愛の妹とカレン達が出て行った後大急ぎで変装した茶髪で青い瞳をしたルルーシュだった。
 じっとその少年を見つめていたコーネリアはつかつかとルルーシュに歩み寄ると、すっとそのかつらを剝して言った。

 「やはり・・・ルルーシュか」

 目の前の黒髪の少年に確信を持ったコーネリアは、背後のユーフェミアとスザクに向かって怒鳴った。

 「ルルーシュ達が生きていたことを、どうして言わなかった?!
 特に枢木、お前はアッシュフォードにいた時点で知っていたのだろう?これは不敬に値する怠慢だぞ!」

 「怒らないて下さいお姉様。スザクはルルーシュに頼まれて言わなかったのです!!
 でも私にだけこっそり報告してくれたんです。だからその責は、口止めした私にあるんです!!」

 あながち嘘でもない言葉にコーネリアはスザクを睨んだが、先に主君たるユーフェミアには事実を報告し、さらにそのユーフェミアが黙って口止めをしたのならスザクを責めるわけにはいかぬと、先ほどから黙っているルルーシュに向かって言った。

 「さっさと私に報告していればよかったものを・・・!だが済んだことだ。
 さあルルーシュ、話は政庁に戻った後で・・・ああ、ユフィの誕生日にお前が見つかるとは・・・!」

 心底から嬉しそうなコーネリアが差し出した手を、ルルーシュは無表情に振り払った。

 「残念ですが姉上、俺は戻る気はありませんよ。だからユフィは俺達の生存を報告しなかったんです」

 「なんだと・・・どうしてだルルーシュ。お前が生きていたと知って、私がどれほど安堵したか」

 (全く姉妹揃って余計なことを!少しは考えて行動しろ)

 ユーフェミアの時とは違い会うなら今しかないと考えたのだろうが、いきなりの不意打ちにルルーシュは内心で唇を噛む。

 「どうして、ですか・・・貴女ほどの方が、その理由に気づかぬと?」

 ふっと嘲ったように笑う末の弟に、こんな顔をする弟だったかとコーネリアは怯んだ。

 「この日本侵攻の開戦理由を覚えておいでか、姉上?」

 「それはお前達がイレヴンに殺されたと・・・あ・・・!!」

 「そうですね。ではここにいるルルーシュはいったい何でしょうか?まさかゴーストだとでも?」

 皮肉っぽい口調で笑うルルーシュに、彼がどうしてブリタニアに戻らなかったのかを悟った。

 「俺達は確かに殺されかけましたよ、姉上。あの男が差し向けた刺客にね。
 自分達を殺そうとした男の元になど、戻るわけがないでしょう。どうせまた他国に同じ理由で送られるだけですからね。
 ユフィも解っていたから、俺達が生きていることを報告しなかったのです。感謝していますよ」

 「だ、だがルルーシュ、このままでは・・・」

 「俺はブリタニアの世話にだけはならない。このまま放っておいて頂きたい」

 ルルーシュはコンタクトを外してこの場の全員を操り、この件をなかったことにしようと考えた。
 
 (俺に従えと命じれば、日本奪回戦での条件も全てクリアだ。
 ・・・コーネリアが俺の支配下にあるとなれば、マグヌスファミリアの連中も是が非でも殺せとは言わないだろう)

 役に立つなら生かしてもいいと、現実主義の彼らなら言うはずだと読んだルルーシュがコンタクトを外そうと左目に手をかけた時、場違いな子供の声が響いた。

 「ちょっと待ってコーネリア。ルルーシュは僕が連れて行くよ」

 「何だ、お前は!子供の出る幕ではない!!」

 コーネリアが叫ぶとギルフォードがその子供の肩をつかんで外に連れ出そうとする。

 「ルルーシュ殿下のお知り合いか?だがあの方はこれから政庁に・・・」

 「知り合い・・・といえばそうなのかあ?子供の頃顔くらいは合わせたし・・・でもまあどうでもいいよ。
 僕はV.V。君を捕まえに来たんだ、ゼロ」

 「な・・・なんだと・・・?ルルーシュが・・・・?」

 コーネリアが絶句してルルーシュを凝視するが、ルルーシュは否定せずにV.Vと名乗った子供を睨んでいる。

 「まさか・・・本当に・・・・?」

 サイタマで自分が殺そうとしたのがかつて憧れた女性の息子で、さらに大事にしていた末弟であり、クロヴィスを殺した男と同一人物であるとコーネリアは信じたくはなかった。
 だが思えばカワグチ湖で自分の性格を見透かしたようにユーフェミアの救出を申し出たり、妹に『ブリタニア皇帝の子供だからクロヴィスを殺した』と言いながらユーフェミアを殺さなかったことといい、思い当たる節が確かにいくつもあった。

 一方、そんな姉の心情など思いやるどころではないルルーシュは、エトランジュ達が言っていたブリタニアにいるコード所持者だと、名前から気付いた。

 「V.V、だと・・・まさか貴様は!!」

 「うん、たぶんそれで正解。だから僕は君が邪魔なんだよ。
 特区を張らせて正解だったなー。絶対ここに来るって思ってたんだ」

 特区に派遣したのは、“特定の人物を感知するギアス”を持つギアス嚮団の男だった。
 アッシュフォード学園からルルーシュの情報を得たV.Vは駐車場ですれ違った時に既にゼロであるルルーシュが特区に来たと知った男からの報告を受け、V.Vは特区にやって来たのである。

 「アッシュフォードじゃ君、結構有名だったんだね。生徒に聞いたらあっさり情報が手に入ったよ」

 「貴様・・・!」

 ルルーシュがコンタクトを外してコーネリア達を手駒に変えてV.Vを捕えようとすると、猛烈に眠気が襲ってきた。
 周囲を見ると、コーネリアやユーフェミアは既に昏倒している。
 スザクだけが何とか抗おうと自ら傷つけて眠気をこらえようとしているのが見えた。

 「ルルーシュ!にげ、ろ・・・!」

 「タフだねえ、君・・・でも、無駄なことはやめなよ」

 V.Vの言葉にスザクが首を横に振るが、背後から現れた男に後頭部を殴られて気絶する。
 それを見たルルーシュもまた、おそらくはギアスによるものであろう眠気に耐えきれず、その場に倒れ伏す。

 「ギアス能力者はマグヌスファミリアだけじゃないんだよ。
 ここで殺すといろいろ面倒だから・・・とりあえずお休み」

 V.Vが手を振ると、外から“周囲の人間を眠らせるギアス”を持つ男を含んだギアス嚮団員が入って来た。

 「いったんどこかに運んで、始末しなくちゃ」

 V.Vの声が、ルルーシュの脳裏に鈍く響き渡る
 ルルーシュの意識はその声を聞きながら、暗い眠りへと沈んでいった。



[18683] 第九話  呉越同舟狂想曲
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/08 12:02
 第九話  呉越同舟狂想曲


 ルルーシュがV.Vによって連れ去られた後、別室にいたために難を逃れたアルカディアは誰もいなくなったのを見計らって行動を起こした。
 さすがにあの場では多勢に無勢で、どうこう出来る自信がなかった。
 確実にドアの外にギアス能力者がいるのだ、自分のギアスで外に出てルルーシュを助けようものならギアスの効かないV.Vに見つかり、こいつを捕まえろと命じられればそれで終わりだ。万一本人を殴って気絶させることは出来ても、どんな手で逆襲されるか解ったものではない。
 エドワードに変装するとそっと部屋を出て、まずはリビングの外で眠っているカレンを起こしにかかる。

 「起きて、カレンさん!」

 「あ・・・う・・・アルカディア、様?」

 「よかった、目を覚ましたんだね。今僕はエドワードだから、呼ぶ時は気をつけて」

 目を覚ましたカレンにそう注意したアルフォンスは、はっと慌てたように言った。

 「どどどうしよう、ルルーシュがコーネリアに!!」

 「うん、よく聞いてねカレンさん。隣室で窺ってた限りじゃ、どうもゼロの正体までバレたみたいでね」
 
 「え・・・!それじゃちょっと!!」

 「黙って聞いて。その理由って言うのがブリタニアの諜報員が探り当てたからで、彼が誘拐されたみたいなんだ。
 今から僕は彼を探しに行くけど、カレンさんはここにいてブリタニアの動きを報告してほしい。幸いコーネリアは君の正体に気付いていないしルルーシュ・ランペルージが皇子だったことも知らないと思っている。
 だから今回ユーフェミア皇女と会わせたのはあくまでユーフェミア皇女からの命令に従っただけということにするんだ」

 「でも、私が付いていながら!親衛隊長なのに!私も探しに出ます!」

 今にも飛び出そうとするカレンを、アルフォンスが慌てて押し止めた。

 「だけど、君じゃどうやったって彼を探せないよ。もしかしたら軍部に捕まったかもしれないし、もしそうだったら君の家の力が役に立つんだ。
 君を窮地に追いやるわけにはいかないな」

 「・・・解りました。ゼロを、お願いします」

 理路整然と説明されて納得せざるを得なかったカレンの了承を得ると、続けてコーネリアを起こしにかかる。
 
 「コーネリア総督、ユーフェミア副総督!!どうされたんですか?」

 ここぞとばかりに力を込めてコーネリアの頬を叩いて起こすと、ゆっくりと目を見開いた彼女にいかにも申し訳なさそうに謝った。

 「乱暴に起こしてしまって、申し訳ありません!!
 その、意識がなかったようなので、慌ててこんな手段になってしまいました!」

 「あ、ああ・・・それはいいが・・・いったいなにが・・・?!」

 「それはこちらが伺いたいくらいなんですが・・・カレンさんのところで休ませて貰おうとしたらドアが開いていて、みんな倒れていたのでこちらもびっくりして・・・」

 首を傾げるアルフォンスの言葉に、徐々に覚醒したコーネリアは叫んだ。

 「あ・・・ユフィ!!それとルルーシュは?!あの子供はどうした?!」

 「はい?誰ですそれ。僕が来た時には倒れている皆さんしかいませんでしたが・・・」

 すっとぼけるアルフォンスの答えに、ユーフェミアが眠っているだけで外傷がないことを確認したコーネリアは、慌てて自らの騎士であるギルフォードとダールトンの頬を軽く張り飛ばした。

 「ギルフォード、ダールトン、起きろ!!ルルーシュが何者かに連れ去られた!!」

 「う・・・姫様・・・!!」

 主君の焦りきった声に覚醒した二人は、はっと飛び起きてまだよく状況が解っていない様子のコーネリアを見つめた。

 「う・・・確かルルーシュ様とお会いした後、突然子供が現われてルルーシュ様は自分が連れて行くと言って・・・その後は猛烈に眠くなって以降の記憶が・・・」

 「ダールトン将軍もですか。私もです。
 ただその前にその子供が・・・ルルーシュ様がゼロだと言っていたような・・・」

 「お前達もそう聞こえたのか・・・おそらく、そうだろうな」

 コーネリアが信じたくはないという口調で肯定すると、二人は驚愕した。
 そこでコーネリアが部外者であるエドワードことアルフォンスとカレンの存在を思い出し、今の台詞が聞こえたかと焦るが何故か姿が見当たらない。

 「つい先ほどの青年はどこに行った?私を起こした男だが・・・シュタットフェルト伯爵嬢もだ」

 「男、ですか?それはいったい・・・」

 二人が顔を見合せていると、キッチンの方から足音が二つ聞こえてきたかと思うと、リビングにやって来た。

 「エドワード殿!」

 ダールトンが知人である青年を見て少し安心すると、知り合いかとコーネリアが視線で尋ねた。

 「はい、特区プログラムを担当している協力者です。
 元アッシュフォード学園の大学生だった縁で、カレン嬢と知り合ったとか」

 「ああ、確かホッカイドウで長期入院していたとかいう・・・」

 アルフォンスが普通にトレイに水差しとワインの瓶を載せてやって来たので、今までの会話は聞こえていなかったようだとほっと胸を撫で下ろす。

 「水をお持ちいたしました、コーネリア総督閣下。今カレンさんもすっかり覚醒されたようで、人数分の水をお持ちしました。
 あと、着付け薬代わりにワインを・・・」

 「あ、ああ、ありがたく頂こう。ユーフェミアを頼む」

 「かしこまりました。あの、コーネリア総督閣下は・・・」

 アルフォンスは事情なんて何も知りませんと言うように尋ねると、コーネリアはワインを飲み干しながらとにもかくにもルルーシュを確保しなくてはと思い、ギルフォードとダールトンを連れてマンションを出ようとする。

 「緊急事態が起こったゆえ、我々が対処する。今回の件は特殊でな、決して口外しないで貰いたい」

 「承知いたしました。
 パーティーの方はユーフェミア副総督閣下に何とかお顔を出して頂いて、コーネリア総督閣下の方は特区の視察に極秘で向かったと言っておきましょうか?」

 「そうだな、穏やかな形で取り繕うに越したことはない。よしなに取り計らえ」

 「イエス、ユア ハイネス。ユーフェミア副総督が起きられましたら、そちらに連絡いたしますのでご安心を。
 とりあえず速やかにこちらから特区庁のほうにお送りいたします」

 てきぱきとこちらの都合のいいように対処するアルフォンスがまさか自分を半殺しの目に遭わせた本人だとは知らぬまま、カレンがいることもありルルーシュの確保が先だとコーネリアはギルフォードとダールトンを引き連れてマンションを出て行く。

 それを冷ややかな目で見送ったアルフォンスは、口裏を合わせて貰うために再びアルカディアに戻るとユーフェミアにワインを飲ませて起こした。
 ちなみに横ではスザクがカレンにコップの水を被せられて覚醒させられている。

 「ん・・・あ、あら・・・?」

 「うわっ、冷めたっ・・・!」

 「さっさと起きろ!!マジでやばいんだから今!!」

 水と共に怒声を浴びせられたスザクが飛び起きると、右足に痛みを感じてそちらに視線を移すと、そこからは赤い血が流れていた。
 
 「俺は・・・いったい・・・・あ・・・!」

 ルルーシュの正体がコーネリアにバレたことを思い出したスザクとユーフェミアは、カレンに詰め寄った。

 「ルルーシュ!ルルーシュはどうなりました?!」

 「な、何があったんだよ!どうしてここにコーネリア総督が!
 それにあの子供、何でルルーシュがゼロだって知ってたんだ?!」

 「私が知るか!!今それを調べにアルカディア様が出られるんだけど、その前に口裏合わせなくちゃいけないからってまだ残ってんだから!!」

 「ああ、彼女は隣にいたから助かったのか・・・だったら何であの時すぐに助けに出なかったんだ?!」

 「あの状況でアルカディア様が出たって、捕まるだけで意味ないでしょうが!!」

 「う・・・・それもそうだね。ごめん・・・」

 自分と同じ身体能力を持たない人間が出たところで、どうせ即座に眠らせられたか殺されたかのどちらかである。
 スザクがまた短絡的に言ってしまったと反省しているが、アルカディアはウザクなので仕方ないと、1ミクロンも気にしていなかった。
 それに彼は彼なりにルルーシュを思っており、自身を傷つけてまでどうにか抗ったことを知っていたし、混乱しているだけだと解っていたのだ。

 「落ち着いて!状況説明した後そっちと打ち合わせるから、よく聞いてね」

 アルカディアの低い声に二人が頷くと、カレンも真剣に彼女の言葉を頭に叩き込むべく彼女を見つめる。

 「もうゼロがルルーシュ皇子だとはほぼ確定すると思うの。
 ただしそれを公表することはないと思うから、神根島でゼロ=ルルーシュだと知っていたと言いなさい。下手に隠しても意味はないから」

 「え、でもそれじゃ・・・!」

 「最後まで聞け。ただし、その後ユーフェミア皇女に『ルルーシュとコーネリア総督は戦って欲しくなかったから、日本をよくすればゼロは他のエリアに行くって言ったから特区を作った』と言うのよ。
 これは事実だし、それで二人がどう繋がっているかを知って貰えればユーフェミア副総督とあんたに咎めが行くことはない」

 何しろユーフェミアがやると決めたことなのだ。スザクはそれに従っただけとすれば、ルルーシュの生存を隠していたのも確かにユーフェミアの意志があったのだから、それほど責められることはないであろう。

 「神根島でのことは、カレンさんの正体だけ隠して貰えればいいわ。後はこっちでゼロを救出するから、絶対動くな。
 いいわね、絶対余計なことするんじゃないわよ?!」

 大事なことなので二回言いました、とばかりにアルカディアが念を押すと、スザクはコクコクと頷くが、ユーフェミアは何やら考え込んでいる。

 「カレンさんの方はついさっき私がダールトンに提案したように、そっちから貴女のお父さんにコーネリア総督の不在を取り繕うように頼んでおいてね。
 ユーフェミア皇女は騒ぎにならないよう、すぐに特区庁に戻ってパーティーに出席してちょうだい。難しいと思うけど、なるべく楽しそうにね。
 じゃあ私は今からちょっと情報整理してくるから」

 定期連絡の時間までかなりあるのだ、それまでに情報を集めてことの事態を報告してどうするかを相談するしかない。
 何しろ相手はギアス能力者だから、自分達が相手をする他ないのである。

 アルカディアはそう言うが早いかカレンの部屋に飛び込んで勝手にパソコンを起動させると、特区内の監視カメラの画像を見ることが出来るプログラムを開いた。

 膨大なカメラの量だがこのマンションの出入り口および特区出入り口を調べると、あからさまに怪しい長髪の子供とそれに従うように歩いているグループを見つけた。

 「取り繕う気もないみたいね・・・お陰ですぐ見つかったけど」
 
 「確かにこの子供だわ。何者かしら?」

 眠気が来る前に確かに見たのはこの少年だと証言したカレンに、ここまで堂々としていればパーティーでコスプレをしている貴族の子供とその従者達に見えなくもないかと、強引に納得することにした。

 「隣室で様子を伺ってみた限りじゃ、どうもブリタニアの秘密工作員みたいだったわ。
 貴女達を眠らせたのも、多分眠り薬でも撒いたんだと思う」

 実際はギアスなのだが、アルカディアが助かったのはおそらく有効範囲外にいたからだろうと予想している。
 このことからこのギアスの持ち主の有効範囲はせいぜい二十メートル以内だと予想出来るが、接近戦を得意とするアルカディアには分が悪い相手だった。

 「出て行ってからまだ15分過ぎたくらいだから、まだ特区から出てないな・・・ここにいる間に奪回しないと」

 「出来そうですか?」

 「解らないわ。ただエディ達がここに来れるかどうか・・・今アキタだからね」

 間の悪いことに現在、エトランジュはジークフリードと共にアキタに行っている。
 白人なので普通にモノレールを使ってアキタに行っているが、それでも戻るまでかなりの時間がかかる。

 (私だけじゃ分が悪すぎる!ジークフリード将軍はエディと一緒だし、クライスはナナリーちゃんの護衛で離れられないし・・・くっ、ゼロがいると思って他にギアス能力者を呼ばなかったのがまずかった!
 でもマオがトウキョウにいるのがまだ救いか・・・彼ならすぐに彼の居場所が)

 もしナナリーまでもがさらわれでもしたら、ルルーシュを奪還出来てもその後の活動に大きな支障が出る。何としてでも彼女は守らねばならないから、クライスを呼ぶ訳にはいかない。

 「・・・乱暴な手段を取ることになりそうね」

 「仕方ないと思います。私で出来ることなら、何でも言って下さいね」

 「ありがとう、カレンさんお願いするわ・・・っと、失礼」

 定期連絡の時間でもないのにリンクが開き、エトランジュの慌てたような声が脳裏に響き渡った。

 《アルカディア従姉様、今マオさんから伺ったのですが、ゼロが誘拐されたというのは本当ですか?!》

 《え、その通りだけど何で解ったの?》

 驚いたアルカディアに、エトランジュはうろたえながらも答えた。

 《私、アキタに今ジークフリード将軍とマオさんと三人で来ていて・・・マオさんがC.Cさんから今聞いたと連絡を受けたんです》

 《げ、マオも今そっちにいるの?!呼ぼうと思ってたのに!!》

 重要な切り札のマオがはるかアキタと知って、アルカディアは泣きたくなった。

 《アキタからここまで、どれくらいかかる?》

 《今モノレールに乗って一時間くらいですが、あと二時間はかかります》

 《やっぱりそれくらいかかっちゃうか。いい、大声出さないでよく聞いてね。
 犯人は解ってるわ、ブリタニア側のコード所有者のV.Vよ。おまけにそいつがゼロの正体までコーネリアにバラしたというおまけつきで》

 それは聞いていなかったのか、エトランジュが息を呑んだ。

 《今から急げば特区内のゼロギアスをかけた連中で取り押えられるかもしれないわ。
 何とかしてみるから、急いでマオを連れてきて!》

 《何この最悪な展開・・・予知されてなかったの?》

 マオがまさかのルルーシュ誘拐という事態に驚いた様子で尋ねると、エトランジュもアルカディアも首を横に振った。

 《私達に関係する予知じゃないと出来ないし、自動発動型だからね・・・アイン伯父さんは何て言ってた?》

 《予知はしていないようですが、何かあったらすぐ知らせるとのことなので五分おきに聞くことにしました。
 ・・・あちらからもリンクを開けられればタイムラグが避けられるのですが》

 《そう言うところもこういう時はまだるっこしいわね。でも文句言っても仕方ないわ。
 ホント急いで!それだけが今の私の望みだから!!》

 《ゼロには必死でこっちから呼びかけてるんですけど、全然起きなくて・・・!
 彼とリンクが繋がったらお知らせするので、それまでお待ち下さい!》
 
 自由に動けるのが自分一人とあって、アルカディアはかなり混乱しているようだとこの会話の内容を聞いていた一族とマオは、本当にまずいなと現在の状況がかなり悪いことを改めて実感する。

 と、そこへユーフェミアがおそるおそる口を開いた。

 「あの、特区をこちらの権限で封鎖しましょうか?
 そうすれば特区の外には出られないでしょうから、奪還しやすくなると思いますけど」

 「それは、確かに特区外に連れ出されるとちょっと困るとは思ってたけど・・・」

 実際のところルルーシュとの間にリンクは繋がっているので、ルルーシュさえ覚醒出来れば居場所はすぐに判明するのでそこまで気にしていなかった。
 だがもしかしたらギアスを無効にされる可能性がなきにしもあらずな上、ルルーシュのギアスが視覚型と知っていたら目を塞がれているだろうからこの特区内で奪還するに越したことはないと、アルカディアは考えを変えた。

 「騒ぎを起こさずに封鎖するなんて出来るの?」

 「ちょうど今たくさんの人達が集まっていて、出入り口が混み合っていると思うのです。
 いつもは東西南北の門それぞれで入場と出場が可能になっているのですが、今日だけ効率化のために南門と東門を入場門に、北と西を退場門にしてあるので、出口を封鎖するだけならたぶん・・・」

 「・・・よし、じゃあ今からちょっと退場門のプログラムを操作して、退場する時に使う身分証の認証にエラーを起こさせるバグを起こすわ。
 そのため退場門が使えないので、復旧するまで退場は無理だと通達してちょうだい」

 アルカディアの案に、カレンも賛成する。

 「今は特区に入場する人は多いけど出る人は少ないですし、今は昼を過ぎたばかりで帰る頃には復旧するだろうと考えてそれほど騒がないと思いますから、それでいいんじゃないでしょうか」

 「それもそうね。コーネリアもゼロを追っていったから、そうすると言えば許可するでしょう。
 じゃ、ちょっと始めるとしますか」

 アルカディアがキーボードを叩いて特区プログラムにアクセスすると、さっそく身分証の認証エラーを起こすようにプラグラムを改ざんし始めた。
 それを見ながら、ユーフェミアは特区内で通じる電話を使って姉に連絡する。

 「お姉様ですか?あの、今ルルーシュを追っているんですよね?
 まだ見つかってないそうですが、特区を封鎖するために・・・そうです、既に手配して下さった方が・・・はい、解りました。パーティーのほうにはきちんと出ます。
 ・・・はい、ごめんなさいお姉様。でも・・・はい」

 受話器を下ろしたユーフェミアが溜息をつくと、アルカディアに報告する。

 「まだルルーシュは見つからないそうですが、そのルルーシュを連れ去った子供のほうはまだ特区から出ていないから封鎖しようとした矢先だったそうで、さっきのアイデアを話したら許可が出ました。
 パーティーに出てこのことは隠し通せとおっしゃられて・・・」

 「その方がいいでしょうね、早く戻りなさい。この件はカレンさんを通じて、貴女にも結果を伝えるから。
 ・・・協力してくれて、ありがとう」

 アルカディアが心から礼を言うと、まさかお礼を言われるなど想像していなかったユーフェミアは驚きながら言った。

 「アルカディアさん・・・こちらこそ、ありがとうございます。
 あの・・・ルルーシュをお願いします。私の大切な人なんです」

 「解ったわ。今日はコーネリアからいろいろ言われるでしょうけど、もうここまで来た以上言いたいこと言ったら?」
 それしかアドバイス出来ないけど」

 「ええ、覚悟しています。もう逃げることは出来ないのでしょうね」

 特区が成功してルルーシュが日本以外で活動してから、彼の許可を取ってコーネリアとは話し合えたらと考えていた。
 逃げていたととられるかもしれないが、まず自分達がルルーシュと戦いたくないことと特区で日本人を守りむやみな争いをしたくないことを信用して貰うためにもと、彼女はここまで頑張って来たのだ。

 「せめてお姉様をEUに赴かないように出来たら、これ以上姉弟で戦うことはないと思ったのに・・・」

 ユーフェミアの泣きそうな顔に、スザクが彼女の肩をそっと支える。

 「とにかく、ルルーシュをこの人に託して逃がすことを優先しよう。
 まずは会場に戻って、異変をみんなに知られないようにした方が・・・」

 「そうね、スザク。せっかくみんなで楽しんで貰うためのパーティーですもの」

 ユーフェミアは滲んできた涙を拭きとると、カレンのほうを見つめて言った。

 「何かありましたら、カレンさんを通じて連絡させて頂きます。では、後はよろしくお願いします」

 「了解。そっちも頑張ってね」

 ユーフェミアは頷くと、スザクとカレンを伴ってマンションを出た。
それを見送ったアルカディアは再びパソコン画面を見つめ、ルルーシュ救出作戦を考え始めるのだった。



 マンションの地下駐車場で何も解らないまま車内に取り残されていたニーナが途方に暮れていると、青ざめた表情のユーフェミアがスザクに支えられるようにして戻ってきた。
 傍には苛立った様子のカレンもおり、何かよくないことが起こったのだとすぐに解った。

 「ユーフェミア様、どうなさったのですか?!ひどいお顔・・・」

 「ああ、ニーナ・・・どうして貴女がここに?」

 「あ、あの、実は私・・・」

 ニーナが連絡役として居残ったユーフェミアの執務室で、例のデジタルペットのプログラムを送ってくれたルルーシュへの御礼状を書いていたらコーネリアが来て、その時の内容がたまたま彼女の目に入ってルルーシュという名前に反応したのだと答えると、まさかそんなところからルルーシュの生存がバレるとはと三人は額を押さえた。
 さすがに幾通りものパターンを瞬時に考えられるルルーシュといえど、偶然までは予測出来なかったようだ。

 「全然予想してなかったわ・・・ルルーシュも聞いたら驚くでしょうね・・・」

 「ルルーシュはユーフェミア様のお知り合いだったのですか?」

 ユーフェミアの呆然とした台詞にニーナがおそるおそる尋ねると、三人はどう説明しようかと考え込んだ。
 しかし下手に隠しだてすることも出来ないため、腹をくくったユーフェミアが車に乗り込むと運転手に車を出すように言い、後部座席と運転席を遮断して音声を外に出さないようにした後にニーナに命じる。

 「このことは、絶対に誰にも言ってはいけません。これは皇室の秘事ですから、約束して頂けるのならお話しましょう」

 「・・・解りました。絶対誰にも言いません」

 かなり悩んだニーナだが、カレンが知っているのなら自分もという対抗意識に駆られてその命令を了承すると、ユーフェミアはルルーシュがゼロだということを除いて話した。

 「ルルーシュは私の異母兄なのです、ニーナ。閃光のマリアンヌというかつて七年前に暗殺された父の妃の長子なのですわ。
 子供の頃一番仲が良かった異母兄なのです」

 「え、ルルーシュが?!あ・・・そういえばマリアンヌ様のお子様がこのエリア11で暗殺されたって・・・え、でも生きてますよね彼?」

 「・・・殺そうとしたのは日本人ではありません。開戦の口実を欲しがった父シャルル皇帝なのです」

 「え、ええええ?!」

 あまりに衝撃的な告白にニーナは唖然とするが、もともと頭の良いニーナはある程度事情を推理出来た。

 「そ、それで皇室から逃げて素性を隠してたんですか。カレンさんを通じて、ルルーシュ・・・様の生存を知って?」

 「前半はその通りですが、後半はちょっと違いますね。七年前留学という名目で送られたルルーシュとナナリーがいたのがスザクの家だったので、スザクから知りました。
 アッシュフォードで再会したのは偶然のようなのですが・・・」

 「そうだったんですか。それでルルーシュはスザクを親友だと・・・」

 「絶対ブリタニアには戻らないと言うので私も隠していたのですが、今日バレて・・・いえ、ニーナのせいではありませんよ。
 事情をお話ししなかったのはこちらの落ち度ですし、そろそろ隠しきれるものではなかったのですから」
  
 全ての事情を知ったニーナはこの一連の騒動の理由に納得したが、それでどうして今この場にルルーシュがいないのかと首を傾げる。

 「あの、そのルルーシュは今どこへ?」

 「・・・事情が事情なので、今少しいろいろとトラブルが起こっているのです。
 今はお姉様にお任せして、パーティーのほうに専念した方がいいと思って」

 「わ、解りました。誓って他言致しませんのでご安心くださいませユーフェミア様」

 ニーナは秘密を打ち明けて貰えたことに満足したが、それ以前に知っていて協力していたスザクとカレンに嫉妬を覚えた。
 だが事情を見れば情報の出所がスザクなら仕方ないし、カレンも同じ学園にいて伯爵令嬢という身分で彼との逢瀬を手引き出来ていたのだからと強引に納得するしかなかった。

 「私、私も何でも協力させて頂きますから、何でもお申し付け下さいね!」

 「ありがとう、ニーナ。でも、この件はとてもデリケートなので無理はさせたくないの。ルルーシュの生存が本国に知れたら、どうなることか・・・」

 日本人によって殺されたはずの皇子が生きていたと知れば、開戦理由が不当なものだとなってさらなるテロに繋がりかねない。
 何より彼がゼロだと知られればどうしようと、ユーフェミアは頭が痛くなった。

 「もう・・・本当にブリタニアをどうにかするしかないのかもしれませんね」

 七年前に政治の道具にするために殺すことを前提に母を亡くした兄妹を捨てて敵国に送った父に、さらにシンジュクで無差別に毒ガスを散布したと偽って日本人を殺した異母兄に、テロリストの囮にするために関係のない民を巻き込んだ作戦を行った実姉に、それらすべてを否定して家族を殺すと決めたルルーシュに、それをただ黙認し続けている自分に・・・まったくもって自分を含めた我が一族は狂っているとしか思えない。
 
 そして今また、ルルーシュを連れ去ったのはブリタニアの工作員だという。
 状況を見れば確かにその通りだろうし、実はあの時見た子供の容姿が気にかかっていた。

 (あの子供・・・どこかで見たような気がするわ。どこだったかしら・・・?)

 ユーフェミアが懸命に記憶を探ろうとするが、答えが出てこない。
 それもそのはずで、彼女が見たのはたった一度だけでしかもそれは写真だった。
 父シャルルがペンドラゴンにある名門学園中等部に在籍していた頃の写真で、まだ幼さを残していた彼の姿をさらに小さくすれば双子であるV.Vになるのだ。
 だが六十を過ぎていかつい老人となっていた父と子供とがどうしても結びつかず、ユーフェミアは思い出すことが出来ずに溜息をつく。

 せっかくの誕生日だったのに、まさかこんなことになるとは露とも思わなかったユーフェミアは、とにかく騒ぎにならないように、またルルーシュが無事に特区から脱出出来るように祈るのだった。



 その頃V.Vは日本経済特区から出ようとしていたが既にアルカディアの提案をユーフェミア経由で呑んだコーネリアによって出口を封鎖されてしまい、とりあえず取っておいたホテルにルルーシュを監禁してつまらなそうに椅子に座っていた。
 ベッドには拘束されてアイマスクをつけられたルルーシュが転がされており、ロロを含めた三人のギアス嚮団の男が控えている。

 「あーあ、さっさと外に出て始末して、海にでも沈めてしまおうと思ったのになあ」

 「いつまでも封鎖は出来ませんV.V様。しばらくお待ちになった方が・・・」

 「解ってるよ。今はお祭り騒ぎで退屈しなさそうだから、まあいっか」

 V.Vはそう言いながらテレビを見始め、他の嚮団員達はルームサービスを手配したり荷物を整理したりしていた。
 ロロはベッド脇の椅子に座り、眠りにつくルルーシュの顔をじっと見つめている。

 (この前お菓子をくれた人が、ゼロだったなんて・・・)

 何とも皮肉な巡り合わせにロロは何とも言えない気分になったが、それがなんというものなのか解らずにじっとルルーシュを見つめている。
  
 (この人を・・・殺すのか・・・)

 いつもしていたことなのに、あの時優しく手当てをしてくれた人物をと思うと、何故か嫌だった。

 じっとルルーシュの寝顔を見つめていたロロだが、それに夢中になるあまり彼が既に起きていることに気付かなかった。

 《・・・なるほど、大まかな動きは理解しましたエトランジュ様。お手数をおかけして申し訳ない》

 《それはともかくとして、どう動けばいいのか教えて下さい。アルカディア従姉様だけではどうにもこうにも・・・。
 しかもC.Cさんがおっしゃるには、C.Cさん自身も狙われていると言うではありませんか!》

 はるかアキタからトウキョウに向かう途中のエトランジュとマオ、トウキョウにいるクライスはナナリーの護衛で動けず、C.Cも狙われていると聞いてはうかつに救出に参加して貰う訳にはいかない。

 《現在俺は特区内のホテルに閉じ込められているようです。アイマスクをされている上にコンタクトを外せなかったので、ギアスも使えません。
 さらに拘束されている上に外にはむろん、すぐ近くにも見張りがいます》

 聞けば聞くほど最悪な展開に、この会話が聞こえている仲間達は顔を引きつらせた。

 《こいつらはブリタニア側の工作員、というのは確定情報ですか?》

 《はっきりとは・・・ただC.Cさんからそいつには絶対ルルーシュを渡すなと指示がありました。
 理由をお伺いしたところ、確実にルルーシュを葬るつもりだからとのことですが》

 エトランジュの報告に、やはり何か知っていそうな共犯者の魔女に溜息をつく。

 《あのV.Vとやらはそれほど危険人物ということか・・・》

 《出来ればそのコード所持者はこちらで確保したいのです。まだこちらのギアス能力者は暴走状態になっていませんが、達成人になり次第コードを奪いたいので》

 《それは確かにそうですね。しかし駒が少なすぎる・・・今から遺跡を使ってマグヌスファミリアのギアス能力者の方に来て頂くことは可能そうですか?》

 《・・・無理ですね。アイン伯父様がおっしゃるには、遺跡から日本に向かう途中でブリタニアのギアス能力者に待ち構えられているとの予知が来たそうなので》

 半ば予想していたとはいえルルーシュは舌打ちすると、発想を逆転することにした。

 《・・・コーネリアに俺の居場所を教え、救出するよう手配して頂きたい。
 こいつらから逃げるより、ギアス能力者ではないコーネリア達から逃げる方が難易度は低い》

 《しかし、そちらには周囲の人間を眠らせるギアスがあります。
 それではさきほどの二の舞になってしまうのでは?》

 《そのギアス能力者をを特定し、そいつを始末すればコーネリアが俺を救出するのは容易になる。
 ギアス能力者を始末する方法を、貴方がたから教えて頂きましたからね》

  《・・・解りました。ではアルカディア従姉様》

  《あの女と一時的とは手を組むのか・・・》
 
 家族の仇の力を借りることになるとはとアルカディアは嫌そうな顔になったが、他に方法を思いつかなかった彼女は渋々了承した。

 《いいわ、あの女の力を利用すると考えることにする。
 今特区内のホテルの出入り口の監視カメラを片っ端から見て、ゼロが監禁されてるホテルを特定しにかかってるから》

 後はギアス能力者を始末する方法をコーネリアに伝えて実行させれば、ルルーシュを救出出来る。
 もともと特区内の三分の二はこちらの手に落ちているのだし、自分の左手に刻まれた模様を使ったギアス兵を駒にすることも出来る。
 いざともなればカレンに助力を頼むことも出来るから、確かにV.V達を相手にするより効率的な手段だった。

 《じゃ、何とかしてみるわ・・・リンクだけは切らないでね》

 アルカディアはそれだけ念を押すと再びルルーシュを探すべくパソコン画面に視線を戻す。
 エトランジュとルルーシュも頷いて、彼はひたすら眠っているふりを続けるのだった。



 特区封鎖を手配したというユーフェミアにコーネリアはよくやったと思いながら、信頼出来る部下だけでルルーシュ捜索に必死になっていた。

 「早く私に報告しておけば、このような事態にはならなかったものを・・・!」

 状況を見れば神根島で既にゼロの正体を知っていたであろう妹に呆れるが、ルルーシュがきつく口どめしただろうし何よりルルーシュが反逆罪で処刑されると思えば無理もないとも解っていたので苛立ちばかりが募っていく。

 「とにかくルルーシュを確保するのが先だ!
 あの子を連れ去ったのが誰かは知らんが、ゼロの正体を知っている以上無視は出来ん」

 「いったい誰がルルーシュ様を・・・あの場でゼロの正体を暴露したのですから、黒の騎士団ではないでしょうが」

 「・・・恐らく、我がブリタニアの誰か、だろうな」

 「?!」

 コーネリアが苦痛に満ちた顔で推理すると、二人は言われてみれば確かにそれが一番可能性が高いと気づき、主と同じ顔になった。

 「落ち着け、まだ希望はある。ルルーシュをさらった奴らを捕まえた後、ルルーシュにゼロを辞めるように説得する。
 そうすればゼロの正体を知っている可能性のある騎士団とマグヌスファミリアの連中を始末すれば、ルルーシュとナナリーは私を後見人として皇族復帰させることが可能だ。
 亡きマリアンヌ様のためにも、それが一番いい方法だ」
  
 「な、なるほど。しかし姫様、ルルーシュ様を捕らえた者達が皇帝陛下の配下であったなら・・・」

 「陛下のお耳に入っていることも考えられる、か。その時は・・・」

 その時はブリタニア皇帝の臣下として報告するのが正しい道だった。
 だがそれでも出来るだけの隠ぺい工作を施し、ルルーシュとナナリーを自分の保護下に置くことに全力を尽くそうとコーネリアは思った。

 「お姉様、監視カメラの中からルルーシュを連れた人がいないか調べていたら、見つかりました!
 出口にしている北門近くのブーゲンビリアホテルですわ。金髪の子供も一緒にいましたし、間違いないと思います」

 「そうか、よくやったぞユフィ!すぐにルルーシュを助けて戻るから、もう少し待ってくれ」

 時間を見てはルルーシュを探そうと頑張った妹に感謝しながら、自分が集めた兵士に指示を出そうとするとユーフェミアが止めた。

 「あの、いきなり行ったらつい先ほどのように眠らされてしまう可能性が高いと思うんです。ですから、対策をしてからのほうが・・・」

 「ああ、それは私も思っていた。眠り薬の類だろうから、ガスマスクを持たせてあるから心配は・・・」

 ギアスではそれに対処出来ないことを知っているアルカディアは、ユーフェミアを通じて別の策を与えている。
 
 「こちらから催眠ガスなどで先に眠らせてしまったほうがいいと思うんです。
 下手に傷つけたりして後からまずい事態にならないようにするためにも、そのほうがいいと思うのですけれど」

 ギアス能力者はギアスを使うという意思のもと能力を発動させるので、逆に言えばさっさと物理的に眠らせてしまえばギアスを封じることが可能なのである。
 よって催眠ガスや眠り薬、もしくは頭に衝撃を与えるなどして昏倒させるというのは、単純ではあったが効果的な対策なのだ。

 「本当に成長したな、ユフィ。確かにもしこの件が皇帝陛下の命で行われたものなら、後々やっかいなことになる・・・そうするとしよう」

 コーネリアは妹の意見を最もなものだと思った。
 自分達に連絡が来ていなかったから知りませんでしたと取り繕うことは可能だが、不興を買わないためにも実行犯を殺さず捕まえられれば印象は大きく異なってくる。
 それに皇帝が関わっていないにせよ、事情と裏にいる者をを知るためにも生かして捕らえるのが最善なのだ。

 さらに万が一救出時にルルーシュが自分から逃げて黒の騎士団に戻りでもしたら、戦場でしか会う機会がなくなってしまう。
 何としてでも自分の手元に置いて、ゼロなどやめてこのエリア11でナナリーと共に穏やかに暮らすように説得しなくてはならないのだ。

 まさかユーフェミアにその提案を伝えたのがアルカディア、ひいては誘拐されたルルーシュ本人からの策だとは考えもしていないコーネリアはギルフォード達に指示して催眠ガスを用意させると、極秘にルルーシュが監禁されているというブーゲンビリアホテルに向かった。

 念のためにユーフェミアから送られてきた映像を確認してみると、確かに出入り口で自分達にゼロの正体を暴露した子供と十代半ばの少年の背後で、三十代の男が眠っている黒髪の少年を抱えて入っていた。

 それを確認したコーネリアは、まずはダールトンに命じてホテルの支配人に誘拐事件が発生したがこのパーティーの最中に大ごとにしたくないので極秘の協力を命じると、その先ほどの映像を見せて一行が泊っているホテルの部屋を教えさせた。

 「高層階のスイートルームか。従業員通路からそちらに向かい、ルルーシュを救出する」

 「イエス、ユアハイネス」

 ギルフォードとダールトンが頷くと、地下通路からホテルの前に到着すると支配人の案内で従業員通路へと向かう。
 極秘に呼び寄せたグラストンナイツを十名背後に従え、従業員用のエレベーターで目的のフロアに着くと部屋数が少ない上に外のパーティーに出るために外出したのか、人の気配はない。

 「姫様はここでお待ちを。まずは我々が様子を探って参ります」

 「うむ、頼んだぞ」

 ギルフォードの指示でホテルの従業員の服を着たグラストンナイツの二人が催眠ガスを隠した掃除道具のカートを押して目的の部屋まで行くと、そこそこ高級なホテルの高層階は裕福な者達が泊まることが多いので防音効果が高く、室内から音こそ響かなかったが人の気配があることくらいは解る。

 グラストンナイツの合図にギルフォードが頷くと、グラストンナイツが支配人から受け取ったマスターキーで部屋を開けると電光石火の早業で催眠ガスを投げ入れてドアを閉じた。

 室内にいたギアス嚮団の面々は突然の攻撃に驚いたが、ギアスで常に先手を打っていた彼らはギアスではない手段で反撃されることに非常に不慣れだった。
 防音効果が高いせいで外に兵士がいるなど解らなかった上、最強のギアスの一つに数えられるルルーシュの絶対遵守のギアスを防ぐことのみに目が行ってしまい、そのルルーシュを抑えたことで安堵したせいだろう、見事に油断していたのだ。

 「さ、催眠ガス?!くそ・・・!」

 「や、やられた・・・!」

 ギアスを無効出来るV.Vだが、物理的な攻撃は普通の人間同様に受けてしまう。
 よって催眠ガスによって強烈な眠気が己を襲うことを防ぐことが出来ず、頭を押さえて倒れ伏す。
 周囲の人間を眠らせるギアスを持っているギアス能力者も、能力の発動圏内が半径十メートル以内と狭いため、確実に部屋の外にいる者にまでは効かないために何とか発動したはいいが、入口にいたグラストンナイツの二名を眠らせるに留まってしまった。
 
 五分ほどが経過すると、昏倒したグラストンナイツの二名は眠っているだけと確認した後、念のためガスマスクをつけたギルフォードとダールトンがそっとドアを開けて部屋へと侵入した。

 「どうやら眠り薬を撒こうとして失敗したようですね、ダールトン将軍」

 「うむ・・・見る限りこの場にいる者達は眠っているようだが・・・」
  
 ギルフォードとダールトンは眠っているギアス嚮団の男と子供を見つけると、他にいた兵士達を呼んで拘束させた。
 そこへ同じくガスマスクをつけたコーネリアも入室すると、末弟の姿を求めて隣室へと駆け込みベッドの上で横たわるルルーシュを発見した。
 その上には十代半ばの少年、ロロも催眠ガスによって眠っており、ルルーシュの胸の上に倒れこんでいる。

 「ルルーシュ、ルルーシュ!!大丈夫か、しっかりしろ!!」

 ロロを押しのけてルルーシュを抱き起こしたコーネリアは、金髪の子供と男達を連れて行けとグラストンナイツに指示した。
 その命を頷いて了承した面々が彼らを連行すると、残ったルルーシュをギルフォードに預けて部屋を出る。

 「これでルルーシュの身柄は確保出来た。後は・・・どうするか・・・」

 「政庁でルルーシュ様のお目覚めをお待ちして、お話を聞いてから今後の展開を決めましょう。この者達の素性も調べねばなりませんし・・・」

 「そうだな・・・それにしてもこいつらは我がブリタニアの者達か?
 見たところナンバーズもいるようだが・・・」

 「どうでしょうか・・・軍の人間とは思えぬ体たらくでしたし」

 あっさりと催眠ガスにやられたことといい、何より小学生程度の子供がいるなど不可解なことばかりだ。

 「しっかり拘束しておけ。後で私自ら尋問する」

 「イエス、ユアハイネス。速やかに特区庁へ帰還する」

 ギルフォードの指示で一同が頷くと、ギアス嚮団の者達が持ち込んだものを押収して部屋から出て行くのだった。



 「兄さんがルルーシュを捕まえただと?本当かマリアンヌ」

 黄昏の間と呼ばれる遺跡の中でそう報告を受けたシャルルは、十代半ばの少女の姿をしている妃のほうを振り向いた。

 「ええ、つい先ほどC.Cから聞いたの。
 それで今あの子に協力してくれてる子達が必死になって奪回しようと頑張ってるみたいね」

 「兄さんはまた勝手に・・・それで、ルルーシュは無事なのか?」

 「今のところはね。特区を封鎖されたせいで出られなくなったみたいだから」

 マリアンヌの報告に大人しく計画成就を待ってくれない兄とそれを知らずにエリア11で暴走している息子に、シャルルは内心で大きく溜息をつく。

 「エリア11のアッシュフォードでラグナレクの接続が成るまで大人しくしておればよいものを・・・テロリストになどなるからこうなるのだ」

 「本当にねえ、誰に似たのかしら」

 くすくすと楽しそうに笑う妻を見ながら、彼なりに息子を案じたシャルルはマリアンヌのように無為に死なせたくはないと考えてあの地に送ったというのに、盛大に反逆の狼煙を上げて自ら災厄を呼び寄せる息子に呆れた。

 と、そこへ噂をすれば影で、当の騒動の発端となった兄からコードを通じて連絡が来た。

 《ごめんシャルル、ちょっとミスしちゃってコーネリアに捕まっちゃった。
 僕だけ逃げてもいいんだけど難しそうだからさ、他の嚮団員達と一緒に釈放させるように取り計らってくれない?》

 《構いませんが兄さん、どうしてこうなったのですか?》

 《ルルーシュを始末しようと特区にいたら、捕まっちゃった。中華連邦にゼロの力が及ぶようになったら嚮団も危ないしね。
 それにルルーシュなんてシャルルもどうでもいいんだろ?》

 悪びれもせずにそう無邪気に答える兄に、シャルルは何も言わなかった。

 《C.Cのコードだって必要だし、ルルーシュさえ消しちゃえばC.Cも考え直してくれるかもしれないしさ》

 《・・・そのC.Cを確保するためにも、ルルーシュが必要です。
 少し考えがありますから、ルルーシュを殺すのはやめて下さい》

 シャルルがその考えを兄に話すと、彼は納得したらしい。手を叩いて賛成した。

 《なるほど、それならいいよ!解った、じゃあ僕は釈放されたらギアス嚮団に戻るね》

 《ええ、でも勝手なことはやめて下さい。計画は大詰めに来ているのですから》

 さりげなく釘を刺したシャルルの言葉に、V.Vは解ったと頷くと交信を切った。

 「大変なことになっちゃったわねえ、シャルル」

 「兄さんの言うことにも一理あるからな。そろそろあやつに協力して貰わんことには、計画が進められぬ」

 計画遂行を何よりも重んじているシャルルだが彼は彼なりに息子を案じており、無為に死なせたいわけではなかった。
 だからエリア11に送り込んでアッシュフォードの爵位を剥奪する形でルルーシュとナナリーを保護させるように仕向け、そのまま計画成就までいればいいと考えていた。
  
 (全ての記憶を消して再度アッシュフォードの箱庭におればよい。C.Cさえ確保出来れば、そのほうがあやつのためにもよいのだ)

 ルルーシュ本人が聞けば勝手に決めるなと怒鳴るであろう本音は、優しいものではあった。
 しかしそれは激しく歪んでおり、息子を案じてはいるが利用しているという行為と並行しているが故に理解されないものだということに、彼は気付いていなかった。
 何よりもたとえ死んだとしてもまた会えるという考えの元に生死の境があいまいになっており、死んでも別に構わないというあくまでも自分中心の考えこそが一番歪なものだった。

 計画遂行という呪いにも似た思いに支配されたシャルルは、計画が成れば自分の思いを理解してくれた息子達と嘘のない世界で幸福になれると信じて、黄昏の間を出た。




[18683] 第十話  苦悩のコーネリア
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/08 12:00
 第十話  苦悩のコーネリア



 ルルーシュが目を覚ましたのは、見覚えのない豪奢な部屋だった。
 拘束こそされていなかったが見張りとしてダールトンがおり、目を覚ましたルルーシュを見て安堵の声を上げる。

 「お目を覚まされましたか、ルルーシュ様。すぐに姫様にご報告を・・・!」

 「アンドレアス・ダールトンか。その前に、少し俺の命令を聞いて貰おうか」

 ルルーシュは装着されたままだったコンタクトを外すと、ギアスを発動させる。

 「お前は俺に従え」

コーネリアの部下の中でも権限が大きいであろう彼を配下に入れておくことは、この状況下で大きな力になると踏んだルルーシュは、滅多に使わないギアスを使うことにした。
 その絶対遵守の命令がダールトンの目と耳に入り込んだ刹那、彼の主君はコーネリアからルルーシュへと変わる。

 「イエス、ユアハイネス・・・」

 「では改めて質問だ。今どうなっている?」

 「ルルーシュ様のお身柄を確保した後、政庁へ一度引き上げられました。
 ユーフェミア様がご自分の部屋へとご提案され、現在こちらでお休み頂いたのです。
 ルルーシュ様を誘拐した者どもも政庁へと送還しております。姫様はルルーシュ様のお目が覚まされればゼロを辞めるように説得なさるおつもりのようですが」

 「無駄な説得だな。まあいい・・・それで、今特区は騒ぎになっていないんだな?」

 「はい、既にユーフェミア様が手配されました封鎖は解かれ、特に騒ぎはなっておりません。今はフィナーレの花火が上がる頃かと」

 「もうそんな時間か。ナナリーが心配しているな」

 クライスが必死になってごまかしていると思うと、申し訳ない気分になる。
 しかし時間的にはエトランジュとマオがトウキョウ租界に戻っている頃合いで、マオの力を借りればここから脱出するのは容易いと考えた。

 「まったく、いらん借りを各方面に作ってしまったが仕方ない。
 エトランジュ様からの連絡を待つとしよう・・・お前は俺の命令があるまで、コーネリアに俺の覚醒を報せるなよ」

 「イエス、ユアハイネス」

 ダールトンが深々と頭を下げると、ルルーシュはテーブルの上にあった水差しからグラスに注いで飲み干した。

 (それにしても、随分長い間眠ってしまったな。特区庁ではなく政庁とは・・・さすがにここでは特区に仕込んでいた駒もプログラムも使えない)

 実は必死にアルカディアがユーフェミアを通じてここにルルーシュを留め置くように策を尽くしたのだが、ユーフェミアはともかくコーネリアが頑として聞き入れず結局ルルーシュは政庁に送られてしまったのである。
  
 ルルーシュはユーフェミアの部屋にあるテレビをつけ、特区の様子を確認した。

 「皆さん、ご覧下さいこの芸術的な花火を!
 この花火はイレヴンの花火職人が作ったもので、まるで滝のように流れる模様が素晴らしいとユーフェミア副総督閣下も大変喜ばれていたそうです」

 「器用ですねえイレヴンは・・・キモノといい、この技術は褒めてもいいものではないでしょうか」

 バルコニーに出て手を振るユーフェミアの笑顔はどこかぎこちなく、背後につき従うスザクとカレンの顔も暗い。

 それでも表面的には一時的な特区から出られないという騒ぎを除けば平穏に終わったようで、ルルーシュは特区はまだ大丈夫だと安堵する。

 「コーネリアはどうした?特区に戻ったのか」

 「一度は戻ってパーティーに出席されておられたのですが、先ほど皇帝陛下から通信があったとのことで現在は政庁に・・・」

 「あいつから通信だと?!何のつもりだあの男!!」

 ルルーシュは怒鳴ったが、ダールトンも通信内容までは知らないらしく押し黙っている。
   
 と、そこで聞き慣れた共犯者の声が脳裏に響き渡った。

 《起きたのかルルーシュ。かなりの間眠っていたようだな》

 《やっとか、C.C。そちらはどうなっている?》

 《エトランジュとマオは夕方に到着して特区に向かおうとしたが、コーネリアが黒の騎士団がゼロ奪還に向かうと考えたらしくて日本人の入場を規制し始めた。
 マオは中華連邦人だからな、見た目から日本人と思われたがアルカディアの協力で入場したが入れ違いになったので今はトウキョウ租界にいる》

 《ナナリーは無事か?俺の正体を知っているんだ、あの子も狙われているかもしれない》

 《クライスがついている。クライスもギアス能力者だそうだが、一度使うと24時間使えないという制限があるので滅多に使えないんだそうだ。
 だから今は孤児院の中にいて黒の騎士団数名を呼び寄せて護衛させている。集めた名目はゲーム大会だ》

 まさかブリタニア人であるナナリーの護衛と言う訳にもいかなかったので、エトランジュは苦肉の策で孤児院でゲーム大会をしましょうと十数名の黒の騎士団員を誘ったのだという。
 中には玉城もいてビールや酒などを持ちこんできたが子供達がいるのだからと穏やかに取り上げ、敵の来襲があっても泥酔していたいう事態を回避していた。
 エトランジュもその場におり、同じくギアスを持っているジークフリードもいるので現在二人に行い得る最高の守りだった。

 《若干不安になる奴がいるが、ナナリーとエトランジュ様のほうはそれが一番取り得る策だな。では俺を政庁から脱出させるプランに入る》

 《今マオを通じてエトランジュに連絡がいったから、そちらにリンクが繋がるだろう。
 私も助けにいくから、もう少し待っていろ》

 《待てC.C。奴らの狙いはお前も入っていると言っていたそうだな》

 ルルーシュがエトランジュから聞いたと言うとC.Cは黙り込んだ。

 《V.Vとかいうコード所持者についても、何か知っている様子だったな。それは今聞いても良いことなのか?》

 《・・・特に不都合はないと言えばない。しかし、聞けばお前、確実に怒り狂うぞ。
 それでも良いというのなら・・・》

 考え込みながらもC.Cが話そうとした刹那、ドアが開く音がした。

 《ノックもせずに入って来たのを見ると、おそらくコーネリアだろう。
 話の続きは後だ、エトランジュ様にはもう少し待って貰うように伝えてくれ》

 ルルーシュがC.Cとの会話を打ち切ると、入って来たのは案の定コーネリアだった。
 外にギルフォードを見張りに置き、ベッドに座りグラスの水を飲んでいるルルーシュに、コーネリアは安堵の表情で弟に語りかける。

 「起きたのか、ルルーシュ」
  
 「ええ、つい先ほど。俺をさらった連中から姉上が助けて下さったとか・・・それにはお礼を申し上げますよ、姉上」

 「そんなことはいい、ルルーシュ。お前が無事でよかった」

 「さて、その無事もいつまで続くことやら」

 皮肉げにそう呟く弟に、あんなにも仲がよかったというのに不信を露わにする弟にコーネリアは溜息をついた。

 「俺がゼロだと姉上はご存じのはずだ。総督としては俺を反逆者として本国に突き出すのが正しい道のはず。
 よろしかったですね姉上、これで皇族殺しのゼロを捕らえた功で、貴女の地位は安泰だ」

 「ルルーシュ、私はお前がゼロと知っていたら・・・・!」

 「知っていたらどうしました?」

 クックックと喉を鳴らして笑う弟に、七年前とはあまりにも違う末弟に言葉を失った。
 ユーフェミアはルルーシュを変わっていない、以前のように優しい彼だと言っていたが、不敵に笑う目の前の少年がそうだとはとても思えなかった。

 「・・・変わったな、ルルーシュ」

 「ええ、お互いにね姉上。七年という月日と俺と姉上が取り巻いていた環境は、甘さを捨てなければ生きていけないものでしたから」

 コーネリアは軍人として己の地位を確立するため戦場を渡り歩き、自分はいつブリタニアに見つかり殺されるかという恐怖と隣り合わせで過ごしていた。
 形は違えど常に考え、動いていかねば生きることが出来なかった。大事な妹がいるから、なおさら細部にまで気を使わなくてはならなかったから。

 「確かに、当時はそうだった。だが今は違うんだルルーシュ。
 私は今や軍でもナイトオブラウンズに次ぐ地位を持ち、皇位継承権も五位と高い。お前達を守ってやれるくらいの力はある。
 だからルルーシュ、ゼロなどやめてここで穏やかに暮らして欲しい。マリアンヌ様もきっと、それをお望みのはずだ」

 「お断りする。俺はブリタニアという国が気に入らない。
 いつ誰に裏切られるか、蹴落とされるかという恐怖とともに暮らしていかなくてはならない居場所など、俺には不要だ」

 あっさりと一蹴されて、何故自分を信用してくれないのかとコーネリアは途方に暮れた。
 ユーフェミアも説得するから大丈夫と言ったら、首を横に振って無理だろうと言っていたが、何が彼にここまで不信を抱かせたのだろう。

 「姉上の考えていることは解ります。“ルルーシュがゼロだと知らなかったから掃討しようと作戦指揮を執ったが、正体を知ったからには出来る限り保護をしてやりたい。
 それなのに何故自分を信じてくれないのだろう”でしょう?」

 「ああ、そうだ。あんなにも仲がよかったではないか」

 「ええ、だから余計に驚きましたよ姉上。あの誇り高く気高い武人だった貴女が、テロリストをおびき寄せるためだけに一般市民も数多くいたサイタマの者達を虐殺したあの行為にね。
  あんなことを平然とするようになった姿を目の当たりにすれば、信用など出来ませんよ。
 弱者であることが悪ならば、貴女の庇護がなければブリタニアで生きていくことが出来ない俺を庇うこと自体がおかしい。
 ・・・違いますか、姉上?」

 「イレヴンとお前とは違う!!」

 「違いませんよ姉上。貴女がたがナンバーズと差別し虐げている彼らと俺達とは、まったく同じ生き物です。
 家族を思い、ただ穏やかに暮らしていくことを望み、そのために努力をし続けているのですからね。俺は貴女より彼らの方がよほど理解出来ます」

 「ルルーシュ、目を覚ませ!マグヌスファミリアの小娘はお前の正体を知っていて家族と戦わせているんだぞ。
 それはおかしくないというつもりか?!」

 あの小娘に惑わされているだけだとあくまでも他者に責任を負わせようとするコーネリアに、ルルーシュは大きく溜息を吐く。

 コーネリアの視点から見れば、ルルーシュはエトランジュ達に惑わされてブリタニアに反旗を翻したように見えたのだろう。
 そう考える方が家族大事の彼女にとって全て都合のよい事態であり、尊敬する女性の息子であり可愛がっていた末弟が自分と戦うなどあり得ないと信じたいに違いなかった。
 
 「そう考える方が貴女にとっては楽でしょうね。では一つ教えておきましょうか。
 エトランジュ様が日本に来たのはナリタ連山戦の後なのですよ、姉上。どういう意味か、お解かりか?」

 「な、なんだと・・・?!」

 「事実です。スザクをオレンジから救出した時の映像を見て俺の力を借りようとやって来ただけで、ゼロの正体など知らずにね。
 とある事情で正体を知られてしまいましたが、何も言いませんでしたよ。むしろ事情を知って呆れ果ててましたね・・・ブリタニア皇族にですが」

 「そんな・・・まさか・・・!」

 あの小娘にたぶらかされてのことだと信じたかったコーネリアは、全て弟の意志でやっていたことだと知らされて呆然となった。

 「知っていたのなら、何故お前に協力する?お前はそれでもブリタニア皇族、正体を知ってお前を信用しようとするはずが・・・!」

 「あの方々がまともな思考回路をしているからですよコーネリア姉上。
 だからこそ神根島でユフィも助かったんです。ご存知でしたか、漂着した彼女を見つけたのはエトランジュ様だということを」

 てっきりルルーシュが発見したからユーフェミアが助かったと思いこんでいたコーネリアは、見つけたのは自分が滅ぼした国の女王本人だと知って、理解出来ないという顔になった。

 「偶然砂浜に流れ着いたところを救助したそうです。彼女達が憎んでいるのはコーネリア姉上、貴女であってユフィではなかった。だから殺さなかったんです。
 まあ人質にするなどの価値があったというのもありますが、もし見つけたのが日本解放戦線の残党だっりしたなら十中八九ユフィの命はなかったでしょうね」

 ブリタニア皇族は皆殺しだ、と考えているレジスタンス組織なら、ユーフェミアを発見した途端に殺すか人質に使うかと、どのみちろくな扱いにならなかっただろう。
 しかしエトランジュ達は殺したらコーネリアに心理的な打撃を与えることにしかならず、その後やつあたりで日本人達を虐殺するなどの行為に走りかねないと判断し、また特に彼女に思うところもなかったし人質にもなるだろうと考え、手当をして保護したのだ。

 「そして俺に関しても同じことです。ブリタニア皇族に敵対しているのなら問題ないと判断したから、俺に協力して指示に従ってくれました。
 よかったですね姉上。彼女達が本人ではどうにもしようがない血管の中身ではなく、どうにかしようがある行いを憎んでくれる人で」

 「行いを・・・憎む・・・・」

 コーネリアはこれまで自分がしてきた行為に対して恨まれているのだと指摘されたが、それもブリタニアの繁栄のためだと言い募った。

 「だがそれもブリタニアが進化するためだ!争うことで進化が促されることこそが!!」

 「それがブリタニア国内で終わっていたら、別にどうでもよかったんでしょうけどね。
 他国が進化をしたいから手伝ってくれと、いつブリタニアに言ったんです?」

 「何百年も同じ生活を続け、進むことを忘れた怠慢な者達に何が解る!!」

 「ほほう、エトランジュ様達が国内で自ら田畑を耕し、漁業を行い、機織りをして暮らすことが怠慢だと?
 あの国では働かない者は国益を害したとみなされて処刑されるそうですが」

 「それは、その国だけのことだ!あの国は他国の租税回避地で」

 「王族以外口座を持てないそうです。ちなみに人口がニ千人しかいないので軍隊もおらず、下手なことをすれば自分の首が締まるだけだと思いますがね」

 自らの視点でしか物を見ようとしない異母姉に、何を言っても無駄だとルルーシュは判断した。
 ルルーシュは知っていた。そう思わなければ姉がやっていられないのだということを。
 彼女はこれまで、その大義名分の下やっていることがあまりにも大きすぎる。
 多くの者達を殺し、その屍の上を歩いて来たのだ。是が非でも正しいのだと信じ込まなくては、壊れてしまうしかないのだ。
 マグヌスファミリアも二千人しかいない非武装国家であり、あの国に非がないとしたなら彼女のしたことは戦争ではなくただの虐殺でしかない。
 だからこそ今更否定することが出来ず、余計に国是を妄信したというある種の矛盾が彼女の中に渦巻いている。

 「一人を寄ってたかって殺そうとするような卑怯な連中に、何が出来る?!」
 
 「・・・一つだけ言っておきましょうか姉上。どうして彼女達があそこまで貴女を憎むのか」

 と、そこへギルフォードと言い争う声が響いて来たと思うと、強引にスザクと共に入室してきたユーフェミアが言った。

 「私にも聞かせて下さいルルーシュ」

 「ギル・・・!ユフィ!なぜここに来た?!」
 
 誕生パーティーが終わってそのままやって来たのだろう、盛装をまとったままの彼女は即座に政庁にやって来て、ここに来たらしい。
 傍らには止めようとしたギルフォードを申し訳ありませんと言いながら力ずくで抑え込んでいるスザクがいる。

 「すみませんギルフォード卿。ユーフェミア様のご命令ですので」

 「・・・騎士としては主君に従う殊勝な行為だと褒めたいところだが、な」

 スザクがゆっくりと彼を解放すると、ルルーシュはコーネリアとギルフォード、二人ともいるならなおさら好都合だと左目を軽く撫でた。
 突然の妹の乱入に、コーネリアはドロドロの会話に加わらせたくないと思い、ユフェミアに命じる。

 「ユフィ、ルルーシュは怒りで頭に血が上って冷静な判断が出来なくなっているだけなんだ。私が必ず説得するから、部屋に戻れ。
 枢木、ユフィを部屋に連れていけ!」

 「いいえコーネリア総督閣下。ユーフェミア様は事実を知りたいとお望みです。
 騎士として、自分はその命を全うしたく思います」
  
 ユーフェミアも意地でもここから出ていかないという決意を瞳に秘めて、姉に言った。

 「もう逃げるのはやめましょうお姉様。私達は他人が悪いと責任転嫁ばかりして来て、事態を悪くさせているだけなのです。
 最後まで話し合いましょう、お姉様。先ほど陛下とお話をなさったと伺いました。
 ・・・何を命じられたのですか?」

 妹の鋭い指摘にコーネリアが怯むと、半ば予想していたルルーシュはフッと笑った。

 「・・・なるほどな、この茶番はあの男の仕業ということか。どこまでも忌々しい奴だ」
  
 「ルルーシュ・・・」

 「姉上の立場では仕方ありませんね。先に言っておきますが、貴女がユーフェミアを第一に考え、彼女を守るために自分の地位を確立するがゆえだというのは解っています。
 俺も今していることはナナリーのためですから、お互い様だということでそれについてはどうとも思っておりません」

 もともと誰にでも自分の一番大切なものというものがある。エトランジュ達に限らず日本、中華、その他の国々もそれは同じだ。
 一番がそれぞれ違うのが問題なのではなく、その一番を他者に押し付けることが問題なのだ。
 そしてそれを知っているルルーシュとエトランジュ達は建前を綺麗に取り繕って見せることで、他人の共感を得て仲間を増やすことに成功した。
 誰にでも自分の一番があるから私の一番も理解して下さいと言えば、たいていの人間は頷くだろう。  
  
 「だからこそ俺とエトランジュ様は、互いに手を組むことが出来た。
 そしてここが重要ですが、別にブリタニア人全部を憎んでいるわけではないんですよ。普通に元ブリタニア貴族の仲間もいますし」

 エトランジュ達は“ブリタニア人”と“ブリタニア皇族”、さらにその中でも“植民地支配に貢献している皇族”と“国是に反対している皇族”、その区別が出来ている。
 そしてそれこそが、ルルーシュが彼女達を重んじる理由の一つでもあった。
 
 「俺もブリタニア人です、その区別が出来ている人間がブリタニアが滅んだ後に大きな発言権を持っていることは、その後のブリタニアのために非常に重要なことですからね。
 『差別主義を掲げている皇族はいなくなったのだから、それ以外のブリタニア人を迫害していくのをやめよう』と言ってくれますから」

 ともすればブリタニア人かもしれない正体不明のゼロが言うより、身元がはっきりと解りまたブリタニアの支配を受けていた国の女王が言う方が、はるかに説得力がある。
 他人の共感を得るために重要なのは、筋の通った理論とそれを実行に移す行動だ。
 彼女の周囲に打倒ブリタニアに貢献したブリタニア人達がいればその言葉が説得力を持ち、その彼らと仲良くしていればなおさらその効果は上がる。

 ルルーシュのプランとしては、まず日本解放を行った後ユーフェミアを保護して特区によって平和的にブリタニア人と他国人とを共存させようとした国是に対抗した皇族であると宣伝する。

 その後超合集国を創立してその軍隊として黒の騎士団のトップに立ち、EUを超合衆国に組み込むか同盟を結ぶ際にエトランジュを表舞台に立たせて発言力を持つように仕向け、ブリタニアを滅ぼした後にユーフェミアを合衆国ブリタニアの代表として立たせ、エトランジュと握手でもして貰って平和をアピールするという展望がもっとも望ましかった。

 ただ本人達は目立ちたくないという事情があるので嫌がられることは明白だったためこのプランはまだ話していないのだが、そうしなければ戦火が無駄に広がると解れば協力してくれるとルルーシュは読んでいた。

 「逆の立場で考えてみるといいでしょう。
 そうだな、ある日エイリアン辺りが攻めてきて俺達の方が強いんだから従えと言ってユフィや他の皇族連中を殺したと想像してみるがいい。
 姉上は自分達が弱いから仕方ないと諦めるんですね?ユフィが無残に殺されても、それで当然納得するんでしょう?」

 「・・・それとこれとは!」

 「違わない。貴女は家族を殺した殺人鬼だと思われてるんです。それもいつ持っている凶器を振り回すかしれない、危険な殺人鬼にね。
 想像してみてください。すぐ頭上に巨大な石を持っている巨人がいたとしたら?怖くありませんか?」

 「・・・・」

 「それが自分一人ならまだ耐えられるかもしれませんが、ユフィがいたら?そこで安心して暮らせますか?
 姉上は七年前に士官学校におられた時におっしゃってましたよね、恐怖とは克服するものだと・・・彼らも同じように恐怖を克服して巨人を倒し、心の平穏を得ようとしたにすぎません」
 
 ルルーシュはエトランジュ達が残酷だと思ったことはない。ただどこにでもいる家族と暮らせればそれで幸せになれる人間達だ。
  それでもその彼女達がよってたかって一人(コーネリア)を殺しにかかった一番の理由は。

 「彼女も俺も、ブリタニアが怖いんですよコーネリア姉上。いつまた気まぐれに力を振り回して家族を殺されるかと、戦々恐々としている。
 特にサイタマの惨状を聞いて知っていますからね。囮にされた側からすれば平和に暮らしていたのに突然また家族を奪われたとしか見ません。
 復讐心もあったでしょうが、それを上回る恐怖が俺と彼女達をあの行動に駆り立たせたんです。自分達に愛情を向ける気などないことを、身を持って知っているからです」

 「だからそれは!!」

 コーネリアはそれも平和のためで多少の犠牲はやむなしと言い募る姉に、ずっと黙って話を聞いていたユーフェミアは平和とは何なのだろうと思った。

 家族と穏やかに暮らせるならそれで幸せ、と神根島でエトランジュは言った。
 ただブリタニアはいきなり襲ってきて家族を殺したのだ、だから信用出来ないと言った。各地で理不尽にナンバーズと蔑み搾取し続けるその態度がもう怖いのだと。
  
 姉を自らの命をかけて襲った田中という夫妻は、既に守るべきものを亡くしていた。
 だから復讐心だけでコーネリアを襲ったが、そうではない者はまず己の宝物を守るために動く。
 いつまでも憎悪の中で生き続けることがどれほど不毛か知っている者は、無理やり理屈をこねてでもそうではない道を模索する。
 けれどコーネリアが憎い、同時に恐ろしい。その感情に挟まれた彼らが選んだのは、徹底的にその元凶“のみ”に憎悪の矛先を向けることだったのだ。
 そうすればその元凶だけを相手にして、それが終われば他の者達にまで憎悪の連鎖を繋げずにすむ。

 恐怖の中で人は暮らすことは出来ない。どうにかしてその原因を排除しようとするのはおかしいことなのかと言われた時、ユーフェミアは姉が執拗に狙われている理由を思い知らされたのである。

 「・・・お姉様にとって平和とは、ブリタニア人が穏やかに暮らすことなのですね」

 「我らはブリタニア皇族だ!そのために尽くすのは当然ではないか」

 「でしたらもう、ルルーシュを説得することは出来ません。だってルルーシュは、もうブリタニア皇族ではないのですから」

 自ら継承権を破棄して父に棄てられたのだから仕方ないと言うユーフェミアに、コーネリアは少し苦渋に満ちた顔をしたがルルーシュに向き直った。

 「ルルーシュ、今しがた私は陛下から命を受けた。お前に命を与える、それを遂行出来ればお前を皇族復帰させてもいいと。
 私がそれを手配すれば、ゼロの罪を免じて私を後見人として復帰させるとのことだ」

 「いらぬお世話です」

 どこまでもふざけたことを、と怒りに震えるルルーシュを見て、ユーフェミアは姉と彼との和解が不可能になったことを悟った。

 コーネリアとしては百%の善意で申し出たのだろうが、それはルルーシュの尊厳と意志を無視する行為であり、プライドの高い彼からすれば侮辱されたに等しかった。

 「なるほどエトランジュ様のおっしゃるとおりだ。
 ブリタニア皇族と俺達の間では、考えが違うという以前に感性が根本から違っているようだ」

 中華でのシュナイゼルとの会談の後、エトランジュがシュナイゼルは喧嘩を売って来たのかと聞いてきたのでそのつもりはない、相手からすれば譲歩のつもりだろうと答えると、彼女は唖然とした顔でそう言ったのだ。
 その理由は明白だった。

 「貴女がたは逆の立場になって考えるということが出来ないんですね。だからこうも他者の意志を無視した行為が平然と行えるわけだ。
 どうせ俺が拒否をしてもやるんでしょう。で、どんなふざけた命令をしたんですかあの男は」

 もはや話し合いなどするもバカバカしい、とばかりにコーネリアに尋ねると、コーネリアは言った。

 「お前の傍にいる女、C.Cという者を差し出せと。
 お前を必ず救出に来るから、その時に捕まえろとのことだ」

 「C.Cか。狙いはあいつか」
 
 ルルーシュがずっと話を聞いていたC.Cに脳裏で語りかけた。

 《・・・だそうだが、C.C?》

 《とうとう実力行使に出たか・・・シャルルも焦っているな》

 シャルルと呼び捨てにしたことで、この魔女があの最悪の父親と知り合いであることを知った。

 《あの男と知り合いとはな。お前は本当に俺の味方か、疑いたくなったぞ》

 《以前は手を組んでいたが、諸事情で別れただけだ。あいつの計画には、私のコードが必要なんだよ》

 《ほう、なるほどな。
 ・・・どうせ今聞いても、話す気はないんだろう?》

 ルルーシュの自分をよく理解している言葉に、C.Cはいいや、と首を横に振った。

 《・・・もういい、全て話す。ここまでことが拗れたし、それに私との契約を果たしてくれるという約束を破るお前ではないからな》

 《解った、全て聞かせて貰う。だがそれはここから脱出してからだ。
 エトランジュ様からのリンクを繋いでくれ》

 《解った。マオ、エトランジュに連絡してくれ》

 C.Cがマオに命じた一分後、エトランジュの心配そうな声が脳裏に響き渡った。

 《よかった、無事だったんですねゼロ。今はどのような?》

 《今コーネリアからふざけた申し出があったところですが、却下しました。
 今回の騒動はあの男が発端のようです。コーネリアに何やら命じたようなので、貴女にも聞いておいて頂きたい》

 《解りました。あ、それとナナリー様はご無事です。今は皆様で樽にナイフを刺して海賊を脱出させるゲームをなさっておられます》

 《そうですか、護衛の手配をありがとうございます》

 実に的確に自分のフォローをしてくれるマグヌスファミリア一行に感謝しながら、ルルーシュはコーネリアに尋ねた。

 「で、俺を餌にしてC.Cを誘き寄せるとのことですが、どんな手段を使う気ですか」

 「・・・お前の記憶を操作して、一般人としてアッシュフォードに戻すそうだ。
 そしてC.Cという女が来たところでそれを捕えれば、お前を解放する、と」

 「何だと?」

 《シャルルもV.Vが与えたギアスを持っている。“記憶を操作する”というギアスで、自由に記憶を消したり刻んだりが可能だ》

 C.Cが教えたシャルルのギアスに、ルルーシュは舌打ちした。

 《あの男もギアスを持っていたとはな・・・待てよ?》

 姉コーネリアは明らかに不自然な様子で母の護衛を外していた。
 もしかしたら、母にそう命じられたという記憶を植え付けられていたとしたらどうだろうか。
 あの男・・・シャルルが最初から自分達を日本への取引材料に使うつもりであの事件を起こしたのだとしたら・・・。

 《・・・あり得ない話じゃないな。これではコーネリアにギアスをかけて事実を聞いても、話にならない》

 誰があの男に記憶を操作されているか解らない以上、事実を話せと命じられてもそれが真実かどうかは解らない。
 マオに心を覗いて貰っても、結果は同じだろう。

 「そうか、なら伝えろ。勝手にしろとな」

 シャルルがギアスを持っていると知れただけでも、収穫があった。
 今度の件で共犯者の魔女もいろいろ話す気になってくれたようだし、前向きに考えれば悪いことばかりではなかったとルルーシュは思った。

 「ルルーシュ、それが済んだら私とユフィと一緒にこのエリア11で暮らそう。
 クロヴィスがアリエス宮を模して作った庭園が屋上にあるんだ。いずれこのエリア11を平定出来たら・・・」

 「クロヴィスが・・・そうか・・・」

 ルルーシュが軽く瞑目してかつて自分が殺した兄の姿を思い浮かべると、ついで笑った。

 「残念ですがそれは無理です。俺はブリタニアをぶっ壊す」

 「ルルーシュ!!」

 「いい加減に諦めろコーネリア。俺はゼロ、世界を壊し創造する男だ」

 既に姉とも呼ばず宣言するルルーシュに、コーネリアは怯んだ。

 「貴女は貴女なりに俺達を想っていることはよく解った。ブリタニア皇族としては最大限に出来る庇護だということも理解している。
 だがな、俺にとっては最大の屈辱だ!!
 自身の記憶を言いように弄られ、仲間を売る行為に加担させられる上にさらにナナリーのことを忘れろと言うも同然の言葉をどう思ったか、その程度のことすら考えられないというなら貴女と話すべきことは何もない」

 理解はするが納得はしないというルルーシュに、コーネリアはなおも食い下がる。

 「ル、ルルーシュ・・・だがそれが終わったら!」

 「いい加減になさって下さいお姉様!
 ご自分の都合ばかりを押し付けて、ルルーシュを利用しているだけだとどうしてお気づきにならないのです!」

 たまりかねたユーフェミアの叫びにコーネリアは唖然とした表情になった。
 最近自分に反抗するようになったのもまさかルルーシュやマグヌスファミリアの女王に余計なことを吹き込まれたのではと考えたのが、弟妹達はすぐに悟る。

 「もういいユフィ。俺は自力でここから脱出する。
 既に俺を救出するために動いてくれる仲間がいるから、心配するな」

 「ルルーシュ・・・!!」

 「君は特区を・・・俺達ブリタニア皇族のために理不尽な侵略に遭った日本人達を頼んだぞ」

 「・・・解ったわ。役に立たなくてごめんなさい」

 ユーフェミアはルルーシュに向かって頭を下げると、姉に向かって言った。

 「お姉様、私ルルーシュの生存をいつまでも隠しておくつもりはなかったんです。
 特区を成功させて、私達がいつまでも他国の人達を虐げてはいないと信用を積み重ねていけばルルーシュもゼロの手段を戦争ではなく、別の形にしてくれると思ったから」

 「ユフィ・・・」

 「穏健に治めてくれるのならと、私の誕生日を祝ってくれるほどでテロなど起こっていません。
 ルルーシュが抑えているというのが一番大きな理由でしょうけれど、やっぱり自分を虐げる者など誰も支持をしないということでしょう」

 ルルーシュを助けるために特区封鎖を申し出た時、アルカディアはありがとうと心からの礼を述べてくれた。
 やはり人は行動によってしか他者を評価しないということだろう。

 「お姉様のなさろうとしていることは、ブリタニア皇族としては正しいのでしょうね。
 それが一番だと私にも解るのですが、それはルルーシュの立場としては悪意でしかないのです。
 善意が常にいいように動くとは限りません。私はそれをお姉様がお倒れになられた時にゲットー封鎖をしてしまい、日本人の皆様に多大な迷惑をかけてしまったことで嫌というほど思い知りましたから」

 日本人狩りを防ぐためにしたことなのに、物資を制限させる結果になってしまったことで餓える者を大量に生み出してしまったのだと後悔する妹に、コーネリアはそれはお前のせいではと慰めようとしたが彼女は首を横に振った。

 「他人の立場になって考えるということがどれほど大事なことか、今の私にはよく解りますお姉様。
 それが出来ない人間は、他者に理解されることはないのでしょう。
 逆に考えて国のために私を忘れて囮になれ、代わりに上の地位を約束すると言われたら、それを是とするのですか?」

 「・・・!!!」

 「私だったら絶対に嫌です。私お姉様が大好きです。忘れるなんて出来ませんもの」

 妹に諭されたコーネリアがただただ言葉を失っていると、彼女はさらに続けた。

 「お姉様に守られていたから、私もお姉様のために何かをして差し上げたかった。

 ルルーシュがお姉様を信用していなかったから、私が信用を積み重ねていけばいつかはルルーシュもお姉様と話し合いをしてくれると思ったのです。
 信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものです。私達は七年前にルルーシュを見捨て、ろくに探しもせずに死んだと決めつけてしまったから、信用なんてあるはずがありません」

 妹は妹なりに自分を助けようとしていたのだと知ったコーネリアは、妹の言うように確かに信用とは積み重ねていくべきという言い分が正しいと納得した。

 「・・・私を信用しなかったというのはルルーシュ、私があの日のアリエス宮の警備を担当していたと知ってのことか?」

 「本当なのですかお姉様?!それなら何故!」

 「違う、私じゃない!・・・あの日、マリアンヌ様に頼まれたのだ、警備を外して欲しいと!私だけでもと言ったが、ご自分はそこらの賊になど引けは取らぬとおっしゃられて・・・!!」

 懸命に否定するコーネリアに、アルカディアを通じてルチアが知らせた情報は正しかったかと思った。

 「そこまでは俺も聞いた。当時の警備隊の男の貴女に言われて警備をしなかったという証言を聞いたからな。
 ただ、母の命令で警備を引き上げたというのが気にかかった」

 そうだろうな、とコーネリアは額を押さえた。自分だって自身が担当でなかったなら絶対に信じないような言い分だ。

 (ルルーシュもあの事件を調べて・・・待てよ、あのジェレミア・ゴッドハルトは当時の警備隊の男だった。
 あのオレンジ事件は、まさかルルーシュの命令で?!)

 ゼロがルルーシュであり、その彼の命令でジェレミアが動いていたのだとすれば、あの不可解な事件の説明が全て通る。
 強引にスザクをクロヴィス殺しの犯人に仕立て上げて真犯人をごまかそうとしたが、 枢木 スザクはルルーシュの親友だと聞かされたのでその彼を救うためにスザクを差し出したのだとすれば、あの日絶対に口を割らなかったことも納得だ。
 何しろあの男は、マリアンヌを守れなかったと悔いてルルーシュ達が日本に送られる時も、自分だけでも護衛にと幾度も嘆願していたほどだった。

 それだけの忠誠心を持っていたが故にあのオレンジ事件で彼には失望したのだが、ルルーシュの命令でやったのだとすればルルーシュが聞いた証言の元も、自分に対する不信も納得がいく。

 実のところそれらは誤解であり、ジェレミアはゼロの正体など知らないしアリエス宮の警備をしていた男というのは彼ではなくEUに亡命した男だったのだが、ギアスを知らないコーネリアとしては理屈の通った話にそうだと判断してしまった。
 なまじ優秀だったがゆえに、勝手に情報を組み立てて説明をつけてしまったのである。
 
 (まずいぞ、あの男は既にシュナイゼル兄上が研究している実験の適合体として兄上の研究施設に送ってしまっている。
 自分の忠臣を人体実験に使ったのかと怒り狂うことは必至だ)

 お前の部下だと知らなかったと言えば弱者と見なせば簡単に外道な人体実験に使うようなところに誰が戻るかと、さらに態度を硬化させることは目に見えている。
 話が進めば進むほど己を取り巻く状況が悪くなっていくことにコーネリアはめまいがしたが、唯一の救いは最愛の妹が自分を信じたことだった。

 「お姉様がマリアンヌ様を殺したなど、私は信じません。絶対に何かの間違いです、ルルーシュ」

 「ユフィ・・・」

 ほっと安堵の表情で妹を見たコーネリアだが、ユーフェミアが信じてもルルーシュが信じなくては意味がないので彼に視線を向けるが、ルルーシュも彼女が母の暗殺に直接関与している可能性は低いと思っていたので溜息をつきながらも頷いた。

 「まあそうだろうな。だがそれと貴女を信じるのとは別の話だ。
 俺の意志を無視して記憶を消して仲間を売らせるような行為に加担させようとする時点で、信用などはるか地中深くに潜ってしまっただけだ」

 自分の疑いは晴れているようだが結局自分を信じる気がないと言われたコーネリアは、これほど途方に暮れたことはないと思った。

 「もう結構だ。貴女の立場を思えば仕方ないと、責めることはやめておこう。
 ただし、貴女も俺のやることを責める権利はない。ここから逃げることに成功したら、俺はゼロとして再び反旗を掲げてやる。せいぜい気をつけることだな」

 口ではそう吐き捨てるルルーシュだが、内心では国是に縋りブリタニア皇族としてしか生きられない異母姉に同情してもいた。
 もし自分がブリタニアに残っていたら、その姿こそが自分であったかもしれないのだ。
 妹を守るために、背後の権力を使うべくもしかしたら自ら国是を肯定し侵略に加担していた可能性は大いにあった。

 だが、自分は既にブリタニア皇族としてではなくルルーシュとして生きる道を選び、ゼロとして世界を壊し優しい世界を構築すると決めた。
 道はすでに分かたれたのだ。

 だからルルーシュは、最後に姉に尋ねた。

 「最後に、一つだけ伺いたい。貴女はナンバーズと蔑む者達と手を取り合えることが出来ると思いますか?」

 「・・・無理だな、生き方を変えることなど出来ん。
 私が節を曲げれば、これまで私に従ってきた者達はどうなる!!
 上に立つ者は決して、己の行為を否定するような振る舞いをしてはならんのだ!!」

 ブリタニア皇族として生まれ、さらに上の方に生まれた彼女にとって模範を示してきたコーネリアの矜持に支えられた意志は、何者も崩せなかった。

 「貴女ならそう言うと思っていた。残念ですよ姉上・・・もしも少しでも反省して下さっていたなら、俺も貴女の手を取り合いたかった」

 「ルルーシュ・・・」

 「さっさとご自分の使命を果たすべく、取り計らってきたらどうです。
 ではいずれ戦場でお会い致しましょう、コーネリア総督閣下」

 最愛の姉と大事な異母兄が戦い続ける運命になってしまったユーフェミアは、顔を押さえて涙を流した。
 
 「お姉様、ルルーシュ・・・」

 「君は本当によくやった。君には特区が精いっぱい、それを頼んだぞ」

 ルルーシュはそうユーフェミアに微笑みかけると、主君の肩を撫でるスザクに言った。

 「スザク、お前はユフィを頼む。俺の正体を知りながら黙っていたなどとあの男が知ったら、何をするか解らないからな・・・守ってやってくれ」

 「・・・解ったよルルーシュ。僕が必ず守る」

 スザクが力強く頷くと、ルルーシュは前髪をかきあげた。
 それは二人だけの合図の一つ、“席を外してくれ”という意味だった。

 「ユーフェミア様、もう僕達に出来ることはありません。今宵はもう休みましょう」

 「スザク、でも!!・・・解ったわ」

 スザクがじっと言うとおりにして欲しいと視線で訴えかけるのを見たユーフェミアが、ルルーシュとコーネリアを幾度も振り返りながらそっと部屋を出て行く。

 「さて姉上、これで四人だけになりましたね」

 うっかりユーフェミアにまでギアスをかけてしまうことを避けるために、二人に席を外させたルルーシュはコーネリアに確認した。

 「あの男は、俺と直接会うのをやめろと言っておりませんでしたか?」

 「・・・ああ、余計なことを吹き込んでこちらを惑わす恐れがあるから、誰にも会わせるなとな」
 
 それでも自分に会いに来てくれたのは、コーネリアにある身内への甘さだった。
 コーネリアの疲れ切った声音の答えに、シャルルが自分のギアスについて知っていることを確認したルルーシュは、コンタクトを外して自分も姉に対する最後の愛情としてギアスをかける。

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。貴女は・・・」

 ルルーシュが静かに声を紡ぐと、その言葉は絶対遵守の命令となって彼女に刻み込まれる。

 「・・・解った、そうしよう」

 「し、しかし姫様・・・それでは」

 ギルフォードがまさか聞き入れると思わなかった主君に驚くが、続けてルルーシュは彼にもギアスをかけた。

 「ギルフォード、お前は全てのイレギュラーを無視しろ!」

 「・・・イエス、ユアハイネス」

 しばらく我を忘れていた二人がはっと我に返ると、ルルーシュは冷やかに言った。

 「用はお済みでしょう、とっとと出て行って下さい。不愉快だ」

 「ルルーシュ・・・すまない。だが、これが終われば必ずお前とナナリーは守るから」

 コーネリアは言いわけのように告げると、ギルフォードを伴って部屋を出る。

 こうして脱出のためとそれが失敗した場合の保険をかける意味を込めたギアスをかけ終え二人を追い出したルルーシュは、じっとやり取りを聞いていたエトランジュに言った。

 《これでここでの俺の救出がやりやすくなりました。アルカディアを政庁に入れて頂きたい》

 《解りました。伺っておりますとシャルル皇帝もギアスを持っており、そのギアスを使って貴方の記憶を消すとのことなので、彼が来る前にカタをつけなければいけないようですね》

 エトランジュが確認するとルルーシュが頷き、すぐにアルカディアから返事が来た。

 《今からカレンさんに連絡して、ユーフェミア皇女にエドワードを呼ぶようにして貰えばいいのね。
 その後は私のギアスを使って脱出すればいいわ》

 ダールトンが言うには自分を誘拐した者達が政庁におり、シャルルの手の者だと聞いてはうかつに一人で出るのは危険過ぎる。
 ゆえにギアスによって周囲の者を操って操作するだけでは、危険なのである。

 監視カメラなどについてはアルカディアが隙を見て画像を操作すればいいし、使用人の形でマオが一緒に政庁に来れば成功率は百%に近くなるはずだ。

 《では救出作戦に入ります。連絡は常に行いますので、ご指示をお願いいたします》

 ルルーシュはそれを了承すると、椅子に座ってふっと嘲るように笑った。

 (もはや怒りどころか同情の声すら上がらなかったか。呆れを通り越して無感動になったらしいな)

 自分ですらそうだったのだ、何を言うのも馬鹿らしいと思うのも無理はない。
 ユーフェミアはどう思ったのだろうか。見た限りでは自分の方に理解を示してくれたようだが、だからと言って姉を窮地に追いやるようなことをする勇気が、彼女にあるのだろうか。

 出来る限り何とかしようと頑張っていたのにこんな結果になってしまったことに絶望して、落ち込んでいなければいい。
  
 「ユフィ、すまなかった。だが、せめて君だけはどちらが勝とうとも生き残って貰わなくてはならない」

 自分達が勝てればそれでよし。だが万が一負けたならナンバーズを守る最後の砦として特区を守り、広げていって貰いたかった。
 見方を変えれば、特区もまた植民地政策に効果的な一面があるのだ。
 それを伸ばし不当な虐待から逃れるための箱庭を作り維持していく役目を、彼女に託したいのだ。

 ルルーシュは心の中でそう謝罪した後、自らが脱出するためのプランを練り始めるのだった。



 部屋から追い出されたコーネリアは、黙りこくったまま自分の執務室に戻ると頭を押さえ苦悩した。

 「姫様・・・姫様は精一杯のことをなさいました。
 ルルーシュ様にもそれはご理解頂いているではありませんか」

 ギルフォードはそう主君を慰めたが、コーネリアはとても弟には言えない先ほどの父皇帝との通信を思い返していた。


 『ゼロがルルーシュだったそうだなあ、コーネリアよ』
 
 『・・・は、その、若気の至りと申すべきでしょうか、こちらの不手際を悪いように勘違いしたようで』

 やはり父に知られていたと、コーネリアは青ざめた。

 『陛下、今後は私が監督いたしますゆえ、今回のことはどうかお見捨ておき頂けませんでしょうか。ゼロなどやめるように必ず諭しますゆえ・・・』

 いざとなれば皇位継承権を下げてでも、とコーネリアは思ったが、意外にもシャルルは怒っていない様子で笑った。

 『わしに刃向う不肖の息子だが、結果的に我がブリタニアを進化させることに大いに貢献しておる。
 戦うことこそ目的を遂げるために必要な行為であると、あれが自ら実証したのだからな。皮肉なものよなあ』

 『陛下・・・?』

 まさかルルーシュを認めるとは思ってもいなかったコーネリアは唖然としたが、言われてみれば望むものを得るためには戦って奪えという父の言葉に、それしか手段がなかっただけとはいえ結果的にルルーシュは従っている。
 その意味ではルルーシュは国是を守ったのだと言えなくもない、ゆえに咎める必要はないという父の言葉にコーネリアは複雑な気分になった。

 そういえばクロヴィスが死んだ時も『クロヴィスの死もブリタニアが進化を続けているという証拠』と言い切り、ゼロを悪だと言っていなかった。
 
 『だがそれもここまで。勝ち続けられなかったあれが悪いのだ』
 
 『皇帝陛下!!』

 敗者こそ罪人と言うシャルルにコーネリアが再度ルルーシュの助命を乞うと、父はあっさり了承した。

 『構わん、どうせこれ以上何も出来まい。
 だが余計なことを続けられては計画が狂うのでな、あれに仕事を与える。それが済んだら、お前の好きにするがいい』

 『・・・ありがたきお言葉にございます。ルルーシュはもいつかは陛下の温情を知り、感謝することでしょう』

 
 ルルーシュが聞けば怒りのあまりそれこそシャルルが生身でいようともガウェインで襲いかかりかねないやり取りだった。

 「・・・だが、記憶が戻れば確実にまた反旗を翻すと宣言したぞ。
 敵国の皇族をリーダーにするくらいだ、大した力がないだけにルルーシュを必死になって奪回にかかるだろうから、気は抜けん」

 自分に対して信用などあるものか、とルルーシュは言った。
 妹も自分達がしたことを思えば当然だと言い、だからこそ信用して貰うためにルルーシュ達が安心して暮らせる特区を作ったのだ、とも。

 (おそらくあそこでルルーシュ達が暮らしてくれれば、と思ったんだろう。確かにブリタニアから隠れている二人を保護するにはそれなりに効果がある。
 ・・・そうだ、私がきちんとルルーシュやナナリーを保護出来るということを見せれば、ルルーシュも態度を変えてくれるかもしれない)

 信用とはして貰うのではなく積み上げていくものだという妹の言葉は、確かに正しい。
 自分だってそうしてこの地位を確立して来たのだから、ルルーシュに対してもそうするべきだとコーネリアは考えた。

 「ナナリーを保護して、あの子を大事に匿い皇族復帰をさせて穏やかに暮らしているのを見ればきっとルルーシュも私を信じてくれると思うのだが、ギルはどう思う?」

 「はい、よき案かと存じます姫様。
 ナナリー様が大事にされて幸福にお暮らしになっておられれば、ナナリー様からルルーシュ様を説得して頂けるやもしれません」

 「そうか、そうだな。調べたところ既にルルーシュはナナリーを連れてアッシュフォードを離れているそうだが、エリア11内にはいるはずだ。
 極秘に探してナナリーを保護しろ。黒の騎士団の基地の中にいるかもしれんが、その場合は殲滅させてでも連れ戻せ。
 ナナリーがブリタニア皇族と知れれば、ゼロであるルルーシュがいない今どんな目に遭わされるか知れたものではないからな」

 それをエトランジュ達が聞いていたら、ブリタニアのように無抵抗の人間をどうこうする趣味はない上、妹のためなら反逆上等だというルルーシュの恐ろしさをよく知っているのでナナリーに害を加えるような真似など死んでも出来るかと返すだろう。
 だがコーネリアはよほどブリタニア皇族が恨まれている自覚があるらしく、神根島でユーフェミアが助けられたのもルルーシュを慮ったが故だと思い込んでいた。

 「ゲットーを中心に捜索いたします。ただちに信頼出来る者だけで、捜索隊を組織いたしましょう」

 「頼んだぞ、我が騎士ギルフォードよ。これ以上マリアンヌ様に顔向けが出来んような事態は避けねばならん」

 「イエス、ユアハイネス」

 ギルフォードが深々と一礼して執務室を出ると、本国から持ってきた写真を取り出してじっと見つめた。
 そこにはアリエス宮の庭園でマリアンヌとルルーシュ、ナナリー、そしてユーフェミアと自分が仲良く並んで笑っている。
  
 「あの時、こっそりでも警備を配しておけば・・・ルルーシュに護衛を送ることが出来ていたなら・・・」

 いくらでも悔やむことはあった。
 だが、過去は変えられない。だからこそ今持てる力の全てを使って、取り戻せる者は取り戻してみせる。

 そう決意したコーネリアは、大事な弟妹を取り戻してみせると決意を固めた。
 たとえ今は恨まれていても、いつか解ってくれるはずだと、そう信じて。



[18683] 第十一話  零れ落ちる秘密
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/22 10:58
  第十一話  零れ落ちる秘密



 一方、ユーフェミアは自室をルルーシュに提供したので客室の一つにスザクと共に行くと、彼女らしくもなく怒りを露わにして叫んだ。

 「皇帝陛下はいったい、何をお考えになっているの!!
 あんな非道な命を平然とお姉様とルルーシュにお下しになるなんて!!」

 「ユフィ、落ち着いて!説得は失敗したけど、そう気を落とさないで・・・・」

 「気を落とす、ですって・・・?」

 スザクが懸命に窘めるが、ユーフェミアはスザクの言葉に動きを止めた。
 
 「冗談ではありませんわスザク!私は怒っているんです!!」

 「ユ、ユフィ・・・!」

 「陛下ときたら、いったい人を何だと思っているんですか?!
 あの方のご意向次第、好きな時に捨てたり拾ったり出来る“物”だとでも?!」

 そんな扱いをするようだから、ルルーシュはブリタニアを壊すと言い出したのだと改めて感じたユーフェミアは、それに加担する姉に対しても怒りを禁じえなかった。

 立場的に仕方がないのだとは解るが、それでもナナリーからルルーシュを奪うに等しい行為だと思うとどうしても納得がいかない。

 「可哀想なナナリー!マリアンヌ様を奪われてルルーシュまで!!
 ・・・そうですわ、まだそうなると決まったわけではありません。すぐにルルーシュをここから脱出させれば」

 「でも・・・そううまくいかないみたいだね」

 外には護衛と称したコーネリアが派遣した見張りがいる。どうしたものかと考えるが、幸い自分には味方がいた。

 誰に聞かれるとも解らないので、ユーフェミアは深呼吸を数度した後電話を取って逆に堂々と特区にいるカレンに連絡した。

 「カレンさん?私です、ユーフェミアです」

 「ユーフェミア皇女!!・・・殿下。パーティーが終わってすぐに政庁に行かれましたから驚きました。
 あの、ご用事はどうなりましたか?」

 盗聴の危険があるかもしれないからと、暗にそう尋ねるカレンにユーフェミアもそれに倣って答えた。

 「まだ終わっていません。ちょっとどうすればいいのかまだ考えているところですの」

 「そうですか・・・」

 特区に留めておけさえすれば脱出させるのも容易だったのに、と歯噛みするカレンは、先ほどのアルカディアからの指示に従ってユーフェミアに言った。

 「そうだ、ユーフェミア様への献上品を数点、政庁の方にお届けに上がらなくてはいけないんです。
 エドワードさんと一緒にそちらに伺うので、よろしければ彼にご相談なさってはいかがですか?・・・私も公私ともによく相談に乗って頂いていますから」

 いろいろと気転の効く人ですからというカレンに、部外者に相談出来ることではと思ったがカレンの含みの入った声音にはっとなった。

 (そうか、あの人も黒の騎士団の人なのね!もしかしたらルルーシュのことを知ってるのかも・・・)

 カレンがその人をこちらに、と言うからには何かあるのだと考えたユーフェミアは、幾度も頷いた。

 「そうでしたわね、頂いたこたつや他の品物をこちらに運ぶ手筈でしたものね。
 相談するのはご遠慮させて頂きますが、今日明日は政庁が立て込みそうですので、今のうちにお願いいたします」

 「かしこまりました。すぐに手配いたします」

 カレンが臣下のほうから電話を切るのは非礼に当たるのだがそれを忘れて通話を切ると、ユーフェミアは一人では対処が出来ないので仲間が来るまで待つことにした。

 今日と明日は政庁が立て込みそう、とユーフェミアが言ったのはでまかせだったのだが、実は本当にそうだった。
 というのもルルーシュの記憶を改ざんするため、極秘で皇帝が来て数日滞在するからである。
 この嘘から出た真が功を奏し、カレンが『ユーフェミア様へ献上されたお品の一部を、本日中に政庁へお送りするように命じられた』と告げるとすぐに政庁へ入る許可が下りた。

 「いつ皇帝陛下がいらっしゃるか解らないけど、本国から来るにしても早くても明後日以降になるはずですわ。 
 それまでにルルーシュを政庁から脱出させなくては・・・」

 ただでさえルルーシュは姉と話す気がなくなるほど見切りをつけている。
 姉が言っていたように、人間叱られるうちが花だというのがしみじみと実感出来た。

 自分勝手な行動は混乱を招くだけだと嫌というほど学習していたユーフェミアは、とにかくエドワードと合流するのを待つことにした。
 ・・・時が流れるのを遅く感じながら。



 姉を部屋から追い出したルルーシュは、手駒にしたダールトンがギアス嚮団員によって部屋から出されたため、一人部屋の中にいた。
 ギアスをかけたダールトンには小声で“アルフォンスの命に従え”と命じてあるので、アルフォンスが彼を手駒に出来るだろう。

 目にはしっかり鍵付きの眼帯を付けられたが、それ以外は拘束されていない。
 目の見えない妹の苦労を知るべく、何度か自ら目を覆って生活をしていたことがあるので、ある程度の間取りを把握していたルルーシュはトイレに行くくらいなら多少の不自由はあったが何とかなった。

 そしてルルーシュは今、静かに怒りの焔を燃やしていた。

 《C.C、それは本当なんだな?》

 《ああ、それがアリエス宮襲撃事件の真相と、シャルルの計画の全容だ》

 共犯者からすべて聞かされて怒鳴るのも忘れるほどの内容に、ルルーシュはいっそ笑みを浮かべた。

 《・・・お前を信じよう、C.C。そうか、本当に母さんが警備を引き揚げろと命じたのか・・・》

 ルルーシュは母マリアンヌを殺したのは自分を誘拐したコード所持者と聞かされ、そもそもあの魔女と両親はある計画を成就させるための同志だったと知らされた。
 
 その計画とは“ラグナレクの接続”と呼ばれ、思考エレベーターという物を構築して人類すべての意識を共有するというものだった。
 解りやすく言えば、エトランジュのギアスを世界規模でやるというのが、イメージしやすいだろう。

 嘘のない世界を望んだシャルルとその兄であるV.Vとマリアンヌに、死を望むC.Cはその計画に同調した。
 当時マオにコードを譲渡するということが出来なかったC.Cは、マオにその辛い運命を背負わせる必要がないならとギアス嚮団のお飾りの嚮主に納まり、計画に協力してきた。

 《あの日、V.Vはマリアンヌに話があると言ってアリエス宮に行った。
 V.Vの姿を見られては困るから、マリアンヌは警備を引き揚げさせたんだ》

 そしてV.Vはマリアンヌを殺した。
 理由は仲間割れでもなんでもなく、マリアンヌによって愛する弟が変わってしまったと思ったV.Vの嫉妬心だった。

 《嫉妬・・・?!そんなもので、あのV.Vは母さんを・・・?》

 《・・・ああ。そしてナナリーを目撃者に仕立て上げて、足を撃った》

 《そんな必要がどこにある?!目撃者などいない方が好都合だろうが!!》

 《・・・今度はマリアンヌの子供に弟が奪われると思ったんだろう。
 シャルルが折りを見て次はお前達を殺すつもりだったのかもしれないと言っていたし》

 そして真相を知ったシャルルは兄を糾弾することもなく、兄の犯行を秘匿した。
 だが子供達を兄の手から守るつもりで、自分達に興味がないのだと思わせるために酷い言葉を投げかけて日本に送った。ブリタニアに置くのはあまりにも危険だと判断したからである。

 《兄の方をどうこうしようという気はなかったのか・・・?》

 《ああ、枢木 スザクと同じ思考だな。居心地のいい関係を維持したくて、楽な方を選んだんだ》

 ルルーシュは父親の愛情と呼ぶにはあまりにも嫌悪感しかしないそれに、背筋を震わせた。
 そしてさらにナナリーがV.Vを覚えていてはまずいからと記憶を忘れさせ、目撃していないことを強調するために視力を奪った。
 ナナリーは目が見えていないのではなくそう思い込まされているのだと聞いたルルーシュは、とうとう笑い出した。
 人間怒りが臨界点を超えると、笑いがこみあげてくるものらしい。

 「そんな・・・そんな理由でナナリーが・・・・はっはっは!!!!」
  
 何ともバカバカしい理由で己が、そして最愛の妹が不幸のどん底に突き落とされたのだと知ったルルーシュは笑うしかないと自嘲しながら、スザクが敵だったと知った時のようにひたすら笑い続けた。
 
 自分達を守るつもりで送ったと言いながらその国を滅ぼして奪い、ゼロとして生死をかけて戦いだしても捨ておき、そして今またそのラグナレクの接続とやらの計画に必要なC.Cを手に入れるために自分を使おうとする。

 子供を守るためと言いながら、子供を追いつめ利用する。
 嘘が醜いと言いながら、自分は平気な顔で他者を不幸にする嘘をつく。
 皆が幸福になれる世界を創るためと言いながら、不幸な人間を生産する。

 言っていることとやっていることがあまりにも違い過ぎるその所業に、ルルーシュは父を何が何でも殺すしかないと考えた。
 そんな気持ちの悪い計画になど、死んでも加担したくなかった。

 《・・・シャルル達は死んでもまたラグナレクの接続が成れば死者とも繋がれると考えているんだ。
 だからお前達が死んでもまた会えるからと・・》

 《だからなんだ?!生きているうちに死者を悼むことがおかしいと?!
 銃で撃たれ、人体実験に使われ、何も解らないまま殺されていった者達の痛みはどうでもいいのか?!ふざけるな!!》

 ルルーシュは父親の理解不能な思考に、額を押さえた。
 そんな計画のために自国の繁栄のためだと信じて世界各地で侵略を行い、血を流して恨みを買っているコーネリアなどいい面の皮である。

 エトランジュ達が聞けば絶句を通り越してそうですか、じゃあもう早いところ殺しましょうとあっさり言いだす光景が目に見えるようだ。

 《・・・そういうわけだから、V.Vには捕まるなよ。
 あいつは本当に、何をしでかすか解らないんだ》
 
 《解った、真相を教えてくれて感謝する。この件が済んだら、そのラグナレクの接続とやらも含めてマグヌスファミリアとも相談しなくてはな》

 ギアスとコードについては彼らの方がよく知っている。
 C.Cもそうだなと同意すると、ルルーシュはここから脱出すべく思案を巡らし始めた。

 《お前は切り札の一つだ、勝手に動くなよ》

 《お前は私の大事な契約者だ。守ってやるって言っただろ・・・囚われの皇子様?》

 C.Cがそう皮肉を言った刹那、ふとドアが開かれて一人の少年が入って来た。
 年はナナリーと同じくらいで、髪の色もよく似ている。

 「あの・・・失礼します」
 
 一見大人しそうに見える少年の声に聞き覚えのあったルルーシュは、すぐに彼が日本特区ですれ違った少年だと思いだした。

 「・・・お前は、日本特区の駐車場で会った子供か?」

 「そうです。憶えててくれたんだ・・・」

 大した出来事じゃなかったから忘れられたと思っていたロロが驚くと、ルルーシュはああ、と頷いた。

 「ああ、印象に残っていたからな。
 それにあの時、俺がうっかりしてお前にあげたお菓子の中に妹へのプレゼントを混ぜてしまったから」

 「・・・妹」

 ロロはぽつんと呟いた。
 やっぱり家族へ贈るプレゼントだったんだと納得はしたが、何とも言えない気持ちに戸惑っていた。

 「あの変わった形の鳥のストラップですよね。これ・・・お返しします」
 
 ポケットから取り出したピンク色の折り鶴のストラップをおずおずと差し出したロロに、ルルーシュは驚きながらも首を横に振った。

 「いいんだ、それはお前が持っていてくれ。妹には別のものを用意したから」

 「・・・いいんですか?僕が持っていても」

 驚いて目を見開いたロロの目に喜色が浮かんでいるのを感じ取ったルルーシュは、優しく微笑みかける。

 「ああ、大事にしてくれるならそれでいい。わざわざ返しに来てくれたんだな。
 あの男にはもったいないほどいい子だ」

 気配から割と近くにいると思ったルルーシュがロロに向けて手を浮かせると、すれ違った時のロロの身長を思い出しながら頭の位置まで上げ、頭を撫でた。

 「・・・・!」

 敵と解ったのに初めて会った時のように優しくしてくれるルルーシュにロロが戸惑っていると、ルルーシュが尋ねた。

 「お前、いくつだ?俺の妹と同じ、14,5歳の声のように聞こえたが・・・」
 
 「じ、十四歳です」

 「そうか・・・あの男、こんな子供にこんなふざけた真似をさせるとは」

 舌打ちして怒るルルーシュに、他人の自分が仕事をしていることが気に入らないと怒っているので首を傾げた。

 「僕が仕事をしているからって貴方に関係ないのに、何で怒るんですか?」

 「お前には解らないだろうが、普通はお前の年でこんな暗い仕事をするというのはふざけたこと以外の何ものでもないんだ。
 だがお前が悪いわけじゃないからな。最悪なのは子供を使うあの男だ!」

 実の子ですら道具扱いする男だ、この少年だってどんな扱いをしているか、容易に想像がつく。

 「絶対許さんぞ・・・必ずこの世から消し去ってやる。
 ・・・お前の他にもいるのか?こんな仕事をしている子供が」

 「はい・・・たくさんいます」

 C.Cから聞いたギアス嚮団の内容を聞いてはいたが、子供まで使ってくる非道さにルルーシュはこれだからブリタニアは、と舌打ちした。

 「そうか・・・もうここには来るんじゃないぞ。お前が咎められてしまうからな」

 ここに来るのは禁じられているだろうと言われたロロは、眼帯を外ずなと命じられているだけですからと答えながら、自分を気にかけた発言にどうしていいか解らずに途方に暮れた。
 ルルーシュとしてはギアスが使えないのでこの少年にどうすることも出来ないし、下手に甘言を弄しても万が一にも全てをV.Vに報告されてしまえばいっそう警備が強化されるだけなので、この少年がどんな思考をするかまだ解らなかったこともありやめておいた。

 そして本来年下の子供には甘いルルーシュは、何も解らないまま闇の仕事に従事させられてるロロに同情し、彼を気遣ったのである。
 おそらく間違っていると思うことすら知らないだろうロロは、優しくされた経験がなかったと確信した。
 初めて会った時も、アルフォンスが愛情を受けて育っていない子供は優しくされると戸惑うことが多く、逆らえない人間の言うことを諾々として従うと言っていた。

 と、そこへロロが恐る恐る言った。

 「・・・僕は、貴方の弟になるんだそうです。
 C.Cを釣るための囮になる貴方の監視役として、弟として貴方の傍にいるようにと命令がありました」

 「何だと・・・そういうことか」

 ルルーシュはなるほどうまい手だと納得したが、ギアス嚮団員である以上この少年もギアス能力者のはずである。
 どんなギアス能力を持っているか知らないが、監視役としてはうってつけだろう。
  
 「俺には妹はいるが弟はいないから、どんな生活になるか解らない。それでもいいなら」

 「・・・僕には兄もいませんし弟もいないので、よく解らないです。
 V.V様は兄弟が一番素晴らしい関係だと言っていました」

 「V.V・・・あの男の双子の兄だな」
 
 C.Cから聞いていたルルーシュが言うと、そこまでは知らなかったらしくロロは何も言わなかった。

 「お前、名前は何という?」

 「ロロ、と言います」

 「ロロ、か。確かどこかの言語で太陽を意味する単語だと、いつぞや聞いたことがあるな」

 ルルーシュはそう言うと、ロロに言った。

 「もしお前と兄弟になったら記憶が消されているのでいい兄になれるかは解らないが、その時はよろしくと言っておこう。
 お前は少なくとも手違いで手渡された物を返しに来ることを考え付くくらいのことは出来るいい子だから、いい生活が出来そうだ」

 「・・・怒らないんですか?」

 「怒っているのはお前に命令を出した世界で一番はた迷惑な双子にであって、お前じゃない。
 お前はただ言われたことをするしか出来ないように育てられた被害者だ。被害者に怒りを感じるなど、そんな理不尽があるものか」

 これまでの自分の生活が理不尽だと言われたロロはいまいちピンと来なかったが、ルルーシュはそんな反応をしていることに雰囲気で察し、首を横に振った。

 「お前には解らないか・・・こういうことは普通を知らなければ実感出来ないものだろうから、無理はない」
 
 V.Vとやらは人体実験などにもギアス嚮団の子供を使っているそうだから、この少年もいつその対象になるのかとさぞ怖かっただろう。
 もしかしたらそれも嚮団のためで、それが己の役目なのだと洗脳教育を施されている可能性もある。

 生かしておいても害悪にしかならないなとルルーシュが考えていると、どうしていいのかと途方に暮れた様子のロロにルルーシュは優しく言った。

 「すまないが、水差しの水がないので汲んで来てくれないか?水道の水よりもキッチンからのほうが嬉しいんだが」

 「え、あ、はい・・・解りました」

 「ありがとう。よろしく頼む」

 ルルーシュに再度頭を撫でられたロロは水差しを手に取ると、ちらちらと何度もルルーシュを振り返りながら部屋を出る。

 それを見送ったルルーシュは立ったその程度のことに戸惑うロロに同情しながらも、彼をここから出せばギアス嚮団について聞けるかもしれないと考えを巡らせた。
 情で動くが理を取る理論を考えるのがルルーシュという男である。

 (あのロロという子供を取り込みめば、脱出の確率が高まるな。
 成功した暁にはあの子を孤児院に連れて行ってC.Cに預けるとしよう)

 ギアス嚮団の者はコード所持者を嚮主と崇めているとC.Cが言っていたし、七年前まで嚮主だった彼女の言うことなら聞くかもしれない。
 また、マグヌスファミリアならギアス能力者も普通にいるのだから、ロロにとっても悪い環境ではないだろう。

 ルルーシュはロロをこちら側に引き込むために説得すべく、彼のこれまでの思考と行動から有効なものを選び始めた。
 ドアの外には水差しと折り鶴のストラップを手にしたロロが顔を赤くして立っていることに、彼は知らなかった。



 政庁へ入る許可が得られるや否や、カレンは絶対に短気を起こさないと宣誓した上でアルフォンスとともに政庁へ向かっていた。
 本当に政庁へ送る品々に隠れて、考えられる限りの武器を用意してみたが心もとないなと溜息をつく。
  
 「前と違ってマジでやばいから、短気はマジでやめてね。損気どころじゃないから」

 「解ってますよ。ルルーシュ、ゼロ・・・今助けに行くから!!」

 政庁を目指して走る車の後部座席には、使用人に扮したマオがいた。

 (政庁は広いから、中心までは聞こえないなあ・・・ここからじゃある程度しか解んないや。
 やっぱり中まで入らないと・・・)

 よりにもよってC.Cをダイレクトで狙われていると知らされたマオは、その餌にされかねないルルーシュを救出すべく久々に本気を出してギアスを発動させていた。
 何とか政庁近くまで来れたはいいが、そろそろ周囲の喫茶店やレストランが閉まるし周辺の警備を強化するよう命令が出たのでさらに五百メートル以内にいるのが難しくなるだろう。これが最後のチャンスだった。
 時間が経てば経つほど不利になると改めて確認した一同は、決死の覚悟で政庁に到着すると、緊張しながら入っていく。
  
 「失礼します、ユーフェミア様への献上品を政庁にお届けに参りました、カレン・シュタットフェルトです」

 「はい、承っております。27階へどうぞ」

 焦りを押し隠してIDカードを受け取っているカレンの傍らに立つマオを見て職員は眉根を寄せたが、使用人だろうと当たりをつけて詮索しなかった。

 そして当の本人はさっそくギアスでまずはコーネリアの思考を読む。

 《よし、ギアスでコーネリアの心は読めたよ。
 わー、相手を思いやっているようにみせかけた身勝手な思考だねえこれ》

 いっそ感心しながらマオが言うと、既に知っていたアルフォンスは頬を指で掻きながら無感動に尋ねた。
 
 《今さらだから言わなくていい。で、何するつもりなのあの女》

 《とりあえず皇帝が来たらルルーシュに記憶改ざんの手術と考えてる・・・を受けさせて、ナナリーを先に保護という名の確保をするつもりみたい。
 先んじて今ギルフォードが信頼出来る人間だけでゲットー捜索に出る準備してるね》

 《マジ?ち、ナナリーちゃんを保護しとけばルルーシュがまた反旗を翻しても牽制になるからね。考えたな》

 ナナリーはルルーシュの弱点だ。
 それをいいように解釈して手に入れようとするコーネリアにブリタニアらしい独善さを感じたアルフォンスは、リンクを開いていたエトランジュのギアスを通じてルルーシュに尋ねる。

 《どうする?とりあえずナナリーちゃんをゲットーから・・・》

 《次から次へと余計なことを・・・!そんなに俺の怒りを買いたいか》

 低い声音のルルーシュにやっぱり人質に取るとしか受け取らないよなと納得していると、さらにマオは嫌な状況を告げた。

 《やばいよ、ここにはもう、あの時ルルを誘拐したギアス嚮団の連中が釈放されて警戒に当たってる・・・。
 ルルを軟禁してるフロア全体に、三人とV.Vとかってやつと》

 《・・・マジで?》

 《例の他人を眠らせるギアス能力者と、一人は目的の人物を感知するギアスで、もう一人は他人の体感時間を止めるギアス・・・》

 心を読めるだけのマオと自分と味方を認知出来なくするギアスではどうにもならない布陣だった。
 情報といっても自分達の情報はユーフェミアの特区協力者とその使用人という情報なので気にされていないようだったが、ルルーシュがいるフロアはすでに封鎖されているので近づく者は全て殺せという命令が出ていると聞いて二人は引き攣った。

 《特に他人の体感時間を止める男の子の範囲は結構あるね。
 ぴたっと止まってる間に自分だけスタスタと動いてざっくり殺るのがスタンスみたい》

 接近戦が得意なアルフォンスと、心を読んで相手の動揺を誘うマオでは相性の悪い相手だった。
 何しろこのロロという少年は任務を第一と考えており、命令遂行というたったひとつのコマンドで動いているので姿を現した時点で殺される。
 ただ弱点としてはその間心臓に負担がかかるので数分しか使えないものだそうだが、人を一撃で殺すだけなら充分な時間なので、もう少し人がいなければ対処し難い。

 《でもこの男の子、ルルのこと気にしてるね。優しくされたことなかったから、何か凄い戸惑ってるよ。
 ・・・けど兄弟になったら楽しいのかなとか思ってるね》

 マオからの情報にやはりと納得したルルーシュは、ロロを取り込むための条件は充分だと考えてにやりと笑みを浮かべた。

 だがそこへ何故か長引いていた入庁手続きを終えたカレンが、少々蒼い顔で報告した。
 二人は嫌な予感しかしなかった。

 「搬入しようとした荷物なんだけど、何であろうとも政庁に入れるなって指示が出たみたいです。どうしよう・・・」

 《あ、ルルがコーネリアの前で『既に俺を救出するために動いている仲間がいるから』って言ったから、警戒しまくってるね》

 《本気で逃げる気あんの、ゼロ?!》

 アルフォンスがルルーシュに対して怒鳴ると、ルルーシュはユーフェミアを安心させるために発した何気ない台詞がこの状況を生み出したことを知り、目を泳がせる。

 どうにかしようと道具を用意していたのにそれすら封殺された状況の悪さを知った二人が額を抑えていると、ルルーシュはここまで警戒しているのもコードを継承しギアス能力者であるマグヌスファミリアと自分との繋がりがバレたせいだと分析していた。

 神根島でシュナイゼルと会ったことがまさかここまで尾を引くとはとルルーシュは唸ったが、三人は職員に促されてエレベーターに重い足取りで乗り込んだ。

 《ど、どうするんだよこれ・・・動きようがないよ!!》

 《ユーフェミア皇女が協力してくれるのなら、まだ芽はあるかも》

 《・・・あー、駄目だこれ。彼女のほうにもかっちり監視がついてる》

 せっかく最強のギアスを持つマオに来て貰ったのにほとんど意味がないと、アルフォンスは泣きたくなった。
 
 《特区内でV.Vから救出した方が楽だったんじゃないの、これ?》

 《・・・そうだな。くそ、とんだイレギュラーだ》

 マオの苦言は最もだったので、あの時時間を稼いで睡眠ガスを何とか特区内に持ち込ませて救出させるプランを取るべきだったかとルルーシュは後悔したが、後の祭りである。

 エレベーターがユーフェミアが軟禁されている部屋のあるフロアに到着すると、ゆっくり歩く案内係にイラつきつつも、部屋の前で護衛と称した見張りに口だけ笑った笑顔で挨拶しながら三人はユーフェミアと合流することに成功した。

 案内係をユーフェミアがすぐに追い出すと、腹が立った様子のユーフェミアに頭を下げながらアルフォンスはポケットに忍ばせた盗聴器を発見する機械を操作する。

 「久方ぶりにお目にかかりますユーフェミア皇女殿下。
 私が入院した折には大層お気にかけて下さったとのことで、恐悦至極に存じます」

 何だか思い切り普通に話しかけられたユーフェミアは黒の騎士団の人ではないのかと一瞬焦ったが、盗聴器がないことを確認してやっと素で話し出した。

 「よし、盗聴器はないな。監視カメラは女性のところに仕掛けてないだろうし」
 
 そこまで思い至らなかったユーフェミアは口を押さえた。
 言ったことを間違っているとは思わないが、明らかに不敬に当たる発言を万が一にも皇帝の耳に入っていたならば処罰は免れない。

 「よかった・・・私に処分が下ったら、特区も駄目になるところでした」

 「うん、だからうかつなことはしてなかったみたいね。ずいぶん成長したみたいで、ルルーシュ皇子も喜ぶと思うわ」

 突如女性言葉で話し出したアルフォンスに、ユーフェミアは驚きを隠せずに目を見開いて瞬きした。

 「その口調に声・・・貴方、アルカディアさん?!」

 「正解。それ女装で、こっちが素」

 唖然としたユーフェミアとスザクに、実はアルカディアが正真正銘の男だと知ったカレンも口をあんぐり開けている。

 「うっそ・・・全然気づかなかった・・・」

 「女装好きだったから堂に入ってたからね。まあそれはそれとして話を元に戻そう」

 アルカディアは再度男性口調に戻すと同時に肝心の目的について語ろうと促すと、彼の性別などよりはるかに重大だと思いだし、幾度も頷く。

 「まずこっちが調べた現状を確認ね。先に言っておくけど、どうやって調べたなんて質問は全部終わってからにしてほしい」

 マオが心を読んだなどという事実は言えないし、言い訳は後で考えようとアルフォンスがさりげなく話を円滑に進めるために釘をさすと、三人は了承した。

 「現在ゼロことルルーシュ皇子が閉じ込められてる部屋は最上階の下の階にあるユーフェミア皇女の部屋で、応接室と私室に分けられてる中の私室。
 ドアの前にはコーネリアが手配した見張りが四名、私室前の応接室にはあのブリタニアンロール・・・もといブリタニア皇帝が送り込んだ工作員がいるよ」

 普段父がどう呼ばれているかを知ったユーフェミアはコメントする気も起こらず、ひたすらルルーシュが置かれた状況がまずいことに顔を青ざめさせた。

 「その陛下の工作員というのは、やはり・・・」

 「そう、ゼロを最初に誘拐した連中」

 「・・・陛下直轄の機関の人達なのですか?」

 「そうらしいね。かなり特殊な訓練を受けてる連中のようだから、一筋縄ではいかない。
 だからコーネリアに救出させてこっちで奪回って形にしたんだけど、失敗だったかなあ・・・」

 頭をかりかりと掻いて唸るアルフォンスに内心同感だったが、後悔しても仕方ない。

 「まずクリアしなければならない条件は部屋から出てフロア、そして脱出。
 荷物に紛らせて脱出させようと思ったんだけど、余計な物を持ちこむなって命令により不可能になったよ」

 救出される当人の不用意な一言で、とアルフォンスが舌打ちした。

 「今夜中にやらないと、もう不可能だ。ここにはどれくらい滞在出来るかな?」

 「それが、何でも近日中に皇帝陛下が来るようなのです。
 だから私とのお話が済んだらすぐにもカレンさんと一緒に特区に戻るようにとお姉様から言われましたから、そう長くは・・・」

 申し訳さげなユーフェミアの答えに、マオが補足した。

 《あー、このまま政庁にいたらユーフェミアが七年前のルルみたいに皇帝に直談判でもしかねないと危惧してるねコーネリア》

 《なるほどね・・・確かダールトンがゼロの配下になってると聞いたけど》

 《だめだ、V.Vがルルーシュの部屋に誰も入れるなって言ったせいで、部屋にはルルしかいない》

 V.V自身の思考は読めないが周囲の人間の心は読めるのでそこから判断するに、ダールトンがルルーシュのギアスにかけられていることはコーネリアが皇帝の命に背いてルルーシュが軟禁されている部屋に入ったことを隠しているため、まだ気づかれていないようだった。
  
 「監視カメラもあるし、それをごまかすことくらいは何とかなるけど・・・人間の目をごまかすのが大変なんだよね・・・」

 人間にしか効果のないギアスの弱点は、機械技術である。
 そのため機械に強いアルフォンスは画像をごまかしたりプログラムをクラッシュしたりしたうえで、己のギアスで姿を隠して隠密行動をしていた。

 だが、今回ギアスが効かないコード所有者自身がいるのでこの手が使えない。
 たとえ子飼いの嚮団員が自分を認知出来なくても、V.Vが侵入者の姿を見たとたん周囲を眠らせるギアス能力者に能力を発動させれば、それでいいのだから。

 《どうするこれ?無理ゲーな気しかしないんだけど》

 《ゼロ、指示を出して欲しい。そっちの言うとおりに出来る限りしてみるから》

 作戦を考えるのが仕事とはいえ自身の救出策を尋ねられたルルーシュは、現在の状況を分析して改めて考えた。

 (ネックになるのはやはりギアス嚮団員か。特に周囲を眠らせるギアスと体感時間を止めるギアスというのが厄介だな)

 前者は範囲が狭いので効果範囲外から撃ち殺すなりすればいいが、問題は後者のギアスだ。
 何しろナイトメアに乗っていてさえ発動出来るほど広いので、接近戦になれば確実にやられてしまう。
 しかし彼らはその隠密性から、おおっぴらには使えない人材のはずだ。

 《隠密・・・そういえば咲世子さんは変装術が得意だったな。
 他人そっくりに化けられるから、もし身代わりなどの用があれば言って欲しいと》

 《ああ、言ってたね。一度見たけど、瓜二つに化けてた》

 声すらそっくりに真似られる咲世子の変装術に、ニンジャ凄い・・・と誰もが声を失うほどだったので、ルルーシュは実に得難い人材だと喜んだものだ。

 《彼女に連絡して、俺に化けて政庁近くから逃げたと思わせよう。警備が手薄になったところで、政庁にいる貴方のギアスを使って脱出する。
 この部屋にいないように見せかける算段は、今からつけておく》

 ロロを思い浮かべたルルーシュは、何とか彼を手なずけてここにいないとV.V達に報告させればいいと考えたのだ。

 《なるほどね・・・解った。さっそくエディに言って手配して貰おう》

 アルフォンスはエトランジュに作戦内容を伝えると、彼女は了承した。

 《すぐに咲世子さんに連絡いたします。おそらく何らかのギアスを使って脱出したと取るでしょうから》

 エトランジュが了承すると、お手洗いから私室へと戻り始めた。
 トイレと偽って出て来たので気づかれないようにそっとゲーム大会をしている部屋を通り過ぎると、玄関で卜部に遭遇した。

 「卜部少尉?どうされたんですかこんな時間に・・・」

 「ああ、何かゲーム大会してるってんで、ちょっと顔を出しに来たんです」

 卜部はそう言ったが、実際はいつも計画的なエトランジュが唐突にゲーム大会をしようと言いだした上、子供がいる団員ではなくある程度の戦闘能力を持った団員だけが主に呼ばれたと聞いたので何かあったのではと思い、様子を見に来たのである。

 「どうしたんですかエトランジュ様・・・顔色が青いですよ」

 エトランジュのギアスは感覚や思考を繋ぐものだがエトランジュを経由するため、脳に著しい負担がかかる。
 ルルーシュが誘拐されてからほとんど発動していたため、頭痛が彼女を襲っている上事態の悪さも合わせて顔色が非常に悪かった。

 「いえ、ちょっと熱中したらその・・・皆さんに心配をかけてはいけないので、部屋でちょっと休んできますね」

 それでは、と慌てたように一礼して部屋へと小走りに戻ったエトランジュの後をそっとつけると、曲がり角で車椅子に座った少女とぶつかりかかった。

 「おっと、すまねえな。怪我はなかったか?」

 「はい、すみません。私、目が見えなくて・・・人の気配はしたんですけど、よけられなくて」

 「・・・目が・・・そういえばここはそう言う子達が多かったな。忘れてた俺が悪いんだ。部屋はどこだ?送っていってやるよ」

 エトランジュの様子が気になるが、行き先は彼女の自室だ。そう慌てることもないだろうという卜部は、この車椅子の少女がどこかで見たことがあるような気がしたので尋ねてみた。

 「・・・あんた、どこかで見覚えがあるような気がするんだが・・・名前聞いてもいいか?」

 卜部に尋ねられて正直に答えるかどうか迷ったが、施設の者に聞けばすぐに解ることかと考えたナナリーは正直に答えた。

 「ナナリー、と申します」

 「ナナリー・・・って・・・あああああああ!?!」

 思わず大声を上げた卜部は慌てて己の口を手で覆うと、改めて目の前の少女を凝視した。

 (この子、枢木のおっさんの家に預けられてたブリタニアの皇女か?!
 確かにあの子も目が見えなくて足が不自由だった・・・何でこんな所にいるんだよ?)

 七年前から藤堂と付き合いのあった卜部は、ちょくちょく彼が当時師範をしていた武術道場にも顔を出していた。
 そのため、本格的に話こそしたことはなかったがブリタニアから送られて来た留学生という名目の人質の皇女を見たことが何度かあったのだ。
  
 「ブリタニアの皇女か、あんた・・・確か兄貴がいたと思ったが、はぐれちまったのか?」

 「兄をご存知なのですか?兄もここにいるんですけど、今は特区の方に行ってらして・・・帰りを待っているんです」

 「あー、なるほどね。何かいろいろあったみたいだけど、詳しいこと聞いていいもんかなあこれ」

 エトランジュは知っているのかと、彼女の部屋に赴く口実が出来たと足を向けようとすると、ナナリーが言った。

 「先ほどからエトランジュ様の様子がおかしくて・・・何度もお手洗いに行ったり、他の方がおっしゃるには顔色が凄く悪いから大丈夫かと心配なさってるので、私様子を見に行こうと思って」

 「そういうことか。俺もちょっと気にかかってるし、一緒に行くか」

 ついでにナナリーのことを知っているのか、確認しておこう。
 これは黒の騎士団にとってもエトランジュにとっても知っておくべきことなので、まさかこんなところで日本が侵略されるきっかけになったブリタニア皇族の片割れと出会うとはと卜部は驚いていた。

 卜部がゆっくりとナナリーの車椅子を押し、彼女の案内でエトランジュの私室の前へと到着する。
 重要人物の部屋というのは防音がしっかりしてあると思いがちだが、何かあった時異変がもれにくくなってしまうため、実はそれほどしっかりしたものではない。
 しかもここは障がいを持った者のための施設なので、なおさらだった。

 そこで大事な話などはしないのでそれでいいと思っていたのだが、焦っているエトランジュはそれに思い当たらず普通に携帯で咲世子と会話をしていた。

 「・・・はい、そうなのです。至急、政庁の方に出向いて頂きたくて・・・」

 政庁に何の用だろう、と卜部とナナリーが首を傾げていると、ナナリーは集中して聴覚を研ぎ澄ませた。
 すると携帯相手の声が、わずかだがはっきりと聞き取れた。

 焦っているエトランジュは日本語ではなく英語で会話をしていた。
 それが事態を一変させることになるとは、想像すらしないまま。
 
 「事情は解りました。アッシュフォードから外出許可を頂いたら、至急参ります。
 ただ準備と併せて一時間はかかってしまいますが・・・」

 「なるべく早くお願いします。急で本当に申し訳ありません」

 (咲世子さんの声?エトランジュ様は咲世子さんとお知り合いだけど・・・)

 名誉ブリタニア人である咲世子を政庁になど、何の用事なのだろうか。しかも外は既に花火が最も美しく咲き誇っている夜だ。
 いったい何の話をしているのかとナナリーがじっと聞いていると、エトランジュが言った言葉にナナリーは凍りついた。

 「・・・ルルーシュ様が捕まって既に数時間経過しております。
 今夜を逃すと脱出させるチャンスがありません」

 思わず叫びそうになったナナリーの口を卜部がとっさに塞いだので、エトランジュは部屋の外にナナリーと卜部がいることなど気づかないまま会話を続けている。

 (あの様子だと、この兄妹の正体をエトランジュ様はご存じみたいだな。
 何かの取引とかにするつもりで、二人を匿ってたってところか)
  
 卜部が単純な推測をしている横では、ナナリーが混乱していた。

 (お兄様が捕まった・・・?!え、どうして・・・?)

 「・・・既にアルカディア従姉様がカレンさんと一緒に政庁に。
 申し訳ないことに、動ける人員が非常に限られているんです。
 まさかゼロが捕まったなど、とても騎士団の方々には言えませんので」

 「・・・へ?」

 「・・・え?」

 エトランジュは“ルルーシュが政庁に捕まった”と言い、さらに“ゼロが捕まった”とはっきり言った。
 二人が同時に捕まったにしては、文意がおかしい。言葉としては二人が同一人物だという表現が一番しっくりきた。

 「まさか・・・ゼロの正体は・・・」

 卜部がゼロが仮面をしている理由と桐原が間違いなくブリタニアの敵だと保証したこと、さらに今ブリタニアの皇女がここにいることなどから合わせて、確かにあり得ない話ではないと考えた。

 (おいおい、そう考えりゃあ辻褄は合うぞ。
 道理でブリタニア人の協力者が多い上に、特区なんてもんを造らせたり出来るわけだ)

 卜部が納得していると、ナナリーが顔を青くさせながらエトランジュの部屋に飛び込んだ。

 「お兄様がさらわれたって、本当なのですか?!」

 「ナナリー様?!」
 
 慌ててエトランジュは携帯を隠すが、ナナリーは構わずに感情のまま叫んだ。

 「今の会話、本当なんですかエトランジュ様!!お兄様が誘拐されて・・・ゼロだって・・・!」

 エトランジュが絶句していると、ナナリーはエトランジュに近づいてその身体を凄まじい力で掴んで常の穏やかな表情とは違う鋭さを滲ませて再度問い詰めた。

 「エトランジュ様、お答え下さい。お兄様はゼロなのですか?!」

 ナナリーの鋭い問いにエトランジュは唖然と立ち尽くし、手にしていた携帯が床へと落ちていく。

 「エトランジュ様、ナナリー様?!あちらにナナリー様がいらっしゃるのですか?!」

 どちらも事実だが、いったいどう答えればいいのだろう。
 床に落ちた携帯からの声と近くの少女の声に挟まれ、相次ぐ異常事態にエトランジュはリンクを開くことも思い浮かばず途方に暮れるしかなかった。



[18683] 第十二話  迷い子達に差し伸べられた手
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/23 14:21
 第十二話  迷い子達に差し伸べられた手



 どうしてこんなことになったのだろう。

 現実逃避のように考えながらエトランジュはますます青ざめたが、ナナリーの顔もそれに負けず青白い。

 兄は確かに自分に隠し事をしていると言った。
 いつか必ず話してくれると約束してくれたから自分を騙していたのかという怒りは感じなかったが、やはり話して欲しかったと泣きたくなった。

 「お兄様・・・お兄様に聞かなくちゃ・・・お兄様・・・」

 パニックに陥ったナナリーを抱きしめながら、エトランジュは懸命に窘めた。

 「落ち着かれて下さいナナリー様。必ず私達が奪還いたしますから、心をしっかり持ってお待ち下さい!!」

 「お兄様・・・お兄様・・・・!」

 異母姉コーネリアはゼロと何度も戦ったと聞いている。
 しかもサイタマでゼロを誘き寄せるためだけに罪のない日本人を犠牲にした、とも。

 「捕まえたのはコーネリア姉様ですか?
 お兄様がゼロで、お姉様はどうするおつもりなのでしょう?」

 「・・・それが、その・・・何と言うべきでしょうか」

 もはやエトランジュもどうしていいか解らなくなり、ようやく我に返ってリンクを開いてルルーシュに報告した。

 《ゼロ・・・どうしたらいいんでしょう・・・ごめんなさい》

 エトランジュは計画的にことを動かす分、不意の事態に非常に弱かった。
 その意味ではルルーシュと似ているのだが、彼と異なり事態を打開する能力を持たないため、他人を頼るすべしか持たない彼女の声が弱々しい。

 《ナナリー様に会話を聞かれて、貴方がゼロであることを知られてしまいました》

 《な、なんだと?!何だってそんなことに?!》

 エトランジュが咲世子に連絡するために部屋で携帯で会話をしていたら、ナナリーが聞いていたようだと伝えると立ち聞きなどする子じゃないのにとルルーシュは額を押さえた。

 《そ、それでナナリーは・・・》

 《早くルルーシュ様に事情を聞かなくてはと、そればかりで・・・混乱なさっているようです》

 エトランジュは話すうちに少し落ち着いてきたらしい。
 とりあえずパニックになっているナナリーを抱きしめて、優しい声で再度たしなめた。

 「大丈夫ですナナリー様。今みんなで協力してルルーシュ様を助けますからね。
 戻りましたらお話をするように私から申し上げましょう。
 ・・・ナナリー様はルルーシュ様がゼロなら、お嫌いですか?」

 「・・・いいえ、いいえ!私はお兄様さえいればいいんです。お兄様さえ・・・」

 ナナリーが思わずそう叫ぶと、はっとなって己の口を手でふさいだ。

 「あ、あの、私、その・・・ごめんなさい!」

 どうしようといきなり謝り出したナナリーに首を傾げたエトランジュは、どうしたのだろうと尋ねた。

 「それはナナリー様、ルルーシュ様は大事なお兄様ですからそう思われるのは当然でしょう。謝られても困るのですが・・・」

 「・・・怒らないのですか?」

 「怒る理由が思い当たらないのですが」

 いったい何の話だとエトランジュが訝しんでいると、ナナリーがおずおずと言った。

 「・・・お兄様のことばかりで他の方のことを思いやらないのは悪いことだから、叱られると思ったのです・・・」

 「はい?すみません意味がよく解らないのですが」
 
 エトランジュはますます訳が分からなくなったが、何とか自分で整理してみた。

 「えっと、他の方を差し置いてルルーシュ様と一緒にいられれば幸せだというのがよくないと、そうお考えなのが悪いことだということでしょうか?」

 「・・・はい」

 「大事な方と一緒にいられれば幸せなのは、ほとんどの方がそうだと思いますよ。
 私達だってそうなのですから、別に悪いことではないと思いますが・・・」

 「そうですね、俺も同感ですよエトランジュ様」

 唐突に聞こえてきた卜部の声に、エトランジュは仰天した。今の今まで気づかなかった辺り、彼女がいかに動転しているかが解る。

 「う、卜部少尉?!なぜここに・・・!!」

 「エトランジュ様の様子がおかしかったんで、偶然会ったナナリー皇女とこっちに来たんです。
 七年前にちょっと会ったことがありましたので、すぐ解ったんですよ」

 「・・・もしかして、先ほどの会話も・・・」

 「すんませんね、こっちもあんなのを聞かされたら立ち聞きするしかないもんで」

 くらりと立ちくらみを起こしたエトランジュの身体をとっさに抱きとめた卜部は、彼女をベッドに座らせて床に落ちたエトランジュの携帯を拾い上げた。

 「あんた、咲世子とか言ったな。騎士団のゼロの部下か?」

 「・・・そうですが、貴方は?」

 「俺は卜部、四聖剣の一人だ。正直事情はよく解らんが、ゼロの正体とゼロが捕まったってのは解った。
 詳しい話は後だ、一刻を争うってんなら、とにかく政庁に向かってくれ」

 卜部の名前を聞いた咲世子は少し考え込んだが、時間がないので了承した。

 「解りました。では政庁について準備が整い次第またご連絡させて頂きます」

 「よろしく頼む」

 ピッと音を立てて通話を切った卜部は、青ざめるエトランジュの前に床に膝をついてゆっくりと質問した。

 「エトランジュ様はゼロの正体について知ってたんですか?」

 「・・・はい。偶然ですけど知りました。桐原公にもそれはお話ししてあります」
 
 エトランジュはおずおずと、ナナリーに解らないように日本語で答えた。
 自分だけで秘匿していたわけではなく、桐原ともフォローしていたという事実はマグヌスファミリアの心象を悪くしないためにも必須だったのでそう告げると、卜部はあのタヌキジジイ、と内心で吐き捨てて納得した。
 そして卜部もエトランジュの意図を悟り、日本語で話すことにした。

 「別にブリタニア皇族だから嫌いなわけでもなかったですし、才能もある方ですから気にしてないんです。
 でも気にする方は多いでしょうから、日本解放後に一部の方には桐原公を通じてお話ししてはどうかという話になっているのです」

 「実績あってじゃないと、確かに受け入れられにくいだろうな・・・なるほどね」

 まさか彼の正体を知っている一部の者だけで奪還するつもりかと考えた卜部は、髪をかきむしった。

 「ちょっと聞きたいんですけど、ゼロ救出作戦にどれだけいるんです?」

 「カレンさんがアルカディア従姉様とマオさんの三人で政庁にいます。
 咲世子さんはメイドの方ですが、変装の特技をお持ちなのでそれを生かして貰う手筈で協力して貰っているんです。
 今入った情報ですと、ナナリー様を人質に取るべくブリタニア軍がナナリー様を探しに出ると聞いたので、ジークフリード将軍とクライスさんがここにいて護衛に・・・」

 「それで黒の騎士団員を呼んだんだな。言ってくれりゃあよかったのに」

 エトランジュの急なゲーム大会の理由に納得した卜部は、この状況をどうしたもんかと頭をひねった。

 エトランジュ達は戦争をしたことがない国の出身なので、戦いのやり方を知らなかった。
 ジークフリードですら将軍の地位を得たのは“礼儀正しくて一番軍人っぽく見える体格をしていたから”という理由だったと聞いている。

 実際はその理由に加え、王族であるエドワーディンと結婚した息子のクライスを通してギアスを知り、同時に得たギアスがエトランジュのフォローに向いていたからなのだが、そこまではもちろん言っていない。

 いつも指示を出してくれるゼロがいないのでどうしていいのか解らず、さりとて相談する者もおらず心細かっただろうと卜部は青ざめたエトランジュを見て哀れに思った。

 「乗りかかった船だ、俺らも協力しますよ。うちのボスが誘拐されたんだ、他人事じゃない」

 「で、でも・・・!ゼロは、その・・・」

 「どうせバレたんだから、今更でしょ。とりあえず・・・そうだな、桐原公に連絡して、そこから藤堂中佐にも俺から知らせましょう。
 どのみちもうここまで来たら隠し通せませんよ」

 卜部の提案をエトランジュがルルーシュに知らせると、自分の正体を知っても協力してくれる卜部に驚きつつも、確かにもう隠せるものではないと腹を括った。

 《藤堂か・・・桐原を通じてなら、さほど揉めることはないでしょう。
 お手数ですが、そちらもよろしくお願いします》

 《解りました、すぐに手配します》

 エトランジュが了承すると卜部に向かって頷き、自分のノートパソコンを立ち上げて桐原との極秘通信ラインを繋ぐべくキーボードを叩く。

 「解りました、すぐに全て桐原公にお話しします。
 ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 「いや、事情を知ったら解らないでもないし・・・複雑ではありますけどね、まあそれは後にしますよ。
 それはそうと、ナナリー皇女を捕まえにブリタニア軍が来るんですね?」
 
 お兄様、と震えるナナリーにちらっと視線を送った卜部が確認すると、エトランジュが肯定する。

 「はい。ただ居場所まではまだ知っていないようなのですが、もしもナナリー様がブリタニアの皇女だと知られればどんなことをされるか解らないので、周囲の人間を殲滅させたうえで連れ戻せという命令を出したようです」

 「コーネリアらしいな。だがこの施設の全員で避難なんかしたら、逆に居場所を宣伝するようなもんだ。
 脱出させるとしたら、ナナリー皇女だけのほうがいいが・・・」

 問題は避難先だ。
 ゲットーを中心に捜索するなら租界に戻る方がいいが、ナナリーは目立つのでそこに戻るまでにバレる可能性がある。

 「・・・いっそ黒の騎士団基地の方に移って貰った方がいいな。
 藤堂中佐が担当してるイバラキ基地が一番安全だ。そこそこ近いしな」

 《・・・卜部の案を採用しよう。エトランジュ様には悪いが、ナナリーに説明を頼みます》

 《何とか説得してみますが・・・ナナリー様もパニックになっておられます》

 ルルーシュの命令にエトランジュは兄に対する人質として自分が狙われている、コーネリアが周囲の人間を殲滅するように命じたなどとナナリーに告げるわけにはいかないと嘆いていると、ようやく桐原との極秘通信ラインが繋がった。

 「どうかなさいましたかな、エトランジュ女王陛下」

 「ああ、桐原公!申し訳ありません実は・・・」

 真っ青な顔でエトランジュが報告した事態に、桐原公は目を見開いた。

 「それは・・・もっと早くご報告頂きたかったものですな・・・しかし、何ともはや・・・」

 「桐原公、俺は中佐に報告して力を借りたほうがいいと思うんです。 
 戦力があまりにも足りなさ過ぎて、エトランジュ様達だけじゃ無理だ」

 「むう・・・確かに藤堂なら軽々に喋る男ではないし、信頼に値するが・・・ゼロのことは墓場まで持ちこむつもりだったがの」

 卜部が言葉を添えると桐原も捨て置けない事態に考え込んだ末、卜部の案を呑んだ。

 「よろしい、すぐに藤堂にわしからも申し伝えましょうぞ。
 ナナリー皇女のほうは、卜部、エトランジュ様ともどもお主が基地までお送りするのだ」

 「承知!!俺からも藤堂中佐を説得しますんで」
 
 味方が増えたことに安堵したエトランジュがほっと大きく息をつくと、ナナリーに向かって優しく声をかけた。

 「ナナリー様、ルルーシュ様は皆様が助けて下さいますから、どうか私と一緒に藤堂中佐のおられる黒の騎士団の基地に参りましょう。
 お知り合いがおられるのでしたら、ご安心頂けますでしょう?」
 
 「・・・いいえ、お兄様はここから出てはいけないとおっしゃいましたもの!
 私はお兄様のお帰りをここでお待ちします」

 「ナナリー様、ですが万が一のことがあったら貴女まで!」

 兄の言いつけを守ると言いだしたナナリーは、幾度も首を横に振った。

 「でも、でも、お兄様が・・・!」

 「よろしいですか、ナナリー様。ルルーシュ様が一番大事になさっているのは貴女なのです。
 よって貴女の身柄をブリタニアに押さえられれば、ルルーシュ様は非常にお困りになるのです。
 コーネリアはともかく、シャルル皇帝が貴女を大事にするとは思えません。必ず人質に取るに決まっています!」

 子供をなんだと思っているかを知っているエトランジュの言葉に、ナナリーが不審そうに顔を上げた。

 「・・・私、お父様が私達を日本にやったのは事情があってのことだと思っておりました。
 私達を死んだと偽っていたのも間違いで、いつか迎えに来てくれるかもしれないって、そう思って・・・」

 アリエス宮で暮らしていた頃、父シャルルはそれなりに自分達を大事にしてくれていたと言うナナリーに、エトランジュは無理もないと溜息を吐く。
 
 子供というものは親からどんな扱いをされようとも、親を愛してしまう生き物だ。
 エトランジュも虐待を受けながらも親を庇う子供を見たことがあるから、そういうものだと知っている。ましてやナナリーのように、愛情を受けたという記憶があるならなおさらだろう。

 酷い境遇であるが故に逆に親の愛情を信じ、いつか迎えに来てくれると考えてしまうのはナナリーくらいの年齢の少女なら仕方ない。
 ましてや彼女は身体に障害を抱えてはいるが、そのフォローをしてくれる兄がいたのでルルーシュのように世間の荒波に揉まれ、細かいところまで考えるという必要性がなかった。
 エトランジュにしても事情は相当異なっているが、父親が理不尽な理由で姿を消したのではなどと考えず、理由があって今はいないだけと願望のように信じているようにだ。

 しかし、エトランジュはルチアを通じて亡命してきた貴族からルルーシュが日本に放逐された際、謁見の間でシャルルからどれだけの暴言を叩きつけられたかを聞いて知っている。
 ルルーシュの正体を知った後、いちおう彼について聞いてみたところ数人が口を揃えてその話をしてくれた上にマオからも同じことを聞いたので、ルルーシュがブリタニアに戻ることはあるまいと思ったものだ。

 実の父親からそんな暴言を言われたなどルルーシュがとてもナナリーに言えないであろうことは想像がついていたので、ナナリーが父に対して希望を抱くのはむしろ当然だった。
 自分だとて、とてもナナリーに言えたものではない。

 「・・・ナナリー様、ルルーシュ様がゼロであることを隠していたのは貴女と二人で幸せになるためなのです。
 戦いが終わったらゼロを辞めて二人で日本で暮らすのだと、そうおっしゃっておられました。そして貴女に言わなかったのも、貴女に心配を掛けたくなかったからなのですよ」

 「・・・今のままでは、幸せになれなかったのですか?」

 「もちろんです。公的にはお二人には戸籍がありませんからまともな職業に就くことすら出来ません。
 アッシュフォードも何の利益もないならと、いつ放り出されるか解らなかったと聞きました。
 金銭を得るのが生活するのに必須のことですから、それが出来ないだけでどれほどのものか、ナナリー様はもうご存知でしょう?」

 「・・・はい、解ります。それでお兄様はブリタニアを?」

 「そうです。はっきり申しあげますと貴女は弱者です。もし万が一ルルーシュ様が事故か病気でお亡くなりになられたら、ブリタニアの国是からすれば切り捨てられる立場にあります。
 大事な貴女をそんな国になど置けるはずがありません」

 エトランジュが懇々とルルーシュがゼロになった理由を語った。

 「それでも反逆自体はもう少し後にする予定だったそうですね。
 あの枢木 スザクがクロヴィス殺しの犯人に仕立て上げられたので、彼を助けるためにゼロになったと伺っています」

 「あ・・・!わ、私があんなことを言ったから・・・!」

 どうにかしてスザクを助けられないのかと言った己の言動を思い出して、ナナリーは震え出した。

 「それで私どももルルーシュ様と繋ぎがとれましたから、その意味で幸運だったのですが・・・ナナリー様が衝撃を受けるのは解りますが、どうかご自分を責めないで下さい。
 ルルーシュ様はすべてご自分の意志でゼロをすると決めたのですから。無事にお戻りになりましたら、もう一度話し合えばよろしいかと。
 私どもも隠していたのは大変申し訳ないと・・・」」

 「いいえ、お兄様が口止めなさったのでしょうから、エトランジュ様のせいではありません!
 ・・・そう、そうですねエトランジュ様。お兄様は私を愛して下さっていますもの、お話しして下さいますわ」

 いつか必ず話すと約束してくれた兄だし、優しい世界になりますようにと願ったのは確かに自分だった。
 ゲットーに住むようになってから、トウキョウ租界とはあまりに違う世界にブリタニアの残酷さが徐々に理解出来ていたナナリーにとって、ゼロが必要とされている人達がいることを彼女は感じ取っていたのである。

 「解りました、皆様のご指示に従います。ですから、お兄様を助けて下さい・・・!」

 泣きながら訴えたナナリーにエトランジュが幾度も頷くと、藤堂に連絡し終えた卜部がナナリーの車椅子を押した。

 「こっちも了解が取れました。すぐにナナリー皇女とエトランジュ様を連れて本部のトレーラーに来るようにとのことなんで、荷物を最小限でまとめて下さい」

 「解りました。もしかしたらブリタニア軍が来るかもしれないので、玉城さん達とクライスには残って貰いましょう。
 私はナナリー様の荷物をまとめてまいりますね」

 エトランジュがナナリーの部屋に向かって走り出すと、卜部はゆっくりとゲーム大会をしているリビングに向かって歩き出す。

 「挨拶くらいはしていったほうがいいからな。言いわけはどうするかな・・・」

 「・・・嘘はよくないと思うんですけど、私もうすぐ手術があるのでそれが少し早くなったと言えばきっと・・・」

 「手術って、目か足か?」

 「足の手術です。神経装置を埋め込んだら歩けるようになるって、ラクシャータさんが・・・」

 「なるほど、それならいいだろ。そんな顔するなよ、俺達のボスなんだし、助けてやるって」

 藤堂中佐を助けて貰った借りがあるからな、と笑う卜部に、弱々しい笑みを浮かべたナナリーがリビングに戻るとゲームをしていた子供達が笑って出迎えてくれた。

 「あ、ナナリーちゃん!遅かったから心配したよ」

 「あれ、誰このおじさん?」

 子供達が初めて見る卜部を見上げると、玉城が驚いた。

 「卜部少尉じゃん!どしたんすかこんなところに」

 器用にカップゲームを披露していた玉城の言葉に、有名な四聖剣の一人だと気付いた子供達が騒ぎ出した。

 「あの奇跡の藤堂中佐の腹心の?!俺初めて見た!!」

 「僕も!!あの、サイン下さい!!」

 黒の騎士団に入団志望の少年達がわっと卜部に群がってくると、施設の職員が慌てて手を叩いた。

 「こら、卜部さんはご用事でここに来られたのですよ。お離れなさい!」

 「はーい」

 渋々彼らが卜部から離れると、卜部は苦笑しながら後でサインでも握手でもしてやるからと言いながら既に詳細を知らされていたジークフリードを招き寄せると、二人は廊下に出た。

 「その顔だと、事情は知ってるみたいですね」

 「はい、息子をここに残らせます。ナナリー皇女を連れ戻すために、コーネリアが殲滅するおそれがありますからな。
 万一に備えてこの場にいる子供達を避難させなくては」
 
 「ああ、中佐もそんなことが起きた場合に備えてナイトメアの準備をしてるよ。 幸い極秘だからナイトメアを使うような捜索はしないだろうが、その時は避難通路を使ってくれ」

 「解っております。私はエトランジュ様をお守りしなくてはなりませんから、同行させて頂きますぞ」

 アインからの予知で彼女が無事に本部に到着することを知ってはいるが、護衛対象から離れるわけにはいかないジークフリードに、卜部は解りましたと頷いた。

 一方、リビングではナナリーの手術が少し早まったので急だが今から黒の騎士団の病院に行くのだと説明したナナリーに、皆から励ましの言葉を贈られていた。

 「そっか、ナナリーちゃんの誕生日の後だって聞いてたけど、仕方ないね。頑張って!」

 「あ、ちょっと待って!まだ千羽折れてないけど、手術成功を祈願した折り鶴があるから持って行ってよ」

 子供達の一人がこっそり折っていた造りかけの千羽鶴を差し出すと、ナナリーは涙を流しながら受け取った。

 「残りは出来たらまた届けて貰うね」

 「ありがとうございます・・・その、ごめんなさい」

 自分がいるために孤児院の人達に迷惑をかけてしまったとナナリーが謝ったのだが、子供達は急な出発に関してのことだと勘違いして笑い飛ばす。

 「いいんだよ、これくらいどうってことないから。ルルーシュさんは先に行ったの?」

 「戻ってきたら美味しいごはん作ってねって伝えてね。
 こっちもスキルアップするからさ。だからレシピも送って欲しいなー」

 「君が歩けるようになったら、俺も希望持てるからさ・・・その、頑張ってくれ」

 黒の騎士団に入るのが夢だという、シンジュクで両親を喪い自身も足に損傷を負った少年に励まされて、ナナリーはますます涙をこぼした。

 「はい、はい!私必ず足を治して、お兄様と帰ってきますから・・・!」

 感動の光景に玉城が鼻をすすっていると、外からナナリーの荷物をまとめたエトランジュが小走りで戻って来た。

 「ナナリー様、ご用意が整いましたよ。さあ、参りましょう」

 「はい・・・ではみなさん、行ってきます」

 エトランジュがジークフリードを伴いナナリーの車椅子を押しながらリビングを出ると、卜部が今度は玉城と騎士団員数名を廊下に呼び出して言った。

 「確定情報じゃないんだが、ゲットーにゼロを探すためにブリタニア軍が出るらしいんだ。
 極秘捜査だってことだが、またぞろサイタマみたいなことをしでかす可能性がある」

 「マジっすか?!どこのゲットーっすかそれ」

 「解らんが、ここに来る可能性だってある。ここにはブリタニア人もいるから、逆にブリタニア軍が目をつけるかもしれない。
 情報が入り次第連絡するが、安全が確認されるまでお前達はここにいてほしい」

 「解った、任せて下さい!へへ、最近何もなかったからな」

 「その方がいいに決まっているだろ。例の避難経路を確認しておいてくれ。
 もしサイタマみたいな殲滅になりそうなら俺達が援護に駆け付ける手はずになっているから、お前達は子供達の避難を頼む」

 卜部の言葉に玉城が頷くと、騎士団の男が言った。

 「了解しました。ですが子供達が不安にならないよう、この件は極秘にしたほうがいいと思うんですが」

 「ああ、もしかしたら何もないかもしれないからな。ただ職員達にだけは言っておいてくれ。
 いいか、くれぐれも子供達の前で不用意なことは言うなよ」

 ゼロからの子供の前での話題は選べという通達を思い出した二人が同意すると、卜部は手帳を取り出して自分のサインを数枚書いて切り取り、玉城に手渡した。

 「これ子供達に渡しといてくれ。中佐のサインのほうがいいだろうが、俺で我慢しとけって伝えてくれな。
 じゃ、俺はエトランジュ様を送って来るから」

 卜部が足早に立ち去っていくのを見送った玉城は、手の中の卜部のサインを見つめて呟いた。

 「・・・卜部少尉のサインならそこそこで売れるかな・・・って、何すんだよ?!」

 その玉城の本音を聞きつけた騎士団員の男は溜息をつくと、無言で玉城の手から卜部のサインを奪い取り、リビングに戻るのだった。



 卜部がハンドルを握る車の後部座席に乗り込んだエトランジュとナナリーは、最後にジークフリードが助手席に座ってからようやく住み慣れた孤児院を後にする。

 「お兄様・・・」

 ナナリーはそう呟くと、エトランジュに尋ねた。

 「・・・最初から私達のことをご存じだったのですか?」

 エトランジュの正体を知らないナナリーは、黒の騎士団の幹部だと思っている。
 だから日本が侵略されるきっかけとなった自分達を恨んでいると思ったのだが、自分達に親切にしてくれたのが不思議だったのだ。

 「最初からではないですね。とある事情で偶然知ったのですが、ブリタニアに対する憎悪は本物だと思いましたので、特に気にしなかったです」

 「サイタマやシンジュクのことも・・・」

 「それは貴女のせいではありません。
 コーネリアとクロヴィスの責ですから、何も知らない貴女に対して恨む筋がどこにありましょう」

 「そうだぞ、それにそれを止めたのはあんたの兄貴だ。
 感謝こそすれ、恨むことじゃないってもんだ」

 運転席の卜部もエトランジュに同意するように頷き、言葉を添える。
 慰めてくれることは嬉しいのだが、何も知らなさ過ぎて何も言えない自分にナナリーは情けなくなった。
 
 エトランジュ達も異母兄や異母姉に対して恨みがあるだろうに、そのことを今まで一切自分に言うことなどしなかった。
 正体を知っていたのに、八つ当たりじみた行為の一つもせずに自分のためにいろいろと世話をしてくれたエトランジュに、ナナリーはそれ以上何も聞かなかった。

 (きっと、私が傷つくと思って何もおっしゃらなかったんだわ。
 さっきだってお父様がお兄様に対する人質に使うっておっしゃっていたけど、まるでそうすることが解っていらっしゃっていたかのよう・・・)

 これ以上問い詰めてもエトランジュを困らせるだけだと思ったナナリーは、意を決してある動作をした。

 ナナリーから電子音が響いたのでそれに振り向いたエトランジュにごまかすように手にした物を見せると、エトランジュは納得してすぐに視線をそらして何やら考え込み始める。

 バレなかったとナナリーはほっと安心すると、さらにそれを手探りで探し当てたバッグの中にそっと入れた。
 いつも自分が使っているものだったから、ジークフリードもエトランジュも気にした様子はない。

 「エトランジュ様、少しこれをお飲みになっては?顔色が悪うございます」

 「ありがとうございます・・・頂きますね」

 ジークフリードがそっとコップから水を取り出して薬を差し出すと、エトランジュは礼を言って受け取り、一気に飲み干す。

 「少し仮眠をお取りになって下さい。三十分ほどですが、しないよりましでしょう」
 
 「でも・・・私がいないと・・・」

 目を撃うとうとさせ始めたエトランジュを見て、卜部は先ほどの薬が睡眠薬だと悟った。

 「ああ、そうした方がいいです。マジで顔色青いです・・・着いたらちゃんと起こしますから」

 「・・・でも」

 「大丈夫です。それよりもお休みなさいませ、エトランジュ様」

 ジークフリードの優しい声音に睡眠薬が効いたこともあって、ゆっくりとエトランジュが眠りに入っていく。

 「・・・エトランジュ様も大変だな。ま、こういうことは俺らの仕事だ。
 俺達だけで何とかしましょう」

 「恐縮ですが、よろしくお願いしますぞ、卜部少尉殿」

 主君が眠りに入ったことを確認したジークフリードが礼を言った後、考え込むふりをして窓の外を見つめている彼の眼が赤く縁取られている。

 ・・・そして眠るエトランジュの瞼の下の青い瞳も、赤く縁取られていた。



 黒の騎士団が所有するトレーラーの通信室から出てきた藤堂は、眉根を寄せて四聖剣を自室へと呼び寄せた。

 いつになく重々しい雰囲気の上官に何か深刻な通達があったのかと、朝比奈、仙波、千葉の三名が顔を見合わせていると藤堂はゆっくりと口を開いた。

 「今から話すことは、第一級極秘事項だ。誰であろうとも口外は許されない。
 まず、それを念頭に置いたうえで聞いてくれ」

 「「「承知」」」

 三人が頷くと、藤堂は重々しく告げた。

 「ゼロの正体を桐原公を通じて知らされた。
 現ブリタニア皇帝の末の皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだそうだ」

 「あの時、枢木首相の家に預けられていた・・・?!」
  
 「七年前、日本侵略のきっかけとなった皇子だ。何でも父帝から死亡したという報道を事実とするために殺されかけ、これまでブリタニアから逃げるように暮らしていたとのことだ」

 仙波が七年前に枢木家の土蔵に住まわされていた苛烈な眼光をした少年を思い出して得心していると、朝比奈が呆然として尋ね返した。

 「ブリタニアの皇子が・・・でもだからって反逆なんて」

 「父から殺されかけたんだ、信用出来ないとなるのは無理はないし、死んだことになっているからこのままではろくな生活が出来ない。
 だからブリタニアを滅ぼして妹姫と幸福に暮らすためにゼロになったと桐原公はおっしゃっていた」

 「でも、確か送られて来たのは当時十歳の皇子ですよね?今十七歳なのに、まさか」

 少年と言っていい子供があんな綿密な計画を立てられるのかと言う千葉に、藤堂は中華でのもしかしたら彼がゼロなのではと半ば冗談のような思いつきが事実だったことに何とも言えない気分になっていた。
 
 「だが桐原公はそうだと言うし、エトランジュ様と紅月も神根島で彼を助けた時に偶然知ったと聞いている。
 日本解放という実績を作った後で、一部の団員には話すつもりだったと・・・」

 藤堂は彼の正体が事実ならやむを得んと納得した。
 卜部も思ったとおり、もしそうならブリタニア人の協力者が多いことや特区に対する影響力も頷ける。
 いつまでも隠すつもりはなく、事実桐原には初期に話していたのだからそう責めることはないと藤堂がたしなめると、藤堂が言うのならと朝比奈と千葉が引き下がった。
 朝比奈が代表して疑問を口にした。

 「・・・で、まだ日本解放が成っていないのに何で急に俺達に?」

 「そのゼロがコーネリアに捕まった。
 何とかゼロの正体を知る者達だけで奪還しようとエトランジュ様を中心に奮闘しているそうだが、卜部がその現場に偶然居合わせてゼロの正体ごとバレたそうだ。
 それで卜部が桐原公を通じて俺に協力を仰ぐよう進言し、つい先ほど通達があったという訳だ」

 「な、なんだって?!」

 三人がゼロの正体のみならず当の本人が捕らえられたと聞いて目を見開くと、藤堂は言った。

 「俺はゼロを助けるべきだと考える。
 桐原公もゼロの正体を暴露されて俺達の戦いはブリタニア皇族の皇位継承戦に過ぎないとでも喧伝されたら、せっかくここまで順調だった日本解放のための準備も全て無駄になる、とおっしゃっておいでだ。
 何よりもゼロには俺を助けて貰った借りがある・・・借りは返すべきだ」

 「そりゃあそうだけど・・・でも、ブリタニアの皇子が・・・」

 さすがにブリタニア皇族には酷い目にしか遭わされたことがない朝比奈と千葉に無理はないと藤堂は思うが、彼は己のためもあるとはいえ日本人のためにここまでしてくれたのではなかったか?
 まだ十七歳だというのに、奇跡の重みを背負い自ら陣頭に立って戦い続けてきた彼を思えば、親に見捨てられた子供を哀れと思うのが大人ではないだろうか。

 「それに、黒の騎士団としてもゼロは必要だ。
 トウキョウ租界攻略のために彼がいろいろ策動しているそうだが、既に租界の防壁を崩すプログラムを入れてあるらしい。
 だがそれは彼にしか起動出来ない仕組みになっているとのことだ」

 あの誰もが動かすのを断念したドルイドシステムとやらを軽々と動かしたゼロの技量を思い出した三人は、ルルーシュが必要だと改めて思い知った。
 戦闘ではないだけにどう動けばいいのか考えあぐねた朝比奈が尋ねた。

 「どんなふうに俺達が助ければいいんです?現状がちょっとよく解らないんですけど」

 「うむ、何でもゼロが小型の通信機を持っているそうで、エトランジュ様が受信機をお持ちで時折連絡が来るらしい。
 エトランジュ様がナナリー皇女を連れてこちらに来られる。今このトレーラーはカツシカだから、三十分もあれば着くだろう」

 「なるほどね、ゼロの指示があるから何とかなると思って、極秘で解決しようと思ったわけだ・・・」

 何かあれば他人に相談することをためらわないエトランジュが何故、と不思議だったが、その理由を知って朝比奈が納得する。

 と、そこへドアをノックする音がしたので藤堂がドアを開けると、騎士団員の女性が報告する。

 「卜部少尉とエトランジュ様がおいでになられました。ブリタニア人の少女も一緒で・・・すぐに藤堂中佐にお会いしたいと」

 「ああ、報告は聞いている。すぐにご案内してくれ」

 騎士団員の女性が頷いて引き返すと、ずいぶん早く着いたものだと藤堂が驚いた。
 二分ほどしてやって来たのは腹心の部下の卜部に連れられた青白い顔をしたエトランジュと同じ顔色をした車椅子に乗った少女、そして険しい顔をしたジークフリードだった。

 「卜部、ただいま戻りました。
 エトランジュ様がカツシカの元警官から抜け道聞いてたんで、割と早く来れました」

 「なるほど。話は桐原公から伺った、とにかく中で詳しいことを話そう」

 「申し訳ありません、まさかこんなことになるとは思わず・・・」

 エトランジュが謝罪しながら一行が会議室に入ると、重苦しい雰囲気の中まず藤堂が確認する。

 「・・・久し振りだな、ナナリー皇女。
 スザク君が通っていた道場で師範をしていた藤堂だが、憶えているだろうか?」

 「そのお声・・・・・はい、憶えています。たまにお話もしておりましたから」

 うつろな声で認めたナナリーに、確かに七年前に会ったブリタニアの皇女だと藤堂が確信していると、卜部が肩をすくめた。

 「お兄さんがゼロだってことは知らなかったみたいです。
 ただ何かしていることくらいは聞かされてたみたいですけどね」

 「なるほど・・・では君がどんな状況で今までいたのか、聞いてもいいだろうか?」

 藤堂がゆっくりと言い聞かせるように問いかけると、ナナリーはぽつりぽつりと話しだした。

 スザク達と別れた後、アッシュフォードに匿われアッシュフォード学園にいたこと、ある日異母姉の一人であるユーフェミアに生存がブリタニアにバレたのでメグロのゲットーに移り住んだこと、シンジュクとサイタマの件を偶然知ったので詳しいことを兄を問い詰めて聞いたこと、その時に隠し事をしていることくらいは聞いたが、ゼロだとは知らなかったことなどだ。

 「おおよそは解った。ラクシャータがエトランジュ様の依頼で数人の子供達を診ていると聞いたが・・・」

 「実は本当はルルーシュ皇子なんです。ただ私からだということにして欲しいと頼まれたので・・・」

 エトランジュが申し訳なさそうに言うと、事情が事情ですからお気になさらずと千葉が慰めながら尋ねた。

 「しかしエトランジュ様、いくらブリタニア人全体が嫌いではないとはいえ、ブリタニア皇族をよく信用する気になりましたね」
 
 「はい、これまでブリタニアに対して盛大にダメージを与えていらっしゃる実績がおありでしたし、あの方のブリタニアに対する憎悪はもっともだと思いましたので・・・」

 「日本侵略時の捨て駒にされた、ということですか?」

 「それもあるのですが・・・他にもいろいろと」

 ちらっとナナリーの方を見て彼女の前では言いたくないと視線で訴えると、一同は頷いてあそれは後で聞くことにした。

 「事情はだいたい解りました。後のことはゼロ・・・ルルーシュ皇子本人から伺うとしましょう。
 ゼロは黒の騎士団のリーダーですし、何より私達としては以前助けて貰った借りがありますから」

 藤堂が助太刀すると申し出ると、エトランジュはほっと安堵した。

 「それは助かります。実はゼロからも伝言をお預かりしております。
 『迷惑をかけてしまって申し訳ない。よろしく頼む』とのことです」

 「まさかゼロに頼られるとは思わなかったけどな」

 卜部が苦笑すると確かにあのカリスマの権化のようなゼロを助けることになるなど、つい三十分前までは考えもしなかったな、と藤堂も思う。
 しかし、彼はまだ十七歳だ。失敗することもあるだろう。

 「承知した、とお伝えください。その通信機はどのような?」

 「ほんの少し通信出来るだけなんです。受信状況が悪いのでなかなか・・・」

 実際は今も繋がっているのだがギアスだけは話すわけにいかなかったためにそうごまかすエトランジュに、藤堂はふむ、と考え込んだ。
 
 「解りました、ではとりあえずナナリー皇女をどこかの部屋に・・・」

 「ゼロの部屋では目立つので、私どもにお貸し頂いている部屋でお休み頂きましょう。ジーク将軍、よろしくお願いします」

 エトランジュの案にジークフリードが頷くと、彼女の車椅子を押すべく立ちあがった。

 「ナナリー皇女、兄上のことは必ず助ける。不安になるだろうが、心をしっかり持って待っていて欲しい」

 「は、はい。兄を、兄をよろしくお願いします」

 ずっと黙りこくっていたナナリーが消え入るような声でそう懇願すると、ジークフリードは彼女の車椅子を押して会議室から立ち去っていく。

 「あ、ナナリー皇女が鞄忘れていった」

 ドアが閉まった後気づいた朝比奈がバッグを机の上に置くと、後でエトランジュが届けることになり、話が続けられた。
 話が長くなりそうなので英語でお願いしますとエトランジュが前置きして、話を始める。

 「これはルルーシュ皇子のノートパソコンです。一応立ち上げ方を教わってありますので・・・」

 エトランジュがルルーシュの部屋から持ってきたノートパソコンを立ち上げると、彼が組み上げていた戦略計画などについて記されたファイルを開く。

 「私も幾度か拝見させて頂いたんですが、お恥ずかしい話何が書いてあるのかさっぱり解らなくて・・・」
 
 確かにファイルには黒の騎士団員向けに説明出来るよう、日本語が多く入っている。エトランジュが解らない単語が多かったというより、軍事用語や専門用語が全く解らなかったのである。

 「・・・これを十七歳が考えたって、信じられない」

 朝比奈が食い入るように計画書を見ながら絶句すると、千葉も同感だと頷いた。卜部などは『モノが違う・・・』と感心することしきりである。

 「えっと・・・政庁の見取り図は、こちらです。立体的で見方が解らないんですが」

 開き方は知っているのに見方が解らないというのは少々不自然なのだが、エトランジュがゼロに頼んで勉強のためにでも見せて貰っていたんだろうと考え、誰も突っ込まなかった。

 「これは凄い・・・敵の本拠地の見取り図がこうも簡単に・・・・」

 「ハッキングがお得意だそうですし、カレンさんが政庁を歩き回って確認して下さいましたからかなり正確なものだと思います」

 いかにルルーシュが非凡な才能を持っているかを改めて知らされた一同は、桐原がブリタニア皇族と知りながらも彼と組んだのも解ると思った。

 「ルルーシュ皇子は母君が人気のある皇妃の方だったので、政庁にもその境遇に同情して協力して下さるブリタニア人がいるそうです。
 現在味方をそこから作っているとのことです」

 「あの閃光のマリアンヌか・・・しかしそう都合よくいくものか?」

 「見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので」

 「そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?」

 藤堂の問いにいつもはおとなしいエトランジュが珍しく嫌悪を露わにして、シャルルが母を亡くした息子に対して『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物』と言い放ったと告げると、三人はあんぐりと口を開けた。
 
 「・・・同情を買うためのストーリーとか、そんなんじゃないですよね?」

 朝比奈が確認するように尋ねると、藤堂が七年前にルルーシュは自ら食事を作って生活の糧を得るべく動いていたから恐らく事実だろうと言うと、千葉がやはり嫌悪しながら言った。

 「何ですかそれ・・・親が子供に言っていい言葉じゃありませんよ!
 子供を作ったからには面倒を見るのは当然です!!」

 「私も同感です。私、あの方の正体を知ってさすがに少しは調べておかなくてはと思って、EUに亡命して来たブリタニアの方に伺ってみたら…その話を聞いたんです」

 ルルーシュは非常にプライドの高い男だから同情されることをよしとしないだろうと、そのことを知らないふりをしていたのだと言う。
 
 「ナナリー皇女の前では口が裂けても言えないわけじゃのう・・・」

 実父から子供に対してそんな暴言が吐かれたなど、当の本人に言えたものではない。
 仙波がそんな話を聞かされては嫌でも同情すると、大きく溜息を吐く。

 「そう言う事情のある方ですから、きっと大人の方に頼りたくなかったんだと思います。
 自分一人で生きてやると、そうお考えになってこれまで肩肘を張っておられるのではと・・・」

 「俺らもあの年代はそういうところがあったけどな・・・こっちの意味でもモノが違うぞ」

 実父から死んでいると言われた上に人質として敵国に放り込まれ、挙句殺されかけたのでは反抗期を通り過ぎて殺意が沸いても仕方ないと卜部は思う。

 「私には助けになって下さる方々がたくさんいて下さいましたが、あの方にはいなかったのです。
 だから私達だけでも気兼ねなく頼って欲しくて今回の件も何とかしたかったのですが、やっぱり駄目でした。
 お願いです、あの方を助けて差し上げて下さい。あの方にはいないのです。助けて欲しいと言える大人が、誰もいないのです・・・」

 取引材料を持ち出して初めて味方になる者しか彼にはいなかったのだと語るエトランジュに、藤堂は七年前に必死で妹を守るためにその身を動かしていた少年を思い出した。

 自ら家事を行い、日本人の子供からいじめられても買い物に出向き、ポイントカードを貯めていたとても皇子とは思えなかった少年を。

 「・・・解りました、お任せ下さい。エトランジュ様もよく頑張って来られました。
 お声をかけて下さったことに感謝します」

 桐原やジークフリードがいたとはいえ、ほとんどは十代の少年少女達だけで秘密を抱え、どれだけ不安だったことか。
 特にエトランジュは権力を持った大人特有の腹黒さや思惑などを見聞きしているから、なおさら話すことをためらったのだろう。
 実績を作ってからなら、というのもよく解る。

 「篠崎 咲世子さんとおっしゃる、日本で要人の護衛を代々なさっていた方も協力して下さっております。
 現在はその方の変装術を使ってルルーシュ皇子に化けて貰い、それに惑わされている間に脱出させようというプランになっております」

 「名前だけは聞いていたが、実在していたのか・・・では脱出したところを我々が保護し、トウキョウ租界から脱出させるとしよう」

 「では中佐、租界周辺で俺達が囮としてナイトメアで出撃しましょう。名目はどうするか・・・」

 朝比奈の案に不自然ではない状況でナイトメアを出す理由を藤堂が考えていると、エトランジュが言った。

 「ナイトメアである必要はないでしょう。
 ギルフォードらがナナリー皇女を脱出させるために近辺のゲットーに出るそうですから、理由は言わずその情報を流してある程度の人数を派遣するというのはいかがですか?」

 ギルフォード達がどのゲットーに向かうかくらいなら政庁にいる黒の騎士団協力者から解るというエトランジュの案に、一同は納得した。

 「なるほど・・・解りました、すぐに手配いたしましょう」

 「ではエトランジュ様、ギルフォード達が出るゲットーが解り次第連絡をお願いいたします」

 朝比奈と千葉から同意を得られてほっとしたエトランジュが了承すると、二人は部屋を出て行った。

 「俺と卜部でトウキョウ租界へゼロを救出に向かう。
 ただ俺は目立つからどう入ったものか・・・」

 藤堂はゼロに次いで指名手配をかけられている。奇跡の藤堂と呼ばれ、ゼロ台頭前は日本の希望の星と謳われていたためである。

 「私どもが篠崎さんからお貸し頂いた変装キットでしたら中佐だと解らない程度になりますから、租界を歩くくらいでしたら問題ないです。
 今は特区日本であったユーフェミア皇女のパーティーで日本人に対する入場規制も少し緩和されておりますし・・・」

 「む、そんなものまであるのか。我々はそういうことには疎いもので・・・」

 「藤堂中佐は戦闘がお仕事ですから、仕方ないと思います。
 では私はジーク将軍と一緒に手配をして参りますので、ラフな服装にお着替えの上合流して下さい」

 「承知した・・・とはいえ、私服があったかな」

 チョウフ基地から脱出して以降ほとんど軍服だったし、私服など部屋着くらいしかあまり持っていない藤堂にエトランジュがジークフリードの服なら大丈夫だろうと苦笑した。

 「ジーク将軍からひと揃いお貸しするように申しつけておきましょう。それでは失礼させて頂きます」

 エトランジュがついでにナナリーのバッグを届けるべく彼女の鞄を手にして会議室を退出すると、残された藤堂と卜部と仙波は唐突な事態に大きく肩をすくめた。

 「・・・こんな事態だというのに、てきぱきと動いて大したお方だ」

 「そうですよね中佐・・・さっきまで凄い顔が青白くて倒れそうなくらいだったんですよ。きっと中佐に相談出来て安心したんじゃないですかね?」

 元気が出てきた様子のエトランジュに卜部も安心したが、少し違和感を覚えていた。

 (何か、ちょっと様子が違うんだよなー。睡眠薬っぽいの飲まされたわりに、すぐに起きて元気出てたし)

 卜部は内心で首を傾げていたが、いつもの彼女とどこかが違うと思いながらもはっきりとは感じ取れず、卜部はともかくこの事態を解決させる方が先だと気を引き締めた。

 「じゃ、俺達も着替えてきます。こういう特殊任務なんてのは畑違いですが、んなこと言ってる場合じゃありませんね」

 「ああ、では十分後にここに集合だ。
 仙波はここでナナリー皇女の護衛および不測の事態に備えての指揮を頼む。くれぐれも他に悟られるなよ」

 「承知!」

 三人は会議室を出ると、予定外の任務に励むべく自室へと戻っていくのだった。



 「・・・というわけで、藤堂中佐達が協力して下さることになりました。
 ナナリー皇女は心安らかに、しっかり私達の帰りをお待ち下さいね」

 ナナリーに忘れていったバッグを手渡しながらそう告げたエトランジュに、青白い顔色をしたナナリーはゆっくりと頷いた。

 「兄を、兄をよろしくお願いします。そうとしか言えなくて・・・」

 「いいんですよナナリー皇女。私達は仲間なのですから、ね?」

 「はい・・・」

 ナナリーはエトランジュ達に貸し与えられている部屋のベッドに座り、ただ兄の安否だけを気にしていた。
 そんな彼女に、エトランジュが優しく語りかける。

 「先ほどルルーシュ皇子さえいればっておっしゃっていたこと、まだ気にしておいでですか?」

 「・・・あの、私は」

 「いいんです。つい先ほども申し上げましたでしょう?それが普通だと」

 ナナリーの髪を撫でながらそう諭すエトランジュに、ナナリーは涙をこらえるようにぎゅっと手に力を込める。

 「家族を大事にするのは人として当然のことなのです。
 正直それを王様や首相などが言ってしまうととかく非難の対象になりがちなのですが、普通の一般市民が言う分には何も問題はありません。
 ましてや貴女を一番大事にして下さっている兄君さえいればいいと考えることに、何の咎がありましょう。
 私のお父様だって、私が一番大事だといつも言っておりましたよ」

 くすくすと笑うエトランジュに、ナナリーは驚いた。
 エトランジュの正体が小国といえど女王とは知らなかったのだが、藤堂達の態度からきっとそれなりに高い地位にいるとうっすら悟っていたから、彼女の父親もまたそうなのではないかと思ったのだ。

 「何故怒られないのか、とお思いでしょう?それは単純に大勢の人間の前で言わなかっただけのことで、身内では普通にそう公言してましたから。
 要するに言っていい人と悪い人の区別をつけてたんですね」

 「はあ・・・そういうものなのですか?」

 「そういうものです。だいたい皇帝だろうと首相だろうと普通の人であろうと自分の一番大事な人がいるのは当然なので、暗黙の了解というやつですね。
 ナナリー皇女は嫌われることを恐れるあまり、言いたいことをおっしゃらないようにしているのでまだその辺りの区別が解らないのでしょうが・・・」

 エトランジュはそっとナナリーを抱きしめて囁いた。

 「一つ、いい事を教えて差し上げましょう。私達には何を言ってもいいのですよナナリー皇女。
 不安になったのなら相談に乗りますから、他人の悪口でも愚痴でも・・・他人に言ってもいい言葉かどうかでも、ちゃんと最後まで聞きますから何でも言って下さいな」

 「エトランジュ様・・・でも」

 「大人に甘えられるのは子供の特権ですよナナリー皇女。
 仕事が忙しい時は無理ですが、終わった後は必ず聞きますから」

 私は人の話を聞くのが大好きですから、と笑うエトランジュに、ナナリーはとうとうぽろぽろと泣きだした。

 「はい、はい・・・!ありがとう・・・ございます・・・!」

 兄には言えないことはたくさんあった。エトランジュは自分がしたいことを兄にさせてくれるように頼んでくれた、優しい人だ。

 でも忙しい人だったからそう頼るのは悪いことだと思っていたけれど、エトランジュははそれでもいい、聞いてくれると言ってくれた。
 それだけで、ナナリーは嬉しかった。

 「すみません、お引き留めして・・・私、待ちます。さっそくですけど、戻って来られたら聞いて頂きたいことがあるのですが」

 「いいですよ。ではお兄様を助けに行って参りますね」

 エトランジュはナナリーに向かって再度髪を撫でると、温かいココアを淹れてから棚から変装キットを持ち出して部屋を去った。
 湯気の立ち上るカップを手にしたナナリーは、ようやく落ち着きを取り戻した様子で一口ココアを飲む。

 (私、これまでいい子でいなくてはって思っていたけど、あの方にとっていい子ってどういうことなのかしら)

 言いたいことを言ってもいいと言い、迷惑をかけてしまったのにそれでも良いと言うエトランジュ達が、ナナリーにはよく解らなかった。
 でも、エトランジュは怒らないし笑って受け入れてくれた。

 (・・・勇気を出して、もう一度聞いてみましょう。
 私・・・知らないままでいたくありません。
 ・・・ごめんなさいエトランジュ様。私、悪い子です)

 ナナリーは内心で謝りながら、エトランジュが持ってきてくれたバッグの中から取り出したそれを握りしめた。



 部屋から出たエトランジュは、これでよし、とひとまずうまくさばけたことに大きく息をついた。

 「まったく、世話の焼ける・・・」

 次々に起こる不測の事態にエトランジュ達の手に負えない事態になったから、自分が出たのは正解だった。
 アルフォンスも頭を抱えて身動きが取れにくい今、ここは味方を増やすのが得策だ。

 だから事情を知る桐原が上にいてくれたからまずは彼に話を通して貰い、その上でルルーシュに同情や共感を得そうな話を折りを見て話した。
 ブリタニア皇族というだけでどうしても色眼鏡をかけて見られるのは仕方なかったから、まずはそれを外させる。
 そしてとどめにエトランジュがどうにかして助けて欲しいと訴えれば、今回の件だけでも確実な味方になると読んだのだ。

 エトランジュ(このこ)は常日頃から信頼を積み上げているし、まともな神経をしている大人なら困っている子供を見捨てるような真似はしないものだ。

 こうして会話を誘導してゼロ救出に協力させることに成功したから、後は先ほど来たアインの予知の対処をしなくてはならないのだが、策をジークフリードの方に授けておいたからたぶん何とかなるだろう。
 そろそろエトランジュが目を覚ます頃合いだから、自分が手を貸してあげられるのはこれまでだ。

 (後で藤堂達との会話をエトランジュの前でしないように釘を刺して貰わないと)

エトランジュが言ったわけではないことをあの子の前で話されたら、自分が言ったわけでもないのにと混乱する。
 なるべくエトランジュが言いそうな言葉を選んだから怪しまれてはいないだろうが、言った覚えのない話をされると困るのだ。

 ナナリーの方は問題ない。何でも言って欲しいというのは孤児院でもエトランジュ自身がナナリーに対して言っていたから、あの子もさして混乱することはないからだ。

 (それにしても・・・ナナリー皇女も気の毒な子だ)

 ナナリーは深層意識では解っていたのだろう。アッシュフォードも利益があるからこそ自分達を匿っているだけで、邪魔になればすぐさま放り出されるということを。
 もしかしたら、そんな会話をしているのを聞いたことがあるかも知れない。

 だからこそ周囲に迷惑をかけないようにと己を型に嵌め、それが周囲に受け入れられてきたからそれが正しいと信じ込んだ。

 ナナリーは確かに真っ白な少女だった。それは周囲の色に染まる、綺麗な色だから。
 自分でどんな色になりたいのかを考えず、自らを受け入れて貰うために周囲の色に同化し続けてきた哀れな子供だ。

 子供が大人に甘えるのは、れっきとした権利だ。
 だから・・・。

 「甘え方を忘れてしまったというのなら、大人(わたし)達が思い出させてあげましょう」

 目のふちを赤く輝かせたエトランジュは常は浮かべないような大人っぽい表情で笑うと、変装キットを手にして藤堂と合流すべく再び会議室へと戻るのだった。
 



[18683] 第十三話  ゼロ・レスキュー
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/05 11:54
 第十三話  ゼロ・レスキュー



 藤堂と卜部はエトランジュから変装キットを受け取った後、すぐにそれで変装してトウキョウ租界へと向かっていた。
 ジークフリードの服を着た藤堂は髪の色を少し茶色に染め、人造皮膚で少し人相を変えている。
 卜部も同様で、すれ違う程度なら二人が指名手配されている藤堂と卜部だとは解らないだろう。
 
 「マジに俺らとは解らないくらいになりましたね中佐。
 例の篠崎って協力員とは確か租界内で待ち合わせでしたね」

 「ああ、車のナンバーを教えているから、すぐに政庁近くのファーストフード店横の駐車場で会おうとのことだ」
 
 なるべく目立たない場所でと手配したエトランジュに、卜部は頷いた。
 二人がトウキョウ租界とゲットーを隔てる壁の近くから地下へ下りると、そこから租界を目指す。
 いったん入ってしまえば偽の身分証明書があるから比較的自由に動けるが、特区の件があってもまだ封鎖が完全に解けたわけではないのだ。

 地下を通り抜けて地上に上がると、そこはブリタニア人協力者が所有する土地だった。
 表向きは普通の建設会社の倉庫となっており、日本人従業員がいるので大きな荷物を持って出入りしていても怪しまれないようになっている。

 幸い誰もいなかったので二人はそのまま外に出ると、その事務所にあったワゴン車に乗り込んだ。 

 「A-4649・・・これだな。では行きましょう」
 
 卜部が運転席に座り、藤堂が助手席に乗り込むとすぐに車は動き出した。
 日本人は租界での車の運転に制限があるのだが、仕事ならば当然許可がある。特区の件で建設会社は今の時期忙しいから特に怪しまれないだろうという“エトランジュ”の配慮で、既に話は通してくれてあった。
 
 二人は細かい打ち合わせをしながら車を走らせ、ファーストフード店の駐車場に車を止めてから卜部が目くらましを兼ねた腹ごしらえにと商品を買った。

 藤堂はこういうファーストフードは苦手なのだが贅沢は言えないと腹に収め、卜部はホットケーキにメープルシロップをかけて食べていた。
 
 傍から見たら建設会社の日本人搬送員が駐車場でファーストフードを食べている光景で、何せ店内で食べるとブリタニア人からの視線が突き刺さるので、珍しいものではない。

 と、そこへコンコンと窓を叩く音がしたので外を見ると、短い髪をした穏やかそうな顔をした日本人の女性が立っていた。
 そこにはメグロから合流したのだろう、クライスの姿も見える。
 慎重に窓を開けると、彼女は黒の騎士団のマークと日の丸が記されたペンダントを見せる。

 「篠崎 咲世子と申します。藤堂中佐と卜部少尉ですね。お会い出来て光栄です」

 「貴女が・・・どうぞ、入って下さい」

 「失礼します」

 「俺もエディ・・・もとい、エトランジュ様の指示で来ました。
 こいつでゼロやエトランジュ様からの指示を伝えさせて貰いますんでよろしくお願いします」

 クライスが何やら小さな機械を見せながら挨拶すると、藤堂は頷いた。
クライスと少し大きめのバッグを手にした咲世子が後部座席に乗り込むと、咲世子はさっそく言った。

 「では政庁に向かって下さい。私はすぐに着替えますので」

 「あ、はあ・・・その、頼みます」

 億面もなく男三人の後ろで着替えると言い出した咲世子に内心狼狽した三人だが、咲世子はさっさと後部座席と運転席を隔てるカーテンを引いた。

 クライスは懸命に自ら目隠しをして、亡き妻に向かって何やらぶつぶつ呟いている。

 「俺は何も見ていない、俺は何も見てないから!エドー」

 スペースがないので後部座席に残るしかなかった少年に、代わってやるべきだったか、だがそれでは咲世子が気にするのではと非常に微妙な悩みに溜息を吐く。

 この車は後部座席にスモークが貼られているから外からは見えないとはいえ、何とも度胸のあることである。

 走っている車の中で着替えられるのか、本当にゼロそっくりに化けられるのかと疑っていたが、しばらくしてそっとカーテンを開けた咲世子に二人は驚愕した。

 「うわあ!誰だあんた?!」

 「私です。咲世子ですよ卜部少尉」

 「・・・なるほど、確かにルルーシュ皇子だな」

 記憶にあるルルーシュの姿を大きくすれば、目の前の少年になると藤堂は驚きつつも納得した。
 アッシュフォードの制服を身にまとった彼女を見て、藤堂は感嘆の声を上げる。

 「体型まで本当の男のようだな・・・これなら騙されることだろう」

 「自信はございます。私、ずっとルルーシュ様とナナリー様のお世話を担当しておりましたから」

 咲世子がアッシュフォードで働いていた経緯について語ると、二人は頼もしい味方がいたものだと喜んだ。

 「桐原公には我が篠崎家の者がお仕えしていたこともございますし、私も日本がこのままブリタニアに恭順することに耐えられません。
 ルルーシュ様はブリタニアを嫌っていたことくらいは存じておりましたから、あの方がゼロなら従いていくことに何のためらいもありませんでしたので」

 「なるほど・・・解った、貴女の手腕を信じよう。政庁まであとどれくらいだ卜部」

 「十五分もあれば着きますけど・・・」

 「検問が政庁周辺に張られるってエトランジュ様から連絡あったし、政庁にはこれ以上車で近づけそうにないっすね。
 いったんそこの駐車場に止めて、徒歩で行きましょう」

 ようやく着替え終わったのかとクライスが目を覆っていた腕を放しながらの提案に一同が賛同すると、ワゴン車を駐車場に止めてから詳細な作戦の打ち合わせを始めた。

 「政庁内にいるアルの報告だと、現在ゼロは上層階のユーフェミア皇女の部屋に監禁されてます。
 けど味方が一人出来たので部屋にいないと思わせ、騒ぎになったのを見計らって咲世子さんに姿を現して貰い、隙が出来たところでアル達が政庁から本当に脱出させるって感じですかねえ」

 「政庁から出た後、逆にルルーシュ様には普通のブリタニア人に変装して貰い、逃走するということですね?」

 「そうっす。同時にゲットー内で朝比奈少尉達が騒ぎを起こして貰えれば・・・」

 咲世子が了解したと頷くと、藤堂はそのタイミングをどう図るかと考え込んだ。

 「こちらとゼロとでうまく行動のタイミングを合わせなくてはならないが、大丈夫なのだろうか?」

 「ええ、用意が整い次第連絡が来ますからそこは大丈夫です。
 租界にはサザーランドを隠してある拠点があるんで、万が一の時はそこまで逃げれば・・・」

 「うむ、そこからは俺と卜部の出番だな。任せてくれ」

 「じゃあ、出発の前にすいません咲世子さん、一つだけ教えて貰ってもいいですかね?」

 クライスがどうしても突っ込みたかったのだが空気を読んで今まで黙っていたことを口にした。

 「なんでしょうかクライスさん」

 「あんた、何で学生服着てるんですか。いや、ゼロが学生だってのは知ってますけど、それじゃ明らかに見つけてくれと言わんばかりに怪しいでしょーが!」

 実は卜部もそれを言いたかったのだがタイミングを推し量れず困っていたので、クライスの突っ込みに内心拍手を送っていた。

 「見つかりやすくというご命令でしたので、自然でよろしいかと思ったのですが・・・」

 「いや、これから逃げようって人が制服着てたらまずいでしょう?!どっから手に入れたってなりますから怪しまれます。すぐ着替えて下さい。
 ないってんなら今の俺の服なら大丈夫でしょうから、交換しましょう」

 「なるほど、ではお願いします」

 咲世子は見つかりやすくかつ学生のルルーシュならと思って用意したのだがまずかったようだと反省し、先にクライスが服を脱いだ服を着直した。
 そしてクライスがアッシュフォードの制服を身にまとうべく、彼は咲世子が降りたワゴン車の中で着替え始めるのだった。



 ルルーシュはエトランジュから藤堂達にゼロの正体を話したこと、同時に味方になってくれたことを聞いて身体をわずかに揺らした。

 《では早めに日本解放を行って、実績を作らなければな。でなくばこれまでの信用が水の泡になりかねない》

 《藤堂中佐は貴方の正体を知って、少しは頼って欲しかったと仰っておいででしたよ。
 卜部少尉だって、貴方に頼られるのは悪い気分ではないと・・・》

 意外なことを告げられたルルーシュが目を見開くと、エトランジュが笑った。

 《ナナリー皇女も心配しておいでです。
 この件がお済みになりましたら、各々がたから叱られるくらいは覚悟なさって下さいね、ルルーシュ皇子》

 《・・・解りました》

 ルルーシュは周囲から受ける糾弾よりもナナリーがどんなに傷ついているかのほうが重大だったが、エトランジュの迂闊さを責めることはしなかった。
 こんな状況なのだし、責任を取ってフォローをしてくれたのだ。さらに言えばそもそもの原因は己なのだから、文句を言う権利はなかった。
 それに、先ほどの彼女の様子からどうしても違和感がぬぐえない。正直、彼女ではない誰かと話している気がしてならないのである。

 《・・・解りました。こちらにいる嚮団員をこちらに引き込めそうですので、咲世子さんが政庁に着き次第作戦をお願いします》

 《了解です。藤堂中佐と卜部少尉が変装キットで租界に向かっておりますので、彼らと脱出してください。
 あと、ナナリー皇女は仙波中尉の護衛がありますので、ご安心を》

 そう説明したエトランジュはそれから、と声のトーンを変えて重要な報告をした。

 《先ほど、アイン・・・伯父様から予知がきました。
 なので念のため私とジーク将軍とで手を打っておきたいのですが》

 エトランジュが告げた予知の内容に、ルルーシュは目を見開く。

 《それは、本当ですか?!》

 《はい・・・でもこうしておけばその予知が実現しても、すぐに元通りになると思いますので》

 詳しい予知ではないので詳細は解らないとはいえ、聞かされた予知の内容に焦ったルルーシュだが、エトランジュが少し笑った。

 《貴方の救出が失敗しても、こうしておけばいいんです。あのですね・・・》

 流れるように語られる予備の策に、ルルーシュはやっと確信した。

 《先ほどマオさんがギルフォードの心を読んだところ、最初の捜索地はスミダゲットーのようです。
 クライスは必要ないでしょうから、彼を政庁の方に呼び戻して私の代わりをさせましょう。私達は今アッシュフォードに向かっておりますので、先手を打っておこうかと思いまして》

 《なるほど、そういうことですか。それはいい保険ですね。そちらのほうもぜひ、よろしくお願いいたします。
 では最後に一つ、お伺いさせて頂きたい・・・貴方はいったい、何者ですか?》

 先ほどから自分の意見をほとんど問うことのなかったエトランジュに、ルルーシュは、やっと彼女が彼女ではない誰かだという確信が持てた。
 “エトランジュ”はやはり気づかれたか、と頬をかりかりと掻いてから、彼女らしからぬ口調で返事が返ってくる。

 《カンが鋭いですね。どうして解ったんですか?》

 《まず、呼び方。エトランジュ様は俺やナナリーを皇子や皇女と肩書では呼ばず、“様”と呼びます。
 ジークフリード将軍も同じで、略称で呼んだりもしませんよ》

 《なるほど、つい癖で肩書でお呼びしたのがまずかったですね。以後は気をつけるとしましょう》

 《さらにクライスに『私の代わりをさせる』ではなく、彼女なら『して貰う』とおっしゃると思います。
 もっと言うなら、彼女はそのプランを立てたなら手配をする前に俺の方に報告確認するはずです。少し性急でしたね》

 確かに、と指摘を受けた“エトランジュ”は、降参したように認めた。

 《私が出ていられる時間が少ないので、こっちで先に手配してしまったのですよ。
 ご明察通り、私はエトランジュではありません。ある事情で身体に乗り移らせて貰っているこの子の・・・》

 “エトランジュ”の正体を聞いたルルーシュは、目を見開いて驚いた。

 《そんな、しかし貴方は!!・・・そうか、そういうことか!!》

 ルルーシュはこれまで得たギアスとコードの情報を組み立て、大方の推理を組み立てた。
 それを聞いた“エトランジュ”はおおむね正解です、とそれを認めた。

 自分のギアスは相手に憑依するギアスであり、相手が意識を失っていなければ自分が表に出ることは出来ない。
 代わりに乗り移った人間の能力を使うことが可能なので、負担を避けるための制約なのだという。

 一度に二人分の意識を一つの身体で抱え込むのは大変な負担だから、相手が意識を失っている間だけという説にルルーシュは納得する。
 そういえば神根島でも、ガウェインで脱出する際エトランジュは兆弾によって転倒した際頭を打っていた。

 《・・・神根島の時ガウェインに乗っていたのは、貴方ですか》

 ルルーシュの質問に是の答えを返した“エトランジュ”が改めて説明したところによると、エトランジュが眠ったり意識を失っている間のみ自分の意識が出て来られる。
 そのためそれまでの出来事は一族からの報告を受けなくては全く解らないのだそうだ。

 よってルルーシュがマオを通じて連絡を取ってくれと言われた時は、“エトランジュ”が事態を把握するために一族達と話していたせいで不可能だったのである。

 《詳しいことはまた後日。私ももっと手を貸してあげたいんですが、このザマでは無理なので。
 そろそろこの子も目が覚めますし・・・でも正体がバレたので、今後は気兼ねなく貴方と話せます》

 夜にでもまた話そうと言う“エトランジュ”に、頭の切れるこの人物がこの一連の指揮を執っているとルルーシュは悟った。

 《藤堂達を味方にしたのも、貴方ですか?》

 《ええ、エトランジュは信用がありますし、この子から言われれば断れないでしょう。
 ・・・貴方ももう少し肩の力を抜いて、頼られればいいのに》

 くすりと笑う“エトランジュ”に、ルルーシュはふっと自嘲して言った。

 《それは俺のジャンルではありませんので、エトランジュ様にお任せしますよ。
 ではそちらの件を頼みます》

 《了解しました。ああ、このことはエトランジュには言わないで下さい。
 その予知が外れるよう、こちらも尽力しますので》

 アインの予知は外せることが出来る。
 事実ギアス嚮団にマグヌスファミリアのコミュティを襲われた時も、エトランジュが殺されるという予知をルーマニアへ視察へ行かせることによって回避しており、他にも先手を打つことで最悪の事態を回避したことがあると聞いている。
 さらに悪い予知が当たりそうな時はこうして予防線を張っておくことで、被害を減らすことくらいは可能なのだ。

 《鍵付きの目隠しをされていると聞いたので、とりあえずアルに言って貴方の食事に鍵を外せそうなピンを混ぜるように言ってありますので、成功したら何とか頑張って外して下さい・・・・幸運を祈ります》

 《もちろんです。いろいろとありがとうございます・・・では、詳しいことはまた後で》

 ルルーシュとの交信を切った“エトランジュ”は、ルチアから貰っていた滋養強壮の薬を手早く魔法瓶に入れて持参したお湯で溶かして飲み干した。
 勝手に自分が身体を使っているので体の疲れが取れないのは実に申し訳ないと思うのだが、今回はやむを得ない。

 これを飲んだから体の疲れも少しは取れるし、目も覚ますだろう。
 自分が手を貸してあげられるのはこれまでだが、政庁に行かせるよりはアッシュフォードでの作業に従事させる方がこの子には合っているし安全だ。

 「ジークさん、後は頼みますね」

 ジークフリードが頷くと、“エトランジュ”は身体をシートに預けて目を閉じた。
 その数分後、はっとエトランジュが瞼を開き、ゆっくりと体を起こす。

 「あ、あれ・・・ここは」

 「お目を覚まされましたか、エトランジュ様。ここは騎士団から借り受けた車の中です」

 「え・・・他の皆様はどちらへ?どうなっているのですか?!」

 「落ち着かれて下さいエトランジュ様。無事に藤堂中佐のご協力が取り付けられました。
 ギルフォードのナナリー皇女捜索隊はスミダに行くようなのでメグロは安心と判断したので、クライスが政庁に向かっています」

 すっかりトレーラー内で眠りこんでしまったと思い込んでいるエトランジュは少し狼狽していたが、ジークフリードの説明を受けて徐々に落ち着いていく。

 「クライスも政庁に?では私達も向かっているのですか?」

 「いいえ、私達はアッシュフォード学園に向かうのです。
 万が一この作戦が失敗に終わった場合のことも、考えなくてはなりませんから」

 「え・・・それはどういう意味ですか?」

 「アイン様からこの救出作戦が失敗するとの予知が出ました。
 よって先回りしてこちらから連絡用の携帯などを隠して欲しいと頼まれたのですよ」

 頼まれたと言うからにはルルーシュからの指示なのだろうが、全く憶えのない話にエトランジュは目を白黒させているとジークフリードは笑顔で言った。

 「エトランジュ様は少しお眠りのようでリンクを繋ぐのに精一杯のご様子でしたから、憶えておられないのも無理はありません。
 私がしっかり憶えて確認しておりますから、ご安心を」

 「そうですか、申し訳ありません」

 「貴女のギアスは大量の人間を繋げば相当お身体に負担がかかりますから、当然です。
 ある程度はこちらで打ち合わせをしておりますから、大丈夫ですよ」

 「ありがとうございます。
 ではアッシュフォードへ参りましょう」

 時計に目を移してみると、随分眠っていたようだとエトランジュはこの大事な時に呑気な、と自らを叱咤した。
 頭がまだ少しぼうっとしており、何だか頭にもやがかかっているかのようだ。
 
 「ゼロの部屋にはゼロの仮面を隠すための隠し収納があるので、そこにとのことです。
 アッシュフォードに戻されるのなら、そこが一番だとのことです」

 なるほどと納得しながら二人がトウキョウ租界に入ると、一路アッシュフォードを目指した。

 と、そこへルルーシュから連絡が来た。

 《朗報です。俺への食事の中にピンが入れてくれることにアルカディアが成功したようです。これで目隠しが外せます》

 《さすがアルカディア従姉様。さすがですね》

 自分が夢うつつの間にうまく連携したのだろうと単純に考えたエトランジュは、これで作戦の成功率が大幅に上がると喜んだ。
 
 ちなみにどうやって混ぜたのかと言うと、まずアルフォンスはユーフェミアを通じ、ルルーシュへの夜食を用意させた。
 コーネリアも時間が時間だし何も食べていない弟のためならとそれを許可したので、出来上がった頃を見計らってユーフェミアに頼まれて日本のうどんが食べたいと言われたので自分が作りに来たと称して厨房まで行き、パンの中にピンを埋めたのである。
 ちなみに念には念を入れて、パンにピンを隠す時だけ自身のギアスを使って姿を隠してある。

 少々無理やりな理由作りだったがユーフェミアが日本びいきなのは周知の事実だったので厨房の者達は誰も怪しまなかったし、ルルーシュが監禁されているフロアは厳重に警備されていたが、皇族・貴族専用の厨房までは全くのノーマークだったからこそ出来た技だ。

 そのままアルフォンスがルルーシュがいるフロアに行ければもっと良かったのだが、さすがに夜食の許可こそ降りたが入ることは許されなかったのでロロがその夜食を取りに来たせいで無理だった。
 だが運良くルルーシュからお腹が空いているからなるべく早く持ってきてくれと言われていた上に基本的に命令がなければ行動に移さないロロがろくに確かめもしなかったため、無事にルルーシュの手元まで届いたというわけだ。

 《これでギアスが使えるようになりました。
 藤堂達は既に政庁近くにいるようなので、すぐに行動を開始します》

 《目隠しは外せそうですか?》

 《ロロにわざとスープをこぼして着替えに行くようにいいましたので、その間に外します。
 監視カメラは仕掛ける時間がなかったようなのでね》

 監視カメラはカメラと画像を繋ぐラインを設置しなくては、リアルタイムで監視することは出来ない。
 しかもここは副総督にして皇女であるユーフェミアの防諜システムが完備された部屋なので、設置に時間がかかるのだ。

 自分を普通の牢に放り込んでおけばその手間が省けるのだが、弟の信頼を取り戻したいコーネリアが手荒な扱いをすることを許さなかった。
 さらに言えば捕えられたゼロを救出する黒の騎士団が真っ先にそこを探しに来るだろうという判断もあったので実は牢には罠と兵を配備してあったのだが、マオがいたためにその作戦はだだ漏れだったりする。
  
 マグヌスファミリアのギアス能力者を警戒してギアスが効かないV.Vがルルーシュの近くにいなくてはならなかったので、あまり快適とはいえない牢のフロアにいたくなかったV.Vはコーネリアに異議を唱えなかったのである。

 《監視カメラがあったらあったでアルカディアがどうにかしてくれるからいいんですけど、面倒がなくて結構です。
 ロロが戻り次第彼にギアスをかけて、脱出します》

 ロロのギアスの内容と制約をマオから聞いて知っているルルーシュの言葉に、エトランジュが頷く。

 ルルーシュからの状況を聞き終えたエトランジュがそれをクライスに報告し、さらにクライスがそれを藤堂達に伝えた。

 《私どもはアッシュフォードに向かって例の手を打っておきます。
 まだ政庁にいるアル従姉様とマオさんと連携して・・・っ!》

 エトランジュはまたしても襲ってきた頭痛に顔をしかめた。
 眠ったはずなのに余り体の疲れが取れていないと己の身体のだらしなさに溜息をつきながらも、彼女はリンクを繋ぎ続ける。

 《解りました。すぐに脱出しますので、もう少し頑張って頂きたい》

 (本当に大変だなエトランジュも。これ以上の負担はさすがにまずい)

 こま切れとはいえ、十時間以上ギアスを使わせ続けている。
 先ほども本人は眠って休んだと思い込んでいるが実際は彼女の中にいる人物が彼女の身体とギアスを使っていたので休んだとは言えないのだ。

 ルルーシュはそっとパンの中からピンを取り出すと、鍵穴に入れてそっと手を動かした。
 ルルーシュは手先が器用な方だし、眼帯につけるとなると単純な構造の鍵しかつけられなかったのだろう、何とか外すことに成功した。

 鍵が外れたことを確認したルルーシュはコンタクトを外した後、眼帯に外が見える程度の小さな穴を空けると再び眼帯をつけてマオに言った。

 《マオ、現在の状況を報告してくれ》
 
 《現在僕達はユーフェミア皇女と一緒に彼女の部屋にいるよ。
 皇帝に対してものすごい怒ってて、ルルを脱出させる手助けならいくらでもするって言ってる》

 マオの報告にルルーシュは苦笑しながらも、ユーフェミアを簡単に動かすわけにはいかないから自重させてくれと頼んだ。

 《例のロロって子が着替えを持ってそっちに戻ってくるよ。
 残りの嚮団員は眠らせるギアスの男がユーフェミア皇女の部屋付近に、特定の人物を感知するギアスの男が階段付近にいるよ》

 特定の人物を感知するギアスは視覚型で、相手の目を見ることで自分が探している相手かどうかが解るというギアスだった。
 ルルーシュを発見したのはV.Vが『この男を探して』とルルーシュの写真を渡されたので、それを探しに特区に出かけたらロロと何やら話していたのが彼だったのだ。

 《確かにロロを呼んだあの男と目が合ったな。あの時か・・・》

 《今は“ルルーシュを救出する者”を感知するようにしてるね。
 視覚型だから僕やアルは例のコンタクトしてるから会っても大丈夫だと思う》

 《なるほど、それなら万が一俺がギアスを使って誰かを俺の手駒に変えてもすぐに解るということか》

 考えたな、とルルーシュは感心したが、策が解っているなら手は打てる。

 《つまり、俺を助けようとしていないならそれには引っかからないんだな?》

 《うん。だから俺を助けろと命じてないダールトンには反応しなかった》

 《・・・よし、では藤堂達は騒ぎを起こした後、カレン達が乗って来たトラックに向かうように言ってくれ。
 俺と藤堂達はそれに乗って政庁を脱出する》

 《・・・なるほどね、解った。ルルの考えは読めたから、説明はいいよ》

 エディに負担がかかっちゃう、と気遣うマオに、ルルーシュはアルフォンスに説明を依頼した、

 《頼んだぞ・・・エトランジュ様、ロロが来たようなので、後でまた》

 《解りました。では作戦を開始します》

 現在ギアスで繋がっている者全員にそう告げると、皆頷いて了解した。

 ノックをしてから入室してきたロロに、ルルーシュは礼を言った。

 「さっきはすまなかったな。目隠しされているので、どうも勝手が解らなかったんだ」

 「いえ、仕方ないので・・・」
 
 どう対応すればいいのか解っていなさそうなロロに内心で苦笑しながら、ルルーシュは彼にギアスをかけるタイミングを計っている。

 マオから彼についての境遇を聞いていたルルーシュは、改めてブリタニアが腐っていると怒りに燃えながら同情していた。

 (かわいそうに、あんな小さな頃から殺しを強いられているとは・・・挙句に心臓に負担がかかると解っていながらギアスを使わせるとは、これだからブリタニアは!!)

 こんなところに置いておけば、いずれ使い捨てにされて死ぬだけだ。
 ルルーシュはそっと手を伸ばしてロロを引き寄せると、優しく囁く。

 「もう遅いから、そろそろ休んだらどうだ?ユフィには悪いが、そこにベッドがあるだろう?」

 「駄目ですよ!そんなことをしたら、僕V.V様に叱られてしまいます」

 「そう言うと思ったよ。お前は真面目な子なんだな」

 ぽんぽんとロロの頭を叩いてルルーシュが褒めると、ロロは顔を真っ赤にさせた。
 
 「お前は本当にいい子だな。お前なら俺達のところに来てもうまくやっていけそうだ」

 「・・・え?」

 ルルーシュはそう前置きすると、眼帯に空けた穴からロロに視線を合わせてギアスを発動する。

 「お前は俺の合図が出たら『ゼロを追う』と言って政庁の外に止めてあるナンバー1166のトラックに乗り込め」

 ルルーシュは眼帯をしているからギアスは使えないと思い込んでいたロロが自身のギアスを発動させるより早く、ルルーシュの命令がロロの耳に入り込む。

 「解りました・・・」

ロロはルルーシュは絶対遵守のギアスにより目を少しうつろにさせていたが、やがてはっとなって顔を上げた。

 「あれ、僕は・・・?」

 「眠くなったんじゃないのか?疲れてるんだろう」

 ルルーシュはしゃあしゃあとそうごまかすと、ロロに言った。

 (ここから出たらお前のことは俺が責任を持つ。俺がお前にお前の知らない世界を見せよう。
 勝手なのは解っているが、許してくれ)

 相手の意志を無視して、歪んでいるとはいえ今までいた世界から無理に連れ出すのはただのエゴでしかないと解っている。
 だからこそこれからのロロに対する責任を背負うことが、せめてもの償いだとルルーシュは思ったのだ。

 《条件はクリアされた。今から三分後に、作戦を開始する》

 ルルーシュの指示がエトランジュを通じてユーフェミアの部屋にいるアルフォンスとマオに、藤堂と卜部と咲世子と共にいるクライスに飛ぶと、一同は頷き合う。

 「ゼロは無事なんだな」

 「何か子供の頃から暗殺者させられてた子供を説得して味方につけたみたいです。
 その子も助けたいんで、保護を頼まれたんですけど・・・」

 藤堂の確認にクライスがそう報告すると一同はまたかとこめかみを押さえた。

 「解った、一人も二人も同じだろう。いったい何を考えているんだブリタニアは・・・」

 「俺としちゃ理解したくもないですよ。えっと、俺らが逃走に使うトラックの場所はこっちか」

 卜部が最終確認をしていると、クライスが言った。

 「そこにそのロロって子供が来るそうです。境遇が境遇だから変わった子供でしょうけど、その辺は大人として流してやって下さい」

 「解ってるよ。じゃ、始めるとしますかね」

 卜部の合図に咲世子が頷くと、政庁の裏手にいた咲世子が小型の爆弾に火をつけた。

 「今、お助けに上がりますルルーシュ様」

 響き渡る爆発音。
 
 長い夜が始まる。



 その数分前、ロロがよく解らない話に首を傾げていた。

 「あの、さっきから何の話をしているんですか?」

 「もうすぐ俺を助けに来てくれた仲間達が来る・・・七年前にはいなかった」

 突然自分達が殺されたと報道され、自身も殺されかけたあの日、本国からは誰も助けに来てなどくれなかった。
 心のどこかで待っていたのに、家族の誰一人として自分の行方すら捜してくれなかった。

 だが、今はいた。
 頼られるのは悪い気分じゃない、と実の父親すら言ってくれなかった言葉を言ってくれた仲間が。

 ルルーシュは軽く眼を閉じ、小さく微笑んでロロに言った。

 「俺も後から必ず行くから、先に行け。
 ・・・俺ですら助けてくれる仲間だから、お前のことも粗略に扱ったりはしないから」

 ロロの手をつかんでそう言い聞かせたルルーシュの言葉に、ロロは眼のふちを赤く光らせて頷いた。

 「・・・先に行くので、待ってます」

 ロロは自分を救出させようとはしていないから特定の人物を感知させるギアス能力者もロロを気に止めることはしないはずだ。
 紅く眼のふちを光らせたロロが部屋を出て行くのを見送ると、自身は眼帯を外していったん手のひらに布を巻きつけて浴室に向かい、シャワーヘッドで鏡を割ってその破片を手にして、出るタイミングを推し量る。
 
 マオにフロアにいる監視兵の状況と眠らせるギアス能力者がドアに背を向けて立っていることを確認させたルルーシュは、鏡の破片を手にしてドアを開けると男の心臓を背後から刺した。

 「ぐはっ!!な・・・何が・・・」

 「ギアスは万能じゃない。残念だったな」

 通常ドアの前に立っている見張りは、ドアを目の前にして見張ったりはせず廊下の方を向いているものだ。
 そこを逆手に取られた男はロロが普通に出てきたこともあってギアスを発動する間もなく刺されたのだ。

 「武器がナイフや銃だけだと思うなよ?作ろうと思えば作れるさ」

 血に染まった尖った鏡の破片を手にしたルルーシュはそう吐き捨てると、喉を刺してとどめを刺した。

 物音を聞きつけて兵士達が来ると、ルルーシュは赤い鳥の文様を浮かばせた瞳を使って彼らに命じた。

 「お前達は俺に従え!」

「イエス、ユアハイネス」

 これで駒は揃った。
 さあ、今から仲間の元へ戻らなくては。

 ルルーシュは現在の状況を仲間達に伝えながら、自身の兵に変えたブリタニア兵を従えて歩きだした。




[18683] 第十四話  届いた言の葉
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/12 10:52
  第十四話  届いた言の葉



 政庁内ではコーネリアを含めた軍人や職員達が突然の爆発音に来たか、と色めき立った。

 「政庁の中庭にて爆発です。今モニターを・・・あれは?!」
 
 「黒の騎士団か?!」

 コーネリアの執務室でまさにナナリー捜索隊を出すべくギルフォードを見送ろうとしていたコーネリアは、送られてきた画像に目を見開いた。

 「ル、ルルーシュ?!何故そこにいる?!」

 「ルルーシュ殿下がお逃げになられたと?いったいどうやって・・・」

 ギルフォードも絶句していると、モニターの中にいるルルーシュはアッシュフォード学園の制服を着た男と一緒になって中庭にいた。

 「・・やはりルルーシュを奪還に来たか!ユフィに絶対に外に出るなと伝え、政庁を封鎖しろ!
 ルルーシュを無傷で確保するのだ。あの男の方は殺しても構わん!!」

 てきぱきと指示をするコーネリアはさすがだったが、ルルーシュに扮した咲世子とクライスには心を読めるマオがいるのでその隙を突いてうまく兵達を撒いていた。

 しかしコーネリアも的確に二人を追い詰めるべく兵を動かしてくるので、マオから送られてくる情報を経由するエトランジュには相当な負担であった。
 
 一方、ルルーシュが軟禁されている部屋に来たV.Vは外された眼帯と廊下の前で息絶えているギアス嚮団員を見て彼が自由になったことを知った。
 こちらに来る途中でも、エレベーターと階段付近を守っていた“特定の人間を感知するギアス”能力者の男がいなかったことから、恐らく彼のギアスにより彼の下僕となり果ててしまっているであろうことは予想がつく。

 「どうやって眼帯外して逃げたんだろ・・・やっぱりギアスだろうけど」

 ギアスに慣れている者は、不自然な状況は皆そうだと決めつけてしまう傾向がある。
 まさか人力でルルーシュに化けられる技術があるとは想像もしていない彼らは、つい先ほどエレベーターで下に降りたロロに期待した。

 「ロロにギアスはかかってないよね・・・もしそうならルルーシュを救出する奴が解るようになってるあの男が気づかないはずないし」

 彼のギアスならルルーシュに対抗出来るのだから、とりあえずルルーシュを捕捉して向かわせよう。

 そう決めたV.Vは、コーネリアに指示してルルーシュを捕捉させるべく踵を返した。

 「確か見つかったのは一階で、そっちは封鎖したんだっけ?
 こっちの方が兵力が多いけどマグヌスファミリアのギアス能力がどんなのか判んないし・・・アレを早く持ってくればよかったなあ」

 そう一人ごちているV.Vの下の階では、そのルルーシュが軍服に着替えているところだった。
 先ほどドアの前を見張っていたギアス嚮団の男を刺殺したために血まみれだったので目立つし、制服というものはそれだけで味方と誤認されやすくなるのだ。

 ギアス嚮団の男は、ルルーシュを助けに来た人物が来たらコーネリアから借り受けた軍人達に命じて捕らえるか殺すかする手筈になっていたのだが、そう命じるより早く兵士達がルルーシュに『俺に従え』とギアスをかけられてしまったせいで逆に取り押えられてギアスの餌食され、現在のV.Vのことを詳しく喋らせられている。

 「現在V.V様は、コーネリアの元で指揮を執っておられます。
 マグヌスファミリアのギアスユーザーを警戒しておいでですが我々三名しかギアスユーザーはおりません」

 「たった三人だけなのは何故だ」

 「ゼロのギアスが他人を操作するものであるなら、万一ギアスにかけられて逆に手駒にされてしまえば困るとの判断です。
 そのため、ゼロのギアスより早く発動出来るタイプのギアスユーザーが主に集められたようです」

 「なるほど・・・解った。ではお前も俺と共に来て貰おう」

 「解りました」

 特定の人物を感知するというのはそこそこ使える能力だ。
 現在黒の騎士団に入る者を選別しているのはマオだけだが、この男も使えるようになれば地方でもレジスタンス集めがしやすくなる。

 ルルーシュは一階で逃げ出そうと奮闘しているように見せかけて政庁を走り回っている咲世子とクライスに指示を出しながら、階段で一階を目指した。
 エレベーターに乗り込めばすぐに停止させられてしまい、そうなれば閉じ込められて終わりだからである。
 次々に来る兵士達を自身のギアスで支配下に置き、陽動させたりあるいはルルーシュを追う振りをするように指示をする。

 監視カメラの方は、アルフォンスがハッキングをかけて使えない代物にしてある。
 以前ゼロの身代わりをした時の報酬としてハッキングを伝授したのだが、ここに到って大いに活躍の場を得た。

 何としてでも脱出せねば、己の正体を知りながらも危険な橋を渡ってくれた藤堂達や咲世子に、申し訳が立たない。
 ルルーシュは次々にギアスを使ってはブリタニア兵を自身の手駒に変え、コーネリア達を攪乱させていく。

 「お前達はここからコーネリアを通すな!そちらのお前達は俺とは逆方向まで行き、そこで互いに撃ち合って死ね!」

 「イエス、ユアハイネス」

 (マオからも正確な情報が送られてくる。これで失敗するわけにはいかない!)

 ルルーシュはそう決意すると、己のジャンルではないと口にすることなく一路一階を目指すのだった。



 「19階にてブリタニア兵の死体が数名、確認されました。
 また、数名のブリタニア兵が離反、ルルーシュ様についた模様です」
 
 わざと送られたブリタニア軍人達がルルーシュを逃がす行動を捉えた画像を見せられたコーネリアは、額を押さえて呻いた。
 近くにはV.Vがモニターを見つめながら、足をぶらぶらさせて応接椅子に座っている。

 「何ということだ・・・ここまでルルーシュの影響力があったとは」

 ギアスを知らないコーネリアは、かの有名な閃光のマリアンヌの忘れ形見であるルルーシュにブリタニア兵が付き従っていると思い込んだ。
 ルルーシュは全てのブリタニア兵を支配下に置かず、一部は殺し合わせまた始末することでそう考えるように仕向けているのだ。

 (あの子は昔から頭が良かった。クロヴィスはあまり政治に関心がなかったから、その隙を突いて少しずつ影響を持つようにしていったのだろう)

 敵国のエトランジュですら、ブリタニア皇族のルルーシュに同情したのだ。
 生母マリアンヌの人気の高さとルルーシュの悲劇性、さらにその頭脳があればギアスがなくとも充分に考えられる事態だったので、コーネリアの判断は至極真っ当なものだった。

 「マリアンヌ様の御子息が生きておられたら、と言っていた者も少なくありませんでした。
 ルルーシュ様がゼロだと知っている者は少ないでしょうが、ルルーシュ様としてなら命令を聞く者はそれなりにいたのではないしょうか?」

 「そうだな、ギル・・・マリアンヌ様の事件では何の捜査もしなかった陛下に不満を持っていた者も多かったから、あの方の長子が生きていたとなれば従う者がいても不思議ではない」

 自分だって父が捜査をすると信じて疑わなかったのに、まるでなかったことのように扱うその態度に驚いた。
 加えてルルーシュとナナリーを捨て駒のように扱うシャルルに、他の兄妹達より大事にしていたように見えていただけになお愕然としたのをよく覚えている。

 「これでは誰が敵か味方か解らない・・・内部からハッキングが仕掛けられているから、他にもルルーシュに回った者がいるとみるべきだろう」

 コーネリアが確実に信用出来るのが自身が本国から連れてきたグラストンナイツや一部の兵達のみで、自分が赴任する以前からいた軍人達を完全に信用することが出来ない状況に途方に暮れた。

 そこへV.Vが不愉快そうに呟いた。
 
 「いつだって男をたぶらかすのは女だよ。
 僕の大事な弟をたぶらかしたあの女の息子だから、あんな力になっちゃったんだ」

 「・・・誰のことを言っている?」

 “あの女の息子”がルルーシュを指しているとすれば、“あの女”は当然マリアンヌのことだろう。
 しかしマリアンヌはごく若くしてシャルルの妃になっており、他に男がいたとは思えない。

 「貴様、マリアンヌ様を侮辱する気か?!」

 「おっと、余計なこと言っちゃったな。そろそろシャルル・・・陛下が来る頃だから、僕出迎えの準備してくるね」

 姪に睨まれたV.Vは全く怯えてもいないくせにおっかないなあと言いながら部屋を出て行った。

 「・・・姫様、あのV.Vという子供を野放しにしておいてよろしいのですか?」

 「私とて出来ることならそれこそ牢に閉じ込めて聞きたいことが山のようにある!
 あの子供の言は明らかにルルーシュについてこちらが把握していないことまで知っている口ぶりだし、先ほどもマリアンヌ様について何やら言っていたからな・・・!」

 ギルフォードの諫言を肯定しながらも、あの子供には手を出すなとの命令が父シャルルから下っているコーネリアには、どうすることも出来ない。
 政庁に送ったあの子供を尋問しようとした矢先に、シャルルがその子供を釈放しその行動について制限を加えるなと言われた上に何も聞くなとまで命じられたのだ。

 「皇帝陛下直轄の機関の者らしいが、あんな子供が指揮を執っていたり陛下から何の沙汰もないのに特区でルルーシュを捕獲したり・・・訳の分らん行動が目立つ」

 「・・・そういえば姫様、ルルーシュ様があの子供に捕まった際その正体に気付いたかのような言動をなさっておいでだったような・・・」

 彼が名乗った瞬間、『まさか貴様は!!』と正体に心当たりがあったような台詞をルルーシュが口にしていたと言うギルフォードに、コーネリアはルルーシュがゼロと聞いて絶句していたためによく聞いていなかったので眉根を寄せた。

 「何?ではルルーシュは陛下直轄の機関の者だと知っていたのか?」

 「聞く限りではそんなニュアンスではなかったように感じました。
 それに、私がルルーシュ様の知り合いかと聞いたら『子供の頃顔くらいは合わせた』と妙なことを言っておりましたし」

 「どういう意味だそれは?」

 コーネリアに尋ねられても、ギルフォードにも意味は解らない。
 子供の頃と言ってもV.Vが子供の頃なら今だし、ルルーシュが子供の頃ならあのV.Vはどんなに年長に見積もっても当時は幼児以下である。

 (ルルーシュにあの子供について聞くべきだったか?いや、あの子が素直に話してくれるとは思えないし・・・)

 皇室を司る父の直轄機関の者とはいえ、あまりにも不自然な行動にコーネリアは父に聞きたかったが、お前は知らなくともよいと言われてコーネリアは苛立ちを隠せなかった。
 何しろあの子供を含む機関の連中は、全くと言っていいほど情報を開示して来ない。

 黒の騎士団を警戒しているのではなくマグヌスファミリアの連中のほうを気にしていると言うので理由を聞いたが、極秘事項だからの一言で終わった。
 そのくせ黒の騎士団に壊滅させられた再建途中の式根島基地に運んで保管させていたというそれを政庁に運ぶように命じるなど、総督にして第三皇女である主君をないがしろにした行為にギルフォードはシャルルの命令でなかったなら即座に始末していると怒りを隠せなかった。

 「あの子供のことはいい、とにかくルルーシュを連れ戻すのが先だ。
 まだ監視カメラは元に戻らないのか?!」

 「ハッキング元が割り出せなくて、難航しております。
 ウイルスまで送ってきて、そちらの対処にも追われて・・・!」

 ルルーシュ直伝の実に悪辣なハッキングとサーバーアタックは政庁内からだと解ってはいるのだが、回線が混線させられているので出所が解らなかった。
 よって人海戦術でルルーシュを連れ戻そうとしたのだが、ルルーシュの有利になる行動を取るので敵味方が不明なこの状況では駒を動かすことも出来ない。

 状況が状況のためギルフォードもナナリーを探しに出ることが出来ず、コーネリアは自ら末弟を連れ戻しに出ることを決意した。

 「もういい、私が出る!
 上空から脱出出来ないよう、ダールトンに命じてVTOLを配備させろ。
 内部システムを混乱させられている以上エレベーターは使えないから、VTOLで一階に降りる!」

 「イエス、ユアハイネス」

 その命令を受けたダールトンはルルーシュの命令には従うが、優先するのはルルーシュの命というだけで普通にコーネリアの命令にも従う。
 よってダールトンはその命令に従うべく兵を動かしたが、その様子をマオから聞いたアルフォンスは、コーネリアの命に従うべくユーフェミアの部屋を出ようとしたダールトンに小声で命じた。

 「VTOLのシステムエラーを装って、コーネリアを一階に降ろすな。全力でルルーシュ皇子を見逃せ」

 「・・・解った」

 ルルーシュによりアルフォンスに従えと命じられているダールトンはその言葉を聞き入れると、目のふちを赤く輝かせて屋上へと向かう。

 腹心の部下が自身の意志ではないとはいえ既に己の指揮から外れていることを知らないまま、コーネリアはギルフォードを従えて執務室を出て行った。

 
 
 ギアスに操られたロロは、誰に止められることなく一階に下りるとそこにはルルーシュの姿をした咲世子とクライスがいた。
 トラックを地下駐車場に入れることは禁止されていたから地一階に駐車するように指示されたためで、それ故に藤堂達が乗り込むことが出来たのである。

 「ルルーシュ様が仲間にしたというロロという少年でしょうか」

 「ああ、あの子だな。ちょっと俺が話してくる」

 クライスは喉の調子を確かめると、咲世子に声が聞こえない範囲まで距離を取ってから
ロロに向かってギアスを発動する。

 「悪いな、ちょっと“ギアスを忘れてくれ”

 クライスのギアスは聴覚型で、“相手の記憶を奪う”ものだった。
 たとえば“母親のことを忘れろ”と言えば相手は自分の母親が誰か、どんな人物だったのかすら思い出せなくなり、“主君を忘れろ”と言えば主君に関する事はむろん、主君から受けた命令のことすら忘れてしまう。
 ただ時間制限があり、24時間経つと再びその記憶は蘇る。
 しかもその間は新しくギアスをかけられないという、そこそこ強力な割に使い勝手が悪いギアスだった。

 さらに聞いた者すべてに作用するため、味方が耳をふさぐか声が聞こえない距離まで離れるという前準備がなければ使えない。
 味方がうっかりギアスにかかろうものなら非常にまずいせいで、滅多に使えなかった。
 聴覚型はギアスによるが自動発動型に次いで、非常に使い勝手の悪いギアスなのである。

 ロロがそのギアスを聞き入れて新たに目を赤く光らせた瞬間、ロロはギアスに関することすべてを忘れていた。
 ただしあくまでギアスに関する事なので、自分がギアス嚮団員であり暗殺をして暮らしていたことははっきりと憶えている。
 ただ、どんな手段で人を殺していたかが思い出せないだけだった。

 「悪いな。でも一日経ったら元に戻るから、少しだけ我慢してくれ」

 よろめいたロロをしっかり受け止めたクライスは謝罪しながら彼の頭を軽く撫でると、彼を連れてルルーシュと合流する予定のトラックに乗り込む。
 ちなみに咲世子は見張りのために車外にいる。

 「すみません藤堂中佐。咲世子さんと今戻りました」

 「ああ、ご苦労だったなクライス君。君がロロ、かな?」

 藤堂がそう尋ねると、ルルーシュのギアスが切れたロロはきょろきょろとトラックを見渡した。
 そして見知らぬ日本人がいることに驚きギアスを発動させて殺そうとしたが、手には何の凶器も持っていないことに気付いたのでどうしようかと戸惑った。

 (あれ・・・どうすればいいんだろ。僕、何で武器も持たずにここに来たの?)

 「ちょっと疲れてるみたいなんで、休ませてやって貰えませんか?世話は俺がするんで」

 「む、あの距離を走って来たのか?疲れるのも無理はないな。解った、任せよう。
 それと、ロロといったかな?ゼロ・・・ルルーシュ皇子から話は聞いている。これまでブリタニアで暗殺者をさせられていた子だとな」

 「もう大丈夫だからな。ほら、早く入った入った」

 てっきり即座に追い出されると思っていたのに、逆に迎え入れられたロロはどきまぎした。

 「あの、ここは・・・」

 「ああ、俺達はゼロの協力者だ。今から救出するから、もうちょっと待っててくれな。
 残りもんで悪いけど、これ食うか?」

 卜部がファーストフードで買い求めたアップルパイを差し出すと、ロロはおずおずとそれを受け取った。

 (僕、何でここにいるんだろ?僕が敵だって知ってるのに、何でこいつら何もしてこない?)

 「ゼロからお前のことを頼むって言われてるからな。あいつが来るまで待ってろ」

 クライスの言葉にロロは初めて優しくしてくれたルルーシュを思い出した。

 (・・・僕、彼に言われて来たのかなあ。だめだ、思い出せないや・・・)

 ロロはギアスを綺麗に忘れているため、何とかこいつらを殺さなくてはと思いつつもどうすることも出来ずに途方に暮れた。
 しかも敵であるはずの黒の騎士団員は揃って自分に優しくしてくれるので、なおさらだった。
 クライスはロロのギアスは止められない以上、彼に殺されることを防ぐためにはこの方法しかなかった。
 しかも制限時間があるらしいので、なおさらだ。詳細な情報をマオから得ていたクライスの作戦勝ちである。

 「・・・僕をどうするつもり?」
 
 ロロが平静を装いながらもどこか恐れを含んだ声音に、藤堂が噛んで含めるように言い聞かせた。

 「急に環境が変わることになるから不安だろうが、我々は君に何もしない。
 また、君に殺しをさせる気も全くない。今はよく解らないかもしれないが、普通の生活を知ってごく普通の幸せな子供になって欲しいと思う」

 「・・・あの人が、ここに来るの?」

 「ああ、君を助けて欲しいと頼まれた。もう少し待っていてくれ」

 藤堂はそう言うと、トラックの窓から顔を出して上の騒動を見つめた。

 「ゼロはまだ上にいるのか?もう少しかかりそうだな・・・クライス君?」

 「・・・やべえ、あいつら考えたな」

 現在の状況を確認していたクライスの呟きに、ラテン語だったが表情がまずい事態になったようだと悟った藤堂と卜部が眉を寄せた。
 
 「藤堂中佐、やばいですよ。階段を封鎖されました」

 「何だと?」

 「階段で何とか三階まで来たんですけど、三階以下は別の階段になってるんで一階までの階段まで移らないと駄目なんですよ。
 で、一階から三階を繋ぐ階段に繋がるドアを開ける手動装置が壊されたらしいです」

 政庁内は基本自動ドアだが、万が一に備えて手動でも開け閉めが可能になっている。
 アルフォンスのハッキングによりシステムはある程度自由に操作出来ていたのだが、三階にいた兵士がこれ以上テロリストを逃がすまいとしてとっさの判断で手動装置を壊したのである。
 さらに手動装置が壊れると自動装置が連動して電力を落とす造りになっているため、システムを動かすだけしか出来ないアルフォンスではどうにもならなかった。

 いくら心が読めるマオでも、こういうとっさの判断などあらかじめ読むことは出来ない。そしてルルーシュも、三階にいる兵士をどうこうするすべはなかった。

 「・・・三階、か。飛び降りれない高さではないな」

 「藤堂中佐?」

 藤堂はちらっとトラック内にあった政庁に送られる品を見渡すと、クライスに言った。

 「ゼロに伝えてくれ、三階のバルコニーまで来てほしいと・・・そうすれば助けられる」

 「どうやって?パラシュートなんてありませんよ」

 「少々怪我をして貰うことになるかもしれんが、脱出させてみせる」

 藤堂少し危ない橋だが、と前置きして、卜部に指示を出した。
 クライスは無茶だと思ったが、他に方法が思い浮かばずそれをギアスでルルーシュに伝えた。

 《・・・ってことなんだけど、どうするよ?》

 《ドアを壊すしかないと思っていたが、それでは時間がかかり過ぎるからな。
 何せあれはテロリスト対策のドアだ》

 何故階段が一階から三階までと三階から最上階に分けられているのかと言うと、テロリストの侵入を三階までで阻止するためだった。そのため、三階のドアは特別頑丈に出来ているのである。

 《・・・解った、すぐに行く。バルコニーまでは十五分・・・いや、七分弱で着く》

 ルルーシュの体力は限界だったが、そんな弱音を吐いている場合ではない。
 自身の駒にした兵士達を使い、血路を開いて藤堂達がいるトラック方面に向けて走り出させた。
 もはや人目を気にしている場合ではないと、ルルーシュは一秒半ほど迷ったが他に方法がなかったため、兵士の一人に己を背負わせての移動である。
 幸いルルーシュが標準よりも細かったのが、背負わされた兵士のせめてもの救いだった。

 「卜部、クライス君、急いで準備を!」

 「承知!!」
 
 「ラジャーっす!」

 藤堂の指示を受けた二人は、トラック内に積まれてあったユーフェミア皇女への献上品であるこたつ布団をトラック内に置いてあった台車を使って運び出した
 普通のこたつ布団に比べて軽く、少し距離があったが何とか手早く使えそうな物を運んで即席の救命緩衝材を作ることに成功する。

 一方、咲世子はそのままだとルルーシュが二人いる状況になってからくりがバレてしまう恐れがあるため、一度変装を解いた。
 そしてトラック内で手早くユーフェミアに献上された着物の中から大きなものを選び、いくつか持っていたナイフで切り裂き輪ゴムで数ヶ所留めて持ってきた。
 ロロはその様子をただ唖然として見つめるしかなかったが、留守番を頼まれた隙に脱出しようかと考えたがトラックの出入り口に電子ロックをかけられたので不可能だった。

 「即席の救命ネットを作りました。ルルーシュ様はまだでしょうか?」

 「まだみたいだ・・・いや、来た、来たぞ!!」

 クライスが知らせると、咲世子が双眼鏡を取り出して上を見ると政庁の光に照らされてうっすらとルルーシュの姿が見えた。

 「間違いありません、ルルーシュ様です」

 ルルーシュはすでにクライスから準備は出来たと聞いていたため、三階のバルコニーから出て来たのを確認して卜部と藤堂が着物で作った即席の救命ネットを広げた。

 一方、VTOLに乗りこんで一階を目指していたコーネリアは三階のバルコニーに立つルルーシュを見つけ、彼が何をしようとしているかに気付いて顔を青ざめさせた。

 「ルルーシュ、一階にいたはずでは・・・?!
 いや、何をするつもりだ、ルルーシュ?!まさか飛び降りるつもりでは・・・」

 「姫様、あれを!下に誰かいます!」

 ギルフォードが双眼鏡で確認すると、そこには日本人の男が二人と白人の少年が一人、そして日本人の女がいた。

 「黒の騎士団か!ダールトン、下に急いで向かえ!あの連中を撃て!」

 「なりません姫様!ルルーシュ様が飛び降りた時に撃ってしまえば、ルルーシュ様の御身が・・・」

 「くっ・・・!ダールトン、あそこにこのVTOLを降ろせ!」

 「・・・システムがおかしくなっています。少々難しいかと」

 「何だと?!こんな時に・・・!!」

 コーネリアは歯噛みしたが、いざとなればパラシュートででも降りることは可能だ。
 その準備をギルフォードにさせながら、コーネリアはルルーシュの姿をじっと見つめた。

 「大丈夫だ、緩衝材は用意した!必ず受け止めるから、飛び降りるんだ!!」
 
 藤堂が叫ぶと、ルルーシュは笑みを浮かべた。

 「・・・受け止めるから、か。ならば頼むとしよう。お前達は誰もここを通すな。
 ・・・行くぞ、藤堂!!」

 ルルーシュはためらうことなく藤堂らが用意した救命ネットに向かって飛び降りた。

 「ルルーシュ!!」

 コーネリアが叫んだ。
 ルルーシュの身体が冷えた空気の中に舞い落ちて、ピンと張られた最高級の着物で出来た救命ネットに当たり、一度弾みをつけてからこたつ布団で造られた緩衝材に当たって止まる。

 「ぐうっ・・・!」

 「大丈夫ですか、ルルーシュ様!!」

 咲世子が心配そうに尋ねると、ルルーシュは情けないような笑みを浮かべた。

 「はは、思っていたより衝撃があったな。だが・・・大丈夫だ」

 「よかった・・・!」

 咲世子がルルーシュの手を取って立ち上がらせようとしたが、やはり衝撃があったのかルルーシュは呻いてよろめいた。

 「っつ・・・!」

 「ルルーシュ様!トラックまでわたくしがおぶりましょうか?」

 「・・・女性にそんなことは」

 ルルーシュは女性におぶって貰うなどと言いたかったのだが一刻を争うので言うに言えず目を動かしていると、卜部がやれやれと言いながらおんぶをする姿勢をとった。

 「俺ならいいだろ。そんなザマじゃかえって邪魔だ。さっさと行くぞ」

 「卜部・・・助かった。藤堂も、その・・・ありがとう」

 顔を赤くしながら礼を述べるルルーシュに、藤堂と卜部はふっと笑う。

 「何、チョウフでの借りを返したまでだ。
 後から事情を聴いた後、心配をかけた罰として少しばかり説教をさせて貰おうか」

 「・・・お手柔らかに頼む」

 ルルーシュは自業自得だと諦めながらも、叱られるという状況を心地よく感じた。
 ルルーシュが卜部におぶさると、一同はさっそくトラックに向かって走り出す。

 「コーネリアは上のVTOLにいるが、俺の手の者がいるし俺がいる以上撃てはしない。
 さっさとここから脱出するぞ」

 「承知!」

 ルルーシュはここからゲットーへの脱出方法を考えた。
 
 (トラックは捕捉されているから、しばらくしたら捨てる方がいいな。
 藤堂達が乗って来たトラックに乗り換えて、ふた手に分かれよう。
 朝比奈達がゲットー近くにいるし、隠密に移動が出来る)

 
 ルルーシュが考えているとすぐにトラックに到着し、一同はさっさと乗り込んで卜部がハンドルを握った。

 トラック内で一人取り残されたロロは途方に暮れていたが、戻って来た一行とルルーシュを見て驚きの声を上げる。

 「あ・・・ゼロ!」

 「ロロか、ちゃんと待っててくれたんだな」

 ルルーシュはフラフラする身体をトラックの壁にもたれかけさせると、ロロの頭を撫でた。

 「勝手にこっちに来させてすまなかった。強引だったが、これしか方法が見当たらなくてな」

 「・・・・」

 「そんな顔をするな、お前は俺が責任を持つ。
 お前のあの状況がどんなに異常なものなのか、俺達と暮らせばよく解ると俺は信じている」

 ルルーシュはそう呟くと、ロロの顔を抱き寄せて再度頭を撫でた。

 「なあ、ロロ・・・あんな最低な大人ばかりじゃないんだ。今から向かう場所は、頼っていいと言ってくれる大人がたくさんいるところだから・・・」

 「・・・頼る、ですか?」

 目を瞬きさせて尋ねるロロに、ルルーシュは頷いた。

 『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ』

 実の父親からそう言われたその日から、全ての大人の言葉を素直に信じたことなどなかった。
 いつか自分を裏切るのではないか、利用価値がなくなれば見向きもされなくなるのではないかと、そう考えて大人というものを見てきたから。

 あれほど仲が良かった異母姉も、気にかけてくれた異母兄も、我が身可愛さに自分に会いに来ることすらしなかった。
 家族がこうだったのだから、どうして他人が信じられよう。
 だから助けを求める代わりに命令を紡ぐ声を得、かつて家族と繋いだ手を血に染めた。

 「スザクだって俺を裏切ってユフィの騎士になったんだ、誰も信じられないと思っていた。
 だからこれから先も、ずっとナナリーだけを信じて生きていくと思っていた」

 けれど、今は。 

 『頼られるのは悪い気分じゃない』

 『必ず受け止めるから、飛び降りるんだ!!』

 『大丈夫ですか、ルルーシュ様!!』

 どれほどの危険があるか知っていただろうに、それでも助けに来てくれたのは、自分の父親に侵略された国の者達だった。

 自分の判断ミスでこのような騒動に発展したというのに、心配をかけたと叱ってくれた大人達がいるとは、先ほどまで想像もしていなかった。

 「ありがとう・・・」

 ルルーシュは無意識にそう礼を言うと、次は謝罪しなくてはならないなと思った。
 まずは自分の判断ミスと、自身の出自を隠していたことと、ああ、他にも謝らなくてはならないことがたくさんある。

 そして一番大事なことは・・・・。

 七年前の枢木家で、スザクの父枢木 ゲンブとの婚約話にショックを受けて姿を消したナナリーは、探し回った自分に何と言っただろう。

 (確か、あのあとは・・・そう)

 『心配をかけて、ごめんなさい』

 その言葉を思い出したルルーシュは、小さく眼を閉じた。




[18683] 第十五話  閉じられたリンク
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/12 10:37
 第十五話  閉じられたリンク



 「飛ばすぞ、身体をどこかに寄せろ!」

 ハンドルを握った卜部の声に、ルルーシュはロロを抱き寄せて衝撃に備えた。
 藤堂、咲世子、クライスの三人も、それぞれに身体を支えている。

 「追え、追え!!くっ・・・ルルーシュが中にいる以上、手荒な止め方は出来ん」

 トラックに入り込んだルルーシュ達にコーネリアは歯噛みしつつも、VTOLで追いすがる。

 卜部はルルーシュの指示で地下道に逃げられるポイントを目指し、アルフォンスが開けた門を強引に突破して政庁を抜けた。

 「次はポイントCまで急いでくれ。政庁内の俺の兵達には足止めするように言ってあるが、長くは保たない」

 「解った。にしても、あれだけの兵があんたの仲間とは、正直思わなかった」

 さすがはゼロだな、と卜部が言うと藤堂も頷いた。
 ルルーシュはギアスまでは知らされていないのだから無理もないと、ふっと自嘲する。

 「・・・ああ、俺も驚いたがな。それに、主義者もけっこう多かったから」

 ユーフェミアがナンバーズに対して穏やかな政策を取ったので、それに賛同する者達が日本に来たようだという一部の事実を告げると藤堂達はさらに納得したようだった。

 「コーネリアは上空から俺達を追跡しているが、既に手は打ってある。
 問題は追跡している連中だが、それもすぐに黙らせてみせる」

 コーネリアはルルーシュの正体を知らない一般兵に知られることなく、かつトラックを無傷で止めなくてはならないという困難極まる状況に置かれている。
 租界内の地図を丸暗記しているルルーシュは、一度トラックを捨てて地下道に降り、シンジュクゲットーに出ることにした。

 「ポイントCに車があるからそれを使って地下道からチヨダまで向かい、朝比奈達と合流する。
 そこからカツシカに戻ろう」

 「承知した。朝比奈達に伝えておく」

 藤堂が通信機で朝比奈と千葉に連絡すると、是の返事が返ってきた。

 「確か五人乗りだが車があったな。少し狭いだろうが、我慢してくれ」
 
 藤堂が無表情のロロに向けて安心させるように言うと、別にその程度のことをわざわざ言わなくてもいいのに、とロロは少し顔を揺らしたくらいで何も言わなかった。

 トラックは猛スピードでトウキョウ租界の街並みを突っ切り、それを必死で追いすがるブリタニア軍と警備隊、そして上空をコーネリアが乗るVTOLが追跡していた。
 夜なので車の通りが少なく、またテロリストを追っているのだと判断した市民達はシンジュクの二の舞になることを恐れ、たちまち車を止めて嵐が過ぎ去るのを待つ。

 「ポイントC、ビル群に入る」
 
 卜部はシンジュク殲滅作戦によりうまい具合に倒壊したビルの陰に、トラックを乗り込ませた。
 シンジュクは高層ビルが立ち並んでおり、日本を占領した際も相当な打撃だった上にシンジュク殲滅戦のせいでさらにビルがテトリスのように絡み合って倒れていた。
 その隙間にトラックが入り込んだので上空のコーネリアの視界を遮り、また追跡する軍の車や戦車、ナイトメアもうかつに入ることが出来ない。

 「どのように倒れているか把握していない以上、無理に入れば中にいるルルーシュもろともビルが完全に倒壊しかねん・・・!」

 追跡する側も地の利がなくあらかじめ障害物を調べて専用ルートを作っていたルルーシュ達にあっという間に突き放されてしまい、夜だったので視界が悪いせいでビルの中に入ることが出来なかった。

 「私が直接地下道に行く!!」

 コーネリアがパラシュートの用意をギルフォードに命じるが、ギルフォードは自分がパラシュートを装備しながら首を横に振った。

 「なりません、姫様!地下道は頑丈とはいえ、いつ崩れるか解りません。
 しかもあそこはテロリストどもが使っている場所、何が仕掛けてあるが知れたものではありませんから、私が参ります」

 「その程度の危険、恐れる私ではない!」

 「私が恐れます、姫様!!今のルルーシュ様はブリタニア皇族を敵とみなしでおいでで、サイタマやナリタでも貴女様を殺そうとなさった。
 今回もそうしないという保証がない以上、ここは私にお任せを!」

 ルルーシュとコーネリアとの会話を聞いていたギルフォードは、ルルーシュが彼女を敵と決めて戦う意志を固めたことを知っている。
 弟と知らずに戦っていたコーネリアとは違い、ルルーシュは戦っている相手をコーネリアと認識したうえで容赦なく殺そうとしていたのだ。
 よっていくら何でも敵のテリトリーでありあまりにも危険な地下へと主君をやることを、ギルフォードは避けたかったのである。

 「・・・解った、お前に任せよう。
 だがギルフォード、他は始末しても構わないが、ルルーシュだけはなるべく無傷で連れ戻して欲しい。
 私のわがままだと解っているが・・・頼む」

 「イエス、ユア ハイネス。では行って参ります」

 ダールトンはコーネリアを降ろすなとは命じられていたがギルフォードまでは命令に含まれていなかったので、彼を地上に降ろすべくVTOLを空中停止させた。

 「私も追いたいが、コーネリア様をお守りせねばならん。任せたぞ」

 「は、ルルーシュ様を必ず、無事に保護して参ります」
 
 ギルフォードはそう言うと、VTOLから飛び降りた。
 そしてパラシュートを開き、あっさりと地上に着陸する。
 
 「これより、テロリストを追跡する!
 トラックに生命反応があるかを確認しろ。ないならトラックを爆破し、追跡を再開する」
 
 ギルフォードはトラックに阻まれて突入出来ない追跡部隊に、てきぱきと指示するのだった。



 一方、ルルーシュ達はトラックから降りて地下道に降りていた。
 地下を走ってしばらくすると、廃墟と化している地下鉄に出る。

 日本各地にあるゲットーや地下道にはいざという時のために車を隠し置いてある。
 しかも他の人間に勝手に持っていかれないよう、パスワードを入力しなければエンジンがかからない仕組みになっていた。
 地下道に駐車していた車を見つけると、卜部がハンドルを握って皆が乗った。

 「ここからなら、チヨダまですぐだ」

 卜部がアクセルを踏んだ刹那、そこで遠くから爆発音がした音が地下まで響き渡って来た。

 「トラックが破壊されたようだな。来るぞ」

 「しつこい奴らだ。飛ばすんで、シートベルトしといてくれ!」
 
 グンとスピードが増した車の中、定員オーバーなのでルルーシュはシートベルト代わりにロロを抱き寄せる。

 「俺に掴まっていろ。放すなよ」

 「は、はい・・・」

 ぎゅっとロロがルルーシュの胸のあたりを握りしめると、ルルーシュはふっと笑みを浮かべた。
 
 「よし、もうすぐチヨダだ」

 卜部がクダンシタ駅の地下に車を止めると、一同が車を降りようとした刹那、ルルーシュとクライス、そしてロロは違和感を感じて立ち止まった。

 「?!」

 くっと立ちくらみを起こしたように動きを止めた三人に、藤堂と卜部もどうしたと駆け寄る。

 「どうした、貧血でも起こしたのか?」

 「猛スピードで走ったから、無理もない。卜部、水か何かを・・・」

 藤堂がルルーシュとロロ、卜部がクライスを支えながら心配げに顔を覗き込むと、ロロはクライスから“ギアスを忘れろ”と言われ、さらにルルーシュから“トラックに乗り込め”と命じられたことを思い出した。
 そしてルルーシュとクライスは、繋いでいた手を突然放されたかのような感覚を同時に感じて思わず呻く。

 (何だこりゃ・・・どうしたってんだ?!ゼロ、どうなったと思う?)

 エトランジュが無理をして繋いでくれているギアスを通じてクライスがルルーシュに尋ねたが、ルルーシュからはむろんエトランジュからすら何の応答もない。

 「な・・・何だ・・・?」

 クライスが驚愕の目でルルーシュを見つめると、ルルーシュも同じ表情を返して来たので自分だけではないことを知った。

 「・・・おいおい、マジかよ」

 ラテン語の呟きだったので藤堂達は首を傾げるが、クライスは止まっている場合ではないと顔を上げた。

 「話は後だ!とにかく逃げましょう!」

 「そ、そうだな。ロロ、行くぞ!」

 「え、う、うん・・・」

 ロロも二転三転する訳の解らない状況に混乱したが、ルルーシュがしっかりと手を握って走り出したので思わず自分も後を追った。

 (ギアスにかけられてたんだ、僕・・・でも、自分に従えじゃなくてここに来いって・・・それにこの人もギアスを忘れろって言っただけだし)

 ロロはクライスのギアスをよく把握していなかったので、命令系のギアスだと判断した。
 だから大した命令をしてこない二人の意図が読めず、混乱する。

 いきなり回復して元気に走り出した三人の様子がよく解らなかった藤堂と卜部だが、追及するどころではないので同じく朝比奈達と合流すべく地上に上がった。

 「朝比奈、千葉!!」

 「お待ちしておりました、藤堂中佐!!
 先ほどブリタニアの大型軍用ヘリが一機、上空を通っていったのですが・・・」

 合流ポイントで待っていた朝比奈の報告に、ルルーシュは眉をひそめた。
 
 「ヘリ、だと・・・政庁からか?」

 「いや、西からだったな。中佐達が来るちょっと前に政庁方面へ飛んで行ったが・・・」

 目的は解らないと言う朝比奈に、ルルーシュは政庁に向かったのならそこにいるマオ達からの報告を聞こうと考えた。

 「解った、そちらのほうはアルカディア達に探って貰うとしよう。
 それより、先に礼を言わせてくれ・・・助けてくれて感謝する」

 ルルーシュが滅多に言わない感謝の言葉を内心気恥ずかしい様子で言うと、朝比奈と千葉は顔を見合せた。

 「はは、まさかゼロを救出に向かうことになるとは思わなかったけどね」

 「全くだ。しかし、本当にブリタニア人だったんだな・・・」

 顔立ちの飛びぬけて良い紫色の瞳をした少年を、千葉は思わずまじまじと凝視する。

 「ゲットーの方に軍隊は来なかったんで、俺らの出番はこっちに迎えに来るだけでしたね。けどいつ来るか解りませんから、とっとと行きますよ」

 「同感だ。ではもう一回乗り換えだ。もう少しだ、頑張ってくれ」

 ルルーシュは真っ先にロロを車に乗せると、千葉が同じくブリタニア人の少年に視線を向けて藤堂に訊ねた。

 「どうしたんですか、この子?ブリタニア人みたいですけど」

 「ああ、ブリタニア軍の特殊機関の子供らしい。何でも幼い頃から暗殺者として育てられて殺しをさせられていた子だそうだ。
 ゼロが説得して連れて来た」

 「子供を戦争に使うっていうのは聞く話ですが、実際見ると腹立ちますね。
 子供だからそれはいけないとイーリスちゃんを止めた中佐の爪の垢でも煎じて飲めばいいのに」

 千葉がぼそっと低い声で吐き捨てると、朝比奈も確かに、と乾いた笑みで同意する。

 「ブリタニアの暴虐の生き証人でもある。大事にしてやってくれ」

 「ああ、そう言う意味もあるか。承知した」

 ルルーシュに言われてさすが情理で動けるゼロ、と朝比奈が納得すると、朝比奈達が用意したワゴンは一路、カツシカへと走り出した。

 「仙波中尉からナナリー皇女の様子を聞いた。まだ起きてゼロ・・・ルルーシュ皇子の帰宅を待っているとのことだ。
 ただ、エトランジュ様がまだお戻りになっていないとのことでそれが気になる」

 千葉の前半の報告に安堵したルルーシュだが、後半のそれに眉をひそめた。

 「俺が頼んだのはアッシュフォード学園の俺の部屋の隠し収納庫に連絡用の携帯を隠してくれというだけだったんだが・・・もう戻っていい時間帯だぞ」

 一度行ったことのある学園である。さほど迷うこともないし租界に検問を張られてもさして不審に思われることはないはずだと言うルルーシュに、またしてもイレギュラーかと頭を抱えた。

 (もしかして、リンクが切れたのはギアスの使い過ぎによるものか?
 あれだけ長い間ギアスを使っていたのは初めてだろうから、考えられなくはない)

 もしそうでもまだジークフリードが彼女の傍にいるはずだから大丈夫だとは思うが、最悪の事態ということも考えられる。

 「俺、トウキョウ租界に戻る!アッシュフォード学園に行かないと!」

 「待て、今はまだ危険だ!この騒ぎが収まるまではやめたほうがいい!!」

 今にも飛び出さんとするクライスを、藤堂と朝比奈が抑え込む。

 「中佐の言うとおりだ!君まで捕まったら今までの苦労が水の泡だよ?!」
 
 「けど、俺はエディの護衛なんだよ!何かあったら助けに行くのが当然だろうが!!」

 車の中で暴れ出すクライスだが、しばらくして何かに驚いたような表情をした後、徐々に動きが止まっていく。

 「・・・?どうしたんだクライス君」

 「・・・解った、解った」

 ラテン語でそう呟いたクライスは、途端に暴れるのをやめた。

 「すんません、藤堂中佐、朝比奈少尉。俺、頭に血が上っちまいました」

 「いや、それは君の立場なら当然だ。解ってくれてありがとう」

 だが確かにエトランジュが戻らないのは気がかりだ。速やかに基地に戻り事態を把握しようという相談がまとまる。

 そして車はさらにスピードを上げて、一路黒の騎士団本部のトレーラーへと向かうのだった。



 シンジュクにて、まんまとルルーシュに逃げられたコーネリアは頭上を通り過ぎて行った大型の軍用ヘリに眉をひそめた。

 「V.Vが寄越したアレはなんだ?」

 「解りませんが、アレを政庁内に入れたとの報告が・・・」

 ダールトンも主君を無視した勝手な振る舞いに怒りを隠せない様子で、コーネリアに進言する。

 「・・・残念ですが、この様子ではルルーシュ様は既にゲットーの方に逃走されたと思われます。
 ここはいったん政庁に引き上げて、改めて捜索する方が効率がよろしいのでは?」

 「信頼出来る者だけを厳選して、捜索するということか・・・」

 確かに敵味方が入り乱れているこの状況では、いつ誰がルルーシュに通じるとも限らない。腹心のギルフォードからも連絡がなく、ダールトンの言うとおり既にゲットーに逃げた可能性が高かった。
 何しろこのエリア11は租界よりもゲットーの方が広い上にイレヴンが味方についているので、地の利は圧倒的にルルーシュの方にあった。

 「・・・解った。ギルフォードに戻ってくるように伝えろ」
 
 「イエス、ユア ハイネス」

 苦渋の表情でダールトンの意見を聞き入れたコーネリアは、全軍に退却の指示を出して政庁へとVTOLを向かわせた。

 同時刻、チヨダ周辺の地下道で主君からの引き上げ命令を聞いていたギルフォードは急に襲った目まいの後、自身に起こった状況に眼鏡を外して額を押さえていた。
 彼の身体は滑稽なことに小麦粉に覆われており、先ほどもピンと張られたワイヤーに足を取られて転倒するなど無様な醜態を晒していた。

 常ならば引っかかるなどあり得ないトラップにこうも簡単に引っかかったのは、やはりルルーシュを追うことに集中したせいだと考えた。
 だが目まいと共に『全てのイレギュラーを見逃せ!!』とそのルルーシュに命じられたことを思い出したギルフォードは、何故かそれに是の返事を返した己をさらに訝しむ。

 (・・・白昼夢かなにかだろうか・・・そう考えるのが一番納得はするのだが)

 理論的にはそう考えるべき事態だとギルフォードは無理やり自己完結し、主君の命令に従うべく兵士達に帰還命令を出した。

 (あんな馬鹿げたトラップに引っかかりさえしなければ、ルルーシュ様に何とか追いつけたやもしれぬというのに・・・!
 姫様にどの顔でお会いすればいいのか)

 ギルフォードは己の不甲斐無さを罵りながら、シンジュクゲットーへと向かうのだった。

 

 政庁では、V.Vが遺跡経由で運ばせたギアスキャンセラーの適合体であるジェレミアが入れられたカプセル装置を見て大きく溜息をついていた。
 目を閉じて液体の中で眠っている彼だが、先ほど気圧ショックを与えられた際は苦痛に喘いで暴れたため、鎮静剤を投与したところである。

 「えー、これ一度使うとしばらく使えない状態なの?」

 「申し訳ございません、これはまだまだ研究段階でして」

 恐縮するギアス嚮団の研究員に、だったらV.Vはあんなところで使わせるんじゃなかったと後悔した。

 「研究所の外での実験は今回が初めてですが、半径もせいぜい100メートルほどです。
 無理に身体に圧力をかけてギアスキャンセラーを動かしますと壊れてしまう可能性があります。今の状態では十時間は休ませた方が・・・」

 「ゼロがいる辺りで発動させちゃえば、ロロを連れ去ったゼロのギアスが解けると思ったんだけどなー。
 結局ロロ、うまくやったのかなあ」

 V.Vは一部ハッキングを免れた監視カメラの映像から、ロロがルルーシュ達が逃走に使ったトラックに乗りこんでいたことを確認していた。
 そこでようやくロロもルルーシュのギアスにかかっていることを知ったV.Vは、懐にいるなら彼のギアスさえ解けば後はロロに任せればいいと考え、急きょ念のため復興途中の式根島基地に保管し、政庁に寄越す手はずになっていたギアスキャンセラーをシンジュクとチヨダ辺りまでやったのだが、今の状況ではロロがゼロを始末出来たかどうかは解らない。

 「まあいいや。とりあえずギアスキャンセラーが使えるようになったら、政庁にかけられたゼロのギアス解いちゃってね」

 「かしこまりました。では失礼します」

 研究員がジェレミアが入れられているカプセルを運び出すと、V.Vはこれで政庁にゼロことルルーシュの手駒はいなくなってひとまず安心だと機嫌がよくなった。

 だがそれどころではないのは、ギアス嚮団の研究員の心の声を聞いて事態を知ったマオと、それを聞いたアルフォンスである。

 《それでさっきからゼロと連絡が取れなくなったのか!とんでもないもん発明してくれちゃって!!》

 《さっさと僕達も政庁から離れないと、こっちのギアスも解かれてエディとも連絡が取れなくなるよ》

 今はそのギアスキャンセラーとやらは使えないのだから今のうちにと言うマオのもっともな意見に、アルフォンスは歯軋りしながらも頷いた。

 「・・・ユーフェミア皇女、ゼロは無事に逃げられたみたいだ。
 こっちも詳しい話を聞きに行きたいから、速やかにここから出たいんだけど」

 「そうなのですか?よかった・・・」

 ユーフェミアとスザクはその報告に安堵の息を吐くと、アルフォンスの言はもっともだが、姉により出ることを禁じられていると申し訳なさそうに言った。

 「あれだけの騒ぎですから、どうしましょう・・・」

 「・・・皇帝が来たら言いたいことがあるから残るって言ったら?
 あの女の性格上、たぶん帰れと言いだすと思うから」

 さすが敵対しているだけあって逆に相手の性格をよく把握しているアルフォンスの提案に、ユーフェミアは複雑な気分で受話器を手にして姉に連絡した。
 アルフォンスの読みは見事に当たり、ルルーシュを取り逃がしてしまったことを謝罪したコーネリアに、皇帝が来るのならルルーシュの件で尋ねたいことがあるから残ってもいいですかと言ったユーフェミアに慌てふためいた声が飛んだ。

 「・・・それは私からうまくお尋ねするから、お前は気にしなくていい。
 それに急に特区から出て来たのだからこれ以上残るのはよくない。騒ぎも収まったのだから、もう戻ったほうがいい」

 「・・・解りました。よろしくお願いします」

 今夜の詳しいことは後で話すし、国民達にはテロリストを追ったとだけ報道すると言われたユーフェミアは溜息をつきながら受話器を置くと、アルフォンスはさっそくパソコンを操作してハッキングの痕跡を綺麗に消してしまう。
 そして電話で車を一台用意して貰うと、一同は政庁を出る準備を始めた。
 
 マオが滅多に来ないであろうギアス嚮団員を最後に念入りに調べておこうとギアスを集中させると、マオは首を傾げた。

 (ラグナレクの接続、思考エレベーターってなんだろ?
 この研究員は専門じゃないみたいだけど、それを担当してる嚮団の研究員がいるみたいだなあ)

 アルフォンス達にも後で聞いてみようとさらにギアスの範囲を広めると、ギアスキャンセラーなるものを埋め込まれたオレンジことジェレミアの思考が飛び込んできた。

 《ゼロ、復讐、忠誠、ブリタニア!!我改造!!》

 (あー、駄目だこいつ。まともな思考回路してないな)

 マオは半ば憐れみを込めて彼の思考をシャットアウトしようとすると、さらに声が響いてきた。

 (マリアンヌ様守れず我、不覚!ルルーシュ殿下殺したイレヴン、死!)

 そういえばコーネリアの思考を読んだ時、アリエス宮の事件でジェレミアも警備を担当していたのでそこからコーネリアは彼とルルーシュとの間に繋がりがあると誤解していたっけと思い出す。

 そのルルーシュが彼をさんざんな目に遭わせた張本人である上、忠誠を誓った祖国により勝手に身体を改造されたジェレミアは実に哀れな男である。

 しょせん他人事なのでマオはそれ以上ジェレミアを気にかけず、ギアス嚮団員から正確な嚮団の位置を探ってから、だいたいの情報は得たと視線でアルフォンスに伝えた。
 既に政庁に用はないアルフォンスは了解すると、早くルルーシュの安否を知りたいユーフェミアに急かされた形で一同は部屋を出るのだった。



[18683] 第十六話  連鎖する絆
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/26 11:10
  第十六話  連鎖する絆



 カツシカの黒の騎士団本部のトレーラーに戻って来たルルーシュ達は、真っ先に最愛の妹の元へやって来た。

 「ナナリー!!」

 「ああ、お兄様、ご無事でよかった!!」

 ナナリーは涙を浮かべながら、駆け寄って来た兄に抱きついた。
 ナナリーは仙波から無事に政庁から出てきたと聞いてはいたがその声を聞くまではどうしても安心出来ず、じっとエトランジュの部屋で待っていた。
 頼みにしていたエトランジュもおらず、不安で寝ることも出来なかったのだ。

 「あの・・・事情はだいたいエトランジュ様から伺いました。
 戻ってきたら、話して下さるように言って下さると・・・」

 「・・・ああ、もう隠せないからな。すまない、お前に心配を掛けたくなくて」

 ルルーシュは申し訳なさそうに謝罪すると、ナナリーは首を横に振った。

 「いいえ、私も悪いのですお兄様。
 スザクさんを助けて欲しいなんて、それがどれほど大変なことか知りもせず気軽に言ってしまったから・・・」

 「スザクを助けたかったのは俺も同じだ。お前に言われたからじゃないから、気にするな」

 「はい、お兄様。でも、仙波中尉から伺ったのですがエトランジュ様がまだお戻りではないとか・・・」

 「ああ、俺も気にしていたから、至急対処をしなくてはと」

 「ですから、そちらを先になさって下さい。
 私達のためにどれほどの苦労をかけてしまったことでしょう。皆様も心配なさっておいでですし・・・」

 優先順位があると言うナナリーに、ルルーシュは感激した。

 (ここまで考える子になって・・・!やはり自分でいろいろするほうが成長するものなんだな)

 ルルーシュはナナリーの言葉に頷くと、どうしていいのか解らず途方に暮れているロロを見て言った。

 「この子はロロと言ってな、ブリタニアの特殊機関の子で暗殺を仕事にさせられていた子なんだ。
 心臓に負担がかかっているのに、無理やりさせていたんだぞあの男は・・・!」

 「まあ、酷いことを!!・・・おいくつくらいなんですか?」

 ナナリーが己の父親が恐ろしい所業をしたと聞いても疑問の声を上げることなく、ロロに憐れみの視線を向けるとルルーシュは優しく告げた。

 「お前と同じ、十四歳だそうだ。今後は俺の弟として共に暮らそうと思っている。
 縁は切ったとはいえ親のせいだし、俺について来てくれた以上どこにも行き先がないんだ・・・責任を取って俺が面倒をみるべきだからな」

 「え・・・?」

 ナナリーは急な話に表情を凍らせたが、確かに兄の言っていることが正論なのでナナリーは何も言えずに黙りこくる。

 「もうあの一族と縁を切りつくすためにも、新しい家族を迎えるのは悪い話じゃないと思う。
 ナナリーも弟妹が欲しいと言っていただろう?」

 ルルーシュとしては優しいナナリーが嫌がるはずがない、むしろ弟妹が欲しいと言っていたのだから喜ぶと思っての台詞だが、七年前と今では事情が違う。
 そのロロは弟にしてくれると聞いてどぎまぎしており、顔が赤くなっていることをクライスから指摘されているのがナナリーの耳に入った。

 「でも、私達はあの方をあんな目に遭わせた親の子ですし・・・」

 「それもそうだな・・・エトランジュ様の家に預けるという手もなくはないが」

 ギアスを持っている子供なのでうかつな家に預けるわけにはいかない以上、選択肢は二つしかない。
 よってルルーシュは、ロロに選ばせることにした。
 
 「ロロ、しばらくの間は俺達と行動を共にして貰う。
 俺達とエトランジュ様達と暮らしてみて、どちらがいいか選んでほしい」

 「僕が・・・選んでいいんですか?」

 自分が選ぶという行為など滅多にしたことがないロロが驚くと、一同はそれが妥当だなと頷き合う。

 「君もいろいろ気にするだろうが、少ない選択肢とはいえ選ぶ権利はある。
 何かあったらフォローするから、何でも言うといい」

 藤堂がそう言うと、千葉もロロの頭を撫でて言い聞かせた。

 「もうあんな危ない真似をしなくていいんだ。
 黒の騎士団には十五歳以下は戦闘に参加させてはならないって規則があるし、十五歳になっても戦闘を強制するのは禁止されてるのだから」
 
 「千葉の言うとおりだ。今日はもう遅いし混乱しているだろうから、こちらに来なさい。
 エトランジュ様達の部屋はナナリー皇女に提供したから、俺達の部屋を貸そう」

 「そうですね、中佐。どうせ今日は徹夜決定です」

 千葉がロロの手を取ろうとするが、ロロは警戒してさっと手を引っ込めてしまった。
 そしてちらちらとルルーシュの方に視線をやったので、一同は苦笑を浮かべた。

 「ずいぶん懐かれたようだな、ゼロ。ご指名だ」

 「そうか・・・まあ無理もないか。すまないがナナリー、ロロを休ませてくるよ」

 「えっ・・・はい、解りました」

 「エトランジュ様の件が片付いたら、お前には全て話す。
 今日はもう遅いから、お前も寝たほうがいい・・・今日は無理のようだからな」

 時計は既に十一時を回っている。いつも早めに寝ているナナリーとしては、夜更かししている方だった。

 ルルーシュはナナリーにキスしてからロロの方に足を向けると、彼の手を取って歩き出す。
 その前後にロロはナナリーを見つめ、自分でも解らない鋭い感情を込めた。
 目が見えなくともナナリーも何となく己も抱いているようなよく解らないそれを受け止めると、兄に手を引かれて部屋を出るロロを見送るのだった。



 時間は少し遡る。
 ルルーシュからの依頼を果たすため、エトランジュはジークフリードと共にアッシュフォード学園へと向かった。
 経済特区日本から戻るブリタニア人の父娘を装い、一路普通の車で目的のアッシュフォード学園に到着すると車を手近な駐車場に止め、アッシュフォード学園へ徒歩で向かった。
 平日の夜のせいかしんと静まり返っている。敷地が広いのでよく解らないが、寮の方に皆集まっているのだろう。

 「この時間帯ならば皆もう寮にいるはずだからクラブハウスには誰もいないとのことです。
 ゼロ用の秘密の通路があるので、こちらへ」

 ルルーシュがブリタニアに見つかった時そこから逃げるための逃走路がアッシュフォード学園にあった。
 それはまだルルーシュがアッシュフォード学園にいた時ゼロとして動くために学園を抜ける際に大いに活用されており、今回のように本来の目的とは違う使われ方しかされない通路である。

 ルルーシュから聞いていたパスワードを入力してその通路に入りアッシュフォード学園内部に侵入すると、エトランジュが苦痛をこらえるかのように額を押さえた。

 「大丈夫ですか、エトランジュ様。お辛そうですが・・・」

 「あんまり大丈夫ではありませんが、私がリンクを開き続けなくては・・・何とか頑張ります」

 さすがに虚勢を張っても無駄だと思うほど、エトランジュの疲労は限界にあったらしい。
 先ほどは青いほどだったが一転して赤くなった顔で気力で歩こうとするエトランジュを横抱きにしたジークフリードは、早足で歩き出す。

 寮の方は明かりが灯っており賑やかそうだが、クラブハウスはそこから離れているので誰にも見つかることなく室内に入ることに成功した。
 本当に誰もいないことを確認した二人は、足跡を残さないよう注意しながら二階にあるルルーシュの部屋に入った。

 家具だけ置かれた殺風景な部屋だが、毎日咲世子が掃除しているのですぐにでも住めそうな部屋だった。

 「北側の壁のベッド下・・・ここだな」

 ジークフリードが一度エトランジュをルルーシュのベッドサイドに座らせると、ルルーシュから聞いていたゼロの仮面と衣装を隠していた隠し収納に駆け寄った。
 収納庫は非常に凝った造りで、触ったり叩いたりした程度ではそこに収納スペースがあるとは全く解らない。

 神になることを目標とした男を描いた日本の漫画の主人公を見習って造ったそうで、開くには少々面倒な手順を踏まなくてはならない。
 ジークフリードが慎重に収納を開くと、そこにはクーラーボックスくらいなら入れられそうなスペースがある。

 そこに緩衝材に包んだ黒の騎士団に通じる携帯電話をそっと入れた。
 ラクシャータら黒の騎士団に所属する科学者が開発した物で、盗聴防止システムがついている特別製である。

 「エトランジュ様のギアスがあるとはいえ、今回のような事件を思えば藤堂中佐達とも連絡が取れた方がいいかもしれませんし、いいアイデアです」

 「そう・・・です・・・ね」

 エトランジュの傍から見ていて熱があると一目で解るほどの赤い顔に、ジークフリードは早々に帰って休ませるべきだと判断した。

 「早くゼロが脱出すればよろしいのですが・・・とにかく本部に戻りましょう」

 ジークフリードが収納を閉じ終えようとした刹那、隠した携帯電話がゆっくりと揺れた。

 「そういえば・・・電源を切るのを忘れていました・・・」

 何て単純なミスを、と慌ててベッドから立ち上がって携帯の電源を切ろうと走り寄ったエトランジュは、限界に達した身体では不可能で大きく転倒した。

 「エトランジュ様!!」

 慌ててジークフリードがエトランジュに駆け寄ると、エトランジュは大きく呼吸をして呻いている。

 「はぁ・・・はぁ・・・!すみません・・・!」

 「何をおっしゃって・・・とにかくすぐに戻りましょう」

 ジークフリードは改めて携帯の電源を切ったが、エトランジュに気を取られていた彼は着信履歴を見るということをしなかった。
 エトランジュならそれを指摘しただろうが、あいにく彼女は熱に浮かされてリンクを開くのが精いっぱいという有様だったので、ジークフリードのミスにすら気付いていない。

 ジークフリードはエトランジュを横抱きにしてルルーシュの部屋を出ようとした刹那、人の気配を感じてルルーシュの部屋へ戻り、鍵をかけた。

 「・・・・?どう・・・かなさい・・・ましたか?」

 「しっ、下に誰かいるようです」

 「・・・え?」

 「おそらく生徒会の誰かが忘れ物を取りに来たという程度でしょうが・・・彼らが去るまで待ちましょう」

 小声でそう言い聞かせたジークフリードは熱で潤んだ目で頷いた主君に大丈夫ですからと言い聞かせた。

 (シャーリーさん、ならもしかしたら見なかったことにしてくれ・・・るかも・・・)

 それ以外ならルルーシュに連絡して事態を打開する方法を聞かなくては、とエトランジュはルルーシュに報告しようとした。

 《ルルーシュ様、ルルーシュ様・・・ちょっとよろしいですか?》

 エトランジュが朦朧とした頭で呼びかけるが、何の返答もない。

 《あれ・・・ルルーシュ・・・様?》

 もしかしてギアスが止まったのかと不安になり、試しにジークフリードとリンクを開いてみた。

 《・・・ジークフリード将軍・・・聞こえますか?》

 《はい、エトランジュ様。ですが、目の前にいるのに何故?》

 無駄にギアスを使っている余裕はないはずだと眉をひそめて返事を返してきたジークフリードに、エトランジュは声で答えた。

 「・・・ルルーシュ様に何度も話しかけたのですが・・・返事がきません」

 「なんですと?何故?」

 「解りませんが・・・これでは下手なことが・・・出来ません・・・下にどなたがいるか解りませんが・・・やり過ごすのがよろしいか・・・と・・・」

 「かしこまりました。しかしゼロと連絡が取れなくなったのはおかしいですな。
 後で皆様に相談することにして、アルフォンス様にお知らせだけしておいたほうが」

 この事態になって、ジークフリードは連絡手段をエトランジュのギアスに頼りきりにしていたことを後悔した。
 今の今まで相手がリンクを切らない限り連絡が取れなくなるという事態にならなかった上、携帯などで連絡するよりよほど確実で安全だったのでそれ以外の必要がなかったせいだ。

 エトランジュは頷くと、さっそくアルフォンスに連絡する。

 《アル・・・にーさま・・・》

 《エディ、どうしたの?あ、もしかしてアッシュフォードの用事が終わった?》

 《いいえ・・・実はさっきからルルーシュ様と連絡が取れなくて・・・》

 《へ!?何で!?》

 《解りません・・・今・・・どんな状況ですか・・・?》

 エトランジュ達がルルーシュと連絡が取れたのは、ルルーシュ達がシンジュクからチヨダに向かう地下道に入ったことを確認したのが最後だった。
 少しは一息つけるかなと安堵していたところに飛び込んできた凶報に、アルフォンスは額を押さえた。

 《たぶん今頃チヨダに着いた頃だと思って、ちょうど連絡して貰おうと思ってた矢先だよ・・・。
 この状況でゼロがリンクを切ったとは考えにくいから、何か起こったと考えるべきだけど・・・!》

 伯父からの予知通り、本当に救出に失敗したのだろうかと最悪の事態が一同の脳裏を掠める。

 《・・・とりあえずこっちも何とかしてゼロの状況を調べてみる。で、そっちはどう?》

 アルフォンスに尋ねられたエトランジュが途切れ途切れに事態を伝えようとした刹那、階段を昇る音が響いてきた。

 (まずい、こちらに来るぞ。足音からして一つ・・・しかも急ぎ足だ)

 ジークフリードはとっさにエトランジュを抱えると、空になっていたクローゼットの中に押し込んだ。

 「ジークフリード・・・将軍?」

 「ひとまずここに御隠れ下さい。私ならともかく、貴女をブリタニアに渡すわけにはいきません」

 (幸い生徒会は一階で二階はゼロ達の生活居住区だと聞いているから、ここに来ることはないと思っていたが・・・)

 このクラブハウスは一階が生徒会室とリビング、バスルーム、ナナリーの部屋になっており、二階はルルーシュの部屋と空き部屋がいくつかある。
 基本的に生徒会メンバーと咲世子くらいしか出入りがないそうだが、現在夜は咲世子くらいしかいないがその彼女がいないので、警備員が巡回に来たことは充分考えられた。

 もしそうならアッシュフォードから脱出しなければ今度は自分達が不法侵入者として警察に突き出されても仕方ない。
 この場合はエトランジュだけでも助けて、自分だけ捕まるしかないとジークフリードは肚を決めた。

 そして、アッシュフォードのルルーシュの部屋のドアが開かれた。

 身構えているジークフリードの前に現れたのは、携帯を握りしめたシャーリーだった。
 見知らぬ壮年の男に睨まれた彼女は、当然のごとく驚いた。

 「だ、誰貴方・・・!誰か!!」

 女性一人ならと、ジークフリードが悪いと思いながらも口を押さえようと彼女を拘束した。

 「すまないが、少し黙っていて欲しい。君に恨みはないが、私達はここから出たいだけなんだ」

 「むー、む・・・!」

 (た、助けて・・・ルル・・・!)

 温厚な声音とは裏腹に自身の口を塞がれて腕で拘束されたシャーリーは、涙を流しながら恋した少年に助けを求めた。
 と、そこへクローゼットからエトランジュが呻きながら這い出てきた。

 「ま、待って下さい・・・その人は大丈夫ですから・・・!」

 「エトランジュ様!出てはなりません!」

 「?!」

 (あの子・・・ルルを迎えに来たエトランジュ様?!)

 「その方は・・・ルルーシュ様の味方・・・です・・・」

 「何ですと?」

 「ゼロの正体も知ってますから・・・放して差し上げて下さい・・・」

 「・・・承知しました。手荒な真似をして申し訳ない」

 ジークフリードが謝罪しながら手を放すと、シャーリーはげほげほと呻いて深呼吸する。

 「げほっ・・・あの・・・何かあったんですか?エトランジュ様達だけで、ルルはいないみたいですけど」

 「はい・・・少し頼まれごとをしたのでこちらに・・・」

 「よかったら私がしますよ。早くここから帰った方がいいです。
 ・・・今、アッシュフォードはちょっとおかしなことになってて」

 シャーリーはエトランジュに駆け寄ると、恐怖と困惑を顔に滲ませて言った。

 「ついさっき、アッシュフォードの全生徒に外出禁止令が出たんです・・・何でも皇族の極秘視察があるって」

 「・・・それは、本当ですか?」

 「はい・・・もしかしたらルルを・・・ゼロを探しに来たのかと思って、それでルルに知らせようと思ったんだけど繋がらなくて・・・。
 不安になったらつい、ここに足が向いちゃったんです」

 (もしかして・・・ついさっきの電話ってシャーリーさんが・・・)

 極秘の電話にかけたのが誰かと今更疑問に思ったエトランジュは、どうしてこんな時に限ってリンクが繋がらないのかと焦った。

 《アル・・・ねえさま・・・どうすればいいですか・・・》

 エトランジュがアルフォンスに相談しようとリンクを開いた刹那、エトランジュに限界が来た。
 半日以上もギアスを使ってかけた負担が、とうとう来てしまったのである。

 「うう・・・ああああ!!!」

 頭を押さえて呻くエトランジュに、シャーリーは慌てて彼女の口をふさいだ。

 「少しこらえて下さい!もうすぐ生徒会のメンバーが来ちゃうんです!!
 お付きの人、早くここから出て下さい。そしてさっきのことを、ルルに・・・」

 「わ、解った、そうさせて頂こう。先ほどのお詫びはいずれ必ずさせて頂きたい。
 さあエトランジュ様、用事は済んだのですから戻りましょう」

 「さっきの外出禁止令の説明があったから、今日の生徒会の仕事が押してるんです。
 出迎えの準備のために根回しもしなくちゃいけなくなったから、急きょ集まることになって」

 もともと現在の生徒会メンバーは三人しかおらず、ミレイとシャーリーは放課後講義を受けているためまともに動いているのはリヴァル一人である。
 しかもその彼は無能とは言わないが有能とも言えないため、どうしても仕事がたまりがちなのだ。

 「・・・秘密の通路を使って来たので、そちからから帰らせて頂く。
 詳しいことはいずれゼロから話があると思うので、少し待っていて貰えないだろうか?」

 「解りました。下まで送ります」

 シャーリーはタオルケットをルルーシュのベッドから勝手に取ってゴメンと謝りながら取ると、エトランジュをそれでくるんだ。
 ジークフリードが礼を言いながら主君を横抱きにすると、シャーリーはまだ誰も来ていないことを確認してそっと下に降りる。
 そしてキッチンから使い捨ての熱さましのジェルシートを持って来ると、エトランジュの額に貼り付けた。
 
 「凄い熱・・・きっと38度くらいはあるんじゃないかな・・・早くお医者様に診て貰って下さいね」

 「あり・・・がとうございます・・・何から何まで迷惑を・・・・あうっ!」

 「喋らないで!さ、出ますよ」

 シャーリーがクラブハウスのドアを開けた瞬間、左右から棒が振り下ろされた。

 「きゃあっ!!」

 「シャーリーを放せ!!」

 「大丈夫、シャーリー?!」

 間一髪でシャーリーがクラブハウスの室内に身をかわしたので突然の攻撃は彼女には当たらなかったが、彼女は攻撃してきた二人・・・ミレイとリヴァルに向かって叫んだ。

 「い、いきなり何するんですか二人とも!!」

 「何って、クラブハウスに来たらあんたが叫んでたから、誰かに襲われたのかと思って、こうして武器になりそうな物を持って中に入ろうとしてたところだけど・・・」

 どうやらシャーリーが二階に上がってルルーシュの部屋に入った時には、既に二人はクラブハウスの一階にいたようだった。
 考えてみれば皆寮に住んでいるのだから、ほぼ同時刻にクラブハウスに来ることになるのは必然だったのである。

 シャーリーの悲鳴を聞きつけた二人はすぐにでもシャーリーの元へ行こうとしたが相手が強盗などならまずいと判断し、まず生徒会の電話で警備員を呼んだ。
 その後ルルーシュの部屋から複数の人間が出る気配がしたため、慌てて掃除用具からモップを取り出して扉近くで待ち構えていたという訳である。

 「あ・・・あの、それはその、こっちの勘違いで・・・」

 「・・・ってか、その二人誰?」

 リヴァルがまじまじと見知らぬ壮年の男が呆然とした顔で、大事そうにタオルケットにくるまれた少女を抱きかかえているのを見つめた。

 「えっと、その・・・私のその遠い親戚みたいな?」

 「何で疑問形?来るなんて聞いてないし何でクラブハウスに夜にいるのかとかもう突っ込みどころが満載ですけど・・・」

 嘘が苦手なシャーリーに、リヴァルが穏やかながらに容赦なく突っ込んだ。

 「・・・とにかく、この人達はシャーリーの知り合いなのね?」

 「はい。不審者ではないですよ!ルルの知り合いだし!!」

 そう言えばこの場は見逃してくれるかもと思ったシャーリーがとっさに叫ぶと、ミレイの眉がぴくりと跳ね上がった。

 「ルルちゃんの・・・?ふーん、そうなの」

 容姿や態度から明らかに父娘などではなさそうな様子の組み合わせの男女に、ミレイはもしかして黒の騎士団員ではないかと考えた。
 もしそうならば彼らは主君の仲間であるのだから、庇護しなくてはならないとミレイは思った。
 
 「解ったわ。リヴァル、警備員に悲鳴はシャーリーがネズミを見て驚いただけだったって伝えてちょうだい」

 「え、それでいいんですか?」

 「いいのいいの。とにかくちょっと中に入って話をさせて貰えないかな?
 今軍人が何人か来てるから、ここでするのはまずいと思うの」

 「なんですと?」

 ジークフリードが驚くと、ミレイはますます己の推測の正しさを感じてリヴァルを急かした。

 「連絡が済んだら。氷嚢と冷たいスポーツドリンクでも持ってきて。
 その女の子凄く具合悪そうだもの、ちょっと休んだ方がいいと思うの。
 私は事情を聴いてそれから判断するから」

 「りょーかいしましたっと。うわー、顔真っ赤!いっそ今夜泊ってけば?」

 「いえ・・・その・・・ご迷惑をおかけしては・・・」

 エトランジュが呻きながら断ろうとするが、ミレイはクラブハウスのドアを開け直して中に誘った。

 「とにかく、話を聞かせてちょうだい。一階のナナちゃんの部屋がいいわ。
 リヴァルは早く警備員に連絡を」

 「おっと、そうだった。じゃ、また後で」

 リヴァルが慌てて生徒会室に走っていくと、ミレイに先導されてナナリーの部屋まで来た後、ナナリーが使っていたベッドにエトランジュを寝かせた。

 (さて、どう切り出そうかな・・・私の予想通りならルルちゃんのことを出せばいいんだけど、シャーリーがどこまで知っているかでこの場で話せる内容が限られてくるし・・・)

 シャーリーがこの二人をただのルルーシュの知り合いだと思っているならルルーシュがゼロであるという前提の会話は出来ないし、この二人がルルーシュがゼロだと知っているかも解らない。
 
 (っていうか、私がゼロの正体を知っていることルルちゃんにも言ってないんだから、この二人がゼロのことを知ってても暗にほのめかしたようになんてしても通じないわよね)

 本当にどうしようとミレイは考えた末、何とかルルーシュと連絡が取れないものかと望みを託して言ってみた。

 「最近ルルちゃんと連絡が取れないんだけど、貴方達なら連絡先知ってるかな?
 いちおう貴方達のことを確認したいから」

 「・・・知ってはいますが、今はちょっと」

 ギアスという万能連絡法があったが突然切られてしまっているために出来ないエトランジュの答えに、警戒されていると勘違いをしたミレイはやはり教えてくれないかと溜息をつく。

 「あの、会長・・・実は私携帯の番号を聞いてたんですけど、全然繋がらないんです。
 もしかしたら繋がるかもしれないから、電話してきてもいいですか?」

 ミレイならいきなり二人を通報して突き出すということをしないと思ったシャーリーはとにかくこの二人のことも早急に報告しなくて張らないために慌てたような申し出に、ミレイは仮にも臣下の自分には言わなかったのにシャーリーにだけ教えていたということに驚いた。

 「・・・まさか」

 「会長?どうしたんですか怖い顔をして」

 「ねえシャーリー、真面目に答えて。貴方、ルルちゃんが何をしてるか知ってたの?」

 「!!!」

 嘘が苦手なシャーリーが驚愕した顔で思わず後ずさりをすると、ミレイはやはりと確信した。

 (あー、それで中華でゼロが天子を誘拐した時に同じ反応したのか。その時に気付くべきだったかな)

 全く自分と同じ反応をした上、まめに中華に関するニュースを見ていたなと同じような行動をしていたことを見落としていたと、ミレイは前髪をかき上げた。

 「落ち着いてよ、シャーリー。私だってある事情で知ってたから」

 「・・・え?」

 「後で話すわ、とにかくこっちよ。
 こちらのお二人は、黒の騎士団の人達なのね?」

 「・・・はい」

 「よかった・・・待ってた」

ミレイは心底から安堵した表情で呟くと、リヴァルが戻ってくる前にと単刀直入に尋ねた。

 「ゼロの正体も、ご存じ?」

 「・・・・」

 シャーリーの沈黙こそが答えだった。
 せめて知らないとすら言えないあたり、皆混乱しているのがありありと解る。

 エトランジュは頭痛と熱で朦朧としてその程度のことすら思いつかないありさまで、ジークフリードも勝手なことを言えない立場にあるので黙るしかなかったのである。
 せめてリンクが開けていたならともかく、彼女はギアスを使おうとすれば猛烈な頭痛が襲いかかってくるため、繋がる端から切れてしまうのである。

 「私も知ったんです。それで黒の騎士団に参加しようと決めてゼロ・・・ルルーシュ様にお仕えすべく連絡を取りたかったので」

 「「・・・え?」」

 エトランジュとシャーリーの声が重なると、ミレイは唇に人差し指を当てた。

 「そろそろリヴァルが戻って参りますので、彼を帰した後に詳しい経緯をお話しします。
 まさかこんなことになるとは、思ってもみませんでした」

 ミレイはまさか身近な所にルルーシュに繋がっていた人物がいたことに驚き喜び、さらにルルーシュと近い繋がりを持つ人物が自らが守る箱庭に訪れた幸運に感謝した。

 と、そこへ中の凍りついた空気を動かすように、リヴァルの呑気な声が響き渡る。

 「会長―、氷嚢とジュース持って来ました。スポーツドリンクが切れてたんもんで」

 リヴァルがジュースをテーブルに置くと、シャーリーが氷嚢を手にしてエトランジュのジェルシートを剥がし、額に乗せた。
 先ほど貼ったばかりなのに、剝したそれはほんのりと熱さを持っている。

 「ああ、ありがとうリヴァル。悪いんだけど、今日の生徒会は明日にするわ。
 この人達と話があるから、今夜はもう戻ってくれない?」

 せっかく来て貰ったのに悪いけど、と両手を合わせて頼んできたミレイに、リヴァルはシャーリーに視線を移す。

 「でも、シャーリーは残るんでしょ?何で俺だけ?」

 「どうしてここに二人がいたかとか、聞きたくてね。お願い」

 一見いつもの調子でお願いするミレイだが、伊達に片恋をしている相手なだけにリヴァルは何か事情が出来たことを敏感に察した。
 シャーリーの方も同じようで、どうしようと苦悩している様子が見て取れる。二人が共通してのことといえば、たった一人しか思い当たらない。

 「・・・ルルーシュの奴に、何かあったんですね。俺もあいつの親友なんです、俺も力になりますよ」

 「・・・ありがとう、リヴァル。
 でも、今回ばかりはいいの・・・お願い、何も聞かないで」

 ルルーシュがしていることは祖国に対する反逆なのだ。リヴァルが話すとは思ってすらいないが、万が一彼が知っていたのに黙っていたということがバレでもしたら、彼も共犯とみなされかねない。

 「会長!!俺に友達を見捨てろって言うんですか?!」

 「そういう問題じゃないの、聞いたらもう戻れなくなる!!
 これ以上私を困らせないで!」

 言い争う二人を見かねたシャーリーが、おずおずと口を挟んだ。

 「もういっそ、お互いに情報開示したほうがいいんじゃないですか?
 このままじゃ、もうどっちみち今までどおりって訳にはいかないと思います」

 ずっと隠してた私が言うのもなんですけど、と言うシャーリーに、リヴァルも同調する。

 「そうですよ会長!俺、絶対何があったか言いません。
 俺はあいつの友達なんだ!いつも助けて貰ってばっかだったんだから、少しくらい何かさせてくれたっていいじゃないですか!」

 ミレイはもっともだと思いはしたが、事が事なだけにすぐには決断出来ず悩んだ。
 そこへエトランジュが、呻きながら言った。

 「・・・私・・・あなた方のことよく存じませんが・・・皆様は・・・ルルーシュ様のお味方ですか・・・?」

 「もちろんだ!俺はリヴァルっていって、ここに入学して以来の付き合いだ」

 「・・・解りました。私からは言えませんが・・・あの方にお話しするようにお伝えしましょう・・・それはお約束・・・します・・・」

 エトランジュは必ずルルーシュにリヴァルのことは伝えるのでこの場は引き上げて欲しいと言ったが、リヴァルはナナリーと違って彼女のことを全く知らないため、本当に伝えてくれるのかと疑ったので残念ながら通じなかった。

 いっこうに進まない会話にエトランジュもどうすればいいのか途方に暮れるが、もはや悩んでいる時間はないとミレイは腹を決めた。

 「もう、解ったわよリヴァル!!でも、絶対誰にも言わないことと余計なことはしないこと・・それだけは約束してちょうだい。
 でないと私・・・冗談でなく貴方を・・・」
 
 さすがにそれ以上は口にしなかったが、リヴァルはごくりと唾を飲み込みながらも頷いた。

 「わ、解りました会長。あの、それで・・・何があったんです?」

 リヴァルがようやく話を進めようと尋ねると、まずミレイが言った。
 
 「いい、大声出さないでよく聞いてちょうだい。
 ・・・ルルーシュはゼロなの」

 「・・・へ?ゼロって、あのゼロ?」

 「他にいないでしょ。現在ブリタニアに絶賛反逆中のゼロ」

 シャーリーは既に知っていたのか驚きもしておらず、またいきなりクラブハウスなどにいた二人も同様だったので知らなかったのは自分だけだったリヴァルは口をパクパクとさせる。

 「なな、何でルルーシュがゼロに?シャーリーは知ってたのか?」

 「正体はちょっとアクシデントがあって偶然知ったけど、ゼロになった理由は聞いてないの。
 それだけは言えないって言われたから・・・」

 「それは私が知ってるわ。実はね・・・」

 ミレイが七年前にあった出来事を搔い摘んで話すと、シャーリーとリヴァルはあまりの壮絶なルルーシュの過去に驚き憤慨する。

 「何それ、酷い!!それが父親のすることなの?!」

 「信じられねぇ・・・!どおりであいつ、父親のことは絶対言わなかったはずだよ」

 あまり自分の父親と反りが合わないリヴァルが父親について愚痴ると、『俺に父親などいない』と言ったきり何も言わなかった彼に何かあったのかなーと思ってはいたが、想像以上に酷かった。

 「貴族内じゃけっこう有名な話なんだけど・・・そちらのお二人も知ってたみたいね」

 シャルルはルルーシュに興味がないと思わせるために大勢の貴族達の前であのやり取りをしたため、実はブリタニア貴族の間ではかなりの語り草になっていた。

 「・・・はい。こちらも元ブリタニア貴族の方から・・・伺ったので・・・」

 (元ブリタニア貴族ってことは、何人か貴族の人がルルちゃんについてるみたいね。
 そっちからこの子に情報がいったみたい)

 同情などされたくないというルルーシュの性格を把握していたミレイの予想は、半分以上正解だった。
 白人であり正確なブリタニア英語を話すエトランジュが非常に礼儀正しく品があるので、もしかしたら彼女も元貴族なのかもしれないとも思ったが、それは間違いである。

 「そりゃ反逆くらいしたくなるよな!・・・ってことは、待てよ・・・ゼロがルルーシュってことは・・・」

 リヴァルは中華連邦で幼い幼女皇帝に銃を突きつけて誘拐したゼロを思い返し、そう言えばこの二人の反応がやたら呆然としていたものだったので、この時点で知っていたんだなと思って納得する。

 「解った、俺絶対に言わない。信じてくれって、ルルーシュに伝えて貰ってもいいですかね?」

 「承知・・・しました・・・それで・・・ミレイ・・・さんはどこで・・・?」

 「そう、どうしても伝えたかったんだけどどうしようと思ってたんです。
 実は、こんなことが・・・・!」

 ミレイがスザクに学園を退学させる手続きをして貰うために政庁に行った時、ロイドとのやり取りを説明するとエトランジュは熱で浮かされ半分閉じられていた目を開いた。
 
 「ロイド・・・白兜の・・・製作者と聞いたような・・・」

 「はい、ラクシャータ女史から聞いておりますね。確かシュナイゼルの後援貴族の一人だったと思いますが」

 ジークフリードも眉根を寄せると、確かにこれは至急ルルーシュに伝えなくてはと思った。

 「ありがとう・・・ございます・・・ルルーシュ様に必ずお伝えさせて頂きます。
 貴重な情報、に・・・感謝します」

 「いいえ、私こそ伝えてくれて嬉しいくらいです。
 ・・・シャーリーはどうして知ったの?」

 「えっと・・・エトランジュ様・・・あ、この方の名前ね・・・の知り合いの方から偶然聞いちゃったの。
 それで・・・ブリタニアの軍人がルルの正体に気づいたから・・・私、その・・・その人を撃ったの」

 シャーリーはブルブルと身体を震わせながら、自分が銃でその軍人を撃ったのだと告げると、二人は息を呑む。

 「ルルを連れて行かないでって思ったら、身体が動いてた。
 ルルは忘れろって言ってくれたけど、その人の生死がまだ解らなかったから、ルルが探ってくれたけど・・・結局解んなかったから、多分もう・・・死んでるだろうって」

 「そっか、シャーリーはルルーシュ様を守ってくれたのね。ありがとう」

 震えるシャーリーを抱き締めてミレイが礼を言うと、ずっと以前からルルーシュを守っていた箱庭の番人であるミレイに、シャーリーは泣きたくなった。
 自分よりもずっと長くルルーシュの傍にいて同じ相手を想う者として、それでも嫉妬の情など見せないミレイが眩しかったから。

 (・・・私がルルを殺そうとしたなんて、言えなかったし。
 会長もルルが好きなのに・・・格が違うなあ)

 皇族や貴族はたくさんの側室や妾を持つのが珍しくないからあまり気にしないものなのかもしれないが、それでも凄いとシャーリーは思う。
 そしてそのミレイは最後に、エトランジュに視線を向けた。

 「だいたいの事情はこれで解ったわ。それで、エトランジュ・・・様はどのような用件でこちらに?」

 事態は把握出来たので彼女達が来た理由をミレイが尋ねると、うなされている主君に代わってジークフリードがある程度ぼかして答えた。

 「実はアクシデントが起こりまして、ゼロがこちらに強制的に戻されそうな状況になりましてな。
 まだ油断は出来ませんが、何とか窮地は脱したようですが・・・。
 その場合の連絡手段として電話を隠して欲しいと言われましたので・・・」

 「はあ?何それ・・・あ、皇族が視察に来るってのはそれ絡み?!」

 「おそらくは・・・詳しいことはよく私どもも知らないのですが」

 実際まさか既にシャルルが手を打っているなど思ってもみなかったので、ジークフリードもはっきりとよく解らない。
 エトランジュも自分で判断できる能力など元からない上にこの状態なので、こう提案するしかなかった。
 
 「とにかく・・・ここを早く出てルルーシュ様に・・・ご指示を仰いだ方が・・・」

 「それが一番ですが、今軍人が来ているとか・・・いつまでもいるわけには参りませんし、いつ誰に見つかるか・・・」

 途方に暮れる二人に、シャーリーが思いついたように言った。

 「そうだ、カレンがいるじゃない!カレンとなら連絡出来るから、私電話してみる!
 カレンは伯爵家の娘だし、ここの関係者なんだから迎えに来ても不思議に思われないかも・・・」

 「え・・・カレンもルルーシュのこと知ってるのかよ?!」

 知らぬ間に自分の所属する生徒会がルルーシュを中心にして何とも混沌極まる関係を築いていたことを知ったリヴァルは、もはや乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 「全然何も知らなかったのって、俺だけかよ・・・」

 ルルーシュひでえ、と落ち込むリヴァルに、ミレイが慰めにかかる。

 「落ち込まないの!ルルちゃんは昔からああなのよ、大事な人にほど何も言わないの。
 ぜーんぶ自分で抱え込んじゃってさ、愚痴も不満も口に出さない。
 ・・・私だってそうよ、ロイド伯爵に言われるまで、ルルちゃんがゼロだなんて考えたこともなかった。反逆する理由があるって知ってたのにね」

 「会長・・・・」

 「私達を巻き込みたくなかったから、ルルちゃんは私達に何も言わず出て行ったの。
 大事にされてたことを誇って、今私達が何をすべきか考えた方がいいと思う」

 「・・・そうっすね。とりあえず、あんたらはルルーシュの仲間なんだろ?
 この二人をアッシュフォードから脱出させようぜ」

 「何でカレンが黒の騎士団にいるのかとかは後にしましょう。
 これより我がアッシュフォード学園生徒会は、黒の騎士団アッシュフォード支部になります!!支部長はもちろん、我らが生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージ!!ハイ決定!」

 「異議なーし!」

 「賛成!!」

 本人の承諾を得ないままに、ルルーシュは自分が創立した組織の支部の支部長にさせられてしまった。
 
 (あれ・・・支部とか後援組織を造る時はゼロの認可が必要じゃ・・・いいのでしょうか・・・)
 
 急な展開にエトランジュとジークフリードは反応に困っている。

 「では最初の活動は黒の組織の一員であるエトランジュ様と・・・すみません貴方の名前は?」

 「ジークフリードといいますが」

 「エトランジュ様とジークフリードさんの脱出です!
 秘密の通路って、万が一ブリタニアにルルちゃん達の生存がバレた時のための脱出路ですか?」

 ミレイの問いにジークフリードが頷くと、そこを通るのは悪くないとミレイは思った。

 (あそこの隠し通路はまだバレてないはずだし、出口もここから離れた先だもの。
 ブリタニア軍人も十人くらいしか来てないし、今のうちに・・・)

 「私、今からカレンに電話して事情を説明するわ。ちょっと待ってて」

 ミレイが携帯を取り出すと、カレンに電話をかけた。
 
 「お願い・・・繋がって・・・!」

 祈るようにコール音を聞くミレイに、カレンの声が響き渡った。

 「会長、どうしたんですかこんな遅くに・・・」

 「カレン!よかった・・・・!」

 ほっと安堵の息をついたミレイだが、突然ルルーシュやエトランジュと連絡が取れなくなったとアルフォンスから聞いたカレンはそれどころではなかったため、特区に向かう車の中で内心こんな時にと八つ当たりしながら電話を切ろうとする。

 「すみません、今ちょっと忙しいんです。用事なら後にして貰っても・・・」

 「ま、待ってカレン!今、その・・・一人?」

 「・・・いいえ、ユーフェミア様とお話ししているところです。携帯の電源切り忘れてて・・・ですから」

 「じゃ、じゃあ一言だけ!エトランジュ様はこっちで保護したから、後でまた連絡してくれない?」

 「!!!エトランジュ様がどうして会長の所にいるんですか?!」

 仰天したカレンの叫びに、運転席にいたアルフォンスも思わず振り返った。

 「エディがどうしたって?!」

 「アル、前見て前!!」

 助手席にいたマオの悲鳴じみた注意にアルフォンスが再び前方に視線を戻すと、もう急な展開が続く厄日にカレンは頭痛がして来た。

 「エトランジュ様がどうしたんですか?」

 「ちょっと高熱で倒れちゃって、今ナナちゃんの部屋で看病してるところ。
 こっちも諸事情でルルちゃんがやってることに気づいて、それで概要はその人から聞いたの。今から二人を送るから、詳しいことは聞いて貰ってもいい?」

 ユーフェミアがいると聞いて手早く、かつ漏れ聞こえても無難な言い方で告げるミレイに、カレンは頷いた。

 「解りました。必ずお伝えします。こっちもちょっとどうなったか解らなくて混乱してるので・・・」

 さっさと本部に行ってルルーシュが無事に脱出出来たか確かめたいのだが、現在この車こそアルフォンスが運転しているので中にいる者は皆味方だが、外にはユーフェミアを護衛する部隊の車が前後左右に七台もいるため、こっそり向かうことなど到底出来そうにない。

 実はC.Cとマオはコードを通じて会話が出来るため、ルルーシュが戻って来たなら彼女から連絡が来るだろうとアルフォンスは思っているのでもう少し待とうと考えているのだが、エトランジュの様子がまるで解らず心配で仕方なかったのだ。

 「アルカディア様、エトランジュ様は無事です。
 高熱を出して倒れたそうで、ミレイ会長に保護されてて、何か会長もゼロの正体知ってたって・・・」

 「へ?それは聞いてないな。何があったの?」

 「さあ・・・だから詳しいことは二人からって・・・どうします?」

 カレンの困惑に、アルフォンスもならばそうしてくれとしか言えない状況だとすぐに気付いた、

 「・・・解った、頼むと伝えてほしい」

 「解りました、よろしくお願いします。後日、お礼に伺いますね」

 「うん、お土産期待してるわよ!じゃ、おやすみー」

 裏に含みを持たせた別れのあいさつの後、通話は切れた。

 「・・・ったく、どんな友人関係築いてんのゼロ」

 「ですよね・・・あとで問い詰めないと」

 カレンがボキボキと指を鳴らすと、ずっと黙ってやり取りを聞いていたユーフェミアとスザクが呟いた。

 「何か、別の意味でピンチだねルルーシュ・・・」

 「ええ・・・でも、羨ましいわ」

 「え?」

 「だって、そうでしょう?ルルーシュがゼロであっても、ブリタニアの皇子でなくても、助けてくれる人達がこんなにいるんですもの。
 そして何でも言いたいことを言ってくれて、間違ったことをしたならまっすぐに叱ってくれる人達がいる」

 ユーフェミア自分だったならきっとこうはいかないだろうと、寂しげに自嘲する。

 「私がブリタニアの皇女でなくなったら、きっと私など誰も見向きもしないのでしょうね。
 特区だって成立してここまで来たのも、私がブリタニア皇女でありお姉様の妹だったからという面が大きかったことは、やってみてよく解りましたから」

 自分の誕生日パーティーの準備の時、皆が真っ先に気にしたのは姉の意向だった。
 姉が黙認してくれたからこそあのままスムーズに事は進められたが、もしも姉が難色を示せば日本文化のお祭りエリアは実現しなかったかもしれない。

 学生時代からそうだった。自分の母が高位の貴族出身であり、軍で絶大な支持を誇る姉の威光があったからこそ、自分は特別扱いされていた。
 誰も自分など見てはいない、父と母と姉を見ていたのだから。

 「ユフィ・・・僕は味方だよ。何があっても、僕が君を守るから」

 「スザク・・・」

 「僕は確かにブリタニア皇女で国を変える力がある人だと思っていたから君の騎士になると思ったけど、それだけじゃない。
 僕達のことを憂えて、何とかしようとしてくれた君を守りたいと思ったんだ。
 特区の人達だって、初めは君を恨んでた人もいたかもしれないけれど、今日はみんな楽しそうに君の誕生日を祝ってくれたじゃないか」

 ユーフェミアはぽろぽろと涙を流しながら、スザクを見つめた。

 「正しい行動をすれば、自然に人は評価してくれるんだって思ったよ。
 これまでの僕は間違っていたから僕は否定されたんだって、今になってやっと実感出来た。
 だから、そんな風に言わないでほしい・・・特区は確かにルルーシュの助力があったけど、間違いなく君の力も大きかったからこそ成功したんだ」

 「ああ、それは僕も同感だね。黒の騎士団でも、ユーフェミア皇女個人の評判は上がってる。
 何せコーネリアのしたことがアレだったものだから、“妹を見習え”とか言われてるよ」

 アルフォンスが教えると、ユーフェミアは何とも複雑な気分になった。

 「・・・私を見習えと言われたのは、初めてのような気がします」

 「評価なんて、人によって異なるよ。数ヶ月前の枢木はブリタニアに評価されたし、日本人からはウザクと罵られてた。
 国是主義者からすれば愚かな夢見がちの皇女でも、ナンバーズや主義者からはユーフェミア皇女は自分達の守護女神ってことだね」

 ユーフェミアはその言葉を嬉しく思ったが、それでもルルーシュと姉とのやりとりで一つ気付いたことがあった。

 (ルルーシュはここから逃げたらまた反旗を翻すと言っていたわ。つまりもうお姉様とルルーシュが戦うことは避けられない)

 コーネリアもルルーシュを連れ戻すために黒の騎士団を壊滅しようと考えるのではないか。
 駒さえなくなればルルーシュも諦めるだろうと考えていそうで、そうなれば騎士団の主体が日本人なのだからまた元の木阿弥になってしまうかもしれない。

 (何としてでも、それだけは止めなくては・・・せっかく築いた信頼を、落とすわけには参りません)

 と、そこへ助手席に座っていたマオが赤信号で止まったアルフォンスの耳に何やら囁きかけると、アルフォンスはほっとした息を吐く。
 C.Cがコードを通じて、ルルーシュが戻ったことを知らせたのだ。

 「朗報だよ。ルルーシュは無事に黒の騎士団本部に到着。多少の怪我はしてるけど、それだけだってさ」

 「やった!じゃあ後はエトランジュ様だけ?」

 カレンが安堵すると、アルフォンスは報告を続ける。

 「そっちもマオが今連絡したから、二人を迎えに騎士団の協力者が出るってさ。
 後はエトランジュからの話を聞いて、この後始末をつければOKかな。
 結構カオスなことになってるから、とりあえず改めて現状整理しないと・・・もう何が何だか解らない・・・」

 「同感です・・・エトランジュ様の無事が確認出来たら、とりあえず今日はもう寝たい・・・」

 ずっと神経を張り詰めどおしだったカレンの台詞に、一同は内心で深く頷いたのだった。




[18683] 挿話  叱責のルルーシュ
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/05 13:08
 挿話  叱責のルルーシュ



 「ただ今戻りました。ご心配をおかけして申し訳ない」

 ジークフリードがそう言いながら、エトランジュを抱えて戻って来た。
 傍には途中まで迎えに出た咲世子が、何やら紙袋を抱えて立っている。

 「お帰りなさいエトランジュ様・・・わ、顔真っ赤ですよ!!
 おい、ラクシャータまだ起きてたよな?俺が連れて行くから、ジークフリード将軍は何があったか報告して下さい」

 卜部が顔を真っ赤にして荒く呼吸をしているエトランジュをを見て提案すると、藤堂も眉根を寄せて同意した。

 「たいそうお疲れのようですな。経緯はジークフリード殿から伺うとして、エトランジュ様は医務室でお休み頂いた方が」

 トレーラーには小さいが一応医務室があり、ラクシャータが管理している。ジークフリード将軍は頷くと、エトランジュを卜部に任せた。
 
 「さあエトランジュ様、もう少しの辛抱ですよ。ラクシャータ女史に診て頂きましょう」

 「よし、じゃあ俺行ってくるわ」

 卜部がエトランジュを抱きかかえて医務室へと向かうと、ジークフリードは会議室に集まったルルーシュ、C.C、藤堂、朝比奈、千葉の前で報告した。

 「無事にお戻りのようで、よろしかったですなゼロ。先にご報告させて頂きます。
 実は、アッシュフォードでブリタニア皇族が視察に来るとのことで、ブリタニア軍人が数名、来ていたようなのです」

 ジークフリードの報告に、一同は顔を見合せた。

 「ブリタニア軍人がアッシュフォード学園へ?ゼロの痕跡でも捜索しようってことかな?」

 「既に正体がバレたのだから、そんなところだろうな。皇族自ら視察するということだし、一番可能性が高い」

 朝比奈の妥当な推測に藤堂も同意するが、ルルーシュはシャルルがアッシュフォード学園で記憶操作を行うつもりだったとすぐに看破した。

 「それを教えて下さったのが、アッシュフォードの生徒会の皆様でして・・・ゼロの正体を知ったと、ミレイという生徒会の会長殿がおっしゃっておられました」

 「何?何故・・・!」

 ルルーシュがいきなりな話に考え込んでいた顔を上げると、ジークフリードも困惑げに詳細を告げた。
 
 「もともと貴方に忠誠を誓った身であるから、協力するのは当然だとのことで・・・黒の騎士団アッシュフォード支部を造るとか」

 「・・・会長・・・何を考えて・・・」

 ルルーシュが頭を抱えていると、朝比奈は何ともノリのいい人がブリタニア貴族にもいるんだなーといっそ感心していた。

 「生徒会の皆さんも、全員異議なしだと賛成してました。
 私としてはシュナイゼルの後援貴族の男が貴方の正体を知っており、こちらにつきたいと言っているというのが気がかりですが」

 妥当な意見を述べるジークフリードに確かに、と一同も捨て置けない情報にこれも協議する必要があると思った。

 「とりあえずまたこっちに来た時のためにと、アッシュフォード学園の制服をくれました。何かあったら連絡したいから、連絡方法を知りたいとのことでして」

 「・・・解った、折りを見て連絡するようにしよう。
 それにしてもミレイ、リヴァル、シャーリー・・・戦争ごっこじゃないんだぞ」

 額を押さえるルルーシュに、朝比奈がまあまあと窘めた。

 「黙っててくれるってだけでもよかっただろ?
 俺らだっていくらブリタニア人とはいえ学生を巻き込むのもアレだしさ、何とか危ないことを避けて活動して貰えればいいんじゃない?」

 「それしか方法がないんだが、ミレイが大人しくしてくれるかどうか・・・だが貴重な情報には感謝する。
 ロイド、か・・・確かシュナイゼルが学生時代から付き合っていた男だ。簡単に信用する訳にはいかないからな」

 「白兜の開発者、とラクシャータから聞いた。どうも顔見知りのようだったから、どんな男なのか聞いておこう」

 ラクシャータは以前にブリタニアの研究機関にいたことがあり、彼女が『あたしの紅蓮弐式がプリン伯爵の白兜なんかに負けらんないね』と対抗意識を燃やしていたことを聞いていた藤堂に、まさかルルーシュが聞くわけにもいかないのでよろしく頼むと任せることにした。

 「アッシュフォードにいる軍人に関しては、咲世子さんに続けて内偵をお願いしよう。
 ついでにミレイ達にも伝言を頼みたいんだが」

 「承知いたしました。お任せ下さい」

 ルルーシュの変装を解いた後、馬鹿正直に素顔をさらして政庁を走っていたわけではないので、ゼロ救出に動いていた日本人の女性が咲世子だとは知らないはずだ。
 咲世子が了承すると、次の議題はブリタニアの動きについてだった。

 「俺の痕跡を見つけるためにアッシュフォードに軍人をやったのだろうが、会長達には詳しいことを教えていないし出来るだけ痕跡は消してあるから時間がかかるはずだ。
 とすると、おそらくだが俺を探すためにゲットーへ捜索に出るだろう。
 コーネリアのことだ、黒の騎士団を殲滅して反逆の手段を奪い、俺を大人しくさせようとする可能性が高い」

 自分では愛情からだと信じているだけに、ためらいなくやりかねないとルルーシュは思った。
 良くも悪くも彼女は身内大事の人間なので、そのためなら他者を犠牲にすることをいとわないのは基本的に思考が似ているだけによく解る。

 「君の件がなくてもどうせ我々に対して殲滅の意志があるのだから、その件に関しては気に病む必要はないぞ、ゼロ。
 サイタマを再現しかねないと、そういうことか?」

 「やらないとは言い切れないな。
 俺が生きていたのだから、日本人にこれ以上歪んだ憎悪をぶつけるほど愚かではない・・・と思いたいところだ」

 もともとブリタニア人が特に日本人を恨んでいたのがブリタニアで人気のあったマリアンヌの子供を殺したと思い込まされていたからで、その自分が生きていたのだから恨む理由はない。

 最も間違いを認めることは面子にかけても出来ないため、コーネリアは必死になって自己弁護の言い訳を脳裏で展開していることだろう。

 「エトランジュ様とぜひにまた討論して貰いたいものだな。どう答えるやら」

 「ああ、グンマで何かコーネリアと言い合ったと伺ったな。
 ここで末弟と末妹が日本人に殺されたから許せないと」

 「でも殺そうとしたのは実父でした、ね。うわー、さぞ気まずいでしょうね・・・まともな人間なら」

 何しろ自身の家族は常に彼らを追い詰めているだけだったのに、それを助けたのが自分達がナンバーズと蔑み身内を殺したと言い張っていた日本人なのだから、自身の心を守るためにどう折り合いをつけるのか見ものである。

 藤堂の言葉に朝比奈が苦笑すると、コーネリアの動きはカレンから解るはずなのでいつでも出撃出来るように準備しておこうと話がまとまった。

 「明日辺り、アルカディアが戻って来るはずだ。その時に政庁の動きを聞いて、連絡網を改めて構築する。
 カレンも来るだろうが、彼女が黒の騎士団員とバレれば得られる情報が限られてくるから、明日限りで出入り禁止にする」

 一同が無難な指示に頷くと、ルルーシュは言った。

 「しかし、この状態はいつまでも続けられない。
 予定外のことですまないが、予定を前倒しにして二ヶ月、遅くとも三ヶ月後には日本解放戦を行う」

 「何だと?!確かに悠長にしていられる時間はないが、出来るのか?」

 驚く一同を代表して藤堂が尋ねると、ルルーシュは出来ると断言した。

 「既に種は撒いてある。
 放っておけば俺の味方についてくれたブリタニア人が根こそぎここから排除される恐れがあるし、特区に俺の手が入っていると知られればせっかくここまでいった準備を無駄にされかねないからな」

 自分のミスで招いた事態をルルーシュが告げると、頭を下げた。

 「すまないが、力を貸してくれ。もう少し時間があったら、俺一人で準備が整えられたんだが」

 「・・・頭を上げてくれ。日本解放は我々の悲願だ。
 その影すら見えなかった願いを目に見える形でここまで組み上げたのはゼロ・・・いやルルーシュ、君だ」

 「藤堂・・・・」

 「手を伸ばせば日本解放が叶う・・・それで充分過ぎるほどだ。
 ゼロに任せておけばいいという考えを持っていたことを、俺達もおかしいと思うべきだったんだ。
 もう一人で何もかもしなくていい・・・・君は本当に、よく頑張った」

 七年前から、一人で自身の手で何もかもを動かしていた。
 自らの手で食事を作り、洗濯をし、周囲の情報を集めて分析し、有利になるようにするにはどうすればいいかと、常に思考をして生きてきた。

 マオが言った。
 ルルーシュは頭を空っぽに出来るタイプではない、いつだって自分の行動を見ている批評家の自分がいて、その批評家の自分を冷めて見つめているもう一人の自分がいる、そんな人間だと。

 いつも自分の手で何事も推し進めなくては不安でならなかったから、それが当然のことだと信じていたから、周囲に全てを動かすことを求められる状況をむしろ好都合と感じ、それでいいと思っていた。

 だが、自らの力ではどうにもならない事態になった時、自ら助けを求められない自分の声をエトランジュが代弁してくれ、その声を聞き入れてくれたのは皮肉なことに自身の血族が不幸のどん底に落とした人間達だった。
 
 エトランジュは大丈夫、助けてくれると言っていたが、正直見捨てられるのではないかと疑っていただけに、ためらいなく救出に来てくれた藤堂に『よく頑張った』と言われ、ルルーシュは気が抜けたようにソファに座りこむ。

 「そんなことを言われたのは、初めてだ」

 「黒の騎士団入りしてから、俺も君に任せっぱなしにして来たからな。
 奇跡の重みを、君が背負ってくれたから」

 『そうだ。人々は奇跡という幻想を抱いている。
 あがけ藤堂、最後までみっともなくあがいて、そして死んでいけ。
 奇跡の藤堂という名前が、ズタボロになるまで』

 その言葉に救われ、『正夢にしてみせる』と自分ではとても思うことすら出来なかったそれを、目に見える形にまでしたゼロ。

 心のどこかで、彼を失えばその重みが自分に来ることを悟っていたからこそ、彼を助けなくてはと思っていたことも否定出来ない。

 しかし、それでも出来るならば動く程度の矜持はある。
 
 『お願いです、あの方を助けて差し上げて下さい。あの方にはいないのです。助けて欲しいと言える大人が、誰もいないのです・・・』

 七年前、幼い妹を連れてあの戦火を逃げていたあの少年が、決して口にしなかった助けを求める声。
 だからせめてスザクとともに、彼を迎えに来たアッシュフォードの人間が来るまで共にいるくらいしか出来なかった。

 「・・・もう一度言うぞ、ルルーシュ。君は本当によくやった。
 もう、充分過ぎるほどだ・・・だが」

 後はそれこそ一生遊んで暮らしてもいいのではないかとも思える苦労と努力を重ねてきた彼だが、まだまだ黒の騎士団にも、騎士団を必要とするブリタニアに弾圧されている者達にも、必要な人間だ。

 そうだ・・・彼も人間だ。
 仮面をかぶっていようとも、その素顔はただの少年だった。
 唯一の肉親と平和に暮らしたいと望む、どこにでもいるただの人間。

 『恒久的な平和は望めなくとも、せめて私や私の家族だけでも平和で豊かな時を過ごせる時代を創ることは出来るでしょう』

 せめて、自分達が生きている間だけでも。
 自らを正義の記号と言いながらも、やろうとしたことは誰もが望む範囲でしかないささやかな願いを形にするだけだった。
 だからこそ、全てが終われば栄光の座を降りる。
 栄耀栄華ではなく、家族とのささやかな暮らしを夢見ているのだから、彼からすれば当然の選択だったのだろう。

 ならば、自分がするべきことは一つだった。

 「・・・だが、まだまだ君が必要だ。
 充分頑張った君だが、もう少し頑張ってほしい。
 しかし、必ず俺が君を守ろう・・・誰もが望む奇跡が正夢になるまで」

 藤堂が厳かに誓うと、厳しい口調で付け足した。

 「ただし、一つだけ条件がある」

 「・・・何だ?」

 やはりか、とルルーシュが内心で呟いただろう声を聞き取った藤堂は、一転して頬を緩めて言った。

 「何かあったら、相談するくらいはしてほしい。今回のように勝手に行動されると混乱するぞ。
 今までは仕方ないが、今度からは何をするつもりなのかくらいは言ってくれ」

 ルルーシュは目を見開いて驚いたが、すぐにふっと笑みを浮かべた。

 「解った。その条件、確かに了承した」

 今までずっと背負ってきた重荷が、一つ外された。

 (一人で、やらなくていいのか・・・)

 自分は生きていない、と言われたあの日から、自分で一人で生きなくてはならないのだと思っていた。
 いざやり出してみるととてつもなく辛かったから、ナナリーにはそんな苦労をさせたくないといっそう自らに努力を課したが、もうそこまでしなくていいと彼らは言う。

 「もう少しだけ、か・・・」

 ブリタニアを倒し、新たな優しい世界を構築するまで、確かにあと少しだ。
 そのためにも、まずは日本の解放を。

 「・・・では、まずは日本という足がかりを俺達の手に。
 そのために作戦を開始したいが、手伝ってくれるか?」

 「承知した」

 藤堂の同意に朝比奈と仙波と千葉は頷く。
 それを見たルルーシュは、穏やかな笑みを浮かべ、そして言った。

 「それから・・・その・・・助けてくれてありがとう。
 ・・・心配をかけて、済まなかった」

 その言葉と同時に、本当の意味でルルーシュの孤闘は終わりを告げた。



 すべての打ち合わせを終えたルルーシュが自室に戻ると、C.Cが待っていた。

 「・・・憑きものが落ちたような顔をしているな、ルルーシュ」

 「ああ・・・いい気分だ。まさかこんなイレギュラーがあるなど、考えたこともなかったからな」

 ベッドに腰を下ろしたルルーシュの横に、C.Cが腰をおろす。

 「私が守ってやるって言った時とは、随分反応が違うじゃないか」

 「・・・日本がなぜこうなったか、知っているだろうC.C。
 俺の家族が言いがかりをつけて植民地にして、搾取し続けた上に虐殺行為をしたんだ。
 しかもその言いがかりの原因は俺達だ・・・受け入れられるなんて、考えたこともない」

 「・・・・」

 「桐原は話が解る方だが、それでも俺に、ゼロに価値があると踏んだから手を組んだ。
 今回のことで見限られるかと・・・怖かった」

 一度でもミスをすれば、たちまち捨てられるという強迫観念は、たった一度実父に諫言したという“失敗”だけで周囲すべてから見限られたルルーシュは、それ故に失敗をすることを、そしてそれを知られることを何より恐れていた。
 困っているなら助けを求めればいい、迷惑をかけてしまったならごめんなさいと謝ればいいと簡単に言えるエトランジュに、内心苛立ったことがあるほどだ。

 エトランジュから卜部にこの件がバレたと聞いた時、騎士団は終わったと本気で思った。
 何とかして利益を出す方向に持っていかなければ確実に見捨てられると青ざめていたら、ブリタニア皇族を恨んでいるはずの日本人達が助けてくれたのだ。

 それだけならまだ自分に利用価値があったのだと安堵するだけだっただろうが、『よく頑張った、もう一人で頑張らなくていい』と言ってくれた。

 「今まで誰も・・・そんなこと・・・言ってくれ・・・」

 C.Cはルルーシュにそっと寄り添うと、その頭を抱き寄せた。

 自分はこれまで出来る限りルルーシュを守ってきたつもりだったC.Cだが、その心の在り方までは守っていなかったと気付いた。
 自分を必要としていたことは確かだが、基本的に何も言わない自分をどこかで疑っていたことは知っている。
 周囲はルルーシュに求めるばかりで、頑張ることが当然となり過ぎていた。  
 もともとギアスを押し付ける目的で彼に近づいたC.Cは、彼が孤独になればなるほどギアスを使うと踏んでいたから、この状況をあえて放置していた。
 マグヌスファミリアがコードを受け継いでもいいとの返事を貰ったのでその必要はなくなったが、ルルーシュが全てを動かすことを受け入れていたからいいかと続けて放置していたが、やはりどこかで重荷に感じてはいたのだろう。

 事ここに至って、C.Cはマリアンヌと決別することを決意した。
 何だかんだでマリアンヌとの縁を切れずにいたが、彼女ではルルーシュの救いにはならない相手だとようやく理解したからだ。

 そのためにも、このメンバーであの計画を阻止しなくてはならない。
 
 「・・・ルルーシュ、実は話があるんだ。マリアンヌのことなんだが」

 「ああ、確認しようと思っていたんだ。生きてるんだろ、母さんは」

 「!!」

 気づいていたことに驚いたC.Cがルルーシュを見つめると、ギアスで繋がっていない彼女は“エトランジュ”のことを知らない。
 だからルルーシュは説明してやった。

 「お前からアリエス宮の事件の真相を聞いた時に気付いたんだが、やはりそうか。
 母さんが殺された日、警備はすべて引き揚げられていた。つまり目撃者などいないわけだから、母さんとV.Vとの会話を聞けるはずもない。
 しかしお前は真相を知っていた・・・つまりお前はその場面を目撃したか、もしくは真相を誰かから聞いたことになる」

 目撃していたなら基本的に仲間は助けるC.Cが何もしなかったとは思えないし、そもそもV.Vの方も極秘で襲っただろうからC.Cがいない日を見計らって襲撃したはずだ。
 
 となるとマリアンヌかV.Vから事の経緯を聞いたことになるが、先ほどの理由からV.Vが話すとは考えられない。
 ならば残る可能性はたった一つ。

 「他人に乗り移るギアスが、マグヌスファミリアにもあるそうだ。
 タイプは様々だそうだが、他人の身体を乗っ取る形のギアスもあると聞いた。
 恐らく母さんは誰かの身体の中にいる形で生き延びている・・・違うか?」

 「・・・ああ、そうだ。誰かは私も知らないが、あいつの意識が乗り移った人間の上に出ている間だけ、会話が出来る」

 「そうか・・・解った」

 「マリアンヌはお前を心配して、私に様子を見に行ってほしいと七年前に言ったんだ。
 お前に対して愛情がなかったわけでは」

 C.Cは無表情のルルーシュにそう告げるが、ルルーシュはふっと笑って首を横に振った。

 「俺達に愛情がないとは言わないが、関心が薄かったんだろう。無理に慰めなくてもいいぞ」

 C.Cは嘘は言わないが本当のことも言わないというタイプだ。
 一番つかみづらいが付き合いがそれなりに長いルルーシュは、彼女なりの慰めだとすぐに解った。

 「もういいんだ。親に関しては俺はもう諦めた。
 血の繋がりなどなくても、仲間がいるし共犯者もいる・・・それで充分だ」

 「ルルーシュ・・・解った。お前がそう決めたのなら、私も行こう」

 C.Cはルルーシュの決意を聞いて、マリアンヌと決別する意思を固めた。
 彼が創る世界の構築を助ける、本当の共犯者としての道を。

 「ラグナレクの接続の件は、シャルルや研究者任せで私もよくは知らない。
 遺跡関係のほうも、どうもな・・・エトランジュが回復次第、マグヌスファミリアの連中に聞いた方がいいと思う」

 「そうだな・・・そのためにも、超合集国を早期に創る必要性がある」

 ギアス嚮団の本部は中華連邦にある。よって中華連邦にブリタニア軍の基地があると説明し、公的に介入する権限を得るにはどうしても必要なのだ。

 「勝手にやれば後々まずい事態になるからな。保護したギアス嚮団員についてはどうするか・・・」
 
 「それは私に任せろ。お飾りとはいえ七年前まで嚮主だったから、それなりに扱い方は心得ているつもりだ」

 大まかな青写真が出来上がったことで、ルルーシュは安堵した。
 そしてC.Cに抱き枕にされて、その夜は疲れていたせいもあり穏やかに眠りに就いたのだった。



 朝早く心地よい目覚めを受けて起きたルルーシュは、卜部達が徹夜でトレーラーごとイバラキ基地に移動していたことを知り、ここならナナリーも安全だと満足した。

 まずは昨夜の件についての整理を行うべく部屋を出ると、既に騎士団のコックが作った朝食を食堂でナナリーとロロが食べていた。
 
 「おはよう、ナナリー、ロロ。すまないな、少し寝過ごしてしまったようで」

 「おはようございますお兄様。昨夜はお疲れでしたもの、仕方ありませんわ」

 「おはよう・・・ございます・・・」

 「ロロ、そんな堅苦しい言い方はよせ。俺達は家族になるのだから」

 ルルーシュがロロの頭をぽんと撫でて笑うと、ロロは顔を赤くして頷いた。

 「その・・・おはよう・・・兄さん?」

 「そう、それでいいんだ。おはよう、ロロ」

 改めて挨拶したルルーシュは食堂で朝食を受け取ると、揃って食事を始めた。

 「お前達、お揃いの食事にしたのか。まあ洋食の方がなじみがあるからな」

 朝食は基本的に洋食と和食が用意されており、どちらを選んでいいのである。

 「孤児院では和食もお兄様が作って下さいましたけど、ここのも美味しいので明日はそうしようかなと思ってます」
 
 「和食なんて、僕食べたことない・・・」

 ロロがぽつりと呟くと、ルルーシュはそうだろうなと笑った。

 「よし、なら今日の夕飯は和食にしよう。嫌いなものとか、苦手なものはあるのか?」

 「ない、と思う・・・」

 「そうか、和食は少し独特な味だが、美味しいぞ。
エトランジュ様への見舞いと、昨日の後始末の手配を終えたら基地内の店に買い物に行こう。
 夕飯の材料もだが、ロロの日用品を買いに行かなくてはな」

 ルルーシュとロロでは身長差があるので、お下がりは無理だ。
 幸い小さいながらも店があるので、ある程度はここで揃えることが可能なのだ。

 「エトランジュ様、お戻りになったんですか?よかった・・・」

 「ああ、ただ昨日の件が相当こたえたようで、熱を出して寝込んでおいでなんだ。
 プリンでも作って差し入れしようと思っている」

 ナナリーがエトランジュが熱を出して寝込んでしまったと聞いて、ナナリーは申し訳なさそうに俯いた。

 「まあ、昨夜も大変顔色が悪いと伺っていました。それなのに無理なお願いをして、申し訳ないことをしてしまいました」

 「それは俺のミスからだ、お前が気にすることじゃない。負担をおかけしては悪いから、少しだけ様子を伺わせて貰おう。
 ロロ、お前の紹介もしておきたいからな」

 「僕の、紹介?」

 ロロがきょとんとした顔で尋ねると、ルルーシュは頷くと同時に考えた。

 (ナナリーにはギアスのことは言っていないから、詳しい紹介は避けた方がいいな。
 だが、俺ではなくマグヌスファミリアの元に預けるケースもあるから、ジークフリード将軍の方に言っておくとしよう)

 昨夜は情報が錯綜し、また途中リンクが切れるというアクシデントもあったのできちんと伝えておく方がいいと、ルルーシュは判断した。

 「・・・お前の秘密もよく知っている人達だから、いろいろ力になってくれる。
 クライスといってここにお前と来た男性がいただろう?彼の故郷の人間達だ」

 「・・・ああ、そういうことか。解りました・・・ううん、解った」

 ギアスを知っているということか、とロロは了解すると、ぱくりとベーコンを口にする。

 「僕は失敗作だそうだから、そんな役に立たないと思うけど」

 「・・・誰だそんなことを言ったのは」

 低い声音でルルーシュが尋ねると、すぐにV.Vだと悟って舌打ちした。

 「心臓に負担があるくらいのことで、何を言っているんだあいつは。
 お前はもう、あんなことをしなくてもいいんだ。エトランジュ様や他のマグヌスファミリアの人達もそう言うに決まっているから、心配するな」

 「そうですわロロさん。全く酷いことを・・・!
 持病をお持ちなのですか?それならラクシャータさんに診て頂きましょう、ね?」

 純粋にロロが心臓に疾患があるのだと思ったナナリーの案は普通なら妥当なものなのだが、ギアスを使わなければごく普通の身体だ。
 しかし検査くらいはしておいたほうがいいだろうと、ルルーシュはロロに言い聞かせた。

 「普通に生活する分には問題ないと聞いているが、念のために診て貰ったほうがいいな。
 だが心臓に負担がかかるようなことはしないように」

 暗にギアスは使うなと言われたロロは、おずおずと言った。

 「でも、僕はそれを使って仕事してたし・・・ナイトメアくらいなら乗れるけど、力を使わないと・・・」

 「お前を戦いに出す気はないと言っただろう。ナイトメアなんぞもっての外だ。
 全く、ブリタニアときたら・・・お前のやるべきことは、ここで普通を学ぶことだ。
 ここでは子供を戦争に参加させる掟はない。やりたくないことはやりたくないと言っていいんだ、解ったな?」

 「・・・は、はい」
 
 「いい子だ。さあ、食事も終わったようだから俺はエトランジュ様へのお見舞いのプリンを作って来る。
 お前達も手伝ってくれないか?」

 「もちろんですわお兄様。私もお手伝いさせて下さいな」

 「僕・・・・プリンなんて作ったことない」

 役に立たないのでは、と俯くロロに、ルルーシュはそんなことはないとロロの手を取った。

 「何、手伝いだけだから未経験でも大丈夫だ。
 少しずつでも覚えていけば、いざという時役に立つぞ」

 ルルーシュは厨房の者に許可証を出してキッチンの一角を借りると、プリンを作り始めた。

 「ロロ、お前にはカラメルシロップを作って欲しい。砂糖を煮詰めるだけだから、大丈夫だ」
 
 「う、うん。やってみる」

 目の見えないナナリーに火を扱わせられないので、ロロに頼んだルルーシュはナナリーと共に生地を作り始めた。

 (・・・やっぱり妹さんと二人で作りたかったのかなあ)

 目が見えないのだからルルーシュのサポートが必要なのだと解ってはいるのだが、ロロは同時にそう考えてしまった。
 一方、ナナリーは逆に単独で仕事を任せられたロロに羨望を抱いている。

 (ロロさんは独りでお兄様に仕事を任せて貰えて、羨ましい・・・私は目が見えないし、足もまだ手術前で歩けないもの。
 もしかしたら、お兄様のお仕事をお手伝いすることになるのかも)

 自分はリハビリで忙しくなるのだ、とうてい兄を手伝うどころではないし、彼は不本意ながら既に軍の仕事をしていたのだ。
 兄は何もしなくていいと言っていたけれど、兄の助けとなる力を持っているだろうことはナナリーにも解る。

 お互いにちらちらと視線を送り合いながら作業を進め、ルルーシュが折を見て指示をしていくとプリンが完成した。

 「後は冷蔵庫で冷やして、完成だ。
 やはり手分けしてやると手早く済むな。ありがとうナナリー、ロロ」

 実際は一人でやったほうが速いのだが、ルルーシュはそう言って二人の頭を撫でた。

 「プリンは冷えるまで、俺はロロの買い物に行ってくる。ナナリーはラクシャータに診察をお願いしてあるから、行こうか」

 「あ、そういえば今日は診察日でしたね。解りました、行って参ります」

 既に急な引っ越しの件は告げてあったらしい。
 ルルーシュに案内されて診察室に行くと、中にいたラクシャータはやって来た三人をじっと見ていたが、すぐにナナリーに視線を戻した。

 「何か知らないけど、急にこっちに住むことになったんだってね~。
 ま、移動時間省けるからこっちのほうが楽っちゃ楽だからありがたいわ~」

 「あの、よろしくお願いします」

 「オッケー。じゃ、手術も近いし念入りに検査させて貰うわね~。
 お兄さん達はまた後でおいで」

 ラクシャータによろしくと頼んだルルーシュがロロを連れて診察室を出ていくと、ラクシャータは明らかに黒の騎士団上層部から特別扱いを受けている少女の素性に実のところうすうす気がついていたのだが、弟と名乗る少年が出来たことで違ったかなーと内心思った。

 (もしこの子があの閃光のマリアンヌの娘で、お兄さんが皇子なら特別扱いも解ったんだけど・・・息子が二人いるってのは聞いてないからね~。
 ま、別に政略軍略に関しては畑違いだから首突っ込むのもアレだし)

 一応己の職務違いからあれこれ推測だけで口を出すのを避けていただけのラクシャータは、いつもどおりの診察を行うと問題なしと診断した。

 「うん、手術に関しては問題ないね。予定通り行うから、微調整をしておくわね~」

 「あの、ラクシャータさん。今になって言うのもよくないんですけど・・・私の足、ナイトメアに乗れるようになれますか?」

 「へ?何でまた?」

 いきなり言いだしたナナリーにラクシャータが驚くと、ナナリーは強い口調で言った。

 「私、いつまでも皆様に甘えてばかりじゃいられませんから・・・恩返しがしたいんです。みんなを守れるくらい、強くなりたくて」

 だからナイトメアに乗れるようになりたいのだと言うナナリーに、ラクシャータはうーんと考え込みながら答えた。

 「そりゃあ出来なくはないね。
 ナイトメアフレームはもともと医療用として開発されたものだから、神経装置をナイトメアに接続して普通じゃ出来ない動きをするタイプのもあるにはあるよ」

 ナナリーのように手足が使えなくなった軍人のためのナイトメアも、実は開発されてはいた。
 ただ全て特注モノになるためまだ数えるほどしか開発されていないというのが現状だった。

 「だけど、騎士団からの通達でね、十五歳以下のナイトメアの搭乗は禁止されてる。
 それにそうするにしたって、まずは日常生活が出来るようになってからってのが常識だから、今のところは我慢して貰わないとねえ」

 「・・・そう、そうですよね。解りました。
 無理を言って申し訳ありませんでした」

 しゅんとなって謝罪するナナリーに、ラクシャータは笑いながら言った。

 「ずっと手術に怯えがあった時に比べれば大した成長ぶりだと思うから、気にしなくていいのよ~。
 十五歳になったらそれ用のナイトメアの試作体を作ってあげるから、その時に改めて来たらいいわ~。その時のナナリーちゃんの調子次第で、パイロットに抜擢したげるから」

 「本当ですか?!ありがとうございます!
 私、頑張りますからお願いしますね」

 でも、一年はまだ待たなくてはならないのか、とナナリーは内心で落ち込んだ。

 (コーネリア姉様は目的のためならまた関係のない人達を巻き添えにする作戦をするかもしれないって・・・孤児院の人達くらい守れるようにならなければ)

 七年前には母のようになるのが夢だったのだ。
 歩けるようになって目が見えるようになれば、その夢を叶えられる努力をするくらいは出来るはずだ。

 ナナリーはそう決意すると、自らの足を叱咤するように撫でるのだった。



 その頃ロロは、何でも好きな物を選んでいいと言われて途方に暮れていた。
 一般的には大した品揃えではない小さな店なのだが、選ぶという行為自体に慣れていないロロからすれば選択肢が多すぎて困ってしまうものだったのだ。

 「もうすぐ冬だから、重ね着出来るものを選べばいいな。
 部屋着ならトレーナーでも充分だが」

 「外出着ならもうちょっとおしゃれな方がいいですよ~。男の子だからって手を抜いてはいけません」

 商売根性ある女性店員がいろいろと試着を勧めてくるが、ロロはちらっとルルーシュを見た後遠慮がちに自分の希望を言った。

 「僕・・・兄さんと同じのがいい」

 「俺と同じもの、か?」

 意外そうに尋ね返すルルーシュにうん、とロロが頷くと、店員はお兄さんが好きなのね、と微笑ましそうに言いながら、今ルルーシュが着ている服と似たようなデザインの服を持って来てくれた。

 「ちょっとデザインが違うけど、これならどうですか?お似合いですよ」

 「うん・・・それがいい」

 ロロが欲しいと言うのでルルーシュは何も俺と同じにしなくてもと思ったが、自分で選ぶという行為はとても大事だったので尊重することにした。

 「解った。ではそれとそろそろ寒くなるから上着を・・・」

 「兄さんとお揃いじゃ駄目?」

 「嬉しいが、何もかもお揃いにしなくてもいい気もするがな」

 苦笑しながらもロロの言うがまま、同じジャケットやパジャマを買い揃えて二人は店を出た。
 そして一度基地内に急きょ誂えたランペルージ家の部屋に荷物を運び入れると、キッチンから作っておいたプリンを取り出して診察室にナナリーを迎えに行った。

 「ちょうど終わったところですわ、お兄様。お買い物はお済みですか?」

 「ああ、俺達の部屋に運んだよ。
 三人で住むには少し手狭だが、すぐに整理して済み心地を整えるからそれまで我慢してほしい」

 「もちろんですわお兄様。私もお手伝いさせて下さいね」

 ルルーシュの背中の裾をつかんで歩いているロロにナナリーはまたちくりとするものを感じたが、何も言わずに微笑んだ。

 「今からエトランジュ様のお見舞いに?」

 「ああ、熱があったが少し落ち着いたとクライスからメールが来た。さっそく行くとしよう」

 基地内は日本人が圧倒的に多いために白人であるルルーシュ達はかなり目立つのだが、ブリタニア人も少数ながらいるしハーフもいるため、見られはするが悪意の視線はなかった。

 お見舞いに来たとルルーシュが告げると自動ドアが開き、クライスが出迎えた。

 「お、元気そうでよかったな。そっちはロロだったな。
 悪いなあ昨日はあんまし説明なしにあんなことしちまって」

 手を合わせて謝るクライスにロロはどう反応すればいいのか解らず戸惑っていたが、クライスは構わずに一行を部屋に招き入れた。
 エトランジュの部屋に入ると、さすがに女王の部屋なだけあって広く寝室とリビングが備えられていた。

 「エディも熱は少し下がってて話くらいは出来るけど、他の連中と連絡が取れるのはまだ先になりそうなんだ。
 悪いけど例の件はそれからにして貰いてーんだけど」

 「そうか、無理はさせたくないからそれで構わない。昨日は申し訳なかったな。
 お詫びと言っては何だが、プリンを作って来た」

 「お、エディも好きなんだよこれ。あいつ朝は何も食ってないから、これくらいならいけそうだ」

 クライスがエトランジュの寝室に一同を招き入れると、ベッドには氷嚢を額に乗せて顔を赤くして荒い息をついているエトランジュがいた。

 「お具合はいかがですか、エトランジュ様」

 ナナリーが心配そうに問いかけると、エトランジュは弱々しく微笑んだ。

 「大丈夫です・・・ただちょっといろいろあったので・・・熱が出てしまっただけですぐに治ると・・・」

 「私達のために、申し訳ありませんでした。お詫びにプリンをお造りしたんです。
 ぜひ召し上がって頂ければと」

 「まあ、プリンを・・・それくらいなら食べられそうですので、頂いてもよろしいですか?」

 「もちろんです!よかったですわ、ねえお兄様、ロロさん」

 ナナリーが嬉しそうに言うと、ルルーシュもそうだなと頷いてサイドテーブルの上にプリンを置く。

 「これ、三人で作ったんですよ。お口に合えばよろしいのですけど」

 「そうですか・・・まあ、美味しそうですね」

 ゆっくりと起き上がったエトランジュがプリンを受け取って食べている間、昨夜の件についての情報交換が行われた。

 「・・・ということで、ロロを俺が預かることになりました。
 しかし、この子もあまり外の世界を知らないので、ぜひエトランジュ様のほうでも万が一のことがあればお預かりして頂ければと」

 「・・承知いたしました、お任せ下さい。
 大変でしたね・・・もうあんな力は使わなくていいですから、心配なさらないで下さいな」

 エトランジュはロロににっこりと微笑みかけると、ルルーシュに言った。

 「私が回復したら・・・すぐにでも一族にも申し伝えておきましょう・・・。
 それから、例のブリタニア皇帝の計画についても・・・協議を。
 すぐにでもしなくてはいけないのに・・・申し訳ございません」

 エトランジュは早急に会議が必要な時期に倒れてしまって申し訳ないと謝るが、彼女をこの状態にしたのは己のミスからなのだからとルルーシュの方こそ謝った。

 「こちらのミスでエトランジュ様に大層なご迷惑をおかけしてしまったのですから、謝られては恐縮する限りです。
 熱が引いて一段落つきましたら、ぜひ・・・ん?」

 エトランジュの部屋のドアが開かれる気配がしたので視線を向けると、イノシシのような勢いでエトランジュの寝室に入って来たのはカレンだった。
 背後には苦虫を百ダースほど噛み潰したような表情をしたアルカディアが、スカートを揺らして立っている。
 マオも来ていたのだが、騒々しくなりそうだったのでC.Cの所に直行していた。

 「カ、カレン!早かったな」

 「ええ、聞きたいことが山ほどあってね・・・さあ、全部話して貰いましょうか」

 ばきばきと指を鳴らして事情説明を迫るカレンに、ルルーシュは後ずさりする。

 「お、落ち着けカレン。ここは病人の部屋だぞ」

 話はするから冷静に話し合おう、と言い訳の正論を言うルルーシュに、カレンは赤い顔でこちらを見ているエトランジュを見てそうね、と落ち着きを取り戻した。

 「騒がしくして申し訳ありませんエトランジュ様。
 連絡が取れなくなったとアルカディア様から聞いた時は、どうなることかと」

 「いえ、こちらこそ無用な心配をおかけして申し訳ありませんでした・・・。
 ちょうどそちらの話も伺いたかったので・・・ぜひどうぞ」

 ギロリとルルーシュを睨みつけたカレンは、政庁から出た後のことを話しだした。
 
 「政庁から出た後、ユーフェミア皇女は無事に特区庁に戻ったんだけど何ていうか、静かに怒ってるみたいだったわ・・・あんなことをルルーシュ達に命じるなんて酷いって」

 「そうか・・・テレビを見る限りでは、昨夜のテロについては詳しいことは知らないが近隣の皆様には迷惑をかけてしまってすみませんと当たり障りのないことを言っていたようだが」
 
 「無難に対処したほうがいいって、私が言ったからね。
 ルルーシュ皇子の事情を聞いてくるって言ったら、今日休日にしてくれたの」

 アルカディアの補足になるほどと一同は納得した。

 「政庁はまだ混乱してるみたいだけど、コーネリアが午後から特区庁に来るみたい」

 「そうか・・・だいたいは解った。ではこちらの件なんだがな」

 ルルーシュがアッシュフォードで起こったことを話すと、カレンは早い段階から自分の正体をシャーリーに知られていたことを知って仰天した。

 「ちょ、何でシャーリーが知ってたのよ?!」

 「あ、それは私のせいです。マオさんがうっかり漏らしてしまったみたいで・・・申し訳ありません」

 自分がマオに教えたことが、ルルーシュの知り合いだということで話してしまったのだとごまかして謝るエトランジュに、カレンはそうですかと納得せざるを得なかった。

 「そっか・・・でも黙っていてくれたのねシャーリー。後でお礼を言わないと」
 
 だがそれよりも驚くべきことは、アッシュフォード学園生徒会メンバーが黒の騎士団入りするという予想すらしていなかった事態である。

 「これ、どうする気?戦争ごっこじゃないのよ!止めるべきだわ」

 いくら自分達を思ってのこととはいえ、あまりにも危険だというカレンの意見はもっともなのだが、ルルーシュが大きく溜息を吐きながら尋ねた。

 「ああなったミレイを止めるのは無理だ。君だって会長を止める自信があるのか?」

 「・・・ないわね。でもせめてリヴァルやシャーリーくらいは・・・」

 「そうだな、出来れば説得したいと思っている。
 アッシュフォードの外出禁止令が解かれ次第、カレンとアルカディアに会いに行って貰いたいんだが」

 自分が直接会うのは監視されている可能性があるからやめておくと言うルルーシュに、二人は頷いた。

 「ま、そっちのほうが無難でしょうよ。
 外出禁止令が解かれた報告が来たら、カレンさんのほうで会う約束してくれない?」

 「解りました。お任せ下さい」

 正直カレンはルルーシュほどには深い付き合いがなかった生徒会の面々だが、それでも反逆という行為に参加するとあっては止めようと考えるほどには情はあった。

 「それから、アッシュフォード生徒会や君・・・・俺に関わった全ての人間に監視がつく可能性が高い。
 昨日の今日だから今回はぎりぎりで大丈夫のようだったが、明日からは解らない。
 よってカレンにはすまないが、基地への出入りを止めて欲しい」

 「何ですって?!でも・・・」

 「じき、日本解放戦を始める。君が黒の騎士団員幹部とバレたら得られる情報が限られてくるし、向こうもなりふり構わず殲滅戦を始めかねない。
 ・・・頼む、もう少しなんだ」

 滅多に頭を下げないルルーシュに頼まれて、カレンはうっと考え込んだ後渋々了承した。
 
 「わ、解ったわよ。そういうことなら来ないわ。
 でも、連絡はどうやってすればいいの?」

 「例のデジタルペットを模した通信がある。まずそれをシャーリー達に渡してくれ。
 連絡はアルカディアを経由して行う。ハードワークになるが、頼めるだろうか」

 「・・・やるしかないんでしょ?もうヤケだからやってやろーじゃない」
 
 その代わり失敗は許さんと徹夜で情報解析をして疲れ果てていたアルカディアの据わった目に射抜かれ、ルルーシュは幾度も頷いた。

 「あんたもキリキリ働いて貰うからね・・・日本解放戦が近いってことは、各エリアに物資を送る手筈なんか任せるから」

 日本が独立を勝ち取ると同時に、各エリアでもその動きを連結させる予定なのだ。
 そのためには日本特区や後援基地で生産した物資をばら撒く必要があるので、ルルーシュはもちろんだと了承する。

 「はい、じゃーさっそくこれ。日本特区内で横領成功した物資のリストね。
 明日までに指示よろしく。それから盗聴用の通信回路の分析の件で・・・」

 大量の仕事を提示してきたアルカディアに、ルルーシュはよほど昨夜エトランジュの安否が分からず不安だったのだなと申し訳なく思いながらも、仕事に取り掛かる前にロロを紹介しておこうと自分の手につかまっているロロの頭を撫でた。

 「カレン、アルカディア。この子はロロと言って、ブリタニアの特殊機関で使われていた子なんだ。
 俺の味方になってくれたが行き先がないので、俺の弟として迎え入れようと思ってる」

 「・・・ああ、例のあの子。へー、結構ナナリーちゃんに似てるじゃない」

 アルカディアがまじまじとロロを見つめながら言うと、確かに髪の色や目の色など、ナナリーに似た部分がある。

 「私はアルカディアよ。エトランジュの従姉なの。
 ちょっと外で活動していることが多いから会えないかもしれないけど、よろしくね」

 「私はカレン。ゼロの親衛隊長をしているんだけど、別の仕事で離れてるの。
 この子いくつ?ナナリーちゃんと同じ年齢くらいに見えるけど」

 カレンが眉をひそめなが問うと、ルルーシュが正解だと答えたので怒りだした。

 「ってことは、14歳?そんな子を危ない仕事に従事させるなんて、これだからブリタニアは!!」

 もう大丈夫だからね、と笑いかけるカレンにロロはさっとルルーシュの背後に隠れてしまったので、カレンは傷ついた。

 「・・・私、そんな怖かった?」

 「いや、ただの人見知りだよ。どうも優しくされるということに慣れていないようだから」

 「・・・ああ、それで。ごめん、配慮がなかったわ」

 カレンが謝罪すると気にするなとルルーシュが手を振ったので、ここでエトランジュにも悪いので部屋を退出しようと話がまとまった。

 「じゃあ、私そろそろ戻るわ。連絡は出来るだけまめにするけど・・・気をつけてよ?」

 「解っている。ではシャーリー達の方は頼んだぞ」

 頷いたカレンがアルカディアと共に他の一同もエトランジュの部屋を出ようとした刹那、ナナリーがおずおずと言った。

 「あの・・・皆さん。出来たらでいいんですけど・・・お願いがあるんです」

 皆がナナリーに視線を集めると、遠慮がちに告げられたその内容に一同は息を呑んだ。



 一週間後、ようやく外出禁止令が解かれたアッシュフォードでは久々の外出を生徒達が楽しんでいた。
 カレンから連絡を受けたアッシュフォード生徒会改め黒の騎士団アッシュフォード支部のメンバーは、さっそく彼女から指定されたマンションにやって来た。

 アッシュフォード学園から250メートルほど離れたオートロックのマンションは、つい先日カレンを通じて借り受けたエドワード・デュランことアルフォンスの部屋である。

 契約したばかりなのでテーブルと椅子とベッドしか運ばれていない殺風景な部屋だが、そんなことは問題ではない。

 出迎えたアルフォンスとカレンは、さっそくルルーシュからの指示を事細かに伝えた。

 「ルルーシュからの指示はまず勝手な行動は取らないことと、連絡は私達を通じて欲しいってこと。
 そのためにこれ、渡しておくわね」

 カレンがバックから携帯デジタルペットを三つ取り出すと、ミレイ達は珍しそうに手に取った。
 
 「これ、特区で二ーナがユーフェミア様に献上したやつでしょ?
 お父さんが欲しいなら買ってきてやるって言ってくれた」

 「実はこれ、大まかなのはルルーシュとアルフォンス様が作ってくれたの。
 特別仕様のこれには隠し機能があってね、騎士団の人達専用の連絡機能があるのよ」

 「なーるほど。これなら掲示板くらいのことは出来るし、誰が持ってても不思議じゃないもんね。さっすがルルちゃん」

 ミレイが納得するとさすがルルーシュ、とリヴァルも感心している。

 「アイテムを交換したりする機能があって、それで通信をやり取りできるよ。
 特別仕様同士でなければ重要機密はブロックされるようにはなってるけど、市販の奴に送ったりしないように気をつけて」

 アルフォンスの注意に三人が頷くと、改めて使い方の説明を受けた。

 「普通にデジタルペットとしても育てられるから、それもついでに楽しんでね。
 秘密プログラムの起動方法は、お友達キャラの黒猫に隠しアイテムのゼロ仮面を被せてパスワードを入力することだから」

 アーサーをモデルにしたペットのお友達キャラが騎士団員専用のお友達キャラだと聞いて、三人は笑った。

 「ははは、面白―い!誰のアイデアですかこれ」

 ツボにハマったミレイが爆笑しながら尋ねると、アルフォンスが自分だと答えた。

 「ゼロがゼロ仮面を生徒会で飼ってた猫に被られて追いかけ回したと聞いたからね。なのでやってみた」

 「・・・あ、あの時か!そりゃ必死で追う訳だ」

 「・・・相変わらずたまーにうっかりするんだから、ルルちゃん」

 ミレイも苦笑すると、シャーリーは何だか邪悪な笑みでルルーシュのうっかりを暴露するアルフォンスに黒いものを感じたので何かあったのだろうかと思った。
 ちなみにこれは、己にオーバーワークを強いられ大事なエトランジュが倒れた遠因になったルルーシュに対するささやかな仕返しなだけだったりする。

 「カレンとなら連絡を取り合ってもおかしくないけど、なるべくバレないようにオブラートに包んでやり取りしてほしい。
 ルルーシュ皇子に会いたいだろうけど、この状況では難しいんだ」

 「解っています。カレンも基地に出入りしないようにしていると聞きましたから」

 打って変わって真剣な顔でミレイが言うと、一同も姿勢を直して聞き入った。

 「ロイド伯爵の件ですけど、下手に探りを入れられなくて・・・。
 本人が言うにはガウェインっていうんですか、動かすのが大変なナイトメアを動かせたルルーシュ様にお仕えしたい、完成させるはずだった武器を弄りたいってことだったんですが」

 「あー、あれならうちのエース科学者が完成させちゃったよ」

 「らしいですねえ・・・凄い荒れてましたから。
 だからあれ以上の武器を造ってやるんだって息巻いてましたよ。
 あと、ランスロットの量産型の設計図を作ったので、それを手土産にするって」

 ロイドはルルーシュに信用して貰うため、上司であるシュナイゼルには本腰を入れたナイトメアの開発報告をしていなかった。
 名目はランスロットが戦場に出ないせいでデータが取れないからということと、予算が出なかったというものである。

 「ふーん・・・でもあのシュナイゼルの部下ってのが気にかかっててね。あの野郎中華でえげつない策略してきたから」

 アルフォンスが苦々しい顔で呟くと、滅多に他人を信用しないルルーシュらしいとミレイは軽く頷いた。

 「ロイド伯爵には、このことはまだ黙っておきます。私からの報告は以上です」

 「了解したよ。じゃあ何かあった時のために、ここの合い鍵渡しておくからね」

 
 アルフォンスがキーを一つミレイに手渡すと、彼女は礼を言って受け取った。

 「記念すべき黒の騎士団アッシュフォード支部の初会議はこれで終わったわけだけど、何か質問はない?
 これから忙しくなるから、今のうちに・・・」

 アルフォンスがそう尋ねた刹那、ミレイとシャーリーが目を合わせて叫んだ。

 「あります、あります!ずっと聞きたかったこと!!」

 「ど、どうぞ。答えられる質問なら答えるよ」

 余りの熱のこもりようにアルフォンスが少したじたじになると、代表してシャーリーが質問した。

 「あの中華で、天子に銃を突きつけたのって・・・あれってどうなったんですか?!」

 「・・・あ~、あれね」

 そりゃ気になるわ、とアルフォンスは納得すると、すぐに答えた。

 「あれは演技だよ。ブリタニアと中華の結びつきを壊すためと、天子も結婚に嫌がってたからね。
 エディ・・・エトランジュと天子様は友人同士だから、そこから繋がりがあったんだ」

 「そ、そうだったんだ・・・びっくりしてどうなったのかと気になって」

 「そうよね、ブリタニアじゃ一方的に黒の騎士団が天子をたぶらかしたとかしか報道されなかったから、どうしたんだろうって思って・・・あーよかった」

 シャーリーとミレイが安堵の息をつくと、ミレイは握りこぶしを作って言った。

 「まったく、あれじゃー悪の帝王みたいだったわ!
 私がルルちゃんの元に行った暁には、正しい正義の味方ってのをレクチャーしないと!」

 「・・・ま、そのほうがいいかもしれないね。そっちもゼロには伝えておくよ」

 フォローしきれない、とアルフォンスが半ば投げやりに約束すると、よろしくお願いしますとミレイ達に頭を下げられた。
 
 そうして散会した後基地に戻ったアルフォンスは、ミレイから頼まれて持ってきた正義の味方に関する資料をルルーシュに手渡すのだった。

 『この宇宙に必要なのは、俺達の熱い勇気だ!それをマイナス思念と呼ぶのなら、滅ぶべきは、お前の方だ!』

 『・・・マンがいる限り、この世に悪は栄えない!!』

 「・・・こんなのは、俺のキャラじゃない」

 そう呟いたルルーシュに、それもそうだと納得するマグヌスファミリアと黒の騎士団の面々だった。



[18683] 第十七話  ブリタニアの姉妹
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/13 19:30
 お話の前に、私のチャット仲間ののーべん様が三次小説を書いて下さいました!
 いい具合にキャラがいい意味で壊れて楽しかったので、ぜひ投稿してくれとお願いしたところチラシの裏にて投稿して下さいました。
 ルルーシュと、そしてエトランジュの壊れっぷりが作者のツボを刺激しました(笑)。
 アドレスが残念ながら載せられないようですので、お手数ですが検索して頂きますようお願い申し上げます。

 《【ネタ/ギアス三次創作】 コードギアス変貌のルルーシュ 暴走のエトランジュ  のーべん作》です。
 現在は二話までですがとても面白いので皆様ぜひご覧になって頂ければと思います。
 では私のお話の方もお楽しみくださいませ。



  第十七話  ブリタニアの姉妹

ルルーシュが黒の騎士団の手引きにより逃げ出してから、コーネリアは一度政庁に戻った。
 その際実験体としてカプセルに入れられたジェレミアがルルーシュに対する切り札だと説明を受けたのだがそれだけしか説明がなく、V.Vは勝手にそれを一室に入れてしまった。
 さらにシャルルからの命令で、政庁内の兵士の入れ替えが行われることになった。
 ルルーシュについた者を排除しようとする意図だと解釈したコーネリアはそれを最もな処置だと納得し、本国から新たに兵を呼ぶことを決定する、

 その前に政庁内の兵士に何やら尋問を行うというので立ち会いを要求したのだがV.Vはそれを拒絶したため、結局尋問の内容は明らかにされるどころか政庁から出るように言われ、後処理の名目で特区庁に行く羽目になった。
 ルルーシュに従っている様子がなかったコーネリアはギアスをかけられていないと判断したV.Vは彼女にギアスの情報を与えまいとしたため、ギアスキャンセラーの様子を見せたくなかったのだ。

 ルルーシュの行方も解らず、何がどうなっているのかとコーネリアは苛立ちばかりが上昇していたある日、コーネリアは特区庁に来ていた。
 
 しかも父帝シャルルの通信つきで、姉妹は通信スクリーンの前に立ったまま今後の展望を話し合うことになったのである。
 普段政治には無関心なシャルルだが、兄がしでかした騒動の後始末にいろいろ動かなくてはならなかったのだ。

 「・・・エリア11の件は、今更事実を公表する訳にはいかん。
 さらなるテロに繋がりかねないから、この件は極秘とする」

 「コーネリア総督閣下・・・それでは事態の解決にならないではありませんか」

 「ブリタニアの国威を落とすわけにはいかない。だが、早急に衛星エリアに昇格させてブリタニア本国からの支援が得られるよう、私も全力を尽くす。
 そうすればイレヴンも、今のような状態から抜け出せていい暮らしを・・・」

 コーネリアは日本人に対する弾圧はやめるし、ナンバーズとして与えられる最大の支援をすることで折り合いをつけようとしたいようだった。

 しかしそれでは臭いものに蓋をするだけで、根本的な解決にはならないのではないかとユーフェミアは思ったが、シャルルはどうでもよさげに許可を出した。

 「構わん・・・ただし、C.Cの身柄確保が条件だ。
 ルルーシュを捕捉すれば自然に見つかるであろう。あとはエリア11ともども、お前達のいいようにするがよい」

 「・・・ありがたきお言葉にございます。 
 皇帝陛下もこうおっしゃっておられる。ユーフェミア副総督、私もルルーシュを説得して、以前のように暮らしたいと思っている。
 ルルーシュはお前を私よりは信用しているようだから、説得に力を貸してほしい」

 「皇帝陛下、総督閣下、ルルーシュはかたくなにブリタニアには戻りたくないと言っておりましたわ。
 それに昨夜のことだって、大変怒っていたではありませんか。
 しばらく時間をおいて、まず日本人の生活をよくしてからにしたほうが・・・」

 あくまでも慎重論をと言うユーフェミアと、父帝の評価を下げたくないコーネリアが話し合っていると、ドアの外から急いでいるような、それでいて遠慮がちなノックの音が響き渡った。

 「失礼いたします、皇帝陛下、コーネリア総督閣下、ユーフェミア副総督閣下。
 お話の最中に申し訳ございません。しかし、至急のご報告が・・・!」

 常ならぬ慌てたような声音のダールトンに、コーネリアは眉をひそめながら入室を許可した。

 「どうしたダールトン。何があった?」

 「ご無礼をお許しください、皇帝陛下。先ほど租界にいたカレン嬢の携帯電話にナナリー様からのお電話があったそうです。
 何でも至急姫様方とお話したいので取りついで頂けないか、とのことで・・・!」

 あの騒動があった日、ユーフェミアは口止めのためにある程度の事情をカレンに話したとコーネリアには報告してあった。
 むろん虚偽だが状況が状況なのでコーネリアはそれを疑わず、カレンに改めて口外を禁じた。
 そのお陰ばかりではないのだが、シュタットフェルト家は近々辺境伯の地位を与えられることが正式に決定している。

 本来は特区内での携帯電話の使用はブリタニア人、日本人問わず禁じられているが、全員禁止では支障が出てくるため、一部には許可が出ている。
 その許可は大部分がブリタニア人で、それもルルーシュのブリタニア人と日本人の間に差を設けてブリタニアの支配を実感させるという策の成分も含まれていた。
 
 カレンは特区内での許可を辞退していたが、今回はナナリーからの連絡なので通話状態のまま持ってきたので今回限りの許可をと申し出、ダールトンが一も二もなく許可を出した次第である。

 「何だと?!」

 「ナナリーが・・・いったいどうして・・・」

 姉妹が顔を見合わせると、わずかに眉をひそめたシャルルは出てもよいと指示を出した。
 
 「構わん、その電話を持ってくるがいい」

 「かしこまりました。カレン嬢の携帯電話はこちらに・・・」

 ダールトンが小さなクッションに置かれたカレンの携帯電話を恭しくテーブルに置き、皆に聞こえるようにスピーカーを設置する。

 「そういえばカレンさんとナナリーは生徒会で知り合ったとか・・・電話番号を知っていてもおかしくはありませんわ」

 「それはそうだが、何故・・・間違いなくナナリーなんだな?」

 「カレン嬢が言うには、間違いないと・・・今、エドワード殿が携帯電話の電波を追跡しております。
 特区庁である程度事情を知っており、かつプログラム技術に詳しい者は彼しかおりません。
 それにルルーシュ様の件についても深く詮索しようとはしていない上に誰にも話していないので、適任かと」

 特区にカレンといたエドワードが電話がかかって来た際に居合わせており、電波の逆探知をしなくてはならないが、だがここは専門のチームはまだいないと焦るダールトンに、『事情は知りませんけどそれくらいなら何とかなると思います』と協力を申し出てきたと告げると、コーネリアは実に気の利く男だなと思った。
 あの時もうまく状況をさばいてくれた割にトラブルは好みませんからと詳しく詮索しなかったので、コーネリアはエドワードに好印象を持っていた。
 
 もちろんアルフォンスは真面目に電波探知の操作などしておらず、現在彼は別の仕事をしながら適当に回線を弄って後で無理でしたと報告するつもりである。

 一方、ユーフェミアとスザクはカレンとエドワードの名前が出たことで、これは黒の騎士団絡みのことだとすぐに解った。
 しかし意図は聞いていないので何も言えず、とりあえず話を聞こうと携帯電話に視線を移す。

 「とにかく、話を聞いてみましょう。よろしいですか、皇帝陛下、総督閣下?」

 「・・・構わん」

 シャルルが許可を出したのでダールトンが通話ボタンを再び押すと、中から少女の声が響いてきた。

 「・・・もしもし、ユーフェミアお姉様ですか?」

 「ナナリー!!ナナリーなのね!!」

 「ユフィお姉様・・・!はい、ナナリーです。お姉様はお変わりないようで」

 聞き間違えるはずがない、とユーフェミアが涙をこぼさんばかりに喜び、彼女の背後にいたスザクが間違いなくナナリーの声です、という意味を込めてコーネリアとギルフォードとシャルルに向けて頷くと、コーネリアは無事だったか、と安堵の息をつく。

 「ああ、よかった・・・!今、どうしているのですか?」

 「今は黒の騎士団の方々の元でお世話になっております。皆様とてもいい方々ですわ。
 お兄様を助けて欲しいとお願いしたら、任せろとおっしゃって下さるくらい」

 「・・・・・」

 「協力して下さっている方も、私の足や目を治して下さるためにお医者様やいろんな機械を手配して下さって・・・いずれ恩返しをしたいと思っておりますの」

 皮肉ともとれる近況報告をされたコーネリアは、とりあえず無事らしいが懐柔されたかとコーネリアはどう返すべきか脳をフル回転させた。

 「ナ、ナナリー、無事でよかった。ルルーシュの件は・・・」

 「ある程度はお兄様から伺いました。お兄様がゼロであり、打倒ブリタニアを志して戦っておいでだったと。
 そしてそのお兄様をブリタニアが連れ去ったので、コーネリア姉様が助けて下さったそうですが・・・何でもお兄様をお助けしていた女性を皇帝陛下に引き渡すために、私と引き離そうとなさったとか・・・?」

 「ち、違う!それが終われば私はお前達と一緒にここで暮らそうと・・・!」

 あくまでも一時的な措置だったのだと言い募るコーネリアに、ナナリーは全く感情の読めない声で尋ねた。

 「・・・私、ごく最近伺ったのですが、コーネリア姉様はサイタマで何の関係もないサイタマにお住まいだった方々をお兄様を誘い出す目的で殺そうとなさったとか。
 しかも私を確保すればお兄様もブリタニアに従わざるを得なくなるから、確保するつもりで私がいるゲットーを壊滅させるおつもりかもしれないと・・・これも事実ですか?」

 どこからそれを、とコーネリアは青くなった。
 前半は何しろ当事者であるルルーシュがいるのだから当然としても、後半の件は結局未遂に終わったのだから彼女が知るはずがない。

 「・・・いろいろと知ってしまいましたので、どうしてもお姉様に確認しておきたくて、無理を申しあげてお電話をさせて頂いた次第ですの」

 「なるほどねー」

 アルカディアの声が響いてきたので、ユーフェミアとスザクは首を傾げた。

 (今、特区にいるはずなのに?何故アルカディアさんの声が?)

 既にエドワード=アルカディアと知っている二人が内心で疑問符を浮かべている間に、話は進んでいく。

 「否定なさらなかったということは、事実のようですね。
 ゼロは確かにコーネリア姉様の敵でしょうから、それは仕方ないとお兄様はおっしゃっておいででしたわ。
 でも何の力も持たない一般民まで巻き添えになさるなんて、酷くありません?黒の騎士団は自分の作戦で被害がないようにと、ナリタできちんと住民の避難を呼びかけたと聞いておりますわ。
 その呼びかけを聞いたのは生徒会の方のお父様でしたから、話は聞いていたんです」

 直接会っていないが、確かに黒の騎士団員から避難の呼びかけがあり得るかもしれないと思った者が避難を誘導したという報告は聞いていた。
 それがまさかナナリーが所属していた生徒会の人間の父親だったなど、コーネリアは想像すらしていなかったので額を押さえた。

 実はシャーリーは父親とルルーシュと会った喫茶店での話を、生徒会でしていた。
 騎士団からの避難勧告については厳重に口止めしたとはいえ、やはり人の口に戸は立てられないということだろう。
 あの時ナナリーはただ単にシャーリーの父親が無事でよかったぐらいの認識だったが、コーネリアのしたことと比較するとどちらが正義かは自明の理である。

 実際はエトランジュ達の独断による行為で黒の騎士団はその意味ではコーネリアと同類だったのだが、コーネリアはそんなことは知らないし結果としては対比が成り立ってしまう状況だったため、コーネリアは黙りこくった。

 「それで皆様、大急ぎで私をあそこから避難するように申し上げたのですね。
 コーネリアお姉様がまさか、と今の今まで信じておりましたが、そう、事実だったの・・・」

 どこか寂しそうな口調でそう呟くナナリーはしばらく押し黙った後、ゆっくりと宣言した。

 「コーネリア姉様、ユーフェミア姉様・・・私は、貴方がたの敵です・・・!」

 「ナナリー!!」

 コーネリアが叱りつけるように叫ぶが、ナナリーは怯まずに言った。

 「もうたくさんです!!なんの力も持たないからと、こうやって怯えていく国で暮らすなんて、私は嫌です!!
 七年前だって、お姉様達は何もして下さらなかったわ!!」
 
 「それは・・・あの時は力不足だったんだ。だが今は!!」

 「では今は?私からお兄様を引き離そうとなさったではありませんか!
 記憶を奪うことまでする予定だったと伺いました。
 私はお兄様さえいれば、それでよかったのに!!何て酷い・・・!!」

 泣くように糾弾する末の妹に、コーネリアは反論出来ずに立ち尽くしている。
 ユーフェミアのほうに視線を送るが、妹もどうしようもないと首を横に振った。

 「私はあんな所には絶対戻りませんわ!
 どうしてもそれだけお伝えしたくて、無理を言ってカレンさんに連絡して頂いたんです・・・カレンさんが特区でとても大事な仕事をなさっていると伺っていましたから。
 ブリタニアと何の関係もないと、黒の騎士団の皆様に解って頂きたくて」

 「そんな証明をしなければならないほどの状況ならば、ぜひ姫様の元にお戻りになっては・・・」

 見かねたギルフォードが不敬を承知で口を挟むとナナリーはにべもなく言った。

 「私達が日本人の皆様にどれほどの迷惑をかけたか、お解りではないのですか?!
 七年前私達をアッシュフォードの迎えが来るまで藤堂さんが傍にいて下さらなかったら、ブリタニア人というだけで憎悪の対象になっていたせいで殺されていただろうとお兄様がおっしゃっておりました」

 あの戦争が終わった時、日本が敗戦してもブリタニア人というだけで襲撃される者が後を絶たなかった。
 理不尽だと解ってはいただろうが、先に理不尽な行為で全てを奪われた日本人達からすればやつあたりでもしなければとても耐えられなかったのかもしれない。
 無力なブリタニア人の子供が無事でいられたのは、あの時スザクと藤堂が彼らの傍にいたことが大きかったのだ。

 「今回だって、捕まる危険があるのにお兄様を助けて下さったのは日本人の方々です!!
 ・・・血の繋がった家族ではなく」

 「・・・・」

 「それに、私達は生きていないのでしょう?生まれた時から死んでいると言い切った父親の元になんて、戻りたくありませんわ」

 「・・・何を言っているの、ナナリー。いくら何でもそんなことをお父様がおっしゃるわけが・・・・」

 何も知らされていなかったユーフェミアがそう取り成そうとするが、何やら操作する音がして響いてきた内容に血の気が引いた。

 『見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので』

 『そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?』

 エトランジュの声に、恐らく黒の騎士団の幹部であろう日本人の発音の英語が響いてくる。
 藤堂の問いに、いつもはおとなしいエトランジュが珍しく嫌悪を露わにして説明していた。

 『あの方が母君のマリアンヌ様をテロで喪ったことはご存じかと思います。
 そして父であるシャルル皇帝が何の捜査もせず放置したのでシャルル皇帝に諫言なさったそうなのですが、ルルーシュ様に対して“死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物”と言い放ったと・・・』

 『・・・同情を買うためのストーリーとか、そんなんじゃないですよね?』

 『・・・七年前からルルーシュ皇子は自ら買い物をして自炊洗濯をしていたから、まず間違いないと思う。
他人は信用出来ないと言っていたが、それだけではなかったようだな』

 『何ですかそれ・・・親が子供に言っていい言葉じゃありませんよ!
 子供を作ったからには面倒を見るのは当然です!!』

 ユーフェミアも思わず頷く女性の言葉に、エトランジュも同意を示していた。

 『私も同感です。私、あの方の正体を知ってさすがに少しは調べておかなくてはと思って、EUに亡命して来たブリタニアの方に伺ってみたら・・・その話を聞いたんです。
 あの方は非常にプライドの高い方ですから同情されても誇りを傷つけてしまうだけと思って、知らなかったことにするつもりだったのですが・・・』
 
 『ナナリー皇女の前では口が裂けても言えないわけじゃのう・・・』

 「エトランジュ様は本当にお優しい方ですね。
 私が傷つくと思って陛下のこの発言はむろん、私が問い詰めるまでコーネリアお姉様がしたことですら私の前では一言もおっしゃらなかったんですよ?
 だから私、ブリタニアが何をしていたのか知りたくて、こっそり録音してしまったんです。あの方から貰った音声日記で」

 「音声日記?」

 「目が見えなくても日記が付けられると、ボイスレコーダーを改造した機械だそうです。
 リハビリの記録などにどうぞって」

 改造される前本来の使い方をされたわけだが、渡した側はもちろんそんな意図は全くない。
 しかし奇しくもアルカディアが言ったとおり、人間は良くも悪くも考える生き物であり、己の目的を遂行するために道具の使い方を考えるものなのだ。
 たとえ目が見えなかろうと、足が使えなかろうと、考えることが出来るのが人間だ。
 
 「・・・本当にそうおっしゃったんですか、陛下?」

 震える声音で確認する三番目の娘に、今更否とは言えないシャルルは興味なさげに肯定した。

 「それがどうした、ナナリーよ。事実を述べたまで」

 それを聞いた瞬間、ユーフェミアはもうこの兄妹がブリタニアに戻ることはないと悟った。
 同時にこの身に流れる血を嫌悪してよろめき、スザクに支えられる。

 「・・・いたのか。これは予想外だな」

 驚いたようなルルーシュに、ナナリーが縋るような怯えた声を出した。

 「お兄様・・・!」

 「大丈夫だ、もう何もかも言いたいことを言っていい。
 俺も後であの男には言うべきことがあるからな」

 「・・・はい。お兄様。
・・・コーネリアお姉様がしようとしていたことも、あの時皆様で話し合っていたようですが、傷つくから私には聞かせられないと・・・私、どこまでも守られていたんですね」

 ゆっくりとそう言ったナナリーは、もはや黙るしかなくなった面々に告げた。
 
 「だから、私はご恩返しをしたいのです。お兄様に、エトランジュ様達に、そして日本の皆様に。
 ですから、私は貴方がたの敵なのです」

 そしてナナリーは、今度は先ほどの発言を事実だと認めたきり黙っていた父に向けて言った。

 「お父様がいるというなら好都合です。
 私、信じてたんです。七年前のことは手違いで、いつか迎えに来て下さるんじゃないかって・・・でも、幻想だったみたいですね」

 幻想ではない、とシャルルは思った。
 ラグナレクの接続が成れば、晴れて迎えに行くつもりだった。
 だからまだ待っていれば良いのだが、ナナリーはそれが幻想だと言う。

 「同感だな、ナナリー。あの男がいるなら、俺も少し言わせて貰おう」

 ルルーシュは小さく呼吸をすると、傲岸不遜な声で命じるように言った。

 「俺はお前のバカバカしい計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
 その邪魔をするというなら、誰であろうと俺の敵だ」

 「・・・計画?」

 コーネリアが眉をひそめて尋ねると、ルルーシュは苦々しげに答えた。

 「暴露したいくらいなんですが、話が長くなる上にあまりにバカバカしくて信用してくれそうにないので、あの男にお尋ね下さい。
 どうせ答えないと思いますけど・・・そうだろう?」

 最後の父親に向けた言葉にシャルルが映るスクリーンをこわごわと見つめると、彼はいつもの無表情で言った。

 「聞いたのか、全てを・・・ならば」

 あれは自分の本心ではないと解ったはず、という言葉を裏に込めて言い募る父に、ルルーシュははっきりとまごうかたなき本心を告げた。

 「俺は計画ごとブリタニアを壊すと言ったはずだ。
 全てを聞いたうえでの現在の心境を言ってやる。お前は最低の父親だ
 
 息子からの辛辣な批判にシャルルは内心で怯んだ。
 そしてさらに、末娘が兄に続いた。

 「私も最後に一言だけ申し上げます。
 お父様は嘘がお嫌いだそうですので、遠慮なく言わせて頂きますね」

 ナナリーは大きく深呼吸をすると、はっきりと決別の言葉を予想もつかない形で言った。

 「いい加減にしろこのだめ親父

 その声が響いた瞬間、部屋が凍りついた。

 いや、電話の向こう側でも空気が見事に止まったような音がしたから、あちらも予想外だったのだろう。
 そしてツーツーと通話音が切れた無機質な音が、空しく響き渡る。

 「嘘だ・・・あんなことをナナリーが言うはずが・・・」

 あの優しくて温和なナナリーが言う台詞じゃない、とスザクは思わず呟いたが、しかし録音したというあの内容が事実なら怒り狂っても仕方がないとも思ったので混乱した。

 しばらく凍りついていた面々だが、一番先に我に返ったのはコーネリアだった。

 「マグヌスファミリアの連中が、ナナリーに余計なことを色をつけて吹き込んだのです、陛下!
 ナナリーは悪くありません!!」

 「録音した、直接は聞いてないって言ってましたよナナリー」

 ユーフェミアが姉のフォローを壊す事実を述べると、一度会っただけだがエトランジュを思い出すにおそらく本当にナナリーに事実は教えていないと思った。

 何しろやつあたりで自分を殺すことすらしなかったのだ。全くの被害者であるナナリーには何も言わず、ナナリーの言動や信頼ぶりから見て面倒を見たりしていただろうことは、想像がついた。
 
 そして何も知らされていない状況にとうとう不安が限界に達したナナリーは、貰ったという音声日記とやらでこっそり録音するという自分でも彼女と同じ立場なら同じ行動を取るだろうと、ナナリーを哀れに思った。

 (あんなの、誰が言えるっていうの?!色なんてつけてない、まったくの事実を述べただけではありませんか!)

 むしろ温和な言い方だ、とユーフェミアは思った。
 ルルーシュのことを思って、知らないふりをするつもりだったと気を使ってすらいたではないか。

 そして姉の様子を見るに、もちろん彼女も知っていたのだろう。だが当然、自分には隠していた。
 怒りを感じるべきか、父の本音を知らずに済ませてくれたことに感謝すべきなのかと、ユーフェミアは行き場のない感情をもてあます。
 
 神根島でのルルーシュが、コーネリアが自分を悼んで日本人を許さないと言っていたと聞いた時笑って怒るという相反する行動を取った理由が、今よく理解出来た。

 「・・・見捨てられた、のね」

 「ユフィ?」
 
 非公式とはいえ皇帝のいる前で愛称で呼びかけているということも気づかぬまま、コーネリアが妹に視線を移すと、ユーフェミアは自嘲するように笑って言った。

 「見捨てられたのですわ、お姉様。七年前とは逆に、今度は私達が」
 
 どうして助けに来てくれなかったの、待っていたのに。
 理由があるだけだと思っていただけだったけれど、死人を迎えに来るはずがないから放置されたのだ、だからもうそんな人達などいらないと、当然の言葉を告げられた。
  
 七年前自分達が彼ら兄妹を見捨てたように、今度は自分達が見限られた。
 そう、見事に因果が巡ったのだ。

 「・・・勝手にするがいい。しょせんあれもその程度だったということよ」

 「しかし陛下・・・計画とはなんです?
 世界をブリタニアが制するという計画だけではないように聞こえましたが」

 末弟は答えるはずがないと言っていたがそれでも尋ねるコーネリアに、案の定シャルルは答えなかった。

 「お前が知らなくともよいことだ。いずれ解る」

 シャルルは低い声でそう言うと、コーネリアに命じた。

 「C.Cを確保すれば、ルルーシュもナナリーも好きにせい。
 あれらが生き延びるか否かは、あれらの才覚次第。弱肉強食こそ我がブリタニアの国是なのだからな」

 勝者が正義、と常の主張を繰り返したシャルルは、別れの挨拶すらなしに通信を切った。

 黒いスクリーンを見ていた姉妹はしばらく重苦しい沈黙を保っていたが、コーネリアはシャルルが二人を処刑しろとは言わなかったという良い部分だけを見て妹にまだ望みはあるとばかりに言った。

 「ユフィ、皇帝陛下のご命令なのだ。黒の騎士団には気の毒だが、あれの正体を知っている以上放置する訳にはいかん」

 ゼロがブリタニア皇子だったなどと知られれば、日本侵攻の真実も連鎖的に暴露しかねない。
 さらに厄介なのはマグヌスファミリアの女王で、彼女がルルーシュと婚姻を結んで事実を公表し、彼をブリタニアの皇帝として立てていこうなどという事態になれば、マリアンヌの支持者が多い以上ブリタニア国内でもどんなことになるか、予想がつかない。

 「・・・お姉様、またサイタマのようなことをなさるおつもりではないでしょうね」

 ユーフェミアがまっすぐに姉を見据えて尋ねると、コーネリアは殲滅まではいかないが、かたっぱしからゲットーを調べてルルーシュ達の痕跡を調べるつもりだと答えるとユーフェミアははっきりと言った。

 「・・・それは私がやります。ナナリーを記念した病院を作るので、エリア内の患者を集めるという名目で調べれば角は立たないでしょう。
 ナナリーがいる場所にルルーシュもいるのですから、C.Cとおっしゃる女性も見つかるかと」

 「それはそうだが、時間が・・・それに見つかったなら強引な手段を使ってでも取り戻さなくては、イレヴンに何をされるかしれたものではない」

 しかしあの時ルルーシュ達を助けたのは、コーネリアが処刑しようとした藤堂達だ。
 今更ルルーシュ達がブリタニア皇族だからと言ってどうこうするつもりがあるとは思えないとユーフェミアは考えたが、さすがに日本人が無実と知って姉もどこか忸怩たるものを感じてはいる様子だった。
 それだけに日本人の恨みがどれほどのものかと思うと逆に弟妹を至急保護をしなければという思考にいきつくのも解らないではないが、それに強硬手段を使ってしまうのならば実に身勝手と言わざるを得なかった。

 「もしサイタマのようなことをなさるというのでしたら、私もその場に参りますからねお姉様。
 私はあの時、一般人も数多くいたと知りながら巻き込んだお姉様を、何としてもお止めするべきだったのです」

 「ユフィ!!何を・・・・!」

 「あれが原因でお姉様への信用は地に落ちたと、ルルーシュも言っていたではありませんか。
 あの時の私はあまりにも考えが足りず、他者の考えや思惑、そして他人の立場に立って考えることをしなかったがために、日本人の皆様に多大な迷惑・・・というのすら生ぬるいことをしてしまったのです。
 二度も同じ過ちを犯したくはありません」

 既に情報統制があってもこちらに情報が来るようなシステム作りを、ニーナに依頼してある。
 せっかく特区の利益が上がり、ゲットーの整備にも着手する準備が出来て日本人の参加者も徐々に増えているのに、絶対にあんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない。

 「私は日本人の方々と、命運を共にします。それが私の・・・せめてもの償いだと思っています」

 「ユフィ!!」

 コーネリアは鋭い声音で妹を怒鳴りつけたが、いつもならばそれで言うことを聞くユーフェミアは首を横に振るばかりだ。

 「お姉様こそこちらの過失をどうにかするために、さらに他者に犠牲を強いるとはどういうおつもりです!!
 こうなったのはいったい、誰のせいだと思っておられるのですか!!」

 「それは・・・!」」

 「だいたいあんなやり取りがあった中でブリタニアに戻れなど、私にはとても言えませんわお姉様!
 お姉様が私やルルーシュ、ナナリーを想って下さっているのは解ります。
 ですが、明らかにそれは自分勝手なものです。だからルルーシュはあの時お姉様の手を取らず、日本人の方々の手を取ったのです。
 私達はもう見捨てられたのです!まだお解りにならないのですか?!」

 一歩も引かない姉妹の背後で、互いの騎士が視線を合わせてはどうしたものかと考えあぐねている。
 理屈としてはユーフェミアが正しいのだが、皇帝の命令というブリタニア皇族と軍人にとっては全てが優先されるそれに縛られたコーネリアに従うのが正しい道だからだ。

 スザクはむろんユーフェミアに従うつもりだが、いくら何でも殲滅先と解っているゲットーにやるのは何としても止めたい。
 万が一ということがあるので、親友の頼みであり何より主君である彼女を守るためには出来れば避けたい事態だからだ。

 (そうなったらルルーシュにユフィの保護を頼むしかない。
 いや、殲滅自体をやめさせるのが一番だけど・・・)

 (姫様の御懸念はもっともだが、ユーフェミア様のお言葉も一理ある。
 ブリタニアを思えば黒の騎士団の口封じを行い、エリア11を衛星エリアに昇格させて特別扱いを暗に認めるのが一番だ。
 しかし、それをどうご理解頂くべきか・・・)

 「・・・とにかく、ルルーシュ達は確保する。我々はブリタニア皇族なのだ。
 皇帝陛下の御心には、万事従わねばならん」

 「お姉様!」

 「ルルーシュがナナリーを想うように、私もお前が大切なのだユフィ。
 あの日の陛下のお言葉が原因で、兄弟間に恐れが走った。あの方に見捨てられれば、一族郎党がルルーシュと同じ道を辿ることになる、とな」

 だからルルーシュを助けることが出来ず、当時から侵略を繰り返して他国から忌避されていたせいで亡命することも出来ず、ひたすら国是に沿って生きる道を選択するしかなかった。
 他に選択肢があるかもしれないが、それは確実に母国を捨てることであり、その中でユーフェミアを守る自信などない。
 もともと他国を侵略してきた己である。妹だけならともかく、自分が亡命などしたところで他のブリタニア人のように亡命保護が受けられるなど、甘い考えは持てなかった。
 
 クロヴィスのシンジュク殲滅も、真相を知っていたコーネリアは皇位継承権を剥奪された者の末路を見ていただけに、禁じられた行為に手を出してしまったのだと解っていた。
 ただそれがあくまで身内に向けられた同情であり、理不尽だと思ったのならその原因となっている者をどうにかしようという発想が、コーネリアにはなかった。

 そして本来ならブリタニア皇族であるルルーシュとナナリーを恨んで当然の黒の騎士団が彼ら兄妹の助けとなってくれたのに、血が繋がっている味方のはずのブリタニア皇族が自らの保身のために見捨て、利用しようとしたという状況が比べられていたことも、彼女の不運であっただろう。
 
 妹の非難の視線から目をそらしたコーネリアは、それに耐えきれずに席を立った。

 「私はお前だけは守る。ルルーシュ達も、出来るだけ保護をしたい。
 お前もいずれ、この正しさが解る・・・お前はここで、特区のことだけ考えていろ」

 「・・・・」

 「黒の騎士団とマグヌスファミリアの連中だけだ!一般市民は巻き込まないと、それだけは約束する。
 ゲットー整備の方も、早急に行うように指示しよう。それがエリア11の平和のためだ」

 コーネリアはそれだけが最大限の譲歩だと告げると、ギルフォードを連れて部屋を出て行ってしまった。

 残されたユーフェミアは、クッションの上に置かれたカレンの携帯電話を大事そうに手に取り、ぽつりと呟いた。

 「いい加減にしろこのだめ親父、か・・・私も言ってやりたい台詞だわ」

 何と解りやすく的確な言葉だろう。
 ルルーシュとナナリーがあの父に言うべき苦情が、見事にこの一言に集約されている。
 ユーフェミアが読んだ本の中に、言葉とは乱暴なほうが解りやすく伝わりやすいとあったが、なるほどそのとおりだった。

 「ユーフェミア様、それは不敬に・・・!」

 残されたダールトンがユーフェミアを諌めようとするが、ユーフェミアに睨まれて口を閉じる。

 「あれが敬える父親の態度ですか!お姉様があんなに陛下の評価を気になさっていた理由がよく解りました。
 陛下があんなことを言っていたのでは、当然です。私は何も知らなかったとはいえ、お姉様も大変なご心労だったことでしょう」

 「は、その通りです。ですから姫様の御苦労をユーフェミア様にもご理解を・・・」

 「そして迷惑をかけた皆様にさらなる負担を強いることを黙認しろと言うのですか?それが理解だとでも?」
 
 「ユーフェミア様・・・」

 「・・・私、少々疲れました。混乱していますし、少し休ませて下さい」

 退室を命じられたダールトンは深々と一礼すると、部屋を出て行った。
 そしてユーフェミアは疲れたようにソファに座りこみ、心配そうに顔を覗きこんできたスザクを見て大きく溜息をつく。 

 確かに姉に同情はするが、それ以上に日本人に同情した。
 乱暴に表現するなら、彼らは家庭内のいざこざに巻き込まれただけだからだ。
 
 「・・・日本人の皆様や他国の方々が事実を聞いたら、こう返すでしょうね。『知ったことではない、自国内で解決しろ』と。
 少なくとも、私が日本人だったらそう言います」

 「ユフィ・・・」

 「こういうのを八つ当たり以外のなんだと言うのです!
 原因である陛下を殺して全てを変えようとしているルルーシュの方がよほど正しい経過を通っているではありませんか!!」

 父殺しを止めたいとユーフェミアはつい先ほどまで思っていたが、七年前の発言を聞いて止めることは不可能だと悟った彼女は、カレンの携帯電話に貼られた黒の騎士団のマークの一部が描かれたシールをじっと見つめた。

 ブリタニアを捨てる勇気は、姉よりははるかにあった。しかしこれまで苦労と心労をかけて自分を守ってくれた姉を捨てる勇気がどうしても持てなかった。

 だが、いずれは選ばなくてはならないと、ユーフェミアは震えが走る。

 (間違った行動で私を守ろうとして下さっているお姉様か、正当な行動で世界を変えようとしているルルーシュか)

 姉にすら秘匿している計画をしている父が、不気味に思えてならない。
 どんな経緯で知ったのか、ルルーシュはそれを阻止しようとしているようだがそれはいったいどんなものなのだろう。

 姉を説得したいとは思っているが、姉の仕出かした行為を皆が許してくれるのだろうか。
 家族を殺した姉が許せないと、冷酷な手段で姉を殺そうとしたマグヌスファミリアの面々を思い浮かべる。

 「スザク・・・カレンさんとエドワードさんを呼んでください。大事なお話があると」

 「イエス、ユアハイネス」

 スザクはそう返事をすると、二人を呼ぶべく内線の受話器を手に取った。
 
 

 「姫様・・・ユーフェミア様もいずれは解って下さいます。
 イレヴンもいずれは姫様の慈悲を理解いたしますとも」

 「・・・・」

 コーネリアは政庁へと戻る車の中で、自らの騎士の慰めの言葉をただ外を見つめて聞いていた。
 その前に逆探知の結果を聞くべくエドワードにも会ったが、悪辣な電波妨害システムを突破出来ずに結局やっとのことでサイタマゲットーから発信されているとしか解らなかったと告げられ、今更サイタマに行っても確実に逃げられているので、諦めるしかなかったのである。
 
 美しいビル群が立ち並ぶ外で、ブリタニアが破壊した建物が崩れているゲットー。
 そのどこかにいる末の弟妹から、もう戻ってこないと宣言された。

 『俺はお前のバカバカしい計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
 その邪魔をするというなら、誰であろうと俺の敵だ』

 『私はお兄様さえいれば、それでよかったのに!!何て酷い・・・!!』

 『見捨てられたのですわ、お姉様。七年前とは逆に、今度は私達が』

 「見捨てられた、か・・・」

 ユーフェミアの台詞を思い返したコーネリアがふっと自嘲すると、ギルフォードは主君を慰めにかかる。

 「ナナリー様は姫様のお立場を理解しておられないのです。
 ナナリー様も大変なご境遇だったとは存じますが・・・」

 「大変な境遇にあった妹に私の立場を理解しろというのは、逆に不名誉な言い分だな、我が騎士ギルフォードよ」

 「姫様・・・その、申し訳ありません」

 「いや、いい。ルルーシュはナナリーのためにも一歩も引くまいよ。
 既に今頃、エリア11奪回に向けて動いているだろう」

 先ほどは情を昂ぶらせていたコーネリアだが、徐々に頭が冷えてきたらしい。
 冷静にそう分析すると、自分がユーフェミアを守るためにどう動くべきか考えを巡らせた。

 「ギルフォード、私は神聖ブリタニア帝国の第三皇女だ。それ以外の生き方など出来ん」

 「は、それは重々・・・」

 「今更ナンバーズに対し、頭を下げることなど不可能だ。
 ・・・だから私はルルーシュと戦わねばならん」

 「姫様・・・!」

 ギルフォードが主君の決意を秘めた瞳を見つめると、コーネリアは言った。

 「私が勝てば、ルルーシュとナナリーは本国には戻さずここで軟禁という形になるが、保護をする。その許可は陛下から頂けたのだ・・・それしか道はない」

 身勝手なことを、とあの二人なら言うだろう。
 しかし、それが自分の精一杯の庇護だった。

 「かしこまりました。私もそうなるように最善を尽くしましょう」

 「ゲットーに潜伏している黒の騎士団の基地を、片っ端から洗い出せ。
 ゼロを・・・ルルーシュをおびき寄せろ。
 ただし、一般市民には被害を与えるな。騎士団に対する死刑もならん。いいな」

 「ユーフェミア様とのお約束とはいえ、それでは時間が・・・」

 「命令だ!いいな、ギルフォード」

 「・・・イエス、ユア ハイネス」

 きつく命令をされたのではギルフォードはそう答えるしかない。
 “一般市民に被害を与えずルルーシュを誘き出す”という以前の彼女ならナンバーズなどと言い捨てそうなコーネリアの瞳は、赤く縁取られている。

 (そういえば姫様はルルーシュ様とお話しをなさった時、ルルーシュ様に『貴女は日本人に対して死刑・虐殺などの行為をなさらないで頂きたい』と言われていた。
 それを是とは・・・いや、まさかな)

 ルルーシュとナナリーは日本人に殺されたのだからと日本人を弾圧しただけで、実際はそうではなかったのだからこの処置になったのだとギルフォードは考えた。
 しかしれっきとしたテロリストである黒の騎士団に対して死刑を許さないというのはどういうことだろう。

 「騎士団員は・・・終身刑あたりにしておく。ルルーシュの顔を立てて、その程度にしておこう」
 
 「なるほど、かしこまりました。そう取り計らうよう、法務の方に通達しておきます」

 コーネリアにしては甘く温厚な策だが、ルルーシュ達を思えば妥当だろう。
 納得したギルフォードは、政庁に戻り次第黒の騎士団基地を探し出すべく部隊を組もうと考えを巡らせる。

 そしてコーネリアは外の景色を見つめながら考え込んだ。

 (計画・・・陛下の私にすら秘密にしている計画。
 ルルーシュは知っているようだが、まさかあのV.Vとやら・・・陛下直轄の機関の人間の行動も、それ絡みか?)

 いくら考えても答えは出ない。
 ユーフェミアと同様、初めて父に不気味なものを感じたコーネリアは、その父からの鎖を断ち切った末の弟妹にどこか羨ましいものを感じたのだった。




[18683] 挿話  伝わる想い、伝わらなかった想い
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/19 11:12
  挿話  伝わる想い、伝わらなかった想い


 
 黒の騎士団イバラキ基地、通信ルーム。
 そこにいるのはルルーシュ、ナナリー、ロロ、藤堂、千葉、エトランジュだった。

 今室内はツンドラ地帯と化しており、冷たい空気が身体に痛い。
 そしてその発生源となった少女の名前を呟く少年のうつろな声が、それに拍車をかけていた。

 「ナナリーが、ナナリーが・・・ナナリーがもっともなことだがナナリーがあんな・・・」

 壊れかけのCDプレイヤーのように同じ名詞を繰り返すルルーシュを皆気の毒そうに見やるも、ナナリーの発言は言いたくもなると非常に共感出来るものだったため、どうしたものかと顔を見合わせている。



 話は一週間前にさかのぼる。

 「あの・・・皆さん。出来たらでいいんですけど・・・お願いがあるんです。
 私、コーネリアお姉様とお話がしたいのですが・・・いけませんか?」

 ブリタニアと戦うことは仕方ないかもしれないが、コーネリアの考えを聞きたいしどういうつもりでサイタマの人達を殺したのかも知りたいと言うナナリーに、一同は驚き困惑した。

 その時は逆探知の恐れなどもあるので難しいと言われ、改めて考えるということでお開きとなった。

 自分一人のわがままだからとナナリーはそれ以上口にすることはなかったが、二日後に回復したエトランジュに呼び出されたナナリーが兄に連れられて彼女の部屋へと赴くと、そこにはロロ、C.C、エトランジュ、アルカディアがいた。

 「エトランジュ様、もう起き上がってもよろしいのですか?よかった・・・」

 「はい、一度はとても辛かったんですけど、夢の中で河のほとりにいた私に、タチカワでお会いした螺髪の方と長い髪に茨の冠をなさっていた方から『早く戻って!まだやることがあるからまだここに来てはいけない』と言われて目を覚ましたら、綺麗に熱が引いていたんです」
 
 もしかしたらあの方々が治して下さったのかもしれませんねと笑うエトランジュに、何故かそれは非常にまずいような、もしくはものすごい幸運のような気がしたが明確な理由が解らなかったので、誰も口に出さなかった。
 そしてエトランジュは一転して、真剣な表情でナナリーに言った。

 「急にお呼び立てして申し訳ありません。
 先ほど皆さんとお話しした結果、ナナリー様にも知って頂こうということになりましたので」

 「何を、ですか?」

 「藤堂達にも話していない、俺達の秘密だ。
 ・・・ロロが家族になる以上、お前にも隠しておくわけにはいかないと思ったし、それにもしかしたらお前の眼が治る可能性があるから・・・話すことにした」

 ロロと自分の目に関することという一見繋がりがまるでない事柄についてと兄から言われたナナリーは混乱したが、一同の真剣な雰囲気にぎゅっと車椅子の上で手を握りしめる。

 「話したいことととは、何ですか?」

 「ギアス、だ。人ならぬ王の力・・・それについてだ」

 ますます訳が分からなくなったナナリーだが、エトランジュにそっと手を繋がれて落ち着きを取り戻した。

 「ゆっくり、ゆっくりでいいのでどうかお聞き下さい。
 質問があればすぐに伺いますから」

 「は、はい・・・そのギアスとは・・・?」

 ナナリーに改めて尋ねられたルルーシュは、丁寧にゆっくりと説明した。

 ギアスとは王の力と呼ばれ、解りやすい表現をするなら超能力のことだ。
 コードと呼ばれるものを宿した人間から与えられ、契約を結ぶとその者はそれぞれに違う力を与えられ人とは違う存在になる。
 そしてそのコード所持者がC.Cであり、彼女と契約を交わして手に入れたのが絶対遵守の王の力なのだと、ルルーシュは告げた。

 「俺のギアスはたった一度だけ、相手に命令をすることが出来る。
 それこそ死ね、誰かを殺せ、というような非道な命令でも、相手にそれを遵守させる力だ」

 「そんな・・・ご冗談でしょうお兄様」

 どこかの映画やCDシアターのようなお話、とナナリーは思った。
 彼女はルルーシュは中華に行っている間なぜかクライスがテレビより映画やCDシアターを上映したがったので、その手のものにはそこそこ詳しくなっていたのだ。
 その理由はもちろん、実兄による幼女誘拐のシーンをナナリーから遮断しようという配慮のためである。

 「だが事実だ。そしてそのギアスは俺だけではない・・・この場にいる全員が、ギアスを持っている」

 「え・・・」
 
 ナナリーが驚きを隠せずに言うと、エトランジュが肯定した。

 「私どもの一族は、代々コードを所有しているのです。
 コードを受け継ぐためにはギアスを育てる必要があるので、ギアスを持つことが義務ですから」

 エトランジュが自分達の正体がブリタニアに侵略されたエリア16のマグヌスファミリアの王族だと告げると、ナナリーは驚きを隠せなかった。
 
 「そんな・・・!ブリタニア皇族は、貴女の一族を侵略したのに・・・!
 どうして私に優しくして下さったのです・・・?」
 
 「それは貴女のせいではありません。それにルルーシュ様からお世話になっている身ですから、そのことはどうぞお忘れ下さい。
 私は確かにブリタニア皇族は嫌いですが、それは私の一族を滅ぼしたからでそれに関与していない貴女まで憎むほど愚かではないつもりです」

 「そうですか・・・その、ありがとうございます」

 「気を使わせてしまうのであまり言いたくなかったのですが・・・ナナリー様が気にやまれることではないのです。
 苦情は貴女の父と異母姉にさせて頂きますので、お気になさらず」

 エトランジュはそれだけ言って、話を元に戻した。

 「話を続けさせて頂きますね。
 そしてそのコードはブリタニアにもありました。そのコードは現在、ブリタニア皇帝シャルルの兄が持っています」

 「そう、そしてそれがすべての始まりだった」

 ルルーシュがそこでコードを持つ者が不老不死であること、そのコードにはギアスを与える以外に様々な不思議な力があることを告げると、シャルルの計画を話した。

 ラグナロクの接続という、全ての人間の意識を一つに統合して嘘のない世界を創るという計画を。

 「そんなことが・・・出来るのですか?」

 「・・・先ほど長年コードを研究していたマグヌスファミリアの方から“理論上は可能”という返答が来た」

 エトランジュが回復してすぐにリンクを繋ぎ直して開き、ギアス嚮団員からも多少の情報を得ていたマオと情報を整理した一同は早速この件について話し合ったところ、マグヌスファミリアの研究チームはアカーシャの剣に関しては知っていた。
 ただそれはコードを破壊する物ではないかという見解の元、その動かし方を調べて確認したいと考えていたそうで、思考エレベーターなどに関しては『そんな代物考えたことがないから解らない』という最もな返事が来たのである。

 ルルーシュが忌々しそうに答えると、ロロを引き寄せて彼の頭を撫でた。

 「そのためにギアスを使った実験を、繰り返していたらしい。ロロもその犠牲者だ。
 おぞましいことに、実験でギアスを与えて使えると判断したらその力を使って暗殺をさせていたんだぞ!
 平和のためというのが聞いて呆れる行為だ」

 「あ・・・ブリタニアの特殊機関って・・・そうなのですか?」

 「そうだ。世界各地から孤児やナンバーズを集めてはそうさせていたらしい。
 死者も出ている・・・死者ともまた会えるから問題ないと、そんな理由で連中は世界各地で侵略し、住んでいる者達を殺し、使役し、搾取した挙句、使えると思った者はこうして実験にかけるんだ。
 そんな行為の果てに得るものが、平和なはずがない!!」

 常ならぬ兄の怒気に押されたナナリーがエトランジュを手を思わず握ると、エトランジュが手を撫でてくれたので、ナナリーはおずおずと口を開いた。

 「私も同感です。あの方、私達を捨てたんでしょう?死んでいるのだ、いい取引材料だと言ったと・・・」

 「どこからそれを聞いた、ナナリー?!」

 父のあのおぞましい発言は、ナナリーには言っていない。
 エトランジュ達も驚いて目を瞬きしていると、ナナリーがポケットから取り出したものを見て眉根を寄せた。

 「それ、音声日記よね?それがどうしたの?」

 アルカディアの言葉にナナリーがそっと唇を寄せて声を吹き込んだ。
 音声日記の再生方法は、再生したい部分の冒頭をボタンを押しながら呟くことで、聞きたい個所から再生される。
 通常は『三月一日晴れ』というような言葉で日記を聞くための機能である。
 
 『見つかるかもしれませんね』という言葉で再生された部分に、一同は仰天した。

 『見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので』

 『そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?』

 『あの方が母君のマリアンヌ様をテロで喪ったことはご存じかと思います。
 そして父であるシャルル皇帝が何の捜査もせず放置したのでシャルル皇帝に諫言なさったそうなのですが、ルルーシュ様に対して“死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物”と言い放ったと・・・』

 「エトランジュ様・・・?」

 知られたくない過去をバラしたのかとルルーシュが思わずエトランジュを睨みつけたが、言った記憶のない本人は首を横に振っている。

 「確かに私の声ですが・・・私、どうして・・・?!」

 (そうか、あれはエトランジュの・・・!それで藤堂達はあっさり俺の味方についてくれたんだな)

 エトランジュ達があまりこちらの事情を詮索して来なかったので本当にブリタニアが植民地を解放して祖国が戻ればそれでよしと思っていたのだというのは間違いで、どうやらある程度は探りを入れて亡命した貴族達からでも聞いたのだろう。

 エトランジュはそれを知らないことにするつもりだったようだが、藤堂達を味方にするために話すというのはいかにもあの人が考えそうなことだ、とルルーシュは事情を悟ったので彼女に苦情を言う訳にはいかないと、ナナリーに厳しい口調で言った。

 「・・・録音したのか、ナナリー。それはいけないことだぞ」

 「解っています。でも、私どうしても知りたくて・・・皆様私に優しくしてくれるし、ブリタニアが悪いと言うばかりで・・・思いついてしまったんです」

 こっそりこれを作動させたままみんなの前に隠し置いておけば少しは事情が解るかもしれないと思った時、ナナリーはつい実行に移してしまった。

 そして彼女はとうとう知ってしまったのだ。父の暴言を、異母姉の所業を、そして皆が自分達兄妹に同情する理由を。

 「ナナリー・・・」

 「ごめんなさい、ごめんなさい!でも私、知らないことが怖くなって!!
 知りたいと思ってしまって・・・本当にごめんなさい」

 ひたすら謝罪するナナリーに、大きく溜息をついたアルカディアが仲裁に入った。

 「解った、解ったわよ。確かに何も知らされなかったナナリーちゃんの不安も解るし、こっちにも非があるから、今回の件はなかったことにするわ。
 でも誰かに聞かれたらまずいから、その部分は即刻消しなさい。いいわね?」

 「はい・・・ありがとうございます」

 アルカディアはナナリーの手から音声日記を借り受けると、削除ボタンを操作してその場面を抹消する。
 そしてエトランジュのほうにちらりと視線をやると、彼女は勝手にルルーシュの過去を話してしまった罪悪感と覚えのない会話に混乱している。

 (藤堂中佐達の方に口止めしたって聞いてるけど、まさかこんな伏兵があったなんて・・・何とかごかまさないと)

 「気にすることないわよエディ。あの日はあんた意識もろくにない状態だったし、憶えてなくて無理ないわ」

 「そうですね、それにあの場では説明しなくてはならなかったのも当然ですし、ギアスが不安定だったのですからお気になさらず」

 ルルーシュも同調したのでエトランジュはまだ何か引っかかるものがあったが、話はまだ続くのだからと納得することにした。

 「ありがとうございます・・・ルルーシュ様、勝手にお話しして申し訳ありませんでした。今後は気をつけますね」

 「・・・ええ、結果的には良かったのですからむしろ感謝します」

 ルルーシュはそれで話を戻そうと、ナナリーにさらなる事実を告げた。

 「そして、その計画にはシャルルとその兄と・・・母さんが関わっていたんだ。
 さらに母さんを殺したのは・・・・その兄だ」

 「え・・・仲間割れですか?」

 普通誰でもそう考える、と一同は思ったが、母が殺された理由を聞いてナナリーは首を傾げた。

 「・・・あのー、言っていることがよく解らないのですが」

 「そうだろうな。俺も本当に理解出来ないから」

 伯父が父を母に取られたと思い込んで母を殺したと言われても、ナナリーにはよく解らない。

 「だって、ご兄弟ではありませんか。
 それにその時点でお父様にはたくさん后妃がおられたし、どうして今更?」

 「どうも母さんとあの男は計画を通じて仲が良かったらしい。
 それが原因で計画を中止するかもしれないと思ったそうだが、本人から聞いたわけではないので俺もよく解らない」
  
 兄の疲れたような声に、確かに意味不明過ぎるのだろう。
 全員が訳が分からないと全身で語っているので、自分だけではなかったのかとナナリーは少し安心した。

 「それで・・・ここからが大事な話だ。よく聞いてくれ。
 あの日、お前は母さんと一緒にいて母さんがお前を守って死に、お前は足を撃たれたということだが・・・実際は違うんだ」

 「・・・え?ならどうして」

 「お前はあの現場に居合わせてなどいなかった。自室で寝ていたところをV.V・・・あの男の兄だ・・・に連れ出されて足を撃たれ、既にこと切れていた母さんの腕に押し込まれた。
 ・・・それが真相なんだよ」

 その証拠にナナリーの足は綺麗に等間隔で撃たれており乱戦の痕がなかったと告げると、ナナリーは真っ青になった。

 「で、でも私の眼は精神的なもので!!」

 「それも違う。これには続きがあるんだ。
 C.Cもまた当時のあの男の協力者だったんだが、たまたま真相を知った彼女の証言もあって真相を知ったあいつは、お前の元に行ってあいつもまたギアスを使ったんだよ」

 母マリアンヌの件はさすがに言えないと、ルルーシュはあえてぼかして真相を告げる。

 それこそが記憶操作のギアスであり、彼女はそこに居合わせたというぼんやりとした記憶と、目が見えないという記憶を植え付けられたと言われたナナリーは、本当は見えているという目を思って泣きだすように言った。

 「どうしてそんなことを・・・私は何も覚えておりませんのに」

 「俺もまったく意味不明なんだが、V.Vはお前を目撃者に仕立て上げるつもりであんなことをした。
 だから次はお前が狙われるかもしれないと思ったので、目が見えていないほどのショックで何も覚えていないとV.Vにアピールするためにした処置だと・・・」

 もはや何が何だか解らないと一同は疲れたが、ルルーシュはとにかく事情説明だけでも終わらせようと、シャルルがV.Vから守るために自分達を日本にやったと告げた。
 そして自分達に興味がないと思わせるためにあの暴言を言ったらしいと告げると、やはり父は自分達を愛しているのではとナナリーは思った。

 しかし兄はそう思っていない様子で、苦々しい口調で言った。

 「だが先の計画のためには日本にある遺跡が必要なので、俺達を見捨てて日本に侵攻した。
 俺達をブリタニアから遠ざけるだけなら、侵攻の予定がない国か最後に侵略する国で充分だ。だが奴はそうしなかった・・・何故か解るか?」

 言われてみれば兄の言う通りである。
 自分達を守るためと言うなら、何もすぐに侵略する予定の国になど行かせなくてもいいではないか。
 ナナリーは解らないと首を横に振ると、話しているうちに感情が高ぶっていたルルーシュは言った。

 「ラグナレクの接続が成れば、死者とも会話が出来るようになるのだから死んでも構わなかったそうだ!
 俺達が、その他の人間達が死ぬ時に、搾取されている時にどれほどの恐怖と痛みを感じるかなど、考えてすらいなかったんだよあの男は!!」

 はあ、はあ、と荒く息をつくルルーシュにナナリーは怯えたが、それが事実であるなら兄の怒りは当然だった。
 孤児院で親がいないと泣く子供や悲嘆に暮れてブリタニアを呪う者、足をなくして不自由を抱えて生きようとしている人達を、ナナリーは知っている。

 「嘘のない世界は素晴らしいかもしれませんが、でもこれはいくら何でも・・・」

 「そう、奴にとっては俺達はしょせん道具だった。
 兄上と姉上は侵略とその侵略先を治める道具、そして俺達は大事にされてはいただろうが侵略のきっかけとするための道具。
 どう言い繕ってもその事実は消えない」

 「お兄様・・・」

 「だから俺は、あの男の計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
 あんな歪に歪んだ国など、滅んだ方が世界のためだ」

 そして何より、自分達兄妹の幸福のためだと言う兄に、ナナリーは途方もない話についていけずただ唖然とするばかりだ。

 「ルルーシュ様、ナナリー様も混乱されております。今回はこの辺りになさったほうが・・・」

 ナナリーを抱き寄せながらそう提案するエトランジュに一同は頷くと、興奮を収めたルルーシュが謝罪する。

 「・・・すまない、つい感情が昂ぶってしまった。
 お前には納得しないこともあるだろうが、俺はブリタニアは滅ぼす。これはもうお前の頼みでも覆すことは出来ない」

 さすがにここまで黒の騎士団やマグヌスファミリアに迷惑をかけてしまったのだ。協力すると約束してくれた者達を裏切るわけにはいかないという兄に、ナナリーは頷いた。

 「それは解ります・・・私も覚悟はしていたつもりです。
 私はお兄様を信じますわ。ええ、お兄様は私に隠し事をするとはおっしゃいましたが、こんな嘘をつく方ではありませんもの」

 「ナナリー・・・」

 ルルーシュがほっと安堵の息をつくと、今回は話が長くなったのでお開きにしようというエトランジュの提案に皆が頷いたため、ルルーシュはナナリーとロロを伴って部屋へと戻った。

 「あの、お兄様・・・ロロさんもギアスを持っているのですか?」

 「ああ、他者の体感時間を少しの間止めるというギアスだそうだ。
 ただその代わりギアスを使っている間は心臓が止まるので、使い続ければ死に至る」

 そしてギアスは使い続ければ暴走する。
 それなのに使わせていたということがどういうことか、ナナリーもさすがに理解してロロを気の毒に思った。

 「そんな、酷い・・・!お父様達はいったい、どうしてそんな非道なことが出来るのでしょう」
 
 「さあな・・・自分達の目的が達するのなら、手段はどうでもいいと思っていたとしか俺には見えない。
 俺も結果主義だが、それでも手段は選べる範囲で選んでいるんだがな」

 ルルーシュは事あるごとに『大事なのは結果だ』と言うが、現実はある程度手段を選ぶ必要があるものだというのに、シャルルは選べたはずの手段を見事に無視している。

 「お前にこのことを話したのは、いつまでも隠すわけにはいかないと思ったことと、ギアスを使えばもしかしたらお前の眼が戻るかもしれないという提案があったからなんだ」

 ギアスのことを話すのならラグナレクの計画とともに話した方があとあと混乱しないのでは、というアルカディアの提案を吟味した結果、母マリアンヌの件を除いて話した。
 ひた隠しにしていたシャルルのあの暴言を知っていたということは計算外だが、結果的には正解だったかもしれないと、ルルーシュは内心で溜息をつく。

 「ギアスは基本的に早い者勝ちだそうだが、種類や相性によっては後から打ち消すことが可能な場合があるらしい。
 マグヌスファミリアの王族が皆ギアスを持っているというのは聞いただろう?あの男がかけたお前のギアスを打ち消すことが出来たらお前の目が戻るのではと、エトランジュ様が申し出てくれてな」

 「本当ですか?治るんですか、私の目・・・」

 「まだ解らないが、もしかしたらキャンセル出来る可能性もある。希望は持っていいと思う」

 実際ブリタニア側にギアスキャンセラーなるものが出来たのは身を持って実感している。
 逆にこちらが手に入れられれば、せめてナナリーだけでも解除してやりたいとルルーシュは考えていた。

 (それなら、私にそのギアスを与えたら治るっていうのは駄目なのでしょうか・・・)

 でも、場合によってはロロのように大きなデメリットがあると先ほど兄は言っていた。
 なら兄は絶対に許してくれないだろうと、ナナリーは口に出さなかった。

 「解りました。私、皆様にお任せして自分に出来ることを精一杯していきたいと思います」

 「ああ、ありがとうナナリー。今日はいろんなことを話してすまなかった」

 「はい、お兄様。そうだ、そろそろお風呂のお時間でしょう?
 ロロさんをお待たせしてはいけませんから、どうぞ行ってらっしゃいませ」

 基地には大浴場しかなく、個人風呂は一部の幹部の部屋だけである。
 ゼロにはもちろんあるものの、現在の彼らの身分はブリタニア人協力者でラクシャータの手術を受ける妹のために滞在しているというものなので、使用出来ないのだ。

 「ああ、もうそんな時間だったか。ロロ、行こうか」

 「うん、兄さん。でも大勢でお風呂に入るの、ちょっと苦手だな・・・」

 「俺もだが、慣れれば楽しいぞ。風呂からあがったら、今日は何を飲もうか」

 「兄さんと一緒のがいい・・・だめ?」

 入浴セットを持って楽しそうに話している兄とロロを見送ったナナリーは、自室を出てエトランジュの部屋へと向かった。
 途中黒の騎士団員の女性に送って貰って彼女の部屋に行くと、エトランジュが出迎えてくれた。
 
 「あらナナリー様。先ほどお戻りになったばかりですのに、どうなさったのですか?」

 「すみません・・・その、どうしてもご相談に乗って頂きたいことがあって・・・。
 ギアスとブリタニアのしていたことについて・・・エトランジュ様なら公平に話をして下さると思ったから。」

 「え、私ですか?でも私は貴女の御一族から酷い目に遭わされているのです。
 公平とはとても言えない悪口のオンパレードになると思いますけれど・・・」

 指名を受けたエトランジュは驚いたが、ナナリーは首を横に振った。

 「エトランジュ様は決して、コーネリアお姉様やお父様の所業を一言もおっしゃいませんでした。
 ですから、悪口ではあってもとても公平なのではないかと思うのです」

 父と異母姉のしたことは貴女とは無関係だからと、何も言わなかった。
 けれど必要なことは話した方がいいと、兄にも説得してくれた人なら相談に乗ってくれるのではないかと言うナナリーに、エトランジュはそこまで期待されても困るのだが、むげにも出来ず彼女を部屋に招き入れた。

 「私でよろしければお話しましょう。
 ですが先も申し上げたように、基本的にブリタニア皇族に厳しい見方になると思いますが、それでもよろしいですか?」

 「はい・・・あの、ギアスですけど、エトランジュ様もお持ちなんですよね?」

 さっそく整理しながら話そうと、まずはそのことを尋ねたナナリーにエトランジュは頷いた。
 そして自分のギアスの内容を教えると、彼女の手を握りしめる。

 「少し、試してみますか?
 実を言いますと目が見えないナナリー様のお役にたてるかと思って、後で申し上げるつもりだったのですが」

 「・・・はい、お願いします」

 ナナリーは少し怯えたがエトランジュの温かな手に肩の力を抜くと、全身が抱き締められているかのような安堵感に包まれた。

 《聞こえますか、ナナリー様。エトランジュです》

 「・・・・!!ほ、本当に・・・・?」

 《これだけでは解り辛いでしょうから、次は視覚を繋げてみましょう。
 ルルーシュ様のお姿です・・・母君に似ておられるとのことですから、すぐにお解りになると思います》

 ナナリーは確かに目を閉じているのだが、脳裏に入り込んで来たのは母より身長の高い短く切り揃えられた黒髪の兄の姿だった。
 
 「あ・・・お兄様・・・・!」

 エトランジュの記憶にあるルルーシュの姿を脳裏に直接送られたナナリーは、涙を流して喜んだ。

 「ああ、お母様によく似ておられるとミレイさんがおっしゃっておいででした。
 お兄様・・・!ずっとずっと、お姿を拝見したかった!」

 七年前から一度も目にしたことのない兄だが、自分には解る。

 「本当に、ギアスはあるのですね・・・信じますわ」

 百聞は一見にしかずというが、まさにそのとおりであった。
 
 「ありがとうございます、エトランジュ様。
 これで私、たまにでもお兄様のお姿が拝見出来るのですね」

 「ええ、いつでもどうぞ」

 ささやかな望みが叶ったナナリーは涙が出るほど喜んだが、話はそれだけではなかった。

 「・・・ギアスが実在するということは、あのラグナレクの接続というのも事実なのですか?」

 「正直理論上は可能という答えで、実際はどうかは私も解らないんです。
 誰も考えたことがないそうですから、断言出来ません」

 しかしそのためにコードが必要なので、それを持っているC.Cが狙われている。
 実際にその計画を成功させてしまう訳にはいかないので、断固としてシャルル皇帝をどうにかしなくてはならないのだという説明に、ナナリーはもともと外道な行為をしている父に関してはそのとおりだと納得した。

 「あの、私嘘のない世界は素晴らしいと思うのですが、その計画に皆さんが反対の理由を教えて頂けませんか?」

 聞くだけではエトランジュのギアスと同じものなのではないかというナナリーは、狭い世界で生きてきたが故にまだいまいち理解出来ない。
 だが説明上手なエトランジュが少し考えた末に口を開いた。

 「・・・シャルル皇帝が創ろうとしているのは、皆の意識が一つになる世界だからです。
 どんな世界になるか正直想像しがたいので説明し辛いのですが、思ったことが互いに解るようになるということは、実際は苦痛でしかないのですよ」

 「どういうことですか?」

 「極端なほうが解りやすいので、説明させて頂きます。
 私がナナリー様に素晴らしい絵を見つけたのでどうぞとプレゼントしたとしましょう。もちろんそれはナナリー様はご覧になることは出来ませんね。
 ナナリー様はそれでも私にお礼をおっしゃって下さると思いますが、内心では『これはちょっと・・・』くらいに感じてしまうのが当然でしょう」

 「・・・それがエトランジュ様にも伝わってしまう、ということですか」

 何だか互いに嫌な気分になるだけだ、とナナリーは思った。
 さらにエトランジュは日本の小説で読んだという、互いの考えが解る薬を飲んだ国民達の話をしてくれた。
 初めは互いのことが理解出来たと喜んでいたけれども、少しずつの不満も露呈されてしまうので次第に皆離れ離れになっていき、緩やかな滅びを迎えていこうとしていたのだと。

 さらにマオのことも話した。
 相手の心が全て聞こえてしまう青年がどのような道を辿り、そして病んでいったのかということを。

 先日、リンクを繋ぎ直しラグナレクの接続について話し合ったマオは泣きながらそれは嫌だと訴えた。

 『嫌だよC.C!せっかく誰の本音も聞こえなくなったのに、また戻るのは嫌だ!!
 死んでも逃げられないなんて、そんなのは嫌だ・・・嫌だよ・・・・何でもするから、そんなことはさせないで!!』

 怯えたように訴える養い子に、C.Cはだからこうやって話し合っているのだからと諭して落ち着かせていたことも、エトランジュは見ていた。
 さすがにそれはプライバシーだったのでそこまでは話さなかったが。

 「嘘、というのは時には必要なものです。
 一番解りやすいのは余命がわずかしかないという方に事実を告げるか、それとも嘘を吐くか・・・という状況でしょうか」
 
 「・・・お兄様が私に、スザクさんのお家で住むことになったのが綺麗なお家ではなく、土蔵だったという嘘のように、ですか?」

 「そんなことがあったのですか・・・ええ、それも必要な嘘ですね」

 何を考えていたのだろうか枢木首相、と内心でさすがに呆れたエトランジュだが、それを口にすることなく続ける。

 「嘘や建前というのは薬のようなものです。
 それで争いがおこることは確かにございますが、逆に回避されたことも多々あります。
 使用上の注意と用法を守ってお使い下さい・・・それだけのことではないでしょうか。
 聞く限りシャルル皇帝はそれを理解していないとしか・・・」

 嘘に限ったことではなく、だいたいの物事は加減が大事なだけで必要なものだと言うエトランジュに、ナナリーはなるほどと納得した。

 「とてもよく解りました。そうです、必要な嘘ってありますものね。
 それに、いくら死んでも会えるからと言っても、亡くなった方は美味しいものを食べられなかったり、大事な方と抱き締めたりすることも出来ないはずです・・・ですよね、エトランジュ様?」

 「たぶんそういうことになるとは思うのですが、実現された例がないのでなんとも言えませんね。
 ですが正直、デメリットの方が圧倒的にある計画だと私は思います」

 しかもそこまでに至る過程があまりに酷く、実現されようものならシャルル達は一斉に消えろと言われるのではないだろうか。

 「すべての人間に自分を理解してほしい、という望み自体は解らないでもないですが、確かにラグナレクの接続でもなければそれは無理でしょう。
 でも、“せめて自分の大事な人だけでも自分を理解してほしい”というなら現状で充分可能です。
 こうやって向かい合って話し合えれば、それでいいのですから」

 ナナリーも自分はこう思っている、この計画のどこがおかしいのか解らないので教えて欲しいけれど兄には尋ね辛いという考えを話してくれたからこそ、自分はそれが理解出来たと言うエトランジュに、ナナリーはそのとおりだと幾度も頷く。

 「伝える方法はたくさんありますものね。
 そういえばお父様、どうしてあの酷いお言葉が自分の本心ではないと教えて下さらなかったのでしょう?
 初めにそうおっしゃっていたら、お兄様もあそこまでお怒りにならなかったのでは?」

 「そうですね・・・きっとその方法に思い当たらなかったのではと」

 「もしくは計画が成ったら自然に解るからどうでもいい、と思っていたか、ですか?」

 エトランジュがものすごく言い辛そうに予想していることをナナリーが先取りすると、エトランジュは少し悩んだ後に小さな声で多分、と呟いた。

 彼女の様子から察するに、自分ですら思い当たったことをエトランジュが解らないはずがないから、後者の方が正解だと思ったがあえて言わなかったのだろうとナナリーは思った。
 V.Vのことは言えないまでも、『先ほどの暴言は擬態だ。自分が庇ったらお前達が逆にさらに狙われる可能性が高いから、そうするしかなかった。迎えに行くまで待っていてほしい』と手紙でも、以前は父の仲間だったというC.Cに伝言をするなりしていれば、ルルーシュもあそこまで態度を硬化させることはなかったはずだ。

 日本侵攻の時も、『アッシュフォードに庇護を頼んであるから自分が迎えに来るまで待って欲しい』という言葉があったなら、何かが変わっていたのかもしれない。

 「私、よく解りました。そうですよね、みんながみんな同じなわけではありませんもの。
 お父様は馬鹿です・・・自分のお言葉を言わなければ、理解なんてして貰えるはずがないのに」

 ナナリーは光を失ってからずっと、周囲に溶け込むために周囲の言葉に迎合して生きてきた。
 だから自分の意見を極力言わないように、小さなわがままを兄に叶えて貰う形で過ごしていたが、孤児院ではそうではなかった。

 自分の意見はしっかり言わなければ、誰も理解してくれないのだ。
 そして誰もが自分の言葉を形にしても誰も怒らなかったから、ナナリーは自分を殺さなくてもよくなった。
 兄も自分のしたいようにしてくれていいと言ってくれたから。

 「・・・私、ブリタニアに戻りたくありません。
 お兄様と暮らしていければ、他に望むことなんてありません」

 「はい、それはもっともなことと思います。
 ルルーシュ様もきっと、そうおっしゃることでしょう」

 「もうブリタニアに戻らないと、コーネリアお姉様にお伝えしたいのです。
 それでも私達をブリタニアに戻すおつもりなら、それはただの横暴だと」

 あんな恐ろしい所になど戻りたくないと伝えたいというナナリーに、自分の意見はきちんと伝えるべきと言った手前もあるし、彼女の望みはもっともだとエトランジュは思った。

 「・・・解りました。ナナリー様のお望みは正当なものです。
 私からも皆様にかけあってみましょう」

 わずかな時間くらいなら何とかなるかもしれないし、そもそも自分達の言葉だけで事態を把握させるのはナナリーにとってとても不公平だ。

 「ありがとうございます。あの、ご無理ばかり申し上げて申し訳ございません。
 本当にご迷惑ばかりで・・・」

 「いいんですよ、来週は貴女のお誕生日ですもの。それに私はあくまで伝えるだけですから、大したことではありません。
 そう、バースデープレゼント代わりとお考え下さいな」

 「・・・エトランジュ様」

 これくらいどうということはないのだ、という意味を込めての言葉に、ナナリーは何度もはい、と頷く。

 「でも、先に注意しておきますね。
 逆探知の恐れがあると思うので短く済ませること。なるべく解りやすく短い台詞で相手に伝わるようにすればいいと思います」

 「短く解りやすく、ですか?」

 「私達が使っている敬語文は迂遠な言い回しなども多いので、無駄に長くなるケースがありますからね。
 ですから多少は砕けたもの言いを使用しても大丈夫だと思います」

 自分達だって家庭内では結構な毒舌ぶりを発揮しているんです、とエトランジュはころころと楽しそうに笑った。
 家族だから大丈夫だろう、という安易なこのアドバイスを、根が素直なナナリーはなるほどもっともだと受け取った。

 それから数日後、エトランジュがナナリーの誕生日プレゼントとして是非にと掛け合った結果、ルルーシュもナナリーの気持ちは当然なのでわだかまりをなくすためにもとカレンにも協力を依頼し、アルカディアも仕方ないと言いながらも協力してくれた。

 アルカディアがその場にいると思わせるために適当な相槌を入れたボイスレコーダーを千葉に託し、一度消した音声日記の声を復元させた音声日記をナナリーに持たせて今回の電話会談と相成ったわけである。



 そして “多少砕けたもの言い”をしたナナリーは、すっきりした顔で受話器を置いた後凍りついている面々・・・取り分け明後日の方向を向いて呟き続ける兄の袖を引っ張った。
 
 「お兄様、あの方がいると思ったら・・・その・・・解りやすくあれなら伝わるかと思いまして」

 妹の声が耳に飛び込んだルルーシュは、この出来事をよい方に解釈して我に返った。

 「・・・そう、そうだなナナリー!!あの男にはあれくらいでなければ伝わらないだろうからな。
 よくやったぞナナリー!」

 「どこで憶えたんです?そんな言葉」

 千葉が少し眉をひそめて手にしたアルカディアの声が入ったボイスレコーダーを鞄にしまいながら尋ねると、ナナリーはすぐに答えた。

 「孤児院の皆様がたまにお使いでしたので・・・そんなに酷かったですか?」

 「・・・正当な苦情ではありましたので今回は当然ではありますが、あまり使わないほうがいいと思いますね」

 「千葉、ナナリーはあの男に当然の苦情を言っただけで、いつもなあんな言葉を考えもしない子なんだ。
 ああでも言わないとどうせ伝わらないからなブリタニアには!」

 ルルーシュが懸命に妹のフォローをしていると、ナナリーがにこやかに言った。

 「相手に的確に伝えることが大事、とエトランジュ様が教えて下さいましたから。
 特に今回は危ない橋を渡ることになるから、なるべく短い言葉を使うようにと言われておりましたので」

 エトランジュは乱暴に言えと言ったわけではないのだが、確かにそのアドバイスをナナリーは忠実に実行に移していた・・・と言えなくはない。
 言葉とは実に難しいものである。
 
 演説やメッセージなどこちらから一方的に伝えるだけならあらかじめいろいろ丁寧な文体などを考えてくれただろうが、会話ならカンペなど作れるはずもない。
 まして今回はまさかシャルルが通信機越しとはいえいるとは思わなかったのだから、なおさらである。
 よって急きょ考えた“簡潔に短くまとめた苦情”があれになったのだ。
 
 ナナリーが今回だけと言ったのでこの件は終わりになり、ナナリーは一同に頭を下げた。

 「ありがとうございます皆さん。私のわがままに付き合って下さって、申し訳ありませんでした」

 「いや、いいんだ。今回限りだし逆探知もされていないようだからな」

 アルカディアが何もしていないとはいえ他の情報解析チームも何もしていないようだとシステム解析をしていたルルーシュの報告に、一同は安堵する。

 「まさかあの方がいらしたなんて、驚きましたねお兄様」

 「そうだな。あれだけのことをして来たんだ、今更後には引けないだろうよ」

 あの男がいるならとルルーシュはついでに計画の存在をぼかして暴露し、不和の種をばら撒くなど腹黒い策を仕掛けることが出来たので、むしろいいイレギュラーだった。

 すべての内容を聞いていた藤堂と千葉は、生々しすぎるブリタニア皇族の内情に対してこの兄妹に同情するしかなくなっており、何も言わなかった。
 ちなみにこの二人は話に出ていた計画云々に関しては、ルルーシュにごまかされたこともあり普通にブリタニアの世界征服計画だと思っている。

 「私ももうあの方のことはどうでもいいです。
 皆様、早くブリタニアを倒してみんなで幸せになりましょうね」

 穏やかな口調だがトゲがあるナナリーの台詞に、父親に愛想が尽きた少女としては当然かとその変化を受け入れた。
 
 「私はお兄様がいればそれで幸せです。
 でも、皆様とも仲良く暮らしていければ、もっと幸せなんです」

 「ナナリー皇女・・・解った、俺達もそのためには協力を惜しまない」

 健気な少女の台詞に藤堂と千葉はあんないい娘を捨てるとは、とシャルルに対して呆れ果てた。
 
 「あんな馬鹿な父親、どうせ碌な末路を迎えませんよ。一人寂しく死ねばいいんです」

 さすがにそれは、とエトランジュが千葉をたしなめようとしたが、ナナリーはにこやかに同意した。

 「そうですね千葉少尉。あんな駄目な方はきっとそうなりますわ。
 ご自分の子供にすら何も言わないような方など、誰も相手になさいませんもの」

 早くその日が来るといいですね、と笑うナナリーに、一同はよほど激怒していたようだと好意的に解釈するしかなかった。

 「・・・さ、さあ、お電話もお済みになったことですし、ナナリー様のお誕生日をお祝いしましょう。
 ルルーシュ様お手製のケーキを私も早く頂きたいですし」
 
 微妙な場の空気を変えようとエトランジュが申し出ると、一斉に皆同調した。

 「そうだな、ナナリーの好きなイチゴがたくさん乗せてあるぞ。
 よかったら藤堂達も食べていってくれ」

 「そうか、せっかくだから俺達もご相伴にあずかるとしよう」

 藤堂が了承したので、四聖剣の面々もバースデーパーティーに参加することになった。
 少し人数が増えたのでエトランジュの部屋に集まると、ルルーシュが最愛の妹に祝いの言葉を贈った。

 「十五歳の誕生日おめでとう、ナナリー」

 「ありがとうございますお兄様、エトランジュ様、ジークフリードさん、クライスさん、藤堂さん、仙波さん、朝比奈さん、卜部さん、千葉さん」

 今日の出来事は、自分が成長するための第一歩になると、ナナリーは思った。
 そう、自分は今日から十五歳になる。だから・・・。
 
 「足が元通りに動けるようになったら、ナイトメアの動かし方を教えて頂いてもよろしいですか?
 幼い時にお母様から少し教わりましたけど、カンを取り戻さなくては」

 「・・・・え?」

 ジュースが入ったグラスを手にしたまま固まる一同に、ナナリーはにこやかに再度お願いした。
 
 「十五歳になったら、戦争に参加してもいいんですよね?」

 「いや、間違っているぞナナリー。戦闘に参加してはいけないのは十五歳“以下”だから十五歳も駄目なんだ。
 エトランジュ様は十五歳だが、マグヌスファミリアでは大人とみなされているから例外を認められているだけなんだよ」

 だからあと一年待つようにという兄に、ナナリーはしゅんとしたがエトランジュが提案した。

 「リハビリのためなら、古い機体のナイトメアを一体出すことは出来ませんか?
 ナナリー様に限らず、お身体に損傷を負われた騎士団の方のためにもなりますし・・・」

 黒の騎士団でも、戦争で身体に不具合を持った者はいる。
 ラクシャータもそういった者達のために、神経装置とナイトメアを繋いで動かせるようにするタイプのナイトメアを造る予定だと聞いていた一同は、悪くないアイデアだと賛成した。

 「解った、手配しておこう。だがリハビリがある程度進んでからにするように」

 「はい、お兄様!皆様もありがとうございます」

 十五歳の誕生日に、様々な人達から多くのものを受け取ったナナリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
 


 その日の夜、C.Cはゼロの私室でチーズ君を抱きながら横になっていると、来たか、と上半身を起こした。

 「マリアンヌか・・・・来ると思っていた」

 《解っていたのに、何も言わなかったのねC.C。
 あの子達に最低な父親だ、駄目親父って言われたことにシャルルが凄く落ち込んじゃってるの》

 見かけによらず繊細なのよね、とのろけめいて話すマリアンヌに、そのことは知っていたC.Cは先回りをして断った。

 「私にフォローをしろと言うなら、お断りだ。
 あいつはもう、お前達に何の期待もしないそうだ」

 《ルルーシュは解っていないのよ、全ての人達が一つになって、仮面がなくなりありのままでいられる世界の素晴らしさが。
 だから早く計画を遂行して、シャルルの気持ちを解って貰えたらと思うの。
 あんなに二人を可愛がって汚名をかぶったシャルルが可哀想じゃない》

 「・・・お前、自分が何を言っているのか解っているのか?」

 《私、何か間違ったことを言ったかしら?》

 まるで解っていないマリアンヌに、C.Cは友人への最後の忠告として教えてやった。

 「両親に見捨てられ、敵国に二人ぼっちで送り込まれ、ぞんざいな扱いをされていた子供達は可哀想ではないとでも言う気か?
 お前達のしたことが跳ね返ってきただけだろうが」

 《それはV.Vが余計なことをしたからじゃないの。私達だって出来れば手放したくなんてなかったわ》

 自分達は悪くない、とあくまで己を正当化するマリアンヌに、C.Cは無感動に言った。

 「だったらどうしてV.Vではなく、ルルーシュ達に苦労を強いる?・・・お前達は本当に、自分が可愛いだけなんだな。
 私はお前達の計画に協力しない。お前と二度と話すつもりもない」

 《そんな、C.C!どうして・・・コードをマグヌスファミリアが引き取ってくれるから?
 貴女も自分だけのことを考えるの?》

 「それもあるが、お前達の計画は他者を不幸にするだけと理解したからだ。
 今お前の周りで幸福そうにしている人間がどれだけいるか、考えたことがあるのか?」

 彼女の子供がどんな成長を遂げたか、自分を通して見ていたはずなのにまだ解らないのかと言うC.Cに、マリアンヌはそれでも計画のためだと言い募る。

 「そう言うと思っていた。だから私はお前とはもう袂を分かつ。
 あれではルルーシュがあまりにも哀れだ・・・私の養い子も、お前達の世界は嫌だといっていたことだしな」

 《C.C!!》

 「お前達は自分のことばかりで、何もしなかった。だから何もされなくなったんだ。
 ルルーシュとナナリーがどんな思いであの台詞を口にしたか、少しくらい考えてみたらどうなんだ?
 あれは二人から与えられた最後の機会だ。
 その意味が解らないのなら、お前達に自分を理解して欲しいと望む資格はない。
 最後の忠告をしておこう。自分がして来たことを、もう一度よく振り返ってみるんだな」

 話はそれだけだと告げると、C.Cは強制的にマリアンヌとのギアスによって繋がっているリンクをシャットアウトした。

 「あっ、C.C!!切られちゃった。どうしちゃったのかしら彼女があんなに怒るなんて珍しい」

 無感動を装ってはいたが、そこそこの付き合いであるC.Cがそれなりに怒りの感情を持っていたことに、マリアンヌは気付いた。 
 黄昏の間で少女の姿をした妃の説得に失敗したどころか縁すら切られたという報告を聞きながら、シャルルはアカーシャの剣をじっと見つめている。

 「シャルル、そう落ち込まないで。計画さえ成れば、あの二人も解ってくれて私達のところに戻ってきてくれるから」

 「マリアンヌ・・・」

 「あと少しなのよ、シャルル。C.Cが駄目なら、無理やりコードを奪うしかないわね。
 貴方はもうコードを奪える達成人になっているのだから、大丈夫のはずよ」
 
 「うむ・・・」

 確かにそれしか方法はない。
 シャルルは頷きはしたが、息子から『計画ごと壊してやる』と否定され、娘からは『だめ親父』と批判されたダメージは大きく、妻の方を見ようともしない。
 やはり父親としては娘からの言葉の方が堪えるのか、ナナリーからの発言はルルーシュのそれを聞いた時より衝撃が激しく、脳裏でエンドレスで響いている。

 「あの口ぶりから察するに、事情を知っててあんなことを言うなんて二人とも酷いわ。
 貴方は精一杯のことをしてあの子達を守ろうとしただけなのにね」

 守り方に問題があったのだと唯一忠告してくれたC.Cの言すら理解出来なかった二人は、まさにだめ親と批判されても仕方なかった。
 
 「あの酷い言葉が最後の機会って、どういう意味かしら?解っているなら教えてくれればいいのに」

 それは教えて解るものではなく、自分で気づかなければならないことだからだ。
 何故最低の父親だと言われたのか、何故駄目親父だと思われたのかを考えて欲しくてそう告げたのに、この二人には全く伝わらなかった。
 彼らは結局、自分で自分の姿を鏡で見ることすらしていない。

 シャルルは懐から、生徒会メンバーが映っている写真取り出してじっと見つめた。
 先日ルルーシュの痕跡を見つけるために機密情報局の人間をアッシュフォードにやった際に押収した、写真の一枚だった。
 末息子と末娘が、楽しそうに仲間と笑い合っている。

 幸福そうにしているのに、何故反逆などして自分からその箱庭を飛び出したのか、シャルルには全く解らない。
 
 (計画さえ成れば、全てがうまくいく)

 あのきつい決別の言葉に、シャルルは却ってそう考えた。
 愛しているからこそ理解して欲しかったから、そのためにはそうするのが一番なのだ。
 シャルルは改めて決意すると、マントを翻して歩き出す。

 「コーネリアだけには任せておけん。機密情報局を動かす。
 ルルーシュの友人知人全てに監視の網をかけよ。ルルーシュかナナリーを確保すれば、C.Cもいずれ出てくるはずだ」
 
 子供達のためと言いながら実際は計画のためであり己のためでしかなく、自分で自分に嘘をついていることすら解っていない彼らを、C.Cはいっそ哀れにすら思っていたことも解らないのだろう。
 子供達から与えられた最後の和解の機会を捨てたことも、恐らく彼らは気付くまい。
 
 自分達だけの世界に固執し続けた二人は、それが正しいことだと信じて黄昏の間を出た。
 
 醜い仮面の世界へ、自分達もまた仮面をかぶって。




[18683] 挿話  ガールズ ラバー
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/19 11:09
  挿話  ガールズ ラバー


 アッシュフォード学園生徒会改め黒の騎士団アッシュフォード支部は、エドワードことアルフォンスのマンションに集まり会議を行っていた。
 名目は進級するための勉強会である。今回はカレンも参加していた。
 実際会議の後にはアルフォンスが彼らに勉強を教えることもあるので、あながち嘘ではない。

 常は男の姿でこのマンションにいるアルフォンスだが、今日はデパートで女性用の服を買いに行っていたために女装している。
 シャーリーもアッシュフォード学園から出るルルーシュをエトランジュと共に迎えにきた女性が男だと知って仰天したが、ノリのよいミレイなどには大ウケされていた。

 今回の議題は最長でも3、4ヶ月後には日本解放戦を始めるので、本国に戻れるなら戻った方がいいというルルーシュの伝言についてである。

 「却下。私は残るってルルちゃんに伝えて下さい」

 「帰ろうと思えば出来なくはないけどね・・・俺もやだ」

 主君を残して撤退しろとは何の冗談だとミレイが即座に拒否すると、戻れなくはないリヴァルも友人と好きな人を残して去るつもりはないと首を横に振った。

 「私も残る!ルルは普通のブリタニア人には何もしないもの、安心出来るから」

 シャーリーも絶対残ると断固拒否したため、全員居残ることが即座に決定した。

 「そう言うだろうと思ってたわ。
 まあいいわ、学園には手を出さないように指示すれば済むから、Xデーの時は学生を外に出さないようにしておいてくれたらOK」

 「ありがとうございます。何とか手を打っておきますね」

 しかしまだ学生の自分達にして貰うことはない、と告げられた一同はがっかりしたが、実際下手に動くと迷惑になるだけだったために諦めるしかない。
  
 「本当にこのエリア11・・・いえ、日本を解放するんですね」

 「そうして貰わないと困るんだけどね。
 日本を解放してゼロにはブリタニア皇族を打倒出来る力があるのだと世界に示して貰わないとだから」

 あえてブリタニアとは言わないあたりアルカディアの配慮が垣間見えたミレイ達は、この人達ならブリタニア人というだけで仕返しに走ったりはしないだろうと安心する。

 「ロイド伯爵の件については、放置して欲しいそうよ。
 いろいろ調べたところそこそこ有力な貴族だし、シュナイゼルのお気に入りって情報もあったから、警戒してる」

 実際はお気に入りというよりロイドは好き勝手振舞っているが、そこが逆にシュナイゼルには付き合いやすかったというだけなのだが、傍から見たら“好き勝手振舞っても許容ししているほどのお気に入り”に見えてしまうのは当然である。

 「日本解放戦後にまだ日本にいたら改めて会って、それから決めるつもりらしいわ。
 ま、うかつに探りを入れて失敗したらミレイさんが困るだろうから、放置が無難よ」

 「解りました。それにしてもルルちゃん、その後どうするつもりなのかしら・・・ゼロの正体は隠したままにするつもりなの?」

 ミレイがカレンに尋ねると、黒の騎士団達は協議の結果そうすることに決定したと告げた。
 
 「もうブリタニアには戻らないつもりみたい。
 先日皇帝にナナリーともども絶縁宣言してたから」

 ナナリーがとうとうキレて『いい加減にしろこのだめ親父』とすら罵ったと聞いた一同は唖然とした。

 「ナナリーが、マジで?冗談なしだよ?」

 「リヴァルが言うのも解るわ、私だって凍りついたもの!でも本当なの!」

 アルフォンスの傍で聞いていた自分でさえ耳を疑ったが事実だ、というカレンに、ナナリーもいろいろ貯めこんでいたのだろうと肩を竦める。

 「普通の家ならよく聞くけど、皇帝陛下だよな・・・うわあ・・・」

 「ルルーシュ皇子も一瞬壊れたけど・・・うちのエディのアドバイスどおり短く苦情をまとめたらああなったみたい」

 アルカディアが余計なアドバイスをしたかと落ち込む従妹を思い返して溜息をつくと、確かに短くまとめられた苦情だと皆納得した。
 ただし、急だったとはいえ実に乱暴なまとめ方だったが。

 「そういえばエトランジュ様はもうお元気ですか?あの時凄い熱がありましたけど」

 シャーリーが心配そうに尋ねると、アルカディアは笑って頷いた。

 「もうとっくに回復してる。脳を酷使したから、身体が悲鳴あげちゃっただけだから」

 「そうですか、よかった・・・あの、あの方はいったい誰なんですか?
 アルフォンス・・・あ、今はアルカディアさんだっけ・・・も」

 他エリアの人間だと聞いていたが、ルルーシュからすら様付けして呼ばれ、黒の騎士団でも重要な地位・・・しかもルルーシュの傍近くにいる少女がシャーリーはむろん、ミレイとリヴァルも気になっているようだ。

 既にブリタニア上層部では周知の事実なので別に隠すことでもないかと、アルカディアはあっさり答えた。

 「好きに呼んでいいわよ、ややこしいからね。
 エディはEU加盟国の一つ、マグヌスファミリア王国の女王よ。
 ブリタニアじゃエリア16と呼ばれてるわね」

 「あ・・・確かコーネリア殿下が攻めた国ですよね?
 余りに辺鄙な所にあるから、何に使われてるかは知りませんけど」

 ミレイが記憶を探りながら言うと、アルカディアはそう、と紅茶を飲む。

 マグヌスファミリアは国土が狭く、とても植民地に使えるものではない。
 かといって研究所や工場を作ろうにも材料や食料の輸送費や人件費などがとてつもなくかかってしまうため、公然と処罰出来ない者達の左遷先として使われている。
 
 「総督や副総督も、文字どおり島流しで送られてるから実質政治犯収容所とか言われてるそうだけど、お陰であんまりいじくられなくてよかったと前向きに考えてる」

 「そ、そうですか・・・私達と変わらない年齢の方なのに」

 シャーリーは本当ならニーナのようにブリタニア人というだけで罵られても仕方ないのに、絶縁したとはいえブリタニア皇族であるルルーシュを受け入れ、親族が迷惑をかけた時はすみませんでしたと頭を下げた少女を思い返して俯いた。

 「まー、エディもいろいろあって相当人間出来てるからねえ。
 とりあえず日本解放が成ったら、あの子も忙しくなるし」

 EUと超合衆国との間に立って同盟を組むかそれとも超合衆国に入るかの調整、各国に散らばるレジスタンスへの連絡に中華にあるギアス嚮団の調査の根回しなど、やることは山積みである。
 
 「そういえばエトランジュ様、ゼロ・・・ルルーシュとの結婚の話もあったんですよね?
 あれどうなってるんですか?」

 忙しいというのはそのことだろうか、とカレンがおそるおそる尋ねると、結婚の二文字にシャーリーはぴくりと身体を震わせた。

 「ユーフェミア皇女が言ってたんです。
 コーネリアはエトランジュ様とルルーシュが結婚して事実を暴露して、ルルーシュをブリタニア皇帝に立てられることを恐れているって」

 「ああ、あれね。こっちも提案したんだけど、却下されたわ。
 どうもブリタニアに戻る気がないみたいで」

 代わりにユーフェミアをブリタニア代表にするという案があるので、現在はその方向で話がまとまっているが、彼女が死亡した場合はそのプランに移行する可能性があるけど、と笑うアルカディアに、政略結婚でもあの二人ならお似合いかもしれないとシャーリーとカレンは思った。

 (アッシュフォード学園に迎えに来たり、ルルもナナリーを任せてるくらいだから信頼してるみたいだし。
 私が口を出す権利なんてないわ。でも・・・)

 (そうよね、もともとゼロと結婚するつもりもあったとエトランジュ様はおっしゃってたし、一番いい方法よね。
 ブリタニア人全員が迫害されることになったら、いくらゼロの親衛隊長の私がいてもお父さんだって・・・エトランジュ様は植民地の人達からも信頼が厚いんだし)

 頭では納得しているのだが、二人が顔を俯かせているとアルカディアがクッキーをつまみながら意外なことを口にした。

 「ま、あの二人合いそうにないから個人的にはやめてほしい婚姻なんだけどね。
 ゼロはエディのタイプじゃないし、あの子には幸せになって欲しいから人生のパートナーを選ぶ権利くらいはあげたいもの」

 「「・・・え?」」

 見事な連携プレイを取っているあの二人の相性が合いそうにないということにカレンは驚き、女性に優しいルルーシュがタイプではないというエトランジュにシャーリーは困惑した。

 二人が顔を上げてアルカディアを見つめると、その反応は予想していたらしく頬を掻きながら説明した。

 「断わっておくけど、別にエディのタイプがおかしいってわけでもなければ内心で二人が互いに嫌い合ってるわけでもないわよ。
 仕事上のパートナーとしては相性抜群だけど、夫婦としては合わないってだけだから」

 「ちょっとよく解んないんですけど・・・どういう意味ですか?」

 代表してリヴァルが?マークを飛ばしながら尋ねると、アルカディアは答えた。

 「んー、みんなの年じゃピンと来ないのも無理ないわね。
 仕事上でのベストパートナーが私的な面でもそうかと言われると、そうじゃないケースってのがわりとあるのよ。
 ゼロとエディはその典型ね」

 そう前置きしてアルカディアが解説したところによると、ルルーシュは大きく広く物事を見ることに長けているが、エトランジュは狭く小さく物事を見ることしか出来ない。
 例えば中華連邦事変の際、ルルーシュは星刻がゼロを信用し切れなかったためにゼロが直接指揮して中華を変えると言い出した時、長期的な目で見ればそれしかないと言うルルーシュにそれでは天子が困ると言い出したことが挙げられるだろう。
 国情ではなく身近な友人をまず気にする辺りが、彼女の目線が最初にどこに向くのかを如実に物語っている。

 ただエトランジュはそれではまずいというくらいは理解しているので、互いに折り合いをつけられるように出来るだけの案を出すし、ルルーシュも無駄なトラブルが避けられるのならとその頭脳でその案が実現出来るように根回しをしているのだ。
 だから能力はないが人付き合いが得意なエトランジュに、周囲の関係を調整し辛いが能力が高いルルーシュはまさに割れ鍋に綴じ蓋なのだ。

 ではこれが私的な面だとどうなるかというと、先も言ったがルルーシュとエトランジュでは視点が違う。
 ルルーシュは今までの人生から常に先々を考えて行動し、ワーカーホリックなところがあるので平和になってものんびりせずに次は弟妹をいい学校に行かせるためにとかで、起業するくらいはしそうである。
 もしくは賠償金などの支払いに苦しむであろうブリタニア人、植民地にされた人々のためとかで、ゼロを降りても精力的に動くことも大いにあり得る。

 なるほど確かに、と全員が納得したところで、アルカディアは続けてエトランジュについて語った。

 「実はあの子、頑張る時は頑張るんだけど、基本的に必要なことしかやらないのよ。
 いや、別に怠けるのが好きなんじゃなくて、仕事も日々生活を営めるだけでいいとか、無理してたくさん稼がなくてもいいんじゃないかって考えるタイプでね」
 
 勉強でも合格点を取れればそれでいいと考えるタイプと言えば、解りやすい。 
 だから無理をしているルルーシュに対し、時間や労力が足りないなら誰かに手伝って貰えればいいと言っていたわけで、負けず嫌いで常に動き続けるルルーシュとは正直馬が合いそうにないというのがアルカディアの分析である。

 つまりエトランジュは、家族が幸福に暮らしていければそれでいいという以上のことを考えないのだ。彼女が女王として不向きだと言われるゆえんである。
 ブリタニアとの戦争以前からその傾向はあったが、次々に家族が死に不自由を強いられているこの状況が長引くにつれてもっと酷くなった。
 ゆえに逆に早く戦争を終わらせなくてはという意識が働き、ブリタニア皇族でも戦争に反対しているなら仲間に引き入れて助け合おうと考えたり、自分が危ない目に遭おうともそのために動いているのだから何とも皮肉である。

 実際エトランジュはルルーシュに対し、個人的に優しくて信頼出来る人だとは言ったが政略云々以外でしか結婚を口にしたことがないので、男性として見ていないのがありありと解る。
 恋愛どころではないせいもあるだろうが、精力的に動き続ける人というのは一生付き合っていかなくてはならない伴侶としてはエトランジュのタイプではなく、落ち着きと包容力がある年上の男性がタイプなのだ。
 
 「仕事なら視点が違うと長所や欠点がそれぞれから解るようになるからむしろメリットなんだけど、私生活となるとそうはいかないでしょ?
 ほら、俗に同じ趣味を持っていると円満夫婦になるっていうじゃない」

 「何となく意味は解りますけど、でもルルーシュとエトランジュ様は家族を大事にしてるから、気が合うと思ってました」

 「カレンさんの言うことも解るけど、全力疾走するタイプのゼロとローペースタイプのエディじゃ合わない。
 特にエディは合わせられる範囲は相手に合わせようとするから、能力差があり過ぎて限界がくる。
 『俺について来い!』なゼロだけど、ついていく人のペースあんまり気にする方じゃないでしょうゼロは」

 後ろでペースについていけず途方に暮れている者を見れば、仕方ない俺が全てやるからそこで休んでいろと言うのがルルーシュだろう。
 そしてエトランジュは、して貰い続けることに罪悪感を感じるタイプである。
 現在うまくいっているのは、ゼロという特殊性をエトランジュがカバー出来ているからこそだ。
 ゆえに政略だからと打算的な理由があれば互いに譲り合ってうまくいくかもしれないが、今は友人としての関係を保つのが互いにとってベストである、と締めくくったアルカディアに、ミレイが尋ねた。

 「じゃあルルーシュに合うのってどんなタイプの女の子だと思います?アルカディアさん的に」

 ぴくっと肩を震わせたシャーリーが視界に入ったので、アルカディアは少し考え込むと口を開いた。

 「んー、まず包容力があるってのが第一かな。
 落ち込んでたりしたら叱咤出来るような、厳しいところと優しいところがあるお姉さん的な要素を持っている人」

 C.Cはどちらの要素を持っており、ルルーシュが弱音を吐けるごく少ない人間である。
 しかし彼女の存在は軽々しく口に出来ない上に、ルルーシュに恋をしている少女達をやきもきさせかねないので沈黙を保った。

 「ゼロは甘え方が下手だから、甘やかし上手な人が合うと思う。
 しょっちゅう気を張り詰めてるから、適当にガス抜き出来る人とかも」

 「会長みたいなお祭り騒ぎとか、そんな感じっすか?」

 「ああ、男女逆転祭とか猫祭りの話は聞いたわ。
 苦々しそうな顔してたけどまんざらでもないっぽかったから、それなりに楽しんではいたみたいね」

 ミレイは楽しんでくれていたという評価を聞いて内心でほっとすると、全てが終わったらまたやろうと決意した。

 「日本人はお祭り大好きだから、日本が解放出来たらぜひプロデュースしてみたらどう?
 私も嫌いじゃないから協力するわよ」

 「ありがとうございます!ふふ、男女逆転祭キモノバージョンなんてどうでしょう?
 オイランとかそんなのルルちゃんに着て貰うの」

 どこから仕入れた知識か、ミレイがノリノリで提案するとアルカディアも面白そうだと乗り気である。

 「ああ、一度だけ見たことあるわね。何キロもあるそうだからすぐにヘタれそうだけど楽しそうだから見てみたいわ。
 ぜひ日本とブリタニアの平和のコラボレーションとかでやって貰いましょう」

 自身の預かり知らぬところでルルーシュは平和のためと称して派手な重苦しい着物を着せられることが決定しているとは知らず、黒の騎士団基地で悪寒を走らせながらくしゃみをしていた。

 「少々引っ張り回せるくらいのほうが、ゼロにとってはいいかもね。
 どう見ても押しに弱いタイプだから、ナナリーちゃんの件だけ寛大に受け止めて押しまくれば落とせる可能性は大なんじゃないかしら?」

 いずれナナリーだって誰か別に好きな人が出来るだろうし、妹離れも徐々に出来つつあるから、高い能力を持ち家事もこなすルルーシュは客観的に見てもお買い得な物件だろう。
 ただ最大のデメリットが現在世界の三分の一を占める大国相手に戦争を吹っかけている天下のゼロなので、将来がどうなるか不明という非常に不安極まるものだが。

 「とりあえず彼は今現状をどうにかすることに精いっぱいで恋愛なんて考えてないから、無理に迫らない方がいいわね。
 今自分が離れてるからもしかしたら他の子がゲットするかもって思ってるかもしれないけど、その心配は現状ないと言えるから」

 一番相性がいいと思っていたエトランジュが実はそうではないという説明もあったので、ミレイ達は頷いたが、理屈では本当には納得しないのが恋である。
 そう言われても不安ですと表情で物語っているシャーリーを見て、アルカディアはちょっとした手助けをすることにした。

 「ま、手紙くらいなら届けるわよ?
 日本解放はまだ3ヶ月くらい先になりそうだから、十二月のゼロに何か贈ってみたらどうかしら」

 「そうだ、十二月五日にはルルの誕生日だもんね。いいんですか?」

 「構わないわよ、それくらい。今からならいい手作りの物も作れるだろうし」

 「いろいろあったし、届けられそうにないからって諦めてたんです。ありがとうございます!」

 何にしようかな、と一転して顔を少し赤くしながら好きな人に贈るためのプレゼントを考え始めたシャーリーに、青春してるなとアルカディアは微笑ましく見守った。

 「私も何か贈ろうかな~。何がいいと思います?」

 「バースデーなら俺も贈らなきゃな。被らないようにしないと」

 ミレイとリヴァルも、学園に帰る前にデパートか雑貨店に寄ろうかと話し合う。

 (私も何か贈った方がいい、かな?
 みんな贈ってるのに私だけってのがおかしいし!ゼロの誕生日は祝いたいし、うん、特別な意味じゃないんだから!!)

 誰もそんなことは言っていないのだが内心でそう言い訳しながら、カレンもプレゼントを贈ることを決めていた。

 そんな微笑ましい光景に、アルカディアがどこか感心したように言った。

 「ブリタニア人って好きな人が出来ると一途なのね。
 うちの学校の語学担当の先生もブリタニア人なんだけど、好きになった人を想ってずっと独身を通してるのよ」

 「へー、ブリタニア人が先生なんですか。
 ああ、それでみんな綺麗なブリタニア英語を話してるんですね」

 ミレイが納得するとエトランジュもアルカディアも上流階級の人間しか使わないような単語や発音があるので、おそらくその教師はブリタニア貴族だろうと推測した。
 どうりで彼女達はブリタニア人だという理由で差別しないわけである。
 
 「EUに亡命してからずっと世話をしてくれた人を好きになったんだけど、別の人と結婚したから告白せずじまいだったって聞いたわ。
 ま、どのみち先生の立場じゃ告白なんて無理だっただろうけど」

 「亡命してるブリタニア人じゃ、確かに告白し辛いですよね・・・」

 自国のしていることを顧みると、他国の人に告白というのははるかに勇気と覚悟がいるとミレイは思った。
 いろんな誤解を受けたり、生理的に拒否反応を示されたりすることだってあるだろうから、当たって砕けろという問題ですらない。

 「凄いと思ったのは先生がその人に頼まれたからと、マグヌスファミリア(うち)の教師になってくれたことなんだけどね。
 実際好きな人が子供作って幸せな結婚生活をしているのを見るのって、ものすごい覚悟がいると思うんだけど」

 「確かに・・・凄いなその先生・・・」

 リヴァルはちらっとミレイを見つめると、万が一にも彼女が自分以外の人間と結婚して幸福に暮らしている中で、ぜひにアッシュフォード学園の教師にと言われれば大事な学園の教師にと誘われたことに喜ぶだろうが、複雑な気持ちにもなるかもしれないと想像して肩をすくめた。

 「でもまあ、その先生も好きな人がいい人と結ばれたならそれでいいと思ったのかも・・・」

 自分もルルーシュがミレイの相手なら、潔く諦めて二人を見守れる自信はある。
 好きな人の幸せを願うことこそ、本当に相手を好きになるということではないだろうか。

 「うーん、あの人がいい人と結婚した・・・って言っていいのかなあ・・・」

 ぽつんとラテン語で思わず本音を呟いたアルカディアの顔は悩んでいそうだったので、ミレイ達は顔を見合せた。

 「まあ、リヴァル君の言うとおりよね。大事な人には幸せになって貰わなきゃ」

 「そうそう、リヴァルいい事言うわね!」

 ミレイに褒められたリヴァルはそれほどでもー、と頭を掻きながら照れて喜んでいる。
 
 (青春っていいわねー。エディも早くこういうことに興味を持って貰いたいもんだけど)

 己の結婚は政略でするものとの意識がある従妹も、こういうのに囲まれて少しは刺激を受ければいい、とアルカディアは思う。
 だが日本解放が成り、EUと出来上がる超合集国との間で同盟なりもしくは加入という事態になれば、中華の天子と縁が深く、各国のレジスタンスとの連絡役を請け負っているエトランジュは政略結婚の相手として申し分ないと、その手の申し込みが増えるだろう。
 しかも家族の欲目を引いても、エトランジュは周囲の関係を良いように持っていく才能に長けているので王妃としては非常に適正があるため、なおさらである。
 
 (その辺りも含めて、何とかしないとね。
 王位を誰かに譲ってぜひうちの国に、何て言われないように、手を打っておかないと)

 マグヌスファミリアでなければ生きていく自信がないと、神根島でエトランジュは言っていた。
 政略結婚をしなくてはいけないからと自分達の前では決して言わなかったが、彼女の隠していた本音にやっぱりそうかと納得した。
 自転車に鍵をかけ忘れて盗まれそうになったら不用心する方も悪いと言われるような国の方が多いのだから、エトランジュが永久に住むには不向きだろう。
 もうこれだけ辛く恐ろしい思いをして来たのだから、彼女の治める小さな井戸の国で生涯を暮らしたいという望みくらい、叶えてやってもいいはずだ。

 「宅配便する代わりといっちゃなんだけど、日本解放戦が終わったらうちのエディとも仲良くしてやってね。
 あの子ずっと働きっぱなしで恋愛オンチだから、ゼロともども矯正してやって欲しいの」

 エドワーディンやクライスは、十六歳で結婚したのだ。
 結婚祝いの時に目を自分もいつかは好きな人と、と目を輝かせていたあの日を、どうか思い出して欲しい。

 「ルルーシュねえ・・・あいつのほうが大変な気がするわ」

 自分ですらすぐに解ったシャーリーの好意に気付かないルルーシュの鈍さを知っているカレンが乾いた笑みを浮かべると、アルカディアはとんでもないことを言い出した。

 「夜中に部屋に押し掛ければ嫌でも解ってくれると思うけど」

 あんまりな究極の手段に全員が紅茶を噴き出すと、咳き込みながらカレンは怒鳴るように言った。

 「ちょ、それいくら何でもまずいでしょ?!」

 「そう?私の姉はそれでクライスを捕まえたわよ。
 あいつも鈍いというか、なかなか煮え切らなかったから」

 クライスは鈍かったというより、エドワーディンの病気などを慮って一向にこちらの想いに乗ってこずにうだうだ悩んでいたため、業を煮やしたエドワーディンは夜中に直接グリューネバウム家のクライスの部屋に特攻したという経緯がある。
 夜だったのは彼女の日光アレルギーもあるが、もちろんそれだけではないのは明白だ。

 「その・・・子供出来ちゃったらどうするんです?」

 「あ、そっか。外国じゃあ結婚前に子供出来るのはよくなかったんだっけ」

 真っ赤な顔でカレンが恐る恐る言ったので、アルカディアはごめんと手を合わせて謝罪した。

 マグヌスファミリアでは結婚前に子供が出来ることはさしておかしいことではない。むしろ新しく家族が生まれてくるからめでたいことだとして、揉めることなく夫婦になれで終わるからだ。

 女の方が複数の男性と付き合ったりしていたらその限りではないが、国土の狭いマグヌスファミリアは誰が誰と付き合っているかがすぐに知れ渡るため、誰かが妊娠すれば父親が誰かも女がよほどうまく隠れて関係を持っていない限り解ってしまうせいだ。

 十五歳になれば皆半ば強制的に何かの職には就くことになるうえ、人口維持のために出産・子育ては互いに助け合う習慣が根付いている。
 そのため『妻子を養っていけるだけの収入は得られるのか?子育てを助けてくれる人がいるのか?』などと言われることもない。

 「所変われば・・・ってやつですか。フリーダム過ぎる・・・」

 「子供持たないと一人前とはみなされない雰囲気があるから、それはそれで大変なんだけどね。
 学校が一つしかないから、十五歳になる頃には結構互いのことを知ってるの。幼馴染で結婚するのが普通だし」

 学校は伴侶探しの場でもあるのだというアルカディアに、言われてみれば学校で出会った人と結婚する人もいるよね、とシャーリーはルルーシュを思い浮かべつつも真っ赤になってアルカディアの案を却下した。

 「と、とにかくそれは駄目です!もうちょっとゆっくりと・・・」
 
 (・・・C.Cとだって一緒に寝てた時もあったのに、何もなかったくらいだからなあ。
 これくらいしてやっと・・・としか思えない)

 未だにルルーシュをさくらんぼ坊や呼ばわりしているC.Cを思い浮かべたアルカディアはそう思ったが、純粋なる学生達には言えず黙りこくった。

 実に恋とは厄介であり、難しいものである。
 
 特攻しちゃえばー、などとけしかけているミレイに、顔を真っ赤にさせて駄目ですーと叫ぶシャーリーに、紅茶を飲みながら顔を赤くして俯くカレンに、実際女性から迫られたら男としてどうするべきなのかと考え始めたリヴァル。

 このカオスを作った当人は若いっていいわねーなどと呑気に笑いながら、いずれ結論が出るだろうと無責任にも放置し、いずれ喉が渇くであろう青春真っ盛りの高校生のために飲み物を入れるべくキッチンへと向かうのだった。



[18683] 第十八話  闇の裏に灯る光
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/02 10:43
 第十八話  闇の裏に灯る光


 
 ユーフェミアは悩んでいた。

 ナナリーからの電話があった後、カレンとアルフォンスに会ったユーフェミアは電話をしたのはナナリーの強い希望があったこと、もうあの二人はブリタニアには戻らない旨を伝えられた。

 経緯を思えば自分は何も言えず、さすがに実父に嫌悪を感じたユーフェミアは出来ることならルルーシュと共に世界を変える方がいいのではないかと思った。
 特に先日、他エリアから来た者達に他エリアでのブリタニアの振る舞いを聞いた後だったのでなおさらだ。

 特区日本では順調に参加者も増え、利益も黒字続きでゲットー整備に回し、新たな特区を造ろうとユーフェミアは精力的に動いていた。
 コーネリアも妹のすることに口を出さなくなってきたので、利益さえ上げればナンバーズに甘い方法でも許容するのだなと、主義者達も安心して積極的に協力するようになった。
 コーネリアにはルルーシュの傍にいるだろうナナリーを捜すという名目のもと医療施設を造ることになったユーフェミアは、その事業を行うために現在多忙を極めている。

 このままなら日本は大丈夫だと思っていたある日、他エリアを担当している官僚2名からの面会申し込みがあり、他エリアの状況を聞きたかったユーフェミアはそれを受け入れた。

 「私はエリア9の執政官をしておりますコラリー・べアールと申します」

 「私はエリア14の副総督秘書のクレマン・オダンと申します。ユーフェミア副総督閣下の御活躍は、かねがね伺っております。
 お忙しい中お時間を賜りまして、恐縮至極に存じます」

 クレマンは青みがかかった髪をした壮年の男で、コラリーはまだ若い二十代後半のブラウンの髪をした女性である。
 二人は臣下の礼を持って頭を下げると、ユーフェミアは首を横に振ってすぐに二人をソファに座るように促した。

 「いいえ、私も他のエリアのことを伺いたかったので、助かりましたわ。
 その前に、ご用件をお聞き致しましょう。さあ、どうぞお座りになって下さいな」

 二人が再度頭を下げながらソファに腰を下ろすと、単刀直入にコラリーが切り出した。

 「実は特区日本におけるめざましい効果を伺いまして、ぜひ私どものエリアでも造りたいと考えております。
 特区を視察させて頂くと同時にユーフェミア様にもお力添えを賜りたく、お願いにあがった次第なのです」

 「特区を、他エリアでも?」

 ユーフェミアが驚いたように反問すると、二人は頷いた。

 「その、ナンバーズを区別するのはブリタニアの国是ですが、それでも職を斡旋しきちんと生活出来るようにすることこそが、政治ではないかと思いまして・・・。
 特区日本はまさにそれを成功させていると感動し、是非に見習わせて頂きたいと」

 悪しざまにブリタニアの国是はおかしいとは言えない主義者の二人は、何とか迂遠な言い回しを重ねた結果、要はナンバーズが虐待されろくに職もない状況ではテロが頻発するのが当然なので、きちんとした生活をさせてやることこそが肝要なのだと訴えた。

 ユーフェミアがまことに正論であると頷くと、次はクレマンが嫌悪を顔に滲ませて言った。

 「エリア14は先日途上エリアに昇格したのですが、副総督をしているカラレス閣下の手段がどうにもナンバーズを無理やり抑え込んだやり方でして・・・あれでは反発を強めるだけだと思うのです」

 何とかうまく穏やかな統治をしたいのだという二人だが、国是に逆らうやり方では実行に移すことが出来ず、ナンバーズが虐げられているのを少しでも緩めるのが精いっぱいだった所に、特区日本のことを耳にした。

 エリアの旧名を冠した区域を造り、衣住食を斡旋しまた自身で物資を造れる環境を整え、文化の保護や交流を進めていると聞いた二人は、これだと閃いた。
 皇族、しかも現皇帝の第三皇女であるユーフェミアが提唱した特区ならばこちらでもやろうと言い出しても上は反発しづらいし、効果は既に実証されているのだからなおさらである。

 「ユーフェミア皇女殿下の御人徳の賜でありましょうが、私どもも力で抑えつけるばかりでは解決が難しいこともありますので、各エリアに広めていきたいと考えております。
 ですからぜひ我々に特区日本の視察をさせて頂いて、ユーフェミア様からの御助力をお願いしたく・・・」

 「視察はいつでも構いません。すぐに手配いたしましょう。
 しかしそれ以外での協力となりますと、他エリアでのことですし私には難しいかと・・・」

 いくら皇族でも、宰相でもない限り担当エリア外についての口出しはトラブルの元になるので難しいと言うユーフェミアに、クレマンはめっそうもないと首を横に振った。

 「特区日本がどれだけの利益を上げているか、またナンバーズがどれほど穏やかに暮らせているか、報道させて頂きたいのです。
 先日のユーフェミア皇女殿下のバースディパーティーの際も、実は他エリアでは既に特区を創ろうかという提案があったと聞き及んでおります」

 「そういえばいくつかのエリアの方から、視察の要望がございましたわね」

 目的はそれか、とユーフェミアは自分が作った特区が高い評価を得ていることに喜んだ。
 日本ばかりに目が行っていたが、ルルーシュも他エリアのためにもとブリタニアを壊すと言っていた。
 ここばかりにかかずらってばかりでは、根本的な解決にならないのだから当然だ。

 (ブリタニアを壊すのは無理でも、ルルーシュがどうにかする間他の国の人達の生活を安定させるくらい、何とかしなくては・・・・)

 ブリタニアが人材、資材、資金を持っているのだから、ブリタニアが積極的に動かなくては話にならないのだと神根島でもルルーシュに叱られた。
 そして皇族はその最たる権限を持っているのだから、少しくらいの役に立つのならとユーフェミアは二人の申し入れを受け入れた。

 「解りました。皆様の取材陣を受け入れるよう、こちらから働き掛けましょう。
 ただ今は私の誕生日をお祝いして下さったイベントが成功しただけですし、もう少し時期を見て頂きたいのですが・・・。
 とりあえず特区を造った際の計画書や特区内で起こったトラブルやその対処法などについてまとめた資料を、そちらにお渡しいたします」

 「ありがとうございます、ユーフェミア皇女殿下!
 やはりその、軍ばかりに頼った統治は限界が来ますので・・・」

 コラリーがほっと安堵したように息を吐いたので、他エリアではどんな統治をしているのかと眉をひそめた。

 「・・・他のエリアではどのような統治をしているのか、お伺いしてもよろしいですか?
 出来る限り正確に・・・どれほど酷くても、ありのままをお願いします」

 先ほどまでの優しげな声音ではなく、厳しさを含んだ声に二人は顔を見合わせるも、皇女の命令ならばと覚悟を決めてまずコラリーが話し出した。

 「・・・エリア9は現在、衛星エリアから途上エリアに落ちまして・・・その理由が去年の干ばつによる食糧難なのですが、それでも税金を下げず搾取を続けた結果、エリア民の大規模な反発があったのです」

 「自業自得ではありませんか。柔軟な対応をしてこその政治でしょう」

 少しくらい贅沢を控えて、本国からの食糧支援を頼むくらいはしたらどうなのだとユーフェミアは頭を押さえた。

 「は、全く仰せのとおりで・・・もともと租界整備ばかりでナンバーズの生活を整える機構自体がないのでこういった事態を避けるためにも特区を・・・」

 現に穏便な統治を行ったオデュッセウスや飴と鞭を使い分けたシュナイゼルが治めていたエリアは早々と衛星エリアになったと告げたコラリーに、軍を出動させまくった末の衛星エリアのナンバーズの人口は激減している傾向が強いと告げられ、ユーフェミアは改めて他国エリアについても調べた方がいいと思った。

 「ミスターオダン、エリア14では今どのような状況なのですか?」

 「・・・あまりいい状況とは申せませんな。現総督も副総督も、ナンバーズを必要以上に虐げておりますので」

 特にカジノではナンバーズを戦わせて賭けの対象にするなどの行為を半ば公然と認めており、以前は兄弟で戦わせていたと告げるとユーフェミアは嫌悪に顔をゆがませた。
 さすがに女性の前なので、クレマンはカジノで行われていた美しい女性をうさぎに見立てた“狩り”を行っていることは言わなかったが、それでも充分外道である。

 「やっていいことと悪いことの区別がつかぬ者が、総督と副総督ですか・・・」

 公的にはあくまでもカジノの従業員としているため、公然と批判出来ないらしい。
 さらに資源を採掘するために過酷な労働をさせたり、逆らう者は裁判をろくに行わずに処刑するなどは日常茶飯事だと告げると、ユーフェミアはこんな行いを悪いとも思っていない者が上にいるうちは何をしても変わらないのではないかと思った。

 「・・・それでも特区により多少でも保護が出来ればと思います。
 全てを救えないからと言って何もしないよりは、はるかにましかと」

 「確かに貴方のおっしゃるとおりです。私の方からも強く意見を申し伝えておきましょう。
 ・・・いっそ直接乗り込んで問いただしたほうがいいかもしれませんわね」

 「ありがとうございます、ユーフェミア皇女殿下・・・!」

 自分では何も出来ず歯がゆいばかりだったクレマンに深々と頭を下げられたユーフェミアは、大きく肩をすくめた。

 人の上に立つ身分である皇女の自分が、わずかな人々を救うのにも大したことが出来ないのだ。クレマンやコラリーも、こうして自分に上奏するだけでもどれほどの勇気が必要だったのかと思えば、自分達がいる場所は本当に高すぎて手が届かないのだろう。

 「・・・視察の件ですが、まずはこの経済特区からになさってはいかがでしょうか。
 今経済特区の責任者をして下さっているシュタットフェルト伯爵に来て頂きますわね」

 「お手数をおかけして申し訳ありませんが、お願いいたします」

 コラリーが礼を言うと、自身の秘書に指示して連絡すると、ほどなくシュタットフェルトが来て現在二人は経済特区内を視察して回っている。

 こうして現在経済特区日本に滞在しているクレマンとコラリーだが、話をしていくうちに他エリアで行われているナンバーズ虐待の実態をつぶさに聞いたユーフェミアは、このまま特区という対症療法だけでは追いつかないのではないかと考えた。
 もちろん穏やかな統治を行っているエリアもあることはあるが、それでも国是主義の統治である以上不平等があるのが当然で、彼らがどう思っているかは解らない。
 上からの目線と下からの目線は違うのだから、ブリタニア人から見ればいい政治をしているつもりでも、彼らはいったいどう受けて止めているのだろう。

 ブリタニアを変えるには、国そのものの形態を変えるかトップを変えるかしかない。
 ルルーシュが目指しているのは前者であるが、それは他国による介入・・・すなわち戦争である。
 一番他国に被害がないのはトップが変わることだが、それではブリタニアのデメリットが大きすぎるのだと、アルフォンスは言っていたという。

 二人は言った。

 『ユーフェミア皇女殿下のような方がご即位されて、穏やかにエリアを統治するよう命じて頂ければと思うのです』

 ブリタニアの国是を否定する者は、ブリタニアに確かに存在していた。
 他国の人間に任せれば次が自分達がやられると解っているからこそ、ブリタニア人にとってはそれが一番安心出来る国の変え方なのだろう。

 問題は、誰がトップに立つことで変えるかということだ。
 神根島以前の自分だったならその途方のなさを知らずに『自分が国是を変えてみせる』と無責任に言っていただろうが、実力不足を痛感した今、やり切れるとは断言出来ない。

 ゆえにルルーシュなら才能、身分ともに申し分がないのでブリタニアのトップに立って貰えれば、うまくいくのではと考えた。

 コーネリアはエトランジュがルルーシュと結婚し、ブリタニア皇帝に立てるという大義名分を得られることを危惧していたが、それを聞いた時一番丸く収まる手段ではと思い、あの電話の後呼んだアルフォンスに尋ねると彼は困ったような顔で言った。

 『情を無視したら一番丸く収まる手段なんだけど、ゼロがブリタニアに戻りたくないと言ってるし、こっちもエディをブリタニア皇妃としてブリタニアにやりたくはないから、出来れば避けたい手段でね。
 だから今は最後の手段として考えてる』

 エトランジュのようにブリタニア人だからと言って嫌うような人間は少ないので、そんな彼女がブリタニアの皇妃となればブリタニアのためにも他国のためにも望ましいが、当人達が嫌がっているのなら自分は何も言える立場ではない。

 (じゃあルルーシュは、誰をトップに据えるつもりなのかしら。
 皇族は戦争に関わった皇族は戦犯として処刑ないし投獄、それ以外の者や未成年は特権を剥奪した上で軟禁、もしくは監視付きで市井に住まわせる予定と聞いているけど、やっぱり主義者の誰か?)

 まさか自分をトップにするつもりだと、ユーフェミアは思ってすらいなかった。 神根島で自分に皇帝たる能力がないと断言されていたことを、スザクから聞いていたからである。

 特区の成功で自身が大きく成長しており、人間化ければ化けるのだなと驚きつつ賞賛を受けているとは想像していなかったのだ。

 ユーフェミアは先の父親の言動に大きく絶望しており、父の元でブリタニアを変えることは不可能だと思い知った。
 ブリタニアを捨てる覚悟はある。しかし、黒の騎士団や他国が姉を受け入れるとは思えず、姉を捨てる覚悟がなかなか持てないユーフェミアは情けないと思いつつも踏み出せずにいる。

 それに、自分は万が一黒の騎士団がブリタニアに負けた場合、せめてもの最後の砦として日本人達を守るというのがルルーシュの望みなのだと聞かされては、正しいことをしているルルーシュの元に行くことは出来なかった。

 欲望は制御するべきもの、と姉は自分に言っていた。
 しかし見聞きする限りでは欲望を弱い者に向けるという形の制御しか行っていないようにしか感じられず、それを制御と呼ぶのは余りに気分の悪いものだった。
 
 「ブリタニアは間違っているわ。
 でも一番間違っているのは、間違っていることを間違っていると言えないこの状況なのではないかしら?」

 迂遠な言い方でしか物事を言えなかったクレマンとコラリーを思い返して、ユーフェミアはブリタニアを捨てて初めて言いたいことを言えるようになった末の妹を羨ましく思ったのだった。



 その頃、経済特区のシュタットフェルト邸ではカレンの父であるシュタットフェルト伯が嬉しそうな顔で娘に告げた。

 「シュタットフェルト家の辺境伯叙任式が、来週に行われるそうだ。
 コーネリア総督がいずれ別エリアに赴任されてユーフェミア副総督が総督におなりになれば、辺境伯なら副総督になることも夢じゃない。
 そうすればハーフだということがバレてもお前を排斥することは出来なくなるんだ。
 よかったなあ、これで百合子も安心するよ」

 『よかったねぇカレン・・・お前はブリタニア人になれるんだよ。
 そうすればもう殴られることもない・・・電話だって旅行だって、自由に出来るんだよ・・・』

 母を摘発したあの日、せめて自分だけでも自由にと望んだ母の言葉と父の言葉が重なった。

 「うん、ありがとうお父さん。ねえ、叙任式には友達を呼んでもいい?」

 「ああ、ああ、アッシュフォードの生徒会の人達だろう?もちろんいいとも」

 シュタットフェルト家の格が上がったことよりも、それによる娘の利益の方を喜んだシュタットフェルトは友人の分のドレスも手配するぞと浮かれている。

 「叙任式の様子はテレビ放送されるから、百合子が見られるようにするからな。
 だた正妻が来るがあれも世間体のためにいつものような態度はとらないだろうから、適当に相手してやってくれ」

 「大丈夫、解ってる。お父さんの顔は潰さないから」

 著名なデザイナーや宝石商を呼んでカレンを豪華に着飾らせようと、シュタットフェルトは忙しい。
 何故か娘は年頃だと言うのに一向に興味を示さないので、母親がいない以上自分が手配するしかなかったのだ。

 「今流行りの色よりも、お嬢様の赤い髪に合わせて赤で統一するのはいかがでしょうか?
 髪飾りはルビーよりも補色のエメラルドをあしらった物が・・・」

 「ネックレスはこのビジョンブラッドがお勧めです。
 ピンクがかかった上品な色で、お嬢様にお似合いかと・・・」

 娘の支度を念入りに二時間以上もかけて終えると、自分の手配は生地を選んでデザインはデザイナーに丸投げし、タイピンを選んだ程度で終了した。

 軽く家が建てられそうな値段をかけた準備だったが、いずれこの日本の中枢を担うのがシュタットフェルト家であり、その後継者がカレンだと印象付けるためにも手は抜けない。

 「叙任式典が済んだら後は私に任せて、そろそろ学校に戻ったらどうだ?
 家庭教師も飛び級制度を使えば一年あれば充分卒業出来るだろうと言っていることだし」

 大学に進学したら高等部よりは時間もとれるし、フォローはするからと言う父にカレンは考えておくとあいまいな返事をした。

 (・・・もうすぐ日本解放が始まるけど、お父さんせっかく辺境伯になれたのにごめん・・・今更後には引けないの)

 ルルーシュは日本解放が成り、その後ブリタニアを滅ぼしてユーフェミアを皇帝に立てればその補佐に父をという青写真を立ててくれている。
 苦労をさせてしまうので、申し訳なさを感じてしまうのも当然だった。

 仲が良くなったが故に純粋に父や家の心配をするようになったのは、カレンにとって皮肉だった。
 だが、後悔はしていない。家族みんなで幸福になるためにも、自分は一層の努力をするつもりなのだから

 「どうしたカレン、そんな顔をして・・・不安なのか?」

 ソファに座って険しい表情で考え込む娘に、シュタットフェルトは心配そうに声をかけた。

 「大丈夫だぞ、お前に手出しはさせないからな。
 もう日本人だからと怯えずに済む特区もあるし、百合子も出所したらここで暮らせばいいんだから」

 「・・・大丈夫。私も頑張るから、お父さんこそ無理しないでね」

 ほんの数か月前には予想もつかなかった父娘の会話に、シュタットフェルトは嬉しそうに笑みを浮かべた。



 そして一週間後、シュタットフェルト家の辺境伯叙任式が政庁にて行われた。
 副総督たるユーフェミアもスザクと共に駆けつけており、テレビ中継もされている。

 爵位叙任は皇族が行うものであるため、コーネリアも久々に軍服や総督服とは違う美しい皇族服をまとっていた。

 「・・・神聖ブリタニア帝国における特区成功の功績により、汝に辺境伯の位を授ける。
 今後も我がブリタニアに忠実であれ」
 
 「ありがたきお言葉にございます。
 今後とも我がシュタットフェルト家は、皇帝陛下および神聖ブリタニア帝国に永久の忠誠を誓います」

 コーネリアが辺境伯の証である勲章をシュタットフェルトに授けると、これでシュタットフェルトは伯爵から辺境伯となった。

 会場に祝いの拍手が鳴り響くと、パーティーに突入する前にユーフェミアが祝辞を述べた。

 「シュタットフェルト辺境伯には特区日本において多大なご協力を頂き、感謝しております。
 若輩のいたらぬわたくしを的確に補佐して下さっているシュタットフェルト辺境伯には、今後ともエリア11の発展に力を貸して頂きたいと思います」

 続けてシュタットフェルトがカレンとともに壇上に上がり、謝辞を述べた。

 「このたびは辺境伯という地位を賜りまして、皇帝陛下およびコーネリア皇女殿下、そしてブリタニアに貢献する機会をお与え下さったユーフェミア皇女殿下には感謝の言葉もありません。
 今後とも娘ともどもエリア11における発展に尽くし、忠誠を示していきたいと決意を新たにした次第ですので、皆様のご協力を頂ければ幸いです」

 その後形式的に長ったらしい台詞を続けて終わると、再び拍手が沸き起こる。
 そしてさっそく立食式のパーティーが始まると、カレンはさっそく招待したアッシュフォード学園生徒会の面々に会いに行った。

 「会長、シャーリー、リヴァル!」

 「あ、カレン!壇上で見てたけど、近くで見るともっと綺麗だねそのドレス」

 シャーリーがカレンの赤いドレスを見て賞賛すると、ミレイも水色のドレスを翻してやって来た。

 「うん、カレンの赤い髪によく似合ってる。赤で統一したのね」
 
 「会長も超似合ってて綺麗ですよー。いやーうちの生徒会メンバー美人ばっかだから、俺って超役得」

 ルルーシュがいないので現在副会長になったリヴァルは女性ばかりの中に男性一人というハーレム状態になっていた。
 ただし女性陣に使われているので、羨ましいと思うか否かは人それぞれであろう。

 「リヴァルもそのタキシード似合ってるわよ。
 今日は楽しんでいってね。それと、後で私のデジタルペットとアイテム交換しない?
 ちょうどレアなのが手に入ったの」

 「お、やるやる!パーティーが終わったら交換しようぜ」

 カレンからのアイテムというのは、ルルーシュからの伝言である場合が多い。
 時間を見てやろうとみんなで楽しそうに話していると、背後から厭味ったらしい声がかけられてきた。

 「あら、アッシュフォード公爵の御令嬢ではありませんの。
 失礼、元、でしたわね。わたくしとしたことが・・・」

 おほほほと挨拶なしに声をかけて来たのは、ベロー子爵家の令嬢だった。
 本国の名門校の寮に入っているのだが、父親がエリア11で地方長官をしているので、その関係でやって来たらしい。
 周囲には取り巻きらしき少女達が、きらびやかに着飾りながらつき従っている。

 「・・・お久しぶりですね、ミス・ベロー」

ミレイが無感動に挨拶すると、ベローは無礼にも挨拶を返さずカレンに視線を移した。

 「初めまして、ミス・シュタットフェルト。わたくし、トウホクブロックで地方長官しておりますベロー子爵の娘ですわ。
 このたびは辺境伯叙任、まことにおめでとうございます」

 「ありがとうございます」

 何この女、とカレンが内心で不愉快に思いながらも挨拶すると、彼女は空気を読まずにカレンに言った。

 「子爵の我が家ですら本国の名門学園に通っているのですから、このようなエリアの学園などで交友を深めるのはいかがなものかと存じますわ。
 いくら以前は名門を誇ったとはいえ、既に爵位を失った方の学園の学歴では今後の評価に差し支えましてよ」

 「なっ・・・!」

 カレンは顔を赤くして怒鳴りつけようとするが、ミレイがカレンの腕を押さえて止めにかかる。

 「落ち着いて!ここでキレたらカレンの評価に関わるから」

 父親の顔は潰さないと約束した手前、カレンはしぶしぶ振り上げた拳を下ろさなければならなかった。
 しかし友人を侮辱されて引き下がりたくないというジレンマに挟まれ、ぎりぎりと歯ぎしりする。

 それを聞いていたシャーリーとリヴァルも出来ることなら怒鳴りつけてやりたかったが、相手は子爵令嬢である。
 しかしそれでも完全に怒りは押し隠せず、二人は鋭い視線でベロー嬢を睨みつける。
 
 「まあ、育ちの良くない方は礼儀も知りませんのね。エリア11ではトップクラスの名門学園と伺っておりましたが、買いかぶりのようですわねえ。
 つい先ほどお母様にお会いしましたけれど、そのほうがカレン様のためにもいいかもしれないとおっしゃっておられましたわ。
 わたくしの学園は皇族の方もお通いになられている名門中の名門、アッシュフォードよりはるかに格の高い学園ですもの。付き合う相手はよく選べと言うのが家訓ですの。
 ぜひ・・・・」

 「せっかくのお誘いですが、私はアッシュフォード学園を気に入っているんです。
 今は父の手伝いをしたいので休学させて貰っていますけれど、その間みんなも私の生徒会の仕事を代わりに引き受けて貰って迷惑をかけてしまったことですし」

 シュタットフェルト夫人が余計なことを言ったようだ、とカレンが近くで談笑している義理の母親を睨みつけると、彼女はふいっと視線をそらした。

 「・・・付き合う相手は選ぶべきというベロー家の家訓はごもっともですわ。
 ですから私、会長達と卒業したいと思います」

 「なっ・・・!」

 暗に誰がお前と付き合いたいか、という意味を含ませた台詞を叩きつけられて、ベロー嬢は顔を真っ赤にさせたが今怒鳴れば主賓に対して何と無礼な振る舞いかとベロー家の醜聞の種になるため、必死で怒りをこらえている。

 そしてミレイとシャーリーとリヴァルは見事に切り返したカレンに内心で拍手しつつ、必死で笑いをこらえていた。
 
 「そういうことですので、どうぞベロー嬢は他のご友人の方々とパーティーをお楽しみ下さいな。
 私達はこれから積もる話があるので・・・」

 暗にどっか行けと言われたベロー嬢だが、このエリア11で出世するためにカレンと繋ぎを取れと父親から指示されている彼女はそうですかと立ち去るわけにもいかず立ち尽くしていると、シュタットフェルト夫人が高い声で言った。

 「いけませんよカレンさん。ベロー嬢は貴女と仲良くなりたいと話しかけられてこられたのですから、むげになさっては非礼です」

 「・・・・お義母様」

 余計なことを、とカレンが思い切り嫌な顔をしたので、カレンがいる一帯の空気が凍っていると、シュタットフェルトが慌てて飛んできた。

 「どうしたカレン?何かあったのか?」

 「お父さん・・・」

 「あらあなた。大したことではありませんのよ?
 ベロー嬢がせっかくカレンさんと仲良くしようと話しかけて来て下さったのに、爵位のないお友達を優先しようとしたから注意していただけですわ」

 シュタットフェルト夫人が当然だといわんばかりに説明すると、娘の表情からよほど気に障るもの言いをされたようだと悟った。

 「・・・カレンを祝いにわざわざ来てくれた友人を大事にするのは当然だろう。
 あまりこういうことに親だからと口にするのはよくないと思うがな」

 「あら親だからこそ口を出すべきではなくて?
 子供の頃はそういう教育をおざなりにしてきたから、今からでもしっかり爵位の重みというのを躾けなくては、シュタットフェルトの権威にも関わりましてよ」

 だんだんことが大きくなってきたので周囲がざわめきだすと、空気を読まない伯爵が声をかけてきた。

 「やっほー、こんばんは~ミレイさーん」

 「ロイド伯爵?!」

 ミレイが驚くとロイドはいつものように考えの読めない顔でグラスをかかげた。

 「あ、カレン嬢もこのたびはおめでと~。
 そっちの生徒会の人達は初めましてだね~。僕ミレイさんとこのたび婚約したロイド・アスプルンドでーす」

 「伯爵家と・・・婚約ですって?!」

 公表していなかったので知られていなかったが、ベロー嬢は驚いてミレイを凝視した。
 いきなりの暴露にミレイはロイドを睨んだが、ロイドは飄々としたものだ。

 「いやあー、ミレイ嬢は面白い方だし僕ゾッコンだから。ところで彼女がどうかした?」

 「え、いえその・・・・」

 ベロー嬢は途端にしどろもどろになった。
 今でこそミレイは無位無官の名門の平民といった位置づけだが、ロイドと結婚すれば彼女は自分より爵位が上の伯爵夫人である。
 しかもアスプルンド伯爵家は現宰相であり、最も皇帝に近いとされるシュナイゼルの後見人だ。
 もしそうなればアスプルンド伯爵家が昇格することも考えられるわけで、ミレイは社交界の一角を担うようになるかもしれないのだ。敵に回すのは愚かというものだった。

 こういう身分を拠り所にする人間を退ける時、より上の人間が撃退するのが一番面倒がないのである。

 そういったドロドロのやりとりを垣間見たアッシュフォード生徒会の面々は、せっかく楽しい気分でいたのに一気に台無しになったと大きく溜息をついた。
 
 「なにー、せっかくの席なんだからそんな顔しないでさ。
 スザク君からたまに話は聞いてるよ~。そっちの長い髪の子はシャーリーさんで、男の子はリヴァル君って言うんだっけ?
 学園祭の時はガニメデに夢中になってて挨拶にもこれなかったから、悪かったね~」

 うちの元パーツ君もお世話になってました、と笑うロイドに、スザクの知り合いかとシャーリーは少し驚いた。

 「スザク君のお知り合いなんですか?ロイド伯爵」

 「ロイド伯爵はランスロットの制作者なんですって。ナイトメアフレームの第一人者なの」

 「え、スザクのナイトメアの?マジ?!」

 ミレイの説明にリヴァルが感嘆の声を上げると、実は先ほどから会話のタイミングを計っていたユーフェミアがスザクとニーナを伴って話しかけた。
 出来れば自分が庇いたかったのだが、ミレイが皇族と結びつきがあると思われればルルーシュがアッシュフォードにいたことがバレるかもしれないと考えて動くに動けなかったのである。

 「まあ、皆様賑やかですこと。あら、ロイド伯爵もいらっしゃったのですね」

 「ユーフェミア殿下、ご機嫌麗しく~。久々に婚約者殿と会いたくなりまして~。やあ久し振りだねスザク君~。
 ねね、ランスロットのデータもっと欲しいんだけど~、シミュレーションだけでも付き合ってくんない?」

 猫なで声でデータをねだるロイドに、スザクは自分は忙しいのでとあっさりと断った。
 残念、とさほどそうでもなさそうにロイドはミレイにいろいろと話しかけていると、ニーナも久しぶりに会った仲間達と話を始めた。

 「みんな、久しぶり・・・元気そうで良かったわ。
 生徒会のお仕事が大変だって言ってたけど、大丈夫?」

 「うん、何とかやってるよ。ニーナの活躍、テレビで見たよ!
 ほら見て、“ラブリーエッグ”。可愛いでしょ?」

 シャーリーがそっとバッグから取り出したデジタルペットに、ニーナも嬉しそうに、そして困ったような笑みを浮かべた。

 「ふふ、ユーフェミア様も喜んで下さって・・・私も嬉しいの。
 ただ本国でも発注がたくさんあって、ロイヤリティがいっぱい私に入ったんだけど・・・悪い気がして」

 もともとのアイデアはルルーシュなので、正当な受取人は彼なのだ。
 しかし彼がブリタニア皇室から逃げ隠れているブリタニア皇子だと知っているため、どうしたものかと悩んでいたのである。

 「あ~・・・きっとルルのことだから気にしてないよ。受け取っちゃえば?」

 「そうもいかないわ、あれはルルーシュ・・・」

 「ニーナ!」

 カレンと話していたユーフェミアが慌てて止めると、ニーナも口をつぐんだ。

 「も、申し訳ありませんユーフェミア様」

「いえ、あまりそういうことをこういう場で相談するのはよくないの。
 後で皆さんと改めて相談した方がいいと思うわ」

 「は、はい。以後気をつけます」

 ルルーシュの名前は禁句だったとニーナは縮こまったが、ミレイとシャーリーとリヴァルもルルーシュの名前はフルネームで口に出すまいとアイコンタクトを取った。

 「急に怒鳴ってしまってすみません。今日は生徒会の皆様でいらしたの?」

 「は、はいユーフェミア皇女殿下。カレンが招待してくれたので・・・」

 ミレイが代表して答えると、ユーフェミアはにっこりと笑みを浮かべた。

 「お久しぶりですねミレイ・アッシュフォード。
 ご婚約おめでとうとお祝いさせて下さいな」

 「ありがたきお言葉、嬉しく存じます」

 「お勉強や生徒会の仕事で忙しいと伺っておりますが、お時間が空いた時にはぜひ、特区にいらして下さいな。
 学園生活についても伺いたいと以前から思っておりましたから」

 暗にルルーシュがどんな学園生活を送っていたのか知りたいと言うユーフェミアに、後でカレンを通してどのあたりまで話していいのかルルーシュに聞いておこうとミレイは思った。

 カレンとミレイを中心にして学園の話で盛り上がるアッシュフォード生徒会メンバー達にベロー嬢は近寄ることが出来ず、悔しそうな顔で取り巻きと共に立ち去っていく。

 ルルーシュがアッシュフォードから出た遠因になってしまっていたのでスザクはさりげなくふざけ半分でちくちくといじめられているのだが、ルルーシュは気にしていないからフォローしてやってくれと頼まれていることもあり、ほとんど以前の関係に戻っていた。

 楽しそうに笑い合う次世代の少年少女達を、空気と化したシュタットフェルトは友人と仲良くやっている娘をうまく場が治まって良かったとシャンパン片手に見守っている。 

 特区に滞在中のクレマンとコラリーも、ナンバーズであるスザクが今は退学したとはいえ学園に通えて生徒会に所属して仲良くやっている様子を見て、やはりエリア11の日本こそが自分達の理想だからそれを自分のエリアに実現させるのだと、決意を新たにするのだった。



 パーティーが終わると招待客は少しずつ帰宅していき、主賓であるシュタットフェルト一家に見送られたアッシュフォード生徒会のメンバーは実家に電話をかけていた。

 「すっごく美味しかったよ、赤ワインに漬けたローストビーフとか美味しかった~。
 え、お酒なんて飲んでないよ~。ノンアルコールのシャンパンだけ。
 うん、今からみんなで寮に帰るところ。今度のお休みには帰るから」

 シャーリーが両親に電話をかけている横では、リヴァルが父と話している。

 「あ、親父?リヴァルだけど。今パーティーが終わったところ。
 ユーフェミア皇女殿下と少しお話出来たんだぜ、すげーだろ。ま、他愛もない話だけど。
 最近よく電話するなって?・・・まあ、思うところありまして」

 以前は自分からは意地でも父親に電話をかけなかったリヴァルだが、育児放棄をする親友の父親を見てあれこれ口出しししてくるのが親であると学んだらしい。
 何だかいきなり反抗期が終わった息子に面食らっていた父親だが、無理に自分の意見を押し付けない限りは息子が話をまともに聞くようになったので、態度を軟化させている。

 (壊れる家庭あれば、直る家庭あり、かな・・・)

 自身の家庭を見事に壊した自国の皇帝が、間接的に一部の家庭の関係を修復するのに一役買っているなど、いったい誰が想像しただろう。
 
 ミレイは祖父にルルーシュのことはバレたがそれに対しておとがめはないようだと言葉を選んで報告しながら、世の中は不思議な縁で動いていることを実感するのだった。



 最後の客であるアッシュフォード生徒会のメンバーが帰宅したのを見届けたシュタットフェルト一家は、自身も帰宅すべく車に乗り込んだ。
 ちなみに夫人は本宅で、カレンとシュタットフェルトは経済特区にある別邸に帰るため、当然のように形式的に挨拶だけした後は別行動である。

 「今日はみんなとお喋り出来て楽しかったわ。
 でもお父さん、ベロー子爵嬢のことは・・・・」

 「気にするな、どうせあちらが先に無礼なことを言っていたんだし、向こうも辺境伯になった私や伯爵家の婚約者だと言うアッシュフォード学園の生徒会長殿にどうこう出来るほどの覚悟などない」

 ああいった手合いは相手の弱点を見つけると嬉々としてえぐりにかかるタイプだから、遠ざけておくに越したことはない。
 それにユーフェミアも事のなりゆきを見ており、何かあったら遠慮なく言って欲しいと言ってくれたので問題があっても何とでもなる。

 「うん、ありがとう。権力って、こういう使い方もあるのね」

 今まで貴族という権力を醜いものだと信じて疑っていなかったカレンだが、使い方を間違いさえしなければ安全に目的が遂行出来るのだ。
父が爵位を上げるのに血道を上げていたのも、自分を守るためだったのだから。

 「権力を得ること自体が目的になるとああいう手合いになるんだが・・・お前なら大丈夫だと信じているよ」

 「もちろん、私はあんなのにだけはならないわ。絶対・・・!」

 ベロー嬢は反面教師としては充分に役に立った、とカレンは思った。
 
 「・・・シュタットフェルト夫人と言い争ってたら助けて来てくれて嬉しかった。
 お父さん、かっこよかったよ」

 「・・・カレン」

 (娘からかっこいいと言われて喜ばない父親がいようか?いやいない!)

 シュタットフェルトは辺境伯叙任よりも嬉しくなって内心で喜びながらも、最近やたら自分を褒めてくれる娘が少し気にかかったので、そっと尋ねてみた。

 「何だな、私を最近気にかけてくれるようだが、何かあったのか?」

 「・・・私の友達のお父さんが最低な人でさ・・・先日最低の父親だ、このだめ親父って言って子供の方から縁切ったの」

 「それはそれは・・・子供から縁を切られるなど、相当だぞ」

 「子供を利用した挙句に捨てたとかで・・・比較されるのはお父さんにも不愉快だろうけど、そういうの見ちゃったから・・・」

 「そ、そうか・・・大変だなその友達は。今はどうしているんだ?」

 言いにくそうにぽつりと告げた娘に、シュタットフェルトは自活するのも大変なら特区内での職を斡旋しようと申し出るとそこは大丈夫だと慌ててカレンは断った。

 「何とかやっていけてるみたいだから、大丈夫。
 でも、何かあったら助けてあげてもいい?もうすぐ誕生日だし、いろいろ贈ってあげたいの」

 「友達だろう、遠慮せずに助けてやりなさい」

 シュタットフェルトは安易に頷いたが、カレンの顔が少し赤かったのでその友達とやらが男であることを知った。
 しかし今さら撤回することは出来ず、娘が誕生日プレゼントの思案に耽るのを少々後悔しながら見守るのだった。



[18683] 第十九話  支配の終わりの始まり
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/02 10:35
 第十九話  支配の終わりの始まり



 十二月中旬、ユーフェミアは各植民地エリアの取材陣を集めて会見を開いていた。

 「・・・今回、他エリアの方々の強い希望により、エリア11における事業がどのように行われているかを皆様にも知って頂きたく報道陣の方々をお呼びした次第です。
 我がエリア11ではメグロゲットーに医療特区日本を設立すべく、大規模な医療施設のために現在工事を行っております」

 「ナンバーズの保護も行う予定と伺っておりますか、事実でしょうか?」

 「メグロにお住まいだった方々には、そのまま従業員として働いて頂くことになりました。
 また、子供達も土地を徴収した以上保護をするのが当然であると考えます」

 質問にはっきりと答えていくユーフェミアに、以前の彼女とはずいぶん違うと記者達は顔を見合わせた。
 
 「現在建設中のナナリー医療総合病院では、ナンバーズでも必要な医療を受けることが出来るようにしたいと考えています」

 「亡き閃光のマリアンヌ様の姫君を記念した病院だそうですが、ナナリー皇女殿下を殺したイレヴンでも受け入れるおつもりなのですか?」

 知らないとはいえあんまりな質問にユーフェミアの顔色が変わったが、それを咎めるべくダールトンがその質問を発した記者の前に飛び出すのを制止してユーフェミアは言った。

 「・・・ナナリーに危害を加えた人とイレヴンを混同するのは、大変おろかな振る舞いであると、私は考えます」
 
 いっそ事実を暴露したいというのがユーフェミアの本音だったが、何とかこらえて記者会見を終わらせた。

 「・・・ダールトン、取材陣の方をメグロまでご案内して下さい。
 私も会議をした後視察に向かいますので」

 「かしこまりました。お任せ下さいませ」

 ユーフェミアは執務室に置いてあるナナリーから贈られた折り紙を見つめて、大きく溜息をついた。

 (ナナリーの手術が行われて成功したって、エドワードさんから聞いたわ。
 今リハビリを懸命に頑張っているそうね。私も何かしてあげたかった・・・)

 姉なのに何の力にもなれなくてすまないと、ユーフェミアは幾度も謝った。
 メグロにナナリーが住んでいたことを突き止めたユーフェミアは、異母妹と仲良くしてくれたという施設の者達にせめてもの恩返しをしたくて、メグロの一部から医療施設を造ることにしたのだ。

 コーネリアも日本人に対して態度を軟化させているし、日本だけでも穏やかな暮らしをして貰えるかもしれないとユーフェミアは安堵した。
 だがメグロのナナリーがいた施設に行ったユーフェミアには、やはり悪意の視線の方が多かった。
 シンジュクで両親を殺され自身も足に損傷を負ったという少年からは、殺意を含まれた目で睨みつけられたほどだ。

 とにかく信用と実績を積み上げて信頼を得、特区の有用性を伝えて他国エリアにも広めよう。

 「他エリアにも特区が出来れば、少しでも誰かの助けになるかもしれないもの。
 何を言われても、誰かの助けになれるのなら私は構わない」

 ユーフェミアはそう決意すると、会議に出るべくスザクを伴って部屋を出た。



 アッシュフォード学園のクラブハウスでは、生徒会メンバーが勢揃いしていた。
 生徒会の仕事に追われているが、TVでは近々建設を本格的に始める予定の医療施設、および特区に関して世界的に報道されるため、その内容を映し出しているのだ。

 と、そこへ生徒会室の電話が鳴ったのでミレイが受話器に出ると、そこからアルフォンスの声が響いてきた。

 「はーい、こちらアッシュフォード生徒会です」

 「あ、ミレイさん?エドワードだけど今忙しいから用件だけ言うね。
 ちょっと特区で学生代表としてインタビューを受けて貰いたくて、急いでこっちに来て貰いたいんだ。ユーフェミア皇女殿下のお望みでね」

 「え・・・でも」

 「お願い、君達しか頼めないんだ。制服でいいよ、インタビューだから。
 もう迎えの人が着いたはずから、すぐに出る準備して欲しいんだけど。
 ルチアっていう眼鏡をかけた三十代の綺麗な女性だから」

 「・・・解りました、すぐに行きます」

 理由をあえて言わなかったところを見ると、盗聴でもされているのかもしれないと察したミレイは、すぐに決断した。
 ガチャンと受話器を置いたミレイは、さっそく生徒会メンバーに言った。

 「すぐに経済特区にお出かけするわよ。何か急いでるみたいだから、着替えなくていいわ」

 「解りました。じゃあ早く校門に行こう」

 何かあったと悟った面々はすぐにクラブハウスを飛びだすと、アルフォンスが寄越したと言う迎えに会うべく校門へと向かう。

 既に迎えの車が到着していたが最近本国から来たと言う教師が待ち構えており、勝手な外出は許さないと車に近づいたミレイ達に向かって高圧的に言った。

 「皇族方の御視察が延期になったとはいえ、いつおいでになるか解らないんだぞ。
 生徒会ならば不測の事態に備えて学園内にいるように」

 「でも、ユーフェミア様の特区のイベントに招待されたんですよ。
 今日明日いらっしゃるわけではないのですから・・・!」

 「いいから黙って教師の言うことを聞け!理事長の孫だからと言って特別扱いはせんぞ」

 教師は言うだけ言ってペットボトルの水を飲み干すと、車内から家庭教師が着るようなドレスを着た三十代の眼鏡をかけた美しい女性・・・ルチアが降りて来て、教師に向かって丁寧だが貴族らしい高圧的な口調で言った。

 「ですが、今回の特区へご招待なさったのはユーフェミア皇女殿下です。
 正式な招待状もこちらにございますが」

 ユーフェミアの署名が入った招待状を突きつけたルチアの言葉に、それを手にした教師は怯んだ。まごうかたなきブリタニア皇族のみが使用出来る紋印が、綺麗に押されている。

 しかし彼にはその命令を受け入れるのに迷う理由があった。
 この教師の正体は皇帝直属の機密機関である情報局の男で、シャルルに命じられてアッシュフォード生徒会の監視を行っていたからだ。

 アルフォンスが借りているマンションはアッシュフォード学園から250メートル先にあり、マオもそこに住んでいるため正体は早くから知っていた。
 ただルルーシュのように正体を知りながら何事もなかったように接するほどの演技が期待出来ないアッシュフォード生徒会には、何も伝えていなかったのである。

 「エリア11の副総督であり、我が神聖ブリタニア帝国の第三皇女であらせられるユーフェミア皇女殿下の御招待を断るには、それ相応の理由が必要です。
 わたくしもユーフェミア様のご命令で動いている以上、何かおありならおっしゃって頂かなくては困るのですが」

 「・・・それは」

 皇帝の命令で、今日はアッシュフォード生徒会のメンバーを外に出すなと言われている。
 だがそれは極秘であり、本当に皇帝からの命令であると証明出来ない以上、しょせん下っ端の自分では独断でれっきとした皇族であるユーフェミアの命令の元で動いているルチアを止めることが出来ない。

 実際はカレンとアルフォンスがユーフェミアにアッシュフォード生徒会のメンバーを招待して欲しいと頼んだだけなのだが、正式な招待には変わりはない。

 「・・・ならば私も同行させて頂こう。生徒だけでは何かと不安なので」

 「ええ、よろしくてよ。でも混まないうちに特区に到着したいので、五分以内に戻っておいでになられない場合は先に出発させて頂きますわよ」

 やけにあっさり了承したルチアは、早く車に乗り込むようにとアッシュフォードのメンバーに指示した。
 ミレイ達がさっさとリムジンに乗り込むと、教師はトイレに入って機密情報局のC.C捕獲担当本部に連絡を入れて事情を説明すると、必要時には人員を送り込むのでその処置でよしとの返事を受けた彼がトイレを出ようとした刹那、胸を押さえて苦しんだ。

 「がっ・・・なぜ・・・?」

 突然の呼吸困難にもがき苦しむが、今日は休日のため他の教師はいない。
 生徒達も教師用のトイレに入ってくることはないし、急を知らせるボタンもない個室だった。
 便器に縋りついて苦しんだ教師は、やがてその体から力が抜けていく。

 アッシュフォード学園にはいくつかの監視カメラが仕掛けられていたが、それは生徒会のメンバーを監視する目的であるため、職員用トイレにはない。
 もしもルルーシュ自身がいたらそれこそあらゆる箇所に仕掛けられていただろうが、監視対象はごく普通の生徒達であるためクラブハウスや教室などを中心にするだけで充分との判断だった。
 おまけに校門には仕掛けられているものの、現在別の理由で多くの人員を外に出してしまった上に彼が監視につくという処置に安堵し、本部に残っていた通信士は監視カメラを見ていなかった。
 彼の死体が同僚の教師によって発見されたのは、それから一時間後のことだった。



 「五分経過・・・残念ですが時間がないのでもう出発したと、さっきの教師の方に伝えておいて下さいませ。では、失礼いたします」

 警備員にそう伝えたルチアがさっさと運転席に乗り込むと、経済特区に向けて車を発進させた。

 「・・・あの、貴女は?」

 ミレイがおずおずと尋ねると、ルチアは淡々と答えた。

 「わたくしはマグヌスファミリアで教師をしております、ルチア・ステッラと申します。
 アルフォンス様に命じられて、貴方がたをお助けしに参りました」

 ルチアは一週間ほど前にエトランジュの要請を受けて偽造パスポートを使って来日していた。
 決起後に日本にいるブリタニア人と日本人との間に軋轢が生じかねないため、亡命歴のある彼女なら双方の立場からいいアドバイザーになってくれると考えたからである。

 マグヌスファミリアでブリタニア貴族が教師をしていた話を聞いていたミレイ達は納得すると、ルチアは続けて報告する。

 「さっきの教師、あれはシャルル皇帝が派遣した情報員ですわ。
 貴方がたををずっと監視しており、電話やメールもなど全部筒けだったとのことですが」

 「マジすか?!それでアルフォンスさん、ルルーシュ絡みのことはラブリーエッグでしか絶対やり取りするなって何度も念を押してたんですね」

 リヴァルが納得すると、自分達の会話内容全てがだだ漏れだったと知ってミレイとシャーリーが気持ち悪そうな顔になった。

 「クラブハウスにも監視カメラがいくつか仕掛けていたそうで、ゼロの痕跡を見つけようと向こうも必死だったようですわね。
 どうも貴方がたの会話から今でもルルーシュ皇子との接点があると把握していたようですし・・・。
 そしてどうして今日皆様を学園から出したがらなかったかと申し上げますと、ゼロことルルーシュ皇子の居所が判明したからなのです。
 ただし、それはこちらが仕向けたことですので、ご心配には及びませんが」

 「わざと見つかったってことっすか?何でまた?」

 「詳細は省きますが、今から日本解放戦を始めるからでしてよ。
 ゼロは貴方がたを大事に思っていらっしゃるから、いざという時は人質に取るつもりで学園から出したがらなかったとのことです」

 ルルーシュが決起したあかつきには自分達を人質に取るつもりだったと知ったアッシュフォードの一同は、その可能性に気づかず呑気にしていた己に腹が立った。

 「・・・すげえムカつくんですけど!それで俺達を助けに来てくれたんですね」

 「そういうことです。今マグヌスファミリアの皆様はそれにかかりきりですので、特区を見るために日本に来ていたわたくしが迎えに来た次第ですの。
 学園の監視員は二人いて、一人は既に対処済みです。さっきの教師のほうも処置しましたので、ご安心を」

 用務員を装っていた監視員は学園の用品を受け取る際業者と入れ替わっていたルルーシュによってギアスをかけられており、先ほどの教師は招待状に塗りつけていた毒を皮膚から吸収してこと切れている頃合いだろう。

 あの教師もギアス能力者だそうだが、ギアスを過信しまともな手段というものに対して考えが向かわなさ過ぎるのはこちらにとって実に好都合だった。

 ああ言った事態になれば本部に連絡をするのは当然で、周囲にばれない場所で連絡するだろうから見つかるのはもう少し遅くなるはずだ。

 「特区に入る前に、特区にいるって親御さんには連絡なさっておいたほうがよろしくてよ?
 今からものすごい騒ぎになりますもの、居場所だけは知らせておいて差し上げたほうがよろしいかと存じますが」

 ちゃんと特区のブリタニア人は安全に保護していることは知らせるつもりだが、子供がどこにいるか解らなくて無駄に不安にさせないほうがいいというルチアに皆が携帯でメールを打って親に知らせにかかる。

 《アッシュフォード支部のメンバーは無事に保護いたしましてよゼロ。
 そっちの作戦を開始しても問題ありません》

 《助かりましたよミズ・ステッラ。特区に到着したころに、こちらも始めるとしよう》

 エトランジュのギアスを通じて報告を受けたルルーシュは、ニヤリと笑みを浮かべた。



 「こちらはメグロにあります医療施設建設現場です。
 この区域はナンバーズと婚姻を結んでいるブリタニア人やその子供が多く住んでいる地域で、ユーフェミア副総督閣下も大変お気にかけているとのことです。
 これより潜入取材を試みようと思います」

 生放送の取材班の周囲には十人ほどの視察団中にコラリーとクレマンがおり、名誉ブリタニア人兵士が十数名と数人のブリタニア人の指揮官とともに護衛についている。
 だが彼らが足を踏み入れようとした瞬間、建設現場から突然銃声が響き渡った。

 「じゅ、銃声です!銃声が響き渡りました。いったいどういうことでしょうか?!」

 アナウンサーの叫びに、ブリタニア士官が名誉ブリタニア人の兵士達に威圧的に命じた。

 「ただちに調べに向かう!ついて来い!」

 「イエス、マイロード」

 銃声がした場所に銃の携帯が許されていない名誉ブリタニア人達は内心嫌だったが、逆らうことなど許されていない彼らは部隊長について施設におそるおそる入っていく。

 放送を見て殆どが丸腰の兵士では意味がないと理解しているダールトンはすぐに援護の兵士を送り込むよう指示を出したが、間に合うはずもない。

 一方、銃声がした施設に入った兵士達が建設中の二階で見たのは、銃を持った黒髪のブリタニア人の少年だった。
 壁にはいくつかの銃痕があり、先ほど銃を撃ったのは彼だろうと予想がついた。

 「来たか・・・ご苦労だったなお前達」

 「だ、誰だお前は・・・?!」

 「尉官にまで成り上った名誉ブリタニア人諸君、お前達の仕事はこれで最後だ。
 同胞を売り払い、自らの安泰のみを図った売国奴に日本解放戦の邪魔をされては困るんだよ」

 調査に来た名誉ブリタニア人兵士達は、己の旧悪を暴かれて顔を赤く染めた。
 この場にいる者達はレジスタンス組織を密告し、日本が占領された際は官僚や物資を提供していた資産家を競ってブリタニアに差し出すことで身の安泰を図った者達だった。

 ルルーシュが裏で手を回してこの者達をメグロの取材陣の護衛につくようにしたのは、この作戦に必要だった日本人の生贄にするのに最適な人材だったからである。
 何しろ日本人で少尉や中尉になることは非常にまれであり、そう言った者達をアピールするのは特区にも有益であるとアルフォンスに言わせるだけで事足りる。

 既にギアスをかけられている中佐が何の指示もしないのでどうしていいか解らず名誉ブリタニア人の兵士達が立ち尽くしていると、突然の爆発音とともに現れたのはブリタニア軍のナイトメアだった。

 「う、うわああ!!」

 名誉ブリタニア人兵士達はその衝撃をもろに受けて転倒し、苦痛に身を浸しているとそれにかまわずナイトメアがルルーシュを発見して報告した。

 「こちらH-ワン、対象の“生餌”を発見した!これより捕縛に入る」

 その言葉とともに、ナイトメアの背後から数人のブリタニア人が銃を構えて乱入する。

 「ナンバーズの兵士どもか・・・見られた以上は仕方ないな。殺せ」

 「はっ」

 「ひっ・・・や、やめてくれ!!うわあああ!!!」

 ナンバーズを犬か何かと同じに考えている機密情報局の男に命じられた兵士達は、何が起こったのか解らず混乱するばかりの名誉ブリタニア人兵士達をブリタニア士官もろとも無表情で撃ち殺していく。

 予想通りの展開であり、またそう仕向けたのは自身であるとはいえ嫌悪したルルーシュは大きく溜息をつくと、機密情報局の男達に向かって言った。

 「俺を生餌にするとはいい度胸だ。
 だがまあ間違いではないな。俺は確かに餌なのだから」

 「解っているなら結構だ。分際をわきまえることはいいことだぞ?
 お前を繋ぎとめる“鎖”は確保し損ねたが、後で回収すればすむことだ」

 エリア11におけるブリタニアの機密情報局のリーダーを担当している男の得意げな台詞に、ルルーシュは嘲るように質問した。

 「お前達に一つ、質問しよう。
 無力が悪だと言うのなら、力は正義なのか?復讐は悪だろうか?」

 「悪も正義もない。生餌には生餌の役目があるだけだ」

 「そうか、ではお前達の役目を教えてやろう。俺はお前達を誘き寄せるエサなのだからな・・・まんまと釣られてくれた礼だよ」

 「何?」

 指揮官の男が反問すると、ルルーシュはにやりと笑みを浮かべた。

 「ここは現在、ユフィが望む日本人とブリタニア人が特区以前から造り上げていた理想の区域だ。
 ユフィはそれを称賛し、今世界にそれを伝えようとしている。
 そんな中でブリタニア人がそこを襲い、日本人と手を取り合って暮らしていたブリタニア人や日本人の死者が出たら、日本人が激怒するのは当然だと思わないか?
 ブリタニアがいる限り平穏などないのだから、立ち上がるしかないとな」

 「・・・まさか!貴様!!」

 「理解したな。そう、お前達も餌だ・・・日本人を日本人として目覚めさせるためのな」

 図られたと知った機密情報局の男達が速やかにルルーシュを確保しようと麻酔銃を向けると、ルルーシュは短く命じた。

 「ルルーシュ・ランペルージが命じる!お前達は死ね!!」

 「・・・イエス、ユアハイネス」

 絶対遵守の命令を受けた男達は、自らの銃で自らの頭を撃ち抜いていく。
 物言わぬ屍と化した男達が倒れ伏し、血の匂いが充満する中で、ルルーシュは嘲るように言った。

 「・・・そう呼ぶ必要はない。俺はただのルルーシュだ」
 
 邪魔な者達をまとめて消し、日本を取り度すためのきっかけは作ることに成功した。

 窓から外を伺っていると、施設内に隠れさせていたブリタニア人が飛び出して取材陣に語っている。

 「い、今ブリタニア人が来て、みんなを撃ったの!ナンバーズと慣れ合うお前達は非国民だって!!こんな特区は潰すのが当然だって!!
 助けて!助けて下さい!!」

 命からがら逃げ出したような様子で赤く眼を縁取らせた女性の必死の訴えに、取材陣や同行していた視察団の面々はざわめきだす。 
 他にも日本人やハーフ、ブリタニア人も互いに支え合って怯えたような顔で同様の証言をしたので、銃声を目の当たりにした取材陣や同行した視察団の面々は顔を見合せた。
 
 「さ、さっきナイトメアが来たな?あれも過激な純血主義のブリタニア人のか?」

 「確かに、ナイトメア来たの早すぎない?銃声がしてまだ十分も経ってないのよ?」
 
 その証言を疑うより信じてしまう者が多かったのは、いざという時は常日頃の態度が物を言うという言葉を如実に表していた。
 生放送だったので当然このやり取りは全国で放送されている。
 恐らくコーネリア辺りからでも指示が飛んだのだろう、慌てて放送を打ち切るのが見えた。
 特区のテレビ局の社内の中ではディートハルトが実に楽しそうに笑いながら、放送を再開しようと時期を図っている。

 「だがもう遅い。真実よりも事実こそが、この先の未来を造る」

 ルルーシュは計画通りにことが進んだことに満足し、建設現場で既に完成していた地下の避難通路に向かって歩き出す。
 隣の部屋や廊下には、マオによってスパイと判明したブリタニア人や名誉ブリタニア人が自殺させられ、あるいは銃によって殺害されて屍となって横たわっていた。
 スパイとして潜入した以上擬態とはいえ彼らは主義者の活動をしてきた者達だから、そう言った意味でのアリバイは確保しているため、計画の生贄としては申し分なかったのだ。

 「無力は悪ではなかった。力は正義ではなかった。
 復讐は悪ではないが、原動力にはなり得た。そして友情は、少なくとも俺達にとっての正義となった」

 ルルーシュは歌うように言いながら地下に下りていくと、そこにはC.Cが迎えに来ていた。
 その奥には悪辣とはいえ邪魔な者達をまとめて排除し、ルルーシュを狙っているという機密情報局に打撃を与え、日本人が立ち上がるきっかけとなるという一石三鳥の策に感心している卜部がいる。

 「ちょっとまあ酷いとは思うけど、仕方ないな」

 スパイ連中には情報を適当に与えて囲っておいたのはあらたなスパイが来ることを防ぐためでだけはなく初めからこの意図があったのだろうと、卜部は舌を巻いたものだ。

 「邪魔者をまとめて片付ける最良の策だ。
 ・・・あとはブリタニアから奪い返すだけだ」

 国を、家族を、自由を、そして誇りを。

 ・・・・さあ、奪われたものを取り戻そう。

 ルルーシュはそう決意を秘めながら、仮面をかぶってマントを翻し、仲間とともに戦場へと歩きだした。



[18683] 第二十話  事実と真実の境界にて
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/09 09:56
 第二十話  事実と真実の境界にて



 「・・・何ですか、これは?!
 いえ、それは後です。とにかく急いでメグロに向かいなさい!至急脱出して来た方々の保護を行います!」

 「しかしユーフェミア様、危険です!」

 「あの方々には守る者が誰一人いないのですよ!!わたくしについている護衛部隊は何のためにいるのです!
 向かわないと言うのなら、歩いてでも私は行きますからね」

 「イ、イエス、ユア ハイネス!!」

 運転手は走っているにも関わらずドアを開けかねない様子のユーフェミアを見て、予定通りメグロへ車を走らせた。
 その横ではスザクがユーフェミアの手をそっと握り、安心させようとすると同時にそんな無謀な行為を止めにかかっている。
 ダールトンも不敬を咎めるよりも彼女の安全を優先するため、見なかったことにした。

 車が停車するや座席から飛び出したユーフェミアが見たのは、怯えて震えるブリタニア人と日本人達の恐怖に染まりきった瞳だった。

 (・・・もしかしてこの件をもみ消すために口封じで殺されると怯えているのかしら)

 ブリタニア人がテロを起こしたなど外聞の悪いことは明るみに出したくないことだとユーフェミアは内心でそう考えると、しっかりした口調で言った。

 「皆様、ご心配はありません。ユーフェミア・リ・ブリタニアが皆様をこれより特区のほうで保護を致します。
 その前に何があったか、今一度確認させて頂きたいのですが・・・」

 ユーフェミアが安心させるように穏やかな口調で尋ねると、目の縁を赤く光らせた中年のブリタニア人の作業員がおそるおそる証言した。

 「わ、私達は工事現場で視察団の方々に危険がないようにと、ライトの設置と確認をしていたのです。
 そうしたらいきなり仲間が撃ち殺されて、私達は慌てて逃げて隠れていたのですが」

 隙を見て工事現場から逃げて助けを求めたのだと言う男性に、ユーフェミアはめまいがした。

 「それで、その後の様子はどうなっているのです?」

 「ナイトメアが突入してからは、静かです。
 あの、他に連絡が取れない仲間達がいるのですが、ユーフェミア様が既に保護して下さっているのでしょうか?」

 「連絡が取れない方がいる、ですって?・・・護衛部隊の皆さん、今から工事現場に入ります。
 もしかしたら逃げ遅れた方がまだ中に隠れていらっしゃるのかもしれません」

 ユーフェミアが工事現場を見上げて言うと、ダールトンが猛反対した。

 「なりませぬユーフェミア様!所属不明のナイトメアがいるのですぞ!
 我々が向かいますゆえ、どうか枢木少佐とともにお待ち下さい」

 「私も行くに決まっているでしょう!また都合のいいお話ばかり聞かされるのはうんざりですわ。
 私が直接何があったか確かめます!!」

 「ユーフェミア様!!」

 「自分も反対ですユーフェミア様!ここは僕が代わりに見て参りますから!」

 ダールトンとスザクも意地でも危険な場所に向かわせられないと言い合っていると、一人の記者が進み出て提案した。

 「ならばユーフェミア副総督閣下、私がカメラを持って皆様と同行させて頂く・・・というのはいかがでしょう?
 閣下はテレビ局の車内のモニターで真偽の確認を行うのがよろしいかと」

 「ああ、それだったら中に入らなくてもいいから安心だな・・・ユーフェミア様、そう致しましょう!」

 中に入られるよりマシだとスザクが賛成するも、ユーフェミアは都合のいいところだけ見せられるのではないかと首を縦に振らない。
 今までブリタニアのいい面ばかりを告げられていた彼女は、ブリタニアの報道機関そのものを疑うようになっていたからだ。

 「私はゼロが現れた時、ありのままを放映しております。報道に携わる者としての誇りは誰よりも持っている自信がございますが。
 事実を伝えることこそジャーナリストの仕事ですから、どうか私に内部に入る御許可を頂きたい」

「 ゼロの?ああ、あれは貴方が報道なさっていたのですか?」

 「指示したのはディートハルト・リートで責任を取ったのも彼ですが、カメラを回し続けたのは私で彼が特区局に入ったと知って私も異動を希望した次第です」

 「・・・それならばお願いいたします。どんなことでも、ありのままをお伝えして下さい。
 その件で貴方を処罰することはないとわたくしが保証致します」

 「イエス、ユア ハイネス。では準備をして参りますので、少々お待ち下さいませ」

 あらかじめ準備をしていた記者は、ユーフェミアを車内に案内した。

 「機材が多く狭苦しくて申し訳ないのですが、何とぞご了承ください。
 こちらのモニターに私のカメラからの映像が送られて参りますので」

 「構いません。では、よろしくお願いいたします」

 ゼロが初めて登場した時、放送を切るように命じたのにそれを無視してエリアに流したテレビ局の人間がいることはユーフェミアも聞いていた。
 その彼の下で働いていると言うならば今回のことも信用していいだろうと判断したユーフェミアがモニターを食い入るように見つめ始めたので、記者はカメラを構えて車から降りた。

 一方、ダールトンは記者の案を認めたはいいが、暗にまずい映像を撮らないように言い含めるつもりだったのだが彼が受け入れるとは思えず苦虫を噛み潰した。

 「・・・あまり過激な映像は控えて貰いたいものだが」

 「しかしユーフェミア副総督閣下はありのままを伝えるようにとおっしゃった。
 ジャーナリストとしては感極まるご命令、私は喜んで従うつもりです」

 きっぱりと言い放った記者にいざとなったらカメラを壊すかと内心で考えながら、スザクと残った護衛部隊にユーフェミアを放送車から降ろさないように言い含めた後、銃を構えた部隊の半分を連れて工事現場へと入った。

 (これは、血の匂い・・・確実に死者がいるな)

 だが人の気配はしないのですべて死んでいるのではと嫌な予感に身を浸らせながら歩いていると、懐中電灯の先に浮かび上がったのは数人の死体だった。

 「こ、これは・・・!いったい・・・」

 「・・・先ほど逃げてきた者達の証言は、どうやら事実だったようですな」

 記者の呟きに何人かの顔に見覚えのあったダールトンは彼らが自分が送り込んだスパイだと気付いたが、擬態とはいえ主義者の活動をさせていたため、巻き込まれただけかそれとも何かの策かと判断がつきかねている。

 一方、その映像を見て卒倒してもおかしくないほど血の気が引いたユーフェミアはそのうちの何人かの顔に彼女も見覚えがあった。

 「あれはゲットーに物資を送ってくれていたというミスター・グエンではないですか!
 特区に協力して下さった方も・・・!ああ、何ということ・・・!」

 みんなで力を合わせてブリタニア人と日本人が仲良く暮らせるようにと心を砕いてくれていたのに、どうして今もの言わぬ身体になって血の海に横たわっているのだろう。

 「そんな・・・酷い・・・!」

 既に先ほどの件は、日本中に報道されている。
 今さら誤報だったと言うのは無理があり、証言者の顔も名前も知れ渡っているのだ。

 (かといって隠し続ければ日本人の方々は当然のこと、特区に協力してくれている方だって過激な主義者のテロの対象になると恐れて協力してくれる方が減るかも・・・)

 隠すにせよ、事実を知らせるにせよ今後の特区は確実に暗礁に乗り上げると考えたユーフェミアは戦慄した。

 しかも特区を考えているエリアに報道されていたのもまずい。
 事実コラリーやクレマンが担当しているエリアでは特区反対派がそれ見たことかと言わんばかりに、特区凍結を言い出して計画書をゴミ箱に放り込んでいた。

 一方、先発隊として送り込んでいた兵士から無線での連絡が聞こえてくる。

 「ダールトン将軍、視察団の護衛に当たっていた名誉ブリタニア人の兵士達も皆射殺されていることを確認しました。
 さらに登録されていないサザーランドを発見しましたが、操縦者および乗員は自害したようです」

 「自害だと?いったいなぜ・・・」

 「解りません。ですが、他に生存者はおりません。現状ではこれ以上の現場解析は不可能です」

 「・・・解った、引き上げるぞ。
 ユーフェミア様も、よろしいですな?」

 「はい。貴方がたが戻り次第、特区に向かいます。
 お姉様にも伺いたいことがありますので」

 ダールトンの問いに了承したユーフェミアが中継車から降りると、何が起こったのかと話し合っていたクレマンとコラリーは彼女の青白い顔から中の様子が酷いものだと予想がついたため、特区は絶望的だと額を押さえた。

 「ユーフェミア様・・・!」

 「・・・せっかく協力して下さったのに、申し訳ありません」

 ユーフェミアが深々と頭を下げると、二人はユーフェミア様のせいではありませんと慰めるが、今後どうすればいいのかなど二人にも解らず立ち尽くすばかりだ。

 やがて工事現場から出てきたダールトンは現場に入らないことを命じた後、ユーフェミアが視察団および保護した証言者となった者達とともに特区へと車を走らせた。

 そして残された中継車の中では、現場に同行した記者が先ほどの映像をディートハルトへと送信している。

 報告を聞いたディートハルトは、カメラをうっとりと見つめて興奮した声で呟いた。

 「特区にダメージを与えることなく決起させるとは、さすがゼロ!
 世界が変わる・・・ゼロという一人の男によって!!」

 自分が間近でその記録を撮り続ける、その幸運。
 ディートハルトは狂喜しながら受け取った映像を確認すると、笑い声をあげながら機材を操作するのだった。



 政庁では機密情報局の勝手な行動に怒り狂ったコーネリアが情報局に抗議していた。

 「いったいどういうつもりだ!私に図らず行動するなど、総督たる私を何と心得ている!!」

 「申し訳ありませんコーネリア総督閣下。しかし、いかなる強引な手段を使ってでもC.Cを捕らえよとのご命令でして」

 皇帝の命令という帝国における最高の免罪符を出されたコーネリアは唇を噛んだが、それでも彼らを糾弾することは可能だった。

 「そもそもどうしてあそこにC.Cがいるなどということになったのだ?!」

 「それは、ピザが大量注文されたことに端を発しまして」

 「ピザ?何だそれは」

 聞き慣れない料理の名前にコーネリアは眉をひそめたが、ギルフォードの説明を聞いてさらに情報局に詳しいことを聞くと以下のようなことが解った。

 ルルーシュがアッシュフォードにいた当時、シンジュク事変以降頻繁にピザを大量注文していることが判明した。
 パーティーなどが行われている時ならともかく、ルルーシュ個人がそういうことをするはずがなく、ピザの配達員にC.Cの写真を見せて聞き込みをしたところ彼女が注文主だという証言を得られたのだと言う。
 代金もルルーシュのクレジットカードから支払われていたことも確認済みだ。

 そしてその情報を元にトウキョウ租界内でピザを大量に頼む者を中心に調べてみたところ、マグヌスファミリアの女王が買っている様子が防犯カメラに映っていたのだそうだ。

 「・・・つまり、C.Cはピザとやらが好物だというわけか。それで?」

 「そこで各ピザ屋にも網を張っていたところ、この近隣に大量注文されたとの情報が入ったので至急人員を確認に向かわせました。
 すると対象が生餌・・・いえ、ルルーシュ皇子と共にいることを確認しました。
 対象を確認した場合、いかなる手段を使ってでも迅速に捕獲せよとのご命令ゆえ、捕獲部隊を向かわせた次第です」

 「生餌・・・」

 「孤児院の者達と会い、ナナリー皇女の様子を伝えておりまして・・・今回報道陣がいるから無理な手段はとらないから大丈夫だと油断していたので、好機と考えたのですが」

 ルルーシュがどう扱われているかを知ったコーネリアはダン、と大きな音を立てて机を叩いた。

 「貴様は馬鹿か!明らかに誘われているではないか!!まんまと乗せられおって、この愚か者どもが!」

 コーネリアは一連のこの騒動が全てルルーシュの手のひらの上で行われていることだとすぐに看破した。
 ピザという解りやすい材料を放置しておいたのも、姿を現したのもそのためだ。
 報道陣がいるからこそ油断しているように見せかけ、この状況を造ったのだ。

 「これでゼロは公然とブリタニアを攻撃出来る・・・ルルーシュはこれを待っていたのか・・・!」

 ルルーシュは正体がバレた以上、迅速に日本解放をしたがることは解っていた。
 だからコーネリアは決起の理由を与えないために日本特区を保護し、今回の医療特区の事業も認めてきたと言うのに、機密情報局の皇帝の命令という名の暴走がそれを台無しにしてしまった。

 しかも彼らは己の失策を認めず、とんでもない提案をして来たのだ。

 「黒の騎士団が決起すると言うなら好都合ではありませんか。
 我々が鎮圧し、ゼロを捕らえてC.Cを捕獲すればすむことです」

 「・・・この、度し難い馬鹿どもが・・・!」

 C.Cを捕まえるだけが任務の機密情報局は、エリア11の治安や政治を任されている自分やユーフェミアのその後についてまるで考えていなかった。

 たとえそれが成功したとしてもこの件でブリタニア人の協力者の脱退が相次ぎ、特区は失敗に向かう。
 それを防ぐためには過激な国是主義者の仕業とされている以上適当なブリタニア人に罪をかぶせて処分するしかない。、

 そもそも最初の報道で襲って来たのはブリタニア人とはっきり証言されてしまっている。
 何千万もの人間がその報道を見ていたのだから、口封じなど出来るはずがないのだ。
 だが幸い、無実の者を人柱に立てる必要はなかった。

 「ギルフォード、機密情報局の人間を数名選んで来い。陛下には私から言っておく」

 「イエス、ユア ハイネス」

 馬鹿げたミスをした者達の処分代わりとすれば角も立つまいと言うコーネリアの命令にギルフォードが頷いて出ようとした刹那、緊急連絡が入った。

 「コ、コーネリア総督閣下!!大変です・・・先の事件の映像が流出しております!」

 「な、何だと?!いったい誰が・・・」

 ギルフォードが慌ててモニターのスイッチを入れると、日本人、ブリタニア人が撃たれて死亡している工事現場の凄惨な映像が流れている。
 うち数名の顔に見覚えのあったギルフォードは、驚いた顔で報告した。
 
 「あの者達は、確かダールトン将軍がスパイとして送った者です・・・」

 「・・・そういうことか!ルルーシュは邪魔者を一掃すると同時に決起の生贄にするつもりで!」

 どこまでも抜け目のない末弟の策略を知ったコーネリアは、この事態をどう妹に説明するかと頭を抱えた。

 ルルーシュの策だったとユーフェミアに説明したところで信じて貰えるかがまず怪しい上に、ブリタニア側がしょせん犠牲者がナンバーズと主義者だからと構わず襲いかかった事実が消えるわけではない。

 妹とて好んでルルーシュや自分との間に不和を招きたいわけではなく、穏やかな形で和解させようと努力しており、ルルーシュとナナリーがメグロにいたことを正直に報告してくれた。
 その気持ちを汲んで、彼らを特区に組み込みきちんと保護すると約束したのはほかでもない自分なのだ。

 (それを壊しておいてルルーシュの策だったなどと言えば、いくら事実でもユフィが素直に聞き入れるはずがない!!
 また他人のせいにする気ですかと咎められるだけだ・・・!)

 「姫様・・・」

 ルルーシュの隙のなさ過ぎる先手に、コーネリアがもはや末弟と戦う道から逃れられないことを悟った。だがそれでも、この場は取り繕っておかねばならない。

 「・・・急いでくれギル・・・情報局の連中に責任を取らせろ。それでもだめなら・・・私はルルーシュと戦うしかない・・・」

 「は、かしこまりました。機密情報局の方々、至急責任を取る方を数名選んで頂きたい。よろしいな?」

 「そんな・・・我らは陛下のご命令で・・・!」

 情報局の者達は理不尽だと憤るが、ギルフォードはそんな彼らの泣き言を切って捨てた。

 「陛下のご命令を果たせなかったのはそちらだ。
 成功したならともかく、失敗した挙句エリア11の治安を悪化させる要因を造った責任を取るのが筋であろう」

 ギルフォードはそれだけを告げると彼らとの通信を一方的に切った。
 そしてコーネリアの親衛隊数名に連中を連行するように指示を送る。

 「ユフィは特区に戻ろうとしているようだが、政庁に来るように言わなくてはな。
 あそこも危険だ・・・イレヴンが騒いでユフィを責めるに決まっている」

 コーネリアは気が重そうにユーフェミアの携帯電話に連絡を入れると、怒りをにじませた妹の声が、VTOLのプロペラの音と共に耳に入って来た。

 「お姉様・・・これはいったいどういうことです?!」

 「今確認を取った。これは機密情報局の暴走だ。今ギルフォードに命じて連中を逮捕する手配を終えたところだ。
 どうもC.Cがいると勘違いをしていたようだが、だからといってこの所業を捨ておくわけにはいかぬゆえ、テロリストとして処断する」
 
 「陛下直轄の機関の・・・?ルルーシュを捕まえるためだけに、こんな恐ろしいことをしでかしたと言うのですか!!」

 案の定激怒した妹を、コーネリアは懸命になだめにかかった。

 「連中は過激派のテロリストとして処断する。死刑、終身刑にすればこの騒動は納まるだろう。
 綺麗にこの騒ぎが収束するまで、お前は政庁にいるんだ。今戻れば今回の件についての説明を求められるからな」

 「説明をするのは当たり前でしょうお姉様!この特区のためにどれほど協力してくれた方々がいると思っておいでなのですか!
 先ほどニーナから日本人の方はむろん、ブリタニア人の方からも過激な国是主義のブリタニア人が特区でテロなど起こさないだろうかと心配する声が上がって騒ぎになっているとの報告がありました。
 シュタットフェルト辺境伯が何とか対応して下さっているようですが、辺境伯も何も知らない以上限界がありますから私は戻ります」

 「ユフィ、だが危険が・・・!!」

 「命をかけるからこそ統治する価値があるとおっしゃったのはお姉様です!
 ここで私が動かなければ、どのみち特区は終わりです!」

 自身の言葉を逆手に取られて反論を封じられたコーネリアは、特区が妹を急激に成長させてしまい皇族の義務を全うするとの意識を高めてしまった結果、彼女が自分が作った箱庭から出てしまうことになったのは本当に皮肉としか言いようがなかった。

 「・・・解った。お前の好きにするがいい。ダールトン、枢木・・・何が起ころうともユフィを守れ。・・・いいな」

 力なく携帯の通話を切ったコーネリアは、これから先のエリア11と自分とユーフェミアがどうなるか予想がつかず、額を押さえて溜息を吐く。

 解ってはいた。政治家としてユーフェミアの取った行動は間違いなく正しい。
 自分が出来ることと出来ないことの区別をつけて自分の精一杯を務め、治める民のために責任を果たしに行ったのだから。

 と、そこへコーネリアの通信機に何者かが連絡して来たという報告が、飛び込んで来た。

 「コーネリア総督閣下、経済特区日本の通信機から連絡です。
 発信者名は“アリエス”とありますが・・・」

 「アリエス・・・だと?繋げ!!」

 コーネリアが椅子から立ち上がる勢いで命じると、ただちに通信が繋がって十月に父との会談で聞いたきりの末弟の声が響き立った。

 「お久しぶりですねコーネリア総督閣下」

 「ルルーシュ・・・いったいどういうつもりか、と問うのは今更なんだろうな」

 疲れ切った異母姉の声に、ルルーシュはそうですねと口調だけはそっけなく答えた。
 家族と責務の間に挟まれて身動きが取れないコーネリアを憐れむことはたやすいが、もはやそんな段階はとうに過ぎ去っている。

 「これから日本を返して頂きます。その前に、ユフィについてお話ししておこうと思いましてね」

 「ユフィ、だと?特区を造らせて成功させた後は、用済みだと思っていたのだがな」

 「・・・ユフィには感謝していますよ。俺達にとってはまさに救世主ですからね。
 ですからご安心ください、俺達が勝てばユフィは必ず保護します。そしてブリタニア帝国を倒した後は、彼女に皇帝となって貰いますので」

 ユーフェミアを皇帝に、と言い出したルルーシュに、てっきり彼が皇帝になるものと思っていたコーネリアは驚いた。

 「お前が皇帝になるのではないのか?!」

 「ブリタニア人の反感と世界の反感を抑えるためにも、彼女が適任です。
 ブリタニア皇族として生まれ育ちながらも、ナンバーズを奴隷扱いせずに共に歩もうとした主義者が皇帝になるという事実は他国の人間と、他国を虐げてきたことで今度は自分達がその立場になると怯えるだろうブリタニア人に安心感を与えますから」

 「・・・特区はその実績作りの一環か。つくづく恐ろしい人間に成長したものだお前は」

 末弟と末妹もブリタニア人なのだ。安心して暮らせるようにするには、戦後のブリタニアの居場所をも視野に入れて戦っていたのだとコーネリアは知った。

 「俺は大枠を考えただけで、成功させたのはユフィの力によるところが大きいですよ。
 まさか他のエリアからも特区をと言われるほどになるとは、俺も予想外でしたからね」

 他エリアでも特区を造るためにメグロの医療特区を報道するようだという報告があった翌日に、ならば利用させて貰おうとあくどい笑みを浮かべたことなどなかったことにするかのように、ルルーシュは苦笑する。

 「そうか・・・喜ぶべきか悲しむべきか、悩むところだな」

 椅子に腰かけ直したコーネリアは、ルルーシュに尋ねた。

 「そしてユフィを保護してことが済んだ後、皇帝に立てるということか?」

 「いいえ、ユフィは今から政庁に送り返します。
 俺が負けるとは思いませんが、万が一・・・・いや、億が一にものことを考えてこちらに関係していると思われては、俺達が敗北した場合の彼女の立場が悪くなりますので」

 「ユフィの立場が悪くなれば、ナンバーズを保護する者が誰もいなくなるということか・・・どこまでも抜け目のない奴だ」

 まだ日本一国すら解放出来ない以上、保険をかけると同時にユーフェミアを安全地帯に置くという一石二鳥の案に、コーネリアは乗らざるを得なかった。

 「解った、ユフィがこちらに戻り次第、こちらで保護する。
 ・・・私が勝てばユフィを呼び戻し、特区を元通り再建すると約束しよう」

 ルルーシュと戦わないと言う選択肢がなくなったコーネリアはせめてもの代償にそう告げると、ルルーシュは彼女がやっと差別主義の枠から少しでも離れてくれたことを嬉しく思った。
 
 だが、罪なき者達を虐殺した後では、それは少し遅すぎた。
 自分達が勝利した後にコーネリアが主義を変えたと言えば、それは命惜しさからだとしか受け取られない。
 相手から悪く思われている人間は、何をしようとも悪いようにしか受け取られないのが常なのだから。

 せめてサイタマであんなことをしなければ日本人もまだ貴女を受け入れる余地が多少なりともあったのに、差別主義にとらわれブリタニア人以外を人と思わなかったその所業が彼女自身の首を絞めたのだ。

 「俺もお約束しますよ。全てが終わりユフィを皇帝に立てた後は、俺が彼女を貴女の代わりに守るとね」

 「でなくばお前の計画も立ちゆかんからな・・・信じよう。
 では後は戦場で会おう、ルルーシュ・・・いや、ゼロ!!」

 「すぐにそちらに参りますよ、コーネリア総督。
 奪われたものをこの手に取り戻す・・・俺は、ブリタニアをぶっ壊す!」

 ルルーシュの宣告とともに通信が切れると、コーネリアは一度顔を手で覆った後に顔を上げた。

 「・・・ただちに各租界へ防衛ラインを引け!トウキョウ租界にもいつでも非常事態に備えて動けるよう、軍に指示を出すのだ」

 「承知いたしました、すぐに手配いたします」

 「それからギルフォード、ユフィが戻ってきたらダールトンをつけて部屋に閉じ込めろ。本国には戻さない」

 「本国にお返しするのではないのですか?」

 驚いたように尋ねるギルフォードに、コーネリアは首を横に振った。

 「戻っても国是に反した特区を造ったというレッテルを貼られて言いように使われるに決まっている!
 私がここに赴任した時、何故あの子を連れてきたと思っている?」

 ペンドラゴンでは何の益にも立たない皇族はよくて飼殺しだった。
 場合によっては利用され、捨てられることも珍しくない。

 自分がユーフェミアを守っている間はいいが、いつまでも続かないと判断したからこそエリア11を掃除し、彼女を総督に据えることで中枢から離れさせようとしたのだ。

  「“他人から自分がどう見えているかを知らないと、他人に利用されて終わるだけ”、か・・・正しい忠告だったなルルーシュ」

 神根島でシュナイゼルのミサイルに飛ばされる間際の通信記録の言葉。
 甘言で慰めるのではなく、厳しい忠告をしてくれたからこそ今のユーフェミアがある。
 そう言った本人がしっかりその隙に付け込んでユーフェミアを利用したのは事実だろうが、それなりの代価は払ってくれた。

 (私が万が一負けても、ルルーシュになら悪いようにはすまい。
 マグヌスファミリアの連中も、ルルーシュをリーダーとして仰いでいる以上本音はどうあれ手は出せないはずだ)

 どちらに転んでも、最愛の妹だけは守られるはずだ。
 そう考えたコーネリアは自分の第一の宝を守るために、矢継ぎ早に指示を
出すのだった。



[18683] 第二十一話  決断のユフィ
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/16 11:36
 第二十一話  決断のユフィ



 VTOLを飛ばして特区に戻ったユーフェミアが見たものは、先ほどの映像に対する抗議を行っている日本人や、それを止めようとしているブリタニア人だった。
シュタットフェルトが懸命に事実確認を行っている、しばらく待つようにとの声が繰り返し聞こえてくるが、ごまかしかとの怒声もあってなかなか収まらない。

 屋上から特区庁内に入ったユーフェミアは怯えた表情のニーナに出迎えられ、さっそく過激派のテロリストの仕業であり、今姉がそれを捕えていることを伝えなくてはと焦るが、その前に日本人達が暴動を起こさないようルルーシュにも協力して貰おうと、カレンとアルフォンスを探した。

 「カレンさんやエドワードさんがどこかご存知ですか、ニーナ?」

 「それが、続けて特区を爆破するとの犯行声明が先ほど出たそうでその対応に・・・!」

 「何ですって!!でも先ほどのそれとは犯人が違うはず・・・!」

 ルルーシュを捕らえるために機密情報局が暴走したのではなかったのかとユーフェミアが青ざめると、ニーナも負けず青い顔で言った。

 「さっきの襲撃事件の犯人は捕まったんですか?なら、便乗犯かもしれません・・・こういうことには便乗犯が出るものだって、ロイド伯爵が言ってましたから・・・」

 「便乗犯・・・」

 この騒ぎはこのためかと、ユーフェミアは頭が痛くなった。
 しかしそれどころではないと自身を叱咤して、顔を上げる。

 「総督閣下は犯人を公表すると先ほど私がしっかり約束して頂きましたから、それを伝えてこんな暴挙は二度と起こさないと証明しなくてはなりません。
 ダールトン、貴方はただちに特区内の警備網を構築して下さい。不審人物および不審な物を見かけたら知らせるように、また入退場者の身分証明書の提示を徹底するようにするのです!」

 「イエス、ユア ハイネス!すぐに手配いたします。
 枢木少佐、護衛隊とともにユーフェミア様を頼むぞ」

 「イエス、マイ ロード!」

 スザクが力強く頷くと、ダールトンは急いで警備司令室へと向かっていく。

 「・・・これで治まるといいのだけれど。お姉様も早く犯人の公表を行ってくれさえすれば・・・」

 それまでは何としてもここにいて、皆の怒気と不安を鎮めなくてはとユーフェミアが外に出ると、一同は空を見上げて声を上げている。

 「なんだ、あのナイトメア!もしかしてテロリストか?!」

 「俺達を殺しに来たのか?!」

 とたんに上がる悲鳴に騒ぎ出した群衆の視線の先には、紺色を基調とした卜部が操縦する青い暁直参仕様の後ろに、ガウェインを改造して生まれ変わった漆黒のナイトメア・蜃気楼がゆっくりと飛んでくるのが見えた。

 「ち、違う、あれは黒の騎士団のエンブレムだ!黒の騎士団だ!」

 「俺達を助けに来てくれたんだ、きっとそうだ!!」

 大きく掲げられた黒の騎士団の旗に、群衆達は歓呼する。

 「黒の騎士団・・・こんなに早く・・・」

 ユーフェミアが呆然としていると、特区により手前で空中停止したナイトメアから声が響き渡る。

 「日本人の諸君、私はゼロだ!今回の件および特区を破壊するとの犯行声明を聞いて、急ぎ君達を助けに来た!!」

 「犯行声明を出したのはお前だろ・・・まあ本当の便乗犯の声明もあったがな」

 C.Cが可聴音ぎりぎりで呟いたが、ルルーシュはもちろんスル―した

 「日本人の諸君、および特区に協力しているブリタニア人の諸君、現在は無事のようでなによりだ!」

 「ゼロ、ゼロがいるならここは安心だわ」

 「だけどブリタニア人がゼロがここにいるのを許してくれるのかよ?」

 ざわめく民衆にダールトンがゼロを捕らえるべきかとコーネリアに指示を仰ごうとしたが、操作された通信でルルーシュから指示があるまで動くなと命じられ、その動きを止めた。

 「日本人の諸君、私は悲しい・・・私は日本特区成立から、陰ながら見守って来た。
 それは日本人とブリアニア人が手を取り合い、人種の垣根を越えてここまで発展してきた!何と素晴らしいことかと思い、私は戦いなくして変化が出来るものと信じたほどだ」

 「ゼロ・・・」

 「しかし、私は今悟った。ブリタニアは根本的な面で変わっていないと!
 振りかざされる強者の悪意、間違ったまま垂れ流される悲劇と喜劇・・・そう、ブリタニアのみならず、世界は何一つ変わっていないということをだ!!」

 そうかもしれない、とユーフェミアは思った。
 結局のところ特区は対症療法でしかなく、皇帝の一言で儚く消えてしまうものであることを彼女は今痛感していたからだ。

 「私は皆の意志を尊重するからこそ、特区内にあった悪事についても匿名で報告する程度しか出来なかったが、ブリタニア人の特権を笠に着た振る舞いは多々見受けられた。
 特区では公然と日本人にうっぷんをぶつけられないからと、ゲットーで何もしていない者に暴行を加える者すらいた」

 特区の外で行われていた現実に、ユーフェミアはガタガタと震え出した。
 スザクがそれをそっと支えていると、さらにルルーシュの演説が聞こえてくる。

 「だからこそ、私は復活せねばならなかった。
 強き者が弱き者を虐げ続ける限り、私は抗い続ける!
 私は戦う!間違った力を行使するすべての者達と!
 故に、私はここに、“合衆国日本”の建国を宣言する!
 だがそれは、かつての日本の復活を意味しない。歴史の針を戻す愚を、私は犯さない!
 我らがこれから創る新しい日本は、あらゆる人種、歴史、主義を受け入れる広さと、強者が弱者を虐げない矜持を持つ国家だ!
 人種も主義も宗教も問わぬ国民たる資格はただ一つ・・・『正義』を行うことだ!!」

 突然の宣言に、群衆達は静まり返った。
 日本を取り戻すことは、全ての日本人の悲願だった。

 ささやかな箱庭を得られたものの、その脆さが露呈された今ここもいつまで続くのだろうかと不安と恐れが走る。

 「だが、我が国家は自由の国だ!たとえ合衆国日本に協力しないと言う理由で君達を拒むことはない!
 この特区は至らぬ点はあったとはいえ、それでも日本とブリタニアを繋ぐ大きな橋となってくれたのは事実だ!
 私はこの特区を捨てられないという君達の気持ちも解る。ゆえにこの特区を守ることも、君達の重要な使命であると考える」

 「さすがはゼロだ!特区は何としても俺達が守るぜ!!」

 「俺達の特区を潰そうとした連中を倒せ!」

 「ゼロ!ゼロ!ゼロ!」

 経済特区中に響き渡るゼロコールを、呆然とユーフェミアとスザクが聞いているとユーフェミアの携帯電話が鳴り響いた。

 「どなたかしら・・・はい、ユーフェミアです」

 「ユフィ、連絡が遅れてすまなかったな」

 「ル、ルルーシュ!!」

 思わず蜃気楼を凝視したユーフェミアは、慌てたように言った。

 「驚きましたわ、いきなり独立するなんて・・・!私、暴動を押さえて貰おうと思ってルルーシュに連絡したくて、カレンさんを探しているのですが」

 「そうか、それはすまなかったが、こうなった以上俺も立ち上がらざるを得ない。
 神根島でも言ったが、この特区はブリタニアと日本との間のバランスが崩れ去ると終わってしまう脆いものだったんだ。
 君のせいじゃないんだ、気に病むことはない」

 「お姉様と・・・戦うのね」

 ユーフェミアはもう止められないと解ってはいたが、いざ彼が戦いの狼煙を上げるのを見て震えが走った。

 「もう俺も姉上も覚悟を決めたさユフィ。大丈夫だ、君は必ず守る。
 だから君は今から政庁に戻って、本国で全てが終わるのを待つんだ」

 「・・・・え?」

 突然告げられた自身の道にユーフェミアが目を見開くと、ルルーシュは優しい口調で懇々と説明した。

 「万が一俺が負けてたら、君にはわずかなりでもいい、ナンバーズを守る箱庭を造って維持して欲しいんだ。
 そのためのノウハウを君はもう持っているし、姉上も協力すると約束して頂いた」

 「・・・で、でもルルーシュは勝つつもりなんでしょう?!貴方らしくもない!!」

 「もちろん俺が勝ちブリタニアのペンドラゴンを落とした暁には、君を皇帝に立ててブリタニアを復興し他国との交渉に当たって貰いたいと思っている。
 そのためにはどうなるにせよ君の安全が必要なんだ。君なら皇帝になってもブリタニア人の反感は最小限に抑えられるし、ナンバーズを守った君なら他国の者も必要以上に警戒心は抱かない」

 ユーフェミアはその説明に納得はしたが、だからと言って頷けるほど単純なものではなかった。

 (・・・まさか、始めからルルーシュは私を皇帝にするつもりで・・・?)

 「それと、俺に対する人質にするためにアッシュフォードの生徒会の友人達を使うつもりだったことも判明した。
 何人かはこちらで始末をつけたが、全員は無理だったからな・・・だから特区で保護して貰ったんだ。招待状の件には感謝している」

 「そんなことまで・・・!それでカレンさんとエドワードさんが急に特区に呼んでくれと言い出したのね」

 今生徒会の仕事のめどがついたようだからと言い繕っていたが、実際は人質に取られそうになったことに気付いたルルーシュが二人を通じて頼んだというのが事実のようだった。

 「今までありがとう。勝手なことを言っているのは重々承知だが、それでも頼む・・・コーネリアを討っても、恨むのは俺だけにして欲しい」

 「ルルーシュ!!待って!!」

 ツーツーという音が携帯から響き渡ると、傍にいたニーナはルルーシュの声こそ聞こえなかったがユーフェミアの台詞からルルーシュが黒の騎士団に入ったのだろうと予想した。

 「ユーフェミア様、ルルーシュは騎士団にいるのですか?何てことを・・・!」

 「私達のせいなのです・・・ルルーシュをゼロにしたのは、ほかならぬ私達ブリタニア皇族なのです・・・」

 「・・・え?」

 思わず呟いたユーフェミアの言葉に、今になってルルーシュがゼロだと知ったニーナはますます混乱した。

 「そんな・・・ルルーシュがゼロ・・・・?」

 ユーフェミアが唖然とするニーナを置いてフラフラと特区庁内に引き返すと、廊下からブリタニア人の貴族達が急いで特区から逃げようとしているのが見えた。

 「早くヘリを飛ばして、特区から離れろ!!いつここがテロに遭うか、知れたものではない!」

 「やはりこんなものに投資するのではなかったな。
 シュタットフェルトの辺境伯叙任があったからもしやと思ったが、これで特区も終わりだ」

 日本人達を見捨てて自分だけ安全地帯に逃げようとする貴族達を、ユーフェミアはもはや何の感慨もなく見送った。

 「そんなことはないよ、ユフィ。ほら、シュタットフェルト辺境伯が止めてくれてる」

 スザクがユーフェミアを励まそうと懸命に逃げるブリタニア人協力者を引きとめているシュタットフェルトと会議室に居残っているブリタニア人を指すが、わずかに十人程度だった。
 残っている者達も工業特区、農業特区にいる者達に指示を飛ばすが、中には通じないと嘆く声が聞こえてくる。
 中には同じく戻って来ていたコラリーやクレマンおり、二人とも額を押さえていた。

 「ユ、ユーフェミア副総督閣下・・・!申し訳ありません、ただちにあの者達を呼び戻して・・・」

 ユーフェミアの姿に気付いたシュタットフェルトが頭を下げて言ったが、ユーフェミアは首をゆっくり横に振った。

 「その必要はありません。こんな事態になった以上、彼らが戻ってくることはないでしょう」

 窓の外ではゼロコールが鳴り響き、合衆国日本と叫ぶ声がこだましている。
 日本人がここを出て行くのも、そう遠いことではないだろう。
 資金力を持つブリタニア人が減れば、それだけ特区の継続が難しくなるのだから。

 (何てこと・・・私の特区特区(りそう)が・・・崩れていく・・・)

 ユーフェミアは会議室に集まってただ立ち竦むわずかに残った特区の官僚達を前にして、小さな声で尋ねた。

 「・・・貴方がたは行かないのですか?」

 「・・・私はこの特区を成功させると誓った身です。特区の危機だからこそ逃げるわけには参りません」

 未だ刑務所にいる百合子のためにも、特区は何としても成功させると娘とも約束したシュタットフェルトがはっきりとした声で告げると、他の者達も頷いた。

 (医療特区の構想も出来上がり、カレンに継承するべくここまできたのに、こんなことで台無しにしてたまるか!!)

 「この件が収まれば、日本人も戻って参ります。犯人を捕らえて処罰して頂ければ・・・!」

 「日本人はともかく、独立宣言までしたゼロが引くとは思えませんな」

 クレマンが冷静に告げると、ユーフェミアは思った。

 (確かにルルーシュがおいそれと引くはずがないわ。
 自分を捕らえるために手段を選ばない組織がいると知った以上、むしろ時間がないとすら思うはず・・・)

 「・・・皆さんに伺いたいことがあります。慰めの言葉はいりません、正直にお答え頂ければ幸いです」

 「イエス、ユア ハイネス」

 会議室に残ったわずかな官僚達とシュタットフェルトが真剣な眼差しで問いかけてきたユーフェミアを見つめると、彼女は静かに尋ねた。

 「この騒動が収まったとしても、特区がこれまで通り正常に続くことが可能だと思いますか?」

 「・・・残念ながら、難しいでしょうな。まず特区に協力していたブリタニア人の脱退、新規に協力する者も尻ごみするでしょう。
 この特区を各エリアに広げる案も、今頃凍結されているころです」

 各エリアに報道していたことが仇になり、もはやそれは叶わない夢に終わってしまったと言うクレマンに、シュタットフェルトは規模を縮小してならと言い募るが、結局のところ小さな箱庭を続けるのが精いっぱいだと言うのも同じであった。

 「今までと同じ、というのは無理のようですわね。
 わたくしも全くその方法が見当たらなくて・・・」

 「ユーフェミア殿下・・・」

 泣きそうな顔で己の力不足を悔しがるユーフェミアだったが、滲んできた涙を振り払って言った。

 「・・・たった一つだけなら、日本人とブリタニア人が暮らせる国を造ることが出来ます。
 ですが、それはとても重大な決断が必要です・・・それでも、信じてついて来て下さいますか?」

 ユーフェミアから語られた提案に、一同に衝撃が走った。
 
 「そんな・・・しかしそれは・・・!」

 「強制はいたしません。ですが、私は行きます」

 もう箱庭だけではどうにもならないと言うユーフェミアが部屋を出た時、背後から声がした。

 「お待ち下さい、ユーフェミア皇女殿下」

 その声に呼び止められたユーフェミアは、ゆっくりと振り向いた。



 「ゼロ、ゼロ!!ブリタニアを倒せ!!」

 「国是を掲げるブリタニア人がいる限り、俺達に安住の地はない!!」

 打倒ブリタニアを叫ぶ日本人達を前に残ったブリタニア人は怖気づいていたが、しっかりした足取りで特区庁のバルコニーに姿を現したユーフェミアを見て驚いた。

 「ユーフェミア皇女だ・・・!とっくに政庁に戻ったと思ったのに」

 我先にと逃げ出したブリタニア人達がいることを既に知っていた日本人がざわめきだすと、蜃気楼の中でユーフェミアを特区から脱出させようとまさにダールトンに命じようとしていたルルーシュは眉をひそめた。

 「ユフィ・・・!まだそんなところにいたのか?」

 彼女の背後にはスザクと他エリアから来たと言う主義者の官僚のクレマンとコラリー、そしてシュタットフェルトがいる。

 ユーフェミアはゆっくりと深呼吸をすると、静かに透き通った声で言った。

 「皆様、今回の痛ましい事件についてご説明させて頂きます。
 今回のテロは国是主義のブリタニア人によるものであり、犯人を捕らえるべく既に動いているとの報告がありました」

 予想通りの内容に特に疑問の声は上がらなかった。
 むしろ日本人に濡れ衣を着せないだけマシだという、以前が以前なだけにレベルの低い評価をされている。

 「しかし、便乗犯による犯行声明があり、また続くかもしれないと言う皆様の御懸念はごもっともです。
 現在ブリタニア人の中で協力して下さっていた六割の方が特区から離れてしまわれましたから、残念ながら特区の継続は難しいと言わざるを得ない状況です」

 実質特区はおしまいだという宣告に、日本人はこうなったらやはりゼロに日本を解放して貰うしかないのではないかと囁き合う。

 「じゃあ、もう安心して暮らせる場所なんてないってことじゃないか!」

 「ユーフェミア皇女には残念なことだけど・・・もう日本を解放するしか・・・」

 ユーフェミアは自分を罵る声が聞こえてくるものと覚悟していたが、同情する声の方が多かったことに驚いた。
 ほとんどのブリタニア人が逃げた中で、居残って事情説明を行ったことで逆に評価が上がったのだ。

 「しかし、私は諦めません。
 日本人とブリタニア人の間には大きな確執があるのは重々承知の上です。
 特区では無理だと、この事件で大きく思い知りました。
 ですが、私は見たいのです。ゼロの言うように、人種、国家、宗教・・・何者であろうとも区別せず手を取り合う世界・・・!
 この小さな特区内だけで実現させるのではなく、日本で、ブリタニアで、そして世界に広がる平和を私は見てみたい」

 「ユーフェミア様・・・」

 力強い声で語られたが、それは理想論だ。
 口だけで実現出来るほど甘いものなら、誰も苦労などしていないとしょせん姫様育ちの政治家か、と落胆の声すら上がった時、ユーフェミアは蜃気楼を見上げて続けた。

 「よって、私は決めました。皆さんとともに国是主義を掲げるブリタニアを倒すことを!!
 我が父の所業には以前から言いたいことが多々ございましたが、間違っていることを間違っていると言えない以上、他に方策なしとよく解りました」

 「え・・・?今何て?」

 通信室で特区のシステムを手中に収めていたアルフォンスが驚いた声でモニターを凝視すると、蜃気楼内で聞いていたルルーシュも目を剥いた。

 「日本人を名乗る皆さん、お願いがあります。
 人種、国家を問わぬその国に、私達も協力させて頂けないでしょうか?
 私達はこれまでのブリタニアを捨てて、新しい国を創りたいのです。
 それに賛同して下さる方々は、私の元に集まって頂けませんか?反逆です!!」

 真剣な顔でそう訴えるユーフェミアに、一部から歓呼の声が上がる。

 背後のクレマンが、力強く彼女の背後で叫んだ。

 「私はユーフェミア様を支持する!!オールハイル・ユーフェミア!!」

 「オールハイル・ユーフェミア!!」

 オールハイル・ユーフェミアの合唱が、残ったブリタニア人とスザクから響き渡る。

 突然のイレギュラーに茫然としながら、ルルーシュはその光景を見降ろしていた。



 「ほ、ほああああ!!」

 「なんだ、これは!!」

 ルルーシュが意味不明な悲鳴を上げ、コーネリアがはるか政庁で末弟と同時に悲鳴を上げた。
 ゼロの独立宣言を発信するためにカメラを流しっぱなしにしていたせいで、この光景は日本全土に放映されている。
 コーネリアもルルーシュの独立宣言までは比較的冷静に聞き入っていたが、いきなりの妹の反逆宣言に驚愕した。

 ルルーシュの策略かと考えたが、その割には蜃気楼の動きが停止したまま何の動きもない上にそもそもわざわざ妹を返すとぬか喜びさせる必要性が全くないことに気付いたコーネリアは妹の独断かと額を押さえた。

 「そんな・・・ユフィは私と戦うつもりなのか・・・?」

 「いえ、姫様、そんなことがあろうはずがありません。
 きっとユーフェミア様は姫様を説得して共にブリタニアを倒そうとなさるおつもりなのではないかと・・・」

 ユーフェミアの性格を思えばそちらのほうが正しいだろうと、ギルフォードの推測に力なく頷いた。

 「ユフィだけならともかく、私が受け入れられるほど甘くはない・・・黒の騎士団はイレヴンが主体の上、マグヌスファミリアの連中がいるんだぞ。
 国民の仇とばかりに手段を選ばず私を殺そうとしたことを忘れたわけではあるまい」

 神根島でも話をしたと言っていたが、コーネリアは許さないと明言されたと聞いているコーネリアは妹の考えが解らず混乱した。

 「特区の通信室はどうした!!」

 「通じません・・・完全にシステムを掌握されました。
 明らかに内部に協力者がいるとしか」

 「早まったことを!ここまで堂々と反逆宣言をされたら、私でも庇いきれない・・・!」

 特区の失敗が確定したことを知って自棄になったかとコーネリアは頭を押さえた。
 こうなったら皇位継承権を返上させ、どこかの離宮で一生を送らせるしか妹を助ける道はない。
 もちろんそれは自分も同じだが、一軍人としてブリタニアに貢献し続ければ姉妹で暮らすくらいは何とかなるはずだ。

 「許せ・・・ルルーシュ」

 自分の力が及ばなくなることを詫びながら、コーネリアは命じた。

 「副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアの権限は、今この時を持って凍結する!
 これより全軍を上げて黒の騎士団の討伐に向かう!!」

 腹をくくったコーネリアはそう命じながら、マントを翻して総督室を出て行った。



 同時刻、経済特区ではユーフェミアが黒の騎士団および合衆国日本に参加すると宣言したことで、ユーフェミアを喜び迎え入れる日本人の声に囲まれたルルーシュが頭を抱えていた。

 《どうするの?これ・・・僕聞いてないけど》

 《俺も聞いていない・・・!だがああ言った以上、ユフィを受け入れざるを得ないことは解っているんだが・・・何の相談もなくこんなことを・・・》

 アルフォンスの途方に暮れた声に、同じようにルルーシュも悩んだが結局この場は彼女を支持すると表明するしか道はないことは解っていた。

 工業特区日本のハンシンを担当している井上からユーフェミアが味方になってくれるのなら受け入れるべきだとの声が響いているとの報告があり、農業特区ホッカイドウでも南から同じくとの連絡が来た。

 《私がいる基地でも、ユーフェミア皇女なら信じられるとの声が多いです。
 ゼロも受け入れるはずだとの問い合わせがすでに・・・。
 私自身もユーフェミア皇女だけなら構わないと思うのですが、コーネリアはどうなさるおつもりです?それによって対応が変わりますが》

 コーネリアまで受け入れろと言うのであればさすがに拒否反応があると言うエトランジュに、それは彼女だけではなく日本人も同じなのは明白であるため、ルルーシュはユーフェミアの真意を聞くのが先決だと考えた。

 「仕方ない・・・全く成長したと思ったのに、ユフィも早まったことを・・・」

 図らずもコーネリアと同じ言葉を呟きながら、ルルーシュは蜃気楼のオープンチャンネルを開いた。

 「ユーフェミア皇女・・・いや、ユーフェミア、身分を捨て、我々と同じ土俵に立ち、世界をも変えようとするその気高き精神を私は尊敬し支持する!
 もちろん私は貴女の手を取り、共に世界を変えていくことを誓おう!!」

 「ゼロ!!貴方ならそう言ってくれると信じていました」

 「これよりこの特区を、合衆国日本の最初の領土とする!!
 急ぎ新たなるブリタニアのために、協力して頂きたい!!」

 ルルーシュが蜃気楼をゆっくりと近づけながら叫ぶと、特区内から歓呼の声が相次いだ。

 「よっしゃ任せろ!!おい、物資をこれから作りまくるぞ!輸送ルートを構築しろ!!」

 「ゼロとユーフェミア皇女が組んだ!!ブリタニアを倒せば合衆国日本と新しいブリタニアのもと平和になる!」

 一方、ナイトメア格納庫では、怒涛の展開に混乱している研究員を尻目に機嫌よさげに笑っているロイドがランスロットを見上げて嬉しそうに言った。

 「うーん、これでランスロットもまた出番が来る、かな?
 メンテ怠らずにここに置いといた甲斐があったよ~」

 「ロ、ロイドさんもしかしてユーフェミア様についていくおつもりなんですか?」
 
 驚いたように尋ねるセシルに、ロイドは当然~、といつものように呑気な口調で肯定した。

 「え~、ランスロットの出番が来るんなら、別にどこでだっていいんだよ~。
 それにやっと会いたい人にも会えそうだし、こんなチャンス棒に振るなんて馬鹿なことしたくないし~」

 自他共に認める筋金入りのナイトメアバカのロイドの言に、セシルは肩をすくめた。

 「スザク君も当然ユーフェミア様についていくでしょうし、確かに放ってはおけませんね。
 解りました、私も残りましょう。しかし貴方はシュナイゼル殿下の後見人でしょう?
 ゼロの信用を得るのは難しいと思いますけれど」

 「あー、うん、そうだろうけどまあその辺は頑張ると言うことで~。
 とりあえずスザク君に連絡して、ランスロットのキーを渡そうか」

 黒の騎士団も反逆の準備を整えてはいるだろうが、それでも戦力としては不利なのだ。
 ランスロットはラウンズの機体に匹敵する能力を備えているのだから、スザクが出撃する機会が多くなるはずだと言うロイドにセシルはさっそくスザクに連絡する。
 スザクはユーフェミアの騎士になり神根島から戻った後は彼女の計らいで携帯電話を与えられていた。しかしブリタニア人、日本人双方に気を遣い、滅多に使用しなかったが。

 「あ、スザク君?私よセシルだけど」

 「セシルさん・・・すみません勝手に決めて・・・。
 でも僕はユーフェミア様についていくと決めました。お世話になったことには大変感謝していますが、でも・・・」

 「それはいいのよ、私もロイドさんと一緒にここに残るから。
 だからスザク君、後で預かっていたランスロットのキーを渡しに行くわ」

 思ってもみなかったセシルの残留発言に、スザクは驚いた。

 「でも、ロイドさんはシュナイゼル殿下の後見人でしょう?!いいんですか?」

 「いーのいーの、どうせあの人には他に山ほどいるし~。
 それより僕はランスロットのデータを集めて強化したいわけ~。それでもってガウェインだってラクシャータよりもっともっと強くしたいんだから~」

 「え・・・そんな理由で残るんですか?!」

 ナイトメア馬鹿も極まったロイドらしいと言えばらしいが、それでもランスロットがあるというのはこれから先の戦いに大いにプラスになると考えたスザクは、嬉しそうに礼を言った。

 「ありがとうございますセシルさん、ロイドさん。
 ランスロットは無駄にしません・・・本当にありがとうございます」

 「うんうん、代わりに思いっきり活躍してよ~。ラクシャータのやつよりね」

 ランスロットが活躍出来てガウェインの兵器を強化出来るかもというロイドからすれば渡りに舟、一石二鳥という状況に、ロイドは小躍りしている。

 そしてその上空では通信室を手中に収めたアルフォンスによって誘導された蜃気楼が、ゆっくりと他のナイトメアと共に降りてくのが視界に入った。

 「ゼロ!ゼロだ!!」

 「ユーフェミア様とゼロがいれば、平和な世界になるに違いない!!」

 民衆の歓呼を背に蜃気楼から降りたルルーシュは、仮面の下で苦々しい顔をしながらも明るい未来を印象付けるためにマントを翻した。

 「確かに互いに遺恨はあるが、いつまでも憎しみの連鎖を続けることは互いの首を絞めるだけだ!!
 ユーフェミアは過去の過ちを悔い改め、またブリタニアの悪事を止めるために自ら我々と同じ道に降りてくれた!
 ブリタニアの国是主義を否定するブリタニア人よ、彼女の元に集い共に他者を傷つけぬ別の道を造り、共に歩もう!!
 我ら黒の騎士団および合衆国日本人は、その手を取ることを拒まない!!」

 「うおおおお!ゼロ!ユーフェミア皇女!そのとおりだ!!」

 「戦争を終わらせて、平和に暮らそう!!」

 熱狂的な歓呼の中ルルーシュがユーフェミアを伴って特区庁に入り他の者達に手早く指示を出すと、通信室にユーフェミアとスザクのみを連れて入るや彼は仮面を乱暴に外して叫んだ。

 「いったいどういうつもりだ、ユフィ!!」

 「どういうつもりもなにも、見ての通りですルルーシュ。私も合衆国日本に参加します」

 「君には皇帝になって貰うから、安全地帯にいろと言ったはずだぞ!
 何でいきなり相談もなしに決めたんだ君は?!」

 「先に勝手に私の将来を決めたのはルルーシュではありませんか!!」

 まことにもっともな反論にルルーシュがぐっと押し黙ると、ユーフェミアはルルーシュを見据えて言った。

 「どうせ貴方が負けたら、私一人で特区を再建して運営していくのは不可能です。
 いえ、他にも協力して下さる方々がいますが、それでも根本的な解決にはならずルルーシュがいた時以上の綱渡りの運営になるのは目に見えています。
 ならば始めから合衆国日本に参加して、ブリタニア人の安全を少しでも確保しておくほうが得策だと考えたのです」

 皇族が一人合衆国日本に参加していれば、ルルーシュがブリタニアを倒した時もっとスムーズに話が進むはずだと言うユーフェミアに、ルルーシュは髪をかきむしった。

 「・・・もっともだ。だが、その役目は君がいなくても出来たんだぞ?
 正直嫌がられたんだが、何とか説得して表舞台に立って貰う予定だったんだ」

 そう言ってルルーシュが通信室のパネルを操作すると、繋がったのは特区にあるカレンの家だった。
 そこには今、ルチアがミレイ達を連れて彼らを保護するためにいてくれている。

 「くると思いましてよゼロ。いったい何事ですの?わたくしがブリタニア人代表としてまとめると聞いていたのですが」

 淡々とモニターの中から無感動に尋ねてきたルチアに、ユーフェミアがこの人は誰かと視線で問いかけると、ルルーシュが紹介する。

 「この方はルチア・ステッラ。本名はイザベル・バテ。
 血の紋章事件で粛清されたバテ公爵の娘だ・・・・聞いたことがあるか?」

 「ええ・・・確かバテ公爵の奥方は、陛下の異母姉君だった・・・!!」

 バテ公爵家は当時のブリタニアでも屈指の名門の貴族で、その最後の当主には前皇帝・・・つまりシャルルの父、ルルーシュ達の祖父が在位していた時に第二皇女が降嫁していた。
 つまりイザベル(ルチア)は、ルルーシュ達にとって父方の従姉に当たるのだ。

 既に皇籍を外れていたとはいえ母親はれっきとした皇女で、亡命した後はブリタニアに属することもなく、マグヌスファミリアで穏やかに暮らしていた。
 だがそれすらもブリタニアに奪われたのでその後は対ブリタニアのために動いていたという事実を利用し、渋る彼女を説得してユーフェミアに皇帝について貰うまでのつなぎに表舞台に立って貰うことになっていたのだ。

 「ブリタニア人が従うのにためらいがないほどの身分と血統を持ち、その活動は反ブリタニアに関することをしているブリタニア人は、彼女しかいなかったからな。
 ペンドラゴンを陥落した後は彼女が君を皇帝に推薦し、エトランジュ様達が賛成して俺もと言うプランだったんだが」

 「もうそれは使えなくてよ、ゼロ。
 民衆はユーフェミア皇女を支持しているのですから、わたくしがいくら反ブリタニア陣営をまとめていたとはいえそれはあくまで水面下でのこと・・・インパクトの面では薄れます」

 眼鏡を上げて指摘するルチアに言われなくても解っていたルルーシュは大きく溜息をつく。

 ルチアは自分が帝位につくために動いていると勘違いされないため、極力目立たないように行動していた。
 成果は全てマグヌスファミリアのものとすることで自身の主君はエトランジュであり、彼女の元から離れるつもりはないとアピールして来たのだ。

 それを戦後のブリタニア人のため、平和のためと説得され、ルルーシュが皇帝になってエトランジュが皇妃になるなどという事態になるよりマシだと判断し、渋々了承した。

 「・・・こうなった以上は仕方ない、君には合衆国ブリタニアの皇帝になって貰う」

 「合衆国ブリタニア?何ですかそれは」

 「世界をまとめる超合集国連合に入るブリタニアのことだ」

 簡潔にそう答えたルルーシュが超合集国について語ると、ユーフェミアは目を輝かせた。

 「素晴らしいわルルーシュ!世界が一つに繋がるなんて、なんて素敵な連合かしら」

 「君ならそう言ってくれると思っていた。だが、ユフィ・・・現状では諦めて貰わなくてはならないものがある」

 ルルーシュはユーフェミアが出来るだけ傷つかないために、彼女を日本解放戦に巻き込みたくなかったが、もはや腹をくくって貰うしかない。
 だからルルーシュは、残酷な現実を告げた。

 「コーネリアの命は諦めて貰う。君はこれから彼女の命を奪いに動く組織に身を置くことになる・・・解っていたか?」

 ルルーシュの宣告にユーフェミアは目を見開いたが、ユーフェミアはおずおずと言った。

 「解っていました。ですから私が黒の騎士団のために働けば、お姉様のお命だけは助けて頂くようお願い出来るかと・・・」

 そこそこ現実を見てはいたが、残念ながらまだ甘いユーフェミアに通信室で黙って聞いていたアルフォンスが大きく溜息をついた。

 「ユーフェミア皇女には気の毒だけど、はっきり言おうか。それは無理」

 「・・・同感だ」

 アルフォンスのみならずルルーシュにまでばっさりと即答で切って捨てられたユーフェミアは、目を見開いた。
 スザクは何も即答できっぱり拒否しなくてもと思ったが、理由も聞かずに何故駄目なんだと怒鳴ればアルフォンスから刺されそうだったので、彼に冷静に尋ねてみた。

 「どうして駄目なのか、聞いてもいいかい?」

 「大した理由じゃないわよ、コーネリアを助けてもデメリットこそあってもメリットがないだけで」

 アルフォンスが何故かアルカディアの時のように女性言葉を使ってそう前置きして説明したのは、そもそもなぜエトランジュ達がブリタニア皇族を国是主義者とそうではない者とに区別しているか、ということだった。

 それは何のことはない、全てが終わった時不必要な恨みを買わないためという自分達の保身が理由だった。

 関係のない者にまで殺害の対象に選んでいたら、主義者までブリタニア人であると言う理由で迫害されるのならと手を組んでくれない可能性がぐんと高くなるし、関係ないのに殺されたと恨みの連鎖が続くことになる。
 そして恨みがどれほど醜悪で恐ろしいものか、自分達は身をもって知っているのだ。

 「憎しみを持って動く人間がどんなものか、鏡の前に立てば嫌でも解るわ。
 だから貴女になにもしなかったの。後で私達がいらない恨みを買わないためにね」

 今更悔悟したと言っても、黒の騎士団に追いつめられて保身に走ったと思われるのがオチだ。
 コーネリア本人がどうであろうと、人は憎悪を向けた以上歪んだ視線で相手を見るものである上、アルカディアはコーネリアがルルーシュ皇子がゼロだと知った後の行動を見ているため、まったく信用するつもりがなかった。

 何よりあの女は家族の仇なのだから公私ともに受け入れることはないというアルカディアに、それがマグヌスファミリアと日本人の本音なのだろうとユーフェミアは悟った。

 さらに言えば、ユーフェミアは日本人のために動いてきたという実績を造っており、ルルーシュも日本解放のため、ブリタニアを滅ぼすためという活動と実績をしてきたからこそブリタニア皇族でも受け入れられた。

 「“姉は人殺しだけど妹がいい人でお願いされたから仕方ない”ということにならないのよ残念ながら。
 貴女が姉を助けたくて頑張って来た面があるのは解るけど、それで受け入れられるなら無関係に巻き込まれたサイタマの人達と訳の解らない言いがかりをつけられて侵攻されたマグヌスファミリアの家族、何より受け入れてもらうためにこれまで血の吐くような努力をして来たルルーシュ皇子の立場はどうなるの?」

 「・・・・・」

 「黒の騎士団が勝てば、十中八九あの女は殺される。そうなる前に自害するかもしれないけど、どっちみち死ぬことに変わりはない。
 だいたいあの女は強すぎる。生かしておくとまた仲間を殺されると言う恐怖があるの。
 ユーフェミア皇女には気の毒だけど、悪いとは思わない」

 「やったら、やり返される・・・お姉様のしたことが返ってくる」

 「そういうこと。そして今度は私達が、ユーフェミア皇女やコーネリアの部下から殺されるという恐怖と戦うことになるわけね。
 本当、戦争なんて不毛な限りだわ」

 自嘲するアルカディアに、先に手を出したのは姉なのだから恨む権利はないとユーフェミアは言ったが、情は理を凌駕するものだと言うアルカディアにうなだれた。

 強いことが逆に恐れを呼び、殺意を招くことになるとは何という皮肉だろう。
 逆に自分は何の力も持たず、ゼロの傀儡になると内心で思われているからこそ受け入れてくれた一面もあるのだと、ユーフェミアは知った。

 「それに確かに命だけなら助けられなくもないけど、コーネリアからしたら屈辱なんじゃないかしら?
 敵に慈悲をかけられて生き延びるなんて、あの女からしたら死に勝る屈辱と感じて自殺しても私は驚かないわよ」

 「・・・・」

 「一度歯車が狂っちゃうと、修正するのに大変だからね。
 せめて軍人だけ殺して、民間人に被害がないような戦い方をしていたら、ここまで選択肢は狭まらなかった」

 本当ならそれを選べたはずなのに、効率を重視した結果その方法を無視して自らの首を絞めた。
 ユーフェミアは自力でマイナス評価をプラス評価に押し上げたが、コーネリアは焦りと不安から視野が狭くなっており、自分の説得を姉は聞き入れてくれない。

 「先日、うちの縁戚の子があるブリタニア人の女の子に迷惑をかけたことを許してくれてありがとうって、あらためてお礼と謝罪をしたことがあってね・・・。
 結構酷いことしたんだけど、人間出来てる子でもういいって言ってくれたわ」

 何しろ心理誘導で好きな人を殺させようとしたのだ。
 未遂に終わったとはいえ謝罪で許してくれたことにマオはもちろんエトランジュからも礼と謝罪をしたのだが、シャーリーは笑ってこう言った。

 『許せないことなんて何もないです。謝ってくれたのだから許さないなんてことはしてはいけないと思うから』

 「許せないことなんて、何もない・・・」

 「エディはそれを聞いてね、どんな悪人でも許せるものなら許した方がいいのかもしれないって言ってたわ。
 だけど、こうも言ったの・・・『それでも反省していない人を許すわけにはいかない』って」

 見事なまでの正論である。どこの世界に反省もせずにのうのうとしている人間を許す人間がいるのだろう。
 
 さすがのエトランジュも反省しましたの一言で是とするほど甘くはないので、コーネリアは生き地獄を見る可能性が高く、それを彼女が耐えられるかが問題なのだ。

 生きて針のむしろに座っているかのような視線を浴びせられ、屈辱の言葉を投げかけられる生の果てに許しを得るか、死んでブリタニア軍人として名誉の戦死の賞賛を得るかがコーネリアに許された選択肢だった。

 自分の見識の甘さを思い知らされたユーフェミアはうなだれた。
 
 「貴女は確かに出来る限りのことをして姉を助けようとしたんだから、力が及ばなかったからと言って自分を責める必要はないと思うわ。
 あの女の自業自得の産物なんだから」

 「・・・解っています。貴方は本当に、正しいことしかおっしゃって下さらないのですね」

 泣きそうな顔で笑ったユーフェミアに、アルカディアはそれが約束だからと目を閉じた、

 「約束だから・・・私は事実しか言わない」

 エトランジュもユーフェミアも、世界をまっすぐに見つめてきた。
 ・・・たとえ嫌なものしか見えなくても。

 だからアルカディアは、事実を告げてきた。
 どれほど残酷であろうとも、前へ進むために。

 「・・・解りました。お時間をお取りして、申し訳ありません」

 「・・・もういい。とにかく合衆国ブリタニアの法律や規模を近々に作るから、君が集めた主義者達に案を早急に練らせろ。
 このタイミングでお前が皇帝に立つと言うのは確かに一番好都合だ」

 「解りました。でも、戦争の方は・・・」

 「これは日本解放という日本人達が長年待ち望んでいたものだ。
 彼らが主導して行えば、各植民地エリアを蜂起させるためにも有効だからな・・・。
 君はブリタニア人の保護と合衆国ブリタニアについてのほうに全力を注ぐんだ」

 ルルーシュがそう指示すると、ユーフェミアは頷いた。

 「スザク、これからエトランジュ様がこちらに合流する。
 その後はユーフェミアの護衛はエトランジュ様の護衛部隊に任せて、お前も戦場に出て欲しいんだが」

 「構わないよ。幸いロイドさんがランスロットと一緒に残ってくれるって連絡があったし」

 スザクの報告にルルーシュがロイドの名前に反応した。

 「シュナイゼルの後見人の男だな。ミレイから報告は聞いているが・・・」

 「ロイドさんはいい人だよ。君も一度会えば解るさ」

 「・・・いいだろう、俺の正体も知っているとのことだし、会うとしよう。
 ただし、日本が解放されてからだ。ランスロットをいつでも出せるようにと伝えておけ」

 ルルーシュは何とかこの場はうまく収められたことに満足して通信室を出ると、ユーフェミアとスザクも後を追った。

 残されたアルカディアは忌々しそうに舌打ちすると、自分以外誰もいない通信室の中で苛立ったように言った。

 「正論ほど聞いていて腹が立つものはないわ。
 説教なんか他人ごとでも聞いてるだけでイライラする人がほとんどでしょうよ。
 追い詰められてりゃなおさらね」

 アルカディアはそう言うと、自分の短い金髪のかつらに手をかけて一気に外し、自毛の長い金髪をなびかせて叫んだ。

 「だけどね、言ってる方もムカつく説教ってのがあるのよ!!
 だからこの件でこれ以上何も言わせるな、コーネリア!!」
 
 その絶叫とともにアルカディアが入れたスイッチとともに、モニターの中から眼を見開いた表情のコーネリアが現れた。

 「・・・貴様は、エドワード・・・!もしやと思っていたが、ルルーシュの手の者だったか」

 「残念でした、貴女、騙されちゃったの!」

 そう言ってアルフォンスが机の下に置いていた赤い髪のカツラをくるくる回すと、初めから全てルルーシュの計算通りであったことを思い知った。

 「私はマグヌスファミリア王国現女王、エトランジュの従兄のアルフォンス・エリック・ポンティキュラス。
 アルカディアってのはお前の侵攻のせいで城に居残って死亡した僕の姉のミドルネームよ」

 「・・・お前は」

 「何も言うなって言ってるでしょ。お前の事情なんぞこっちはどうでもいい。
 ただユーフェミア皇女とルルーシュ皇子が余りにも気の毒過ぎたから、事情をお前に知らせただけよ」

 アルカディアはルルーシュ達が来た時、こっそり政庁に回線を繋げて先ほどのやり取りをコーネリアに聞かせていた。
 女性言葉で話していたのは、敵であるアルカディアがいることを知らせるいやがらせのためである。

 「こっちの事情をそっちが理解出来たかどうかもどうでもいい。
 お前が何を言っても無駄だと思い知らせたかったってのもあるし。
 ・・・戦争って嫌になるわ、相手を陥れることばかり考えてると、品性が限りなく下がっていくんだから。
 国のため、妹のためと繕って非武装国家を攻撃し、一般民を虐殺出来るまでになってたほどだと、その自覚もなかった?」

 クスクスクス、と自嘲するように笑うアルカディアに、底知れぬ悪意を向けられたコーネリアは何も言わなかった。
 言えなかったのだ。

 「そう言う訳だから、これから私達は全力でお前達を殺しに行く。
 お前達が私達を戦場に呼んだんだから、不満はないでしょ?こっちも大事なエディを戦場にやったのよ、文句は言わせない。
 せいぜい妹を守るためだった、何も知らなかった自分は悪くないと自己正当化して応戦すれば?」

 得意でしょ、とアルカディアはそれだけを告げると、一方的に通信を切った。

 「姫様・・・」

 「・・・あの男の顔、どこかで見たことがあるとは思っていたんだ。
 そうか、マグヌスファミリアの人間だったのか」

 マグヌスファミリアを占領した時、王族が居住する城はすでに土砂崩れの中に埋もれていたが、国民達が使う城は無傷だったのでそこを押さえた時に目にした写真の中に、アルフォンスがいた。

 何百枚もの写真が廊下の壁に貼られ、その中に幸せそうに微笑みながら結婚式らしき祝いの席で花婿と花嫁を祝っていた。

 誰もが幸福そうに笑っていた写真の群れの中で。

 『・・・戦争って嫌になるわ、相手を陥れることばかり考えてると、品性が限りなく下がっていくんだから』

 同じ笑みでも、あの写真とはまったく違う種類の笑みを浮かべて言い放ったあの男は、自分が汚れていくことを自覚していた。
 自分にもそんな時代があった。
 だから最愛の妹にはそうなってほしくなくて、綺麗な温室の中で綺麗なまま育てた。

 だがあの男もそうだったのではないか?
 “大事なエディ”と呼ぶ宝を綺麗なままにしておきたくて、自ら汚れていくことを選んだのではないのだろうか。

 しかし、マグヌスファミリアの国力ではそれでも叶わず、それだけに自分に対する恨みが深まっていったのだとコーネリアはアルカディアの膨れ上がった憎悪を叩きつけられてやっと悟った。

 「八つ当たりをしないだけ、以前の私よりはるかにマシか」

 「姫様、そのようにご自分を責めても・・・」

 ギルフォードは主君をなだめたが、コーネリアは力なく総督椅子に腰かけた。

 『EUも中華連邦もブリタニアもみんななくなって、世界が一つになって仲良く暮らせますように』

 『なんてことを言うんだ、ユフィ!ブリタニアもなくなってなどブリタニアの皇女ともあろう者が軽率な!!』

 幼いユーフェミアがアリエスの離宮で地球の上でいろんな国の者達が手を繋いで立っている絵を描いてそう夢を語ると、警備をしながら妹達を見ていたコーネリアは慌てて叱りつけた。

 だがそれをナナリーを抱きながら聞いていたマリアンヌは、その絵を手にとって嬉しそうに微笑んでユーフェミアを褒めた。

 『素敵な夢ね、ユーフェミア皇女。みんなが一つになってお互いを理解し合えるなんて、とても素晴らしいことですものね』

 『マリアンヌ様・・・』

 『大丈夫よ、陛下や私が必ず実現するから。みんなで仲良く暮らせる世界を、必ず造ってみせるわ』

 『お母様、ナナリーもみんなで仲良く暮らしたいです』

 少し舌足らずな口調で賛成するナナリーを、マリアンヌはもちろんよと抱き締めた。

 七年前の幸せな光景が、コーネリアの戦意を鈍らせる。
 自国のため、妹のためと信じていたが、父が己にすら秘匿している計画の存在、V.Vなる者の不可解な言動や行動が、ブリタニアに対する忠誠心が揺らいでいることも大きい。

 (マリアンヌ様・・・私はどうすれば・・・)

 戦うしかないと解っていた。
 だがいったいどこでボタンをかけ間違えたかと考える時間すらない。

 「コーネリア様、サッポロ租界が黒の騎士団により陥落しました!
 地方長官は既に殺害され、複数の高官が拘束されている模様です。
 なお、農業特区ホッカイドウは騎士団に味方する声明を発表しました!」

 「ヒョウゴでも現在、コウベ租界が攻められています。
 工業特区オオサカおよびハンシンは、黒の騎士団に占拠されました。援護は間に合いません!!」

 生まれて初めて迷いを生じさせたコーネリアは、次々にもたらされる凶報に力なく指示を出しながら、心の中でただ泣いた。



 事態が二転三転している経済特区日本、その日本人居住区では、扇が束の間の平和が終わったことに大きく溜息をつきながら立ち上がった。

 「まさかこんなことになるとは・・・だけどこうなった以上俺も行かないと」

 「要さん・・・」

 ヴィレッタが心配そうに扇の顔を見つめると、彼の上着を出してやりながら尋ねた。

 「黒の騎士団に参加なさるんですか?」

 「いや、君に言っていなかったが、俺は黒の騎士団の副司令なんだ。
 このまま穏やかに君と・・・とも思ったが、ブリタニアがいる限り君と幸せになることは出来ない」

 上着を受け取りながら扇が答えると、ヴィレッタは驚きながらも納得したようだった。

 「そうですか・・・あの、私もご一緒させて下さい。一人じゃ不安で・・・」

 「千草、だけど戦場は危ないんだ。ここで俺の帰りを待っていて欲しい」

 「嫌です!一人で待つくらいなら、私も・・・・!」

 震える千草にほだされた扇は、感動してヴィレッタの望むがまま、連れていくことを了承した。

 「解った、君がそう言うなら・・・君は料理が上手だし、裏方を手伝ってくれるのなら助かるしみんなも喜ぶ」

 「ありがとうございます!私、荷物をまとめてきますね」

 ヴィレッタが隣室に姿を消すと、扇は愛する千草が自分のために危険な戦場に来てくれることに困りながらも喜んでいる。

 だが彼女がいる部屋では、その千草が先ほどとは違う鋭い目でバッグに服を詰めながら黒い思考に身を浸らせていた。

 (あんなうだつの上がらぬ男が騎士団の副司令、か・・・あの男についていけば、騎士団の幹部どもを一掃できるかもしれない。
 そうすれば純血派の汚名を晴らせて、私は晴れて軍に戻れる・・・!ゼロの正体がブリタニア人の少年だと知っているし、シュタットフェルトの娘が騎士団員だという手土産もある)

 自分があれほど望んで手に入れたいと望んでいた爵位を持ち、辺境伯叙任のパーティーでカレンの傍にいたシャーリーをテレビで見た時、ヴィレッタの記憶は戻っていた。
 自分を撃ったゼロの恋人らしき少女が幸福そうに笑っており、さらに扇に会いに来ていたカレンと扇の言動から辺境伯の地位までになりながらブリタニアを裏切っているカレンに憎悪の炎を燃やした。

 だがイレヴンとブリタニア人のハーフとして登録されている自分が証拠もなしに特区から出て政庁にまで行ってその情報をもたらしても信用して貰えるかが怪しいと判断したヴィレッタは、チャンスを待つことにした。
 その時扇は小学校の当直でいなかったために気づかなかった扇の横で、ヴィレッタは“千草”を演じてひたすら機会を待った。

 (人を操り、記憶を失わせる力・・・そう考えれば今までのことも全て辻褄が合う。
 おそらく、その後遺症で私は、イレヴンなんかと・・・あの学生、ルルーシュ・ランペルージこそ諸悪の・・・!)

 前半は全くその通りだが、他はすべて濡れ衣である。
 だがナンバーズである男と恋仲になるなどこれまでの自分のプライドが許さず、扇を愛したのは己自身であることを認めることが出来ない。

 『千草・・・』

 (私は操られていただけなんだ!!そうでなければ私がイレヴンなどと!!)

 扇は自らの傍にいるのが純血派というブリタニア人以外は劣等民族であるという差別主義を掲げる女であることも知らず、荷物をまとめて現れたヴィレッタを待つのだった。



[18683] 第二十二話  騎士の意地
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/23 11:38
 第二十二話  騎士の意地



 ヒョウゴブロック、コウベ租界。
 かつて空・海・陸の物流の要として知られ、今はカンサイブロック最大の都市にあるコウベ租界は、今黒の騎士団によって完全に包囲されていた。

 指揮を執るのは四聖剣の一人・朝比奈である。

 「黒の騎士団の皆様、いよいよ日本が解放される時が参りました!
 私達マグヌスファミリアはろくなお手伝いも出来ず恐縮ですが、この日本か解放されれば他の植民地にされている国々の大きな希望になります。
 お願いするばかりで申し訳ありませんが、どうか皆様のご活躍をお祈りさせて下さい!!」

 ヒョウゴにある黒の騎士団基地でエトランジュがモニターを使って黒の騎士団員達に向かって檄を飛ばすと、玉城が拳を突き上げた。

 「よっしゃ、任せて下さいエトランジュ様!!
 おめーら聞いたか!俺ら日本人が先駆けてブリタニアから独立すりゃ、日本ここにありって世界に示されることになるんだ!!
 行くぞ、おめーら!!」

 「おうっ!!」

 士気を最高に上げた団員達が持ち場へ足取り強く向かっていく姿に、エトランジュは頑張って下さい、応援していますと声をかけていく。
 
 (エトランジュ様って、ゼロが誘拐された時もそうだったけど人をその気にさせるのすごい上手だよな~。自分がやらなきゃって気にさせるのがうまいっていうか・・・。
 まあ玉城みたいにノリやすいのが日本人の国民性ってのも大きいだろうけど)

 相手を自然に持ち上げて士気を高めるエトランジュに、朝比奈は感心したものだ。

 成功すればいずれ創立される超合集国において日本の力がトップになれるが、失敗すればすべてが終わる。
 ここは空港も港もある都市だから、早めに陥落させればエトランジュを通じて海外からの援護物資を受け入れることが容易になる。

 暁直参仕様は襲いかかってくるナイトメアを蹴散らし、地方庁に向けて前進していた。

 「日本を守れ!ブリタニアを倒せ!!」

 「ビルなんぞいくら倒しても構へんわ!また創り直せばええ!!
 この日本はなあ、災害大国や言われてたんや、何度酷い天災に見舞われても、何回でも立ち直って来たんや・・・!
 それに比べたら人災(ブリタニア)なんか物の数にも入らん、何年かかってもええ、絶対元に戻してみせるわ!!」

 何が起こっても、再び蘇ってみせる。
 何によって破壊されようとも、以前よりも強く美しい街並みをこの手で生み出してみせる。

 日の丸を掲げて応戦してくる黒の騎士団にブリタニア軍は押され、朝比奈が小型ミサイルを撃って地方庁の防壁を薙ぎ払った。

 「血路は開かれた、全軍突撃!!
 ただし一般のブリタニア人に対する暴行・殺害は一切禁止する!!
 我々は誇り高き日本人だ、無駄な恨みを買うブリタニアと同じ愚は犯すな!!」

 朝比奈がオープンチャンネルで何度も繰り返すと、ユーフェミアの反逆宣言を聞いていた騎士団員は一切の危害を加えないので英語で家から出ないようにと指示を出す。

 コウベ租界は最後まで抵抗をしていたが、アルフォンスが特区協力員としてカレンと各地を回っていた時にこっそり細工していたシステムを動かされ、地方庁は陥落した。
 地方長官はVTOLで逃亡したが、どうせ逃走した先で処罰されることは明白なのであえて放置した。

 「見い、カンサイ地方庁に日の丸が揚がったで!!北海道に続いて、関西が日本に戻った!!」

 「よし、四聖剣の面目は保たれたな。
 じゃあ手筈通り統治はキョウト六家の宗像公にお任せして、俺達はトウキョウに向かいます」

 朝比奈が通信機を使って藤堂に報告すると、藤堂は頷いた。

 「経済特区日本に置かれてあったG-1ベースを使い、トウキョウ租界を目指すそうだ。
 エトランジュ様と、それからユーフェミア皇女も行くそうだが」

 「あのお姫様、ねえ・・・情があるんでしょうけど、いいんですか?」

 「そう思う気持ちは解らんでもないが、それは我々の職務外のこと、口に出してはならん。エトランジュ様が見張りとして彼女についているそうだ。
 日本人の支持もある以上、うかつなことは出来んしな・・・ともかく日本解放が先だ」

 「確かに・・・では至急団員達をまとめてトウキョウへ向かいます」

 朝比奈は通信を切ると、日本の旗が翻ったカンサイ地方庁を背にして、黒の騎士団とともに東へと進路を進めるのだった。



 「エリア11内の租界の半数が陥落しました。
 現在ゼロ率いる部隊が経済特区フジに駐屯していますが、周囲の基地が藤堂率いる騎士団によって破壊されており、軍が出せません」

 わずか二日で前から各地に散らせた兵で手際よく日本を解放していくルルーシュに、コーネリアはトウキョウ租界でルルーシュを迎え撃つことを決めた。
 地方を解放してからは指揮官のみをVOTLでトウキョウに向かわせており、数時間後にはトウキョウに戻ってくるだろう。

 「黒の騎士団のほとんどは民兵だ、ゼロを討てば収まる!!
 トウキョウ租界は城塞都市でもある、ここで奴らを迎撃するのだ」

 「本国へ援軍を要請いたしますか?」

 「他エリアはこの機に乗じて連鎖的に反乱が起きる危険があるゆえ、要請は出来ぬ。
 本国からでは間に合わん。兵力としては数では劣るが質は我らが上だ、その必要はない」

 コーネリアがそう言った刹那、会議室のドアが開いて紫色のマントを翻した女性が入室して豪快に叫んだ。

 「軍は無理でも、ナイトオブラウンズならいるぞ!」

 「ノネット!!いつエリア11へ?!」

 驚いたように立ち上がるコーネリアに、ノネットは笑いながら答えた。
 
 「つい先ほどですよコーネリア殿下。着任は来週からですが、驚かせようと思って早めに来たのですが・・・」

 私的な面ではコーネリアを士官学校の先輩後輩でもある友人として呼び捨てにするノネットだが、ここは公的な場であるためノネットは敬語で話しかける。

 「しかしそれは正解だったようですね。この機会にモニカの仇を討ってくれよう!
 我が機体、アグロヴァルに先陣を切らせて頂きたい」

 ゼロの正体を知らぬノネットの申し出にコーネリアはためらったが、それに反対する理由は公にはない。

 「・・・ユーフェミア皇女の件は、私からも陛下にお願いしよう。
 ゼロに甘言を吹き込まれてあんなことを言わされたに決まっているのですから」

 「エニアグラム卿、そのことは・・・」

 何やら複雑そうな顔でギルフォードが口にしないように言って来たのでノネットは眉をひそめたが、後で尋ねることにしてこの場は作戦を決めることを優先した。

 「特派のランスロット・・・イレヴンの騎士しか扱えぬと聞いて、エリア11に来た折にはぜひ手合わせをと思っていたが」

 「特区を守るべくランスロットが動いたようで、派遣した部隊は全滅させられた模様です。
 今はゼロについていったユーフェミア様を護衛すべく、ランスロット同様奪取したG-1ベースにて進軍しており、現在特区には一部隊が補給基地の指揮を兼ねて残っているようです」

 その補給部隊の指揮を執っているのは、副指令の扇である。
 戦場の責任者は藤堂だし、補給も重要な任務ゆえ、彼に任されたのだ。

 「一部隊をたった一機で?なるほどイレヴンのくせにやるものだ。
 ユーフェミア皇女の騎士を選ぶ目に間違いはなかったようですね」

 素直に賞賛するノネットはトウキョウ租界の防壁に自ら立ち、コーネリアは政庁で全体指揮と防衛に当たることが決定して各々準備に散っていく。

 会議が終わってコーネリアとともにノネットが彼女の私室に入ると、エリア11に赴任する直前に会って以来一度も会わなかった友人の憔悴しきった顔を見て無理もないと溜息を吐く。

 「ユーフェミア皇女がゼロに何を言われたが知らないが、私が必ず取り戻してみせる。
 皇位継承権は諦めて貰うしかないが、代わりによき婿を選んで降嫁するなどの手段があるはずだ。
 そうだ、ナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグなどはどうだ?少々軽い男だが・・・」

 「・・・違う、違うんだノネット。ゼロはユフィをたぶらかしてなどいない」

 ノネットはてっきりコーネリアはゼロに対して怒り心頭だと思っていたが、むしろ庇うような言い方をしていることに驚いた。
 
 「どうしたんだ、いったい・・・何があった?」

 最近コーネリアの態度がイレヴンに甘いことを不思議に思ってはいたが、妹可愛さからだと判断していたノネットに、コーネリアは告げた。

 「ゼロはルルーシュだったんだ。マリアンヌ様の忘れ形見が、生きて・・・」

 「な、なんだと!!それは間違いないのか、コーネリア?!」

 「ああ、何度か話もしたし会った・・・陛下もご存じだ」

 自分が尊敬する先輩でもあるノネットに、一人思い悩んで抱えるのに疲れたコーネリアがこれまでのことを話すとノネットは唖然とした。

 「・・・ルルーシュ殿下とナナリー殿下を殺そうとしたのは、陛下だと?
 それに憤ってゼロになったと言うのか?まさか、そんな・・・」

 「陛下自身も暗にお認めになっていた。だからブリタニアを壊してやると、ナナリーも私の敵だと言って・・・」

  「・・・マリアンヌ様の御子息がゼロ・・・そんなことがバレたら大ごとだぞ、コーネリア!」

 「解っている!だからお前にも話したんだ。今回のユフィの反逆は、どうもあの子の独断らしい」

 コーネリアがルルーシュから聞いたプランを話すと、ぬか喜びさせるだけのことを言うほど愚かな末弟ではないと言うコーネリアに、ノネットは予想外の事態に髪をかき上げた。

 「・・・解った、ルルーシュ様は無傷で捕えよう。適当な人間にゼロの仮面を被せて処刑したことにして、何とか保護するんだ。
 マリアンヌ様には私もお世話になったんだ、助力は惜しまん」

 コーネリアが日本人に甘い政策を行いだした理由を知ったノネットは、自分もなるべく日本人を殺さず戦うことにした。
 とはいえさすがに藤堂や四聖剣などに対しては手加減は出来ないので一般兵のみになるだろうが、コーネリアの顔を立てねばならない。

 と、そこへ部屋の扉がノックされ、ギルフォードの声が聞こえてきた。

 「お話し中失礼いたします姫様。シュナイゼル殿下からご連絡が入りましたが、いかがなさいますか?」

 「兄上が?・・・解った、こちらに回してくれ」

 「承知いたしました」

 ギルフォードが通信室からコーネリアの部屋に回線を回すと、テレビモニターにシュナイゼルの顔が現れた。

 「報告は聞いたよ、コーネリア。まさかユフィが反逆するとは、私も驚いたよ」

 滅多なことでは感情の揺らぎなど見せないシュナイゼルだが、ユーフェミアの反逆宣言には少し驚いた。
 “少し”なのはユーフェミアの性格からして激怒する事件であるのは確かである上、神根島でもエトランジュと話して彼女との間にちょっとした関係が出来上がっていることを予想していたからである。
 ユーフェミアは先に自分が黒の騎士団に参加表明することで姉の助命を願うつもりだろうと、的確に予測していたのだ。

 むしろいきなり宗旨替えして日本人を虐殺するなどの行為だったなら、シュナイゼルは目を見開いて驚いたに違いない。

 「おおかたゼロが余計なことを吹き込んだのだろうけど、私もあの子が心配だ。
 こちらでも何とかしてみるから、安心しなさい」

 「シュナイゼル兄上・・・お気遣いありがとうございます」

 「代わりにと言っては悪いが、こちらも君に頼みがある。
 今恐らく黒の騎士団にいるだろうマグヌスファミリアの女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスを生きたまま捕えて貰いたい」

 シュナイゼルの依頼にコーネリアが眉をひそめると、シュナイゼルはいつものように穏やかな笑みを浮かべたまま説明した。

 「血の紋章事件で亡命したバテ公爵の娘であるイザベル・バテが、マグヌスファミリアの教師として住んでいることが判明したんだ。
 皇籍から外れて降嫁した陛下の異母姉の娘だよ」

 「な・・・・!」

 「現在ブリタニアから亡命したブリタニア人達のまとめ役として、いろいろ暗躍しているようでね、どうもエトランジュ女王の父王と大学時代に知り合っていたようだ。
 いくら亡命しているとはいえ、ユフィに続いて皇族に連なる者が反ブリタニア活動をしていたことをこのタイミングで知られるのは、あまり良くないからね」

 エトランジュ達がルルーシュがブリタニア皇族と知りながらあっさり仲間になった理由を知ったコーネリアは、力なく頷いて了承した。

 「・・・承知しました。もし彼女らを見つけた場合は速やかにそちらにお送りします」

 「ありがとう。それともう一つ、君に聞きたいことがあってね」

 「何でしょうか?」

 「マグヌスファミリアを侵攻した時のことなんだが、当初の予定より侵攻する日にちが三日、早まっているね。それは何故だい?」

 唐突な質問だったが答えないわけにもいかず、コーネリアはすぐに答えた。

 「皇帝陛下のご命令です。あんな小国に時間をかけるな、国王を捕えろと」

 「国王・・・エトランジュ女王の父であるアドリス王のことだね」

 コーネリアが頷くと、シュナイゼルは侵略地の王族や指導者に興味など示したことのない父にしては妙な命令だと思ったが、顔には出さなかった。

 「・・・もしそれがなかったら、国民達はみな脱出に成功していただろうね」

 定期船とは別に船を借りて国民の脱出に力を尽くしていたマグヌスファミリアだったが、突然の侵攻に驚き最後の船が出ることが不可能になった何十人かの国民が居残った。

 アドリスが通信で国に居残ったことを聞いたコーネリアがマグヌスファミリアの国土を侵攻したが最後の意地で抵抗され、城を土砂に埋もれさせて自害した。

 「だいたいは解ったよ。中華では話し合いに失敗したが、もう一度その機会を持ちたいと思ってね。
 殺し合いばかりで解決するのは悲しいことだからね・・・丁重に扱ってほしい」

 「解りました。では私はゼロを迎え撃ちます」

 「うん、期待しているよコーネリア。では健闘を祈るよ」

 シュナイゼルが通信を切った後、ノネットはマグヌスファミリアが黒の騎士団に加担していることは聞いていたが、帝国宰相たるシュナイゼルが気にかけるほどであることに少し驚いた。

 「マグヌスファミリアの連中は、ゼロの正体を知っているのか?」

 「ああ、知っていてルルーシュに従っているそうだ。
 元からブリタニア皇族に連なる人間がいたから、気にならなかったようだな」

 まさかルルーシュやナナリー以外にもいたとは思わなかったコーネリアだが、思っていたよりエトランジュが持つブリタニア人の人脈が大きいことに気付いた。

 「・・・ノネット、そろそろ時間だ。出るぞ」

 「解った、ルルーシュ様のことは任せておけ。必ず生きて保護してみせる」

 ノネットがマントを翻して私室を出ると、コーネリアはパソコンを開いて文字を討ち始めた。



 トウキョウ租界では市民に外出禁止令が出され、市民が戦々恐々としていたがユーフェミアが黒の騎士団にいるのなら大丈夫かもしれないと楽観している者もそこそこいた。

 トウキョウ租界には各租界を放棄し、日本にいるブリタニア軍を結集して黒の騎士団を迎撃せんと待ち構えており、その先陣を切るのはナイトオブナインのノネット・エニアグラムである。

 (マリアンヌ様とルルーシュ様には申し訳ないが、私はシャルル陛下に忠誠を誓った身ゆえ、あの方のなさることに異は唱えられん。
 だがお命だけはお守りいたしますゆえ、どうか・・・!)

 シャルルは結果さえ己の思うとおりにいくのなら多少の命令違反や勝手な行動は気にしないため、ノネットはこの反乱を鎮めればルルーシュとナナリーをコーネリアとともに保護しても咎められることはないと解っていた。

 彼女は彼女なりにルルーシュやナナリーに同情していたが、それはアルカディアの言うところの“ブリタニアらしい独善さ”でしかないことに気づかない。

 そしてそのノネットと相対するのは、久々にスザクが操るランスロットであった。
 いつの間にやらロイドがフロートシステムをつけて若干改造してあるが、一度特区攻防戦で出撃しただけでカンを取り戻してコツをつかんだ彼は、見事な動きで黒の騎士団の戦列に加わっていた。

 一方、黒の騎士団エースである紅蓮可翔式のパイロットであるカレンはというと、移動基地でもあるG-1ベースの近辺で苛立った表情で護衛に当たっていた。

 なぜこうなったかというと、話はユーフェミアの反逆宣言の少し前、ユーフェミアが反逆すると官僚の前で言い出した時に遡る。

 それを聞いた時数名が彼女についていくと表明したが、シュタットフェルトだけは失敗した時娘がどうなるのかとためらいを見せた。

 その態度でユーフェミアはカレンが正体を父にすら秘匿していることを知ったが自分がバラしてもいいものか迷ったため、御令嬢と相談なさってはどうかと提案した。

 シュタットフェルトはそれもそうだと思い、慌てて会議室を飛び出してカレンに電話をかけた。
 特区の方を扇に任せて自分は紅蓮の元へ行こうとしていたカレンは、父には悪いが事実を告げようと携帯を手にした瞬間に彼からかかって来た電話を取ると、シュタットフェルトは事情を説明して尋ねた。

 『ユーフェミア様は黒の騎士団に入って、新たな道を探すと仰っておいでなんだ。
 もう特区は続かないから、そのほうがいいと・・・お前はどう思う?』

 『え、ユーフェミア皇女が?本当に?!』

 仰天したカレンは父はリスクが高すぎるから中立の方が無難だ、お前や百合子のためにも・・・と慎重に動きたがる父を一喝した。

 『もうこうなったら仕方ないでしょ!ユーフェミア皇女についていけばいいわ!』

 『だが、リスクが・・・』

 『もうリスクなんて最大限にあるわよ。だって私、ゼロの親衛隊長なんだもの!』

 既に黒の騎士団の幹部だと言う事実をカミングアウトした娘に、シュタットフェルトはめまいがした。
 しかも黒の騎士団のエースであり、コーネリアを追いつめたこともあると告げられたシュタットフェルトは腹をくくるしかなくなり、ユーフェミアの反逆に参加したのだった。

 その後カレンはルルーシュから特区に紅蓮を運ぶと言われたので特区に留まって父に会いに行くと、彼は娘を思いきりひっぱたいた。

 『お前は、どれだけ親に心配をかければ気が済むのだ!』

 危険なことはするなとあれほど、若い娘が何故ナイトメアなんぞに、また勝手に危ないことをする気かと極めて正当な叱責をカレンは素直に聞いていたが、それでも兄の念願だった日本の解放だけは譲れないと訴える娘に、シュタットフェルトは根負けした。

 ただし、彼は据わった目でゼロに哀願した。

 『む、娘を前線に出すのはやめてくれ!!もう私には娘と百合子しかいないんだ!!
 財産はすべて騎士団に提供するから、それだけは・・・・!』

 必死で頭を下げるシュタットフェルトに正直カレンの戦線離脱は痛かったが、ランスロットに代わりに先頭に立たせるかとルルーシュはそれを受け入れた。

 『ゼロ、私に出るなというのですか?!この日本解放の大事な時に!!』

 『君には私の護衛をして貰う。ここにはエトランジュ様もいるしユーフェミア皇女もいるからブリタニアが奪還するために襲いかかってくる可能性があるから、生半可な者を残していくわけにはいかない。
 私自身もここで指揮を執る身だ、親衛隊長たる君が離れるのもどうかと思う。
 常に私の傍にいて貰う分には構わないだろう?シュタットフェルト辺境伯』

 当初はスザクにやらせるつもりだったが交代させるというルルーシュに、カレンはじろりとスザクを睨みつける。

 『え、僕のせい?!』

 『それなら結構だ。カレン、そうしてくれ!私もG-1ベースにいるからな』

 さんざん心配をかけてしまった自覚のあるカレンは父に言われてもまだ嫌がったが、小声で『ランスロットのエナジーが切れたら、君と交替だ。恐らく政庁が陥落する前後に切れるだろうから、その後は俺も出るから護衛を頼む』と言われ、渋々納得したのである。

 常に自分の傍にいて貰うと言って了承を得たのだから少々強引でも嘘は言っていないと言うルルーシュに、防壁はスザクに任せるが政庁攻防戦に参加するのを待ちながらG-1ベースを護衛している次第である。

 黒の騎士団でもランスロットを先頭に立たせることに異論が出たが、ユーフェミア自身はG-1ベースに残ることと、日本最後の首相の息子がブリタニアの支配を受け入れて日本が少しでも良い地位にいられる努力を重ねていたのにそれを台無しにされてようやく目が覚めたのだからやらせてやれというゼロの鶴の一声に、藤堂と桐原が同意したことにより実現した。

 『おほほほ、これで無様に負けでもしたらキョウト六家の恥・・・死んでも政庁を落としてきて下さいませね、親愛なるお従兄様?』

 強引に合流して来たかつての婚約者であり従妹でもある神楽耶に笑顔で脅しをかけられ、死んでもいいけど失敗しないでねという無情な声援をアルカディアに送られたスザクはランスロットで出撃したのである。

 「お前はユーフェミア様の騎士だな!お前とこんな形で手合わせすることになろうとは・・・!」

 「貴方は・・・?」

 「私はナイトオブラウンズのナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムだ!
 イレヴンでありながらユーフェミア皇女の騎士にまでなったその実力、こんな形で試すことになるとは思っていなかったぞ」

 「ナイトオブラウンズ・・・!」

 まさか来ていたとは思わなかったスザクは息を呑んだが、負けは許されないとスザクはメーザーバイブレーションソードを構えてノネットの機体であるアグロヴァルと相対した。

 カレンの代わりとはいえ日本解放の先陣を任せてくれた親友のため、自らの主君であるユーフェミアの居場所を造るため、そして何より自身の望みである日本の解放を果たすためにも、自分は勝たねばならないのだ。

 『スザク、必ず生きて戻ってきて下さい。新たな日本を、ブリタニアを、そして世界を貴方とともに私は見たいの』

 「何としても、そこを通して頂きます!ラウンズは僕に任せて、藤堂さん達は防壁まで道を開けて下さい!」

 防壁を無効化するにはルルーシュが必要で、その彼を安全な場所に立たせる必要があった藤堂は頷くと、他のブリタニア軍のナイトメアに斬りかかっていく。

 「藤堂 鏡志朗、まかりとおる!!」

 「我ら四聖剣の名にかけて、そこは通させて貰うぞ!!」

 「防壁が崩されれば、政庁まで直進されるぞ!守り抜け!!!」

 「オールハイル・ブリタニア!!」

 「日本をこの手に取り戻せ!!!」

 黒の騎士団とブリタニア軍が乱戦している中で、スザクはアグロヴァルのナイトメア戦闘用ランスをかわし、メーザーバイブレーションソードでそれを打ち落とした。

 「やるな!だが甘いっ!」

 ノネットはスラッシュハリケーンを接近しているランスロットの腹部に直撃させると、装甲は亀裂が少し入ったがスザクはすぐに態勢を整え直し、フロートシステムを使って空中へと飛ぶ。

 アグロヴァルにもフロートシステムが取り付けられているので、すぐにランスロットの後を追いもう一撃とばかりにスラッシュハーケンを撃ち放ったがスザクはすぐさま左に回避し、少し距離を取ってからヴァリスをアグロヴァルに撃ち放つ。

 「なっ・・・!」

 あり得ない反応速度にノネットは驚愕したが、直撃は何とか避けられたものの右腕が一部ダメージを受けてしまった。

 「やるな・・・それだけの力があれば、ナイトオブラウンズも夢とはいえなかっただろうに、惜しいものだ!」

 「確かに、それを夢見た時はあった・・・でも、ブリタニアの中で得る力ほど不安定な物はないとこの事件が証明しているくらい、僕にだって解る!!
 それに僕には、地位や権力なんかより大事なものがある!!」

 七年もの間耐え忍んできた日本人達が、ようやく手が届いた解放。
 ささやかな箱庭ですら差別主義にとらわれたブリタニア人の前ではほんの数ヶ月咲いただけの花に終わってしまうことを知った今、親友の言うとおりブリタニアを内部から変えることは出来ないと思い知った。

 「僕も残念ですよナイトオブナインの方。ナンバーズであっても認めてくれる人がいるのなら、以前の僕ならナイトオブラウンズも悪くないと思えたかもしれません。
 だけど、ブリタニアが変わらない限り無理なんです・・・皆が手を取り合える平和な世界は、今のままでは手に入らない」

 ランスロットは高性能な分、エネルギーの消費が激しい。そのため短期で決着をつけなくては不利になる。

 スザクはこれ以上戦闘を長引かせるのはまずいと判断したこともあり、強化型スラッシュハリケーンを撃つべくパスワードを打ち込みながらアグロヴァルに照準を合わせた。

 ノネットも右腕が半分動けない状態になった今接近戦は不利だと判断し、小型ミサイルの使用を決めた。
 小型ミサイルとはいえ破壊力はナイトメアに搭載出来る中では最高の攻撃力を誇り、まともに食らえばナイトオブラウンズの機体ですら木っ端みじんになる代物で、対ゼロ用に開発されたものだった。
 ゼロがマリアンヌの子息である以上まさか使う訳にもいかぬと未使用のままで終わるはずが、まさか役に立つとは思わなかった。

 「・・・これをゼロ以外の者に使うことになろうとはな」

 パスワード入力などの手間がないノネットの方が、動きは早い。右腕が半分動かないと言うハンデをものともせず、ランスロットに向けてミサイルを発射した。

 「喜べ枢木!ゼロを葬るための特別製ミサイルだ、光栄に思うがいい!!」

 「な・・・今避ければ藤堂さん達も巻き添えに・・・!」

 スザクはミサイルに向けて強化型スラッシュハリケーンを撃ちこみ、軌道を変えて上空で爆発させると、その隙を突いて突っ込んできたアグロヴァルの攻撃をもろに食らって落下しかけたが何とか持ち直した。

 (エナジーがもうすぐ切れる・・・まずいな)

 強化型スラッシュハリケーンを使用したせいで、エナジーフィラーの残量が大幅に減ってしまっている。
 だがせめてこのナイトオブラウンズだけは仕留めなくては、ルルーシュやユーフェミアの面目が立たない。

 しかし動くのが精いっぱいな中、自分に何が出来るのかと考え始めた時、ノネットは驚いた。

 「あれは、ゼロ?!」

 「え?」

 ノネットの声にスザクがモニターに目を移すと、そこにはまごうかたなきルルーシュの機体である蜃気楼が飛来して来た。

 「なんで・・・ここに?」

 「全く、味方になっても手間ばかり掛けさせてくれるなお前は」

 ルルーシュは呆れながらそう言うと、ノネットにハドロンショットを撃ちながらスザクを守るように立った。
 ノネットはかろうじてよけることは出来たが蜃気楼とランスロットに近づくことが出来ず、舌打ちした。

 「防壁を崩すには、私の仕込みを発動させる必要があるから来たんだ。
 別にお前だけのためというわけではない」

 《スザクのピンチにあの馬鹿とか言ってけっこう焦っていたように見えたのは気のせいか?》

 コードを通じて呟かれたC.Cの皮肉に、ルルーシュは綺麗にスルーした。

 「代わりのエナジーフィラーだ。さっさと交換しろ」

 「ありがとう、ゼロ」

 自分は追い詰めてばかりだったのに、自分が追い詰められた時に助けに来てくれた親友にスザクは嬉しく思いながら、エナジーフィラーを受け取った。

 「ゼロ・・・!!どうか降服を!今なら・・・!!」

 「断わる。何度も言わせるな、私はブリタニアを壊す!!
 ナイトオブナイン、あの男は貴公が仕えるに値する男ではない。
 ナンバーズであろうともその力を認めることが出来る器量を持つ者なら、私はその手を取り合えると信じているが、いかがだろうか?」

 自分の正体を知っているようだとG-1ベースにいるマオから報告があったルルーシュがそう誘うも、ノネットは首を横に振った。

 「残念ながらそれはお断り申し上げる。騎士たるもの二君に見えるものではない!!」

 「そうか、残念だ。ではここで主君の忠義に散って貰おう!」

 漆黒の機体と純白の機体が並んで立つ様は、一枚の絵画のように美しい。

 モニターで見ていたユーフェミアは、長く離れ離れになっていた二人がようやく共に戦っている光景に見入っている。

 (スザクとルルーシュが・・・やっと・・・)

 そしてその背後では、アルカディアがふっと小さく笑った。

 「勝負はついたわね。
 あのミサイルは威力からしても一発撃つのが精いっぱいだし、エネルギーさえあればランスロットだけでも充分な上、あの頭の切れるゼロとゼロいわく体力バカな枢木というまさしく悪夢(ナイトメア)なコンビに誰が勝てるってのよ」

 私だったらしっぽ撒いて全力で逃げる、まあ逃げるのも大変そうだけどと言いながら、政庁攻略のために自身もイリスアーゲート・ソローに搭乗すべく立ち去っていく。
  
 通信機から『何で親衛隊長の私を差し置いてあいつがゼロと共闘してるのよ!一緒に出撃してくれるって言ったじゃない!!』とカレンの怒鳴り声がしており、万一に備えて暁で待機中のC.Cがあいつは嘘つきだからとフォローにならないフォローをしている。

 「私は今から防壁を崩しに行く。君はどうする?」

 「僕はもちろん、ナイトオブナインを止める。任せてくれ」

 蜃気楼が優雅に空に舞い上がると、スザクはアグロヴァルに向かってメーザーバイブレーションソードを構えた。

 「ゼロに手出しはさせない!」

 「どけ!!お前を相手にしている暇はない!!」

 ノネットは友人との約束、恩義のあるマリアンヌとの義理を果たすためにすぐにも蜃気楼を負わなくてはならないと言うのに、邪魔をしてくるスザクに苛立ちを感じてスラッシュハーケンを撃ってくるが、スザクは難なくかわして接近する。

 『優しい世界でありますように』

 『私と一緒に、頑張ってくれませんか?』

 『枢木 スザク、お前は生きろ』

 「俺はユフィと、親友との約束を守る!!
 それが俺が決めた俺のルールだ!!」

 スザクはそう叫びながらメーザーバイブレーションソードをアグロヴァルに振り下ろし、機体を破壊した。

 「そんな・・・・もう少しで・・・!」

 右腕が破損しているせいでスピードが衰えてよけることが出来なかったノネットは唖然としながら、アグロヴァルのコクピットのモニターでランスロットではなく蜃気楼を視界に収めた。
 
 「すまないコーネリア、約束は果たせそうにない・・・先に逝って、マリアンヌ様にお詫びする」

 ノネットは政庁に向けてそう最後の言葉を残すと、爆発するアグロヴァルの中でその生を終えた。

 「やった、ナイトオブラウンズが敗れたぞ!!」

 「ゼロの援護がなきゃまずかったけど、さすがゼロだ!いいフォローだぜ!!」

 黒の騎士団の士気が上がる中、それと反比例してブリタニア軍の中では動揺が広がっていく。

 「まさか、ナイトオブナインが?!あり得ん!!」

 「たかだかイレヴンごときに・・・!!信じられない・・・」

 政庁では爆発するアグロヴァルをモニターで見ていたコーネリアが大きく溜息をつくと、椅子から立ち上がって言った。

 (ノネット・・・すまない。余計な事を言わなければよかったのかもしれないな)

 「ここまで落とされるわけにはいかん!私が出る!!
 私が行くまで、防壁を持ちこたえさせろ!!」

 「お供いたします、姫様」

 二人が司令室を出ようとした刹那、通信兵が報告した。

 「コーネリア様、ゼロが何か言っています!!」

 「何?」

 コーネリアが振り向いてモニターに視線を移すと、蜃気楼が空高く舞い上がり機械で加工されているが力強い声で告げた。

 「聞くがよい、ブリタニアよ!我が名はゼロ!力ある者に対する反逆者である!!」

 「ルルーシュ・・・」

 「0時まで待とう、我が軍門に降れ!!これは最終通告だ、我が軍門に降れ!!」

 繰り返し降服を呼びかけるルルーシュにコーネリアは自らのグロースターに搭乗すべく司令室を出て行った。

 だがその頃、租界の階層を司るシステムを担当している者数名が赤く眼を縁取らせて同胞を撃ち、システムを動かしていた。

 そして十五分後、時計の針が0時を指した時にそれは始まった。
 租界全土をいっせいに大きな揺れが襲いかかり、外壁部が砂のように崩れていく。

 「う、うわあああ!!地面が・・・・!」

 「まさか、裏切り者がいたのか?!」

 フロートシステムを搭載しているのは主な士官専用機のみで、一般兵にはまだ普及してないため、どうすることも出来ずに落下していく。

 「ふははははははは!!!!
 地震対策のための階層構造、しかしフロアパーツを一斉にパージすればこれほど脆いものはない。
 黒の騎士団を向かえ撃つため、外縁に布陣したのがあだになったな」

 「ゼロ・・・やっぱお前すげえよ」

 玉城が感心しながらその光景に見入っていると、イリスアーゲート・ソローとイリスアーゲート・フィーリウスが頭上を通過して行った。

 「ぼーっと見てる場合じゃないわよ!早く租界に突っ込みなさい!
 コーネリアのことだから、布陣を整え直して迎撃してくるわよ!!」

 「アルカディア殿の言うとおりだ!ゼロの奇跡を無駄にするな、全軍突撃!!」

 アルカディアの言葉に藤堂が指示を出すと、黒の騎士団は歓声を上げて租界へ突入していくのだった。



[18683] 第二十三話  廻ってきた順番
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/23 11:34
 第二十三話  廻ってきた順番



 「うーん、ナイトオブラウンズとも対等にやり合えちゃうなんて、さすが僕のランスロットとデヴァイサー~」

 G-1ベースでロイドが久々のランスロットの活躍に小躍りしていると、その後ろで苦々しい表情で煙管をくゆらせているラクシャータがいた。
 ロイドがランスロットの整備のためと称していい年をしてダダをこねるようにして同行を願い出ているところに遭遇したラクシャータは、セシルがみっともないからやめろと止めている姿を見てつい彼女を哀れんでしまい、自分が見張りを買って出るから乗せてやってと言ったことを今になって少々後悔している。
 何故かゼロが見張っているならいいとあっさり許可したことを恨みたい。

 「うちの紅蓮だって、あれくらい出来るわよプリン伯爵。
 ってか何であんたこっち来たのー。腹黒皇子の差し金?」

 「いやだってランスロットを動かせるスザク君がこっち来るっていうからこっちに来たってのもあるけど~、僕が完成させるはずだったハドロン砲、いじったの君だろー。
 僕が完成させるはずだったのに何してくれちゃってんのさ?」

 「あんたがちゃっちゃと完成させなかったのが悪いんだろ。
 思わぬ共同作業するハメになって、こっちも気持ち悪いったらなかったよ」

 バチバチと火花を散らすラクシャータと堂々と『ランスロットの制作者です~。このたびはうちのデヴァイサーがどうもどうも~』と乗り込んできたロイドに、この二人は知り合いなのだろうかと囁き合う。
 ちなみに現在G-1ベースの司令室にいるのは六家の象徴にして陣頭に立つことを望んだ神楽耶とエトランジュ、ラクシャータ、情報担当のディートハルト、平和主義のブリタニアの象徴であるユーフェミア、ロイドとセシル、十数名ほどの黒の騎士団員である。

 「だったらやらなきゃいいのにさー。まあいいよ、次は僕が君以上の兵器を造ってみせるから」

 「あんたにだけは絶対負けらんないね。
 カレンをあんなとこに立たすなんてあたしとしてもムカつくけど、まあお父さんの心配ってのも解るからなあ」

 現在シュタットフェルトはカレンの父であることもあって比較的自由に動くことを許されており、通信室で愛娘にもうそうろそろ戻ってはどうか、私はお前が心配でと言っては娘から大丈夫、ときには全然出番ないんだから危険なんてないでしょ、などと怒鳴られている。

 「あのスザクに出番奪われるなんて!!あームカつく!!」

 (娘の代わりに頑張ってくれてありがとう、枢木少佐!)

 父親から感謝されている傍で娘から恨まれているスザクは、崩れ落ちた租界の防壁にルルーシュの凄さを改めて思い知っていた。

 「さすがだね・・・抜け目ないよ」

 「ふん、負ける戦いをするつもりはない。枢木、お前は私に・・・」

 「私が行くわ!交代するって言ってくれましたよね、ゼロ!!」

 通信機で怒鳴るように要請して来たカレンに、ルルーシュはいやそのままG-1ベースの護衛をと言おうすると、アルカディアが割り込んできた。

 「悪いけどこれは私達に譲って貰えない?あれは逃せないの」
 
 「アルカディア様?ですが・・・!」

 「戦力を分散する訳にはいかないわ。G-1ベースは私達の要なの、突出した力を持つ貴女が守ってくれたらみんな安心して戦える」

 G-1ベースに護衛は必須であり、アルカディアとクライス、ジークフリードの三人でも充分務まると言えば務まるが、コーネリアを討ち取りたいからカレンに任せたいというアルカディアにカレンは悩んだが、家族の仇を取りたいと言うアルカディアの望みはもっともだった。

 《・・・貴方の気遣いに感謝する。だが、それは無用だ》

 《何のことかしら、ゼロ》

 ルルーシュの言葉にアルカディアがとぼけたように言うと、ルルーシュはふっと笑みを浮かべた。
 
 《俺とユフィとの間にわだかまりが残らないよう、貴方がコーネリアを殺そうとしていることですよ》

 確かにこの戦争がこちらの勝利で終われば、ユーフェミアに残った家族はルルーシュとナナリーだけだ。
 家族の仇だから殺したいと思っているのは事実だろうが、そもそも彼女の機体の性能は蜃気楼以下なのだから、ただでさえ少ない同じ情報処理能力型が揃って出撃するメリットを台無しにするようなことを、自分以上の結果主義のアルカディアがやるわけがない。
 このことからルルーシュは自分とユーフェミアとの仲を出来るだけ良好な方向にするためにアルカディアが自分がやると言い出したことに、彼は気付いていた。
 アルカディアという人間は、事実を語ることで側面の事実を隠すタイプであることくらい、これまでの付き合いで承知している。

 ユーフェミアに恨まれても、それは戦争を始めると決めた時から覚悟していたことなのだから今さらだった。

 《ですが俺とユフィを思っているのなら、コーネリアは俺と戦わせて頂きたい。
 これはブリタニア皇族の業、俺達がカタをつけるべきものだ》

 《・・・そう、なら好きにしたら?私はG-1ベースを守る方に専念する》

 ギルフォードを相手にしてもいいが、政庁を攻略するにはやはり黒の騎士団エースとうほうが絵になるし、自分もエトランジュから離れたくはない。

 クライスはコーネリアを殺したいと思っていたがアルカディアが言うのならと、従うことにした。

 妻であるエドワーディンがコード所有者として生きていることを、彼は既に知っていた。
 ゼロ救出作戦時にギアスキャンセラーでエトランジュのギアスが解けた後、慌てて彼女の元で戻ろうとした自分を止めたのは、誰あろうエドワーディンだったから。

 『エディは無事よ。大丈夫だから落ち着いてみんなと協力して。
 私が生きてることを黙ってたのはクラを信用してなかったわけじゃないわ、信じてくれるでしょう?』

 あとでアルカディアを問い詰めたとき、事情を説明された彼は納得した。
 だからアルカディアと同様、彼女とはそれ以降連絡を取っていない。

 愛する妻が生きていたからと言ってコーネリアに対する殺意が消えたわけではなかったが、それよりもルルーシュへの同情があった。

 「解った、気をつけろよ」

 「枢木は邪魔をして来るブリタニア兵を追い払ってくれ」

 「解ったよ、ゼロ」
 
 「カレンは私と共に来い。ただし、危なくなったら撤退しろよ」

 「やった!この紅蓮可翔式があれば、コーネリアの騎士なんてすぐに撃破して見せます!!」

 やっと自分の出番が来たと、カレンは驚喜しながらG-1ベースを離れていく。
 それを見たシュタットフェルトがカレンの名前を絶叫していたが、哀れ娘は聞いていなかった。

 役割が決まったところでカレンはルルーシュと共に政庁を目指して進軍し、アルカディアとクライスは引き返していった。

 「なかなか落ちませんね、政庁」

 エトランジュが司令室でモニターを見ながら言うと、神楽耶もさすが敵の本拠地と唇を噛んだ。

 「スザクが防壁のブリタニア軍を政庁に向かうのを阻止しているとはいえ、民兵以外の兵力差はまだあちらにあるようですわね・・・。
 ゼロ様にばかり頼っているようでは世界に日本ここにありと示したことにはなりません。
 私達のこの手で、数字をつけられ支配される土地ではなく日本という独立国家であると証明しなくてはならないのです!!」

 キョウト六家はすでに各地に散らばり、奪還した地域の統制を取っている。
 神楽耶はキョウト六家の筆頭として、安全地帯で吉報を待つなどという真似はその矜持が許さなかった。

 「現状はどうなっているのです?」
 
 「政庁に空中から蜃気楼と紅蓮が到着しつつあります!
 地上ではグラストンナイツが布陣しており、そちらには藤堂中佐率いる部隊が交戦に入りました!」

 「ゼロは屋上から政庁を制圧するつもりのようですね。
 コーネリアとギルフォードの姿が見えないところを見ると、あそこで待ち構えているのではないでしょうか?」

 エトランジュの推測に皆頷くと、そこが正念場であることを知って唾を飲み込んだ。

 「ダールトン将軍はこちらで抑えてあるとはいえ、さすがにグラストンナイツは油断なりませんわ。
 防壁の残党を始末し終えたら、スザクを援護に向かわせるべきです」

 ダールトンはすでにルルーシュの支配下にあるとはいえそれを公にするには少々不自然すぎたため、彼は特区の一室で監禁中である。
 ちなみに閉じ込める前に知っている限りの情報を喋らせると言うおまけつきだった。

 使える者は反省して戻ってきた裏切り者の従兄でも使うべきだと言う神楽耶の意見をエトランジュが普通に通信機を使ってルルーシュに伝えると、是の返事が来た。

 「さすが神楽耶様、的確なご判断です。
 こちらはもうすぐコーネリアと交戦いたしますので、よろしくお願いします」

 「お任せ下さいゼロ様!キョウト六家の名にかけて、後方支援の指揮の任務程度はまっとうさせて頂きます!」

 愛する夫としているゼロの言葉に神楽耶は舞い上がりながらも、次の瞬間には為政者としての顔でスザクに指示を出す。
 
 「お姉様・・・いえ、コーネリア総督がゼロによって討たれたという報告が来たら、わたくしが降服するように呼び掛けましょう。
 その際には彼らの扱いは国際法にのっとって頂きたいのですが」

 ユーフェミアの申し出に神楽耶はぴくりと眉を動かしたが、彼女の言い分は至極もっともなものだったのでそれを了承した。

 「速やかに抵抗をやめるのであれば、もちろんそうさせて頂きますわユーフェミア皇女。
 わたくし達は誇り高き日本人ですもの、条約に従った捕虜の扱いをお約束いたします。
 捕虜の方々をブリタニアにお返しする機会があれば、彼らが母国の地を再び踏むことが出来ましょう」

 エトランジュは何も言わなかったが、その場にいるだけで既に証人となったことを微笑むことで示している。
 十代の少女達が政治の駆け引きをしていると、通信兵が叫ぶように報告した。

 「蜃気楼および紅蓮、屋上にて戦闘に入った模様です!」

 (お姉様、ルルーシュ・・・!!)

 愛する姉と異母兄に挟まれたユーフェミアは内心で泣きたかったがそれを押し隠し、政庁方面を映し出しているモニターをただ眺めることしかできなかった。



 「ようこそゼロ。舞踏会はお好きかな?」

 屋上で待ち構えていたのは、案の定コーネリアとギルフォードだった。だが他にナイトメアの姿は見当たらず、反応もない。

 「貴女となら悪くはないダンスが踊れそうですコーネリア。では一つお相手願いましょう」

 ルルーシュはマントをつけたコーネリアの乗機であるグロースターの前にゆっくりと降りていくと、カレンに命じた。

 「カレン、君はギルフォードを頼む。邪魔はさせるな」

 「了解しました、ゼロ!」

 カレンはギルフォードの前に紅蓮可翔式で突っ込んでいくと、ギルフォードはナイトメア戦闘用大型ランスで迎え撃つ。

 「黒の騎士団のエースだな・・・姫様の邪魔はさせん!」

 「それはこっちの台詞よ!弾けろ、ブリタニアっ!!!」

 カレンは呂号乙型特斬刀でギルフォードと斬り合いながら、空中戦を繰り広げている。

 「フロートシステムは初めてだけど・・・でも負けてられないわ!
 私は日本を解放して、ここで父さんや母さんと前みたいに仲よく暮らすんだ!!」

 「エリア11は姫様のもとで衛星エリアに昇格すれば、もっといい暮らしが出来るはずだ!!」
 
 「うるさい、黙れ!!私達はお前達の都合でさんざんな目に遭わされてきたんだ、それが気に入らないってことがまだ解らないの?!
 これだからブリタニアは!!」

 カレンがスラッシュハーケンをギルフォードに撃ちこむと、彼は避けきれずに機体を損傷させてぐらついたが落下はしなかった。
 
 「私達はもう誰にも支配されない!!ここは日本だ、衛星だの矯正だのというあんた達の都合で決められる場所じゃない!!」

 早くカタをつけて、ルルーシュに加勢しなくては。
 カレンはそう考えるとギルフォードに猛然と攻撃し、空を舞う。

 先に始めた自分達の騎士の戦闘を横目に、コーネリアとルルーシュは静かに向かい合った。

 「こんな形でお前と踊る羽目になるとはな・・・」

 故クロヴィスがルルーシュとナナリーを偲んで造った屋上庭園は、アリエスの離宮によく似ていた。
 芸術家気質のクロヴィスが出来る限りアリエス宮に近づけて造っただけはあり、大きさが違うだけの小さな宮がある。

 『ルルーシュ、お前が社交界にデビューするその日には、私がワルツの相手をしてやるからな』

 ダンスの練習でたまに相手をしてやっていた日々を思い返して、コーネリアは吹っ切るようにナイトメア戦闘用大型ランスを構えて突進する。

 「ゼロ、覚悟!!」
  
 蜃気楼はもともと多くの敵を遠方から一気に殲滅する遠距離戦を得意とするナイトメアで、コーネリアのように接近戦を得意とするナイトメアとは相性が悪い。
 だが防御力だけは世界一を誇り、ラクシャータからそれで駄目ならナイトメアにはもう乗るなと言われている。

 コーネリアは流れるようにルルーシュに攻撃してくるが、フロートシステムを搭載したばかりで攻撃力自体はまだ上がっていないグロースターでは蜃気楼に傷一つ負わせることが出来ない。

 「くっ、何と頑丈なナイトメアだ!」

 「絶対守護領域がなくとも、多少の斬撃ならものともしないようだ。さすがはラクシャータ」

 ルルーシュはラクシャータを称賛しながらコーネリアから距離を取ると、ハドロンショットの照準をコーネリアに合わせた。
 だがコーネリアも距離を取られるやアサルトライフルを撃ちこんできた。

 「斬るのが駄目なら、撃つまでだ!!」

 「無駄ですよコーネリア。この蜃気楼の前ではその程度の攻撃、ただの射的の弾でしかない!」

 ルルーシュは素早くキーボードを操作すると、ドルイドシステムを用いて制御される全方位エネルギーシールド・絶対守護領域を蜃気楼の周囲に展開する。

 「なっ・・・なんだそれは?!」

 全く傷一つついていないどころか平然と立っている蜃気楼を見て、コーネリアは愕然とした。

 あのナイトメアはシュナイゼルの特派が開発した機体だが、システムこそ秀逸だが戦闘しながら動かせるほど単純ではないと聞いている。
 そしてそれが出来るのは規格外の頭脳の持ち主だけ、とも。

 「絶対守護領域・・・ドルイドシステムをさらに改良したシステムです。
 こちらには優秀な科学者がおりますのでね、私用に開発させたものですよ」

 「・・・陛下はとんでもない宝を自ら捨て、恐ろしい敵を作ったようだな」

 もしルルーシュがブリタニアにいたなら、もっと穏健な形でブリタニアのために貢献してくれただろう。
 コーネリアは余計なことばかりしている父を、初めて心底から恨みたくなった。

 (あの防御壁を崩すには、接近戦で一気に壊すしか・・・!)

 コーネリアはナイトメア戦闘用大型ランスの先に仕込んであるエネルギー回路にエナジーを回すと、ナイトメアの加速装置を最大限に上げた。
 
 (何故だ・・・何故私は戦っているのだろう?)

 コーネリアはこれまで、神聖ブリタニア帝国の第二皇女として生まれ育ち、皇族の義務としてマリアンヌのようになりたくて、軍の道へと入って来た。
 それが国のため、ユーフェミアのためだと信じて疑っていなかった。
  
 それなのに父は自分にすら秘密にしている計画を持ち、末の弟妹を捨てた。
 だからいつ自分達もそうなるのかと怯えて強硬に国是の元で動いていたが、それが尊敬する女性の息子と戦うことになり、愛する妹も自分は間違っていると言われて敵対する組織へと行ってしまうことになるなど、想像すらしていなかった。

 どこで何を間違えてしまったのか、もうコーネリアには解らない。
 ただ言われるがまま動く戦闘人形、それが自分だ。

 「ゼロ!!!」

 コーネリアはブースターを動かしてグロースターのスピードを一気に上げると、蜃気楼に向かって突っ込んでいく。

 「コーネリア!!」

 ルルーシュはハドロンショットを一点に集中し、グロースターの足を完膚なきまでに破壊した。
 足が砕け散ったグロースターは自重を支えきれず、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 「姫様!!」

 「逃がすかあっ!」

 慌てたギルフォードがコーネリアの元に向かおうとした刹那、カレンはグレネードランチャーを容赦なく撃ち放った。

 フロートシステムを破壊されたが安全装置が働いたギルフォードのグロースターは、ゆっくりと屋上の庭園へと落下していく。

 コクピットからギルフォードが出て来くると、同じくコーネリアがゆっくりと投げ出されたコクピットから出てきた。
 顔から血が流れ、衝撃からか右腕の骨にひびでも入ったのだろう、左手で覆っているのが見えた。

 紅蓮可翔式が守るように蜃気楼の前に立つと、蜃気楼からルルーシュが降りてきた。

 「お前の勝ちだ、ルルーシュ・・・強くなったな」

 「・・・・」

 「ナナリーに追いかけっこで負けていたお前がなあ・・・ふふ、こんな形で手合わせにすることになるとは、七年前には思ってもみなかったぞ」

 敗者とは思えぬ笑みを浮かべたコーネリアがギルフォードに支えられ、ルルーシュは無表情で仮面を脱いだ。

 「・・・私はこれまで、幾多もの植民地を造ってブリタニアに貢献して来た。
 今更命乞いは出来んが、下の者達は助けてやって欲しい」

 「ええ、既に条約にのっとった捕虜の扱いをすると神楽耶様が表明し、エトランジュ様も同意しました。
 しかし責任者だけは例外です。生きて捕まることを選ぶなら、貴女は裁判にかけられることになるでしょう。死刑はまぬがれないものと覚悟して下さい」

 「私がして来たことだからな、敗北した相手を戦犯として処刑したのは・・・次は私の番ということか」

 因果は巡る。
 妹を守って来たから、妹は自分を守ろうとした。

 他国を蹂躙し支配し殺戮してきたから、支配された者達は自分を殺そうとした。
 人生のツケは人生の一番辛い時になって必ずまとめてくるものだと、どこかで聞いたことがあったが、まったく事実のようだった。

 「最後に言い残すことはありますか?」

 「・・・一つだけ、尋ねたいことがある。
 お前は父上の計画を知っているのだったな・・・何が目的だ?」

 銃の照準を自分に合わせながら問うルルーシュを、コーネリアがまっすぐに見据えて尋ねるとルルーシュはゆっくりと答えた。

 「・・・くだらない計画ですよ姉上。全世界の意識を一つにするなどという、迷惑極まりない計画です」

 ルルーシュがそう言ってギアスのことは言わず世界の人々の意識を一つに束ねて嘘のない世界を創る気らしいと答えると、コーネリアとギルフォードは目を見開いた。

 「母もその計画が出来ると信じていたようで、あの男の協力者だったそうですが。
 実にバカバカしい計画です。別に信じて頂かなくても結構ですよ、ただ本人が可能と思いこんでやろうとしているだけですから」

 「・・・そんな、そんなことのために私はこれまで?」

 「そうです。死んでもまた会えるので、世界各地で人が死んで虐げられても問題ないと言う、訳の分からない理論です。
 公表しても構いませんが、誰も信じないと思いますよ」

 「当たり前だ、公表できるか!確かにシュナイゼル兄上もクロヴィスも、日本の遺跡に興味を示していたが・・・」

 いくつも思い当たる節があったコーネリアは地面に疲れたように座り込み、少しうつろな瞳で弟に尋ねた。

 「・・・マリアンヌ様の事件、あれもそれに関係していることか?」

 「関係していると言えばしていますが、していないと言えばしていませんね」

 ルルーシュはそう前置きすると、V.Vのことを話した。
 子供の姿のまま生きている父の双子の兄だと教えると、コーネリアは今度こそ絶句した。
 
 「・・・あ!」

 (そういえばユフィがあのV.Vなる子供はどこかで見たことがある気がすると・・・確かにペンドラゴンの学園に飾られている陛下の写真とそっくりだ)
  
 そしてそのV.Vが弟を取られたと思い込んでマリアンヌを襲って殺したと聞くと、コーネリアは彼が確かにマリアンヌに対して憎しみを抱いている発言をしていたことを思いだし、末弟がでたらめを言っているとは思えず混乱する。

 「姫様、あの子供は『僕の大事な弟をたぶらかしたあの女』とマリアンヌ様のことをそう言っていました」

 「・・・ああ、言っていたなギルフォード」
 
 「なるほどね・・・とにかく俺が調べた限りではそういう結果になりました。
 遺跡を手に入れるために必要だったから、俺とナナリーを日本にやったんです。
 兄から守るためと言いながら、死んでもまた会えるから構わないと、そんなバカな考えで、です」

 「V.V・・・不老不死というやつか?」

 「冷凍保存とか、成長を遅らせるとかそんな実験かもしれませんね。
 事実そう言う人体実験を行っていたのは、貴女もご存じのはずですが」

 「・・・ああ、確かにな」

 ジェレミアを思い浮かべたコーネリアは頭痛がする頭を押さえて、世界を一つにするなどという現象以外はある程度筋の通った理論を聞いていた。

 荒唐無稽な話を何を馬鹿な、と一笑に付すのは容易い。だが確かに信じて貰わなくてもいいと言うような話をしてどうなるのか、と考えれば、少なくとも父シャルルは現実に実現可能であると信じて行動していると考えるべきだろう。
 あの日の通信室で、シャルルとルルーシュとの会話が綺麗に成立していたことがそれを証明している。

 ルルーシュはコードとギアスについては言わず、現実味を帯びたように言い変えているだけだったが、コーネリアは疑うよりも一応の辻褄が合い過ぎているせいでその説明を否定出来ないでいる。
 シャルルの言動、実際にあった遺跡、興味を示していたシュナイゼルとクロヴィス、さらに妙な人体実験の様子にV.Vなる者が統括している機関など、ルルーシュの説明と合致していることがあまりにも多かったからだ。

 「もしそれを本当に陛下が考えているとすれば、あまりにも愚かだ・・・既に差国是主義が浸透している中で、ナンバーズの考えなど知ったところでどうなるというのか・・・」

 互いの考えを知ったところで、あるのは恨みつらみの応酬だろう。
 怨念と憎悪の塊をぶつけられるのがどれほどのものか、コーネリアはすでに嫌というほど思い知っている。

 「・・・解った、もういい。恐ろしいものだな疑問に思わないと言うことは・・・」

 「姫様・・・」

 『強盗殺人を家業にしているような人間に折る膝はない』

 マグヌスファミリアの前国王アドリスが、降服を呼びかけた際コーネリアに叩きつけた台詞だ。
 あの時は侮辱されたと激怒したものだが、彼はただブリタニア以外の国からブリタニアという国のありようを端的に表したに過ぎなかったのだろう。

 あの時に自分がどう見られているかをしっかり受け止めていたならサイタマの虐殺に繋げることはなく、末弟は自分を信じてくれていたかもしれない。

 「何故言われたのかと少しでも考えていたら・・・はは、何もかも遅すぎたな」

 「・・・エトランジュ様は反省しているなら許してもいいと言えるお方です。ですが反省をしていない人を許すわけにはいかないそうです」

 恨み続けるにも力がいるのだ、恨みの連鎖に身を置きたくないとルルーシュから聞くと、コーネリアは小さく笑った。

 「知っている。あのマグヌスファミリアの女王の従兄だという男、アルフォンスといったな・・・あいつがユフィとお前達のやり取りをすべて私に聞かせていたからな」

 「・・・・!そうですか」

 いらぬお節介を、とルルーシュは思ったが、どうりでコーネリアがいっこうに自分やユーフェミアを糾弾しないわけだと納得した。

 「『これ以上何も言わせるな』とな・・・ああいう人間が反ブリタニア陣営にいることは、ブリタニアにとって幸運と言わねばならんのだろうな」

 コーネリアはユーフェミアに同情してあのような行動を取ったのだろうアルフォンスを思い返して、エドワードとして自分達の前に現れた時から気が回る男だと認めていたことを思い出した。

 「命だけなら助けられなくはない、とあの男は言った。そして私に生き地獄を見て貰うしかない、ともな。
 だがそんな私を助ければ、お前とユフィの立場がまずくなる。
 マグヌスファミリアの連中は私を虐げることはしないだろうが、逆に助けることもするまいよ。自分達の地位を保つことで精いっぱいなのだからな」

 恐らくコーネリアが何をされようとも、自分達の不利になる場合を除いて助けたりはしないだろう。
 そんな余裕が彼らにあるとは思えず、またそんな義理もないからだ。

 「そう、みんな罪を許すだけの余裕がない。だから貴女を殺して終わりにしたいと思っている。
 エトランジュ様もアルフォンスも、家族を大事にしている人間を見ればそれに手を貸して笑うことが出来る人でした。
 それでも妹を守ろうと必死になっていると知っている貴女を、手段を選ばず殺そうとしたんです・・・戦争は人を変える」

 「・・・そうだな、みんな変わってしまった。私もルルーシュもクロヴィスも、そしてナナリーもユフィもだ」

 変わって欲しくなかったから箱庭で大事にしていたつもりだったのに、多くの選択肢を間違えてしまった。
 人命を尊重する戦いが出来る余裕があったのに、それを無視して命を奪った。
 ナンバーズという数字で見ていたから気にしたのは生産量だのどの割合でブリタニアのためになるかだのそんなことばかりで、その中にたった一つの命として見る者がいることを忘れていた。

 「姉上・・・俺はブリタニアをぶっ壊す!そしてこの戦争を終わらせて世界を変える」

 「姉と呼んでくれたか・・・ありがとうルルーシュ」

 コーネリアは知りたいことを知り、心残りだった妹もこの末弟やむやみに争いを招かない者達が彼女の傍にいるのならもはや思い残すことはないと、自らのこめかみに銃を当てた。

 「ユフィとお前が作る世界を見ることが出来ないのが残念だ。やるからには勝て!それがブリタニアの業だ」

 「・・・・」

 「お前達が断ち切ってくれることを、マリアンヌ様と共に見守らせて貰う」

 そう言ってコーネリアは穏やかな笑みを浮かべながら、銃の引き金を引いた。
 響き渡る銃声。



 すさまじい爆発音が政庁の屋上に響き渡ると、政庁の外で戦っていた黒の騎士団とブリタニア軍はいっせいにそちらに視線を集めた。

 煙が舞い上がる中で二体のナイトメアが浮かび上がる。

 「コーネリア様のグロースターか?!」

 「へっ、ゼロの蜃気楼に決まってるだろ、バーカ!」

 どちらのリーダーの機体かと固唾を飲んで見守ると煙から現れたのは、蜃気楼とそれを守る紅蓮可翔式だった。

 「ゼロだ!!ゼロがコーネリアを倒したぞ!!」

 「黒の騎士団の勝ちだ!!日本の勝利だ!!」

 うおお、と歓声が上がる中で、ブリタニア軍は唖然としている、

 「まさか、コーネリア殿下が・・・あり得ん!!」

 「おい、殿下のご指示を仰げ!!・・・だめだ、連絡がつかない・・・」

 呆然と蜃気楼を見上げるブリタニア軍に、ルルーシュは勝利を宣告した。

 「コーネリアは私が討った!!同様に彼女の騎士ギルフォードは、私の親衛隊長である紅月 カレンが倒した。我らの勝利だ!!」

 「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」

 「ご覧ください、これまで虐げられてきた日本人のために立ちあがったゼロが、見事コーネリアを倒しました!!
 正義は勝ったのです!!ゼロの勝利です!!」
 
 興奮することしきりでディートハルトが炎上する政庁をカメラに収めながら繰り返し絶叫して放送すると、日本各地で歓声が起こった。

 (素晴らしい、さすがはゼロ!!本当に一年足らずで日本を解放した!
 まさにカオス、奇跡の体現者だ!!)

 「ブリタニア軍の皆さん、私はユーフェミアです。
 黒の騎士団にいらっしゃる日本の皇族の方である神楽耶様には、貴方がたは捕虜として国際条約にのっとった扱いをして下さると約束して下さいました。
 いずれ捕虜交換などの折には、本国にお返しするとのことです。
 武装を解いてゼロの指示に従ってください!繰り返します・・・」
 
 G-1ベースから聞こえてくるユーフェミアに指示に、指揮官のいないブリタニア軍はどうすることも出来ずに指示に従いだした。

 燃えさかる政庁に消火指示を出しながら、ルルーシュは大きく日本の国旗と黒の騎士団の旗をはためかせた政庁の門前へと降り立った。

  
 トウキョウ租界、陥落。
  
 神聖ブリタニア帝国の植民地が初めて解放された瞬間だった。



[18683] 第二十四話  悲しみを超えて
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/05/07 09:50
 第二十四話  悲しみを超えて

 政庁の屋上は一時間ほど燃え続け、消火されたことを確認するとまず行われたのはコーネリアおよびギルフォードの遺体の回収だった。

 自らの無様な遺体を衆目に晒すまいとしたコーネリアが屋上を爆発させたというゼロの証言通り、寄り添うようにして見つかった二人の遺体は見る影もなかったが、政庁にあったコーネリアの歯形のデータと一致したため、コーネリアとギルフォードであると確認された。

 棺に入れられた二人の元に来たのはユーフェミアとスザクで、見張りとしてきたアルカディアはクライスと共にドアの外にいる。

 「お姉様・・・ギルフォード・・・私は後悔していません。
 ですが出来ればお姉様と共に、新しい世界を見たかった・・・」

 涙ぐむユーフェミアをスザクがどう声をかければいいものかと悩んでいると、ドアが開いて入って来たのはゼロの扮装をして小さな箱を抱えたルルーシュだった。
 仮面を脱いだルルーシュは、仮面を手近なテーブルへと置いた。

 「ルルーシュ・・・ここに来てもよろしいのですか?」

 「ああ、一段落ついたからな・・・後は藤堂達に任せてきた」

 ユーフェミアはコーネリア達の棺が納められている部屋に来る前まで、投降したブリタニア兵達を収容所に連れて行き、細かいことが決まるまではここにいるように命じ、また神楽耶とゼロに対して改めて礼を言った。

 「先ほど政庁内のデータをこちらに集めていてな、延焼を免れたコーネリアの部屋も検めたんだが・・・そこに君への手紙があった。
 悪いと思ったが中身を見せて貰ったよ。だが特にこちらの不利益になるものじゃないから、君が持っているといい」

 「お姉様からの手紙?」

 そう言いながらルルーシュが耐火性の箱に入っていたというコーネリアの手紙を差し出すと、ユーフェミアはおそるおそる受け取った。

 震える手で手紙を取り出すと、おそらく出陣前のため時間がなかったのだろう、 パソコンで作成されてはいたがそこにはまぎれもない姉の字で署名が入っている。

 『私の愛する妹、ユフィへ。
 この手紙を見ていると言うことは、私はゼロに敗れ既にこの世にいないのだろう。
 お前の反逆宣言には驚いたが、お前なりに考えて出した結論ならば私はもはや何も言うまいと決めた。
 思えば私はお前の意見を何も聞かなかったが、今となってはそれをとても後悔している。
 だが今私が主義主張を翻せばこれまで私につき従ってきた将兵達の立場がなく、かえって暴発する危険があるゆえ、私はゼロと戦わなくてはならなかった。
 だから私は最後のブリタニア皇族としての仕事を、この命をかけて全うする。
 今まで私はお前に自分の言うことを聞かせることばかりで、お前に何も教えて来なかったな、すまなかった。
 だがお前は自分の力で為政者として成長し、ブリタニア人や日本人の支持を自らの手で掴み取ったお前に、今私が教えるべきことはなにもない。
 しかし一つだけ、お前に言わせてほしい。決して目的だけは見失うな。
 目的のための手段であり、手段を見るばかりで目的を忘れ去ってしまえば私のようになると思え。お前ならば解ると思うが、それだけは言っておく。
 それからダールトンに伝えて欲しい。お前には辛いことになるかもしれないが、ユフィを守ってくれと・・・・もし拒否をしたならば、彼はお前の裁量に任せる。
 最後に、お前達が創る世界をマリアンヌ様と共に見守っている。

 お前達を心から愛している、ユフィ       。   コーネリア』

 最後の“お前達を愛している、ユフィ”は手書きだった。不自然な空白をよく見ると、“Lel”とうっすらと見える。おそらく書きかけた文字を、修正液かなにかで消したのだろう。
 それだけでユーフェミアは、姉は誰を恨むことなく散ったのだと理解した。

 「私も愛しています・・・・お姉様・・・!!」

 この手紙の発見者が何も知らない者であればまずかったから、ルルーシュの名前は出せなかった。
 文字にされることはなくとも、最後の“お前達”は自分とナナリー、そしてルルーシュのことだと、ユーフェミアには解る。
 いや、ルルーシュもそうだったのだろう、ユーフェミアはルルーシュの無表情を装っている中での感情を悟り、大事そうに箱にしまった。

 「・・・私、誰も恨まないわルルーシュ。これから先何があっても、誰かを恨んだり憎んだりすることなく、先に進みます」

 「ユフィ・・・」

 「お姉様はその命を持って、少しかもしれませんが憎しみの連鎖を止めました。
 そのご遺志を無駄にしてはいけないと思うから」

 「・・・本当に君には負けたよ、ユフィ。解った、俺も最大限に協力しよう。
 超合衆国日本の建国宣言の後、合衆国ブリタニアの建国を君に宣言して欲しいんだが」

 憲法法律その他は後回しだが、どうせなら合衆国ブリタニアを戦後のどさくさにまぎれて作った方がいい。

 「・・・私がその皇帝になるのですね」

 ユーフェミアは目を閉じて震えたが、自分は逃げないと決めたのだ。
 次にその瞳を開けた時、ユーフェミアはルルーシュに言った。

 「・・・私、いろいろ調べてみたのだけど、皇帝や国王といっても間違った行為をすればその地位を剥奪出来る制度がある国があるそうね」

 「ああ、立憲制君主国家のことだな。ブリタニアは長らく帝政だったから、いきなり民主制にするよりはその方がいいだろう」

 「私もまだまだなところがありますから、その方がいいわ。
 間違ったことを間違っていると言ってくれる方こそ、皇帝の宝物です」

 はるか昔の中華では、諫議大夫という皇帝が間違ったことを命じようとしたらそれを諌めるのが役目の大臣までいたと聞いている。
 もっとも暴君ほどそんな諫言を無視するので、しばしば命がけの役職になったりご機嫌取りの人間がついたりしたため、いつしか廃れていったという。

 「君ならいい皇帝になれるよ、ユフィ。俺がスザクとともに君を守ると約束しよう。
 だがその前に、ちょっと決めておきたいことがある」

 「何かしら?」

 ユーフェミアが尋ねるとルルーシュは棺の方に視線を移しながら言った。

 「この二人のことだが、身内だけの葬儀は出来るが埋葬場所が問題だ。
 いつまでも放置しっぱなしでは、いろいろとまずい」

 「そうか、日本は基本火葬だけど、お墓とかどうしよう・・・」

 スザクも大きく溜息をつくと、ルルーシュはだからな、と提案した。

 「ダイヤモンドにするのがいいと思う。そう言う技術について、聞いたことはないか?」

 「はい、あります。皇族や貴族でも、なさっている方を見たことがありますから」

 スザクがなるほどいいアイデアだと賛成すると、ユーフェミアも本国に遺体を送れるはずもないし、かといって日本に埋葬するのもはばかられたのでずっと姉と共にいられるのならと同意した。

 「ぜひそうさせて下さい、ルルーシュ。どうしたら出来ますか?」

 「既に手配済みだ。コーネリアとギルフォードということは隠してあるから、揉めることはないだろう」

 相変わらず根回しのいいことだとスザクとユーフェミアが感心していると、彼は葬儀についても準備をしてくれていた。

 「エトランジュ様が日本で知り合った神父を紹介して下さった。
 俺も評判を調べて会ったが、弟子だという女性は大した守銭奴だが本人は確かに清貧な暮らしをして高潔な人柄で、死者を送るのは大事なことだから自分でよければとのことだ」

 「そう、エトランジュ様が・・・何から何まで、お世話になりますわ。
 その方と、エトランジュ様にも後でお礼を言っておかなくては」

 「落ち着いたらその神父に連絡するから、今は混乱を完全に治めることを優先するぞ」

 ルルーシュはそう言うと、ユーフェミアを抱き寄せた。

 「だから今は・・・泣け。君は本当に、よくやった」

 「ルルーシュ・・・私は、私は・・・!!」

 目を見開いたユーフェミアはしばらく黙っていたが、ルルーシュの胸でやがて大きな声を上げて泣き始めた。

 その慟哭をドアの外で聞いていたクライスはどんな顔をすればいいのか解らず、アルカディアはひたすら無表情で聞いていた。



 その頃、日本中の日本人達が日の丸を掲げて快哉を叫んでいた。
 日本各地のブリタニア軍の基地は抵抗する者達もいたが結局はゼロ率いる部隊に壊滅させられ、自らが作った日本人を収容する施設に放り込まれた。

 逆に反逆罪や無法に有罪判決を受けて刑務所に入れられた者達は解放され、元日本の政治家などはその能力や意志に応じて暫定で内閣を組織したキョウト六家に招かれた。

 カレンの母百合子はリフレインという薬物法違反だったので釈放は叶わなかったが日本の法律に照らして二十年では長過ぎるとされ、刑期が二年に短縮された。
 またシュタットフェルトが特権を駆使して特別扱いをさせていたがそれも出来なくなったことを、父とともに面会に訪れたカレンが少々申し訳なさげに母に告げたが、母はそれは日本が解放された証拠だからと笑ってくれた。
 しかしカレンが黒の騎士団のエースでありゼロの親衛隊長をしていたと告げると、さすがに顔を引きつらせて心配げに娘の顔を見つめた。

 シュタットフェルトはお前からもやめるように言ってくれと懇願したが、カレンの強い意志を感じ取った百合子は頑張れと娘を励ました。
シ ュタットフェルトは丸一日かけた娘との話し合いの末に敗北し、彼女はそのままゼロの親衛隊長のしての職を続けることになった。
 シュタットフェルトの心労はまだまだ続くようだが、愛する妻と娘が幸せならいいかと、前向きに考えることにしたようである。

 日本が解放されるにあたり真っ先に問題になったのは、いわずもがな在日ブリタニア人の扱いである。
 ブリタニア本国に戻りたがる者が多いのは当然として、どうやって彼らを帰すのか、留まりたい者はどのようにするべきかと、ルルーシュをはじめとする黒の騎士団幹部およびキョウト六家あらため京都内閣の面々、そしてユーフェミアが集まって協議を始めた。

 「これは早急に処置すべき問題、幸いゼロが早期に手を打ってくれたゆえかブリタニア人を襲う日本人は少なかったものの、まったくいなかったわけではない。
 治安維持のためにも、今月中には結論を出しておきたいのじゃが」

 トウキョウ租界あらため東京の桐原邸で暫定首相となった桐原がそう切り出すと、あらかじめ考えていたのだろうルルーシュがまず提案した。

 「ブリタニア人自治区を都道府県ごとに造り、そこに移住して貰おう。
 日本人の家族や友人と同居するなら、移住する必要はないが」

 「現在日本にいるブリタニア人は軍人を除いて約一万人弱、妥当な策じゃのう」

 「ゲットーや租界と違って行き来を禁止することはしてはならない。
 ただそれだと日本人がブリタニア人を迫害したり、またブリタニア人によるテロを警戒する必要があるが、前者の懸念は貴方がた日本内閣の手腕にお任せしたい。後者のほうは私が担当しよう」

 ゼロではなく桐原達が日本人に呼びかけて迫害をやめさせ、ブリタニアを差別することを止めれば日本の国際社会の地位は上がる。
 その意図を察した京都内閣が頷いて同意すると、ルルーシュは続けた。

 「そしてかねてから提案していた超合集国連合だが、そこにユーフェミア皇女を元首とする合衆国ブリタニアを建国して加入させたい。
 日本国から借り受けた地にある合衆国ブリタニアとすれば、反発はかなり減るはずだ」

 「ブリタニアを加入させる?!しかし、それは・・・」

 さすがに驚いた者が出てきたため、国是主義を否定するブリタニアを建国することで主義者のブリタニア人が大勢ユーフェミアの元に集まってくる。
 またシャルルを倒し旧ブリタニアを吸収した際、スムーズに戦後処理を終えることが出来る。
 超合集国に加入していればもし国是主義のブリタニア人による暴動や反乱が起こっても介入しやすくなるなど、デメリットを補えるはずだとルルーシュは説いた。

 感情論で政治を進めることの愚かさを知っている桐原は、長引く戦乱を終結させるには良案であると賛成すると、元首がユーフェミア皇女でゼロが彼女を抑えているのならと、それは認められた。

 「では合衆国ブリタニアの建国を宣言して頂こう、ユーフェミア皇女・・・いや、ユーフェミア皇帝」

 「はい、まだまだ力量不足ですが、よろしくお願いいたします」

 ユーフェミアが頭を下げると、既にルルーシュは超合集国に入る予定の各国からユーフェミアが元首ならばと了承を得たことを告げた。
 内心はまだ少女の彼女ならつけこみやすいと考えてのことだろうが、まさか真実ユーフェミアを思っているゼロ本人が彼女を守るつもりでいるとは予想していないだろう。

 「では超合集国連合創立宣言と同時に、合衆国ブリタニアの建国を宣言する。
 すでにディートハルトに手配をさせてあります」

 「うむ・・・では日本国の方はわしらに任せて貰おう。
 ゼロは超合集国連合および黒の騎士団のほうに専念して頂く」

 約束通り日本解放を成し遂げたルルーシュに、桐原は心の底から感謝している。
 これから世界規模になる黒の騎士団に加えて日本の治安や政治などにまでかかずらっていては、確実に過労死コースである。
 さらにいえばゼロなくして日本は成り立たないと思われれば日本が軽んじられるばかりか、日本をひいきしているとゼロを誤解される恐れが高くなる。

 こうして会議が終わると、桐原達は今後の日本について順次決定していった。

 首都は京都に定め、日本最後の皇族である神楽耶が天皇の座についた。
 これは戦前と同様に象徴天皇制であるが、内閣が機能しなくなった場合のみ政治・軍事に関与する権限が新たに付け加えられた。

 神楽耶はまだ未成年ではあるが、非公式とはいえ後見人としてゼロがいる上トウキョウ租界戦では後方指揮の任を見事に果たしたこともあり、彼女に期待している者も多い。

 日本解放が成ったことは世界中に既に知られており、エトランジュを通じて反ブリタニア活動をしているレジスタンスや国からは、次々に祝辞が届いた。

 「日本解放、まことにおめでとうございます神楽耶様!私、中華連邦皇帝の蒋 麗華と申します。
 以前はお手紙をありがとうございます」

 「お初にお目にかかりますわ、天子様。今後とも我が国とのよきお付き合いをお願いいたします」

 「はい、もちろんです!超合集国連合創立の際に、じかにお会いする日が楽しみです。
 蓬莱島の整備も今急いで行っているところなのです。
 まさかこんなに早く日本が解放されるとは思わなかったって太師が言っていたので・・・」

 ついうっかり正直に告げてしまった天子は口を手で覆ったが、神楽耶は笑った。

 「ええ、さすがゼロ様ですわ天子様。
 誰も予想していなかったことを、こうも早く成し遂げてしまわれたのですもの・・・驚かれて当然ですわ」

「 私も日本に行ってみたいです神楽耶様。ブリタニアの人達も仲良くしている国なのでしょう?
 喧嘩しないでみんなで暮らしている国を、私も見たい」

 無邪気に日本に期待を寄せる天子に、何としても日本人とブリタニア人の関係を早急に改善させなくてはと京都内閣の面々は思った。

 さらに各エリア支配されているレジスタンスからも希望の国とたたえられ、ひそかに黒の騎士団が渡した資金や武器などに感謝しつつ、次は自分の番だと燃えている。

 EUでは本当に成し遂げてしまった日本解放に驚きながらも、それに微力ながら協力したマグヌスファミリアを通じてよしみを通じるべきだとの意見が出、世論もそれに傾いている。
 特に中華のみならずEUを侮辱したシャルルの発言が動画でばら撒かれた事件以降は反ブリタニア派が多かったので、半年ほど前に結成されたばかりの黒の騎士団はエリア解放を成し遂げたのに、EUの軍隊は何をしているのかと批判される始末である。

 一度EUに報告のため戻ったエトランジュは報道陣に取り囲まれ、ゼロや黒の騎士団はどういう人達か、日本はどんな国かなど質問攻めに遭っている。
 EUの末席で座っているだけの幼き女王でしかなかったエトランジュは、早い段階で黒の騎士団の協力し日本解放の手助けをしていたとして、いまや時の人となった。
 
 エリア支配されている国々にとって黒の騎士団は希望であり、それを束ねているゼロは救世主だった。
 そしてそれに微力ながら協力していたエトランジュはEU内で植民地化された国や反ブリタニア派にとって格好の神輿となり、一気に面会者が増えた。

 アルフォンスが危惧したとおり、それに絡んだ政略結婚の話もちらほら出てきており、そちらの方でもエトランジュの伯父や伯母達は頭を抱えているという。
 おそらくそれは神楽耶も同じになるため、慎重に婿を選ぶ必要があった。それは相手がゼロであっても同じことだろう。

 会議が終わってルルーシュがユーフェミアとともに会議室を出てユーフェミアに貸し与えられた部屋に入ると、彼女を椅子に座らせて言った。

 「これからブリタニア人に対して逆風が吹く。
 ある程度こちらで制御は出来るが、今まで豊かな暮らしをして来た彼らが普通の暮らしを強いられるとそれが“下の人間の暮らし”と錯覚し、不当なものと考えだす者も現れるだろう。非常に難しい環境になる」

 「そうでしょうね・・・衣住食は保証して頂けましたけど、日本人を優先するのは当然ですものね」

 「そこが君の勘違いだ。君が最優先すべきは日本人じゃない、ブリタニア人だ。
 君は日本の皇帝ではなく合衆国ブリタニアの皇帝なんだから、合衆国ブリタニア人のことを一番に考えるべきだ」

 ルルーシュがそう告げると、ユーフェミアは今まで自分達がして来たことを思えば、と顔を伏せると、ルルーシュは叱咤した。

 「君の思いは解る。だがそれではブリタニア人が搾取される立場になる。
 もちろん表立っては賠償金と銘打ったり、友好のためと称して綺麗に取り繕うだろうが・・・正当な分のそれは支払うべきものだが、不当なものまで認めれば過去の繰り返しになる。
 君は間違った祖国を正しく導くために立ち上がったのだから、堂々と振舞い自身の意見を述べるんだ。
 ただくれぐれもよく考えてから発言するようにだけ気をつけてくれればいい」

 「解ったわ、ルルーシュ」

 ユーフェミアが頷くと、少々危なっかしい異母妹に不安はあったが自分が守ると決めたのだからと目を光らせておくことにした。

 「桐原は戦争を早期に終わらせるために、俺がある程度ブリタニアを保護することを黙認してくれるそうだ。
 エトランジュ様の方もEUに働きかけてくれるだろう。幸か不幸か、エトランジュ様の発言力はこちらが予想していたより大きくなりそうだからな」

 テレビ画面の中でエトランジュが報道陣に囲まれ質問攻めに遭ったり、マグヌスファミリアのコミニュティを取材する記者などを見て反ブリタニア派のヒロインとして印象付けようとしている様が見て取れた。

 ただ反ブリタニア派といっても戦争をしているからブリタニア討つべしと主張する派閥は平和主義を掲げるブリタニア人なら手を取り合うことをよしとするだろうが、ブリタニア自体を滅ぼすべきだと主張する者達はどうなるか、まだ少し不透明だ。

 また、反戦派では平和主義のユーフェミアがブリタニアを分裂させた、ならばそのブリタニアと手を取り合って国是主義のブリタニアを倒そうという一派も出てきたので、そちらの味方は多そうである。

 「ではユフィ、合衆国ブリタニアの建国宣言の時間だ。
 俺達ブリタニア人の新しい歴史の幕を、君の手で開けてくれ」

 「ええ、ゼロ」

 ユーフェミアはゆっくりと立ち上がると、顔を上げて合衆国ブリタニア宣言を行うべくルルーシュとともに会場へと向かうのだった。



 その頃、経済特区日本では日本人達が中心になって炊き出しを行っていた。

 「はーい、身体があったまる豚汁ですよー。おにぎりは一人二つまでです」

 「黒の騎士団の基地で配給慣れしてるから、逆に計画的にかつ多めに配れてよかったですね」

 何でも余裕が大事だ、と話し合いながら炊き出しをしていると、ブリタニア人の面々がカレンとともに列に並び始めた。

 「お、カレンじゃねえか。一緒にいるのはあの制服・・・アッシュフォード学園の友達か」

 カレンの姿を見つけた玉城がミレイ達を連れて並んでいるのを見て、気楽に話しかけた。

 「よおカレン、見てたぜ大活躍だったな!用事は済んだのか?」

 「あ、玉城・・・うん、報告書も書いたしゼロからも特区の様子を見て来てくれって頼まれたから」

 「特区のほうは際立った騒ぎはねえな。起こしそうな連中は特区爆破テロ予告の時にとっとと租界の方に行っちまったからだろうって、扇が言ってた」

 玉城が日本語でそう説明していると、何を話しているのか解らずどんな反応をすればいいのかと途方に暮れているミレイ達に、玉城は気楽に話しかけた。

 「聞いてるぜ、アッシュフォードのカレンの友達だろ?
 日本人でも差別せずに、枢木 スザクを生徒会に入れてくれたいい人達って」

 「あ、どうも・・・私ミレイ・アッシュフォードといいます。
 こっちはリヴァルで、そっちの女の子はシャーリーです。あと、後ろにいるのがニーナです」

 「おお、俺は玉城 真一郎っていってゼロの親友だ!黒の騎士団特務隊長だ。よろしくな」

 以前はブリタニア人というだけでブリキと呼んで嫌悪していたのにフレンドリーな玉城を見て、カレンが目を丸くしている。

 「何かブリタニア人が怖がって炊き出しに来ないんだよなー。
 今んとこ店とかもまだ開けそうにないから炊き出ししてるから、あんたらも手伝ってくんね?そしたら来るかもしれねーし」

 「そういうことなら喜んで手伝います!日本人の人達って凄いですね。
 だーれも文句言わずに並ぶんですから」

 貴族だから、子供がいるからと勝手なことを言わず整然と並ぶ日本人にシャーリーが驚いたように言うと、まーなと玉城は胸を張った。

 「変なことする奴は日本人でもブリタニア人でも俺がシメてやっから、安心しろよ。
 基地にいたブリタニア人が何人か協力を申し出てくれてな、しょっちゅううまいメシ作ってくれる兄妹が今炊き出しの材料の運搬をしてくれてんだ」

 玉城がブリタニア人に対して態度を軟化させているのは、真面目に協力してくれているブリタニア人に感化されたからのようだ。
 しかもアッシュフォード学園の面々は日本人でも受け入れてくれた学園の者達でカレンの友人なのだから、喧嘩腰になる理由がなかったのである。

 「ねえねえ、あのニーナって人はラブリーエッグを造ってくれた人じゃない?」

 「あ、ほんとだ!ユーフェミア様に協力してた人だ」

 怯えてミレイやリヴァルの背中に隠れていたニーナに気付いた日本人が、わっと彼女を笑顔で取り囲んだ。

 「え、え・・・!!」

 「ユーフェミア様もいろいろ大変のようですけど、大丈夫ですか?
 私達のためにブリタニアと決別までして下さって、どうしているかと気になっているんですが」

 「貴女も残ってくれたのね。ありがとう!まだ長い行列ですから、よかったらこれどうぞ」

 持っていた饅頭を手渡されてニーナは目を丸くしながら受け取ると、どう反応すればいいのか解らず返事が出来ない。

 「あの、その・・・ありがとうございます」

 (私ブリタニア人なのに、何でみんな親切にしてくれるのかしら。
 やっぱりユーフェミア様がお慕いされているから、傍にいる私もついでなのかも)

 ネガティブ思考のニーナは、ユーフェミアの傍から離れたらまた日本人に暴行されたりするのかもと考えている。
 だが見渡してみると前に会った日本人は乱暴だったのにここにいる日本人は皆礼儀正しくて整然と炊き出しの列に並んでいるし、何か起こった時にすぐにけが人などを運べるようにと、通路の端を開けている。

 日本語なので何を言っているのかニーナには解らなかったが、繰り返しブリタニア人だからと言って炊き出し拒否などの行為は禁止する、日本人として礼儀を守れと言い聞かせていたりもしていた。

 目の前にいる玉城という男が何やら足が使えなかったブリタニア人の女の子がリハビリがてら俺達の手伝いを頑張っててなあ、と称賛しているのがニーナには不思議だったが、聞き覚えのある固有名詞にさらに目を丸くした。

 「・・・ナナリーとロロってんだが、アッシュフォードにいたって聞いてんだけど・・・あんたら知ってるか?」

 「ナナリーちゃんを知ってるんですか?!」

 そういえばユーフェミアがゼロの正体はルルーシュだと聞いたニーナが、確かにそれならブリタニア本国に戻るはずがないのだから、当然彼女も黒の騎士団関係の場所にいるわけである。

 「ああ、兄貴のほうが騎士団の協力者だからな。兄貴が頑張って稼いだ金で、足の手術したばっかだから、基地でリハビリしてるよ。
 神経接続ってのが出来るナイトメアにも最近乗り出して、荷物の運搬とかしてくれてるんだ。
 ・・・ったくあんないい子を捨てるなんざ、ブリタニアってのはどうかしてるぜ」

 「ナナリーちゃん、手術したんだ・・・」

 まさか日本人がブリタニア人の手術をしてくれたのかとニーナは驚き、あらかじめ聞いていたのか、アッシュフォードの生徒会のメンバーは元気にしてて良かったと笑っている。

 「あんたらあの子の知り合いなら、今度基地に来いよ。会わせてやっから」

 「ぜひお願いします!ルルちゃんにも頼んでおこうっと」

 ミレイが達がやっと堂々とルルーシュ達にも会えそうだと喜んでいるのを見ながら、ニーナはただ最初に遭った日本人とここにいる日本人達の違いに驚くばかりだった。



 豚汁を食べて多少腹が膨れたニーナは、カレンとともに経済特区日本に戻って来たユーフェミアに会うべく特区庁にやって来た。
 心なしか髪が薄くなったシュタットフェルトを見て、苦労が絶えない人だとニーナはひそかに同情した。
 最近彼は特区庁に泊まりこんでいると聞いているが、仕事に一区切りついたのだろうか。

 三人がユーフェミアの執務室に入ると、ユーフェミアは嬉しそうに三人を歓待した。

 「お待ちしておりましたわ、シュタットフェルト辺境伯、ニーナ、カレンさん。
 さあ、お座りになって下さいな」

 「は、ではお言葉に甘えて失礼いたします。

 三人がユーフェミアの前のソファに座ると、ユーフェミアは目の下にクマを造りながらも嬉しそうな顔で言った。

 「今日、合衆国ブリタニアの建国宣言をします。
 そのための法律草案や在日ブリタニア人の生活保護などについて、シュタットフェルト辺境伯にはお世話をおかけしました」

 「いえ、それは私の夢でもありましたから・・・お気になさらず」

 シュタットフェルトが頭を下げると、ユーフェミアは微笑んだ。

 「これからいろいろと問題が起こると思いますが、何とぞお願いいたしますね。
 カレンさんから伺ったのですが、シュタットフェルト辺境伯は日本で暮らしていた時期があったとのこと・・・頼りにしています」

 「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 しばらくニーナにはよく解らない政治の話が続き、一段落ついたシュタットフェルトが席を立った。

 「それでは合衆国ブリタニアの建国宣言の準備をして参ります。
 カレン、時間になったらユーフェミア様を会場へご案内してくれ」

 「はい、お父さん」

 シュタットフェルトが一礼して退出すると、ユーフェミアは途方に暮れた表情のニーナに声をかけた。

 「ニーナには突然のことで、戸惑わせてしまったわね・・・ごめんなさい」

 「いえ、そんなことはいいんです。ただ、これからどうなるのかなって思って・・・」

 「そうね、少しずつ問題が出てくるのは解ってるの。でももう引き下がれないから、私の全身全霊をかけて取り組むつもりよ。
 ・・・でもニーナ、ニーナがどうしても駄目なら、ブリタニア本国に戻っても構わないのよ?ただゼロの正体だけは黙っていて貰いたいの。
 もしうかつに口に出したら、貴女の身が危ないから・・・・」

 暗に口封じで殺されると告げたユーフェミアにニーナはあり得ることこの上なかったため、戦慄した。

 「あれ、ニーナも知っちゃったの?後で知らせとかないと・・・」

 カレンが驚くとカレンも知っていたのかとニーナも同じように驚いた。

「 どうしてカレンばかり知ってるの?!私は何も知らなかったのに!!」

 ルルーシュがブリタニア皇子だったことはともかく、ゼロだったことまで知ってユーフェミアに頼られていたのかと嫉妬心全開でニーナが叫ぶと、いつもは大人しいニーナの激昂ぶりに二人とも仰天した。

 「お、落ち着いてよニーナ!怒るのも解るわ、私がゼロの親衛隊長だって黙っててごめん・・・でもこっちも事情が重なっちゃったし・・・」

 「え・・・?カレンが?どういうこと?」

 中途半端にしか情報を知らされていなかったニーナが幾分か落ち着いて事情説明を求めると、カレンが自分がブリタニア人と日本人のハーフであること、初期の段階から黒の騎士団にいたこと、そしてユーフェミアと知り合った経緯とその後の特区について概要を話すと、ニーナはやっと納得した。

 「紅月 カレンがカレンの本名だったんだ。だから紅蓮のパイロットがカレンだって解らなかったのね。
 騎士団の人達が優しくしてくれた理由が解ったわ」

 「私のことは公表するからいいけど、ゼロのことは口に出さないでね!
 これ以上ことをややこしくしたら、ユーフェミア様の立場だってまずくなるから」

 「そ、そうね、解ったわ。絶対誰にも言わない」

 ニーナは崇拝するユーフェミアのために沈黙の誓いを立てると、ユーフェミアは彼女の手を取って感謝した。

 「ありがとう、ニーナ。貴女には本当にいろいろ迷惑をかけてしまったわね」

 「とんでもありませんユーフェミア様!私、ユーフェミア様のためなら・・・!」

 ニーナは顔を真っ赤にしながら、彼女の傍で役に立つために合衆国ブリタニアの参加を改めて決意した。

 「私、合衆国ブリタニアのために頑張ります!
 ルルーシュとお話ししたいのでしたら、電話回線に盗聴防止システムでもお造りしますから!」

 カレンには出来ない得意分野をアピールするニーナに、カレンは日本人を嫌っているニーナが何故こんなに燃えているのかと内心で首を傾げている。

 「まあ、優しいのねニーナ。ルルーシュとも話してみるわね。
 ニーナがいてくれるなら、私も心強いもの」

 「ええ、私もユーフェミア様がいらしてくれるのなら・・・イレヴ・・・いえ、日本人はまだ怖いけど・・・でも今日優しくしてくれたし・・・」

 急に困った様子になったニーナに事情を尋ねると、彼女から先ほどあった出来事を聞いたユーフェミアはなるほどと頷いた。

 「それはきっと余裕が出来たからよ、ニーナ。
 私達がもう日本人に何もしないと宣言して、そのために動いて来たから大丈夫だと思ってくれたからだと思うわ」

 「余裕、ですか?」

 「いいブリタニア人と悪いブリタニア人を区別する余裕がなかったから、日本人は弱いブリタニア人と見たから貴女を襲ったと思うの。
 知っていたかしらニーナ・・・人間は余裕がないとね、弱い立場の人間をストレスの吐け口にしてしまうの。お姉様もそうだった・・・その人達もきっと同じだったのではないかしら」

 失敗すれば父に見捨てられブリタニアから放り出されると、戦々恐々の毎日だったのだろう。思えば姉も、心の余裕がなかったのだ。

 「“衣食足りて礼節を知る”と言うわ。私達は搾取するだけしてその程度のこともしなかったから、余計に怒りを買っていたの。
 逆の立場になってみれば解るわ。私は逆の立場になって考えることだけは、絶対に忘れない」

 静かにそう告げたユーフェミアを眩しいものを見るようにうっとりと見つめたニーナは、彼女はやはり女神なのだと確信した。

 (そうよ、ユーフェミア様はこの戦争を止めるために頑張ってる方なんですもの。
 日本人は確かにユーフェミア様を認めてるんだから、ユーフェミア様のおっしゃっているとおりに違いないわ)

 ニーナは日本人はユーフェミアを支持しているのだから彼女の政策が正しいのであり、そのユーフェミアが日本人を理解していたからこそ成功したのだと考えた。

 (なら日本人に余裕が出来たら、もう襲われたりすることはないのかしら。
 タマキって人も何かあったら助けてやるとか言ってたくらいだし・・・ユーフェミア様がおっしゃってるんですもの、きっとそうだわ)

 「そろそろ合衆国ブリタニアの建国宣言の時間ね。
 これからブリタニア人にとって辛い時代になるかもしれない。でも、それはずっと他者を虐げることを続け何もしてこなかった私達への罰だわ。
 幸いルルーシュがいるし全てのブリタニア人を悪とするのはをやめようと言ってくれる方々がいる。
 それはとても幸せなことね」

 ユーフェミアはゆっくりと立ち上がると、同時にドアをノックする音がした。

 「お迎えに上がりました、ユーフェミア様。合衆国ブリタニアの建国宣言のお時間です」

 ユーフェミアはルルーシュからコーネリアからの手紙を受け取った後、それを特区庁の一室で軟禁されていたダールトンと面会し、その手紙を見せた。
 それを見たダールトンは涙し、亡き主君の宝物であるユーフェミア、および救おうとしたルルーシュとナナリーを護ることこそ己の使命と考え、合衆国ブリタニアに協力することを表明した。
 ユーフェミアの護衛に限ってのみ活動することといくつか行動に対して制限が付け加えられたが、ユーフェミアが責任を持つということで解放され、ユーフェミアの護衛隊長という地位を与えられることとなったのである。

 「今行きます、ダールトン。ではニーナ、また後で」

 ドアを開けるとダールトンとともにスザクがおり、ユーフェミアは彼の手を取って歩き出す。
 彼女達が会場に到着すると、そこには大勢の日本人や居残ったブリタニア人がいた。

 檀上にはゼロとしてのルルーシュと神楽耶、京都内閣の首相である桐原が立っている。

 ユーフェミアは卑屈になる必要はない、堂々としていろというルルーシュの言葉に従い、しっかりとした足取りで壇上に立った。

 「ブリタニア人の皆さん、日本人の皆さん、私はユーフェミアです」

 強く透き通った声でそう言ったユーフェミアは、しんと静まり返って聞き入っている民衆達に語りかける。

 「このたびは私達ブリタニア人のために様々な協力をして下さって、まことにありがとうございます。
 私はゼロと日本人の方々のご好意により、皆様の輪の中に入ることが出来たことを心より感謝いたします。
 ですが未だ祖国ブリタニアは差別国是を掲げ、他者の尊厳を奪い支配し、暴力を受ければ人は悲しみ反発するという当たり前のことを忘れ、自分達の豪奢な生活のために犠牲になることが当然であると主張しています」

 うんうん、と日本人が同意の頷きを返すと、ユーフェミアは続けた。

 「私は幾度となくこの差別主義を疑問に思っていましたが、口に出すことすらブリタニアでは禁じられてきました。
 間違っていることを間違っていると言えないことこそが一番の間違いだと思いながらも、私には日本に赴任してから対症療法を行うことが精いっぱいでした。
 自分勝手な主張で殴ったり蹴ったり、果ては殺したりする者を、いったい誰が愛し信じてくれると言うのでしょう!
 ゆえに私は黒の騎士団が掲げるあらゆる人種、歴史、主義を受け入れる広さと、強者が弱者を虐げない矜持を持つ国、人種も主義も宗教も問わぬ国に共感し、参加を表明したのです。この決断は私の人生の中で、もっとも正しい選択であると自負しています。
 そして今、ゼロが掲げる世界を一つに繋げる計画を聞き、私もそこに参加させて頂くことになりました。
 どうか彼から、その素晴らしい計画についてお聞き下さい」

 ゼロの計画と聞いて一同が身を乗り出すと、ルルーシュが神楽耶と共に壇上に上がって宣告した。

 「日本人およびブリタニア人の諸君、日本解放に改めてお祝いを申し上げる!!
 だがブリタニアはまだ植民地を十七ヵ国も抱え、以前の日本のように搾取の限りを尽くしている。
 これを許していては、自分だけ良ければいいというブリタニアと何ら変わりはない!!
 解りきっている問いだが、あえて私は諸君に問おう!この国々を見捨て、日本だけの独立を守るべきだろうか?!」

 「んなわけねえだろ!ブリタニアの横暴を許すな!!」
  
 「日本解放のために助けてくれた国だってある!今度は我々の番だ!!」

 「世界をブリタニアの脅威から救え!!」
  
 一斉にゼロコールと打倒ブリタニアの声があふれると、ルルーシュは手を上げて声を止めた。

 「それでこそ我が合衆国日本の国民たる資格、正義を行う者達の声だ!
 しかし今だブリタニアは強大であり、日本一国だけでは戦い続けるのは厳しい。
 だが世界と手を取り合い、互いに協力し合えばそれは可能だ!
 よって私は超合集国連合の設立をここに宣言する!!
 既に中華連邦、独立したインド軍区、現在ブリタニアに占拠された国の亡命政権などを始めとする国々から参加の了承を得た!
 そう、我々だけではないのだ!!彼らとともに手を取り合い、平和への道を創造しようではないか!!」

 「中華とインドだと・・・!マジかよ」

 「さすがゼロだ!!それならブリタニアとだって戦えるぞ!!」

 「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」

 凄まじいばかりの歓声に、マイクを通しているディートハルトは耳が痛くなりそうなものだが全く気にならず、ベストポジションでゼロを映している。

 (ゼロ・・・日本解放のみならず世界をその手に収めるつもりか!!)

 そしてゼロが再び手を挙げると、別にギアスを使ったわけでもないのに民衆は操られたかのように静まり返る。

 「だがそのためには、敵を明確にしておかねばならない。
 我々の敵は何か・・・そう、差別主義を掲げ戦争を肯定している者達だ!!残念ながら、それは決してブリタニア人だけではない。
 そしてブリタニア人でも、差別主義を否定し平和を望む者は数多くいる!その者達の想いを、君達は今目にしている」

 「ゼロ・・・」

 「ささやかな箱庭だけでも、とう想いを偽善と取った者もいるだろう。だが、ブリタニア皇帝の力というものは長らく民主制に慣れた君達にはピンと来なかったのかもしれない。
 だが理解して欲しい・・・ブリタニア皇帝に逆らうということは、全てを捨てるに等しいほど勇気のいる行為なのだと言うことを」

 事実彼女は愛する姉を喪い、二度とこのままでは祖国の地を踏めないのだ。
 自ら選んだこととはいえ、どれほどの葛藤があったのかと語るルルーシュに、民衆は同情の眼でユーフェミアを見た。

 「だが君達はそんな彼女を支持してくれた。ゆえに私は彼女の想いを形にしたい。
 さあユーフェミア、こちらへ」

 ルルーシュが黒い手袋に包まれた手を差し出すと、ユーフェミアはその手を取って宣言した。

 「私は超合集国連合の理念に共感し、その参加を表明します!
 今この時を持ってわたくしユーフェミアは、ここに合衆国ブリタニアの建国を宣言します!!
 ここ経済特区フジを仮の首都として使用させて頂けると、皇 神楽耶様よりご了承を頂きました。
 未だ小さな力でも、束ねれば大きな力となることはすでに証明されています。
 平和な国を、皆で仲良く暮らせる未来を諦めず、私達の手で掴み取るのです!!」

 「私はユーフェミアを・・・いや、合衆国ブリタニア初代皇帝、ユーフェミア帝を支持する!オールハイル・ユーフェミア!」

 ルルーシュがそう叫ぶと、他のブリタニア人はむろんのこと日本人からも同様の歓呼が上がった。

 「ユーフェミア皇帝万歳!」

 「オールハイル・ユーフェミア!!オールハイル・合衆国ブリタニア!!」

 その叫びが日本中でこだまする中、それを唖然とした顔で見ていたヴィレッタが途方に暮れていた。

 (何だこれは・・・コーネリア殿下が負けただけでも驚いたのに、あのお飾りと評判だったユーフェミア皇女が皇帝を名乗るだと?
 ゼロの操り人形だろうが、こんな事態になろうとは・・・!)

 隙を見て政庁に向かおうとしていた間にコーネリア敗北の報を聞いたヴィレッタは仰天し、そのまま何の動きも取れないまま戦闘が終了したため、今更何をしても破滅を招くだけになってしまったためにただ呆然となった。

 扇は千草がついているから前線には行けないと補給部隊の指揮を買って出たせいでゼロの元はむろん政庁に向かうことが出来ず、扇に手伝うと言って同行したのだからなし崩しに炊き出しを手伝う羽目になり、彼女にとっては踏んだり蹴ったりだった。
 特区は日本人が多かったため、下手に副指令である扇を始末しても脱出出来ない上、成功しても代わりが何人もいるため黒の騎士団に大きな混乱をきたすものではない。
 
 「よかったなあ、これでブリタニア人でも心おきなく一緒になれるんだ。
 玉城なんか落ち着いたら挙式しろなんて言うんだ。いずれ紹介しようと思っているんだが・・・」

 ヴィレッタを拾った経緯を忘れたかのように呑気に笑う扇に、ヴィレッタは考えた。

 (本国に戻りたい者はいずれ機を見て手配をする予定、か・・・その場合皇族クラスの方がおいでになられるはずだ。
 この男を何とかその場に向かうように説得して私もついていけば、ゼロの正体を手土産に戻ることが可能だ。
 ついでにゼロを撃つことに成功すれば、確実に爵位を得ることが出来る・・・!)

 そう考えたヴィレッタは、それまで自身の顔をゼロにばれないようにするため、にこやかに扇に言った。

 「でもまだ大変そうですから、結婚式はブリタニアを倒した後でもいいと思います。
 この戦いで命を落とした人達もいますし・・・」

 「それもそうだな。優しいなあ千草は」

 嬉しそうにあっさりヴィレッタに賛成した扇は、善人だが無能な男だ。そしてそんな男を副指令にしている黒の騎士団など、ゼロを始末すればすぐに瓦解するに違いない。
 そう考えたヴィレッタは、そっと扇の手を自ら握ってモニターを見つめるのだった。



 東京郊外のとある崖の上の家の中で、紫色の髪をした女性と眼鏡をかけた黒髪の生真面目そうな青年が、古いテレビモニターの中でユーフェミアの合衆国ブリタニアの建国宣言を見つめていた。

 「ユフィ・・・自分の国を創ったのか。やったな」

 「姫様、ユーフェミア様の後ろにダールトン将軍がいます。
 ユーフェミア様について下さったようですね」

 「ああ・・・ダールトンには感謝している」

 コーネリアはそう言いながら、包帯が巻かれた左手でテレビのボリュームを上げた。

 トウキョウ租界戦でルルーシュに敗れたあの日、コーネリアは自らのこめかみに銃を当てた。
 引き金を引いて撃とうとした刹那、その前に銃声が響き渡って手を撃たれ、その銃は地面へと落下した。

 『どういうつもりだルルーシュ!!』

 『話はまだ済んでいませんよ姉上。死ぬのも結構ですが、もう一つ別の道を聞いてからでもいいのではと思いましてね』

 『もう一つの道、だと?』

ルルーシュがそう言いながら差し出したのは、一枚の地図だった。

 『そこにいる医者は世界一の腕を持つと評判の優秀な闇医者です。整形手術も得意で、秘密は必ず守ってくれます。
 闇医者なので法外の料金を取られますが、分割でもきちんと支払っていれば問題ないそうです』

 『顔を変えて生き延びろ、と?馬鹿なことを・・・!私を憐れむつもりか、ルルーシュ!!』

 逃亡の手助けをしたと知られればルルーシュは無論ユーフェミアの立場も危うくなるとコーネリアは拒んだが、ルルーシュは首を横に振った。

 『貴女のためではありません、姉上。ユフィのためです』

 『何・・・だと・・・?』

 意外な答えにコーネリアは唖然とすると、ルルーシュは繰り返した。

 『ユフィのためです。彼女は何としても貴女を助けたいと願い、俺やエトランジュ様に頭を下げた。
 政治上の理由で公然と助けるのは無理ですから、“コーネリア・リ・ブリタニア”を殺してコーネリアという人物を生かすことにしようかと』

 『ルルーシュ、お前・・・!』

 『とはいえ、それでも充分生き地獄です。貴女はこれから皇族として当然のように受けていた恩恵をなくし、自分一人の力で職を得て他者に頭を下げて働き、衣食住を維持していかなくてはなりません。
 子供の頃の俺ですら、一般市民なら誰もがしているごく当たり前の行為に相当の屈辱を感じたものです。当時ブリタニア人が憎まれていたせいもありましたが』

 淡々と告げたルルーシュは、落ちたコーネリアの銃を拾って彼女に再度差し出しながら決断を迫った。

 『それすら断ると言うのなら、今度は止めませんのでどうぞご自由になさって下さい。
 ユフィには全てが終わった後に話すつもりです。それまで貴女が生きていれば、ルルーシュ・ランペルージの遠い親戚の一人として会う機会があるかもしれません』

 『・・・口のうまいやつだ。そんなことを言われれば、道など一つしかないではないか』

 生まれて初めて涙を流したコーネリアは、末弟が差し出した銃を振り払った。

 コーネリアは自分についていくと言ってくれたギルフォードとともに、屋上から皇族しか知らされていない避難通路を使って地下に降り、トウキョウ租界の外に出た。
 顔を見られないように細心の注意を払いながら、持ってきた軍で支給されている移動用の装備を使って二日近く歩き、ここに辿り着いた。

 既にルルーシュが話をつけてくれていたのか、ここに少女と共に暮らしていた医者は別に深い事情を聞くことなく承諾してくれたが末弟の言葉通り、一人につき一億という法外な手術料金を請求された。

 皇族だった頃は皇族費として毎年支給されていた金額でしかなかったが、末弟が最後の土産にくれた一般市民の平均年収や値段表などに照らし合わせれば一生かけて支払っていかねばならない値段だった。
 だが命の代価としては安いくらいだと、コーネリアは了承し、前金代わりに身につけていたブルーダイヤモンドの指輪を差し出して契約は成立した。

 そして今日、皮膚が手に入ったので手術を行うべく今医者は助手の少女とともに準備をしている。
  
 「残りの代金は半分というところか・・・苦労をかけるな」

 「私は姫様の騎士です。何があろうとも、私は貴女様について参ります」

 ギルフォードは迷いのない声で言うと、騎士に任命された日に受け取った騎士の証を握りしめる。

 「私が貴女をお守りします。今後の生活も、私が何とか・・・」

 「いや、それはいい。ルルーシュも自分の力で己の生活を確立したんだ・・・お前に頼りきりでは、ルルーシュに顔向け出来ないからな」

 「姫様・・・」

 清々しい顔でそう言ったコーネリアは、仮面をつけている末弟を見た。
 マグヌスファミリアの女王の姿はなかったが、先ほどテレビで合衆国連合に賛成し、EUが同盟を組むことを望むと表明していた。
 コーネリアの実妹が元首の国がいますが、との意地の悪い質問にも、コーネリアに反対したからこそ建国した国に反対する理由がありませんと答えている。

 「姫はよせ、私はもう皇女ではない。それにうっかり人に聞かれてみろ、奇妙に思われるぞ」

 「は、それはそうですが・・・ではどのようにお呼びすればよろしいですか?」

 ギルフォードに問われたコーネリアはしばらく考えていたが、やがて答えた。

 「・・・フラーム」

 「フラーム、ですか?」

 「私は一度炎の中で死んだ身だ。だからフラーム・・・フラーム・ランペルージと名乗ることにする」

 いつかルルーシュ・ランペルージの縁戚として妹に会うことが出来るかもしれないと、ルルーシュは言った。
 ファミリーネームを勝手に名乗らせて貰うことになるが、弟なら許してくれるとコーネリアは思った。

 「よきお名前と存じます。私も考えておきましょう」

 と、そこへ医者が手術を始めると無愛想に告げてきた。
 先にまずコーネリアから始めることになり、手術室へと向かっていく。

 ベッドに横たわり麻酔を打たれると、急速に意識が薄れていく。
 意識が途切れる刹那に聞こえてきたのは、ギルフォードが主君に届くようにボリュームを上げたのだろう、テレビの中から響く最愛の妹の力強い声だった。

 「平和のために戦うと言うのは矛盾しているかもしれません。
 ですが自らの欲望のために血を流させて平然としている人間を言葉だけで止めることは不可能だと、私にはよく解っています。
 ブリタニア人の皆さん、これから私達は過去の行為からブリタニア人というだけで白眼視される時代が続くことでしょう。
 私はある方から信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものであると教わりました。諦めないで信じて貰うために動きましょう!いずれ必ず報われる時が参ります!!」

 今は辛く寒くとも、暖かい春は必ず訪れる。
 そう語るユーフェミアに、期待と歓呼の叫びが消えることなく続いていた。
  



[18683] 挿話  優しい世界を踏みしめ  ~開眼のナナリー~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/05/07 09:52
 挿話  優しい世界を踏みしめ  ~開眼のナナリー~


 十一月初頭、黒の騎士団後方支部の病院の一室で、ベッドに横たわったナナリーの手をルルーシュがしっかりと握りしめて真剣な顔で言った。

 「ナナリー、いよいよ手術だ。
 もうすぐ麻酔をかけに麻酔科医とラクシャータが来る」

 「・・・はい。私、頑張ります」

 足の手術だが神経装置を埋め込むのに時間がかかるため、全身麻酔で行う。
 三日ほどは経過を見て、その結果でリハビリを始めることになっていた。

 ナナリーは手術が怖かったが皆の助力でここまで来た以上弱音を吐くまいと、ベッドの上で施設の子から贈られてきた千羽鶴を撫でてその時を待っていた。

 「手術のために食事は抜いているから、お腹が空いているだろう?
 許可が出たら許されている食材の範囲内で、お前の好きな物を作るからな」

 「ありがとうございますお兄様。ラクシャータ先生は医療サイバネティックスの 第一人者だとアルカディア様がおっしゃっていましたから、安心です」

 妹の手を握り締めて励ますルルーシュに、ナナリーは笑みを浮かべた。

 「足が治って、日本解放が成ってマグヌスファミリアの方が自由に来れるようになったら、ギアスでお前の眼が治るか確かめてみようとエトランジュ様がおっしゃっていたぞ。
 あの男の馬鹿な所業がお前を苦しめていたが、光明が見えてきたな」

 ナナリーが一人でいる時は不安そうにしていたことを知っていたルルーシュは、怯えはあっても頑張ろうとしている姿を見て必ず目も治してやると心に決めた。

 と、そこへアルカディアの笑い声が、室内に響き渡る。
 後ろにはさすがにいつも吹かしているキセルを手にしていないラクシャータと、白衣を着た麻酔科医がいた。

 「陣中見舞いに来たんだけど、元気そうで良かったわ。
 エディも来たがってたんだけど、ちょっと用事で外せなくてね」

 「エトランジュ様もお忙しい方ですから、お気になさらずに。
 エトランジュ様も各国の話し合いや調整で大変だと伺っていましたのに、折りを見てはギアスで視覚を繋げて、文字とか教えて下さるんです。
 七年前のことでうろ覚えでしたから・・・・」

 ナナリーはごく幼い頃から兄や兄の家庭教師について早い段階で読み書きを教わっており、七歳にしては比較的多くの単語を覚えていた。
 しかし光を失って以降は文字を覚えて書くよりも点字の方が主流になっていたため、今ではせいぜいアルファベッドと名前と日常単語くらいしか記憶にない。

 「可愛いイラストなんかも見せて下さったり、日本語も教えてくれるって・・・早くエトランジュ様にお願いしなくても自分で見れるようになりたいです」

 「日本語、ねえ・・・ハードル高いと思うわよ?
 何せエディですら未だに格闘してるくらいだからね」

 言語のエキスパートなエトランジュでも、日本語は実に難しい。
 何しろ漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字と覚える文字が大量にあるだけでも大変なのに、漢字とひらがなの組み合わせ、敬語や謙譲語の使い分けなど日本に来た当初に少々覚えるだけでもアルカディアは泣きたくなったものだ。

 「中華語が出来るんだから、漢字は楽だったんじゃないの~?」

 ラクシャータが尋ねるとアルカディアは小さく溜息をついて否定した。

 「逆にそれが曲者で・・・あっちは簡略化されてる漢字を使ってたり、果ては日本と意味合いが違う漢字があったりで、混乱したことも多かったみたい」

 たとえば“手紙”は日本では相手に送る便りのことだが、中華語では“トイレットペーパー”になるし、“暗算”は日本では頭の中で計算することを指すが、これが中華語だと“騙し討ち”や“陰謀をたくらむ”といった意味になる。

 漢字は中華から入って来たと聞いていたエトランジュは、間違えて使ってしまうことが今でも多い。

 「そういえば『ゼロは暗算が得意なテロリストだと、ブリタニアの人達が噂していました』とエトランジュ様が藤堂達に言ってたことがあったな・・」

 アルカディアがトリビアを披露すると、ルルーシュは確かに得意だが何故に暗算が得意なことが噂になるのだろうとみんなで首を傾げたことを思い出した。

 「よし、俺に任せろ。ちゃんと基礎からしっかり教えてやるからな」

 「ありがとうございます、お兄様。あの・・・・もう時間なのですね」

 「そうよ~、でも大丈夫。絶対成功させたげるから・・・お兄さんは外に出てね」

 ラクシャータに促されたルルーシュは、最後に妹に言葉をかけた。

 「ナナリー、頑張れ。待ってるからな」

 「大丈夫ですわお兄様。私、戦争に行くわけではないのですから。
 お兄様こそ手術の間しっかりお仕事をなさって下さい」

 逆に仕事を頑張れと言われたルルーシュは強くなった妹に、ルルーシュはこれなら大丈夫だと部屋を出て行った。

 麻酔科医が準備を行っている音が響くと、ナナリーはベッドに改めて横になりながらラクシャータの質問に答えていく。

 「気分は大丈夫なのね?今どんな感じ?」

 「・・・とても、胸がいっぱいです。私、全然怖くないんです」

 みんなが大丈夫、頑張れと言ってくれたから。
 自分の眼は精神的なものではなく、ギアスによるものと聞いた時はもう治らないのかと思ったけれど、エトランジュがギアス能力者を当たってくれると言ってくれた。

 「みんな、優しい人達・・・私、歩けるようになったらみんなから受けた優しさを返しに行きたいんです」

 「そう、その様子なら乗り越えられるよ。じゃ、そろそろ麻酔かけるからね」

 麻酔科医が失礼する、と言ってナナリーの腕に点滴針を刺した。ちくりとした痛みが腕に広がったがすぐに納まり、後はゆっくり眠るのを待つだけだ。

 「眠くなったらすぐに寝ちゃいなよ?我慢はだめ。
 あんたくらいの年だとたまーにいるんだよね、麻酔かけられたらどこまで我慢出来るかとか考えて試そうとする子」

 「ふふっ・・・私すぐ寝ちゃいますよ」

 緊張をほぐそうと笑い話をしてくれるラクシャータの心配りを嬉しく思いながら、ゆっくりとナナリーの意識が薄れて行くと同時に英語でも日本語でもない発音の歌が、ナナリーの脳裏に静かに響き渡る。
 
 歌詞は解らないけれど、優しい綺麗な歌声。

 (ああ、何て綺麗な・・・うた・・・)

 幼き頃に過ごしたアリエスの宮殿で、兄が自分のケーキに乗っていたイチゴを食べさせてくれた光景がはっきりと思い浮かぶ。
 
 それを最後に、ナナリーの意識は途切れた。



 麻酔により眠ったナナリーは気道確保をされた後、ストレッチャーで手術室に移された。
 手術室の前まで妹を見送ったルルーシュは、手術室に向かうラクシャータに必死で念を押している。

 「ナナリーを頼んだぞ!いや、ラクシャータ・・・先生はもちろん信頼しているが、そう言う問題ではないと言うか、そう、信頼と不安はセットではない!」

 「解った、解ったから落ち着いたら?
 そりゃ手術ともなりゃ、信頼しているからと言って手術する子の心配しないってほうがおかしいのは解ってるから」

 ナナリーの前では彼女に不安が伝播しないようにと立派な兄の仮面を被っていたが、いざ妹が手術室に入った途端にこれかいとアルカディアはラクシャータからルルーシュを引っぺがし、ピザをパクつきながら様子を見にきたC.Cに彼を任せることにした。

 「ちょっと、このシスコンの面倒よろしく。
 私はこれからナイトメア整備に行くから。待つのもいいけど、落ち着いてね」

 「解った、このシスコン坊やは私に任せろ。全く予想通りの行動をする男だな」

 妹さんはこっちに任せなよ、とラクシャータが言い残してさっさと手術準備室に入っていくと、C.Cは手術室の上のランプが灯ったのを見て始まったようだなとルルーシュの横に腰を下ろした。
 アルカディアもナイトメア整備のために、その場を歩き去っていく。

 「お前、ナナリーから仕事をしっかりしろと言われてるだろ。待っていても何の生産性もないぞ?
 私がここで見ていてやるから、仕事したらどうだ」

 「解っている!手術時間は約四時間、ただでさえ前倒しになった日本解放戦の準備のためには無駄に出来ない」
 
 藤堂達は今日がナナリーの手術の日だと知っているから何も言って来ないが、好意に甘えるわけにはいかない。

 ルルーシュは手術室前のソファから立ち上がると、再度手術室の灯りを見上げた。

 「ナナリー・・・待ってるからな。
 無事に回復したら、お前の大好きなイチゴのケーキでお祝いをしよう」

 ルルーシュはそう言い残して足早に自室に戻ると、ロロがベッドに座ってじっと折り鶴の形をしたストラップを見つめていた。

 「あ、兄さん。ナナリーの様子を見てなくていいの?」

 「ああ、ナナリーからも仕事しろと釘を刺されたからな。C.Cが代わりに見てくれるそうだ」

 「そ、そう・・・」

 「俺は今から仕事に行くが、お前も手伝ってくれないか?
 仕事と言っても、お茶やお菓子を出したりするだけの簡単なものだが」

 ゼロバレして以降、ルルーシュは藤堂達の前では割と仮面を外すようになった。
 会議の間でもそうなのだが、会議が長引くと気を利かせた団員がノックをしてからとはいえお茶を持ってきてくれるので、どうせならゼロの正体を知っている者に任せる方がより安心である。

 「うん、僕やるよ。兄さんが作ったお茶菓子でいいんだよね?」

 「ああ、お前も上手に紅茶や緑茶を淹れられるようになったからな。では行こうか」

 ルルーシュは一度自室からゼロ変身セットを持って幹部達のエリア近くまで移動すると、トイレでゼロスーツに着替え、着ていた服をロロに持たせてロロと共にやって来た。

 「待たせたな。さっそくだが作戦会議に入る」

 「おう、待ちくたびれたぜゼロ」

 へっへーんとさっさと席に座ってのんきな声をかけてきた玉城を軽く無視したルルーシュが席に着くと、先に入室していたエトランジュと藤堂と四聖剣、特区から出てきたディートハルトは頭を下げて、同じように座った。
 ロロは申し訳程度におじぎをした後、兄の隣に無表情で腰掛ける。

 ナナリーの手術が今日だと聞いていた藤堂達は自分達だけでやろうと思っていたが、先ほどエトランジュから待つのは時間の無駄なので会議に出ると聞いてなるべく早く済ませようと打ち合わせ済みである。

 「日本解放戦まであとわずかだ。出来れば十二月・・・遅くとも一月には始めたい。
 予定では四月に決起するつもりだったが、予想外に特区がうまく行き過ぎた上に中華やEUではブリタニアの動きが活発になって来たからな」

 表向きにはそう取り繕って日本解放を推し進めるルルーシュの言葉に皆頷いて同意すると、ディートハルトが報告した、

 「工業特区ハンシン・オオサカではそれに向けて乾電池などの増産を行っております。
 ですがエナジーフィラーの六割は現在交戦中のEU方面へ提供するようにコーネリアから指示が出たようで、ユーフェミアも従わざるを得ず幾度かに分けて供出するようなのですが・・・」

 もちろんそれは綺麗に“特区日本の製品がブリタニアに認められ、エリア外に輸出することになりました”と取り繕って報道された。
 日本のための製品がブリタニアの侵略のために使われるとあっては、日本人はさぞ不愉快に感じていることだろう。

 「コーネリアめ、特区の利益を削る策に出始めたな。
 エネルギー源関係のことは、どれほど些細なことでも逐一報告しろ。」

 「承知いたしました」

 ディートハルトの報告では、コーネリアは特区法を新たに改正して、特区の利益をブリタニアに戻そうとし始めている。
 彼女に命じたのはあくまでも日本人対する死刑や虐殺をやめろということだったので、それ以外の行動は自由に取れる。

 特区がルルーシュとナナリーを保護するためにユーフェミアが造ったものとはいえ、日本人に余計な利益を与えることを彼女は恐れていた。
 日本人の背後にゼロであるルルーシュがおり、彼がこれ以上ブリタニアに打撃を与えて庇いきれなくなることを防ぎたい彼女は、特区にルルーシュがいたので何がしかの関与をしているのではないかと的を射た推測をした結果の行動である。

 ただいったん利益をブリタニアに戻した後はそれを使ってゲットー整備をするからと妹に言い聞かせたようで、妹に嘘は言わないコーネリアはしっかりと政庁が行う事業だと宣伝してゲットー整備を行うと発表していた。

 「ケッ、俺達日本人から奪った金をさも自分のモノ見て―に扱って恩を売ろうとするなんざ、最悪だよな」

 玉城の言に、四聖剣らが同調するように頷いた。

 特区にルルーシュの影響が多少なりとあることを看破し、黒の騎士団に物資が流れる危険があることに気付いたコーネリアは確かに優秀だった。
 彼女としては日本人のために出来るだけ生活基盤を整え、ブリタニアにこれ以上刃向かう意欲をなくさせようとしているのだろう。
 そして末弟にもう日本人に何もしないから反逆をやめて、大人しく自分の元に戻ってきて欲しいのだと言うメッセージだろうと、ルルーシュは考えた。

 (以前のコーネリアなら、租界整備や軍事費に充てようとしただろうな。
 ナンバーズのためにナンバーズから搾取したものを使うというのは、ブリタニア皇族からすれば“ナンバーズに甘い考え”だからな・・・)

 日本人から搾取したものを日本人のために使おうとする辺り、コーネリアはこれまでの日本人に対する恨みが仕向けられたものと知ってさすがに思うところはあったようだと、ルルーシュはその点に関しては異母姉を評価してはいる。
 しかしコーネリアはすでに日本人から目の敵にされており、今さら何をしようともコーネリアのすることだからと悪意の目で見られてしまうという悪循環に嵌ってしまっていた。

 (特区の事業とする方が反発がなくスムーズに進められて、特区成功の要素になってユフィの評価を上げることが出来たのに。
 自分の評価を気にするから、このように無理なやり方になる)

 「ならば後は決起のタイミングを計るだけ、ということだな。
 それはこちらで折を見て報せるが、いつでも動けるようにはしておけ・・・以上だ」

 ルルーシュがそう締めくくると、ロロに指示してお茶を淹れさせた。
 兄に指示されたロロは嬉しそうに頷くと、お茶とお茶菓子を準備する。

 出された緑茶と和菓子に舌鼓を打った後、ディートハルトは特区に戻り、玉城もじきに日本解放が成ると知ってうきうきしながら退室する。

 藤堂と卜部が細かい打ち合わせをしていると、ルルーシュが話しかけてきた。

 「話しているところ申し訳ないが、いいか?」

 「ああ、ゼロ・・・いいのか?彼女の傍にいてやらなくても」

 「手術室の前にいても、意味はないからな。あの子も仕事をして下さいと言ってくれたし」

 「そうか・・・成功するさ、ラクシャータが担当医なんだから」

 「ああ、ありがとう。実はナイトメアの件なんだが」

 ルルーシュは中華でデータが集まったので予定より早く斬月と暁が完成しそうだと告げると、四聖剣は嬉しそうに笑った。

 「マジか?よし、これで日本解放戦に向けて大活躍出来るぜ。
 中華じゃ作戦とはいえちょっと情けなかったからな」

 「新型、早く試し撃ちしたいね。卜部、その時は演習付き合ってくれよ」

 「おう、朝比奈には負けねえ」

 ルルーシュはナイトメアの演習について説明しながらも、時折時計を見ていることに藤堂は気付いた。
 
 「ゼロ、会議も済んだことだしもう戻ってはどうだ?」

 「・・・彼女も頑張っている。私も彼女の想いに応えるためにも、時間を無駄にするわけにはいかない」

 ルルーシュは呟くように答えると、テーブルの片づけをしていたロロが戻って来たのを見て彼を呼び寄せた。
 
 「ロロ、お前にはこれから書類の区分けと整理の方法を覚えて貰いたいんだ。
 俺の部屋にある書類をお前に任せたいんだが・・・いいだろうか?」

 「う、うん!僕でいいなら覚えるよ。教えてくれるの?」

 「ありがとう、もちろん教えさせて貰うさ。では部屋に戻るか」

 ルルーシュがロロの手を引いてランペルージ家と表札が下がっている部屋に戻ると、パソコンを開いてロロをその前に座らせた。

 「パスワードを入力して、そこをクリックして・・・」

 ルルーシュは表向きは黒の騎士団の雑務担当をしていることになっているため、そちらの仕事も片手間にしている。
 ロロに憶えて貰えば助かるし、彼が一人立ちする時には大いに役に立つだろうと言う一石二鳥な策だった。

 「・・・これをここに入れれば、この数値になる。
 簿記は簡単だからすぐに出来るさ」

 ちなみにルルーシュ基準で簡単だと言われても凡人ではとても首肯出来ない場合が多いので、すぐに憶えられないと頭が悪いのかとロロは焦った。

 ルルーシュはまめに時計を見てナナリーの手術が終わる時間を気にしており、ロロは焦った。

 (ナナリーよりも僕の方が兄さんの役に立たなきゃ、兄さんは僕なんて見向きもしなくなるかも・・・)

 ナナリーは身体が不自由だからと、ルルーシュはいつもナナリーばかりに気を使っている。
 実際は実父が非道にも子供を暗殺業に従事させていたという負い目からロロにも相当な気を使っているのだが、血の繋がりという自分ではとうてい持ち得ぬことが出来ないものを持っているナナリーは兄の傍にずっといることが出来ると羨ましがっていた。

 (・・・マグヌスファミリアはいい人達だけど、兄さんの方がいい。
 ずっと兄さんの傍にいるためには、僕が役に立つと証明するしかないんだ)

 ロロはこれまでの環境が環境だったので、自らの存在を証明するしか愛される方法を知らなかった。
 そして皮肉なことに頑張る子供を愛さない人間はいないので、それが正しいことだとロロは改めて信じ込んでしまった。

 ロロがルルーシュに褒められるたびに嬉しそうに微笑むので、ルルーシュはナナリーの手術についての不安が払拭されるようでロロをさらに褒めたりしている。

 スポンジが水を吸うように憶えていくロロに、ルルーシュは彼にイチゴをフォークに刺して食べさせてやりながら言った。

 「これならじきにこの表向きの仕事はお前に任せられそうだ。
 もうすぐ日本解放戦で忙しくなるから、助かるよ」

 「本当?僕頑張ってやるよ」

 ほのぼのとしたやり取りが中断されたのは、内線電話だった。

 「はい、ランペルージです・・・あ、ラクシャータ先生。
 え、手術が終わった!成功ですか・・・!今行きます」

 待ち焦がれていた知らせにルルーシュは慌てて受話器を置くと、ロロに向かって言った。

 「ナナリーの手術が成功だそうだ!ああ、これでナナリーも歩くことが出来るんだな。
 俺はナナリーの様子を見に行ってくるが、お前も行ってくれるか?」

 「・・・ううん、大勢で行ったら邪魔かもしれないし。ここで待ってる」

 「そうか、ロロも周りのことを考えられるようになって、いいことだ。
 ナナリーが回復したら、みんなでお祝いをしよう。お前の好物もたくさん作るからな」

 ルルーシュはそう言ってロロの額にキスをすると、本人からすれば全力疾走だろうが、他人から見れば全力徒歩な速度で部屋を飛び出して行った。

 「・・・ナナリー」

 ロロはそう呟くと、ルルーシュの机の上に置かれた写真を見つめた。
 ロロと撮った写真もあるが、ナナリーとの写真の方が圧倒的に多い。

 「・・・僕の方が兄さんの役に立てるんだ。ギアスを使えばもっと・・・」

 ロロは暗い顔でそう呟きながら、再びパソコン画面と向き合ってキーボードを叩いた。
 画面の数字は兄に教わった通りに、一分の狂いもなくデータが組み上がっていった。



 「・・・あら?」

 ナナリーがゆっくりと声を出すと、そこは病室だった。
 目の前にはラクシャータがいて、目を覚ましたナナリーに気付いてカルテから彼女に視線を移した。
 
 「おや、起きたのかい?気分はどんな感じ?」

 「・・・・いえ、まだなんかふわふわして・・・。
 夢を、見たんです。何だか悲しい夢を見て・・・」

 「夢、ねえ・・・まあ良く聞く話だけど」

 「でも・・・悪い気分ではないです」

 「そりゃあまたコメントし辛いこと言うねえ。
 じゃあ、現実の吉報を教えてあげようか。手術は成功、経過を見てリハビリを始めれば、普通と変わらないように歩いて走れるようになるよ。
 あんたのお兄さんもそれはもう喜んで、浮かれてるよ」

 ラクシャータの報告にナナリーはゆっくりと笑みを浮かべた。

 「まあ、お兄様ったら・・・今大変な時期ですのに」

 「それとこれとは別さね。ま、とりあえず今日は寝て、明日から頑張りな。
 まだつけたばっかだから、ゆっくり動かせるようにしなきゃね~」

 ラクシャータは問題がないことを再度確認すると、あくびをしながら部屋を出た。
 
 ラクシャータを見送ったナナリーは、まだだるい身体を無理やり起こして足を撫でた。
 動け、と念じて七年前アリエスの離宮で走り回った日を思い出すと、右足がぴくりと動いた。

 (ああ、動くのね私の足!早く動けるようになって、目も見えるようになったら、私もお兄様のお役に立てる!)

 興奮したナナリーはラクシャータの助言を忘れてもっとこの感覚を味わいたくなり、両手を使って何とか足をベッドの下に置いた。

 久々の感覚に戸惑ったナナリーが思わず目を開けると、ふと懐かしい違和感を覚えた。

 「え・・・・え?」

 彼女の眼の前にあったのは、壁に飾られた千羽鶴だった。
 初めて目にするそれにナナリーは驚き、目を閉じてそこにあるのはみんなから贈られた千羽鶴のはずだと思いだした。

 「エトランジュ様がギアスで見せて下さったのと、同じ・・・・」

 触れば触感から解るのでもう一度確認するしようと、ナナリーはそれに向かって歩き出した。
 だが第一歩目で転倒してしまい痛みに呻くが、それでも彼女は這い進んで千羽鶴を手に取った。

 「あ・・・あ・・・・!」

 ナナリーは覚えのあるその感触が、千羽鶴だと確信した。

 「私、私・・・目が・・・!」

 ナナリーは驚喜して周囲を見渡すと、七年前に見たものを探してはその名前を口にする。
 
 「ああ、あれは窓で、これは机・・・!やっと・・・!お兄様!」

 ナナリーはベッドサイドにあるナースコールを目指して、まだ動きにくい足をも無理に叱咤して再度這い戻った。

 そしてナースコールを押すと、看護師がどうしたか聞く前に叫ぶように報告した。

 「私、私目が見えるようになったんです!お兄様にお知らせして下さい!」

 「え?目が見えるようになったって・・・」

 「とにかくお兄様をお呼びして下さい!お願いします!」
 
 「わ、解りました!」

 ナナリーの時ならぬ剣幕に押された看護師は了承して通話を切ると、ラクシャータを経由してその知らせをルルーシュへと伝えた。

 「本当に、治ったなんて・・・!お兄様・・・」

 ナナリーは兄が来るのを今か今かと待ちわびた。
 自分達の部屋からここまでは十五分程度だが、ナナリーには何時間も経ったかのように感じられた。

 と、そこへドアをやや乱暴にノックする音がして、入室の許可を得る言葉を叫びながらドアが開け放たれる。

 「ナナリー、俺だ!入っていいか?!」

 「・・・お兄様!」

 ナナリーの薄紫色の瞳に飛び込んで来たのは、ギアスのことを教えてくれた日にエトランジュが見せてくれた兄の姿。
 
 ナナリーはそれを見て涙をこぼしながら、兄に向かって言った。

 「やっとお兄様のお顔を目にすることが出来ました。それが私のお兄様のお顔なのですね。
 ・・・ああ、何てお優しいお顔なのでしょう」

 「ナナリー・・・!お前、ギアスを打ち破って・・・!」

 「私を支えて下さったお兄様や皆様のおかげです。
 優しい世界を私も目にすることが出来るのですね」

 そしてその世界を創造する兄の姿を、エトランジュを介してではなく自身の目でこれからずっと見続けることが出来る。
 ああ、それは何という幸せなことなのだろう。

 ナナリーは涙を流しながら、その幸せを何としてでも守ることを決意し、同じように感涙する兄の顔を見つめ続けた。



[18683] 挿話  弟妹喧嘩のススメ  ~嫉妬のロロ~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/05/14 09:34
 挿話  弟妹喧嘩のススメ  ~嫉妬のロロ~



 日本解放戦が前倒しで行われると決まった黒の騎士団では、にわかに動きが慌ただしくなっていた。

 物資を充実させ、スムーズに日本以外の植民地にも独立の動きが出来るようにするために各基地にある工場はフル稼働であり、出来た物資を様々なルートで各地に輸送。
 さらに超合衆国創立に向けて中華にも早くなる旨をエトランジュが天子に知らせたことから、中華もそれに合わせて蓬莱島の整備を進めることになった。

 さらにナイトメアの整備チームもそれに向けて余念がなく、紅蓮はフロートシステムが取り付けられた紅蓮可翔式となった。
 他にも試作型だった斬月、暁も完成した。

 カレンもたまにマオを使って尾行や監視をごまかして基地に来て貰って調整をして貰ったり、戦争時の一般市民の避難先の確保などやることは山積しており、ルルーシュやエトランジュを始めとする騎士団上層部は午前様が日常と化している。

 時が嵐のように過ぎたある日、以前よりルルーシュからの要望でガウェインの改造を行っていたラクシャータが、新生ゼロ専用ナイトメアのお披露目を行った。
 漆黒の機体に金を入れて若干指揮官らしい外観にデザインを変更した程度で、それ以外は見た目はさして変わっていないがシステムを大幅に改良したという。

 「これがゼロの新しいナイトメアフレーム?」

 「そう、複座式はちょっと使い勝手が悪いから単座式にして、ドルイドシステムと操縦を同時に行えるようにした“蜃気楼”だよ」

 ラクシャータはガウェインを解体してさらに単座式に改造してバージョンアップを加えたナイトメアを誇らしげに見上げて説明した。

 フロートシステムはむろん、水中航行も可能な空・陸・海すべてで活躍が可能であるばかりか、プリズム状に凝固させた特殊な液体金属を追うように高威力のビームを発射することで、広範囲にビームを乱反射させ長距離かつ広範囲の標的を一度に殲滅する兵器・拡散構造相転移砲が搭載されている。
 
 「しかもそれだけじゃないわよ~。
 特筆すべきはすーぐに狙われて機体を壊されちゃうゼロのために考案したドルイドシステムを応用した防御システム絶対守護領域。
 世界最高峰の防御力を誇るから、これで駄目ならゼロ、二度とナイトメアに乗らない方がいいと思うわ~」

 何度も貴重なナイトメアを壊して戻ってくるゼロに、ラクシャータも思うところがあったようだ。
 ゼロ仮面をつけて自らの新たな機体を見上げるルルーシュは反論出来ず、ラクシャータから渡された説明書に視線を移した。

 その横で同じ説明書を見ていたアルカディアが、あまりに複雑すぎるシステムに説明書ごとさじを投げた。

 「こんなの無理、私には動かせないわ。ほとんど頭の中でシステムを構築するようなもんじゃないの」

 アルカディアのイリスアーゲート・ソローの方にシステムを一部だけ使えるように改造されたから、蜃気楼ほどではないが防御システムと範囲を広げてあるので蜃気楼を一度動かしてみて出来るだけのシステムを移していこうかなと考えていたが、無理のようだ。

 情報解析や絶対守護領域の展開範囲計算、拡散構造相転移砲の反射角計算などは手動制御であるという一文で諦めたアルカディアに、ルルーシュは少し難しいが出来なくはないなと、説明書を脳裏に転写している。

 「システムは理解した。後は実践だな」

 「早っ!でも、これで主なナイトメアのバージョンアップは終わったわね。
 後で演習をするから、日程を組まなきゃ。クライスのほうにも説明書渡しておかないと」

 「大規模ではブリタニアに目を付けられるから、少しずつグループに分かれてやろう。
 他国ではどうなっている?」

 藤堂達もそれぞれに手渡された機体の説明書を見ていたが、ルルーシュに尋ねられて藤堂が答えた。
 
 「中華でもインドでかねてより造っていた特製のナイトメアフレーム神虎が完成したと聞いた。
 国境を超える医師団が中華入りして以降は、落ち着きを取り戻しつつあるそうだ。
 星刻殿も体調が回復し、ナイトメアを操縦出来る時間が常人と変わらなくなってきたと喜んでいた」

 日本解放後にあるブリタニアとの戦争に備えているという報告に、地固めが出来たとルルーシュはさらに準備を整えねばと、思案を巡らす。

(準備はある程度整ったな。後はブリタニアが暴発するタイミングだが)

 日本特区でブリタニア人の特権が横行し、悪事を働いている者がいると宣伝した後、それを暴発させる下地は既に出来上がっている。
 後はきっかけを発動させれば計画通りだが、ブリタニアの動きをもう少し掴んでからの方がいいのでもう少し待つことにした。

 (・・・・出来れば来年の正月は皇歴ではなく、西暦で迎えたいものだったがな。
 都合のいいことに他エリアで特区をという動きがあるし、利用出来そうだ)

 ルルーシュは余裕は大事だが呑気にしているわけにも行かないので今年中に決起をするべきか、考えを巡らせた。
 後で桐原とも話し合って時期を決めることにしたルルーシュは、開戦のきっかけをいつでも作動させるために動くことにした。

 日本解放まで、あと少しだ。失敗は許されない。
 ルルーシュはそう気を引き締めると、新しい己の機体性能を確かめるべく蜃気楼に乗り込むのだった。



 黒の騎士団イバラギ基地医務局のリハビリルームでは、ナナリーが懸命に歩くリハビリを行っていた。
 努力の成果か予想よりはるかに早く、ナナリーの足は動くようになっている。

 「凄いわナナリーちゃん、ひと月足らずで50メートルも歩けるようになるなんて・・・神経装置の精巧さもあるでしょうけど、やっぱり頑張ってると違うわね」

 療法士の感心したように褒められたナナリーは嬉しそうに微笑んだが、それでもまだまだだと己を叱咤して首を横に振った。

 「でもまだ歩くだけじゃ駄目なんです。走ったり飛んだり、ナイトメアに乗れるくらいにならなくては・・・!」

 「そんな焦らなくても大丈夫よ、今は戦闘もなくて落ち着いているんだから。
 お兄さんだって、無理するなって言ってたじゃないの。頑張るのはいいけど、無茶すれば逆効果だからね?」

 「はい、解ってます」

 そうは言うナナリーだが、頑固なところがある彼女は暇を見つけてはこうしてリハビリルームにやって来る。
 ブリタニア人の少女ということで遠巻きに見ていた騎士団員や協力員だが、一生懸命頑張りいずれはナイトメアに乗って黒の騎士団に協力したいという少女に影響を受けたのか、戦争で傷を負った団員達も頑張る気になったようである。

 と、そこへ仕事が一段落ついたルルーシュがロロを伴ってリハビリルームへやって来た。
 みんなへの差し入れだろう、クッキーが大量に入った袋を持っている。

 「ナナリー、リハビリ頑張っているようだな。少し休まないか?
 皆さんの分も作って来たので、ぜひどうぞ」

 「ああ、いつもありがとう、ご相伴にあずからせて貰うよ。誰か、コーヒーかなにか淹れてくれ。
 ナナリーちゃんやロロ君にはジュースのほうがいいか?」

 リハビリをしていた者達が嬉しそうに集まってブレイクタイムに入ると、ルルーシュはナナリーを車椅子に座らせてかいがいしく世話を焼く。

 「お仕事は終わったのですか、お兄様」

 「今日の仕事は終わったよ。ロロが手伝ってくれたからな、早く済んだんだ」

 ルルーシュがロロを見ながら言うと、ナナリーはぴくりと手を震わせた。

 「ロロのお陰でお前達とおやつの時間が取れるし、本当に助かっているよ。
 最近は忙しいから家事もしてくれるんだ。ロロには感謝だな」

 「そんな・・・僕は兄さんの役に立てれば嬉しいから」

 はにかむように笑うロロにルルーシュは可愛いとばかりに、髪をくしゃくしゃと撫でた。

 「だが無理はしなくていいからな、ロロ。
 そういえば勉強で解らないところがあると言っていたな、後で教えてやるよ」

 「いいの?仕事忙しいのに・・・」

 ロロが心配そうにおずおずと言うと、ルルーシュは問題ないと笑った。

 「お前のお陰で余裕が出来たからな。勉強は大事だぞ、ロロ。
 お前がいつか独り立ちする時のためにも、しっかりしておかなくてはな」

 ルルーシュのその言葉に今度はロロがぴくりと身体を震わせたが、ルルーシュは気付かなかった。
 そして目が見えるようになったとはいえいつもの癖でナナリーにクッキーを渡したり、膝かけをかけ直したりとこまめに世話を焼く。

 「その年で仕事の手伝いが出来るなんて、出来た坊主だなあ。
 ナナリーちゃんも頑張ってるし、お兄さんとしちゃ鼻が高いだろ」
 
 「ええ、自慢の妹と弟ですよ」

 「ルルーシュ君もその年齢で弟さんと妹さんを支えて、えらいもんだ。
 自慢のお兄さんを持って、二人は幸せだなあ」

 リハビリ中の騎士団員の男の台詞に、ナナリーとロロは笑って頷いた。

 「ええ、お兄様がいて私はとても幸せです。ですから、私も早くお兄様のお手伝いが出来るようになりたいです」

 「僕も・・・もっと兄さんの役に立ちたいな」

 何ていい子達なんだ、と涙ぐむ者達の中に、ルルーシュもいた。

 (こんなにしっかりするようになって、やはりナナリーに思い切って手術を受けさせてよかった。
 ロロも自分の主張をはっきり言うようになったし、アルカディアの言うとおり他者と積極的に関わらせて自分で動けるようにさせたのはよかったな)

 感動しているルルーシュは、ナナリーがロロが手にしている書類が入った袋を凝視し、ルルーシュがほとんど習性と化しているナナリーの世話を焼いているのを鋭く見ていたことに気づかない。

 と、そこへピンポンパンポーンという音とともに、放送が室内に響き渡った。

 「お呼び出しをお伝えします。アラン・スペイサー様、アラン・スペイサー様、至急第三倉庫までお越し下さい。繰り返します・・・」

 アラン・スペイサーとはルルーシュの偽名だ。
 頻繁にルルーシュ・ランペルージの名前を使うと目立ち過ぎるため、複数の名前と暗号を使い分けているのである。

 (アラン・スペイサーの名で第三倉庫はギアスがらみの話だから、エトランジュの部屋だな。ナナリーのギアスが解けた件について、何か解ったのか?)

 ナナリーのギアスが解けたことを知ったルルーシュは驚喜し、エトランジュ達も祝福してくれたのだが、その後アルフォンスは何の前触れもなくギアスが解けたことを疑問に思った。
 ルルーシュ救出作戦の際、突然ギアスが解けたという出来事があったこともあり、至急ナナリーに対して簡易的な検査を行っていたのである。

 「すまないナナリー、ロロ、ちょっと買い忘れを思い出した。買い物に出かけて来るから、ここで待っていてくれ。
 遅くならないとは思うが、もし急な仕事が入るかもしれないから、その時は食堂で夕食を取ってから先に寝ていろ」

 「はい、お兄様。行ってらっしゃいませ」

 「僕も手伝おうか、兄さん」

 ロロが申し出るがもうすぐ夕方にになるため、ルルーシュは首を横に振る。

 「お前には宿題があるだろう、ロロ。勉学優先だ。じゃあ、行ってくるよ」

 ルルーシュはぽんぽんとロロの頭を叩いてから、急ぎ足でリハビリルームを走り去った。

 「最近忙しいねえお兄さんは・・・騎士団の人達もみんな夜遅くまで頑張ってるようだし、何かあるのかねえ?」

 カンが鋭いというべきか、コーヒーを淹れていた中年女性が呟いた。

 「新しいナイトメアが開発されたって聞いたことがあるわ。
 それで古い機体を二つばかり改造して、リハビリ用に貸してくれるんですって」

 ナナリーの手術が成功したから、と語る療法士に、おお、と周囲の者達は盛り上がった。

 「何でもナナリーちゃんの足、神経装置を使って治ったでしょう?
 それと接続して動くナイトメアの実験も兼ねてってことらしいんだけど・・・ナナリーちゃんの経過次第で使わせてくれるそうよ」

 「俺、次ナナリーちゃんと同じ手術受けるんだよ!右足だけだけどな・・・俺も負けてられないな」

 「ナナリーちゃん頑張ってるもの、きっとすぐに乗りこなせるようになるわ。楽しみね」

 うんうん、と皆が頷きナナリーを励ましている横で、ロロは一人ぽつんと座っていた。



 呼び出されたルルーシュはエトランジュの部屋に向かうと、そこにはエトランジュとアルカディアとC.Cとマオが難しい顔をして立っていた。

 「ナナリーの件で、何か解ったのですか?」
 
 「それが全然・・・血液検査と脳波検査だけじゃ、やっぱり駄目ね。
 マグヌスファミリアのギアス研究所で調べないと詳しいことは解らないわ」

 予想していたけどね、とアルカディアが溜息をつくと、ルルーシュも柳眉をひそめた。

 「エディがかけたギアスも解けてるのよ。記憶の方はうろ覚えみたいね。
 これは完全に予想なんだけど、ナナリーちゃんにかけたギアスは全部解除されてるんじゃないかしら?
 記憶の方は七年前のことだし、寝ている間に亡くなったマリアンヌ妃の腕に押し込まれたというなら憶えてなくて当然というか恐怖のあまり本当に忘れていると考えればつじつまは合うわ」

 「なるほど納得ですが、では何故解けたと思いますか?」

 「その件でC.Cが思い当たる節があるそうよ」

 ルルーシュがエトランジュのベッドの上で寝ころびながら、チーズ君を抱き寄せているC.Cに視線をやると、彼女は小さく息を吐いて言った。

 「・・・お前達はマリアンヌとシャルルによって遺伝子操作をされていると言ったら、信じるか?」

 「・・・なるほどそういうことか」

 ルルーシュがその説明だけで特に疑うこともなく納得すると、どこまでも家族運のないルルーシュにエトランジュとアルカディアとマオが同情を凝縮したような視線を送った。

 「お前は頭脳を、ナナリーは身体能力を上げたと聞いている。
 二人目の時はいろいろやってみようかと言っていたから、お前以上に何かしていた可能性があるんだ」

 「それでナナリーちゃん、あんなに早くリハビリが進んでるのね。
 おかしいと思ったのよ、手術終了後に少しの距離とはいえいきなり歩き出すんだもの」

 アルカディアが頭痛をこらえるかのように額を押さえると、エトランジュも嫌悪をこらえて口に手を当てている。

 「前向きに考えよう、これでナナリーは目が見えるようになったとな。
 もっともあの二人がバカなことをしなければ、そんな苦労もなかったんだが」

 「・・・ルル、もう何も言わない方がいいと思うよ。聞いてるこっちが痛い」

 マオは前向きにと言っている本人が内心で怒りが渦巻いていると、ギアスを使わずともその表情から解った。
 もちろん他の二人も同じで、エトランジュなどは何を言ったらいいものかとおろおろしている。

 「小さいとはいえギアスを研究している場所があるなら、ナナリーを向かわせて詳しく調べて頂きたい。
 日本解放後に折を見てナナリーをやりたいのだが、構わないでしょうか?」

 「ギアスに向き不向きの遺伝子があるとかで遺伝子学も調べてたから、少しは解るかもしれないわね。
 エディ、その旨をアンヘル叔父さんに伝えといて」

 「解りました、すぐにお伝えしておきます」

 アンヘルはアドリスのすぐ下の弟で、ギアス研究を行っている。
 現在ポンティキュラス家は成人になってギアスを得ると、研究に協力していた。
 エトランジュ達もマグヌスファミリアのコミニュティにいる間は、その実験や研究に協力している。

 「・・・とりあえずナナリーちゃんに不具合が出ないように気をつけておかないとね」
 
 「そうですね。検査結果が出るまではとナナリー様にギアスはかけていないのですが、どうしますか?」

 エトランジュがルルーシュにそう尋ねると、ルルーシュは少し考えた後にかけて欲しいと頼むことにした。

 「いつ切れるか不安定かもしれませんが、万能な連絡法があるのは安心しますのでナナリーには再度かけておいて下さい」

 「承知しました。では今夜にでもかけ直しておきましょう」

 エトランジュの返事を聞きながら、ルルーシュは両親の所業にだんだん何も思わなくなっている覚めた心を感じながら、両親の道具としかされなかったナナリーを哀れんだ。

 (ナナリーもロロも、あんなことのためにいいように扱われて・・・もうギアスなど使わせたくはない。
 エトランジュのギアス以外、もうあの二人をギアスに関わらせるのはやめさせよう)

 もうあの二人は普通の人生を穏やかに生きて、幸せになるべきだ。
 ささやかで平凡な生活こそ、愛する妹と弟にとって最良の人生のはずなのだから。

 相手の意見を聞くことなくそうやって相手の道を決めてしまうと言うのは、ルルーシュの悪い癖だ。
 ルルーシュはナナリーとロロが兄にばかり負担をかけてしまっていることを申し訳ないと思っていることも知らず、ただ二人を自立させて平穏な道を歩ませることばかりを考えていた。



 夜の七時を過ぎてもルルーシュが戻って来なかったので、ナナリーとロロは久々に二人きりで食事をすることになった。
 アルカディアが伝えてくれたところによると、蜃気楼の絶対守護領域の実験データに不備があったそうで、至急取り直さなくてはならなくなったという。

 そのアルカディアは二人を食堂に送り届けた後テイクアウトするために食堂に夜食を注文し、多忙なのかノートパソコンを開いてキーボードを必死で叩きながら夕飯の出来上がりを待っている。
 近くでは藤堂と千葉が、サバの塩焼き定食を食べながら聞かれても構わない程度の範囲で話をしていた。

 「今日はハンバーグですねロロ。きのこが入ってて美味しそう」

 「そうだねナナリー。きのこ入りのハンバーグなんて、僕初めて見た」

 二人はランぺルージ家の弟妹という設定でいるため、二人はルルーシュに言われたこともあり互いに呼び捨てで呼び合っていた。
 初めはぎこちなかったが次第に慣れており、今ではごく普通に呼び合えている。

 ただ会話がなかなか長続きせず、おいしいですね、そうだねという台詞が繰り返されており、普通の家族の会話には見えなかった。

 食事が終わると何とかこの微妙な雰囲気を払拭しようと、ナナリーが笑って言った。

 「きのこのハンバーグはとても美味しかったですね。今度お兄様にお願いして、一緒に作ってみようかしら」

 「でも、兄さんは忙しいよ。仕事が終わってからの方がいいんじゃないかな」

 本当はナナリーに兄を取られたくないロロの言葉に、ナナリーは何となくその意図に気付いてしまった。だが口には出せず、ぐっとこらえる。

 「僕が手伝わせて貰う量も増えてきたくらいだから、本当に大変だと思うよ」

 「そう、そうね・・・今日だって急な呼び出しがあったものね」

 意図はどうあれロロの言は正論だったため、ナナリーはそれを受け入れざるを得なかった。
 そしていつも仕事で一緒のロロが羨ましくてならず、テーブルの下でぎゅっと拳を握っている。

 「いいですねロロは・・・お仕事でお兄様をお手伝い出来て。私も早くお兄様のお手伝いが出来るようになりたいです。
 私ずっとお兄様に守られてばかりでしたから・・・二人でやればもっと早くお仕事が終わりますものね」

 ナナリーが羨ましくてたまらないとばかりに告げた台詞に、ロロは小さな声で呟いた。

 「・・・じゃないか」

 「え?何か言いましたか?」

 「出来なくったっていいじゃないか!僕の仕事を取らないで!」

 「ロ、ロロ?」
 
 いきなり怒鳴られたナナリーは目を丸くすると、見ていたアルカディアはあーあ、とばかりにパソコン画面から顔を上げた。

 「ナナリーはいつも兄さんと一緒にいるんだから、仕事の時ぐらい僕と一緒にいさせてくれてもいいじゃないか!
 仕事がなくなったら僕、どうすればいいのさ?!」

 「わ、私はお兄様のお役に立ちたいんです!それなのにどうしてそんな酷いことを言うの、ロロ?!」

 突如始まった兄妹喧嘩に、周囲にいた者達は驚いた。
 普段仲が良いと評判だっただけに、何があったのかと顔を見合わせている。
 藤堂と千葉もすぐに気付いて、慌てて仲裁に入った。

 「落ち着きなさい二人とも。ルルーシュ君はどうした?」

 「ルルーシュならさっき急な仕事で飛んでったわ。
 ・・・そろそろかなとは思ってたんだけど」

 やれやれとばかりにアルカディアが立ち上がると、二人を手招きした。

 「ここで喧嘩したらみんなの迷惑になるわ。私の部屋を貸すから、そこで思う存分やりなさい」

 「アルカディア殿、子供が喧嘩をしたなら止めるべきだ。それをけしかけるのはどうかと思うが」

 藤堂が苦言を呈すると、アルカディアはひらひらと手を振った。

 「世の中やらせた方がいい喧嘩ってのがあるのよ。 
 前々からお互いに言いたいことがある様子だったし、この際言わせた方がいいわ」

 「それは一理あるかも知れんが、彼は・・・」

 ロロが幼い頃から暗殺をさせられており、倫理観に難があることを知っていた藤堂がちらっとロロに視線をやると、アルカディアはロロに言い聞かせた。

 「喧嘩は止めないけど手を出しちゃダメよロロ君。
 あんたくらいの年の男の子は自分の力が思ってるより強いってことが解らなくて、相手に大ケガさせてしまうことが多いから」

 なるほどうまい言い方だ、と藤堂が感心したが、それでも不安だ。

 「エトランジュ様をお呼びしてはどうか?仲裁上手のあの方なら、この場を治めて下さると思うが・・・」
 
 「この場は確かに治まるけど、その後また同じことになるわ。
 こういった喧嘩の仲裁はあの子に向かない。もう少しあの二人が大人だったら、適任だったでしょうけどね」

 それはどういう意味だろうか、と藤堂が首を傾げている間に、ロロは彼女の忠告に納得したのかアルカディアの後ろについていく。

 「じゃー二人ともこっちにいらっしゃい。皆さんお騒がせしましたー」

 アルカディアがナナリーの車椅子を押して食堂を出ると、藤堂と千葉は顔を見合せて食事を中断し、ルルーシュに知らせるべく食堂を出ていくのだった。


 
 アルカディアが二人を連れて来たのは、アルカディアの部屋だった。
 標準的なホテルのシングルルームより広い程度でベッドが置かれており、アルカディアは机の上にノートパソコンを開いて言った。

 「じゃ、二人とも言いたいことあるなら言っちゃいなさい。
 このままお互い不満を溜めてたままじゃ、ろくなことにならないわ」

 アルカディアはそう言うと、まずナナリーに向かって言った。

 「ロロ君はね、ナナリーちゃんがお仕事をするようになったら、自分はお払い箱になるんじゃないかって怯えてるの。
 だから仕事を取るなって言っただけなの、解る?」

 「そんな!私だってお兄様のお役に立ちたいんです。
 どうして私が諦めなくてはいけないのですか?!」

 ようやく兄の助けになれる力を得たと喜んだのに、どうしていきなり現れたロロに取られなくてはならないのかとナナリーは反論した。

 「いつまでもお兄様のお世話になるだけなんて、私嫌です!
 確かにロロは私の父があんなことをしたせいでお気の毒だとは思いますけど・・・でも、それとこれとは別です!」

 「いいじゃないか、それでも!ナナリーは血の繋がった妹なんだから、ずっと一緒にいられるじゃないか!!
 でも僕は違うんだ!頑張らなかったら、僕は捨てられるかも知れないのに!」

 ロロの怯えたような声に、ナナリーもそれと同じくらいに怯えた声音で静かに言った。

 「血の繋がり?そんなものが何の役に立つんですか、ロロさん」

 「ナナリー?何の役に立つって、君はそれで兄さんの傍にいたじゃないか」

拗ねたように言うロロに、ナナリーは唇を震わせた。

 「そうですね、傍にいただけです。そして役に立ったわけじゃないんです。
 ・・・妹というだけで私はお兄様のお荷物になっただけなんです・・・七年もの間、ずっとずっと!!」
 
 バン、と車椅子の手すりを叩いたナナリーは、指先がしびれるのも構わずに続けた。

 「私とお兄様がいた施設では、私のように身体に不自由を負ったせいで親に捨てられた子だっていたんです。
 知っていましたかロロ・・・私の足を治すのに、普通のブリタニア人の平均年収の二倍お金がかかるんです。
 お兄様は賭けチェスで危険な橋を渡って、それを用立てて下さったのです・・・それを危ないからやめろと馬鹿なことを言った私を助けるために、です」

 「それだけ愛されてたってことを自慢するの?」

 自分の知らぬ兄との過去を話されたロロは不愉快そうに、ナナリーを睨みつける。
 
 「苦労しなくても愛されるなら、それでいいだろ!僕は動かないと兄さんから・・・!」

 「お兄様はロロを愛してらっしゃいます!だってそうでしょう?誰だって自分の助けになる人間がいたら、好きになるに決まっているじゃありませんか!!
 何の役にも立たない人間とどちらかいいかなんて、考えなくても解ります!!」

 現にロロは兄の傍にいて一緒に寝たり風呂に入ったり、食べさせ合いっこまでしているのをナナリーは知っている。
 そしてそれは兄にとって最大の愛情表現であることも、彼女はよく知っていた。

 「私、お兄様のことをよく知っているつもりです。だからお兄様が何を言えば喜ぶか、どうすれば褒めて下さるか、解ってました。
 だから私、その通りのことをずっと七年の間してきただけです。車椅子の上で笑っているだけでお兄様は喜んで下さるのですから、ロロと違って何の苦労もいりませんでした!」

 だからナナリーは兄の言葉にだけ迎合し、兄の言葉を鵜呑みにし、疑問があっても口にすることをしなかった。
 そのうちそれがもはや呼吸するのも同じになるほどになっていき、いつしかナナリーは兄から受ける恩恵を当然のものとして受け入れ、自分で動かなくても何もかもが満たされるという現状をおかしいと思わなくなっていた。
 それどころかこのままでいれば兄の愛情を独占出来る、だから目も足も治らなくても構わないという醜い考えすらあった。

 漏れ聞こえてくる兄の苦労を口にすれば兄が悲しむからと聞かなかったことにしてそれを本当に忘れ去り、兄に惹かれて兄の関心を引くために自分の周りに集まってくる同級生達の世話を受けることすらも、ナナリーは自分のためではないと知りながらも気づかないふりを続けてきたのだ。

 「ロロが羨ましい。解ってます、今まで私が何もしてこなかっただけだと!でも、血の繋がりだけの家族関係なんて成り立たないんです!
 それはクロヴィス兄様を殺し、コーネリア姉様を狙い、最後には父を殺そうとしているお兄様自身が証明なさったことですから・・・!
 父はバカバカしい理由で私を捨てました。お兄様は絶対にそんなことはしないと解っています。でも、不安なんです・・・」

 いつも独占していた兄との時間がロロのに割かれていくうち、初めは仕方ないと思っていたナナリーも、ロロが仕事を手伝ってくれた、ロロが買い物をしてくれた、と嬉しそうに口にするたび、本当は兄も楽になりたかったのではないかと思った。
 時折朝目覚めたら、一緒のベッドで寝ていることすらある。
 自分は女の子だからと、最近は眠るまで手を握ってくれるだけになったのに。
  
 「ロロは男の子ですもの、大人になってもお兄様のお傍について、お仕事を手伝ったりすることが出来ますわ。
 私はこれから文字を覚えて、基礎的なお勉強から先に始めないといけないんです・・・お兄様はいつもロロのことばかり。
 解ってるんです、お兄様が頑張ってるロロを大事に思っていることは・・・」

 「嘘だ!だって兄さんは僕にはナナリーのことばかり話すんだから・・・リバビリを頑張ってて偉いって、あの子には心配をかけてしまったって!
 俺に何かあったら、助けてやってくれとまで・・・!」

 ロロはナナリーが羨ましかった。
 仕事が終わればナナリーの元に行き、リハビリの進行具合を聞いて彼女の手を握って眠る。
 自分にもして欲しくて、ロロはナナリーが眠った後わざと兄を呼んでベッドにもぐりこむこともあった。
 ルルーシュはナナリーは女の子だから一緒にお風呂に入れないから、お前と一緒に入れて楽しいと言われたこともある。

 ナナリーの代わりに可愛がられているだけではないかと、何度も思ったことだろう。
 だけど仕事だけは別だ。ナナリーはまだその段階になっていないのだから、ルルーシュの手伝いというテリトリーだけは奪われたくなかった。

 「いつも兄さんに大事にされてるんだから、僕の役目まで奪わないでよ!」

 「いつまでもお荷物では、お兄様の枷になるだけです!
 私がお手伝いを出来るようになる頃には、ロロはもっとすごいことが出来るようになっているはずでしょう!
 少しくらい私に譲って下さってもいいではありませんか!」

 「嫌だよ、これは僕のだ!絶対渡さないからね!」
 
 「この・・・泥棒猫!」

 「泥棒猫・・・?え、それ何?」
 
 聞きなれない罵倒の声にロロが眉をひそめると、この言い争いの中でも平気な顔でキーボードを叩いていたアルカディアが淡々と教えてくれた。

 「泥棒猫って言うのは好きな人を奪った女性に対して言う言葉よナナリーちゃん。
 まあ言いたいことは解るけど」

 ロロもその説明でナナリーが自分を兄を奪った泥棒だと言いたかったことを理解し、ナナリーを睨みつける。

 「・・・だって、兄さんが言ったんだもん・・・お前は俺の弟だって・・・!
 愛してるって言ってくれたのは兄さんだけなんだから・・・兄さんのために頑張ることの何が悪いんだよ!」

 「私だって頑張りたいのに、どうして貴方だけその機会を持っていくのですか?!」
 
 涙を滲ませたナナリーとロロの叫びに、アルカディアがパンパンと手を叩いた。

 「はい、二人ともその辺でやめなさい。どっちも正しいことを言い合っても、結論なんて出ないから」

 「どっちも正しいって、どういうことですかアルカディアさん」

 どちらかが正しいではなく、どちらも正しいと言いだしたアルカディアにナナリーが問いかけると、アルカディアは答えた。

 「どちらも正しいのよ。お互い聞いてて解らなかった?貴女達のお兄さん、殆ど似たような行動を取ってるのよ。
 ナナリーちゃんにはロロがいて嬉しい、ロロ君にはナナリーがいて嬉しいと言って、相手が喜ぶことをしてあげてる。違う?」

 「だって、僕にはナナリーと同じことをしてくれなくて!!」

 「当たり前でしょ、ロロ君とナナリーちゃんは違うんだから。
 解りやすい話、藤堂中佐に化粧品をあげる人がいると思う?千葉少尉に髭剃り渡す人がいるかしら?」

 「・・・・」

 解りやすくはあったがシュールなたとえに、二人は沈黙した。

 「ルルーシュはちょっと無神経なところはあったかもしれないけど、貴方達にナナリーちゃんやロロ君の話をした意図は解る。
 貴方達に仲良くなって欲しかっただけなのよ。二人とも事情は違うけど特殊な環境にあったから、折りに話すことで解って貰おうとしただけで」
 
 それが互いに嫉妬心を生むことになるとは、おそらくルルーシュには解らなかったのだろう。彼は異母の兄や姉がいるとはいえマリアンヌの長子であり、しかも年齢の離れた次兄クロヴィスにチェスで連勝するほど優秀だったと聞いている。
 庶民出の皇妃の息子、と皇族貴族の中ではあまりいい扱いではなかったそうなので、出自以外で彼のことを口にすると身分の高い皇妃達は皆あからさまに不愉快になったとユーフェミアが言っていた。
 つまり同じ年代の異母兄弟でルルーシュに敵う皇子皇女はいなかったわけで、かといって彼に勝る兄弟がかなり年が離れている以上、それと比べている時点でルルーシュの優秀さを示す行為にしかならない。
 体力勝負を挑んでいればその限りではなかっただろうが、あのマリアンヌの子だから勝ち目なしと風聞を気にして避けていたのかもしれないとはルチアの言である。

 「だからきっと、比べられたことがなかったんでしょうね。ルルーシュだって貴方達二人を比べてるつもりはないわ。
 ただ貴方達の笑顔が見たかっただけで、望むものがそれぞれ違うものだったってことよ」

 ナナリーはリハビリを頑張っているから、美味しいものを差し入れしよう。
 少しずついろんなことが出来るようになって来たから、それに合わせて環境を整えてやらなくては。

 ロロは愛されることに慣れていないし社会常識も解ってないようだから、いろんなことを教えよう。
 いずれロロはナナリーよりも早く社会に出ることになるだろうから、困らないようにいろんなことをさせて経験を積ませよう。

 二人にとって一番ためになることを客観的に見ても実行していると言うアルカディアに、二人は頭では解っているが納得出来ないと頬を膨らませた。

 「お風呂だって、前はお兄様は一緒に入ってくれたのに今は全然・・・ロロは大浴場でお兄様と入れるのに」

 「・・・そりゃ女風呂に入ったらいくら女性に人気の高いルルーシュでも捕まるからね。その逆はルルーシュが死んでも認めないだろうし。
 使ってる医療ルームのお風呂は看護師がいるからゼロだって入れないわよ」

 現在ナナリーはボランティアの女性と一緒に、大浴場で入浴することが多くなっている。
 浴場の前で分かれて入浴し、ロビーで待ち合わせて部屋に戻ると言うのがパターンになっていた。

 その前は医療ルームに付属している風呂に看護師がおり、そこで入浴していた。
 はじめ妹の世話は自分が、と申し出たのだが、この看護師はこれまで妹の世話を何もかもしていたと聞いて逆に同情し、年頃の女の子は男性に世話をされることを気にするものだから任せて下さいと、親切心でルルーシュを追い払ってしまった。

 実際アルカディアやエトランジュ、C.Cも“普通は”そうだと答えたため、ならばナナリーも気にしてはいたが気を使って言えなかったのかと反省し、今に至っている。
 普通より仲の良すぎる兄妹の感覚の差が生んだ悲喜劇である。

 「兄さんはナナリーを頼むとか、ナナリーの好物ばかり作るし・・・!」

 「そりゃ君が何がいいと聞いても何でもいいと答えるからでしょう。
 『兄さんの作るのは何でもおいしい』と言ってくれるから作りがいがあると、それはもう嬉しそうに言ってたわよ」

 何でもいいのならナナリーがリクエストしたものを作っただけのことで、ロロがリクエストしたのならルルーシュはそれを作っただろう。
 ここでも兄におねだりする事に慣れているナナリーとロロの差があったのだ。

 「・・・二人が不安になるのは解るわ。ナナリーちゃんは血が繋がってるけど、それだけしかない。
 ロロはルルーシュの役に立ってるけど、血の繋がりがない。
 どちらも危ういものだって思ってるんでしょうね。でもよく考えて?
 ルルーシュはあんなバカ皇帝みたいに身勝手な理由で貴方達を捨てる人かしら?」

 「いいえ、違います」

 「兄さんはそんな人じゃないと思う・・・」

 「解ってるじゃないの。でも貴方達は不安でルルーシュの役に立ちたいと言っている。
 どうしてだかも解るわよ、私自身身に覚えがあるからね」

 クスクスと笑うアルカディアにえ、と二人が俯かせていた顔を上げると、アルカディアははっきりと言った。

 「ルルーシュの関心を自分に向けたいんでしょ?
 ナナリーちゃんは突然現れたロロ君にお兄さんを取られたと思ったし、ロロ君はナナリーちゃんにいずれお兄さんが戻っていくと思ってる・・・違う?」

 「「・・・・」」

 沈黙こそが正解だと告げていた。
 
 「でもそれは間違いよ。ついさっきも言ったけど、二人の接し方に違いがあったのは貴方達が違う人間だからで別に愛情の増減があったわけじゃないわ。
 もし二人ともに全く同じ態度を取っていたら、そりゃルルーシュの方がおかしいわよ」

 むしろ自立させようと頑張っているルルーシュは成長したとすら言えるだろう。
 以前のルルーシュならロロにすら何もかもを提供して、仕事のしの字も覚えさせることなく溺愛したであろう。

 「全く貴方達三人とも、似た者兄妹ね。
 ルルーシュはナナリーちゃん達が自立していくのを嬉しいと言いながら寂しがってたんだから」

 ルルーシュも、あのバカ皇帝に捨てられてから自分の存在価値を見出したかったのだろうと、アルカディアにも想像はついた。
 誰だってありがとう、貴方のお陰です、貴方を愛していると言われれば嬉しいように、ルルーシュもまた愛されたかっただけなのだ。

 「・・・僕は普通じゃないんです。兄さん以外のところで生きていく自信なんてない!
 だから兄さんに認められて愛されていればそれでいいんです」

 ここに来てからずっと、ロロは周囲の人間と感覚が違うことにすぐに気付いた。
 ギアス嚮団では誰かが突然いなくなることなど日常茶飯事だったが、黒の騎士団や基地内では誰かが死ぬとみんなで集まって葬式を行い、涙を流して見送る。
 
 推理ドラマを見ていてさえ、推理を楽しむだけで犯人の動機を揃ってそんなくだらない理由で人殺すなよ、と呆れる者達の傍らで、ロロは自分にとっては何ら意味のない殺しを続けていたために何故そう言うのかすら解らなかった。

 「今度のことだって、アルカディアさんはバカバカしいって思ってるんでしょう?
 ナナリーもそうだから我慢しろって言うんですか?」

 「私そんなこと言った覚えはないわよ?話は最後まで聞こうか。
 ブリタニア人の悪い癖よ」

 ぴしゃりと叱りつけたアルカディアだがそれでも笑みは崩さなかった。

 「言ったでしょ、身に覚えがあるって。たぶん大概の兄妹ならそうでしょうね。
 リハビリルームでも兄弟がいる人がいるでしょうから聞いてみなさい。『お父さんやお母さんの愛情を自分一人に向けたくて、兄妹に嫉妬したことがありますか』って。
 賭けてもいいわ、ほぼ全員がイエスと答えるはずよ」
 
 「・・・え?」

 驚いたように目を見開くナナリーとロロに、アルカディアは自身の経験を語った。
 自分には双子の姉がおり、幼くして病気になったこと、そして地下にこもるようになり、親はそんな姉を憐れんで頻繁に世話をしていたのだと。

 「エドとはそりゃあ仲がよかったんだけど、それでも嫉妬したものよ?
 でもエドはエドで外で勉強してマグヌスファミリアで一番の成績を維持し続けて将来を期待された私が羨ましかったと言ってたけどね。
 誰だってそうよ、みんな他人が持ってるものは綺麗に見えるの。さっき言い合いして解ったでしょ?」

 ナナリーは世話を焼かれる己を恥じていたがロロはそれが羨ましいと言い、ロロは兄の役に立つことでしか愛されるすべがない(と思い込んでいる)のに、ナナリーは兄の役に立って感謝されているのが羨ましいと言う。

 「だって兄さんは僕がしている仕事なんか片手間に出来てるくらい凄いんだ。もっと頑張らないと・・・!」

 つまり、ロロの考えはこういうことだった。
 今ルルーシュがしている仕事を百と考えると、ロロが手伝っている仕事はそのうちの20ほどでしかない。
 ナナリーが成長すれば少しずつその割合が増えていくことになり、ロロの負担が10や5とだんだん減っていくのではないかと思っているのだ。

 「だから今している仕事だって早くこなさなきゃいけないんだ。
 ナナリーに任せてたら兄さんみたいになれないじゃないか」

 「貴方、ルルーシュに追いつくつもりだったの?」

 驚いたように尋ねるアルカディアにロロが当然のように頷くと、アルカディアは手を何度も横に振って制止した。

 「貴方のお兄さんはゼロだということを差し引いても、普通じゃないのよ。
 きっとロロ君、さっさと仕事を終わらせてるルルーシュを見てあれが普通だと思ったんでしょうけど、参考にはしてもいいけど模倣するべきものじゃないわ。
 だから兄さんみたいになれないのがおかしい、ナナリーちゃんも文字とか覚えたらあっという間に追いつくんじゃないかなんてあり得ないわよ」

 天才と比較して自分は出来ないと嘆くことほどバカバカしい行為はないというアルカディアに、己の不安の理由を見事に当てられたロロは驚きつつも少しほっとした。

 そしてナナリーは、子供の頃自分の方が体力が優れていたことを思い出した。
 そう、兄妹といえども、外見でさえ自分は兄と余り似ていないのだ。
 優秀な兄を持つナナリーはそれすらも劣等感を刺激されていたのだが、そもそも兄と比べることが十六歳で大学に入学した人間ですら凡人になると言われては、確かに諦めるしかないだろう。

 「でもルルーシュだって出来ないことはある。だからこうして黒の騎士団を創って、ゼロとしてみんなの協力を取り付けたわ。
 ルルーシュがロロに仕事や勉強を教えたのは、自分が出来ることや得意なことが何かを見つけさせる・・・言わば自分探しの旅をさせてるだけよ。自分の負担も減って一石二鳥、さすが無駄のない策を考えるわね」

 そしてそれはナナリーも同じことで、文字を覚え身体が自由に動くようになったら次は彼女の番だというアルカディアに、ナナリーとロロは顔を見合せた。

 「貴方達はまだ子供なんだから、ついていくことなんて考えずに甘えていればいいのよ。
 仕事の邪魔をするほどだと困るけど、自分が出来る範囲のことをしていけば自然と出来ることは増えていくもの。
 今は非常時だから、自分がやらなきゃ、頑張らなきゃって考えてる子が多いから、必死になる気持ちは解るけどね」

 エトランジュも十二歳で王位につき、その年齢に似合わぬ苦労を重ねてきた。
 それを見た彼女の同級生や従兄妹達もそれに釣られるように積極的に学び、仕事をするようになっていたから。

 それを考えると、目の前の自分達が普通じゃないと言うナナリーとロロのどこがおかしいのかと、アルカディアは思う。
 育ってきた環境が普通じゃないだけで、この二人はどこにでもいるただの兄妹だ。

 「少しくらい肩の力を抜いて、甘えてもいいのよ。
 貴方達は自分の愚痴を口に出せば喧嘩になるって解ってたから言わなかったんでしょ?それが理解出来ているというのはいいことよ。
 でもそれもいつか限界が来るわ。だから今回思う存分言い合えと言ったの。
 ケンカのやり方を知らないまま大人になると、大人になった時かえってトラブルのもとになるからね」

 マグヌスファミリアでは兄弟や従兄妹が多い分、普段は仲が良いといえど喧嘩はそれなりの頻度で起こっていた。
 玩具の取り合いや人気のある兄姉・従兄姉の取り合い、何をやって遊ぶか、約束を破っただの、兄弟喧嘩の理由は他国と大差ない。

 アルカディアが二人の口論にも動じず涼しげにキーボードを叩いていたのも、あれくらい弟妹や従兄妹達の喧嘩に比べたら大人しいものだったからである。
 大家族出身者なら身に覚えがあるだろうが、彼女はそう言った意味で聴覚が麻痺していた。

 「ちゃんと話は聞いてるし、互いに会話のキャッチボールが出来てるし・・・初めての喧嘩にしては上出来上出来。
 七年前なんか兄妹が多い分互いに派閥作って言い合いするし、相手の言い分聞かずに怒鳴るし、物は投げるし酷くなると取っ組み合いになるし・・・」

 どこか遠い目で語るアルカディアに、自分達の口論が醜いものだと思っていた二人は後で叱られるのではと恐々としていたが、どうやら“まだマシなケンカ”の部類に入ると知って顔を見合わせている。

 「私なんか従兄妹の中でも上の方にいるから、しょっちゅう止めに駆り出されてねえ・・・上の従兄二人は勉強を理由に逃げるし、エドは地下から出られないし。
 すぐ下の弟は喧嘩っぱやいから止めるどころか煽りにかかる始末で・・・エディは喧嘩を嫌うから、あの子と一緒によく止めたものよ」

 どうやらマグヌスファミリアのトラブルシューターの的確さは、子供の頃から培われたものらしい。
 いつも家族仲がいいと聞いていただけに、喧嘩した時の凄まじい様相に二人は驚いている。

 「でも、みんな仲がいいってエトランジュ様はおっしゃってました」

 「仲直りと言う言葉が世の中にはある。
 子供のうちは喧嘩して仲直りというループが繰り返されて、大人になったら喧嘩にならないよう調整しているだけよ」

 そういえばアッシュフォードにいた頃、同級生が兄や姉と喧嘩した、と愚痴っていることがあった。
 しかし喧嘩をしても翌日には一緒に買い物に出たり食事をしたりしていたので、そんなものなのだろうかと思う。

 「喧嘩するほど仲がいいってことですか?」

 「そんなところね・・・だからこういう喧嘩は大いに結構。ただ手を出す喧嘩だけは絶対にダメ。
 幼児のうちは多少の取っ組み合いをしても頭を打つとかそういうのにだけ大人が注意してればいいけど、十代半ばになると話は別よ。
 さっきロロ君には言ったけど、自分で思っているより男の子は特に力が強くなってくる年頃だし、ナナリーちゃんは長年足が使えなかったせいか普通の女の子より腕力がそこそこあるからね。
 軽く突き飛ばしたつもりが思い切り体を飛ばして頭を打ったなんて話もあるから」

 「それは怖いです・・・解りました」

 「僕も・・・手は出しません」

 二人が改めて手を出さない喧嘩をしようと肝に銘じていると、アルカディアはさて、と席を立った。

 「これでつまらない説教はおしまい!ちょっとはすっきりしたかしら」

 「そうですね、胸が楽になった気がします。
 私自分がお兄様に大事にされてるから、それをお返しすることばかり考えてました。
 そうですよね・・・ロロだってお兄様に受けたものを返したいですよね」

 「僕は・・・兄さんから愛されていればそれで・・・」

 ナナリーの代わりだと思いこんでいたロロだが、ナナリーとは違うからこそ愛し方が違っていただけという説明に納得した。
 普通は大人になったら保護者から巣立っていくものだからそのための力を与えようとしただけで、本当は弟妹離れをされて寂しいけれどそれをこらえていたのだとも。

 だから髪を撫でたりキスをしたりという過剰なスキンシップになっているんだろうなと、アルカディアは呆れた様子で教えてくれた。

 それにちょっと嬉しくなったロロとナナリーだが、初めての喧嘩に兄に知られたらどうしようと、顔を見合せた。

 「でも、喧嘩なんかしちゃって兄さん怒ってないかなあ?」

 「そうですね、ロロ。あの、お兄様には今回の件は内緒にして貰えませんか?」
 
 もう嫉妬なんかで喧嘩しませんから、と別に示し合わせたわけでもないのに同時に言い出した二人に、アルカディアは内心で笑いながらいいわよと了承した。
 実際は藤堂がルルーシュに報告しており、慌てて飛んでこようとした彼をエトランジュのギアスで止めてことの経緯を聞いていたりするのだが、それは言わぬが花である。

 「その程度で怒ったりはしないと思うけど、貴方達が言うなら二人だけの秘密にしなさい。
 今度また言いたいことがあるなら、喧嘩場所を提供してあげるわ」

 「ありがとうございます!ほら、ロロもお礼を言って」

 「ありがとうございます、アルカディアさん」

 ナナリーに指示されて若干不愉快そうではあったが、御礼はきちんとするようにと兄から言われていたロロは頭を下げた。

 と、そこへドアがノックされる音がしたので三人がドアに視線を集めると、エトランジュの声がしてドアが開いた。

 「アルカディア従姉様、厨房の方からお夜食の準備が整ったのに従姉様が来ないと連絡があったのですが」

 「ああ、そうだったわね。今行くわ」

 アルカディアがエトランジュに目くばせすると、エトランジュは頷いたのを見て部屋から出ていく。

 ナナリーとロロは仲裁してくれていた人物が急にいなくなったのでどうしていいか解らずまごまごしていると、エトランジュが言った。

 「あの、ごめんなさい。実はずっと外で聞いておりまして・・・」

 立ち聞きしていたというのは嘘で実際はギアスで聞いていたのだが、エトランジュの言葉に大きな声で言い争っていたのだから無理はないとナナリーは顔を真っ赤にさせた。

 「あの、怒ってるわけじゃないですし、誰も他には聞いてないので安心して下さいな。
 さしでがましいと思ったのですが、いい方法を思いついたので参考になればと思うのですが」

 いつも的確なアドバイスをしてくれるエトランジュの案と聞いて、ナナリーは期待の眼差しで彼女を見つめた。

 「ロロさんはルルーシュ様のお仕事を、ナナリー様は家事のほうを担当するというのはいかがでしょう?
 ナナリー様の足がもっと動くようになれば、掃除や洗濯などリハビリにもいい作業が出来るようになるでしょう。
 家事はやってみれば解るのですが、けっこう重労働なのです。ルルーシュ様もお仕事の後にお掃除や洗濯などをしていますが、三人分となると大変だと思いますから、まずはそうですね・・・お皿洗いから始めればよろしいかと」

 手分けをして物事に当たるのは当然ではないかと言うエトランジュの案に、言われてみれば黒の騎士団のほうで兄の役に立とうとしていたナナリーとロロには盲点であった。
 特にナナリーは女の子なのだから家事は憶えておいて損はないはずで、兄のように美味しいお菓子を作ってみたいと思っていたこともあったナナリーはさすがはエトランジュ様と目を輝かせる。

 「そうです、そうすればよかったのですわ!
 リハビリと言えば訓練所ばかりに通うだけではありませんものね」

 ルルーシュがリハビリで疲れているからと家事をしていることに疑問をもたなったナナリーは、やはり自分は甘えてばかりで考えていないと反省した。

 「ロロさんは仕事を覚える方に専念なさればよろしいでしょう。ルルーシュ様のお仕事は多いですもの、学ぶことも多いはずです。
 出来ることを増やしていけば、ルルーシュ様も喜んで手伝ってほしいとおっしゃることでしょう」

 今は20の仕事しか出来なくても、30、40と増やしていけばその分時間が空き、家族で過ごせるはずだと言うエトランジュに、ロロは頷いた。

 「家族風呂と申しまして、数人の家族で入れる貸し切りのお風呂があるんです。
 日本人の方はお風呂が大好きなので人気なのですが、申し込めば一時間半だけ水入らずの時間が過ごせますよ」

 通常年頃になれば兄妹といえど一緒には入らないものだが、兄が一番なナナリーはそんなものがあるのかと喜び、ロロは兄がナナリーと二人きりは嫌だが自分も入れるのならと承諾した。

 「では申込用紙を置いておきますので、希望日時をルルーシュ様とも相談のうえ記入して提出して下さいね」

 喧嘩はしたほうがいいこともあるとアルカディアは言うが、エトランジュはどうも苦手なので何とか収めようといろいろ考えていたようだ。

 こうしてある程度折り合いをつけたところで家族風呂の申込用紙を手にした二人は、今回の件は兄には内緒という秘密とともに、自分達の部屋へと向かうのだった。



 その頃、アルカディアの部屋の横にあるジークフリード父子の部屋では、エトランジュのギアスを通じて聞いていた二人の会話に落ち込んでいた。
 近くには焼きおにぎりを頬張りながら、クライスが椅子に座って面白そうにことを見守っている。

 少しぶつかった方がいい、こじれないようにするからとアルカディアに言われたがついこちらに足が向いてしまい、クライスに俺らの部屋にいろと強制的に放り込まれたのである。

 《秘密って二人の絆が強くなるきっかけなんだから、絶対に知られてると悟られないでよ?あんたに嫌われたくないが故なんだから》

 《解っている!それくらいでナナリーとロロを嫌いになどなるか》

 《解ってんならいいけど・・・家事がしたいとナナリーちゃんが言ってきたら、快く了承してあげなさいよ?》

 アルカディアは実家での習慣からついつい兄弟喧嘩のトラブルを見過ごせずに口を出してしまった。何せこの手のことにルルーシュは全く不得手なので、二人の仲が余計にこじれる可能性が高い。
 ルルーシュも普通を知らない己としては彼女のお節介をありがたく思っており、丸く収まったことに心底安堵している。

 今後二人の喧嘩について報告はするが知らないふりをするようにとの指示に、ルルーシュは自分が原因のようだから妥当だと理解したものの、やはり落ち込んでしまった。

 「まあ落ちつけよ、喧嘩したってこじれさえしなきゃ仲直りするさ。
 血縁がないとはいえ兄妹なんだから、あの二人もいつか協力して何かすることだって出てくるだろーし」

 クライスがそう慰めると、ルルーシュは目を見張るほどに成長をしているナナリーとルルーシュを思い浮かべて、苦悩しながらも頷いた。

 そしてそのクライスの予言は的中した。
 しかも割と早い時期で。

 後日、ナナリーが家事をしたいと言い出したのでルルーシュは打ち合わせ通りそれを受け入れ、彼女に家事の仕方を教えた。
 初めは一人で危ないからと兄が手伝っていたが兄を手伝うための家事が兄を煩わせてはいけないと必死になって覚え、後片付けや材料の下ごしらえくらいなら出来るようになっていた。
 療法士の女性も教えてくれるので順調に行っているとナナリーが満足していたある日のこと、その女性が兄に向って誘いをかけているのをロロと一緒に目撃した。

 「あの、基地で今度映画の上映をするそうなんです。
 ペアチケットが二組福引で当たったので、ナナリーちゃんとロロ君を誘って一緒に行きませんか?」

 二人で誘うと断られるというのはこれまで玉砕した女性達を見て学んでいたらしく、ルルーシュの宝物ごと誘うという実に的確な作戦であった。
 案の定ナナリーとロロも楽しめそうだと思ったルルーシュは、それならぜひと受け入れてしまった。

 「いいですね、お誘いありがたく思います」

 「上映会の後はグッズも売られているそうなんですよ。
 ルルーシュさんはちょっと興味がないと思いますが、ナナリーちゃんやロロ君なら喜びそうな物で・・・二人が買い物している間はぜひお茶でも」

 療法士をしているだけあってルルーシュが弟妹を自立させようとしていたことを知っていた女性の誘いに、ルルーシュは悪くないなと考えている。
 それを見てとった二人は、そっと視線を交わした。
 無言のうちに、共犯者の誓いが成立した。



 「・・・本日はありがとうございました」

 「ええ、こちらこそありがとうございます。ロロとナナリーもすごく喜んでいました」

ルルーシュが満足そうに礼を言うと、ロロとナナリーも満面の笑みを浮かべてそれに倣った。

 「本当に楽しかったです!ねえ、ロロ」

 「うん、そうだね。三人でお揃いのペンダントも買って貰ったし」

 ぎゅっと兄の両脇を占領した弟妹の嬉しそうな声に、ルルーシュの顔も緩みっぱなしである。

 療法士の女性は弟妹付きデートを映画ではなく、その後の喫茶店で距離を詰めるプランだった。
 ナナリー、ルルーシュ、自分、ロロ、自分の順で席に座ろうと思っていたのに、この兄妹は自然にナナリー、ルルーシュ、ロロ、自分の順に座ったのである。
 端がナナリーなのは彼女がまだ車椅子で移動することがあるので当然だったが、さっさと自分をお先にどうぞと奥に座らせ、弟妹は兄の両脇に陣取った。
 しかも兄にポップコーンをあーんと食べさせたり、アクションシーンなどになるとぎゅっと二人して兄に抱きつくなど自分が取りつく島など微塵もなかった。

 しかしお目当ては二人きりの喫茶店だと燃えていたのに、お揃いのグッズが欲しいとねだりだし、喧嘩をしていたことを知っていたルルーシュは二人が仲良くなってくれたと大喜びでそれに付き合ったのでお流れになったのである。

 「ありがとうございます先生。また四人でぜひ来たいですね」

 「そうだねナナリー。四人でね」

 言外に兄と二人きりは阻止してやると言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
 
 (ナナリーちゃんとロロ君結婚出来るのかと言ってた人がいたけど、ルルーシュさんのほうが難しい気がして来たわ)

 呑気にお前達は先生が好きなんだなと見当違いに笑っているルルーシュが、どことなく気の毒になった女性だった。

 それからルルーシュは、ナナリーとロロがこっそりと二人で話しているのを時折見かけるようになった。
 何をしているかは不明だが、自分には秘密にしているようなので寂しさを感じたもののかつてナナリーに内緒でスザクとのサインや秘密基地を造っていた過去を思い出し、子供とは秘密を持ってしかるべきだと考えて遠くから見守ることにした。

 ナナリーとロロが最近仲がいいようだ、やはり口を出さないようにしてよかったとアルカディアに報告するルルーシュにアルカディアは何も言わなかったが、クライスに一言愚痴っていた。

 「何てめんどくさい一族なのかしらブリタニアは・・・」

 ルルーシュがいいなら何も言うことはないとアルカディアは疲れた顔で溜息をつき、来るべき日本解放に向けてPC画面に視線を移してキーボードを叩くのだった。



[18683] 第二十五話  動き出した世界
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/05/28 09:18
  第二十五話  動き出した世界



 日本が解放され、超合集国連合の創立および合衆国ブリタニアの建国宣言がなされた後、世界はまさに混乱の真っただ中にあった。

 超合集国本部の蓬莱島は未だ建設中の施設が多かったが、天子が視察して急いで欲しいと作業者達に直々に頼んだ上に給金を多少なりと上げて建築スピードを上げ、新たな未来を紡ぐためにと作業員が皆張り切ったので予定より早く本部が完成した。

 中華連邦から独立したインド軍区、現在は合衆国インドとなった・・・とはまだ多少揉めているようだが、水面下でルルーシュが動いているので、今のところは目立ったトラブルは起こっていない。
 超合集国に参加した国々は代表達を一度集め、改めて対ブリタニア戦線を構築することで意見の一致を得ており、超合集国憲章により固有の軍を放棄し、黒の騎士団に参加させる準備を推し進めている。

 一方、まとまりを見せている超合集国とは違い、EUでは凄まじいまでの論争がEU連合議事堂で起こっていた。

 エトランジュが改めて事の経緯を説明し、超合集国連合との同盟についてどうするべきかを返答したいと言ったことで、会議が紛糾したのである。

 「マグヌスファミリアはブリタニアと交戦している国を我がEUと協力するよう説得するのが役目だが、戦争に協力するのは分を超えているのではないか?」
 
 「口だけの説得に誰がついてくるものか!きちんとこちらが協力する意志と準備があると示してこそだ。
 エトランジュ女王はせいぜいマツタケなどというこちらでは食べもしない食材を要求した程度、他の貿易は対等な取引だとこちらも認めたことですぞ」

 「日本が解放されたことで、我が連邦軍はなにをしているのかと厳しい批判が相次いでいる。少しは面子を気にして頂きたい!!」

 「面子?!ほう、成果を上げずに面子を気にして虐げられている者達を見捨てろと?
 華々しい成果が欲しければ自身が努力すべきでしょうに!!」

 「誰がそんなことを申しましたか!
 いやこのままでは民兵上がりの軍隊に連邦軍は劣るという風評が立ち士気が下がってしまい、ブリタニア軍との戦いに支障をきたすということです!!」

 「でしたら成果を上げればよろしい。自分達もエリア解放を成し遂げる力があると!!
  我が国は昨年からエリア17などと呼ばれてブリタニアに占領されているのですぞ。
 矯正労働エリアとして国民達がどんな扱いを受けているか、ご存知でしょう。我が国でなくともいい、植民地を解放しEU連邦軍も黒の騎士団に負けぬ力があると示し、EUの民に希望の灯を灯して頂きたい!」

 激しい議論をいつもの末席ではなく議長席に近い席に座で聞いていたエトランジュは、秘書の名目で同行して貰ったマオと共にどうしたものかと首を横に振った。

 現在EUでは、いくつかの派閥に分かれている。
 ブリタニアと和平をすべきだという国と、徹底抗戦をすべきだという国に分かれており、和平派は自分達の国が侵略される前に他国を差し出して己の安泰を図りたいというのが本音である。
 というより、そうしなければブリタニアが和平を認めないのである。
 ブリタニアの国是主義は既に世界の誰もが知るところなのだ、ブリタニアが世界平和のために動いていると信じている者がいるとすれば、よほどの馬鹿か皇族を盲信するブリタニア人だけであろう。
 事実つい二ヶ月ほど前にエリア19となった国はそうやって自らEUを脱退し、最初から衛星エリアとすることで多少の自由と自治を認められた。
 他にもその打診を受けている国々があり、その背後にシュナイゼルの影があることをエトランジュ達は既に知っていたが、証拠がないため今まで踏み込めずにいた。

 その国々はいずれ同じようにEU連合を脱退し、ブリタニアに与することになるだろう。
 贈収賄をしたり、横領をシュナイゼルに握られている官僚がおり、かつての中華連邦の大宦官達のように取りこまれた者も多い。
 エリア19に続く国が出てくるであろうことは明白で、既に四ヵ国が脱退申請を出しており代表はこの場にはいない。
 いずれ新たなブリタニアの植民地として、数字に名を変えて呼ばれることになるのだろう。

 しかしその四ヵ国も、希代のカリスマゼロがいようとも所詮民兵上がりの軍でブリタニアを倒すことが出来るはずがないと考え、EU軍がただひたすら防戦一方な状況を見て自国の安泰と己の保身を考えた行動について、早まったかと後悔している官僚が出た。

 しかしブリタニアと通じてEUの情報を提供していた以上、それをネタにされれば己の身が危ない。
 このままブリタニアの植民地としてEUを離れなければならず、ブリタニアの庇護と援助を受けなくてはならないのだ。

 そしてそれはまだ脱退こそしていなかったが、同じようにシュナイゼルと繋がった者達も同じである。
 ならば出来るだけブリタニア皇族に貸しを作るに越したことはないので、暗にシュナイゼルに命じられたこともあり、せっせとエトランジュの案である超合集国との同盟を阻止しにかかっていた。

 「他国の力を借りればEUの力はその程度と侮られることになる。
 エトランジュ女王は伝統あるEUの威光を貶めるおつもりか」

 「そんなつもりは全くありません。一方的に力を借り続ければそうかもしれませんが、EUも超合集国連合に力を貸すのですからお互い様です。
 それのどこが恥になるのですか?」

 EU連合自体が互いに協力し合おうという目的で生まれた組織のはず、それを世界規模にするだけのことではと言うエトランジュに、同盟賛成派は一斉に頷いた。
 ことに昨年エリア17として占領され亡命政権を立ち上げた国の代表は、エリア解放を成し遂げた黒の騎士団と渡りをつけたエトランジュを高く評価していた。

 「全くその通りです。しかも超合集国連合の中心は中華で、黒の騎士団の本拠地はサクラダイトの産地である日本ですぞ。
 これほど頼もしい味方がどこにあります!」

 「あんな怪しい仮面の男を信用するエトランジュ女王の感性を疑う。
 素顔を出さない人間をトップにする黒の騎士団になど、とうてい信用出来たものではない」

 実のところその意見はもっともなもので、徹底抗戦派であっても同盟をためらう国はそれが理由だったりするのだが、それでも結果を出さなければならないのが国を預かる者としての責務である。
 
 「しかし成果は上げていらっしゃいます。ゼロは成果を上げてこそ信用が得られるとおっしゃって、事実日本解放を成し遂げられました。
 しかし一人だけで成し遂げたわけではない、皆で力を合わせるべきだとのこと。
 EUも同じブリタニアを敵としているのだから、ともに手を取り合おうと仰ったのです」

 「それが本音だという保証がどこにある!いい加減目を覚まされてはいかがか!
 そもそもエトランジュ女王がEUの国を解放したがっているとは思えませぬな。
 いつぞやアイン宰相が報告しておられたが、貴女はシュナイゼル宰相がマグヌスファミリアの国土返還を申し出た際すぐに断ったそうですが、自国を取り戻す好機を自ら捨て去るほどだ」

 「我が国の安泰を図るためにこれまで真摯に協力して下さった方々を裏切る訳には参りません。
 シュナイゼル宰相はあろうことか援助と補償はすると言いましたが、謝罪の言葉など一度もなかったのです。ただ部下に責任転嫁をしただけです。
 それに正式な申し込みではない以上、そんな約束はなかったと言われればどうするすべもないのはお判り頂けると存じます」

 ブリタニアの親切ほど信じられない善意はないと、普段の大人しさから想像出来ない辛辣な台詞に同意した者は多い。
 EU連邦の国土返還をするからには、EUを通すのが筋なのだ。確かに当事者であるエトランジュに申し出ること自体はおかしくはないが、ほとんど不意打ちで一方的に告げてきた時点で充分相手を軽んじている行為である。

 ゼロは確かに素顔を隠してはいるが、それ以外の主張は堂々と行い結果を上げている。
 先に行われた超合集国連合会議でもEUとの同盟を決め、正式な使者である日本国外務大臣である宗像が神楽耶とともに訪れて同盟を申し込んでいた。
 シュナイゼルのそれと同じにするのはどうなのかと主張する者達に、和平派はぐっと押し黙った。

 「政治は結果がすべてだ。このまま膠着状態を続けるより、新たな力として超合集国連合と同盟を組むことに私は賛成する。
 このままで状況打破が出来ると仰る方がいれば別だが」

 面子を気にして独力でEUの植民地を解放出来ると主張する以上、代案を出さす否定するのはどうかいう正論に、ラストニア国代表が挙手して可能だと自信たっぷりに言った。

 「EU軍にいる我が国出身の将軍が、明日提出する予定の作戦案です。
 まず現在戦線となっている地域から撤退し、焦土作戦を敢行するのです。
 いずれブリタニアは物資や食料を近くの植民地や本国から輸送するでしょうが、空軍の四割を持ってその補給ルートを断つのです。
 ユーラシア大陸の半分は我々が占めているのですから、こちらの物資が途絶えることはあり得ません」

 幸い日本が解放された上に中華連邦もブリタニアと敵対しているため、海路と空路を使うしかない以上空路での補給を断たれるだけでも大ダメージだというラストニア代表に、なるほどそれならいけるかもしれないとざわめき始めた。

 「この作戦が成功した後に総攻撃をすれば、植民地の解放が成ります。
 黒の騎士団やゼロなどと言うあやしげな男の力を借りるなどEUの恥です」

 ふふんと自信ありげに言い放ったラストニア代表が肩をそびやかすと、イギリス代表が立ち上がって言った。

 「なるほど確かにそれは効果的ですな。しかしEU内にある国が物資を提供すれば、意味がありません。
 先日脱退した国はもちろんのこと、他に密にブリタニアに通じた国があれば終わりだ」

 「何をおっしゃいますイギリス首相!
 エリア19に自ら成り下がった国に続いた国はとっくに脱退申請を出しております」

 「しかしですな、貴方は先日、シュナイゼルと個人的に会っておられたようだ。
 EU議会に図らず接触されたようですが、それについてご説明を願えますかな?」

 冷たい声音で詰問されて、ラストニア代表は青い顔で息を呑んだ。
 イギリス首相が差し出したのは、動画カメラだった。
 非常にはっきりした綺麗な画像で自国の官邸でシュナイゼルと親しげに話をしている様子が、はっきりと映っている。

 「な、何故これが・・・?!」

 「あの場におられた貴方の秘書が、貴方の裏切りに心を痛めて記録してくれたのですよ。
 エトランジュ女王は味方を裏切ることが出来ず国に戻れる機会を棒に振ったのに、自分達だけの安泰を図るような醜い真似はしたくないと」

 「あ・・・あ・・・・!」

 陸に打ち上げられた魚のように口を動かしているラストニア代表が何も言えず立ち尽くしていると、EU内にもシュナイゼルの息がかかっている者がいることを知り皆疑心暗鬼の目で互いを見つめた。
 確実にブリタニアと通じていないと断言出来るのは、黒の騎士団と深い繋がりを持つマグヌスファミリアとブリタニアの初代皇帝の出身であるためブリタニア人いわく「開祖の地を奪回する」とされて最終侵略目的になっているイギリスくらいなものだ。
 
 よってブリタニア討つべしと主張する国の代表は、自然とこの二人に視線が向くことになる。
 
 「さあ、お答え頂きましょうか。
 これを記録した方からは伺っておりますが、貴方からもお話を伺わなくては不公平というものですからな」

 密にシュナイゼルと会っていたというだけで、既にろくでもない内容であることは明らかである。
 証人として天子がいた上にさっさと報告してあったエトランジュとシュナイゼルとの会話とはまるで違うのだ。

 問い詰められたラストニア代表は舌をかんだが、もはやごまかしきれない。
 開き直って笑い声をあげなら答えた。

 「くっ・・・そうだとも、我が国は既にブリタニアと密約を結んだ!
 同盟国として今後は交友する、貿易や国交などについても対等なものだ」

 「なっ・・・EUを裏切る気か?!」

 「いつまでも戦いを続けていられる余裕は我が国にはない!
 戦費のために税をかけ、国民の不満は高まっているのだ。EUが当てにならん以上、己で生き残りの道を探したまで!」

 ブリタニアと戦争を続けてもう何年も経つが、領土を奪われ続けている以上負担を抑えるためにはこれしかなかったのだというラストニア代表に、確かに長引く戦争に国民の負担が大きくなっているという主張は正しい。
 勝ち馬に乗るよう努めるのが国を預かる者として当然だという主張ももっともだが、だからと言ってこれまで苦楽を共にしてきた仲間を裏切るという行為をあっさり認めるわけにはいかなかった。

 「ならば潔く脱退するがよろしい!我々を売り渡して取引材料にするとは、何たる卑劣な!!」

 「このような裏切りを許せばそれこそEUの面子に関わる!
 ラストニアは脱退表明をしていない以上、背信行為で罪に問うべきだ」

 「うむ、それがよい!他にもブリタニアと通じている者がいないか、調査をしておかねばならぬやも」

 EU内にざわめきと疑心暗鬼が広まった。
 それを見ていたエトランジュは、この醜い展開に内心で大きく溜息を吐いた。

 ルルーシュの言っていたとおり、ラストニアや他の国の裏切りがばれなければそのまま情報の横流しや操作が出来、露見すればEU内部の分裂を招くことが出来るという抜け目のないシュナイゼルの策に、見事に乗せられている。

 だがそれが半分阻止出来たのは、マオのお陰だった。
 堂々と海外を行き来出来るようになったので前々からの約束だったギアスの譲渡を行うため、彼はEUにやって来た。
 コミニュティに行く前に報告していかなくてはならないからとEU連邦の議事堂に来た際、マオがどんな状況か調べておこうとギアスを発動させたところ、ブリタニアに既に通じていた国がいたことが発覚したのだ。

 その可能性が高いとルルーシュから言われていたからこそのマオの行動が功を奏したことに一同は驚きすらしなかったが、ただちに動いて不正や裏切りの証拠を揃えた。
 EUを裏切ることに後ろめたさを感じていた秘書をマオお得意の心理誘導で味方につけ、アルフォンスのギアスを使って相手の部屋に侵入してデータを盗むなど実に手段を選ばない捜査の末、あっさり連中に言いわけをさせないだけの証拠を集めることに成功したのである。

 マグヌスファミリアがブリタニアと戦うために証拠をねつ造したと言いがかりをつけられたり、マグヌスファミリアには権限がないので無断で他国を捜査をするとは何事と批判される可能性があったため、王室の末流とはいえEUでも発言力が強いイギリスに嫁いでいた叔母を通じて事の次第を報告し、代わりに告発してくれるように依頼したのである。

 ラストニア代表の秘書がマグヌスファミリアではなくイギリスに報告したことにすれば、イギリスが正式に捜査機関を動かすことが出来るため、獅子身中の虫がいることが明らかになった。

 イギリスもEUのために裏切り者は速やかに排除しなくてはならない上、自国がそのために動けば今後の発言力が大きく増す。
 超合集国と黒の騎士団をまとめているゼロがエトランジュの背後にいる以上、エトランジュに任せれば黒の騎士団が大きく介入してくる危険があるので、それを防ぐためにも迅速に動いた。

 別に手柄を立てて大国にしたいわけではないどころか、超合集国の同盟関係以外のことで目立ちたくないマグヌスファミリアからすれば裏切り発見の手柄を譲ることにためらう理由がなかった。
  
 《ルルの言ったとおりだね。ブリタニアと徹底抗戦派の国の首相に証拠を渡して告発させれば連中をとっとと排斥出来るって》

 《はいマオさん。国によって代表を免職することでそのままEUに残るか、それともこのまま脱退するかに分かれるでしょうが、それでも背後から撃たれる危険は格段に減ることでしょう》

 この際味方を増やすのではなく玉石混合をやめて玉だけを拾って組織固めをしようというルルーシュに、確かにその方がいいと納得した。

 ブリタニアを追いつめていけば自然その国も戻ってくるかブリタニアに協力することを辞めるに違いないのだから、それで充分である。

 エトランジュ達が集めた証拠が公開され、改めて他のブリタニアに通じていた国の代表の顔が蒼白になっていく。
 背信行為が発覚した国の代表が次々に拘束されると、イギリス代表が議長に向かって言った。

 「我々が調べたところ背信行為を行っていたのは彼らだけです。しかしこれではなおさらEUだけでブリタニアと戦うことは困難でしょう。
 超合集国連合との同盟は我々の断固たる信念を世界に示す重要な議題であると考えます。議長、採決を!!」

 「解りました、もともと本日中に結論を出す予定でしたからな。
 では超合集国連合との同盟に賛成か反対か、票を取ります。
 賛成の方は青を、反対の方は赤のボタンを押して下さい」

 議長の言葉にエトランジュは机の上にある青と赤のボタンがあるスイッチを手に取り、ためらいなく青いボタンを押した。

 議長の頭上に置かれてある大きなモニターで、青と赤の棒グラフがゆっくりと上昇していく。
 エトランジュは祈るような思いで、モニターを見つめた。

 そして五分が経過し、そのグラフは止まった。
 五分以内に押さなかった者は棄権したとみなされ、決定事項に関して何ら権限は与えられない。
 
 「賛成19!反対8!棄権5!よって超合集国との同盟成立が採択されました!!」

 過半数が賛成という結果に、エトランジュは嬉しそうに笑みを浮かべた。
 ゼロを何とか信じて貰おうと、神楽耶と宗像が一生懸命EU代表達を回って説得に回った成果が実ったのだ。

 「神楽耶様にすぐにお知らせに上がらなくては!皆様に解って頂けて嬉しいです」

 EUの戦力が削られたのは痛いがこれでEUの膿が絞り出され、ブリタニアとの戦いにも新たな一手が打てると他の代表達も安堵の表情だ。
 
 「では速やかに同盟のための調印大使や軍について超合集国とも話し合わなくてはなりませんな。
 まずは使節団をあちらに派遣しましょう。マグヌスファミリアのエトランジュ女王陛下は当然として、他に誰にご足労願うべきか」
 
 エトランジュは既に超合集国の主なメンバーとの間に大きなパイプが出来ているため、同盟の象徴としては打ってつけだ。
 しかしまだ幼く政治や軍事に関しては素人に毛が生えた程度しかないため、よくて実用性のあるお飾りとしての役目である。

 話し合いの末同盟に賛成した国のフランス代表が使節団大使として任命され、副大使にエトランジュということで話がまとまった。

 「若輩の至らぬ身でお手数をおかけすることになると思いますが、よろしくお願いいたしますね」

 「いや、エトランジュ女王陛下こそよくここまで頑張って下さった。
 その成果を無駄にせぬよう、こちらも誠心誠意努めていく所存です」

 フランス代表とエトランジュが握手をすると、さっそく会議の結果を知らせに報道官がEU全土に向けて超合集国連合との同盟が決定したと報道した。

 ようやくブリタニアに対して攻勢に転じることが出来そうだと、国民達の反応はおおむね良好である。
 何せエリア解放を成し遂げた黒の騎士団との同盟なのだ、一進二退をしているようなEU軍よりも期待の目を向けるのも無理はなかった。

 マスコミの前で改めて挨拶に出されたエトランジュは浴びせられるフラッシュに少しおどおどしたが、何とか押し隠して記者達の質問に答えていく。

 「ゼロはどのようなお方ですか?!仮面をかぶっているとはいえどのあたりまで信用出来るかコメントを!!」

 「ゼロはとてもご立派な方で、仮面をかぶっているのもブリタニアを倒し情勢が落ち着けば自身も仮面の下の生活に戻ると伺っています。
 あの方も平和を望んでいるからこそ、仮面をかぶっているのでしょう。始めから仮面を外したまま戦えば、平穏な生活は難しいでしょうから」

 事実彼は黒の騎士団総帥の地位にありながらも給与などは受け取っておらず、ことが終われば総帥を降りる旨を既に公表したと告げると、記者達は意地の悪い問いを重ねた。

 「擬態であると感じたことはありませんか?」

 「横領や背信行為をしているところを見たわけではありませんし、証拠もないのにそれを疑い続けていたら、ゼロに限らず誰ともお付き合いが出来ないと思います」
 
 ブリタニアを倒すと宣言し差別主義を掲げるブリタニア皇族を倒しているのだから、何の不満があるのかと逆に質問された記者は、確かに言っていることとやっていることが同一で彼が裏で悪事を働いているという証拠がないのだから、それ以上はただの誹謗でしかない。

 「私はゼロと同様平和を望みます。弱者が強者に虐げられることなく暮らせる国を、家族と穏やかに笑い合えることが当たり前だった時代を。
 実子ですら従わないなら死を与えるような国で、どうして安心して暮らすことが出来るでしょう。
 私はブリタニア植民地を見て回っていた時、EUが保障する言論の自由の素晴らしさを改めて痛感し、また失いたくないと思いました。
 何しろ当時副総督であったユーフェミア皇帝ですら、実際に起こった出来事を口にすることが出来なかったのです。
 記者の方々にはそれがどれほど恐ろしいことか、お解り頂けると存じます」

 事実を伝えることこそ報道官の義務であり、存在意義だ。それを奪われるなど自身の職業に矜持を持つ者なら誰もが恐れることだった。
 
 「しかし残念なことにブリタニアは強大であり、今も世界各地を脅かしています。
 ゆえにゼロは超合集国を創り上げました。超合集国の方も、EUを参考にした部分もあるとおっしゃっておられました。
 一つ一つの力は小さくとも、それらが手を取り合うことで大きな力となることを世界に先駆けて証明しているからだそうです」

 EUを参考にした部分もあると聞いて、自尊心をくすぐられたEUの議員はうんうんと頷いている。

 「Victoria Concordia Crescit(勝利は調和の中から生まれる)と申します。
 EUの皆様、長引く戦争に大きな負担がかかっているのは承知しています。
 ですが自分勝手な理由で他国を侵略し人としての尊厳を奪い支配するブリタニアを受けれいるわけには参りません。
 どうかもう少しだけ耐えて力を貸して頂きたいと思います」

 「しかしとある筋からの情報では、最優先でマグヌスファミリアを解放するという密約をゼロと交わしたとありますが、事実ですか?!」

 綺麗事を言いながらも実際は自国のためではないかという質問に、記者達はあり得そうだと顔を見合せた。
 しかしエトランジュはきっぱりとそれを否定する。

 「そのような事実はありません。我がマグヌスファミリアが解放されるのはブリタニア首都が陥落するか、ブリタニア皇帝が戦争をやめて植民地を解放すると宣言しない限りあり得ないでしょう」

 それはつまり武力によってマグヌスファミリアが解放されることはないということだ。
 どのみち会議でマグヌスファミリアを解放しようと言いだす者がいないと解っている以上、自分から最後でいいと言い出す方が印象がはるかによくなるのだ。


 「マグヌスファミリアは私達にとってはかけがえのない祖国ですが、残念ながら何の資源もなく軍を常駐させられるだけの設備もありません。
 確かにあちらもろくな軍を置いていないようですが、軍を派遣して解放するだけの価値があるとはいえないのです」

 何しろ水道があるのが城だけで交通手段が馬車という国なのだ。
 確かにもっともだが自虐的にではなく客観的に淡々と告げる女王に記者達は驚いた。

 「私も一番に祖国を解放して欲しい気持ちはありますが、それは皆様同じ思いです。
 しかし戦争を早く終わらせるためには、私情を押し殺すことも肝要です。
 国民の皆様には既に説明を行い、理解をして頂きました」

 「エトランジュ女王のご英断には頭が下がります。
 先のブリタニアとの密約を蹴ったことといい、彼女こそがEUで世界平和を第一に考えているお方だ」

 イギリス代表がそう言ってエトランジュを持ち上げた。
 ブリタニアとの密約を断り、自国は最後でいいと自ら宣言したエトランジュの評価は大きく上がった。
 これで他国は無理に一番先に自国を解放しろとは言えなくなり、メリットがある国を解放していくべきだという論が通りやすくなったからだ。
 さらに対ブリタニアの象徴とするためにも、エトランジュを積極的にアピールする必要があったのだ。

 大きく鳴り響く拍手の中、もはや他者の陰に隠れているわけにはいかなくなったことに、エトランジュはまだ気づいていなかった。
 


 記者会見が終了した後、エトランジュはEU本部のマグヌスファミリアに与えられている部屋伯母のエリザベス、そして従妹のエヴァンセリンを集めた。
 そしてマオとアルフォンスと共に入室し、誰も入れないようにジークフリードをドアの前で見張りに立って貰った。

 「お久しぶりですリジー伯母様、エヴァ。さっそくですがマオさんのギアスをエヴァに移す件についてお話があるのですが」

 「ええ、前々から出ていた話ですからね。
 マオ君には約束していたのに延び延びになってしまって申し訳なかったわ」

 エリザベスが謝罪しながらマオにソファを進めると、マオは仏頂面でソファに座った。
 目の前には以前中華で行われた天子とオデュッセウスとの結婚式の際、エトランジュの身代わりとして参加したエヴァンセリンが不安そうな顔で座っている。

 「改めて挨拶しましょう。私はエリザベスで、アルフォンスの母です。リジーは愛称で、お好きなように呼んでね。
 今日は私のギアスで貴方のギアスをエヴァに移させて貰うためにご足労を願いました」

 エリザベスがそう言いながらエヴァの肩を抱き寄せると、彼女はマオに言った。

 「私、エヴァンセリンと言います。中華では挨拶も出来なくてごめんなさい。
 十五歳になった時にギアスのことを知ったの。アイン伯父さんからの話を聞いて、心を読むギアスを得るつもりがあるかと聞かれたわ。
 戦争にはとても便利なギアスだもの・・・だから、私に下さい」

 心を読むギアスは暴走状態だがそれはコードを奪いたいマグヌスファミリアには必要なことであり、ゼロのギアスで抑え込めると聞いて心が読めることによるデメリットをも聞かされていたエヴァンセリンはいくらか気が楽になっていた。
 それでも赤裸々な心の声と言うものに、今が戦乱の時代であることも手伝って不安が完全に消えたわけではないのだろう。

 マオはギアスなど使わなくても、その表情からそれを読み取った。
 そしてそっとギアスを発動し、エヴァンセリンの心を覗いた。

 《心の声なんて聞きたくないけど、コントロール出来るようにしてくれるんだから、マオさんよりずっと幸運だわ。
 わがままなんて言える立場じゃない、エディもアル従兄さんも頑張ってるんだからマオさんには感謝してギアスを頂かないと》

 以前の自分と比べられるというのは不愉快だがもっともではあるため、マオは怒りは感じなかった。
 そして彼女が真実自分に感謝してギアスを受け取ろうとしていることを知ったマオは、笑みを浮かべて首を横に振った。

 「いーよ、別にこのままで。心が読めても君、それで心理誘導とか出来ないだろ?
 僕はそう言うの慣れてて得意だし、いちいちエディのギアスを介してやり方教えてたら彼女の負担が凄いじゃないか。だいたい教えて出来るものでもないし」

 「それはそうですが、でも貴方のギアスを移すというのは初めてお会いした時からのお約束です。
 いえ、強引にギアスを頂きたいわけではないですし、正直マオさんがそのままで協力して頂けるというのはありがたいことなのですが」

 あれほどギアスを手放すことを望んでいたマオが断ったことに驚いたエトランジュに、マオは照れたようにそっぽを向く。

 「それにギアス嚮団ともやり合わないといけないんだ、ギアス能力者同士の戦いは些細な時間差でも命取りになる。
 あんなふざけた計画は僕にとっても最悪の悪夢なんだ、絶対阻止して貰わなきゃいけないんだから、ギアスを渡しておしまいにしたくないよ」

 「マオさん・・・」

 それは彼の本音だろうが、やはりエヴァンセリンの恐怖心を汲み取ってくれたことを悟ったエトランジュは、とても嬉しかった。

 「ありがとうございます・・・感謝します」

 「べ、別に君達のためじゃないんだからね!C.Cや僕のためなんだからね!」

 典型的なツンデレ満載なマオにそれ以上誰も謝礼の言葉は言わなかったが、この場の誰もが言葉にせずともマオに感謝した。

 「解っています。ではこの件は今回は見送りと言うことでよろしいですね?」

 「うん、いーよ。でも戦争が終わってギアス研究が進まなかったらまたよろしく」

 エトランジュ達が了承すると、エヴァンセリンはマオの手を取った。

 「あの、正直私怖かったの。想像しただけで怖かったのに、何年もそのギアスと付き合ってきた貴方は凄いと思う。
 私ギアスを受け取ったら、ギアス研究チームに入ろうと思うの。貴方のギアスをどうにかするとは断言出来ないけど、精一杯頑張ります」

 「期待せずに待ってるよ。・・・でも、ありがと」

 マオは顔を赤くして小さな声で礼を言うと、照れ隠しのためにクッキーを手にして頬張る。

 内心でクスクスと笑っていた一同だが、すぐに真剣な顔つきになった。
 ずっと黙っていたアルフォンスが、口火を切った。

 「では次の行動、まずは中華連邦・・・いや合衆国中華だな。そこでブリタニアの基地があるから調べて潰すべきだという根回しはゼロに任せてあるよ。
 既に彼の指示通りそんな情報があると少しずつ流してあるから、もう少し経てば可能だと思う。
 その時はマグヌスファミリアのギアス能力者全員で援護に来てほしいんだけど」

 アルフォンスはそう言うと、エリザベスに尋ねた。

 「アイン伯父さん、ギアスが暴走したって聞いたけど・・・大丈夫?」

 日本解放戦以前からアインのギアスが暴走したことを聞いていたアルフォンスに、エリザベスは小さく首を横に振った。

 「ええ、アイン兄さんは大丈夫よ。
 ただあのギアスの暴走の仕方が厄介でね・・・次々未来のビジョンが脳裏に浮かんでくるから、脳にものすごい負担がかかってるの。
 ほら、以前エディがギアスの使い過ぎで倒れたじゃない?あれと同じ状況でね」

 「やっぱり・・・予測はしてたけどね」

 暴走すればどうなるかと言うのは、これまでの事例である程度予想がつく。
 アインの予知は血縁者の未来を脳裏に浮かべるというものであるため、エトランジュがギアスの使い過ぎで倒れた時、彼もそうなるのではないかと思っていたが見事に的中していた。

 アインは宰相としてどうしても倒れたままにはしておけないため、ギアスを知っていたアインの妻にエリザベスのギアスを使って移したため、アインは無事だ。
 だが彼女は現在ものすごい勢いで脳裏にいろんな予知画像が回るために脳が混乱しており、ほとんどの時間をベッドの上で呻く日々を送っていた。
 予知は出来るがそれを伝えようとエトランジュにギアスを繋げるとエトランジュの負担も半端ないため、リンクを繋げることが出来ない。
 そのため、現在予知ギアスは使えない状況にあった。

 「いずれゼロに頼んでコントロールさせて貰えないかと思ってるの。
 ゼロの妹さんの件でこちらに来るなら、その時にでも」

 創立宣言をした後にEUにるというのは具合が悪いため、今ルルーシュは超合集国の調整のために蓬莱島にいる。
 正式な同盟が成った後に改めて訪れるという予定になっていた

 「解りました、お願いしておきますね」

 「この大事な時に、自動発動型とはいえ予知がないのは心細いけど仕方ないか。
 幸い頭の切れるゼロがいるから、大丈夫だと思う」

 アルフォンスのたのもしい言葉にエリザベスは安堵し、マグヌスファミリアのギアスの能力者はいつでも動けるようにしてあると告げると、エトランジュが普通の人間同士の戦争について語り出した。

 「私はEUの副大使として蓬莱島に向かいますが、政治関係については大使のフランスの方にお任せして黒の騎士団本部がある合衆国日本に行くことになると思います。
 これまで通り黒の騎士団へ協力する補給を指揮するという名目になるでしょう」

 何せ多国籍軍となる黒の騎士団のことは、言語能力の高いエトランジュが適任なのだ。
 それは解るのだが戦争の場に引き続き行くことになるエトランジュに、エリザベスは溜息をついた。

 「ええ、さすがに副大使ともなるとマグヌスファミリアからも何人か出せという通達があったわ。
 王族は多いけど外交や政治関係に長けた者は少ないから、困るのに」

 コミニュティを維持するだけで精いっぱいなのでルチアを補佐官として派遣し、エトランジュの護衛としてクライスのように形式的に軍に入って貰ったエトランジュの同級生を寄越すことになった。

 「日本は激戦区になるだろうから、ぐれぐれも危ない行動は取らないようにね。
 重々それだけは肝に銘じてちょうだい・・・戦争が激化するせいかしら、どうも不安で・・・」

 特に息子は専用のナイトメアまで開発して戦場を走り回っているため、エリザベスは気が気でならない。
 娘が地下で不自由な生活を強いられ、息子は戦場で危険な作業に従事しているために彼女はいつも不安にさいなまれていた。

 「大丈夫だよ母さん。訳の分からない理由で爆弾を投げてくるブリタニアを倒すためなんだから。
 何もしなくても勝手に因縁つけて怪我をさせるのがブリタニアだよ?だったら自分で動いて怪我するほうが、よほどマシってもんだよ」

 アルフォンスは母にそう笑いかけると、エトランジュに視線を移した。

 「エディがやっとここまで味方を集めてブリタニア戦線を完成させたんだよ。
 無理やり王位につけさせられたのに立派にその責務を果たしたんだから、母さんも覚悟決めなよ」

 「・・・解ってるわ、解ってるの。でも貴方だけのことじゃないのよ?エディを守って、みんなで私達のところに帰って来てちょうだい。
 みんな貴方達の帰りを待っているのよ」

 「はい、リジー伯母様。こちらの用件が済みましたら一度戻ると、みんなに伝えて下さいな」

 エトランジュの嬉しそうな笑みを見て、エリザベスは部屋の隅に置かれていた箱を指さした。

 「ああ、以前に贈ったケープがぼろぼろね。新しい物を用意したから、それを着ていきなさい。
 まだ一年も使っていないのに、こんなに酷くなって・・・」

 エリザベスは日本に行く間際に新しく仕立てたケープがあちこち汚れて擦り切れているのを見て、箱を開けて同じケープを取り出した。

 「あら、少し大きくなったのねエディ。少し大きめに作って良かったわ。
 今度のはEUで頂いた防寒効果の高い布で作ったのよ。まだまだ寒いから、風邪には気をつけなさい」

 青いケープを着せて貰ったエトランジュが箱に視線を移すと、中には他にも下着や鞄、靴や装飾品まである。

 「同盟が組まれたらエディがまた外に行くことになるから、綺麗にするのが礼儀だと言ってみんなが作ってくれたのよ。持って行きなさい」

 それに添えられたのは友人や家族達からのメッセージカードだった。
 “同盟成功おめでとう!!” “ブリタニアに一撃与えたんだってな!よくやった!” “頑張ってるみたいだけど身体大丈夫?戻ってきたらエディの好物のミートパイ作るから楽しみにね!”

 「みんな・・・ありがとう・・・」

 生活は決して楽ではないだろうに、時間を見ては作ってくれたのだろうそれにエトランジュは嬉しさの余り涙をこぼした。

 

 世界各地が日本解放に沸き返っている中、ブリタニアでは逆の意味で騒然としていた。

 「コーネリア姉上が負けた?しかもナイトオブラウンズのノネット・エニアグラムまでも敗北、戦死だと?!」

 第六皇子が叫ぶと、通信スクリーンの中で第四皇子は肩をそびやかした。

 「妹可愛さに手加減でもしたんじゃないのか?ブリタニア皇族として恥さらしな」

 「コーネリアも悩んだんだ・・・死者に対してそんな言い方をするものじゃない」

 オデュッセウスが穏やかに叱りつけるが、第四皇子の弾劾は止まらない。

 「おかげで各エリアでは反乱の芽が大いに育って、こっちはいい迷惑だ。
 日本に続け、とか叫んでうっとおしいことこの上ないので、見せしめのためにナンバーズ殲滅計画を立てている最中ですよ」

 「そうよお兄様、私達に逆らうナンバーズなんてやっつけちゃえばいいのよ」

 末のカリーヌが笑いながら同意すると、オデュッセウスは大きく溜息をつく。

 (だが締め付けるだけでは逆効果だ。始めからユフィの特区のようにしていればここまでにはならなかっただろう。
 現にあんなテロさえ起こらなければ、エリア11は治まったはずだ)

 三番目の異母妹の案にオデュッセウスは感心し、いずれ自分も視察して各エリアにも建設しやすく出来ればと考えていた。
 父皇帝は政治に無関心になって久しかったから、どうせ何も言うまいという打算があったので次に何か催し物があれば参加を申し入れる予定だったのだが、国是主義のブリタニア人のテロという予想外の種にオデュッセウスは唖然とした。
 挙句ユーフェミアの反逆宣言、ノネットの敗北、とどめがコーネリアの戦死である。

 (だが今になって甘い政策をとれば、ブリタニアが弱体化しているととられて足元を見られる恐れがある。
 しかし締め付ければ反発はさらに倍増する・・・どちらもいい案とはいいかねるな)

 状況把握能力が高すぎるオデュッセウスは、それ故に思い切った手を取れずにただ右往左往するばかりだ。
 と、そこへエリア16にいたシュナイゼルが通信スクリーンに現れた。

 「申し訳ありません兄上、遅くなりました」

 「いやいいんだよシュナイゼル、よく来てくれたね。
 さっそくだがエリア11が黒の騎士団に占拠された件、どうすればいいと思う?」
 
 すぐ下の有能な異母弟なら打開策があるはずだとオデュッセウスが問いかけると、シュナイゼルは即座に答えた。

 「EU軍はEU連邦のうち四ヵ国ほどはこちらに取り込むことに成功したので弱体化しましたが、EUが超合集国連合と同盟を組むことを決定したそうです。
 よってEU連邦を先に壊滅させ、戦力をこれ以上増加させるのをまず防ぎましょう」

 「しかしシュナイゼル兄上、黒の騎士団を放置すればブリタニアはゼロを恐れているとあらぬ風評を立てられます」

 第四皇子の反論に、シュナイゼルは涼しげに返した。

 「同盟を組んだ以上、黒の騎士団はEUに物資や兵力を提供しなくてはならない。
 しかしあちらは各国の兵力を集めたとはいえ、EUを守るために大多数の軍を派遣するわけにはいかない。
 向こうもそれを面子や都合からやすやすと受け入れないだろうからね」

 こちらが思っていたより早く自分と繋がっていた者達は排斥されたが、いくらでも代わりを作ることが出来るためシュナイゼルにとってはそれほどの痛手ではない。
 しかも少ないが今だ逮捕を免れた者達がいるので、彼らに策を授けて動かすことが可能だ。
 裏切り者を発見したマオもEUを離れるので、また新しく背信者を送られれば気づくことが出来ない。
 シュナイゼルは油断せずに駒をぬかりなく揃え、EUの会議でそういう方向に持っていかせるつもりなのだ。

 「つまり、黒の騎士団から無駄に物資を提供させるということですね。
 しょせんエリアのことだ、大した供給能力はないでしょうからその隙を狙って討つということですか・・・さすがはシュナイゼル兄上」

 特にサクラダイトの産地を奪われたのは痛いが、EUにそれを提供させるように仕向ければ、EUを支配した際にはそれを間接的に手に入ることになる。
 その策に納得した第六皇子が引き下がると、シュナイゼルはさらに言った。

 「その前に、エリア11にいるブリタニア人に関してですが、それを本国に戻すために話し合いを申し込みましょう。
 エリア11にいる者達の安否を知りたいと国民が騒いでいるので、その対処が必要だ。
 あちらも正義を建前にしている以上、拒否は出来ないはずだからね」

 「それは僕も思っていたよ。よかったら僕が向かうけど・・・」

 皇族批判になることを恐れて大きくは騒いでいないが、それでも家族と連絡が取れないと嘆く国民達の姿を見てどうにかするべきだと思っていたオデュッセウスの申し出を、シュナイゼルはやんわりと断った。

 「ここは私が行きましょう。
 ユフィにはこの一連の出来事について真意を聞きたいですし、他にもいろいろしておきたいことがありますのでね」

 「すまないねシュナイゼル・・・エリア11は危険で何が起こるか解らない。
 既にルルーシュとナナリーに次いでクロヴィスとコーネリアまでが命を落としているんだ。
 君に今更言うまでもないことだけど、くれぐれも注意を怠らないでほしい」

 オデュッセウスとしてはだからこそ自分より才能のあるシュナイゼルを危険な地に赴かせることを止めさせたかったのだろうが、正直兄にあのゼロとまともにやり合える能力があるとは思えないと、シュナイゼルはシビアに判断していた。

 そしてそう判断された側もそうだろうなと己で理解していたため、あっさりシュナイゼルの言うとおりに彼に任せることにしたのである。

 (・・・ルルーシュとナナリーも、か)

 シュナイゼルはいつもの笑みを浮かべたまま、その固有名詞を心の中で呟いた。

 合衆国ブリタニアに参加します~と飄々と宣言した元後見人だった伯爵と同時に神根島でのユーフェミアの態度を思い返した時、ふと脳裏に浮かんだのは。
 七年前自分に勝てないと悔しがっていた十歳とは思えぬチェスの技量を持った末の弟の姿だった。




[18683] 第二十六話  海上の交差点
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/06/04 11:05
 第二十六話  海上の交差点



 超合集国連合本部の所在地である蓬莱島。
 そこにEU連邦からの使者であるフランス大使と副大使であるエトランジュが飛行機から降り立った時、一斉に拍手とフラッシュが沸き起こった。

 中華語以外はたどたどしさがあったが日本語やインド語で懸命に己の決意表明を述べるエトランジュの姿を見た日本人は基地や施設でいろいろ世話をしてくれた少女がまさか女王だったとはと驚き、それゆえに人気が高く亡命してコミニュティで不自由な暮らしをしているマグヌスファミリアの国民を助けようと物資まで送ってくれた。
  
 大したことはしていないのにとエトランジュは恐縮したが、ナリタでアルカディアに助けられた騎士団員などは大したことないとはとんでもない、命の恩人ですとマグヌスファミリアへの物資を届ける役目を引き受けてくれたりもした。

 つつがなく同盟の書に印が押され、これでEU連邦と超合集国連合という世界二大世界連合といっていい組織が手を結んだのである。

 「これでひと段落つきましたね神楽耶様、天子様、エトランジュ様。
 今後は忙しさが加速しますが、よろしくお願いいたします」

 ゼロの扮装をしたルルーシュが同盟調印後の懇談会を外して控室でぐったりしていた三人に声をかけると、神楽耶は先ほどの疲労はどこへやら、にっこりと笑みを浮かべた。

 「まあ、これからやっとブリタニアと戦おうというのですから当然ですわゼロ様。
 ゼロ様こそお疲れではないのですか?」

「いえ、私の方は信頼している仲間と仕事を分担しておりますのでご安心下さい。
 しかし神楽耶様や天子様、エトランジュ様は誰も代わりが出来ない重要なお仕事です。くれぐれも大事になさって下さい」

彼女達の役目は同盟の象徴として対ブリタニアを呼びかけ、また互いの絆を強調することにある。
 もともと彼女達の仲は非常にいいので三人でマスコミの前に出たり合衆国日本や合衆国中華で演説するだけでも、充分な効果を発揮していた。
 大したことではない行為だが、大事なことなのだ。 

 「次はどこの植民地を解放するかで既に水面下で話し合いが行われておりましたわゼロ様。
 やはり資源関係か、それとも農作物が豊富な国か、地理的に有利なところかと、意見はなかなか一致しないようです」

 「そうでしょうね。幸いエトランジュ様の自国は後でと言ったことが効いて、それぞれ自分の国の有利な面を懸命に探してくれています。
 いくつかのエリアを解放した後は、まっすぐ首都ペンドラゴンを目指して全エリア解放と言うほうが無駄がなくていいので」

 ルルーシュはそう言うと、三人の横に置いてある綺麗にラッピングされた品々に目を移した。

 「ところでそれはいったいなんですか?神楽耶様やエトランジュ様への贈り物が多いようですが」

 天子へと名前が書かれた物もあるが、大半は神楽耶やエトランジュへと書かれたメッセージカードがついているプレゼントばかりだ。

 二人は大きく溜息をつくと、エトランジュが答えた。

 「超合集国連合の皆様から・・・取り分け王族の皇子の方や貴族の方からです。
 EUからもいらっしゃっている方もいるので、そこからも・・・」

 「政略結婚の申し込みですか・・・日本では十六歳から親権者の許可があれば婚姻可能でしたね。
 あと一年とはいえ、婚約程度なら何の問題もありませんからね」

 どうせ日本のサクラダイトとゼロの後見が目当てだろうが、当初から予想していたことなので神楽耶はその点に関しては怒っていない。
 ただゼロを夫にと一途に想い続けているため、彼さえよければ合衆国日本を共に支えていってほしいと望んでいた。

 「エトランジュ様は既に婚姻可能ですから、一番多かったですわね。
 ご自身で世界を回り、こうして黒の騎士団や合衆国日本との間に大きくパイプを作られたせいでしょうか、その行動に感動された殿方も多かったようです」

 ほんの一年前までは想像していなかったことだが、現在エトランジュは空前のモテ期に入っていた。
 もともと嫌われにくい性格の上に成果を上げて外交能力の高いことが証明された彼女は、公私ともに王室や皇室に組み込みたいと望まれるようになったのだ。
 現在必死で彼女が女王だから嫁にはやれない、もう少し落ち着いてから考えたいとアインが応戦しているが、いつまで持つやら解らない。

 (あの裏切り者がブリタニア軍などに入っていなければよかったのに)

 スザクの母は神楽耶の母の妹だ。つまり皇室にこそ入っていなくとも皇家の血を引く男性なのだから、EUの同盟の象徴であるエトランジュと婚姻を結べばもっと強固な物に出来ていたのに、つくづく馬鹿な行動を取ってくれたものである。
 マグヌスファミリアは農耕国家だから、適材適所であの馬鹿力をおおいに活用出来るだろうからさぞ歓迎されただろう。
 京都六家の他の男子は既に妻子を持っているし、皇直系の血を引く男子はいなかった。

 「今はまだどんな方々か存じませんが、いつかは誰かをお選びさせて頂くことになるでしょう。
 皆様平和を望んでのことです。選ばせて頂けるだけでも幸せです」

 「そうですわね。でもエトランジュ様、ゼロ様との件はどうなっているのですか?」

 初めに来た時はゼロとの結婚も視野にあったはずだと尋ねる神楽耶に、エトランジュはああ、と笑みを浮かべた。

 「超合集国連合がEUに乗っ取られるかもと邪推される恐れがあるので、それはもうないと思います。
 やっと順調に結ばれた同盟ですから、危ない橋を渡りたくはありませんので」

 「ああ、それもそうですわね。ではゼロ様、ぜひこの神楽耶を妻にして下さいな」

 「お、お戯れを・・・!私の事情をご存じでしょう」

 八割が本気の申し出にルルーシュは一瞬後ずさったが、神楽耶はそれには構わずに言葉を重ねる。

 「貴方は素顔を見せられない身の上ですもの、ならばそれを補う者が要ると思いますが?
 わたくしなら貴方と婚姻を結べば、万が一の時にはお役にたてると存じますが、わたくしではご不満ですか?」

 神楽耶は日本解放戦後、桐原からゼロの正体について聞いていた。
 幼い頃に会った“鬼”がゼロだと知った彼女は驚き、彼がブリタニアの皇子でありながらも反旗を掲げた理由を聞いてそれならば当然だと怒りの声を上げた。

 ちなみにゼロの正体は神楽耶に話しただけで終わっており、扇や南といった黒の騎士団の古参メンバーには言っていない。
 それは秘密というものはごく少数で守られるべきで、『あの者達は変に仲間意識がある、ここには仲間しかいないからと安易に口にされては困る』という桐原の判断に従ったのである。

 「滅相もありません神楽耶様。私ごときからすれば天空に輝く月を手にするに等しいほどの方だ。
 しかしまだ戦いはスタートラインを出たばかりですよ」

 「まあ、ゼロ様は常に勝利を重ねてこられた方。ブリタニアを打倒できるとわたくしは信じておりますわ。ねえ、エトランジュ様」

 神楽耶のうきうきした声にエトランジュがもちろんですと微笑んで同意すると、ルルーシュは当然そのつもりだと内心で言い放ったが、そこまで信じている神楽耶に尋ねた。

 「勝てると思うのですか?この戦い」

 「ええ!私は勝利の女神ですから!」

 「それは頼もしい。しかしながらゼロとは記号、世界に平和が成れば必要とされなくなる存在です。
 記号が女神と結婚するなどおこがましい。どうか貴女は貴女にふさわしい男性と幸せになって頂きたい。
 政略だけではなく真実貴女を心から想う男性と」

 過去に皇の家の出だというだけで高慢に日を過ごしていた少女に、ルルーシュはそう告げた。

 「それに私にも仮面の下の素顔では大事な存在が既に二人います。
 貴女を一番に思えぬ不実な男をお許しください。では、失礼いたします」

 優雅に一礼したルルーシュが部屋を出ると、神楽耶と天子は顔を見合せた。

 「ゼロ様、二人の方とお付き合いをされているのかしら?」

 「さすがはゼロ様、モテていらっしゃいますのね!」

 こう聞いただけでは二股宣言ともとれる発言に天子が首をかしげ、神楽耶は成人男性の甲斐性で浮気はOKという持論からむしろ感心していた。

 エトランジュは大事な存在がナナリーとロロだと知っているため、彼もまた恋愛を排除している姿に己を重ねたが心から彼を愛している女性達を知っているため、いずれは彼も誰かを選ぶのだろうと思った。

 (私は・・・誰を選ぶのだろう。出来れば私とずっと一緒にいてくれると言ってくれる方がいいけれど)

 ささやかな望みを心の中で呟いたエトランジュは、豪華だとは解るが価値がいまいち解らないプレゼントの山を眺め、どうしようとギアスでアルフォンス達に相談するのだった。



 翌日、超合集国連合の安全保障を請け負う黒の騎士団本部が置かれている合衆国日本の東京基地では、敵対国である神聖ブリタニア帝国から一本の通信が入っていた。
 相手は帝国宰相であるシュナイゼル・エル・ブリタニアで、内容は日本国内にいるブリタニア人の引き渡しを求めるものだった。

 予想していたルルーシュはユーフェミアを伴って桐原とともに通信室へ入室すると、いつもの穏やかな笑みを浮かべている次兄にユーフェミアは我知らず小さく息を呑んだ。

 「久しぶりだねユフィ・・・いや、ユーフェミア皇帝と呼ぶべきかな?」

 「・・・はい、シュナイゼル宰相。
 わたくしは既にそちらの皇籍を捨てた身、わたくしのことは合衆国ブリタニアの皇帝としての扱いで結構です」

 もはや家族ではないというけじめをつけたユーフェミアに、ほんの数ヶ月見ないうちにコーネリアの陰で理想を語りそれが叶えられないと嘆くだけの彼女が随分と成長したものだと、シュナイゼルは少し驚いた。

 「そうか・・・悲しいことだが、それが君の選んだ道だというなら仕方ないね。
 さっそくだが合衆国日本の総理大臣である桐原首相に、我がブリタニアの民を本国に帰すことを要請したい」

 「ではそちらに捕えられた超合集国連合加盟国の兵士や民、およびEU連邦の兵士達との捕虜交換という形式でよろしいか?」
 
 実際反抗的なブリタニア人を日本に置きたくはないのでシュナイゼルの申し出を受けたいのだが、一方的な要求を呑むのは政治の上ではあまり良い手とはいえないため、桐原は条件を持ち出した。
 だが仮にも正義を標榜している以上、国の都合で所属する国を変えねばならないという行為を強要するのはよろしくないため、こういう形にしようと既に決議がされていた。

 ブリタニア本国に送られているナンバーズはブリタニア本国で名誉ブリタニア人として登録されているが、実態は危険な鉱山地域や建設現場での労働という、いわば奴隷としての扱いだ。
 中にはカレンの母親のように相思相愛だが形式的にメイドとして扱い、実態は夫婦として暮らしている者もいるが、それはごく少数だろう。
 日本だけでも数百人が連れ去られており、超合集国連合やEU連邦の捕虜を合わせると、帰国希望のブリタニア人と数的には釣り合っている。
 というのもブリタニアは弱肉強食の国是から捕虜にする前に殺してしまう傾向が強いので、基本的に捕虜にするのは公開処刑(みせしめ)のための幹部といった連中だけなのだ。

 「なるほど、解りました。我がブリタニアの民には代えられない、早急に彼らをそちらにお返ししましょう。
 しかしながら不幸な事故や病気などで死亡した者達は残念ながら諦めて頂きたい」

 来たか、とルルーシュと桐原はここからが交渉のしどころだと気を引き締め、ルルーシュが言った。

 「こちらも日本で既に家庭を持ち本国に戻りたくないというブリタニア人や合衆国ブリタニアに共感し合衆国ブリタニアの国民となることを望んだブリタニア人がいます。
 その方々については合衆国ブリタニア人としてこちらでの居住を続けて頂くが、よろしいですね?」

 既にミレイからゼロがルルーシュとは言わなかったが黒の騎士団に参加していると知らされたアッシュフォードは合衆国ブリタニアへの参加を表明しており、枢木 スザクの入学を認めた功績があるので日本人達から好意的に見られている。

 ロイドや他の主義者達も続々それに続いていることから、“事故”や“病気”で戻ってこないよりはるかにもっともな理由であった。

 「いいでしょう、それでは公海上にて受け渡しを行いましょう。
 私が使者としてそちらの国民をお返しし、我が国民達を迎えに上がらせて頂きたい」

 「了解した。では詳しい日時を決めましょう。
 我が黒の騎士団の母艦である伊予にて、お待ち申し上げる」

 こうして通信が打ち切られると、ルルーシュはユーフェミアと桐原に向かって言った。

 「まずは本国に戻ることを希望するブリタニア人を、戦艦に乗せて公海上まで運ぶ。
 最後は無駄飯食いのブリタニア兵を厳重に監視の上で同じく移送する」
 
 捕虜と言うのは返せばまた自分達の元へ襲いかかって来るが、だからと言って国際条約により安易に殺すことは出来ないため、扱いが非常に厄介だった。
 ギアスキャンセラーとやらで無効化されるかもしれないが、一応ギアスをかけて支配下に置いて手駒にしてある。

 二人が頷いて準備をすべく部屋を出ると、ルルーシュは仮面の下であの考えの読めない次兄の顔を思い浮かべ、必ず勝つと誓って策を巡らすのだった。



 捕虜交換が行われる日、大平洋の公海上で黒の騎士団の母艦である伊予にゼロが蜃気楼に乗ってやって来た。
 その横には親衛隊長であるカレンが操る紅蓮可翔式が、守るように立っている。

 先に本国に戻ることを希望した九千人弱のブリタニア人をユーフェミアが連れてきており、彼らは今伊予の周りにいる数隻の船に分かれて乗艦していた。
 日本に残ることを希望したブリタニア人は三千人ほどで、彼らは主義者だったり家族が日本にいる者だったり、ダールトンのようにユーフェミアを守るためだったりとそれぞれだ。

 ルルーシュはミレイとカレン以外のアッシュフォード生徒会の面々に戻るように言ったが、ニーナはユーフェミアについていくと宣言して居残り、リヴァルは彼の家はそこそこいい家ではあるのだが日本に資産を移しており、本国に戻っても暮らしていけないという親の判断で同じく残留することになった。
 弱者救済などしてくれないのがブリタニアなので、本国で路頭に迷うよりマシということらしい。

 シャーリーの父母はブリタニア本国の実家で世話になるのでシャーリーを連れて帰ろうとしたが頑固に娘が拒否したため、根負けした父母は今回は見送ることにした。
 黒の騎士団の幹部の友人が書類不備ということにしてくれるとのことなので、もしもブリタニアが勝利してエリア11に戻ってもさほど咎められることがないようにしてくれたのが救いである。

 蜃気楼からルルーシュが降りて来ると、ユーフェミアがスザクとダールトンとともに出迎えた。

 「本日もご機嫌麗しく、ユーフェミア皇帝陛下」

 「お待ちしておりましたわ、ゼロ!!
 ブリタニア兵の移送はいかがでしたか?」
 
 ユーフェミアが尋ねると、後ろからゆっくりと来る少数のブリタニアの捕虜兵を乗せた移送用の船を指した。

 ブリタニアの基地にあった捕虜を運ぶための船で、自分達がまさかそれに乗せられる日が来るとは思わなかった彼らは皆一様に苦々しい顔をしていたと、ルルーシュは楽しそうに言った。

 「その船ごとブリタニアに引き渡します。
 捕虜交換の兵の受け取りに関してはエトランジュ様にお任せすることにしました」

 「ええ、先にいらっしゃったエトランジュ様とお話して、今は代表の方とお話しなさっている頃だと思いますわ」

 秘書の名目でいるマオがシュナイゼルに取り込まれている兵を発見出来ると、ルルーシュは仮面の下で笑みを浮かべた。
 だがその間際に、シュナイゼルとエトランジュが交わした会話を聞いていたルルーシュは彼の策略を止めるために彼にギアスをかける隙を見つけねばと、すぐに表情を改めた。
 そしてユーフェミアとともに、シュナイゼルと会うべく大会議室へと足を向けるのだった。



 一時間ほど前にエトランジュが先に伊予に訪れた際、彼女は秘書として連れてきたマオとアルフォンス、そして護衛のクライスとジークフリードと共にシュナイゼルと会っていた。
 近くには帝国宰相を前にして緊張するブリタニアの捕虜の代表の男がおり、手錠をされながらも深々と頭を下げている。

 捕虜代表を引き連れたシュナイゼルに挨拶したエトランジュに、彼は穏やかに笑いながら話しかけた。

 「中華以来ですねエトランジュ女王。EUとは我々とのよきお付き合いを望んでいたのですが、残念です」
 
 「・・・・」

 「マグヌスファミリアの国土を返還し、貴女ともと思っていたのですが・・・」

 何の反応も返さないエトランジュにシュナイゼルは言葉をかけるが、エトランジュはそれどころではなかった。

 《・・・何こいつ。訳解んない思考し過ぎててどうしたらいいか解んない》

 心理誘導を得意とするマオが得意のギアスで心を読んだ第一声に、エトランジュは眉をひそめた。
 マオが読んだ彼の心は、羅列すれば本当に意味不明だったからである。

 シュナイゼルは帝国宰相として父皇帝たるシャルルの望むとおり、世界各国で侵略を行いブリタニアのために政務を行っている。
 もちろんそれは国是主義の元であり、見事に成果を上げておりそれは己で自覚していた。
 しかしその一方で、彼は『皆が平和を望んでいるのなら』と平和を実現させようともしているのである。

 しかも自分が望んでいるからではなく、“皆が望んでいるから”でありそこに自身の希望などかけらもない。
 ただ望まれたからという理由だけで、それを成し遂げようとしているのだ。

 シュナイゼルは自身の望みがない分、所属している組織が望むことを実現させようとする。
 よってブリタニアが望む形の平和・・・すなわちブリタニアの、ブリタニアによる、ブリタニアのための平和・・・つまりブリタニアに刃向う者達を殲滅させることがそれに繋がると考えているのだろう。
 刃向う者が誰一人いなくなれば確かにそれは実現するのだから、方法としては間違っていない。
 なるべく力技を使わないようにしているのは、ブリタニア人の犠牲者が出ないにこしたことはないという考えからだった。

 しかしそれがブリタニア人以外の視点から見ると、実に迷惑な物でしかあり得ない。

 《なんかそのための大きな要塞を建設してるみたいだね。
 戦争をする国にミサイルかなんか撃ちこんで力ずくでやめさせるつもりらしいけど》

 《だったらまず自国の軍と宮殿壊せよ。それならそんな物騒なもん開発させなくても出来るだろうに、頭のキレるバカだろこいつ。
 何でブリタニアの皇族は揃いも揃って極端なことしかしないわけ?》

 アルフォンスの最もな言葉に、もともとシュナイゼルに対抗する能力のないエトランジュは、すぐにルルーシュに相談した。

 《・・・だそうなんですが、どうしましょう?》

 《まだ建設途中のダモクレス要塞か・・・解った、何とか手を打ってみよう。マオ、あいつがこれからやろうとしている策略だけ読んで報告しろ。
 この男にのみ集中してくれ》

 《了解・・・おっと、さっそく何人か息のかかった人間を送り込もうとしてるね。
 自分で会ったりはしてないけど、うまく誘導してる奴が二十人くらいいる》

 《連中の名前は解っているな。では後で俺がギアスをかけて対処しておく》

 《あとEUにも前に捕まえ損ねた裏切り者やその候補がいるっぽいね。そっちも教えとくよ》

 こうして帝国の頭脳と称されるシュナイゼルから、エトランジュ達は情報と策略を奪いまくった。
 なかなか調べられなかった帝国の内情をシュナイゼルはよく把握しており、それはエトランジュがすぐに疲労してしまうほどの情報量だと思ったマオはそれを後で伝えることにした。

 「では捕虜代表の方を先に交換させて頂きます。
 こちらはブリタニア軍捕虜代表の大佐の方です」

 大佐は再度深々と頭を下げると、シュナイゼルは笑みを浮かべて彼の労をねぎらった。

 「今回の件はコーネリアの不徳によるものだよバール大佐。
 捕虜になったことを責めるがことき愚行は私がさせないから、安心したまえ」

 「皇恩に感謝いたします。我が誇り高きブリタニア軍一同、これまで以上の労を持ってお仕えさせて頂きます!」

 「期待しているよ。ではこちらから・・・エトランジュ女王陛下、名誉ブリタニア人として本国で勤務していた日本人の代表だ。
 そしてEU軍兵士の捕虜代表は国ごとに分けたが、三人だけ案内させて貰った」

 EUの中からエリア支配されている者達を帰すことは、今回ブリタニア側は認めなかった。
 理由は“ブリタニアの植民地の彼らはブリタニアの者として扱うのが妥当”というものだった。

 《きっちり外交カードの予備として取っておくつもりらしいよ。
 日本だけ優遇されていると思わせて内部分裂を起こさせる狙いもあるみたいだから、フォローしておいたほうがいいね》

 マオの案にエトランジュは頷くと、緊張している捕虜代表にそれぞれの言語で挨拶した。

 「私はEU連邦所属国家のマグヌスファミリアの女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します。
 このたびは無事にブリタニアよりご帰還されたことを、心より嬉しく思います」

 「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

  敵国に捕らわれ、連行されて言いように使われていた者達は少しイントネーションに違和感があったが久方ぶりに聞く母国語に安堵し、エトランジュの元へとやって来た。

 つつがなく互いの代表の交換を終えたエトランジュは、シュナイゼルに礼を言った。

 「皆様をここまで連れてきて下さってありがとうございます。
 後は調印式ですが、大会議室でゼロと神楽耶様とユーフェミア皇帝がお待ちですので、よろしくお願いいたしますね」

 「貴女はご出席なさらないのですか?」

 「ええ、代表の方々と細かい打ち合わせを任せて頂いておりますから」

 「それは残念です。では失礼」

 捕虜代表を引きつれて艦内に入ろうと歩き出したエトランジュの後ろ姿を、シュナイゼルは見送っていた。
 


 エトランジュが各国の捕虜代表が先に集まっていた部屋に案内すると、みな一斉に敬礼した。
 敬礼をしていないのはナンバーズとしてブリタニア本国に連れ去られていた日本人代表である。

 「改めて御意を得ますエトランジュ女王陛下!このたびは再び祖国の地を踏む機会を賜り、ありがとうございます!」

 「いいえ、こちらこそ奮戦したのに捕虜としてこれまで耐えてこられた皆様に感謝しております。
 さあ皆様、どうかお座り下さいな」

 エトランジュが席を進めると皆は礼を言って椅子に座る。
 最後にエトランジュが上座に座り、左にアルフォンス、右にマオが座った。そして背後にはクライスとジークフリードが立つ。

 「こちらこそ二度と家族や友人に会えぬものと覚悟していた我々を助けて頂き、感謝の言葉もありません。
 軍に戻った暁には、これまで以上に粉骨砕身する所存でおります」

 EU捕虜代表の男が熱を帯びた口調にイギリスやフランスなどの軍人も頷いた。

 「それは心強いことです。ですがどうか無理をなさらないで下さいね。
 ではお戻りになった際の生活についてのご説明ですが・・・」

 エトランジュが各国代表と話している間、マオはせっせとギアスで彼らを探っていた。

 《フランス代表のヤツはブリタニア人から何か吹き込まれてるねー》

 《それってシュナイゼルから?》

 《違うよ、アル。でもシュナイゼルの息がかかった奴の可能性が高いんじゃないかな?》

 こうしてシュナイゼルの策動があるらしき者達の選別を終えると、後でルルーシュによってギアスをかけることになった。

 「・・・ということです。いったん日本で数日間滞在して頂き、その後にご帰国という形になりますが、よろしいですか?」
 
 「結構です。日本がまさか真っ先に解放されるとはと驚きました。
 今から訪れるのが楽しみでなりません」

 「日本人の皆様はとても礼儀正しく優しい方々です。
 今回皆様が戻られると聞いて、出来る限りもてなそうと出迎えの準備をして下さっているので、楽しみにして下さいね」

 「ああ、私は学生時代に占領される前の日本に訪れたことがあります。
 雄大な富士山が今も記憶に残っている。帰国する前にもう一度見てみたいものだ」

 半分が醜く地表をむき出しにされコンクリートに覆われているとは知らぬ男に、エトランジュは何も言えなかった。
 今富士山を復活させようと、林業や植樹を営んでいる者が集まって奮闘している。
 必ず以前のように美しい姿を取り戻して見せると、誓い合っていた。

 「・・・捕虜交換のサインが終わったら、ゼロと神楽耶様にご挨拶に参ります。
 もう少し掛かるようですので、どうかお茶でもお召し上がり下さいな」

 エトランジュがそう言ってそれぞれの国で作られた紅茶やコーヒー、緑茶などの飲み物を差し出すと、祖国の味を噛み締めた一同は戻ってきたという実感がやっと得られたのか、心からほっとした笑みを浮かべたのだった。



 伊予の大会議室では、神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアとその副官カノン・マルディーニ、護衛としてナイトオブラウンズのドロテア・エルンストがゼロことルルーシュと対峙していた。

 ルルーシュの右には超合集国連合の代表として神楽耶が、左横には緊張した表情のユーフェミアが座っており、膝の上でぎゅっと手を握り締めている。
 そしてカレンが彼らの背後に立っていた。

 「中華以来ですね、シュナイゼル宰相」

 「そうだね、ゼロ。あの時は敵ながら見事な手腕だったよ」

 シュナイゼルがいつもの何を考えているか解らない笑みを浮かべると、ルルーシュは必ずこの交渉戦を勝利してみせると仮面の下で決意した。

 「ではどうぞお座り下さいませシュナイゼル閣下。さっそくですが本題に入らせて頂きます」

 神楽耶が席を進めるとシュナイゼルのみが席につき、カノンとドロテアは彼の背後に立った。

 「こちらで調べた限りではそちらに連れ去られた日本人は189名、EUの捕虜は五千人前後とありますが、今回戻ってきた日本人は78人、捕虜の方々は三千人とはどういうことですか?」


 余りにも少なすぎると言う神楽耶に、シュナイゼルは実に残念だと言わんばかりの顔で言った。

 「111人の日本人は残念ながら事故死や病死であることが判明しています。
 ご存じのように我がブリタニアは弱肉強食の国是ですからね、名誉ブリタニア人に対する医療保障は整っておりませんので仕方ありません。
 また捕虜のほうも同様に処刑されています」

 「そうですか・・・」

 ブリタニアの国是からすれば誰もが納得する理由だが、神楽耶はブリタニアで無残に扱われ死んでいった日本人達の無念を思い、悔しさに涙がにじむのを懸命にこらえた。
 既に知れ渡っている国是通りの扱いをしたと告げる方が、人体実験に使いましたというよりブリタニアのすることだからと逆に世論の反発は少ない。

 (本当に事故や病気で亡くなった者はいるだろうが、大半はどんなものだか想像がつく。
 自国民ですら人体実験に使っているくらいだからな)

 ジェレミアが既にまともな思考が出来なくなるほどの身体にされていることを知っていたルルーシュだが、それは言わずにこう切り返した。

 「なるほど、さすがはブリタニア人さえよければいいと主張する国だ。
 ブリタニアが覇権を握れば皆ろくな治療を受けられないということが判明しましたね」

 「まあゼロ様、ブリタニア人ではない人間が地球上の大多数を占めるのですから恐ろしいことですわ」

 「今さらですよ神楽耶様。ではシュナイゼル宰相、そちらからのご質問はおありですか?」

 「合衆国ブリタニアに参加するブリタニア人がニ千人弱というのは、間違いないのかな?」

 「ええ、ユーフェミア皇帝の方針に賛成してくれたブリタニア人が多くいました。
 ダールトンは方針と言うより亡きコーネリアの忘れ形見を守るというのが目的のようですが、彼女の護衛に限ってのみの行動を条件に釈放しました」

 「それは結構なことだ。ゼロは随分とユフィに対して便宜を図ってくれているようで、兄としては安心したよ」

 その言葉にびくりと反応したユーフェミアに、やはり彼女はゼロについて知っているという確信を、シュナイゼルはまた一つ高めた。

 神根島でゼロやユーフェミア、エトランジュ達を見た時、彼は見知った顔であるユーフェミアやエトランジュに気を取られ、ゼロには目を向けていなかった。

 ただエトランジュの『ゼロ、早く仮面を!!』という叫びがあり、あの時仮面は外されていたと予想出来る。
 ロイドからは黒髪しか見えなかったと報告を受けた時、日本人には黒髪が圧倒的に多いために気にしていなかったが、ブリタニア人となると逆に珍しい髪の色になる。

 (特区を成功させればゼロが協力してくれると確信していたし、彼女に裏から積極的に協力していたのは間違いない。
 式根島でユフィにあれだけの暴言を吐いていたにも関わらず、ユフィがゼロを信じた理由、コーネリアがあれだけ憔悴していた理由、何よりゼロが仮面をしている理由を結びつける黒髪の人物が、一人だけいる)

 しかしいくら予想の濃度が濃くとも、核心がつかめなくては意味がない。
 その隙を探り出そうとしていたが、会話の間ルルーシュは全く尻尾を出さなかった。
 つつがなく書類にシュナイゼルがサインし、神楽耶が同様に署名する。

 調印の書類を挟んでの思考の読み合いだが、マオと彼と思考を繋げているエトランジュを擁しているルルーシュが圧倒的に有利であった。

 「私は最近マグヌスファミリアにいたんだが、驚いたよ。
 百五十年ほど前の突然行方不明になった悲劇の彫刻家の作品がいくつも飾られていたり、古い弦楽器も見かけてね。
 そういえばホームズの初版本もあったと、あの地を任せていた総督が宝とは意外な所にあるものだと感心していた」

 言外に含まれた貧乏国家のマグヌスファミリアが何故それだけの物を持っていたのかという言葉を聞いて、ルルーシュはあらかじめマオから聞いていたのですぐさま応じた。

 「・・・漂流者として流れ着いた者を保護したことが何回かあると聞いたことがありますから、その彫刻家がそうだったのかもしれませんね。
 それにアドリス王には友人が多く、珍しい物を結婚祝いや出産祝いに頂いたが亡命する時に置いてきてしまったので申し訳ないとおっしゃっておいででしたが、なるほどそれは心残りな品々ばかりだ」

 マグヌスファミリアは遺跡を通じて外の人間を連れてきたり、牛や羊などを売って生活物資や楽器や本などを手に入れていたと聞いている。
 しかし芸術品の詳しい価値など彼らは知らないので、怪しまれることなど想像せずにかさばるという理由で置いてきたのだろう。

 「なるほど・・・無事に調印と引き渡しがすんだところで、私はこれで失礼させて頂くよ」

 (よし、これでチェックメイトだ!シュナイゼル、お前の負けだ!)

 シュナイゼルが立ち上がった時、ルルーシュは仮面の左目の部分をスライドして赤く羽ばたく翼が刻まれた目を露わにすると、シュナイゼルに言った。

 「・・・シュナイゼル閣下、我が黒の騎士団に協力しては頂けませんか?」

 不自然ではない言い方での命令を告げたルルーシュは、勝利を確信して笑みを浮かべた。
 
 (ブリタニアの頭脳であるシュナイゼルさえこの手に収めれば、後はあの男を始末すればブリタニアなど敵ではない!
 シュナイゼルは思考こそ激しく斜め上を行くようだが、手綱を握ってさえいればこれほど使い勝手のいい男もないからな)

 「・・・残念だがそれは出来ないなゼロ。
 私の手腕を高く買ってくれているというのはありがたいことだけどね」

 「・・・な?!」

 (バカな、ギアスが効かない?!どういうことだ?!)

 ルルーシュが狼狽していると、マオが慌てて心を読む。

 《・・・シュナイゼルはギアスについてはまだ把握してないよ。遺跡について不自然なことがあると調べてるくらいで・・・。
 おかしいな、何もしてないのに・・・でもやばいよ、ルルが目を見せたことを思い切り不自然に思ってる!!》

 いきなり目を見せながら協力しろと言われたら、確かに不思議に思うだろう。
 
 左にいるスザクとユーフェミアはもちろん気付いていたが、ルルーシュとシュナイゼルはチェスを通じて仲が良かったから、正体をちらつかせることで仲間になるよう頼むつもりだと言いくるめてあったため、何も不思議に思ってはいなかった。

 「失礼、網膜認証用の装置が動いたようです・・・それは残念です。ではいずれ戦場でお会い致しましょう」

 少し苦しい言い訳だったが、今のところは大人しくシュナイゼルを返すしかない。
 マオが必死にシュナイゼルの記憶を追跡しているから、そこから探り出すしか方法がなかった。

 シュナイゼルが退出すると、ユーフェミアはルルーシュに向かって言った。

 「残念でしたわねゼロ。貴方だったらシュナイゼルお兄様もこちらに来て下さるかもと思いましたが」

 「そう簡単にはいかなかったようですね。ご期待に添えず申し訳ない」

 仮面の下で歯軋りしながらそう返すルルーシュを、神楽耶がフォローする。

 「あら、ゼロ様がシュナイゼルになど負けるはずがありませんわ。
 ゼロ様の申し出を受けなかったことを、後悔させてやればよろしいのです」


 「そうですね。でも早く捕虜の方々を日本に連れて帰らなくてはなりませんわ。
 皆長旅で疲れておりますし、帰りを待っている日本人のご家族が首を長くしておりましょう」

 ユーフェミアの言葉に神楽耶もその通りだと頷き、先に代表らとともに話をしているエトランジュの部屋に行くべく、スザクにトランクを持たせて大会議室を出るのだった。



 大会議室を先に退出したシュナイゼルは、伊予から自身の旗艦アヴァロンに戻り、思いがけず仮面の素顔の一部を見たことに驚きながら考えを巡らしていた。

 (あの肌の色から察するに、あれは白人だな。しかもまだ若い・・・やはりゼロはルルーシュの可能性が高い。
 後は生存していた証拠さえ上がれば・・・)

 「シュナイゼル宰相閣下、エリア11にいたブリタニア国民および捕虜兵士達を、無事こちらに案内してまいりました!
 エリア7に寄港した後、兵士達は捕虜用の船から軍艦に移す予定です」
 
 アヴァロンに戻ったシュナイゼルは、先に戻って来ていたナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグの報告に鷹揚に頷いた。

 「ご苦労だったねヴァインベルグ卿。では我々も戻るとしよう」

 「はい、ただちに帰国します。
 それからシュナイゼル宰相閣下、もう一つ報告があるんです。あの、例のオレンジ事件で有名になった純血派のヴィレッタ・ヌゥをご存知ですか?」

 「いや、その名前は聞いたことはないな。
 エリア11の純血派といえばオレンジ事件で瓦解し、ジェレミア辺境伯が行方不明になって以降は完全に消えたと思っていたのだが」

 「そうですか。実はそのヴィレッタ・ヌゥなんですが、実は黒の騎士団の副司令の家に入り込むことに成功し、情報収集をしていたとのことなのです。
 しかしその後ゲットーの封鎖や特区などのゴタゴタで租界に戻ることが出来ず、みすみすエリア11をゼロに渡すことになってしまって申し訳ないと言っておりました」

 「・・・ほう、黒の騎士団の副司令のところで」

 今黒の騎士団CEOとしてゼロが立ち、総司令として合衆国中華の星刻が、統合幕僚長として藤堂がそれぞれ任じられている。
 
 「今は事務総長となった扇 要という男だそうですが・・・その男の妻になったフリをして、ここに乗艦することに成功したとか。
 そして興味深いことに、ゼロの正体を突き止めたと言うのです」

 ジノの報告に、ドロテアは息を呑んだ。
 
 「二人の皇族を殺したゼロの正体を突き止めた・・・それが事実なら失態を消して余りある大手柄だぞジノ!
 しかし、報告がずいぶん遅れたな。最近になって判明したのか?」

 「それが、ゼロの正体を突き止めた際それに妨害が入ったらしいんです
 その後運良く副司令の家に潜り込めたはいいんですが、ゲットー封鎖を受けて租界に戻れなくなったとか」

 自分はゼロを庇った素人の少女に撃たれた挙句、記憶喪失になってイレヴンの家にいましたなどという醜態にもほどがある事実が言えなかったヴィレッタは、そう報告していた。

 「そういえばコーネリアが一度マグヌスファミリアに襲われた後、租界を封鎖したと聞いているね。何とも運の悪いことだ」
 
 確かにただでさえ純血派は裏切り者として軍からは忌避されていたのだ、ゼロの正体を突き止めたから戻してくれと言ったところで、信用されたかどうか怪しいものである。

 「何とかコーネリア総督に報告しようと政庁に戻るべく手を尽くしたが間に合わなかったと・・・ですからシュナイゼル殿下にお知らせしたいとのことでした。
 しかし、私にはにわかに信じがたいのですよ、彼女の言うゼロの正体が」

 困惑することしきりでジノが差し出したのは、黒髪で紫色の瞳をした十代の少年の写真だった。
 ヴィレッタがルルーシュに疑いを持った際に手に入れた写真を、彼女は手帳に挟んで持っていた。
 扇がその手帳と写真を見てはいたがまさかゼロの正体だとは思わず、彼女の家族か何かだろうと気にも留めずにいたおかげである。

 「ほう、これはこれは・・・」

 その写真は、シュナイゼルの疑念を確信に変えてくれた。
 ヴィレッタは実にいい仕事をしてくれたと、シュナイゼルは笑みを浮かべる。

 「もし彼が本当にゼロなら・・・かなり厄介なことになりそうだ」

 「シュナイゼル殿下はその少年をご存知なのですか?どう見ても彼、ブリタニア人ですけど・・・これはまた大した美少年ですね。
 っていうか、これ学生服じゃないですか。まさか学生がゼロなんて・・・まあ私も十代でラウンズになりましたから、おかしいと言える立場ではありませんけど」

 ジノの感心するような台詞に、シュナイゼルはちらりと写真を見て眉をしかめているドロテアに視線を送り、そして言った。

 「ああ、心当たりがあるよ。こちらでも詳しく調べてみるから、確証がつかめるまでこのことは口外しないでくれたまえ」

 ドロテアの世代・・とりわけ女性はこの写真の少年にして自分の末弟であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの母、閃光のマリアンヌを尊敬している者が多い。
 もし彼が生きてゼロになっていたとすれば、日本が彼を殺したという情報は虚偽であり、彼がブリタニア皇室に戻らなかったことを見れば彼を殺そうとしていたのが誰か、容易に想像がつく。
  
 (もしそれが暴露されれば、ブリタニアには大ダメージだ。
 あちらにはエトランジュ女王がいるから、彼女と結婚すれば大義名分が充分成り立ってしまう)

 あまりいい成果がなかったと思っていた調印式だが、最後の最後で切り札を手に入れた。

マオは外から戻って来た捕虜と何よりシュナイゼルに集中していたため、味方に潜んでいた毒に全く気付いていなかった。
 暴走していたなら否が応にもヴィレッタの本心が聞こえていたかもしれないが、コントロール出来ていたのが逆に仇になっていたのである。
 
 「ヴィレッタ・ヌゥか・・・彼女にはこのままスパイを続けて貰おう。
 いずれ彼女とじかに会ってみたいものだ」

 「一応私の携帯の番号を教えてありますが、今のエリア11から繋がるかどうか・・・」

 「ふむ、仕方ないね。とりあえず私はこの少年について調べてみよう。
 カノン、アッシュフォード学園の記録を至急調べてくれ。この少年についての資料を出来るだけ多く頼む」

 「イエス、ユア ハイネス。ただちに行います」

 カノンは深々と頭を下げて主君の手からヴィレッタの報告書と受け取ると、さっそく司令室を出て行った。

 (ルルーシュ・・・君が生きていたとはね)

 子供の頃数多い弟達の中で最も優秀だった彼が、生きていた。
 あの時はまだ幼かったけれど、いずれ自分と互角に戦えるのではないかと思えた末の異母弟。

 シュナイゼルはわずかに心が沸き立ったが、彼がそれを自覚することはなかった。



[18683] 第二十七話  嵐への備え
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/06/11 10:32
 第二十七話  嵐への備え



 シュナイゼルにゼロの正体がバレたとは全く気付いていないルルーシュ達は、無事に帰還して来た捕虜やナンバーズを日本まで送り届け、日本人達は家族や友人達の元へ返し、捕虜達はEUが手配したホテルへ案内した。
 シュナイゼルの息がかかっている者達には既に全てギアスをかけて支配下に置いてあり、改めてEUへ返す手筈である。

 シュナイゼルにギアスがかけられなかったことに関しても連日ギアスで相談しているが、今のところ先にシュナイゼルに何らかのギアスがかけられていたのではないかという説が有力である。
 基本的にギアスは早いもの勝ちのため、シュナイゼルにギアスをかけるのは諦めたほうがよさそうだということで話がまとまりつつあった。

 ようやくひと段落ついたルルーシュがようやくナナリーとロロと久しぶりに過ごせると癒しを求めて部屋に帰ると、何故かそこにはミレイ、シャーリー、リヴァルがいた。

 「会長、シャーリー、リヴァル!どうしたんだこんなところで」

 「やっほールルちゃん!玉城って人に頼んで、ここに入れて貰ったの。
 ナナリーちゃんが手術したのは聞いてたけど、もうこんなに歩けるなんて凄いわね」

 「皆さんのおかげです、ミレイさん。お兄様、お仕事はもう終わったのですか?」

 ナナリーが自分で淹れた紅茶を差し出しながら兄に尋ねると、ルルーシュは半日だけ休暇が取れたと嬉しそうに笑った。

 「次はエリア解放のための会議があるから、また忙しくなりそうなんだ。
 だから明日の午前中はゆっくりしたいと思ってるよ。午後からはモニターで会議に出るが・・・。
 会議が終わればすぐにまた戦いに行かなくてはならないんだ。すまないな留守番ばかりさせてしまって」

 「仕方ありませんわ、皆さんいろいろとご多忙ですもの。
 私もほんの少しでも皆さんの役に立ちたくて、貸して頂いたナイトメアで荷物の運搬をお手伝いさせて頂いておりますけど」

 ロロはルルーシュの秘書として仕事に同行することもあるが、ナナリーはリハビリがあるのでなかなか兄を手伝うことが出来ない。
 しかし微力なりと力になろうと頑張っている彼女に玉城などは感涙し、友人だと聞いているからとミレイ達を案内して来たようだ。

 「そっか、ルルちゃんも大変なのね。
 これじゃ日本解放記念の男女逆転祭、ルルちゃんにオイランして貰う計画はまだお預けかー」

 「永遠にお預けして貰って結構ですよ会長。全くそんなの誰も賛成しませんよ」

 「アルカディアさんは協力するって約束してくれたわよ?」

 あの人なら確かに面白がってやりそうだと、ルルーシュは思った。
 もともとお祭り好きな日本人がノリそうなので、断固阻止しなくてはとルルーシュは人知れず決意を固めたが、ミレイに押し切られそうな予感しかしない。

 「アッシュフォードは明後日から平常授業が始まるわ。半数以上が本国に帰っちゃったから、寂しくなるけど。
 日本人の人達を受け入れる準備をするために、日本人の教師を募集してるところなの」

 「そうか・・・俺も全てが終わったら戻りたいですね。
 ああ、アッシュフォードを監視していた連中はすべてこちらで処置をした。学園はもう安全だから、心配しないでくれ」

 監視していた教師や機密情報局は日本奪還後に本拠地を強襲し、すべて殺害して二度と彼らに手を出せない場所へと追いやった。

 アッシュフォードに返された時からそうだろうと思ってはいたが、その処置がどんなものか予測がついたミレイ達は息を呑んだが何も言わなかった。
 そしてシャーリーがその雰囲気を打ち消すように、明るい声で言った、

 「もちろん、私達はいつまでも待ってるよルル。
 でも、なるべく早く帰ってきて欲しいな」

 「そうだな、待たせるのも悪いからな。鋭意努力するとしよう。
 次はいくつかのエリアを解放して、それからブリタニア本国、最終的には首都ペンドラゴンだ。
 ようやくあの男に長年の借りを返すことが出来る」

 クックック、と楽しそうに黒い笑みを浮かべるルルーシュに、よっぽど嫌っていたんだなと友人の暗黒面を垣間見たリヴァルはちょっと引いた。

 「が、頑張れよルルーシュ。でも無理すんなよ?」

 「ああ、大丈夫だ。それより明日は休みとはいえ、こんな時間までいていいのか?」

 「うん、実はアルカディアさん達のお部屋を借りることが出来たの!
 エトランジュ様が手配してくれたのよ」

 シャーリーが嬉しそうに答えると、ルルーシュはそれならゆっくりしていけるなと安心した。

 日本解放が終わり特区からアッシュフォードに戻った時、エトランジュとは携帯の番号を交換していた。
 そのためミレイ達が到着したことをエトランジュに知らせたところ、ルルーシュが明日半休であることを知っていた彼女が明日お休みなら泊っていかれてはどうですかと、アルカディアと隣室のクライスとジークフリードの部屋を貸してくれたのだという。
 一人部屋のアルカディアの部屋にはリヴァルが、クライスとジークフリードの部屋は二つベッドがあるのでミレイとシャーリーが入ることになっていた。

 「ああ、今彼女達はEUの捕虜達を帰す手続きで、黒の騎士団本部に詰めているからな。
 夕食はもう食べたのか?」

 「うん、食堂で食べさせて貰った。おでんおいしかったから、また食べてみたいわ。
 ナナちゃんも気に入ったらしくて、お店で出せそうなくらい美味しいのを今度作ってみるって。
 デザートのお饅頭もあんまり甘くなくて美味しかった」

 一個だけなのが残念なくらい、と残念そうなミレイに、ルルーシュは苦笑した。 
 
 「ならロロにプリンを頼まれて作ってありますから、夜食に食べますか?」

 「ルルのプリンおいしいから、私食べたい!
 でもつい食べ過ぎちゃうのよね・・・気をつけないと」

 水泳をやめてからこっち、ウエストがちょっぴり増したことに危機を覚えていたシャーリーは、最近朝と夜に十分間のヨガをして対策を始めている。
 
 「その前に・・・ロロ、この人達はアッシュフォード学園の俺の友人達で、ミレイ会長とリヴァルとシャーリーだ。
 お前もいずれ通うことになるから、挨拶しろ」

 「う、うん・・・僕、ロロといいます。よろしくお願いします」

 ルルーシュの腕にしがみつきながら挨拶したロロに、初めからロロのことを聞いていた一同は明るく挨拶を返した。

 「初めまして、私は生徒会長のミレイ・アッシュフォードよ!」

 「お前の兄さんの悪友の、リヴァル・カルデモンドだ、よろしくな、ロロ」

 「私はシャーリー・フェネット。貴方がロロね、事情は聞いてるわ、大変だったね。
 でもルルと一緒ならもう大丈夫だから、これからは楽しく暮らそうね」

 次々に握手をされたり頭を撫でられたりしたロロはますます兄の腕にしがみついたが、ルルーシュはこいつは人見知りが激しいからと笑った。

「こらこら、この程度で尻ごみしてたら会長達とは付き合えないぞ?
 特に会長は、俺ですら振り回す何しろパワフルな人だからな。
 じゃあ俺はプリンを取ってきますので、ロロを頼みます」

 そう言って弟を置いて冷蔵庫に向かった兄に、ロロはどうしようとミレイ達に視線を移した。

 「あの・・・」

 「いやー、これで男手が増えて俺も助かるよ。
 何せルルーシュは重い物全然持たないからさー。スザクがいた時は力仕事ほとんど押し付けてたもんなあいつ」

 「ルルちゃんは頭脳労働専門だからねー。よしロロが来た暁には歓迎会を開くから、楽しみにしててね!」

 自分の過去を知っていると言っていたのにも関わらず、楽しそうに迎える準備をしてくれる一同にロロは驚いたが、ナナリーに頷かれてロロは小さな声で言った。

 「ありがとうございます・・・楽しみにしてます」

 「後で服のサイズ教えてね!制服作るから」
 
 ぐりぐりとロロがいじられていると、ルルーシュがトレイにプリンを乗せて戻って来た。

 「持って来たぞ、お待ちかねのプリンだ。多く作っておいて良かったな」

 ルルーシュが冷蔵庫からプリンを取り出して戻って来ると、皆目を輝かせた。
 狭い部屋に六人が座るのはきつかったが、何とか席をについてスプーンを手に取った。

 「いただきまーす!ううーん、おいしー」

 久々の味に一同が舌鼓を打つと、ミレイがルルーシュの両端に座っているナナリーとロロに向かって行った。

 「ねえナナリーにロロ・・・よかったらでいいんだけど、貴方達だけでも学校に戻ってくるつもりはない?
 ナナリーちゃんの足のリハビリがここでしか出来ないようなら、今回は諦めるけど」

 既に学園を監視している者がいないのなら、というミレイの提案にルルーシュは考え込むが、ナナリーとロロはきっぱり拒否をした。

 「リハビリのこともそうですが、また私が狙われないとも限らないのでここにいます。
 また皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれませんから」

 「僕も・・・兄さんと一緒にいたい・・・」

 自分の意見をはっきりと言うようになった弟妹にルルーシュは喜び、お前達が言うならそうしようとあっさり受け入れた。

 実際ナナリーの言うとおりであり、ギアス嚮団がどんな手段で潜り込むか解らない以上、既に防衛線を巡らせてあるこの基地から二人を出したくなかったのだ。

 「そう、寂しいけれど仕方ないわね。
 でもいつまでも待ってるから、必ず帰って来てちょうだい」
 
 「ありがとうございます、ミレイさん。
 私、お兄様とロロと一緒に必ずアッシュフォードに戻りますからもう少しだけ待っていて下さいね」

 「んー、でも私の方が先に卒業しちゃうかも。
 サボってた分必死で取り返してたら、4月には卒業出来そうなくらいになっちゃってた☆」

 ミレイは計画的にサボって単位を取らなかっただけで、基本的に成績はいい方だ。
 おまけに理事長特権を使ったため、あっという間に追い抜いてしまったのである。
 ちなみに日本では三月が卒業式、四月が入学式だがブリタニアでは七月で卒業、九月で入学というパターンが多い。
 よってちょっと早めに卒業出来るということになる。
 
 「うっそ、会長いつの間に?!私だって飛び級制度使ってますけど、それでもあと半年以上かかるのに・・・」

 シャーリーの会長ずるーい、という抗議に、ミレイはまあまあとなだめた。
 ただでさえ日本解放戦の間彼女はアッシュフォードに戻ることが出来ず、講義を受けることが出来なかった。
 もっとも日本解放戦中は全寮制の学校とはいえ授業が自粛されたので、結局は同じことだったのだが。

 「そう急がなくてもいいだろう、シャーリー。
 俺達が戻った時にいるのがリヴァルだけというのも寂しいから、学園で待っていて欲しいと思う」

 「ル、ルル・・・!」

 顔を真っ赤にするシャーリーに、リヴァルがお、やっと進展したかと二人を凝視する。
 
 「それに会長、早く卒業してどうするんです?今日本はブリタニア人には少々厳しい状況ですよ。
 大学に進学するほうがいいと思いますが」

 「あら大丈夫よルルちゃん。私黒の騎士団に進路希望するから!
 あ、コネ入団なんてせずちゃんと正規のルートで入るわ」

 ルルーシュを通して入るつもりはないというミレイにルルーシュは呆然としたが、彼女は意に介さなかった。

 「我が黒の騎士団アッシュフォード支部としては、やっぱり本部で働きたいと思ったからね!目指せ出世!」

 「会長・・・確かにブリタニア人の団員はいるが、それは日本が解放される前からの者達だ。今から入る者はあまり信用されないかもしれませんよ」

 いくら学生とはいえ、日本が有利になってから入るとなると信用されづらいものだというルルーシュに、ミレイは大丈夫と親指を立てた。、

 「ここに案内してくれたミスター玉城が、私が入団した暁には“男女逆転祭りオイランバージョン”を提案するって言ったら、『面白い企画立ててくれるのか!よし学校を早く卒業して来いよ!』って言ってくれたから!」

 「玉城・・・!余計なことを・・・!」

 どこぞかに左遷するかとルルーシュが半ば本気で考えていると、考えてみればエトランジュがあれこれ便宜を図っていたしアッシュフォードでの件も藤堂達に話していたので、自分以外にもコネと信用が彼女達にはある。

 (しかし、信用のあるブリタニア人が多くいてくれるのは確かにありがたい。
 ルチア女史が連れてきた亡命したブリタニア人だけでは、心もとないからな。
 “平和を創る世代”としてのアピールにもなる。ミレイは言い出したら聞かない以上、うまく持って行くようにする方がいいかもしれない)

 ルルーシュが考え込んでいると、シャーリーがぽんとルルーシュの肩を叩いた。
 
 「でもよかった、ルルが元気にやってくれてて。
 ブリタニア人が恨まれてるのは知ってたから、ゼロであることを隠してるならあまりいい待遇じゃないのかもって思ってたから」

 「そうなんだよなー、カワグチ湖でもえらい目に遭ったからさ。
 けどナナリーの手術もしてくれて、リハビリまで手伝ってくれてたから、正直驚いたんだ。
 ・・・やっぱり俺らブリタニア人の態度が悪かったのが気に入らなかったんだな」

 日本人がどんな待遇にあったのかを見て見ぬふりをしていた自覚のあるリヴァルの言葉に、ミレイとシャーリーが俯いた。

 自分達の同族がやっていたことを無視して、自分達がされたことばかりを声高に言い続けていたことも、日本人にとってはさぞ不愉快だっただろう。
 ユーフェミアの『相手の立場になって考えることを忘れてはなりません』という言葉が、深く胸に突き刺さる。

 「そうね・・・戦争は戦場だけで終わるものじゃないものね。
 これは私達の戦いでもあると思うの。だから、出来ることは何でもしたいと思ってる。
 だから早く社会に出て、悪い差別習慣を無くす活動に従事したいの」

 「シャーリー・・・解ったよ。勉強で解らないことがあったら、メールで送って来るといい。すぐに教えるよ」

 そう言ってルルーシュがパソコンのメールアドレスをメモしてシャーリーに手渡すと、彼女は嬉しそうに受け取った。

 「ありがとう!ルル頭いいし教え方も上手だから助かるわ!」

 もちろんそれだけではないことも含めてシャーリーが喜んでいると、シャーリーばかりずるーい、とミレイが今度は半分冗談で膨れている。

 「あまりこっちに来る事は勧められませんので、連絡はメールでお願いします。
 俺も忙しいので返信は少々遅れるかもしれませんが」

 「いいよ、ルルの負担にならないように私もなるべく自分で頑張るから!無理しないでね」

 ルルーシュは何だかんだでやると決めたら全力でやることを知っているシャーリーは念押しするとともに、フォローをするためにも早く卒業したいと強く思った。

 と、そこへナナリーが時計を見て、慌てたように兄に言った。

 「お兄様、九時からのエトランジュ様の特別番組が始まりますわ。
 テレビをつけてもよろしいですか?」

 「あ、ああ、いいよナナリー」

 ナナリーがリモコンを操作して部屋に置いてある小さなテレビをつけると、ちょうど“EU連邦と超合集国の架け橋”と題された番組が始まったところだった。

 エトランジュの来歴が五割増しで美化されて紹介され、彼女がナリタ連山戦から陰に日向に黒の騎士団に協力し、空いている時間があれば孤児達の面倒を見ていた素晴らしい女王だと賞賛している。

 「エトランジュって珍しい名前だと思ってたら、フランス語で異邦人って意味だったのか。
 ポンティキュラスはラテン語で小さな橋、か・・・名は体を表すって言う珍しい例だよな」

 リヴァルが感心したように言うと、皆頷いた。

 「ああ、エトランジュ様の母君は中華とイタリアのハーフだからな。
 こんな時代だからこそいろんな国と繋がって欲しいと言う意味を込めてつけてくれたと、伺ったことがある」

 語学に堪能で世界を回り各国のレジスタンスとも懇意にしている、今回も世界平和を第一に自分の国の奪還は最後に、と自ら宣言した平和を望む聖女だと過剰な賞賛に、エトランジュは困ったように笑みを浮かべていた。

 続けてマグヌスファミリアのコミニュティの様子が流れると、これまた驚いたことに大多数がエトランジュの血縁者だった。
 エディの祖母の兄の孫です、曽祖父の姉のひ孫です、私の父もそうでーすと王族の血縁者のバーゲンセール状態である。
 中には数代前の王族の血縁者もおり、国民はみんなどこかで王族と縁があるという説明に、国の規模からすれば納得だが驚きを隠せない。

 「へー、ジークフリードさんもエトランジュ様の曾お祖父さんの弟さんの息子さんだったのか。
 しかも息子さんがアルカディアさんのお姉さんと結婚してんのな」

 「・・・それだけにコーネリア殿下とシャルル皇帝陛下への恨みも凄まじいことになってるね・・・無理ないけど」

 画面の中に映るコーネリアを倒した黒の騎士団に感謝する、俺達だけではどうにもならなかったと涙するマグヌスファミリアの国民達に、シャーリーは家族を思う心にブリタニア人も日本人もマグヌスファミリア人も変わりなどないと思った。
 シャーリーが経済特区に行った後に始まった日本解放戦に、父が驚いて慌てて電話をかけてきたことを思い出す。

 続けて亡命してきたブリタニア人数名が、画面に映し出された。

 「ブリタニア人も何人か住んでるみたいだけど、全然肩身狭そうじゃないよね。
 初めはそうだったかもしれないけど、一生懸命頑張って信用を積み上げてったんだろうなー」

 「みたいね。今度から日本人の人も入学してくるかもしれないんだから、私達も見習わないといけないわね」

 「うん、お父さん仕事がなくなっちゃったけど理事長先生が用務員として雇ってくれたから、お父さんにも協力して貰うわ」

 シャーリーの父のフェネットは地質学者としてブリタニアの命令で日本の地質を調査していたが日本解放に伴って職を失ったため、それを聞いたミレイが祖父に頼み込んで雇って貰ったのである。
 何故かよくトラブルに巻き込まれる娘の傍での職が決まったフェネットは、嬉々として職員用宿舎に引っ越してきたという。

 番組内では二千人では余りある物資にマグヌスファミリアは喜びつつも、余ったものは各国のレジスタンスに送らせて頂いてもよろしいですかとエトランジュが尋ねている。
 
 これから戦火は激しさを増すだろう。
 しかしそれはこれまで自国が何をしているかを知りながら、無関心に日々を過ごしていた自分達へのツケなのだ。
 
 じきに来るであろう大きな嵐。
 それが通り過ぎれば晴れ間が来ることを祈って、彼らは数少ない平穏な時を楽しむのだった。
 


 既に日付が変わって随分経つと言うのに、エトランジュとアルカディアは会議室で仕事に没頭していた。
 同じくユーフェミアも、横でダールトンとともにブリタニア人自治区の運営に関する書類を作成し、彼らからの要望書に目を通している。
 テーブルの上には、栄養ドリンクの空き瓶が人数の倍転がっていた。

 「エトランジュ様、こちらマグヌスファミリアから合衆国ブリタニアへ移住希望のブリタニア人の生活についての書類です。
 これでよろしければサインを頂きたいのですが」

 「ありがとうございます。あの方々もやっと理想のブリタニアで暮らすことが出来ると喜んでおりましたので、よろしくお願いいたしますね」

 やはり生まれ故郷で暮らしたいと望むのは人として当然ですから、とエトランジュは書類を受け取り、ギアスでアインやルルーシュに確認してからサインする。

 「これで捕虜交換と合衆国ブリタニアについては一通り終わったわね。
 後はEUに書類を送って、許可貰ってからこっち来て貰いましょう」

 「また書類かよ・・・お前ら大変だな」

 日本解放後からこっち、過密スケジュールで動いているエトランジュとアルカディアにクライスは同情した。
 文官としてルチアとエリザベスの両名も参戦しているが、多忙なことに変わりはない。

 「ん、ブリタニアに通じてた国の処分が決定したみたいね。
 裏切りに関与してた議員がクビで戦争が終わるまでの不定期禁固刑か・・・代わりに反ブリタニア派がEU議会に参加だってさ」

 パソコンから送られてきた報告にエトランジュが安堵の息を吐いた。

 「ではラストニアをはじめとする国は、EUを脱退しないのですね?」

 「いや、ラストニアだけは脱退するつもりみたいね。
 ただ国内でそれに関するデモが起こってるから、ブリタニアに味方出来るかどうかまだ解らないわ」

 「そうですか、残念です」

 「とりあえずシュナイゼルの策謀を潰して回るのが先よ。
 あの野郎次から次へとえげつないこと考えやがって・・・!」

 実に抜け目のない策を湧き出る泉の如く考えられて、アルカディア達はそれを潰すべく必死に動き回っている。
 幸いマオが全て読み切ってくれたものの、シュナイゼルにバレればまた別の策を考えられそうなので、そうなる前に水泡に帰してしまいたいのである。

 「イギリス情報部の少佐に電話かけないと・・・時差を考えてもまだ大丈夫ね」

 何故か二十歳になるまで直接会わない方がいいと紹介してくれたイギリスに嫁いだ叔母が言うので、アルカディアはモニターで少佐と喋ったことはまだない。
 どうしても会って話したいのなら自分が代わりに行く、顔立ちのいい可愛い甥を毒牙から守らねばというのはどういう意味か、怖くなったので聞いていない。

 「さーて、そろそろ寝るとしますか。
 あーでもまだ電話が・・・あと三十分脳を稼働させなきゃ・・・」

 ちょっと顔を洗って目を冷まして来ると言うアルカディアに、ユーフェミアが心配そうに声をかけた。

 「だ、大丈夫ですか?すみませんいろいろとお世話をおかけして」

 「平気平気、最近激務続きで体重が減りまくっててねー、ゼロ衣装着る時コルセットつけてたんだけど、ゆるくなってたから栄養ドリンク飲んでもカロリー気にしなくてよくなったのよ助かるわ。
 明日も蓬莱島まで飛んで日帰りでとんぼ返り、仕事ってホントいいダイエットになるわね、あはははははは」

 (((目が笑ってない・・・・!)))

 アルカディアはエトランジュのフォロー、情報処理、ナイトメア開発と仕事は山のようにあり、ここ最近自由時間などなかった。
 一同はうつろに笑うアルカディアから目をそらすと同時に、ルルーシュの代打でゼロを務めていたのがアルカディアであることを知った。

 「今日の正午からは会議です、ユーフェミア様。
 しっかり質疑応答をするためにも、今宵はお休みになった方が・・・」

 ダールトンの言葉にアルカディアもそうね、と同意した。

 「エディ、あんたもいろいろ大変なんだから、休める時はしっかり休みなさい。
 じゃあユーフェミア皇帝、蓬莱島に行く時間は九時だから間違えないでね。おやすみなさい」

 「はい、解っています。おやすみなさいませエトランジュ様、アルカディアさん」

 エトランジュもおやすみなさいませと挨拶を返してから、マグヌスファミリアの一同は会議室を出て行った。

 ユーフェミアもダールトンとともに貸与されている部屋に戻ると、ちょうどドアの前でニーナがいた。
 彼女は現在ロイドの元で技術者として働いており、仕事が終わるとウランの理論と暴走を阻止するためのシステム作りに余念がなかった。

 (これを完成させれば、サクラダイトに代わるエネルギーが手に入ることになって、ユーフェミア様の評価が上がるはず・・・!早く完成させなきゃ)

 「お帰りなさいませユーフェミア様!お疲れ様でした」

 「ニーナ、まだ起きてたの?今日は確かルチア・ステッラ女史とお会いしたと聞いているけど、いかがでしたか」

 「あ、はい、少し冷たい印象がありましたけど、丁寧にこちらの状況を聞いて下さったり亡命した時のご自分の経験を話して下さる方でした。
 シュタットフェルト辺境伯とも連携して、生活環境がいきなり変わったブリタニア人のフォローをして下さっています。
 個人的にもいろいろ相談に乗って下さって・・・ユーフェミア様のお従姉の方なだけあって、優しい人でした」

 もともと隠していることではなかったため、エトランジュが有名になると同時にルチアの出自はそこそこ知れ渡っていた。
 中には公爵家出身だとは知っていたが皇族に連なる人間だとは聞いていないと不審を示す者がいたが、EUの貴族達の名門貴族なら珍しくもない話という一言で口を閉じ、エトランジュの昔からの母の親友なのですと言われてそれ以上何も言わなかった。

 「従姉といっても、正直実感はないわね。
 お姉様とも面識はなかったとおっしゃっておりましたから、皇族とはあまり付き合いがなかったようです」

 「私は二度ほどパーティーでお会いしたことがありますが、あちらは全く憶えておいでではありませんでしたな」

 ダールトンが苦笑すると、そういえばダールトンとルチアは同世代なので、同じ名門貴族同士であることを思えば知り合いでもおかしくはなかった。

 「ブリタニアを追われて家族を殺されてさぞ恨んでおいででしょうに、いろいろと協力して下さって感謝しております。
 いずれ改めてお礼に伺わなくてはなりませんわね」

 「それが、その・・・ルチアさんはマグヌスファミリアを侵攻したことについては怒っているが、それ以外のことはどうでもいいって・・・」

 「え?それはどういう意味かしら?」

 「あまりいい扱いをご実家で受けていなかったらしくて、家族が死刑になったと聞いた時もあんまり気にならなかったそうです。
 それより亡命した後いろいろと助けてくれたエトランジュ様の母君の方に恩がある、エトランジュ様はルチアさんにとって主君であると同時に大事な方の娘だから、誰であろうと危害を加えるなら許さないっておっしゃってました」

 だから血の紋章事件についての謝罪はしなくていいと伝えるように頼まれたと言うニーナに、何があったかは知らないがルルーシュと同様ブリタニアでろくな思い出がない様子のルチアを思い、自国の業の深さを改めて見た気がした。

 「そう・・・ブリタニアでのことはあまり聞かない方がよさそうね。
 明日は会議があるから、今日はもう寝るからニーナももうお休みなさい。
 ルチアさんのことをいろいろ教えてくれてありがとう」

 「いえ、大したことでは・・・ユーフェミア様もあまりご無理をなさらずに、お休み下さいませ」

 ユーフェミアに微笑みかけられたニーナは顔を真っ赤にしながら、ぼうっとした様子で慌てて自室へと入っていく。

 「どうしたのかしらニーナ・・・顔が赤かったけど」

 きょとんとした顔で首を傾げながらも、緊張感が解けたユーフェミアは襲ってくる眠気に負けて、自室へと入って眠りの園へと向かう準備を始めるのだった。



 ブリタニア本国へと戻る途中、帝国宰相シュナイゼルの旗艦アヴァロンでは、捕虜の代表だったバール大佐がシュナイゼルに呼び出されていた。

 ひと通りブリタニア本国に戻った後の彼らの扱いについて説明した後、シュナイゼルは彼に尋ねた。

 「ゼロやエトランジュ女王から、何か言われたことはなかったかな?」

 「いいえ、特にありません。二人とも普通にブリタニアへ帰すことについての説明だけで、他のブリタニア兵のその・・・苦情にも反応を示さずじまいでした」

 「そうか・・・他に気づいたことはどんなささいなことでもいい、気になったことを言ってくれたまえ」

 「そうですね・・・あのエトランジュという女王ですが、ブリタニア人の何人かと仲がよさそうでした。
 特派のロイド伯爵などは、何故か彼女を救世主と呼んでましたね」

 「ロイドが?」

 「ええ、打ち合わせで牢から出された時にロイド伯爵とすれ違ったんですが、その時連れの助手だと言う女性に何やら紙の束を手渡したのを見てそれはもう喜んでたんです。
 ユーフェミア皇女殿下の騎士も、心底から安心したような顔をしていましたが・・・何でも料理のレシピだと言ってました」

 そんなものであれほど喜ぶことはないから嘘でしょうが、というバールに、確かにナイトメアや科学関係以外の物を渡してロイドが喜ぶなど想像出来ないシュナイゼルは、考え込んだ。
 誰でも手に入るような料理のレシピを渡して安心するほど喜ぶはずがない、というのももっともな話だからだ。

 しかし、彼の言っていたとおり、本当にエトランジュは料理のレシピをセシルに渡してロイドに感謝されていた。ただ、それだけではない。


 エトランジュがセシルにレシピを渡す前日、彼女は卜部とともにナイトメアの研究室にやって来た。
 ナイトメア開発に没頭しているアルカディアとラクシャータに、夜食を持って来たのである。

 研究室ではロイドとラクシャータが喧々囂々と言い争っており、何とか止めようと同じく夜食を作って来たセシルとばったり会ったのだ。

 ロイドは特区事変の後さっさと合衆国ブリタニアに参加表明をしたものの、シュナイゼルの後見貴族ということでなかなか信用されなかった。
 その上さんざん黒の騎士団の邪魔をしてくれた白兜ことランスロットの開発者だったのだから、自然見る目は厳しくなる。

 ただ幸運なことにスザクがランスロットでナイトオブラウンズのノネットを倒したお陰で多少の不信は払拭出来たし、ラクシャータがこいつは変人だからランスロットが活躍出来ればいいんだろうと実に的確な事実を述べてくれた。

 しかしそれでもEUでは悪魔のようだと言われているシュナイゼルの部下というのは不信と恐怖の対象だったため、黒の騎士団技術部を統括するラクシャータの下につけることで落ち着いたのである。

 だがさすが空気を読まないことで定評のあるロイドである。
 ナイトメア開発で妥協を一切しないうえ、ライバルであるラクシャータと連日遠慮のないバトルを繰り広げていた。
 
 『ランスロットの予算もうちょっと上げてよ~。
 もう少しで前から考えてたシステム出来そうだからさ。ランスロットの量産型も問題ないって納得してくれただろ~』

 『あー、確かにそれは名前を日本風に変えて作るってことでOKが出たよ。
 でも白兜の予算はそれでギリギリなの!ナイトオブラウンズを倒したとはいっても、その前に仕出かしたことのトラウマ残ってる騎士団員がいるんだから諦めな!』

 『うう~、そんな~』

 『ロイドさん、無理言っちゃ駄目ですよ・・・』

 スザクがシミュレーションルームから窘めるが、ロイドは納得しない。

 ロイドがライバルが上司になるだけならまだしも、彼女だけきっちり潤沢な資金で思う様ナイトメア開発にいそしんでいるのに自分だけ足止めを食らっている状況に頭を抱えていると、そこへさらに追い打ちがかかった。

 『まあまあロイドさん、落ち着いて。ほら、夜食におにぎり作って来ましたよ』

 『や、やあ、それはありがたいけどお腹まだすいてないんだよね・・・』

 『あら残念・・・スザク君はいかが?』

 『こ、このシミュレーションが終わっておなか空いてたら頂きます』

 スザクの乾いた声に、うまく逃げたなとロイドは思った。

 一見普通のおにぎりだが中身がなんだろうと警戒しているロイドがセシルに視線を移すと、彼女の背後から同じくおにぎりを持参していたエトランジュが視界に入った。

 『こんばんは。クリーミー女史。貴女もおにぎりを作って来たんですね。
 日本ではお夜食の定番だそうなので、私も作って来たんです』

 『あ、エトランジュ女王陛下!こんばんは』

 後ろから話しかけられて、セシルは驚いた。
 今や時の人となったエトランジュが、しかも一国の女王がおにぎりが入ったタッパーを持ってこんな所に何の用だろうと首を傾げる。

 『アル従姉様、お夜食をお持ちしました。ラクシャータさんもぜひどうぞ』

 『いつもありがとうね、エトランジュ様。遠慮なく頂くよ』

 内心セシルのおにぎりを口にする羽目にならなくてよかったと感謝しながら、ラクシャータはエトランジュが作った鮭や昆布のおにぎりを手にとって海苔を巻く。

 いっこうに誰もセシルのおにぎりに手を伸ばさない。
 エトランジュ以外の一同は、ラクシャータから先に注意を受けていたからである。

 『クルーミー女史、私一つ頂いてもよろしいですか?』

 『まあエトランジュ陛下・・・もちろんどうぞ』

 何となく雰囲気でそのおにぎりがよくないものだと察していたエトランジュだが、セシルの方に悪気は全くなさそうだったので、エトランジュは意を決しておにぎりを手に取った。さすが中華で冬中夏草やカエルを食べていただけのことはある。

 エトランジュが一口おにぎりを口にした瞬間、中からイチゴジャムの甘い味ときつい塩が効かされているご飯の味がエトランジュの舌を侵食した。

 『・・・・・!!』

 何とか飲み込んだエトランジュだが、その顔色からあまり良くない味だと察しがつく。
 慌てて卜部がよろめいたエトランジュを抱き起こすと、魔法瓶の水筒から緑茶を取り出して彼女に飲ませた。

 『だ、大丈夫ですかエトランジュ様?ちょ、おにぎりにジャム?!』

 『こんな時間に働いていれば時間疲れていると思ったので、甘い物を入れてみたのですが・・・マグヌスファミリアの方には合いませんでしたか?申し訳ありません』

 『いえ・・・大丈夫です』

 ごくごくと緑茶を飲み干して落ち着いたエトランジュがふと周囲を見てみると、彼女の料理はどうやら恐れられているらしい。
 皆一様にセシルのおにぎりは手に取らず、エトランジュのおにぎりを争奪にかかっていた。
 幸いセシルが作っているとは思わなかったのできちんと人数分作ってあったが、まるでそれしか食糧ないといわんばかりに顔が必死である。
 エトランジュが緑茶で舌に残った味を追い出すと、セシルに尋ねた。

 『・・・あの、クルーミー女史。日本料理にご興味がおありですか?』

 『ええ、スザク君が特派に来てからはちょくちょく作っていました。
 特区が出来てからはお味噌とか手に入るようになったのでいろいろ挑戦したのですが、ブリタニア人の味覚には合わないのかあまり食べてくれなくて・・・』

 残念そうなセシルだが実際は日本食ではなくセシルの料理が口に合わないのだとロイドが必死で目で訴えているのが、エトランジュには解った。

 『マヨネーズやケチャップとか、馴染みのある調味料で味付けしてたから大丈夫と思ったんですけど、残念です』

 そう語るセシルに悪意は全くない。むしろ善意しか感じられなかった。
 しかしそれだけに逃げ道がなかったので、彼女の料理から逃げるのは至難の技であった。

 『・・・クルーミー女史、それはよくないと思います。
 食べ合わせと申しまして、特定の食材を同時に食べると身体に良くない現象を引き起こすことがあるのをご存知ですか?』

 『え、そんなことがあるのですか?知りませんでしたわ』
 
 驚いたセシルに、エトランジュは説明した。

 『ウナギと梅干しとか、天ぷらと氷水とか・・・いろいろあるみたいです。
 クルーミー女史はオリジナリティ溢れる料理がお好きのようですけど、知らずに作ってもし何か起こったら、今ブリタニア人の方に厳しい目が向けられがちな状況では悪いように見られてしまうかもしれません』

 『そ、そうですね・・・では日本料理を作るのは控えた方がいいのかしら』

 日本料理が作れなくてもサンドイッチなどにしようかと発言してロイドとラクシャータが戦いていると、エトランジュはにっこりと笑みを浮かべた。

 『ですから、レシピどおりに作ったら大丈夫だと思います。
 既に安全なレシピを私たくさん頂きましたから、コピーして差し上げましょうか?』

 レシピどおりに作れば、少なくとも万人にまずいと言われるものは出来上がらない。
 セシルは作る過程でいろんな調味料を試しまくるので、その結果舌と胃に甚大な被害を及ぼす料理へと変貌するのである。

 『日本で流行っているサンドイッチとかそういうレシピもありますし、ルチア先生から頂いたものもありますから、特派の皆さんも喜んでくださいますよ。
 変わった味を楽しみたいなら、その後各自で調整する形にすればよろしいかと思いますが、皆さんどう思われますか?』

 エトランジュはそうロイド達に尋ねることで、ギアスをかけることなく皆の心を一つに繋げた。

 『うん、僕賛成!そうだよね、あとで塩コショウとか各自でカスタマイズする形の方が僕もいいと思うな!!』

 『ぼ、僕も賛成です!!やっぱりお料理の手順(ルール)は守らないといけないと思います!』

 『あたしもそのほうが嬉しいねー。やっぱ今の時期余計なことしない方がいいし、せっかくの助言なんだからそうしたらどうだい?』

 『私も今ブリタニア人がトラブル起こされても困るけど、夜食作ってくれるのはありがたいからその方がいいと思うわ』

 さんせーい、エトランジュ様いい事言う、そうしよう、と一斉に皆エトランジュに同調したため、セシルも確かに彼女の言うとおりだと納得した。

 『では、ご好意に甘えてそうさせて頂きます』

 『解りました、では後日レシピをお送りさせて頂きますね。
 レシピのとおりに作れば間違いないので、ぐれぐれも別の食材を入れたりなさらないで下さいね?』

 あくまでも食べ合わせに当てはまらないようにするためと言い繕うエトランジュに、セシルはもちろんですと約束した。
 この光景にロイドはブリタニアを捨ててここに来たのは正解だった、と内心で嬉し涙を滂沱のごとく流して喜び、エトランジュに感謝した。

 ちなみに、この時セシルが作ったおにぎりはすべて卜部の腹へと収まった。
 甘党の彼には何故か合ったらしいが、おにぎりは甘くてもいいのかと誤解しかけたセシルを見ておにぎりの具に関して何が好物かアンケートをエトランジュが取ってくれたため、セシルはそれを優先しておにぎりを作ってくれると約束した。
 
 こうしてエトランジュは、特派と技術部を善意の味覚テロから救ったのだった。

 後日、その約束通りエトランジュはセシルに大量のレシピを渡したという訳である。
 仕事の後ではなくすれ違った際に渡したと言うのは、エトランジュからすれば別に他意はなかったが、これはいわば私的なことなので仕事中にやってはいけないと後で注意を受けていたが、その様子はもちろんバール大佐は見ていない。

 あの滅多に他人を気にいることのないロイドが救世主とまで呼ぶとは、とシュナイゼルはますますエトランジュに興味を持った。
 まさかレシピどおりに料理を作れとアドバイスしただけでそこまで喜ばれるとは、エトランジュも全く思っていなかったであろう。
 そして回り回ってシュナイゼルの興味を引くなどと、想像すらしていないに違いない。

 マグヌスファミリアに滞在していた時、城にホームビデオが山ほど置いてあった。
 今やDVDや動画カメラなどが主流のこの時代に、今や誰も使っていなさそうな古い型のビデオだった。
 長い冬の間皆で集まっては子供達が劇をしたり演奏会をして過ごす彼らは、その光景を録画していた。

 その中にエトランジュもいた。
 父親の傍で中華語の歌を歌いながら人形に金色の髪飾りをつけ、茜色の帯を締めてやり、唇を撫でて優しく抱き上げていた。

 どこにでもいるような平々凡々な少女にしか見えなかったが、今や彼女はゼロとEU連邦の後見を持つゼロに次ぐ反ブリタニアの象徴となった。

 となれば、彼女は人を引き付ける何かを持っているのだろう。
 あの父に見捨てられてから誰も信じるまいと決めていたような末の弟すら、味方にしてしまえるほどだ。

 中華で確実に味方にするべきだったが、マグヌスファミリア国土を返すと言っても何故か彼女は呆れた様子で拒否をした。
 テレビ番組でも中華での自分とのやりとりは公表しており、国土返還を蹴ったことについて国民は怒るどころか彼女の判断を支持していたので、これは恐らく自分の言動が彼らにとって不愉快なものだったのだろう。
 小国は小国なりのプライドがあったようだ。

 エトランジュがゼロの正体を知っているか否かで、彼女への対応は大きく変わる。
 あの時エトランジュはルルーシュの前にいたので、ゼロの仮面が外れたことを知って指摘しただけで彼の素顔を知らないのか、それとも知っているのか。

 知らなかった場合エトランジュを信じてないからこそ正体を隠している、実態は弱肉強食の国是のもと自分が皇帝になるためにうまく騙して協力させているだけという不信を煽ることが可能である。

 だがもし知っていた場合、エトランジュはマグヌスファミリアが“仲間を裏切ることなく”という副詞のもと戻って来ればいいと考えていることになり、ルチアやユーフェミアと同じように、別にゼロがブリタニアの皇子だったところで露ほども気にしてなどいないだろう。

 他には特に報告はないというバールを退出させた後、シュナイゼルはカノンに向かって言った、

 「ゼロの正体がルルーシュである以上、知っている可能性がある彼女はこちらで確保しなくてはね。
 今そのことを暴露されれば、こちらのダメージになる」

 「そうですわね、殿下。ところで命じられていたアッシュフォードへの調査ですが、やはりルルーシュ様はそこでかくまわれていたようです。
 ですがゼロが式根島基地を破壊した後、ルルーシュ様は妹姫のナナリー様ともども退学なさっておいでですわ」

 「クロヴィスを殺してからではなく?ずいぶん長い間そこに留まっていたものだね」

 カノンが差し出した書類には、ルルーシュ・ランペルージとナナリー・ランペルージについての資料が載っている。
 当たり障りのない経歴だけが載せられたデータベースの資料と、加えて生徒達が開設していたブログなどから、写真は手に入っていた。
 さらにカノンは、ブリタニア本国に帰還する者達の中からアッシュフォードに通っていた者を探し出し、彼らからも話を聞いていた。

 「さすがはブリタニアの皇族であり母君譲りの美しさというべきでしょうか、なかなかファンが多いようです。
 本国に帰還する者からさりげなく情報を集めてみたのですが、女性に大変優しくブリタニア本国に戻ったと聞いた時は悲しかった、でも本国でまた会えるかもと顔を赤らめる女生徒が後を絶ちませんでしたわ」

 余り目立たぬようにしていたつもりのルルーシュだが、それはほとんど実を結ばなかったらしい。

 「それから、枢木 スザクと親友だったという情報が手に入りました。
 生徒会にもルルーシュ様の手引きで入ったとかで・・・」

 「ああ、ルルーシュが七年前に日本に送られた時は当時の首相の家にいたからね。
 その時あの子と出会ったのだろうが・・・そこからユフィとも繋ぎが取れたのかな?」

 シュナイゼルはそう考えたが、それにしては神根島でユーフェミアを遠慮なしに罵倒していたので、そこまでは全く彼女と会っていなかったのだと思い直した。
 自分でも同じ立場なら、当時の善意が全ていい結果になると信じていた真っ白な彼女に、おいそれと姿を現わす気にはなれない。
 となるとスザクには口止めをしたもののスザクがユーフェミアに話したか、もしくは神根島でルルーシュがいい加減にしろと怒鳴りつけたかのどちらかだろう。

 (あれからユーフェミアが変わったことを思えば、おそらく後者だな。
 特区も黒の騎士団に有利になる形で作らせたに違いない。なかなか、やる)
 
 短期間に日本解放を成し遂げたルルーシュを、シュナイゼルは素直に認めていた。
 だが自分はブリタニアの宰相なのだ。よってその国が望むとおり、国賊であるルルーシュを倒さなくてはならない。

 まずEUを潰し、戦力を削る。その策を実行に移すべく動いていたシュナイゼルだが、既に作戦を文字通り読まれていたことにはまだ気づいていなかった。

 EUでも既にイギリスがマグヌスファミリアの強力な援護者となっており、その彼らはマオを通じて得た情報の証拠固めに奔走しているので、近いうちに彼の手駒は全滅するだろう。
 加えてEU内に築き上げていたブリタニアの補給ルートを潰すべく、EU軍が動いていることも知らなかった。

 そうとも知らずシュナイゼルは私室に戻ると皇族服を脱ぎ、入浴をした後侍従を下がらせた。
 その後ベッド脇に置いていたコンタクトケースを取り出し、自分の目からコンタクトを外して液体へと漬ける。

 (コンタクトは便利だが、手入れが面倒だね。使い捨てタイプのほうが便利なのだが)

 最近視力が落ちたのでコンタクトを使い始めたが、使い捨てはやめたほうがいいと皇宮務めの眼科医が頑固に勧めるので、ごく普通のコンタクトを使用している。

 そしてシュナイゼルは知らなかった。
 彼の眼が自身の父親によって視力が弱まったと言う記憶が埋め込まれており、眼科医が手渡したのはギアスという人ならぬ王の力を遮断する効力を秘めたコンタクトレンズだったということを。
 そしてそれが自身が末弟の操り人形にならずにすんだことも、彼は知らない。

 自分の元へ引き抜いたクロヴィスの側近であったバトレーだが、ある日突然シャルルに命じられて皇帝直属の機関に転属になった。
 ギアスキャンセラーの改造を任せるために、バトレーをV.Vがギアス嚮団へ強引に連れて行ったのである。
 殆ど一方的な人事異動命令だが、彼とはその後全く連絡が取れていない。

 次期皇帝にもっとも近いとされているこの男は、現皇帝である父親からもっとも重要な情報を知らされていなかった。

 ギアスという、ルルーシュとマグヌスファミリアの最大の切り札。
 最も厄介な次男までもが黒の騎士団に向かわれては困るとの判断で行った処置だが、幾多の人間を政治の道具として来た自分が父親の道具になっていることに、彼は気付いていなかった。



[18683] 第二十八話  策謀の先回り
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/06/11 10:22
 第二十八話  策謀の先回り



 超合集国連合本部がある合衆国中華の蓬莱島。
 その中心部にある大きなビルのなかで、今一つの採決が声高らかに告げられた。

 「・・・投票の結果、超合集国およびEU連邦連合軍は、エリア8ことファイリパ国、エリア14ことEU連邦加盟国家エカルテリア共和国の解放をここに決議する」

 合衆国日本代表であり、超合集国連合議長である桐原の声が蓬莱島の超合集国連合の大会議室に重々しく響き渡ると、拍手が響き渡った。

 ファイリパ国は中華とも近く他の植民地エリアを解放するのに重要な地域であり、エカルテリアはレアメタルが豊富な国だ。
 エカルテリア亡命政府とファイリパ亡命政府の者達は、涙を流さんばかりに喜んでいる。
 
 「黒の騎士団はこの決議に従い、速やかに奪回予定地へ赴こう。
 すぐに作戦会議に入る。エカルテリアとファイリパ亡命政府の方々は、安んじて吉報をお待ち下さい」
 
 ルルーシュがモニター画面でそう宣言して姿を消すと、議員達もそれぞれの仕事のために散っていく。
  
 シュナイゼルの策はEUに黒の騎士団を中途半端に介入させ、物資を消費させると言うものだ。
 だが既に補給ルートを潰してあるし、裏切り者にはEUに到着後にギアスをかける。
 エカルテリアを占領し総督をしている第四皇子、ジェラール・ゼ・ブリタニアがナンバーズ殲滅計画を立てていることもあり、放ってはおけない。

 現在全国から日本に集まった黒の騎士団幹部の姿の中には、星刻の姿もある。
 天子から離れるのに難色を示した彼だが、天子に世界が平和になるためだからと言われ、香凛と洪 古に天子を託して他の中華の兵士達と共に赴任したのである。

 東京にある黒の騎士団本部の会議室では超合集国決議を伝え、ルルーシュが言った。
  
 「ファイリパのほうは星刻、お前に任せる。私はEU軍に同行し、エカルテリアに向かうつもりだ」

 「EU連邦ならEU軍に策を渡すぐらいにしたらどうだ?何もお前自身が行く必要などないと思うが」

 縄張りを気にするのが軍だぞ、という星刻に、ルルーシュは説明する。

 「EUでシュナイゼルが策動していることが明らかになった。
 幸いある程度手は打てたが、他に何をしでかしているか解らないからな。
 それにエカルテリアの総督の第四皇子ジェラールが再び上がった独立運動に怒り、ナンバーズ殲滅計画を立てたとの情報がある」

 「黒の騎士団を向かわせるより、ゼロ一人が行く方がいいと言う訳か」

 「エトランジュ様はエカルテリアのレジスタンス組織ともつながりがあるからな。それを使って内部からEU軍と呼応する予定だ。
 彼らとは面識もあるから、スムーズに話が進むだろう」

 「了解した。ファイリパは私に任せて貰おう。
 中華とも近いから、ブリタニアの支配下にあることを目障りに思っていたところだ」

 「頼もしいな、星刻。作戦概要は考えてあるが、運用はお前に任せる。
 日本の守備に回る者と同行する者とに分かれるが、他に誰が行く?」

 「俺は日本を守るぜ!日本にはサクラダイトがあるからまたブリタニアが来た日にゃあ、ゼロがいないんじゃ俺が何とかするしかないからな!」

 玉城の世迷い事に賛同したわけではないが、別に来てほしいわけでもなかったので誰も深く突っ込まなかったので、玉城の残留はあっさり決定した。

 「だが確かにゼロの不在をついて日本を再侵略に来るかも知れん、警戒を怠るわけにはいかんな。
 俺と四聖剣のうち二人を日本に残して、後の二人をファイリパに向かわせよう」

 藤堂が四聖剣に視線を向けると、千葉は藤堂が残るならと残留を申し出、朝比奈も藤堂さんがいるところが僕の居場所ですからと言い募ったので、仙波と卜部がファイリパ戦に参加することになった。

 「では伊予を旗艦として用意が整い次第ファイリパに出撃する。
 神虎の初陣だ、腕が鳴る。エトランジュ様が派遣して下さった医者のお陰で、私の病もかなりよくなったからな」

 もう半年放置したままでは2年持たなかっただろうと言う医者に、本当にぎりぎりのタイミングだったのだと星刻は安堵したものだ。

 「それはよかった。星刻殿、仙波と卜部をお願いする。
 仙波、卜部、ブリタニアに虐げられた国を助けることこそ、日本が他国から受けた恩を返すことだ。日本の名を汚さぬよう、くれぐれも頼んだぞ」

 「「承知!!」」

 仙波と卜部が敬礼すると、星刻は日本が誇る四聖剣の力をお借りすると言って、二人とともに会議室を出て行った。

 「藤堂、私が考えられる限りのブリタニアが日本に再侵攻した時のブリタニアの侵攻経路だ。
 今のところ来るとは思えないが、念のため目を通しておいてくれ」

 「相変わらず根回しのいいことだ・・・なるほど、解った。日本は俺達が死守する。
 後は俺達が警戒網を構築しておくから、ゼロはEUに専念してくれ」

 藤堂はルルーシュが差し出した書類にざっと目を通しながら安心させるように言うと、ルルーシュは頼むと言い残してエトランジュ達と打ち合わせをするべく、彼女達の部屋へと向かった。

 「しっかり警戒網の敷き方も書いてくれてあるな。
 紅月も置いていくのか・・・父親のこともあるから、妥当だな。これで問題なさそうだから、この方法でブリタニアの再侵攻に備えるとしよう」

 「紅月がまた怒りそうですよね、自分を置いていくのが許せないって」

 カレンが明らかにルルーシュに対して特別な感情を抱いていることに気づいていた千葉が苦笑すると、朝比奈もだろうなあと幾度も頷いた。

 「ゼロ、あの様子だと絶対気付いてないよね。
 日本に残れと言って、今頃ふざけるなと怒鳴られてる頃だよきっと」

 「だがいくら紅月がゼロの親衛隊長でも、今やブリタニアでも顔が知れている彼女が同行するのはまずいからな。
 職務に熱心なのはいいが、時と場合と言うものがある」

 「・・・中佐?」

 何やら角度のずれた藤堂の台詞に、二人はこの上司がカレンの想いに気づいていないことを知った。
 彼自身も呆れるほど秋波に疎いことを身をもって知っていた千葉は、自分に向けられた好意にさえ気づかない想い人が、他人に向けられた想いに気づくはずがないかと肩をすくめる。

 「違いますよ中佐。紅月はゼロが好きなんです、ラブの意味で。
 だから自分を置いていくのかと怒るって話です」

 朝比奈が説明すると、藤堂は確か二人は同じ学校の生徒会で一緒だったなと思いだし、なるほどと納得した。

 「そういうことか・・・だが公私混同もよくない。
 朝比奈、千葉、お前達が俺を慕ってくれるのが嬉しいが、だからと言って作戦にそれを持ちこむのはやめろ。
 日本が解放されたとはいえ、ブリタニアの脅威から世界を救うまでは気は抜けん」

 「は、はい中佐。以後気をつけます」

 千葉は素直に背筋を伸ばして謝罪したが、朝比奈もそれに倣いつつ内心は藤堂以外の人間の命令に従うのは嫌だったので残ったという理由が強い。
 
 政治的な動きが出来ない藤堂ではなくゼロがCEOに着任したのはいいとしても、総司令には藤堂がなるものと思っていただけに、朝比奈はそれが不満だった。
 ただ藤堂はそれをもっともだと受けいれたので、口にはしていない。
 
 「だが、若いとはいいものだな。
 俺たちの世代は士官学校を卒業してから世界で戦争が起こっていたからそれどころではなかったが・・・」

 「戦争が終わったら、中佐も、その・・・あの・・・」

 千葉が顔を赤くしながら口ごもると、朝比奈が助け船を出した。

 「藤堂中佐もいいお嫁さんを探せばいいじゃないですか。きっと引く手あまたですって」

 「俺か?こんな面白みのない男がいいと言う女性がいれば、それもいいかもしれんな」

 「そんな、中佐は素敵な人です!私だったら・・・・!」

 思わずそう叫んだ千葉は驚いた表情の上官の顔を見つめ、慌てて回れ右をした。

 「し、失礼しました!私、暁の整備に行ってきます!」

 そう言うやダッシュで会議室を走り出た部下を見送りながら、藤堂は首を傾げている。
 その様子を朝比奈は横目で見やりながら、ゼロと藤堂どちらが鈍いのだろうかとどうでもいいことを考えるのだった。



 三日後、今はエリア14と呼ばれているエカルテリア共和国に、ルルーシュとC.Cとアルフォンス、そしてカレンが降り立った。
 カレンは絶対同行する、藤堂や朝比奈と千葉がいるなら充分のはずで、ブリタニア人に見える自分がいれば随分と作戦が楽になるはずだ、何で親衛隊長の私を置いていくのかと延々怒鳴られ首を絞められた。

 その様子を呆れて見守るだけで止めなかったアルフォンスにフォローして欲しかったが、そこまで暇じゃないと言われ諦めた。
 実際人手が欲しいのは確かだったので、作戦に文句を言わずに従うのならという条件で同行を許可した。

 ちなみにシュタットフェルトは危険なことを娘がまた、と反対したがすぐに諦念の境地に達してしまい、元エリア14の副総督秘書をしていたクレマンからエリア14の主な施設の図面を借りて娘に手渡していた。
 
 一度中華に寄りそこから車での密入国だが、既にエトランジュが話を通してくれたレジスタンスの手引きによりスムーズに入国が完了した。

 「ゼロ、待ちかねていたぞ!とうとうエカルテリアが解放されるのだな」

 「ああ、我々は内部からEU軍に呼応する。
 諸事情あって短期でことを終わらせなくてはならないから、失敗は許されない」

 「解っている、俺達は全面的にゼロの指示に従おう」

 何しろ日本解放を成し遂げた実績を持つゼロだ。
 エトランジュの要請で来たという建前も整えてくれてあるから、面倒なことにもなるまい。

 レジスタンスリーダーがエトランジュからの激励の手紙や送られた支援物資を大事そうに確かめながら、現状をゼロに説明した。

 「ここ最近、俺達エカルテリア人に対する弾圧が酷くなったんだ。
 レジスタンスでもないのに何百人も収容所に連れて行かれてる・・・ゼロ、早く彼らを助けだしてやってくれ」

 「やはりか・・・だが心配するな。私達が調べたところ、収容所では扱いこそ酷いがまだ殺害されるまでには至っていない。
 ただ収容所の警備を固めて、君達レジスタンスが助けに来るのを待ち構えているんだ」

 「エサにするつもりか・・・!許せない!」

 「明日、行動に移すぞ。作戦を聞き次第、すぐに動いてくれ」

 「解った!ブリタニアめ、次は俺達の番だ!いつまでも虐げられたままでいると思うなよ!!」

 レジスタンスリーダーの決意を秘めた声に、他のレジスタンス達も大きく拳を突き上げた。



 エカルテリアの租界に建つシャンバラ・タワーと呼ばれるビルでは、今日も今日とて退廃的な催しが行われていた。

 バニーガールの衣装を着せられた女性が手錠をつけられて追われ、社会見学と称して連れて来られた年端の行かぬ少女達が抱き合って震えている。

 彼女達の耳には同族同士で殴り合わせ、それを賭けの対象にして楽しんでいるブリタニア人達の声が、絶え間なく響き渡っていた。

 (これが進化した人間の在り方か。制御しない欲望をもつ人間など、原始の動物と変らないな)

 金髪のカツラをつけて若干変装したルルーシュはそう考えながら、つまらなそうに手にしていた黒のビジョップを相手の白のキングの前に突きつけた。
 対戦相手はこのエリア14の総督にしてブリタニアの第四皇子、ジェラール・ゼ・ブリタニアである。
 仮面をつけて一応ここにいるのはお忍びの誰かということになっているが、彼の正体はここでは公然の秘密であった。

 「チェックメイト、ですね」

 「ま、まさかそんな・・・!!」

 敗北にあえぐジェラールを楽しんでいると、C.Cが脳裏で囁いた。

 《お前、こんなに早く勝っていいのか?時間稼ぎにならないじゃないか》

 《そのつもりだったが、こいつが弱いのが悪い。こうなったら、もう一戦やるか》

 「偶然、ということもありますよ。もう一度いかがですか?」

 「そ、そうだな。手加減し過ぎたようだ。ではもう一度・・・」

 ごまかすようにして笑うジェラールの背後で、バニーガールの衣装をまとった紅い髪の少女が、トレイにシャンパンを乗せてやって来た。

 「あの、お飲み物をお持ちしました」

 「ああ、ありがとう。頂くよ」

 二つあるうちの一つのグラスを手にしたルルーシュがバニーガールの少女、カレンに視線を送ると、彼女は頷いた。
 カレンは残ったグラスをジェラールに勧めると、先にルルーシュに勧めたことは気に入らなかったがしょせん礼儀知らずのナンバーズのすることであり、目の前の少年に雪辱を晴らすことに目がいっていたので無言でグラスを手にして一気に煽った。

 (準備は整ったようだな。こんなところでくだらぬ遊戯にかまけているから、こんなことになる)

 「もう一戦といきたいところですが、もう一つゲームをしませんかジェラール閣下。
 というよりも、既に始まっていたゲームですが」

 「何?どういう意味だ」

 ここでジェラールの名は出さないことは暗黙の掟だったが、新顔なので知らないのだろうから教えてやるかと、ジェラールの騎士がルルーシュに近寄ったその瞬間、カレンがその騎士の腕を手にして、思い切り背負い投げを食らわせた。

 「うわああ!!」

 「ブリタニアの犬が、彼に触るな!!」

 「き、貴様!ナンバーズ風情が何を!」

 慌ててSPがカレン達に銃を向けるが、その瞬間その場にいたエカルテリア人の従業員が一斉に動き始め、手近にあった重い灰皿や花瓶などをつかみ、次々に投げ始めた。
 狙いが定まらない中でジェラールに当たるのを恐れた彼らは発砲することが出来ず、ルルーシュは持ち込んだ検知機に引っかからない銃で彼らを撃っていく。

 「な、何だお前達!!」

 「反乱に決まっているだろう、ジェラール」

 その言葉とともに現れたのは、エリア11こと日本を解放しブリタニア最大の敵となって久しいゼロだった。
 ちなみに中身はC.Cである。

 「き、貴様はゼロ!どこから入って来た?!」

 「そんなこと気にしてる暇はないんじゃない?」

 カレンはそう言いながら騎士の頭を殴りつけて昏倒させると、素早い動きでジェラールを引き寄せて騎士が持っていた銃を突き付けた。

 「き、貴様・・・!反旗を翻したユーフェミアの・・・!」

 「確かにそうだけど、私の名前はカレン・紅月・シュタットフェルト!ゼロの親衛隊長が本業なの。
 私を知っていた割に素顔をさらして歩き回ってたのに、全然気がつかなかったのね」

 呆れかえったカレンの声に重なって、アルカディアの放送が流れてきた。

 「えー、シャングリラ・タワーの皆さんにお知らせします。このシャングリラはエカルテリアレジスタンス組織が制圧しました。
 現在最上階のカジノで、ゼロがジェラール皇子殿下とともに武闘派の可愛いバニーちゃんと戯れております。
 エカルテリア人の皆さん、事前にお話しした通り、これよりエカルテリア解放戦を開始致します。
 なお、この場にいたブリタニア人の皆さんには大変運が悪いことと思いますが、諦めて捕まって下さい。潔く抵抗をやめれば、軟禁で済みます」

 シャングリラ・タワーの最上階はカジノであり、その下層階はショッピングモールである。その放送に我先にとブリタニア人が逃げ惑うが、カジノだけは入退場が厳格だったため、それが仇となってここにいたブリタニア人達は逃げることが出来なかった。
 エカルテリア人の従業員の逃亡を防ぐために、出入り口が少なかったことも災いした。
 
 「け、警備員達は何をしている!!フォーティーンどもを取り押さえろ!!」

 「彼らなら既に寝ていますー。よって今動いているのは、客のブリタニア人だけです」

 赤く眼を光らせた警備員達のいる管制室で、アルカディアが笑顔で教えてやった。
 よって既に潜入していたアルカディアとカレンの手により手錠の鍵を手渡されていた彼らは自由の身となり、着飾って遊びに来たブリタニア人達に襲いかかっていた。

 「よくも今までさんざん、好き勝手してくれたな・・・」

 下の格闘技場で戦わされていた兄弟がロープを使って這い上がって来ると、兄はバキバキと手を慣らし、弟は隅で震える少女達を保護しにかかった。

 「大丈夫か、お前達!もう怖くないからな。こいつら全員、俺達がされたように殺してやる!!」

 ひい、と怯える声のブリタニア人達を一瞥して、ゼロに扮したC.Cが言った。

 「逃げ場のない場所で虐げられる者達の気持ちが、少しは解ったか?
 だが誇り高きエカルテリア人よ、無益な復讐はやめよ!今エカルテリアを解放すべく、EU軍が向かっている。
 今頃防衛線を突破している頃だ。レジスタンス組織もそれに呼応している、もう少しの辛抱だ」

 「だがゼロ、俺達はこいつらにどんな目に遭わされたか!ブリタニア人は悪魔だ、みんな死んでしまえばいいんだ!!」

 涙を流して訴える兄弟に、少女の一人が言った。

 「でも、私達に優しくしてくれた人もいたよ、おじさん・・・もう怖いのやだ、お家に帰りたい」

 「そうだよ、痛いのも怖いのもやだ・・・悪いブリタニア人達はゼロとEUの人達がやっつけてくれるってあの人達が言ってたもん」

 「・・・解った。だがこいつらに俺達が納得出来るだけの裁きを与えてくれ、ゼロ!
 俺達が今後、この怒りを堪えるに値したと言えるだけの罰を!・・・頼む」

 「・・・約束しよう。ではこのままジェラールを人質に取って、政庁を陥落する。
 既にこの騒ぎはエカルテリアに住む者全ての知るところとなっているはずだ。今頃最前線はガタガタだろうな」
 
 「貴様ら、ゼロといつの間に・・・」

 「友人の友人なら、我が友人も同然、というところだな」

 ジェラールの呻くような疑問に、C.Cが答えてやった。

 エトランジュが味方を集めようと各植民地を回っていた頃、レジスタンス組織と始めから出会えたわけではない。
 地道に一般民との間に友好関係を築き上げて、彼らを探し当てていた。その過程でブリタニアに虐げられている者達との接点があり、さらにそんな彼らにわずかなりと施しを与えているブリタニア人とも繋がりがあったのだ。
 せっせとブリタニア植民地を回ってレジスタンスとの友誼を築き上げていたからこそ、ゼロは素早く動くことが出来たのである。

 「カ、カラレスがいる!まだ我々が負けたわけではない!!」

 「あー、本当だわ。G-1ベースでカラレス副総督自らのお出ましね」

 呑気な声でアルカディアが報告すると、完全に閉鎖されているカジノから逃げることが出来ないのではとエカルテリア人達が怯えた。

 「心配はない、貴方達は我々が必ず安全な場所へお送りする。そろそろだな」

 「あらあら、カラレスが面白いこと言ってるわよ、ジェラール皇子閣下」

 「何・・・?」
 
 アルカディアがカジノにあったテレビモニターを遠隔操作すると、エリア14の副総督であるカラレスが、厳かに言った。

 「ゼロよ、聞こえているか!我が神聖ブリタニア帝国の第四皇子であらせられるジェラール閣下は、ナンバーズごときの人質となりその名誉を汚されることを好む方ではない!
 ブリタニア軍は殿下の名誉とともにブリタニアを守るべく、ブリタニアの国賊たるゼロを討ち果たす!!
 シュナイゼル宰相閣下も、殿下の勇気に感服するとおっしゃっておられた。
 フォーティーンはすべて皆殺しにして、もって殿下への忠義の証とする!!」

 どうやらカラレスは自分の上司であるジェラールが人質に取られたので自分では判断を下すことが出来ず、シュナイゼルに相談したところ見捨てろと命じられてこの行動に出たようだ。
 たださすがに無言で襲いかかることは出来ず、後ろめたさからこのような発言に及んだあたり彼の小物ぶりが伺える。

 「つまり、ジェラール皇子を見捨てて今から突入しますよってことかー。シュナイゼルも黙認したみたいねこれ」

 その台詞がジェラールの耳にうつろに響いた刹那、G-1ベースとは逆方向からニ体のナイトメアが凄まじい勢いで突っ込んできた。
 クライスとジークフリードが操る、イリスアゲート・フィーリウスとイリスアゲート・パターである。

 撃墜しろと怒鳴るカラレスだが、フロートシステムが搭載されている機体はまだ少なかった上に現在EUの最前線へと投入されていたために数体しかなく、各地で発生した暴動に駆り出されていた。
 ナイトメアを移送していたVOTLが全てイリスアゲート・フィーリウスによって撃墜され、それはカラレスがいるG-1ベースへと落下していく。
 
 「う、うわああああ!!!」

 断末魔の悲鳴が、カラレスの口からほとばしる。
 G-1ベースから出てくる者はおらず、通信波も傍受出来ないことから、その場にいた者達が全て死んだことは明白であった。
 その様子をアルカディアから聞いたルルーシュは、クックックと実に楽しそうに笑った。 

 「これでブリタニア側はツートップを失ったわけだ。
 攻めてくるEU軍に、どこまで持ちこたえられるかな?」

 しかも総督たるジェラールがカジノで捕えられ、カラレスは戦死というだけでも最悪なのに、朝からEU軍に侵攻されているのに総督は呑気にカジノにいたなどと知られては、さぞブリタニア軍の士気は下がっていくことだろう。
 加えて、エカルテリアにゼロがいると知ってはなおさらである。

 「・・・カラレス・・・シュナイゼル兄上がまさか私を・・・・!」

 自分が見捨てられたと知って喘ぐジェラールを、ルルーシュは冷ややかな目で見降ろした。

 「敗者こそ悪、それがブリタニアだ。今さら何を言っているのやら。
 コーネリアが敗北した時、お前もそれを嘲笑ったのではなかったか?」

 「・・・・」

 「弱肉強食、それがお前が選んだ信念(くに)だ。そしてこれが、その結末だ」

 もはやカレンが抑えつける必要もないほど力の抜けたジェラールは、淡々と語るその少年を見上げた。

 各地でレジスタンスが盛大に反旗を掲げ、既に指揮する者がいないまま時が過ぎゆき、カンの鋭い者は通信機でユーフェミアや既に合衆国ブリタニアに参加していた元副総督秘書のクレマンを頼って降伏を申し出た。

 内と外から攻められ、援軍もないことを悟ったジェラールが降服宣言を出したのは、その日の夜のことだった。
 
 

 一方、ファイリパ共和国では星刻率いる黒の騎士団が順調に勝利を重ね、わずか二日で首都租界まで迫っていた。

 新たに開発されたナイトメアフレーム神虎を駆り、星刻は次々にブリタニアのナイトメアを屠っていく。
 暁直参仕様に乗る卜部と仙波も、左翼と右翼に分かれて見事な戦いぶりを見せつけていた。

 エリア8ことファイリパの総督は皇族ではなかったが典型的なブリタニア貴族であり、ナンバーズごときに負けてはならぬとばかり、軍に檄を飛ばした。

 「勇敢なるブリタニア軍兵士よ、我がブリタニアはシャルル皇帝陛下のもと競い合い、世界で最も勇猛な軍となったのだ!!
 ましてやあの軍を率いているのは、オデュッセウス皇太子殿下の求婚を断り、あろうことか事実を述べた陛下を誹謗した物の道理が解らぬまま、ゼロの傀儡となり果てた幼き天子の部下である!臣下たるものこの屈辱を晴らし、もって陛下への忠誠を示すべきだ!!」

 それを聞いていた星刻は天子を侮辱したことを後悔させてやると怒り狂っており、卜部は他人の恨みを買うことがお家芸といえるブリタニアの期待の裏切らなさに、むしろ感心さえしていた。

 「天子様を侮辱した総督はどこだ?!そいつをここに引きずりだせ!」

 「いや星刻さんよ、エリア解放をするためなんだからここはちょっと言動に気を使って貰いたいんですけど」

 建前は取り繕うものという卜部の諫言に星刻は落ち着きをほんの少し取り戻し、黒の騎士団に向かって叫んだ。

 「非道なる差別主義を掲げ人々に苦しみを強いるブリタニアを打倒するべく立ちあがった黒の騎士団よ、我らはゼロが成し遂げた日本解放に続けて、ファイリパの民を助けるべくここまで来た!
 この政庁を落とせば勝利は目の前だ!正義は我らにあり!!」

 総司令たる星刻の台詞に士気が上がった黒の騎士団の先頭に立った彼は、建前を取り繕うと言う苦手な作業を終えた瞬間にバーサーカー状態で天愕覇王荷電粒子重砲であっという間に政庁を取り囲むナイトメアを一掃し、指揮官用のサザーランドに巨大中国刀で斬りかかる。

 完全に戦局は黒の騎士団の優位にあったが、総督は政庁から逃げなかった。

 「閣下、ここはもう駄目です!すぐに退避を!!」

 「何を言う、皇帝陛下から任された地を捨てて、おめおめと本国に逃げ帰れと言うのか?!
 私を信じてこの地をお任せ下さった皇帝陛下に、どの面下げてお会い出来よう!!」

 「しかし、このままでは閣下のお命が!!」

 「敗者は悪、それがブリタニアの国是だ!だが私はただでは死なん、連中を道連れにしてくれるわ!!」

 モニターでは指揮官が懸命に神虎を押しとどめているが、圧倒的な性能の差で今空中でフーチ型スラッシュハーケンを食らって爆散していた。

 「時間稼ぎにもならなかったか・・・やむをえん。
 政庁を棺に、あやつらをあの世へと連れて行く」

 「お供いたします、総督閣下」

 既に主な階層に、強力な爆薬を仕掛けてある。時間が足りずまだ全て設置出来ていないようだが、仕方ない。

 仙波に外での指揮を任せてナイトメアから降りた星刻を先頭に次々に侵入してくる黒の騎士団の兵士達を総督室のモニターで見つめていた総督は、彼らが逃げることが不可能な階層まで来た瞬間、総督は手にしていたワイングラスを机に置いて爆破装置のスイッチを押した。

 「オールハイル、ブリタニア!!!滅びよ国賊、黒の騎士団!!」
 
 カチッという無機質な音が部屋に響き渡った。
 
 (皇帝陛下・・・お任せ頂いた地をおめおめと黒の騎士団などに渡すことになり、誠に申し訳ございません)

 心の中で主君に詫びていた総督だが、何の変化も起こらない。
 それに気づいた総督は二度、三度とスイッチを押すが、やはり何も起こらなかった。

 「な、何故・・・」

 呆然とスイッチを見つめる総督と副総督には、先に政庁内に侵入していた咲世子により爆薬の信管が抜かれていることに気づいていなかった。
 総督を捕らえるべくお得意の変装でブリタニア兵に化けて侵入していた彼女は、総督が警備隊に命じて爆薬を各所に仕掛けていることを知り、すぐに狙いに気づいたので手を打ったのである。

 処置を終えた彼女は一応事の次第を知らせようと、階段を上がって来る星刻達を見つけて呼び止めた。

 「星刻総司令、卜部少尉、こちらです」

 「お、あんたは咲世子さんだったな。総督はどうした?」

 「総督は最上階の総督室です。実は自爆を図っておりまして、各所に爆薬が仕掛けられております。
 信管を抜いて処置はしてありますが、後で爆弾処理班を寄越して下さい」

 「なんだと?!それは危ないところだったな。よしそれは俺達がやりましょう。
 じゃあ後は総司令に任せるってことでいいですかね?」

 卜部の案に、自爆まで思い至らなかった星刻は了承した。

 「解った、すぐに総督を捕らえるとしよう。
 しかし私もまだまだだな、まさかブリタニアにそこまで骨のある者がいたとは思わなかった」

 「やけに誰もいないと思ってたんですけど、そういうことのようですね。仙波中尉、工兵隊をこっちに寄越してくれ」

 仙波に連絡する卜部に後を託して、星刻は咲世子の案内で総督室へと向かった。
 ドンとドアを蹴り開けて入室した彼らが目にしたものは、銃で口の中を撃ち抜いて自害して果てた総督と副総督の姿だった。

 机上に置かれていたパソコンは床に叩きつけられて粉々で、CDロムやUSBも同様に使い物にならなくしてあった。
 ブリタニアの国旗と大きく飾られていたシャルルの肖像画の前に跪くようにして死んでいる二人を見て、星刻は素直に彼らを認めた。

 「・・・天子様を侮辱したことは許し難いが、見事な最期だ」

 「星刻様、それよりも政庁が落ちたことを皆に知らせなくては」

 咲世子に言われて星刻は頷くと、兵士達にブリタニアの国旗を燃やし、代わりに黒の騎士団旗と超合集国連合の旗、そしてファイリパの国旗を掲げるように命じた。

 「ゼロと超合集国連合に伝えてくれ、ファイリパは解放したと。
 エカルテリアも解放に成功したようだし、これで黒の騎士団が寄せ集めの軍隊と言われることもなくなるな」

 「はい。後はファイリパ亡命政府とレジスタンス組織の方にお任せして、日本へ凱旋いたしましょう」

 天子は今日本で、星刻の帰りを今か今かと待っている。
 星刻なら大丈夫だから、信じていると言って送り出してくれた主君に朗報を知らせるべく、星刻は総督室を足早に出るのだった。
 



[18683] 第二十九話  ゼロ包囲網
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/06/25 11:50
 第二十九話  ゼロ包囲網



 ブリタニア植民地が一気に二つも解放されたと言うニュースは、世界中にあっという間に広まった。
 
 植民地にいるブリタニア人はそれが誤報ではないと解ると顔を青ざめさせ、次はどこになるのかと怯えて本国に戻るべきかと考えだし、行動の早い者は本国行きの便を手配している。

 ブリタニアと敵対関係にある国はざまあみろといわんばかりに幾度もそのニュースを報道し、EU連邦や超合集国を称賛している。
 中には同盟を申し込んでくる国も現れ出し、ブリタニア包囲網がゆっくりと形成されつつあった。

 ブリタニアに衝撃が冷めやらぬ中、EU戦線でEU軍と当たっていたナイトオブラウンズのナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムは、通信室で皇帝であるシャルルと話していた。

 「シャルル、エリアが二つも解放されたんですって?
 しかもブリタニアにとって地理的にも厄介な場所じゃないの」

 「うむ・・・しかも中華政府に張り込ませていたギアス嚮団員からの報告では、ルルーシュはギアス嚮団の存在を匂わせて黒の騎士団が介入で出来るように準備を整えているそうだ。
このままではあそこもまずいことになる」

 アーニャに憑依していたマリアンヌは、どこまでも自分達の邪魔ばかりする息子を切り捨てることにした。

 「今、ルルーシュはどこにいるの?エリア14かしら」

 「そうだが、すぐにエリア11に戻ったそうだ・・・何をするつもりだマリアンヌ」

 「決まっているじゃない、ラウンズ総がかりでルルーシュを捕まえるのよ。
 あの子の傍にC.Cもいるんだから、彼女も確保しなきゃ」

 「しかしマリアンヌ、お前が行かずとも・・・」

 いくらなんでも母と息子を戦わせるのはと躊躇いを見せたシャルルに、マリアンヌは大丈夫と笑った。

 「私達の想いを、あの子は今のままでは解ってくれないもの、仕方ないわ。
 ルルーシュの身体は大事に保管するから、もし死んじゃってもラグナロクの接続が成れば元通り動けるようにすればいいじゃないの」

 私だってそのつもりなんだからと笑うマリアンヌは、複雑そうな表情をしているシャルルを置き去りにして言った。

 「出来ればルルーシュは生きたまま捕まえたいし、ルキアーノとかに任せたら確実に殺してしまいそうですもの、私が出るわ。
 必ずC.Cを連れて戻って来るから、待っていてちょうだい」

 言うだけ言ったマリアンヌは、同時にアーニャの深層意識に潜ってしまった。
 途端に赤く眼の縁取らせていたアーニャの意識が戻ると、突然目の前のモニターに映し出されている主君に驚き、慌てて跪く。

 「失礼しました、陛下。あの・・・私どのような用件でここに?」

 「・・・アールストレイムよ、ただちにエリア11にいるゼロを討伐に向かえ」

 「私達ラウンズが、ですか?」

 「そうだ」

 まだ14歳のアーニャには、荷が重い命令だった。だがナイトオブラウンズにとって、皇帝の命令は絶対である。
 しかも自分は記憶がたびたび途切れ、成績は優れていてもそれ故に軍人として入れるわけにはいかないと士官学校で言われていたところに、シャルルの鶴の一声でナイトオブラウンズに迎え入れられたと言う恩がある。
 たとえどれほど無理な命令でも、シャルルの命なら従うべきだった。

 「解りました。すぐにエリア11に向かいます」

 そう答えて通信室から出たアーニャは、携帯にシャルルから受けた命令を打ち込んだ。
 そしてそれを同じくEUにいたルキアーノに知らせると、戦争好きの彼は狂喜して承諾した。

 「あのゼロを倒せ、か。よしすぐに向かおう、シックス。
 ふふふ、久々に手ごたえがありそうな獲物だ、腕が鳴るな」

 「本国のラウンズ、ジノも来る・・・本国の防衛にワンとフォーが残る」

 「さすがに上もゼロを放置することは出来なくなったようだな。
 どうでもいいが、EU戦線はどうするんだ?」

 既に戦場に心を躍らせているルキアーノの、とりあえず聞いてみたような質問に、アーニャは淡々と答えた。

 「どうでもよくはない・・・でもシュナイゼル殿下にお任せするって、陛下が」

 「そうか、なら俺はすぐにヴァルキュリエ隊とともにエリア11に向かう。拠点はどこだ?」

 「エリア9・・・私も将軍に引き継ぎしたら行く」

 必要事項だけを話し終えたアーニャは、ナイフを弄んで浮かれているルキアーノを尻目に、携帯を弄っていた。



 同時刻、黒の騎士団本部の一室では、無事に戻って来たカレンが扇や藤堂達に事の次第を報告していた。

 「・・・というわけで、エカルテリアは無事解放!
 全くブリタニアったらあんな酷いことして・・・うさぎ狩りって何よそれ!
 ナナリーちゃんくらいの年の子もいたのよ、サイテー!!」

 エカルテリア人が閉じ込められている場所を回って解放戦を始める旨を知らせて回っている間、カレンは露骨なセクハラに耐えていたことを思い出して苦々しそうに言った。

 「まあ・・・なんっつーかその、解んなくもないっていうかー」

 「何か言った?南さん」

 「ほんと男の考えることなんて最低なのかも」
 
 よっぽど腹の立つ思いをしたらしいカレンに据わった目で睨みつけられ、井上に冷ややかな目で見つめられた南は口を貝のように閉ざしてそれ以上何も言わなかった。というか、これ以上言えば確実にカレンの鉄拳の制裁が来る。

 南の発言にうっかり頷いた男が数名いたことから、『これだからブリタニアは~』から『これだから男は~』、と範囲が広がったため、扇が何とか話題を変えようと努力した。
 
 「ま、まあまあ、これで黒の騎士団もかなり有利になったんだし、エカルテリア人も収容所から解放されたんだから、よしとしようじゃないか。
 エカルテリア人のレジスタンスも、EU軍か黒の騎士団に参加してくれると嬉しいんだが、どうだった?」

 「今のところはエカルテリアの治安を維持するために精一杯だから、どちらにも参加出来ないかもしれないって言ってたわ。
 エカルテリアで勝手な理由で殺された人達もいるみたいだし、その調査もしなきゃいけないから」

 「そうか、大変だな・・・」

 「うん、身元不明の人もいるかもしれないし・・・その中にエトランジュ様のお父様が見つかるといいんだけど」

 いきなり出てきたエトランジュの父親という台詞に皆首を傾げたので、代表して扇がカレンに尋ねた。

 「どうしてエトランジュ様の父親がエカルテリアにいるんだ?
 確かマグヌスファミリアが侵略された時に行方不明になったって聞いてるけど」

 「もしかしたらどこか別の国に流れ着いたのかもってお考えになって、あちこちの植民地に行くたびにアドリス様がいらっしゃらないかと探して尋ねて回ってたそうよ。
 マグヌスファミリアはたまに他国から漂着する人がいたから、逆もあるんじゃないかって希望を持ってらしたみたい」

 本当のところを言えばエトランジュは海を漂ってどこかに流れ着いたと思ったのではなく、遺跡を通じて逃げることに成功したのではないかという、はるかに生還率の高い希望に賭けていた。
 もしそうなら島にある遺跡からだとそこから動けなくなるので、大陸にある遺跡から逃げたのではと思い、その遺跡がある国を中心に探していた。
 彼女が各国の言語を学んで植民地を回っていたのは、父親を捜すと言う私情もあったのだ。もっとも、それを最優先にすることはしなかったので、誰もそれを咎めることはしなかったのだが。

 実際はあり得ないと誰もが思ったが、父親が行方不明で、もしかしたらどこかで記憶喪失などになっているのではないかと普通に考えるなら儚いにもほどがある希望を持っていると言うエトランジュに、事情を知らない騎士団員は同情した。
 十代の少女にはとても重すぎる現実だ、エカルテリアのレジスタンスも別にそれを最優先にしてくれと言われたわけでもないので、エカルテリアの解放に力を尽くしてゼロを連れて来てくれたエトランジュへのささやかな礼のつもりだろう。
 辛い現実を見据え続けている彼女に、もしかしたら父親はまだどこかで生きているかもしれないという小さな希望が入った箱を持たせてやりたい気持ちは解る。

 「そっか・・・実際にどこかで保護されていればいいんだがな・・・」

 「日本は遠すぎるから、俺達には頼まなかったんだろう。
 お前達、エトランジュ様の前で無神経なことは言うなよ?」

 藤堂の釘刺しに一同が口が軽い特定の男達・・・とりわけ玉城に視線を突き刺すと、言わねえよ!!と反論した玉城だが、誰も信用しなかった。

 「だって玉城、アッシュフォードで日本人の教師を募集してるって話をした時、扇さんにぜひやれって勧めてたじゃないの。
 それだけならいいけど、事務総長は俺に任せれば大丈夫なんて言ったせいで扇さん不安な顔で今回はやめておくって諦めちゃったんだからね!」

 「俺のせいかよ!」

 玉城は仲良くなったミレイからアッシュフォード学園で日本人の教師を募集しているので誰かいい人がいないかと言われた時、真っ先に扇を推薦した。
 黒の騎士団の中核を握っていたし、元教師だという説明にミレイも乗り気だったので扇に話を通したのだが、扇は迷った末に断った。

 「いや、それは違うぞカレン。別にそれは玉城のせいじゃない。
 俺だって教師に戻りたい気持ちはあったが、これまでみんなと頑張って来たんだから正念場のこの時に俺だけ辞めるのは無責任だと、千草に叱られてな」

 恥ずかしそうに告白する扇に、カレンはさすが扇さんと尊敬のまなざしを向けた。

 「千草の言うとおり、この大事な時に俺が真っ先に抜けるのは無責任だよ。
 だから玉城やアッシュフォード学園にはすまないが、断らせて貰った」

 千草ことヴィレッタは、扇が黒の騎士団をやめて一教師になればスパイ活動が出来なくなるため、もっともらしい理屈を並べ立てて黒の騎士団に残るよう説得したに過ぎなかった。
 しかもアッシュフォード学園と言えばゼロであるルルーシュが通っていた学園であり、自分を撃った少女が在学しているのだ。万が一扇から自分の存在がバレでもしたら、己の身が危ういと言う打算もあった。
 扇はそんなヴィレッタの思惑に気づかず、むしろ自身の妻を自慢するかのように得意げであった。

 「ほーら見ろ!扇ぃ、お前いい嫁さん貰ったよな!うんうん、お前は昔から真面目な奴だったから」

 玉城は自分のせいではないと聞いて扇を褒めたが、扇はきっぱりと言った。

 「でも戦争が終わって教師に戻ったとしても、後任にお前を指名することは絶対にないからな?」

 「酷ぇな!俺の何が不満だってんだよ!」

 「使い込みの前科持ちに事務を任せる奴がいるか!」

 ごもっとも、と玉城以外の全員が納得する理由を返した扇に、カレンが言った。

 「そういえば扇さんの奥さん、まだ一度もここに顔出してませんよね?
 結婚式は無理でも身内でお祝いくらいはしたいから、連れて来たら?」

 「それがな、どうも気後れするからって、千草が来たがらないんだ。
 今は本部近くの黒の騎士団員用の家にいるけど、外に出たがらなくてな」

 ヴィレッタは黒の騎士団本部を探りたいのは山々なのだが、ルルーシュとうっかり顔を合わせて捕まることを恐れているため、家からあまり出なかった。
 それが功を奏して、マオも彼女に気づかず安全に過ごせているのだが、もちろんそんなことは彼女は知らない。

 「でも家にこもりっきりじゃ悪いから、たまには気分転換にって言っておいて下さいね」

 「そうだな、カレンの言うとおりだ。機会を見てみんなにも紹介するから、もう少し待っていてくれ」

 扇のデレデレした声に、先に春が来たと一部の男性のやっかみを買いながらも祝福された彼が仕事を終えて足取り軽く我が家へと戻ると、最愛の妻が手料理をテーブルの上に並べて待っていた。

 「お帰りなさい、要さん」

 「ただいま、千草。ああ、お腹がすいていたところなんだ、ありがとう」

 扇はうきうきと鞄を置いてテーブルにつくと、さっそく食事を始めた。

 「今日は早かったんですね、要さん」

 「ああ、ゼロがエカルテリアから戻って来たからな。
 それ関係の書類は明日回って来るから、早く帰れたんだ。でも明日は多分夜遅くに戻って来ると思うから、先に寝ていてくれ」

 「解りました。それにしてもこんな短期間にいくつも植民地を解放するなんて、驚きました」

 「ああ、さすがはゼロだな。エトランジュ様が各植民地のレジスタンスグループとも知り合いだったお陰で、あっちとも呼応出来たし・・・」

 何も知らずに情報を喋る扇に、ヴィレッタはそれを心のメモに書いていた。

 (マグヌスファミリアの女王が植民地を回っていたのはテレビで見たが、各エリアのテロリストとも友好を深めていたのか。
 その過程で黒の騎士団とも知り合ったと言うところか・・・)
 
 「もうすぐブリタニア本国に進攻するという話もあるし、戦いはあと少しで終わるさ。
 そうなったら俺も元の教師に戻って、穏やかに君と暮らしていきたいんだ」

 扇の照れたような声で語られた未来図に、ヴィレッタは顔を赤くしながらも心の中では必死にそれを軽蔑していた。

 (冗談ではない、私がイレヴンなどと生涯を共にするなど・・・!誇り高きブリタニアの騎士候が、ナンバーズなどにほだされるなどあってはならないんだ!)

 「それにな千草、俺の仲間がぜひ一度君に会わせろとうるさいんだ。
 もし時間が合ったら連れて帰ることがあるかもしれないから、すまないが適当に相手をしてやってくれ」

 「それはいいですけど、食事の準備をしないといけないので連絡してきて下さいね」

 「解った、いろいろ悪いな」

 万が一自分の顔を知っている者が来たら終わりなので、風邪でも装って家に入れまいとしたヴィレッタは、内心でこれでよしと安堵する。
 
 (何とかシュナイゼル殿下か、ナイトオブスリーのヴァインベルグ卿に連絡を取ってご指示を仰がないと・・・)

 一人では限界があるのだ、せめて誰か仲間が欲しい。
 ヴィレッタはそう願いながら、扇の好物ばかりが並べられたテーブルで己もいつの間にかうまくなった箸使いで、食事をするのだった。



 中華連邦改め合衆国中華にあるギアス嚮団本拠地では、顔の半分を妙な仮面で覆った男が入れられたカプセルの前で、V.Vがバトレーと話していた。

 「やっと完成したよ、ギアスキャンセラー。
 中華に潜り込ませてた嚮団員からゼロがこっちに攻撃を仕掛ける気配がありそうだっていう報告があったから、焦ったよ」

 自白能力を持つギアス嚮団員に探らせていたら、案の定太師の部下がブリタニアが極秘で秘密施設を建てたようなので近々ゼロと調査に乗り出すという情報を手に入れたV.Vは、大急ぎでジェレミアの調整を急がせた。
 幸い日本での実験結果が良好だったから格段に改造のスピードは上がり、一年も経たずに八割は完成した。

 「しかしV.V様、彼のギアスキャンセラーは半径が短く、半径百メートルほどにしか効果がありません。
 また、連続使用は可能ですが、過ぎれば肉体に負担がかかってしまいます」

 バトレーがまだ使うのはやめるべきではと提言するが、V.Vは時間がないとそれを無視した。

 「ここが危ないんだから、ゼロをさっさと始末しなきゃいけないんだよ。
 あいつのギアスは凶悪だし、マグヌスファミリアの連中のギアスも侮れたものじゃないからね。
 それにそいつ以外にもギアスキャンセラーの適合体が二体出てきて調整に入ってるし、一ヶ月もあればジェレミアのレベルまでにはなるんだろ?」

 「はい、エリア5とエリア14の者です。現在これまでの実験結果をもとに調整しておりますので・・・」

 「じゃあこいつがゼロと相討ちになっても代わりがあるからいいや。
 早いところゼロを始末しなくちゃ」

 シャルルがナイトオブラウンズを動かして抹殺にかかっているが、既に軍が何度も敗北している以上、V.Vは自分が何とかしてやらなくてはと考え、勝手に動くことにした。
 弟はルルーシュを捕獲してC.Cを釣ろうとしていたが、もはやそれどころではない。
 
 「そういうわけだから、カプセルを開けちゃってよ。
 以前はなんか訳解んない様子だったけど、もうまともに受け答えは出来るんだろ?」

 「はい・・・かしこまりました」

 得体のしれない少年が自分の上司だと言われて戸惑っていたが、皇帝であるシャルルすら呼び捨てにする彼が恐ろしくて、バトレーは唯々諾々と従うしか道はなかった。

 ごぽりと紅い液体が波打ってカプセルから排出されると、カプセルが割り開かれて中からゆっくりとジェレミアが出て床に倒れ伏した。

 「やあジェレミア、気分はどう?」

 「・・・何者だ・・・貴公は・・・バトレー将軍だな」

 初めこそ目の焦点がブレていたジェレミアだが、見知った顔を認めると同時に頭が徐々に冴えてきたらしい。
 バトレーは己が人体実験と改造を繰り返した男を直視出来ずに視線をそらすと、V.Vはそれには構わずに言った。

 「僕はV.V、君に力を与えた者だよ。ねえジェレミア、君はゼロが憎くないかい?」

 「ゼロ!!私に屈辱を味あわせるだけではなく、クロヴィス殿下を殺した憎きブリタニアの敵だ・・・!」

 「だろう?だからさ、君に頼みがあるんだ。エリア11に行って、ゼロを殺してほしい。
 神根島はなんか向こうで変な物で封鎖されたけど、密航ルートは確保出来たから」

 君の望みだろう?と笑うV.Vに、ジェレミアは笑みを浮かべた。

 「よろしいでしょう、ゼロを倒すためだと言うのならば喜んで向かおう。
 このジェレミア・ゴッドバルド、ご期待には全力で!!」

 ゼロ・・・それは己の主君を殺した男の名前だった。
 その仇を討ってくれるのならジェレミアを喜んで送り出すべきだったが、バトレーはギアス嚮団で様々な事実を知るにつれてそれは正しいことなのかと疑念を抱くようになっていた。
 
 (いや、ゼロは最初の主君であるクロヴィス殿下を殺した男だ!
 その仇を取るためなのだ、ブリタニア貴族たるもの皇族に忠誠を尽くすのが務め・・・)

 ジェレミアも辺境伯という地位にいた以上、それは身にしみているはずだ。
 だからそのための力を与えた自分は感謝されこそすれ、恨まれることなどないはずなのだ。
 バトレーは無理やり己をそう納得させながらも、機械が埋め込まれて人とは異なる身体になり果てた男から視線をそらし続けていた。



 無事に日本に帰国したルルーシュは、まずはゼロとして超合集国議会から労いと祝いの言葉を受け取った後、マスコミからのインタビューを受けた。
 さらにエトランジュがEUの代表としてエカルテリアの解放にゼロが協力して頂いたことに感謝すると、EUの面子を損なわない範囲で礼を述べた。

 ひと通りの儀式を終えた後、ルルーシュはC.Cとロロを連れてゼロの私室で今後の展開について話した。

 「ファイリパも解放成功か・・・少し早かったな。
 まあシュナイゼルが細かいところまで各エリアを把握していてくれたからどこが手薄か、どんな総督がいるか把握出来ていたから当然の結果だが」

 エカルテリアを手中に収めたことで、ブリタニアはEUに対する侵略を続けようにもそこからの補給が途絶えることになる。
 エトランジュもマオからの報告でシュナイゼルと繋がっていた者達の背任の証拠をつかむことに成功したという吉報もあり、ブリタニアのEU戦線はますます困難になることだろう。

 「ふはははは、物資に困るのはブリタニアの方というわけだ!
 今回のMVPはマオだな。前から欲しいと言っていたフランス製の油絵セットでもプレゼントするとしよう」

 「ああ、それなら既にエトランジュがマオにやっていたぞ。
 何でも彼女に贈られた物らしいんだが、自分が使うよりいいと言ってな」

 贈り主から了承を取ってからマオに渡したようだと言うC.Cに、彼女らしいとルルーシュは苦笑した、

 「EUを潰すには補給が続かない。だが超合集国連合を潰すにはブリタニア一国では手に余るだろうよ」
 
 何しろ中華がEU戦線の近くに立ちはだかっており、補給線を妨害している。
 ゆえにEU内からの補給を受けなくてはならないのだが、次々にその要点を落とされてはブリタニアとしてはたまったものではないだろう。
 捨て駒の名誉ブリタニア人部隊も、この状況ではむしろ裏切ってEUや超合集国に走る可能性が高く、使うに使えない。

 「後は軍備を整えて、ブリタニア本国を目指す。
 黒の騎士団に応戦するために本国に軍を戻す可能性が高いからEU連邦軍だけでも渡り合えるし、ともすればヨーロッパ内の植民地を放棄することもあり得るからな」

 「なるほど・・・だがその前にギアス嚮団を何とかするべきだな。さすがにここまで来たら、V.Vも黙ってはいまい。
 根回しは済んでいるのか、ルルーシュ」

 C.Cがピザを食べながら尋ねると、ルルーシュはそうだなと考え込んだ。

 遺跡同士を繋げている黄昏の間とやらはシャルル達が抑えているため、日本の遺跡の扉前に頑丈なコンテナを積み上げて封鎖し、たとえそこから日本に来ても遺跡の外には出られないようにしてある。
 さらにコンテナが爆破されればすぐにこちらに解るようにもしてあった。

 「ギアスキャンセラーとやらがどこまで完成しているかは解らないが、確かにそろそろ奴らをどうにかするほうが後顧の憂いがなくていい。
 イギリスの遺跡からマグヌスファミリアが向かい、中華連邦のギアス嚮団本部にはギアスをかけたゼロ番隊が包囲していく形にするか」

 既に星刻と太師に話をつけてあるとはいえ、中華の領土内のことなので星刻も同行したいと言い出す可能性が高い。
 だがギアス絡みのことなのでそう言った意味で部外者の彼を巻き込みたくはないので、既にギアスを使ってしまっている星刻ではなく別の武官を派遣して貰い、ギアスをかけてギアスに関することを忘れて貰うようにするべきだろう。

 既に中華連邦でブリタニアが極秘に秘密施設を造り、そこで暗殺者を育成し人体実験をしていると言う報告はしてある。
 コーネリアのパソコンからもそれらしき施設の情報があったし、ジェラールのところからも見つかったことにすれば向こうも半信半疑ながらも中華連邦で調査をすることに同意するはずだ。

 そう考えたルルーシュは、ロロとC.Cを伴って対ギアス嚮団に向けての作戦を練るべく同じくインタビューを終えたエトランジュの部屋へと訪れた。
 ちょうど部屋に戻ったばかりだったエトランジュは、三人に席を勧めてから中華での根回しに成功したと報告した。

 「例のギアス嚮団の場所ですが、ロロやC.Cさんからの情報を元に調べてみたところ、砂漠地帯の地下にあるそうです。
 太師様にはそれが事実ならば可及的速やかに調査隊を入れて取り押さえるべきだとのお言葉を頂けたのですが、その調査隊はゼロの親衛隊と中華の方々で編成したいとのことです」
 
 「当然だな。だがギアス絡みのことは外部に漏らしたくはないから、この件を忘れるようギアスをかけさせて貰うとしましょう。
 明日にでも出発して、カタを済ませたいものです」

 「はい、解りました。それからマグヌスファミリアのギアスメンバーは、イギリスのストーンヘンジの遺跡から突入して黄昏の間を抑えます」
 
 「あそこから逃げられては厄介ですからね、そこはお任せ致します。
 そうすればラグナロクの接続とやらは出来なくなるでしょう」

 ルルーシュはロロに視線を向けると、申し訳なさそうに言った。

 「すまないが、道案内をして貰うぞロロ。嚮団内部はお前が地図を書いてくれたが、やはりそれだけでは心もとないからな」

 「いいよ、兄さん、僕に任せて。他の子達も兄さん側につくように説得してみるから」

 甘えるようにしてルルーシュに抱きつきながら頼もしい台詞を言うロロに、ルルーシュは頼りにしていると髪を撫でてやる。

 「では明日出発します。太師様と打ち合わせた後可及的速やかに動きますので、エトランジュ様もしっかり体調管理をしておいて下さい」

 何しろギアスを使って、全員とやり取りをしなくてはならないのだ。
 真剣な顔で頷くエトランジュは、世界を一つにするなどという世界の迷惑にしかならない計画を阻止する正念場なのだと、ぎゅっと手を握り締めた。

 太師から調査の許可を出すと連絡を受けたルルーシュは、さっそく明日にでも中華に向かうことにした。
 そしてスケジュールの調整を済ませた後、ギアス絡みのためロロを連れて行くことになるので、留守番をナナリーに頼むべく帰宅する。

 「以前お兄様がおっしゃっていた、ロロのような子がたくさんいる場所ですね。
 そんな酷いことは許せません、どうか助けて差し上げて下さいな」

 「ああ、ようやく中華での調査の許可が降りたからな。
 ギアス嚮団の中でももう危険思想が根付いている者は俺のギアスで支配下に置くしかないが、そうではない者はやはり俺のギアスをかけてギアスのことだけ忘れさせてマグヌスファミリアで預かって貰うことになっている」

 マグヌスファミリアもギアスを隠蔽したいので、ギアス嚮団員を引き取ることに同意してくれた。
 幸か不幸か、マグヌスファミリアは国土攻防戦で93人の国民が亡くなっており、欠員という言い方は酷いが彼らを迎え入れる余裕があったのである。

 「なるべく早く戻ってくるつもりだが、それでも一週間はかかるかもしれない。
 エトランジュ様や藤堂達の言うことを聞いて、待っていてくれ」

 「エトランジュ様はご一緒に行かないのですか?」

 「ああ、あの方は予想外に忙しくなられたし、超合集国加盟国の中華でのことだから、いろいろなしがらみで参加出来ない。
 代わりにアルカディアとクライスが来てくれる」

 アルカディアは侵入に向いたギアス能力者だし、クライスは一時的にせよギアスを忘れて貰うことが出来るギアスを持っている。
 そのためエトランジュの護衛を外れて向かうことになったのだが、ここにはジークフリードが残るしEUから派遣されたSP、さらに黒の騎士団の精鋭が揃っている。
 ただルーマニアでの手痛い経験から絶対一人では行動するなと言い聞かせたし、本人も言われるまでもないと、常に護衛になる人物と行動を共にしていた。

 「ナナリー、お前もまたあの男が何をするか解らないのだから、一人で出歩くのはやめるんだぞ。俺が帰ってくるまでは基地から出てはいけないよ」
 
 「はい、お兄様。ではお兄様とロロの出張の準備を・・・」

 始めましょう、と言おうとした刹那、緊急を知らせる着信音が、ルルーシュの携帯に響き渡った。ルルーシュは眉をひそめながら、携帯の通話ボタンを押す。

 「私だ、どうした?」

 「ゼロ、大変だ!太平洋上にブリタニア軍が来たとの連絡が!!」

 吉田の悲鳴じみた報告に、ルルーシュは瞠目した。

 「何、このタイミングで?!解った、すぐに行く」

 ピッと慌てて通話ボタンを切ったルルーシュは、舌打ちした後に安心させるようにナナリーに言った。
 
 「大丈夫だ、すぐにカタをつけて戻るから、ロロとナナリーは先に休んでいろ」

 ルルーシュは顔を見合わせる弟妹にそう指示した後、先ほど出たばかりの黒の騎士団本部へと戻って行った。

 

 「全軍、出撃準備が整いましたラウンズの方々!
 いつでもエリア11に向けて出撃が可能です」

 オペレーターからの報告に、モルドレッドにいたアーニャ・・・否、マリアンヌは了解、と返してコクピットの中で大きく腕を伸ばした。

 (頑張ってるルルーシュには悪いけれど、これも嘘のない世界を創るためなの。
 ラグナレクの接続でみんなが私達の想いを理解してくれたら、優しい世界になるんだから)

 自分達の想いを理解して欲しいと望むあまり、自分が相手を理解しようとする努力をしていないことに全く気付いていないマリアンヌは、息子にこれ以上邪魔をさせないためという本音をV.Vや他のラウンズ達から守るためという大義名分に覆い隠し、モルドレッドの起動キーを回した。
 

 
 ブリタニア軍が再び日本に侵攻するのと前後して、合衆国中華から日本に向けて一隻の船が出港した。
 日本への輸出品が積まれた船だが裏では密入国業者が関わっており、今一人の男が船内にて潜伏していた。

 (ゼロ・・・もしカプセルの中で聞いた通り、あの方がゼロならば・・・)

 自分がマリアンヌと彼女が産んだ皇子皇女に忠誠を抱いていたことは、V.Vの前では言わなかった。バトレーとは付き合いが薄かったので、恐らく彼も知らないだろう。
 自分に暗殺を命じたくらいだから、ルルーシュに対して悪感情を抱いていることくらい、予想がついたからだ。

 とにかく日本に着き次第ゼロに接触し、真偽を確かめなくてはならない。
 
 (まずはマリアンヌ様の後見をしていたアッシュフォードが経営していた学園を探ってみよう。
 私としたことがうかつだった・・・マリアンヌ様をお守り出来なかった不忠者として、全く気にかけなかったのだから)

 自分も同じ立場でありながら、何とも傲慢なことだと今になってジェレミアは猛省していた。
 もしルルーシュが生きていたならアッシュフォードに匿われていた可能性が高く、一度でもアッシュフォードに会ってマリアンヌへの忠誠を語っていたなら、ルルーシュに会わせて貰えていたかも知れないのに。

 (日本までは2、3日といったところか・・・その間にゼロの正体を突き止める方法を考え・・・)

 ジェレミアが思案を巡らせていると、ドアが開いて船員が報告して来た。

 「今黒の騎士団とブリタニア軍が交戦状態に入ったとの情報が来た。
 黒の騎士団がブリタニア軍を追い返すまで、日本に入れん」

 「何だと?!こんな時に・・・!」

 急いで日本に行きたいというのに、こんな時に限って何故、とジェレミアは歯噛みしたが、どうすることも出来ない。
 ジェレミアは苛立ちながらも戦闘が終わるのを待つしかないと結論を出し、窓のない粗末な船員用の部屋の固いベッドに身体を横たえた。



[18683] 第三十話  第二次日本攻防戦
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/07/16 08:24
  第三十話  第二次日本攻防戦



 黒の騎士団本部では、主なメンバーが緊張した面持ちで各ナイトメアに搭乗準備をしながら、通信機で会議を開いていた。
 これからギアス嚮団を殲滅させようとしていた矢先の攻撃にエトランジュも驚き、司令室にいた。
 モニターの中にはブリタニア自治区からVTOLで移動中のユーフェミアが青ざめた顔で、ただ黙って会議を聞いている。

 一番大きなモニターでは超合集国議会の議長であり、合衆国日本代表である桐原がゼロことルルーシュに命じた。

 「黒の騎士団CEOゼロ、速やかにブリタニア軍を撃退し、日本を守ることを要請する。
 作戦運用は黒の騎士団に一任する」

 「黒の騎士団はその命令に従い、可及的速やかに作戦準備に入る」

 形式的なやり取りをさっさと済ませた後、ルルーシュは蜃気楼の発進準備をしながら、軍議を開始した。

 「現在太平洋上の防衛ラインで仙波と朝比奈が食い止めているが、第一防衛ラインが突破されて二次防衛ラインにまで後退した。
 茨城基地から援護の部隊が入っているが、ナイトオブラウンズの機体が三体、確認されている」
 
 藤堂の報告にとうとうブリタニアもなりふり構っていられなくなったか、とルルーシュは内心で舌打ちした。

 「そうか、ブリタニアも本気だな。ではすぐに第三次防衛ラインへと向かう。
 ナイトオブラウンズは誰が来ている?」

 「ナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグ、ナイトオブシックスのアーニャ・アールストレイム、ナイトオブテンのルキアーノ・ブラッドリーよ。
 特にあの殺人狂のナイトオブテンとナイトオブシックスが先陣を切って、破竹の勢いで二次防衛ラインまできたわ。
 今は仙波中尉がと朝比奈少尉が何とかそこで止めてる」

 アルカディアがそう言いながらモルドレッドとパーシヴァルの画像を映し出すと、ルルーシュは眉をひそめた。

 「ナイトオブシックスはまだ十四歳と聞いているが、さすがにその若さでナイトオブラウンズになるだけはあるな。
 後方指揮は星刻に一任してあるから藤堂、お前は千葉と卜部とともに向かってくれ。お前達はナイトオブテン、ルキアーノを頼む」
 
 「承知した」

 「カレン、父君には申し訳ない。だがさすがにナイトオブラウンズが相手では、エースクラスは全員来て貰わねばならない」

 ルルーシュの言葉に当然とばかり、カレンは頷いた。

 「当たり前です、日本を守るためなんですから私も出ます!!
 お父さんがたくさん資金を寄付してくれたおかげで強化された紅蓮可翔式があれば、ナイトオブラウンズなんてすぐに追い払ってみせます!」
 
 「頼もしいな。君にはナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグを頼む。
 ここで奴らを倒せば、連中の戦力は大きく奪える。悲願であるブリタニアに進攻するために大きなアドバンテージを得ることが出来るのだ、全力で奴らを倒す!
 だが相手が相手だ、油断だけはするな!今までの戦いで我々の力は大きく上がっている。
 数多くの人間達の力を束ねることで生まれ変わった黒の騎士団の力をブリタニアに見せつけて、二度と日本の地を犯すことが不可能であることを思い知らせてやれ!」

 「応!!!」

 騎士団幹部が戦意を高揚させて次々にナイトメアを各基地から発進させていると、モニターでユーフェミアがゆっくりと口を開いた。

 「皆さんにお願いがあります。どうか我が騎士枢木 スザクも、同行させて頂けませんでしょうか?」

 ユーフェミアはさすがに姉に匹敵、もしくはそれ以上の戦闘能力を持つナイトオブラウンズが三人と聞いて平静ではいられなくなった。
 だからナイトオブラウンズクラスでなければ動かせないランスロットのパイロットであるスザクを差し向けようと考え、そう申し出てきたのである。

 「ユーフェミア皇帝、それは・・・」

 ルルーシュは一瞬断るべきかと考えたが、確かにランスロットの強さは身をもって知っている。
 ランスロットの機体性能は確かに四聖剣の暁 直参仕様、藤堂の斬月をも上回っており、同じナイトオブラウンズのモニカを倒したという実績もある。

 「・・・いいだろう、お前も来て貰おう枢木。
 護衛を借り受けることになるので、ユーフェミア皇帝にはエトランジュ様とともにいて頂きましょう」
 
 ルルーシュの言葉に藤堂も頷いて賛成したため、スザクの参戦が決定した。

 「ありがとうございます。ではスザク、何としてでも己の所業を省みることをせずに侵略行為を続けるブリタニア帝国軍を、日本の地より追い返すのです。
 これまで我が合衆国ブリタニアが受けてきた恩義を返すためにも、失敗は許されません」

 「イエス、ユア マジェスティ」

 スザクがユーフェミアに拝礼して命令を受諾すると、さっそくロイドに連絡して彼を小躍りさせていた。
 
 「では急げ!仙波と朝比奈だけではもたない。
 戦闘地域に到着次第、ラウンズと交戦に入れ!」

 「了解!」

 「すみませんパイロットの方!そういうことですので大急ぎで黒の騎士団本部に向かって下さい!!」

 ユーフェミアがVTOLのパイロットにそう指示を飛ばすと彼はもともと全速力ですとは言えず、はいと答えてスピードを無理やり上げ、黒の騎士団本部へと向かうのだった。

 

 茨城基地では、とうとう間近に迫ったブリタニア軍に緊張していた。
 日本が解放されてから孤児や騎士団の子供達などはすでに東京府に移動しているため、今ここにいるのは皆黒の騎士団員や技師などである。

 ブリタニア軍にやられた騎士団員達が次々に運び込まれてくるので、今やここは野戦病院と化していた。

 「くそっ、このままでは!」

 「いや、ついさっき紅蓮と藤堂中佐の斬月、四聖剣の暁直参仕様が到着した。
 ゼロの蜃気楼も来たんだ、必ず勝てる!!」

 その報告に一同は安堵し、技師達がゼロの指示に従って行動を始めた。

 そして太平洋上では、大急ぎで駆け付けたカレンが紅蓮可翔式のエナジーフィラーを交換し、万全の態勢を整えてからナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグに相対する。

 「懲りもせず日本を侵略しにきたブリタニアの犬が!!
 このカレン・紅月・シュタットフェルトが相手だ!!」

 「へえ、君があのシュタットフェルト辺境伯の・・・手配書で顔だけは見たけど、思っていたより勇ましいね」

 ああいう行動力のある女性は、自分の好みのタイプだ。
 しかもナイトメアの技量も卓越しており、反ブリタニアの行動さえ取っていなければラウンズに勧誘したのにと本気で考えたほどである。

 「残念だなあ、好みのタイプなのに」

 「あの大バカ皇帝の走狗が、気持ち悪いことを言うな!!
 私はブリタニア帝国を壊して、差別国是のないブリタニアと平和になった日本でお父さんとお母さんと、三人で幸せに暮らすんだ!!弾けろ、ブリタニア!!」

 よりによって皇帝のラウンズから好みのタイプと言われて悪寒が走ったカレンは、紅蓮可翔式の輻射波動砲弾をトリスタンに向けて放った。
 それをギリギリでよけたジノだが、その隙を狙ってカレンが呂号乙型特斬刀で斬りかかり、メギドハーケンで相殺を試みるも腕の部分に直撃した。

 「やるなあ、惜しい腕だよ。
 けれど私達ナイトオブラウンズが三名も来たからには、もうエリア11の奪還は決まったも同然だ」

 自信たっぷりに言い切るジノに、カレンはこれだからブリタニアは、と舌打ちした。

 「あんたにこそ言ってやるわよ、皇帝の犬!
 この戦いはゼロが指揮を執っているの、負けるはずがないわ!あんた達を倒して、ブリタニアへの進攻の前夜祭にしてやるんだから!!」

 いつまでも己の優位を信じて、ブリタニア以外を見下すのが既に刷り込まれているブリタニア貴族と語らっても話にならないとよく解っているカレンは、それ以上のジノの言葉を無視して猛攻を続けた。

 その横では、既に第三次防衛ラインにまで来ていたナイトオブテン・ルキアーノが仙波と朝比奈と戦っていた。
  
 仙波の暁直参仕様はすでに右腕を破壊されていたが、それでも陸に近くなる第三次防衛ラインをまたがせまいと、ルキアーノの機体であるパーシヴァルと相対している。

 「朝比奈、わしはせめて奴のフロートシステムだけでも破壊する。
 そうすればお主一人でも上からバズーカを発射して倒せるはずじゃ」

 「仙波中尉、それじゃ貴方が・・・!」

 「ここを突破される訳にはいかん!再び日本を奴らに蹂躙させたいわけではあるまい?!
 わしらは軍人じゃ、私情は捨てい!!」

 「・・・承知!」

 仙波の鋭い叱責に朝比奈は頷くと、仙波は猛然とパーシヴァルに突進し、フロートシステムめがけてありったけのエナジーを込めたスラッシュハーケンを撃ち込んだ。

 「お前の大事なものはなんだ?・・・そう、命だ!」

 ルキアーノは難なくよけると、仙波めがけて四連クローを打ち込もうとした刹那、その横から斬月のスラッシュハーケンに気づいてよろめき、狙っていたコクピット部分を外して左腕にめり込ませた。
 だが仙波の暁直参仕様のエナジーフィラーを破壊して戦闘能力を奪うことに成功し、まるでゴミでも払うかのように暁直参仕様を海へと放り投げた。

 「ほう、貴様は確か奇跡の藤堂とやらだな」

 「貴様らに二度と日本の土は踏ません!!」

 藤堂はパーシヴァルの前にナイトメア戦闘用日本刀を構えて立ちふさがると、仙波からの通信にほっと安堵する。

 「面目次第もありません藤堂中佐・・・後はよろしくお願いする」

 海に投げ出された味方のナイトメアを、井上率いる後援部隊が救助している。
 仙波も彼女に助けられて、伊予に向かって運ばれていく。

 「卜部、千葉。お前達はグラウサム・ヴァルキリエ隊を押さえろ。
 ただの一人も、日本へ入れるな!!
 朝比奈、お前は俺のサポートに入ってくれ!」

 「「「承知!!」」」

 卜部と千葉は藤堂が引き連れてきたナイトメア部隊とともに、グラウサム・ヴァルキリエ隊が乗るサザーランドに向かって突っ込んでいく。

 「ヴァルキリエ隊、猿どもを片づけて、エリア11に向かえ!」

 「「イエス、マイロード!!」」

 ヴァルキリエ隊の女性兵士達は勇ましく黒の騎士団と乱戦に入ったが、黒の騎士団は現在ラクシャータとロイドの競争による開発速度の上昇により、性能がよいナイトメアが揃っている。

 特にロイドがランスロットの量産機として開発し、夜光と名付けられて黒を基調にカスタマイズされたナイトメア部隊は、性能の差でもサザーランドを改良しフロートシステムをつけた程度でははるかに分が悪かった。

 ブリタニアではフロートシステムが開発されると同時にそれが搭載出来る量産機型ナイトメアの開発が行われている最中で、ガウェインを開発すると同時にそれをさっさと設計していたのがロイドだった。
 彼はそれを黒の騎士団への手土産にするため、当時の上司であるシュナイゼルには極秘にしていたのだ。
 白兜がモデルということに抵抗があった者もいたが、もはやそんなことを言っている場合ではない上に戦闘面ではブリタニアを上回る結果を出せた以上、その声は二度と上がることはないだろう。

 だが所詮は量産機である以上、圧倒的性能を誇るナイトオブラウンズの機体には到底及ばず、パーシヴァルやトリスタンには撃墜させられている。

 「イレヴンの猿ども、お前らの一番大事なものはなんだぁ?そう、命だ!!」

 そう叫びながら嬉々として四連クローを構えるルキアーノに、藤堂は朝比奈とともにナイトメア戦闘用日本刀で斬りかかりながら叫んだ。

 「違うな、間違っているぞ!俺の一番大事なものは・・・そう、誇りだ!!」

 「ゼロなしでは何も出来ない猿に、誇りなどあったのか?」

 「血に飢えた獣には解るまいな、ブリタニアの吸血鬼!!」

 奇跡の重みを背負ってくれた者が約束を守り、日本を解放してくれたのだ。
 その日本を守ると同時に、自分は彼を守ると決めた。
 ブリタニアを打倒し、世界が平和になるまで記号であり続けると決めた少年を守る・・・それが藤堂の矜持だった。
  
 (彼が策を巡らし、血の繋がった家族と戦ってまで奪い返してくれた国を、奪われるわけにはいかん!!
 俺には奇跡を起こすことは出来んが、守ることは出来る!!)

 ましてや己の命と快楽しか守るもののない男に、負けてなるものか。
 互いに間合いを測り、隙を狙いながら、藤堂は朝比奈とともに激しい空中戦を繰り広げた。



 「現在、ナイトオブスリーと紅蓮が第二次防衛ラインと第三次防衛ラインの間で交戦中!
 同時に藤堂幕僚長がナイトオブテンと第三次防衛ラインにて交戦に入りました。
 そして藤堂中佐の夜光部隊がグラサム・ヴァルキュリエ隊を押し戻し、戦況は好転しつつあるようです」

 オペレーターからの報告に黒の騎士団本部にいたエトランジュ、神楽耶、到着したユーフェミアの三人は、このまま勝てばいいのにとモニターを見つめていた。
 スザクは本部に到着するなりランスロットに乗って猛スピードで太平洋へと向かっているが、到着するには時間がかかる。

 だが戦っているのがナイトオブラウンズのうち二人だけと聞いて、エトランジュが首を傾げた。
 
 「確か侵攻して来たのはナイトオブラウンズの三人と伺ったのですが、残りの一体は既に撃破なさったのでしょうか?」

 「ナイトオブシックスのモルドレッドは、初戦で戦った後旗艦に戻った模様です。
 モルドレッドの広域型のエネルギー砲の威力は凄まじく、いくつかの母艦が何度か撃たれてやられました。
 ナイトメア部隊も2部隊ほど被害に遭っています」

 「それだけの威力なら、エネルギーの消費が激しいでしょうね。おそらくエナジーフィラーを交換しに戻ったのでしょう。
 ブリタニアの母艦からの距離を考えても、間違いないと思います」

 これでも皇族のたしなみとして、またコーネリアやマリアンヌに憧れていたユーフェミアはナイトメアの関する知識は一通り持っているし、腕も実はかなりある。
 その説明に納得したエトランジュは、ナイトオブラウンズ一番の新参者でありEU戦でもなかなか出て来ないためにデータがないとアルカディアが残念がっていたことを思い出し、なかなか厳しい状況になりそうだと内心で冷や汗をかく。

 「確かナイトオブシックスはアーニャ・アールストレイムという十四歳の少女だと伺ったのですが」

 「ええ、私はお会いしたことはないのですが、陛下・・・いえ、シャルル皇帝の強い推薦で、ナイトオブラウンズになったと聞いています」

 ユーフェミアがそう答えると、ダールトンが眉をひそめた。

 「お会いしたことがない?そんなはずはありませんユーフェミア陛下」

 「え?」

 ユーフェミアが背後で控えていたダールトンに視線を移すと、彼は不思議そうな顔で答えた。

 「七年前、私はマリアンヌ様にお会いする機会を得て一度だけアリエス宮に伺ったことがあるのですが・・・・。
 私は行儀見習いとしてアリエス宮に入り、ルルーシュ様やナナリー様のお世話をしていた彼女を見ましたから」
 
 ダールトンが来たことはユーフェミアも憶えているが、ルルーシュやナナリーの世話をしていたという少女には全く心当たりがなかった。

 七年前に士官学校を卒業したばかりの姉・コーネリアは、アリエス宮の警護を務めていた。
 当時軍務のかたわらで士官学校で非常勤の講師をしていたダールトンは、彼女からアリエス宮に伺候するように命じられたという。

 『最近の士官学校は何をしているのかと、マリアンヌ様は興味をお持ちのようだ。
 だが大っぴらに軍人を招き入れてはまたマリアンヌ様をよく思わぬ者達があらぬことを吹聴するので、私が呼んだことにしておく』

 ダールトンはそれを了承してコーネリアとともにアリエス宮に赴いたのだが、アリエス宮のあずま屋でルルーシュ、ナナリー、ユーフェミアの傍にいてお茶の世話をしていたのは、行儀見習いのアーニャ・アールストレイムだった。

 「アールストレイムは由緒正しい貴族の家柄で、彼女の父親からもそのことを聞いておりましたから、間違いありません。
 ユーフェミア陛下やナナリー様とも仲よく遊んでおいででしたが、憶えていらっしゃらないのですか?」

 ダールトンの問いかけにユーフェミアは全く憶えていないと首を振ると、それを聞いていたエトランジュはなるべくさりげなく尋ねてみた。

 「あの、その行儀見習いの少女はアリエス宮の皇子殿下や皇女殿下とも仲がよかったのですか?」

 「はい、通いではなく住み込みでしたから、宮殿へお帰りの時はユーフェミア陛下が彼女が羨ましいと仰っていたのを憶えています」

 そこまではっきりダールトンが記憶しているのに、渦中にあった当の本人が忘れているというのは明らかにおかしい。
 まさか、と一つの考えが思い浮かんだエトランジュは、蜃気楼で戦場に向かっているルルーシュにリンクを開いた。

 《ルルーシュ様、ルルーシュ様、お急ぎのところ突然申し訳ありません。
 ですが、少しお知らせしたいことが》

 《どうしましたか、エトランジュ様》

 エトランジュが先ほどのユーフェミアとダールトンの会話を説明すると、ルルーシュも彼女が考えたことと同じことが脳裏に閃いた。

 《確かに憶えているな・・・というより、思い出した》
 
 コーネリアから逃げている途中でギアスキャンセラーを受けたあの日、七年前シャルルによってアリエス宮にいた人間についてほとんど忘れさせられていたことを同時に思い出していた。
 あの時はアリエスの事件の真実を知った後だったのでさして気にならなかったが、あえて特定の人間(アーニャ)が行儀見習いに上がっていたことをユーフェミア、そしておそらくはコーネリアにも忘れさせ、さらにはナイトオブラウンズとして傍に置いた理由にも納得がいく。

 シャルルは、アーニャが行儀見習いに上がっていたことを知っていた者達に記憶操作のギアスをかけた。もともとマリアンヌの出自から来客はほぼ同じ顔ぶれだったから、それで充分と考えたのだろう。
 だがたまたまコーネリアが好意で一度だけ呼んだダールトンのような者までは処置し切れなかったものと見える。

 《ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムの中に母さんがいる可能性が高いな。
 だが、それをどうやって確かめるか・・・》

 《私が行こう、ルルーシュ。ギアスを与えた人間の近くに行けば、私にはそれが解る》

 C.Cがコードを通じてそう提案すると、ルルーシュが頼むと了承したので、C.Cは暁に乗って遅れて戦場へと向かう。

 《・・・私達も向かうわ。ゲフィオンディスターバーが使える方が、何かと有利だし》

 アルカディアがイリスアゲート・ソローに搭乗しながら言うと、クライスとジークフリードも頷いた。

 《・・・仮に母だとしても、遠慮は不要です。
 何としてもナイトオブラウンズを撃破することを優先に》

 《解ってるわ、それは間違えないから安心して。・・・あんたも無理しないようにね》

 この予感が当たっていたとすれば、つい最近まで慕っていた母と戦わねばならないルルーシュにアルカディアは何度目か解らない同情の溜息をつき、途中合流してきたクライスとジークフリードとともに一路太平洋を目指した。



 カレンと藤堂達がブリタニアの侵攻を止めに参戦してから一時間が経過したが、戦況は凄まじいとしか言えない状況にあった。
 
 何しろ黒の騎士団はナイトメアの性能差と各国から集まった軍人達の器量のお陰でブリタニア兵を次々倒し、徐々にブリタニアの戦線を引き戻すことに成功してはいた。
 だが上空で紅蓮はトリスタンと一進一退、斬月と暁直参仕様はパーシヴァルの攻撃に防戦一方になっていた。

 卜部と千葉は援護に入るべきかと考えたが、藤堂が何が何でもブリタニア兵を日本に入れるなと命じた以上、戦線を離れるわけにはいかない。

 「藤堂中佐・・・!」

 「千葉、落ち着け!俺達の役目はブリタニアのナイトメアを一歩たりとも日本の土を踏ませないことだ。
 四聖剣の名にかけて、日本の海域からブリタニア軍を追い返せ!!」

 「解っている・・・だけど」

 千葉はスラッシュハーケンを打ち放ってグラウサム・ヴァルキリエ隊のナイトメアを撃墜すると、その隣にいたナイトメアが猛攻撃を繰り出してきた。

 「よくもマリーカを!!」

 「おっと、そうはいかないな!」

 卜部は千葉に攻撃して来たナイトメアにハンドガンを浴びせて動きを止めると、そのまま廻転刃刀で斬りかかり、破壊した。

 「四聖剣とは虚名にあらず!」

 「助かった、卜部。ありがとう」

 「礼は後だ、かなり兵は減っている。このまま押して、連中の空母を破壊するぞ。
 後一人、モルドレットというナイトメアに乗るナイトオブラウンズが残ってるから、それを相手にするのが俺達だ」

 卜部の説明に千葉は頷き、苦戦している上官に視線を移したが彼が負けるはずがないと言い聞かせて、ブリタニアの艦を目指した。

 (くっ、さすがはナイトオブラウンズ・・・!だが、俺達は負けるわけにはいかない!)

 藤堂は朝比奈とともにコンビネーションでかかるも、なかなかルキアーノに決定的な一撃を与えることが出来なかった。

 ルキアーノは埒があかんと舌打ちすると、味方を二体自分の周囲に呼び寄せるとにやりと笑って挑発した。

 「二人がかりでなお、俺一人を倒せないのか、しょせんイレヴンの猿!!
 奇跡の藤堂は、あのまぐれの戦でその運を使い果たしたようだな」

 「藤堂中佐を侮辱するか!この吸血鬼が!!食らえ!」

 ルキアーノの挑発に乗った朝比奈は、パーシヴァルに向けてスラッシュハーケンを撃ち放った。パーシヴァルの周囲に、轟音と共に煙が立ち込める。
 
 (あいつの周りはブリタニア兵ばかりだ、避けきれない!)

 勝利を確信した朝比奈だが、その次の瞬間に視界に迫ったものはさかさまになったナイトメアだった。

 「な?!」

 「朝比奈?!」

 ルキアーノは味方を盾にして朝比奈の攻撃を防御すると、その盾に使ったナイトメアを朝比奈に投げつけたのだ。

 「貴様、自分の味方を!!」

 「フン、戦場の真実を知っているか?
 日常で人を殺せば罪になるが、戦場ならば殺した数だけ英雄となる。
 お前も軍人なら、それをよく解っていると思ったがなあ」

 クックックと嫌な笑い声とともにそう嘲笑したルキアーノは、もろにナイトメアの体当たりを食らってフロートシステムを破壊され、落下していく朝比奈の暁直参仕様には目もくれず、斬月に狙いを定めてハドロン砲を向けた。
 
 「脱出装置を働かせても、あれでは溺死だ。
 それとも猿は泳ぎが得意だったか?」

 「くっ・・・朝比奈・・・!」

 部下を助けに行ける状況ではないことを知っていた藤堂は、憎しみを込めてハドロン砲を相殺しようとした刹那、海上から長いロープのようなものが飛んできた。

 「新手か!虫のように次から次へと!!」

 ルキアーノは舌打ちしてそれを避けると、斬月に向かってハドロン砲を撃ち放った。

 「死ね、イレヴン!」
 
 「藤堂さん!!」

 そう叫びながら現れたスザクは、ランスロットをパーシヴァルの前に押し出してスラッシュハーケンで軌道をそらした。

 「スザク君・・・!」

 「ユーフェミア様の命で、援護に来ました!あいつは僕に任せて、藤堂さんはブリタニアの旗艦を目指して下さい!」

 「いや、それは卜部と千葉に任せてある。
 幸いナイトオブラウンズさえ倒せば、他の部隊はどうにかなりそうだからな」

 助けに駆けつけてくれたかつての弟子の姿に一瞬だけ頬を緩ませた藤堂だが、すぐに表情を引き締めてパーシヴァルへと斬月を向き合わせようとした。
 だが、ガクンと揺れて思い通りに動かない。

 「・・・先ほどのハドロン砲で、フロートシステムに不備が生じたようだな」

 「ならすぐに戻って下さい!必ず僕が倒しますから!」

 「・・・すまない、頼んだぞ」

 アルカディアからパーシヴァルは凶暴なまでに攻撃に特化した機体だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
 藤堂は弟子に戦いを任せることに情けなさを感じながら、今なら海中に落下した朝比奈を助けることが出来ると判断した。
 そしてまだ斬月が動くうちにと、脱出装置を作動させて海に浮かんでいる朝比奈のコクピットを追って離脱する。

 「お前は確か、ユーフェミア皇女のイレヴン上がりの騎士だな。
 面白い、相手になってやろう」

 もはや藤堂には目もくれずパーシヴァルが突っ込んでくるも、スピードはランスロットの方がはるかに早い。
 スザクはパーシヴァルが突き出してきた四連クローをメーザーバイブレーションソードで受け止めると、そのまま力の押し合いへと突入した。

 「予算がもう少しあったら、ランスロットをもっと強化して勝負はついていたのに~」

 「あれだけの予算だと、エナジーフィラーの効率をよくして稼働時間を増加させるくらいが限界でしたからね・・・」

 黒の騎士団本部では、送られてくる映像でロイドとセシルがランスロットの戦いの様子を見ながら溜息をついていると、ようやくC.Cが操る暁を従えた蜃気楼が到着した。

 「ゼロ!!ゼロだ!!」

 「待たせたな、我が黒の騎士団の勇士達よ!
 ラウンズは我々が引き受けた!全軍、ブリタニア旗艦に向けて前進し、それを撃沈せよ!!」

 「了解!!」

 ゼロが現れただけで士気が上がった黒の騎士団員達が前進を始めようとしたその時、ランスロットはメーザーバイブレーションソードでパーシヴァルの四連クローを破壊した。

 「き、貴様・・・!俺のパーシヴァルの四連クローが、猿ごときに・・・!」

 「じゃあつまり、あんたは猿以下だってことね。
 ラウンズに自虐趣味があるとは知らなかったわ」

 冷徹な声が、先ほど到着した青を基調としたナイトメアから響き渡った。

 「ア、アルカディアさん・・・」

 「挨拶は後よ、まだこっちに来てないラウンズがいるんだから、早くあいつを海の藻屑にしてちょうだい!」

 アルカディアの指示にスザクは頷くと、ヴァリスをパーシヴァルに向けた。
 接近戦に長けているパーシヴァルの最大の武器が壊せたのなら勝敗はついたと判断したアルカディアは、ジークフリードとクライスを連れてカレンへの援護へと向かう。

 「奪われる?私の命が?このサルが~!!」
 
 「やったら、やり返される・・・ただ、それだけなんだ。
 僕達軍人は、その中にいるんだ・・・どんな理由があろうとも、戦場に足を踏み入れたその時からその業から逃げることなんて許されないんだ!」

 その台詞とともに撃ち放たれたスザクのヴァリスを食らったルキアーノのパーシヴァルが、空中で爆散する。
 それを確認したスザクは、蜃気楼に向かって言った。

 「・・・・次はナイトオブスリーのトリスタンだけど、僕が手伝ったらカレンが怒りそうだね。
 アルカディアさん達がいるし、僕は旗艦を目指した方がいいと思うんだけど」

 「ほう、少しは考えるようになったな。私もそう考えていたところだ。
 カレンの援護には私が向か・・・なんだ、この熱源反応は?!」

 スザクに指示を出していたルルーシュが突然ブリタニアの旗艦から発射された熱源反応に黒の騎士団はむろん、ブリタニア軍も動きを凍らせた。

 「この数値は・・・流体サクラダイト?!」
 
 ルルーシュの流体サクラダイトと言う声が聞こえた者達は、一斉にその熱源から距離を取る。
 ルルーシュはカレンを助けようと、紅蓮の腰辺りにワイヤーを巻きつけてこちらに引き寄せた。
 C.Cも暁をルルーシュの背後に回して、しっかり絶対守護領域内にいた。

 「カレン、絶対守護領域を発動させる!蜃気楼から離れるな!」

 「はい、ゼロ!!」

 「ゼロ、余計なことを!!だが、そこならあのミサイルから逃れることは不可能だ!」

 シュナイゼルからあの武器のことを聞いていたジノは、カレンのことは残念だがこれも皇族からの命令である以上仕方ないと、その機動力でその場から退避していく。

 流体サクラダイトは単体では何ともないが、熱源を与えれば爆発する。
 かつてルルーシュが片瀬を捨て駒として利用した時も、流体サクラダイトを積載していた戦艦の通り道に爆薬を仕掛けることで、あの大規模な爆発を起こしたのである。

 神技のタイピング速度で絶対守護領域を発動させた瞬間、紅蓮と蜃気楼を避けた頭上でその熱の塊が爆発した。

 凄まじい爆風に敵味方問わずナイトメアが吹き飛んでいるが、蜃気楼とそれに守られていた紅蓮と暁は無傷で浮かび、何とか防護壁を発動させたイリスアゲート・ソローのお陰で、周囲にいたイリスアゲート・フィーリウスとイリスアゲート・パターも無事だった。

 「何だい、あれ?・・・確かにサクラダイトは爆弾には持って来いだけど、貴重なそれを消耗品にする訳にはいかないからって、実装されてないはずだよ」

 黒の騎士団本部でラクシャータがロイドに向かって問いかけると、ロイドはぽりぽりと頬を掻きながら答えた。

 「そういえばあの腹黒シュナイゼル殿下が、大量破壊兵器の構想を立てて科学者を集めてたねえ。
 僕はナイトメア一筋だから声はかからなかったけど、知人が何人か研究してるのを聞いたから」

 その報告に技術部の面々の背筋に冷たいものが走ったが、ロイドはのんきに言った。

 「ま、流体サクラダイトの爆発くらいなら絶対守護領域で何とかなるみたいだし、爆発までのタイムラグが大きいからいくらでも対策立てられるよ。
 データもほら、あのアルカディア王女・・・アルフォンス王子だっけ?まあいいや、とにかく彼女が取ってくれてるんだろ?」 

 「確かに・・・液体サクラダイトを空気中に噴出し、爆発濃度になったら熱源を与えることで爆発する仕組みのようだから、タイムラグが大きいんだろうねえ。
 初めから爆発濃度を操作した状態だと砲身が持たないから、撃った後じゃないと駄目ってところかな」

 そう予測した科学者コンビが再びモニターに視線を移すと煙が晴れて現れたのは、結局何の被害もなかったことから平然と立つ黒の騎士団のエース級のナイトメアと、トリスタンの姿だった。

 「げ、あいつ無事だったのかよ」
 
 舌打ちするクライスにアルカディアが何をしたのか尋ねると、彼は思い切りスラッシュハーケンを食らわせたと答えた。

 「突然だったし視界も悪かったから、外したっぽい。わりーな」

 「エネルギーの無駄でしょうが!ちゃんとナイトメア反応に照準合わせなさいよ」
 
 「だから突然だったんだって。とにかく行こうぜ!」

 さっさと全員でジノを仕留め、続けて残っているモルドレッドを倒す相談をまとめると、その当のモルドレッドが凄まじいスピードで現れた。

 「・・・・!来たぞ!!」

 「こ、こんなに早く?!くっ、あのミサイルに気を取られてたわ!」

 己のうかつさに舌打ちしたアルカディアは、予定を変更してモルドレッドを相手にすることにした。

 「カレンさん、紅蓮はまだ戦えるわよね?!」

 「は、はい!!続けてトリスタンと戦闘に入ります!」

 蜃気楼のワイヤーを外されたカレンが、再び勇ましくジノの後を追っていくと、ルルーシュは大型のナイトメア用レイピアで卜部と千葉を薙ぎ払い難なくこの場へ現れたモルドレッドを見つめた。

 「千葉さん、卜部さん!!」
 
 カレンが何を言う間もなくやられた四聖剣の二人に驚愕の声を上げると、ルルーシュは目を見開いてC.Cに尋ねた。

 「C.C、あれは母さんなのか?」

 「いや、さすがに触れてみないと解らないな。
 ナイトメア越しでも何とか接触すればいい」

 C.Cはそう答えると、暁を蜃気楼の前へ動かした。
 と、そこへアルカディアが焦った声で報告した。

 「おかしいわよ、そのモルドレッド!
 モルドレットは遠距離に特化したナイトメアのはずなのに、あっさり卜部少尉と千葉少尉がやられたのよ?!」

 しかもあの二人が得意としていた接近戦で負けるなど改造したにしてもまずあり得ないと言うアルカディアに続いて、ロイドが通信を入れてきた。

 「それ、ナイトオブシックスのナイトメアじゃありませんね~。外見はそっくりですけど、明らかに動きが違いますから~。それはもう、ケタ違いです。
 っていうか、対ナイトメア戦闘用大型レイピアなんて、モルドレッドにはありませんよ」

 自他共に認めるナイトメアマニアのロイドが言うなら、あれはほぼ間違いなくモルドレッドではないのだろう。
 
 「あの対ナイトメア戦闘用大型レイピアのさばき方、マリアンヌ様に超似てますね~。
 お心当たり、ありますぅ~?」

 「・・・そうか、解った。報告ご苦労」

 ロイドの質問を無視して通信を切ったルルーシュは、アーニャ・アールストレイムに母マリアンヌが憑依している確信を抱いた。
 もしアーニャに憑依しているとすれば、もともと母は遠距離よりガニメデのようなまだ遠距離には使えないタイプのナイトメアに乗っていたラウンズだった。
 とすれば当然モルドレッドより近距離に向いたナイトメアを好むはずだから、おそらく自分専用のナイトメアを造らせていたのだろう。
 今回は初戦で乗っていたモルドレッドを旗艦に戻し、あのナイトメアに乗り直して出撃したのだ。

 「・・・私が確認しよう、ルルーシュ。援護を頼む」

 C.Cが暁でモルドレッドに襲いかかったが、モルドレッドは難なくかわして彼女の暁の右腕にレイピアを突き刺した。

 《酷いわC.C、久しぶりに会ったというのに襲いかかるなんて》

 《やはりお前か、マリアンヌ》

 脳裏に話しかけてきたマリアンヌの声に、C.Cはルルーシュに伝えた。

 「・・・マリアンヌだ、間違いない」
 
 「そうか・・・では手加減は出来ないな」

 庶民の出身でありながらもラウンズに抜擢され、シャルルからの信頼と寵愛を勝ち取って皇妃になった母は、今でも絶大な人気と支持を誇る女傑だった。
 貴族からすら尊敬の念を集め、特に軍人達からは今でも慕われているほどの能力を持った彼女は、あのナイトオブワンであるビスマルク・ヴァルトシュタインをも打ち負かしたという逸話すらある。

 《お前、息子と戦うつもりなのか?》

 《だって、私達を理解してくれない上に計画を壊すって言われちゃったら、こうするしかないじゃないの。
 私だって殺したくはないから、出来れば捕まえてV.Vの目が届かない場所で計画が成るまで待っていて貰おうと思って》

 だから自分が来たのだと無邪気にそう告げる元友人に、C.Cは呆れることもせずにそのままルルーシュに伝えた。

 要は息子を捕まえて監禁するという親とは思えぬ所業をしにきた母親に、ルルーシュは瞑目した。

 (母さん・・・とうとう解ってはくれなかったのですね)

 「・・・もういい、全力でこのモルドレッドを倒すぞ。
 スザク、お前は私とともにモルドレッドを落とす!相手は強力なナイトメアフレームを使っている。油断するな!!
 アルカディアは紅蓮の援護に向かって頂きたい。情報処理型のナイトメアは二体も必要ありません」

 「・・・解った、すぐにそちらに行く」

 平静さを装ってはいたがどこか苛立ちと悲しみを含んでいた親友の声が気にかかったスザクは、すぐさま蜃気楼の前へと移動した。
 アルカディアもルルーシュの指示に従って、紅蓮とトリスタンが戦っている方へと飛んでいく。
 
 (ランスロット、蜃気楼、暁、そして戦闘補助を得意とするイリスアゲートが2体!
 いくら母さんでも、このメンバーに勝てるはずがない!!)

 十四歳の少女にそれだけのメンバーで圧倒して勝利したと言うのはさすがに外聞が悪いが、それを気にして勝てる相手ではない。
 それにいざともなれば、それをいいように解釈して宣伝すれば済む話である。口のうまいルルーシュには造作もないことだ。

 「ジークフリード将軍、クライスと協力して彼女の動きを止めて下さい!
 枢木、お前はその隙を突いてモルドレッドのフロートシステムを破壊しろ!!」

 「解りましたゼロ。クライス!」
 
 「有線電撃アームだな、了解!」

 ジークフリードが息子とともに有線電撃アームをモルドレッドに照準を合わせて追尾システムを操作すると同時に、スザクがメーザーバイブレーションソードでモルドレッドに斬りかかった。

 「あらやるわね、さすがはナンバーズ差別の中で皇族の騎士に認められただけのことはあるわ」

 マリアンヌはナンバーズを差別する国是を施行したのは計画を手っ取り早く推し進めるために必要だった方便で、彼女自身は別に差別をしたことはない。
 ただ純粋にその風潮の中でも認められただけはある男だと、スザクを称賛したのである。

 「でも、動きがこうも読みやすいところがまだ甘いわね。
 せっかくのナイトメアの性能が良くても、動きを読まれれば終わりなのよ!」

 久々に手ごたえのある相手に巡り合えたマリアンヌは、ナイトメア用大型レイピアでスザクの攻撃をかわすとレイピアでランスロットの左腕を刺した。

 「は、早い・・・!」

 「何をしてんだあいつ!おい、親父!」

 「うむ、今のうちに!」

 ランスロットに気を取られている間に、モルドレッドの右下からジークフリードとクライスが有線電撃アームでモルドレッドの腰や腕に巻きつけようと発射した刹那、モルドレッドの背中に搭載されていた機関銃が火を噴いた。

 「な、あんな短時間で?!」

 慌ててそれを避けようとした二人だが、その暇がなくイリスアゲート・フィーリウスとイリスアゲート・パターはあっという間に動けなくなった。
 二人はすぐに脱出装置を作動させたのでどうにか無事だが、クライスが情けなさを歯噛みしながらあっさりやられた己の失態をアルカディアに報告した。

 「悪い、やられた・・・なんだありゃ!フツーの人間の反応速度じゃねえぞ!!」

 「解ってるわよ。井上さんに救助を頼んだから、伊予に戻って代わりの機体で出られるようなら出てちょうだい!」

 そう二人に告げたアルカディアは、救出作業にいそしむ井上に二人の救助を依頼してジノとカレンの元へ到着した。

 「カレンさん、聞こえる?
 ちょっとあのナイトメアがやばいから、さっさとこのラウンズを倒してゼロの援護に向かうわよ!」

 「アルカディア様・・・!解りました。ご協力感謝します!」

 ジノはアルカディアのイリスアゲート・ソローを見て、中華でモニカを討ったナイトメアだとすぐに解った。

 「トゥエルブを倒した機体か・・・!」

 後でマグヌスファミリアの機体だと知ったが、何せとどめを刺すまでの過程が全く不明だったので、どんな戦い方をするのかは解らない。
 せいぜいバリアを張って攻撃を無効化出来るという情報があるくらいだ。
 さらにジノは、明らかに以前のモルドレッドではないナイトメアに乗って戦うアーニャの姿に違和感を持っていた。

 (あんなレイピア、アーニャが使うはずはないんだが・・・いったいいつの間に装備したんだ?)

 互いの思惑が入り乱れる戦場。
 息子のためだと言いながら息子を追いつめるために現れた母親と、そんな母に見切りをつけた息子との戦いの幕が上がる。
 



[18683] 第三十一話  閃光のマリアンヌ
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/07/09 09:30
  第三十一話  閃光のマリアンヌ



 マリアンヌに一撃を与えられたランスロットだが、幸い致命傷ではなく腕もまだ十分に動くし今のところ異常は見られない。
 さすがスザクというべきか、重要な個所を避けることには成功したようだ。

 「・・・ただのラウンズじゃないね、ゼロ」

 「ああ、油断するな。全力でやれ」

 「解った」

 メーザーバイブレーションソードを構え直し、蜃気楼を守るようにして立つランスロットに、マリアンヌは笑った。

 「ゼロはやらせない!!」

 (確かルルーシュの親友だった子よね?仲がいいこと)

 七年前日本に子供達を避難させた時もC.Cを介して見ていたが、この二人は仲良く遊んでいた。
 ブリタニアにいる時よりも楽しそうな息子の様子に、これでよかったのだとマリアンヌは思ったものだ。

 だけど優しい世界を創るためには、どうしてもC.Cが必要なのだ。
 死者とも解り合える素晴らしい計画を実現するために、既に数多くの犠牲を出している。今更引くわけにはいかなかった。

 「大丈夫よルルーシュ、私が貴方をV.Vから守ってあげるから。
 黒の騎士団なんて危ないことはやめて、大人しくC.Cを連れて私のところへいらっしゃいな」

 言葉だけ聞けば子供を想う母の台詞だが、これまで彼女が子供達に強いた運命は、その真逆を行く行為だった。

 C.Cはそれをルルーシュには伝えず、彼女もまた暁でモルドレッドにスラッシュハーケンを浴びせてスザクを援護する。

 蜃気楼もハドロンショットを撃ち、何とかモルドレッドの動きを止めようと奮闘している。
 さすがにランスロットと蜃気楼の近距離攻撃と遠距離攻撃に阻まれて、モルドレッドは距離を取ってランスロットのメーザーバイブレーションソードを、右腕のナイトメア用シールドで防いだ。

 「メーザーバイブレーションソードでヒビも入らないなんて、かなりの重量の盾ですよあれ!」

 「電磁波を流して、威力を相殺してるんだ。
 でも、あのモルドレッドはエネルギーの消費量が以前のランスロットよりもはるかに激しいはずだから、長期戦に持ち込むしか」

 セシルの驚愕にロイドが珍しく消極的な戦法を提案するが、ラクシャータがキセルを揺らしながらそれを粉砕する言葉を呟いた。

 「それまでゼロ達が保てばいいけどね~。
 絶対守護領域なら耐えられるだろうけど、白兜と暁がどうなるやらちょっと予想出来ないね」

 先ほどの流体サクラダイトの爆弾は最初に予測出来たし、爆発するまでのタイムラグもあってすぐに蜃気楼の近くに避難が可能だったが、あのモルドレッドの反応速度は異常の一言に尽きる。
 
 その会話を司令室で聞いていたエトランジュ、神楽耶、ユーフェミアの三名の顔から、血の気が引いた。
 
 「・・・星刻総司令にもご出陣願うべきでしょうか?」

 「でもそれでは総指揮を執る者がいなくなってしまいますわエトランジュ様。
 むしろナイトオブスリーと戦っているカレンさんとアルカディア様に来て頂く方が」

 エトランジュの提案に神楽耶がカレン達が戦っている様子を映しているモニターに視線を移すと、既に同じことを考えたアルカディアがさっさとカタをつけるべく、カレンとともにトリスタンを追いつめていた。

 「変形型ナイトメア、か。でもそんな暇与えなきゃ済む話!
 こっちも忙しいのよ、さっさと倒すとしましょうか」

 いくら戦闘補助タイプのナイトメアとはいえ、それでもそれなりの戦闘が出来るジークフリードとクライスの二人があっさりやられたことに驚いたアルカディアは、早くルルーシュ達を援護しなければと思った。
 だがさすがにナイトオブラウンズは手強く、必死でトリスタンのメギドハーケンを無効化しながらカレンをサポートする。

 「中華で延々邪魔をして来た青い虫(ブルーバグ)、あれを先に始末しないと・・・!」

 「させるか!アルカディア様!!」

 いつの間にやらブリタニアから嫌な仇名を付けられていたイリスアゲート・ソローに向かって、トリスタンはメーザーバイブレーションソード・ハーケンタイプを構えた。
 だがその隙を突いて、カレンは小型ミサイルを撃ち放つ。
 トリスタンはそれを避けることには成功したが、今度はアルカディアの有線電撃アームを右腕に絡め取られて高圧電流を流されてしまう。

 「うあっ、しまった・・・!」

 ジノはそれを引きちぎろうとして思い切りトリスタンの右腕を引っ張ると、アルカディアはにやりと笑ってするっと電撃アームを外した。
 一方が力を入れている時に突然他方が力を抜くと、反作用によりトリスタンは無様に空中でよろめいてしまった。

 古典的な策にやられたジノが完全に態勢を崩したその隙を逃さなかったカレンが、トリスタンのメーザーバイブレーションソードを海へ叩き落とす。
 これでジノは遠距離戦で戦うしかなくなり、紅蓮の繰り出すその猛攻を、持ち前の機動力で何とかかわした。

 トリスタンは超高機動が得意なナイトメアだが、カレンの紅蓮可翔式もスピードはそれについていくくらいのことは可能だ。
 おまけにアルカディアがスラッシュハーケンや有線電撃アームを飛ばして妨害してくるので、接近戦用の武器を落とされたジノは防戦一方である。

 苛烈な猛攻を繰り出してくる紅蓮と、血も涙も容赦もないイリスアゲート・ソローの追撃をかわし続けるだけでも相当な技量だ。

 (攻撃どころじゃない・・・!私も早くアーニャを助けに行ってやりたいが・・・!)
  
 今自分がここで退却すれば、あのナイトメアがゼロに加勢するだろう。
 何故か急激な強さを発揮していたアーニャだが、それでもさすがにエースクラスのナイトメア三体は厳しいはずだ。

 しかし何とかしようにもメギドハリケーンやハドロンスピアーを使っても、どうせ何かと邪魔をしてくるイリスアゲート・ソロー(ブルーバグ)に無効化されることが目に見えている。

 「・・・私もラウンズだ、意地を見せるとしよう」

 勝利はもはや諦めるしかないが、せめてアーニャの加勢に入るナイトメアを少しでも減らしてやろう。
 
 そう覚悟を決めたジノは、自慢の機動力を最大限に上げると紅蓮に向かって突進した。
 一番戦闘能力の高い紅蓮もろとも自爆しようと最大限のスピードで突っ込んできたトリスタンに、紅蓮は避けきれなかった。

 「しまった!!」

 「カレンさん!!」

 とっさにイリスアゲート・ソローがスラッシュハーケンをぶつけ、トリスタンの速度を落としたことが幸いした。
 もろに体当たりを食らったカレンだが、それでも紅蓮の腕を動かしてトリスタンの方をつかむことに成功したのである。

 「さすがアルカディア様!!貰ったあっ!!」

 その言葉を聞いたジノは己の敗北を認め、脱出装置を動かした。

 「やるなあカレン・シュタットフェルト・・・!
 好みのタイプと心中するなら悪くないけど、さすがに無駄死にはしたくないから、再戦を楽しみにするか」

 爆発するトリスタンから飛んでいくコクピットはいったん無視して、カレンはそのままトリスタンを輻射波動で破壊する。

 「ざまあみろ、ラウンズ!!」

 「さすがカレンさん!次はモルドレッドよ。
 ゼロ、すぐに援護に行くから!!」

 ジノが入っているコクピットをブリタニアのサザーランドが確保して母艦へ運んで行くのが見えたが、それに構っている場合ではない。

 カレンとアルカディアがルルーシュ達に視線を向けると、ランスロットはモルドレッドの攻撃を防ぎ、さらに遠距離のハドロン砲を蜃気楼の絶対守護領域で無効化することが精いっぱいな状態だった。
 C.Cも既にナイトメア用大型レイピアに腕と胴体を貫かれ、撤退を余儀なくされている。

 拡散構造相転移砲を使えば倒せるが、ランスロットを避けさせればその隙を狙ってモルドレッドが蜃気楼に突っ込んでくるのでスザクごと撃つしかなく、ルルーシュはそれに踏み切れなかったのだ。

 「ゼロ!!」

 「カレン!!良く来てくれたな」

 「申し訳ありませんゼロ、手間取りました!」

 紅蓮可翔式が猛然とモルドレッドに輻射波動砲弾を食らわせるも、ハドロン砲で相殺されてしまった。
 さらにランスロットが逆方向からメーザーバイブレーションソードで斬りかかると、モルドレッドはやはりナイトメア用大型レイピアで受け止める。

 「動きがデタラメすぎる・・・!」

 「ふふ、貴方達とても素直なんですもの、動きがすごく読みやすいの。
 あの青いナイトメアの子も相手の反応を把握してから攻撃するタイプみたいだから、なかなか自分から仕掛けてこれないのねえ」

 いくら動きが素直とはいえ、スザクもカレンも凡人では追いつけない速度で動いている。
 それを読むだけならまだしも、それに即座に反応して対処するなどまず不可能だ。
 その不可能を軽々とやってのけるマリアンヌは、確かにかつては軍人として貴族将校からすら尊敬されるにふさわしい技量の持ち主だった。

 「・・・エネルギー切れを待つ方がいいかもしれないわね」

 「駄目だ、それまで紅蓮のエナジーが保たない。ランスロットもだ」

 アルカディアの提案を、ルルーシュは苦々しい口調で却下した。

 紅蓮は猛スピードで第三次防衛ラインまで来た上に、トリスタンとの戦いでかなりのエネルギーを消費している。
 ランスロットも稼働時間を延ばしてあるとはいえそれでも限度があり、同じくパーシヴァル戦でもあっという間に片をつけた上に、モルドレッドともやり合っている真っ最中だ。
  
 「・・・ゲフィオンディスターバーは使えるか?」

 「無理ね、あの反応速度じゃ装置を破壊されるのがオチだわ」

 アルカディアが嘆息すると、やはりかとルルーシュは舌打ちした。

 中華戦でユーウェインを破壊するのに大いに活躍したゲフィオンディスターバーは、その後小型に改良された。
 イリスアゲート・ソローに搭載されたそれは、三つの装置をそれぞれ目的の敵ナイトメアの三方に配置し、磁場による干渉をサクラダイトに与えるというものだ。
 劣化版ドルイドシステムで敵ナイトメアの動きを解析し、ゲフィオンディスターバー装置をラジコンのように配置操作すれば可能だったはずだが、マリアンヌが操るモルドレッド相手に成功させる自信などない。

 「だが、動きを止めなくては勝てそうにないな。
 この手は使いたくなかったが、仕方ない」

 ルルーシュはちらっと海上に視線を走らせると、手早く全員に指示を出した。
 

 「お前とカレンとで、モルドレッドを抑えつけろ。
 カレン、スザク、絶対にタイミングを外すなよ・・・でなくば、死ぬぞ」

 ルルーシュが厳しい口調で命じると、カレンとスザクは頷いた。

 「ゼロの言うとおりにしていれば間違いないわ。スザク、失敗しないでよ?」

 「解ってる!」

 蜃気楼が動きを変えたのを視界に捉えたマリアンヌは、散構造相転移砲の狙いが自分に向けられていることに気づいて、息子の意図に困ったように笑った。

 蜃気楼の攻撃をよければランスロットと紅蓮の同時攻撃を受け、かといって二人の攻撃をよければ蜃気楼の攻撃が浴びせられる。
 単純だが基本を押さえた戦略だ。

 (お友達ごと私を撃つつもりかしら、あの子・・・でも、それは出来ないわよ)

 マリアンヌは蜃気楼から発射された高出力のビームを避けようと、なんとぎりぎりでモルドレッドから離れた紅蓮とランスロットのほうに急接近した。
 マリアンヌを狙った拡散構造相転移砲が背中を過ぎ去っていくのを見て、彼女はころころと笑った。

 「やっぱりね・・・あの子がお友達を撃てるはずがないもの」

 何だかんだで情に甘いルルーシュのことだ、確実に二人を巻き込まない範囲で撃って来ると予想した彼女は、そう言った意味では息子を理解していた。
 現にルルーシュは、針の穴を縫うように正確に自分だけを葬る範囲を見事に絞っていた。
 だが次の瞬間、マリアンヌは笑みを消して目を見開いた。

 スザクがランスロットから伸びたワイヤーを、急接近するのを待っていたモルドレッドの胴体にくるりと巻き、その端を紅蓮が両手で持って動きを止めたのだ。

 「よし、ナイトオブシックスを捕まえた!!」

 スザクがそう叫ぶと、ルルーシュはさらに指示した。

 「よくやったぞ!そのまま伊予に運び込め!」

 「「了解!!」」

 マリアンヌは懸命にそれを振りほどこうとしたが、ランスロットと紅蓮も必死でぎりぎりとモルドレッドを絞めつけた。
 おまけにアルカディアもさらに有線電撃アームを巻きつけて、三人がかりで漁師のごとくモルドレッドを引っ張っている。

 「くっ・・・やるわね坊やとお嬢ちゃん・・・!」
 
 ふと見れば伊予の甲板には複数のナイトメアが、二人を援護しようとしているのか何やら動いているのが見えた。

 「早く脱出しないと、またわらわら来そうで厄介だわ」

 かなり乱暴な脱出になるが仕方ないと、マリアンヌはハドロン砲を下に向けて撃ち放った。

 「きゃああっ!!」

 突然その爆発力で上昇を試みたモルドレッドに耐えきれず、イリスアゲート・ソローは有線電撃アームを外してしまった。
 思い切り引っ張っていたのでトリスタンのように今度はイリスアゲート・ソローが反作用を食らってしまい、伊予の甲板に墜落してしまった。

 「だったらこっちも!!」

 カレンとスザクも驚いたがそれでもワイヤーは放さず、ランスロットはヴァリスを撃ち放ち、紅蓮も輻射波動砲弾を上空で撃って推進力を作り、無理やり伊予に向けてモルドレッドもろとも下降していく。

 伊予の甲板に墜落した三体のナイトメアは、程度の差こそあれどかなりの損傷を受けていた。
 
 「無茶するわねー、この子達。でも、大したものだわ」

 モルドレッドはフロートシステムを破壊され、ナイトメア用大型レイピアも見事に壊されたがまだハドロン砲は生きている。

 (この艦ごと全てのナイトメアを破壊して、その後私を捕まえようとこっちに来た騎士団の子の身体に乗り移るしかないわね)

 マリアンヌのギアスは“人の心を渡るギアス”であり、目を合わせた人間に憑依することが出来る。
 アーニャから他の人間に乗り移らなかったのは若い身体の方が鍛えやすいし、身分や環境的にもナイトオブラウンズになれる彼女の環境が好都合だったからだ。

 (アーニャにはお世話になったけど、私が出たことに気づけばルルーシュも殺そうとはしないでしょう。
 C.Cが気づきそうだし、大丈夫よね)

 騎士団員に乗り移ることに成功したら適当なナイトメアを強奪して、ブリタニアに戻ろう。
 そう計画を立てたマリアンヌは、出来ればあの紅蓮とかいうナイトメアに乗っていた女の子がいいわねなどと勝手な願望を抱きながらハドロン砲を発射させようとボタンを押した瞬間、突然モルドレッドが停止した。

 「え・・・何よこれ」

 「ゲフィオンディスターバー・・・ナイトメアを止める装置だ」

 上空から聞こえたその説明は、蜃気楼からだった。
 そんなものがあったことを初めて知ったマリアンヌは驚いた。実際何をしようともモルドレッドが動かないところを見ると、どうやら事実のようだ。

 ふとモニターで周囲を見渡してみると、自分の周囲にある三つの機械が電磁波を放っている。
 
 以前は効果範囲が広すぎてイリスアゲート・ソローが防壁を作らなくては敵味方問わずに動きが止められるが、これは範囲を絞り込むことが可能だ。
 よって装置の外にいる黒の騎士団のナイトメアには、何の影響もないのである。

 「ナイトオブシックスに告ぐ!ハッチを開けて投降せよ!
 繰り返す、お前はもう完全に包囲されている。我が黒の騎士団に投降せよ!!」

 「・・・仕方ないわねえ」

 伊予を破壊出来ないのは残念だが、ここは誰かに乗り移って退却するしかなさそうだ。
 
 そう判断したマリアンヌがハッチを開けると、たった一人で複数のエースクラスのナイトメアを追いつめたパイロットが十代の少女であることに驚きざわめく声が広がった。
 
 「マジかよ・・・あんな女の子に四聖剣の卜部さんや千葉さんが・・・?」

 「紅蓮と白兜、蜃気楼とだってやり合ってたぞ?信じられない」

 そんな中、先に退却していたはずのC.Cが無表情で現れた。

 (C.C・・・どうして彼女が来たのかしら)

 一般にゼロの愛人と言われている少女がスタスタとモルドレッドに近づくのを見て止めようとした者もいたが、C.Cはそれを無視してマリアンヌの前にやって来た。
 それと前後して蜃気楼が伊予の甲板に降り、中からゼロの衣装を身にまとったルルーシュが出てくるのが見えた。

 《残念だったなマリアンヌ。
 お前の正体に早く気付いたお陰で、アルカディアが来たんだから》

 小型化したゲフィオンディスターバーは、まだイリスアゲート・ソローにしか実装されていない。
 以前の大型は伊予にも設置されてはいたが、それは皮肉にも紅蓮とランスロット、モルドレットの三体が落ちてきた時に破壊されてしまっていた。
 イリスアゲート・ソローの足は大破してもはや立つことすら出来なかったが、ドルイドシステムは無事だったのでゲフィオンディスターバーをモルドレッドの周囲に配備したのである。

 アルカディア達はあくまでも所属しているのはEUなので、ブリタニア軍が来たから即出陣というのは外交上あまりよくなかったため、本来ならジークフリードもクライスも出る予定ではなかった。
 今回はアルカディア達が協力を申し出てそれをゼロが受け入れたという形にしており、実際かなり苦戦したのだから後で英断だと褒められることだろう。

 アルカディアはただルルーシュの母親を生きたまま確保出来る方がいいだろうとそんな気持ちで出陣したに過ぎず、正直なところ卜部と千葉に続いてジークフリードとクライスがやられるまではこれだけの面子でいけば即勝てるとすら思っていた。

 もしユーフェミアとダールトンの会話をエトランジュが聞いていなければ、そしてマリアンヌのギアスのことをC.Cから聞いていなければ、恐らくアルカディアが来ることはなかった。

 《他の誰かに乗り移るつもりだろうが、私が相手ではそれも出来ない。諦めろマリアンヌ》

 《あら、気づかれちゃったの?困ったわね》

 マリアンヌは大きく溜息をつくと、C.Cを説得にかかった。

 《ねえお願いC.C、私と一緒にブリタニアに戻りましょう。
 あの計画はもう少しで成るの。それには貴女のコードが必要なのよ》

 《断わる、と言ったはずだ。お前は本当に人の話を聞かないな。
 ・・・だからお前は、誰にも理解されないんだ。いや、理解などしたくないと思われるが正しいか》

 息子でさえ理解を拒絶したことを理不尽に感じているお前には解らないだろう、と憐れむC.Cは、彼女に尋ねた。

 《なあマリアンヌ、ルルーシュも私もマグヌスファミリアも、お前に対してある理解をした。それが何か解るか?》

 《私達はただ嘘のない世界を創りたい、それだけよ?》

 それさえ理解していればいいのだと言わんばかりのマリアンヌに、C.Cは首を横に振った。

 《C.C、貴女は嘘が正しいとでも言うの?!》

 《・・・そう言うのを極論と言うんだ。
 私はお前達の嘘は嫌いだ。だが、ルルーシュの嘘は好きだ》

 誰かを傷つけるための嘘ではなく。守るための優しい嘘。
 おそらくシャルルとマリアンヌは自分の嘘がそうだと信じ込んでいるだろうが、現実に不幸になった人間からすればただの戯言に過ぎない。

 《ルルーシュもナナリーもマオもエトランジュ達も、そんな世界は悪夢だそうだ。
 アルカディアは『付き合いきれるか、バカバカしい』と言っていたぞ。
 それが私達を代表した本音だ・・・お前達が大好きな、嘘偽りのない本音だよ》

 自分を不幸にした人間を理解するのは、被害者にとっては耐えがたい苦痛でしかない。
 愛する者達が理不尽に死んでいく原因となった者がいくら自分には理由があった、正しいのだと叫んだところで、何故それを理解しなければならないと言うのか。
 被害者にそれに値する非があったというならともかく、ただ穏やかに暮らしていた自分達が一体何をしたと言うのだろう。

 つまりマリアンヌは、相手が何故怒っているか全く理解していなかった。
 理解し合うべきだと言いながら、全く他人を理解しようとはしなかった。
 それはいずれラグナレクの接続が成れば理解出来るという考えがあり、それが逆に相手の理解を得る努力を怠らせ、また相手を理解する努力を放棄させる結果になったのだ。
 
 「お前には何を言っても通じない・・・それがルルーシュがお前にした理解だよ」

 コードではなく声でそう告げたC.Cにマリアンヌが眉をひそめた瞬間、目の前に現れたのはゼロの衣装をまとい仮面をつけ、そして左目を露出された息子の姿だった。
 その近くには忌々しげに顔を歪ませて目を閉じている金髪の女性・・・正確には男性だが・・・が、同じく目を閉じた壮年の男性に支えられて立っている。

 「・・・・!!」

 「だからこそ貴女には、『アーニャの心から立ち去れ』という言葉をお贈りしましょう」

 マリアンヌはその言葉を聞きながら、蜃気楼の足下にいる“ゼロ”を見た。
 隙間なくマントでびっちりと身体を覆い隠した彼は、よく見れば息子と身長が違っている。

 「ゼ、ゼロ?!いつの間に二人に?!ってかいきなりなんであんなところに?!」

 驚く騎士団員達の声が甲板に溢れかえる中、マリアンヌがわずかに残った己の意志で呟いた。

 「・・・馬鹿な子。私の想いを理解してくれないなんて、酷い子ね」
 
 せっかく自分が軍人を辞めてまで産んで育て、傍に置きたかったのにV.Vから守るために遠くへ送って守ったのに、ついに理解してくれなかった。
 だがそれは人間の業なのだ、それを解き放つことこそが正しいのだから、いずれシャルルがラグナレクの接続を成功させれば、必ず解ってくれる。
 
 マリアンヌはそう信じながらルルーシュを見上げて笑みを浮かべ、目を赤く縁取らせて抗えぬその絶対遵守の命令に従った。

 「・・・そうね、アーニャから出ていかなきゃ」

 他人の心に憑依するタイプのギアスは、暴走しない限り自分で解除が可能である。
 エドワーディンとエトランジュの中にいる人物からそう聞いていたルルーシュは、マリアンヌがアーニャの身体を乗っ取っている時にアーニャから出ていく命令(ギアス)をかければいいと考えた。

 まずカレンとスザクに命じてモルドレッドを伊予まで運ばせ、ゲフィオンディスターバーで動きを止める。
 あいにく墜落する形で伊予の甲板に運び込んだために伊予に搭載していた装置は破壊されてしまったが、アルカディアがイリスアゲート・ソローに搭載していた小型装置をすぐに飛ばしてくれた。

 装置がうまく作動したことを確認した彼女はイリスアゲート・ソローから出ると、自分のギアスで姿を消して甲板の入口に向かった。
 そこには既に救助されていたクライスが、エトランジュのギアスを通じて指示されたとおりゼロの衣装に着替えて待機していた。
 そして今度はその後蜃気楼から出た本物のゼロ、すなわちルルーシュのところへ行き、クライスは彼と入れ替わったのである。

 C.Cがマリアンヌと喋っていたのは、その時間稼ぎのためだったのだ。

 マリアンヌが恐れているのはギアスで処置をされてしまうことだから、自分やマグヌスファミリアのメンバーが来ればアーニャの中に逃げられてしまう恐れがあった。
 この状況ではマリアンヌがアーニャの中に引っこんででも監禁されておしまいだったから、出来た作戦だ。
 
 マリアンヌの身体はシュナイゼルが運び出したらしいが、死体に戻ることは出来ないとC.Cが本人から聞いていた。
 よってアーニャから出て行った時点で、マリアンヌは心身ともに死んだことになる。

 「・・・マリアンヌの気配が消えた。もう、この身体にあいつはいない」

 C.Cが念のためアーニャに触れて確認して報告すると、ルルーシュはぐったりしているアーニャを見つめた。

 「・・・そうか。では彼女を牢へ」

 今回何もしていないアーニャだが、それでもナイトオブラウンズだ。
 しかもマリアンヌの仕業とはいえ、黒の騎士団に多大な被害を与えた恐ろしい相手という認識が黒の騎士団に広がっている。
 身勝手な都合で両親に振り回された彼女には同情するし、申し訳ないとも思うが、今は庇うに庇えない。手厚く牢に軟禁するのが、精一杯だった。
 
 「あの恐ろしい能力を持つラウンズが何をしでかすか解らないので、少々小細工をさせて貰ったまでだ。
 アーニャ・アールストレイムは気絶しているから、今のうちに捕えて牢に閉じ込めろ」

 あっけに取られている騎士団員にそう説明したルルーシュを見て、やっと片がついたと安心したアルカディアがその場に倒れ込みかけたのでジークフリードが慌てて支えた。

 「どうしました、アルカディア様?!」

 「落下の衝撃で全身打撲みたいなのよねこれでも・・・!
 すっごい身体が痛いからもーだめ、後は・・・よろしく・・・」

 「す、すぐに医務室へお連れします!クライス、後は頼むぞ」

 全身に走る激痛に耐えてギアスを使い移動していたアルカディアだが、限界が来たらしい。
 運び込まれた担架にアルカディアを乗せたジークフリードは、急いで医務室へ走っていく。

 「おう、任せろ親父!なあ、まだ雑魚連中がいるみたいだぞゼロ」

 「・・・ああ、そうだな。全軍に告ぐ!ナイトオブラウンズはすべて我々が撃破した!
 残ったブリタニア軍を、全力で叩き潰せ!!」

 「「「承知!!」」」

 甲板にいたナイトメアの中には、機体を乗り換えた藤堂や四聖剣がいる。彼らは機体性能こそ劣るが負けられぬと、ブリタニア軍の残党を薙ぎ払っていく。
 また、蜃気楼がまだ動くことからルルーシュは再び蜃気楼に乗って飛び立った。

 ラウンズを倒したと声高に宣伝しながら追撃して来た黒の騎士団に、ブリタニア軍は信じられないと言い合いながらも退却を余儀なくされた。
 深追いはしなくていいというゼロの指示が出たので、じきに戦闘は終結することだろう。

 一方、その頃伊予の甲板では紅蓮とランスロットのコクピットから、カレンとスザクがよろめきながら出てきた。

 「あー、やっと出られた・・・ハッチがなかなか開かないから」

 「カレンもかい?僕もだよ」

 しばらく落下時の衝撃に耐えていた二人だが、紅蓮のコクピットはスポンサーである父のシュタットフェルトの意向で強化されていたことから彼女に傷はなかった。
 しかしスザクのほうはしっかり衝撃時に操縦桿をもろに腕に当てたらしく、左腕に痛みがあった。

 「折れてはいないと思うけど、ヒビくらいは入ってるなこりゃ・・・当分ランスロットに乗れそうにないや」

 「・・・紅蓮もこのザマじゃあね・・・もうすぐブリタニア本国戦だってのに」

 斬月も暁直参仕様も大破している以上、延期は確定である。
 無事なのは蜃気楼と今回出撃していない星刻の神虎くらいだろう。
 
 トリスタンは破壊したが、まだ無傷でいるナイトオブラウンズは二人いる。
 しかもそのうち一人はブリタニア皇帝の懐刀、ナイトオブワンであるビスマルク・ヴァルトシュタインなのだ。

 「イリスアゲートも三体とも大破・・・伊予も何か駄目っぽいし」

 四体ものナイトメアが上空から落下して来たせいで、伊予の甲板下にあった機関にエラーが生じたと叫んでいる声が聞こえる。
 穴が開かなかっただけでも大したものだが、かなりの重量があるナイトメアが四体連続で落ちてくるとは想定されていなかったのだから無理もない。
 この大損害をたった一人で与えたアーニャに騎士団員は怖れおののき、気絶している彼女に拘束衣を着せた上に二重に手錠をつけて連行して行くのが見えた。

 十四歳の少女にやり過ぎだとは、誰も言わなかった。
 あれだけのナイトメアの動かすには、それこそスザクやカレン以上の身体能力が必要なのだ。目が覚めて暴れられればどうなるか、想像するだに恐ろしかったのだ。

 ようやく戦闘終了宣言が蜃気楼から出ると黒の騎士団は勝利に沸き返ったが、マリアンヌと戦ったカレン達は疲れたように座り込んだ。

 第二次日本防衛戦と呼ばれたこの戦いの被害は甚大だった。

 紅蓮可翔式、ランスロット、イリスアゲート・ソローが大破。
 暁直参仕様四体とイリスアゲート・フィーリウスとイリスアゲート・パターは海中に沈み、引き上げが出来ても使い物にはなりそうにない。
 斬月は修理にはそこそこかかる程度の中破。
 そして現旗艦である伊予は甲板がガタガタになり、推進機関が全損。

 ナイトメアパイロットの被害も酷く、ナイトオブラウンズにやられた兵士も少なくない。

 情報処理型ナイトメアを操るアルカディアは全治2か月の全身打撲で入院、ランスロットパイロットのスザクの左腕は亀裂骨折で全治一か月と診断された。
 あの高度から落下してよくその程度で済んだものだと、ラクシャータは呆れつつ感心していたものだ
 
 藤堂、四聖剣は救出され、大した怪我はなかった。
 カレンも娘の無事を祈った父がラクシャータにコクピットの強化を依頼したお陰で、さしたる怪我はなかった。

 別の艦が伊予を牽引しながら、黒の騎士団は一路東京へと戻っていく。
 
 甲板で指示を出していたルルーシュがふと海に視線を移すと、赤く夕日が燃えている。
 ゆっくりと水平線へと沈んでいくそれに、かつて母と妹と共に過ごした幸せな日々が浮かび上がる。

 ルルーシュはそれをほんの少しだけ見つめた後、小さく笑みを浮かべて再び黒の騎士団員に指示を飛ばすのだった。

  



[18683] 第三十二話  ロード・オブ・オレンジ
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/07/16 08:31
 第三十二話  ロード・オブ・オレンジ



 第二次日本防衛戦は、日本の勝利に終わった。

 だがその被害は大きく、予定していたブリタニア大陸進攻は難しいと言わざるを得ず、後日行われた会議で満場一致で延期が決定した。

 「ナイトオブラウンズ機体のトリスタンは破壊したとはいえ、当のナイトオブスリーは生還した。
 しかも無傷のナイトオブフォー、さらにはあのナイトオブラウンズの長であるワンのビスマルクは健在だ。よってナイトメアの強化は必須と考える」

 黒の騎士団本部の大会議室でルルーシュがそう提案すると、もっともだと皆頷いた。

 「では技術部のラクシャータに一任する。
 なお、なるべく早く軍の再建を急ぎたいのでランスロットの強化も認める。あれは今回伊予に墜落したとはいえ、機体の半分以上は無事だからな。
 ナイトオブラウンズ機を圧倒出来るスペックになるなら、必要なだけ予算を出そう」

 「いいんですかぁゼロ!もちろんやりますやります!
 前から考えていた構想がありまして~、でもそれ経費がかかっちゃうんで断念してたところなんです」

 やっとチャンス到来、すぐに計画書と見積もりを出しますとロイドは浮かれている。

 今回の被害を考えるともはや過去の白兜のトラウマがどうこうと言っている場合ではないため、玉城でさえ複雑な顔こそしたが反対はしなかった。

 浮かれるライバルを横目に、ラクシャータが確認した。

 「紅蓮の強化ももちろんするんだろ、ゼロ?」

 「当たり前だ、エースクラスのナイトメアは全て強化対象だ」

 あのナイトオブシックスの強さを目の当たりにした黒の騎士団幹部達は、残るラウンズ達が彼女以上だったらという恐怖に駆られ、予算の増額はあっさり通った。

 「斑鳩の完成は予定通りのようだし、伊予の代わりは問題ないだろう。
よって被害が大きいナイトメアを中心に再編を推し進める」

 進攻の時期はその再編の進み具合を見てということが決まると、次は捕らえたナイトオブシックスのアーニャ・アールストレイムに議題が移った。

 通常ならば軍事裁判にかけた上で死刑、というのがナイトオブラウンズのようなブリタニアの高級軍人に対する措置なのだが、彼女はまだ十四歳の少女である。

 日本ではその年齢に対して死刑は認められておらず更生施設へ送るという法律があったため、どうすべきかと意見が分かれているのである。
 
 超合集国連合幹部もモニターで参加しており、彼らの間でも同じように議論が交わされていた。
 被害が被害なので合衆国ブリタニア代表であるユーフェミアはうかつなことは言えず、せめて助命を願うくらいしか出来そうにない。

 「やはりここは戦争が終わるまで収容所に移すのが妥当では?
 その後は彼女の状態を見て判断、というのが無難かと・・・さすがに上の命令に従っただけの少女を処刑するのは、他国からの非難が免れない」

 京都六家の当主にして日本内閣の外務大臣である宗像が、そう懸念した。
 もちろん問題の先送りと解ってはいたが、様々な状況を鑑みると一番安心出来る手段であるのも確かだった。

 だがアーニャ(正確にはマリアンヌだが)の恐ろしさを痛感していた黒の騎士団員は死刑は不適当であるのは認めるが、施設内に限定しているとはいえ自由に出歩かせることに難色を示していた。

 「性能のいいナイトメアを動かすには、本人の身体能力が見合っている必要があります。
 もし彼女が脱走を試みて暴れたりすれば、取り押さえられる者がいるかどうか・・・」

 杉山が怯えたように意見を述べると、処刑はしないことで意見はまとまったがどの程度の拘禁で済ませるかというのが問題になった。

 現在、あの驚異的な強さを目の当たりにしたせいか牢に入れたアーニャに誰も近づきたがらず、仕方なく二人の団員にギアスをかけて見張りと食事の世話などをさせている。
 そしてその当のアーニャはというと、気がついたら厳重に手錠をかけられて黒の騎士団の牢に閉じ込められている自分の状況に唖然となった。
 どうして自分はこんな所にいるのかとベッドの上に座って考え込んだが全く思い出せず、いつも持ち歩いていた携帯も取り上げられて一人牢の中で泣いていた。

 「・・・見張りからの報告によると、現在彼女は酷く情緒不安定な状況のようだ。
 よって収容所の一室に軟禁、見張りつきで散歩等を許可する形にしようと思う」

 年齢を考慮して通信教材による勉強や彼女が望む本などの差し入れという少し条件の厳しい軟禁というルルーシュの案に、宗像は賛成した。

 「それがいいでしょう。期限はブリタニアとの戦争が終結して落ち着いてから、その後は段階を経て保証人をつけて釈放という形にするのが理想と考える」

 まったくもって気の毒だが、こうしてアーニャはブリタニア捕虜収容所の一角に軟禁されることが決定した。

 会議が終了するとカレンを従えたルルーシュは、ユーフェミアとスザク、ダールトンを伴って別室に入ると、アーニャについて話した。
 押収したアーニャの携帯にルルーシュの写真まで持っているにも関わらずアリエス宮にいたことを忘れているアーニャを見て、ブリタニアに記憶操作の技術があったことを思い出したユーフェミアがルルーシュに相談して来たからだ。

 「・・・君には言うまいと思っていたんだが、アリエスの悲劇の真実を伝えようと思う。
 余りにバカバカしいことだったから、言いたくなかったんだが」

 ユーフェミアも多忙な中余計な心労を負わせたくなかったが、妙な形できっかけを得てしまった以上やむを得ないと、ルルーシュはコーネリアと同じ説明を彼女に伝えた。

 ブリタニア皇帝である父・シャルルの計画と、それに母マリアンヌが賛成していたこと。
 その計画を遂行するためにしていた実験と、生きていたあの男の双子の兄の嫉妬と暴走による悲劇だったと言うルルーシュに、一同は言葉を失った。

 道理でルルーシュが誘拐された時見た子供に既視感があったわけだと納得したユーフェミアは、ダールトンに確認する。

 「・・・本当に人体実験なんて恐ろしいことをしていたのですか、ダールトン」

 「はい、実験の適合体として、例のオレンジことジェレミア・ゴッドバルドをシュナイゼル殿下の研究機関に送ったこともあります」

 ブリタニア皇族が斜め上の思考をすることはよく知っていたが、さすがにその発想はないだろうと呆れていたカレンは、ふと気付いた。

 「えっと、話を聞いてるとあのラウンズのアーニャはアリエス宮にいたはずなのに、それをあんた達は憶えてないってことよね?
 それとアリエス宮の悲劇と関係してるってことは、あの子が犯人・・・いやそれはないわね、手引きしたとかそんな感じかしら?」

 「ああ、ブリタニアに記憶操作の技術があるというのは知っているな。
 だから当時のアーニャを知る者すべてにそれを行ったんだろうが、一度会っただけのダールトンまでは手が回らなかったようだ」

 ルルーシュが誘拐された時に記憶を操作してアッシュフォード学園に戻し、C.Cを捕獲する作戦を立てていたことを知っていた一同は、その恐ろしさに背筋を凍らせた。

 記憶と言うのは自分のこれまでの積み重ねなのだから、それを無理やり変えられるというのは自分を歪められたも同然だ。
 特に自分の記憶が操作されているのだと知らされたユーフェミアの顔は、見ていて気の毒なほど青ざめている。

 「手引きと言うのは年齢的にも難しいだろうから、現場を見た目撃者だったというのが一番可能性が高いだろう。
 その後記憶を消してラウンズとして手元に置いて監視した・・・と考えるのが妥当だな。
 おそらくだがその後遺症だろうな、自分が何をしたか憶えていないと言うのは・・・現にたびたび記憶が途切れることがあると言っていたし、頻繁に携帯で自分の行動を記録していた理由も納得がいく」

 実際はマリアンヌのギアスにより身体を乗っ取られたせいなのだが、前情報を得ていたこともあって辻褄の合った話に皆納得した。

 「どこまでも勝手なことを!!アールストレイム卿も気の毒だわ。
 私も他に何を忘れさせられているかと思うと・・・!」
 
 どこまで外道なのかと己の実父を憎悪するユーフェミアは、アーニャも被害者だと自分が引き取ることにした。

 「彼女が釈放される時には、私が保証人を引き受けましょう。
 記憶が戻る手段が見つかればいいのだけれど・・・」

 「解った、俺も根回しをしておこう。
 それとそれに関連する話なんだが、ロロがいた秘密組織があるのは知っているな?
 例の実験を行っているのもそこなんだが、近日中にその組織を壊滅させる手筈になっている。
 もしかしたら、記憶を元に戻す手段が見つかるかもしれない」

 「その組織のことは聞いていたけれど、なるほど解ったわ。その組織はどこにあるの?」

 「合衆国中華だ。太師様にもその旨を前々から伝えて、やっと捜査の許可が下りたからな。
 証拠隠滅を行われてはたまったものではないから、この件は誰にも言うなよ」

 一同が了承すると、ルルーシュはカレンに言った。

 「まだゴタゴタしているがそれにカタをつけ次第、中華へと向かう。
 だが君を連れて行くと目立つから、今回は日本にいてくれ」

 カレン=ゼロ親衛隊長というのはすでに周知の事実なので、彼女が中華に来ると当然ゼロもその場にいることになり、ブリタニアに悟られる恐れがあるという説明に、カレンは渋々納得した。

 「解ったわ、紅蓮の強化に私の身体データを取る必要があるし、お父さんにまた心配かけちゃうしね。
 それにしても、ブリタニア皇族の考えることってほんと訳解んない」

 他人をなんだと思っているのか理解に苦しむと言うカレンに、さすがにダールトンも皇帝に対しておぞましさを抱いていた。
 何しろ主君だったコーネリアにさえ記憶操作をしていたのはほぼ間違いないのだから、それも合わせて忌々しさを感じている。
 
 ユーフェミアも己の記憶が弄られているという事実に気持ち悪くなり、同時にあの魔窟と判明したブリタニア宮殿から出た己の判断は正解だったと改めて実感した。

 日本を解放した日、ルルーシュから事実を聞いたというコーネリアが自害したのも無理はない。
 世界各地で侵略し多大な怨恨と憎悪を買っていた姉はあそこでしか生きていけないというのに、その宮殿が全ての不幸を生み出していると知らされたのだから。

 「・・・あんな馬鹿げた計画のために、お姉様は」

 「ユフィ・・・」

 「本当にナナリーの言った通りね。確かに駄目親父だわあの人は」

 ユーフェミアは疲れた声でそう呟くと、ダールトンに命じた。

 「ダールトン、私の方にもその資料を持ってきなさい。よろしいですね」

 「・・・イエス、ユア マジェスティ」

 否を許さぬ声音で命じたユーフェミアに、ダールトンは深々と頭を下げて了承する。
 初めて皇帝のみに使う言葉を使ったダールトンに、ルルーシュは驚いた。

 だが大きく成長を遂げた彼女ならあの最低な父親の愚行を正し、新たなブリタニアを創ることが出来るだろう。

 そう確信したルルーシュはそのためにもギアス嚮団を潰し、さらにあの父親の計画の要となっているコードを早急に奪わねばと誓いを新たにする。

 まだコードを奪える達成人になっている者はいないが、自分を含めて暴走している者はいるのだから、それも時間の問題だろう。
 まずはV.Vを確保してC.Cがされていたようにカプセルに閉じ込めるなり、アーニャ以上に厳重に監禁するなりしておこう。
 ついでにシャルルも処分できれば上々だ。

 ルルーシュはそう考えを巡らせながら、ルルーシュがいない間自分達がすべきことについて協議しているユーフェミアとスザクとカレンを見つめていた。



 その頃、横浜港に一隻の船が中華から入港した。
 届けられた物資を船員達が積み込んでいく隙を狙って、一人の男が港から人目を避けるようにして出て行った。

 「久しぶりだな、エリア11は・・・」

 自分が辺境伯としてこの地の統治に尽力していた時からまだ一年も経っていないというのに、日本人が大手を振って歩きブリタニア人の姿が珍しいものとなっていた。
 この状況にジェレミアは事前に聞いてはいたものの、驚きながら街を歩いて行く。

 (ヨコハマからトウキョウ租界まではモノレールだな。
 まだブリタニア通貨が使えると聞いていたから切符を買わねばならんのだが・・・)

 V.Vがまとまった資金を渡してくれたし、船員が東京までの行き方を教えてくれてはいたものの、貴族育ちの彼はこれまで自動販売機で切符を買ったことなど一度もない。
 というより公共機関を利用することさえ初めての経験である。

 (何故こんなにボタンがあるのだ?グリーン席とはなんだ、自由席とはどう違うんだ? さっぱり解らん)

 自動発券機の前でジェレミアは考え込んだが、プライドにかけて他人に尋ねることは出来ずにひたすら唸り続けた。
 そして五分後に不審に思った駅員に声をかけられ、ようやく窮地を脱することに成功して無事モノレールへと乗車する。

 (トウキョウへ到着したら、アッシュフォードに向かおう。
 あそこは今ユーフェミア皇女殿下について元通り学園を運営しているとのことだし、ルルーシュ様は無理でもナナリー様がいらっしゃるかもしれない。
 お二人に会って何としても事実を確かめねば・・・!)

 ジェレミアが決意を改めて固めながら窓の外を見つめていると、工事をしている日本人の姿が見えた。

 自分達が治めていた時は怯え、動作も緩慢だった彼らの顔には笑顔が浮かび、楽しそうに作業に従事していた。
 たまにブリタニア人も作業に加わっていたがかつて自分達がしていたように、日本人が辛い仕事を押し付けている様子はない。

 ジェレミアは目を閉じると、機械が埋め込まれている自分の左目を押さえた。
 かつて自分が日本人に押し付けていた運命が来たと否が応にも解る、機械の感触。

 自嘲の笑みを浮かべたジェレミアは、ただ窓の外を見つめていた。



 東京駅に着いたジェレミアは、多少迷いながらもアッシュフォード学園へと到着した。
 途中図書館に寄ってインターネットで情報を集めたところ、アッシュフォード学園は日本人を受け入れる準備を推し進めており、日本人教師を募集しているようだった。

 (だがブリタニア人の生徒は半数が本国に戻ったとある。
 ルルーシュ様とナナリー様の安否は解らなかったから、直接向かうしか)

 しかしさすがに出入りが厳重である。校門には警備員がおり、力ずくで入ればたちまち調査どころではなくなるだろう。

 と、そこへ驚いたような女性の声が響き渡った。

 「・・・ジェレミア卿!?」

 久々の懐かしい呼ばれ方にジェレミアが振り向くと、そこにいたのは髪を長く流してすっきりしたワンピースを着ていたかつての部下のヴィレッタだった。
 ずいぶん印象が違っている部下の姿と、まさかまだ日本にいたとは思わなかったジェレミアは驚いた。

 「ヴィレッタか。久しいな」

 「ええ、私もまさかここでジェレミア卿にお会い出来るとは思いませんでした。
 あの、差し支えなければ教えて頂きたいのですが、何故ここへ?」

 もっともな質問を投げかけられたジェレミアはまさか正直に答えるわけにはいかず、ただこれだけを答えた。

 「アッシュフォードに確認したいことがあってな。
 だが私はすでに公式には死んだとされている身だから、どうすべきか悩んでいるところだ」

 「確認すべきこと・・・・まさか、ゼロの正体についてでしょうか?」

 ヴィレッタが恐る恐る確認すると、ジェレミアは眉を動かした。
 やはり、とヴィレッタが確信すると、かつての上司に彼女は現状を訴えた。

 「実は私、ナイトオブラウンズのジノ・ヴァインベルグ卿と連絡を取ることに成功いたしまして、ゼロの正体を伝えたのです。
 シュナイゼル殿下にお伝えすると仰って頂けたはいいものの、その後連絡が取ることが出来ず、最近になってやっと指示が来たのです。しかも光栄なことに、皇帝陛下からのご命令だったのです」

 そう言ってヴィレッタがコピーしたルルーシュの写真をジェレミアに見せると、彼は目を見開いた。

 「・・・間違いなく、この少年がゼロなんだな?!」

 「はい、正体を突き止めたところに妨害が入って撃たれたためにコーネリア殿下に報告することも出来ず・・・ふがいない限りです」

 何も知らないヴィレッタが頭を下げるが、ジェレミアはそれどころではなかった。

 (おお、マリアンヌ様によく似た面差し、間違いなくルルーシュ殿下だ!マリアンヌ様の御子息が生きて・・・!
 私はご生存に気づかず、何ということを!!)

 アッシュフォードは生存を信じてルルーシュとナナリーを探して保護し、彼らを守るための箱庭としてこの学園を造ったのだろう。
 それに比べ死んだという報をあっさり信じて諦めた自分は、何という不忠者であったことか。

 「・・・それで、今ここにこの少年はいるのか?」

 「いえ、私が調べた限りでは彼は生徒会の副会長をしていたようですが、今はおりません」

 「そうか・・・そうであろうな」

 あからさまにがっかりしたジェレミアに、ヴィレッタは慌てて言った。

 「ご安心ください、今私がスパイとして入り込んでいるのは黒の騎士団の幹部ですから、情報も手に入りやすく・・・運良くその男はこの学園の理事長の娘と知り合いになれたらしいので」

 どうやらヴィレッタは、ゼロの正体であるこの少年の素性までは知らないらしい。
 それ故ジェレミアはルルーシュに対して害意を抱いているヴィレッタを引き離そうと、探りを入れた。

 「皇帝陛下からのご命令とはなんだ?」

 「はい、ゼロと繋がりがある生徒会のメンバーを捕えてゼロを誘き寄せる作戦です。
 ゼロの正体を知った私を撃ったのも、この生徒会に所属する娘でしたから」

 じきに潜入に成功した皇帝の機関の者が学園から出てくるはずだと言うヴィレッタに、ジェレミアはアッシュフォード学園を見て尋ねた。

 「しかし、どうやって生徒会の者達を誘き出すのだ?」

 「近々行われる弁論大会の打ち合わせに、彼らが参加するという情報を得ました。
 今迎えの車を装った者達が、学園に入ったところですので」

 「・・・そうか」

 そこまで聞けば充分、とジェレミアは速やかにこのことをアッシュフォード学園の生徒会の者達に告げ、彼らを守ることにした。
 そうすることが自らが忠義を捧げるべきルルーシュを守ることになるのだから、たとえ皇帝の策であろうとも覆すことに迷いがなかった。

 「ジェレミア卿、これはチャンスです。国賊ゼロを捕らえることが叶えば我々は再び純血派を立ち上げ、元通りの地位・・・いやそれ以上の爵位を賜ることは間違いありません。
 シュナイゼル殿下はもちろん、皇帝陛下もこの功を高く評価して下さっているとのことです。現にこの作戦に皇帝陛下直属の機関の者がいらしているのです。
 再び我々がかつてのブリタニアをこのエリア11に取り戻し、君臨するのです!!」

 扇への未練を振り切りたいヴィレッタは自身に言い聞かせるように興奮した口調で語るが、ジェレミアはそれを冷めた心で聞いていた。

 かつての自分ならばそのとおりだと同調したであろうが、祖国に見捨てられ改造されるという、落ちるところまで落ちた弱者となって初めて彼らの心情を知り得たジェレミアには響かなかったのだ。

 (あの方も祖国に見捨てられた。だからこそゼロとなりブリタニアの崩壊を目指したのだろう。
 今の私には貴方様のお気持ちがよく解ります、ルルーシュ様)

 このままではルルーシュはヴィレッタによって軍人達に、ひいてはシャルル皇帝に引き渡されることになるだろう。
 そうなればブリタニアの皇子がゼロであったことを隠したい皇族の手により、ルルーシュは今度こそ殺されてしまうかもしれない。

 (それだけは何としても阻止しなくては!!
 このジェレミア・ゴッドバルド、一命に代えても今度こそ全力でお守り申し上げます!!)
 
 もはや一刻の猶予もないと判断したジェレミアは、さりげなくヴィレッタとの間に間合いを取った。

 「ヴィレッタ、貴公に話したことがあったな、私が果たせなかった忠義を」

 「ええ、初任務でマリアンヌ様をお守り出来なかったことを今も悔やんでいると・・・」

 それがどうしたのかとヴィレッタが首を傾げた瞬間、彼女の首筋に手刀が叩きこまれた。

 「私はその忠義を、今度こそ果たさねばならん。
 ましてやブリタニアではなく自身の栄達のために動くような者に、ルルーシュ様を渡すわけにはいかぬ・・・許せ」
 
 国是からすればヴィレッタは立派なブリタニア軍人だと言えなくもないが、今のジェレミアにとっては忠義を誓うべき相手に危害を加えようと企んでいる者でしかない。

 気絶させたヴィレッタを抱え込んだジェレミアは、ためらいなくアッシュフォード学園の校門に足を踏み入れた。

 「入門希望者ですか?ご用件とお名前をお聞かせ下さい・・・と、そちらの方は病人ですか?でしたらすぐに救急車をお呼びしますが」

 「私はジェレミア・ゴッドバルドと申す者だ。至急生徒会の方々にお会いしたい。
 お会い出来なくともいい、ここから出ないようにお伝えしてくれ!急げ!!」

 突然の要求に門衛は驚いたが、はいそうですかと実行に移すわけにはいかず、かといって追い返していいのかと判断がつきかねている。

 だが一応生徒会室に話を通そうと門衛が内線で連絡を入れると、出たのはまさに迎えの車の元へ行こうとしていたミレイだった。

 「はーい、こちらアッシュフォード生徒会室です」

 「あ、ミレイお嬢様。今見知らぬ男が現われて、ここから出るな、今迎えに入ったのは誘拐犯だとかなんとか言っているんですが・・・」

 通報した方がいいですかね、と困惑している門衛の報告に、ミレイは眉をひそめた。

 「誰かしら、その人・・・映像を回してくれる?」

 「はい」

 眉をひそめたミレイがパソコンで監視カメラの映像を繋げると、そこにいたのはテレビで見たことのある男と彼に抱きかかえられた見知らぬ女であった。

 「あれ、ちょっと顔が変わってるけど確かオレンジ事件のジェレミアって軍人に似てませんかあの人・・・。
 あの事件以来どっか左遷されたとか報道されたきりだけど、まだ日本にいたんですかね?」

 リヴァルが画面を覗き込んで首を傾げると、シャーリーもそれに続いて顔を青ざめさせた。

 「あ・・・あ・・・あの人・・・・!!」

 「どうしたの、シャーリー。あの人知ってるの?」

 「あの男性が抱いてる人、ルルがゼロだってことを突き止めた軍人です!!
 私が撃ったの、あの人なんです!!」

 ジェレミアに抱えられているヴィレッタの姿を見て生きていたことに驚き床に座り込むシャーリーに、ミレイとリヴァルは顔を見合せた。

 「・・・どういうこと?あの二人がグルってことかしら?」

 「でもあの女の人、気絶してますよね?
 シャーリーに見られたら困るのは俺でも解りますから、グルだってんなら彼女を連れて堂々と来ますか?」

 「シャーリーがもう本国に戻っていたと勘違いしていたとしたら?」

 可能性を考えればキリがないと二人は大きく溜息をつくと、ミレイはまず打ち合わせ会場に迎えを出したか確認することにした。

 「もしもし、こちらアッシュフォード学園生徒会のミレイです。
 あの、今ここにそちらの迎えと称する方々が二名来られたのですが・・・ええ、何でもまだ治安不安定なところがあるからとのことで・・・そうですか、解りました。
 はい、すぐにこちらで対処いたします。ありがとうございました」

 ミレイが苛立った顔で受話器を置くと、どうだったかと視線で尋ねる二人に答えた。

 「迎えなんて出してないそうよ。
 やっぱりあの人の言ってることが正しいと見るべきでしょうね」

 実際未遂に終わったとはいえ似たような前例があったことを思い出した二人は、報告があってよかったと心底安堵した。

 「・・・これはすぐにルルーシュに知らせた方がいいっすね。
 あの二人はどうします?」

 「わ、私がルルの極秘電話にかけます!」

 我に返ったシャーリーが自分の携帯電話を取り出してルルーシュにかけると、すぐにルルーシュが出た。

 「シャーリーか、どうした?何かあったのか?」

 「ルル、大変なの!実はね・・・」

 シャーリーが事情を説明すると、ルルーシュはどういうことだと舌打ちした。

 自分がかつて屈辱の極みを与えたオレンジことジェレミアが何故かシャーリーが撃ったヴィレッタを気絶させて乗り込んできて、自分に対する餌として生徒会のメンバーを捕えにきた者達の企みを阻止しに来たと言う。
 さすがのルルーシュも、いったい何が起こっているのかと判断がつきかねた。

 (会長の話だと、打ち合わせの会場では迎えなど手配していないと言う。
 ならばその迎えとやらは確かに怪しいな・・・)

 ルルーシュはミレイに電話を変わるように言うと、電話に出た彼女に指示した。

 「その迎えに来た二人を礼拝堂にでも閉じ込めてしまえ。
 ミレイ、例の隠し通路は知っているな。万が一の時はそこから逃げるんだ。今カレン達を迎えにやる」

 命令口調で言われるとミレイは会長と副会長ではなく、主君と臣下になってしまう。

 「解りました。すぐに手配します。ですが、知らせてくれた方はどうします?」

 「オレンジって、スザクをお前に渡したことで左遷された奴だよな?お前の部下だったのかやっぱ?」

 リヴァルの問いになるほどと納得した面々に、ギアスを説明する訳にはいかないルルーシュはあいまいに答えた。

 「・・・まあ、いろいろ事情があってな。
 そのオレンジとヴィレッタも同様に礼拝堂に放り込め」

 「解りました。何とかやってみます」

 ミレイが了承して電話を切ると、さっそく二人に向かって言った。

 「というわけで、黒の騎士団アッシュフォード支部の任務よ。
 今日来た招かれざる客人を礼拝堂に閉じ込めるの。こっちに来るカレン達に引き渡すわ」

 「ルルの正体を知ってる可能性が高いもんね・・・どうやって礼拝堂に案内するの?」

 「大丈夫、ルルちゃんからちゃんと方法は聞いたから。あのね・・・」

 ごにょごにょとミレイが二人に伝えると、二人は真剣な顔で頷いた。



 アッシュフォード学園の玄関前にいた迎えの男女の二人組は、すぐに来ると言ったのになかなか来ない生徒会の者達に苛立っていた。

 「遅いな、もう二十分も経ってるのに」

 そうぼやいたのは、機密情報局員の男だった。
 
 「まさか、気づかれたかな?」

 「もしそうなら、力ずくになるわ。かなり厳しい状況になるから、一度引き上げた方がいいかもしれないわね」

 男の懸念に、女がそう答えた。
 ここは黒の騎士団のお膝元なのだ。騒ぎになれば明らかに自分達が不利である。

 と、そこへ用務員をしているフェネットが、申し訳なさそうにやって来た。

 「すみませんお待たせして!
 実は生徒会役員の一人が床の穴に足を挟んで動けなくなったとかで、騒ぎになっているんです。
 なので申し訳ありませんがもう少し待って頂けませんか?」

 「え・・・」

 「今から私も用具を持って助けに行くところなんですが、その前にお待たせしている皆様を応接室へ案内するようにと、生徒会長から申し付かっております」

 ぜひこちらへ、と急いで応接室に案内しようとするフェネットが歩き出した刹那、彼のポケットから携帯電話が鳴り響いた。

 「あ・・・ちょっと失礼」

 娘からの着信音に、フェネットが無礼を承知で携帯電話に出る。

 「どうしたシャーリー、ルルーシュ君の足が抜けたのか?それとも何かあったのか」

 「?!」

 フェネットの台詞に、二人は敏感に反応した。

 (陛下がおっしゃっていたゼロの正体の少年の名前だな。まさか、ここにいるのか?)

 フェネットはいきなり娘から『ルルーシュが床に空いてた穴に足を突っ込んじゃったの。何とかして抜こうとしたけど駄目だから、何か道具持って来て』と言われた時は驚いた。
 だが同時に傍にいたミレイから『血も出てないし大丈夫よ。その前に今私達を迎えに来てくれる人がいるから応接室で待ってて貰って』と言われたので大したことはないと思っていたのだが、青い顔をするほど娘は心配で仕方ないらしい。

  「・・・何だ、そう怒鳴るな。何、まだなのか。だから用具を早く持ってこい?解った解った。
 迎えの人達を応接室に案内してからすぐに行くよ。そう怒るな、では」

 何故か首をかしげつつ電話を切ったフェネットを見て、男は小さく笑みを浮かべた。

 (確かヴィレッタ・ヌゥの報告だと、シャーリーと言う娘はゼロのガールフレンドだとか言っていたな。
 それにはっきり聞こえたし・・・『ルルの名前は出さないで!』と)

 機密情報局に所属しているだけあって男は聴覚も人よりかなり優れているし、電話相手の少女は怒鳴っていたのでとてもよく聞こえたのである。
 
 (罠かアクシデントか・・・もし後者ならうまくやればゼロを捕らえられる!)

 「すみませんなお待たせして。ではこちらに・・・」

 「よろしければ私達も行きましょうか?これでも私は元軍人で衛生兵をしていましたから、お役に立てると思いますよ」

 男がそう嘘をついて申し出ると、フェネットは確かに怪我の処置がまずいとあとあとよくないと思い娘に連絡しようとした刹那、ふと視線を感じた女は失敗を悟った。

 「いえ、大変そうなので私達は一度戻ります。改めて連絡するということでよろしいですか?」

 「え?あ、はい、そうお伝えしておきますが」

 フェネットがそう応じると、せっかくのチャンスを何故、と視線で訴えてくる男に女は小さく囁いた。

 「後ろを見なさい、生徒会のメンバーが見張っているわ。
 気づかれたのよ、今回の作戦は失敗ね」

 隠れているつもりだろうが、しょせん素人である。その道のプロである機密情報局の二人にはバレバレの監視だった。
 玄関ホール近くの壁際で緊張した表情のリヴァルは気付かれていることに気づかず、二人が無事に礼拝堂まで来るかを見張っていた。
 
 (誰か一人だけでも、ゼロの餌を確保しなくては・・・!)

 皇帝から無能呼ばわりされたくない男がリヴァルに目をつけると、フェネットについて玄関から出た瞬間、運転手はリヴァルの腕を掴んで引き寄せた。

 「うわっ!!」

 「バレバレの見張りだな。我々と一緒に来て貰おう」

 「リ、リヴァル君?!」

 「は、離せ!!」

 リヴァルは懸命に逃れようと暴れたが、軍籍に身を置いている者の腕力に敵うはずがない。
 無理やりリヴァルを車に押し込める男の勝手な行動に女性は舌打ちしたが、もはや止めるわけにはいかない。運転席に乗り込んで、無理やり車を発進させた。

 「だ、誰か門を閉めろ!!リヴァル君がさらわれた!」

 フェネットの絶叫に通りすがった生徒達も突然の誘拐劇に驚き、猛スピードで走る車に悲鳴を上げる。

 既に門はミレイの指示で閉じられているが、学校の外には別の車があるので門の前で車を降りて学園を出れば、乗り換えることが可能だ。

 「・・・私があの車を止めよう。捕まった生徒の保護を頼む」

 誘拐されたという絶叫が聞こえたジェレミアはそう門衛に頼むと、ヴィレッタを寝かせて暴走する車のボンネットに飛び乗った。

 「きゃ!!」

 慌てた女が急ブレーキを踏むと、ジェレミアはさっさと降りて後部座席のドアを無理やり開け、唖然としているリヴァルに向かって叫んだ。

 「早く降りるのだ!この者達は私に任せよ!」

 「は、はい!!」

 リヴァルが慌ててつんのめるようにして後部座席から降りようとするが、男は制服の襟首を掴んで離さない。
 ジェレミアは無言で男の腕に隠し持っていた剣を突き刺すと、彼は悲鳴を上げて手を引っ込めた。

 「う、うぎゃあ!!貴様ああ!!」

 その隙にリヴァルはやっと男から解放され、駆け寄って来た警備員達に保護された。

 「まさか最後の最後で、邪魔が入るなんて」
 
 「・・・あの方を渡すわけにはいかない」

 ジェレミアは運転席から出て相対する女にそう告げると、剣を構えた。

 「お前は確か、オレンジだな!!どういうつもりだ貴様!!」
 
 ジェレミアに見覚えのあった男が、刺された腕を押さえながら怒鳴りつける。
 以前なら過剰に反応したはずのジェレミアはそれを無視して、かろうじて逃げることに成功したリヴァルに向かって言った。

 「貴公は速やかにあの方に連絡して、この事態をお知らせするのだ。
 あの二人は皇帝直属機関の配下の者だ、うかつな人間では手に負えぬ」

 「わ、解りました。すぐに伝えます」

 リヴァルは騒ぎを聞きつけて来たミレイとシャーリーとともに、緊急事態用のルルーシュの携帯に電話をかけた。
 数度のコールの後に電話に出たルルーシュに、慌てて事の次第を報告する。

 「悪い、奴らを礼拝堂に閉じ込めるのに失敗した!今オレンジが取り押えてくれるって言ってくれたけど、それが皇帝直轄機関の連中だって・・・!」
 
 「な、何だと?!遺跡は封鎖したが・・・ち、密入国ルートを作って入って来たな」

 やられた、とルルーシュが歯噛みしたが、今はそれどころではない。
 カレン達に急げと指示を出すくらいしか出来ないが、後は彼らにアッシュフォードに来た闖入者を捕まえて貰うしかなかった。

 わらわらとやって来た警備員に囲まれ、男と自分ではさすがにギアス持ちといえども分が悪いと女は焦っていたが、男はジェレミアに向かって飛びかかった。

 「この裏切り者が!!」

 「む・・・?」

 行く手を阻んだジェレミアに向かって、男が銃を構えた。
 そして左目に赤く羽ばたく紋様を浮かび上がらせる。

 (俺のギアスは“自分と同じ行動を取らせるギアス”だ!これで貴様の足は動けまい!)

 男はギアス嚮団の出身者で、彼もまたギアスを持っていた。
 その能力は視線を合わせている間、対象者はギアス能力者と同じ行動を鏡に映っているかのように取らせるものだ。
 地に足をつけて銃を構えている自分と同じ行動を取ったところで相手は銃を持っていないのだから自分が撃たれることはないし、相手は避けることも出来ない。

 そのはずだったがジェレミアはすぐにギアスキャンセラーを発動し、それを無効化してしまった。

 「私にギアスは通じない。残念だったな」

 「何?!」

 ジェレミアは難なく銃弾をよけると人間とは思えぬスピードで走り寄り、油断していた男が手にしていた銃を剣で落として腹を思い切り蹴った。

 「がはっ!!」

 胃液を吐いて倒れた男を蹴り倒したジェレミアは、続けて女に向けて剣を突き付けた。

 「・・・大勢だと警戒されるから、二人だけで来たのが失敗だったわね」

 一応見張りとしてヴィレッタを置いていたのだが、旧知の人物は無警戒だったと見える。
 それに・・・。

 「貴方、V.V様がおっしゃっていたギアスキャンセラーの人ね。
 どうしてそれが私達の邪魔をするのか解らないけど・・・」

 どうせ聞いても答えまいと冷静に考えている女の視線の先には、ルルーシュの報告を聞いてすっ飛んできたカレン率いる数人の騎士団員がいる。
 人が通れるだけ開かれた門から、銃を構えつつ続々と入って来た。
 
 その中には扇もいて、妻がアッシュフォード学園の近くに用事があると聞いていたことを思い出し、慌てて出動したカレンから話を聞いて同行を申し出たのである。
 
 さらにナイトメアポリスが載せられているであろうトレーラーもこちらに向かっているのだが、まだ到着していない。

 ギアスキャンセラーが敵に回った以上、自分もギアスが使えない。
 もはや逃走は出来ないと悟った女は観念すると、持っていた毒薬を口に含んだ。

 女は物心ついた日からこの日まで、ギアス嚮団の道具として育てられた。
 過去幾多の者達が使い捨てられてきたか、彼女はよく知っている。
 自分自身、失敗したり捕まったりした仲間を殺したこともあった。
 だから仲間の手間を省くために、自ら死を選んだのである。

 突然倒れた女を見てやっと彼女が服毒したことに気づいた唖然としているカレンを見て、ジェレミアは、何をしているのかと舌打ちして叫んだ。

 「何をぼうっとしている!すぐに手当てをすれば助かるかも知れん。
 背後関係を洗うためにも、生かして捕らえるべきであろう!」

 もっともな指示に我に返ったカレンが連れて来ていた騎士団員に二人の手当てを指示すると、彼女はリヴァル達の元に走り寄る。

 「みんな大丈夫?けがはない?!」

 「ああ、カレン・・・!大丈夫、リヴァルがちょっと身体を打っただけみたい」

 ミレイが答えると、カレンも大きく安堵の息を吐いた。

 「よかった・・・!とりあえず事情聴取とかしなきゃいけないから、騎士団本部に来てくれる?口裏合わせとかお願いしたいんだけど・・・」

 「解ったわ、すぐに行く。それにしても、こんな直接的なことするなんて・・・」

 ミレイがリヴァルの腕を肩に回して立ち上がらせると、カレンも手伝った。

 「ブリタニア人のテロってことになると思うけど、またブリタニア人に対する偏見とか出そうでやだな」

 「その心配はないぞ、カレン」

 カレンがそうぼやくと、響き渡った聞き慣れた声にカレン達は驚いた。

 「幸いこの現場を見ていた者達は少ないから、麻薬の常習者が起こした事件、ということで表面的に片をつける。
 薬を飲んでいるところも目撃されているから、それで何とか話がつくだろう」

 麻薬常習者の男女が麻薬を手に入れる資金欲しさに名門校の生徒の誘拐を企てたという形にして話をごまかすというルルーシュに、それはいいが門衛とオレンジはどうするのかとミレイが尋ねた。

 「でも門衛さんはあのジェレミアって人から話を聞いちゃってるわ。どうするの?」

 「俺が何とか黙って貰えるように説得しておいた。アッシュフォードの名誉と風評に関わることだからと言ったら、了承してくれたよ」

 もちろん門衛にギアスをかけてのことだが、さすがルルーシュとカレン達は納得した。

 「解った、何とかやってみるねルル。ところでどうやってここに来たの?」

 シャーリーの問いかけに、ルルーシュはカレンとは別ルートを使い、隠し通路を通って来たと答えた。
 カレンがまた騙したなと膨れたが、敵をごまかすためなら仕方ないと理解したのでそっぽを向くと、視線の先にはジェレミアに近寄る咲世子がいた。
 耳にはイヤホンがつけられており、ルルーシュの指示が伝わるようになっている。

 メイド服を着てはいるが臨戦態勢を整えつつ咲世子がゆっくりとジェレミアの前まで来ると、ジェレミアは持っていた剣を床に落とした。

 「・・・私はどうしてもあの方にお会いして、確認したいことがあるのだ。
 取り継いでは貰えないだろうか」
 
 かつてイレヴンと侮蔑していた日本人に向かってジェレミアが頭を下げるのを見たルルーシュは、咲世子に命じた。

 「・・・礼拝堂まで連れて来い。妙な真似をすればその場で捕らえるか、無理なら始末しろ」

 「承知いたしました。
 ・・・ジェレミア・ゴッドバルド卿ですね。お許しが出ましたので、主の元へご案内いたします」

 「・・・感謝する。それと、この件に加担したヴィレッタだが、そこに・・・いない?!」

 ジェレミアがヴィレッタを引き渡そうと彼女を寝かせた場所に目を向けると、どさくさ紛れに逃げたのか、彼女の姿がどこにもなかった。

 「気絶していたと思いこんで、拘束しなかったのがまずかったか・・・」

 あの時車を止めることに集中して、彼女のことは綺麗に忘れていたのが災いした。

 「申し訳ない・・・あの方にはお詫びのしようも・・・」

 せっかくルルーシュに引き渡すべき人間を捕らえたと言うのにみすみす逃したミスに、ジェレミアは腹でも切りたくなった。

 「・・・その件は後で伺いましょう。とにかくあの方の元へどうぞ」

 「了解した」

 ヴィレッタが逃げたと知ったシャーリーは、また彼女が生きて自分達を狙うのではないかと青ざめている。
 門衛の詰所から監視カメラを確認すると、カレンが来るのと前後して目が覚めた彼女が慌てて門のほうへ逃げていくのが解った。

 「あっちには黒の騎士団員の人達が来てるのに、何で逃げられたのかなあ?」

 「うまく口先だけでごまかしたのかも・・・後で扇さん達に聞いて確かめてみるわ」

 シャーリーの疑問にカレンが忌々しげに答えると、意地でも探してやると指を鳴らした。

 「一人残らず今度の件に加担した連中を捕まえるから、それまで学校から出ないでね。
 ルルーシュがゼロ番隊の人を数人、アッシュフォード学園につけてくれるそうだから」

 ゼロ直属の信頼出来る人だから安心してと言うカレンに一同はほっとしていると、ノックの音がした。

 「カレン、俺だ。ちょっと報告があるんだが」

 「なーに、扇さん」

 カレンが入室を促すとドアが開いて、扇がこんにちはと挨拶しながら入って来た。
 
 「残念なことに、さっき搬送した二人が亡くなったって報告が来たよ。
 連れて行ったゼロ番隊員の話だと、麻薬が原因らしいけど・・・」
 
 どうやら誘拐犯の男の方も毒を隠し持っていたらしく、隙を見て毒を飲んでいたらしい。

 既にルルーシュが隠ぺい工作をしているようだと悟ったカレンは、扇を騙すことに申し訳なさを感じていた。
 だが事実を知らせると彼も巻き込まれてしまうので、騙しとおすつもりだった。
 
 「そ、そう・・・きっと麻薬常習者がお金目当てにした犯行かも」

 「それにしちゃ手が込んでる気がするけど・・・まあここは良家の子女が集まる学校だからあり得るかもな」

 詳しいことは担当者に任せてそろそろ引き揚げようと言う扇に、カレンはちらっと礼拝堂の方を見て言った。

 「会長達がまだちょっと不安がってるから、話をしてから帰りたいんです。駄目ですか?」

 「ああ、そういうことならいいがカレンも気をつけて戻れよ。
 そうそう、さっき俺達に犯人を早く手当てしろって指示した男はどこだ?」

 ヴィレッタを保護することに必死だった扇は、咲世子が密に彼を礼拝堂に案内していたところは見ていなかった。

 「ちょっと気になることがあるので、ゼロ番隊の人が事情聴取しています。
 後で報告があると思うんですけど」

 「そうか、解った。じゃあ俺は先に戻る」

 うまく扇をごまかせたことに安心したカレンが手を振って送り出すと、詰所の外に出た扇は彼女と同じように安心していた。

 (よかった、カレンのやつ千草がこの辺りにいたことは気付かなかったみたいだな。
 千草に変な疑いをかけられたらまずいことになる)

 アッシュフォード学園に飛び込んだ時扇が目にしたのは、最愛の妻だった。
 門の壁に隠れて怯えている様子の妻を見た扇は、すぐに彼女をアッシュフォード学園の外に連れ出して事情を聴いた。
 するとヴィレッタは、道に迷って門衛に道を尋ねていたらこの騒ぎに巻き込まれた、と嘘八百を並べ立てた。

 彼女の嘘をあっさり信じた扇は、他に共犯者がいて逃げている女がいるという情報があるにも関わらず、彼女がそうだとは微塵も疑わなかった。
 それどころか『捜査を混乱させてはまずいので、こんなささいなことなんて報告しない方がいいと思います』というヴィレッタの案に頷く始末である。

 今回はほとんど強引にカレンに同行しただけの扇はこの件が職務ではないことをいいことに、事の次第を知らせて安心させようと近くの喫茶店で休ませていた妻の元へ足を向けるのだった。



 礼拝堂内では咲世子に案内されたジェレミアが、夢にまで見たルルーシュと念願の会話を果たしていた。
 咲世子は心配そうにルルーシュを見たが、命じられたとおりに外に出て誰も入れないように入口を見張る。

 「ル、ルルーシュ殿下でいらっしゃいますか・・・!」

 「ああ、お前達ブリタニアが使い捨てにした元皇子だ。
 話はだいたいミレイから聞いたが・・・」

 ギアスをかけたゼロ番隊の者数名に銃を構えさせた礼拝堂内で、ルルーシュはジェレミアを出迎えた。
 武器はすべて取り上げたと咲世子が報告したので、残る殺害手段は扼殺くらいしか彼には残されていない。

 (確かギアスキャンセラーなるものを埋め込まれた男だったな。
 手駒になり得るか否か、確かめる必要がある)

 無言で自分を見つめるルルーシュに、ジェレミアは涙を流した。

 「おお・・・!!V.Vの元に送られて話を聞いて以来、どれほどお会いしたいと願ったことか!
 信じて頂けないのは百も承知です。ですがどうか私の想いをお聞き届け頂きたい。
 その上で死を賜るならばそれも致仕方ないことですが、このジェレミアに悔いはありません」

 「・・・いいだろう、ではお前が知っていることを全て話せ」

 「イエス、ユア ハイネス」

 その呼称に内心嫌がったルルーシュだがそれは指摘せず、跪いたジェレミアが涙を流しながらヴィレッタから聞いた計画をルルーシュに語ると、ルルーシュは眉をひそめた。

 「・・・上に報告する時間はいくらでもあったはずだが、そのヴィレッタはこれまでどこで何をしていた?」

 「は、黒の騎士団幹部にスパイとして入り込めたと申しておりました。
 その幹部の名前は聞き逃してしまいまして・・・申し訳ありません」

 「・・・いや、いい。お前の話が事実なら、厄介なことになる」

 ヴィレッタがラウンズのジノと連絡を取ったと言うなら、彼がそれを報告したのはシュナイゼルだろう。その後皇帝にも報告したかもしれないが、それはいい。
 シュナイゼルとシャルルが、ゼロの正体を知りながら何もしない理由は解る。
 おそらくエトランジュか神楽耶と婚姻を結ばれて、戦争の正当性を強められることを恐れているのだ。

 可及的速やかに自分の身柄を確保し、ゼロの正体をバラせばこの戦いはただの皇族の皇位継承の茶番だったと喧伝することが可能だから、それを狙っているのだろう。

 (・・・あの男やシュナイゼルの手駒が日本に入り込んでいるというなら、全てこの機会に始末しておくべきだ。
 まずはあのヴィレッタ・ヌゥが入り込んでいると言う幹部を見つけなくてはな)

 「お前はギアス嚮団で改造を受けたそうだな?」

 「はい・・・ギアスキャンセラーなるものを埋め込まれました。
 ただのギアス能力者では貴方様のギアスにかけられれば手駒にされるので、私が刺客に選ばれたのです」

 「・・・では最後の質問だ。
 俺はゼロで、お前にあれほどの屈辱を与えた男だ。
 それなのに何故、俺のためにその身を危険にさらせるのだ?」

 ゼロを恨んでいることを知っているルルーシュの当然の問いに、ジェレミアはふっと吹っ切れたように笑った。

 「私の主君はV.V.ではなくマリアンヌ様ですルルーシュ様。
 そしてお恥ずかしいことながら、祖国によって見捨てられ、利用される身になって貴方様もこのような思いをしたのかと考えると、おそれながら他人ごとに思えませず・・・」

 一途にブリタニアに仕えてきた自分ですら少しの疑惑でそれがもろくも崩れ去り、塵芥のように扱われ捨てられた。
 己かがつて笑いながら見ていたナンバーズと同じ境遇になって、ジェレミアはナンバーズがいつまでもブリタニアに逆らい続ける理由にようやく気付いたのである。

 「同じブリタニア人ですらこの有様では、ブリタニアに従っても安寧など得られるはずがありません。
 私が純血派を立ち上げたのは手柄を立てて上に行き、マリアンヌ様を殺した者を探し出すためでしたが・・・」

 「・・・そうか、では犯人を教えてやる。母さんを殺したのはあの男・・・皇帝の兄だ。
 お前を改造した子供がいただろう?あいつだよ」

 「な、何ですと?!それはまことでございますか?!」

 まさか犯人を知らされるとは思ってもみなかったジェレミアが目をむくと、ルルーシュは淡々と理由を説明してやった。

 「あいつは弟が母さんに取られたと思い込んで、母さんを殺したんだそうだ。
 それを知ったあの男は兄の犯行を隠蔽し、俺達を兄から守るためと言う言い訳で俺とナナリーを日本に送り、ついでに開戦の口実に使ったのさ」

 「な、なんと・・・あの子供が・・・おのれ・・!!」

 ジェレミアは目の前に主君を殺した仇がいたというのに何もせずに出てきた己を思い返し、悔しさに歯ぎしりする。

 「だから俺はブリタニアに反旗を翻した。そんな下らない理由でナナリーの足と目を奪い、俺達の未来をも奪おうとする男が治める国など壊してやる。
 あの男の最終目的が何か、知っているかジェレミア?」

 「・・・ラグナレクの接続・・・という言葉を聞いたことがありますが、そのことでしょうか?」

 詳しいことは知らないのかとルルーシュから全ての人間の意識を一つにする計画だと聞かされたジェレミアは、それ故にルルーシュ、ナナリーが死んでも問題ないと言うシャルルの思考に、顔をこわばらせた。

 「そんな、そんな恐ろしい計画を実行しようとしているのですか?!」

 「そうだ」

 ルルーシュがそれを知った経緯をマリアンヌに関することを除いて話すと、ギアス嚮団でも話していたV.Vの台詞を思い出したジェレミアは納得した。

 「私が改造を受けたギアス嚮団なる場所をお教えいたします。
 どうかマリアンヌ様の仇をお取り下さいルルーシュ様。
 そしてどうか、その計画を阻止して頂きますようお願い申し上げます」

 「そうか、お前もその計画に反対するか、ジェレミアよ」

 ジェレミアがまともな考えを持っているようで安心したルルーシュが確認すると、ジェレミアはもちろんですと息巻いた。

 「そんな、人が全て丸裸でいるような世界など・・・とても素晴らしいだものだとは思えません。
 そのためにブリタニアはむろん世界すべてに不幸の種を撒くなど到底許されることでは・・・いや、知らなかったとはいえ自らの意志でその種を育てていた私が言う資格はありませんな」

 「そうか・・・解った。お前を信じようジェレミア」

 礼拝堂の外ではマオがギアスを発動しているが、忠義を捧げるべきルルーシュに信じて貰いたいジェレミアはギアスキャンセラーを発動しなかった。
 
 ジェレミアの思考が忠義一辺倒であることに驚いたマオがエトランジュのギアスを通じてそれを報告すると、ルルーシュも内心で大いに驚いた。
 そして最後の『それに加担していた自分が言う資格はない』という言葉。
 それは自分の所業を省みていなければ出ない台詞だ。
 だからこそルルーシュは、ジェレミアを信じる気になったのである。

 (コーネリア姉上もそうだが、人は自分がその立場にならなくては自分のしていたことがどんなものか、理解出来ないもののようだな)

 だが、それでも理解すればそれを改めようとするその姿勢は、今エカルテリアで裁判にかけられて見苦しく自分は悪くないと喚くジェラールに比べてなんと潔いことか。
 今異母姉がどんな生活をしているかは知らないが、過去の己の罪を受け止めて贖罪しようとしていることを願わずにはいられない。

 「あ、ありがとうございますルルーシュ様!!
 このジェレミア・ゴッドバルド、全てを賭して貴方様にお仕えいたします」

 感涙して額を地にこすりつけるジェレミアに、気が重たかったがルルーシュは仲間になるなら彼にどうしても言わなければならないことがあった。
 黙っておくことは容易いが、彼はギアスキャンセラー持ちでありいつ知ることになるか解らない。
 誤解がろくな結果を招かないことをよく知っていたからこそ、先に告げておかねばならないのだ。

 「誓いはありがたいが、お前にはもう一つ辛い事実を告げなくてはならない。
 このことはナナリーにすら知らせていない、母の真実だが・・・聞く勇気はあるか?」

 「・・・ぜひお聞かせ下さい、ルルーシュ様」

 マリアンヌの真実、と聞いてジェレミアはすぐにでも聞きたかったが、妹姫のナナリーにも言えないほどとは何かと、身体をこわばらせた。

 「俺が何故母さんが殺された状況を知り得たか不思議に思ったかもしれないが、実は母さんもギアス能力者だ。
 “他人の心を渡るギアス”というもので、母さんは身体こそV.Vに殺されたが心はある少女に乗り移る形で生き延びていた」
 
 「そういえばギアスキャンセラーを初めて使った際、貴方様から命令を受けた時の他に皇帝からアリエス宮にいた少女のことを忘れるように命じられたことを思い出しました。
 まさか、アーニャ・アールストレイムですか?!」

 「お前も思い出していたか。ユフィが今俺達と行動を共にしていることは知っているな。
 彼女もアーニャのことは憶えていないと言っていたよ。
 たった一度アリエス宮に来ただけのダールトンは憶えていたがな」

 「・・・お待ちをルルーシュ様。
 ではシャルル皇帝はマリアンヌ様が生きていたことをご存知で、マリアンヌ様もお傍にいらしたと?」

 まさかあれほど可愛がっていたルルーシュとナナリーを日本に送ることに同意したのか、と恐ろしい想像をしたジェレミアが口に出せずにいると、ルルーシュはあっさり頷いた。

 「母さんもその計画の賛同者だったからな。もうあの二人には命に対する観念が、俺達とは違うものになっていたんだ。
 先日アーニャがラウンズとして日本に侵攻して来たことは知っているな?
 そこで母さんとも会った。計画が成ればすべて解ってくれるからうまくいくと、それしか口にしなかった」

 「ルルーシュ様・・・」

 「なあジェレミア、権力にしろギアスにしろ、過ぎた力は必ず人に歪みをもたらすと思わないか?
 俺は母さんを見て、それを嫌と言うほど痛感したよ。
 俺はブリタニアをぶっ壊す!そして世界を変えて・・・最後にギアスの歴史を終わらせる」

 想像すらしていなかったアリエス宮の悲劇の真相と、その裏にあった敬愛するマリアンヌの真実に、ジェレミアは絶句した。
 ルルーシュが嘘を言っているとは思わない。
 彼の言っていることは辻褄が合っているし、自分を仲間にと言ったその口でこのような虚偽を告げる必要などどこにもないからだ。

 「ギアスとコードさえなかったら、母さんだって普通の母親として俺達と共に過ごす毎日に満足してくれたはずだったんだ。
 お前ほどの男が慕った女性だし、今なお多くの人間から敬愛を受けているほど素晴らしい人だった。
 自分が否定する(ギアス)を使うことが矛盾しているのは解っている。だが、それでも俺は・・・」

 「もう、それ以上は何もおっしゃらないで下さいルルーシュ様。
 このジェレミアに二心はありません。このジェレミア、何も惜しまず貴方様の目的を果たすための駒となりましょう。どうかご命令を、我が君」

 (純血派は新宿の件もあって日本人に恨まれているが、ジェレミアだけなら何とか居場所を作ることが出来る。
 藤堂達にスザクを俺に差し出したのも俺からの指示だと言えばこの実験のことも話してあるし、何とかなる)

 ルルーシュはそう考えを巡らせると、ジェレミアに立ち上がるよう手で促しながら言った。

 「ギアスのことは誰にも漏らすな。知っているのはナナリーと俺の弟になった元ギアス嚮団員のロロ、そしてマグヌスファミリアの王族だけだ」

 「承知しました。マグヌスファミリアのことは多少聞いておりますが・・・」

 「そうか。ギアスは世界に出てはならないものだ。だからこそマグヌスファミリアは長年鎖国を貫いてきた。
 彼らもずっとコードとギアスを消す方法を長年探していて仮説程度ならあると言っていたから、ギアス嚮団の資料を合わせれば何とかなる可能性がある」

 ギアスと言う力がありながら外に出ずマグヌスファミリアの王族達のような者が小さな国を堅実に治めており、シャルルのように理想に妥協を許さず最大を求め続ける愚者が大陸を治める皇帝とは、世の中皮肉なものである。

 「純血派のリーダーと言うことで、白眼視は避けられない。その覚悟はあるか?」

 「私は一度死にかけた身です。今更恐れるものなど何もありません。
 そして間違った主義のもとで罪のない者達を殺したのは確かに私の罪です。
 その報いを受けるのは、当然のことでありましょう」

 「その覚悟と忠義、確かに受け取った。ではついて来い」

 「イエス、ユア マジェスティ」

 この上ない主君を得たジェレミアは自分の判断は正しかったと確信し、父親から捨てられ、母親からは見捨てられてもなお立ち上がった少年を見つめた。

 マリアンヌのことは今でも敬愛しているが、それでもあの歪んだラグナレクの計画とそれに伴う子供の扱いについてはどうしても容認出来なかった。

 ルルーシュの言うとおり、過ぎた力はごく当たり前の判断すら出来なくなる毒を秘めている。
 権力と異能とが恐ろしい融合を遂げて、世界を巻き込み暴発しようとしているのだ。
 
 「ルルーシュ様、マリアンヌ様はまだアーニャ・アールストレイムの中におられるのですか?
 もしそうならば御許可を頂ければマリアンヌ様を私の力で・・・」

 「それには及ばない。俺のギアスでアーニャから立ち去るように母に命じたからな」

 心は俺が葬った、と無感動に答えた主君に、ジェレミアは何も言わなかった。

 まずジェレミアについて説明しようと、ルルーシュはまず話が通りやすい藤堂に対して電話をかけた。
 過ちを重ねた自分のために動いてくれている主君を、ジェレミアは何があろうとも守る決意を固めていた。
 
 



[18683] 第三十三話  無自覚な裏切り
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/07/23 09:01
 第三十三話  無自覚な裏切り



 ジェレミアと共に黒の騎士団本部に戻ったルルーシュは、まず藤堂達の元に彼を連れてきた。

 「・・・話はだいたい聞いた。以前からゼロ・・・ルルーシュ君に従ってくれていたとな。
 地位を失う危険を犯してスザク君をルルーシュ君に引き渡してくれたというのに、あの馬鹿弟子が台無しにして申し訳ない」

 例のオレンジ事件はルルーシュの指示で行われたと説明を受けた藤堂は、特に矛盾のない話だったのでそれをあっさり信じてジェレミアに謝罪した。

 「・・・いや、こちらもクロヴィス殿下殺害犯をごまかすために枢木に罪をかぶせようとしたのは事実だ。詫びるのはこちらの方だ」

 「・・・そうか」

 「シンジュク虐殺も、部下を止めることが出来なかった。
 ルルーシュ様をずっとお守りしてくれたとお伺いしている。
 謝罪と感謝をいくらしても足りない・・・」

 ギアスのことは隠せと言われている以上自身の過去を少々歪めなくてはならなかったジェレミアは、心苦しさを感じながら頭を下げた。

 純血派のリーダーと聞いていたので不審の眼はあったが、オレンジ事件でゼロに協力していた過去があるし、何より彼が人とは異なる身体に改造されたのを見てブリタニアを裏切ることに皆納得した。

 「前から聞いていた実験施設か・・・本当だったんだな」

 卜部が機械を埋め込まれたジェレミアの身体を見て唖然と呟くと、ルルーシュが言った。

 「ジェレミアがこちら側についたことはまだ知られていないだろうが、それも時間の問題だ。
 気づかれないうちに中華へと赴いて、奴らを潰そうと思う」
 
 「ああ、俺も賛成だ。ロロ君のような子供が大勢いると聞いている。
 証拠隠滅のために皆殺しでもしかねないから、急いだ方がいい。
 軍備再編は俺達に任せてくれ。それとヴィレッタ・ヌゥだったな、彼女が入り込んでいるという騎士団員の行方も至急探し出そう」

 藤堂の言葉に四聖剣も頷くと、ハニートラップを仕掛けてくるとはと千葉などは眉をしかめている。

 「全くそんなものに引っかかるなんて・・・!
 幹部と言っていたそうだが、それは間違いないのか?」

 「その幹部はアッシュフォードの理事長の令嬢と知り合いになれたと言っていた。
 今回の生徒会のスケジュールも、そこから探ったと」

 ジェレミアがヴィレッタの台詞を思い返しながら報告すると、一同の頭に真っ先に浮かび上がったのは玉城だった。
 彼はいったん仲間と認識した相手には口が軽いし、ブリタニア人にもいい奴がいると解ってからはもともとのフレンドリーさを発揮して友好を調子よく深めていたからである。
 さらに金銭にもだらしないところがあり、調子のいいことをべらべら喋る前科があったので、真っ先に容疑者になるのは無理もない。

 「確か玉城がブリタニアの学校の生徒会長と知り合いになって、男女逆転祭りと花魁祭りをやるとかなんとか言っていたな。
 まずあいつから問い詰めよう」

 「・・・会長、いつの間に!玉城もいらん企画に賛成するな!」

 千葉の案にルルーシュが頭を抱え込むと、そのブリタニア人学校がアッシュフォードだということは確定したため、玉城への疑いはさらに増した。

 「スパイは危険だ、可及的速やかに排除しなくてはならん。卜部、すぐに玉城をここに連れて来てくれ」

 「承知!」

 藤堂に命じられた卜部が部屋を出ていくと、藤堂は今は仕事に忙殺されているから逃れられるが、いずれは必ず行われるであろう祭りを阻止する策を考えているルルーシュに向かって言った。

 「ルルーシュ君、スパイを見つけるのは俺達に任せて、君はすぐに中華に向かってくれ。
 次々にスパイを送られてしまえば、今ヴィレッタなる女を捕えても元の木阿弥だからな」

 「解った、それから密入国ルートを潰すことも合わせて頼む。
 偽造パスポートで第三国を経由してくる奴らもいるだろうが、出来る限り対処しておかねば」

 「承知した」

 「ブリタニア軍が攻めてきたせいで予定が遅れたが、今日中に発つつもりだ。
 藤堂の言うとおり爆破などで証拠隠滅をされる恐れがあるから、もうこれ以上は延ばせないからな」

 幸いジェレミアがかなり的を絞ってくれているし、ミレイからも知り合いの日本人の名前を教えて貰えれば判明するのは容易いはずだ。

 (問題はそのヴィレッタが籠絡した幹部にどこまでゼロについて喋っているかだな。
 桐原と藤堂に頼んで直々に取り調べて貰うとしよう)

 「桐原公にもフォローを依頼しておくので、その幹部が判明したらお前達で取り調べてくれ。
 ゼロの正体がドミノ式にばれてしまうのはまずい」

 「そうじゃな、スパイがそのヴィレッタなる女の他にいれば互いに幹部同士に疑心暗鬼が芽生えてくるし、ブリタニア人にもまた厳しい目が向けられよう。
 ここは桐原公にも話を通して動いて頂いたほうがいいやもしれませんな、中佐」

 この大事な時期に迂闊な行動は出来ないと言う仙波に、藤堂はもっともだと頷いた。

 (確かに、ヴィレッタ以外にもスパイがいたら、これはまずいな。
 あの女を中心に既にスパイ網を敷かれている可能性を思えば、あの女を捕まえるだけでは収まらない)

 ルルーシュはそう考えを巡らせると、マオを日本に置いて行くことにした。
 ギアス嚮団戦で多大な力を発揮する彼を失うのは痛いが、今日本で騒ぎを起こされるのもまずいのである。

 「ではエトランジュ様にもこの件についてのフォローを頼んでおくので、何かあったら知らせて差し上げてくれ。
 アルカディアは入院しているがクライスやジークフリード将軍は健在だから、何かと力になってくれるだろう」

 ルルーシュはそう伝えると、ジェレミアを連れてエトランジュの部屋に向かって事情を告げた。

 既にエトランジュのギアスを通じて話をしてあったので、エトランジュはジェレミアに同情し、アルカディアも何とか元の身体に戻れないか考えてみると言ってくれた。

 エトランジュの部屋に何故かエトランジュはいなかったが、クライスと既に中華行きの準備をしていたマオがいた。
 万が一にもこの密に連絡を取り合わねばならない時期にギアス解除という事態は意地でも避けなくてはならなかったので、念のためエトランジュを既に退避させていたのだという。

 エトランジュがいない理由を語ったマオにルルーシュが日本残留を頼むと、てっきり中華に行くのは確定と思っていた彼は首を傾げた。

 「構わないけど、ギアス嚮団のほうはいいの?僕ほど便利なギアスはそうはないと思うけど」

 「確かに戦力低下はまずい。だが場所は解っているし、ロロに聞いたところお前と同じ力を持ったギアス能力者はいないとのことだ。
 なるべく一気にカタをつけるつもりだし、黄昏の間を制圧したら神根島からお前を呼ぶことも可能だからな。
 それにジェレミアがいるから、お前の抜けた穴を充分に埋めてくれる」

 「あ、そういえば皇帝がギアス能力者を刺客に差し向けたんだっけ?
 他にいるかもしれないから、確かに僕まで抜けるわけにはいかないよね・・・アルも入院しちゃって動ける状況じゃないし」

 ルルーシュの説明に納得したマオは、スパイ網を一網打尽にしたらすぐに神根島の移籍前に待機することにした。
 そうすれば黄昏の間さえ抑えればいつでもルルーシュ達の元に行くことが可能なので、たとえば隠れて逃げ伸びているギアス嚮団員を発見したり、何らかの細工でルルーシュのギアスから逃れている人間に対して企みを聞きだすことが出来る。

 「よし、その時は俺のイリスアゲート・フィーリウスで送ってってやるよ。
 俺のギアスも役に立つかもだしな」

 (内心はエドに会いたいだけのくせに)

 クライスが偉そうに申し出たが、その場にいた全員には本音が聞こえた。
 このギアス嚮団が壊滅し、V.Vと黄昏の間を抑えればもはや妻エドワーディンが隠れ住む必要はなくなる。
 生きていた言い訳を考えさえすれば元通り夫婦で暮らせるのだから、クライスが張り切るのも無理はない。
  
 「じゃー、僕はその間黒の騎士団本部のアルの部屋に泊まらせて貰うよ。
 エディの秘書の肩書があるから、騎士団内の怪しい連中を片っ端から調べる」

 「ああ、頼んだぞマオ。では俺はロロを迎えに行って、中華に行く。行くぞ、C.C」

 チーズ君を抱き締めたC.Cがエトランジュのベッドから起き上がると、マオが心配そうに言った。

 「気をつけてね、C.C。ほんとは僕もついて行きたいけど・・・」

 「・・・大丈夫だ、私はC.Cだからな。
 お前はエトランジュについて、しっかりここを守ってくれ」

 以前ならほんの少しでも自分が離れると泣きわめいていたマオが、しっかり感情を制御して自分を送り出すようになったことにC.Cは感動していた。

 「じゃあ、行ってくる。これを預けておくから、頼んだぞマオ」

 C.Cはお気に入りのチーズ君のぬいぐるみをマオに手渡すと、マオはぱあっと嬉しそうに笑みを浮かべた。

 「うん!行ってらっしゃいC.C!!」

 C.Cが満足げな笑みを浮かべてルルーシュとともにエトランジュの部屋を退室すると、ルルーシュは続いて自分の家へと向かった。
 ランぺルージ家がある場所は本部に程近い黒の騎士団員用のマンションで、ドアを開けると旅支度を整えたロロと咲世子とともにキャリーを玄関に置いていたナナリーが出迎えた。

 「お帰りなさいませお兄様!お出かけの準備はすでに出来ております。
 あら、あちらの男性はどちら様ですか?」

 「ああ、ありがとうナナリー。実は今日あったことなんだが・・・」

 ルルーシュが今日起こった出来事をかいつまんで話すと、ナナリーは背後でナナリーの姿を目の当たりにして滂沱の涙を流すジェレミアに視線を移した。

 「おお、ナナリー様・・・ジェレミアと申します。
 七年前に母君はむろん、兄君ともどもお守り出来なかった不心得者をお許し下さい」

 「まあ、ジェレミア辺境伯、そう謝らないで下さいな。悪いのは全てあのシャルル皇帝なのですわ。
 そんなお身体にされてしまって・・・!許せません。
 私がナイトメアに乗れるほど回復出来ていたらお兄様と一緒に参りたいくらいですが、残念ながらお許しが出ませんでしたの。
 どうかお兄様とロロをお願いいたしますね」

 「はっ、この身に代えましても必ずお守りいたします」

 ジェレミアの手を取って兄のことを頼むナナリーにジェレミアはますます感激する。

 「会長達の件はさっき話したと思うが、お前も狙われているかもしれない。
 咲世子、すぐにナナリーを黒の騎士団本部に連れて行ってほしいんだが」

 「承知いたしました。片時もナナリー様から離れずにお守りいたしますので、ご安心ください」

 集中リハビリと神経接続用ナイトメアのモデルとしてと言う名目で、数日間泊まりこむという話をラクシャータ達には話してある。
 ロイドもこのナイトメアには興味を示し、閃光のマリアンヌの娘であるナナリーが示した驚異的なリハビリ速度に感嘆して是非会いたいと言っていた。

 「じゃあ行ってくるよ。ロロ、お前には少々辛いことになるかもしれないが・・・」

 「大丈夫だよ兄さん、うまく治めてくれるって兄さんが約束してくれたもの」

 内心別にギアス嚮団員の仲間に対して特に思い入れがあったわけではないロロとしては、兄に傀儡にされようが殺されようが、別段構うことではなかった。
 むしろ死なずに済んで兄の庇護が得られるのだから、感謝すべきだとすら思っている。

 「ああ、それは任せろ。では行くぞ」

 既に外には月が出ているが、翌朝すぐに作戦を展開するためにも急がなくてはならない。
 ルルーシュがロロとジェレミアとC.Cを伴って家を出ると、ナナリーも咲世子とともに数日分の荷物を整えて黒の騎士団へと向かうのだった。



 ルルーシュが中華へと旅立ってから三十分後、ナナリーを自室に招き入れたエトランジュは慌ただしく言った。

 「すみませんナナリー様、本当でしたらいろいろとお話をしたいところなのですが、至急ヴィレッタ・ヌゥと他にもスパイがいないかの確認をしなければならないので、しばらくここにいて頂けませんか?」

 「ああ、先ほどお兄様から伺いましたが、まだ見つかっていないのですか?」

 「ええ、せめてヴィレッタだけでも捕縛しなければ不安ですから・・・。
 私の部屋は警戒を厳重に敷いて頂いておりますから、ここなら誰も近づけませんので」

 エトランジュはEU連邦から超合集国連合から訪れた副大使であり、黒の騎士団との連絡や意見調整などの任務を負っているため、黒の騎士団本部に部屋を貸与されていた。

 賓客用の部屋は大きなエトランジュの寝室とメイド用のツインベッドがある部屋、そしてリビングとバス・トイレがあるロイヤルスイートのような仕様になっている。
 今回ナナリー達が借りることになっているのはそのツインベッドがある部屋で、咲世子が荷物を片づけていた。

 「既に桐原公や神楽耶様、藤堂幕僚長に話を通してありますから、何か起こった場合はその方々にご連絡をお願いいたします」

 「解りました。どうかお気をつけて下さいね」

 エトランジュはナナリーに見送られて部屋を出ると、ジークフリードとクライスを連れて小会議室の一室へと向かった。
 今そこには藤堂に呼び出された玉城が尋問を受けており、朝比奈と千葉が彼を問い詰めているところである。

 「だから、知らねえってそんな女!
 俺が何でブリタニアの女と暮らさなきゃなんねえんだよ!!」

 不本意だと言いたげに怒鳴る玉城に、千葉が尋ねた。

 「では聞くが、アッシュフォードの生徒会長と仲がいいのは本当か?」
 
 「あ、ああ、まあな。日本解放戦の後特区で会って、今度男女逆転祭りでオイランのかっこさせたい奴がいるとかで話が合ってよ・・・あ、別に俺ロリコンじゃねーかんな!
 俺のタイプはこう、ボンキュッボンの大人の魅力ある女ってぇーか」

 玉城は必死で否定すると、朝比奈が日本解放戦後に押収したブリタニア軍の軍人ファイルから得たヴィレッタの写真を見てぼつりと呟いた。

 「この女、データを見る限りその大人の魅力ある女って条件に当てはまるな」

 「だから違うって!!だいたい俺一人暮らしだぜ、女囲ったらすぐにバレるっての!」
 
 確かに玉城が女と暮らし始めたという話は聞いていない。
 黒の騎士団幹部という肩書で女性と遊び歩いているという話があるくらいである。

 「言われてみれば日本解放前の玉城のブリタニア嫌いは有名だから、逆にブリタニア人の女といれば目立つ。
 そんな話を聞いたことがあるか、朝比奈?」
 
 「いや、ないね。玉城の部屋は独身者用の部屋だし、人の出入りが激しいからこっそりかくまうのは難しいと思うよ」

 別の部屋を借りればその限りではないだろうが、彼は遊び好きであちこちで飲み歩いていることを考えると、その資金があるとは思えない。

 一方、その会話を会議室の外で聞いていたマオは、ギアスで玉城の言い分が事実であることを確認し、新たに容疑者を探す必要性が出てきたことに面倒そうに溜息をついていた。

 (騎士団本部内では今のところ怪しい奴はいないしなあ・・・今不在の奴を当たらなきゃ)

 そこへエトランジュ達がやってくるのを見たマオが玉城は白であることを報告すると、エトランジュはよかったような残念なような複雑な表情をし、ともかく無実の罪で追求されている玉城を解放しようと会議室のドアをノックした。

 「お話し中にすみません、エトランジュです。入ってもよろしいですか?」

 「ああ、エトランジュ様、どうぞお入りください」

 千葉がドアを開けてエトランジュ達を会議室に入れると、玉城はすがるようにエトランジュに向かって言った。

 「エトランジュ様、こいつらに何とか言ってやって下さいよ~。
 俺女スパイなんか匿っていませんって、ホントなんです!」

 「ええ、実はそれをお話しに来たんです。
 申し訳ないと思ったのですが玉城さんの周囲のお部屋にいる方々やお友達の騎士団員の方に話を伺ったところ、玉城さんはブリタニア人女性およびハーフの女性とのお付き合いはないとのことです。
 あと、お給料もほとんど外食やお買い物にお使いになっていると判明しました」

 「ほーら見ろ!俺は無実だ!!」

 玉城が証明された無実に小躍りすると、エトランジュは深々と頭を下げた。

 「勝手にカードの残高などを調べてしまって申し訳ありません。
 後でなんとでもお詫びを・・・」

 「いいんですいいんです、俺別に調べられて困るようなことしてねーもん。
 あーよかった、マジで怖かったよ」

 以前やってしまった使い込みの前科もあって厳しい追及をされていた玉城だが、無実が判明するのなら己のカードの履歴を勝手に調べられるくらいどうということはない。
 それにエトランジュのことだからあとあと自分に厳しい目が向けられることのないように慎重に話を聞いてくれたはずなので、玉城としてはむしろエトランジュが調べてくれてよかったと思っていた。

 実際はマオが心の声を聞いて調べただけなので、玉城はいったい何をしたと白眼視される心配はない。
 ただ念のためルルーシュの命令で玉城の預金残高や出金の動きを無断で調べたのは確かなので、後でお詫びにワインでも贈ろうと思っていた。

 「本当に申し訳ありませんでした。
 実はもろもろの事情でアッシュフォードの生徒会長を知っている騎士団員が怪しいのですが、お心当たりはありませんか?」

 にこやかにエトランジュが尋ねると、安心して気が緩んでいる玉城は後ろめたいことがなく、また扇を全面的に信頼しているからこそあっさり答えた。

 「一人だけ知ってますけど、でもこいつは違うだろ。だって扇だし」
 
 「扇事務総長、ですか?」

 「ああ、俺一度アッシュフォードに教師の口利きしたことがあるんす。
 だいたいあの真面目な奴が女スパイに騙されるなんてあり得ませんよ。
 それにあいつ今事実婚ってやつで奥さんがいるんすよ?それはもうアツアツの新婚カップルで・・・」

 玉城がいかに扇が結婚したブリタニア人のハーフの奥さんを愛していて、彼女が扇に毎日手作りのお弁当を作ったりしていたかを語ると、その時期がちょうどシャーリーがヴィレッタを撃った事件の後だったことに気づいたジークフリードが眉を寄せた。

 「そうですか、解りました。妙な疑いをかけてしまって申し訳ありません。
 では私達はスパイを探しに参りますので、今日はどうかお休み下さいな。
 これは疑いをかけてしまったお詫びですので、ぜひどうぞ」

 ゼロの正体を知らない者にヴィレッタ探しにこれ以上関わらせまいとしたエトランジュは、ルチアのアドバイス通りお詫びにとEUのワインを玉城に手渡した。

 「あ、いいんですか?ありがとうございます!じゃあ俺はこれでー」

 ワインを片手にうきうきと声を弾ませて会議室を出て行った玉城は、妙な疑いをかけられたがそれはすぐに晴れた上に高価なワインを貰えてラッキーと持ち前のボジティヴシンキングを発揮し、鼻歌を歌いながら家へと帰って行く。

 「・・・あの能天気さが羨ましいね」

 それを見送った朝比奈がぽつりと呟くと一同は内心で同意だったが口には出さず、再び重要な議題を話し合い始めた。

 「で、扇が怪しいわけだけど、どう見ますか?」

 「・・・スパイが狙うのは得てして真面目な男だと聞いたことがあります。
 初めは籠絡するのが大変ですが、一度信頼してしまえば安心して近づくことが出来るからだそうですが・・・」

 朝比奈の問いかけにジークフリードが答えると、千葉も同意した。

 「ああ、そういえば私も聞きましたね。
 それに事実婚の妻がブリタニア人のハーフ・・・あのヴィレッタと言う女がそう自分を偽っていたとすれば、扇は優しい性格なだけに入りこむのは容易いかもしれません」

 「確か扇事務総長の奥方のお名前は千草、とおっしゃいましたね。
 その方にお会いしたことはありますか?」

 エトランジュが尋ねると、扇グループとの付き合いはそこそこだった朝比奈と千葉は首を横に振った。

 「玉城達が日本が解放された後身内だけでも祝おうと提案してましたけど今忙しいからって断られていたし、家に行こうとしたら奥さんが具合悪くなったとか話してるのを見ましたね」

 口にするうちに千草なる扇の妻の行動に怪しさを感じ始めた朝比奈は、エトランジュ達に向かっていった。

 「エトランジュ様、とりあえず藤堂中佐に玉城は白だとお伝えし、扇について報告しましょう」

 「そうですね、お願いします」

 エトランジュに促された朝比奈が藤堂に連絡すると、とんでもない事実が判明した。

 「了解。あ、藤堂中佐ですか、朝比奈です。
 実はですねえ・・・え、そちらでも扇が浮上して来たんですか?」

 驚いた朝比奈の台詞に一同が視線を集めると、ちょうど今こちらに向かっているとのことなので彼の到着を待つことにした。

 数分後に会議室に入室したのは藤堂と卜部、カレンとルチアの四名だった。
よりにもよって扇がヴィレッタをかくまっている疑惑が濃厚だと知らされたカレンの顔は青く、エトランジュは藤堂に経緯を尋ねた。

 「・・・あの、どうして扇さんが浮上したのですか?」

 「会長に聞いたんです。今回の弁論大会について話した人はいませんかって・・・。
 そしたら・・・扇さんに話したって聞いて・・・」

 藤堂ではなくカレンがそう答えると、言われてみればジェレミアが抱えていた女に見覚えがあるとカレンは語った。
 あの時はただの他人の空似だと思っていたが、ヴィレッタがアッシュフォードから逃げた時扇が傍にいたし、自分以外の団員と会ったことがないという彼女の行動の不審さにようやく思い至ったのだという。

 「ニーナも学園の騒動は聞いてて、ルルーシュ絡みのことだから調べてくれたの。
 軍人のデータベースの写真と合致した写真がないか確かめてたら・・・扇さんの奥さんの写真が出てきたって・・・」

 専門ではないとはいえ、ニーナも科学者の卵である。
 ヴィレッタ・ヌゥがルルーシュに魔の手を伸ばしているとルルーシュの正体を知る者すべてに知らせが回っていたため、ユーフェミアの異母兄であり自分の友人でもある彼のため、ニーナはブリタニア軍のデータベースの写真を取り込み、彼女の潜伏先を探すことにした。

 シャーリーがヴィレッタを撃ったことは知らなかったニーナだが、ブリタニア人が安心して潜伏出来る先となるとやはり特区だろうと考えた。
 そして彼女が特区住民データベースとブリタニア軍のデータベース写真とを照合したところ、そこから“扇 千草”が出て来たのだそうだ。

 「その千草の写真とヴィレッタ、アッシュフォード学園の監視カメラ映像を比べてみたら、同一人物との鑑定結果が出たそうです」

 「なるほど、解った。ではその千草という女を拘禁して調べた方がよさそうだな」

 千葉が真面目な男だから解る気もしないでもないがうかうかとスパイに引っかかるとはと、表情で語りながら提案すると、カレンは必死で扇を庇った。

 「お、扇さんは優しい人なんです!きっとその女が扇さんをたぶらかして、情報を聞いていたに違いないんです!!」

 「落ち着きなさいな、ミス・カレン。そんなことは解っていますが、情報漏えいは組織においてもっとも禁忌とされる行為の一つですのよ?
 ほんのちょっとした情報の差が戦局を分けると、ゼロも言っていたではありませんの。
 特にシュナイゼルとも繋がっている危険性の高いのがヴィレッタです。
 可及的速やかに捕らえなくては、加担したという誤解を受けて扇事務総長も共犯と見なされても文句が言えなくなりましてよ」

 ルチアが淡々とそう告げると、カレンはきっと目を釣り上げた。

 「すぐにその女を捕まえに行きましょう!!あの女の正体を知れば、扇さんだって目を覚まします。
 いい人なんですから、これから先もっと優しくて家事が出来る女性が見つかります!」

 そういう問題ではないのだがカレンは二番目の兄とも慕う扇に妙な土をつけたヴィレッタを憎み、すぐに扇の家に向かうべきだと主張した。
 エトランジュも確かにこれ以上放置しておくべきではないとルルーシュに確認すべく、リンクを開く。

 《失礼いたしますルルーシュ様。ヴィレッタ・ヌゥが入り込んでいる先が解りました。
 どうやら扇事務総長のようです。今彼は本部にはいませんが、これから家に向かって捕縛するべきだとのことですが・・・》
  
 《扇、だと?・・・そういえばハーフの妻がいると言っていたな、そういうことか。
 ・・・解りました。そちらにお任せします。彼がどのあたりまでヴィレッタに吹き込まれているか、確認をよろしくお願いします》

 《承知いたしました。ではことが済み次第またご連絡いたします》

 エトランジュはリンクを切ると、藤堂に向かって言った。

 「では扇さんの家に向かいましょう。今扇さんはご在宅でしょうか?」

 「たぶんそうだと思います。じゃあ、私が案内しますので」

 カレンがそう言って会議室を出ると、藤堂が桐原に連絡し、扇とヴィレッタを連行する命令を受けたことを告げた。
 大義名分が整った一同はいったん藤堂と四聖剣、マグヌスファミリア組とカレンとに分かれ、一路扇宅へと目指すのだった。



 一方その頃、既にスパイ隠匿の疑惑が確定しているとは知らぬ扇は豪華なホテルの客室で食事をしていた。
 もちろん最愛の妻である千草ことヴィレッタがおり、彼女を心底から愛おしそうに見つめながら扇が言った。

 「ほら、このフルーツうまいぞ千草。しっかり食べて栄養を取るんだぞ?
 もうお前一人の身体じゃないんだから」

 うきうきしながら自分を気遣う扇に、ヴィレッタはあいまいな笑みを浮かべた。

 ジェレミアに突然気絶させられた彼女だが、何とか捕まる寸前に逃げ伸びて扇に角間って貰えたはいいが、いずれ自分にいきつくことは確定である。
 扇がアッシュフォードにいる間に作戦失敗を報告したヴィレッタは、今度はシュナイゼルから命を受けて今ここにいたのである。

 ふらふらしていた様子のヴィレッタを見て心配した扇は強引に喫茶店で休ませていた彼女を病院に連れて行くと、おめでただと言われて扇は舞い上がっていた。
 実際妊娠の心当たりがあったヴィレッタは呆然となったが、もはや黒の騎士団に戻れない彼女は自分達に捜査の手が伸びぬ間にと、扇をシュナイゼルが手配したこのホテルに誘い入れたのである。

 「くじ引きでこのホテルの宿泊券が当たったのは、タイミングが良かったですね」

 「そうだな。千草はほんと運がいいよな」

 このホテルはブリタニアに本社を置く有名な高級ホテルで、今は合衆国ブリタニアに参加したブリタニア人が経営を引き継いでいる。
 いくら日本が解放されたからといってもこのランクのホテルがくじ引きで客を集めるなどあり得ないのだが、千草が言うのならと疑問にも思わず、日本円で一泊二十万はしそうな客室を満喫していた。

 豪華な食事を満喫し、夜景が見える風呂を堪能した扇が浴室から出ると、ヴィレッタが誰かと喋っている声が聞こえた。
 
 「はい、はい、解りました」

 「千草、どうしたんだ?誰かいるのか?」

 扇がベルボーイか何かかと考えながら部屋に入ると、テレビに映っている人物を見て驚愕した。

 「シュ、シュナイゼル?!」

 「お初にお目にかかる、黒の騎士団の扇事務総長」

 このホテルのテレビは通信ケーブルを繋げると、通信スクリーンとして使用が可能だった。
 いつものロイヤルスマイルを浮かべてそう挨拶したシュナイゼルにぱくぱくと口を開けていると、シュナイゼルは優しげな口調で言った。

 「急な面談になる形で申し訳ないのだが、少し私の話を聞いて頂けませんか?
 実は先に申し上げるが、君が千草と呼んでいる奥方はヴィレッタ・ヌゥといって我がブリタニア軍の騎士候なのだが、先日記憶を取り戻しまして、私に助けを求めてきたのです」

 「・・・え?」

 ヴィレッタを拾ったあの日、彼女が記憶喪失であったことを今更に思い出した扇が呆けた声を出すと、こわごわと彼女に視線を向ける。

 「ゼロの正体と、彼に思うように使われている彼が気の毒だと言って・・・とにかく座って話を聞いて頂きたい」
 
 口調こそ穏やかだが否を許さぬ声に促され、バスローブ姿で彼は言われるがまま通信スクリーンの前に置かれているソファに腰を下ろした。

 「ゼロの正体って・・・何だ?」

 「結論から言いましょう。ゼロの正体は我が神聖ブリタニア帝国の第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 私がかつてもっとも愛し、恐れた弟です」

 「な、なんだって?!どういうことだ?!」

 扇が混乱すると、初めてゼロの正体を知らされたヴィレッタも息を呑んだ。
 
 (ブリタニアの皇子がゼロだと?まさかそんな・・・だからジェレミア卿はゼロについたのか!!)

 ようやくジェレミアの行動に得心がいったヴィレッタは、ならば黒の騎士団についてもこの戦いは皇位継承戦というブリタニアでも認められた戦いになるのだから、黒の騎士団に協力すればよかったかもと若干後悔し始めていた。

 だが既に彼女はシュナイゼルの命令で扇をこちらに引き込み、ゼロを窮地に追いやってしまっているのだからもはや不可能である。

 「な、何故ブリタニアの皇子がゼロに?」

 「・・・彼は母が庶民上がりの皇妃で、ほとんどの兄弟からは邪魔者扱いされていましたから。
 おそらく私達を見返して皇帝になろうとしているのかもしれませんね。この国は実力さえ示せば兄弟殺しさえ賞賛され、皇帝になることが出来ます。
 その駒に使えぬとされているナンバーズ上がりを使ったとなれば、なおさらです」

 ブリタニア人の犠牲者を出さずナンバーズのみを駒にして戦ったのならブリタニアでは称賛の的だというシュナイゼルに、扇は自分達は使い勝手のいい駒だったのかと憤りを覚えた。

 それを表情から見て取ったシュナイゼルは、さらにたたみかけた。

 「自分もブリタニア人だからこそ合衆国ブリタニアを造り、そこからさらに戦火を広げていこうとしている・・・悲しいことだと思いませんか?
 日本解放が成ったというのに世界を巻き込んでブリタニア本国侵攻を企み、ゼロとして世界を征服しようとしているのです」

 確かにゼロが日本に残ったブリタニア人を保護し、ブリタニアに進攻しようとしているのは事実だ。
 しかしそれは再奪還をされないためという説明があったと言い募る扇に、シュナイゼルは悲しげな顔で言った。

 「実は扇事務総長、信じられない話かもしれないが聞いて貰いたい。
 彼には恐ろしい力がある・・・ギアスと呼ばれる、人を操る能力が」

 「・・・は?」

 扇はどこの映画の話だとすっとんきょうな声で呟くと、ヴィレッタが言った。

 「驚くのは解るが、シュナイゼル殿下のおっしゃっていることは本当だ。
 ギアスと呼ばれていたのは今知ったが、私も彼に初めて会った後記憶をなくし、気が付けばサザーランドはなかった。
 あの後ゼロが私のサザーランドを使っていたから、恐らくあの時に・・・」

 自分はその時彼の正体がブリタニアの皇子だったとは知らないし、みすみすサザーランドを奪われたのだと訴えるヴィレッタに、扇は半信半疑になる。

 「そもそもご自分でもおかしいと思われませんでしたか?国籍も顔も不明な仮面の男に、やすやすと従ってしまう自分や仲間に。
 普通ならばあり得ない状況だと思うのですが」
 
 「それは・・・だが彼は奇跡を」

 「彼がブリタニアの皇子だからこその奇跡です。
 現にこちらでは日本でブリタニア兵の原因不明の自殺者が相次いでいました。
 シンジュクゲットーで自殺したとみられるブリタニア兵に、日本解放戦でブリタニア人の襲撃があったとされるメグロでも同じように自殺した者がいたようです。
 コーネリアを殺したゼロに従っているダールトンも・・・おそらくは」

 「あ・・・!」

 コーネリアに忠実だったダールトンは、確かに今ゼロの言うなりに行動している。

 「エトランジュ女王もそうです。
 いつ頃からゼロに協力したのかは知りませんが、ああも熱心に協力するなどブリタニア皇族に滅ぼされたという経緯がある以上、普通は考えられないでしょう?」

 扇はここで他者を操る異能をゼロが持っており、そのゼロがブリタニアの皇子だということを信じた。

 確かにシュナイゼルはここで嘘は一つもついていない。
 だが同時に話をよく聞けばおかしい理論を述べていることに、扇はまったく気づいていなかった。

 まずルルーシュがブリタニアの皇子であるのなら何故日本にいたかという根本的な疑問であり、彼が皇位を望んでいる“かもしれない”と言っただけで真実そうだとは断言していない。

 さらにブリタニア皇族に故郷を滅ぼされたエトランジュがブリタニア皇子であるルルーシュに熱心に協力するはずがないというのも理屈は確かに合っているが、その彼女がゼロの正体に気づいていないのであれば話は別だ。

 実際は知っていたわけだが、その場合でも彼女は何度も『悪いのは国是主義を掲げるブリタニア皇族』と明言しているのだから、国是主義を否定し植民地解放を成し遂げたルルーシュやそれに共感したユーフェミアを嫌うことなどないのである。

 そして最後に言えば、『彼がブリタニア人だからこそゼロとして起こせた奇跡』という言葉とこれは明らかに矛盾している。
 言い換えればゼロがブリタニアの皇子であれば、別にギアスなどなくても反逆可能だったという事実をシュナイゼルが認めたも同然だ。

 奇跡が紛い物で、ブリタニアの皇子であると言う種がありさらにギアスによるものだと簡単に誘導された扇に、シュナイゼルは更なる不信を招く言葉をささやいた。

 「もしかしたら私も操られているかも知れないと思うと、とても恐ろしい・・・捕虜交換の時にうかつにも会っていましたからね。
 部下が従わなくなる事態ほど上に立つ者にとって困ることがないと、そう考えれば・・・」

 「も、もしかして俺達にも?!確かにゼロをはじめは疑っていた玉城だって、今や親友呼ばわりしてるし・・・」

 そもそもゼロをリーダーにと言いだしたのは己であることを綺麗に忘れ、扇は己の中に芽吹いた疑惑の種を育てていた。

 「ヴィレッタから聞きましたが、貴方は器ではない副司令を押し付けられて悩んでいたそうですね。それだってもしかしたら彼の命令と言う可能性がある。
 それに、自分が操られているかもしれないという恐怖から彼女を救ってやるおつもりはありませんか?」

 「・・・千草」

 「扇・・・」

 シュナイゼルの誘導が巧みなのか、それとも扇の頭がその程度なのか不明だが、敵国の宰相の言葉のみで事態を判断した扇を見たシュナイゼルは、笑顔の裏で弟は人を操る能力を持っていても味方には使っていないことを確信していた。

 (なるほど、相変わらず詰めが甘いね。無能な者ほど操って支配下におけばいいものを)

 ジノからゼロの正体を聞いたシュナイゼルがエリア11から本国に送られていた膨大な資料を洗った結果、その中からシンジュク殲滅戦でブリタニア兵の自殺者がいたこと、メグロでも同じことがあったことを知った。

 さらにギアス嚮団にいたバトレーが、つい数時間前に恐る恐る連絡して来たのだ。
 ギアス嚮団とギアスの存在について語っていた彼だが、秘密を外部に漏らしたことをすぐに悟られてしまい、『ギアスという人知を超えた能力者が大勢おります。そしてゼロもそうだと・・・』と告げた瞬間、通信は切れた。

 実際ジェレミアを父に言われるがまま中華に搬送したこともあるシュナイゼルは自分に忠実だったバトレーの言うことを戯言とは思わず、ヴィレッタに探りを入れてみたところ彼女はそれに食いついた。

 『お恥ずかしいことながらシュナイゼル殿下、私はその少年を見た後記憶が途切れて、気が付けばサザーランドを奪われました。
 ジェレミア卿も同様で“全力で自分達を見逃せ”とゼロから言われたことすら覚えていないと仰っておいででした』
 
 二人が別々の行動を取っていることから、人知を超えた力とは“他者に命令をきかせる能力”だと推察したシュナイゼルは状況証拠を組み立て、ゼロがルルーシュであることを組み合わせれば黒の騎士団内部に亀裂を入れることが出来ると読んだ。

 正直言うほど簡単ではないと思っていたし、成功すれば儲けもの程度だったはずが簡単に成功したことに内心拍子抜けしたほどである。

 扇はこわごわとヴィレッタと見つめると、いつもおどおどしていた記憶喪失時のヴィレッタの姿が重なり、彼女は自分が守らねばと己を奮い立たせた。

 「それで、俺にどうしろと?」

 「ルルーシュを・・・ゼロを引き渡して貰いたい。
 彼は危険だ・・・私は彼ほど優秀な男を知りません。まだ十歳だと言うのに、私とチェスでいい勝負をしていた・・・負けたことこそありませんが、いずれはと思ったものです」

 「じゅ、十歳でブリタニア宰相と・・・?!解った。だが条件がある」

 「聞きましょう」

 てっきりヴィレッタの身の保証や自分に関するものだと思っていたシュナイゼルだが、扇の返事はその斜め上を行っていた。

 「日本に二度と侵攻しないと約束しろ!!信じた仲間を裏切るんだ。
 せめて日本をブリタニアの侵攻から守らなければ、俺は自分を許せない・・・!」

 「・・・いいでしょう。私は二度と日本の地を侵さないと約束しましょう」

 シュナイゼルがきっぱりと断言すると、それに安堵している男を見て内心で呆れかえっていた。

 エトランジュはまず敵の言葉など信じられないと言って申し出自体を拒否し、“シュナイゼル”が約束してもそれが“ブリタニア帝国”との条約には成り得ないことを看破したと言うのに、いったいこの差はなんなのか。

 もし彼女が相手であれば、真偽を確認してからにすると言ってその場での返事は避けていたであろうし、実際扇にそうされればシュナイゼルは困るのでヴィレッタに命じて始末する予定であった。
 そもそも自分にブリタニア宰相との交渉に当たれるほどの職にないことすら解っていない男を、末弟は何故重用しているのだろう。

 だが敵の無能は味方の幸福である。
 シュナイゼルがにこやかに細かい計画を扇に吹き込もうとした刹那、乱暴にドアが叩かれた。

 「ここを開けろ、扇!!そこにいるのは解っているぞ!!」

 卜部の声に扇がびくりと身体を震わせると、おそらくホテルから押収したマスターキーを使ったのだろう、ドアが開けられて藤堂を先頭に卜部、朝比奈、千葉が険しい顔をしながら入室して来た。

 藤堂はリビングで目を見開いて驚く扇とその横にいた女に視線を止め、手にしていた写真と見比べて彼女がヴィレッタであることを確認した。

 「・・・やはり扇、お前がこの女をかくまっていたのか。
 どういう経緯かは知らんが、敵のスパイとともにこんなところで何をしていたんだ?
 敵国の宰相と通信スクリーン越しとはいえ話をしていたようだが」

 冷やかな声で追求する藤堂に、扇は慌てて弁明した。
 確かに分に合わぬ高級ホテルのスイートで女スパイと敵国の宰相とともに話しているという光景は、扇が裏切ったと見られても仕方ないものであった。

 「ち、違うぞ藤堂中佐!千草は俺を思って、ゼロの正体を教えてくれたんだ!!
 シュナイゼルから聞いたぞ、ゼロはブリタニアの皇子だと!!」

 満を持してそう言い放った扇だが、既に知っていた藤堂達はシュナイゼルに聞かされたのかと別の意味で目を見開いた。
 それを勘違いした扇は、得々としてシュナイゼルから聞いた話を語り出した。

 「あいつはブリタニアの皇子で、皇位継承の戦いに勝つためにナンバーズである俺達を駒に仕立て上げていたんだ!!
 そして本来ならしなくてもいい戦いをしてブリタニアを手中に収め、世界を征服するつもりなんだよ!!」

 「おい扇さんよ、どうしてそうなるのか俺にはさっぱりなんだけど」

 扇の熱弁を呆れた口調で遮った卜部に、扇は舌打ちした。

 「だってそうだろう?!日本は解放されたと言うのに、ブリタニアがまた再奪還を行うと言う理由でブリタニアに攻め入ろうとしているじゃないか!!」

 「現につい先日ブリタニア軍が来ただろうが。あんた大丈夫か?」

 それに関する書類の山に囲まれたはずだろうに何を言っているんだ、と言う卜部に、扇は聞いてくれと真剣な顔で言った。

 「ゼロは恐ろしい超能力を持っている。ギアスというそうで、他人を自分の命令通りに動かす力だそうだ」

 シュナイゼルが止める間もなくそう告げた扇に、藤堂達は思った。

 (((・・・駄目だこいつ・・・早く何とかしないと)))

 卜部などは後任の事務総長の選出をゼロと星刻に相談しなくてはと呆れ、扇の肩をつかんだ。

 「何で敵国の宰相の言うことを素直に聞いてんだお前は。
 そのギアスってもんがあるとしたら、持ってるのはシュナイゼルとしか思えないけどな俺としちゃ・・・話は本部で聞いてやるから、とにかく戻るぞ。
 千葉、ヴィレッタ・ヌゥを拘束しろ」
 
 「解った」

 銃を構えた千葉は銃を隠し持っていることを警戒しつつ彼女に近づくと、彼女の両手に手錠をかけた。

 「ヴィレッタ・ヌゥ、スパイ容疑で逮捕する。
 シュナイゼルとの繋がりがあったことはこの部屋を見れば一目瞭然、言い逃れは効かない」

 「扇・・・!」

 愛しい妻に縋られた扇は、懸命になおも言い募った。

 「ま、待ってくれ千葉!聞いていなかったのか、ゼロは・・・!」

 「そんなことはすでに・・・」

 「皆様、お静まり下さいな!」

 知っていると藤堂が口を開こうとした刹那、慌てて外で見張っていたエトランジュが飛び込んで止めた。

 「エトランジュ様・・・どうされましたか」
 
 「とにかく、ここは扇事務総長とヴィレッタ・ヌゥを本部に連行するのが先です」
 
 そう言いながらエトランジュはホテルに備え付けのメモ帳に、日本語で通信スクリーンから見えない位置で何やら書き始めた。

 “今ここでゼロの正体を皆さんが知っていると言えば、シュナイゼルは利用しかねません。通信スクリーンということは、この会話も記録が可能なのです”

 なるほどと納得した一同はシュナイゼルを憎々しげに睨みつけると、俺と千草は裏切っていないと喚く扇とヴィレッタを部屋から無理やり連れ出しにかかった。

 「待ってくれ!千草は今妊娠してるんだ。乱暴に扱わないでくれ!」

 「何だと?本当か?」

 千葉が確認するとヴィレッタがこくりと頷いたため、千葉は大きく肩をすくめた。

 「子供に罪はないとはいえ、さすがにこれは・・・」

 「いつまでもここで騒ぐ訳にはいかなくてよ、皆様がた。
 早く撤収いたしましょう。わたくしどもはここにあるPCや機材を押収してからそちらに参りますわ」

 ルチアがルルーシュが残していったゼロ番隊三名を従えながら入室すると、藤堂達はよろしく頼むと言い残して扇とヴィレッタを引っ立てながら退室していく。
 部屋の外でシンジュクで兄を殺した純血派の軍人である女を匿ったと判明した扇を、カレンが呆然とした瞳で見つめていた。

 「違うんだカレン!騙したのは千草じゃない、ゼロだ!信じてくれ!!」

 「扇さん・・・どうしてそんな女を信じるの?!その女はお兄ちゃんを殺した純血派の女なのに!!」

 ジェレミアも純血派といえばそうだが、彼はルルーシュ(ゼロ)の部下であり実際救出対象がアレだったとはいえゼロの命令に従ってスザクを差し出し、アッシュフォードの生徒会メンバーの誘拐を阻止した功績があるから、何とかカレンも折り合いをつけることが出来た。

 しかしヴィレッタは違う。この女はシンジュクで多数の日本人を虐殺した上に兄貴分である扇を籠絡した挙句、アッシュフォードの友人達を誘拐してゼロに揺さぶりをかけようとした女なのだ。

 幸いこのフロアに客はいなかったとはいえ誰に聞かれるか解らないと、仕方なく卜部が喚く扇の腹に一撃を決めて黙らせるとそのままずるずると運んで行く。

 カレンが涙を拭きながら扇達が泊っていた部屋に入ると、エトランジュがシュナイゼルと話しているのが見えた。

 「よくここが解りましたね、エトランジュ女王」

 「居場所が解るGPS機能つきの携帯をお持ちでしたから。電源を落としても解る仕様になっているそうです」

 なるほどと納得したシュナイゼルは、通信スクリーン越しとはいえシュナイゼルと話していることに緊張しているというより、むしろガタガタと震えているエトランジュがゼロの正体を知りながら協力していたことを悟っていた。

 あのタイミングで妨害して来たことと、藤堂達がゼロの正体を口にされてもさして驚かなかったことがそれを証明していた。

 「あの子は相談するタイプではなく、一人で抱え込み人を遠ざける子だったのにどうしたものかな?」

 「・・・私はゼロの正体を知りませんが、末の弟君であると貴方はそうお考えのようですね」

 「そう考えれば説明がつくことが多いですからね」

 出来る限りゼロの正体を世に出すまいとしているエトランジュを見て取ったシュナイゼルは、思いがけず現れた彼女にどう語りかけるか考えた。
 しかしエトランジュは自分と話すつもりはないのか、さっさと通信を切ろうと指をスイッチにかけ始める。
 エトランジュはマオからダモクレス計画を聞いており、自分に逆らう者達を皆殺しにする目的で大量破壊兵器を造ることを知っていたため、一刻も早くここから立ち去りたかったである。

 「今回の件は扇事務総長に依頼して、ルルーシュとの対話の機会を得たかっただけなのですが、解っては頂けないのでしょうね」

 「・・・普通に会談を申し込むというお考えはなかったと?」

 「あの子が素直に応じるとは思えなかったので、少々強引な手段を使ってでもと思ったのです」

 もっと言うなら、ギアスにかけられる恐れがある。
 自分が既に父から防御策を与えられているとは知らぬシュナイゼルのいかにも悲しげな表情に、マオは思考を読める己といえど本人がその効果範囲内にいないのではどうしようもないため、悔しそうな顔で見つめている。
 
 そして扇から密談の内容を知ったマオがエトランジュのギアスを通じてエトランジュやルルーシュに知らせると、どうやってギアスを知ったのかと一同は驚いた。

 《聞きだして欲しいのは山々ですが、彼は中華で俺が貴女に指示したことで警戒しています。
 ギアスのことをどこまで知っているかは解りませんが、うかつなことはしないほうがいいでしょう》

 《解りました》

 「では私はこれで戻りますので失礼いたします」

 「お待ち頂きたいエトランジュ女王。私は貴女と話がしたいのです。
 一つだけ質問があるので、お答え願いたいのですが」

 「残念ですがお断りいたしますわシュナイゼル宰相。
 エトランジュ様はお忙しいのです。礼儀知らずな人間と話す時間など一秒たりともありませんの」

 眼鏡を直しながらそう吐き捨てたルチアだが、エトランジュは『自分と話がしたい』と言ったシュナイゼルに向き合った。

 「解りました、では一つだけお話を伺うことにします。なんですか?」

 「私の計画を、貴女はご存じなのですか?」

 びくっと大きく肩を震わせたエトランジュの態度が、答えを雄弁に物語っていた。
 最近自分が統括するトロモ機関にあちこちから捜査の手が伸びており、そのつど対処していたシュナイゼルはこの計画が漏れていることに気づいていたが、見事に正解だったようである。

 「その態度から察するに、貴女は反対のようだ。
 しかし誤解なさらないで頂きたいのですが、私のダモクレスは“戦争を行おうとする者全て”を排斥する目的で建造するのです。
 貴女は平和を望まれる方ですし、むやみに争いを招く方ではないのでぜひマグヌスファミリアの皆様にはダモクレスにおいで頂きたいと考えているのですが」

 バレているならとそう申し出たシュナイゼルに、自分達を巻き込むつもりなのかとエトランジュは目を見開いて驚愕した。

 「そ、そう言う問題ではないでしょう?!貴方はいったい何を考えて・・・!!」

 自分さえよければいいという問題ではないとエトランジュの怯えきった絶叫に、シュナイゼルはどうしてそこまで嫌がるのか理解出来なかった。
 国民全員を安全圏に避難させ、二度と誰も攻め入れない場所で平和に過ごさせてやれば“みんなで仲良くいつまでも”という望みが叶うというのに、何が不満なのだろう。

 「争いの中心は悲しいことに我が父シャルル・ジ・ブリタニアです。
 遠からず父はその責任を取って頂くことになるでしょう。
 私はオデュッセウス兄上に皇帝を継いで頂き、その上でこの平和を成り立たせたい」

 つまりエトランジュの家族を殺した実行犯は既に亡く、教唆犯は自分の手で始末するから信じて欲しいと言うシュナイゼルに、エトランジュは疲れたような声音で尋ねた。

 「・・・貴方にお伺いいたしますが、貴方はいつ大岩が落ちてくるか解らない崖の下で暮らすことが出来ますか?
 そこがこのホテルような豪華な家だったとしても、そこで楽しく暮らすことが出来るのですか?」

 シュナイゼルは暮らせと言われればいつ大岩が落ちてくるか解らない崖下でも暮らせるが、エトランジュは違うらしい。

 「・・・貴方のお考えはよく解りました。やめろと言ってもおやめにはならないのでしょうから、無駄なことは申しません。
 私達は全力で止めるまでです」

 幸か不幸か、ダモクレス計画をシュナイゼルが認めた証拠になる通信機材を見つめ、ルチアは思った。

 (この映像を公開すれば、反ブリタニア国家はもっと増える。
 エディはこの話を断ったし、このことで味方が増えるはずですもの)

 「私はブリタニア皇族の方々が解らない。何故こうも揃いも揃って極端なことばかりを言い出すのか、本当に解らないのです。
 理解しなくてはならないと思い、中華でも貴方の考えを伺いましたが、それをお聞きした今でも解らない。
 貴方は何がしたくてあのような形の平和を成し遂げたいのか解りませんが、その手段だけは理解してはいけないんだと思います」

 シュナイゼルの言っていることは、非常に効果があるのは解る。
 その手段を使えば、確かに世界から戦争は消えるだろう。

 だがそれでも人間が争おうと立った一部の人間が動き始め、それによって関係のない者までシュナイゼルの厳罰の巻き込まれたら?
 もし何らかのシステムエラーを起こし、殺戮兵器が地上に向けて発射されてしまったら?
 それを思うと文字通り自分達の手に届かない場所にあるので対処が出来ず、途方に暮れるしかないだろう。

 関係のない人間ですらも大勢巻き込む兵器というだけで、エトランジュはとうてい理解出来なかった。
 しかもそのダモクレスに自国をと言われたのだから、なおさらである。

 これ以上話せばエトランジュが倒れかねないと判断したルチアが無言で通信スクリーンのスイッチを切り映像を落とすと、ちょうど余りに帰りが遅いことに心配した藤堂と卜部が戻って来た。

 「ど、どうしたんですかエトランジュ様。顔色が青いですよ」

 「・・・帰りたい」

 「は?」

 卜部の問いにぽつりとラテン語でそう呟いたエトランジュは、ずるずると床に座り込みながら繰り返した。

 「・・・怖い・・・お家に帰りたい」

 「エディ、大丈夫だよ。ダモクレス計画がこれで解ったんだから、みんなに協力を呼びかければ止められるよ。
 だから泣かないでよ・・・!」

 マオが必死でそう慰めると、エトランジュは彼の手を握りながら繰り返した。

 「帰りたい・・・」

 あんな恐ろしい思考をする者達と、もう関わり合いになりたくない。
 だけどあの人達を倒さなくては故郷は戻ってこない上に安心して暮らせない。でも怖い。

 「エトランジュ様、しっかりなさって下さい。
 大丈夫です、ゼロに言ってあんな計画を阻止するための策を考えて貰いましょう、ね?」

 あまりの状況に絶句していたカレンが我に返ってそう慰めるが、エトランジュは頷くばかりで震えている。

 幾重にも絡まり合う状況を語りながら帰りたいと訴えるエトランジュを、藤堂と卜部は痛ましげに見つめていた。



 「帰りたい、か・・・」

 シュナイゼルは隠していた小型の盗聴器でその叫びを聞きながら、シュナイゼルはふむと考え込んだ。
 ダモクレスには庭園を造る予定だったがそれを彼女が好んでいたという畑にしようと考えるなど、彼としては彼女に対して破格の扱いをする予定だっただけにそれもお流れかと砂嵐となった通信スクリーンのスイッチを切った。

 「あれが望郷、というものだろうか、カノン」

 「彼女は家族がいればいいと言っていたとユーフェミア様から伺いましたが、マグヌスファミリアと言う国土も大事なようですわね」

 「せっかく彼らにダモクレスで彼らの平和を実現して貰いたかったのだが、ああも怯えられては仕方ない。
 他の王族を取り込むしかないね」

 何故シュナイゼルがこうもマグヌスファミリアを望むのかというと、彼らは建国以来ニ千年以上に渡り殆ど変わり映えのしない生活を続けていた国だからだった。
 ニ千人という人口で必要な時必要な場所で必要な物を生産するというそのスタンスを貫き、平和を成り立たせていたマグヌスファミリアは、変化を望まぬシュナイゼルにとっては理想の国だったのである。

 ダモクレス計画が完遂されても、今度はダモクレスの内部で争いが起こっては意味がない。
 だからシュナイゼルは仲間内で争いごとを引きこさない民族を住まわせ、永劫にダモクレスを管理させたかった。
 正直そんな国などないと思っていたが、ないと思った瞬間に見つかったのだからこれを利用しない手はない。

 自分の計画が完璧だと思い込んでいるシュナイゼルは、初歩的なことが全く見えていないことに気づいてなかった。

 エトランジュは大したことを言っているわけではないが、それだけに理解は出来る。
 対してシュナイゼルは世界規模の平和と壮大な理想を抱いてはいるが、そこまでに至る過程が激しく歪なため、理解などされるはずがないのである。

 たとえるならば足し引き算は出来るがピタゴラスの定理が解らないという者と、平面幾何は軽く解けるが足し引き算の答えを間違う者と、いったいどちらを理解する者が多いだろうか。

 優秀すぎるが故に見えていないとルルーシュが評していることも知らず、シュナイゼルはカノンに尋ねた。

 「ダモクレスの建造は順調かい?」

 「ええ、ほぼ完成はしています。ただ使用する大量破壊兵器ですが、それが未完成ですので計画はまだ発動出来ませんわね。
 先日召し抱えた科学者の理論の検証が成れば、一番なのですが」

 「例のウラン原理だね。実験のための予算を組んで、すぐに完成に向かわせてくれたまえ。
 先ほどの通信内容はあちらの装置に残らないようにしてあるとはいえ、万が一と言うこともある。計画を急ごう」

 「イエス、ユア ハイネス」

 カノンが深々と一礼して立ち去ると、ふと疑問に思った。
 何故自分は計画に支障をきたすと言うのに、エトランジュに計画のことを話したのだろう。
 いくらマグヌスファミリアを取り込むためとはいえ、このタイミングで話すのは断られてしまえば逆効果だと言うのに。

 『ブリタニア皇族の方々が解らない。何故こうも揃いも揃って極端なことばかりを言い出すのか、本当に解らないのです。
 理解しなくてはならないと思い、中華でも貴方の考えを伺いましたが、それをお聞きした今でも解らない。
 貴方は何がしたくてあのような形の平和を成し遂げたいのか解りませんが、その手段だけは理解してはいけないんだと思います』

 「理解してはいけない、か・・・」

 貴方の考えを聞かせて欲しいと言ったのはエトランジュなのに、今になって理解したくないと言うのは勝手なものだと、シュナイゼルは笑った。

 別にしたいことがないから、相手が望むことを叶えるだけだ。
 皆が自分に平和を望むから争いを止めようとしているだけなのに、何故否定するのだろう。

 (・・・ああ、だが彼女は私に平和を望んでなどいなかったな。だから否定したのか。
 しかしもう少し現実を見て貰いたいものだが・・・いや、いけないな。これは欲だ)

 それでもシュナイゼルは何故か不愉快になった気がしたが気のせいだと思い、再び執務を行うべく手元の書類に視線を落とした。
  



[18683] 第三十四話  コード狩り
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/07/30 10:22
 第三十四話  コード狩り



 ナナリーと別れたルルーシュ達は、特別に手配したチャーター機でゼロ番隊とともに中華の地へと降りていた。

 チャーター機の中で扇がヴィレッタと通じていることが明らかになり、捕縛したとの報告がきた。
 二人が潜伏していたホテルの支配人がシュナイゼルの手の者で、今マオがスパイ網を壊滅させるべく思考を読んで処置にかかっているとのことなので、日本はこれで安心出来そうだ。

 ゼロの衣装をまとったルルーシュがジェレミアとともに密に太師の邸宅へとやって来ると、太師はジェレミアを見て大きく溜息を吐く。

 「・・・ブリタニアとは何と恐ろしい国か。まさかここまで非道な行為を行うとは思いもせなんだわ。
 天子様との婚姻を阻止出来たことに、心底安堵したわい・・・」

 「お察しいたします。そしてこのジェレミアからこの施設の位置を知ることが出来ました。
証拠隠滅を図られる前に、一刻も早く捜査に踏み込ませて頂きたい」

 「うむ、天子様にも報告して、既に御裁可を頂いてある。
 砂漠地帯にあるとのことで少々間者を動かしたが、誰一人として帰って来なんだ・・・。
 この中華でこのような恐ろしい実験を行うとは、とうてい許せるものではない。
 合衆国中華の要請を出すゆえ、徹底的に捜査をお願いしたい」

 まさか外道な実験を行うだけ行って、中華に罪を押し付けるべく強引な婚姻併合を謀ったのではあるまいかと、太師は怒り心頭である。
 秘密裏に話を通した二十名ほどの合衆国中華の黒の騎士団員達も、憎々しげな顔を隠そうともせずゼロに敬礼した。

 「我ら百名、ゼロの指揮下に入ります!」
 
 「頼りにしている。では一つだけお願いしたい。
 “ギアス嚮団に関する終了宣言があるまで、私の命令に従って貰いたい”」

 「・・・はい、我々は貴方に従います」

 中華の騎士団員達が目を赤く縁取らせて了承する。
 これでギアス嚮団戦で混乱することなく事を処理できる。

 「最後はギアスに関することだけ忘れさせて、終了宣言を出せばいい。
 あの連中には外側を固めさせて、ゼロ番隊と俺達とで内部に突入する」

 「解りました、お任せ下さい」

 頼もしいジェレミアの台詞に笑みを浮かべたルルーシュは、ゼロ番隊と中華の騎士団員を引き連れて一路ギアス嚮団本拠地へとトレーラーを走らせた。



 同時刻、イギリスにあるマグヌスファミリアのコミュニティでは王族達が一室に集まっていた。

 「ゼロから連絡が来たぞ。ギアス嚮団の場所に向かっているそうだ。
 ・・・いよいよ我々の出番だが、準備は出来ているな?」

 アインの台詞に一同が緊張した面持ちで頷くと、エリザベスが爪を噛みながら言った。

 「アルがあのふざけた計画の推進者の女に全身打撲の目に遭わせられたのよ!
 既にギアスで消したそうだけど・・・あの一族は許せないわ兄さん。早く行きましょうよ、ね?」

 シャルルの侵攻命令により娘は地下室暮らしを余儀なくされ、自ら日本にやって来たマリアンヌのせいで息子は全身打撲。
 その発端となった全ての人間の意識を一つにするという計画を何が何でもぶち壊してやると、エリザベスは激怒していた。

 「わ、解ったから落ち着けリジー。お前にはE.E達を連れて行く役目があるんだぞ。
 冷静に行動して貰わんことには困る」

 「・・・そうね、その通りだわ。E.E達を運ぶ例の車は夫に運転して貰うつもりよ。
 もう中に移動してるから、すぐにでも出発出来るわ」

 妹の怒気を何とか収めたアインは、一族達に言った。
 
 「これはギアスを受け継いできた我々にしか出来ないことだ。
 幸いようやくこの歴史を終わらせられる可能性も出てきた以上、全力でことに当たるべきだ。
 急ぎ、ストーンヘンジに向けて出発する」

 現在ギアス能力者は二十八名。
 うち戦闘に向いた能力者は十名もいないが、やりようによっては何とかなると充分に打ち合わせをしてある。

 全員が緊張した面持ちで部屋を出ると、一斉に移動すれば怪しまれるので以前からの指示に従ってそれぞれのルートでストーンヘンジへと向かった。
 残っているのは予知能力を妻に渡したため、今は普通の人間になったアインだけである。
 いつEUからの連絡があるか解らないという事情もあり、彼だけは残らなくてはならなかったのだ。

 「頼んだぞ、みんな・・・!
 
 アインは自室でギアスの暴走に苦しむ妻の手を握りながら、ただひたすら祈った。

 すべての家族が無事にここに戻ってくると、彼は信じたかった。
 予め知ることが出来ないということがこれほど恐ろしいとは、ギアスを持っていた時は想像しなかったが、これも力に慣れてきたことの証左だろう。
 過ぎた力は身を滅ぼすのは、これまで多くの一族がギアスの暴走で苦しんできた姿を見てよく承知していたというのに、目の前で妻が自分の身代わりで苦しんでいると言うのに、それでも知りたいと望んでしまう。

 「・・・やはりギアスは滅ぼしてしまうべきだ。
 もう少しこらえてくれ・・・ゼロが来てくれたらその暴走を止めて貰えるはずだ。
 何も出来ない無力な私を許してくれ・・・」

 アインは最愛の妻にそう謝罪しながら、子供達が、兄妹が、甥と姪が戦いに赴いた黄昏の間へとただ祈りを捧げていた。
 


 それから一時間後、ルルーシュ達はギアス嚮団を素早く包囲していた。

 「いいか、ここから出てくる者があれば、麻酔弾を撃って眠らせて捕えろ。
 先行部隊として私とジェレミア、とロロが向かう。
 この二人はこの施設の犠牲者で、内部構造を知っているからな」

 手早く騎士団員達に最終指示を出し終えたルルーシュは、パソコンを立ち上げた。
 ジェレミアから聞いていた定時連絡の回線に繋いで研究員が出ると、ジェレミアに応対させてV.Vを誘き寄せる。

 だが何故かV.Vは現われず、ジェレミアは苛立ったように言った。

 「どうした、嚮主はいないのか?」

 「今から嚮団の拠点をブリタニアに移すと、嚮主様がおっしゃられたのだ。
 そのための準備に追われているので、おいでになれない」

 既に逃げる準備を整えていたかと、ルルーシュとジェレミアは眉をひそめた。

 (やはり急いで襲撃を決めたのは正解だったな。おそらくヴィレッタが報告したのだろう)

 事情を知っている藤堂達では大々的に捜査が出来ず、千葉と朝比奈は無実だった玉城を問い詰めていたし、藤堂は扇に的を絞ったものの裏を取るための時間があったから、充分にその時間はあった。

 「急ぐぞジェレミア」

 「はい、ルルーシュ様」

 『イエス、ユア ハイネス』と呼ばれることをルルーシュが拒否したため、ジェレミアがそう答えるとルルーシュはゼロの仮面をかぶり直して叫んだ。

 「・・・現在地を割り出すことに成功した。
 黒の騎士団、全軍突撃!非戦闘員を捕縛し、私の元に連行せよ!!」

 「「「了解!!!」」」

 トレーラーからナイトメア用ポリスが次々に降りて、一斉にギアス嚮団内部に突入した。

 余りの電撃的な速さでの奇襲に研究員達は驚いたが、嚮主たるV.Vがいない彼らはどうすることも出来ず、ただ逃げ惑うばかりである。
 一部は抵抗を始めたが多勢に無勢であり、睡眠ガスを流されてたちまち無力化されて捕縛されていく。

 さらに打ち合わせ通りロロは子供達を集めに行き、ジェレミアはゼロ番隊を率いて自分と同じ実験体が集まっているエリアへと飛んで行った。

 「武器を捨てて投降しろ!私はC.C、前嚮主のC.Cだ!!
 悪いようにはしない、大人しく私の所に来てくれ!」

 突然の騒ぎに怯えていた者達だが、C.Cを憶えていた嚮団員数名がその声に導かれて恐る恐るやって来た。

 「C.C様!お帰りなさい!!」

 「帰って来て下さったのですね。あの、この騒ぎは・・?」

 「・・・大丈夫だ、お前達が大人しくしてくれればすぐに治まる。
 もうお前達は怖いことややりたくないことを強制されることはない。
 放っておいてすまなかったな」

 C.Cの謝罪に嚮団員達はほっとした笑みを浮かべた。

 「もう実験に使われなくてもいいのですか?」

 「ああ、大丈夫。これが終わったらお前達は自由だ。
 今から私が再度嚮主となる。
 それからもう一人、別のコード所持者が副嚮主になってくれるそうだ」

 自由、という言葉の意味がよく解らなかった彼らだが、それでも以前は自分達の面倒を優しく見てくれたC.Cが嚮主となるのなら、自分達に否やはなかった。

 「はい、C.C様!僕達、C.C様についていきます」

 「ありがとう。では早速で悪いが、バトレーと言う男を知っているか?」

 「あ、はい。ギアスを授かったわけでもないのに何故かここにいた男ですよね?
 ・・・うーん、昨日通信室に向かったのは見たけど、それ以降は知らないです」

 ギアス嚮団で通信室を使えるのはごく一部の者だけで、鍵を持っていなければ入ることすら出来ないため、中で何をしていたかは知らないと言う。

 C.Cはありがとうと礼を言うと、背後にいたルルーシュに向かって報告する。
 彼は捕縛して連行されたギアス嚮団員に自分に従えとギアスをかけている作業に勤しんでいたが、彼女の報告はしっかりと聞いていた。

 「昨日か・・・まだここにいるかもしれないな」

 「ああ、探せば見つかる可能性が高い。
 それにしても、お前随分と懐かれていたんだな・・・マオもそうだったが」

 いつものんべんだらりと日々を過ごしている魔女が大勢の子供達を世話していたという事実に驚いていると、C.Cはぽつりと呟いた。

 「私は出来ないんじゃない、やらないだけだ。
 これでもお前と同じレベルの家事能力はあるさ・・・出来なければ殴られたから」

 最後の方は小さいものだったが、ルルーシュにはしっかり聞こえていた。

 「・・・そうか。ではこいつらの面倒はお前に任せる。
 今からバトレーを・・・すまない、日本からの連絡だ」

 ルルーシュがエトランジュのギアスで何やらやりとりしていると、よほど驚く報告があったのか突然目を見開いた。

 「・・・それは本当ですか?!」

 思わず大声を上げたルルーシュに嚮団員達は驚いたが、すぐにギアスによるものだと気付いたのですぐに元の表情に戻った。

 《・・・そうか、解りました。ええ、それで結構です。
 後は桐原と藤堂に・・・ご迷惑をおかけして申し訳ない。
 では、後ほどお会い致しましょう》

 「おい、エトランジュからの報告か?」

 「・・・ああ、達成人が今生まれたそうだ。とにかくV.Vを捕えて日本に戻るぞ。
 バトレーを確保し、ギアス嚮団員を保護して引き上げる。
 V.Vはブリタニアにいるというなら、黄昏の間からブリタニアへ行ってギアス嚮団全員で確保する」

 見た目は子供なだけならギアスが効かなくても対処が可能だというルルーシュに、なるほどとC.Cは納得した。

 ギアスを二十名ほどにかけ終えたルルーシュは、エトランジュのギアスを通じてマグヌスファミリアの面々に連絡した。

 《今、突入作戦を開始しましたマグヌスファミリアの方々。
 そちらも至急、黄昏の間を抑えて頂きたい》

 《任せて下さいゼロ。みんな、行きますよ!》

 エリザベスがそう促すと同時に、ストーンヘンジの黄昏の間へと続く扉が開かれる。

 「よし、俺達は手早くギアス嚮団をこの手に収めなくてはな。
 それにしても、この騒ぎの中やたら静かだな。どうなっているんだ?」

 「そ、それが・・・V.V様が昨夜からどこかに行って、代わりに新しい嚮主様だって方がつい一時間くらい前に来て・・・副嚮主はその人じゃないんですか?」

 「何だと?そいつは誰だ?」

 V.Vの代わりに嚮主になったということは、彼のコードを奪った者がいるということだ。
 それには達成人になっている必要があるのだが、C.Cが知る限りそれが可能なのは彼の兄であるシャルルだけだ。

 「変な髪形をしたおじいさんでした。くるくるーって髪を巻いてて・・・」

 「あの男が?どういうことだ」

 ルルーシュが舌打ちしつつ首を傾げるが、事情を知らない少年は解りませんと言うばかりだ。

 「貴重な情報をありがとう。ああ、ロロ達も来たか」

 「兄さん、連れてきたよ!」

 兄に褒めて貰おうとロロが知っている限りのギアス嚮団員を連れてやって来ると、ルルーシュはよくやったと弟を褒め称えた。
 
 「21人か、よくやったぞロロ。この子供達はお前に任せる。
 俺は至急探さなくてはならない奴が二人いるからな」

 ルルーシュはロロが連れてきた嚮団員に自分に従えとギアスをかけると、ロロは真剣な顔で報告した。

 「そのことなんだけど兄さん、さっきこの子達が教えてくれたんだけど、通信室で壮年の男が殺されたんだって。
 例の外から来た男で多分容姿からしてバトレーだと思うんだけど・・・」

 「何?殺したのは誰か解るか?」

 ルルーシュは話を聞かせてくれたという嚮団員に尋ねると、彼らはすぐに答えた。

 「事情は知りませんが、殺したのは新しい嚮主だという男の人です。
 V.V様の弟で、よく出入りしていたから・・・」

 死体の始末を命じられて砂漠に捨ててきたという嚮団員にバトレーの写真を見せて確認すると、彼らは殺されたのはその男ですと認めたのでルルーシュは眉をひそめた。

 「・・・殺したのがシャルルだとすると、連絡先は限られてくるな。おそらく」

 「ああ、間違いなくシュナイゼルだな。あいつがあのタイミングでギアスを知ったのも頷ける。
 ギアスキャンセラーはもうほぼ完成しているのだから、情報を漏らすような奴は用無しと言うことか」

 「それで、すぐにブリタニアのほうに移転するから準備をするように言われて、みんなそれにかかりきりになっていて・・・だからみんな来ないんだと思います」

 「なるほど・・・教えてくれて助かったよ。ロロ、ここは任せたぞ。
 俺達は至急あの男を捕えに行く」

 ルルーシュがC.Cとともに走って行くと、ロロはさっそく兄に言われたとおりに兄手作りのお菓子を配り、これからのことについて嚮団員達に説明を行うのだった。



 黄昏の間ではマググヌスファミリアに使われまいと、V.Vが派遣したギアス能力者が数人、常に見張りについていた。

 彼らのギアスは相手を眠らせたり感覚を操作するものであったりという、行動を阻害するタイプのギアスである。

 嚮主から絶対に誰も通すなと命令されている彼らが黄昏の扉を見張っていると、ゆっくりと扉が開いていく。

 「黄昏の扉が開いた!V.V様や新嚮主様からは使用する旨は聞かされていないな」

 「ああ。ではギアスを・・・う、うわあ!!」

 「なんだこれは?!」

 ギアス嚮団員が悲鳴を上げるのも無理はない。
 何しろまだ人が出てくるのは難しい扉の隙間から飛び出して来たのは人間ではなく犬の群れで、大きく吠え猛りながらギアス嚮団員の腕や足に噛みついてきたのだ。

 「私達の国は農耕国家で、家畜もたくさん飼ってるの。
 牧羊犬はもちろん、荷物運びとかそういう使役犬もいるからみんな犬の扱いには慣れているのよね」

 そう言いながら完全に開け放たれた扉から馬に乗って突撃して来たのは、エヴァンセリンだった。
 他にも数人の人間が馬に乗って黄昏の間に乱入し、そこら中を馬でギアス嚮団員を追い回すと、皆それから逃げることに精いっぱいでギアスどころではない。
 
 その隙を突いてマグヌスファミリアのギアス能力者がギアス嚮団員を眠らせたり、動きを麻痺させたりして動きを止め、縄でぐるぐると縛っていく。

 「暴走してるならともかく、そうでないならギアスは集中しないと使えないのよね。
 まさかこんな手段で来るとは誰も思わなかっただろうなあ」

 ぽりぽりと頭を掻きながらエヴァンセリンが呟くと、他の家族達もうんうんと頷いた。
 
 そう、ギアスは集中しなければ使えない。
 視覚型は相手の目を凝視する必要があるし、聴覚型は味方にだけ作用する形で声を発する必要がある。
 ましてや今回のように敵味方が混戦している状況ではなおさら集中力が必要だ。

 範囲型に至ってはどの程度まで広げるかなどの思考を必要とするケースが多いので、犬に追いかけられて馬に追い回されている彼らにそんな余裕などあるはずがない。

 黄昏の間にナイトメアは無理でも武器を携帯して入ることは可能だったから、ギアス嚮団員も銃は持っているし防弾チョッキなどの対策はしてあった。
 そもそもギアスで先手を取ればいいとの考えもあり、彼らは相手を確認した瞬間にギアスを発動する準備も万端に整えていた。

 だがまさか馬に乗って襲ってくるなど予想の外にあったし、まして犬をけしかけてくるなど論外であった。
 ギアスは人間にしか効かないことは知っていたが、それを逆手にとって扱い慣れている犬を群れで襲わせ、突撃のスピードを速めるべく馬に乗るとは誰も想像していなかった。

 おまけに耳栓で聴覚をシャットアウトしているマグヌスファミリアの王族だが、エトランジュのギアスにより情報をやり取りしているので不都合はない。
 そのためギアス嚮団の聴覚型のギアスを防ぐことに成功している上に自分達は使いたい放題、さらに視覚型ギアス能力者以外の者は皆特製コンタクトレンズをしているのでそちらの対策も完璧だ。

 先に集中力を必要とする範囲型のギアスさえどうにかしてしまえば、後はこちらだけ一方的にギアスを使うことが出来るのだ。

 逃げ惑うギアス嚮団員をギアスや麻酔銃などで戦闘能力を奪い終えたマグヌスファミリアの王族達は、このまま黄昏の間に留まってV.Vの逃げ道を塞ぐ手筈である。
 だがV.Vはいないようだが別の嚮主になった男がいるとのことなので、彼だけは何としてでも確保しなくてはならない。

 「よし、この黄昏の間を制圧に成功!後はギアス嚮団内部のほうに助けに行ければいいんだけど、大丈夫かな」

 エヴァンセリンが安全が確保された後E.E達を連れてくることになっていたため、まだストーンヘンジにいるエリザベスに向かって告げると、彼女の顔色は青かった。

 「どうしたのリジー伯母さん。何かまずいことがあったの?」

 「・・・いいえ、その逆よ。朗報よ聞きなさい。達成人が今生まれたわ」

 「それ、本当?!やったね伯母さん!じゃあ新嚮主って奴のコードを奪えるわね。
 捕まえて連行してうっかり他の人に見られたら面倒だからよかったわ」

 アインの妻に移された暴走ギアスがやっと収まったのだと思ったエヴァンセリンが小躍りすると、エリザベスは厳しい顔で命じた。

 「今ゼロにもそのことは伝えたわ。
 今から私とE.Eと達成人の三人で今から外に出て、嚮主を捕まえに行きましょう。
 捕縛組と残留組に分かれるから、残留組は私達が外に出たら絶対誰も出入りさせては駄目よ。いいわね?」

 「え、うん、解ったけど・・・外はどうなってるのかなあ?何だか怖い・・・」

 「大丈夫よ、しっかりなさい!入っていらっしゃいな、二人とも」

 エリザベスが招き入れたE.Eと“達成人”の姿を見た瞬間、不安一色だった一族達の顔が凍りついた。

 「・・・エド従姉さん・・・!それに、何で・・・が!!」

 息を飲む一族達の前で、二人は説明に困ったように微笑んだ。


 
 一方、ギアス嚮団の新嚮主となったシャルルはブリタニアにギアス嚮団を移転すべく、急な準備を推し進めていた。

 突然の嚮主交替だが長いギアス嚮団の歴史ではよくある話で、前嚮主のV.Vの弟で頻繁に出入りしていたこともあり、誰も疑うことなくあっさりと受け入れられた。

 しかしまさかつい先日にジェレミアが暗殺に向かったと判明した翌日に息子が総攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったシャルルは、やむなくここを破壊することにした。

 淡々と無感情に実験施設を中心に嚮団内部に爆薬を仕掛けていく嚮団員らを眺めながら、シャルルは黄昏の間を目指していた。

 (さすがはルルーシュ、行動が速い。
 ギアス嚮団までもが取り込まれてしまえば黄昏の間を抑えられ、思考エレベーターをも破壊されてしまいかねぬ)

 シャルルは一足先にブリタニアに戻るべく黄昏の間に足を向けながら、先日の出来事を思い返した。

 先日、ヴィレッタからルルーシュの友人を誘拐する計画に失敗したとの報を受けたシャルルは、同時にジェレミア・ゴッドバルドがルルーシュ側についたことを知った。
 シュナイゼルから送らせたギアスキャンセラーの適合体がほぼ完成に近づいていたことは知っていたが、何故日本にいるのかと驚いたシャルルがギアス嚮団に訪れて研究員に尋ねたところ、兄がゼロを暗殺するために送り込んだと知らされた。

 自分に無断でルルーシュに手を出さない、勝手な行動はしないと約束したのに、それを破った兄はまた嘘をついた。
 一度までなら許したが二度までも約束を破られたシャルルは静かに怒りながら、呼び出しに意気揚々とやって来た兄に尋ねた。

 『兄さん、ルルーシュに刺客を送ったと言うのは本当ですか?』

 『うん、とっくに日本に着いてるはずだから、そろそろ連絡が来てもいい頃だと思う。
 神根島の遺跡は重要だから、もう一度奪い返して・・・シャルル?』

 自分が嘘をついているという自覚すらない兄を見限ったシャルルは、静かに兄に手を向け、兄からコードを奪い取った。
 突然の弟の行為に唖然としたV.Vは、何が起こったのか解らない顔で自分を見上げた。

 『な、何をするんだシャルル!!もうすぐ計画が成るのに、いきなりどうして・・・?!』

 『兄さんは二度も約束を破った。勝手な行動はしないと言ったのに』

 『それは・・・!でもあのままじゃシャルルはルルーシュに・・・・!』

 兄心からしたことなのだと必死に言い募るV.Vだが、自分を見る弟の目はどこまでも冷ややかだった。
 
 『シャ、シャルル・・・!』

 『“嘘はつかない”・・・私達の唯一にして絶対の約束事を、兄さんは二度も破った。
 計画は私とマリアンヌとで果たします。もう少しだけなので、兄さんはここでお待ち下さい』

 『・・・え?どういうい・・・・!』

 『V.V様、どうぞこちらへ。お部屋にご案内させて頂きます』

 何故ここでマリアンヌの名前が出てくるのかと尋ねる間もなく、V.Vはビスマルクによって取り押さえられた。

 『シャルル、どういうつもり?!ねえ、シャルル、シャルルったら!!』

 初めて怯えるような声音で自分を呼ぶ兄を無視して、シャルルはビスマルクに命じて兄を自分の私室に軟禁した。
 コードもギアスもないV.Vはただの子供だから、これで兄は何も出来ないだろう。

 こうして兄をようやく止めたシャルルは、ルルーシュの手が及ばない間にとギアス嚮団をブリタニアに移すことにした。
 幸い中華連邦が超合集国連合に加盟すると同時に移転先は準備してあったので、機材や実験体や嚮団員を移動させるだけだったのだが息子の方が早かった。

 「コード所持者に従うのが嚮団だ。C.Cを抑えて後は黄昏の間を占拠しておるマグヌスファミリアの連中を始末すればよい。
 コードが二つ揃えば計画はあと一ヶ月もすれば可能に・・・」

 「残念だがその計画はお流れだ」

 まさに黄昏の間に続くドアを開けようとした刹那、傲岸不遜な声が響き渡るとシャルルはその声の方角へと振り向むいた。
 薄暗い廊下から現れたのは黒の衣装に身を包み仮面を取った息子と、自分達を裏切った魔女だった。

 「ルルーシュ・・・」

 「ギアス嚮団は全て俺とC.Cが掌握した。
 以前のC.Cはよほど人望があったらしいな、俺がギアスを使うまでもなくこちらについてくれた連中も多かったから楽だった」

 今頃各所に仕掛けられた爆弾を解除している頃だと笑う息子に、シャルルは目を見開いた。

 「・・・ギアスキャンセラーの者はどうした?」

 「ああ、二人ほど適合体とやらがいたな。お前は馬鹿か?
 人体改造を施した相手の言うことを素直に聞く奴がいるはずないだろう。
 特にエリア14、つまりエカルテリアの男は、自国が解放されたことを教えるとあっさりこちらについてくれたぞ。
 残る一人は自我が不安定状態だから説得は無理だったが、逆に言えばお前達の命令を聞くこともない」

未完成とは聞いていたが、一度くらいはギアスを無効化出来ると聞いていた。
 だからルルーシュのギアスを無効化させている間に他のギアス能力者に捕縛を命じていた。
 だがギアスキャンセラーを使う以前の問題だったことにシャルルは思い至らなかったのは、ギアスキャンセラーを機能としてしか見ていなかったからだろう。
 それを宿しているのが人間であり、その人間が何故ここにいるのかもシャルルは知らなかった。

 「・・・・」

 「ギアスキャンセラーが相手では、お前お得意の記憶操作による洗脳も出来ないからな。
 自分の力で言うことを聞かせるしかないわけだが、ギアス頼みのお前達では不可能だろうよ」

 ジェレミアはゼロに恨みがあると考えたからこそ簡単に解放したのだろうが、占領した国の人間に人体実験を施して使うとすればギアス以外の手段で洗脳するか、人質を取るかしなくては命令を聞かせることは出来ないだろう。

 と、そこへジェレミアが急ぎ足でやって来ると、ルルーシュに向かって報告した。

 「ルルーシュ様、ギアス嚮団員の処置は全て終了いたしました!
 ルルーシュ様のおっしゃられた通り、数名は記憶を操作されてギアス嚮団へ忠誠を持つように仕向けられておりましたが、それも私のギアスキャンセラーで解除済みです」

 「ご苦労、ジェレミア。後はコードを回収するだけだ。
 どうやらあの男が兄からコードを譲渡されたらしい」

 正確には強制的に奪い取ったのだが事情を知らないルルーシュがそう答えると、ジェレミアは黄昏の扉の前にいる自国の皇帝に視線を移した。

 「陛下、お目をお覚まし下さい!今ならば間に合います。
 計画を中止し、恨みと悲しみの連鎖を繰り返すだけの戦争をおやめになるべきです!!」

 ジェレミアがこれ以上ルルーシュの心労を増やすまいとシャルルに諫言するが、シャルルはジェレミアごときの説得に耳を貸すような男ではない。

 「わしが計画を始める前から、世界は嘘をついて争っていた。
 それを止めることこそがわしと兄さん、マリアンヌの願いだったのだ。邪魔はさせぬ」

 「そのためにルルーシュ様がどのような思いで日本でお暮らしだったか、お考えにならなかったのですか?!」

 「アッシュフォードがエリア11に向かうように仕向けた。
 大人しくアッシュフォードの箱庭におればよかったものを、余計なことをするから兄さんにつけ狙われることになるのだ」

 「・・・私が何度もルルーシュ殿下方の護衛にと申し出たのに、却下なさっておきながら・・・!
 ルルーシュ様はおっしゃっておいででした、アッシュフォードがいつ裏切るか解らなかったと!弱肉強食、貴方がお定めになられたブリタニアの国是です。
 陛下ご自身が唱える国是のために、擁立する皇族に芽が出ないと判断した時の貴族の在り方をご存じないとでも?!」

 ジェレミアのように何が何でも唯一と決めた皇族に最後まで従う者は、実のところ圧倒的に少ない。
 シャルルが台頭する以前はそうでもなかったが、彼の推し進めた弱肉強食の国是により下から上に這い上がった貴族が増えたことと、常に競争を強いられることでモラルの低下が起こったため、そういった意識が薄れてきているせいだ。

 それはナイトオブラウンズの一部すら加担した血の紋章事件が、雄弁に物語っている。

 「・・・もういいジェレミア、その程度にしておけ。お前が疲れるだけだぞ」

 「ルルーシュ様・・・つい熱くなってしまいました。申し訳ありません」

 ジェレミアが一礼して引き下がると、ルルーシュはフンと肩をそびやかした。

 「これまで何一つ自分からは話し合おうとせず、一方的に捨てて利用するだけしておいて、計画が失敗に終わろうという瀬戸際でようやく話し合いを望むのか?」

 ルルーシュがとうにそんな段階は過ぎていると無情に告げると、後ろから黄昏の間の扉が開く音に気づいてシャルルが後ろを振り向いた。

 「・・・来たか」

 ルルーシュがにやりと笑みを浮かべながら呟くと、ゆっくりと黄昏の扉が開いて中から飛び出して来たのは犬だった。
 勢いよく飛び出してきた犬に、シャルルは思わず驚いて飛びのいた。

 「い、犬・・・?」

 「うちの猟犬ですよ、シャルル・ジ・ブリタニア」

 キコキコと何かが回るような音と共に響いた声を発しながら扉をくぐりぬけてきたのは、車椅子に乗った男だった。

 既に白さを目立たせた痛みきった金髪の髪を無造作に後ろで束ね、病的なほど白く不健康な肌をさせた彼は若くとも四十代、下手をすれば五十代ほどに見えるのに、実はまだ三十代半ばだとは信じられないほど病み衰えた姿。

 「アドリス様・・・動いても大丈夫なのですか?今コード所持者(あのおとこ)を捕えてそちらに伺おうとしていたところなのですが」

 心配そうにルルーシュが問いかけると、アドリスは笑みを浮かべた。

 「時間がなさそうなので、私が出向きました。
 じかにお会いするのは初めてですねルルーシュ皇子。私はアドリス・エドガー・ポンティキュラス。
 マグヌスファミリア現女王、エトランジュの父親です」

 そう名乗った男の両の瞳を見て、シャルルは怯んだ。

 「貴様・・・・まさか達成人に・・・・!」

 シャルルの呻くような問いに、アドリスは答えない。
 ただ赤く染まった両目の中で鳥の紋様を浮かび上がらせ、シャルルに侮蔑を込めた視線を突き刺していた。

 その顔に、うっすらと笑みを浮かべながら。



[18683] 第三十五話  悪意の事実と真実
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/08/06 13:51
 

 ルルーシュに挨拶をしたアドリスは、そのまま病み衰えてはいたがはっきりと実に楽しげな笑みを保ったまま、シャルルに向き直った。
 その背後にはマグヌスファミリアの王族達が銃やナイフを構え、自分達に寄り添っている猟犬をけしかけるタイミングを計っている。

 「貴方のふざけた所業は一族と息子さんからよく伺っています。
 そのことに対して特に言いたいことはありません、面倒ですから。
 ですからこちらの用件だけを済ませたいと思います」

 ぼろぼろの身体でありながらも実に楽しそうに笑いながら、アドリスはシャルルに向かって言った。

 「さっさとそのコードを私に渡して死んでくれませんか。
 貴方、邪魔なんですよ。よくもまあここまで不幸の種をばら撒いて育てたものだと悪い意味で感心しているくらいです。
 全くそのふざけた計画のために家族が、特に私の娘が、いいですか私の可愛い娘がやらなくてもいいことをする羽目になって可哀想で可哀想で・・・」

 「お前、変わってないな・・・少しは丸くなったと思ったが」

 アドリスの次兄アーバインが呆れた顔で弟に呟くと、アドリスはやだなあ兄さんと手を弱々しく振った。
 
 「娘があれだけの目に遭っているのを見ていたら、丸くなるどころか余計に尖りますよ。
 いきなり女王に即位させられて意図せず人殺す羽目になって、とどめに訳の分からない計画を喋る某宰相と話し合わせられてどれだけ傷ついたかと思うとね」

 「・・・すまないな、私達がもう少しあの子についてやるべきだったと反省している」

 「ああ、別に兄さん達を責めているわけじゃないですよ、ムカついているのは目の前にいる頭と脳の中身が見事に回っているブリタニアンロールです」

 「知ってるよ。だが、エディ達の大丈夫だという言葉に甘えていたのは事実だからな」

 C.Cは毒舌全開で喋るエトランジュの父親に、正直かなり驚いていた。
 娘が穏やかでまかり間違っても他人を傷つけるような言葉を口にしない性格な上、人付き合いを良好にする秘訣を授けてごくまっとうな教育をしていた父親がまさかここまでの毒舌家だとは思わなかったのだ。

 「おいルルーシュ、お前はエトランジュの父親が生きていることを知っていたのか」

 「ああ、俺がコーネリア姉上のところで捕まっていた時にな。
 彼が達成人になるために、ずっとエトランジュの中にいた」

 「・・・そういうことか」

 C.Cはそれだけで事情を悟った。

 アドリスのギアス能力はマリアンヌと同様に他人の心に入り込むもので、マグヌスファミリアが侵略される前後に暴走状態になることが予知能力で解っていた。
 だから娘の中に入り込み、ずっと見守っていた。そして時には表に現われてフォローを行い、事態がうまく進むように手配して来たのだろう。

 「少しは頼れと言ってな、エトランジュが眠った時にいろいろ相談に乗って貰ったよ。
 あの時藤堂達に助けて貰う算段をしたのもあの方だからな」

 「娘の友人ですからね、困った時に知恵を出すくらいはしますよ。
 というかあの状態ではそれしか出来なかったのでね、申し訳なかったです」

 「いいえ、貴方のアドバイスはどれももっともなものですし、以前に調べ上げていたというEUの連中の弱みなんかも教えて下さったおかげで同盟締結もすんなりいきました」

 「ルルーシュ皇子もなかなかしたたかに根回しをしていましたしね。
 いやあ娘にはとても出来ないことですから、本当に助かりましたよ」

 ははははと笑い合うアドリスとルルーシュを、シャルルは内心で複雑な気分を抱きながら見つめていた。

 見知らぬ男を息子が頼ったことによる嫉妬心か、追い詰められたことによる焦燥感か、シャルルには解らない。

 だが疑問に思う間もなくアドリスは姉のエリザベスに車椅子を押され、ゆっくりとシャルルに手を伸ばした。

 「アーバイン兄さん、あの男を取り押さえて下さい。この身体ではちょっと無理なので」

 「ああ、任せろ・・・やれ!」

 アドリスの兄妹達が猟犬を仕掛けてシャルルの足止めを行うと、アドリスの兄妹はもちろん、その子供達がいっせいにシャルルを取り押さえにかかる。

 「やめろ!!このコードがなければわしの、兄さんの計画が・・・!!」

 「知ったことじゃありませんよ」

 怯み叫ぶシャルルは息子に視線を向けたが、ルルーシュは冷ややかな目で自分を見るばかりで助けるそぶりはなく、C.Cも同じ感情のない目で事の経緯を見守っている。
 大柄なシャルルがアドリスを振り切ろうと腕を回した瞬間、アーバインが思い切りシャルルの腕にナイフを突き刺した。

 「がはっ!」

 「余計なことをすると痛い目を見ますよ?
貴方がしてきたことよりはるかにましな痛みだと思うので、大したことはないと思いますが」

 アドリスはエリザベスに車椅子を押して貰いながら、コードによりゆっくりと塞がっていく傷跡を見て、間違いなくコードを持っていることを確認した。
 そして情け容赦なく猟犬に足を噛みつかれ、痛みを与えられているシャルルに向かって手を伸ばす。

 今この場に、シャルルに味方はいない。
 ビスマルクはペンドラゴンで兄の監視と軍の再編を任せているし、妻のマリアンヌは日本で囚われの身である。
 他にラグナレクの接続計画の味方はいなかったため、彼は一人でギアス嚮団の移転を行わなくてはならなかったのだ。

 「やめろ・・・やめろおおお!!」

 「そう言った人達に、貴方はどう答えてきたんでしょうね?」

 それが返答だといわんばかりに両目に鳥を羽ばたかせたアドリスはシャルルの右手を汚らしいものでも触れるかのように手に取り、コードを奪い取った。

 「あ・・・あああ・・・・!!」

 アドリスの左手の甲にはコード所持者が誰かをごまかすためのコードの文様の刺青が、そして右手の手のひらにも同じ文様が刻まれているのを見て、アドリスは嬉しそうに微笑んだ。

 「長かった・・・ここまで来るのに三年近く。ようやく・・・」

 「アドリス・・・」

 「これでエディのところに帰ることが出来る・・・長かった・・・!」

 心を他の人間に宿すギアスは、暴走するとその人間から出られなくなる。
 そのため自身の身体は植物人間状態になるせいで、普通はエドワーディンのようにコードを受け継いで止める。
 しかしブリタニア側のコードを奪い取る必要性があった上に他に暴走状態になっている者がいないため、アドリスはギアスを使い続けねばならなかった。

 ギアスの対象に愛娘を選んだのは、いくつかの理由がある。

 エトランジュが得るギアス、“人の感覚を繋ぐギアス”を自由に使えるというのが最大の理由だった。
 このギアスの主な利用法は、思考を繋ぐことによる連絡だ。身体を借りている人間の意識がない間のみとはいえ、これがあれば何かあればすぐにアドリスに報告が行えて指示が貰える。
 エトランジュ以外の者にギアスを使う場合、エトランジュを経由する以上すべてが彼女にバレてしまうという事情もあった。

 さらにエトランジュが持っている語学能力も、非常にありがたいものだった。 
 エトランジュが王位についた最大の理由は、アドリスが彼女の中にいるからだったのである。

 エトランジュは会議などの時、話を聞いてはいるが理解はしていない。
 そこでジークフリードのギアスを使う。

 彼のギアス能力は“自身の記憶を相手に送る”ギアスである。
 人の記憶と言うのは個人差があるが、大概の場合たとえば通りすがりの人間の会話を耳に入れた覚えはあっても、内容をはっきり憶えているという人間は少ないだろう。
 だが不必要な情報として埋もれているだけで、脳裏にはちゃんと記憶されているのである。

 ジークフリードをエトランジュの護衛に据えることで、エトランジュに起こったこと全てを記録させていた。
 お飾りであろうとも、一国の女王に入る情報はそれなりに重要だ。
 たとえ他国の言語を使って喋っているところを聞いているジークフリードには意味不明な会話でも後でアドリスが翻訳したり、会議で揉めている様子も誰がどのような会話をしていて何を企んでいるかも解析していた。

 それが可能だと判断したアドリスは、最後のギアスの使用先として娘を選んだ。
 何よりも娘が心配で心配で、目を放したくなかったから。

 父親として、王としてアドリスが選んだ最善の方法は、エトランジュに過酷な運命を強いてしまった。

 「本当ならお飾りの女王で会議に出るくらいでいいかな、と思っていたんですよ。
 でもエディがルーマニアでやむを得ず人を殺してしまってから、自分がやると言いだして・・・ムカつくったらなかったです」

 皮肉な成長を遂げた娘を、アドリスは複雑な思いで見守っていた。
 それと同時に王としてアドリスが下した結論は、それをブリタニアを倒すための計画に組み込むというものだった。

 娘の安全を確保するために以前からの友人に表向きはアインからとして援護を頼み、レジスタンスに入っていた者と繋がりが取れるようにもした。

 エトランジュの安全を確実に確保した上で、アドリスはブリタニアの包囲網を築くための策に娘を組み込んだ。
 確実に世界各国の詳しい情報が手に入るという事情と、そうしなければブリタニアは止められないという現実がアドリスに使いたくない手段を選ばせた。

 そしてエトランジュは期待通りにブリタニア植民地のレジスタンスに繋ぎを取り、ギアスを持っているゼロことルルーシュとの同盟を結ぶことに成功した。
 さらにEUと新たに出来上がった超合集国連合との同盟の成立に大きく貢献するほどになったのは、アドリスとしても予想外だったけれど。
 
 華々しい成果を上げた娘だが、笑顔の裏でエトランジュが怯えて泣いていたのをアドリスは知っている。
 アルフォンスに一度怒鳴られてから、弱音を一切言わなくなった娘が書いていた日記。
 その日記には、決して表に出さなかった彼女の不安や恐怖が綴られていた。
 
 自分や亡き妻に宛てた手紙の形式で書かれた日記に、アドリスは妻が死んで以来流すことのなかった涙を流した。

 死者にしか泣き縋る者のない娘の、届くことのない手紙。

 『みんな大変だから、お父様が聞いて下さい』

 苦労は若いうちにやれと言うが、限度がある。
 娘の苦労は明らかに、限度の限界を超えていた。

 本当ならその場で抱き締めてやりたかった。
 もう大丈夫だ、怖いことはしなくていいと言ってやりたかった。

 過酷なことをさせた情けない父親でも、エトランジュはずっと待っていてくれている。
 だから早く戻って、このみっともない姿手でも抱き締めてよくやったと褒めてやりたい。
 もう大丈夫だからお父様に任せなさいと言ってやりたい。
 だがその前に、どうしてもやらなければならないことがある。

 「貴様・・・人類が一つになり平和が訪れると言うのに、何ということをしてくれたのだ!
 お前とて妻が死に、戦争で国民が死んだのであろう!ラグナレクの接続が成ればその者達とも会えると言うのに、愚かな!」

 「私、貴方が嫌いなんですよシャルル皇帝。
 何で嫌いな人間を理解しなくてはならないんです?」

 馬鹿はお前だ、と顔に書きながら冷やかにそう返したアドリスは、もう一度繰り返した。

 「貴方が嫌いなんです。だから一つになるなんて私にとっては拷問でしかあり得ません。
 ああ、失礼間違えました。“貴方に家族や大切な人を殺された人達すべて”貴方が嫌いなので、貴方を理解するのは苦痛でしかないんです」

 マグヌスファミリアの一同が一斉に頷いて同意すると、アドリスはシャルルを指さした。

 「でも貴方は理解して欲しいんですよね?世界各地で人を殺し、人体実験に使って差別し虐げた世界を造ったことを理解しろと。
 死んでもまた会えるから?ああ、でも身体がない人はどうなるんです?人体実験で身体がろくに動かなくなってしまった人とか、既に火葬にされて身体がない人は?
 貴方が殺したバトレーとかいう人は砂漠で干からびていますけど、そんな身体で戻っても悲惨なだけでしょうね。
 死者とも解り合えるとかほざいたそうですが、死んでいる人は普通に身体があって美味しいものを食べて絵を描いたり出来る人とは明らかに不平等だと思うんですが、その辺りどうなさるおつもりでしょう?」

 「・・・・」

 矢継ぎ早に問いかけられたシャルルは、返答に窮した。
 それはマリアンヌは身体を修復し大事に保管していたため、既に肉体がない人間や不具合を負ってしまった人間について全く考えていなかったからだ。

 「だいたい死者とまた会えると言いますけど、妻を除いて理不尽な死に方をした家族の死因は貴方なのに、その私達に向かってよくもまあ偉そうに死者とも会える計画をやろうとしたなんて言えますね。
 自分のためでしょう?嘘は嫌いと言っておきながら、何他人のためだなんて取り繕っているんですか。いつ全世界の人間が貴方に頼んだんですそんなこと」

 「・・・貴様は言われたことしかしないのか」

 「限度ってものがあるでしょう。自分に反対する者全てを排除して理解し合いたいと言っても首を傾げるだけです。
 ちなみに私は貴方を理解する気なんて砂粒ほどもないですよ?」

 確かにシャルルの言うとおり、言われたことしかやらないというのは一般的に良くない行為だろう。
 だがその状況をよしとする場合など多々あることで、今回のシャルルの計画はいい迷惑以外の何ものでもなかった。

 「でもまあ、貴方の言っていることはほぼ正しいですよ。
 人間は不平等ですし、仮面をかぶって嘘をつきます。
 他者を陥れることもしますし、争うことで文明が進化して来た歴史がありますからね」

 「そうだ!それをなくし真に平等な世界を創り、そして優しい世界を・・・!」

 シャルルは言っていることが正しいと認められた部分だけを抜き取ってそう叫ぶが、アドリスは笑みを崩さないままそれを無視して言った。

 「その世界を見事に発展させたのはどこの誰です。
 人間が皆平等ならここまで文化は発展しなかったし、嘘がなければ知らなくていい事実を知って苦しむ人もたくさんいることでしょう。
 争いがなくても普通に文化に貢献して来た人も数多くいますし、貴方が無理やり身体に不具合を負わせたナナリー皇女などは視覚がない分他の感覚が鋭敏で、それを生かしてピアノなども綺麗に弾いています。
 貴方はいつぞや不平等が進化を生むと言っていたような気がするのですが、気のせいでしたか?」

 平等を声高に叫ぶ本当の意味は、最低限度の生活を営みたいということだとシャルルは知らない。
 世の中には雨露をしのぐ家もなく、一日一食、それも薄いおかゆで暮らしている人間が多くいる。ブリアニアが侵略した国や以前の中華などが、まさにそうだ。
 その一方で食べきれないほどの料理をテーブルいっぱいに並べ、食べなかったものは捨てるという道楽貴族や皇族のような人間がいる。
 それが普通に3DKくらいの家でスーパーで買い求めた食材で毎日三食が食べられる人間が大多数で、高級レストランで豪華なフルコースをちゃんと食べる人間が少数の国なら、その声は途端に低くなる。
 明らかな不平等でも、限度さえ守っていればそれでいいということではないだろうか。

 どういうわけかその限度という線引きがヒエラルキーの上にいる人間ほど、恐ろしくゆるくなっていく。
 そしてシャルルはその限度や節度というものが、全く解っていなかった。
 一面が悪くとも一面ではいい結果があるというのに、一が悪ければすべてが悪い・・・その思考が凝り固まっているのだ。

 「おかしいですね、貴方は嘘が嫌いだと言っていたし、事実言っていることとやっていることが全く同じなのに、人が人を理解すべきだと言う。
 差別を促進しておきながら理解も何もないと思うのですが」

 「それは方便だ!この計画を推し進めるための・・・」

 「みんなそう思って嘘をついたと思いますけどね。何かを成すための方便だと。
 その必要がなかったら、誰も嘘なんてつきませんから」

 アドリスの台詞を聞いた瞬間、シャルルの動きが止まった。
 
 人は確かに嘘を吐く。
 では何故嘘を吐くのか?
 それは嘘というものがあるからだとシャルルとV.Vとマリアンヌは考えたから、嘘そのものをなくそうと企んだ。

 だがその必要がなかったら、果たして人は嘘をつくのか。
 兄の暴走がなかったら、確かに自分はルルーシュに対してあのような暴言を吐くことはなかったように。

 「貴方がただけがそうだとでも思っていたんですか?世の中の大多数の人間は、そう思って嘘をつくんですよ。
 嘘をここまで嫌がるからにはさんざん嘘をつかれたんでしょうけど、賭けてもいい、王位についてこの国を平和に導くのは自分だけだとか、生活していくために仕方なかったとかそんな思いでやったことでしょうね。私もそうです」

 アドリスやマグヌスファミリアの王族とて、好んで嘘をつきたくはなかった。
 ましてや大事に思っている家族になら、なおさらだ。

 アドリスが行方不明と偽ったのは、実は彼の指示ではなかった。
 アドリスが生きていると知れば、エトランジュは地下室で死んだように横たわり点滴だけで生きながらえている父からずっと離れずに傍にいただろう。
 そうすれば確かに娘の安全と安息は得られるだろうが、彼女はあの暗い地下室の中で時間が止まり、いつまでも成長しない。
 それにこの身体では暴走途中で死ぬ危険が高く、コードを受け継いで何とか生きながらえてもコードを消せばそう長くない命であることも目に見えていた。
 だから死んだと伝えて娘の前に姿を現さないつもりだったのに、父を恋しがって泣くエトランジュを見かねた兄達は娘に行方不明だと伝えた。
 
 『いつか必ず戻って来るから、気をしっかり持つように』

 コードがなくなっても延命する方法がないかを兄弟達は必死で調べながら、そう嘘をついた。
 父はどこかで生きているのではないかと、レジスタンス組織に渡りをつけている合間を縫って探すエトランジュ。
 その彼女が治めるコミュニティに当の父親がいることを隠しながら、いつか会わせてやるのだと必死で慰め合い、ある意味で一番残酷な嘘をついた。

 「バレたくはない嘘を、私はたくさんつきました。娘にかっこいいところだけを見せたいから、好きでついたわけでもない国王の仕事だって頑張ってやりましたよ。
 娘から駄目親父なんて言われた日には、首でもくくりたくなりますから」

 エトランジュを確保され、娘と遊びたければ仕事をやれと脅されたこともある。
 性格が悪い上にやる気はなくとも、群を抜いた能力とそこそこの責任感、そして余りあるほどの家族への愛情があると理解していたからこそ、一族達はアドリスを王に選んだ。

 「私は家族にさえ理解されていれば、別に他から理解されなくても構いません。
 貴方はその逆のようですけど、いいじゃありませんか既に貴方を慕う人が大勢いるのですから、その人達のために動けば貴方を心から称えてくれますよ」

 「・・・わしを慕う人間だと?」

 計画をぼろぼろにけなされ、嘘の有効性を説かれたシャルルが首を上げるとアドリスはにっこりと頷いた。

 「ええ、差別を肯定し他国を侵略して奪い、支配することを望む人達です。
 貴方が方便で実行して来た弱肉強食の国是を推進する人達は、みんな貴方を求めているではありませんか。
 貴方の命令に忠実に従い、数多くの人間を殺し物資を奪い、ブリタニアを豊かにして来た方々です。
 嘘が嫌いだと言った貴方の言葉に共感している方々です、大事になさって下さい。それ以外に味方なんていらっしゃいませんから」

 アドリスの言葉に、シャルルは目を見開いた。
 真に平等で優しい世界を創るために国是を作っただけで、真にそんな社会を望んでいたわけではないのにその社会を認める者だけが自分の味方だなどと、信じたくなかった。

 「違う・・・わしが望んだのは・・・!」

 「そんなわずかな味方でも気に入らないんですか?貴方を信じて戦ってくれているのに、随分と薄情なことです。
 少ない味方を理解するよりも、ラグナレクの接続がしたいんですか?そんなことをしなくても貴方を取り巻く人間関係は大半が憎悪で出来ていると思いますよ。
 いやそんなはずはないとおっしゃるなら、今から引っ立てられる国際裁判所や超合集国連合議会で計画に協力するよう呼びかけてみたらいかがです?
 娘だってそうやって味方を増やしたんですから、声高に宣伝すればいいじゃないですか」

 クスクスクスと実に楽しそうに笑うアドリスと何一つ言い返せずにいるシャルルを無表情に見つめていたルルーシュが呟いた。

 「計画の本質を反対しているアドリス様がよく理解していて、やりたがっている本人が全く気付いていないとはな」

 「ルルーシュ・・・」

 「自身で答えを出しておきながら、自身で否定する。言葉と行動が異なる人間を、誰も理解などしやしない。
 お前は世界のためで自分が正しいと言いながら、何故堂々とやらなかったんだ?」

 「反対する者の邪魔が入らぬようにするためだ」

 「ほう、それで味方がわずかにビスマルクとV.Vと母さんだけか。
 俺でさえ反逆を始めてから一年足らずでこれほど多くの味方を得たと言うのに、何十年もその計画を進めてきたお前がそれだけとはどういうことだろうな?」

 何十年もの月がなが流れて得た味方が三人だけということは、それだけ賛同者が少なかったか、もしくはもとから誰にも計画の存在を明らかにしていないと言うことだ。
 それもそのはずで、彼は自身に反対する者をことごとく処断して来た。
 そんな人間に間違いを指摘する者などおらず、自身が理解をする価値のない存在だと見捨てられたことにも気づかなかった。

 そう、アドリスが家族や友人以外の理解などどうでもいいと考えていたように、シャルルやV.V、そしてマリアンヌもまた自分を理解する者だけが欲しかったのだから、それ以外の人間の考えなどどうでもよかったのだ。

 ただアドリス達はどうでもいいと考えつつも現状に満足していたからこそ多くを望まず必要以上に外国との接点を避け、影響を極力排除していた。
 ブリタニアとは真逆の意味で、マグヌスファミリアは自分達さえよければそれでよかった。
 けれど他者に迷惑をかけないように配慮をして来たから、もともとの国力の小ささもあってそれは認められてきたのである。

 「お前達は結局、自分達に優しい世界が欲しいだけなんだ。
 それを望むのは悪いとは言わない、誰しも自分に優しい世界が欲しいものだからな。
 だがな、そのために他人を不幸にしたからには、報いを受けるべきだ。
 お前が他者を傷つけ殺し、大事な物を踏みつけ破壊して来たことは何があろうと変わらない。そんな行為を認めれば、過去に起きた侵略や殺戮を肯定することだ。
 お前達の決定的な間違いはな、自分の幸福が他人の幸福だと勘違いしたことだ!」

 「違う、わしは世界のために・・・!」

 「みんなのためと言えば殺人や人体実験をしていいという言い訳が通用するなら、この世界に警察も裁判所もいりません。
 貴方みたいに自覚なしにそういう考えを持っている人間が権力を持つと、ほぼ例外なく戦争になるんですよね。
 そして恐ろしいことにその建前が本音になってしまうと、もう自分では止められなくなるんです。知らなかったのですか?人間の仮面はいずれ皮膚になるんですよ」

 自国を富ませるため、隣国に侵略されないため、そんな理由で戦争は世界各地で常に起こって来た。
 初めはそれだけで済ませるはずが手段が目的化してしまい、何のためにしているのかを見失い、暴走を続けるのだ。

 「仮面が、皮膚になる・・・?」
 
 「そうですよ、貴方の周りにも大勢いるでしょう?
 初めは命惜しさから貴方の言葉に従って虐殺して来た人物が、間違っていると知りながらそれをすることに耐えられず、知らず知らずに染まってそれが正しいことだと自ら信じるようになるんです。
 たとえば貴方の三番目の娘さん、貴方のおっしゃる国是を正しいと公言し、何もしていないサイタマの皆さんを見事に殺してのけました」

 親孝行の娘さんに成長して幸せですね、と皮肉たっぷりなアドリスの台詞に、ルルーシュは吐き捨てるように言った。

 「まさかお前は、コーネリア姉上が元からあのような虐殺を肯定する人間だったと言うつもりではないだろうな?」

 「・・・それは」

 シャルルは完全に父親失格の男だが、それでも子供達を少しくらいは見ていた。
 まだ士官学校を出たばかりのコーネリアは、妹を思いやり他人にも優しく、宮廷内で弱い立場にあったルルーシュやナナリーを何かにつけて庇っていた。
 
 その彼女が弱い立場で武器を持たない人間を殺戮するまでになったのは、シャルルがさせたことによる侵略戦争が大きく関係していることは、間違いない。

 「うちの子だっていずれブリタニア人を殺すことが正しいと信じるようになるのではと怯えている段階ですが、このままだと確実にそうなるでしょう。
 実際その手で何人も殺してきていますし、おたくの次男が馬鹿な計画を語ってくれたせいでどんな手段を使ってでも早く何とかしなければと思いつめていますからね」

 今エトランジュは自室でがたがた震えて引きこもっていると告げるアドリスは、大きく溜息をついた。
 事情を聞いたユーフェミアがすみませんごめんなさい、必ず止めますからとドアの前で必死に謝っていたのが気の毒でならない。家族や親戚は選べないのだから。

 「エディだって何の罪もないユーフェミア皇帝に謝罪されたら、よけい気が重くなる。
 かといってユーフェミア皇帝からすれば恐ろしいことをしでかしてくれた父親や異母兄の所業に何も出来ない以上、ひたすら謝りたくなる気持ちも解るのでしたいようにさせていますけど・・・そろそろ止めないと、しまいにみんな発狂します」

 「・・・ご迷惑をおかけして申し訳ない」

 ルルーシュが軽くアドリスに向かって頭を下げると、彼は小さく手を振った。

 「貴方が謝ることはないでしょう、ユーフェミア皇帝もね。貴方がたには本当によくやって頂いています」

 「シュナイゼルの計画のほうも全力で止めなくてはなりませんからね。
 むしろあれのほうが現実的な分始末に悪い」

 苦々しげな息子の台詞に、それだとばかりにシャルルが言った。

 「わしを拒めばその先にあるのはあやつの、シュナイゼルの世界だぞ!?
 善意と悪意は所詮一枚のカードの裏表、それでも貴様らは・・・!」

 「・・・ちょっと待って下さい、貴方知ってたんですか?シュナイゼルのダモクレス計画を」

 ずっと笑みを浮かべていたアドリスの顔から笑顔が消えたのを見たシャルルは、重々しく頷いた。

 「あれが極秘に何やら建設しているという情報は、前々から聞いておった。
 兄さんに頼んでギアス嚮団員を借り受け、内偵を進めさせておったからな。
 あの計画は実現させてはならぬゆえ、ラグナレクの接続で人類の意識を一つにして争いを無くせば、あのような計画も・・・」

 シュナイゼルの計画を止めるためと言えば少しは理解をしてくれるかと思ったシャルルだが、突き刺さって来たのは冷たい視線だった。
 何故この男は、何をするにもいきなり究極の手段を使おうとするのだろう。

 「・・・お前、もうホント死ねよ」

 「ギャグで言ってるんじゃないわよね?」

 「ギャグならそれはそれでムカつくぞ」

 マグヌスファミリアの一族からの絶対零度の声に、息子であるルルーシュも疲れたように尋ねた。

 「・・・一応確認するが、シュナイゼルを止めなくてはならないと思ったんだな?」
 
 「そうだ、大量破壊兵器を使用し世界を管理するなどあってはならぬ」

 お前が言うなと誰もが思ったが口にするのも面倒だったので、見事にそれはシャルル以外の人間の心にだけに響き渡る。

 「だったらどうしてそんな最悪な計画を立てた人間に宰相という地位を与え、あまつさえそのまま国政を任せ続けたんだ?!
 普通に宰相を解任しダモクレスを解体させれば済む話だろう?!」

 それこそ最悪シュナイゼルを殺せば済む話だというのに、いったい何を考えているんだと怒鳴るルルーシュに、シャルルは淡々と答えた。

 「あれでなくてはブリタニアの国政を任せることは難しかった。
 わしがラグナレクの接続を推し進めるためにも、国政を任せる者がいなくてはならん」

 「・・・クックック・・・あはははは!!そうか、よく解った。子供を道具としか思っていなかったと自ら認めたか!!
 さすがに嘘は嫌いだと言っているだけはあるな、あはははは!!」

 要は子供をうまく使いたいがために黙認していたと言うことではないか。
 そうやって放置しておきながら、その計画は間違っているとほざくとはシャルルの言動や行動は全く意味不明過ぎて手に負えない。
 哄笑するルルーシュが気の毒でならず、誰も何も言えなかった。

 シャルルやマリアンヌは、一度として自分の非を認めなかった。
 認めればこれまでの自分を否定することに繋がるから、どれほど間違っていると言われその根拠を示されても受け入れることが出来ないのだ。

 だがアドリスは知っていた。
 以前にコーネリアに連絡を取ったナナリーが怒っていた本当の理由は、自分達のためだと言いながらあれだけの仕打ちをしておいて、自身を正当化するだけで一言も謝らなかったからだということを。

 しかし親切にそれを教えてやるつもりなどないアドリスは、淡々と言った。

 「ムカつく奴の不幸はワインの味というのが私の持論ですが、酒が悪いと悪酔いするのでこの辺にしておきましょう。
 私は可及的速やかに娘の元に帰って、これまでのことを許して貰えるまで謝るという大事な仕事があります」

 やむを得なかったとはいえ、アドリスが娘の身体や能力を無断で使っていたのは事実なのだ。
 どのような理由があろうとも、やってしまったからには謝罪しなくてはならない。

 「さて、ここで私の用件は終わったわけですが、どうしますかルルーシュ皇子。
 この男の首を取って、ブリタニアに揺さぶりをかけます?」

 コードのないシャルルに用はないとばかりにアドリスが彼から離れながらルルーシュに問いかけると、軍備の再編成の真っ最中に揺さぶるというのは少々まずい。

 だがブリタニア皇帝を捕らえればここが確実にブリタニアの施設だという証拠になるので、ここは生きたまま確保して状況次第で始末するのが一番いいだろう。

 「状況が刻一刻と変化するので、とりあえず生きたまま連行しましょう。
 黄昏の間はそのまま占拠していて下さい。人体実験の証拠はギアスに関係性のない物だけを公表するべく、資料の選別をするよう指示してあります」

 「手際がいいですね。ではそうしましょう。兄さん達」

 「了解した。誰かロープを寄越せ、絶対ほどかれないように縛るぞ」

 「アーバイン兄さん、頑丈なワイヤー持って来たわよ。手錠もね」

 エリザベスがてきぱきとシャルルを捕縛するための道具を取り出した瞬間、黄昏の扉が開いた。

 「な、誰も開けちゃダメだって!!」

 エリザベスが叫ぶと同時に扉の隙間から現れたのは、エヴァンセリンを取り押さえたビスマルクだった。

 「ご無事でいらっしゃいますか、陛下!」

 「ビスマルク・・・!」

 「ご、ごめんなさい伯父さん伯母さん・・・!」

 怯えたような表情で謝罪するエヴァンセリンに、アーバインは青ざめた。

 「エヴァ!!貴様・・・!」

 アドリス達がやられたと舌打ちすると、エトランジュのギアスを使えないアドリスは内密に指示を出すことが出来ずに考えを巡らせた。

 (今あの子は精神安定剤を投与されて眠っているから、あの子に連絡することは出来ない。
 コードを奪ったからと安心していじめていたのがまずかったな)

 呑気にシャルルが傷つくと解っている言葉を投げつけて遊ぶんじゃなかったと反省したアドリスは、常は封印しているという左目が解放されているのを見て彼もギアス能力者であり、暴走していると予想した。

 アドリスは悟られないよう、堂々とラテン語で指示をするべく唇を開けた刹那、ビスマルクが言った。

 「私は確かにラテン語など解らん。だが、お前の指示は見えているぞ。
 猟犬どもを仕掛けると見せかけて、隠している毒蛇を襲わせるつもりだろう」

 「・・・そういえば貴方のギアスは予知能力でしたね」

 「やはりC.Cから聞いていたか。数こそ劣るがしょせん悪知恵だけが武器の素人の集団。歴戦をくぐり抜けた私に勝てまい」

 C.Cはビスマルクのギアスの内容をルルーシュに教えており、それはもちろんマグヌスファミリアの全員にも伝わっている。
 交渉事は苦手な方だが、それでもそれなりに場数を踏んでいる彼は、己の予知を見せつけることによる人質交換を試みたのである。

 ビスマルクの言うとおり、ここにいるのは素人に毛が生えた程度の戦闘能力しかない者達ばかりだ。
 さらに言えば戦闘向きのギアスを持つ者も少なく、その場で未来が見える予知という強力なギアスを前に勝つ自信などない。

 「こういうことは私の本意ではないが、忠誠を誓った我が主君のため・・・この娘を引き渡そう。代わりに・・・」

 「この男を渡せ、か・・・いいだろう、エヴァンセリン嬢とは到底釣り合わない男だ。
 せっかく捕えて頂いたのに申し訳ないのですが、よろしいですか?」

 見知らぬ他人の娘以下の価値と評されたシャルルがルルーシュを見つめるが、息子が確認を取ったのは自分をさんざん貶めた男だった。
 アドリスはあっさり頷いて了承した。

 「いえ、ビスマルクを失念していたのはこちらの不手際ですから構いません。
 エヴァ、貴女が油断していたわけではありませんからそう自分を責める必要はありませんよ。
 さあ、交渉成立です。うちの姪を放しなさい」

 「・・・よかろう」

 自身の目に映る予知から無事に主君が解放されると解っていたビスマルクがエヴァンセリンを解放すると、忌々しげにマグヌスファミリアの面々がシャルルをビスマルクのほうへと力強く押し出した。

 「陛下、ご無事ですか!」

 「・・・ルルーシュ、お前はそれでいいのか?
 この計画が成ればマリアンヌも戻れるやもしれぬのに」

 「母さんはすでに俺のギアスでアーニャの中から出て行ったぞ。
 それほど会いたいなら、さっさと死んで人間が生まれて戻るというCの世界とやらに行くんだな」

 「な、なんだと・・・!お前は母を・・・!」

 既にマリアンヌはこの世にいないと聞かされたシャルルが息子を非難すると、アドリスは冷めた声で言った。

 「おや、お兄さんが身体を殺した時は何も言わなかったのに、心を殺した息子さんはしっかり責めるんですね。
 そんなにお兄さんが大事なら、お子さんなんて作らなければよかったのに。
 ああ、使い勝手のいい道具を作るためですから必要だったんでしたね。解っていたことを言って申し訳ない」

 「貴様、陛下の苦悩も知らずに勝手なことを言うな!!」

 ビスマルクが叫ぶも、アドリスは全くひるむことなく言った。

 「嫌いな人間の苦悩なんか知りませんよ。
 むしろ私は嫌いな人間が嫌がることをするのがとても好きなんですが、貴方が嫌いな嘘をつこうとすると貴方を称賛することになるので、どうしても出来なかったのが残念です。
 嬉しかったでしょう、こんなにたくさん心からの本音の言葉を聞けたのですから」

 清々しい笑みを浮かべたアドリスの何の感情もこもっていない声に、ルルーシュも同じ表情と声で同調する。

 「そうですね、あれほどの不幸をばら撒いてまで望んだものだ。
 せいぜい堪能してブリタニアへ帰れ。
 軍備が整ったら遠慮なくまた会いに行ってやる。その時は自分を理解しなかった俺達や世界が悪いんだと自己正当化し続けるがいいさ。
 それがお前にふさわしい人生だ」

 「ルルーシュ・・・!」

 「これから先、ブリタニアが不利になるにつれて貴方に対する悪口や批判が嫌と言うほど聞けるようになると思います。
 それを嘘ととるか本音と取るかは貴方次第ですが、悪口というものは心からの本音の場合が多いですからぜひ喜んで聞いてあげて下さいね」

 今ブリタニアと友好を結んでいる国の大半はブリタニアから豊かな物資を受け取り、利益をもたらしているからだ。
 それがなくなった時公然と差別国是を掲げる国にどう出るか、ほとんどの人間は想像するまでもなく解っていた。
 そしてアドリスはその想像を現実化してやる気満々である。

 ビスマルクに支えられ、冷たい真実の声に見送られたシャルルが黄昏の間を通ってブリタニア宮殿の遺跡に戻ると、彼はビスマルクを見つめた。

 「陛下、いったいなにがあったのですか?見た限りでは嚮団の移転がルルーシュ様により邪魔をされてしまったようですが」

 「・・・コードを奪われた。マグヌスファミリアのアドリス王に」

 「何ですと?!生きていたのですかあの男」

 「わしもこれで只人だ・・・こうなればビスマルクよ、お前が達成人となり、コードを奪うしか道はない。
 これから軍を編成して、黒の騎士団を制圧するのだ」

 マグヌスファミリアの連中に取り押さえられる時につけられた傷は治っていたが、その後についた擦り傷などは全く治らなかった。

 「イエス、ユア マジェスティ。
 しかし陛下、マリアンヌ様は・・・」

 「あれがどう思っていたかも、ルルーシュは解っておらぬのだ。
 頼むビスマルクよ、ここまで来て諦めるわけには・・・」

 初めて見せる主君の弱々しい声を、ビスマルクはこれ以上聞きたくなかった。
 あえて力強い声で、シャルルに言った。
 
 「お任せ下さい陛下。必ずや私が達成人となり、マグヌスファミリアからコードを奪ってごらんにいれましょう」

 「頼むぞ。まだブリタニアを滅ぼすわけにはゆかぬゆえ、わしは政治のほうに専念するとしよう」

 そうだ、自分にはまだギアス持ちのビスマルクという仲間がいる。
 彼が達成人となれば、再度コードを奪うことが出来るのだ。

 『お前達は自分に優しい世界が欲しいだけ―――』

 『嘘が嫌いだと言った貴方の言葉に共感している方々です、大事になさって下さい。それ以外に味方なんていらっしゃいませんから』
 
 愛した妻との間に生まれた息子の冷たい台詞と、自分の計画に必要なコードを強奪した男の楽しそうな台詞が響き渡る。

 自分に優しい世界が欲しいだけだと自分を批判していたのに、自国や家族さえよければいいと言っていた男は何故認めるのか。
 自分に暴言を吐いたことは責めたのに、アドリスの明らかに相手を傷つけるのが目的の台詞を何故黙って聞いていたのか。
 他者と比較し自分が不幸だと考え続けている限り、その答えは永遠に解らないだろう。

 自ら嫌いな人間が嫌がることをするのが好きだと言っていたアドリスに、苛立ちながらも教えてやるアルカディアのような優しさなどない。
 誰にも理解されないまま死ねという意図で、彼は肝心なことは何も教えてやらなかったのだから。

 それに今更改心したところで事態が好転するわけでもなく、どの道シャルルには死んで貰わなくてはならないのだから、無駄なことをするほどアドリスは暇ではない。
 そもそもシャルルに改心を望んでもいない。
 味方にはどこまでも優しく何でもするけれど、敵にはとことん容赦がないのがアドリスという男だった。
 しかもルルーシュとは違って世慣れている上にあらゆる手段を使うことに躊躇いがないため、はるかに性質が悪かった。

 だからシャルルは自分に恨みをぶつけるためにあのように事実を歪曲して伝えたのだと思い込み、未だにラグナレクの接続が正しいのだと信じていた。
 あのように自分が嫌いな人間は不幸になればいいと臆面もなく言い放つような男こそが間違っているのだ。

 だがアドリスがシャルルに向かって言ったことが悪意から出たものであろうと全くの事実であったことを、シャルルは少しずつ思い知ることになるのである。
 



[18683] 挿話  極秘査問会 ~糾弾の扇~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/08/13 11:24
挿話  極秘査問会 ~糾弾の扇~



 藤堂達によりスパイ隠匿容疑で逮捕された扇は、全ての権限を凍結された上で黒の騎士団本部の一室に軟禁された。
 千草ことヴィレッタは本来ならば留置所に送られる身であったが妊娠中であることとゼロの正体を知っているため、千葉の見張りのもとでとりあえず別室に閉じ込めることになった。

 マオが調べ上げたブリタニアスパイ網の摘発のために情報を回さざるを得なくなったため、扇逮捕の報が黒の騎士団幹部に知れ渡ってしまい、人望が高かったがゆえに彼が何故、と黒の騎士団の初期メンバー達が事情説明を求めに藤堂達の元に詰め寄った。

 「どういうことですか藤堂中佐!あの扇に限って、まさか・・・」

 吉田が信じられないと全身で語りながら代表して問いかけると、傍にいたカレンが青ざめた顔で扇がヴィレッタ・ヌゥに騙されていたのだと告げるとなまじ真面目なだけにあり得そうだと、皆同情的に納得した。

 「きっと色仕掛けで扇さんをたぶらかしたのよ!
 扇さんは真面目な人だし、ブリタニア人でも差別しない人だったからつけ込まれただけ・・・!」

 「あー、あいつ女に免疫なさそうだったからなあ。
 手作り弁当にころっと参っちまったんだろ。でもあの女の正体を知ったからにゃ、じきに熱も冷めるだろ。
 だからもうちょいしたら出してやってくれよ、な?」

 玉城がことの重大さを知らずに呑気にそう頼むが、ゼロの正体を安易に言いふらされては困る以上、簡単に出してしまう訳にはいかない。
 さらにスパイ隠匿という罪を犯すだけならまだしも、職権を超えてシュナイゼルと密約を交わしたというとんでもない行為をしでかしてくれたせいで、扇に対する信頼は低下の一途を辿っていた。

 「桐原公はこの件についてたいそうご立腹でな、事情をつまびらかにした後処分を検討するそうだ。
 査問会をすぐにでも開くとのことだから、その後星刻総司令やゼロと相談の上処分が下ることだろう」

 「査問会って、そんなおおげさな・・・」

 女に騙されたのは確かに不用心だったかもしれないが、女スパイは捕まったのだから厳しくせずともと杉山が呟くと、藤堂は首を横に振った。

 「知らなかったとはいえ情報漏えいは重い罪だ。
 それにシュナイゼルと勝手に密約を結ぼうとしたという事実もある以上、最低でも事務総長の地位の剥奪は免れまい」

 「嘘だろ、扇がそんなことをするはずがねえ!」

玉城が怒鳴るが、カレンがおずおずと同意した。

 「・・・それも本当なの。ゼロを引き渡せばシュナイゼルは二度と日本に侵攻しないっていう密約を交わしたって。
 それで日本は安全になるからって・・・連行される途中で、扇さん言ってた」

 「嘘・・・扇さん・・・!」

 井上が思わず口を手のひらで覆うと、彼女は藤堂に向かって言った。

 「その査問会に、私達も出席させて下さい!
 何が事実か、扇さんの本意がどこにあったのかちゃんと確かめたいんです」

 「・・・井上事務官、それは・・・」

 ゼロの正体がバレてはまずいと藤堂は眉を寄せるが、彼女の要求は至極もっともなものだったのでむげに拒否は出来ない。

 「・・・解った、桐原公にお尋ねしておこう。
 とにかく今のところは扇の逮捕はまだ公表していないから、口外しないで貰いたい。
 今桐原公に話を通すから、しばらく待っていてくれ」

 「解りました。みんなもそれでいいわね?」

 「あ、ああ、解った。扇・・・どうしちまったんだ?」

 カレンのあの様子から察するに、彼女が嘘を言っているとは思えない。

 玉城達は顔を見合せて、藤堂が桐原に連絡をするために足早に立ち去って行くのを見送った後、重い沈黙の中藤堂の返事を待ち続けた。



 その頃事の次第を聞いた桐原と神楽耶は、額を抑えて話し合っていた。
 その場にはエトランジュとルチアもおり、二人の話を黙って聞いている。

 「少々大々的な捜査になってしまったせいで、玉城達の耳に入ってしまったのがまずかったですわね。
  あの者達は仲がいいので、隠すわけもいかないでしょうし・・・」
  
 「藤堂からの連絡で、井上達から査問会に出席させて貰いたいという要望があったとのことです。
 スパイの隠匿だけなら不問にしてもよかったのじゃが・・・ゼロの正体を知った上にゼロが悪い、ゼロをシュナイゼルに渡せば日本は安全だなどと言うようではとてもあの地位を任せるわけにはいきませぬ・・・」

 完全に籠絡されている扇の処遇に頭を痛めた二人に、何事かを考えていたエトランジュが口を開いた。

 「あの、それでは皆様を査問会に出席させてはいかがでしょうか。
 ただし条件としてゼロの正体を知っても口外しないことを誓約させるのです」

 あの扇の様子を見れば彼の事務総長解任には納得するはずだというエトランジュに、それではルルーシュがまずいと二人は反対した。

 「万が一ゼロの正体が大勢に知れ渡るようなことになればこれまでの苦労が水の泡ですわエトランジュ様。
 特に玉城などはうっかり話してしまいかねませんもの」

 「ええ、ですからその懸念のない方に出て頂くのです。
 そうですね、井上事務官や吉田工業長などはいかがでしょう?
 ゼロの正体のみ黙って頂いて、それ以外のことは話してもいいという条件を出せば応じて頂けるのではないでしょうか」

 エトランジュの折衷案に、確かに扇グループの中では非常に落ち着いた思考をする二人だと神楽耶は考えた。

 「・・・ここで黒の騎士団幹部に亀裂を入れるのは得策ではありませんわ桐原。
 代表者2名だけとして、査問会を開きましょう。星刻総司令閣下は信頼がおける方ですから、あの方にも参加して頂くのです」

 「やむを得ませんな。では査問会の準備を行いましょう」

 幸い今どこも忙しいから、このメンバーだけで行うことに文句は出ないはずだ。
 こうして話が整うと、幹部用会議室の一室にて査問会が行われることとなった。

 一時間後会議室に集まったのは、査問される扇と彼が匿っていた女スパイのヴィレッタ、そして二人を連行して来たカレン。
 査問会責任者の桐原と神楽耶、そして黒の騎士団CEOが不在のため代理として出席した星刻、扇を捕らえた藤堂と四聖剣の面々、最後にエトランジュとクライスとルチアである。
 ちなみにマオはこの部屋から300メートルほど離れた休憩室で紅茶を飲みながら、皆の心の声を聞いていた。
 万が一にも扇の言葉に揺り動かされてはいないか、確かめるためである。

 罪人の如く手錠をかけられた己と最愛の妻の姿に扇は青くなったが、ここで皆を説得すれば解ってくれると根拠のない展望を抱いていた。

 「ではこれより、扇 要の査問会を行う。
 扇よ、まず尋ねるがお前はあのブリタニア軍人であるヴィレッタ・ヌゥを何故妻と偽ってまでかくまったのか?」

 桐原の重々しい問いに、扇は予想していたのでよどみなく答えた。

 「ゲットーを歩いていたら、千草が銃で撃たれて倒れてたんです。
 初め普通に救助に駆け寄ったんですけど、ゼロ正体を知っていそうな台詞を呻いていたから下手に警察や病院に連れて行けなくて・・・」

 本人としてはやむなくヴィレッタを保護したのだと言ったつもりだろうが、その時点で井上と吉田が目を丸くした。

 「・・・あの、私達そんな話全然聞いていませんけど」

 「あの時は騎士団は動き始めたばかりだったから、余計な心配をかけたくなかったんだ。
 だから黙っていた・・・すまない」

 殊勝に謝る扇に井上が何が言いたげだったがいったん引き下がると、扇はさらに言葉を重ねた。

 「ゼロの正体を知られていたら事だから、目を覚ましたら事情を聞くつもりだったんです。
 でも千草は記憶喪失になっていて・・・それを装ってるんじゃないかって疑ったことはもちろんあります。
 ですから家にカメラを仕掛けて、行動は逐一チェックしていました」

 そして彼女は一切不審な行動は取っていなかったと胸を張る扇に、一同は開いた口が塞がらなかった。

 「それは盗撮だろう扇!相手が男ならまだしも、捕虜とはいえ女性にそのような真似をして恥ずかしくなかったのか?!」

 怒鳴りつける星刻に全ての人間が同意し、嫌悪の表情で扇を見つめた。

 確かにその時点でのヴィレッタは捕虜なのだから、監視するのは当然ではある。
 だがそれをするなら黒の騎士団に報告すべきであるし、家の中にいたのなら当然彼女は着替えやシャワーなどで裸になることは解りきっている以上、女性にチェックを任せるべきではないだろうか。
 現に女性のブリタニア軍人が収容されている施設の監視員は三分の二を女性が占めているし、刑務所などでも風呂場や脱衣所の監視は女性が務めるのは常識である。

 「扇、やるならせめて井上に話して協力を仰ぐくらいはすべきだろう。
 だいたいゼロの正体を知っているかもしれない女だと解っていたのなら、ゼロはむろん藤堂中佐や桐原公には必ず報告すべきことだ。何故それを怠ったんだ?」

 井上がこんな人とは思わなかったと顔に書いている横で吉田が尋ねると、扇は口ごもりながらも答えた。

 「記憶喪失になった彼女を突き出しても、意味がないだろう?
 それにさっきも言ったが黒の騎士団は多忙な時期だったから、余計な心配をかけさせたくなかったんだ」

 「それが演技だったらどうするつもりだったのですか扇!
 現にその女は見事に貴方を欺き、黒の騎士団に対して亀裂を招こうとしたのです。
 小学校の教師だった貴方が、ほうれんそうの意味をよもや知らぬわけではないでしょう?」

 ほうれんそうとは報告・連絡・相談という、組織における基本中の基本を覚えやすく略したものである。
 もちろんこれらは黒の騎士団内でも奨励されている。

 「ですから、みんなに心配をかけたくなかったんです。それだけで他意は・・・」

 「ならそこで彼女が無実だと思ったのなら、何故その後病院や警察に届けなかったのです?家族が心配しているとは思わなかったのですか?」

 「それは・・・その、彼女は記憶喪失でもブリタニアの軍人だったわけで・・・」
 
 だからそれなら何故報告しなかったのかと聞いているのに、扇は同じことを繰り返すばかりで一向に話は進まなかった。
 それではどう考えても、そのヴィレッタに色仕掛けで既に籠絡されていたのだとしか思えない。

 「・・・ヴィレッタ・ヌゥを拾った経緯は解った。
 で、お前はそハーフだと偽ってまで内縁の妻として傍に置き、夢だった教師になれたのにその女のいいなりになって黒の騎士団に留まったんだな?」

 吉田が額を抑えながら問いかけると、扇は心外だと言わんばかりに叫んだ。

 「千草は戦っている仲間を置いていくのは無責任だと俺を諌めてくれたんだ!邪推はよしてくれ!!」

 「・・・・」
 
 扇があの時点で黒の騎士団を辞して教師になっていたとしても、それまで責任を果たしていた彼を無責任だなどと誰も責めなかっただろう。
 現に日本解放後は黒の騎士団を辞め、それぞれの道へ戻っていった者達も多くいる。
 正直なところいくら副司令の任にあったとしても所詮は素人、世界各国から軍人が集められて再編される黒の騎士団に扇は是が非でも必要な人材ではない。

 扇が教師に戻りたがっていたことは周知の事実だったし、玉城にしてもその方がいいと思ったからこそアッシュフォードからの話を持ってきたのだ。
 彼自身たいそう乗り気だったから、ヴィレッタの言がなければアッシュフォード学園の教師になっていた可能性は極めて高かったはずである。

 「その時は記憶喪失のままでも、いずれ戻ったらどうするつもりだったのだ?」
 
 桐原の問いに扇は口をもごもごさせたが、やがて小さな声で答えた。

 「戻ったら、その時に改めて報告しようと思っていました」

 「ブリタニアの軍人だったその女の記憶が戻っていたら、その前にお前が殺されていたと思うがな」

 星刻の予想にその場の誰もが同意すると、千草はそんなことはしないと否定した。

 「千草はそんなことをする女じゃない!千草のことを何も知らないくせに・・・」

 「解っておらぬのはお主じゃ扇!その女は千草などという女ではない。ブリタニアの女軍人、純血派のヴィレッタ・ヌゥじゃ。
 例のアッシュフォードで起きた事件でも、その場におりながらお主を言いくるめて逃げたことを忘れたか?!」

 「違います桐原公!彼女はその場にいただけだと・・・!」
 
 「事ここに至ってもそんな言い訳を信じるんですか扇さん!
 純血派の女なんかの言葉をどうしてここまで・・・!」
 
 井上が泣きそうな声で訴え、吉田がその背をさすって慰めた。
 扇の横で兄の親友である扇の行為にカレンも呆然として立ち尽くし、心の中で兄にどうすればいいのかと尋ねていたが、もちろん答えなどなかった。

 純血派という言葉は、日本では赤く血塗られたものとして呼ばれるものだった。
 過去ブリタニア人のみを支配者階級に位置づけ、日本人を虫けらのごとく扱い殺戮した忌むべきブリタニアの人種差別の象徴として。

 ジェレミアのことはまだ黒の騎士団内に知れ渡っていないが、中華から戻ればさぞ彼も白眼視の嵐に呑まれることだろう。
 オレンジ事件とアッシュフォードの件があるから少々マシかもしれないが、元部下がしでかしてくれたことが公になるとそれも台無しになりかねない。

 カレンから聞く限り、“千草”は確かに大人しく守ってやりたくなるような大和撫子だったようだが、ヴィレッタ・ヌゥは違うのだと、彼は全く解っていない。
 それはすなわち、今この場に存在するヴィレッタを否定するものであることに、扇はむろん張本人も気付いていなかった。

 「・・・全くよく解らん理屈だが、ヴィレッタ・ヌゥを隠匿した経緯は解った。
 それでは次の質問じゃが、何故ブリタニア宰相シュナイゼルとホテルで密談しておったのじゃ?」 

 桐原が二番目の質問を慎重に投げかけると、扇はシュナイゼルと話すつもりであのホテルにいたわけではないと慌てて主張した。

 「ち、千草が福引で宿泊券が当たったからと誘われただけで、ちょうど彼女の妊娠が解ったこともあってお祝いに行ったらシュナイゼルが通信画面にいて・・・」

 最愛の妻は敵国の宰相と通じていると判明しているのにヴィレッタを信じている扇の思考がますます解らなくなった桐原は、もう充分だと判断してゼロの正体を暴露される前に話を切り上げることにした。
 その意図を視線で察した神楽耶は、軽く頷いて呆れた声で言った。
 
 「・・・もう結構です。貴方がいかに愚かな思考の持ち主だったか、よく解りました。
 ゼロ様は聡明な方ですが、あの方も時には間違うこともありましょう」

 「信賞必罰と申します神楽耶様。日本解放までは彼もそれなりの功績があった以上、地位を与えるのはむしろ当然かと存じます。
 しかし罪を犯せば罰を受けるのもまた道理。間違いは正せばすみましょう」

 星刻の組織に亀裂が入る寸前で捕まえることが出来たのは幸運だと前向きに考えた発言に、吉田と井上もさすがに庇う言葉が見つからない。

 「扇・・・お前少し頭を冷やせ。敵の宰相と話しているような女を何で今も信じてるんだ?」

 「敵の宰相・・・シュナイゼル、そうシュナイゼルだ!!」

 扇がはっとして顔を上げると、大きな声で叫んだ。

 「シュナイゼルが教えてくれたんだ!ゼロはブリタニアの末の皇子だと!
 あいつは俺達を騙して皇帝になるための駒として扱っていたんだよ!!」

 しまった、と桐原と神楽耶が扇を睨みつけ、扇と吉田と井上の三名は目を見開いて驚いた。

 「ゼロが、ブリタニアの皇子だと・・・?」

 それは事実かと星刻が桐原と神楽耶に視線を移し、ついでエトランジュに向けると彼女はゆっくり頷いた。

 「実はそうなのです、星刻総司令。
 でも皇帝になろうとしているのではありません。あの方ほど気の毒な皇族は他にいませんから」

 エトランジュがルルーシュがゼロになった経緯をシャルルの暴言とともに説明すると、星刻はむろん吉田と井上の顔にも嫌悪の表情が広がった。

 「確かに日本が占領される前に日本に留学に来た皇子と皇女がいたわ。それがゼロだったなんて・・・・!
 そんな酷いことを言われて日本に送られて、父親から殺されかけたなんて・・・怒って当然じゃない」

 「なるほどね、特区の件とかオレンジ事件の真相もゼロがブリタニアの皇子だってことに気づいて従ったと考えりゃ、納得だ。
 しっかし、ブリタニア皇族のえげつなさは知ってたつもりだったが、ここまでとは思わなかった」

 さらにエトランジュがルルーシュは七年前から藤堂らとは顔見知りであり、弱者である妹が安らかに暮らせる優しい世界を創るためにゼロになったのであり皇帝の座に興味などないと語ると星刻は頷いた。

 「そうだろうな、ゼロとして世界を統一しても、ルルーシュとして名乗りを上げればブリタニアの皇位継承の争いに巻き込んだのかと結局また元通りになることは目に見えている。
 全てが終わればゼロは消えると言っていたが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが現れれば関連性に気づく者は出るし彼の正体を知っている桐原公や藤堂などが黙っていない」
 
 「私が黙っていたのは、ささやかで平穏な暮らしを望むあの方の望みを叶えて差し上げたかったからなのです。あの方々には戸籍もなく、頼るべき大人すらおらず暮らしておいででした。
 星刻総司令、吉田さんと井上さん、ゼロに・・・ルルーシュ皇子を哀れと思って下さるのなら、このことは黙っていて頂けませんか?」

 秘密は守ってくれると信じたからこそこの査問会に呼んだのだと悟った三人は、それぞれ難しい顔をして考え込んだ。

 そこへ藤堂も三人に向かって頭を下げる。

 「頼む、ゼロは本来なら紅月と同じ十七歳の少年なんだ。
 その少年がどんな思いでゼロとなり、ここまでの成果を上げるためにどれほどの犠牲を払ったか、大人として理解してやって貰えないだろうか」

 「・・・解った、私もその件に関しては口をつぐむことを約束しよう」

 ゼロの正体を知った星刻だが、確かに彼はこれまで世界のために動き、ブリタニアに多大な被害を与えてきた実績がある。
 まだ天子と変わらぬ年齢のうちから損得勘定でしか付き合えぬ大人に囲まれてきたという少年と、利用することしか考えない大宦官に囲まれていた天子の姿が重なった。

 わずか十七歳の少年が中華を一変させた策を当然のように考えつき実行してのけた。 
 彼には確かに生まれ持った才能があったのだろうが、それを短期間に磨かねばならないほどの過酷な状況にあったのだと、彼自身時間を惜しんで己の能力を高めてきたからよく理解していたのだ。

 それにこれまでひた隠しにして来たことを、いくら不都合が少ないからとはいえ他人が口にして暴露するというのは少々まずい。
 いつの世も邪推する者はいるものだし、ブリタニアにつけ込む隙をわざわざ与える必要もない。
 それにエトランジュにまで頼まれてしまっては、黙っている方がメリットがある以上星刻は沈黙の誓いを立てることに否やはなかった。

 「ゼロの正体がブリタニアの皇子であることは合衆国ブリタニアが超合集国に加盟しているしこれまでの功績、さらにその過去があるからバレてもさほど不利でもあるまい。
 だが本人が普通に暮らしていきたいと望むなら、黙っているとしよう。
 彼には天子様や中華の件で、大きな借りがある。少しばかり返させて頂こう」

 「感謝いたしますわ星刻総司令。もしゼロの正体が暴露されても、私があの方と結婚すれば問題は解決いたします。
 日本が受けた恩義を返すためにも口さがない者達を何が何でも黙らせてみせますとも」

 何より愛する人のためです、と強い決意表明をした神楽耶に、吉田と井上は頷き合う。

 「私達も黙っています、神楽耶様。その方が一番いいと思いますし・・・」

 「俺も井上に同感です。これ以上ややこしい事態になるのは避けたいですし、彼がいなきゃシンジュクで俺達は終わってた。
 恩返しっていうのもおかしいけど・・・」

 三人が揃ってゼロの正体について沈黙することを誓うと、それを聞いていた扇は思った。

 (やっぱり、シュナイゼルの言ったとおりだ!
 ゼロの正体がブリタニアの皇子だと知ってもみんなああも簡単にゼロの言うことに従うなんて、あいつはやはり人を操る能力を持っているんだ!)

 七年前に日本に来た皇子と皇女の件は扇も知っていたが、彼らが殺されたと言いがかりをつけられてあの侵略が起こった。
 つまり原因は彼らにあるはずなのに、桐原と藤堂が協力的なのがその証拠だ。

 「目を覚ましてくれみんな!ゼロはブリタニアの皇子ってだけじゃない、他人を操る能力、ギアスを持っている男なんだぞ!!」

 「・・・・・」

 突然何を言い出すのか、と吉田と井上が頭痛を感じ始め、星刻は眉をしかめて扇を見つめ、藤堂はまだ言うかと睨みつけた。

 そして桐原と神楽耶は先に藤堂やカレンからゼロの正体を扇が知っただけではなく、何やら他者を操る力を持っていると吹き込まれたという報告を聞いてはいたが、実際に聞くと駄目だこいつという感想しか思い浮かばなかった。

 「俺達がゼロの言うがままに動いたのも、そのせいなんだ!
 玉城だってあの時はあれほど疑っていたのに、今や親友だと言ってる。おかしいだろう?
 俺もギアスをかけられて、ゼロをリーダーにと言い出したに決まってる!」

 「・・・ならば何ゆえ今、ゼロを追い落とすような真似をしているのじゃおぬしは」

 ゼロに従うように操られているとすれば、今現在の行動の理由は何なのだと桐原が冷やかに問いかけると、一同は確かにと頷いた。

 特に藤堂や四聖剣などは、コーネリアに捕まった際ルルーシュが苦労に苦労を重ねていたことを知っている。
 ギアスなる力があったのなら何も自分達に助力を頼む必要などなく、自力で脱出するくらい容易かろう。

 「もしそんな力があったら、何も黒の騎士団なんていりませんよね?
 私達を手駒にして戦うより、ブリタニア人にギアスをかけるほうがずっと効率的で確実だと思うんですけど・・・」

 井上の言葉はもっともで、ブリタニア皇帝の座を狙うのならあらゆる権利が制限されているナンバーズだった日本人よりブリタニア人を操る方が、どう考えても確実で手っ取り早い手段だ。
 ゼロが日本人ならブリタニアの要人に会うことは困難だがそれだって他者を操れるのならどうとでもなるし、おまけにルルーシュはゼロであり死亡を装われたとはいえブリタニアの皇子なのだから、総督に会うくらい簡単なはずだ。
 
 少なくとも自分だったらそうすると誰もが思ったので、それをしない理由を考えるとすると一つしか思い浮かばない。
 その理由を、吉田が代表して言った。

 「他人を操る力(ギアス)なんて持ってないと思うぞ、俺・・・」

 「そうですよ扇さん!だいたい白兜にさんざん邪魔されたでしょ?
 そのパイロットがスザクで、アッシュフォードで一緒にいた時ブリタニア軍人をやめろって命令すればそれで済んだのに、結局神根島でアルカディア様に締め上げられるまで邪魔してくれて・・・!」

 あの時スザクを精神的にボコボコにしたのはアルカディアだ。
 ようやっと己の間違いに気付いたスザクは親友に出来れば戦ってほしくないと消極的に言われ、やっとそれを呑んでいたのをカレンは見ている。

 ギアスなる能力を隠したいからあまり使わなかったと考えても、ルルーシュのやり方はあまりにも非効率過ぎたので誰も信用しなかった。
 あの頭の切れるゼロが、自分達でさえ簡単に思いついた方法に気づかないのはあり得ないと考えたからである。

 ルルーシュは結果がすべてだと考えるタイプにしては割と手段を選ぶ方だったので、きちんと手順を踏んでブリタニアと戦っていた。
 それはギアスという異能を道具と考え、この件に関しては経過主義を選択していた結果がここで善の方向に作用したと言えよう。

 と、そこへエトランジュがおそるおそる口を開いた。

 「あの、ギアスという名前なのですが、私聞いたことがあるんです。
 今ゼロが中華へ調査に乗り出しているブリタニアの秘密組織の名前が、ギアス嚮団というものなのですが・・・」

 「何だと!それは本当ですかエトランジュ様」

 ゼロから極秘に話を聞かされ、太師からもどうやら事実であり大宦官が賄賂を贈られて物資を流していた形跡も見つかったと報告を受けていた星刻は激怒していたため、呻くように言った。

 「まさかシュナイゼルは、ギアスなるものをゼロが持っていると思わせてその組織がしていた罪を彼に着せるつもりで、扇にあのようなことを吹き込んだのではあるまいな」

 黒の騎士団の初期メンバーであり、事務総長の発言はそれなりに強力だ。
 荒唐無稽な話でも、ある程度の地位と人気を持つ人間が口にすれば信じる者が出てくるものである。

 「確かに、あり得るかもしれませんわね。
 それに中華に存在する以上中華の組織だと言い張って無関係を装えますから、それが目的でわざわざ中華に建設したのでは?」

 敵国に近かった中華に危険を冒して秘密組織を建設する理由としては充分な神楽耶の推測に、星刻は怒りのあまり唇を噛んだ。

 「どこまで我らを侮辱すれば気が済むのだブリタニア!!
 だが、中華にある組織は中華のものだと考えるのが普通と言えば普通・・・!
 超合集国内部に亀裂が入る恐れが・・・」

 万が一にも中華の組織でそれをブリタニアに着せるつもりかと邪推されてしまえばそれだけでも大ダメージになるし、大宦官が援助していたという事実はいくら彼らが既に大部分が処刑になって処分済みとはいえ、気づかなかったと言うだけで非難は免れない。

 「しかし放置するわけにもいかぬ以上、こちらもブリタニアの組織だと証明すべく努力するしかありますまい」

 「・・・桐原公のおっしゃるとおりだ。
 太師様も動いていることだし、これは厳然たる事実なのだから証明するのは容易のはず」

 桐原にたしなめられて怒気を収めた星刻は、手始めに足もとに発生したボヤを完全に消し止めることにした。

 「では扇の職は今日を持って罷免する。後任には副事務長を充て、副事務長の人選を至急行うとしよう。
 だが罷免理由をどうするかが問題だ。扇が仕出かしたことが公になれば、当然他の連中も事情を知りたいと考える。
 ゼロの正体を暴露されても困るし、あのような幼稚な思考をした人間が仮にも黒の騎士団の事務総長だったなどと知られるのは・・・」

 罷免は当然としても、何事も形式は整えなくてはならない以上、後始末が問題だった。
 まさか敵国の宰相の言を鵜呑みにして真面目に超能力の存在を信じた挙句、自分が所属する組織のリーダーを追い落とそうとした男が黒の騎士団の事務総長だったなど、出来ることならなかったことにしたい事実である。

 「幸い日本防衛戦とブリタニア進攻準備で皆多忙。超合集国連合議長の私と、黒の騎士団総司令である星刻殿、そしてゼロの連名で処断出来ましょう。
 扇の逮捕は既に一部では知られている以上、隠すことは出来ませぬ」

 桐原が少々強引だがそれしかないと提案すると、エトランジュも控えめに賛同した。

 「解りました。では私も査問会で扇さんの発言を聞いたと証言しましょう。
 そのギアスなるものをゼロが持っていたという発言も公にして構わないと思います。どうせ誰も信じないと思いますし・・・」

 「おお、それは助かります。黒の騎士団のイメージダウンは避けられませぬが、やむを得ぬ。自らの手で恥を消したという形に持っていくしかありませんでな。
 扇 要、本日をもって黒の騎士団事務総長を解任する。また、ブリタニアとの戦争が終わるまで、黒の騎士団員との接触を禁ずる。
 それまで留置所で己の所業を反省するがよい」

 こうして満場一致で扇の罷免が決定し桐原が処分を言い渡すと、扇の顔が真っ青になった。

 「ま、待ってくれみんな!ブリタニアと戦う必要なんてないんだ。
 シュナイゼルは言ったんだ、ゼロさえ引き渡せば日本にもう侵攻して来ないと!!」

 日本のためにゼロを引き渡すつもりだったのであり、私情からではないと訴える扇に、常は穏やかな桐原もとうとう語気を荒げた。

 「おぬしはどこまでうつけ者か!おぬしに敵国宰相と交渉する権限などないわ!
 それに今日本は日本一国だけでブリタニアと戦っているのではない、超合集国連合としてブリタニアと戦っているのだ。
 その日本だけに侵攻しないと約束したところで、他国はどうなるというのじゃ!!」

 「そ、それは・・・でも日本は平和に・・・」

 「これまで他国から受けてきた恩を捨てても、日本のみの平和を求めるか。
 お主にゼロを任せたのは性根を見抜けなんだわしの不明。吉田、井上、そやつを連行せよ。
 厳重に監禁し、誰にも会わせるでないぞ」

 「・・・はい、みんなには私達から言っておきます。
 カレンも辛いでしょうけど、お願いね」

 井上が扇の醜態にただ唖然としていたカレンに向けて頼むと、こくりと頷いた。

 「解りました。行きましょう扇さん」

 「カ、カレン・・・!俺を裏切るのか?」

 兄の親友の自分よりもゼロを信じるのかと喘ぐ扇に、カレンは叫んだ。

 「裏切ったのは扇さんじゃない!!敵国の宰相と勝手に密約を結ぶなんて、裏切り以外のなんだと言うの?!」

 事の経緯を全て聞いたカレンは、もともとの潔癖さもあって悲しみつつも怒って涙を流した。

 「扇さんはあの女にたぶらかされて、正常な判断が出来なくなっているだけなの!
 少し落ち着いて考えたら、冷静になれると思う。だから、行きましょう」

 年下の少女にここまで言われた扇はカレンもギアスにかかっているのだと扇は信じ込んだ。
 兄のナオトが亡くなって以降、兄代わりになっていた自分を信じないのは異常なのだから間違いない。

 誰一人味方のいない状況に陥った扇は、己の不明さからだとどうしても認めることが出来ない。
 だからそれはギアスのせいでありその存在を教えてくれたシュナイゼルが正しいのだと、ゼロがブリタニアの皇子であることに拒否を示していながらブリタニアの第二皇子(シュナイゼル)を信じるという矛盾を自ら抱いた。

 客観的に見るとカレンはまだ扇を良く見ている方なのだが、最愛の妻を侮辱すること自体が扇には酷い行為であるため、カレンの発言が操られた末の裏切りにしか見えないのである。
 
 「くそっ、ゼロめ・・・卑怯な・・・!
 エトランジュ様、目を覚まして下さい!」

 「扇さん・・・どうして自分がゼロを信じたのはギアスによるものだと思ったのですか?
 ご自分の意志でブリタニアと戦うとお決めになったのではないのですか?」

 エトランジュが尋ねると、扇は押し黙った。

 実のところ、扇はブリタニアと戦うことを自ら選んだわけではない。
 ただ親友だったナオトが酷い扱いを受ける母を助けたいと言い、抵抗活動を始めたのを見て助けようと思っただけである。
 要は流されただけ、と言ってもいい。

 それが抵抗活動が長引き、ナオトが死んで自分に期待の目がいくようになった重圧に耐えきれず、圧倒的な能力とカリスマを持つゼロを見てそれに縋った。

 ゼロのお陰で彼は自身で認めていた器でないリーダーの重圧から解放され、とんとん拍子に何もかもうまくいったことから、彼はそれが己の判断ゆえだと勘違いした面もあったのだろう。

 その意味で扇は人を見る目があったわけだが、奥底では平穏を望んでいた彼は特区と日本解放後の最愛の妻との穏やかな暮らしを持続させることを考えるあまり目先のことに囚われたのが、彼の最大の失敗だった。

 「ここにいる方々は、全てご自分の意志で己の行動を決めていたはずです。
 皆様、一度でもこれまで自分の意志ではない行動をしたことがおありですか?」

 「・・・いいえ、俺がゼロに味方すると決めたのは間違いなく俺の意志です。
 七年前枢木首相によりあのような扱いを受けているのを知っていながらも何もしなかったことを、後悔していた。
 あれは・・・首相としてという以前に大人として恥ずべき行いだったのに、俺は多少の面倒を見るだけだったので」

 「あのような扱い、って?」

 井上が尋ねると、藤堂は枢木 ゲンブが日本にやって来たルルーシュとナナリーをこともあろうに土蔵に住まわせていたことを話すと、日本の恥だと吉田も呆れた。

 「・・・それじゃあの二人が殺されたと報道しなくても戦争はどの道始まっていたと思いますね。
 ほんとに戦争を止める気だったのかなあ枢木首相」

 カンの鋭い吉田の発言に、それに関してゲンブに諫言するだけだった桐原もそんな扱いをした男の息子を親友と呼び、さらに日本解放のために手を貸してくれたルルーシュを助けたのは間違いなく己の意志だと内心で呟いた。

 「土蔵、ですか・・・全く当時の大人ときたら、ブリタニアもそうですが日本も何を考えていたのやら。
 それは今でも一部で続いているようですわね。不愉快です、早くその痴れ者を連れ出しなさい!」

 神楽耶が口元を押さえながら命じると、吉田と井上が一礼し、扇の両腕を取った。
 そしてヴィレッタを憎々しげな顔で、カレンがその腕をつかむ。

 「ゼロ番隊の方にうまく話は通しておきましたから、あとはあの方々にお任せ頂くのはよろしいかと思います」

 「解りました。では失礼させて頂きます」

 吉田が一礼して井上とカレンとともに扇とヴィレッタを連行すると、あまりといえばあまりな扇の醜態に一同は揃って肩をすくめ、エトランジュが熱いポットから急須にお湯を注いでお茶を淹れた。

「あの、よろしければお飲みになりませんか?」

 急須から緑色の緑茶の匂いを立ち昇らせて勧めるエトランジュに、一同は礼を言って湯呑を手に取った。

 先ほどからささくれ立った気分を落ち着かせた一同はしばらく無言だったが、やがて星刻が口を開いた。

 「ギアスなど、荒唐無稽だ。私もゼロを怪しんだことはあったが、口にしたことは必ず守ってくれた男だ。
 幾度か意見が衝突したこともある・・・そんな男が他者を操る力を持っているなど、あり得ぬ話だ」

 むしろゼロの正体を知ったからこそブリタニア人が多く協力してくれたのだと納得すらした星刻は、中華にも矛先が向けられるような秘密組織を作ったブリタニアに改めて憎悪の炎を燃やしている。

 「全くですわ。きっとギアス嚮団なるものがゼロ様のものだと喧伝するために扇に吹き込んだに違いありません。
 噂とは恐ろしいものですから、何とかしてギアス嚮団がブリタニアの組織だと証明しておかなくては・・・」

 「おっしゃるとおりです神楽耶様。ゼロの捜査結果が届き次第、話し合いましょう」

 神楽耶と星刻と桐原が話し合っているのを見ながら、エトランジュは内心でほっと安堵していた。

 と、そこへずっと黙っていたルチアが言った。

 「お話は終わったようですし、そろそろエトランジュ様をお部屋にお返ししてよろしいですか?
 少しお疲れのご様子ですので、お休みして頂きたいのですが」

 「おお、遅くまでお引き留めして申し訳ありませぬ。
 こたびは扇がご迷惑をおかけしお詫び申し上げます」

 桐原が謝罪するとエトランジュは大丈夫ですと笑った。
 
 「うまくことが済んで、私としても安心しました。
 秘密を抱え込ませることになってしまい、星刻総司令や吉田さんや井上さんにも申し訳ないと・・・」

 「いえ、むしろ話して下さったことに感謝いたします。ゼロの正体は私一人の胸にしまっておきますので、ご安心を」

 天子に話すには重い秘密だし、太師に話したところであまり意味はないものだから、星刻は二度とゼロの正体を口にしないことにした。
 それに後はブリタニアを倒すだけなのだから、平穏な暮らしをと望む彼の気持ちも解らないではない以上、記号としてのゼロの役目を終えたのなら消えると公言した彼に借りを返したかったのだ。

 エトランジュは再度一同に礼を言うと、ルチアとともに会議室を出て自室へと戻りながら、ギアスで話を始めた。

 《これでゼロの正体が公になることは阻止出来ました。扇事務総長・・・いえ元総長もうまく面会不可の軟禁状態に出来ましたし》

 結果は上々、と満足げな台詞に対し、ルチアが淡々とした声で尋ねた。

 《けれどよろしいの?ギアスの名前が知れ渡ってしまいましたが》

 《いいんですよ、シュナイゼルがギアスを持っていると他の誰かに言ったところで、それは超能力ではなくギアス嚮団のことだと錯覚させることが出来ます。
 ギアス嚮団の捜査が万が一本格的なものになっても、ギアスはこの嚮団を指すと思われるだけでもギアスの真実の隠れ蓑になりますからね》

 人間というものはいったん○○と言えば××と答えが出ていると、他に意味があるとはなかなか思い浮かばないものである。
 よって先に『ギアス嚮団と呼ばれるブリタニアの組織が発見された』と報道すれば、これ以降ギアスとは超能力ではなくブリタニアの秘密組織だと認識されることになるのである。

 《相変わらず抜け目がありませんわね、アドリス》

 《こういう面倒事は私の得意とするところですからね》

 エトランジュの顔でにやりと笑う彼女の父親に、ルチアは嫌な顔をした。
 
 《誰が見ているとも解りませんから、そのようなあくどい笑みはおやめなさい。エディが気の毒でしてよ》

 《確かに》

 あっさり認めたアドリスが再びもとの表情に戻ると、ルチアはこれで日本のゴタゴタはカタがついたと判断した。

 扇を捕らえた後、ギアスという単語が知られてしまったことに狼狽したエトランジュは、ゼロの正体を暴露されることを止めなくてはならないのにシュナイゼルとのやりとりですっかり竦んでしまっていた。

 アイン達はギアス嚮団の方にかかりきりで相談など出来そうもないこともあり、震えるエトランジュを見かねたルチアは、睡眠薬をエトランジュに飲ませて悪知恵の働くアドリスを出して事態を収拾することにしたのだ。
 
 事の経緯を聞いたアドリスは扇がゼロに不信を持たせる発言をしてもすぐにゼロ側に戻すために査問会に出席していたのだが、扇が見事に自爆したので彼がしたのはギアスという単語の本来の意味を隠蔽して変えただけだった。

 《念のためゼロへの信頼を固めておくようにはしましたが、ギアスの乱用を避けてくれたおかげでみんなギアスなんてなかったと思ってくれたようです》

 《力は無駄遣いすべきではないといういい見本ですわね。
 ですがこんな大々的にやってしまってよろしいんですの?エディに知られたら・・・》

 後でこの査問会のことをエトランジュに話されたらどうするのかと言うルチアに、アドリスは言った。

 《・・・私はもう達成人になりましたから、うまくいけばV.Vからコードを奪うことが出来ます。
 おそらく、今回でこの子の身体を借りるのが最後になるでしょう》

 《何ですって?!それは本当ですの》

 アドリスが頷くと、今後について話した。

 《成功したらエディにはこれまでのことを全て話すことが出来ます。
 あの子とのことですから許してくれるでしょうが・・・》

 娘の身体を使ってプライバシーを侵害したと言うのは年頃の娘にとって最もやられたくない行為である以上、普通はそれこそ最低な駄目親父と言われても仕方のない所業だった。

 だがエトランジュは状況をきちんと解ってくれるから何も言わないだろうと予想出来るだけに、一面では安心するが一面では娘が哀れで仕方なかった。

 《ギアス嚮団を制圧すれば、おそらくブリタニアはこの組織は中華にあるのだから無関係だと主張するでしょう。
 ですがそこへ私とエドが見つかったとなれば、どうなると思います?》

 マグヌスファミリアの前国王アドリスは、三年前に行方不明となっている。
 その理由は最後まで国に残り国民の脱出に力を尽くしたからであり、国土を包囲したコーネリアにきつい台詞をお見舞いした事実がある以上、彼がそこから逃げられるはずがないのだ。

 そんな彼が遠い中華で見つかったとなれば、ブリタニアに捕えられてそこに送られたと考えるのが妥当で、当然ブリタニアが関係していると判断されるだろう。
 当初の予定通りマグヌスファミリアで隠れ住んでいたと装うより早く娘に出会うことが出来るので、一石二鳥だ。

 嘘には嘘をぶつけましょうと笑うアドリスは、娘に堂々と会いたいがためにそうなってくれとすら思っている。
 エトランジュの部屋の前まで来たアドリスは、自分の役目は終わったので引っ込むことにした。

 《では私はそろそろ引っ込んで元の身体に戻ります。目を覚ましたら事の次第を説明してあげて下さい。
 無事コードを奪ったと言う朗報をお届けすべく努力しますので》

 《了解しました。当分エディは体調を崩したことにしておきましょう。
 何がなんでもコードを奪って来なさいな》

 《言われるまでもありませんよ。では、また後で》

 エトランジュの青い瞳にあった紅いふちが消えると、ルチアは彼女を抱き止めた。
 
 「もうすぐ戻ってくるそうですわよ、エディ。
 面倒事は全てあの男に任せて、もうゆっくりお休み出来ます。よかったですわね。
 これでランファーも安心することでしょう。頑張りましたわね」

 優しい口調で眠るエトランジュに言い聞かせながら、ルチアは彼女を休ませるべく、エトランジュの部屋のドアを開いた。



 一方、黒の騎士団本部の地下にある留置所の一室では、扇がなおもカレン達に向けて無駄な説得を続けていた。

 ヴィレッタは扇から離れた牢の一室に閉じ込められたが妊婦であることを考慮し、拘束衣は免除された。

 扇が入れられた牢は留置所の中でも最も奥まった場所にあり、以前はラウンズのアーニャが閉じ込められていた場所である。
 ルルーシュのギアスがかけられているゼロ番隊の騎士団員が監視しているから、扇が何を叫ぼうとも外部に漏れることはない。

 「吉田、井上、カレン、俺を信じてくれないのか?!」

 「扇さん落ち着いて!貴方の言っていることは支離滅裂過ぎて、信じる信じない以前の問題なのよ!
 ゼロがブリタニアの皇子だったから警戒するのは解らないでもないけど、だからと言ってなんで同じブリタニア皇子のシュナイゼルの言うことの方を信じてあんなことを言い出したのか、私には全く解らないわ」

 シュナイゼルが一体日本のために何をしたと言うのか。
 そしてそれは日本解放を成し遂げたルルーシュよりも信じるに値するものなのかと問いかける井上に、扇はだからそれはゼロが皇帝になるために利用したのだと繰り返す。
 
 仲間に見捨てられたという状況がかえって扇の思考を混乱させており、自分が認められないのはギアスのせいだと思い込むことで正気を保っている状態であった。

 裏切ったのは己であるという事実から目をそらし続けている扇はヴィレッタについて尋ねた。

 「千草は・・・千草はどうなるんだ?!彼女のお腹には俺の子がいるんだぞ」

この期に及んでもヴィレッタを気にする扇に三人は呆れ、もはや彼にかけるべき言葉はなかった。

 「扇、お前はここで頭を冷やせ。正直、今のお前は見るに堪えない」

 吉田の言葉に井上も頷き、カレンが沈黙することで同意すると扇は瞠目した。

 「そんな・・・ゼロめ、俺の仲間を操ってまで皇帝になりたいのか・・・!」

 「・・・考える時間は山ほどある。自分が何をしたか、もう一度よく考えるんだな。
 行くぞ、井上、カレン」

 吉田に促されて井上とカレンが牢の前から歩き去ると、扇はその背中に向かって叫んだ。

 「待ってくれ、俺を信じてくれ!!
 カレン、日本を平和にするにはこれしかなかったんだ!お前を戦いから解放してやることが、ナオトの供養にもなると思って・・・!」

 「お兄ちゃんは私を確かに戦いから遠ざけたがっていたけど、そんな平和はお兄ちゃんは望んでない!
 仲間を裏切るなんて、お兄ちゃんが許すはずないもの」

 カレンの怒声に扇はびくっと震え、口をぱくぱくと開閉する。
 そして三人の足音が聞こえなくなると、扇はずるずるよ床に座り込んだ。

 「どうして誰も信じてくれないんだ・・・あんなに信じていた仲間なのに・・・」

 ヴィレッタを拾った時からの己の行動から間違っていた事実を認められない扇は、ゼロがすべて悪いのだと思い込むしか出来なかった。
必ず面会に来てくれる玉城や杉山、南なら解ってくれると扇は希望を持ったが、吉田と井上からゼロの正体を除いて事の経緯を聞いた玉城達は驚き呆れ、桐原に扇に関わらないよう命じられたこともあって誰も面会になど来なかった。
 
 これがもしゼロの失態が相次ぎ、仲間が大勢死んでいたりした状況だったなら扇の扇動に乗っていたかもしれないが、理路整然と説明を受ければ扇の理屈は明らかにおかしいものばかりだから、とかく身内びいきで単純な玉城達でも冷静に判断が出来たのである。

 後日扇の行為が公表されたが黒の騎士団の事務総長である扇は藤堂や星刻に比べて認知度が低く、中華で発見されたギアス嚮団のニュースに埋もれて恐れていたほど大きなものにはならなかった。

 敵国宰相に通じた挙句ギアスなる超能力を真面目に信じて自国を陥れようとした男に時間をかけたくないと言う本音の元、桐原や星刻達が査問会を開いてさっさと処分したことについても深く追求されずに済んだ。
 そのため、ゼロの正体を隠すことが出来たことにみな安堵する。

 ヴィレッタ・ヌゥは本人が堕胎を拒んだので出産後一年は監視の元の養育を認めたが、その後は乳児院へ預けることになった。
 戦争が終わり国情が落ち着けば、純血派といえど彼女は上の命令に従っただけの大した地位にない軍人だったのだから、どこかで子供と共に暮らせるようになるだろう。

 こうして表向きには綺麗に決着がついたこの騒動だが、黙っていたらせめてもの平穏を得られると理解して大人しくなったヴィレッタとは違い、変わらないのが扇だった。
 時折カレンや吉田や井上が様子を見に訪れたが、いつまでもゼロが悪いのだと言い続ける彼の態度を哀れむばかりだった。

 いつの日か扇が自分が何をしたかを理解して反省してくれればいいと三人は慰め合い、ブリタニアとの戦いに備えて行われた演習で、ナイトメアの操縦桿を握り締めた。



[18683] 第三十六話  父の帰還
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/08/20 10:20
 第三十六話  父の帰還



 ルルーシュがギアス嚮団を制圧して、一夜が明けた。

 合衆国日本の東京府にある黒の騎士団本部の上層階。
 そこにあるエトランジュの部屋で病院から無理やり出てきたアルフォンスに縋りついて部屋の主が泣き伏していた。
 いたたまれなくなったナナリーと咲世子には、謝り通しだったユーフェミアとともに別室に移動して貰った。
 今頃は姉妹で、縁を切ったとはいえそれでも己の家族の所業について頭を痛めていることだろう。

 「アル従兄様、私・・・!どうしても怖くてブリタニア皇族とお話なんて出来ないんです。
 いったいどうすればあんな考えになるのか解らなくて・・・!」

 「うん、それはみんなそう思ってるから大丈夫。
 あの計画についてはゼロと連携して潰すし、騎士団の人達も協力すると言っているから心配しないでいいよ」

 「でもギアスのことをシュナイゼルは知っているんです・・・うまく騙されて扇事務総長のように言いくるめられる人が出たら困ります。
 やっぱり私が話すしかないんですよね・・・」

 そこそこの判断力と分析力を身につけていたエトランジュの言葉に、さすがに否定出来ずアルフォンスは大きく溜息を吐く。

 「一人で話さなくてもいいよ、僕が傍にいてあげる。
 科学者としての仕事はラクシャータさんやアスプルンドが助けてくれるって言ってくれたから時間あるし」

 「従兄様・・・」

 「あの頭の切れるバカの相手は僕に任せていればいいよ。
 僕も一応王族だから、同席の資格はあるから」

 懸命にそう慰めるアルフォンスが泣き疲れたエトランジュを再びベッドに寝かしつけると、彼女の中から父親であるアドリスが出ていったために相談することも出来ず、また首尾よくコードを奪えたのかも解らず爪を噛んだ。

 (アドリス叔父さん、うまくいったのかな・・・首尾よくいけばマグヌスファミリアに戻って、エドと一緒に何とか隠れ住んでいたってことで話を進めるはず)

 残念だが、もうしばらく二人はコミュニティの地下で暮らして貰うしかない。
 エトランジュはそうとは知らずに自国は最後でと言ってしまったのだから、仕方なかった。

 と、そこへ足音が響き渡って来た。慌てたようにドアが開かれ、クライスが飛び込んできた。

 「クラ、もう少し静かに来れないの?」

 「悪い、エディは寝てたか。それより早く伝えたいことがあるんだ。
 計画は成功だ。何かよく解らねえけど、ブリタニア皇帝にコードが移っていたらしい。
 ギアス嚮団の拠点をブリタニアに移している途中でゼロ達が踏み込んで、そこにアドリス様達が行ってコードを奪い取ったってことだ」

 「ブリタニア皇帝にコードが?どうしてだろ・・・まあどうでもいいか、コードさえ奪ってしまえたならそれでいい。
 で、あのブリタニアンロールはどうしたの?」

 「生きたままふんじばって連行しようとしたらしいんだけど、異変を察知したラウンズのナイトオブワンが来て、エヴァを人質に取られちまったそうだ。
 人質交換をしたからエヴァは無事だけど、それでみすみす逃がすハメになったって、今キレたお義母さんから連絡が来た」

 憎々しげに報告するクライスに、アルカディアはさもあらんと納得した。
 
 「じゃあ後は早くブリタニアを滅ぼしてマグヌスファミリアを解放するだけだね」

 アルフォンスは、せめてコミュニティでアドリスに会わせてあげようと考えていると、クライスが興奮した口調で続けた。

 「で、こっからなんだがよく聞けよ・・・アドリス様が今、日本に向かってるんだ」

 「・・・え?どういうこと?」

 さすがに予想しなかった報告にアルフォンスが目を見開くと、クライスは再度繰り返した。

 「日本の遺跡に、制圧した黄昏の間を通って来るって。
 いずれはアドリス様とエドはブリタニアの実験施設であるギアス嚮団に捕まっていたということにして、ゼロに救出されたっていうストーリーで堂々表で生活出来るようにもするってさ」

 「それはまた・・・たいそうな嘘をでっち上げるんだね。何でまた?」
 
 「その方がギアス嚮団が中華の施設ではなくブリタニアの施設だっていう信憑性が強まるし、エドやアドリス様が隠れ住む必要なんかないだろってことで」

 「なるほどね・・・さすがアドリス叔父さん、えげつないこと考えるなあ」

 嘘か真実か、客観的に判断すると言うのは難しい。
 中華で発見された以上中華の施設だと考えるのが妥当で、いくら中華が広大だといえど他国のブリタニアが秘密基地など建設出来るわけがないと考えるのが普通だろう。
 つまり、ブリタニアに罪を着せようとしていると見られる可能性が高いのだ。

 現在追いつめられているブリタニアも不利な状況をはねのけるべくしらを切ることは明白である以上、中華の疑いを晴らす必要があった。
 
 「アドリス叔父さんがマグヌスファミリアで最後まで残っていたのは事実だし、コーネリアとの通信記録も残っている以上隠すことは出来ない。
 占領されたマグヌスファミリアにいるはずの叔父さんが何故中華にいるのかという当然の疑問の答えになるってわけだね」

 アルフォンスは了解すると、クライスは溜息をつきながら続けた。

 「そういうこと。それに、ギアスの名前が外に漏れちまった以上、カムフラージュする必要性が出てきたからって」

 「・・・ああ、扇さんね。あれはまずいことになったからね」

 扇とヴィレッタが捕まった時、扇はルルーシュがギアスなる力を持って他者を操っていたのだと主張し、藤堂達を呆れさせていた。
 しかしそれは藤堂達がゼロの正体を知っていたからこそであり、そうでない人間からすればブリタニア人が不自然にゼロに協力しているように見えている場合が多い。
 オレンジ事件のジェレミアなどは、その代表例と言えるだろう。

 「実際ギアスによるものな分、やばいからね。つまりギアスはブリタニア側の実験施設の名前だってことにするんだ?」

 「ああ、木を隠すなら森の中ってことだろうな。
 コードとギアスだけは、何が何でも隠さなきゃやばい」

 もしこのままギアスなる能力があると疑う者が現われて調べられでもしたら、まずいことになる。
 人間は集団になると途端に思考能力が落ちる生き物だから、多少の証拠を揃えられてゼロは他者を操る力を持っていると言われればもともとゼロには後ろ暗いものがある以上、不信を持って排斥されかねないのである。

 「本当のことだからなおさら起こり得る事態だからね。
 解った、じゃあ今からエディを連れて神根島に向かうよ」

 堂々と会えるのならもはや障害はない。
 アドリスの姿は悲惨なものだが、会わせない理由がなくなったのならすぐにでも会わせてやりたかった。

 「エディ、エディ、起きて!」

 「・・・アル従兄様?どうかなさいましたか?」

 眠りかけていたトランジュが目を覚ますと、彼女の手をそっと握りながらアルフォンスは言った。

 「喜んで、エディ。アドリス叔父さん、帰ってくるよ。
 今日本の遺跡にいるんだ。もうすぐ会えるんだよ」

 「・・・え?」

 一瞬で眠気が吹き飛んだエトランジュが、目を大きく見開いて尋ねた。

 「それ・・・本当なのですか従兄様?!」

 「本当だよ、嘘じゃない。だから行こう」

 アルフォンスの言葉にエトランジュは目を潤ませ、涙をこぼした。
 そして全ての思考が見事に吹き飛び、ただ父に会いたいという思いばかりが頭を占める。

 「わ、私今から神根島に向かいます!早くお父様にお会いしたいです!」

 慌ててベッドから飛び降りようとしたエトランジュをアルフォンスは押しとどめると、改めてベッドのふちに座らせた。

 「待って、エディ。こうなった経緯を先に教えておかないといけないんだ」

 「あ・・・すみませんアル従兄様。私、嬉しくてつい・・・!」

 きちんと座り直して謝ったエトランジュに、アルフォンスは立ち上がると、エトランジュの前に膝を折って土下座した。

 「ア、アル従兄様?!何を・・・!」

 「ごめん、エディ。今まで黙っていたことは悪いと思っていたけど、でもどうしても言えなかったんだ。
 殴っても罵ってもいい、だけど・・・!」

 「おやめ下さいアル従兄様!従兄様がそこまでなさるからには深い事情がおありだったのでしょう。
 どうかお話ししてくださいな。それから決めます」

 エトランジュに促されたアルフォンスは小さく頷くと、これまでのことを包み隠さず話した。

 コードの所持者がエドワーディンであること、達成人を作るために暴走状態になったアドリスが危険を顧みず他者の身体の中に入るギアスを使用していたこと。
 そしてそのギアスを使っていたのはほかならぬエトランジュであること、そして最後に、アドリスは行方不明などではなく、コニミュティの地下にいたことを。
 
 「そ、そんな・・・!ではお父様はずっと・・・私とともにいらっしゃったのですか?」

 「・・・エディが寝ている間に、あれこれ指示をしてくれていたんだ。
 ゼロが誘拐された時、君は長い間寝てたって反省していただろ?あれは実は叔父さんが出ていたからなんだ。
 藤堂中佐にゼロの過去を話したのも、アドリス叔父さんなんだよ」

 「・・・そうですか。それで合点がいきました。
 もしかして、扇事務総長の査問会に出席して下さったのも?」

 実は扇が捕まってすぐ、藤堂や四聖剣とカレン、そして玉城や杉山、南や井上や吉田も参加した査問会が行われた。
 その時エトランジュも出席していたらしいのだがその時の記憶が全くなく、ゼロの正体を公にせずに済んだ上に玉城達の口止めをうまくしてくれて助かったと先ほど見舞いに訪れた桐原に言われて困惑していたのである。

 「ああ、そうだ。君の振りをして、アドリス叔父さんがやった。ただ余裕がなくて、君を無理やり寝かせてカタをつけて、それから君の中から出ていったんだ。
 ギアスという単語をごまかす必要もあったから、どうしても・・・」

 「私には無理だったと思います。お話しして下さって、ありがとうございます」

 エトランジュは怒った様子もなく頭を下げると、一つだけ尋ねた。

 「あの、お父様が生きていると言うことをお話出来なかったのは、やはり私が至らなかったからでしょうか?」

 「違う、そんなことはない!
 アドリス叔父さんは最初、死んだと伝えるように言ってたんだ。コードなしでは長く生きられない身体になる、コードを消すのが最終目的である以上、いずれ死ぬ身だから君に迷惑をかけたくないって・・・!
 でも、僕達はそんなことは認めない。絶対元の身体に戻してやろうって決めて、だから・・・行方不明だって・・・」

「・・・そうですか。よかった」

 エトランジュは小さく笑みを浮かべてそう呟くと、アルフォンスの前に膝をついた。

 「それならいいんです。みんなにとって一番いい方法なら、私に怒る権利はありません。
 お父様や私のことを想って下さったのですね。ありがとうございます」

 理路整然と説明を受けたエトランジュは、アルフォンスやアイン達が下した判断が正しいことを理解した。
 他に方法が自分にだって思いつかないし、何よりも父は死んだと言われれば自分は絶望して今のように引きこもっていたかもしれないのだ。
 いつか会えるという希望を与えてくれたのだから、自分にどうしてそれを怒る権利があろうか。

 「エディ・・・!」

 「みんな私のためにして下さったことです。お父様が死んだなんて聞いてたら、私女王なんてとてもやらなかったでしょうし・・・これでよかったんだと思います」

 エトランジュはアルフォンスの手を取って立ち上がると、アルフォンスをベッドに座らせて自分も腰かけた。

 「あの、それでお父様は達成人に?」

 「ああ、そのことなんだけど、実は・・・」

 アドリスが無事とはいえないが達成人になりシャルルのコードを奪うことに成功したが、シャルルには逃げられた上にシュナイゼル経由で扇から伝えられたギアスというものをごまかすために考えたアドリスの策を話すと、エトランジュはあっさり頷いた。

 「解りました、私もそう合わせることにします」

 マグヌスファミリアの前国王と従姉を誘拐して人体実験にかけたという無実の罪をブリタニアに着せる策をあっさり受け入れたエトランジュにアルフォンスは驚いたが、全く同様の心境だったために何も言わなかった。

 ただ従妹を抱き締めて、黙っていたことを再度謝罪するとエトランジュは小さく笑ってくれた。
 それだけでアルフォンスは充分だった。



 クライスとルチアに連れられたエトランジュは、初期に使っていたイリスアゲートで移動用コンテナに入って運ばれて神根島へとやって来た。
 
 待ち切れないエトランジュが走って遺跡の扉前にやって来ると、そこにはゼロの衣装をまとったルルーシュと、その横で彼と話をしている車椅子の男がいた。

 白さが目立った金髪といっそう白くなった肌をして一気に病み衰えていたが、間違いなく彼は自分の父親だった。

 「お父様!!」

 ラテン語で呼びかけると、父は弱々しい笑みを浮かべて言った。

 「エディ・・・」

 「・・・お、お父様・・・本当にお父様なんですね・・・!」

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼしたエトランジュは、すっかり変わってしまった父の姿を嘆きながらも生きていたことに安堵し、自分でも解らない感情に身を任せていた。

 父にもう一度会えたら、言いたいことがたくさんあった。
 最初に何を言おうか、以前のように膝の上で頭を撫でて貰おうかと、何度も考えた。

 「私・・・・私・・・!」

 ここに来る途中でも言いたいことがあり過ぎて解らなかった。
 そして悩んだ末に彼女から出たのは、いつも父が帰って来た時に言っていた言葉だった。
 船から降りてきた父を出迎えるための、あの言葉を。

 「お帰りなさいませ、お父様・・・・!
 お帰りをお待ちしておりました!!」

 『いつか必ず帰って来るから、、みんなで待っていて下さいね』

 破るつもりの約束だったと、アルフォンスから聞いた。
 でもやっぱり父は自分と交わした約束を、必ず守ってくれるのだ。

 今までも、これからも、ずっとずっと。
 それだけは何があっても変わらない。
 
 「エディ・・・ただ今戻りましたよ」

 アドリスが弱々しく手を娘に向かって伸ばしながら、いつも返していた言葉を告げるとエトランジュは父に向かって抱きついた。

 「お父様・・・良かったです生きていて下さって・・・!
 私、もうお父様は・・・帰ってこないかもって」

 「生きていますよ、エディ。正直嘘をついて戻るまいと思っていたんですけどね、根性出して生きて会ってやれと発破をかけられてしまいました。
 もうどこにも行きませんよ。何があっても傍にいます」

 約束です、とエトランジュの頭を撫でるアドリスに、エトランジュはほっとした笑みを浮かべた。

 「それより本当に申し訳なかったですね。勝手にエディの身体を借りてしまって・・・それが一番いい方法でしたから」

 「はい、アル従兄様から伺いました。私のギアスを使うためにも、そうするしかなかったと」
 
 エトランジュのギアスを使う場合、情報は必ず彼女を通さねばならないため、アドリスが生きていることを彼女も知ることになる。
 それもあって、アドリスは娘にギアスを使わざるを得なかったのだ。

 「私、怒っていませんよ。だってお父様は私のためにして下さったのですもの。
 だからご自分をお責めにならないで下さいな」

 「・・・ありがとう、エディ」

 内心で複雑な気分を抱きがら、アドリスは小さく笑みを浮かべて娘に礼を言った。
 通常この年頃の娘なら、プライバシーを侵害されて身体を勝手に借りられると知らされればサイテーな変態親父だと罵って当然なのだが、そんなことは些事とばかりに気にも留めない娘が哀れだったのだ。
 自分がやっておいてなんだが、事実客観的に見ても最善の手段であるだけになおさらだ。

 「エディには本当に苦労をかけましたね。
 代わりには到底なり得ませんが、ほら、コードはちゃんと奪いました」

 エトランジュが払った代価(くろう)にはまだ及ばないが、このために苦労させたのだからとアドリスが右手の手のひらにあるコードの紋様を見せるとエトランジュは目を見開いた。

 「それが、ブリタニアのコードなのですね。お父様、やりましたね!」

 「そのためにこれだけ苦労しましたが・・・目的が達成できたのだからまずはよしとしましょう。
 後はギアス嚮団から押収したデータでアカーシャの剣の動かし方を知って、コードを二つとも消してしまえば・・・」

 そうすれば厄介な隠し事はなくなり、シャルル達が熱望しているはた迷惑な計画も自動的に潰える。
 後は戦争を終わらせ、そして自分の身体を何とかして元通りは無理としても、せめてエトランジュが本当の意味で独り立ち出来るまで延命させるだけだ。

 「今C.Cがギアス嚮団員に資料を渡すように命じているところです。
 じきに来るでしょうから、それでコードを消してしまいましょう。
 既にギアス嚮団の件は公表してあります。アドリス様とエドワーディン王女が発見されたと言う報道も、じきに行われる手筈です」

 ルルーシュはそうなればこれでギアス嚮団がブリタニアの施設であることが証明され、ブリタニアの打撃になると機嫌よく笑った。

 「アドリス様以外の実験体となっていた者達は医者にかかることになるでしょうが、そのための基金を創設することも既に桐原達から内諾を得ています」

 コードの所有者の身体は時間が宿した時のままで止まってしまうため、どれほど最高の医療を受けようともアドリスは地下室で植物状態になっていた身体から回復することは出来ない。
 それ以上悪くなることはない代わり、手術をしようが薬を飲もうが、再び病み衰えた身体へと戻ってしまうのだ。
 幾多の人間が夢見る不老不死は、状況によってはまさに生き地獄以外の何物でもなかった。

 「その意味でも、コードは早急に破壊しなくてはなりません。
 幸いアカーシャの剣はコードを破壊するためのものだという確認は取れたので、動かし方さえ解れば可能になります」

 アドリスの台詞にルルーシュも最高の医師団を用意すると告げると、父は助かるのだと安堵の息を吐いた。
 だがふと気付いたことがあったので、おずおずと尋ねた。

 「よかった・・・あの、ところでお父様・・・お父様とエド従姉様だけですか?
 他にマグヌスファミリアに残った方々は・・・?」

 ぴくっとアドリスが娘の頭を撫でていた手を止めると、覚悟を決めたように言った。

 「・・・三年前私はアイン兄さんの予知で既に準備をしていました。コニミュティを造り、援助が受けられるようにし、国民達を数回に分けて避難させました。
 本来なら九十三人の家族も私達も脱出出来ていたはずでしたが、あまりに速い避難に気づいたシャルルが早くコーネリアに侵攻命令を出したため、出来なかったのです」

 未来は変えることが出来るというのは、既にエトランジュ達も知っていた。
 エトランジュがコミュニティでブリタニアの刺客に殺されると言う予知を回避するため、ルーマニアに視察に出され、結果自身が人を殺すことになったように。

 今回もまた、未来を変えたがために起こったことだったのだ。

 「もはや船では逃げられないと悟った私は、皆を集めて王族だけの秘密を告げました。
 遺跡を通って脱出するため、ギアスを与える必要があったからです。みんな驚きましたが、それしか方法がないならと受け入れてくれました」

 しかしギアスには適性がある。ギアスを与えたのに顕現しなかった者が多く、九十三人のうちギアスがすぐに使えたのは五十名足らずだった。

 「しかもお国柄なんでしょうか、戦闘向きのギアスの人はそのうち十名ほどだったんです。
 ギアスの訓練なんてする間もなかったですから、黄昏の間を通る時にギアス嚮団員に大多数が殺されました。
 ・・・私とエドを守り、ストーンヘンジの遺跡に行かせるために」
 
 ルルーシュも自分がどんなギアスを与えられたかはすぐに理解したが、持続時間や回数などは実験を行わなくては解らなかった。
 ギアスを与えられて間もない素人の集団が、ギアスを扱い慣れているギアス嚮団員と勝負になるはずがない。

 そして無事にストーンヘンジまで辿り着けたのは、アドリスとエドワーディンの他にたったの八人だけだった。

 「・・・その八人の方々は、どうやって助かったのかという追及を受けてやぶへびになりかねなかったので、こっそりと裏で活躍して頂いていました。
 それでもギアスに慣れてもやっぱり諜報とか素人ですから、死んだり大けがした人が続出して今は四人だけです。
 その人達も、私達と同じように偽装してマグヌスファミリアに戻す予定です」

 「・・・そうですか、解りました。四人でも、生きていて下さったことに感謝します。
 みんなが堂々と暮らせるようになるのなら、私どんな嘘でもつくつもりです」

 もうブリタニアのやることなすことに付き合うのに疲れ果てたエトランジュは、ブリタニアにマグヌスファミリア国民誘拐の罪を着せることに何のためらいもなくなっていた。
 罪悪感よりもひたすら家族と普通に暮らしたいという願いの方が、強くなっていったのだろう。
 やっと待ち望んでいた父が戻って来たのだから、それ以外のことに目を向けたくなくなるのも無理はなかった。

 「お父様・・・!私、私・・・!怖かったんです!
 みんなみんな死んでしまって、怪我をして、戻ってこない人もいて!
 私頑張ろうと思いましたけど、何にも出来なくて!」
 
 「そんなことはありませんよ。貴女がこの世界を繋いだ同盟の完成に大きな役割を果たしたのは事実です。
 本当によく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ、怖いことは後は私がしますから」

 泣く娘に父が慰めると、エトランジュはアドリスの膝に泣き伏した。

 「私は事態が落ち着き次第、国王補佐の地位につきます。
 ずっと傍にいますからね。貴女をいじめたどこぞの宰相皇子とは、私がきちんと話をします」

 毒には毒がお似合いだと、アドリスはにっこりと微笑んだ。
 娘を泣かせたあの男などに、愛娘は二度と近づけさせないと彼は燃えている。
 
 (あの鉄面皮の笑顔をどう崩してくれましょうか・・・手ごわいでしょうが娘を安心させるためにもやらなくては)

 「貴方の得意分野でしょうアドリス。名誉挽回の機会でしてよ」

 ずっと黙って見ていたルチアが淡々と励ますと、解っているとばかりにアドリスは笑った。

 あの男より自分の方が凄いのだと娘に見せてやれば、安心してくれるはずだ。
 ただエトランジュに引かれないようにするためにも、娘には退席していて貰うべきかと考えていたアドリスに、エトランジュは言った。

 「お父様が補佐して下さるのなら嬉しいです。
 フランス大使の方も、お父様は経験豊富な外交官だったとお話して下さいました」

 「そうですか、照れますね。彼とは学生時代の友人でしたからね」

 大学時代にイギリス留学していた者同士、昔はつるんでいたのだと笑うアドリスだが、次の娘の台詞に凍りついた。

 「はい、私がイギリスに亡命して来た時も駆けつけて下さって、『アドリスは図太くて何が何でも目的を果たす奴だから、大丈夫』と励まして下さったんです。
 大学時代に寮の門限破りの方法をいくつも考え着いたとか、教授の弱みを握ったりしていたこととか教えて下さって・・・」

 こんなに悪知恵の働く奴だから戻ってくるに決まっていると励ましながら、エトランジュがブリタニア植民地を回っている時もいろいろ援助をしてくれたのだと語る娘に、アドリスは想像の中でフランス大使の首を締めあげていた。

 (・・・今度会ったら私も彼の家族にあることないこと吹き込んで差し上げましょう)

 娘の前では理想的ないい父親でいたいと厳重に口止めしていたのに、何という裏切りをしてくれたのかと、アドリスを内心で頭を抱えた。
 おそるおそるエトランジュに視線を移すと、娘はくすっと笑っていた。

 「他の皆様も、よくおいで下さってはお父様のお話をして下さって・・・だから私、安心しました」

 「・・・え?」

 てっきり猫を被っていたなんてずるいと怒られると思っていたアドリスに、エトランジュは安心した理由を告げた。

 「だって、あんまり学生時代のお話をお母様絡みのことでしかお話して下さらなかったですし、お父様のご友人ともお話ししたことがなかったものですから。
 でもたくさんの方が私に会いに来て励まして下さったということは、お父様はとても慕われていたんだなって・・・悪口っぽいことも聞きましたけど、でもお父様が行方不明だと聞いて慌てて来て下さるくらいですから、本気じゃないのは解っていましたし」

 人は言葉よりその行動で真意を測る。
 アドリスの奴は悪知恵が働くから、あいつにはいろいろやられたと言いつつもどこか懐かしそうだった彼らは、母親がいないまま残された娘はどうしているのかという心配をして駆けつけてくれたのだ。
 本当に嫌いだったのなら、どれほどエトランジュがいい子であったとしても嫌いな男の娘の元になど来ないはずだし、援助などもってのほかだろう。

 「皆様、お父様を心配しておいででした。
 だから、早く皆様にお会いして差し上げて欲しいと思います」

 「・・・ええ、そうするとしましょう。
 お礼をしなくてはいけませんしね」

 かなり恨まれていた自覚のあるアドリスは、悪友達が娘にそんなことをしていたとは全く知らなかった。
 手紙日記にはなかったから、おそらくそれは彼女が日記をつけ始める前の出来事だったのだろう。

 アドリスが悪友達の友情をしみじみと感じていると、遺跡の扉が開いてC.Cとエドワーディンとジェレミアがやって来た。

 「エド!!」

 「クライス!!会いたかった!!」

 身体をすっぽりと覆うフード付きマントを翻してエドワーディンがクライスに駆け寄ると、クライスは妻の身体を抱きとめて号泣した。

 「やっと会えたな・・・!よかった・・・!」

 「クラ・・・ごめんね心配かけて。
 でも、これからは会えるから。ただ・・・ずっとってわけにはいかないみたいで」

 涙でぐしょぐしょの夫に向かって申し訳な下げに言うエドワーディンに、クライスはえ、と顔を上げてルルーシュとアドリスも眉をひそめた。

 「・・・どうしたのです?アカーシャの剣はコードを消すためのものではないと?」

 「違う、アドリス。アカーシャの剣は今動かせないんだ」

 アドリスの質問にC.Cが無表情で答えると、一同は目を見開いた。

 「どういうことです?ラグナレクの接続とやらはアカーシャの剣を動かして行うものだと聞いています。
 あとはコードを手に入れるだけだということは、動かし方は判明しているはずでしょう?」

 「そのとおりだが、それに関する資料はもともとシャルル達で独占しているものだったそうだ。資料もあったが、全てV.Vに渡したと聞いた。
 だからギアス嚮団員のうちアカーシャの剣について研究していた者達に憶えている限りのことを聞いてみたところ、神根島の遺跡にある装置を手順を踏んで動かして、そうして初めてアカーシャの剣を動かせる仕組みになっているらしいんだ」

 「確かに神根島の遺跡には、妙なものが多いな。
 最初に作られた遺跡だという情報もあったし・・・やり方が解らない以上、うかつに動かすのは危険だ」

 ルルーシュが冷静に周囲を見渡しながら分析すると、アドリスも思い当たる節があったのか髪をかき上げた。

 「確かに遺跡には、扉以外にもいろんな装置があります。
 どれがアカーシャの剣の装置かは解りませんし、そもそも一見装置とは解らない造りになっていますからね」

 「・・・アドリス、先にリジーから伺いましたけど、貴方シャルル皇帝にいろいろ苦情を言っていたそうですわね。
 さっさとここに連れて来ればよろしかったのではなくて?」

 「・・・・」

 ルチアの冷めた指摘に、アドリスはぐうの音も出ずに黙りこんだ。

 確かに己のうっぷんを晴らすために延々嫌がらせの言葉を吐き連ねなどせず、無言でこの場に連れて来てマオに心を読んで貰えていれば、いろんな手間が省けていた上にシャルルの身柄も確保出来ていたはずである。

 「・・・・」

 「・・・・」

 「・・・・」

 発覚したアドリス痛恨のミスに、重苦しい空気が周囲を支配して彼から視線をそらした。
 冷淡に事実を指摘したルチアだけが、無表情にアドリスを見つめている。

 「・・・あ、あのお父様のおっしゃりたいことも解りますし、その」

 何とかして父を庇おうとするエトランジュに、アドリスは乾いた笑みを漏らした。

 「いいんです、事実ですから。申し訳ないことをしてしまいました」

 「いえ、別にそれは構わないんですが・・・予定外でしたが問題はないでしょう。
 アドリス様とエドワーディン様の主治医を操って、不老不死の件はごまかせばなんとかなります。
 ではアドリス様とエドワーディン王女は私とともに中華へ戻りましょう。
 後はこちらに合わせて頂きたいのですが」

 ルルーシュが過去は変えられないとばかりに未来に向けて話をすると、一同は頷いた。

 また父と離れ離れになるのかとエトランジュの顔が曇ると、アドリスは娘の髪を撫でながら言った。

 「ああ、それからアイン兄さんの予知ギアスの暴走はルルーシュ皇子が止めてくれました。
 ただそのせいで予知が完全に出来なくなりましたが、仕方ありません。暴走した時点で予想出来ていたことですしね」

 もともと使用不可能になっていたギアスである以上、既に今さらだ。
 それ以前に義姉が回復する方が重要だと言うアドリスに、エトランジュも頷いた。

 「今度は堂々と会えますよ。約束です」

 「・・・はい!では日本の黒の騎士団本部でお待ちしております」

 エトランジュが晴れやかな笑顔でそう応じると、後ろを幾度も振り返りながら歩き出す。

 「クラ、私ももうすぐそっちに行くわ。その時は・・・」

 「解ってる。待ってるからな」

 クライスとエドワーディンが熱く抱き合いキスを交わすと、名残を振り切って別れた。

 「・・・行きましょう。私は暗い地下室はもうまっぴら!
 みんなと一緒に、外の世界を歩きたい」

 病に侵され陽の元での暮らしを諦めたエドワーディンだが、それでも夜になれば仲間とともに月明かりの下で笑い合うことが出来た。

 だがそれすらも困難となり、双子の弟が死と隣り合わせに暮らしている様子を見ているだけであることに疲れていた。

 いや、自分だけではない。
 エトランジュもアルフォンスもクライスもジークフリードも。
 そしてルルーシュもナナリーも、さらには黒の騎士団幹部の面々もだ。

 早く全ての戦いを終わらせて戻るのだ。
 大事な愛する家族の元へ。

 その決意を胸に秘めてルルーシュ達と中華に戻ったエドワーディンは、アドリスとともに中華の太師のもとへと姿を現すのだった。



 その日、黒の騎士団基地および超合集国連合加盟国は大騒ぎになった。
 何せ合衆国中華にて発見されたブリタニアの人体実験施設が明らかとなり、暗殺や何も知らぬ子供を使って暗殺や諜報をさせていたという報道が世界各国を駆け巡ったのである。

 「聞いたか、おい!」

 「ああ、中華で見つかったっていうブリタニアの秘密組織だろ?
 でも中華でそんなの作れるもんか?」

 「それが、ゼロが突入して調べてみたら、エトランジュ様の父君が見つかったそうなんだ。
 アルフォンス王子のお姉さんも一緒にってことだし、今本人かどうか確認が行われてるそうなんだが・・・」
 
 黒の騎士団本部でも、ニュースを見ていた玉城と南が大きく溜息をついていた。

 「ほんとにギアス嚮団ってのがブリタニアにあったんだな」

 「そうだな南。扇の奴、ころっと騙されちまってよ・・・」

 「ブリタニアの女がみんなスパイって思ってるわけじゃあねえけど・・・警戒しちまうんだよな、やっぱり」

 さすがに扇のように引っかからないと断言出来ない悲しき男の習性を持つ玉城に、南も頷いた。

 と、そこへナナリーが義足で募金箱を手にギアス嚮団の犠牲者の治療のための寄付金を呼びかけながら歩いて行くのを見て、南が呟いた。

 「・・・あの子くらいなら信用出来るよな?」

 「そりゃまあそうだけど、お前手ぇ出すなよ?扇に続いて黒の騎士団の恥になったら、閉じ込められるだけじゃすまねえかんな」
 
 ロリコンの気はない玉城がカレンの友人だからタダじゃすまないと忠告すると、南はごくりと唾を飲み込んだ。

 「そ、そんなつもりじゃない!妙な誤解をするな!
 ああやってボランティア活動を行ってるような子って意味で・・・!」

 「ああ、けっこううまく歩けるようになってたな。
 ラクシャータさすがにいい仕事するぜ。お、兄貴も来たか」

 ルルーシュがロロとともにクッキーの入った袋を寄付をしてくれた者達に配っているのを眺めていると、吉田と井上がやって来た。

 二人と視線が合ったルルーシュに深々と頭を下げられて二人は少し慌てたが、やがて財布から数枚の札を取り出して募金箱に入れた。

 「ありがとうございました。これ、お礼です。よろしかったら召し上がってください」

 「あ、ああ、ありがとう。頂くよ」

 吉田が礼を言ってクッキーを受け取ると、ちらちらとルルーシュのほうに視線を移しながら玉城達のところに歩いて行く。

 「よお、今扇に会ってきた帰りか?」

 「玉城、いたのか。ああ、ギアス嚮団のニュースを知らせたんだが、ギアスならゼロの施設だって言い張ってたよ」

 吉田の嘆息とともに告げられた報告に、玉城と南も同様に溜息をついた。

 自分達も会いに行こうとしたのだが、完全にシュナイゼルの言いなりになっている男を幹部に会わせられないと言われ、かろうじて認められた吉田や井上、藤堂達から様子を聞いた玉城達は最近同じリアクションばかり取っている。

 「カレンも落ち込んでるし、いい加減目が覚めてくれればいいんだが。
 ギアス嚮団のことを話せば・・・と思ったんだけどな」

 吉田が何を言っても頑なに認めようとしない扇には手を焼いているようだ。
  
 「そっか・・・解ってくれるまで説得するしかないもんな。
 俺らも許可が降りたら会いに行ってみるさ。
 ところで吉田、さっきのナナリーって子の兄貴と知り合いか?」

 話題を変えようと南が唐突に尋ねると、井上と吉田は一瞬沈黙した後、否定するのも何だったので井上は頷いた。

 「う、うん。顔見知り程度だけど知り合い。
 藤堂中佐とは七年前に付き合いがあったとかで」

 「へー、藤堂中佐と。それは知らなかったな」

 玉城もその話題に乗ると、吉田が言った。

 「いろいろ大変だったらしいからな・・・今もだけど」

 ゼロという正義の記号を演じていたのは、わずか十八歳になったばかりの少年だった。
 正直ゼロがブリタニアの皇子と知って、疑念が生じたのは確かだ。 
 だが彼が日本解放を成し遂げたのは事実だし、事情を聞けばブリタニアを恨んで当然だった。
 さらにあの扇の誰がどう聞いてもおかしい理論に圧倒されて、そんなことは瑣末ごとになり下がっていたのである。

 (いくらなんでもゼロが超能力を持っているはないだろう・・・井上だって扇が捕虜とはいえ女性に盗撮行為を行ってたと知って呆然としてたしな)

 井上はゼロが扇を信じて副司令の任を任せたのにこんな裏切りをしたことに憤り、ゼロに詫びる意味も込めて正体を黙ることにしたのだと言っていた。
 桐原や星刻も黙ると言っている以上、自分達が否とは言い辛いこともあったが、何よりも扇の見苦しさが酷過ぎてゼロがブリタニアの皇子であるというだけで拒絶するのは酷いと思ったのだ。

 今日は顔を遠くから見るだけにするつもりだったが、既に事情を聞いていたのか深々と頭を下げられてこちらのほうが恐縮した。
 ゼロが戻って来てから少し気まずくて、何を言っていいのか解らなかったから。
 言葉はなくとも、黙っているとの約束に対する礼だと、二人はすぐに気がついた。

 と、そこで玉城が感心したような口調で言った。

 「吉田と井上、けっこう寄付してたな。安月給なのに、大丈夫かあ?」

 「別に、少し節約すればあれくらい毎月出せるわよ。玉城もお酒を控えてその分当てたらどう?」

 井上が怒ったように言うと、やぶ蛇だったかと玉城は頭を押さえた。

 「わーってるよ、俺だってやるってそんくらい。エトランジュ様の父親も見つかったって話だしな。
 マツタケとか濡れ衣晴らして貰った恩があるから、今行くところだったんだよ。おら、行くぞ南」
 
 「お、おう」

 南と玉城がナナリーの前までくると、ナナリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 「あら玉城さん、来て下さったのですか?ありがとうございます。
 このたびはブリタニアが飛んだことを・・・!」

 「い、いやそれはブリタニア皇帝がしたことなんだし、君が気にすることじゃないと思うよ」

 若干キャラが変わった南が慰めると、ナナリーに優しいですねと言われて顔を赤くする。
 そして財布から大量の札を出して、募金箱に入れるのだった。



 ざわざわと世界中が驚きと疑問の声を上げていると、その二日後に中華で発見されたアドリスとエドワーディンが間違いなく本人であるとの報道が流れ、とたんに世界中から一斉に非難の声がブリタニアに集中した。

 ブリタニアの非道は知っていたが、ここまでとはと憤慨する黒の騎士団や超合集国連合はむろん、第三国の者達ですら憤っていると、ブリタニア側からの声明が発表された。

 「先日公表された中華で発見されたというブリタニアの施設だが、そのような事実はない。
 その施設で発見されたアドリス王は偽者であると考える」

 さすがにブリタニアも非道な人体実験を行ったという事実を認めることは出来なかったらしい。
 いけしゃあしゃあと報道官がそう告げるのをやっぱりこうきたかという冷めた視線で見ていたルルーシュとマグヌスファミリアの一同は、ブリタニアのその言い分を世界が信じるかどうか見てやろうと唇の端を上げた。

 そして案の定、ブリタニアのその報道を信じる者は少なかった。
 アドリス達が日本の黒の騎士団基地にやって来ると、別人であったらエトランジュががっかりするとの判断があったので、まずアドリスの友人でもあるフランス大使がアドリスに会った。
 すると『娘にいろいろ話してくれたようで、有難うございます』と凶悪な笑みを浮かべて言われたため、『正真正銘のアドリスだ』と確信した。
 その後小さな声で『借りにしておきますよ』と言われた時はやはり偽者だろうかと思いはしたけれども。

 さらにエドワーディンも両親および(アルフォンス)本人だと断言し、家族の再会を喜び合った。
 残るマグヌスファミリアの者達も同様で、こちらは表向きの事情しか知らない家族がゼロに感謝すると号泣する。
 そして何よりもエトランジュが間違いなく父親だと認めて喜ぶ以上、いったい誰が別人だと言えようか。
 
 こうして堂々とアドリス達が表舞台で動ける土台が完成したのはいいが、ここで大きな計算違いが発生した。

 アドリスは国王補佐として娘を支えていく所存だと発表した時、明らかに身体が病み衰えている彼に補佐とはいえ激務をさせるなどとんでもない、と事情を知る者以外から猛反対を受けた。
 もちろんマグヌスファミリアの国民達も同様で、いくら娘が心配でも余計に心配させてしまうから入院すべきだと、娘を理由にされてはアドリスも反論出来ずに怯んだ。

 本当に人体実験にかけられていた者達も全て救出・保護されており、今はギアス絡みの者はルルーシュが医者にギアスをかけてギアスのことは表に出さないように処置し、そうではない者達は国境を超える医師団に任せていた。
 それでも資金は必要なので基金が設立され、さらに寄付金が世界各国から送られてきた。

 「失礼ながらマグヌスファミリアが豊かな国ではないのは存じております。
 こちらで費用をお出ししますから、どうか完全に回復するまでお休み頂きたいのです」

 己の国で行われていた非道な行為に、しかもそれに親友の父親が犠牲になったと知らされて憤慨した天子がそう訴えると、神楽耶もそのとおりだと同調した。

 「下の者を先に、とおっしゃって下さるアドリス様の高潔なご意志には頭が下がる思いですが、皆アドリス様が回復することを望んでおりますわ。
 幸い世界各国から優秀なお医者様が協力を申し出て下さいました。エトランジュ様のためにも、ぜひ治療をお受け下さいませ」

 エトランジュと言えば、EUと超合集国連合を繋いだ生きた橋として人気の高い女王である。
 父親の遺志を継いで世界を回った少女の父がブリタニアに捕まって非道な人体実験にかけられやっと救出されたというニュースに皆同情し、何とか回復をという声が強かった。

 合衆国ブリタニアでもむやみにブリタニア人に憎悪をぶつけることはせず、ユーフェミアとも連携してブリタニア人に向けられる厳しい視線を和らげてくれたエトランジュはそれなりに慕われていた。
 アッシュフォード生徒会はブリタニア人居住区の街頭に立ち、今こそ恩を返すいい機会だと寄付を呼びかけている。
 あまり目立たぬ様にしているブリタニア人夫婦が、少額だが毎日のように寄付金を箱に入れているという話もあるほどだ。

 (まずいですね・・・他のギアス持ちの方はともかく、私とエドワーディンだけは絶対に治療を受けるわけにはいきません)

 何しろ何をしても元に戻ってしまう不老不死の身体なのだ。せっかくギアスという意味をすりかえることに成功したのだから、意地でも隠し通さねばならない。
 先走って自分達は生きていたと報道してしまったことが、ここで負の方向に働いた。
 しかもこれは善意からの申し出なので、断りにくい。

 今組まれつつある医療チームにルルーシュにギアスをかけて貰うことは容易いが、自分達の治療に進展がないのは確定なので別の医者が呼ばれる可能性が高いし、それまでの医者が無能とバッシングを受けてしまうのも気の毒である。

 公私ともにアドリスの回復を願う神楽耶と天子の邪気のない目に見つめられて、アドリスはこほんと咳払いをした。

 「・・・そのお心遣いは大変感謝いたしますが、今苦難の道を歩いているエディを助けたいのですよ。
 もちろん娘の友人である貴女がたの助けになれればとも思います。治療はお受けさせて頂きますが、どうしてもと言う時だけは動かせて頂きたい」

 「しかし・・・!」

 「何しろ前代未聞の人体実験の治療ですから、途方もない時間がかかります。
 戦争が終わるよりもずっと時間がかかることでしょう。それまで病室にいるなどとても耐えられない。
 聞けばシュナイゼルに妙な計画を聞かされたエディは泣いて怯えていたそうではないですか。マグヌスファミリアを巻き込もうとすらしたとあっては、無視はできません」

 「・・・そこまでおっしゃるのでしたら、解りました。ただし、ドクターストップがかかった時はお休み頂きますよ?」

 とうとう根負けした神楽耶に天子は治療はきちんと受けなくてはとなおも止めるが、アルフォンスが口添えした。

 「僕の従兄は医者です。アドリス叔父さん付きとしてこっちに呼びますよ」

 「・・・そういうことなら。でも無理はしないでください。エディが心配するもの」

 渋々納得した天子に何とか治まったことに安堵したアドリスだが、長く持たないと大きく溜息を吐く。

 (早くコードを何とかしないとまずいですね・・・コードさえなくなればギアスも消えるはずですから、人間同士の戦争で終わる)

 ギアスはコードから与えられるものだから、コードがなくなれば理論上はギアスもなくなるはずである。
 もしそうならV.Vが持っていたコードを己が宿している今、ビスマルクが持っている厄介な予知ギアスも自然に消えることになるのだ。

 現状は黒の騎士団とEU連合軍が有利なのだ。たとえ絶対遵守のギアスがなくとも、勝算は十分ある。

 何とかエトランジュの傍で動ける状況に持ちこめたことに満足したアドリスは、笑顔で自室で待つ娘の元へと戻るのだった。



[18683] 第三十七話  降ろされた重荷
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/09/03 11:28
 第三十七話  降ろされた重荷

  

 ギアス嚮団の件が世界に知れ渡ってから、合衆国ブリタニアに住むブリタニア人達は自国の所業に唖然となり、同時に合衆国ブリタニアに参加した己の選択に安堵した。

 辺境伯という高い身分に会ったジェレミアですら実験体に使われ、身体に機械を埋め込まれたという情報が流れてからはなおさらである。
 それ以下の身分の自分達など、ほんの些細なミスを咎められるばかりか、下手をすれば言いがかりをつけられて連行され、あのような実験にかけられていたかもしれないと思うと戦慄を禁じ得なかったのだ。
 国是が国是だったため、絶対ないとは言い切れなかったからである。

 ユーフェミアは青ざめた顔でこの件についてどう対応するかとルルーシュに相談すべくダールトンとニーナを連れてゼロの部屋に足を向けると、そこには今一番名前が知れ渡っているであろうアドリスがルチアとともにいた。

 「あ、アドリス様・・・あの、このたびは我が父が恐ろしいことを・・・」

 事の経緯とジェレミアの姿を見たユーフェミアは、あまりのことに倒れたくなった。
 先ほど会ったジェレミアはユーフェミア様のせいではありませんと言ってくれたが、姉がそれを知りながら黙認していたことは彼女を打ちのめすには充分な事実である。

ユーフェミアが深々と頭を下げて己の父の所業を詫びると、アドリスはにっこりと笑みを浮かべた。

 「ええ、私をこんな身体にする原因を作ったのは確かに貴女の父親です。
 ですがそれは貴女のせいではありませんから、謝罪の必要はありません」

 父親の罪を娘に償えというつもりはないと言うアドリスに、ユーフェミアは言った。

 「ですが、私は合衆国ブリタニアの皇帝です。いずれブリタニア本国を制圧した暁には、その罪を背負うことになりましょう」

 「その覚悟はお見事です。全くあの父親に似ずしっかりなさった方だ。
 しかし、貴女とブリタニアのために申しあげておきますが、それはあまり口にしない方がいいですよ」

 「・・・それは、どうしてですか?」

 罪は償うと明言して実行に移さなくてはならないのではと言うユーフェミアに、アドリスは理由を教えた。

 「土下座外交になってしまうと今度はブリタニアが搾取される立場になりますからね。
 そうすればブリタニア人が蜂起してしまう可能性がありますから、私としてもそれは避けたい。
 ですからユーフェミア皇帝、貴女はこの件に関してはシャルル皇帝が悪いとだけコメントし、今回設立された基金に協力すると発表して下さい。
 そうすれば既に基金のみお金を出せば済みます。私がそれを賞賛しておきますから、おそらくそれ以上の要求はされないはずです」

 現在ギアス嚮団被害者代表と言った位置づけにあるアドリスがユーフェミアを擁護すれば、彼女にはさほど厳しい目は向けられない。
 さらにアドリスは続ける。

 「他国がブリタニアから賠償金をむしり取ろうと画策してくる可能性が高いのです。
 残念ながら世の中は善意で政治を動かそうとする者ばかりではありません。外交でもっとも大切なことは、『他国に付け入る隙を与えない』ことなのです」

 もしもユーフェミアが自分が罪を償うと言ってしまうと、その言葉を盾にして多大な賠償を要求してくる可能性が高い。
 もちろん正当なそれは支払うべきだが、要求というものは一度受け入れてしまうと次々に膨らんでいくものである。
 だからこそ不当な要求を跳ね除けるために、この件に関してはあえて合衆国ブリタニア一国だけでどうにかするべきではないと、アドリスは言った。

 特にブリタニアは先に手を出して他国を蹂躙し奪っていったという前科があるから、いくら以前のブリタニアとは違うとアピールしても自業自得だとしてそれを止める者は少ないだろう。

 「貴女はあの男の親ではなくて娘ですし、いくら皇帝であろうとまだ十七歳になったばかりの少女に全てを把握すべきだったなど要求する方が恥です。
 幸いアッシュフォードの方々が寄付を集めたりしているようですから、それをアピールして償う意志があると皆に印象付けるのです」

 戦争を終わらせるためにたくみにトラブルを避けられる方法を伝授してくれるアドリスに、ユーフェミアは涙が出るほど嬉しかった。

 「ありがとうございます・・・すぐに手配いたします」

 「貴女はまだ若いと侮られることも多いでしょうが、こういうときは盾にもなります。
 使えるものは何でも使うべきです。とりあえずシャルル皇帝をサンドバッグに仕立て上げて、合衆国ブリタニアに矛先が向かないようにしましょう。
 そしてEUにも全ての罪はシャルル・ジ・ブリタニアにあると表明するよう根回ししておきます」

 全くの事実なのでさして苦労はないと笑うアドリスに、ユーフェミアは嬉し涙をこぼした。
 そして自分の姉が祖国を蹂躙し、父が人体実験にかけるという迷惑ばかりで利益など何一つ与えられたことがないだろうに、便宜を図ってくれるアドリスに尋ねた。

 「いろいろお世話になります。あの、一つお伺いしてよろしいですか?」

 「なんですか?」

 「どうして私にここまでして下さるのですか?私の姉は・・・父は・・・」

 言いにくそうに口ごもるユーフェミアに、アドリスは、ああ、と諒解したように笑った。

 「私は自分を不幸にしたコーネリアとシャルル皇帝は殺してやりたいほど嫌いですよ、でも別に貴女に恨みはないですから。
 それに、貴女はエディのお友達でしょう?娘の友人に手を貸すのは普通ですから」

 「・・・え?」

 「娘から聞きましたよ、一緒の机で仕事をして、お茶をして、励まし合ってきたと。
 表向きには公に出来ないのでしょうけど、そういう行動を取る人をですね、人は友達と呼ぶのですよ」

 ユーフェミアはそれを聞いて、目を見開いて驚いた。
 
 ずっと自分には友達などいないと思っていた。
 自分では友達だと思っていても、実際は身分という壁が主従関係を形成していた。
 スザクは友人かもしれないが同時に騎士でもあり、合衆国ブリタニアの皇帝になってからは公私混同を避けるために彼とはけじめをつけた付き合いをしていたからだ。
 
 「少なくとも、娘は公表出来ないだけで貴女を友人だと思っているようです。
 貴女は罪悪感をお持ちのようですが、家族は選べない以上そこまで自分を責めないでください。
 貴女が耐えるべきは不当な非難ではなくシャルル皇帝やコーネリアが罵倒されるという事態の方です。
 家族が罵られるというのはお辛いでしょうが、それこそブリタニアのためと思って黙ってそれを受け入れて下さい。
 私は早く戦争を終わらせて、エディを解放してあげたいのです」

 家族はユーフェミアを受け入れてくれなかった。
 姉は最後の最後になってやっとありのままのユーフェミアを受け入れてくれたけれど、他の家族は己の意にならない者は無視してきたから。

 そして家族のしたことは自分とは無関係だからと、エトランジュは自分を友人だと言ってくれた。
 その父も、戦いを終わらせ娘を平穏な暮らしへ戻すためという目的があったにせよ、それでも自分を助けようという意志があることを感じ取った。
 それだけで、ユーフェミアは嬉しかった。

 「・・・ありがとうございます。感謝します」

 「では私はこれで失礼します。後のことはルチアに任せてありますので」

 用事が終わった瞬間、いそいそと娘の元に戻ろうと車椅子を出口に向かわせるアドリスに、ルチアは冷めた口調で言った。

 「面倒事はわたくし任せですの?フォローをしろと言うからには、方法くらいは考えて頂きましてよ」

 いくら大学時代の友人とはいえ、公的には主従関係にあるはずのルチアの態度の大きい発言にユーフェミアは驚いた。

 「ミ、ミズ・ステッラ・・・!その発言は・・・」

 慌てて止めようとしたダールトンを、ルチアは淡々とした目で見つめながら言った。

 「わたくしは別にブリタニアが何をしようとも、後ろめたいものはありません。
 確かにわたくしはブリタニア貴族として生まれましたが、今はれっきとしたマグヌスファミリアの国籍を持つマグヌスファミリア人だからです。
 合衆国ブリタニアのフォローをして来たのは、エディに頼まれたからにすぎませんわ」

 堂々と言い切ったルチアに、なるほど正論だとユーフェミアは思ったが、同時に既にブリタニアなど彼女にとっては思案のする価値などないのだと知った。

 「エディのためにいろいろ動いて下さって感謝していますよルチア。
 今エディは私が戻ってきて安堵してくれていますから、出来るだけ一緒にいてやりたいのですよ。解ってくれますよね?」

 エディのためなのだからと笑うアドリスに内心で舌打ちしたルチアは、乱暴に手を振った。

 「・・・さっさとお戻りなさいなアドリス。またお話がいろいろありますので、エディが眠った後にでもゆっくり話し合いましょう」

 バチバチと二人の間に火花が散った。
 それを見たユーフェミアはこの二人の仲が悪いのだと知ったが、理由が解らずおろおろしている。

 「了解しました。
 というわけでユーフェミア皇帝、貴女もルチアのこういう態度を少しは見習った方がいいですよ。
 元来なら駄目なのでしょうが、貴女の場合はそのほうがいいですから。それでは失礼」

 要は少しくらい開き直れとユーフェミアが楽になれるコツを教えたアドリスがルチアとともに退室すると、ユーフェミアは唖然とした顔で言った。

 「・・・ルチアさん、アドリス様と仲が悪かったんですね」

 「でしょうねえ・・・」

 何故かニーナが納得したように呟いたので、何か知っているのかとユーフェミアが尋ねた。

 「ニーナはルチアさんがアドリス様と仲がよくないことを知っていたの?」

 「知っていたというか、たぶんそうじゃないかなーと話を聞いていて思ってましたから。
 マグヌスファミリアの教師になったのも、エトランジュ様のために動いていたのも、エトランジュ様の母君からの依頼だったっておっしゃっていましたし」

 「・・・・?」

 それがどうしてアドリスとルチアの仲が悪いという推測に繋がるのかとユーフェミアは首を傾げたが、ニーナはそれ以上を語らなかったので追及しなかった。
 マグヌスファミリアの前国王であるアドリスがルチアのあの態度を受け入れている以上、ユーフェミアが口を出す権利などなかったからである。

 (もしかしたら私が必要以上に引け目を感じたりしないようにとあえてあんな振る舞いをして下さったのかもしれないし、あれはあれで仲がいいのかもしれないわ。
 仲がいいからこそ本音で振る舞えているってこともあるのでしょう)

 いいようにそう解釈したユーフェミアは、ギアス嚮団で実験体にかけられたブリタニア人の詳細を把握すべく、持って行くように言われていたゼロの机に置かれていた書類を手に取った。



 ギアス嚮団に関する書類を一通り作り終えたルルーシュは、ゼロの姿で既にゼロの正体を知ったという星刻の元を訪れていた。

 「星刻、エトランジュ様から扇の査問会についての経緯を伺った。私の・・・」

 「ああゼロ、いいところに来てくれた。扇の処分についてCEOであるゼロの承認が必要だ。確認してサインをくれないか」

 星刻がルルーシュの台詞を遮って扇の罷免、そして戦争が終わるまでの拘禁処分について書かれた書類を差し出すと、ルルーシュはそれを確認し、サインした。
 書類を返された星刻はそれを処理済みと書かれた箱に入れると、溜息をつきながら言った。 

 「井上事務官から報告があったが、まだ扇は自分の非を認めず喚いているそうだ。
 他者を操る能力のせいだと、まだ認めたがらない。
 ヴィレッタ・ヌゥの方は、まさか盗撮までされていたとは知らなかったらしくてな、今となっては取り調べに従順に応じている。子供の方は過ちの末とはいえ自分の子供だから育てると言っているが・・・」

 「そうか・・・私の正体を知って超能力なるものも事実だと思い込んでいるのかもな」

 扇が吹き込まれた情報はほぼ正しいだけに、ルルーシュは扇の所業に呆れはしたが同時に少し同情してもいた。その辺りがルルーシュの味方に対する甘さなのだろう。
 
 「扇がゼロの正体をシュナイゼルから聞いたとのことだが、敵国の宰相の言うことを鵜呑みにする方がおかしい。
 よって私はあの男が扇に吹き込んだことは全て偽の情報だと思っている」

 「星刻?」

 星刻は淡々とそう告げると、話題をゼロの正体から変えた。

 「ギアスなる他者を操る超能力などと言う与太話よりも、エトランジュ様がシュナイゼルから聞いたという計画の方が重大だ。
 中華で行っていたギアス嚮団とやらも、至急解決せねばならん。扇の戯言に関わっている暇などないぞ、ゼロ」
 
 ゼロの仮面の下などどうでもいいと言わんばかりの星刻の態度にルルーシュは瞠目したが、やがてふっと笑みを浮かべた。

 「・・・そうだな、扇の件はひとまず置いておこう。
 まずギアス嚮団の件だが、様々な実験を行っていたらしい。以前捕らえたラウンズのアーニャ・アールストレイムだが、彼女もその犠牲者のようだ。書類に名前があった」

 「何だと?だが確かにあの年齢で恐ろしい戦闘能力を発揮したと思えば合点がいくが・・・まだ十代の少女になんとも恐ろしいことをするな」

 たった一人で黒の騎士団にあれほどの損害を与えた少女の強さの理由に納得した星刻は、よりにもよって祖国で天子とさほど年の違わぬ少女に非道な行為を行っていたブリタニアに憎悪の炎を燃やしていた。

 「おのれブリタニアめ・・・!天子様も中華で行われていたことだからと、いずれその目で確かめたいとおっしゃっているが、とてもお見せ出来るものではない。
 ゼロ、お前からも天子様を説得して貰えないか?」

 「ああ、私からも進言しておこう。エトランジュ様も反対して下さるだろうから、それは任せてくれ。
 それからギアス嚮団だが、命令に従うしかなかった若い嚮団員達は責任を追及出来ない。マグヌスファミリアが若年層に関しては自国で引き取りを申し出て下さった」

 「それは本当か?確かに小さな島国のマグヌスファミリアなら奇異な視線を向けられることなく暮らして行けるだろうから、うってつけだが・・・」

 いくら善悪の区別がつかなかったとはいえ、自身を人体実験にかけた嚮団の者達を引き取るとは思わなかった星刻は驚いた。

 実際は記憶をルルーシュのギアスで操作出来たとしても、それでもギアス能力者を世に解き放つわけにはいかないという思惑があってのものだった。
 彼らはコード所有者には従順に従うため、副嚮主となったE.Eことエドワーディンを崇めていることもあって、互いにとって最善の方法だったのだ。

 「一部はエドワーディン様と仲が良くなった者もいるそうだ。
 それにマグヌスファミリアは多数の死者がいて人口危機に陥っているという事情もある。これが一番丸く収まる手段だ」

 「そうか・・・アドリス様やエトランジュ様が申し出があったなら、否やはない。
 とにかくこの件を迅速に解決し、シュナイゼルの計画を阻止し、ブリタニア進攻計画を立て直すとしよう」

 「そうだな。では私は扇の様子と2、3聞きたいことがあるのでアーニャ・アールストレイムのところに行ってくる」

 「ラウンズの少女やヴィレッタ・ヌゥはともかく、扇には会わない方がいいと思うぞ?
 ヴィレッタ・ヌゥが扇を見捨てたことを話しても、ギアスによるものだ、ゼロのせいだと決めつけていたからな」

 どこの世界に盗撮を恥ずかしげもなく公言した男を好きになる女がいるのだろうかと、星刻は呆れていた。
 あの査問会で明らかになった扇の所業を聞いたヴィレッタは驚き、利用するつもりであったとはいえおぼろげに自覚のあった愛情が一気に霧散した。
 査問会でヴィレッタが一言も発しなかった理由に納得した星刻は、大人しくしていれば問題はないと、ゼロの正体を知っている者を収容所には移せないが妊婦であることもあり、井上をつけて世話に当たらせていた。
 
 「それでも、ゼロが一度も顔を合わせていないというのは対外的にまずい。
 聞きたいこともあるしな・・・」

 「それもそうだな。では私はナイトメア整備室に神虎の様子を見に行ってくる」

 くれぐれも慎重に扇と対話した方がいいと言い残して星刻が立ち去ると、ルルーシュはさすが中華の麒麟児と嬉しくなった。

 (ゼロがなくなっても、あいつがいれば黒の騎士団は大丈夫だな。
 少し天子にばかり構い過ぎるきらいがあるが、天子もだいぶ成長して来たしいずれ彼女が手綱を取ることが出来るだろう)

 ルルーシュはそう考えながら、まずは扇とヴィレッタが収容されている地下室へと足を向けた。
 
 

 ラクシャータの元で診察を受けていたジェレミアとともにルルーシュが留置所へ入ると、まずヴィレッタと面会した。
 周囲はギアスをかけてあるゼロ番隊しかいないので、話が外部に漏れることはない。

 「ジェレミア卿・・・!ゼロ・・・!」

 「事情はだいたい聞いたぞヴィレッタ。何とも複雑な経緯があったようだな」

 「・・・まさかゼロが亡きマリアンヌ様の御子息であるルルーシュ殿下だとは、思いもしなかったので」

 ゼロがブリタニア皇族と知ったヴィレッタは、皇族に対する敬意を骨の髄まで叩きこまれているために緊張しながらそう答える。
 カタカタと震えるヴィレッタを前にしたルルーシュは、仮面を外して言った。

 「ブリタニア軍人としてお前が上の命令に従っただけというのは解っている。
 だがアッシュフォード生徒会を巻き込んでくれたことが気に入らない。また同じことをされては困るからな。
 ゼロの正体を話されても困るから、この戦争が終わるまではここから出られないと思え」

 予想通りの宣告にヴィレッタは逆らわなかった。
 無様に任務に失敗した上、ブリタニアの皇子がゼロだったということはブリタニアとしても隠しておきたいことである以上、正体を知っている自分は黒の騎士団が敗北すれば口封じに殺されると考えたからである。
 
 (現にシュナイゼル殿下から命令を受け取った時も、私にゼロの正体は明かされなかった。
 つまりブリタニアとしても隠しておきたかったということだ)

 つくづくタイミングの悪い状況でいらぬことを知ってしまったものだと、ヴィレッタは己の運の悪さを呪っていた。

 出世をしてブリタニアの貴族になるという彼女の夢は、既に儚く散っていた。
 せめて己の平穏だけでもと望む場合、黒の騎士団が勝利してゼロの正体に関して沈黙の誓いを立て、どこかで子供と細々と暮らすしか道はなかった。
 
 「子供を産むつもりと聞いたが、それでいいのか?」

 ジェレミアが俯くヴィレッタに問いかけると、ヴィレッタはこくんと頷いた。

 「・・・子供に罪はありませんので」

 「そうか・・・」

 ジェレミアも知らなかったこととはいえ、ブリタニアの闇に関わってしまった結果人生を大きく歪められたヴィレッタに同情していた。
 しかし彼女はシュナイゼルと繋がりを持ち、主君を陥れようとした以上、出すわけにはいかなかったのだ。

 「いいだろう、ゼロの正体を黙っているのなら、私は出所後のお前には関与しない。
 上の命令に従っただけの下っ端を罰する訳にはいかないからな」

 「・・・承知いたしました、ルルーシュ様」

 以前なら下っ端と言われれば過剰な反応を示しただろうが、事実彼女はシュナイゼルの使い走りに過ぎなかったので、彼女は何も言わなかった。
 何も知らされることなくただ上の言うがままに動き、結果全てを失った自分を自嘲して。

 ヴィレッタは本心から沈黙の誓いを立てたのだが、やっていたことがことだったのでジェレミアですら信用しなかったため、ルルーシュは小さくジェレミアに手を振った。
 主の意図をくみ取ったジェレミアは頷くと、ギアスキャンセラーを発動する。

 ヴィレッタは目を見開いて、シンジュクでルルーシュと会いナイトメアを差し出したことを思い出していた。

 「あ・・・あの時・・・!なぜ急に思い出して・・・・」

 混乱するヴィレッタを見つめながら、ルルーシュは短く命じた。

 「俺を見ろ、ヴィレッタ・ヌゥ」

 高圧的に命じられて、皇族からの命令には瞬時に従うブリタニア人の習性に彼女は素直に従った。

 そして赤く羽ばたく羽根の紋様を浮かび上がらせたルルーシュは、続けて誰であろうとも抗うことを許されぬ絶対遵守の命令を彼女に与えた。

 「ルルーシュ・ランペルージが命じる!お前はゼロの正体について二度と口にするな」

 「・・・解りました」

 ヴィレッタにギアスをかけ終えたルルーシュは、しばらくぼうっとしているヴィレッタを見つめていた。
 やがて我に返った彼女は再びブリタニア皇族の前とあって再び緊張した態度になる。

 「・・・ヴィレッタ、ゼロの正体は?」

 「・・・存じません」

 ジェレミアの質問に目を赤く縁取らせてそう答えるヴィレッタを見て、ルルーシュはこれで彼女に用はないとばかりに踵を返した。

 最後にジェレミアが、かつての部下に向かって言った。

 「あの方もブリタニア皇族として戻るご意志がなく、ブリタニアの非道が世界各国に知られた今、今後は上にいる者ほど辛い時代になるだろう。
 そなたはその意味で運がいいと考え、せめて生むと決めた赤子とともに幸福になるがいい」

 そう言い残したジェレミアが主の後を追うと、突然戻った記憶に戸惑いながらも残されたヴィレッタはかつての上司の最後の忠告を受け入れた。

 確かに黒の騎士団が勝てば、貴族達は人体実験や侵略などの責任を問われ、厳しく罰せられることだろう。
 もしも自分が貴族だったなら、事実純血派の元で幾多の戦場を巡りシンジュクでの殲滅に関わっていた過去がある以上、自分もその列に加わる羽目になっていたかもしれないのだ。

 だが自分は貴族将校の命令に従った騎士候に過ぎず、それゆえに責任を免れたと理解したヴィレッタは心底から不幸中の幸いと安堵していたのである。

 そして扇とのことは、彼女の人生で最大の過ちだと考えていた。
 あの査問会でまさか盗撮行為をしていたなどと思ってもいなかった彼女は、あの優しさが無自覚に酷い性根によるものだったと知り、さすがにそれまで抱いていた彼への罪悪感と思慕の念が見事に吹き飛んでいた。
 よくよく聞けば扇の理論は聞いていた自分ですからおかしいものであったこともあり、彼女は扇に期待するどころかもはや関わるまいと決めていたのである。

 そんな男の子供であろうとも、同時に己の子である。
 お腹をさすりながらヴィレッタは牢のベッドに座ると、最近貧血気味のようだからと井上から渡された鉄分剤を手にとって飲み干した。

 幸いここは静かで、余計なわずらわしいものは何一つ入ってこないヴィレッタの箱庭だった。
 がむしゃらに上を目指し、神経をとがらせていた軍人時代にはなかった穏やかな日々。

 せめて今ある平穏を守ること。
 それがヴィレッタのささやかな望みだった。

 

 続けて扇との面会に入ったルルーシュとジェレミアだが、こちらは全く話にならなかった。
 お前はブリタニア皇帝になるつもりで自分達を利用したんだろう、騙されないぞと喚くばかりのその態度になるほど誰もが匙を投げるわけだと二人は納得する。

 「千草を元に戻せ!ち、千草があんなことを俺に言う訳がないんだ、お前がギアスで操ったんだろう?!」

 その発言に眉をひそめたルルーシュが扇の監視に当たっている騎士団員に事情を尋ねると、騎士団員は呆れた様子で答えた。

 「ヴィレッタ・ヌゥに会わせろと言うので彼女の本音を聞けば扇も目が覚めるだろうと考えた吉田さんと井上さんが一度だけ会わせてやったのですが・・・その時彼女からお前が盗撮をするような男だと思わなかった、自身の醜態まで他者のせいにするのは見苦しいと言われて以降はずっとこの様子でして」

 扇の盗撮行為とその後の支離滅裂な理論展開に愛想を尽かされたことまで自分のせいにされては困るとルルーシュは思い、ジェレミアはあまりのことに怒りを隠せなかった。

 「ルルーシュ様、いくらなんでもこれは酷い。
 あのような男を仲間にせずとも、もっとましな人材がいくらでもおりましたでしょうに」

 「・・・スザクを助け出す計画の時に、カレンがいたからと適当に選んだからな。
 当初は話が解る奴だったし、折衝役としても有能だったんだが・・・」

 どうしてこうなったとルルーシュも額を抑えていたが、もはやこれは修復不可能だと考えたルルーシュは、とりあえずゼロの正体とギアスのことをギアスで忘れさせた。
 今後一切ギアスやゼロの正体について口にしなければ、桐原もいずれ彼を釈放することに同意してくれるだろうと考えたからである。
 もともと自分がブリタニア皇子という事実を知って不信を抱いたようだし、それさえ忘れればまともな思考を取り戻す可能性もあった。

 やるだけの措置を行って立ち去ったルルーシュだが、扇はゼロの正体とギアスを忘れてもヴィレッタに対する愛情は残っており、連日彼女のことばかりを気にかけていた。
 そのため結局仲間達の態度は好転することがなく、徐々にカレンや吉田や井上の面会の回数が減っていき、玉城達も面会を希望することすらなくなっていった。
 自身の行為を反省することなく、扇はただ孤独に牢の中で愛した女の幻影を追い続けるのだった。


 
 一方、続けて女性ブリタニア軍人が収容されている施設に向かったルルーシュとジェレミアは、一番厳重に監視されているラウンズの少女と面会した。
 手錠をつけられたままではあったが応接室で、誰も近づかないようにしてある。

 ソファに座ったアーニャは突然の環境の変化についていけずすっかり痩せており、目の下にある隈も酷かった。

 「・・・貴方はゼロ?私に何か用?」

 「アーニャ・アールストレイムだな。
 少し聞きたいことがある・・・大事なことだから、正直に答えて欲しい」

 仮面をしたままで問いかけるルルーシュに、アーニャはどうでもよさそうな態度で別方向を向いていた。

 「君は気がついたら黒の騎士団に捕まっていたと言っていたそうだが、その前の記憶はどんなものだった?」

 「・・・陛下からエリア11を奪還するよう命じられて、モルドレッドで出撃したの。
 何体か黒の騎士団のナイトメアを壊して、次に気がついたら黒の騎士団の留置場にいた」

 しかも何故か皆自分を見て怯え、厳重に手錠をかけられて食事を配る時にさえ恐々となるその態度に自分はいったい何をしたのかとアーニャの方が怯えた。

 何も覚えていないと主張するアーニャにこれまた分厚い強化ガラス越しに精神科医が面談し、一種の記憶喪失かもしれないが状況が特殊過ぎて何とも言えないと言われ、紆余曲折を経てここに移送されたのである。

 「それ以降、記憶がなくなるということは?」

 「・・・一度もないと思う。断言は出来ないけど」

 いつも己の行動をつけている携帯がなくなったため、本当にそうかは解らないが黒の騎士団に捕えられてからは一度も自分の記憶が途切れたことはなかった。
 そして毎日同じことの繰り返しという状況は記録の必要がないというメリットもあり、その面ではアーニャは安堵していたのだがそれでも厳重監視の捕虜という環境はアーニャを不安にさせるに充分なものだったのだ。

 「そうか、解った。君の記憶が頻繁になくなる理由が判明したから、それを告げに来たんだ」

 マオからの報告で彼女がしょっちゅう己の記憶が途切れることに強い不安を抱いていたことを知っていたルルーシュの言葉に、アーニャは驚いて顔を上げた。

 「・・・どうしてゼロが知ってるの?」

 「それは今から解る。ジェレミア、やれ」
 
 「承知いたしました」

 ジェレミアが一礼してギアスキャンセラーを発動すると、アーニャは目を見開いて己の脳裏に駆け巡った己の記憶に唖然としていた。

 「あ・・・あ・・・!わ、私・・・あの日マリアンヌ様が撃たれるところを見て・・・!うああああ!!!」

 あのすべてが狂い出した夜、何か物音がしたから部屋を出て様子を見に行ったら、何やらマリアンヌが見知らぬ子供と話していた。
 てっきり他の宮殿にいた行儀見習いの子供が迷い込みでもしたのだろうかと思っていたら、突然その子供が銃でマリアンヌを撃ち、それを見て震えていたところに撃たれて呻くマリアンヌと視線が合ったのだ。

 そしてマリアンヌが入ったまま、アーニャがシャルルと会った時にそれを報告した瞬間、シャルルは厳かに命じたのだ。
 『アリエス宮での出来事を全て忘れよ』と。

 さらにマリアンヌが表に出ていた間の行動もうっすらと巡り、自分の意識のない間にマリアンヌが勝手に自分の体を鍛えている記憶を、アーニャは苦しげに見つめた。

 頭を抑えてうずくまるアーニャはやがてゆっくりと顔を上げると、ゼロの仮面を外したルルーシュを見て小さく呟いた。

 「・・・あなた、ルルーシュ、様?」

 自分を憐れみながら見つめているゼロは、ナナリーのいい遊び相手になってくれてありがとうと微笑みかけてくれた初恋の皇子のおもざしがある。
 頼み込んで一枚だけ撮らせて貰った写真は、記憶が途切れ出す前の手掛かりとして大切に取っていた。

 「そうだ、俺がゼロであり元神聖ブリタニア帝国第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。
 君の記憶を奪ったのは、俺の両親だ。荒唐無稽な話と思うだろうが、聞いて貰えないだろうか?」

 「・・・聞く。私、どうなったの?」

 「君の記憶が途切れた原因は、ギアスと呼ばれる異能の存在なんだ。
 本来なら極秘にすべきことなんだが、君には知る権利がある」
 
 そう前置きしたルルーシュがマリアンヌのギアスのこと、シャルルのギアスのこと、そしてアーニャの身に起きたことを順序立てて説明すると、アーニャの顔が真っ青になった。

 「マリアンヌ様が、私の身体の中にいたの・・・?」

 「そうだ・・・それで君の身体を勝手に使っていたんだ。その間君の意識はないから、その間の出来事は空白になっていた。
 今回の日本侵攻も、やったのは母さんで君じゃない。だけど何も知らない人間から見れば君がやったように見えたから、この境遇になったんだ」

 手厚く軟禁するのが精いっぱいだったと申し訳なさそうに謝るルルーシュに、かつて尊敬していた女主人が自分の身体を乗っ取っていたと知ってアーニャはただ呆然となる。

 「・・・だから私、ラウンズになるように命令されたんだ。私、陛下に期待されているんだと思って嬉しかったのに」

 ぽつりとアーニャが呟くと、ぽろぽろと泣きだした。

 アリエス宮から出されて実家に戻ったアーニャは、たびたび記憶の齟齬が起こっていることに不安だった。
 自室にいたはずがいつの間にか実家にあったトレーニングルームにいたり、買った覚えのないナイトメアの操縦の本を手にしたりしていた。
 そのため周囲からは軍人になるつもりだと判断され、自分がだんだん解らなくなった彼女はカウンセリングの勧めもあってその答えを見つけるためにあえてその通りの道を選んだ。選ばざるを得なかったのだ。
 
 それでも記憶が途切れることはなくならず、士官学校でもそんな士官は困ると言われていた所にシャルルが声をかけてくれた。
 記憶が途切れるというだけで皆不要だと言うのに、自分を必要としてくれたシャルルに感激して忠誠を誓ってラウンズになったのに、その本人が自身の記憶を奪っていたのだ。

 「酷い・・・私不安で不安で・・・今まで何をしていたか解らなくて・・・!」

 学校で盗難事件があった時も、もしかしたら自分がやったのではないかと思ったこともある。
 常に自分が何をしているか解らないという境遇は、自分を不信に陥らせた。
 
 何よりも信じられないのが自分という事実は苦しみにしかならず、何も考えず命令に従えばいいだけの軍人はむしろ天職かも知れないとすら思い、命じられるがまま戦場を巡った日々。
 えづき泣くアーニャに己の両親の所業に舌打ちしながら、ルルーシュは言い聞かせた。

 「・・・すまなかった、アーニャ。だがこれでもう君の記憶はなくならない。
 母さんは俺が君の身体から追い出した。君の身体と記憶は、君だけのものだよ」

 「本当?もう、なくならない?」

 「約束しよう。だがアーニャにはすまないことに、このギアスは世界に知られてはならないものだ。今、全力でこれを消す努力をしている。
 だから君がされたことを公に出来ないせいで、ここからすぐに出せないんだ」

 申し訳ないと頭を下げるルルーシュに、アーニャは尋ねた。

 「・・・黒の騎士団にたくさんダメージを与えられたのが私だと思われてるから?」

 「そうだ。だがそれは先日発見されたギアス嚮団の犠牲者の一人とすることで免罪が可能になりそうだから、戦争が終わればすぐにここから出られることを約束しよう。
 身元保証人もユフィが引き受けてくれたし、それが無理でも俺がなる。
 だからもう少し待っていて貰えないだろうか?」

 もう記憶が途切れることはないし、自分の記憶を奪い操作した皇帝の元になど戻らなくていいと言うルルーシュに、アーニャはこくりと頷いた。

 「記憶が途切れなくなるなら、いい。私はここにいたい」

 記憶がなくなるという恐怖から逃れられるのなら、アーニャはこの収容所から出られなくなっても構わなかった。
 事情を理解してしまえばこの環境はアーニャにとって悪いものではなかったからだ。

 「代わりと言ってはなんだが、これをプレゼントしよう。記憶が途切れないという証を立てるといい」

 そう言ってルルーシュが差し出したのは、ピンク色の表紙の日記帳だった。
 携帯を取り上げられて自分の記憶としていた物を取り上げられたことに不安に思っていたアーニャは驚き、そして笑みを浮かべて日記帳を手にした。

 「ありがとう、ルルーシュ様」

 「一応話は通してあるが、万が一見られても困らないようギアスやゼロの正体については書かないで貰いたい。それ以外は自由にしてくれ」

 「解った、そうする」

 「母さんとあの男が迷惑をかけて、本当にすまなかった。
 あの勝手な親は、俺が必ずカタをつける。君はここで吉報を待ってくれ」

 「うん、待ってる。ここを出たら、ルルーシュ様とナナリー様のところに行ってもいい?」

 「それは解らないが、自由に会えるようになるさ。
 収容所で不便がないよう、こちらでも便宜を図るから何かあったら言ってくれ」

 たまにこちらの手の者に様子を見に来させると言ってくれたルルーシュに、アーニャは無表情だったが内心嬉しく思いながら了承する。

 「では俺はこれで戻る。本当に迷惑をかけてすまなかった」

 再度頭を下げるルルーシュに、アーニャは尋ねた。

 「そのギアスはルルーシュ様が解いてくれたの?」

 「いや、違う。それはブリタニアの実験でギアスキャンセルの能力を得たジェレミアだ。
 彼もあの男の被害者で、アリエス宮にいたのだが、憶えているだろうか?」

 ルルーシュの横に立つ男に視線を移したアーニャは、小さく頷いた。

 「思い出した・・・マリアンヌ様にお目通りをした時、感涙してた人」

 「・・・ええ、アリエス宮の警備をおおせつかってお会いした時に。懐かしい思い出ですな」

 自分の記憶と相手の記憶が一致したことに安堵しながら、アーニャは久方ぶりに笑顔を浮かべた。

 「よかった・・・私の記憶、戻った」

 「そうか、よかったな。ではアーニャ、ギアスのことだけはくれぐれも口外しなくてくれ。
 それさえしてくれたなら、後のことは俺が何とかする」

 再度念を押すルルーシュにアーニャは真剣な顔で了承した。

 「約束する・・・絶対話さない。私、ブリタニアに戻りたくない。
 記憶がなくなるのはもう嫌だから・・・」

 もっともなアーニャの台詞にルルーシュ溜息をつくと、ゼロの仮面をかぶってアーニャに割り当てられている独房へと送り届けた。

 「ではアーニャ、もう少し辛抱してくれ。いずれ迎えに来るから」

 そう言ってルルーシュがジェレミアとともに立ち去ると、アーニャはさっそくルルーシュから贈られた日記帳を開き、その日の出来事を記し始めた。

 その翌日、アーニャ・アールストレイムもギアス嚮団の実験体だったという情報が流れ、第二次日本防衛戦での彼女の様子と捕縛後の様子が全く違っていたという状況証拠もあり、アーニャに対する恐怖の視線は年齢もあって同情へと変化した。
 恐怖から牢から決められた日時以外出ることを許されなかったのだが、それも緩和されて彼女の待遇は格段に良くなった。

 だが何よりもアーニャを幸福な気分にさせたのは、失った記憶を取り戻せたことと何よりも記憶が途切れないという願ってやまないものを手に入れたことだった。

 自分が何をしていたのか解らないということが一切なくなったアーニャは喜び、少しずつ自由を許されて施設を歩き回るようになり、それを正確に日記に書きとめられるというだけで嬉しくてたまらなかったのだ。

 早くブリタニアが負けて自分の記憶を操りいいように使った恐ろしい皇帝が倒れればいい。
 そして自分の大切な物を取り戻してくれたルルーシュが自分を迎えに来てくれればいい。
 
 その日が来るのを待ち焦がれながら、アーニャは日記を綴り続けた。
 


 一方、アーニャをその能力で救ったジェレミアについては、黒の騎士団内でも物議をかもしていた。
 日本人を虐殺した純血派のリーダー、だが同時にゼロにつきギアス嚮団の場所を報告した功があり、さらに彼自身も実験体として使われていたという同情すべき境遇という複雑な事情が絡まり合っていたからである。

 さらにゼロの正体と事情を知る者はスザク救出事件、いわゆるオレンジ事件での時点でルルーシュに従っていたと認識していたせいで、藤堂などは多少なりと便宜を図ってやりたいと考えていた。

 ルルーシュは考えた末にゼロ番隊に監視も出来るという理由をつけて所属させ、自身の傍に置くことに成功した。
 彼は自分としても必要だったし、彼の忠義に報いることが出来、かつ黒の騎士団内でも一番混乱がないと踏んだからである。

 ゼロ番隊と言えばゼロの直属であり、いわばエリート部隊とも呼ばれている部署だったのでジェレミアに妬みの視線をぶつける者もいたが、カレンや藤堂が認めたとあってはそれ以上は出来ない。

 こうしてギアス嚮団についてはある程度処理が済んだある日、ナイトメアのシュミレーションルームでカレンはスザクと鉢合わせした。

 「やあカレン、君も紅蓮の訓練かい?」

 「ええ、今度また大幅な改造をすることになったからデータを取りにね。ランスロットもでしょ?」

 「やっと予算の認可が下りたからね、ロイドさんも大張りきりだよ」

 「聞いたわよ、紅蓮の改造にロイドさんがアイデアを出したってラクシャータさんが怒ってさ・・・勝手な改造案を出すな―って。
 でも確かに強力なものだってうっかり口にしちゃったものだから、それを聞いたお父さんが是非って乗り気になっちゃったの」

 カレンの父のシュタットフェルトは、娘をナイトメアに乗せることを認める代わり、紅蓮の強化に口と資金を湯水のように出していた。
 その結果紅蓮のコックピット周りの強度は黒の騎士団随一を誇り、お陰で第二次防衛戦ではあれほどの衝撃で落下したにも関わらず、カレンは擦り傷程度の傷で済んでいた。

 「スポンサーの意向には逆らえないってことで、ラクシャータさんもしぶしぶいくつかの案を組み入れてくれたけど。
 代わりにランスロットの方で案を出させろってことで、今すっごいピリピリしてるのよねあの二人・・・」

 皮肉にもそれが原因でナイトメアの精度と能力が上がっていくという結果を生みだしているので、ナイトメアパイロット達は大喜びである。

 「イリアスゲートシリーズもアルカディア様が入院中だから、セシルさんが中心になって設計してくれてるみたい。
 ロイドさんやラクシャータさんも手を貸してくれてるそうだから、退院したらアルカディア様も喜んでくれるわ」

 「でも完成まで時間がかかりそうだって言ってたよ。
 早くしないと向こうも態勢を整えられるから、その時期を見極めないといけないってダールトン将軍が心配してた」

 お互い損害を被った以上、態勢を早く整えた方が有利だとルルーシュも言っていたため、既に勝負は始まっているのだと二人は気を引き締めた。

 「シュナイゼルの計画の方にも気を配らないといけないし、アドリス様がお戻りになったとはいえまだ気は抜けないわね」

 「そうだね、ユーフェミア様もアドリス様からアドバイスを貰ったとかで喜んでた。
 やっぱりエトランジュ様の父君なだけあって、優しい人だなあ」

 アドリスがユーフェミアにアドバイスを送ったのは特別彼女に気を使ったわけではなく、後のトラブルを回避し娘にいらぬ苦労をさせずに済むようにするのが主目的だった。
 つまりはひたすらエトランジュのためなのだが、そんなことは知る由も無いスザクとカレンはのん気に笑いあう

 「そうね、今もエトランジュ様のお仕事を治療の合間を縫ってはお手伝いなさっているって聞いたわ。
 あまり無理をなさらないでほしいけど、エトランジュ様が心配だっておっしゃるのも解るからアルカディア様も強く注意出来ないみたい」

 「そうだよね・・・でもまた倒れたらエトランジュ様もお可哀想だし、桐原さんもその辺りを危惧してあまり仕事を回さないようにしてるって神楽耶から聞いたよ。
 ・・・早くお身体の治療法が見つかるといいね」

 まったくだとカレンは頷くと、病み衰えた身体で車椅子に乗っていたアドリスに同情の溜息をつくのだった。

 

 黒の騎士団および超合集国連合、さらには第三国の人間からの同情の視線を集めた当の本人は、娘の部屋で我が世の春を謳歌していた。

 現在のアドリスの肩書は“マグヌスファミリア国王補佐”であるため、彼女の利益を最優先に考えて動くことが許されていた。
 さらにブリタニアに捕まり実験にかけられてようやく救出され、それでも娘のためにこの戦争を早く終わらせたいというコメントのお陰で堂々とエトランジュへの愛を叫びながら仕事が出来る状況に満足したのだ。

 国王時代とは見違えるほどのやる気を出したアドリスは、姉であるエリザベスを国王補佐秘書の肩書で呼び寄せ、書類の整理を手伝って貰いながら的確な処理をしていった。

 「EUのほうはこのまま共闘態勢でいくようフランス大使に伝えましょう。
 ギアス嚮団員はすみやかにコニミュティに移送し、アイン兄さんに一任して下さい。
 イリアスゲートのほうはアルフォンスに設計図を確認して貰ったら、クライス君にシミュレーションをするように連絡してください」
 
 本来ならエトランジュがすべき仕事なのだが、皆で協議する手間がない分自分がやった方が速いとアドリスはエトランジュが最終的にサインをするだけで終わるように進めて行く。
 事実上国王に復帰したアドリスは、戦争を終わらせてマグヌスファミリアを戦後のゴタゴタからいち早く抜けさせるために余念がなかった。

 「お父様、お疲れ様です。お茶をお淹れしました」

 にこにこと無邪気な笑みを浮かべてトレイにティーセットを乗せて運んできたエトランジュに、アドリスは途端に表情をにこやかなものに変えてエトランジュを手招きした。

 「ありがとう、エディ。ちょうど喉が乾いたところです。
 ああ、ジンジャークッキーも焼いてくれたのですね。頂きましょう」

 「はい、お父様!」

 父親の隣に座ってべったりと抱きつくエトランジュを見て、エリザベスは小さく肩をすくめた。

 アドリスが戻って来てからと言うもの、エトランジュは父親の傍から離れたがらない。
 いつもエトランジュはアドリスの傍にいて、夜眠るときですら手を握って貰わなければ眠りにつこうとしなかった。

 初めこそは父の負担になってはいけないと自重しようとしていたエトランジュだが、当の父親がタガが外れたように娘を甘やかし放題甘やかしだしてしまい、怖い思いや面倒なことは二度とさせまいとばかりに仕事すらも取り上げ、形式的なことしかさせなかった。
 そのせいもあってもともと困ったことがあれば他者を頼り甘える傾向のあったエトランジュはすっかりマグヌスファミリアが占領された時の・・・いや、それ以前の性格に戻ってしまい、人形を抱き締めて父親の傍にいる日々に安心しきってしまっていた。

 父親とともに会議にやってきたエトランジュの変わりように皆驚いたが、彼女の境遇からして無理はないと誰もが思ったし、アドリスも容体が安定していて仕事が出来る状態なら彼も張り切って仕事をしたがるのも当然かと何も言えなかった。
  
 特に星刻はかつて天子の祖父である前皇帝に子供を甘やかし過ぎるのはよくないと忠告していた本人がやることとは思えなかったが、それまでのエトランジュはしっかりとした考えを持ち、見事に責任を果たしていたためにそれまでの反動だろうと理解した。 
 天子とて平和になり他人に政治を任せてもいいとなったのなら、同じ状態になるのかもしれない。

 その立場、その血筋こそが、彼女が平凡な少女でいることを許さなかった。
 たとえ本人が望んだのは、大切な家族からの愛情とささやかな幸せであったとしても。

 「アルフォンス様がおっしゃっていたのですが、エトランジュ様はもともとああいうご性格だったのだとか。
 お医者様も一種の幼児返りを起こしているだけだから、少し経てば元に戻るだろうとのことですから見守って差し上げましょう」

 幸い今は戦闘も小康状態だし、エトランジュも無条件に甘えられる父親が戻って来たことに気が抜けたのだからと言う神楽耶の言に同意した。
 娘の友人だからとアドリスは天子や神楽耶にも積極的に関わって大事にしたという経緯もあり、アドリスの好感度は高かった。

 こうしてほのぼのした幸せを満喫していたアドリスだが、裏では政略結婚を申し込んできた連中を笑顔の圧力をかけて薙ぎ払い、さらに自分はある程度仕事が出来ているとはいえまだ辛いなどと言って仕事を他国に振り分けていく。

 (今でこそマグヌスファミリアは世界で注目を集めている国家ですが、戦争後もそれが続くのは好ましくない。
 元通りの静かな国を取り戻すためにも、ギアス絡み以外ではなるべくマグヌスファミリアを関わらせないようにしなくては)

 たとえコードとギアスがなくなっても、マグヌスファミリアが小国であることに変わりはない。
 小さな国が大きな権力を持つとつけ込まれる隙しかないと理解しているアドリスは、戦後のことも視野に入れて動いていた。

 (私の大事な宝物(エトランジュ)、怖いことが二度と起こらないようにしてあげましょう。
 戦争が終わったのなら楽しいことだけがあるように、幸せだけがその手に残るように。
 みんなで仲良くいつまでも暮らせるようにしてあげましょう)

 コードがなくなれば自分はいつ死ぬか解らない。
 身体機能が衰えており、どうなるか予想がつかない分楽観は出来なかった。

 かつての中華の前皇帝の気持ちが今になって痛いほど解ったアドリスの頭にあったのは、ひたすらエトランジュの幸福のことだけだった。

 平和になりさえすれば、エトランジュは確実に幸せになれるはずなのだ。
 だからそのためにはどんな手でも使う。

 その決意を瞳に秘めて、アドリスは自分の前で楽しそうに歌う愛娘を見つめていた。



[18683] 第三十八話  逆境のブリタニア
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/09/03 11:24
 第三十八話  逆境のブリタニア



 喜びと怒り、相反する感情に染まった超合集国連合と敵対している神聖ブリタニア帝国では、表向きは中華の人体実験施設をブリタニアの罪とした超合集国連合許すまじと、連日報道していた。

 だがマグヌスファミリア女王の父親と従姉が発見されたこともあり、実際は超合集国の報道が正しいと考えている者が圧倒的に多い。
 差別国是を盲信している者などは、たかがナンバーズと裏切り者を有効活用しただけのことと笑う者すらいる。
 それでもそれを認めてしまうと離反者が増大することは明白なため、常は他者の風評など無視するブリタニアといえどそうしてしまうわけにはいかなかったのである。

 そのためブリタニア内部では超合集国連合を討って全ての罪を押し付ける方針で一致しており、軍備を再編して開戦の準備を整えている真っ最中だった。

 (父上も何を考えているのか・・・人体実験というだけでもおぞましいのに他国で行うなど、あれではユーフェミアが父と呼びたくないと言うのも解るよ)

 状況把握能力の高いオデュッセウスは正確にギアス嚮団なるものが父の組織だと理解していたがゆえに、テレビの中でユーフェミアの会見を見ながら大きく溜息をついた。
 
 オデュッセウスがどうしたものかと思案していると、側近の一人が恭しく報告した。

 「オデュッセウス殿下、エリア5で反乱が発生いたしました。既にいくつかの地方庁が陥落したとのことです」

 「またか・・・」

 エリア8とエリア14が解放された後、黒の騎士団が独立戦争を仕掛けてきたことはないが、それに触発されたのか自発的に起こった反乱の情報はかなりの頻度で上がってくるようになった。
 特にギアス嚮団のニュースが世界を駆け巡ってからは、いくら情報統制を行っても無駄で一気に反乱の件数が増えた。

 もはやもう自分の手には負えないとオデュッセウスは匙を投げてしまい、帝国宰相であるシュナイゼルに丸投げすることに決めた。
 それではシュナイゼル殿下が次期皇帝に決まってしまうのではと後見人の貴族や母后に言われたが、正直ここまでの悪行をやらかした国の皇帝になどなりたくないとオデュッセウスは思っている。

 自分は面と向って父に直訴する力も気力もない。
 かといってシュナイゼルのように水面下でどうにか片付ける力もない。
 ユーフェミアのように他国を味方につけることも出来ない。

 どちらが勝つにせよ、何も知らないブリタニア国民を戦火から守ること。
 それがオデュッセウスが自らに課した仕事だった。

 「国民達のデモや暴動が起こらないようにしよう。
 国務をずっとシュナイゼルに任せてきた父上が最近会議に出席することが多くなったところを見ると、かなり追いつめられているからね、厳しい弾圧になりかねない」

 ギアス嚮団の所業が発表されてからというもの、ブリタニアの衝撃も並大抵のものではなかった。
 ナンバーズを対象にしているだけならまだしも、裏切り者とされていたとはいえジェレミア・ゴッドバルドという辺境伯の地位にあった者すら人体実験にかけられたという情報は、ブリタニア国民を恐怖に陥れるのに充分だったからである。
 いくら情報を統制しようとも、向こうがあらゆる手段を使って情報を送りこんでくるのだからどうしようもなかった。
 
 (・・・ブリタニア宮殿で父上に事の真偽を確認しようとする者がいなかったり、マスコミなどがやたらおとなしいのもそれが原因だろうな。
 もっとも、他者から見れば皇族から弾圧されていると思われているだろうけれど)

 命がけでジャーナリズムを貫き通すという気骨ある記者らは大半が既に合衆国ブリタニアに行ってしまっているし、わずかに残った記者達も協力者が少なすぎるせいで身動きが取れなかった。

 処刑や投獄を覚悟している者達でも、さすがに拷問まがいの人体実験にかけられると思えば及び腰になりもしよう。

 その意味では反乱やデモは杞憂に終わるかもしれないと考えたものの、オデュッセウスにはそれがブリタニアの終焉の前触れに見えた。



 神聖ブリタニア帝国、皇帝の居住する宮殿。
 その皇帝の私室では、そこに閉じ込められた少年がベッドの上でうつろな目で天井を見上げていた。

 弟がコードを奪われて戻って来たあの日、V.Vは弟の軽率な行動を責め立てたが、その後に自分が七年前にマリアンヌを殺したことを知られていたことを聞かされて、真っ青になった。

 『マリアンヌもC.Cからギアスを与えられていたことはご存知でしょう。
 死ぬ前に発動したようで、アリエス宮の行儀見習いをしていたアーニャに乗り移って生き延びたのですよ』

 冷やかな声でそう言われたV.Vは、それまで起こった出来事を全て告げられて自分一人が蚊帳の外にあったことを思い知らされた。

 シャルルはマリアンヌを殺したことを責めなかった。
 それは心だけでも生きていたからだが、また同じことをされては困るとの判断で黙っていただけだった。
 そして次はルルーシュとナナリーの番だと思ったから、あの二人をブリタニアから逃がしてことのついでに日本侵攻の口実にしたのだ、とも。

 弟は計画を一番に考えていたのだとV.Vはその意味では安堵したものの、それでも計画に協力してくれていたマリアンヌを殺した自分は既に信用を失っており、もう何もするなとばかりにこの部屋に閉じ込められてしまった。
 コードもなくギアス嚮団もなく、ただの無力な子供でしかない自分は何も出来ないのだから当然だ。
 
 シャルルがコードを奪われたあの日以来、自分達の間に会話はない。
 コードを奪い返すために黒の騎士団とEU連合軍との戦闘準備のために夜遅く戻ってくることが多く、まれに仕事が早く終わっても他の后妃の宮に足を向けて戻ってこない。
 明らかに自分を避けている弟にV.Vは苛立ったが、かといって自分もシャルルに何を話せばいいのか解らない。

 自分の世話をしているのはシャルルに忠実な執事一人だけで、相談出来る者もいない。
 暇潰しにつけたTVでは、レポーターがレポーターが中華での人体実験施設をブリタニアへ押し付けた超合集国連合、およびゼロは卑劣な男であるとコメントしていた。

 「・・・ギアスのことを隠すのはいいけど、マグヌスファミリアの前国王があんな体になったのは僕達のせいじゃないのに」

 都合の悪いことは全部自分達のせいにする、だから嘘は醜いのだと、V.Vは己のしたことを省みずにそう呟いた。
 結局は自分の都合のいいものばかりを見ていたい彼が今望んでいるのは、弟の関心を自分に向けることだった。

 邪魔なマリアンヌは完全に消えているようだが、身体を殺したのは自分であることは事実であり、マリアンヌがシャルルにとってかけがえのない存在だったのだと改めて思い知らされた。
 さらにルルーシュも計画よりは優先順位が低いとはいえ、あれだけのことをされても愛情を向けていることを悟っていた。
 だからこそルルーシュを勝手に殺そうとした自分が、シャルルは許せなかったのだとV.Vはようやく気付いたのである。

 (何とかシャルルの怒りを解かなきゃ・・・!そのためには、計画を進めなきゃいけないんだ)

 シャルルはもう一度マリアンヌに会いたいと願っている。
 自分にとっては邪魔な女だが、弟が彼女を望み身体を殺した自分に怒りを抱いている以上、仕方なかった。

 その時点でいくつもの矛盾を抱えていることにさすがにV.Vもうっすらと気付き始めていたが、現実を見たくないV.Vはそれから目をそらし続けた。

 ベッドから起き上がったV.Vはギアス嚮団からコピーした資料をパソコンで開き、情報を集めて考え始めた。

 (違う、これでもない・・・確かどこかで見たことが・・・)

 コードがなくともアカーシャの剣を動かす方法がないものかと考えながらV.Vが資料を読み進めていくと、目的の資料を見つけてV.Vは笑った。

 「見つけた・・・!やっぱりコードの所有者じゃなくても、ギアス能力者ならコード所有者を遺跡の中に引き込めば動かせるんだ」

 アカーシャの剣を動かすにはコードが必須だが、コードと繋がっているギアス能力者がいれば理論上は可能だとこの資料には記されている。

 それが事実ならコードを奪うのは容易ではないが、生け捕って遺跡の中に連れて行くだけなら何とかなる。
 ビスマルクのギアスの元は自分のコードで、そのコードはマグヌスファミリアの女王の父親が持っているという。
 ろくに動けない身体だとテレビでも伝えていたから、捕まえるのは簡単だろう。

 実際は警備が厳しい上にギアス嚮団が既に駒ではなくなっているので言うほど簡単ではないのだが、朗報を見つけたV.Vは先ほどからの鬱屈した気分が吹き飛んでにっこりと笑みを浮かべた。
 そして近くにいた執事に、シャルルに話があることを伝えるように命じる。

 ラグナレクの接続という計画でしか繋がるものを無くしたV.Vは早くシャルルにこのことを知らせ、弟の関心を取り戻したいと思った。

 自分が本当には何がしたかったのかを忘れたまま、V.Vは最愛の弟の帰りを待つのだった。



 一方、その弟は超合集国連合と黒の騎士団を潰すべく、各方面に指示を出していた。
 さすがに一代でブリタニアを世界最大の国家に押し上げただけはあり、圧力をかけて出兵反対派を黙らせると着々と軍備を整えていた。

 「我がブリタニアは常に競い戦い、そして勝利をこの手に掴んできた!
 かつてブリタニアに屈した者どもは敗北を認めず、無様にあがいておるにすぎぬ!
 慢心し進むことを忘れた者こそが敗北を生む!
 敗北したコーネリア、ジェラールの両名は勝利に酔い己の進化を止めた者の末路だ。
 今こそ己を戒め、闘うのだ!競い奪い獲得し支配し、その果てに、未来がある!!
 敗北した者と同じ末路を辿りたくなければな!!」

 負ければ死に勝る屈辱の人生、それを逃れたくばより一層競い合って高め合えと叫ぶ皇帝に、貴族達は真剣な顔で息を呑んだ。

 敗北した者・・・それはつまり自分達が敗者と呼び蔑んだ者達にした仕打ちが返って来るということだ。
 いくら黒の騎士団が人道主義を掲げようとも、実際はどうなるかという保証は全くない。
 悪党が最も恐れるのは、自分がしたことをやり返されることなのである。

 「弱者は強者に従う義務があるが、強者は強者であり続ける義務がある!!
 我がブリタニアは常に強者、ひいては勝者であり続けなくてはならぬ。
 奪われたものを取り戻すのだ!!オールハイル・ブリタニア!!」

 「オールハイル・ブリタニア!!黒の騎士団から我がブリタニアの領土エリアを奪い返せ!!」

 「オールハイル・ブリタニア!!」

 自分達が奪うのは構わないが奪われたことは不当だと考えるブリタニア貴族の思想に、シャルルの演説は砂に水がしみ込むように浸透していく。
 事実これ以上黒の騎士団の進撃を許せば何もかもが奪われるのは確定なのだから、貴族達も必死なのだ。

 アドリスが言ったとおり、彼の味方は今やビスマルクやV.Vを除いては他人を虐げることで己の優位を見出す者達ばかりになっている。
 シャルルやブリタニアのためと言うより己の地位や財産を守るために、彼らはシャルルの言葉通りに下の身分の者達から物資を奪い、軍備を競い合って黒の騎士団の進攻に備えていた。

 いつ植民地エリアが狙われるか解らないと判断した者は反乱を防ぐためにもと、一気に税金を上げて物資の制限を行った総督もいる。
 だがこれは逆効果で、ほどなくしてそのエリアで反乱が発生した。
 常に奪うことを繰り返してきたブリタニア貴族にとって、逆に物資を与える懐柔策など思いつく方が珍しかったのだ。

 しかしシャルルは植民地エリアよりも計画の要である日本の神根島の遺跡さえ取り戻せればいいと考えており、そのためにその日本に基地を置く黒の騎士団を潰す必要があったので他の植民地エリアの反乱やエリア解放に興味を示さなかった。
 兄からの情報でコードさえあればアカーシャの剣を動かすことが可能だと解ったのだから、なおさらである。

 (アドリス王はエリア11にいるようだからな・・・遺跡を奪回するためにも、エリア11を再度攻め落とさねば)

 兄からの情報が間違っていても、どのみちコード所持者は手中に収める必要がある。
 そのため、シャルルはこれまでシュナイゼルに丸投げして来た政務に没頭していたある日、彼は次男のシュナイゼルを呼び出して命じた。

 「シュナイゼルよ、そなたが所有しているダモクレスをわしに献上せよ」

 藪から棒に命じられたシュナイゼルは内心で眉をひそめた。
 父に知られているだろうことはうすうす気がついていたが、何も言わなかった彼が突然何故、と疑問に思ったからである。

 バトレーの連絡が途絶えた以上彼はすでに死んでいるとみるべきで、そうなればシャルルとて自分が既にギアスを知っているだろうことを悟っているはずだった。
 ギアスなる力と生きていたルルーシュ、そしてマグヌスファミリア・・・断片的な情報だったが、ある程度は推測が立てられた。
 バトレーからクロヴィスが人体実験にかけていた不死の少女の話を聞いていたシュナイゼルは、末弟はその少女とおそらくシンジュクで出会い、その後与えられたギアスでゼロになったと正確に推測していた。
 そしてその不死でありギアスを与えられる人間は複数おり、それはマグヌスファミリアにもいたのだということも。

 マグヌスファミリアに出向いた時に、神根島の遺跡と同じマークがあるものをいくつも発見したし、彼らが迅速にルルーシュと同盟を結べたことから見ても、ほぼ間違いないだろう。

 戦略は質の良い情報が数多くあってこそ正確に立てられる。
 ギアスなるものについて不透明な情報しか得られていないシュナイゼルは、ブリタニアと黒の騎士団との戦争の原因がギアスにこそあると気付いていた。
 
 (これはギアス絡みで何かあった、と考えるべきかな?
 詳しいことを知っていたであろうバトレーを救いだせなかったのは残念だ。早急にマグヌスファミリアを手中に収めておけばよかったな)

 EUを攻略してマグヌスファミリアを手に入れるという計画を立てたのは、ギアスを知らなかったからだった。
 もしあの時点で知っていたなら、適当な皇子とエトランジュを娶せた政略結婚などの手段を取っていた。

 しかし既に黒の騎士団とEU軍はマグヌスファミリアを通じて強固な同盟関係を築いており、今さらたとえ第一皇子のオデュッセウスや自分を婿にと申し出たところで寝言は聞きたくないと言われるだけであろう。

 (世界を平和にするためには、戦争を奨励する父上が邪魔だ。
 この方には早々に退場して頂いて、オデュッセウス兄上が即位、その後でダモクレス計画を発動するのが一番なのだが)

 しかしギアスなる力で妨害に入るだろうルルーシュとエトランジュ達が厄介だ。
 ギアスというのが超能力のたぐいであることは解っているが、種類が複数あるらしいのでどんな手段で妨害するか解らない。
 さらに明らかに父は日本というより神根島の遺跡のほうに執着しており、そこに何があるのかも解らない以上、うかつに動けなかったのである。

 「・・・あれは未完成です、陛下。エリア11の奪回にはまだ使えないかと存じます」

 事実大量破壊兵器を搭載した上での完成なので、それがまだ出来上がっていないのだから間違っていない。
 しかし逆に言えば世界最大級の空中要塞としてなら完成しているので、正しいともいえないのだ。
 ダモクレスを父に使わせるわけにはいかないのでシュナイゼルが遠まわしに断ると、常にギアス嚮団員に探りを入れさせて知っていたシャルルは冷たい声で再度命じた。

 「既に要塞として使える状態ならばよい。ゼロの手が伸びる前に、トロモ機関からブリタニア本国へ移送せよ」

 どうせ既にルルーシュ達に知られている。
 ならばカンボジアよりも自分達の勢力内であるブリタニアに置く方が何かと安心だ。

 「・・・承知いたしました、すぐに手配いたします」

 シュナイゼルも父の意図にすぐに気づき、確かにそれは正しいと認めた。
 ルルーシュはダモクレス計画を阻止すべく、既に策を巡らせていたことに気づいていたからである。
 エトランジュが知っていた以上、ルルーシュも知っていると見るべきだから当然だ。

 シュナイゼルは何のため、ゼロの正体であるルルーシュの処遇について尋ねた。

 「陛下、ゼロの正体についてですが、捕らえた暁にはどういたしますか?」

 「お前も既にゼロの仮面の下の顔を知っていよう。
 だがあれはマリアンヌの子、余計な面倒事を引き起こしかねぬゆえ、仮面ごと葬るしかあるまい」

 予想通りの答えにシュナイゼルは了承したとばかりに頭を下げた。
 事実、ゼロの正体はこちらも把握していないとしたまま殺すのが一番面倒がない。

 (だがさすがの父上もブリタニア本国をも巻き込んだダモクレス計画は妨害するだろう。
 今になって政治に関心を持ち始めたということは、ギアスとやらで父上が進めていた計画が破綻したか、一度中断しなくてはならなくなったというところだろうね。
 例の兵器の有効性はすでに実証出来たと聞いている。父上に気づかれる前に、完成を急がせよう)

 黒の騎士団も軍備再編に大わらわで、ブリタニア首都ペンドラゴンや黒の騎士団や世界各国の軍基地を破壊し尽くせるだけの分を製造出来れば充分だ。
 製造計画によれば三ヶ月あればそれくらいは可能である。
 だからその兵器が完成すればシャルルを暗殺し、ダモクレス計画を発動する。

 (・・・人々が私に平和を望むのならば)

 シュナイゼルは無表情でそう考えながら、謁見の間から退室した。

 それを無表情で見送ったシャルルは、息子の考えを正確に読んでいた。
 子供達に無関心なシャルルだが、それでもさすがに長年皇帝として君臨して来ただけはあり、シュナイゼルが己の計画を諦めていないことを悟っていた。
 
 シュナイゼルのダモクレス計画は“この世界から戦争を消す”のが目的であるため、戦争を煽り立てる自分がまず邪魔なのだ。

 (だがそれでは真の平和にはならぬ。人間は知恵を働かせる生き物、しょせん人が造ったシステムである以上、人の手で破られよう。
 そうなれば結局は元の木阿弥、実行に移させるわけにはゆかぬ)
 
 シュナイゼルのいう平和は、いずれ破られる。
 ダモクレス計画だけではなく、ルルーシュが唱えた超合集国連合とていずれは瓦解するだろう。人の作ったものは、いつか必ず消える運命にあるのだから。
 物であれ、国であれ、システムであれ、それはいつか終わりを告げるものだ。
 
 自分が唱えた弱肉強食の国是も、富み過ぎた国はその重さに耐えきれず滅びることもシャルルは理解していた。
 それでもそれを推し進めて急速にブリタニアを富み栄えさせたのは、人々の意識を一つにすることで争いを無くす計画のためでしかない。

 嘘のない平和な世界を創れば、シュナイゼルのような人間が危険な計画を立てても皆がすぐに気付いて止められるのだから。

 嘘がなく、そして死者とも語りあえる世界。
 V.Vを恨んでいないマリアンヌと再会すれば、兄も妻に対する愛情と兄に対する愛情は違うのだと理解し、和解出来るはずだ。
 ルルーシュも自分達の考えを歪んだ形でしか理解しなかったのだから、正しく理解して貰うためにも成し遂げなくてはならない。

 思考エレベーターの構築実験で既にCの世界に行ってしまったクロヴィスと話した時も、彼はまた生き返ることを望んでいたのだ。

 七年前のアリエス宮は、本当に平和で幸福な日々だった。
 異母兄弟でも仲良く遊ぶルルーシュやナナリー、コーネリアとユーフェミアにクロヴィスの姿は、幼い頃自分がどんなに望んでも手に入らないものだったから。
 アリエス宮の庭で仲良く遊ぶ子供達を見るのが、シャルルは好きだった。

 兄の介入さえなければあの光景を見ながら計画を進められたはずだという恨みはあるが、今さら言っても詮無きことだ。
 時の流れに取り残され、寂しさのあまり暴走した兄を責めることは出来ない。
 自分は兄だからとその運命を引き受けた兄を、どうしても捨てることが出来なかった。

 失った日々を取り戻そうと、シャルルは必死だった。
 手の中にあったはずのものだったから、どうしても取り返したかった。たとえ自分で捨てたものであったとしてもだ。

 既に世界のためではなく自分のためだという思考になっていることに気づかないまま、シャルルは軍備再編を進めていたビスマルクと会った。
 左目を封印していたピアスを解き、出来るだけギアスを発動しているビスマルクは深々と頭を下げた。

 「軍備再編は急ピッチで進めております陛下。三ヶ月以内にはエリア11へ進攻するようにいたします」

 「うむ、軍に関してはお前に任せる。して、ギアスの方は?」

 「・・・残念ながら暴走する気配すらありませぬ。不甲斐無き身で申し訳ありません」

 「・・・そうか。代々コードとギアスを継いできたマグヌスファミリアの王族ですら三年近い月日をかけたからな。
 幼くして暴走した兄さんやわしのほうが例外なのであろう」

 となればやはり短期にことを終えたいのなら、V.Vが持ってきた情報に賭けるしかない。
 シャルルが気難しい顔でそう考えていると、ビスマルクの眉が不愉快そうに寄っているのを見て尋ねた。

 「どうしたビスマルクよ、何かあったのか?」

 「は、大したことではありません。V.V様のコードを奪ったアドリスが、コードを通じてふざけたことを言ってくるだけです」

 「・・・そうか。相変わらずいい性格をしている男だ」

 ビスマルクのギアスは元はV.Vのコードによって与えられたものだから、アドリスに移った今彼はアドリスと会話が出来る。

 ビスマルクとしては主君を罵倒し計画の邪魔をしてくれた怨敵と話す気などこれっぽちもないのだが、アドリスは明らかに嫌がらせでコードを開き、苛立つようなことばかりを言ってきたのである。

 『ルルーシュ皇子のお菓子は美味ですね。エディと一緒に頂きました。ナナリー皇女のリハビリも進んで、とても結構なことです。
 シャルル皇帝に対していろいろ苦情をおっしゃっていました。ユーフェミア皇帝も同様で、ご姉妹で身内の恥をそそぐと決意を新たにしておいででしたよ。
 貴方がたは本音を聞き続けることをお望みのようですから、大事なお子さん方の本音を教えて差し上げようかと思いましたので、お伝え頂けませんか?』

 憎い家族の仇の望みを叶えて差し上げる私って優しいでしょう?と腹黒い笑みでほざくアドリスに、ビスマルクはせめてもの抵抗で無言でいるしか出来なかった。
 
 アドリスの経歴を調べたところアドリスは大学で心理学を選択科目で取っていたそうだから、相手の心理につけ込んだ言動をすることくらい、簡単なことなのだろう。
 
 あれほどの腹黒さを持ちながら世界各地に友人がおり、中華の前皇帝ともたった一度会っただけで大事な孫娘である天子とエトランジュとの文通を認めさせたほどだ。
  
 (何故だ、何故あのような男に人が集まる!
 陛下は真剣に世界を憂えておられるというのに、自分や家族のことばかり考えるような男にルルーシュ様も・・・!)

 思想が問題なのではなく行動が問題だったのだと、ルルーシュが聞けばそう答えるだろう。
 シャルルを思うあまりそれに従わない者達すべてが悪だと断じるビスマルクも、見ようによってはシャルルの硬直した思考に一役買ってしまっていた。
 ビスマルクの忠誠心は見事ではあるのだが、それによって他者の心を推し量ろうとしないのならばそれは尊敬に値するものではない。

 アドリスにふざけるなと返したビスマルクには、本音のみの世界を望みながら何故本音を拒むのかと不思議がられていることも解らない。
 アドリスのしていることこそが、自分達が作る世界の一端を表しているのだと気づくこともなかった。

 これまで辛く長い道のりを歩いてきた主君が理解される世界を。
 ビスマルクは心からそれを望み、そのために左目に赤い羽根を羽ばたかせた。



 日本にあるブリタニア人居住区では、アッシュフォード生徒会のメンバーが募金箱を手にして募金を呼びかけていた。

 「ブリタニアが行った人体実験の犠牲者となった方々への医療基金への募金をお願いします!
 私達はかつて弱肉強食の国是のもと、多くの人達を踏みつけて暮らしてきました。ユーフェミア皇帝陛下のもとでそれを正していこうと立ち上がった合衆国ブリタニアはかつてのブリタニアとは違うとはいえ、それでも他人事と無視することは出来ません!」

 ミレイの透き通った声にブリタニア人はもちろん、日本人ですら足を止めて募金箱にお金を入れていく。
 と、そこへストロベリーブロンドの髪をした女性が黒髪の男性とともにやってくると、シャーリーが持っていた募金箱へ多めのお金を入れた。

 「ありがとうございます!あ、また来て下さったんですね」

 シャーリーがここ最近定期的に訪れるブリタニア人夫婦を見てにっこりと笑みを浮かべると、妻が大したことではないとだけ応じた。

 「いつもありがとうございます!そうだ、今度アッシュフォード学園でチャリティバザーをやることになっているんです。
 騎士団の人達も参加するので、警備も安全なようにしてくれるから安心です。よろしかったら来て下さい」

 シャーリーが一枚のチラシを妻に配ると、彼女はそれをじっと見つめて受け取った。
 このバザーの売上はすべて、ギアス嚮団の犠牲者となった者達の医療基金に寄付するという趣旨のそれに、妻はならば向かわねばなるまいと思った。

 「ああ、仕事と時間が合えば向かわせて貰う。ちょうど服や生活用品を安く手に入れたいと思っていたところだ」

 「そうですか、それはよかったです。他にもイベントを企画しているので、楽しんでくださいね」

 「そうそう、ルルー・・・に男女逆転祭でオイランのカッコさせるって決まったもんなー。
 写真取って売り出したらいい値段すると思うんだけど」

 ついいつものくせでルルーシュと呼びそうになったリヴァルが何とかごまかして楽しそうに言うと、妻はその名前にぴくりと反応したが幸い誰も気づかなかった。

 「男女逆転祭とは?」

 「読んで字の如く、男が女の扮装を、女が男の扮装をして楽しむお祭りのことです。
 訳あって休学中の友達がいるんすけど、あいつが女装するとすっごい似合うので無理に頼みこんでやって貰うことになったんですよ」

 女装するだけならマリアンヌにうり二つになるから駄目だとうまく逃げようとしたルルーシュだが、和装で化粧をすれば大丈夫だと言いくるめられ、ナナリーを味方につけることに成功したミレイにより敗北した。

 桐原や藤堂もたまには友人達と息抜きするのもいいだろうといらぬ善意のもと一日休日を与えてしまい、彼は仕事という逃げ場を失ったのである。

 「こんな時だからこそ、こういう催しが大事だと思うってエトランジュ様もおっしゃって下さったんです。
 日本人の皆さんの学校も協賛して下さるので、楽しみにしてくださいね」

 「・・・ああ、必ず向かわせて頂こう。では失礼する。行こう、リッター」

 「はい、フラーム」

 夫婦が立ち去ると周囲にいたブリタニア人もチャリティーバザーの話を聞き、自分もチラシが欲しいと生徒会のメンバーに申し出てきた。
 
 こうしてあっという間にチラシを配り終えたのでいつものように募金箱を黒の騎士団本部に預けに行き、ルルーシュと会った。

 ゼロとして多忙を極めているルルーシュだが、たまに時間が空くとこうして自分達と会ってくれるのだ。

 「大丈夫、ルル?ちゃんと寝てる?」

 「ああ、それだけはみんな許してくれないからな。移動時間短縮のために家にこそ戻っていないが、睡眠だけはちゃんと取っている」

 シャーリーの心配そうな声に、黒の騎士団本部にはゼロの部屋もあるから大丈夫と言うルルーシュに、アッシュフォード生徒会のメンバーは安心した。
 
 「チャリティバザーの宣伝は順調だよ、ルル。まさか日本の人達がここまで協力してくれるとは思わなかったけど」

 「この件はあくまでも旧ブリタニアのせいなのだからな。超合集国連合に加盟しているブリタニアを責めることはない。
 アドリス様やエトランジュ様も顔を出して下さるそうだ」

 「本当?それは嬉しいわ。でもエトランジュ様のお父様、動いても大丈夫なの?」

 ミレイがニュースを見てとても三十代とは思えぬ容貌になっていたアドリスを思い浮かべて心配そうな声で尋ねると、ルルーシュは頷いた。

 「医者からのOKは出ているし、付き添いの医者もいるから問題ないだろう。
 さすがに長居は出来ないだろうが・・・」

 今や時の人となった父娘が長くいるとバザーどころではなくなりそうなので、すぐに引き上げる予定だと告げると皆納得した。

 エトランジュもアドリスが戻って来て落ち着いてきたのか、幼い子供のような行動からも徐々に脱却していっていた。
 ずっと黒の騎士団本部やEU大使館にしかいなかったエトランジュだが、今回のチャリティーバザーも自分から見に行きたいと申し出て来たのである。

 「他にも以前世話になっていた精神科医が日本占領以前に頻繁に参加していたというイベントも行ってみたいとおっしゃっているんだが、まだ再開されるかは不透明だから残念だとおっしゃっていた」

 何でも夢を大勢の人間で共有する戦場だとか、ドMな横断歩道があるとか、狩りをしながら歩くことを禁止するとか、どれほど暑くとも多くの人間を収容するために前の人の耳に息がかかるくらい詰めるとか、良く解りませんが数々の逸話があるのですと楽しそうな声でエトランジュは語っていた。

 「何万人もの人間が一日で集まるほど大きなイベントだったそうだが、一度でもエトランジュ様がご参加なさったら何故か俺の胃が悲鳴を上げる事態になりそうな気がするから、おやめ頂きたいんだがな・・・」

 珍しく理論によらないカンを働かせたルルーシュの台詞にシャーリー達は首を傾げたが、ルルーシュはすぐに話題を変えた。

 「それにしても、いつも募金活動を行っているのに毎回そこそこ集まるものだな」

 「うん、いつもほとんど同じところでしてるんだけど、やっぱりみんな罪悪感みたいなのがあると思う。
 同じ人が何度も募金してくれることも多いよ。今日もね、常連の夫婦の人が来てくれたんだ」

 「そうねえシャーリー。あの言葉づかいから察するに、奥さんの方はきっと貴族の出だと思うから、なおさら罪悪感があるのかもしれないわね」

 「ああ、それで旦那さんが奥さんの方をやたら気遣ってたのか。
 合衆国ブリタニアに参加するために家を飛び出して、従者と一緒になったーとかなら、超王道だよな」

 上流階級特有の発音に気づいていたミレイの台詞にリヴァルが応じると、ルルーシュは一瞬目を見開いたがやがて小さく笑みを浮かべた。
  
 「そうか・・・そうだな、いい話だよ確かに」

 「だよな~。でも正直、お前の人生を作品化する方がよっぽど意外性があってウケると思うけどな。あ、もちろんジョークだからな?」

 「解っている、俺もそうだろうなと思うから、気にするな」

 ルルーシュが親友の軽口に笑って応じると、シャーリーが言った。

 「ハッピーエンドで終わらなきゃ、いい話とはいえないよルル。
 あのご夫婦もそうだけど、ルルも幸せにならなくちゃ」
 
 ルルーシュだけではなくて、ナナリーもロロもカレンもスザクもユーフェミアも。
 そしてエトランジュもアドリスもアルフォンスもジークフリードさんも、大事な仲間はみんな幸せになって初めてハッピーエンドだ。

 「そうだな、シャーリーの言うとおりだ。そのためにも平和を世界に実現させなくてはな。
 バザーには俺達は表立って参加出来ないが、マオが出る予定なんだ。
 あいつこの前にエトランジュ様から絵具を貰ったとかで、いくつか風景画を描いていたからそれを売るそうだ」

 「そうなんだ。じゃあ私も時間を見て顔出そうっと」

 マオに対するトラウマはほとんど消えたシャーリーがそう軽く言ったが、ルルーシュはマオがしたことがしたことなので念のため一緒にいくことにした。

 「俺も顔を出すから、よかったら一緒に行かないか、シャーリー」

 「え、いいの?!うん、行こうルル!」

 「おお、ルルーシュ君も進歩しましたねー」

 ルルーシュからの誘いに顔を真っ赤にして喜ぶシャーリーに、リヴァルは友人の成長ぶりにハンカチで涙を抑えるしぐさをする。

 何の進歩だと首を傾げるルルーシュを部屋のドアから覗いていたC.Cはぽつりと呟いた。

 「だからお前は坊やなんだ・・・まあ、確かに少しは進んだのかもな」

 クスッと笑みを残して、魔女はピザを食べに行くかとその場を後にした。




[18683] 挿話  私は貴方の物語 ~幸福のエトランジュ~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/09/03 11:55
  挿話  私は貴方の物語 ~幸福のエトランジュ~



 私が生まれた日お父様は泣いて喜び、おばあ様も伯父様や伯母様方もみんな喜んで下さったと聞きました。

 叱られたことは相応にありましたが、それでも私は常に愛されていたという自信はあったので、不安を感じたことは一度もありません。
 みんなが私を愛してくれるから、私も皆を愛そうと思ったので、みんなが喜ぶことなら何でもしようと思いました。

 お母様はとても優秀な鍼灸師で、この国に嫁いできた母はみんなに慕われていました。
 
 『大きくなったら、エディはお母様のようなお仕事をする人になる!』

 単純にそう考えて夢を見た私を抱き上げて、お母様は言いました。

 『エディはいい子だねえ、よしよし、大きくなったらあたしが教えてあげるよ。
 学校に行って、資格を取るために勉強しなきゃいけないから頑張るんだよ?』

 『はい、お母様!エディ頑張ります』

 鍼灸師の資格を取るためには外の国の学校に行かなければならないから語学を学びなさいと言われ、マグヌスファミリアの教師としてやってきて下さったお母様とお父様の友人だというルチア先生に英語を学び、鍼灸の本場は中華だからと中華語をお母様についで学んでいました。

 『エディは賢いねえ』

 お母様に褒めて貰うのが嬉しくて、私は学校にまだ通っていないのにたくさん頑張って言葉を覚えました。
 お勉強だけではありません。お母様のお母様、つまり私のお祖母様から五歳の時にお誕生日祝いに頂いた自転車の乗り方も、教えて下さいました。
 嫌がる私の頭にヘルメットを被るように注意しながら。

 『いいかいエディ、頭は頑丈だけど、それだけに傷ついたらとっても大変なんだ。
 頭をガーンってやられちゃうと気を失って身体が動かなくなったりするから、ちゃんと庇わないとだめだよ』

 『死んじゃうって、この前の牛さんみたいに動かなくなっちゃうのですか?』

 『そうだよエディ。だからちゃんとヘルメットをかぶってね。
 喧嘩する時も、絶対相手の頭を狙って物を投げたり当てたりしてはいけないよ。
 だって、うっかり急所に当てたら、死んじゃうから』

 お父様とお母様は物知りで、何でも教えて下さいました。
 お仕事が忙しくても、聞けば私に何でも教えて下さったのです。
 でも、お母様は。

 『ごめんよエディ・・・もう教えてあげるのは無理みたいだ。
 だけど必ずエディが鍼灸師になれるように、あたしがおまじないをかけておいたから』

 『お母様・・・』

 『あたし幸せな人生だったよ、エディ、アドリス。
 未練はあるけど、後悔なんてない。だからエディも、自分のやりたいことをやってからあたしのところへ来るんだよ。
 そして何をしてどんな人生を生きたか、あたしに話してね』

 本当はもっと先まで私のことを見ていたかったと、お母様は言ました。
 もっと続くはずの、まだ始まったばかりのお話を見ていたかったのだと。

 私にそう言い残した翌日、お母様は息を引き取りました。
 綺麗にお化粧をして眠ったように亡くなったお母様の亡骸の前で、お父様は呆然と座り込んでいるのが悲しいから、私は言いました。

 『泣かないでお父様。大きくなったらエディがお父様のお嫁さんになってあげます。
 だからお父様もエディと一緒にいて下さいな』

 『エディ・・・そう、そうですね。そうしましょう』

 お父様は私を抱き上げて、私の頭を撫でて下さいました。
 ほかの伯父様や伯母様方も、ずっと一緒にいてくれるとおっしゃって下さったので、母が亡くなって悲しかったけれど、皆様がいて下さったから私はいつまでも落ち込むことはなかったのだと思います。

 みんな私を愛してくれる。
 だから私も少しずつ、やれるだけのことをしてみんなを愛したい。

 いい子だね、えらいね、ありがとう。
 それを言われるのが嬉しくて、お手伝いも勉強もたくさんしました。
  
 勉強は言語以外は普通、算数は苦手というあんまりいいものではありませんでしたが、頑張って鍼灸師になって、みんなに喜んで貰おう。

 私はそれだけを考えて、ずっと生きてきました。
 王の娘という自覚もないままに私は十二歳になったある日、そんな日々が永遠に続くと信じていた幸せが崩れたのです。

 前触れはあったのに、それに気づかないまま。


 
 神聖ブリタニア帝国が植民地を15に増やし、EUとの関係が悪化していく情勢の中で、エトランジュの父アドリスは今日もEU議会へと出かけていた。

 会議が長引くのかなかなか戻ってこない父にエトランジュは寂しかったが、父は国王でお仕事なのだからと我慢してマグヌスファミリアでいつも通りの日々を過ごしていた。

 国民達のための城の一角にあるるセレスタイト・ドムス。
 天国のような家という意味を持ち、ここで市場が開かれ、皆が集まってパーティーを開くために使われている。
 その一角にポンティキュラス学園があり、逆隣には小さいが病院があるので首都の名前でもあった。
 子供達は高学年、中学年、低学年の三クラスに分かれており、エトランジュは中学年クラスに在籍している。

 「今日、アドリス様が戻ってくる日だねエディ。お土産はなにかなあ?」

 「この前はブロックを崩さないように積み上げて、失敗したら負けっていうゲームだったよね。
 アルは外の国じゃテレビゲームって言うのが流行ってるって聞いたけど」
 
 その日の授業が終わりクラスメイトが楽しそうに話しているのを聞きながら、エトランジュが言った。

 「ゲームもいいですけど、お菓子もいいですね。今回お父様が行かれたフランスでは、お菓子がとても美味しいのだと伺いました」

 「お菓子か、それもいいわね!いつだったか日本の人から頂いたっていうお菓子もおいしかったし・・・早く帰ってこないかなあ、アドリス様!」

 この年頃の子供は、お菓子には目がない。
 それはどこの国でも同じようだとルチアが教室の外で見守っていると、既に卒業して漁師をしていたクライスが小走りに教室に入って来て叫ぶように報告した。

 「おいエディ、アドリス様が乗ってる定期船が来たぞ!」

 「本当ですかクライス!私、行ってきます!」

 エトランジュが嬉々として教室を飛び出すと、クラスメイト達も後を追う。

 「エディ、早く乗れ!みんなもほらほら!」

 クライスが馬車を準備し、馬の手綱を取りながら叫ぶと、エトランジュを最初に乗せて次々に馬車に乗り込んでいく。

 2台ほどの馬車で楽しそうに笑い合いながら港に到着すると、今まさに船から降りたアドリスが馬車に気づいてダッシュでやってきた。

 「今戻って来ましたよエディ!お留守番ご苦労さまでした」

 「お帰りなさいませお父様!お帰りをお待ちしておりました!」

 父に抱きあげられていつもの出迎えの言葉を言いながら笑う娘に、アドリスの頬は緩みっぱなしである。

 いつもならそのままエトランジュを抱き上げて城に向かうのだが、その日は未練がましげではあったが彼女を下ろし、お土産のお菓子が入った段ボール箱を指して言った。

 「ほら、お土産のお菓子ですよ。昨日、マルガレーテさんが男の子を産んだそうですね。
 今宵はその誕生パーティーの日ですから、みんなに配って一緒に食べなさい。
 今日はEU議会の方がいらしていますから、城まで案内しなくてはいけませんので」

 「あ、あの方ですね。ご挨拶に行ってきます!」

 自分の予想通りお土産がお菓子だったことに喜びながら、エトランジュは父の後ろに立っている男の前までトコトコと歩いて行くと、笑顔で頭を下げた。

 「はじめまして、エドランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します。
 何もないところですけど、どうかごゆっくりなさって下さいね」

 邪気のない笑顔で挨拶をするエトランジュに少々気が抜けたような顔をした男はこれはご丁寧にと応じていると、アドリスがお菓子を配るように再度促したのではい、と了承して友人達と歩き去っていく。

 その後ろ姿を見送った父が打って変わって真剣な顔で同じく出迎えた長兄・アインに向かって小さく頷いていたことに、彼女は気づかなかった。

 
 
 マグヌスファミリアは資源が少ないことから何事も計画を立ててから行うが、もっとも盛大に行われるものがある。それは国民の誕生パーティーだ。

 マグヌスファミリアは毎年誕生日を祝うことはしないが、生まれた翌日に国民達に新たな家族のお披露目を行うパーティーと、成人の日を祝う十五歳の誕生日だけは盛大に祝う風習がある。
 
 セレスダイト・ドムスには大きな鐘があり、“出迎えの鐘”と呼ばれてマグヌスファミリアで子供が産まれた時のみ鳴らされる。
 この鐘が鳴ると国民達はセレスダイト・ドムスへ集まり、新たな家族を出迎えるための宴を行うしきたりで、深刻な食糧不足などが起こっていない限り盛大に祝うことになっていた。

 夕方になるとマグヌスファミリアの各地区から続々と国民達が集まり、中心のベビーベッドに寝かされた赤ん坊と両親、そして直系の者達が座り、テーブルいっぱいに並べられた料理、明るい音楽の調べのもと、パーティーが始まった。

 家族(こくみん)全員が集まるのはお葬式と誕生パーティーと成人祝いで、毎年行われることとはいえ新たな家族の誕生を祝う宴はともすればつい先週行われたとしてもやはり別格である。

 「お帰りなさい私達の大事な家族の坊や!」

 「今日からここが貴方の(いえ)だよ。僕は君の従兄だよ!」

 「あたしは又従姉よ!あ、あたしを見て反応した!」

 代わる代わる国民達が赤ん坊の顔を見ては、祝辞を述べる。
 そして母に対しては、皆がお礼を言っていた。

 「ありがとう、お疲れ様。安産でよかったわね」

 「うん、初産だから大変だって聞いていたけど、よかったわ。こんな騒ぎの中泣きもしないなんて、図太い子ね」

 今年十五歳になってすぐ妊娠して結婚したマルガレーテの呆れた声をよそに、きゃあきゃあとはしゃぐ声の中ぐっすり赤ん坊は眠っているようだ。

 どうして皆が赤ん坊に対して『お帰りなさい』と言い、母親に対してお礼を言うのかというと、マグヌスファミリアでは一度死んでもまたこの国に家族として生まれてくるのだと信じられている。
 そのため生まれた子供にお帰りなさいと出迎え、その家族を陣痛に耐えてこの世に呼び戻してくれた母親にお礼を言うのだ。
 
 赤ん坊に祝辞を送ると、後は皆が歌い踊り、大人達は酒を飲んでの大宴会である。
 
 「ありがとうございますマルガレーテさん!これ、私が作ったお人形です。坊やにどうぞ」

 「まあありがとうございますエディ様。よかったわね坊や」

 少し不格好な針目だが、可愛らしい猫のマスコットをベビーベッドに入れたエトランジュにアドリスははっはっはと自慢げに笑った。

 「さすがはエディ、気が利く子です。こんな可愛い人形を作れるとは本当にいい子でしょう?この世の奇跡です」

 お前からこんな娘が生まれたことが奇跡だ、とEU議会の使者であり大学時代の友人でもある男が内心で呟くが、二人きりならともかく仮にもこの国の国王の前でそのような暴言が言えるはずもなく、そうですねと辟易していた。
 それを見かねてか、アインが手を振りながら助け船を出す。

 「放っておいて結構ですよ。どうせ弟はただ娘自慢がしたいだけなのですから」

 アドリスの娘自慢を華麗にスルーしたアインの言葉に全員が頷いたので、友人は目を丸くした。
 確かに誰もアドリスの娘自慢トークを聞いておらず、ぐだぐだと娘の可愛さを語る国王を無視して宴は続く。
 主役は国王ではないのだから、問題はないとばかりに。

 いつまでも自分をたたえる父を恥ずかしがって止めようとしたエトランジュでさえ、そんなことよりお土産を配ってやれとアインに言われ、従妹達と手分けして国民達に一つずつお菓子を配り始める始末である。

 普通の国なら国王に気を使い内心どれほど面倒だと思っていても親ばかトークに付き合うのに、この国ではそうではないらしい。

 お菓子を配り終えたエトランジュはステージ上で歌を披露し、やんやの喝さいを浴びて嬉しそうに笑っている。
 
 母と父が歌ってくれた、子守唄。
 貴女は自分達が楽しみにしている物語なのだと、歌いながら言ったお気に入りの歌を。

 歌が終わるとエドワーディンが、夫のクライスとともにやって来た。

 「お疲れ様、エディ」

 「エド従姉様!」

 気が付けば既に夕日は沈み、満月が輝いてすっかり暗くなっている。
 エドワーディンが外に出られる時間帯になっていたことに気づかないほど夢中になっていたようだと、エトランジュは苦笑した。
 新婚夫婦のエドワーディンは人目をはばからずクライスとキスを交わし、私も早く産みたいなと笑っている。

 「ちょうどよかったですエド従姉様。これ、お父様のお土産です」

 「ああ、マドレーヌか。ありがとう。後で頂くわね」

 マドレーヌをエトランジュから受け取ったエドワーディンは、赤ん坊に自分が織ったタオルケットをかけてやる。

 「夜になれば寒いから、ぜひどうぞ」

 「ありがとうございますエド様。よかったわねえ坊や」

 気が付けばお祝いの品は既に百を超えている。
 妊娠が解ってから、みんなが少しずつ作ってくれたのだろうそれに、みんなそうだとはいえマルガレーテはとても嬉しかった。
 今回の宴はいつもに比べて盛大に行われているような気がするが、きっと長い間留守にしていたアドリスの帰還を祝う意味もあるのだろうと、誰も気にせずただ宴を楽しんでいる。

 すべての子供達が望まれて祝福される国、マグヌスファミリア王国。
 外の国で何が起こっているのか成人した者は知らされていたが、ここだけはきっと大丈夫だと根拠のない自信を抱く者が大半だった。

 ここには争いも飢えもない楽園だったから、外に国があることを知っていても、誰も気にしなかったのだから。
 国王の娘であるエトランジュですら、父が何をしてきたのかと興味を持っていなかった。
 どうしてEU議会の使者が訪れたのかと、考えることもなく。
 
 だが夜遅くになり眠気を訴え始めた子供達を城の中に連れて行って寝かせるように指示が出た時、成人した者達はようやく異変を悟った。

 「楽しい宴の時にこのような事実を告げるのは心苦しいのですが、時間がありませんので皆が集まっているこの場を借りてお知らせいたします。
 我がマグヌスファミリアは今、神聖ブリタニア帝国の脅威にさらされており、近々この国に攻め込んでくるという情報がありました」

 ステージ上に立ったアドリスの言葉に皆絶句し、この国に言いがかりをつけてこの国を支配しようとしているとの言葉を、皆酔いも吹き飛んで呆然と聞いていた。

 そしてこの国から全員で亡命する、その準備を整えてきたとい告げられ、国民達は二度仰天した。
 この国から出るなんてと難色を示した者が大半だったが、ブリタニアが植民地に対して行ったことを記した資料を見せると皆絶句し、アドリスの命令に同意せざるを得ないことを悟った。

 そしてその翌日、マグヌスファミリアの国民達は国を脱出するために動くこととなる。



 楽しい宴の後はみんな笑顔で仕事に出るはずなのに、その日の大人達はみんな怖い顔をして動いていた。
 学校も突然休みになり、大事な物だけまとめるようにと子供達に指示が出たのだ。

 「お父様、みんなどうしたのですか?怖いお顔・・・」

 「・・・これから強盗殺人を家業にしている一族が来るので、みんなでイギリスに避難することになったのです。
 子供達は最初に出る手筈になっていますから、エディも準備をするように」

 「怖い人が来るのですか?」

 「そうです。でもみんな一緒ですから、怖いことはありませんよ」

 アドリスがにっこり微笑むので、父がそう言うのならそうなのだろうとろくに考えもせずにエトランジュは頷いた。

 エトランジュは母の形見や祖母から貰ったゲームなどをまとめると、亡命の第一陣となった子供達とその親兄弟を中心としたグループとともに船に乗り込まされた。

 「お父様、お父様はご一緒ではないのですか?」

 「ええ、私は国王ですから、私は最後です。エディはルチアと一緒にイギリスへ先に向かって下さい」

 「そんな、エディはお父様と一緒がいいです!駄目ですか?」

 だだをこねて船から降りたがる娘をアドリスは痛ましげに見つめていたが、厳しい口調で叱りつけた。
 
 「いけません、エディ。これはもう決まったことなのです。さあ、ルチアのところへ行きなさい」

 お父様と一緒がいいと言えば何でも許してくれた父の厳しい言葉にエディは驚いたが、エディはこくんと頷いた。

 「いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね」

 「はい、お父様。約束です」

 エトランジュはそう硬く父親と約束を交わすと、何度も振り返りながら船に乗った。

 「・・・行って参ります」

 いつもは見送る側の自分が見送られているということを不思議に思いながら、彼女は家族とともに初めて国を出た。
 そこで何が起こるのかまだ解らないまま、船の上に青い海原を見つめていた。

 エトランジュがイギリスに到着し、次々に国民達がコミュニティにやって来たのに、何故かアドリスは来なかった。
 父はいつ帰ってくるのかと毎日のように尋ねるエトランジュにきっともうすぐだよとしか返さない伯父や伯母に気を使わせたくなくて、それすらも言わなくなったある日、マグヌスファミリアがブリタニアによって占領されたという報が届く。

 そしてアドリスとともに避難してくるはずだった93人の国民達が予定より早まったブリタニアの侵攻により脱出出来なかったという凶報も、同時にやって来た。

 その報告をEU本部のマグヌスファミリア王国に割り当てられている執務室で聞いたエトランジュは、目の前が真っ暗になった。
 
 それを何重にもオブラートにくるんで伝えてくれたフランス大使は、必死で友人の娘に向かって言った。

 「何、大丈夫だとも。アドリスは昔から悪知恵の働く奴だから、きっと何とか戻ってくる。
 可愛い君を置いてどこかに行くはずがないじゃないか」

 自分でもそう思っていないだろうに、人形のように動かなくなったエトランジュにそう言って慰めたが、エトランジュは何も言わなかった。
 そしてそれから、彼女の地獄が始まった。



 王族の会議が行われていたその日、エトランジュはクラスメイト達と共に自室にいた。

 「今日の会議で、お父様が行方不明なので暫定的に王を決めるそうです。きっとアイン伯父様がなると思うのですが」

 「そっか、そうだよね。アドリス様が不在の時はアイン様がいろいろ取り決めをしておられたし・・・お母さん達もそう言ってたもんね」

 亡命以後エトランジュは再開された学校にも行かず、父親が戻って来ると信じてEU本部にいるか自室に閉じこもってばかりいた。

 同じくマグヌスファミリアに残って消息が知れない親がいる生徒もエトランジュの気持ちが解るのか、こうして一緒に傍にいた。

 自分は王になんてなれない。まだ未成年だし、政治の勉強などしたことがないのだから、そんな子供がまさか王になど、と考えるまでもなく解っていたからだ。

 だがその日、マグヌスファミリア国民に告げられたのはそのまさかだった。

 「無理ですアイン伯父様、おばあ様!私お勉強だってしてません、女王なんて無理です!!出来ません!!」

 出来ないことは出来ないと言っていいと教育を受けていたエトランジュは、叫ぶように言った。

 やる前から出来ないなんて言うものではないと言われることが多いエトランジュだが、この時ばかりはその通りであるため、皆エトランジュから目をそらす。

 「お前の言いたいことは解る、だがそれが国のためなんだ。
 ギアスを手にして、どうかマグヌスファミリアを取り戻す力となってくれ」

 泣き崩れるエトランジュにアインがコードとギアスについて語りこれから得るであろう力がマグヌスファミリアのためになるのだと言われ、これは決定事項であると拒否権がないことを告げられた。

 「そんな力があっても、私なんか・・・!・・・怖い・・・!」

 「大丈夫だ、私達が守るから・・・だから、許してくれ」

 アインやアーバインがエトランジュの前で臣下の礼を取るのを見た時、エトランジュはその運命を受け入れざるを得ないことを知った。
 その後真っ暗闇の地下室でE.Eと呼ばれるコードの所有者に触れられ、彼女は“人の感覚を繋ぐギアス”を授けられた。
 常に誰かと一緒にいたいと望む彼女はこの力を得たことだけは安堵したものの、それが自分に王位という重みを背負うことになったと思うと素直に喜べなかった。
 他に理由があるなど、想像しないまま。

 「エディ、大丈夫だよ。僕達がするから君はここにいていいんだよ」

 「アル従兄様・・・」

 「何の心配もいらない。君が王になったのは勝手な上の都合なんだから。
 だから・・・泣かないで?」

 みんな自分に何もしなくていい、大丈夫だと言う。
 事実彼女は会議に形式的に出る程度で、王として何もする必要がなかった。

 ただギアスを使って連絡を行い、アドリスの娘として各国の者達から支援を引き出すために、玉座に座るだけでよかったのである。

 (でも、それだけじゃ駄目なのです。やっぱり王として動かなくては・・・)

 王は国民のために動いてこそ王だと、アドリスは言っていた。
 内心どれだけ国王の地位を疎んだ彼でも、彼は最後まで見事に王としての責任を全うした。

 父の名を辱めたくないし、何より国民のために何かをしたい。
 何もしないまま自分だけが守られているのはおかしいのではないか?

 そんな子供じみた考えで、エトランジュは連日つたない案を出し続けた。

 なまじ周囲の空気を察知する能力に長けていたエトランジュは、皆が戦争を嫌がり生活を成り立たせるのに苦心しているかを知っていた。
 だからこそ戦争はもはや不可避のものとなっている事実から目をそらし続ける案がどれほど非現実的なもので、現実を見続けてきたアルフォンスを苛立たせていたかも気づかないほど、彼女は心理的に追い詰められていたのである。
  
 「無理だって前も言ったろ!エディが考えているのは解るけど、お前のそれはただの綺麗な夢物語なんだよエディ!
 綺麗事ばかりで何の役にも立たないことしてないで、もう寝ろ!どうせまたろくに寝てないんだろ。
 そんなだからいつまでたっても役立たずなんだ!」

 父に次いで一番信頼していたアルフォンスからの怒声にエトランジュは呆然とした顔になった。
 我に返ったアルフォンスは慌てて前言を取り消したが、役立たずという言葉が深くエトランジュの心に突き刺さる。
 
 「ろくに寝てないのは僕もそうなんだ。今日はもう寝よう。朝まで一緒に」

 アルフォンスはそう言うと、自分のベッドにエトランジュを押しこむ。

 「エディは悪くないし、役立たずじゃないから。さっきのは・・・全力で忘れろ、いいね?」

 「・・・はい、アル従兄様」

 アルフォンスに抱き締められながら目を閉じたエトランジュは、失敗をしないために相談しただけでもそれがみんなにとって負担なのだと知った。

 何をしても自分はみんなの負担にしかならない。
 ならば自分はどうしたらいいだろう。

 (せめて言われたことはきちんと出来るようにしましょう。
 みんな大変なんですから、それくらいはしなくては)

 そう決意したエトランジュは、二度と誰にも相談をするまいと決めた。
 その日から、エトランジュは日記をつづることにした。
 誰にも言えないことでも、父になら言えると思ったからである。

 
 【お父様、今日私はアル従兄様に馬鹿なことを言って怒らせてしまいました。
 やっぱり何にも知らない私が考えても、あんまりよくないみたいです。
 みんな大変だから、お父様が聞いて下さい。お願いします】
 
 
 最初にそう綴られた手紙日記。
 いつか戻って来ると約束して、今はこの世界のどこかにいる父に向けて、エトランジュは手紙を書き続けるのだった。



 それから一年後、エトランジュにEUからの依頼が舞い込んできた。
 現在ブリタニアと交戦中のルーマニアにある軍事基地を見舞ってほしいというもので、孤児院にいる子供達をマグヌスファミリアの養子として引き取る案も出たことから、エトランジュが出向くことになったのである。
 絶対に行くようにときつく言い聞かせられたことに疑問を感じたが、エトランジュは素直に了承した。

 初めてコニミュティの外に出るとあって内心怖がったエトランジュだが、基地といっても後方だし危険はない上にアルフォンスやクライス、ジークフリードも同行すると聞いて、内心を押し隠して楽しみですと笑った。

 「私達は大きな家族と呼ばれています。貴方達に私達の家族になって欲しいのです」

 保護された子供達とすぐに仲良くなったエトランジュは孤児達から懐かれ、早く行きたいと楽しみにしている子供達を見て久方ぶりに心からの笑みを浮かべた。

 故郷にいた頃のように、みんなで仲良く遊んで楽しみを共有する。
 亡命して以降は生活を成り立たせることに必死で、戦争状況を把握したり会議に出たりと、遊んだことなどなかったからである。

 「エトランジュ様、これ差し上げますよ」

 そんなある日、たまたま警備に当たっていたルーマニア軍兵士が差し出したのは、ブリキで作られた人形だった。

 「工場で余ってたブリキと倉庫で余っていた部品で作ったんですけど、即席にしちゃあいい出来でしょう。
 ちょっと重いのが難点なんで、気をつけて下さいよ」

 倉庫からかっぱらったというペンキで多少の色をつけられたブリキのロボット人形に男の子は喜び、ブリタニア兵をやっつけろー!と叫んでいる。

 「ありがとうございます。女の子向けのぬいぐるみなら作れるんですけど」

 イーリスと名付けた少女に作ってやったマスコットを指して笑うエトランジュに、ルーマニア兵士はまあ男女の違いですからと笑った。

 平穏な日々は過ぎ、そして悪夢の雨の日がやって来た。

 倉庫を改造した部屋の中で急に降って来た雨を罵りながらクーラーを調節していたアルフォンスに、クライスが言った。

 「雨だってのに、クーラーなんか調子悪くねえ?」

 「そうだねクラ・・・あー、これはちょっとモーターの動きが悪いだけだからすぐ直せるよ。
 道具持ってくるから、クラ手伝って」

 「へいへい」

 ジークフリードは明後日の軍用ヘリについての説明を受けるため、この場にはいなかった。
 アルフォンスとクライスがいなくてもここは味方の基地内なのだからと、エトランジュも気にしなかった。

 「すぐに戻って来るから、鍵かけないでね。じゃ、行ってくる」

 「はい、行ってらっしゃいませ」

 こうして快く二人を送り出したエトランジュがいつものようにみんなを集めて歌を歌い始めて間もなく、外で大きな音が響き渡った。

 「な、なんだろう・・・外がちょっと騒々しいみたい、エディ様」

 「そのようですね・・・火事か何か・・・ではありませんね。それならすぐに誰かが来て下さる筈ですから」

 この部屋には敵襲だの敵を粉砕せよだのという言葉を子供達には聞かせられないとの判断から、スピーカーは置かれていなかった。
 連絡手段である携帯電話はアルフォンスが持っており、どうしたものかと考えていると、ドアが乱暴に開け放たれた。

 そこには息を荒く吐き、ところどころ擦り切れた見たことのない軍服を着た青年の男だった。

 「どなたですか?あの、外の騒ぎがなにか・・・」

 よもや脱走したブリタニア兵だと思いもよらなかったエトランジュが冷静にそう尋ねると、その質問を無視したブリタニア兵は、中にいるのが女子供だけだと知ってニヤリと笑みを浮かべた。
 
 「俺は神聖ブリタニア帝国の大佐だ!劣等人種の分際で、よくも我が誇り高きブリタニア人を牢に押し込めてくれたな・・・!」

 ブリタニア人、と聞いて一斉に悲鳴が上がり、子供達がエトランジュに抱きついた。

 「動くなガキども!これからお前達を使って、俺の同胞を助け出すのだからな・・・光栄に思うがいい!」

 哄笑するブリタニア兵にエトランジュは青ざめながら子供達を抱き締め、助けが来るまで何とかしなくてはと考えた。
 
 まずはギアスでアルフォンス達に連絡を、と考えた刹那、ブリキ人形を持った少女、イーリスが勇気を振り絞って叫んだ。

 「こ、こんなことしたって無駄なんだからね!ここにはいっぱいEUの人達がいるんだから、お前なんかすぐに捕まっちゃうんだから!」
 
 慌ててエトランジュが彼女の口を塞いだが、激昂したブリタニア兵はイーリスを殴りつけた。
 
 「イーリス!!」

 大きな音が部屋中になり響き、泣き声が一斉に響き渡る。

 エトランジュが殴りつけられたイーリスに駆け寄って抱き締めると、完全に逆上しているブリタニア兵はそんなエトランジュの頭をぐりぐりと押さえつけながら叫んだ。

 「黙れ、この劣等人種のガキどもが!!いいか聞け、ナンバーズ!我々ブリタニア兵を速やかにみな解放し、これまでの無礼を詫びて降服しろ!
 さもないとここのガキどもを一人ずつ殺していく!」

 「待って下さい、ここにいるのは子供だけです、私だけ残るから他の子は・・!」

 自分は死んでもまた代わりの王が即位すれば済むことだ。
 自分は王だから、と守るべき国民達のために哀願するエトランジュをうるさいとばかりに、ブリタニア兵はその頬を殴り飛ばした。
 拳ではなく平手だったのはせめてもの理性だったが、殴られた側にとっては何の慰めにもならない。

 自分を罵ったガキを見せしめに殺してやる、と喚きながらイーリスの首をつかんだ時、エトランジュの視界に入ったのはイーリスが持っていたブリキの人形だった。

 (誰か誰か誰か助けて・・・!あの子を助けて・・・・ああでもここにいるのは私だけ・・・!
 私は王で、あの子を守らなきゃ・・・!!誰かあの子を助けて!!
 あの人を止めなきゃ!)

 混乱した思考の中で床に転がっていたそれを手にした彼女は、今床に抑えつけられて首を絞められているイーリスを見て目の前が真っ赤になり、考える間もなく人形を手にしてブリタニア兵の背後に回り、その後頭部に向かって腕を振りおろした。
 そしてガン、と鈍い音が響き渡り、生暖かい血が周囲に飛び散り、エトランジュの青いドレスに紅い斑点が飛び散った。

 「う、動かないようにしなきゃ・・・!」

 母は言った。頭に衝撃を与えると、気を失うことがあるのだと。
 だからこれでいいはずだった。

 「うが・・・があ・・・」

 アヒルの鳴き声のような声が聞こえ、床に与伏せていたイーリスの呼吸が自由になるのを見た時、エトランジュはほっと安堵の息をついた。
 だがそれも束の間、床に転がったブリタニア兵は自分の頭からダラダラと流れる血を見て目を血走らせ、ぎろりとエトランジュを睨みつけたのだ。

 「こ、殺してやるぞこのガキ・・・!」

 「ひっ!」

 エトランジュは心底から怯えた声を出すと、この人をどうにかしなければととっさに考えた。

 「うああああ!!!」

 エトランジュは訳も解らぬままブリキの人形を持った手で男に馬乗りになり、何度も何度も人形を振り下ろした。

 (動かないで、怖いの怖いの、この人を動かないようにしなくちゃ・・・!
 私この子達を守らなきゃ、怖い怖い怖い・・・!!
 動かないで、お願い!!)

 ガン、ガン、ゴン、と鈍い音が響き渡る中、子供達は呆然となっていた。
 やがて数人の我に返った子供達が慌てて部屋から飛び出していったが、それに気づかずエトランジュはひたすらブリキの人形をブリタニア兵の頭にめり込ませていく。

 泣くことすら忘れ、ただ鈍い音が響き渡りだしてから間もなく、銃を構えたアルフォンスとクライスを筆頭に、救出部隊が突入した。

 「エディ、エディ、エトランジュ?!」

 自分が呼ばれたことも解らずまだ恐怖に駆られて同じ作業を繰り返していると、その手がゆっくりと止められた。

 「もういい・・・やめようエディ」

 「アル・・・さま・・・?」

 「もう、死んでる」

 アルフォンスがそう告げたことの意味を、エトランジュはろくに働いていない頭で考えだした。

 (死んでる?ああ、さっきイーリスを殺そうと男の人・・・死んだってことは動かなくなったってことですよね)

 もう動かないのならイーリスも自分達も大丈夫、みんな助かったのだと理解した時、エトランジュは笑みを浮かべた。

 だがなぜ死んだのかと考えなくてもいいことまで思考がいった時、彼女の目が大きく見開かれる。

 (だって、動かなくなったのってどうして?私・・・人形で何をしたのでしょう?
 あれ・・・あれ・・・あれ?)

 『いいかいエディ、頭は頑丈だけど、それだけに傷ついたらとっても大変なんだ。
 頭をガーンってやられちゃうと身体が動かなくなったりするから、ちゃんと庇わないとだめだよ』

 『死んじゃうって、この前の牛さんみたいに動かなくなっちゃうのですか?』

 『そうだよエディ。だからちゃんとヘルメットをかぶってね。
 喧嘩する時も、絶対相手の頭を狙って物を投げたり当てたりしてはいけないよ。
 だってね―――』

 母は絶対に、相手の頭に向けて物を投げたり当てたりしてはいけないと言った。
 その理由は、二度と動かなくなるから・・・そう。

 『うっかり急所に当てたら、死んじゃうから』

 もう死んでる、とアルフォンスは言った。
 おそるおそるブリタニア兵を見ると、彼は目を見開いたまま倒れており、床一面に赤い池が出来ている。
 
 「あ、あ・・・・うあぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」

 先ほどまで美しい声で優しい歌を歌っていたとは思えぬ声が、辺りに響き渡る。

 (わ、私・・・ひとを、ころした!)

 「私、私・・・!ころし、でも怖くて、イーリスが!
 だって、動かなくなっちゃえばと思って、でも死んじゃうと・・・!お母様がやっちゃダメだって言ったのに・・・!」

 「落ち着いて、エディ!エディは悪くないよ、いいから落ち着け!」

 「おい、エトランジュ様を抑えろ!誰か鎮静剤持って来い!」

 錯乱するエトランジュを抑えにかかる軍人達の声を、エトランジュはどこか他人事のように聞いていた。



 その後のことは、エトランジュはあまり憶えていない。
 ただ精神安定剤で夢うつつの状態の中マグヌスファミリアのコミュニティに戻り、国境を超える医師団の精神科医のカウンセリングを受けた。

 人を殺した自分を、誰も責めなかった。
 それどころか人質となった子供達を守るためによくぞやってくれた、と誉めたたえられ、EU議会からも称賛された。
 特にルーマニアは自分達の不手際で捕虜を逃してあの騒ぎとなったことから、山のような支援物資と勲章を贈って来た。

 国民達もエトランジュは凄い、いいことをしたのだと賞賛したが、その視線があのエトランジュが、と驚いていたことに彼女は気付いていた。

 「エディ、気に病むことないよ。ほんとよくやったと思ってる」

 「そうそう、私だって十五歳になったら軍に入って、あのコーネリアを倒してやるんだから!
 ブリタニア兵をやっつけたエディは凄いよ!」

 (人を殺すのは一番してはいけないはずなのに、どうして私は褒められるの?)

 家族から褒められるのが嬉しかった。
 ありがとうと言われるのが好きだった。

 驚きながらも家族はみんなエトランジュは偉い、よくやった、お前はいい事をしたのだと言う。

 ああしなければみんな殺されていたのだから、あれしか方法がなかったのだから仕方ないと。

 (これしか方法がなかったから・・・だからみんな戦うのですね)

 誰が相手であっても、話せば解ってくれると思っていた。
 だから言葉を学んだ。たくさんの言葉と誠意を尽くせば、ブリタニア人だっていつかは理解してくれると信じて。

 だがあの時のブリタニア人は話を聞くどころか、何も出来ない子供にすら牙を向けた。
 言葉を理解しても、聞く意志がなかった。
 おそらくあのブリタニア人は、態度こそ違えど今相手にしているブリタニアを体現しているのだろうと、エトランジュはやっと思い知ったのである。

 (話が通じないなら、あの時の私のように力に訴えるしかない・・・アル従兄様はそれをもう悟っておいでだったのですね。 
 だから私の案は役立たずだと、よく解っていらした)

 アルフォンスはその事実を、自分には言わなかった。
 ただ何も言わず、人を殺すための武器を造り続けてブリタニアと戦っていた。 

 どうして自分には何も言わなかったのか、エトランジュは知っている。 

 アルフォンスは自分を愛してくれている。
 だから何も言わずにブリタニア人を殺す兵器を考え、造る努力をしてきた。

 このままブリタニアとの戦争が続けば、いずれ十五歳になった国民達は軍に入り、ブリタニアと戦うのだろう。
 既に何名かがEU軍に入っているし、軍需工場で働いている者も多い。

 (軍に入って、ひとを・・・ころす・・・そんなの、駄目・・・!)

 今でも手に残る、ブリキ人形の重さと生暖かい血の感触。
 家畜を屠殺するのとはわけが違う。
 命を奪ったというのに安堵の笑みを浮かべたことも、エトランジュはうっすらと憶えていた。

 みんなもその恐ろしさは想像できるはずなのに、自分を慮ってか大丈夫、次は私達、と言い合う同級生の声に、エトランジュは決意した。

 『人の嫌がることは自分が嫌なことでも、進んでやってあげなさい』

 母が人に愛されて喜ばれるために教えてくれたこと。

 殺人なんて誰もしたくないのは、自分でも解る。
 だから既に手を汚した自分がやろう。

 自分が死んでも代わりの王はいるし、ギアスだって別の人間に渡せば済む話だ。
 
 まだ何をすればいいのか解らないけれど、もう逃げることはやめよう。
 話し合いが駄目なら、殺すしかないのだ。

 自分は王だ。国民達を守らなくてはならない。
 そのためには、まず今世界に何が起こっているのかを自身で確かめなくては。

 エトランジュはそう考え、友人達と別れた後アインの元へと歩いて行った。


 
 「本当に行くの?エディ」

 心配そうなエリザベスに、エトランジュは微笑んだ。

 「はい、ブリタニアは強大ですから、仲間を集めることから始めようと思います。
 ブリタニアへの抵抗活動をしている方はたくさんいますが、ばらばらのままで動いていては意味がありません。
 だから、協力し合うように説得してみます」

 この案はEU議会でも激しい論争があったが、成功すれば強力な組織となると踏んだこともあり彼女に白羽の矢が立てられた。
 父の友人達も、出来るだけの支援をしてくれた。
 ドアの外では車の準備をしているアルフォンス、クライス、ジークフリードの姿が見える。

 「大丈夫です、必ず戻ってきますから。だから、安心してお待ち下さいな」

 行ってらっしゃいと、常は自分が送り出す側だった。
 そして今、自分が送り出される側に立つ。

 目をそらさないで、世界を見に行こう。
 どれほど醜いものがあったとしても、そればかりではないはずだ。

 これから先自分は弱いから、また怯えたり泣いたりすることもあるだろうけれど、自分には仲間がいる。
 ほんの少しだけ泣いて、叱られて、そしてまた頑張れと言われたら、きっと立ち上がれるから。

 大きく開け放たれた扉の外に出たエトランジュは、抜けるような青空を照らす太陽の光にまぶしそうに眼を細めた。

 成り行き任せの物語はもうおしまい。
 自分の意志で、これから先の展開を進めていこう。

 みんなで仲良くいつまでも。
 それが己の物語であるために。

 
 『――――行ってらっしゃい』


 「・・・お父様?」

 どこかで父に呼ばれた気がしたエトランジュは小さくを笑みを浮かべ、太陽に向けて手をかざす。

 「行って参ります」



[18683] 第三十九話  変わりゆくもの
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/09/17 22:43
 ※先週は更新できず、今週も遅れてしまい申し訳ありませんでした。
 先々週から左腕に炎症が起こり、ある程度マシになりましたがまだ少し辛い状況にあります。
 しばらくすれば治るとのことですが、完治するまで小説の更新速度が遅れると思います。 
 佳境に入ったところで楽しみにして下さっている読者の皆様方には申し訳ありませんが、なるべく早めの更新を心がけたいと思いますのでお待ち頂ければ幸いです。
 ご心配をおかけして、誠に申し訳ありませんでした。
 では短めになってしまいましたが、物語をお楽しみくださいませ。


  第三十九話  変わりゆくもの



 ギアス嚮団の捜査から数ヶ月が経過した。

 季節は陽気な春になっていたが、ブリタニア進攻の準備に加え、大規模な戦争こそないが世界のあちらこちらでブリタニア植民地エリアで反乱が起きたのでその援護を行ったりシュナイゼルのダモクレス計画を阻止するために動いたりと、黒の騎士団は忙しい。

 そんなある日、紅蓮とランスロットの改造が終わったという報告を受けたルルーシュは、これで第二次日本防衛戦で黒の騎士団が受けた被害を埋め、ブリタニア進攻が可能になったとニヤリと笑みを浮かべた。

 「斑鳩も完成したしな。これで新たな移動基地のもと、ブリタニアに進攻出来る」

 「超合集国連合に報告して、裁可を下して貰うとしよう。
 だが、向こうも軍備を整え直しているだろうから、油断は出来んな。
 ダモクレスの要塞とやらがブリタニアへ移送されたらしいという報告がある」

 星刻がダモクレスについて苦々しげな声で語ると、ルルーシュも仮面の下で眉をひそめた。

 カンボジアで研究開発されていたという巨大空中要塞ダモクレスがつい先月、トロモ機関からブリタニアへ移送しているようだとの報を受けた黒の騎士団は、何とか破壊出来ないものかと考え、超合集国連合加盟国やその同盟国に黒の騎士団を派遣しようとした。
 だが斑鳩がまだ未完成だった以上あの要塞には打つ手がなく、おまけにブリタニアはブリタニアの同盟国の領空を通って運んだため、ブリタニアのみに的を絞っている黒の騎士団は手を出すことが出来ず、指をくわえているしかなかったのである。

 「カンボジアにあるうちにどうにかするべきではあったが、シュナイゼルが妨害してきたからな。
 ダモクレスと相対する時に備えて、策を練っておかねば」

 マオはシュナイゼルの思考を読んだものの、詳しい内部構造や設備に関しては専門用語が多くとても憶え切れるものではなかったため、ダモクレスに関しては深く調べられたわけではなかった。
 大まかな構造だけで布陣を考えるのは無謀なので出来る限りの情報を収集したいところだが、さすがはシュナイゼルというべきか、なかなか調べが進んでいないのが現状だ。

 だがいくら情報収集が大事だといえど、これ以上ブリタニア進攻を遅らせるわけにはいかない。
 こちらがイニシアチブを取るためにも、軍を進めなくてはならないのだ。

 ルルーシュはそう決意すると、室内の電話を取って桐原につなげた。

 「桐原、私だ。超合集国連合会議を開いて、ブリタニア進攻の決議を出して貰いたい」

 「うむ、そろそろ頃合いかと思っておったところじゃ。
 既に根回しは済んでおるし、各代表からもゼロの指示待ちでそれが受け次第進軍をという意見でおおむね一致しておるゆえ、明日には出せようぞ」

 既に水面下で決まっていた事項だとしても、表面は取り繕わねばならないのが民主主義国家である。
 EUとの調整があるので超合衆国の決議が出、黒の騎士団に進軍命令が出たとしても早くとも全ての準備が整うのは三日はかかるだろう。

 EUに関してはアドリスが動いてくれているから今はそちらに任せてあるが、後でどのあたりまで話が進んでいるか確認しておかねば。

 ルルーシュは八年ぶりに向かう生まれ故郷のブリタニアの地図に視線を送ると、再び書類の束へとサインを始めるのだった。


  
 翌日、ブリタニアへ進軍する際の戦意高揚のために、完成した紅蓮聖天八極式とランスロット・アルビオンのお披露目が海上にて行われた。
 完成した斑鳩の完成式も兼ねており、雄大に海を進んでいる。

 赤と白のナイトメアが美しく曲線を描いて空を舞う雄姿に、観客席にいる者達は息を漏らして見惚れている。

 「メーザーバイブレーションソードの威力も段違いに増してるって聞いてるけど、紅蓮には難しいね」

 「紅蓮の防御力がスポンサーのシュタットフェルト伯爵の意向で上げられてるからねえ~。
 言っとくけど、今のソードはラウンズ機でも一撃で倒せるくらいの攻撃力は余裕であるんだからね」

 黒の騎士団に来る時に出来るだけこっそり貰って来たラウンズの専用機とシミュレーションしたら、ナイトオブワンのギャラバッドとですら勝てるという確率が八割を超えた。
 最もあちらも機体を強化しているとのことなので、油断は禁物なのだが。

 ロイドとしては紅蓮より高性能にしたかったのに、予算の差という現実的な問題のもと紅蓮聖天八極式より性能的に一歩譲る羽目になったことに悔しさがあるが、それでも大幅な性能アップを果たしたことには満足している。

 ランスロット・アルビオンは優遇されている方で、黒の騎士団のナイトメアの中では紅蓮に次いだ性能を誇っている。

 「日本は省エネ技術が凄く高いからエナジーを効率よく機体に行き渡らせることでエナジーフィラーも長持ち出来て、長期戦でも安心ですね」

 今までは防衛戦が主だったから基地が近くエナジーの補給もしやすかったが、こちらから攻め込むとなれば長く戦えることは重要な要素となる。
 性能がいいということはエナジーの消費が激しいということなので、省エネ技術はランスロットにとって必須といえた。
 さらに攻撃力も大幅に上がり、武器をもたない素手でも暁のスラッシュハーケンをたやすく破壊出来るほどになっている。
 計算ではトリスタンのそれでも破壊出来るはずだとロイドが豪語していたほどだ。

 一方、紅蓮可翔式を進化させた紅蓮聖天八極式となった紅蓮は最終決戦とあって激戦が予想されるため、シュタットフェルトの第二次日本防衛戦の二の舞はやめてくれという哀願のもと、攻撃力もそうだが防御力も大幅に上げられた。

 装甲を分厚くし、コックピットへの衝撃を減らすなどの策を施すとスピードが下がってしまうため、せっかく上げた機動力を殺さないよう装甲を軽量化する代わり、第二次日本防衛戦でモルドレッドから押収したシールドからヒントを得て、機体に電磁波を流すことでシールドの役目を果たす機能をつけることにした。

 そのためランスロット・アルビオンのメーザーバイブレーションソードでもなかなか効果的な一撃が与えらない仕様になっており、それを見ていたシュタットフェルトは大きく安堵の息をついている。

 軍事機密に関する兵器等のお披露目はさすがに出来ないが、これまでのナイトメアとは段違いのスピードでそれぞれの武器をかざして模擬戦闘を行うナイトメアに、黒の騎士団員の士気は上がっていく。
 赤い八枚羽と緑色の六枚羽のエナジーウイングが優雅に空を舞う姿に、それを見ていた者達からは嘆声が漏れる。

 続けて星刻の神虎、藤堂の斬月のお披露目が行われ、こちらは黒の騎士団基地の演習場で陸上で模擬戦闘を行っていた。

 機体性能は神虎の方が上だったが、軍人歴が長い藤堂は経験を生かして攻撃を避け、的確に相手の隙を突いていく。

 士気を上げるためのセレモニーなので全力ではないにせよ、それでも充分感嘆に値するだけの技量を見せつけた黒の騎士団の幹部達の雄姿に団員達は大きく歓呼の声を上げていた。



 「第九世代、十世代ていってもいいくらいにナイトメアの性能が一気に上がっちゃったね。
 ま、こっちのイリスアゲートシリーズは戦闘補助が目的の特殊なタイプだから、せいぜい第六世代くらいだけど」

 アルフォンスがモニターを見ながらそう呟くと、ロイドがにいっと笑って言った。

 「でもソローのバリアの範囲を広げたから数十体のナイトメアを保護出来るってのはけっこういいよ~。
 フィーリウスとパターの有線電撃アームを強化したから決まれば相手のナイトメアの動きはほぼ確実に止められるし、スピードも上げたから捕獲の成功率はグンと高まったしね。
 ゲフィオンディスターバーも搭載済みだから、うまくやればラウンズだって倒せるよ」

 動きを止めてしまえばナイトオブワンのギャラハッドであろうとも鉄の塊の人形でしかないのだ。
 モルドレッドを捕獲した時に使用したが、周囲にブリタニア兵はいなかったのでおそらく情報は向こうにいっていないはずである。

 力押しではないナイトメア、というのはロイドの興味をいたく引いたようで、あれこれいろんなアイデアを提供してくれた。
 そしてアルフォンスはひたすら相手の攻撃を妨害するというぶっちゃけ嫌がらせに特化したプログラムを作成し続け、ロイドにより効率よくそのプログラムは整えられてインストールされたという訳である。

 「モルドレッド戦のような目に遭うのは二度とご免だからね。
 ラウンズにはとっとと戦場から脱落して貰うよ」

 全身打撲という一番悲惨な目に遭い二ヶ月近く入院していたアルフォンスは、同じことを二度も繰り返さないことをモットーにしている。
 一度で懲りたらしいアルフォンスは数で勝てない相手がいることを学んだため、これまで以上に悪知恵を結集して戦うことにしたようだ。

 「お~、怖い怖い。イリスアゲートシリーズも大幅に改造したし、戦力としては超アップ!第二次日本防衛戦も、悪いことばかりじゃなかったね~」

 「これで最後にしたいものだけどね」

 ロイドの前向きな台詞を聞いたアルフォンスが、ぽつりと呟く。

 「新しい兵器、それに勝つための兵器、さらに・・・まるで終わりが見えない。
 科学は上限がないからこそやりがいがあるって思ってたけどさ・・・この分野に関していえば終わりが見たいよ」

 もともとナイトメアフレームは医療目的として開発が起こったものだ。
 それがいつしか戦争方向に使用され始め、効果が出てきたことから短期間にこれほどの進化を見た。
 アルフォンスは医療機器の開発をするために科学の道に入り、ナイトメアについても医療用のものについては知っていた。
 基本的な知識があったからこそ、三年前にEU戦で打ち捨てられていたナイトメアフレームを使用出来るくらいには改造出来たのだ。

 「駄目だねえ~、最後まで開き直らないと。
 君の言うとおり、戦争やってれば兵器開発なんて終わりのない競争さ。
 ナイトメアは当初は医療目的だったから、医学的知識がある奴が多かったしね。 人体の構造を知っていて、ある程度治す知識があれば効率よく人が殺せる方法だって思いつける」

 「・・・・」

 医療に関する知識を学びながら人殺しのための兵器を開発したことを非難されたり、彼が作った武器が原因で死んだブリタニア人の遺族や仲間から恨まれたことがある。
 人を殺しておきながら自分が家族を殺されたことを恨む資格があるのかと言われたこともあった。

 そしてまだ何も解らずにいた大事な従妹に、嫌ならどうしてやるのかと涙ながらに言われたことも。

 だがアルフォンスは何を言われても何も言わなかった。
 彼は最初に決意したとおり、ブリタニアを滅ぼし家族みんなで祖国に戻るために現実的な手段を選んだだけだ。
 戦争ほど矛盾に満ち溢れた場所はない。そこに望むと望まざるとに関わらず足を踏み入れた以上、いちいち取り合っていたら自分が壊れるだけなのだから。

 「・・・僕は僕の守りたいもののために、持ち得る全ての手段を使うだけだ」

 「ま、君は最初から矛盾だらけの道だってぜーんぶ解ってこの道に来たんだろ?
 スザク君をコテンパンにのしたって本人から聞いたけど、結果を出すのにどれだけ苦労するかも解ってない子に偉そうに言われたのが気に入らなかったんでしょ。
 ・・・最後まで貫きなよ。戦いが終わるまでね」

 矛盾を抱えているからこそ開き直ってここまで来たのだからと先にこの道を進んできたロイドの忠告を、アルフォンスは無表情で聞きながらモニターを見つめた。

「それはそうとニーナ君のウラン理論なんだけどね、エネルギーに変換するためのシステムについての論文見た?」

 暗くなった雰囲気を無視してロイドが突然話題を変えると、アルフォンスは頷いた。

 「見たよ、やっとシステムが暴走しても止められる理論が出来たって聞いた。
 でも、すっごい複雑なシステムだよ・・・ゼロクラスじゃないと動かせないんじゃない?

 刻々と変化する組成に対応する反応を、周囲の環境を正確に反映した上でぶつけることで臨界反応を停止させるそうだが、それだけにそれについていってシステムを直接打ち込まねばならないとあって、アルフォンスは使い物にならないと一蹴した。

 「うん、でもエネルギーとしては効率がいいから、この戦いまでに何とか形にしたかったって残念がってたね。
 この戦争が終わったら、暴走を止めるシステム作るの手伝おうかな~。復興作業には膨大なエネルギーが必要だからね」

 戦争が終わったら、復興を。
 当たり前のことなのに、まだまだ戦争のことばかりを考えていたアルフォンスは目を小さく開いた。

 「・・・そうだね、戦争が終わったら必要かも。
 でもロイド博士、知ってた?『戦争が終わったら僕は何かをするんだ』って言った人には亡フラグが立つってさ」

 冗談めかして笑うアルフォンスに、ロイドは飄々と言った。

 「僕は科学者だから、迷信は信じなーい。君ってけっこう縁起担ぐんだね~」

 ロイドの笑い声に苦笑しながら、アルフォンスは思った。

 (戦争が終わったら、か・・・やっと終わりが見えかけてる)

 終わりが見えないと思っていた戦争だったが、ゴールの文字が見え始めた。
 やっとここまで来たのだ。ロイドの言うとおり、最後まで貫かなくてはならない。

 アルフォンスはモニターを見つめながら、現在超合集国連合会議に出ているゼロの開戦宣言を待っていた。



 同時刻、合衆国日本の東京にある超合集国本部の大会議室では、超合集国連合会議が行われていた。
 直接ここに赴いているのは日本代表の桐原や日本の土地を借りている合衆国ブリタニアのユーフェミアや合衆国中華の天子などの近辺の国の代表が数名だけだが、他の代表達はモニターで参加している。

 軍備が整い次第ブリタニア進攻、というのは既に内々に決定していたため、通り一遍のやり取りの後投票が行われた後に満場一致で正式にそれが決定する。

 超合集国連合議長の桐原が重々しく言った。

 「では超合集国連合決議により、黒の騎士団にブリタニア進攻を要請する」

 「黒の騎士団はその要請を受諾する。
 速やかに行動を開始し、神聖ブリタニア帝国に向けて進軍しよう!既に準備は整っている」

 ゼロの衣装をまとったルルーシュは要請を受諾すると会議室を後にして、黒の騎士団本部のエトランジュの部屋を借りているナナリーとロロの元へと足を向けた。
 二人はテレビでカレンとスザクの模擬戦闘を見ていたが、兄の入室に気づいて笑顔を浮かべて出迎えた。

 「お帰りなさいませお兄様。会議はいかがでしたか?」

 「ブリタニア進攻が決定した。すぐにブリタニア本国へと向かう。
 ・・・ペンドラゴンを陥落させるまで、日本には戻らない」

 「・・・そうですか。解りました。私はロロとここで、お兄様のお帰りをお待ちしております」

 以前から聞いていたとはいえ、とうとうこの時が来たのだとナナリーは目を閉じた。
 そしてすぐに瞼を開けると、テレビに目を向けた。

 「カレンさんやスザクさんがいらっしゃるのですもの、必ず勝利を収めて日本に凱旋されると信じておりますわ。
 私もラクシャータさんに造って頂いた神経接続が可能なナイトメアで物資の運搬などのお手伝いをします」

 わずかでも皆の力になりたいと語る妹に、ルルーシュは笑みを浮かべた。

 「ああ、だが無理はするなよ。シャーリー達にお前達の様子をたまにでいいから見てくれるように頼んだ。
 ・・・留守を、頼む」

 「任せて兄さん。兄さんこそ気をつけてね」

 兄を信じてはいるが、やはり戦闘のことなので何が起こるか解らないと不安はあるロロの髪を、ルルーシュは優しく撫でた。

 「そのためにナイトメアの強化をさせたからな。
 蜃気楼の攻撃力も範囲も上がったし、必ず勝ってみせる」

 「私も皆さんと一緒に出来る限りお手伝いを頑張ります。
 戦争のために物資がちょっと不足しているそうですけど、咲世子さんの母校の生徒さんが一つの道具で何通りもの使い方をしているのを見たんです」

 先日アッシュフォード学園で行われたチャリティーバザーに出かけたナナリーは、協賛していた日本の学校の生徒が出店している店に行ったところ、生徒の一人が地面に落としてしまったおにぎりを捨てず、鉄粉をまぶしてカチカチに乾かし、それをやすりにして使っているのを見た。

 「物がないからって他の人から奪ったりしなくても、ある物でなんとかしようと思えばなるんですね、お兄様。
 ブリタニアはこういうところを日本の方から学ぶべきです」

 「僕、今ナナリーと一緒にその学校の人からいろいろやり方を教わってるんだよ兄さん。ところでニンジャって何だろう?」

 ブリタニアの植民地だった国から物資を奪ってブリタニア軍が撤退したため、エリア解放は出来たが国民の生活が困窮しているというニュースを聞いて憤慨していたナナリーと人と積極的に関わるようになったロロの言葉に、ルルーシュは感動した。

 「ああ、お前達は本当に成長したなナナリー、ロロ。
 俺もこれで安心して出陣出来る。
 ・・・では、行ってくるよ」

 「はい、行ってらっしゃいませ」

 「ナナリーといい子にして待ってる」

 内心の不安を抱えながらも、笑顔で手を振る二人に見送られて、ルルーシュは部屋を出た。

 部屋を出ると、ドアの外でC.Cが待っていた。

 「以前はナナリーから目を離すのがあれほど心配していたというのに、随分変わったなものだな」

 「ああ、あの子はもう俺がいなくても文字通り一人で歩けるようになった。
 初めは寂しいと思ったが、これでよかったと思う」

 自分がいなくても一つずつ出来ることを増やし、世界を見つめて歩きだしたナナリーは、本当に強くなった。
 自分だけではなく他者を思いやり動くようになったナナリーと、初めは人とどう関わっていいか解らないと怯えすらしていたロロも、今は知らない人間からでも教えを得るようになった。

 「この世界に変わらないものなどない、ということだろうな。
 子供は大人になり、大人はいずれ老人になる。
 幼くして時間が止まっているV.Vにはそれが解らなかったんだろう。
 もしくはそれに取り残されることが怖くて仕方なかったのかもな・・・」

 自分とそっくりの姿をした弟が外見的な変化を遂げているだけならまだしも、内面的にも変わっていたのを知って恐怖し、マリアンヌ殺害という凶行に走ったのかもしれない。
 自分だけを愛してくれた弟が、別の人間に心を向けたことが許せなかったのだろう。

 「V.Vの気持ちは分からなくはない。私も時の流れに取り残された魔女だからな」

 「だが不老不死といえど、変わるものは変わるさ。そう思わないか?
  お前の性格も、出会った時に比べれば丸くなったと思ったが」

 以前にあったどこか尖ったような雰囲気が消え、今はマオやギアス嚮団の者達の面倒を見たりするなど柔らかくなったとルルーシュは思う。
 
 変わらなかったなら、変えなくてはならないものがある。
 差別国是を掲げ他者を虐げることを当然としている国家など、その最たる例だろう。

 「ふん、童貞ボウヤが言うようになったな。
 チャリティーバザーでのデートで、お前も成長したということか。
 だがせっかくいい雰囲気だったのにキスの一つもしてやらんのは男としてどうなんだ?」

 「・・・覗きとはいい趣味をしているな、C.C」

 シャーリーと二人でバザーを回っていたルルーシュは、シャーリーにアクセサリーを買ったりと、なかなかいい調子で過ごしていたがそれ以上の進展はなかった。
 はぐれないように手を繋いで歩いていただけでも、ルルーシュにとっては進歩かもしれない。
 
 実際は覗いたわけではなくカマをかけただけなのだが、やっぱりなとC.Cは呆れた。

 「何だ、やっぱりそうだったのか。
 もしかしてお前、やり方を知らないのか?何だったら私が教えてやるぞ?」

 「うるさい、必要ない!それは、若い女が申し出ることじゃないだろう。
 もう少し慎みというものを持ってだな・・・」

 「お前はどこぞの一昔前の父親か?全くお前も面倒な奴だ。
 手ほどきなんて親切をしてやる女なんか、滅多にいないんだぞ」

 本当に面倒な男だ、と毒づいたC.Cがスタスタと歩き去ると、ルルーシュは余計なお世話だ、と舌打ちする。

 「・・・さっさとくっつけばいいんだ。私だって未練が出るからな。
 全く鈍すぎるんだよ、私の魔王は」

 そうぼやくC.Cだが、その顔には笑みが浮かんでいた。



 紅蓮聖天八極式とランスロット・アルビオンとの模擬戦闘が終わると、続いてやって来たのはゼロの機体である蜃気楼だった。
 漆黒に輝く機体に、黒の騎士団員から歓声が上がる。

 「諸君、今日は重大なお知らせがある。
 先ほど行われた超合集国連合会議で、神聖ブリタニア帝国への進軍が要請された。
 非道な行為を続けるブリタニアを倒すことこそ我らの悲願である平和への道と考えた私は、それを受諾した!」

 高々と手を掲げて宣言すると、黒の騎士団員達から歓声が上がった。

 「やっとかよ!!待ちくたびれたぜ!!」

 「世界を戦乱に陥れたブリタニアを倒せ!!」

 「非道なる国家に正義の鉄槌を!!」

 ようやくブリタニアに向けてこちらからの反撃を始めるのだと昂揚する騎士団員達を見降ろして、ルルーシュは演説する。

 「我が勇敢なる黒の騎士団の諸君、我々はブリタニアを倒し、世界を平和にするために立ち上がった正義の味方である!!
 ブリタニアは非道なる行為を繰り返し、それを恥じるどころか誇りさえする国家であり、その国是のもと諸君らが苦しめられてきたことは私もよく知っている。
 だが、かといってその怒りに任せてブリタニア人に対して迫害を行えばそれはブリタニア人と同じなのだ。よってブリタニア人に対する無用な殺戮や暴行、略奪はこれを一切禁ずる。
 恨みや哀しみは確かにあるし、忘れるには重いものであることは承知している。 しかし、それでも過去の過ちを繰り返すことだけは断じて避けねばならない!!
 大多数のブリタニア人は間違っていると思っていてもそれを口に出すことすら許されぬ状況にあるのだということを、諸君らには知っておいて貰いたい」

 正義という大義名分がどれほど人間を残酷にするかを知っていたルルーシュはそう釘を刺すと、さらに続けた。

 「敵を間違えるな!我々の敵は差別国是を掲げ、弱肉強食こそ真理であると主張し、争いを肯定し他者を虐げる世界を作り上げた神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアであり、その主張を正しいと宣言する皇族、貴族である!
 黒の騎士団は、その主張を否定して立ち上がった集団である。進化を続けていると言いながら原始の原則である弱肉強食を掲げ逆行を続ける者達に、正しく進化した人間の在り方を示すのだ!!」

 「そのとおりだ!俺達は差別主義のブリタニア人とは違う!」

 「人の矜持を忘れるな!!」

 「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」

 正義という建前が他者を虐げる大義名分になるのなら、それを止めるために使うことも出来る。
 こうして演説をしていると、言葉とは何と不思議なものなのだろうか。
 戦争を扇動しているその口で平和を説くのはある意味滑稽ではあるのだが、必要なことなのだ。
 
 「ここに、神聖ブリタニア帝国との開戦を宣言する!!
 最終進軍目標は神聖ブリタニア帝国首都、ペンドラゴン!!」
 
 その宣言とともに斑鳩から砲弾が空に向けて撃たれ、蜃気楼の右に紅蓮が、左にランスロットが立ち並ぶ。

 最後の戦いの幕が上がる。




[18683] 第四十話  決意とともに行く戦場
Name: 歌姫◆0c129557 ID:3591e9b9
Date: 2012/01/07 09:24
  第四十話  決意とともに行く戦場



 ルルーシュがブリタニア進攻を宣言してから三日後、黒の騎士団は一路ブリタニア大陸に向けて各国を防衛する以外の全戦力を集め、進軍を始めることになった。

 先陣を指揮するのは自ら先頭に立つことを持論とするルルーシュで、親衛隊長たるカレン・紅月・シュタットフェルトと合衆国ブリタニアを代表してゼロの指揮下に入った枢木 スザクが陣頭に立つ。

 後方部隊は黒の騎士団総司令である黎 星刻が務め、遊軍や輸送部隊等の指揮を執ることになった。
 身体の具合はほとんど快方に向かっており、病が完治するのも遠いことではないと診断が出たが無理をさせないに越したことはないので、前線はルルーシュや藤堂が引き受けることになったのである。

 カレンの父シュタットフェルトは日本のブリタニア人居住区の責任者であるために日本を離れることが出来ず、藤堂達にくれぐれも娘をよろしくと何度も頼んで涙を飲んで娘を見送った。
 
 ユーフェミアは黒の騎士団が国境戦を制した後に合流し、占領したブリタニア地域の統制に当たって貰うことになっている。

 そして黒の騎士団とともにブリタニア進攻に加わるEU軍に、なんとエトランジュは自ら同行すると名乗りを上げた。
 理由はブリタニア大陸に向かう途中にあるブリタニア植民地を解放する時、レジスタンス組織とつながりがある自分がいると何かと話が通りやすいというものだった。
 確かにその通りなのだが、父アドリスが日本から離れられる身体ではないのだから、エトランジュも傍にいたほうがいいのではと周囲が止めるも、エトランジュは静かに首を横に振る。

 「お父様に再会できた喜びはもう充分噛み締めることが出来ましたし、私のわがままでこれ以上職務を放棄することはよくありません。
 あまりお役に立つことはないかもしれませんが、同行させて頂けませんでしょうか?」

 父親べったりだったエトランジュの申し出に、周囲は顔を見合わせた。
 アルカディアは眼を見開き、真っ先に反対した。

 「何を言ってるのよエディ、後はブリタニアを倒すという戦闘だけなんだから、何もエディが来ることはないわ。
 レジスタンスとの連絡なら、私が取れば済む話だし」

 「でもEU軍も進軍する以上、国の代表がいるほうが植民地の方々との連携も取りやすいかと思います。私はまだ若輩の身ですが、幸いお知り合いの方々が多いですし・・・」

 ずっと父に仕事を任せきりにしてきたのだからそろそろ働きたいと言い出したエトランジュと、危険地帯に行かせるまいとアルカディアが言い合っている、
 アドリスはそれを静かに聞いていたが、やがて何かに気付いたかのように言った。

 「エディ、もしかして私に治療のほうに専念してほしいから、自分がやると言い出したのですか?」

 「・・・はい。だから、私行きます。私は早くすべての戦いを終わらせて、お父様とともにマグヌスファミリアに戻りたい」

 エトランジュがまっすぐにアドリスを見据えて答えると、アルカディアは眼を見開き、アドリスは静かに眼を閉じた。

 「・・・解りました。フランス大使のほうに、貴方の護衛グループを作って貰うように要請しておきます。
 騎士団の皆さんにも、娘をよろしくお願いしてもよろしいですか?」

 「アドリス叔父さん!!でも・・・!」

 アルカディアが叫ぶが、苦渋の決断、と表情で解るアドリスに頼まれた騎士団の幹部達は、それはもちろんだと言いながらも代表して藤堂が言った。

 「エトランジュ様をお守りすることは当然ですが、本当によろしいのですか?
 アドリス様と離れ離れになることになりますし、激戦地は何かと危険がつきものです」

 「娘が決めたことなら仕方ありません。それに、娘の言うように話が迅速に繋がりやすいというのは大きなメリットです。
 ・・・どうか娘をよろしくお願いいたします。そして、速やかに戦争を収束に・・・」

 藤堂が最終決定権を持つゼロと超合集国連合議長の桐原に視線を向けると、二人は頷いて了承した。

 「では申し訳ありませんが、エトランジュ様にはもうしばらく我々とご同行願います。
 必ずやお守りいたしますので、ご安心を」

 ルルーシュの言葉にアドリスが静かに頷き、こうしてエトランジュのブリタニア進攻の参加が決定した。
 アルカディアもエトランジュの意志が固いことを悟ると、大きくため息をついて護身用スタンガンでも造るかと呟き、研究室へ向かった。

 出発前夜、アドリスの病室に泊まり込んだエトランジュは他愛もない話をしながら笑っていた。

 「それでですね、ナナリーさんがお作りになったおでんがとても美味しくて、皆様がほとんどたいらげてしまったのでお仕事で遅れていたルルーシュ様がほんのわずかしか召し上がりになれなかったのです。
 ブリタニアに進軍中は日持ちするものを送るとナナリーさんがおっしゃって、ルルーシュ様はとてもお喜びになってらっしゃいました」

 「ドライフルーツやブランデーを使ったケーキなんかいいですね。後でレシピをお渡ししてあげるといいですよ」

 「はい、お父様。確かあったと思うので、咲世子さんにお渡ししておきます」
 
 ころころと笑うエトランジュだったが、話の種が尽きるにつれて表情がなくなっていく娘に、アドリスは静かに問いかけた。
 
 「ねえ、エディ。貴方は私の身体について、いつ知りましたか?」

 びくっと肩を震わせたエトランジュは黙りこくった。だが父に見つめられて、小さな声で答えた。

 「・・・ロイド博士から伺いました。何年も植物状態にいた人間の体に起こり得る弊害と、お父様の病状についてすべて。
 お父様のお身体が悪化していないことと、改善もされていない状況について不思議に思っておいででしたが、慢性化しているためだろうとお考えになっているようなので、怪しまれてはいないようですが」

 「・・・それで解っちゃったんですね。エディもなかなか洞察力を身につけたものです」

 ロイドはセシルに渡したレシピの件でエトランジュに大層な恩義を感じており、あれこれ貢いだりして感謝の念を伝えたため、彼女とは仲が良かった。
 彼はナイトメア開発を得意分野としているが、もともとナイトメアは医療に使われるために考案された代物なので、医療資格を持っている者もいる。
 そのためラクシャータほどではないせよロイドもかなりの知識を有しており、エトランジュに尋ねられた彼は知っている限りのことをすべて話したようだった。

 「・・・だから、私にお仕事を任せてお父様は治療に専念なさって下さい。
 コードのせいで元通りのお身体にはまだ戻れませんけれど、治る手掛かりを見つけられるかもしれません。
 あともう少しですし、ルーマニアの時みたいにならないようにちゃんと皆様と一緒に行動して、危ない真似はしませんから」

 戦争が終われば戦費に回っていた予算が医療費に回り、ずっと治療研究が進むはずだから早く戦争を終わらせると言うエトランジュに、アドリスは眼を閉じた。

 「・・・解りました。EUが派遣するSPの数を極力増やして貰います。
 くれぐれも無理はしないように。いいですね?」

 「はい、大丈夫です。私、必ず戻ってきますから」

 激戦まっただ中に行くことに脅えがないわけではないが、それでもここを乗り切らねば戦争は終わらない。
 自分達の目的は、戦争を終わらせて故郷に戻り、みんなで仲良く暮らすことだ。
 手段に固執し、目的を忘れてはならないという娘に、アドリスは小さく笑った。

 「そのとおりですエディ。本当に成長しましたね」

 大好きな父に褒められたエトランジュはにっこりと笑みを浮かべると、アドリスは病室に運び込まれた看護人用のベッドにエトランジュを寝かせた。

 「さあ、明日は出発なのですからもう寝なさい。
 眠るまで私が手を握ってあげますからね」

 「はい、お父様。おやすみなさいませ」

 ぎゅっと娘の荒れた手を握りながら、アドリスが亡き妻の子守唄が録音されたボイスレコーダーのスイッチを操作した。
  
 ランファーの優しい子守唄が流れると、エトランジュはゆっくりと瞼を閉じていく。
 その寝顔を見つめながら、アドリスはつぶやいた。

 「本当にしっかりした人間に育ったものです・・・育ちすぎだ」

 聞き分けが良すぎ、状況判断が出来すぎすぎる。
 自分はもちろん、姉や妹だって十五歳の時は反抗期真っ盛りで、親の言うことなど正論であればあるほど反発したというのに。

 やりたくないことをやりたくないと言わず、やりたいことをやりたいとすら言わない。
 せめて自分にだけは愚痴でも喋るかと思ったのに、お父様のお身体の負担になってはいけないからと何も言わなかった。
 強引に自分が仕事を奪ってやっと落ち着いたかと思えば、このままではやっぱり駄目なのだと自ら悟ってこの有様である。
  
 「・・・本当、ダメな父親ですね私は」

 アドリスはそう自嘲すると、エトランジュの護衛体制を徹底的に行うようにEUに依頼するため、病室に置かれている電話を手に取った。



 翌朝、ブリタニア進攻を開始すべく、黒の騎士団は早朝から忙しかった。
 エトランジュは黒の騎士団の移動基地である斑鳩に同乗することになった。

 荷物を運び終えたエトランジュは、自分に付けられることになったSPの数を見て、眼を丸くした。

 「二十二名、ですか?そんなに・・・?」

 「いえ、交代制ですので、黒の騎士団から派遣して頂いた護衛を含めれば全部で四十五名です。
 解放されたブリタニア植民地内をご視察なさることがあるとのことで、万全を期すためです」

 そう言ったのは以前ルーマニアで起こった人質事件の時、エトランジュを救ったブリキの人形を作ってくれた軍人だった。
 ブリタニア進攻に参加していた彼は、昨夜上官からエトランジュの護衛にと打診され、捕虜の担当ではなかったとはいえ自軍のミスであのような事件を引き起こさせたという負い目から、護衛を引き受けたのである。

 これだけの護衛がエトランジュに付けられたのはアドリスの要請もあるが、EUと黒の騎士団との同盟の立役者であるエトランジュを是が非でも守らねばならないからだ。
 彼女を激戦区に送るのは危険だとと止めた者もいるが、メリットとデメリットを考慮した結果、大量に護衛を派遣することで彼女の従軍が認められたのである。

 「ありがとうございます。またお世話になりますが、よろしくお願いいたしますね」

 ぺこりと頭を下げたエトランジュの後ろで、護衛部隊の隊長にアドリスが念を押していた。

 「エディは無茶な行動はしませんし、聞きわけもいい子なので手を煩わせることはないと思いますが、くれぐれもよろしくお願いいたします」

 「お任せ下さいアドリス様」

 斑鳩に乗り込むタラップの前で、エトランジュは父親のほうを振り向いた。
 
 「では、行って参ります」

 「ええ、エディ。行ってらっしゃい」

 ゆっくりとタラップを昇って斑鳩に乗り込んだ娘を見送ると、同じくアルカディアを見送ったエリザベスがアドリスの車椅子を押しながら言った。

 「本当にいいの、アドリス?・・・やっぱり今からでも止めたほうが」

 「どうせさしたる戦闘もなく植民地の国は解放されるんですから、ブリタニア植民地以外のことであの子を関わらせさえしなければ大丈夫ですよ。
 それに・・・気付かれちゃいましたからね私のこと」

 自嘲するように笑う弟の言葉にどういうことだと怪訝な顔をしたエリザベスは、弟が差し出した布を見て愕然となった。

 その布は、赤黒い血に染まっていた。



 その頃、ルルーシュは黒の騎士団本部の一室で束の間の別れを愛する弟妹と惜しんでいた。

 「ペンドラゴンを陥落させて、ブリタニアの混乱を収めるまでだ。
 なるべく連絡を入れるようにはするから、咲世子さんの言うことを聞いていい子にしているんだぞ」

 「はい、お兄様。ロロとお帰りをお待ちしております」
  
 「僕も、ちゃんと仕事をして頑張るから、兄さんも無理をしないでね」

 しっかりしてきた弟妹に安心しながらも、ルルーシュは言った。

 「何かあったら桐原にも頼んであるし、シャーリーやリヴァル達にも暇を見て顔を出して貰うように頼んだからな。
 あとカードを預けるから、これで必要なものを購入しろ。それから・・・」

 「はーい、ストップルルちゃん。まったく心配しすぎよ」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、なぜか黒の騎士団の服を着たミレイだった。
 背後にはシャーリーとリヴァルもいる。

 「いよいよだなルルーシュ!急に来るのはまずいと思ったんだけど、アルフォンスさんが顔出してやってくれって言ってくれたから、お言葉に甘えさせて貰ったんだ」

 先ほど騎士団本部でブリタニア遠征に参加する騎士団員用に発売されている人形焼きを手にしているリヴァルに続いて、シャーリーが複雑な感情が絡まりあっている表情で言った。

 「ちょっと悩んだんだけど、やっぱり顔が見たくなって・・・迷惑だった?」

 「いや、嬉しいよシャーリー。そんな顔はやめてくれ、必ず俺は生きて戻る。
 長く見積もっても半年ほどで終わるはずだし、折を見て連絡はするつもりだ」

 「うん・・・無理しないでね。私も早く卒業したかったけど、まだ単位が取れなくて」

 ちらっとシャーリーがミレイに視線を送ると、彼女がアッシュフォードの制服や私服ではなく、自分が最近よく見慣れている黒い制服を着ていることにルルーシュは眉をひそめた。

 「会長、どうしたんですかその制服・・・まさか?」

 「うん、そのまさか。ミレイ・アッシュフォードは先週飛び級制度を使って無事学校を卒業し、黒の騎士団に正式入団して報道部企画課に配属されましたー」

 「・・・・何?」

 驚かせようと思って内緒にしてましたーと明るく笑うミレイに、ここまで大きくなった黒の騎士団の人事に逐一関わっているわけではなかったルルーシュは唖然とした。

 「アッシュフォードの寄付金活動やチャリティーバザーの企画とかが評価されてね。
 入団試験の論文でブリタニアと日本や他の国々と仲良くするための文化交流とかをテーマに書いたの。
 あと、ミスター玉城が推薦状書いてくれたし」

 チャリティーバザーでやった男女逆転祭りを騎士団内でやろうぜって言ってくれた、とサムズアップして語るミレイに、悪夢再びとルルーシュの顔が引きつった。

 「まだ下積みだけど、何とかみんなとうまくやってる。
 以前ジャーナリストをしていたディートハルトって人とも知り合ってね、ゼロの写真集とか出したらどうかと言ったら乗り気で、色々企画出してるところなの」

 「まあ、ゼロのお兄様の写真集ですか?私も欲しいです」

 「僕も!楽しみだね」

 最愛の弟妹達に楽しみだと言われ、ルルーシュは頭を抱えた。
 リヴァルやシャーリーも、もちろん自分も買うよ、とノリノリである。
 明らかに確信犯なミレイは、なおも悪魔の囁きを語り続けた。

 「絶対売れるわよ、フィギュアとかもね。騎士団の大きな収入源になるし、実はゼロ変身セットとかも考えてるの。
 そしたらルルちゃん、アーサーに仮面取られても慌てる必要もなくなるじゃない?」

 「う…それは確かに」
  
 うっかりゼロの衣装や仮面を誰かに見られても、大量販売された後なら誰も騒がないしどこでもゼロの服に着替えやすくなるというメリットも、ルルーシュには抗いがたいものだった。

 「百万人分くらいなら初版で売れそうよねー。実際自作で造ってる人見たことあるから。
 ふふふ、楽しみ楽しみ」

 百万人のゼロとかやってみたら面白そうだとさらにノリノリのミレイに、ルルーシュは諦めたように溜息をつく。

 「それでディートハルトさんにこれまで撮りためてたゼロ画像集を借りに来たの。
 すっごい量だけど、頑張って編集するわね。なんかもうあの人ゼロマニアって感じ」

 「いいな、私も手伝いたいです会長。駄目ですか?」

 大好きなルルーシュのゼロとしての変遷が見られるとシャーリーが羨ましげに申し出るが、ミレイは残念そうに首を横に振った。

 「ごめんねシャーリー。これは部外秘で、企画部以外に見せちゃだめだって言われてるの。
 別に流出したからって騎士団に迷惑がかかる類のものじゃないけど、やっぱり騎士団のものだから部外者に見せるわけにはいかないんですって。解るでしょ?」

 黒の騎士団に限らず、どこの組織でもどんな小さな情報であっても外部に漏らさないというのは基本である。
 いずれ売り出す予定の画像とはいえ、決まりは決まりなのだから守らなくてはならないのだ。

 「はい、会長。無理を言ってごめんなさい。あー、早く私も卒業して、騎士団に正式に入りたいなあ」

 アッシュフォード生徒会は黒の騎士団アッシュフォード支部、と自称しているものの、正式に認められた支部ではないからシャーリーは大きくため息をついた。
 今が一番大変な時だから、ルルーシュの助けになりたかったというのに。

 「発売日が決まったら、一番に教えてあげるからね。それくらいなら大丈夫!
 気合い入れてルルちゃんのゼロの歴史を編集するわよ!!」

 拳を突き上げて燃えるミレイを見たルルーシュは、ゼロ写真集の発売を阻止することを早々と諦めた。
 売れると言うなら果てしなくかかる戦費の足しになるからいいか、と前向きに考えることにしたようだ。

 かなりの容量を持つCDロムを十枚以上受け取ったミレイは、早く写真集や変身セットを望むナナリーとロロに向かって言った。

 「さて、私はこれを取りに来ただけだから、そろそろ企画部に戻らなきゃいけないの。
 シャーリー、リヴァル、ナナリーとロロを部屋に連れて帰ってあげてくれない?」

 そろそろゼロの出撃の演説の時間だと知っていたミレイが時計を見ながら言うと、シャーリーはルルーシュの手をぎゅっと握りしめた。

 「私、ルルーシュが勝つって信じてるから」

 「ああ、必ず戻る。ありがとう、シャーリー」

 見つめ合う二人の背後で、自分もルルーシュに激励を言いたいのだが空気を読んでリヴァルが口を押さえていた。
   
 やがて二人が手を離すと、それを見て少し複雑な表情をしていたナナリーとロロが、兄にしばしの別れを告げた。

 「お兄様、お身体にお気をつけて・・・愛してます」

 「ああ、ありがとう。愛しているよ、ナナリー、ロロ」

 「僕も、兄さんのこと愛してる」

 兄妹愛溢れる台詞とともに三人が抱き合うと、ゆっくりとナナリーとロロはルルーシュから離れた。

 「くれぐれも二人をよろしく頼む、会長・・・いや、ミレイ、リヴァル、シャーリー」

 「うん、 ルルちゃんこそ気をつけてね・・・じゃ、みんなで貴方の帰りを待ってるから」

 ミレイは顔こそ笑っていたが心配を含ませた声音でそう告げると、リヴァルとともに名残惜しげにしているナナリーとロロを連れて退室した。
 そしてシャーリーもドアの前まで続くと、ルルーシュが呼び止めた。
 一度だけ振り返り・・・勢いよく部屋の外に出て行った。

 それを見送ったルルーシュは、ゼロのマントを翻して仮面を被る。

 「・・・最後の戦いだ。俺は・・・俺達は必ず勝利を収め、日本へ戻る」

 愛する者のため、帰りを待つ者のため、自分は何としてでも勝たねばならない。
 ・・・そしてすべての戦いに、決着を。

 自身を鼓舞するようにそう決意を呟き、出撃の指揮を執るべく斑鳩に向かうのだった。



 パフォーマンスのためにわざと大げさに広げた艦列を組んで、斑鳩を中心とした黒の騎士団はついにブリタニア大陸へ向けて出陣した。
 海岸にある基地内では騎士団員の家族が大きく手を振り、勝利を祈り、無事に帰ってくるようにと叫んでいる。

 斑鳩が雄大に空に飛び立つと、それを見送る日本人やブリタニア人から大きく歓声が上がった。

 「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」

 「ブリタニア帝国を倒し、世界に平和を!!」
  
 「カレン、頑張れ!だが、くれぐれも無理はするな!」

 思わず立場を忘れて叫ぶシュタットフェルトの横で、同じく娘を見送っていたアドリスがふっと笑みを浮かべた。

 「やはり娘さんが気になりますか、ミスター・シュタットフェルト」

 「ア、アドリス様、これは失礼を」

 慌ててかしこまるシュタットフェルトに、アドリスは小さく手を振った。

 「いえいえ、お気持ちはよく解りますからお気になさらず。
 ・・・行ってしまいましたね」

 「・・・ええ。少し見ない間に、いえ、ずっと見ていてさえ、子供はすぐに大きくなってしまうものだとは思ってもみませんでしたよ」

 複雑な表情で呟くシュタットフェルトに、まったくだとアドリスは頷いた。

 「まだ十代の子供が重責を担うなんて、本当に狂った時代です。
 でも、ご安心くださいミスター・シュタットフェルト。この戦争が終わればご令嬢は必ず貴方のお手元にお返しし、戦争に関わらないようにしますから」

 アドリスの言葉にシュタットフェルトがえ、とアドリスの顔を凝視すると、彼は詳しいことは告げずに車椅子を動かした。

 「さあ、そのためにも私達は私達の仕事を行わなければ。
 剣を振るい拳を振り上げるだけが戦争ではないのですから、私達の戦場へと向かいましょう」

 「・・・その通りです。では、御前を失礼させて頂きます」

 深々と頭を下げたシュタットフェルトは、みるみる遠ざかっていく斑鳩の姿が見えなくなった後、自身の責務を果たすべく合衆国ブリタニア庁へと向かうのだった。

  



[18683] 第四十一話  エーギル海域戦
Name: 歌姫◆0c129557 ID:3591e9b9
Date: 2013/01/20 14:53
 第四十一話  エーギル海域戦
  
  
  
 ブリタニア大陸進軍開始からひと月後、ブリタニアが戦力を本国に結集させたため、ブリタニア本国に向かう途中にあった各エリアはほぼ無血で四ヵ国が解放に成功した。

 EU地域にあるエリアも同様で、EUもブリタニア軍が引き揚げたために二ヵ国が解放に成功したので、EUもようやく聞けた明るいニュースに沸き返っていた。

 だが物資を奪われた上に主な施設が破壊されていたため、基地として使うことは難しい状況だった。
 明らかに補給を現地で行わせない一種の焦土作戦だったがそれはこちらも予測済みだったので、事前に準備をしていたとおりある程度の復興支援を手配した。
 超合集国連合が出来る限りストックした食料を提供したり世界各地から食料援助を求め、仮設住宅などの手配を行ったのである。
 ルルーシュはブリタニア進攻の折にはこの焦土作戦を確実にやると予測しており、被害を補てんするために特区や物資製造の基地を造っていたことが、幸いした。

 進軍に同行したエトランジュは、黒の騎士団および超合集国連合と解放された植民地の国民との間に立ち、アドリスの助言に従って裏で仲介役を務めた。
 彼女は過去にあちこちのブリタニア植民地を回っていたのでその国の住民やレジスタンスとの知り合いが多く話が通りやすかったため、スムーズに進んだ。
 さらにこのことが世界各国に報道されると、日本はもちろん世界各地から支援物資が集まり、ボランティアを行うべく解放された植民地へ向かいたいと申し出る者も現れた。
 お陰で国民達には元通りの生活とまではいかなくともある程度の処置を行い、後は住民達に任せて進軍を続けることが出来た。

 さんざん物資を奪った挙句施設を破壊した憎きブリタニアを倒すためならと、解放された植民地の者達も騎士団の駐留に使ってほしいと土地を提供するなど、出来るだけの支援を行ってくれた。
 エトランジュはその支援の指揮を執ることになったので進軍から離れることになり、斑鳩から降りて解放された植民地に残留した。
 アルフォンスとクライスはイリスアゲートの操縦のために従軍し、ジークフリードとエトランジュの護衛隊が彼女の警護にあたっている。

 だがその後からはブリタニア大陸周辺のエリアはもちろん、ブリタニアの領土まで奪われる訳にはいかぬとばかりにブリタニア大陸に近づくにつれて戦闘は激しさを増していった。
 さらに三ヶ月後にブリタニア国境地までにある植民地を次々に解放し、とうとうブリタニア大陸との国境線が目前となると士気が上がると同時に、緊張が両軍の間に走った。

 ブリタニア大陸西のエーギル海域近くには、ブリタニアの大規模な海上基地がある。
 そこを奪取すればブリタニア大陸への大きな足掛かりとなり、ブリタニアが他国へ進攻するのを防ぐことが可能となる。
 ゆえに基地を攻略すべく黒の騎士団は解放に成功したエリアから一路エーギル基地に向けて進軍した。

 一方、その動きを察知したブリタニア軍は、とうとう国境まで迫って来た黒の騎士団を迎撃すべく準備に余念がない。
 エーギル基地を担当しているベイ中将は緊張した面持ちで軍に檄を飛ばした。

 「我が勇敢なるブリタニアの騎士達よ、とうとう国境まで国賊・黒の騎士団が迫って来た!
 黒の騎士団により奪われた植民地エリアの者どもは皇帝陛下の御恩を忘れて奴らに加担した愚行を、いずれ後悔することになるだろう。
 恐れることはない、我らは皇帝陛下のもとで常に競い合い己を高め世界を指導する能力を持った選ばれた人種なのだ!!
 本国からも増援の部隊が、さらにラウンズの方が援護に来て下さったのだ。勝利は我らにあり!!
 オールハイルブリタニア!!」

 「オールハイルブリタニア!!国賊黒の騎士団を倒せ!!」

 ベイが傍らに控えたナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグを兵士達に見せながら叫ぶと、兵士達はラウンズがいるならば勝てると士気を高めていく。

 ジノが新たに造り直されたナイトメア、トリスタン・ディバイダーに乗り込んで軍を率いて海上へと向かうと、向かって来たのは八枚羽を輝かせて先陣を切る紅蓮聖天八極式だった。

 「外観が変わっているけどあの赤いナイトメア・・・カレン・シュタットフェルトか。久しぶりだ」

 「その声・・・性懲りもなく日本を襲って来たラウンズの男!」

 自分の前に立ちはだかったのが日本防衛戦の戦闘中にナンパまがいのことをして来たラウンズのジノだと知って、カレンは露骨に嫌な顔をした。

 「ジノ・ヴァインベルグだよカレン。ラウンズとして国境を突破させるわけにはいかない。 
 私の新しいナイトメア、トリスタン・ディバイダーで君を倒す」

 「はっ、私の紅蓮聖天八極式に挑もうなんて、千年早いのよブリタニア皇帝の走狗が!!」

 ゼロの指示が飛ぶより早く、カレンはトリスタンに向かって紅蓮の右腕を突き上げ、戦闘に入った。

 「すぐに熱くなるのはカレンの悪い癖だな。まあいい、ラウンズはカレンに任せる!
 藤堂は防衛部隊をなぎ払いつつ、基地への道を開いてくれ。予定のポイントに斑鳩が到達次第、私は枢木とジェレミアとともに出撃して基地を制圧する!」

 「解った、任せろ。朝比奈、千葉は俺に続け!仙波と卜部は左翼から基地に向かえ!」

 「「「「承知!!!!」」」」

 斑鳩にいて指揮を執っているルルーシュの指示に藤堂と四聖剣がそれぞれふた手に分かれると、黒の騎士団とブリタニア軍との間で激戦が始まった。
 第二次日本防衛戦以来大ダメージを被ったブリタニア軍は、黒の騎士団と同様に軍備の強化に余念がなかった。
 艦艇数がブリタニアの方が上だったので、海上戦はブリタニアの方が有利だった。
 そのため海上で黒の騎士団を迎え撃ったブリタニア軍は、艦艇の大砲で黒の騎士団のナイトメアを打ち払っていく。
 だが黒の騎士団も数こそ劣れど母艦の斑鳩をはじめとする最新鋭の旗艦が揃っており、飛行ナイトメア部隊が上空から攻撃を与え、的確にブリタニア海軍艦艇を沈めていた。
 
 海上で、上空で互いに引かぬ激戦が行われている中、現在注目を集めているのは黒の騎士団エースであるカレンと、ナイトオブスリーのジノとの戦いだった。
 紅蓮聖天八極式はスピードもさることながらパワーも黒の騎士団最大級を誇り、そこらのナイトメアなら一瞬で破壊する。
 トリスタン・ディバイダーも以前のトリスタンよりもはるかに強化され、かのナイトオブワンのナイトメア、ギャラハッドのエクスカリバーを模して造られた剣を構え、紅蓮に斬りかかっていく。

 「この剣は日本防衛戦での失態を犯した私に雪辱の機会とともに皇帝陛下から下賜されたキャリバーンだ!
 かつて陛下御自らお名付けになられたエクスカリバーをモデルに造られた剣の名にかけて、ここから先は通さない」

 「ふん、たかが剣一本でどうするっていうの?
 この紅蓮の輻射波動ですぐに溶かしてあげるわ!」

 カレンが右腕でキャリバーンを防ぐと、途端にキャリバーンに高圧エネルギーが流され紅蓮に衝撃が走った。
 だがカレンの紅蓮に搭載されていた防御システムが働き、機体に防御電磁波が流れてそれを軽減したので多少態勢が崩れたもののすぐに持ち直し、カレンはスラッシュハーケンをトリスタンに撃ち放つ。

 「モルドレッドの盾に使われていたシステムか!」

 「この紅蓮はラクシャータさんやロイド博士が設計したナイトメアだ!お父さんが私を心配して、頑丈に作ってくれるように依頼してくれた!
 だから、簡単に壊れたりしない!!」

 カレンはそう叫ぶとキャリバーンを破壊すべく、トリスタンに向かって動き出す。

 キャリバーンはエクスカリバーと同様、高出力のエネルギーを刀身に通すことで多大な攻撃力を生み出し敵の斬撃をも防げる武器だが、紅蓮の輻射波動の方が上回っているので一度でも掴まれれば破壊される可能性は高かった。

 キャリバーンを構え直したジノは、隙を突いて全エネルギーを込めた一撃を紅蓮に与えて仕留めるか、もしくは動きを止めて捕獲するかと考えを巡らせた。
 だが紅蓮のスピードは高速機動を誇るトリスタンと同じほどあるにも関わらず防御力もすさまじく、一度防がれてしまえばカウンターで輻射波動をまともに食らってしまうことだろう。

 (こんな化け物じみたナイトメアを造った技術者はもちろん、自在に操縦する彼女もそれに劣らず大したものだ。
 あのちょろちょろ邪魔しに来る青い虫(ブルーパグ)が出てくる前にカタをつけないと、確実に負けるね)

 アルカディアが操縦するイリスアゲート・ソローは、相手の攻撃を妨害し自軍の攻撃をフォローすることに特化した機体で、戦闘向きではないので倒すのは簡単ではあるのだがカレンと同時に相手をすることは難しい。
 ほんの少しでも他に注意を向けようものなら、カレンが容赦なく沈めにかかってくることが目に見えているからだ。

 アルカディアは劣勢になるナイトメアがいればそちらをフォローする手はずになっているので、今現在黒の騎士団は順調に攻勢に出ておりその必要がないせいで、イリスアゲート・ソローに搭乗したまま斑鳩で待機していた。

 「カレンさんの援護に出たほうがいいかな?ラウンズをさっさと仕留めれば相手の士気はガタ落ちだろうし・・・ゼロ、どう思う?」

 「そうだな、この海域を早々に抑えることは今後の有利に繋がる。出撃をお願いする」

 「了解、イリスアゲート・ソロー、出撃!」

 アルカディアが操縦桿を握って斑鳩から飛び出ると、同じくクライスが搭乗するイリスアゲート・フィーリウスが彼女を護衛すべくそれに並ぶ。

 「来たぞ、青い虫(ブルーパグ)だ!
 ヴァインベルグ卿の邪魔をさせるな、撃て!!」

 しっかりマークされていたらしいイリスアゲート・ソローの姿を確認するや、海上のブリタニア艦はいっせいに照準を合わせ、砲撃をしてきた。

 「お前、恨まれてんなあ・・・ま、あんだけ悪辣なことしてりゃあ無理ねえけど」

 「あんな遠くから撃ったって無効化するのはたやすいけど・・・カレンさんを助けに行けないじゃないの」

 アルカディアは溜息をつきながら防御壁を発動し、イリスアゲート・フィーリウスはむろん、周囲にいた黒の騎士団のナイトメア数十体を囲んでブリタニアの砲撃を無効にする。

 だがブリタニア側は何としてもジノの邪魔をさせまいと、弾幕を張ってアルカディアがトリスタン・ディバイダーに向かうのを阻止しにかかる。

 攻撃を邪魔しに行くのを邪魔されるという何とも皮肉な状況に、アルカディアは自嘲するような笑みを浮かべた。

 「このまま無理やりカレンさんの所に行くしかないわね。
 クライス、有線電撃アームが届く距離まで来たら、当てることなんて考えなくていいからトリスタン目がけて撃ってくれない?
 ほんのちょっとでもあいつの目をカレンさんから逸らせたら、それでカタがつくと思うから」

 カレンとジノとの戦いは先に隙を見つけた者の勝ちなのだから、とっととこちらで隙を作ってやろうと言うアルカディアに、やっぱお前悪辣だわとクライスが了承した。
 そして防御壁を張り巡らしたまま、ゆっくりとカレン達の元へと進んでいく。

 一方、案の定嫌なタイミングで現れた青い虫ことイリスアゲート・ソローに、ジノは舌打ちした。
 幸いブリタニア艦艇やナイトメアが妨害に回ってくれたが、到着が遅くなっただけで長引けば必ずここにやってくるだろう。
 何しろ高性能な高エネルギーによる防御壁の頑丈さは蜃気楼に次ぐ威力を持っており、防御に専念しているイリスアゲート・ソローに守られているナイトメアは攻撃に回って次々にブリタニアの艦艇を沈め、ナイトメアを撃ち落としていく。

 「ブリタニアの地は私が守る!!黒の騎士団を一歩も通すわけにはいかない!」

 「はっ、他国は平気で侵略していたくせに、自分達がその立場になるのは嫌なんだ?
 これだからブリタニアは!!」

 この状況は自業自得の産物だとまだ解らないのかとカレンは怒り、キャリバーンを破壊しようと紅蓮の腕を振り上げる。
 だがジノはそれをキャリバーンで受け止め、ぎりぎりと押し上げた。

 「私はブリタニアの貴族だ、ブリタニア国民を守る義務がある。
 そしてシャルル陛下の騎士である以上、あの方の命を全うする義務がある!」

 「ふーん、義務だからやるんだ?あんたがやりたいからじゃなく。
 自分で戦う理由も決められないようなやつは引っ込んでな!!」
 
 「私はこの国を守るために騎士になった!それが私が決めた道!!
 そして我がブリタニアは弱肉強食、君が強ければ君が勝ち、私が強ければ私が勝つ!
 君と私とどちらが強いか、試してみようじゃないか」

 互いに一歩も引かぬ押し合いはジノとカレンだけではなく、藤堂や四聖剣も同じように展開していた。

 「絶対にこの海域に黒の騎士団を通すな!!奴らの母艦を撃ち沈めろ!!」

 「斑鳩を予定ポイントまで誘導するんだ!ブリタニアのナイトメアなど蹴散らせ!!」

 激戦が繰り広げられている様子を、ブリタニア大陸に移されたダモクレス内のモニターで見ていたシュナイゼルはいつもの優雅な笑みを浮かべて言った。

 「このあたりがちょうどいいね。
 カノン、手はずは整っているかい?」

 「はい、シュナイゼル殿下。すべて滞りなく」

 「これ以上黒の騎士団に進軍させてしまうと、後々まずいからね。
 さすがはルルーシュ、予想外の短期間で国境まで軍を進めるとはね、見事だよ。
 例の軍備はまだ準備不足だが、時間を稼ぐためにも仕方ない。計画を早めよう」

 「現在急ピッチで予定を進めておりますが、問題はございません。では、ただちに」

 淡々とそう答えた部下はこれから何をするのかと問うまでもなく理解したらしく、エーギル基地への通信回路を開いた。
 基地を預かるベイ中将は突然の帝国宰相からの連絡に驚きふためきながらも、通信モニターに出た。

 「戦闘中に通信を入れて申し訳ないね、ベイ中将」

 「滅相もございません、シュナイゼル宰相閣下。して、御用向きはどのような?」

 「実は先日そちらに送った兵器だが、それをぜひ使用して貰いたいと思ってね。
 試算データの威力がケタ違いの代物だよ。うまくすれば黒の騎士団を一掃出来るはずだ」

 シュナイゼルから送られた兵器のことはベイも知っていたが、勝手に使用するわけにはいかなかった。
 徐々に追い詰められていたベイは切れ者と名高い帝国宰相が開発した兵器の使用許可に安堵し、嬉しそうに頷いた。

 「あ、ありがとうございますシュナイゼル閣下!必ずや黒の騎士団を倒し、ご期待に添えるよう努めさせて頂きます」

 「よろしく頼むよ、ベイ中将。健闘を祈る」

 そう言って通信を切ったシュナイゼルは再びモニターに視線を移し、意味ありげに微笑んだ。

 

 戦闘が始まってからどれほどが経過しただろう。

 ブリタニアの戦闘艦艇は容赦なく黒の騎士団ナイトメア部隊に向かって攻撃を繰り出し、それを避けあるいは反撃しながらゆっくりとエーギル基地へと進んでいく。

 一方、ジノとカレンの戦いもカレンが徐々に押して行き、エーギル基地に少しずつ近づきつつあった。
 同時にイリスアゲート・ソローがトリスタン・ディバイダーに肉薄しており、いつでも援護出来るようにつき従っているイリスアゲート・フィーリウスが有線電撃アームを構えているのがジノのモニターに映った。

 (もうすぐあの青いナイトメアが来る・・・!カレンだけでも確実に仕留めなくては)

 ゆっくりとエーギル基地が半楕円形に包囲されつつある光景に、ジノは忌々しげに歯ぎしりした。
 と、そこへエーギル基地で総指揮を執っているベイが、通信を入れてきた。

 「ヴァインベルグ卿、ご健闘されているさなか申し訳ありませんが、基地へお戻り頂きたい。
 これより新兵器を使い黒の騎士団を一掃せよとのシュナイゼル閣下よりご命令が下りました。そこにいれば巻き込まれる危険があります」

 「シュナイゼル殿下の?・・・解った、気付かれないよう切り結んだ後、基地に撤退する」

 ジノはシュナイゼルの指示なら仕方ないと、決着をつけられず残念だとこぼし、キャリバーンで防戦に回った。
 カレンはそれに気づかないまま、輻射波動を食らわせようと押していく。

 斑鳩で戦局を見ていたルルーシュは、予定が遅れてることに忌々しそうに舌打ちした。

 「・・・思っていたより粘るな。予定ではもうこの時間に予定ポイントまで到達出来ていたはずだったんだが」

 やったらやり返されるとはいえ、誰だってやり返されたくはないものだ。
 黒の騎士団の“侵略”から祖国を守ろうと、彼らも必死なのである。

 「ゼロ、エーギル基地よりミサイル反応を確認、斑鳩に照準を合わせている模様です!!これは・・・流体サクラダイト?!」

 オペレーターの少し焦ったような報告に、ルルーシュは冷静に指示した。

 「以前にやられた流体サクラダイトの爆弾か!斑鳩にSシールドを張れ!
 藤堂、朝比奈隊は右に回避、他部隊はいったん後退しろ!」

 「承知!!」

 しっかりと第二次日本防衛戦の時に得たデータをもとに、それ専用のシールドシステムを備えていた斑鳩は難なくそれを耐えきり、他の部隊も被害は皆無とはいかなかったが致命的なそれを免れた。

 「ふん、バカの一つ覚えの爆弾か。芸のない奴らだ・・・藤堂、被害はどうだ?」

 「数体のナイトメアがロスト、海上の戦闘艦が中破させられた。
 だが戦闘続行に問題はない、隊列を再編して基地に向かう」

 藤堂の報告に四聖剣も似たような被害だと続けると、彼らは隊列を直すよう指示を出した。

 「以前のものよりはタイムラグが大幅に減っていたが、こちらもそれは予測済みだ。
 データをおいそれと取らせてしまったのが大きなミスだな」

 ブリタニアのナイトメアや艦艇は、あの爆弾が無効化されたことに驚いたのか、ゆっくりと後退していく。

 「あのミサイルで被害を与えるつもりだったのか?
 だがこれは一気に攻め込むチャンスだ、包囲網を完成させろ。
 ・・・ん?妙だな・・・なぜトリスタンまでが撤退する?」

 突然反転して基地へと戻りだしたトリスタンを見て、ルルーシュは驚いた。
 斑鳩をそのまま前進させようとしていたルルーシュだが、ジノまでもが撤退を始めたのを見て考え込む。
 
 「あいつ・・・!逃がすもんか!」

 「待てカレン、深追いするな!!
 周囲と連携して基地を囲い込むことを優先しろ!」

 ルルーシュはカレンにそう指示すると、カレンは悔しがったが指示に従った。
 有利と見た黒の騎士団は、ゆっくりと基地を囲い込もうと動いていく。
 
 「これ以上奴らを基地には近づけさせんぞ・・!発射準備は出来ているな?」

 「しかし中将閣下、シュナイゼル殿下は黒の騎士団が基地を包囲するまで引き付けるようにとおっしゃっておいででしたが」

 「これ以上奴らに包囲されては、こちらまで被害が来る可能性がある。
 あちらが混乱した隙に、再度撃って出るのだ・・・撃てぇ!!」

 黒の騎士団に包囲されてはかなわぬと焦ったベイは部下の諫言を無視し、シュナイゼルから預かった兵器を撃つよう号令した。

 エーギル基地から赤く輝く閃光が放たれた時、まさに包囲を狭めようとしていたルルーシュ達は眼を見開いた。

 「エ、エーギル基地より膨大なエネルギーを感知!!」

 「流体サクラダイトじゃない!!これは・・!」

 イリスアゲート・ソローのモニターに映し出されたエネルギー値に見覚えがあったアルカディアは目を見開いた。
 そしてそのエネルギー値を見せてくれた少女の言葉が、走馬灯のようによぎる。

 『ウランをいろいろ検証してみたのですが、水中ではその活動が鈍くなるようです』

 『水をかければ暴走は止まるってこと?』

 『いえ、かけるだけではたぶん無理ですね・・・エネルギー発生量に見合った大きさのプールの中に投げ込むとかしないと駄目です』

 エネルギー発生装置に見合った大きさのプールを含めた施設はコストもかかるし必要とする土地もとんでもない広さとなるので、暴走防止システムには使えそうにないと、ニーナの溜息。
 だからといって考えた別の暴走停止システムは複雑すぎるから、簡略化に努めているとも言っていた。成功すればそちらのほうがいいだろう、と。

 「こ、こうなったらこれに賭けるしか・・・!全員今すぐ海へ入れ!!
 死にたくない奴は全力で、今すぐにだ!!
 私のバリアもこれには効かない!!」
 
 力の限り叫んだアルカディアの指示に、ルルーシュも同じく全軍に命令する。

 「ゼロ、瞬間的にあれだけの数値が出せるのはっ・・・!」

 「ああ、解っている!全軍退避!!
 水陸両用ナイトメアはすぐに海中へ!潜水タイプの艦艇は速やかに潜水せよ!
 そうではない者は、至急戦線から撤退せよ!繰り返す、全軍後退!!」

 ルルーシュとアルカディアのなりふり構わぬ命令に、徐々に膨れ上がっていくただ事ではないエネルギーを知った黒の騎士団は大急ぎで指示に従い始めた。
 奇襲を想定して水陸両用型のナイトメアだった千葉と仙波の暁直三仕様が自分の隊を指揮しながら海中へ飛び込み、その機能はない斬月と朝比奈、卜部の暁直三仕様も全速力で戦場を離脱する。

 カレンの紅蓮聖天八極式も攻撃力と機動力のために水陸両用にはしておらず、猛スピードで斑鳩の横に並走する。

 斑鳩も海中に潜れるものの、自軍のナイトメアが避難するために次々に海中に潜っていくせいで着水が難しく、猛スピードで後退を始めて赤く光る光から逃れようと皆全力を費やした。
 
 「ふははは、見ろあの無様な撤退ぶりを!!
 あれが着弾したことを確認したのち、部隊を再編成し黒の騎士団を追撃・・・!」

 「ベ、ベイ中将、あれはいったい・・・?」

 オペレーターがモニターを見つめながら震える声で尋ねると、高笑いをしていたベイは眼を見開いた。

 撃ち放ったそれは空中で静止し、くるくると回り始めてさらにそのエネルギー量を増幅させている。
 そしてそれは突然爆発し、周囲を白く赤く染め上げた。

 声すら上げられぬほどの、静かな閃光。
 空と海を染め上げたその光が消えた時、黒の騎士団は絶句した。
  
 水中に潜れないナイトメアの操縦者が脱出装置を作動させ、海上にはナイトメアのコクピットが次々に浮かび上がっていた。
 だがある境目からある以降の海と空には、何もなかった。
 海水が凪いでいるだけで、エーギル基地を包囲しようとしていた黒の騎士団の艦艇と、基地を守ろうとしていたブリタニアの旗艦の姿もない。
 つい数秒前に上空で飛び交っていたナイトメアの姿があったとは信じられないほどだった。

 何より全員を茫然とさせたのは、その兵器を撃ち放ったブリタニア陣営であるエーギル基地が存在した島が、跡形もなく消えていた光景だった。

 「何だ、これは・・・?!」

 何とかその閃光から逃れることに成功した斑鳩のモニターでそれを見つめていたルルーシュは、唖然としながらも各部隊に命じた。

 「・・・被害状況を報告しろ」

 「こちら藤堂、現在生存者は半数を確認。ただ朝比奈は・・・生存信号なし。
 千葉と卜部の部隊はどうだ?」」

 「こちら千葉です!卜部と仙波、生存を確認。ですが、海中への避難が遅れた部隊の四分の一がやられました。
 戦闘続行は・・・不可能です」

 皆戦意を完全に失っているという千葉に、無理もないとその報告を聞いた者すべてが思った。

 他にも杉山の戦死が伝えられ、海中に潜れなかった艦艇の三分の一が消滅したとの報告が入った。
 幸い整然とした隊列を組んでいたために撤退しやすかったものの、やはり時間が足りずにあの忌まわしい光に飲み込まれた者が多かったのだ。

 四聖剣の部隊が基地に肉薄していたがゆえの被害の大きさで、カレンや藤堂達が逃げられたのは一重にスピードが上がっていたナイトメアの性能のお陰だろう。

 「ゼロ、イリスアゲート・ソローの反応が見つかりません!
 アルカディア様に通信を入れたのですが、返事が・・・!」

 オペレーターの報告に、ルルーシュは眼を見開いた。

 イリスアゲートはすべて、水陸両用だ。
 指示を出した後アルカディアもクライスも海中に飛び込んだはずだが、何故連絡が取れないのだろう。

 「海中に避難したイリスアゲート・フィーリウスはご無事のようです。クライス大尉から今通信が入りました!
 ですが、脱出装置を働かせたナイトメアパイロットうち、生存反応が確認されたのは・・・その約半数です・・・」
 
 脱出装置は周囲のエネルギー反応が一番少ない方向にコクピットが飛び出す設計になっている。
 自動で働いた脱出装置はケタ違いともいえるエネルギー反応の真逆に働き、それが彼らの命を救うことになった。
 だがクライスは本当に紙一重で助かっており、アルカディアとクライスがほんの少し前にいた基地近くの海上では、生存反応はゼロだった。
 そう報告するオペレーターの声音がガタガタと震えており、聞いている者の背筋に悪寒が走った。
 ほんの一瞬の差で生死が分かれるほどの兵器の威力を思い知ったからである。


 アルカディアを探したい気持ちはあるが、今はそのような余裕などない。
 海中に避難しているクライスが現在捜索に当たっているとの報告に、事態をエトランジュに知らせ、ギアスで連絡を取って居場所を聞き救助するのが一番だとルルーシュは判断した。

 「・・・エトランジュ様にこのことをすぐにお知らせしろ。
 だが、外部には指示があるまで国民に漏らさないように徹底することを忘れるな」

 これだけの被害が出た以上いつまでも隠しきれるものではないが、世界がパニックになるのを避けるためにも慎重にならねばならない。

 「全軍に告げる!追撃はおそらくないだろうが、念のため警戒にあたりながら速やかに撤退せよ!!」

 「・・・承知」

 力ない声でそう応じた藤堂は、四聖剣とともに撤退の指揮を始めた。

 斑鳩の司令室で椅子に腰かけながら、ルルーシュはぎりぎりと唇を噛み締めた。

 (やられた・・・!シュナイゼルめ、最初からこのつもりで・・・!)
 
 まず第二次日本防衛戦で流体サクラダイトの爆弾を使い、それに目を向けさせる。
 威力はそれなりに高い代物だから、当然黒の騎士団はその対策を立てる。
 シュナイゼルが大量破壊兵器を造っていることをロイドが報告するだろうし、エトランジュにもダモクレス計画を話している以上、なおさらである。

 だがそれは囮で、真に開発していたのが流体サクラダイトの爆弾など子供の玩具に思えるほどのこの兵器だったというわけだ。

 無慈悲な豊穣の女神の名を与えられた史上最悪の大量破壊兵器、フレイヤ。

 すべてを消し去る禍々しい光を脳裏に思い浮かべながら、ルルーシュは仮面の下で歯を噛み締めていた。



 同時刻、神聖ブリタニア帝国首都、ペンドラゴンにある総軍務庁でも衝撃が走っていた。

 「な、なんだあれは?!なぜエーギル基地のミサイルで、基地が消滅したのだ?!」

 「使用法を間違えたのか?黒の騎士団に相当な被害を与えるのはいいが、我が軍の被害も同じ・・・いや、それ以上だぞ!!」

 黒の騎士団はミサイルが撃たれた数秒後に蜘蛛の子を散らすように逃げ、アルカディアの一か八かの海中への避難命令が功を奏して被害は四分の一から三分の一あたりと言ったところだろう。
だがまさか自軍の兵器でやられるなど想像していなかったブリタニアの被った被害は大規模な基地がある島が丸ごと消失、駐留していた軍から何の応答もない。
 その高機動力であの禍々しい閃光から逃げ延びていたのは、ジノのみである。
 彼自身も何が起こったか解らない様子で総軍務庁に送る映像に、モニターを見つめていた軍人達は茫然と立ち尽くした。

 「シュナイゼル殿下から送られてきた兵器が原因だ!至急皇帝陛下にお知らせしろ!!急げ!!」

 「イエス、マイロード!!」

 ジノの命令に総軍務庁の軍人達は慌てて宮殿へと緊急通信を入れる。
 常ならば最優先で皇帝の執務室に繋がるはずだが何度やっても通じず、皆の顔に焦りが浮かぶ。

 その報告を聞きながら、ジノはいったいブリタニアで何が起こっているのかと顔を青ざめさせ、一刻も早く戻らねばとトリスタン・ディバイダーを全速力でペンドラゴンに向けて飛んでいくのだった。



[18683] 第四十二話  フレイヤの息吹
Name: 歌姫◆0c129557 ID:3591e9b9
Date: 2013/01/20 14:56
  第四十二話  フレイヤの息吹
 
 

 エーギル駐留軍が基地ごと消失したという報告がペンドラゴンにもたらされた数分後、その中心に存在する壮麗な宮が連なるブリタニア皇宮。
 その中のさらに中心のひときわ煌びやかな装飾で彩られたブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが住む宮殿に、その主の姿はなかった。

 「陛下、陛下はいずこにおわす?」

 「この宮にはいらっしゃらないようだ・・・侍女や侍従も居場所は知らぬと皆口を揃えて言っている」

 そう囁き合うブリタニア軍人達は眉をしかめながらも、自らが所属する最高司令官へと通信を入れた。

 「シュナイゼル殿下、皇帝陛下のお姿は確認出来ませんでした。
 また、親衛隊およびナイトオブラウンズのドロテア・エルンスト、さらにナイトオブワンのビスマルク・ヴァルトシュタインの姿もなく、宮殿には侍従と侍女がいるばかりです。
 現在他の后妃方の宮も探索に当たっておりますが・・・」

 「いや、それはいい。あの方のことだ、后妃のところにはいないだろう。
 陛下の姿がないのなら、宮殿の主要個所を抑えればそれで目的は達成される。
 次の指示があるまで、そのままブリタニア宮殿に待機していたまえ」

 「イエス、ユア ハイネス!!」

 淡々と指示を出す弟に、力なく椅子に腰かけたオデュッセウスは頭を抑えながら言った。

 「・・・君がまさかこんなことをしでかすとは、考えてもみなかったよ」

 「世界を平和に導くためです、兄上。このまま戦火が鎮まらなければ、世界は疲弊するばかりだ。
 そのためにも、もはやこの戦争は早急に終わらせるべきなのです」

 「それはその通りだが、だからと言ってあんな兵器を生み出していい理由にはならない!
 クーデターを起こし父上を退位させるだけならまだ理解出来るが、何故あんなことを・・・!」

 戦乱を終わらせるために戦争をけしかけ続ける父シャルルを排除する、というのなら理解出来るし、当初はそう聞かされて自分はクーデターに加担することを承諾した。
 さすがに殺すのはあれでも父なのだからためらうが生涯幽閉にでもしておき、超合集国連合やEUとの戦争を終結に持っていくようにするはずだった。

 ブリタニア国内が落ち着くまでの間、黒の騎士団がブリタニア大陸に攻めてこないようにするつもりだとも言っていたから、てっきり休戦条約でも結ぶのだろうと考えていた。
 ところがシュナイゼルは何を思ったか、黒の騎士団をエーギル駐留軍ごと葬ろうと、口にするにもおぞましい兵器を使用したのである。

 「この世界の戦火の中心にいるのは父上とゼロだ。
 この二人を排除し、戦乱を望んでいない人間で世界をまとめるべきです」

 超合集国連合をユーフェミアが、EUをエトランジュが、そしてブリタニアをオデュッセウスが治めればいいと言うシュナイゼルに、オデュッセウスは茫然となった。

 理屈は納得出来るのに、何故手段がこれほど理解を超えるものになるのか解らない。
 弟の歪んでいる理想の実現方法に、弟の所有物であるダモクレス内に閉じ込められている以上、何の手も打てないオデュッセウスはもはや力なく椅子に座りこんで身じろぎもしなかった。

 「父上がいないのなら好都合です。兄上が御即位し、そのうえで戦争停止を宣言すればフレイヤの威力をあちらも知った以上、ブリタニアにうかつに攻め込むことはしないはずです。
 その後エリア支配をしていた国々に対する適正な賠償交渉、人体実験を行っていた者達に対する処断を行えば、謝意を示したブリタニアに戦争を仕掛ける理由はなくなります。
 さらに戦争を行おうとする国にフレイヤを落とせば、もはや世界は争わなくなる。
 我々はそれを、ダモクレス内で見守りましょう」

 「・・・シュナイゼル」

 フレイヤの威力を背に強制的な平和への道を指し示そうとする弟を、オデュッセウスは得体の知れぬ人間を見るような目でただ見つめている。
 穏やかで父シャルルの覇権主義の元でも自分よりも犠牲なく穏健に物事を推し進めているように思っていたのに、何故このような手段をと聞きたいことは山ほどある。
 しかし言葉の端々から、シュナイゼルは自分とは異なる感性と思想を持っていることに気付いたため、己の説得を受けないことを悟ったのだ。
 今になってシュナイゼルの持つ闇に気付いたところで、もはや手遅れだった。
 
 黙りこくったオデュッセウスを無視して、シュナイゼルは何やら通信機に向かってあれこれ指示を飛ばしている。

 (まさかユフィはすでにシュナイゼルの異常さに気付いたのか?
 だから兄弟の誰もが頼りにするシュナイゼルに何も相談することなく、合衆国ブリタニアを創ったのだろうか)

 もしそうだとしたら、あの頼りなげな三番目の異母妹は実に人を見る目があったということだろう。
 的確に協力者を集め、特区を成功させて今もブリタニア人に悪いことがないようにと合衆国ブリタニアを治めていることからも、彼女は為政者として充分な力をすでに持っているようだ。

 オデュッセウスはギアス嚮団による人体実験のニュースを知ってから、神聖ブリタニア帝国がそう長くはないことをうっすら悟っていた。
 だから黒の騎士団によっていよいよブリタニアが追い詰められた時、自分が矢面に立ってブリタニア国民に被害がない形に持っていって降伏するつもりで、ペンドラゴンに残った。
 父シャルルと皇太子として自分が責任を取ることで政治の場から退き、優秀なシュナイゼルがユーフェミアを補佐していけばそれが理想だと思った。

 (・・・こんなことなら、最初から自分も合衆国ブリタニアに参加表明してブリタニアを出ればよかった)

 後悔することしきりでオデュッセウスは何度目か解らない溜息をついたが、そこでふと思った。

 (だが、何故シュナイゼルは自ら即位しない?
 穏健派と言われる僕を皇帝にすることで世界に対してこれからのブリタニアは平和路線で推し進めるとアピールするつもりかもしれないが、味方ごと殺戮する兵器を擁している時点でそんなものがいったい何の役に立つ)

 現につい先ほどのエーギル基地の件を聞いて抗議に来た自分を見ても、未だにシュナイゼルは自分を即位させるつもりのようだ。

 (・・・いや、もうそんなことはどうでもいい。この国は、もう終わりだ)

 父を止められず、弟の仮面に気付かなかった無能な自分を、もはや誰も本当の皇帝として認めまい。
 そしてこのような未曾有の破壊兵器を生み出した国として、ブリタニアは未来永劫呪われる国家となった。

 以前は遠くにあった神聖ブリタニア帝国の崩壊の足音が間近に聞こえたオデュッセウスは、この負の遺産を抱え込む羽目になった異母妹を憐れむのだった。



 話はエーギル海域戦が始まる二時間ほど前にさかのぼる。
 合衆国日本の東京府にある黒の騎士団本部。
 そこにエトランジュに貸与されている部屋に、マグヌスファミリアの一行とC.C、マオ、ナナリーとロロが集まって会議を行っていた。

 「これが枢木神社にあった資料ですか」

 車椅子に座っていたアドリスが机に大量に並べられた古ぼけた本や巻物を、興味深そうに見つめた。

 「ええ、ゼロが出陣前に枢木神社に行って持ってきてくれましたの。
 すべて翻訳するのに、数カ月かかりましたわ」

 ふう、と大きくため息をついたルチアに、アドリスはご苦労様ですとねぎらった。

 シャルルのラグナレクの接続はコードをこちらにすべて集めたことでいったんは止められたが、まだ完全に阻止出来たわけではない。
 何よりコードを完全に消滅させるという最終目的のためにも、ギアスについて調べる必要があったため、暇を見つけては研究・調査にあたっていた。

 シャルルからコードを奪い日本に戻った後、神根島についてまず調べたルルーシュは少し驚いた。
 日本がブリタニアによって滅ぼされる前、その島を所有していたのは枢木家だったからである。

 日本では神社仏閣が島を所有している、ということがある。
 今でも女人禁制の島や男子禁制の聖域があり、神根島も枢木神社が祭っている神の家だとし、管理していたようだった。

 それとなくスザクに聞いてみたところ、彼も神根島についてはそういえばうちは島を一つ管理していると聞いたことがある、という程度しか知らなかった。
 そして神社に祭っているご神体はその島から移されたものだと聞いた、とも。

 それを聞いたルルーシュは調べてみる価値がありそうだと判断し、スザクを言いくるめてそのご神体の場所を聞き出し、さっそく枢木神社に向かった。
 だがそこはすでに荒らされており、ご神体があったとみられる場所には何もなかった。

 おそらく自分と同じように神根島を管理していた枢木家に狙いを定めたシャルルが持ち去ったのだろうと判断したルルーシュは、枢木神社にあった無事だった古い資料をこっそり持ち帰り、その解読を始めた。

 日本語が出来るエトランジュだがそれはあくまで現代語で、古語など全く解らない。
 もちろんそれはルルーシュも同じで、今は全く使われていない万葉仮名や旧字体の漢字などさっぱり解らず、今から学ぶ時間などまったくなかった。

 そこで悪いと思いつつもエリザベスの他人の能力を他者に移すギアスを使い、旧字体や古い日本語に詳しい考古学者からその知識をこっそりルチアに移して借り受け、資料の解読にあたっていたのである。
 ちなみに考古学者にはその間、ルルーシュのギアスでそのことを忘れて貰っている。

 以前シュナイゼルが何か実験らしきことをしていたという事実を口実に神根島を封鎖し、マグヌスファミリアのギアス研究チームが遺跡を調べ、ようやくコードとギアスの全容が明らかとなったのだ。

 何故コードが生み出され、ギアスが出来たのか。
 そしてアカーシャの剣が出来た理由も、それに記されていたのである。

 「・・・なるほど、神根島の遺跡はアカーシャの剣を設置するために造られたものでしたか。
 最初に造られたのではなく、最後に造られた遺跡だったのですね」

 報告書を見ているアドリスの目は、読み進めるにつれて冷ややかなものになっていた。
 そして全て読み終えたアドリスは、報告書を机に軽く投げ置いた。

 「・・・人間の発想というものは、今も昔も大して変わらないようですね。
 楽をするためならどんな苦労をもいとわず、他人に責任を負わせようとする」

 「・・・・」

 先にすべてを読んでいたルチアもその意見には同感だったのか、何も言わなかった。

 「・・・まあ、今さら何千年も前の人間達の所業に文句を言っても始まりません。
 コードを破壊するアカーシャの剣を造ったことを認めて、コードを破壊しましょう」

 資料にはアカーシャの剣を使ったコードを破壊する方法が記されており、これですべてのパーツが揃ったとアドリスは喜んだ。

 「さて、エディにもそれを伝えて、ゼロにどのタイミングで神根島に向かうか相談しなくてはいけませんね。
 すぐにあの子に連絡しましょう」

 アドリスがルチアに連絡を指示しようとした刹那、エリザベスの手伝いをしていたエヴァンセリンがノックもせずにドアを開けて部屋に入ってきたかと思うと、叫ぶように報告した。

 「た、大変アドリス叔父さん!エーギル基地が、ブリタニアの兵器で消えちゃったって報告が来たの!
 黒の騎士団も巻き込まれて、かなりの大損害だって!!」

 「・・・は?何ですかそれ」

 エーギル基地はブリタニアの重要な基地で、それを自ら破壊するはずがないと普通に思ったし、さらに言えば破壊するならともかく、消えたとはどういうことか。
 エーギル基地は、マグヌスファミリアの国土に匹敵する広さを持つ。
 それが消えたというのだから、アドリスが眉をひそめるのも無理はない。

 「なんか、特殊な兵器っぽいの。アル従兄さんがとっさに指示したお陰で被害が減ったとか・・・。
 でも出撃したアル従兄さんが行方不明で通信も入らないって・・・」

 「・・・なんですって?!それは本当ですか!!」

 珍しく焦った声音のアドリスの叫びに、エヴァンセリンは涙目で頷く。

 「エド従姉さんにも今連絡したから、コードを通じて呼びかけてる頃だと思う。
 生きてたら従姉さんには解るから・・・」

 「・・・解りました。すぐに私も黒の騎士団本部に向かいます。
 エディにも連絡しなくてはいけませんからね」

 一族はギアスで繋がってはいるものの、こちらからの連絡は出来ないうえにエトランジュと自分はギアスやコードで繋がっていないので、普通に連絡しなくてはならない。
 エトランジュから連絡が来ないところを見ると、まだ彼女にその報告はいっていないようだ。
 大事な家族であるアルフォンスが行方不明と聞けば、エトランジュはさぞかし心配するに違いない。
 加えてとうとうシュナイゼルの計画が発動されたのかと、脅えて途方に暮れることだろう。

 「次から次へとろくでもないことを・・・ルチア、すぐに本部へ」

 「解っておりますわ。エヴァ、貴女はこのことを他の一族へ・・・くれぐれも騒がず自重し、アドリスの指示を待つようにとも伝えるのですよ」

 「はい、ルチア先生!」

 ルチアの指示にエヴァンセリンが頷くと、大急ぎで部屋を出て行った。
 
 「・・・ここまでの事態になった以上、シュナイゼルからのリアクションがあるでしょう。
 もう少しというところで、嫌なことをしでかしてくれたものだ」

 アドリスはそう吐き捨てると、ルチアとともに黒の騎士団本部へと向かうのだった。



 ほぼ同時刻、かつてエリア18と呼ばれていた中東国家の一つにいたエトランジュは、孤児を保護する施設で外が雨だからと数人の子供達と共に室内で蛇を使った芸を楽しんでいた。

 「面白いですね、蛇が笛に合わせて踊るなんて・・・くねくねしてて、可愛いです」

 「・・・え、蛇が可愛いんですかエトランジュ様」

 エトランジュの護衛として黒の騎士団から派遣された加藤が少し驚いたように言うと、エトランジュは頷いた。
 彼女は実に楽しそうに、ちろちろと舌を出す蛇の顎を撫でて可愛がっている。

 「マグヌスファミリアにはいない生き物ですし、人に慣れてて可愛いと思います」

 「お気に召して下さって光栄ですエトランジュ様。
 ご希望でしたら一匹、無毒の蛇を躾けて差し上げますぞ」

 植民地からやっと解放され、副大統領に就任した男がそう言ったが、エトランジュは残念そうに断った。

 「蛇は亜熱帯の生き物で寒さには弱いそうですから、北方にあるマグヌスファミリアで飼うには不向きです。
 でも、こちらにお邪魔している間は触らせて頂けたら嬉しいです」

 「なるほど、それは残念ですな。もちろんよろしいですとも。
 今この国は新たに開発したハミデス2世が守っておりますから、安心してどうぞご存分に楽しんで頂ければと思います。
 威力も段違いで、少々の攻撃にはびくともしません」

 自慢げにハミデス2世について語る副大統領は自国の解放はもちろん、国民達の生活安定のために物資を手配してくれたエトランジュに感謝していた。
 楽しそうに子供達と蛇の芸に見入るエトランジュを加藤や副大統領らが見守っていると、ジークフリードの携帯電話が鳴り響いた。
 同時に副大統領と加藤の携帯電話も鳴ったので三人が電話に出ると、同じ報告が三人の耳に飛び込んだ。

 「何だと、それは本当か?!」

 言語こそ違えど同じ台詞が同時に飛びだしたので、エトランジュが何事かと三人のほうに振り向き、やはり驚いた子供達に大丈夫ですからと言い聞かせてから小走りにやって来る。

 「何か大変な事態が起こったようですが、何があったのですか?」

 「エトランジュ様・・・お気を確かにしてお聞きください。エーギル基地が、ブリタニアの兵器により消滅したとのことです。
 黒の騎士団も巻き込まれ、ゼロは無事ですが朝比奈少尉、杉山殿が戦死・・・さらに」

 「・・・さらに?」

 ジークフリードは伝えたくはないが伝えなくてはならないことを、ゆっくりと告げた。

 「アルフォンス様が、消息不明とのことです。通信も通じず、海中に避難したクライスが必死で捜索中とのこと」

 「・・・え?」

 エトランジュはその報告を聞くや目を見開き、徐々に脳が理解してくらりと立ちくらみを起こした。

 「エトランジュ様!」

 ジークフリードが慌ててエトランジュを支えると、一同に向かって言った。

 「大統領府に戻り、至急この件について協議しましょう。エトランジュ様は・・・」

 「解っています。すぐに・・・!」

 ギアスでアルフォンスの生死を確認するべきだというジークフリードの言葉にしない指示に、エトランジュはすぐに従った。
 
 ジークフリードに支えられながら部屋を退出するエトランジュを、心配そうな顔で見送る子供達に副大統領が引きつった笑みで言った。

 「エトランジュ様もお忙しくて体調を崩されただけだから、大丈夫だ。
 さあ、ショーを続けたまえ!」

 明らかに嘘と解る台詞だったが、芸人達も今ここで追及すべきことではないと悟り、こくこくとロボットのように頷いてショーを再開する。
 だがエトランジュは顔色が突如青ざめ、副大統領の顔色も似たようなものになっていたことから子供達は顔を見合わせてひそひそ話を始め、ショーには見向きもしなかった。

 副大統領も加藤も逃げるようにしてその場から立ち去り、今後について頭を痛めるのだった。



 合衆国日本より暫定首都として借り受けた合衆国ブリタニア・元日本経済特区フジで、ユーフェミアはエーギル基地を攻略すればブリタニア大陸に進攻出来ることから取り決め通りに合流する準備を整えていた。
 うまくブリタニア人の不安を取り除き、出来る限り迅速に混乱を治めるために日夜協議に勤しんでいたユーフェミアのもとに飛び込んできた凶報は、その努力を一瞬で無に帰してしまうものだった。

 「エーギル基地をシュナイゼル兄様が破壊した、ですって?そんな、まさか・・・」

 「事実です、ユーフェミア陛下。エーギル基地ごと黒の騎士団を葬ろうと、何やら新兵器を用いたと・・・。
 被害は甚大でしたが幸い黒の騎士団は避難命令が早く、ゼロが乗艦していた斑鳩も無事だとのことです」

 通信士からその報告を受け取ったユーフェミアが慌てて超合集国連合本部にダールトンと共に向かうと、そこには同じ報告を聞いた神楽耶がいた。
 彼女の目の前にあるモニターには、見慣れた黒い仮面をかぶったゼロ・ルルーシュがいる。

 「ユーフェミア皇帝・・・ゼロ様はご無事なのは何よりですが、でも・・・」

 「ゼロ・・・神楽耶天皇・・・あの報告は」

 「只今、ゼロ様とお話していたところですの・・・事実だとのことです。
 黒の騎士団の被害もひどいですが、ブリタニアの要衝がなくなったのであちらからの攻撃もないだろうとのことですが・・・」

 「シュナイゼルからの反応が気になる・・・ですわね」

 ユーフェミアが疲れたように答えると、もう一つのモニターに映し出されたエーギル基地があったはずの海を見て、ユーフェミアは眼を見開いた。

 「エーギル基地には日本に来る前に一度立ち寄ったことがあるのですが・・・本当にあそこに・・・?」

 ブリタニア大陸を守り、また他国に侵攻する際にも大きな役割を果たしていたその基地には五千人ほどいたはずだ。
 多数の艦艇を擁し、ナイトメア整備施設も整ったブリタニアでも屈指の広さと設備を持つ基地が一瞬で海だけになるなど、とても信じられなかった。
 
 しかしそんな虚偽を言う必要などなく、黒の騎士団が受けた被害を考えるとやはり事実なのだとユーフェミアは青ざめた。

 「現在、朝比奈と杉山の戦死が確認されました。
 また、アルフォンスが行方不明です。彼の避難指示が功を奏して被害を大きく減らせたというのに・・・」

 ルルーシュの報告に、神楽耶とユーフェミアは大きく目を見開いた。

 「イリスアゲート・ソローが見つかりそれは回収したようですが、脱出装置を働かせたコクピットが見つからないとのことで現在クライスが捜索中です。
 彼が発見するのを祈るしかありません」

 「そんな・・・よりによってあの方が・・・」

 アルフォンスのずばずばと歯に衣着せぬ物言いに腹を立てるブリタニア人も多いが、だからこそユーフェミアはアルフォンスに恩を感じている。
 
 「シュナイゼルお兄様は・・・本当にあのような計画を実行に移すつもりだったのですね・・・」

 エトランジュから聞いた時はまさかこんなバカげたことを、と思ったし、だが実際に大量破壊兵器を作ろうとしていたこともロイドから聞いたので止めなくてはと思った。
 それでも大量破壊兵器といっても百、二百人ほどを殺せるくらいだと考えていたのに、桁違いの人間を広範囲に消滅させる代物だと、いったい誰が予測したというのだろう。

  大急ぎでこれについて会議を行う、と相談しているゼロと神楽耶を見つめながら、ユーフェミアは青空の下で何事もなかったかのように凪いだ海を映し出すモニターに背筋を凍らせるのだった。



 エトランジュ達が大急ぎで大統領府に戻ると、そこには事の次第に青ざめた大統領がいた。
 ここは地理的にはブリタニア大陸から遠いからすぐに侵攻されることはないだろうが、それでも大規模な基地を消滅させるほどの兵器と聞いて冷静でいられるはずがなかったのだ。

 「エトランジュ様・・・」

 「落ち着いてくださいませ大統領閣下。急ぎゼロに連絡を取って、これからの対策を伺いたいと思います」

 移動する車内で懸命にアルカディアに呼びかけたエトランジュだが、返事がないことに不安が増大していながらも懸命にそれをこらえて言った。

 ゼロ、と聞いて大統領はこくこくと頷き、さっそく二人は回線を開くと見事に同じ顔色をした超合集国連合およびEU連合の代表者らが映し出されたモニターの前に立った。
 桐原と神楽耶、天子と星刻もいる。

 とりわけ合衆国ブリタニア代表のユーフェミアの顔色は、倒れずにいるのが不思議なほどに青白い。

 ゼロが淡々とした口調で事態を報告し、ブリタニア大陸進攻はこの兵器についての詳細とブリタニアの動きをつかむまでは延期すると告げると、皆は妥当な判断であるとそれを認めた。

 だがあれだけの兵器をどう処理するのかという声に、ルルーシュは言った。

 「それについては少々あてがある。だがまだ詳しくは申し上げられない。
 はっきりとした形になり次第、報告を上げる」

 ぬか喜びはさせたくないというルルーシュに、さすがはゼロだと感嘆する声と同時に、明確なビジョンがなければ不安が消えないと言い募る声が重なった。

 (ニーナを至急こちらに寄こして貰おう。あのエネルギー値、ほぼ間違いなくウラン原理を元にした兵器だ。
 かろうじて取れたデータもそれを示唆しているから、彼女が力になるはずだ)

 だが今それを知れば彼女を確保して同じ兵器を造ろうと各国が動き出しかねない。
 そしてやられる前にやれとばかりにブリタニアに向けて使用した日には、もはや世界は他の国全てが滅ぶまで争うことをやめなくなる。
 最悪の中の、さらに最悪な事態を何としても避けなくてはならない。

 だからこそそう言うにとどめたルルーシュだが、まだ何やら言い合う代表達の中でエトランジュがルルーシュに安心したような口調で報告した。

 《会議中に失礼いたします。ゼロに報告がございます・・・今、アル従兄様の行方が解りました。
 エド従姉様から生きているとの連絡が来ました》

 《それはよかった。で、彼は今どこに?》

 せめてもの朗報にルルーシュも安堵しながら尋ねると、エトランジュは少し暗い口調になった。

 《それはまだ・・・気絶しているらしく、まだ話は出来ないとのことです。
 せめて意識があれば、エド従姉様が現状を把握してお話し出来るのですが》

 《解りました。では解り次第救護を送りましょう。
 それまでエトランジュ様はしっかりと気を持って、お帰りをお待ちください》

 《解りました。ありがとうございます》

 アルフォンスの生存を確認したエトランジュは何としてもシュナイゼルを止めなくてはと決意を固め、代表者に提案した。

 「その兵器の全容を解明するために、その分野の方々の力をお借りする必要があると思います。
 至急科学者のチームを造り、迅速に取り組んで頂きたいと思うのですが」

 「わたくしもそう思いますわ。サクラダイトのミサイルのバリアを造ったように、あれにも隙があるかもしれませんもの」

 神楽耶が賛成すると、サクラダイトのミサイルの話を聞いていた代表者らももっともだと頷き、各専門分野の科学者を日本に向かわせるとの承諾を得る。
 あれだけの兵器なのだ、意見と知識はいくらあっても多すぎることはあるまい。

  「シュナイゼルから必ず反応がある。それを一度待ち、改めて対応を協議する」

 そうゼロがまとめてひとまず会議は落ち着いたが、せっかく足並みが揃ってきた超合集国連合とEUとの連携を崩さないためにも、あの兵器の防衛策を考えなくてはならない。

 ルルーシュは仮面の下で歯ぎしりしながらも、ユーフェミアにニーナを黒の騎士団本部に連れて来るように指示し、ゼロが日本に戻るので代わって前線を星刻に任せるように命じるのだった。



 一方、ブリタニア首都ペンドラゴン上空に浮かぶダモクレス内ではシュナイゼルがいつもの笑みを浮かべてカノンの報告を聞いていた。

 「ほう、さすがはルルーシュ。あの中でも無事に生き残るとはね」

 「黒の騎士団の被害もこちらが想定していたほどではありませんでした。
 調べたところ、どうやらアルフォンス・エリック・ポンティキュラスがとっさに避難命令を出し、それが功を奏したからのようですわ」

 カノンの報告に、シュナイゼルはなるほどと納得した。

 「あのウラン理論は彼も考えていた、ということのようだね。
 だが、それならあちらに打つ手は限られてくるね」

 「はい、シュナイゼル殿下」

 くすりと笑うシュナイゼルとカノンの視線は、先ほどシュナイゼルの指揮下にある海軍が回収したというコクピットの画像が送られてきたモニターに注がれている。
 そしてそこから引きずり出されたのは、女性のように見えるがれっきとした男・・・ブリタニアでは青い虫と呼ばれているアルフォンス・エリック・ポンティキュラスだった。



[18683] 第四十三話  アルフォンスの仮面
Name: 歌姫◆0c129557 ID:3591e9b9
Date: 2013/01/20 15:01
 第四十三話  アルフォンスの仮面



 エーギル基地が破壊された翌日、日本に戻ったルルーシュはまず黒の騎士団本部に待機していたユーフェミアと今後について話し合った。
 その横にはルルーシュに言われてユーフェミアと同行したニーナがおり、何故自分が連れてこられたのだろうとおどおどしている。

  「時間が惜しいから話だけ先に言わせて貰うぞ、ユフィ、ニーナ。
 エーギル基地を破壊したのは、ウラン原理による爆弾だ。
 ニーナがエネルギー炉として考えていた理論を、シュナイゼルはよりにもよって例のダモクレス計画に使うべく大量破壊兵器として開発したんだ」

 その言葉を聞いたニーナは、ウラン理論をアルフォンスに見せた時に爆弾として使われたら恐ろしいことになると言われたことを思い出し、蒼白になった。

 「そ、そんな・・・本当にあれを兵器として使ったの?!
 確かにあれなら・・・基地を一つ消すくらいは出来るかも・・・」

 ガタガタと震えながらそう言ったニーナに、ユーフェミアも同じ顔色になりながらも尋ねた。

 「そのウラン理論は貴方も考えていたようだけど、対抗策がありますか?」

 「・・・ウランは水につかると活動が鈍るのですが、それには大量の水素が必要です。
 海だったなら爆弾を海中に沈めるなどすれば何とかなるかもしれませんが・・・」

 「ああ、君がそれをアルフォンスに伝えてくれたおかげで、彼がとっさに海に避難しろと指示したから大きく被害を減らせた。感謝しているよ」

 アルフォンスのお陰で被害が減ったとはそういうことか、とユーフェミアは納得し、ニーナも己が呼ばれた理由をようやく理解した。

 「ルルーシュ、私を呼んだのはその爆弾をどうにかするための方法を・・・?」

 「そうだ。例のウラン理論をエネルギー炉として利用した場合、その暴走を止めるシステムがあっただろう?それを至急使えるレベルまで完成させて欲しい」

 それ以外に道はない、と真剣なまなざしで言うルルーシュに、ニーナは首を横に振った。

 「そんな、急に言われても・・・!あれは一応は出来たけど、貴方も知っての通り十九秒ですべての演算を手動で打ち込んでコンマ四秒でそれをぶつけないといけないレベルなのよ!
 それをいきなり使えるレベルまで完成させろと言われても、一日二日じゃとても間に合わないわ!」

 「もちろん時間を出来る限り稼ぐ。既に何発かはダモクレスに配備している可能性が高いから、どうしてもこの爆弾の対抗策は必要なんだ。
 あちらの思惑はどうであれ必ず一ヶ月は稼いでみせるし、既にエトランジュが各専門分野の科学者を世界各国から召集している。直に日本にやって来るはずだ」

 「でも・・・でも・・・私なんかが・・・!」

 失敗が許されない大仕事のリーダーに突然抜擢されたニーナは脅えたが、青い顔色のユーフェミアをちらりと横目て見てやがて小さく頷いた。

 「・・・解ったわ・・・なんとかやってみる。
 ユーフェミア様、私頑張りますから、そんな顔をなさらないで下さい!」

 ユーフェミアが困ったことがあれば自分に出来ることがあれば何でもすると誓った身だ。
 これは自分にしか出来ないことなのだからと、ニーナは無理やり自身を納得させて叫ぶように言った。

 「ありがとう、ニーナ。貴女には本当に迷惑ばかりでごめんなさい。
 でも貴女の研究の邪魔はさせないし、最大限の援助だけはさせて頂きます」

 ユーフェミアはあの恐ろしい爆弾を防げる希望が自分のすぐ身近にいたことに安堵し、ニーナの手を取ってぎゅっと握りしめる。

 「ルルーシュ、至急ニーナ達が研究に勤しめる研究施設の配備を行いましょう。
 研究費用や研究設備なども早く・・・!」

 「ああ、神楽耶が工業特区阪神の研究設備を既に徴収して、黒の騎士団の科学者チームを向かわせたそうだ。他にも大学の教授などが参加するとのことだ。
 エトランジュからは世界各国の科学者をチャーター機で送るから、成田空港で迎える準備を頼まれた」

 世界レベルで動いているプロジェクトにニーナは震えたが今さら否とも言えず、ルルーシュに言われるがままユーフェミアとルルーシュと別れてVTOLで阪神へと向かうのだった。



 黒の騎士団本部では予想だにしていない事態に皆驚き慌て、ゼロの対処法に心当たりがあるとの言葉に縋るしかないとの意見は一致したものの、落ち着きなくしている者が大半だった。

 神楽耶や桐原もシュナイゼルのリアクションを待ちつつも、超合集国連合の足並みを乱すまいと出来る限り調整を始め、国民達がむやみに脅えないようにと心を砕いている。

 エトランジュも現在日本に戻るべく全速力でチャーター機を飛ばし、その中でもギアスでアルフォンスに語りかけてやっと連絡がついていた。
 すぐさまエトランジュは一族やルルーシュに報告し、全員の間にリンクを開く。

 《アル従姉様、よかった!生きているとエド従姉様から聞いていましたが、話が出来ないと聞いていましたから心配で・・・!》

 今はどこにおられるのですか、どなたかに助けに行って頂きますと安堵の涙を流しながら尋ねるエトランジュに、アルカディアは実に言いづらそうに答えた。

 《ごめん、エディ。冷静に聞いてね・・・私、シュナイゼルに捕まった》

 《・・・え?》

 《何だと?!よりによってあいつに?!》

 安心したのも束の間、予想だにしなかった言葉にエトランジュは眼を見開き、ルルーシュは舌打ちした。

 《海中に逃げ込んだ後、そこに潜伏していたブリタニアの潜水艦とばったり・・・イリスアゲートは単体で戦える機体じゃないから、あっさりね。
 脱出装置を働かせて逃げようとはしたけど、だめだった》

 自嘲気味にそう報告するアルカディアに、チャーター機に座っていたエトランジュは目まいがして座席の背もたれに倒れこむ。

 《今、運搬用のナイトメアでシュナイゼルのダモクレスに連行されてるところよ。
  私わりとブリタニアに対してえげつないことしてきたから、まあロクな目に遭わないと思う。
 でも何とかこの機会を利用してあの野郎やダモクレスに関して調べられるだけのことは調べて知らせるから、ゼロと連携して最大限その情報を使いなさい》

 自分が捕まったことすらチャンスに変えようとするアルカディアに、エトランジュは震えながら言った。

 《そ、それはもちろんですが、でも・・・》

 《・・・私達は戦争をしているの。これまでアクシデントが多くあっても何とか味方をあまり失わずに来たとはいえ、それは運があってのこと。
 だから私が人質にされても、『人質?どこに?』ぐらいの気持ちで対応するのよ、いいわね?》
 
 それが一番いい手段だと理性では理解したエトランジュだが、どうしても頷くことが出来ない。
 
 《アル従兄様・・・》

 《私も無駄死にするつもりはないわ。やっとここまで来たのよ、私情でみんなの努力を台無しにするのは許さない。
 例の爆弾についても、出来るだけのことは調べるから》

 《・・・解りました。申し訳ないがよろしくお願いする。
 こちらも出来る限り貴方の救出に手を尽くすことを約束しよう》

 ルルーシュが数多く借りのあるアルカディアをこんな形で失いたくはないので救出の策を考えると言うと、アルカディアは冷たい口調で言った。

 《あんたともあろう人間が、優先順位間違えてんじゃないわよ。
 ダモクレス計画の頓挫とラグナロク計画の首謀者の抹殺があんたの最優先事項でしょう。
 間抜けにも捕まった捕虜(わたし)の救出なんか、最後らへんに位置する順位でしょうに》

 《アルカディア、だが・・・》

 《あんたのそういうところは嫌いじゃないわ。でも絶対失敗が許されない以上、余計なことはしなくていいの。
 こっちもやることやったらシュナイゼルが持った余計なカードを消しとくから、存分にやっといてね・・・エディをよろしく頼むわね》

 自分がお願いするのはそれだけだ、ときっぱり言い切ったアルカディアに、ルルーシュはアルカディアの台詞の意味を瞬時に悟りしばらく考え・・・そしてそれを了承した。

 《解った、必ずダモクレスを攻略し、ラグナレクの接続計画の首謀者を抹殺することを優先する。
 だが貴方も生きることを諦めず、くれぐれも人質にならないための自害など考えないで頂きたい。エトランジュの心を守るためだ》

 アルカディアはルルーシュの言葉に瞠目し、バカなことをと言い返そうとしたが、他の一族もアルカディアが自害するつもりであることを知り、それに同調して口々に言った。

 《ゼロの言うとおりだ、お前ならやりかねん!いいか、絶対にそんなバカなことをするんじゃないぞ!》

 《アルは目的のためなら自分を犠牲にするのだっていとわないから・・・!お願いだからそれだけはやめて!いいわね!》

 アインと母エリザベスの声に読まれてたか、とアルカディアは溜息をつく。

 《アル従兄様・・・私もやめてほしいです。私、絶対従兄様が人質にされても目的は忘れず、ちゃんと理不尽な要求ははねつけますから・・・》

 きちんとやるから安易に死を選ばないでと訴えるエトランジュに、アルカディアは前髪を掻き揚げた。

 「これだからエディは・・・」

 《アル従兄様?あの、怒ってらっしゃいますか?》

 《怒ってないわよ、全然。ただ、ちょっとやる気出ただけ》

 《やる気、ですか?》

 何だかよく解らないが、アルカディアは自害の道を選ぶのを思いとどまってくれたようだとエトランジュは安心した。

 《けっこうなことしまくったから、いい扱い受けそうにないけどまあいいか。
エディが言うなら仕方ないから、ぎりぎりまで粘ることにする。
 ・・・あ、今からダモクレス内に入るみたい。エディは一度リンクを切りなさい、アッシュフォードの時みたいにまた倒れるわけにはいかないでしょう?
 大丈夫、エドとは常時連絡取りあうわ》

 《そうだな、コードを通じてのほうが負担が少ない。
 エドの合図で再びエディがリンクを開けばいい》

 アルカディアの案にアインが賛成すると、エトランジュはアルカディアが心配だったが確かに必要もないのにリンクを開き、肝心な時に己が倒れて連絡がつかなくなるのはまずいと、それを了承した。

 《アル従兄様・・・必ず生きてお帰り下さい。私、待ってますから》

 《エディにそう言われたら、叶えないわけにはいかないなあ》

 クスクスと笑うアルフォンスに、エトランジュはどう返せばいいのか解らず困惑した。
 
 《じゃ、ちょっとはた迷惑な建造物のチェックに行ってくるとしますか。
 そっちは任せるから、またあとで!》

 明るい口調でそう言ったアルフォンスに、エトランジュも努めて明るく言った。

 《はい、私もあの爆弾を阻止するために科学者の方々に出来るだけ集まって頂き、協力を依頼してみます。
 幸いブリタニア植民地を回った時や、超合集国との同盟が成立した時にも科学者の方と何名か知り合えましたし・・・》

 専門がどうとかそこまではエトランジュは知らないが、とにかく自分が出来ることは何でもすると言うエトランジュに、それでいいとアルフォンスは言った。

 《僕の大学の物理学の教授に話を通すんだ。イタリアの最高大学の教授と知り合いだったはずだ。アドレスは・・・》

 科学者関係の人脈なら豊富にあるアルフォンスが、何故こんな時に捕まってしまったのかとエトランジュは大きくため息をついた。
 物理や科学の知識を持ち、こんな時にこそ大きな力を発揮するアルフォンスではなく、どうせならお飾りでしかない自分が捕まっていればよかったものを。

 知る限りの情報を伝えてリンクを切ったアルフォンスを思い、エトランジュひたすら他人にお願いするだけしか出来ない自分を情けなく感じ、座席に大きく身体を預けた。



 ペンドラゴン上空に浮かぶ天空要塞ダモクレス。
 そこの主に命じられて入城したナイトメアは、連行してきたアルフォンスをまず牢に移送した。
 そして同時に運んできたコクピットを技術室に引き渡すと、科学者達はさっそく解析に取り掛かる。

 「あの青い虫の機体は?」

 「脱出装置を作動させた場所と漂着した場所が離れていたせいで、手に入らなかったそうだ。
 出来れば本体も回収したかったが、海中に避難した黒の騎士団のナイトメア部隊がいたから、無理は出来なかった」

 珍しいナイトメアだから残念だと技術者達は囁き合い、それでも機体の情報くらいは解析出来そうだとイリスアゲート・ソローのコクピットのシステムを自分達のコンピューターに接続する。
 
 「よし、これでプログラムを・・・って、うわあああ!」

 イリスアゲート・ソローのデータを調べるべく立ち上げたプログラムに突然エラーが出たかと思うと、モニターに現れたデフォルメされたアルカディアとロイド伯爵のアバターが笑顔で告げた。

 [ざーんねんでした、貴方達、引っかかっちゃったの!]

 [このプログラムを不正な手段で開いた人は、即座に閉じないと不幸になります。悪しからず~]

 猛烈な勢いで感染を始めたコンピューターウイルスからダモクレスのプログラムを守るべく、右往左往しながらも技術者達は強制的に接続をシャットアウトした。

 「何という悪辣なシステムだ!正規の手段でプログラムを作動させなければ、自動的にウイルスが発生する仕組みになっている!」

 「捕まった場合の対処もしてあるとは・・・迂闊だったな。
 幸いウイルスは解析プログラムだけに感染したようだが・・・念のため他に感染していないか調べろ」

 舌打ちしながら技術者達は後始末に奔走し、先ほどの騒ぎをシュナイゼルに報告するとロイドやアルフォンスがやりそうなことだといつもの涼しい笑みを浮かべた。

 「戦術同様抜け目のないことだね。この様子ではコクピットの情報はおそらく全て削除されているはずだ。
 復元出来るかどうか、やって貰えないかな?」

 「はっ、殿下のおっしゃるとおり、あの青い虫のコクピットの中にある情報やプログラムはウイルス感染を除いてすべて消えておりました。
 ただ一つだけ残っているものがありましたが、それは大したものではないので」

 「それは私が判断しよう。何が残っていたのかな?」

 どれほど小さなものでも、あえて残したプログラムとはなにかとシュナイゼルが尋ねると、技術者は汗を拭きながら答えた。

 「ただの家族写真ですシュナイゼル殿下。
 ナイトメアパイロットは写真を持ち込めないので、代わりに写真を取り込んでモニターに映す者がいるので、あちらも同じことをしたものと・・・」

 そう言いながら技術者がコクピットに残されていた写真を数枚、シュナイゼルのパソコンに転送した。

 シュナイゼルはなるほどと納得しながら送られてきた写真を見た。
 確かにマグヌスファミリアで結婚式をしている写真や学芸会の様子などの写真が五枚、何の変哲もない家族写真である。
 
 シュナイゼルは五枚の写真をしばらく見つめ、ある共通点を見つけて呟いた。

 「悪辣な策を使うが、彼もまだまだうまく仮面を使いこなせていないようだね」

 どうやら技術者はその共通点には全く気づかなったらしい。いや、気が付いたとしても別に気にすることでもないと思っていることだろう。
 その五枚の写真に必ず同じ人物が映っているとしても、それが彼の家族の一員なら普通は誰も気にとめない。

 「捕えたアルフォンス王子は丁重に扱ってくれたまえ。だが彼にどんなにささいな情報を伝えることは許さない。
 例の準備が終わるまで彼の世話をする人間以外誰も入れず、何を聞かれても答えないよう、監視役に徹底させるように」

 「イエス、ユア ハイネス」

 技術者や軍の者達が敬礼してその命令を下に伝えるべく退出すると、補佐官のカノン・マルディーニが紅茶が注がれたカップを差し出した。
 シュナイゼルはそれを手に取ると、カノンに向かって言った。

 「たかが写真とはいえ、家族を自ら消すことが出来なかったようだね。
 見られてもどうということはないと思ったのだろうけど」

 普通ならほとんどのナイトメアパイロットがしていることだから誰も気にすることはないだろうが、それでも彼のような立場にある者が己の内心を悟られるような物を残すのはまだ甘い。
 
 「だが、あれほど頭の切れる彼を確保出来たのは幸運だ。今推し進めている策を邪魔されずにすむし、どんな能力かは解らないが、彼のギアスも使われずにすむ。
 もっとも、一番警戒すべきルルーシュがいるから油断は禁物だがね」
 
 「マグヌスファミリアの王族達のギアス・・・殿下はある程度目星がついておいでのご様子ですが」

 「おそらく、エトランジュ女王が持っているのはテレパシー能力だろう。
  だから天子を交えた会談を行った時私の申し出に本気で驚き、ルルーシュから対応法を聞いたと考えればつじつまが合う。
 あっという間にEUにも会談の内容が伝わっていたようだから、マグヌスファミリア王族全体で情報をやり取りしているはずだ」

 「なるほど、納得ですわね。だからアルフォンス王子に情報を与えるなとお命じになったのですね」

 エトランジュが一人としか交信できないと仮定しても、アルフォンスと繋がっていないという保証がないのだから、どんなささいなことでも情報を彼に与えるわけにはいかない。
 エトランジュはしっかりルルーシュと連絡がとれる立場にあるのだから、アルフォンスが彼女を通じてすべてを伝えればあの優秀な末弟がどんな手を打ってくるか解らないのだ。

 「さらに言えばEUで次々に私の息がかかった者が消されているのを見ると、自白能力か心を読みとる能力者がいると考えている」

 EUに繋がりを持っていた者達の逮捕が相次ぐと言う現象が起こったのは、ちょうどエリア11が解放されてエトランジュがEUに戻った後だ。
 その時新しい秘書として任命された中華出身だと言う彼女の母方の縁戚が現れており、日本人とブリタニア人との交換が行われた時にもその男はエトランジュに同行していた。
 その後さらに自分が手配した策がことごとく潰され、シュナイゼルは別の手を打つはめになっている。
 扇との密談に踏み込んだ時も悔しげな表情でモニターを睨んでいた彼がエトランジュの横にいたのを、シュナイゼルは見ていた。

 「確信はないが、十中八九彼女の秘書がそうだと私は思っている。
 だから極秘だったコーネリアのイシカワへの出撃が漏れ、ああも簡単に襲撃されたんだろう」

 「だとすればあちらには相手に命令を遵守させることが出来るギアス、仲間達全員の思考をつなぐギアス、相手の心を読むか考えていることを全て話させるギアスを持っていることになりますわね。
 ・・・普通ならまず勝ちようがない布陣ですが」

 自分なら早々に白旗を上げてしまいそうだと笑うカノンに、シュナイゼルは不敵に笑った。

  「だがあれほど強力な力を得てもここまで手間がかかっているところをみると、それさえも万能ではないということだろう。
  それにギアスをかけるとすれば、能力者と対象者との距離がある程度詰まっていなければならないようだ。つまりはじかに接しさえしなければそれで十分」
  
 さらに言えば、捕虜交換の時ゼロとして現れたルルーシュと会った時、ルルーシュは自分を支配しようとしたのだろう、誘いという名の命令をした。
 だがそれが不発に終わったところを見ると防ぐ手段はあるのだとシュナイゼルは思い、何故防げたのかと考えた。
 そしてあの時ルルーシュが自分と視線を合わせたことと己が最近使い始めたコンタクトに思い至って調べたところ、普通のコンタクトとは違う成分が使われていたことが判明したのである。

 (おそらくあれは父上の差し金だろう。私まで黒の騎士団に寝返られては困ると考えたようだ。
 あれの量産を始めて私の部下達につければ、ギアスは防げる)

 シュナイゼルはギアスについてはまだ中途半端な知識であり、目を合わせなくても使えるギアスがあることまでは思い至っていなかった。
 それでもルルーシュのギアスが目を合わせる必要があり、それを防ぐ手立てがあることに気付いた彼はさすがといえよう。

 「ダモクレスにまだ二発しかフレイヤが配備されていないと気付かれる前に、フレイヤの量産とダモクレスへの配備を急ぎたまえ。 
私は時間を稼ぐためと、ダモクレス計画の完成のために超合集国連合とEUに会談を申し込むとしよう」

 「配備は急ピッチで推し進めております。現在三弾目のフレイヤの配備を進め、同時にダモクレス内の製造工場の完成もあと三ヶ月を予定しております」

 「三ヶ月、か・・・ゼロを葬れたらよかったが、生きているとなると難しいね。
 その間に黒の騎士団と一戦交えることも想定しておこう」

 ギアスに対する対策と、フレイヤの完成。
 それさえ成れば自分の思い描く平和が実現する。

 と、そこへ一人の軍人がドアをノックする音が響き渡った。

 「失礼いたします、シュナイゼル殿下。ご報告が」

 「ああ、入ってくれたまえ」

 入室の許可を得て入ってきた軍人が敬礼すると、すぐに報告した。

 「先ほどアルフォンス・エリック・ポンティキュラスを収容した牢に、オデュッセウス殿下が面会に入りました。
 シュナイゼル殿下のご命令をお伝えする前でしたので、監視役が入れてしまったようで・・・」

 このダモクレスの主は事実上はシュナイゼルだが形式的にはオデュッセウスがそうであり、神聖ブリタニア帝国の第一皇子である。
 彼に命じられたのなら下っ端の監視役が従わないわけにはいかなかったのである。

 「兄上が、アルフォンス王子の元へ?・・・解った、すぐに向かおう」

 シュナイゼルは小さく眉をひそめると、部下に先ほど命じた準備を迅速に進めるように命じ、カノンを伴って自分の部屋を足早に出た。



 牢に移送されたアルフォンスは、今頃自分とロイドが作ったウイルスに翻弄されているであろう技術者達の狼狽ぶりを想像して暇を潰していた。

 (目隠しをされた状態でここまで連行されたのでダモクレス内部の様子は解らなかったな。思いっきり警戒されてる)

 食事が出来る程度に腕が使えるようにはしてあるが、きっちり手錠はされている。
 おまけに監視カメラが三台、スケルトンタイプの扉、銃を持った監視が二人と、始終自分を見張るシステムに囲まれていた。

 (おまけにここは空飛ぶ要塞。逃げるのは無理・・・。
 情報だけでもぶん捕りたいけど、ギアスで姿を消して逃げられても監視カメラで追跡されたらアウト)

 向こうはギアスについても知っているから、ある程度の対処も考えていることだろう。
 何この詰みゲー、と苦々しく思っていると、スケルトンタイプの扉の外に思いもよらぬ人物が現れた。

 「その、初めてお目にかかる、アルフォンス王子・・・」

 「・・・オデュッセウス・・皇子?何でこんなところに?」

 思い切り眉をひそめて警戒するアルフォンスに、オデュッセウスはさもあらんと大きくため息をついた。

 「エトランジュ女王の従兄王子が連行されたと聞いて・・・この件について、今さら何を言っても言い訳にしかならないことは解っている。
 シュナイゼルがまさかあんなことをするとは、私は思わなかったんだ。ただ父上を排除して、この戦争を終わらせると・・・!」

 「あのバカ皇帝のことだけ話して、ゼロも排除って部分だけは隠されていたってこと?ほんと今さらな言い訳だよね。
 解っててわざわざ言いに来て、人の神経逆撫でしに来たの?言葉だけの行動は何の意味もないんだけど」
 
 絶対零度の声音でアルフォンスが言うと、オデュッセウスはうなだれた。

 「・・・シュナイゼルがあんな形の平和を成し遂げようとしているのを止めたいんだが・・・ここには僕の仲間は誰もいなくてね。
 ほんの少数の側近がいるが、それも今は体よくダモクレスの一室に軟禁されているんだ。僕自身の自由も、かなり制限されているよ。おそらく今回が最後の自由行動になるはずだ」
 
 オデュッセウスはそう自嘲すると、これまで起こった出来事を包み隠さずアルフォンスに全て話した。
 父シャルルを排除し、自分が即位して超合集国連合とEUとの間に和平条約を結ぶつもりでクーデターに加担したこと。
 そのシャルルはシュナイゼルが捕える前に逃走したこと、そして自分がシュナイゼルの本当の計画を知ったのはエーギル基地が消滅した後だったことだ。

 「僕は全ての後始末を終えたら、ユフィに皇位を譲って父上の監視を兼ねて離宮で暮らすつもりだった。
 彼女の補佐にはシュナイゼルをつけて、責任を僕と父上がかぶればと・・・」

 戦争が終われば責任を引き受ける者がいる以上、皇帝と皇太子が責任を取るというのはもっともな話である。
 ユーフェミアは為政者としての性質は誰もが認めるほどの成長を遂げたが、それでも経験や知識はまだまだ不足しているから、それを補う補佐役が必要なのも確かだった。
 一番有能なシュナイゼルに傷をつけず、国是主義者の皇族や皇太子たる自分が責任を取る形で政治の場から退場させるのを己の最後の仕事にするはずだったと語るオデュッセウスに、嘘の色は見られなかった。

 「シュナイゼルがまともな思考回路をしていたなら、確かにそれがベストだったかもね」
 で、それが出来なくなったから愚痴を聞いてほしいとでも?」

 今さらそんな理想で終わった構想をを語られても、牢の中にいて何も出来ない自分にどうしろというのか。
 言いたいことが山ほどあるのはこっちだ、とアルフォンスはオデュッセウスを睨むように吐き捨てた。

 「ああ、すまないつい愚痴めいたことを・・・話して楽になりたいだけなのは解っているんだ。
 僕はこれまで状況を判断するだけで、何もしなかった。何かをしたつもりでいたかっただけなのも解っている。
 だが貴方が不機嫌になるのは承知の上で、聞きたいことがあるんだ。
 ・・・ユフィはどうしている?コーネリアのこともあの子は覚悟の上だったとは思うが、超合集国でどんな様子か気になって」

 長兄としてそれなりに弟妹のことを気にかけていたオデュッセウスは、こんな事態になって超合集国連合での立場がさぞ危うくなっているであろう妹を案じていた。
 有形無形の冷たい扱いを受けているかもしれないと思うと、正しいことをしようとしている三番目の異母妹が哀れでならない。

 「・・・日本解放後はエディや神楽耶天皇、天子様ともうまくやってるよ。
 日本人からの支持も強いし、親や姉のやらかした責任被るなんてバカなことはアドリス叔父さんだってさせてないから、別にそっちが思っているほどひどい扱いじゃない。
 代わりにナンバーズを酷使して無駄に大きな建設物造った国是主義の皇女とかに怒りの矛先が向かいまくってる。
 今は訳の解らない計画を立てて大量破壊兵器を造った皇子のほうにも向けてるんじゃないかな。
 首謀者がシュナイゼルでも、オデュッセウス皇子が加担してるのなら同類扱いされる可能性大だけど、ユーフェミア皇帝には同情こそすれ恨む理由はないね」

 夜遅くまで政務に励み、投書箱の中身を暇さえあれば読み、ブリタニア人の立場を出来る限りよくしようと努力を重ねている。
 それなのによりによって大量破壊兵器を用いてブリタニア基地ごと黒の騎士団を葬るなどということをしでかされ、ブリタニア人のほうにもさぞ動揺が広がっていることだろう。
 今頃ルチアのところに胃薬でも貰いに行っているかもしれない。

 そんな彼女にどれだけ迷惑かければ気がすむんだお前らは、とアルフォンスは吐き捨てた。
 もっともですと返すしかない言葉をずけずけ浴びせかけられ、完全に疲れ切った顔で額を抑えたオデュッセウスは、アルフォンスに向かって言った。

 「アルフォンス王子、貴方の身の安全は僕の地位が続く限り保証する。
 貴方がEUに送還されるよう、全力を尽くさせて頂こう。
 だから頼む・・・ユーフェミアを守ってほしい。悪夢のような兵器を生み出したブリタニアの希望は、あの子だけなんだ。
 シュナイゼルはあの子を傀儡にして合衆国ブリタニアを操り、ひいては超合集国連合を支配するつもりでいるんだよ。だからそうならないように手を打ってほしい。
 ユフィまで同類だと思われたら、ブリタニアは終わりだ」

 「・・・想像はついたけど、やっぱりか。EUのほうだって何らかの形で支配の手を伸ばすつもりなんだろうけど」

 「ああ、その件だが、シュナイゼルはその・・・エトランジュ女王と結婚して彼女をダモクレスに迎えるつもりらしい。
 世界でもっとも平和を望んでいる穏健派と名高い彼女を抑えれば、シュナイゼルが平和を望んでいるというアピールになるからと・・・」

 「はあ?今何てった?!」

 予想だにしていなかったシュナイゼルの策にアルフォンスは眼を見開き、スケルトンのドアに近寄ってオデュッセウスに詰め寄った。

 「エディを、あのシュナイゼルに?!脳の配線の位置が狂ってるあの男のところにやれと?!」

 それこそフレイヤ並みの悪夢だとばかりに激怒したアルフォンスに、オデュッセウスはたじたじになりながらも首を横に振った。

 「ぼ、僕はもちろん反対だが、シュナイゼルは僕の言葉なんか聞く耳を持っていない。
 これが一番早い平和の実現方法だと言うばかりなんだ。
 シュナイゼルのことだから、EUのほうにもその根回しを始めていると思う」

 あの野郎、と指を噛みながら憤るアルフォンスにオデュッセウスが声をかけられずにいると、背後から聞きなれた穏健な声が響き渡る。

 「兄上、あまり出歩かれては困ります。まして捕虜とはいえ敵の王子に安易に情報を与えるのはよくありません」

 「シュ、シュナイゼル・・・」

 「・・・さっきの話、マジで言ってんの?」

 いつもの優雅な笑みを浮かべている男の顔にそれこそマシンガンでも撃ちこんでやりたい衝動を答えながら、低い声音でアルフォンスが尋ねた。

 「聞かれたからには仕方ない。本当だよアルフォンス王子。
 エトランジュ女王は平和主義、反国是主義とはいえ自国を滅ぼしたコーネリアの妹であるユーフェミアが起こした国を援護し、平和主義のブリタニア人とも付き合い、世界各国を回って協力を呼びかけたとして世界でも評価が高い。
 極端なことを言えば、彼女を擁した陣営が平和を象徴すると言ってもいい」

 「・・・・だったら何でお飾りといえ皇帝のオデュッセウス皇子じゃなくてあんたなわけ?」

 「兄上には当初のとおり、天子様と婚姻を結ぶのがベストだと考えたからさ。
 こうも短期間に相手を変えるのは、いくら政略とはいえ心象的によくないしね」
 
 つまり超合集国連合最大の人口を誇る中華を抑えるために天子を、EUを抑えるためにエトランジュを、そして異母妹たるユーフェミアを抑えて合衆国ブリタニアを通して超合集国を支配するつもりかとアルフォンスは歯ぎしりした。

 「私もむやみにフレイヤを落として、世界を混乱に陥れたいわけではないんだよアルフォンス王子。
 ぜひ彼女達の協力を得て、穏健に世界を立て直していきたいと思っている」

 「自国の軍隊ごと相手の軍を消滅させるような兵器を造った時点で、穏健の域超えてるって解ってる? 
 あのバカブリタニアンロールだけ排除して、もう戦争やめますと言えばそれで済んだんだ。
 そりゃお前が油断ならないから警戒はするだろうけど、オデュッセウス皇子をアピールして会談を申し込むなりしてたら、こっちだってわざわざ攻め込む必要なんてなかったよ」

 警戒するのは避けられないが、それこそ時間をかけて信用を積み上げるということがどうして出来なかったのかとアルフォンスは呆れた。

 「鶏を裂くに牛刀を用いるってことわざの意味教えてやろうか?」

 「突然変異の鶏がいて牛レベルに大きくて頑丈に出来ていたら、牛刀を用いることもあるだろうね。
 そのやり方でも平和は成るかもしれないが、それでは時間がかかりすぎる。
 速やかに戦闘を中止し、その根源となっている者達を排除し、世界の立て直しを図るべきだ。
 今戦乱の時代のこの世界をまとめるには、知識や能力だけでは足りない。平和の象徴が必要なんだよ」

 シュナイゼルの理論は、確かに一理も二理もある。それはアルフォンスにも理解出来た。
 事実もはや長引く戦争に疲れ果てた世界を救うには、速やかに全ての戦いを終わらせることだとは、全ての国が一致した意見だった。
 だから国是主義のブリタニアを悪の象徴として倒し、合衆国ブリタニアを平和主義のブリタニア人の国と印象付けて共に新たな平和を創ろうとした。
 ブリタニア人とて他国に負けるくらいならと国民すべてが死を選ぶほど愚かではない以上、自分達が必要以上に虐げられることはないと理解すれば、反発が少ないだろう。

 「ブリタニアが侵略戦争を行わないと証明するために、エーギル基地も軍隊ごと消滅させた。
 ラウンズもほぼ壊滅状態で軍の規模もかなり減った以上、ブリタニアは国防が精いっぱい。これ以上の侵略行為は行えない」

 「・・・・」

 「人間にはそれぞれ適した役割というものがある。
 平和を望み多くを望まないエトランジュ女王は人民の安堵させる能力に長けてはいるが、惜しむらくは政治的能力がまだ若くて不足している。 
 フレイヤで戦争を止めた後は私と彼女でこのダモクレスから平和を主導していく」

 「・・・フレイヤってのが例の兵器の名前?」

 「そうだよ、北欧神話で豊穣の女神の名前だ。
 アルフォンス王子、君が彼女を愛しているのは知っている。
 だが君も王族として生まれた以上、私情を優先するわけにはいかないことは解っているはずだ」

 (・・・・!!)

 いきなりな台詞にアルフォンスは眼を見開いた。
 なぜならそれが、まぎれもない己の本心であったからである。

 (な、なんでこいつがそれを?!こいつがギアスを持っているはずはない、だったらなんで・・・!)

 アルフォンスがエトランジュを大事に思う心が恋だと自覚したのは、エトランジュがルーマニアで起こった人質籠城事件の後、世界各地を回るようになってからだった。
 それ以前からエトランジュのことは家族の中でも一番大事だと思ってはいたけれど、一人の男として彼女を見ていることに気付いたのは本当に突然だった。
 
 きっかけはささいなことだった。
 まだ日本に来る前のことで、マグヌスファミリアのコミニュティに遊びに来ていたイタリアの友人がエトランジュに歯の浮くような台詞を吐いていた。

 『アルから貴女のお話はよく聞いています。実際に見ると貴女は白百合のようにかわいらしい』

 イタリアの男性は女性を褒めるのが国民性といっていいほどに日常茶飯事のことだったから、彼としては特にエトランジュに強く思うことがあったわけではない。
 それはアルフォンスも解っていたのだが、非常に不愉快に思って友人をエトランジュから引き離して自室に連行した。

 エトランジュが困っているだろうがバカ、と怒るアルフォンスに、彼は笑ってこう言ったのだ。

 『そう怒るなよアル。まるで彼女に恋でもしてるみたいだね』。

 イタリアでは従兄妹同士でも結婚が認められているから本気でそう言ったのか、いつも不安にさいなまれている自分を和ませようとした冗談だったのかは解らない。
 けれどその些細な言葉を、自分は何故か否定することが出来なかったのだ。

 一度気付いてしまえば、もう後は坂道を転がり落ちるようにエトランジュのことばかりが脳裏を占めた。
 マグヌスファミリアでは直系同士の恋は認められていなかったから、誰にも相談出来ない秘密の恋心。
 エトランジュに知られてしまえば困らせるだけなのは明白だったし、どうあがいても自分はエトランジュと結ばれる運命にないのだから墓場まで持ちこもうと決めた。

 そしてその恋心を隠すためか、アルフォンスはエトランジュの前では“アルカディア”としての己のほうをあえて演じた。
 家族としてエトランジュを見るための、苦肉の策だったのだ。

 今日初めて会った人間がそんな自分の個人的な感情を解るはずがない、ハッタリかと内心で考えを巡らせながら、またエトランジュとの間にリンクが開いていないことに安堵しながら探りを入れる。

 「そりゃ、エディのことは家族だから愛してるよ。何を今さら」

 「そうだね、マグヌスファミリアの王族は皆互いを大事にしている。身内同士で血で血を洗う戦いを繰り広げている我が一族に、ぜひとも見習わせたいほどだ。とくにエトランジュ女王は本当に尊敬している。
 だけど仮面をうまく使いこなすのは、上に立つ者としての必要なスキルだ。
 エトランジュ女王もそれを理解してか、人前では強く人類を導かんとする女王の仮面をかぶっているようだが、彼女には荷が重すぎる。
 このまま黒の騎士団とEU軍が勝てば彼女はそのネームバリューから逃げられず、ずっと政治に関わらなくてはならなくなる。
 それから解放してあげたいと君は思わないかい?」

 エトランジュの苦労を知っているかのように語るシュナイゼルを見つめながら、アルフォンスは今この場でギアスが得られるとすれば、相手の目を見るだけで相手を殺せる能力が欲しいと心底から願った。
 そういえば枢木神社に行ったルチアが、あちこちの木にクロヴィスやコーネリアなどの名前が書かれた藁人形が釘で打ちつけられていたと言っていた。
 それを聞いたスザクが引きつった顔でそれは呪いだと言っていたので、案外効くのかもしれない。
 
 (アルフォンス王子は彼女を一人の女性として見ている。
 彼が乗っていた機体のコクピット・・・見事にプログラムが削除されていたけど、家族写真だけは残されていた)

 あの時プログラムに残されていた写真は五枚ともすべて、エトランジュが映っていた。おそらく彼が撮ったものだろう、アルフォンスだけが映っていなかった。

 「・・・だったらお前が死ねばいいと思うよ。
 エディはその仮面を被ることは覚悟の上だし、一族全員でそれを手助けするつもりだ。
 だいたいエディを利用するつもりなのはお前も一緒だろ」

 アルフォンスは“愛している”が家族愛だとシュナイゼルが受け取ったと勘違いし、内心でほっとしながらもそう言いながら睨みつける。
 それはブリタニア皇族であるルルーシュとナナリー、そしてユーフェミアが互いに愛していると言い合っているのを見ていたせいで、ブリタニア皇族が家族内でも使う言葉だと認識していたからである。
 だからシュナイゼルに己の隠していた恋心を知られてしまったことに気付けなかったのだ。

 「それを言われると返す言葉もないね。だが私もすでに行動に移した以上、引くつもりはない。
 必ず彼女をダモクレスに呼び寄せて、皆が望む平和を完遂させてみせる」

 「ここから出たら、何が何でもお前を殺す。ロクでもない計画ばかり立てやがって、このバカ父子が!」

 怒鳴るアルフォンスに、生まれて初めて面と向かって馬鹿と言われたシュナイゼルは内心で眉をひそめた。

 「・・・では私達はこれで失礼する。兄上もどうぞお部屋に戻って、お休みしてはいかがでしょうか?」

 勧めているという形の弟の命令に、もはや自分の立ち入る隙がなかったオデュッセウスは肩をすくめて頷いた。

 「解った・・・そのアルフォンス王子。必要なものがあれば届けさせるが、何かあるかな?」

 「・・・じゃあ藁人形と五寸釘って、ある?」

 ものすごい低温の声音で妙なものを頼まれたオデュッセウスだが、釘はあるかもしれないがたぶん藁人形はないと答えたので、なら別にないとそっけない返事が返ってきた。
 だがアルフォンスは申し訳なさげに立ち去ろうと背を向けたオデュッセウスに向かって先ほどより柔らかい声音で声をかけた。

 「オデュッセウス皇子、さっきの『言葉だけじゃ意味がない行動』って言葉、取り消すよ。
 たとえ愚痴でもなんでも、貴方がしたことは無意味じゃなかったから」

 何かをしたつもりになりたいだけだったと、オデュッセウスは言っていた。
 だが何かをしたいという気持ちがあったのも、また事実だ。
 ただ愚痴を言い、本来なら伝える事の出来ない極秘情報を言いに来ただけ。普通なら確かに意味のない行為。
 だけどそれはアルフォンスはもちろん、マグヌスファミリアにとっては大いに意味がある行動だったのだ。

 「・・・え?」

 意味が解らないが、アルフォンスは自分に対しては穏やかな声音を向けてきたので思わず振り返った。

 「貴方が僕に教えてくれた情報は無駄にしない。僕は貴方に感謝する」
 
 シュナイゼルのとんでもない計画を教えてくれたことは、万の宝石を与えられたに等しい。
 早くエドワーディンにこのことを伝え、対処法を協議しよう。

 (今からなら何とか間に合う!早くエドワーディンに・・・)

 コードを通じてなら、こちらからでもエドワーディンに話しかけることが出来る。
 
 オデュッセウスはそれを言ったきり黙りこくったアルフォンスに小さく頭を下げると、シュナイゼルに急かされる形で牢のドアから歩き去った。

 《エド、エド、聞こえる?!至急報告したいことがあるから!》

 《・・・アル、どうしたの?そんなに慌てて》

 黒の騎士団本部にエトランジュといたエドワーディンがすぐに応じると、エトランジュは何かあったとすぐさま全員の間にリンクを開いた。

 《アル従兄様・・・!》

 《ああエディもエドの傍にいたのか、よかった!実はシュナイゼルが》

 エディと政略結婚をたくらんでいる、と言おうとした刹那、牢のドアが開いて白衣を着た男と兵士が二名、入ってきた。
 白衣を着た男の手には注射器が握られており、針の先からは透明な液体がぽたりと流れ落ちるのが見えた。

 「・・・あんたら、何の用?」

 「何も言うなと言われている。抑えろ」

 拘束されているとはいえ、暴れられるのは面倒だという男に指示された兵士達は、淡々とアルフォンスを抑えにかかった。

 暴れるアルフォンスだが、抵抗しても無駄だと己で解っていたため、先にこれだけは伝えておかねばとエトランジュ達に伝えた。

 《シュナイゼルが、エディとの政略結婚を企んでる!天子様とオデュッセウスとの政略結婚もだ!
 絶対それだけは阻止するんだ、どんな手を使っても!!》

《何だと?だがなるほど、あの男の考えそうなことだ。至急その策を防止する方法を協議するとしよう》

 ルルーシュがそう言うと、アルフォンスは顔には出さなかったが伝えられてよかったと安堵した。
 そのゆるみが身体に出たのだろう、腕を掴まれ固定されたアルフォンスの血管に、注射器の針が刺されてゆっくりと薬液が注入されていく。

 「くそっ・・・・!」

 《・・・そ、それから・・・僕はたぶんもうリンクを繋げることが出来なくなる・・・。
 エディだけは守ってくれ・・・それだけ・・たの・・・む》

 《アル従兄様、アル従兄様!!しっかりなさってください!何があったのですか?!》

 急速に意識がなくなっていくアルフォンスは、悲鳴じみた声を上げるエトランジュの声を聞きながら縋るように言った。

 《アル従兄様!!》

 最後にアルフォンスの頭に響き渡ったのは、一番愛した少女の自分の名前を呼ぶ声だった。



 シュナイゼルとオデュッセウスがアルフォンスの牢から立ち去ると、オデュッセウスはシュナイゼルに向かってたぶん聞き入れまいと思いながらも再度諫言した。

 「シュナイゼル、やはりもう一度考え直してみたらどうだい?エトランジュ女王はよくても、君と彼女がいなくなった後このダモクレス内で争いが起こっては意味がない。
 医療設備があるとはいえそれだって永続的なものじゃないし、医者の育成だってだね・・・」

 「その心配はありませんよ兄上。私とエトランジュ女王は永遠を生き、平和を永続的なものにしていくのですから」

 「永遠を・・・生きる?」

 オデュッセウスは意味が解らないと首を傾げるが、シュナイゼルはそれ以上を語らなかった。
 
 (不老不死をもたらすという力。それさえ手に入れれば、私とエトランジュ女王とでこの平和を永続的なものに繋げることが出来る。
 そのためにも、ギアスを生み出す力と不老不死の力は必要だ。
 アルフォンス王子の処置は済んだし、あとはルルーシュがどう出るかだな)

 アルフォンスが持つウラン理論の知識をエトランジュ達に伝えることを防ぐため、シュナイゼルは医師に命じて彼に睡眠薬を定期的に打つことにした。
 ルルーシュが目を合わせて声を出すという形でギアスを使ったので、深く眠らせてしまえばギアスは使えないとシュナイゼルは読んだからである。
 眠っていてもテレパシーのギアスを使えるというのなら意味がないが、打てる手は打っておくべきなのだ。


 シュナイゼルはそう考えながら、早く処置をさせたとはいえオデュッセウスの勝手な行動のせいでこの計画を知ったかもしれないマグヌスファミリアが策を立てる前に、結婚の申し込みを早めることを決めたのだった。




[18683] 第四十四話  光差す未来への道
Name: 歌姫◆0c129557 ID:3591e9b9
Date: 2013/01/20 15:09
  第四十四話  光差す未来への道



 合衆国日本の黒の騎士団本部にあるエトランジュの部屋で、アルフォンスからとんでもない報告を受け取ったマグヌスファミリアの一同がある者は焦り、ある者は怒り、そしてどう対処すべきかと考えていた。
 そこにはルルーシュとC.Cも同席しており、連絡が取れなくなったアルフォンスの身を案じている。

 そして当のエトランジュはアルフォンスがシュナイゼルに捕まったというだけでも倒れたいほどなのに自分とシュナイゼルとの結婚という考えもしていなかった事態に脅え、アドリスの横で青ざめていた。

 「エドワーディン王女がコードを通じてさえ会話が出来なくなっていると言っていたが、どういうことか解るか?C.C」

 「コードを通じての交信は、双方の意識がある時にしか行えない。
 おそらく何らかの手段で意識を奪っているんだろう」

 かつてアーニャに憑依していたマリアンヌも、自分の意識が表に出ている時にしか話をしていなかった。
 自分がクロヴィスに閉じ込められていた時も、殆ど意識を奪われていたせいで交信が出来ず、C.Cがどんな状況にあったかを知らないマリアンヌは彼女を自分達の手元に戻すことが出来なかったのである。
 もし把握していたら、シャルルがクロヴィスに対して引き渡しを要求していたはずだからだ。

 ルルーシュの問いにC.Cがそう答えると、アルフォンスの母であるエリザベスの顔から血の気が引いた。

 「なんてこと・・・!アル・・・!!」

 「私も新宿事変の後コードを通じてルルーシュがアッシュフォードにいることも、どんな状況にあったかも調べられた。
 こちらでどんな状況にあるか、少しは把握出来る」

 せめてもの慰めのC.Cの言葉に、エドワーディンは頷いた。

 「お母さん、アルは生きてる。牢に閉じ込められてるけど、最新の医療機器でアドリス叔父さん以上の手厚い看護を受けられてるみたい。
 まさかこの状況をあの時みたいに何年も続ける気はないんでしょ?大丈夫よ」

 エドワーディンが必死で悲しみ憤る母をたしなめると、ルルーシュは頷いた。

 「当たり前です、最長でも三ヶ月以内には事態を打開しなくてはなりません。
 シュナイゼルもエトランジュとの結婚が視野に入っているのなら、こちらの心証を悪くしないためにも必死で彼の安全を確保するはずです。それに人質というものは無事だからこそ価値があるもの。
 彼を眠らせたのは、おそらく情報をこちらに伝えさせないためだと思われます。ギアスのことを知り、情報伝達タイプのギアスがあることを予測したのではと・・・」

 「なるほど、理に適った推測です。ではアルの言うとおり、先にエトランジュとの政略結婚を回避する方に重点を置きましょう。
 この子までがシュナイゼルの手に落ちたら、これまでの苦労が無に帰してしまいます」

 アドリスが不愉快そうに吐き捨てると、ルルーシュも忌々しげに同意した。

 エトランジュが何故平和の象徴として祭り上げられたかというと、それはルルーシュ(ゼロ)と会う前は地道に世界各国を回って連携してブリタニアを打倒しようと説き、超合集国連合成立後は国民の仇であるコーネリアの妹が皇帝の合衆国ブリタニアを認めるなどの功績を収めたからだ。
 シュナイゼルの言う通り、エトランジュが支持する陣営が平和への道に繋がるというイメージは本人の望まないところで出来上がっており、いわばあの男はエトランジュがこれまで積み上げてきた信用を使って己の計画を発動しようと言うのである。

 「ですが実際にその計画が発動されてしまえば、エディは自身の保身と引き換えに世界を売ったと糾弾(ごかい)され、その信用が一気になくなってしまいます。
 信用は積み上げるのは難しい割に、なくしてしまうのは笑ってしまうほど簡単ですからね」

 だがそれを阻止するのは難しいと言わざるを得なかった。
 一番いいのはすぐにエトランジュが誰かと結婚することだが、王族、貴族の結婚は恋愛であろうと政略であろうと、手続きというものが必要である。
 当然国民達にも知らせる必要があり、秘密裏に事を進められないのだ。
 シュナイゼルも当然それを予測し妨害にかかるであろうことは明白なこともあり、その手は使えそうにない。

 「だったら、うちの国民の誰かは?それならすぐに・・・!」

 エリザベスが提案するが、アドリスは首を横に振った。

 「・・・エディの夫ともなれば、外国の人間とのお付き合いや政務能力が必要になる。
 王族以外にそんな教育を受けている子は、残念ながら・・・いません」

 ルチアが教師として赴任してからマグヌスファミリアは皆英語こそ話せるし以前よりは学力も上がってきたものの、世界で通じるレベルかといわれるとそうではない。
 アルフォンスや他の直系が外国で教育を受けるレベルまでになったのは己の努力によるものであり、それは王族の仕事であるという概念で勉学に専念出来たからこそだ。

 「政務が出来るのは王族だけ・・・でも直系同士の婚姻はマグヌスファミリアでは認められていない以上、その手は使えないというわけね。ならゼロとは?」

 「それを超合集国連合やEUに認めさせるための時間が必要になります。
 もっとも使えない手段といえるでしょう」

 「だったらどうするの?!みすみすエディをシュナイゼルのところにやるの?!」

 「そんなつもりが私にあると思うんですか、リジー姉さん。
 今考えているところです・・・ゼロも同じです。少し黙っていてください」
 
 息子が己の身を危険にさらして聞き出せた情報を無駄にするつもりかと怒鳴るエリザベスに、アドリスはしばらく考え込んだ。
 ルルーシュも同じく優秀な頭脳をフル回転させ、ある方法を提案してみた。

 「王族の誰かを養子に出して、その上でエトランジュと結婚させるというのは駄目ですか?
 従兄妹同士の結婚なら外国で認められているのはよくあることと説明すれば・・・」

 「マグヌスファミリアで直系同士の結婚が許されていないのは、血族同士の血が強められてよくない事態を引き起こすのを防ぐためです。
 経験的に血が強いほどあまり健康とは言えない子供が生まれる例が多いと知られていましたから、マグヌスファミリアは形式より実際を重んじるので養子に出される先が納得するかどうか・・・ん?待って下さい。そうか・・・それなら・・・」

 アドリスは自分で口にするうちに妙案を思いついたのか、一度自分の中で整理し、そして提案した。

 「一つ、方法があります。少々厳しいですが、二つの条件をクリアすればエディを嫁にやらずに済みます」

 そう前置きしてその方法を語ると一族達は驚いて顔を見合わせ、代表してアインが叫ぶ。

 「ちょっと待て!そんな無茶をやるのか?!
 それにそれが認められたとしても、バレればいろいろ面倒だぞ!」
 
 「うちの国なら隠ぺい工作にさほど面倒はありません。
 家族を裏切る者が我がマグヌスファミリアにいるとでも?アイン兄さん」

 「それは・・・確かに。私としてもエディの相手が彼なら安心だし適任だと思う。だが・・・」

 アインがちらりと自分の結婚相手を決められかけているエトランジュに視線を移すと、彼女は以外にも落ち着いた様子である。

 「エディはそれでいいのか?お前には悩ませることになると思うが・・・アドリスもエディの心情を考えて・・・」

 「考えた末で彼を推薦しました。他に策は残念ながらありません」

 時間があれば別だが、アインもシュナイゼルが早々に手を打つと解っていたため、今すぐに打てる手段だと理解した。

 そして一斉にエトランジュに視線を向けると、彼女はしばらくの間考え込み、いくつかの質問を一族に投げかけ、答えを聞いて驚き顔を赤くし、最後に静かに頷いた。

 「解りました。私はその結婚に同意いたします。
 神楽耶様や天子様にも伝え、ご協力して頂きたいと思います」

 「エディ・・・」

 「いいんです、お父様。ですから、そんな顔をなさらないで下さいな」

 エトランジュは柔らかな笑みを浮かべて父を慰めると、椅子から立ち上がる。

 「ではこの件を神楽耶様と天子様にお伝えして参ります。
 ルルーシュ様、申し訳ありませんがご同行願えますか?」

 「解りました。私も全面的に協力いたしましょう。
 そちらの根回しが出来れば、海外からの大した批判は受けないと思います。
 マグヌスファミリアでしか出来ない奇策ですから、シュナイゼルも妨害は出来まい」

 ルルーシュはこんな形で思いもよらぬ人物とこのような形で結婚することになったエトランジュに大きく同情しながら、彼女と共に部屋を出るのだった。



 工業特区により日本最大の工業都市となった、阪神。
 そこにある大きな研究施設は現在、政府により借り上げられて関係者以外立ち入り禁止区域になっていた。

 「うっひょー、見なよラクシャータ。オックスフォード理工学部教授に、ミラノ工科大学の研究者が団体でお越しだ」
 
 「凄いメンバーだ。これほど有名な科学者が一堂に集まるなんて、百年に一度あるかないかじゃないかい?」

 研究発表や有名な賞の授与式以外で、様々な分野に渡る世界中の科学者が一つの目的のために集まるというのは、おそらく世界でも初めてではないだろうか。

 写真でしか見たことがないような研究者を遠目からロイドは見つめ、その横でラクシャータが来客表を見て言った。

 「でも来るのを拒否した連中もいるらしいね。
 ダイヤモンド輸出国として有名な国の王は科学者としても著名なんだけど、大量破壊兵器が生み出されたっていう状況下で国王が国を空けるわけにはいかないって・・・」

 その国王の異母兄も科学者であり、彼の姿は見えるがそれが限界だったのだろう。
 
 「ああ、何か凄いロボット造ったって聞いたことある。会ってみたかったけど、事情が事情だから仕方ないよね。
 あ、でもその国から来たシバイタロカ博士って誰?聞いたことないけど」

 「あたしも知らないね。でも国王の身元保証書持ってたよ」

 やたら美形なSPと共に入って来た小柄な博士はあちこちを見渡していたが、やがて自国の国王の異母兄と何やら話しながら大会議室へと入って行った。

 「元は軍需製造会社だったけど、今の社長になってアミューズメント・ゲーム産業に転換した日本の会社の社長が来てたね。
 何でも凄い発明家でもあるらしくて、ゼロが直々にスカウトしたって話だよ」

 何だかやたら偉そうなところとか奇抜なファッションとか似てたね~とロイドは笑い、その社長が持って来た白い竜の画像が立体的に浮かび上がる装置を興味深げにいじった。

 「とりあえず出来る限りの知識人をかたっぱしから集めたようだね。
 全員集まり次第、この施設はあのニーナお嬢ちゃんが考えたウラン暴走防止理論を完成させるまで情報漏えいを防ぐために封鎖。
 あの腹黒皇子があんな爆弾をもう一度使う前に、完成させないと」

 さすがにラクシャータもあの兵器には眉をひそめ、錚々たるメンバーを前にして脅えているニーナの傍にセシルをつけて精神衛生に当たって貰っている。

 専門ではないと言っている場合ではないため、ラクシャータやロイドらも召集を受けていた。
 おそらくその装置をナイトメア等に搭載するので、それ専用のナイトメアを造ることになるからである。

 「ニーナ君のこの十九秒とコンマ四秒だけど・・・これなら今の蜃気楼でシステムを構築、そしてランスロットか君の紅蓮でぶつければ何とか出来るんじゃないかい?」
 
 「理論上はそうだけど、思いっきりぎりぎりの綱渡りじゃないか。
 最悪完成できなきゃ渡って貰うしかないけど、出来る限り綱の強度は強めておきたいところだね」

 「他のメンバーにも使えるんなら、二度、三度撃たれても安心だしね。
 とりあえずこの理論を前提に、僕らはナイトメアの反応速度を高めてドルイドシステムを簡易的に扱えるようにしておこう。
 アルフォンス王子がいてくれたらなあ、システム構築にはまだ安心出来たんだけど」

 常は反発し合っている二人だが、あの兵器に関してはどうにかするべきとの意見は一致していた。
 殺戮兵器を造り続けた科学者としての自覚はある自分達だが、それでも全てを無に帰すフレイヤだけは容認したくなかったのである。

 「最終入場者を確認いたしました!これよりこの研究施設は、機密保持のため封鎖されます。
 必要な物がございましたら、お気軽にスタッフにお申し付け下さいますようお願いします。食事や入浴などの準備は、先にお配りしたパンフレットの通りです!」

 数多の言語でそう繰り返し放送が流れると、ラクシャータは来客表をファイルに戻して大会議室へと歩き出す。

 「さあて、お嬢さんが頑張ってることだし、あたしらも行くよプリン伯爵」

 「りょーかい。予算も設備も使い放題なんだし、思い切りやらせて貰うよ」

 二人が大会議室に入室すると、その扉は小さな機械音を立てて閉じた。
 それを見送った警備員は敬礼し、会議の行方が終わるまで静かにその扉の前に立つのだった。



 さまざまな理由によりこの場に来ることが出来なかった者もいたが、それでもEU、超合集国連合から幾多の賞を授与され、研究者として名をはせた者達が集まった大会議室。
 その壇上で、ラクシャータが常のおちゃらけた態度を封印して真面目な態度でエーギル海域で使用されたウラン原理の爆弾の説明を行っていた。

 「この戦いに参加したアルフォンス・エリック・ポンティキュラスが脱出装置を働かせた後、こちらに送ってくれたデータです。
 他にも斑鳩で取れたデータもあり、これにより判明した兵器の概要はある程度解りました。
 まだ世界では発表されておりませんでしたが、研究をなさっていた方もいらっしゃることでしょう。ウラン理論によるものです」

 「なんと・・・!恐れていたことを実行に移した愚か者がいたのか」

 「わしなぞはあれは危険と思って、研究するのをやめたというに・・・!」

 「ウランとはなんですか?ご説明を願いたい!」

 ウランと聞いてそれを研究していた者からは恐れを口にする学者が出、知らぬ者は眉をひそめた。

 そしてラクシャータがウランについて語り、それを爆弾に利用したのが今回ブリタニアのエーギル基地を消滅させ、黒の騎士団に大きく被害を与えた悪夢の兵器であると伝えるとざわめきが大会議室に広がった。

 「この恐ろしい威力を持つ兵器をブリタニアが持ったことは脅威に値します。
 また、これに眼をつけて世界中でこれが量産されてしまえば想像するのもおぞましい。
 ゼロは我々にこの兵器を止める手段を完成させるよう、依頼されました。どうか諸氏のご協力をお願いしたい」

 「それはもちろん、協力はさせて貰いたい。じゃが、まだブリタニアとは戦争中じゃろう?
 一朝一夕ではとても間に合わんわい・・・わしとてそれが思い浮かばず、研究をやめたという経緯があるでな」

 以前にウラン理論を研究していたがその危険性に恐れおののき中止したという博士に、ラクシャータは告げた。

 「幸いこちらにそのウラン理論を考え、同時にその暴走を止める手段を考えていた学者がいます。
 その理論は見事なもので、理論上は確かに可能なものでした」

 「なんと・・・!ではわしらを何故ここへ?」

 「理論上は、と申し上げましたとおり、実行に移すのが難しい代物なのです。
 よって私達はその理論を使えるレベルまでに仕上げ、そしてそのシステムを造ることが役目なのです」

 そう言ってラクシャータはパネルを操作し、モニターにアンチウランシステムと題された資料を映し出す。

 「ほう・・・これは・・・」

 「十九秒でシステムを手動で打ち込んで、コンマ四秒で爆弾に向けて投げつける?無理だろう」

 「いや~、一応ゼロの蜃気楼がうちのエースパイロット達と組めば出来ると思うんです~。
 でもそんな天才が必死で才能を結集させなきゃ使えないシステムなんて、ないも同然でしょ?
 たった一度だけ止められても、二度三度撃たれちゃあ意味がないわけで・・・」

 ロイドが飄々と笑うと、その通りなので科学者達は大きくため息をついた。

 「解った、ではすぐにその理論を簡略化し、システムとして構築するよう全力を尽くそう。
 とっかかりがあれば何とかなるやもしれんわい」

 「見事な論文だ、ぜひこれを考えた科学者にお会いしたい。名前はなんと?」

 希望が出たと科学者達がラクシャータに尋ねると、彼女は壇上下の隅でセシルと座っていたニーナを手招きした。

 「おいで、ニーナお嬢ちゃん。理論を考えたあんたがいなけりゃ、話は進まない」

 「ニーナ、行きましょう。大丈夫、私も一緒に行くから」

 セシルが優しく手を取ると、ニーナはおずおずと立ち上がり壇上へと向かう。
 現れたのがどう見ても十代の少女であることに皆一様に驚き、さらにざわめきが広がった。

 「ご紹介いたします。合衆国ブリタニアの科学者、ニーナ・アインシュタインです」

 「アインシュタイン?あのブリタニアの第三世代ナイトメアの開発者か」

 祖父の名前を出されてぴくりと震えたニーナを庇い、ラクシャータは先ほどの口調を忘れて言った。

 「祖父は祖父、孫娘は孫娘。この子はウラン理論をエネルギー炉として利用し、広く平和に役立てようとしたんだよ
 ただあまりに危険なエネルギーであることも理解して、こうして暴走を止める手立てを考えた。それがこうして悪夢の兵器を止める手段とも成りえたんだ、そんな言い方はどうかと思うね」

 厳しいラクシャータの台詞に科学者達は息をのみ、反論出来ずにごまかすように話題を元に戻した。

 「そ、それはともかく、この理論を完成させるのが先ということですな」

 「ふむ、この理論だがこのYの値に相対性理論をあてはめてみるというのはどうだ?
 そうすればシステムの簡略化に繋がるのでは・・・」

 「待て、ウランについてわしは専門外なんじゃ。今日一日あれば何とか理解出来る、少し時間をくれんかね?」

 老年の科学者がそう要求すると、ウランについて全く知らない者が他にも何人かいたのでその提案は受け入れられ、各資料を受け取った科学者は一度各々の部屋に戻ることになった。

 だがウランを研究していた者は時間が迫っているのだから進められるうちは進めようと考え、ただ立ち尽くしているニーナに話しかけてきた。

 「ミス・アインシュタイン、貴女の論文は素晴らしい。このような状況下でなければゆっくり話し合いたいところだが、それはまた後日。
 これからこの理論をシミュレーションしてみたいのだが」

 「ウランではないがエネルギーの暴走防止システムについては、俺も考えていた。ぜひ貴女の意見を聞きたいし、参考になればなおいいと思う」
 
 蟹に似た髪形をした青年科学者から資料を手渡され、有名な科学者に取り囲まれたニーナはひたすらおどおどするばかりだ。

 ラクシャータやセシル、ロイドが緩衝役になってくれているが、考えたのは自分だからと質問や提案などが滝のように流れてくる。
 幸い皆大人で、この年代の少女に世界の命運がかかったシステムの中心に収まると言うのがどれほどの重圧かは理解していたため、やがてそれは収まった。

 やっと解放されたニーナがふらふらと大会議室を出て行くと、飛んできた声にニーナは驚いた。

 「やっほー、ニーナ!お疲れ様」

 「大変だったみたいだね。ね、疲れてるんでしょ?今からご飯食べに行こうよ」

 「俺、ついさっきバイキングのコーナー見てきたけど、めっちゃうまそうだったぜ!
 ルルからの差し入れケーキもあるから、後で食おう」

 ここにいるはずのないミレイ、シャーリー、リヴァルのアッシュフォード生徒会の面々が笑顔で自分を迎えてくれたのを見て、ニーナは夢でも見ているのだろうかと瞬きした。

 「ど、どうしてみんながここに?関係者以外立ち入り禁止じゃあ・・・」

 「うん、ここじゃ何だから、こっちで。
 不正入場じゃないわよ、ちゃんとほら、エトランジュ様の許可証貰ってるから」

 エトランジュの署名と捺印が押された許可証が入ったIDカードを見せてミレイが笑うと、他の二人も同じようにIDを掲げた。

 何が何だか分からない様子のニーナを連れてミレイ達がカフェテリアの一角に向かうと、適当にリヴァルとシャーリーが人数分の食事を持ってテーブルに置いた。

 「サンキュー、二人とも。ほら、ニーナ食べよう!
 ちゃんとお食事をしているでしょうかって、ユーフェミア様がご心配になってたわよ」

 「ユーフェミア様が?ミレイちゃん、会ったの?」

 気が進まなそうにフォークを持ってポテトに突き刺したニーナが尋ねると、ミレイは頷いた。

 「ニーナが阪神に向かった後でね、ユーフェミア様がスザク君を通じて頼みたいことがあるってご連絡を下さったの。
 私黒の騎士団の企画課にいるから、すぐにお会いしてお話を伺ったの。ニーナが大変な仕事をすることになって重圧に悩んでいるようだから、支えてあげて欲しいって」

 「ユーフェミア様・・・」

 「本当ならついていてあげたいっておっしゃってたけど、あの方も他にやることが山積みだから出来なくて申し訳ないって・・・。
 ニーナとは親友だと聞いているからぜひお願いしたいとおっしゃられたの。
 私もちろんすぐに了承して、ルルちゃんが根回しして一カ月出張ってことにして貰えたわ。
 駄目もとでシャーリー達もついて来て貰っていいですかってお願いしたら、エトランジュ様があっさりOKしてくれたの」
 
 『大変な責任を課せられた方の辛さはよく存じております。その時、私も家族や友人が大きな支えとなってここまで来ました。
 柱はたくさんあるに越したことはありません。アッシュフォードの皆様は私もよく存じておりますから、ぜひ支えになって差し上げて下さい』

 エトランジュの許可証はかなりの効力があるので、彼女は神楽耶を通じて三人の入場許可証を発行した。

 仕事の手伝いは出来なくても、信頼する人間が傍にいると言うだけでどれほどの励みになることか。
 家族や友人の存在がどれほど大きな心の柱になるかを知っていたエトランジュは、ユーフェミアからニーナの様子を聞いて他人事には思えなかったのである。
 ラクシャータやロイド、セシルも四六時中彼女の傍にいるわけにはいかない以上、ミレイ達は彼女の精神安定に大きく寄与するはずなのだ。

 「でも、この理論が完成するまでここから出ちゃいけないんだよ?みんな学校とかどうするの?」

 「そりゃあね、いろいろ評価に響くこともあるけど、そんなの後でどうとでも挽回できるっしょ?」

 「リヴァルの言う通りだよ。勉強はいつでも出来るけど、友達が困ってるのにそれを助けるのは今しか出来ないんだから。
 とりあえず父さんには友達助けに行って来るから安心して、ってメール送っといた」

 連絡はまめにして来いと返信が来たので、シャーリーは悪いと思ったがルルーシュに自身の携帯を預けて代わりにメールを送るように依頼してある。
 リヴァルも同様で、まあバレたら謝るかなと気楽に考えている。
 
 「ごめんね、私が弱虫なばかりに・・・みんなに迷惑かけちゃった」

 却って落ち込んだニーナは力なさげにポテトをかじると、ミレイはそんなことはないと否定した。

 「何言ってんの!こんな状況じゃ、萎縮しないほうがおかしいわよ。
 ・・・あんな怖いもの、どうして造る気になったんだろうね」

 「大丈夫だよ、こっちにはル・・・ゼロもいるし、世界の国々からいっぱい協力してくれる人がいるんだから!」

 わいわいと努めて明るく笑うアッシュフォード生徒会の面々を見て、ニーナは弱々しい笑みを浮かべた。

 「ありがとう、みんな・・・でも、私どうしたらいいのか解らなくて。
 ・・・あのウラン暴走防止システムはまだ机上の空論だし、あれ以上をすぐにやれって言われても出来そうにないの」

 あれだけ有名な研究者達が集まったのだから、後は彼らだけで完成出来るのではないか、自分など必要ないのではとニーナは思う。

 「専門でなくても一日あれば理解出来るって人もいたくらいだもん、やっぱり私なんかがいても役に立たないわ。
 それに、私怖いの。その防止システムがまた別の兵器になったりするんじゃないかって・・・!
 あのウランだってね、あんな爆弾に使われるかもなんてアルフォンスさんが指摘するまで私全然気づかなったの。
 危険性に気付いて研究をやめた人のほうが正しかったんだわ・・・!」

 自分が爆弾として生み出したわけではないとはいえ、同じウラン理論を考えた者としてあの悪夢の兵器の登場は背筋に悪寒が走った。
 その防止策として考えたその理論とて、それを悪用する者が現れぬと誰が断言できると言うのか。
 それを思うと何かを研究する気がどうしても起こらず、ユーフェミアに依頼されたのだから頑張らなくてはと思いつつも、ニーナは脅えていたのである。

 「ニーナ・・・そうだね、そう考えたら怖いよね、やっぱり」

 ニーナの苦悩の原因を知ったシャーリーは納得したが、かといってやめていいとは言えず、さりとて頑張れとも言えずに黙りこくった。

 「あの爆弾だけはどうにかしなきゃ、世界は消えてしまうのも解ってる。
 でも、でも・・・どうしようミレイちゃん!!助けて・・・!!」

 わああ、と泣いてミレイに縋りついたニーナを、ミレイは優しく抱きしめた。

 「ニーナったら、相変わらずのネガティブなんだから。
 落ち着いて考えようよ、これって逆に考えたらすっごくいい機会じゃない」

 「え・・・どういうこと?」

 眼鏡を涙で濡らしながら顔を上げたニーナに、ミレイは優しげな笑みを浮かべて言った。

 「あの危ない理論って考えた人が他にもいたんでしょ?敵味方問わず。
 開発されたのが今という最悪な時期だっただけで、いずれはやっぱり出たんじゃないかなあ、あの爆弾。
 それはこの戦争が終わった後かもしれないし、百年先だったかもしれないけど」

 科学の世界において、同時期に別々の人間が同じことを考える、ということは割とよくあることである。

 たとえば今や世界になくてはならない電話、あの制作者の名前は誰もが知っているが、彼が特許を申請した二時間後に別の人間が特許を出しにやってきたという話があるほどである。
  
 科学者である以上アルフォンスもその話を知っており、だからこそ安全策を考えるべきだと忠告してくれたのだとニーナも解っている。

 「でも、その防止システムを考えた上で爆弾造るってことはまずないよね。無効化されたらザルもいいところの兵器なんだもの。
 それに、アルフォンスさんが爆弾として使う奴が出ることを危惧したってことは・・・ほかならぬあの人自身が“爆弾として使える”って考えたことになるわ」

 「あ・・・!

 あの論文を見せたあの日、アルフォンスは真剣な顔でそれを見つめていた。
 その後危険性を指摘してくれたわけだが、言われてみればその通りなのである。

 「でも、アルフォンスさんは逆にそれを防止する方法をって・・・」

 「そこがシュナイゼル殿下とアルフォンスさんの違いよね。
 考えても実行には移さなかった。考えてもやばいと思ったら手を出さないのが普通だもんね。
 安全なエネルギーとして利用するために防止策を考えるように言ったんじゃないかな?
 後で馬鹿なことを考える人が出ても、止めやすいようにするためもあったんでしょうね・・・で、その馬鹿が出ちゃったのが最悪に運が悪いこの戦乱の時代だった」

 戦乱の時代だからこそ生み出されたのかもしれないが、アルフォンスは素晴らしい理論を馬鹿なことに使う馬鹿がいることを知っていたのだ。
 現に彼自身、その手で幾多の兵器を造り続けているのだから。
 もしかしたら、追い詰められた時その禁断の果実に手を伸ばさない自信がなかったのかもしれない。

 「だけどニーナが同じ理論を考えて、たまたまアルフォンスさんが見て危険に気付いて指摘したから、拙くても暴走防止論が出来上がってた。
 ニーナがアルフォンスさんにその危険を指摘されなかったら、そもそもその理論自体なかったわけだから、科学者を一斉召集してもなかなか話が進まなかったと思うの。
 これって凄いことだと思わない?ある程度骨組みが造られてた中で家を建てるのと一から建てるのとじゃ、全然違うんだもの」

 「確かに!リフォームのほうがすぐ終わるもんな。
 それにさ、さっきちらっと通りかかった科学者が言ってたんだよ、こんなにたくさんの科学者が集まるなんてのは世界でも初めてだって。
 だってEU、超合集国連合の国々といったら百カ国以上あって、その国々のトップの科学者が集まってるんだもんな」

 リヴァルの言葉に、周囲の科学者の顔を見渡したニーナはそうかもしれないと思った。

 こんなに多くの国が集まり繋がったからこそ、多くの知識が集まったこともまた強運。
 もしもそうではなかったから、みんなが争ってその兵器を造り、互いに向け合うことで緊張状態を保つような歪んだ使用防止策が使われたのかもしれない、とも彼らは言っていたのだという。

 「そのとおりだよニーナ君。こんなにたくさんの科学者が集合できる環境下があるっていうのは、凄く運がいいんだ。
 無駄にするのはもったいないよ~」

 「ロイド博士・・・いたんですか?」

 突然響き渡ったのんきな声に、ロイドはいつもの飄々とした声で言った。

 「いたもなにも、ここはカフェテリアだよ~。離れた席で静かに話してたんだろうけど、みーんな聞こえてた」

 はっとニーナが見渡すと、腹ごしらえをしていた科学者や給仕の者達が何だかいたたまれない表情でこちらをちらちらと見ている。

 「あ、あ、あの、あの・・・」

 「・・・貴女の懸念に気付かず、プレッシャーをかけてしまい申し訳ない。
 この研究が終われば、我々も科学技術が悪用されないための機関を造るよう、上に申し入れるつもりだ。
 しかし同時に厳しいことを言うようだが、そのためにも今脅威となっているウラン爆弾を止めなくてはならない。
 そのために力を貸して貰えないだろうか」
 
 そう申し出た科学者に数名が同調すると、ニーナは正論だと思いつつもまだ震えて頷けない。
 そこへミレイが言った。

 「やるだけやってみない、ニーナ。このまま何もやらなかったら、絶対後悔するわよ。
 どうせならやらずに後悔より、やって後悔のほうがいいじゃない。
 赤信号を渡るのはみんな一緒でも怖いだろうけど、黄色信号をみんなで走って渡っちゃおう?」

 黄色信号が長く続くようにルルーシュ達が頑張っている間に、信号を青にする。
 
  私達も行くからと言ってくれた友人達の優しさに、ニーナは泣きたくなるほど嬉しかった。
 崇拝するユーフェミアが傍にいてくれることは叶わず、心細さに震えていたら自分の女神はこんなにも勇気をくれる仲間を呼んでくれた。

 「ニーナのプレッシャーもここに来て改めて凄いって思った。
 俺ら傍にいて飯の準備とかしか出来ないけどよ、それでも何かしたいんだ。
 ニーナはこんなにも世界の力になれるけど、俺には何にも出来ないって解ってる。だから、何かが出来るならやりたい。
 だから、遠慮なく使ってくれよ、な?」

 雑用は得意なんだぜ、と胸を張るリヴァルに、ミレイは彼の背中をパンと叩いた。

 「それでこそ我がアッシュフォード生徒会の一員!頼りにしてるわよ!」

 「任しといてください!それにここ、二十四時間いつでも食えて、マッサージ師とかも常駐、そいでもって温泉まであるんだってな!
  こんな快適な環境で研究出来るってのもそうはないんじゃね?」

 「そうなんだよね~、それもあってみんなこんな緊張状態じゃなかったら天国だって言ってるんだよ。
 ここまで手厚い研究協力なんてどこもしてくんないからね~」

 リヴァルの言葉にロイドが深く同意する。

 研究が成るまでの軟禁に近くても、彼らもまたささやかでもそれが力になるのならと、こうして居てくれている。
 
 (こんなにたくさんの人達が集まって協力してくれるのはとても幸運・・・そうかもしれない。
 私一人だったから、こんな軟弱な理論しか出来なかったわけだし・・・)

 「あの、私ウランについてまとめた論文がもう一つあるんですけど・・・見て貰ってもいいですか?」

 おそるおそる申し出たニーナに、科学者達はもちろんだと了承した。
 
 「今日はしっかり食べて、明日から本格的な研究に入ろうか~。
 時間勝負とはいえ身体が資本、無茶しちゃ意味ないし」

 ロイドが間延びした口調ながらももっともなことを言うと、スタッフ達が口々に言った。

 「私、マッサージ師をしています!肩や腰がこったりしたら、すぐに駆けつけます!」

 「僕は寿司職人です!これでも全国寿司コンクールで優勝したことがあります!」

 「俺はフレンチシェフだ。BGMをご消耗なら、得意なロックを披露する。
 うっ屈した気分を吹き飛ばすには、うってつけだろ」

 「健康管理のために派遣された医師です。お身体に何かあれば、すぐにご相談を」

 三十七歳で医師になったという珍しい経歴を持った医者が、穏やかに笑いかけると、ヨーロッパ人らしき男がラテン語で叫んでいた。
 
 「私が設計した風呂で疲れを取ってくれ!」

 工業特区阪神の研究所内にある風呂のデザインを考えた男で、特区の大浴場建築技師の“先輩”らしい。
 突然消えたり現れたりする不思議な人だともっぱらの噂だが、仕事熱心で実に素晴らしい浴場を考案してくれる。

 「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く!!」
 
 「未来に従う奴に光はない!!」

 科学者達も気分が高揚して叫びだし、カフェテリアは一気に盛り上がった。

 その光景を初めは驚いて見つめていたニーナだが、やがてゆっくりと笑顔になっていく。

 「・・・みなさん、ありがとうございます。
 私、もう怖がりません。皆さんと一緒に、あのウランの爆弾に立ち向かいます」

 ニーナはまだ少し震えた声ではあったがまっすぐに前を見てそう宣言すると、ミレイに向かって言った。

 「ミレイちゃん、私頑張るから・・・だから、研究が終わるまで傍にいてくれる?」

 横にいて弱気になった自分を叱咤してくれるだけでいいから、と懇願するように言うニーナに、ミレイはあったり前でしょと胸を叩いた。

 「そのために来たんだから、当然!よーし、まずは腹ごしらえね。
 リヴァル、今ニーナが食べてるのはもう冷たくなってるから私達で食べよう。ニーナ、何が食べたい?」

 「えっと、グラタン、かな。あと、ルルーシュのプリンも食べたい」

 「よし、俺が取って来るよ。ついでに飲み物も」

 リヴァルが笑顔でカフェテリアのキッチンに注文に行くと、ニーナは椅子に改めて腰掛け直した。

 (そうよ、ミレイちゃんの言う通り、もう前向きに考えて進むしかないんだ。
 こんなにたくさんの人達がいてくれるんだもの、それは確かに運がいいことだわ)

 一人ではなく、みんなで進む。
 かつて学園にいて生徒会にいたときだって、そうやって何事も行ってきたことをどうして忘れていたのだろう。

 (だけどあの爆弾を止めなきゃ、みんな死んじゃう!
 ・・・ミレイちゃんが保護者の顔をするのが嫌だって思ったこともあったけど、それは私がこんな弱虫だったからなのね。
 困った時にはこうやって助けに来てくれて・・・私ずっと誰かに認めて貰いたかったのに、いざそうなったらこの有様だもの)

 ユーフェミアに自分が必要だと言われて誇らしかった。
 特区の時も、ルルーシュがヴィレッタに狙われた時に彼女が扇 千草と擬態していると突き止めた時も、みんなに自分のお陰だと言われてどれほど嬉しかったことだろう。
 ただ、大事な人にだけ認めて貰えればそれで充分幸せだった。

 と、そこへリヴァルがあちち、と小さく呻きながら運んできたグラタンが、美味しそうな湯気を立てて自分の前に置かれた。

 「ゆっくりでいいから、しっかり食べなよ?」

 「うん、ありがとうシャーリー。・・・頂きます」

 ニーナはスプーンを手に取ると、グラタンをすくって口に含む。
 ふと見てみれば、頭脳労働とはいえやはり時間との戦いになるので体力を消耗するからだろう、皆資料を見ながらボリュームのある食事をしていた。

 「ねえみんな、明日に備えてもう少し例の理論を詰めておきたいの。
 夜食にサンドイッチかなにか、持ってきて貰ってもいいかな?」

 めったに自分から頼みごとをしないニーナのそれに、ミレイ達は嬉しそうに承諾した。

 「オッケー、じゃあ時間を見計らって持って行くわね。
 でも根を詰めすぎるのはよくないから、ちゃーんと寝て貰うからね」

 「その辺のフォローもするように、ルルから頼まれてるもんね」

 「こんなこともあろうかと、睡眠効果のあるアロマオイル買ってきたぞ」

 「リヴァル、気が効くわね!ナイスよ!」

 ミレイに褒められていやあそれほどでも、と照れるリヴァルを見て、ニーナは声を立てて笑った。

 ユーフェミアを崇拝するようになってからは大事に思っていたことさえ忘れかけていたけれど、彼女達は今でも確かに自分の大事な宝物だ。
 その大事な人達を守るために、今自分の力が必要とされている。

 ためらっている場合ではない。
 ミレイの言う通り、黄色信号の間に何とかしなくてはならないのだ。

 ニーナは改めてそう決心を固めると、綺麗に平らげたグラタンの器を横に置いてデザートに差し出されたプリンを手に取った。



 おまけ
 
 ~ラスト・リゾートのギブ&テイク~


 ウラン爆弾を止めるため、科学者達を集めるように超合集国連合加盟国に命令が下った。
 むろん日本が真っ先にその命令を実行に移し、どこでもドアを開発しようとした研究チームや声を自在に変える蝶ネクタイや時計型の麻酔銃を開発した博士などを呼び寄せた。

 だがほとんどが軍とは無縁の研究者で、ルルーシュは研究者リストを見ながらため息をつく。

 「爆弾絡みだから軍需会社の協力があるのが望ましいんだが・・・日本には数が少ないな」

 八年前の日本軍は防衛に特化した軍だったため、かつては世界でも有数の軍需会社も他の業種に転向したほどだ。
 だがそれでもまだ残っているであろうノウハウが必要である。

 その会社は社長の代替わりと同時に現在はゲーム・アミューズメント業界に転向し、あっという間に日本のトップクラスに躍り出た。
 現在の社長は大層気難しい男だと聞いたため、ルルーシュはゼロとして自ら協力交渉に赴いた。

 「この件は他言無用に願いたい。実はかくかくしかじかで、海馬社長の力をお借りしたいのだが」

 黒の騎士団CEOであるゼロを前にしても頭一つ下げず、応接室のソファにふんぞり返った海馬コーポレーション社長の海馬 瀬人は傲岸不遜な口調で言った。

 「フン、ゼロとやら。貴様この俺をたかがゲーム産業の社長だとみくびっているのだろう?」

 「とんでもない、海馬コーポレーションの前身は世界でも屈指の軍需産業と聞いていましてね。その点からぜひご意見を伺いたいと思ったまでのこと」

 ルルーシュとしては褒めるつもりでそう言ったのだが、海馬はあからさまに不愉快そうな表情になり、しばらく忌々しげに思案したがやがて口を開いた。

 「胸糞悪い話を思い出させてくれるな。だが今はそんなことを言っている場合ではないのも確か。
 喜べ! 我が社の総力を持って貴様に助力してやろう!!」

 やたら上から目線のその態度にルルーシュは内心何だこの男はと少々腹立だしかったが、事を荒立てたくはないし協力を了承したのだからとクールに応じた。

 「それは実に頼もしい。事は一刻を争うので、至急工業特区阪神へ赴いて頂きたい」

 「よかろう、我が社が誇る優秀な研究者どもを引きつれて行く。
 言っておくが、貴様に助力するのはそれが戦争終結への近道だと考えたからだ! 戦争は孤児を生み出し、俺の世界海馬ランド計画の進行すら阻む!」

 「ああ、資料で拝見させて頂いた遊園地か。
 孤児達が無料で遊べるとか・・・個人的に実に素晴らしい夢のような地だと思っていた。
 確か日本国内で新たに造るための土地を探しておいでだとか」

 カードゲームのキャラクター達を模したアトラクションで、白い竜のジェットコースターや羊達のメリーゴーランドなど、斬新な発想で子供達の人気を集めていたと聞く。

 「・・・過去、クロヴィスが造ったクロヴィスランド。
 あれは新宿の悲劇を生みだした総督が造ったと言うので解体が決定されているのだが、その土地に新たな海馬ランドを建てるというのはいかがだろうか?」

 この件に関する報酬にそうルルーシュが申し出ると、海馬はふむ、と考え込んだ。

 「幸い遊園地としての広さはあるし、アトラクションなども揃っている。
 全て解体して一から造るより、そちらのご意向通りにリフォームする方が費用も安く済むし早くオープンがかなうと思うのだが」

 自分が殺したとはいえそれなりに仲が良かった兄クロヴィスが遺した物を少しでも留めることが出来るので、せめてもの死者の慰めにもなるだろう。

 「なるほどそれはいいアイデアだ。
 あの虐殺皇子の痕跡などこの俺が跡形もなく消し飛ばし、我が魂であるブルーアイズ・ホワイトドラゴンで埋め尽くしてやるわ!
 フハハハハハハ!!!」

 思いがけず自らの夢が早めに再建できそうな話を持ちかけられた海馬は高笑いを響かせた。
ひとしきり笑って満足したのか、一応客である自分を無視してハイテンションになった海馬にどん引きしていたルルーシュに向かって言った。
 
「この俺の思い描くロード、そのためには今は貴様がさっさとこのつまらん争いを終わらせるのが絶対条件なのだ!
 磯野おぉ!!すぐに阪神に向かうぞ!」

 「は、はいいぃ、瀬人様!!」

 黒服の秘書が携帯でヘリコプターの準備を指示しているのを横目で見ながら、海馬は応接室から歩き去っていく。

 「・・・あ、そのゼロ・・・あの方はああいう人ですが悪気はないのです、はい。
 社員にエントランスまでお送りさせますので私はこれで」
 
 明らかに苦労していそうな秘書がそう言って社長の後を追うと、白い髪に青い瞳が印象的な女性が現れ、ルルーシュをエントランスまで送ってくれた。

 黒の騎士団本部に戻ったルルーシュがその日の出来事をC.Cに話すと、『タイプは違うがお前と似た行動を取る男だな。ぜひ見たかったものだ』と呟かれ、自分はいったいどう見られていたのかと悩むルルーシュの姿があったという。



[18683] 第四十五話  灰色の求婚
Name: 歌姫◆0c129557 ID:3591e9b9
Date: 2013/01/20 15:12
第四十五話  灰色の求婚


 エーギル基地が消滅してから五日後、待ってはいたが来てほしくなかったシュナイゼルから、通信による会談が申し込まれた。
 国境付近までアヴァロンで来たシュナイゼルの副官、カノン・マルディーニが使者として訪れたという報告に、ルルーシュとアドリスは、軽く頷き合った。
 
  この会談の件は、既にシュナイゼルが情報を流したため、全世界の知るところとなっている。
  
 ブリタニアが全世界放送で流しているテレビ番組やネットでのニュースで、『神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアが合衆国日本に会談を申し込む』というニュースが流され、日本でもマスコミ関係者が固唾を飲んで黒の騎士団本部の前で半楕円形の陣を築いている。

 「予想通りだな。ではアドリス様」

 「お任せ下さい。一カ月は稼いでみせましょう。
 大丈夫ですよエディ。あのような男に貴女が相手をする必要はありません。
 カノン・マルディーニに挨拶したらすぐに引き上げなさい。いいですね」

 にっこりと娘に微笑みかけたアドリスに言われたエトランジュは、EU代表としてカノンを出迎えるべく待機していた黒の騎士団本部の入り口で、何度も深呼吸を始めた。
 その横には同じように緊張した面持ちのユーフェミアがおり、背後にスザクがいる。
 
 しばらく後、黒の騎士団の基地に十人程度の護衛を連れて小型艇で降り立ったカノンは、その後用意されたリムジンで黒の騎士団本部へと到着した。
 ジークフリードを初めとする大量の護衛に囲まれ、桐原、ユーフェミア、ゼロと共に黒の騎士団本部で出迎えたエトランジュの姿を見た彼は、内心で笑みを浮かべた。
 シュナイゼルの腹心の自分が赴けば彼のギアスの餌食とするため、エトランジュが来るだろうとの予測は、見事に当たっていた。

 (シュナイゼル殿下のおっしゃったとおり、自白か読心のギアスを持つと予想される秘書とともにエトランジュ女王がいるわね。
 では邪魔が入らないうちに始めてしまいましょう)

 カノンがゆっくりとリムジンから降りると、穏やかに出迎えたエトランジュ達に挨拶した。

 「お出迎えありがとうございます、桐原議長閣下。
 このたびの急な会談の申し込みを、快く受け入れて下さったことに感謝いたします」

 「・・・此度の件と今後についてお話があると言われては、受け入れるしかありますまい。
 まずは僭越ながら超合集国代表として私が、黒の騎士団CEOのゼロ、EUからはエトランジュ女王陛下がお話を伺わせて頂くこととなりました」
 
 「結構です。私はシュナイゼル殿下との今回の会談がこの先恒久の平和を築くための、実りあるものとなることを確信しております」
 
 エトランジュがEU代表となったのは、引き連れているマオを使ってカノンの心を読み、シュナイゼルが何を考えているのかを知って会談を有利に進めようとする心積もりである。
 シュナイゼルから予防策を与えられていると思い込んでいるカノンは、平気でエトランジュやマオの前に立って挨拶していた。

 カノンが自らがはめているコンタクトのことを思い返していると、目を合わせる必要のないギアスを持っているマオが、エトランジュのギアスを通じて全てを暴露していた。

 《ねールル、シュナイゼルはギアスについてはある程度把握してるっぽいよ。
 でもちょっと誤解してて、眼を合わせる必要があるって思ってるみたい。
 で、それを防ぐ方法が例のコンタクトで量産しまくって、部下に配布してる》

 《なるほどな・・・ではこの男にギアスをかけることは出来ないというわけか。
 つくづくこういう先手は手際良く打つ男だ》

 シャルルが行った策を見事に自身の策に変えてしまったシュナイゼルに、ルルーシュは忌々しげに舌打ちした。
 
 《僕が持っているギアス内容も、ほぼ当たってる。
 でも範囲型だとは気付かれてないのが救いかな。どうする?》
 
 《ではその誤解を信じさせてやろう。
 今からエトランジュ様は急病と偽って退場するが、マオ、お前はアドリス様の手伝いをするように命じられたとでも言って、アドリス様と同行しろ。俺も隙を見て、ギアスをかけて失敗したと見せかけておく》

 《オッケー、それでたまに悔しそうな顔とかして心が読めないふりをしとくよ。
 ここまでギアスについて見事に予測したのは凄いけど、なんか間抜けだなあこいつ》

 ゼロがルルーシュであることといい、ギアスのことといい、シュナイゼルは肝心なことを味方であるはずの家族から教えて貰えていなかった。
 これまで起こった経緯から、導き出した結論がほぼ正しいものであったのは大したものだが、目を合わせなくても使えるギアスがあることは、データがなかったがゆえに予測出来なかったのである。

 《まあ、シュナイゼルはもし万が一にもこいつが操られていると判断したら切り捨てるつもりっぽいし、本人もそれを解ってるけど・・・こいつもけっこう変わった感性してるよなあ・・・》

 鞭で殴られて忠誠を誓ったと言う経緯が解らないとマオは思ったが、世の中痛い目に遭わされて喜ぶ人間がいるからなとC.Cに言われ、世界にはいろんな人間がいるのだなと改めて思い知っていた。

 《・・・それはそうとエディ、シュナイゼルはこの男を通じて今からエディにプロポーズするつもりみたい。
 妨害が入る前にって思ってるよ。エディが僕を残して引き上げるつもりなのも読んでるみたいで》

 シュナイゼルはマオが使い物にならないとなると、エトランジュがカノンの相手をする理由がないことから、理由をつけて退室することを予測していた。
 だから彼女がどこかに行かないうちに、求婚してしまえと命じてあったらしいと、マオが報告した。

 《シュナイゼルが会談を申し込んでるのは既に知れ渡ってて、マスコミ関係者もいる・・・それが狙いで情報を流したんだ。
 信頼する部下を使者に立てて、ブリタニアとの間で婚姻による絆を作りに来たってアピールのためみたい。
 初めは本人が来る予定だったけど、シャルルが行方不明でラウンズが二人いないことから、ブリタニアから離れることが出来なかったからだね。
 大勢の前でプロポーズすることで、返事を明確にさせるって狙いもあるようだよ》

 非常に不愉快そうではあるが落ち着いているマオに、ルルーシュもそうかと頷いた。

 《だが既に手は打ってある。エトランジュ様、例のことを理由にそれはお断り下さい。よろしいですね?》

 《はい、ゼロ》

 エトランジュが了承すると、ちょうどエトランジュの前にいたカノンがエトランジュに挨拶した。

「初めて御意を得ます、エトランジュ女王陛下。私はシュナイゼル殿下の副官をしております、カノン・マルディーニと申します」

 優雅な物腰で礼を取った彼がゆっくりと身を起こした時、胸から何かを床に落とした。
 身体検査は充分に行っとはいえ何を、と護衛の者達が警戒してエトランジュを庇おうと思わず飛び出たが、コツンと音を立てたそれは小さいが豪華な皮張りの箱だった。

 「リングケース?」

 誰がどう見てもリングケースのそれに、シュナイゼルがエトランジュに政略結婚を申し入れるつもりだと知っている一同のほとんどが、それが婚約指輪だと気付いた。
 カノンはあら、とわざとらしくそれを拾い上げると、エトランジュに向かって言った。

 「シュナイゼル殿下からの大事なお預かり物ですのに、申し訳ありません」
 
 「はあ・・・私に謝罪されても困るのですが・・・」

 エトランジュが困惑すると、その反応に一同は違和感を覚えた。
 カノンも同じだったが、気を取り直して続ける。

 「いえ、これは貴女様にお渡しするようにと、シュナイゼル殿下から仰せつかったものですので。
 後でお渡ししようと思っていたのですが」

 その言葉に、取材陣が大きくざわめき始めた。

 「こ、これはブリタニア側が和平をということだろうか?」
 
 「エトランジュ女王とシュナイゼル宰相との婚姻が成れば、それも不可能ではない」

 「いやしかしこの状況では・・・それに何やら兵器を造ったと言う情報があるし・・」

 取材そっちのけで議論が始まりそうな雰囲気だったが、ディートハルトなどはその手があったかと納得し、この手にどう対応するのかとゼロのほうに注視している。
 
 (何の行動も起こさないということは、すでに予測してエトランジュ女王に対応策を与えていると見るべきだろうな。
 現に皆落ち着いているし・・・この件はすぐに収まりそうだ)
 
 つまらんとディートハルトは思ったが、ここで一同の予想外の事が起きた。
 何とエトランジュが一度首を傾げた後、カノンが差し出した指輪を受け取ったのである。

 「解りました。シュナイゼル宰相閣下によろしくお伝えください」

 この行動にルルーシュはもちろんマオもテレビを通して見ていたアドリスも仰天した。
 もちろんユーフェミアとカレンとスザクも、神楽耶もである。

 「ど、どうしてエトランジュ様は指輪を受け取ったの?
 せっかく例の策でシュナイゼルとの結婚話をぶち壊すって話になってたのに・・・!」

 小声でカレンがユーフェミアの耳元で囁くと、ユーフェミアもしばらくの間考え込み、ふと思った。

 (そう言えばエトランジュ様。さっきマルディーニ伯が指輪を落としたことを謝罪した時、自分に謝られては困るって不思議がってらしたわ。
 でもシュナイゼル兄様が結婚を申し込みに来ることは、ルルーシュがちゃんと予測していたのだから・・・まさか!)

 あることを思い出したユーフェミアは、はっとなって背後にいたスザクとカレンに向かって小声で言った。

 「エトランジュ様は相手に指輪を贈ることがプロポーズで、それを受け取ることを了承した行為だとご存じないのでは・・・?」

 「え・・・そんな、まさか・・・!あの人に限って当たり前のことを知らないなんて」

 「待ってスザク・・・神根島でクライスさんが言ってたよね?
 『マグヌスファミリアでは仕事の邪魔になるから、指輪を贈る習慣がない』って」

 あの会話をした時、エトランジュは別行動を取っていたからその場にいなかった。
 あんなどうでもいい会話を主に報告する必要が、どこにあるだろうか。

 世界の常識が、各国すべての共通の常識だとは限らない。
 日本だって江戸時代が終わるまで結婚を申し込むのに指輪が必要だったわけではないし、今でもその国独自の求婚や結納の方法があるものだ。

 現にエトランジュは、今でもリングケースを見て何か仕掛けられてはいないだろうかと警戒するような視線を向けるばかりで、どう見ても結婚を申し込まれた人間の態度には見えなかった。

 プロポーズは断われと指示しただけで、どの行為が求婚かについて教えていなかったというミスにいち早く気付いたマオが茫然となり、エトランジュに言った。

 《エディ、早くそれ返さないとまずいよ!!》

 《え・・・これにはやはり仕掛けがあるのですか?》

 あながち外れではないが根本的に間違っているエトランジュの返答に、ルルーシュが教えてやった。

 《一般的に指輪を相手に送るのは求婚行為に当たり、それを受け取れば了承したことになるのです。
 早くそれを突き返してください!》

 一方、エトランジュの反応から彼女が求婚という行為について知らなかったことに気付いたカノンは、少し驚いた後に内心でさすがはシュナイゼル殿下と笑みを浮かべた。

 (マスコミの前で指輪を落とし、その流れでエトランジュ女王に指輪を渡せと命じられた時は何故かと思ったけれど・・・そういうことだったのね)

 シュナイゼルはマグヌスファミリアが婚姻時に指輪を贈るという一般的な風習がないことを、エリザベスなどの既婚者が指輪をしていないことで予想していた。
 もしもエトランジュが一般的な求婚方法を知らないままでいた場合、贈り物を正当な理由なく受け取り拒否するのは無礼だからと、全て受け取っていた彼女が拒む可能性が低いと考えたのである。

 知っていたとしてもマスコミの前で求婚をすれば、シュナイゼルがエトランジュと結婚の意志があり、今から行われる会談でも平和を望むというアピールになるので、全く無駄にならない。

 マオはその記憶を読んではいたが、シュナイゼルが念のためカノンに意図まで教えていなかったせいで、ルルーシュもマオもシュナイゼルの狙いが“偶然を装って公衆の面前で自然にプロポーズすること”にあると読んだのが失敗だったのだ。

 マオはギアスをコントロール出来ているがゆえに、まさかエトランジュが年頃の少女ならまず誰でも知っているプロポーズの一般的な手段を知らなかったことが、読めなかったのである。

 《ど、どうしましょう・・・すぐにこれお返しすればいいのですか?》

 何だかとてもそんな雰囲気ではないような、とエトランジュが取材陣の爆発的なフラッシュに視線を送り、ルルーシュもどう対処すべきかと考えを巡らせた。

 「エトランジュ様、それはシュナイゼル宰相とのご結婚を視野に入れるとのお考えでしょうか?!」

 「ブリタニアとの戦争も、それで決着すべきだと?」

 「エトランジュ様!」

 エトランジュがプロポーズと知らずに指輪を受け取ったのだと気付いた取材陣が何人かいたが、普通知っているはずのことなので知らなかったのだとすら考えない大多数の記者の声が響き渡る。

 それをモニターを通して見ていた星刻は、指輪を贈ることについての意味をブリタニアから婚約指輪を贈られるまで知らなかった天子を思い出し、香凛に尋ねた。

 「エトランジュ様は政略結婚の政変の時、コンテナの中にいらっしゃったな」
 
 「はい、コンテナ内部では外の様子は音声しか伝わっておりませんでしたから・・・祭壇の上に指輪があったなどお気づきではなかったと思います」

 実際はギアスで視覚を繋いでいたが、あの場にいた全員は祭壇ではなく天子やシュナイゼルなどのほうに注意を向けていたし、視界に入ってもそれどころな状況ではなかった。

 さらに言えばその当時エトランジュは、EUの末席にいる名前すらろくに知れ渡っていない小国の女王だった。
 EU内部で結束を強めるための王族貴族による政略結婚が行われていたが、招待状すら届いていないことも多く、結婚式を目の当たりにしたことが一度もなかったのである。
 日本解放後では逆にEU議員の子供の結婚式にでも招待を受ける身分となったが、多忙のため申し訳なさげに断わりを入れていた。

 おまけに通常は皇族・王族の婚姻は本人ではなく一族に向けて申し入れるもので、事実天子に対する求婚は、政府機関を通して行われているという事実があった。もちろんそれは、EU内で行われていた政略結婚も同様だ。
 だからエトランジュは、王族・皇族・貴族の結婚の申し込みはそのようにして行うものであると認識していた。

 よって指輪が結婚式で使われるがゆえに、それを贈ることが求婚に繋がることだとは想像出来ず、指輪なんて使わないから貰っても、どうしていきなり贈り物を?・・・というような考えしか浮かばなかったのである。
 そして贈り物は受け取るのが礼儀という常識に基づいて、杓子定義に受け取ってしまったというわけだ。

 どうしよう、とエトランジュが途方に暮れていると、いきなり黒の騎士団本部の自動ドアが開き、中からエリザベスに車椅子を全力で押させてやって来たアドリスが現れた。

 「お父様!!」

 ぱあっと顔を輝かせつつ父に縋りつくような視線を送ったエトランジュに、アドリスはよしよしと安心させるように笑みを浮かべた。

 「はじめましてマルディーニ伯爵。突然に失礼いたします。
 私はエトランジュの父・アドリス・エドガー・ポンティキュラスと申します」

 「はじめまして、アドリス前国王陛下。
 このたび我が主君の申し込みをエトランジュ女王陛下がお受け下さったことに感謝を・・・」

 さりげなくエトランジュがシュナイゼルの求婚を受け入れたと言うことにしてしまおうとする言葉尻に気付いたアドリスは、丁寧な口調で遮った。

 「申し訳ありませんがそれは誤解です、マルディーニ伯爵、記者の方々。
 先ほどこの子が指輪を受け取ったのは普通のお土産だと勘違いしたからで、求婚だなどと微塵も思わなかったからなのですよ」

 え、そんな苦しい言い訳通用するの?!と記者達は目が点になった。
 だが実際指輪を受け取る前後のエトランジュの反応がおかしかったし、今もアドリスの発言に幾度も頷いている。

 「マグヌスファミリアでは、求婚は直接本人が相手にその意思を告げることで成り立つものです。
 もちろん王族の結婚はその限りではないことは知っていますが、それとても政府機関を通じて行うものだと私が教えましたからね。
 一般的な求婚については教えていなかった私の落ち度です」

 無知な娘にしてしまい申し訳ないと、アドリスは、さらに続けた。

 「自分の結婚は自分の国のために行うものだと思いつめている娘に、幸せな結婚とは何か、どのようにして祝福された式を行うかなどロマンティックなことを言うのが忍びず・・・それが今回の誤解を招く事態になるとは露とも思いませんでした。
 ですから迅速に誤解は解かねばと、こうして参上させて頂いた次第です。申し訳ありませんでした」

 あくまでの己のミスであり、それとても既に大人の思考を持って国のために頑張る娘のためだったのだと語るアドリスに、記者達はそれ以上追及できずに静まり返る。

 それをテレビ画面を通して見ていたシュナイゼルは、なるほどこの手で来たかとアドリスの手腕に感心していた。
 一般常識を知らないのかとエトランジュに対して非難が集まることを防ぐために矛先を自分に向けつつ、さらにその先を少女らしい夢を見ることすら出来ぬ戦乱の世の中が悪いのだという世論に向ける。

 「ご存じないのも仕方ありませぬな、常識などその国によって違うもの。
 我が国でも、伝統ある挙式に指輪を使うことはありませぬゆえ」

 「そのとおりですわ。私も普通の方々が知っていることでも、知らずにいたことがどれほどあったことでしょう。
 誤解を迅速に解かれたアドリス様はさすがですわ」
 
 桐原がフォローを行うと、ユーフェミアもそれに習って言った。

 そしてカノンが何かを言う前に、アドリスは以前から用意していたこの政略結婚策を防ぐ策を投下した。

 「何よりもエトランジュは先日、極秘で身内のみの式を挙げて挙式しております。
 そう、この子は既に結婚しているのですよ」

 「・・・・!!」

 まさか既に結婚しているとはどういうことかと、カノンは驚いた。テレビを見ていたシュナイゼルも、まさかと眼を見開く。

 シュナイゼルはこの策を防ぐためにエトランジュが誰かと結婚する可能性は、もちろん考えていた。
 だが王族や貴族との結婚の場合、申し入れを行いそれを受け付けて発表までにそれなりに時間がかかる。
 エトランジュ自身に好意を抱いた者や彼女のネームバリューを望む者など様々だったが、幾多の求婚を公に、あるいは暗に受けていた。
 だがそれゆえに水面下での争いが多く、何とかして彼女から好意を得て求婚を受け入れて貰おうと画策している段階である。
 その中から選ぶにしても何故自分ではないのかと揉める種になるので、急いで結婚したくとも有形無形に妨害が来ることは目に見えている。
 少し背中を押すだけで騒ぎを拡大することくらい、シュナイゼルには朝飯前だ。

 ではそれ以外の者となると、相手は非常に限られてくる。
 まずはゼロことルルーシュだが、これはあらゆる意味で論外だ。
 EUがまず認めないし、超合集国連合もEUにゼロを渡すのを渋る可能性が高いからだ。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして今名乗りを上げても、ゼロの正体を暴露してやれば結果は同じだ。

 中華でもまだまだ人材不足の今、彼女に釣り合いそうな、たとえば黎 星刻などを出すのは困るだろう。
 ではマグヌスファミリアの国内からはどうかとなると、あの国は王族以外に政治能力などを持っている人間はいなかった。
 以前の名も知らぬ小国の女王ならともかく、的確に彼女をサポートできる人材でなければ今のエトランジュの伴侶は務まらない。
 そしてあの国は、直系同士の結婚は認められていない。
 
 (いったい誰だ?時間があれば結婚という防止策は使えるが、たった五日かそこらで結婚までいくとは考え難い。
 そもそも今の今まで情報を遮断出来るような相手がいるとは・・・)

 「それは・・・おめでたいお話ですわね。いずこのお方と?」

 記者団もそれは聞いていないとざわめきだすと、アドリスは満面の笑みを浮かべた、

 「まだ戦争状態だからと、身内のみの式で終わらせていたのです。
 ですが一部の方には結婚したことをお知らせしましたし、エーギル戦であのようなことがなければ同時に発表する予定だったのですが、こうなったからには仕方ありません。この場を借りて発表させて頂きましょう」
 
 アドリスは本来ならエトランジュが行うはずの結婚発表を、記者達に向かって朗々たる声で告げた。

 「我が娘、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスは、このたび我が姉の長男であるアルフォンス・エリック・ポンティキュラスと結婚いたしました。
 アルフォンスは皆様ご存じのとおり優秀で信頼できる男性であり、このように誇れる婿を得たことは私としても大変嬉しく思います」

 「あ、アルフォンス王子と?!エトランジュ様の従兄王子の?!」

 「従兄妹同士の結婚・・・!」

 記者達が驚いて、フラッシュをアドリスとエトランジュに向けて吹きつける。

 「従兄妹同士って、神楽耶様も解消したとはいえ母方の従兄の枢木と婚約してたんだろ?
 珍しいっちゃあ珍しいけど、別にいいんじゃね」

 テレビを見ていた玉城が呟くと、何人かがあの二人ならお似合いだよねと同意した。

 「従兄妹同士は仲のいい夫婦になるってどっかで聞いたことあるし、実際あのお二人も凄い仲がよかったからおめでたいことだわ」

 政略よりも素晴らしい結婚だろうと井上の台詞に、アルフォンスが無事に発見されたらお祝いの品をみんなで選ぼうと、先ほどの緊張が和らいだ雰囲気になった。
 しかし次のカノンの台詞に、その空気が凍りつく。

 「失礼ながら、マグヌスファミリアでは従兄妹同士のご結婚は禁止されていると聞き及んでおります。それなのになぜ?」

 そう、マグヌスファミリアでは直系同士の結婚は認められていない。
 このことは一部では知れ渡っており、ディートハルトも目を見開いてこれは面白くなりそうだと、カメラをアドリスに向けている。

 「このたびマグヌスファミリアは、外国より多くの方を新たな家族として迎え入れることとなりました。
 ほとんどが各家庭の養子として入るのですが、形式的に直系同士の結婚は禁止するとなると今はともかく、あとあと恋心が芽生えて結婚を考えることもあり得るかと思いましてね。
 そう言った事態になって騒ぐより、きっかけのある今こそ法律を変更するほうがいいということで、このたび法律を改正することになったのです。
 従兄妹同士で恋仲になっている方もおりましたので、“当人、もしくは当人の父母が外国から来た場合に限り、従兄妹のみ直系同士の結婚を認める”ことにいたしました」

 明らかに後付けの理由以外の何ものでもなかったが、新しい血をより広く広めるための処置だと言われてしまえば、しょせん部外者のカノンがそれはおかしいと言える立場ではない。

 「国民投票の結果、全員から承認を得ることが出来ました。
 そしてエトランジュの母、私の妻のランファーは中華とイタリアのハーフです。
幸い二人はこの戦争中に絆を深め、この法律改正に伴って新たな家族を作っていきたいとの申し出に、家族達は皆喜んでいます」

 「・・・これがマグヌスファミリアが打った策か。想像すら出来なかったよ」

 シュナイゼルがテレビモニターを見ながら無表情ではあったがやられたと、かの国でしか出来ない奇策に驚いた。

 通常、法律改正と言えばそれこそ政略結婚以上に時間と手間がかかる。
 国民全員に説明を行い、了承を得てそれから施行となると、最低でも数ヶ月を要するのが普通だろう。
 それは専制国家であるブリタニアでも同じことだ。

 ところが、マグヌスファミリアでは事情が異なる。
 成人した国民の数が千五百人程度だから話を通すのがすぐに終わるし、もともと王族が持つ権限が国内に限れば大きく、余裕がないがゆえにことが決まればさっさと施行するのが彼らの常なのだ。
 現にエトランジュが即位したときも王族の一存で決定し、すぐに彼女が王になったことからも解る。
 解りやすく言えば学校で、『先生達の会議で明日から学校の掃除を生徒達がすることになりましたー』という状況のようなものだ。

 マグヌスファミリアほど血族の血が濃くない世界では従兄妹婚が認められていることが多い事実、そしてエトランジュの母ランファーは外国人だ。
 他国と同じ条件を満たしているのだから、エトランジュとアルフォンスが結婚しても問題はないのだ、との説明に国民は納得した。
 
 そして家族の結束が強い彼らは、エトランジュを守るためにその法律改正を受け入れ、既に彼女が結婚していたと言う事実をでっち上げることに同意したというわけだ。
 国民全員の口裏合わせが出来るのは、世界広しと言えどもこの国だけであろう。

 従兄妹同士の結婚は、彼らにとってはインセスト・タブーに触れる結婚だ。
 だが海外ではそれを認めている国が多いから、マグヌスファミリアが従兄妹同士の結婚を認めたとなっても、『へー、マグヌスファミリアって従兄妹同士の結婚駄目だったんだ』で終わるのがほとんどだろう。
 現に玉城などがまんまその反応で、なんだ法律変わってんじゃんあーびっくりした、と笑っている。
 これがたとえば同性同士、兄妹同士の結婚だったならいくらなんでも、と唸っただろうが、人間は自分の常識に当てはまるならとやかく言ったりはしないものだ。
 
 (世界的に反発を買いづらい法律改正、国民の了承を得やすい状況、何より家族を守ることに重点を置く国民性・・・こんな特殊な国は他にないからな。
 インセスト・タブーに触れる結婚をすることになったエトランジュには気の毒だが、アルフォンスとずっと一緒にいられるのなら嬉しいと言っていたのが、せめてもの慰めか・・・)

 ルルーシュは仮面の下から父親の背後で、フラッシュに目をしかめているエトランジュを見つめた。
 感覚というのはなかなか変えられないから真面目な彼女のこと、是の返事を返した後もさぞ悩んだことだろう。
 アルフォンスにはまったく話を通していないのだからなおさらだったが、彼の母であるエリザベスが賛同し、姉たるエドワーディンが弟の恋心を暴露したせいで、多少は気が楽になっているのが救いである。

 つい先日にEUには法律改正をした旨は、国民からの了承を得た後に告げてある。
 その報告が遅れたのは多忙過ぎて忘れていましたとアインが頭を下げ、エトランジュが口頭注意処分をしたということで決着がついていた。
 今フレイヤという名前らしき殺戮兵器のことで皆頭がいっぱいだったから、その件については誰も追求せずわずか五秒で話が済んだ。
 今頃マグヌスファミリアの意図を悟って、複雑な気分でいることだろう。

 現在大会議室にいる各国議員達には、天子や神楽耶があの二人が結婚していたのは事実だ、自分達もささやかな宴に参加させて頂きましたと証言した。
 結婚が超合集国やEUの許可が必要なわけではありませんわよね、と神楽耶に言われてしまえば、もちろんです、めでたいことだと型どおりの発言しか出来なかった。

 アドリスはエトランジュからリングケースを受け取ると、あくまでも通信による会談とはいえカノンに向かって差し出した。

 「そういうわけですので、申し訳ありませんがその指輪はお受け取り出来ません。
 シュナイゼル宰相閣下にそうお伝え下さい」
 
 「そうですか、残念ですが仕方ありません。承知いたしました」

 現在アルフォンスは表向きには行方不明だが、それはまだ公になっていない。
 もしこのことをカノンが言い出せばどうして御存じなのですかと追求され、今自分達が保護していますと言えば返すように要求されるだろう。
 かといって殺して自分達が保護した時には既に・・・と公表しても疑念は向けられるし、何より彼が生きていることを彼らが知っているかもしれない以上、安易に命を奪うわけにはいかない。
 さらにたとえアルフォンスの死が確定したところで、喪に服すという名目で求婚を拒否する理由になる。
 
 「いらぬ誤解を招いてしまい、申し訳ありません。
 では改めてこちらへご案内いたしましょう」

 「おお、そうですなアドリス様。ではカノン・マルディーニ伯はどうぞ本部へ」

 何事もなかったかのように桐原がカノンを先導すると、ユーフェミアとエトランジュもそれに続いた。

 《なんとか逃げ切れてよかったね・・・マジ焦った》

 《申し訳ありませんでした!私、次からはどんなささいなことでも相談してから行動することにします》

 マオの安堵の溜息に、普通の手土産だと思ったんです、とひたすら謝罪するエトランジュを一同は気にするなと慰めはしたものの、そのほうがいいと同意した。

 《さっそく先手を打とうとしてきましたからね、用心に越したことはありません。 
 ではエトランジュ様は別室へ》

 《はい・・・》

 ルルーシュに言われたエトランジュは応接室にカノンを通して退室し、エトランジュに言われたからとマオが紅茶を持って彼の接待を始めた。
 カノンの正面に回ったり幾度も視線を合わせたりした後、忌々しげに失礼しましたーと挨拶して出て行った。
 心理誘導が得意なだけあって、予想外の事態さえ起こらなければ多少の演技は出来るのだ。
 
 そしてエトランジュの部屋に戻りながら、カノンから聞いた情報を皆に伝えた。

 《ちょっと怪しまれたけど、僕扇の逮捕の時あからさまに悔しそうな顔ちゃってたから、わざとらしいほうがいいもんねこの場合。
 ふーん、あのフレイヤって兵器、まだ製造工場が出来てないのか》

 ニーナが言っていたが、威力にもよるが爆弾として造る場合、アッシュフォード学園の設備程度でも可能らしい。
 ただ本格的なものとなると当然安全性、耐久性に優れた設備が必要で、何発も永続的に造らなくてはならない工場となると、やはりそれなりの規模が必要だ。
 黒の騎士団が驚異的なスピードで進軍したせいで、設備が整っていないにも関わらずダモクレス計画を発動したのだ。

 《現在ダモクレスにあるフレイヤは2発。
 あとブリタニア国内にあるシュナイゼル直轄下の研究所に2つあって、それもダモクレスに配備する準備してる。
 どうやらまだ大量製造設備を造る段階だったみたい》

 爆弾に限らず物を大量生産する場合、ラインを組んだり材料を確保したりする工程を組む必要がある。
 フレイヤはダモクレスが完成する少し前に傘下の科学者が生み出したばかりで、シュナイゼルが計画に使おうと視野に入れて間もない兵器だった。
 ダモクレス内部に工場を造るスペースを開けたところで、シャルルからカンボジアから移すようにとの命が来たのである。

 あれほど恐ろしい兵器をダモクレス内部で造るとなれば、万が一の暴発などを防ぐためにも安全性・耐久性に優れたものでなければ己の首が締まる。

 どう考えてもその製造基地を完成させるには、それなりに時間がかかる。
 いくらシュナイゼルが早くやれと命じても、無理なものは無理なのだ。

 《予定では最速で二カ月、だってさ。エーギル戦で使わせたのも、フレイヤの威力を思い知らせて、黒の騎士団の進軍を止めて時間稼ぐつもりだったんだよ。
 あとシャルル捕まえられなかったけど、ラウンズのスリーを捕えて監禁中》

 《あの男、シュナイゼルがクーデターを起こした時にV.Vとビスマルクと共に逃げたからな。
 シュナイゼルもあの場所は盲点だろう》

 《あー、そうなんだよねえ。またあの計画諦めてないらしいけど、ほっといていいの?》

 《忌々しいが、こっちが先だ。ビスマルクが達成人になっていないし、まだ余裕がある。
 フレイヤを持っているシュナイゼルから、目を放すわけにはいかない》

 ルルーシュはロクなことしかしない父と異母兄に舌打ちし、シャルルが行方をくらましたがゆえにシュナイゼルも計画が若干狂ってうかつに動けないらしいなと考え込んだ。

 《老害も甚だしいがあれでも皇帝で、信奉者が多い男だからな・・・あの男もギアスを持っていると仮定しているだろうから、自分が留守の間に主導権を奪われては困ると考えたんだろう。
 ペンドラゴン内の皇族は既にシュナイゼルが抑えているから、連中の暴走は心配せずに済みそうか》

 《それからもう一つ・・・あいつ、コードを手に入れてエディと自分に宿して、半永久的にダモクレスで例の計画を続けるつもりみたいだよ》

 「・・・おや、それはまた大層な計画を立てたものですね」

 エトランジュがひぃ、と脅えた声を発し、マオの報告をエリザベス経由で聞いて物凄い低温でぼそっと呟いたアドリスに一同は息を呑んだ。

 「大丈夫ですよエディ、コードは私達が所有しているのです。
 あの男にギアスを与えなければそれで済むこと、問題ありませんよ」

 エトランジュの頭を撫でながらそう言い聞かせたアドリスは、ルルーシュに向かって言った。

 「ではもう少し短く期間を見積もって、一か月半ほど以内にアンチウラン理論が完成するよう祈るしかありませんね。
 停戦期間はとりあえず一カ月をめどにもぎ取りましょう」

 「そうですねアドリス様。あちらも時間稼ぎをもくろんでいる以上、その方向で話を推し進めるはすです、
 互いに条件を出し合い、その末に・・・という形に持っていきたいでしょうから」

「それはこちらも同じことですからね・・・実にバカバカしい茶番劇だ」

 シュナイゼルは黒の騎士団がフレイヤ対策のために時間稼ぎをしたがることは解っているが、同時に自分がダモクレスにフレイヤを準備するための時間がほしい。
 だからといって相手の要求を安易に飲むと言うのは侮られる恐れがあるので、その意図を悟られまいとするだろう。
 利害一致が目に見えていても簡単に相手の要求を飲まない、というのは外交の常識である。

 「では打ち合わせ通り私が出ます。ゼロはあくまでもオブサーバーとして出席して、事の成り行きを見て頂きたい」

 「解っております。黒の騎士団はあくまでも超合集国の下にいる組織、が建前ですからね。
 軍に関すること以外での発言は控えるべきです。では大会議室へ向かいましょう」

 いくら超合集国の提唱者であり、英雄のゼロとはいえ、政治に軍人を介入させないと言うのは近代国家の常識である。
 事実上はゼロが仕切っているのは公然の事実だが、それでも表向きはゼロは桐原の下にいなくてならないのである。
 桐原はそのあたりをよくわきまえており、ゼロの意見が必要な場合には自分から水を向けるようにしてくれていた。

 ルルーシュは情報を一通り整理してアドリスと話をまとめると、隣室に赴き椅子に座り込んで沈黙しているユーフェミアに向かって言った。

 「ユフィ、これからアドリス様がシュナイゼルと交渉し、停戦条約を結ぶ。
 俺達も向こうも時間稼ぐ必要があるから、特に心配はない。
 ただ、アドリス様も少々苛立っておいでだから、厳しいことを口にするかもしれないが・・・」

 「もちろんよルルーシュ。あれだけのことをされても私達のことを気遣って下さるほど優しいアドリス様ですが、さすがにあれでは暴言の百や二百、言いたくなるのが当然です」

 殺されるのが自分なだけだったら、例の兵器を向けられても言いたいことが富士山の百倍ほどはあると、ユーフェミアは思った。

 「・・・行くぞ、ユフィ。俺達には俺達の戦いがある」

 「ええ、ニーナも頑張ってくれているもの。私が逃げては彼女に合わせる顔がありません」

 ルルーシュがそう言ってマントを翻すと、ユーフェミアは気丈に顔を上げてスザクを連れ、ルルーシュの後についてシュナイゼルとの通信が行われる大会議室へ歩き出した。
 

 
 黒の騎士団本部・大会議室。
 そこにカノンがダモクレスへの専用回線を繋げるIDとパスワードを入力すると、巨大モニターにシュナイゼルのいたましげな表情が映し出された。

 「このたびは急な会談の申し込みを快く引き受けて下さり、まことにありがとうござます。神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアです」

 「久方ぶりの会談ですな。超合集国代表、桐原 泰三です」

 桐原が挨拶をすると通信画面からEU議会長が、そして各国代表が力のない声で挨拶を続けた。

 「初めてお目にかかりますシュナイゼル宰相閣下。
 マグヌスファミリア国王補佐、アドリス・エドガー・ポンティキュラスです」

 「はじめましてアドリス閣下。失礼ながらエトランジュ女王陛下は?」

 「先ほど急に体調を崩しまして、今は自室で安静にさせております。
 今この日本にいて彼女の代わりが務まるのは私しかおりませんので、出席させて頂きました」

 「それはそれは、お見舞いを申し上げます。
 先ほどテレビで拝見させて頂いた折にはお元気そうにしておいででしたが、ご無理をなさってカノンを迎えて下さったことに感謝します」
 
 「ではさっそく・・・シュナイゼル閣下、このたびの会談を申し込まれた理由を伺いたい」

 お決まりのやり取りの後、桐原のゆっくりとした問いかけに、シュナイゼルは静かに答えた。

 「単刀直入に申し上げましょう。
 このたび我が神聖ブリタニア帝国は、第九十八代皇帝・シャルル・ジ・ブリタニアを廃位し、我が異母兄であり皇太子であるオデュッセウス・ウ・ブリタニアが第九十九代皇帝として即位致しました。
 先代が行った覇権主義による植民地政策が過ちであることをここに認め、全ての国を解放し正当なる賠償を行うことを、ここに明言させて頂きたい」

 「なんと?!」

 「ク、クーデターを起こしたのか?!」

 ざわめく議員達を背後を無視して、桐原は慎重に尋ねた。

 「その申し込みは我々としては歓迎すべきこと。
 しかし貴国が先日行われたエーギル海域の戦闘にて、あのような暴挙に及んだ理由をお聞かせ願いたい」

 和平を願っているのなら何故黒の騎士団にあれほどまでの被害を与えたのかという当然の疑問に、シュナイゼルは悲しげな表情を作った。

 「この件についてもさらにお詫びするしかありませんね。
 私どもが開発したあの兵器、名をフレイヤというのですが、実は今後我がブリタニアが一切の侵略行為を行わないことを証明すべく、エーギル基地を破壊するために設置したものだったのです。
 しかしこちらがオデュッセウス兄上を即位させる手はずを終える前に黒の騎士団が来てしまい、私の部下ではないので意図を知らせていなかったベイ中将が勝手に使用したのです。
 あれほどの威力だとは私も予想外で、結果として多くの臣民の命を奪い、黒の騎士団に多大なる被害を与えてしまったことに慙愧の念に堪えません」

 いくら広大な基地といえど、破壊するつもりなら普通に爆弾を内部に仕掛けるなり、ナイトメア数体で暴れ回るなりすれば充分である。
 何故わざわざ新兵器を造って破壊するんだ、とルルーシュ、アドリス、桐原の三人は思った。

 言っている張本人もそれは解っている。ただ彼はこの場を収め、フレイヤ製造設備が出来上がるまでの時間を稼げればそれでいいのだ。
 だから彼は、真面目な顔で続ける。

 「このたび神聖ブリタニア帝国は皇族・貴族が持っている免税権を廃止し、皇室財産の四割を国庫に返納し、賠償に充てる予定です。
 加えて皇族・貴族に対し適正な税を適用すれば、時間は少々かかりますが各国に対する賠償を行えると考えています」

 シュナイゼルはダモクレス計画の一部として、ブリタニアが行ってきた非道な行為に賠償を行う意志はあり、それは確かに平等で適正なものではあった。
 だがそれもフレイヤを持っている時点で、武力を背景にした脅しに取られてしまうものだ。
 いくら正しいものであろうと、それを呑まねばフレイヤで脅すつもりなのだから当然である。

 こちらには賠償の意志があることをアピールするシュナイゼルに、議員達はそれなら和平を行うべきでは、と囁き合う。
 だが何名かがそれでもあのフレイヤというらしい兵器を背に、『これがこちらが考える適正な賠償です』の一言で済ませられる危険があると考え、安易な結論は出すべきではないと意見する者が相次いでいることが、それを証明している。

 血まみれで銃を構えた人間に札束を差し出され、『どうぞこれをお受け取りください』と言われているようなものであろう。

 賛成だ、反対だ、と意見が交換されている中で、桐原が静かに口を開いた。

 「一つ伺いたい。シャルル・ジ・ブリタニアは、どのようにするおつもりか?
 戦争の最大責任者であると考えておるが」

 「彼はラウンズらとともに、首都ペンドラゴンより姿を消しました。
 現在全力で捜索に当たっており、発見した暁にはすみやかにそちらへお送りします。
 今までが今までですから、不信を抱かれるのは至極もっともなことなのですが」

 「シャルル・ジ・ブリタニアがいる以上、ブリタニアの今後について我々としても懸念が残りますな。
 こちらとしては、安易に混乱を長引かせるような事態は避けたい。敵国といえども、戦火をむやみに一般市民に広げたくはありませぬゆえ」

 「お気づかい感謝いたします。しかしこれは我がブリタニアの業、必ずや戦争の責任の所在を明らかにし、罪を償わせるべきであると考えます。
 ですがこちらの不手際があった以上、超合集国連合とEU連合それぞれに二万ブリタニアドルをお支払いいたしましょう」

 (カノンによれば、あの男を捕まえてこちらに投げ与えることで信用を積む予定だったらしいが、それが出来なくなったからな。
 仕方なく金で時間稼ぎをするつもりか)

 これまで戦争を煽って来た張本人を差し出すのは、邪魔者を排除し、誠意を示し時間を稼ぐのにうってつけだ。
 シャルルの臣下の矛先をこちらに向けることも出来、一石二鳥である。
 だがさすがのシュナイゼルも、一代でブリタニアを大国に育て上げたシャルルとそれを支えたビスマルクを出し抜くのは困難だったとみえる。

 一見下手に出て謝罪の意志が明白であり、和平を望んでいると見えるシュナイゼルの態度だが、もしそれを受け入れなければフレイヤを撃つと、言葉にしなくても桐原やルルーシュには聞こえていた。

 言葉なき脅しが聞こえている者は他にもおり、フレイヤ対策に向けて全力で動いているがまだ完成していないと聞いているせいで、ここは一度彼の要求を受け入れ時間を稼ごうと考えている。
 
 ダモクレス計画は、戦争をしようとする国や平和を乱そうとする国に、フレイヤを落とすとうものだ。
 しかし製造設備が完成しなくては、衛星軌道上からフレイヤを落とすことは出来ない。
 よってどうしても衛星軌道上にダモクレスを配備しなくてはならないのだが、逆にいえば地上にいる分には、ダモクレス自体はさして脅威ではない。
 今はシャルルが捕縛出来ず、フレイヤ製造工場の整備に加え、既得権益の廃止による皇族・貴族らの反発を抑えるため、シュナイゼルはペンドラゴンからダモクレスを動かすことが出来ないのである。
 それでもダモクレスにはまだ二発のフレイヤがあり、ペンドラゴンから動けないにしても、それを国境に配備して撃たせれば、黒の騎士団の進攻は防げるのだ。

 (あくまでも厄介なのはフレイヤだ。
 あれさえ無効化してしまえば、シュナイゼルがフレイヤを手土産に他国に逃げようとしても誰も受け入れまい)

 既に対処法が出来ている兵器を欲しがる国はいない。
 あのような大量破壊兵器を生み出すような人間は世界の敵だと宣伝しておけば、世界から弾き出されることを恐れ、むしろ彼を捕えて恩を売る方を選ぶだろう。
 
 「黒の騎士団が受けた被害が大きく、こちらもそれから立ち直る時間が必要なのも事実・・・休戦条約を結ぶのはやむなしでしょうな。
 問題は期間ですが、こちらは半月を提案する」
 
 まずは短めに提案する桐原に、予想どおりだなとシュナイゼルは口の端を上げた。

 「黒の騎士団がここまで早く、ブリタニア国境まで来るとは想定外でした。
 ゆえにこちらも無駄に戦火が広まるのを防ぐために計画を発動したので、皇族・貴族にまだ充分な説明と説得を行えておりません。
 合衆国ブリタニア建国時にユーフェミア皇帝が言ったとおり、信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものでしょう。もう少しその信用を積むための時間を頂きたい」

 同時刻、神聖ブリタニア帝国首都ペンドラゴンでは、不気味な沈黙が宮殿を支配していた。
 シュナイゼルからの一方的な既得権益の廃止と皇室財産の返納、超合集国とEUとの和平に反対していた皇族・貴族達は、上空に浮かぶ要塞を恐ろしげに見上げている。

 『どうして、シュナイゼル兄様・・・あの兵器と要塞で黒の騎士団なんかやっちゃえば、それでいいじゃない!』

 シュナイゼルがクーデターを起こし、オデュッセウスを即位させたあの日、カリーヌが理解出来ないとそう訴えた。

 『カリーヌの言うとおりよ、シュナイゼル。どうしてわたくし達が、そこまでしなくてはなりませんの?
 世界に平和をと言うのなら、我がブリタニアに逆らう者達を滅ぼせばそれですむこと。
 さあ、すぐに降伏するようにと超合集国やEUに通達なさい』

 そのためのフレイヤだと信じて疑いもしない第一皇女のギネウィアが自身の騎士にそう命じたが、シュナイゼルは涼しげな表情で言った。

 『人々はこれ以上の争いを望まない。また、これ以上の搾取を続ければどうせ搾取され続けるのならとばかりに暴発し、余計に戦火は広まるばかりだ。
 これ以上の侵略・搾取は、平和のために望ましくない。
 もしどうしてもというのなら、先にこのペンドラゴンにフレイヤを落とすしかなくなるね』
 
 『な・・・!正気なのシュナイゼル!!』

 『黒の騎士団にもこちらに攻め込まないよう説得するので、ここでごく普通の生活を営む分には問題はありませんよ姉上。
 過剰に富を貯め込み、浪費を慎めばの話ですが。
 隗より始めよ、ということわざが中華にありますから、ぜひご協力を願いましょう』

 淡々とまず自国の首都から平和のための第一歩を進めようと語るシュナイゼルに、ギネウィアは目を見開いた。
 カリーヌも何を言われたのか解らず立ち尽くし、他の皇子達もざわめいて言葉が出ない。
 
 『オデュッセウス兄様、兄様が皇帝なのでしょう、シュナイゼル兄様を説得してやめて貰って!』

 カリーヌが縋るように長兄に向かって訴えるも、シュナイゼルの横にいたオデュッセウスは力なく首を横に振った。

 『無理だ、もう僕ではどうにもならないよ。
 いいかい、絶対に黒の騎士団や超合集国連合、EUに対してフレイヤを盾にした交渉を行うことはやめるんだ。
 もしもシュナイゼルの計画に反するまねをしたら、間違いなく本当にペンドラゴンがフレイヤでけし飛ぶことになる』

 シュナイゼルは本気だ、と青ざめて真剣に語るオデュッセウスに、誰もが息を呑んだ。

 『そう怖がることはないよカリーヌ。今までどおりの暮らしがしたいのなら、戦争をやめて無駄なことをせず、戦争で荒れた世界を再建すればいいだけだ。
 それに協力してくれるのなら、私も故郷を滅ぼそうとは思わないよ。
 ・・・解ってくれるね?』

 その後皇族・貴族達は、慌ててまだ解放されていない植民地の総督達に戦闘行為および勝手な交渉の禁止を通達し、互いに余計なことをしないよう監視し合う日々が始まった。
  
 ブリタニアから亡命しようにも、今さら自分を受け入れてくれる国などない彼らは逃げる場所がなく、シュナイゼルの言うがまま動くしか残された道はなかった。
 これまで他者を力によって抑えつけていた者達が、自分達の中で生まれていた異質な存在により抑えつけられることになるとは、何とも皮肉である。

 そしてその恐怖による意志統一が図られているペンドラゴンでは、現在各植民地へ食糧支援を送る手配に追われていた。

 ある程度のやりとりが済んだ頃を見計らったアドリスは、にっこりと期間の延長を申し出た。

 「ならばひと月というのはいかがですか?
 その間にもそちらと和平交渉を行い、それを見てさらなる期間の延長を決める形にするのがよろしいかと存じますが」

 「私もそう考えておりましたアドリス補佐。
必ずや諸悪の根源であるシャルル・ジ・ブリタニアをそちらにお送りし、罪を償わせたいと思います。
 我々にかけられた疑惑のすべてを解明し、侵略し差別主義のもと人々を虐げていた罪を根源たる我が父が償うべきだと考えておりますので」

 一カ月といえば短いのではと考えたが、折を見てさらに延長をと言うアドリスに議員達は賛成した。
 ゼロも軽く頷いたので、彼らはほっと安堵する。

 「では至急、国際中継でその旨を互いに発表いたしましょう。
 この会談が平和への第一歩であると、私は思います。
 とても実りあるものとなったことに、感謝します」

 シュナイゼルがいつものロイヤルスマイルを浮かべると、車椅子に座るアドリスに視線を向けた。

 「今回お会い出来る事を楽しみにしていましたが、エトランジュ女王陛下の御病気はいかがですか?」

 「マルディーニ卿をお送りした後、急な腹痛に見舞われましてね・・・診断の結果は、ストレスによる胃炎とのことで」

 これほど説得力のある病欠理由があろうか、と誰もが納得した。

 (ストレス性胃炎による腹痛、か・・・アドリスの奴、内心かなり煮えくりかえっているだろうな)

 フランス大使は怒りが頂点に達した時に浮かべる笑みを浮かべたアドリスの、エトランジュが欠席するから自分を出させるようにとの要請を震えながら認めた。
 欠席理由として予定していたでっち上げの病だが、あながち嘘ではなくなったからである。

 これ以上ない説得力のある病名に、事実己もそれに苦しめられている者もいるのであの若さで気の毒な、きっとあの求婚が決定打になったのだなと誰も疑っていない。
 自分達だって出来る事なら倒れて、この重責から逃れたいと何度思ったことだろう。
 幸い無事に、休戦条約が締結されたのが救いである。

 「・・・そうですか、お大事になさって下さい。
 遅れましたがエトランジュ女王陛下のご結婚、おめでとうございます。
 私としてはこのような形で失恋したことを、大変残念に思いますが」

 「世界は今大きく変わろうとしている時代です。
 我がマグヌスファミリアも変化の時を迎え、それに合わせただけのこと。
 信頼できる婿をあの子に娶せてやるのが、親の役目ですので」

 能力が高く実績がありよく知っている人間を、女王たるエトランジュの夫に迎えようと考えていたと、アドリスは当然とばかりに言った。

 「私もこの身体で、いつ妻の元に向かうか知れない身です。アルフォンスならば今まであの子を守ってくれたことですし、安心して委ねられますからね。
 あの子もアルフォンスとならと喜んでいます」

 身内だけの簡単なお披露目をしたというアドリスが懐から取り出したのは、中心にアルフォンスとエトランジュが並んで花びらを浴びせられ、アドリスを始めとするエドワーディンやクライスの家族、さらに天子や神楽耶、ユーフェミアに祝われている写真だった。

 この写真は合成写真ではなく、このアルフォンスは双子の姉のエドワーディンである。
 弟とは身長や肌の色、体格の差があるが、シークレットブーツや肩パット、ファンデーションなどでいくらでもごまかせる。
 そしてエドワーディンに扮しているのは、咲世子だった。

 顔を赤らめて微笑んでいるその姿からは、とても急な結婚に困惑している様子に見えず、皆心から祝っているようだ。
 写真には写っていないが、目のふちが赤く彩られていたことを知るのは、ギアスを知る者のみが知る事実だったが。

 「現在彼はあの戦闘で行方不明ですが、必ず戻って来ると信じて気丈に振る舞っています。
 そんなあの子を家族一丸となって支えるのだと、我が国民達は一致団結してくれていますよ」
 
 「それは羨ましいですね。こちらもエーギル海域で、行方不明者の捜索を行っているところです。
 アルフォンス王子を発見したら、すぐにお知らせしましょう」

 既に見つけて監禁しているくせにしゃあしゃあと言ってのけるシュナイゼルに、聞いている側としては大変イライラしていた。

 だが実質はアルフォンスがシュナイゼルに捕まっていると言う証拠はなく、彼らがそれを知り得たのは決して表に出来ないギアスによるものである。
 そのため、この発言によりアルフォンスがシュナイゼルの陣営にいても、エーギル海域で漂っていたところを保護したと言い繕えるのだ。
 
 アルフォンスにはエトランジュの伴侶という付加価値がついたので、こちらに恩を売るカードの価値が上がったことになる。
 この政略結婚は、アルフォンスの身を守るためでもあったのだ。
 
 「よろしくお願いいたしますシュナイゼル宰相閣下。
 では貴国が世界にとってよき方向へ変わることを、お祈り申し上げます」

 「それはご期待下さって結構です。
 それではまたお会いする日を楽しみにしております」

 こうしてシュナイゼルからの通信が切られ、カノンを再び応接室へ送り返すと、一同から肩の力が抜ける音が響き渡る。

 「・・・何とか休戦条約は結べましたな」

 「あちらがあそこまで譲歩するとは・・・本当にブリタニアは和平を望んでいるのでは?」

 「あのような兵器を生み出す平和など認められるものか!」

 しかも戦の女神でもあるが豊穣を司るフレイヤの名前を冠するあたり、シュナイゼルの感性が黄昏時にあるとしか、とアドリスは思う。

 「ゼロのご意見は?」

 桐原が問いかけると、ルルーシュは一つ頷いて言った。

 「シュナイゼルの発言どおりなら、シャルル皇帝は行方不明とのことだ。
 これほどこちらに譲歩した条約をあの男が認めるとは考え難いから、ブリタニア国内がまだまだ不安定なのは間違いない。
 だからあちらが攻め込んでくる可能性は低いだろう」

 なるほど、と一同が納得したところで、ルルーシュは言った。
 
 「お互いに時間が欲しいのは事実。
こちらも国民の不安を抑え、フレイヤ対策に全力を注ぎこむのがこの一カ月を有意義に過ごす道であると考える」

 「承知した。ではゼロには黒の騎士団の軍備再編と、国境付近の警備の強化にあたって貰いたい」

 「すぐに手配いたしましょう。
 議員の皆様方、不安は確かにあるだろうが、だからこそ我々が揺らぐことなく繋がらねばならない!ご協力を願いたい」
 ルルーシュのマントを翻しての言葉に、アドリスがにこやかに言った。

 「一時の心の安定のために後で地獄に落ちると解っている糸に縋りつくがごとき愚行、誰もやりませんよゼロ。
 それになんだかんだでシュナイゼルは、あのフレイヤを廃棄すると明言しませんでしたからね・・・それだけでも、本音が見え隠れするとは思いませんか?議員の方々」
 
 シュナイゼルの発言を思い返した一同は、その指摘にはっと目を見開いた。
 休戦条約のことばかりに気を取られていたが、あのような規模の兵器だとは思わなかったと言ったにも関わらず、それを破棄するとは一言も言っていないのである。

 あの時あえてそれを指摘しなかったのは、こうすることでシュナイゼルに不信を抱かせ、ブリタニアが真実平和を望んでいるのではと錯覚するのを防ぐためだ。
  
 多額の賠償金、クーデターを起こし廃位したとはいえそれでもかつての皇帝を差し出しなど、いかにも平和を望んでいそうな譲歩も、向こうの思惑あってのものだ。
 いや、彼は彼なりに平和を望んではいるのだろう。
 フレイヤという剣を人々の喉元に突きつけ、静寂を強いる歪な形での平和を。

 (・・・だがそれは誰も望んでいない。
 口が恐ろしくうまく、頭の切れる男だ。不信感を持たせて安易に口車に乗られないよう、気を配らなくては)

 アドリスはそう決意すると、桐原に視線を送った。
 その意図を悟った桐原は、重々しく告げる。

 「休戦条約期間中は、各国は人心を安堵させることを最優先としよう。
 アドリス様のご指摘通り、フレイヤ破棄の話が出なかった以上、真実和平を結ぶつもりだとはまだ断定出来ぬ」
 
 と、そこへ秘書としてついている御吏に耳打ちされた天子が、小さく深呼吸してから言った。 

 「確かにそうですね桐原議長。私もあんな武器を持っている人が平和を語っても怖いだけです。
 我が合衆国中華は、シュナイゼル宰相が個別に和平をと申し出ても、超合集国を通すようにお願いすることにします」

 あらかじめ折を見てそう申し出るようにゼロから言われていた天子の発言に、フレイヤを擁するシュナイゼルと相対したくない議員達は一斉に首肯する。

 「そうですな、それでこそ超合集国を造った意義があるというものです。
 各々方もよろしいですな?」

 こうして一カ月の休戦期間の間はフレイヤのことが徐々に世間に洩れてきたため、脅える国民達を安堵させ、国力を安定させることが決定された。
 
 (幸いあの男が逃げたので、シュナイゼルはブリタニアから動けない。
 カノンから必要な情報は取ったから、余計なことをされないうちにさっさと追い返すとしよう)

 ルルーシュはそう考えると、藤堂達にカノンを国境まで送るように指示するのだった。



[18683] 第四十六話  先行く者
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:3591e9b9
Date: 2013/01/20 15:15
 第四十六話  先行く者



 合衆国日本、黒の騎士団本部。
 幕僚長の藤堂は、戦死した仲間達を祀っている神棚を前に静かに立っていた。
 
 「よりによって、四聖剣の中でも年若い朝比奈が犠牲になろうとは・・・」

 「先陣切って、基地に飛び込もうとしてたからな・・・あの兵器さえなきゃ、基地へ一番乗りの手柄を立てられたってのに」

 仙波の力なき声に、卜部が悔しそうに応じた。

 数多くの仲間が一瞬にして死亡した兵器を前に、皆は動揺を隠せなかった。
 だが藤堂や星刻は上に立つ者としてそれを表にせず、ゼロの策がある、と言い聞かせてあえて堂々と振る舞っている。

 「藤堂中佐、ゼロの策は何とかなりそうですか?」

 千葉が尋ねると、藤堂は無表情に答えた。

 「何しろあれほどの兵器だ、一朝一夕でどうにかなるまい。
 だが聞くところによれば、おそらくナイトメアに搭載してフレイヤとかいう兵器にぶつける形になるらしいから、俺達がそれを使用することになるだろう。
 だがそれを作るのは我々の専門外のことだ、完成出来ると信じて待て。
 ・・・そして朝比奈の仇を取るんだ」

 「中佐・・・!承知しました」

 朝比奈の信号が返ってこず、遺体すら消し去ったあの忌まわしい兵器。
 数多くの仲間達が、死んだと言う証拠すらもあの光に呑まれて消えた。

 「当然ですな。中佐、その時にはぜひこの仙波に先鋒をお命じ下され」

 もしかしたら死ぬかもしれぬ役目、老残の自分がやろうではないかと言う仙波に、卜部が無理無理、と手を振りながら口を出した。

 「何言ってんですかもういい年してんですから、仙波大尉は引っ込んで、俺に任せて下さいよ」

 「何を言う、若造には任せておけんわ!おぬしこそ下がっておれ」

 まだ決まったわけでもないのに言い合う二人に、千葉もエーギル戦以来一度も見せる事のなかった笑みをゆるく浮かべた。

 「頼もしいですね藤堂中佐。朝比奈の無念、必ず私達が晴らしましょう」

 「・・・ああ、そうだな」

 「中佐・・・?」

 何故か歯切れの悪い様子の上官を、千葉は不審そうに見つめた。

 (現時点でも、ゼロの蜃気楼と紅月の紅蓮かスザク君のランスロットがあれば、破ることは可能・・・そのシステムの簡略化が進められている。
 しかし、それが出来てもやはり万全を期すなら、あの三人が前線に投入される可能性が高い。
 ・・・第九世代タイプのナイトメア、あれを操れるほどになれさえすれば、俺が)

 「千葉の言うとおりだ。そのためにも、鍛錬を怠っている暇はない。
 いいか、失敗すれば俺達も朝比奈の二の舞だ。しかし、それでも誰かがやらねばならんのだ。
 世界中を混乱に陥れる兵器を、野放しには出来ん。朝比奈の犠牲を無駄にしてはならん」
 
 藤堂は自らを鼓舞するように言うと、カレンダーを見つめた。

 「休戦期限は一カ月だが、気は抜けん!これから仕事をローテーションで回し、加えて特別トレーニングのメニューを組んで行う!
 休むべき時は休み、それ以外はすべて己の能力を限界まで・・・いや、それを突破して自らを高めるぞ!!」

 「「「承知!!」」」

 藤堂の檄に三人は敬礼をして応じ、藤堂と共にトレーニングルームへと向かうのだった。



 「杉山あ・・・お前が死ぬなんてよぉ・・・」

 「南、泣くなよ!俺だって悔しいけど、泣いたってどうしようもねえ!
 あのふざけた兵器をどうにかする方法はあるって、ゼロが言ってただろ!」

 黒の騎士団の幹部達の部屋で、南が情けなく泣いているのを玉城が叱咤する。

 「けど、俺らには詳細知らされてねえじゃねえか!ただのハッタリかも」

 「ゼロがハッタリなんかかましたこと・・・あるかもしれねえけど!
 でも、結果は出してきた奴だ。今回だってきっとやってくれるさ!
 藤堂中佐とか、星刻さんとかも落ち着いてる、きっと打開策があるんだよ!」

 ゼロを全面的に信頼している玉城の言に、南は叫んだ。
 
 「だったら何で、俺らには何も伝えてくれねえんだよ!」

 「あんたねえ、少しは考えなさいよ!シュナイゼルに情報が漏れないよう、徹底した情報封鎖がされてるって、聞いたでしょ。
  幹部でもそう迂闊に詳しいこと、言えるわけないじゃない」

 井上が呆れたように答えると、南は納得せずに井上を睨んだ。

 「俺達は黒の騎士団結成以来の幹部だぞ!何であいつらにだけ・・・・」

 「違うわ、南、私達と中佐達は違う。
 私達は素人上がりのレジスタンス、でも中佐達はプロの軍人よ?
 本当なら、今世界中から軍人が集められて成り立っている黒の騎士団にはいらないの。
 ただ私達が望んだから、居場所を与えられただけ。プロと素人の違いなんて、今さら語るまでもないわ」

 詳しい戦略、布陣など一から十まで説明を受けなければ解らない自分達と、概要だけで理解出来る生粋の軍人である藤堂達、頼りにすべきはどちらか、子供でも解る。
 ましてやこのようなプロでも手に負えない兵器を前に、所詮は場数を踏んだだけの民間人出身の自分達に、何をやれというのか。

 「私達が最初からゼロを支えてきた自負はあるわ。でも、だからと言ってプロと並べられる能力を得たわけじゃない。
 扇さんを見なさい、いつまでもそのあたりを理解していなかったから、あんな事態を引き起こしたんじゃない!」

 「うっ・・・」

 扇はいつまでも民間人として、日本人としてのみの目的に囚われ、結果愛した女の言に惑わされ、正常な判断力を失い、自らの分を忘れて暴走した。

 「仲間の仇を討ちたいのは、みんな同じよ!でも、だからと言って自分に出来ると思いこんで、特権を主張するのはやめてちょうだい。
 ゼロが出来ると判断してくれたら、向こうから指示があるわ。今までだってそうじゃない。
 だいたい南、あんた中佐や星刻さんと同格に張り合える自信あるの?」

 「・・・あるわけねえだろ!」

 扇と同レベル、と言われていささか落ち着きを取り戻した南は、力なく椅子に座りなおした。

 「何かしてないと、怖いというのは解る。だが、こんな時こそ冷静になるべきだろ。
 今必死で桐原公や神楽耶様、エトランジュ様も動いてる。迷惑を掛けるのはやめよう」

 吉田の言にああ、と南が応じ、そして部屋に沈黙が落ちた。

 「あー、もう心気くせーな!」

 やがてその沈黙に耐え切れなくなった玉城が、コーヒーメーカーを動かして人数分のコーヒーを淹れ始めた。

 「おらよ、とにかくこれでも飲もうぜ。酒は禁止されてっからな」

 本当ならヤケ酒でも煽りたいところだが、何が起こるか解らない状況で飲む気が起こらず、せめてものウサ晴らしであった。

 「ああ、サンキュー。お、けっこう美味いじゃん」

 「本当だ、あんたこんな特技あったのねえ。カクテルだけかと思ってた」

 吉田と井上が感心すると、玉城はまあな、と鼻をこする。

 「学生時代は喫茶店でバイトしてたからな、これくらいはお手のもんよ」
 
 「ふーん・・・じゃああんた、戦争が終わったら喫茶店かバーでも開くの?」

 「そうだなー、それも悪くねえかもな。
 役職欲しいって思ってたけど、やっぱ地位に見合うだけの能力がねえとやべえってのは、扇を見て解ったから」

 扇のやらかしたことは確かにいろいろまずかったが、正直自分でも美人に引っ掛からない自信がないなーと思った。
 だからスパイを異常に警戒し、情報流出を阻もうとする状況に納得して、ゼロから詳細を聞いていないことに文句を言わなかったのである。
 
 「お偉いさんっての、やっぱ俺には向いてねえわ。
 失敗するのが罪、なんだろ?なのに、次々に面倒ばっかじゃん。俺、マジ無理」

 「・・・だよな。悪い、俺も頭に血が上ってた。今は冷静に、ゼロからの指示を待つ」

 南は玉城が淹れたコーヒーを飲みながらリモコンでテレビをつけると、そこにはエトランジュとアルフォンスの結婚、シュナイゼルからの求婚などで騒いでいた。
 しかしそれよりも、エーギル戦で使用された兵器について見識者達が議論しており、やはり皆そのことが気になって仕方ないだろう、とため息をつく。

 「せめてアルフォンス様がいてくれたらよ、ぱーっと結婚祝いでもやってこんな雰囲気吹き飛ばせるのによぉ」

 「こんな状況では不謹慎だ、と言われるだろうから駄目だろう・・・気持ちは解るが」

 玉城の案を吉田が力なく否定すると、エトランジュが神経性胃炎を発症したという情報が流れ、無理もないとばかりに皆沈黙する。

 「・・・なんか身体にいいもん、差し入れしようぜ。確か北海道から、大量にメロンが来てたよな。
 食うのもいいけど、ジュースにでもすっか?」

 「玉城にしてはいい案ね。この際だし、みんなにも配りましょう」

 幹部がすることではない気がするが、何かしていないと落ち着かない。
 一同は井上に同意して、コーヒーを一気に飲み干すとテレビを消し、部屋を出るのだった。



 黒の騎士団、ナイトメアシミュレーションルーム。
 そこでは現在、蜃気楼、紅蓮聖天八極式、ランスロット・アルビオンを使用した、アンチフレイヤシステムのシミュレーションが行われていた。
 現時点でニーナが組み立てたウラン理論を、アンチフレイヤシステムに応用した場合、どの程度まで出来るかを試していたのである。

 「十九秒とコンマ四秒・・・十回中八回成功、か」

 「私の紅蓮は九回よ!勝ったわね」

  得意げにシミュレーションルームから出てきたカレンに、スザクは苦笑した。

 ちなみに情報流出を避けるため、ここにいるのはルルーシュとカレンとスザクだけである。
 
 「いざという時、これならいけるとは言えるレベルだが・・・戦場では不確定な要素が来るのが常。
 それを思うと、シミュレーションで百%ではないというのは不安だな。何せ、コンマレベルでの仕事だ」

 難しい顔でキーボードを叩くルルーシュの言葉に、重い沈黙が下りる。

 「ナイトメアの改良は出来るかな?」

 「むろんロイドやラクシャータも、それを考えている。
 しかし、これ以上の性能のアップは難しいそうだ。
 藤堂達は身体能力を上げて、第九世代レベルのものを扱えるようにと特訓を重ねているから、斬月や暁の改良は出来るが」

 スザクは既に限界までに性能が上がった愛機を見上げ、肩をすくめた。

 「ルルーシュは十九秒のほうは失敗なし・・・あんた、ほんとに人間?」

 カレンがノーミスで合計二十回のシミュレーションを成功させたルルーシュを見つめると、彼は何でもないことのように言った。

 「揺れもない室内での予測可能なシミュレーションだから、まだ簡単だ。
 だが、もしイレギュラーが起これば、解らない」

 「シュナイゼル、か・・・確かに何をしでかすか読めないよね」

 「っていうか、訳わかんない思考しかしないじゃない、ブリタニア皇族・・・エトランジュ様、今シュナイゼルの名前を聞いただけで、びくってなってるわよ。
 考えじゃなくて感性がもう普通とは根本的に違うんだから、仕方ないわよ」

 さもあらん、とルルーシュはカレンの言を肯定し、続けて行うシミュレーションの内容を言った。

 「よし、次はどのくらいの時間があれば百%になれるかシミュレートする。
 お前達の感触なら、あと何秒あれば確実に成功出来そうだ?」

 「そうだね、せめて一秒あればってところかな?」

 「私も万全を期すなら、一秒あれば確実よ」
 
 「一秒か・・・約三倍。難しいところだな。
 せめてニーナの研究が、それくらい進めば・・・」

 ルルーシュが各ナイトメアのシミュレーション表を開いたので二人が覗き込むと、藤堂が十回中一回、星刻が十回中五回成功という、何とも言えない結果だった。

 「星刻は身体のほうはほぼ完治しているが、お前達ほど無理が出来る身体でもないからな。
 やはりお前達のうちどちらかに、先陣に立って貰うのがベストだろうな」

 「あんたと組むなら、当然親衛隊長の私よ!成績だって私の方がいいんだから!」

 カレンが嬉々として主張すると、スザクがきっぱりと言った。

 「いや、それは僕の仕事だよカレン。譲る気はない」

 「スザク・・・そうだな、お前に頼もうと俺も思っていた」

 まさかルルーシュまでもスザクをパートナーにと同意したことにカレンはショックを受け、スザクの首を絞める勢いで問い詰めた。

 「何であんたが決めるのよ!ルルーシュもルルーシュよ、私はあんたの!」

 「君には君を大事にしている父親がいるだろう!
 これ以上シュタットフェルトさんに、心配を掛けてどうするんだ!」

 「・・・!!そ、それは・・・」

 スザクの叱責にふとルルーシュを見ると、彼がスザクを選んだのも同じ理由だったのだろう。黙ってカレンを見つめていた。

 「エーギル戦の後、戻ってきた君の姿を見て、泣くほど安堵していたじゃないか。
  僕で成功させたら、成績では君の方が上だったんだ、シュタットフェルトさんだって安心する。だから、僕がやるよ」
 
 必ず成功させてみせるとスザクがまっすぐにカレンを見据えると、それでもルルーシュと組んでこの難行を成功させたい彼女の様子を見て取って、ルルーシュが言った。

 「シュタットフェルト氏も、君を戦線から外して貰いたいと幾度か言われている。
 それでも君を外すことは出来ないし、エースの君を失うのは、俺としても避けたい。
 今回はスザクの控えとして残ってくれないか」

 『カレン・・・!よかった無事で!
 まさかあんな兵器があるとは思わなかった。よかった・・・!』

 幾度もよかった、を繰り返し、以降はどこか体に不具合はないか、あったら軍務を休ませて貰おうと、紅蓮のパイロットを止める方向に持っていきたがる父。

 親としては至極当然のことで、無理もないと周囲はむしろ同情的だ。

 「・・・解ったわ、もしこの状況のままなら、あんたに任せてあげる。
 絶対失敗するんじゃないわよ!」

 父を持ち出されては折れるしかなくなったカレンは、渋々納得した。

 「大丈夫だよカレン。僕とルルーシュが揃って、出来なかったことなんてないさ」

 スザクがそう言った瞬間、カレンは思い切りスザクの頭を殴った。

 「いきなりなにするのさ、カレン!」

 「大きな口叩くなっての!あんたほんとムカつくわ!!」

 「理不尽だ!」

 まことにもっともなスザクの叫びに、ルルーシュは話はまとまったので我関せずとばかりにキーボードを叩いている。

 と、そこへ通信機が鳴り響いた。

 「シミュレーション中にすみません、エトランジュです。
 報告があるのですが、よろしいですか?」

 「ああ、構いません」
 
 ルルーシュが天の助けとばかりに受話器を取ると、カレンもスザクを解放して報告に聞き入った。

 「報告があるとはなんです?エトランジュ様」

 「実は先ほど、ブリタニア本国から三人の官僚の方が亡命して来られたのです。
 北周りで中華経由で日本に来たそうで、シュナイゼルの計画に賛同出来ないと、そうおっしゃっておいでで・・・」

 何しろ絶対安全なのはわずか二、三千人程度の、地球規模での恐怖政治なのだ。
 三人のうち一人は、オデュッセウスがダモクレスに移ってからもペンドラゴンに残っていた彼の臣下の一人で、もう一人はエリア16、すなわちマグヌスファミリアで副総督をしていた女性、最後は主義者の男だった。

 「ダモクレス要塞のデータの一部を持ってきたそうで、専門家の方に分析を依頼しておきました。
 私やマオさんがお話を伺った限りでは、嘘をおっしゃっている様子はありませんでしたが・・・」
  
 つまりマオのギアスを使って心を読んだ限りでは、彼らが本気でブリタニアを見限っているのは事実だということだ。
 しかしエトランジュの台詞の続きを、ルルーシュは察した。

 「ダモクレスの偽のデータを渡してあえて放逐する、という策を使った危険がある、ということですね」

 「はい・・・お父様もそれを危険視しておいでで・・・」
 
 油断も隙もない手を打って来るシュナイゼルに、一同は静まり返った。
 とにかく情報を持ってきた亡命者にゼロが会わないわけにはいかないと、ルルーシュは立ちあがった。

 「その三人に会って、じかに話を聞くとしよう」

 「今、ユーフェミア皇帝が詳しく事情を聞いておいでです。第四会議室です」
 
 シミュレーションをいったん中断した一同は、ルルーシュがゼロの扮装をした後、第四会議室へと向かう。
 そこにはエトランジュとユーフェミアと共にジェレミアとダールトンがおり、アドリスも車椅子に座ってマオが困ったように立っている。

 そしてユーフェミアに縋りつくように、三人の男女が訴えている。

 「ブリタニアの民をお救い下さい、ユーフェミア様!もはや貴女様しか・・・!」

 「あ、あのような兵器、認めるわけには・・・お願いします!」

 「我らだけが逃げ出した罪は、いかようにも償いますから・・・どうか・・・!」

  床に這いつくばって懇願する彼らに、ルルーシュが声をかけた。

 「お待たせして申し訳ない、亡命者の方々。
 概要は既にエトランジュ様から伺ったが、今一度あなた方からお聞きしたい」

 「ゼロ・・・!ああ・・・」

 神聖ブリタニア帝国臣民の敵、とされているゼロを見て、一瞬三人は震えた。
 だがそれでもブリタニア人でも差別せぬと言っていた彼に、ユーフェミアも彼に庇護されている。
 もはやその手に縋りつくしか、ブリタニアを恐怖から救うことは出来ないと、彼らは知っていた。

 「い、今ペンドラゴンは完全に、シュナイゼル殿下の支配下にあります。
 よりにもよってあの方は、自分の命令に従わねば、フレイヤをペンドラゴンに投下すると、そうおっしゃって・・・!」

 「・・・やはりか。それで、そのことは国民にも知らされているのかな?」

 「いいえ、それは混乱を招くだけですから、公表はされておりません。
 ですが、主な皇族や貴族達は、ペンドラゴンから動くことを禁じられ、今各植民地に対する賠償に向けて動いています。
 皇族、貴族の特権の廃止などは、公表されていました。ですが、それに従わぬとする者もいて・・・」

 やはり長年に渡って染みついた差別国是に特権意識に染まっている者からすれば、突然それを取り上げられることは空気を奪われるに等しいことなのだろう。
 フレイヤがペンドラゴンに向けられていることなど知らぬ末端の皇族や貴族が反発しだし、今懸命にそれらを抑え、処罰しているのだという。

 「まさか事実を公表するわけにはいきませんものね。
 ペンドラゴンが危険だと知られれば、皆が我先に脱出しようと騒ぎ、交通機関がマヒして玉突き事故などが多発しかねません。
 かといって何も知らぬ者が反乱を起こせば、フレイヤが反乱の首謀者の領地に落ちる・・・」

 ユーフェミアが力なく地獄の未来図を語ると、亡命者達はそれを防いでほしいと訴えた。

 「何も知らぬ国民を巻き添えにする政策など、断じて認められません!
 ユーフェミア様、どうかお助け下さい!」

 「ゼロ・・・わ、私達が各植民地で行ってきたことを恨むのは解ります。
 ですが、本当に穏やかに暮らしてきただけの国民が大勢いるのです。償いは我々貴族が何としてもいたしますから、お力を貸して頂きたい!」

 何とかしてダモクレスの設計図の一部を手に入れた、活用して頂きたいと懇願する彼らに、確かに嘘の色はない。

 「我ら黒の騎士団は、正義の味方である!無辜の民の殺戮を甘んじて見過ごすなど、我々の正義が許さない!
 必ずシュナイゼルを止める事を約束しよう!!」

 ルルーシュがマントを翻して叫ぶと、アドリスが言った。

 「あなた方のもたらした情報に、感謝します。
 ですが、現在私達は以前に大規模なスパイ網を摘発し、こちらに間違った情報を持ち込まれるなどの被害がありました。
 そのため、あなた方が持ってきた情報の裏付けを取らせて頂きます。
 また、申し訳ありませんが先の理由からスパイの警戒が強くなっているので、お三方をしばらく部屋に軟禁させて頂きたい。
 これは混乱を避けるためと、何よりあなた方を守るための処置です」

 「・・・承知しました」

 ここに来る途中、思い切りあからさまなひそひそ話と冷たい視線に晒されてきたので、やはりブリタニア人は冷遇されているのだろうと、覚悟していた。
 むしろ軟禁されるくらいで済むのなら、御の字であろう。

 (もしかしたら、この機にブリタニアなど滅びてしまえばいいと思われているかもしれないなあ・・・)

 自嘲するようにそう思った亡命者の一人の心の声を、マオがエトランジュに伝えた。
  エトランジュは誤解を解いておかねばと、慌てて三人に謝罪する。

 「せっかくの情報をもたらして下さった方に、本当に申し訳ありません。
 でも、本当にみんなシュナイゼルを警戒していて・・・ですが決してブリタニア人全員を嫌い、恐れているわけではないのです。
 ブリタニア大陸に住む方々を、フレイヤからお助けすることに全力を尽くします。
 私達はブリタニア国民に差別や殺戮をやめてほしいだけで、死んでほしいわけではないということだけでも、信じて下さい」

 「・・・はい」

 「私はかつてブリタニア植民地を回った折、ご自分が捕まりながらもブリタニアは間違っていると主張した方や、エリア民の方を庇護する方を多く見て参りました。
 皇族や味方に向かって間違っていると指摘することが、時として敵を倒すよりも勇気を必要することだと、少しは解るつもりです。
 ブリタニア大陸でもそれを貫く方々がいることに、私は感謝します。
 あなた方は間違いなく、合衆国ブリタニアの英雄です」

 ブリタニアに限らず、自国での常識を間違っていると訴える事は、狂人だと誹りを受けるケースが圧倒的に多い。
 過去天動説が常識とされていた時代、地動説を唱えた学者がどれほどの不遇を囲ったことか。
  
 亡命者達は、自分が滅ぼした国の女王から英雄とまで言われたことに驚き、自分達の訴えが聞き届けられたことに安堵し、ようやく肩の力を抜く。

 「ありがとうございます・・・感謝します」

 幾度もそれを繰り返した亡命者達は、ゆるゆるとダールトンやジェレミアに視線を向けると、言いづらそうに告げた。

 「・・・この亡命にはダールトン侯やジェレミア辺境伯の縁者も、と思い調べました。
 ジェレミア辺境伯の妹君はご無事ですが、ゴッドバルド家の爵位剥奪後に伴って学院を転校され、他学校の寮に・・・。
 フレイヤのことを話し、亡命に同行してジェレミア卿に話を通して貰いたいと言ったのですが、ブリタニア貴族として危険から自分だけ逃げる真似は出来ないと伝えるよう、頼まれました。
 それから、兄を信じている、と」

 「リリーシャ・・・その覚悟、見事である」

 あえて危険な首都に残り、爵位を剥奪されてもなお貴族としての誇りを貫く妹を、ジェレミアは心から誇りに思った。

 「ただ、こちらは悪い知らせです。お二方のご親戚やダールトン侯爵のご養子のうち、戦闘時のエーギル基地にいた者すべて、死亡確認が取れました。
 殆どは日本が解放された後と、オレンジ事件の後に前線から一族の方は遠ざけられたのですが、十数名ほどはまだそこに勤務していたようで・・・」

 その者達の名前を聞いた二人は、確かにエーギル基地にいたことを記憶しており、目を見開いた。
 
 エーギル戦の際、裏切り者とされた縁者を長く留めはすまいと思っていたから助かっていると考えていたが、そう甘くなかったようだ。
 
 「免職されたり、ペンドラゴンに異動になったので難を逃れた方々が、我々の亡命に協力して下さいました。
 何かあれば力になると、伝言を頼まれております」

 「・・・そうか。ご報告、感謝する」

 エトランジュが三人の部屋を準備するよう、黒の騎士団の方々にお願いしてまいりますと部屋を出た。
 さらにルルーシュがいくつかの質問をし、この三人がシュナイゼルの策かどうかはともかく、害意はないことを確認する。

 そして三人が用意された部屋に引き揚げると、一同は再びそれぞれの仕事へと戻っていく。
 ただダールトンとジェレミアだけは、身内の訃報に衝撃を受けていることを見て取ったユーフェミアとエトランジュの厚意により、その日は休日になった。

 それでも二人とも休む気にはなれず、ジェレミアは自身の専用機であるジークフリードの調整室へと足を向け、特にやることもないダールトンも彼についてきた。一人になりたくなかったのだ。

 ギアス嚮団から押収したジークフリードは、神経接続で動かせる唯一のナイトメアフレームである。
 エトランジュの護衛のジークフリードと同じなので改名を、との意見も出たが、ありふれた名前だから別に構わないというマグヌスファミリアの一言で、この名が続いている。

 「この機械化された身体だからこそ扱える、ナイトメアだ。
 初のナイトメアとなるこれが迅速に実戦に投入出来るまでになったのは、光栄にもナナリー様のお陰なのだ」
 
 「ナナリー様の?」

 「そうだ。あの方が御足の手術をお受けになり、神経装置を埋めることで動かせるようになったことは存じていよう。
 そしてその装置とナイトメアとを接続して動かす実験を、なさっておられたらしい。
 マリアンヌ様ゆかりの、あのガニメデをお使いになってな」

 日本解放後、ナナリーが黒の騎士団で手術を受けたことを知ったミレイの祖父は、ガニメデを黒の騎士団に寄付した。
 旧型なので戦闘には使えないが、神経接続装置を埋めた少女のリハビリに使うと表向きに宣伝されたのだ。

 「ロイドやラクシャータ女史などが改造したガニメデを、見事に操っておられる。
 そのデータを、私の役に立てるのなら使ってほしいと、恐れ多くもおっしゃって下さった。
 あの方のせいではないというのに、ご自分の父であるシャルル帝のせいなのだからと、心苦しく感じておいでなのだろう」
 
 親の罪を子が償う道理はないというのに、ナナリーも家族の罪を自分がわずかでも償おうとしている。
 それはユーフェミアも同じで、姉が人体実験と知りながらジェレミアを放置したことに、罪悪感を持っているようだった。

 「私はな、ダールトン卿。ブリタニア皇族の方々をお怨みする筋はないと思っている。
 間違っていることを間違っていると思うことすらせず、ただマリアンヌ様を守れなかった己の恥を隠すように、日本人に圧政を強いたのだ。
 弱肉強食を認めていた以上、弱者となった私がこうなったのは必然だ」

 「・・・私も、ブリタニアという国の外から見た祖国の姿に、随分と戸惑ったものだ。
 そしてたまたまエーギル基地にいた、というだけで一瞬にして消えた兵士達を見て、ユーフェミア様やルルーシュ様が憂えたのはこの事態なのだと、ようやく理解した」

 弱い、というだけで、ただそこにいた、というだけで、上にいる者達の指先一つで消されていく命。

 かつては自分達が、その指先を持つ身分だった。
 それがその指先の下にいる人間にとってどれほどの恐怖を伴うものであったか、全く解らなかった。知ろうとすらしなかった。
 そして今、ようやく彼らの恐怖がこの身に降りかかる。
 
 「私のわがままで、息子達の立場が悪くなるのはすまないと思っていた。
 だがまさか、そんなことさえ無関係に殺されるなど、想像していなかった。
 味方に文字通り消されるなど、一体誰が想像したというのだ・・・」

 「ダールトン卿・・・」

 「・・・フレイヤ戦の時の部隊には私を加えて頂くよう、ルルーシュ様にお願いするつもりだ。
 爵位を剥奪されたといえど私も貴族、その義務を全うし民をフレイヤの脅威から守らねばならん。
 我らブリタニア人が陣頭に立ってこそ、新たなブリタニアの在り方を世界に示すことに繋がる」

 そしてそれが、ユーフェミアを守ることになる。
 ダールトンの最優先はユーフェミアだが、ブリタニアの民を守ることもまたその誇りが義務として己が身に課していた。

 「間違っていることを間違っていると味方に指摘するのは、敵を倒すよりも勇気がいる事、か・・・。
 姫様がいらしていたら、妹君としてあのお方がお止めして下さっただろうに・・・。
 我らが口にする権利はないが、フレイヤやあの計画、シュナイゼル殿下をお諫めする者はいなかったのか・・・」

 「そう、誰も皇族方のなさることをお諫めしなかった。
 その結果がこれだ・・・我々がフレイヤの恐怖に晒されるのは自業自得だが、民を巻き添えにするわけにはいかぬ」

 自らの死を持って諌めても無駄だと思ったからこそ、あの三人はユーフェミアに助けを求めたのだろう。
 それでも、ブリタニア本国にもまだ祖国の間違いを正そうとする人間が、少なからずいたのだ。
 そのためにも、フレイヤをペンドラゴンに投下するなどという事態は防がねばならない。
 それがブリタニア貴族として、自分達がすべき役目だった。

 ジェレミアは立ちあがると、小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、二つのコップに中身を注いだ。

 「ブリタニアの新たなる明日のために・・・!」

 「ジェレミア卿・・・そうだな」

 二人はそれぞれグラスを持つと、それを高く掲げ、主君の名を叫んだ。

 「オールハイル、ルルーシュ!」

 「オールハイル、ユーフェミア!」

 グラスが小さく音を立て、透明な液体が小さく揺れた。
 

 
 三人の亡命者達の処置を終えた後、病室に戻ったアドリスはベッドに横たわり、目を閉じていた。
 その横ではエリザベスが、何も言わずにリンゴをすり下ろしている。

 いつもは時間があれば目を閉じているアドリスが、わずか三十分で目を開けたので、エリザベスは驚いた。

 「どうしたの、アドリス?喉でも乾いたかしら?」

 「・・・己の願望に乾いた連中が、どうやら突破口を見出したようです」

 忌々しげなアドリスの言葉に、エリザベスは目を見開いた。

 「まさか、こんな短期間に?あの連中!」

 「その努力を別方向に活用すれば、普通に歴史に名を残せたでしょうに・・・シュナイゼルから逃げて、あの地下でこそこそ研究しているうちは、大丈夫と踏んでいたのですが、甘かったですね」

 「でも、今からでも黄昏の間からあいつらを確保すれば・・・」

 「ビスマルクと、もう一人のラウンズを相手にするのは、難しいですね。
 それに、シュナイゼルにシャルル達がやろうとしていることに勘づかれてしまうのも厄介です。
 あの男の目的の一つにコードがあると解った以上、仕方ありません」

 アドリスが右手の手のひらに刻まれたコードを見つめると、静かな声で言った。

 「アカーシャの剣を動かし、コードを消します。
 コード・ギアス関係者を全て、ここに呼び集めて下さい」

 エリザベスはでも、となおも難色を示したが、続けられた言葉に目を見張った。

 「これ以上、あの子達に苦労を背負わせたくないでしょう?」

 「・・・解ったわ。呼んできます」

 エリザベスは泣きそうな顔で承諾すると、携帯電話でエトランジュに連絡するのだった。



[18683] 第四十七話  合わせ鏡の成れの果て
Name: 歌姫◆866a0254 ID:c9b48087
Date: 2013/01/20 14:59
 第四十七話  合わせ鏡の成れの果て



 巨大な剣が、静かに吊るされている。
 それを見上げながら、シャルルは目を閉じていた。

 『母さん、兄さん、待って!』

 『シャルル、こっちこっち!』

 『二人とも、走っちゃだめ!転ぶわよ』

 遠い遠い昔、母と兄と三人で遊んだ記憶。

 『貴方達は双子の兄弟、喧嘩をせずに仲良くなさい』

 幸せだった日々はある日突然奪われ、ギアスを与えられて、コードを継承するのはどちらかを話し合った日、兄は言った。

 『だって、僕はお兄ちゃんだから』

 そう言って笑った兄を、自分が守るのだと誓ったあの日から、もう何十年が経ったことだろう。
 皇帝に即位し、貴族達をまとめるために妃を数多く娶り、子供を産ませ。
 遺跡を奪うために侵略を推し進め、やがてラウンズとなったマリアンヌと出会い、異母兄弟達が中心となった血の紋章事件を鎮圧し、彼女に求婚して。
 
 そしてルルーシュとナナリーが生まれて、あの時のような幸せが戻って来たように思っていた日々も、もうすでにない。

 もう一度この手に取り戻すには、もはやこの手しかない。
 シャルルはそう信じて、ただ全ての準備が整うのを待った。

 

 東京湾にある黒の騎士団専用の港で、今一機の潜水艦にマグヌスファミリアの一同やマオ、そしてC.Cに率いられた元ギアス嚮団員が四名乗り込んでいた。

 シュナイゼルが実験を行っていた神根島に手掛かりがないかと、そして危険があるかどうかの確認を行うと言う名目である。

 コードを消すのが目的のため、アドリスも極秘で既に潜水艦に搭乗している。
 アドリスの病室は今はからっぽで、ルルーシュにギアスをかけて貰った医者が誰もいない病室で変化なしとカルテに記入し、看護師が空の点滴を操作したりしていた。

 C.Cもマオもポンティキュラス家もエトランジュを除いてすべて出動し、彼女のそばにいるのはジークフリードとルチアだけだ。
 もし超合集国連合や黒の騎士団に何かあれば連絡するためと、皆がいないフォローを行うべく、エトランジュだけが残されたのである。

 狭い室内で車椅子に座ったアドリスは、目を閉じて過去を思い返していた。

 『ねえねえおとーさま、抱っこしてー』

 『お父様、おままごとしてくださーい』

 『お父様、お馬さんに乗せて下さい』

 ほんの三年前までは、何のためらいもなく自分におねだりをしてきた可愛い娘。
 ちょっと離れていた間に以前の無邪気さは失われ、代わりに目に映ったのは異常な環境に耐えて自らを抑制した大人になった姿だった。

 『大丈夫ですお父様。だからご心配なさらないで下さいな』

 無理をしてそう笑う娘の姿をこれ以上見たくなかったから、戦争が終わるまで生きていたかった。
 だからもう少しだけ、確実に安心していられる時間がほしかったのだけれど。

 けれど、不自然な形で生まれた力は歪みしかもたらさない。
 そしてその力に頼ることに慣れてしまえば、自分もまたあの男達と同類になってしまう。

 「また、悲しませることになってしまいますね・・・」

 アドリスがそう呟くと、ドアの外からノックの音が響く。

 「ルルーシュです、アドリス様。
 忙しくて聞きそびれていましたが、コードとギアスの全容についてのお話を伺いたい」

 フレイヤのせいで解明出来たコードとギアスついて説明する時間がなく、ルルーシュはまだそれについて聞いていなかった。
 そのため、移動中に説明を行うことになったのだ。

 「どうぞ、お入り下さい」

 「失礼します」

 ルルーシュがドアを開けて入室すると、続けてC.Cやマオもやって来た。
 コードとギアスに人生を翻弄された身としては、知らずにはいられないのだろう。

 「少々長くなりますので、椅子を用意して貰いました。どうぞ、お座り下さい」

 アドリスに促されて一同が狭い室内に何とか用意された椅子に座ると、海底から神根島に向かうという放送が流れた。
 ゆっくりと動き出した潜水艦は、沖合で海中に潜る予定である。

 「では、さっそくお話させて頂きます。コードとギアスについて」

 アドリスはコードとギアスについて書かれた資料を取りだすと、ゆっくりと語り始めた。

 王の力として創られ、そしていつしか王を縛るための鎖と化した忌むべき力。
 過去数多くの人間が翻弄され、人知れず消えていった闇の歴史を、滔々と。

 全てを語り終えた時、いくつもの感情が複雑に絡まり合った表情が、一同の顔に浮かび上がる。

 「・・・当時の人間達にも、これを生み出した事情がありました。
 ですが、もう、必要のない物です。
 必要がないどころか害をもたらす道具は、廃棄されるべきでしょう。今が、その時です」

 アドリスの言葉に、一同は静かに頷いて全面的に同意した。
 これより海中に潜水します、との放送が流れてくる。

 コードとギアス、この二つを全てこの世からなくすための地、神根島。
 過去の全てを清算する刻は、もうそこまで来ていた。



 それから一時間後、黒の騎士団の潜水艦と蜃気楼でやって来たルルーシュとマグヌスファミリアの一行は、神根島に上陸していた。

 日本解放後はギアスについて調べるために極秘で訪れていたので、既に勝手知ったる他人の土地である。
 だが上陸してすぐマオが調べたところ、他国に派遣されていたのでギアス嚮団の嚮主が交代したことを知らずにいたギアス嚮団員三名とV.Vが、警戒に当たっていることが判明した。

 「嚮団を制圧した後、数を照らし合わせたら数人がいなかったから、もしやと思ったが・・・まだV.Vがコードを持っていると思っているのか?」

 「うん、隠したままだねあの兄弟。嘘が嫌い、って言ってる割に、ホント自分に都合のいい嘘は平気でつくんだね。
 ギアス嚮団が寝返ったのも、ルルのギアスが原因だって説明してる」

 マオの呆れた報告にルルーシュはそうか、とだけ応じ、三人のギアス内容を尋ねた。

 「一人目は視覚型で、目を合わせた相手の身体から一時間ほど力を抜かせるギアス。これはコンタクトがあるから大丈夫だね。
 二人目は接触型で、触れた人間の場所の感覚を停止させるギアス。麻酔ギアス、と言えば解ると思う。
 三人目は範囲型、百メートル以内にいる人間の位置を把握出来るよ。持続時間は限られてるけどね」

 「前者二人はどうとでもなるが、最後がやっかいだな。
 連中に逃げられては元も子もない。どうするか・・・」

 「洞窟の近くにはいないようですし、団体行動を取っているなら手っ取り早く片がつけられますよ」

 アドリスの案にルルーシュは頷き、一同は行動に移った。
 百メートル以内に入れば気付かれてしまうので、彼らが洞窟から距離を取る位置まで移動するのを待つことにした。
 案外その時はすぐに来て、三十分ほどでルルーシュ達が来たらすぐに解るように、洞窟から三人が出てきた。

 入口近くを見張ろうと、察知ギアスを発動させたところを見計らい、C.CとE.Eことエドワーディンが、すたすたと彼らの前に現れた。

 「な、何だお前達は?!俺のギアスに引っ掛からないだと?!」

 半径百メートル以内にいる者ならすべて解るギアスを持つ男は驚愕したが、二人が額と、左手の甲に刻まれたコードを見せると目を見開いた。

 「V.V様以外の、コード所持者!」

 「そうだ。そして今は、私がギアス嚮団嚮主だ。そして彼女は、副嚮主のE.Eだ。お前達は私達が守る。
 武器を捨てて投降してくれないか?」

 C.Cがゆっくりと説得にかかるが、三人は首を横に振らない。
 しかし自分達にとっての不可侵の存在であるコード所持者には手が出せず、どうしようかと途方に暮れるばかりだ。

 だが次の瞬間、自分のギアスの有効範囲に多数の侵入者が現れたことを悟った察知ギアスの能力者が、声を上げた。

 「侵入者だ!それも8,9・・・十人以上いるぞ!」

 「V.V様に連絡を・・・」

 「V.Vへの連絡手段を忘れろ!」

 慌ててトランシーバーでV.Vに連絡を入れようとした元ギアス嚮団員達だが、響いてきた声に動きを止めた。
 そして手にしているトランシーバーが何に使うのか解らなくなり、三人はV.Vに報告しなくてはと焦るが、同時にその手段がどうしても思いつけずにいた。
 
 メガホンを片手に現れたクライスに、エドワーディンは親指を立てた。
 
 「ふー、間に合ってよかったぜ。大丈夫か?」

 「大丈夫よクラ。無事に終わってよかった」

 いちゃつく二人を無視してC.Cが座り込む嚮団員達の前に腰をかかめると、三人に向かって言った。

 「お前達、V.Vがまだコードを持っていると思っているようだが、違うぞ。
 あいつのコードは私達が持っていて、もうあいつはギアス能力者ですらないただの子供なんだ」

 「そんな、嘘です。ちゃんとV.V様の右手の手のひらには、コードがありました」

 「嘘ではありませんよ。ほら、証拠がここに」

 マグヌスファミリアのギアス能力者に囲まれたアドリスが車椅子に乗って登場すると、彼は自分の右手の手のひらを見せた。

「これだけでは証拠になりませんから、もうひとつ見せましょうか」

 「アドリス、何をするつもり?」

 「これが一番手っ取り早い手段です」

 エリザベスが顔をしかめると、アドリスはギアス嚮団員が落とし、自分の足元に転がってきていた銃を手にするや、おもむろに自分の手を撃った。

 「きゃあ!何するの叔父さん!」

 「いった・・・・!さすがにきついなこれは・・・」

 痛みを顔をしかめたアドリスだが、血が吹き出た傷口がゆっくりと再生していくのが誰の目にも解った。
 
 「あ・・・これ、ほんとにコード?」

 「じゃあ、V.V様は・・・?」

 ざわめく三人に、アドリスは痛みに耐えながらもにっこりと笑った。

 「・・・ではこうしましょう。今からあのV.Vのところに行って、怪我をさせれば真偽が解ります。
 どうせ貴方達の負けは確定していますが、あの子供に騙された被害者である貴方達に危害を加えるつもりはありません」

 「そうだ、お前達はギアス嚮団員だろう?今は私が嚮主だ。何があっても私達が守ると約束する。
 お前達が死ぬまで、私はお前達のそばにいる。もちろん、実験などにも参加させない」
 
 「・・・実験、しなくていいんです、か?」

 思わず尋ね返した嚮団員は自らの口をふさいだが、C.Cはそんな彼を抱きしめた。

 「ああ、もうしなくていい。約束しよう」

 「本当だよ、C.C様とE.E様はもう何もしなくていいっておっしゃって下さったんだよ。
 美味しい食べ物も、綺麗な服も、何でもくれる。一緒に行こうよ」
 
 そう言ったのは、C.C達に同行を申し出てくれたギアス嚮団員の者達だった。

 外の世界は醜いと教えられてきた彼らだが、いざ目にした世界は争いこそあれどマグヌスファミリアの面々は、いろいろ便宜を図ってくれた。
 黒の騎士団でも特に若年層には甘く、何かと気を配ってくれた。
 何もしなくても愛をくれる人間達に囲まれた彼らは、徐々にではあるが人間らしさを取り戻しつつあったのである。

 「・・・V.V様が嘘をついていたと判明したら、新しい嚮主様に従います」

 「解った、それでいい。おいで、お前達」

 全員それを了承した後、改めて黄昏の扉の前に行く陣容を整えにかかる。

 まずギアスキャンセラーを持つジェレミアが先陣に立ち、ルルーシュとC.Cとマオ、さらに元ギアス嚮団員四名に加えて先ほどの三人がそれに続いた。
 殿(しんがり)を務めるのはE.Eことエドワーディンとその夫のクライスが彼女を護衛し、最後にマグヌスファミリアのギアス能力者達が、アドリスを取り囲むようにして歩く。

 V.V達に気取られぬよう細心の注意を払いながら扉の近くまで来ると、ルルーシュ達は一気に走って黄昏の扉の前に飛び込んだ。

 突然の強襲に驚いたV.Vは、慌てて護衛についていたギアス嚮団員の背中に隠れた。
 そしてギアス嚮団員がギアスを発動させるも、ジェレミアがギアスキャンセラーで無効化する。

 「無駄だ、私の前ではギアスは無力!」
 
 「そんな・・・V.V様!」

 「うあ・・・!シャルル!」

 V.Vは脅えきって黄昏の扉の前に走って行くが、もはやコードどころかギアスすらない彼では扉は開かない。

 「シャルル、助けて!シャルル!」

 「よし、今だ!V.Vを捕えろ!」

 「はい、C.C様!」

 C.Cの号令で元ギアス嚮団員が、V.Vを取り押さえた。
 
 「放せ、この裏切り者!」

 「だって、もう貴方はコード所持者じゃない。僕達の嚮主様はC.C様」

 冷淡にそう言い放った元嚮団員がV.Vを後ろ手に回して拘束すると、C.CがつかつかとV.Vに歩み寄り、その顔を平手打ちした。

 「いたっ・・・!何するんだC.C!」

 腫れ上がった頬に、叩いた拍子にC.Cの爪が彼の皮膚を傷つけたのだろう、小さく血が流れた。

 「あ・・・V.V様の傷が・・・・」

 「治らない・・・!」

 洞窟の入り口で捕まえた嚮団員が息を飲むと、V.Vは青ざめた。

 「見ての通りだ、こいつはもうコード所持じゃじゃない。
 それでもお前達は、こいつに従うのか?」

 C.Cが静かに問いかけると、その場にいたギアス嚮団員達はC.Cを見つめ、彼女に尋ねた。

 「貴女が新しい嚮主様、ですか?」

 「そうだ、そしてこのE.Eが副嚮主だ。コードもここにある」

 C.Cが額に、エドワーディンが左手の甲にコードを浮かび上がらせると、嚮団員達は安心したように笑みを浮かべて彼女達に駆け寄った。

 「よかった、新しい嚮主様がいるんですね。どうかご命令を」

 V.Vには目もくれずに指示を乞う彼らに、V.Vに騙されて新たな嚮主に牙を向けてしまった嚮団員はC.Cに謝った。

 「申し訳ありませんでした。疑ってしまったことを許して下さい」

 「大丈夫、私達は怒ってなんかいないわ。だからここでちょっと待っていてくれる?
 私達はこれから黄昏の間で、大事な用事があるの」
 
 エドワーディンが優しくそう言い聞かせると、嚮団員達ははい、と素直に了承した。

 「やめろ!嚮主は僕だ!コードがなくても、ずっとお前達の面倒を見てきたのはこの僕だぞ!
 ルルーシュ・・・!この、呪われた皇子め!」

 見苦しく喚くV.Vに、マオが呆れたように言った。

 「呪ったのはお前だろ。
 孤児を集めては勝手にギアスを与えて、ロロみたいな副作用の激しいギアス能力者を失敗作呼ばわりして使い捨ててきたくせに、よく言うよ。
 自分に都合のいいようにしておいて、自分だけは大事にされたいなんて通じると思ってるから、誰もお前を好きにならないんだよ」
 
 冷ややかな台詞にV.Vが嚮団員の顔を見渡すと、誰もが自分に無関心な視線を向けるばかりで、助けるそぶりはない。
 ルルーシュもV.Vからギアス嚮団員を取り上げられれば彼が無力な子供と知っているので、淡々とアドリス達と相談していた。

 「ここにいるのはV.Vだけか。よし、ではこれから俺とコード所持者三人は、黄昏の間に向かいましょう。
 念のためマオと、そのほかの嚮団員は俺達が戻るまでここを守っていてくれ」

 「了解。まあ向こうも駒がない以上、めったなことはないと思うけど、用心はしておかないといけないもんね。
 気をつけてね、C.C」

 マオが心配げにC.Cを見つめると、C.Cは笑った。

 「大丈夫だ、私はC.Cだからな。V.Vは、打ち合わせ通りに処置を頼む」

 マオが解ってると頷くと、C.Cはエドワーディンと共にギアス嚮団達に向かって言った。
 
 「さて、お前達には先に言っておくことがある。よく聞いてほしい。
 既に私達と共に来た嚮団員達には話してあることだが、今日でコードとギアスはこの世から消える」

 突然新たな嚮主からそう告げられた嚮団員達は何を言われたのか解らず、ぽかんとなった。

 「驚くのも無理はない。だが、これはもう決まったことだ。
 この力は歪な理由で生まれた、歪な力なんだ。
 この力が原因で命を落とした仲間がいることを、お前達も知っているはずだ。
 だから、終わりにしようと思う」

 「で、でも嚮主様、外の世界は」

 「怖がるな、というのが無理なのは解る。だが、お前達のそばに私達はずっといるよ。
  既にロロや他のメンバー達は、ゆっくりとだが外の世界になじんでいっている。
  大丈夫、私はもう、二度とお前達を置いてどこにも行かない」

 約束だ、と優しくC.Cが差し出した手を、彼らはおずおずと手に取った。

 「これから先、ギアスはなくなる。だが、仲間達と過ごした時間と絆は残る。
 それを糧にして、少しずつ自由を学んで、どうか幸せになってほしい」

 「嚮主様・・・」

 『どうか幸せになってほしい』

 これまで言われたことのない優しい言葉は、ギアスとコードがなくなると聞いて不安に駆られた彼らの心にさざ波を起こした。

 「急な話ですまないと思っているが、時間がない。
 だが、私達はお前達が自由の意味を理解し、幸せな人生を歩んでいると心から言える日まで、お前達のそばにいることを約束しよう。
 それが私がお前達と交わす、最後の契約だ」

 C.Cがそう言い聞かせると、嚮団員の一人がこくりと頷いた。

 「それが嚮主様のお決めになったことなら、従います」

 「その決定を貴方達が正しいと思えるよう、最大限の努力をするわ。
 本当に急で勝手な話になってしまって、ごめんなさい」

 エドワーディンが頭を下げると、嚮団員はそんな、と戸惑ったように押しとどめる。

 「話はつけたようですね。とり急ぎあの肝心の馬鹿皇帝を止めましょう」

 「ではアドリス様、ビスマルクの予知ギアスを止めるべく、打ち合わせ通り私が先鋒を務めさせて頂きます」

 ジェレミアが黄昏の門の前に立つと、アドリスが扉に手をかざした。
 とたんに扉に大きく羽根を羽ばたかせた鳥のようなコードの文様が浮かび上がり、ひとりでに大きな音を立てて開かれていく。

 「あ・・・僕も、僕もそこに・・・!シャルル!」

 嚮団員に抑えつけられたV.Vが身をよじって彼らから逃げようとするが、彼らは元は自分達の主だった彼には目もくれず、扉の中に入っていくC.Cらをお待ちしていますと言って見送っていた。

 「放せ、放せ!!僕はお前達の・・・!」

 「私達が貴方にお仕えしたのは、コード所持者だったからだもの。
 だからコードを持っていない貴方の命令は聞かない」

 「C.C様は僕らにピザを食べさせて下さるし、E.E様は綺麗な服を作って下さるし、A.A様はいろんなことを教えて下さるから、こっちのほうがいい」

 「もう実験台にされなくていいもん、嫌なことを無理強いされないもん。
 もう貴方なんかいらない!」

 中華でルルーシュ達に保護されたギアス嚮団員達の言葉に、V.Vは怒鳴った。

 「この、恩知らずめ!僕達が拾わなかったら、どこかで野垂れ死にするしかなかったくせに!」

 「世界で戦争が起こってたから、孤児なんて探さなくてもすぐ見つかるよね。
 君達が率先して戦争してたもんね。無限に駒が集められて、ほんと無駄のないことしてるよ君達は」

 ドォン、と大きな音を立てて閉じた扉の前に立ったマオは、アドリスから預かった銃を持ってV.Vの前に来た。

 「お前は・・・」

 「僕はマオ、C.Cに拾われて育てて貰ったんだ。
 僕もギアス能力者で、暴走中!ま、ルルのお陰でそれも制御出来てる身だけど」

 両目にギアスの文様を浮かび上がらせたマオに、V.Vは震えた。

 「へー、君ってほんと弟が大好きなんだね。
 お母さんから兄弟仲良く、って言われて、遺言を忠実に守っていい子だねー。
 よかったじゃないか、弟のほうも自分の妻を殺されて、娘の足を使い物にならなくされてもそれを隠ぺいしてくれちゃうほど愛されてるんだからさあ」

 「お前・・・なんでそれを・・・!」

 『貴方達は双子の兄弟、喧嘩をせずに仲良くなさい』

 遠い昔、母に弟と二人で抱かれながら幾度となく言い聞かせられた言葉。
 母が殺された日も、事切れる前に母は言った。

 『私が居なくなっても・・・兄弟仲良く・・・助け合っていきなさい』

 「お前のギアスは・・・・!」

 「ぴんぽーん、僕のギアスは心を読むギアス!
 だからお前のこともぜーんぶ解っちゃうよ。
 あははは、君、マリアンヌのことが大好きだったんだあ。兄弟揃っていい趣味してるよ、ほんと」

 第二次日本防衛戦の顛末を聞いていたマオは、よくもまああんな性悪な親のもとに生まれてルルーシュがまともに育ったものだと思った。
 自分も子供を捨てて蒸発するような親を持ったが、それでもごめんなさいと置き手紙を残したあたり、自分のしたことが悪だという感覚くらいは持っていたことが解る。

 だがマリアンヌは自分のしていることがどれだけ他者に苦痛を強いるものか理解しておらず、周囲から咎められても自分を理解しないのが悪いのだと断定し、世界を混乱に陥れて平然としていた。

 「やめろ・・・言うな・・・!」

 「マリアンヌは自由に生きてたから、そこが魅力に映ったんだねえ。
 先にシャルルが求婚して、彼女と結婚して祝福したのも事実だけど、弟を取られちゃったみたいで嫌だったのかあ。
 あ、マリアンヌを弟に取られたのも嫌だったのか、複雑だねえ」

 「黙れ、黙れええええ!!それ以上言うとっ・・・」

 「何怒ってんのさ、ラグナレクの接続が成れば僕だけじゃなくて、みんながこのことを知る事態になるんだよ?
 僕一人に知られるくらい、どうってことないだろ」

 マオがニイっと笑みを浮かべて指摘すると、V.Vは真っ青になった。
 彼が言った通り、全ての意識が一つになると言うことは己の全てが知られてしまうことと同義だということに、今さらに気付いたのである。
 
 だがそれから目をそらしたいV.Vは、懸命に頭を振って否定する。

 「違う、僕は、あのマリアンヌがシャルルをたぶらかしてっ・・・!」

 「嘘だね。シャルルをたぶらかしたのはマリアンヌじゃないって、お前も解ってるんだろ?
 たぶらかしたのは彼女じゃなくて、ルルとナナリーだって」

 「違う、違う!!」

 「ルルとナナリーが、異母兄妹のコーネリアやユーフェミア、シュナイゼルやクロヴィスと仲良くしてるのを見て、シャルルがこのままでもいいんじゃないかって呟いたの、聞いちゃったんだろ?」
 
 自分はこの幼い姿のまま数十年を過ごし、計画と弟だけを見て生きてきた。
 弟は計画を遂行するため、遺跡を奪い国を富ませるべく植民地を推し進めた。
 国をまとめるために貴族から献上される女を次々に妃にして、子供を産ませるまではV.Vは気にしなかった。

 それからしばらくして、不老の身となった自分を、初めて受け入れてくれた女がいた。それが、マリアンヌだ。
 自分達の計画を知って、それは素晴らしい計画だ、自分も協力させてほしいと言われた時、V.Vは嬉しかった。
 シャルルのラウンズとなったマリアンヌと、幼い頃からの忠臣のビスマルクと、四人でますます計画にのめり込んだある日に起こった、血の紋章事件。
 
 シャルルに忠誠を誓ったはずのラウンズすらも加担した事件は、V.Vがギアス嚮団員を裏で使い、圧倒的な力でねじ伏せたマリアンヌとビスマルクの活躍により片が付いた。

 すべての処理を終えたその日、シャルルはマリアンヌにプロポーズをした。
 年甲斐もなく顔を赤くして、自ら望んで妃にしたのは、彼女が初めてだった。

 『よかったね、シャルル。マリアンヌなら君を任せられるよ』

 だって自分はこの身体なのだ。
 マリアンヌだって結婚まではさすがに受け入れてくれないだろうと、ごく当たり前の判断を下したV.Vは、自分はお兄ちゃんだから、弟の恋を見守るべきなのだと自らに言い聞かせて、祝福の言葉を贈った。

 やがてマリアンヌは妊娠し、生まれた甥はマリアンヌにそっくりだった。
 自分に似ているのは紫色の瞳だけで、後はマリアンヌに瓜二つだな、とシャルルは笑った。
 さらに二年、続けて生まれた子供はどちらかといえばシャルルに似ている娘だった。

 他の子供には無関心なシャルルだが、愛した女との間に生まれた子供は格別なのか、表立ってはともかく、割と目をかけていた。

 マリアンヌの子供だから仕方ないと、そこまではV.Vもまだ安心して見ていられたが、シャルルがある日ぽつりと呟いた。

 『ルルーシュやナナリーは、他の兄妹とも仲がいいな。
 ・・・これなら、このままでも構わないかもしれん』

 折しもラグナロクの接続の研究が行き詰っていた時であり、シャルルが計画をやめるのではないかと、物陰にいて聞いていたV.Vは焦った。

 このところマリアンヌやルルーシュ達の話ばかりをする弟が、計画をやめれば自分など見向きもしなくなるのではと、恐怖した。

 だから・・・。

 「それでマリアンヌを殺して、ルルやナナリーもって考えたわけだ。
 ああ、二人にも嫉妬してたんだ。自分達はずっと異母兄弟に疎まれてたのに、あの二人だけ愛されるのはずるいって」

 過去、自分達にも数多くの異母兄弟がいた。
 だけど彼らとは日々争いを繰り広げ、その果てに母を殺された。

 それなのに、ルルーシュとナナリーは貴族達から庶民出の妃の子供と陰口を言われる程度で、有力な妃から生まれたシュナイゼルやクロヴィスから目をかけられ、コーネリアやユーフェミアから愛されていた。

 「・・・そうだよっ、どうして僕達だけ、僕だけがこんな運命になったのに、なんであいつらだけがっ・・・!」

 どうして自分達は権力闘争に巻き込まれなくてはならなかったの。
 どうして自分達の母は殺されなくてはならなかったの。

 どうして自分の好きになった子が弟と結婚して、その子供が幸せになるの。

 「僕はシャルルのために何かも犠牲にしたのに、どうしてシャルルは僕を一番に見てくれないの・・・!」

 「一番に見てたから、お前が望んだとおりルルとナナリーを捨てたじゃないか。
 喜びなよ、マリアンヌも聞く限りじゃお前にハチの巣にされたことも怒ってないみたいだったしね。
 計画遂行のために、一歩間違えば死ぬような境遇にまでしちゃってさあ、何が不満なのさ?」

 「でもっ、シャルルはあの二人を!」

 「大丈夫、あいつ本人は愛してるつもりかもだけど、他人やルル達からすれば愛情でも何でもないから。
 ルルはお前達二人をまとめてあの世に送って、それでおしまいにするってさ。
 あの世で兄弟仲良く好きなだけ暮らせって言ってたよ、よかったね~」

 究極の伯父孝行だろう、と笑うマオに、V.Vは叫んだ。

 「シャルルの気も知らない癖に、そんなことを言うな!」

 「お前が言うのかい、それを?説得力のカケラもないとはこのことだね」

 ぐっと押し黙るV.Vに、マオは銃口を向けた。

 「不老不死が実現することが世界に知られたら、またぞろ人体実験とか行う馬鹿が出そうだからさ、お前にはここで死んで貰うね。
 もうコードもギアスもたくさんだ、消えてしまえばいい。
 こんなものがあるせいで、みんな不幸になる」

 どんな経緯でV.Vがコードを宿すことになったのかは知らないが、それがあったからこそラグナレクの接続などという計画に目がくらみ、まともに人間関係を築くことから逃避した。

 自分も同じで、ギアスが原因で人の闇の部分まで深く知る羽目になり、人間から逃げた。

 「・・・お前の気持ちもさ、解らなくはないんだ。むしろ良く解る。
 自分を正しく理解してくれる人間だけがほしいし、好きになった子には自分だけを見てほしいさ。
 でも、それじゃ駄目なんだよ。だってそうだろ?大事な人間は一人だけじゃないんだから」

 自分にはC.Cだけだったから、C.Cに執着した。
 だけどルルーシュ達と会ってから、世界が変わった。

 愛情は一つだけじゃなくて、愛し方、愛され方もそれぞれあることを知った。
 C.Cに自分は、養い子として一番に愛されていた。
 だけど契約遂行者として、共犯者としては、ルルーシュが一番だった。

 ギアスは効かないC.Cだけど、それがなくてもC.Cがルルーシュをそれだけではない目で見ていることにも、やがて気付いた。
  
 ルルーシュは一番の座にナナリーを据えてはいたけれど、最近ではロロ、そしてシャーリーがその横並びになりつつあることも。
 愛は万華鏡のように、人によってその姿を変える。
 だけど自分に向けられるのは、形が変われども愛には違いなかった。

 「お前の不幸はさあ、それに気付かなかったことさ。
 僕にはそれを教えてくれた人達がいたけど、お前にいなかったことには同情するよ。エディ達がいなかったら、僕はきっとお前と同じになっていた」

 C.Cに愛されているのだと自分で自分に嘘をつき、きっとC.Cにそれを受け入れて貰えずに再度捨てられるか、悪くすれば殺されていた。
 
 V.Vの最大の失敗は、受け入れてくれる人間を信じきることが出来ず、自らの不安を吐き出さずに、己の赴くままに邪魔者とみなしたルルーシュ達をシャルルの前から消そうとしたことだ。

 あの時、シャルルに計画を必ず遂行するようにシャルルに訴えていれば、彼は兄の不安を知って何らかの手を講じただろう。
 そのたった一言を伝えなかったことが、後に自らの首を絞める結果になったのだ。

 「けど、それ以外にはまったく同情出来ないよ。
 お前は八年前にマリアンヌを殺して、あんな母親だけどルル達から母を奪った。
 その時点で、お前はもう誰からにも嘘をつかれたことに憤れる立場じゃないし、母を奪われたことに同情して貰う資格もない」
 
 そして世界各地で戦争を引き起こし、直接間接に数多くの子供から親を奪い、親から子供を奪ったシャルルも同様だ。
 だから、もうこの話は終わりなのだ。

 「えっ、えっ、えっ・・・だって、僕はシャルルと一緒にいたかっただけなんだ。
 生まれる前からずっと一緒にいたんだから・・・それだけだったのに・・・なんで・・・」

 「それだけのために何でここまでしなきゃならなかったのか、僕らのほうが聞きたい。
 いーかげん目的と手段が入れ替わっていたことに気づいたら?もう遅いけど」

 えづき泣くV.Vに冷たくそう吐き捨てたマオが向ける銃口を、V.Vは泣き濡れた瞳で見つめた。
 引き金の低音が、耳に重く響き渡る。

 「シャルル・・・助けてよ・・・シャルル・・・!」

 「執着と嫉妬ばかりの人生、お疲れ様。ばいばい、―――」

 もうずっと弟にしか呼ばれたことのない本名でV.Vを呼ぶと、マオは彼に向けて銃弾を撃ち放つ。
  響き渡る銃声の後、V.Vの額に小さな穴がうがたれた。

  「やっ・・・!シャルル・・・」

 一筋の血がV.Vの顔を伝い、V.Vの身体がどさりと地面に崩れ落ちる。
 
 急速に目から力が失われた彼は、最後の力を振り絞って手を挙げた。
 何かを掴もうとしたその手はすぐに力を失い、やがて彼は目を閉じた。

 「・・・死んじゃったか。馬鹿だよねえ、こいつも。
 ま、人のことは言えないかなあ、僕も」

 過去の自分を思い返したマオはV.Vの脈を取って死亡したことを確認すると、用意していた棺を残っていたマグヌスファミリアの一族達に運んで来て貰い、V.Vの遺体を納めた。

 この神根島からもう少し沖合にある海域はサメが多く生息しており、戻ってきてから遺体に石をくくりつけて放り込む予定である。
 非道な手段だが、万が一にもV.Vの遺体が発見されてDNA検査などでシャルルと双子の兄弟だなど知られてはならない。
 今の時代の科学技術の高さと、何がきっかけで何が起こるか解らない以上、やむを得なかったのだ。

 「さて、あとはルル達がうまくやればいいけど・・・」

 マオはそう呟くと、黄昏の扉に視線を向けて彼らの帰りを待つのだった。



[18683] 第四十八話  王の歴史
Name: 歌姫◆866a0254 ID:c9b48087
Date: 2013/01/20 14:58
  第四十八話  王の歴史



 コードとギアスの歴史は、誰もが知る歴史書に記される年代の、さらに以前にまで遡る。
 コードとギアスを生み出した者達が遺した闇の歴史書は、こう語る。

 ずっと何千年もの昔、この地球には高度に栄えた文明社会を築き上げた人間達がいた。
 それをアドリス達は便宜上、“旧き文明”と名付けた。
 
 旧き文明の人間達は現代と同様に数多くの国家に分かれ、争いと融和を繰り返し、高度な機械文明を築き上げてきた。
 だがそれは、その文明を築き上げた人間達の手で、愚かにも全てが灰燼に帰した。

 はるか月にまで到達するほどの文明社会を築き上げた彼らは、互いに競い合い技術を磨き上げたがそれを戦争兵器にまで生かし、人類を死滅させるほどの兵器を造ったのである。

 最初に当時の大国が生み出したそれはほどなく数多くの国が持つに至り、それを互いに向け合うことで歪んだ平和が保たれた。
 しかしその緊張状態は崩れ去り、その兵器を使用した戦争が世界各地で勃発。

 止めようとした者達もいたが、長い緊張が生み出した溜まりに溜まった負のエネルギーが暴発し、抑え切れる事が出来なかったのだ。

 しかし、それでも生き残った者達がいた。
 何十億の人間が死に絶えた中でも、生き残った人間達・・・それがコードとギアスを生み出した者達である。

 このまま戦争が続けば人類がすべて死に絶える事を恐れた彼らは、出来るだけの人間を生かすべく手を講じた。
 全ての人間達を救えはしないことは解っていたが、それでも全滅を避けるべく、彼らは努力したのだ。

 彼らは研究に研究を重ねた末、ある特殊なシェルターを造ることに成功した。
 現在黄昏の間と呼ばれているシェルターに子供、特に少女を中心とした者達を入れ、長き眠りにつかせたのである。
 少女が中心だった理由は、激減した人口を戻すために子供を産むことが出来る女性を数多く残す必要があったからだ。

 彼らの額には、黄昏の間に入っている間だけその肉体の時間を止める鍵を宿させてあった。
 それは黄昏の間のエネルギーを直接体内に注ぎ込む装置だった。

 黄昏の間と身体を繋ぐ効力を持つそれはコードと呼ばれ、それにより彼女達は黄昏の間にいる間だけ、その身体の時間を止める事が出来た。

 さらに万が一にも野心を持つ者や兵士などが入ってこれぬよう、そのコードがなければ黄昏の間に入れないようにした。
 そして彼らを守り導くためにこの計画を立てた者達のうち、さらに選ばれた者数名が同じくコードを宿して眠りについた。

 この黄昏の間に入るための扉は、戦争の余波から守るために当時誰も住んでいなかった西の果ての島、後のマグヌスファミリアと、ユーラシア大陸の砂漠地帯の二つだった。
 そのため、彼らは無事に旧き文明の終末から生き残ることが出来た。 
 
 この計画を建てた者達を、計画者と呼ぶ。

 計画者の中には滅びを止めるべく世界に戻った者もいたが、結局はわずかな痕跡を残して、その文明社会は終焉を迎えた。

 全てがなくなった世界に残された者達だが、長い時間を経て目覚めた彼らは立ち上がった。

 『同じ過ちを犯さぬよう、自分達で理想の国を造ろう』

 その誓いを力に変えた彼らは、わずかに残った技術力を使い、再び国を作りだした。

 その時のコードは、あくまでも黄昏の間の中にいる間だけ自らの時間を止める代物だった。
 力の源は黄昏の間であり、コードはその名の通りあくまでもそれを繋ぐ導線にすぎないのである。
 だから女達だけ黄昏の間に残し、一部の計画者と男だけが外に出て食料を作り、家を建てて働いた。
 女達には気の毒だが、人口が安定するまで黄昏の間に残らせた。

 やがて彼らも成長し、それなりの生活が営めるようになると、計画者達は話し合いを始めた。
 
 『文明社会を人間が築くのは止められない。だがそれは間違えば、また同じ結果を生み出す道に至るだろう』

 『まだあの子供達は何も知らない。我々が見守っていかねばならない』

 世代を経るにつれて事実は歪められ、あるいは忘れ去られていくものだ。
 特にまだ人口も極端に少ない以上、まだまだコードとそれを宿した女は必要だろう。
 勝手な理由で遺跡に閉じ込められ、子供を産むことを義務付けられた女性達を守るためにも、まだ生きなくてはならない。
 そのため、計画者達は黄昏の間に閉じこもり、そこから生き残った者達を指揮した。

 彼らは確かに、国を治めるに足る能力を持っていた。
 生き残った人間達を指揮し、ゼロからゆるやかに再び文明を作り上げたのである。

 人口が増えるにつれて国も増え、黄昏の間を繋ぐ扉も新たに作られ、それは綺麗に小さな神殿のような様式に整えられた。
 そしてコードを与えられた少女達も同様に大事に扱われ、長く子供を産む聖母として崇められることになる。
 こうして滅びから始まった歪な文明が生まれた。

 順調に人口が増え、安定した生活が営まれるようになって、さらに数百年が経過した。
 さすがにもうそろそろ自分達がいなくなっても大丈夫だろう、と判断した計画者達は、コードを消すための装置を作動させようとした。
 だがここで、計画者にとって最大のイレギュラーが発生する。

 計画者達を王と崇め、何をするにも完璧な指示を与えられて動いていたことに慣れていた新たな人間達は、それを拒否したのだ。

 これまで自らを守り導いてくれた計画者の言うことを聞くように、と代々言われ続けた彼らはそれを失うことを恐れ、遺跡の少女達を説得してコードを利用して装置を動かし、コードをより強力なものにしてしまったのである。
 結果、遺跡の少女達のコードは計画者達に分散して強化されてしまい、彼らは遺跡から出ても不老不死の身となってしまう。

 そのことに、計画者達以外の人間はみな喜んだ。
 黄昏の間から出て来れないなんて、計画者が気の毒だった、これで遺跡に閉じ込められずに、計画者が自分達を導いて下さる、と。
  
 このことに唖然となった彼らだが、自分達を見捨てるつもりですかと泣いて訴える者達を見捨てる事が出来ず、彼らは仕方なくその生を続けることにした。
 遺跡から発するエネルギーをコードをを通じてその身に受け、不老不死となった十二人の計画者達。
 彼らは人間達が愚かな旧き文明と同じ轍を踏まぬよう導いていこうと話し合い、コード所持者を中心とした国々が創られ、彼らは自然に王と呼ばれるようになった。
 裏でいつかコードを抹消しようと、遺跡の装置を作り変える研究を進めた。
 その過程で、遺跡には人の“願い”を具現化する能力があることが判明した。
  
 遺跡の装置の偶発的な作用か、旧き文明の戦火に飲まれて先に逝った計画者の意図的なものなのか、それは解らない。
 あるいは、訳の解らぬままに起こった戦争で死に絶えた旧き文明の人々の生きたいという願い、生き残った人々に生きてほしいと言う願いが生み出したものなのかもしれない。

 コードはそれを通じて、他者に与える事が出来た。
 使いようによっては危ない代物だったから、使用しても問題がない者にだけ使用を認め、彼らはその力を使って王に仕えた。
 王を守る誓いとして、それはギアスと名付けられ、それを与えられた者は騎士と呼ばれた
 つまり、王の力とは当初はコードを意味しており、ギアスは王を守る力だったのだ。

 だがさらに年月を経ると、今度は豊かに生活することに慣れた国民達は、次第に勝手な行動を取るようになった。

 計画者達は以前の轍を踏むまいと急激に文明を進める事を禁止しており、それに不満を抱く者、王に任せれば大丈夫と思考能力をなくした者などが、増え始めたのである。

 名君が名君であり続ける事ほど困難なことはないと、よく言われる。
 それはある種類の人間にとっては善政でも、別種類の人間にとってはそうではない、ということが多々ある。
 どれほど善政を行おうとも、どこかで不満を抱く者が必ずいるからだ。
 また名君として依存されすべてを委ねられると言うのも、当人にとっては負担になるものである。

 コーネリアの庇護のもとで自分がどんな失敗をしようと、姉がどうにかしてくれるとの無意識の甘えで勝手な行動を取っていた、かつてのユーフェミアのような人間もいた。
 王にすべての苦労を押しつけていることすら、国民達は気付かなかったのである。

 疲れ果てた計画者達を見かねた騎士達が、もういいではありませんかと申し出た言葉に、彼らは初めは自分は生きなくてはならないと拒否した。
 そこでコードを渡すことではなく、王の地位を渡すことで王の重圧から解放するという案が出され、計画達はそれに同意するに至る。
 そして最初の王達は騎士に王位を渡し、裏から国を守り始めるようになった。
 新たな王達にギアスを与え、その力を持って国を治めると言う形態に変化したのである。
 ここでコードとギアスの逆転が起こり、ギアスが王の力と言われるようになった。

 計画者は自らの後継者を育て、ただ子孫達が同じ轍を踏まぬように見守り続けた。
 だがそれも、あまり長くはもたなかった。
 
 与えられたギアスや政策を己のものと勘違いした王が現れ、ギアスを成長させればコードを奪えることを知った者が計画者を排除しようとコードを奪い、そしてコード所持者を殺すという事件が起きた。
 他の計画者に出てこられては困ると考えたその王は各国に戦争を仕掛けはじめ、世界は再び混乱に陥った。
  
 何とかそれを鎮圧したが、計画者達は同じ事の繰り返しに疲れ、自らの生を終わらせたいと望む者が出た。
 否定することが出来なかった彼らは、コードを壊す装置、すなわちアカーシャの剣を完成させることに成功した。それが神根島の遺跡である。

 だが全員がコードを破壊することに同意はせず、残った計画者四人がコードを所持したままだった。
 彼らはそれぞれ、ユーラシア大陸を治めた皇帝、西の果てのマグヌスファミリアの国王、その遠き隣国であるイギリスの女王、東の果ての日本の女王の傍にいた。

 コードを破壊し、ただの人間に戻った計画者らはギアスを与えた者と共に遺跡の番人として過ごす者や、王の補佐をする者などそれぞれに、生きることを決めた。
 ギアス嚮団もその一つで、後にコードを宿した者を守ることを教義とし、やがてやって来たコード所持者を嚮主として崇めるようになる。

 しかしそれもいずれはコードを奪われたり、あるいは自ら譲るなどしてその生を終えるようになり、やがてコードは歴史の裏の、さらに闇へと消えて世界をさまようようになる。

 マグヌスファミリアのコードはアドリス達がよく知っている通り、やがて国王一族が代々交代で宿すようになり、現代に続いている。
イギリスのコードはブリタニアの最初の皇帝となるエリザベス三世と共にブリタニア大陸へと渡り、紆余曲折を経てV.Vに宿された。

 ユーラシア大陸のコードは大陸中を彷徨い、やがてC.Cの養い親であるシスターに宿され、そしてC.Cへと押し付けられた。

 日本のコードは何と枢木家が管理していたようで、かなり昔に同時の当主が消滅させた方がいいという判断で消していた。
 枢というのは “とぼそ”と読み、開き戸を開閉するために扉の回転軸の上下に設けた心棒の突起を指す。
 また、戸締まりのために戸の桟から敷居に差し込む止め木、という意味合いを持ち、それが彼らの役目を雄弁に物語っていた。

 アカーシャの剣を起動するための遺跡を管理する役目を持っていたせいか、かなりの頻度でコードやギアス関係者と接触した記録が残っている。

 優れた人間に、永遠に国を治めていてほしいと望んだ結果が生んだ悲劇の歴史。
 玉座を王を縛りつけるための椅子として用意し、そして身勝手な理由でその椅子を壊した。
 王という名の人柱のもとで、歪んだ繁栄を望んだ過去の人間達。

アドリスが“人間の発想というものは、今も昔も大して変わらない”と評した歴史は、愚かというべきか、思い当たる節があると頷くべきか。

 「・・・永遠なんてどこにもない。常にいい状況など続くはずはない。
 それを学ばなかった人間が生み出した忌むべき産物、それがコードです。
 そう思いませんか?シャルル・ジ・ブリタニア」

 冷ややかな声音で黄昏の間に入室したアドリス・エドガー・ポンティキュラスの声に、シャルルは扉の方へと振り向いた。

 「・・・理想は実現すべきものだ。そのために努力を重ねた者達を非難する権利を、誰が持てよう」

 「努力を重ねたのだから、迷惑をかけられた私達にすら非難する権利はない、とそういうことですか。
 そのような考えを持っていたら、貴方がこれまでしてきたことも同じなのだと思っているのでしょうね」

 アドリスはそう吐き捨てると、シャルルとその傍らに立つビスマルクに入室してきた一同が一斉に銃を向けた。

 「・・・ルルーシュ様、今一度シャルル陛下とお話しして頂くことは出来ませんか?」

 ビスマルクがアドリスの横に立つルルーシュに向けて言うと、ルルーシュは冷ややかに拒否した。

 「俺が言いたいことは、コードを奪った時にアドリス様が既におっしゃって下さった。
 それでもお前達は自分が正しいと思っているのだろう?それなら言うべきことは何もない」

 「しかし、陛下のお気持ちを・・・」

 「俺が考えなければならないことはな、この戦争を早く終わらせて、その後始末をすることだ。
 今貴様の主君やシュナイゼルのしでかしたことが原因で、どれだけユフィが苦労をしているか想像出来るか?出来ないだろう。
 お前達は理解をしてほしいと望んでいるんじゃない、“理解すべきだ”と俺達に命令しているに過ぎない。
 だから俺達は、その命令を全力で拒否する」

 貴様の主君、との単語に、シャルルを父親だと認めたくないと、ありありと現れていた。

 「ビスマルク卿、ルルーシュ様のおっしゃるとおりだ。
 我ら貴族は、皇族方のなさることが正しいと盲目的に信じ込み、それ以外が間違っていると断じて招いたのがこの事態なのだ。
 いや、全てがそうだったわけではない、侵略を始めた時も、諌めた貴族は少なからずいたはず」

 「・・・確かに、いた。だが、遺跡が必要だった故、中枢から離れて貰ったが」

 「で、それから間もなくして起こったのが血の紋章事件ですね。
 シャルル帝の地位を狙うのが目的の方もいたそうですが、侵略や差別国是に反対して反乱に参加した人も多かった、というのも知っていますよ」

 あの時亡命してきた者が、後にルチアを通じてマグヌスファミリアのレジスタンス組織に組み入れられたので、事の経緯はアドリスも知っている。

 「侵略をやめるべきだ、このままではブリタニアは世界からはじかれると諫言した当時のラウンズを、貴方は処刑した。
 貴方は心底彼にすまないと思い、同時にこうも思ったでしょうね、『お前が正しいのは解っているが、計画のためだ。
 だから必ず計画を遂行して、死者とも解りあえる世界を創ってみせる』、と」

 アドリスの言に間違いがなかったシャルルは、何故解ったのかと内心で驚いたが顔には出さない。
 ビスマルクも事件が終わった後、そう呟いていた主君を見ているので、眉をひそめた。

 「解っているなら・・・」

 「理由が理解されたら自分の行為も認められると?
 強盗に入られてたまたま家にいた子供が殺された親が、犯人に子供が飢えているから仕方なかったと言われて、そうですか仕方ありませんねと許すと思うんですか?」

 幸せに過ごしていた子供は不幸な境遇の子供のために犠牲になるべきで、永遠の幸せを享受する権利などないとでも言うのだろうか。
  
 「これまで家族と安穏と過ごせた貴様に何が解る!
 シャルル陛下は・・・家族にすら嘘をつかれて母君を奪われたのだぞ!」

 「自分が不幸で他人が幸せなら、他人を不幸にしてもいい、ということですか。
 ああ、それでシュナイゼルも放置していたんですね。
 あのフレイヤでみんなが死に絶えれば、自動的に全員Cの世界の住人になり、確かに嘘のない世界に住むことになりますから。
 皆が揃って不幸になる・・・見事なまでの平等社会だ」

 「それは違う!何故貴様はそのようにしか受け取れぬのだ?
 陛下がようやく突破口を見出した頃を見計らって、わざわざ来るとは!」

 シャルルが悪意で自分を捉えるアドリスを静かに睨みつけると、アドリスは呆れて言った。

 「・・・その突破口、出来ればシュナイゼルを始末した頃に見つけて貰いたかったんですがねえ。
 今、フレイヤをどうにかするために、どれだけの人員と費用が費やされていると思います?それとも計画が成れば、フレイヤは消えるんですか?」

 「・・・・」

 「復興費用の予算も回されるくらいで、当然その分戦争から立ち直るのが遅くなりますね。
 ブリタニアには大変お気の毒ですが、その責任を取って頂くために賠償金、さらに増えますよ。
 シュナイゼル達もダモクレスの建設費用に、資産がかなり費やされていますから、こちらの損害を埋めるほどの財産はないでしょうから。
 お陰でこっちに来る時間も制限されて、今夜中に決着つけなきゃならないほど、忙しいんですけど」

 一般民への増税も避けられないが、出来る限り負担を減らすために皇族、貴族達の資産は搾り取らせて貰うと告げると、アドリスはとうとう声を荒げた。

 「都合の悪い問いにはだんまりですか!
 貴方達が自分達しか理解されるべきではないという考えなのは理解していますが、本当にいらいらしますよ!
 嘘が醜い、という理論も聞きたくない。私のエディが、本当は怖くて怖くて仕方ないのに、教育に失敗した貴方の次男が通信をかけてきても自分が対応すると言った。
 私がコードを外せば遠い命ではないことを知ったから」

 アドリスの体は長い間植物状態だったため、既にボロボロだった。
 筋肉も動かすことを怠らなかったとはいえやはりロクに動かせないし、最新の医療機械があったわけではない状況だったので、内臓器官も医者が元に戻らないかもしれないとの診断を下す有様だった。

 「私を心配させまいとついた嘘を、汚いと言いますか?
 ・・・だから私は、貴方が嫌いです。
  このままでは、エディが可愛そうです」

 「娘がそれほど大事なら、政治に関わらせなければよかったではないか。
 そうすればシュナイゼルに目を付けられることはなかった」

 「・・・そうやって相手に責任転嫁をする貴方達が邪魔です害悪です死んでほしいと切に願います」

 アドリスはそう吐き捨てると、右手の手のひらにコードを浮き上がらせる。

 「貴方達の計画は知っていますよ、ずっと“視て”いましたからね・・・このコードで」

 「何・・・?」

 シャルルとビスマルクが目を見開くと、アドリスはにやりと笑った。

 「コードによってギアスを分け与えると、与えた人間の動向を視ることが出来るんです。
 ご存じなかったようですね」

 過去にC.Cも新宿事変の後、ほどなくしてアッシュフォード学園に現れたのも、コードを通してルルーシュの状況を知ったからである。
 アドリスはそれを利用し、ビスマルクを通してシャルル達の計画を知り、どこまで進めているかを常に確認していた。

 「貴様、あの時私に妙な暴言を吐いたのは!」

 シュナイゼルとの謁見の後、アドリスがわざわざ伝えてきた暴言の意味。
 コードは一定の力を放出すると、契約者と接触するか、コードで繋がっている状態の場合、その余波が契約者に向かう。

 ルルーシュもナリタでC.Cがスザクに接触して精神攻撃を行っていたところ、不用意に触れて余波を食らい、C.Cの思考が流れ込んだことがある。

 どの程度まで力を出せば相手に伝わるかという確認作業中に、ビスマルクが違和感に気付きそうだったので、暴言を吐くことでごまかしたのだ。。

 「そういうことです。やることが解っていたら、対策を立てるのは簡単です。
 私に干渉してコードを使うおつもりのようですが、C.Cさんとエドの二人がかりで私のコードを抑えて貰えればそれですむこと」

 「陛下・・・・!」

 計画が進められぬと知って茫然となったビスマルクに、アドリスは呆れた。

 「本当に貴方は主君のことしか考えていないのですね。
 まあそのことはいいですよ、私も娘が第一です。
 私は娘に『大きくなったらお父様のお嫁さんになる!』と言って貰えた、世界最高峰の勝ち組ですからね。
 ・・・私は娘のために、世界を平和にする」

 「結局は貴様自身が、自分大事というわけか」

 それで何故自分だけを責めるのかと言うシャルルに、ルルーシュは言った。

 「アドリス様がしたことで、お前達以外の誰が迷惑を被ると言うんだ?」

 「ルルーシュ・・・」

 「貴様の自分を理解してほしいというのが問題ではなく、そのために取った手段が最悪だと何度も言った。
 動機よりも行為の是非のほうを、人は気にするものなんだよ」

 ブリタニア人は搾取の上で成り立つ国家が己の利になるものだから、シャルルの国是主義を否定しなかった。
 だが搾取される立場の人間達は、ブリタニアに反抗した。

 ユーフェミアはブリタニア人が日本人を迫害しないようにと意図で、かつてのゲットーを封鎖した。
 だが結果として物資を途絶えさせ、飢える人間を生み出したことで恨まれた。

 善意が悪い結果になることなど、残念だがあることだ。
 それをいいことをするつもりだったのだからと、笑って済ませている余裕など今の自分達にはまったくない。
 何しろ自分達は、戦争をしているのだから。

 現在、過密スケジュールの間を縫って神根島に来ている一同である。
 ユーフェミアやエトランジュ、神楽耶と天子も、寝る前に短いお茶会を開くことがささやかな息抜きとなっているほど、多忙を極めていた。

 それはルルーシュも例外ではなく、ここ数日ナナリーやロロが待つ家に戻れず、彼らが差し入れを持って来た時に話すくらいしか団らんの機会がない。

 「お前、アドリス様達が計画阻止のために動いていると解るまで、マグヌスファミリアのことなど歯牙にもかけなかっただろう?
 俺達がお前に害を与えたから、お前は俺達を排除にかかった。
 お前が俺達に害を与えるから、俺達はお前を排斥する・・・それだけのことだ。
 起こるべくした起こった事態、おかしなことなど何もない」

 「・・・どうしても、わしを拒むのか」

 「先に拒んだのはお前だろう!縋った俺の手を振り払ったのは誰だ?!
 誰一人知る者もいない日本に送り込んだのは誰だ?!
 遺跡欲しさに戦争を始め、俺達を死んだと言い捨てて存在を消したのは誰だ?!
 現実を見る事もなく、高みに立って自分“だけ”が哀れだと自己憐憫に浸って、ふざけるな!
 事実は一つだけだ、お前達親は、俺とナナリーを捨てたんだよ!」
 
 シャルルは息子の冷たい宣告に、目を見開いた。

 「お前がお前のままでは、ゼロという仮面なくして組織一つまとめることが出来ぬ世界を、お前は望むのか?!
 在りのままでいられる世界こそが・・・!」

 「俺はお前の考えを認めない!
 人はなぜ嘘をつくのか・・・それは何かと争うためだけじゃない、何かを求めるからだ。
 在りのままでいい世界とは、変化がない。生きるとは言わない、思い出の世界に等しい。
 完結した閉じた世界、俺は嫌だな」

 「私も嫌だわ」

 「俺も冗談じゃないね」

 エドワーディンとクライスがルルーシュに同意すると、C.Cが言った。

 「・・・私もお断りだな、シャルル。私が何故お前達の元を出たか解るか?
 気づいてしまったからだ・・・お前達は自分が好きなだけだと」

 自己愛が悪いとは言わないが、自分だけが特別で他人がそれに従うべきだと思考に凝り固まった彼らには、もうどんな言葉も届かないと悟ってしまった。
 現に実の息子の言葉にすら、何故自分が責められるのかと理解していない様を見れば、それが正しかったことが解る。

 「優しい世界になる、とお前達は言ったが、私にはそうは思えない。
 ルルーシュ達が創る世界のほうが、私にはいい世界に見える」
 
 「優しい世界、か。それはきっと、自分達に優しい世界を指しているのだろう。
 だが、ナナリーやユフィ、そして俺達が目指しているのは違う。
 他人に優しくなれる世界こそ、俺達は望む。
 だから・・・お前は消えろ!」

 ルルーシュはシャルルを振り払うかのように銃を取り出すと、シャルルに向かって発砲した。

 「陛下!!」

 自身のギアスですぐさま弾道を読み、主君を庇って銃弾から主君を救ったビスマルクの背後で、銃口をなおも自分に向ける息子を見つめた。
 
 愛した女との間に生まれた息子からの、徹底的な拒絶。
 八年前、自分が拒絶の言葉を投げかけた息子の絶望に満ちた瞳が、脳裏によみがえる。

 「ルルーシュ・・・そうか」

 シャルルは一瞬だけ目を閉じるとすぐに目を開け、、コードを壊すためにアカーシャの剣を動かそうとしているC.Cやエドワーディンがコードを浮かび上がらせている様子を見た。

 「愚かなる先人が生み出した忌むべき道具、コードを破壊します。
 動け、アカーシャの剣!そしてその役目を果たすのです!」

 上空に吊るされた巨大な剣が、ゆっくりと三人に向けて迫りだす。

 ようやく過去の清算が終わる、と安堵していた一同に、狂喜に満ちた声が響き渡った。

 「・・・この時を待っておった。お前達がアカーシャの剣を動かすのをな!

 「何だと?」

 はっとシャルルのほうを見ると、一同は驚愕した。
 シャルルが無駄に厚い皇族服の胸元をはだけており、そこにあったのはあるはずのないものだが、同時に見慣れたもの・・・羽ばたく羽根の紋様、コードが赤く光っている。

 「まさか、コード?!いったいなぜ?!」

 エドワーディンが驚愕すると、シャルルは勝ち誇ったように言った。

 「コードが生まれた経緯は、お前達も知っていよう!
 これもまたゼロから生まれた道具、我らが同じことを出来ぬ道理がどこにある!!」

 「・・・しまった、そういうことか!!」

 ビスマルクを通じてコードを作動させる、というのはフェイクで、実際はコードを造ることが彼らの本当の目的だったのだと、ルルーシュは舌打ちした。
 このことはV.Vにも秘密にしており、ゆえにマオも気付けなかったのである。

 「コードでは契約者の行動は見えても、思考までは読み取れぬ。
 我らが遺跡で行っていた実験を、フェイクの策のためと考えたお主らの負けよ!!」

 やられた、と眼を見開く一同に、シャルルは言った。

 「アカーシャの剣は、最初のコードでなければ作動させることが出来ぬよう、設定されておったようだ。ゆえにわしでは動かせぬ。
 だが、作動させてしまえばわしが集合無意識、すなわち神を殺すよう、その矛先を変える程度は出来るはず!!」

 シャルル大きく両手を広げ、胸元のコードを輝かせる。

 「神殺し・・・それさえ成れば、思考エレベーターを持って全ての人間の意識が一つになるのだ!
 アカーシャの剣よ、今こそ世界を一つに・・・」

 「黙れ!!つくづくろくでもないことにしか情熱を燃やさない男だ」

 シャルルの恍惚とした台詞を遮ったルルーシュは、アカーシャの剣の矛先を自らに向けようと必死でコードの力を高めている三人の前に進み出た。

 「ルルーシュ様・・・陛下の邪魔はさせぬ!」
 
 ビスマルクが剣を片手にルルーシュに襲いかかると、同じく剣を構えたジェレミアが飛び出し、その攻撃を受け止めた。

 「私もルルーシュ様の邪魔はさせるわけにはいかぬ!!」

 「ジェレミア・ゴッドバルド・・・!貴殿が慕っていたマリアンヌ様も、この計画にご賛同だったのだ。
 それでも邪魔をすると言うのか?!」

 「マリアンヌ様は今でも敬愛申し上げている。だが、その計画と、それに伴う行為には賛同いたしかねる!
 間違いを間違いと主君に指摘せぬことも、臣下にあるまじき不忠義!
 血の紋章事件でその身をもって諫言した当時のラウンズは、忠義を全うした!
 貴公は何が間違っているかそうでないか、それを判断することすら出来ぬのか?!」

 「私は神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアのナイトオブワンにして、最初の騎士!
 主君の道の前に立ち、その道を切り開くことこそ我が役目にして誇り!!
 それを否定することは許さぬ!!」

 ジェレミアが相手ではギアスを使えないビスマルクだが、それでもナイトオブワンなだけあり、ジェレミアの猛攻を防いでいる。
  
 「この男は私が引き受けます、ルルーシュ様!どうかあのアカーシャの剣をお止め下さい!」

 「頼んだぞ、ジェレミア!」

 アカーシャの剣の操作用に特化させて生み出したコードは、三人がかりで操作権を奪おうとしてもそれでやっと互角のようだった。

 「わしは負けるわけにはいかぬ!!」

 「それは私の台詞ですよ」

 「絶対、負けない!私達はこのために、アドリス叔父さんを犠牲にした。
 ここまで来て、諦めてたまるもんですか!!」

 「私もそろそろ、時の流れに戻りたいからな」

 アカーシャの剣が思考エレベーターに向かおうとするところを、ルルーシュは走り寄って近づき、そして叫んだ。
 その両目に、ギアスの紋様を力強く羽ばたかせて。

 「ギアスなどわしには通じぬ!他の者にしても」
 
 ルルーシュの意図がつかめないシャルルに、ルルーシュは言った。

 「いいや、もう一人いるじゃないか。お前には見えないのか?」

 「?!」

 「そうだ、Cの世界は人類の意思。そして人は平等ではない・・・共にお前の言葉だ。
 平等ではないがゆえの俺の力を知っているな?」

 「愚かなり、ルルーシュよ。王の力では神に勝てぬ」

 ルルーシュが集合無意識にギアスをかけようとしていることを悟ったシャルルは笑うが、ルルーシュは同じように笑みを返した。

 「どうかな?俺はゼロ、奇跡を起こす男だ!!」

 ルルーシュは大きく両の手を掲げると、力の限り叫んだ。
 
 「俺は生きようと足掻く人々を見た。幸せになるために、小さくともその運命にあらがった人々を見た」

 どれほど理不尽で辛い時代であろうとも、自らに与えられた一杯の薄粥を、自分よりも小さな赤子に与えた幼女がいる。
 シンジュクやサイタマで、上の命令に背いて一般人の日本人を、こっそり助けたブリタニア軍人もいた。

 人は確かに争い嘘をつく。
 だが同時に、誰かを守り愛することが出来るのだ。

 「だから・・・神よ!集合無意識よ!時の歩みを止めないでくれ!!
 これからも人々は争い、嘘をつくだろう。それでも人は、幸せを求めずにはいられないからだ!!
 だからこそ俺は・・・俺達は、明日が欲しい!!」

 死んでいる、と自らを生み出した親に否定されたあの日から、どこかで生まれてこなければよかったと、思い続けていた。

 けれど、今自分の周りにいる人間は言ってくれたのだ。
 『貴方は一人じゃない、生きていてもいいんだよ』、と。

 変化なき日常ではなく、よりよき明日を目指すために、人はあがく。
 何度でも何度でもあがいて、その先にある光をその手につかむために。

 「明日、だと?明日・・・」

 シャルルが呻くように繰り返すと、アドリスもルルーシュに同調した。

 「・・・そういうことですね。私も娘が笑う明日が欲しい」

 「私も、早くみんなの元でクラの子供を産んで、祝福される明日が欲しい」

 「欲望に正直だな、お前達は・・・だが、それは嫌いじゃない。
 私は、そうだな、ピザをたらふく食べて、それから」

 過去、愛されたいと願った自分が生み出したギアスで、偽りの愛を得た。
 だけど、今は。

 『C.C、大好き!』

 『嚮主様、C.C様!!』

 『・・・必要だ。お前が』

 「・・・それから、本当に愛される明日が欲しいな」

 C.Cの願いの声は小さかったが、それでも一同には聞こえていた。

 「し、思考エレベーターが・・・!」

 「崩れていく・・・陛下・・・・!」

 上空に赤くギアスの紋様が浮かび上がり、同時にゆっくりと崩壊を始めた思考エレベーターの姿を見て、シャルルとビスマルクは驚愕した。

 「わしとマリアンヌの、兄さんの夢が朽ちていく・・・!」

 「それは僥倖、ついでに貴方達も朽ちてくれたら最高ですね。
 どうせ貴方には、過去しかないのですから」

 しっかり相手の傷口に塩をすり込むのを忘れないアドリスの毒舌も、二人の耳には入っていない。

 たとえアカーシャの剣が動かせても、思考エレベーターがなければ全ての人間の意識を繋げる事は出来ない。

 唖然とするシャルルがコードの力を止めた途端、チャンスとばかりに三人はコードの力を最大限に高め、アカーシャの剣の矛先をまずシャルルに向けた。

 「その物騒なコード、破壊させて貰いますよ」

 「やめろ・・・やめてくれ・・・これがなければ・・・!」

 アドリスはシャルルの哀願を無視して、アカーシャの剣でシャルルの胸元を貫いた。
 シャルルの身体が赤く光ると、胸元からコードが飛び出してくるくると回り、それは剣へと吸い込まれていく。

 「陛下!!」

 床に崩れ落ちるシャルルに、ジェレミアと戦っていたビスマルクが慌てて主君の元へと走り寄った。

 「陛下、しっかりなさって下さい、陛下!!」

 「さて、今度はこちらの番だな。今度こそ、これで終わる」

 C.Cは心底から安堵の声音で呟くと、アカーシャの剣にその身を任せた。
 額からコードが抜けだし、その役目を終える事を望んでいたかのように、すうっとアカーシャの剣へと吸い込まれていく。
 続けてエヴァンセリンが左手を差し出し、最後にアドリスが右手の甲を掲げた。

 「・・・せめて、この戦争が終わるまでは生きていたいものです。
 最後に娘の心からの笑顔が見ることが出来たら、いいですね。
 ああ・・・終わる・・・!」

 アドリスはにっこりと微笑むと、己の生を繋げているコードを躊躇いなくアカーシャの剣に突き刺した。

 「まさか・・・終わるのか?
 こんな、こんなあっけなく・・・・!何十年もの時をかけた計画が・・・?」

 呻くシャルルを無視して、一同はアカーシャの剣を見つめた。
 
 「これで・・・」

 「全てのコードが、消えた・・・!」

 長年待ち望んだ瞬間が、ついに訪れた。

 同時刻、神根島の遺跡にいたマオは両目が輝き、そして自分の一部がすっと抜けたような感覚を味わっていた。
 周囲を見渡せばギアス嚮団員も同じのようで、何ともいえぬ感覚に戸惑っているようだ。
 マオはもしかして全てうまくいったのでは、と考え、ギアスを発動させようとするが、何も起こらない。

 「・・・ギアス、使えなくなってるや」
 
 マオはほっと安堵の息を漏らすと、じきに出てくるであろうC.Cを待った。

 「さて、後はシャルル帝を殺しておしまいですね。
 とっとと始末しておくべきでしたよ」

 アドリスはそう反省しているが、シャルルは撃たれたら死んだふりをしてアカーシャの剣を動かす隙を伺うつもりだったから、結果は同じだったりする。

 「待って、叔父さん!見て、黄昏の間が!!」

 皆でシャルルを包囲してとどめを刺そうとしていると、エヴァンセリンが空にひびが入っているのを見て叫んだ。

 「まさか・・・」

 「ちょ、おい!映画やアニメなんかによくある、“お約束”かよ?!」

 クライスが頭を掻き毟るのも無理はない。
 空にはまるで石を投げつけられたガラスのようにヒビがゆっくりと増えていき、複数ある柱も崩れては消えていく。
 
 シャルルを殺すためだけに全滅するのは、どう見ても割に合わない。
 事態を把握したルルーシュとアドリスが撤退命令を出そうとした瞬間、一同の身体が宙に浮いた。

 「なに、これ?!」

 「エド、今行く!!」
 
 空中で平泳ぎをしながらエドワーディンのもとに来たクライスは、しっかりエドワーディンを抱きしめた。
 他の一族達も互いに支え合い、離れまいとその身体を抱き合った。

 ルルーシュはC.Cを抱き寄せ、彼女もルルーシュも腕をしっかりとつかんだ。

 ふと見ればシャルルもビスマルクに抱えられた状態で浮いており、彼らも何が起こっているのか解らない様子だ。

 そして黄昏の間はみるみるうちに崩壊を進めていき、やがて黄昏の間全体が大きく輝いた。

 あまりの眩しさに一同が目を閉じると、叫び声が響き渡る。

 「うわあ!!びっくりした!!」

 「・・・その声、マオか?」

 急に閃光を食らったので目がチカチカするが、声だけは聞こえたC.Cの確認に、マオはうん、と肯定した。

 「いきなり黄昏の扉が開いたかと思ったら、いきなりC.C達が現れたからびっくりしたじゃないか!
 何だか中からすんごい光がしてるし・・・サングラスしてなかったら、やばかったよ」

 ふと見てみれば、同じく閃光をもろに食らったらしいギアス嚮団員達が、目を抑えてうずくまっている。

 「・・・ギアス、使えなくなったよ。うまくいったんだね?」

 「マオ、そうか・・・ああ、全て計画通りだ。事の顛末は時間がないことだし、帰りの潜水艦の中で話そう」

 何しろもぎ取れた時間は、今夜一晩だけだ。
 時計を見れば残りあと三時間を切っており、V.Vを水葬にする作業を考えれば基地に戻るのがぎりぎりな時間である。

 「解ったよ、C.C。じゃあみんな、行こうか」

 ギアスがなくなったことにどうにも違和感をぬぐえないギアス嚮団員達を諭しながら、一同は遺跡から歩き去っていく。

 最後に出たルルーシュは一度だけ遺跡の扉を振り向くと、小さく呟いた。

 「・・・バカめ」

 そして再び前方に視線を戻すと、自分を呼ぶ声に返事を返し、足早に遺跡を出た。




 同時刻、ブリタニアにある遺跡の扉の前では、シャルルとビスマルクが茫然と、扉を見上げていた。
 ビスマルクが扉を開けようとするも、もはや左目に赤い鳥ははばたかない。

 「アドリス・・・あの男・・・!」

 「兄さん・・・マリアンヌ・・・」

 シャルルは黄昏の扉に手を当て、小さく呻く。
 沈黙を守る扉の前で、シャルルはただ兄とマリアンヌの計画について話していた日々を思い出す。

 そして、最後に彼の脳裏に再生されたのは、最愛の妻との間に生まれた息子と娘の八年前の笑顔。

 幸せだった頃の記憶が終わる。
 そして、今。
 
 「わしの生きる希望が・・・ラグナレクの接続が、終わった・・・・」

 シャルルはそう呟くと、いつまでも黄昏の扉を見つめたまま動かなかった。



[18683] 挿話   交わる絆   ~交流のアッシュフォード~
Name: 歌姫◆866a0254 ID:c9b48087
Date: 2012/12/30 18:51
 挿話   交わる絆   ~交流のアッシュフォード~

   
  
 ギアス嚮団の事件が全世界に報道された一カ月後、アッシュフォード学園では嚮団被害者救済のための基金に寄付を行うべく、バザーが開催された。
 バザーと言っても学園祭のように屋台が立ち並び、文化交流で花魁道中を行うなど、派手な催しも行われる。

 バザー当日、桐原の余計な善意により休日になったルルーシュは、ナナリーとロロを連れて学園にやって来た。
 混んでからではゆっくり楽しめないので、開催時間前に来た。

 このチャリティーバザーには黒の騎士団も参加しており、玉城が中心になっていくつかの店が開かれている。
 さらにEUや超合集国連合の国々からも、民族料理の屋台が出ていた。

 「マグヌスファミリアの方々が作った手作りのケープや、食器などを扱ったお店も出るんですよね、お兄様」

 「ああ、EUが出している店だ。エヴァンセリン王女が売り子を務めている。
 わずかだがコミニュティに言って、特別に作って貰ったそうだ。
 あそこは自給自足が基本だから、たいていの生活用品は作れるからな」

 「王族が売り子・・・何か買うのに気後れしそう」

 ロロが驚くと、マグヌスファミリアは特殊な王家だから、とルルーシュは苦笑した。
 と、そこへ大量の機材を抱えたマスコミが門の前で何やら熱心に話しており、数人の学生が取材を受けているのが見えた。

 「あ、お兄様、マスコミの方がたくさんおられますわ」

 「こういうのをアピールするのも、平和には大事なことだからな。EUや超合集国加盟国からも来ている。
 お前達にはすまないが、万が一にも俺達がブリタニア皇族とバレないよう、取材を受けても拒否してくれ」

 「解りました」

 いずれバレるかもしれない己の素性だが、戦争中に露見するのはまずいという兄の説明にナナリーとロロは納得し、アッシュフォード学園中等部の制服を着ている。
 中等部の学生には取材をしないよう、通達してあるからだ。

 マスコミの間を目立たぬようにすり抜けた兄妹は、久方ぶりの母校を感慨深げに見渡した。

 「そうだ兄さん、アルフォンスさんから伝言。夕方からエドワーディンさんがクライスさんと一緒に来るから、よろしくって」

 「夕方から・・・ああ、エドワーディン王女は夜しか出歩けないのだったな。
 いくらコードで元に戻るとはいえ、何の弾みでバレるか解らない以上、それがいい」

 エドワーディンはコードにより、紫外線による皮膚の損傷を受けてもすぐに戻る。
 だがそれを民衆の目に触れてしまうわけにはいかないので、まだ病気が治っていない以上、昼に外を出歩けないのだ。
 
 「アルフォンスさんは午前中は兄さんの身代わりでゼロとして研究施設の視察して、それが終わったら来る予定みたい。
 それから午後からのゼロは外に出る予定はないけど、何かあったら連絡するから携帯が繋がるところにいるようにって」

 前日アルフォンス本人から釘を刺されたルルーシュだが、ロロに言ってまで念を押すとはあまり信用されていないようだと、ルルーシュは遠い目をした。
 エトランジュと言う万能連絡係がいるといえど、何が原因が使用不可能になるか解らないのだから、当然ではあるのだが。

 三人が生徒会のクラブハウスに到着すると、ミレイがハイテンションで出迎えた。

 「おはよう!三人ともおひさしぶり!さ、入って入って!
 シャーリーとリヴァルは、今会場の調整に出たの。もうすぐ戻って来ると思うわ」
  
 「おはようございます会長。貴女が企画しただけあって、大変盛り上がりそうですよ」

 「ルルちゃんにそう言って貰えると、安心するわ。
 エトランジュ様からも参加の申し込みがあった時は、驚いたけど嬉しかったもの」

 ミレイが嬉しそうに言うと、大きなボストンバッグを机に置いた。

 「これ、アルフォンスさんから預かった変装用具。
 マスコミがたくさん来てるから、カツラとカラーコンタクトだけでもいいからやっておいてって送ってくれたの」

 荷物になるから学園のほうに送ってくれたというかゆい所に手が届くアルフォンスの手回しに、ルルーシュは後で礼を言っておくかとバッグの中身を見た。

 「ひと揃いだけでいいのに、化粧道具まであるな。そこまでする必要あるのか?」

 「あー、ナナちゃんやロロ向けのもあるんじゃない?
 ロロはともかく、ナナちゃんはやっといたほうがいいだろうし」

 ルルーシュは有名なマリアンヌに似すぎている容姿だが、ナナリーは可愛らしいがブリタニア皇族の誰かに酷似してはいない。
 皇族だった頃の写真も世に出ていないので、その必要はないかと思ったがナナリーは目を輝かせた。

 「お兄様、私もお化粧してみたいです」

 「お前は可愛いから、まだその必要はないが・・・興味を持つ年頃ということか。
 会長、ナナリーを頼んでいいですか?」

 「オッケー、任せて!じゃあナナちゃんの部屋に行きましょうか」

 ミレイがナナリーを連れてナナリーの部屋に行くと、ルルーシュは適当に茶色のカツラと青色のカラーコンタクトをはめて変装した。
 兄を見ているうちに自分もしてみたくなったのか、ロロが言った。

 「僕もやってみたい、いいかな?」

 「ああ、いいぞ。好きなのを選べ」

 多めに用意されたのはこのためかな、とルルーシュが気が効くアルフォンスに感謝していると、ロロがどれにしようかと変装グッズを選んでいる。

 と、そこへドアが開く音がして、リヴァルとシャーリーが戻って来た。

 「今戻りましたー・・・って、来てたのかルルーシュ!早かったな!」

 「ああ、さっき来たところだ。おはよう、リヴァル・・・シャーリー」

 「お、おはよう、ルル。お仕事大変だって聞いたけど、来てくれて嬉しい」

 顔を少し赤らめて挨拶するシャーリーに、ルルーシュが言った。

 「今日ぐらいは友人達を助けてやれ、と桐原が休暇をくれたからな。
 何事もなければ、今日一日はここにいられる」

 「そっか、前みたいな事件が起こらないよう、気を付けなきゃね」

 危うく自分達が誘拐されそうになった事件を思い返したシャーリーに、ルルーシュが言った。

 「大丈夫だ、そうならないよう、手は打ってある。世界平和をアピールするためにも、このバザーは成功させたいからな」

 ルルーシュは頼もしく言いながら、現在マグヌスファミリアのエヴァンセリンが準備している店で、似顔絵描きのバイトをするための準備をしているマオを思い返した。
 彼が居るスペースはアッシュフォード学園のほぼ中心よりなので、何か不穏な考えの人間がいれば解るようになっている。

 「ありがと、ルル。お店の方は大丈夫、もう準備が終わってたよ。
 エトランジュ様の従妹姫の、エヴァンセリン様にも会った」

 王族が売り子、と聞いてびくびくしていたが、当の本人は楽しそうに店をセッティングして楽しんでいたし、隣のスペースに挨拶して気軽に声をかけていた。

 たわいない会話を久々に楽しんでいると、ミレイがナナリーを連れて戻って来た。
 華やかな色遣いだが中学生らしく薄いメイクが、ナナリーをより引き立てている。

 「どうですか、お兄様?」

 「よく似合っているよ、ナナリー。ありがとうございます会長」

 恥ずかしそうに尋ねるナナリーにルルーシュがそう答えると、ナナリーは嬉しそうに微笑んだ。
 ロロも兄と同じ色のウィッグとカラーコンタクトをつけて、ご満悦である。

 「あ、いいなあロロ、お兄様とお揃いですもの」

 「女の子用でこの色のウイッグはないわね。残念だけど諦めるしかないわ」

 ミレイに言われて肩を落としたナナリーだが、お化粧が兄に褒められたので気を取り直した。

 「残念ですけど仕方ありませんね。あら、どなたかおいでになったようですが」

 聴覚の鋭いナナリーがいち早く気配に気づくと、玄関のドアが開いた音がして用務員をしているシャーリーの父・フェネットが、大きな箱を抱えてやって来た。
 他にも警備員の男性が一人、彼を手伝っている。

 「あ、お父さん!どうしたのその箱」

 「失礼、荷物を持っているのでチャイムを押せなかったよ。
 シャーリー、以前から聞いていた荷物が届いたから、持って来たんだ」
 
 「よかった、間に合ったのね!あ、そろそろお店が始まる時間だわ。
 私達も開催宣言に行かなきゃ。ルルちゃん達はお店を回って楽しんでね!」

 何の荷物だろうとルルーシュが不思議がる間もなく、ミレイがそう言うとナナリートロロも嬉しそうに兄を急かした。

 「早く行きましょう、お兄様!開催宣言も見たいです」

 「ナナリーの言う通りだよ、早く早く!」

 溺愛する弟妹に言われては、ルルーシュは苦笑しながら椅子から立ち上がった。

 「よし、じゃあ行くか」

 「あ、ルルちゃん、帰る前には絶対顔出してね?またいつ会えるか、解んないんだもの、ね?」

 「ええ、会長達が落ち着いたら、また来ます。
 ナナリー、ロロ、行こうか」

 「うん、兄さん。どこから回ろうか?」

 「やっぱりまず、マグヌスファミリアのお店がいいです」

 わいわいと楽しそうに話しながら生徒会室を出たランペルージ兄妹を見送って、ミレイはにやりと笑みを浮かべた。

 「よし、バレなかったみたいね。シャーリー、リヴァル、時間が来たらルルーシュを確保するのよ、いいわね?」

 「りょーかいっす、会長!」

 敬礼して了解するリヴァルに、ごめんルル、と内心で謝りながらも止めないシャーリー。
 ニヤけるミレイはそっと運ばれた箱の中身を見た。

 美しい紋様が施された着物だが、やたら長い下駄など、経済特区日本で見た着物とはまた様式が違っている。
 
 「・・・着付けといったかな、それを担当する方は、別室にお連れしています。
 しかし、誰が着るんですか?これ、相当重いですよ。会長やシャーリーでは、文字通り荷が重いのではと・・・」

 フェネットの困惑げな問いに、ミレイはフフフと悦に入った笑みを浮かべるばかりである。
 
 「女の子にはきついでしょうね。でも・・・だからばっちり似合って、体力ないけど力ならある程度ある人が着るの」

 (ごめん、ルル・・・代わりに私、普通の着物着てルルの横に立つから)

 誰のことだろうとフェネットは首をかしげながら、会長命令で沈黙を強いられているシャーリーは手を合わせて謝っていた。
 


 「皆様、本日は我がアッシュフォード学園チャリティーバザーにお越し下さって、まことにありがとうございます!
 アッシュフォードだけではなく、日本各地の学校や黒の騎士団、超合集国連合、さらにはEUの方々のご協賛を頂くことが出来たことに、感謝いたします。
 このバザーの売上はすべて、ギアス嚮団の被害者のための基金に寄付させて頂きます。
 それではどうか今日一日、ごゆっくりと楽しみくださいませ!」

 ミレイの挨拶が放送で流れると、入場門が開かれて宣伝の効果もあってか一斉に人がアッシュフォード学園になだれ込んだ。

 あえてパンフレットなどは作らず、客はいいと思ったものを購入するようになっている。
 また、売店のみではなく、射的や金魚すくいなどの遊戯を楽しむ店などもあり、以前のユーフェミアの誕生パーティーとよく似た雰囲気で学園は祭り一色に染め上がる。

 「お兄様、あそこですわ咲世子さんの母校のお店!」

 「ニンジャ体験の店、だって。何するんだろ?」

 わくわくしながらナナリーとロロが校舎内の教室に作れた店を除くと、的に様々な形の手裏剣と呼ばれる武器を投げて、その点数を競うもののようだった。
 隣には作法委員会のからくり屋敷と書かれた美術室があり、やたらリアルな首人形が化粧を施されて飾ってある。
 サバイバル技術を教えている学生もおり、おにぎりをちょっとしたナイフ代わりにする手段を熱心に語っていた。

 「ナイフやダーツとは違うみたいだね。僕やってみたいな」
 
 「中には面白い仕掛けがたくさんあるんですって!暗闇は私得意ですし、行ってみたいです」

 「そうかそうか、よし行ってこい」
 
 ルルーシュが小遣いを二人に渡すと、ナナリーとロロは嬉しそうにまず手裏剣を投げに行く。

 「二人とも楽しそうだな。やはり来てよかった」
 
 「私にも小遣いをくれ。貰うのを忘れていたんだ」

 ふいに背後から響いた声に、ルルーシュはぎょっとして振り向いた。

 「C.C!お前また来たのか!」

 「またとは失礼だな。バザーの売上に貢献してやろうと思って、時間を割いて来てやったんだ」

 「そうか、それはありがたい話だな」

 「だが私の生活費はお前持ちだから、小遣いを貰いに来た。
 ちょうど北海道の農業学校が、校内で作った肉や野菜と小麦粉で作ったピザを売っているんだ」

 窯も自前らしいぞ、とC.Cが窓の外を指したので見てみると、眼鏡をした生真面目そうな男子学生があれこれ動き回り、黒髪の女子学生が馬術部から借りた馬を使って宣伝している。
 
 「北海道の食材は、日本でも有名らしいからな。行列が出来ているが、いいのか?」

 「正直疲れるが、うまいピザのためだから仕方ない。一枚だけお前達に譲ってやる」

 C.Cにしてみたら破格の報酬なので、だから代金を寄こせと悪びれない。
 ルルーシュは大きくため息をつくと、二十枚は買える金をC.Cに手渡した。

 「冷めないうちにナナリーとロロに食べさせたいから、早く持ってこい」

 「いちいちうるさいやつだな。だが冷めたピザなど言語道断から、そうしてやる」

 C.Cはルルーシュから受け取った金を受け取ると、ピザが焼けるいい匂いに引き寄せられるように校舎を出た。

 (いろんな学校があるものだな。見ているだけでもわりと面白いが、参加してみようか)

 C.Cには珍しく積極的にそう考え、やたらでかくて何だか手がうねっている教師を的にしたナイフ投げや射的をしている店を通りすがった。
 女の子の顔をモニターに映したロボットと評すべき物体が、クラスメイトと共に教師を追い回している。
 教師と生徒が仲良く店を運営している様子を、羨ましげにアッシュフォードの生徒達が見つめていた。


 
 正午の鐘が鳴った頃、アッシュフォード学園の裏門に一台のワンボックスカーが到着した。
 運転席からアルカディアが降りると、車椅子が乗り込める仕様の後部座席のドアを開き、中からアドリスがエトランジュと共に出てきた。

 「お父様、大丈夫ですか?」

 「ええ、こんな機会はありませんからね。さあ、今日は楽しみましょう」

 「はい、お父様!」

 嬉しそうな娘の様子にアドリスも相好を崩し、盛り上がっている校舎の方へと三人で足を進めた。

 マスコミが気づいて三人に駆け寄ると、アドリスがにこやかに応対した。

 「未来を担う学生達による、世界の絆を深める大変素晴らしいイベントです。
 ぜひに娘にも見せてやりたいと思いまして」

 「マグヌスファミリアもバザーに参加させて頂きました。
 平和になったあかつきには、もっと多くの国々で開催して頂ければ嬉しいです」

 十五分ほど記者達の質問に答えていた二人だが、頃合いを見計らってアドリスが言った。

 「申し訳ありませんが、あと三時間後に戻らなければならないのです。
 娘と一緒に店を回りたいので、このあたりで・・・」

 「こ、これは失礼いたしました!では我々はこれで・・・」

 三時間しかないのか、と記者達はエトランジュ達の多忙さを垣間見たマスコミ達は、まだいろいろ話したかったがそれを聞いていた客達の冷たい視線に刺され、慌てて去っていく。

 「さあエディ、どこから回りましょうか?」

 「私、お腹がすいたので屋上でやっている喫茶店に行きたいです。
 おいしいスコーンやケーキや紅茶があるんだそうです」

 ナナリーからの連絡で、いくつかの店の情報を仕入れていたエトランジュに、座って食事が出来るならと三人はまずそこに向かった。

 執事付きで通うのが当然のお嬢様学校が協賛している喫茶店で、生徒や生徒に仕えている執事達が給仕をしていた。
 見目麗しい男性が女性客をお嬢様と呼んで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、なかなか盛況だ。
 ルルーシュに負けず劣らずの美しい男性が集まっているので、若い女性で屋上はいっぱいである。

 客さばきが得意な執事達のお陰で、さほど並ばずに席を確保したエトランジュ達は、アフタヌーンセットを注文した。

 「叔父さん向けにリゾット作ってくれるってさ。メニューにないサービスを提供するなんて、さすがサービスがこまやかだわ」

 アルカディアが感心して屋上を見渡していると、ふと入口からふらふらとアッシュフォードの女生徒が入って来た。
 まだ客が並んでいるのだが彼女は列に並ぶことなくまっすぐ執事達をすり抜け、こちらにやって来た。
 エトランジュ達が居るので執事達が気を利かせ、エトランジュ達が居るスペースは不自然にならない程度に幕で仕切られていたため、エトランジュ達はいきなりやって来た少女に驚いた。
 
 「あ、あの、どうかされましたか?」

 エトランジュが慌てて問いかけると、女生徒は垂れ幕が下げられている壁までやって来るややおら垂れ幕を引っぺがそうとするので、アルカディアが抑えつけた。
 
 「ちょ、何するのいきなり?!」

 「どいて・・・毎日この時間に、壁に傷をつけなくちゃ・・・」

 「はぁ?意味が解らないんだけど」

 「アル、待って下さい。どうやら彼女は、ギアスにかかっているようです」

 コード所持者は、ギアスにかかっている人間の目が赤く縁取られているのが見える。
 だからアドリスは彼女の目を見てそれに気付き、アルカディアを押しとどめたのだ。
 
 「ギアス?まさか、ブリタニアの・・・!」

 驚いたエトランジュが席から立ち上がるも、アドリスは『毎日この時間に壁に傷』を不思議に思い、慎重に垂れ幕の裏をめくってみた。
 すると壁には規則正しく無数についた傷があり、おそらくそれは彼女がやったのだろうとアドリスは抑えつけられている女生徒を見た。

 「そういえば、ゼロがギアスの実験をしたことがあるって言ってたな」

 アルカディアが記憶をまさぐりながら呟き、女生徒を解放すると彼女は持っていた道具で壁に傷をつけ、ふと我に返ったように瞬きした。

 「あ、あれ?私どうしてまたここに・・・って、きゃあ!!」

 女生徒はいきなり目の前にいた、TVでさんざん見ているEUと超合集国を繋いだ有名人であるエトランジュと、ギアス嚮団の被害者代表であるアドリスを見て仰天する。

 「・・・あれ、あれ?私どうして・・・」

 「ああ、落ち着いて下さい。貴女はこちらで喫茶店を楽しむつもりだったのでしょうが、少し立ちくらみを起こしていた様子でした。
 ちょうど席が一席空いていたので、少し座って休んで貰おうと、娘が言いましてね」

 アドリスがとっさにそう嘘をつくと、エトランジュも困惑しながらも幾度も頷く。
 女生徒は幕で仕切られたテーブルは確かに四人席で、自分を除けば三人しかいないので何故自分がここに来たか思い出せないが、それ以外については納得した。

 「そ、そうでしたか。すみませんご迷惑を・・・」

 「いいんですよ。さ、今娘が紅茶を淹れましたから、それを飲んで落ち着いて下さい」

 にこにことアドリスが紅茶を勧めると、女生徒は緊張しながらもそれを受け取った。
 一方、エトランジュは事の次第をルルーシュに報告していた。

 《あの、これこれこういう女性の方がおられたのですが、ギアス解除はまだなさってなかったのですか?》

 《・・・すっかり忘れておりました》

 エトランジュの報告を聞いて、ルルーシュは己のミスに顔をひきつらせた。
 いくら実験のためとはいえ、永続的に効果があることを想定して、もっとましなギアスにするべきだったと今さらに反省する。

 《バッカじゃないの?とにかく、このギアスはジェレミア卿に頼んで解除して貰うわよ。
 夜にエドがこっちに来るから、それについて来てくるように伝えておいて》

 ジェレミアは未だに一人での行動をするのは誤解を招きやすい立場にあるので、ある程度気を使わねばならない。
 ルルーシュはそれを了解したので、ここ何カ月もずっと、毎日気付いたらここにいるんです、何か病気なのかもとため息をつく女生徒を皆気の毒に思った。
 毎日壁に傷をつけてることも、どうやら悪い噂になったりしたことがあるようだ。

 (ったく、あのうっかりバカ・・・!)

 アルカディアは舌打ちすると、女生徒に向かって言った。

 「毎日屋上に来るのも無理ないわよ。こんなに眺めがいいんだしね。
 壁に傷なんて、学生時代はよくあることよ。私だって意味もなくやったもの」

 だから貴女だけがやったとは限らないとごまかすアルカディアに、そういうものでしょうかと女生徒はよく解らない様子だ。

 「そうそう、だからあんまり気にしないで。さ、友達と合流して、バザーを楽しみましょうね」

 懸命にフォローしたアルカディアと共に、エトランジュもアル従姉様もそうおっしゃっているのだからと、それに追従する。

 何とか落ち着いた・・・というより、有名人といることに気後れした女生徒が紅茶を飲み終えてすぐに退出したのを見届けて、アルカディアは肩をすくめた。

 「・・・さあて、あの子のフォローに向かいますか。
 どうするかな・・・」

 あの野郎余計な仕事ばかり増やしやがって、とキレ気味のアルカディアに、アドリスが言った。

 「エディ、今アッシュフォードにいるメンバー全員に、こういう噂をばらまくように伝えなさい。これだけで後は解決することでしょう」

 アドリスが娘にそう提案すると、エトランジュはすぐにそれを実行する。

 その日を境に、“誰にも内緒で眺めの良い屋上の壁に祈りを込めた印をつけると、願いが叶う”という、ありがちなおまじないの内容がアッシュフォード学園を席巻した。
 事実屋上に意味不明なマークがあったことはそこそこ知られていたので、ああこのおまじないのためかと生徒達は納得した。
 女生徒が最近晴れ晴れとした顔をしているし、そのマークをつけなくなったので願いが叶ったのねと友人が尋ねてきたりもした。

 だがそのおまじないを真似する生徒が増えたので、屋上の壁が傷だらけになるという事態が発生し、のちに“壁に傷をつけるべからず”という校則が出来るのだが、それはもう少し先の話である。



 食事を終えたエトランジュ達は、咲世子の母校等を回ってから、クラブハウスへとやって来た。
 ルルーシュは生徒会室で、手裏剣やかんざしなどを買ってご満悦な弟妹を楽しげに見やっていたが、明らかに怒っていると解る笑みで入って来たアルカディアに硬直した。

 「ルルーシュさん、このたびは余計な仕事を増やして下さってどうも」

 「・・・いや、その申し訳ない」

 例の噂をばらまいたり、ジェレミアが来るための準備をしたりと時間を多少なりと取られ、家族団欒の時間を潰しやがってこの野郎、と声なき声が聞こえる。
 返す言葉もない、とルルーシュは素直に謝った。

 「・・・まあいいわよ、何とかうまく治められたしね。
 他に実験体はないでしょうね?」

 ないとルルーシュが断言したので、ならいいとアルカディアはルルーシュからミレイに視線を移した。

 「アルカディアさん、今日の件ですけど」

 「ああ、私夜はちょっと戻らないといけないの。だからぜひ、エドに着せてあげてくれる?あの服」

 自分も着たかったけどね、と残念な様子でそういうアルカディアに、そうですかとミレイは頷いた。
 
 何やら二人で企画していたようだとルルーシュはのんきに見ていると、シャーリーがちらちらとこちらを見ているのが、アルカディアには見えた。

 (あの様子じゃ、まだ二人で出掛けられてないな。
 ・・・ま、あのダイヤモンドのような壁が二つもあるんじゃ、難しいか)

 アルカディアとしてはエトランジュがクラブハウスで世話になったシャーリーに借りを返そうと、ロロとナナリーに向かって言った。

 「ロロ君にナナリーちゃん!ちょっと頼みがあるんだけどいいかしら?」

 「何ですか、アルカディア様」

 エトランジュからかんざしの説明を受けていたナナリーが問いかけると、小声で言った。

 「あのね、お兄さんに内緒で花魁の格好をして貰うって企画があるの。
 その花魁を先導する役目をお願いしたいんだけど、いいかしら?」

 「まあ、楽しそうです。ぜひやらせて下さい!」

 「僕も、兄さんと一緒ならやる」

 目をキラキラさせて了承するナナリーに、ロロもそれならと承諾した。

 「じゃあまず先に、二人とも着替えて貰おうかしら。ルルーシュのほうはもう少し準備しなきゃだから、それまでどっか出て貰わなきゃね」

 アルカディアはそう言うと、ルルーシュとシャーリーに向かって言った。

 「ねー、私これからナナリーちゃん達とさっきの忍者の店行ってくるわ。
 ルルーシュとシャーリーさん、悪いけどエディとアドリス叔父さん頼んでいいかな?
 ミレイさんとリヴァルさんはここで仕事あるって言ってたから、貴女しか頼めないの」

 「え、私は構いませんけど、ルルはどうする?」

 「解った、お付き合いさせて貰いますよエトランジュ様」

 ナナリーとロロが、自分には秘密でまた何かしようとしているのだろう、アルカディアがついてくれるなら大丈夫だと、ルルーシュはあっさり了承した。

 こうしてルルーシュとシャーリーが、エトランジュとアドリスと共にクラブハウスを出ると、アルカディアはミレイとリヴァルに向かって目くばせしたので、彼らは瞬時に彼女の意図を悟った。

 「ナイスですよアルカディアさん!」

 親指を立てて小声で褒めるミレイに、アルカディアはにやりと笑った。

 「さあて、後は例の祭りを開催するだけね・・・じかにこの目で見られないのが残念だけど、写真よろしく」

 「りょーかいです!」

 びしっと敬礼するミレイに、何だか黒いアルカディを見てリヴァルは思った。

 (ルルーシュ、お前あの人に何やったんだ・・・?)

 絶対何かやっただろ、と的を射た推測をしたリヴァルだが、それを尋ねる勇気がないリヴァルであった。



 クラブハウスからしばらく四人で歩いていたが、やがてアドリスがルルーシュとシャーリーに向かって言った。

 「もうすぐ私達は戻らなければならないのですが、父娘水入らずで過ごしたいのです。よろしいでしょうか?」

 「それは、お気持ちは解りますが、お二人だけで大丈夫ですか?」

 ルルーシュが尋ねると、アドリスはにっこりと頷いた。

 「あと一時間程度ですし、人が多い場所を歩くので暗殺などの危険はないでしょう。
 不審人物もいないと、報告を受けていますしね」

 それに実は解らない程度に変装したSPもいるので、そんなに心配はいらないと言うアドリスに、ルルーシュはそれなら大丈夫だろうと判断する。

 「では、どうぞお二人でお過ごし下さい。
 何かありましたら、ご遠慮なく連絡をお願いします」

 「ありがとうござます!
 お父様、私馬術部の馬を見たいです。久しぶりに馬に乗りたいんです」

 「ああ、それはいいですね。ではお二人とも、失礼しますよ」

 楽しげに笑いながら馬術部の乗馬体験コーナーに向かうエトランジュとアドリスを見送って、二人きりになった。

 「ど、どこに行こうか、ルル。どこか行きたいお店、ある?」

 「行きたい場所は既に回ったから、特にないんだが・・・君は生徒会役員として動いてたから、あまりまだ店を楽しめていないんだろう?」

 君が選ぶといい、と言われたシャーリーは、顔を真っ赤にしながらも、興味があった店を口にする。

 「えっと、じゃあマグヌスファミリアのお店に行ってみたいわ。
 珍しい工芸品とか売ってたの。でも、500個くらいだって言ってたから、もう売り切れてるかもしれないなあ」

 マグヌスファミリアとしては自国民の三分の一の量に当たるので、エヴァセリンは作り過ぎかなあと言っていたが、おそらく完売している可能性が高い。
 実はルルーシュ達も買おうと思ったのだが、あまりの行列に驚き、あんなに人気なのなら自分達は遠慮しようとナナリーが言ったため、並んでいない。

 ルルーシュがシャーリーと一緒にエヴァンセリンの店に行くと、案の定売り切れと書かれた看板がテーブルに置かれていた。

 「・・・やっぱり、ね」

 「今のマグヌスファミリアの知名度は、高いからな」

 「あ、ゼ・・・じゃなくてルルーシュさん!来てくれたんだ」

 店の片付けの準備をしていたエヴァンセリンが二人に気付くと、売り上げが入った箱を嬉しそうに掲げて言った。

 「バザー開始と同時に長蛇の列が出来て、一時間くらいで売れちゃった。
 余るかなーって思ってたんだけど、まさかすぐに売り切れるなんて・・・」

 さっきまで行列整理の人もいて大変だった、と語るエヴァンセリンは、自国の品の評判がいいことにとても嬉しそうである。
 
 「今お店を撤収して、空いたスペースを他の人に使って貰おうと思ってるんです」

 「そうだな、売り上げた伸び悩んでいる店をここに移すのもいいかもしれない。ここは場所がいいからな」

 行列を予想していたので、マグヌスファミリアの店はけっこう条件の良い場所を割り当てられていた。
 売る商品がないのだから、そのほうがより利益も上がるのである。

 「では、エヴァンセリン王女はどちらに?」

 「私は隣でマオさんの似顔絵コーナーと、絵の販売を手伝おうかと思ってます。
 綺麗な風景画で、もう何枚も売れてるんですよ」

 そう言ってエヴァンセリンが隣の店を指すと、マオが絵と店を区切る幕とに遮られていたので気付かなかったが、マオが絵を描いていた。
 以前エトランジュが送った油絵のセットで、何やら絵を描いている。

 「積極的に宣伝してないからあまりお客さんはいないんですけど、一生懸命描いてました。
 今、このバザーの様子を描いてるんですって」

 終わる頃に出来上がればいいのに、とエヴァンセリンも嬉しそうだ。

 「あの人、絵描きさんだったんだ。本当だ、綺麗な絵」

 シャーリーがゆっくりとマオの店のほうに歩きだすと、会話が聞こえてキャンバスで必死で顔を隠していたマオが、おそるおそる顔を出した。

 「あ、あの・・・・」

 「こんにちは。この前、手紙ありがとう」

 シャーリーは内心以前にされた心理誘導が原因でまだ少し脅えていたのだが、それを隠して挨拶した。
 マオも自分のやらかしたことを今ではとても反省しているので、普通に挨拶されてどうすればいいのか解らず戸惑っている。
 
 ちなみにマオはシャーリーがバザーの店の確認をしている時、全てエヴァンセリンに丸投げして逃げていたので、シャーリーはマオがここにいることを知らなかったのである。

 「・・・あのときはその、ごめんなさい。僕の絵でよかったら、その、気に行ってくれたの、どうぞ」

 つっかえつっかえそう申し出たマオに、マオがとても反省している様子が見え、二度と同じことを本当にしないと確信したシャーリーは、ほっと肩の力が抜けた。

 「いいよ、これはチャリティーバザーだから、ちゃんとお金払うわ。
 でも、本当に綺麗な絵だなあ・・・どれにしようかな」

 元はひどい人間不信のマオは、人物はC.C以外を描かずに風景画が専門である。
 中華の風景と、C.Cと住むつもりだったオーストラリアを中心とした風景画は素人目にも美しく、技術の高さが解る。

 「この湖の絵もいいし、黄河の絵も素敵。迷っちゃうなあ」

 散々迷った末に、シャーリーは黄河の絵を選んだ。
 店の撤収作業を終わったエヴァンセリンが、ありがとうございまーすと絵を包んだ。
 
 「まだバザーを楽しむんですよね?じゃあこれ、生徒会室のほうにお届けしますよ」

 結構かさばるので、と気を使ったエヴァンセリンの申し出を、シャーリーはありがとうございますと受け取った。
 さすがはお気づかいの一族と呼ばれているだけはある。

 「・・・マオ君、私もう怒ってないから、ね?
 綺麗な絵、ありがとう。大事に生徒会室に飾らせて貰うね」

 まだおどおどしている様子にマオにシャーリーがそう言うと、マオは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 ルルーシュがエヴァンセリンに生徒会室への行き方を聞かれているところを見計らって、マオはこっそりと小さめの絵を持ってきた。

 「あ、ありがと!あ、、そ、そうだこれ・・・アルがね、これシャーリーが喜ぶだろうって、描いたんだ」

 受け取って貰えるかな、とマオが差し出した絵を受けとったシャーリーが袋から絵を取りだすと、そこにはルルーシュが描かれている。

 「わ、マオ君!は、恥ずかしいよ!」

 嬉しいけど、とわたわたしながら慌ててルルーシュの絵を袋にしまうシャーリーだが、それでもとても嬉しかった。

 「でも、嬉しい。ありがとう、大事にするね」

 「うん!受け取ってくれてありがと」

 何だかシャーリーが大きく声を出したのでルルーシュがシャーリーのほうを見たが、二人が和やかに話しているのを見て、特に問題はなさそうだとルルーシュは安堵する。

 「ルルー、次のお店行こう。いつまでもここにいたら、邪魔になっちゃう」

 「ああ、そうだな。では絵はリヴァルの方に話を通しておきますので」

 ルルーシュがエヴァンセリンにそう言うと、ありがとうございましたーとエヴァンセリンが手を振って見送った。
 マオもぎこちない笑みで見送り、シャーリーがありがとうと再度手を振って店を後にする。

 「何かマオが手渡していたようだけど」

 「う、うん、絵を一枚貰ったの。あの人、根は悪い人じゃなかったんだね」

 シャーリーがちらっとマオの店を振り返ると、彼はエヴァンセリンと楽しそうに何やら話しながら、絵を描いている。
 心なしか、マオの顔が少し赤かった。

 (C.Cって人がどうって言ってたけど・・・別の恋を見つけたって感じだなあ。
 そういえばルル、あの人とどうしたんだろ・・・)
 
 余計なことまで思い返したシャーリーは、次はどこに行こうかと尋ねるルルーシュの声を、上の空で聞いていた。
 


 その頃、エトランジュはアドリスと乗馬体験コーナーにいた。

 マグヌスファミリアの馬は速さよりも大人しさと扱いやすさを重視して品種改良された小さめの馬なので、大きな馬に乗ってエトランジュは興奮していた。
 扱い慣れない馬だし長く乗っていなかったので、カンを取り戻すのに時間はかかったが、それでも久しぶりの乗馬を堪能したエトランジュはご機嫌である。

 「とっても楽しかったです!天子様も最近乗馬を習っているっておっしゃってましたから、中華にまた行く機会があったら御一緒させて貰っても大丈夫でしょうか?」

 「ああ、それはいいですね。やはり慣れた人間からアドバイスを貰う方が、上達は早いものです」

  疲れたのでベンチに座って談笑していると、ちょうどクレープの屋台が目に入った。

 「もうそろそろ帰る時間ですね、お父様。
 私、あそこでクレープを買ってきていいですか?」

 「それはいいですけど、まだ食べるのですか?」

 喫茶店でも食べた娘にしては多い食事量だとアドリスが少し驚くが、エトランジュは首を横に振った。

 「いえ、ユーフェミア皇帝とスザクさんへのお土産です。クレープがお好きだって、ユーフェミア皇帝から聞いたことがありましたから。
 あの方達は、今回は来れませんでしたものね」

 神楽耶と天子は時間差でこちらに来る予定だが、ユーフェミアとスザクは自分の家族がしでかした行為を償うためのバザーに出ることに暗い顔をしていたので、せめてお土産をと思ったようだ。

 「そうですか、それはいいことです。ユーフェミア皇帝も何かと気苦労が絶えませんからね・・・。
 口さがない連中が、いろいろとうっとおしいのが悪いのですが」

 エトランジュが頷いてクレープを買いに行くと、その様子を見ていた日用品が入った袋を持っている男女の二人連れが、そそくさとその場を歩き去る。

 しばらく歩いて周囲に人気のないことを確かめると、女性のほうが大きくため息をはいた。

 「エトランジュ女王がいたから、ユフィもいるかと思っていたが・・・やはりいろいろと苦労しているな」

 幸いなことに何かとエトランジュがユーフェミアに気遣いを見せてくれているようだが、あの妹にはさぞかしそれも悪いと思っているのだろうと、コーネリア・・・・今はフラームと名乗っている・・・は心苦しい限りであった。

 ギアス嚮団のニュースでエトランジュの父親が救出されたと聞いて安堵した一方、己がマグヌスファミリアに攻め行ったときに投げつけられた彼の苛烈な一言があったので、妹が辛く当られていないだろうかと不安だった。
 テレビなどで見る限りでは、アドリスはコーネリアに対する批判はしていたが、妹には同情的で好意的だった。
 ここでじかに見る限りでも、ユーフェミアが好きなイチゴ入りはどうかと勧めていた。
 
 「戦争さえなければ、もう少し私が穏便に事を進める努力をしていたら、ユフィもエトランジュ女王とまともな友誼を築けていただろうにな」

 おそらく互い互いに遠慮のある付き合いになってしまっているのだろうと、コーネリアは申し訳なさでいっぱいであった。
 もっと違う出会い方をしていたら、きっといい友人になれたはずなのに。

 ギアス嚮団の件はコーネリアとしても実験体としてジェレミアを送っていたこともあり、彼が被害者として現れた映像を見たコーネリアは、過去の己を斬り伏せたい衝動に駆られた。
 ルルーシュがどうやら彼を引き受けたようだが、あの末弟に迷惑をかけどおしで冗談でなく死にたくなる。

 それでもルルーシュが助けてくれた命を粗末に出来ず、また自分について来てくれた忠臣に報いるために、こうして彼女は日本の片隅で生きていた。

 「フラーム、そう今自分を責めても・・・今は我らで出来る限りのことをしましょう」

 「そうだな、リッター・・・そろそろ夕方になるし、必要な日用品も思っていたより安く揃えられたからな」

 捕虜交換でブリタニア本国に戻るブリタニア人が置いて行った荷物が大量にあったことから、それも販売に出されたため、服や生活用品などがかなり多く売られていた。
 二人暮らすにもやっとの状況の中なかなか買えずにいたが、お陰でおおまかな必需品は揃ったと二人は安堵する。

 「花魁祭りが楽しみだな。あの子が花魁として出ると、生徒会長が言っていたが」

 「ブリタニア大陸に進攻の予定が迫っていますから、難しいかもしれませんよ」

 現にエトランジュとアドリスが、時間差で次は神楽耶と天子が来ると言っていたのが聞こえたので、本当に上層部は多忙なのだろう。
 
 「そうだな・・・うん?」

 ふと見ると、生徒会のメンバーで、ギアス嚮団被害者への募金支援を呼び掛けていたアッシュフォード生徒会の少女が、見慣れた少年・・・ルルーシュと手を繋いで歩いているのが視界に見えた。

 「フラーム・・・」

 「・・・行こう、リッター。あの子に迷惑をかけられない」

 残念そうに、だが元気そうな様子のルルーシュを見て嬉しそうな顔をしたコーネリアがギルフォードを促すと、二人は楽しそうに話しているルルーシュから顔を隠すようにしてその場を歩き去った。

 (あの子もガールフレンドと出かける年頃か。
 だが、ユフィが残念がるだろうな・・・いや、あの枢木とうまくやれているのなら、祝福するかな)

 かつてナナリーと『どちらをお嫁さんにするの?!』とルルーシュに迫ったユーフェミアを思い出して、コーネリアはくすくすと笑った。

 
 
 高く昇っていた太陽が沈み、夕焼けが赤く空を染めた頃、今度はエドワーディンがクライスと共にアッシュフォード学園にやって来た。

 七時まで開催予定なので、二時間程度ではあるのだが生まれて初めて目にする祭り(正確にはバザーだが)に、エドワーディンは興奮している。

 「凄い凄い!人があんなにたくさん!」

 ずっと地下暮らしだったエドワーディンは目にするものすべてが新鮮で、忍者体験や乗馬、射的などに目を輝かせてかたっぱしから挑戦する。

 一通り回ったところで、エドワーディンが花魁祭りで着物を着るためにクライスとクラブハウスに行くと、そこには椅子に縛り付けられたルルーシュが拉致した本人に抗議していた。
 
 「だから、何で俺が花魁なんです?エドワーディン王女がすればいいじゃないですか」

 「だってアルフォンスさんがさあ、お姉さんはまだ病弱だから重い着物は難しいって言ったんだもん。
このバザーの売り上げは全て、ギアス嚮団被害者への救済基金に寄付されるわ。
 人が集まればそれだけ売り上げが伸びるんだから、集客力を高めるために目を引くイベントは必須だと思うの」

 「会長の言う通りとは思いますが、俺が花魁の格好をしなくてはならないのが解らないんですが」
  
 シャーリーと楽しく店を回っていたところで、ミレイ率いる生徒会にどこぞの宇宙人のように拉致されたルルーシュは、生徒会室に運ばれて椅子に縛り付けられている。

 弟がすっごい楽しいイベントがあると邪悪な笑みで言っていたので、何やら一つ噛んでいるのだろう。

 「あ、貴女がミレイさん?私エドワーディンです」
 
 「え・・・アルカディアさんじゃなくて?!うわー、そっくり!」

 リヴァルに案内されてやって来たエドワーディンを見て、ミレイは身長が少し小さくなって肌の色がこれまた少し白いだけのアルカディアのようで、驚嘆の声を上げた。
 テレビで何度か見たものの、こうして間近に見てさえも本当によく似ている。

 「二卵性の双子で、しかも男女でここまでそっくりなのも珍しいですよね」

 シャーリーの言葉にクライスが説明したところによると、マグヌスファミリアでも双子は珍しいらしく、百年に一度生まれるかどうか、というくらいらしい。

 「あいつらの場合は、意図的に互いに合わせてたんだけどな・・・主にアルが」

 エドワーディンが病気で外に出られなくなってから、アルフォンスは女の服装を進んで着るようになった。
 姉と同じ振舞いをすることで、彼女が外で普通に生きられているという体験を錯覚でもいいから味わって貰いたかったからである。
 イタリアに留学していた時も、エドワーディンのギアスで彼女が中にいることもあり、姉へのプレゼントと言う名目で割と女装をしていたりする。
 友人達も表向きの事情は知っていたし似合っていたので、悪ノリして付き合ってくれたものだ。
 
 「花魁の着物は重いから無理だけど、軽めの着物を着せてくれるって・・・ありがとう」

 「いえいえ、アルカディアさんにはとてもお世話になってますし、着物も桐原首相からお借り出来たものですから!」

 「桐原・・・・!!」

 どうやって渡りをつけたんだ、いつの間にそんな根回しを、そして桐原もこの悪ふざけにいったいなぜ、とルルーシュは内心で頭を抱えた。

 ちなみにどうやってミレイが桐原と話をつけたかというと、まず玉城と花魁道中をする話で盛り上がったはいいが、着物が特殊だからその辺が困る、と玉城が唸った。
 玉城はそこらの日本人より人脈の高いエトランジュに相談し、エトランジュは着物には詳しくないので神楽耶に相談して、そこから桐原に話が行くと言う伝言ゲームが発生。
 扇とヴィレッタが原因でアッシュフォード学園に多大な迷惑をかけてしまったこともあり、桐原が手配したという次第である。
 まあルルーシュもたまには友人と羽目を外すのもいいだろうという、おじいちゃん心も大いに加味されている。

 「花魁道中って、相当綺麗で頭がいい女性じゃないと出来なかったんですってね~。うん、ルルちゃんにぴったり」

 「俺は男です会長・・・」

 「着物、私一度着てみたかったのよ!アルもぜひ着てみたらって言ってくれてね、写真撮ってみせてくれって・・・今日はどうしても外せない会議があるから、帰っちゃったし」

 ルルーシュは力なく抗議したが、エドワーディンが美しい柄の着物を見て大喜びしており、もはや逃げ切れないことを悟った。

 今この花魁道中を潰せば、エドワーディンの楽しみを消しやがってとクライスがキレ、アルカディアも仕事を山と回す嫌がらせ以上のことをしかねない。

 (ただでさえアルカディアには借りが山積しているからな・・・少しくらいは返さないと、後々が怖い)

 と、そこへルルーシュの携帯が鳴った。
 リヴァルが携帯をルルーシュの懐から引っ張り出すと、履歴はエドワード・・・アルカディアの偽名だった。

 「メールだな。ほいっと」

 重要なメールじゃないよ、と件名に書かれてあったのでリヴァルが携帯を操作してメール本文をルルーシュに見せると、そこには『私の大事な家族のエドが楽しみにしてるの、大丈夫あんたの仕事があっても何とか私が対処するから(はぁと)』と書かれてある。
 さらに『PS・忠義の人からあんたのミスで傷がついた壁は直したって報告が来た。私も手伝ったけど、大変だった。借り返せ(`Д´)』。

アッシュフォード学園内で壁に傷を付けるように命じた女生徒のギアスを解除するため、ジェレミアを呼んだはいいが、彼はどうしても目立ってしまう。
 何故ここにあの有名なオレンジことジェレミアが?と邪推されるのも面倒なので、アルカディアがあれこれ動いて秘密裏に事を処理してくれたのだろう。

 逃げれば絶対、地味に怖い嫌がらせが続くことだろう。アルカディアは貸しも借りも、きっちり返すタイプなのだ。

 「・・・もう好きにして下さい」

 とうとう白旗を上げたルルーシュに、ミレイはガッツポーズをした。
 
 「よーっし、メイクさんと着つけの人を呼んで!
 花魁道中まで時間がないわ!いくわよー!!」


 盛り上がる生徒会室の中、椅子に縛り付けられたままのルルーシュは遠い目でうなだれた。



 花魁の衣装は元来はかなり重いのだが、工夫をして今はある程度の軽量化が出来ている。
 それでも普通の着物よりは重く、カツラをつけられ無駄に高い下駄を履かされたルルーシュは既に疲れ切った顔である。

 「ルルちゃん、せっかく綺麗にお化粧して貰ったんだから、そんな顔しないの!」

 「おお、エキゾチックでいいねえ~。よーっし、こっち向いてくれ今携帯で撮ってアルに送るから」

 「会長・・・本当に私がこいつの先導をしなきゃならないんですか?」

 渋い顔でそう行ったのは、男衆の役目をすることになったカレンである。
 彼女も午後から休暇を与えられ、父とともにやって来たのだがクラブハウスに顔を出した瞬間にミレイに連行され、問答無用で着替えさせられたのである。
 
 厳しい顔で注意するミレイの横で、パシャパシャと携帯のカメラで遠慮なしにルルーシュを激写する彼の言葉通り、今のルルーシュがまさに凄艶と形容できる美女になっていた。
 
 「白人なのに、東洋の衣装がマッチしてるわね。違和感がない・・・」

 エドワーディンが感心することしきりで、黒を基調として金糸銀糸を織り込み、華やかな衣装を着たルルーシュはれっきとした白人であるにも関わらず、彼のために誂えたかのように似合っている。
 赤い打ち掛けにもひときわ豪奢な花の模様が施され、夜でもはっきり輝いていた。

 「わあ、兄さん凄い綺麗だね!」

 「本当ですね。私とロロがカムロっていう付き添いの子供役で出るんですけど、私達なんてかすんじゃいそうです」

 「俺としては、むしろかすみたいと思っているよ、ナナリー・・・」

 別室で着替えていたロロとナナリーが、兄を誇らしげに見ながら小走りでやって来た。
 ナナリーは緋色を基調として牡丹をあしらった可愛らしい着物で、ロロは男衆の黒と黄色を基調とした浴衣に似た着物を着ていた。
 さすがにロロに女装させるほど、ミレイも鬼ではなかったようだ。

 「さてと、ミスター玉城から準備万端って連絡があったから、そろそろ行くわよ!」

 歩きにくいことこの上ない衣装に四苦八苦しながらも、ルルーシュは先導役のカレンの肩をつかみ、牛の歩みでついていく。
 ルルーシュに肩を掴まれて真っ赤になったカレンに、ルルーシュは申し訳なさげに謝った。

 「すまないなカレン・・・これは本当に歩きにくいから、支えがなければ確実に転ぶ」

 「でしょうね・・・ルルーシュ、今回ばかりはあんたに同情するわ」

 初心者にこれはきつい、とカレンは大きくため息をつき、おとなしくルルーシュに歩みに合わせて足を進めるのだった。



 学園内の通りを歩くだけの簡単なショーだが、噂を聞きつけて既に道は人であふれている。

 ゴールには神楽耶と天子がいるそうで、二人は楽しそうに笑い合いながら花魁の到着を心待ちにしていた。

 「今、ミレイ会長から花魁道中を始めたって連絡がありましたよ神楽耶様。
 けっこうゆっくり歩いてるみたいなんで、ここまで来るのに一時間くらいかかるらしいっす」

 「あの衣装では当然ですわね。ある程度は軽量化してあるとはいえ、動きにくいデザインですもの」

 玉城の報告に自分だってすたすた歩くのは難しいと言う神楽耶に、天子はどんな着物だろうと興味津々である。

 「どうしてそんな歩きにくい着物が出来たの?」

 「さあ、わたくしもそれは存じません。十二単も動きにくくて重いですから、同じように華やかさを重視した結果かもしれませんわね」

 なるほどと天子は納得し、初めての祭りで手に入れたお面を頭につけ、わたあめを食べて花魁の到着を楽しみにしている。
 ちなみに天子の花魁とは何をする人かと言う質問に対し、今で言う有名な芸能人のような存在だと、あながち嘘ではない説明が行われた。

 そして待つこと一時間が経過すると、笛の音と和太鼓の音とともに、周囲のざわめきが聞こえてきた。

 そして道の真ん中を赤い提灯を持った少年と少女が先導し、カレンの肩につかまって高い下駄に内心苛立ちながらも優雅な所作で、ルルーシュがやって来た。
 
 「ブリタニア人が着ても似合わんだろって思ったけど、これは予想外だな南」

 「ああ、でもあの花魁も綺麗だけど、ナナリーちゃんも似合ってて可愛いよなー」

 たこ焼きを食べながら花魁道中を見ていた杉山と南は、長い付き合いであるカレンよりも、美しすぎる花魁と基地で頑張る双子のほうに注目している。

 「うわあ、とっても綺麗な人!」
 
 思わず感嘆の声を上げる天子に、護衛で付いてきた星刻も彼がゼロであることを知っていたため、彼の素顔に大きく目を見開いた。

 (写真を一度見たが、驚いたな。
 分厚い着物で体格が解らなくなっているせいもあるが、本当は女だと言われてもこれは納得するぞ)

 物資を調達する際、見事な交渉術で支出を下げ、ポイントカードなどの発行などを行っていたゼロは、実は女ではないかという疑惑が出たことがある。
 彼の素顔を見れば、その疑惑は確定レベルまで上がることは間違いあるまい。

 神楽耶は女装しているにも関わらず、皆の注目を集めている想い人をうっとりと見つめて玉城が撮っている写真を後で渡すように命じている。

 ブリタニア人が花魁の役をする、と聞いてただのお笑いかと思ったりした日本人だが、妙にハマっているルルーシュの花魁姿に皆驚き、あちこちでフラッシュが炸裂している。
 テレビ関係者も数が少なくなってはいたが、まだ残っていたのでテレビでこれは美しい花魁だとレポーターが興奮して実況していた。

 神楽耶と天子からの言葉を受け取った後、ルルーシュは疲労困憊と全身に描きながら椅子に座っており、横でロロが扇子で兄に風を送っている。

 「大丈夫?大変だったもんね兄さん」

 「ああ・・・ありがとうロロ」

 「お疲れ様、ルル。はい、ジュース持って来たよ。ロロもどうぞ」

 シャーリーがジュースを二本持ってくると、ルルーシュとロロにそれぞれ手渡した。

 「ストローも持ってきたから、使ってね。こぼしたら大変」

 「そうだな、助かったよシャーリー。はぁ・・・」

 大きくため息をつくルルーシュに、本当に大変だったね、とシャーリーも苦笑する。

 「俺は着替えたらすぐに戻って、寝るぞ。明日も仕事があるんだからな」

 「あ、うん。アルフォンスさんからクライスさんの車で帰って来いって伝言があったよ」

 半ば脅すように花魁祭りに参加させたアルフォンスだが、一応のフォローは忘れない。
 
 「大成功よ、ルルちゃん!
 いやあ、さっきから あの花魁は誰だって質問が多かったけど、謎の美女ですって言って情報を流さなかったら、それがミステリアスな雰囲気を倍増させちゃって」

 ミレイが男女逆転祭りとは堂々と言っていないため、一部の人間しか花魁の性別は知らされていないようだ。
 ルルーシュは是非に公表してほしかったが、それをするとマリアンヌ似の美女が本当は男だと知れると自分の生存に気付かれる恐れがあると思い、沈黙を守るしか道はなかった。

 「やっぱサプライズは楽しいわ~。みんな楽しんでくれたみたいだし、売り上げも予想よりずっと多かったもの。
 ・・・こんな時間が、いつまでも続けばいいのに」

 もうすぐルルーシュ達は、母国に攻め入るために日本を発つ。
 なるべく犠牲を減らすため、ブリタニア人に無駄な気が居を加えないようにする必要から、エトランジュも進軍に同行すると言う。

 ミレイは解っていた。
 これがこの学校で行える、最後のモラトリアムだということが。

 シャーリーとリヴァルはまだこの学園にいるけれど、勉強や情勢合わせた国是意識改革のために動くことから、以前のように楽しい祭りは頻繁には開けないだろう。

 「戦争が終わったら、また出来ますよ会長。
 学校でなくても、会長なら別の形でまた開催出来ます」

 「ありがと、ルルちゃん。もちろん私だってそのつもり」

 既に卒業が決まり、今玉城を通じて黒の騎士団の入団試験を申し込んでいるミレイは楽しそうに笑った。

 と、そこへまだ着替えていないエドワーディンが、クライスと主に壇上へと上がった。
 リヴァルもマイクを持ってセットし、彼女が使いやすそうにセットしている。

 「あれ、また何かやるんですか会長?」

 「いいえ、聞いてないわ。何事かしら」

 ざわめきながらリヴァルに説明を求めようとミレイが走り寄ろうとすると、エドワーディンが笑顔でマイクで言った。

 「皆様、急に壇上に上がりましたことをお許し下さい。
 まず最初に、本日のアッシュフォード学園生徒会会長、ミレイ・アッシュフォード嬢の発案であるチャリティーバザーに参加させて頂けたことに、感謝の言葉を言わせて下さい。
 本当に楽しいバザーでした。心より楽しませて頂きました」

 「そ、そんな・・・私は、その・・・」 

 そのとおりだ、ありがとう、と一斉に周囲から拍手が起こり、ミレイはらしくなく顔を赤くする。
 
 「今、世界は混乱に満ちています。
 その中でも他者を助け、わずかなりと協力する方々の力の強さを見る事が出来、私は外の世界の素晴らしさを知りました。
 そしてそれは今はこの日本だけではなく、世界もまたそれに続こうとしています」

 え、とミレイが顔を上げると、いつの間にか用意されていた二つの大きなモニターに、大きな学校らしき映像が移されている。

 「右のモニターはイギリスにある全寮制の学園で、左は弟・アルフォンスが通うイタリアの大学です。
 時差があるのであちらは今昼ですが、今先ほど、イギリスで戦災被害者のためのチャリティーバザが開催され、イタリアは戦災孤児のためのチャリティーバザーの準備を行っています」

 「・・・まさか・・・そんな」

 ミレイが絶句するのも無理はない。

 ミレイ・アッシュフォードに続きます、とコメントする発案者に、よいアイデアを提供して頂けて感謝すると言われたからだ。

 「私は地下に閉じ込められている間、人は争わずにいられないのか、と何度も思いました。
 でも、そうではないんです。皆さん、どうか今一度ご覧下さい。
 見知らぬ人間のために何か力になれないかと、こうして今団結して動いている方々が居るのです。
 それはイギリスやイタリアだけではありません。他の国々でも、準備が出来次第行いたいと言う声が、既にエトランジュに届いているそうです」

 自分の案が世界で実施され始めたと聞いて、ミレイは涙ぐんだ。

 「世界は美しくなんてない。でも、だからこそ美しいという言葉の意味を、私は今理解しました。
 ミレイさんには本当に感謝しています。
 本当は前からバザーの件は聞いていたんですけど、驚かせたくて・・・ささやかですが、これが私からのサプライズプレゼントです」

 「エドワーディン様・・・ありがとうございます。
 私・・・とっても嬉しい・・・!」

 ポロポロと嬉し涙を流すミレイに、玉城も涙腺が崩壊した。
 他の参加者達もうんうんと頷き、いいぞー!と拍手が鳴り響く。

 「戦争が終われば、また楽しい企画を立てて下さい。
 ぜひ、参加させて頂きたいと思います」

 「はい、絶対にまたやります!楽しみにして下さいね!」

 力強く約束するミレイに、ひときわ大きな拍手が鳴り響く。

 こうしてアッシュフォード学園主催のチャリティーバザーは、大成功の中で幕を閉じた。



 世界には、負の連鎖がある。
 他者に痛みを受けた人間が、それをまた別の人間に与える。
 悲しいことに、人はそれほど強くないからだ。
 
 けれど、同時に自分に出来る事を精いっぱいに行い、他者の痛みを消そうする人間もまた存在する。
 全ては救えないけれど、わずかなら助ける事ならば出来るからだ。
 そして差し伸べられた手が多ければ多いほど、次は自分が助けようとする人間もそれだけ多くなるだろう。

 だから自分が出来る事から始めよう。
 悪いことは真似すべきではないけれど、いいことは真似をしてもいいはずだ。
 
 今中華も復興途中だが、バザーを開くくらいなら出来るかもしれない。
 そう考えた天子は拙いながらも計画を立て、数日後に官僚達にそう提案する。

 後に中華ではリサイクル産業および市場が発展することになるのだが、それは今はまだ未来の話である。



 後日談



 「・・・なんだ、これは」

 「ふふ、私テレビでしかルルーシュの花魁道中見れなかったからって、アルフォンス様から貰ったの。私もじかで見たかったわ、残念」

 ユーフェミアが休憩時間にパソコンで見ていた映像に、ルルーシュは唸り声をあげた。

 「ルルーシュ、男女逆転祭の時のドレスも似合ってたけど、これも抜群に似合ってるなあ。
 動画サイトでもランキングに上がってて、この美女は誰だって論争になってたよ」

 もしかしたらゼロかも、って見事に正解な推理もあってさあ、と天然に笑う親友を、ルルーシュは八つ当たりで睨みつける。

 カオス大好きディートハルトはブリタニア進攻のために仕事が山積していたので、あの場にはいなかった。
 それが事実なら仕事なんぞ放り出して何が何でも出たと、周囲に語る彼の姿があったりする。

 「俺は二度とやらないからな!」

 「でも、『この美女が来るなら俺は全財産を寄付する!』ってコメントもあったよ。
 『戦争には金がかかるし、復興もそうだから、無駄に金持ってる奴から巻き上げるのが一番手っ取り早い。だから頑張って貰おう』ってアルフォンスさんが・・・・」

 「あの方も自分も付き合って花魁をするっておっしゃっていたわ。
 今度は一人じゃないんですもの、頑張ってね」

 天然主従の異母妹と親友の無邪気な声援を受けて、ルルーシュは撃沈した。



[18683] 挿話  夜のお茶会 ~憂鬱の姫君達~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:c9b48087
Date: 2012/12/30 14:03
 挿話  夜のお茶会 ~憂鬱の姫君達~



 フレイヤがエーギル基地を破壊し、ニーナ達が阪神でアンチウラン理論の完成に向けて動き出した頃、超合集国連合とEUは共同でその時間を稼ぐべく、会議を行っていた。
 シュナイゼルからのアクションがまだなく、降伏を呼び掛けられたらどう対応すべきか、どのような要求が予想されるかなど、皆戦々恐々としている。

 「ブリタニアも混乱しているのか、未だに声明が発表されていない。
 だがそれも時間の問題、今無条件降伏を迫られればどうすれば・・・」

 「協議すると返すしかないが、それもせいぜい一週間ほどしか保つまい。
 科学に関して素人の私でも、それではとうてい時間が足りぬことくらいは解る。
 科学者の研究が成るまで、どのようにして交渉を長引かせるかがカギだろう」

 「向こうが長引かせるのは得策ではないと、時間を与えてくれると思えませんが」

 詰まるところ、どのようにして交渉を長引かせるかに論点が置かれた会議はなかなか進まず、無駄に一日が終了した。

 予想に反してすぐにブリタニア側からのリアクションがなかったので、皆は首を傾げた。

 「何故ブリタニアは何も言ってこないのでしょう?どういうことか解りますか、ゼロ?」

 主なメンバーが集まった黒の騎士団本部の会議室で、天子が不思議そうにゼロに尋ねると、ルルーシュは答えた。

 「考えられるのはいくつかあります。まずはエーギル基地を吹き飛ばしたことによる、ブリタニア内部での反発による混乱。
 我々が入手した情報によれば、あれば帝国宰相シュナイゼルが造った兵器とのことで、シュナイゼルの独断による行為だと思われます。
 味方ごと敵を撃つのは確かに不意を突くには効果的ですが、それでもブリタニア側が被る被害を考えれば、味方内から反発が起こっても無理からぬこと」

 「じゃが、あれほどの兵器を擁しておるシュナイゼルに、逆らえる者がいると思えぬが」

 「桐原公のおっしゃるとおり、最終的にはシュナイゼルに処断されるか、脅迫されるかして彼の行為を黙認するしかなくなることでしょう。
 この沈黙の最大理由は、ブリタニアがあくまでも平和を望んでいるという建前を、世界に発信するための策の一つなのですよ」

 マオがブリタニアとの捕虜交換の時、シュナイゼルの心を読んで知ったダモクレス計画。
 それは戦争を起こそうとする国に大量破壊兵器を落とすことで、沈黙の平和を生み出すと言う歪んだものだった。
 初期にその混乱を鎮めるための策として、平和路線を推し進めている象徴たるエトランジュ、天子、ユーフェミアを抑えるつもりだと、捕まったアルフォンスが報告してくれた。
 
 それらを踏まえて考えると、まずシュナイゼルはブリタニア国内にいる過激な国是主義者を一掃する。
 彼らはシュナイゼルの兵器を持ち出し、それを持ってEUや黒の騎士団を殲滅すべきだと嬉々として言い出している頃だろう。
 これまで追い詰められていたという焦りから、強力な武器を見て安堵し安易な手段に飛びつく連中には、それがシュナイゼルからの死刑宣告になるとは想像すらしていまい。

 「そしてその彼らをシュナイゼルが処断し、これまでのブリタニアとは違うとアピールします。
 そうすればあの兵器に脅えきっている超合集国連合やEUの者達からは、今平和路線で事を進めようとしているシュナイゼルらとは争わないほうがいいと言い出す者も現れる。  
 何しろまた戦争を始めてあれを使われたら、という意識が働きますからなおさらです。
 そこへさらにシュナイゼルは言うでしょうね。この絆を確かなものとするために、天子様やエトランジュ様、神楽耶様との政略結婚を、と・・・」

 「・・・・!!」

 その言葉を聞いて天子や神楽耶の顔から血の気が引いた。
 シュナイゼルの策が、超合集国連合とEUを抑えるためのものだと気付いたからである。

 「シ、星刻―・・・私、私・・・!」

 「天子様、お気を確かに!」

 あの悪夢が再び来るのかと天子が目に涙をたたえ、星刻は怒りのあまり握りしめた拳から血が流れ出す。

 「冗談ではない、あのような兵器を生み出した者達に、天子様をお渡し出来るものか!!」

 「その通りだ。だが超合集国連合、EUの者達を平和のためと甘言で惑わすことは眼に見えている。彼らにとっては安い代償だろうからな」

 人気こそ高いが政治能力の薄い若い女王と少女天皇、少女皇帝を差し出すことで時間が稼げるのならと、三人をシュナイゼルに花嫁と称した生贄に向かわせることに同意する者は多いだろう。
 そしていざ兵器を無効化するシステムが出来た暁には、見捨てて世界平和に殉じた聖女として祭り上げるのだ。

 「天子様に関しては、以前のロリコン皇子呼ばわりされた件もあるから、成人してからにしませんかとでも言えばいいだろう。
 神楽耶様は微妙なところですが、どこかの国が皇族を自分以外みんな殺してしまったので、最後の一人が嫁に行くわけにはいかないからそちらが来てくださいとでも言って、時間を稼ぎましょう。
 問題は・・・・」

 既に成人しており、譲位制度があるマグヌスファミリアの女王であるエトランジュに一斉に視線が集まった。

 「・・・エディは、どうやって断るの?」

 「まさか、エトランジュ様だけが犠牲になるなんてことはありませんわよね?」

 天子と神楽耶の不安げな声に、ルルーシュが頷いた。

 「まさか、そんなつもりはありません。もちろん、策は考えました。
 そのために、神楽耶様と天子様のご協力をお願いしたいのですが」

 「さすがはゼロ様!わたくし達が助力を惜しまぬことなど、どうしてありましょうか。
 何でもおっしゃって下さいな」

 「神楽耶の言う通りだわ。何をすればいいの?」

 親友を地獄の婚姻から助ける策があると聞いて、表情が明るくなった二人に対し、ルルーシュは言った。

 「エトランジュ様は、既に極秘で結婚していたことにします。お二方には、その証言をお願いしたい」

 「え・・・エディが?誰と結婚したことにするの?」

 エトランジュはもう伴侶を得たと言うことにすれば、確かにこの上ない断り文句にはなる。
 だから虚偽の証言をすることぐらいは神楽耶も天子も特にどうとも思わなかったが、世界に向けて言う以上、その証言は事実にしなければならないのだ。

 「ゼロ様と、ですか?それはこういう事情ならば、やむを得ないのかもしれませんが」

 自分が結婚出来ないのは悲しいが、エトランジュのためなら喜んで、と神楽耶が言うと、アドリスが否定する。

 「ご安心を、神楽耶様。相手はゼロではありません。我が甥であるアルフォンスです」

 「アルフォンス様、ですか?なるほど」

 アルフォンスとエトランジュならお似合いだし、とても仲がいいのだから心から祝福できると、神楽耶はほっとした。
 天子も同様だったのは、この二人が従兄妹同士の結婚は元来はマグヌスファミリアでは禁止されていると言うことを、知らなかったからである。

 「よかったですわ、見も知らぬ殿方と結婚、ということにならなくて。
 もちろん、喜んで協力いたします。いつ頃に結婚したと言うことにするのですか?」

 「エーギル戦前、です。公表をしなかったのは、戦争中であることを考慮して、ということにする予定です。
 マグヌスファミリアには既に説明を行い、国民にだけは公表したという手筈は整えました」

 マグヌスファミリア全員が、口裏わせは住んでいると言う説明に、さすが互いを家族と呼ぶ国民なだけはあると皆感心した。
 
 「証言だけではなく、念のため身内でパーティーを行い、記念写真を撮ったということで物的証拠を残したいのですが、よろしいですか?」
 
 「アルフォンス様がいらっしゃらないのに、どうやって?」

 「あの子の双子の姉、エドワーディンがいます。彼女がアルに変装します」

 アドリスが無表情で座るエドワーディンを指すと、なるほどと納得すると同時に、こんな形で式を出すはめになったエトランジュに同情の視線が集まった。
 だが、確かに必要なことかもしれないと、一同は了承した。

 「皆様、ありがとうございます」
 
 ずっと黙っていたエトランジュが小さな声で礼を言うと、このくらいはどうということはありません、と神楽耶が慰めた。

 一時間後、それなりに着飾って再び集合したメンバーは、戦時中等ことで過度なお披露目は避けたと言う名目のもと、どこか寒々しく飾られた会議室に重々しい気分に溜息をついた。

 エドワーディンが肩パットをつけ、シークレットブーツを履いてアルフォンスの服装をして現れると、見た目だけなら見事に似ている彼女に、目を見張る。

 「今回はご協力に、感謝します」

 「いえ、気にしないで。エディのためですもの」

 天子も祝いの席だからと、普段よりアクセサリーを付けて着飾っている。
 これが本当にアルフォンスとエトランジュの結婚のお披露目だったら、と浮かない表情をしていた。
  ユーフェミアも控えめながらも着飾り、頭痛を薬で抑えて参加した。

 まるで通夜のような空気の会議室を見て、これでは写真を撮ってもまずい結果に終わるのでは、と皆思った。
 だが口には出せず、ますます空気が悪くなるのを見たルルーシュは、一同に向かって言った。

 「事情が事情ですから、無理もありませんね。
 ですが、“本当の結婚式と思ってエトランジュ様を心からお祝いして頂きたい”

 仮面の左目がスライドして、赤く羽ばたく羽根が一同の目を貫いた。

 「・・・そうですわね!さあエトランジュ様にアルフォンス様、どうぞこちらへ!」

 「星刻、お祝い用のお酒をあけて、みんなに配りましょう。エディはお酒飲めるんだものね」

 神楽耶と天子が途端にうきうきした声で、楽しそうにはしゃぎだす。
 ユーフェミアも晴れやかな笑顔で、お祝いにハープを弾きますと言い、ダールトンに運ばせたハープの調整を始めた。

 「はい天子様。よい酒をお持ちしました。エトランジュ様にお注ぎいたしましょう」

 星刻に以前にかけたギアスは、先ほどジェレミアに解除して貰ったため、星刻も穏やかに笑って入口近くでたたずむエトランジュを手招きした。

 「・・・申し訳ありません」

 エトランジュが申し訳なさそうに俯くと、ルルーシュが左目を露出させたまま近づいた。

 「皆様は、エトランジュ様のことを本当に心配しておいでなのです。
 今夜のことは、無理してはしゃいだので記憶に残らなかったのだと、皆に説明します。
 ・・・ですから、どうか貴女も」

 「・・・はい、お願いします」

 エトランジュがちらりと父を見ると、彼も辛そうに頷いた。

 「さあエトランジュ様、どうかアルフォンス様と今宵の宴をお楽しみください

 「・・・そうですね、皆様が心から祝って下さるのですから。
 さあアル従兄様、行きましょう!」

 「そうだね、エディ。今日は歌って飲んで、楽しもう」

 エドワーディンは目のふちを赤く光らせ、アルフォンスがシュナイゼルに捕まった日から浮かべる事のなかった明るい笑みを浮かべるエトランジュの手を取った。
 
 「今日は僕とエディのために集まって下さって、ありがとうございます。
 どうか皆さんで、楽しく過ごして下さい!」

 アルフォンスの挨拶が終わるや、神楽耶と天子はきゃあきゃあと笑い合い、グラスを傾けて祝いの言葉を述べている。
 やがてユーフェミアの弾くハープが、結婚式をモチーフにした交響曲を奏で出した。

 事情を知らぬ人間が見れば、誰がどう見ても結婚を祝うささやかな宴。
 だがそれは、絶対遵守の命令で行わせた、幻の楽しさだった。

 それをルルーシュとアドリスは複雑な気分で見つめたが、やがて本来の目的を果たすためにカメラを手にする。

  「・・・ここは俺がやりますよ、アドリス様。どうぞ、エトランジュ様の横に」

 お父様、早く早くと手招きする娘を見て、アドリスは微笑んで手を振り返す。

  「・・・お願いします」

 アドリスがにこにこしているエトランジュの横に行くと、ゼロ様も来ればよろしいのにと神楽耶が言いながら、皆で並ぶ。

  「では皆さん、どうぞこちらへ・・・撮りますよ。3、2、1・・・」

 カシャリと、シャッターの音が鳴る。

 偽りの楽しさだけが残った写真。
 その写真が公表されたのは、シュナイゼルの使者としてカノンが訪れた時だった。
 


 シュナイゼルの会見後、超合集国やEUの政治家達はフレイヤ絡みの件や軍備の再建などで、怒涛のスケジュールに縛られていた。
あれから半月が経過したある日の夜、エトランジュの部屋では疲労困憊状態のエトランジュ、ユーフェミア、神楽耶、天子が、力なく椅子に座っていた。

 日本での仕事がやっとめどがついたので、天子は中華国民の不安を鎮めるため、合衆国中華へと戻らねばならない。
 本当ならすぐに中華へ戻るべきだと思ったのだが、天子の心情を慮った太師がしばらく日本にいるように手配してくれたからだが、いつまでも甘えていられない。
明日の夜、中華へ戻る予定だ。

 「あと半月です。休む間などあまりないと思いますが、こうしてお茶の時間くらいは作りたいですね」

 「同感ですわエトランジュ様。議会の方々も何かあったら声をかけてほしいとおっしゃって下さっていますし。
天子様もお疲れのようなら、ご遠慮なく通信を入れて下さいませね」

 エトランジュの案に神楽耶が賛成して天子を気遣うと、天子は嬉しそうに頷いた。

 「休むのもお仕事だと、太師父が言ってたものね。
 まさかこんなことになるなんて、思わなかったけど・・・でも、私達が動揺したらみんな困るもの。星刻が大丈夫ですって言ってくれたもの、私は星刻を信じてる」
 
 「藤堂や星刻総司令が全く堂々と振る舞っていてくれるお陰で、黒の騎士団でも思っていたほど動揺した様子はありませんでしたわ。
 わたくしもゼロ様を信じます。ええ、あの方は成すとおっしゃったことはすべて成し遂げられた方です。
 そのためにも、民の不安を鎮める程度のことはしなくてはなりません」

 「本当に、このたびはブリタニア皇族がとんだことを・・・もう同じ台詞ばかりで、聞き飽きたこととは解っているのですが」

 肩身が狭そうなユーフェミアの声に、エトランジュが言った。

 「ユーフェミア様のせいではないでしょう。あんな兵器を造った方が悪いのです。
 責任は製造したシュナイゼルと、監督不行き届きのシャルルが負うべきです」

 一応は肩書で他者を呼ぶエトランジュも、この二人に関してはもはや呼び捨てにするほど怒っているらしい。

 まだ十代だというのに、大人の顔をしてそう語り合う少女達に、ジークフリードは気の毒すぎて見ていられなくなった。

 と、そこへドアがノックされて聞き慣れた声が響き渡った。

 「失礼いたします、エトランジュ様。ナナリーです。
 ミルクティーを淹れてまいりましたわ」

 「ああ、どうぞお入り下さいませ」

 エトランジュが入室の許可を出すと、ティーセットが置かれたカートを押しながらナナリーが咲世子と共に入って来た。
 一同がエトランジュの部屋に来た時、ナナリーがお茶を淹れて参りますと申し出て、キッチンで淹れてきたのである。

 「ミルクティーを淹れて参りました。気分が落ち着く作用があると、お兄様から教わりましたの。
 それから、ジンジャークッキーを昨日作ったのです。焼き立てではありませんけど、お口に合えば嬉しいです」

 「ありがとうございます。せっかくですから皆様、召しあがりましょう。
 ナナリーさんもお席へどうぞ」

 エトランジュが席をユーフェミアの隣に用意すると、ナナリーは礼を言って腰を下ろした。

 甘い香りのするミルクティーに気分が少々落ち着いてきた一同は、クッキーを食べながらも気になることを話し合い始める。

 「やはり、ペンドラゴンにフレイヤが向けられているのは厄介ですわね。
 自国民を殺す、など普通は誰もしませんから、黒の騎士団のせいにされてしまうかもしれませんわ」

 「亡命してきた方がおられますし、そもそも黒の騎士団がそれをする必要はありませんから大丈夫と思います。今のところは公表されていないようですし・・・。
 しかし、いずれは宮廷の様子がおかしいことに国民達も気付くでしょう。そうなればどうなることか・・・」

 神楽耶は常識論によって黒の騎士団に濡れ衣が着せられはしないかと恐れ、ユーフェミアはやはり祖国のことが気になるようだった。

 クーデターによる皇位交代、それに伴っての方針転換ということで、違和感はある程度隠せているようだが、それとてもいつまで保てることか。
 あの三人以外にも亡命者が中華やEUに来ており、彼らと同じことを告げた。
 
 しかし全てが主義者ではなく、首都の国民が皆殺しになるくらいなら降伏のほうがましというだけの者や、黒の騎士団を使ってシュナイゼルを排除後、改めて覇権主義を推し進めるという考えの者もいる。
 マオによって後者と判明した者については、マークしておいて不穏な動きが見つかり次第、極秘に排除することになっている。

 黙って紅茶の世話をしていたナナリーが、そこへおずおずと尋ねた。

 「あの、エトランジュ様、ユフィ・・・様。お伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 神楽耶は事情を知っているが、知らない天子がいるので姉様と呼ぶのを修正したナナリーに、ユーフェミアは優しく言った。

 「なあに、ナナリー。何か気付いたことでもあったかしら?」

 「フレイヤがペンドラゴンに向けられているのなら、国民の皆さんを避難させることは出来ないのですか?
 エトランジュ様達は、ブリタニアが攻めてきた時そうなさったと聞いております」

 首都全員と国民全員、規模が小さいのは前者なのだから可能では、と無邪気に問う異母妹に、ユーフェミアは首を横に振った。

 「出来るものならそうしたいけれど、それが出来たのは総人口が二千人のマグヌスファミリアだからなのよ、ナナリー。
 ペンドラゴンの人口は約一億、日本全国民とほぼ同じなの。それだけの人数を避難させて、衣食住を整えるなんて出来ないわ」

 全国民が避難できた、と聞けば大事業に見えるが、それが二千人なら単純に村一つの住民が避難した出来事と変わらない。

 ナナリーはマグヌスファミリアが出来たのだから、と単純に考えていたようだが、さすがに一億人の避難経路を確保して衣食住を与えるのは、ユーフェミアが遠く日本にいるというのを抜きにしても、不可能なのだ。
 それこそシュナイゼルでも出来はすまい。

 「一億人・・・日本の人口とほぼ同じ・・・!」

 具体的にどれほどの規模かを知ったナナリーはその途方のなさに言葉をなくし、しゅんとなった。

 「・・・浅知恵の案でしたわ、ごめんなさい」

 「いいのよ、貴女なりにペンドラゴンのことを考えてくれているんですもの。
 ・・・シュナイゼル兄様も、ナナリーのように少しは考えて下さればよろしいのに」

 何の力がなくとも何とかならないかと考えている末の妹を、次兄は全力で見習うべきだとユーフェミアは溜息をつく。
 得体の知れぬ平和を目指そうとする次兄と話がしたいと思うが、あの兵器がある以上、もはやその段階はとうに越していた。

 「アンチフレイヤの件ですが、シミュレーションではカレンさんと枢木卿が九割で成功させています。
 ゼロに至っては、百%成功させたそうですが」

 エトランジュがそう報告すると、やっと見えた光明に一同の顔に笑みが浮かんだ。

 「まあ、さすがゼロ様!シュナイゼルに情報が漏れる危険性さえなければ、ぜひに広めたい朗報ですわね」

 ゼロの威光の背後に自分達が何とか抑えているが、情報が開示されないことに皆不安を抱いている。
 神楽耶にとって幸運なことに、桐原や藤堂らも協力してくれているおかげで、彼女自身の負担はそれほどではなかった。

 しかしEUにさえ情報を回せない状況にエトランジュはEU議会からいろいろ言われているようで、フランス大使が抑えているが、いずれある程度の対処をしなくてはならないだろう。
 
 「そういえば、ゼロ様はどちらへ?先ほどスザクやカレンさんと別れて、どこかに行く準備をなさっていたようですが」

 「ええ、ゼロでしたら神根島です。シュナイゼルが以前に実験を行っていた島ですので、何か手掛かりがあるかもしれないと。
 遅くとも、夜明けには戻るとのことです」

 エトランジュがティーカップを持つ手をぴくりと震わせて答えると、ユーフェミアがシュナイゼルが何やら特別な機材を持ち出して研究していた様子を思い出して言った。

 「ゼロも過密スケジュールなのに、大丈夫かしら。
 でも確かにあそこは妙でしたわ。突然床がエレベーターのように下りたり、妙な文様がある壁があったり・・・。
 遺跡だと聞いておりましたが、どうしてあのような場所で実験など行っていたのでしょう?」

 「・・・私には解りませんが、シュナイゼルのしたことだから、安全確認もついでにしておく、とおっしゃっておいででした」

 「神根島は、枢木家が代々管理していた島ですの。
 管理といっても遺跡を清掃したりする程度で、枢木神社のように特別な祭祀を行っていたわけではないようですが」

 何しろ八年近く放置していたし、それどころではなかったせいで神楽耶もよく知らない様子だ。

 「前管理者だったゲンブからスザクに引き継ぎが出来ませんでしたから、今となってはもう解りません。
 しかし急に床が落ちるなど危ない個所があるのなら、封鎖もやむなしです」

 これ以上神根島について深く突っ込まれたくはないエトランジュは、やや強引に話題を変えた。

 「そういえば、枢木卿の名字は変わっていらっしゃいますね。あまり見ない字ですが、どのような意味があるのですか?」

 「ああ、確かにこれは読みづらい漢字ですわね。
 枢木の最初の文字、これは“とぼそ”と読みまして、開き戸を開閉するために扉の回転軸の上下に設けた心棒の突起を指しますの。
 また、戸締まりのために戸の桟から敷居に差し込む止め木、という意味もございます」

 さすがは日本の姫というべきか、神楽耶はすらすらと答えた。
 それに感心しながらも、話を聞いたエトランジュは枢木の本来の意味を悟った。

 (扉が開かないようにする止め木、ですか。あの方の家も、私達と同じ門番だったのですね)

 マグヌスファミリアでは、コードと同時に黄昏の扉を世界と繋ぐ橋として守っていた。
 だからそれを繋ぐ役として、自らを小さな橋と称した。
 長い時の流れに本来の意味は忘れ去られたようだが、枢木家もポンティキュラス家も元を辿れば同族だったのだ。

 「こうしてみたら、変わった名字ですわね。古き名家の名には、何かしら意味があるものですが」

 「きっとその名字を考え付かれた方には、大事な意味がおありだったのでしょう。
 伝統ある家を継ぐ者として、スザクもいずれは日本に落ち着いて・・・」

 「あらユーフェミア様、わたくしどもにはあのような体力しか取り柄のない男は必要ありません。
 どうぞブリタニアにお連れになって、ボロ雑巾のようにさんざん使い倒して下さいませ」

 笑顔になりながらも少し陰りを帯びた声のユーフェミアを、神楽耶が遮った。

 仮にも従兄に酷い物言いであるが、神楽耶はスザクとユーフェミアがそれなりにいい仲であることを知っており、今となってはユーフェミアに思うところのない彼女としては応援しない理由がなかった。

 一応スザクは日本の皇家に連なる男であり、正式な就任はまだだが日本を代表する京都六家の枢木家の当主なのだ。
 皇族の人間と結婚しても家柄的にはおかしくないし、日本とブリタニアを守る騎士としてユーフェミア女帝の伴侶と宣伝すれば、さぞ祝福されることだろう。

 もっと辛辣なことを言えば政治的な権力を与えず、ひたすらユーフェミアを守る騎士としての役職を全うさせるのは、体力馬鹿の彼を効率よく使ういい手段である

 「もう家柄はむろん、国籍や人種などで人と人の繋がりを拒む時代ではない、ということです。
 枢木卿にはその繋がりを阻む閉じた扉の止め木を外して下さることになっても、よろしいかと」

 「まあ、エトランジュ様はお上手ですこと」

 ほほほと笑う神楽耶に、ユーフェミアは真っ赤になった。
 ナナリーもユーフェミア様とスザクさんならお似合いだと受け合うので、ますます顔が紅潮する。
 だがあのような形で結婚が決まってしまったエトランジュを思い浮かべると、素直に喜べないのも事実だった。
 自分の家族が原因で、法律を変えたとはいえ、ほんの数週間前には禁止されていた結婚をするはめになったのだから。

 幸い当の本人は、アルフォンスの同意がないことを除けば納得しているし、アルフォンスとなら大丈夫だと本当に思っているのが救いである。

 その雰囲気を感じ取ったのか、少し気まずい空気が場を満たす。
 何とかしようとナナリーも狼狽していると、ノックの音が響き渡った。

 「歓談中に失礼しても、よろしいですか?」

 「お父様!どうぞお入りになって下さいな」

 父の声にほっと安堵の息をつきながらエトランジュが入室を促すと、ジークフリードがドアを開けて車椅子に乗ったアドリスがやって来た。

 「アドリス様、病室からお出になっても大丈夫なのですか?」

 「ご心配は無用ですよ、ユーフェミア皇帝。このとおり、気分がいいので・・・。
 でも大事を取って早めに寝るつもりなのですが、その前にエディの顔が見たくなりましたのでね」

 「そうですか。ではこちらへどうぞ」
 
 円形の大きめのテーブル近くに、一同が車椅子のスペースを空ける。

 「こんな時間でしかくつろげないとは・・・議会の方も、あまり頻繁に会いに来るのを避ければよろしいものを。ただでさえ、国民の慰撫で大変な時期なのですから」

 アドリスがテーブルに置かれたティーセットを見て、呆れたように言った。

 「しかし、仮にも上の地位にいる私どもが動かないと、国民の方々は不安に思いますわ。ごまかしにすぎなくとも、それが今必要とされているのです。
 それに、皆様私どもを気遣って会いに来て下さっているのですから」

 「神楽耶の言う通りです。ほんとはこんなことしている暇なんてないのに、悪い気がしているくらい」

 神楽耶の言に天子が頷くと、アドリスは溜息をついた。

 「何をおっしゃいます天子様。正直私としては、こっそりみんなで遊園地にでもと申し上げたいほどです。
 まったくこんな若いうちから、王位になど就くものではありませんね」

 ささやかなお茶会を開くくらいで文句を言う者がいたら、アドリスは全力で排除するつもり満々である。
 
 「私達はまだ経験不足で、あんまり役に立ってないから・・・こんなことになるのなら、太師父が皇帝になってもよかったんじゃないかって、思ってます」

 「天子様・・・わたくしも、ただ国民に軽挙妄動はするな、必ず打開策はあると連呼するばかりで・・・情けない限りです」

 この二人は半分は自分の意志だが、もう半分は己の血と戦乱の情勢のせいでそれぞれの国で至上の地位に就いた。
 ユーフェミアは自らの意志で皇帝となり、その責任の重さも十重理解していたから、泣きごとは絶対に口にしなかった。

 「ははは、そんなことはありませんよ天子様、神楽耶天皇、ユーフェミア皇帝。
 それにエディも、自分が役立たずなどとんでもない。貴女方は議会を正常に動かすのに、大変な貢献しているのですから」

 「え、どうしてですか?お父様」

 ただ会議で意見を聞き、控え目に口を出すくらいしか出来ないのに、と驚く一同に、アドリスは優しく微笑みかける。

 「若いというのは政治では何かとマイナスに働きがちなのですが、今回の場合はあながちそうでもないんですよ。
 貴女方がそうやって落ち着いて行動しているからこそ、他の議会の連中も冷静になっているのですからね」

 「どうしてですか?アドリス様」

 ユーフェミアが不思議そうに問いかけると、アドリスはいたずらっぽく笑って答えた。

 「王だろうと政治家であろうと、人間は人間でしてね。人間というものは集団で生きていく生き物ですから、どうしても他者の目を気にするのです。
 『あんなに若い少女達が落ち着いて行動しているのに、何故訳の解らん行動を取るんだ』と批判されるのを恐れているからですよ」

 「・・・そ、そういうものですか」
 
 身も蓋もない言い方だが、楽しそうに言うアドリスに一同の顔に笑みを浮かべた。

 人間パニックになる状況になると、連鎖的に混乱する例が多い。
 しかし、逆に冷静な人間が複数いると、それに追随して落ち着きを取り戻すものだ。
 今回の場合、フレイヤを見て仰天し、混乱した者達が圧倒的に多数だったが、絶対的カリスマを持つゼロがいち早く策はあると希望の灯をつけた。
 さらにそのために自身がすべきこと、科学者の召集や国民の不安を鎮めるなどを提示され、それに従うことで彼らは落ち着きを取り戻したのである。

 「そして混乱が一時的にでも収まってしまえば、彼らはまず自分の立場を気にします。
 必死になって何とかしようと頑張っている少女達の横で、自分がバカな真似をすれば批判が殺到して、その地位から放り出されることは目に見えています。
 だからみんな、貴女方に会いに来たがるわけですが」

 冷静に行動したいので、自分を律するために神楽耶達に会いに来るのだと言うアドリスは、ある国であった『捕虜収容所の少女』の話をした。

 昔ある国で戦争が起こり、敵国で捕虜になった部隊がいた。
 彼らは自棄になって生活が大変荒んでいたが、隊長がある日彼らに命じた。『ここには一人の少女が居る。守ってやるべき幼い少女だ。そのつもりで過ごせ』、と。
 すると彼らはその日から生活態度を整え、言葉づかいを改め、少女のために自らの食事から一食分を誂え、歌を歌った。
 そのあまりな変化に敵国も本当に少女を一人かくまっていると勘違いし、捜査の手まで入ったという。

 「まあ男と言うのは単純なものでしてね、自分を頼ってくれる可愛い存在には弱いと申しますか。
 そういう存在がいれば、いい格好をしたいと思ってしまうのですよ。
 それを利用して、もっと連中をこき使・・・もとい、議員の方を頼ってもいいのですよ。その方が、かえって議員達は落ち着けるのですから」

 おまけに傍から見れば、苦労を重ねている少女達を気にかけているいい人に見えるので、一石二鳥と言うわけである。
 ゆえにその方が彼らのためなのだと言うアドリスに、神楽耶達は何だか一部不穏な文意が聞こえたような気がしたが、アドリスはにこやかにごまかした。

 「心理学を専攻していた私からの助言です。そんな気張る必要はありません。
 ましてや政治と言うのは、精密なバランス感覚を第一に求められるものです。
 経験なくしてつかめるものではないものを、今やろうとすれば難しいのは当然です」

 本当なら十代から三十代にかけて学ぶべきそれを、十代のうちからやろうとするのは無謀だと、アドリスは説いた。
 どこの国でも、被選挙権は社会人になってからある程度経った人間が持っているのはそのためなのだと。

 それなのに彼女達は世界の荒波にもまれ、今やるべきではないことをやる羽目になっている。
 おまけにカリスマの座に祭り上げられた少女達に縋って、自身の精神を保とうとしている議員らのお守りまでさせられているのだからたまったものではないだろう。

 アドリスは十代のうちは王族の義務で留学こそさせられたが、それ以外ではわりと自由に過ごしており、それゆえに『今まで好き勝手させてやったんだから、次は国王を頑張れ』と言われて王位についた。
 しかし彼女達は自由に過ごす期間を与えられず、享楽の時間をすら与えれず、義務だけを課されている。 
 本当ならそれらを経験した後に、『今まで楽しんだのだから、次は頑張れ』と言われるのが当然ではないか、とアドリスは思う。
 彼女達は生真面目な性質だから、議員達に対して強く言えないのなら、こちらで牽制しておくべきだろう。
   
 先日、エトランジュ達を称賛する議員の前で『親がだらしないから、子供がしっかりするんですよね・・・情けないことです、皆さんもそう思いませんか?』と言ってみたら、目をそらす連中のなんと多かったことか。
 一度誰かに責任を負わせる楽を覚えてしまった人間は、それに縋りたがる。
 何だってまだ若い彼女らが、政治と言う常に全力疾走を続けるマラソンをせねばならないというのか。

 「まあ、そのあたりは経験を積んだ大人にどうか任せて下さい。貴女方はそれを見て、自分流のやり方を考えれば大丈夫です」

 「はい、アドリス様」

 神楽耶と天子、ユーフェミアはぱあっと表情を明るくさせた。
 それを見たアドリスは、さらに彼女達に向かって言った。

 「外で大っぴらに遊べないなら、ここにいるメンバーで出来るゲームなどをプレゼントしましょう。
 戦争が終わってひと段落したら、どこか旅行に出かけるのもいいでしょう」

 現地巡回するためとか、外交視察とか、理由はいくらでもあると笑うアドリスに、天子が言った。

 「でも、そういう名目をつけて遊ぶのって、よくないことなんじゃ・・・」

 適当な名目をでっち上げて放蕩の限りを尽くした大宦官の例を知っている天子に、アドリスは頷いた。
 
 「事が過ぎれば毒ですが、この場合はむしろ薬です。
 政治は結果がすべてが鉄則なのはご存じですね?」

 「え、ええ。結果をうまく運ぶことが、政治ではもっとも重要視されるって、太師父もゼロも言ってました」

 「その通りです。同じ十万を使って旅行するにしても、餓死者が居る状況でやれば悪ですが、平和な状況では『国王が旅行に出られるほど平和になったのだ』と国民はむしろ喜ぶんですよ。
 下は上に倣うので、ならば自分も、とそれに続き、経済活性化の一因にもなりますしね」

 特にエトランジュ達ほど知名度と人気のある人間ならなおさらなので、問題はない。
 同じ行為でも、状況によって生まれる結果は違うのである。

 「なるほど、確かにその通りですわね。
 もし戦争が終わったら、天子様はどこに行ってみたいですか?」

 「私は・・・やっぱり、中華のいろんなところを見てみたいわ。
 自分の国を自慢するみたいだけど、広くてまだまだ知らないところがたくさんあるもの」

  神楽耶の質問に、天子がはにかみながら答えた。

 「私も中華には行ってみたいと、常々思っておりますの。
 そういえばランファー王妃は、中華の方でしたわね。どちらのご出身ですの?」

 「ランファーは四川というところで育ったと聞いていますね。
 辛い味付けで育ったらしくて、彼女が作る料理も辛みが強かったんですよ。
 そのせいか、エディも結構、辛いものが好きなんです」

 マグヌスファミリアは薄味が主流だったため、味覚の面で衝突した時期があったとアドリスは笑った。

 「あ、それでエディ、麻婆豆腐が上手だったんだ。でもあまり辛くなかったけど」

 中華事変の際、天帝八十八陵にいた時エトランジュの料理を食べていた天子に、エトランジュが苦笑する。

 「さすがにお母様が好むような辛さは、私も食べられません。
 マオさんもお好きですけど、洛陽に近い地域の方でしたから、本場の辛さのものを作って差し上げようとしたら、辛さ控えめでよろしく!!って必死で頼まれましたので」

 大概の人間は本場のもの、と言えば喜ぶ傾向が強いが、例外はある。
 ゆえにエトランジュは天子にも、自分と同じ辛さ控えめで作ったのである。

 「同じ国でも味覚は違いますものね。経済特区でも、マツタケ騒動がありましたし」

 ユーフェミアがあれからしばらく後、好奇心でマツタケのにおいをかいで後悔したと話すと、エトランジュも頷いた。

 「EUから取り寄せる時も、正直私もちょっと苦手な匂いでした。お陰で黒の騎士団は助かったのですが」

 実はあの後、当時の日本経済特区、農業特区、工業特区に作られた料亭のいくつかは、黒の騎士団の拠点になっていた。
 定期的に来る視察員を追い返すため、彼らは視察員が来るたびマツタケ料理を作りまくったのだが、それの供給源になったのはエトランジュである。

 「でも、マツタケって高級食材なのでしょう?そう頻繁に手に入るものなのですか?」

 「北欧でよく取れはするようですね。ただ皆様召しあがらないので、輸送料金くらいで日本に送って下さいました」

 エトランジュがそう答えると、天子が言った。

 「他ではいらない物を、必要なところに渡したのね。太師父が言ってたわ、それが貿易の基本だって」

 自国で余っているものを、他で不足している国に送るのが理想だと教わったと言う天子に、一同は頷いた。

 
 「“人間は奪い合えば足りないが、譲り合えれば余る”とおっしゃった方もいます。
 以前にミレイさんが開いたバザーのように」

 「エトランジュ様、それは素晴らしいお言葉ですわ。
 ぜひ新たなブリタニアの標語にしたいと思います。
 ・・・完璧なものなんてありません。今あるものをみんなで分け合えれば、素敵ですわね」


 楽しそうに笑い合う友人達に、いよいよコードとギアスを消滅させるべく神根島に出発する家族やルルーシュ達を案じ、不安になっていたエトランジュの心が落ち着いた。
 それはナナリーも同じのようで、ロロも兄についていったことから不安で一人になりたくなくて、ユーフェミアの傍にいる。

 楽しげな娘の様子を見て安堵したアドリスは、そろそろ戻ると一同に告げた。

 「では、私はそろそろ病室に戻ります。
 そうそう、明日は休みにして貰うよう、議員達に頼んでおきましたから、今日はゆっくりおしゃべりに興じても大丈夫ですよ。
 たまにはお寝坊をして、休んで下さい」

 「あら、もう一時間も・・・ついお引き留めしてしまいましたわ。
 もうお戻りくださいませアドリス様」

 時計を見て神楽耶が慌てて帰室を促すと、ユーフェミアが車椅子を通すためにドアを開ける。
 
 「ありがとうございます、ユーフェミア皇帝。
 では、お先に失礼します。エディも、ゆっくり楽しんで下さいね」

 「はい、お父様。
 ・・・おやすみなさいませ」

 本当は父についていきたかったけれど、彼が行く先は病室ではなく神根島へと向かう潜水艦だ。
 だから彼女はドアの前まで父を見送ると、最後にしっかり父の右手を握りしめた。

 「おやすみなさい、エディ。では」

 アドリスが退室すると、エトランジュがドアを閉じる。
 そして手の中の携帯電話を握りしめた。
 
 (成功したら、ギアスではなくこれで連絡が来ます。手早く済めばいいのですが)


大丈夫、必ず戻って来るからと約束した父の言葉を信じて、エトランジュは努めて笑顔になりながら、友人達が待つテーブルへと再び向かうのだった。




[18683] 第四十九話  その手の中の希望
Name: 歌姫◆866a0254 ID:c9b48087
Date: 2013/02/23 12:35
 第四十九話  その手の中の希望


 
 ルルーシュ達がコードを消し、V.Vの遺体を鮫が住む海域に遺棄し、遺跡内部にあったコードとギアスに関する個所を抹消して、神根島から戻って来たのは夜明けのことだった。

 桐原達には特に手掛かりはなく、神根島の安全確認をついでに行ったと報告した。
 そしてアドリスは神楽耶達とのお茶会の後も寝つけず、徹夜でルチアと部屋で待っていた娘のもとへとやって来た。

 「お父様・・・無事にコードを消すことが出来て、よかったです」

 「ええ、コードを消すのは少し先延ばしにしたかったのですが・・・コードをシュナイゼルが狙っている以上、何をするか解りませんからね。厄介な物は消しておくに限ります。
ただ、シャルルがやったように自分で作る危険が高い。そうなると今度は逆にこちらが不利になります」

 そうならないためにも、シュナイゼルを早急に確保したいところである。
 幸いあの男は空飛ぶ要塞にこもっているので、遺跡を調べる事は出来ないようだ。
 だからこそエトランジュ、ひいては自分達ポンティキュラス家を確保したいと考えていることは、予想がつく。

 「休戦条約が終わるまで、あと半月余り・・・アンチフレイヤについては、順調とのことです」

 「それはよい報告です。私も研究成果を見に行きたいものですが」

「だめです!コードがなくなった以上、お身体にはいっそうお気をつけて頂かなくては大変です。お部屋に戻りましょう」

 エトランジュがコードを宿していた時と同じように動こうとする父を止めると、アドリスは緩く笑みを浮かべた。

 「・・・そうですね、無理をして貴女に心配をかけるのはよくない。
 では病室に戻らせて貰います」

 「あ、お父様、私がお送りしま・・・」

 「いけませんわエディ、今日は休みとはいえ、一睡もしていないではありませんの。
 ぐっすり眠って、それからアドリスの部屋にいらっしゃい。今回の件は、その時に」

 ルチアが厳しい口調で叱責すると、アドリスも頷いた。

 「そうですよ、きちんと睡眠を取って下さい、私はちゃんとこうして帰って来たんですから、安心して眠れるでしょう?」

 「お父様・・・はい、解りました」

 エトランジュが素直にベッドに入ったので、アドリスとルチアはエトランジュの部屋から出て、アドリスの病室へ戻る。

「アドリス、さっきフランス大使から連絡がありましてよ。
 EUにて不穏な動きをしていた議員を数名、秘密裏に処分できたとのこと」

アドリスを病室に送るや、ルチアがそう報告すると、アドリスは言った。

「最近、エディ達に精神的に甘えるバカがいることも問題です。仕事をもっとそちらに回すよう、桐原公にお願いしておきました。
仕事に没頭する方が、連中も余計なことを考えなくていいでしょうから。
太師にも、天子様をここに留めるように進言したのですが」

「さすがにずっと、と言うのは無理でしょう。この場合は一週間ほど中華に戻って頂いて、その後また日本に、というほうがよろしいのではなくて?」

 「なるほど、その方が角が立たないかもしれませんね。
 解りました、その方向で進めて下さい。
 ああ、それから超合集国のコウズ国のことですが・・・」

 「ゼロが既に対処済みです。この協調が大事な時に、超合集国から脱退してシュナイゼルにおもねるなどされては、たまったものではありません」

 とうに代表がギアスの餌食になっているだろうと言うルチアに、後顧の憂いはこれで消せたとアドリスは安堵した。

 「これで全員、マークしていた連中を消せましたね。
・・・徹底的にしておかないと」

 「いっそ、エディ達に任せてみればよろしいのではなくて?」

 エトランジュ達なら議員達のように暴走しないし、力を適切に使えると言うルチアに、アドリスは首を横に振った。

 「駄目です、あの子達はまだ若い。どんな力でも、大きすぎるそれは毒になることの方が多い」

 ギアスも便利すぎる力だが、それに若いうちから慣れてしまうとそれが甘えに繋がり、暴君へと変貌させる原因になる。
 それは権力とて同じで、若いうちから最高権力を有しているとそれが万能だと勘違いし始め、安易に力を振るうようになりがちだ。
ルルーシュのように、ギアスを得ても片っ端から乱用に走らない人間の方がまれなのだ。

 若いうちの苦労は買ってでもしろ、と日本のことわざにあるし、それと類似した格言は世界各地に存在する。
やはり人間とは文化は違えど、根本の行動は同じだという証明であろう。

 エトランジュ達は確かに聡明で真面目だが、経験不足で天秤をうまく動かせていない。
今回も、シュナイゼルに降ろうとする人間がいたことに気付かなかったのも、自分がしっかりしなくてはという意識が先行し、余裕がなくなっているせいだ。
 
 先日、エトランジュ達を称賛する議員の前で『親がだらしないから、子供がしっかりするんですよね・・・情けないことです、皆さんもそう思いませんか?』と言ってみたら、目をそらす連中のなんと多かったことか。
一度誰かに責任を負わせる楽を覚えてしまった人間は、それに縋りたがる。
何だってまだ若い彼女らが、政治と言う常に全力疾走を続けるマラソンをせねばならないというのか。

 「この状況では、あの子達は二十年は王という地位から逃れられそうにないですからね・・・。
こういう汚れ仕事くらいは私達が引き受けないと、あの子達は長く走ることが出来ません。
 だから、ブリタニアのほうはよろしくお願いしますね、ダールトン将軍」

 そこまで言ったアドリスが呟くと、そこには青ざめた顔で入室してきたダールトンがいた。

 「・・・渡したい物がある、とルチア女史から伺って参りました」

 「ええ、急にお呼びたてして申し訳ありませんね。
 今いるブリタニア人の中で、出来ればユーフェミア皇帝やエディ達から見えないところまでいなくなってくれると、ありがたいかなあと思う方々のリストです」

 ダールトンがパラパラとその書類を見ると、確かに不穏な動きをしているとの報告が自分の耳にも入っている名前がいくつかある。
 ただ明確な証拠がないので動けなかったが、アドリスがよこした書類にはいくつかの証拠が添付されていた。

 「・・・ブリタニア人の恥は、同じブリタニア人の手ですすぐべき、というわけですな」

 「そのほうが、貴方がたの立場としては何かとよろしいかと。
 貴方なら、コーネリアのことを口に出せば、連中も口が軽くなるかなーと思いますし」

 くす、とアドリスは笑うが、ダールトンは彼の真意を理解した。

フレイヤの件でブリタニアに対する恐怖と不満が高まっている状況で、合衆国ブリタニアの中で不穏な動きが起これば、事がすべて終わった後ブリタニアと名のつくもの全てが世界から弾き出されてしまうだろう。
そして皇帝に自らなっておきながら、それを御せなかったとしてユーフェミアも排斥されかねない。

 “ユーフェミアから見えないところまでいなくなってくれれば”と、アドリスは言った。

 公にせずに片づけるとなると、綺麗な手段は使えない。
 いくら裏切り者でも、汚れた手段を使ったとなればユーフェミアにも傷がつく。

かといって今裏切り者をを公にするわけにはいかないが、放置するわけにもいかない。
だからダールトンが陰で動けと言っているのである。

「・・・今はゼロがその連中を抑えてはいますけど、彼が処断するのと合衆国ブリタニアが処断するのとでは、他者の見る目が違いますからね」

ギアスをかけてそれ以上の裏切り行為を働かないようにしたが、コードを消せばもしかしたらギアスの効果も切れてしまう可能性がなきしもあらずなので、策は必要だ。
 
 「・・・やって下さいますよ、ね?」

 アドリスは底冷えするような笑みを浮かべると、懐から赤黒く染まったハンカチを、ダールトンの前に突き出した。

 「・・・アドリス陛・・・!!」

 「時間がないんです。黒い手段は政治には良くも悪くも欠かせないものですが、早い段階から覚えて慣れてしまうとどんな人間になるか、貴方はよくご存じのはずです。
 あんなことを覚えるのは、本当に大人になってから・・それも経験を積んだ後でいいんです。
 二度も同じ轍を踏みますか?」

妹を守るためとはいえ、手段を選ばず任務を遂行することに慣れた亡き主君であるコーネリアのことだ、とダールトンには解った。
ユーフェミアが同じことをするとは微塵も思わないが、汚れた手段がいい影響になるかと言われれば答えはノーだ。

他者の心の傷をえぐってくるアドリスに不快感はあるが、それでもその血に染まったハンカチと、既に狂気すらにじんでいる笑みを見れば、彼が焦っているのが解る。

 「・・・おっしゃる通りです。とりあえず彼らは私の息のかかった者達の直属にするよう、ユーフェミア様に進言します。
 フレイヤが攻略された暁には、ある程度痛い目を見た彼らの背任の証拠が出るかもしれませんな」

 「優秀な部下をお持ちのようですね。ではよろしくお願いします」

 にっこりと微笑んでルチアに見送られて病室を出たダールトンは、冷や汗をかいた。
 
 (姫様のことをあの連中に話せば、確かに私にも裏切りの話を持ちかけてくるろう。
 それを狙って、私に話を持ってきたのだ)

 何故アドリスがシュタットフェルトやルルーシュではなく、ユーフェミアの護衛に関してしか権限のない自分に話を持ってきたか、ダールトンは理解していた、

 シュタットフェルトは正式に任じられてこそいないが、合衆国ブリタニアの宰相に近いため、権限が大きい。だがそれだけに、うかつに裏切り者を近づけるわけにはいかなかった。
 ジェレミアはルルーシュの直属であり、表立って彼が動けばルルーシュの存在が明るみに出る危険があるから、彼にも無理だ。

 (ユーフェミア様のためと言えば私が断れないことを承知の上で・・さすがは小国といえども国王。他者を動かすすべを熟知している)

 亡き主君を餌にしろという非情極まる提案を、平然と持ち掛けてきたアドリスにダールトンは正直好意を持てなかった。
 しかし確実性があるのは間違いないので、ダールトンは腹を決めた。

 (すぐに私の部屋にボイスレコーダーや盗聴器を設置しよう。
 連中を適当な口実で呼びつけて、私がゼロを恨んでいるかのように言って奴らの口を滑らせるのだ)

 演技は苦手な方だが、そんなことを言っている場合ではない。
 新たなブリタニアのため、主君の遺命を果たすため。
 そして何よりも、大事な新たな主君のためだ。
 
と、そこへアドリスのせき込む声が聞こえたので、思わずダールトンが病室へ駆け込もうとした刹那、震える声が響き渡る。

 「・・・たいんです、ルチア。
 せめて戦争が終わるまでいい・・生きて・・・いたい」

 弱い声音だが、これほど力のこもった慟哭を、ダールトンは初めて聞いた。
 そしてダールトンは歯を噛み締めると、足早に自室へと向かうのだった。



「お帰りなさい、お兄様!」

兄の帰りを寝ずに待っていたナナリーが嬉しそうに出迎えると、ルルーシュは報告した。

 「ただいま、ナナリー。すべてうまくいったよ。
 ・・・これで後は、シュナイゼルのフレイヤをどうにかするだけだ」

 「それはよかったです。私にはよく解らないのですが、ギアスがなくなってもなにか困ったことはございませんか?」

 「今のところ、身体には何の不調もないな。ロロ、お前はどうだ?」

 「僕も大丈夫。何かあったら、すぐに言うよ」

 自分だけなら我慢するが、もしかしたら皆が気づいていないだけで体に異変が起こっているかもしれない、というロロに、ルルーシュは感動した。

 「ロロ、よく気がついたな!全く正しい意見だ」

 よしよしと兄に頭を撫でられて嬉しそうに笑うロロに、ナナリーは頬を少し膨らませて強引に話に割り込んだ。

 「お兄様、ユフィ姉様はお茶会の後、お部屋に戻られました。
 あまり顔色が良くないご様子で・・・」

 「・・・そうか。こちらにも被害が来る兵器を造るとは、実に忌々しい。
 安心しろナナリー、いざとなれば俺とスザクでアンチフレイヤシステムを動かして、フレイヤを防ぐから」

 一か八かの賭けだが、十九秒とコンマ4の壁なら、スザクと二人で突破してみせるとルルーシュは既に覚悟を決めている。
 実際成功率はかなり高いのだから、大丈夫だとルルーシュは笑った。

 「それは私も聞きました。ユフィ姉様も神楽耶様も天子様も、とても安堵されておられましたわ。
 ただ、お兄様が必ず必要という条件が厳しいと・・・」

 コンマ4秒ならクリア出来るのが数名ながらいるが、問題は十九秒で演算を直接入力するという作業である。
 ルルーシュがどこぞの不思議の洞窟に出てくる長い舌で舐めてくるモンスターのごとく分裂出来たらいいのにと、ロイドが言っていた。

 「あとまだ半月余りある。俺も研究施設へ行くことが多くなるから、すまないが留守を頼んだぞ」

 ナナリーは足のリハビリがあるし、ロロは神根島から新たに仲間になったギアス嚮団員の世話があるため、兄と同行出来なかった。
 そのため寂しかったが仕方ないと、ナナリーとロロは了承した。

 「はい、お兄様。お任せ下さい」

 「ギアス嚮団のほうは、C.Cとエドワーディン様の指示に従って何とかやってみる」

 「頼もしいな。さて、夜も遅いし今日は寝よう」
 
 ルルーシュがそう言って立ちあがると、ナナリーとロロは嬉しそうに頷き、兄の腕にしがみつくのだった。

 

 それから時間は過ぎ、とうとう休戦期限の一か月まで、残り一週間となった。

 工業特区阪神の研究室では、研究者達がふらふらする身体を叱咤して、ようやく研究を完成させようとしていた。

 「エラー修正に、まさかこんだけ時間食うとは思わなかったねぇ・・・」

 「バグがなかなか消えてくれないしさ・・・プログラマーの皆さん、もう屍状態だね」

 ラクシャータの力のない声に、ロイドがごくごくと特別製プリン味の栄養ドリンクを飲みながら同意する。

 最終調整が終わったのか、チーフプログラマーがゼロに向かって叫んだ。

 「よーし、最後にもう一度やってみるぞ!ゼロ、お願いします!」

 「任せろ。枢木!」

 「了解!」

 シミュレーションルームでスザクが操作の準備に入ると、ルルーシュもキーボードを打つ構えに入った。

 「シミュレーション作動!ダモクレスより、フレイヤを発射確認!!
 爆発予想時間は、およそ20秒!」

 オペレーターの状況報告に、ルルーシュは指を猛スピードで動かし、一糸乱れぬ正確さで演算を打ち込んでいく。
 
 「よし、出来たぞ!行け!!」

 「うおおおおおおお!!」

 ルルーシュが打ちこんだアンチフレイヤシステムを拾ったランスロットは、見事な動体視力で正確にフレイヤ弾頭に放り投げる。

 するとフレイヤはその回転をゆっくりと鈍らせ、そして静止した。

 「うおおおお!さすがだゼロ!」

 「プログラム打ち込み時間、十秒!ランスロットによるシステム撃ち込み時間、コンマ4秒!」

 「さすがにスザクの時間は減らないな。だが爆発予想時間を照らし合わせれば、余裕で可能だ」

 その後何度か同じ実験が行われたが、この二人に限れば全て成功し、研究者達は歓声を上げる。後にスザクとカレンが交代して行われ、機体性能の差だろうか、なんとカレンはコンマ3秒で成し遂げた。
続けて星刻とはコンマ6、7になったが、それでもフレイヤを止めるには充分で、藤堂も一秒ほどで同じく成功。
 四聖剣らは残念ながら差をつけて二秒前後かかってしまったが、充分にフレイヤを止める事が可能だった。

 「演算プログラムをある程度自動で動かし、操作する個所を減らすことに成功しました。
 よって演算する時間を大幅縮小することが出来ましたので、その分爆発時間までに投げればフレイヤは止められます」

 ニーナの説明に自分達でもチャンスはあると、四聖剣達も大喜びだ。
 しかし、ニーナやルルーシュ、ラクシャータとロイドの表情は喜びとはかけ離れていた。

 「ゼロ、他に何か問題があるのか?」

 千葉が代表して尋ねると、ルルーシュは難しい表情で言った。

 「確かにプログラム自体は簡略化出来たから、私と誰かが組むには問題はない。
 だが、私以外と組む誰かが問題なんだ。フレイヤが爆発する十九秒以内に、これを打ち込める人間が、他にいるか?」

 「あ・・・」

 ルルーシュは余裕でプログラムを動かせるからこそ、四聖剣レベルでも組める。
 しかし彼以下の人間がプログラムを操作するとなると、結局は驚異的なスピードを誇るスザクレベルの人間が必要になる。

 「藤堂達のナイトメア技術レベルは、確かに飛躍的に上がっている。だが、プログラムはそうはいくまい。
 一度止める事は確定済みだが・・・」

 「でもゼロ、フレイヤは高エネルギーな分、次に撃つには何分か時間をおかなくてはいけません。
 一度止めて、それからダモクレスを一斉に落とせば・・・」

 セシルがそう提案すると、ルルーシュが首を横に振る。

 「一度防げばシュナイゼルのことだ、すぐに可能な限り連発して、短期決戦に持ち込もうとするだろう。
 ・・・一度無駄に撃たせて次に撃つ間に肉薄し、その瞬間に私と枢木でフレイヤを止める・・・というのが一番成功率が高い。
 しかし、出来ればその手段は使いたくない。だからこそ、何度撃たれてもフレイヤを無効に出来ればいいと思っている」

 一部隊を犠牲にする、最悪の手段。
 いざとなれば使うしかないが、死兵を使わなくてもいいのならそれに越したことはない
それに、それが出来ればフレイヤなど何の役にも立たぬ兵器として世界にアピールし、フレイヤの拡大再生産を防ぐことが出来るだろう。 

 「プログラムを造ったプログラマーなら、出来るのでは?」

 「確かタイピングの早打ちが得意な者がいたはずだ。彼らなら・・・・」

 研究者達がそう提案すると、ラクシャータがパイプから煙を出しながら言った。

 「ここはシミュレーションルームだからいいけど~、戦場で正確に打てるかっていうとぶっちゃけ難しいんじゃない?
 たとえればアレだね、いくら十分で千文字以上打てる人でもさ~、バイク飛ばしながら出来るかって話」

 「それをやっちゃってるのがゼロだけど、僕もそんなのレア中のレアだと思うね~」

 バイクを運転しながらカードゲームが出来る連中もいるようだが、残念ながらナイトメアには乗ったことがないと言う。
 ロイドも同意すると、その例えに納得したのだろう、星刻が苦渋の表情で言った。
 
 「む・・・ではやはり、死兵隊を組織するしかないのか?」

 「・・・それが一番犠牲がないのならば、わしがその隊を引き受けましょう。
 このおいぼれの最期の花道、ぜひ歩かせて下され」

 仙波が迷いなくそう申し出ると、何をバカなと卜部が止めた。

 「何言ってんだ、俺がやる!朝比奈の仇は俺が・・!」

 「わしは生きても二十年かそこら。じゃが卜部、おぬしはまだまだ若い。長く生きて、神楽耶様や藤堂中佐を長く補佐してくれ」

 「仙波中尉・・・!」

 星刻と藤堂も死を恐れる人間ではないが、立場を思えば自分が参加するわけにはいかないため、目を閉じて彼らの会話を聞いていた。

 既に死を覚悟した者達が、死兵をどのように選ぶかと言う話にまでなった時、ラクシャータが溜息をついた。

 「アンタ達いぃ~、気が早すぎ。
 実はこうなるだろうと思ってた研究者の子が何人かいてね~、あの子らのうち二人が、覚悟決めてくれたよ」

 そう前置きしてラクシャータが告げたところによると、ゼロが出撃して一度で止められるならまず失敗はない。だが二度目ともなればさすがにきつい。

 実を言うとこのアンチフレイヤシステム、“打ち込む作業をするだけ”なら出来る人間が、ここに六人ほどいたのである。
 彼らはプロのプログラマーであり、中には凄腕のハッカーとして鳴らした者もいたため、短時間でのプログラム解析と打ちこみは慣れたものだ。

 だが問題はラクシャータも言った通り、彼らにはナイトメアの操縦技術などない。
 協力を申し出てくれた二人を前に、ロイドは考えた。

 「複座式ナイトメアを造ろうと思うんだよ、対フレイヤ特化のヤツをね。
 一人がナイトメアの操縦に専念してプログラマーの子を運び、いざって時にはアンチフレイヤをその子が動かすって寸法さ」

 そのナイトメアは防御と機動力に特化し、アンチフレイヤシステムを搭載したガウェインをモチーフにして制作すると、ロイドがモニターに設計図を見せながら説明する。

 「これなら二度目、三度目の備えが可能になる。
ただ、欠点としては攻撃力はイリスアゲート以下だよ。護衛必須になるけど」

アンチフレイヤシステムの効率化のため、余計なものはつけたくないというロイドに、全員はそれならばと顔を見合わせた。
ルルーシュは五秒ほど考えたが、他に道はなかった。

「・・・いいだろう、もはや時間がないからな。
 ロイド、ラクシャータ、すぐにそのナイトメアを造れ。どれほどかかる?」

「ガウェインを蜃気楼に改造した時のパーツがいくつか残ってたし、ガウェインの前に造った試作機を改造したのが、実はもうあらかた出来てるんです。
素人の子でも、揺れをほとんど感じない乗り心地に改造してね。
たぶん、こうなるだろうって思ってたんですよね~。だから、後は微調整だけです」

二日くらいあれば出来るというロイドに、ルルーシュは頷いた。
 
「協力者二名には、アンチフレイヤシステムに向けての打ちこみ訓練、およびナイトメアの体験訓練を受けて貰うよう、手配してくれ。
いきなりナイトメアに搭乗は、さすがにきついからな」

「それなら、このナイトメアに慣れて貰うほうがいいですね。
ロイドさん、二日と言わずもうちょっと早く出来ません?」

セシルが彼らにも訓練が必要なのだからとロイドに尋ねると、彼はうーんと悩みぬいた末に言った。

 「・・・人手を十人ばかり増やして、死ぬ気でやったら一日半かな」

 「死ぬ気でやりましょう。ゼロ、こちらに人は回せそうですか?」

 「アンチフレイヤシステム考案に回っていた者と、それからナイトメア関連の学者を回そう。急かして悪いが、とにかく急げ!
休戦期間を伸ばすのは、相手に軍備を整える時間を与える事にもなる」

休戦期間が終わる前日に、シュナイゼルとの会談が予定されている。
おそらく向こうも伸ばしてくるだろうが、フレイヤ増産に成功すると言う事態が万が一も起こり得ているかもしれないのだ。

ルルーシュの指示が飛ぶと、セシルが新しいナイトメアを造ることに内心小躍りしているロイドを引っ張り、ラクシャータが肌が荒れるとぼやきつつも二人の背についていく。

「戦争に行くべき者ではない者達が、覚悟を決めてくれたか。
協力者が二名なら、二部隊が必要だな。彼らの護衛部隊を、至急選抜する」

星刻がそう告げると、藤堂が言った。

「フレイヤを受けるかもしれんのだ、慎重に選ぶとしよう。
仙波、卜部、それぞれの部隊をまとめてくれ・・・頼んだぞ」

「承知!!名誉なことです。何としてでも、プログラマーには指一本触れさせませぬ」

「承知!朝比奈、絶対お前の仇は取ってやるからな・・・!」

ようやく見えた光明。
それをつかむために、一同は力強い足取りでそれぞれの持ち場へと戻るのだった。



 それから五日が経過し、とうとう休戦期間切れが明日に迫った。
 ルルーシュ達は超合集国・EU連合議会に対し、モニター越しにフレイヤ対策が完成したと告げた。

 「それは本当か?まさか、今になって・・・?」

 「実はとうに完成していたのですが、シュナイゼルに情報が漏れぬよう、お伝えするのは控える事に致しました。
 シュナイゼルに通じようとしていた者が出た事件がありましたので、念には念をと思いましてね」

 「議長権限で、この桐原がそれを追認しました。ご不満はありましょうが、何とぞ事情を鑑み、ご理解のほどを願いたい」

 フレイヤに恐れおののき、シュナイゼルに媚を売ろうとした者が居た件は、既に知られていた。
そのため、桐原とゼロの行動はやむなしと天子とエトランジュが支持したので、一同も咎められず、ならば、と震える声で言った。

 「ではゼロ、休戦期間を終えると・・・?」

 「軍事的見地から言わせて貰えれば、これ以上シュナイゼルに時間を与えるのは好ましくない。
よって至急、ダモクレスを攻略すべきと考える」

あのような兵器がブリタニアにあるだけでも、既に世界は大混乱だ。
よって対抗策が出来た以上、早急に消し去るべきというゼロに、しかし、と躊躇する者が出た。
そこへユーフェミアが言った。

 「でも、このまま休戦を続けていたら、向こうはフレイヤをたくさん作るでしょう。
 時間を与えたら不利になるのは、こちらなのではないですか?」

「フレイヤを止める手立てはあるが、数を増やされるとこちらも対処の手が減って来る。それもあるからこそ、私としては早く決着をつけたいと思っている」

ユーフェミアの指摘にルルーシュも同意した。
さらにエトランジュと天子が言った。

「それに、また何かされるかもと脅えながら暮らすのはもう嫌なんです。
いつまでもフレイヤに脅されて、びくびくして暮らす未来を私は望みません」

 「私も、いつか誰かがどうにかすると思って、何もしないのはよくないと思います。
 エディだって、動いてやっとここまで来たんだもの。だから、私達も動くべきだと思います。
何もしなかったら、何にもならないの」

『いつか誰かがどうにかする』・・・ブリタニアが覇権主義を掲げ世界各国を侵略し始めた時も、そう思って形だけの行動ばかりで、大部分が何もしようとしなかった。
・・・自国にその刃が向けられる、その時まで。

その誰かが、ゼロだった。
そしてゼロに助けられた少女達も、何もせずにいたわけではない。
彼に指示されたとはいえ、彼女達は自分の足で歩き、手を動かし、今もこうして懸命に訴え続けてる。

「フレイヤを・・・必ず止められるのだな」

議員の一人が尋ねると、ルルーシュはマントを翻し力強く是と答える。

「我ら黒の騎士団と、超合集国及びEUの全ての力を結集した!
必ずやフレイヤを止めて御覧に入れることをお約束する。
そしてかの忌まわしき兵器を、速やかに過去の遺物にしてみせましょう!」
  
そうだ・・・もともとフレイヤを止めるために、科学者達を差し向けた。
 そしてそれが成った以上、それらを使いフレイヤを止めるのは、自分達の義務である。

「・・・我が国は、シュナイゼルとの休戦終了、およびブリタニア開戦に同意する!」

実際問題の先送りを続けても、事態が悪化するだけと言うことを知った議員の一人が同意の声を上げると、次々にそれに続いた。

「我が国も!」

「我々もだ!」

 もはや否定する者はおらず・・・いたとしてもそれさえかすむほどの開戦賛成の声に、議会は埋め尽くされた。

 「結論は出ましたな」

 「そうですな、桐原議長」

 桐原とEU議会長はそう頷き合うと、議長席から立ち上がり堂々と宣告した。

 「我々超合集国は、ブリタニアとの休戦条約の延長を却下する。
 本日の日付の変更を持ち、ブリタニアとの開戦を行うものとする!」

 「我がEU連邦も、同じくブリタニアとの休戦条約は期限の本日を持って終了する!」

 おおおおお、と議会が拍手に包まれると、ルルーシュが手を挙げた。
 とたんに会場は静まり返り、ゼロの発言を待つ。

 「では我が黒の騎士団は、速やかにブリタニアとの交戦準備に入る。
 後のブリタニアとの交渉は、お任せしたい」

 「承知した。本日午後に入って来るシュナイゼルとの通信には、不肖この桐原が向かいたいのだが、よろしいですかな?」

 異議なしと議員達が了承し、EUからも通信でEU議会長が休戦条約の延長を認めない旨を直接伝える事になった。
 そして一度散会し、各々が一度休憩した後、シュナイゼルからの通信が入ったとの報告が来る。
 
 それを聞いたアドリスは、自分が行くと言いだしたがドクターストップがかかり、エトランジュも滅多に使用しない女王命令を下して父を病室に軟禁すると言う実力行使に及んだため、ベッドの上でモニターを見つめていた。
 せめてそれくらいはと押し通して、会談の内容だけは把握したかったのである。

 超合集国本部、大会議室。
 ゼロことルルーシュは、黒の騎士団はあくまでも超合集国連合の外部組織であるという建前のもと、列席していない。
 そこに設置された巨大モニターに映ったシュナイゼルは、いつもと同じ穏やかな笑顔を浮かべている。

 「またお会いする機会を頂きまして、感謝します」

 いつものように穏やかなロイヤルスマイルで挨拶をするシュナイゼルだが、エトランジュを初めとする議員達にとっては底冷えのする笑みにしか見えなかった。

 「・・・これが最後の会談となりましょう、シュナイゼル宰相。
 我らの結論は、既に一致しておりますゆえ」

 桐原がまっすぐシュナイゼルを見てそう切り出すと、横にいたEU議会長も同意の頷きを返した。

 「結論と申しますと、こちらとの和平に合意して頂けるという吉報ですか?」

 「いいえ、我ら超合集国連合、およびEU議会は本日のブリタニア大陸における日付変更を持って、休戦の期限とします。
 そしてそれを持って、再びそちらに対し侵略行為を止め、またフレイヤなる兵器を破棄するべく貴国に進攻する」

 EU議会がきっぱりと宣告すると、シュナイゼルは柳眉をひそめた。
 
 (フレイヤに脅えるあまり、こちらにフレイヤの数がまだ少ない隙を突こうと言う考えか・・・その程度の情報は彼らの耳に入っていたようだね)

 フレイヤやダモクレスのデータを奪って亡命した者達がいることを、シュナイゼルは知っていた。
 それにまぎれてこちらの手の者も送り込んだが、亡命者は片っ端から体よく軟禁されたという情報を得たので持ち出されたデータを解析するにも、一か月では無理だろう。

 しかし、既に各国の指導者達は腹を括っているらしく、桐原が開戦は揺るがぬともう一度告げた。

 「フレイヤ破棄を、先月の会談でシュナイゼル宰相は明言されなかった。
  あのような恐ろしい兵器を生み出すなど、言語道断」

 「そう一方的に決めつけるのも、いかがなものでしょうか。
 私としてはこれ以上の戦争をさせないためのフレイヤ、と認識しております」

 「亡命してきたブリタニア人によれば、ペンドラゴンにもそのフレイヤは向けられているそうですな。
 戦争をすればフレイヤを撃つ、と」

 「ええ、ですから戦争をさせないためのフレイヤ、と申し上げました。
 侵略を行ってきた我が国を止めるためには、劇薬が必要だと判断しましたので」
 
 「なるほど、かような歪んだ平和を望まれるか、シュナイゼル宰相。
 我々は無用な戦を望みはせぬ。じゃが、敵国といえど無辜の民まで犠牲になるとあっては、傍観しては我らも同罪。
 そのおつもりならなおさら、ブリタニア進攻をやめるわけにはいきませんな」

 強硬に開戦を譲らない桐原とEU議会長に、もう少し準備期間が欲しかったシュナイゼルは、説得する相手をエトランジュに変更した。

 「エトランジュ女王、私は無駄な戦いを望んではいないのです。
 前皇帝シャルルは未だ見つからず、差別国是主義を改革する時間にはまだ足りません」

 「申し訳ありませんが、大量に人が死ぬ武器を造った上にそれを所持して自国に向けている貴方が怖いので、お断りします」

 即座に断ったエトランジュに、ユーフェミアと天子、神楽耶も何度も頷いて同意していた。
 淡々とフレイヤをペンドラゴンに向けていることを認めたシュナイゼルに、本気だったのかとようやく思い知った議員達も同じである。

 「自国に無差別に人が死ぬ兵器を向けるなど、正気じゃない・・・!!」

  確かに平等と言えばそうかもしれないが、こんな形での平等など誰も見たくない。
 人間が大量に死ぬ兵器を持っていて、それを自国に向けているというだけで、理由など気にするより先に恐怖を感じるのが人であろう。

 「私達はブリタニア国民に反省を求めているのであって、死を望んでいるわけではありません。
 ただ自分の意見に反する者がいたから、治める民ごと消すと言う方法を取っている貴方が、私にはコーネリアやクロヴィスと同じ思想を持っているようにしか見えません。
 だから貴方が造るブリタニアが、いいように変わると思えないのです」

 震える声だがそれでもしっかりそう告げたエトランジュを見て、桐原が言った。

 「まことにエトランジュ女王陛下のおっしゃるとおり。
 シュナイゼル宰相には、何が問題なのかをご理解頂けぬようだ」

 「重ねて申し上げる!超合集国、およびEUは、本日の日付の変更を持ってブリタニア大陸へ進攻する!
 恐ろしき大量殺戮兵器を、平然と使用する人間を放置するわけにはいかない。
 これは正義に適う行動である!!」

 EU議会長の宣言に、一斉に議会から拍手が沸き起こる。
 
 「そうですか・・・実に残念です。
 私はこの世界を、貴女のマグヌスファミリアのような平和を享受する世界にしたかったのですが」

 「・・・・」

心から残念そうな表情でそう語るシュナイゼルに、エトランジュは何も言わなかった。
 しばらくの沈黙の後、シュナイゼルはやむを得ないと小さくため息をつく。

 「お世辞ではなく、私は心からそう思っておりました。
ですが、そちらが戦いを望むおつもりなら、やむをえませんね。
 では我がブリタニアも防衛のため、最大限の努力をさせて頂く。
 ご理解頂けず、残念です。ではまたお話の機会を頂けたら、幸いです。
 それでは、失礼させて頂こう」

 モニターからシュナイゼルの姿が消えると、超合集国の議員の一人が小さな声で呟いた。

 「まずお前が一般感覚を理解しろ、話はそれからだ」
 
 全くだとその呟きが聞こえていた議員が同調した。

 「・・・意外にあっさり引き下がりましたな、桐原議長」

 「説得しても無駄、と思ったのやもしれませぬな。
 黒の騎士団CEO、ゼロ!」

 桐原が呼びかけると、別のモニターからゼロの扮装をしたルルーシュが現れた。

 「ブリタニアとの休戦条約は、予定通り本日をもって終了する。
 よってすみやかに、黒の騎士団にブリタニア進攻を行うことを命じる!」

 「黒の騎士団はその命令を確かに受諾した。
 必ずやフレイヤを攻略し、世界をあの恐ろしき兵器から救って御覧に入れよう!」

 オーバーアクションで右手を掲げて宣言するルルーシュに、一気にゼロコールが沸き起こる。

 ルルーシュは既に日本を離れ、エーギル海域に近い国にある基地にいた。
 既に卜部と仙波が率いる部隊と、彼らが護衛するプログラマー達が覚悟を決めた顔でナイトメアの調整を幾度も行っている。

 ブリタニアとの休戦終了まで、残り15時間。
 それすなわち、フレイヤとの戦いまでの時間である。



 同時刻、神聖ブリタニア帝国首都、ペンドラゴンではとうとう黒の騎士団が攻めてくる事態となり、もはやどうすればいいのかと皇族達が顔を突き合わせて相談していた、
 シュナイゼルがフレイヤで追い払うだろうが、その後に待つのは自分達がシュナイゼルに抑えつけられると言う、それはそれで恐ろしい未来である。
 
 「シュ、シュナイゼルも黒の騎士団を倒せば、和平なんてバカなことを言いださなくなるはず。
 そうなったら、フレイヤをペンドラゴンから撤去してくれることでしょう」

 ギネウィアが希望を口にすると、そうなればいいがと大部分が懐疑的である。
 どう考えても感性が黄昏時にあるとしか思えないシュナイゼルの行為を見るにつけ、この際黒の騎士団が勝利し、その後降伏してユーフェミアに忠誠を誓った方がいいのではないかと考える貴族も多い。

 静かなる混乱に包まれたブリタニア宮殿。
 そこにもう八年以上も前に、惨劇の舞台として忘れ去られたアリエス宮に、カリーヌは自身と同じ年頃の少女騎士を連れてやって来た。

 どこの宮に行っても同じことを言い、頭を抑える者ばかりの混乱の状況から逃れるには、惨劇の痕跡が消し去られた後は庭師や清掃係のメイドが訪れるだけの宮殿は、うってつけだったのだ。

 もう陽は沈みかけた道を歩き、扉を開こうとしたが惨劇が起こった館の中に入るのは何となくためらったカリーヌは、あずまやのほうに足を向けた。

 庭園を見れば八年前と変わらず美しく整えられていたが、異母兄ルルーシュと、異母妹ナナリーのために造られたブランコや滑り台などがなく、月日の流れを感じさせる。
 
 『お兄様、お母様の帽子、綺麗です!』

 『こらナナリー、母さんに帽子を返せ!』

 マリアンヌから帽子を借りたナナリーは、それを被ってご機嫌そうにはしゃぎ回っていた。
 それを取り上げようと、ルルーシュが必死で追いかけている。
 マリアンヌはあらあらと、楽しそうに見つめていた。
  一緒にいた自らの母は、『庶民出の母親の娘は品がない』と蔑んでいたけれど。

 あの後コーネリアとユーフェミアが来て、当時あったブランコの方に駆け出していた。

 カリーヌは何でこんなことを思い出すんだろうと疑問に思いながら、あずまやへと赴くと、そこには人影がいた。

 「・・・だ、誰?!」

 カリーヌが脅えた声で誰何すると、少女騎士がカリーヌを庇うように前へ出て、相手を確認しようと近づき、そして仰天した。

 「へ、陛下!!」

 「え・・・あ・・・!!」

 カリーヌもそこへ力なく座っている人物が父であると確認すると、安堵していいのかそれともどうしてこんなところにいるのか聞くべきかと、混乱した。

 「ご、御無礼を働きまして、申し訳ございません!しかし、何故こちらへ・・・?」

 跪いて謝罪する少女騎士と、茫然と佇む五番目の娘をちらりとだけ視線をやったシャルルは、何も言わなかった。

 助けを求めるように少女騎士に視線を送られたカリーヌは、ともかくシャルルが見つかったのだからと、彼女に命じた。

 「す、すぐにギネヴィア姉様にお知らせして!!後は姉様の指示に従うのよ」

 「イエス、ユア ハイネス!!」

 少女騎士は敬礼してその命令を受け取ると、ギネヴィアがいる本宮へと走っていく。

 それを見送ったカリーヌはどうしようと戸惑うも、この現状をどうにかするのは父しかいないと思い、おそるおそる訴えた。

 「よかった、陛下が無事で・・・あの、シュナイゼル兄様がクーデターを起こして、フレイヤをペンドラゴンに向けてるんです。
 戦争を起こそうとしたら、フレイヤを落とすと」

 「・・・・・」

 「それに、黒の騎士団が休戦条約を今日で終わらせて、侵攻するって通告がありました」

 その報告にシャルルがぴくりと反応すると、それを見逃さなかったカリーヌは勢い込んで言った。

 「もう、お父様しかこの状況を変えられる方はいません!助けて下さい、陛下!」

 自分の前に跪いて懇願する娘を、シャルルはただ黙って見下ろすばかりである。
 と、そこへ報告を受けたギネヴィアが、3人ほどの皇子を連れてアリエス宮に飛び込んできた。

 「ああ、本当に陛下ですわ。さすがは陛下ですわ、ここなら誰も来ませんものね。
よく気付いたことカリーヌ」

 忘れ去られた宮殿なら、誰も来ないからシャルルが隠れていることに気づいたカリーヌが探しに来たのだと勘違いしたギネヴィアは、カリーヌを褒め称えた。

 「既にカリーヌが報告したと思いますが、今ペンドラゴンはシュナイゼルに支配されておりますの。
 オデュッセウス兄様は担ぎ出されただけのようですが・・・それに黒の騎士団も、フレイヤにヤケになったのか知りませんが、我がブリタニアに侵攻すると・・・」

 ようやく希望が見えたとばかり、目を輝かせて跪く子供達を見て、シャルルは茫然と眼を見開いた。

 「やはり理想はフレイヤをシュナイゼルから奪い、それを黒の騎士団に撃つことかな。
 あれさえあれば、黒の騎士団はむろん、生意気なナンバーズどもを皆殺しに出来る」

 「そうだな、もともと慈悲をかけて生かしてやったのが冗長のもとだ。
 この際だ、労働力となる者以外はすべて殺してしまうべきだろう」

 「そうよギネヴィア姉様達、黒の騎士団やナンバーズなんてやっつけちゃえばいいのよ」

 平然と邪魔する者は皆殺しにすれば解決するのだと言い合い、そのための策を嬉々として語る子供達。
 
 (バカな・・・基地一つをまるごと消す兵器を使うなど・・・)

 シャルルの本心など想像すらしていない彼らは、晴れやかな笑顔で言った。

 「ああ、陛下が見つかって本当によかった。
 もうこうなった以上、陛下だけがわたくし達の希望ですもの。
 ラウンズのスリーはシュナイゼルに捕まっておりますが、すぐに居場所をつかんでお知らせしますわね」

 「もはやこの状況を打破できるのは、父上だけです!
 どうかシュナイゼルを倒し、返す刀で黒の騎士団を殲滅して下さい。
 我々はそのためなら、いかようにも尽くす所存です」

 「常は陛下のおっしゃられたとおり、互いに競い合っている我ら兄弟ですが、力を合わせるべき時は合わせますとも。
 陛下、どうか我らに御指示を!!」

 「皇帝陛下!!」
 
 「お父様!」

 (や、やめろ・・・わしにやれというのか・・・!
 恐怖で押さえつける世界の創造を・・・!)

 「陛下こそが我々の最後の希望です!」

 彼らが連れていた騎士達の言葉に、シャルルは耳をふさぎたくなった。

 (やめろ・・・わしはお前達の希望などでは・・・!
 これ以上押し付けるな・・・!!)

 自分達で勝手にやればいい、とシャルルは突き放そうとした。
 
 (何故だ、わしは真に世界を優しいものに変えようとしてきただけなのに、何故自分達だけの安寧を望む者だけが世界に望まれるのだ)

 自分さえよければいい、と言ってのけたアドリスは、本当に理解してほしかった息子と娘から頼られ、病身の身で世界中から平和のために動いていると称えられている。

 そして今、自分を心から望んでいるのが、自分達以外を殺戮の対象として見るのが当然の者達ばかりだった。
 
 黄昏の間で、あの男・・・アドリスが告げた台詞が、脳裏に響き渡った。

  『ええ、差別を肯定し他国を侵略して奪い、支配することを望む人達です。
 貴方が方便で実行して来た弱肉強食の国是を推進する人達は、みんな貴方を求めているではありませんか。
 貴方の命令に忠実に従い、数多くの人間を殺し物資を奪い、ブリタニアを豊かにして来た方々です』

 (黙れ黙れ黙れ・・・!
 それはわしが命じたことだが、それはわしの本意ではなかったのだ・・・!)

 「さあ陛下、どこにシュナイゼルの手の者がおりますか解りません。
とにかくアリエスの宮にお入りになって下さい」

 ギネヴィアが心配そうに促すと、皆も同調する。
 と、そこへアリエスの宮殿の扉が開き、中からビスマルクが現れた。

 「どうなさいました、陛下・・・これは殿下方!どうしてこちらに?」

 「まあビスマルク、貴方も無事でしたのね、よろしかったこと。
 ラウンズの長たる貴方がいれば、黒の騎士団もシュナイゼルも敵ではありませんでしょう?期待していますよ」
 
 当然のようにそう告げたギネヴィアは、騎士に必要な物資をアリエス宮に極秘に運ぶように命じた。
  
 「さあ陛下、わたくし達に何かお命じになることはありませんか?」

 「何でもいたしますから、どうぞおっしゃって下さい」

 期待に満ちた目でそう尋ねる子供達に、シャルルは何も言えなかった。

 自分はもう戦いたくなどないのに、もはや全てを失っていると言うのに、それも知らずに自分に依存する。
 常は蹴落とし合っているのに、都合のいい時だけは協力し合うことにも疑問がない。
敵を殲滅するために、今自分達を恐怖に陥れている兵器を使おうとすることにさえも。

 (・・・ああそうだ、すべてわしが言ったことだ。
 奪い合い蹴落とし合えと・・・そう命じた)

 ブリタニア人のみが優秀で、それ以外はただ搾取すべき生き物なのだと、声高に何度も言い続けた。
 我がブリタニアに害をなす者はすべてなぎ払えと、数えきれないくらい命じた。

 だから彼らは、自分に忠実に従っているだけ。
 今さら違うと考える余地のないほどに、その道を進んできただけだ。

 「はは・・・ははは・・・そのとおりだ。
 すべてわしが言ったことだ。そうだとも、わしに歯向かう者は滅ぼせと、わしは命じてきたな」

 「・・・?そうです、お父様。だから、どうすればいいのかとお尋ねしています
 あっ、もしかしてそれくらい自分で解らないのかとお怒りですか?ごめんなさい!
 私も全力で頑張りますから・・・!」

 見捨てないでと懇願するように謝るカリーヌを見て、今度こそシャルルは心から絶望した。

『嘘が嫌いだと言った貴方の言葉に共感している方々です、大事になさって下さい。
それ以外に、味方なんていらっしゃいませんから』

 「陛下・・・」

 主の心情を痛いほどに理解したビスマルクが、シャルルの横に歩み寄る。
  
 「ふふ、すべてあの男の言う通りになったな。
 これがわしに残されたものというわけか」

 シャルルは、自分が六十年の生の果てに手に入れたものをを見渡しながら、自嘲した。
  
 「ははは・・・・ははは・・・こんなものを手にするために、わしは・・・」
 
 あずまやの外に視線をやると、既に陽は沈んでよくは見えない。
 だが、シャルルの目に映ったのは、楽しそうに遊ぶ最愛の妻の子供達の姿だった。

 『どっちをお嫁さんにするの、ルルーシュ!!』

 『お兄様、私でしょう?ずーっと一緒にいてくれるって、お約束して下さいましたもの』

 そう言ってルルーシュの両腕を引っ張るナナリーとユーフェミアに辟易したルルーシュは、戸惑いながら傍で笑っているコーネリアに助けを求めた。

 『兄妹で結婚は出来ないって言っても、解ってくれないんです姉上!
 姉上からも言ってやって下さい!』

 『はは、いいじゃないかルルーシュ。私もお前ならユフィをやっても構わないぞ』

 『ほら、お姉様だってこうおっしゃってるわ。だからルルーシュ、私のお婿さんになって!』

 『ユフィ、だから・・・兄上達も笑ってないで何とか言って下さい!』

 のんきにチェスをしているシュナイゼルとクロヴィスにも援護を求めたルルーシュを、妹達から睨まれたクロヴィスはあっさり見捨てた。

 『いやあ、ルルーシュはモテるなあ。あと十年もすれば、社交界でも私の株を持っていきそうだ』

 『おや、社交界で艶聞に事欠かないクロヴィスがそう言うなら、十年後にはどれほどの女性から結婚を申し込まれるんだろうね?』

 それを聞いたユーフェミアとナナリーは、絶対だめ、とますますルルーシュの腕をつかんで離さない。

 『いたたた・・・二人とも、喧嘩するならどちらも僕は選べないぞ。
 僕はユフィもナナリーも愛してるんだから』

 痛そうに顔をゆがめるルルーシュに反省した二人が手を放すと、ルルーシュを困らせたと反省してしゅんとなった。

 『ごめんなさい・・・でも、ルルーシュのお嫁さんになりたいの!』

 『ユフィ姉様、私もです・・・そうだ!二人でお兄様のお嫁さんになりましょうよ!』

 いいことを思いついた、とナナリーがそう提案すると、ユーフェミアもそれはいいアイデアだと賛成した。

 『そうね、そうすればいいんだわ。ずーっと三人でいれば問題ないものね!』

 『こら、それも無理に決まっているだろう。
 正式に複数の妻を持てるのは、皇帝だけなんだぞ』

 皇族・貴族は正妻が一人、他に妾を囲うことは黙認されているが、正式に側室として籍を与えられるのは皇帝だけだ。
 
 『だったら、ルルーシュが皇帝に成ればいいじゃない!
 そうしたら二人でルルーシュのお妃になれるわ』

 『なるほどユフィ、それは見事な解決策だね』

 『ルルーシュは賢いし、ありえない話ではなさそうだからなあ』

 シュナイゼルの台詞に、チェスでルルーシュに連敗したクロヴィスが同調する。

 常ならば地位を奪い合うライバルとして火花を散らすであろうはずの異母兄弟のはずなのに、野望のないシュナイゼルと皇帝にはなるつもりのないクロヴィスはそう言って笑っている。

 『あとは兄妹で結婚出来ないところだけど・・・』

 『大丈夫ですユフィ姉様!今度のお誕生日に、法律を変えて貰うようにお父様にお願いしましょうよ。
 “兄妹でも結婚できるようにして下さい”って!』

 子供らしい無邪気なナナリーの案にさすがにそれは、と一同は止めようとしたが、面白がったマリアンヌがけしかけた。

 『あら楽しそうね。私も陛下にお願いしてあげるわ。
 そうね、ルルーシュと貴方達の子供なら、きっと可愛くて優秀な子が生まれるものね』

 『マリアンヌ様、それはそうですが・・・』

 ルルーシュとユーフェミアの子供なら間違いなくそうだ、とコーネリアも姉バカまるだしで認めるが、さすがに本気ではないだろうと苦笑いだ。

 『じゃあさっそくお父様にお願いしましょう。
 今度はいついらっしゃるのかしら』

 『あら、陛下ならそこよ。ほら』

 マリアンヌが指差した先には、ずっとその様子を見ていた自分が居る。
 手を振ってくるナナリーとユーフェミアに、無表情ながらも照れていたシャルルは振り返せなかった。

 『ルルーシュやナナリーは、他の兄妹とも仲がいいな。
 ・・・これなら、このままでも構わないかもしれん』

 自分達がどれほど望んでも得られなかった光景を、見る事が出来た。
 それならこのままでも、充分幸せだと思った。

 兄があの惨劇を起こしたのは、それからほどなくしてのことだった。

 楽しそうに笑っていた娘達に、弟の才能を認め伸ばそうとしていた息子達。
 皇帝の地位を血眼で争うよりも、小さな幸せを感じて平穏な日常を続けようとしていた。

 手を伸ばす。
 無邪気に自分に向かって手を振る子供達の方へ。

 あと少しで届きそうな場所にまで来たけれど、何もつかめない。
 だってそれは、もう遠い過去の幻。

 ・・・もう、何もない。

 『どうして捨てたんですか?大事なものだったのに』

 アドリスの呆れた声が、響いたような気がした。
 



[18683] 第五十話  アイギスの盾
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c9b48087
Date: 2013/03/22 22:11
 第五十話  アイギスの盾



 ブリタニア大陸における日付変更まで、残り三時間を切った。
 黒の騎士団は既に駐屯基地を出立し、開戦準備を整えながらエーギル海域を進んでいく。
 
 黒の騎士団、およびEU軍から名乗りを上げてくれた者達を選抜して構成された、アンチフレイヤシステムを作動させるプログラマー達を守るための部隊。
 フレイヤに近づかねばならならず、さらにシュナイゼルがその役割に気づけば狙い撃ちにされる危険が高いため、今回の戦いでもっとも死に近い部隊である。

 そうと知りながらもあえて志願してくれた者達の中には、ブリタニア人の兵士も数多くいた。
 何せ今現在、恐怖の代名詞となったフレイヤが向けられているのは、彼らの祖国の首都なのである。何としてもそれを無効にして、フレイヤを消し去りたいと思うのも無理からぬことだった。

 そしてそのブリタニア人グループをまとめているのは、元ブリタニア侯爵にして将軍・アンドレアス・ダールトンだった。
 プログラマーの護衛部隊の志願者を募った時、彼はしばらく考えたのち、ユーフェミアとルルーシュにその部隊に加えてほしいと志願した。
 彼らの義理の息子である元グラストンナイツからも多く志願者が出、ルルーシュはそれを認めたのである。

 仙波の部隊に配属された彼らは、先の会見でシュナイゼルが本当にフレイヤを首都ペンドラゴンに向けていることを知り、居てもたってもいられなくなったのだろう。
 そこに残っている家族や友人達の安否が気になっているのか、甲板でブリタニア大陸の方向を見つめている。

 「ダールトン将軍、シュナイゼル殿下はいったい何をお考えになっているのか・・・」

 「・・・解らん。だが、何をお考えになっているにせよ、あの行為は正当化されるものではない。
 お前達、よく覚えておけ。主君に忠節を尽くすのは当然だが、その主君の行為が全て正しいとは限らない。間違いだと思えば、それを諌めるのも忠義だということを」

 自分は間違っていることを間違いだとすら解らなかった愚か者だが、同じ過ちを繰り返すなと、ダールトンは言った。

 自らの過ちは、自ら正してこそ反省の意を伝えられるものだ。
 新たなブリタニアのため、ダールトンはこの命を投げ打つ覚悟でいた。

 (私が死んでも、ユーフェミア様にはルルーシュ様がおられるし枢木もいる。
  姫様が生きておられたら、きっと同じことをなさったはずだ)

 ダールトンはそう呟くと、同じ決意を胸に秘めた同胞達と共にブリタニア大陸の方角を見つめていた。



 黒の騎士団旗艦、斑鳩。
 その一室にて、ナイトメアの最終調整を行っていたセシルが入室した。

 「ナイトメアの調整、終了しました。全て、問題ありません。
 特に今回の作戦の要となるアイギス、幾度も念を入れて調べ上げました」

 セシルの報告にルルーシュが頷くと、藤堂も続けて報告する。

 「各部隊の準備も問題ない。仙波と卜部の部隊も、落ち着いて母艦にいる」

 アイギスとは、ギリシア神話の知恵の女神アテナが持つ盾の名前だ。
 英語ではイージスと発音されているが、黒の騎士団ではこう呼ばれている。
 全ての知恵を集め、フレイヤから人類を守るナイトメアという意味を込めて、アンチフレイヤを搭載したナイトメアにつけられたのだ。

 「そうか・・・」

 総力戦となったこの戦闘には、星刻もいる。
 何が何でも成功させるため、アンチフレイヤシステムを投げつけるスピードが速い者は全てここに集まっていた。
 カレンも搭乗しており、控えとして参加することが決まっている。
 
 「最初の攻撃は意地でも止めなくてはならないから、私と枢木がやる。
 二番目は星刻と元ハッカーのユン、そして同じく絶対に失敗が許されない最後は、プログラマーのカークディクソン、そしてカレンだ」

 あらゆるシュミレーションの末、一番効率がいい組み合わせを行ったと言うルルーシュに、カレンが少々ふてくされたが最終的には納得した。

 と言うのも一番目も必ず成功しなくてはならないのだが一番危険が大きく、次に来る二番目が失敗した時のための控えとしてのペアなので、危険が少ないのである。
 
 「フレイヤを止めたら、私と枢木は部隊を率いてダモクレスに突入する。
 私達がダモクレスに部隊が突入したら、ダモクレスの外からフレイヤが来ることを想定して、星刻とカレンはそのまま外で指揮と戦闘を行って貰いたい」

 「解った、任せろ。お前達の速さと正確さなら、最初は成功するだろう。
 そうすれば他の二人も委縮すまい」

 星刻の言葉に、スザクも同意した。

 「やれるさ、絶対。みんなの期待を背負ってるんだ、失敗するわけにはいかない」

 「あーあ、ほんとは私がやりたかったのに。これで失敗なんてしたら、本当に許さないからね」

 「カレン、何で君はそうつっかかるんだい・・・?」

 何かルルーシュとペアを組むたび、スザクに不機嫌な調子で辛辣になるので、スザクは辟易していた。
 おまけに周囲の皆はその理由を知っているらしく、助け船を出してくれない。
 それなのにぽんと肩を叩いて慰めてはくれると言う、ますます訳の解らない状況に陥っていた。
  
 「別に、つっかかってないわよ。ただ、心配してるだけ!ゼロが成功しても、あんたが失敗したら終わるんだから」

 「大丈夫だよ、ル・・・じゃなくて、ゼロと僕が組めば出来ないことなんて・・・ぐはっ!」

 カレンがいきなりスザクの顎を張り飛ばしたので、その台詞は強制的に終了した。

 「あんたがそれ言ったら、あやしいでしょ!ほんっと空気読めないわね!」

 「それもそうだな。少しは場所を考えろ、枢木」

 親友にあっさり見捨てられたスザクは、顎を抑えて呻いた。
 
 ここにいるのは全てゼロの正体を知っている者ばかりなので、スザクの台詞を怪しむ者はいないのだが、卜部などは『ほんと空気読めよな・・・違う意味で』と枢木に少し同情していた。

 と、そこへ通信機の音が鳴ったので星刻がモニターを操作すると、エトランジュと天子、神楽耶とユーフェミアが現れた。

 「忙しいと思ったのだけど、陣中見舞いに参りました。あの、星刻、今は大丈夫?」

 「はい、ただいま全ての準備を終えたところです。ご心配なきよう」
  
 天子の心配そうな声に、星刻は笑顔で答えた。
 それに安堵した天子は、超合集国の状況を伝えた。

 「今みんなでね、一生懸命勝利の祈願をしているの。
 私も天帝八十八陵で、おじい様やお父様達にお願いしてきたわ。星刻達をお守り下さいって」

 「天子様、ありがとうございます。この星刻、ご期待には必ずお応えいたします」

 「今、日本でも神社やお寺はまるで初詣のような行列が出来ておりますわ。
 特に枢木神社が凄くて・・・ほら」

 神楽耶がそう言って別のモニターのほうに繋がせた映像には、まぎれもない自分の生家である枢木神社が映っている。
 そしてそこには確かに初詣もかくやといわんばかりの人々が集まっており、以前に足を運んだ時には荒れ果てて見る影もなかったのに、今は美しく掃き清められていた。

 「今、テレビで放送されている映像なんです。
 あ、ほらミレイさんがインタビューをしていらっしゃいますわ」

 黒の騎士団広報部が行っている取材で、インタビュアーに抜擢されたミレイがマイクを片手に鈴を鳴らして手を合わせている人間を見つめていた。
 祈っているからだろう、それが終わるまでインタビューを止めるつもりのようだ。

 「枢木首相、どうぞ御子息をお守り下さい」

 着物を着た老婦人の祈りの声に、スザクは思わず身体を震わせた。
 事情を知っている何人かも心中複雑であったが、何も知らない人間から見れば至極まっとうな祈りである。
 
 ミレイもスザク君はきっとお父さんが守って下さいますと受け合い、周囲もうんうんと頷いている。

 (・・・ちょっとタイミングがまずかったですわね)

 事情を知っている神楽耶はスザクを励ますつもりでやったことが裏目に出たかと、内心後悔した。

 だがスザクは予想に反して、笑顔を浮かべた。

 「ありがとう、神楽耶。やる気がもっと出たよ」

 「スザク・・・それなら結構ですわ」

 スザクが父親を殺したことを知らない天子と星刻が、日本では立派な行いをして亡くなった方は神様になるそうだから、きっとスザクを守ってくれるだろうと笑っている。
 と、そこへミレイが笑顔で語った。

 「あの忌まわしい兵器を阻止すべく、黒の騎士団の活躍を期待している声が上がっています。
  勝利を願うべくおまじないをしていると、アッシュフォード学園を現在休学中の兄妹から聞きました。なんでも、神社でやるのが一番効果的らしいと」

 「・・・休学中の兄妹って、もしかしてナナリー達のことかな?」

 「たぶん、ね。そういえば、折り紙とかも咲世子さんから習ったって言ってたし」

 スザクの推測にカレンも同意すると、神社でやるおまじないがあったっけと首を傾げながらジュースを飲もうと、コップを手に資する。

 「夜中にやるおまじないだそうで、二人でやろうと近くの神社まで来たところ、他にも怖いほど真剣に同じおまじないをなさっていた方がいたそうです。
 藁人形を使うおまじないと聞いたのですが、枢木神社でも行っているのでしょうか?」

 本当は枢木神社でやりたがっていたんですと聞いた瞬間、スザクとカレンは盛大にジュースを吹き出し、藤堂達は凍りついた。神楽耶もなんですのそれ?!と内心で叫んで仰天している。
 全く解っていない日本人以外の全員は、目を丸くしてその反応に首を傾げた。

 「どうしたの、神楽耶?何だか汗が出ているけど、お部屋の中が暑いのならエアコンの温度を下げたほうが・・・」

 「いえ、いえ、大丈夫ですわ天子様。何でもありません」

 天子の心配げな声に首を振りつつ、神楽耶は先ほどから黙っているルルーシュに視線をやると彼は大きくため息をついた。

 「まったく、余計なことを教えてくれたな、咲世子さんも」

 「そ、そうだね・・・まあ、その、うん・・・」

 スザクがどうフォローしようかと戸惑っていると、ルルーシュはエトランジュに向かって言った。

 「気持ちは嬉しいが、夜中に二人で出掛けるのは危ないからやめるように、お伝え頂けませんか?
 じきに戦闘開始ですので、申し訳ありませんが時間がありませんので」

 「ああ、それは確かにそうですね。解りました、必ずお伝えしておきます」

 そこかよ、と日本人達のメンバーは突っ込んだが、そのおまじないの内容を知らないルルーシュ、同じく何も知らないエトランジュの対応はごく普通であろう。
 そして枢木神社では、ああ、なるほどね、そりゃ俺も効くもんならやりたいわと非常に納得した様子だったが、事実を言うべきかどうか悩んでいる者が大半である。表情からしてそれがよく解った。

 スザクが慌ててカレンの腕を引っ張ると、小声で囁いた。

 「どうする?これ言っちゃった方がいい?」

 「わ、私に聞かないでよ!あのナナリーちゃんとロロが、他人を呪ってますなんてすっごく言いづらい・・・」

 咲世子があの行為をどう教えたのかは知らないが、明らかにナナリーは誤解している確率が高い。
 ルルーシュはルルーシュで、『そう言えば咲世子さん、強力なおまじないだとかで、長い釘と藁人形をナナリーに渡していたな。釘は危ないから驚いて取り上げたが』などと言っている。

 「・・・・」

 「・・・・」

 日本人達は、それぞれ視線を交差させる。
 彼らには思考を繋ぐギアスなどなかったが、それでも彼らはそれだけで一つの結論を導き出せた。
 スザクでさえ、今回ばかりは空気を読んだ。

 「うん、そうだね。夜中に外に出るのは危ないし、五寸釘も長いから手に刺さったりしたら大変だしやめたほうがいいね!」

 「他にもやってくれる人がいるみたいだし、いいんじゃないの?」

 「いやあ中佐、伝統って結構受け継がれてるもんなんですね~」

 「そうだな、卜部・・・気持ちは解らんでもないからな」

 この際何でもいいから心の安定を図りたいのか、究極にアナログな呪いに走りたい気持ちは藤堂も理解は出来る。
 
 この戦いが終わるまでは、真実は口に出すまい。
 言葉に出さずともそう意見を一致させた一同は、同じく現地でもそう考えたらしき日本人達が、モニター内でお茶を濁そうとしているのが見えた。
 
 「そうですか、他の人に見られてはいけないというおまじないはよくありますね。
 では取材は差し控える事にしましょう。
 世界中で、黒の騎士団の勝利を祈念しております。以上、ミレイ・アッシュフォードがお伝えいたしました!」

 「おまじない、か。ナナリーとロロのおまじないなら、効きそうだな」

 この兄バカめ、とカレンは内心で思ったが、口には出さない。
 先ほどまで緊張状態だった室内だが、ふと見れば、どことなく力が抜けてしまっていた。

 「・・・そうね、案外効くものなのかも」

 その意味を悟ったのだろう、藤堂と仙波、卜部の顔にも小さな笑みが浮かんでいる。

 「では藤堂中佐、わしらもそろそろそれぞれの母艦へ移らねば」

 「そうだな。では任せる」

 「「承知!!」」

 卜部と仙波が司令室から立ち去ると、エトランジュ達が言った。

 「それでは皆様、ご武運をお祈りいたします」

 「ゼロ様の勝利を、わたくしどもは確信しております。どうぞご存分に」

 「私は星刻達を信じてる」

 「スザク・・・この戦い、必ず生きて戻って来なさい。
 あのような兵器に負けるなど、あってはならないこと。
 貴方の帰りを、皆で待っています」

 「イエス、ユア マジェスティ!!」

 スザクが敬礼すると、別れの挨拶を残してモニターからエトランジュ達の姿が消えた。

 ルルーシュはパネルを操作すると、全軍に向かって告げた。

 「休戦終了時間まで、残り二時間を切った!
  全ての団員達は、速やかに戦闘準備に入れ!」

 途端に全軍が、今まで以上にあわただしくなる。

 ブリタニアとの国境間近まで来た時、進軍は止まった。

 そこからブリタニア大陸に近い位置で、レーダーは既にあのフレイヤを搭載した悪魔の要塞と呼ぶべき城、ダモクレスを捕捉している。

 そしてとうとうブリタニアの時計の長針が、夜中の十二時を通過する。

 ルルーシュは通信回路を開き、一斉に世界に向けて演説を始めた。

 「帝国宰相シュナイゼルは、自国首都にさえその刃を向け、己の歪んだ理想へ世界を導こうとしている!
 ブリタニアは確かに差別国是を掲げ、多くの国々を植民地として奪い、そこに住む人間達に数字をつけて差別してきた。だがしかし、全てのブリタニア人がそうであったわけではないことは、ユーフェミア皇帝やそれに賛同する者達が既に証明した!
 殆どの国民達は、ただ上から抑えつけられ、間違った道を歩かざるを得なかったのだ。
 我が聡明なる騎士団員よ、敵国に住むといえど、咎なき人間を見捨てる事は、正義に適うだろうか?!」

 「違う!俺達はただ平和のために戦っている!復讐のためではない!」

 「何も知らない国民を巻き込む宰相なんざ、誰もいらねえよ!」

 「悪夢の兵器、フレイヤを消し去れ!」

 周囲はゼロコールとともに、打倒シュナイゼル、消えされフレイヤと叫ぶ声とであふれ返った。
 
 「まさしくそのとおりだ!ゆえに我々は超合集国の命を受け、フレイヤなる大量破壊殺戮兵器を世界に向けようとするブリタニアに対し、開戦する!
 打ち砕くのだ、フレイヤを、ダモクレスを、そしてシュナイゼルを!勝利は、我ら黒の騎士団にあり!!」

 「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」

 「よっしゃ、絶対やってやるよ!!行くぞ、野郎ども!!」

 「おおおお!!」

 士気を高揚させた黒の騎士団達は、次々にナイトメアに乗り込んだ。
 そして数多くの母艦と斑鳩、そしてナイトメア部隊は、ブリタニアの国境を越えた。



 黒の騎士団、国境を超える。
 ダモクレスいたシュナイゼルは、その報告を自室でカノンから間を置かずして受け取っていた。

 「シュナイゼル殿下、黒の騎士団がブリタニアの国境を超えました。いかがなさいますか?」

 「ブリタニア宮殿ではまだ父上が見つかっていないから、そう遠くへはいけないからね。
 もう少し引きつけてから戦闘に入るとしよう。そうだな・・・ちょうど夜明け、そのあたりで迎撃準備に入ろう」

 「夜明けといえば、あと五時間ですね。承知いたしました」

 戦闘状態に入っている頃だが、緊張時間はそう長く続かない。
 夜明けになればそれもピークに達している頃なので、古典的だが迎撃にはベストな時間と言えよう。

 シュナイゼルはダモクレスで、各方面に手早く指示を出した。
 形式的な皇帝であるオデュッセウスはそれに対して何も言わず、ただ自室で死んだように椅子に座っている。

 (ゼロ・・・頼む。シュナイゼルを止めてくれ・・・!)

 自分の部下が数名、ユーフェミアの元に行った。
 自分が出来る限りの範囲で手に入れたダモクレスの情報を持って行かせたが、役に立っているだろうか。

 そう祈りながら、オデュッセウスはただ窓の外を眺めていた。



 何事もなく夜が明け、朝焼けが黒の騎士団を照らすと同時に、レーダーを見ていたオペレーターが叫ぶように報告した。

 「ダモクレス要塞、捕捉しました!!」

 「やはり夜明けに来たか・・・では、始めるとしよう。
  行け、我が黒の騎士団!!」

 「承知!!」

 ルルーシュが手を振ると、まず藤堂と千葉が率いるナイトメア部隊が斑鳩から飛び立った。
 そしてブリタニア大陸近くにあるナイトメア部隊と交戦を始め、たちまちにしてそれらを撃墜していく。

 「思った通り、数が少ないな。やはり、フレイヤでカタをつけるつもりのようだ」

 フレイヤ有効範囲に来た瞬間、こちらに向かって撃つつもりだろう。
 だが、そうはさせない。

 「ダモクレスのスピードは、巨大な分かなり遅いというのは本当だったな。
 では、行くとしよう・・・やれるな、スザク」

 それぞれの愛機に向かっていく途中、ルルーシュがスザクに向かって言うと、スザクは頷いた。

 「もちろんだよ、ルルーシュ。僕と君が組んで、出来なかったことなんてないだろ?」

 「そのとおりだ。行くぞ!」

 「うん!」

 二人は互いに手を握ると、それぞれのナイトメアに搭乗した。
 まずはスザクが、六枚羽を輝かせて踊り出た。
 
 「ランスロットを確認しました。枢木 スザクです」

 「ほう、あれが・・・ロイドは随分と張り切って改造したようだね」

 ランスロット・アルビオンは瞬く間に敵ナイトメア部隊を壊滅させ、まっしぐらにダモクレスに向かって突撃していく。

 続けて蜃気楼が、大部隊を率いて猛スピードでダモクレスに肉薄する。

 「なるほど、フレイヤを撃つ前に、スピードとパワーで迅速に攻略しようと言うつもりかな」

 あれほどのパワーを持ったフレイヤだ、エネルギー反応がないうちに、突撃するしかないと思ったのだろう。
 次々と母艦からナイトメア部隊が出撃して、ダモクレスを囲むように陣を敷きつつあった。
 
 「あれは中華の、最新型ナイトメア・・・黎 星刻までもが出撃か。
 だが残念だが甘いよ、ルルーシュ。最初の一撃は、既にエネルギーを装填済みだ」

 撃つにはエネルギーを貯めてから十分ほどの時間が必要だが、ここに来るまでにもう準備は終えてあった。
 ただ残念なことに一基しかまだ砲台がなく、二台目を造っている途中に黒の騎士団は休戦条約の延長を認めず進攻してきたため、一度でカタをつけたいと思っていた。

 「蜃気楼に狙いを定めるんだ。ゼロさえ討てば後は烏合の衆、どうとでも料理出来る」

 「イエス、ユア ハイネス」

 淡々とその命令を受諾した兵士達が、ルルーシュが操る蜃気楼に照準を合わせる。

 一撃で決めるため、シュナイゼルはモニターで幾度となく確認した後、手にしていたフレイヤのスイッチ、ダモクレスの鍵を、ためらいなく押した。
 途端にすさまじいエネルギーの塊が、ダモクレスの砲台から発射される。

 「来たぞ、フレイヤだ!!」

 騎士団員の、悲鳴のような報告に、動揺が走った。
 だが、藤堂がひるまずに叫んだ。

 「うろたえるな!信じるのだ、ゼロが起こす奇跡を!!」
 
 「陣を崩すな!フレイヤを止め次第、全軍突入する!」
 
 星刻の指示に、騎士団達はもはや逃げぬと、そのままそこへとどまった。

  「必ず成功させてみせる。この一手で、何としても!!」
 
 ルルーシュは見事に無駄のない動きで、キーボードを踊るように操作していく。
 そして十秒も経たずにプログラムを打ち込むと、それをスザクへと渡した。

 「ルルーシュ!」

 「行け、スザク!!」

 「うおおおおおお!!」

 スザクはルルーシュから渡されたアンチフレイヤシステムを見事に受け取ると、白く赤く光る禍々しい兵器へと投げつけた。

 シュナイゼルは蜃気楼からランスロット・アルビオンへ渡された物の正体に眉をひそめたが、次の瞬間に己が放ったフレイヤが、ゆっくりと停止するのを見て目を見開いた。

 世界中の力を結集して生み出した、アンチフレイヤシステム。
 ニーナが考案し、名だたる科学者達が改良し、そしてナイトメアパイロット達によってその力を発揮する。
 数多くの人々の力と願いが込められた、その殺戮を止めるシステムの名は。

 「アイギスの盾・・・発動成功!!」

 「やった・・・・やったのか?!」

 「やった、ゼロがやったぞ!!!うおおおお!!」

 ルルーシュの作戦成功の声に、黒の騎士団から歓声が上がった。

 ルルーシュとともに出撃した井上は、涙ぐみながら呟いた。

 「・・・杉山、見てる?仇はゼロが・・・みんなが取ってくれたわよ」

 そして対照的に茫然となるダモクレスの兵士達は、指示を求めるようにシュナイゼルを見た。

 「・・・そんなオモチャを、この短期間に用意するとは」

 エーギル海域戦で、フレイヤの被害を減らしたアルフォンスはこちらの手の中にあったが、どうやら彼のほかにもウランを考えていた者がいた、ということか。
 もちろんそれは考えないでもなかったが、それでもこの短期間にフレイヤを止める手段を考えるとは、想像していなかったのである。

 「今だ、飛びこめ!!全軍、ダモクレスに向かって突撃!
 世界を混乱に陥れる元凶、シュナイゼルを捕えるのだ!!」

 星刻の命令に、黒の騎士団のナイトメア部隊は次々にダモクレスに向かって突撃していった。
 ダモクレスの外にはナイトメア部隊はいても大した数ではなかったため、あっという間に蹴散らされていく。

 「十分だ、次のフレイヤ装填まで、時間を稼いでくれ」

 「イエス、ユア ハイネス」

 さすがにまさかあのフレイヤが防がれるとはと驚愕したカノンだが、シュナイゼルの指示に従ってサクラダイトの爆弾を撃ち放つ。
 だが蜃気楼のバリアに無効化され、あるいはランスロット・アルビオンに同等のエネルギー波で相殺され、効果は少なかった。

 スザクとルルーシュが、凄まじい速さでダモクレスの内部に突撃した。
 
 「α3に敵侵入!」

 オペレーターの報告に、シュナイゼルはやれやれと肩をすくめた。

 「たいしたものだね、ルルーシュ。私に最後の策を使わせるとは」

 まさか、あれほどあっけなくここまで来るとは計算外もはなはだしいが、それでも最後に勝てればそれで構わないのだ。

 「このダモクレスは、ルルーシュ達を捕らえた檻となった。
 私達が脱出した後、このダモクレスそのものをフレイヤで消去しよう。立派な棺だ、喜んでくれるだろうか、ルルーシュは」

 脱出準備を命じながらうそぶくシュナイゼルに、カノンは言った。

 「しかし、フレイヤはこれで全て撃ち尽くすことになりますが」

 「ダモクレスもフレイヤも、しょせんは機械。また作ればいいよ」

 フレイヤをダモクレス内で造る工場を造るために余力を割かれ、新たなフレイヤ弾頭を造るにも何しろカンボジアのトロモ機関が拠点だったため、ブリタニアで製造施設を造る間がなかったのだ。

 「しかし、トロモ機関にそこまでの余力はありません。ローゼンバーグも・・・」

 「ゼロすら消せるような兵器となれば、様々な組織が喜んでフレイヤを造ってくれるだろう」

 「それは、テロリズムにつながりませんか?それをオデュッセウス殿・・・いえ、陛下がお認めになるとは思えません」

 カノンの意見にそうだろうねとシュナイゼルは頷くが、とうにオデュッセウスの理想から離れた行いをしているので、今さらだと無視した。
 それでも形式的な皇帝なので、見捨てるわけにはいかないと、彼を連れてくるように部下に命じるのだった。



 一方、黒の騎士団がシュナイゼルを探せと叫びながら、ダモクレス内を制圧にかかっていた。
 内部の兵士達が応戦するも、黒の騎士団のナイトメア部隊にあっという間に戦闘不能にさせられていく。

 「シュナイゼルは管制室か、もしくは脱出艇にいるはずだ!
 スザク、俺は脱出艇に向かう。お前は管制室を抑え、オデュウッセウスの身柄を見つけたら確保してくれ」

 「了解。じゃあシュナイゼルは任せたよ」

 スザクとルルーシュはそう会話を交わすと、それぞれ部隊を率いて二手に分かれた。
 ルルーシュはジェレミアを始めとするゼロ番隊、スザクは管制室を抑えるための部隊で、井上や南がいる。

 まっしぐらに管制室に向かったスザクは、やたらゆっくりした足取りの一団を見つけ、それの中心にいるのがオデュッセウスだと解ると慌てて止まった。

 「オデュッセウス殿下・・・ですよね?!」
 
 丁重に連行されている途中だったオデュッセウスは、その声を聞いてようやく黒の騎士団が来てくれたのだと安堵の笑みを浮かべた。

 「黒の騎士団・・・ようやく来てくれたのだね・・・」
 
 「よかった、ユフィが心配してたんだ。
 ル・・・ゼロ、オデュッセウス殿下を見つけたよ!」

 通信でスザクがルルーシュに報告すると、即座に身柄確保の指令が飛んだので、あっという間にオデュッセウス達は取り囲まれた。

 歩兵部隊ごときがナイトメア、しかもランスロット・アルビオンに勝てるはずはない。
 しかもオデュッセウスが、笑顔すら浮かべて降伏命令を出した。

 「降伏する、これ以上の戦いは私の望むところではない。
 私はどんな罰をも受けよう。だからシュナイゼルを・・・!」

 「解っています。貴方が黒の騎士団にもたらしてくれた情報に、ゼロはとても感謝していました」

 「そうか、よかった・・・そうだ、急いで言わなければならないことがある。
 アルフォンス王子は、シュナイゼルが確保している。今は医療階層の一室に、監禁されているはずだ。
 亡命する部下に伝えたかったんだが、ダモクレスの内部データで精いっぱいで余裕がなくて・・・」

 「アルフォンスさんが?!解りました、至急助けに向かいます」

 今、次々にダモクレスに黒の騎士団とEU軍が突入しており、ジークフリードとクライスも来ているはずだ。
 井上が通信を入れて報告すると、クライスがすぐに行くと返してきた。
 
 「ではオデュッセウス殿下、僕達と一緒に来て頂きます」

 スザクの言葉にようやく重圧から解放されたオデュッセウスは頷き、先ほどとは違って力ある足取りで、管制室へと向かうのだった。



 「セブンス・シークエンス。フレイヤ目標位置を、ダモクレス本体に変更」

 脱出準備を手際よく進めていたシュナイゼルは、形式的とはいえ自分が担ぎあげた皇帝・オデュッセウスの捕縛の報告を受けて、やれやれと肩をすくめた。

 オデュッセウスは優先的に確保する必要はないから、おそらくはたまたま見つけたのだろう。
 既に彼がルルーシュの手に落ちてしまったのなら、無理をして助けるほどの価値がないので見捨てる事にした。

 「では急ぐとしよう。あのフレイヤを無効にするおもちゃは、ゼロでしか使えない代物だ。
 彼がダモクレスにいる間に、カタをつける」

 フレイヤを無効にする時の映像を見直したシュナイゼルは、相当の短時間でシステムを打ち込み、さらにはそれを瞬きするような時間で投げつけるなどの神業を要すると、看破していた。
 だからこそルルーシュをダモクレスに閉じ込めた今が、好機なのである。

 「まもなく発進します。ハルトグレン卿との邂逅ポイントは・・・」

 オペレーターの報告を聞き流しながら脱出艇に入った時、そこにいたのは黒いマントを翻し、仮面を被ったゼロ・・・ルルーシュだった。
 背後には黒の騎士団のナイトメアが数体と、ジェレミア・ゴッドバルドと歩兵が十数名、銃を構えている。

 「待っていたよ、シュナイゼル」

 「・・・そうか、チェックメイトをかけられたのは私か」

 シュナイゼルの護衛兵士達が黒の騎士団を抑えつけようと銃を構えるも、シュナイゼルはそれを制し、悠然と近くの椅子に腰かけた。

 「なるほどね。教えてほしい。なぜ私の策が解ったんだい?」

 「策ではない。私が読んだのは貴方の本質だ」

 「本質?」

 「貴方には勝つ気がない」

 ルルーシュの答えに、シュナイゼルは何も答えなかった。
 ルルーシュもそれを初めから期待せず、さらに続ける。

 「朱禁城事変、超合集国との会談、ペンドラゴンでのクーデター、貴方は常に負けないところでゲームをしている」

 「だから、私がダモクレスを放棄すると?」

 「その通りだ。貴方の目的は、世界に平和をもたらすことにある、と言った。
 そして貴方には勝つ気がない。それを踏まえれば、導き出せた答えだ」

 そう言いながら、ルルーシュはポケットからチェスの駒を取りだした。
 白と黒のキングが、近くの卓上に置かれて睨みあう。

 「一つ、確認したい。貴方はダモクレスで、世界を握りたかったのか」

 「違うよ。私はただ皆が望むことを・・・平和を創りたいだけだ」

 「人の本質を無視した形の平和でも?」

 「見解の相違だね」

 シュナイゼルはそう応じると、テーブルの上の白のキングを指先でぱたりと倒し、また起き上がらせた。

 「貴方は今日という日で、世界を固定しようと考えた。
 だが、変化なき日常を生きているとは言わない。それはただの経験だ」

 「しかし、その連なりを知識というだろう?
 それに、変化なき日常を長年に渡って続けてきた国がある。そうすることで、平和を維持してきた国だ」

 シュナイゼルはそう言って、懐から何やら小さな飾りを取りだした、
 それを見て、ルルーシュは仮面の下で驚いた。
 大きな鳥が、中央に描かれた家を大事そうにその羽根で優しく包み込んでいるその意匠は、マグヌスファミリアの国旗と同じだったから。

 「マグヌスファミリア・・・素晴らしい国だ。
 あの国ほど無駄がなく、効率的な国はないよ。私の理想に、一番近い国だ」

 珍しく称賛するシュナイゼルに、ルルーシュはさらに驚いた。

 「あの国がどんな生活をしてるか、知っているかい?」

 「ある程度は、エトランジュ様から伺っている」

 「なら君も解るだろう?世界をマグヌスファミリアのようにすれば、世界は平和になると言うことを」

 マグヌスファミリアは、長年に渡って鎖国を続けてきた小国だ。
 国民達は大人になると、それぞれ必ず何がしかの職に就く。
 秋になり収穫の時期を迎えれば国民総出で畑を手伝い、農閑期になれば機織りや漁業、網を作る。
 子供達は簡単な算数や読み書きを教わり、学校を卒業すると大人の仲間入りをしてその技術を継承する。

 人口維持のために多産を奨励しており、同世代同士で結婚するほうが安定した人口層を築けることから、彼らは学校を出るとすぐに大きな屋敷に住み、直系家族を離れて共同生活を営む。
 そして結婚する運びとなれば、その屋敷を出て家を貰い、新たな直系家族を作るのである。

 王制についても、王が全ての決定権を持つ代わり、余裕がないから王がまともな仕事をせざるを得ない仕組みになっている。
 おまけに『王様の決定はやだ』と言おうものなら、『じゃあ君がやりなさい』と返せばこの国民に限っては皆嫌がる。
 というのも、王族と国民の生活水準は皆同じなので、他国のように飽食に明け暮れ、宝石で身を飾るということが出来るわけではないのである。
 よって国王になれば責任ばかり背負わされ、特に得をすることがない。
 余裕がないからこそ、失敗が許されない決断を強いられる運命なのだ。
 そしてその重荷を軽くするため、この国には譲位制度が生まれた。

 「だが、それはあくまでもマグヌスファミリアと言う特殊性に限ってのことだ。
 人口が二千人だから、人々が互いに協力し合わなければ生きていけない環境だからこそ・・・」

 「そのとおり。悲しいかな、人は多くいればそれだけ利便性が高い生き物だけど、同時にそれだけ諍いを生じる生き物だ。
 多くまとまり過ぎた集団は、どれほど優秀な指導者がいてもまとめきるのは至難の技だ。
 現在の世界人口は多すぎる。だから今、争いが絶えないのではないかと、私は思う」

 「まさか、貴方が戦争をする国にフレイヤを落とす本当の目的は・・・!」

 ルルーシュはフレイヤを使ってシュナイゼルが何を考えていたのか、その発言で全て悟った。

 シュナイゼルは理解を受けて、いつものように穏やかな笑みを浮かべる。

 「そう、戦争をしていることを口実にフレイヤを使って、人口を大幅に減らす。
 もともと戦争は、管理するには手に余るほどの数の人間がいるのが原因だ。
 一度数を減らしてしまえば、後はそれを調整維持すればいい・・・マグヌスファミリアのようにね」

 休戦条約の延長に関しての会談の時、シュナイゼルは心から『世界をマグヌスファミリアのようにしたかった』と言っていた。
 だがその真実の意味を知って、ルルーシュや黒の騎士団の間に戦慄が走る。

 「人口が増えれば、また戦争が起こる。そしてそれをフレイヤで粛清する。
 悲しいことだけど、一番効率がいい。ブリタニアを恐れて世界がまとまったように、今度は私を恐れることで、平和を促す」

 淡々と恐怖の塊のような計画を語るシュナイゼルに、ルルーシュは呆れたように言った。
 
 「なるほど、やはり貴方は優秀だよ。優秀すぎるがゆえに見えていない。
 そう、皇帝シャルルは、昨日を求めた。貴方は今日を。
 だが私は・・・私達は明日が欲しい」

 「明日は今日より悪くなるかもしれない」

 「いいや、よくなる。たとえどれだけ時間がかかろうと、人は幸せを求め続けるから」

 「それが欲望に繋がるというのに?はっははは、愚かしさも極まったね。
 それは感情に過ぎないよ。希望や夢という名の、当てのない虚構」

 くすくすとおかしそうに笑うシュナイゼルを、ルルーシュは内心で憐れんだ。
 彼には希望や夢がない。ただ皆が望むことを、効率的に叶えようとしているだけの人間だ。
 だから人の感情を理解出来ない。今起こっている問題を解決することしか、見えていないのだ。

 「それが皇族という記号で世界を見下してきた、貴方の限界だ。
 私は何度も見てきた。不幸に抗う人を、未来を求める人を。皆が幸せを願い抗い続けた。
 だからこそ、今私達はここにいる・・・恐怖の象徴であるフレイヤを破り、あのアンチフレイヤシステム、アイギスの盾をもって」

 「ずいぶんと青いネーミングだね。それが君の見解か。
 もういい、私を殺したまえ。ただし、君もフレイヤで消える。
 軍事力の象徴であるゼロ、君がいない状況で、平和の象徴であるエトランジュ女王やユフィだけでこれからを乗り切れると思うのなら、好きにしたまえ」

 組織の形と言うのは、いくつかある。一つは初期の黒の騎士団のように、能力とカリスマと象徴を一つにまとめた指導者を据えた組織。
 これらは指導者がいる限り組織を強力かつ円滑に動かしていける利点があり、一番トラブルが少ないと言えるだろう。
 だが、カリスマと人気と能力を同時に持った人間と言うのは、ごく稀にしかいない。
 能力だけを持った人間のほうが圧倒的に多く、同時に人格者であると言うのはそうはいないものである。だからこそ、指導者が倒れればそれでおしまいという致命的な欠点がある。
 人間である以上、どのような形であれ死は免れないからだ。
 それを恐れて、過去の人間はコードで王を縛り付け、永遠に生きて貰おうと考えたのであるが。

 もう一つは、カリスマと人気を持った指導者を据え、能力を持った人間がナンバー2として補佐する形だ。
 実のところ、能力は低くとも人柄のいい人間、人柄は良くとも能力の低い人間ならば、それなりにいる。だからこの手の組織なら作りやすく、人材が補充しやすいから長く維持が可能なのである。
 
 現在、黒の騎士団が前者、超合集国およびEUが後者の組織を形成している。
 そして黒の騎士団が超合集国の下につくことで、うまくバランスを取っているのだ。

 そんな彼女達を見捨てられるのかと笑うシュナイゼルに、ルルーシュは不愉快そうに言った。

 「見くびるな、シュナイゼル。貴方には過去の、自分には何も出来ないと嘆くばかりのユーフェミアのままなのだろうが、彼女はもう既に私の手がなくとも、国を支えていける。
 エトランジュ女王にも、既にアルフォンス王子・・・いや、アルフォンス大公を始めとする一族、EUの議員達もついている。
 私がいなくとも、藤堂や星刻、四聖剣が、黒の騎士団を引っ張っていける。
 もうすでに、力だけで事を進めるしか能のない私や貴方は不要なのだ」

 「ほう、君がいなくてはあのアイギスの盾とやらは動かせないはずだ。
 今フレイヤを消しても、他の国がまた造るだろう。兵器とはそうしたものだよ」

 他国に出来たのなら自国もと、争って研究に励むと笑うシュナイゼルに、ルルーシュは仮面の下で笑った。

 「なるほど、それを見破ったのはさすがだ。だが、やはり貴方は何も見えていない。
 シュナイゼル、貴方には今度こそ負けて貰う」

 「つまり、私を殺す・・・ということだね。
 いいだろう、私達の命で、世界に平和を」

 今自分達が死ねば、ブリタニアや超合集国連合、EUの戦闘力は大幅に激減する。
 残った戦闘力では、ブリタニア大陸制圧が精いっぱいになり、それを超合集国が治める事になるだろう。
 その後は他国との膠着状態を維持するのにかかりきりになるから、これで戦争は一時的にせよ終結するだろう。
 永続的な平和にはならなかったが、かなり長い間の平和にはなる。

 「既にダモクレスを撃つよう、命令は伝達済みだ。残念だったね、ルルーシュ」

 「それは既に死んだ者の名だ。
 それに、貴方の思う通りに事が運ぶかな?」

 自信に満ちた末弟の声に、シュナイゼルが眉をひそめたその時、黒の騎士団のオペレーターが声を上げた。

 「ゼロ、八時の方向よりアヴァロンを捕捉!フレイヤ反応を確認しました!」

 「・・・来たか」

 全く動じる様子もないルルーシュに、シュナイゼルは内心で眉をひそめた。

 「最後に、貴方にお見せしよう。これが我々の力だ!!」

 ルルーシュが手を挙げると、モニターに映し出されたのは今自分がいるダモクレスの映像だった。
 そしてそこに肉薄する、アヴァロンの映像が別のモニターに映る。

 「・・・まさか」

 シュナイゼルはルルーシュの意図悟り、モニターを注視する。

 「アヴァロンより、フレイヤを確認!ダモクレスに向けて発射されました!」

 オペレーターが叫ぶが、そこに先ほどから空中で静止していた一部隊が一斉に肉薄しする。
 そしてひときわ大きなナイトメアが飛び出すのが見えた。

 「総員、隊列を崩すな!!アイギスに攻撃を加える者全てを、なぎ払え!!」
 
 こちらの意図を悟ったのだろう、アヴァロンがあまりに露骨に守られているナイトメアに向かって攻撃してきたため、卜部率いる部隊がそれを阻止すべく突撃してきた。

 アヴァロンを撃墜することは叶わなかったが、複数のサザーランドがその身を呈してアイギスを庇い、ロストしていく。

 「オールハイル、ユーフェミア!!」

 唯一、久々のグロースターに乗っていたダールトンはそう叫びながら、アイギスを守るためにスラッシュハーケンを連打し、攻撃の軌道を変えた。
 それでも完全には変えることは出来ず、余波を食らった彼のグロースターの右腕が無残に爆破し、ナイトメア用大型ランスが海へ落下するが、彼自身は無事だった。

 「やってやる・・・やってやる!私にだって出来る!
 ゼロだけじゃないってこと、見せてやるんだ!!」

 アイギスの中で、必死でキーボードを操作するユンの声に、ナイトメアを操縦するC.Cが言った。

 「安心しろ、私が必ず星刻に繋げてやる」

 一方、第三陣としてやはり近くに来ていたプログラマー・カークディクソンも、準備を整えていた。

 「よし、ここまでなら打ちこめたぞ。失敗してもこれなら二秒で完成だ!
 カレンさんの0.03秒の記録と合わせれば、彼女が失敗しても間に合う!」

 「みんな・・・お願い・・・!」

 カレンの祈るような声の後、第二陣のユンはとうとうアイギスの盾の打ち込みに成功した。

 「C.Cさん、完成しましたああ!!」

 「行くぞ、星刻!!」

 「我が誓いの全てを、ここに込める!!」

 C.Cが投げたアイギスの盾はすぐに星刻に手渡され、彼の操る神虎は驚異的なスピードでそれをダモクレスに向けて飛ぶフレイヤに向かって投げつけた。

 「・・・やったか?!」

 静止しないフレイヤに失敗か、と驚愕の声が響く。
 だがやがてフレイヤは回転をゆっくりと止め、そしてそれは静かに止まった。
 
 「やった・・・成功だ!
 ゼロがいなくても、成功したぞ!!ざまあみろ!!」

 歓喜の声が、戦場に響き渡る。

 ルルーシュに止められるならまだしも、まさかそれ以外の人間が止めるなど想像していなかったシュナイゼルは、茫然となった。

 「だから言っただろう?もう私がいなくても問題はないと。
 さらに、もう一つご覧頂く」

 ルルーシュがさらに合図を送ると、次にモニターに映し出されたのはエトランジュやユーフェミア、天子と神楽耶だった。

 「皆様、突然放送に乱入したことをお詫び申し上げます。
 ですが、どうしても世界の皆様にご覧頂きたいものがあり、こうして勝手ながら回線をお借りいたしました。
 今、ご覧頂いた映像は、先日世界を騒がせた全てを無に帰す兵器・通称フレイヤを、見事黒の騎士団と、EU軍の連合部隊が無効にしてみせたものです。
 一度目はゼロが無効にしましたが、先ほどの映像はゼロではなく、EUのプログラマーが行ったもので・・・」

 エトランジュの告げた内容を聞いて、シュナイゼルは全ての敗北を悟った。

 「・・・やられたね。私の負けだ」

 ゼロと言う名は、世界ではもはやカリスマの代名詞と言える。
 そのゼロでなければ無効化出来ない、というだけなら、まだ兵器として活用可能だった。
 何しろ、凡人では動かしえないナイトメアを使っての無効化となれば、天才をほいほいと最前線に投入出来ないのだから、充分戦略兵器として有効なのだ。

 だが今、ゼロでなくとも無効化出来ると公表された。
 これではフレイヤは欠陥兵器であると世界に向けて伝えられたも同様で、シュナイゼルがこの場を切り抜けたところで、フレイヤは手土産にはならない。
 何しろ世界の二大組織には、それを使い物にならなくする技術があるのだから、開発するだけ無駄というものだ。
 それどころか、基地一つを丸ごと消すような兵器を生み出した人間として危険視され、そんな男と同一視されることを恐れて、超合集国に差し出して恩を売る方を選ぶだろう。
 つまり、逃げ道は全て封じられたのだ。

 もはやフレイヤは、全て撃ち尽くした。
 あったとしても、まだ控えの部隊がいる以上、結果は同じだ。

 「このフレイヤは、ウラン理論をもとにしたものだそうです。
 超合集国連合とEUは、エネルギー源として使うことを考えていますが、安全性が確立されるまでは使用しないと言う条約を、締結いたしました。
 このウランは非常に危険です。兵器として使うことの愚かさを、皆様にご理解頂きたく・・・」

 「この恐ろしい兵器は、この映像の通り巨大な基地を丸ごと消してしまうものです。
 これを新たに使おうとする国は、世界によって厳しく糾弾されることになるでしょう。
 このような悪夢を生み出した責任を、シュナイゼル・エル・ブリタニアには必ず取って頂きます」

 神楽耶の説明に次いで、ユーフェミアが厳しくシュナイゼルを罰することを宣言した。

 「・・・ゼロ、君は私に何を望む?」

 敗者が勝者に従うのは当然とばかり、シュナイゼルが尋ねると、ルルーシュは静かに答えた。

 「私達に、降伏を。そして、その後はおとなしく国際裁判をお待ち下さい」

 「いいだろう。通信を開いてくれたまえ」

 淡々とその要求を聞き入れたシュナイゼルの前に、通信回路が開かれた。

 シュナイゼルの降伏受諾が、オープンチャンネルで両軍に告げられた。
 もともとダモクレスが主戦力だったブリタニア軍は、ダモクレスを抑えられ、さらにフレイヤを無効にされたことで戦意を喪失。
 既に戦闘状態になっていなかったため、アヴァロンも機関を止め、名実ともに戦闘が終了した。

 ガシャリと音を立てて手錠をかけられている間も、メイドに上着を着つけさせているかのように悠然としていたシュナイゼルは、ルルーシュに尋ねた。

 「よくこんな短期間に、アイギスの盾とやらを作りだせたものだね。どんな手品を使ったんだい?」

 フレイヤを形にして数発作るだけでも、半年以上かかった。
 さらに製造工場はどんなに早くても三ヶ月はかかるという試算が出ていただけに、わずか一カ月でそれを無効化するシステムを開発するなど、想像していなかったのだ。

 「別に、手品と言うほどではない。もともとウラン理論をエネルギー源として考えた学者がいて、それと合わせて安全弁となるシステムを考えていた。
 それを、今回のフレイヤを無効化する形にするように、全世界の学者が死に物狂いで構築してくれただけのことだ」

 「・・・なるほど」

 必死でエトランジュ達が策はあるとゼロが言っていた、だから心配はないと言い続けていたことは、シュナイゼルも聞いていた。
 だからゼロの動向ばかりに目を光らせていたが、ゼロもかなり頻繁に表舞台に出て演説などを行っていたため、意図が読めずにいた。
 しかし、なんてことはない。ただ目を向けてすらいなかった者達が、ゼロのマントの陰で動いていただけだったのだ。

 「たった一カ月で・・・有り得ないわ」

 カノンが信じられないという様子で呟くと、ルルーシュはダモクレスのキーボードの前に座り、システムを調べながら言った。

 「その学者を支え、皆それぞれの得意分野の知識を生かしてくれた。
 そして超合集国、EUが資金と設備を最大限に整え、力になれるのならと医者やシェフなどが一カ月もの間、研究生活に付き合ってくれた。
 ここに、私を介した要素などどこにもない。皆、自分の力で行ったことだ」

 「・・・・」

 「シュナイゼル、ここも貴方の失敗だ。貴方はこの戦いの間、何もかも全てに貴方の決定を必要とした」

 ペンドラゴンの皇族・貴族を見張り、行方不明のシャルルの捜索、超合集国・EU連合との会談、ギアス対策など、彼にはやることが尽きなかった。
 彼は確かに優秀だが、彼には仕え甲斐がないのか、はたまた本人が必要としなかったのかは不明だが、自身の直属の部下が非常に少なかったからだ。

 「人は平等ではないとシャルルは言ったが、時間の流れは平等だ。
 どれほど貴方の頭脳が優秀でも、全てを把握し、なおかつ事細かな指示を出していればどうしても遅れは否めない。
 私には仲間がいた。だからこの一カ月、私はただフレイヤ対策にのみ全力を尽くせばよかった」

 たった一人が何かもを背負う組織の限界、それはそのままシュナイゼルの限界でもあった。
 効率を重視し、結果ばかりを求めるあまり、敗北を招いたという皮肉な結末。

 (ギアスで何かしらの策を講じるとばかり思っていたが・・・そういえば、おかしいな。
 何故ルルーシュは、ギアスを使わない?)

 自分がしている特別製のコンタクトを外させ、支配下に置けば完璧なのに、ルルーシュはコンタクトにすら言及せず、ダモクレスのシステムを何やら改造している。

 「これでいい。このダモクレスはこのまま、太陽へ廃棄する。全員、退避せよ!!」

 システムを変え終わったルルーシュがダモクレス内の通信でそう告げると、ジークフリードから連絡が入った。

 「ゼロ、十階の医療階にて、アルフォンス様を発見しました。
 医者を捕まえて尋ねたところ、睡眠剤を点滴投与していたとのことです。
 せいぜい筋肉が多少硬直している程度で、一カ月ほどのリハビリで完治するとのことですが・・・」

 よっぽどギアスが怖かったのか、鍵付きの金属製のアイマスクをさせられて寝かされていたと苦々しい口調の報告に、すぐに脱出艇まで来るように伝える。

 医者達はシュナイゼル殿下の命令で、と言い訳がましかった。
 ただ万が一シュナイゼルが負けたら、エトランジュ女王の伴侶に危害を加えたとして恐ろしい事態になるとオデュッセウスに諭されため、医者達は眠らせるほかは大事に扱っていたらしい。
 最新の医療機器に加え、常時看護師がついてのまめな体位変換や栄養剤など、相当な気の使いようだった。

 (オデュッセウス兄上、いい仕事をしてくれた。エトランジュも、アルフォンスと結婚した甲斐があったと喜ぶだろう)

 すぐにエトランジュに報告するように指示し、管制室にいたスザクがオデュッセウスを連れてやって来た。
 晴れ晴れとした表情のオデュッセウスは、ユーフェミアに会えないだろうかとルルーシュに嘆願する。

 脱出艇の行き先を斑鳩に変更し、そして一同は脱出艇へと乗り込んだ。
 左右をジェレミアと南に抑えつけられたシュナイゼルは、それでもまるで散歩に向かうような足取りだった。
 連行される間際に、シュナイゼルは卓上に置かれていた白のキングを指先でころりと倒した。
 倒れた白のキングは卓上を転がり、そしてそれは床へと落ちていった。




[18683] 第五十一話  皇帝 シャルル
Name: 歌姫◆866a0254 ID:c9b48087
Date: 2013/04/20 12:39
  第五十一話  皇帝 シャルル



 「やりました、世界の皆さん、ゼロがまたしてもやりました!
 あの恐ろしき兵器、悪魔の兵器であるフレイヤを、見事過去の遺物へと変えて見せたのです!!」

 興奮するディートハルトの放送に、世界中でゼロコールが沸き起こった。

 ダモクレスを太陽に廃棄した件については、あれだけの要塞なのだから別に利用すればよかったのではという意見があった。
 だがあれは人を抑えつけるためだけに生まれた要塞、万が一フレイヤがどこぞかに隠されでもしていたらどうすると言われ、その意見はあっという間に消え失せた。
 
 シュナイゼルはダモクレスから脱出艇で斑鳩の捕虜施設に一度送られた後、さらに合衆国日本へとその身柄をオデュッセウスと共に移された。

 オデュッセウスはユーフェミアとの面会を希望しており、彼女の方もそれを望んでいたので、折を見て会う予定である。
 待遇はエトランジュとの政略結婚を企んでいたシュナイゼルの計画をアルフォンスに知らせてくれたので、それに対して感謝しているマグヌスファミリアがある程度配慮してくれている。

 そしてシュナイゼルはというと、淡々と事情聴取に応じ、特に何も希望することはなかった。
 もはや自分には何も出来ないし、するつもりもなかったからである。
 あれだけの兵器を作り、さらには実際に使用した上に恐ろしい計画を立てたとあって、死刑は当然だとの論議も出ている。

 救出されたアルフォンスは、斑鳩の医療施設に送られた。
 幸い外傷はなく、本当に眠らされていただけだったので、リハビリさえ済めば特に問題はないと医者達からお墨付きを得られ、エトランジュ達は安堵していた。

 睡眠薬が切れて目を覚ましたアルフォンスは、目の前にいたクライスに驚き、そして救出されたことを伝えられて大きくため息をついた。
 同時に、コードもギアスも亡くなったことを告げられる。

 「そうか、それでエドやエディから連絡がないんだね。
 まあいいや、僕らの目的だし、面倒が減ってよかった。
 それに、ごめん、迷惑かけた。そのウランの兵器・・・フレイヤだったっけ?よく何とかなったもんだね」

 「世界中の科学者が、集まったからな。お前がいてくれりゃ、って結構言われてたみたいだぜ」

 能力的にはあの科学者集団の中では劣る方だが、もしいてくれたらニーナの盾になってくれたし、調整役として活躍してくれたのにと、ロイドが言っていた。

 「ま、うまくいったんならいいよ。で、エディのほうはどうなの?政略結婚の件、うまく阻止出来た?」

 テレビを見る限りでは、明るい様子のエトランジュを見て阻止出来たのだろうと予想していたアルフォンスは、水差しからコップに水を注ぎ入れながら軽い様子で尋ねた。
 だがクライスは何だか言いにくそうな顔で、口ごもっている。

 「あー、うん、その、なんだ、阻止は出来たよ。
 ただな、その反則というか、禁じ手を使ったっつうか、お前にはいいことなんだか、悪いことなんだかっていうか」

 「・・・正確に言葉は使えよ、クラ。反則でも禁じ手でも、あのバカからエディを守れりゃ、何でもいいんだよ。
 僕は何でも構わないから、詳細を言え」

 口裏合わせなきゃいけないだろ、と苛立つアルフォンスに、そう言ってくれるのを待っていた、とばかりに、クライスは告げた。

 「そうか、そう言ってくれたら俺もマジ助かるわ!
 あのな、お前とエディが結婚してたって事にして、あいつの求婚断ったから!
 お前とエディ、今対外的に夫婦ってことになってるんで、口裏合わせよろ!!」

 一気にそう告げて、じゃ、と逃げようとしたクライスを、目が点になりながらもアルフォンスは腕を掴んで引き止めた。

 「・・・ああん?今、有り得ないことを言われたような気がするんだよ。
 ごめん、もっかい言ってくれない?」
 
 「目が怖えぇよ・・・だからさ、お前とエディが結婚してだな・・・エディが既婚者なら、これ以上ない断り文句だからって・・・アドリス様が」

 ずっと睡眠状態にあったとは思えない力で腕を掴まれたクライスは、痛みに耐えながらも同じことを繰り返した。
 アルフォンスは唖然とそれを聞くと、水差しを床にぶちまけて叫んだ。

 「バカか?!僕とエディは従兄妹同士だ。マグヌスファミリアじゃ、認められてない婚姻だぞ?!
 家族だって、認めるわけが・・・!」

 「認めたさ!エディのためだって言ったら、みんなそれでいいって、反対する奴なんざ一人もいなかった!」

 「なんだって?」

 「マグヌスファミリアはもう、世界のはずれにある小国じゃあなくなってる。
 エディが在位してる間は、なんだかんだで他国に大きく関わらなきゃいけない国になってるんだ。
 だから、それを補佐出来る奴じゃねえと、エディの伴侶は務まらない。けど、王族以外にそんなことが出来るのは、うちの国にはいないんだ」

 「・・・だったら、他にマシな奴が他国にも!」

 「あの状況で、下心なしでエディと結婚してくれる男が、どこにいるんだよ」

 完全に他人からの受け売りだったが、そう答えるクライスに、アルフォンスは言った。

 「僕以外にも、頭のいい従兄はいるだろ?エディが当事者の意志なしで、婚姻に同意するとは思えないけど」

 「ああー、それな。エドがさっくり、『アルはエディが大好きだよ。ずっと前から、エディのことが好きだった』って告げたら、エディは顔を赤くしてた」

 クライスが姉の裏切りを暴露すると、アルフォンスは顔をリンゴもかくやとばかりに真っ赤にした。

 「・・・ちょ、ちょっと待て!エドが何、何でバラし・・・え?」

 「俺はぜんっぜん気付かなかったけどさ、気づいてたやつ割といたぜ?
 お前が早くイタリア留学したのも、医療器具の研究のためだけじゃなくて、お前と距離置きたがってたのもあるってさ。
 けど言われてみたらお前、マグヌスファミリアが占領された後、ずーっとエディの傍にいたもんな」

 本来なら科学者であるはずのアルフォンスは、そのための研究もしていたが、ルーマニアへ慰問のような畑違いの仕事にも同行していた。
 女王になったエトランジュのためというなら、クライスのように力の強い男を護衛に差し向ける方が効率的だったのに、彼女の傍にいたのだ。

 「気付かれてた・・・え・・・」

 「エディ本人は知らなかったみたいだけどな、アドリス様はしっかりと。
 で、よく知ってるアルフォンスのほうが、娘を任せても全く不安はないとさ。
 エディはそれを聞いて、こう言ってたよ。『アル従兄様と一緒にいられるのなら、私はとても嬉しいです』って」

 「・・・他に選択の余地がなかったからだろ。無理して言ってくれたんだ」

 起きて早々夢だと言ってほしい展開に、アルフォンスは脱力したように言った。

 「・・・でも、もうやってしまったんなら仕方ないな。解った、口裏わせはする。
 どうせなら・・・こんな事態になるんだったら、死んで見つかった方がよかったかもな」

 そうしたらエトランジュは未亡人であり、再婚と言う形になるにせよ、本当に恋をした男と一緒になる道があった。
 
 「それもこれも、全部あの疫病神のせいだ。あの野郎、どうなってる?」

 「生きてはいるけど、まあ死刑は確実じゃねえかって意見が大半。
 あれだけやばい思考回路してんだもん、生かすのはやばいだろ」

 「その前にあの無駄に綺麗なツラ、見る影もないほどボッコボコにしてやりたい・・・」

 アルフォンスは心底から呟いた。身体が動くなら今すぐにでも、松葉杖で滅多打ちに行っていただろう。

 「・・・エディは、今どこにいる?」

 「日本にいるぜ。お前が無事だと聞いて、喜んでた。
 黒の騎士団とEUの連合軍は、このままブリタニア大陸に行くけど、お前は治療のために日本に移送することになってる。
 俺と親父も、お前への付き添いって形で戻る」

 イリスアゲートは戦闘補佐に特化した機体だが、どちらかと言えばアルフォンスが操縦するイリスアゲート・ソローのほうが頼りにされているので、特に必要ではなかった。
 
 「・・・僕がいない間の出来事、表にして寄こして。
 それから、リハビリの準備もすぐに手配してほしいって、ラクシャータ先生に伝えておいて」

 「解った、すぐにやる。でも、無理はすんなよ」

 クライスはアルフォンスの心情を慮って、一人にしようと立ちあがる。
 そして雑巾で手早く濡れた床を拭きとると、コップに水を新しく注いでから病室を出た。

 「ちっくしょ・・・家族が何で、エディを追い詰めるんだよ・・・」
 
 選択の余地がないままに、禁忌の結婚をさせられた愛する従妹。
 王位継承といい、婚姻といい、彼女は自分の人生の重大事項を、常に己を取り巻く状況で決められてしまう。
 ただ一番ましだと思ったのだろうが、そこに少しでも彼女自身の希望が介在したことがあっただろうか。

 「結婚くらい、自由に決めさせてやってもいいだろ」

 アルフォンスはそう呟くと、苛立ったように水が入れられたコップを壁に投げつけた。
 筋力が弱っていた腕では壁まで届かず、それは床に転がって新たに水たまりを作った。
 それにさえ苛立ちを募らせたアルフォンスは、テレビの中でフレイヤは脅威にならないと訴え続けるエトランジュを見つめるのだった。


 
 エトランジュ達がラインオメガを使い、全世界の電波をジャックして放送を行う数時間前。
 潜伏先のアリエス宮にて、敵から半ば忘れられた皇帝・シャルルが、頭を抑えて考え込んでいた。

 (フレイヤ・・・あれをどうにかせねばならん。だが、もはやシュナイゼルは衛星軌道上にさえ行くことが出来るダモクレスにいる。
 どれほどの数があるのか、量産体制が整っているかどうか、それさえも解らぬ)

 これまでの無関心が見事に祟って、シュナイゼルの手の内が全く知らないシャルルには手の打ちようがない。

 『だったらどうしてそんな最悪な計画を立てた人間に宰相という地位を与え、あまつさえそのまま国政を任せ続けたんだ?!
 普通に宰相を解任しダモクレスを解体させれば済む話だろう?!』

 息子の正論が、今になって身にしみた。
 シュナイゼルの計画を知った段階で、せめて己のギアスで忘れさせていればよかったものを。

 『今、フレイヤをどうにかするために、どれだけの人員と費用が費やされていると思います?それとも計画が成れば、フレイヤは消えるんですか?』

 思想を統一すれば使わないだろうというそれだけの思考のもと、恐ろしい兵器を放置していた。
 結果として宮殿を混乱に陥れてしまい、自分の力が及ぶのはアリエスの宮殿と、自分の指示を仰ぐ子供達と、その部下だけだ。
 それさえもシュナイゼルの監視の網がかぶさっているため、ろくに動けないと来ている。

 「あのダモクレスは、黒の騎士団を迎撃するため、ペンドラゴンを離れたそうです。
 ギネヴィア姉様は、ゼロはヤケになっているとしか思えないが、シュナイゼル兄様と相打ちになってくれるのが理想だとおっしゃってました」

 カリーヌの報告に、シャルルはそうかとだけ応じた。

 (ルルーシュはヤケになるような性格ではない。
 フレイヤの対策を立てはしたのだろうが、それが有効かどうか・・・何せまだ、一カ月しか経っておらぬ)

 フレイヤ対策に金も人も費やしていると、アドリスは言っていた。
 しかしだからといって、この短期間で対処が可能かと言われると、さすがに楽観は出来ないはずだ。

 「・・・シュナイゼルが離れたとて、奴の手の者は宮殿内で監視をしておろう。
 速やかに連中を捕縛する手配をせよ。そのタイミングは、追って指示を出す」

 「イエス、ユア マジェスティ」

 傍に控えていたビスマルクが深々と頭を下げると、命令を実行すべく部屋を出て行った。

 「陛下、シュナイゼル兄様のダモクレスとフレイヤ、どうなさるんですか?」

 「黒の騎士団と戦えば、シュナイゼルも無傷ではすまぬ。その隙を突くしかあるまい」
 
 現時点では本当にその策しかないシャルルは、内心それさえ出来るか怪しいものだと自嘲しながらも、カリーヌには冷静にそう答えた。

 そしてさらに時間が経過し、シュナイゼル率いるブリタニア軍と、黒の騎士団との激戦が始まったとの報が届く。
 
 もはや完全に蚊帳の外に置かれたシャルルは、たまに訪れる子供達やその部下達の報告を、黙って聞いていた。

 「ゼロのナイトメア部隊が、ダモクレスを包囲するように陣を敷いたそうです、陛下。
 フレイヤを撃たれる前に、内部を制圧するつもりなのではと・・・」

 部下の報告にそれしかあるまいなと、シャルルは顎に手を当てて考え込んだ。
 だがそれでは不十分、既にエネルギーを装填されていればむしろ致命的な失敗になると、シャルルは自ら出陣したルルーシュの身を案じた。

 だがそれから一時間も経たぬうちに、別室にいたカリーヌが大慌てで飛び込んできた。

 「お父様、お父様!!大変です、ダモクレスが陥落したって、今全世界に放映されています!!」

 「なんだと・・・?!」

 ダモクレスがこれほどの短時間で落ちたというのも驚きだが、それが全世界に放送されているとはどういうことかと、シャルルは思わず椅子から立ち上がった。
 戻ってきていたビスマルクがリモコンでテレビのスイッチを入れると、どのチャンネルを回しても映っているのはユーフェミア、エトランジュ、神楽耶、天子の演説だった。

 「これです、お父様!私もニュースを見ていたら、突然この女が現れて!」

 「皆様、突然放送に乱入したことをお詫び申し上げます。
 ですが、どうしても世界の皆様にご覧頂きたいものがあり、こうして勝手ながら回線をお借りいたしました。
 今、ご覧頂いた映像は、先日世界を騒がせた全てを無に帰す兵器・通称フレイヤを、見事黒の騎士団と、EU軍の連合部隊が無効にしてみせたものです。
 一度目はゼロが無効にしましたが、先ほどの映像はゼロではなく、EUのプログラマーが行ったもので・・・」
 
 (あの男の、娘・・・!)

 映像をよく見てみると、ルルーシュは既にダモクレスに突入した後のようで、無効化したのは初めて見る大型のナイトメアと、中華のナイトメア・神虎が協力してフレイヤに何やらぶつけている姿だった。

 (・・・あれで、フレイヤを?このひと月足らずで、開発したと言うのか?!)

 「このフレイヤは、ウラン理論をもとにしたものだそうです。
 超合集国連合とEUは、エネルギー源として使うことを考えていますが、安全性が確立されるまでは使用しないと言う条約を、締結いたしました。
 このウランは非常に危険です。兵器として使うことの愚かさを、皆様にご理解頂きたく・・・」

 「この恐ろしい兵器は、この映像の通り巨大な基地を丸ごと消してしまうものです。
 これを新たに使おうとする国は、世界によって厳しく糾弾されることになるでしょう。
 このような悪夢を生み出した責任を、シュナイゼル・エル・ブリタニアには必ず取って頂きます」

 神楽耶の説明に続いて、ユーフェミアが厳しい口調でシュナイゼルの、ひいてはブリタニアの罪を罰すると宣言した。

 そして再び、フレイヤを無効化する映像が見せつけるかのように流される。

 たった一カ月。
 自分の人生の中でも、瞬く間に過ぎ去るような時間だった。

 その中で、黒の騎士団は突破口を見出した。
 ルルーシュだけではない、その他の人間達の手によって、シュナイゼルの切り札はもはや意味をなさなくなったのだ。

 「お、お父様・・・フレイヤは、黒の騎士団に通じないってことですか?」

 それでは、どうにかしてフレイヤを造れないかと試行錯誤しているギネヴィア達はどうすればいいのか、とカリーヌが問おうと口を開きかけた時、聞こえてきたのは低い笑い声だった。

 「・・・クックック・・・ふははははははは!!」

 「お、お父様・・・?」

 ショックでおかしくなったのか、とカリーヌが内心で呟くほど、シャルルはひたすら笑い続ける。

 「ふははははは!あやつらめ、やりおったわ!!」

 哄笑するシャルルを、ビスマルクを除く全員が震えながら見ていると、やがてシャルルは笑い声を止めた。
 
 「ふははは、シュナイゼルもゼロに敗れおったか。
 ならばあれにこの国を統べる資格はない、ということだな」

 弱肉強食、勝者こそ正義。それがこの国の絶対の掟。
 それこそがこの国の原動力である、とシャルルは笑った。
 
 「ビスマルクよ、この放送でシュナイゼルに与している者どもは、指示が来ず混乱していよう。
 先に整えた手はず通り、全て捕えよ。そして牢に閉じ込められておるヴァインベルグを解放し、外に潜伏しているエルンストも呼び寄せて、戦闘準備を整えるのだ」

 「は、しかし・・・」

 それではルルーシュ様と戦うことになるのでは、とビスマルクは戸惑った。
 計画が潰えた今、主に残ったのはマリアンヌの忘れ形見であるルルーシュと、ナナリーだけだ。
 あの二人に今一度、シャルルに対する理解を示して貰おうと考えていたし、シャルルもそれを望んでいるだろうと思っていたからである。

 「シュナイゼルのオモチャを攻略した程度で、我が帝国に土足で踏み込むことは叶わぬ。
 カリーヌ、今残っている皇族・貴族どもを集めよ。気を引き締めねば、シュナイゼルの二の舞になるぞと伝えておけ」

 「は、はい、お父様!」

 父の恐ろしくも頼もしい言葉にカリーヌは、一礼して少女騎士とともに本宮殿へと飛び出していく。

 「陛下・・・」

 「構わぬ、ビスマルク。すぐに準備を始めよ。
 ・・・黒の騎士団を、迎撃する」

 シャルルの命令を聞いたビスマルクは、その響きから主の意図をおぼろげながら感じ取った。
 そして小さく頷き、携帯で宮殿の外にいるドロテアに連絡する。

 「・・・マリアンヌ」

 シャルルの小さな呟きは、かつて四人で食事をしたリビングに響き渡り、後にはフレイヤは脅威にはならない、シュナイゼルとブリタニア帝国には責任があると訴えるエトランジュ達の声だけが、繰り返し流れていた。



 合衆国日本、阪神工業地帯。
 その中にある研究施設では、集まった科学者達がグラスを片手に快哉を叫んでいた。

 「やった!フレイヤを打ち破ったぞ!!」

 「徹夜の甲斐があった・・・みんな、お疲れー」

 アイギスの盾が完成し、黒の騎士団がブリタニアへ出発した後も彼らは研究施設から出ず、一度それぞれの部屋で休息を取った。
 そして戦闘が開始される前に集まり、ゼロの蜃気楼が出撃したという報告が来ると、後はただアイギスの盾が無事に発動できるように祈った。
 見事にゼロがフレイヤを無効化すると、ひとしきり歓声が上がったが、まだ油断は出来ない、問題はこの後だと、真剣な表情で次の情報を待った。


 そしてゼロがダモクレスに突入し、アヴァロンから放たれたフレイヤを無事に無効化するアイギスを見て、とうとうその喜びが爆発したのである。

 「やっぱあの理論を、ラクシャータ博士の例の数値をあてはめたのがよかったな」

 「シバイタロカ博士のは、どうも常人離れしてたからなー」

 わいわいとこれまでの苦労について語る科学者達と、モニターの前で何もかもがうまくいったのだと、安堵のあまり座り込んでいるニーナがいる。。

 「今回の最大の功労者は、何と言ってもニーナでしょー!
 彼女がいなかったら、これは一カ月じゃ無理だったからね」
 
 モニターからそう言ったのは、斑鳩にいるロイドだった。
 それに周囲が同意の頷きを返すと、全員から拍手が沸き起こる。

 「そんな、これは私だけの力じゃ・・・・!」

 顔を真っ赤にして手を振るニーナに、科学者達はそれでも貴女が一番手柄だとニーナを称賛する。

 「あの原案作るのだって、このメンバー総がかりで一カ月はかかるよー。
 先に出来てたお陰だからね、素直に誇りなよ、ニーナ君」

 そのとおり、と全員が同意するので、ニーナは嬉しそうに微笑んだ。

 「この調子で、エネルギー源としての使用するための方法も確立したいところなんだけどね。
 残念なことに“戦争復興に今度は資金を回したいので、援助は難しい”ってさ」

 この一カ月、無限に使えた施設と費用だが、それはあくまでも大量殺戮兵器を止めるという、是が非でも優先されるべき事態のためだ。
 エネルギー源を確保するのも重要ではあるのだが、それでもこれ以上の費用を割けないと言うのも当然ではあった。

 「・・・ですよねー。でも、私は出来れば一生、ここで研究していたいな。
 このメンバーなら、どんな理論でも完成できそうな気がするから」

 「んー、じゃあ各国で合同研究出来る施設を、どこかに作れないか聞いてみようか?
 また何かをみんなで研究するための施設~」

 ニーナの言葉にロイドが提案すると、いいね、落ち着いたらぜひ、賛成の声が上がる。

 「ウランの研究に関してなら、許可は出やすいと思うしね。
 みんなも興味ありそうだし」

 気の早い者は自国にメールを打ち出しており、エネルギーとしてならこうすれば、と理論を展開している者もいる。

 「ま、それも戦争が終われば、の話だよね。次はブリタニア攻略だけど・・・」

 「ええ、私もそれが気になっていて・・・今、どんな状況なんですか?」

 ニーナが心配そうに尋ねると、ロイドが小さく肩をすくめた。

 「ダモクレスを太陽にポイ捨てして、ちょうど腹黒殿下と一緒にオデュッセウス殿下、保護されたアル君を、日本に送るところさ。
 ブリタニア大陸進攻ももう少ししたら行うつもりだけど、まだフレイヤがある危険があるんで、それを含めて作戦を考えてるところ」

 「いくらなんでも、大陸でフレイヤを使うだなんて、バカなことをする人が・・・」

 「いない、と言いきれないから、みんな慎重になってるんだよね~」
 
 前科があるとどうしてもね、とロイドが手を振ると、人間ヤケになったら怖いしな~、と言う声が響く。

 「腹黒皇子本人は、もう全部フレイヤは使ったって言ってるけど、見事に信用されてないからね。
 ま、それでもこっちにはもう安全策があるから、進攻に躊躇はしてないよ」

 「解りました、ではこちらで何かサポートできる事がありましたら、連絡して下さい」

 「うん、しっかりした顔つきになったね、ニーナ。自分に自信がついた、いい顔だよ」

 「ロイド伯爵・・・ありがとうございます」

 「もう伯爵じゃないんだけどねー」

 ははは~、といつもの笑い声をあげてから、彼は別れの挨拶をしたのち、通信を切った。

 ニーナはばんざーい、やったー、と騒いでいる仲間の研究者達を見つめて、先ほどのユーフェミアからの通信を思い出していた。

 『本当にありがとう、ニーナ。私の家族の悪行の後始末を、貴方に背負わせてしまってごめんなさいね』

 頭まで下げられてニーナは恐縮したが、ニーナに感謝しているユーフェミアは、彼女に向かって言った。

  『貴女には、感謝してもし足りないの。貴方のお陰で、ブリタニアの名前そのものが地に落ちずに済んだのだもの』

 フレイヤを造ったブリタニア、だがそれを止める理論を考えたのはブリタニア人、ということで、ブリタニアの民そのものがおかしいわけではないと、世界に証明出来たのだ。
 まさにこの戦争における合衆国ブリタニアの第一の功績である、との意見は一致しており、彼女に対し最大の勲章はむろんのこと、どのように報いるかでユーフェミアは悩んでいたのだ。

 『そんな、ご褒美なんて・・・私は、やれることをやりました。やりたいことを、させて頂くことが出来ました。
 そしてそれによって、私は以前になかった自信を身につける事が出来たんです。
 それ以上を望むことなんて、私にはありません』

 一番大好きな人の役に立てた。
 その人に『ありがとう』と言って貰うことが出来た。
 もうそれだけで、ニーナは全てが報われたのだ。

 本当にそう思っているのに、ユーフェミアの困ったような表情を見て申し訳なく思ったニーナは、ふと思いついてそのままつい口に出してしまった。

 『あ、あの、そんな顔をなさらないで下さい!
 それなら、その・・・・私と・・・!』

 『・・・・?』

 『あ・・・その、あの・・・じゃなくて、その・・・!』
 
 嬉しそうに続きを待つユーフェミアに、我に返ったニーナは、まさか自分の想いを受け入れてほしいなどと言えないことに気付き、慌ててごまかすように叫んだ。

 『私と、お友達になって下さい!!』

 言っちゃった、とユーフェミアは真っ赤になって俯いた。
 これ以上ないほど赤い顔で願われた内容に、ユーフェミアはきょとんとした。

 『そ、そんなことでいいの?ニーナ』

 『そ、そんなことって・・・私にはそれ以上に嬉しいことなんて、ありません!』

 力いっぱいそう告げたニーナを見て、ユーフェミアはさらにあっけにとられた。

 『初めてユーフェミア様に助けて頂いた時、私本当に嬉しかったんです。
 ずっと、ユーフェミア様のお役に立ちたくて・・・だから、その・・・」

 だんだんと口ごもるニーナに、ユーフェミアは輝くように微笑んだ。
 
 『ありがとう、ニーナ。私を友達にしてくれるのね、嬉しいわ』

 『ユーフェミア様・・・』

 『あら、友達に様をつけるのはおかしいわ。ルルーシュ達のように、ユフィと呼んで?』

 他の人達がいる前ではいけないけれど、どうかその時以外は、と笑うユーフェミアに、ニーナは夢ではないのだろうかと戸惑った。

 『あの、・・・その・・・ユフィ・・・様』

 『様はいらないのよ、ニーナ。少しずつでいいから、慣れてね』

 『は、はい!ありがとうございます!!』

 ニーナの顔は、もはや湯気の立ったリンゴという表現にふさわしいほどになっていた。
 
 『嬉しいです・・・感謝します、・・・ユ、ユフィ』

 『いいえ、私も嬉しいのよニーナ。ありがとう』

 そうして名残惜しく通信は切られたが、ニーナはそのまま床にへたり込み、赤い顔を両手で包みこんだ。
 古典的に頬を引っ張ってみたが、痛いだけで気がついたらベッドの上、と言う状況にはならない。

 (これって、現実なんだ・・・!私、ユーフェミア様のお友達になれたんだ!)

 ニーナは混乱のあまり、床をごろごろと転げまわったり、意味不明に踊ったりと、自分でも何をしているのかと突っ込んだが、それでも身体は止まらない。

 想いを受け入れて貰えずとも、せめて明るい顔でその隣に立てることが出来るのなら。
 いずれユーフェミアに伴侶が出来、その子供を産んで幸せになったとしても、きっと自分は笑顔でそれを見守ることが出来るだろう。

 『相手に何かを要求したのなら、愛は愛でも、自分に向ける自己愛でしかありません。
 ユーフェミア皇帝への愛を美しいままにしておきたいのなら、それを忘れないで』

 そう忠告してくれた人の声が、心に響き渡る。

 本当は、私と同じ感情を持ってほしいと願いたかったけれど、それはユーフェミアを困らせるだけなのは、ニーナは百も承知していた。
 だから、お友達に、と願った。

 ユーフェミアはそれを、自分も嬉しいと言ってくれた。
 今やルルーシュやナナリーのような近親者でしか許されていない呼称を、許してくれた。
 それはきっと、自分が望み得る最大限のことなのだと、ニーナは理解した。

 ああ、何て自分は幸せなのだろうか。
 ニーナがそう実感して居ると、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 「・・・ナ、さん、ニーナさーん、どしたの?疲れが出たんなら、もう休む?」

 何かあったらこっちで対処するよ、と科学者仲間が顔を赤くして過去に飛んでいたニーナを心配すると、ニーナは顔を横に振った。

 「ううん、そんなんじゃないです。
 ただ・・・幸せだな、って、思っただけです」

 ほんの一年前は、知らない人間の前で話すことすら出来なかったのに、今はもうすっかり平気になってしまっている。

 そしていろんな研究について語り合うのも、とても楽しくなっていた。
 辛い時もあったけれど、今はもうこんなにも幸せだ。

 (ありがとうございます、ユフィ・・・様)

 まだまだぎこちないけれど、ニーナはユーフェミアに感謝の言葉を捧げる。

 アッシュフォード学園にいた時のように、楽しくはしゃぐ科学者仲間に囲まれて、一番愛しい人から同じ立場になることを許されて、ニーナは幸せだった。



 日本に送還されることになったオデュッセウスとシュナイゼルは、今特別機に乗り込むところだった。

 「帝国宰相シュナイゼル、皇帝オデュッセウス。これより貴方がたを、日本へ送還させて頂く」

 「ゼロ、これまでの私とシュナイゼルの軽はずみな行いに関しては、弁解の余地はない。
 我々の罪に関しては、超合集国、EU連盟との決議を受け入れよう。我ら皇族の罪を、民に清算させるつもりはない」

 オデュッセウスは手錠をつけられてはいたが、堂々とした態度でそうゼロに宣言した。
 つまりは皇族のみを処罰し、国民達にまで波及するような罰は出来る限り避けてほしいという意味だった。

 「素晴らしい覚悟です、オデュッセウス殿下・・・いえ、皇帝、とお呼びすべきか」

 「・・・皇帝か。神聖ブリタニアに王など、もうどこにもいないよ、ゼロ。いるのはもう、自分のことしか考えていない連中だけだ。
 そうでない者達は、こぞって貴方とユーフェミアを待っている。彼らのことも、重ねてお願いしたい」

 いっそ清々しい笑顔でそう言った異母長兄を見て、ルルーシュは彼の苦労の凄まじさに同情した。

 「我々は正義の味方です。罪には罰を、ですが功もまた正しく評価すべきです。
 ゆえに、功罪を鑑みての処罰を下されることになるでしょう。ご安心を」

「ありがとう・・・ユーフェミアには本当に、迷惑をかけてしまった。
 エトランジュ女王やアルフォンス王子にも、合わせる顔がない」

 つい先ほど車椅子に乗って別機に乗り込んでいたアルフォンスと遠くとはいえすれ違ったが、彼の憎悪が結晶化した視線を浴びたオデュッセウスは、冗談でなく泣きたくなった。

 もちろんアルフォンスがその視線を突き刺していたのはオデュッセウスではなく、その横にいたシュナイゼルなので、彼はこれに関しても完全なるとばっちりであった。

 溜息をつくオデュッセウスの心情をよそに、シュナイゼルは涼やかないつもの表情で言った。

 「ユフィに会うのは、もう少し後にした方がいいでしょう。
 ここまで来たら、間違いなくゼロの完全勝利は確定している。早ければ一週間もかからず、ペンドラゴン攻略が終わるだろうから」

 放っておいても、ブリタニアは自滅する。今頃同盟国からも同盟破棄の通告が来ているだろうし、事情を知った国民も騒いでいる頃だ。
 いかに強大を誇るブリタニアでも、内部がボロボロになった国に負ける理由がない。

 「父上も消息不明、おおかたもう誰かに殺されたかしているとみるべきだから、後継をすぐには決められない。君もそこを突くつもりだろう?」

 「・・・・・」

 全くその通りだったので、ルルーシュは沈黙した。
 違っている点と言えば、計画が潰えたシャルルが殺されたというより、自殺していると予想しているくらいである。

 「ブリタニアの混乱を治めるためにも、ユフィをここに早く連れてくるしかない、ということか・・・。
 確かに、僕の今さらな言い訳に付き合っている暇はなさそうだね」

 きちんと現状を把握できている優秀な弟なのに、何故あんなことを・・・と、オデュッセウスは何度目かの疑問を思い浮かべて溜息をついた。

 「通信でなら、お話する機会を早期に作って差し上げたいと思います、オデュッセウス殿下。
 では、すぐに特別機にお乗りください」

 ルルーシュがそう促すと、オデュッセウスは頷いてタラップを昇る。
 さらにシュナイゼルがそれに続こうとした刹那、何やらテレビを抱えたジェレミアとスザクが飛び込んできた。

 「大変だ、ル・・・!ゼロ!シャルル皇帝が・・・!」

 「・・・何?まさか、あの男、生きていたのか?!」

 スザクの息せききった報告を、ルルーシュが確認すると二人とも頷いた。

 「今、ブリタニア国内でこれが流れております。どうぞ、ご覧下さい」

 ジェレミアが抱えてきたテレビをつけると、タラップを途中まで上がっていたオデュッセウスが凄まじい速さでUターンし、シュナイゼルも柳眉をひそめて画面を見た。

 「・・・・であるからして、我がブリタニアは今、まさに進化の審判を下されようとしておる!
 己の頭脳に酔ったシュナイゼル、オデュッセウスは敗れた!敗者にこのブリタニアを統べる資格なし!!」

 「ちっ、首でも吊っていたかと思ったが、しぶとい男だ」

 思わず呟いたルルーシュの言葉を聞いたシュナイゼルは、ルルーシュがギアス絡みでシャルルと対峙し、父の計画を潰すことに成功したのだと悟った。

 (なるほど、となればおそらく、もうギアスは全て消えているね。
 だから私に、ギアスをかけなかったというわけだ)

 ルルーシュの行動に納得したシュナイゼルは、それでもまだギアスがらみの計画を諦めていないらしい様子の父に、無駄なことだと呆れた。
 もはやブリタニアは戦力を大幅に削られ、制海権を奪われ、とどめに世界最悪の兵器を生み出した極悪非道の国家、というレッテルを貼られて孤立している。
 損害を最小限に減らそうと考えれば、傷の多い皇族達を差し出す形での講和を申し出るしかないというのに、まだ抗戦しようというのである。
  
 さらに無駄に長々しい演説が続いた後、シャルルは爆弾宣言を投下した。

 「しかあし!この戦いを乗り切り、勝利を収めた者こそ、我がブリタニアを統治するにふさわしい強者であることも事実!!
 よって、ここに神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの名において宣告する!
 ゼロを討ち果たした者を第九十九代皇帝として認め、皇帝位を即時に譲るものとする!!
 継承権の順位は問わぬ!ゼロを倒した者こそが、次の皇帝だ!!」

 「な、なんだと?!」

 「・・・・頭のねじが飛んだかな、父上も」

 お前が言うか、と言いたくなるような言葉だが、シュナイゼルが常にない暴言を呟いた。
 滅多に心の声を実体化しない彼だが、それほどに呆れていい宣告だったのである。
 
 今そんなことをすれば、余計に国内での連携が崩れて不利になる。
 味方内で足の引っ張り合いを誘発するような宣言であることぐらい、誰でも解りそうなものだからだ。

 「いかがなさいましょう、ゼロ・・・」

 ジェレミアが問いかけると、ルルーシュは吐き捨てるように答えた。

 「予定は変わらない、このままペンドラゴンへ進攻だ。
 だがこの件について、桐原公やエトランジュ様、ユーフェミア皇帝と話し合う必要はある。至急通信会議の用意を」

 ジェレミアにそう命じると、ルルーシュはクライスにエトランジュに通信会議のことを伝えて貰おうと、携帯を取り出して電話をかけた。
 コールが長く、電話に出たクライスは何故か異様に慌てており、何やら怒鳴り声が響いてくる。

 「お、ちょうどよかった!あのバカ皇帝の映像、見たか!?」

 「ああ、今見た。通信会議を行うから、エトランジュ様に連絡を頼もうと思ってな。
 まあすぐにペンドラゴン進攻、ユーフェミアをブリタニア大陸に派遣という結果は決まっているが、形式は・・・」

 「それはいいんだけど、アルがマジギレしてやべえ!おい、とにかく落ち着けって!アル!!」

 「あのバカフレイヤ宰相、余計なことはきっちりやるくせに、害虫駆除も出来ないの?!
 次から次へと面倒ばかり起こしやがる疫病神の一族、放置しておめおめ戻れるか!!」
 
 ラテン語のアルフォンスの怒声に、ルルーシュは思わず携帯から耳を放した。

 「・・・もうこんな感じで暴れて、手に負えねえ。こんな元気がどこにあるんだってくらいで・・・・」

 つけていたテレビは松葉杖で床に叩き落とされて破壊され、絶対戻らないと主張して怖い、とクライスは涙声である。

 「・・・一通り叫び終えて冷静になれば、アルフォンスのことだ、おとなしく戻るだろう。
 出発時間を少々遅らせるよう、指示しておく」

 アルフォンスの怒声は、シュナイゼルとオデュッセウスにも漏れ聞こえていた。
 ラテン語なので何を言っているかは解らないが、シャルルに加えブリタニア皇族達に対する罵詈雑言であるのは、声音で充分予想がつく。
 もちろんオデュッセウスは全力で、ラテン語なので何を言っているかワカリマセン、な態度を貫き通した。
 シュナイゼルはというと、エトランジュとの結婚を視野に入れていたため、ラテン語を学び始め、読み書きはある程度マスターしていたし、会話は単語をある程度拾えるレベルにはなっていた。

 (フレイヤ宰相、駆除、虫・・・ああ、私に虫である父上を始末する程度はやっていろ、とでも言っているな。反論の余地もないが)

 戦争を早期に治めるには確かにシャルルがいないほうが、スムーズに進むだろう。
 自分の邪魔をしてくる可能性の高いシャルルを始末するため、シュナイゼルも出来る限り探索の網を広げていたのだが、いったいどこで息をひそめていたのやら。

 「父上が生きていれば、国内に残る皇族、貴族達はすぐにまとまるだろうが、あんな宣言をしたのでは台無しだ。
 自分が一番手柄を、という意識が先行して、連携など崩れ去るのが落ちだよ。
 だが、その結果を踏まえたうえで、父上が何か企んでいると考えるべきだろう」

 不本意ながら、ルルーシュはシュナイゼルと同意見だった。 

 (あの男・・・何を考えている?宮廷の様子を、スパイ達に報告させるしかないな)

 ペンドラゴンにフレイヤを向けられていた時は、潜入させていたスパイを地方に避難させたが、それでも数人は逃げずに留まってくれている。
 宮廷貴族にもこちらに寝返った者もいるようなので、ある程度は解るだろう。

 と、そこへ映像の中のシャルルが声高に叫んだ。

 「ゼロよ、見ておるか!!」

 「!!」

 突然自分に向けて発言したことに、ルルーシュは仮面の中で目を見開く。
 アルフォンスも、罵声をやめた。

 「世界を一つにまとめることこそ、わしが長年目指してきた悲願!
 お前がそれを否定すると言うのなら、我らに勝ってみせよ!!」

 まだ言ってるよ、とアルフォンスは呆れていたが、ルルーシュは黙って聞いている。
 シャルルは大きく腕を突き上げ、そしていつもの主張を繰り返した。

 「我がブリタニアは弱肉強食、強者こそが正義である!
 敗者はただ、黙って従えばよいのだ!
 オールハイル・ブリタニア!!」

 「オールハイル・ブリタニア!オールハイル・ブリタニア!!」

 皇族・貴族達がそれに呼応し、やがて映像は途切れた。

 「・・・父上は、無理してでも捕まえておくべきだったよ、ゼロ。
 もうあの人は、好きにしてくれ」

 大混乱の極みにあったペンドラゴンで雲隠れをしていたくせに、よくもしゃあしゃあと顔を出せて勝手なことを言う、とオデュッセウスの顔には怒りが滲んでいる。

 「ありがたい申し出です。こちらで適正に扱わせて頂きましょう。
 ではお二人とも、そろそろ日本へ送還させて頂きます。ブリタニアのことは、我々にお任せを。悪いようにはいたしません」

 「・・・そうか、そうだね。よろしく頼む」

 オデュッセウスは一度深く頭を下げると、大きくため息をついて再びタラップを上がっていく。

 シュナイゼルは、シャルルが生きていた場合のことは、ある程度予想していた。
 だが何の利益ももたらさない、予想外の宣言をしたことに驚いていた。
 ギアス絡みで父の計画に関して知っているだろうルルーシュに、いったい何が起こったのかと尋ねようかと思った。

 (・・・いけないな、これは欲だ。敗者たる私が、これ以上を知る権利も、何かをする権利もない。
 それにルルーシュ達は、これ以上私にひとかけらの情報も、行動の自由も与えまいとするだろうよ。意味がないことだ)

 知りたいと言う欲求すら自分で封印したシュナイゼルは、マントを翻して基地へ戻っていくルルーシュに背を向け、異母兄の後に続いたのだった。



 「あのバカ親父、まだ生きていたんですか。
 とっととリフレインの一気飲みでもすれば、苦しまずに済んだものを」

 アドリスはテレビを見ながらそう吐き捨てると、不利にしか働かない宣言をしたシャルルを怪訝に思った。
 だがふとある仮説を思いつき、眉をひそめたが、すぐにそれを自身で打ち消す。

 「・・・まさか、ね。今さらそんなつもりになっても、意味がない」

 バカなことを思いついた、とアドリスが自嘲した時、また軽くせき込んだ。
 慌てて手に口を当てるが、今回は血はない。

 アドリスはほっとしたが、ここ最近吐血する量が徐々に増えているのは紛れもない事実だった。
 自身の腕に刺さる点滴針からは、輸血の血が少しずつ体内に入っている。

 アドリスはそれを視界にちらりと治めると、目を閉じて眠りについた。



[18683] 第五十二話  すべてに正義を
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c9b48087
Date: 2013/04/20 11:22
 第五十二話  すべてに正義を


 ブリタニア国境戦の後、黒の騎士団は破竹の勢いでブリタニア大陸へ上陸した。
 海岸沿いの基地はすぐに制圧され、わずか三日で二つの州が落ちた。
 と言うのも、ペンドラゴンにシュナイゼルがフレイヤを向けていた事実が判明したため、州知事が降伏したからである。

 なぜこうもあっさり負けるのだ、と皇族達は戦慄したが、ルルーシュにしてみれば至極当然の結果だった。

 まず、ブリタニアの同盟国家がブリタニア国境戦後に、フレイヤ開発を理由に次々に同盟を破棄した。
 エーギル基地を壊滅してすぐに破棄しなかったあたり、彼らの日和見主義が見て取れる。
 だがブリタニア人以外は劣等人種、と公言している国家と付き合っている理由は、一重に利益があるからこそだ。逆に言えば、利益がなくなればそれまでの関係なのである。
 これにより物資の輸送が途絶え、ブリタニアは国内の物資だけでこれからの戦いを乗り切らねばならなくなった。
 ただシュナイゼルが超合集国との和平の際、彼らに対する賠償のために集めていた物資があった。それは有能な彼が、下からの反発が起こらぬようにうまくバランスを取って集めたものだ。
 全て集めきった訳ではないのでそれだけでは足りず、不足分を短時間で補うには一番簡単な方法・・・すなわち、平民からの搾取を行った。結果、国内にはさらに反発が広がることになる。
 フレイヤと搾取による不安と反発を抱え、ブリタニアは既に内部からぼろぼろなのだ。
 こんな国に負けるとしたらそれは相当な阿呆だ、とルルーシュは思ったし、それは桐原達も同じだろう。
 結果、負けを悟ったブリタニア州知事があっさり降伏したと言うわけである。

 さらに黒の騎士団の進攻ルートとは別にEU軍も来ており、こちらも州を一つ占領することに成功している。
 合流してきたユーフェミアが占領した州の統治を務め、今のところは目立った騒ぎはない。
 
 そして今、ブリタニア最大の面積を誇る湖があり、ブリタニア有数の観光地として 有名な都市であるヴィヴィアン州を奪取した黒の騎士団は、さらに帝都ペンドラゴンに向けて進軍した。

 ペンドラゴンの隣にあるペリノア州。
 そこは首都ペンドラゴンを守る、最後の砦である。
 ペンドラゴンにあるのは頭脳機関である総軍務庁しか存在しないため、この州の陥落はブリタニアの完全敗北を意味していた。

 「私は神聖ブリタニア帝国第五皇子、マティアス・グ・ブリタニアである!
 黒の騎士団に告ぐ!ペンドラゴンに向かいたくば、我々を倒して行くがいい!」

 「そうさせて貰います」

 ペリノア基地から聞こえてくるマティアスに、陣頭に立つスザクはそう応じると、ルルーシュの『やれ、スザク』の一言で、彼は基地へと突撃した。
 続けてカレンも、上空から紅蓮聖天八極式の八枚羽をはばたかせた。

 ここまでの作戦は至極単純で、まず藤堂や四聖剣が基地へを道を開き、そこをスザクとカレンが通って基地を破壊する、というものだ。
 
 戦力の大半を結集しているこの戦いには、皇族・貴族も数多く参戦していた。
だからこそだろうか、この戦闘は戦いとは呼べないほどお粗末なものだった。
 何しろ帝位に目がくらんだ者達が先走ってくるだけで、連携など微塵もないのだ。連携を欠いた部隊に負けるほど、黒の騎士団は無能ではない。
 闘争心だけは見上げたものだが、戦う目的が“ブリタニアを守る”ではなく“皇帝位を得る”にすり替わってしまった彼らを、スザクは嫌悪していた。
 
 「こんな、意味のない戦い・・・早く終わらせるべきなのに!何故、戦うんだ!!」

 ランスロット・アルビオンは、まっしぐらに指令室に向かって突撃した。
 無駄な犠牲を出さないためには、短期決戦が一番であることを、スザクは既に知っている。

 だがこの基地にいる者達は外とは違い統率がよく取れており、これまでとは様子が違っている。
 マティアスも少しは骨があるようだとルルーシュは思ったが、それでもこの基地内だけが連携を取れているだけで、外部の戦闘は酷いものだ。

 と、そこへ淡いピンク色をしたナイトメアが飛来し、小型ミサイルを撃ち放ちながら高らかに名乗りを上げた。

 「私は神聖ブリタニア帝国、第13皇女、オルウェン・ガル・ブリタニア!
ここから先は、通さない!!」

 「13皇女・・・?確かシャルル皇帝の娘は、六人しかいなかったはずじゃ・・・」

 ナナリーが末っ子、と聞いていたスザクがミサイルをかわしつつ首をかしげると、オルウェンは律儀にも少しだけ答えてくれた。

 「ブリタニアにおいて、皇女は皇帝の娘だけではないのよ。私の父は、シャルル陛下の父君の弟にあたるの」

 現皇帝たるシャルルからすれば、父方の従妹というわけである。
 皇帝になれなかったブリタニア皇子は、皇籍を剥奪されない限りは皇族の身分のままだ。いわば皇族の分家扱いである。
 そして皇帝の子供、皇帝の兄弟、皇帝の兄弟の子供、としての順で席次が決まる。
 今回の場合、皇帝の娘であるナナリーが六番目だが、死んだことになっているので五人。
 現皇帝の姉妹は全てこの世におらず、先帝の姉妹がその次の序列になり、そしてその子供が・・・というわけだ。
 ちなみに継承権は、血筋も重要だが自身の功績も考慮されており、彼女の継承権は二十五位になる。

 「もう既に、神聖ブリタニア帝国は世界に望まれていません!
 降伏して下さい・・・これ以上無駄に人が死んで、何の意味があるんです?!」

 「裏切り者のユーフェミアのイレヴン上がりの騎士が、皇女たる私に向かって意見をするなど!」

 オルウェンはサザーランドを改造したSZ REVOで猛攻するも、ランスロットの敵ではない。軽々と避けられ、一撃を与えられた。

 「は、速い・・・!」
 
 オルウェンは戦慄したが、イレヴンごときに弱みは見せられぬと、再度バーストショットの照準を合わせ直す。

 「無駄です・・・もう、決着はついてる」

 スザクは悲しそうにそう宣言すると、メーザーバイブレーションソードで砲台を叩き壊し、さらに機体を壁に叩きつけて動きを封じた。

 「なんで・・・何でよ!やっと皇帝になれるチャンスなのに・・・こんなところでっ・・・!」

 苦しげに呻くオルウェンを、スザクは無言で見つめていた。

 皇帝を名乗ったユーフェミア。そして彼女を守る騎士にして、黒の騎士団の赤いナイトメアと並んで、ゼロにも重用されている男を倒し、そしてゼロを討つ。
 せめてラウンズすら倒した男をこの手で討ち果たせば、大きな手柄になる。皇帝になれなくても、大きく近い地位を得る事が出来ると思った。

 皇位継承権が十位以下の皇族など、誰も顧みる事はない。ただ政略の駒として扱われ、皇宮でただ飾り物として扱われるだけだ。
 その運命から逃れたくて同じような立場の皇族と結婚して、子供が生まれた。
 自分のようなみじめな思いをさせたくない。必ず陽の目を見せてやると決めて出陣したのに、こうも無様に負けるとは。

 「私は・・・皇帝に・・・あんな小娘が皇帝を、このブリタニアを統べるなんて認めない!」

 なおもスザクを倒そうとあがくオルウェンを憐れみながら、スザクはメーザーバイブレーションソードでとどめを刺した。
 
 「そんな・・・おのれ・・・ユーフェミアああああああ!!」

 皇帝の娘、それも有力な貴族から生まれてぬくぬくと育った小娘の騎士に負けた。
 何もしなくとも自分よりも高い皇位継承権を持っていたユーフェミアは、オルウェンにとって軍人として高い功績を作っていたコーネリアよりも、憎い存在だったのだ。
 
 爆発するSZ REVOを黙って見送ったスザクは瞠目し、そして踵を返して管制室へと向かうのだった。



 一方、上空から基地を破壊して司令室を目指していたカレンの前に現れたのは、グロースター最終型に乗り込んだマティアスだった。

 「ゼロの騎士、カレン・シュタットフェルトだな」

 「カレン・紅月・シュタットフェルトだ!」
 
 即座に修正したカレンに、マティアスはナイトメア用大型ランスを構え直した。

 「もうここまで来たら、黒の騎士団の勝利だ!降伏しろ!!」

 「そう言われて、そうですかと受け入れるわけにはいかない。
 ゼロの騎士なら相手に不足なし、全力で相手をしよう」

 「マティアス殿下に続けえ!!!」

 マティアスがカレンに切りかかると同時に、彼の周囲にいた騎士達もカレンに向かって攻撃を開始した。

 だがカレンはすぐに輻射波動で一掃し、あっという間にマティアスと一対一の状態にしてしまう。

 「・・・見事だ」

 素直に称賛しつつも、なおも攻撃の意志を失わないマティアスはナイトメア用大型ランスを構え直し、凄まじい速さでヘビーラッシュを繰り返した。

 「そんなの、スザクに比べたらただの猫パンチだわ!」

 カレンはそう言いながら軽々と避け、ナイトメア用大型ランスを掴んで一気に破壊しようとした。

 「・・・甘いな」

 マティアスはそう呟くと突然カレンから距離を取り、ナイトメア用大型ランスを地面に突き刺した。

 「な・・・・?」

 いきなり何を、と思ったカレンだが、次の瞬間床が大きくひび割れ、中から紅い液体が充満している強化ガラスの箱が見えた。

 「・・・流体サクラダイト!!」

 「私と共に散ってくれ、ゼロの騎士よ」

 まさかの自爆にカレンは驚愕したが、まだ爆発はしていない。
 マティアスは当初からそのつもりだったのか、淡々としていた。

 「あんた、バカ?ここで私とあんたが死んだって、結局黒の騎士団の勝利は変わらないの。
 何の意味もないことを、どうしてやるのかしら。これだからブリタニアは!」

 「・・・意味はある。私が最後まで戦い続け、ゼロの騎士を倒すことにはな」

 「・・・どういう意味よ」

 カレンが怪訝な表情で問いかけると、冥土の土産のつもりだろうか、マティアスは存外素直に答えてくれた。

 「もはやブリタニアの敗北は確定している。制海権を奪われ、フレイヤは無効、 皇族達の連携は崩れ去り、同盟国は全て去った。
 これで勝てると思える者は、バカを通り越した痴呆だ」

 「・・・・」

 「だが、それでもここで私達が負けを認めれば、これまで戦ってきた兵士、負担に耐えてきた国民達の立場はどうなる?
 最後まで戦っていたら勝てたかもしれない、そう思って、戦争が終わってもまたブリタニア復活を夢見て戦う者が現れるだろう」

 「・・・あ」

 八年前、日本がブリタニアに負けた時、枢木 ゲンブの死により早期に降伏した。
 最後まで抗戦していたら、奇跡の藤堂がブリタニアを倒していたとそう考えて、七年もの間抵抗し続けた日本解放戦線を、カレンは思い出していた。

 「だから我々は、最後まで戦わねばならない。それでなお敗北すれば、国民達も 敗北を受け入れ、勝者たるゼロを、ひいてはユーフェミアを受け入れることが出来る。
 敗者は勝者に従う・・・これは私達が自ら定めたことなのだから」

 「・・・あんた」

 「私は皇族だ。国民の最善のために動く義務がある。
 第五皇子であるマティアスは、ゼロの騎士を討ててもゼロは討てなかった。
 せめてもの慰めとして、国民達に語り継がれる・・・それでいい」

 皇族の義務を、その誇りとともに全うする。
 その覚悟で、彼はここにいたのだと、カレンは悟った。

 「・・・ユーフェミア皇帝以外に、理解出来る皇族に初めて会ったわ」

 「ユーフェミアか・・・正直あそこまで変わるとは、皆驚いたものだが。
 そういうわけだ、私と共に、ブリタニアの礎になれ」

 「全力で断るわ」

 カレンはそう答えるや、ナイトメア用大型ランスを再度突き刺して流体サクラダイトを爆発させようとするマティアスに、猛スピードで近づいた。
 そして驚く間もなくナイトメア用大型ランスをつかんだ。

 「最後まで戦って、負けを受け入れる、か・・・解らないでもないわ。
 でも、もうみんな戦いにはうんざりしてるの。早く終わらせたいと思ってる。
 そこを考えて貰うことは、出来ないかしら?」

 「一理あるかもしれない。けれど、落とし所というものは必要だ。
  シュナイゼル兄上のフレイヤが原因で、ブリタニア皇族の権威もガタ落ちだ。
  国民からの冷たい視線に、私は耐えられない。
  それに、今さら皇族の枠の外で生きることなど出来はしない」

 「・・・・」

 「私を哀れと思うなら、このまま殺せ。
 神聖ブリタニア帝国第五皇子は、最後まで戦った・・・そして負けた。そう、伝えてくれ」

 自害は出来なかった。
 あくまでも戦いの中で死なねばならなかった。
 ブリタニアの国民の慰めとなるに必要な事実を、どうか。

 「ゼロ、どうしますか?」

 考えあぐねたカレンがルルーシュに相談すると、ルルーシュからの返事は望み通りにしてやれ、というものだった。

 「了解しました、ゼロ」

 カレンは大きく溜息をつくと、つかんでいたナイトメア用大型ランスに輻射波動を流した
 グロースターは途端に機体が歪みだし、そしてそれは大きく爆発した。

 「・・・ペリノア基地総司令、マティアス・グ・ブリタニアを倒しました、ゼロ」

 「ご苦労だった。では残党処理をしつつ、こちらへ戻れ」

 「了解」

 完全勝利のはずなのに、そんな実感などわかぬまま、カレンは自らが破壊したグロースター最終型に視線を送った。

 (まともな人ほど、おかしな思考の家族の巻き添え食うんだなあ・・・)

 ある意味ヤケを起こしていたとも見えるマティアスに、カレンは同情した。
 けれど、生きていたとしても実際問題として皇族の扱いは慎重に行わねばならないことは、カレンも解っている。
 その最たる例はとばっちり代表のオデュッセウスで、彼は死刑になるほどのことはしていないが、かといってどのように扱うかで、連日会議が行われている。
 明らかに死刑が妥当だというシュナイゼルのほうが、むしろ面倒がないのである。

 カレンが基地から飛び立つと、この時点でマティアスの敗北が確定したため、ブリタニア軍は降伏した。
 ペリノア基地、陥落。
 次の進軍目標は、最終目的地である帝都ペンドラゴン。

 ペンドラゴン進攻戦におけるブリタニア軍総司令官は、すでに皆知っていた。
 ナイトオブワンにしてラウンズの長、ビスマルク・ヴァルトシュタインである。

 

 「ペリノア基地が、黒の騎士団によって陥落しました!
 まさか、ここまで早く・・・!」

 近衛兵の震える報告を、玉座に座っているシャルルは黙って聞いていた。
 そしてそうか、ならば次はビスマルクの出番だな、とだけ呟き、近衛兵を下がらせる。

 「陛下・・・」

 「案ずるな、ビスマルクよ。もう決まっておったことだ」

 「はい・・・」
 
 そして誰もいない広間で、今後について話し合う。

 「・・・では、そのように」

 「うむ、頼んだぞ」

 全て打ち合わせが終わると、シャルルは忠実な騎士に向かい、無駄とは解っていたが念のために尋ねた。

 「・・・ビスマルクよ、それでいいのか?
 お前ならばルルーシュの・・・」

 「いいえ、私は陛下・・・シャルル様の騎士です。貴方以外の誰にも、膝はつきませぬ」

 主君の台詞を遮ると言う、普段ならしない不敬行為をしながらも、ビスマルクはきっぱりと宣言した。

 「お供いたします・・・最期まで」

 「そうか・・・」
 
 ラグナロクの接続は、兄と二人だけの秘密だった。
 そこへ自分達を守ると現れたのが、ビスマルクだった。

 結婚もせず、子供も作らず、ただひたすらシャルルのために尽くした。
 シャルルは忠実なる臣下のために良縁を彼に勧めたことがあったが、計画が優先だと断られたほどだった。

 「ビスマルクよ」

 「はい、陛下」

 「終わりが見えると言うのは、これほど安らぐものなのだな」
 
 自らが目指したゴールではない。
 だが、それでも見え始めた終わりが、もうすぐ来る。

 穏やかな表情でシャルルは呟き、そして玉座の上で目を閉じた。



 「ゼロ、いよいよですね」

 ペンドラゴン城壁の外に置かれた、G1ベース。
 ブリタニア大陸の統制に当たっていたユーフェミアが、合流したのである。

 「・・・シャルル皇帝のあの放送、何か裏があるのではと思って慎重に調べましたが、何も起こりませんでしたわね。
 あれに呆れた方々が、こぞって降伏する始末です」

 大きく肩をすくめるユーフェミアは、ずっとモニターを通してペンドラゴン城壁を見ているルルーシュに気がついた。

 「ゼロ、どうかなさいましたか?」

 「あ、ああ、何でもありませんユーフェミア皇帝。
 何か企んではいたが、結局はそれが使えなくなった、というのも考えられますね。
 いつだって計画は完璧なものですが、それが遂行できるかどうかは別問題です」

 「なるほど、そうですわね。では、ゼロ・・・」

 「ええ、ペンドラゴンをこれより攻め落とします。
 降伏勧告はいたしますが、おそらく応じないでしょうから」

 ユーフェミアは頷くと、ルルーシュに促されてマイクを手にしてペンドラゴンの城壁前で陣を築いているブリタニア軍に向かい、透き通る声で言った。

 「ブリタニア軍の皆様、私は合衆国ブリタニア皇帝、ユーフェミアです!
 ブリタニアは間違った国是のもとで人々に悲しみを強い、恨みを買ってきました。
 そしてついには、フレイヤと言う恐ろしい兵器を生み出すと言う間違った結果になっていました。
 それを貴方がたは、正しい進化であると思うのですか?」

 自国の首都に向けられていた大量殺戮兵器、フレイヤ。
 その威力を自軍の基地の喪失と言う形で思い知っていたブリタニア軍兵士は戦慄したが、もはやそれはどこにもない。

 「私は平和な世界のもと、皆で笑い合っている光景が見たい。
 そのためには、まず間違いを正さなくてはなりません。人々に戦いと悲しみを強いて、それを進化と呼ぶ皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアを私は許さない。
 どうか、道を開けてください!!」

 「それは出来ませんな。ユーフェミア皇女殿下」

 そう応じてきたのは、ブリタニアの通信機からだった。
 その声には聞きおぼえがある。

 「ナイトオブワン、か」

 どうやら自ら前線指揮を執っているらしいビスマルクに、ルルーシュは言った。

 「降伏するつもりはない、と言うことだな、ビスマルク・ヴァルトシュタイン」

 「無論だ。小細工などない、我々の全身全霊をもってお相手させて頂こう」
  
 「そうか・・・では私も容赦はしない。
 我が黒の騎士団よ、我々は長きに渡る戦いの末、シャルル・ジ・ブリタニアまで、あと一歩のところまで来た!!
 世界の争乱の元凶を、今こそ倒すべき時!全軍、進め!!」

 「「「うおおおお!!!」」」」

 ルルーシュの檄に黒の騎士団は士気を上げ、次々にナイトメアに乗って戦場へと飛び出していく。
  
 「藤堂 鏡志朗、まかり通る!!」

 藤堂が四聖剣と共に飛び込み、戦闘が始まった。
  
 戦力は拮抗していたが、士気は明らかに黒の騎士団が高い。
 度重なる戦勝もあるが、幾度となく愚行としか思えぬ行為を繰り返してきたブリタニアに対し、怒りを燃え上がらせているからだ。

 対してブリタニア軍は、シュナイゼルによってペンドラゴンがフレイヤの脅威に晒されていた上、その間皇帝は何もしていなかったという事実に、皇帝に対する不信の種がそこかしこに芽生えていた。
 加えてこの戦いを制した者に皇帝位を譲るという宣言の結果、皇位に目がくらんだ者達によって皇族達が口を出したがり、それは軍の指揮系統を著しく狂わせる結果となった。
 軍人からしたらたまったものではなく、種は見事に水をまかれて育っている。

 それでも祖国を他国に蹂躙されるわけにはいかぬと、彼らも必死に応戦に入った。
 ラウンズの若きナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグは、その筆頭である。

 エーギル基地がシュナイゼルによって消滅させられた後、ペンドラゴンとも連絡が途絶えた彼は、すぐさまペンドラゴンへ戻った。
 しかしシュナイゼルによってあっけなく捕えられ、シュナイゼルの管轄下にある牢へと閉じ込められた。
 ダモクレス陥落後にドロテアによって救出され、事の次第を聞いたジノは青ざめたものだ。

 だがその後皇帝から黒の騎士団を迎え撃つよう命じられ、ジノはこれまでの汚名を返上すべく、こうして戦場に立ったのである。

  「ブリタニアの地は、私が守る!」

 「あ、あいつまだ生きてたんだ」

 すっかり忘れていた、と無情に応じたのは、先陣を切っていたカレンだった。
  
 「カレン・シュタットフェルト・・・」

 「一応聞くけど、あんたが守りたいのは何?ブリタニアの名前?国民?それとも皇帝?どれなの?」

 何を守るためにそこにいるのかというカレンの問いに、ジノは答えた。
  
 「私が守るべきは、神聖ブリタニア帝国のすべてだ! 
 そしてそれを司る皇帝を、お守りする。それがラウンズだ!!」

 「あの疫病神の皇帝を守るの?じゃあ間違いなく私の敵ね!主君と一緒に、滅びろ!!」

 カレンはそう叫ぶと、トリスタン・ディバイダーに向かって猛攻する。

 「我らラウンズは、シャルル陛下に忠誠を誓った身だ!
 ユーフェミア皇女殿下の皇位簒奪など、認められない!!」

 オープンチャンネルだったのでその会話が聞こえていたユーフェミアは、大きく溜息をついた。

 「あんな地位は、壊す価値はあっても奪う価値などないでしょう。
 神聖ブリタニア皇帝位は、九十八代で終わるのです」

 「まったくだ。九十九代皇帝など、負の遺産の象徴だからな」

 借金を好んで背負いたがる者好きは、そうはいない。
 だが愚か者の目には、シャルルがぶら下げている地位が黄金色に見えているらしく、目の色を変えて手にしようとしている。
 それが既に、禿げた金メッキであるとも知らずに。
 ルルーシュ達にしてみれば、笑えない喜劇でしかなかった。

 「スリーはカレンに任せて、スザク、お前が宮殿への道を開け!
 ジェレミア、お前はペンドラゴンに詳しいだろう。スザクをサポートしろ」
  
 「かしこまりました、ゼロ」

 総指揮をとるため、ルルーシュはまだ出撃する予定ではない。
 ルルーシュの命を受けたジェレミアは、一礼して司令室を出て行った。

 しばらくしてランスロットが出撃し、間をおいてその後をジークフリードが追った。
  
 「オールハイル、ブリタニア!!」

 「どけ、邪魔だあ!」

 「黒の騎士団を入れるな!ペンドラゴンが落ちれば、ブリタニアは終わりだ!」

 怒号と騒音が響き渡る中、まっしぐらにペンドラゴン城壁にやってきたのは、スザクとジェレミアだった。

 彼らの進攻を阻もうと、ナイトメア部隊が襲ってきたが、藤堂達に引きつけて貰ったり、あるいは自力で倒して門まで来たのである。

 そしてこの門を守るのは、ラウンズの長であるビスマルクと、ナイトオブフォーのドロテアだった。
 ギャラハッドとベティウェアが、戦闘態勢で門の前に立ちはだかる。

 「ここから先は、何人たりとも通さぬ」

 「その門、我が主君の命により開かせて頂こう」

 ジェレミアも戦闘態勢を取ると、スザクは自分が、と進みでる。
 だが、それはジェレミアが制した。

 「いや、彼は私に相手をさせて貰おう。枢木卿は、あちらを頼む」

 ジェレミアの言にスザクが視線を右にやると、ベティウェアが剣を構える。

 「解りました、ジェレミア卿」

 スザクがメーザーバイブレーションソードを構えてベティウェアに切りかかると、ドロテアは空を飛び、空中戦を挑んだ。

 「ま、待て!逃がさない!」

 突然戦陣を離れるかのように、いきなり上空へ飛んだベティウエアに驚いて反応が遅れがスザクだが、慌てて彼女の後を追う。

 一方、その空中ではカレンとジノが切り結んでいた。

 「あんた、本当邪魔なのよ!いいからどけ!!」

 「私は帝国貴族として、ラウンズとして、その使命を全うするだけだ!」

 「皇帝、貴族、ラウンズって、あんたってそればかりね!
 あんた達の目にはそれしか映っていないから、あんな非道なことが平然と出来るのよ!!」

 むかつくわ、とカレンはジノのキャリバーンをつかんだ。

 「う、動かない・・・・!」

 「シュナイゼルがしたことも、皇帝がその兵器を放置したことにも、目をそらして!!
 あんた達みたいなのがいるから、ユーフェミア皇帝みたいにまともな人達が、やらなくていい苦労を背負い込むことになるのよ!」
 
 (くっ・・・!こうなったら、エネルギーを最大に通してあのナイトメアの腕を壊す・・・!)

 ジノがそう決意してレバーを操作した時、凄まじいエネルギーが紅蓮の腕に通るのが見えた。

 「そんなに見たい物しか見たくないなら、今この場で退場しな!」

 カレンはそう叫ぶと、輻射波動でキャリバーンを一瞬で溶かしてしまった。

 「な、キャリバーンが・・・!」

 しかしそれだけではなく、トリスタン・ディバイダーの腕も、赤く染まっていくのが見える。

 「まさか・・・そんな・・・」

 驚愕に目を見開いたジノだが、既にフロートシステムにも不備が生じている。
 
 「あんた達の相手は、もううんざりなの。弾けろ、神聖ブリタニア帝国!!」

 カレンの叫びと共に輻射波動が放たれ、トリスタン・ディバイダーは爆発した。
 しかし脱出装置が働き、コクピットが宙を舞うのが見える。

 「お疲れ様、カレン。ラウンズでも、もうナイトメアが使えないんじゃあ私達で充分よ。
 ちゃんと捕縛しておくから、貴方はそのまま進軍しても大丈夫」

 井上がそう通信機で申し出ると、カレンは礼を言ってラウンズがやられて驚愕しつつも、襲いかかって来るナイトメア部隊をなぎ払った。

 「ありがとうございます!邪魔よ、あんたら!どけええ!!」

 カレンはそう叫びながら、ジノのことなどすぐさま忘れて門に向かって突撃するのだった。

 一方、戦陣からはるか上空にまで来たドロテアは、思っていたより早く追ってきたランスロット・アルビオンをここに誘い込むため、早くも疲れていた。

 「・・・大したスピードだな、そのナイトメア」

 「こんなところまで誘い込むとは、何を企んでいるんだ?」

 スザクの問いに、ドロテアは剣こそ構えつつも攻撃することなく、ゆっくりと問いかけた。

 「・・・ここならオープンチャンネルで会話をしても、誰にも聞こえないからな。
 一つ、確認したいことがある。ユーフェミア皇女の騎士、枢木、だったな」

 「・・・・」

 「ゼロは、八年前に消えた、アリエスの宝。それは事実か?」

 固有名詞こそ出さなかったが、解る者には解る問いだった。
 疑問口調ではあったが、殆ど確信しているらしき彼女の問いに、スザクは独断では答える事が出来ず、ルルーシュに指示を乞う。
 それを聞いたルルーシュは眉をひそめたが、答えずまず様子をうかがった。
 しかし、その間こそが、ドロテアにとっては答えも同然だった。

 「・・・ジノが純血派の女から、ゼロの正体を聞いたと言う報告の時、私もいた。
 その時見せられた写真・・・あのお方によく似たお顔だった。
 陛下にも確認した・・・それがどうした、とお認めになられた。
 ここには私以外のブリタニア兵士が来ないよう、既に通達済みです。
 事実なら、どうか御返事を!」

 「・・・スザク、通信を繋げ。彼女の話を聞きたい」

 「解った」

 スザクが通信機器を操作すると、ルルーシュの声が繋がった。

 「写真まで見られているなら、ごまかしようもないな。
 どういうことか、話せ。何があった?」

 「・・・私はドロテア・エルンスト。かつてマリアンヌ様の部隊にいた者です」
 
 ルルーシュの肯定に、ドロテアはどこか懐かしそうに言った。

 「・・・まさか、と今の今まで思っていましたが、やはり。
 いきなりで信じて頂けないかもしれませんが、私はマリアンヌ様に一方ならぬ恩義があります。
 あの方がラウンズを引退される時、私を後任の候補に挙げて下さったのも、あの方でした。貴方なら大丈夫だとおっしゃって下さった・・・」

 「そうか、それで母の代わりにあの男を守るということか?」

 「・・・つい先日までは、その覚悟でおりました。
 ですが、もはやその必要はありません。投降します」

 ドロテアはそう宣言すると、ナイトメア用の剣を自らしまい、機関を停止した。

 「・・・え・・・あの、いいんですか?」
 
 いきなりの成り行きにスザクは思わず瞬きしつつ確認すると、ドロテアは言った。

 「陛下をずっとお守りして、戦場を駆け回ったあの方。
 戦場でも、あの方にお助けして頂いたことが何度もある。そのマリアンヌ様が殺された事件の全容が、解りましたので」

 意外な台詞にスザクは驚愕し、ルルーシュとユーフェミアも同じ表情になった。

 「連れてこい、スザク!余計なことはこれ以上喋らないよう、徹底して見張れ」

 「解った、すぐにそっちに連れていくよ。では申し訳ありませんラウンズの方。
 余計なことは外部に漏れたくありませんので、これ以上の会話は」

 「承知している。私もラウンズだ、マリアンヌ様の名にかけて、卑怯な真似はしない」

 ドロテアはそう宣言すると、投降を明言しながらスザクの案内の元、G-1ベースへと向かうのだった。


 
 「陛下御自らお名付けになられた、エクスカリバー!
 受けてみよ、ジェレミア・ゴッドバルド!!」

 「このジークフリードに、敗北は許されぬ!」

 ジェレミアは神経接続装置により、驚異的なスピードを生み出すジークフリードで、ギャラハッドに肉薄する。
 人型ではないジークフリードの動きはつかみづらく、ビスマルクは舌打ちした。
 だがそれでもさすがに、ナイトオブワンである。
 エクスカリバーでジークフリードの砲台に斬りつけた。
 たった一撃だが、機関の一部が切り落とされて落下していく。

 「ぐっ、さすがだな」

 「エクスカリバーの一撃をくらってもその程度とは、そのナイトメアも大したものだ」

 どうやら攻撃力はギャラバッドが上だが、防御力はジークフリードが上回っているようだ。
 また、スピードも神経接続と言う手が使えるジェレミアが上だった。

 「追いつくのがやっとか・・・!」

 「このナイトメアは、神経を直接接続することで、自在に操れる。
 我が主の宝物より賜った力だ!ナイトオブワンといえど、負けるわけにはいかぬ!」

 ジェレミアの主君の宝といえば、ロロのことを知らないビスマルクには、それが誰を指しているか、すぐに解った。

 「・・・そうか。それはよかった」

 ビスマルクはナナリーがナイトメアの力を何らかの形で使用し、歩くようになったのだと悟り、戦闘中にも関わらず笑みを浮かべる。
 ナナリーがどこまで回復したのか、その神経接続型のナイトメアにも乗れるのかと尋ねたかった。
 互いに一進一退を繰り返し、門の周辺には誰も近付けずにいる。

 (見事なものだ。ギアスがあったなら、使用しているほどだ。
 もっとも、ギアスがあってもマリアンヌ様には勝てなかったが)

 「閃光が遺した(ともしび)か。その恩恵に預かれるとは、羨ましい限りだ」

 「・・・宮殿が狂気に満ちて以降、全てが不幸に向かって進んでいた。
 忠義の名のもとに、それを止めなかった我ら貴族の罪は重い。
 私はあの方の元で、贖罪の道を進むと決めた。
 ヴァルトシュタイン卿、貴方はどうなのだ?!」

 大型スラッシュハーケンを、エクスカリバーでなぎ払いながら、ビスマルクは答えた。

 「私はシャルル陛下の騎士だ!それこそが我が誇り、私そのものだ!!
 他の誰が背こうとも、私だけはあの方のお傍にいる!
 シャルル・ジ・ブリタニアの騎士の名は、私と共に!!」

 ビスマルクは高らかに自身の存在意義を叫び、エクスカリバーでジークフリードの向かって切りかかる。

 「この忠義、私も譲れぬ!オールハイル・・・」

 ルルーシュの名前だけは心の中だけで告げ、ロングレンジリニアキャノンをギャラハッドに向けて撃ち放った。

 ビスマルクは神経接続による正確な砲撃を避けもせず、エクスカリバーをただジークフリードに向けた。
 エクスカリバーはジークフリードの機体の右半分を見事に斬り落とし、断面からはジェレミアの身体がはっきりと見える。

 しかし、ロングレンジリニアキャノンを食らったギャラハッドも無事ではなく、機体全てがもはや機能停止になっていた。

 「見事なり、ジェレミア・ゴッドバルド」

 そう言いながらビスマルクはコクピットを開け、ジェレミアに向かって言った

 「陛下は強い方だった。だが、ゆえに孤独な方だった」

 だから、すべてに主を理解してほしかった。
 唯一主君を愛し、理解してくれたのは兄であるV.V以外に、マリアンヌだけだったから。
 自然にマリアンヌの子供であるルルーシュとナナリーも同じだと思い、あの悲劇を放置した。当たり前のように、理解してくれると思ったから。
 必ず理解してくれるものだと、ビスマルクは信じた。

 「私の人生に、悔いはない。ただ、心残りはある。
 ・・・マリアンヌ様も、あの方も、あのお二人を愛していた・・・それは真実だ。
 それだけはどうか信じてほしかったと、お伝えしてくれ」

 「・・・必ず」

 ジェレミアが了承すると、ビスマルクは笑みを浮かべた。

 「あの方を、独りで逝かせるつもりはない。私はあの方と、命運を共にする。
  ・・・先に、マリアンヌ様と共にお待ちしております。オールハイル・シャルル!!」

 既に自ら脱出装置を外していたギャラハッドは、パイロットを逃がすことなくそのまま爆発の炎で包み込んだ。

 「ナ、ナイトオブワンが・・・!」

 「よっしゃあ!!ラウンズが全て落ちたぞ!!黒の騎士団の勝利だ!!」

 驚愕するブリタニア兵とは逆に、黒の騎士団から歓声が上がる。

 「ワンが、負けた?有り得ない!!」

 地面に投げ出されたコクピットから引きずり出され、井上達に連行されていたジノの叫びに、同じように捕虜になったブリタニア兵士が叫ぶも、黒の騎士団の歓喜の声にかき消されていく。

 だが城壁の門が開け放たれ、次々に黒の騎士団が突入していくのを見て、ジノはそれが事実であることを認めざるを得なかった。

 ゼロが乗艦するG1ベースがペンドラゴンに入るのを見たジノは、ブリタニアが終わったことにただただ呆然とするのだった。



 ペンドラゴンの城壁が破られた後は、もはや彼らを遮るものは何もなく、ブリタニア宮殿はあっと見る間に黒の騎士団に取り囲まれた。

 空から、地上から迫りくる黒の騎士団を目にした皇族・貴族達は、玉座の前で悠然と座るシャルルに向かって言った。

 「陛下、陛下!!黒の騎士団が・・・!」

 「ビスマルクすら倒したか・・・これで真の勝者が決定したな」

 シャルルはそう呟くと、内心で忠臣に向かって感謝の念を告げる。

 (すまぬ、ビスマルク・・・)

 自分のわがままに、随分長い間付き合わせてしまった。
 そしてそれは、今もなお続いている。

 「我がブリタニアは弱肉強食。敗者は勝者に従うのが、我が国の国是だ。
 敗者の恥辱を受けたくなくば、せめて潔く散るがいい」
  
 「そ、そんな・・・陛下!!」

 「負ければどうなるか、常々言い聞かせてきたはず。
 勝者はゼロだ。敗者は黙って従うしかあるまい」
  
 突き放された皇子や皇女、貴族達は、絶望を顔に浮かべて床に座り込む。
 それらを横目で見やりながら、シャルルは玉座の間を去った。



 宮殿を包囲され、逃げ場のなくなった皇族、貴族に対し、ルルーシュはG1ベースから降伏勧告を発した。
 
 「ブリタニア貴族、皇族達に勧告する!この宮殿は、我ら黒の騎士団が完全に包囲した!
 これ以上の抗戦は、無意味である!武装を解除し、投降せよ!!」

 ゼロの声に皇族・貴族達は青ざめ、あるいは様々な決意を秘めて、動き始めた。
  
 第三皇女、エレイン・イ・ブリタニアを産んだコンスタンス妃は、学院から戻っていた娘に向かって言った。

 「皇族が虜囚の辱めを受けるなど、あってはならぬこと。
 この母と共に、陛下のお伴をなさい」

 「お母様、我がブリタニアは世界でもっとも優秀な人種なのでしょう?
 それなのに、どうしてゼロに敗れたのですか?」

 常に勝者であるはずの自分達が死ぬのはおかしいではないか、と母に尋ねるエレインに、コンスタンスは答える事が出来なかった。
 だが敗者としてこれから恥辱に満ちた人生を娘に歩ませるなど、皇族出身で皇帝以外に跪いたことのない彼女には耐えられず、誇りある死こそが幸せだと信じた。

 「いずれあの者らも、この行いを悔いる日が来るでしょう。
 さあ、これをお飲みなさい」

 母に促されるまま、毒の入ったグラスを手にしたエレインはそれを一息に飲み干した。
 続けてコンスタンスも、同じようにグラスの毒を自らの体内へと注ぎ込む。

 苦しまずに眠るようにしてその命を奪うその毒は、弱肉強食を国是としてきたブリタニア皇族が、敗者としてその地位を追われた者が使うものだった。
 服用すると十分程度で強烈な睡魔が襲い、そしてそのまま死に至る。

 コンスタンスはエレインと共に豪奢な天蓋つきのベッドに横たわると、娘を抱きしめた。

 「お母様」

 「可愛い貴方を、一人にはしません。さあ、眠りましょう」

 この戦争中、凶報ばかりが来るようになってから随分、娘に怖い思いをさせてしまった。
 だが、それももう終わる。
 皇帝たるシャルルが負けを認めた今、もはや自分達に残された道は、これしかなかった。
 母が久方ぶりに歌う子守唄に包まれてエレインは目を閉じ、そしてその目を開くことは二度となかった。

 「エレイン異母姉様が、コンスタンス妃と心中ですって?!」
 
 その報を始めに聞いたのは、カリーヌだった。
 続けて同じように自ら命を絶った皇族、貴族の訃報が届き、カリーヌは茫然と異母姉・ギネヴィアに視線をやると、彼女はぎりぎりと唇を噛み締めた。

 「ゼロ、ゼロさえいなければっ・・・!
 ラウンズも何と情けない!陛下の御信任を受けた身でありながら、逆賊一人倒せないとは!!」

 八つ当たりもはなはだしい怒声にカリーヌはさすがに辟易したが、諌めることが出来ず、途方に暮れる。

 「ブランシャーヌ侯爵、ピッコル子爵、黒の騎士団に投降!
 第三近衛部隊も、同じく投降した模様!」

 「貴族の身でありながら、何と卑怯な!!これ以上の投降は許しませんよ!!
 黒の騎士団に投降する動きがあれば、すべてその場で処分しておしまい!」

 騎士の報告にギネヴィアが怒鳴るも、もう手遅れだろうと残された皇族達は思った。
 何の手も打てないまま時間だけが過ぎ、とうとうゼロから最後通牒が下った。

 「これより、黒の騎士団は皇宮へ突入する!
 これが最後の勧告である!降伏する気のある者は、遠慮なく申し出てほしい!
 我々は、これ以上の無駄な交戦を望まない!!」

 「逆賊がっ・・・!テロリスト上がりの軍隊に、我がブリタニアは降伏などしない!」
  
 ギネヴィアの言に、数名の皇子達が同調する。
 しかし、解る者は解っていた。
 もう、全てが終わっていると言うことを。
 
 そして、皇宮の門が破壊される音が響き渡る。
 それを聞いたカリーヌは、ただその場に立ち尽くすしか出来なかった。

 その後は既にもはや戦闘と呼べるものではなく、その後は語るまでもなくあっけなかったとしかいいようのないものだった。

 ギネヴィアは残った異母弟らと共に一度ペンドラゴンを出て改めて黒の騎士団に挑もうと隠し通路に向かったが、そこは既にユーフェミアによって抑えられており、彼女達は捕縛された。
 宮殿に残っていたカリーヌも、母后ともども身柄を拘束された。

 全てに決着をつけるため、蜃気楼に乗って八年ぶりにブリタニア宮殿へと踏み込んだルルーシュは、精いっぱいの虚勢で自分を睨むカリーヌを見つめた。

 「ゼロ・・・!貴方のせいで、ブリタニアが・・・!」

 「違いますね、間違っていますよカリーヌ皇女。
 この事態は全て、貴方がたがしたことの結果だ・・・と言っても、今の貴女には解らないでしょうが」

 「な、バカにするつもり?!テロリストのくせに!!」

 事ここに至っても、ゼロはただのテロリストでしかないのだと盲目的に信じるカリーヌを、ルルーシュは憐れんだ。
 これまでただ父母の言うことだからと国是を信じ、それだけでしかなかった異母妹。
 だから、ルルーシュは言った。

 「貴女はギネヴィアや兄皇子達とは違い、まだ責任を負わぬ皇女です。
 ですから私は、貴女が成人するまで、世界を見る時間を差し上げましょう。 
 何が正しく、何が間違っているか、貴女が選ぶとよろしいでしょう」

 「な、なんですって・・・!」

 「それでなお、ブリタニア皇族が正しく、我々が間違っていると思うなら、私に対し反逆すればいい。それは貴女の自由だ。
 ただし、これだけは言っておきます。何があろうと、自身の行動には結果が伴う。そしてその結果の責任は、常に己が背負わねばならない。
 よくご覧になるといいでしょう。間違った行為の結果が、今目の前にあるのですから」

 そう言い捨ててシャルルを探すべく、玉座の間から立ち去った蜃気楼を、カリーヌは屈辱だと言わんばかりの目で睨みつけて見送った。

 そして彼女が連行される道すがら見たのは、皇族を守ろうとして抵抗した兵士達と自害した貴族達の死体、そして憎々しげな目で自分達を睨む黒の騎士団の団員だった。

 生まれて初めて憎悪の視線に囲まれたカリーヌは脅えたが、精いっぱいの虚勢をもってそれから目をそらさず、凄まじい戦の音が響き渡る宮殿からG1ベースへと連行されたのだった。



[18683] 最終話  帰る場所&エピローグ
Name: 歌姫◆866a0254 ID:c9b48087
Date: 2013/05/04 11:58
最終話  帰る場所



 「いたか?皇帝シャルルを、何としても確保しろ!!」

 「自害してる皇族達の死体に、混じってるってことないか?
 もしかしたら、どっかの隠し通路から逃げたってことも考えられる」

 「もしそうなら、この広いブリタニア大陸中を探すのか?面倒だな」

 シャルルの行方を血眼になって探している黒の騎士団員が苛立っていると、ルルーシュが向かったのはかつて己が住んでいた宮・アリエス宮だった。
 ルルーシュは蜃気楼から降りると、ゼロ番隊に包囲させてからジェレミアを連れて懐かしき生家へと足を踏み入れる。

 「よく戻ったな、ルルーシュよ」

 「・・・やはり、ここだったか」

 ぽつりとそれだけを呟いたルルーシュをホールで出迎えたのは、豪華な皇帝服をまとった全ての不幸の元凶となった男だった。

 母マリアンヌが無残な死を遂げた曲線を描いた階段の上で悠然と立つ男を、ルルーシュは冷たい目で見上げた。
 そんな視線を笑みを浮かべて受け止めたシャルルは、笑みを浮かべて言った。

 「元気だったか?」

 「・・・・?」

 突然何を言い出すのか、と眉をひそめたルルーシュやジェレミアに構わず、シャルルはさらに言った。

 「ナナリーの目が見えるようになったらしいな。歩けるようになったのか?
 昔から運動神経がよかったから、もう車椅子は必要ないのか?」

 ごく普通にしばらく会っていない子供の様子を気にする父親のように振る舞うシャルルに、ルルーシュは苛立ったように言った。

 「それを、お前が尋ねていい立場だとでも思っているのか?」

 ふざけているのか、と吐き捨てるルルーシュに、シャルルは淡々とそうだな、と応じ、そしてまた話題を変えた。
 そしてゆっくりと、階段を降りていく。

 「懐かしいな。このアリエス宮は後宮の一番隅にあることから、身分の低い妃、もしくは寵愛のない后妃が住むと思われておる。
 だが、この宮の地下にはギアスの遺跡が眠っておるゆえに、この宮に住む后妃はそれを守る役目を持つ。
 わしが幼い頃は、わしの母の一族が管理しておった」

 「・・・・」

 「母が暗殺された時、一族らも同様だったゆえに、生き延びたのは当時のコード継承者のみだった。
 母を失ったあの日、力を望んだわしと兄さんの前に現れて、ギアスを授けた」

 『力が欲しいか?』

 その言葉に縋り、力を得てそして皇帝となった。
 あの日から、もう気がつけば何十年も過ぎて、そして今全てを失った。

 
 V.Vのギアスが暴走して、それを止めるためにコードを継承した。
 ギアスを使い続ければ暴走すると知っていたのに、自分を守るためにギアスを使い続け、そして不老不死となった兄が哀れでならず、だから兄に逆らうことが出来なかった。

 「兄さんがマリアンヌを想っておったのも知っていた。
 マリアンヌもそうだった・・・だから兄さんが暴走しても、恨むことはなかった」

 ラグナロクの接続という計画で結ばれた仲間達。
 V.Vの寂しさゆえの暴走がなければ、確かに互いに繋がっていたがゆえに、その延長線上のように全てに理解を求めた。

 「自分を理解してほしかった。兄さんを、マリアンヌを理解してほしかっただけだった。
 あの悲劇が起こって、お前を日本に送ってからはなおそう思った」

 『お前は生きていない』・・・そう言われて、絶望を瞳に宿らせた息子。
 それを宣告したのは自分でありながら、だからこそこの計画を成就させるのだとなお己に誓った。
 ああ、何て滑稽な笑劇。
 それが全てから見放されることになるとも知らず、ただもう考えることからすら逃げた。

 「・・・お前の身に起こったことは、既に知っているさ。俺も、エトランジュも、アドリス様もな。
 確かにそれだけなら、皆同情した。子供の頃のお前達になら、それに手を差し伸べて力を貸しただろうさ。
 だが、自分が不幸だからと言って他人を不幸にした時点で、その手はもう届けられることはない。届けられるはずがない」

 親に見捨てられたルルーシュ達を助けてくれたように、もしもあの時親を殺された彼らにマグヌスファミリアの王族達が会っていたら、どれほど小さな力しかなくとも助けようとしてくれただろう。
 だが、そうはならなかった。
 ただ遺跡を持っていると言うだけで、理不尽に国を蹂躙した。
 そんな身勝手な兄弟を助けるほど、彼らは人間が出来てはいない。

 「お前達はな、もう理解されていたんだよ。
 自分達の過去が不幸であることを免罪符に、他人を不幸にしてそれでも己が哀れだと自分を愛する人間だということをな。
 理解されれば許しが得られると思ったのか?そんなはずはないだろう。
 俺達も理由があって、大勢の人を殺した。どんな理由があっても、人殺しは人殺しだ。
 殺した相手やその遺族からは死ぬまで恨まれて、許されることはない」

 頭では自分達が悪いのだ、と理解しても、それでも身内を殺されたことを恨むだろう。
 ブリタニア皇族に命令されただけ、何も殺さなくても説得すれば、とそう思い続ける人間達によって、ルルーシュやエトランジュ達は一生涯恨まれる。
 自分の大事な人間が殺されることに納得できる人間など、そうはいないものだ。

 「お前のしたことが正当化される理由など、どこにもない。許される理由もない。
 そしてお前のしたことの結果の責任を取るのは、お前じゃない。
 やると決めたとはいえ、そのとばっちりを食ったユフィや俺達だ」

 息子が告げたのは、黄昏の間で言われたことと同じだった。
 あのときは拒絶した真実が、今己を取り巻いていることを、シャルルは理解していた。

 階段を降りたシャルルは、仮面を外した息子に、シャルルは小さな声で言った。

 「・・・すまん」

 「・・・・」

 「すまん、すまん・・・すまん・・・ルルーシュ、ナナリー、ユーフェミア・・・!」

 もう取り返しがつかない失敗の責任を、これから先の人生をかけて取ることになった子供達。
 自分一人が死ぬだけではとうてい償いきれないほどの、負の遺産。
  
 それを受け継ぐのを恐れ、死を選んだ子供もいた。
 そうではない者達も、自分の教育方針のせいで犯してしまった罪の罰を受ける。
 何もかも、己のせいだった。
  
 「すまん・・・本当に、すまなかった・・・!」

 心から、シャルルはようやく己の過ちを認め、謝罪する。
 けれどもう、それさえも意味のないものになっている。

 だから自分に出来たことは、戦いを早期に終わらせるために皇族達の連携を崩し、勝ち目のない戦いを続ける自分から逃れるために、臣下達にユーフェミアに従う道を選ばせるくらいだった。

 「気付くのが遅いんだよ・・・このクソ親父が」

 ルルーシュは呆れたように突き放したが、シャルルは驚いた。
 八年前、自分が捨てたあの日から、自分をどんな形であれ父とは呼ばなかったルルーシュが、自分を今何と言ったのか。

 「ドロテア・エルンストから、お前を見限った話を聞いた。
 ・・・お前は本当にバカだな」
 
 ペンドラゴン城壁戦後、ジノは捕虜用の牢に放り込まれたが、ドロテアはゼロことルルーシュの前に連行された。
 理由はもちろん、投降した理由とゼロの正体を知った経緯、そしてマリアンヌの事件をどう知ったかを聞くためである。

 ドロテアはゼロの正体を知ってるらしい、と星刻や藤堂達は驚いたが、ならばルルーシュに任せると言って、宮殿制圧の準備を引き受けてくれた。
 
 ゼロの部屋に連行されたドロテアが見たのは、仮面を外したルルーシュとユーフェミア、戻ってきていたスザクとカレンの姿である。

 『・・・お初にお目にかかります、ルルーシュ様』

 自ら跪くドロテアを、ルルーシュが手を振って制止したので、ドロテアは直立不動の姿勢になった。

 『・・・いろいろ聞きたいことがある。まず、何故、あの男の元を離れた?』

 『・・・平民出の私がラウンズになったのは、マリアンヌ様のご推薦を受けたからです。
 幾度も戦場で助けて下さったあの方の後任になれて、私は嬉しかった。
 スリーの報告で貴方がゼロだと知った時も、イレヴンに殿下が殺されたと陛下が誤解なさっただけと説得すれば、殿下もゼロをやめて下さると思っておりました。
 ですが、知ってしまったのです。マリアンヌ様を殺した真犯人は、陛下であると。
 陛下は、それをお認めになりました』

 『何だと?!どういうことだ!』

 いきなり思いもかけぬことを言われたルルーシュは、驚愕した。
 もちろん聞いていたルルーシュとユーフェミア、スザクとカレンも同じである。

 『正確には陛下が指示を出したわけではなく、部下の暴走、ということのようですが。
 例のギアス嚮団、あれの実験体にするために、マリアンヌ様を妃にして子供を産ませた、と陛下はおっしゃいました。
 平民出の子供ならどう扱おうと問題はない、マリアンヌの子なら素晴らしい素質を持っているだろう、と』

 『な、何ですって!それは事実ですか、エルンスト卿!』

 ユーフェミアが叫ぶように問いかけると、ドロテアは頷いた。

 『それに気づかれていた節もあったからちょうどいいと、あの事件をなかったことにしたそうです。
 それで、いろいろ合点がいきました。マリアンヌ様のご遺体をシュナイゼル殿下が運び去ったのも、コーネリア殿下がいくら調べても何も解らなかったことも』

 最高権力者たる皇帝本人が隠ぺいしていたのなら、誰がどう調べても解るはずはない。
 ゼロがルルーシュだと知った日、皇帝に上奏したドロテアだがそれに関してはこちらで処理すると言われ、ドロテアはルルーシュの誤解を解くにはどうすれば、と考えていた。
 そんなある日、シュナイゼルによるクーデターが勃発し、驚いたドロテアは皇帝を保護するために宮殿内を探して回ったが、見つからなかった。
 その後ビスマルクから連絡が入り、シャルルは無事なので帝都で潜伏するようにとの指示が出たことに安堵した。
 だがそれも束の間、何とペンドラゴンにフレイヤが向けられていると宮殿に残していた部下から聞いて、彼女はシャルルに指示を請おうとしたが何故か出来なくなった。

 不安の中どうすることも出来ずにいると、ルルーシュが見事フレイヤを無効化し、シュナイゼルを捕縛してくれたことにさすがはマリアンヌ様の御子、とドロテアは安堵した。
 シャルルからの帰還指示で無事も判明したところで、宮殿に戻りシャルルにルルーシュとの講和は出来ないのかと尋ねた時、その真相を知らされたのだと言う。

 『それがどうしたというのだ、エルンストよ。
 おぬしはわしに忠誠を誓った身、よもやその程度のことで揺らぐ薄い忠義で、その地位についたわけではあるまい?』

 『あれほど陛下に尽くしたマリアンヌ様を、あのように扱うなど・・・!
 ナナリー様をお庇いになって亡くなったマリアンヌ様を思うと、涙が止まりませんでした。
 真相を知って、どうして陛下に忠誠を尽くせるでしょう』

 『我が父ながら、何とおぞましい・・・!』

 ユーフェミアの嫌悪を実体化した台詞に、カレンとスザクも口を押さえた。
 ルルーシュから聞いたアリエスの真相とほぼ合致しているため、マリアンヌがシャルルの妃になった背景がそうなのだと、信じたようだ。
我が父親ながら、ここまで信用のない男が情けなくなる。

 『私はマリアンヌ様の忘れ形見である貴方を、お守りしたい。
 未だ貴方はブリタニアから隠れている身ですが、このことを私が発表すれば、貴方がご生存を隠していた理由に皆納得するでしょう。
 貴方様がゼロであることを隠すのはやむをえぬと思いますが、いつまでもルルーシュ様が陰に隠れていくわけには・・・』

 ドロテアの台詞に、ユーフェミアは確かにとルルーシュに視線を送った。
 ルルーシュ・ランペルージとして生きていくにせよ、彼が世に出ればいずれ素性がバレる可能性が高い。
 そうなればその悲劇性やマリアンヌの遺児ということで、またいらぬいざこざに巻き込まれるだろうことは、予想がつく。

 しかし、ここでドロテアが先ほどの話を公表すれば、ルルーシュが生存していたにも関わらずにそれを隠していた理由、二度とブリタニアに戻らないことにも皆納得するだろう。
 ルルーシュとナナリーはブリタニア皇族を取り巻く鎖に絡まれることなく、自由に生きる事が出来る。

 自分が殺した子供達に、再び陽の当たる人生を返そう。
 ・・・それがシャルルに出来る、精いっぱいの償いだった。
 
 シャルルは、もう理解を人に求める事は諦めていた。
 神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアは、世界を一つにするという大義分のもと、臣下の諫言を力で封じ、子供達を争わせ、能力のある女を無理やり妃にして産ませた子供を道具として扱った非道な皇帝として、歴史に記される。
 子供達にさえ父とは認められず、ナナリーもユーフェミアも自分に対して恨み事しか言わない一生を送るのだろう。

 だが、それでいい。
 自分のように無関係な人間ではなく、正当な相手に感情をぶつけるだけなのだ。
 何一つとして間違ってはいない。

 愛した女との息子が、バカだと罵りながらもほんの少しだけ理解を示してくれた。
 だから、それでいい。

 「お前が手を下す必要は、ない。わしの始末は、わしがつけよう」

 言葉は、もう必要なかった。
 だからルルーシュは仮面を被ると、無言でホールからジェレミアと共に歩き去る。

 「ルルーシュ様、シャルル帝を拘束なさらないので?」

 「やるべきことを知っているのなら、その必要はない」

 それを聞いたシャルルは笑みを浮かべて息子を見送ると再び階段を上り、庭を見渡せるバルコニーへと足を進めた。



 「ゼロ、どうしました?あのバカ皇帝は見つからなかったのですか?」

 アリエス宮の前に到着していたカレンが紅蓮の中から問いかけると、ルルーシュはちらっとアリエス宮に視線をやって答えた。

 「どうも部屋の一室に立て籠っているようでな。
 今からナイトメアで突入しようと思っている」

 「じゃあ僕とカレンが行くよ。皇帝を押さえないことには、戦いが終わらない」

 同じく到着していたスザクがランスロットを二階から突入させようとした刹那、ジェレミアが叫んだ。

 「ゼロ、あれを!!」

 「・・・シャルル」

 ジェレミアが指した先には、マントを翻して立つシャルルがいた。
 まっすぐにルルーシュを見つめた後、やがて大きな剣を掲げて叫んだ。
  
 「このブリタニアは、幾多の戦いを経て進化を遂げた!
 勝者こそが正義!弱いことは罪なのだ。
 ゆえに、敗者には死を!それが我がブリタニアの掟!!
 それから逃れるは、何人も叶わぬこと!!」

 「ふざけんな!!死ねこの野郎!!」

 「降りてこい!負けたお前が偉そうに言える立場か!!」

 アリエス宮を囲んでいる黒の騎士団員の罵声の上空で、VTOLからディートハルトがビデオを構えているのが、シャルルの視界に映った。
 
 (おあつらえ向きだな。これで、終わる)

 「この世はしょせん、戦いの連続よ!
 わしの死も、ブリタニアの進化の礎に過ぎぬ!!
 敗者とならぬよう、ゼロよ、せいぜい気をつける事だな」

 「戦いを起こさなければ、勝者も敗者もない!
 戦いを制するより、戦いを起こさないようにすることこそが、我々の役目だ!!」

 「そのとおりだ!」

 「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」

 シャルルはその光景を見降ろしてにやりと笑みを浮かべると、手にしていた剣の先を、己の胸元に向ける。
  
 自殺を図っているのだと解ったスザクが止めようとランスロットの操縦桿を動かそうとした刹那、ルルーシュが小さく首を横に振るのが見えた。
  
 (あれは、“やめろ”の合図・・・ルルーシュ?)

 スザクが眉をひそめると、ルルーシュは黙ってバルコニーを見上げた。

 ルルーシュの意図が見えないまま、スザクがランスロットを動かせずにいると、シャルルは剣を己の心臓へと大きく突き刺した。
 驚愕の声が上がり、ルルーシュが驚いたような声で指示する。

 「ゼロ番隊、部屋に突入しろ!
 枢木は、空からあの男を捕獲!」

 「「了解!!」」

 カレン率いるゼロ番隊がアリエス宮に続々と突入していく中、やっと指示を得たスザクがランスロットをゆっくり浮かび上がらせると、胸に剣を突き立てたまま、シャルルはバルコニーの柵へ捕まり、ルルーシュを見た。

 「ふはは・・・ふはははは・・・!!」

 「・・・・」

 「ふははは、ふはははは!!」

 狂ったように笑うシャルルを、外を囲んでいる黒の騎士団員は化け物でも見るかのように見上げている。
 そしてシャルルは最後の力で、己の胸に突き刺さった剣を引き抜いた。
 赤い血が噴きあがり、再び悲鳴のような声が騎士団員の間に溢れかえる中、シャルルの身体がバルコニーの上に倒れ込んだ。

 雲一つない青空を見上げ、口から血を流したシャルルの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

 何一つとして望むものが得られなかった人生。
 後悔ばかりが最後に残り、大切なものはすべて自ら失った。

 シャルルを生きて捕縛すれば、死刑が確定したところで国是主義の皇族・貴族達に奪還を図られ、面倒なことになるだろう。
 かといって裁判なしでゼロが殺すという事態になれば、ゼロは正義の味方と言う仮面を被った私刑執行者との誹りを受け、超合集国連合の面子を潰したと思われかねない。
 ゼロの目の前で自殺をしても、ゼロが殺したのではないかとの疑惑が付きまとう。これから先、ゼロの正体が白日の元に晒されることがあれば、なおさらだ。
 ゆえに誰の目にも明らかな形で、シャルルは己の命を絶つことにしたのだ。

 ルルーシュは、意図を知って呆れただろう。
 自分が最後にしたことすら、感謝はしていない。
 それでも息子は、理解してくれた。
 だから最後の仕事を、自分に任せてくれたのだ。
 
 ああ、なんて自分にはもったいなくらい、優しい息子なのだろうか。
 
 『このクソ親父が』

 (ああ、そうだな。本当に、そのとおりだ)

 本当に自分は駄目親父で、クソ親父だった。
 息子の声が聞こえる。

 「全ての争乱の元凶であるシャルル・ジ・ブリタニアは死んだ!!
 戦いは終わりだ!!繰り返す、戦争は、今この時を持って終わったのだ!!」

 そうだ、終わった。
 ・・・もう、戦わなくていい。

 どうか、幸せに。

 自分がそう願う資格など、とうにないけれど。

 最後にそう思って、シャルルは目を閉じた。

 後世、差別帝・争乱帝と呼ばれることになる神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝にして最後の皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。
 
 彼の望みは、“全てから理解されて”、“自分に”優しい世界だった。
 そのために世界を混乱に陥れ、戦争の種をばらまいて育てた男。
 ゆえに誰からも望まれず、世界から弾き出され、子供達からも見捨てられた。

 身勝手で独り善がりでも、それでも我が子に愛情を持っていたことを誰にも伝えないままで、最愛の妃から生まれた息子だけが、知る事実となろうとも。
 それでも最後に、ひとかけらの理解と優しさを与えられ、彼は死んだ。

 ここに、神聖ブリタニア帝国の歴史は終わり、新たなブリタニア皇室が始まる。

 その初代皇帝は、慈愛帝・共存帝と呼ばれる、ユーフェミア・リ・ブリタニアである。
 
 

 ゼロによるシャルル自害の報と戦争終結宣言により、ブリタニア戦は終わった。
 戦後処理も、星刻と藤堂らと共に、滞りなく進められた。
 
 ユーフェミアは世界に向けて、ブリタニア大陸の領土は分割せず、このまま合衆国ブリタニアとして治める事を告げ、超合集国もそれを認めた。
 ただし、これまでのブリタニアが行ってきた差別国是による損害賠償は、超合集国もある程度の支援は行うが、主体は合衆国ブリタニアが支払うことも明言した。

 捕えられた皇族達は、未だ残る皇族崇拝主義者達による奪還を恐れ、超合集国連合本部である蓬莱島に送られ、それぞればらばらに軟禁されることとなった。
 そして随時それまでの行いによる裁判が行われ、処分が下されることになる。
 年少の皇族に関しては、ユーフェミアが監視を含めた教育を行うことを条件に引き取りたいと申し出たので、いずれそれが認められることになるだろう。

 生き残ったラウンズであるジノ・ヴァインベルグは、未成年であることが幸いして、数年の懲役が課せられるくらいで釈放するというのが、現在まとまっている裁決である。
 ドロテア・エルンストは、投降したうえに桐原や藤堂など、ゼロの正体を知る者にシャルルとの確執の理由を話したため、彼女に関してはもはや危険はないとの認識が上層部にはあった。
 ルルーシュの件は彼がようやく社会復帰出来るのなら公表すべきだ、という意見もあったが、まだゴタゴタしているのでルルーシュがアッシュフォードを卒業するまで待ってほしいと言ったため、延期することになった。
 よってそれまでは黒の騎士団本部で条件付きの軟禁をすることで、一応の決着をつけた。事実を公表した後は、彼女はルルーシュの傍に行きたいと言っているという。

 EU連合軍も賠償などについては戦後処理の後で、という決議を行い、EUへ戻っていった。
 ただエトランジュ達だけはまだ超合集国との話し合いのため、日本に残留している。
 マグヌスファミリアを占領していたブリタニア人達は、すでににイギリスに投降しており、マグヌスファミリアに戻れる準備をしてくれているそうだ。
 コミニュティにいるマグヌスファミリアの面々も、帰国準備を嬉々として整えている。

 その報を聞いたエトランジュは喜び、リハビリに励んでいるアルフォンスに伝えに行った。

 「アル従兄様、二日後にイギリスのコミニュティの家族は、マグヌスファミリアに戻ることが出来るそうです」
 
 「やっとか・・・でも僕らはまだ戻れそうにないね。話し合いが進んでないから」
 
 おおまかなことは事前から決めていたとはいえ、EUに対する賠償についてはまだまとまっていない部分が多く、エトランジュ達も話し合いにいろいろ苦労している。
 マグヌスファミリアは遠いので、話し合いの場に行くのにも一苦労するせいで、戻るタイミングがつかみづらい。
 
 「大丈夫です、皆様が私達を気遣って下さって、戻ってもいいとおっしゃって下さいました。
 リハビリに必要な道具も下さるとのことなので、アル従兄様もご一緒に戻れます」

 嬉しそうなエトランジュの笑顔に、アルフォンスはそれは朗報だと笑みを浮かべる。
 だがその後、エトランジュは口を閉じてアルフォンスがリハビリでダンベルを上げるのを、ただ見つめている。

 ダンベルが上がる音が響くだけで重い沈黙の中、アルフィンスが不意に尋ねた。

 「・・・あのさ、エディ。一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 「・・・はい。アル従兄様」

 アルフォンスは意を決したものの、一度大きく深呼吸をしてから、エトランジュに向かって言った。

 「単刀直入に聞くよ。僕との結婚について、どう思ってた?」

 エトランジュはアルフォンスの質問を予想していたのか、驚きもせず数秒黙った後、やがて軽く目を閉じて開き、その問いに答えた。

 「私はアル従兄様となら、幸せな家庭が築けると確信しました。穏やかに一生を楽しく暮らしていけると、知っていました。
 ですから、アル従兄様との結婚はとても嬉しかった」

 ルルーシュとの結婚話が出たときの不満はない、という感情は、マイナスはないが、同時にプラスもない。
 エトランジュにとってルルーシュとの結婚は、あくまでも必要に迫られて受けるべき事柄だったのが、この一語に表れている。

 対してアルフォンスの場合、彼の意向をまず気にして、この婚姻における自国の利益については殆ど口に出さなかった。
 そしてエドワーディンが『アルはエディが好きよ』とバラした時、エトランジュは顔を真っ赤にしていた。
 さらに、“いい家庭を作れると思う”という予想ではなく、必ず幸せになれると言う確信を、彼女は持っていた。

 「だって、家族ですから。アル従兄様のことなら、私はよく知っています」

 「・・・そうか、そうだよね。家族だから、解るよね」

 エトランジュがこの世に生まれた時から、ずっと一緒だった。
 手を繋いで眠った。一緒に学校にも行った。
 戦争が始まってからは、離れる必要がない限りはずっと傍にいた。
 
 だからこそ、知っていたのだ。これから先の一生を共にしても、幸せになれるということを、誰よりもエトランジュ自身が。
 
 「・・・ありがとう、エディ」

 「あの・・・アル従兄様、私は」

 ダンベルを下げたアルフォンスは俯き、そのまま顔を上げない。
 エトランジュは戸惑ったが、しばらくしてアルフォンスは言った。
 
 「いいんだ。そう言ってくれたら、僕はもう何も悩む必要ないから」

 そう言いながら顔を上げたアルフォンスの顔は、先ほどとは違い、晴れ晴れとしていた。
 と、そこへエトランジュが言いにくそうに告げた。

 「アル従兄様、私はこれからフランス大使と会議へ向かわなくてはならないのです。
 申し訳ありませんが、お話は夜に」
 
 「ああ、いいよ、解った。じゃあ、またあとで」

 エトランジュがぺこりと会釈をして退室すると、アルフォンスはダンベルを持ちあげ、呟いた。

 「今日のノルマ、達成っと」

 何事もなかったかのようにアルフォンスはダンベルを片づけると、携帯電話を取り出してクライスにかけた。

 「あ、クラ?ちょっと聞きたいことがあるから、時間ある?
 うっさいな、お前経験者だろ。だから聞くんだよ」

 聞きたいことの内容を告げたクライスからはなにやら喚かれたが、綺麗にスルーして今から行くと告げるアルフォンスだった。



 エトランジュが会議から戻って来た後、風呂から出たエトランジュは自室で髪を梳かしていた。
 ツインベッドがある部屋にはかつてナナリーと咲世子がいたが、今は二人ともランペルージ宅へ戻っており、ルルーシュの帰りを心待ちにしている。
 
 と、そこへノックが十回、鳴らされた。
 それを聞いたエトランジュは驚き、鍵を外してドアを開けると、そこにいたのはアルフォンスだった。

 「アル従兄様」

 「鍵、ちゃんとかけてるんだね。いいことだよ」

 マグヌスファミリアには鍵をかける習慣がなかったが、ルーマニアでの事件以降、彼女は何があっても部屋に鍵をかけるようになった。
 だが同時に自室のスペアキーをアルフォンスに渡しているので、何もノックなどしなくても彼は部屋に入ることが出来る。
 
 「・・・どうぞ、お入り下さい」
 
 エトランジュはおずおずと、アルフォンスを部屋に招き入れた。
 アルフォンスは小さく笑うと、うん、とだけ答えて二人はリビングではなく、寝室へと足を進めた。

 二人はしばらく黙って突っ立っていたが、やがてどちらともなく、ベッドのふちへと腰かけた。
 そして、アルフォンスが思い切ったように言った。

 「あの、さ、昼間の続きなんだけど」

 「はい」

 「正直、エディが政治的な意味合いしか持たない結婚、と考えていたら、と思うと、怖かったんだけどね。
 君がああ言ってくれるのなら、僕はこの結婚が、どうしようもなく嬉しいんだ。だって、絶対実らない恋だって思ってたから」

 恋を自覚して、どれほど悩んだことだろう。
 実らないと解っている恋に悩んで、それに気づいてくれたルチアに相談した時も、誰にも告げてはならないと言われてそれを押さえこんだ。
 だが、まさかエトランジュを守る形で叶うことになろうとは全く想像しておらず、エトランジュがどう思っていたのかと聞くことすら忘れ、ひたすら悩んだ。

 「君から僕をどう思っていたのか、知るのも怖かったよ。家族としては愛されているのは承知だけど、こんな事情だしね・・・」

 「アル従兄様、私はエド従姉様からずっとアル従兄様が私を好きでいて下さったと聞いた時は、驚きました。
 でも、嬉しかったんです。本当です」

 「うん、聞いた。だからさ、僕は考えて、結論出したよ。
 もういっそ開き直ってしまおうってね」

 どうせ結婚は白紙に出来ないし、エトランジュがまた政略絡みの結婚に巻き込まれるのも酷いし、何よりエトランジュが納得しているのなら、自分に不都合なことは何もない。
 愛した女性と結婚して、子供を作って、幸せにする。
 ありきたりだけれど、なんて幸せな一生だろうか。

 「だから、最初から手順を踏むことにした。
 マグヌスファミリアの求婚にのっとって、最初から」

 マグヌスファミリアでは、相手の部屋を夜に訪れ、ノックを十回する。
 相手がドアを開けて己を招き入れて朝まで共にいれば、その求婚を受け入れたことになるのだ。
 アルフォンスの意図を、エトランジュは既に知っていた。
 そしてアルフォンスも、エトランジュがドアを開けることが解っていただろう。

 エトランジュがゆっくりと、アルフォンスに手を差し出した。
 アルフォンスは少し驚いて、そしてその手を取った。

 「いろいろややこしい状況だったけど、これだけは本当。
 僕は君が大好きだ。結婚して下さい」

 「はい、アルフォンス。どうか末長く、よろしくお願いします」


 従兄様とは、もう呼ばなかった。
 アルフォンスは顔を真っ赤にして頷いた。

 そして、夜が明けるまで、二人の手は離れることはなかった。



 翌朝、朝食の席で手を繋いで現れたエトランジュとアルフォンスを見て、クライスはようやくか、とガッツポーズをした。
 車椅子のアドリスだけはやや複雑そうな顔だったが、文句を言える立場ではないのでただ黙っている。

 「おはようございます、お父様」

 「おはよう、エディ。今日は会議は午後からですから、無理せず休んでいてもいいですからね。
 アルも、たまにはリハビリを休憩しても構わないのでは?」

 かろうじて絞り出した台詞にエトランジュは頷き、どこか後ろめたさを感じた動作で椅子に座る。
 そしてアドリスはエトランジュの隣に座って朝食をあれこれ取り分けて娘に勧める甥にして婿を、じーっと睨みつけた。
 まあそんな事だろうと予想していたアルフォンスは綺麗にスルーして、一言義父に尋ねた。

 「あのさー、お義父さん。マグヌスファミリアに戻ったらさ、叔父さんの部屋を別にしなきゃいけないんだけど、どこの部屋にする?」

 「・・・え?」
 
 アドリスは鳩が豆鉄砲を食らったような、間抜けな反応を返した。
 そしてぐるぐると、質問内容を考え込む。

 「お義父さん、と呼んでおいて叔父さんって、何かのイジメですか?」

 「ただお義父さん呼びに慣れていないがゆえの間違い」

 「何故娘と同じ部屋の私が、追い出されるのでしょうか?」

 「エディが僕と結婚したから、夫婦同室になるのが当然。
 加えてお義父さんは病の身なので、看護できる部屋に移るべきだと思う」

 どう聞いても正論です、本当にありがとうございました。

 別にアルフォンスも、アドリスに意地悪をしたかったわけではない。
 実際看護が必要な人間を、城の最上階の部屋に住まわせるなんてことはあらゆる意味で面倒しかない。
 まして今の己の状況で、娘と同室=娘に完全看護をさせることと同意である。

 「・・・一階の日当たりのいい部屋なら、どこでもいいです。
 あの部屋はもう、アルとエディの部屋だ。好きにしなさい」

 かろうじてそう答えたアドリスに、エトランジュはありがとうございますと喜んだ。

 (喜ぶのか・・・そうですか・・・ええ、いいんですよ貴方が幸せならそれで)

 こんな形で親離れとは、とアドリスは嬉しいのか悲しいのか解らなくなった。
 そんな父親の心情を察したわけではないが、エトランジュが言った。

 「でも、たまには一緒にお休みしたいので、お部屋に行ってもいいですか?」

 「もちろんですよエディ!いつでも、毎日でも全然構いませんからね!!」

 心で泣いていたアドリスだが、エトランジュのたまには一緒に発言で一気にテンションは上がった。
 
 「毎日って、新婚早々に家庭内別居?」

 アルフォンスが呆れるが、アドリスは聞こえないふりをした。

 (父親と言うのは、娘の婿なんてどれほど立派でも気に入らないんですよ・・・)

 たとえそれが、己が勧めた相手であろうとも。
 誇りに思っている甥であろうとも!!

 と内心叫んでいたアドリスだが、娘に嫌われるのが嫌なので全力で本心を隠した。
 ラグナレクの接続が成っていたら、彼は確実に娘に嫌われる人生まっしぐらになるところである。
 
 「でも、アドリス、私は孫の顔が早く見たいわ。
 エドも病気が治らないとはいえ、やっと表立って生活出来るようになったのだから、クラ君と一緒に頑張って貰わないと」

 エリザベスの発言にクライスとエドワーディンが赤くなり、エトランジュも同じ表情になった。

 「孫・・・・孫・・・」

 アドリスがその単語を幾度か繰り返した。

 『おじーちゃま☆』

 エトランジュに激似の孫娘の姿を思い浮かべ、そして宣言した。

 「私、孫の顔を見るまでは死ねません。
 ぜひエディに似た、いいですねエディに似た可愛い子供をよろしくお願いしますよ!」

 「隔世遺伝で、お義父さんに似た子が生まれることもあり得るんじゃない?」

 アルフォンスの地味に痛い反撃に、リビングが静まり返った。
 エトランジュだけが、まあ素敵、と無邪気に頷いている。
 
 「エディに似た子が生まれることを、ちょっと神社で祈ってくるわ」
  
 「せめてアル、アルに似れば大丈夫だろ。オレも行くよ、お義母さん」

 エリザベスが神頼みしかないと思ったらしく、さしあたって日本の神に祈ることにしたらしい。義理息子のクライスも、妻の代わりに付き添うよと真剣である。

 「ははは、いい家族を持って幸せですねえ私は」

 実際自分でも自分に似た子供というのがどんなものかよく解っているので、アドリスも複雑ではあったが否定出来なかった。

 「???何だかよく解りませんが、アルと頑張りますね。
 では、マグヌスファミリアへ戻る準備を始めましょう」

 エトランジュが首をかしげながらもそうまとめ、一同は笑いながら頷いた。
 そう、やっと帰れるのだ。
 求めていたあの懐かしき故郷へと。
 
 そう思うと、一同はただお互いに笑い合い、戻ったら何をしようかと話し合うのだった。
 


 「C.C、お前はどうするんだ?これから」

 ブリタニアから日本へ戻る前日、ルルーシュがピザをぱくつくC.Cに尋ねると、彼女はもう決めていたのかすぐに答えた。

 「私はマグヌスファミリアの連中と一緒に行く。ギアス嚮団はそこに行くことになっているからな。
 私はもう離れないと、嚮団員と約束した」

 「・・・そうか」

 「なんだ、寂しいのか?」

 くすっと馬鹿にしたように笑うC.Cに、ルルーシュはムキになった。

 「そんなわけないだろう!お前こそ、あそこに住んで大丈夫なのか?
 今のようなぐうたら生活など、死刑もので許されない国なんだぞ」

 「何、私は家事は出来るし、昔は農業の手伝いをさせられていたこともある。
 マグヌスファミリアに住むのが、私にとってもいい選択だ」

 「そうか・・・ならいい」

 ルルーシュはC.Cがきちんと考えた末の結論ならば問題はないと、椅子に腰かける。

 「だが、あそこに行く前にピザのレシピを教えろ。
 あそこでピザを食べるには、自分で作るしかないと言われたからな」

 「・・・解った、後でネットで調べて印刷してやる。好きなだけ持っていけ」

 何だかんだで甘いルルーシュに、C.Cはクスクスと笑った。

 「マオも連れて行く。あいつ、ガールフレンドが出来たんだ。
 エヴァンセリンといったか?最近二人で絵を描いたり、楽しそうにしているんだ。
 あの人間嫌いだったマオがだぞ・・・本当に、変われば変わるんだな、人間は」

 始めは『ただの友達だよ!僕はC.Cが一番!』と言っていたのに、いつの間にやらエヴァンセリンと行動する方が多くなっていった。
 今もエトランジュの絵を描くから相談すると言って、エヴァンセリンの部屋に行った。
 相手の部屋に赴いて朝まで一緒にいたらそれはプロポーズになるらしいが、さてマオは知っているのだろうか。

 「もうギアスもコードもない。戦争も終わった。
 本当に・・・終わったんだな」

 C.Cがまだ実感出来ないのか、鏡を覗き込んだ。
 もう浮かび上がることのない、赤い鳥の紋様。
 
 「・・・シャルルの遺骸は、どうなったんだ?」

 藪から棒に尋ねたC.Cにルルーシュは少し驚いたが、別に隠すことでもなかったのであっさり答えた。

 「今は皇宮内の礼拝所に安置されている。いずれはどこぞの墓に葬るつもりだ。
 今回の戦いで死んだ皇族達の共同墓地でも作って、そこにと言う形にしようかと思っている」

 「そうか・・・」

 C.Cは鏡を閉じると、ぽつりと呟いた。

 「シャルルの顔、穏やかだったな。
 ・・・まるでシスターのようだ」

 「シスター?・・・お前の記憶にあった、あの女か」

 ナリタでC.Cの精神に接触した時、額にコードを宿したシスターの映像があったことを思い出したルルーシュに、C.Cは頷いた。

 「私を拾って育ててくれたんだ・・・ギアスを与えてな。
 そして私のギアスが暴走した時、コードを押しつけて・・・そして死んだんだ。
 これから死ぬと言うのに、とても穏やかで。何があったのかは知らないが、よほど生きることが苦痛だったんだろう」

 「・・・・」

 「終わりを望んだのは、私も同じだ。だが、今死ぬとなったらあんな顔は出来そうにない」
 
 今は生きることが、こんなにも楽しいから。
 だから、今は生きたい。出来る限り精いっぱいに手を伸ばして、その先にある手を握って。
  
 自分が望んだ“普通の人生”が手に入るとは思わなかったから、自らの終わりを望んだのだけれど。
 でもそれが手に入ったのは、まぎれもなく魔王になり損ねた自分の最後の契約者が約束を守ろうとしたからだ。

 「ルルーシュ・・・ありがとう」

 C.Cから聞く初めての礼の言葉に、ルルーシュは目を見開くほど驚いた。

 「何だ、その顔は。私が礼を言うのが、そんなにおかしいか?」

 「ああ、まさかお前から聞くことになるとは思わなかった」

 「失礼だな。私だって礼を言うことくらいはあるぞ・・・百年に一度くらいは、たぶん」

 そっぽを向くC.Cに、ルルーシュは肩をすくめた。
 そして、言った。

 「俺もお前には感謝している。だからもう、お前はお前の人生を歩め。
 俺も、ルルーシュ・ランペルージとして、これからを生きていく。
 ありがとう、――――」

 自分の本名を呼ばれたC.Cは、その響きを聞いて目を閉じる。

 「随分ましになったな。優しさが増えているし、素直さと労りの心も。
 発音もよくなったし・・・何より暖かみがある」
  
 「わがままな女だ」

 上から目線の評に、C.Cは不敵に笑った。

 「そうとも、私はC.Cだったからな」

 C.Cはそう返すと、ルルーシュのベッドの中に潜り込む。
 ルルーシュがその意味を知るのは、C.Cがマグヌスファミリアの戸籍に、自身の本名を記したと知った時だった。



 イレギュラーがいくつかあったものの、あらかじめ決められていた通りに処理が進められていく中、ゼロが日本に戻ることが出来たのは、ペンドラゴン陥落から一カ月も経った頃だった。
 政治的にはゼロは超合集国連合の下という位置づけなので、水面下での調整にかかりきりだったが、やっとめどがついたのだ。

 そしてさらに一週間ほど経ち、後は黒の騎士団のみに専念するようにとのお達しが、桐原から出た。
 すると藤堂と星刻が、もうそろそろ学校へ戻るようにと勧められ、考えた末にルルーシュはその言葉に甘えることにした。

 一年近く留守にしたアッシュフォード学園のクラブハウスへ戻ったルルーシュは、リヴァルとシャーリー、ミレイとロロとナナリーに、クラッカーで出迎えられた。

 「待ってたわよ、ルルーシュ!」

 「お帰り、ルルーシュ!!お前が戻って来るの、楽しみにしてたぜ!」

 「待ってたよー!明日からまた一緒だね!」

 「見てみて、兄さん!僕の制服!」

 「お帰りなさいませお兄様!さあ、どうぞこちらへ」

 熱烈な歓迎にルルーシュは恥ずかしくもあるがそれ以上に嬉しく、生徒会室へと久々に足を踏み入れた。

 あちらこちらが飾りつけられていたが、変わっていない生徒会室。
 ああ、だが使用していたパソコンが、新しい型に変わっている。
 椅子と机が一つ増えていた。きっとロロのものだろう。

 リヴァルがジュースの入ったグラスを一同に配ると、こほんと咳ばらいをした。

 「では、改めまして・・・明日から生徒会長を務めることになる、ルルーシュ・ランペルージの復学を祝って・・・カンパーイ!!」

 「かんぱーい!!」

 カシャンとグラスが鳴らされ、パーティーが始まった。
 
 「ニーナとスザクとカレンは、後から来るんだって?忙しいもんなあの三人も」

 「式典や形式的に出る会議なんかは、身代わりをしてくれる咲世子さんにやって貰っているし、会議なんかも藤堂や星刻が多く出てくれるから、俺には暇が出来たが・・・。
 あの三人は、そうもいかないからな」

 ニーナは合衆国ブリタニアの英雄として有名になり、スザクはブリタニアと日本を守った騎士として祭り上げられてしまった上、まだ何かと旧ブリタニア派から狙われているニーナの護衛で忙しい。
 カレンもブリタニアと日本を繋ぐ象徴として、連日取材攻めに遭っていた。
 
 「そうよね、ブリタニアも賠償金とか、治安とか、やることが山積みだもん。
 スザク君、処理が済んだらユーフェミア様と一緒にブリタニアへ行くんですって?」

 ミレイが尋ねると、ルルーシュは頷いた。

 「正式にブリタニア国籍も取ったからな・・・ユフィの騎士になったんだから、当然だ。
 ラウンズ制が廃止されたから、皇帝の騎士はあいつ一人だしな」

 護衛としての能力はスザクは文句なしだが、護衛隊を指揮する能力が皆無だったため、ユーフェミアの護衛隊を別に組織して、その長としてダールトンが任命された。
 カレンを護衛隊に、との打診もあったが、彼女はアッシュフォードで中断していた学業を再開したいと申し出たので諦めた。
 また、現在は暫定的に、シュタットフェルトが合衆国ブリタニアの外務大臣を務めている。
 ちなみに大臣の空席がすべて埋まっていないため、いくつか兼務しているせいで相当の激務らしい。
 母百合子も近々出所予定で、ようやく元の家族に戻れるとカレンは心待ちにしていた。

 「まだまだ大変だけど、これからだよね」

 もともと問題をずっと放置していたからなのだから、今苦労をするのは仕方ないと、シャーリーは俯いた。
  
 「卒業したら、私も世界のために何か出来ないかなって思ってるの。
 会長みたいに、黒の騎士団に入るのも考えたけど・・・」

 「そういやルルーシュ、卒業したらどうするんだ?ゼロに専念するのか?」

 リヴァルがふと気づいて問いかけると、ルルーシュはそのことか、とグラスを傾けながら言った。

 「ゼロは遅くとも二年以内にはなくす予定だ。いつまでもゼロ頼みの騎士団でいて貰っては困るからな。
 だから俺は、会社を立ち上げようと思っているんだ」

 「会社を?どんな?」

 シャーリーが尋ねると、ルルーシュは詳しいことは決めていないが、と前置きして構想を語る。

 「まずは福祉関係の会社を作る。幸い仕事はコネがあるし、戦争後だから需要も高い。
 ブリタニア人が率先して行うことは、イメージアップにもなる。利益は少ないだろうが、まずはそこから始めたいと思う」

 「まあ、福祉の会社を?素敵ですお兄様!」

 ナナリーが自分も手伝いたいと、目を輝かせた。

 「私も福祉の仕事がしたくて、調べているんです。私、足が動かなくて目が見えない時期が長かったので、その経験を役に立てたくて・・・」

 「ナナリー・・・!!」

 何て優しい子なんだ、とルルーシュが感動していると、ロロも手伝うと対抗意識を燃やす。

 「僕だって、兄さんの役に立てるよ!簿記検定の三級、取れたし!次は準二級目指すよ!」

 「そうか、それは頼もしいな。学校を卒業したら、ぜひ頑張ってくれ」

 ロロが嬉しそうに頷くと、シャーリーとリヴァルが言った。

 「それ、私も手伝いたいな。いい?」

 「俺も俺も!!俺車の免許取ったし、いずれ大型も取るって決めてるからな」

 当面はシャーリーが事務で、リヴァルが営業とか、と話がはずむ。
 と、そこへ慌てた足音と共に、遅れてきたカレン、スザク、ニーナがやって来た。

 「あ、もう始まってるー!もー、取材が長引いて、うっとおしいったら!」

 「確かに、同じこと何回も聞かれるのって辛いわよね・・・」

 「遅くなってごめん!」

 「ああ、思っていたより早かったな」

 スザクが代表して謝ると、ルルーシュがグラスにジュースを入れて三人に勧めた。
 礼を言ってグラスを受け取って三人が一息つくと、ニーナが残念そうに言った。
 
 「ありがとう、ルルーシュ。ユフィ様も来たがったんだけど、明後日の戦争終了記念式典の準備で忙しくて・・・」

 「スピーチがあるからな。時間が合わないのも仕方ない」

 「式典が終わったら、ブリタニアにお戻りになるわ。私もスザクもお伴をするから、あまりみんなに会えなくなるわね」

 寂しげなニーナに一同にはしんみりした雰囲気が漂うが、スザクが明るくその空気を壊した。

 「大丈夫だよ、電話だってあるし、日本にユーフェミア様が来る機会もあるんだし。
 みんなだって、ブリタニアに来ることがあるだろう?」

 「それはそうだけど、そりゃあ会長がバザーで有名になって、俺達も少しはまあ名が知れ渡ったかもだけど・・・やっぱお前らほどじゃないしなあ」

 ましてスザクとニーナが住むことになるのは、皇宮である。そうおいそれと入ることが出来る場所ではないと、リヴァルは及び腰である。

 「ユーフェミア様だって、みんなのことは気にしてたしね。ルルーシュもいるんだし」

 だから大丈夫、と能天気なスザクに、一同はお前変わらないなあ、と苦笑する。
 
 「だが、それもまだ先だな。俺も会社設立に向けて、学業もあるから忙しい」

 ゆっくりするということを知らないルルーシュが、これからもオーバーワークをするという宣言に一同は呆れ、カレンが代表して言った。
 
 「あんた、まだ働くの?少しは休みなさいよ」

 「黒の騎士団に比べたら、大した忙しさではないさ。
 だが土地の確保や資金集め、やることは山積みだからな」

 確かに黒の騎士団に比べたら、ギアスがないことを含めても苦労はないだろう。
 しかし、比べていいものではない気もする。

 「ルルーシュらしいよ。じゃあそんなルルーシュに、僕からのプレゼント」

 そう言ってスザクが最初から渡すつもりだったのか、書類が入った袋をルルーシュに手渡した。
 怪訝な顔でルルーシュが中身を取り出すと、出てきたのは土地の登記書だった。

 「これは・・・枢木神社の土地の?」

 「そう。日本が戻って、旧ブリタニアに徴収された土地は以前の持ち主に戻されたり、日本政府が買い取る形にしたりするっていうのは知ってるだろ?
 で、ここは僕が相続することになった」

 「だが、ここはお前の・・・」

 「僕はユフィについてブリタニアに行くから、もうそこに住むことはないと思う。
 だから、君に任せたいと思ったんだ。あそこは、僕と君が出会った場所だから」

 幼い頃に出会った、古い神社の土蔵で。
 敵国の皇子として現れて、自分の場所を持って行ったとして殴りつけたのが始まり。

 「受け取ってくれるかい?ルルーシュ」

 「・・・いいだろう。だが、預かって管理するだけだ。たまには、戻って来い。
 俺が卒業したら、管理人として住んでやる」

 ルルーシュはぶっきらぼうに引き受けたが、内心はどれほど嬉しかったのか、ナナリーには解った。

 「まあ、羨ましいです。私もスザクさんのお家に住みたい」

 「ここは全寮制だから、長期休みになったらいくらでも住めばいい」

 「桐原さんには、話を通しておいたよ。家も改修しておいてくれるってさ。
 それから例の土蔵を、離れみたいにしてくれるって」
 
 桐原さんも粋な計らいしてくれるよね、とスザクが笑う。

 「さすがに、あのままの土蔵にはもう住めないもんね」

 もう成長した自分達では、子供の頃のようにそこで寝泊まりは出来ない。
 それを悟って、改めてあの日から流れた月日の長さを実感する。
 
 「そうか・・・後で桐原に礼を言っておく。
 ・・・後は任せろ、スザク。そして、ユフィを頼んだぞ」

 「任せてくれ、ルルーシュ。何があっても、僕が守るから」

 そう、まだ戦いが終わった訳ではない。
 これから先、世界をまとめるための戦い、戦争の爪痕を消し去る戦い、差別をなくす戦いが待っている。
 何十年かかるかは解らないが、それでもやらなくてはならないのだ。
 だが、大量に人が死ぬ戦いは、間違いなく終わった。
 だから、今はその喜びを噛み締めよう。
 
 「よーし、じゃあ今日は思い切りはしゃごうぜ!
 俺達の戦いは、これからだ!!!」

 リヴァルの叫びに一同は笑い、そしてシャンパンの栓が抜かれた。
 後はもう、カラオケやらゲームやら、学生らしい楽しいパーティでクラブハウス内が盛り上がる。

 ・・・日常が、戻って来た。
 楽しくて楽しくて、何よりも手放しがたい、極上の幸福。
 やっとこの手に戻って来た幸せを、もう逃がさない。

 そう決意したルルーシュを囲んで、そのパーティーは夜中まで続けられたのだった。



 二日後、大戦終了記念式典が、富士にある日本経済特区のスタジアムにて行われた。
 世界各国の首脳陣が揃い、来ることが出来なかった国の者も、モニターで参加している。
 桐原が戦争の終結を改めて宣言し、今後の世界の連携で復興していくと表明し、さらにEUからも同じ宣言が出された。
 そしていよいよ、ゼロの演説の番となり、式典は最高潮に盛り上がった。

 紅蓮とランスロットが蜃気楼と共に広場へ舞い降り、中からパイロットであるカレンとスザク、そしてゼロが降りてくる。
 ルルーシュが右手を上げるだけで、民衆達は静まり返った。

 「ようやく、長きに渡る戦いが終わった。
 まだまだ爪痕が残っているが、それでも争いの根源たるシャルル・ジ・ブリタニアを倒せたことは、喜ぶべきことだ。
 しかし、我々にはまだ強大な敵がいる!復興と言う大きな敵だ!!」

 戦争が終わればそれでおしまい、ではない。
 おとぎ話のように、“勇者が魔王を倒しました、めでたしめでたし”では終わらないのが現実である。
 これから先、戦争によって失われたものを埋めていくだけでも、大変な力が必要なのだ。

 「そのためには、今一度我らは手を取り合い、立ち向かわなければならない!
 だが、私はあいにくと戦争を終わりに導くしか能のない、乱世の人間だ。これから先諸君らの力には、ろくになれない。
 ゆえに私はこれから先、君達の前に現れることは徐々になくなっていくだろう」

 「そんな、ゼロは英雄です!!」

 「貴方がいてくれたからこそ、ここまでこれたのに!」

 ざわめく一同に、ルルーシュは手を挙げた。
 
 「だが、案ずることはない!
 既に新たなる希望が多くここにいることを、諸君らはもう知っているはずだ!
 その希望は、小さくとも光り輝いている君達一人一人のことだ。
 そしてその光を先導するのが、この世界の国々の長達だ!!」

 しかしその長達は、ゼロが現れるまでロクな手も打てず、右往左往しているばかりだったではないか、と国民達の目は冷たい。
 ゆえにゼロがいなくなったらどうすれば、と不安になる。
 
 ざわめきが広がる中、ルルーシュが左手を上げると、途端にスモークが会場を満たした。

 何事だ、とざわめく中、スモークが晴れた時に現れたのは、エトランジュ、ユーフェミア、神楽耶、天子だった。
 この戦争の中でも、幼いといっていい年齢にも関わらず、国を治め導いた女王と女帝達だ。

 彼女達は優雅に民衆達の前で一礼すると、彼女達はゆっくりと、交互に語り始めた。

 「皆様、私達は今、今日と言う日を迎えられたことを、心から感謝しています」

 「少し長い話になりますが、どうかお付き合い頂ければ幸いです」

 「私達は今、今までにない歴史を迎えているのです」

 「この一週間、世界は初めて・・・そう、この世界中で今、戦争が起こっていないのです。
 世界のどこかで必ず規模の差があっても起こっていた戦争が、今はどこにもありません」

 天子の嬉しそうな声に、集まっていた民衆達が顔を見合わせる。

 世界のどこかで必ず起こっていた戦争は、今は起こっていない。
 フレイヤが公表された時は、確かにシュナイゼルを恐れて戦争は止まった。
 だがその脅威が除かれても、なおその状態が続いているとは思わなかったのだ。

 「戦争によって起こる恐ろしい結果を、目の当たりにしたからでしょう。
 相手を殺すことだけを考えて生まれた悪夢、死の豊穣をもたらすフレイヤ。
 あれは戦争の最終形態で、その先には何ももたらすものはありません」

 ユーフェミアの悲しげな言葉に、民衆は俯いた。
 それに、神楽耶が続ける。

 「私達は、どうしても失いたくないものがあり、そのために戦いました。
 それは国であったり、家族であったり、誇りであったり、権力であったり。
 ・・・そのどれもがそれぞれにとっては大事なもので、血を流しても守りたいものでした」

 「しかし、それによって取り返しのつかないものが、多く失われました。
 それは命という、王族であろうと、貴族であろうと、国民の方々であろうとも、必ず一つしか持ち得ないものです。
 数で決めるはたやすくとも、その人にとっては間違いなく一つしか有り得ないものです。私も多くの家族を失いました。もう二度と、あんな思いをしたくありません。
 それは、皆さま方も同じだと思います」

 エトランジュの言葉に同意して、民衆達が幾度も頷く。
 天子が悲しげに笑う。

 「だから、私達はこの戦争を最後にしたいと思いました。
 二度とこんな怖いことが起こらないようにと、心から思ったのです。
 だから、この戦争を“最後の戦争(ラスト・ウォー)”と呼ぶことにしました」

 最後だから、もう二度と起こらないように。
 そんな祈りを込めて、つけた名前。

 最後の戦争が起こって終わったのだから、武力による戦争は悪であるとの認識を広め、それを建前として戦争を防ぐ盾になればいい。
 建前による戦争が起こるのではなく、建前で戦争が止まればいい。
 人が死ぬ戦いは、もうまっぴらだ。

 だから、エトランジュは言った。

 「もう、最後の戦争は終わったのです。
 人間が争うことは避けられないのかもしれません。ですがそれならばどうか、言葉による戦争を。
 私達には、言葉と言う力がある。自分の意思を伝え、相手の意思を知る力が」

 かつて神は、人間が天にも届く塔を作ったことに怒り、それを破壊し言語を分割したという。
 互いに協力すれば、神にさえ匹敵する力を得られるのが人間なのだろう。だから協力など出来ぬよう、言葉を奪った。
 
 けれど、それでも伝える努力をしたのなら、それさえ克服出来てしまう。
 言葉などあまり知らないような幼児達でも、きちんと意思の疎通が出来ているように。

 伝えられる言葉があるのに、それを使わなかった兄弟がいた。
 それによって、歴史の裏側で起こった悲劇。

 「私達はそれにより、あのフレイヤを打ち破ることが出来ました。
 だから、私達はこれからも話し合いたい。
 理想かもしれないけれど、私達はだからこそ実現したい。
 それを皆様にご理解してほしいと思い、こうしてこの決意を聞いて頂くことにしました」

 ユーフェミアが一礼すると、エトランジュ、神楽耶、天子もそれに続く。
 
 四人の少女達の、美しい理想論。
 何を子供のような、とかつては一笑に伏しただろうその理想は、今自分達が求めていることと同じだった。

 子供を失った親がいて、親を失った子供がいる。
 夫を殺された妻がいて、妻を殺された夫がいる。
 何も解らないまま撃たれ、灰になった兵士達も。
 
 もう嫌だから、そのために話し合おう。
 それだけのことだった。
 
 どこからともなく、拍手が起こった。
 小さなそれはやがて大きな音へと代わり、世界中へと放送されていた中でそれはさらに広まっていく。

 綺麗事でも、実現させる努力をすれば叶う。
 諦めればそれでおしまいだと、過去どれほど多くの人間が口にしたことか。

 彼女達は、決して諦めなかった。
 だからこそすべてが繋がり、今こうしてここにいる。

 彼女達なら、信じられる。
 なぜなら、現にそれを実現させたのだから。

 「エトランジュ様、ユーフェミア様、神楽耶様、天子様、万歳!!」

 「俺達は貴女達を支持する!!」

 「どうかこのまま、平和な時代でありますように!!」

 万雷の拍手の中、エトランジュ達は涙を流して再度一礼した。その手を互いに繋いで、ゆっくりと。
 代表して、エトランジュが言った。

 「皆様、ありがとうございます。
 長々とお話にお付き合い頂いたことに、心からの感謝を。
 ・・・長い長い戦争は終わりました。これからはどうか、皆様の幸せをお祈りいたします。皆様、本当にお疲れさまでした」

 そしてエトランジュは、自分が知る全ての言葉で繰り返した。

 「みんなで仲良く、いつまでも。
 ・・・さあ、帰りましょう」

 愛する者が待つ場所へ。

 再び拍手が鳴り響く中、ゼロの姿がいつの間にか消えていたが、皆がそれに気づくのはエトランジュ達が会場から去った後のことだった。
 
 
 
 エピローグ



 マグヌスファミリア王国、女王夫妻の寝室。
窓を開けて涼しい風に当たっていたエトランジュは、背後からの声に振り向いた。

 「ここにいたの?エディ」

 「アル・・・何があったのですか?」

 夫に呼ばれたエトランジュが顔を上げると、アルフォンスはふう、と溜息をついた。

 「ラストニアがね、EUに復帰を求めてきてね・・・それで君にとりなしを頼んできた。
 好んでブリタニアの属国になったんだから、と見捨てたいのがEUの本音なんだろうけど・・・」

 見事に目論見が外れて転倒したラストニアは、現在大変荒れている。
 正直EUとしては関わっていたくないところだが、ラストニアからすれば恥をしのんでEUからの援助を望みたいのだろう。

 「解りました。ではラストニアの方のお話を、まず伺ってみます」

 それが自分の役目ならと、エトランジュは立ち上がった。

 「まったく、エディは妊娠してるのに。仕事押し付けるなっての」

 「あら、でもこうしてマグヌスファミリアから出なくてもいいように、EUは世界に繋がる通信機器を手配して下さいました。
 せめてその分は働かないと・・・」

 全く人がいい、とアルフォンスは呆れる。エトランジュは話を必ず聞いてくれて、必要と判断したら上層部に話を通すと言うので、こうして会談や謁見を希望する人間がひっきりなしに来るのである。
 最終決定こそ下せる立場にないが、それでも彼女の影響力は馬鹿に出来ないのだ。
 
 「早いものだね・・・あれからもう一年か」

 「はい・・・ルルーシュ様は無事にアッシュフォード学園を卒業されて、今は大学生をしながら会社を作るために動いておいでだとか」

 「まったく、少しはゆっくりすればいいのに。そうそう、ミスター玉城だけど、あの人バーを出したんだってよ。
 日本に来たらぜひ来てほしいって、メールが来てた」

 今度日本に行ったら顔を出そうとアルフォンスが提案すると、エトランジュはもちろんですと楽しげだ。

 カレンは医学部に進学した。リフレイン患者を治療する医者になるのだと、目標を掲げている。
 ナナリーとロロも高校生になり、ナナリーは福祉大学の受験を決め、ロロは兄の秘書を目指して経済学部に入ろうかと悩んでいるらしい。

 星刻は黒の騎士団総司令として多忙で、今は世界各地の復興を指示して回っている。
 藤堂と四聖剣もそれに従って世界を飛び回る毎日で、今は日本にいない。
 ただ千葉が最近藤堂といい雰囲気になったようだと、卜部が面白そうに報告してきた。

 ユーフェミアとはブリタニアの復興や差別をなくす更生プログラムなどで多忙で、あまり話が出来ていない。
 けれどブリタニア人の夫婦が日本人の赤ん坊を養子に取ったという話を、嬉しそうに報告してくれた。
 何でも借金をしていた医者から、それを棒引きにする代わりと言うことのようだが、実の子供のように可愛がっていたと、ルルーシュから聞いたらしい。

 神楽耶は復興した日本の学校に入学した。
 アッシュフォード学園と姉妹校になり、生徒会にも入ってルルーシュ達ともよく会っていたようだ。

 天子は先日、念願だった学校に通うことが決定した。
 残念ながら一般の学校への入学は無理だったが天子たっての希望で、ごく普通の学校との交流を持つ機会を多くして貰ったと、嬉しそうだった。
 星刻は毎朝、彼女の送り迎えをしているという。

 「皆様、苦労していてもとても楽しそうですね。私も頑張らないと」

 「あ、来週の旧ブリタニア皇族の裁判には、僕がエディの代理で出るから。
 シュナイゼルは早々に死刑が確定したけど、オデュッセウスのほうはせめて気づまりのしないところで監視、ってぐらいにはしたいんだよね」

 旧ブリタニア皇族は、先日シュナイゼルが大量殺戮破壊の作成と使用の罪で罪を問われ、死刑の判決が下された。
 ギネヴィアは戦争時に逃亡を図り、総督時代のナンバーズの虐待、その他余罪が発覚したので、近々裁決が下る予定である。
  
 エトランジュは同意しながらアルフォンスがプリントアウトしてくれたメールの束を大事そうに袋のしまうと、後ろを振り向いた。
 
 そこには一枚の写真が壁にかけられていた。
 小さく“Adris”と刻まれたポートレートの中、幼い頃の自分と両親が映った写真だった。
 
 帰国後一カ月は小康状態が続いていたアドリスだが、娘に看取られてこの世を去った。
 苦しまずに逝けたことが幸いだと、エトランジュは思った。

 孫の顔は見せられなかったけれど、父アドリスは最期にこう言った。

 『ちょっとランファーのところに行ってきます。
 エディは最低でも貴方の孫の顔を見てから、こちらに来なさい・・・約束です』

 はっきりとした口調でそう告げて、父は目を閉じてそのまま目を覚まさなかった。

 「ではお父様、行って参ります」

 写真に向かってそう告げたエトランジュは、夫と共に部屋を出ていく。

 背後から、声が聞こえた気がした。


 ―――いってらっしゃい。
 

            ♪END♪



[18683] コードギアス 反逆のルルーシュ ~架橋のエトランジュ~ オリキャラ紹介
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/06 10:27
 いまさらですが、オリキャラ紹介文が出来上がりました!
 今後展開に合わせて変更していくかもしれませんし、増えていくかと思われますがとりあえず主要キャラが出揃いました。
 もし抜けていたりご質問等がございましたらお手数ですが感想板にてお知らせ頂きますようお願い申し上げます。 


 コードギアス 反逆のルルーシュ ~架橋のエトランジュ~ オリキャラ紹介

 【マグヌスファミリア】

  エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス(15歳)

 EU連邦加盟国・マグヌスファミリアの女王。
 三年前にブリタニアに侵略され、ニ千人の国民を連れてEUへと亡命する。
 その際に最後まで国に残っていた父王・アドリス王がひと月経っても戻ってこなかったので死亡したとみなされたため、それを受けて唯一の子供だったエトランジュが12歳で王位を継ぐ。
 「人を繋ぐギアス」を持ち、世界各地にいる仲間の連絡役をしている。


 アルカディア・エリー・ポンティキュラス (19歳)
  アルフォンス・エリック・ポンティキュラス(本名)
 
 エトランジュのいとこで、エリザベスの第二子。
 面倒見がよく周囲から慕われている。イタリアの大学に16歳で奨学金で入学した天才肌。
 「自分と自分に触れた人物を認知出来なくするギアス」を持つ。
 

 ジークフリード・フォン・グリューネバウム(52歳)

 マグヌスファミリアの国民で、現在は将軍の地位を持ちエトランジュの護衛を務めている。妻と子供が四人いる。
 ナイトメアパイロットで、イリスアーゲートが搭乗機。ギアス能力者。


  クライス・フォン・グリューネバウム(19歳)

 ジークフリードの末息子で、軍人。
 実は。既婚者。性格はやや短気だが仲間思いで、グループの中ではムードメーカーの役割を果たす。
 ナイトメアパイロットでイリスアーゲートが搭乗機。ギアス能力者。

  アドリス・エドガー・ポンティキュラス(36歳)

 エトランジュの父で、マグヌスファミリアの先王。
 非常に親バカで妻を亡くした後は一人娘であるエトランジュを溺愛していた。
 マグヌスファミリアが侵攻された際、最後まで残って国民の脱出に力を尽くし、その後は行方不明。


 ランファー・ポンティキュラス(享年29歳)

 エトランジュの母。イタリア人と中華連邦人の間に生まれ、親の離婚によりイタリアに住む。
 大学時にアドリスと知り合い、結婚。鍼灸師をしており、アドリスの即位に伴い王妃となっても仕事を続けた。
 エトランジュが6歳の時に病死した。ルチアとは親友。


 エドワーディン・アルカディア・ポンティキュラス・グリューネバウム(19歳)

 アルフォンスの双子の姉で、エリザベスの長女。クライスの妻。
 5歳の時に日光アレルギーになり、以降は地下室で暮らす。16歳の時にクライスに嫁いだ。
 温厚で思いやりのある性格。
 その病から成人前から例外的にギアスを持っており、「他人に入り込むギアス」を使っていた。
 暴走後はエマからコードを受け継ぎ、現在のコード所持者でE.Eと名乗り、生存を隠すために地下にいる。

  ルチア・ステッラ (38歳)

 マグヌスファミリアの語学教師。ランファーの親友で、元ブリタニア貴族。
 血の紋章事件に巻き込まれ、EUに亡命してきた。
 現在は亡命してきたブリタニア人を取りまとめている。
 ちなみにルチアは亡命する際に改名したもの。

 
 エリザベス・アンナ・ポンティキュラス(40歳)

 アルフォンスとエドワーディンの母。エマの長女。
 現在は外交官をしており、中華連邦への使者として滞在したこともある。
 「他人の能力を他の人間に移す」ギアス能力を持つ。


 エマ (63歳)

 エトランジュの祖母で、先々代のマグヌスファミリアの女王。
 子供が十五人おり、孫やひ孫が数多い。
 元ギアス能力者で、「人の心の顔が見える」というギアスを使って外交に役立てていた。
 暴走した後はコード所持者となり、それをエドワーディンに譲渡したので現在は普通の人間。

 アイン(46歳)
 
 エトランジュの伯父で、エマの長男。
 マグヌスファミリアの宰相で、現在マグヌスファミリアをまとめている。
 凡庸な男だが誠実で、幼くして女王になったエトランジュを常に気にかけている。
 ギアス能力者。


 アーバイン(41歳)

 エトランジュの伯父で、エマの二男。
 インド軍区に使者として滞在している。
 ギアス能力者。


 エヴァンセリン(15歳)

 エトランジュの従妹。中華連邦戦で婚儀の時のエトランジュの身代わりとして参加した。
 

 イーリス (8歳)

 マグヌスファミリアに養女として引き取られたルーマニア人の少女。
 引き取られる前に保護されたルーマニア軍の基地で脱走したブリタニア兵の人質になり、エトランジュに助けられた。
 その恩からエトランジュを尊敬しており、いずれ彼女の役に立ちたいと思っている。
 名前はエトランジュによってつけられた。



 【日本】

加藤 (30歳)

 サイタマ出身のレジスタンスグループのリーダー。
 コーネリアを襲撃する際、エトランジュに協力する。後、黒の騎士団員となる。

 田中 光一・文江 (35歳)

 元軍人で、加藤のレジスタンスグループに所属していた夫妻。
 サイタマの虐殺で一人息子を喪った。コーネリア戦にて戦死する。


 【中華連邦】

 太師  (67歳)

 中華連邦の天子の教育係を務め、中華連邦戦後は政治を司る。
 前中華連邦皇帝の片腕でもあり、その政治能力は高い。
 普段は温厚だが、いざともなれば黒い手段をとることもいとわない。

 太保 (享年66歳)

 天子の教育係の一人だったが、エトランジュ達が日本から中華に来る前に大宦官によって毒殺された。
 名前だけの気の毒なキャラ。
 
 前中華連邦皇帝 

 天子の祖父で、前中華連邦皇帝。
 息子夫妻を喪い、残された孫娘である天子の行く末を気がかりとしていたが、 科挙を復活させ、アドリスのアドバイスで太師と太保に天子を託して亡くなった。

 科挙組

 国家試験を受けて官吏となった中華連邦の政治家達。
 大宦官に抵抗して国を改革すべく奮闘していたがうまくいかず、黒の騎士団と組んだ政変に成功し、のちは中華連邦の中核を担うようになった。


 【神聖ブリタニア帝国】

 シュタットフェルト

 カレンの父親で、伯爵家の当主。ユーフェミアの要請で特区の最大の協力者となり、特区成功の功で辺境伯となる。
 カレンの母とカレンを何よりも大事に思っており、不器用ながらも二人のためにブリタニアに尽くして家族の居場所を作ろうとしていた。
 
 クレマン・オダン

 エリア14の副総督秘書で、主義者。
 特区日本がナンバーズを保護する最高の策を考え、ユーフェミアに援護を求めに日本にやって来た。
 
 コラリー・ベアール

 エリア9の執政官の女性。
 主義者でありクレマンと共に同じく自分のエリアにも特区を設立するため、ユーフェミアに協力を願って来日した。


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