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[15424] コードギアス・中から変えるしかないルルーシュ
Name: テレポ◆27de978f ID:cbd0dacd
Date: 2010/02/11 21:37
この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。




 神聖ブリタニア帝国、帝都ペンドラゴン。
 その広大な敷地に悠然と居を構えた白亜の居城があった。
 ブリタニア皇帝が政務を行う城。国中の貴族が軒を連ね、超大国としてこの世の春を迎えたブリタニアの中心がそこにはあった。
 
 ―――そして全ての物語の始まりは、ブリタニア城、謁見の間で起こった。
 
 大きく豪華な玉座。屈強な衛兵と神官が数名後ろに控えている。
 その中心で人を威圧するような目をした、銀髪の恰幅のよい男がずんぐり座っている。
 全世界の三分の一を支配する、王の中の王である皇帝位に立つ男。
 
 シャルル・ジ・ブリタニア。
 九十八第皇帝、弱肉強食を唱える実力主義者の皇帝であった。
 妻を108人も娶り、生まれた皇子を競わせ、勝ち残った者に皇位を継承させるという方針を決めた剛腕の王だ。

「ビスマルク・ヴァルトシュタイン。只今参上しました」

 その玉座の間に、一人の男の声が響いた。
 ビスマルク・ヴァルトシュタイン―――『ナイト・オブ・ワン』の地位に着く、帝国最強の騎士である。白いマントを羽織り、片眼を負傷した壮年の男であった。
 貴族達が彼に敬意を払い、皆が頭を伏せ道をゆずる。
 武人でありながら文官にも絶大な権力を発揮しているのだ。

「……お前か。で、何の用だ?」

「……まずはお人払いを。日本へ送った二人の殿下についてのことで」

「…………」

 シャルルは重い息を吐き、黙って手を上に上げる。
 それは謁見終了の合図であった。
 貴族たちにどよめきがあがり、しばし騒々しくなったが、皇帝の命に逆らう者は誰もおらず、皆退出していった。
 玉座の間にはシャルルとビスマルクだけとなる。

「……ルルーシュとナナリーは死んだ」

「いいえ、生きております」

 言い切ったビスマルクに、皇帝の目が少し細まる。

「その閉じた方の目で見た……ということか」

「は……」

「何が見えた?」

「ルルーシュ殿下が、陛下に牙を向き、このブリタニアを滅ぼす未来を……」
 
 何も知らない人間には何のことかさっぱりわからない秘密の会話が続けられる。
 感情をさっぱり表に表さない二人の男だったが、やがて皇帝の方が愉快そうに笑いだした。

「ふ……ふふふ。ふははははははは!!」

「……」

「マリアンヌが死んだ時、ワシの前で腰を抜かしたあのヘタレ小僧が、そこまで成長すると言うか!? それはまっことにめでたい話ではないか!」

「……陛下がルルーシュ殿下とナナリー殿下を、陛下なりの愛情をもって接しておられることはよくわかっております。しかし、このままではルルーシュ殿下は陛下を誤解されたまま、世界を不幸にし、悲惨な末路をとげるでしょう」

 その時、ビスマルクの瞳は両目ともカッと開いていた。
 閉じた片眼が、赤い鳥のマークに染まっていた。

「……で、ビスマルクよ。貴様は奴らをどうしたいと言うのだ? そもそも日本で行方不明になっているのだろう? どうやって探し出す?」

「我が諜報により、殿下らはアッシュフォードにお隠れになっていることが既にわかっています。ナナリー殿下の方はこのままアッシュフォードに引きとってもらうのがよろしいでしょう」

「問題はルルーシュ、か」

「は。ルルーシュ様は私めにお任せください。必ずや文武に優れた立派な皇族にしてみせます」

「お前が育てると言うか?」

「……は」

 ビスマルクの瞳に嘘はない。
 必ず理想的な皇族に仕上げてみせるという自負と、その自信がみなぎっている。
 元々実力だけでここまでの地位についた男だ。
 皇族への忠誠も人一倍強い。
 しかし、ここまで言い切ったからには、ルルーシュにも妥協しまい。
 これからルルーシュは地獄を見ることになるだろう。

「……大した忠誠よな。いいだろう。貴様の好きなようにするがいい。しかし、『接続』
の計画に遅れは許されん。それはわかっておろうな?」

「重々承知しております」

「……うむぅ。では全て任せた」

「イエス、ユアマジェスティ」

 この謁見はわずか数分のことだったが―――
 ここで、全ての歴史が変わったのだ。





『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』



『プロローグ』





 ―――母上。見ていてください。あなたを蜂の巣にした、憎い敵へ必ず復讐します。
 
 ―――あなたが受けた屈辱を、そのまま奴らに味あわせてやる。
 
 ―――ですから、ですからどうか、安らかにお眠りください。

 日本、改めエリア11。
 かつて日本と呼ばれた国の、新たにできた租界の深夜のこと。
 
 アッシュフォード学園、皇族の受け入れの為豪奢に改築されたゲストルームにて、一人の少年が、決意を新たに胸に刻み込んでいた。
 ルルーシュ・ランペルージ。元の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 ブリタニア帝国の皇位継承権を持つ、幼き皇子である。
 流れるような黒髪に、紫紺の瞳。その立ち振る舞いは平民と偽っても隠せない高貴さが滲みでている。
 アッシュフォードでの暮らしにも慣れ、妹であるナナリーと共に穏やかな生活を営んでいるが、ルルーシュの心の奥底ではブリタニア皇族と、自分の父であるシャルルを憎む気持ちが渦巻いている。

 今でもいつも思い出す。

 赤い絨毯の階段が、母の血でさらに朱に染まった一場面一場面を。
 母はナナリーを守るように、抱き抱えるようにして死んでいた。
 ナナリーはその時のショックで、目と足の自由を失ってしまった。
 
 そしてその崩れ落ちた母をあざ笑うようにして、佇む貴族、皇族達っ!
 貴族でもないのに皇帝から寵愛を受けていた母は、他の后達から嫉妬されていた。
 あの中に母を殺した奴がきっといるはず! そして今ものうのうと生きているのだ。
 
 もちろん、母を守ってくれなかった父も同罪だ!
 
 絶対に許さない! 大きくなったら絶対に復讐してやる!

 ゲストルームのキングサイズベッド。子供に対して大きすぎるそのベッドに腰掛けながら、窓の外に映る暗黒色の空を睨みつける。遥かかなた、憎い敵のいるブリタニアに向け呪詛をこめた視線を、ルルーシュはただ注ぎ続けた。
 ルルーシュの隣にはまだ幼いナナリーが眠っている。
 母を亡くし、体の自由をなくし、日本という第二の安息を失い、スザクももうここにはいない。自分の妹は何一つ自由にできるものがない。他人に頼らなければ生きていけない、それでも優しい素直な、たった一人の実の妹だ。 
 眠るナナリーの頬をルルーシュは優しくなぞる。
 
「神様……。お願いです。僕はどうなっても構いません。どうかナナリーだけは……。ナナリーにはもう悲しい世界を見せたくないんです。彼女の目が治る頃には、この世界が優しさと美しさを取り戻していますように」

 ルルーシュは今度はたいして信じてもいない神に、初めてかもしれない祈りを本気で捧げた。
 
 ―――その祈りは、今は決して叶わないかもしれない。
 ―――でも、いつの日にか。

 しかし、その時だった。
 
 いきなり、空が光だし、外が騒がしくなった。
 激しいヘリコプターのエンジン駆動音が、バリバリと夜の闇を裂いていく。
 学園の中庭を照らし出し、垂直に降りてくる。
 ヘリの外装は……ブリタニアの紋章がついていた。それも武器を装備しており、一目で軍事用のものだとわかる。
 
「な、ナナリ-っ!」

「……お兄様?」

 外の異常に気づいたのか、ナナリ-もベッドから起きてくる。
 ルルーシュは持ち前の頭の異常な良さもあってか、帝国が自分達の存在に気づいたのだとすでに判断していた。もうアッシュフォードにはいられない!
 逃げなければ!
 逃げなければまた自分たちはブリタニアの勝手な外交に使われてしまう!
 日本に人質に送られた時以上の、さらなる不安がルルーシュに襲いかかる。

「ナナリ-! 僕にしっかり掴まって! 走るよ!」

「ど、どうしたんですか? お兄様!」

 目が見えないナナリ-は、外の状況がわからないのか、まだ寝ぼけた声だった。
 ルルーシュはナナリ-を背負って、ゲストハウスの外へ行こうと階段をおり、大きな門を開け、中庭に出る。
 しかし、ブリタニア軍ナイトメア『サザ-ランド』が二機、そこには待ち構えていたのだった。小さな子供二人など簡単に押しつぶしてしまえそうなほどの巨大なロボットの手が、ルルーシュ達を逃がすまいと迫る。
 
「くそっ!」

 ルルーシュはまたゲストハウスの方へ向かおうと、踵を素早く返した。
 しかし、もうその背後には大勢のブリタニア軍人が待機していた。
 
 その先頭には、ナイト・オブ・ワンであるビスマルク・ヴァルトシュタインの姿がある。
 ルルーシュもビスマルクは知己の人物であった。
 母に忠誠を誓っている、帝国最強の騎士。
 彼が自分達を捕らえに来たのだ。
 もう逃げることができない、その運命も頭のいいルルーシュは理解できた。

「……ルルーシュ様。お迎えに上がりました」

 ビスマルクの低い、抑揚のない声が響いた。
 ルルーシュに絶望と共に、自分達を放って置いてくれないブリタニアに対する怒りが噴だす。

「どうしてっ! どうして、僕達を放っておいてくれない!? 僕達が何か悪いことでもしたのかよ!」

「……あなたは皇族です。どうか義務をお果たしください」

「義務……だって? 僕達兄妹は人質になる義務でもあるっていうのか! 勝手な言い分で僕達をまた苦しめるのか! ふざけ―――」

 その時だった。
 ビスマルクがなんとルルーシュの頬を張ったのだ。

「きゃあ! お兄様!!」

 ナナリ-の悲鳴が響き渡った。

「……ぶ、ぶったな? ナイト・オブ・ワンであり、皇族に忠誠を誓うはずの騎士が、僕をぶったな!」

「堕落している……」

 その時、場の空気が変わった。

「―――ヒッ」

 ビスマルクの冷酷な瞳がルルーシュを貫いた。
 まるで、その目はブリタニア皇帝のようで、ルルーシュを無価値な塵のようにでも見るかのような冷たさだった。

「なんの力も持たない、力を得ようと努力もしようとしない。今のあなたに皇族としての価値はありません。こんなぬるま湯のような生活に浸りきっていたのではあなたに未来はない」

「…………」

 ルルーシュもナナリ-も言葉が出ない。
 反論を一切許さない、そんな雰囲気がビスマルクから出ていたからだ。
 
「これよりルルーシュ様は我が監督のもとで、一から教育させてもらいます。お可哀想ですが、ナナリー様とはここで一旦別れて頂きます。修練の邪魔になりそうですから。
ナナリー様にはこのままアッシュフォ―ド学園で生活してもらいます。ブリタニアに戻るよりもそちらの方が良いでしょう」

「―――なっ!?」

 ナナリーと別れる!?
 冗談ではない! 
 恐怖よりも怒りが上回り、ルルーシュはビスマルクに踊りかかっていた。
 勝てるはずがないにもかかわらず。
 ナナリーを守る。兄としてそれは当然のことだった。
 自分しか彼女を守れないのだ。
 誰がこれから彼女の面倒を見ると言うのか!
 たった一人の妹をここで捨てていけるものか!

「母さんと約束したんだ! 絶対守るって!」

「…………」
 
 ルルーシュの拳はビスマルクの顔をかすりもせず、固い腹筋に当たった。
 あえてビスマルクはルルーシュの攻撃を避けようとはしなかった。
 母さん、マリアンヌの名が出た瞬間、ビスマルクの顔にうっすらと感情が宿った。
 それは苦しみか、自嘲か。
 ルルーシュには判断しかねたが、それでもビスマルクは何も反論しなかった。

「私をお恨みになるならそれもいいでしょう。ですが、あなたをこのままにはしておけない。無理矢理にでも連れていかせてもらいます」

「―――ぐぁっ」

 ビスマルクの固い拳がルルーシュの鳩尾に入った。
 ここでルルーシュの意識はブレ、地面に倒れ込んでしまう。
 立ち上がる気力などない。
 最後にナナリーの泣き叫ぶ悲痛な声だけが耳に残った。

「お、お兄様っ! お兄様!!! お兄様ーーっ!」

 倒れ伏したまま、ルル-シュに向かって手を伸ばすナナリー。

 しかし、ルルーシュには何もできない。
 
「……総員、撤退する。
ナナリー殿下、どうか、どうかお強く、健やかにお過ごしください。それだけが、それだけが、私の望みです」

 僕をさらおうとするお前が言うな。
 そんなルルーシュの声は嗚咽としてしか、意味をなさなかった。
 担架に乗せられ運ばれていくルルーシュ。

 歴史が完全に変わった瞬間だった。

 数年後、ブリタニアに復讐し世界を壊す少年は。

 中からブリタニアを支配する、次世代の皇帝への道を歩んでいく。

 果たしてその行末はどうなるのか。

 それはまだ誰にもわからない。 
 

 




第一話へ続く。



[15424] コードギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第一話
Name: テレポ◆27de978f ID:b203d001
Date: 2010/02/11 21:38
私はもうこのまま青年編(本編)をやりたかったのですが、友人が少年編が読みたいというのでまだ少年編をやります。
あくまで趣味で書いているだけなので、深い考察はしていません。
世界観や人物設定が違ってもおかしくありません。こんな作者を許せる心の広大な方だけお読みください。






 ブリタニア帝国、帝都ペンドラゴンにて。
 過去の皇帝達の肖像画が何枚も飾られた、ブリタニア城三階の回廊を通過してすぐの、奥にある大広間。
 そこに何人もの皇族が集まって、談笑をくりひろげていた。
 表向きはただのお茶会。
 貴族の代表たる皇族の、午後の余暇を楽しむ優雅な宴、ということになっているが、裏では相手の足の引っ張り合いや謀略が蔓延っている。
 誰が誰と浮気しただとかの、スキャンダルを噂しあったり。
 賄賂を送り合い、政略結婚の都合をつけたり、と皇族は大忙しである。
 
 それもこれも全ては―――自分が、または自分の子供が皇帝になるため、である。
 
 力こそ正義であるブリタニアは本来武力主義なところがあるが、それよりも大事なのが政治力である。この宴では皇族達がお互い牽制しあったり、協力しあったりして、権力を高める場としても利用されていた。
 
 しかし、今日この日。

 皇族達の様子がいつもと違っていた。
 落ち着きが無い様子で、皆言葉数少なく、仲間内で囁きあっている状況だ。
 
 話題は―――死んだはずの皇子が生きて帰ってきたこと。
 亡霊のようにして蘇ったと噂する声もあり、多くの皇族はルルーシュを恐れていた。辛くあたった自分達に復讐を考えているのではないか、と。

 その雰囲気を壊すようにして、オデュッセウス・ウ・ブリタニアが快活な声を上げる。

「いやぁ、ナナリーは残念だったけど、ルルーシュが生きていてくれて良かったねぇ」

 オデュッセウス。神聖ブリタニア帝国第一皇子。
 温厚な人柄で人当たりがよい、皇位継承資格第一位の長兄だ。 
 しかし、その反面、特筆するような能力がない凡庸さが際立って見える。

「あら、ナナリー死んじゃったの? キャハハハっ、せいせいしたわ。私あいつ大っ嫌いだもの。役立たずが死んでくれて本当によかった。ついでにもう一人の役立たずも死んでくれないかしらね」

 これはカリーヌ・ネ・ブリタニア。歳の近いナナリーを毛嫌いし、疎んじている。ネ家の権力の威を借りて、やりたい放題である。
 活発な性格だが、人が死ぬことに喜びを感じる残酷なサディストだ。
 特に自分のライバルになりそうな、気弱な皇女には容赦しない。
 もう一人の役立たずとは、優しいだけであまり有能とは見られていない、ユ―フェミアのことだろう。カリ-ヌははばかることなく、嫌味ったらしい嘲笑を見せる。
 ネ家よりの他の皇族達からも、彼女につられて失笑がもれた。
 皇族の力関係がはっきりと出た一場面であった。

「カリ-ヌっ! 貴様っ!」

 コーネリア・リ・ブリタニアが、溺愛しているユーフェミアを馬鹿にされたので、激しく激怒する。コ―ネリアは武断主義の皇女で、幼い頃から実の妹であるユ―フェミアを溺愛してきた。
 妹に対する行動はルルーシュに対してもひけをとらない。

「何よっ、本当のことではありませんこと? コーネリアお姉様こそ、邪魔な皇女が一人死んでくれて良かったのではありませんか。これでユ―フェミアお姉様のライバルが一人いなくなったんですもの」

「私は自分の兄妹達をそんな風に思ったことなど一度もない! やはり、こんな茶番には付き合ってられん! 帰るぞ、ユフィ!」

「は、はい! お姉様っ」

 そう言って、颯爽と扉を開けて帰ってしまうコーネリア。
 ユーフェミアもそれに従って退席する。
 まだ政務について間もないコーネリアだったが、その姿は凛々しく既に堂々としたものだった。

「ふんっ、あの姉妹。いつも一緒で鬱陶しいったらありゃしないわ。コーネリアお姉様も女としての勝負を知らない野蛮人で、本当に困ったものですこと」

「カリ-ヌ……。少し発言を慎みなさい。自分の姉に対してなんてことを言うんだぁ」

「……は-い」

 オデュッセウスに嗜められ、不承不承黙るカリ-ヌ。
 心の中では(無能のお兄様もいっそのこと死んでしまわないかしら)と思っていたが、顔には一切出さない。
 その隣では

「ああ、見てご覧よ、皆。やはり過去の芸術作品は素晴らしいね。帰ってきたらルルーシュにも見せてやりたいな」

 大広間に飾られた骨董品や、絵画を愛でている少年が一人。
 芸術をこよなく愛し、政務にはあまり興味がない、クロヴィス・ラ・ブリタニアが空気読まない発言を繰り返す。皆がルル-シュや権力争いのことについて論じても、全く興味を示さない。

「ルルーシュは僕のライバルだからね。まだチェスの勝負がついていないのさ。帰ってきたらきっと驚くぞ。美しく賢く成長したこの僕の姿にね」

 基本、クロヴィスは無害であるが、その位は第三皇子と高く、そのせいで疎まれたりもしている。クロヴィス自身も自分は統治者としての器ではないと思いながらも、周りからの期待に応えるため努力しているのだ。
 結局クロヴィスは皇族の実力主義が生んだ、可哀想な犠牲者であった。

 そして、話はどんどんエスカレートし、ルルーシュの生家であるヴィ家を馬鹿にするような発言まで飛び出してくる。

「ちっ、ルル-シュが生きていたのか。このまま死んでいてくれた方が良かったものを……」

「ふっ、下賎な平民の血をひく男児など、皇族に相応しくありませんわ」

「あのようなヴィ家に味方するとは……アッシュフォードも落ちぶれたものよ」

「いやいや、何を言っておられる。腐っても皇子ですぞ。まだまだ利用価値はありましょう。今度は中華連邦にでも人質として行ってもらいましょうかの。少年好きの宦官共が別の意味で可愛がってくれるでしょう」

「ほっほっほ」

「はっはっは」

 などなど、本当に腐りきった会話が場を支配する。
 成熟した政府の末路などこんなものなのだ。

 しかし、その時だった。

「いや、ルル-シュは、あのヴァルトシュタイン卿が引き取るらしいよ」

 今まで沈黙を保ってきた、ブリタニアの第二王子がついに口を開いたのだ。
 
 流れるような金沙の髪、理知的に澄んだ眸。
 ゆったりと長い足を組んだまま、ブリタニア帝国宰相へ任命された男が語りだす。 

 皇子の中で一番有能とも呼ばれる、シュナイゼル・エル・ブリタニア。
 
 その一挙一動に皇族全てが注視する。
 穏やかな笑みを絶やさない紳士的な人物であるが、その本質はあらゆる欲望や執着心を持たない虚無的な性格で、他人はおろか自分の命にさえ執着しない冷徹を併せ持つ人物である。

「なっ、それは本当ですか? シュナイゼルお兄様!」

「あのナイト・オブ・ワンがかい!?」

「あ、あの……皇帝陛下に唯一無二の忠誠を誓っていた男が、なぜルル-シュなどの後ろ盾に……」

「奴はマリアンヌに忠誠を誓っておるからな。ルルーシュはあの女の息子だからか」

 皇族達の間に驚愕の色が見え隠れする。
 ビスマルクが味方につくということは、ラウンズも味方にできるということ。
 これはルル-シュが皇族の中で究極の武力を手にしたに等しいことだった。
 実際、ルル-シュはこれよりラウンズ達と多く知り合いになり、己の味方につけ、大きく成長していくのだが……。

「ははは。これで各々方が言うようなルル-シュへのチョッカイはできなくなりましたね」

 内心を全く見せないシュナイゼル。ただただ顔に笑顔を張り付けたまま発言する。
 
 不敵なシュナイゼル。
 
 ビスマルクがルル-シュの後ろ盾になったことにより、恐らく皇帝の頭の中でのルル-シュの皇位継承権はかなり上がったことだろう。
 自分の地位も危ないかもしれない。
 しかし、シュナイゼルに焦りはない。
 ただただこの世を傍観しているような、他人事のような様相すら見えた。

 対して、なんとかせねばと焦る大多数の皇族達。

 歴史はまた一つ新しい局面へと、移り変わった。

 




 

『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』



 第一話



 
 それからの三ヶ月、ルルーシュには慌ただしい時間が流れた。

 ―――僕は本当は皇子なのにっ。

 口元から漏れようとしたその愚痴を、ルル-シュは必死に意思の力でねじ伏せた。泣き言の代わりに、砂漠へまた一歩足を運ぶ。
 
 アラブ人が多く住むアラビア半島。
 
 ブリタニアによる侵略にさらされている、この土地の最南端近くにある駐屯基地で、ルル-シュは修練させられていた。なぜならビスマルクもアラビア半島侵攻作戦に参加していたからだ。後にコーネリアが征服する中東区域だが、その南部侵攻先陣はビスマルクに任されていたのだ。
 またビスマルクの頭の中には、ルル-シュに戦争というものを教えたいという教育目的もあった。
 後に立派に成長したルルーシュも、ここを足がかりにEUを挟み撃ちにするのだが、それはまた別の話である。

 アラビア南西部は地球温暖化か、気候変動の影響で横に長い砂漠となっていて、軍靴で駆けると、踵くらいまで砂に埋まってしまう。
 奥歯を噛みしめて、ルル―シュはまた走り出す。
 先頭集団のさらに先を行くビスマルクに遅れないよう、再び渾身の力で走り出す。

 なんでっ。僕がっ、こんな一兵卒みたいなことを! しなくちゃならないんだっ!

 喋れば喉がさらに乾くし、体力の無駄だとわかっているから、黙々と走るしかない。
 真夏の太陽が真上から容赦なく照りつけてくる。
 この灼熱のさなかに、ルル―シュは、上下ともぴっちりとしたパイロットスーツに身を包み、背嚢を背負い、少年には重いサーベルを腰からぶら下げている。
 かなりの重装備である。
 ルルーシュの他にも訓練生がいて、将来のラウンズ候補の貴族師弟達18名、それに新たに配属させられた優秀な名誉ブリタニア人が三十名、合計四十八名がビスマルクのシゴキを受けているのだった。
 もちろん列の最後方の、さらに後ろに、ルルーシュはいる。
 運動音痴で体力不足のビリケツだ。
 だが、まだ大人に成りきっていない、十四歳の少年なのだ。それは仕方ないことである。
 落伍しないだけ偉いと褒めてあげて欲しいくらいだ。
 
 ビスマルクに連れてこられて三ヶ月、何度もゲロを吐き、死にかけた、その成果が多少なりとも現れたのだ。
 
 死ぬ気になればなんとかなる、それがここで得た教訓だった。
 
 なにしろビスマルクは容赦しない。
 皇族であることの躊躇など一切なかった。
 
 ルル-シュが反論すれば殴る。
 ナナリーのところへ帰ろうとしても殴る。
 逃げようとしたら殴る。
 サボろうと画策するとまた殴る。
 得意な勉学でもルル-シュが調子に乗れば思いっきり殴る。
 
 殴る殴る殴るの繰り返し。
 
 言ってきかぬ子は殴るしかないとビスマルクは言うが、それならもっと手加減しろと言いたい。
 
 ここだけの話だが、ビスマルクの教育は半ば洗脳に近いと言える。
 限界まで体と頭を酷使させ、思考をストップさせる。
 その上で、軍人として基礎である愛国心や、仲間を思う精神を叩きこむのだ。
 ビスマルクはまず、ルルーシュの世界を破壊したいという衝動を抑制しようと考えていたのだた。
 
 まだ精神の完成していないルル-シュに、この教育法は最適だったと言えよう。
 そのおかげでルルーシュのビスマルクに対する姿勢も変わってきた。
 以前は皇族として、傍若無人に自分の言いたいことだけ言って、ビスマルクに殴られていたのだが、今はほとんど口答えせず従っている。
 
「どうした貴様ら。何をへばっている。陸戦訓練も立派なナイトメアパイロットの一課程だ。戦場は機械に頼るだけでは何もできん。遅れるな、私に続け」

 ちくしょうめ!!

 この化物め!

 ルルーシュは恐れや畏怖も込めて、先頭のビスマルクを睨んだ。
 基本、自分達と同じパイロットス-ツを着ているのだが、その背中には巨大な何メートルもありそうな刀剣を背負い、何十キロもあるような重機関銃を肩に背負っている。
 そのくせ、いつものような無感情で、汗すらかいていないのだ。
 これを化物と言わずして何という!

 それはルルーシュだけではない、この場にいる全員が抱いているだろう感想だ。

 こっちはまだ成長期なんだぞ! 
 いったいなんの嫌がらせだ、このしごきは!
 ア-ニャやモニカみたいな女性だっているんだ。
 彼女達がこんな訓練に耐えられるはずがないだろう!
 
 あの生意気なジノ・ヴァインベルグみたいな野生児と僕達を一緒にするな!
 まだ幼少でありながらラウンズ候補生であるジノやア-ニャも、この訓練には参加していたのだ。モニカを含め彼らはここで一年間の訓練を積んでいくことになっていた。この後ラウンズに成れるかどうかは、彼らの戦場で見事に戦功を上げられるかにかかっている。

「ルルーシュ様っ! どうしたんですか? あ、まさかまたへばったとかじゃないですよね?」

「まだへばってない! というかジノ、いつものように馴れ馴れしいな、お前は!」

「別にいいじゃないですか! あっ、もうこの際、呼び捨てでもいいですよね? よっ、ルルーシュ!」

「いきなり気安す過ぎるだろう!」

 ルルーシュより年下の金髪の少年、ジノがわざわざ先頭からここまで来て、無駄に体力あるところを見せつけてくる。彼はルルーシュのことを様付けで呼ぶが、その声音に一切の尊敬がない。正に同級生感覚で接してくるのだ。

「それにしても、本当体力ないですよね。どうしてラウンズ候補の訓練にルルーシュ様みたいな皇子様が混じってるんです?」

「ぜえぜえぜえ。それは……ビスマルクにっ、聞け!」

 初対面はさすがにイラッときたが、今ではスザクに続いて二人目の友人となっていた。
 本来子供同士など仲良くなるのはすごく早い。
 
 宮廷で帝位争いさえしていなければ、ルルーシュだって抜群に頭がいいだけの普通の子供とかわりないのだ。

 そして

「そこまでっ」

 草地とオアシスに到着すると、ビスマルクが後ろを振り返り、やっと地獄のマラソンが終わった。その瞬間、ジノ以外の訓練生全てが砂の海に崩れ落ち、ぜいぜいと荒い息をついた。

「ごほっ、がはっ、はあ はあ はあ」

「うわぁ、汚ねぇ! って、ルル-シュ様大丈夫ですか?」

 まだ元気なジノの声が鬱陶しい。

 ルル-シュも皆と同じく、顔をしかめて口だけ開き、くたくたの体でオアシスの日陰へと歩いていく。もう何もする気がおきなかった。

 しかし、
 
「これより三十分後にナイトメアの訓練を行うっ。貴様ら、十分前には整列しておけ」

 ビスマルクからとどめの号令が飛んだ。

 




「ねえねえ、ルル-シュ様。休憩時間オアシスで一泳ぎしましょう! ねえねえ!」

「ジノ……。お前は馬鹿だ……」

「いきなり馬鹿って、酷いじゃないっすか!」

 一人元気が余りまくっているジノに、ルル-シュは呆れた声を上げた。
 ビスマルクの過酷な訓練も、この野生児を参らせるには至らなかったらしい。
 まだまだ体を動かし足りないのか、この上、水泳したいと言い出しやがった。

「……ジノ、凄い」

「ルル-シュ殿下。そんなお猿は放っとけばいいんです。それより私達とお話でもしていましょう」

 ラウンズ候補組の内珍しい女性組、ア-ニャとモニカが近づいてきた。
 女性の身でありながらナイトメアの成績も、実技成績もルル-シュよりはるかに優れている二人。女性はか弱いものと教えられてきたルル-シュにとって、二人はその認識を覆すに相応しいほどの力を持っていた。
 ふと母を思い出す。
 そう言えば、マリアンヌも騎士侯であり、ナイトメアに乗っていたように思う。

「ルル-シュ様、お体は大丈夫ですか? 私を、本当のお、お姉さんのように思って、頼ってきてくれていいんですからね」

 ルル-シュに何かと世話をやいてくる、この中では一番年上の金髪美人モニカ。
 甘やかしすぎのような気もしないではないが……。
 
「……ルル殿下、体力なさすぎ」

 ぼ-っとしているようで、結構はっきりものを言うア-ニャ。
 ちなみルルーシュのことをルル殿下と呼ぶ。

「ふおお! 水が俺を呼んでるぜ! ヒャッホイ!」
 
 馬鹿なジノ。

 他のラウンズ候補生の騎士達は、ルル-シュに対して媚を売ったり、何かしら嫌な感じを受けるが、この三人だけは、そういった利害抜きに自分を扱ってくれている気がした。
 ルル-シュはこの三ヶ月で彼らに仲間意識というものを、ブリタニアの中で初めて感じたのだった。

「ルル殿下。筋肉ついてきた?」

「え?」
 
 いきなりアーニャがルル-シュの体をぺたぺたと触り始めたではないか。
 
「なっ、アーニャ! なんてうらやま、いいえ、なんて無礼なことをっ」

「触りたければモニカも触ればいい……」

「えぇっ! そんなっ、では遠慮なくっ!」

「ちょっ、ちょっと!」

「おいおい! 何楽しそうなことしてるんだ? 俺も混ぜろ! 抱きつかせろ!」

「「ジノはあっち行ってて」」

「ひでぇな! おい!」

 アーニャとモニカ、ジノに揉みくちゃにされ、潰されるルル-シュ。
 それを見た何人かのラウンズ候補生達にも笑顔が広がる。
 ここの生活は厳しいが、何も辛いことばかりではなかった。
 
 唯一の心配はここは最前線から少し離れただけの、前線基地だということ。

 テロや戦争に巻き込まれる心配もある。
 
 ルルーシュ達もその時は、一兵士として、この基地を守る任務につかねばならないかもしれない。戦争をするかもしれない、そんな漠然とした高揚感と恐怖心があった。
 
「しかし、まさか名誉ブリタニア人とナイトメア訓練するとは思わなかったよな」

「……そうかしら? ビスマルク卿は差別主義者じゃないから、別に誰がナイトメアに乗っても気にしないんじゃない」

 ジノのぼやきにモニカが反応した。

 話は一緒に訓練を受けている、名誉ブリタニア人についてへとシフトする。
 普通名誉ブリタニア人は、パイロットになれない。
 ナイトメアに乗れるのは、高貴なるブリタニア人のみ、というのが軍の基本らしい。名誉ブリタニア人は捨駒か盾として、歩兵に使われることが多いのだ。

「……それにしても、名誉って俺、まともに話したことないな。あいつら妙に暗いし、俺達避けてるしさぁ」

「それは仕方ないわよ。あなたと違って彼らは身分を気にするのよ。彼らが私達に何か不敬を働けば、それだけであの人達は処刑されてしまうかもしれないのよ」

「俺ってそういうのよく分かんないだよね。別に何人だって実力さえあれば成り上がれるのがブリタニアって国だろう?」

「それは……」

 モニカが言いよどんだ時、ルルーシュはやはりブリタニアに対する疑念が頭に浮かんだ。

「腐ってる……」

「はい?」

「殿下?」

「……?」

 ルルーシュの一言に三人の目が向けられる。

 疲れ果てたルルーシュの口から、止めどなく心情が吐露されようとしている。
 その流出を防ぐ為の努力をする気力もない。
 
「ブリタニアは腐ってきているのかもしれない。いや、もう腐っているんだ。
罪の意識すら感じない差別主義者が、国の特権階級で利権を貪り……。
超大国という名のもとの他国への侵略、占領行為……。
己の気に入らぬことがあればすぐに力に訴える……。
実力主義……大いに結構だ。僕は戦いを否定しない。
だが、強い者が弱い者を一方的に支配することは断じて許さない。
世の中力だけなんてこと、僕は絶対に認めない。

―――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけなはずだ。

―――己こそ正義。

―――己こそ絶対。

―――己こそ世界。

そんな国いずれ滅びる。
僕が理想とするのは、もっと優しい世界。
妹が、ナナリーが望んだ美しい世界を。
だから……」 

「ルル―シュ殿下……」

 三人の目が全てこちらに注視していることに気づくルルーシュ。
 先程の発言は取られ方によっては、反体制主義者の言に聞こえるだろう。
 慌てて先程の発言を取り消そうとするルルーシュ。

「いやっ、ははは。冗談さ。……結局…………世界は何をやっても変わらないから」

「……ルル殿下、泣いてる?」

「泣いてない! 泣いてないよ!」

「「…………」」

 しかし、ア-ニャを除いて、二人の様子がおかしい。
 
「ルルーシュ様! 私ラウンズ目指してましたけど、―――今、やめます!
 私をルルーシュ様の騎士にしてください!」

「あっ、モニカさん! ズルいって! 
 ルルーシュ様の騎士には俺がなるつもりなのに!」

「男なんてむさ苦しいだけです! 是非私を騎士に!」

「ここは男の友情を取るべきでしょう! なっ、俺達友達ですよね? ル ルー シュっ」

「よ、呼び捨てにするなんて、なんと不敬なっ!」

 そしてジノとモニカの言い合いが始まってしまった。
 ここに連れてこられた時、ビスマルクを恨んだ。殺してやりたいとも思った。
 ナナリーのことは相変わらず心配で、夜一人で涙を流すこともある。
 訓練は厳しく、死にたくなるほど辛い。

 だが、―――仲間ができた……。

 一緒に戦ってくれるかまだわからない、自分だけの仲間が。

 彼らはルルーシュが憎んでいた帝国貴族であり、皇帝である父の騎士であるラウンズ候補である。本来なら殺してやりたいくらいの恨みを持ってもいい相手だ。
 
 だけど、―――そんなこと思いたくない自分がいる。
 
 憎みたくない自分がいるんだ。

 ―――母上、あなたの仇は必ずとります。

 ―――ナナリーは絶対にこの手に取り返します。

 ―――ブリタニア皇族に復讐します。

 ―――あなたの屈辱を数倍にして晴らしてみせます。

 この気持ちは一生変わりません。
 
 ですが

 ―――彼らを信頼してもよろしいでしょうか、母上?

 ―――僕は、ブリタニアを―――どうしたいのか?

 壊すのか?
 守るのか?
 変えるのか?

 頭の中がぐるぐる回る。 
 
「ブリタニア人も色々なんだな……」

「…………?」

 ルルーシュのそっとした呟きに気づいたのは、携帯でブログを書いていたア-ニャだけだった。成長期を迎えた皇子の瞳の端には、うっすらと光ものがうつっている。
 
 ルルーシュは頭から水筒の水を浴びる。
 伸びっぱなしの黒髪が頬に張り付く。

 大量の水がルルーシュの顎を伝い落ちていた。
 


 
 第二話へ続く。
 




[15424] コードギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第二話
Name: テレポ◆27de978f ID:2aecf93a
Date: 2010/02/11 21:38
 いつもご感想ありがとうございます。
 誤字脱字の指摘ありがとうございます。
 あくまで試作品ですので、細かい部分は後々修正しようかと思ってます。
 
 このSSはあくまで趣味で書いていますので、深い考察はしていません。
 ただアニメを見て、WIKIを一通りさらっと読んだだけの拙い知識で書いてます。世界観や人物設定などが原作と違っていることもあるでしょう。半ばオリジナルスト-リ-ですし。こんな作者の作品でも読んでやるという、心の広大な方だけお読みください。







 砂漠のマラソン終了後、午後三時半―――。
 煮え立つ太陽が、赤茶色した大地を熱く照らし出していた。
 いつもは砂嵐の音しか聞こえないような何もない砂漠が、午後は一変、銃声と打撃音が木霊する戦場となっていた。

『ルルーシュ殿下、前方から……敵機複数、ジノです!』

「わかっている。あいつは真正面から突っ込むのが大好きだからな。全機、散開。できるだけ引きつけろ」

 日本侵略にも使われた量産型第四世代KMF『グラスゴー』全二十四機(訓練機)が砂塵を巻き上げ忙しげに駆け回っている。ビスマルクの指示で訓練生は紅白に分かれて、模擬戦の真っ最中だ。
 ちなみに、訓練生は四十八人いるのだが、訓練機が余っていなかった。
 名誉ブリタニア人の中でも、特にKMF適正値の高かった者を選抜してチームに入れているのだ。ナンバ-ズにKMFを操縦させるなんてと、非難する声があるが、あくまで試験的なものであり、ビスマルクは問題なしと判断していた。
 
 ルルーシュの駆る機体のすぐ横を、弾丸が飛翔していく。
 もちろんアサルトライフルの弾は、ペイント弾。スラッシュハーケンの先は丸くして刺さらないし、スタントンファの威力も下がっている。できるだけ訓練中に兵士が傷つかないようコクピットもより安全に厚くできている。
 しかしそのため、モジュール式脱出機能はついておらずいざとなったら自力で脱出せねばならないリスクも多分に含まれていた。
 それにグラスゴーの劣化版の訓練機とは言え、ランドスピナーの高速移動で行われる戦闘は、はっきり言ってかなりの恐怖をともなう。スタントンファなどで思いっきり殴られたら、恐らく打撲程度ではすまないだろう。
 よって、この模擬戦にはルルーシュもかなりの覚悟を持って望んでいた。
 ルルーシュの前方には、KMFエンジンであるユグドラシルドライブを高速回転させ、全速力で目の前に迫るジノの駆るKMFの姿があった。
 その後ろにはア-ニャがジノの援護をするように、アサルトライフルを撃ち続けている。
 
 敵チームはジノを中心に、突撃攻撃を仕掛けてくるらしい。
 
「全機ブレーキをかけながら、ランドスピナーを高速回転させろ。モニカ、君が斬り込み隊長だ。準備を頼む」

『イエス・ユア・ハイネス』
 
 モニカがスタントンファを前方に展開させ、グラスゴーを少し前進させる。
 ルルーシュは近接戦闘が得意なモニカに、ジノの相手をしてもらうつもりだった。
 
 他の全機はルルーシュの指示に従い、その場で動かず、ただランドスピナーを回転させ続ける。するとホイ-ルから巻き上げられた砂塵が巻き上がり、ルルーシュ達の機体を隠してしまう。これで砂でできた目眩ましの出来上がりだ。
 まだナイトメアを扱い慣れていない名誉ブリタニア人もチームにはいるので、彼らをどうサポ-トするのかが、この模擬戦の鍵を握るだろう。
 今正に全高4.24メートル、重量7.35トンの巨大な鉄の塊が、だだっ広い砂漠でぶつかり合おうとしていた。

『よっしゃあ! 突っ込めっ』

「……今だ! 撃てっ」

 偶然にもジノの号令とルルーシュの号令が重なりあった。
 視界一面を埋め尽くす弾丸の雨嵐。
 敵のパイロット達の、戸惑と驚愕の声が聞こえてくる。

「ヘレン、右前方に移動。弾幕を張れ」

『り、了解っ』

「ケビン、前へ出すぎるな。まずは後退して敵を包囲しろ」

『ィ、イエス・ユア・ハイネスっ』

 敵にも総大将ジノに代わる優秀なブレイン役の生徒がいたが、完全にルルーシュの敵ではなかった。幾度にも渡る危機をルルーシュが的確な指示を出して、味方チ―ムを優勢へと導いていく。
 こと戦場において、ルルーシュが発揮するカリスマは、訓練生の中でも有名となり、ルルーシュが指揮をとれば世界すらとれる、とからかう輩まで出始めていた。
  
 ジノチ―ムの優勢だった陣形は徐々に縦に伸びていき、次第に包囲される形となっていく。
 そもそも大量の砂の煙幕から突如飛び出してくるペイント弾や、スラッシュハーケンに対応できる生徒などまずいない。次々と敵機体の反応が消えていった。
 
 しかし、―――ジノだけは別だった。
 
 戦略が戦術に負けるなど、ルルーシュにとってはあってはならないことだが。

「何をやっているっ! 敵は同じグラスゴー一機だぞ」
 
 完全に押し包んでも今だ沈められないジノに、ルルーシュのストレスは溜まっていく。全体の指揮をとりながら、自分もジノへ挑みかかる。

『へぇ。ルルーシュ様、ナイトメア操縦は中々上手じゃないですか』

「ふんっ、その余裕がどこまでもつかな」

 しかし、敵の何の恐れもないような突撃は、凄まじい威力だった。
 一瞬でこちらと距離を縮め、仲間の機体を次々と砂の海に沈めていくジノに、ルルーシュは愕然としてしまう。

『皆、さがって。私が出るから』
 
 しかし、それをモニカが止めに入る。

『おっ、モニカさんか……。相手に不足なしっ』
 
 モニカとジノの機体が交差し、互いの武器が火花を撒き散らした。
 
 ジノが前に出ようとすれば、モニカがアサルトライフルで牽制しつつ、隙を見てトンファを振り下ろす。お互いのスラッシュハーケンが空中でぶつかり合い、明後日の方向へ飛んでいく。
 ジノも負けてはいない。
 壮絶なラッシュで、モニカに反撃の隙を与えず、絶えず攻撃をしかけていった。

 砂塵で前が何も見えないこの状況で、ここまで白熱した戦いができるこの二人はやはり異常としか言いようがなかった。装備が限られてのこの戦闘で、二人の戦いは訓練生のレベルを超えていたのだ。
 しかし、接近戦オンリーではジノの方が上なのか、次第にモニカが押され始める。
 ジノのスラッシュハーケンが、モニカのKMFのホイ-ルを砕いたのだ。
 これでモニカは機動力を大きく削がれた状態となる。
 モニカが必死に距離をとろうと、潰れたホイ-ルを回転させるが、ただただ機体の熱蓄積量が高まるのみであった。

『これでっ、トドメだ!』

 ジノの武器がモニカの機体を横殴りにしようとする。
 しかし、そうはルルーシュがさせない。

「いや、お前の負けだ、ジノ! ―――チェックメイト」

 なんといつの間にか、ルルーシュのチームの機体がジノの背後に回っておリ、アサルトライフルを突きつけ、包囲していたのだった。
 
 ジノの奮戦は確かに凄いものだったが、彼は総大将には向いてなかった。
 もの凄い砂塵と弾幕を前に、チームが付いてこれなかったのだ。
 序盤であっさりブレイン役の生徒が、戦闘不能になり、これでなし崩しである。

 ルルーシュの作戦は最初から、ジノと後続を切り離すことにあったのだ。
 後続のア-ニャ達さえ片付ければ、あとは厄介なジノを皆でボコボコにすればいいだけである。
 ア-ニャは遠距離の射撃には要注意だが、近接戦ではあまり成績を振るわない。
 そのデ-タがあったからこそのこの作戦だった。

『く、くそっ! セコいですよ、ルルーシュ様っ』

「この場合クレバー(セコい)ではなく、スマ-ト(賢い)と言ってくれ。フハハハハハ!」

 ルルーシュ絶好調である。
 ナイトメアに乗って、完全勝利なこの状況。

 幼い頃から母に指南を受けてきたナイトメアの腕は、そこそこ良いところまでいっているのだ。
 
 ―――なんだ、簡単じゃないか! 戦闘に勝つなんてっ!
 
 ドSの本性を表し、馬鹿にしたような嘲笑を大きく響かせる。
 
「行動が読み易すぎるぞ、ジノっ! これがチェスなら勝負にすらなっていないなぁ! フハハハハハ!!」 
 
 しかし、その時である。

 大量の弾幕によってほぼ全滅したと思っていた敵軍のうち、ア-ニャはまだ生き残り、チャンスを窺っていたのだ。空中に多く撒き散らされた砂は、ナイトメアのレ-ダーも狂わせており、ルルーシュは敵勢力の微かな生存反応に気付かなかったのだ。
 ア-ニャはグラスゴーを砂漠に寝かせ、アサルトライフルの照準をあわせていた。これで目視でも気づかれにくい。
 
 そして

『……ルル殿下、覚悟』

「えっ!? そ、そんなっ、イレギュラーだとっ!」

 放たれた弾丸は、ルルーシュのグラスゴーの頭部カメラに見事に命中した。 
 ルルーシュの視界がいきなり、真っ赤なペイント色に塗りつぶされる。
 これでは何も見えないではないか。

『おっ、チャーンスっ! 敵将討ち取ったりー!』

「ま、待てっ。うわああああ!」

 そしてジノの放ったスラッシュハーケンが、呆気無くルルーシュのコクピットにブチ当たった。グラスゴーが砂漠に向かって、仰向けにひっくり返る。ひどい振動と衝撃が身体を襲った。そしてアラームが鳴り響き、ルルーシュの機体がロスト(戦死)したことを告げる。

『ルルーシュ殿下っ!』

 モニカが助けに入ろうとするが、完全に後の祭りだった。
 ルルーシュの機体は壊れていないが、これでもう戦闘不能扱いとなったのだ。
 
「ば、馬鹿なっ。さっきまで楽勝だったのに……」

 ルルーシュはただ呆然と呟くしかできなかった。

 結局この試合はルルーシュチームの勝利に終わったが、最後の最後で詰めを誤ったルルーシュはこれで補修決定である。
 しかもやられ方がひどかったので、ビスマルクの怒りはかなりのものだった。

 
 …………………。


「戦場での油断は即、死に繋がります。よろしいですか、殿下。そもそもあなたは御自分の力量を過信しすぎるきらいがかなりございます。戦場はあなたの頭の中だけで行われるものではありません。あらゆるイレギュラーを予想してこそ、本物の知将。そもそも総大将であるあなたが敵前に堂々と姿をあらわすとは何事ですか。確かにあなたのナイトメア操縦技術は少しですが光るものがあります。しかし、ジノ達に比べればまだまだ弱い。御自分の長所や短所を見つめ直し、心身共に成長するしか道はございません。聞いておられますか、ルルーシュ様……」

 この調子で説教が徹夜に及んだ。
 無表情なビスマルクがクドクド語るものだから、なおさら眠くてしかたない。
 しかし、寝たら殴られるので、それもできない。
 
 翌朝にはまた砂漠の早朝ランニングが待っているのに、この日は一睡もできなかった。

 しかし、これでルルーシュの調子に乗るところや、突然の事態に弱いところが、段々改善されていくのだから、文句を言っては罰が当たるだろう。
 ちなみにだが、ルルーシュのイレギュラーな事態に対する弱さは、成長してからも中々治らなかった。その弱点を克服するために、ルルーシュは自分だけの軍師、相談役を見つけることに苦心することとなる。
 
 まあ、それもまた別の話だ……。
 
 ルルーシュは良い指導のもと、良い仲間を手に入れ、順調に成長していっている。
 しかし、それは多くのブリタニア兵や、ビスマルクの庇護下であればこそだ。

 ブリタニアの皇籍に復帰してから約半年。
 そろそろルルーシュにも、己の手を血で染める日が近づいてきていた。
 
 為政者であれば、誰しもがその器を試される場所。

 ―――すなわちルルーシュの初陣である。







『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第二話』


 



 

 皇帝シャルル・ジ・ブリタニアはめったに政務の場に出なくなった、と宮殿内で囁かれているのを、シュナイゼルは幾度となく耳にしている。
 マリアンヌ皇妃がまだ生存中の皇帝は、精力的とは言うまいが、それでもよく家臣の前に姿をあらわし、強権的に政務を取り仕切っていた。シュナイゼル自身、そんな父を見て育ったので、今の皇帝はどこかおかしいと、段々疑いの目で見るようになってしまっていた。

 ―――すなわち、父はもう皇帝という地位に疲れてしまったのではないか、と。

『あの方に睨まれると、生きた心地がせん』

 シュナイゼルの家臣からもそんな言葉を何ども聞いた。
 最近の皇帝は、ますます政務を放り出し、神官と共に、宮殿のどこかに篭るようになった。
 世界を征服するかのような、他国への積極的侵略行為を推し進め、皇族、貴族、武官へ強く働きかけている。少しでもミスや、失敗があった家臣は放逐される。
 皇帝の権威はもはや恐怖になり、今や誰も反論出来る者がいなくなっていたのだ。
 これからは唯々諾々と従っていればそれで満足するような無能な家臣が増え、本当にブリタニアを思っている有能な貴族官僚は次第にその力を失っていくだろう。

(ふん―――?)

 やがて奇怪な思いに囚われて、シュナイゼルは唇をそっと歪めた。

 ―――ブリタニア宰相である身でありながら、まるでブリタニアへの愛国心が湧いてこない。

 家臣は長年の苦労と、幼い頃の苛烈な皇位争いで、皇帝の心は壊れてしまったのではないかと言う。しかし、壊れているのは父と自分、どちらだろう?
 全てにおいて執着や、野心というものが湧いてこない自分は何なんだろうか。
 自分に力があるのは知っている。それだけの才があり、努力をしてきたのだから。
 だが、その力を使って最終的に何がしたいのか、シュナイゼルにはそのビジョンがなかった。
 こうしたら世界はもっと良くなるのに、という構想はあるのだが、なぜ世界を良くせねばならないのか、その動機がシュナイゼルにはまるでなかった。

(人間は利害で動く生き物だ……。ならばいっそ恐怖で―――……)

 そして、今シュナイゼルが向かう先に、ブリタニア皇帝シャルルがいる。
 帝都ペンドラゴン中心部、ブリタニア大聖廟。
 毎年新年の挨拶や、祭事、式典などを行う場所。
 
 基本的に皇帝と上級神官しか入れない、宗教的権威ある部屋だ。

 見張りに立っていた兵士が、シュナイゼルの姿を認めて敬礼した。
 彼の案内で、棟の中へと向かう。
 大勢の貴族皇族とすれ違った。
 兄であるオデュッセウスや、弟妹であるコ―ネリア、クロヴィス、カリ-ヌなども、出席していた。皆一様に緊張した面持ちを浮かべている。
 ちなみに身分の高低で、座る席が違うのだ。身分が高ければ高いほど、皇帝の近くに座ることができる。
 
 シュナイゼルは挨拶の言葉を述べたが、シャルル皇帝は「うむ」と頷いたきりで、何を考えているのかわからない表情で、目を閉じ考えこんでいた。
 そして十分以上経った頃、皇帝が人の列を見下ろすように、席から立ち上がった。
 シュナイゼル達は揃って、皆頭を下げた。
 
「来年、EUへの侵攻を始めようかと思っておる」

「……!?」

 出席者一同に衝撃が走った。
 EUはドイツ州、フランス州など、ヨ―ロッパ列強の国々が対ブリタニア戦線を組み、その防備は完全と噂されている国家連合である。今だエリア11を得たばかり、それにまだ中東を制圧できていないこの状況で、また戦線を拡大すると言うのか。
 誰の目から見ても、ここは内政を固める時期であることがはっきりとしているというのに。
 シュナイゼルの頭にも、さすがにまだ時期ではないとの結論が浮かぶ。

「そこでだ。わしの子供であるお前達の誰かに、この作戦を受け持ってもらいたいと思うのだが……誰か、希望者はおらんか?」

「…………」

「どうした? 存分に手柄を立ててみせよ」

「…………」

 誰もが皇帝の前で良い格好をしたい。
 しかし、失敗は即失脚につながる。
 EUや中華連邦などの列強には出来る限り、自分が攻め入りたくない。
 他の奴が先陣で失敗し、敵が疲弊したところを、自分が手柄を独り占めにしたい、と。
 全員のそういう意図が見え隠れしていた。
 
「この中にっ、己こそが将であるというっ、気骨を持った者はおらんのかっ!」

 皇帝の叱責が飛ぶ。
 シャルルの威圧は物凄く、一番近くで座っていたオデュッセウスなど、腰を抜かしてしまいそうにも見えた。
 皆の顔に(おい、誰か名乗りを上げろよ)という無言のプレッシャーが広がっていく。
  
 その時だった。

「お父様、……私が参ります」

 なんと一番先に手を上げたのは、コ―ネリアだったのだ。
 他の皇族達のなんと情けないことか。
 女であるコーネリアが手を上げて、ほっとしている者がほとんどなのだ。
 
「……コーネリア、お前が、か?」

「は、はい……」

 思わずシュナイゼルは笑ってしまいそうになった。
 気丈なふうに見えて、あの妹はまだまだ精神的に出来上がっていない。
 皇帝からのプレッシャーで、可哀想に震えているじゃないか。
 コ―ネリアにEU攻めは、まだちょっと任せられない。

 シュナイゼルは、薄い笑みを顔に張り付けたまま、爽やかに皇帝の前に歩んでいった。

 そして

「皇帝陛下……。EUへは私が参りましょう」

「シュナイゼルお兄様!」

 背後のコーネリアから怒声が飛ぶ。 
 
「コーネリア、お前はまだ経験不足だ。ダ-ルトンによく習い、立派に成長してから援軍に駆けつけてくれ」

「し、しかし……」

「なに、大丈夫さ。私は負ける戦はしないよ」

「……お兄様」 

 皇帝の瞳がシュナイゼルをとらえる。
 さすが、睨まれれば動けなくなると言われるほどの眼光だ。
 しかし、シュナイゼルの笑顔は変わらない。
 全てにおいて無関心、無感動な故の、強大な器の大きさがそこにはあった。

「……よかろう。 シュナイゼルよ、貴様にEU攻めの先陣を任せるっ」

「イエス・ユア・マジェスティ」

 およそ何年ぶりかとなる親子の会話がこれだけだった。
 父が自分に少しも信頼をおいていないことなど最初から分かっている。
 逆に敵意すら持たれているのではないだろうか、とも思っている。

 しかし、今はやるべきことやるだけだった。

 そして事態は異様な方向へ発展していく。
 事の発端は、カリ-ヌとそれに付随する皇族達だった。

「ねえ、お父様。シュナイゼルお兄様の補佐を務める武官を決めないといけないわよね?
 私、ナイト・オブ・ワン―――ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿とか……。 
よろしいんじゃないか、と思っておりますの。あのEUを攻めるんですもの。彼の力は是非とも欲しいですわ」
 
「……ビスマルクを、な。しかし、あやつには、アラビア半島南部を任せておる」

「そうでしたわね。でも、あそこには……確か、ルルーシュお兄様がいらっしゃったはず。もう御歳14歳、来年15歳になられるんだもの。そろそろ初陣を経験しても良い頃ではありませんか?」

 周囲が俄に騒然となる。
 それに一番真っ先に反対したのは、コーネリアだった。

「馬鹿なっ! ルルーシュにはまだ無理だ! 何を考えている、カリ-ヌっ」

「別に何も。ただ私は、この場で一番合理的な策を、陛下であるお父様に献上したまでのことですわ、お姉様」

「どこが合理的なものかっ。お前はルルーシュを失脚させたいだけではないか!」

「まあ、嫌ですわ。この案には私だけでなく、他の方々からも支持をいただいているのに……。ふふふ」

 そしてコーネリアが驚愕の声を上げる間もなく。

「私もカリ-ヌに賛成だ」

「俺も」

「僕もだ」

「私もよ」

 他の皇族達が賛成の声を、聖廟に大きく響かせはじめたではないか。
 まるで示し合わせたようなタイミング。
 コーネリアの瞳に烈火のごとき、怒りが燃える。

「貴様らっ、自分の兄弟を何だと思っている!」

「皇帝陛下、これは皆の総意です。せっかくエリア11から生還したルルーシュお兄様に手柄を譲ってあげたい、と皆そう申しておりますわ」

 カリ-ヌが勝ち誇ったような顔を、コーネリアに見せた。
 まるでルルーシュ攻撃派と、擁護派に別れたような、そんな混乱を見せる聖廟。
 シュナイゼルはただそんな光景をただずっと見守っていた。
 薄汚い皇族の足の引っ張り合いにも、ルルーシュの命運にも興味はなかった。
 ただ父である皇帝陛下シャルルが、ルルーシュをどのように扱うのか、それを窺っていた。

「陛下っ」

「お父様っ」

「皇帝陛下っ」

 皆の視線がシャルルに集まる。
 皇帝の発言を今か、今かと、待ち望む。

 そして―――。

「…………よかろう」

 皇帝がルルーシュの初陣を認めたのだった。 
 それもビスマルク抜きでの、アラビア半島攻略戦となる難題を、ルルーシュに……! これはとんでもないことだった。
 本来皇族の初陣はもう少し成長してから、何度も検討されて、やっと出撃となる。それをこの会議の決議だけで採択するのは、歴史上初めてのことだった。
 カリ-ヌを含め、ルルーシュ失脚、もしくは戦死を狙う者達の思い通りに、議会は踊っている状況となる。
 
「父上っ!」

「これは決定事項である。奴をビスマルクに預けてもう半年……、これで勝てねば所詮その程度の器だっただけのこと」

「しかしっ、これでルルーシュにもしものことがあってはっ!」

「しつこいぞ、コーネリアっ! 我がブリタニアに弱者はいらん!」

「……ち、父上」

 追いすがるコーネリアに、シャルルは無慈悲にも背を向け、大勢の神官と共にその場を去っていく。

「ビスマルクの代わりの補佐役だが、それはお前達で決めるが良い。今は忙しい……。これ以上、わしの手を煩わせるなよ」
 
「い、イエス・ユア・マジェスティ」

 全ての決定権を持つ皇帝にそう言われては仕方ない。
 皆が頭を下げ、皇帝の退出を見送る。

(あれ? 僕が思ったよりも、父上はあまりルルーシュにご関心がないようだな)

 シュナイゼルの頭の中に、幼い頃のルルーシュの姿がよぎる。
 いつも自分にチェスで負けて、何度も再戦を挑んできた負けず嫌いな弟だった。
 
 ―――だが、他の兄弟達とは違い、頭の良い子だった。

 ―――将来は私を凌ぐかとも思うほどの、覚えの良さを見せていた。

 ―――さて、ルルーシュはこの危機にどう対応するかな?

 シュナイゼルの頭にはどうでもいいEU攻めよりも、中東の方がはるかに興味深くうつっていた。













[15424] コードギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第三話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/11 21:38
 友人がその他板で書けばって言ったけど、まだチラシの裏でやります。
 これから毎週、木曜か日曜の深夜に更新していこうかなって思ってます。 
 

 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
 深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
 キャラ設定や世界観、 その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
 別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。





 ルルーシュの初陣が決定してから、ほぼ半日過ぎた午後10時。
 秘密裏に集まった皇族達数十人が、宮殿の中のネ家に与えられた敷地で、盛大に騒いでいた。浮かれているわけは、言わずともわかるだろう。
 まだ年端もいかないルルーシュを戦地へと送り出し、失脚、いや戦死させようという策が見事に成功したからだ。
 
「いやぁ、ここまで上手くいくとは思わなかったよ」

「しかも、だ。ルルーシュを補佐する武官を我々で決めることができる」

「皆様そう仰ると思いまして、ここに無能な武官をリストアップしておきましたよ」

「ハッハッハ。貴公、気が利くな」

「これでルルーシュも……終わりですなぁ」

 ルルーシュが死ぬことによって、利益を得る人物はたくさんいる。
 皇位継承順が低い者。
 平民の血が流れることを嫌がるもの。
 彼の母であるマリアンヌに嫉妬を持っていた者。
 ルルーシュよりも能力的に劣っている者等だ。
 まさに、ブリタニア宮殿に巣くう、魑魅魍魎と言ってもいい存在である。
 
 そしてその集まりの中心には、常にカリ-ヌが存在していた。

「……皆様、まだ甘くてよ」
 
 自分より弱い兄弟を蹴落とし、踏みにじることに、はっきりとした喜びを感じる人格破綻者。ナナリーが死んだと聞いた時も、笑いが止まらなかったほど。

 ―――自分はまた生き残った!

 ―――また人を地獄へと突き落とした!

 ―――わたくしには、それだけの、力があるのよ!

 ブリタニアの皇家に生まれ、母方の家柄はシュナイゼルにだって負けはしない。
 誰もが自分に跪き、顔色を窺う。
 
 ―――そう! だって、わたくしは、この世の誰よりも高貴なんですもの! 

 下賎な平民の血が流れた皇族など、名前を聞くだけでも怖気が走る。
 皇族である、というのは、カリ-ヌのプライドの根っこにあるものだ。
 あんなルルーシュなどと一緒にされてはたまらない。

「甘い、とは? 君はもっといい案を持っているのかい?」

「もちろんよ」

「それは楽しみだ。皆、拝聴しようではないか」

 反ルルーシュというより、反ヴィ家の集まりの中。

 皆が彼女を見上げる中、カリーヌは残酷な笑みを浮かべ……。

「―――その武官に、ルルーシュを暗殺させるのよ」

 会上にどよめきが起こる。
 皇族殺しを……、カリ-ヌは、よりにもよってブリタニア宮殿で宣言したのである。
 皆の頭に、マリアンヌ妃殺害の光景が思い出される。

「そっ、それは……いくらなんでもマズいよ、カリ-ヌ」

「皇族殺害となると、皇帝陛下だって黙ってはおられないだろうし。もし、そんなことをした犯人が僕達だってバレたら、もう皇族ですらいられなくなるかもしれないだろ」

「そ、そうだ。あくまで、ルルーシュには『戦死』、敵に殺されたということにせねば……」

 あまりのリスクの高さに、カリ-ヌ以外の皇族達に怖気が蔓延していく。
 カリ-ヌは他の皇族達の、情けない様子を見て、吐き気がするような感覚を味わった。
 
 ―――この腑抜け共が、自分の兄弟親戚縁者かと思うと、本当に虫酸が走る。

 しかし

「その話……私は乗るわ」

 周囲がざわめく。
 列が乱れ、一人の年長の女が集団から現れたではないか。

 ―――第一皇女ギネヴィア・ド・ブリタニア。 
 皇女の中で一番年上であり、権力者。
 カリーヌが皇族の中で、シュナイゼルと同じく、要注意人物に挙げる人物だった。
 スタイルが良く、切れ長で妖艶な瞳を持ち、どんな男でも虜にできそうな魅力の持ち主。しかし、それは傾国の美。
 美しさに騙されてはいけない。
 この皇女もまた他人を見下し、破滅に追いやることを生きがいにしている、本物の魔女なのだから。

 カリ-ヌはぎょっとする。
 自分より果たして権力者である者は、この集会には呼んでいないのだ。
 
 しかし、プライドの塊であるカリ-ヌは、断じて驚愕の表情など浮かべない。
 必死で心臓の強い鼓動を止めようと努力し、ギネヴィアに笑顔を見せる。

「あら、ギネヴィアお姉様。御機嫌よう。でも、おかしいわね。お姉様をここに招待した覚えはありませんが……」

「ふふふ。小憎たらしいあんたの都合なんてどうでもいいのよ。私が聞きたいのは一つだけ。ルルーシュ暗殺……するの? しないの?」

「も、もちろん! するに決まっていますわ!っ」

 ギネヴィアの嘲笑がカリーヌのプライドを痛く傷つけていく。

 この女はいつもそうだった。いつもカリ-ヌを見下ろし、馬鹿にしている。

 ただ自分よりも数年早く生まれたというだけで、調子に乗って!
 
 ―――いつか殺してやるわ、この淫売。

「ふぅん、そう……。じゃあその暗殺者に、カラレスって男を使ってみない?」

「カラレス……? 誰ですの」

「私の叔父の知り合い。一地方の官吏よ。大して役に立たない馬鹿だけど、成り上がりたいって功名心は人一倍らしいわ」

 「どう、こいつ使えない?」とギネヴィアの瞳が怪しく光る。
 あまり優秀でも困る。欲しいのは捨駒だ。そしてルルーシュ暗殺を成せるだけの実力は欲しい。
 確かにカラレスという男は、データを見る限り、これ以上ないくらい適任であると思えた。

 しかし

「どういうつもり、ギネヴィアお姉様? どうして私に協力するの? お姉様は私のこと、お嫌いでしょうに。まあ、それは私も同じですけど」

「ああ、嫌いさ。大嫌いだね。でもね、あんただけじゃないんだよ。私は自分の兄弟全員殺してやりたいくらい嫌いなのさ」

 二人のやりとりを固唾を飲んで見守っていた皇族達が、「ひぃ」と一様に怯えた声を上げた。それくらいギネヴィアの迫力が恐ろしかったのだ。

「本当は私にはルルーシュなんてどうでもいいんだけど、いなくなってくれた方がありがたいって奴が、私の陣営にも少なからずいるわけ。これで満足?」

「ふ、ふふふ。そう……。ルルーシュも可哀想にね。自分の家族にこれだけ憎まれて……。疎まれて……。生まれながらの憎まれ者ってわけね。……いいじゃない。そういうの私、大好き」
 
 ―――なんて虐めがいのある獲物かしらぁ。

 カリーヌの顔が醜く歪み、その身体が震えだす。
 喜んでいるのだ。
 この世から見捨てられたかのようなルルーシュを、これ以上ないくらいに惨めに殺せることを。

「ふんっ、家族なんてどこにいるのさ? 私は私以外の何者も信じてないわ」

「そうね。それだけは同感だわ、ギネヴィアお姉様」

「……フフフ」

「……キャハハハ!」

 ブリタニア皇族、華やかな外見の影には、とても歪な、どす黒い悪夢が潜んでいる。
 そこに愛などという感情が立ち入る隙間はなく、それゆえに曲がった道理が横行する。
 異母兄であろうと、ひょっとしたら、実の兄弟であろうと、容赦なく噛み殺す。
 そこは獣の世界。

 ―――弱い者は生き残れないのだ。

「ルルーシュと一緒にいるラウンズ候補生達だけど、無駄に殺すのはもったいないわね」

「そこはお姉様にお任せしますわ」

「……名誉ブリタニア人達はいらないわね。消去っと」

 カラレスへと送る極秘の指令書を、作り上げる皇女姉妹。
 そして、ルルーシュのもとへは、味方の皮を被った敵が送り込まれる。
 
 しかし、それは悪いことばかりではなかった。

「ちょっと、ギネヴィアお姉様……」

「なによ?」

「資料読んで気になったのですけど……。
このジェレミア・ゴットバルトって男、結構優秀そうだけど、送っちゃって大丈夫なの? ルルーシュに取り込まれそうだけど……」

 カリーヌの手元にある資料には、厳しい顔をした軍人の顔写真があった。
 ヴィレッタやキューエルといった貴族を中心とした派閥だ。
 なんでも皇族に忠誠を誓う、ここ最近名を上げてきた集団のはずだ。

「ああ、そいつ……。いいのいいの。純血派とかダッサイ派閥作ってるし。天に召されたマリアンヌ様のご遺児は私が救うのだって、熱苦しい馬鹿らしいから」

「そ、そう。……そうね。マリアンヌに忠誠を誓ってるような輩は、いらないわね」

「ルルーシュとまとめて殺してあげるわ」

「では、カラレスに指示を……」

「もうしてあるわ」

「ふふふ。さすがギネヴィアお姉様」

 ジェレミアを甘く見たこと、それがこの二人を後々後悔させることになるとは知らずに……。
 








『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第三話』


 






 夕暮れのサナアの街は買い物の人々で賑わっていた。基地から借りてきたサンドバギ―を郊外に止めて、ルルーシュ達は雑踏をいく。今日は久々の休日だった。
 砂漠での訓練を忘れ、一日中遊んでいられる時間は滅多にない貴重なものだった。だから、少し遠出して、占領統治下西部にある大都市にまで来たというのに……。

「ほら、ルルーシュ殿下。元気をお出しください」

「いつまでいじけてんすか? ビスマルク教官が冷たいのは今日が初めてじゃないでしょ? それより今日はせっかくの休みなんですから、もっと明るくいきましょうよ!」

「……ルル殿下、戦争怖い?」

「…………」

 と、言うふうにモニカ、ジノ、アーニャと声をかけられたが、今だにルルーシュの怒りはおさまらない。

 ―――ブリタニア本国から、父であるシャルル・ジ・ブリタニアが、勅命をもって命令してきたからだ。その勅令が入った手紙も、ただ単なる事務手続きのようなものだった。

『ルルーシュよ。未だに死んだままのお前に、生きるチャンスをやろう。ビスマルク抜きで中東南部を平らげてみせるがよいっ。分かっておろうが、お前に拒否権はない。……細かい指示は皇族会議で決定された。せいぜい励むがよい』
 
 肉親の愛情など欠片もない、ただの雑務としてのビデオレタ―。
 恰幅の良い銀髪の皇帝が現れた瞬間、ホロとしての映像であろうと、ルルーシュは思わず腰のサーベルを抜き放ちそうになったほどである。
 
 別にあの男に、親子の情などほとんど抱いていない。
 
 だが、せめて―――。

 ナナリーのことについて、一言でも触れてくれてさえいれば良かったのだ。

 母、マリアンヌが身罷った時もそうだった。
 母が死んでも、ナナリーが傷を負っても、全く気にしない。
 ある者はそれが強さだと言う。ある者は、それが王だと言う。
 しかし、ルルーシュには認められない。
 憎しみが好悪の念を超えて、固定概念にまで成長した今となっては、シャルルを認めることはルルーシュのアイデンティティーを壊すことと同義となっていた。

 そして、腹が立つことはもう一つあった。

 ―――ビスマルクが何の反論もしなかったことだ。

 ルルーシュとて人間である。
 いくら憎い、恨めしいと、ビスマルクに当たりながらも、半年間も教授を受けてきた相手である。彼の強さや、戦略眼、そして信念に尊敬だって生まれていた。心の中で、甘えがあったのかもしれない。

 ―――母を慕っていたこの男なら、僕や、そして日本にいるナナリーを守ってくれるのではないか?

 しかし、そんな期待は、何の意味もなかった。
 ビスマルクはただ一言「皇帝陛下からの命令ですので」とそう片付けた。
 ルルーシュとてブリタニア皇族へと復帰したのだ。戦争へ赴く日が近く来るだろうとは思って覚悟していた。

 ―――ナナリーが平和で、優しい世界にいてくれるのであれば。僕はどうなろうと構わない。僕はいくらでもこの手を血に染めよう。

 ―――全てはナナリーの為。

 それが、ビスマルクの厳しい指導や、自分のこれからの将来を憂う不安を、和らげる心の支えとなっていた。言わば、ルルーシュの根幹である。しかし、それが辛くないはずないではないか。
 まだルルーシュは十四歳。
 子供は大人の庇護を受けて、たいていは育っていく。
 マリアンヌが死んでから、ビスマルクはルルーシュにできた最初の庇護者であり、師であったのだ。皇帝の命令だから、仕方ないのは理屈で分かっている。でも、一言くらい反論して欲しかったのだ。
 ルルーシュの思考が暗い方向へ進みそうだった、その時―――。

「もうビスマルクなんてどうでもいいよ。……人間何をするにしても、どうせ最後は独りなんだ。これくらいで―――ムブっ」

「ルル殿下……。綿菓子食べる?」

 いきなり甘いふわふわしたものが、口に入れられた。

「アーニャ、口に突っ込む前に聞いてくれる?」

 突然のことに一瞬動揺するが、アーニャ達を見てただただ呆れるルルーシュ。
 モニカはブリタニア占領下であるが、中東の街を物珍しそうにフラフラしている。ジノは輸入品だろう焼き鳥を口一杯にほうばっていた。
 思いっきり遊び呆けている友人達。
 ルルーシュは怒る気力もなく、ただ呆然と口に突っ込まれた甘い砂糖の塊を舐める。
 色とりどりの看板、パンを焼く香り、お菓子屋、ゲーム屋、夕暮れの空を映す綺麗な赤色の水面。訓練ばかりの毎日だった日々にはない、ありふれたそれらがすごく新鮮に感じる。
 アーニャはルルーシュに微笑かけて、

「……大丈夫。ルルは独りじゃない」

「あ、ああ」
 
 その突然の言葉に少し呆気にとられるルルーシュ。
 アーニャは言葉数は少ないが、とても感受性の強い優しい女の子だ。

「ルル殿下、頭いいけど、考えすぎる。たまには私みたいにボーっとすればいい」

「そ、そうだね」

 このように、いつも一言一々が重要で、ルルーシュを助けてくれる。

「……面白い?」

「この街がかい? そうだね。面白い」

「そう、良かった」

「うん……」

 アーニャとのこの会話で、なぜかルルーシュは子供の頃、母が自分をあやしてくれていた時のことを思い出していた。

 ―――全然似てないし、まだ僕より小さい娘なのにな。

「アーニャ、以前僕達会ったことないかな?」

「…………ない、と思う」

 こんな年下の女の子に母性を感じるのは、おかしなことだと思いながらも、たまにアーニャが違って見えるんだから不思議な話である。それにどこかで会ったことがある気がするのだが。
 と、先頭を行くモニカがこちらを振り返り。

「ちょ、ちょっと、ルルーシュ様! なにアーニャといい雰囲気になっているんですか!」

「え? 別に僕らは……」

「まずはアーニャから離れて言ってくださいっ!」

 ルルーシュは否定しかけるも、見ればアーニャがルルーシュにくっつき、携帯のカメラをこちらへ向け……。 

「ルル殿下と今日綿菓子食べた……」

 ツーショット写真を自分のブログ用に撮っているではないか。

「ま、まさか……、ルルーシュ様は自分より幼い少女にときめきを感じるのですか!」

「ま、待てっ。話が見えない。モニカ、一旦落ち着くんだ」

「と、年上ですっ! 年上の女性の方がいいですよね? 絶対っ」

 ブツブツ言いながら、ルルーシュに迫るモニカ。
 そこをアーニャがカメラで撮る。

「ルル殿下とモニカ、今日も仲良し……」

「アーニャ、その写真私の携帯にもデータを送りなさい! 今すぐ!」

「……了解~」

「た、助けてくれー、ジノっ」

 だが、先頭を行くジノの様子がどこかおかしい。

「―――おいっ、それ以上はもうやめろっ。死んじまうぞ!」

「うっせぇ! ブリキのガキは黙ってろ。これは俺達の問題だ!」
 
 誰かと揉め事でも起こしたのか、数人の外国人に絡まれているようだった。
 それも喧嘩に発展している。
 まだ十代の子供とは言え、ジノは強い。
 屈強な砂漠の民相手に、一歩の引いてはいなかった。
 
 しかし……。
 
 対戦相手は現地住民であるアラブ人がほとんどだが、その足元に、なんとルルーシュ達と同じ訓練生である名誉ブリタニア人何人かが倒れ伏しているではないか。
 
 占領統治下の街とは言え、ブリタニアの支配に抵抗する人々は大勢いる。
 経済も治安も良くなっているはずなのに、民族としての誇りが服従を許さないのだ。

「ジノっ! 大丈夫かっ」

「あっ、やっと気づいてくれたんですか……。ルルーシュ様って俺を放って、女の子といちゃいちゃしちゃってさ」

「拗ねてる場合か!」

 ルルーシュ達も混乱の中へと足を踏み入れた。
 モニカとアーニャが護身用の銃を取り出し、「フリーズ」と相手を威嚇する。
 
「っち……、ブリキの応援かよ」

「魂まで売りやがってっ、このブリタニアの犬がっ」
 
 ルルーシュはアラブ人達の言葉を聞いて、これがただの喧嘩ではないことを知った。

「う、うう」

 ジノに守られるようにして倒れている名誉ブリタニア人達。
 
 あまり彼らと喋ったことはなかったが、それでも半年間一緒にやってきた者達だ。
 名前や性格くらい把握している。
 顔には複数箇所殴られた痕があり、身体中あちこち血が滲んでいる。
 しかも、中には女性の姿もあり、モニカやアーニャ達の頭に血がのぼる。

 恐らく彼らは、同胞に裏切り者扱いされて、ここまで痛めつけられたのだ。
 しかし、なぜか護身用の銃に手をつけていない。

 そして逆に将来のラウンズ達に片付けられて行くアラブ人達。
 次第に散り散りになって逃げていってしまう。

「おい、大丈夫か、お前ら?」

「…………う、ル、ルルーシュ殿下っ! こ、これは失礼しました! お見苦しいところをっ……、ぐわっ」

「馬鹿っ、黙って横になってろ!」

 ひどい傷なのにそれでもルルーシュに対し、膝をおり、まるで土下座をするように身を伏せる。その姿になぜかルルーシュ自身も歪な不快感を感じた。

「確かお前はトーマだったか……。なぜ銃を使わなかった?」

「お、俺の名前、覚えててくれたんですかっ」

「半年も一緒だったんだ。当たり前だろう。そんなことより、なぜ抵抗しない? あのまま殺されていてもおかしくなかったぞ」

 ―――なぜ戦おうとしない?

 ルルーシュは今朝の、父であるシャルルの一言が、頭に思い浮かんできていた。

『未だに死んでままのお前に、生きるチャンスをやろう』

 そして、ビスマルクに初めて出会った、あの時のことを。

『皇族としての義務をお果たしください』

『なんの力も持たない、力を得ようと努力もしようとしない。今のあなたに皇族としての価値はありません』

 ―――生きるためには。大切なものを守りたいなら、強くなるしかない。

 ルルーシュはビスマルクからそのことをまず教わった。
 
 では、この名誉ブリタニア人であるト―マ達は、何の為に戦っているというのか。
 こんな所で、同じナンバーズに殴られ、ルルーシュに無様に頭を下げ、血を無駄にながして……。

 そして、彼らの話を聞くにつれ、ルルーシュは初めて名誉ブリタニア人というものがどういうものなのか。何を考えているのかが、少しだけわかったような気がした。

「今はわかってもらえませんでした。……でも、名誉ブリタニア人として、俺が頑張って出世すればここで燻っている同じナンバーズの皆に希望を与えることができます。ブリタニアは実力があれば出生できるって聞きました。だから……」

「…………ブリタニアと戦うという選択肢はなかったのか?」

 ブリタニア皇子であるルルーシュから、反体制的な言葉が出て、驚くト―マ。
 しかし

「正直迷いました。でも、無駄に血を流すよりもマシだと思いましたので」

「それは…………。いやいい」

 ルルーシュはその言葉を否定してやりたかった。
 結局何かを変えようとするなら、確実に血は流れる。
 この男が見ているのは、ただの夢幻。現実を見てはいない。
 事実、ブリタニア上層には貴族が蔓延っており、この男一人がいくら頑張ろうとも、何も変わらないだろう。ここで希望を絶ってやるのも優しさだ。

 しかし。

「ルルーシュ殿下のような我々を差別しない皇族の方もいますし、今は駄目でも将来はきっと―――」

 その希望を語る瞳は輝いていて……。
 
 どこか、日本で別れた大切な友達を思い出して……。

 できなかった。

 ジノ達が複雑そうに、眉をひそめ、地面を冷たく睨むルルーシュを心配そうに見つめる。

 ルルーシュは名誉ブリタニア人のこの言葉を、これからずっと考えていくことになる。

 どうしたら、世界を変えられるのか?

 この後。

 スザクという名誉ブリタニア人が目の前に現れることで、このルルーシュの悩みはさらに拍車がかかることになるのだった。
 
 


 



 

 前線基地で暮らすようになってちょうど九ヶ月が経過したその日―――。
 基地内司令部には、ブリタニアからの使者として、黒スーツ姿の二人が到着していた。
 ビスマルクは部下達を部屋から追いやると、訓練中のルルーシュを呼びつけ、賓客用待合室に来訪者を迎えた。
 恐らくあと五ヶ月後に迫るEU出兵でのビスマルクに対する具体的指示や、このアラビア半島戦線でのルルーシュへの指揮権の移譲など細々とした文言を伝えるのが目的なのだろう。使者二人の態度は儀礼的に畏まってはいるが、どこか事務的な軽薄さがにじみ出ていた。

「私はベルクマン・ソレールと申す者でして、ブリタニア皇族議会の使いです。どこかでお聞き及びではございませんか?」

「ああ……。噂で聞いたことがある。確かカリーヌの子飼いの貴族だったっけ」

 ルルーシュがぶっきらぼうに答える。平民との混血であるルルーシュに、主を呼び捨てにされたことが気に障ったのか、使者の一人が椅子から腰をうかせかけたが、もう一人がそれを制し、話を続ける。
 使者が言うには、現在、議会はシュナイゼルを中心としたEU侵攻作戦に、ビスマルクを武官のトップに置いて、最前線を指揮してもらいたいようだ。相当数の兵と、最新式KMFを数台与えられるそうだ。ルルーシュが気になった情報は、ラウンズ候補生達、ジノやアーニャ、モニカといった連中もその最前線へ送られることが決まったことだった。
 そもそも一年という訓練期間、彼らといつかは別れなければならないことくらい、ルルーシュは理解していた。せっかく友人となった彼らと離れるのは身を切られるように痛いが、ラウンズになるというのがそもそもの彼らの夢だったはず。その道行きを邪魔してはいけない。恐らく頼めば彼らはルルーシュと一緒に戦ってくれるだろう。だが、自分のエゴで他人を巻き込めない。それだけルルーシュも大人になっていたのだ。

「そこで、ルルーシュ殿下にはアラビア半島南部の制圧、余力があればその北部バグダッドまでの進軍、そして統治をお任せしたい。来月、ビスマルク卿にかわり、カラレス公がこのアデン基地に着任なさいます。ルルーシュ殿下におかれましては、カラレス公の助言をよく受けとめ、ブリタニアのますますの発展の為、そのお力をお使いください」

 ルルーシュは少しだけ眉根を寄せた。それはビスマルクも同様だった。
 カラレスと言えば、ブリタニア人至上主義者で、統治下の市民への乱暴な振る舞いで有名になっている貴族だ。そんな男の助言を聞かねばならないのか、とルルーシュの心は暗くなった。

「―――どうして僕の武官にカラレスが……? 彼が戦場で活躍したという噂は聞いていない。彼はどちらかと言えば、文官のようが気がするが」

「はぁ。いやしかし、カラレス卿も中々稀有な才を持った人材でして、きっとルルーシュ殿下のお役に立てると思いますぞ」

「それと、もっとサザーランドをまわせないのか? この戦力では敵軍が総攻撃に出た場合、僕達の基地は包囲される形になるんだが……。補給線の防備に削く戦力すらままならない。航空戦力もだ。君達は戦争をなめているのか?」

「そう申されても、ほとんどの兵力はEUにありまして、ルルーシュ殿下に任せられる兵力はこれが限界となるのですが……」

 使者へ問い掛けながらも、ルルーシュにはなんとなく皇族議会の思惑が見えてきていた。他の多くの皇族達は、このルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを戦死させたいのだ。
 十四歳という年齢での初陣、あまり優秀でない部下、そして送られる兵の少なさ。
 それに兵の質もお粗末なもので、名誉ブリタニア人がほとんど。
 純粋なブリタニア軍人は少く、回されるサザ―ランドやグラスゴーといった機体は全て彼らが使用する。つまりはブリタニアには不要と判断された捨駒の多くを、ルルーシュが引き取ることになったということである。

「衛生エリアに昇格した土地のナイトメアを回すことくらいできるだろう? なぜそうしない」

「……えー、それは、その、それが最善であるからです。あなたにも、我々にとっても、ブリタニアの未来のためにも」

「ははは。それはつまり、僕が死んだ方がブリタニアの未来に良いってことか?」

「邪推をなさいますな。初陣を前にナーバスになるのも分かりますが、あなた様の御兄弟は全てあなたの勝利を願っておられます。どうぞお励みくださいませ」

 よくも白々しい。
 自分の兄弟たちが、ルルーシュをどう思っているかなど、聞かなくてもわかる。
 ビスマルクが離れ、ジノ達といった将来優秀な者達がどんどんルルーシュの側から離れていく。つまりは、この戦争でルルーシュに後腐れなく死ねと、彼らは言っているのだ。

「総司令官はルルーシュ殿下、副司令はカラレス卿、ナイトメア部隊の隊長にジェレミア卿、アーネスト卿、ウィリアム卿……。航空部隊には……」

 ルルーシュもこれから部下になるであろうデータを見るが、使えそうな駒は限られている。
 チェスで言うならポ-ンがほとんど。
 ジェレミアら純血派でやっとナイトくらいだろうか。
 
 しかし―――。

 ―――待っていろ、ブリタニアの屑共。

 ―――お前達の思い通りになど誰がさせるものか。

「ルルーシュ殿下……。聞いておられますかな?」

 黙ったままのルルーシュに、使者達が怪訝な顔を見せる。
 ルルーシュは難しい顔を一転、使者に笑顔を見せる。

「ああ、帰ったら君達のクソッタレな飼い主に伝えておいてくれ」

「は? く、くそ?」

「僕は死なない。―――いつかお前達を、そろって地獄に送ってやるってね」 

 ルルーシュの本当の戦いが始まった。 
 





第四話へ続く。

 








[15424] コードギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第四話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/11 21:39
 友人にこのSSはオリジナルストーリーじゃないか? と言われた。
 すまん。なんかもうオリジナルになった。
 再構成書くつもりだったのにw


 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 




「ルルーシュ殿下、御入来!」
 
 数ヶ月後―――旅立ちの日。
 ルルーシュは白い将校服姿に、黒いマントを羽織り、その手にはブリタニアの紋入りの刀剣を持ち、完全に皇子としての出で立ちで、式場に出た。
 EUへの出兵式、およびルルーシュの初陣のお披露目の式典だった。
 会場には少ないが、ブリタニア本国の貴族達数人。そしてカラレスを含むブリタニア軍人が敬礼の姿勢をとっている。その中にはジェレミア・ゴットバルトの姿もあった。
 アデン基地の滑走路には、何千人ものブリタニア軍兵士の祝砲とともに、航空騎士団の浮遊航空艦が空から一面に花びらを落下させる。
 良く晴れた朝だった。澄んだ光の中、ルルーシュはまっすぐに歩みを進め、微笑ながらEUへ出兵する兵士達に挨拶を述べた。訓練生仲間のうち名誉ブリタニア人達はこの基地に残るが、ラウンズ候補生達は出て行ってしまう。彼らはルルーシュと離れることを憂い、涙してくれる者までいた。その中でも―――。

「ルルーシュ殿下は馬鹿です。大馬鹿です。なぜ一言、一緒に戦って欲しいと言ってくださらないのですか? 私はラウンズよりもルルーシュ様の騎士になりたかったのに……」

「ごめん、モニカ。でも、これは僕が乗り越えるべき道なんだ。君は君の戦いをしてほしい」

 顔を伏せ涙を流すモニカに、ルルーシュの心も痛くなる。

「今の僕は立場も弱い……。だから、僕についてもあまりいい目を見れないぞ」

 だが、モニカは首を振って。

「私の将来の夢は変わりません。一年です! 一年でEUをボコボコにして、またあなたに会いに行きます」

「ああ……。楽しみにしている」

 ルルーシュは未だに泣き止まないモニカを、あやすように抱きしめた。
 次はジノだった。

「さよならは言わないっすよ。俺もモニカさんと一緒で、将来はルルーシュ様の騎士になるのが夢なんですからね」

「ああ、わかってる。お前との別れに湿っぽいのは似合わんしな。それにお前が僕の為に泣いていると思うと気持ち悪い」

「……最後まで失礼な皇子様だな」

「……お互い様だ。死ぬなよ、ジノ」

「それはこっちのセリフです」

 ルルーシュはジノと拳をぶつけ合って、それで別れとする。
 お互い、もう言葉はいらなかった。
 
 三人目はアーニャであった。
 こちらはいつも通りの無表情、のように見えたが、少し眉が垂れ下がっている。
 これは寂しいと、悲しい半々の表情だ。
 一年間一緒にいて、彼女の微妙な表情の違いにやっと気がついてきたところだ。
 
「……ルル殿下。危なくなったら、すぐ呼んで。絶対駆けつけるから」

「アーニャ、君は……」

 恐らくアーニャはルルーシュに預けられた兵の少なさや、質といったデ-タを知っているのだ。このまま戦っても普通なら死ぬだけ。そう思っているからこそ、ここまでアーニャは心配そうな表情をしているのだ。

「大丈夫だ。僕が今まで誰かに負けたことなんてあるかい?」

「……一杯ある」

「ぐっ、あれは僕が油断してただけで、チーム自体は勝ってたじゃないか」

「…………」

「だから、心配するな。僕は絶対に死にはしないから」

「…………うん」

 やっと納得してくれたアーニャの頭を、ルルーシュはそっと撫でてあげた。
 髪がくしゃくしゃになるが、アーニャは何の抵抗もしなかった。
 そしてそっと、二人は離れる。

 この基地で色々なことがあった。大切な親友もできた。
 その親友三人、言葉もなく、黙ったまま。お互い視線を合わせて再会を誓い合う。
 
 ―――そして、最後に、ルルーシュは自分の師とも、敵とも仰ぐ者へと歩み寄った。そう、全てはこの男が自分を拉致したあの日に始まった。
 
 ビスマルク・ヴァルトシュタインは、ただ黙ったまま、朝焼けの空を見ていた。
 ルルーシュの方など見向きもしない。
 だからルルーシュの態度もまた、刺々しいものになっていく。

「……ふんっ、お前の心配なんてしてやらないからな。ボコボコにされてくたばってこい」

「そのご期待には答えられません。EU程度に遅れをとるつもりはありませんので……」

 そんなこと分かりきっていた。
 こいつが死ぬわけがない。
 ただの照れ隠しだ。
 ルルーシュの顔が暗くゆがむ。
 得体のしれない胸の痛みが、心の深層でざわついていた。

「冗談だ……。相変わらず真面目な奴だな」

 ルルーシュはもう顔を上げていられなかった。
 ひょっとしたら、瞳に涙をためていたのかもしれなかった。
 そんなルルーシュの様子を見て、ビスマルクはため息をついた。

「……なんです、その情けない顔は。あなたは皇族です。―――辛くても笑いなさい。戦地へ赴く兵士を笑って見送りなさい」

「……わかったよ」
 
 ルルーシュは無理矢理に笑ってみせた。ぎこちない笑みだった。
 正直不安で一杯だ。ビスマルク抜きでこれからやっていけるのか。
 EUの最前線へと送られる友人達は無事に帰ってこられるのか。
 自分が組織を纏め上げられるのか。
 この微々たる戦力で勝てるのか。
 カラレス含め、ほとんどの貴族達はルルーシュの言う事を聞いてはくれないだろう。カリーヌの息のかかった者達ばかりだから。
 皇子といってもお飾り。
 そんな自分に何ができるのか。

 そして―――本当に自分は敵を……殺せるのだろうか。

 ルルーシュは人を殺したことがない。
 敵とはいえ、同じ人間を殺す。想像したことくらい何回もあるが、そのイマジネーションには現実味が全然なかった。日本が戦地になった時、死体なんかごろごろ見てきた。
 だが、その死体を大量に自分がこれから生み出すのだ。
 これでは日本を侵略したブリタニアと同じになってしまう。
 ルルーシュの頭がごちゃごちゃになって、さらに不安が増大する。

 しかし、そんなルルーシュの迷いを見透かしたかのように、ビスマルクがいきなりルルーシュの頭を叩いた。とても、とても痛い拳骨だった。

「いたっ」

 一時周囲が騒然となる。皇族に手をあげたなんていうラウンズなど今までいなかったからだ。ジェレミアなど目をつり上げ、抜刀しているではないか。

 そして―――、一言。

 ビスマルクなりの励ましだったのだろう。

「―――勝ちなさい」

「うん」

「これまであなたを一年間鍛え抜いてきたのは、今この時の為です。
殿下はこれからお一人で戦わねばならない。
時には死んだ方がマシだと思うこともあるでしょう。
殺して殺されて、嘆くこともあるでしょう。
ですが―――、どうか御自身の道を貫いてください。
もう私はあなたにブリタニアを、シャルル様を憎むなとは申しません。
それだけの覚悟がおありなら、いつでもかかってきなさい。
ここからが、あなたの本当の戦争です」

「……わかった」

 ルルーシュは手持ち無沙汰そうに、もじもじした。
 伝えないといけない言葉があるのだが、照れくささや恥ずかしさが邪魔をして、喉から出てこない。だから、ルルーシュはぶっきらぼうに、顔をそっぽ向けて。

「……殿下?」

 式典の遅れに戸惑う貴族達を無視して、ルルーシュはビスマルクに今まで言えなかった言葉を絞りだした。顔を伏せたまま、勇気をだして……。

「ありがとう、ビスマルク」

「…………」

「絶対生き残るから。強くなって、立派な皇族になって。それまで待っていてくれ」

「……イエス・ユア・ハイネス」

 師の返事を受け取り、顔を下にむけたまま、ルルーシュはまた式典会場へと戻った。ビスマルクに初めてお礼を言えた自分を褒めた。

「……すまん。始めてくれ」

 貴族達が出兵式を始める。一際大きな祝砲がナイトメアの砲口から発射された。
 それを合図にして、兵士全員からブリタニアを称える声が、会場に溢れ出す。

「オール・ハイル・ブリタニアっ! オール・ハイル・ルルーシュ!」

「オール・ハイル・ブリタニアっ! オール・ハイル・ルルーシュ!」

 浮遊航空艦から落下し続ける花びらは白く、まるで雪のようだった。
 ルルーシュはビスマルクに言われたよう、笑顔で全兵士に向かって手を振り続けていた。
 ビスマルク始め、ラウンズ候補生達が、EU侵攻用の浮遊航空艦に次々と搭乗していく。

(ああ、これで僕はこの基地に一人ぼっちか……)
 
 涙はこぼれていたのかもれない。
 
 でも、ルルーシュはもう振り返らなかった。
 別に悲しくもないのに、涙が止まらない。悲しみの他にも、涙が出る理由が存在することを、ルルーシュはこの時初めて知った。
 師と友とを乗せた航空艦がアデン基地上空を出て、砂漠の地平線へと消えていっても、ルルーシュはその方角を眺め続けていた。

(これから僕一人だけで戦わないといけない)

 絶対に生きて再会する。
 強くなって。
 立派な皇子になって。
 ビスマルクに告げたその誓いを幾度も胸に刻みつけ、意識の奥へと染み渡らせながら、たった一人の皇子はいつまでも遠くの空を眺め続けていた。

 


 ルルーシュの戦争が、今始まった。







『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第四話』


 





「ルルーシュ殿下、こちらもお願いいたします」

「ああ……」

「ではこちらの案件にも目を……」

「…………」

 EU出兵セレモニーから四日が経っても、ルルーシュは相変わらず「お飾り状態」だった。書類仕事が終わらない。
 書けども書けども、アラビア半島攻略戦におけるあらゆる部門への予算振り分け、統治するにおいての土地利用、名誉ブリタニア人の受け入れ、等々、山になった書類がルルーシュのサインを待っていた。こんなもの側近連中で片付けるべき問題だろうといったものまで、官僚連中は持ってくるのだ。大事な決定事項は全てカラレスに許可を貰いにいき、ルルーシュには話も通さないことがしばしば。
 完全にルル-シュの十四歳という若さが仇になっていた。
 
 皇族とは言え、まだ子供のルルーシュに政務など分かるはずがない。
 まして軍事など、任せられるはずがない。
 そのような風潮が基地内に広がっていた。
 
 これは全てカラレスが皇族達から受け取った金を官僚にばら蒔いて、ルルーシュの命令を適当にあしらうように指示していたからだった。
 回されてくる仕事は、誰でも出来るような書類仕事ばかり、といった現状。
 ここにきてルルーシュは、一匹狼の恐ろしさを思い知ることになった。
 
 ―――根回し。

 恐らく社会人なら誰でも一度は行ったことがあるだろう、インフォーマルな行為。
 仕事とは別に飲み会などを開き、仲間同士の親睦を深める儀式みたいなものだ。
 そこで挨拶を行い自分を知ってもらい、仕事関係をスムーズにしようという、どこの会社でもやっていることだが、ルルーシュは全くそういった知識がなかった。
 というか、基本的に全部自分一人の力で何でもできてしまう優秀さを持ったルルーシュには、根回しをしてまで味方を作り、何かを成さねばならないといった状況すら初めてだったのだ。
 ここにきて、ルルーシュの人付き合いの経験不足が弱点となっていた。
 結果、政務を取り仕切る官僚の多くを、こういった根回しだけが得意なカラレスに取りこまれ、ルルーシュは孤立することになってしまったのだ。
 これまで言う事を聞いてくれていた者達まで、カラレスの方に擦り寄っていく始末。
 
 ―――味方作り。

 ブリタニアを中から変えるためには不可欠なこの能力。
 ルルーシュは自分を無条件に支えてくれていたビスマルクや、ラウンズ候補生達の重要さを改めて思い知った。

(まさか一人がここまで心細いとはな……。僕は一人で何でもできると思っていたのに……)

 ルルーシュの軍略、政務能力といったものは、既に大人顔負けであり、ビスマルクの厳しい修練によって、力もまた伸びてきている。
 人脈の力……。
 普通、皇族には後ろ盾と言う形で、生まれた時からついているものだが。
 これがルルーシュには圧倒的に足りなかった。
 
 


 


 やっと書類仕事から解放されると、ホールに連れていかれ、挨拶を求めてくる貴族達との謁見、占領する上でかかせない地元領主への説得、または武力を背景にした脅迫外交をさせられる。
 ブリタニア貴族や富豪層らと実際に言葉を交わしたことは、もちろん子供の頃からたくさんあるが、そのたびに人種差別的な性格と、無理矢理文化人を気どろうとする浅はかな態度が透けて見えて嫌になる。
 おべっかばかり使う貴族が立ち去ると、ルルーシュは呆れたように肩を竦めた。
 こんな毎日が続いていくとなると、ぞっとする。
 カラレスの好き放題に事態は動き、今のところ自分は何もさせてもらえない。

 ルルーシュが肩を落としている、そんな時だった。
 肩で風をきるようにして、堂々と大股で歩いてきた男が挨拶に現れたのは。

(また来たのか…………)
 
 ジェレミア・ゴットバルト。
 
 純血派という皇族に忠誠を誓う集団のリーダーだ。
 ジェレミアの後ろにはキューエル・ソレイシィ、ヴィレッタ・ヌゥといった者達が続く。
 
「ルルーシュ殿下っ! 今すぐ御下命をっ。あのカラレスとかいう裏なり瓢箪の首っ、今すぐ撥ねてご覧に見せましょう!」

「い、いやっ。待て、ジェレミア!」

 この四日というもの、なぜか毎日純血派はルルーシュに会いに来るのだ。 
 そして毎日ルル-シュにまともな仕事をさせないカラレスを罵る発言を繰り返し、颯爽と去っていく。
 この行為に何の意味があるのか、まるで理解できない。
 他人の思考を読むことが得意なルルーシュにとってジェレミアは、スザクに次いで理解できない人間だった。

「なぜ、止めるのですか、殿下! キューエル、お前も何とか申したらどうだ!」

 あまりに熱血すぎて、まわりが見えていないジェレミア。

「ジェレミア、少し落ち着け。私は殿下の命令に従うのみだ」

 ただ黙って、ルルーシュの言葉にのみ、重みをおくキューエル。
 彼は典型的、伝統的なブリタニア軍人だ。
 
「ジェレミア卿、あまりそのような……不穏なことを、大きな声で仰られては……」

 そして、ジェレミアのストッパーとなっている女性軍人のヴィレッタは、出世に興味があるのか、その態度には保身的な要素が強く現れていた。

 基本的に信用できる人間だと、ここ数日で彼らを判断していた。
 しかし、信頼はできない。
 
 特に―――。

「それにしても、この基地の戦力はどうなっている! ナンバーズだらけではないか!」

「それについては同感だな……。歩兵にしか使えないナンバーズなど、戦力とは考えられんからな」

 ジェレミアの憤慨にキューエルが同意する。

「殿下もどうしてあのような者達にナイトメアなど与え、さらに哨戒任務などという重要な仕事を任されているのですか」

「そうですっ、ルルーシュ様。
 ―――奴ら哨戒に出たまま、今日もまだ帰ってきていません!
 絶対にどこかで油を売っているに違いありませんっ。あとで厳罰に処すべきです!」

 と、ジェレミア、キューエルなどは、明らかなブリタニア人至上主義者のようだし。
 
「お二人の意見に賛同します。あのような者達と共に戦うなど、考えられません」

 ヴィレッタなどは、己の身分の低さから、立場の弱いナンバ―ズを非難する傾向があったのだ。ルルーシュにとって、そういった彼らの考え方は古く、己の信念とは反対だった。

「違うな、間違っているぞ」

 別に今以上に状況が悪くなるわけでもないし、ここで釘を刺しておくつもりで、ルルーシュはわざと彼らを突き放す発言をしてみた。

「何度も言っているが、僕はナンバーズだからと言って差別するような考え方はしないからな。いくらブリタニア貴族でも、使えないと判断すれば、迷わず切り捨てるぞ。例えお前達でもな……」

「で、殿下……! それは皇族としてあまりに―――」

「酷な仕打ちだと言うか……。だが、ブリタニアは実力主義の国家なのだろう? それを皇位継承者としての僕が実践しようと言うのだ。何か問題があるか?」

「「「は、ははっ! 申し訳ありません!」」」
 
 ルルーシュはわざと低い声音を使い、ジェレミアらを冷たい瞳で見据える。
 皇族として威厳に満ちたルルーシュの態度に、敬服する純血派。
 ビスマルクには皇室で生き残るための策として、こういった行動一つ一つをチェックされていた。そこで学んだことは、自分の表情、態度などで、相手の反応が180度変わってくることだった。
 毎日鏡の前で笑顔の練習、相手を脅す為の恐ろしい顔の練習、なぜか女性を篭絡する為の表情まで練習させられたこともある。いつか外交で役に立つと言われてきたが、早くもこの技術が役にたっていた。

「そう恐れなくていい。逆に考えてみればいいんだ。お前達は結果さえ出せばいい。そうすれば出生させてやる」

 ルルーシュの『出世させてやる』という言に、ヴィレッタの眉が少しだけ動いた。

 ―――やはりか。この女、高い地位を望んでいる。
   
 ルルーシュはヴィレッタを警戒する一方、これは扱い易い駒が手に入った、と内心喜んでいた。出世させてやるといえば、この女は何でも言うことを聞きそうだからだ。

「どうだ? この僕の考えが気に食わないなら、今すぐお前達もカラレスに鞍替えするといい。僕は止めはしないよ」

「ご冗談を……。我ら純血派、死ぬまでルルーシュ殿下のお側を離れませぬぞ!」

「ほう? ジェレミア、お前は我が母、マリアンヌに忠誠を誓っていたそうだな? その子であるというだけで、よくもそこまで僕に忠誠を誓えるものだ。それともお前の忠誠は流れいく雲の如く軽いものなのかな?」

 わざと意地悪な質問を繰り返すルルーシュ。
 まるで圧殺されるようなこの空気に、ヴィレッタやキューエルは緊張しっぱなし。
 冷や汗だらだらである。

 しかし、ジェレミアは違った。

「―――ぐ、くぅ………」

「―――!?」

 なんとジェレミアは泣いているではないか。

(なんだ!? 何が起こった! こいつは一体何だ!)

「な、なぜ泣くっ!」

「……今は私を信じられずとも構いません。あなた様はお母上を殺され、妹であるナナリー皇女殿下まで失い、人間を信じられずともおかしくありません。ですがっ! ですが!」

 ジェレミアは目から大量の涙を流し、膝を折る。
 その言葉にキューエルまでもがもらい泣きで、目頭をおさえはじめていた。
 こ、この状況は予想外だ!
 なんだ、こいつらは……?
 同じく呆気に取られているヴィレッタが、唯一の仲間に思えてきた。

(……熱血馬鹿に同情されても不快なだけだっ。というか、ナナリーは実は死んでいないんだが……) 

「人の話を聞け!」

「いいえ! 聞きませんっ」

「な、なにっ?」
 
「全てはこれからの私達純血派の行動を見て、切り捨てるかどうかお決めください! 私達はあなた様に結果でお示しします! あなた様に死ねと言われれば喜んで死にましょう!」

 ルルーシュの額から汗が流れる。

(なんという無駄に熱い男だっ! こんなタイプの人間、僕は見たことがないっ)

(こいつらはやる……。僕が死ねと言えば死ぬ気だ……。全くもって理解できない。皇族としての僕にそこまでの価値はないはずなのに―――)

「ルルーシュ殿下っ!」

「は、はいっ」

 思わず敬語で返事してしまうルルーシュ。
 ジェレミアがすごい迫力で、突撃してきたからだ。
 なんというか、顔がすごく怖い。

「今からこのジェレミア・ゴットバルトは生まれ変わりますっ! これまでのではなく、これからの私を御覧下さい! 必ずやあなた様に信じていただける騎士となってみせましょうぞ!」

 そう言って、退出していく三人の純血派。

「ま、待て! ジェレミア! 殿下にたいしてあのような暴言をっ」

「じぇ、ジェレミア卿っ」

 皇族の前から去る時に必要な挨拶と、敬礼をすることすら忘れている様子で、颯爽と出て行くジェレミア。それを慌てて追いかけるヴィレッタとキューエル。

「あいつは……ひょっとしたら馬鹿なのかもしれないな」

 ルルーシュはたった一人となったホールで、苛立たしげに足を組んだ。
 馬鹿に同情までされて、ルルーシュは言いようのない怒りがこみ上げてきた。
 そしてルルーシュは、自分の足元まで飛び散ったジェレミアのつばでできた染みを見つめる。なんという失礼な、品のない奴……。

 だが―――。

「ふっ、ハハハハっ」

(あんな馬鹿が部下に一人くらいいても、面白いのかもしれないな)

 ルルーシュは知らず笑い出していた。
 ジェレミアは、轟々と燃え盛るその熱意で、ルルーシュの固く凍った警戒心を緩めることに成功していたのだ。これも、また一つの運命と言えよう。
 ジェレミアはルルーシュにとって絶対に裏切らない忠臣として、しだいにその信頼を集めていくことになる。

 これでルルーシュの持ち駒は、ジェレミアら純血派、そして訓練生仲間だった名誉ブリタニア人の部隊、合計で百近くになった。
 




 
 

 


 カラレス侯爵は齢にして四一、先のエリア10侵攻戦において、いくたびも戦場を駆け巡った猛将。しかし、それは彼が流した噂であり、真実はインドシナ半島南端にある小さな島で、守護を命じられただけの一地方官であった。
 四年前、ルルーシュがまだ十歳であった日本侵攻作戦でも、厳島で多数のブリタニア軍が撃破されていくと知ると、すぐさま部隊を引き上げ逃げ延びた。日本軍の藤堂が兵力を分断している隙をつき、―――すなわちブリタニア侵攻軍を見捨てて、一気に国境を超えて、ハワイ基地に備えていた増援軍に助けを求めた。 
 後に厳島の奇跡と言われる日本の反撃作戦だが、カラレスのこの逃走は多少の戦略的撤退は強いられたが、結果としていち早く日本に援軍を送ることに成功していた。
 その後も一地方の官吏として無能な才を振るい続けた彼は、今回、皇子の初陣を邪魔し、隙を見て暗殺することを命じられた。

「侯爵である俺が、なぜ暗殺などという汚れ仕事を……」

 命令を受けた時は、不機嫌にそう言い捨てたカラレスだった。己の実力ではなく、運と親の権力だけで手に入れた地位だが、それでもこれまで生き残ってきた誇りがある。
 ただでさえ、日本侵攻作戦で一番の赤っ恥をかいたのが、彼である。
 これ以上、面倒事に関わるのはもう勘弁だった。
 といったところで、カリーヌ達皇族に歯向うような気概を見せる男ではなかったのだが、数十年と忠実にブリタニアに仕えてきた身としては、もっと華々しい活躍の場を貰いたいという苛立が募っていた。

(放っておけばいいのだ。十四歳の小童など戦場に出れば、勝手に死んでくれよう。いいや敵と密かに協力して、ルルーシュを罠に陥れて混乱させるほうがいい。そうすればこちら側の戦力をほとんど失わずして、この基地の最高権力を手に入れられるわ)

 これまで卑怯なことばかりして生き延びてきただけあって、汚い手段だけはよく知っていた。アラビア半島侵攻作戦は戦いの規模そのものは決して大きくはないが、これが後々EU侵攻作戦の成否を占う重要な局面にあるのは間違いない。

(おれとて、何十年と戦場に出ていた古強者だ)
 
 彼には彼なりの野心があった。エリア11成立以来、どの戦場にも出陣させてもらえない屈辱を味わっている。ここでただルルーシュを殺してしまっては、自分の未来に禍根が残ろう。狙うは一つ―――。
 
(ルルーシュ殿下を殺した上で、何かしら俺も手柄を挙げねばならんということか。殿下には無謀な突撃に出られて、止める暇もなく戦死されたことにでもしよう。そしてこの俺は、見事殿下の仇を討ち、敵将の首をあげるのだ)

 ここでさらに名を上げておけば、身の振り方一つにしても幅が出てこよう。

 おまけに、カラレスも当然ルルーシュ皇子の今までの経歴は良く調べた。ラウンズ育成の訓練を受けてきたとはいえ、どうせあの皇子殿は戦場で何もできまい。全権を奪うつもりでやってやろう。

「ああ、しかし」政庁執務室を出る前、彼は含み笑いを見せ、一人言をつぶやいた。

「無能な皇子殿とは言え、一応皇子。そこそこ命令は従っておかんとな。へそを曲げられても、のちのち面倒だ」

 
 その夜に行われた軍議も、思惑通り、カラレスのペースで進んだ。
 まず彼の副官が、ビスマルクから受け取った、アラビア軍との戦の結果を公表する。
 現在イエメン州から東へ、海岸線に沿うようにして攻略戦を展開している。
 こうして各地の貿易港や主要な街を支配下におき、徐々に北へ進軍していた。
 
「今のところは順調ですな」

 副官がそうこぼしたように、ブリタニアの進軍をアラビア連合は止めることができず、次々と主要基地を攻略されていっている。しかし、それは全てビスマルクの軍略と、十分な戦力があってこそのものだった。今ここでもしアラビア連合とアフリカ北東の地域が協力関係を露わにした場合、ブリタニア軍の方が真っ先に奇襲を受ける恐れがあった。
 
「ブリタニアが出張る以上、アフリカもそうやすやすと動いてはこないだろうが、万が一のこととなれば、こちらのほうが挟み撃ちに遭いかねませんな。中華連邦にも気をつけませんと……」

「そこは本国の外交手腕に任せよう」

 カラレスは机上に広げられたアラビア半島地図を見ながら言う。

「行軍中、哨戒部隊に警戒させるのを忘れるなよ」

「はい。念のため、皇子の御名においてアフリカに使者をたてるのもよいでしょうな」

 副官のその要請に、部下達は頷いた。 
 部隊の編成と配置の相談を始めながら、カラレスはちらりと皇子の方を窺った。軍議が始まって以来、まったく話を振られず、ただ腕組したまま、地図のみを見据えている。

『皇子とは言えまだ十四歳の少年に、任せられることなど一つもない。殿下の仕事は全て我らが肩代わりするのだ』と、カラレスが事前に部下たちに金を握らせた結果がこれだ。
 カラレスは胸中密かに笑い、話の矛先をルルーシュに向けてみた。

「この作戦、殿下はどう思いますかな?」

 するとルルーシュは一瞬こちらを見たが、すぐ視線をずらして「アフリカに対しての備えは概ねこれで構わない。危険なのはアラビア連合軍の奇襲作戦だ」と答える。もっともな意見だったが、あとは何も話が続かなかった。軍議に居合わせた各隊の隊長からは、ちらほらとそれに賛成する意見が出るが、会議をしきっているのはカラレス子飼いの者ばかり。 
 ルルーシュは完全に孤立していた。
 中から変えるとしても、圧倒的な力がないと、このように潰されるか、いずれ内部に取り込まれるのだ。

(くくく。その調子だぞ、お前達)

 カラレスは考える素振りをしながら手で口元を隠し、思わず笑みで歪んでしまった口を隠した。

(あとは何もかもをこのカラレス副司令に任せておけばいいのだ。まあ、もっともどこでルルーシュ殿下に死んでもらうか考える方が、よっぽど頭を使いそうだがな。一兵卒も失わずにアラブ兵に勝利するよりも難しいだろう)

 

 


 隠された嘲弄の視線に晒されている一方のルルーシュは、腕組した手に爪をたてていた。
 先から集中力を駆使して、必死にカラレスのほうを見ないよう努力していた。
 今あの勝ち誇ったような顔を見ると、平静でいられない気がしたからだ。ジェレミアが口にしたように、このまま腰のサーベルで斬り殺してやりたい衝動にかられる。
 カラレスとその部下の態度が明らかにおかしい。
 ルルーシュの意見を子供の戯言と全て片付け、自分達だけで勝手に作戦を立てていっている。

 ビスマルクたちが近くにいないストレスもあったのだろう。
 ここ最近のルルーシュのささくれだった心が爆発しそうになった。
 特にカラレスは日本侵略にも出撃している、腐った貴族のお仲間だ。
 ルルーシュが憎む条件は整っている。
 
(やはりこの腐ったブリタニアを変えるなんて無理だ)

 内心で囁く声があった。
 立派な皇子になる、その誓いを破壊しようとする内なる声だ。
 
 自分ならブリタニアを壊せる。
 一からブリタニアに反抗する勢力を作り上げ、自分がそのトップに立つのだ。
 名前はそう、黒の騎士団とかどうだろう?
 超合集国を作り、ナナリーの望んだ優しい世界を実現するんだ。

(何を我慢する必要がある)

(さあ、このカラレスという屑を殺せ。そしてブリタニアからの離反を宣言するんだ)

(今のお前なら簡単に殺せる。さあ―――)

 この悪魔のような囁きはすぐに叫びに転じ、やがては大勢のハーモニーとなってルルー シュの頭を侵食していく。

(さあ、殺せ!)
 
 瞬間、ルルーシュは席を立った。
 交わされていた言葉が絶たれ、全員の視線がこちらに集まる。
 ルルーシュの手には、サーベルが握られており、その刃が僅かに銀色に光ってみせた。

 そして

 ルルーシュの鍛えられた剣閃が、カラレスに向かおうとしているその瞬間。
 基地内に耳をつんざく様な、おおきなサイレンが鳴り響いた。

『敵襲っ! アラビア連合軍が奇襲をかけてきました!』






第五話へ続く。


 






[15424] コードギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第五話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/11 21:39
《必読》次回からその他板で更新します。
 友人と話あった結果、試作品ではなく、本腰でやろうかなって思ってます。
 風邪をひきました。次回の更新が遅れるかもしれません。

 
 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 







 ルルーシュの出陣式より一週間が経過した初旬。
 帝都ペンドラゴンでは、ブリタニア帝国第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアが出立の準備に追われていた。昨日やっと中東出兵を皇帝陛下に任じられたのだ。なにぶん、急遽決まったことなので大忙しだった。
 ギルフォードやダールトン、グラストンナイツらも、この戦争には参戦する。
 かなりの大人数での出兵となるため、航空艦への荷の積み込みは、かなり時間がかかりそうだった。宮殿でもコーネリア付きの侍女たちが、身の回りのものをせっせと運び出していっている。コーネリア自身も中東の情勢や、補給路の確認など仕事が山積みで、休む暇もない。

(クロヴィスめ)

 そうした忙しさに追われていても、コーネリアはふとした拍子に昨日のことを思い返さずにはいられない。突然、皇族会議で挙手したクロヴィスは、こともあろうに―――――。

「僕にエリア11の統治を任せて欲しいっ」

 などと言ってのけたのだ。今、記憶を反芻しただけでも、鳥肌が立つ思いがする。
 エリア11はサクラダイト産出量世界有数の土地だ。それだけ皇族の中でもあそこを統治したいと言い出す者は数知れず。だのに、あまり能力の高くないクロヴィスが無理矢理ポストにおさまったのだ。
 兄弟姉妹達からの批判を無視して……。

「ナナリーが亡くなった土地だ。僕が綺麗にしたいっ」

 その意気込みは素晴らしいが。
 
(ラ家の力を使ったのはいいが……。暗殺されても知らんぞ)

 コーネリアは唇をきつく噛みしめる。
 ブリタニア皇族はどいつもこいつも皆おかしい。宮殿の中で殺し合いを繰り返している。
 地位や財産を手にいれる為、血で血を洗う競争を繰り返しているのだ。
 特に最近、皇位継承権争いが激化しているように思う。
 一番能力のあるシュナイゼルがEU侵攻でいなくなったことで、ブリタニア宮殿の内部を自分の派閥の色で染めてやろうという者が暗躍していた。コーネリアにもどこそこの陣営に加われという誘いが何通も届いたが全て無視している。
 コーネリアにとって、兄弟とはかけがえの無い者だった。
 競争は人を成長させるが、殺し合いまでするつもりはない。
 特に最愛の妹であるユーフェミアに、このような醜い世界を見せるのはあまりに胸が痛んだ。

 ―――妹は私とは違う。皇族であっても自分を見失わず、いつまでも優しい素直なユフィ。

 口の悪いカリーヌなどはユーフェミアのことを、何もできない無力な偽善者と影で嘲笑っているようだが、それは違う。
 
 ―――理想を夢見て何が悪い! 醜い現実を変えようともせず、汚く蠢くお前達は何様だ!

 コーネリアがちょっと脅しをかけると、すぐに苦笑いを浮かべ、その実逃げるように退散していくだけの根性なしどもだが……。

(しかし―――立場上、私も安穏とはしていられん。皇位争いが本格化しないうちに、ユフィを守る策を練らねば)

 コーネリアが出陣している間、これからユフィは一人になる。
 リ家のSPやダールトンの部下が側についているが、それでも心配なのは変わりない。
 
(中東をさっさと攻略し、ペンドラゴンへ戻らねばな)

 そして余裕があれば―――。
 と、コーネリアが考え事をしていたその時だった。

「コーネリアお姉様。ユーフェミアです。少しお話よろしいでしょうか?」

 ユーフェミアが神妙な顔をして、扉から顔を覗かせたのは。
 
 ピンク色の髪に蒼色の瞳、まだ幼い無邪気な少女である。
 コーネリアにとっては、歳の離れた愛しい実の妹だ。自然と心が和み、その態度も軟化してしまう。

「ああ、構わない。入っておいで、ユフィ」

「お忙しい中、申し訳ありません。ですが、お姉様に大事なお願いがあるのです」

「お願い? 言ってご覧。お前からの頼みだ。無茶なものでなければ、何でも好きなものをプレゼントしよう」

 コーネリアはユーフェミアの髪を一房とり、手袋ごしにそっと撫でた。
 サラサラした美しい髪だった。
 幼い頃からこうしてユーフェミアをあやしたものだった。
 あの時はルルーシュやナナリーも一緒だったな、と深い感傷に浸ってしまいそうになる。

 しかし、そんな思いは、次のユーフェミアの一言で吹っ飛んだ。

「―――私をお姉様の御名において、ルルーシュの援軍として出兵させてもらえませんか?」

「……い、今なんと言った?」

「ですから、私をルルーシュの援軍に―――」

「ならん!」

「ひぅっ」

 コーネリアから出た怒声に、ユーフェミアの肩が一気にすくみあがる。
 涙目になるユフィ。

「あ、ああ。ユフィ、怒鳴って悪かった……。っだがな、お前には戦争など無理だ」

「そんなことありませんっ。ナイトメアにだってちゃんと乗れますっ」

「軍略は? 戦闘指揮の経験は? まるでないだろう。そんなお前がルルーシュのもとへ行ったとて足手まといになるだけだ。わかるだろう」

「う~~……」

 幼いふくれっ面をコーネリアに見せ、精一杯抵抗を示す愛すべき妹。
 コーネリアはため息をついて、安心させるようユーフェミアの頭を撫でてあげた。

「大丈夫。幸い私の出陣先は中東だ。アラビア半島の北側にある砂漠だらけの土地らしい。私がさっさと中東を片付けて、アラビア半島を南下する。そうすればルルーシュが今戦っている連中を挟み撃ちにできる」

「そうなれば、ルルーシュは助かるんですか?」

「ああ。約束する。ルルーシュは死なせない。もしかの時は、ベアトリスを頼ろう。グラストンナイツを派遣する手だってある。だから、安心しろ、ユフィ」

「……はい。お姉様がそう仰るなら信じます」

「いい子だ」

 コーネリアはまだ小さいユーフェミアを抱きしめる。
 ルルーシュは今頃少ない兵力で、敵と交戦している最中だろうか。
 それともそれ以前に、十四歳の若さで隊を率いることができるのか。
 ルルーシュとて幼い頃から可愛がってきた自分の弟であり、今は亡き尊敬するマリアンヌ皇妃の息子である。
 できるなら助けたい。
 いや、助けて見せる。
 そもそも、コーネリアには後悔がある。
 どうしてビスマルクになど頼ったのか。ルルーシュ生存の報を受けた時、どうして自分が引き取るなり、後ろ盾になるなりしなかったのか。確かにリ家はルルーシュ受け入れについて慎重な意見を取っていた。だが、そんなもの今の成長したコーネリアの権力なら、無理矢理納得させてルルーシュを引き取ることくらいできたろう。そうすればルルーシュを、無駄な皇位争いから守ってやれたかもしれない。
 そう思うと、絶対に助けてやらねばという意思が強くなってくる。
 
 その時だった。

 ユーフェミアが両腕をコーネリアの腰に回し、ぎゅっと抱きしめてきたのは。
 
「お、おい。どうした、ユフィ?」

「ルルーシュも心配ですけど、コーネリアお姉様も心配です。どうか、どうか無茶はしないでください」

「……ユフィ」

 小さく肩を震わせるユーフェミアを、コーネリアも優しく抱きしめ返してやる。
 やはりこの妹に争いは似合わない。人殺しなどさせてはいけない、と強く思う。
 
(ユフィを常に見守ってくれる者がいればいいが……。できれば女子がいい。士官学校の中でユフィの歳に近いものを見繕うか。リーライナとかどうだろう?)

 ルルーシュ初陣。
 シュナイゼルのEU侵攻。
 クロヴィスのエリア11赴任。
 そして自分の出兵。
 それに合わせてますます皇位争いも激しくなるだろう。
 優しく穏やかなユーフェミアの将来が、さらに心配になるコーネリアだった。















『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第五話』 
 





 







 砂に覆われた視界から姿を表したのは、白いターバンで頭を包み、アラブ人特有の濃いひげを顔中に生やした戦士たちの集団だった。砂漠の小山状になったところへ戦車を配置し、北門と、アデン基地の南東側にあるKMF倉庫とに同時砲撃をかける。
 兵舎と基地はいかにも蜂の巣をつついたような騒ぎになっているようだが、ブリタニアの部隊がなかなか出てこない。
 アラビア連合軍、サウジアラビア州軍部隊隊長サウードが、ヘルメットの下でにやりと唇を歪めた。浅黒い肌に、大きな目というアラブ人の典型とも言える容姿をしている。
 
「情報どおりだ。ブリキの糞どもめ、ビスマルクがいなくなって、すっかり腑抜けてやがる」

 迎撃態勢を整えてはいたが、これでは一斉攻撃をかけた方が話は早そうだ。
 サウードは砲撃をさらに苛烈に連続させた。彼の見つめる先で、外壁に穴が穿たれ、門の左右を固める棟が横倒しになる。ブリタニア兵士の悲鳴が、防壁を超えてこちらまで響いてきそうなほどだった。
 サウードが砂に埋れた大きな布を取っぱらうと、横流しや拿捕して手に入れた数台のグラスゴーがそこにはあった。正規品より低スペックであり、元々は敵の兵器であるナイトメアを使うことに若干の抵抗はあるが、勝利の為なら何でもすると、そう神に誓っていた。
 彼自らその機体に乗り込む。

「東南の敵軍KMFには、我々主力部隊が当たる。ファハドはバミデスと戦車隊を率いて北側に待機。出てくる敵を砲撃せよ」

『了解……』

 砂嵐にうたれた隣のグラスゴーがカメラにうつる。
 ちなみにバミデスとは、ナイトメアよりも大きく、高い機動力を誇る大型の戦車だと思ってもらいたい。その巨体は進路を阻む全てのものを粉砕し、自慢の砲撃で敵を寄せ付けないアラビア軍自慢の兵器だ。
 ザウードは緊張しているであろう部下に笑いかけた。

「なぁに。どうせ敵は浮き足だっている。適当に相手をしてやれ」

 アデン基地にろくな兵力がないのはすでにわかっている。基地近くにあるサナワの街に斥候を配していたのが功を奏した。ビスマルクの部隊が引き上げた以上、アデンにいる兵は千にも満たないだろう。サウードが率いてきたアラビア軍も三百と少数だが、その後方にもまた南下してくる援軍がある。合流すればブリタニア軍の二倍にはなろう大軍だ。その後続部隊はイエメン州西部から南下していき、反対側の西門の方を攻める手はずとなっている。敵がサウードに集中してくれれば、挟み撃ちもより効果があがろうというものだ。

(この一戦でブリタニア皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの首が手中にできるやもしれん)

 グラスゴーのファクトスフィアが開き、夜の闇に不吉な閃光を放つ。
 
 一方、アデン基地内はサウードが見た通り、混乱の極みにあった。
 基地内を大慌てで駆け抜ける兵士達はどれも武装途中だし、砲撃の渦中である東門と南門に詰めていたKMF部隊も、舞い散る炎と瓦礫によって出撃できない。
 アデンの北に張り出したブリタニアご自慢の砲兵陣地も、ようやくのことで火を吹いたが、砲兵戦は長くは続かなかった。正門へ続く防壁を打ち壊した主力隊が、砂丘をのぼり、濠を越えて、内側への侵入を開始したからだ。
 サウード達グラスゴー勢が防壁内へ侵入すると、さすがに左右の棟から激しい砲火が浴びせられた。しかし、練度においても、士気においても、アラビア連合軍の敵ではない。スラッシュハーケンを一発二発と撃っては砲を破壊し、高機動を活かして縦横無尽に走り回る。
 戦車ではこうはいかないだろう。ブリタニアの武器でブリタニアと戦っている今の状況に、サウードは苦笑いを隠しきれなかった。

 しかし。

「何が何でも勝てばよいのだ! これは後続を待つまでもないっ! このまま政庁へと押しいるぞっ」

 正門へ通じる第二の防壁は壊すまでもない。サウードはこのままアデン外壁から砲兵陣地へと工作兵を向かわせ、敵砲台を占領するつもりだった。砲座を回転させ、主砲を政庁内にぶち込めば、敵の指揮系統は終わりだ。
 サウードは少数の特殊工作兵を砲兵陣地へ向かわせ、副官とともに防壁の内側で、雪崩をうって駆けつけてくるブリタニア兵を迎撃することにした。

『サ、サウード隊長っ! 陣は敵兵で溢れかえっております! ここを陥とすのは無理だっ!』

 しかしほどなくして、工作兵からの悲鳴混じりの通信が届いた。 
 どうやら敵航空戦力が援軍を砲兵陣地へと輸送し、銃火を交えているらしい。
 基地内から次々と防壁へと歩兵を運び入れて、侵入してくるアラビア兵を迎えうっているらしい。
 ようやく敵にもまともな指揮が生まれてきた。
 正面からは、敵の新型(サザーランド)部隊が接近しつつあるという情報も届いていた。しかしまだこちらには余裕がある。このままバミデスで力押しに迫れば、もしかしたら―――という気持ちもあるにはあるが、サウードは欲に駆られて指令を忘れるほど愚かではない。
 
 自分の役目は後続部隊到着まで敵軍を引き付けること。敵を軽んじるのは、サウードではなくブリタニアでなくてはいけないのだ。

「よしっ、ひとまず退くぞ。通信阻害弾を撃って、味方を援護しろ」

 すばやく決断を下すと、部隊を南門から後退させていった。
 グラスゴーのライフルから上空へ特殊な弾丸が発射される。銀色の金属片が空へと舞い散っては雪のように輝いた。これでブリタニアの通信を阻害するのだ。
 しかし、ここで行かせてはならじと、敵サザーランド部隊数機防壁よりあらわれ出た。
 統率のとれた動きで、こちらを半円系に包囲するように、移動してくる。
 そうはいかないっ!

「全部隊、各自応戦しつつ後退せよっ」

『逃げるか、臆病者共っ! 我が名はジェレミア・ゴットバルトっ! 我らが純血派の忠誠とくと見よ!』

「むっ」

 ここではじめて、敵味方引き連れたナイトメア同士の戦闘が始まった。

 敵の、先頭に立ったサザーランドはかなりの使い手だった。サウードの部下、グラスゴー二機が同時に襲いかかるのを、匠なホイール捌きでいなして、頭部や胸部をランスで貫いていく。

(このサザーランド部隊、全員よく鍛えられているっ。旧型では勝てんかっ)

 ここで貴重なナイトメアを失うわけにはいかない。
 サウードは敵部隊に煙幕を発射しつつ、全速力で後退しながら、東側に当たらせていた味方に一時撤退の指示を出した。
 これであとは後続部隊の到着次第、また攻撃に出ればよい。
 それまで逃げ回るだけだ。
 
 ことは全てアラビア連合の計画通りに進んでいるかのように見えた。










『KMF倉庫被弾っ。何機か破壊されました!』

『敵兵が外壁に取り付きましたっ! くそっ、見張りの兵は何してやがった!』

『敵軍内に少数のグラスゴーを発見っ。う、うわああああああ!!』

『応援をっ、早く援護をっ! 第一防壁が破られそうですっ。ああっ、砲兵陣地に敵兵の侵入を確認っ!』

 アデン基地政庁上層にあるブリタニア艦橋内は、敵軍奇襲の報を受けて大騒ぎになった。
 アラビア連合が爆撃を開始してからわずか数分後である。何十にも敷いていたはずのレーダー網を掻い潜り、何百という敵兵がアデンへ攻めいってきたのだ。

「ECM(レーダー阻害)を使ったかっ」

 カラレスが青い顔をして言った。上級士官学校を出て、何度も戦いに出たが、実際に司令として全軍の指揮をとるのはこれが初めてだ。しかも、基地内はナンバーズの歩兵ばかりで役に立つ戦力はほとんどいない。政庁を管理している官僚達も、皇族会議から預かった貴族たちである為、あまり無茶な指示はできない。それくらい人手が足りていなかった。
 カラレスの配下であるカーンは経験豊かな騎士だが、これだけ大きな軍を動かすのは初めてだろう。予測を裏切った行為に敵軍が出た今、果たして彼は自分の役に立つのだろうか。

「敵部隊、東門を抜け、正門へ移動中!」

 管制を担当する兵士が喉の限りに叫ぶ。
 カラレスは思わず腰を席から浮かしかけた。

「か、数は?」

「南門防壁にナイトメア二十、外壁周囲に戦車部隊多数、歩兵は……数百かと」

 その間も敵軍は砲撃の手を緩めない。二発三発と、砲弾が政庁のすぐ手前をかすめ飛んでいった。この砂嵐と通信阻害の影響で、こちらの航空戦力は視界が悪くすぐには使えない。ナイトメアも整備がまだ済んでいない機体が多数ある。今すぐ使える機体は政庁地下にあるが、使える人材が限られていた。
 政庁の対空迎撃システムにも限界はある。  
 敵航空戦力は多数撃墜されながらも、しつこくアデン上空を飛び回り、爆撃を放ってくる。

「ぬわっ」

 空が一瞬光ったかと思うと、凄まじい衝撃が艦橋を襲い、カラレスの身体を叩きつけた。
 なんと敵航空艦は半壊したかと思うと、カミカゼで政庁に突撃してきたのである。
 これにはブリタニア将兵の誰もが驚き、慌てふためいた。
 カラレスを含め役立たずの貴族ばかり、政庁が爆撃され、床が揺らめくごとに悲鳴があがり壁に這いつくばって逃げ出す者まで多数いた。
 カラレスも必死に座席にしがみついていた一人だ。また窓の外が光り、視界が一面真っ白になる。

「ひっ、ひぃいい。これはもう駄目だっ! 退却だ! ブリタニアへ逃げるぞ。援軍を要請してくるのだっ」

 ついにはカラレスの心が恐怖に負けた。
 恥も外聞もなく、逃げ出そうとする。

(こ、こんなことは聞いておらぬ! おのれっ、蛮人共め。宣戦布告もせずに攻めて来るとはっ)

 ここまで侵攻しておいて、宣戦布告も何もないが、カラレスは今非常に混乱していた。
 人間死を前にすると本性がでるというが、彼の行動はあまりにも醜かった。
 揺れる地面に這い蹲り、口から泡を吹きながらみっともなく逃げることしか考えていない。
 戦争において、兵士を死を恐れぬ戦士にするか、ただ逃げ惑う臆病者にするかは、すべからく指揮官次第。カラレスのそんな姿を見た兵士は、誰もが我先にと逃げ出そうとしていた。
 自業自得。
 因果応報。 
 カラレスはもしかしたら、軍人になど向いていなかったのかもしれない。
 危うい時に逃げ癖がついた男が、軍隊で出世などできるはずなかったからだ。
 
 しかし、彼の無能な頭は、責任を全てまわりに押し付けようとしていた。
 
(こんなことならもっと早くに敵と内通し、ルルーシュ暗殺を済まして、ブリタニアへ帰るべきだった。いや、そもそも皇族会議の口車に乗らなければよかったのだ。やはりルルーシュはカリーヌ様やギネヴィア様が言うように、疫病神だ! ブリタニアに災いと混乱しか生まん禍つ星の皇子がっ!) 

 
 


 一方、ルルーシュは―――反対に落ち着いていた。
 政庁内が爆撃により混乱している、今その時にも。
 足を組み悠然と座り、不敵な笑みを浮かべ、ただじっと炎に揺れるアデンを見つめる。

(ふ、フハハハハ! 何だこのざまはっ。貴族でございとふんぞり返っていられるのは平時のみか。なんと情けないっ、なんという愚かしい姿だろう)

 爆撃で一部の窓が吹っ飛んだ。
 ガラスの破片がルルーシュの目前に散らばる。
 今もルルーシュの頭の中には、ブリタニアへの破壊願望が渦巻いていた。
 這いつくばって逃げることしか頭にない貴族連中を見下し、薄ら笑いを浮かべてこのカオスを鑑賞するのも悪くない。
 この時のルルーシュは自分の命すら、いくらも惜しいとは思っていなかった。

(いいぞっ、ブリタニアを破壊しろ!)

 しかし―――。
 いくらか理性が戻ってくると、途端敵の攻撃が忌々しくなってきた。
 この基地を破壊されることに、たしかな怒りが湧いてくる。
 
 ここはビスマルクやジノ、アーニャやモニカといった仲間たちと出会い、一緒に成長した大切な場所だ。それにルルーシュにも守りたい人達がまだこの基地にはたくさんいる。訓練生時代からお世話になっている整備班や、カラレスが実権を握ってからも、自分に着き従ってくれる珍しい貴族達、名誉ブリタニア人達、そして最近あらわれた純血派。
 彼らを駒として、ここで見捨てるのは簡単だ。
 ルルーシュもカラレスと同様、今この場で逃げだせばいいだけなのだから。

『ブリタニア人も色々なんだな……』

 かつて自分がジノ達に語った言葉が、胸を貫く。
 ブリタニアを壊すにしろ、変えるにしろ、自分が成し遂げたかったのは、こんな殺戮や、崩壊ではない。
 
 ――――優しい世界。

(僕は全てを破壊したいわけじゃない。ブリタニアの中にもかけがえの無いものを見つけてしまった。だから―――)

 ―――大事なのはナナリーだけ。ナナリーさえ良ければそれで…………。
 
 ―――その他全てが消えてなくなろうとも、僕には関係ない。

 以前はそう思っていた。
 だが、今は違う。

「……ごめん、ナナリー。どうやら、守りたいものが増えてしまったようだ」

 自嘲するような苦笑いを浮かべ、ルルーシュはついに席を立ちあがった。
 爆撃はなお激しく続いている。地面は今にも崩れそうなほど崩壊していた。
 そんな不安定な場所だが、ここはベース。
 ここを落とされたらもう負けだ。

「お、皇子、退きましょう。正門を抜かれてしまえば、もう政庁まで防壁はありません」

 もっともらしいことを言って、貴族達は撤退を要求する。
 ルルーシュは薄紫色に光る瞳を、冷酷に細めた。
 ここにいるのはもうただのルルーシュではない。

 ―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 ―――皇族だ!

(ここで、しかける! 勝負だ、カラレスっ)


「……小型の航空艦が一機、政庁内にあったな」

「そ、そうですが……」

 さっさと逃げ出したいと、逡巡している貴族には、子供の相手をしている暇はない、と視線もこちらによこさなかったのだが。

「あれを使う。砲兵陣地の方へ、援軍をピストン輸送させろ。それと、ジェレミアらサザーランド部隊に迎撃命令を出せ。敵のグラスゴーをまず沈黙させる」

 そう言われ、官僚達はさすがにぎょっとなって、ルルーシュの方を見た。
 その顔はまさか戦うつもりなのか、といった情けない表情だ。
 もはや返事も待たず、ルルーシュは艦橋のマイクを使い、指示を出そうとする。
「おやめください」
「まだお若いあなた様には無理です」との声が飛ぶ。
 止めなかったのはカラレスだけだった。震える唇で、なんとか言葉を紡ぎだしている。

「お、皇子がなさることだ。間違いはあるまい。ここはルルーシュ殿下にお任せして……我らはひとまず退艦の準備をっ」

 カラレスが操舵士に命じた。混乱の中にあって指針を求めていた人々は、一番の権力者であるカラレスに提示された道に一も二もなく飛びついた。
 艦橋にいる全員がいよいよ基地を見捨てようとしたその時―――。

「待て」

 ルルーシュはぴいんとよく通る、少し低い声で撤退を制止する。 
 
「カラレス」

「……は、はっ」

 そこで初めてルルーシュは、武将の目を見た。唐突であり、カラレスはややたじろいだ。

「つまりは貴様、ここで何の指揮も取らず、無様に逃げ出すというのだな」

「こ、これは戦略的撤退でして」

 カラレスは蔑みの表情を隠そうともせず、一方的にまくし立てた。

「皇子殿下もあまりワガママを仰らず、我らの指示に……」

「ごたくはいい。つまりお前は副司令という立場でありながら僕の命令が聞けないというわけだ。そしてここの基地にいる軍は、すべて皇帝陛下から預かった大切な将兵であるにも関わらず、撤退指示も出さないまま、お前達だけ逃げ出すのか。
 大したものだ。それで貴族であると名乗れるのだから。
 お前達はブリタニアの恥そのものだ! 
 とっとと本国に逃げ帰るがいい、豚共!」

「で、殿下。殿下は、貴族を、ぶ、豚と申されるか」

「我らが普段下々の民から税を搾取し、尊い方達と敬われているのは何のためだと思っている! ここで戦わないで何が貴族かっ」

「な、何だと……」

 怒りのためかカラレスの声は喉に絡んでいた。
 戦火の中、カラレスとルルーシュは睨みあう。
 ルルーシュの頭の中にも焦りがよぎった。ここで何も変わらねばそれまでだ。
 
(ここまで、かっ)

 すると、しかし―――。

「―――殿下! 通信が一部回復しました。今なら指示を出すことが可能です」

 なんと貴族の中でも年若い者達が、コンソールに戻り始めたではないか。
 ルルーシュはじめから、カラレスなど無視していた。
 先の言葉は部下たちに対する説得であったのだ。
 
 いつ命を失ってしまうかもしれない今。
 カラレスと自分、お前たちはどちらを選ぶのか、という選択を迫ったのだ。

「全ナイトメアパイロットはECCMを使い、敵位置を確認せよ。各自迎撃にあたれ」

「政庁に取り付かせるな。機銃で弾幕を張れ。敵航空戦力を基地から引きはがすんだ」

 次々と席へと戻り、指示を下す若い貴族たち。
 それを見た年配の武官達も己の情けなさを恥じ、改めて各部隊に指示を出していった。

「殿下、東門から敵の増援部隊が到着しました」

「砲兵陣地に工作兵多数っ、迎撃させます」

 混乱は徐々におさまっていき、次第にルルーシュを中心とした伝達機構が完成していく。
 先程の愚鈍な様子は見られない。
 皆が生き残るため、最善の行動をとった結果がこれだ。
 ルルーシュの顔に凄惨な笑み浮かんだ。

(―――勝った。これは一時的なことだが、基地内の指揮系統を奪い返したぞ)

「ば、馬鹿な……」

 その様子にただ唖然としているのは、カラレス達皇族会議の子飼いの者だけだった。
 ―――ルルーシュとカラレス。
 ここで二人のカリスマ性の差が、はっきりと姿を表したのである。
 かたや皇子で十四歳でありながら戦う意思を示す子供、かたや情けなく逃げ出そうとした臆病者の将軍。どちらを守りたいか、どちらに忠誠を誓うか、答えはおのずと出ていた。

「―――よし! お前達が協力してくれるなら、条件は全て整った! 反撃にでるぞ!」
 
『イエス・ユア・ハイネスっ!』

 カラレスを無視して、ルルーシュは指示を出す。

「ジェレミア、前へ出すぎるな。整備班、ナイトメアの点検など今はどうでもいい。瓦礫の撤去を急げ。砲兵は各自持ち場につけ。外壁に取り付いている者たちを撃ち落とすんだ」

「殿下、敵の撤退を確認しました。追い打ちを……」

「いや、待て。あれは囮だ。後続の本陣が来るぞ。今の間に防備を整えておけ」

「砲兵陣地の敵兵鎮圧しました」

「よくやった。砲を敵航空戦力に集中させろ」

 基地内がルルーシュを中心に、一つに纏まろうとしていた。
 先程まで逃げ腰だった者達とは思えない優秀さだ。
 ブリタニア軍の練度は高い。どこぞのテロリストとは違い、ちゃんとした指示があれば、なんでもこなしてくれる良い部下だった。
 これもルルーシュがブリタニアを見直す一要素になった。
 ルルーシュの指示で戦局は一転する。戦場を映すパネルが、次々と敵戦力のロストを示す赤に変わっていく。
 しかし、相手の放つ通信阻害弾がまた電波を遮断してしまった。
 これで戦場の詳しい情報が得られない。
 ルルーシュは「ちぃっ」と舌打ちをして

「政庁内にサザ―ランドが何機か残っていたな」

「はい。しかしパイロットがいません」

 即座に応答を返す部下たち。
 やはり心構えだけが問題で、あとは優秀な者たちじゃないか。
 ルルーシュは笑って、部下達に肩を竦めた。

「何を言っている? 僕がいるじゃないか」

「へ?」

「僕はナイトメア戦だけは得意なんだ。―――僕自ら現場へ行って指揮をとる」

「お、皇子が最前線へ向かうなど、聞いたことがありません!」

「だろうな。だからこそ、―――意味がある。僕が出れば前線の士気が上がる。通信が使えない今の状況で、僕がここにいる意味はない」

「し、しかしっ……」

 ルルーシュは熱く濡れたマントを脱ぎ払った。いつの間にか身体は汗でびしょびしょだ。
 喉はからから、脳にはアドレナリンが大量に送られてきている。
 身体は熱く、しかし、頭はこれ以上ないくらいに冷えていた。

(やれるか? いや、やれる。やらねばならない。ここで勝つんだ。そして基地内の信用を得る。カラレスに奪われていた指揮系統を僕のもとに確固なものとする。フハハハハっ! 感謝するよ、アラビア兵の諸君。この機会、僕の為に利用させてもらう!)

「ああ、そうそう。そこの君。えっと、ビンター子爵だったか」

「は、ははっ」

 皇子に名前を覚えてもらっていたことが、嬉しかったらしく、勢いよく立ち上がって敬礼する元服をすましたばかりの貴族。その彼に笑って。

「まだ出兵式の時に使った祝砲の花火、何発か残ってたろ。僕が合図したら南の方角に、撃ってくれ」

「は、花火ですか?」

「そうだ。これは重要な任務だよ、子爵。ちゃんと花火が上がったら、僕達の勝ちだ」

 未だにルルーシュの指示がわからず、右往左往する部下たち。
 すこし不安になったが、ここは彼らを信じるしかない。

(ふっ、信じるなんて言葉、この僕が使うなんてな)

 ルルーシュは後ろ髪惹かれる思いで、正庁内の廊下を走り抜けた。








 


 その時、アデン基地めがけて砂漠を北進していく一団があった。
 ナイトメアの部隊である。全員、名誉ブリタニア人で構成された、ルルーシュの訓練生仲間たちだ。皇子のしつこい催促から、名誉ブリタニア人にもナイトメアが与えられていた。全て訓練機をカスタムしただけの、低スペックモデルだったが、そのスピードは正規版と変わらない。砂嵐の中を、斬り進むように駆けていく。
 夜、それも足場の悪い砂漠をナイトメアで駆けるとなれば、よほど地理に精通しているか、かなりの技量の持ち主でないと不可能だ。彼らはルルーシュの指示により、あらかじめ敵襲を予測し、同時に進むルートを決めて、このきたる時を待っていたのだ。

「皆早るなよ。合図がまだだ」

『だが、トーマ。基地から火の手がっ』

 部下の焦る気持ちを抑えて、部隊長のトーマはルルーシュに言われた通りただ孟進する。
 ナイトメアに砂の礫があたるたびに、バチバチと激しい音がなり耳障りだった。ユグドラシルドライブが激しく回転し、自分の腰の下でエネルギーを作っているのがはっきりと理解できた。

「む……、何だ?」

 と、先頭を走っていたトーマは、突如減速し、ファクトスフィアのライトを掲げ。

「全員、止まれっ」

 声をあげつつ、操縦桿を引き絞った。
 そしてコントロールパネルを操作し、ファクトスフィアから送られてくる映像を鮮明にする。   

「あ、合図だ!」

 なんと北の夜空には、綺麗な様々な色をした花火が上がっていた。

「ルルーシュ様からの作戦を実行する! このまま北進し、敵を強襲するぞ!」

『おう!』

『やっとか。待ってましたっ』

 トーマ達名誉ブリタニア人、特別にルルーシュからナイトメアを与えられたチームは、敵が奇襲してきた時の備えの為に、基地外に配置されていたのだ。それも四日間も。キャラバンのように、ナイトメアを隠しながら、何日もキャンプさせられたのはかなり辛かった。しかし、それも今日で終わるのだ。全部隊の士気は最高潮になっている。

「皆、エナジーフィラーを交換しておけ。こいつはオンボロだからな。戦闘前に装備も一応点検しておけよ」

 ルルーシュもさすがにトーマ達に、正規のグラスゴーに乗せることはかなわなかった。
 だから訓練機をカスタムし、装甲を変え、武器を新調しただけの中古品だ。
 だが、機体の性能は、自分達の腕でカバーしてみせる、というだけの自信はあった。

 最後にトーマは、部隊の皆に確認をとった。

「……敵は俺達と同じく、ブリタニア人じゃない。だが、情けをかけるなよ。俺達の目的はなんだ?」

 すると、全員から各々力強い返信が届いた。

『出世することだ』

『ブリタニアを中から変えていくんだ』

『名誉ブリタニア人に、勇気を与える』

『ルルーシュ殿下のようなリベラルな方を支え、我らの力をブリタニアへ見せつける』

 トーマは皆に頷いた。

「そうだ。そしてゆくゆくは、名誉ブリタニア人制度をなくし、より広範な自治権を認めてもらうんだ!」

 これが、名誉ブリタニア人がブリタニアに捨駒にされても、従っている本当の理由だ。
 ブリタニアからの独立には血が流れすぎるし、実現できるかどうかわからない。
 そんな不安定な策に頼るくらいなら、ブリタニアの中に入って作り変えていくしかないとの結論を出したのだった。
 
『ルルーシュ殿下は我らに約束してくださった。結果が全てだと。結果さえ示せば誰でも出世させると』

『ああ。あのお方なら信じられる。将来ルルーシュ殿下が皇帝になってくだされば、俺達の戦いも意味が出てくるのだがな……」

 そうして、皆であてどもなく将来の夢を語りながら、着々と戦闘準備を整えていく。
 特にメイン装備であるアサルトライフルの整備には、かなりの時間をかけた。

 そして―――

「皆、準備はいいか」

『おうっ』

「これより、ルルーシュ殿下をお助けする」

『ええっと、こういう時は、なんて言うんだっけ』

「馬鹿。イエス・マイ・ロードだろ」

『へへへ。そうだった。そうだった』

「では、行くぞ」

 なんとも、締まらない出陣だが、彼らは全て皆初陣だ。
 人間を殺したことなど一度もない。隠してはいるが、皆緊張で震えていることだろう。
 だからこそ、こんな気楽な出陣こそ、自分達にふさわしいと、そうトーマは思っていた。

 砂漠の海をひた走る。
 炎の旗を棚引かせるアデン基地の、南門へ向けて。











 その頃、イエメン州サヌアでのこと。
 なだらかな丘陵地に、広い砂丘を見渡すことのできる警備所があった。サウジアラビア州の警戒を受け持っている、西側の最前線である土地である。普段は人っ子一人来ない物静かな、平和な土地なのだが、深夜のこの時分になって、にわかに騒がしくなってきた。

「第一、第二防衛部隊は第一警戒態勢へ移行。第四はアデンへ急行せよ」

 つい五分前、監視塔から連絡が入ったのだ。アラビア連合がアデンへ奇襲、同時にサヌア近郊に正体不明の熱源が接近中、とのことである。確認された人影はひとつ。
 目深にフードをかぶり、ボロボロの衣服を身に纏った怪しい人物だった。
 この砂漠を乗り物なしで移動するなど自殺行為に等しい。まさか単体でブリタニアに攻撃をしかけにきたということはないだろうが、警戒するにこしたことはない。

(まさか、……女か?)

 深夜の砂漠、幽鬼のように闇から現れたのは、緑色の美しい髪に、琥珀色の瞳をもったか弱そうな女だった。暗黒の世界にその女の目だけが、爛々と輝いて見える。漆黒がこの上なく似合う、深淵の魔女といった雰囲気に一瞬飲まれる。

「と、止まれ!」

「何者だ、お前は!」

 口々に部下たちが怒鳴りをあげたが、相手は速度を落とすことなく、歩み去っていこうとする。先行していた兵士の銃と女の身体がほとんど触れ合わんばかりの距離ですれ違い、部下の一人が威嚇射撃を空へ撃つと、一気に場が緊迫した。

「止まれと言っている!」

「警告に従わぬなら撃つぞ」

 まだ歩みを止めない女の前方を兵士が遮り、銃口をその頭へ押し付ける、と。

「お前達の主である皇子に会いにきた。道をあけろ」

 唐突に声をかけられた。
 まだ若い少女のものだった。
 引き金にかけた指がはっと離れる。
 
「ルルーシュ殿下にお会いしたい、と?」

「そう言っている」
 
「何用でだ?」

「言えない。それに、お前たちには言っても理解できないだろう」 
 
「何だ、それは」

 警備隊は皆、一様にぽかんとした表情で、その女を見ていた。
 いきなり現れて皇子に会わせろなどと、頭がおかしいとしか言いようがない。しかも会う理由すら自分たちに話せないようでは、ろくな理由ではあるまい。
 警備隊隊長の指が、また引き金に触れる。

「お前のような者を、皇子殿下に会わせるわけにはいかん」

「…………」

「怪しいやつめ。名をなのれっ」

 すると、女は冷めた瞳でこちらを睨むと

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに伝えろ。マリアンヌの友人がお前を待っていると」

「な、なに……? お前の名前を聞いているのだぞ」

 額に赤い文様を持った少女は、実に苛立たしげにため息をつく。
 そして

「……C.C。それが私の名だ」

 ルルーシュの運命を左右する、一人の魔女がここアラビア半島に現れた。
 
 確実に歴史は変わっている。

 C.Cの存在。

 彼女はルルーシュを魔王にするか、それとも……?

 それはまだ、誰にも分からない。







第六話へ続く。








[15424] コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第六話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/06 00:40
 毎週、とある友人(編集みたいだな)に、感想をもらってからアップしてるんだが。
 今週分のメモ帳を見せたら、「これ本当にルルーシュ?」って言われた。
 確かに強くしすぎたかもしれないw
 でも後悔はしてない。ルルがナイトメア戦強くてもいいじゃないか!
 



 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 






 ブリタニア皇都、ペンドラゴン。
 その王の居室にて、史上最大の領地面積を有する国の王が悠然と座っていた。
 男はただひたすら目を閉じ、静寂と共にあった。
 その部屋には誰もいない。
 
 ―――孤独。

 だが、男にはこの静寂こそが心地よい。 
 そんな些細な人間的な情緒や不安といったものは、すでに克服している。
 幼い頃より皇位争いで、兄弟を皆殺しにしてきた彼。
 誰にも信をおかず、ただただ自分の信念を貫き通す。
 
 ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。
 そう、彼は確かに誰よりも強かった。衰えていたブリタニアは、彼の代で世界一の大国となったのだ。シャルルが持つ覇王の才、悪魔のようなその非情さと強硬な信念もまた、王たる器を支える確かな強さだった。
 耳鳴りがするほどの、無音の空間。
 
 しかし、そこに―――。

「相変わらず―――」

 突如聞こえてきた声は、ブリタニア城の静謐とした空気に似合わない、幼い少年のものだった。

「ルルーシュには甘いんだね、シャルル」

 何もない闇からいきなり、少年が現れた。
 どこか人間離れしたような、美しい容姿をした長い金髪の少年。
 しかし、そこはかとなく、シャルルと似た高貴さを感じさせる。

「兄さん。私がなぜ甘いと?」

 皇帝の重厚な声が、部屋に木霊した。

「C.Cとの接触をこのまま見過ごすつもりだろう?」

「いつもながら、兄さんは何でもお見通しのようですね」

「ルルーシュがこれからどうなるか、ぼくとしても興味があったからね」

「……興味、ですか?」

 そう言って、シャルルはようやく目を開けた。
 名をV.Vという正体不明の少年だが、これでも正真正銘自分の実の兄である。
 老獪した雰囲気と一緒に、子供特有の無邪気さが混じった、どこか不気味さを感じさせるような容姿をしている。

「C.C探索を打ち切ったと思ったら、こんなことになってたなんてさ。ぼくも驚いたよ。彼女については君に任せてたけど、本当にこれでいいのかい?」

「…………」

「フフ。まあ、いいけどね。君の大好きなマリアンヌの一人息子だし。叔父である僕としても、彼には生き残ってほしいと思っているよ」

 V.Vがマリアンヌの名を口にした瞬間に、かすかにシャルルの眉が動いた気がした。空気がピリっと揺らめき、重くなる。

「ねえ、シャルル。僕少し気になることがあってね、日本、いや今はエリア11か。あそこに旅行してくるよ」

「なにゆえ、あのような小さい島国へ?」

「うん。……ナナリーってさ、本当に死んだのかなって」

「…………」

 一瞬、沈黙が二人の間に満ちた。
 やがて、V.Vが可笑しそうに肩を震わせはじめる。

「冗談だよ。あの目の見えない、足も不自由な娘が、生きているはずないよね。僕は響団で大人しくしているよ」

「―――今は、接続の時を待ちましょう。兄さん」

 シャルルはそれ以上の言葉は不要だと目を閉じて、再び深淵なる闇の世界に身をおいた。
 
「うん。焦る必要はないよ、シャルル。計画は順調に進んでるから、いざという時に計画を実行できるよう、準備だけはしておかないとね」

「……そうですね」
 
「嘘のない世界を、シャルル」

「ええ、我らの願いを。兄さん」

 二人の小指が一度そっと絡み、ゆっくり離れていった。
 そしてV.Vの気配がこの場から消える。

 すると―――。

 シャルルの激しい怒りと共に、その巌のごとき体躯が震えだす。

「……やはり、嘘をついているのですね、兄さん」

 皇帝シャルルのその声は、まるで世界を呪うかのような慟哭が含まれていた。


 






 

 
 

『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第六話』














 アデン基地政庁では、ルルーシュ出撃に対して整備班が慌ただしく動いていた。
 政庁から正門へと抜ける地下滑走路でも、アデン上空でひらかれた戦端を視認できた。彼方、ブリタニア砲兵陣付近の空域が炸裂弾の影響で真紅に輝いている。
 遠くから伝うジェット音がやまない。閃く白光と、赤黒い爆炎が付近で吹き荒れるたび、ちらちらと芥子粒のような機影が映る。疾走するそれがブリタニアとアラビア連合軍の小型戦闘機だということは疑いようがなかった。
 ルルーシュは皇族用に装飾を施されたサザーランドに乗り込んだ。
 装飾といっても元の機体にマントを付けて、ランスをソードに変えただけの示威的効果しか生まないものだったが、この皇族専用機が戦場に出るだけで味方の士気があがるのだ。
 
『殿下! KMF射出準備が整いました。いつでもいけます! 絶対に生きて帰ってきてくださいよ!』

 突如、通信から整備班の激励の声が飛ぶ。
 訓練生時代からお世話になった、馴染みの整備員であった。
 
「ああ。こんなところでは死なないさ! でも無茶はさせてもらう!」

『ああっ、もう! 訓練生時代からあなた様は、無茶ばかりですよっ! もっとナイトメアを丁寧に扱ってくださいよっ』

 言葉が砂の海に消えていく。
 それと同時に、射出口が大きく開き、機体が上向きになる。
 出撃準備が整ったのだ。

「ルルーシュ殿下、我らもお供いたします!」

 すると、背後から数人がKMFドッグへ走ってきた。
 どうやら艦橋にいた数人の武官たちがルルーシュを追って、走ってきたのである。彼らはナイトメアに搭乗すると、素早く機動し、エンジンを回し始める。
  
「馬鹿者っ、持ち場を離れるなっ」

『皇子一人を出撃させたとあっては、武人の名折れです。戦場へ行くのなら、是非我らも共に!』

「死ぬかもしれんぞ」

『であれば、なおさらのこと。我らを盾としてお使いください』

 死をも覚悟している壮年の武官たち。
 彼らにも家族がいるだろう。妻や子供、守りたいものが。
 指揮さえ出しておけば、部下が命を張ってくれる艦橋とは話が違う。ここから先は自分の命をどれだけ削れるかが勝敗の鍵を握る本物の戦場だ。
 彼らもそれくらい分かっているはずだろう。

 なのに。

「―――それでも、この僕に力を貸してくれるというのか?」

『ルルーシュ様が仰ったように、我らも貴族の端くれ。ここで逃げては名が廃ることに気づいたのです。それに、皇族を守って死ねるなら、これ以上ないくらいの名誉でしょう』
 
 それでも、彼らは笑ってそう言った。
 ルルーシュの胸に熱いなにかが満ちる。ビスマルクから聞いたことがある。
 真に何が大切なのかを理解し、それでも、死を覚悟せねばならぬ戦場へ赴く時の人間ほど美しいものはない、と。
 ルルーシュはただ思った言葉を呟いていた。

「……違うな。間違っているぞ」

『殿下?』

 ルルーシュのただならぬ様子に、武官たちが怪訝そうな表情を見せる。

「僕が部隊を率いる限り、負けはない。お前達はただついてくればいい」

『は、ははっ』

「敵がどれほどのものだというのだ! ナイトメア数機しか持たぬ、あとは烏合の衆だ! そんな相手に怯えはいらん! 僕に続け!」

『おおおおおおお!!』

 指揮官とはどれだけ部下に死の恐怖というものを忘れさせられるかにかかっている。 
 この時、部下にはルルーシュが鬼神に見えたという。
 この人になら命を預けられる。
 一緒に死んでもいい。
 そう思わせるだけのカリスマ性を、ルルーシュは確かに放っていた。
 
 ルルーシュは目線をアデン南へむけた。バミデスが放ち出す炸裂弾が、目指す戦闘区域を灼熱の炎で埋め尽くしていた。月明かりが遥か下方の、砂塵を美しく幻想的に染めていた。

(戦える)

 ルルーシュは機体ハッチをロックして、操縦桿を両手でしっかりと握りしめた。
 遠方から迫ってくる敵戦車部隊を睨む。散弾の雨がアデン基地防壁にあたり、耳ざわりな破裂音をあげているのがわかる。
 
 あの中に、もうすぐ自分は突撃するのだ。
 
 ルルーシュは目をつぶって息を整え、腹の底に力をこめた。
 びびるな、逃げるな、と自分へ必死に言い聞かせる。
 
(ビスマルクに約束しただろう。絶対に生き残るって)

 お前は死ぬつもりか? ともう一人の自分が叫ぶ。
 こんなところで死ぬわけがない、と自分が答える。
 初陣を迎える兵士の誰もが陥る戦場の恐怖。それを今、ルルーシュは全身で感じていた。

(僕の味方になってくれた人間がたくさんいる。―――だから守る)

 目を開いた。
 
 戦う理由はそれでいいと思った。
 ルルーシュの機体が電磁をまとい、軽く浮遊するのがわかった。
 この滑走路は電気で射出する、リニア式滑走路だった。
 覚悟を決めて、炸裂弾の嵐である外を睨んだ。
 政庁砲台に据えられたサーチライトが、一斉にルルーシュの前方を示す。

 そして―――。

 正門目掛けて打ち上げられていた野太い二筋の光が赤から青に変わった。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。出撃する!」

 その瞬間、レールガンのように、ルルーシュの機体が撃ち出された。
 凄まじいGが身体にかかる。奥歯を噛みしめて、それに耐えるのは一瞬。
 
 正門から撃ち出されたサザーランドは、逆制動をかけることなく、戦場をまっすぐに直進していく。ルルーシュはブレーキをかけるつもりはなかった。
 向かう先は敵戦車部隊。
 外壁から砲撃の効果が薄れたことで、基地防壁内にまで侵入してきていた。
 ルルーシュたちの進撃に気づいたのか、砲門を回転させ一斉射撃を始めた。
 砲弾は中空にあってはじけ飛び、散弾となって、ルルーシュたちを襲う。
 目の前に真っ赤な炎の絨毯ができた。
 しかし、ここでは止まらない。

(―――止まったら死ぬ!)
 
 しかし、背後にいる味方の一機が散弾に当たったのか、機体が横倒しになって、強制離脱システムが作動した。サザーランド胴体部分が爆発するが、コクピットだけは上空斜め上に発射された。
 安全圏へと落下傘でふわふわと降りてくる。
 
『も、申し訳ありません、殿下』

「気にするな。付いてきてくれただけでもありがたいっ!」

『殿下、あまり前に出すぎると、包囲されますぞ』

「構わん。何のためのナイトメアだ。戦場を引っ掻き回してやれ!」

『ははっ』

 ルルーシュは上空に旋回する、邪魔な敵航空戦力にスラッシュハーケンを打ち込みそのままの勢いを駆って、敵戦車部隊に襲いかかる。大将首だということで、四方から弾幕が浴びせられるが、歩兵の機銃など痛くもかゆくもない。
 弾幕目掛けて、機体を滑らせた。
 
「うおおおおおおお!」

 ルルーシュは気合一閃、ビスマルク直伝の剣術で戦車装甲を切り裂いていく。
 ナイトメアに対して、装備の貧相な敵歩兵部隊はかなり悲惨だった。
 対戦車ミサイルや大口径でないと、KMF装甲は貫くことができないので、何をしようと無力であり、ただサザーランドのホイールに轢かれたり、アサルトライフルの掃射で一瞬で肉片に変わっていく。
 
(これが戦争……。躊躇してたら、こっちが殺される)

 脱出機能があるナイトメアとて、コクピットに攻撃を喰らえばそれで終いである。ルルーシュは今ここでは、死体の山を量産するしか、生き残る術がないことを本能で感じ取っていた。

『オール・ハイル・ブリタニア!』

『オール・ハイル・ルルーシュっ』

 皇子に負けまいと、十騎のナイトメアが続いて突撃し、敵軍の真っ只中に踊り出ていく。闇の中、鋼鉄の鎧騎士が縦横無尽に駆けまわって行く。
 目の前の砂塵をシャワーのように浴びながら、次々と戦場に散華の炎を撒き散らした。直掩のブリタニア航空戦力も、上空に現れ、ルルーシュたちの援護を始める。
 制空権も半ばとりもどし、もうほとんどこの戦域の勝負は決まったようなものだった。
 
 ルルーシュのサザーランドが左に行けば、その群れもまた左へ。右へ行けば右へ。進む道に爆炎と血の花を咲かせるその行進は正に、さながら地獄から現れいでた鬼の集団のようであった。
 はっきり言って、ナイトメアの機動が圧倒的だったのだ。
 戦車など、動きの遅い亀にしか見えない。サザーランドは敵砲の射線から退避しておけば、あとは何も怖くなかったからだ。
 
「よしっ、基地内の敵を掃討しながら前進するぞ! まずはジェレミアらと合流する!」
  
『イエス・ユア・ハイネス!』

 ルルーシュの心に死ぬかもしれないという恐怖や、敵兵を殺す迷いなど何もなかった。相手が銃を、武器を向けてくる限り、戦おうと誓った。
 ここで、ルルーシュの戦における最低限のルールが生まれた。
 
 すなわち。

(―――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ)
 
 と、いうことである。









 アデン基地艦橋は呆気に飲まれていた。
 敵の爆撃はましになったとはいえ、まだ危機状況下に変りないのだが、カラレスを含め、全員がモニターを注視していた。
 
 画面に映っているのは、ルルーシュが駆るサザーランドとその部隊。
 アデン基地内にいる敵戦力は歩兵を合わせると二百以上はおり、辺り一面炸裂弾や機銃の弾幕で満ちている。その中を何の恐れも感じさせない凄まじい機動で、動き回り、あろうことか敵戦車部隊を全滅させてしまった。
 相手は鈍重な戦車とはいえ、砂漠の戦闘に慣れた民族である。
 彼らを相手にルルーシュたちは、圧倒的な勝利を重ね続けていた。何の役にも立たない、若いだけの皇子だと思っていた人間にとっては、開いた口が塞がらないといった状況だった。その筆頭であるカラレスなど、哀れにも瞳孔が開きっぱなしである。

「お、おい、お前っ。あそこで戦っているのは誰だ!」

「は、はい? ルルーシュ殿下に決まってるじゃないですか」

「ば、馬鹿を申すな! あれが、―――あんな皇子がいてたまるか! あれでは、あれではまるでっ!」

(あれではまるで、ルルーシュの方が歴戦の将のようではないか!)
 
 カラレスは部下の胸ぐらを掴みながら、艦橋で怒鳴り散らした。
 しかし当たり散らされる部下の方はたまったものではない。
 彼にも管制としての仕事があるのだから。

「落ち着いてくださいっ、カラレス副司令」

「これが落ち着いていられるか!」

「ルルーシュ殿下はビスマルク卿のもと、修練されていたと聞きますから。あの凄まじいナイトメアの腕も納得できるでしょう。ラウンズ候補生たちともまとも渡り合ってきたとの報告もありますし。いやぁ、大したものですなぁ」

「そ、そんな報告、ビスマルクが書いたおべっかに決まってるだろうが! 馬鹿か、貴様はっ!」

 カラレスは混乱のあまり、頭がおかしくなりそうだった。
 まだモニターでサザーランドを操縦し、剣を振るっているのが、あの若造であるルルーシュだと思えなかったからだ。

 皇子が出撃すると聞いた時、内心カラレスは歓喜していた。

(ハハハハハハっ! いいぞっ、なんと馬鹿な皇子だ。まんまと戦場へ出やがって。さっさと殺されてしまえ) 

 もうルルーシュの死は絶対だと疑っていなかった。
 だが、それなのに―――。

(あの分では死にそうにないではないか! 何をやっておるのだ、アラビア兵は!)

 果てには敵の応援をする始末。
 
「おお! まるであの姫将軍、コーネリア殿下のようではないか」

「まだお若いのに、ご立派なことよ」

 口々に皇子を褒め称える机上の者共が、あまりに憎らしくてたまらない。
 カラレスは前部モニターの角を、拳で殴りつけた。
 
「貴様らっ、皇子の命令には従うなと、あれほど言っておいたではないか!」

「……これは異な事を仰る」

 しかし、官僚達はしらけた疑惑の視線でカラレスを見る。

「我らはルルーシュ殿下がまだお若く、執務能力に欠けるという、カラレス卿の意見に賛同したまで。ここまでルルーシュ殿下が有能な方であれば、我ら臣下が殿下の命に従うのは当然ではありませんか」

「……ぬ、ぬぅううう」

 この上なく正論で返されて、思わず唸り声を上げてしまう。
 それなら預かった金を返せと言いたい。が、そんなことをすれば、ますます自分の信頼が失墜しかねない。 

(お、おのれ。ルルーシュ………!!! このままではすまさんからなっ)

 カラレスは己の奥歯を、血が出るほど噛みしめていた。
 これより彼の憎しみの全てはルルーシュに向けられることとなる。
 ルルーシュとカラレス。
 彼らの歴史に残らない水面下での戦いは、またさらに激しさを増していくのだった。









 アデン基地外壁で、ジェレミアら純血派は奮戦していた。
 周囲を敵兵に囲まれた状態で、サザーランドがランスを振り回し、戦場を掻き回していた。
 しかし、砂漠に出た途端、その機動力が減少。砂の海がナイトメアの足にからみつき、危うく転倒しそうになるのだ。
 敵軍のグラスゴーは旧型であり楽に対抗できるはずのサザーランド部隊だが、今や防戦一方だ。駆動系や敏捷さ、パワーで負けている敵部隊は、純血派から距離をとって、砂漠を旋回しながらアサルトライフルを放ってくる。
 なんとか数こそ上回っているものの、戦況は明らかに不利だった。

「グラスゴーの足を狙え! 歩兵は無視しろっ、奴らの対戦車ミサイルとて、そう何発も撃てん!」

 キューエルは滅多に見せることのない焦った様子で、疲れ果てた部下たちを鼓舞した。砂漠の戦闘に慣れない兵たちは、しかしよく戦っていた。ブリタニアの兵士たちは平地でのナイトメア戦を好む。このような起伏が多く、足場の悪い戦場で戦うことなど、経験がなくて当然だったのだ。
 しかし、このような状況に追い込んだ張本人はというと……。

『うおおおおおおおお! 卑怯者めっ、一対一で勝負しろっ』

 ジェレミア・ゴットバルトは、包囲を縮めてくる敵軍グラスゴーに対して怒鳴っていた。通信でがなるその声はかなりうるさい。
 しかし、さすがジェレミアの戦績は群を抜いており、戦車合わせたナイトメア撃墜数三十という驚異的記録を樹立していた。恐らく生き残ったならば、撃墜王として表彰されることだろう。
 それもあくまで一パイロットととしてであり、指揮官としては二流だったが。

「馬鹿がっ、ルルーシュ様の指示に従って、基地内に留まっておれば、このような事態にならなかったものを!」
 
『キュ、キューエル卿! そなたはルルーシュ様への忠誠を示すため、手柄が欲しいとは思わんのか!』

「熱くなりおって、愚か者が! お前がそんなだから熱血派などと陰口を叩かれるのだ!」

『だ、誰だっ、そのような悪口を言うのは! 勝負しろ!』

「だから、熱くなるなと言っている!」

 いつまでも続きそうなジェレミアとキューエルの口論に、ヴィレッタが呆れながら口を挟む。

『そ、そんなことよりっ、ジェレミア卿。―――まずは指揮を! このままでは退路を失います!』

『うむっ、ヴィレッタ卿。良いことを言う。さすがだ』

『はぁ……。それでいかがいたしましょうか?』

 ヴィレッタの声には言い尽くせないほどの疲れが見えた。
 二人の上司が口喧嘩してた間、必死に部下を支え、弾幕を張ってきたのは彼女だった。
 ある意味、純血派の中で、彼女が一番能力が高いのかもしれない。
 口には出さないが、(私は付いていく派閥を間違ってしまったのではなかろうか)と思っているのではないだろうか。実はキューエルも、ジェレミアには腐れ縁として付き合っているだけで、そこまで忠義を誓っているわけではない。
 
(できればルルーシュ殿下の親衛隊に配属されたかった)

 そう、心の中で嘆くキューエルだった。  
 
『それにしてもっ、この通信を阻害された状況はどうにかならんのか』

 その時、珍しくジェレミアが泣き言を吐いた。
 ベースからの指示がないままの激戦が続き、純血派の動きいくらかの迷いが生じはじめていたのだ。

『上層部は我らを見捨てて撤退を始めたのでは……』

『ヴィレッタ! 何を言う! ルルーシュ殿下がそのようなっ』

「ふむ、ありえるかもな。ルルーシュ殿下ではなく、今指揮権を握っているのはカラレスだ。あの阿呆ならばやりかねん」

『キューエル卿、お主まで!』

 ここで純血派の中でも、救援が来ないのではないかという、絶望感が溢れだしてきた。
 今までルルーシュ皇子の為に、という気持ちで頑張ってきたが、その気持ももう崩れそうになっている。それだけ全員に疲れが溜まっていたのだ。
 上層部から送られる情報と、声は、兵士全てを活気づけるもとになる。それが封じられたことは、ブリタニア軍にとって何より痛いことだった。
 
『むぅ……』

 ジェレミアの声にも元気がなくなる。
 その隙を狙ってか、アラビア連合軍のグラスゴーが急接近してきた。
 その手にはスタントンファ。まともに食らったら、コクピットがひしゃげてしまうかもしれない強力なものだ。
 乱戦の合間を縫って、純血派に迫るグラスゴー。

『これで終りだ、ブリキ野郎!』
 
 敵が勝利を確信した雄叫びをあげる。
 目の前に具現化する、敗北の恐怖。
 思わずキューエルは頬を引きつらせた。

 その時だった。
 背後からいきなり、一機のカスタムされたサザーランドが現れたのは。
 グラスゴーのスタントンファを、半ばで斬り落とし、返す刀で首を撥ねる。
 その速度、まるで閃光の―――。
 
 多数のナイトメアを引き連れ、敵軍中央に斬り込んで行く。
 
 ―――来ないのではないかと思っていた援軍が来てくれたのか。

 しかも、その援軍とは―――一体誰なのか?
 純血派の誰もが目を疑ったであろう。
 ブリタニアの紋章が描かれた黒いマントに、装甲の厚いファクトスフィア。正規の装備であるランスではなく、両刃の長剣を持つサザーランド。
 聞いたことがある。ルルーシュ皇子がビスマルク卿に剣の指導を受けていたという噂だ。 

 ―――ではまさか、あれが皇族専用機なのか!
 
『何をぼうっとしている! 純血派とはこの程度でくたばるほど、弱々しい部隊だったのか?』

 そこに、聞き慣れた皇子の声が、通信で聞こえてきたではないか。

『ル、ルルーシュ殿下……。本当に?』

 あの冷静なヴィレッタでさえ、信じられない様子で声を震わせている。
 
『で、殿下……。な、なんというご立派な姿かっ! うおおおお!!』

 ジェレミアなど、嬉し泣きしている。

「ルルーシュ様、なぜこのような最前線にっ!」

『なぁに、キューエル。お前たちがあまりにも不甲斐ないのでな』

 機体の通信から発せられたのは、まぎれもなくルルーシュ皇子の声だった。
 こちらを馬鹿にしたような笑い声だったが、その中には確かな優しさが感じられた。
 キューエルの目にも涙があふれる。
 しかし、それはただの涙ではない。
 騎士として忠誠を誓うべき、一生の主君をついに見つけたという、嬉し涙であった。
 
 そして―――仰ぐべき主君の登場によって、純血派の士気は最高潮に盛り上がった。
 
『ジェレミア、ヴィレッタ卿を借りるぞ。これより敵本陣への備えをしなければならないからな』

『イエス・ユア・ハイネス!』

 その同時期だった。
 通信が回復したのは。

『ルルーシュ殿下! 敵航空戦力は全滅、制空権を完全に取り戻しました! 
 さらに、イエメン州各基地からの援軍が、まもなくアデンに到着するとの通信がラズロー隊から入っております。
 名誉ブリタニア人の特殊部隊もそちらへ向かっておりますので!
 どうか、それまで粘ってください!』

『そうか! トーマたちにちゃんと合図が届いたか。では、敵後続軍の方はラズローに任せる。もう勝ったつもりでいるアラビア兵どもに、本当の奇襲というものを教えてやれ!』

 ブリタニア兵士全員に、この管制とルルーシュの会話が聞こえたのだろう。

『うおおおお!!』

 基地内全てから勝利を確信した、歓声が響いた。
 アデン基地上層から送られてきたデータを見ると、確かにイエメン州西部や東部から次々と援軍がアデンへ向かっているらしいことがわかった。
 ブリタニア軍アラビア半島侵攻軍の総数は確かに少ないが、各基地の防衛部隊全てを合わせればかなりの数になる。これなら反対に敵本陣を包囲して殲滅することができるだろう。
 深夜四時、もうすぐ朝日がのぼる。
 長い長い戦闘の夜に、やっと終わりが見えそうだった。

『キューエル、お前はここにいるナイトメア部隊を片付けろ。それくらい出来るだろう』

「もちろんです」

 ここで出来んなどと、口が裂けても言えない。
 キューエルの胸は、いまやルルーシュに対する忠誠で満ちていた。

『うおおおおおおおおおおお!! 皆の者っ、ルルーシュ殿下に続け! これで、我らに恐れるものなどないわ!』

 ジェレミアの号令、その直後。
 純血派が雄叫びをあげた。
 この場にいる全員がバーサーカー(狂戦士)になった瞬間であった。






 


 サウードは相変わらず孤軍奮闘していた。
 アラビア連合軍の本陣が到着するのを待ちに待って。
 
(そうだ。もっとかかってこい。馬鹿な奴らめ、俺達が囮であることも知らずに)

 アデン基地からは、追撃戦の勢いに乗って、次々とブリタニア兵が飛び出してきた。航空艦や、外壁の上からもさかんに銃撃を行っている。

「砂漠へ退け、退けば地の利は我々にある」

 サウードは外にいる戦車部隊にも援護させながら、じりじりと部隊を後退させた。
 敵ナイトメア部隊には精強の士もあるようだが、どうも砂漠での戦闘には慣れていないらしく、砂丘に足をとられ転倒したりと、随分手こずっているようだ。この分だと適当に相手をしながら、逃げ回るのは決して難しくない。

(ブリタニアの皇子―――ルルーシュといったか)

 敵司令官である男の名をサウードは脳裏に思い浮かべた。ここ最近になってブリタニア皇籍に復帰し、いきなり初陣を任された男のはずだが、いざ奇襲をかけてみればこの程度。しょせんは生ぬるい王室育ちの甘ったれにすぎない。対して、サウードはアラビア王家に忠誠を誓い、いくたびも戦場を駆け巡ってきた身だ。くぐり抜けてきた修羅場の数が違う。
 サウードの乗るグラスゴーのライフルが、襲いかかってきたサザーランドの左腕を吹っ飛ばす。
 本来、サザーランドの性能の方が、はるかに上なのだが、砂漠でのナイトメア操縦経験の差が、はっきりとここで現れてきていた。ここまでは予定通り。
 基地から出てきた敵ナイトメア戦力が少ないのが、唯一の気がかりだが……。 
 このまま逃げきって、時間を稼げば―――。

(来た!)

 サウードの顔に、壮絶な喜色が浮いた。
 アデン基地西部から重厚なプロペラ音と、キャタピラの駆動音が、鬨の声となって聞こえてくる。アラビア連合後続軍が基地の北西へと回り込み、いよいよ挟み撃ちをかけようというのだ。勝利の確信に酔いしれて、サウードは反転突撃の合図に操縦桿を強く握りしめた。
 
 しかし。

「なっ、なんだと!」

 喜色が一転、部隊に悲鳴が走ったのは、そのわずか数秒後だった。
 背後からアサルトライフルの弾丸が、雨あられと降り注いだのは―――。

『そのグラスゴー、アラビア連合のものだな! 恨みはないが、破壊させてもらう! 全員、突撃っ』

 辺り一面を覆う砂嵐、その南方、つまりはサウードの後方から、ドドド、と砂をまき散らしてナイトメアの集団がやってきたではないか。
 アラビア連合の味方ではない。
 カスタムされたグラスゴーの装甲の色は青、あろうことかブリタニアの紋章がペイントされていた。トーマ達名誉ブリタニア人のナイトメア部隊だが、そんな特殊部隊が基地外に配置されていたことなど、サウードには知るよしもなかった。
 青いグラスゴーはブリタニアの対戦車部隊を素通りし、こちらめがけて突進をかけてくる。サウードの頭がついに混乱した。
 
「馬鹿なっ! ブリタニアに援軍だとっ! いくらなんでも早すぎではないか!」

『た、隊長っ、奴ら、同じグラスゴーのくせに、強いっ』

 瞬間、部下の悲鳴が轟く。
 敵ナイトメア部隊は砂漠の操縦にも慣れているらしく、恐ろしく機動が正確で、攻撃も鮮やかだ。砂地での戦闘は、訓練に三ヶ月は要するというのに、この部隊は一体なんなのだ。まるであちらの方が砂漠の民のようではないか。
 サウードの部下たちの乗る機体が、次々と爆散し、炎を撒き散らす。
 前方からは純血派のサザーランド、後方からはトーマ達グラスゴー部隊。
 知らぬ間に、サウードは全方位を敵に囲まれてしまっていた。
 四面楚歌。
 全てのライフルがこちらを狙っている。
 ここで、指揮官としてサウードは、指揮を取らねばならなかった。

「っくそ。落ち着け! 伏兵だとて所詮寡兵だ。突破できんものではない!」

『では隊長、突撃ですか?』

「いたしかたあるまい。ここで退くことはできんだろう」

 迷っている暇はない。古来から周囲を敵に囲まれた軍は、一点突破と定石が決まっている。それにどうせ死ぬなら、敵基地に向かって突撃したいというのもあった。それに、ここでサウードが逃げ出せば、後続軍が反対に危機に陥ることになる。後続軍にはナイトメアがほとんどないのである。 
 ここで、ブリタニアのナイトメア部隊を足止めできなければ、作戦そのものが失敗に終わってしまう可能性が高い。
 
『た、隊長……!』

 決死の声で兵の数名が叫んで、敵の集団に突撃をしかけた。しかし、次々とアサルトライフルに蜂の巣にされ、サウードの側で味方機が爆発し、脱出も間に合わずに死んで行く。

(なんというっ―――これでは犬死ではないか)

 後続部隊の動きも鈍い。もしや自分たちを見捨てるわけではあるまいな。
 そんな不安も心の奥底で湧いてくる。
 サウードは下唇を強く噛み締め、まだ残る兵らに突撃の合図を出した。
 つまり玉砕指示である。 

(まさかブリタニアが、我らの奇襲を読んでいたとでも言うのか。それとも―――)

 敵戦力を見誤っていた。
 名誉ブリタニア人がほとんどで、彼らを使役する貴族たちはブリタニアから赴任してきたばかり。敵の結束が固いはずがないといった予想があった。よもや、基地外にわざわざ部隊を伏せていようとは。「不覚」、とサウードは歯噛みする。
 そして、この作戦を立てた者は一体誰なのだ、という疑問が出てきた。
 その謎は今正に、さらなる敵軍となって眼前に現れようとしていた。

『―――止まれ』

 サウード達が血路を開いて、敵基地内に侵入しようというところで、今度は防壁内に伏兵があったのである。窪地になったところにサザーランドがずらりと並んでアサルトライフルを構えている。その数、およそ二十。まだこれほどの新型機を基地に温存していたのか、と目を見張った。
 止まれと呼びかけたのは、敵軍の中心にいるサザーランドだった。
 一機だけマントをつけ、ランスではなく、剣を持っている。
 一目でわかった、これが皇族機。
 敵の司令―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだと。

『お前達があてにしている後続部隊は来ない。先程到着したのは我が方の援軍だ。
 そちらの巡洋艦は我々が襲撃させてもらった。命からがらサウジアラビア基地へ帰投したみたいだが、こちらに兵を割けないのは明白だ。君達は負けたんだよ』

「はったりを申すな! 我々の本陣は大軍である。それをこの一刻で片付けたというか!」

『嘘ではない。後続部隊にはナイトメアが少なかった。囮である部隊のお前達にナイトメアをまわしすぎたのが敗因だな』

 サウードは、何か反論しようと口を開きかけたが、何も言えなかった。
 その勢いに釣られてか、副官のファハドがアサルトライフルを構え、ルルーシュの機体を撃とうとする。その銃身を掴みおとしたのは、しかしサウード自身だった。

『た、隊長……』

「―――いいんだ。奴の言葉に嘘はなかろう」

 後続部隊が巡洋艦であることと、こちらの保有ナイトメアが少数だということを知っている時点で、アラビア連合軍の動きは完全に掌握されたことが分かった。勝利を確信したのがわずか数分前だというのに、敗北を確信したのも、またこの一瞬のことだった。
 いまや、こちらは袋のねずみ。ここで反抗しても、蜂の巣にされるだけか。

(敵を釣って罠にかけるつもりが……)

 コチラのほうが食われてしまった。
 敵を稚魚と侮って、釣竿を引けば大物だったというわけだ。
 サウードは自らグラスゴーを降り、武装解除して、

「奇襲をしてまで軍を進めてきた我らだ。捕虜の扱いに多くは望めないのは理解している。だが、せめて俺の部下たちには、寛大な処置をお願いしたい」

『いいだろう。こちらも虐殺したいわけではない』

 敵の皇子はあっさりと首肯した。

 
 




 

 眼下でナイトメアから降りてくるアラブ人たちが捕縛されていくのを、ルルーシュはじっと見守っていた。皆悔しそうに顔を伏せ、腕に手錠をかけられていく。
 完勝とまではいかなくとも、ブリタニア軍の勝利であった。
 そこへ、小型航空艦に運ばれて純血派のヴィレッタがやってくる。北側に接近してきた敵本陣に対し、ラズロー隊と協力して迎撃したのが彼女だ。
 艇から勢いよく飛び降り、こちらへ向かってくる。

「申し訳ありません。敵艦隊の撤退を許してしまいました」

「いや、構わない。お前の追討ちをかけるタイミングはあれで完璧だ。逆に敵の大艦隊の半数を墜としたお前の功績は非常に大きい」

「いえ、ルルーシュ殿下の作戦があればこそです」

 艦橋管制から送られてくる敵艦隊進路を分析したルルーシュは、敵が攻めて来るならワディドアン渓谷を沿うように移動してくるだろうと読んだ。大型浮遊巡洋艦に多くの兵を載せて、アデン北西の砂丘でこっそり降ろすに違いない、と。
 ルルーシュはビスマルクにこの辺りの詳しい地形を、訓練生時代に教えられてきた。そこでワズロー隊に改めて現場のデータを送ってもらい、詳細な作戦をたてたのだ。
 サウジアラビアとイエメンの州境で叩く案もあったが、万が一敵が別の進路をとった場合、アデンの守りが薄くなる上、そもそもアラビア半島は砂漠ばかりで、こちらの兵を隠しておける場所がほとんどない。

(敵もまさかこちらに伏兵がいるとは思うまい)

(ならば、―――いっそその地理的不利な状況を逆手にとってやる!)

 そこで、意外にも指揮のうまかったヴィレッタを作戦指揮官とし、KMF狙撃ライフルの名手数十名を選抜し、渓谷に伏せておくことにした。小型航空艦三隻を斥候とし、敵がどうやら奇襲に何の備えもせず、まっすぐやってくることを知ったルルーシュは、峡谷の隘路をゆっくり進撃してくる艦隊めがけて総攻撃の指示を出したのだ。
 果たしてヴィレッタはルルーシュの期待通りに動いた。
 巡洋艦クラスの大型船舶は、その重量を支えうる動力を凄まじく大きなエンジンに頼っているため、どうしても装甲は薄くなりがちなのである。たかが大口径ライフルの弾丸だが、至近距離であれば貫通することも可能だった。
 サウードの奇襲により混乱しているブリタニア軍がまさか伏兵などしかけていまいと、油断していたサウジアラビア艦隊は為す術なく混乱。舷側の砲門を開いて、やみくもに、炸裂弾を放つのがせいぜいで、ナイトメアの高速機動についてこれるはずがなく、エンジンや甲板が爆発し、退散する羽目になった。
 
「それと……名誉ブリタニア人のナイトメア部隊が、あそこまで使えるとは思いませんでした。恐らくパイロットとしては私よりも彼らの方が……」

 ヴィレッタが悔しげな表情で、面を俯く。
 
「ルルーシュ殿下もそうですが、ラウンズ訓練生とは指揮官としても皆優秀なのでしょうか。あれほど息のそろった攻撃は初めて見ました」

「ははは。彼らはナイトメアの腕は確かにずば抜けているが、おおまかな指示はほとんど僕が出していた。彼らが独自で動いてくれたら、この戦いももっと楽だったんだが」

 ルルーシュとしては珍しく、ヴィレッタに対して年相応の笑い方を見せる。

「彼らもお前のように、出世欲が強いんだ。だから僕の命令ならどんな指示だろうと喜んで従ってくれる。優秀だし、得難い人材だよ、彼らは……」

「え? いえ、その」

 ヴィレッタは己の本心を皇子に見透かされていたことからか、右往左往し、さらにかしこまってしまった。

「る、ルルーシュ殿下の戦略は、ビスマルク卿直伝ですか?」

「いや、あの馬鹿は僕に正攻法しか教えなかったよ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、実際やってみて分かった。戦争ってチェスみたいだなって」

「…………」

 ヴィレッタは最後まで理解できないという顔をしていた。
 ルルーシュは自嘲めいた笑顔を浮かべ。
 
「そろそろ、夜も明ける。瓦礫の撤去作業を急がせろ」

「イエス・ユア・ハイネス」

 ルルーシュはヴィレッタに背を向けて、「皇子にご報告があります」と長蛇に並んだ部下を引き連れ航空艦に乗った。操縦士に命じてゆっくりと政庁へ戻らせる。
 眼下の砂漠に、敵味方合わせて何百もの怪我人がうずくまり、あるいは何人かの死体が転がっている。防壁内も同様であった。焼け焦げた者、バラバラになった者、血塗れになった者等、死屍累々と横たわっている。

「―――」 

 ルルーシュの胃からものが逆流しそうになった。
 何か、燻るような重い感情が、心の奥底で叫びを上げている。
 
(全てではないが、僕の指示で死んだ者もたくさんいる)

 泣き出したいような、凄まじい痛みが胸を貫くが、ルルーシュはそれを笑顔で飲み下した。ビスマルクの言葉『あなたは皇族です。―――辛くても笑いなさい』を、思いだしたのだ。

『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ!』

 父である皇帝の声が耳の中で、蘇ってきた。
 
(では、今戦っている僕は、生きていると言えるのですか、父上!)

 たくさんの死者が無念と慚愧の慟哭をあげる一方、皇族としてのルルーシュはそれを当然と受け止めている。兵士を喜んで死なせるのも、よい指揮官としての条件だから。
 だが、人間としての。
 一人の少年としてのルルーシュの気持ちはその正反対だった。
 
 ―――ヴィレッタに何と言った?
 
 ―――戦争ってチェスみたいだなって?

(嘘をつくな、ルルーシュ……)

(これが、戦争……。僕のせいで人が死ぬ。そんなことくらい分かっている)

 アラビア兵の死骸を踏みつぶしながら、勝利の雄叫びをあげるブリタニア兵たち。
 そんな彼らにルルーシュはひたすら笑顔で手を振り続ける。
 勝者と敗者―――、ブリタニアの軍服に飛び散った血液。
 そのグロテスクな青と赤のコントラストの中、ルルーシュは前のみをまっすぐに見据えた。

(全部わかったうえで、僕は兵に死を命じた。だから何も言わない)

(―――言い訳なんてしてたまるか!)

「生き残った部隊の再編を急げ。オマーンへ攻めこむぞ」

「は? 今すぐですか」

 部下が呆気に取られた顔をして、ルルーシュを見た。
 未だ基地内に放たれた戦火が消えないこの状況だ。誰が考えてもまずは地盤を固める時期だろう。たくさんのブリタニア兵が死んだ危機的状況であり、本国から援軍を募るのが一番だ。それが、いわゆる常識人としての考えだ。
 王道はなにより強い。
 それはルルーシュも認める。

 しかし。

「敵もそう考えているはずだ。ブリタニアはひとまず攻めて来ないだろうとな。この戦闘でアラビア連合軍はブリタニア以上に多くの兵を失った。カウンターをかけるには今しかない」

「し、しかし……、捕虜もいますし、今すぐには」

「―――流した血を無駄にするな! 急げ!」

「い、イエス・ユア・ハイネス!」

 皇子に一喝された官僚達が、慌ただしく動き出した。
 
 









第七話へ続く。



[15424] コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第七話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/17 22:17
 週一連載でこの文量は結構きついもんがある。
 プロットも決まってて、ストーリーはできてるんだが、時間がない。
 資格試験の勉強もあるし、さっさと就職活動しないとヤバイんだが。
 それを友人(このSSの編集)に言うと、一言。

「お前も俺みたいな二ートになっちまえ」

 真剣に自分の交友関係を後悔した。




 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 

 







 日本敗戦からはや五年、復興してきた東京租界。
 焼け野原だった場所は、ブリタニアの企業ビルが立ち並ぶオフィス街となっていた。
 赴任してくるクロヴィスを迎えるため、急ピッチで政庁の改築が行われている。
 その租界の中心にある、私立アッシュフォード学園。
 名門貴族だったアッシュフォード家が、皇暦2011年に建設したその学園も、最初の頃とは変わって、たくさんの生徒で賑わい、将来のブリタニアを担う紳士淑女の養成校として、名を馳せるようになっていた。
 どんどん成長し、発展し続けるエリア11。
 
 その冷たい影のような世界で、ナナリーは暮らしていた。
 
 冷たく暗いゲストハウス。
 締め切られた窓から外は、分厚いカーテンをかけられて、外からの光が一切中に入ってこないようになっている。
 
 ルルーシュがビスマルクに、―――ブリタニアに連れていかれてもう一年になるのか。
 
 ナナリーは陽の光はおろか、外からの情報一切を拒絶するようになっていた。
 進むたびに軋む車椅子に、細く小さな背中をもたせて、暗がりの中静寂と共に無為な時間を過ごす。
 日本に人質として連れてこられた時も、ナナリーは自分の世界に閉じこもろうとした。ルルーシュがいなくなったことによって、それに拍車がかかったのだ。
 抜け殻のようになってしまった彼女は、毎日会いに来てくれるミレイや生徒会の面々とひとことも口をきくこともなく、車椅子に揺られうつむいている。
 
「お母様……」

 呼んでみた。もちろん反応はない。

「お兄様……」

 泣きそうになる。けれど涙の流し方ももう忘れた。幼い頃から皇女としての振る舞いとして、普通の子供のように振舞うことは禁じられてきた。孤独でも、寂しくても、超然と笑っていなければならない。そう、兄であるルルーシュのように。
 しかし、励ましてくれる優しい兄はもういない。今頃は砂漠の国で勝ち目の薄い戦争をやらされているらしい。

(助けたい)

(会いに行きたい)

 しかし、自分には何一つ自由にできるものなどなかった。
 
 足も、目も……。

(お兄様が危険なのに、私は何もできない)

 頭に浮かんでくるのは、ブリタニアへの恨みと、過去の優しかった世界に戻れたらという郷愁のみ。

(どうして、私たち家族だけが、こんな目にあわなくてはならないのです!)

(神様っ、聞こえているなら答えてください! お母様を、お兄様を返して!)

 現実はナナリーに何も救いを与えてくれない。ただ奪っていくだけである。もし神様がいるとしても、それは優しい人の顔の皮を被った悪魔であろう。
 これ以上は耐えられそうになかった。

「あ、あ……」

 気が狂う。こらえきれない。顔がぐしゃぐしゃに歪んで、知らず嗚咽が漏れた。
 
「あ、ああああああ!」

 ナナリーは髪を掻きむしって、叫びはじめた。
 心理学で言うところの、単純な精神崩壊、現実と理想の差が激しすぎるため起こる、一種の自傷行為が発作的に起こってしまったのだ。

「―――っナナリー!!」

「ナナリー様!」

 と、そこにミレイ・アッシュフォードが慌ててやってきた。
 普段ナナリーの世話をしてくれるお手伝いの篠崎咲世子も一緒だ。ナナリーのただならぬ絶叫に、深夜だというのに、飛んできてくれたのだ。
 
「―――大丈夫……。大丈夫だから。咲世子さんっ、急いでお医者様を! この子、手首を引っ掻いてる!」

「っかしこまりました」

 ミレイが暴れるナナリーを、抱きしめる。
 振り回す腕がミレイに幾度も当たったが、それでも背中にまわす腕を離しはしない。
 ナナリーの冷たくなった身体を温めるように、ずっとそのままで……。

 どのくらいの時が過ぎたのか。 
 
「あ、ミレイ……さん」

「……気がついた?」

 震えるナナリーは、ミレイの腕の中で正気に戻った。人間の体温が身近にあることで、ようやく安心感を得たのだろう。
 ミレイはルルーシュがいなくなった後、必死に自分を支えてくれた恩人である。
 一人殻に閉じこもるばかりで、何もやる気が起こらなかった時に、ミレイだけは見捨てず側にいてくれた。
 幼い頃ルルーシュの婚約者候補でもあった、自分の姉にも似た人。
 
「ご、ごめんなさい。また……私」

「ううん、いいの。いいのよ、ナナリー。ルルーシュの、自分のお兄さんがあんなことになってたら、これも当然よ」

「…………」

 兄のこと思うと、また身が切り裂かれそうなほどの痛みが心に走る。
 アラビア連合軍はナイトメアはないが、それでもかなりの物量を誇る国だ。対してルルーシュに与えられた兵は少ない。軍事には明るくないナナリーが見ても、その戦力差は歴然だった。

(ブリタニアは超大国なのでしょう。どうして、お兄様にこれだけしか兵を回さないのです!)

 何度繰り返したか分からない疑問が、胸の内で溢れてくる。
 また、発作が起こり、ナナリーの身体が自然と震えはじめた。
 ミレイが心配そうに、頭を撫でてくる。 

「お願い、落ち着いてナナリー。アッシュフォードもこのまま黙って見てなんかいないつもり。お父様が昔のコネを使って、援軍を募ってるの。どうしてか知らないけど、クルシェフスキー家や、ヴァインヴェルグ家、アールストレイム家みたいな大貴族がルルーシュの援助に協力的でね。アッシュフォードもナイトメア開発再開したし今度士官学校も開くって。絶対にルルーシュは死なせないから、ねっ!」 

「お、お兄様は……それで大丈夫なのですか?」

「ほら、泣かないの。大丈夫だから」

「えぐっ、ひっ、うわああああっ」

「聞いてよっ、ナナリー。私もね、ルルーシュを助けるためにナイトメアの練習始めたの。まだ全然ヘタだけどね」

「―――え?」

 ナナリーは吃驚して、顔をあげた。
 ミレイが、ナイトメアパイロットに―――、そんな話は聞いていない。
 女性が騎士になることは、今の時代珍しくない。だが、ミレイが―――。

「そんなっ、危険すぎます! お兄様のお手伝いがしたいなら、官僚になれば……!」

「ははは。うん、正直ちょっと怖い。でもね、私執務能力ってあんまり自信なくてさ。イベントとか盛り上げるのなら得意なんだけどね」

「……ミレイさん」

 ナナリーはミレイの胸に顔を埋めた。
 目が見えないが、柔くて暖かくて、母を思い出した。
 ナナリーは力一杯ミレイの身体にしがみついた。
 このままずっといつまでもこうしていたかった。辛くて悲しくて、明日が信じられなくて。何一つ光が入ってこない牢獄のようなナナリーの世界。
 いつまでも嗚咽をこぼす彼女は、咲世子が来るまでずっとミレイを抱きしめていた。 














『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第七話』














 オマーンの産業の中心は海底から噴出するメタンハイドレートであり、輸出総額の七割を占めている。サクラダイトや金、クロムなどの鉱石も産出されるが、極少量で重要視されていない。サウジアラビア州とは過去、何度か領土を巡って戦争してきた為、その関係は決して良くはない。東部にあるドバイ州でもそうだが、オマーン州も金融経済に力を入れておりサクラダイト産出を牛耳るアラビア王家にはほとんど忠誠を誓っていなかった。
 
 だからと言っていいのだろか―――。
 
 現在アデン基地には、サウジアラビアからの支配から脱却し、親ブリタニアに走る州が続々とルルーシュに和平会談を申し入れていた。

『オマーン州サラーラ基地から通信。降伏するとのことです』

『オマーン州海軍艦隊、沈黙。交戦する気はないようです』

『ドバイからも今さっき通信が入りました。降伏するので攻撃しないでほしいとのことです。さすが金融国家ですね。戦っても利がないと分かれば即降参とは……』

『おいおい、無血開城もこれだけ続くと、何か不安になってくるな』

 アラビア王家の中心であるサウジアラビア州、その要がルルーシュに敗北したことによって、一気に連合がバラバラになっていったのである。
 そもそもただでさえ宗教や、規律、民族がたくさん存在しているこのアラビア半島。これを一つの王家が支えることなど、不可能に近かったのだ。
 
(く、くくく、ふははははは! やはりそうか。アラビア連合軍も一枚岩などでは断じてない! EUや中華連邦の援助を受け、巨大な財を有するアラビア王家さえ黙らせれば、あとはなし崩しじゃないか!)

 立体となって映し出されるモニターを見ながら、それがルルーシュが最初に抱いた感慨だった。ルルーシュはいまアデン基地艦橋桜頂部、後方作戦指揮所で、次々と送られてくる資料を見上げていた。厚い有機ガラスに囲まれた小ぢんまりとした一室で、積み上がった書類が山となって、ルルーシュを囲んでいる。
 イエメン州東部方面軍と、純血派の中からジェレミアとキューエルを代表としたナイトメア部隊により、オマーン領土がどんどん削られていっている。ルルーシュ自身も前線に参加したかったが、今度はそうも言っていられなかった。
 一週間前に行われたアラビア連合軍との戦いで、崩壊したアデン基地の補修。
 戦力の補充、再編。
 他州からの難民の受け入れ。
 法律の改正。
 ブリタニア本国への定期報告など。
 皇子としての仕事が山ほどあったのだ。
 特に他国を占領するにおいて、その土地の人々に不満を持たれるような政策は、ルルーシュにとって即命取りになりかねない。ただでさえ、預かっている兵数が少ないこの状況で、反乱でも起こされたら、対処する方法がないのだ。
 皇子とは戦争さえやっていれば済む職業では断じてない。
 こうした経済的政策、治安維持、適切な立法など、地味な作業で一日の大半が過ぎていってしまった。

(まあ、全ての仕事をカラレスに牛耳られていた頃に比べれば、全然良いがな……)

 最近カラレスの動きがあまり見られない。
 大半の官僚から支持を失ったこの状況で、どんな巻き返しをはかっているのか、とやや危惧を抱いていたが、少々拍子抜けした気分であった。
 カラレスはある一部の部下だけを連れて、ずっと部屋にこもっている。
 ルルーシュや官僚には、本国から送られてきたプライベートな問題で、数日会議を開いていると連絡してきたが、どうも嫌な予感がしてならなかった。

(何か、企んでそうだよな……)

 しかし、ルルーシュとて、人間の心理全てを把握できるわけではなかった。
 カラレスとの戦いは、一旦様子を見るしかないだろう。
 と、そこへ、ヴィレッタ・ヌゥが新たな資料を持って現れた。

「ルルーシュ様、最低賃金引き上げに参画企業が難色を示しています。このままではこのエリアの経済に支障が生まれます」

 ヴィレッタには改めて、ルルーシュの補佐官に任じていた。ナイトメアパイロットととしての能力や才よりも、こういった事務処理、部隊の指揮監督のような任務の方が彼女に合っていると思ったからだ。現在全ての部隊の指揮をルルーシュが受け持っている状況は、彼がいないと、すぐに崩壊する危険性もある。そこで、代理で指揮を任せられる人材の養成が急務となっていた。そこで、白羽の矢がたったのが、ヴィレッタ・ヌゥだ。
 純血派の中でも、この人事に不満をもつ人間は多くいた。なぜなら彼女は身分があまり高くなかったからだ。ジェレミアやキューエルは「ぜひ自分を補佐官に!」と言ってきたが、彼らは根っからの武官であったし、ヴィレッタ以上に素養のある者がいなかった。
 ルルーシュがヴィレッタに自分の補佐官をやってみないか、と誘ったところ、昇進意欲が強い彼女は即答で「やらせてください」と言ってきた。
 ルルーシュとしては、非常に良い買い物だったと思っている。
 
「彼らにも困ったものだな。法人税を優遇してやるから、なんとかしろと言っておいてくれ」

「はっ。それと、イエメン州西部に難民が押し寄せてきています。このままでは各地にスラムができてしまいますが……」

「ちっ、アラビア王家め。馬鹿な真似を」
  
 現在、窮地に立たされたアラビア王家が、増税をはじめ、新たに徴兵を始めた。
 ブリタニアによりアラビア王家の金融資本に対する経済制裁が始められたこの状況で、民にまたさらなる重圧をかけようとしていたのだ。
 対してルルーシュがおさめるイエメン州、ブリタニア開発エリアでは、だんだんと経済が潤いはじめ、治安維持もしっかりしてきている。さらにカラレス政権下とは違って、ナンバーズにも優しい為政者であるルルーシュのもとに期待は高まった。
 他宗派弾圧や、税の高いサウジアラビア州よりも、ブリタニアに鞍替えした方が良いと考える民衆が急激に増加し始めたのだ。
 
「皇子の仰るように、一応今まで難民は受け入れてきましたが、これ以上増えるようであれば、州境を封鎖せねばなりません」

「……仕方ないだろう。彼ら全てに雇用を与えるのは不可能だ。現地住民といらん対立を招きそうだしな」

「ええ。これは今後の課題として、会議に提出しておきます」

「頼む。……それにしても、お前がここまで優秀だとは思わなかったよ」

「え? いえ、そのようなことは」

 ヴィレッタはいつも謙遜するが、実際机上の官僚よりも彼女の方が処理が早い。
 「本当に武人なのか?」と、たまにからかってみたりしていた。
 そのネタはルルーシュには珍しく、軍隊内の恋愛風紀についてのことだった。
 この女性士官をからかうネタは、これにつきる。
 
「それで、お前とジェレミアは付き合っているのか?」

「は? いえ、まさか! そのようなことはありませんっ!」 

「では、やはりキューエルとか?」

「何の話をしておいでですか! 公務に関係がありません!」

「いや、すまない。こうも机にかじりついてばかりいると、少しは誰かと会話したくてさ」

「はあ……。それは理解しますが、あまり話題が相応しくありません」

「なんだ? 皇子なのだから、もっと高貴な話をせよと? 他人の下世話な恋愛話など口にするのはいけないと言うのか?」

「ですから! 私をあまりからかわないでくださいと言っております!」

 「くくく」と笑うルルーシュ。 
 締め切られた部屋で、真面目な部下をからかうのが、最近一種のストレス発散になってしまっていた。実にドSである。

「わかったよ、ヴィレッタ先生。君とロマンティックな会話を楽しむことは、また今度にしよう。さて、さっそく無味乾燥な実務的会話を再開させるか」

「殿下は将来、たくさん女性を泣かせるのでしょうね」

「何を言っている。僕ほど紳士的な男はいないだろうに。……ああ、そう睨まないでくれ。さて、君の持ってきた資料の中にある捕虜についてだが、その後の様子はどうなっている?」

「敵軍の今後の動き、及び編成についてはいまのところ、捕縛した敵兵士は沈黙したままで尋問に答えようとしません。自白剤の使用、または拷問の許可をいただけたら、すぐにでも吐かせてみせましょう」

 ルルーシュは拷問という言葉に、少し躊躇してしまった。
 一度どんなことをするのか見てみたが、残酷極まりなかった。
 軍隊では当たり前なのだろうが、ヴィレッタは敵にはまるで容赦しない性格のようで、そういった残酷な発言も迷うことなく進言してくる。

「殿下、このまま牢にずっと閉じ込めていても何も変わりませんよ」
 
「……自白剤の使用は許可する。だが、拷問は駄目だ。条約で禁止されている」

「自白剤を用いた情報の質はあまりよくありません。それに拷問の禁止条約など、単なる国際法上のプログラム規定です。あんなものに法的拘束力はありませんよ」

「わかっているさ。でも、それは最後の手段だ。……甘いと思うか?」

「正直に言えば、多少は……」

「僕も同感だ。だが、敵中深く潜行させる兵士に、あの警戒心の強いアラビア王が、正しい知識を教えているなんてことは考えられない。僕なら万が一奇襲に失敗した時のことを考えて、嘘の情報を兵士に信じさせた上で出撃させるな」

「味方すら騙すと? ……私よりもよっぽど恐ろしいお方です、ルルーシュ殿下は」

「本来、謀略とは怖いものだよ」

「わかりました。では殿下の仰るように、自白剤と尋問を合わせてやってみましょう」

「ああ、頼む。……うん?」

 ルルーシュは資料の中にあった、一枚のコピー用紙。
 そこに印刷された捕虜収容名簿に書かれた、一人の囚人の名前に呆気に取られた。

「どうかされましたか、ルルーシュ様?」

「敵兵と一緒に、なぜか女が……それもアラブ人じゃない人間がいる」

「ああ、はい。私も報告は受けていますが、どうにも要領を得なくて。イエメン州西部基地近くで、警備隊に連行されてきたようなのですが」

 サヌア近郊、サウジアラビア州との境にある砂漠である。
 その広大な砂の海を、その女は一人で歩いてきたというのだ。俄には信じがたい話である。
 資料をもっとよく読んでみると。

「なんだ、これは?」

 与えられた食事には手をつけず、ピザばかりを注文しているらしい。
 そして、その後に続く文言に、ルルーシュの目が引き寄せられる。

『ルルーシュ殿下の母君であられる、亡きマリアンヌ皇妃様の友人であるなどと意味のわからぬことを述べている。果てには癇癪をおこし、ルルーシュ殿下が四歳の頃、寝小便を漏らしたことがある。初恋の人物はユーフェミア殿下であった。一度ナナリー殿下に喧嘩で負けて泣かされたことがあるなどと、いい加減なことを言いふらして、ルルーシュ殿下を辱めている。よって、不敬罪と偽証罪を適応し、即刻拘留、起訴することとなった。女はC.Cという偽名を使っており、住民番号など、戸籍関係は一切分かっていない……』

「殿下? どうかなさいましたか」

 プルプルと腕を震わせ、赤面しているルルーシュを、ヴィレッタは不審がる。
 この女が調書で述べていることは、実際存在した過去そのものだった。
 
(馬鹿な! 四歳の頃の寝小便は誰にもばれていなかった! 僕の偽装工作は完璧だったはず。それなのに、なぜ!? いや、問題はそこじゃない! 母上の友人だと? 信じられない! 離宮での母上の交友関係などたかが知れていた。何者だ、この女! なぜ母上たちしか知らないはずの僕の過去について洗いざらい知っているんだ!)

「…………その女はどこにいる?」

「アデン捕虜収容所に今朝収容されましたが……、ああっ、ルルーシュ様! どこへ!」

 ルルーシュは追いすがるヴィレッタに背を向け、全速力で廊下を走っていく。
 驚いた顔で挨拶してくる官僚など眼中になかった。

(一体何者なんだ、そいつは……。僕の過去を知っているくらいだ。おそらく皇族関係者なのは間違いない。―――もしかしたら、母上を殺した奴の情報を持っているかもしれない)

 収容所はアデン基地政庁から、走って十分くらいの距離にある、強固なコンクリート制の建物だった。窓一つなく逃げ出る隙もない。
 兵士が駆けてくる皇子に、仰天して、慌てて扉の鍵を開けてくれた。
 ルルーシュはなおスピードを緩めることなく、その女の牢の前まで走っていく。
 アデン基地の牢屋に足を踏み入れるのは、これが初めてのことだった。だがそんな些細なことは気にもかからない。
 
「はぁはぁはぁはぁはぁ」

 ルルーシュは暗闇の中を食い入るように見つめた。
 そこにいたのは―――。 
 緑色の長い髪、深い琥珀の瞳。
 美しい女だった。
 宮殿で見目がいい女など見慣れているルルーシュでも、その女は綺麗だと思った。歳はルルーシュよりも彼女の方が上だろうか。
 怪しい妙な風格が、彼女をより大人っぽく見せていた。
 
「随分と待たせてくれたものだな。女を一週間もピザ抜きでこんなところに閉じ込めるなんて、マリアンヌはお前にどういう教育をしてきたんだ」

 (囚人にピザなんて嗜好品食わせるわけがない)とルルーシュは思ったが、さすがにここでそんなことを口に出すようなことはしなかった。女がどんな意図を持ってマリアンヌの名を出したのか。自分の母の暗殺について何か知っているのか。相手についてまるで情報がない今の状況で、軽々しく口をきくべきではないと判断したのだ。
 
「―――ふむ、まだガキだな。確かに契約者としての素質はあるようだが、果たして私の願望を叶えてくれるのか。……どうした。何を黙っている? 私に聞きたいことがあるんだろう?」

「では」

 相手が一方的に喋りだして以降、はじめてルルーシュは口を開いた。

「なぜマリアンヌの……。我が母の名前を出した? お前は何者だ。……おっと、下手な嘘や冗談などは言わない方がいい。今ここでお前を殺すこともできるんだからな」

「やれやれ。えらく余裕がないじゃないか。ええ? ルルーシュ皇子殿下」

「口には気をつけろと忠告したぞ」
 
 ルルーシュの手には拳銃が握られていた。
 しかし、女に怯えた様子は一切なかった。それどころか、こちらに向かって歩いてくる。
 牢をはさんで、ルルーシュと魔女は向かい合った。
 女の手がルルーシュの鼻先に伸ばされる。

「落ち着け。私はお前の味方だ。明日の命をも知れぬ運命のお前に、ちょっとした運命の悪戯をしてやりたくなってな。しかし、マリアンヌにも聞いていたが、よく今日まで生き残ったものだ。あの時はただの賢しい子供にしか見えなかった。それが、四年もの間、皇子として生き抜くとは……何という幸運だろう。いや、生きようとする執念か。いずれにしろ、お前は契約者として相応しいのかもしれんな」
 
「待て! 一体何の話をしている!」

 淡々と語る女にルルーシュの苛立が募っていく。
 突然見知らぬ女が目の前にあらわれて、「よく生き残った」などと褒められた。

(やはり、この女頭がおかしいのか)

 ルルーシュは最初、女が皇族会議から送られてきた暗殺者だと思っていた。
 マリアンヌについての情報でルルーシュを釣り、まんまと近づいてきたところを隠しもった暗器か何かで殺そうとしているんじゃないかと疑っていた。女がルルーシュに向かって接近してきた瞬間、ルルーシュは引き金を引きかけた。しかし、今自分の頬に手を当てている女を、ルルーシュは撃てる気がしなかった。女の方も危害を加えてくる様子はないようだ。
 それゆえに、この女の目的が気になる。

「お前は何者だ?」

「C.Cだと何度も言っている」

「何が目的だ? 金か、地位か?」

「そんなものに何の価値がある」

「母上とはどんな関係だ?」

「友人だよ」

「嘘だ。お前の顔なんて僕は知らない」

「それはそうだ」

「訳がわからん。……お前の歳は?」

「知らん。もう忘れた」

「契約とは何のことだ?」

「お前に生きる力を与える。その代わりに私の願いを叶えてもらう」

「…………」

 ルルーシュは銃をおろした。
 女の言葉にはいくつか理解のできない点がある。
 だが―――。
 なぜか嘘をついていない、と思った。
 
 だから……。
 
 ルルーシュは看守から預かった鍵を女に向かって放った。

「……ついてこい。お前には聞きたいことがたくさんある。だけど、僕はお前を信用したわけじゃないからな。妙な真似をしたら今すぐにでも撃ち殺すぞ」

「ははは。お優しいお前にそれができるかな」

(ちっ、なめられたか……)
 
 やはり威嚇で、一発くらい撃ってやればよかったかもしれない。
 ルルーシュが何か反論しようと思ったその瞬間。

「おい、まずはピザを食わせろ。話はそれからだ」

「―――!?」

 いつの間に出てきたのか。
 C.Cがルルーシュの背後にピタリとくっつくように立っていたのを見て、愕然となる。
 ルルーシュはビスマルクの訓練で、相手と自分の間合いを見定め、そして敵の攻撃が届く範囲を一瞬で見極めることができた。そして、隙を見つけては相手に反撃するという技術を身につけたのだ。
 防御を主体においた、徹底的な頭脳戦。
 それがルルーシュを、戦場で生きながらえさせてきた才であった。
 それなのに、C.Cは音もなく、ごくあっさりとこちらの懐へと忍び込んできたのだ。
 
「やはり化物の類か、お前は」

「失礼な坊やだな」

「普通の女はそんな身のこなしはできない」

「ふんっ、たしかに私は魔女なのかもな。
 ―――ルルーシュ。お前にとってのな」











 一方、

「おのれっ、あの恩知らず共め!」

 鼻息を荒く室内でうろつき回っているのはカラレスだった。
 彼にとっては突然のことであった。ブリタニア官僚や武官達がいきなりやってきたかと思えば、なぜか有無も言わせずカラレスから預かった金を突き返して帰っていったのだ。執務机には山となった金の袋の束がある。

「皇族会議から指揮権をいただいたのはこの俺だぞ。くそっ、やっと軍の実質的司令官という地位がもらえたってのに、よりによってあのうつけ皇子に権限を奪われようとは……」

「わたしどもにはよくわからないのですが……」

 カラレス用に与えられた私室に、副官のギリアム、子飼いの武官であるカーンら数人が集まり、ルルーシュ暗殺計画を練っていた。無能だと思っていた皇子が突然優秀な才を発揮し信頼を集めたため、急遽暗殺方法を変更せねばならなくなったからだ。

「どうして皇族会議の方々は、こうもルルーシュ殿下を危険視なさるのでしょうね? それは確かに将来あの方々の強力なライバルになるでしょうが、彼らの普段の手口なら潰すより前に、利用するか抱きこもうとなさるはずでしょう」

「そんなこと俺が知るか! これを見ろ、カリーヌ様からの催促の手紙だ! これで三通めだぞ! このままあのお方のご機嫌を損ねてみろ! 俺達全員あの世いきだ!」

「そ、それは……。何とかしてルルーシュ殿下には死んでいただかねば」

「くくく、ギリアム卿。貴卿のようなお人でも、カリーヌ様は怖いと見える」

「う、うるさい、カーン! そなたこそ先の戦で、何をしておった! 傭兵あがりのお前であれば、殿下を殺す手段などいくらでもあったであろうに!」

 カーンといういかにも荒くれ者といった、身体の大きいこの男。
 実は騎士になる前は、金の為なら何でもこなす残虐な傭兵の一人だった。
 確かな実力と冷酷さから、カラレスにスカウトされたわけだが、ここに来て彼は何の働きもしていなかった。
 
「問題なのは、今もルルーシュの評価が上がり続けているということだ! あのガキ、政務能力もかなりのものだ。反抗的だった民衆がだんだんとルルーシュを支持する方向に向かってやがる!」

 カラレスの怒鳴り声で、今まで言い争っていたカーンやギリアムは、姿勢を正す。
 
「ギリアム、何か簡単にあの糞生意気な皇子を殺す案を献上せよ!」

「そ、そのようなことを、突然仰られても……」

 二人オロオロとするカラレスとギリアム。
 これがブリタニアの侯爵と男爵である。名誉ブリタニア人が貴族制度の廃止を願う気持ちも分からなくはない。しかし、カーンだけは別だった。

「まあ、落ち着いてくださいお二人とも。実はわたしにいい案があるんですがね」

「いい案だと?」

 カラレスは以前より、カーンの戦の腕は買っているが、傭兵上がりの騎士ということで普段あまり意見を聞かないようにしてきたのである。しかし、カリーヌら皇族会議からの圧力により心身をすり減らす毎日で、誰でもいいから何とかして欲しいという渇望があった。

「言ってみよ。お前ならばどうする?」

「はい。わたしならば、捕虜になっているアラブ兵たちを使って、ルルーシュ殿下暗殺、さらには今問題となっている難民問題、両方一度に解決してみせましょう」

「そ、それは、真か!」

「まあ、任せてくださいよ。ご綺麗な皇子様や貴族様には真似できない傭兵なりの戦い方ってもんがあるんですよ。あぁ、ついでにあの見苦しいことこの上ない名誉ブリタニア人のナイトメア部隊もいっぺんにやっちまいますかい」

「手段は問わん! 殺しさえすればよい! もしもお前が成功した暁には、望みのものを何でもやろう! 何としてでも、殺せ!」

「くくく。イエス・マイ・ロード」

 こうして陰謀の夜はふけていく。
 彼らの新たなルルーシュ殺害計画は多くの者を巻き込んで、大きなうねりとなっていく。
 カーンが主導で行われるこの作戦は、この一ヶ月後に行われることとなった。










「まずい。耳までチーズが入ってない。ピザハットのピザじゃないと嫌だ」

「まだ発展途上のイエメン州にピザハットがあるわけないだろう。常識でものを言え」

 C.Cはさっそくルルーシュの私室で、一週間ぶりとなるピザをほうばっていた。もちろんこれはルルーシュが手配したもので、調達するのに随分と苦労していたようだった。ルルーシュが訪ねる質問に、C.Cは「ピザを食べてからでないと喋らない」とごねたのだ。基本女に甘いらしいこの皇子は、嫌な顔をしながらも厨房にピザの作成を命じた。
 
「さすが皇子。良い部屋で暮らしているな」

 C.Cはふかふかのソファに寝そべりながら、ピザを食べていた。
 「行儀が悪いにもほどがある」とルルーシュは言うが、そんな文句は一切無視している。何しろまともな食事もシャワーもベッドも久々だったのだ。囚人として着せられていた服はゴミ箱に捨てて、今はルルーシュの余り物のシャツとズボンを借りている。成長期であろうルルーシュの服は、意外にもC.Cの身体にちょうどいいサイズだった。
 
「―――なるほどな。お前が何か特殊な能力を持っていて、不思議な力を使えるのも理解した。具体的にどんな力が使えるのか興味があるが、今はまあいい。お前は僕に力をくれると言うが、何か代償があるのだろう?」

 ルルーシュが対面のソファに腰を降ろして、顎に手を当てて考え込んでいる。

(頭の回転が異常だな。それに柔軟性もある。これは、当たりかもな)

 改めて賢い男だと、C.Cは感じた。
 ピザを食べながらする話でもないが、ある程度のギアスについての知識を教えていたのである。もちろん重要なものは隠して、であるが。 

「お前はお前の願いを叶えるといい。ナナリーと幸せに暮らすでも、世界平和がお望みならそれでもいい。ただ、その代わり、私の願いを一つだけ叶えてもらう」

「お前の願いとは何だ?」

「……何だと思う?」

「質問に質問で返すな。不老不死の魔女がどんな願望を持っているかなんて、僕に分かるわけがないだろう。…………おおかた、死ぬことが目的なんじゃないのか?」

「…………」

「おいおい、図星か」

 ルルーシュが疲れたように、瞼をおさえ下を向いた。
 「なんてベタな願いだ」と、首を振る。
 
(む……)

 さすがにこうも自分の悲願を馬鹿にされて黙っているC.Cではない。不老不死になってみないと、この苦労は他人には絶対にわからない。それをまだ十代前半か後半かのガキに馬鹿にされたのだ。

「ほう。私にそんな口を聞いていいのか。私の知っているお前の恥ずかしい過去があれだけなどと思わないほうがいいぞ。あんなことやこんなことまで知っているんだからな。お望みなら一から語ってやってもいいぞ」

「あんなことやこんなことだとっ! ま、まさか、五歳の頃のチェス騒動か! それともあれか。ラブレター未遂事件か!」

「ああ、それは十番目と二十一番目の話だな。まだまだネタはたくさんあるぞ」

「ぐっ、この魔女め」

 なまじ記憶力が良い分、恥ずかしい過去がルルーシュの頭の中にたくさん存在しているのであろう。本気で頭を抱えて苦悶するルルーシュに、C.Cは思わず笑ってしまった。
 そう言えば久しぶりかもしれない。人前で笑うなどと。

「それで、どうするんだ?」

「ん、ああ。契約の話か……」

「私は無理強いするつもりはないし、できないからな。お前が決めろ」

 C.Cはルルーシュに何も強制したりしない。そんなことをすれば、無事にコードが引き継がれるかどうか分からなかったし、与えられる能力も大したことはないはずだ。ギアスの力は人間の渇望によって生まれ、魂の形によってその能力が決まると言われる。
 果たしてこの男がどんな運命を辿るのか、それは魔女と呼ばれたC.Cにも分からないし、干渉していいものではなかったからだ。

 ルルーシュはしばし思案した後、真っ直ぐにC.Cの方を見て―――。

「―――その契約、断らせてもらう。
 話を聞かせてもらうと、随分と危険な力みたいだな。
 人を簡単に破滅させられるし、堕落させられる。
 悪魔のような力だ。
 冗談じゃない。
 投資にあたってのリスクが大きすぎる」
 
 C.Cの目がきょとんと丸くなった。
 
(まさか、本当に断るとはな……)

「本当にいいのか? お前の立場と将来を考えるのなら、私との契約は断れないはずだが」

「確かに。お前の言うような人外の力を使えたら、一気に問題はクリアされるかもしれないな。正直に言えば、喉から手が出るほど欲しい。ギアスの呪いなんて、結局その能力者本人の問題であって、僕がそんなものに負けるとは思わないからな」

「ほう、大した自信家だ。では、なぜ契約しない?」

 すると、一瞬ルルーシュはその端正な顔をそっと背けると。

「周りに嘘を付きたくないからな」

 そう答えた。
 C.Cはそれで満足だった。
 こいつは私とは違うのだ。心の芯があり、ちゃんと強く生きている。
 ルルーシュには生きる為の目的があるらしい。
 だが、それ以上に、守りたい大切なものが周りに存在しているのだ。
 ルルーシュの父であるシャルルが若かりし頃、兄と語りあっていたというあの言葉を思い出した。

『嘘のない世界を目指しましょう』

(―――ああ、シャルル。マリアンヌ)

(こいつとお前達は良く似ているよ。親や兄弟を嫌っているところを含めてな)

 しかし、其故に、心配でもある。
 嘘を嫌うシャルルが、嘘で塗固められたような忘却のギアスを手に入れたように、いや、手に入れざるを得なかったように、いずれルルーシュも異能の力を望む日が来るかもしれない。
 そんな日は来ないことを祈るばかりだが……。

「―――そうか。ルルーシュ、お前は中々素質がありそうだったのに、残念だぞ」

「ああ。お前の期待には答えられない。だから―――」

「うん? むしゃむしゃがつがつ」

「―――さっさと出ていけ! どんだけピザ好きなんだよ! これで何枚目だ! ああっ、僕のソファにパン粉いっぱいこぼしやがって!」

「なんだ、用がないとわかればすぐポイか。どれだけひどい男なんだお前は」 

 C.Cは薄い笑顔を浮かべて、目を白黒させる男を眺めた。
 面白い奴だとは思う。だが、少し自信過剰で、心配な面もまた存在している。
 契約しないと分かれば、もうこの男に用はないんだが。

(マリアンヌにも、しばらく様子を見るよう頼まれているしな……)

「ま、まさか、お前。ここに居座るつもりか!」

「ああ、しばらく厄介になるつもりだ。いい加減私も旅には疲れたからな」

「だからってなぜ僕の部屋に居座る! アデンに滞在したいなら、宿を手配してやるから!」

「馬鹿め。街は熱くてかなわん。空調が整っているここが私は気に入ったんだ」

「なっ、それだけの理由で……」

「ピザも食えるしな」

 一刻ほど話していてわかった。ルルーシュは相手を振り回すのには慣れているが、振り回されるのには慣れていない。しかも、女には強くでれないタイプで、結局はなし崩しになるのだ。

「駄目だ。お前の存在を何と言って部下に説明すればいい!」

「妾だとでも言っておけ。皇子なんだから女の一人や二人増えてもかまわんだろう」

「そ、そんなわけにいくか! スキャンダルはごめんだ!」

「うるさいな。そういった細々とした問題はお前に任せた。私は眠くなった。寝る……」

 と言って、C.Cはベッドに倒れ込んだ。

「おい。そこは僕のベッドだぞ」

「男は床ででも寝ていろ。それとも、添い寝でもして欲しいのか?」

「~~っええぃ! なんて我儘な女だ!」

「当たり前だ。―――私はC.Cだからな」

 これがルルーシュとC.Cの初めての出会いだった。
 契約を断ったルルーシュだが、果たしてこれから彼が辿る運命は未だ未知数。

 しかし、この出会いが、ルルーシュの運命を大きく変えることとなる。
 
 









 誰もいないゲストハウス。
 静かな暗闇の中、ナナリーはベッドに横たわっていた。
 ミレイは家に帰ってしまったし、咲世子も寝てしまった時間だろう。
 本当に一人ぼっち。
 一緒に添い寝してくれていたルルーシュも、ここにはもういない。
 
(ああ、こうやってぼうっと寝ていると、本当に死んでるみたい)

 いっそのこと死んでしまえば、生まれ変わって幸せな世界に行けるかもしれない。
 そんな非科学的な思考が頭の中をぐるぐる回り始める。
 すると、ミレイの先程の言葉が刺のように、ナナリーの心に突き刺さり始めた。

『私もね、ルルーシュを助けるためにナイトメアの練習始めたの。まだ全然ヘタだけどね』

 ルルーシュの為に、今は何の関係もないミレイが戦おうしている。
 アッシュフォード学園普通科に入学するのを辞めて、士官学科に通うそうだ。
 今からナイトメアの訓練を始めており、それなりに筋はいいそうだ。
 ニ年程すれば騎士レベルになれると自慢していた。
 対して自分はどうだろう。
 足と目が不自由だからと、ゲストハウスに閉じこもり、世界を変える努力は一切してこなかった。まるで本当に屍のように、ただぼうっと移りゆく季節を儚んでいただけ。

「…………」

 悔しかった。
 せめて足でも目でもいい。この両方のうち一つだけでも、自由に動かせたらと切に思う。
 ナナリーは動かない足を手でばんばんと叩き始めた。
 そして、手だけで這って、ベッドから出ようともがく。
 たったそれだけの動作で息が切れた。

(情けない……情けない……情けない)

(わたしはどうしてこうも情けないの! 力が……、力が欲しい! 世界を変えられるだけの……。全てに復讐し……全てを取り返すだけの力が!)

 ナナリーはとっくに枯れ果てていたと思った涙が、目から流れているのを感じた。
 ベッドから転がり落ち、目には見えない闇に向かって手を伸ばす。
 まるで、それは神に虐げられた、力を欲する人間のよう……。

「どの神様でも構いません! お願いです! どうか、私に力を! 世界を敵に回しても勝てるだけの力をください!」

『…………へえ』
 
 果たして願いは届いた。
 
『殺そうと思って来たんけど、気が変わったよ』

「だ、誰ですか、あなたは!」

『―――僕の名前はV.V。君の叔父さんだよ。
 ナナリー、君には資格がなかったはずなんだけどね。
 ここにきて素質を開花させたってことかな。実に興味深い話だよ』

 不審な声の主は、ベッドの下に倒れ伏しているナナリーに、そっと近寄ってくる。
 ナナリーは怯えていなかった。これがどんな悪魔でも亡霊でも構わなかった。
 
『ナナリー、力が欲しい?』

「欲しい! 何でもいい! 世界を変えるだけの力が!」

『そう……。僕との契約結ぶ気はあるかい?』

 瞬間、視界が真っ白に染まった。

「ええ! 結びます、その契約!」

 ナナリーの世界が螺曲がった。 
 いくつもの歴史、宇宙、人間を飛び越えて、世界という名の歯車が見えた。
 頭が熱い。それに目が燃えるような痛みを放っていた。
 知らず口からうめき声が漏れる。
 死にそうなくらいに身体が痛い。それでもなおナナリーは目指す光に手を伸ばす。
 
(力が欲しい!)
 
 その一念で。

 そして―――。

『どうだい、ナナリー? 新しい世界は……』

「ええ、そうですね」

 ナナリーはもう倒れてはいなかった。
 ベッドを背に、真っ直ぐとした姿勢で、座っていた。
 外見からは、何が変わったかわからない。
 だが、次の瞬間だった。

「……世界って、こんなに殺風景で、ちっぽけなものだったんですね」

 ナナリーの閉じていたはずの両の瞳が開いた。
 その右目にはギアスの赤いマーク。
 
 V.Vはナナリーにギアスを与えてしまったのだ。

 彼としてはナナリーとルルーシュに殺しあわせて、外からそれを見物し楽しもうとしていた。マリアンヌを憎む彼は、あの女の血をひく子供たちに地獄を味合わせてから殺してやりたかったからだ。
 
 
(愛しあう兄と妹を無理矢理引き裂き、目の前で殺しあわせる。
 こんな愉快な見世物はない!)

 V.Vは心の中で、喝采の嘲笑をあげていた。

 しかし、この選択がまたも世界を変えることとなる。
 V.Vは、この時何をしたか、本当の意味で理解してはいなかった。





 
第八話へ続く。



[15424] コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第八話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/18 23:11
 自分の執筆スケジュールとしてましては。
 忙しくなってきたので、日曜に一気に書き上げることにしてます。
 それから友人に文章を送って、駄目出しをくらいます。それから友人と「じゃあ、お前が書けや」「俺には文才がないんだよ!」みたいな喧嘩をしながら、推敲していきます。
 で、色々書き足していって、水曜完成。木曜更新みたいな流れです。
 趣味で書いているので、無理はしない程度に更新していきます。
 よろしくお願いします。
 


 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 

 




 
 イエメン州州都アデンの、捕虜収容所。
 戦時下にあってもかなり厳重な部類に入る牢屋の中に、サウードは入れられていた。アラビア連合の切り札でもある彼は、サウジアラビア州軍について貴重な情報を得ているものとして、ブリタニアに厳しい尋問を受けていた。
 取調べは数日に渡り、休む時間は一刻もない。
 疲れ果てたその身体を、再び狭苦しい牢に放り込まれたサウードは、ここにきて初めて自白剤をうたれた。抵抗するが、だんだんと頭が真っ白になってくる。
 それから数時間、過度な投薬による頭痛がひどく、牢獄の中、悶え苦しんでいたサウードに、その夜、カーンという男が訪ねてきた。顔中に髭をはやした、熊のような巨体の男だった。
 苦しんでいるサウードを、部下と一緒に愉快そうに見つめている。
 
「―――なるほど。いい面構えしてやがる」

 顎を軍靴で突かれ、上に持ち上げられた感覚がある。振り払う力もなく、相手の顔を睨みつける体力も残されていなかった。頭に霧がかったようなモヤが湧いていて、考える力を根こそぎ奪われていた。

「ええ。アラブ人は皆、精強で知られる砂漠の民ですからな」

「強いと言っても、……こうも反抗的ではな。現にこいつ、身体さえ動かせれば、俺の首を取りに来る気満々の目をしてやがる。もう少し従順そうな奴なら、使い道もあったろうに。さて、代わりになりそうなのを探すか」

「いえ、お待ちを。今現在この収容所にいるアラビア兵を束ねているのは彼です。この男、使い方を間違えねば、必ずやカーン様のお役に立つでしょう」

「ほう。たかがアラブ兵一人を高く評価したものだな。こやつなんぞアラビア王からすれば、捨駒の一つに過ぎんではないか」

「いいえ、カーン様。たかがアラブ兵一人だからこそ、この男はルルーシュを殺す最強の刃となるのです。確かに今の此奴には何もできますまい。鎖に繋がれ、過度な尋問で死ぬ可能性すらありえます。そんな明日の命をも知れぬ者だからこそ、ルルーシュは完全に油断し、隙を見せることになるでしょう」

「ふん、ではせいぜい期待しておくとしよう。この男のことはラッセル、お前に任せた。俺は最後の仕込みに入ってくる」

 そう言い捨てて、カーンが足早に去っていくのがわかった。

「さて、と」

 それからサウードは、ラッセルというカーンの軍師的な立場にいる男に、いきなり冷水を浴びせられた。薬で発熱した身体をいきなり覚まされて、サウードは飛び上がりそうなほどに驚いた。
 しかし、段々と意識が正常に戻っていくのを感じる。
 腕に太い錠を巻かれ、足に枷をつけられたサウードは、怒りに震えながら相手に射殺すような視線を向けた。
 ラッセルは青白い顔をした、書生風の優男だった。

「まるで獣だな。これ以上近づいては噛みつかれそうだ」

「……ぐっ、ブリタニアの犬め。殺してやるぞ」

「ほう。もう意識がはっきりしてきたのか」

 ラッセルはいかにも文官のようで、戦闘の心得など微塵もなさそうだった。
 武装も腰のホルスターにある拳銃一丁のようで、いかにも無用心である。

「わたしを恨むのは筋違いだぞ、サウード。お前が投獄され、このような目に合っているのも、全てはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。あの男のせいではないか」

「……なに?」

 この言葉には、サウードも少しばかり驚いた。
 自国の皇子に敬称もつけず、呼び捨てとは。

「先のカーンとか言う男との会話、朧気ながら覚えているぞ。貴様ら、反乱でも起こすつもりなのか?」

「―――反乱? プ、アハハハハハ!」

 ラッセルはか細そい身体をくの字に折り曲げ、心底面白いと笑い出した。

「違う違う。たかが元傭兵のわたし達が、超大国ブリタニアに向かって反旗を翻すなどありえない。カーン様が殺したいのはルルーシュ一人だけだ」

「それが謀反とどう違う!」

「あのルルーシュ皇子は、ブリタニアの皇族方にとっても悩みの種でな。まあ、そこらへんはお前のような馬鹿な捕虜が知るようなことではない。お前は黙ってわたしの言う事に従っておればいいのだ」

「……糞食らえだな」

 このラッセルという男、典型的なナルシストだ。それも自分の容姿ではなく、能力に酔っているタイプである。自分の頭脳、軍略に自信があり、人間を駒扱いして悦に浸る外道であろう。こういった連中をサウードはたくさん見てきたから分かる。
 ラッセルは戦いを、自分の能力を証明する為の、ゲームみたいにしか思っていない。

(こんな奴らのっ、ゲーム盤で動く駒になど、死んでもなってたまるか!)

 ブリタニアに良いように使われるくらいなら、ここで死んだ方がましだった。
 (いざ!)と死の覚悟を決める……。
 サウードが身体をバネのように使い、相手の細首へ噛み付くため、牙をむこうとしたその時だった。

「―――おっと。下手な真似はしないことだ!」

 殺気を感じたのだろうか、ラッセルはその場を飛び退いた。
 どうやら警戒心だけは強いらしい。捨て身にでたサウードを恐れてか、銃を片手に距離をとってしまった。

「い、いいだろう。我らの作戦に従うのであれば、ことが済み次第、お前たちの仲間全てサウジアラビア州に返してやろう。分からんか? 自由の身にしてやろうと言っておるのだ。簡単なことだ。交換条件だよ。ルルーシュの首と引換にお前達は釈放される。そういった司法取引だと理解したまえ」

「待て」

「これは破格の条件だろう! お前たちは憎き敵国の皇子を討てて、その首を持ってサウジアラビアへ凱旋できるのだ! なぁに、恐れる必要はない。ただお前たちは、わたしの言うなりの人形となって、従っておればそれで済む話なのだ! よって―――」

「待てと言っているのだ! 貴様本気でそれが可能だと思っているのか!」

 サウードは知らず怒鳴り声を上げていた。その迫力に後ずさるラッセルの前で、苛立たしげに唸り声をあげる。

「ブリタニアの中でもたかが下っ端の分際で、あのルルーシュという皇子を出し抜けると本気で思っているのか? そしてお前に言われるがまま従えば、俺たち全員を解放するだと? いったい、お前に何の権限があってそんなことを言っている! 俺たちをそこらの野良犬と一緒にするなよ、我らが忠誠はアラビア王家にのみ向かっている。貴様のような阿呆の言うことになど、一々付き合ってられんわ!」

 ラッセルは丸腰のサウード相手に、そのプレッシャーのみで気圧されていた。戦場を知る者と知らぬ者との差にできた、威圧感がじわじわと室内を飲み込んで行く。
 
「お、落ち着け、サウード! まあ、待てと言うに! そ、そんな簡単に決断を下していいのかな? この話を聞かせた上で、お前たちが従わぬとあれば、カーン様はそれこそ殺せとご命じになるだろう。お前の決断が部下全員を殺すのだ! わかったか!」
  
「ふんっ、最初からそう言って脅しつければ話は早かったのだ。それでこそ、俺がすべきことも定まろうというもの!」

 サウードは唇から犬歯を剥き出しにして、獰猛に笑った。

「いいだろう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを殺すのを手伝ってやる。そして返す刃でお前たちの首を撥ね、砂漠に捨ててやろう。この季節だ。すぐに干からびて良いミイラになるだろうよ」














『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第八話』











 アデン第二滑走路に、迷い込んできた一羽の小鳥がある。
 地面を走る振動に気づいたのか、一二回首を傾げると、すぐさま飛んで行ってしまった。
 その直後、風を蹴立てて、疾走してくる巨大な鋼鉄の騎士。ブリタニアの紋章にある青と白のペイントがなされたグラスゴー。
 名誉ブリタニア人のナイトメア部隊である。
 片手に持った、新装備のランスを振り回し、砂の斜面を滑りおりていく。
 ルルーシュは、強烈な陽の光を全身に浴びながら、その訓練風景を見ていた。
 先頭を走り部下を率いるは、トーマという北欧系の顔立ちをした男で、冷静な観察眼となかなかの操縦技術をもっている。しかし、今日はその冷静さがなく、後ろに続く部下を引きずるように、突出しすぎている。トーマが急制動をかけるのを、他の数機が慌ててブレーキをかけ、もたもたと旋回運動に入っていた。
 一旦、帰着してドッグに入ってきた彼らのうち、ルルーシュが叱責したのはやはりトーマに対してだった。

「なんだ今の訓練は! 他の者にもっと気を配れ! お前はナイトメアで戦いたいのか、サーカスをしたいのかどっちだ!」

「も、申し訳ありません!」

 アデン基地の最高司令官であり、ブリタニア皇子でもあるルルーシュに攻め立てられ、トーマは慌てて頭を下げた。しかし、ルルーシュの叱責は止まらない。
 アラビア半島南はなんとか支配下におさまりそうだが、まだ北にはサウジアラビアが余力を残して立ちふさがっている。
 ここで気を緩めるわけにはいかないのだ。

「それにしても、今の操縦はひどいものだったぞ。いつもの冷静なお前はどこに―――」

 その時だった。
 気落ちし、ますます小さくなるトーマに、見かねた同僚が助け舟をよこしたのだ。

「いやぁ、すみませんね、ルルーシュ殿下。こいつ彼女ができたんで、舞い上がっちまってるんですよ」

「お、おい! トーゴ!」

 勝手に秘密を暴露されたトーマは、慌ててお調子者のトーゴの口をふさいだ。小さいながら、何機ものナイトメアを格納しているKMF格納庫。整備班や技師からもあちこちにトーマを祝福する拍手が聞こえた。口の汚い中年の男など、皇子がいる前なのに、下ネタで笑いをとっている。戦争ばかりしていて、皆娯楽に飢えていたのであろう。連日連夜、トーマを連れての飲み会まで開いているらしい。
 
「ほう。トーマ、女ができたのか?」

 ルルーシュもなぜか怒る気が失せてしまっていた。指揮官として注意しなければならないはずなのに、祝福すべき気持ちになったのだ。

「相手は誰だ? この基地内にいるのか」

「あ、えっと。……はい。まだ管制見習いの、ジェシカという名なのですが……」

 皇子に対して黙秘できないトーマは、渋々ながら名前を告げる。その顔は可哀想に真っ赤になっていた。
 他の皆も相手の女の名前を聞くのは初めてなのか、とてつもなく驚いた顔をしている。
 
 いや、驚きすぎだ。
 
 皆が皆、飛び出るかというほど、目を大きく開けていた。
 
 しかし―――、それは単純に驚愕からのものではなかった。
 
 もっと複雑な、恐怖まで感じるほどの理由があったのだ。

「お、おい。トーマ……。ジェシカ……様、って、ブリタニア人じゃないか!」

(―――ほう?)

 ルルーシュの眉も一瞬ぴくりと動いた。
 部下一人一人の士気をいつも確かめていた彼でも、これは予想外のことだった。 

「あ、ああ。しかも、騎士侯の娘さんだぞ」

「貴族のご令嬢に手を出すなんて……、お前、死ぬ気か!」

 祝福の声が、次々に非難の声に変わっていく。その中心でトーマは為す術なく、沈痛な面持ちで下を向いていた。
 好きならば仕方ないというが、貴族はまずい。
 親が娘に手を出したのが名誉ブリタニア人だとバレれば、トーマを不敬罪で起訴することも考えられる。
 ルルーシュも、これにはただ驚いていた。
 まさか、保守的だと思っていたトーマが、これほどまで激情家だったとは。
 恋の為に全てを捨てる覚悟でもないと、こんなことはできようはずがなかったから。
 相手のジェシカという女を、ルルーシュも幾度か艦橋で見たことがあった。別にさほど美しい女性とは思わなかったが、そこそこ使える部下だと思った印象だけはある。
 
「好きになっちまったものはしょうがないだろう!」

 周りの非難の声を振りほどくように、トーマが去っていってしまう。
 それをルルーシュはやや呆れたような目で見ていた。

(やれやれ。恋とは厄介なものなんだな。あれほど冷静だったトーマをここまで狂わせて、惑わせるとは……。C.Cといい、女はよくわからんな)

 だが、ルルーシュの顔には笑みがあった。
 
(いつ死ぬかもわからないこの戦場で、恋にうつつを抜かせるのも強さ、かな。あいつには世話になってるし、できるだけ力になってやるか)

 恋のキューピットなど冗談ではないが、ジェシカの家に取りなしてやるくらいの権力はルルーシュにもある。いざとなれば、この戦場で手柄を立てたトーマを、騎士侯にしてやるくらいはできるかもしれない。本国貴族から色々文句が来そうだが、これまで付き合ってくれた恩返しだと思えば安いものだ。

「さて」ルルーシュは荒れた場を取り繕うように、声を張った。

「トーマのことは僕の方でも何とかしてみる。整備班は仕事に戻れ! 僕も久しぶりにナイトメア訓練でも―――」

 練兵場に隣接する第二KMF格納庫の方を見やったルルーシュだが、ちょうどそこに、二人の女性がこちらへ向かってくる最中だった。
 
 噂をすれば何とやら……。
 
 先頭をずんずん歩く、パイロットスーツを着ているのはC.Cだ。その後ろをヴィレッタが追ってくる。

「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止です! おやめください、C.C様!」

「別にいいだろう、これくらい。私を腫れ物扱いするお前たちに見せてやろう。私が本気を出せば、ラウンズとだって戦えるということをな」

 ルルーシュは瞳孔が開ききった体のまま、その場で硬直していた。何個もの事象を同時に処理できる脅威的頭脳を持つ彼だが、この場合、全ての能力をフルに使っても理解できなかった。

(なぜ、C.Cがここにいる! いや、それよりも、なぜヴィレッタがこの女を様付けで呼んでいるのか。なぜパイロットスーツを着ているのか、大人しく部屋にいろと言っておいたはずなのに、なぜこんな所をほいほいと歩いている!)

「おお、ルルーシュ。退屈だったから来てやったぞ」

「来てやったじゃないだろう。部屋で大人しくしてろって、言っておいただろうが!」

 ドッグの中が俄に騒然となった。
 今のルルーシュとC.Cの会話は、何も知らない人間が聞くと、恋人同士のやりとりにしか思えない内容だったからだ。

「いやはや、恋の季節だねぇ」

「俺、ルルーシュ殿下は将来、モニカ様かアーニャ様とくっつくと思ってたよ」

「俺もだ。ここにきて新たなダークホースの出現だな」

 ルルーシュは勝手なことばかり言っている整備班の連中をきつく睨みつけた。
 皇子の雷を恐れてか、皆がそそくさと仕事に戻っていった。
 しかし、その場に残ったどこか浮かれた空気は、消えそうになかった。

 恐れていたことが、現実になろうとしている。
 
 ルルーシュ皇子の恋人発覚、この噂は一日で基地中全てに広まった。










「退屈だ……」

 ドッグの騒ぎから五日間。
 C.Cはルルーシュの部屋にずっと閉じ込められていた。最高級の調度品に囲まれ、三食昼寝付きの宿を手に入れたことは、彼女にとって幸いなことだったが、さすがに五日間一つの部屋に監禁ともなれば退屈にもなってくる。ルルーシュも気の毒に思ったのか、毎日チェスやらショウギやら、色々持ってきてくれるが、全て彼の得意なゲームばかりだ。
 負けず嫌いなルルーシュは、決してC.Cに勝ちを譲らない。
 ボードゲームに飽き、外に行きたくなるのも時間の問題だった。

『やれやれ。今日もルルーシュ殿下は部屋を掃除させてくれないようだよ』

『そりゃ、あんた。もうあのお方も十五歳。お年頃なんだよ』

『まあ、こっちは仕事が減って嬉しいかぎりだけどさ』

 そろそろ陽も暮れようという頃合いになって、ルルーシュの部屋を掃除しにきた家政婦たちが、部屋の外で笑い合っているのがわかる。雇用対策の一つとして、名誉ブリタニア人の政庁登用で採用されたアラブ人女性たちだ。給料はそれなりに良いようで、「皇子万歳!」「今日は肉でも買って帰ろうかしらね」と浮かれた会話を続けている。
 気楽に街に遊び行って、恐らくピザをたらふく食べているであろう彼女達がひどく羨ましい。

 確かにルルーシュが、C.Cの存在を他人に知られないよう努力しているのは知ってるし、もう手遅れだと思うが、その気持ちは理解できる。しかし―――。

「―――手錠をつけるのはひどくないか?」

 C.Cの手には固く頑丈な鎖付きの手枷がついていた。
 部屋の中はどこにでも行けるようになっているが、部屋の外には決して出れない長さの鎖になっている。

「酷いのはどっちだ! 言いつけを破って、勝手に基地内を歩き回りやがって……」

 執務机に突っ伏していたルルーシュが、ひどく億劫そうにそう怒鳴った。 
 備え付けのノートパソコンで、ネットの情報でも拾い集めているのか、その瞳が左右上下に素早く動いている。
 現在C.Cの立場は微妙なところにあった。
 基地内で好きなように、行動していた結果がこれだ。
 曰く。
 皇子の妾妃である。 
 皇子の護衛。
 皇子の雇ったメイド。
 実は凄腕のナイトメアパイロット。
 このような噂が一人歩きし、基地内で彼女は一躍有名人となっていた。なにせルルーシュの部屋に四六時中一緒におり、それを咎められないC.Cは、皇子にとって特別な女性なのだと勘違いされても仕方ない状況だ。さらに、体術にも優れ、ナイトメア操縦技術はラウンズ級ともなれば、その存在を特別視する輩も大勢現れてくる。ヴィレッタなども気を使って、深夜になると仕事をあまりまわさなくなってきた。
 完全に誤解されているが、C.Cは別にそんな些事など興味はない。

「言いたい奴には言わせておけばいいだろう」

 C.Cはベッドと鎖で繋がれた手錠を忌々しく睨みつけ、低い唸り声を漏らしてベッドへ身を投げ出した。ボフンとスプリングが揺れて、シーツが乱れた。もうこのベッドはC.Cの所有物みたいになっていた。そのくせ、掃除をするのは、いつもルルーシュである。
 可哀想に、彼はいつもソファで寝ていた。

「ルルーシュ、何をそんなに苛々しているんだ?」

「お前の存在全てに苛々してるよ!」

 即怒鳴り返してくるルルーシュのツッコミの早さで、彼がどれほど苛々しているかが理解できよう。
 C.Cはそんな空気を変えようと彼女なりに努力していた。

「そうか。まあ、冗談はこれくらいにしてだな」

「いや、冗談じゃないんだがな。……皇子というのはお前が思っているよりも、体面を気にするもんなんだよ」

「クロヴィスなどは好き放題やっているようだが……」

 C.Cはルルーシュの愚兄の女性関係の過去を語ってみせた。
 マリアンヌがゲラゲラ笑って言っていたのを、思い出したのだ。

「どこで調べた、そんな情報……。まあ、いい。あの兄上が女性にだらしないのは昔からだからな」

「なるほど。家柄の差か……。マリアンヌは庶民上がりだったからな」

 クロヴィスは第三皇子であり、その後ろ盾がしっかりしているので、多少のスキャンダルなどは、秘密裏にもみ消してしまえるのだろう。だが、ルルーシュはそうはいかない。ちょっとしたミスでも皇族会議で叩かれて、一気に悪評を流されてしまいかねなかった。
 
 特に女性関係での問題は、皇族間で意外と根が深い。
 
 現在長兄オデュッセウスや第二王子シュナイゼルなどの力の強い兄たちに、特定の女性がおらず、子供もいない状況が続いていて、ここで下位の皇子が勝手に結婚し、子供を作ることはできなかった。皇位継承順位が狂ってしまうような行いはできるだけ避ける。
 それが宮殿内でしぶとく生き抜く最低限のルールだ。
 
「……別に母さんが庶民だから、全てが弱いわけじゃなかったさ。アッシュフォードが後援にいてくれた時は、もっとましな立場だったしな」 

「今はジェレミアやキューエルらが後援なのだろう?」

「ああ。あいつらには何かと迷惑をかけているが、正直に言うと、後援として彼らの家柄は少し弱い。権力というものは、金のあるところに湧いてくる。今の僕には圧倒的に資金的余裕がないんだ」

「ビスマルクは?」

「あいつは駄目だ。金の無心などしようものなら、ボコボコにされる」

「ふっ。なんだ、あいつ。お前の父親にでもなったつもりでいるのか」

 ビスマルクは一切、ルルーシュを甘やかしてこなかったらしい。まあ、あの潔癖な男らしい選択だ。C.Cは良く顔を見知った仏頂面の男を影で笑ってやった。どうやらあの唐変木、本気でルルーシュのことを教育していたらしい。

「それでか。さっきからずっとマウスをカチカチと……」

 ルルーシュはさっきからずっと、パソコンと向きあって株のトレードに夢中になっていた。
「フハハハ! 金儲けとは意外に簡単なものだな!」と、怪しげな高笑いをあげている。
 元々経済的知識も先物取引などの市場感覚も豊かなルルーシュのことだ。面白いほど儲かるのだろう。

「株はただの趣味だ。今は僕個人のスポンサーになってくれそうな大貴族や会社を探している最中だ」

「おい、政務はどうした? 今朝ヴィレッタが大量に書類を持ってきていたが……」

 最近ヴィレッタも、C.Cがここにいるのが慣れたのか、朝になると平然とこの部屋に書類を持ってくるようになった。
 哀れにもヴィレッタも今やC.Cのパシリ要員になっていた。ピザや、インターネットで注文した衣服などを、彼女に取りに行かせている。

「何を言っている、C.C。仕事は午前中のうちに終わらせただろう」

「そうだったか。……ふんっ、可愛気のない男だ」

 金儲けに夢中になって、C.Cの話をぞんざいに聞いているルルーシュに、段々と腹がたってきた。ただでさえ、退屈なのだ。話にくらい付き合ってくれても罰は当たりはすまい。
 
 しかし―――。

(うん?)
 
「―――ふっ」

 その時だった。いつも小生意気な笑みを浮かべて、他を見下ろすようなこの男が、年相応の笑顔を浮かべたのは。
 何かネットのブログのようなぺージを見て、くすくすと笑っている。
 ベッドから跳ね降りて、C.Cも液晶画面を覗き込んでみる。

(この女は確か……)

 そこには、ルルーシュの親友であるという、アーニャのHPが映し出されていた。
 恐らくフランスかドイツの渓谷地帯だろう美しい山々を背景に、ジノ、モニカ、アーニャの三人が写真で手を降っている。彼らの足元にはEUの主力機体の残骸が散らばっていた。
 どうやら戦勝報告のようだった。
 シュナイゼルの指揮のもと、ビスマルクの部隊に配属され、順調に手柄をたてているという報告が詳細に書かれていた。

「前言撤回だ。意外と可愛いところがあるじゃないか、お前も」

「……何を言っている、C.C」

「ブログか。いや、まるで交換日記のようじゃないか」

「やめろ。恥ずかしい言い方をするな」

 ルルーシュは本気で照れているようだった。ぼそぼそと言葉少なげに、反論を試みている。
 アーニャという女にせがまれて、仕方なく作ったという自分のブログに、お返しの日記を書き込んでいるらしい。やるとなったら、とことん凝るというルルーシュである。そのHPはコンテンツが意外に豊富で、ゴシック調の黒い装飾に、この男らしい趣味が伺えた。
 しかし、文量は多いのだが、写真は少く、どこか彩りに欠けているように感じられた。
 そこでC.Cの心に悪戯心が芽生えた。

(ふむ。後で私が少しいじってやるとするか)

 C.Cは深く考えることなく、後々ルルーシュとC.Cが少し映った写真を載せてしまうことになるのだが。それを見たモニカが怒りで卒倒するのは、また別の話だ。

「なるほど。そいつらがお前の仲間か」

「ん? ああ。友達だよ」

「ラウンズ候補の友人が三人もいるとはな。これはさぞ心強いだろうな」

「……否定はしないよ。だが、彼らはここにはいない。よって盤上には含めない」

 ルルーシュの瞳に獰猛な獣のような色が帯びてくる。
 机の上に置いてあったチェス台にある、ポーンの駒を手で弄び始めた。 

「この基地内にいる兵士は皆、僕個人の兵士というわけではない。本当の忠誠を誓ってくれるのは純血派と、トーマたち名誉ブリタニア人部隊だけ。彼らを仮にナイトと、ビショップだとしたら、果たして僕のクイーンやルークはどこにいるのかな。ポーンはたくさん盤面にあるが、―――裏切り者も混じっている」

「実に複雑な戦局だな。敵よりも味方の駒にキングが苦しめられているとは……」

 C.Cは皮肉げに笑って、黒のキングの側にあるポーンの駒を手にとった。
 手錠を掛けられた手で、器用に駒をクルクル回してみる。

「黒の陣営にいるこの駒の幾つかが、自らのキングに槍を向けているというわけだ」

「ああ、背後から常に狙っている。この駒がクロヴィスくらいの実力なら、楽に勝てよう。だが、僕は絶対に楽観視はしない。この戦力でシュナイゼルを墜とすくらいの覚悟で望むぞ」

 ルルーシュには過去、シュナイゼルとのチェスの勝負で負け続けた苦い記憶がある。
 「くくく」と不敵に笑い、足を組み替えた。

「ふんっ、当面のアラビア侵攻はこれでいい。次は味方集めと反逆者狩りが急務になってくるな。カラレスも僕の足元が固まる前に絶対に動き出してくるはずだ。全てはこれからさ」
 
「二週間後だったか。アラビア連合軍との和平会談は」

「そうだ。表向きはな」

 ルルーシュは盤面場の敵軍である、白のキングに視線をうつした。

 表向きは和平会談、その実は降伏に向けての交渉である。 
 ほぼ半数以上の州を支配下におかれたこの状況でなら、交渉をルルーシュ優位で進めることができるだろう。狙うはサウジアラビアの軍事力の縮小。いくらか時間がかかるが、あの王国を骨抜きにするにはこれが一番である。アラビア王は強力な力を背景に民衆を支配しているので、その力をまず削ぎにかかるわけだ。

 ここで、C.C自身、あまり意図しなかったことだが、知らず言葉が漏れていた。
 
「……仲間集めか。どうだ、ルルーシュ。お前が本物のクイーンを見つけるまで、私がクイーンのかわりになってやろうか」

「―――何?」

 ルルーシュが驚いた顔でこちらを向いた。
 C.C自身、あまりこの皇子に深く関わるつもりはなかったのだが、ついその場のノリで口に出てしまったのだ。

(む……。これではマリアンヌにまた馬鹿にされそうだな)

『―――どう、私の息子。中々いい男でしょう? やっぱり母親の教育が良かったせいね』

 案の定、茶化すような声が頭の中で聞こえてきた。
 彼女はいつでも、C.Cと連絡をとれる立場にある。

 ―――死んだはずのマリアンヌ。

 本来ならば、もう二度と会えないはずの彼女が、C.Cの頭の中に現実に存在していた。
 これもギアスの力。C.Cが彼女に渡した異能の力である。
 
(―――人前では話しかけてこない約束だろうが) 

『あらら。ごめんなさい』

 C.Cはマリアンヌを無視して、ルルーシュに向き直る。
 その瞳には、『ルルーシュを契約者候補としてしか見ない』という、冷酷でありながら、強い意味を込めていた。  

「勘違いするなよ。別にお前がどんな運命を辿ろうが、私は一向に構わないんだ。ただ一宿一飯の礼というものがあるだろう。要するにそれだ」

「……はぁ? いきなり何を言っているんだ、お前は」

「ふんっ、不愉快だ! 私はもう眠る。いい加減手錠をはずせ!」

「お、おい。いきなり何を怒っている! おい、C.C! ぐはっ」

 ルルーシュを殴りつけ、無理矢理鍵を奪って、乱暴に手錠をゴミ箱に放り投げる。そして身体全体で倒れこむようにして、C.Cはベッドにうつ伏せになった。

『くすくす』

 マリアンヌの静かな笑い声が、いつまでも耳に響いていた。












 オマーンとドバイが同時に降伏を宣言した。両州とも、占領したのはジェレミア・ゴットバルト指揮する純血派の部隊が中心だった。
 アラビア連合軍総帥並びに、アラビア国王ファイサル・メハドが、その知らせを受け取ったのは、サウジアラビア州歴史記念館の中であった。
 初代アブドルアジース国王より、何世紀も続く我が国の偉大さを噛みしめていたのだ。
 
「ブリタニア皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアから、和平会談の申し入れだと?」

「は」

「使者が来たのか? そんな知らせは受け取ってはおらんぞ」

「いえ、今朝方の通信で……」

「なにぃ」

 ファイサルは周囲の衛兵たちや官僚に睨みをくれた。国と国の会談を設けるならば、それ相応の礼儀でもって、正式な使者を立てるべきであろう。この王は相手がどのような強国であっても、馬鹿にされるのは死んでも我慢ならない性格の持ち主であった。
 暗殺を常に警戒する神経質さと、たやすく激怒してしまう熱しやすい性格の、コントラストが印象的な国王である。
 
「それが……」

 報告にきた官僚が青い顔をして、ファイサルの前に跪く。

「ブリタニアに捕虜になっている者のうち、数名が釈放されるので、受け取りに来て欲しいとの内容も含まれておりまして……」

 「それを早く言え」と乱暴な手つきで、差し出された電報の紙を奪い取った。
 ファイサル・メハド。当年六十一の、アラビア王国国王であり、先祖代々続く強力な財政を武器に、中東の覇者と名乗りを挙げいている猛将でもある。
 大柄な恰幅のいい体格で、真っ赤な血をイメージしたターバンを頭に巻いている。とがった鷹のような目をしたこの老人だが、まだまだ精力的で野心に満ちた顔をしていた。

「州境、いやサウジアラビア南部にて会談、か。完全に敵軍射程距離内ではないか。これは完全になめられておるわ」
 
 先の奇襲作戦の敗北は敵を侮った官僚たちのせいである。跪いて震えている部下ににらみをきかせながら、ファイサルは電報紙を細切れに引き裂いた。後ろで控えていた侍女がその紙片を丁寧に片付けて行く。

「―――王よ」

 ファイサルの横に控えていた老人たち数人が、部屋を出て行く国王を追いかけていく。どれも七十を超えたアラビア連合の長老たちだ。軍略に乏しいファイサルの軍師としての役割を果たしている。

「で、どうなさいます? やはり、この会談には応じられませんか」

「当然だ。どうせ経済封鎖を解いてやるから、降伏しろとでも言うつもりであろう。ブリキの小僧が粋がりおって。たかがサウード一人を倒し、巡洋艦二隻沈めたくらいで、もう勝ったつもりか!」

「サウード殿は有能な将ですぞ。返してもらえるものなら返してもらいなされ」

 王の怒りに少しも臆した様子がない長老たち。
 彼らは幼少の頃から、ファイサルを支え続けた腹心の部下でもあったからだ。こういった諫言を平然と行える部下がいる軍は強い。それは何百年と続いたアラビア王家の歴史でも証明されている。

「では、この王たる俺が、たかが十五のガキに頭を下げねばならぬと言うのか!」

「ルルーシュ皇子。聞いた噂よりも、格段に優秀な少年のようですな。うつけと評しているブリタニア本国からの情報は、間違いであったとのことでしょう。かの皇子と本気で戦を構えるよりは、こちらから話し合いのテーブルに付いた方が得策かもしれませんぞ」

「では、会談にはお前たちのいずれかが出席せよ。俺は絶対に行かんからな!」

「……相変わらず負けず嫌いなお方ですな。大人気ない」

「うるさい! アフリカもブリタニアといよいよ事を構えようかという頃合、これ以上アラビア半島に長く駐留するのは、奴らにとって不利。ルルーシュ皇子が馬鹿でなければ、ここでの勝利でひとまず戦を終わりにしたいと思っているはずだ。だが、ここにきて和平などと冗談ではないぞ! 奴ら皆殺しにしてくれるわ!」

「ほう。王はブリタニア本国からの援軍はないとお考えですか?」

「うむ。実はなカラレスとかいうブリタニアからの裏切り者がな。先日俺に暗号通信でルルーシュ暗殺の協力を頼んできおった。かの皇子が本国から嫌われておるのは事実のようじゃぞ」

「ふゥむ……」

 長老たちは考えこんでしまった。
 対してファイサルの顔は、獰猛な笑みで満ちている。
 顔面を染めていた苛立ちがもうとうに消えており、目の前に見えるのは勝利の二文字だけである。

(この勝負、勝ったな。ルルーシュが暗殺されれば、後はカラレスとかいう無能者の首をこの手で引きちぎってくれるわ。するとどうだ! オマーンやドバイといった領土も俺がまとめて併合できるではないか!)

 連合を組んでおきながら大した戦も交えずに、降伏した両州をファイサルは許すつもりはなかった。首長全員、処刑してやるつもりだ。そしてアラビア半島を、サウジアラビアで統一するという、初代王家からの悲願を果たすのだ。
 
「ファイサル王、ともあれ、アデンにはルルーシュ皇子率いる隊がわずかに数百しかおりませぬ。すでに我らと戦争になって一ヶ月は経とうというのに、草からの報告によれば、アデンにまったく動きはない様子。ファイサル王、ここは会談に儂ら全員で望み、敵の出方を直接窺ってみようかと思っております。よろしいでしょうか?」

「うむ。会談の結果がどうなるにせよ、俺は戦の準備を整えておこう。中華連邦インド省から横流ししてきた新型ナイトメア、あれを使うぞ」

「はっ、承知しました」

 長年オマーンやイラクと戦い続けてきたファイサルである。たとえ世界の三分の一を占有するブリタニアだろうと、自分の剛腕で押し返せると信じていた。

 このどこか暴れん坊だが、強力な力で臣下を引っ張り続ける中東の覇者。
 
 彼がルルーシュの目下の敵であった。
 
 







 アラビア連合国との和平会談への出立まで残された時間、ルルーシュは自室に届けられる機密の情報の洪水に溺れていた。
 書類には誰彼がどこぞのレストランで、どういった話をしていたかなど、細かく全てリストアップしている。
 普通スパイというものは、敵国に対して放つものであろう。
 だが、ルルーシュは自分の統治エリアに、スパイを放っていたのだった。
 C.Cもその書類に、めんどくさそうだが、目を通している。何も働かない彼女にピザを毎日恵んでやるのが、馬鹿らしくなったからだ。今のルルーシュに二ートを優しく養ってやるほどの心の余裕はないのである。今、C.Cはルルーシュの補佐官兼、護衛官としていた。
 書類には、和平会談に同行する兵士たちのうち、カラレスと繋がりのある者、カリーヌ子飼いの者たちなどの名前がリストアップされている。
 
 そこにカラレスの部隊の中に、カーンという名前があった。
 
 雇ったスパイに特に集中的に調べさせた結果、ここ最近何かと動きまわっている怪しい人物らしい。
 
 騎士であるカーン自身で捕虜を尋問したり、昔仲間の傭兵団と密に連絡を取り合っている。彼らの会話の全部が全部盗聴できたわけではないが、和平会談で何かアクションをとってくるだろうことは、何となくだが把握できた。
 この和平会談ではサウジアラビア側に、サウードたち捕虜を返還するよう準備が進められている。そして会談中は兵士たちの武器が没収され、ルルーシュも一番無防備になっている頃合いだ。
 十中八九、ここでカーンは仕掛けてくるのだろう。

「フハハハ! 甘く見られたものだな。この程度の策で僕を殺そうとは……」
 
「ルルーシュ。お前のまわりの貴族は、腹が黒い奴らばっかりなんだな」

 C.Cが呆れたように、もはやブラックリストと化した書類を投げ捨てた。
 ルルーシュは全てにおいて、自軍の動きは把握していた。
 暗殺者たちは、ルルーシュを殺すため、色々と動いていたが、いずれもルルーシュの手の平の上で踊っていただけだったのだ。情報戦でこの皇子に勝てる者など、果たしてこの世にいるのだろうか、という手並みだ。
 
「くくく、貴族と言っても、事情が色々とおありになるらしい」

「だが、お前の本当に知りたがって情報はどこにも載っていないな」

「……ああ。それだけが残念だよ」

 本当に知りたい情報とは、―――カラレスがルルーシュ暗殺に関わっているという事実である。カーンがいくらカラレスの騎士だとしても、それだけで全ての責任がカラレスにあるとは実証できないのだ。

「ん? ルルーシュ、代わりに面白い情報が入ったぞ」

「どうした?」

 C.Cがルルーシュにその分厚い書類を放り投げてくる。
 ルルーシュはそれをキャッチし、ぱらぱらと内容を見ると、驚きで目が丸くなってしまった。

「ブリタニアの業者が、アラビア半島北部―――つまりはサウジアラビア諸国と、ブリタニアとの貿易が禁じられている今、ナイトメアを横流しして売買を繰り返しているだと? ほう、インドからのKMFパーツの輸出を大量に行っているな。間違いなく違法だ」

「ルルーシュ、その業者、ここイエメン州のエリア内でも活動しているらしいぞ」

「大胆な密輸業者だな。僕の膝下のアデンで売買とは」

「今度行くジザンに、その業者の巨大なコンテナがあるらしい」

「そうか」

 書類を閉じて、ルルーシュはテーブルの上に足を投げ出した。

「おい、私には行儀を注意しておいて」とC.Cが無作法を咎めてくる。しかし、こうも殺伐とした世界だ。ルルーシュの心が荒れてくるのも無理はない。誰が味方で誰が敵なのか。
 もしかしたら、まわり全てが敵で、今にも銃で狙われているかもしれない。そんな恐怖を今まで味わってきた。

(―――母上が死んでからずっとだ)

(僕の命は、僕から全てを奪った者に対する、復讐の為に使うつもりだった。だが、ここにきて味方が増えた。誰が敵か、味方なのか、早期に発見しないと、頭がおかしくなりそうだ)

 ――――疑心暗鬼、それは王をも殺せる必殺の毒である。
 誰も信じることができなくなった者は、いずれ滅びさるのみだ。

「―――やはり、お前にギアスは必要だと思うが……」

 C.Cの静かな、そして僅かに悲しげな声は、ルルーシュに聞こえることはなく、彼女は自分に与えられた仕事に没頭するしかなかったのである。  




 

  
 
 
第九話へ続く。



[15424] コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第九話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/02/25 23:57
 今回もの凄い量を書いた気がする。気のせいかなw
 心の赴くままにキーを押しました。あまり深く推敲できなかったのが残念。
 作者としては楽しかったけど、皆さんが楽しんでくれるかどうか心配です。
 


 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 

 







 これは今より数カ月前の出来事。
 トーマがまだ、訓練兵だった頃のことだった。

『名誉など獣のようなものだ。飼い慣らしてこそ価値がある』

『なんであいつらと、俺たちブリタニア人が同じ兵舎なんだよ!』

 ―――いつまでもやまない差別。

 ―――どこかしらから向けられる侮蔑の視線。

 名誉ブリタニア人であるトーマは、そうしたブリタニア人の不満の声を、他ならぬトーマたちの部隊の前で毎日聞かされていた。
 あれは、コンクリート造りの壁で仕切られた体術訓練所でのことだった。
 トーマたちは全員両膝を地面に着かされており、周囲にはサディスティックな笑みを浮かべた正規兵で囲まれていた。あたりに派手に飛び散った血痕が、その物々しさに拍車をかけている。
 長い駐屯でストレスの溜まった兵が、より下士の身分の兵を暴行することは、戦場ではよくあることだった。名誉ブリタニア人など、特にその被害にあいやすい。
 トーマたちの顔には皆殴られた痕があり、気絶して倒れている者までいた。
 名誉がナイトメアを操縦していること。そしてルルーシュ皇子の覚えがめでたいことも彼らには不満だったようだ。彼らの暴力は執拗で、容赦がなかった。

『ふんっ、腰抜けめ。一度も反撃してこないとはな……』 

『こんな屑を相手にしても時間の無駄だ。行くぞ』

 ―――どれくらい殴られていたのか。
 
 正規兵らが嬲ることに飽き、唾を吐き捨てて去っていく。
 暴行はいつも、嵐のようなものだった。
 突然やってきて、時間が過ぎれば去っていく。
 トーマたちはただ耐えていることしかできなかった。相手には貴族もいる。下手に反撃しようものなら、不敬罪で処刑される可能性だってあった。

『トーマ、俺は悔しいよ……』

『俺もだ! あいつら、今から一発でもいいから殴ってきてやる!』

 地面に横たわったままで、仲間の皆が涙を流している。
 これもいつものことだ。
 せめて恨みだけでもこぼさないとやっていられなかった。
 名誉ブリタニア人だろうと悔しいものは悔しい。これほどの屈辱、皆がこらえられるはずがないのも理解していた。しかし、トーマはそこでいつも皆をなだめていた。
 
『―――駄目だ。ここで俺たちが暴力でもって奴らに対抗したらどうなる。今まで耐えてきたものが一瞬で消えてしまうぞ』

 そう、耐えてきた。
 
 ずっと耐えてきたのだ。
 
『―――ブリタニア軍で成り上がる。そして、名誉ブリタニア人制度を廃止させるんだろ』

 トーマの力強い言葉に、皆はようやく握った拳をおさめてくれた。
 しかし、ここでトーマは、一つだけ皆に嘘をついていた。

 ―――いや。

(名誉ブリタニア人制度の廃止……。本当にそんなことが可能だと思っているのか?)

 ―――嘘をついていたのは、自分自身に対してだったのかもしれない。

 同じ部隊の仲間を説得した彼自身が、現実に目標が成就されることを信じていなかったのだ。名誉ブリタニア人が、ブリタニアを中から変える。そんな夢物語、信じていられるほど彼は幼くなかった。
 トーマは皆が思っているほど、冷静な男でもなんでもない。

(冷めているだけだ。俺なんて……)

 明日を信じられなくて、現実を絶望しているのはトーマ自身だった。
 正規兵に殴られている最中も、別にそれが屈辱になど感じていなかった。
 最初はもちろん悔しかったし、涙も流した。
 だがそれが続くと、屈辱にも慣れてきた。
 長い差別に人の心は摩耗する。途方もない夢をずっと信じていられる人間などどこにもいなかった。

 しかし―――。

『―――まったく……。お前らはまた反撃しなかったのか』
 
 そんな絶望の闇を裂くようにして、ルルーシュ皇子は現れた。
 艶やかな黒髪に、中性的な顔立ちの少年。
 同じ訓練生としてビスマルクに鍛えられてきたが、恐れ多くてあまり会話する機会もなかった。彼は賢く強く、いつも周りにラウンズ候補生がいた。
 トーマの同僚である名誉ブリタニア人の女性兵士からの人気も高く、トーマにとってはますます手の届かない存在だった。
 
 その皇子は―――なぜか、トーマたちをよく気にしてくれていた。

 今日も見回りとの名目で、恐らく自分たちの様子を見に来てくれたのだろう。

『よくもこれだけやられて、平然としていられるものだな。僕だったら相手を絶対に許さないが』
 
 傷つき倒れ伏しているトーマたちを、その紫の瞳で見据えていた。その口元は不快そうにへの字に曲がっている。
 自分よりも五歳ほど下の、まだ若い皇子様。
 だが、その器は信じられないくらい大きかった。
 
『トーマ、立て』

 ルルーシュが命じると、後ろに控えていた兵が近づいてきて、トーマの身体を支え起こした。状況がわからず不審気な顔をしているトーマの足元に、さらに別の兵が、ブリタニア軍正規兵の装備一式、運んできた。
 青と白の派手な軍服。オートマチックの銃、それに黒い軍靴。
 
 そして、ルルーシュがとある小さなものを放りなげてきた。
 それはナイトメアの機動キーだった。

『それをお前にやる』

『は?』

『お前を僕直属の名誉ブリタニア人ナイトメア特殊部隊の隊長に任ずる。隊名が長すぎるなどの不満があれば、適当に省略すればいい。お前にここにいる数十名の指揮監督権を与える。全員をよく監督せよ』

『ま、待ってください! 名誉ブリタニア人はナイトメアに乗れません! どうして俺たちだけが!』

『言っただろう。特殊部隊だと。僕は単純に力があって結果を出せるお前たちを優遇しているだけだ。ただし、戦場で僕の指揮に従う義務が生まれる。僕が死ねと言えば、お前たちは死ななければならない。それが嫌なら今ここで辞退しろ』

 ルルーシュは偉そうな顔で、トーマの眼前を行ったり来たりした。名誉ブリタニア人たちは突然のこの成り行きを呆然と見守っている。
 同じビスマルクのもとで鍛えられてきた仲間であり、トーマたちにとっては司令官である皇子。

 その言外に込められた意味を読み取って、トーマは深く頭を下げいてた。
 
 名誉ブリタニア人部隊がルルーシュ皇子直属の兵になった。つまり今これよりトーマたちに暴行したり、侮辱したりすれば、それは上司であるルルーシュをも侮辱することに繋がるのだ。

(このお方は、我らを守ろうとなさってくれている……)

 言葉では命令に従え、服従しろと横柄なことを言いながらも、この皇子は優しさを忘れず下々の者にまで気を配っているのがはっきりわかった。

『……殿下。不詳ながら俺も兵士です。駒になる覚悟なしに戦場に出てはおりません。我らの命でよければ、思う存分お使いください。その代わり、我らもあなた様を利用させていただきます!』

 トーマの胸に今までなかった誇りが満ちるのを感じる。皇族を利用するなどと、不敬罪で打首になるところだったが、ルルーシュは唖然とした後、大笑していた。

『いいだろう』

 ルルーシュは自分の腰から剣を抜いた。刃が虚空を凪ぐ音とともに、弧を描いた剣先がトーマの肩にぴたりと押し当てられる。略式の騎士叙任式だった。あの時の胸の高鳴りと、初めて皇族というものに忠誠を覚えたあの一瞬を、トーマは決して忘れていない。

『この剣をお前に与える』

『ははっ』

『―――力さえあれば、自分の大切なもの、全部守ることができるんだ。僕はブリタニアの力こそ全てという風潮には反発を覚えている。だが、力がないと何も守れないし、何も変えられないのも確かだ。僕は力を手にいれる。ブリタニアを変えられるだけの力を……。お前もそうだろう?』
 
 かつて語り合った夢があった。
 皇子と名誉ブリタニア人。双方、身分の壁は大きかったが、その時だけは心は一緒だったと思う。トーマの心に絶望に似た諦観は消え、ただ希望だけが残っていた。それは仲間たちも一緒だったのであろう。皆の理想に燃える瞳が今でも思い出される。
 
(―――ルルーシュ殿下を支えよう。このお方を皇位継承者上位にして、我ら名誉ブリタニア人の旗頭となってもらうのだ)

 そして、時は流れて……。
 
 秘めた決意は、微塵も変わることはなく―――。














『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第九話』














 会談場所は、イエメン州を西海外沿いに北上したサウジアラビアのジザン。ソマリアからの船が点々と停泊し、EU支配下であるエジプトからの輸入品が数多く仕入れられている貿易港であった。精密機械などが主な輸出品のようで、港の周りにはもくもくと煙をふかす工場が多々建設されていた。巨大なコンテナが所狭しと並んでおり、異国情緒あふれる街並みの露店に普通にナイトメアのパーツが売られていたり、闇取引のメッカとも呼ばれる発展都市だった。
 会談は、その街の中央で行われる予定だ。
 敵の余計な策が待ち受けていないよう、両者十分に調整を行った上で、ジザン市庁舎に会談の間が設けられた。
 ルルーシュは背後に補佐官であるC.Cとヴィレッタ、護衛に純血派の面々をつけ、約束通り重火器のような武装はなしで登場した。約束の時間まであと数時間、まだまだ時間はかなり余っている。空は曇天模様で、時折珍しく稲光のような閃光が天を割っていた。
 市庁舎の前には、カーンが率いる部隊と、トーマたち名誉ブリタニア人部隊で、サウードら捕虜を護送してきていた。確実に何か企んでいるであろう、カラレスの部下たちを監視させる目的で、信頼しているトーマを配置していたのだ。
 サウジアラビア州軍が率いてきた軍も五十名ほど庁舎には詰めているが、ブリタニアとアラビア連合両国の浮遊航空艦二隻で上空の監視をさせている。
 あまりに手薄な護衛はアラビア連合の豪胆さを示すためのものだろうが、ジザン郊外にはサウジアラビアを脱出したいと願う難民のキャンプがあった。もし彼らが暴れだしたら、この街の衛兵では対処しきれないだろうという不安もルルーシュにはあった。

「おい、サウジアラビアの元老共がブリタニア皇子にお会いになるらしい」

「何? じゃあ、そのお偉いさんたちに俺たちで直談判すれば、この封鎖を解いてくれるんじゃないか」

「馬鹿。今、下手な動きをしたら殺されちまうぞ」

「でもよ……」

 彼らはサウジアラビアの徴兵と重税の生活苦に困り、イエメン州に逃れようとした領民たちだ。しかし、貴重な労働力であり、戦闘員である民を逃がしてはならじとしたアラビア王の政策により、彼らは難民となって、ここジザンでキャンプを作っていたのだ。
 砂漠の上に建設された天幕の仮設住宅は、決して居心地は良くなく、昼には砂嵐、夜には夜盗が襲いかかってくることもあって、とても安寧な暮らしなど望めないことが多かったのだ。

「ルルーシュ様……。州境にジェレミア卿ら、主力ナイトメア部隊を配置しておきましたが、この難民全てが敵となった場合、救援は間に合いません」

 ストレスの溜まった難民たちを、市庁舎ビルの窓から見ていたヴィレッタが、心配そうに訊いてきたが、

「……だが、住民を不安にさせるような大軍を引き入れるわけにはいかない」

 ルルーシュは額の汗を手の甲で拭って、かぶりを振った。空調の不安定なビルは、ひどく蒸し暑かった。ジザンの暑さに慣れない皇子の、判断力を落とすべく、作為的に行われたアラビア側の嫌がらせだった。
 
「彼らの怒りはブリタニアよりも、むしろサウジアラビアへと向かっている。今ここで難民キャンプを攻撃しても、かえって市民に反ブリタニアの感情を抱かせるだけだ」

 概ね、ルルーシュの考えは正しかった。
 そう言い切ったルルーシュだったが、さしもの彼も、大局は見誤らなくとも、少局で読み間違えていることに気づいていなかった。
 集まった民衆の中に、カーンが金で雇った昔なじみの傭兵団多数が紛れ込んでいたのだ。
 ボロ雑巾のような衣服を着たみすぼらしい格好の難民に混じって……。
 ラクダに乗っている白人と、その側に立っているアラブ人の二人組がこそこそと動きまわっていた。二人ともフードを目深にかぶっており、その表情はわからない。

「おい、本当に金は支払われるんだろうな?」

「カーン様が嘘を仰られたことがあるか? カラレス副司令からたんまりと軍資金はもらっているから安心しろ」

「それさえ聞ければいいんだ」フードの下で、アラブ人風の男がげひた笑いを見せた。

「俺たちゃ所詮傭兵なんでな。払うもんさえ払ってくれれば、皇子だろうが悪魔だろうが、殺してやるよ」

「こら! もっと小声で喋らないか。誰に聞かれておるか、わかったものではない」

 顔を赤くして怒っているのが、カーンの軍師ラッセルだ。まだ若く優男と言っていいほどの顔をしているものの、彼も傭兵として数々の悪事を働いてきた男だ。その瞳は野心と欲望に濁っている。
 アラブ人男性の傭兵は、ラッセルから受け取った前金の小切手に、大きな目が爛々と輝いていた。これなら裏切らずに汚れ仕事を引き受けてくれよう。
 
「おい、準備はいいのか?」

「お、おお。ラッセルの旦那さえよければ、いつでも俺たちは動けるぜ」

 これから傭兵団にはカーンからの合図があり次第、ここにいる難民キャンプを爆破してもらう。そして混乱に陥った烏合の衆に、犯人は難民を良く思っていないアラビア連合とブリタニアの両国の謀であると、大声で扇動させるのだ。馬鹿な民衆は確実に市庁舎に雪崩れ込むだろう。その時こそ、ルルーシュ殺害のチャンスだ。

「おいおい、いいのか?」

「何がだ?」

「ここにいる奴ら、戦闘に巻き込まれて大勢死ぬぜ」

「くっハッハッハ! 傭兵のお前がそんなことを気にしてどうする?」

 ラッセルの頭には他人がいくら死のうが関係なかった。どいつもこいつも自分の策を遂行するための駒に過ぎない。多数の駒に視界を奪われ、油断したルルーシュをこの自分が暗殺するのだ。カーンからの褒美が山ほど約束されているこの大仕事で、絶対にミスは許されない。

(ふんっ、正直サウードのような阿呆なんぞもただの捨駒だ。本命はこの私の指揮にあるのだ。私がルルーシュに知略で劣るだと? 嘗めた口を―――)

 ラッセルがサウードの生意気な態度を思い出して歯噛みしかけた時、難民の間からどよめきがあがった。一隻の航空艦が暗黒色の空の下、一点の光となってあらわれた。だんだんと近づいてきて、それがサウジアラビア船籍の艦であることがわかった。ラッセルはアラビア連合軍についても情報を集めていた。王家の紋章が刻印されていることから、あの航空艦には、サウジアラビア州の元老が乗っているのであろう。
 わりと小型の船が、滑るようにして、砂漠へと着陸する。
 その時、難民からブーイングと、怒りの声が轟き始めた。
 やはりルルーシュの予想通り、難民の矛先はサウジアラビアの貴族たちに向かっていた。
 
「くくくくく。新たな駒の到着だ」

 ラッセルが不気味に笑い、傭兵たちが爆弾の準備にとりかかる。
 航空艦から降りてきたのは、総勢七名の老人だった。
 アラビア王ファイサルから全権大使として派遣されてきた、アラビア王家の懐刀の長老たち。軽装であり、やはりしきたり通り、武装は何も持ってはいなかった。
 
 ある一人だけは別にして……。
 その老人と目があった。お互い目配せしあう。

 ラッセルの笑みがより濃くなった。
 
 ジザン市長が迎えにあがって、市庁舎の中に入っていく。
 その直後、砂漠には珍しい雨と共に、稲光が凄まじい衝撃をともなって近くに落ちた。
 知らず、ラッセルたちは身震いしてしまった。
 それはひょっとすると、彼らの未来をしめす、予兆であったのかもしれない。








 
  
「……さて、時間だ」
 
 この会談の主催者として、まずルルーシュが口火をきった。
 黄土色した部屋の中に、アラビア半島の明日を左右する要人たち三十名以上が、テーブルを挟んで座っていた。和平会談ということで、武官はおらず、文官のみ。ヴィレッタやC.Cはブリタニアの書記官としての制服を着せ、ルルーシュの横に座らせていた。
 まずは儀礼的な式典の言葉を言うのが、貴族としての習わしだそうだが、そのようなものすっ飛ばし、いきなり本題からルルーシュは問うた。

「我々ブリタニアは僅か一年と数カ月で、イエメン州、オマーン州、ドバイ州など、アラビア連合の過半数の領地を奪い取ったわけだ。そこで思うに、もうあなた達に勝ち目がないことは明白。無駄な血を流す前に、我らとしては大人しく降伏してもらいたいのだが……」

 周囲にピリリと亀裂が入った。
 明らかに相手を怒らせるような問答だったと言える。

「……始まるやいなや、酷い物言いですな」

「ふん、ここで腹の探り合いなど無用だ。僕はそこまで暇じゃないんでね」

「…………」

 ルルーシュのあまりにも礼を欠いた発言に、会場がひどく思い空気になる。
 対面に座るアラビア連合元老の老人たちの中には、怒りで顔中真っ赤にしている者まで見られた。
 それもそのはず、ルルーシュは彼らをわざと挑発しているのだから。

(ふふ、さあ尻尾を見せろ。どうせお前たちが裏でカラレスと繋がっていることくらい、僕にはお見通しなんだからな)

 ルルーシュが国中に放ったスパイたちによると、カラレスはアラビア王と直接繋がる秘密のパイプを持っているらしい。恐らく、ここにいる老人の中に、その手引をした人物がいるはずなのだ。ルルーシュ暗殺に関して、王とカラレスの仲をとりもった人物。そいつが今必死に隙をうかがい、何かアクションをとろうとしていると考えると、ルルーシュの心に嘲笑にも似た笑いが溢れてくる。
 
(秘密裏に動けるのがお前たちだけなどと思うなよ。僕も他人の目を盗んでトラップをしかけるのは大好きなんだからな。ふははははは!)

 ルルーシュもこの会場に強襲部隊数十名を密かに配置しており、ヴィレッタにその指揮権を預けている。何かあれば速攻でジェレミアらにも連絡が行くし、ジザン外縁にも小型の戦闘用航空艦が隠してある。一番強敵になるであろうカーンには、トーマたちで対処し、護衛には意外と使えるC.Cを側においている。
 ルルーシュの防御は完璧だった。

(さあ、どこからでもかかってくるといい。返り討ちにしてさしあげよう)

 ここではっきり言っておこう。 

 ルルーシュは―――相手の方から先に銃を撃たせたいのである。

 火器持ち込み厳禁の和平会談において、ブリタニア皇子に発砲などと前代未聞。そうなれば遠慮なく、この老人たちを処分できる。力押しが大好きなファイサルなど、この長老衆がいればこそ、今まで生き残ってこれた猪武者だ。後でどうとでも料理できる。
 まずはこの長老たちの身柄を拘束し、ファイサルの力を削いでおくことが肝心である。

「ルルーシュ皇子。そうは仰るが、そなたとて十分な兵力はありますまい。自慢のナイトメア部隊も連戦に続く連戦でかなりガタがきているご様子。広い領土を統治するにあたり、地方基地に削く兵力すらままならないのでしょう。そんな調子で果たして我ら大国アラビアに勝つことができますかな?」

「勝てるさ。そちらの頼みの綱は同盟国EUからの援軍であろう。言っておくが、EUをそこまで信用しないほうがいいぞ。民主主義とは名ばかりの日和見主義だからな」

 少し痛いところを突かれたのか、アラブ人の官僚たちから細かく舌打ちが漏れた。それもそのはず、EUは連合として傍目纏まっているように見えても、その実、州ごとに意見が食い違っており、長年の民族的確執は積りに積もっている。よって、EUの議員の数名から援軍の言質を得ようとも、それが本当に実行されるかは誰にも保証はできなかった。
 
「だが、我らとてまだ保有戦力はかなりのもの。寡兵であるそなたには決して負けはすまい! その調子にのって伸びた鼻っ柱を折ってご覧にいれようか!」

「ほう、これは面白い。先の戦いであれだけの負けっぷりを見せた弱国が、どのようにして僕を倒すと?」

「こ、この若造が……!」

 挑発に一番に乗ってきたのは、数名いる中でも、まだ若い方の老人だった。身体は枯れたように細くやせ衰えていても、胸に持った愛国心は人一倍強いのだろう。天下に数百年と覇をとなえたアラビア王家に楯突く無法者の皇子に、殺してやりたいくらいの殺意が隠しきれずに表出する。

(この男か! カラレスと組んでいるのは……)

「も、もう許さん! たかが小僧と思って、捨ておいてやったものを! 今ここで殺してくれるわ!」

 突然立ち上がって、懐に手を入れるその老人。そして握られたのは一つのスイッチ。
 どうやら遠隔式のダイナマイト爆破装置のようだった。

「な、何をするつもりじゃ! アミール!」

「ここでは武装は禁止のはず! やめるのじゃ!」

 他の老人たちがアミールと呼ばれた老人を止めるため、部屋の外の衛兵を呼ぶが応答がないそうだった。おそらくアミールという長老は、最初からこうするつもりで、策を立てていたのであろう。
 ヴィレッタが眉をひそめて、ルルーシュの前に守るように立った。彼女の手には小型の通信機が握られており、アミールが立った瞬間に屋上にいる強襲部隊に信号を緊急信号を送っていた。

「やれやれ……。大ピンチじゃないか、ルルーシュ」

 C.Cはちっとも危機感を感じておらず、逆に面白そうに事態を見つめている。それはルルーシュとて同じだった。この程度のピンチ、乗り越えられぬようでは、ブリタニアの宮殿でなど生き残れない。

「ふははははは! いつ刃を抜いてくれるのかとやきもきしていたよ。もしかしたらこのまま本当に和平で終わるのかもと、逆に危惧したくらいだ」

 ルルーシュは芝居がかった様子で、腕を高くあげたまま、指を鳴らした。
 その瞬間である―――、窓ガラスが割れ、そこから数十名の鍛えられたブリタニア強襲部隊が次々と侵入を開始しはじめる。皆手にはライフルと、アーミーナイフといった部屋の中での戦闘に特化した装備で武装している。全員航空艦から落下傘でこのビルまで降りてきた勇気ある猛者ばかりだ。
 きびきびとした動きで、会場にいたほとんど全ての要人を救助し、または捕縛していく。

「く、来るな! この野蛮人共! わしはやると言ったらやる男だ! おい! これが見えんのか、爆弾じゃぞっ!」

「早く撃て! この男を―――」

 響き渡るルルーシュの怒声。

 しかし、アミールだけは、じたばたと抵抗し、爆破スイッチを渡そうとしなかった。
 ライフルの弾が彼の脳髄を破壊するその一瞬前に、もう彼はスイッチを親指で強く押してしまっていたのだ。
 途端、ビルの地下から猛烈な破壊音と、爆炎が溢れ出す。
 建物が崩壊し始め、この会議室にまで地割れが起こって、煙が噴出していった。

(まずい! このままでは崩れる!)

「ルルーシュ殿下、ご無事ですか! C.C様、殿下と一緒に脱出を! 強襲部隊は先行し露払いをしておけ。長老たちは私が連行していきますのでどうかお早く!」

「ちっ、わかった。ジェレミアら純血派の兵に、援軍を要請しろ! この騒ぎ、まだまだ終わらなそうだ!」

 ヴィレッタが爆発によりうろたえた貴族たちを纏め上げ、脱出の準備に奔走してくれている。ルルーシュもその言葉に従って、階下に向かって走りだした。もちろんエレベータは潰れていて使い物にならない。歩いて一階まで降りるしかなかった。
 この時、ビルの外では、カーン含めトーマたちが右往左往しているのが窓から見えた。
 皇子が倒壊寸前の建物の中にいるのだ。それも当然であろう。

(くそ、本当ならもっとスマートにうまくやるつもりだったのに。……まあ、いい。どんな作戦にもイレギュラーはつきもの。今日は長老のほとんどを捕縛できたことを喜ぶとするか)

「おい、ルルーシュ! 外の様子が変だ!」

「何?」

 C.Cの声に、非常階段を降りる足を止めて、踊り場の割れた窓から眼下をのぞくと、なんとサウードたち捕虜が逃げ惑う市民と一緒になって逃げ出す姿がはっきりと見えた。多数の濁流のような難民まで、ジザンの防壁に押し寄せてきているようで、街の警備兵と殺し合いの戦争にまで発展している。
 街は炎に包まれ、暴徒は略奪者となって住人を襲い始めた。
 銃声が各地で轟き、悲鳴が木霊する地獄が誕生したのだ。
 トーマら名誉ブリタニア人たちもこの混乱の最中何もできず、バラバラになってしまっていた。カーンの姿も見えず、捕虜を収容していたはずの装甲車は身るも無残に爆破されていた。

(―――なんだ、これは! 何がどうすれば、こんな事態になる!)

 見れば、難民キャンプの方からも火の手が上がっており、泣き叫ぶ人々の群れは、一直線に列となって、ここジザンに押し寄せてきているようだった。
 明らかに、何かが狂ったこの状況―――。
 が、ルルーシュには、この事態がカーンの策だということにすぐに気づいた。このカオスの状況の中、カーンだけが、面白そうに事態を眺め、どこかに通信で笑いながら指示を出しているのが見えたからだ。

「くそっ、C.C! 急いでトーマたちと合流するぞ!」

「……なんだと? しかし、合流してどうする? 難民にこの街一帯を全て囲まれてしまっている。ここは一度隠れて、遅れてくるヴィレッタやジェレミアらの援軍を待つのが王道ではないか」

「……お前の考えにも一理ある。だけど、何か嫌な予感がするんだ。この混乱に乗じてカーンが何をするかわからない。難民たちがトーマたちに危害を加えないとも限らないしな」

「奴らはお前の護衛だ、ルルーシュ。奴らの為に、お前が危険な目にあってどうする!」

 しかし、ルルーシュは頑として首を振り、一つも譲らなかった。
 ここが今のルルーシュのまだ幼いところなのかもしれない。

『皇族としての義務―――』

 以前ビスマルクから語られたその言葉の意味を、今のルルーシュはすっかり失念していた。
 皇族には皇族の、兵士には兵士のやるべきことがある。
 ルルーシュは安全なところから、通信で彼らに指揮を下すべきだった。戦場に生身で踊りでるは皇子の仕事ではない。かえって混乱が増す恐れすらある。
 しかし、合理的に行動することに頭は納得していても―――情の鎖が邪魔をする。

(あいつらは、初めてできた僕の部下だ! ジノや、アーニャ、モニカたちと一緒に、ずっと訓練してきた戦友。その彼らを狂気に狂った難民の中に見捨てていけと言うのか!)

 トーマたち名誉ブリタニア人が忠誠を誓ったのは、ルルーシュの優しさから。
 そして、ここでルルーシュの心をがんじがらめにし、視野を狭量なものにしていたのも、その優しさからだった。

「いやだ。彼らは僕が助ける! 今のあいつらには僕の指揮が必要なんだ!」

「冷静になれ、ルルーシュ! いつもませた様子で命令を下すくせに、こんな時に我儘を言うな! 死にたいのか、お前は!」

 C.Cの珍しく必死の叱責にも、この時のルルーシュは耳を貸さなかった。
 ルルーシュには仲間が少ない。ナナリーのいない今の彼に、支えてくれる友というのは彼の世界そのものとも言える。
 それゆえに、仲間の死や別離を認めない。

(何が何でも助けてやる!)

 ルルーシュは己が腰にある銃を片手に、一階ロビーを走り抜けていく。
 その背後には苛立たしげに彼の後を追うC.Cの姿があった。
 


 





 

 これは昔の記憶……。
 あのお方がまだ生きていた頃の、世界がまだ美しく感じたあの日の出来事。

 ―――マリアンヌ様。無事のご出産おめでとうございます。

 ―――ええ、ありがとう。ルルーシュのこと、よろしくお願いね、ビスマルク。

 ―――はっ、この生命に変えましても。

 ―――ふふふ。そんなに気負わなくてもいいわよ。子供なんて勝手に大きくなるんだから。

 ―――それにしても、まだ赤ん坊だというのに、顔つきがしっかりしていますな。これは将来大物になるかもしれませんぞ。

 ―――そうね。でも目つきが悪いのは父親似よ。あの人に似て将来ひねくれそうね。
 
 ―――そ、そのようなご冗談を……。

 遠い遠い過去のように思える。

 どうして―――この時が永遠に、続かなかったのか……。

(わたしらしくもない。なぜ、昔のことなど……)

 ビスマルクはEU侵攻用、海上前線基地の甲板で、我知らず、物思いにふけっていた。
 かもめと共に、海上警備のヘリが、基地内に帰ってきたところだった。
 新たしく開発された海でも活動できるナイトメアの試運転も始まっており、どこか不恰好なKMFが科学者立ち会いのもと実験が行われていた。
 そして今日、カリフォルニア基地から援軍が到着する運びとなっており、海上で敵航空艦隊に狙われないよう、いつでも出撃できるよう、ビスマルクは待機していたのだ。

 ナイト・オブ・ワンである、帝国最強の騎士ビスマルク。

 現在彼はエル・アラメイン戦線で、一挙攻勢にでてきたEUの部隊を相手取り、北アフリカの地中海で互角の戦いを繰り広げていた。ブリタニア軍の上陸を必死に阻もうとするEUの部隊に対し、海上に前線基地を造り、そこを中継地にして戦っていた。
 しかし、さすがはヨーロッパの連合である。
 ブリタニアの苛烈な攻めに対し、一歩も引かず抵抗してくる。
 北の大ブリテン島からも、シュナイゼルが挟み撃ちをしかけているが、ドイツ製のナイトメアもどきが、まだ未調整ながら、あの第二皇子を苦しめていた。
 戦争が始まってから数カ月。
 一挙に趨勢が決まると思われたEU侵攻は、ここに来て膠着状態が続いていた。

「…………」

 ビスマルクは自ら封じた左目を、そっと手で撫でた。
 最近やけにうずくのだ。
 こんな時は、やけに昔の思い出と共に、未来のことを夢うつつに見てしまう。
 本来ビスマルクのギアスには、僅か先の未来を見通すだけの能力しかないはずだった。あの魔女が言うには、自分にそこまでの素養はないらしい。
 だが、たまにだが、遠い未来のイメージが断片的に見えることがあった。

 ―――お馬さん、怖い。乗りたくない。

 ―――大丈夫ですよ、ルルーシュ殿下。馬は気高き者の象徴。皇族であるあなた様が、それを恐れていてどうします。

 ―――う、うぇぇぇ! 母上! ビスマルクが苛めるぅ!

 ―――ああっ、ルルーシュ殿下! ……やれやれ。殿下は身体を動かすのがあまりお好きではないらしいな。
 
 次に見えたのは、幼き日のルルーシュと自分の映像だ。
 乗馬の特訓をさせようと、小さいルルーシュに無理をさせたのがいけなかった。
 あの頃の皇子は泣き虫で、ずっとマリアンヌのスカートにしがみついていた。ナナリーが産まれてからは、兄としてしっかりしなければと成長したようだが、ビスマルクからすれば泣き虫なのは今も変わっていない。
 幸せな過去。だが、それゆえに心が痛い。
 今よりも自分の顔がずっと明るく、活き活きしているのを見せつけられる。
 
(それだけわたしも老いたということか……。―――いや、そうではない)

 ビスマルクの左目に裂けるような痛みが走った。 
 それは自分の心が疼く痛みでもある。

(―――マリアンヌ様が死んだあの日……、自分の心もまた、死んでしまったのかもしれない)

 あの日から、ビスマルクの時間は半ば止まってしまっていた。
 あのお方を殺した者が、まだあのペンドラゴンにいるかもしれない。
 捕まえて、殺してやりたい。
 誰が犯人なのか、皇族の一人一人を拷問にかけてでも、誰がやったのか吐かせてやりたい衝動にかられた。 
 しかし、皇帝への忠義心と、ナイト・オブ・ワンの立場が自分に自制を求めてくる。
 いつのまにか、ビスマルクはその葛藤に縛り付けられるように、己が心を殺すようになっていた。

(―――皇族に絶対の忠誠を誓う騎士。……聞こえはいいが、ただの機械なだけだ)
 
 ビスマルクが自嘲の笑みをこぼす際、その背後で人の気配がした。
 振り返ると、帝国特務局の総監であり、今はシュナイゼルの部下でもある女性が立っていた。
 ―――ベアトリス・ファランクス。
 かつて自らの部下であり、皇帝の騎士ナイト・オブ・ラウンズであった女性だ。

「どうなさいました? ヴァルトシュタイン卿がお笑いになるなど珍しいですね」

「ただの詰まらぬ感傷だ……。捨ておいてくれ」

「では、そうしましょう。シュナイゼル殿下から先程通信がありました。このまま攻めつづけても被害が大きくなるばかりだから、一旦撤退して搦手で敵戦力を分断すると仰っておられました」

 ベアトリスもまた、数年前アリエスの離宮で、ヴィ家と親しかった一人だ。しかし、彼女もまたビスマルクと同様、この数年元気がない。覇気というよりは、身体中の生気がどんどん減っていっているように思う。
 
 馬鹿な考えだが―――。
 
 まるでもういつ死んでもおかしくないような、儚げな印象を彼は感じていた。

「なるほど。最善の策だな。後で了解したと伝えておいてくれ。私もひとまず敵の様子を見よう」

「……ご心配ですか。ルルーシュ殿下が」

 ビスマルクの物憂げな様子を、深読みしたかベアトリスが、神妙に尋ねた。
 それに、素早く首を振って答える。

「私が伝えるべきことは、もう伝えてある。……これで負けるようでは、あのお方もきっとそれまでの器だったのであろう」

「強がりですね。本当は心配でしょうに」

「なに?」

「ルルーシュ殿下やナナリー殿下がご誕生の際、一番喜んでいた卿が、ルルーシュ殿下を見捨てられるはずがありません。本当は飛んで戻りたいはずでしょう」

「……馬鹿な。今の私にそのような」

「シュナイゼル殿下が卿のことも心配しておられましたよ。しばらく大規模な戦闘は起こらないだろうから、数日休暇をとってジノ達と一緒にルルーシュ殿下に会いにいってはいかがです?」

「お前らしくない提案だな。いまここで私に戦線を離脱しろと言うのか」

 ビスマルクの嘆息に答えたのは、ベアトリスではなかった。
 彼女が口を開きかける前に、強烈な左目の痛みと共に、ある映像がフラッシュバックして彼の視界が明滅する。

「ヴァルトシュタイン卿……。左目がっ、赤く輝いて……。なんなのですか、それは!?」

「ぐぅ……、まさか、ギアスが強制的に……私に未来を見せようというのか! こんなところで!」

 ビスマルクの脳に、(まさか―――暴走か!)という、恐怖が走る。
 しかし、それは暴走ではなかった。
 ビスマルクの隠された心の中。深層意識の奥で、いつもルルーシュのことを心配していたことが、彼の能力を無意識的に引きずり出していた。
 
「ヴァルトシュタイン卿!」

 ベアトリスの医者を呼ぶ声が聞こえる。
 だが、ビスマルクはそれを制止することができなかった。
 痛みで地面に膝をつき、うめき声を漏らしてしまう。

 そして―――ある映像が、ビスマルクの脳内に刻まれた。

「まさか……、ルルーシュ殿下が―――」

 その映像はルルーシュが銃弾を胸に受け、倒れるものだった。








「おい、聞いているのか! ルルーシュ!」

「C.C、お前はヴィレッタを待っていろ! ここは僕だけでなんとかする!」

「馬鹿! お前一人で何ができる!」

 前触れはほとんどなかった。突如大挙して襲いかかってくる難民たち。ルルーシュとC.Cの走る目の前で、彼らは略奪を開始したのである。ボロボロの衣服の、いかにも生活に困っていそうな男たちだった。食料、衣類、金品を奪うはもちろんのこと、自分たちの鬱憤を押し付ける捌け口になりそうなものに、容赦なく襲いかかっていた。
 男の断末魔、女性の悲鳴、子供の泣き叫ぶ声。
 それら全てが、ルルーシュの理性を崩壊せしめる。
 
 襲いかかってくる者を、銃で威嚇し、サーベルで斬りつけ、ルルーシュはとにかく前に進む。
  
『止まりなさい! 武装を解除しなさい!』
 
 空を見上げると、一隻の中型航空艦が上空50メートルのところで、難民たちに停戦を呼びかけていた。艦から大量の貴重な水が放射されるが、難民たちはびくともしない。逆に奪った対戦車砲で、航空艦を撃墜してしまう始末だ。

 その混乱の中、ルルーシュは見てしまった。
 焦りと不安でたたらを踏んでいたその遠く先に、

「カーン!」

 難民たちと一緒になって、いや、彼らを扇動するように指揮を下す男がいた。

「くははははは! 殺せ! こんな愉快なことができるのは今だけだぞ!」

 カーンのもと、重火器を持ったブリタニア正規兵が、逃げ惑う市民たちを銃撃している。
 その顔には狂気の笑みが浮かんでいた。
 
(やはり―――お前の仕業か!)

 ルルーシュの瞳が憤怒の炎に染まり、右手に握る銃を強く握り締める。

(やってくれたな! ―――僕を殺す為だけに、ここまでするか! なるほど。これがお前の! 傭兵のやり方というわけか!)

 ルルーシュの命を奪うだけなら、面と向かって刃を突きつけてくればいいものを。この男は関係のないアラビア人たちを大量に殺害し、その混乱に乗じてしか攻勢にでれない臆病者だったのだ。
 
 ―――いいだろう。
 
 ルルーシュは覚悟する。ブリタニア軍人を殺す覚悟をだ。
 己の部下だ、皇族会議の犬だと、積極的行動に出ず、今まで躊躇していたから、このような事態を招いた。全て自分の責任である。
 
(今まで何を甘いことを言ってきたのか。こんな奴ら、初めから僕が始末しておけばよかった!)

「カーン様! ご乱心なされたか!」

「乱心……。俺が?」

 トーマら名誉ブリタニア人たちが、カーンを止めようと説得を続けている。しかし、カーンは悠然と煙草をふかし、虐殺の現場を楽し気に見守っているだけだった。

「サウードたちが銃を奪って逃走したのだ。また逮捕せねばなるまい。それに俺にはルルーシュ殿下を守る義務がある。明らかに敵意を持った者は、例え本来無抵抗な市民であっても撃たねばならんだろう。いやぁ、俺も心は痛むが、仕方あるまい。そもそもこやつらは敵国の民。殺そうが奪おうが、別にブリタニアの法は俺たちを裁けはしまい」

「馬鹿な! そのような理由で!」

「いいか、この街の市民は難民たちと結託して、ルルーシュ殿下を害するつもりなのだ。そんな輩は滅ぼさねばならん! 目に付く者、全て殺せ! サウジアラビアの民なんぞ、虫けらも同然。兵たちに徹底させろ。奪うのもいいが、目撃者はひとり残らず殺すのだぞ。トーマ、お前にはその監督役を命ずる」

「な! 俺が、そんなことを!」

「ん……? なんだ、できんと申すか?」

「ぐ……っ」

 ほどなくして、朝から振り続いていた雨は、豪雨と化した。目の前すら見えないほどの闇に稲光がかっと閃光を放つ。ルルーシュがカーンのもとへ辿着いた時、目に見えるのは惨殺された市民と、一面の火の海だけだった。
 容赦なく降り続く雨に負けず、ルルーシュの顔に熱風が吹きつけた。

「カーン……。貴様」

「これはこれはルルーシュ殿下。このような戦場によくものこのこと。くはははは!」

「……どうやら死ぬ覚悟はできているようだな」

「おやおや、殿下は混乱なさっているようだ。お前たち、殿下を正気に戻してさしあげろ。なぁに、撃っても構わん。これは正当防衛だ。きっとカラレス副司令も納得してくださる」

 ルルーシュの銃口がカーンの大きな身体に向けられる。それはカーンも同様だった。彼の部下たちが一斉にルルーシュに向けて銃を構えた。どうやらその中には傭兵も混じっているようで、見たこともない男がたくさんいた。
 数の上ではルルーシュが圧倒的に不利。
 しかし、このような状況でも、ルルーシュは己の勝利を疑っていなかった。

「殿下! ……これはいったい?」

 トーマたちが己の主であるルルーシュを守るように、立ちふさがったからだ。
 ヴィレッタから預かった強襲部隊ももうそろそろ来てくれるだろう。
 C.Cを含め、この場にいるのは、ブリタニアの中でも信頼できる部下数十人。しかも、時間が経つにつれ、ルルーシュの救援に現れる部下は増えて行くのだ。

「観念するんだな、カーン。お前だけは許さん。貴様にかける情けなど微塵もないわ」

 ルルーシュはトーマたちに発砲命令を、冷然とくだそうとした。
 
 ―――その時だった。

「ルルーシュ、後ろだ!」

 C.Cの声に、ルルーシュは振り返るや否や、引き金を引いていた。

「ぐっ、糞ぉ……」

「ふんっ、これくらいで俺が殺せるか!」

 目の前でブリタニアの拘束服を着せられた、アラブ人が倒れて行く。
 
 背後にはサウードたちブリタニアの捕虜が、武器を手にとり、襲いかかってくるところだった。傭兵も多数いるようで、ルルーシュは自然と包囲される形となってしまう。
 
「―――殿下!」

「殿下を守れ!」

 機銃の掃射が開始され、薬莢が飛び散り、ルルーシュの目の前で血が爆ぜた。
 その断末魔と共に、ここに死者数千にも及ぶ、後にジザンの悲劇とも呼ばれる戦いが幕を開けた。

 






 包囲されるルルーシュ陣営。
 優勢なのはカーンかと見られた。 
 しかし実際はというと、所詮は寡兵しか集められなかった騎士侯の身である。後続するように、ルルーシュの側へやってきたヴィレッタたち純血派の精兵がまたさらに増援され、サウードたちは逆に一気に包囲される形となった。
 特に航空艦からの降下部隊が、装備も士気も高く、傭兵では勝ち目がなかった。
 手駒の優秀さが戦局を大きく変えてしまっていたのだ。
 
「ひ、ひぃぃ! なんで、このような事態にっ! サウード、何をやっている! 早くルルーシュを殺せ!」

 アラブ人たちに囲まれたひ弱そうな男、ラッセルがオロオロと次々に討ち取られて行く自分の手駒を叱咤していた。

「できるならとうにやっている! だから言ったのだ! この戦いは貴様らの負けだと!」

「黙れぇぇぇ! わたしの知略は、こんなガキになど負けぬわぁぁ!」

 乱戦になって初めてわかる戦争の恐怖。普段指示を下すだけで、戦場に出たことのないラッセルが途端シェルショックに陥って、震えながら絶叫を繰り返す。もうここになって、自称優秀な軍師である彼は、味方からも見捨てられ始めていた。
 
 
 難民の突然の暴挙、そしてサウードたちの奇襲。それら全ての策がルルーシュによって防がれた今になって、やっとカーンの表情にも焦りの色が見え始めた。

(くそっ、邪魔な純血派共め……。次から次へと湧いて出てくる。このままでは俺の方こそジリ貧ではないか。こんなことがあってたまるか! こんなガキにこの俺様が!)

 本来ならばサウードたちがもうとうにルルーシュを殺していたはずだった。そして目撃者である名誉ブリタニア人や、皇子殺しとして再逮捕したサウードを処刑して、それで済むはずだったのだ。
 なのに、どこで計画に狂いが出てきたのか。
 ルルーシュはというと、カーンの予想を遥かに超える数の衛兵を、ここジザン内に隠し持っていたのだ。

(一応俺は警備主任、隊長だぞ! その俺にまで衛兵を隠し置いていたってことは、以前からルルーシュ皇子は、俺たちの暗殺計画に気づいていたってことか! なんて厄介な標的だ。獲物なら獲物らしく、さっさと狩られればいいものを!)

 ここにきて、軍師であるラッセルも混乱するばかりで、何の期待もできない馬鹿に成り下がった。駒が足りていないのはルルーシュの方ではない。カーンの方だったのだ。
 名誉ブリタニア人がルルーシュの側をがちっと固め、これでは狙撃すらできない。お互い銃撃戦を続けてはいるが、包囲しているカーン側の優勢に、ルルーシュは一点突破をはかりお互い一進一退の攻防が続いていた。しかし、カーンの手駒は層が薄かった。練度は高いが士気の面で、圧倒的にルルーシュ側に負けている。
 しかも―――。

「ヴィレッタ。ジェレミアらに応援を急がせろ! 第二歩兵部隊は前進、第一は下がれ!怪我人は倒れていろ! 邪魔になるだけだ! C.C、あまり無理をするな! 見ていて冷や冷やする!」

 ルルーシュは通信機で遠く離れた味方に、これまで以上の援軍を要請していた。
 恐らくうかうかしていると、ナイトメアまで出てきてしまう。
 そうなれば、カーンの負けは確実だ。

(このガキっ、歩兵を扱う術も知ってやがる!)
 
 さらに、予想外だったのは、乱戦に慣れていないであろうルルーシュが、実に見事な指揮を見せていたことだった。血を見るのも初めてであろううつけ皇子のくせに、なぜこれほどと、カーンの苛立は最高潮に高まっていく。

「くそ! 何をやっている! ルルーシュはすぐそこだぞ! 早く殺せ!」

 サウードの言っていたことが現実になりそうだった。
 ラッセルの知略などルルーシュにとっては紙くず同然でしかない。
 十分な兵力と、落ち着いた思考さえ取り戻せば、ルルーシュの軍に敵はなくなる。

(これは、【奥の手】を使うしかないかもな。くそっ、あんな男の手までかりねばならんとは!)

 カーンの大きな拳が恥辱でふるふると震えていた。
 しかし、彼も元傭兵である。ルルーシュは出し惜しみしていては勝てない強敵だ。
 そのことに改めて気づいた。

「じ、冗談じゃねぇ! 俺は逃げる!」

「お、俺もだ! 楽に勝てる相手だって聞いたから、ここまで来たのによう!」 

 そして、とうとう逃げ出してしまう者まで出始めた。
 金で雇っている者は、金で買えるものをよく知っている。
 金で命は買えないのだということを。

 とうとう、カーンは少数の兵に守られてはいるものの、ルルーシュの兵団に外壁へと追い詰められることになってしまった。








「カーン! 逃がすかっ!」

 ルルーシュは襲いかかってくる者達を、銃で撃ち倒しつつ、カーンのもとへ駆け寄ろうとしていた。もはやその姿は返り血で真っ赤に染まっており、最初の純白の衣装は、見る影もない。身体を掠める銃弾を前傾姿勢で避けつつ、じりじりと怨敵へと近づいていく。
 しかし―――。

「おっと、それ以上は来ないでもらいましょうか!」

 あちらも、激しくなってきた銃撃を伏せるようにして避けていたカーンは、しかし、ルルーシュの眉間を狙って銃口を突きつけるのを忘れてはいなかった。ジザンの敵侵入を防ぐため作られた巨大な防壁の影の下、カーンの部下はほとんど死に体であり、残りはラッセルとサウードら数十名のみとなっていた。

「まさか、皇子。あなたがここまでやり手だとは思いませんでしたよ」熊のような男の小さい目は、今や恥辱と憎悪に塗れ、裂けんばかりに開いている。

「ビスマルク卿の指導のおかげですかな。それとも、それがブリタニア皇室の血筋というものなのですかねぇ。生まれも良くて、頭も良い……。庶民の俺には、あんたが殺してやりたいくらい羨ましいぜ」

「もう諦めろ、カーン。これ以上、無駄に血を流すな。最後に一つだけ慈悲を与える。……この謀反の主導者はお前ではあるまい? 首謀者をはっきり、ここで口にしろ! そうすれば苦しませずに殺してやろう」

 はっ、とカーンは鼻で嘲笑った。

「呪われた皇子め……。そうやってあなたは、これからも死体の山を築きあげるのでしょうな。望む望まないにかぎらず、あなたは結局他者を殺すことでしか、己の生命を守れない弱者に過ぎんのだ」

「時間稼ぎのつもりか。無駄な行為だな……」

「侮辱するなよ。俺がお前に命乞いなどするものか!」

 カーンがじりじりと壁へ向かって後ろにさがり始めたので、ルルーシュも勢い前に出て行ってしまう。C.Cがカーンの狙いに気づいて、ルルーシュを止める時には、もう遅かった。

「馬鹿が! 容易く熱くなって我を忘れおって! それが貴様の一生の不覚だ! ルルーシュ!」

 カーンが地面に向けて、閃光弾を放ったのだ。
 これは強襲しようと構えた純血派への牽制でもあり、ルルーシュの一瞬の隙を生み出すための行為だった。さしものルルーシュも暗闇での突然の閃光に、目を背けずにはいられない。

「ルルーシュゥゥ! お前は私の策に殺されるべきなんだよぉぉ!」

「なんだ、お前は!」

 その時、ラッセルがルルーシュに向かってナイフで突きこんできたのを、腰のサーベルで抜きざま胴を裂いた。ラッセルの悔しげな悲鳴と合わせて、カーンの側の兵隊が援軍として現れる。
 これでは、カーンを殺せない!

「―――おのれ!」

 ルルーシュの怒声が雨音と一緒に、戦場に響き渡った。
 
 しかし―――。 
 
 その一瞬のことだった。

 ―――……一発の銃声が背後から聞こえた。
 そしてその後、強烈な衝撃と一緒に、激痛が全身を走った。

「な……」

 その声は誰だったのだろうか。
 
 呆然とする皆。

 勝ち誇ったカーンの様子。

 目を見張るC.C。

 全てがスローモーションのようだった。

 ルルーシュは振り返りざま、その自分を撃った張本人を信じられない様子で、じっと見つめた。足はふらつき、目は霞んで今にも倒れそうだったが、犯人の顔はよく見えた。

 その顔は、ルルーシュがもっとも信じていた者で。
 この戦いで失いたくなかった者だった。

「どうして―――、お前が……」

 ―――ルルーシュ皇子撃たれる。

 それはさらなる悲劇の幕開けでもあった。

「―――トーマぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






 完
                  
 長らくのご愛読ありがとうございました。






いい最終回だった。
すみません。嘘です。 
第十話へ続く。



[15424] コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第十話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/03/07 23:12
 来週面接があるので、休載します。
 木曜に完成できなかった! 
 しかも、今作もあまり推敲できなかった!
 正直申し訳ありません!
 後々、ところどころなおしていきます!

 この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
 

 








  
「聞きまして。カリウス兄上が暗殺されたそうですわよ!」

「うむ。既に聞き及んでおる。相次ぐ皇位継承権上位者の不審死……。一体裏で何が起こっているのか」

「ナナリーの亡霊かもしれませんね」

「馬鹿なことを言うな! 亡霊などと……」

「失礼。ですが、イレブンに近いブリタニア植民地の皇族ばかり狙われているのは、何か気になりませんか?」

「それはそうだが……。ナナリーの名は二度と口にするでない。あの女は死んだのだ!」

 ルルーシュが死に瀕している時、ブリタニア帝国でも皇位継承順位が入れ替わるという異例の事態が起こっていた。インドシナ半島を治めていた第六皇子カリウスが、何者かに暗殺されるという事件が起きたのだ。さらに、第十、第八皇子と次々に生気を奪われたミイラのような姿になって発見された。いずれもイレブンや中華連邦に程近い統治者だった。
 
 ブリタニア皇位継承権上位者ばかり狙った暗殺者がいる――――。
 国内は俄に騒然となっていった。

 それに伴い大規模な犯人探しが開始され、その結果なんと犯行を指示したのが皇族会議の誰かだということが噂され始めたのだ。皇室は騒然とし、にわかに誰もが犯人は自分ではないと喚き立て、果ては立場の弱い者を犯人に仕立て上げようと画策する始末。一番怪しいのはカリーヌを含め、己の今の継承順位に納得のいかない若い皇族だろうと思われたが、ここにきてカリーヌは病で床に伏せってしまう。ちなみにもちろん仮病だ。
 前々から皇族間での揉め事は、ブリタニアの歴史上当然起こっていたことだったので、シャルル皇帝は何ら干渉せず沈黙を続けている。
 次は自分が殺されるのだと、自らの身の安全を考え自宮に引き篭る者が大勢現れて、捜査は暗礁に乗り上げていた。

 長方形をした広い部屋だった。
 皇族会議―――それは皇族全てからの要望、陳情を皇帝に上申する場でもあり、法的には何ら権限を持たない機関だったが、裏では相当の金と権力が入り乱れ、かなり力のある機関として認知されていた。皇族間での諍いや、紛争を裁く場でもあり、皇族会議によって皇族たる資格なしと認定されてしまえば、皇帝の撤回なくしては皇位継承権を剥奪される事態もありうるのだ。
 その皇族会議で、今回の事件について話あわれていた。

「これで、俺の皇位継承順位が繰り上がった」

「俺もだ。だが、カリウス兄上が殺される理由がわからん。良いお人だったのに……」

「いいじゃないか、そんなもの。この調子でどんどん死んでいってくれたらいいのにな」

「……その発言は問題ですな。犯人は意外とあなただったりしてねぇ?」

「―――馬鹿な! 言いがかりも甚だしい!」

「ならば黙っていることだな。この会議で犯人だと決めつけられることのないよう。くっくっく」

 血も凍るような、肉親だとは思えない話が続く。
 何もかもが狂ったような世界が繰り広げられていた。

「クロヴィス兄上はイレブンになめられているらしい。あちこちでテロだとさ」

「まあ、ひょっとしたらお亡くなりになられるかもね」

「滅多なことを言うもんじゃないよ。さてさて、だがこれは私たちも準備だけはしておいた方がいいかもしれんね」

「準備? 暗殺のですか」

「ハッハッハ。これはご冗談を。ミネルバ姉さま」
 
 ブリタニア皇帝には妻が百八人いて、皇子皇女はそれ以上。
 彼ら全てに争いを強いて、皇位を奪い合わせているのだ。毎年何人もの皇族が命を落としていってもおかしくな。たった今皇族の一人であるカイルが、一人一人に自慢のワインを注いでいるところだ。
 しかし、それを注がれた方の皇族は目が笑っていない。まず同席させた家臣が口をつけ、それから自分も口をつけている。
 これで家臣が血を吹いて倒れようものなら、すかさず相手を切り伏せる覚悟もしている。
 ―――皇族会議とはそういった場でもあった。
 曰く、命と度胸の張合いである。

 ルルーシュが日本に送られて良かったと思われるのは、多感な成長期にこの場にいなかったことであろう。ここにいれば、絶対に精神が病んでしまう。病まないまでも、人間不審になってしまう。立場が上になるほど、取り巻きや、身辺警護が厳重になるのだが、立場の低い者、弱者は真っ先に切り捨てられるか、捨駒にされているのが現状だ。
 
「皇帝陛下はいつものように、神廟へお篭りか……」

「ああ。ここ最近政務も満足にこなされない」

「噂では度重なる激務の疲労で、表に出れぬとかなんとか」

「それは―――」

 それは……の次に何を言おうとしたのか。
 皇族ならば、誰もが理解していた。

『それは―――急がねばならない』 
 
 何をか?
 もちろん、自分の地盤固めを、である。
 皇帝が亡くなって喪に服した後、次の皇帝が十日以内に発表される。皇帝が生前決めていた次代の後継者に、ブリタニア宝剣を譲渡するのだ。そして王冠を授けられ、神事を終えて、その者が玉座に座ることになる。
 神聖ブリタニア皇帝の誕生である。しかし、多くの者は、その恩恵に預かることができない。
 ならば―――と、皇帝になりそうな者にごまをすり、自分が皇帝になれなくても、甘い汁だけは吸いたいと思うは人の必定であろう。
 皇帝の命が危ない、この情報はブリタニアにとって、謀略戦争の始まりの合図でもあった。

『自分が皇帝になってやる』

 または

『自分の応援する皇族を、絶対に皇帝にさせてやる』
 
 といった思惑が咲き乱れるのである。

 皇族ならば、誰もが考えているであろう。

 『己こそ、次代の権威である』と。
 だが―――。

「あ、あれはっ!」

「ち、父上!?」

 そして、ちょうどそこに、ご病気と噂になっていた、シャルル・ジ・ブリタニアがディスプレイに姿を表したのだ。皆どの顔も驚きと、戦慄が色濃い。
 何と言っても、今まで自分の父の死んだ後のことを思い描いていた連中だ。皆ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。

「こ、これは父上……。お元気そうでなりよりです」

「うむ……。随分と皇子の数が減ったようだな」

 しかし、次の瞬間、そんな笑みも吹き飛んだ。

「ふっ、ふははははは!」

 最近の陛下は、笑わなくなった―――。
 笑顔など産まれて一度も見たことがない。
 そう言われていたシャルルの顔に、ありありと笑みが浮かんでいたのだ。

「―――皆、余の教えを忠実に守っているようで、嬉しい限りである」

 シャルルが口を開いたのを皮切りに、室内でも騒然となる。ギネヴィアだけでなく、思わず席を立った者も多い。シャルルの言う教えとは、即ち、弱肉強食―――、皇位継承権を巡っての争いのことを言っているのだ。
 そして―――この発言の真意は。

「力こそ真理である。もっと奪い、競い、己の覇を我に見せよ。その先にこそ、未来があるのだ」

(父上は、わが子に殺し合え、とそう仰っているのか!)

「オ、オール・ハイル・ブリタニア!」

「オール・ハイル・ブリタニア!」

 皇帝が皇族殺しを認めた。
 これで、さらに皇族同士の争いが激化することになる。
 
 ここに、ルルーシュの姿はない。
 
 皆の注目は皇位継承権の高い、オデュッセウスか、シュナイゼルに向いていた。
 コーネリアも有力だったが、女性に高位の継承権は与えられていない。よってだいたいこの二人で次代の皇帝は決定だろうと思われていたのだ。
 そして、皇族たちの間で人気が高いのが、意外にもオデュッセウスだった。あの朴訥とした平凡さが、組み易しと見た者が多かったのだ。

 オデュッセウスとシュナイゼルの一騎打ち。
 
 しかし―――ここに来て、その期待は大きくはずれることとなる。
 






 

 




『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第十話』








 



「トーマ! なぜこんなことをした!?」

 仲間達が詰め寄ってくるのを、トーマはただ呆然と見守っていた。
 いや、もう彼らは仲間などではない。自分は彼らの信頼を裏切ってしまったのだから。言い訳などしない。ルルーシュ皇子を撃った、その事実はかわりないのだ。だが、それでも今まで戦ってきた戦友たちの、まるで親の仇を見るような目は、正直堪えた。

 だが―――。

「皆、まだ少しでも俺を信じてくれているのなら、今すぐルルーシュ殿下を連れて、ここから逃げてくれ」

「ルルーシュ殿下を撃った張本人が何を! あのお方は……あの通り、もう……亡くなられたのだ!」

 皆の視線の先には、C.Cに抱き抱えられぐったりとして動かないルルーシュの姿があった。あまりに労しい姿に、皆の瞳から涙が流れ嗚咽する声まで聞こえはじめた。だが、トーゴだけは別だった。なんとトーマの頬を思いっきりぶん殴ったのだった。
 ずっとトーマの副官であり、弟分だったトーゴ。
 彼ほどトーマのことを信頼していた男はいなかったというのに、今や憎しみの涙を瞳にためて、殴りかかっている。
 トーマの襟首をつかんで、強く拳をぶつけた。

「ぐっ……」

 しかし、トーマも今度は黙ってやられてはいなかった。拳をつかむと、一気に相手の足を払い、関節を決めながら地面に引き倒した。
 体術の成績はトーマの方が上だった。仲良く練習していたかつての風景が脳裏をよぎり、トーマをさらに悲しくさせた。

「ぐわ……」
 
 たまらずトーゴがうめき声をあげた。

「この裏切り者め。カーンに尻尾を振りやがって……」

「確かに俺は裏切り者だ。だが、それでも俺の忠誠はルルーシュ様だけに捧げられている」

「何を! でたらめを―――」

「いいから聞け!」

 トーマは自分の副官だったこの血気盛んな男に、耳もとで一言つぶやいた。

「俺が撃ったのは麻酔銃だ。こうするより仕方なかった。
 ―――殿下は生きておられる。お前たちは生きろ」

「……!?」

 トーゴが驚いた視線を向けてくる。
 実際、ルルーシュに撃ったのは、睡眠薬入りの二ードルガンだった。
 威力は低めに設定してあり、人間の皮膚に刺さりはしても、その針はすぐに抜け、万が一にも相手を死に至らしめないよう配慮している。

「……トーマ、どうしてこんなことを!?」

 味方を、それも守るべき主君を、どうして撃つなんて真似をしたのか? 
 殺害の意図なしにしても、許されることではない。
 特にこの乱戦で主君を撃つような真似をすれば、戦場の混乱はより大きくなり、味方の死者も増える。
 
(確かに……許されることではない。だが―――俺にはこの方法しかなかったんだ)

 トーマは大人しくなったトーゴの手を放し、ゆっくりとこのような事態を招いた元凶の方へと歩いていく。勝利の余韻にひたり、自分達を嘲笑している男。
 ―――カーンの方へ。
 
「くははははは! よくやったぞ、トーマ」

 黒々とした科学燃料が引火し、何とも言えない匂いのする中、カーンは手を叩いて喝采をあげていた。足元にはアラブ人女性の死体。ブリタニア軍人の姿もちらほら見られるが、皆地面で冷たくなっていた。カーンはその屍を無造作に踏みつけながら、平然とした表情で立っていたのだ。
 改めて、トーマはこの男に嫌悪感を抱いた。

「命令通り、ルルーシュ殿下は殺しました。……ジェシカは」

「ああ、うむ。安心しろ」

 トーマの瞳に炎がうつり、その光沢を真っ赤に染める。

(それさえ聞ければ―――あとはお前など!)

 トーマはジェシカを人質に取られていたのだ。
 カラレスの部下数人にジェシカは取り押さえられ、カーンの命令があればいつでも殺すことができると、わざわざ監禁している様子をトーマに送信してきたのだ。
 銃をこめかみに突きつけられ、怯えるジェシカの様子が鮮明に画像で残っていた。
 
『おっと。このことは誰にも言うなよ。もしもルルーシュや純血派が救出に動くようなら、こっちとしてもこのお嬢さんを殺さなきゃならないからな』

 カーンが万が一危機に陥ったら、ルルーシュを裏切りカラレス側に付くこと。それが彼女を助ける唯一の手段だった。
 トーマは苦しんだ。
 ルルーシュへの忠義も捨てられないが、ジェシカを見殺しにもできない。そんな板挟みの状況下で、誰にも相談できなかった。
 そして―――。
 一人で考えに考えぬいた末、ルルーシュを殺したように見せかけた上で、カーンを殺す方法を選んだ。最初はそんな都合良くいかないだろうと思っていたが、州警察で危険人物を取り押さえる為に使われる麻酔銃を、アデン基地の武器庫で見かけたことがあったのを思い出したのだ。
 
(あとはジェシカの無事を確認するだけだ。それからルルーシュ様たちも逃がさなきゃならない。カーンの狙いはルルーシュ殿下だ。その殿下を殺すことができてさぞや満足だろう。あいつはこのまま俺を皇族殺害の犯人として裁判に突き出すつもりなんだろうが、そうはいかない。―――カーン。お前には本物の弾丸をぶち込んでやるからな!)

 ルルーシュ殿下には合わす顔がない。
 カーンを殺した後は、軍法会議にでも、裁判にでも出廷するつもりだった。
 
(しかし、その前に、この男だけは自分の手で殺してやる!)

 だが、―――トーマはここで壮絶な勘違いをしていたのだ。
 この傭兵あがりの残虐な男に、まともな人間の感情などないということを。

「お前が気にする必要は全くない。
 ―――もうあの女は死んでいるからな」

「な―――!?」

 トーマの銃がホルスターから抜かれるより早く、また一発の銃声が鳴った。
 カーンの右手に握られたオートマチックが火を噴いたのだ。
 鉛でコーティングされた死の閃光が、トーマの身体に何発も撃ち込まれる。

「お前は殿下を殺したんだ、トーマ。警備主任だった俺が、仇をとるのが普通だろう。 ん?」

「お、おのれ……。最初から騙すつもりで」

「はははははははは!」

 カーンの笑い声だけが、戦場に木霊していた。
 彼が侯爵であるカラレスほどの貴族にスカウトされたのは、その残虐性もさることながら出世の為ならどんな汚い仕事も進んでする人でなしの性格にあった。騎士道を重んじるブリタニア軍では真似できない、統率のとれた非倫理的行動。それがカーンの求められた役割だった。ある時は恋人を人質にとり、ある時は生活水に毒を混ぜたり、無辜な一般市民を大量に殺戮してみたり。
 思えば数十年も傭兵なんて職をやっていたのである。
 向かってくる敵を無様に嬲るのが非常に愉快で、やめられなくなっていた。
 
「馬鹿か、てめぇ! 名誉ブリタニア人がブリタニア貴族のご令嬢とカップルだってぇ? 今時そんな陳腐な話、見世物小屋でさえやってねぇよ! あのジェシカって女はずっと前に殺してやったよ。いちいち反抗的だったんでな。ざまぁねぇな、おい! そんなことも知らずにルルーシュ殿下を裏切ってよぉ! 安心しろ、あの女の親御さんには、トーマって野蛮な名誉ブリタニア人に殺されたって、ちゃんと話つけてあるからよ!」 

「ぐ……が、がはっ」

 しばらく、口から血を吐いた後、痙攣を起こし動かなくなるトーマ。
「って、もう聞いてねぇか」カーンは、もう二度と目覚めることのないトーマの身体を軽く蹴飛ばして、満足そうに笑みを浮かべる。

 そして―――周りの部下たちに。

「おい、見てただろう! ルルーシュ皇子を殺した名誉ブリタニア人は、この俺が討ち取った! あの名誉ブリタニア人共も、難民たちとグルだったんだ! 全員ここで処刑しろ!」
      
 ここに来て、悪徳の塊のような男はさらなる虐殺を、部下に命じたのだった。
 名誉ブリタニア人たちは、この虐殺騒ぎ、ルルーシュ暗殺の現場を見られすぎた。こいつらを生かして返せば、きっとカーンの邪魔になる。皇子の護衛の女も纏めて、ここでいっぺんに殺しておくべきなのだ。

「銃、構え!」

 カーンの背後に控える兵たちが、大量の銃口を同時に構えた。
 狙いなど定めていない。横一列に並んだ射撃態勢であり、当てずっぽうで撃っても余裕で殺せるだろう。この射撃で重要なのは数だった。
 純血派はルルーシュ皇子を撃った名誉ブリタニア人への懐疑を強め、もはや助けようとしない。空からカーンたちを牽制していた航空艦も、この混乱でどうしてよいかわからないのであろう、空を低空で飛び回っているだけだった。

「―――ぐっ、C.C様! ルルーシュ殿下を連れて逃げてください! お前達、壁を作れ!」

 トーゴが慌てて指示を下すが、もう間に合わない。 
 
「―――名誉ブリタニア人は皆殺しだ!」

 容赦のない弾丸の嵐が、難民たちと一緒にルルーシュらに降り注いだ。 












 サザーランド数十機を引き連れたジェレミアと、副官のキューエル、そして戦車隊や航空艦数隻の純血派の主力部隊が、州境を超えようとしたその時のことだった。
 普段イエメンとサウジアラビアの州境は、多くの兵士により封鎖され、人っ子一人いないような砂漠地帯である。ここ数日アラビア半島には大規模な戦闘がなく、実に州境は平和だった。
 
 しかし―――今は……。
 
 黒い曇天にそびえる高い山の稜線が、ジザン方面から順に燃えるような赤に染まっている。ブリタニア軍とアラビア連合軍の航空艦隊がこの混乱を宣戦布告と受け取ったのか、互いに炸裂弾を放って空一面に真っ赤な火炎の花を咲かせていた。その燃えるマグマのような鼓動に怯えるように、砂漠の大地が低く鳴動してジェレミアのKMFコクピットを揺らした。
 ここに至って、和平会談などもう用をなしていないことくらい、ジェレミアにもわかっていた。ヴィレッタとの通信が妨害されているのは、少し気になるところだが、ここでただ見ていることなど、純血派の誰にも出来そうにはなかった。
 しかし、ジェミアが全部隊に出撃命令を出そうとしたその直前になって、『ジェレミア卿、即刻軍を停止させ、イエメンへ引き上げたまえ』と、突如アデン、ブリタニア政庁から命令を受けたのだ。

「一体どうなっているのだ! ここに来て我らに止まれと言うか!」

『君達と口論するつもりはない。これはカラレス卿からの命令である。君も軍人ならば聞き分けたまえ』
 
 そんな無礼で一辺倒な問答が繰り返されていた。
 焦れるジェレミアだったが、ルルーシュからの応援要請がない今、勝手に行動しては軍人として懲罰の対象になってしまう。ジェレミア個人ならばいくらでも懲罰など受けてやるつもりだったが、指揮官として部下にまで迷惑をかけてしまうことになる。
 それだけは避けたかった。 

 そしてしばらくすると、ジェレミアらサザーランドを威嚇するように、頭上にブリタニア航空騎士団の艦隊が、眼下に銃を突きつけて現れたではないか。
 地上戦では最強を誇るナイトメアと言えど、制空権をとられた状態では、いかにジェレミアと言えど抗えず、やむなくその命令に従った。
 ナイトメアを降りると、小型航空艦の群れが純血派に迫った。その艦から出てきて、先頭に立っているのはギリアム男爵。カラレスの副官であり、その背後には物騒な火器を構えた彼の部下が控えている。
 ルルーシュ暗殺計画で、純血派の足止めが彼の役目だったのだ。
 
「ギリアム卿。これは何事だ?」

「それはこちらの台詞ですよ、ジェレミア卿」

 ギリアムの返答は、ジェレミアへの地位への遠慮が全くないものだった。辺境伯はその辺の爵位などでは断じてない。なのに、この男はカラレスという強力な後盾を傘に来て、まるで同格のように喋っているのだ。しかし、ジェレミアは今、そのような些事になど構って入られなかった。

「我らはルルーシュ殿下の救援である。その足を止めることがどういう意味を持つのか、卿には理解できているのか」

「もちろんですとも」ギリアムは酷薄そうな顔に、勝利の笑みを浮かべた。「救援ならばもう必要ないと、たった今カーンから連絡を受けました。さらにカラレス閣下もジェレミア卿にはアデンへお戻り頂きたいと仰っておりますので……」

「ふんっ、カラレス侯爵殿が何を申そうとも、我らに関係などないわ。我ら純血派はルルーシュ殿下直々に命令を―――」

「その命令がもう無効になっていてもですかな?」

 その時、動揺の気配がジェレミアを越えて、背後の部下にまで広がっていった。
 
(待て―――、この男は先程何と言ったのか?)

「命令が無効? いや、待て……。卿は先程、カラレス侯爵のことを何と申した?」

「はい。カラレス司令、いえ閣下とお呼びしました」

 純血派の驚愕を満足そうに見やるギリアム。ここアラビア戦線の司令官はルルーシュのはず。しかし、その皇子を差し置いてカラレスを司令と呼ぶ意味はただ一つ―――、ルルーシュに万が一の事態が起こった時、代理として副司令を司令と呼ぶ決まりがあるのだ。

「馬鹿な! ギリアム、そこを退け! 我らはルルーシュ殿下をお助けせねばならんのだ!」

「―――殿下はお亡くなりになられました」

「嘘をつくな!」

「哀れルルーシュ殿下は、重用なさっていた名誉ブリタニア人部隊の隊長に射殺されたとか。これはその場にいたカーンが証言したこと。まず間違いはないでしょう」

 ジェレミアの頭に、アリエス宮の惨劇が蘇る。
 あのマリアンヌ皇妃が亡くなり、ナナリー皇女殿下の足が撃たれた悲劇を。
 あんなことがもう二度と起きないよう、せめて忠誠を誓うお方を守りぬこうという決意を元に作り出したのが純血派だ。 

(ルルーシュ殿下まで、わたしは守れなかったと言うのか! そんな―――そんな馬鹿な話があってたまるものか! 絶対に、絶対に、嘘に決まっている!)

 ジェレミアは放心したように、下を向いて動かなかった。
 そんな彼の様子に、さらにギリアムは調子にのった。
 あの武官の名門で知られた純血派の面々を、堂々と公衆でいたぶれるのだ。彼のような小役人には絶対に味わえない、人生で初めての逆転劇であった。
 ここでギリアムは一生の不覚をとる。皇族の死、それは彼が容易く純血派の前で口にしていいことではなかった。彼らはルルーシュをもとに、一つに纏まっていた。特にキューエルの忠誠心は高く、怒りに手が震えている。その手にあるは、抜き身のサーベル。騎士叙任式の際、ソレイシィ家の宝刀を継承した彼の誇りそのものである。

「…………」

「で、あるからして、卿ら純血派の指揮権は今やカラレス卿にあり、ルルーシュ殿下のことは運が悪かったと思って、即刻アデンへと帰還なさってください。悪いことは言いません。今からでもカラレス司令に頭を下げるのです。その方が後々の為だと―――」

 しかし、ギリアムの言葉はその後には続かなかった。 
 
「運が悪かった? カラレスに頭を下げろ? ……だと。 
 ―――貴様一体何様のつもりだ!」

「―――待て、キューエル」

 ジェレミアが止める間もない。
 キューエルはギリアムの首を宙に撥ね飛ばしていたのだ。
 返す刀で、ギリアムの背後にいる部下に斬りかかると、純血派の部下たちがその後に続いて発砲。ブリタニア同士で戦闘が始まってしまったのだ。
 ナイトメアのライフルが火を噴き、あたりで爆発音が響きわたった。頭上では機内火災を起こして沈降してきた大型航空艦が、山岳に激突し大爆発を起こした。
 純血派より遠く離れた位置での爆発であったが、燃え盛る炎が降り注ぐ雨にも負けずさらに夜の闇を明るく照らし出す。その炎の照明が純血派のサザーランドを青黒く浮き立たせ、良い敵の的になってしまっていた。
 側面からの砲撃に加え、頭上航空艦からの支援砲撃の苛烈さに、混乱を深める純血派たち。
 ここは、指揮官であるジェレミアが、退くか、進むか、選択を下すべきであった。だが、ルルーシュの安否で頭が一杯の彼に、そんな余裕はなかった。

『ちっ……』

 サザーランドに乗り込んだキューエルが、まだ呆然としているジェレミアに焦れた舌打ちをした。

『ジェレミア、何をぼさっとしている! 殿下が死んだなどと、私は絶対に信じんぞ!』

「…………」

『貴様はそうやって、また大切なものをみすみす失うつもりなのか!』

 キューエルが銃を乱射しながら、ジェレミアを叱責する。
  
「っだが、ルルーシュ殿下が亡くなったと―――、それにブリタニア軍を裏切るわけには……」

『馬鹿者! お前のような阿呆に今まで付き従ってやったのは何の為だと思っている! お前の唯一良い所は、その前しか見ていない阿呆なところだろうが! ここで後ろを振り返っていてどうする!』

「―――――」

 ジェレミアの目に涙があふれる。
 
(そうだった。あの時、アリエスでも、わたしは上からの命令にただ従って、その結果大切なものを失った。ここでまた同じ愚を犯すところであったわ!)

「すまん……、キューエル。わたしが間違っていた。ルルーシュ殿下をお助けする! 邪魔する者は全て敵だ! 薙ぎ払え! うおおおおおおおおお!!」

『それでいい! 我らの主はルルーシュ殿下のみ! ジザンに乗り込み、殿下をお助けした後で、カラレスの首も俺が撥ねてくれる!』

「ああ。ことの真偽など今はどうでもいい! ただ進むのみだな!」

『うむ!』

「キューエル……。ありがとう。恩にきる」

『やめろ……。気色わるい』

 ナイトメアを得た純血派に恐れる敵は何もなかった。
 同じブリタニア軍と言えど、容赦など微塵もない。ジザンへと続く道を塞ぐ全ての者を踏み潰し、空から爆撃してくる大型航空艦にはエンジン部にライフルで穴を開け、爆散させてやった。

『今すぐ攻撃をやめよ、ジェレミア卿! さもなくば、貴公ら全て反逆者として処分する!』

「黙れ、カラレスの犬が! 貴様らのような国賊の言うことなど、誰が聞くものか! 純血派の諸君、我に続け!」

『うおおおおおおおお!!!!』

 必死に停戦命令をしているヘリにも、ハーケンを浴びせ、サウジアラビア向けてさらに疾走する。この戦闘で純血派の死者十数名とかなりの被害を出したが、それでも振り返る者はいない。

(ルルーシュ殿下を助けだす!)

 その気持ちは一つ。
 もはや、彼らを止める者はいなかった。

 だが、その頃、ルルーシュたちは地獄の最中にいた。
 ジェレミアたちは、間に合いそうになかった。 











 ―――ルルーシュ殿下。どうかお逃げください。

 トーマが背後からルルーシュを撃った直後、耳元で聞こえてきた言葉がそれだった。
 撃たれた瞬間には分からなかったが、トーマが撃ったのは麻酔銃のようで、殺傷能力は皆無だったのだ。出血もないし、後遺症も残らないタイプの薬品だ。
 どうして、トーマがこんなことをしたのか。
 優秀なルルーシュの頭脳には、もう全てがわかっていた。

(どうせ、カーンが奴の女を人質にとったということだろう。なるほど、これは予想できていなかった。―――だが!)

 ルルーシュが悔しいのは、どうしてそれをトーマが教えてくれなかったのかということだった。別に裏切りがどうとうか、そういうことで責めたりはしていない。こんな事態を招く前に、ルルーシュならば人質を安全に取り返すという策が思いついたかもしれないのに。
 
(口止めされていたにしても、もっとうまいやりようがあったはずだぞ! トーマ!)

 ルルーシュは部下を信じきれなかった己と、そして自分を信じきれなかったトーマに後悔の念を抱かずにはおられなかった。
 そして、意識が混濁した中、ルルーシュは全ての意思を総動員し、どうにか眠らないよう努力していた。しかし、視界はだんだんと暗くなっていき、真っ暗になる。
 
『トーマが殺された!』

『くそ! ルルーシュ殿下をお守りするんだ!』

『せめて、この方だけでも―――!』
 
 ぼんやりとした視界に、地獄がうつっている。
 訓練生時代からともにあった仲間たちが、次々と銃殺されていっていた。
 遠くにはトーマの死体が転がっており、まわりの火が燃え移ったのか、黒く煙を吹いていた。カーンたちは狂ったような笑みを浮かべて、容赦なく引き金を引き、目についた動く者を片っ端から殺していく。
 トーゴたちはまだ奴らと対等に戦えているようだったが、しかし数の暴力には勝てない。ルルーシュの指揮を失い、純血派からの支援を失った混乱の極みにあるこの状況でまともに動ける兵などそう多くはいなかった。
 また一人と銃弾を浴び、まだ戦える者はもう十数人ほどだった。
 その彼らもルルーシュの身体を引きずり、爆撃で破壊された路地に隠すので精一杯。
 全滅するのは時間の問題だった。

『ははははは! 殺せ! 殿下のご遺体など気にするな! 所詮死体だ!』

 遠くからカーンの大笑が聞こえてきた。
 
(―――ふざけるな!)

 ルルーシュは揺れる視界の中で、自分の腰にあるサーベルを抜き放つ。
 手に力が戻っておらずうまく掴めないので、自分の手が切れるも構わずその刀身を握りしめた。流れ出す血液が夜闇に光る刃を、紅く染めて光彩を放つ。ルルーシュはその痛みでさらに意識を取り戻したが、まだ足らず、その切っ先を左太もも目掛けて―――。

「ぐ、ああああああああああ!!」

 突き刺した。
 大腿部を通る動脈やら、筋肉の筋やら、大腿骨の重要性などは、全く考慮していなかった。そんなことよりも、自分の仲間たちが今この時にも殺されていっていることの方が重要だった。
 足の痛みに腰を丸めて嘆きながら、ルルーシュは意思の力で意識を覚醒させた。

「っ!? C.C…………」

 目の前に頭を撃ちぬかれたC.Cの死体があった。
 不死身の魔女とは言っていたが、死ぬ時は死ぬんじゃないか、とルルーシュの心に痛みが走る。
 そして、自分を守るように足元に倒れている、名誉ブリタニア人たちの顔を見下ろした。
 その瞳は暗く濁っており、彼らはもう二度と目覚めることはない。

(アメリゴ、ロン、イエン……)

 共にずっと戦ってきた仲間が死んでいた。
 名誉ブリタニア人だったが、気のいい奴らだった。
 ビスマルクのしごきに一緒に耐えた一人一人がルルーシュの前で死んでいく。前述した通り、仲間の少ないルルーシュにとって彼らは世界そのものと言っていいほどの存在だった。命を賭けてでも守ろうとしたものが、容赦なく壊されていく現実に、ルルーシュの精神も崩壊を迎える寸前となっていた。

 世界が容赦なく、壊れて行く。

 ルルーシュは無意識のうちに地面に膝を付いていた。
 血と泥でまみれた、水たまりの雫が頬にかかった。

「あああああああああああああああああああ!!」

 自分の喉が声にならない叫びをあげている。だが、涙は流れなかった。
 やってきたこと、全てが無駄になっていくような光景に、まだ十五歳の少年は頭を抱えて空に向かって絶叫していた。
 ただ、ただ爆炎にまみれた黒い灰と、無数の光線となって雨を振らせる雲に向かって。

 しかし―――。
 ルルーシュの叫びに対して返ってきたのは、神の救いなどでは断じてなかった。
 
「おいおい、ルルーシュ殿下。まだ生きてるじゃねぇか」

「これ撃ったら、俺たちの手柄ってことだよな!」

 自分の叫び声を聞きつけたのだろう。血に染まった銃剣を突きつけた傭兵が、ルルーシュ の目の前に迫っていた。
 とうとう自分が死ぬ番がきたのだ。
 どうやら、ここが死に場所のようだった。
  
(僕もたいがい殺してきたからな。……いずれ殺されるかもしれないと、覚悟を決めていたが、まさかこんなところだとはな)

 目にうつるは、この上なく醜い世界。
 仲間の死体、難民の死体、勝ち誇る傭兵たち。
 もはや抗う術はなかった。
 
「―――……」

「じゃあ、死ねよ。皇子様!」

 ただだらっと肩の力を抜いて、死を与える銃弾が放たれるを待つ。
 
 そして―――。

「…………」

 いくら待っても、痛みも衝撃もルルーシュには感じられなかった。
 ただ、誰かに抱かれているという温かさがあった。顔に何か液体が飛び散ったのがわかる。それは鉄のような味がして、ルルーシュを困惑させた。
 ゆっくりと目を開いてみる。

 すると、そこには、ルルーシュを守るように抱き抱えるトーゴの姿があった。
 その背中は傭兵が撃ったサブマシンガンで穴だらけ、口からも血が溢れ出し、もはや致命傷なのは間違いなかった。

「おい……。離せ……トーゴ……。……離せ!」

「で、殿下……。どうか、逃げてください!」

 傭兵はしつこくルルーシュを守るトーゴにイラついたのか、また背後から銃を撃ってくる。
 その弾丸全てをトーゴは一人で受け止めていた。己の身体が次々と蜂の巣にされていくことを覚悟して―――。

「おい……! 馬鹿な! 僕を助けて何になる! 早く逃げろ!」

「殿下……。殿下は皇族なんです。俺達の……トーマの希望だった」

「お前たちすら守れない僕にっ、皇族の価値なんてあるわけないだろう! お前たちは僕を利用するんだろう!」

 それなのに、こいつらは、ルルーシュを守る為だけに死んでいって……。 

「こんなところで死んで! ……僕なんかの為に! 馬鹿みたいじゃないか!」

「いいんです……。これで……。あなたを守ることが、後の世の為になるって……、わかって、いる、から」

「僕は皇族として、そんな価値はない! 何の力もない! 現に今お前を守ることすら! ―――守ることすらっ!」

 傭兵たちがトーゴの身体に銃剣を突き刺し、至近距離で引き金を引いた。
 肉が飛び散り、さらにルルーシュの衣服が血に染まる。
 しかし、決して弾丸や刃が、肉体を貫通したりはしなかった。
 トーゴの執念だろうか、彼はルルーシュを抱き抱えたまま離さなかった。

「どうか―――殿下……。い、き……て」

「っ―――――――」

 それっきり、トーゴは動かなくなった。
 もう彼の身体は原型をとどめてはいなかった。
 傷だらけの穴だらけのボロボロである。 
 彼の身体がゆっくりと、地面へと崩れおちていく。
 ルルーシュの腕をすり抜けて……。

(なんだ……、これは? これは現実なのか。僕は……、僕は、ここで死ぬのか!)  
「フゥ……。やっとくたばりやがったか。そんじゃ、そろそろお別れの時間だぜ、皇子様」

 傭兵の銃が今度こそルルーシュの頭に突きつけられた。
 だが、今度は目を閉じない。
 ただひたすらに、前だけを見据える。

「―――神でも、悪魔でも、どちらでもいい……」

 ルルーシュは目の前にある絶望を前に、魂の底から欲する。
 ここで死んだら、守ってくれた名誉ブリタニア人たちの死が無駄になってしまう。
 ここで死んだら、何の為に今までたくさんの人々を殺してきたのかわからない。
 ルルーシュは死んだはずのC.Cの手が、ぴくりと動いたのに気がついていた。
 その伸ばされた白い彼女の手を、しっかりと握り締める。
 
 ―――渇望はするは、力。

 ―――全てをこの手で守れるほどの強大な権力。
 
「どうか……どうか……、僕に力を! 僕の全てを引換えにしても構わない! 望むならば何でも与えよう! 神にでも! 魔王にだってなってやる!」

 ―――こんなところで死んでたまるか!

 ―――トーゴたちがくれた命を、こんなところで捨てるのか!

 ―――ナナリーとはもうこれっきりなのか!

 力がなければ、何も守れない。
 力こそが正義。

 脳裏に一瞬、ブリタニア皇帝の姿が浮かんだ

『わしは手にいれる! 神を殺すアーカーシャの剣を!』 

 ルルーシュは表面上は父からのこの教えを憎んではいた。
 だが、心の奥底では、その絶大なる力憧れてもいたのだ。

(力、力が欲しい!)

 ―――このまま、死んで行くのは我慢できない!

 ―――C.C!!!!!

『……本当にいいんだな?』

 頭の中で、悲しげな顔の魔女が佇んでいた。
  
「―――力をくれ! 全てを変えるだけの力を!」

 ルルーシュの頭が燃えるように熱くなった。
 左目が割れるように痛みを発する。

「ごちゃごちゃうるせぇな! ガキはおねんねの時間だぜ!」

 傭兵が銃の引き金を引き、あとはルルーシュの頭がはじけ飛ぶだけ―――。

 そうなるはずだった。

 しかして、ここで運命は、ルルーシュを世界の王へと駆り立てる。

「ぼくは……。いや、おれは……、ブリタニアを変えてみせる!」





 





「―――お兄様?」

 ナナリーの声が、誰もいない講堂に響き渡った。
 ルルーシュに呼ばれた感じがしたのだ。
 グラスゴーを中心としたナイトメアの編成部隊が、迎撃してくるサザーランド相手に互角に戦っていた。あたりで爆発音が聞こえ、租界に住む人々が逃げ惑い死んでいく。
 ナナリーの足元には何百もの死体が散乱していた。その中にはブリタニア人も含め、日本人の姿も多く見受けられた。ブリタニアの汚職官僚と、NACと呼ばれる日本の資本家たちの秘密の会議がここ、静岡工業地区で行われている事を知り、ナナリー率いる軍勢が一挙攻め込んだのだ。アッシュフォードの檻から抜け出したナナリーはギアスの力で一挙に反体制グループを作り上げ、ブリタニア相手に戦争を仕掛けていた。
 グループと言っても、ナナリーは別に仲間意識を持っておらず、ただ自分を【聖女】と崇めてくる彼らに大雑把な命令を下しているだけだった。そもそもナナリーに巨大化する組織を運営する知識も力量もなく、ただやりたいことをやりたいようにやっていただけだった。
 それでも、彼らはナナリーに心酔したようについてくる。
 まるでナナリーを中心とした一つの宗教のようだった。
 一度奇跡を見せただけで、いとも簡単に忠誠を誓うのだから、人間とはなんて愚かなんだろうと思う。
 
(お兄様以外、みんなゴミのようなもの……。勝手に私に希望を見ているようだけど、せいぜい道具として使いつぶしてあげます)

 目指すはブリタニアの崩壊。
 自分たち家族を貶めた皇族たちを皆殺しにするのである。
 そして兄の奪還。
 幸せだった時間を取り戻すこと。
 この二つである。

 そこまではナナリーは、ルルーシュの思想とほぼ同じだった。
 だが、彼女は良くも悪くも母親似だった。

 もう一つ、目標ができてしまったのだ。
 
(V,V……。あなたの魂胆はわかっていますよ。所詮あなたもただの道化。私の手の平で踊っていてくださいな)

 以前、ナナリーにギアスを与えた少年。
 あの時、ナナリーはギアス以外にも、相手に触れると、その気持ちが手にとるようにわかる力も手に入れていたのだ。V.Vの意識は深い霧のようで読取づらかったが、彼の一番大きい欲望が少しだけ見えたのだ。
 そして、あの男が父と何をしようとしているのか、自分の母が外道のような存在であったことなども、部分的に把握してしまっていた。

 ギアス嚮団。
 人体実験。
 嘘のない世界。

 よくもまぁ、そんなものの為に、自分達兄妹を弄んでくれたものだ……。
 ナナリーの心が憎しみに染まる。

(こんな世界……、どうなろうと知ったことではありません)

 世界をその瞳で見るごとに、ナナリーの絶望はより深くなっていった。

「どうしたの、ナナリー? 仮面つけとかないと、正体がばれちゃうよ」

「……そうですね。うっかり忘れてました」

 護衛の兵士数人と共に、車椅子を押してくれているのは、ナナリーの同い年くらいの少年だった。茶色の髪の、新しくできた自分の兄弟。
 V.Vが突然預けてきた、ギアスユーザーである。
 この少年が自分の監視のためか、純粋な協力者として動いてくれているのかわからないが使える内は何でも使ってやろうと思っている。
 ナナリーは膝にのせていた、白く薄っぺらい鉄仮面にも似たデザインの仮面をか
ぶる。皇族だとばれないように、自分を神聖視する民衆を煽る儀礼的目的にもこの仮面を用いていた。

「ブリタニア貴族の方々の始末はこれで終わりですね。そろそろ中華連邦とも連絡をとりたいので、九州にでも行きましょうか」

「そうだね。でも、君のお目当てのお爺さん、ここにはいないみたいだよ」

「構いません。ここで駄目ならまた京都に直接乗り込んでしまいましょう」

「うん。京都の租界は発達してるみたいだし、五重塔って僕一度見てみたかったんだ」
 
 少年がナナリーに親しげに話かけてくる。
 自分に縁もゆかりもない者だったが、この少年はどうやら自分を本当の妹のように思っているらしい。正直愚かしいことだと思う。
 ルルーシュが座っているはずの場所に、あたかも最初からいたように図々しく笑みを浮かべるこの少年が、ナナリーは正直あまり好きではなかった。

(所詮、オママゴト。使えなくなったらボロ雑巾のように捨てればいいってV.Vからも言われてますしね)

 富士山が見える静岡の渓谷ブロックの、サクラダイト精製工場の坑道の中。
 うねる地下通路の奥にあるコアブロックへと足を運ぶ。
 もうそろそろクロヴィス率いる、正規軍が到着する頃だろう。
 急がねばならない。
 
 その時だった―――。

「死ねっ、白い死神が!」

「……ロロ、頼みます」

 採石場の窪み、横穴と縦穴が合流した複雑な地形の現場で、まだ生き残っていたブリタニア兵士が銃を構えていたのだった。
 しかし、ナナリー達はまるで慌てようとしない。
 その前に、ロロと呼ばれた少年が、一瞬で相手の喉笛を掻き切っていたからだ。
 相手の体感時間を止める。それが彼のギアス能力だった。
 だが、敵はまだまだいるらしい。
 坑道の奥から奥からぞろぞろと現れ出てくる。

「……ふぅ。面倒くさい」

 ナナリーの右目が紅く染まり、世界を照らし出す。
 敵は魅入られたように、その美しい少女の瞳に吸い込まれた。

 その瞬間だった。

「ひっ、ぐ、ぎゃぁぁぁ。俺の身体が……朽ちて……」

「何だ、これは……。身体が老いていく!? 嘘だろう、なんだこれは!」

 敵が見る間に生気を奪われたように絶叫し、悲鳴をあげながらのた打ち回る。
 外見的には何も外傷がないような彼らだったが、みるまに老人のように衰えていき、最後はミイラのような骨と皮になって、風と共に灰となった。
 目の前に残るのは風化した塵のみ。
 それを見ても、彼女は何も感じなかった。  

(ふぅ……。このギアス、一度使うとこちらもひどく疲れる……。連続性に欠けるのが問題ですね)

 車椅子に座ったままのナナリーだったが、さすがに数十人分の時間を奪ったのは堪えた。
 息を切らして、心臓の鼓動を整えていく。

 これが彼女のギアス能力。
 人々がナナリーを聖女と呼び、神聖化する根源の能力だった。
 
 













《必読》
ナナリーの力の詳細はまた今度。
そろそろ、中変えルルーシュ1クール目が終わります。
来週から面接が始まるので、一週間お休みします。 
あしからず……。
 
第十一話へ続く。



[15424] コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ 第十一話
Name: テレポ◆27de978f ID:d71db4dc
Date: 2010/03/18 22:42
面接受けてきました。
五月までには内定欲しいねw
3月~五月までたくさん受験しますので、これから不定期掲載になるかも……。
まあ、でもできるだけ書いていきますので、これからもよろしくお願いします。 

この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。

 更新は毎週?木曜か日曜の深夜とします。
 

 







 世界最大の経済、軍事力を背景に植民地政策を進める神聖ブリタニア帝国。
 しかし、決して最初からここまで強大だったわけではない。
 逆にブリタニアなど歴史から見れば、弱小だった時の方が長く、ワシントンの反乱などをとっても、とても広大な領地を統治できているとは言い難く、他国の侵略や圧力外交に怯える数百年を過ごしてきた。
 ルルーシュの物語を語る前に、ここでブリタニアの歴史を再考してみよう。
 
 ブリタニアは歴史を辿るとテューダ朝期のイングランド王国にたどり着き、処女王であるエリザベス一世の息子ヘンリー九世が即位したところから始まる。そして新世界ブリタニア大陸(アメリカ大陸)の発見。これをイングランドの植民地とする。そしてワシントンの反乱。正史ではここで独立戦争を経て、アメリカ合衆国が誕生するのだが、ベンジャミン・フランクリンの渡仏してまでの、ルイ十六世との援軍交渉は失敗に終わり、ワシントンたち大陸軍はヨークタウンの戦いで大敗北してしまう。イングランド軍の完膚なき圧勝であった。
 この時、首謀者であるワシントンは死亡してしまいアメリカが誕生することはなかった。
 それからのおよそ百年間は、周辺諸国が市民革命や議会政治を開始したのに対し、イングランドは絶対王政を堅持。停滞するフランスなどの議会政治をよそに、イングランド王国はヘンリー十世、エドワード七世の新世界から生み出される富をもとにした傾斜生産方式による統治で発展を続けた。
 だがイングランド側が強気でいられたのもここまで。
 ―――歴史舞台にナポレオンが登場したのである。(おそらくこの頃もうC.Cはコードをひきついでいたと思われる)
 エリザベス三世の統治下で、ヨーロッパの大半を支配したナポレオンはブリテン島侵略を目論むと、すぐに大軍をもってドーヴァーに派兵。
 イングランド王国はトラファルガーの海戦での敗北をきっかけに制海権を奪われ、十二万の軍勢がロンドンを制圧。皇歴1807年、エリザベス三世はエディンバラへ追い込まれ、親ナポレオン派の革命勢力に捕縛され王政廃止を迫られた。
 これがイングランド最大の汚点と呼ばれる、エディンバラの屈辱である。
 フランス(今のEU)とブリタニア人が非常に仲が悪いのは、エディンバラでのことがあったからであろうと歴史家は語っている。
 この危機を救ったのがブリタニア公リカルドと、その部下初代ナイト・オブ・ワン、リシャール・エクトル卿である。ブリタニア国民なら誰もが知っている英雄の二人である。アーサー王伝説の次に、多くの人に読まれている英雄譚だ。
 彼らの活躍があってエリザベス三世は植民地アメリカへと逃げ、新大陸東部ペンドラゴンを首都とした。そののちブリタニア大陸と名を変更、これを新大陸への遷都と言う。
 その後、子のないエリザベス三世が崩御。ここで長く続いたテューダ朝の血筋が耐えてしまう。そこでブリタニア公リカルドが王位を継承し、帝政を実行。国号を神聖ブリタニア帝国として、『リカルド・ヴァン・ブリタニア』と初代ブリタニア皇帝となったのだ。
 しかし、これで一応の平和は得られたものの、ヨーロッパから亡命してきた貴族との間に北南戦争が起こるなど、国は安定せず、国力は衰退。
 今では世界一の強大国などと言われているが、ここまでを見る限り、ブリタニアが強者であったことなどほとんどなかったのである。
 しかし、とある男によって、その状況は一変してしまう。
 ブリタニアが世界に覇を唱えただしたのは、シャルル・ジ・ブリタニアが現れてからだ。
 この皇帝は一代でブリタニアを強く、豊かな帝国へと変えてしまったのである。
 幼い頃から皇位継承戦争で、兄弟姉妹たちと殺し合ってきたシャルル。
 まだ幼く権力も弱い彼が生き残るとは誰も思っていなかった。この点はルルーシュの今の状況に瓜二つである。
 しかし、とある時期から嘘のように才覚を表し、次々と敵対者を味方にとりこみ、あるいは滅ぼした。とある逸話ではシャルルと目を合わせるだけで、誰もがその王にひれ伏したというものまである。
 
 ではなぜこのようなことができたのだろうか?
 
 まるで魔法のような。

 絶対的な王の力。

 ―――ギアス。

 誰が最初にそれをそう呼んだのかは不明だが、その力を持つものは世界を制すほどの強大な力を秘めている。

 シャルル同様、ルルーシュもこの力を手に入れてしまうのだが、果たして彼は本物の王たりえるのだろうか?

 それはまだ誰にもわからない。
















『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』

『第十一話―――終章』









 






 カーン率いる傭兵部隊二十名は、血と硝煙の香り漂う戦場を、悠々と闊歩していた。名誉ブリタニア人部隊の全滅を知らせる報告が届いたのだ。粗野な髭だらけの顔を醜く歪めて、勝利の感慨に酔いしれる。
 
(ふぅ、この俺が負けるかもしれん相手だった……)

 ルルーシュ一人殺す為だけに、カーンが犠牲にしたものは非常に大きい。数百名にも及ぶ部下の死、隠蔽工作や計画の実行の為にかかる資金。これら全てほとんどカラレスの懐から出ているとは言え、カーンもそれなりに代償は支払ってきた。これで作戦失敗ともなれば目も当てられない大赤字だ。いや、それどころか、カラレスに殺されてしまう。
 ―――ルルーシュ暗殺にはここまでのリスクがあったのだ。
 だが、この作戦にはそこまでする価値があった。皇子暗殺の手柄は皇族会議によりカラレスのものとなるが、カーンの名前も皇族たちに広く宣伝できるいい条件になっている。一代限りの騎士侯なんて低い身分ではなく、男爵位だって目じゃないかもしれないのだ。
 正直傭兵としても、軍人としても、ただ人を狩り殺すだけでは満足できなくなっていた。
 戦のみにしか生きる道がない自分でも、庶民から高位騎士になれるということを、今まで馬鹿にしてきた本国にいる貴族共に思い知らせてやりたい。ノーブレス・オブリージュだのと調子に乗っている阿呆どもを、自分が実力で蹴落としてやるのだ。
 そうして高みに登って、見下ろしてやる。
 それさぞ愉快であろう。
 
(その為にも、証拠となるルルーシュの死体は、何としても持ち帰らねばな……)

 カーンたち傭兵団の足元には名誉ブリタニア人たち、数十名の死骸が地面に転がり、砂の海に半分沈んだようになっている。その他にも難民や自分の部下など、数百名の死体が数えられたが、そんな有象無象のものには興味がない。
 ―――ルルーシュ皇子の死体がいつまで経っても見当たらないのだ。
 今現在、ジザンではアラビア連合軍が、駆けつけてきたブリタニア軍と持続的な戦闘状態が続いており、この豪雨の最中でもまだ戦火は衰えることを知らなかった。積み込み途中の巨大なコンテナが、アサルトライフルで撃ちぬかれタンカー船ごと沈む様子が遠目でうかがえた。
 ここもいつ大規模な戦場になるかわからない。さっさとルルーシュの死体の一部でもいいから発見して、アデンへ帰りたかった。

(あの皇子の女……C.Cだったかの姿も見当たらない。捜索にあたらせた部下数名が帰ってこないことを考えると、女は皇子の死体を背負って逃げているのか)

 カーンは青白い唇の端を噛んだ。名誉ブリタニア人部隊の全滅を悟ったC.Cは、乱戦ではぐれた純血派に助けを求めたのかもしれない。しかし先程の斥候の報告ではC.Cは死んだとはっきり明言していたはず。逃げたにしてもそう時間は経っていない。あるいは重荷になる皇子の死体はどこかの廃墟に放り出した可能性すらある。

「ちっ、さっさと皇子の死体を見つけんか! 死体の山に埋れているやもしれん。さっさと掘りかえすんだよ!」

 カーン自身、装甲車に轢かれた難民の死体を蹴り飛ばしながら、皇子の死体を探し続ける。
 兵を四方に配置し捜索させたが、どうにも戦闘で手勢が減りすぎたせいか思うように作業がはかどらない。もっと捜索範囲を広げるべきか、とカーンが考えていた時。

「隊長!」

 傭兵のひとりが大声をあげた。その顔は興奮で真っ赤になっており、その瞳もなぜか赤色に輝いているように見えた。その口元はだらしなく涎を垂らし、なにぶん正常とは思えないような有様だった。

「皇子がいました! 生きております! しかも、銃を何発ぶち込んでも死なないんです! あ、あれは化物の類ですよ、絶対!」

「はぁ?」

 カーンは思わず喜びで輝いた表情を、しかめっ面に曇らせた。

「どこでルルーシュを見た? あそこの空き地か?」

「はい! 空き地の廃墟です! そこに化物が! 化物!?」

「なんだ、こいつは……」
 
(傭兵の質も落ちたものだ。報告一つまともにできないとは……)

 馬鹿なことを大声で吹聴する男は、そのまま気が狂ったかのようにルルーシュ生存を喚きたてた。
 カーンは男を殴り倒し気絶させると、その足で空き地へと向かった。
 ジザンの街は全て廃墟と化していたが、井戸の近くにある空き地にはまだ、集会などで使うモスクのような建物があった。曇天の空のもと、落雷にあったかのように、尖塔の天辺が脆くも崩れ去っている。

「あそこか……。化物などと、おかしなことをほざきおって」

 カーンは兵数名を背後に従えて、建物の中に入った。「なっ!?」とカーンの目が丸く拡大する。
 広い堂内。
 降り注ぐ雨の染みで、黒く血のように染まった絨毯。
 ぼろぼろに壊された木の椅子が、バリケードのように立ち並ぶ中。
 その奥まった壇上のところに、確かに人影があった。
 
 どうやら笑っているらしい。

 真っ赤に染まった左目を、暗闇に光らせて。

 口元だけがにやりと左右に持ち上がっている。

 まるで自分のテリトリーに入ってきた侵入者を喰らう、殺気に満ちた化物の瞳。

 部下の数名も怯えたように後ずさってしまった。

「皇子……、ルルーシュ皇子!」

 照らし出されたライトが、影の中、その人物の顔をとらえる。
 漆黒の中、闇を支配するように立っていたその男は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 死んだはずの皇子、その人だった。












「ようこそ、カーン。待っていたぞ」
 
 突如として健在な姿を見せたルルーシュに、傭兵たちは度肝を抜かれた。
 左ふとももに血の滲んだ包帯を巻いているが、その他はいたって傷を負ってはいなかった。トーマに撃たれたはずの、胸の傷すらうかがえない。

「ルルーシュ皇子……、生きていらしたのか」

(トーマめ! 殺したなどと嘘をつきやがって!)

 心の中で毒付きながらも呆然とするカーンが、堂内へと足を踏み入れようとした。皇子を殺して手柄が欲しい傭兵たちも、勢いこんでそれに続く。 
 すると、背後の気配がざっと乱れ、何かガラスでも踏み割ったような鈍い音が聞こえた。

「な、なんだ!? あれは!」

 傭兵の一人が、怯えた声を上げた。
 混乱は徐々に波のように、広がっていく。

 この時既にルルーシュのギアスが発動していたのだ。
 ルルーシュのギアス―――それは五感の支配。
 人間の中の視覚聴覚味覚嗅覚触覚。
 ルルーシュの瞳から発せられる光により、強制的に脳の一部を支配し操作できるのだ。
 ギアスの有効距離は光信号が届く範囲全て。
 持続時間は約一分。ただし回数制限はなく目の届く範囲なら、連続的に相手の五感を支配することが可能というかなり便利なものだった。
 ルルーシュは手始めに傭兵たちの脳に干渉し、早速視覚をいじってやったのだ。カーンの部下たちが目に見えて焦り始める。なにせ背後から敵軍勢が地平線いっぱいに広がって、こちらに突撃してくる幻覚を見せられているのだから。
 さらにルルーシュは聴覚も支配する。
 傭兵たちには敵軍が軍靴と銃声の音をけたたましく響かせながら、走ってくるリアルな音を耳にしているのだ。
 さらに触覚もいじる。傭兵たちの足には地響きを立てて、こちらに進軍してくる敵軍の振動を感じているはず。
 相手の脳内の複数制御。
 それはかなり処理能力がいる仕事だったが、ルルーシュは難なくやってのけた。
 
 これで恐れない方がおかしい。

「ひっ、ひぃぃぃぃ!! 背後から敵襲! 数え切れないくらいの大軍だぁ!」

 と―――、傭兵隊の団長格の一人が、いきなり一人見えない敵とでも戦っているかのように、銃を乱発し始めたのだ。カーンたち全員が背後を振り返るも、敵軍などどこにもいない。
 他にも多数の兵が背後の見えない敵と戦い始める。
 
「おい、貴様ら! いい加減に―――」

 カーンが乱心した部下を取り押さえようと、声を荒げたその直後。
 なんとまた別の複数の味方が、銃を互いに向け合って同士討ちを始めたではないか。

「な、なんだ、こりゃ! ル、ルルーシュ皇子が……、ふ、増えた! お前も皇子か! みんな皇子になっちまった!」

「ば、化物! 蟲の化物がぁ! 俺の足を食ってやがる! やめろ! いてぇぇぇぇ!!」

 最初の一人は、まるで仲間全てが敵に見えるかのように、マシンガンを撃ち続け、やがて精神が耐えられなくなって自殺した。もう一人は自分の下半身目掛けて銃を撃ち続け、その跳弾を浴びて自殺する形となった。さらに一人、二人目、三人目と、カーンの部下たちは正気を失くし、折り重なって死んでいく。
 ルルーシュの紅く輝く瞳を見た瞬間、皆狂ったように正気を失っていった。
 
「なんだ、これは! 何なんだよ、こりゃぁ!!」

 カーンの頭は今や、得体の知れない恐怖に染まってしまっていた。

(ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ! 意味がわからん! 先程まで名誉ブリタニア人たちの部隊を全滅させ、ルルーシュを大量の銃口で囲んでいたはずだろう! それが今やなにがどうして、こんなことになってやがるんだ!)

 手榴弾が銃火を浴びて誘爆し、爆風が吹きすさび、灰燼と煤煙がカーンの視界を奪って横ざまに流れ去っていく。上空ではついにこの空域でも戦闘が開始されたのか、幾千万もの火線が曇天をずたずたに引き裂き、航空艦の破片が光の粒子となってここまで降ってきた。
 カーンは初めて戦争というものに、恐怖を覚えた。

「っ!?」

 はっと、背後を振り向いた。
 そこには純然と死を撒き散らす戦争というものを目にしながら、厳然と己が前に立ちはだかるルルーシュの姿があった。

「お、お前の仕業か……。お前がこれをやったのか!」

「くっくっく。ふははははははは!」 

 ―――魔王が笑っていた。
 まだ若干十五歳の少年。カーンのニ分の一も生きていないこの皇子が、炎を背景に大きな影を伸ばしていた。
 ルルーシュの足元に跪くように、倒れていく部下。

「いったい、どのような策で……、俺の兵を唆した!?」

 カーンは部下の全滅という事態に、狂騒となりかけた。
 しかし、彼とて幾多の戦場を駆け巡り、生き抜いてきた強者の一人である。眼前で皇子が刃を抜いたと見るや、ばっと背後へ飛びずさった。
 ひょこひょこ、と左足を引きずるルルーシュ。しかし、その気配は負傷した命儚い兵士のものとは違う。手負いの獣を相手にしているような、形のない影を前に剣を構えているような気持ちになった。

「ば、化物め……」

 カーンは知らず撃ち尽くし弾切れになっていた銃を捨てて、自分も剣を抜いた。
 
「お前は皇子などではない! 死して蘇った怨霊の類か何かか!」

「馬鹿なことを。俺が俺でなくて、一体誰だと言うのだ」

 ルルーシュはサーベルの鞘を、もう用済みとばかりに投げ捨てた。この剣が次におさまる場所は、カーンの心臓だとばかりに切っ先を持ち上げる。じりじりっ、とルルーシュとカーンの二人が、お互い剣を構え間合いをとる。そうしている間にも航空艦隊の支援砲撃の火炎がこの建物にも走りはじめていた。堂はほとんど木で出来ていたため、火は外周を舐めるように勢いよく燃え盛っていった。
 ルルーシュの長いこと切らず長髪にまで伸びた黒髪が、建物内部を覆う熱気で上へ巻き上がった。

「おのれっ、こんなところで! ――――っ」

 カーンが倒壊しそうな柱を盾に、外へ逃げ去ろうとするが、一瞬早くルルーシュがその先に剣を振るった。
 カーンの額に一筋の傷が刻まれ、床に血がこぼれた。

「くそっ、ガキのくせに……」

「お前は逃がさん。ここで殺してやるよ。安心しろ、ギアスは使わん。正々堂々、俺の剣でトーマたちの仇を討たせてもらう」

「わけのわからんことをっ」

 二人の剣先が触れ合い、そして一瞬でぶつかり合って火花を散らした。
 ルルーシュは正眼、カーンは身長差を利用した上段の構えで、剣を構えていた。
 皇子と元傭兵の決闘―――邪魔する者は誰もいなかった。

(……思ったより、いい女なのかもしれない)
 
 ルルーシュはここにはいない魔女に、一抹の感謝を捧げていた。ちなみに特定の女性に彼がこのような気持ちを抱くのは初めてであった。
 C.Cは自分に【五感支配のギアス】を与え、「この力を好きに使え」と言ってくれた。
 彼女は手を出さない。堂の外からルルーシュの決闘を見守っていた。最初からそういう約束だったのだ。しかし共犯者となった今でも彼女が約束を守るとは思っていなかった。てっきり仇討ちなどくだらないと言われると思っていたが、意外に情にあつい女だったのか、ルルーシュの策略を応援までしてくれた。
 C.Cのここでの沈黙は、ルルーシュへのとあるメッセージであったのだろう。

 ―――お前の望みを叶えるがいい、と。  

 破れた天井が火炎の雫となって、雨粒と一緒に降ってきた。夜の帳を引き裂くような剣戟が、真っ赤に染まった世界で光となった。
 一瞬の激突。しばらくつばぜり合いが続く。
 互いの気合が交錯し、じりじりと時間が流れる。
 そしてルルーシュは弾かれたようにカーンを蹴り飛ばし、その剣を折るような一撃を上から振り下ろした。
 
「はぁ!」

「ぐぅ……」

 ルルーシュの剣をカーンは受け切れていない。あまり芯の通っていない軽い振りだったが、その早さは尋常ではなく、ビスマルクから習った剣術の冴えがカーンを苦しめていた。
 ルルーシュは足を負傷しながらも、右足だけで器用にステップを踏み、傷から滲み出る血に構わず、右へ左へと剣を振り下ろす。
 カーンは防戦一方であった。
 
「ふははははは! なかなかやるじゃないか、カーン。さすが歴戦の将だ。もっとこの地獄を楽しめよ」

「ふざけおって!」

 狩るものと狩られる者。ルルーシュを若輩と見て、剣に油断があったカーンだったが、その表情は真っ青になり、油汗を滴らせていた。
 身に振りかかる火の粉を振り払いながら、建物の外へ駆け出す。
 その後にルルーシュも続き、二人の決闘は爆撃の始まったジザンの街にその場所をうつした。二人とも血と黒い灰にまみれ、顔が真っ黒になっていた。夜の暗闇のもと、彼らの殺気を宿らせた双眸だけが爛々と輝いていた。

「こ、この禍つ星の皇子め……、この光景を見ろ! お前がいたから、お前さえいなければこの街の民は死ななかった! 名誉ブリタニア人もお前が殺したようなものだ!」

 カーンは瓦礫だれけとなった街を剣で差し、夜天に吠えた。
 彼の中ではこの惨状を生み出したのは、皇子の責任になっていた。自分で殺しておきながらその責をルルーシュになすりつけようと言うのだ。
 ルルーシュを動揺させ、逃げる隙を図ろうという作戦なのだろうが、今のルルーシュにはそんなもの逆効果でしかなかった。

「何が言いたい?」 

「お前がいるところ全てに争いがついてまわるんだ! お前のせいで何人死んだ!お前を守る為に兵士が何人犠牲になった! 考えたことがあるのか、この人殺しが! お前は俺のことをえらい鬼畜のように思っているらしいが、そんなことてめぇに言われる筋合いはねぇのさ! 俺も! お前も! 生きている限り、人を殺し続け、悲しみを生み出すだけの怪物なんだよ!」

「そうだな……、俺が彼らを殺したようなものだ。俺の行くところ、死体の山ができる。よくわかったよ、カーン。―――だから俺も反省したのさ」

「何……?」

 ルルーシュは修羅場の真っ只中、カーンが長剣を構えるのに対して、刃を下げたまま、無防備に歩み寄っていった。その顔には薄い笑みまで貼りつけており、まるで死を恐れるところがないようだった。

「これまでずっと、お前たちカラレスやカリーヌの目を気にしながら政務を執り行ってきた。それは目立たない為の保身であり、俺自身戦いを嫌うところがあったんだ。でもそれじゃあ、大切なものを守れないって、俺はようやく気づいたんだよ」 
「…………」

 カーンの表情に恐怖がありありと浮かぶ。

(こ、これは今までの皇子などでは断じてない! 悪鬼羅刹の類だ! ここで殺さねば! いずれカラレスどころか、帝国そのものを破壊する魔王になる!)

 長い戦場の中、カーンは幾度か、ルルーシュのような表情をした兵士を見たことがある。彼らは死を恐れずまるで亡者のように戦場を闊歩し、ただ己の信ずるままに動く怪物だった。今のルルーシュが正しくそうである。

 ―――ここで俺が仕留めねば!

 カーンは大上段で構えた刃を、両手で振り下ろした。
 ルルーシュの痩躯など真っ二つにするだろう凄まじい一撃。その攻撃がかするかどうかの一瞬で、ルルーシュの姿が二重にぶれた。

(な、何が―――)

 顎に衝撃が走ったかと思うと、朦朧と意識が霞んだ。ルルーシュの左拳がカーンの顎をとらえたのだ。が、カーンは脳震盪を起こしながらも、大地を踏みしめて今度は腰から刺突を放った。相手は無防備にも剣を構えていない。
 容易くルルーシュの体を串刺しにできるはず!
  
 しかし―――。

「ぶわっ!」

 伸ばした腕は簡単にルルーシュに絡め取られ、逆に関節をきめられてしまった。そしてあっさりとその腕を逆さに捻り上げられた。ガギ、といった嫌な音がしたと思ったら、その直後に激痛が走った。

「は、ぐあぁぁぁぁぁぁ!」

 右腕を折られ、これでカーンはまともに剣も振れなくなった。
 
「俺の行くところ、死体の山ができるなら、その山を敵で埋めてやろう。味方が死ぬ前に敵全てを屠ってしまえば済む話だ。そのうち俺に敵対することが愚かなことだと敵が理解するまで、俺は殺し続けよう。なぁ、カーン。いい考えだと思わないか?」

「ぐ、ぬぁぁぁ」

 ルルーシュの剣が地面へ這いつくばったカーンの右腕に刺さり、地面に血しぶきが落ちた。
 そしてカーンがこぼした刃を手に取って、さらに左腕へと突き刺した。
 まるでピンで刺された虫の標本のようなカーン。

「ぐああああああ!!」

 もちろんカーンとて抵抗している。しかし、剣術といい、体術といい、今のルルーシュには勝てる気がしなかった。カーンが攻撃にうつる前に、素早い攻撃がカウンターとして次から次へと見舞われた。

(相手の呼吸が読めん……。本当にこいつは皇子なのか! 甘ちゃんの皇族のくせに!)

「簡単に殺しはしない」

「ま、待て!」

 ルルーシュの刃が右足へと振り下ろされ、それをカーンが叫びながら避けた。額に走った刀傷は今や完全に開き、カーンの顔中を覆うように血化粧をほどこしていた。体中は砂にまみれ、出血のせいで意識は飛びかけている。

「ひ、卑怯ではないか! これが皇子のなさることか! 皇子! 俺はあんたの部下でもあるんだぞ! それを! このように無残に嬲り殺すことをブリタニアの法は認めてはおらんぞ!」

「軍法199条のことか。だがそんなこと今更だな。ここには俺とお前しかいない。よってここで俺が何をしようと誰も止めはせんぞ」

「お、俺を殺すのか! ま、待てと言っている! 名誉ブリタニア人のことを怒っているならそれは筋違いだ! あれはカラレスの命でやったことだ! 奴には逆らえない! わかってくれよ、俺の境遇も!」

「醜いな……。正直お前の声を聞くのも吐き気がする」

「待て、助け―――」

 その語尾が直後放たれたルルーシュの攻撃でかき消された。
 撫で切りにするように腕を振るうルルーシュが、刃をカーンの体に縦横無尽に走らせたのだ。その傷は浅く、ただ敵に痛みを与えるものであり、拷問そのものだった。

「助けっ、だずげで……」
 
「―――俺はその言葉を何度も耳にしたぞ、カーン! その時、お前は彼らを助けてやったのか!」

 捕虜に対する拷問を嫌い、自白剤の使用さえ渋ったルルーシュはもういなかった。優しさはなりを潜め、ただ敵をいたぶる残酷さのみが前面に出ていた。ついに戦うことさえやめ逃げ惑いはじめたカーン。その足の腱を剣で斬り身動き一つ取れなくなった男を、ルルーシュは顔が見えるように蹴り上げた。
 ルルーシュの剣は血糊でべったり染まっており、その動きは未だに止まる気配すら見せなかった。
 右太股を突き刺し、骨を砕いた後、左肩に刃を振り下ろした。
 耳を切り飛ばし、いちいち叫び声を放つ口に泥を詰め込んだ。
 そして恐ろしく冷徹な瞳を見せながら、刃こぼれした剣を捨てて、今度はナイフで敵の指を切り刻み始める。
 その目にはルルーシュは知らず、涙がたまっていた。
 脳裏に死んでいったトーマたちの顔が浮かぶ。そしてその死に顔も。
 そのたびに彼の呪いが胸を焼き尽くした。
 
(俺は、俺の意思でこいつを殺す)

 ルルーシュの甘さがトーマたちを殺した。
 最初からカリーヌの手駒であるカラレスが、ルルーシュを暗殺するため動いているなんてわかっていることだった。だが、どこかで自分は死なない。自分に敵対する人間には多少手痛い思いをしてもらって、それで解決できるだろうと思っていたのだ。

(そんな幼く甘い思いで、俺は今まで戦ってきた! その結果がこれだ! 敵は殺す気できてる。俺も容赦などしてはならなかったのだ! 情けを捨てろ! 敵は殺すんだ!)
 
 もうすでに血塗れであり、沈黙したカーン。
 ルルーシュは荒く息を吐いて、背後を振り向いた。
 雨はとっくにあがっていた。
 残ったのは見渡す限りの廃墟と、屍がうず高く積まれた地獄。
 残ったのは恨み、嘆き、怨念のみ。
 ルルーシュはその何万ともいう怨嗟の叫びが、空に浮き上がりこの砂漠の大地を覆い尽くしているように感じた。

(恨むなら恨め。俺は止まらない。流した血を無駄にしない為にも、さらなる血を流してやろう)

 遠くからC.Cが近づいてきた。
 その瞳にはありありと悲しみが浮かんでいた。
 
「…………」

 ルルーシュはカーンの死体に突き刺さったままのナイフから手を離した。
 仇討ちなどたしかにC.Cが言うように、くだらないものだった。心に何も残らない。ただ虚しさだけが残っていた。
 だが―――、こいつを殺さないことにはルルーシュは前に進めなかったのだ。
 そしてがくり、と膝が折れ、その場で泣き崩れる。

「ああああああああああああああああああああ!!!」

 くしくもルルーシュの父シャルルも、先の帝位争いで多くの大切な友人家族を失っていた。その息子であるルルーシュも皇族である為、その例に漏れずこの凄惨な次代の犠牲者となってしまったのだ。
 ギアスという異能の力を手にれたルルーシュ。
 しかし、その力はまだ少年の皇子の心を守ってはくれなかった。
 悲しみは自分で耐えるしかないのだ。
 
「…………」

 見守るC.Cに声はない。
 黒々とした雲の割れ目から、朝日の光までが涙を流しているかのように滲んで見えた。
 
(死んだ……みんな死んだ……。俺が守りたかったもの、築いてきた全てのものが消えていく)

 ぼたぼたと雨雫のような染みが、砂に染み込んでいく。
 
(母上……ナナリー、優しい世界は……)

 涙をこぼし目を閉じるたびに、マリアンヌが死んだあの日が再現されるようだった。何人ものSPが驚き慌てる中、ルルーシュはあの日もただ驚愕におののき、こうやって泣き崩れるだけだった。

『死んでおる……、お前は死んでおるのだ、ルルーシュ』

 父である皇帝シャルルの言葉が、今ではよくわかる。
 自分の力で手にれたものは今まで何もなかった。この地位も仲間も着ている服すらブリタニアの禄で与えられたものだ。自分から力を得ようと行動などしてこなかった。ただ受身で世界の流れに身を任せていたのだ。なんと不安定で、幻想のような世界だろう。与えられるも一瞬、そして失うのも一瞬の砂上の楼閣に自分は立っている。
 その恐怖がやっと今わかった。
 大切なことは失ってはじめて理解できることがある。
 ただし、ルルーシュの犠牲にしたものはあまりにも大きかった。

(優しい世界は幾千幾万の血の中にあるようだ……)

 ルルーシュは痛む左太股に視線を落とした。
 さすがに血を流しすぎたようだ。色んなことが起きた疲れもあって、もう一時も意識を保っていられそうになかった。ゆっくりと瞼を閉じる。守れなかった仲間たちの死を悼みながら、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
 それを抱き抱えるC.C。
 
 曇天の隙間をぬってさした日光が、そっと二人を包み込んだ。 

 街一つ滅ぼした、凄惨な戦いが終わった……。











 
 その数日後のこと―――。
 カラレスは同じ味方であるはずのブリタニア兵に追い立てられ、一人アデンの街を駆けまわっていた。共に逃げていた部下たちは今はおらず、おそらくもうとっくに捕まってしまったのであろう。今カラレスは無事生還を果たしたルルーシュの指示によって、アラビア連合と通じている反逆者としての容疑をかけられたのだ。さらに皇子を暗殺しようとしたカーンが、黒幕はカラレスだと皇子に漏らしてしまったようで、ここで捕まったら降格どころか死刑になってしまう。副官のギリアムも純血派にとうに始末されたようだ。
 自分を助けてくれる者はもう誰もいない。
 ようやくのことで建物の物陰に身を隠したところで、カラレスの怒りが爆発した。

「か、カーンの役立たずがぁ……。あんなガキ一人殺せんのか!」

 砂漠の粉塵に目をやられ、喉からぜぇぜぇとかすれた荒い息をもらす。しかし休んでいる暇はない。ルルーシュの雰囲気が変わった―――、カラレスに対してまだ甘い対応だったルルーシュだったが、今や苛烈な攻めを見せており、カラレスの息がかかった部下複数を問答言わせず処刑して見せた。その噂は逃げ回っているカラレスにも当然伝わっている。
 
(今の皇子はまずい……。お、俺もルルーシュにかかれば簡単に殺されてしまう。カリーヌら皇族会議の連中め、俺を簡単に切り捨てやがって……)

 あらかじめ定めてあった避難経路を辿って、港町を東に抜けようとした。しかし、海に面する倉庫には、ブリタニア軍の捜索部隊がもうすでに配置されており、カラレスの知り合いだった船の乗組員たちが拘束されていた。
 
「こ、ここも封鎖されておるとは……。ルルーシュめ、俺の行く先々に兵を配置しやがって……」

 ぐっと拳を握り締め、奥歯を噛み締める。カラレスがいざという時の為に築いてきたアデンでの人脈は全てルルーシュに潰された。カラレスは侯爵であり、皇族といえど裁判なしに勝手に処刑できるはずがない。されど、今のルルーシュはまるでそんな法になど興味はないとばかりに、カラレスの味方を勝手に狩っていっていた。

「ようやく見つけたぞ、逆賊めが……」

「ぬぁ!」

「ここで殺してやりたいところだが、ルルーシュ殿下から貴様を生かして捕らえよとの御命令が下っている。貴様に貴族の誇りがいっぺんでも残っているのなら、潔く投降するんだな」

 キューエル・ソレイシィがいつの間にかカラレスの背後に迫っていた。
 その声音はぞっとするほどの怒りで満ちている。皇族に絶対の忠誠を捧げる彼ら純血派の中でも、彼のルルーシュに対する忠誠心はずば抜けている。今にも手に持った剣で、カラレスの首を撥ねたい、という殺気がその瞳には満ちていた。 
 
「たのみの子飼いの貴族たちも、もうすでに拘束するか処刑してある。助けはない。もはや貴様の命運もこれまでだ」

「馬鹿な! 俺は侯爵だぞ! しかもいずれ総督にすら推薦されている大侯爵だ! その俺を何の権限があって捕らえるというのだ!」

 カラレスは足腰が恐怖で砕けそうになるのを必死で堪えていた。

「それに―――あれはカーンの独断だ! 俺がルルーシュ殿下を弑するなど……なんと馬鹿げた話であろう!」

「ではなぜ逃げた? 殿下が生還されたと聞いた時、貴様はまるで夜逃げするように荷物をまとめて基地を出ていったそうだな。政庁の官僚たちが多数それを目撃している」

「馬鹿な!」

(きちんと口止めしておいたはずだぞ!)逃げる途中で会った部下たちには、多額の金を握らせておいたのに。結局官僚や文官は長い物には巻かれよ主義が蔓延っており、カラレスを売る者などたくさんいたのだ。

「俺は逃げてなどいない! 第一俺はルルーシュ殿下が死んだと聞かされて気が動転していたのだ。そんな細かいことなど覚えておらんわ!」

「ほう……、気が動転していたと? しかし、昨夜全ブリタニア軍に殿下救出は諦めるよう司令の名で命令を下していたそうだが、それも気が動転してのことだったのか?」

「そ、そうだ……」

「ふんっ、それにしてはえらく手際が良かったな。まるで最初から殿下が亡くなられたことがわかっているようだった」

「き、貴公! そなたは俺よりも低格であろう! なんだ、その口の聞き方は!」

「……これが侯爵か。殿下の仰るように、今のブリタニア貴族は貴族としての有り様を忘れているようだな。もういい! 貴様を殿下の御前まで連行する。言い訳はそこでするんだな」

「待てぇ! 見逃せぇ、キューエル!」

 セットされた髪を乱雑に掻きむしり、カラレスは奇声を発した。
 この時点でカラレスは狂っていたのかもしれない。
 プライドの高い、狡猾な蛇のような顔も、今や真っ青に染まり、額に浮き出る血管がひくひくと痙攣を繰り返していた。
 何代もの間、帝国の重鎮として君臨し続けた侯爵の家柄である、騎士の中でも名門である彼。その彼にとって、今のこの立場が信じられないことだった。
 大貴族である自分が、縄をかけられみすぼらしくも街角で引っ立てられている。万引きを犯したこそ泥のように。

 ――――全てがおかしい。

 ――――ありえなかった。   
 
「おかしいのだ! 全てがおかしい! 俺がこんな惨めな最後を遂げるというのか! こんな馬鹿な話があるか! ―――これはルルーシュの陰謀だ! あの皇子は呪われている! いずれブリタニアの国そのものを滅ぼす魔王だ! 俺は皇族会議からあの悪魔を殺すよう命令を受けていた! 言わば正義の使徒である! なぁ、わかるだろう! 俺は正義なんだよ!」

「愚か者め! ついにはここで自分の罪状を白状したか! しかし、聞きづてられんことも言っていたな。皇族会議が本当の黒幕か……。これはまだまだお前には聞かねばならんことがありそうだ」

「待て! 待つのだ、キューエル! 俺はあの魔王を討つ為にここにいるのだ!」

「殿下が魔王だと? 莫迦ばかしい。殿下こそ正義そのものである! ひったてろ!」

 暴れ続けるカラレスを、純血派が数人がかりで連行していく。
 その服装はシャツとズボン一枚のボロボロで、貴族の誇りの欠片もなかった。
 侯爵カラレスは、その後、ルルーシュの監視のもと、非常に厳しい拷問を行われることになる。傲慢な大貴族の最後であった。









 重症を負ったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、即刻ヴィレッタらに救助され緊急医療室へと運び込まれた。C.Cに聞いた話では、体中の血液がかなり流れ出していたようで、あと一時間でも遅ければ命にかかわったという。いまだカラレスや皇族会議への対処を終えていない状況で、のんびり輸血を受けていることに気分が悪くなったが、ジェレミアの涙混じりの懇願によって我慢することにした。ルルーシュを守るために散っていった部下たちの為にも、今は休むことに専念するべきだった。ブリタニア本国、なんとシャルル自身からしばらくの休養を命じられた。これは非常に珍しい―――どころか、皇帝が直々に命令をして行政機関を動かすのは数年ぶりのことだったので、少なからず皇族会議の面々はルルーシュの待遇に不満を持つことになった。
 ルルーシュはずっとベッドに横になっていた。
 横にはC.Cが看病してくれていたのか、椅子に座ったまま眠っている。
 窓にあたって十字に影を引く差し込んでくる夕日の光が、室内を紅に染め上げていた。

「…………」

 ルルーシュは背中を丸め首を捻って、外の景色を眺める。ひどい混戦から数日後、アラビア連合の出方をうかがう為、哨戒に出ていた航空艦が帰ってきたのか、べースにゆっくり着陸するのが見えた。
 額や手首、左の太ももにきつく包帯が巻かれ、右腕には輸血の管がまだ刺さっていた。
 数多の擦過傷と、火傷が全身にあり、体中ボロボロだったが、深い傷はなく一週間もすれば元気になるそうだ。それもこれも、ルルーシュを死守した名誉ブリタニア人たちの犠牲のおかげだった。
 トーマやトーゴ、訓練生から一緒だった多くの仲間はもういない。
 ビスマルクにしごかれて、泣き言を吐きながらも笑い合っていた友達が死んでしまった。

「俺は何もできなかった……」

 上半身だけ起こして、じっとうつむいて、じくじくと疼く痛みを耐えながら、ルルーシュは自分を罵倒し続けていた。

「なにが部下を守る……だ。結局皆死なせてしまった……」

 唇を噛みしめて、拳を握りしめた。
 ボロボロと水滴が目からこぼれ落ち、手の甲に落ちていく。

「―――後悔しているのか?」

「っ!?」

 横を見れば、起こしてしまったのかC.Cがじっとこちらを見ていた。
 
「その後悔はこれから何度もあるかもしれんぞ。ギアスの力も万能ではない。また仲間が死ぬかもしれん。友が死に、愛する者がお前の為に死んでいく。その覚悟がないのなら戦争などはじめからするな」

「…………」

「私の契約者はこれまで何人もいた。だが幸せに死んでいった者などほとんどいない。いずれも自らの過ちと世界を……、そして私を恨んで死んでいった。お前もその例には漏れず、ここで朽ち果てるか?」

 ルルーシュの頭に、このまま逃げ出して、どこか一人こっそりと生涯を過ごすという選択がよぎった。

 ブリタニアから逃げて。

 過去から逃げて。

 重荷を捨てて。

 自分すら捨てて―――。

「……嫌だ」

 数十秒後、ルルーシュの唇がゆっくりと動いた。

「逃げることなんてできない。そもそもどこにも逃げる場所なんてない」

「あるさ。人間一人いなくなるだけだ。いくらでも方法はある。一番簡単なのは死んでしまうことさ」

「…………」

「なぁ、ルルーシュ。……お前は正直優しすぎる」

「だから、ここで終わりにしろと言うのか?」

 ブリタニアで嘲笑を浮かべる皇族、貴族たち、そして自分を侮ったままの父。
 そういった今は勝てる気のしない強大な敵をにらみつけ、敵意を燃やす。

 ―――このまま悲嘆に暮れて、人生を過ごす?

 ―――ブリタニアの支配のもと、鎖に繋がれたまま飼い殺しにされる?

 ―――負け犬のまま、泣いて逃げ出す?

「―――馬鹿な! そんな生き方、俺に受け入れられるか!」

 このまま負け犬のまま終わりたくないという気持ちがあった。
 トーマたちから託されたものを放棄できない。優しい世界をまだ全然作れていない。
 そもそもルルーシュは反骨精神の塊である。
 父親に反抗し、ブリタニアに喧嘩を売る意思の強さは、まさしく王の器たるものだった。

「―――約束してしまったんだ! ブリタニアを変えるって!」
 
 ルルーシュはカーンを討った、その凶悪な双眸をぎらつかせた。
 
(何のために契約したと思っている! 納得できない運命ならば、神をも殺す意思と力で踏みにじってやる! それができなくて何が王か!) 

「ほう……、目に力がでてきたな。本当にまだやれるのか?」

 隣でC.Cが呆れたように、微笑んでいる。
 あれほどの地獄にあって、まだ戦い抜く意思を見せたルルーシュに驚いているのであろう。
 C.Cが契約した者の中でも、ルルーシュほど心の強い者は少なかった。
 マオしかり、かつての契約者は、力を与えても、その力にのみ込まれる者がほとんどであった。そしていつも彼女を恨んで憎んで死んでいくのだ。その負の連鎖に半分絶望していたC.Cにルルーシュの瞳の輝きは希望にうつった。
 この男なら、自分を死なせてくれるかもしれない―――と。  

「王の力はお前を孤独にするぞ」

「そんなことは知らん」

「また仲間が死ぬかもな」

「死なせない」

「世界は残酷だぞ」

「そんな世界は俺が破壊する」

「まるで魔王だな」

「望むところだ」

「ふふ」

 C.Cは自然と笑っていた。
 まるで心底感情をぶつけられて嬉しいとでも言うように。
 ルルーシュも今壮絶な笑みを浮かべていた。
 涙を流しながら、世界を憎み、運命を嘲笑する。

 この後、ルルーシュの敵への容赦は全くなくなる。いったん銃を向けてきた者は一族全て皆殺しにされるとまで噂されたほどだった。しかし、いったん懐に入ってきた者は非常に大事に扱うアンバランスを見せるようになっていった。

 歴史は語る。

 シャルル同様―――。

 ルルーシュが覇王の才を見せ始めたのは、曰くこの瞬間からだった、と。
 
 ここに中から変えるしかなかったルルーシュは、中から変えるルルーシュになったのであった。 

 
 











 これでアニメで言うところの1クール終了かな~。
 2クール目は『コードギアス・中から変えるルルーシュ』とタイトルが変更されます。
 あ、同じ板でやるので、心配はご無用ですよ。
 これからもよろしくお願いします。
 



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