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[16065] アンナと愉快な仲間達(「ハーレムを作ろう」、「伯爵令嬢ゼルマ・ローゼンハイム」続き)
Name: shin◆d2482f46 ID:5756cc99
Date: 2010/02/04 22:47
以下の投稿は、拙作「ハーレムを作ろう」、「伯爵令嬢ゼルマ・ローゼンハイム」の続きにあたります。
初めての方は、一応簡単な説明は入れておりますが、お時間がありましたら、下記のURLにてご一読願えれば幸いです。

「ハーレムを作ろう」
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=11205&n=0&count=1

「伯爵令嬢ゼルマ・ローゼンハイム」
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=etc&all=12397&n=0&count=1

ゼロ魔の世界観のみをお借りした、全くの別作品です。


----------------------------プロローグ--------------------------
「ご、ご主人様! ご主人さまあ!」
ここ最近の俺のお気に入り、超小型カーゴイルによるウォーゲームを蹴散らすように、アマンダが部屋に駆け込んできた。

彼女の足に踏みつけられた、超小型ドラゴンが苦しそうに喘いでいるのも目に入らないようだ。



「あー、アマンダ、落ち着け、一体どうした?」
ワタワタと両手を振り乱し、焦りまくっているアマンダに俺はため息を付きながら訪ねる。

あっ、超小型ドラゴンが息絶えた……
結構練成に時間が掛かった自慢の一品なのに……


アマンダは、ここヴィンドボナ郊外のアムゲーレンゼーの俺の屋敷の筆頭メイドの一人だ。
ここには彼女を含め五人の筆頭メイドがいるが、通常はその内二人が屋敷に詰めている。

確か、今日はアマンダとグロリアの担当だった筈だか……



「お、お、お、お……」
アマンダが何か言おうとするが、言葉にならない。

一体何があったのだ。
緊急を要する用件だと、多分グロリアもくる筈だ。

ひょんな事から俺のメイドに永久就職したアマンダ達と付き合い始めてからかれこれ九年。
それ位は判る程度に付き合いは長いつもりだ。



「お弁当?」
「違います! そんな事じゃないです。 お、お、お、お……」

あれ、ちゃんとボケに突っ込めてるのにどうして肝心の言葉だけ詰まってるんだアマンダは?
今でも十分幼く見えるアマンダだが、これでも有数の魔導師なんだかなあ。



「お、お、お客様です!!!」
ようやく振り切ったように、アマンダが叫ぶ。

「へー、ボーデの爺さんでも来たのか?」
「あーそうです、いや、違います!」

ボーデ爺さんと俺は呼んでいるが、ディートヘルム・ボーデ、彼はゲルマニアでも随一の豪商の当主である。
どう言う訳か、出会いの時に気に入られ、それ以来ちょくちょくこの屋敷に遊びに来るのだ。

ふむ、ボーデの爺さんが誰かを連れて来たのか。
それで、その連れて来た人を見てアマンダがパニくっていると言う所かな?

となると、かなりの要人か。
あれっ、でもアマンダがここまでパニくるような要人って……

俺は背中に悪寒が走るのを感じた。
こう言う予想と言うのは大概あたるものだ。

何せ、筆頭メイド達の一人であるゼルマは、昨年十二選帝侯を継いでいる。
何で選帝侯の一人が筆頭メイドをしているのか等とは聞かないで欲しい。

ゼルマが絶対止めようとしないのだから、仕方ない。
ちなみにゼルマが選帝侯になったのは、彼女の復讐を手伝った折りに、養父を務めたローゼンハイム伯爵のせいである。

元々復讐相手である、ブッフバルト公爵を倒し養父共々復讐を果たしたのは良いのだが、その折ローゼンハイム伯爵は、ローゼンベルガー侯爵家を継ぐ事となった。
そして改めて皇帝からローゼンベルガー家に、アルトシュタット候を与えられ、ローゼンベルガー家は侯爵から公爵に繰り上がったのだ。

養父のホルスト卿は、そのまま結婚でもして公爵家を継ぐものだと思われていたが、昨年突然隠居を宣言し家督をゼルマに譲ってしまった。
まあゼルマも結構抵抗したが、結局は引き受けざるを得ず、そんな経緯で家の筆頭メイド兼ローゼンベルガー女公爵等という信じられない役割を担っている。






話を戻そう。
そんなメイド仲間に公爵がいるアマンダがパニックになる人物の来訪って……

そう、公爵より偉い人しか考えられない。
ちなみに、ゲルマニアには選帝侯と呼ばれる公爵が十二人おり、それより偉い人はたった一人しかいない。



「アマンダ…… 来客って…… ひょっとしてフリードリヒ男爵とか名乗ってなかった?」
目の前で、既に涙目になっているアマンダがコクコク頷く。

あっ、フリードリヒ男爵ってかの方が若い頃からお使いになっている偽名です。









     よし!     逃げよう!




俺はしまってあった杖を取り出し、転移の術式を展開しようとした。


「だめえぇぇぇ!」
残念ながら、逃走劇は俺に飛び掛ったアマンダによって、儚くも阻止されてしまったのだった。





「ご、ご主人様あ~ お願いしますー」
杖を抱え込むようにしながら涙目で睨み付けてくるアマンダに逆らえようもない。

「判った、判った、それで来客はフリードリヒ男爵、ああ、皇帝で間違いないんだな」
俺の問い掛けに、アマンダはコクコクと頷く。

そう言えばいつの間にか屋敷の上空に竜騎士が舞っている。
お忍びでも最低限の護衛がついて来ない筈は無いわな。

あっ、でも馬車は一台しか玄関前に止まっていない。
普通は、最低三台は馬車を用意し、皇帝に対する襲撃を警戒するものだ。

この辺りは、あちらの世界の某国大統領の警備と同じようなものである。
杖はアマンダがしっかり握って離さないので、精霊にお願いし屋敷周辺へと知覚を広げてみる。

あらまあ……
俺は屋敷に向かう側道の出口、ちょうどヴィンドボナから走るメクレンブルグ街道との交差点辺りに屯する部隊を見つけた。

護衛の兵士が数十名、屋敷に止まっている馬車と同じような馬車が二台屯していた。
ふむ、あそこから一台だけこちらに向かったのか……



帝政ゲルマニアの最高権力者であるアルブレヒト3世が、わざわざ一男爵の屋敷を訪れるのにここまで気を使う筈が無い。
通常なら、護衛のものも麗々しく屋敷まで横付けの筈だ。

これはだめかもしれない……
かなり俺の事が皇帝にバレテイル……

「アマンダ、とりあえず、大ホールをそれらしく整えて皇帝をお通ししろ、俺も用意が出来れば直ぐ行く」
何時までも、皇帝を待たせる訳にも行かない。

「は、ハイ、あっ、で、でも、杖は預からせて下さい!」
アマンダがまだ俺の杖から手を離さないで、涙目のまましっかり睨み付けて来る。

「ああ、判った判った、杖は持っていて良いから」
俺が苦笑交じりに応えると、アマンダはまだ疑いながらも、杖を抱えて部屋を飛び出していった。




確かに、俺が杖を持たずに逃走するなどと言う事は考えられない。
何せ、これはアルから受け継いだ彼の外部記憶媒体なのだ。

杖が無くともある程度の魔法は使えるが、なんと言っても転移等の座標計算にはあれが無ければ不便極まりない。
それに、もはやあの杖はおれ自身の外部記憶としても使われており、あれを置いて逃げる等出来る筈も無かった。

元ガリア王国魔道騎士長を勤め上げた希代の大魔道師アルバート・デュランの寄り代としてこの世界に召還され十年近い歳月が流れている。
その間に俺は帝政ゲルマニアにて男爵位を購入し、北方辺境領のバルクフォン家を継ぎ、アルバート・コウ・バルクフォンとして生きてきた。

ここヴィンドボナ郊外に屋敷を構え、麗しのメイドを雇い、楽しく暮らしている。
まあ今や筆頭メイドと名づけた、最初に屋敷に雇い入れた五人に加え三十人近い美女、美少女に囲まれムフフな生活を堪能しているのだ。

俺は今の暮らしに満足していた。
毎日自分の興味を持った事を楽しみ、夜は夜でウフンな生活、まあこれが厭になるにはまだ当分時間が必要だろう。






その間に俺の領地が、北方辺境領でも有数の豊かな領地になった。
おかげで単なる巡回商人だったエルンストが、今やボーデ商会とも取引を行う有数の商人である。

アウフガング傭兵団は、今ではアウフガング組と呼ばれ、ハルケギニア一の建設集団として勇名を馳せている。
その傭兵団の団長であるファイトのおっさんが、今では書類仕事に埋もれているのは良い思いでだ。

最初のメイドの一人だった、元伯爵令嬢のゼルマが今ではアルトシュタット候 ゼルマ・ローゼンベルガー女公爵である。
同じく五人の一人であるヴィオラは、ゲルマニアに隣接する世界に移住した獣人のゲルマニア代表に納まっている。

ゼルマの復讐劇の一幕で、鉱山周辺に住んでいた獣人達との交渉を行った結果なのだ。
ちなみに、ヴィオラは1/8程獣人の血が混じっているが、そのせいなのか風竜やグリフォン等に対して受けが良い。

彼女はゼルマのお屋敷にいる、所謂魔獣の世話も筆頭メイドの仕事の合間に行っている程だ。
ちなみに、あちらでは竜使いのヴィオラと言う二つ名で呼ばれているらしい。

アンジェリカは、結局ボーデ爺さんの養女になった。
最もあちらの世界に興味を示し、様々な書籍を読破した彼女の知識は相当なものだった。

特にゼルマの復讐劇の時に、ランマース商会をボーデ爺さんが叩き潰す為に手伝った事が鍵となった。
元々ボーデ商会の今後を任せられる跡継ぎがいないのを嘆いていた爺さんにすれば、渡りに船だったらしい。

ボーデ爺さん、屋敷に来る度にアンジェリカを口説き回り、三年掛けて承諾させたのだ。
実質的な跡取りとして既にボーデ商会を切り回しているらしいが、それでも彼女も今でも筆頭メイドの地位は捨てていない。

アマンダは、外見上は殆ど変わりがない。
まあ、これは他の筆頭メイド達にも言えることなのだが、彼女らは全員が水の精霊の加護があるのだ。

結果としてエルフと同じように、肉体の老化が遅い。
厳密には計測しているわけではないが、多分通常の人の五倍程度は引き伸ばされていると思われる。

面白いのは、当時ちびっ子と言っていたリリーとクリスティーナの二人との対比である。
この二人はアマンダを姉としてこの屋敷で大きくなっている。

だから、今でもアマンダを姉さんと呼んでいるが、三人並ぶと悲しいかなアマンダが一番幼く見えてしまう。
まあ、ちびっ子二人も今では水の精霊の加護を得ているのだが、その時期の違いのせいなのだが。

ちなみにこの三人、神龍の八王子さん(今でも元気)から直接火の精霊の加護を与えられている。
おかげで三人とも、俺以外では唯一人間で精霊魔法が操れる魔道師となっている。

三人にはガリアにあるアルの城、ピレーネの館を開放してある。
神龍の八王子さんや、あいも変わらず専属コックとして腕を振るっているエルフのアリサから教えを受け魔道師としての実力もずば抜けている。

アマンダは筆頭メイドである事は変わらないが、リリーとクリスは何でも筆頭メイド補佐と言う役職だそうだ。
俺はそんな役職を設けた覚えもないのだが、二人が言う以上きっとそうなのだろう。

屋敷では二人は、筆頭メイド五人が纏う赤み掛かった濃紺のメイド服に対抗して、更に赤いメイド服を身に付けている。
ちなみに俺がついに二人に手を出してしまい、その翌日赤み掛かったメイド服を身に着けて朝食の席に現れた二人……

うん、今でも思い出すと体が震える。
筆頭メイド五人の怒りはそれはそれは凄まじいものでございました……

そしてグロリア。
彼女は何も変わっていない。

他の筆頭メイド達は、何とかやりくりしながらこの屋敷に詰める時間を作り出そうとしてくれている。
転移ゲートを設けているので、朝食は今でもほぼ全員でとる事が出来るのは幸いだ。

そんな中、彼女だけはこの屋敷を中心に動いている。
いや、彼女にすればその方が良いのではと思っている俺がいる。

何せ、彼女の髪は今でも鮮やかな『ガリアの蒼』なのだから……









自分の部屋から一階の大ホールまでは、精々一分も掛からない。
その道のりを、俺はこれまでの事を考えながら、なるべくゆっくりと歩いてきた。

この扉の先には、帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世が待ち受けている。
皇帝がお忍びで、しかも護衛も殆ど廃してこの屋敷を訪れた。

この事がどう言う意味を持つのか判らない筈がない。
俺の素性は殆どバレていると考えて間違いないだろう。

ボーデの爺さんが話したか、いや、皇帝自身がたどり着いたのだろう。
自惚れする訳ではないが、俺とそれを取り巻く彼女達筆頭メイドの価値は非常に高い。

そして、皇帝が直接俺を呼び出したり捕縛しようとすれば、彼女達は全力で抵抗するだろう。
ゼルマの一言で内乱すら起こせる。

アンジェリカの動きで経済は崩壊する。
ヴィオラが声を掛ければ、隣の世界から魔獣が来訪する。

アマンダ達三人姉妹が本気を出せば、大概の軍勢は敗退する。
まあ、長期戦となれば別だが、短期戦ならば間違いなく国家が敗退する。

そして何よりも、皇帝が行動に出れば俺自身がこの世界から逃げ出すだろう。
世界はここだけではない。

他にも様々な世界がある事は良く知っている。
だが、ここは彼女達の世界なのだ。

俺を守ろうとして、彼女達がこの世界に牙を向く事だけはさせたくない。
それ故俺はここから逃げ出すだろう。

それを知っているボーデ爺さんや、十二選帝侯の一人ホルシュタイン公爵の意見を聞いたのだろう。
結果として、皇帝はフリードリヒ男爵として俺の屋敷を訪れたのだ。



しかも、逃げ出さないように態々護衛を廃してまで。
まあ、アマンダが止めなければそれでも俺はしばらく雲隠れしていただろう。

何が始まるのかは知らない。
だけど、皇帝との出会いが楽しい明日の邪魔にならない事を祈りながら、俺はホールの扉に手を掛けるのだった。




[16065] その2:アンナとおとうさん
Name: shin◆d2482f46 ID:5756cc99
Date: 2010/02/04 22:48
スイス、永世中立国、世界の銀行、マッターホルン等様々な事柄で有名な国である。
しかしこの国が有数の教育大国である事はあまり知られていない。

世界中の優秀な科学者や技術者は、米国のハーバード、イギリスのケンブリッジを目指す。
しかし世界中の王族、大富豪、独裁者が子弟の教育先として選ぶのはスイスなのだ。

レマン湖の畔、ジュネーブから程よく離れた湖畔に位置するこの大学もそのような各国の権力者の子弟を預かる事では知る人は知る教育機関だった。
卒業生や著名人の推薦と、望む期間の高額の授業料・滞在費を一括で払えるならば、生徒の学力レベルは問わない。

そのようにして受け入れた子弟に、望みうる最高の教育を授ける事では有数の大学である。
今湖畔沿いに続く石畳の小道をポプラ並木からこぼれ落ちる冬の木漏れ日を浴びながら歩いている彼女もそんな生徒の一人だった。



すらりとした細身の身体に、肩先で纏めた軽いウェーブのかかる赤毛。
明らかに美人の部類に属すであろう整った顔立ち。

ただ青み掛かった瞳から溢れるような強い意志の籠もった視線が、彼女のイメージを冷たいものとしていた。



何時ものように寮で朝食を済ますと彼女は図書館に向かった。
今日は特に講義は採っていない。

空いている時間は全て知識の取得に充てるのが彼女の日常だった。
自分がここに居られるのも後わずか。

その短い時間の間に役に立つ知識を仕入れるのに彼女は必死だった。



「えっ! 嘘!」



そんな彼女の確かな歩みが突然止まる。
辺りを見回し誰もいない事を確認すると、そそくさと道を外れ辺りから見えない木陰に身を移す。

再度辺りに誰もいない事を確認し、彼女はブラウスに手を伸ばした。
ボタンを外し、首に掛けたペンダントを取り出したのだ。

銀の鎖に大きな宝石の付いたシンプルなペンダント。
ただし、先端に付いたクルミ大のやや大きめの赤い宝石が、今は脈打つように動いているのが普通だとすれば。



「もー、何なのよ!」



彼女はブツブツ呟きながら、その宝石を強く握り締めるのだった。
かすかに淡く光る輝きが彼女を包み、次の瞬間にはそこには誰もいなかった。









突然何も無い空間に、光が溢れ出した。
そして、次の瞬間にはそこに先程までレマン湖の畔にいた女性が現れる。

「お帰り~」
部屋にいた三十台前後の男性が驚く事も無く気安く声を掛ける。

「ちょっと! いくら卿でも、勝手に部屋に入らないで下さい!」
彼女の口から怒りの声が漏れる。

「えー、そんな他人行儀な、アンナと俺の中じゃないか」
「どんな中なんですか? 少なくとも私の記憶ではそんな中はどこにもございません!」

「冷たいなあ、昔はあんなに可愛かったのに」
「私が冷たくなったなら、それはみんな卿のせいです。 そうに決まっています!」

「ええっ! 俺が悪いの?」
「違いますか? 来る者来る者みんな襲っていって、何人ものお姉さんを手籠めにしている色ボケが悪くない筈ないじゃないですか」

「えっ? 俺って色ボケ? アンナの中ではそんな評価なの?」
「今更何を言っているのですか、そんなのずーっと前からそう言う評価です、変更はありません!」



男は目の前で、頭を抱えて落ち込んでいる。
アンナはそれを横目で見ながら、隣の寝室に向かうのだった。

クローゼットを開き、今まで来ていたブラウスとジーンズを脱ぎ、こちらで愛用しているワンピースに着替える。


本当に、あの人も困ったものだ……
アンナがこの地にやって来て九年、最初は本当に顔を向けるのも恐ろしいと思ったものだったのに……









気が付けば北方辺境領の街コウォブジェクで必死に生きていた。
何人もの浮浪児達と同様、年長者のリーダーに従うように走り回りながら生きていた。

そんな生活も突然終わりを告げる。
リーダーを務めていた男性が殺された、グループはバラバラになり、アンナの元には自分を慕う年下の四人が残されたのだった。



     どうしよう……



あの時は、本当に途方に暮れた。
頼る充てもある筈も無い。

それなのに、自分を頼ってくれる小さな同胞達。
四人の八つの瞳が、縋るように自分を見つめていた。

私が縋りたいわよ!
心の中で叫んでみてもどうしようも無い。

既に今までねぐらにしていた橋の下には戻れない。
リーダーを殺害した、あいつらが待ち受けているだろう。

それだけに、早急に新しいねぐらを見つけなければならない。
今はまだ暖かい。

だけど、この先寒くなるのは目に見えている。
そうなれば、朝起きた時にグループの中で栄養状態の悪いものが息絶えるのをアンナは知っていた。

幸い、食べ物はゴミを漁っても何とかなる。
満足な量ではないけど、生きていける最低限。

魔物に襲われる可能性さえ忘れれば、森の中で木の実を探すことも可能だ。
食料は五人が必死になれば何とかなるだろう。

後は、寒さが来る前に、何とか風が凌げ、全員がくっつけば少しは暖かいと思える場所だけ。
それが思いつかない。

孤児院と言う手が無い訳ではない。
だけど、そこから逃げて来た子すらいたのだ。

一応最低限の食事は確保されている。
だけど、それは形だけ。

朝から晩まで、子供でも出来る仕事をさせられ、くたくたになって眠る。
いや、それならまだまし。

子供にはどう考えても無理だろうと言う仕事もさせられるのだ。
虐待は当たり前。

シスターの不満の捌け口。
見目麗しい子供は、良い小遣い稼ぎ。

そんな話が飛び交っている中、孤児院の門を叩こうなんて思わない。
だから、自分達で生きて行くしかない。



「あたたかいお水?」
「温泉って言うんだぜ、それって」

横で話している子供二人の会話がふと耳に入った。
そう言えば、ここから北東に言った村で温泉が出たって街の人が話していた。



「お湯が出すぎて川になって流れているそうだぜ」
「そりゃ、凄いな、いいなあ、冬は暖かそうだな」

こんな会話をしていたのだ。



     『冬は暖かそうだなあ』



そうだ、温泉の傍ならば暖かいに違いない。
しかも、最近出来たばかりだそうだ。

それならば、他の子達も誰も住んでいない筈。
川に掛かる橋の下にはまだ誰もいないだろう。

どうやって、行くのだろう。
どの位遠いのか?

全く判らないけど、少なくとも可能性はある……






     「みんな! 街を出るよ!」



とにかく生きて行く為に、出来ることは全てしよう。
そう思い、五人の仲間達と一緒に、コウォブジェクを後にしたのだった。






「ここが、おんせん?」
「なにもないね~」



一週間掛けて辿り着いた温泉が出たと言うバルクフォン卿の領地には何も無かった。
小さな農村と、小さな港。

二つの村の間の小高い丘の上に、こじんまりした館が建っている。
そこがバルクフォン卿のお屋敷だろう。

だって、それ以外に大きな建物は見当たらなかった。
屋敷から今五人が立っている森の端までは道が続いている。

今までみんなで歩いてきた道だけど、それは通り抜けてきた森の奥へと繋がっていた。
その道沿いに何件かの同じような家が並んでいる。

その横では村人が更に新しい家を建てようとしているようだ。
だけど、それ以外は何も無い。

もう少し大きな街だと思っていた。
これでは、残飯なんかも取り合いになっちゃう……

アンナは、通り抜けてきた森を振り返る。
うん、この森の中なら色々食べられそうなものもあった。

幸い、魔獣は出なかった。
ひょっとしたら、いないのかも知れない。

いや、いない方がありがたい。
食べ物は木の実を中心に集めよう。

それに作業をしているようだから、片手までも仕事があるかも……
アンナはくじけそうになる思いを必死に打ち消し、みんなを見る。

「とりあえず、温泉を探しに行こうか?」
「さんせ~」、「うん」、「あっ、あっちかな?」

左手の牧草地の向こうに、白い煙のようなものが見える。
アンナ達みんなは、そちらに向かって駆け出していた。



辿り着いたのは、湯気の立つお湯が勢い良く流れる深い溝のような川だった。
「わあ~、湯気がたってる~」

みんなは、ワイワイ言いながら、その流れを見ている。
降りられないかな、触れないかなと騒いでいる横でアンナは暗澹たる思いに包まれるのだった。

確かに、温泉の川はあった。
だけど、これってどう見ても出来たばかりの川だった。

それに小さな川と言うより、溝に近いものだ。
困った、これでは橋の下にねぐらを求められない……

考えてみれば判る筈だった。
出たばかりの温泉なんだから、橋すらも掛かっている筈も無かった。

あたしって、本当に馬鹿なんだから……
暗い森にビクビクしながら通り抜け、魔物に怯えながら食べられる物を集めて……

辿り着いた所が、こんな辺鄙な村。
しかも、人が少なくて食べ物も満足に集められそうにない。

冬のねぐらと考えた橋の下も、そもそも橋すら無い。
それはそうだ、出来たばかりの溝のような川に橋など掛けている訳は無い。






「あっ、あっち、あっち」
一番小さな女の子が歓声を上げて走って行く。

「あっ、危ない、待ちなさい!」
考え事を止めて、アンナは必死に彼女を追う。

他の子らも、同時にそちらに向かう。
彼女が見つけたのは、溝から溢れ出た温泉が湯だまりになっている所だった。

「ね、ね、これ、入れない?」
「あっ、これなら大丈夫だね」

アンナが止める間もなく、みんなその湯だまりに足をつける。
「あったかーい」、「気持ちいい~」

そんな声を聞けば、アンナの頬も緩む。
仕方ないわね……

そう思いながら、アンナも足をつけて見る。
素足にひりひりするぐらいだけど、暖かいお湯に癒されるようだった。

悲観していても始まらない……
少なくとも、コウォブジェクと違い、ここでは誰も苛める人はいない。

それにこうやって、のんびり出来るんだし……
うん、何とか頑張って生きて行こう。









     「で、いったいどう言う理由で私を呼び出したのですか? お・と・う・さ・ま!」



そう、アンナは五年前からバルクフォン卿の養女になっていた。
ちなみに、アンナが卿の事をおとうさまと呼んだのは今回が最初だった。



養女にすると言われた時は、まだ知らない事も多く、涙を流して感激したのを覚えている。
今思い出すと、それは恥ずかしい記憶だ。

バルクフォン卿に雇われ、孤児を活用した情報収集機関。
それが、孤児院を作るための建前だったとは全く気が付かず必死に他の仲間達と頑張った。

あれも巧妙だった。
表から見ればどう見ても孤児院にしか見えない。

だけどここに住む子供達はそんな事一切思ってもみなかった。
何せ、毎日しっかりと監視の仕事をこなしているのだ。

最初は五人だけで毎日道を見張る日々が続いたものだった……






五人でこの温泉が流れる川の傍で生きて行こうと決めてからは大変だった。
先ずはねぐらの確保が必要だった。

「すいません! この木切れ要りますか?」
なるべく可愛く見えるように、顔いっぱいの笑顔を浮かべ、働いている村人に問い掛ける。

「ああ、それか、別に要らないけど?」
「じゃ、貰って良いですか?」

「ああ、良いけど、何するんだい?」
「あっ、色々作って見ようと思うんです」

怪訝そうに顔を顰める村人にお礼を言って、早々に木切れを運び出す。
運んできた材木を縛ってあった荒縄を貰う。

温泉沿いに歩いていて、打ち捨てられた服を見つけた時は、みんなで万歳と叫んだものだった。
牧草地の果て、柵の外側に小さな小屋か出来た。

他人から見れば本当に粗末なぼろぼろの小屋とも言えないもの。
だけどアンナ達五人にすれば、誰にも文句を言われないで夜を迎えられる大切なねぐら。

ビクビクしながら森に入って木の実を集める。
建物を建てている村人を遠くから眺め、残飯をどこに捨てるか必死に目で追う。

そんな、最低の暮らし。
だけど、少なくとも年上の人に苛められず、自分達だけで暮らせる小さな小さな世界。



冬になったらどうなるのか……
まだ獣には出くわさないけど、狼やそれよりも怖い魔獣に襲われたら……

短い間だったけど、アンナはそんな思いを振り払うように必死に駆けていた。
そしてあの日を迎える。

「君達に仕事を与えるから、家で働かないか?」
バルクフォン卿が投げかけた一つの言葉。

不安とそして、ほんの僅かな期待。
騙されるのじゃないかと言う不安。

ひょっとして神様っているのかもしれないと信じたいと言う僅かな、本当に微かな期待。
でも、あんなにエロい神様だとは思いもしなかったけど……



そして、始まる予想も付かない新しい生活。
牧草地の柵沿いに作ったねぐらは、いつの間にかみんなの待機場所になっていた。

朝起きて、食事を済ませれば、五人でここまで来て監視を開始する。
見た事無い人が森から出てきて、街に向かえば、アンナがお屋敷に報告に走る。

何も無ければ、全員でお屋敷に帰ってお昼を頂く。
そして、また日が暮れるまで監視のために大切なねぐらに向かう。

アンナは直にこれでは監視の抜けがある事に気がついた。
そこでバルクフォン卿にその旨を伝えて貰った。

アンナが驚いたのは、その話を聞いてバルクフォン卿が態々自分に会いに来たことだった。
あの当時は本当に、尊敬していたんだわね……



今思い出しても、卿の前でおどおどしながら話していた自分の姿を思い出す。
卿は話を聞くと、どうすれば良いかと問い返してきた。

そんな会話を続けながら、結局ローテーションを組む事が決まり、それ以来道の監視は本当の仕事となった。
週五日、小さな子は二時間、大きくなれば最大八時間の監視。

そして二日は休みと言うジョブローテーションが採用される。
更に驚いたのは、それに併せて給金が支給されるようになった事だった。

その代わり、給金から宿舎での宿泊費、食事は引かれる。
だけど仲間全員が、施しを受けている立場から本当に、働いて暮らしている立場に変わった瞬間だった。



その後もアンナは、気が付いた事、思いついた事をバルクフォン卿に挙げていった。
それに併せて、卿のほうからの提案や勉強用の資料も渡される。

アンナは必死に頑張った。
そして、次々と新しい提案を挙げていったのだった。

道の監視も、大切なねぐらから、小さな出店に変わった。
通る人々が不審に思わないように、飲み物を販売する店にしたのだ。



ここに来る前に住んでいたコウォブジェクに連れて行って貰い、新たな仲間も増やした。
そして、監視場所も増やし情報の精度も上げる事も勉強した。

毎日のパターンを把握し、その中でイレギュラーが発生したら判るように工夫を凝らす。
統計学の分析手法を始めて教そわったのもあの頃だった。



この頃から、アンナにお姉さんが出来た。
バルクフォン卿の筆頭メイドの一人、アンジェリカ姉さん。

アンナの聡明さに気が付いたバルクフォン卿が、連れて来たのだ。
アンジェリカ姉さんに色々教えて貰い、世界が突然広がるようだった。

そして、アンジェリカ姉さんの紹介で、ヴィンドボナの屋敷に住む他の筆頭メイドの姉さん達。
みんな、みんなアンナの姉さんになってくれたのだ。

今から思えば、バルクフォン卿自身、アンナの質問に手が負えなくなってきていたのだろう。
だから、態々アンジェリカ姉さんを連れて来た。

アンジェリカ姉さんだけ連れてくると、他の筆頭メイド達から不満が出てくる。
結論として、ヴィンドボナに住まう彼女達も、頻繁に北方辺境領の館を訪れるようになったのだろう。

まあ、ここには露天風呂があるから、絶対あの色ボケが喜んで連れて来たんだろうなあ……
ホンと、当時は何も知らなかった。



彼女らがあの色ボケのお手付きで、アンナ自身が潜在的なライバルと見られていたなんて……
ヴィンドボナの屋敷に住むリリーとクリスがお手つきになって直ぐに、バルクフォン卿から養子に迎える話が出たのだ。

建前は、ポモージュの拡大により、責任者の立場を確立する為。
ちなみに、ポモージュと言うのは、アンナ達監視業務についている子供達の組織の名前だった。

この辺りはボモージュ地方にあたるのだが、誰かが最初にポモージュと言い出し、それが名前になってしまった。
そして、ポモージュ孤児院は、その支部をクラドノに作ろうとしていたのだ。

そのポモージュの実質的な管理者は、その生い立ちから今に至るまでずっとアンナが勤めていた。
それはそうである。

アンナを含む五人の仲間が中心におり、ポモージュのメンバー全員に言う事を聞かせられるのはアンナ達しか出来なかった。
そして、この五人の仲間達は、アンナの言う事しか聞かないのだ。

仲間達は決して忘れない。
アンナがコウォブジェクを出ると言わなければ、四人ともここにいる事は無かった事を。



バルクフォン卿の財力で維持している慈善団体であるポモージュ孤児院。
その管理者が、卿の養女であると言うのは、非常に理に適った事である。

誰も反対出来ないし、誰もがアンナを認める。
アンナ自身も、あのバルクフォン卿の娘として扱われる事は光栄であり、喜びだった。






だけどねえ……
その本当の理由が、お姉さま達が、アンナが卿のお手つきになるのを恐れたからだって……

誰が信じよう。
流石に、娘にすればお手つきにはならないだろうなんて。

そう言う思惑が、アンジェリカ姉さんも含め、全員の同意だった。
特に、リリーとクリスがお手つきになった為、彼女らの焦りは深刻だった。

他のメイドに手を出すのは最早諦めている。
だけど、リリーやクリス、そしてアンナ等、個人的に親しい言わば彼女達からすれば身内中の身内に手を出されるのは辛い。

特に、アンナも含めて、三人は一世代は若いのだ。
同年代の他のメイドと違い、新たな世代の若い娘は脅威になるのは間違いなかった。

まあ、この色ボケはそんな事考えてないだろうけどねえ……
今だから、バルクフォン卿の性格は良く判っている。

だから、確かにアンナ自身が襲われる事は無いだろう。
それに、リリーやクリスにしても、彼女らが望んだからこそ、お手付きになっている。

そう言う事があっても、色ボケは彼女らをみんな愛しているのは間違いない。
アンナ自身、自分もそのハーレムの一員になりたかったのかどうなのか良く判らない。

ただ、そのまま流されていたらそうなった可能性は否定出来ない。
そして、それでも良かったかもと思う自分がいるのも事実だった。



おかげで、今では奇妙な関係を構築してしまっている。
あちらの世界に留学し、様々な知識も身に付けた。

今もそれを継続中だったけど、どうやら留学も終わりらしい。
それでなけば、卿がアンナを呼び戻す理由が判らない。

少し未練は残るが、知識は書籍等を送って貰えば済む。
それに、コネクションは出来ているから、いざとなれば転移の魔法で会いに行けば良いのだ。



さてと、一体何があったのか、真剣に聞きましょうかね……
アンナは、『おとうさま』と呼ばれたまま、固まっているバルクフォン卿をまじまじと見つめるのだった。









卿の周りの親しい女性で、唯一お手付きでない女性。
養女ではあるが、娘として唯一好きな事を言って許される立場。



二人のこの関係は終生変わることは無かった。



[16065] その3:アンナ、皇帝の話を聞く
Name: shin◆d2482f46 ID:5756cc99
Date: 2010/02/04 22:51
「それで、一体何があったんです?」
まだ固まったままの、バルクフォン卿に再起動を促すように声をかける。

「あ、ああ、びっくりした」
「お・と・う・さ・ま! 何があったのですか?」

更に追い打ちをかけるように上目遣いも加味してみる。
あら、結構面白いかも?

「おま、突然それって卑怯じゃない?」
バルクフォン卿があふれ出る冷や汗を拭くようにハンカチを取出し額を擦る。

「大体、今までそんな呼び方一度もしたことないのに、何で突然?」
「あら? そうでしたかしら、それは失礼致しました。 お・と・う・さ・ま!」

そう言えば何故かしら?

ああ、そうだわ、この呼び出しできっと明日が変わると思ったからだ。
でも教えてやらない、この色ボケ中年には。



「あー、良いや、話さなくても。 それより、突然呼び戻した理由なのだが、実は皇帝が屋敷に来たんだ」
さすが、色ボケエロ中年。

鋭いわね、それ以上突っ込んで来ない。
しかし、皇帝が屋敷にって、色ボケ…… ああもう良いわ、卿の秘密がある程度ばれたのね。

アンナはそう思いながら、バルクフォン卿の話に耳を傾けるのだった。









「お待たせ致しました」
俺は可能な限りの笑みを浮かべホールに入った。

中央にしつらえたソファには四十前の壮年の男性が腰を降ろしている。
その左手後方にはニヤニヤ笑みを浮かべたボーデ爺さん。

右手の壁ぎわには今まで話をつないでいたのだろう、グロリアが端然とした顔で立っている。
しかしながら、そのグロリアも一瞬だけこちらに向けた瞳の中には、隠しきれない不安の色が見えた。

逆にその横に立つアマンダは俺の杖を両手でしっかり握り締め、不安の色も隠しきれないまま視線を彷徨わせている。
俺は二人の対比がおもしろく、気持ちが少し楽になるようだった。



「ようこそいらっしゃいました、アルバート・コウ・バルクフォンです」
テーブルの反対側まで歩み寄り軽く頭を下げる。

同じ男爵位を持つ者なら立ち上がって挨拶を交わして来るだろう。
しかし相手は皇帝本人だ。

判ったと頷くように軽く頭が動く程度。
それどころか視線は不躾なほど俺を捕えて離さない。



「座ってもよろしいですかな?」

おおいっ!
心臓がバクバク打っている。

言ってしまってから、自分がなんと恐ろしい事を口走ったのか改めて気付くしまつ。



「あっ、ああ、ここは貴卿の屋敷だ、好きにすれば良かろう」
少しだけ眉が上がったので辛うじて驚いたように思える。

ちくせう、誰かお忍びで訪れた皇帝の対応の仕方のマニュアル分けてくれい!



な、名前を聞いた方が良いのかな?
まさかねえ、皇帝にどちら様とは言えんでせう。

「で、貴卿が大馬鹿者のバルクフォンか」」
そんな事を考えながらソファに腰を降ろそうとしている俺に罵声が飛んで来た。

「若い娘を謀り屋敷に集めて色欲三昧の生活を送っていると聞いたが、本当のようだな」
皇帝様はグロリアやアマンダ達に視線を向けながら言葉を続ける。



     あ……



     なんだって……



今カチンと来た。
頭の中でなんかがプツンとなった。

そう来たか……
目の前が怒りで赤く染まる。

俺を馬鹿にするのは気にしねえ!
だけど、彼女達までそんないわれもない辱めを受けるのは、ぜってー許さねえ!

俺は身体全体に力を込める。

筋肉がブルブル震え盛り上がり始める。

ブチッとシャツのボタンが飛ぶ。

ブチ、ブチ、ブチと続けてボタンが引き千切れ、俺は握り締めた両手を机の上に……






「そんな事! ありません!」
俺がそんなどこぞのハルクさんですかと言う妄想を頭の中で繰り広げていると、アマンダが皇帝に噛み付いた。



     うん?



ハイ、妄想です。
そんな、あーた、目の前が怒りで真っ赤になるなんて俺に出来る訳ないでしょう。

大体魔法使いは術で勝負ですよ。
頭のすみっこでチラっとそんな事したら楽しいかなって思っただけです。

ウン、ケッシテシマセンヨ……



「わ、私達、騙されてなんかいません!」
「あっ、そりゃ、私は騙されてお屋敷に連れて来られたけど……」

ちょ、アマンダ……



「そ、そうです! ご主人さまは色欲三昧なんかじゃありません!」
「せいぜい、し、週に一二回程度です!」

アマンダ、き、君はなんて事を……



俺は頭を抱えるしかなかった。
確か同じような展開をどこかでやったような気がする。

アマンダ、君は本当に変わらないね。
後でお仕置きです!

チラっとグロリアを見ると彼女が力強く頷いてくれた。
グロリアも同じ意見なんだろう。



と言う事は……
俺は皇帝の顔を盗み見る。

やはり、必死に笑いを堪えていた。



「ワハハハハ、き、貴卿、良い娘等を抱えているな」

滅茶苦茶馬鹿にされている……
ような気がする……

何にせよ皇帝が機嫌良さそうなのはありがたい。
うん、何事もポジテブシンキング、ポジテブシンキング。



「はあ、ありがとうございます」
取り敢えずお礼を言っとこう。

「でだ、バルクフォン、貴卿は何者だ?」

笑いが納まった所で改めて皇帝が突っ込んで来る。
まあ、怒らせて反応を見るのは諦めてくれたようでありがたい。

「そうですね、何者なんでしょうね?」
皇帝が俺の事をどこまで掴んでいるのか判らない段階では迂闊な事は言えない。

だが、この回答ではまずかったようだ。
皇帝が少し驚きの表情を浮かべたのだ。

と言う事は、少なくともボーデ爺さんや何人かの選帝候、辺境伯の知っている情報は全て筒抜けと言う事だ。
俺の返答から、掴んでいる情報以外に何かあるのかと言う驚きの表情だと見た。

考えすぎかも知れない。
だがまあ、それ位覚悟しておくに越したことはないだろう。



「東方よりとある大魔導師に召喚されて、ゲルマニアにて爵位を得た魔法使いですよ」
表の素性は全部知られているとの前提で話す。

「ふむ、それは余も知っておる」

まあ、常識的な範囲まで話を落としたので幾分安心したように思える。
と言う事は、あまりやばい事までは知られていないようだ。

「だが、ただの魔法使いと言う訳ではないな」
おや、断定ですか。

それも結構プラス評価らしい。
声のトーンからそれが伺える。

「北方辺境領の小さな寒村を、瞬く間に裕福な街にしてしまった治世の才」
ありゃ、ひょっとして……

「同時に、北方及び東方辺境領の治安の改善、商業の活性化」
ありゃ、ありゃ、何か評価が滅茶苦茶よさげな話じゃないですか。

「そして、何よりもローゼンハイム伯、いや先代のローゼンベルガー公爵を助けた手腕」
おおっと、そこまで言いますか。

俺は前方に黒い雲が湧き上がるのを感じ、いやな予感に包まれる。
やはり、アマンダに止められる前に逃亡すべきだった。

「それにな、お主が見つけた銀鉱山、あれは余も感謝しておる」
やばいなあ、皇帝たるものが、善意から感謝を述べるなんてありえないだろ……



「いや、何をおっしゃいます、私如きにそんな言葉、恐れ多い事です」
ああっ、難しいなあ。

お忍びの皇帝の前ではどう言う口調が正しいのだろう。
突然無礼だとか言われかねん。

しかし、全部ばれている。
俺はチラッとボーデ爺さんを盗み見る。

さっと目を逸らす所を見ると、元凶はこの爺さんに間違いない。
いったいボーデの爺さん、皇帝にどんな弱みを押さえられたんだ。



「いやいや、卿の帝国に対する貢献は感謝してもし過ぎるものではない」
あかん、皇帝益々調子に乗り出している。

「余もそれに応えるに、宮中に招き相応の地位を授けようと思案したのだが……」
ほら、おいでなすった。

そこで言葉を止めて、思惑を隠す様子も見せない所を見せつけるなんて。
絶対、台本が出来ているな……

「しかし、ディートに止められてな」
そう言って皇帝は、後ろに控えるボーデ爺さんを仰ぎ見る。

そう言えば爺さん、ディートヘルムって名前だよな。
皇帝にそこまで気安く呼ばれるなんて、さすが豪商、侮れませんな。

「恐れ多い事です。 私は単に、この男はそのような地位も名誉も欲しがりませぬとアドバイスを差し上げただけでございましょう」
うわあ、今日は驚いてばかりだ。

ボーデ爺さんが、しおらしい口を聞いている。
こんな姿めったに見れるもんじゃないぞ。

「ああ、余も実際に会ってみてそれは理解した」

皇帝が、俺を見て頷いている。
とても、とても恐れ多い事だが、益々いやな予感しかしない。



「しかし、それでは余の感謝の気持ちが示せない」

うわあ、業とらしい。
いかにも困ったと言うように、目を閉じて首をふるなんて……

「そこで更に卿の事を尋ねると、卿は幸いにして慈善事業も行っているではないか」





     これか……





俺は表情が強張るのが判った。
狙いは『ポモージュ』だった。

表向きは単なる孤児院だ。
しかしながら、アンナが差配するポモージュは、俺に関連する人々の治安監視組織として機能している。

現在は北方辺境領、ローゼンハイム伯のある東方辺境領の一部。
そして、ゼルマが差配するアルトシュタット領にまでその地域を拡大している。

それぞれの主要な街に、孤児院を設け実際に孤児の養育を行っている。
だが、同時に流動的な人々の移動の監視、イレギュラーの発見等の活動も行っている。

これにより、不審者の洗い出しに効果を発揮している。
一つ一つの情報は大した事は無い。

だが、あちらの世界に比べ遥かに流動性の少ないこの世界だと、人の移動を追いかけるのは比較的容易なのだ。
もちろん、しかるべき情報処理の仕組み、すなわちあちらの世界のPCの活用等裏で幾つかの仕掛けは必要ではある。

その辺りはアンジェリカが原案を考え、アンナとその仲間達が仕組みを試行錯誤しながらも作り上げたものだ。
人々の行動にはパターンがある。

例えば、巡回商人は新しい町に辿り着くのは大体午前中になるように移動する。
その日一日の売り上げが午後に着くのと午前に着くのでは大きく異なるのだ。

結果、毎日街の入り口を見張る者が居れば、そのパターンに合わない巡回商人は不審者の可能性が高くなる。
まあこれは極端に単純化した話だが、アンナ達はそれを更に複雑にした事を実施しているのだ。

そして、それは旨く機能しており、北方辺境領や東方辺境領に入り込もうとする不審者をあぶりだすのに役立っている。






「そこで余としても、卿に対する感謝の気持ちとして、その慈善団体に幾許かの資金援助をしようと考えているのだ」

皇帝が得意そうに、こちらを見つめる。
これでは、否とは言えまいと言う表情が現れていた。






「ふう、了解しました」
俺は諦めたように、一息吐き出す。

「陛下、無作法をお許し下さい。 元々貴族としての生まれではない為、不躾になります」
俺が態度を改めたのを、皇帝は少し眉を潜めながも、頷いてくれた。

「最初に言いましょう。 俺は男爵としての最低限の義務は果たします」
「うむ、それは当然であろう」

何を言い出すのかと言う顔で皇帝が応えてきた。
いや、そうじゃないんだが……



「しかし、それ以上の事は一切やるつもりはありませんでした」

明らかに、皇帝の顔が不快げに歪む。
ええい、こうなりゃ最後まで走り抜けてやる。



「俺は、元々ゲルマニア、否ハルケギニアの人間ではありません。
 ただ、自分が快適に暮らして行く為に、ここゲルマニアにて爵位を得た人間です」
皇帝の顔が、更に苦々しげに歪む。



「しかしながら、ここゲルマニアに十年弱の間暮らして来て、守りたいものも沢山出来てしまいました」

そうなのだ五人のメイドから始まり、領地を得た為にその領地の者達、更には拡大するアウフガング組やら、ポモージュやらどんどん増えているのだ。
全く、楽しくハーレムだけ出来ればそれで良い筈なのだが、性格上そうも行かないのだ。



「俺一人ならば、陛下の話を聞いたらすぐさま逃げ出していたでしょう」

自分の為に何かするのではない。
皇帝の要望に合せて動くなんて、俺の望む事では無いのは明らかだ。



「陛下が俺に強要するならば、それ相応の態度で臨んだでしょう」

力づくや、或いはゼルマ辺りに無理強いや人質にするような対応を取られれば、俺も腹を括らねばならない。
必要であれば、八王子さん(神龍)の参戦も厭わない。



「しかしながら、どなたの助言を採用されたのか、陛下は一応俺の顔を立てて下さいました」

ビクッと皇帝の後ろでボーデ爺さんが肩を震わす。
ああ、そうだよ、あんただよ、全く……



「陛下、お教え下さい、ポモージュに何をさせたいのですか?」









「ちょっと、まって……」
アンナは思わず、バルクフォン卿の説明に止めを入れた。

「えっ、どうした?」
卿が不思議そうに応える。

「ねえ、お・と・う・さ・ま?」
アンナの声に、部屋の温度が下がるように思えた。



「それって、おとうさまが、陛下に良い顔をしたいから、私とポモージュを差し出すって事か・し・ら?」
更には、アンナの後ろに黒雲がたなびき、雷が光るのをバルクフォン卿は幻視した。



「自分が、辛い目に合わずに、義理の娘に全て丸投げって事か・し・ら?」
更に、更には、部屋の色彩がモノトーンに変わり、全ての世界を凍りつかす。



「あっ、ま、まて、あ、アンナ……」






希代の魔道師、アルバート・コウ・バルクフォン。

彼もやはり人の子であった。



怒り狂った義娘の仕置きに、逆らう事は出来ないのであった……





[16065] その4:アンナ都に行く
Name: shin◆d2482f46 ID:5756cc99
Date: 2010/02/19 20:21
結局皇帝がバルクフォン卿に依頼したのは南部に位置するマルコマーニ領の調査だった。
銀鉱脈が見つかったおり、皇帝の肝入りで帝都ヴィンドボナからマルコマーニ領及びシュタイアーマルク領まで街道が整備された。

この街道その物は、卿の差配するハルケギニア一の建設集団と名高いアウフガング組が建設したものだ。
卿が東方より輸入している魔法の粉、セメントをふんだんに使い、今までの街道とは一線を画するコンクリート作りの立派なものだった。

ホンとわが養父ながら、なんでもありと呆れてしまう。
とにかく、今までなかったゲルマニア中央から南東部に向かう大動脈が新に出来上がった経済効果は、銀鉱山開発と相まって目を見張るものだった。

特に、これまで獣人達が多数生息し、開発が困難であったマルコマーニ領と皇帝直轄領との境界周辺地域が開発可能となった事は大きかった。
ヴィオラ姉さんの説得が功を奏し、この地域の獣人達が他の亜人達も巻き込み、別世界に移住してしまったのだ。

勿論この事は、あくまでもバルクフォンファミリーとでも言うべき一団の中だけの秘密である。
話が逸れたがあれやこれやで、今まで等閑にされていた選帝候領、東方辺境領、皇帝直轄領に挟まれた空白エリアに開発の波が押し寄せたのだ。

帝都ヴィンドボナ、マルコマーニ領の首府であるオットブルン、シュタイアーマルク領の首府グラーツにも繋がる三角地帯とでも言うべき領域には大量の移民が押し寄せた。
交通の便が良く、その上辺境領よりも安全なのだ、人が集まらない訳は無い。

おかげでマルコマーニ領、シュタイアーマルク領の両選帝候も今まで以上に繁栄する事となった。



ところが最近になって、マルコマーニ領の繁栄に陰りが出て来た。

マルコマーニ候クライビッヒ公爵が、突然領内の通行税や物品税等を一斉に引き上げたのだ。
確かに、各選帝候は自治権を持っており、領内の税を決めるのは彼らだ。

ただ、現実には他の選帝候領、皇帝直轄領供それ程大きな違いは無い。
そのような事を行えば、商人は他の領地での商売にシフトするだけである。

商人が来なければ、経済が停滞するのは目に見えており、それが判らないクライビッヒ公爵でもない筈だった。
それに、この時点で諸税を引き上げる理由が見えて来ない。

特にマルコマーニ候と争いのある諸侯もいなければ、皇帝に対して穏やかならぬ考えを持っている人物と言う訳でもない。
これが、マルコマーニ領の西隣のヴュルテンベルグ領ならば話は違ってくる。

ヴュルテンベルグ領ならば、ガリア王国と直接国境を接しており、その為の軍備の強化の必要性が生じる事もあろう。
また、逆にガリア王国側からの何らかの働きかけがある可能性も考えられた。

ところがマルコマーニ領の南方は、どちらかと言えばガリア王国の支配下ではなく、未開地そしてその先にはエルフの居住する区域が広がっている。
北に現在発展中の皇帝直轄領、東はシュタイアーマルク領、西がヴュルテンベルグ領、そして南は未開地。

この状況で、何故クライビッヒ公がそこまでして金を集めだしたのか。
それを皇帝は把握する必要があるのだった。



表立っては、皇帝もクライビッヒ公爵を詰問する訳にも行かない。
特に、法に触れるような事も何もない。

うん、この状況では情報収集に越した事はないってところかしら……
落ち込んでいるバルクフォン卿を部屋に残したまま、アンナは館の中の卿の私室へ向かって歩いていた。

とりあえずアンナに要求されたのは、ポモージュの新たな孤児院をマルコマーニ領の首府オットブルンに立ち上げる事である。
これ自体はそれ程難しい事ではない。

ポモージュ創世メンバーと言っても良い、自分を含めた五人の仲間達がいれば何とでもなる。
今なら、ユリアにその旨を伝えれば、他の男共が直ぐに動いてくれるだろう。

ヴィムとイザークに計画を作らせ、ユリアが資材人員の手配、実務にはワレリーを送り込めば大丈夫だよね……
まあ、イザークかヴィムのどちらかはワレリーに付いて行くだろう。

ちなみに、五人の中でユリアとアンナが女性であり、後の三人は男性だった。
そんな事より、アンナはバルクフォン卿の話の中で幾つか気になる点がある。



どうして、皇帝がボーテのお爺様を連れて訪れたのか。
何故、ポモージュの活用を進言したのか。

これが気になって仕方ないのだ。
ボーデのお爺様は、皇帝との面談が終わると一緒に帰ったとの事だ。

おかしい……
お爺様ともあろう方が、単なる付き添いとしてバルクフォン卿の屋敷に来るだろうか。

いやそれよりも、卿はボーデのお爺様がどんな弱みを皇帝に握られたのだろうと不思議そうに言っていた。
だけど、お爺様が皇帝に弱みを握らせるなんてあり得るだろうか。

お爺様は一代で、ボーデ商会をあそこまで大きくした人だ。
それを考えると、生半可な事では弱みを見せるとは思えない。

そう考えると、弱みを握られたからお爺様が皇帝に卿の事を話したとは考えにくい。
どちらかと言えば、皇帝を卿の屋敷にお忍びで訪れさすために、お爺様が話したと考えられる。



それを考えると、話に出てこなかったたった一人の人物の事がとても気になる。



何の前触れも無く、皇帝が養父の屋敷を訪れる。
そう、前触れも無かったのだ。

しかもその席で、最初からポモージュの活用を提案してくる。
バルクフォン卿に要請ではなく、卿の手札の一つにしか過ぎない養女の組織に対してだ。

確かに孤児院を設けて密かに監視すると言えば、何か密偵を置いたような気になるのは仕方ない。
そのように説明すれば、皇帝も話しに乗るのかもしれないし、現に乗ってきている。

だけど、ポモージュが凄いと自負する点はそんなスパイもどきの話ではないのだ。
アンナはつい先ほどまであちらの世界で勉強していただけあって、その点は深く理解していた。

様々な情報を的確な時点で、適切に提出するための仕組みであり組織なのだ。
その意味では、ポモージュの活動拠点が広がるのはありがたい。

得られる情報の精度が高まると言う点では、単なる情報収集以上の利点が得られる。
そうこの提案は、皇帝が得られる利益よりも、バルクフォン卿の方が大きいのだ。

皇帝にすれば、単に便利なスパイ組織を活用する程度の認識だろう。
だけど、今回ポモージュの活動エリアが広がる事は全く違う意味を持つ。



それは、ゼルマお姉さまが領するアルトシュタット領以外の選帝候領での情報を公然と手に入れる事が出来る事に繋がってくる。
今回のマルコマーニ領では、どうして税が引き上げられたのか。

裏で動いている連中としては誰がいるのか。
これが判れば要求は満たされる。

そこまで行かなくても、このような不審な動きが見受けられましたと言う報告だけでも、皇帝は納得するだろう。
何せ、今の時点では何が理由かの想像すらつかないのだ。

皇帝にすれば、バルクフォン卿に情報収集を依頼しその養女が無事依頼をこなしたと言う事になる。
そして、有益な情報が上がって来たなら、他の選帝候領に対しても、情報収集を命じるであろう。

だが一旦孤児院を置いて活動拠点とすれば、皇帝が望んだ情報以外の情報も分析する事が可能なのだ。
継続的な情報収集及びその分析により、様々なものが見えてくる。

そしてそれが継続すれば、最早怖いものは無い。
なんと言っても一度創った孤児院はその後も存続し続けるのだから。



そうなるとポモージュは、帝政ゲルマニアを牛耳る事ができるのかしら……
アンナはそれは無いと一人で首を振る。

ポモージュは本当に監視するだけで、実際に手を下す事は無い。
不審者の検挙や尋問は、コンラートおじ様のお仕事だ。

あちらの世界風に言えば、国家情報局と言うところかしら……
そこまで拡大するのかどうかは今のところは、予想は付かない。

だけどもし、これを仕組んだのがボーデお爺さんの養女になっているアンジェリカ姉さんなら……
そんな事を考えながら、アンナは館の中の卿の私室のドアを開けた。



部屋の中央まで進み、胸元からペンダントを取り出し握り締める。
行き先を指定する簡単な術式を呟くと、アンナの姿はその場から消えていた。









アンナが部屋の中央に現れると、隅の椅子に待機していたメイドが慌てて立ち上がる。
メイドは目の前の小さな箱に手を置き、一言二言話しかけると、深々とお辞儀をしてくる。

「止めてよ、恥ずかしいから」
アンナは慌てて手を振る。

「えっ、そ、そんな……」
少なくともこの屋敷のお嬢様が現れたのだから、お辞儀するのは当然なのではないか。

メイドの顔に困惑の表情が張り付いていた。
アンナは、少し注意深く彼女を見つめる。

黒い一般メイド服がどこか新しい。
エロボケオヤジのお手つきの証明である、赤い印はどこにも見当たらなかった。

筆頭メイドのお姉さま達と、リリーとクリス以外のメイド達はお手付きになると何かしら赤ものを身に纏うようになる。
誰が始めたのかは知らないが、これがヴィンドボナの屋敷での風習だった。



ああこの娘、新人なんだわ……
通常メイド達は、お手つきになろうがなるまいが、何年かすると暇を出される。

その代わり新しいメイドが雇われているので、私がそう言うのを嫌がるのを知らなかったようだ。
ちなみに屋敷のメイド達は今でも99年の雇用契約(肉体奉仕付き)と言う最低の契約のものばかりだ。

彼女達は、運が悪ければあのエロボケオヤジに食べられてしまう。
いや、彼女達にすれば運が良いのかも知れない。

とにかく何年か勤めると、卿は雇ったメイドに違約金を払って契約を解除しているのだ。
そしてゼルマお姉さんの屋敷やコンラートおじ様のアウフガング組等を通じて就職先の世話までしている。

その折に、お手つきの方が待遇の良いのだ。
とにかく屋敷のメイド達は、武装メイド隊やポモージュに就職するものを除いて、毎年数名は変動しているのだ。

結局、彼女もそう言う新しい新人なのだろう。



「ああ、ごめんね、私一応養女だから、あんまり大げさな挨拶とかしなくて良いのよ」

「はあ……」
彼女は納得行かないようだが、慣れてもらうしかない。






「あら、アンナ! 久しぶりね」

後ろから声が掛けられる。
振り返ると、赤み掛かった濃紺のメイド服に、アンナも羨む豊かな胸元が特徴の筆頭メイド長が部屋に入ってきていた。

「グロリア姉さん、ご無沙汰してます」
今度はアンナが深々とお辞儀をする。

「あらあら、アンナ、そんなに畏まらなくても」
グロリアは、止めてよと言う感じでアンナに駆け寄るのだった。

アンナとグロリアは、尚も困惑を隠しきれない新人メイドを置き去りにして、転移室を後にする。
ヴィンドボナの屋敷では元々大ホールを転移に使っていたのだが、今では左翼の奥に専用の部屋を設けられていた。



「話、聞いたのね」
歩きながら、グロリアがアンナに問うた。

「ハイ、それで急遽呼び戻されちゃったんです。 参っちゃった」
「フフ、仕方ないわね、皇帝の要望となったら、ご主人様でも焦るみたい」

グロリアが可笑しそうに笑みを浮かべる。
そして、改めて気がついたようにキョロキョロと辺りを見回した。

「どうしたのですか?」
「えっ、ああ、あれっ? ご主人様は?」

どうやら、バルクフォン卿が一緒に戻ってこなかった事に今更気づいたようだった。
アンナは、苦笑を浮かべながら、卿とのやり取りを話す。

「へー、ついにアンナもおとうさまと呼ぶ事にしたのね、嬉しいわ!」
「グロリア姉さん! そんな喜ばないで下さい!」

手放しで喜ぶグロリアに、アンナは少し頬を膨らませて抗議するのだった。



「ごめんね、別にからかっている訳じゃないのよ、アンナが養女になってから、心配してたんだから」
そう言われると、アンナも返す言葉が無い。

「フフっ、だけどご主人様も、突然呼ばれてうろたえるなんて、情けないわねえ」
グロリア姉さんが、嬉しそうにそう言ってくる。

どうもこの辺りの機敏はアンナには難しい。
親としてダメダメだろうとは思うのだが、姉さん達にはそれも卿の魅力の一つらしい。



「それで、アンナはどうしてこっちに?」

「ええ、アンジェリカ姉さんに事情を聞こうと思って……」
流石に、皇帝がお忍びで屋敷に来たのが、アンジェリカ姉さんの策略ではと思っているなんて言えない。

「そうね、それが良いわね、私も多分アンジェリカが何かやったんだと思うわ」
アンナの瞳が驚いたようにグロリアを見つめる。

「あら、私だってそれ位想像が付くわよ。 アンジェリカからの連絡が何も無いのがその証拠よね」
ああ、そうか……

ボーデお爺様が一緒に来ているのに、アンジェリカ姉さんが全く知らないなんて考えられない。
そうすると、どう見ても業と連絡して来なかったに違いないのだ。

と言う事は……



「さ、早くアンジェリカの処に行って、話を聞いて来る事ね」
二階までついて来てくれたグロリア姉さんが、アンジェリカ姉さんの私室の扉を開く。

アンナは中に入ると、先ほどと同じように部屋の中央に立つ。
普段は屋敷にいないアンジェリカ姉さんやゼルマ姉さんの部屋には、それぞれ彼女らの屋敷の私室に繋がる転移ゲートが設けられているのだ。

アンナがアンジェリカ姉さんに会うためには、一旦ヴィンドボナの屋敷に転移し、この部屋のゲートを抜けなければ辿り着けない。
卿ならば、自らの杖を使い移動が可能だろうが、アンナではこれが精一杯なのだ。

「それじゃ、グロリア姉さん、また後で」
「ハイ、気をつけてね」

アンナは、再び魔道具であるペンダントを取り出し、術式を唱える。
軽い空気の揺らぎと供に、アンナはヴィンドボナの屋敷から転移していた。






アンナが消え去ると、それまで笑みを浮かべていたグロリアは大きくため息を吐き出した。
アンナの為とは言え、本人の前で秘密を隠すのは、グロリアは苦手だ。

ふと、空気の揺らぎを感じて、グロリアは身だしなみを整える。
そう、ご主人様が直接転移して来られるのだ。

一瞬の揺らぎと供に、そこにはアルバートが現れた。
彼は辺りを見回して、頭を下げているグロリアに歩み寄る。

「無事、アンジェリカの処へ行ったようだな」
「ハイ、ちゃんと判っていたようですね」

横に立ったご主人様に、グロリアは軽くもたれ掛かる。
そのまま、ご主人様の腕が肩に回され抱き寄せられる。

「アンナが可愛そうです……」
しばらく二人で黙っていたが、やがてグロリアが独り言のように呟いた。

「仕方あるまい、彼女は残ってもらわないと行けないのだから……」
アルバートは悲しみを押し殺すような表情で、グロリアの言葉に声を載せる。

「そうですね……」
「そうなのだよ……」



二人は、そう言いながらお互いを見つめ合い、やがて二つの顔が近づき一つに……






「なーにやってるのかな、二人とも?」
突然掛けられた声に、慌ててご主人様から離れるグロリア。

「あ、ああ、アマンダ…… いたのか……」
アルバートが、小さな声で舌打ちしたように呟いた。

「えっ、ご主人様! 今、何か物凄く失礼な事言いませんでしたか?」
アマンダが目ざとく聞きつけ、アルバートを睨み付ける。

「えっ、いや、別に何も言ってないよ」
必死にしらを切るアルバート。

「全く、そう言うことは夜になってからって約束でしょ」
アマンダが偉そうに二人に説教する。

背の低いアマンダが見上げるようにしながら、小さくなって縮こまっているグロリアとアルバートに話しかけているのはそれだけで笑いを誘う。
しかしそんな事には関係なく、アマンダの説教はヒートアップして行くのだった。

「それに、ここはゼルマとアンの部屋じゃないですか、いくらなんでも場所ぐらい考えて下さいよ。
 大体、ご主人様は……」
「あっ、アマンダ!」

突然、話を遮るようにアルバートが叫ぶ。
それを聞いたアマンダの顔がビクッと歪む。

アマンダも経験から知っていた。
こう言う展開の場合、攻守が入れ替わる可能性は高い。

思い当たる事に不自由しないアマンダは、早々に撤退に入ろうとした。



「今度から気をつけて下さいよ、それじゃ私は用事がありますので」

華麗に、逃げ出そうとするアマンダであったが、身体が動かない。
特に右手が押さえつけられたように動こうとしない。

振り返ると、にこやかに微笑を浮かべたグロリアが腕を握っているのではないか。
やばい、物凄くやばい。



「あー、アマンダ、皇帝が来られた時に、何と言ってたんだっけ?」
早々に、ご主人様が攻勢に出て来た。

確かに、思い返せば、色々いけない事を口にした気もする。
だ、だけど、あれはご主人様を思っての発言!

「そうですね、アマンダ、まだ騙されてここの屋敷に連れて来られた事を根に持っていたのですね……」
グロリアが悲しそうに顔を左右に振る。

ああ、アマンダには判る。
あれは、ワザとだ。

グロリアは悲しんでなんかいない。
アマンダに指摘され、折角のご主人様の逢瀬に水を差された事を根に持っているのだ!



「大体、いくらお忍びとは言え、皇帝の前で直答して良い訳無いでしょうね」

「えっ、その前に、グロリアだって……」
皇帝をホールにお通ししてご主人様が来られるまで、皇帝に直答を許されて幾つか応えた筈……

「あれは、皇帝の許可があってこそです。 決して勝手に話した訳じゃないわ」
「えっ、で、でも、それは……」

やばい、物凄くやばい。
ご主人様はニヤニヤしながら、アマンダを見ているだけで助けてはくれそうに無い。

グロリアはヒートアップしており、容易く許してもらえそうに無い。
それでなくても、ご主人様との良い雰囲気を潰したのはアマンダ自身だ。






あっ……
ひょっとしたら助かるかも……

再び、軽い揺らぎが部屋の中央に起こる。
それとほぼ時を同じくして、そこには赤いロングドレスに身を包んだ麗夫人と言うべき姿が現れた。

きりりとした目元が、その長い黒髪の間からでも伺える麗々しい女性。
ゼルマ・ヘルツォーク・フォン・アルトシュタット・ローゼンベルガー、アルトシュタット候ローゼンベルガー女公爵その人であった。



「なにやっている、みんなして? あっ、ご主人様、只今戻りました」
ゼルマは、目の前に三人が立っている事に気が付きそう叫ぶ。

同時にその中にアルバートがいる事に気が付き、頭を下げる。
選帝候の一人に選ばれても、ゼルマは筆頭メイドの一人である事を止めようとはしなかった。



やった、援軍だ!
アマンダは安堵の吐息を漏らした。

幸いな事に、ゼルマが帰ってきたのだ。
これで、少なくともグロリアの追求は免れる。

アマンダはこの幸運に感謝した。






「ご主人様、聞いてください! 皇帝が私に何と言ったと思います?」




いや、違った……
これは、とってもヤバイにちがいない……

ゼルマの口調からすると皇帝はここから宮殿に戻った後に、彼女と話したようだった。
アマンダは、依然グロリアに押さえつけられている右手を見ながら悲嘆にくれる。



もう、だめかもしれない……






そんなアマンダの悲嘆に気がつかないまま、ゼルマはご主人様に愚痴をこぼし続けるのだった。






[16065] その5:アンナとお姉さん
Name: shin◆d2482f46 ID:5756cc99
Date: 2010/02/19 20:25
歪む視界に、軽い頭痛を覚え、顔をしかめる。
魔法による空間移動は肉体に対する負荷は少ないらしいけど、精神的には結構疲れるみたいね。

まあ、異世界からボモージュ、ヴィンドボナと移動してきた訳だから疲れるのも当然かもしれないわ。



「いらっしゃいませ~、お茶どうぞ~」

少し間延びしたような話し方で声が掛けられる。
正面の大きな執務机、中央に置かれたノートパソコンから顔も上げずに声だけが飛んでくる。

「ハイ、頂きます、アンジェリカ姉さん」
アンナは執務机の横に置かれたチェアに歩み寄りながら答えた。

見れば机の端には丸いお盆、その上にはティーセット。
ご丁寧にお茶請けらしい和菓子までが用意されていた。

「ちょっと待ってね~、直ぐに終わらすから~。 あっ、それ鶴屋八万の最中、おいしいよ~」
そんな箏言いながら忙しなく指先をキーボードに這わすアンジェリカ姉さん、視線はモニターを見つめたままだ。

アンナは苦笑を浮かべながら、ティーポットを持ち上げる。
パチンと固定化が解除され、微かな湯気と同時に緑茶のほんのりとした甘い香りが広がった。

緑茶?
アンナは更に苦笑が大きくなるような気がした。

和菓子と緑茶まで用意しているなんて、どう見てもアンナが来ることを予想していたのが丸判りである。
アンジェリカ姉さんが、この部屋への転移を許しているのは、他の四人の姉さん以外だと、アンナを含めた妹三人だけだ。

その中で、アンジェリカ姉さんが態々自分の大好きな和菓子でもてなして貰えるのは、自慢じゃないがアンナ位しかいない。
何故って、他の六人ともどちらかと言えば洋菓子の方が好きなのよね。

「頂きます」
アンナの言葉に、アンジェリカ姉さんが軽く頷いたように思えたので、そのまま最中に手を伸ばす。

紙の包装を取り、パクリと口に入れた。
ほのかな餡の甘い香りが口いっぱいに広がり、ホッとした気持ちにさせてくれる。



あー、癒される……



朝起きた時点ではあちらの世界の大学にいたのに、今は帰ってきてヴィンドボナの市街の真ん中にいるのだ。
移動距離(?)と言うのも変だけど、結構大移動だと思う。

それよりも、突然の状況の変化に振り回されてしまい、目が回りそう。
大体、まだ当分大学で好きな事してられる筈だったのに、どうして急に帰って来なければならないのかしら。

うん、ポモージュに仕事が入ったからね。
あれ?

大学はどうなるの……



もし、このままポモージュのお仕事でずうっと、こっちにいるならば大学は休学しなければいけないのかな?
まあ、退学する必要はないわよね……

あの学校は、届けさえ出しておけば、休学扱いは割合と簡単だ。
最もその分、お金が掛かるけど……

お金は、おとうさまに出して貰っている。
あっ、そうか、もう気にしなくて良いかも……

今までは、バルクフォン卿に費用を捻出して貰い、申し訳ないと言う気があったのは事実。
だけどなんだか、おとうさま(お義父様)と呼ぶように決め手から、ストンとその気持ちが無くなった気がする。

そうよ、私がお義父様と呼んであげるのだから、それぐらい出しても罰は当たらないわよね……
最中を食べながら、アンナは一人でうんうん頷くのだった。






「おまたせ~、 あっ、全部食べちゃったの?」
アンジェリカ姉さんがパソコンの電源を落としこっちに振り向いた。

だけど、その視線がお茶請けが乗っていたお皿を向いて固まっている。
確か、アンナが部屋に現れた時にはお茶請けには最中が四つ載っていた。

うん、今は一つも載っていない。

「アンジェリカ姉さん!」
「えっ?」

アンナは、真っ直ぐにアンジェリカを見つめる。
そんなアンナの態度に、お茶請けの皿をチラチラ見ながら、応えてくる。



「ごちそうさまでした!」

アンナは深々と頭を下げる。
ここが大切。

昔から、アンナはお菓子があると全部食べてしまうのだ。
まあアンナ自身、悪いとは思うのだけど、こればかりは仕方ない。

お義父様の世話になってからは、食事に関してはこの癖は直った。
だけど、お菓子だけは今でも変わらない。

ついつい、食べないとと思って全部頂いてしまう。
おかげで、アンナだけではなく、リリーとクリスもお菓子に関しては貪欲になってしまったのはいい思い出だ。



とにかくこうやって相手の分まで食べてしまった時の対応はいつも一緒。
ひたすら頭を下げて、嵐が納まるのを待つ。

「ふう、まあアンナに見せたのが間違いね~」
良し! アンジェリカ姉さん、諦めた!

「ごめんなさい、おいしかったです」
そう言いながら顔を上げると、苦笑いを浮かべたアンジェリカ姉さんがアンナを見ていた。






三十分程、お互いの近況報告や姉さま達の話を取り留めなく続ける。
もっと話していたいけど、今日中にはボモージュの館に戻りたいので、この辺で本題に入る。

まあ、アンジェリカ姉さんだから出来る事で、これがアマンダ姉さんやグロリア姉さんだとこうは行かない。
二人と話していると三時間コースだ。

「それでね、アンジェリカ姉さん、皇帝の件なんだけど……」
これって、お姉さんの仕業?

言葉にはしなかったけど、目線で伺う。



「そうね~、ポモージュの拡充と、バルクフォン家の地位向上よね~」



ああ、やっぱり……
それだけ聞けば、皇帝がヴィンドボナの屋敷に来たのもアンジェリカお姉さまの差し金だと想像が付く。

多分、聞いても教えてくれないだろうけど、お姉さまがボーデお爺さまを動かしてそう仕向けたに違いないわ。



「うーん、ホルシュタイン候とシュタインドルフ卿、後キルベルガー卿も絡んでるわよ~」



ええっと、十二選帝侯の一人であるホルシュタイン候と北方及び東方辺境伯も動かしたと……
どうも、アンジェリカ姉さんと会話していると、会話が飛ぶから大変よね。

「そこまでしなければいけない事なの?」
「いけない事なのよね~」

そりゃ、アン自身もポモージュの価値には気が付いている。
北方辺境領、東方辺境領、そしてゼルマ姉さんのアルトシュタット周辺の様々な情報が入手出来る組織。

それだけに、更に他の選帝候領での情報収集まで手を伸ばせば、帝政ゲルマニアを動かす事も可能だと言うのは理解している。
だけど、そこまでする必要があるのかしら……

元々は、お義父様の領地だったオリーヴァとクジニツァと言う二つの村に怪しい人が入ってこないかどうかを見張る為のもの。
そして、ゼルマ姉さまの復讐劇に伴いその規模が大きくなったけど、基本は同じ。

ゼルマ姉さまの養父となった元ローゼンハイム伯爵の領地カーリッシュ周辺の安全を見張る為に東方辺境領にも施設を増やし。
そして、十二選帝侯の一人となった今ではアルトシュタット領にも施設が出来た。

これまでは、成り行き上でその諜報エリアが拡大しただけ。
だけど、今回の一件が上手く行けば、多分他の選帝候領にも広がる。

しかも上手く行けば皇帝の支援も期待出来る以上、瞬く間に帝政ゲルマニア全土に広がるわね。
だけど、アンナもそうだし多分お義父様自身もその組織を使って国政をどうこうしようと言う考えは無い。

それどころか、ポモージュをそこまで大きくしてしまうと、皇帝に言いように使われるだけに陥る可能性もあるわ。



「安全保障の問題なのよね~」
「安全保障?」



アンジェリカ姉さんの言葉で、思考の海から引き戻される。
有力選帝候ともコネクションを持っており、お義父様自身爵位は低いが、資産は十分過ぎる程保有してられる。

その上、ゼルマ姉さん自身が選帝侯である以上、安全保障が必要な事はめったに起こりえないわ。
だと言うのに、アンジェリカ姉さんは安全保障の問題だと言う。

皇帝が強権を発動して、私達をどうこうしようとしてくるのかしら?
ありえないわね……

そんな事をすれば、選帝侯との対決から経済の破綻まで起こりうる事態は被害の方が大きい筈。
と言う事は……



「問題は外なのよね~」



やっぱり!
帝政ゲルマニアの問題じゃないと言うこと。

それで、マルコマーニ領なのね……
ゲルマニアの外側からの干渉に対しての情報収集。

まさか、エルフが何かしてくるの?
うううん、それもありえない。

マルコマーニ領の東のシュタイアーマルク領には、龍の八王子さんがいる。
いくらエルフと言えども、八王子さんが怒りかねない事をするとは考えられないわ。

と言う事は……



「ガリア王国、国王ジョセフ一世が問題なのよね~」
「ガリアですか……」



ガリア国王ジョセフ一世、確か数年前に即位したけど、特に表立った手腕は聞こえてこない。
ガリアがゲルマニアに目をつけているの?

確かに、ハルケギニア一の大国であり、帝政ゲルマニアのライバルと言える国だから、その可能性は無い訳ではないと思う。
だけど、それならばガリアと国境を接しているヴィルテンベルグ領やブファルツ領等マルコマーニ領の西方の選帝候領に対してではないのかしか?

マルコマーニ領とガリアの間にはエルフの領土が広がっている以上、そこを抜ける事は出来ない筈……
と言う事は…… まさか……



「ジョセフ一世とエルフの間にコネクションがあるみたいなのよね~」



そうなると、全く話が違ってくるわ。
エルフを敵視しているのは、どちらかと言えばガリア王国であり、何と言ってもロマリア連合皇国。

帝政ゲルマニアは、どちらかと言えば中立的な立場と言えるわね。
確かに、過去の十字軍に兵を出してはいるけど、直接ゲルマニアからエルフ領への侵攻は行っていない。

そんな事をすれば、万が一その報復行動をエルフが行えば、多くの領土が危険に晒される事となるのよね。
ガリアと違い、南から東に掛けて広い国境線沿いを防衛するのは不可能に近い。

それ故に、帝政ゲルマニアはエルフを直接刺激するような行為は行わないわ。
そして、エルフは人間側が攻め立てない限りあちらから来る事は無い。

おかげで、マルコマーニ領やシュタイアーマルク領は国境の向こうは未開地扱いになっている。
でも逆に言えば、マルコマーニ領は南からの攻勢にはガリアと接しているヴィルテンベルグやブファルツ領に比べて脆い事になるのよね。



「そしてね~、 今は道が出来ているでしょ~」



アンナははっと気が付いて、真っ直ぐにアンジェリカ姉さんの顔を見つめる。
それに対して、アンジェリカは強く頷くだけだった。

そう、マルコマーニ領を占有すれば、帝都ヴィンドボナまでは、一直線で行く事が出来る画期的な新道が繋がっているのだった。
国境付近で何か問題が発生した場合、整備された道は即座に必要な戦力を送りつける事が可能になる。

だけど、逆に言えば国境線を抜かれた場合、帝都まで一気に敵勢力が攻め寄せる事が可能になる。
選帝侯の一人が防壁となっている今の状態ではどちらかと言えば前者、救援兵力の展開に有利。

でもマルコマーニ候が裏切れば、逆。
そう、直ぐにでもヴィンドボナまで攻め寄せる事が出来る訳ね……









「ありがとう、アンジェリカ姉さん」

一通り話し終えると、アンナは立ち上がった。
勿論、今すぐガリアがゲルマニアに攻めて来ると言う話ではない。

だけど、国家を守ると言う事は、そのような可能性があれば対応方法を検討する必要があるのだ。
それ故、ポモージュと言う国に属していない組織を使い情報収集を行う方法が有効になる訳。

そしてこれをアンナが長となっているバルクフォン家由来の組織が行う事で、皇帝に対する覚えも良くなる。
うん、ポモージュのみんなも立場が良くなる。

それに、これだとお義父様が表に出る事も無いわ……
アンジェリカ姉さんが動くのも判る気がした。

だけど、結局私が頑張らなきゃ行けない訳ね……
うん、決して嫌じゃない。

ここまで大きくして貰った恩もあるし、何よりも姉さん達が好きなのだから。
お義父様は……

まあ、どうでも良いかもしれないけど、お姉さま達には褒めてもらいたいし。
頑張ろう!



「それじゃ、大体判ったから、私行くわね」
「ハイ~、アンナ~、気をつけてね~」

アンジェリカ姉さんが、手を振っている姿を見ながら、アンナは再び転移するのだった。






アンナが転移して行くと、アンジェリカの顔から笑みが消える。
フウッと吐息を吐いたかと思うと、アンジェリカは自嘲するように口を引きつらせた。

仕方ない……
アンナはやる気になっているようだけど、アンジェリカにすれば本当に申し訳無いと思ってしまう。

少なくとも後、半年程度は時間があると思っていたのだ。
ところが、ここに来てガリアの動きが見えて来た。

ボーデ商会を実質動かしているアンジェリカだからこそ気が付いたその動き。
マルコマーニ領の物資の移動が予想より下回り出した。

そして、どこからとも無く必要物資が供給されている現状。
これだけだったらまだ原因も不明だし、密かに探るだけなのだけど……

そう思いながら、アンジェリカは指輪に思いを込める。
取り出したのは、ご主人様の母国語で書かれた一冊の冊子。

アンジェリカならば、それが読める。
そして、読んだが為にその可能性に思い当たってしまった。

ジョセフ一世が、「アンドバリの指輪」を試して見る可能性に。



勿論、お話の世界とこの世界は違う。
ご主人様は出てこないし、ジョゼットがお話のようになる可能性はあり得ない。

それでも、「ゼロの使い魔」と非常に良く似たこの世界。
違うのは、ゲルマニアには立派な道路があると言う現実。

マルコマーニを押さえれば、ヴィンドボナまで一直線と言う事に多分ジョセフ王は気が付いたのだろう。
勿論、実際にガリア国軍を動かしてゲルマニアを攻める積もりは無いとは思う。

多分、アルビオン王国が落ちた辺りでゲルマニアの動きを封じる為に活用するのであろう。



だけど、それを許す訳には行かない。
その為に、今からその計画を潰さねばならない。

ご主人様自身やアンジェリカ達が直接介入して、その計画を潰す事は不可能ではない。
いや、それどころか非常に単純な事だ。

ご主人様が「水の精霊王」と契約している以上、「アンドバリの指輪」と言えどもその効力を失効させる事は簡単なのだ。
だけど、それをする訳には行かない。

手助けしてしまえば、アンナ達が頼るようになる。
それではこの先ダメなのだ。

アンナが中心になり、ジョゼやその他の仲間と一緒に対応しなければ行けない。
そうすれば、彼女達がゲルマニアを守って行ける。

この世界そのものは、きっとあの「ルイズ」と言うヴァリエールの娘が何とかしてくれるだろう。
だけど、ゲルマニアのアンジェリカ達が大切に思うものは彼女は守る筈も無い。






アンナには頑張って貰わなければならない。
そう、アンジェリカ達はご主人様と一緒にもうすぐこの世界から旅立つのだから……






あっ、でも影から手助けするのは、良いよね~






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