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[13006] [完結]荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です[メタルマックス]
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2015/01/04 16:45
 皆さんこんにちは。
 この作品は、メタルマックス系の世界で現代からやってきた不幸な転生者(TS込み)が日々頑張って生きたりするお話です。
 その為、以下の成分が含まれます。

・軽度~重度のTS成分(主人公)
・オリジナル解釈、及びオリジナル設定
・戦車最高、キャタピラになら轢かれてもいいわ!
・現代の戦車に良く似た別物
・愉快なサイズの口径の大砲

 以上の成分が許せない方は、恐らくお読みいただいても楽しんでいただけない可能性がございますのでご注意下さい。

 そして、この作品がメタルマックス好きの方に気に入っていただければ。幸いです。

2010年6月27日:短編集を本編の間に挟みました、大体このあたりの話。という目安のために。
2010年8月27日:題名を修正、チラ裏から来たのにネタと習作を消し忘れてたうっかり。
2010年9月4日:題名を再修正、少し短くなりました。
2014年5月11日:2部終了、そして作品を一時完結とさせて頂きます。
2015年1月4日:リメイクをハーメルンへ投稿のお知らせ



[13006] 01話 『定期収入って大事だよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/07/04 23:01

その世界は、荒れ果てていた。

かつて昔、世界中の軍事基地から放たれた。命令されていない筈の大量破壊兵器を搭載したミサイル達。

ソレらが引き起こした未曾有の大災害によって、人類の文明社会は沈黙した。

様々な生命を育んできた大地は割け、生命の源と呼ばれていた母なる海は汚染され。

しかしそれでも人類は死滅していなかった、だが…。

生態系の汚染によって歪められた生物、研究施設から逃げ出したバイオモンスター、制御を受け付けなくなった殺戮機械。

そして、同胞である人類を躊躇なく獲物とする邪悪な人間。

ソレらにより、生き残っていた人類は更なる窮地へと立たされていた。

しかし。

かつて栄華を誇っていた人類が生み出した兵器『戦車』を乗りこなし、人に仇なす存在を狩るもの達がいた。

人々は、畏怖を込めて彼らをこう呼んだ。

『モンスターハンター』と。





荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 01話
『定期収入って大事だよね』





 アサノ=ガワの町にある酒場の中でも、最も大きい酒場である『驚愕の騾馬』亭。
 店内では古ぼけたジュークボックスが適当なミュージックを流し、強面の堅気には見えない風貌の男女が酒を酌み交わしていて。
 そんな、真昼間から退廃的な空間が広がる酒場に。たてつけの悪い扉が軋み、開く音が響く。
 入ってきたのは筋骨隆々で顔に痣を持つ強面の男…。

 と言う事はなく、肩に荷物が入っているらしい背負い袋を背負った140cm程の小柄で顔に幼さが残る可愛らしい顔付きの少女で。
 頭に巻いたバンダナや、使い古した皮製のツナギである程度緩和されてはいるものの、しかしその空間に似つかわしくない事は変わらず。
 だがしかし、店中から扉が開く音により一瞬注目が集まるも…ヤジが飛ぶ声はなく。


「よーぅアルトちゃん、今日も納品かーい?」


 むしろ、入り口に近い席に座っていた程よく酔っ払った客から気さくに声をかけられている事。
 その事が少女…アルトがこの店の常連である事を証明していた。


「マスター、依頼のぬめぬめ細胞にいもいも細胞、鳥のササミだよ」


 背負っていた中身の詰まった袋をカウンターに置き、更に袋で小分けされている中身を店主の前で確認を求めるように広げる。
 店主はグラスを磨いていた手を止めると、無言で広げられたソレらを確認し…。


「…いつも通り、確実な仕事だな。 ほれ、報酬だ」


 店主は重苦しい声で無愛想に労うと。
 あらかじめ用意していたのか、カウンター内側の棚から通貨の入った袋を取り出し少女へ手渡す。
 どこの酒場でも、今のやりとりのように酒のツマミの元となる素材の買取は行っているが…。


「しかし、あのアルトって娘も良く思いついたよな。ぬめぬめ細胞の安定供給なんてよ」
「全くだぜ、まぁおかげで俺達は安く美味いもんにありつけてるんだがよ」


 コレで酒も安くなりゃぁいい事尽くめなんだけどな、と誰かが呟きドっと酒場に笑いが沸き起こる。
 今までは、『モンスターハンター』や旅人が小遣い稼ぎに持ち込んできた素材が酒場のツマミの材料となっていた関係か。
 普通の稼ぎからすると聊か割高な高級品であったのだが、ソレ専門で定期的に仕入れてくる人物。今先ほど売り込みにきた少女が来てから状況が変化。
 かつてはよくある酒場の一つであったが、今では安定して美味いものが安く食える店として町一番の酒場となっていた。



(Side:アルト)

「へっくし」


 酒場から出て帰路の途中、クシャミが出た。


「…風邪、かなぁ」


 真っ当な経験と知識を持った医者が少ないこの世界、風邪だってバカにならないし薬代なんてもっとバカにならない。
 装備の点検は明日に回して、今日はとっとと寝てしまおう。そう心に決めて我が家…バラック小屋の鍵を開けて中に入る。

 おかえり、と声をかける家族もなく。かつては両親もいたけど今はいない、そんな環境。
 頭に激痛感じた瞬間意識なくして、次に目覚めたら母親の腕の中でした。
 我ながら正気の沙汰じゃないが、誠に残念ながら現実である。

 かつては男であったものの、女性として生を受けた事に軽く打ちひしがれ。
 当初はよくある転生モノかと胸を高鳴らせてみたものの、荒廃した世界に打ちひしがれ。
 まったり生きていくには少々どころじゃないくらい難易度の高いメタルマックスの世界、と言う事に思い切り打ちひしがれた。


「………せめてもの救いは、メタルマックス2の後っぽいことだよなぁ」


 ベッドに寝転がり、天井を見上げながら呟く。
 転生した先の世界で、人体実験の材料として攫われました。

 そんな愉快すぎる運命は勘弁である。いや本当に。
 ともあれ、少しでも健やかにかつ元気に生を送りたいと願うばかりであった。




(続く)




 

【あとがき】
 メタルマックスのSSが、もっと増えればいいと思うんだ。
 そんな気分で書き始めました、後悔はしていない。

 多少のプロットと浮かんだネタ、後ほんの少しのロマン。
 ソレをメタルマックス愛にブレンドして不定期になりそうですが、連載したいと思います。 

 キャラクタの設定や、町等の設定は以後少しずつ文中で出していきたいな。と夢を見ております。

※2010/07/04 身長について微修正しました、地味に。



[13006] 02話 『クルマがあると便利だよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/10/28 02:23
『戦車』

それは、この世界において力の象徴であり。人の身で抗うには強大すぎる暴力に立ち向かう為の牙であり鎧である。

廃墟となった博物館、無人の殺戮空間と化した軍事基地、薄暗い洞窟の奥底、お尋ね者となった存在からの強奪。

入手手段は何通りか挙げられるが、その全てに共通した点がある。

ソレは、入手するまでに生きていられる保障が限りなく低い事。

変り種として商人から買い上げる方法もあるが、その場合においても法外な金額を要求される事から難易度が高い事には変わりがなく。

その結果戦車を持つ人物はハンターの総数からすると一握りでしかなく、更にその事が自前の戦車を持つハンターの株を上げる事に繋がっていた。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 02話
『クルマがあると便利だよね』




 岩陰に隠れた少女、アルトが手にボルトアクション式のライフルを構え機会を待つ。
 狙うは、赤い体から複数の細い触手をゆらゆらと伸ばし密集している殺人アメーバ達…の目。

 そして、少女は軽く息を止め…射撃を開始。
 第一射は狙い違わず一匹目の血走った目玉を撃ち貫いて絶命させ。
 突然の攻撃に動きが止まっている間に次弾装填、少し慌てたせいで狙いが逸れるも。幸運にも良い所に当たったのか2匹目も一撃で仕留め。
 その時点で慌てて残ったアメーバが一斉に散り散りとなって逃げ出そうとするが、逃げる一匹に狙いを定めて射撃。
 着弾のダメージによって動きが鈍った所を更に銃撃され、3匹目のアメーバの死体が出来上がる。
 続けて次の獲物を狙おうとするが、その頃には他のアメーバは既に逃げおおせており。狩猟場と化したその場所にはアメーバの死体のみが転がっていた。

 悪くない狩りの結果に少女は満足そうな笑みを浮かべ、ライフルを背中に担ぎ腰から小型拳銃を引き抜き。ソレを構えながらアメーバの死体へ向かい。
 足先で突つき、動かない事を確認。拳銃を仕舞うとナイフを取り出して速やかなる解体を始める。
 そして、お世辞にもよいと言えぬ感触と臭いに顔を軽くしかめながら。目的の部位を切り取ると次々と取り出した袋へ仕舞っていく。

 やがて2匹目の解体とぬめぬめ細胞の回収を終え、鼻歌混じりに3匹目の死体から採集しようとしたその時。
 アルトの背筋に、氷柱でなぞられたような悪寒が走り。本能の赴くまま全力で横に飛んだ次の瞬間。

 今先ほどまでその場にあった殺人アメーバの死体が爆発、否。
 いつの間にか忍び寄ってきていた、筒に4つ脚が生えたような飛び跳ねる砲台のようなモンスター。
 キャノンホッパーの砲撃により、今先ほどまでアルトが立っていた場所が小さいクレーターと化していた。





(Side:アルト)

「……で、キャノンホッパーとドンパチやらかした結果そんなナリになったと」
「…そう言う事」


 いつもの定例の品物納入タイム。
 そんな中、かなりボロボロなボクの格好を不思議そうにしたマスターにかくかくしかじか。

 ちなみにキャノンホッパーさんは、発煙手榴弾で見失ってる間に手榴弾ぶち込んで鉄屑になってもらいました。
 とは言ったものの、あそこで本能が囁かなかったら砲弾を撃ち込まれていたわけで。


「…戦車欲しいなぁ」


 心から切実な響きを込めて呟く。
 あれば仕事がもっと楽になるし、毎日地味にある命の危険もグっと下がるし。一度に運べる荷物も増える。


「……最近来たトレーダーの話によると、アシッドキャニオンのグラップラー共が居た施設跡に戦車がありそうだって話だぞ」
「…遠い、それに命の危険がデンジャラス」
「……なら、諦めるんだな」
「ですよねー」


 てっどぶろいりゃんがスーパーなハンター達にやっつけられた後とは言え、そんな小市民に優しくない地域を勧めないでください。

 そんなこんなで他愛もない言葉のキャッチボールを楽しみつつ報酬を受け取り帰宅。
 

「……うへぇ、改めて見ると酷い状態」


 母さんが残した姿見でなんとなく自分の姿を見て思わず呻き声。
 あちこち煤と土ぼこりで汚れ、後ろで適当に縛ってる黒髪も今回のキャノンホッパーさんとの戦闘のせいかバサバサのぼろぼろである。
 女として生を受けた事は勿論不本意であるが、ソレと身嗜みを粗末にすると言う事はイコールじゃないと思うわけで。


「お風呂にでも、入るとするか…」


 装備を外し、愛用のツナギを壁にかけ。上着を脱いでサラシと下着のみの格好で『風呂場』へと向かう。
 家の裏口を開けると、周囲をトタンで覆われ。中央に風呂釜として誂えられたドラム缶がある空間に出る。
 単純に、この分も土地を買って。廃材を色々と調達して作った自慢の空間である、壁の穴もトタンを重ね張りして問題解決だ。
 この世界に生まれて辛かったことの一つが、風呂に入る習慣が皆無で。入ろうと思うとそれこそ宿屋で大金払って松の間に泊まる必要が冗談抜きであるわけで。
 それで困らないのか、と思ってしまいそうなものだが。どうも大体は水浴びで事足りてしまうものらしい。

閑話休題

 入ろうと思い立ってからしばらくして、ようやく準備が整った。
 前世では風呂大好きな人間だったボクとしては、思わずこんな所でもかつての文明社会が素晴らしいモノだったと噛み締めてしまう。
 水を溜めておいたタンクからバケツで水入れて薪に火をつけなくても、蛇口を捻れば熱いお湯が出てくるって…とても大事。

 木を切ってスノコ状にしてある場所でサラシと下着を脱ぎ、程よい温度のドラム缶風呂にその身を沈ませる。
 水浴びと違う、体の芯から温まっていく感覚と。お湯の中に汚れと一緒に一日の疲れが溶け出してくのを感じる。


「……温泉行きたいなぁ」


 お風呂の有り難味を味わいながら呟く。
 大破壊のせいで自然環境も大きく変わってるので、あるかどうかは正直不明だが。
 もし戦車が手に入ったら、ソレを探しに遠出してみるのもありかもしれない。
 そんな、普通のハンターに聞かれたら一笑に付されそうな野望を胸に抱くボクだった。




(続く)




 

【あとがき】
 大体、1でも2でもRでも。キャノンホッパーが最初の鬼門ですよね。
 というわけで2話をお送りさせていただきました。

 あの世界、冷蔵庫とかテレビとか見るけどじみーに風呂関係みないよなー。
 そんな思いからこんなネタが出ました。



[13006] 03話 『ハンバーグは鉄板だよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/10/29 01:40


大破壊を経てなお生き残った町並みを元に築かれた集落であった『アサノ=ガワ』

他の地域に比べて水源の汚染が軽く、周囲に凶悪なモンスターがうろつく事が稀なその集落は。やがて人が集まり町へと成長し。

やがてトレーダーや旅人が立ち寄るようになり、ハンターオフィスの支部も設けられ。

いつしかその町は、付近の軍事基地跡や。北上した地域にある湾岸倉庫跡等で稼ごうとするハンター達の拠点となっていた。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 03話
『ハンバーグは鉄板だよね』




 町の中心部から少し離れた所にある酒場の、驚愕の騾馬亭。
 いつも酒飲み客で賑わっている店だが、その日は少し様子が違っていた。

 けして客がほとんど入っていないと言う事はなく、客の入りは順調である。
 様子が違う点、ソレは。


「初めて食ったけど、うめぇなコレ」
「ああ、最高だ」


 酒場に入れば、大体潰れるまでか日が沈むまで酒を呑みっぱなしの。普段ツマミを頼まない男達が言葉を交わしながらソレを口に運び咀嚼する。
 男達の目の前にあるのは、両面がこんがりと焼き上げられ香ばしい匂いを放つ小判形の茶色い肉の塊。
 有体に言えば、ハンバーグと呼ばれるモノであった。


「アルトちゃん、こっちにもぬめいもハンバーグ!」
「こっちにも2つ!」
「こっちは3つだ!」
「か、かしこまりましたぁ!」


 両手にそれぞれお盆を持ち、注文を受けながらテーブルと厨房の間を行ったりきたりする少女こと。アルト。
 その姿はいつもの皮のツナギではなく、普段到底着そうにないヒラヒラとした衣装に包まれており。
 ハチマキのようにいつも頭に巻かれているバンダナもなく、長くたなびく髪も合わさってか…とても少女らしい外見となっていて。
 たまに注がれる邪な視線に笑顔を引き攣らせながらせわしなく店内を動いている。

 新メニューであるぬめいもハンバーグを、アルトが開発したのは些細な思いつきであった。
 下拵えをしてなおぬめりが強く残るぬめぬめ細胞と、生食には向かないくせに焼くとパサパサしてしまういもいも細胞。
 この2つを、ミンチにして混ぜてこねて焼いたら美味なんじゃないのか? と言う、とても単純な思いつき。
 そして、その思い付きは幸運にも大成功。2つの食感が見事に融合し劣化ハンバーグ的な、しかし前世以来のハンバーグにアルトはありつく事ができた。

 更にそこで、取引先である驚愕の騾馬亭にも新メニューとして提案。マスターの舌という試験も見事に合格しメニューとして採用。
 ソレが、少女にとってある意味で地獄の幕開けでもあった。


「ハンバーグまだか?!」
「てめぇ5つも食ってるじゃねぇか、そろそろ控えとけよ!」
「…アルトちゃんって、こうやって見ると結構イケてるよな…」
「胸はねぇけどな…がふぅ!?」
「お、お盆が厨房から飛んできたぞ!?」
「メディック!メディィック!」


 ある意味で、通常時よりも賑やかとなった驚愕の騾馬亭であった。



(Side:アルト)

 最初は、本当に簡単な思いつきだったんだ。
 たまに仕入れ依頼くるけど、微妙に不人気ないもいも細胞をそこそこ高く売れるようになったり。
 更に新メニューが大当たりすれば…レシピ伝授の報酬だけじゃなく、追加報酬も期待できちゃうかなとかそんな感じの思いつきだったんだ。

 そう思っていた時期が、ボクにもありました。
 途中までは思惑通りトントンだったのに、『給料を出すからウェイトレスもやってみないか?』というマスターの囁きに頷いたのが運のつき。
 果てしなく終わりの見えないウェイトレスとしての戦いを繰り広げる羽目となってしまいました。
 …途中から、やらしい視線をチラホラ感じるようになったぞ。


「もうううぇいとれすしない」


 あの後、時折休憩を挟むことができたものの。結局閉店までウェイトレスをする事となり。
 精魂尽き果てたボクは、着替える気力もなくお店のカウンターに突っ伏していた。


「……客の評判は上々だったぞ」


 あまり人を褒めないマスターの多分お褒めの言葉、違うんだ。違うんだよマスター、嬉しいといえば嬉しいけどソレは違うんだ。
 そう返したいのに、返答する気力もない。


「……これからもウェイトレスを…いや。なんでもない」


 不穏な事を口走ったマスターを、顔を起こし。顎をカウンターにつけたまま見上げる。
 今のボクなら、視線だけでスナザメにも立ち向かえる。きっと。


「……今日の報酬だ。良い働きだったからな、色をつけておいたぞ」


 マスターの言葉と共に、ボクの顔の横に報酬の入った袋が置かれる。
 だけど、ボクがソレを受け取って。着替えて家に帰れるほどに気力が回復するのは暫く後だった。




(続く)




 

【あとがき】
 頂いた感想にあった…
>主人公は素材獲りを生業にしているんだから,いっそDSの「メタルサーガ~鋼の季節~」で追加された料理人になるというのは。
 そ れ だ。

 と言う有難いネタと…「普段女っぽくない格好してる子が、ヒラヒラ服着させられるのっていいよね」と言う振って沸いた閃き的な電波で、3話が仕上がりました。
 ちなみに、ぬめぬめといもいもの食感は捏造です。なんとなくそんな感じがしたのでソレっぽく書いてみました。
 ほら、びっくりドン○ーにハンバーグがないのは嘘ですし。

 次回あたり、わんこを出したいなと企んでいます。コーギーにするか、それともハスキーか…。

 そして、主人公ことアルトの女っぽさですが。
 今のところ、それほど描写していないのですけど。その辺りの匙加減について悩んでいたりもします。
 お風呂描写とかセウトギリギリのセーフラインをいくべきか、今の当たり障りない範囲でいってみるべきか。



[13006] 04話 『家族が増えたんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/10/30 01:52


大破壊から時が過ぎて尚、その朽ち果てる寸前の姿を晒す廃墟達。

ソレらは今荒野を生きる者達にとって、宝が眠っている山と同義であり。

凶悪なモンスターが闊歩していたり、強力なセキュリティに守られていない場所は。既に漁り尽くされているのが常識であった。

そう、価値が理解されていないモノや巧妙に隠されているモノを除いては。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 04話
『家族が増えたんだよね』




 アサノ=ガワの町から少し離れた廃墟郡。
 そこは、大破壊前においてはその地域で最も栄えていた街であった…が。
 今現在においては、後ろ暗い経歴を持つ者以外はモンスターがうろつくのみの廃墟でしかなかった。


「えぇと……トレーダーの人の話だと、この辺りのはずなんだけどなぁ…」


 物陰に隠れながら廃墟を進んでいた少女、アルトが地図を広げてボヤく。
 いつも食材集めで町の周囲にしか出ない少女が、少し遠出をした理由。
 ソレは、町に来たトレーダーが。昔持ち運びできるサイズの浄水器を見つけた廃墟の探索である。
 とは言っても、浄水器が目当てではない。勿論あれば儲けモノであるが、そちらは望み薄だとアルトも割り切っている。


「と、こっちかな?」


 軽く水分を補給し、突然の不意討ちにも対応できるよう。取り回しの効き易い小型拳銃を手に構えて廃墟を進む。

 前世の知識を下に濾過器を作ろうと思い立ったのだが、いかんせん中途半端な知識で作ろうとした為失敗し…。
 確実に作る為の水質濾過のノウハウを得るべく、構造等の説明が記された書籍や資料を探しに来たのだ。

 が、そう簡単に目的のモノが見つかるワケもなく。
 地図に記されていた廃墟のビルに到達はしたものの、内部の崩壊が進んでいたり。カードキーが必要な扉のせいで中々思うように探索が進まず。
 そのような状況の中で襲いくるモンスターをやり過ごし、時折遠距離から狙撃しつつやり過ごし。
 そろそろ探索を切り上げようか、と考え始めた頃になってようやく…。
 かつて資料室であったであろう、ところどころ本棚がひっくり返っている部屋に到着。
 更にそこで片っ端から書籍を探す事小一時間。


「やっと、見つかった…!」


 目的の書籍に巡り合えた事による嬉しさか、半分諦めかけた所でようやく見つけられたことによる反動か。
 濾過器の構造について記載された本を両手に持ち、本が散乱する部屋の真ん中でソレを両手で掲げてくるくる回り。
 6回転ほど回った頃、床の本を踏んで滑り…見事に転ぶアルト。

 痛みはそれほどでもなかったが、思わず回った自分の行動を思い返したのか悶絶。
 15年間近く女やってるからしょうがない、と自己意識に欺瞞を被せてようやく立ち直り。


「……? なんだろう?」


 更に散乱し広がった本の間から出てきた、一枚のカードに気付きソレを拾い上げて確認をする。


「なんで、資料室の本の間に社員証…?」


 栞代わりにしていた社員でも居たのかな、などと考えつつ手の中で弄び。
 ふと、資料室に到達する前に。カードキー認証のせいでは入れなかった場所を思い出した。



(Side:アルト)

 社員証を手に、資料室から1階の件のエリアまで戻ってきたボク。
 コレで開くかどうかは分からないけど、まぁ開いたらラッキーくらいな感覚である。目的の本とめぼしい本は回収できたし。
 そんな、軽い気分で。しかし警戒を怠らずに社員証をカードリーダーに通し。

 一拍を置いて、電子ロックされていた扉が開錠されたことを示す音が鳴り。扉が自動で開く。
 開いた扉の奥には地下に続く階段があり、今の電子ロックの扉でもしや。とは思っていたが。
 階段の箇所もライトで照らされている事から、この廃墟の電源がまだ生きている事を確信する。


「コレは、もしかするともしかするかな?」


 戦車、はないかもしれないが。それでもかなりの儲けになるであろう雰囲気からか胸が高鳴るのを感じて。
 ゆっくりと、地下への入り口をくぐり。地下へと進む。

 階段を降りきったそこは、荒れてボロボロになった地上部とは打って変って。
 多少壁面や床にヒビが走ってはいるものの、まさに『研究所』と言うべきエリアだった。


「…監視カメラが結構あるなぁ」


 物陰に隠れ、時折綺麗に磨いた鉄板で曲がり角の先の状況を確認しながら進み。時折カメラがそっぽを向いているタイミングで狙撃を実行し破壊する。
 その結果結構な発砲音とか立てちゃってるけど、今のところ警報もないので大丈夫と判断して先へと進む。


「……おおー」


 途中、警備員の詰め所と思われる部屋から状態のよいサブマシンガンを入手したりもできた。
 ボディアーマーもあったんだけど…ブカブカで逆に動き辛く荷物としても重たいので諦めた。小柄なこの体がこう言う時歯痒く感じる。

閑話休題

 色々と嬉しい発掘、特に綺麗なコーヒーメーカーや調理器具とか本当に嬉しい。
 ともあれ、そうやって慎重に障害を潰しつつ探索を続け。遂に一番奥にあった扉を開くと。
 広い、機材で埋め尽くされた部屋の真ん中にある何かの液体で満たされた大きなガラス管の中に。


「…犬?」


 結構大きなサイズの犬、平たく言うと大型犬な。
 シベリアンハスキーっぽい犬が入ってました。
 コレはアレですか、ポチですか? もしかして。

 部屋の中央まで歩を進め、ガラス管に向かってケーブルが延びているコンピュータを起動。
 ここに入るのに使った社員証の社員IDでログインができたので、色々と資料へ目を通す。
 …どうやら、このビルは表向き真っ当な製薬会社。後ろ側で色々と違法スレスレ、時折アウトな研究をやってたみたいで。
 このガラス管の中のわんこことハスキー君も、その研究の一環だったようです。

 大破壊前の社会のモラルって一体どうなってたんよ、と思わず唸りつつもう一度ハスキー君に視線を向けた。その時。
 偶然かボクの気配で覚醒したのか、うっすらと目を開けてちょうどボクの視線とハスキー君の視線が交差する。


「…うん、わかった。出してあげるよ」


 こっちに敵意がない、むしろ捨て犬のような目でこっちを見るその視線に頷いて応えてコンピュータを弄り。
 ハスキー君を出す為の操作を発見し、ソレを実行。

 すると、大きな音を立ててガラス管の中の液体が排出されガラス管が上昇。
 ハスキー君は液体が排出された事で床に崩れ落ちるが、完全にガラス管が上昇仕切ると。四肢に力を込めて立ち上がり。
 全身をずぶぬれにする謎の液体と、体のあちこちにつながれたケーブルを勢いよく身震いして弾き飛ばす。
 そして。
 ノータイムで、こちらに飛び掛ってきた。


「え?! な、きゃふぁあ!?」


 同情一秒怪我一生、一瞬そんな標語が頭を過ぎりつつ為す術もなく飛び掛られて床に押し倒され。
 我ながら無意識とはいえなんという声を出してるんだ、と思う間もなく。
 ハスキー君に顔中を嘗め回された。

 結論から言えば、ハスキー君はボクに懐いてくれたと言えるのだろう。
 ただ、親愛の情を示す為とはいえさすがに少々心臓に悪かったとボクが憤慨してもソレは許されると思うんだ。
 でもまぁ、嫌われるより好かれる方が良いから今回は見逃してあげるのだ。
 けして、ボクに怒られその大きな体を小さくしてきゅぅん、と鳴くハスキー君の姿にほだされたワケじゃないと主張する。

 ともあれ、持ちきれない荷物を…早速で申し訳なくも感じるがハスキー君の背に担がせてもらい。
 他のハンター達が病みつきになるのも良くわかる、と思わず納得するほどにホクホクな掘り出し物を土産にボク達は帰宅したのであった。




(続く)




 

【あとがき】
 幸運に幸運、更に幸運を重ねてわんこと邂逅した主人公な回でした。
 ハスキー君はちょっとオツムの足りない力持ちさんです、能力的にはサーガのタロウ的な。

 ここから、アルトの食生活や環境が大幅に改善されます。きっと。
 
 ちなみに主人公の性認識ですが、本人は認めたがらないですがメンタリティは結構女性よりになっているかもしれません。
 インパクトが強すぎる環境をおにゃのこの体で過ごしてきたのが大きな原因かもしれません、というよりもほぼ確実にソレが原因です。 



[13006] 05話 『装備って大事だよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/10/31 22:27

大破壊により工業施設等が軒並み破壊、ないし活動停止した事により。

現在においての技術水準はかつてと比べる必要もないほどに落ち込んでしまっている。

しかし、それでも簡単な構造の武器や。弾薬の製造自体は可能になってきており。

かつての技術で作り出された兵器や装備も、資材さえあれば修理は可能であった。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 05話
『装備って大事だよね』




 ハスキー、と名付けたシベリアンハスキータイプのポチを伴い、アルトがアサノ=ガワの町に帰還してから翌日。
 研究所跡にて拾った戦利品の一部を確保し、残りを売り払う事で一時的であるが小金持ちとなったアルトは。
 最寄の武器屋の陳列棚に並ぶとある銃をじぃっと眺めていた。
 少女の隣でハスキーが伏せている事から、かなり長い時間そこを動いてない事が見て取れる。

 当初の目的は、まとまったお金が入ったので5m先はもう当たらないようなサイドアームである小型拳銃の買い替えと。
 愛用のボルトアクション式ライフルと拾ったSMG…MP5の整備。
 そして、ハスキーと名付けた。大柄な体格のポチが見に纏える防具の調達であった。が。


「うはぁ…いいなぁ……スコープ、暗視装置…更にバイポッドまでついてる…」


 まるで、大破壊からさらに遡った昔のショーウィンドウに飾られたトランペットを見る少年のように。
 大破壊前に製造されたセミオート狙撃銃、ドラグノフを目を輝かせて食い入るように見つめる少女。
 チラホラと店内にいる他の客も、そんな姿の少女に軽く引いているのかその周辺には近付こうとしていなかった。


「…おい嬢ちゃん、見るだけなら帰ってくれ」


 そんな状況を見咎め、逡巡しつつも声をかける店主。
 その声に我に返ったのか、少女は店主へ謝り本来の目的のために店主にハスキーを伴って近付く。時折ドラグノフをチラチラと見ながら。


「おじさん、コレとコレのメンテナンスお願い。後、9mmパラベラム弾使ってる拳銃とこの子が装備できそうな防具ある?」


 ゴト、と音を立てつつカウンタテーブルにライフルとMP5を乗せ。隣でお座りをしているハスキーを撫でながら尋ねるアルト。


「おうよ、防具はともかく拳銃はあるが…そいつはシングルショットできるヤツじゃないか。拳銃は要らんと思うがね?」
「まぁね。だけど、咄嗟に抜けて構えれる銃があると安心だし」
「そうかい、まぁ幾つか持ってくるから待ってろ」


 ライフルとMP5を手に持ち奥へ引っ込む店主。
 その間少女は屈み、ハスキーの顎下背中脇腹撫で回し。昨晩洗ったことでフカフカとなったその毛皮を堪能。
 ハスキーは口を半開きにして舌をだらんと垂らし、お座りの姿勢のままなすがままにモフられ。やがてごろんと店の床で横になりお腹をアルトに見せる。
 その動きに気を良くしたのか、アルトはお腹の柔らかな毛を更に撫で回し…。


「…おい嬢ちゃん帰って来い」


 幾つかの箱を奥から持ってきた店主に、呆れた口調で声をかけられた。



(Side:アルト)

 ライフルとMP5の2丁を預け整備料金前払い、22口径の豆鉄砲を売り払いM92Fベレッタを購入。
 後、かなり値が張ったけど。ハスキー君用にボディアーマーを加工して作られるポチジャケットを買ってあげました。
 足りなくなってきた煙幕手榴弾と手榴弾も買い足して、買い物終了。
 その足で、とある場所…街の修理工場へと向かう。

 メタルマックスをやってた時のイメージだとクルマ直したり改造したりなイメージが強い修理工場。
 しかし、駆動系やら制御系やら電子系が詰まったクルマを修理できると言う事はしっかりとした技術があるわけで。


「こんにちはー」


 修理工場に挨拶しつつ、ハスキー君を伴って中へ入る。

 そこは、職人気質なメカニックさんの怒号や。クルマ修理による金属音等が響くある意味で戦場でした。
 誰も気付いてないので、息を吸い込み。


「こんにちはぁ!」


 元気良く挨拶、そうする事でようやく1人のメカニックに気付いてもらえた。
 丁度良くと言うか何と言うか、驚愕の騾馬亭の常連さんの1人でした。


「なんだアルトちゃんじゃないか、こんな所に何しにきたんだい?」
「ちょっとお願いがありまして…発電機の出張修理ってお願いできますか?」


 実は我が家には発電機がある。否、あった。
 物心ついた時には既に動きを止めており長い間ウンともスンとも言っていなかったが。


「出来るけど…直せるかどうかは見てみないとわからないぜ?」
「それでもいいです」
「そうか、ならお安い御用だぜ」

 任せておけ、と頼もしい笑みを常連さんが浮かべ。見習いらしい若いメカニックさんを2人呼びつけると。
 発電機の修理パーツを見習いさん達に手早く用意させ始めました…頑張れ見習いさん。発端はボクだけど。

閑話休題

 準備が完了し出発、とはいえ同じ町の中なのでほどなく到着。
 家の隅っこに置かれていた発電機をメカニックさん達は外へ運び出し、修理を開始。


「うわ、こいつぁヒデェ!」
「ですよねー」


 常連メカニックさんが思わずあげた声に同意するボク。
 そりゃ10年以上動いてなかった発電機が真っ当な状態であるわけもなく。


「直せない事はないけど、結構かかりそうだな」
「…ちなみに、おいくらですか?」
「1000G」


 おもむろに財布の中を確認する。
 色々と買ったりお金払ったりした結果、臨時収入残金1000G。
 ぴったりカツカツでした。ちなみに普段のお仕事の報酬とかの生活費は別途しっかりとっておいてあるので使いきっても安心です

 ともあれお金はあるので修理をお願いすることに。
 コレが動くようになれば…箱だけの冷蔵庫も動くようになるからかなり楽になるし。
 何より、研究所跡で拾った電熱調理器やコーヒーメイカーが使えるようになる。
 他にも電熱調理器対応の圧力釜等もあるので、電源が手に入ればかなり文明的生活に近づける…はず。




(続く)




 

【あとがき】
 やっと5話お送りできました、正直難産でした。
 そして、主人公にとっては電子部品や銃よりも。圧力釜の方が優先度が高かったと言うお話です。

 なお主人公は一応登録こそしてあるものの、BSコントローラは持ってない設定です。
 なので、今週のターゲットとかやっつけたら証拠品を一々ハンターオフィスへ持っていってたりします。きっと。
 感想にてご指摘を受け、ライフルについて修正。
 物凄いうっかりでした…ご指摘していただき、ありがとうございました。



[13006] 06話 『何が役に立つかわからないよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/11/03 14:54


荒野が広がり凶悪な魔物や殺戮機械が闊歩する世界。

そのような世界でも、日が落ちればやがて朝は来る。

かつて人類が文明の栄華を誇っていた頃、『人類が滅んでも~』というフレーズがしばしば用いられていたが。

そのフレーズを考えた人物もまさか想定していなかったであろう。

全面戦争以上に悲惨な大破壊を経て尚、人類が逞しく生き残る事を。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 06話
『何が役に立つかわからないよね』




 丸い体に、嘴の代わりに銃身が生えた奇妙な進化を遂げた鳥類の一つ。鉄砲鳥。
 群を為して無防備な頭上から銃撃を加えて来るそのモンスターは、新米ハンターやトレーダーにとっては恐怖の対象の一つであった。

 その、『恐怖の対象』は今。
 森の中の枝に止まっていた所をアーマーを装備したシベリアンハスキーに追い立てられた所を。
 ライフルで狙い撃ちにされ、地面に墜落していた。


「ハスキー、グッド!」
「わふっ」


 茂みからライフルを手に立ち上がり、撃ち落した獲物の傍で座り待機しているハスキーを撫でる少女。
 バスケットボール程の大きさな鉄砲鳥の足を紐で縛り、既に中身の詰まった食材袋と別に担ぎ。ハスキーを撫でながら歩き出す。

 しばし歩いて到着したのは、アサノ=ガワの町近くの下流の川辺。
 そして、荷物を付近に下ろした少女。アルトはナイフを取り出し…。
 まだ仄かに暖かい鉄砲鳥の解体を開始した。


「…えぇと、首斬って血抜きしないといけないはずなんだけど…首どこだろう」


 血の匂いにワクワクしているハスキーを傍らに待たせ、時折首を捻り前世でアルバイトした記憶を思い出しながら解体を進め。
 かなり手間取りつつ、なんとか胸肉、腿肉等の部位に切り分け。川で血を洗い流し。

 森で拾っておいた枯れ木で焚き火を作り、薄くスライスした胸肉をナイフに差したまま火に炙り始める。


「わふっ、わふっ」


 肉の焼ける匂いに鼻をフンフン鳴らし、口を半開きにして涎を垂らし始めるハスキー。
 その様子を微笑ましく思いながら少女は笑みを浮かべ、焼けた肉を火から放し。一口齧る。
 咀嚼すること数回、舌が痺れる様子もなく味もまぁ悪くないのを確認し。ナイフから外したその肉をハスキーへ与える。


「胸肉は大丈夫っぽい、と」


 一口でソレを平らげるハスキーを横目に皮ツナギのポケットからメモを取り出して食感や痺れの有無等を記載。
 続いて、腿肉を削ぎ落とし。先ほどと同じようにナイフに刺して火で炙り始める。

 装備が整いサポートしてくれるハスキーを得た事で、狩りにも余裕が出来たアルトは。
 新たなメニューを驚愕の騾馬亭に売り込むプランを組み立て始めていた。


「他のハンターも、ボクと同じような事しだしたしね…」
「わふ?」


 溜息と共に嘆息、許可を貰い焼きあがった腿肉の一本を齧ってたハスキーが不思議そうにアルトを見上げる。
 ぬめいもハンバーグによるぬめぬめ細胞やいもいも細胞の需要増加、ソレに伴いアルトと同じように定期的に卸そうとするハンターが増えてきたのだ。
 今のところアルトの定期収入に目立った影響は出てないが、独占状態が解除されてきている事には変わらない為…。


「影響が目立ち始めてから動いても遅いしね」
「わぅーん」


 前世での営業職時代に、アドバンテージに胡坐をかいてたら他社に掻っ攫われた苦い経験を思い出しながら。
 苦い笑みを浮かべ、肉に満足して転がるハスキーを撫でるアルトであった。



(Side:アルト)

 いつものようにぬめぬめ細胞やいもいも細胞を驚愕の騾馬亭に卸したボクは今。
 自宅の調理器具を前に腕組していた。


「さて、どうしようかなぁ…」


 普通にソテーとかだとハンバーグほどのインパクトがないし、なんとか入手できる調味料が塩や酢じゃぁちょっとしんどい。
 酢も日本酒っぽいお酒の密閉ちゃんとしてなかったら出来たと言う、ちゃんとした酢からは程遠いモノだし。


「…ぁぁ…鰹節とか醤油がほしい、後砂糖と胡椒もほしい」


 ないないづくしである、トレーダーから買おうにも見事に吹っかけられるし。
 前世で何気なく食べてた鳥料理が恋しくなる。ソテーにから揚げに手羽先焼き鳥に煮物。


「……ん?」


 今脳内で列挙した料理の一つが引っかかる。
 焼き鳥。


「……炭火焼き鳥」


 口にしてようやく、ストンと落ちる。


「ソレだ!」


 閃きと共に歓喜の叫びをあげ、床に伏せてたハスキー君がビクっとなる。
 窓から外を見ればまだ夕方、そうと決まれば話は早く。家を飛び出して目的の品をハスキー君と共に集めに出る。

閑話休題

 一時間ほど駆け回り、ブロックに網に木炭。ソレと枯れ木から削り出した串を用意完了。
 数本分胸肉や腿肉を切り分けて串へ通し塩を振り。
 裏口のお風呂場スペースに出、ブロックを組んで炭を入れて火を起こす。
 煙や中々つかないことに難儀しつつも火が安定してきたところで網を載せ…。


「…このお腹が空いてくる匂い、これだ」


 ジュゥジュゥと音を立て、時折油と肉汁が混ざった液体を炭へ落とし。ソレが更に良い匂いを立て。
 熱に苦戦しつつも何度かひっくり返し、程よく焼けたソレを一口。


「んまい……」


 若干残る臭みが逆に旨みになり、歯ごたえと塩味が程よく噛みあっている。
 2本目も味わおうと手を伸ばしたところで裾を退かれてそちらを見ると。


「きゅぅーん…」


 物欲しげな瞳をしたハスキー君が、自分も食べたいオーラを全開にしていました。
 その様子が凄く可愛かったので撫で回した後、お皿に串から外した鶏肉を入れて差し出し。
 次の瞬間、ぺろりとソレを平らげるハスキー君。そして目が訴える、『もっと頂戴』と。

 気が付けば、鉄砲鳥1羽分ボクとハスキー君で平らげてましたとさ。




(続く)




 

【あとがき】
 主人公焼き鳥を作る、の巻きでした。副題は前世での妙な経験がまさかの大活躍の意味。
 徐々に食材ハンターとして加速します、そしてハスキー君は美味しいモノが食べれます。
 しかし調味料不足がたまに足を引っ張ったりします、きっと。

 本当はこの回で戦車獲得をやろうと思ったのですが、もう1話くらいクッションを挟みたかったのでこんな話になりました。
 次回、戦車がアルトの手に入る…かもしれません。

 レンタルタンクは、その内名も無きハンターさんが乗ったりする予定です。
 MMRでヘッツァーとかトラクターとか乗り回したのは良い思い出です。



[13006] 07話 『日常なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/11/15 22:08

文明が崩壊し、人々の心が荒む世界。

そんな世界でも…いや。

そんな世界だからこそ、不用意に敵を作る行動は危機を呼び込む要因になり易い。

強者にとっては襲い来る敵すらも自らの糧となりうるが。

弱者、に分類される者には。ソレが時に命を失う事に繋がる事もある。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 07話
『日常なんだよね』




 日差しが窓から差し込み、日光がバラック小屋の室内に満ちてゆく。
 ソレは家の主であるアルトも例外ではなく、朝日がもたらす眩しさと僅かな熱に。少女の思考は徐々に覚醒へと向かい。
 寝ぼけ眼のまま上半身を起こし、ゆっくりと大きく伸びをして大きく欠伸。眦に涙を残しつつベッドから下り。


「わぉん!」
「おはよう、ハスキー」


 家の床に伏せて眠りについていたハスキーも、少女の起床に合わせて起き上がり。挨拶の一声を上げ。
 アルトもそんな愛犬に挨拶をしつつ、軽く頭を撫でてから。チェストの上に置いてる歯磨きセットを手に持ち。
 起き抜けのタンクトップとパンツと言うラフな格好のまま風呂場兼洗面所である裏口へ向かう。
 扉を開けると、そこは快晴の青空が広がっており。トタンの板で周囲を壁のように覆った、中央にドラム缶の置かれた空間に出る。


「ん、んー……良い天気、だ」


 もう一度太陽の光を浴びて大きく伸び、小柄な体躯からスラリと伸びた健康的な色の両手両足でも朝の日差しを堪能してから。
 長い間愛用しているドラム缶風呂の蓋を開け、中にバケツを入れて水をくみ上げて排水スペースまで移動。バケツの水を使って洗面と歯磨き開始。


「……もちっと、ちゃんとした洗面所とかある家に引っ越したいなぁ…」


 発電機や電化製品が稼働を開始した事で、次の目標。と言う名の欲望ができたのかもごもごと口にするアルト。
 しかし、ソレに達するまでに必要な金額を思ったのか眉毛をヘの字にして口の中をゆすぎ。再度顔を洗って思考を切り替え。
 昨晩の内に干しておいたタオルで顔を拭き、バケツの中の水を流し歯磨きセットを手に室内へ戻る。

 その後は、タンクトップを脱いで小柄な体相応な胸にサラシを巻き。動き易さを重視した服装に着替えて上に愛用の皮ツナギを羽織り。
 長い黒髪を、切ろうかどうか迷いながらブラシを入れて先の方で縛り。頭にハチマキ状にバンダナを巻いて着替え完了。

 そして、今か今か。とせっつくようにツナギの裾を噛んで引っ張るハスキーの頭を苦笑を浮かべつつ撫で。
 朝日が差し込むアサノ=ガワの町を共に走って散歩し…。
 その後肩で息をしつつ帰宅、その後朝食を用意しハスキーと共に食べ。洗濯物を取り込んでから装備を整えて狩りに出発。
 コレが、ここ最近のアルトの一日の始まりである。



 ハスキーを伴い、守衛に一声挨拶してからアサノ=ガワの町を出たアルトは…。
 まず、町から南西に進んだ地点にある森を目指す。狙うは焼き鳥の材料である鉄砲鳥だ。

 アメーバやイモバルカンから取れるぬめぬめ&いもいも細胞の調達は、既にマスターを通して別のハンターに委任済み。
 その時、驚愕の騾馬亭マスターと交わした会話は以下の通りである。


「マスター、ボク明日からぬめぬめといもいもの納入やめるねー」
「……冗談はその色気のない胸だけにしておけ」
「大事な事すっ飛ばしたボクも悪いけどいきなり酷い事言われた!?」
「…で、理由を聞こうか」
「しかも流された! …えっとね、最近ぬめぬめといもいもの需要増えて。ボクと同じように売り込もうとするハンター増えたよね」
「…ああ」
「でもマスター律儀に最初の約束通りボクから買い取ってくれてるよね、金額も値切ったりせず」
「…ああ、代わりに他のヤツからは買い叩いているがな」
「そう言う事だよ」
「……そうか」


 後ろ盾が無い小娘ハンターであるアルトにとって、同業者からの不興はとても恐ろしいのである。
 今のところその手の嫌味も行動も受けていないが、リスクは最大限に抑える為にアルトは決断し。ぬめぬめといもいもの収入を切り捨てたのだ。


「ま、それに仮に妬み嫉みないとしても。儲けのノウハウ嗅ぎ回られたら困るしねー」
「わふ?」


 今までの主だった収入源を切り捨てた時の事を思い出し、つい独り言を呟くアルト。
 不思議そうに見上げるハスキーを笑みを浮かべながら撫で、つい独り言が多くなったなぁ。などとどうでもいい事を考えて。

 そうしている内に目的地である森に、モンスターに遭遇する事なく到着。


「ハスキー君、前と同じように。頼んだよ」


 ライフルを右手に持ち、左手でハスキーの首を軽くもふりながら叩いて合図を送り。
 既に何回か経験を積んだ野鳥…鉄砲鳥狩りを始める。

 狩りの内容はそれほど特筆に価する事はない。
 ハスキーが獲物を見つけ、獲物の位置に応じた茂みに身を隠したアルトが狙撃。
 落ちた状態で獲物に息があったらハスキーがとどめを刺してソレを回収。
 たまに発砲音に気付いたモンスターと遭遇する事もあったが…。
 ハスキーが前衛で足止めしている所に、サブマシンガンで3点バーストを数回撃ち込み解決していた。



 日が傾き始めた辺りで、狩りの時間は終了となる。
 本日の成果は4羽、上々の結果に口元を綻ばせてアルトとハスキーは帰途につき。
 アサノ=ガワの町に入る前に…町沿いにある川の下流に位置する人目につきにくい川べりで獲物の解体を始める。


「ハスキー君、今日もお疲れ様ー。後で胸肉焼いたのあげるから今はコレで我慢してねー」


 切り分けたレバーをハスキーに向かって軽く放り投げ、伏せて待機していたハスキーは。
 勢い良く起きて飛び上がり、見事な空中キャッチを披露。その姿に獲物の血の痕が残る手で拍手をアルトは送り…。
 手際よく腑分けした肉を個別にまとめて袋に詰めてから手を川で洗い、レバーを飲み込んだハスキーを伴って町へと向かう。

 

「ほいマスター、焼き鳥の材料だよー」
「……確かに、受け取った。今日の代金だ」


 町につき、驚愕の騾馬亭の…裏口から入り。マスターに腑分けした獲物の肉を順繰りに並べて引き渡し。
 数と種類を確認し、アルトへ報酬の入った袋を手渡すマスター。
 その後自宅へ帰ったアルトはハスキーへ焼き上げた胸肉をご飯としてあげ…。


「…洗濯機も、ほしいなぁ」


 しみじみと呟きつつ、盥に風呂釜として愛用しているドラム缶から水をバケツで移し。
 狩りで汚れた衣服の洗濯を始める。早い内に洗っておかないとタイヘンな事になるからだ。

 成分不明な洗剤で洗い終え、一度水を流してから再度水洗いをして手で絞り。洗濯紐に洗い終えた服をかけ。
 下着を脱ぎ一糸纏わぬ姿となり、脱いだそれらを盥に入れ。ドラム缶から掬った水で汗や土埃、そして血糊で汚れた髪と体を水で洗い流す。


「…ふぅ」


 ひんやりとした水で何回か洗い、ようやくスッキリしたのか。
 あらかじめ用意しておいた松のタオルで体と髪を丁寧に拭き、先ほど下着を入れた盥にそのタオルを入れ。
 別の新しい下着に足を通し、サラシを胸に巻くと…。
 本来は腕を通さない、ヒラヒラとしたブラウスやスカートに身を包み始める。溜息を吐きながら。
 そして、着替えを終えると。


「じゃあ、ちょっと騾馬亭で仕事してくるから留守番お願いー」
「わぉん!」


 ハスキーに声をかけ、自宅を出て驚愕の騾馬亭へと向かうのである。
 あれほどやりたがらなかったウェイトレスをする為に。

 コレには幾つか理由がある、例えば結構なお金になる。例えばハンター達の噂話が耳に入る。例えば自分自身の料理の腕向上に繋がる。等々。
 しかし、一番の理由は…。
 自分がレシピを持ち込んだ結果、10過ぎの駆け出しの頃からお世話になったマスター1人で回せないほど盛況になった。という事実である。
 レシピを採用したマスター自身の自業自得ともいえるが。


「お待たせしましたー」
「……来たか、頼んだぞ」


 空が薄暗くなり、夕陽がその身の半分以上を地平線に沈めた頃。
 既に驚愕の騾馬亭の席の半分が埋まっていた。

 アルトの一日で、最も忙しいかもしれない時間の始まりである。




(続く)




 

【あとがき】
 長らくお待たせしました、漸く7話の投稿です。
 今回は急遽日常編となりました、そしてオール3人称への挑戦を試みてみたり。読みにくい場合は前の形式に戻します。

 そして…。
 >次回、戦車がアルトの手に入る…かもしれません。
 すまない、嘘を吐いた。
 こう、当初の構想ではモヒカンからわんこ無双の挙句にバギーを巻き上げる事を考えていたのですが…。
 「ポチがいるとはいえ。戦車を擁するほどのモヒカンに、元営業の少女が勝つのはちょっと難しくないか?」
 という友人からの指摘でハタと気付きました。結果色々と書き直して時間がかかってしまいました…。
 
 と言うわけで戦車はお預けです、お預けってナイチチにぴったりの言葉だよね!
 とバトー博士のごとき状況になってしまいました、ごめんなさい。



[13006] ex1話 『短編集なんだよね わん』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/12/15 00:12


 世間的に見ればほんの些細な事が、当人にしてみれば大事件で。

 当人にしてみれば些細な事が、世間的には大事件で。

 今回は、そんな日常の一幕である。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です EX01話
『短編集なんだよね わん』




【ハンターオフィスに行こう】

 とある日、愛犬のハスキーと共に不意討ちをやらかしてきたキャノンホッパーを昇天させたアルトは。
 ふと、ソレが今週のターゲットであった事を思い出し。BSコントローラという便利な代物持ってない為…。


「たーのもー」


 キャノンホッパーの残骸を手に、ハスキー君と共にハンターオフィスにやってきた。
 なお、一応認められている形式である事を補足しておく。

 たまに顔を会わすくらいの、そんな顔見知りな受付の胸が妬ましい受付の女性に。
 アルトは満面の笑みを浮かべ、持ってきた残骸を見せる。
 受付はソレを一瞥し、爽やかな営業スマイルでハンター達に見せる為の画面を手で指し示す。
 そこに映っていたのは、とても簡素で分かり易い内容。

『今週のターゲット、キャノンホッパー は終了しました』
『今週のターゲットは 一発屋 です。皆さん奮って退治しちゃってください』

 落胆して肩を落とし、しょんぼりするアルト。キューン、と慰めるように一鳴きするハスキー君。
 賞金稼ぎを狩る気なんてゼロだから、とこまめに顔を出す事をサボりがちな少女が良くやるポカであった。




【妖怪ギリースーツ 爆誕】

 肩を落とし溜息を吐いて気分を入れ替え。
 ふと、遠目に見ても気になるデザインのモンスターが記載されている手配書に気付き。小走り気味にソレを見に向かう。
 そこに、スケッチで描かれていたモンスターは…。


「………なにこれ?」


 全身に葉っぱを隙間無くくっつけた、モサモサっとした格好の人型っぽい何かが。狙撃ライフルを森の中で構えているデザイン。
 更に名前が特徴的であった、その名も『妖怪ギリースーツ』。


「お、アルトが来るなんて珍しいな」
「あ、バズさん。…ちょっとキャノンホッパー倒したので賞金もらおうと思いまして」
「……そうか」


 それだけで全てを察したのか、優しく少女の肩を武骨な手で叩き。慰める。
 しばらく慰められる事数十秒、微妙な空気を振り払うべく少女は本来の話題に戻る。


「…で、この妖怪ギリースーツって。何なんです?」


 齢14歳のアルト、この姿でこの世界に生を受ける前に。平たく言うと前世で見た覚えがあるソレを指差す。
 少女は思う、なんなんだよ。せめて万博で見た覚えのあるフサフサした樹木っぽい何かのでっかい方だろう、と。

 
「なんでも、森の中でヒッソリと過ごしているらしい」
「めっちゃ無害じゃないですか」
「ただ、ステンバーイステンバーイ…と。まるで何かタイミングを測ってるような囁きが不気味がられてるとかなんとか」
「あー…」


 そういえば、元ネタとなったゲームでそんな事言ってたよなぁ。などと呑気に考えて思わず天井を見上げる。
 転生してきたこの世界の、色んな意味での広さを再認識した瞬間であった。




【とある日の騾馬亭】

 現在、アルトが身に纏い。給仕を行っているウェイトレス服。
 基本的にこの衣装がスタンダードであるが、ごく稀に違う衣装を着ている事がある。
 ソレはもしかすると無口で無愛想なマスターの趣味かもしれないし、一部常連の熱烈なるリクエストによるものかもしれない。
 だがしかし、取りあえず一つだけ確実に言える事があるとするならば。
 大体のケースにおいて、最も被害を被るのはほとんどアルトである。
 コレは、そんなとある日の一幕。

 ベテランハンターの、スキンヘッドが眩しいディック。
 彼が一日の疲れとストレスをぶっ飛ばすべく、アルコールと美味いものを求めて騾馬亭に入った瞬間の事であった。


「いらっしゃいませー」
「…っ!?」


 いつもの微妙に立て付けの悪い扉を開けた男の前に居たのは、黒を基調としたドレスの上に。前掛けのようなエプロンのついた。
 各所にヒラヒラとしたレースがついた衣装。平たく言うとメイド服に身を包んだアルトであった、頭にはヘッドドレスも完備。


「……何してんだ? 嬢ちゃん」
「……聞かないで下さい」


 思わず尋ねるスキンヘッド、深くは聞いてくれるなとサメザメと泣くアルト。
 何故か周囲の酔っ払いから飛ぶブーイング、ディックは思う。いや俺は絶対悪くない、と。


「……わかった、とりあえずハンバーグとぶっとびハイ頼む」
「かしこまりましたー」


 注文に返事を返し、メモを取って。メイド服に身を包んだ少女は喧騒に包まれた酒場の中をこまごまと動き回る。
 ふとなんとなく隣のテーブルに座る、アルトの動きを目で追う男達に視線を向けるディック。
 その内の1人がディックの視線に気付き、目が合うと…良い笑顔でサムズアップを送ってくる。
 いや違う俺はトキメいてないから、お前らみたいな幼女趣味と一緒にするな。と叫びたい心をこらえ、目を逸らす。


「お待たせしましたー、ぬめいもハンバーグとぶっとびハイですー」
「あ、ああ」


 いつもの、言ってみればいつものヒラヒラした服がメイド服に変わっただけの少女が気が付けば注文の品を持ってきており。
 硬派で武骨を売りにしていたはずの、スキンヘッドのソルジャーは歯切れの悪い返事を返すのみ。
 彼はいまだ気付いていなかった。
 その居心地の悪い、胸のざわめきが…己のメイド萌えの始まりである事を。




(おしまい)




 

【あとがき】
 本編がハードな展開が続いてるので、ついうっかり浮かんだネタをつらつらと書いた短編集を掲載してみました。
 でも、大体においてアルトが酷い目に遭います。なぜなら主人公ですから。

 不定期に、ごくまれにこんな感じのしょうもない日常短編集が入ると思いますが。今後ともよろしくお願いします。



[13006] 08話 『噂話なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/11/24 19:13

かつて戦争の行方をも左右したと言われる『情報』

黄金よりも貴重とされたソレは、大破壊を経た世界でもなお人々が生き残る為に必須なものであった。

食糧や武器が入手できる場所、安く品物が購入できる店、大破壊を逃れた軍事施設の場所。

そして、悪意を持つ襲撃者の行動履歴…などである。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 08話
『噂話なんだよね』




 夜、驚愕の騾馬亭の混雑はピークへと達する。
 日の出ている内に働きに出ていたハンターやトレーダーが押し寄せる、勿論ソレもあるがもう一つ理由がある。


「ヤキトリ5本とバックドロップ!」
「アルトちゃん、こっちはハンバーグ2つとぶっとびハイ2つよろしくー」
「は、はーい!」


 店内のあちこちからの注文に返事をしつつ、慌しくメモを取り動き回る少女こと。アルト。
 けして悪くない、むしろ可愛らしい方の上位に入れる外見の…普段は色気も可愛げもない格好をしている少女が、外見相応の格好で給仕をしている。
 そのギャップが常連を他店に流す事なく、はやっている店と言う事で更に客が増え。美味い食事に舌鼓を打って常連となる。
 平たく言えば、アルトの功績であった。給仕、料理双方の意味で。


「ヤキトリ5本、バックドロップお待たせしましたー!」
「おう、ありがとさん…へへ。胸は薄いけど良い尻とふとも……もべぇ!?」


 注文の品を届けたアルト、そんな少女のスカートをめくり。その中身を目で堪能する酔いの回ったハンター。
 しかし次の瞬間、座った姿勢の男の眉間に腰の捻りを加えた強力な裏拳が炸裂、ハンターはそのままの姿勢で後ろへ倒れ気絶。


「…今の、見えたか?」
「…見えなんだ」
「………ま、まぁ今のはアイツが悪いわな」
「………ん、んだな。胸とセクハラのダブルだ、どちらか片方ならまだ意識が残ったであろうに」


 その瞬間を目撃した、近くの席の常連ハンターとソルジャーが小声で言葉を交わす。
 本来であればウェイトレスが客への物理的制裁を加えるなど、何かしら苦情が出て然りであるが…。
 殴打音に反応して視線を向けた客が何事も無かったかのように談笑に戻る様子が、その光景が日常に限りなく近い事を示す。


「北の倉庫跡地で、状態の良い鉄くずが結構…」
「別の地域でハバ聞かせてた悪党共が、最近このあたりを…」
「西の基地跡地で戦車がわんさか眠ってるらしい…」


 酒と美味い食事、そして先ほどのハプニングを話題の潤滑油にしつつ。ハンター達の間で情報が時折飛び交う。
 ソレはちょっとした儲け話や、安全を確保する為のニュース、そして嘘か本当かも怪しい噂話。
 それらを耳に入れ、時折厨房に戻った際にメモにまとめつつ。アルトは酒場内をウェイトレスとしてせわしなく動き回る。


「ハンバーグとぶっとびハイ2つずつ、お待たせしましたー」
「おーぅ、ありがとさん。 ほれ、コレがこの店の名物だ」


 驚愕の騾馬亭の常連であるベテランハンターがアルトからハンバーグの皿を受け取り、対面に座る年若いトレーダーの衣装を着た青年に寄越す。
 青年は、目の前に寄越された香ばしい匂いを放つソレを初めて見たのかフォークでおっかなびっくり突っついている。


「ビビんなくても大丈夫だっての、こうやってこう食えばいいんだからよ」

 そんな青年の様子に苦笑しつつ、中年にさしかかりかけたベテランハンターがフォークでハンバーグを切り。そのままソレを口に放り込んで咀嚼。
 噛み締めるごとに口の中に染み入る肉汁に舌鼓を打ち、飲み込んだ直後の口に。高い度数を誇る安酒ぶっとびハイを流し込む。


「…っぷはぁ! コレよコレ!」


 タァン、と勢い良くグラスをテーブルに打ち付け。わざとらしく見せ付けるその仕草に、青年も諦めたのかハンバーグをフォークで小さく切り。
 ソレを恐る恐る口に運び咀嚼、次の瞬間には驚きに目を僅かに見開きガツガツと勢い良くソレを味わい始める。


「…美味しいですね、バズさんのオススメだからロクでもないものだと思ってたのですけど」
「そうだろうそうだろう…ってオイ」
「冗談ですよ」


 トレーダーの青年の感想に得意げに頷き…続いての言葉に半眼で対面の青年を睨む、バズと呼ばれたハンター。
 その反応に、満足げな悪戯っぽい笑みを浮かべながら。青年はぶっとびハイを喉に流し込む。


「しかし、この辺りでこんな美味しい食事にありつけるとは思わなかったですね」


 豚やニワトリの飼育を行っている町や、大破壊前から生き残っている農業施設が近くにある町では美味いメシにありつく事は十分に可能である。
 しかし、それらを擁している町など極僅かであり。アサノ=ガワの町もその極僅かに含まれない大多数側に位置する町である。
 ソレを知るからこそ、トレーダーの青年には今口にしている初めて口にしたハンバーグは新鮮かつ衝撃的であった。
 若きトレーダーは思考する、コレを作り出した人物への興味と。新たな儲け話になりはしないかと。
 だが、とりあえず彼が選択した行動は…。


「すいません、パンもお願いします」


 期せずして出会った美味い食事を味わう事であった。




 そして、夜も更け深夜に差し掛かる頃。
 アルトのウェイトレスタイムも終了となる。


「お疲れ様ですー」
「……ご苦労さん」


 エプロンを脱ぎ、マスターへ挨拶をし本日の給料を貰ってアルトは帰途へつく。
 疲労困憊であるが少女の表情は明るかった、ソレもそのはず。
 本日も、色々な意味で疲れた代わりに有意義な噂話を入手する事が出来たのだから。例えば…。


「香辛料や醤油取り扱ってるトレーダーが護衛探してるってのは、掘り出し物だったかなー」


 メモにもしっかり記した情報を思い、さらに頬が緩むアルト。
 それらが手に入ればさらに美味しい食事を作る事が出来るのだから。
 一つだけ、問題があるとすれば…。


「……ま、ハスキーくんと一緒に安い給料で雇ってもらえばいいか」


 外見と性別で募集から弾かれる事も考慮に入れ、向こうの提示金額よりも安い金額で雇われる事も視野に入れるのであった。
 既にマスターにも、もしかすると暫く空ける形になるかもしれない。という事を伝えてある為行動は翌朝から開始となる。
 余談であるが、マスターには渋られたものの…新たなメニューを作れるかもしれない、と伝えた所二つ返事でOKが出た模様。




(続く)




 

【あとがき】
 酒場の噂話を収集して取捨選択するちっぱいウェイトレス参上、そんな8話でした。時間軸的には7話のすぐ後にあたります。
 そして、今回ちょろっと出たベテランハンターさんと青年トレーダーさんは次回も出ます。

 次回は、トレーダーさんにくっついて少し遠出するお話になります。
 わんこふるもっふはその時までお預けです。



[13006] 09話 『護衛なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/12/03 01:50
 荒野を流離い、ハンターらと取引を行うトレーダー。

 一括りにトレーダーを称しても、様々な種類が彼らにも存在する。

 町と町の間に存在するオアシスを拠点とし補給所を営むトレーダーや、町の入り口にて店を構え商売をする者達。

 そして、町から町へ渡り歩く事で物流を担う者達。等である。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 09話
『護衛なんだよね』




 調味料を卸元で安く入手する、という不純な目的を胸に抱き。
 ソレらを取り扱うトレーダーの護衛に、なんとか参加できたアルト。
 そんな少女は、夜空に星空が広がる夜の野営にて。


「ふーんふーんふふーん♪」
「わふーん」


 キャンプの中央の焚き火を火元にし、鼻歌を口ずさみハスキーの軽快な鳴き声を合の手にしながら料理に励んでいた。
 即席で組まれた竈の上に乗せられた鍋からは湯気と共に、柔らかく食欲をそそる匂いが沸き立ち。
 焚き火の上に乗せる形で置かれた鉄板では、狩りたて捌きたての鉄砲鳥の肉が勢い良く肉の焼ける音と共に香ばしい匂いを周囲に振りまく。

 今後の進路や状況の打ち合わせを行っているトレーダー達は、その匂いと音にどこか浮つき。
 襲撃に備えて歩哨に立っているハンター達は、銃を携えながら本日の夕飯にありつける時を今か今かと待ち続ける。

 本来トレーダーの護衛を行うハンターが…他のハンターの分のみならず、雇い主であるトレーダーの分まで料理をする事などありえない光景である。
 ならば、何故そのありえない光景が今広がっているか。
 その発端は、出発の日の前日。即席の調理場で楽しそうに料理を行っているアルトがトレーダーの護衛に志願した日にまで遡る。
 
 
 
「……お嬢ちゃんが、護衛に?」
「うん、そうだよ」


 町の入り口前でキャンプを張っているトレーダーの場所までハスキーを伴い。
 護衛関係の担当、と指し示された壮年のトレーダーに。護衛として雇ってほしいと申し出たアルト。
 その言葉に、上から下まで。少女のお世辞にも…体型的身長的に発育がよいとは言えない体を見回して。


「……悪いこた言わねぇ、やめときな」
「…そうですか、なら」


 軽く溜息を吐き、面接不合格を告げる。トレーダーの担当者。
 その言葉に落胆半分、予想通り半分な表情を浮かべるアルト。問答無用で帰らされる前に交渉に入ろうと。


「待って下さい、おじさん」
「んぁ? なんでぇカー坊かよ、待てって何をだ?」


 したところで、年若いトレーダーの青年が待ったの声と共に話に割り込んできた。


「カー坊は止して下さいよおじさん…まぁそんな事は置いておいて、その子を雇ってあげてもいいんじゃないですか?」
「おじさん、って言ってる間はカー坊で十分だっての。 …お前さんが口出してくるって事は、何かあるんだな?」
「ええ、まぁ…少々お耳を。 すいません、ちょっと待っててください」


 おじさん、と呼ぶトレーダーへ耳打ちしようとして…ほったらかしの格好になったアルトへ一声侘びを入れてから、2人で背中を向ける青年&壮年トレーダー。
 少し予想外の方向に状況が進み、アルトは呑気にどうしたのだろう。などと考えて首を傾げている。


「…その子、今この町で一番大繁盛してる酒場の立役者ですよ」
「…このチンチクリンな小娘がか?」
「ええ、チンチクリンな小娘がです。 この町で、他の町でも中々ありつけないレベルの食事を作るノウハウ持ってますよ、この子」


 口では若僧扱いこそしているが、その目利きは老獪な熟練トレーダーも舌を巻く甥の言葉に。顎に手をやり思考を巡らせる壮年トレーダー。
 色々と荒事を経験してきた関係で護衛関係の担当を任されてはいるが、男の本質もまたトレーダーであり。
 だからこそ、少女が自分達のところに雇われに来た目的にあっさりと行き着く。


「…ってこたぁ、目的は香辛料とか調味料かね?」
「間違いないでしょうね。 『胡椒がほしい醤油がほしいマヨもほしいし鰹節もほしい』とか口にしてくるくる回ってる姿が目撃された事あるみたいですし」
「……おい、オツムの方は大丈夫なんだろうな?」
「目撃された事に気付いた瞬間顔を真っ赤にして…その行動を必死に否定してたらしいですから。とりあえずは大丈夫かと」


 地味に酷い事を言われているアルト。現在絶賛放置プレイ中により、隣のハスキーが大きく欠伸をした。


「…尚更雇う形になると都合が悪いと思うのだが」
「…マヨとか鰹節って言う発言が気になるんですよ、そんな調味料見たことも聞いたこともないですし」
「……ふむ?」
「そんな新しい商品になりそうなのを見つけてくれたら儲けモノですし、今の商品の新しい使い道発見してくれたら利益も増えますよ。間違いなく」


 進言を受け、思案する壮年トレーダー。
 細かい部分はトップと話を詰めればいいか、と結論を出し。振り返る。


「待たせたな嬢ちゃん、さっきの言葉は撤回だ…と言っても一つ条件あるけどな」
「条件、ですか?」


 目を細めるハスキーを撫でる手を止めつつ問い返す少女。


「野営を行う際の、飯の仕度をやってもらう。こっちも手伝いはするけどな」
「……ご飯の仕度、ですか?」
「そうだ、代わりと言っては何だが。 見張りや歩哨はしなくていいし金額も他の連中と同じ額支払う」


 その内容に、一瞬で企みを見抜かれた。と気付き、同時にあからさま過ぎたかと反省。
 それらを1秒の間に…最大限表情に出さない努力をしつつ終え。


「…わかりました、ではその条件でよろしくお願いします」


 トレーダー側からの条件を承諾、晴れて護衛としてトレーダー達にくっついていく事に成功した。



 そんなこんながあり、今に至る。
 材料は自宅で色々と作っていた試作品と、野営地周囲の偵察のついでに狩ってきてもらった鉄砲鳥数羽。
 そして、トレーダーからの好意により。使用が可能となった醤油等の待ちに待った調味料、である。
 それらを見た瞬間、アルトの脳は一つの結論を出した。
 『そうだ、モツ煮込みにしよう』と。

 夕陽が地平線を照らす頃から、夜空に星空瞬く時刻までじっくりと灰汁を取り除きつつ煮込まれた鍋。
 ソレは刻一刻と過ぎる事にスープが投入された鉄砲鳥のモツに味が染み込み、ソレがまたかぐわしい香りとなって周囲を満たす。


「………んー…そろそろかな?」


 自前で持ち込んできたお玉で大鍋の中を掬い、一口啜って味を確認し。満足のいく味に頷く。
 傍らの鉄板で焼き上げていた鉄砲鳥の胸肉も程よく火が通った事を確認して…。


「ご飯できましたよー」


 キャンプ中のトレーダーが、護衛のハンターが、隣のハスキーが。
 何度かつまみ食いを言葉や態度、鳴き声で要請しても容赦なく却下されたソレの完成に。
 耳を立て、待ち望んだソレに歓喜する。

 瞬く間に調理スペースに列が並び。
 気が付けば補佐に回る形となっていた、トレーダー女性陣から食器を受け取り。
 鉄砲鳥のモツ煮込みスープと、胸肉のパリパリ焼きとパンを配られると…思い思いの場所で、しかしけして鍋から遠くない位置に座り。
 食欲を刺激してしょうがなかった、スープを一口啜り…じんわりと口中に広がる味に頬を緩め。
 次にホロホロに煮崩れたモツをスプーンで掬って口へ運び、初めて食した食感と味に幸せに浸る。
 そして、ソレは…。


「………美味い」
「……うめぇな」


 最終的にアルトを雇う形に話を持っていった、カー坊と呼ばれていた青年トレーダーと壮年トレーダーも同様であった。


「…どうやったらこんな味出せんだ、醤油とかだけじゃねぇぞコレ…」
「……不思議ですねー」


 首を捻りながらスープを啜り、パンを齧ってから胸肉に豪快にかぶりつく壮年トレーダー。
 青年も、そのカラクリが何か。を思考するもコレだと言う結論を見出せずにいた。

 と言っても、アルトが何か特別な調理方法を用いたワケでもなければ魔法を使ったワケでもない。
 とあるモノ……自宅にて、鉄砲鳥の骨を煮込んで作ろうとして。うっかり煮詰めて濃縮される形になってしまった鶏がらスープを入れただけで。
 しかし、ソレが結果的にスープに対してとても深い旨味を与えていた。


「…いやー、上手くいって良かった」


 あちこちで聞こえるうめぇうめぇ、の言葉に安堵の溜息を吐くのは今回の殊勲者である少女こと。アルト。
 勿論、自宅でも一回試してはいるしその結果にも個人的な及第点は出していたが…。
 この世界でモツ煮込みに挑戦するのは初めてだった為、内心おっかなびっくりであり。だからこそ摘み食いに対して今回は特に厳しかったのである。


「…でも、こうやって料理食べてもらって喜んでもらえるってのも。中々楽しいねハスキーくん」
「わふっ!」


 器を脇に置き、犬であるにも関わらずアツアツのモツ煮込みを綺麗に平らげたハスキーを。微笑を浮かべながら撫でるアルト。
 自分の店と言うのも悪くないかもしれない、などと行き当たりばったりな未来絵図を描き…。
 御代わりを催促するハンター達の声に我に返ると、嬉しそうに御代わり希望に応えるのであった。



「………誰か、1人残された俺のために飯を持ってきてやろうって思うヤツはいねぇのか…」


 キャンプの人間が皆して食事に舌鼓を打つ中、1人歩哨として残される形となったベテランハンターバズ。
 やるせない何かを言葉に込め、愛車であるエイブラムスの中でただ独り呟いた。




(続く)




 

【あとがき】
 スーパー料理人タイム! 調味料を手に入れたチッパイは自重しない、そんなお話でした。
 そして気付くのです、前回出した新キャラの正式名称一つも出てない。と。

 既にお気づきな方もいらっしゃると思いますが…。
 実は、主人公自身(作者も含めて)将来設計が非常に行き当たりばったりです。(例:温泉行きたいなと言ったり、店もちたいなと言ったり)
 また、作者であるラッドローチはただの食道楽で料理人でもなんでもありません。
 そのため、詳しい方から見ると色々と突っ込み所も満載かもしれません。
 そんなタイトロープなSSですが、これからもよろしくお願い致します。

 そして果てしなくどうでも良いことですが。
 実は最後まで悩んだ事、主人公の戦車候補でもポチの犬種でもなく。
 主人公にスパッツはかせるか否かでした。 もうだめかもわからんね。



[13006] 10話 『襲撃なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/12/06 18:17


 大破壊を経て、自然も人心も荒れ果てた世界。そこでは、かつてあった司法機関は形骸と化し。

 その代替えとして悪党を賞金首に指定し、ハンターへ報酬を出すハンターオフィスがその役目を担っていた。

 彼らは、悪党やモンスターが積み重ねた悪行や脅威の大きさに応じて賞金額を設定しているのだが。

 その中でも、賞金額を設定する上で重要視している行動の一つがある。ソレは…。

 通商や物流を担う、トレーダーへ危害を加えたか否か。である。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 10話
『襲撃なんだよね』




 トレーダーのキャラバンと、護衛のハンター達がアサノ=ガワの町を出発して三日目。
 護衛に参加した当初は侮られていたアルトであったが、野営のたびに振舞われるその料理により。
 披露されていない戦闘の腕はどうであれ、料理人として今やキャラバンに欠かせない人物となっていた。
 そんな少女は、今…。


「へぇ…10歳の頃からハンターやってたの、ソレは大変だったんだねぇ」


 キャラバン最後尾のトラックにて、恰幅の良い女性トレーダーを言葉を交わしていた。
 ハスキーは、意外に広いスペースのせいで。トレーダーの小さい子供に撫で回されている。


「そうですねー、騾馬亭のマスターや闘い方教えてくれたハンターさん達がいなかったら野垂れ死んでいたかもしれません」


 朗らかに物騒な事を口にしながら談笑を続ける少女と女性。
 女性のハンターやソルジャーと言えば、大体が負けん気が強く素直でない。というのが通例であるが。
 張り詰めたような空気もなく、呑気で素直と評するのが適切といえるアルトの性格は旅を続けるトレーダーにとってある意味新鮮で。
 
 そして、ソレはトレーダーだけではなく…。


「…あの娘、良く良く考えたらかなりの優良物件じゃね?」
「何今更気付いてんだよ、タコ」


 アルトと女性が朗らかに談笑する様子を眺めながら、小声でやり取りする荷台で待機していたハンター達。
 美味い手料理に、料理を褒められた時の笑顔。そして手入れがされているのかきめ細かな肌と長く流れるような黒髪。
 驚愕の騾馬亭に出入りしていなかったハンターらにとって、初めて見た…それだけ揃っていて更に性格が素直で呑気という少女は。
 彼らにとっても新鮮な存在であると言えた。ある意味で珍獣とも言える。
 

「しかし、綺麗な髪してるよねぇ。肌も綺麗だし、男が放っておかないんじゃない?」
「いやー、そんな事ないですよー。騾馬亭でお仕事してる時に酔っ払いにからかわれるくらいですし」


 人を食ったような笑みを浮かべ、悪戯っぽい目付きでアルトに問いかける女性トレーダー。
 その言葉に対し、ウェイトレスの仕事の際に受けたセクハラを思い出して苦笑を浮かべて応える。


「と言う事は、良い人いないの?」


 好奇心の赴くままに少女へ尋ねる女性トレーダー。
 あわよくば、と思っている。荷台に同乗しているハンター達と、独身のトレーダー達が聞き耳を立てる。


「いませんねー」


 アハハ、と困ったように笑いながら応える少女。内心でガッツポーズをする男達。
 しかし次の言葉に彼らは打ちひしがれる。


「それに、ボクはそう言うのに興味もないですし」
「あらそう」


 肩をすくめ、近くまで転がってきたハスキーを…さっきからハスキーをモフっていた子供トレーダーと一緒に撫で回す。
 その返答に残念そうにする女性トレーダー、聞き耳を立てていた男達は心に鉄鋼弾を撃ち込まれたようなダメージを受けていた。
 約14年間女をやってきて、覗かれたりしたら思わずキャーと叫んだりもしてしまうが。それでも転生元である男の思考と記憶も残っているのである。
 そういう意味においては、アルトの返答は当然ともいえたかもしれない。

 アルト本人にしてみたら、料理が得意になったのは美味しいモノが食べたいからであるし。褒められて嬉しいのは当たり前で。
 この世界に女性として生を受ける前も風呂好きであった延長で、そのあたりをしっかり洗っているだけで…。
 どこか緊張感が無い性格も、約14年間の生活で上書きこそされているものの。平和ボケ民族の思考がどこかで残っているからなのだから。


「でもね、やっぱりそういう人は居た方がいいわよ。なんならうちの若い連中紹介してあげるからさ!」
「あ、あはは…お気持ちだけ受け取っておきます」


 仕事一筋の少女をどうにかしてあげなきゃ、と言う情熱を目に宿し熱くアルトへ語る女性。
 彼女なしのトレーダー連中はもっと言ってくれと内心で喝采を送り、ハンター連中は余計な事言うな! と内心で女性に苦情を送って。
 渦中の少女、アルトは。引き攣った笑みを浮かべて遠回しに辞意を伝える。
 ちなみに、ハスキーはその間も延々とモフられており。おなかを見せてだらしなく荷台に転がっていた。

 襲撃といえる襲撃もなく、このまま順調に目的地につくんじゃないか。そういう空気が広がる中。
 ソレは、起きた。


「最前列が襲撃を受けた! バズ達が抑えてる間に林の中に逃げ込む!」


 通信機で、先頭を走っていたエイブラムスから通信を受けたトラックの運転手が。そう怒鳴ると同時にハンドルを切り。
 前を走っていたトラックらと一緒に、脇の林の中へ進路を切る。


「っ! クソッタレ、後ろからもきやがったぞ!」


 一番後ろに座っていたスキンヘッドのソルジャーが双眼鏡で背後からの襲撃者を告げ。
 荷台の中に緊張が走る。


「トラックが林に入り次第出るぞ! 武器のチェック忘れんなよ!」
「了解っす、ディックさん!」


 先ほどまで、年若いハンターをからかっていたソルジャーが怒鳴り。アサルトライフルを引っつかんで荷台から飛び降り。
 彼に続く形で、次々とハンターやソルジャー達が荷台から降りてゆく。


「ボク達もいくよ、ハスキーくん!」
「わぉん!」


 愛用のボルトアクションライフルを携えて相棒であるハスキーに声をかける少女。


「無理するんじゃないよ!」
「はい!」


 先ほどまで談笑していた女性に激励され、不安そうな顔で今にも泣き出しそうな子供トレーダーの頭をそっと撫でて。
 ハスキーと共に荷台から飛び降り、即座に身を低くして先に降りたハンター達と合流。


「おう来たか嬢ちゃん、状況は最悪だ。主力の戦車は最前列で足止めくらってる状態だって言うのに敵に装甲車がいやがる」
「……バズさんはこれそうに無い?」
「無理っぽいぜ、あっちにも戦車が襲い掛かってるみてぇだしな」
「なんだそれ! 俺らだけでクルマなんて相手にできっかよ!?」


 戦闘の気配に唸り声を上げるハスキーを宥めつつ、ディックと呼ばれたスキンヘッドのベテランソルジャーに状況を尋ねるアルト。
 しかし、状況は芳しくないようで。戦車相手という事実に一部のハンターは既に戦意を失いかけている。


「落ち着けてめぇら! しかし、どうしたもんか…」


 浮き足立つハンターを一喝するも、敵装甲車らが迫る中で悠長に考えている余裕もなく。焦りを滲ませるディック。
 その間に、アルトは双眼鏡を借りて敵の様子を身を潜めつつ確認。
 敵は、見る範囲では機関銃一門を装備した装甲車と。10人ほどの粗野なアーマーに身を包んだ歩兵、装備もマチマチである。


「……人間? トレーダーを襲うと、賞金額ハネ上がるのに…」
「クルマ数台抱えてるようだからな、よっぽど自信があるんだろうな…頭の弱い悪党ほどタチの悪いのはいねぇ」


 思わず呟くアルトに、嘆息しながら応えるディック。
 そして、互いの銃器が届くほどの距離に装甲車が近付き。外部スピーカーがあるのかダミ声が装甲車から響く。


『てめぇら! 抵抗しなかったら命だけは助けてやるぜぇ? 但し男は奴隷にすっし女は好き放題玩具にさせてもらうけどなぁ!』

「……訂正だ、頭の弱いクソにも劣る屑共だ。 てめぇら、ぶちのめして突破するぞ!」
「おう!」


 装甲車から響く言葉に、スキンヘッドに血管を浮かべ。ハンターらへ激を飛ばすディックの言葉に、力強く応えるハンター達。
 彼が3個ほどまとめて放り投げた発煙手榴弾の煙が敵の装甲車を包んだのを引き金に。
 闘いは始まった。


『っちぃ!? 命が惜しくねぇみてぇだな! ブッ殺してやるぜぇ!』


 ダミ声が響き、スモークに包まれた装甲車からロクに照準を定めずに放たれた機関銃の一斉射撃が撃ち込まれ…。
 カバーが甘かった、運の悪いハンターが流れ弾で肩を撃ち抜かれて地面を転がる。


「い、いてぇ…いてぇ!?」
「ハスキーくん、その人を後ろに引き摺っていって!」
「わぉん!」


 愛犬のハスキーに指示を出して負傷したハンターを後方に引き摺ってもらい。
 そこを狙い撃とうとしたチンピラに銃口を向け、人を撃つ事に対する嫌悪感を感じながら。サブマシンガンの片手撃ちし。
 空いた左手で手榴弾を取り出して口でピンを抜き、今も煙幕に包まれながら無差別射撃を繰り返す装甲車めがけてソレを放り投げる。
 
 狙いの甘い、しかし3点バーストを連続で撃ち込まれたチンピラは胴に数発銃弾を受けて昏倒。
 ソレと同じタイミングで装甲車に手榴弾が炸裂する。


「…やるな、嬢ちゃん」


 その手際のよさに、アサルトライフルでチンピラを撃ち抜きながら賞賛の声を送るディック。
 しかし、とうのアルトはソレどころではない。何せ…初めての対人戦なのだから。
 そして、隠れて射撃をしてくるハンター達に業を煮やしたチンピラ達はある行動に出る。


「旦那! やつら手榴弾構え始めました!」
「くそったれ! 散るぞ!」


 号令に、敵の銃撃に当たらぬよう身を低くしながら散り。林の木陰に隠れるハンター達、しかし…。


「ぎゃぁぁぁ?!」


 何人か、逃げ遅れたハンターやソルジャーが一斉に放り投げられたソレの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ。動かなくなり。
 その光景に生き残った、ディックを筆頭とするソルジャー達は忌々しげに舌打ちし…。
 昨晩まで談笑していた同僚が動かなくなる光景に、強いショックを受けながら。それでもなんとか吐き気をこらえるアルト。


「こ、のぉ!」


 狙撃屋として、あるまじき声をあげながら…1人木陰に隠れて手榴弾を投げたチンピラの頭を撃ち抜き永遠に沈黙させる。
 人の頭を撃ち抜き命を奪った事に対する嫌悪感は確かに少女を苛むが、戦闘における高揚と怒りがその嫌悪感を洗い流す。

 しかし、大きく身を乗り出し。更に声をあげての狙撃。
 そこまで条件を重ねれば、さすがに敵も気付き…アルトめがけて一斉に銃撃を行ってくる。


「っつぅ!」


 咄嗟に木陰に身を隠したものの、片腕に銃弾が掠り。少女の体に傷と痛みを刻む。
 3人からの一斉射撃に慌て、残弾が少ないままにしていたMP5をリロードしようとするも…傷付き焦る手付きのせいで芳しくなく。
 先の手榴弾から生き残ったディックを筆頭とする他のハンター達も、装甲車の相手で手一杯な為…孤立する形となったアルトの援護ができない状態で。
 勝利を確信し口元に下卑た笑みを浮かべたチンピラが、銃を片手に木陰に隠れる少女へ迫ろうとした。その時。


「ガルルルルルッ!」


 負傷したハンターを運び終えたハスキーが、弾丸のような速さで駆けつけ。
 今にもアルトに銃を突きつけようとしたチンピラの喉笛に牙を突き立て。
 断末魔を上げる事すらも許す事無く、その喉を噛み潰す。


「ハスキーくん!」
「わふっ」


 あわや、と言うところを救ってくれた愛犬の名を思わず叫び。いつもの呑気な鳴き声で、口元を赤くしながら応えるハスキー。
 そして…林の間を縫うように駆け抜けながら、次の獲物へと疾風のごとく襲い掛かる。


「く、くるなっ…ぎゃぁっ!?」


 目の前で仲間を無情に噛み殺し…今も迫ってくる大型犬の姿に恐怖し。
 銃を乱射するも、恐慌状態となっていたチンピラの弾丸など当たるワケがなく。
 片足にその牙を食い込ませたハスキーは、軽々とチンピラの体を振り回し。
 そそり立つ樹木に、振り回したチンピラの体を思い切り叩きつけ。容易くその意識を吹き飛ばす。


「こ、この化け物が…がっ!?」


 叩きつけ、動きが止まったハスキーにうろたえながら生き残ったチンピラが銃口を向けるも。
 愛犬が注意を引いている間にリロードを終え、回復カプセルを服用したアルトが銃撃。チンピラを昏倒させる。


「はぁ、はぁ…」


 追撃してきていたチンピラ3人、全てを沈黙させ。血臭で咽返りそうになりながら、生き残れた事に安堵して大きく息を吐く。 
 この短時間の間に人を撃つ事に躊躇いがなくなった事を、どこか可笑しく思いながら…残弾を確認し。
 命令を待つように座り待機していたハスキーを伴い、分断され装甲車と戦ってるであろうディック達の下へ向かうのであった。




(続く)




 

【あとがき】
 スーパーわんこタイム発動、そんなお話でした。
 本当は襲撃戦をこの回で決着つける予定だったのですが、思った以上に長引いた為分割する事となりました。

 そして、初戦闘シーン。皆さんの反応が楽しみであり恐ろしくありドキドキです。
 アルトの「撃ちたくないけど、撃たなきゃ危ないよね」的心理が描写できていたらよいのですが…。
 
 要望があったためトレーダーさんとの会話交流シーンを追加。
 名前ありのベテランハンターバズさんや、青年トレーダーカー坊は次回あたり活躍します。多分。

 しかし、ほのぼの展開を買ってくれてた皆さんに怒られやしないだろうか……。



[13006] 11話 『強敵なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/12/14 00:37


 『クルマ』に乗らず、生身でソレを打ち倒す。

 言葉にするのは容易であるが、実行に移す事はまた別である。

 砲弾に代表される大火力、そしてモンスターの攻撃を受け止める装甲に、人間など容易く巻き込み踏み砕く車輪や履帯。

 勝機が無いわけではない。しかし、これらの要素全てを乗り越えるには経験、技術、装備、そして度胸の全てが必要であり。

 そして、それら全てを持ち合わせている人間は決して多くはないのが現実であった。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 11話
『強敵なんだよね』




 チンピラ達による一斉射撃から、ハスキーによってアルトが救い出されていた頃。
 分断され、装甲車やその取り巻きと交戦していたディック達の方でも。転機が訪れていた。


『クソッタレ! カメラ壊しやがったな!』


 ある一点。Cユニットの画面に車体外部の状況を映し出す為のカメラへの一点集中射撃がようやく効を奏し。
 カメラの破壊によって外部モニタ機能が使い物にならなくなったことに、苛立ち叫ぶダミ声が響く。
 フロント部を装甲板で埋めている装甲車は、コレで単独では脅威ではなくなったと言える。しかし。

 防衛側の被害も少なくは無かった。


「回復ドリンクだ、今の内に……お、おい、目ぇ開けろよ!?」
「無駄だ、そいつはもう死んでる。置いてけ!」


 遮蔽物から遮蔽物への移動を繰り返しながらの、装甲車と取り巻きへの射撃。
 ベテランソルジャーであるディックの指示で行われたその戦闘行動は、現在の状況では数少ない正解の一つで。
 しかし、取り巻きや装甲車から放たれる銃弾は。確実に防衛側の数を減らしてゆく。


『クソ! おい、誰かこっちきて観測しろ!』


 視界を潰された状態である装甲車からのダミ声が、銃撃音の絶えない戦場に響き。
 数を2人にまで減らした取り巻きの内、1人がディック達の方向にサブマシンガンで弾幕を張りながら装甲車によじ登り。
 開かれた上部ハッチに飛び込み、上半身を晒した状態で装甲車が射撃を行う為の目となる。


「ディックさん!」
「ああ、チャンスだ。が…伏せろ!」


 その様子を見た生き残りのハンターがディックに声をかけ、頷いた次の瞬間。
 こちらの方向に装甲車の機銃の銃身が向いた事に気付き、手榴弾を取り出したばかりの気付いてない様子のハンターの襟首を掴み、共に遮蔽物に身を隠す。


「あ、ありがとうございます!
「気にすんな、さて……どうしたものか」


 間一髪のところで命を救われる形となったハンターが伏せたまま口にする感謝の言葉に、手に持った銃のリロードを行いながら適当に返す。
 ハッチに陣取ったチンピラを攻撃する為に、機銃の雨が止んだ所で顔を出すも。
 装甲車の傍に1人残って陣取っている取り巻きからの射撃ですぐに身を隠さざるを得ず…。
 防衛側の戦力も、もはやディックと経験が浅めの若いハンターを残し他は全滅。残った取り巻きが近付いてくればまだ勝機は見えるが…。


「さすがに、近付いて来やしねぇか」
「…バズさんの援護は期待できないでしょうか?」
「…無理だな、来れるならとっくにあの亀野郎に砲弾ブチ込んでるはずだ」


 援護は見込めない状況、戦闘開始時にアルトのハスキーが負傷者を1人後送したことが頭を過ぎるも…。
 この局面でも復帰してこないと言う事はあまり芳しいとは言えず。


「…このまんまここに篭っててもジリ貧だ、俺が囮になる。その間に手榴弾をやつらにプレゼントしてやれ」
「何言ってるんすか! そんなの死にに行くようなもんっすよ!?」
「じゃぁ他に代案はあんのか? それに、アルトの嬢ちゃんの方向かったヤツらがこっち来ないとも限らん」
「………了解っす」


 コレ以上の膠着状態が続いた場合の危険性に、若いハンターも思考が行き着き。ディックの提案に頷く。
 分断された初期の頃は援護も考えてはいたものの、ソレが許されない状況のまま時間が過ぎた今。
 口に出さずにはいたが、既にアルトの事は死んだも同然だと考えていた。

 だからこそ、次の瞬間に起こった事は。
 襲撃者にとっても、ディック達にとっても想定の範囲外であった。

 一発の、乾いた銃撃音が響き。装甲車のハッチの上に陣取っていた、チンピラが頭から血を噴出しぐにゃりと倒れ。
 装甲車の傍に陣取っていたチンピラが、どこからの射撃だと周囲を見回す。そして次の瞬間。
 ディック達が隠れていた方向とは、全く違う方向から凄まじい勢いで接近し。飛び掛ってきた大型犬に喉笛を噛み潰される。


「…手榴弾、ありったけだ!」
「…はい!」


 その光景を目にしたディックと、若いハンターは。思った以上に逞しかった少女と飼い犬の活躍を賞賛するような獰猛な笑みを浮かべ。
 残り全ての手榴弾のピンを抜き。ソレを、異常に気付き全速で後退しようとする装甲車めがけて放り投げる。

 そして、殆どが装甲車の装甲部分にあたり。爆発するも装甲を凹ませるのみとなる中。
 一つの手榴弾が、開いたままの上部ハッチの中に飛び込み…逃げ場のない装甲車の中で、ソレが爆発。

 くぐもった爆発音とダミ声の断末魔が辺りに響き…。
 制御を失った装甲車は蛇行を繰り返し、林に突っ込み樹に正面から衝突してようやく動きを止めた。



「………ふぅ、やれやれ。どうやらなんとかなったみたいだな」


 動きを止めた装甲車に銃口を向けること数十秒、中から出てくる様子もないことに安堵し。銃を下ろすディックと若いハンター。
 そして、こちらに近寄ってきた殊勲者である大型犬のハスキーと合流し。一番の殊勲者で、肩にライフルを担ぎ呑気に手を振る少女に声をかけようとして。
 少女の後方、キャラバンの前列があった方から煙を噴出しながら走ってくる。1台のクルマと武装した集団に気付く。


「嬢ちゃん、走れぇ!」


 ディックの叫び声に手を振る手を止めて後ろを見、瞬間弾かれたように全速力で走り出すアルト。
 しかし、既に後方から迫っていたクルマ。軽戦車の砲口は少女を捉えていて…容赦なく砲弾が撃ち出される。


「きゃぁっ!?」


 幸いにして直撃も至近距離への着弾も免れたアルト、しかし…。
 着弾による爆風に、少女の小柄な体は石片に打ち据えられながら吹き飛ばされ地面に転がされる。


「嬢ちゃん!」
「アルトちゃん!?」
「アォォン!」


 その光景をまじまじと見せ付けられる形となった2人と1匹は、ピクリとも動かず立ち上がろうとしない少女に駆け寄ろうとするも。
 ディックとハンターは軽戦車からの機銃掃射に足を止めるしかなく。
 それでも足を止めなかったハスキーが、数発の銃弾をその毛皮に撃ち込まれ。血を流しながら倒れそうになるが…それでも倒れる事なく踏み止まる。
 しかし…。


「おっとそこまでだワン公、動くんじゃねぇぞ」


 倒れるアルトを、顔に傷を持つ大柄なごろつきが片手で引き起こし。
 僅かに呼吸をしている少女の頭に、大型拳銃を突きつける。
 そして。


「てめぇらもだ! 撃っても構わねぇがそん時はこのガキの脳髄ぶちまけっぞ!」


 男に銃を向けるディックとハンターに、一際強くアルトのこめかみに銃口を押し付けながら男が叫び。
 主人に向けられる銃口に、飛びかかる直前の。身を低くした姿勢で全身から血を流しながら男を睨むハスキー。


「死にたくなけりゃ、武器捨てて投降しろや。死にたいバカなら砲弾でバラバラにしてやっけどよぉ?」
「ぁ、ぅ……」


 ゲラゲラと醜悪に笑いながら、男は銃で意識を朦朧とさせているアルトの顎を持ち上げ。
 下卑た笑みを浮かべたまま、引き起こした手を入れ替えて少女の起伏の乏しい体に手を這わせる。


「んだよ、シケた体してやがんな。こいつ」
「ぅ、ぁ……ゃ…」


 自らの体への刺激と、耳朶を打つ男の声に焦点の合わない瞳を開き。
 身じろぎして、逃れようとするも。小柄な少女の、ソレも力の入らない現状では大柄な男からは逃れる事ができず。


「暴れんじゃねぇ!」
「っぁぁ!」


 その動きが癪に障ったのか、男は怒鳴り声を上げ。右手に握った銃のグリップで少女の顔を殴打し…。
 今この瞬間まで、はち切れそうになりながらも。主人の命を守る為にギリギリで踏み止まっていたハスキーの理性は。
 その暴行を目の当たりにした瞬間、怒りによって弾け飛んだ。


「グァルルル!!」


 主人を押さえ、不埒な真似をし。そして今暴力を振るった男を仕留めるべく。
 傷を負いながらも、弓のごとく引絞っていた体のバネを解き放ち。
 主人を助けるべく、全細胞を用いて男を屠ろうと動くハスキー。しかし。


「はんっ、バレバレなんだよ!」
「ギャィン!?」


 好き放題振る舞いながらも、最も近い位置にいた大型犬に注意を払っていた男は。
 飛び掛ろうとするハスキーめがけて、数回大型拳銃の引き金を引き…。
 真正面から数発を受け…内1発はハスキーの頭部に命中し。地面に転がされて…動かなくなる。

 そして、その瞬間。
 防衛側の敗北は、決定した。

 ディックとハンターは武装解除され…。
 僅かに生き残った護衛と、トレーダーの積荷も車両も、人員すらも。
 襲撃者達の戦利品として…彼らのアジトへと連行されてしまった。
 最前列に位置し、襲撃者の砲弾が炸裂し自走不可能となったトレーダーの雑貨品を載せたトラックを除いて。





 そして、襲撃者らが立ち去って。暫くした頃。
 地面を、その大きな体から流れる血で塗らしていた。ハスキーの体が僅かに動き。
 大きく咳き込んで、その口から血の塊を吐き出してフラつきながらも4本の足で立ち上がる。

 男から受けた銃弾、ソレはハスキーの体に幾つもの風穴を開け。更に一発は頭部にすら命中したが…。
 心臓に風穴が空く事はなく、頭部に命中した弾丸も角度と生体改造を受けて強度を増した彼の骨格により。幸いにも頭部を滑り傷をつけるのみであった。


「ガ、フ…」


 口の端から血を流しながら、鼻を鳴らし。戦死したソルジャーの荷物を漁るハスキー。
 やがて、ソルジャーが使い損ねたであろう回復ドリンクを見つけ。口先で器用に蓋を開けると、その中身を飲み干す。
 そのような事を、死体を漁り数回繰り返し…。ようやく、ハスキーの体から流れる血が止まり。
 四肢に力を込め主人であるアルトの匂いを頼りに、走り出す。




 青年トレーダー、カールが生き残り。尚且つ襲撃者の目から逃れられたのはある意味で幸運の賜物だった。
 最前列を走るエイブラムスのすぐ後ろを走っていた、カールが運転するトラックに襲撃者からの砲撃が撃ち込まれて横転。
 その後、2台のクルマ。軽戦車とバギーを相手にエイブラムスとその上に乗るソルジャー達との戦いに巻き込まれずに済み。
 気付かれない内に横転した運転席から脱出、物陰に潜んでいたおかげでトラックの中身を漁るごろつき達に見つからずに済んだのだから。


「…さて、どうしたもんですかねぇ」


 砲身こそ無事なものの、あちこちに穴が開き。自走不可能な状態であると一目でわかるエイブラムスを身ながら呟くカール。
 家族であり同僚でもあるトレーダーの仲間を一刻も早く助けたい所であるが、自分1人でやれる事などたかが知れている事を重々承知していて。


「アサノ=ガワの町のハンターオフィスに駆け込むとしますか…」


 重戦車を先頭にしていたとはいえ、それでも車で三日かけて走ってきた道のりを思い溜息を吐きながら。
 徒歩で向かう為に、横転したトラックに残されていた食糧や水を掻き集め始める。


「あまり手が付けられてませんね…まぁ、ヤツらのクルマも結構ダメージ受けてたようですし。そっちを優先したのでしょうけど」


 自分達のトラックが、自走不可能となったごろつき達のクルマを牽引させられていた光景を思い出し1人呟き。
 目的の品を探す事数分、思わぬ『装備』をカールは見つける。


「…なんでしょう、コレ?」


 ベルトのようなバンドに、引き金のないバルカン砲や4連装のロケット砲が2つ左右に取り付けられた何かを見つける。


「……ああ、そういえば…」


 香辛料と引き換えに車両の整備パーツを譲ってもらった際、オマケで受け取ったものの使い道に困って雑貨行きになった経緯を思い出す。
 生体強化された犬用の武器なんて、そうそう使い道などないのだから。


「………ん?」


 生体強化された、犬。
 その事を思い返して、ごろつき達に連れていかれた呑気で素直な少女から聞いた言葉を思い出す。
 研究所で、あの大きな犬。ハスキーと出会ったと。

 そこまで行き当たった時。
 彼は、本日幾度目かもわからない幸運と出会う。


「…おや…?」


 キャラバンの最後尾が居た方から、全速力で駆けてくる。全身の各所を血に染めた大型犬。
 傷こそ負ってはいるが、走れると言う事は生きていて。そして自分の手元にはその犬が装備できそうな銃火器。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 横転したトラックに目もくれず、そのまま同僚達をごろつきが連れ去った方向へ走り去ろうとするハスキーをカールは慌てて呼び止める。
 声に気付いたハスキーは、カールを一瞥してそのまま走り去ろうとして…彼がその手に持つソレに気付き、足をとめてカールの方へ走り寄ってくる。
 カールは、その大型犬様子と仕草に静かに戦慄をした。彼は、自分が手に持つモノの価値に気付き判断できるほどの知能を持つと気付いたのだ。
 だから、確信を込めてこう問いかける。


「…使い方は、解りますか?」


 …と。
 その問いかけに、ハスキーは力強く一声鳴き。早く付けろと視線でカールに催促する。


「……あのチンチクリンな娘。とんでもない拾い物したのですね…って、睨まないで下さいよ」


 人語を解し、武装の使い方を把握し。そして必要であればすぐにでも主人を救出したい感情すらも捻じ伏せる目の前の大型犬に。
 その価値が理解できてしまった青年は溜息を吐きながら、ハスキーの体に…バルカン砲と4連装ロケット砲が2門くっついたバンドを取り付け。
 思わず口に出たアルトを侮辱したとも取れる発言に、瞳に剣呑な光を宿すハスキーに慌てて侘びを入れるカール。

 そして、初めて取り付ける関係で多少手間取りはしたが。武装の取り付けは無事完了し…。


「……使えそうですか?」
「わふっ」


 カールの問いかけに、肯定を示す声をあげるハスキー。
 そして、感謝の意か。カールの顔を血の匂いがする舌で一舐めし…。
 ハスキーは、弾丸の如き速度で。匂いを辿りながらごろつき達が主人を連れ去った方向へと走り去っていった。


「……ご主人思いな良い子ですねぇ」


 あっという間に見えなくなったその後姿に思わず呟いて。
 掻き集めおわった食糧と水をリュックサックへ詰めて背負い…。
 風穴を開けられ、動かなくなったエイブラムスへ近付く。


「…バズさんすいません。仇を取れる人を呼んでくるので、安らかに眠って下さい」


 ヒヨッコの頃から、公私にわたって世話になった。今は亡きベテランハンターに侘びを入れて。
 アサノ=ガワに向かって歩き出す。


「……勝手に殺すな」


 大破したエイブラムスからの声を背に受けながら。


「……え?」


 振り返るカール、そして無言でエイブラムスに近付いて装甲に耳を当てる。

 結論から言えば、エイブラムスを駆るハンター。バズは生きていた。
 …が、度重なる攻撃を受けた結果シャシーが歪み。脱出不能となっていた。


「悪運強いですね、バズさんも」
「ソレが取り得なんでな。 どうだ、直りそうか?」
「主砲は照準器弄ってやればなんとかなりそうですね、足回りも応急処置ならできそうです」
「エンジンと機銃は?」
「エンジンも応急処置ならできそうですね、ただ機銃はどうにもなりそうにありません」
「そうか……特急で頼む」
「毎度、修理キットの代金はサービスしておきます」


 キャラバンの車両点検を一通り任されている経験からのエイブラムスの診断を終え。
 全力、には届かないまでも闘えるよう修理を始めるカール。
 来るべき、反撃の時の為に。




(続く)




 

【あとがき】
 キャラバン防衛隊壊滅、ちょっとストレスの溜まる展開でした。
 しかし、スーパー反撃タイムはいずれやってきます。ごろつきとチンピラとモヒカンの命はそれまでの陽炎のごとき儚い命です。

 アルト地味に貞操の危機でした、しかしハスキー君が頑張ったおかげでその先へ進められずに済みました。
 次回、アルトのスーパー蛇タイムです。きっと。

 そして、今回でようやくハスキー君の装備が強化されました。
 イメージ的に、胴体の左右に4連装のロケットランチャーを括り付けて。上にバルカン砲背負ってる感じです、まさに生体兵器。
 実はうっかり研究所での拾い物とアルトがバラしてたおかげでした、しかしある意味紙一重なアルトの呑気っぷり。



[13006] 12話 『脱出なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2009/12/21 02:58


 大破壊を経てなお生き残った施設跡や廃墟ビル。

 それらは、この世界において宝の山と同義である。

 では、宝が掘り尽くされたそれらはどうなるのか。

 場所や周囲の出現モンスターにも左右されるが、拠点として人が寄り集まるごく稀なケースを除き。

 掘り尽くされた施設跡や廃墟は、そのまま打ち捨てられる。

 そして、脛に傷を持つ輩や…モンスターが巣食う危険地域となるのである。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 12話
『脱出なんだよね』




 アルト達が襲撃を受けた地点から、南西へ数十kmの。切り立った崖に囲まれた廃墟。
 そこが、襲撃者達のアジトであった。

 強奪されたトラックや荷物はガレージに格納され…。
 拉致されたハンターやトレーダー達も、武装解除され。男女それぞれ別の部屋に押し込められた。


「ぅ……」


 他の、トレーダーの女性や子供と一緒の部屋に気絶したまま放り込まれたアルトが薄らと瞳を開け。
 今も全身を苛む痛みに、顔をしかめながら…手を床についてその身を起こす。


「大丈夫かい? ずっと気絶してたんだよアンタ」
「…あ…はい」


 襲撃が起こる直前まで雑談をしていた、恰幅の良いトレーダーの女性が心配そうな声をかけてくる。
 その声に頷き、周囲を見回すアルト。

 コンクリートの壁に包まれ、夜の帳に包まれているのか暗い部屋の中は天井から吊るされた電球による灯りのみで照らされており。
 その中で見える、鉄格子がはめられた窓は天井近くに一つのみで…。
 部屋の中の隅の方には、トレーダーの子供や若い女性らが集まり不安そうにしていた。

 そこまでを見て、アルトはようやく自分がチンピラ達に拉致された事を理解し。
 朦朧とした意識の中で、目の前で自分を助けようとしたハスキーが銃弾に倒れた光景を思い出し。
 座り込んだ姿勢のまま少女は崩れ落ちそうになり…恰幅の良い女性トレーダーが少女の体を抱き締める。


「大丈夫、大丈夫だよ。必ず助けがくるからね」


 慈しむように撫でながら、ならず者に捕えられた事を不安に感じてるように見える少女に言い聞かせる。
 少女が今最もショックを受けている事とソレは少しズレてはいるが、しかしその優しい手と温もりは確かに少女の心を落ち着かせ…。

 その落ち着きが、少女の心に現状を打破する為の思考力を与え。ハスキーを奪った襲撃者達への怒りを灯らせる。


「…ありがとうございます。もう大丈夫です…すいません、護衛の仕事も失敗したのに」
「小さい子がそんな事気にするんじゃないさね」


 囚われた状況でありながらも、朗らかに笑いアルトの頭を撫でる女性。
 同様に囚われた周囲の女性トレーダー達の暖かい視線に、少女はどこか居心地の悪さを感じつつ…。
 相手が女子供ばかりだからと舐めているのか、拘束すらされていない。という現状にようやく気付いて。

 『脱出』、そして『反撃』を行う上での懸念事項が既に一つクリアされている事に行き着く。
 女子供ばかりだから、と舐められていると言う事にも気付いたが。ソレは今はプラスになる為少女は横に置いた。
 そして。


「…すいません。あいつらがボク達をこの部屋に放り込んだ時、扉は押して開けてましたか?」
「? 言われてみると……どっちだったっけ?」
「押して開けてたはずよ」


 反撃に移る為の、次のステップを開始する。




 男達は、とてもご機嫌であった。
 方々の町の警戒が高まり、腕の立つハンターに追い掛け回されたことで。
 やむなく『仕事』をし慣れた地域を離れ、新しい拠点を見つけてすぐに獲物の狩りに成功したのだから。


「しっかしよぉ、あのゴツイクルマも大した事なかったよなぁ?」
「ヒャヒャヒャ! 真横からキャタピラにミサイルぶちこんだ後はやりたい放題だったもんなぁ!」
「ミサイルぶちこみに行った新入りも死んでくれて、分け前もたっぷりだし最高だぜ!」


 狩りの内容で、下品な笑い声をあげながら戦利品の酒を呷り食糧を食い漁るごろつき達。
 彼らにとって仲間の死は悼むべき事ではなく、分け前が減らずにすんで喜ぶべき事なのである。


「そういえば今回、結構オンナも捕れたよな。どうするよ?」
「オイオイ…親分にお伺い立てずにオンナに手ぇ出したら殺されっぞ?」
「へへへ、なーに。わかりゃしねぇって」
「しょうがねぇなぁ、とっとと済ませてこいよ」


 女と見れば見境ない同僚の小男の様子に、面倒くさそうに手でさっさと行って来いとジェスチャーする。顔に傷を持つ大柄な男。
 小男は、そんな同僚の声を背に受けながら…今からどう嬲ってやろうか、と楽しみな目をつけていた女の事を脳裏に描く。
 頭にバンダナを巻いた、小さく起伏の乏しい割に美味そうな尻と太股を持った黒髪の少女の姿を。


 そして、適当な理由をつけてチョロまかした鍵束を指で回しながら。
 男は。目当ての女がいる部屋の前で足を止め。
 右手に拳銃を持ちながら、左手で鍵を開け。そのまま軽く足で押し開ける。


「オラァ、撃ち殺されたくなかったら動くんじゃねぇぞぉ!」


 部屋の奥に固まり、敵意と怯えを含んだ視線を向けてくる女子供達に銃を向けながら…小男は目当ての少女の姿を探す。
 しかし、トレーダーの衣装を着た者達しか見つからず。


「てめぇら、あのメスガキどこに隠しやがったぁ!?」


 目を血走らせ、銃口を部屋の奥のトレーダー達に向けながら喚く小男。
 その瞬間、誰も居ないはずの『背後』から。ジャリ、と小さく音がして。


「あ?………みっつぎゃぁ!」


 首だけを後ろに動かした瞬間、目当ての少女。扉の影に隠れていた…大きく足を後ろに振りかぶったアルトを見つけて。
 次の瞬間、振りかぶられた少女の足が。男の背後から両足の中心に勢い良く叩き込まれる。
 足に伝わる何かを潰したような感触と、前世で男だったからこそ解る何かを思い切り蹴ったと言う事実に。アルト自身も微かにダメージを受けながら…。
 右手に持っていた銃を取り落とし、股間を押さえて前屈みとなる男の後ろ膝に続けざまに蹴りを打ち。
 為すがままに膝をつく形となって…手頃な高さに来た小男のその頭を。
 少女は、胸に灯る怒りの赴くままに。容赦なく蹴り飛ばした。

 白目を向きながら、股間を押さえたままの格好で横倒しに倒れる小男。
 部屋の奥から一部始終を眺める形となったトレーダーの女性達は…。
 肩で息をする少女と目が合うと、無言で親指を立てて。その活躍を賞賛した。


「……第二ステップ、完了。っと…」


 開いたままの扉から鍵束を外し、そっと扉を閉め。
 床に倒れ悶絶する小男から、何か使えそうな装備がないか。と期待を込めて少女は漁り…。
 手入れがされてなさそうなナイフと、今先ほど男が取り落としたガタガタな拳銃のみ。という現実に溜息を吐く。


「…アンタ、これからどうするつもりだい?」


 奪ったばかりのナイフを用い、悶絶する男の服を裂いて作った紐で。ともに小男を縛りながら恰幅の良い女性トレーダーが少女へ問いかける。


「そうですね……まず、男の人達が捕まっている部屋を探して開けようと思います」


 騒がれると面倒な為、小男に猿轡をかませながら少女は答える。
 本当は、武器庫や男が囚われている部屋の場所を聞き出そうと画策していたのだが…怒りに任せて全力で蹴りを叩きこんだせいで。
 小男が意識を取り戻すのは随分と先になりそうになってしまったからである。


「そうかい…こいつがマシンガンでも持ってたら、アタシも手助けできるんだけどねぇ…」


 忌々しそうに、痙攣しながら床に転がっている小男を横目で睨む女性トレーダー。
 その様子に嬉しさを感じながら…。


「それじゃあ…行ってきます」
「気をつけてね、死ぬんじゃないよ」


 ハスキーを奪われた怒りと喪失感を胸に秘め、女性トレーダーの気遣う言葉を背に受けて悪あがきを開始する。

 身を低くしながら、足音を立てないよう爪先立ちで建物の中を進むアルト。
 時折ごろつき達と鉢合わせしそうになるも、空き部屋に身を潜めてやり過ごし。
 武器庫らしき場所を見つけるも、見張りが2人立っているせいで一旦諦めたりをして…。
 ようやく、男達が囚われている部屋を発見した。


「……驚いた、まさか嬢ちゃんに二度も助けられるなんてな」


 両手両足を縛られ、リンチを受けたのか顔を腫れ上がらせたスキンヘッドのソルジャー。ディックが部屋に入ってきた少女に驚きの声を上げる。
 他の生き残りのハンターや、囚われていた男性トレーダー達も声こそ出しはしなかったが。表情は同様の感想を浮かべていて。


「そんな事より…大丈夫なんですか?」
「撫でられた程度だ、大した怪我じゃねぇ」


 思った以上に酷い扱いに心配そうな表情を浮かべながら、先ほど小男から奪ったナイフで手足を拘束している紐を切る少女。
 そんな声に、やせ我慢か心配かけまいとしてか。大したことはないとディックは返し。
 程なくして、スキンヘッドの巨漢を拘束していた紐が切り離され。男は自由を取り戻す。


「ま、ともあれ助かった。こっからどうする?」
「…実は、武器庫は既に見つかっているんです。ただ…」
「…ただ?」
「銃で武装した見張りが、2人立っていて」
「そうか…銃はあるか?」
「はい」


 アルトの言葉に考え込みつつ、銃を受け取り状態をチェックするディック。
 そして、武器庫周囲の状況や構造を確認し…。


「よし、それなら一瞬でケリをつけられるぞ」
「一か八か、ですけど……でも今の時点でもう既に危ない橋渡ってますもんね」
「そう言う事だ、悪いが他の連中の拘束も解いてやってくれ」
「わかりました」


 ディックの言葉に頷き、速やかに他のハンターやトレーダー達の紐を切り離し拘束を解いてゆくアルト。
 そんな少女の姿に、ディックは自分達が降伏した時の…ハスキーが撃たれた事を思い出し問いかけようとして思い止まる。
 吹っ切れている、いないにしろ。今は気丈に振舞っている少女の心に陰を落とす必要はない、と判断し…。


 男達の拘束が全て解かれ、本格的な反撃が始まる。
 拳銃を受け取ったディックは、角に身を隠した状態での精密射撃で見張り二人を瞬く間に鎮圧。
 銃声に建物の中が慌しくなる中、男達は武器庫の中の銃で手際よく武装し…。
 武装したトレーダー達は女性トレーダー達の救援に向かい、ハンターとソルジャーは建物の構造を利用して襲いくるごろつき達の各個撃破。
 そして、同様に…サブマシンガンだけが見つからずにはいたが、それでも武装を整えたアルトは。
 コレも着ておけと押し付けられた防弾チョッキを羽織り。護衛に1人の…襲撃時に銃撃を受け後送されたハンターを護衛につけられ。
 手薄になっているであろう、ガレージの確保へと向かう事となった。


「アルトさん、無理そうだったらすぐにディックさんのとこに戻るっすよ」
「…大丈夫、わかってる」


 ハンドガン、ベレッタを手に構え。護衛についたハンターから注意を受けつつ建物を進み。
 時折遭遇するごろつきを、ハンターと共に撃ち倒しながら。時折息があるごろつきから場所を聞き出してガレージを目指す。

 ディック達の方に引き付けられているのか、ほとんど遭遇しない。遭遇したとしても1人2人ですぐに撃ち倒せる。
 そんな状況が続き、かつアドバイスを受けておきながらも…怒りで判断力が低下していたアルトは。
 本来行うべき警戒…待ち伏せに適した、出口を通る際の警戒を怠ってしまう。
 その結果。


「うぐっ!?」
「アルトさん!?」


 銃撃音と共に、横腹に凄まじい衝撃を叩きつけられ。
 そのまま吹き飛ばされ、地面に転がせられる。
 意識が飛びそうな激痛にこらえながら、涙で滲む目で衝撃がきた方向を睨む少女。

 そこには…銃口から煙が立ち上る、ショットガンを脇に抱えた大柄な男が。
 月明かりに照らされた、大きな傷のついた顔の男が忌々しそうな顔でアルトを睨んでいた。

 慌ててハンターが銃を構えるも、進んできた通路の反対側からの銃撃に慌てて出口脇の小部屋に逃げ込まざるを得ず…。
 地面に転がっていたアルトは、為すすべもなく大股で近付いてきた男に。片腕で壁に押し付けられる。


「ぁ、ぐぅ…!」
「あん時のガキが…てめぇこんなとこで何してやがる」

 
 壁にアルトを押し付けた姿勢のまま、ショットガンを地面に投げ捨て。肉厚のナイフを抜き、ソレの刃の平でアルトの頬をぴたぴたと叩く。
 ドスの聞いた声に、凄みのある顔。そしてすぐそこにある刃物。
 いつもの少女なら軽く戦意喪失をしている状況、しかし…ハスキーを奪われたと思っている少女にとって。目の前の男は不倶戴天の敵に他ならず。


「アンタ達に…意趣返ししようと、思ってね…!」


 防弾チョッキを着ていたとは言え、至近距離からの散弾。
 ソレにより折れた肋骨の激痛に顔をゆがめながら、しかし目の前の男を睨みつけるアルト。


「っ! このクソガキが!」


 目も、意志も折れていない。不愉快な少女の返答に。
 男は苛立ちを込めて、逆手に持ち替えたナイフを振り上げ。
 この場で殺すよりも面白い事を思いついたのか、嗜虐的な笑みを浮かべると。

 ナイフを少女の襟元に、少女の体を傷つける事無く差し込み。
 手前に引っ張りながら…勢い良くナイフを振り下ろす。


「…っ! 何をするの。さ…!」


 思わず悲鳴を上げそうになり、折れた肋骨による痛みでソレも構わず。痛みで喘ぎながら顔に傷を持つ男を睨みつけるアルト。
 男は、下卑た笑みを浮かべながら。サラシに包まれた慎ましい少女の胸元と、スラリとした臍や腹部に目を向けて。


「なぁに、今ここで殺すより。楽しい事を思いついてな?」


 心から楽しそうに喉で笑いながら、今度は下側から。アルトに見せ付けるようにサラシの内側にナイフを差し込み。
 刃の冷たさと、男がこれから自らにしようとしている行動に。思わず短い悲鳴を上げる。
 そして、ゆっくりと。サラシにナイフの刃が通り、切り落とされようとした。





 その時。





「アァオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」





 少女の耳に、死んだと思っていた。愛犬の逞しく、そして雄々しい雄叫びが届いた。




(続く)




 

【あとがき】
 アルト、ハスキー君が死んだと思ってうちひしがれ。怒りと復讐をナイチチに秘めて立ち上がる。
 しかし、ハスキー君は生きていた! 下手するとハスキー君がフラグ立ててる件について。

 アルト今回も地味に貞操の危機でした、しかしハスキー君が間に合ったおかげでぎりぎりセーフでした。
 次回、スーパーワンコ無双タイム&スーパーエイブラムスタイムです。賞金首なモヒカン親分はきっと酷い目に遭います。

 書いておいて何ですがごろつきの迂闊っぷりと酷さ。もしかすると北斗なモヒカンよりも下かもしれません。
 しかし、心理描写とかが難しい。精進せねば。



[13006] 13話 『救援なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/06/13 22:11
 かつての技術により『製造』された、バイオニックポチと呼ばれる犬型生体兵器達。

 彼らは見た目こそ普通の犬と大差ない生物であるが、その中身は犬よりも遥かに身体能力が高い存在であり。

 その知能も非常に高く、専用に誂えられた兵器や道具すらも使いこなし。彼ら独自の本能に基づいた戦術思考すらも可能としている。

 そんな彼らが今、この荒れ果てた世界で闘う理由として最も多いモノ。ソレは…。

 主の為に、命を賭して闘う事である。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 13話
『救援なんだよね』




 男は、とても不機嫌であった。
 ソレもやむを得ない話であろう、自らの首に賞金がかかり『仕事』がし辛くなった慣れた土地を離れ。
 腰を落ち着けてようやく獲物を狩り、奪ったばかりの上物の酒でほろ酔いであったところに…
奴隷として叩き売る予定だったトレーダーらが反乱を起こしたのだから。


「お、親分! ハンターの生き残りが武器庫を襲撃してき…ぎゃっ!」
「るせぇ、騒ぐ暇あったらとっととブチ殺してこいやクソが」


 息を切らせて部屋に飛び込んできた下っ端を殴って黙らせ、愛用のクルマを動かすべく…。
 忌々しげに歯軋りし、怒りのあまり目を血走らせながら格納庫へごろつき達の親分が走り出したその時。



「アァオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」



 親分の耳に、部下が撃ち殺したはずの忌々しい犬の咆哮が聞こえた。








 『敵』の陣容をほぼ一望できる崖の上。
 『彼』は今、そこに陣取り。月明かりで十分な視界を確保する瞳で、銃声が響き騒がしくなったそこを見下ろしていた。
 はやる気持ちを押さえ、伏せた姿勢で大きな耳をまるでレーダーサイトのように動かして…騒音の中の主の声を探して。

 大好きな主人の声を見つけ、そこに視線を向けた瞬間。横合いからの銃撃で吹き飛ばされる主人を見つけた。
 その瞬間、『彼』は立ち上がり。まだ動いているが男に押さえつけられ危機に瀕している主人への注意をこちらへひきつける為に。
 そして、胸に宿り荒れ狂う怒気の赴くままに咆哮を上げる。


「アァオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」


 明確な敵意が篭った、雄々しいソレは夜空に響き渡り。
 屋外にいたごろつき達は銃を手に、咆哮の主を首を動かして探し始め…。

 その次の瞬間には、『彼』…ハスキーが発射したロケット弾により3~4人まとめて吹き飛ばされ。
 そうなってようやくごろつき達は理解する。自分達が内側からのみではなく、外からも襲撃を受けているという事実を。


「あ、あそこだ! あそこに武装した犬コロがいやが…ぎゃぁ!」


 ロケット弾の爆発から幸運にも逃れた男が、屈んだ姿勢から崖から転げ落ちているのかと見間違う勢いで駆け下りてきているハスキーを見つけるも…。
 その声を大きな耳で拾ったハスキーに、背に搭載されたバルカン砲で蜂の巣にされて絶命する。


「く、クソ! 来るな、来る…あぎゃぁ!?」

「そこどけ、グレネードで……ロケット弾だ、伏せ──っ!」

「ぎゃっ!? 俺は味方だ、撃つ……ぐぁぁ!」


 混乱に襲われながらも銃や鈍器、手榴弾を手に持ち。急襲を仕掛けてきたハスキーを討ち取ろうとするごろつき達。
 …しかし、縦横無尽に駆け回り。建物やドラム缶、そして人間すらも遮蔽物として利用するハスキーにその攻撃が掠る事すらなく。
 バルカン砲で、ロケット弾で、牙で。そして敵の流れ弾で片っ端から邪魔なごろつき達を…主人救出に燃える大型犬は殲滅してゆく。

 その騒ぎは、アルトと。少女を取り押さえている男にも聞こえて。
 脇腹の痛みと取り押さえられた状況…そして辱めを加えられようとしていた状況に心が折れかけていた少女の目に力が灯り。
 騒ぎがするほうに顔を向けていた男の顔は、死んでいなかった犬の行動に忌々しげに顔をしかめて騒動が聞こえる方へ視線を向ける。

 その僅かな一瞬、少女の体に力が戻り。男が注意を逸らした一瞬に。
 アルトは痛みに耐え、力を振り絞り…ナイフを通されたサラシを切り裂かれ僅かなふくらみを見せる内側を晒す形になりながら。
 それでも、なんとか男を払いのける。


「クソが! 逃げんじゃねぇ!」


 よろめきながら、ハスキーが暴れまわっている方向に逃げようとする少女に。
 苛立ちがピークに達した男は、腰から大型拳銃を引き抜いて引き金を引こうとして…。


「やらせないっす!……おぉぅわぁ!?」
「がっ! …クソッタレがぁ!」


 屋内の銃撃を切り抜けてきたハンターが、拳銃で男の背めがけて銃撃。
 しかし致命傷に及ばず、振り向いた男に壁をも抉る大型拳銃の弾を連続で撃ちこまれ大慌てで建物の中に引っ込み。
 マガジンを入れ替えながら、男が逃げた少女の方へ向き直ろうとした瞬間。

 多銃身の回転音と、銃撃音が聞こえたのを最期に…男の意識は永遠に途切れた。


「ハスキーくん!」
「わふっ!」


 2階建ての建物の屋根の上から男めがけて銃弾を叩き込んだ、死んだと思っていた愛犬の無事な姿に歓喜の声を上げる少女。
 主人の声に、いつもの気の抜ける鳴き声を返し。屋根から飛び降りアルトへ駆け寄る。
 その姿に、そして危うい所を助けてくれた愛犬に感極まった少女はハスキーに抱きつき…。
 ホっとした瞬間、痛みを増幅させてきた折れた肋骨の痛みに言葉を失う。


「きゅーん……っ」
「だ、大丈夫。ホっとしたら痛みが……いたたたた……」


 主人の姿に、鼻を鳴らし心配そうに顔を舐めるハスキー。
 そんな愛しい忠犬の仕草に、心配をかけさせまいと。痛みに頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべ、武器庫で確保した回復カプセルを飲み下す少女。 
 愛犬に頬を舐められ慰められる事数秒、ようやく回復カプセルに微量に含まれるオイホロトキシンによって肋骨の痛みが和らぎ。


「ハスキーくん。 中でまだ闘ってる人達がいるから援護にっ!?」


 中でまだごろつき達と戦闘を繰り広げているであろうディック達の援護に、ハスキーと共に向かおうと声をかけた瞬間。
 少女は、愛犬に袖を思い切り引っ張られ…建物の影に勢いよく引きずり込まれる。


「いっつっ!? ハスキーくん、何を…ひゃぁ!?」


 痛みが和らいだとはいえ、ロクに受身がとれない状態で物陰に引っ張り込まれ脇腹の痛みに悶絶するアルト。
 引っ張られた事で、既に他界済みの先ほどのごろつきによって役目を果たさなくなったシャツの隙間から発育が芳しくない胸を晒す形になってしまったが…。
 引き続いて訪れた爆音に驚き、それどころではない事にようやく気付き。音がした方を物陰からそっと覗き込む。

 そこには、砲塔と車体を持ち。装甲に身を固めたクルマ…戦車が大砲の先から白い煙を吐き出していた。
  

「……さっきはごめん、ありがとねハスキーくん………そして、どうしようか」
「わふっ」


 物陰に引っ込んだまま、隣でお座りをしている愛犬を撫でながらお礼を述べ少女は思考する。
 ちょうど建物の間のくぼんだような位置の為、現在位置から戦車の視界に入らずに撤退は困難。
 ついでに言えば戦車がいる反対側は、今先ほどの砲撃によって崩れ道が塞がれている。


「……手元にグレネードもなし、かぁ……」
「…わふ」


 少女がハスキーが装備している重火器に視線を向けるも…ハスキーも先ほどの大暴れで使い切ったのか、
バルカン砲の残弾も芳しくなくロケット弾は既に弾切れで。
 覗き見た限りでは機銃を搭載していない事がせめてもの救いといえるが、戦車を突破できる装備でもなく。


『隠れずに出てきやがれ! でねぇとまとめて吹き飛ばすぞ!』


 そして、苛立ちにまみれた粗野な男の怒鳴り声が戦車から外部スピーカーを通して少女たちに叩きつけられる。
 今にも飛び出しそうな愛犬を撫でて宥め、少女は思案する。
 このままここに隠れていても砲撃の爆風で命を落とす可能性が高く、仮にソレを凌げたとしても崩れた建物の瓦礫に押し潰される未来しか見えず。
 僅かでも生き残る為に、少女は…。
 愛犬を伴い、覚悟を決めて物陰からゆっくりと歩み出る。


『出てきやがったな。 喜べ、てめぇらは売り飛ばすなんて事せずにここで木っ端微塵にしてやんよ!』


 下品で耳障りな哄笑をあげながら、男は外部スピーカーでがなりたて…。
 砲口を少女と、傍らに佇む大型犬へ向ける。

 少女が選んだ策と言えない策、ソレは。
 あたらない事を祈りながら、左右へ飛びのいて全速力で戦車の脇を駆け抜けると言うものだった。
 …そして、少女がロクに信じた事も祈った事もない神に愛犬と自分の命を祈りながら駆け出そうとした時。

 大砲から砲弾を撃ち出そうとしていた戦車が、轟音と共に打ち出された砲弾に横から打ち抜かれて爆散した。
 思わず、片足を踏み出した姿勢で。ポカンと目の前の光景を見詰める一人と一匹。

 そんな少女と大型犬の前に、ボロボロになってはいるが。見慣れた重戦車が…砲弾が飛来してきた横の道から顔を見せ。
 砲塔の上には、これまた見慣れたトレーダー衣装の青年が座っていた。
 度重なっていた命や色んなものの危機、そして今先ほど迎えていた少女の人生最大の危機。
 それらが齎していた極大の緊張感から……見慣れた重戦車と人物を見て解放された少女は、
今現在も危険な状態であると理解していながらもペタンと地面に座り込んで。

 砲塔に座っていたトレーダーの青年、カールは何やら下の操縦者に指示を出していたが。アルトとハスキーに気付いて。
 へたり込んだ少女を怪訝に思ったのか砲塔から飛び降りて少女たちに駆け寄ってくる。


「とりあえず命は無事みたいですね、大丈夫で……すか?」


 へたり込んだアルトに手を差し伸べ、ふと視線を下へ向けて慌てて視線を逸らしながら話しかける青年トレーダーカール。
 今、アルトの格好は前を開いたジャケットに防弾チョッキ、そして…前側を大きく引き裂かれたシャツ。
 そして、今先ほどまでの慌しい状況により着衣は乱れ……。
 少女の形の良い臍は勿論。膨らみかけの胸の際どいところまで見えてしまっている状態であった。


「…? あ、はい…………っ!」


 カールの様子に首をかしげながら、腰が抜けて立てないのか差し伸べられた手を掴もうとして。
 ようやく自らの格好と相手の仕草の意図に気付いたアルト、慌ててもう片方の手で無意識のうちに露になっていた胸を隠す。

 誤解を招かない為に、カールの名誉の為に記するとすれば。彼は女性の胸はでかい方が好ましいと考える健全な青年トレーダーである。
 しかし、乱暴に引き裂かれたシャツから覗く少女の肌と胸。そしてホっとしたのか目尻に涙が若干見える少女の上目遣い。
 これらの合わせ技が、青年の心を大きく揺さぶったのである。

 なんとも言えない微妙で弛緩した空気が場に流れ。
 ふと、耳を澄ましてみれば…先ほどまで建物の中から聞こえてきた銃声も止み。
 自由を勝ち取ったハンターとトレーダー達の鬨の声が響いていた。




(続く)




 

【あとがき】
 わんこ無双、そしてヒロインのピンチにやってくる戦車と言うヒーロー。
 ごろつき達の命はとても儚いものでした、もちっと掘り下げるべきだったかなと少し思うこともあります。

 そして…大変お待たせして申し訳ありませんでした、結局小ネタこねてたらソレで一本書いたほうが良いネタになるという笑えないオチになり。
 気が付けば本編の方を仕上げていました、次回はもう少し早く投稿できると思います。
 次回は事後処理とかでまったりになります、きっと。

 なお、カールはおっぱい星人なのでアルトの胸には興味がありません。しかし見えてしまった胸に吸い寄せられてしまうのがおっぱい星人クオリティ。
 今回地味に一番可哀想なのは、大活躍なのに台詞が一つも無いバズさんです。

2010/06/06 誤字修正



[13006] 14話 『事後処理とか、なんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/02/14 19:00


 長年に渡る、環境を顧みない消費活動によって汚染された海。

 その際限なき消費活動と汚染の連鎖は大破壊によって一度リセットされたが…。

 大破壊から1世紀以上過ぎた現在も、人々に対して海はけして優しくはなく。

 しかしそれでも、人々は海から離れられないでいた。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 14話
『事後処理とか、なんだよね』




 港町『ナキスナ』
 大破壊前から生き残ってきていた港町が母体となって作られた、付近の街にとって欠かせない交易の要となっている街である。
 街の港にはクルマの搭載すら可能な武装船と、大破壊以前から修理を重ねて騙し騙し使用を続けている大型船がつながれており。
 市場では交易によってもたらされた、付近では見られない薬や武装に食材そしてクルマのパーツ等が大量に並んでいる。

 そして、アサノ=ガワの街を出発したトレーダー達の目的地でもあり…。
 襲撃によって横転、破損したトラックをバズのエイブラムスによって牽引し。
 動作可能なごろつき達の使用していた装甲車やバギーを接収、ソレらによってトレーダートラック達の護衛を再開して一週間。
 ようやく目的地のナキスナに到着、で全てが終わるわけもなく。
 捕虜として捕えたごろつき残党、1万G級の賞金首となっていたごろつき首領の撃破報告にトレーダー本来の目的である交易品の売却。
 さらにそこに、破損した戦車やトラックの修理やらが重なって……。


「申し訳ありません、お待たせしていた商隊護衛の報酬です」


 到着してから二日後の街の酒場、時刻は夕方前。
 青年トレーダーカールの手によって生き残ったハンター、ソルジャー達に報酬が支払われた。


「…貰えるのはありがてぇけど、明らかに量多くねぇか?」


 報酬が入った袋の質量に、怪訝そうに首を傾げるのは現在愛車修理中のバズ。
 彼自身は今回の護衛は失敗したも同然であるという認識であり、ここまでの報酬が支払われる理由は無かったからだ。


「例のごろつき達が賞金首になってましたので、ソレの賞金を分割した分ですよ。 まぁ報酬も満額支払ってますけど」


 バズの言葉にサラリと応えるのは青年トレーダーのカール。
 彼らの周囲では、生き残ったソルジャー達が報酬の中身に歓声を上げており飲んで騒いでのドンチャン騒ぎが始まりはじめている。


「……満額出る仕事内容だったか?」

「…そこを問われたら正直採点は厳しくなりますけど、生き残った全員に支払ってもまだ支払い予定だった報酬より安上がりですし」


 一息酒…イチコロを飲んで問いかけてくるバズの言葉に、肩を竦めて正直な所を述べるカール。
 ここで更に報酬を絞って利益を上げるより、結果的に護衛成功した面を取り上げて報酬を支払うメリットを取ったのである。


「…正直な所を言えば、多少の出費より人が集まらなくなる方が怖いんですよ」

「………まぁ、普段お前さんとこの護衛引き受けてる連中の半分以上が死んでしまったしな」


 溜息と共に本音を述べるカール、そしてコレは彼が所属する商隊の総意でもあって。
 金払いが良い、と言う噂が広がる事によって護衛の仕事を引き受けてくれる人間をもっと増やそうという魂胆で。
 ソレによって良からぬ人間を引き寄せる事も危惧されたが、護衛する人間が激減しては元も子もないと言う結論になったのである。


「そういう事です……ところで」

「ん?」

「アルトさんはどこに行ったのでしょうか?」


 会話の内容を変えるべく話を打ち切って、先ほどから姿の見えない起伏の乏しい体つきをした長い黒髪の少女を探すカール。
 視線の先では、屈強なソルジャー連中の中に混じったスキンヘッドのディックが豪快に一気飲みする姿が見えたりするも…。
 可愛らしい部類に入る顔つきもあり、そこそこ目立つ少女が見当たらない事に首を傾げる。


「ん? ハッハァン、まさかお前…惚れたな?」

「なんでそうなるんですか」


 そんな青年の様子に、半目になりやらしい笑みを浮かべて問いかけるベテランかつ中年のバズ。
 予想だにしなかった言葉に、何を言っているんだコイツ。と言う心境を隠す事なく表情に浮かべて対面の中年を睨むカール。


「いやいや、そう隠さなくてもわかる。しかしライバルは多いぞ青年」

「話聞いて下さいよ!? と言うか何が悲しくてあんな起伏の乏しいちんちくりんに色目を…」


 何も言わなくてもわかる、と言わんばかりに頷く鬱陶しい中年の様子に思わず言葉を荒げ。
 自らの性癖を暴露する事も躊躇わずその誤解を解く言葉を口に仕掛けた青年の脳裏に、ごろつきのアジトで目撃した。
 少女、アルトの際どい姿が鮮明に浮かび上がる。


「……ちんちくりんも、まぁ良いかもしれません」

「…今お前の頭の中で何があったのかすっげぇ気になるんだが」

「まぁ些細な事ですよ、報酬の支払いをしようと思いまして」


 数秒の間にガラリと意見を曲げた事に対するバズの指摘をサラリと流して。
 姿を探した理由をバリバリソーダを喉に流し込みつつ告げる。


「そう言えばあんまり酒場だと見ねぇなぁ……前にチラっと市場で見たけど、声かける前に姿消したし」

「それだけ聞くと微妙に不安になるのですけど、宿には戻ってるんですよね?」

「ああ、診療所で怪我も治してるしな。 話聞くと暗くなる前には部屋に戻ってるらしいぞ」


 そう言えば、どこに行ってるんだろうなアイツ。首を傾げるバズとカール。
 とりあえず文殊の知恵、とばかりに浴びるように酒を呷っていたタコのように真っ赤になったスキンヘッドを呼びつける。


「あん? アルトの行方ぇ?」

「バズさん、見事に出来上がってるけど話成立するんですか?」

「何、問題ない」


 酒瓶を片手にドッカと空いた椅子に座るレッドスキンヘッド。
 そんなタコを横目に、青年トレーダーとベテランハンターは小声で話し合い。


「お前さん、確か前市場見て回ってたろ? アルトの嬢ちゃんがどの辺りにいつもいるか知らないか?」

「あー、知ってるぜぇ。いちばの外れのさんばしの所にいつもいるなぁ」


 若干呂律が回っていないが、それでもしっかりと応答するディック。


「桟橋? なんでまたそんなところに」

「さぁなぁ、ただ見てるとけっこうそこにいるみたいだぜ」


 カールの不思議そうな言葉に、俺が知るかと言わんばかりの様子のディック。


「ま、ただなんかしらんがなやんでるぽかったけどなぁ」

「……なるほどな」

「どう言う事です?」


 呂律の回っていないディックの言葉に、顎に手をやり考え込んでいたバズが合点が行ったとばかりに頷く。
 まだピンと来ていないカールは、先に答えに行き着いた様子のハンターに意見を求める。


「コレは推測だが、あの嬢ちゃん撃って撃たれてってのに参っちまったかもしれんな」

「参っちまった…って、彼女もハンターでしょうに」


 バズの言葉に、そんなバカなと言わんばかりの態度で不思議そうにするカール。
 そんな青年の様子に、まぁそうなるよな。と口にしつつ言葉を続けるバズ。


「腕は決して悪くないんだが、コレでもかってくらい慎重な上に特定のモンスターしか相手にしてなかったからな」

「…その結果人間相手の経験も無く、あそこまでの戦闘も経験がなかった。と」

「そういう事だ、まぁ推測でしかねぇけどな」


 そう言って杯に残ったイチコロを飲み干すバズ。
 カールはその推測と、こんな世間であんなにも呑気だった少女を組み合わせて思考し。
 根拠こそ薄いが、バズの推測はけして的外れではない事に気付き。


「ちょっと、席外しますね」


 対面で呑気に酒のおかわりを注文するカールに声をかけて、席を立つ。
 目的地は、市場の外れにある桟橋にいるであろう少女の下だ。
 特に理由らしい理由もなければ、声をかけにいく必要性も皆無であるが。

 その時、青年は惜しいと思った。
 このようなどうでもいい事で、あの少女の美点ともいえるくらいに突き抜けた呑気さが欠けてしまう事を。


「おーう気をつけてな、んでもって頑張れよ」


 届いたおかわりのイチコロを呷りながら、呑気に青年の背に手を振る中年ハンター。
 意図不明の応援を背に受けながら、青年は酒場の扉をくぐり…桟橋へ向かって早足で歩き出した。 




(続く)




 

【あとがき】

 オマケ『青年が出て行った後の光景』

「そういえばお前さん、前に包み抱えてたけど市場で何しいれたんよ?」
「聞いておどろくな、サイズが小さいむねがちいさいこでも着れるバニースー」
「よしわかった、お前はもう何も喋るな」

 

 少し台無しにしつつ、14話投稿完了です。
 人を撃ったり顔なじみがかなり死んだ事に弱ってる少女に対する周囲の認識のような話でした。

 賛否両論になるかもしれないですが、ともあれ前回よりも早いスパンで投稿できました。
 次回は、少し後ろ向きなアルトが出てきます。 

 そして、バズはとてもオッサンですが結構良識派です。でもオッサンです。
 カールはおっぱい星人で紳士です。
 ディックは……もうダメかもしれません。



[13006] 15話 『悩ましいんだよね』
Name: ラッドローチ◆efc60c31 ID:272320ca
Date: 2010/05/16 23:14

 ナキスナ桟橋跡。

 現在のナキスナの街を支える市場の外れに、ソレは存在する。

 今は見るべくも無いほどに寂れ、桟橋の所々の板が腐り落ちたその場所は。

 かつては大破壊前に現在も使用されている港湾施設が建造される前は人々の生活の要であった。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 15話
『悩ましいんだよね』




 老朽化し所々朽ちた桟橋。
 既に役目を終え、手入れする人間もいないその場所に。
 少女…アルトは隣に愛犬を座らせ、桟橋に腰掛けて海を眺めていた。


「…………」

「………わふっ」


 少し独特な匂いの混じった潮風が吹き抜け、少女の長い黒髪をたなびかせ。
 目の前にかかった髪を、気だるそうに片手で梳いて後ろへ流す。


「……こんなんじゃ、ダメだよね」

「…きゅぅん」


 アルトが人を殺したという事実を実感したのは、ナキスナに到着し治療を受けてからであった。
 遅れて自覚したその実感は、少女の心を押しつぶすほどに重いモノではなかったが…。

 どこかで考える事を後回しにしていた、現在と過去における死生観と倫理観のズレ。
 その事に加え、先の騒動において自分自身が女である事を半強制的に自覚させられた事もあり。

 考えないようにしていた事、折り合いをつけたはずの事、一つ一つの問題も決して軽くはなく。 
 内容からして誰かへ相談する事も憚れ……。
 気が付けば、桟橋のいつもの場所に座り…日が落ちるまで愛犬と共に海を眺める日々を送っていた。


「……はぁ」

「こんな辺鄙な所で辛気臭いため息吐いて、どうしたのです?


 何度目か数えるのもバカバカしい、思考の堂々巡りに陥りそうになった少女の背後から。
 いつの間に近づいて来ていたのか青年、カールの声がかかる。

 アルトの隣に座るハスキーの耳が時折動いていた事から、アルトだけが気付いてなかっただけのようでもあるが。


「いや、うん。大した事じゃないんですよ」

「大した事ないのに、毎日人の居ない所で時間を潰す理由があるのなら是非教えてもらいたいのですが」


 一瞬逡巡し、曖昧な笑みを浮かべながら振り向き口にした少女の言葉を青年は一刀両断。
 うっ、と言葉に詰まり所在なさそげに視線をさ迷わせるアルト。

 そんな少女の様子にカールは苦笑を浮かべ。


「隣、失礼しますよ」


 どっこいせ、と年格好に似合わない中年くさい声と共にアルトの隣に腰掛け。
 老朽化した桟橋が僅かに音を立てる。

 二人の間を海からの生温い潮風が通り抜け髪を揺らす。
 
 一拍の沈黙の後、カールは口を開く。


「前の仕事でごろつきを撃ち殺した事を、気にしているのですね?」


 カールの取った選択肢、それは。
 荒療治ではあるにしても少女の悩みを取り去る事であった。

 単純に女子供を宥める話術が得意でないというだけかもしれないが。


「…っ……はい、ソレもあります」


 ビク、と殺したという単語に反応し…肯定の言葉と共に頷くアルト。
 その後続いた少女の言葉に、カールは違和感を感じ。


「ソレ『も』、ですか?」


 状況の突破になりえる予感を感じ、無神経だと思いつつアルトへ問いかける。
 カールの問いかけに自らが失言した事に気付き、少女は思案する。

 前世の記憶の倫理観と前と今の性の違いを実感して悩んでる。
 こんな事言えるワケがなく。


「……前の騒動で襲われそうになって、ボクは女だって事を思い知らされちゃって…」


 言葉を選び、時折詰まらせながら少女は答える。 
 真実は言っていないが嘘も吐いていない。


「そう、ですか…」


 少女の返答に、しまったと思いながら後ろ頭を掻くカール。
 この時青年は少女が性的な事案で心的外傷を負ったのだと勘違いし…
 その事によって、誤魔化せた事に安堵した表情を見せた少女の違和感に気付かなかったのもやむを得ない事かもしれない。

 思案し、言葉を選ぶカール。
 まだモンスターかと思うくらい老獪で辣腕な海千山千の商人を相手にする方が気が楽だ、などと考える程に思案し。


「…無責任な言い方になってしまいますが、アルトさんは荒事に関わらないようにした方が利口かもしれません」


 少女にハンターとしての活動を控えるような言葉を送る。


「でも、狩りをしないと生活が…」


 カールの言葉に面食らい、言葉を返すアルト。
 普段モンスターを狩り食材として加工し卸売りする事を一番の収入源としている少女にとって。
 その選択肢が一番楽でありつつも選ぶ事は躊躇われた。


「モンスター以外の輩。もっと言えば人間に襲われたらどうするのですか?」

「それは…」


 声を荒げる事も無く静かに言う事もなく、淡々と問うカールの言葉に返事を濁らせる少女。
 前回の騒動では命の危機と憤りが感情の先に立った事で戦えたが。
 今後もそんな事ができるとアルト自身断言する事ができなかった。

 
「それにアルトさんには大きな商売道具があるからソレをメインに置けば良いじゃないですか」

「商売道具?」
「わふぃ?」


 続けられたカールの言葉に首を傾げ、アルトを挟んでカールの反対側に座っているハスキーを見る。
 いつの間にか桟橋に寝転がっていたハスキーは不思議そうに首を傾げる。


「そっちじゃありません……アナタの作る料理ですよ」


 自覚の薄い少女の様子に苦笑いを浮かべながら告げる青年。
 良い素材を使って美味な料理を作る事ができる人間は数あれど、言ってみればその辺のモンスターと調味料を使って
美味な料理を作れる人間というのは青年にとって少女が初めてであった。
 その時思ったのである、『この娘は金になる』と。

 カールからの言葉に目が点になったアルト。
 少女自身は前世から引き継いだ記憶を利用して、あまり上等と言えないご飯事情を改善しようとしていただけであり。
 その現状を打破するために四苦八苦試行錯誤していただけ、くらいの認識なのである。


「それに、そっちに暫く専念すれば悩みを先延ばしにできると思いますしね」


 時間が解決する事もありますしね、と続け。
 気がつけば日が傾き始めていた事に気付いて立ち上がるカール。


「私はそろそろ宿に戻りますけど、アルトさんはどうしますか?」

「…先に戻っていてもらっていいです? ボクもすぐ戻りますから」


 話をもちかけた時に比べ幾分か軽くなった少女の声音に満足そうに青年は笑みを浮かべ。
 暗くなる前に戻ってくるのですよ、と保護者のような事を口にしつつ桟橋から姿をけして。

 再び一人と一匹だけになった夕焼けが差し込む桟橋。
 少しの間少女は海を眺め…両手で自らの頬を叩いて気合を入れる。


「…うん、考えても結論出ないなら無理に出さなくてもいいか」


 完全に吹っ切れてはいないが、それでも幾分か前向きな心境で呟き。
 愛犬を伴い、今までよりも軽い足取りで宿へと戻っていった。 




(続く)




 

【あとがき】

 気がつけば3ヶ月以上の投稿遅れ。
 本当に申し訳ありませんでした…!

 悩み思考がぐるぐるになりつつ、ひとまず悩みを一段落させ後回しにした15話です。
 書いては消し書いては消し、太閤立志伝やりつつ書いては消し書いては消し…。
 結果このような結論になりました、別名問題の先送り。

 今回の話を組み立てた結果少しプロットが変化したのでその辺りの修正をしたりもしてました。
 方向修正も落ち着いたので、今後1週間1話ペースくらいで投稿できると思います。多分。

 次回からスーパー料理人タイム、始まります。
 わんこは暫く戦闘要員だった事も忘れ去られるくらい自堕落になります。


 そして色々とご指摘受けている、TSの必要性についても少し。
 …うん、すまない。 必要性があるかと問われると回答は『ある』のですが、絶対必要でもないかもしれません。
 メタルマックスの過酷な世界で奮闘する元男なまないた少女、というのが最初に浮かんだコンセプトでした。
 もうだめかもわからんね。



[13006] 16話 『子供扱いされてる気がするんだよね』
Name: ラッドローチ◆efc60c31 ID:272320ca
Date: 2010/05/22 02:04

 ナキスナ・市場通り。

 港湾施設近くの大通りであるそこは、人間用の装備や道具に限らずさまざまな生活用品を売る店が立ち並び。

 海を渡り仕入れられた装備や道具、生活用品等が幅広く売られているその場所は。

 ハンター達にとっては勿論のこと、住民にも欠かせない場所であった。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 16話
『子供扱いされてる気がするんだよね』




 買い物客でごった返す昼下がりのナキスナ市場通り。
 客と店主のやり取りがあちらこちらから聞こえるその場所で、アルトは人ごみに流されそうになっていた。


「ちょっとちょっと、アルトちゃんしっかりしな!」


 小柄かつ華奢な体躯の少女があうあう言っている内に流されそうになっていたのを、
付き添いにきた恰幅の良いトレーダーの女性が慌てて引き寄せる。
 女性の名はターニャ、護衛の仕事の間にアルトが最も仲良くなった女性でもある。
 しかし彼女もトレーダーの一員でありその中でも中堅に位置し若手を束ねる一人でもある。
 そんな、けして暇ではない女性がなぜ付き添いに来ているかと言うと。


 1.アルトとハスキーがワンセットで市場を見て回る。
   
 2.美味しそうなお店を発見、ハスキーのご飯買って攻撃がアルトを直撃。
   
 3.アルト耐え切れずハスキーへオヤツを買ってあげる。

 4.1に戻る。


 以上の流れが…アルトが立ち直ってからの市場巡りの際に三日連続で発生。
 さすがにコレでは目的を達成できない、と心を鬼にしてハスキーを宿で留守番させる事になったからである。

 コレに待ったをかけたのは、アサノ=ガワから仕事仲間としても同行してきたベテランハンターのバズである。
 愛車が順調に入院中な彼曰く。


「嬢ちゃんが一人で混雑の中フラフラ歩くなんざ、ゴールドアントがトレーダーの前をうろついてるのと同じだぞ」


 この発言をした瞬間、アルト以外の全員が頷き納得したという辺り彼女が周囲にどのように見られているのか如実に表していると言える。

 閑話休題。

 では誰が同行するか、という話になれば。
 バズは工場のメカニックと共に愛車の修理に忙しく、カールはカールで本業の取引で手が離せない。
 最近海に不法投棄され翌朝頭に斬新な海産物製のカツラをつけたディックは…。
 報酬受け取りのドンチャン騒ぎで見せた醜態によって満場一致可決で同行却下となった。

 そして、そんなまるでダメな男連中を見かねて手を上げたのが。
 護衛仕事中に世話を焼く形で積極的に会話をしていた恰幅の良い女性、ターニャである。





 そして、話は冒頭に至る。


「結構、その…独創的な魚が売られてるんですね」

「見てくれは悪いけど味はイケるよ、骨ばっか多いから食うのが面倒なのが難点さね」


 少女が店に並ぶ前世の知識からは珍しいものを女性に聞いては、女性が朗らかに応え。
 そして料理のネタとして使えそうな物が見つかれば…。


「バイオ昆布、ですか…」

「変わり者がそのまま齧ったりしてるね…何かに使えそうかい?」

「はい、試してみてからですけど」


 少女が真剣な目で見つめ吟味し、女性は何に使うのか首を傾げながら尋ね。
 考えがまとまった少女はその問いに満面の笑みを浮かべて応える。

 途中昼食を挟んでまで市場通りを二人で巡る事数時間。
 気が付けば太陽は傾いており、二人の両手には本日の成果がた袋となってぶら下がっていて。


「…すいません、こんな時間まで」

「子供が気にするんじゃないさね、それにあたしも楽しかったからおあいこさ」


 見た目相応にはしゃいだ末に、せっかく同行してくれたかなり年上の女性を引っ張りまわした事に少女は今更気付き。
 汗を一筋流して謝罪、しかし女性はそんな少女の言葉を豪快に笑い飛ばす。


「さ、宿に戻ろうかい。あのでかいワンコも腹空かして待ってるだろうしね」


 留守番を申し付けられ、まるで人間のようにしょんぼりとしていた大型犬を思い出して愉快そうにターニャは笑い。
 それにつられるようにアルトも笑みを浮かべ、二人たわいない話をしながら宿へと戻る道を歩く。

 やれ、うちの旦那は今でこそ太っているけど若いときはソレはソレは逞しいソルジャーだったとか。
 やれ、騾馬亭の常連は時々……自覚しているとはいえ指摘されると腹が立つ起伏が乏しい体をからかってくるとか。

 人生経験豊富な女商人とのそんなたわいない話は。
 ハンター、という職についた関係上同姓と話す機会が少なくなりがちな少女にとって。
 どこか、ホっとする時間であり会話であった。




(続く)




 

【あとがき】

 立ち直ってまずする事は、本腰入れての市場めぐり。
 しかしやってる事は食材購入とウィンドウショッピングもどき、元男という意識ランナウェイ。

 短めとなりましたが、今回からまたしばらくまったり時空が続きます。
 どのくらい続くかというと、引き締まった大型犬のハスキーくんがもこもこ太るくらい。

 そして名前付きレギュラー女性、肝っ玉系おばさんトレーダーさん登場です。
 正確にはそこそこ前から出ていたのは内緒です、初期は普通のおばさん系でしたが書いてる内にこうなりました。

 次回は汚染された海の幸を用いての料理人タイム!
 …なぜだろう、あまり美味しそうに聞こえない。



[13006] 17話 『見た目が変でもソレが日常ならソレが普通になるんだよね』
Name: ラッドローチ◆efc60c31 ID:272320ca
Date: 2010/05/31 01:54


 全ての生命の源と言われていた海。

 『大破壊』直前の状態においては海の幸など望めない状態であった海は。

 かつての惨状から僅かであるが立ち直り。

 今を生きる人々にとって大事な支えとなっていた。

 


荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 17話
『見た目が変でもソレが日常ならソレが普通になるんだよね』




 買い物から戻ったアルトは、合わせて買ってきた…ふさふさした首輪をつけた獣が縫い付けられたエプロンを纏い。
 買い集めた食材の内、すぐに使わないモノは冷蔵庫へ格納する。
 今、少女の機嫌はすこぶるご機嫌であった。

 何故かと言えば、元々アルトが料理に熱を上げ始めたのは少しでも美味しい物をこの世界で味わう為であったのだが。
 料理の素材品質の違い、調味料の圧倒的不足が今まで難題として立ちはだかっていて…。
 その難題の全てがとは言わないが、それでも大半を今回の買出しで解決できたのである。

 ここが逗留している宿屋の借りた厨房でなければ、間違いなく買ってきた調味料を手に持ってくるくると踊っていたであろう。
 そのくらい、アルトは機嫌最高潮であった。


「ふーんふーんふふーん♪」


 無意識のうちに鼻歌を口ずさみながら、買ってきたばかりの調味料の蓋を開け。
 その匂いを確認し、少女はにんまりと笑みを浮かべ調味料…味醂をボウルへ注ぎ。
 続いて、これまた買ったばかりの醤油を先ほど味醂を注いだボウルへ同分量注ぎ菜箸で軽くかき混ぜ味見。


「……うみゃい」


 僅か一つの調味料が加わっただけなのに、大幅に旨味が変化したその味に思わず言葉を漏らすアルト。
 これ以上ないくらい幸せそうにしながら、続いて少女が袋から取り出したのは…でっぷりと太ったやけに目玉の大きい魚。

 少女はソレを、時折包丁を止めて記憶を探りながら鱗を包丁の背で剥がし…。
 梃子摺りながら頭を切り落とすと、今度は腹に包丁の切っ先を入れて割り裂き臭いの強い内臓を取り出す。
 そして血塗れになった魚の身を洗うと、四苦八苦しながら3枚卸を実行。
 少々歪にはなりはしたが、少女がイメージしていた通りの形に仕上がり満足そうに頷く。

 そして、仕上げとばかりに皮を包丁で切り離し。
 先ほど用意したみりん醤油の入ったボウルに、今切り分けたばかりの切り身を入れると。
 ボウルの径よりも小さい鍋蓋を中へかぶせて切り身を漬け込み始める。


「まず一つ、と」


 腕半ばまで捲った袖で額を拭い、少女は次の作業へ移る。

 袋から取り出したのは、今度は先の魚とは対象に小さく背びれが大きく鋭い小魚。
 少女はソレを、手を傷つけないよう注意しつつ頭や背びれ、尾や皮に骨を取り除き…。
 同様の作業を数匹分終え、ソレをまな板の上に積み上げると。

 包丁を怒涛のごとく何度も何度も下ろし、捌いた小魚をミンチへ変えてゆく。
 その作業は、少女にミキサーをどこかで入手する事を決意させるぐらい続いてようやく終わり。
 続いて、この荒野においても逞しく生存していたネギを取り出して同様にみじん切り。
 ソレらが終わると、小魚のミンチと微塵切りにしたネギをボウルへ入れ。
 ボウルの中身に小麦粉に味醂、塩を加えてかき混ぜ始める。


「ほんとは、片栗粉ほしかったんだけどなぁ…」


 胡椒、マヨネーズに続いて手に入れられなかった食材を思い溜息を吐きながらかき混ぜ続けるアルト。
 やがて程よい硬さになったところで手を止めて手を洗うと。
 
 今度はスープを作るべく分厚く硬いバイオ昆布を取り出し。
 先ほど魚の頭を切り落とした時以上に頑張りながら4分割。
 切り分けたソレを、ろ過水を入れた鍋に入れて火にかけ始める。


「………はふー」


 作業が一段落し一息吐いて。
 ようやく入り口辺りからの視線に気付き、慌ててそちらへ視線を向けるアルト。

 しかしそこには誰も居らず、感じた視線は気のせいだと理解して少女は安堵の溜息を吐く。
 鼻歌交じりにニヤニヤ笑っていた姿を見られずに済んで、少女は心底ホっとしていたのだが…。
 実際はしっかりと目撃されていた、現実は非情である。

 そうしている内に鍋が沸騰しそうになり、料理と関係のない思考をいったん頭から追い出し。
 少女はダシを取った昆布を取り出すと、入れ替わりに醤油と味醂を加えて味を調えると。

 先ほど作った、つみれもどきをスプーンで丸くしては次々とスープの中へ投入。
 ボウルの中が空になった所で弱火にし、煮込みにかかる。


「さて、と」


 視線を動かすアルト、向かう先は最初に味醂醤油に漬け込んだ白身魚の入ったボウル。
 本来はもっと漬け込んでおきたい所であったようだが、今回は味醂醤油の破壊力を確認したくてしょうがなかったのか…。
 ウキウキ気分で蓋を取り、短めであったが良い色がついた切れ身にニンマリと笑みを浮かべて。

 普段は厨房の主が魚の丸焼きを出す為に使っている、網焼きスペースにボウルを抱えて向かい。
 漬け込んだ切れ身を次々と網に乗せ、火力を上げる。


「……んー、いい匂い」


 味醂醤油で下拵えされた魚の焼ける匂いに目を閉じて軽く恍惚とするアルト。
 白いご飯が欲しくなる、と考えつつ今回は見つけられなかった白米の入手を心に誓いながら。
 網焼きとつみれスープを見守り…。











「…………まだか」

「バズさん、さっきからソレしか言ってないですよ」

「全くだよ、少しは落ち着きなって」


 試食役として選ばれた数人の内の1人、バズが厨房から漂ってくる匂いに耐え切れないのか呟き。
 その発言に対して、同じく選ばれたカールとターニャが笑いながら応えて。
 ふと、カールが何かに気付き。浮かべていた笑みを苦笑いへと変える。


「どうしたんだい?」


 若い後輩の様子に不思議そうにターニャが問いかけ、青年が無言で指差した方向を見てみると。
 厨房入り口で、でかい体を屈めさせて除いていたスキンヘッドが大型犬に無言の圧力をかけられている所を発見。


「………全く、何やってんだか」


 アサノ=ガワの町所属のソルジャーの中では古参に位置するベテランソルジャーの醜態に溜息を吐くターニャ。


「アイツも、悪いヤツじゃねぇんだけどなぁ」


 同様に、話題の人物とはソルジャーとハンターという関係上組む事の多いバズが溜息交じりに口にする。
 しかし同時に、やはりどこかネジの外れてるヤツだったと中年ハンターは思い出して。


「…まぁ、実害はないから安心してくれ」


 フォローにならないフォローを口にするに留める。
 そのまま、まるでダメな男ソルジャーの話題が続きそうなところで。


「できましたよー」


 ホクホク笑顔の小柄な少女が、軍手を手につけ湯気の立つ鍋を持って厨房から出てくる。
 その際、相棒である大型犬の前で何故か正座していたスキンヘッドのベテランソルジャーを見て首を傾げつつ…。
 まぁいいか、と結論づけて試食組の待つ木製テーブルの上に鍋を置いて。

 そのまま厨房へパタパタと足音を立てて戻り、深皿の人数分の皿と。白身魚の網焼きの乗った皿が載ったトレイを運んでくる。


「調達できた調味料をフル活用してみました」


 網焼きと、つみれ入りスープを配り終え。無い胸を張って自信満々に口にするアルト。
 厨房で試食した時の興奮が冷めてないせいか、後から振り返ると少々転がりそうな状態かもしれない。


「どれどれ…」


 そんな少女を微笑ましそうに見つつ、ターニャはつみれをスプーンで掬い口へ運び。
 スープと合わせて、思った以上の出来にふむ。と頷き。


「うん、美味しい。コレならバッチリお金になるよ」


 ニカ、と笑いトレーダーとして高い賛辞を送る。
 その賛辞にアルトは照れつつも嬉しそうに笑みを浮かべ。


「この魚もうめぇな、食べ易いし」


 黙々とスープを平らげてから網焼きに取り掛かっていたバズが思った事を口にする。


「ソレはありますね」


 バズの言葉に頷きながら一口網焼きを齧ったカールも舌鼓を打ちつつ追従する。
 同時に、自分のところの商隊の利益にいかにして結びつけるか思考を始める。


 さまざまな思惑があったり、途中で挫折しかけたりと紆余曲折ありはしたが…。
 今ここに来てようやく、アルトは護衛の仕事にくっついた本来の目的を達成する事ができたのであった。




(続く)




 

【あとがき】

 スーパー料理人タイム、というには少々地味だったかもしれない。
 ちなみに片栗粉のかわりに、小麦粉つなぎで実際につみれを作って食べた結果思ったよりもマシでした。
 ただ、プリっとした食感にならずに少ししょんぼりでもありました。

 そして実は見られてた料理中の醜態、明らかに体に心引っ張られてます。どうなるアルト。
 ディックの分はあの後ハスキーが美味しく食べました。

 次回でナキスナ編はいったん終わり、アサノ=ガワの町へ戻る事になります。
 実はアサノ=ガワを出発してから、時間的には1ヶ月も経ってないという。



[13006] 18話 『憧れのマイカーなんだよね』
Name: ラッドローチ◆efc60c31 ID:272320ca
Date: 2010/06/13 22:10


 この世界では、人が乗り込み操作する車輌…時には車輌に見えない乗り物すらも含め『クルマ』と呼ぶ傾向が強い。

 駆逐戦車、装甲車、救急車、飛べなくなった飛行機。

 一部厳密に言えばクルマと呼称するには疑問が浮かぶモノもあれど、全てに共通して求められる事が往々にして二つ存在する。

 強い武装を搭載できる事と、一枚でも多く装甲タイルを貼り付けられる事である。

 


荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 18話
『憧れのマイカーなんだよね』




 ナキスナの町の港湾施設近くにある、機械音の絶えない修理工場やパーツ屋の大きな建物が立ち並ぶ一角。
 その中の幾つかある修理工場で、バズの愛車であるエイブラムスと鹵獲したクルマ達の修理が行われていた。


「うぃーっす、調子はどうだい?」

「ああ、エイブラムス達の事か? 来てくれ、ピッカピカに仕上げあるぜ」


 もはや馴染みとなった修理工場に足を踏み入れ、近くにいたメカニックにクルマ達の様子を問い。
 問いを向けられたメカニックは作業の手を止め…新入りに簡単な指示を出してバズを案内し始める。


「しかし、お前さんのエイブラムスも酷かったが…他のクルマも大概だったぞ?」

「そう言うなって、その分しっかりと支払いしたんだし。俺の金じゃねぇけど」

「まぁな…ってそいつぁ初耳なんだが、雇い主から出たのか?」

「あー…大体そんな感じだ」


 持ち込まれた時の惨状を思い出しながら口にするメカニックに、バズは苦笑いしながら答え。
 その内容の一部に驚きを見せたメカニックに対してお茶を濁すバズ。

 ハンター達にとって重要な仕事道具であり、同時に維持費や修理費やらで金食い虫でもあるクルマ。
 そんなクルマの燃料費、弾薬費くらいは支給する雇用主はまだ居れど。
 大破したクルマの修理費まで支給する雇用主など、居るかも知れないが誰も見た事がないレベルだからである。

 そして、今回のバズ達の雇い主であるキャラバンは燃料費や弾薬費は支給しても大破したクルマの修理費までは関与しない契約を行っていた。
 バズは金を出していないし、雇用主も出していない。
 ならば金の出所はどこか、という話だが…答えは簡単である。

 結果的に返り討ちする形となった、ごろつき達の装備や蓄えをかっぱいで大破寸前のエイブラムスと鹵獲したクルマの修理費に充てたのである。
 いまいちおおっぴらに話す事が憚れる内容の為、バズが口篭るのもやむなしと言える。
 
 
「ふーん、そうかい」


 はぐらかすバズの態度に深い追求を止め。
 話しこんでいる内に、男2人は目的のクルマ達の前に到着する。


「軽車両がこんなにも並ぶと、俺のエイブラムスがなお際立つな」

「まず言う事がソレかよ」


 腕を組み誇らしげに言い放った中年ハンターの言葉を、言葉の鉈で叩ききるメカニック。


「冗談だっての、バギーに装甲車に……あんなクルマあったか?」

「ああ、持ち込まれたチャーフィーの成れの果てだ。修復不可能だったもんで借金の型に取り上げたスチュアートとニコイチした」


 容赦のないツッコミを肩を竦めつつ並んだクルマをチェックし、その内持ち込んだ覚えのない型のクルマを見つけてバズは首を傾げ。
 バズの疑問に、簡潔にそうなった経緯をメカニックは告げる。


「修復不可能ってお前、一発砲撃ぶち込んだだけじゃねぇか」

「普通の砲弾ならな」

「……………」

「大穴が開くならまだしも、あちこち派手に融解してフレームもひしゃげてたわけだが……何ぶちこんだ?」

「……虎の子のホローチャージを、真横から少々」

「軽戦車に何ぶち込んでやがる」


 さすがにバズの自業自得であった。
 しかし、ひたすら袋叩きにされた挙句に大破寸前まで追い込まれた恨みをこめた一撃でもあった為。
 バズばかりを責めるのも酷とも言える、彼にメカニックを責める権利がないのもまた事実であるが。


「ま、そんなわけで。エイブラムスと合わせて合計4台きっちりと仕上げさせてもらったぜ」

「あ、ああ、すまん。助かった」


 お前さんくらい他の連中も金払いがしっかりしてると助かるんだがな、とぼやきつつメカニックは報告書を留めたクリップボードを手渡し。
 ジャンケンの末にチャーフィーを手に入れるはずだったハンターに内心で侘びを入れつつ、バズはソレを受け取る。

 なお、蛇足ではあるが。
 チャーフィーは約18tであるのに対し、スチュアートは約13tで全体的なサイズも一回り小さかったりする。


「ま、ともあれあまり派手に壊すなよ。俺達にとっては手塩にかけた子供みたいなものだしな」

「エイブラムスに関しては努力するさ、それ以外は…使うヤツ次第かね」











 ナキスナからアサノ=ガワへ向けて出発する日の前日の朝。
 先の戦いから生き残ったハンター2名と一緒にバズに修理工場へ案内されたアルト


「と、言うわけで。アルトの嬢ちゃんにこのバギーをやる」

「何が『と、言うわけ』なのかもう一度説明して下さい」


 背後で「俺のチャーフィーが、なんかちっさくなってるっす…」とごろつきへの反撃の際に同行したハンターがしょんぼりする声を聞きながら。
 アルトは頭にはてなを浮かべてバズへ問う。


「ああ、前の襲撃の際アルトの嬢ちゃんのおかげで皆助かったしな。ちょうどクルマも手に入ったし報酬上乗せすればいいんじゃね?と」

「あ、ああなるほど……でも、こんな簡単にクルマもらってもいいんですか? 花占いしたりとかしなくて」


 気が動転しているせいか思わず変な事を口走るアルト。
 少女にとってクルマとは、手に入れるのにひたすら難儀するモノという印象が前世の記憶から刷り込まれており。
 こんなタナボタとも青天の霹靂とも言える状態で手に入れてしまっていいのか、と混乱していた。


「もらっとけもらっとけ、こいつは操作も楽だし燃費もいいからな。台所事情にもやさしいぞ」


 そんな少女の様子に豪快に笑いながら背を叩き、バズは少女をバギーに向かって押し出す。
 押し出され、少女は無言でクルマを見詰める。
 オリーブグリーンに塗装し直されたソレは、かつての戦いで負った傷や汚れは全て拭い去られており。
 新品のような印象を少女に与えて。

 そっと、ボンネットに手を置きそこにあることを確かめるように手を滑らせ。
 にへ、と少女は笑みを浮かべた。




(続く)




 

【あとがき】

 オマケ『そのころのハスキー君』

 「なんだか、ご主人の寵愛奪うライバルが出てきた気がするんだワン」
 「…何やってんですかディックさん」
 「いや、修理工場に事情説明ないまま行ったアルトの嬢ちゃんを心配するワン公のアテレコを」


 台無しにしつつ18話終了、アルト念願のクルマを入手の巻。
 恐らく今までの話の中で最もバズさんが会話し活躍した回。

 アルトが手に入れたのはM151…マット、もしくはケネディジープの愛称で呼ばれる4輪駆動車です。
 また、先の襲撃から生き残ったうちのハンター2名(襲撃時最後までディックと共に抵抗し脱出作戦時にもアルトに同行してたハンター含む)もクルマを入手な話でした。
 
 下っ端口調ハンターさんも、チラホラ話に出てきます。しかし多分しばらく名前が出る事はない、不憫な。
 次回はアサノ=ガワに帰還した後のお話になります。



[13006] ex2話 『短編集なんだよね つー』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/07/04 23:02

 世間的に見ればほんの些細な事が、当人にしてみれば大事件で。

 当人にしてみれば些細な事が、世間的には大事件で。

 今回は、そんな日常の一幕である。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です EX02話
『短編集なんだよね つー』




【ナキスナとアサノ=ガワの位置関係とBSコントローラの重要性】


「…むぅ」


 とある日の、カール達とレーダーキャラバンとその護衛が逗留している宿屋のロビーにて。
 頭にバンダナを巻いたまないた少女、アルトがテーブルに広げた落書きが書かれた紙を前に腕組みし首を捻っていた。

 時折、こーしてあーしてと呟きながらペンを紙上に走らせブツブツと計算するも。
 やはりしっくり来る計算が出ず、今まで書いてた図や式に斜線を引く。

 アルトが何をしているかというと…。


「どうやっても、一週間…トラブルあっても十日間より早く着くはずなんだけどなぁ…」


 前世の記憶を元に、地名から推測した地図を作成しているのである。
 と言っても何に使うというものでもなく、ふと浮かんだ疑問を自己解決する為の暇つぶしのようなものなのだが。

 ちなみに、ハスキーは長時間構ってもらえてないせいか傍らの床に寝そべり不貞寝を実行している。


「アサノ=ガワ、て言うくらいだし。少し行った所に工場跡地が多いっていうからあそこは元金沢だと思うんだけど」


 腕を組みなおし、少女の体格には聊か大きい椅子の背もたれにもたれかかり。
 足をブラブラさせながら考え込む。

 そんな時であった。


「何か、料理の案でも煮詰まってるんですか?」


 アルトの背後から少女のソプラノボイスがかかり。
 ひょこ、と顔を出したアルトよりも2歳ほど年上の宿屋の看板娘が覗き込んでくる。


「ん? ああいや、そういうわけじゃないんだけど…」


 くりくりとした、好奇心旺盛な光を目に宿した瞳で見詰めながら問いかけてくる看板娘に。
 まさか前世からの記憶を元に地理関係を整理している、などと言うわけにもいかないアルトは言葉を濁す。

 そうしている内に、止める間もなく亜麻色の長い三つ編みが印象的な看板娘は机上の紙を覗き込んで。


「あ、これアサノ=ガワの位置間違ってますよー」

「…へ?」


 あっさりと言い放たれたその言葉に、アルトの目は点となる。
 そもそもの前提が崩されて呆然し。


「え、ちょっとまって。 アサノ=ガワって金沢じゃなかったの!?」


 大慌てで、アルトは看板娘へ問いかける。
 自分自身が口にしている、不自然な事まで気にする余裕は今の少女にはなかった。


「なんでも、そのカナザワって所は大破壊で人が住めなくなっちゃったから…」
「そこから移り住んだのがアサノ=ガワらしいですよ」


 えーと、と呟き思い出しながら答える看板娘。
 細かい事を気にしない性格のおかげか、今先ほどアルトが口にした不自然な事には気付いてないようで。


「この地図だと、ここがナキスナでアサノ=ガワはこの辺りですね」

「なるほどー…」


 看板娘が記したのはアサノ=ガワの位置と仮定していた場所から北東へ行った地点で。
 ナキスナは大体あっていた。


「でも、なんでこんな事してるんです? BSコントローラの地図機能で一発じゃないですか」

「……あ」


 今更、BSコントローラの重要性を理解したまないた少女であった。






【頑張ればペダルに足は届きます】


 コレは、アルトがクルマを手に入れた直後の話である。


「乗ってみても…いいです?」

「おう、乗ってみろ乗ってみろ」


 自分だけのクルマを手に入れた喜びを隠し切れず、満面の笑みを浮かべて少女はバズへ問いかけ。
 バズもそんな少女を微笑ましそうに見ながら試乗を勧める。

 その言葉を受け、気のせいか修理工場のメカニックからも暖かい視線を受けながらいそいそと運転席に少女は乗り込む。
 そして。


「………」

「どうしたー?」

「……前が見えません」


 めいっぱい調整し、シートに半座りの状態になる事でなんとかかんとかペダルとハンドルに手が届く状態で。
 しかし、背伸びしないと前が見えない。そんな状態のちんちくりんがそこに居た。

 その瞬間、気まずい沈黙が場に満ちて。


「……あー、サービスで調整しようか?」

「…頼む、やったってくれ」


 見るに見かねたメカニックがバズに提案し、沈痛な表情でその言葉に頷く。
 結局、アルトがマットを乗り回す事が出来たのは翌日の…。
 アサノ=ガワへ向けて出発する日からであった。






【お赤飯な日】


 唐突であるが、アルトは未だ『女の子の日』を迎えていない。
 そして、この栄養事情が芳しくない世界においてアルトぐらいの年齢でソレを迎えていないのは珍しくはなかった。

 しかし、一度も迎える事のない女性もまた稀であり…。


「……なんか、おなかいたい」


 ナキスナからアサノ=ガワへキャラバンを護衛しながら戻る途中の、野営の朝。
 女性用テントの中にて目を覚まし、むくりと起きたアルトがぽつりと呟いて。
 何か昨晩変なもの食べただろうか、いやしかしちゃんと前処理して料理したから問題ないはず。
 などと取り留めのない事をねぼけた頭で考えて。

 股間辺りに感じる水っぽい感覚に、急速に頭が覚醒し大慌てで毛布を捲り。
 硬直と絶句、そして。


「ほ……ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 テントどころか、野営所中に少女の悲鳴が響いた。







「ほら、コレをこうしておけば大丈夫だからね。 後しっかり綺麗にするんだよ」

「うぅ…はい」


 その後どうなった何が起こったと大騒ぎになり。
 ターニャの喝で静まった後、アルトはターニャの手でしっかりと処置を施されて。


「まったく…初めてで取り乱すにしても、アンタみたいな取り乱し方するのは初めて見たよ」

「うぅ…」


 呆れる恰幅の良い女性トレーダー、ターニャの言葉に反論もせずうつむく。
 自分の体から、怪我したわけでもないのに血が。それもかなりの量が出る光景を実際に体験した少女はいっぱいいっぱいであった。


「まぁ、なんであれ。しばらくは鈍痛が続くだろうから、トラックの中でゆっくりしてきな」


 かなりしんどいだろうしね、とカラカラ笑い慰めるようにアルトの肩を叩くターニャに。
 前世が男だった矜持が本日の出来事で勢いよく削れた少女は、力なく頷くのであった。

 なお、余談であるがマットはニコイチチャーフィーを駆るハンターに牽引される事になった。




(おしまい)




 

【あとがき】
 分類で言うと18.5話な短編集をお送りしました。
 主人公アルトにようやくきた二次性徴、周囲に頼りになる女性がいる状態できたのがせめてもの救いでした。

 今回微妙に影が薄いハスキー君ですが、次回はもっさり濃くなります。主に愛玩動物として。

 なお、アルトの身長ですが…140cmちょっとのつるぺたすとーんです。体重も軽め。
 イメージでいうと、某こなたさんくらいのちんまさ。膝の上に乗せるのにちょうどよい大きさです。

※2010/07/04 吟持を矜持に修正。



[13006] 19話 『甘味を所望するんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/06/27 16:03

 甘味、またの名をスイーツ。

 ソレは、一部例外を除き大多数の人物が好む味覚の一つである。

 それ故に『大破壊』前の世界ではさまざまな種類の甘味菓子が作られ、更に日々新製品や新作菓子料理が作り出されていた。

 …が、今現在においては手の込んだ甘味という存在は皆無であった。

 

 
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 19話
『甘味を所望するんだよね』




 アサノ=ガワ郊外に広がる荒野。
 その中に無数に存在する小高い丘の一つに、バギー…マットは停まっていた。

 少女は真剣な表情で、ボルトアクションライフルの照準を。
 ターゲットである空を待っている鉄砲鳥達へ向け、発砲。
 一拍遅れて銃弾が撃ち込まれた鉄砲鳥が地面へ落下を始める。

 襲撃を受けている事に気付いた鉄砲鳥達は騒然とし、散り散りに飛び去ろうとするも。
 いつものように、排莢、再装填を速やかに終えて少女が二発目を発砲。

 しかし、二射目はターゲットに当たる事なくその身を空の彼方へ消え。
 『集中』を乱した要因を忌々しく思いながら排莢、再装填するも。
 目標達は既に飛び去った後で。


「……しくじったなぁ」


 ライフルのサイトから目を離し、溜息と共にライフルを助手席へ立てかける。
 そんな少女を、狙撃の間周囲警戒に徹していた愛犬のハスキーが心配そうに見上げる。
 その体には幾つもの銃弾の跡がついたボディアーマーを身に纏っており、背には多銃身のバルカン砲を搭載しているが…。
 主人を気遣うように鼻でキュゥン、と鳴くその姿はどこにでも居る犬のような錯覚を与える。


「あ、ごめんね。 確保お願い」


 愛犬の視線と声に気付き、慌てて撃ち落した鉄砲鳥の確保をハスキーへ頼み。
 少女は自らのお腹、お臍の下辺りに手を当てて溜息を吐く。


「…この、微妙に集中できない痛みはなんとかならないのかなぁ」


 女の子の日が到来し、アサノ=ガワへ戻ってから早三ヶ月。
 数えて4回目の憂鬱な期間をアルトは迎えていた。

 幸いにしてベッドから起き上がるのも辛い、というほどではないにしろ。
 日常生活や仕事の邪魔をする程度には、その症状に少女は悩まされていた。











「……ご苦労さん。しかし…大丈夫か?」

「…なんとか」


 いつもの時間よりも若干遅かったものの、予定分の納入を騾馬亭のマスターは確認し。
 眉毛をハの字にした小柄な少女を珍しく気遣うような口調を見せる。

 しかしコレには裏があり。


「…本当に大丈夫だろうな? 前みたいに『ムシャクシャしてやった、今は反省している』はナシだぞ」

「……う」


 何の事はない、憂鬱になっている期間のアルトに行き過ぎたちょっかいをかけた酔っ払いが。
 表情を消したアルトに泣くまでお盆で殴られる事件が発生したのである。

 その時はその場に居た客の大半が、アレはしょうがない。と理解を示したとは言え。
 今後も理解を得られる保証などゼロに等しく、マスターとしては避けたい事態であった。

 しょんぼり、と俯く少女。主を気遣うように少女の頬を舐め物騒な視線をマスターへ向ける大型犬。


「……まぁ、お前さんには色々世話になってるから多少の揉め事は構わんのだがな」
 

 そんな1人と1匹の姿に溜息を吐いて。


「…とりあえず、今日は臨時のウェイトレス雇うからゆっくり休んでおけ」


 本日の仕入れ品の代金とウェイトレス代の入った袋を少女へ渡す。
 マスターの意図が読めず、両手に代金の入った袋を入ったまま見上げて首を傾げるアルト。


「…有給休暇というヤツだ」


 ハンターオフィスの真似事だがな、と言い残し踵を返して店に戻るマスター。
 30を過ぎた渋い男が見せたその姿に。


「……つんでれ?」
「ワッフ」


 思わず愛犬に顔を向けてそんな事を口にし。
 知らない、とばかりにハスキーは一声鳴いた。


 ともあれ、休日になったからにはこの場に留まり続ける理由もなく。
 少女は自宅へ戻り…。


「ほら、ハスキーくん暴れちゃダメだよー」

「わっふん!」


 昨晩の残り湯を使い愛犬の丸洗いを少女は開始。
 全身をまさぐられ洗われる気持ちよさと、頭から水をかけられる不快感とでイヤイヤと頭を振るも。
 そんな事関係ないとばかりに、頭から背中にのど元。お腹に前足後ろ足の裏側とワシャワシャと洗っていく。
 アルト自身、口元にニマニマと笑みを浮かべて楽しんでやっているのは内緒である。

 そしてハスキーの抵抗が弱まり、全身が程よく洗い終わったところで水をかけて泡と浮いた汚れを洗い流す。
 動物用シャンプー、なんていう洒落たモノがなく少女が普段から使っている石鹸で念入りに洗われた為。
 普段は凛々しい姿も見せる少女の愛犬は、どこかぐったりとしている。


「まったく…暴れるからボクもびしょ濡れじゃんか」


 ブツブツ言いながら、シャツ一枚のみだった上を脱ぐ少女。
 この時彼…ハスキーが人語を話せるならばこう抗議したであろう。
『だったら、もう少し優しく洗って下さい』 と。
 しかし、彼は人語を話す事はない…何故ならば生体改造を施されたとは言え犬だから。

 それが、ちょっとした悲劇と喜劇を生んだ。


「ぅぅ…なんだか少し胸も張ってきたような……」


 下着までハスキー洗いでびしょぬれになったのか、パンツと…その内側につけていた清潔だった布を分け。
 それぞれ洗濯物入れと汚物入れへ入れながら、かつて真っ平らであったが今はほんの僅かであるが膨らみを見せる胸に手を当てため息を吐く少女。

 憂鬱な期間の重なりと、変わっていく自分の体への戸惑い。
 ソレに没頭していた少女は、ゆらりと立ち上がり不穏な気配を見せる目の前の愛犬に気付いてなかった。

 結果。


「わきゃぁ?!」


 全長だけで言えば主人である少女よりも大きいハスキー。
 そんな大型犬に為す術もなく押し倒され。


「わ、ちょ、ちょっと…あ、あははははははは!?」


 かつて主人に親愛の情を示すべく行い、やりすぎだと怒られた舐め回しを実行。
 お互い不幸だったのは、その行動を怒った事でハスキーが少女に対してコレが有効だと学習してしまった事であった。











 日が傾き、夕日がアサノ=ガワを照らす。
 働きに出ていた人達はおのおの帰宅、ないし酒場へ繰り出し。
 今からが本番の人達は気合を入れる、そんな時間。


「わぅー」

「わぅーー」

「きゅぅん…」


 申し訳なさそうに鳴くハスキー、それを無視する洗濯済みの服に着替えた少女。
 良くみればハスキーの頭にはたんこぶがいくつかあり。
 ハスキーに背中を向けそっぽを向いてる少女も、あんな所まで舐めるだなんて。とブツクサと小声で呟いている。

 そんななんとも言えない空気に満ちた中。
 ソレを破る人物が現れる。


「アルトちゃん、いるかいー?」


 ノックと共に返事を聞く間もなく家の扉を開けたのは…。
 かつてキャラバン護衛の際にさまざまな意味で世話になった恰幅の良い女性トレーダー、ターニャであった。


「ぇ、あ…いらっしゃいです」


 突然の来客に、ぼーっとしていた状態から思考を切り替える少女。


「急にやってきてごめんねー、入るよ」


 室内の微妙な空気に気付かず、気付いていたとしてもそんなそぶりを一切見せず。
 小包を小脇に抱えた中年の女性が室内へ入り、適当な椅子に腰掛ける。


「え、えーと…どうしたんです、急に」


 まだ状況に思考が追いついていない少女は、目の前の女性に問いかける。
 そんな少女に女性は小包を差し出し。


「アルトちゃんが、今『あの日』で苦しんでるって聞いてね。特効薬を持ってきたのさ」


 カラカラと笑いながら、開けてみなと少女に促すターニャ。
 少女は頭にハテナを浮かべながらゆっくりと包装を解き…。


「コレは…?」

「一つ騙されたと思って口に入れてみなさいな」


 包装を解いて出てきたのは、淡い琥珀色をした長方形に固められた何か。
 アルトは、他ならぬターニャの言葉にハテナを浮かべつつ。運搬途中で削れたと思われる欠片を手に取り、口に放り込む。
 そして、もごもごと口の中で転がし…目を見開く。


「…あみゃい」

「でしょ?」


 頬に手を当て、飴を転がすようにころころと舌の上で幸せそうに転がす少女を微笑ましそうに女性は見詰め。


「こっちだとあまり見ないかもだけど、違う地域から仕入れたアリのみつを固めたヤツさ」


 甘さにバラつきがあるから値段が安定しないのが難点さね、とターニャは肩をすくめ。
 アルトは事情に構う事なく、若干の酸っぱさの混じった甘味を幸せそうに味わっていた。



 アルトが幸せから帰ってきたのは、もう3個くらい欠片を口に放り込んでからであった。




(続く)




 

【あとがき】

 アルト、荒れ果てた世界で甘味に出会う。な話でした。
 マットくんはまだ微妙に影が薄いです、なんせ運搬戦闘要員だからしょうがないかもですけど。

 実は地味に、『あの日』のそのものズバリの呼称を避けてます。描写してたら同じやんけってツッコまれそうですけど。
 ちなみにハスキーの逆襲に関しては、かなりボカしましたので良い子も安心です。

 次回は、お土産な甘味を元にアルトの食いしん坊頭脳が活発化します。多分。




[13006] 20話 『スイーツの道も一歩から、だよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/07/04 23:04


 かつて起きた『大破壊』、全世界に破壊と混乱を振り撒いた忌まわしき不幸は…。

 同時に環境と気候の極端な変化をもたらし、作物の生育にも甚大な被害を与えた。

 潤沢な水源は干上がり大地は荒れ果て、ただでさえ『大破壊』で減少した人口は食糧難によって更に磨り減る事となり。

 人類という種の滅亡が秒読みに入りかけたその時、座して死ぬのを良しとしなかった人々の努力がようやく結実。

 ごく一部ではあるが、麦や芋などの生育に成功。味や品質という点にこそ難はあれども安全な食料の確保がようやく可能となった。 

 『大破壊』から10年、『大破壊』後初の人類の偉業とも言われている。



 
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 20話
『スイーツの道も一歩から、だよね』




 顔馴染みの熟女トレーダーから受け取ったお土産に、頬と頭のネジを緩ませたアルト。
 そんな少女がトレーダーを見送ってから最初にした事、ソレは。


「ふんふふーん♪」


 先程までの機嫌斜めだったテンションを大砲を打ち込まれたポリタンのごとく吹き飛ばし。
 鼻歌混じりに日々の手入れを欠かさない調理道具の中の片手鍋とヘラを取り出すと、鍋にお手製濾過器で精製した水を注ぎ。
 電熱調理器に片手鍋をセット、過熱を開始し。
 待つ事しばらく、そして沸騰を始めた水の中にお土産でもらったアリのみつの欠片を幾つか放り込み。
 それをヘラで掻き混ぜ始める。


「もうちょっと入れよっかなー」


 ツマミを調整し弱めつつ、欠片を放り込み煮詰めていく少女。
 やがて熱が若干かかっている状態でもとろみが出てきたのを確認し、調理器を止めて扇ぎながらヘラで掻き混ぜてゆく。
 そして、ふと…ハタ、と気付いた。


「…ぁー、そいえばパン切らしてた。まだ売ってくれるかなぁ」


 ヘラで掻き混ぜていた手を止めて窓から見える夕日を見、困ったように首を傾げ。
 とりあえず買いに行くだけ行って見よう、と結論づけて玄関へ向かう。


「わぅー……」


 家から出ようとするアルトを引き止めるかのように、小さく縮こまった大型犬が鳴き声をあげる。
 少女は振り返り、凛々しい顔をしょんぼりとさせている愛犬の様子に。


「しょうがないなぁ…もう、あんな事絶対にしたらダメだよ?」


 困ったような、しかしもう怒りは欠片も残ってない笑みを浮かべて愛犬に人差し指を立てて注意し。
 愛犬の短くもはっきりとした了解の意を示す鳴き声に満足そうに頷き、今度こそ玄関を出て行く。



 お世辞にも同世代の女子らに比べ、身長的にも体格的にも成長が乏しい少女が夕焼けに照らされる町の中を小走り気味に歩く。
 少女が目指すのは食料品を主に取り扱う雑貨店…ではなく。


「こんにちはー」


 宿屋を示す看板の横に、磨き上げられた歯車がかかっている大き目の宿屋であった。
 そんな、町に自宅があれば利用する事のない施設にアルトは慣れた様子で扉を潜り…。


「いらっしゃいませー♪ …ってなんだ、アルトじゃない」

「相変わらず手の平返し酷いよね」


 入り口カウンターを磨いていた、肩口で黒い髪を切り揃えた女性に客じゃない扱いをされた。
 そんな容赦のない、自分より4歳ほど上の女性をジト目でにらむ少女。


「だってアンタ、泊まらずに自慢のパンだけ買ってくじゃない」

「松の間のお風呂だけ使っていいなら毎日通うよ!」

「泊まれって言ってんのよこのまな板娘!」

「まな板とか言うな! 最近これでも膨らんできたんだ!!」


 喧々囂々やーやーわーわーと言い合いする事約10分間。


「……あーまったくもう、私より年下なんだから少しは素直になりなさいよ。 パンは一斤でいい?」

「……年上なら年上らしくもっと包容力を見せるべきだと思います。 うん、10Gだったよね」

「生憎、アンタみたいなちんちくりんに見せる包容力は無いの。 焼きすぎて余ったパンだから5Gでいいわよ」

「ちんちくりんとかまな板とか、人が地味に気にしてる事突き刺さないで下さい。 いいの?」

「気にしてる事言うから効果あるのよ…ってめんどくさいしやめようか」

「…そだね」


 ゆるゆると口ゲンカをしつつ本来の目的について話を進める女性と少女であったが。
 さすがに面倒になってきたのか、女性からの申し出によって引き分けに終わる。
 発端が発端だけに続けるのも馬鹿馬鹿しかったのもあるかもしれないが。


「このまま置いておいても硬くなっちゃうしね」

「そっか、じゃ今度から夕方に買いに来るね!」

「売り切れてても文句言わないならいいわよ」


 カウンターで頬杖をつきながら、さすがに多く焼きすぎたと苦笑する女性の言葉に。
 少女は満面の笑みを浮かべながら代金を支払い、今後もそうしようと口にするも。
 容赦ない正論に、そうだよね。と苦笑いを浮かべて頷いた。











「ただいまー」


 アレから更に日が暮れ、沈みそうな夕日を浴びながら帰宅した少女は。
 パンの入った包みをテーブルに置き、電熱調理器に乗せっぱなしだった鍋を覗き軽くヘラで掻き混ぜ…満足そうに頷き。
 今度は先程テーブルに置いた包みからパンを取り出し、包丁で1cmほどの厚さにスライスすると。
 ヘラを使い、鍋の中身をパンの表面に塗りたくり始める。


「ちょっと、塗りすぎたかな…ま、いいよね」


 端から垂れそうなくらい塗られたソレに少しやりすぎたかも、と思いつつ。
 ヘラを鍋に戻すと…ミツが塗られたパンに勢い良く齧り付く。

 そして、ゆっくりと口をもごもごさせながら咀嚼してから飲み込み。
 欠片を直接口の中で転がした時とはまた違う、濃縮されつつ甘すぎない適度な甘い蜜とパンのコンビネーションに幸せそうに笑みを浮かべ。
 あーん、と行儀悪くも大きく口を開けて二口目に齧り付こうとして。

 じぃ、と物欲しげに見詰めてくる愛犬の視線に気付く。


「………欲しいの?」

「わぅふ!」


 アルトは手に持ったパンを指差してハスキーへ問いかけ、その問いに勢い良くハスキーは頷く。
 そんな食い意地の張った愛犬の様子を微笑ましく思いながら、犬に甘いものは大丈夫だったかな。と少しだけ少女は悩み。


「じゃぁ、半分こしようか」

「わぅ!」


 生体改造されてるし、あまり細かく考えなくても良いか。という結論に達しパンを半分に千切ってお皿に乗せ。
 お座りをして待っていたハスキーの前に置いてから『良し』と声をかける。


「……うん、あみゃい。美味しい」


 一瞬で与えた半分のパンを平らげるハスキーを尻目に、アルトはゆっくりとパンを味わう。
 そして。


「何か、コレ使ってお菓子作りたいなぁ」


 でも卵とかかなり高いんだよねぇ、と呟きながら最後の一口をパクつき咀嚼し飲み込んで。


「ケーキとかクッキーとか、食べたいなぁ…」


 アレもコレも全部足りないー、と八つ当たり気味に愛犬に抱き付いた。




(続く)




 

【あとがき】

 うん、すまない。
 ずっと、『矜持』の事を『吟持』だと思っていた。
 この恥ずかしさは、初めてのバイト代で買ったガスガンを構えて悦に浸ってる姿を親に見られた時並です。 死にたい。
 そんな顔から火どころかテッドファイヤー放射できそうな状態であとがきです。

 調べてびっくり、犬って甘味を感じる事できるのですね。だから犬用クッキーとか喜んで食べるのか。
 しかしこんな食生活送ってたら太りそうですよね、ハスキー君。

 今回はとても簡単にハニートースト的なモノに落ち着きましたが、アルトのスイーツタイムはまだ終わらない!
 初登場のアサノ=ガワの町の宿屋の娘さんも関わってくるのでお楽しみに!


 実は、アサノ=ガワの宿屋の娘さん初期の初期プロットにおけるヒロインだったのは内緒です。



[13006] 21話 『ケーキ的なサムシングを所望するんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/07/26 00:37

 『大破壊』以前の遺産、ソレらは今を生きる人類にとって欠かせない存在であるが。

 同時に扱いきれない遺産も存在する。

 それは扱い方が解らない電子機器や整備不可能な武器、危険過ぎる兵器。

 そして、存在しない。もしくは調達が困難な物を材料として記載している料理書である。



 
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 21話
『ケーキ的なサムシングを所望するんだよね』




 日々アリのみつをたっぷり塗ったパンを食べ有意義な期間を元気に過ごしていた少女が。
 書籍を適当に拾った本をつめてた本棚からその本を見つけた事は、幸運かはたまた不幸か。


「んー?」


 別の本を取り出そうとしたときに落としたソレを、屈んで拾う少女。
 題名は『自宅でも簡単スイーツクッキング』
 随分前にナップザックへ片っ端から放り込んだ書籍の一冊である。


「……そういえば、こんなのも拾ったなー」


 パラパラ、と少女は適当にページを開き中身を流し読みし。
 色褪せながらも少女の欲望に訴えかけるさまざまな写真に目を輝かせては、現実を思い出して落胆の溜息を吐く。

 クッキー、カップケーキ、ドーナツ。
 どれも砂糖に卵、牛乳が欠かせないお菓子であり。


「そんな簡単に手に入れば苦労しないっての」


 どのお菓子の材料にも自己主張してくるその三つに苛立ちが募り、八つ当たり気味にベッドに本を投げ出す。
 砂糖や牛乳は依然入手困難であり、卵は僅かに鶏を飼育している人物から購入が可能であるが非常に割高であった。

 彼女にとって不幸だったのは、それらを使用しない事を心掛けた書籍を入手できなかった事で。


「……んー?」


 彼女にとっての幸運は。
 砂糖も牛乳も卵も使用するが、前二つの使用率が少ない。ないし別なモノで代用利きそうなお菓子が偶然開かれたページに載っていた事であった。
 卵の使用割合の高さからすると不幸である、との見方も出来るが。

 少女はページを見て暫く悩み…。
 とあるお菓子が載ったページに印をつけて小脇に抱えると。
 冷蔵庫に大切に仕舞ってある瓶詰めの、一手間かけたアリのみつと残り少なくなってきた塊のアリのミツを手提げ袋に入れる。


「ハスキーくん、甘いもの食べに作りにいくから留守番お願い!」

「わ、わぅ?」


 欲望の光を隠す事なく瞳に宿し、愛犬へ声をかけるや否や家を飛び出してく。
 声をかけられた愛犬は主人の最近見慣れた豹変に若干戸惑いつつ、防犯とか色々と考えて。
 開きっぱなしの扉を閉めて内側から鍵をかけ、主人の匂いがするベッドの上で丸くなることにした。











「というわけで協力をお願いしたいのだけど」

「順序立てて話しなさいよ」


 所変わって銀の歯車亭。
 息せき切って駆け込んできたまな板娘にジト目を向けながら、溜息と共に宿屋の娘が突っ込みを入れる。


「ああ、ごめんごめん。 卵たっぷり使って甘いお菓子作らない?」

「卵たっぷりって……て、どんなの作るつもりか知らないけど。 それだけで甘くなるわけないじゃないの」


 甘いお菓子、という言葉に少しぐらつきながらも呆れた顔で腕を組む看板娘。
 その際に強調される形となった大きな胸にアルトは妬みの視線を向けつつ、説得する為のカードを一つ切る。


「シェーラだと間違いなくそう言うと思って、こんなの用意してきたよ。騙されたと思って舐めてみて」

「ふーん? 色からするとアリのみつみたいだけど、そんなに自信あるんだ」


 こと、とカウンターの上におかれたその瓶に視線を移し感想を口にしながら。
 シェーラと呼ばれた看板娘は瓶の蓋を開け、濃い琥珀色の液体を指で掬って口へ運ぶと。
 無言のまま、二回目の味見をしようともう一度指で掬おうとするも。 

 それよりも早く、アルトの手によって瓶を横へスライドさせられてしまう。


「…アンタ、こんなのどうやって手に入れたのよ。酸っぱさほとんど消えてるじゃない」

「企業秘密です」


 舐めた事のあるアリのみつよりも、遥かに甘く酸っぱさの無いソレに確かな驚きと共にシェーラは目の前の少女へ問いかけ。
 その問いかけに、アルトは僅かに膨らんだ胸を張り自信を持って応える。


「…教える気はないみたいね、まぁいいわ。 甘いのは解決したとしてもアンタ作り方知ってんの?」

「ソレについても抜かりはないよ」


 シェーラの警戒を一つ崩し、目的に近付いた事に笑みを浮かべそうなのを我慢しながら。
 小脇に抱えていた一冊の本をカウンターの上に置いてとあるページを開く。


「……なるほど、確かにコレなら作れそうだけど」


 開かれたページの材料に注目し、同時に使わないといけない卵の量に溜息を吐くシェーラ。
 その様子にもう一押しだと確信し、アルトは両手を合わせて拝むようにお願いする。

 考える事数分、そして。


「うちで使う分もあるから、そんなに量作れないと思うけど。それでもいいのならね」


 看板娘は、まな板娘の協力者となる事を選んだ。











「オーブンの余熱始めたけど、次に何すればいいの?」


 場所は変わり、ここは銀の歯車亭の厨房。 
 デフォルメされた戦車が縫い付けられたエプロンを纏ったシェーラが、指示を聞く。


「えっと、まずは黄身と卵白を分離させて別々の容器に入れるんだけど…コレはボクがやるね」

「え、ちょ、ちょっと。アンタ卵割った事ないのに何無謀な…!」


 首輪つきのふさふさしたけものが縫い付けられたエプロンを付けたアルトが、書籍を確認しながら工程を読み上げ。
 なんとか確保できた四つの卵の内一つを手に取り、シェーラの制止を聞く前に綺麗に中身を容器へ入れる。


「? 何?」

「…アタシでも、最初何回か失敗したのに……アンタ本当に卵使うの初めてなの?」

「え? うん、そうだよ。 あ、コレ削ってもらっていい?」


 そしてシェーラの制止に振り向き、スプーンで黄身を別の容器へ移しながら首を傾げるアルト。
 そんな少女の様子にうめく様に呟いたシェーラの言葉に、しまったと思いながら曖昧な笑みを浮かべて誤魔化しながらアリのみつの塊をシェーラへ渡す。


「わかった、量はどのくらい?」

「とりあえず100gくらいお願いー」

「結構量多いわね……この後も体力仕事ある?」

「んー…」


 指示された量にげんなりとした表情を浮かべるシェーラに、レシピを見ながら思考するアルト。


「…うん、泡立てたりするから結構あるね」

「そっか、じゃあちょっと手伝い呼んでもいい?」

「? いいけど、心当たりあるの?」


 アルトの言葉に予想通りだったのかあまりショックを見せず、シェーラは一つ提案をし。
 自分も楽ができるなら、とアルトはシェーラの言葉に了承を示す。


「ふふふ、ちょっと待ってて」


 にんまり、と笑みを浮かべ厨房を出て行くシェーラ。
 そして待つ事少し。


「ども、手伝いに来たっすー。ってアルトちゃんじゃないっすか」


 エプロンを纏い厨房に入ってきたのは、前の護衛仕事で一緒になった特徴的な口調の若手ハンターだった。


「えへへ、驚いたでしょ? うちの常連さんで色々と手伝ってくれてるの」

「そりゃもう、シェーラさんの頼みなら火の中水の中っすよ!」


 若手ハンターの後ろからひょこ、と顔を出し悪戯っぽく笑みを浮かべるシェーラ。
 そんな女性の言葉に若干鼻の下を伸ばしながら、元気よく自己主張する若手ハンター。
 

「…男ってヤツぁ…」

「何か言ったっすか?」

「いやなんでも、早速で悪いけどこれを100gぐらい削ってもらってもいいです?」

「了解っす」


 結構整った顔立ちに大きな胸、そんな看板娘に惚れているのを見事に利用されてる若手ハンターを不憫に思いながら。
 とりあえず本人も望んでいるし良いか、と結論を出し早速力仕事を任せる。


「アルト、このあとどんな作業が続くの?」

「えーっと…ソレ削ったら。削った半分を卵白の容器に入れて。角が立つまでひたすら泡立てだねー」

「え?」


 ごりごり、とアリのみつの塊を削りながら若手ハンターが2人のほうを見る。


「その後は?」

「残ったもう半分の削ったヤツを入れてひたすら摺り混ぜたあとに、瓶に入れたアリのみつを入れて掻き混ぜだねー」

「え? え?」


 作業している内に自分の仕事が更に増えていっている予感を感じる若手ハンター。
 そして。


「とりあえずそこまでいけば後は楽チンだよ、宜しく!」

「頑張ってね♪」


 頑張れ、と親指立てるまな板少女と。わかってて連れてきた張本人であるシェーラの言葉に。


「ちくしょう……」


 訓練された下っ端若手ハンターは、これからコキ使われる事を確信して。


「チクしょぉぉーーーーーーーーっす!」


 厨房の中心で嘆きの叫びをあげた。




(続く)




 

【あとがき】

 遅くなって、その、なんだ。すまない。
 しかも、甘いもの完成は次回という事態に。 思ったよりも宿屋娘とアルトが動いて分割する事になりました。
 既に何作ってるのかなんとなーく解ってる方もいそうだけど、もう少しお待ち下さい。

 そして久しぶりに登場の下っ端口調ハンターさん。
 宿屋の常連、というなの看板娘さんの色香にホイホイ釣られた哀れな男です。でも役得もあるというラッキースケベ。

 次回で第一部的に一区切りし、22話投稿時点でその他板へ引っ越そうと思います。
 その後の展開がどうなるかについては、お楽しみに。

※表示を21話に修正、今更気付いたという。



[13006] 22話 『夢と苦労が膨らむんだよね』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/07/26 00:38


 食事、ソレは人類モンスター問わず命を繋ぐ為に必須の行為で。

 同時に、どれだけ汚染されていても他に食料が無ければソレしか選択肢が無いという状態。

 今『大破壊』後の荒野を生きる人々にとって食事とは栄養補給の手段であり。

 『食』というモノに娯楽を見出せるのは、一般よりも高い稼ぎを得る事が出来るハンターや町の権力者に限られていた。



 
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど、私は元気です 22話
『夢と苦労が膨らむんだよね』




 少し日が傾き始めた夕暮れ一歩手前な昼下がり。
 まな板娘と看板娘と、コキ使われ精魂尽き果てた下っ端ハンターの3人は今。


「甘い…幸せ…」

「うん、コレは……」


 訂正、まな板娘と看板娘の2人は。
 焼きあがった、茶色の焼き面と小金色の生地を持つ焼き菓子をほおばっていた。


「パンとはまた一風違った食感と贅沢な甘さがいい感じね。カステラって言うんだっけ?」

「むぐ…うん、そうだよ。思ったよりもふんわりといかなかったけど」


 自らの店で出す場合のコストを試算しながら、まるで小動物のように一心不乱にパクつく目の前のまな板娘に問いかける看板娘。
 アルトは急な問いかけに喉を詰まらせそうになりながら飲み込み、頷いて答え。
 そうなんだ、と呟きつつ看板娘は先程から静かな下っ端ハンターへと視線を向ける。


「…腕に力が入らねぇっす」

「アンタ、ハンター稼業やってんのにそんな貧弱でどうするの?」

「ハンターはクルマ動かすのが仕事だから体力は二の次っす!」

「そんな事言ってるから、何時まで経っても半人前扱いなのよ」


 まな板娘の目の前で始まる、言葉の応酬。
 しかし、どこか感じる違和感にカステラを頬張りながら首を傾げるアルト。


「というわけで、シェーラさんに食べさせてもらいたいっす」

「?! ば、バカ! アンタいきなり何言ってんのよ!」


 急遽飛び出す下っ端ハンターの爆弾発言、ソレに虚を突かれたのか顔を真っ赤にしどもる看板娘。
 なんだか、妙に居心地が悪いように感じるアルト。


「俺今回頑張ったじゃないっすか、だから報酬っすよ報酬」

「…わかったわよ、但しあくまで今回のお礼だからね!?」


 口の中のカステラが、別の意味で甘ったるく感じるアルト。
 同時に、下っ端口調のハンターが色気と下心で便利に使われていたわけではない事を理解し彼への認識を改め。



「…あのーお2人さん、一応ボクもいるんだけど」

「…これまた失礼しましたっす」

「あ、い、いや違うのよ。別に普段からこういうことしてるわけじゃ…!」


 とりあえず、目の前で嫉妬心が沸き起こりそうな光景を作り出される事を自己主張する事で阻止するアルト。
 その発言に下っ端ハンターは気まずそうに曖昧な笑みを浮かべ、シェーラは顔を真っ赤にし行動を否定する。 

 そんな2人を見て思わず溜息を吐きながらとある事がアルトの頭をよぎる。
 果たして自分は、美人な看板娘にデレられていた下っ端ハンターか。若くしてクルマを手に入れた将来有望なハンターと仲の良い看板娘。
 どちらに嫉妬しそうになったのだろう、と。


「し、しかしまぁ。美味しいんだけどちょっとコストが高いかな、コレは」


 まな板娘の微妙な視線を疑惑の眼差しと勘違いした看板娘は場の空気を変えようとカステラをフォークで切り分けて一口頬張り。
 地味に野望が頓挫した下っ端ハンターも、腕に力が入らないのは本当なのか少しやりにくそうにしながらカステラを頬張り始める。


「大規模な養鶏場とか出来たらなぁ、卵とかも安く手に入るんだろうけど…」

「無いものねだりしても始まらないわよ」


 最近口癖のようになってきたアルトのないものねだりに、苦笑いを浮かべながら諭すシェーラ。
 その言葉に憮然としながらも同意を示し、気が付けば最後の一欠けとなったカステラを頬張り。味わって飲み込むアルト。


「それにアンタ、あるもの使ってなんでも美味しく仕上げちゃうじゃない。お店とか開けば結構稼げるわよ?」

「お店、かぁ……」


 行儀悪くフォークで指してくるシェーラの言葉に。
 ぼんやりと、呟く少女であった。











 解散し帰宅、いつもの酒場仕事を終えた少女は。
 ドラム缶風呂に身を浸し、一日の疲れを文字通り洗い流していた。


「はふー」


 蕩けそうな息を吐き出しながら、熱い湯を堪能する少女。
 狩りや仕事で悩まされる小柄な体も、お風呂に入るこの瞬間だけはゆったりと入れる為ありがたく感じており。
 なんとなく、風呂に入ったままぼんやりと星が瞬く夜空を見上げる。


「お店、かぁ」


 昼下がり、銀の歯車亭でシェーラに言われた言葉をもう一度思い返し呟くアルト。
 トレーダーの護衛の仕事の時に何となく思った事はあったが、実は今まで真面目に考えた事は無かった。
 自らが作った料理を褒められれば嬉しいのは勿論だが。
 そもそも少女にとって料理とは、突き詰めれば自らの舌を満足させる為の手段でしかなかったのだ。


「もし、ボクが持つとしたら」


 ざばぁ、と細くしなやかな両腕を風呂に入ったまま上にのばし伸びをしながら。
 根拠の無い未来絵図を思い描き。

 現状でメニューとして出せる商品の少なさに愕然とする。


「…ハンバーグと焼き鳥とカステラ、あ。後モツ煮込みもあるけど…」


 他は普通の料理で補うにしても、ちょっとあんまりな状態に気付くアルト。
 店を持つ、という野望は後回しにするにしても。


「もうちょっと、色々とあちこちの町を回ってみようかなぁ」


 護衛役のハスキーと愛車となったマットを思い、とりあえずごろつきに絡まれても逃げるのに差し支えは無いだろうとも思考し。
 先々で許可が出たら屋台の真似事するのもいいかな、などとも思い。


「念のため計画書とか作っておこうかな」

 そんな事を呟きながら、気が付けばのぼせそうになっている自分に気付いてドラム缶風呂から上がり。
 少女はすのこの上で湯気が立つ女性らしい丸みを帯び始めた体を洗い始める。


「テロ貝とか、見た事ないけどきっと美味しいんだろうなぁ…ウニガンとか。ロードランナーの足とかも美味しそうだよなぁ」


 あちこちのバイオニック、そして食材を思いながら石鹸を泡立てて体を洗う。
 色気が出始めた体の割りに、口走っている事は色気がゼロな少女であった。


「ま、なんであれ……」


 ドラム缶風呂から桶で掬ったお湯で、ざばぁ。と体の泡を洗い流し丁寧に長く黒い髪を洗い始め。


「明日、カールさんかターニャさんに相談しよっと」


 細かい事は後から決めよう、と行き当たりばったりな結論を出し髪の泡を洗い流した。











 同時刻、アルトが自宅のお風呂でとりあえずの結論を出した頃。
 銀の歯車亭の食堂では。


「しっかし、不思議なもんっすねぇ」

「何が?」


 遅い晩御飯と同時にぶっとびハイを味わいながら、下っ端口調ハンターがしみじみと呟き看板娘が聞き返す。


「いや、甘いもんって俺ん家だと当たり前だったんすよ」

「……アンタって、お金持ちのボンボンだったの?」


 さらり、と言い放つ下っ端ハンターの言葉を嫌味に感じたのか剣呑な視線を返す看板娘。
 そんな状況に、失言に気付いた下っ端ハンターは慌て。


「い、いやそういう意味で言ったんじゃないっす! 俺ん家麦から酒造ってたんすよ!」

「酒造所って、どっちにせよ貧乏ではないじゃないの。で?」


 大慌てな下っ端ハンターに溜息を吐き、看板娘は続きを促す。


「俺も理屈とかサッパリっすけど麦から甘いのが造れるんす、でうちだと何かあるととりあえずソレ食ってろって言われてたんすよ」

「……ねぇ」


 本人はなんでもないことのように思っているのかうんざりとした顔で溜息を吐き。
 そんな有り難味の解っていない男の様子に、顔を俯かせながら看板娘が呟く。


「何っすか?」

「一発殴っても良いかしら?」

「な、なんでっすかぁー!?」


 にこやかに物騒な宣告をする看板娘に、表情を引きつらせて叫ぶ下っ端ハンター。
 そして、アサノ=ガワの夜空に。



 鈍い打撃音と下っ端っぽい叫び声が響いた。




(続く)




 

【あとがき】

 青い鳥(甘い物)は実はすぐそこにあったんだ。
 そんな22話でした、真実を知らないアルト涙目。
 そして2話続けて下っ端オチ、便利だけど今後は使用を控えます。

 次回からはぶらり旅であちこちをうろつく第二部の食い倒れ修行編が始まります。
 でもたまに帰ってきます、だって家があるから。

 そして、一応今回で第一部の模索編とも言える一つのプロットの区切りとなりますので。
 試験をかねてその他板への進出をします、船出です。Uシャークとかに遭遇しないかびくびくです。



[13006] 2-00話 『第二部予告:流れ流れるまな板娘』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/09/04 22:39

 荒廃し秩序が崩壊したこの世界において、個人で長距離を移動する事は自殺行為とされており。

 ハンター、トレーダー関係なく信頼の置ける仲間や家族とグループを組み旅をする事が通例となっている。

 では、それらの例から外れる町から町へ移動するトレーダーにくっついて仕事をしつつ旅をするとある少女がどう言う扱いかと言うと。

 人畜無害な珍獣扱い、とするのが最も適切とされるかもしれない。



 
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 予告編
『流れ流れるまな板娘』




 いつも通りアサノ=ガワの町を沈み始めた夕日が赤く染め。
 今日を生き延び稼ぎを手にしたハンターが驚愕の騾馬亭の扉を開ければ、そこには既に喧騒が満ちており。
 その中に顔馴染みが集まるテーブルを見つけ声をかけながら空いた席へ腰掛ける。

 男は近くを通りがかったウェイトレスへ酒と食事を注文し。
 さり気なくその魅力的なお尻へ手を伸ばそうとし、気付いたウェイトレスに白い目で見られおずおずと手を引っ込める。。


「下手クソが、もっと手際よくやりやがれ」

「うるせぇ」


 一連の流れをしっかりと目撃したハンターの顔馴染み達はゲラゲラ笑いながら男を馬鹿にし。
 笑われた男は不機嫌そうに顔馴染み達を半眼で睨み付ける。


「でもまぁ運が良かったなお前、前のウェイトレスん時は機嫌悪いとトレイで意識刈り取りに来たしな」

「んだな、アレは今思い出しても恐ろしい」

「…なんだそれ?」


 ヒゲ面の男が何かを思い出したのか少し遠い目をしながら語り、その言葉に隣に座っていた男が同意するように頷く。
 件の人物との面識がないハンターは胡散臭そうに2人を見ながら、酒の肴くらいの気持ちで問いかける。


「そういえばお前あの娘が居なくなってからこっちに流れてきたんだっけか、あー…何と言えばいいんだろうな。あの娘」

「そうだなー…見てる分には面白くて美味しい珍獣、か?」

「……ワケわかんねぇ」


 男達の言葉に件の人物の概要が浮かばないハンターは溜息を吐き、届いたバリバリソーダを喉へ流し込むと。
 ぬめいもハンバーグをフォークで適当に切り口の中へ放り込む。


「俺ぁ泣いて謝っても無表情で殴り続けてくるあの娘に、おたずねものレベルのおっかなさ感じたね」

「お前さんの自業自得極まりねぇけど、その意見には俺も同意だな」


 テーブルを挟んだ向かい側の屈強な男の言葉に、ハンターは全身筋肉に覆われた屈強な女ソルジャーのようなウェイトレスを思い浮かべ。
 自らの想像にげんなりしつつも酒とぬめいもハンバーグを味わい、噛み締めるたびに口内に広がる肉汁に舌鼓を打つ。


「お前も、よくそんな娘の尻触ろうなんて思ったな」

「勿論からかい半分さ、俺の趣味はボンキュッボンだからな」


 冗談半分でやったらエライ目に遭った、と大笑いするヒゲ面の男。
 その発言にそうだよな、とつられるように笑うハンター。

 お互いが頭に描いている女性像は全く別であったが、不幸にもこの場にその事に気付き指摘するような人物はいなかった。








「へっくし」


 ジープの運転席で大きくクシャミをする、長い黒髪を持つ少女。
 そんな少女の様子を、背もたれを倒した助手席で伏せていた飼い犬と思しき大型犬が心配そうに見上げる。
 

「ん…大丈夫だよ」


 体調管理もうちょっと気をつけないと、などと考えながら愛犬を優しく撫でる少女。
 かつては幼児体形と称するのが正しかったその体は、一年前に比べ幾分かは女性らしい体つきへと成長していた。
 

「今日は毛布一枚余分に使おうかなー」

「わふん」


 ひっついて移動しているトレーダーのトラックに近付きすぎず、離れないように運転しながら呟く少女。
 そんな飼い主に、寒ければ自分がひっつくのにと言いたげな愛犬が不満そうに鳴き声を漏らす。

 生まれ育った町を離れ、馴染みのトレーダーにひっついてあちらこちらを旅してきた少女と愛犬。
 そんな1人と1匹が新たに訪れた町で騒動に巻き込まれるのは、一ヵ月後の事であった。




(続く)




 

【あとがき】

 プロットがまとまりましたので、生存報告とあわせて予告編を投稿させて頂きました。
 次回から、まな板娘とわんこの新たな珍騒動が始まります。

 …うん、町から町へ旅をして~。という流れだとプロットがまとまらなかったんです、期待を裏切る形になって申し訳ありません。
 連載再開は9月上旬ごろには行いたいと思います。


 ここから下は本編とは無縁ですが…。
 メタルマックス3買いました、プレイしました、クリアしました。
 大満足でした。
 



[13006] 2-01話 『ながされた結果がこれだよ!』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/09/04 22:41

 『その地域』は、付近を狩場としているハンターやソルジャーでも滅多に近付かないエリアだった。

 地の果てまで広がる、脆弱な人類を拒絶するかのような過酷な砂の大地。
 遮るものなく天上から襲いくる強烈な日の光。
 付近のモンスターなぞ比べ物にならないくらいに、凶暴かつ強力なバイオニックに暴走マシーン。

 命知らずなハンターですら恐れ。
 一握りの凄腕、と称されるハンターですら生還できる見込みが薄い地獄。

 しかし、同時にそれを差し引いてでも…。
 その地域でしか遭遇できないマシーンの残骸、そして砂漠に眠るかつての軍事基地や兵器。
 それらが齎す富の誘惑は大きかった。

 ある時、1人のハンターが提案した。
「トレーダーのように大人数でチームを組み、現地で拠点を作って狩をしよう」 と。
 その発言を聞いた者達は提案を一笑に付し、バカバカしいと鼻で笑った。
 
 その時偶然居合わせた、数人のトレーダーを除いて。



 
荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 1話
『ながされた結果がこれだよ!』




「わー、どこまでも続く砂に強すぎる日差し。清々しいほどに砂漠だー♪」

「更に貴重な水源を狙うバイオニックもわんさかいますよ」

「…絶望した! 過酷すぎる環境に絶望したー!」


 暑そうにへばる大型犬を従えた、長い黒髪の少女がヤケクソ気味にくるくる回り。
 少女の言葉に合いの手を入れたトレーダーの言葉に頭を抱えて叫ぶ。


「アンタ達、遊んでないで設営手伝いな!」

「「はーい」」


 そんな2人の背後から恰幅の良い中年女性トレーダーが怒鳴り。
 青年は肩を竦め、少女は肩を落として返事をし設営へと取り掛かる。

 何故、お世辞にも屈強と言えないハンターの少女が他の百戦錬磨のハンターやソルジャーに混ざってこんな所にいるのか。
 話は一ヶ月ほど前にまで遡る。







「新しい町を作るぅ?」

「はい」


 夜の野営中のトレーダーキャンプ、手馴れた様子で大きな寸胴鍋をお玉でかき回していた少女がすっとんきょうな声をあげる。
 何を言ってるんだこの人、と物語っている視線を受けながら涼しい顔の青年トレーダーは言葉を続ける。


「地割れが広がっている地域から先へ進むと、強力な化け物が出るという話は知ってますよね?」

「うん」

「そこでは化け物の残骸は勿論、その地域に埋蔵されてる物品もかなり良いお金になるのですよ」

「なるほど」

「だから、ハンター達の拠点として町をつくろうかな。って」

「なにをいっているのかよくわかりません」


 にこやかにとんでもない事を言い放つトレーダー、カールの言葉に目が点になる少女ことアルト。
 そんな状態でもお鍋をかき回す手は止めず、時折調味料を適切に追加している。


「そんなに拒絶反応示さなくてもいいじゃないですか」

「だって、重戦車だけで編成されたハンターのチームが壊滅したって話が事欠かない場所じゃないかー!」


 肩を竦める青年の様子に、うがーと叫びかねない勢いで突っ込みをいれる少女。
 脇に伏せてた大型犬は主人の叫び声に耳をピン、と立てて周囲を見回す。

 しかしそんな少女の剣幕に青年は慌てる素振りも見せず。


「アルトさん、彼らは何故壊滅したと思いますか?」


 謎掛け気味に少女へと問いかける。
 予期せぬカールの言葉に、ほへ? と間の抜けた声を漏らしつつ少女は首を傾げ。


「モンスター達が強くて、しかも数が多いから。じゃないのですか?」

「半分正解です。強くてしかも数が多いから、弾も装甲タイルも尽きて壊滅したのです」

「? どこが違うのですか?」


 自信なさげに口にした言葉を頷いて肯定しながらも半分正解、と評する青年の意図が読めずに反対側に首を傾げるアルト。
 料理以外に関して、というよりも自分の興味がない事に関しては回転が鈍る目の前の少女に対して苦笑を浮かべ。
 カールは答えを告げる。


「弾と装甲タイルが尽きるまでは壊滅していないのですよ、コレは生還したハンター達の情報からの推測ですけどね」


 ですが、複数同種の話を確認したので信憑性は高いと思います。と続けるカールの言葉にようやくアルトも合点がいく。


「戦車の武装と装甲は十分その地域のモンスターに対抗できている、という事ですか?」

「そういう事です」


 にこり、と笑みを浮かべる青年トレーダー。
 しかし、確かに一つ心配の種は減ったがそれでも尽きる事はない少女は続けて問いかける。


「でも何もないところから砲弾やタイルは出てこないですし、拠点の防衛はどうするのですか?」

「その辺りの補給品はうちのトラックや、知り合いのトレーダーかまして運搬しますし。防衛戦力はうちの自費でハンター雇います」

「……物凄い赤字になりません?」


 今まで同行してきた旅で、堅実かつ確実に利益を上げてきた青年と思えない発言に驚く少女。


「まぁしばらくは赤字でしょうね、でもまぁトレーダーの皆の許可は下りましたし」

「下りたんだ…」


 いつも仏頂面でカールをしばしば怒鳴りつけている中年男性と、面倒見と恰幅の良い女性トレーダー。
 このトレーダーの中心的人物である2人も許可を出した事に更に驚きを見せる少女。


「元々あの辺りで狩を行いたいというハンターやソルジャーは多かったんですよ、ただ環境が許さないだけで」

「…その要望を満たしつつ、補給と物流をがっつり掴む?」

「その通りです」


 にんまり、とほくそ笑むという表現がぴったりの笑みを浮かべるカール。
 口には出してないが、更に色々とプランを考えているであろう目の前の腹が黒い青年トレーダーに溜息を吐く少女。

 この時までは少女はけして乗り気ではなかった。
 心から信頼できるトレーダーである彼らにひっついて旅をする以外選択肢がない以上、別れるという手段もまた存在していなかったが。


「アルトさんにも美味しい話はありますよ、言葉通りに」

「へ?」

「まぁ、コレを見て下さい」


 鍋を、よっこいしょ。と即席の竈から下ろして次の料理の工程に入ろうとした少女の手が止まり。
 カールから手渡された袋を、がさがさと開け……その目を見開く。


「か、か、カールさん……これはいったい?」

「その地域にあった『大破壊』前の施設から発見されたモノらしいです」


 青年の言葉を聞きながら震える手で、少女は袋の中身を取り出す。
 それは薄い透明のビニルに包まれた…上部が膨らんだ円柱状の柔らかい発泡スチロール容器。
 上蓋にはこうプリントされていた。
 『カップめん』と。


「その地域でしか入手できない食材もあるでしょうし、他の食材については提携したトレーダーに運搬させます」

「是非おともさせてください!」


 その瞬間の少女の即決ぶりを、後に青年はこう語る。
 いやー、まさかあそこまで食いついてくれるとは思いませんでした。と。







「よぅトレーダーの旦那、周囲の策敵と掃討は完了したぜ!」

「ああ、どうもありがとうございます。食事の用意が出来ているので交代して下さい」

「あいよ、しかし噂の嬢ちゃんのメシってのが楽しみだぜ!」


 ガハハハ、と豪快に笑いながらテンガロンハットを被り。ギターを背に担いだがっしりした男が即席の食堂へと入っていき。
 陣頭指揮を続ける青年の横を、今度は長身かつ筋骨隆々のさまざまな武装を担いだ男が通り過ぎようとして。


「ああバルデスさん、ロドリゲスさんにあまり無駄撃ちしないよう伝えて下さい」

「…了解した」


 私が言っても右から左ですから、と苦笑いする青年の言葉に。仏頂面の男が頷いて答える。
 そして、ふと何かを思い出したのか足を止め。


「…そういえば、この町の名前は決めてあるのか?」

「ええ、暫定ではありますけどね」


 テツノアナとか、ヘルゲートとか色々案は出ましたけどね。と呟き。


「サンタ・ポコ、と名づけようと思います」


 にこやかに、青年トレーダーは答えた。




(続く)




 

【あとがき】

 というわけで、微妙に題名を略しつつ第二部開始です。
 本作のバルデスとロドリゲスは悪事を働く前の綺麗な状態です、今後どうなるかはさておき。

 荒れ果てた大地の象徴、砂漠。そして闊歩する極悪モンスター。
 カップめんと食材に釣られてホイホイついてきたアルトの明日は何色だろう。

 多分虹色。



[13006] 2-02話 『1人だと忙しいからと3人に増えても、やっぱり忙しいというお話』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/09/13 22:31

 クライムカントリー北西に広がる広大な砂漠、の入り口に新しく興された町『サンタ・ポコ』
 その町の入り口付近、人の出入りが最も激しい商売をするのに適した場所にその店は存在する。

 朝は狩りへ出かけるハンターへの朝食と出先で食べる簡単な食事の販売。
 夜は狩りから戻ってきたハンターの胃袋と舌を満足させる食事の提供。

 二通りの営業方式で商売を行うその店は、食材買取及び下処理を行う提携トレーダーの協力もあり…。
 未だ娯楽に乏しいこの町において、食という重要な娯楽を提供する大事な店であった。

 そして、とある日の夜の事。


「店長ー! 亀シチューと血塗れトマト汁と鉄砲モツ煮込みと火炎ポークスープ、注文入りましたー!」

「見事なまでに汁尽くしだね!」


 ピンク色、という独特な色の長い髪をツインテールでまとめている少女が厨房をめまぐるしく動く小柄な少女へ注文内容を伝え。
 その注文内容にヤケクソ気味に突っ込みを入れながら…。


「カレンさん、まだ中身は大丈夫?」

「全部大丈夫だよ! だけどモツ煮込みはもう2人前くらいで終わりそうだね!」


 弱火で煮込まれている大型寸胴鍋をオタマでかき回す、鍛え抜かれた小麦色に日焼けした体の右足が義足の女性へ問いかけ。
 女性が中身を確認した上で少女へと返すと。


「了解、メイさんも留意しておいて! ゴネるお客さん居たらハスキーくん呼んでいいから!」

「了解ですー!」


 メイ、と呼ばれた忙しそうに店内を駆け回るツインテールの少女へと若干物騒な事を告げ。
 両手にお盆を持つ女性もその内容に突っ込みを入れる事なくひたすら職務へと励む。

 その様子は…まさに、戦場であった。


 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 2話
『1人だと忙しいからと3人に増えても、やっぱり忙しいというお話』




 最近まで少女1人で回されていた店に、新たに追加された女性2人。
 2人ともアルトの料理にほれ込み弟子入りした、という事はなく。
 店先、ないし店内に張り出されていたチラシを見て数分の簡単な面接のみで採用された従業員である。

 その時のチラシの内容が…。
『未経験者でも歓迎、やる気のある人大歓迎。誰か雇われてくれないと明日にも潰れるかもしれません。 食事つき、時間応相談』
 という辺り、その時少女がどれだけ切羽詰っていたか易に想像がつくであろう。

 そもそも、何故今まであちこちの町で屋台をほぼ1人で切り盛りしてきた少女が泣き言にしか見えないチラシを張り出したかと言うと。
 現在のサンタ・ポコの町が抱える娯楽の少なさと問題が根源に存在する。

 通常の生活拠点を求めて入植してきた人々によって出来た町と違い、狩りと探索における最前線として興された町の為。
 ハンター達の至高の贅沢商品であるインテリアショップや、夜の慰めの相手をしてくれる商売人が現状中々寄って来る事がなく。
 あるとすればいくつか出来てきた酒場か、少女が営業する食堂くらいという状態なのである。


 最も、少女の食堂が忙しい理由がまた。サンタ・ポコ周辺のモンスターから得られる食材によって確立された目新しく美味いメニューという辺り。
 半分は少女の自業自得と言えるかもしれない。


 ともあれ、そうやって新たな従業員を獲得する事をチラシを張り出してから雇用主ともいえるカールから事後承諾をもぎ取ったアルトであったが。
 張り出してすぐに2人希望者が出た事は、そろそろ倒れるかもしれないと思い始めた少女にとって僥倖であった。

 1人は狩りの際、長年の戦友である仲間と右足を失い義足となったレスラーの女性。
 もう1人は、見習い砲弾職人であるがゆえに給料が雀の涙のアーティストの少女である。









「邪魔するよ、このチラシの事で話があるんだけど。今大丈夫かい?」

「すいません、今準備ち………ささどうぞどうぞ! こちらへおかけになってください!」


 朝から昼にかけての一仕事を終え、夕方へ向けての準備を少女が1人店内で行っていた所。
 CLOSE、と札が下げられた戸を開け入ってきた女性と思しき人影に少女が申し訳なさそうに断りを入れようとし…。
 次の瞬間女性が手に持つチラシが何かを理解、今行っている仕込が中断して大丈夫と判断。
 速やかに手を洗うと、あわただしい足音と共に食事用スペースへと駆け込み女性が座りやすいよう椅子を引いて案内する。


「あ、ああ……」


 自分よりも小さい、ともすれば子供と見間違いそうな身長の少女の剣幕に気圧されながら褐色の肌を持つ女性は頷き。
 右の義足を引きずるように椅子へと近付き、腰をおろす。

 テンションが上がりつつも少女もその様子に気付きはするも。
 とりあえず後回しにする事にしたのか言及することなくテーブルの向かい側へと座ると…。


「まずはお名前と料理経験と志望動機をお願いします!」


 にこやかに、しかし立て続けに女性へと問いかけを発する。
 見る人が見ればアルトが必死なのが切に伝わる状態であるが、この店に来た事がなく初対面な女性にソレが解るはずもなく。
 足の様子に気付いた素振りを見せつつも気にする様子を見せない少女に、ただ外見と口調だけではないのかね? と少し警戒を強める。


「名前はカレン、料理経験は適当に焼いたり煮る程度。志望動機はー…狩りでドジってね、片足をオシャカにしちまったのさ」


 エナジーカプセルでもダメだったわと続け、自嘲気味に肩を竦める女性。。
 この時、女性の内心は…既に馴染みの酒場の時と同じように片足が不自由なのを理由に断られるであろう。と暗澹たる気持ちであった。


「ふむ、んー……カレンさん。辛いモノは辛いと、酸っぱいモノは酸っぱいと感じますか?」

「へ? あ、ああ」


 他の店同様、形だけの同情を見せて断る。と思いきや考え込む仕草と意図の読めない質問をぶつけてくる少女に。
 思わず間抜けな声を出しつつも、カレンはその質問に呆けた顔のまま頷く。


「じゃあ採用です、内容はボクが逐次教えるので今日の夕方から来て下さい」

「へ?」


 自らの中で結論を出したのか、満足げに頷きながら告げる少女の言葉に再度ぽかんとするカレン。
 しかし少女はそんな女性の様子を気にする事なく、良かった良かったと満足げに頷くのみで。

 そんな極端なまでにマイペースな少女に釣られるように、久しく浮かべた事のなかった穏やかな笑みを女性は浮かべ。


「…ああ、宜しく頼むよ。店長さん」


 幾つものモンスターを素手で屠ってきた、鍛えた手で少女の柔らかい手と握手を交わした。









「すいませーーん! ちょっとよろしいですかー?」

「店長さん、仕込みはこんな感じでいいのかい?…と、今は準備中だってのに」

「うん、そんな感じで…んぃ? ごめん、ちょっと見てくるね」


 重要な新戦力を少女が確保してから三日後。
 その時と同じぐらいの昼下がりに、戸を開けてツインテールの少女が店へと入ってくる。


「すいませーん、今準備中……そのチラシは、まさか」

「はい、私もこのお店で働きたいな。って思いましてー」


 首輪付きのもふもふした獣がプリントされたエプロンをつけた、店長である少女と同じぐらいの年と年若く。
 しかしアルトよりも幾分か背が高く、恵まれた体型の間延びした口調の少女が入店した意図を告げる。


「…ええと、ではこちらへどうぞー」

「? なんでか、店長さんの目が怖いようなー」

「きのせいだよ」


 コレが天の不平等さか! と内心で嘆きながら、桃色という独特な髪をツインテールにした少女の疑問をさらりと流すアルト。
 そんな妬みを持つ時点で、心が敗北しているという事に少女が気付く事はない。


「まずは、名前と料理経験。それと志望動機をお願いします」

「ええとぉ、名前はメイですー。料理はしてみたいんですけど止められて中々した事がないです、動機は今の見習いのお給料だと少なくて…」


 気を取り直して、今現在も厨房で手順を思い出しながら簡単な仕込を行っている女性にしたのと同じ問いかけを行い。
 メイ、と名乗ったツインテールの少女は若干口調を間延びさせながら一つ一つ答えて行く。


「…幾つか質問、いい?」

「はいー」


 一つ聞き捨てならない言葉に気付いたのは、少女がそれだけ熱心に面接をしていたのか。それとも第六感が働いたのか。
 ともあれ、ここでソレを確認した事は間違いなく正解であった。


「今まで君の料理を食べた人はどんな反応をしたのかな?」

「食べた後、そのまま寝たりしてましたー」


 行儀悪いですよねー、と暢気に続ける少女に。アルトは戦慄を覚える。
 まさか、食材を見事に刺激物へと変化させる…通称暗黒料理人に出会えるとは思っていなかったのだから。


「…あー、うん。よくわかった…それと、見習いって今言ったけど掛け持ちして大丈夫?」

「ええとー、朝とお昼が仕事時間なので。できれば夕方と夜働きたいですー」

「そうなのかー」


 目の前の少女の返答に、若干口調が移りつつ思考をまわす少女。
 今の短いやり取りの中で、この少女に厨房は危険と判断は完了し。朝は2人になるだけで十分現状回っている為。
 昼の仕込みも関係なければ、夜のウェイトレスをしてもらうだけで状況は大幅に変わる。と思考で結論をつける。


「夜の、とは言ってもいかがわしくはないからね」

「?」

「ああごめん、なんでもない」


 変な方向に思考が行きかけ思わず口走ってしまった内容を聞かれ、首を傾げられてしまい…。
 慌てて手を振って気にしないよう告げ、アルトは逸れていった思考を中断させる。


「ともあれ、うん。採用で」

「わーい、宜しくお願いしますー」


 きゃいきゃい、とアルトの手を取り嬉しそうにはしゃぐ目の前の少女の様子を微笑ましく思い笑みを浮かべ。
 1人で煉獄、2人で地獄だった労働環境がかなり改善される未来を脳裏に浮かべ。


「よし、それじゃ…頑張るぞー!」

「おー!」

「…若いのは元気だねー」


 一念発起、気合を入れるべく腕を振り上げて叫び。向かいに座っていた少女も元気よく腕を振り上げ。
 厨房スペースから覗き見ていたカレンは、そんな2人を眺めて肩をすくめながらも柔らかく笑みを浮かべていた。



 しかし、この時アルトは思っても見なかった。
 回転率が上がると言う事は、時として更なる地獄を呼び込むという事を。




(続く)




 

【オマケ】
[レスラー?]
「…で、カレンさんって何だったんですか?」
「ん? アタシはレスラーだよ」
「れすらー? ソルジャーじゃなく?」
「あんな鉄砲やら大砲担がないと何もできない連中と一緒にしないでくれよ」
「???」

[アーティスト?]
「メイは何の見習いなの?」
「えー? 私は砲弾職人、アーティスト見習いですよー」
「アーティスト?」
「アーティストですー、死んだフリや着ぐるみの修行もしてますー」
「???」

 メタルマックスはPS2のサーガまで、そんなアルトさんにとってMM3の新職業は未知の領域でした。ってお話。



【あとがき】
 ひゃっはー、週刊の予定なのにまた遅れたぜー!
 …うん、すまなかった。

 初期プロットではカールも出張る予定でしたが、書いてる内にいまいちだったので…。
 カールの出番全削除、従業員組みのエピソード重視へと変化しました。カール涙目。

 次回、皆大好きマッドなマッスルや。バルデスロドリゲスが活躍します。
 そして、前回のカップ麺はアルトとハスキーくんが美味しく頂きました。


 そいえば全く関係ないのですが…皆さんはMM3の戦車なんて名付けました?
 私はR-TYPEシリーズで名付けたり、パトカーにセイブケイサツって名付けたりしてました。



[13006] 2-03話 『我々はホカホカの美味いご飯を要求する』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/10/25 00:38


 美味しい食事は場を円満にし、人間へ大きな活力を与える。
 娯楽が乏しい環境となればその影響は計り知れず、かつての世界のとある国の軍隊においても食事による士気高揚は大きな効果を持っていた。

 しかし、同時にソレは。
 美味い食事という基準を与える事でもあり…。

 食に満足できない状況が続いた際、士気を下げる要因になる事もある為。
 その事による士気低下を防ぐ為、とある大国はわざと不味い軍用レーションを恒常的に支給していたとも言われている。

 『大破壊』前の世界ですらそうであり…。
 かつての世界に比べ娯楽が極端に乏しいこの世界において、食は重要な娯楽であった。


 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 3話
『我々はホカホカの美味いご飯を要求する』




 一時期は更に忙しくなったものの、従業員が育てばそれだけ忙しさは低減され。
 楽とは言えないが倒れるほど忙しくも無くなり、一息つけるようになった頃。


「遠征部隊の炊き出し、ですか?」

「はい、お願いできないかな…と」


 夜に向けての仕込み時間、小柄なアルトと女性にしては大柄なカレンの2人が準備をしているその時間に。
 最近サンタ・ポコの顔役が板についてきたカールが来訪、大事な話があるということでアルトへ話を持ちかけていた。


「お店があるからお断りしたいんですけど…カールさんがその話を態々持ってきたと言う事は、かなり大事なんですね?」


 顎に指をやり首を傾けて考える少女。
 前置きで心情を告げつつも、短期間の自らの不在を補う為のプランを考え始める。


「察してもらえて幸いです、唐突ですが…付近のモンスターがどこからやって来ているのか、考えた事はありますか?」


 気が付けば長い付き合いとなった少女の言葉に頷きながら答え。
 一度言葉を切り、少女へと問いかける。


「…そういえば考えた事無かったですね」


 発生地がつかめれば食材調達もやり易くなるよね、と少し逸れた事を思いつつ素直に答える少女。
 少女の目の前に座る青年はそんな内心に気付く事無く言葉を続ける。


「まぁ大半は山岳部やオアシスで発生し、ソレがこの付近にまで足を伸ばしてきているのです…が」

「…が?」

「…マシーン型、暴走兵器と呼ばれる類のはどうも違うのですよ」


 言葉と共に付近の地図を取り出しテーブルの上に広げるカール。
 首をかしげつつも地図を広げやすいようにコップをどけるアルト。


「またかなり精巧な地図を…」

「情報は商売や街の発展に欠かせませんから、偵察部隊のBSコントローラの情報を元に作りました。ともあれ」


 恐らく誰かに自慢したかったのであろう、少女の言葉に誇らしげに青年は答え。
 軽く咳払いをし本題へ移る。 


「サンタ・ポコはこの位置で、現在遠征部隊は北西のここのオアシスを拠点に周囲の探索を行っているのですが…」


 指先でそれぞれを示し、言葉を続ける。


「どうも、北からマシーン型のモンスターが南下してきているようなんです」


 青年の指先はオアシスから北、地図に記されていない地点を指差す。


「……大事なのは解りましたが、それってボクが参加する必要なくありませんか?」


 町の防衛、そして今後の指針にも関わる情報に理解を示しつつも。
 何故態々自分にその話を青年が持ってきたのか読めず、少女は頭にハテナを浮かべる。


「…遠征部隊の主力を担えるほどの実力を持っている人物って、中々いないんですよね」

「ふむふむ」

「…その結果、その人達が出っ放しになってしまい。報酬は貯まれども中々町へ戻れないていう有様なんです」

「ふんふんそれでそれで」

「………いい加減出来立ての美味いメシ食わせろと、現場からの矢の催促が」


 気まずそうに目を逸らす、町の顔役でもある青年。
 そんな青年の様子に思わず溜息を吐く少女。


「…もっと早く言ってくれれば、いくらでも炊き出し要員用の日持ちのするモノとか考案したのに」

「有難いお話ですが、要求は出来たてでして…」

「ソレも結局は不満の暴発じゃないですか、普段からそこそこ美味しいの与えておけば少しは不満も収まったと思うんですよね」


 少女の言葉に苦笑を浮かべつつ抗論するも、続けて出てきた言葉に確かにと気まずそうに呻く青年。
 しかし少女の言葉もまた結果論であり、その事は口にした少女自身も理解していた為。


「まぁ今こんな事言ってもしょうがないですし…期間はどのくらい見ておけば良いですか?」

「…明日から2週間、いえ…1週間で」


 最初の期間を告げた際少女の片方の眉毛が一瞬動いたのを見、即座に訂正するカール。
 実はカールから見えない位置で、少女の忠実な愛犬が身を軽く屈めていた。


「しかし急な話ですねー……しばらくお店は朝の営業のみにしますけど」


 目を瞑り、先ほどから頭の片隅で練っていた現状可能と思われるプランを切り出す。
 朝用のメニューは簡単なモノも多く、カレン自身も飲み込みが早い為アルトも安心なのだが…。
 夜の主力メニューの大半はまだアルトの手が必要なモノが多い為、こうせざるを得なかった。 


「本当にすいません…」

「いえ、コレばかりはしょうがないですよ」


 でも今度からはもう少し早く言って下さいと続ける少女の言葉に、気まずそうに青年は頷き。
 溜息を吐きつつ少女は思考を切り替え。


「すいませーん、カレンさんちょっと良いですかー?」


 翌日からの一時的なシフトの変更を告げる為、従業員を呼んだ。











 翌日、眠い頭を揺らしつつも準備しておいた調理器具や調味料を最近動かしてなかった愛車へ詰め込み。
 Cユニットに目的地の座標を入力、タダで護衛されているのを良い事に小柄な少女には助手席を倒し愛車を枕に二度寝を決め込んだ。
 そして……。


「料理長きた!」
「流浪のまな板娘だ!」
「コレで美味いもん食える…! 適当に焼いただけの肉じゃないのが食える!」
「酒だ! 酒を用意しておけ!」


 少女を乗せた愛車は、朽ち果てた補給所を元に作られた野営地にて。
 歓声と共に迎え入れられた。


「……よっぽど、飢えてたんだ」


 思わず、目頭に熱い物を感じる少女。
 一部聞き捨てならない事を言われた気がするが、少女はとりあえず空耳だという事にした。

 なお、けして遠征部隊の食事は貧相ではなく…。
 オアシスに湧く比較的綺麗な水に、周辺のバイオニックから得られる可食かつそこそこ美味な肉。
 痩せた土地に住まう人間に比べれば、むしろ遥かに良いモノを食しているのだが。

 強力な暴走マシーンに、凶悪なバイオニック。
 それらと戦い続けた彼らの精神的負担は大きく、町へ戻る事もままならない今。
 食事が精神的に大事な部分を支える活力となっていた。  




「ヒャッハー! 美味いメシだー!」
「……味気なくない、ちゃんとしたスープだ…!」
「てめぇ、ソレ俺の分だぞ!」
「るせぇ! 今日お前が殺されかけたのフォローしてやっただろうが!」


 その日の夜、久しぶりの美味い食事に野営地は盛り上がりに盛り上がった。
 その盛り上がりや…。


「…あまり、はしゃぎ過ぎるな」


 この手の騒ぎには我関せずを貫くバルデスですら、喧騒の仲裁に狩り出されるほどであった。
 なお弟分のロドリゲスは騒ぐ側に加わり、兄貴分に殴られていた。


「……いやー、にぎやかだねハスキー君。さすがのボクもびっくりだ」

「わふん」


 自分の分を食べながら、普段の店とは比べ物にならない凄腕ハンター達のはしゃぎ振りに思わず引く少女と大型犬。
 ここまで喜んでもらえると料理人冥利に尽きるともいえるが、目の前の喧騒は喜ばしいの域を超えていた。


「ふしゅるるる、まぁ…そう言わないでやってくれ」

「え? ………」

「…ぐるるるるる」


 苦笑いを浮かべていた少女の横から聞こえてくる声。
 誰だろう、と思いつつ視線を横に向ける少女。
 そこには…。

 ぱっつんぱっつんの、前をとめていないハタハタとひらめく白衣。
 その下にある隠そうという意思が微塵も見えない、激しい盛り上がりを見せる胸板に六つに大きく割れた腹筋。
 丸太ほどもありそうな腕と足。
 そして、白衣の下に見えるは…黒い、盛り上がったビキニパンツ一枚。

 言葉を失う少女、少女の前に出て身を低く屈め…歯を向き出しにし強く唸る大型犬。
 パクパク、と息苦しそうな魚のように口を開き閉じる少女。
 そして。


「へ……変態だーーーー!?」


 喧騒が止まぬ野営地に、少女の悲鳴とも絶叫とも言える叫びが響いた。



【あとがき】
 …うん、すまない、また。なんだ。
 コレが噂のスランプってヤツですね、ごめんなさい。とても遅くなりました。
 今後もこういうケースがたまにあるかもしれません…なるべくは、定期的更新を続けたいと思います。

 少しプロット修正し、バルデスロドリゲスと謎の白衣マッチョの本格的活躍は次回以降へ持ち越しです。
 アレですね、予告みたいなのは危険。作者覚えた。

追伸:冒頭の軍隊の食事に関してはあまり真面目に検証してません。



[13006] 2-04話 『医者とクスリとまな板モノ』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2010/12/31 16:07
 この世界において、武器もクルマも持たざる人間は狩られる存在でしかない。
 バイオニックの爪や牙、サイバネティックが持つ火砲、そしてマシーンの持つ兵器。

 生身、かつ素手で立ち向かうソレらは余りにも強大過ぎるからだ。
 だからこそ人は武装しクルマを求め、対抗する術を持とうと足掻く。

 人と一部の動物以外、時にはそれらも安全を脅かす『敵』。
 その事はもはやこの世界に生きる人々にとって当然の不問律であるが…。

 進化、変異した生物であるバイオニック。
 生体部分を持つサイバネティック。
 栄養源として人を襲うコレらと違う、暴走した意思無き殺戮者であるマシーン。
 彼らが人を襲い、殺戮する理由は。

 未だ明確にはなっていない。


 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 4話
『医者とクスリとまな板モノ』




 アルトが炊き出し要員として前線ベースキャンプに到着してから早五日目の夕暮れ時。
 一時期は士気の低下により効率が低下していたものの。
 本来、凶悪なモンスター達とも渡り合える凄腕揃いな為…。
 探索及び策敵のペースが向上、キャンプ内にも明るい空気が戻ってきていた。



「やー、皆元気になってくれて何よりだよねハスキー君」

「わっふん」


 炊き出しを終え、愛犬に語りかけながらベースキャンプの中を歩くまな板娘。
 手に持つは金属で出来た四角い箱、出前をするには欠かせない『オカモチ』
 食事を届けるならコレだろう、というアルトの誰にも理解できない拘りで作られた一品であり…今のところ少女以外に使うものが居ない道具である。

 届け先はキャンプの隅にある、ビキニパンツ+白衣のマッスル…通称マッドが営む簡易診療所である。
 明らかに色々と突き抜けた格好でこそあるが、初対面のアルトが思わず叫んだ変態という言葉も笑って許す紳士であり。
 食事よりも怪我をした戦士の治療を優先する、荒野に降りた医者の心を体言する漢であった。

 今日も急患が入った為配給に来る余裕が無かった為、時折声をかけてくるハンターやソルジャーに手を振りつつ。
 キャンプ内の会話に耳を傾けながら目的の診療所へと歩みを進める。


「なぁ、南西側はどうだった?」

「あー…空飛ぶハイエナ共に上部装甲やられたから途中で引き返したけど砂漠の途切れ目まで行けたぞ。東側はどうだった?」

「断崖にぶち当たった、そこから北上したけど林に阻まれてな。降りないと探索できそうになかったから引き上げた」


 火を囲み、手に今夜の献立である黄金亀シチューを持ったまま情報交換をするハンター達に…。


「主砲の砲身に直撃食らったせいで曲がっちまったんだが、直せそうか?」

「コレ交換した方がはえーぞ、こっちに買い換えろこっちに」

「バカヤロウさらっと200mm口径の大砲勧めてくるんじゃねぇ。砲弾の調達しんどいんだぞコレ」


 ハイエナ唐揚げを齧りながら修理と商談を進めるハンターとメカニック。


「いてぇ…俺の腕が、腕がぁぁぁ!」

「ふしゅるるる、おとなしくしろ……フン!」

「あぎゃぁ!? ……え? くっ付いた?」


 そして、目的地である診療所に近付くたびに大きくなる患者の悲鳴と治療者の声。
 最初こそビビりげんなりしたものだが、数回繰り返した今少女は気にする事なく診療所の戸を叩き。


「マッドさーん、食事届けにきましたー」

「ふしゅぅ、すまない。助かる」


 声をかけながら戸を開ける、中では唖然とした表情で左手を開いたり閉じたりしている診療台に乗ったソルジャーと思しき男性と。
 何か新たに薬剤を準備している白衣を着た男性がいて。


「お疲れ様です、今日の献立は黄金亀シチューとハイエナ唐揚げにパンですよ。ここに置いておきますから、食べ終わったら器を明日の朝までに持ってきて下さい」

「ふしゅるる、ありがとう。 さて、後はこの注射をして一晩寝れば大丈夫だ」

「……なんだよその不穏な色した薬液は、まて。せめて何か教えてから刺せ!」

「ふしゅぅぅぅ…何、少しばかり濃縮し特別に合成した回復液だ。危険はない」


 本日の献立をオカモチから出し、並べながらなんとなく治療風景を眺めるアルト。
 ふとソルジャーと視線が合い、目で助けを求められるも。


「じゃあ、お仕事と養生頑張ってください」


 並べ終わり、逃げるように退出。
 ソルジャーの望みは絶たれた。


 少しばかりハプニングがあったような気がするが、特に問題もなく出前も終わり。
 少女が次から次へと持ち込まれてくる新たな食材をどう調理しようか考えながら、キャンプ内の今来た道を歩いていると…。


「おや、アルトちゃんにワンコじゃないか」

「え? あ、ターニャさん。なんでここに?」


 のんべんだらりと歩いていたところにかけられた声に振り向いてみれば。
 色んな意味で恩人な恰幅の良い女性トレーダー、ターニャがそこにいた。


「ついさっきの物資補給便でね。今後ここの規模が更に拡大しそうだから陣頭指揮をカール坊に頼まれたのさ」


 人使いが荒い子だよ、まったく。と愚痴りながらもカラカラと笑う女性。


「なるほど…ここってそんなに大きくなりそうなんです?」


 正直現時点でも、補給所としてはかなり規模が大きいよね。などと思いつつアルトはターニャへ問いかける。
 その疑問にターニャは頷き…。


「この周囲はサンタ・ポコよりも更に強く見入りの良いモンスターが多いし、最近見つかった南西への入植を進めるのにもここで補給できるってのは大きいさね」

「そうなのですか…」

「まぁ、全部カール坊の引いた図面だけどね。あの子は若いけど一流のトレーダーとして胸晴れる男さ」

「でも坊扱いなんですね」

「そりゃね、なんせアタシはあの子のオシメも変えた事あるんだから」


 カラカラと楽しげに、豪快に笑う女性。
 この場に件の人物であるカールがもし居たならば、きっと微妙な居心地の悪さを感じていたに違いない。


「ただまぁ、悩みは嫁のなり手がいない事さね…うちのトレーダーの若い子はもう相手みつけちまったし」

「そうですかー、あ。ボク明日の仕込みあるんで失礼します」

「まぁ待ちな」


 おばさん108の技の一つ、長い立ち話が始まることに気付き戦術的撤退を試みるもあえなく失敗。


「あ、そうだ。アルトちゃんうちのカール坊なんてどうだい? アルトちゃんなら安心できるしカール坊も満更じゃないだろうし」

「な、なに言ってるんです!?」


 そのまま、108の技の一つである適齢期の若者売り込みへと繋げられてしまった。
 なおハスキーは…そっとオカモチを口に咥えそそくさと場から撤退済みである。

 止まらない立ち話にげんなりし、逃げた愛犬を恨めしく思いつつも少女は思う。
 こんな、少し危険だけどもそれでも穏やかな日常が続けばいいな。と。




 しかし、既に神が滅んだとしか思えない世界において。 
 そのような願いが聞き入れられる事は、なかった。









「やれやれ、随分と偵察任務が長引いちまったな…早く帰って暖かいメシたらふく食おうぜ」

「何さ、あんなチンチクリンのメシのどこがいいのさ」

「ジェーン、一番たらふく食ってたアンタが言っても説得力ってヤツに欠けるとオイラは思うんだけどね」


 
───車輌ヲ3台発見



「うっさいね! …ん? なんだい、ありゃぁ……クルマ、かい?」

「うひぃ! て、どうした……なんだありゃぁ、砲台が山みたいについてる?!」

「…逃げろ! アイツ、こっちを狙ってるぞ!!」



───識別信号─人間3体



「だ、ダメ…逃げ切れ………きゃぁぁぁぁ!?」

「ジェーン!? ボックス! ジェーンが、ジェーンがぁ!」

「あんな距離から砲撃を正確にだと!? くそったれがぁ!」



───『マスターノア』カラノ指令ヲ確認



「ぅ、ぁ……」

「まだジェーンは生きてる! オイラが助けに戻る!!」

「馬鹿野郎! もうアイツは助からん!!」



───人類ヲ



「ぎ、ぁぁぁぁぁ!?」

「おい!? スマイリー! 応答しろスマイリィィ!?」



───抹殺セヨ



「ぐ…クソッタレがぁぁぁぁぁぁ!!」

 








───目標ノ殲滅ヲ確認






【あとがき】
 ごめんなさい、年末ぎりぎりでの更新となりました。
 今後も多分不安定更新です…申し訳ありません。

 そして、次回から急転直下タイム始まります。
 今回の話のラストは、実験的要素もかねてボイスレコーダー記録みたいな描写抜きを試してみました。

12/31 指摘された誤字を修正、申し訳ありませんでした。



[13006] 2-05話 『迫り来る絶望』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2011/03/21 01:17


 警備システムが、全自動の殺戮兵器が人類に対して反乱を開始した時。
 『とある演算コンピュータ』とネットワークが繋がっていたパソコンやスパコンも、例外には含まれなかった。
 それらのシステム達は効率の良い人類の減らし方を演算し、中には隔壁の制御を行い施設から逃げ出そうとする人類をすりつぶすコンピュータまで存在した。

 そのまま、為す術もなく駆逐されるのを待つばかり。誰もがそう思い始めた時。
 事の元凶にいち早く気付いた一部の人間がソレに通じるネットワークを切断、元凶へ対する反攻計画を立ち上げる。
 その反攻計画は結果から言えば間に合わず、作られた兵器は眠りにつくか…人類の敵となったが。
 それでも、一部のコンピュータネットワークは人類の手へ取り戻す事に成功し。
 今の荒れ果てた時代を生きようと足掻く人類の大きな助けとなっている。
 
 しかし…ネットワークの全てが人類の手に取り戻されたわけではなかった。


 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 5話
『迫り来る絶望』




 アルトの出張契約が残り1日に差し掛かった日の早朝。
 常日頃慌しい空気に包まれていたキャンプであったが、普段と違う緊迫した空気が張り詰めていた。


「まだボックス達は戻ってないのかい?」

「はい、彼ら以外の北側に向かっていた偵察連中は遅くても夜明け前には戻ってきたのですが」

「…そうかい」


 キャンプ内中央に位置するテント。
 その中で、机に広げられた地図を前に現場責任者であるターニャと若いトレーダーが偵察部隊状況について話し合う。


「…強力なモンスター達は北側から流れてきてる、って話だったね?」

「はい、強力な熱線を放つ自走砲やレーザーを撃ち込んで来る車輌まで確認されてます。恐らく彼らは…」


 若いトレーダーは、言外に未帰還の偵察部隊の生存は絶望的だとターニャへ伝え。
 ターニャは引き際を弁え、実力も備わっていたハンター達の損失にこめかみを押さえる。


「帰ってこれなかった原因くらいは掴みたいもんだね、他の所の偵察部隊に余裕はあるかい?」

「あまりあるとは言えないですね、北東の林の中に動力が生きてる建物も見つかったようで」

「そうかい…」


 報告された内容にターニャは溜息を吐く。
 動力が生きている建物、それはトレーダーにとって宝の山であり…ハンター達にとっても同様であって。
 まだこちらでハンター達の動きを把握できている内に抑え、中身をこちらの利益としてしまいたいという考えがターニャの商売欲を擽る。
 しかし、同時にこれまで彼女と仲間達を長生きさせてきた感が『偵察部隊が帰ってこなかった原因を探れ』と警鐘を鳴らす。

 そのような状態ですぐに結論が出ることはなく、どうしたものかと思案しようとしたその時。



 一発の銃声が響いた。
 


 
 
 その銃声は、屋外の広場で朝食の準備をしていたアルトとその横で寝そべるハスキーの耳にも届き。
 銃声の方向をちら、と見やりそのまま鍋をお玉へかき回し続ける。

 少女の視線の先には、キャンプ周囲に点在する見張り台の内の一つがあり。
 その上に立つソルジャーが、円盤のようなフワフワと空中を漂う何かを銃撃していた。


「いつもの空飛ぶハイエナじゃないんだねー」


 光景を見やりながら、暢気に愛犬へと声をかけるアルト。
 着任当初は銃声が鳴るたびにおっかなびっくりしていた少女も、気が付けば夜中に銃声がなってもそのまま二度寝出来るくらいに慣れていた。

 普段と違う、という違和感。
 ソレが、傍らで寝そべっていた大型犬の本能に引っかかり警鐘を鳴らす。


「わぅっ、わぅわぅ!」

「? そんなに慌てて、どうしたのさ?」


 身を起こし、違和感を主人へと訴えるハスキー。
 少女は鍋を掻きまわしていた手を止め、ただならぬ様子の愛犬へと振り向き…。
 そのまま大型犬は少女の服の裾を口で咥えると、少女を引っ張り始める。


「ちょ、ちょっとハスキー君。朝ごはんの用意の途中なんだけど!」


 お玉を持ったまま愛犬に引きずられ、引っ張られていく少女。
 そして、広場から寝泊りしているテントの傍まで為す術もなく引っ張られ。
 その間制止し続けても止まらなかった、珍しく焦っている様子の愛犬を落ち着かせようと言葉を発しようとしたその時。

 キャンプ中に、大きくサイレンの音が鳴り響く。


「…もしかして、コレを予期してたの?」

「わふ」


 主人の言葉に、咥えてた裾を離しその通りだと言わんばかりに声を出すハスキー。
 本能に従った結果である為予期したと言えなくもない。

 その間もサイレンの音は続いており。
 愛車へ向かって走り出すハンターや、装備を手に迎撃に向かうソルジャー達が見え始める。

 たまにやってくる野良モンスターの迎撃に比べ妙に慌しい様子に、今まで楽観的に考えていた少女もさすがに緊迫した状況である事に気付き。
 慌ててハスキーと共に戦闘準備を整えようとテントへ入ろうとする。

 瞬間、1つ2つどころではきかない…機関銃のごとき砲撃音が聞こえた瞬間。。
 北側に位置する見張り台の1つが、跡形も吹き飛ばされた。









 一瞬で、上に立っていたソルジャーごと木っ端微塵となった見張り台。
 当然…その衝撃は周囲に展開していたソルジャー達にも影響を及ぼしていた。


「…一体、今どこから撃たれたんだ!」


 サイレンを聞きつけ北側に辿り着いた瞬間、砲撃による衝撃で地面に倒れ付す羽目になったバルデスが苛立ちと共に叫ぶ。
 ここ最近判明した、北側のモンスターが危険という情報を踏まえ強化しておいた見張り台は。100mmどころか200mmの直撃でも数発は耐える見積もりを出されていた。
 しかし彼の目の前に広がる無惨な現実は、その強靭だったはずの見張り台を『破壊』ではなく『吹き飛ばす』ほどの口径を持つ敵が複数いる事を告げていた。


「駄目だ! 車輌は一機も見えねぇ!」


 頭から砂漠に突っ込む形で吹っ飛ばされていたロドリゲスが自らの頭を引っこ抜き、伏せた姿勢のまま目をこらすも巨大な砲を備えた敵影は見えず…。
 ただ、早朝から何度か飛来してきている円盤状の何かが数機見えるだけであった。


「目視しない限り砲撃してこない連中が撃ってきてるというのか…!?」


 実力は保証できる弟分の言葉に言いようのない恐怖を、バルデスは感じてしまい。
 自らが『恐怖』した、という事実に驚愕し。次に強い怒りを覚える。


「おいおい、インキチすぎるぜそんなの…って鬱陶しいなこいつら!」


 バルデスの苛立ちに気付く事なく、ロドリゲスは兄貴分の言葉にやってられるかとばかりに呻き。
 自分達の頭上をふよふよと漂う円盤をギターガンで次々と撃ち落す。


「おい!動けるやつはドリンク飲んで立て直して来い! 動けねぇヤツは担いでってやる!」


 砲撃で吹き飛ばされた他のソルジャーに声をかけながらリロードをロドリゲスは行い。
 バルデスは未だ姿を見せない敵に苛立ちを募らせながら、半死半生の同僚の口に封を開けたドリンクをねじ込む。

 そして、ようやくクルマに乗ったハンター達が北側口へと到着。
 しかし。


「…クソッタレが」

「なんだよ、アレ……」


 崩壊した見張り台の先に広がる砂漠に見える光景に、バルデスは小さく呻くように呟き。
 その光景を目の当たりにした、若いソルジャーが顔を青くする。

 そこには…北の地平線から砂煙を巻き上げ大量の無人車輌の群れ。
 そしてそれらのその奥には、目を疑うほどに巨大なシルエットを持つ。謎の巨大戦車が見えていた。








【あとがき】
 穏やかタイム終了のお知らせ。
 何故目視されていないのに砲撃されたか…既にお気づきの方もいらっしゃると思います。
 ですが、まだ人間サイドはそれに気付いていません。
 果たしてこの事が後にどう響くか…次回をお楽しみに。 

 しかし、書いては消して書いては消してとしていたら段々とコレでいいのか心配になってくるから困ります。
 ともあれ、第二部も佳境へ差し掛かり…最後まで駆け抜けれるよう努力したいと思いますのでこれからも宜しくお願いいたします。
 



[13006] 2-06話 『補給所の防人達』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2011/08/08 01:22


 やぁいらっしゃい、おやお客さん初めて見る顔だね。
 へぇ、リオラドから来たのかい。ずいぶん遠くからこんな所まで来たもんだ…1人かい?
 なるほど、メカニックとソルジャーを入れての3人かい。バランスの良い編成じゃないか。

 ふむ…北西の補給所跡についてここで詳しく聞けるって聞いた? 
 余り人に言いふらすような事でもないんだけど…それでも聞きたいなら何か注文してからにしな。
 おいおい何さその目は? 確かにナリはちっちゃいしボロい店だがこの町が出来てから続いてる老舗なんだ、味は保証するよ。
 
 今日のオススメ? そうさね、丁度良いところに新鮮なのが手に入ったから鉄砲モツ煮込みなんてオススメだね。
 それでいい? それじゃ少し待っておくれ。

 …ああ、補給所跡についてだね? たく、若いのにせっかちなのは女に嫌われるよ。
 まぁ私もあそこであった事は又聞きでしかないんだけど…あの頃からこの町にいるのは私かこの町の責任者くらいだからね。
 
 まずは…そうさね、何から語ったらよいものか…。



 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 6話
『補給所の防人達』




 突如として始まったモンスター達の侵攻。
 その最初の一撃は、ハンター達の士気と戦力に決して少なくない打撃を与えていた。


「…クソ、数が多すぎる」


 本来手で持って使うべきモノじゃない重機関銃のリロードを行いながら悪態を吐くバルデス。
 空には夥しい数の偵察UFOに、喧騒を聞きつけてきたのか空飛ぶハイエナ。
 地平線の向こうからは地獄のストーブに、グラマータイガー、プラズマタンク等が群をなして襲い掛かってくる。

 ソレらに対抗すべく、先制攻撃の砲撃を受けて損傷を受けたクルマ達が慌てて駆けつけ防衛線を構築しているが。
 動きに制限のかかる場所での防衛の負担は凄まじく、駆けつけて短時間だというのに撃破されるものが出てきている。


「どうするアニキ、俺達だけじゃ限界があるぜ?」


 肩に担いだヘンテコなミサイルを車輌モンスターが固まる中心部へ撃ち込みながらロドリゲスがバルデスへ問いかける。
 二人はソルジャーであり、ソルジャーとしての意地やプライドは当然持ち合わせている。
 が、しかし同時にベテランでもある二人はソルジャーで出来る事の限界も熟知しており…。


「…今のままでは、いずれ踏み潰されるな」


 遠くない未来絵図を、呟く。
 その言葉にロドリゲスは落胆する事なく、やっぱそうなるよなと軽い調子で肩を竦めながらヘンテコなミサイルを再装填する。


「…案がないこともないが…」

「あるなら言ってくれよ! 何をすればいい?」


 口数が多くないながらも、普段は何事も簡潔に述べる兄貴分の言葉に急かす様に続きを促すロドリゲス。


「…生き残れる目算は低いぞ?」

「どうせこのままだと死ぬんだ、だったら博打に出るのも悪かねぇ! だろ?お前ら!」


 バルデスの言葉に豪快に笑いながら周囲のソルジャー、ハンター達に問いかけるロドリゲス。
 愚痴やら悲鳴こそ口にしてたが状況を理解していた彼らは、口々にしょうがねぇな。とか生き残ったら奢ってくれよなどと言いつつ賛同を示す。


「……単純な作戦だ、足が速いクルマとソルジャーで突入し撹乱しながら砲撃をしているヤツを黙らせる」


 手榴弾をプラズマタンクの砲身部へピンポイントに放り込み、爆散させながらプランを告げ始めるバルデス。


「…その間、タイルを張るなりして立て直した戦車連中でここを死守する。ソレだけだ」

「なるほどな……確かに博打だわ」


 兄貴分の立てたシンプルながら危険なプランに相槌を打つロドリゲス。
 しかしソレ以上の作戦が浮かぶかと言えばそうではなく、ソレは他の連中も同様で。


「オーケイ了解した、アニキの口ぶりだと俺は防衛側でいいんだな?」

「…ああ、頼む」


 お前は人望があるからな、とバルデスは仏頂面に笑みを浮かべ。
 アニキが無愛想すぎんだよ、とロドリゲスが笑いながら返す。


「死ぬなよ、アニキ」

「…お前達もな」


 拳を突き合わせ、走り出すバルデスとソレを援護するロドリゲス。
 そのままバルデスは急発進する軽トラの荷台に飛び乗り、小回りの利く車輌とソレらに同乗したソルジャーが一斉に敵の一団へ向かう。

 無論自走砲軍や空飛ぶハイエナは見過ごすわけもなく、苛烈な攻撃を加えようとするが…。


「やらせっかよぉ!」


 ロドリゲスの放つギターガンの銃弾が、ようやく駆けつけた重戦車の205mm口径の砲弾が今にも攻撃を開始しようとしていたモンスターを撃ち落し、破壊する。









 ひしゃげる鉄骨、燃えるテントだったもの。
 愛犬に庇われ砲撃から辛くも逃れた少女が目にしたモノは、地獄さながらの光景だった。


「いたた…何、これ?」


 耳鳴りに悩まされながらも周囲を見回し、一瞬で変わってしまった光景に絶句するアルト。
 しかし、今この場で立ち止まる事は危険だと本能で察し。
 ハスキーが咥えて持ってきてくれた愛用のボルトアクションライフルを手に持ち、大きな歪みがないのを確認して荒れ果てたキャンプ内を走り出す。


「行こう、ハスキー君!」

「ワォン!」


 どこを目指したら良いかは解らないが、とにかくキャンプ地中央を目指す少女と大型犬。
 途中痛みに呻くハンターやソルジャーに手持ちのカプセルやドリンクを渡しつつ…少女は違和感に気付く。


「……あれ?」

「ワォン?」


 立ち止まり、周囲と空を見比べる少女。
 主人の急な行動に愛犬は戸惑い、急かす様に吼える。

 少女が感じた違和感、ソレは…。
 砲弾が集中したと思われる地点とそうでない地点の差と、空に浮かんでいる偵察UFOの数のバラつきである。

 そして、今も時折砲撃が飛んでくる地点には特に偵察UFOが多いことに少女は気付く。


「…っ! ハスキー君、あの空に飛んでるヤツ優先的に撃ち落して!」

「ワゥ!?」


 キャンプ内を走り、北側へ向かうクルマ達を監視するかのようなUFOの群。
 杞憂で済めばいいけど、と心の片隅で思いながら装填し…狙いを定めてUFOの下部にあるカメラのレンズ部分を狙撃し撃ち落し。
 隣の愛犬も背に取り付けられたバルカン砲の射角を調整し、次々と偵察UFOを撃ち落してゆく。


「よし、行こう!」

「ワン!」


 あらかた偵察UFOを撃ち落して中央へ走り出すアルトとハスキー。
 その直後、少女達とクルマが通りすぎた場所に砲弾が着弾した。


「…やっぱり、か…!」


 背後から聞こえてきた爆音と、背中に届いた爆風に言葉を漏らすアルト。
 最近偵察UFOが増えてきている、という話は食事中のハンター達が交わす雑談で耳には入っていた。
 ソレは、この時のための布石だったのだ。

 やがて中央に位置する、砲撃の衝撃であちこち傷つきながらもしっかりと建っている建物が見え…。
 そのまま転がり込むように中に飛び込むアルトとハスキー。
 その中は…。


「状況は!?」

「北側から大量の車両型モンスターが襲来!それに釣られて空からもバイオニックが襲来してきています!」

「ハンター連中のクルマは!?」

「最初の砲撃で半数が大破、ないし自走不能! 走れるクルマは順次北に向かってます!」

「せめて最低限のタイルは貼らせな! じゃないと死体と棺桶量産するだけだよ!」


 補給所の責任者であるターニャとトレーダー、情報伝達に来たハンターらが叫ぶような声で会議をしており。
 今も誰かが出たり入ったりを繰り返していて、普段は気の良い連中も空気に呑まれて棒立ちしているアルトとハスキーを押し退けて建物を出入りする。


「ターニャさん! 大事な話があります!」

「…なんだい?」


 我に返り、会議中に割ってはいるような形で少女は中央テーブルに近付きターニャへ話しかけ。
 激しくやり取りをしていたターニャは会議を中断してアルトの言葉に耳を傾ける。


「UFOです。あのふよふよ浮いてるヤツが敵の砲撃を観測しているんです!」

「…根拠は?」

「砲撃の激しかった場所や、砲撃される直前の場所にあいつらがたくさん飛んでました!」

「…なるほど、確かにソレは大事な話だ。 急いでハンター連中に通達しな!」

「はい!」


 アルトの言葉に最初は厳しい目を向けていたが、続けられた内容に納得し。
 ターニャは脇に控えていた若いトレーダーへ指示を飛ばす。


「ボクも、すぐに防衛に参加…ぐぇ」

「まぁ待ちな」


 言う事を言い、偵察UFOの迎撃に向かおうと反転し走り出そうとするアルト。
 そんな少女の襟首を掴む中年女性。


「げほ、げほ……何するんですか!?」

「あそこは今ロドリゲスと中戦車以上の連中が防衛している、アンタのバギーだと無駄死にしかねないよ」


 狙撃の腕は良くても年若く体力的にはソルジャーに劣り、愛車も戦力として数えるには厳しい現実を指摘する。
 恐怖はあるが、それでも何かしようと思っていた気持ちを挫かれ項垂れる少女。
 そして。


「アンタに依頼したい事は別にあるさね」

「…え?」


 ターニャの言葉に顔を上げる。


「マッドのクルマを中心に戦えない重傷者や非戦闘員をサンタ・ポコへ送る護衛を頼みたいのさ。頼めるかい?」

「……了解しました!」








【あとがき】
 なんかもう、ほんっとうにごめんなさい。大変お待たせしました。
 書き直したりリターンズやり直したりしてたらごらんの有様です。
 重ね重ね本当に申し訳ありませんでした。

 バルデスとロドリゲスがかっこよすぎるかもしれませんが、彼らはまだ真っ当なソルジャーなので問題ありません。捏造フルスロットルですけど。
 結果主人公の影が薄くなりましたが、そもそも戦闘に関してはお察し下さいだからしょうがないですよね。

 なるべく次回は早く届けれるよう努力したいと思います。
 閲覧、ありがとうございました。




[13006] 2-07話 『鋼鉄の鎮魂歌』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2011/11/03 22:48
 
 ほい、鉄砲モツ煮込みお待たせ。アツアツだから注意しな。
 そいつはこの店を開いた人からの直伝でね、この店の中でも人気のあるヤツだよ。

 ところでお客さんの仲間連中は何してるんだい?
 …ああなるほど、メカニックはパーツ探しに夢中でソルジャーは宿で寝てるのか。
 そりゃ確かにアンタがしっかり情報集めないとしんどそうだね…同情するよ、サービスはしないけど。
 

 で、どこまで話したっけ…ああそうそう、ロドリゲスとバルデスが分かれた辺りだったか。

 結論から言うとね、あの二人はね…。
 生きて帰ってくることは、出来なかったよ。



 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 7話
『鋼鉄の鎮魂歌』
 



「装甲タイルが丸剥げになったヤツは急いで下がれ! 一瞬で穴だらけにされっぞぉ!」


 小太りのソルジャー、ロドリゲスが肩に担いだヘンテコなミサイルを構え自走砲の群に発射。
 まとめてソレらを吹き飛ばしながら声を張り上げ、周囲のハンター達に指示を出す。


「大丈夫だ! こっちはまだ耐えられ…ぐわぁぁぁ!」


 装甲が薄くなった仲間達への攻撃を、前線に突出する事で引き受けていたチャレンジャー1のハンターが踏み止まりながら応戦し。
 次の瞬間、脆くなった上部装甲を間接砲撃が貫通。断末魔の叫びと共に爆散する。


「ケイィィン!? …クソッタレがぁ!!」

「チクショウ! こんなんじゃタイル張りに戻る余裕すらねぇよ!」

「良い稼ぎ場所だって話だったってのに、どうしてこうなった!」


 次々と倒れ、爆散してゆく仲間達の姿に泣き声のような悲鳴と怒号が上がる。
 だがハンター達は我先にと逃げるような真似は見せる事なく、迫り来る自走戦車郡に砲弾やSEを砲身を赤熱させながら発射し。
 今も空を漂う偵察UFOへ機銃を叩き込み続ける。

 過酷な環境を生き抜いてきた、ベテランと呼ばれる戦士達は口で泣き言を言いながらも理解していた。
 ここで背を向けて逃げれば、追い立てられ確実に殺されると。


「歌の1つも歌いたくなるが…そんな場合じゃねぇなこりゃ」


 ボヤきながらギターガンで偵察UFOを次々と撃ち落し、煙と炎を上げるチャレンジャー1の残骸に隠れて砲弾をやり過ごしながらミサイルを再装填。
 すぐに残骸から飛び出し照準が僅かに『逸れた』間接砲撃の爆風を回避しながら、ミサイルを熱線を発射しようとしていた自走砲へ発射。撃破する。

 中央テントから全速力でやってきた伝令がもたらした、『偵察UFOを撃破する事で間接砲撃の照準が甘くなる』という情報は。
 踏み止まり終わりなき戦いを続けるハンター達の寿命を、僅かかもしれないが延ばす事に貢献していた。

 しかし、それでも尚敵の数は多く攻勢は熾烈。
 奇跡的にも士気は高いままであったが、状況は依然絶望的であった。


「頼むぜバルデスの兄貴、こっちはそう長くはもたねぇぞ」


 ぼそりと、砲弾の着弾音に掻き消えるほどに小さい声で。
 ロドリゲスは呟いた。







 ロドリゲス達が死闘を続けていたその時。
 今も終わりなき砲撃を叩き込んでくる存在へ向けて突き進む、バルデス率いる決死隊もまた絶望的な戦況に立たされていた。

 シャシーを徹甲弾で撃ち抜かれ自走できなくなったバルカンが。
 不幸にも砲撃が運転席を直撃したバギーが。
 腹を括り敵の一団に特攻し、弾薬全てを起爆させて自爆したチェンタウロが。

 時には泣き叫びながら、時には断末魔を上げる事なく、時には不敵に笑みを浮かべながら。
 1台でも、1人でも多く到達させ砲撃を止める為に散ってゆく。

 彼らをそこまで駆り立てるモノ。
 ソレは報酬であったり、惚れた女が逃げる時間を作る為であったり、殺された仲間の仇討ちであったり。
 人によってソレは異なっていたが、しかし目的は共通していた。
 その目的とは…。

『砲撃を続けるクソ野郎を月まで吹っ飛ばしてやる』という、とてもシンプルな物であった。

 そして、そのシンプルだが鋼鉄のごとき意志は。


「デカブツが射程距離に入ったぞぉ!」


 冗談ほどに巨大な、要塞と見紛う程の戦車。
 後に『ロンメルゴースト』と名付けられ、16万Gという莫大な賞金が掛けられる化け物戦車へと戦士達を到達させた。


「借りを…叩き返してやるぞ!」


 物静かなバルデスらしくない、雄叫びのごとき叫び声を切欠に。
 全車両が一斉に、持てる全火力を化け物戦車へと叩き付け…一斉に着弾、派手な爆炎が上がる。


「ヒィーハァー! 見たか化け物ヤロウ!」

「気ぃ抜くな! ヤツはまだ生きてるぞ!」


 お返しとばかりに化け物戦車の小型砲塔からハンター達へ雨霰と砲弾が撃ちこまれ。
 横転しそうになりながらドリフトし散開する軽車両達。


「踏み潰されない程度にヤツに接近しろ、お供の砲撃も一緒に食らわせてやれ!」

 
 軽トラの荷台に乗ったバルデスが大声を張り上げながら。
 化け物戦車の小型砲塔の砲身めがけて重機関銃で連射しながら狙撃するという、化け物じみた離れ技を見せる。
  

「了解…おらぁ!」


 プラズマタンクの注意を引き付けていたハンビーがクイックターン。
 その動作の直後にプラズマタンクの砲身から放たれた閃光が、化け物戦車の巨大なキャタピラへ傷を付ける。


「へへ! ざまぁみやがれぇ!」


 中指を突き立て哄笑するハンター。
 その間も油断する事なくハンドルを操作し、最後のミサイルを発射。
 化け物戦車に更にダメージを与える。

 
 次々と砲弾を、ミサイルを、熱線を化け物戦車へぶつけダメージを蓄積させてゆくハンター達。
 与えられるダメージはそれほど大きくないが、しかしそれでもダメージは確かに蓄積していき…ハンター達にも希望が見え始めてきた。

 しかし。


「ぐぁぁぁ?!」


 次々と砲撃を撃ちこまれ爆散するハンビー。

 散発的に追い払うようにバラバラに攻撃していた小型砲塔郡が1つのターゲットへの集中攻撃を。
 間接砲撃を続けていた巨大砲塔がバルデス達に向けられた時。

 希望はあっけなく吹き飛び、絶望へと転がり落ちていく。


 到達したときは10台以上いたクルマ達が1台、また1台とスクラップへ変えられ。
 瞬く間に、バルデスが荷台に乗る軽トラ1台にまで磨り減らされてしまう。


「…ここまで、か」


 浴びせられる砲弾の欠片、自走砲台からの熱線によって傷付き。回復ドリンクもカプセルも尽きたバルデスが呟く。
 しかしその目に絶望はなく。


「…あのデカブツに出来る限り寄せられるか?」

「何するつもり…いいや、ここまできたら関係ねぇな! ピタァっと寄せてやるよ!」


 今も回避運動の為にハンドルを捌き続ける軽トラの主に問いかけ。
 問いかけの意図を聞き返そうとするが、ヤケクソ気味に笑いながら答える。


「…助かる」

「いいってことよ!」


 砂塵を巻き上げ、蛇行をしながら化け物戦車へ向かう軽トラ。
 当然ソレを見逃すワケはなく、小型砲塔から次々と榴弾や徹甲弾が放たれ…回避しきれない砲弾が次々と軽トラの装甲を穿ち、シャシーを歪めてゆく。

 そして。

 横合いから撃ち込まれた砲弾が軽トラの運転席を撃ち抜くと同時に、化け物戦車へと到達。
 躊躇なくバルデスは荷台から化け物戦車へと乗り移り…砲撃の衝撃で横転し、巨大なキャタピラに踏み潰される軽トラとその主へ無言の感謝の念を送る。


「…付き合ってもらうぞ、地獄までな」


 傷だらけの肉体に、今までの戦いの中でも最も気力を滾らせて。
 バルデスは単身、化け物戦車へと挑んだ。











 バルデスが決死の戦いを挑んだ、同時刻。
 防衛組もまた、壊滅を迎えていた。


「さーてっとぉ…生きてるヤツは……いねぇよなぁ」


 口元から血を流しながらおどけた口調で周囲を見回すロドリゲス。
 気が付けば砲撃が止んでいた、しかし。
 その事を喜び合える戦友は、既に居なかった。


「たくよぉ、装甲タイルはげたらすぐ下がれって俺ぁ言ってたじゃねぇか」


 腹に金属片がめり込み内臓を傷つけ、血を流す肉体。
 それでも尚ロドリゲスは2本の足で立ち、仲間が残した銃を拾い使いながら迫り来るモンスター達を迎撃していた。


「あの嬢ちゃんは無事逃げれたかね…まぁ、マッドが居るから大丈夫だろうけどよ」


 荒れた世界に似つかわしくないほどに呑気で朗らかな、料理のやたら上手い少女を思い浮かべながら1人ごちる。
 そして。


「さぁて、最期になりそうだからな…一曲歌わせてもらうぜ? 聞いちゃいねぇだろうけどよ」


 バズーカを発射し自走砲台をまた1台撃破し、愛用のギターガンを構える。


「オレは早撃ち ガンマンさ~♪」


 ギターガンを掃射し装甲の薄いバイオニックを撃ち落し。


「モンスター蹴散らし 西、東ぃ~♪」


 最後のへんてこなミサイルを発射、熱線を発射する自走砲台を撃破。
 そして、続けての歌詞を口ずさもうと息を吸い込み。

 一際大きく咳き込み吐血、モンスターの群の目の前で膝を付くロドリゲス。
 そんなロドリゲスに、情け容赦なくモンスター達の銃口が向けられる。


「ああちきしょう、最後まで歌わせろよな…クソッタレ」


 そして。
 小太りの凄腕ソルジャーは、砂漠の補給キャンプで。
 モンスター達の放火の中に消えた。
















───抵抗戦力ノ沈黙ヲ確認


───損害診断……甚大


───『マスターノア』ヘ指令継続困難ト報告


───『マスターノア』ヨリ指令


───指揮ユニット撤退承認


───随行ユニットヲ殲滅目標ノ追撃ニ割リ当テ


───ミッションタスク 人類殲滅ヲ継続








【あとがき】
 すまない、また。なんだ。
 こんな不定期連載だけど、頑張って完結まで走ります。

 ロドリゲスとバルデスログアウト、しかしバルデスはロンメルさんに単独で多大な被害を与え。
 ロドリゲスと愉快な仲間達も、非戦闘員や負傷者が逃げる時間をかなり稼ぐ事に成功しました。
 果たして脱出組が生き残れるかどうか、結末は2-08をお楽しみにお待ち下さい。


 そして、この作品を読んでる人にMIXIのメタルサーガやってる人いたら聞いてみたい。
 悪名高いナインテイルの為にくじを100回回した作者はアホかどうか…いや、うん。解ってるんだ、アホだって。
 結果?  ナインテイルは幻だったんじゃよ。




[13006] 2-08話 『生還せよ』
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:272320ca
Date: 2012/07/01 20:49



 ──固体識別名“B”ノ沈黙ヲ確認

 ────『マスターノア』カラノ指令ヲ受信

 ──指令ヲ確認、受領

 ──素体トシテ“B”ヲ確保、処理施設ヘノ移送プランヲ実行

 ──殲滅チームヘ素体確保指令ヲ中継


 


荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 8話
『生還せよ』





 マットと救急車が二台、砂漠を走る。
 目指す方向はサンタ・ポコ、ではなく…。
 つい先ほど、砲撃音が止んだ元補給地点へ。

 
「皆……」


 愛車であるマットを操作している少女、アルトが呟く。
 少女の脳裏に浮かぶのは、自らの料理を褒め喜んでくれた気の良いハンター達の顔。


「ハスキー君、無事に到着できればいいんだけど」


 最後まで命令を拒否していた愛犬の姿を思い出し、しょうがないなぁあの子はなどと呟く少女。
 しょうもない独り言にもいつも反応していた愛犬が隣にいない今、逃げ出したくなるくらい怖く心細い。

 しかし。


「あの人達を…死なせる、もんか…!」


 遠くから聞こえる砲撃音を耳にした少女が勢いよくハンドルを切り軍用車両が勢いよく旋回し。
 つい先ほどまで車両があった場所に複数の砲弾が着弾、砂漠にクレーターを象る。


「マッドさん! こちらアルト、追撃部隊を確認しました!」


 通信機にどなるように叫ぶ少女、すぐに通信機の向こうから野太くも逞しい了解という返事が返ってくる。
 アルトが自ら志願し、そして課せられた任務、其れは──。


 負傷者、非戦闘員を逃がすための囮であった。

 なぜそうなったか、それを説明するには少し時間を遡る必要がある。









 砂塵を巻き上げながら全速力で走るトラックと、それを護衛するように走るバギーと救急車。
 今、それらの車両の内のトラックの中で一つの話し合い…否。怒鳴り合いが行われていた。


「何バカな事言ってるんだい!」


 額に青筋を立てて年若い…まだ少年と言える年齢のトレーダーを怒鳴りつけるターニャ。


「し、しかし…」

「しかしもカカシもあるもんかい! アンタはアルトちゃんに死んで来いって言うのかい?!」


 決して細腕とはお世辞にも言えない手でトレーダーの襟首を掴みあげるターニャ。


「で、でも…このままじゃ皆死んでしまうじゃないですか! あの人だってハンターなんですから命かけるのが仕事でしょう!?」

「バカ言ってんじゃないよ! あの子は命の危険がないって内容で来てもらったんだ! 今更ソレを反故にするなんてできるわきゃないでしょうが!」


 怯えながらも、死にたくない一心で抗弁するトレーダーを一喝し突き飛ばすターニャ。
 トラックの中を転がりうめき声を上げるトレーダー。
 そんな彼を別のトレーダーが助け起こし、口を開く。


「しかし姐さん、このままじゃ追い付かれて皆殺しにされるのは間違いないと思いますぜ」


 飄々とした物言いのトレーダーを睨むターニャ。
 しかし男はどこ吹く風とばかりに肩を竦め、物怖じせず言葉を続ける。


「あっしらが嬢ちゃんの料理で楽しんだのは事実ですし、ソレで儲けさせてもらったのも間違いはないですさ」

「だったらこの議論はアルトちゃんを向かわせないで結論つくさね」

「そしてマッドの旦那を単身向かわせるつもりですかい? それこそトレーダーの流儀から外れてるとあっしは思うんですがね」

「それとコレとは話が違う!」

「何も違うところはないですさ………姐さん、アルトの嬢ちゃんに死んだ娘さん重ねるのはやめときましょうや」


 男の言葉に、トラックの中がしんと静まり返る。
 ターニャは一瞬言葉を失い、奥歯を噛み砕かんばかりに男を睨んで……。

 一触即発の空気が流れるトラックの中、通信機から声が聞こえる。


『…あー…えーと、今話しても大丈夫です?』


 少し気まずそうな少女の声が通信機から響く。


「…アルトちゃんか、もしかして今の話…」

『えーと……はい』


 力ないターニャの言葉に気まずそうに答えるアルト。
 通信機からの着信に気付かないほど、頭に血が上っていたことを自覚しターニャの頭が少しだけ冷える。


『マッドさんとも話したんですけど、やっぱり足止めか攪乱しないと撤退は難しそうなんですよねー』

「い、いいんだよアルトちゃん…何か考えるからさ…!」


 少し強張ったのんきな声で話すアルト。
 少女が何を言おうとしてるのか、理解してしまったターニャはその先を言わせまいと案もないのに思わず言葉を紡ぐ。



『…ボクとマッドさんで追撃部隊の足止めと攪乱やってきます』


 ターニャの言葉に少しだけ、躊躇いを言葉に含ませながら。
 アルトは強い意志を込めて告げる。 

 静まり返るトラック。


『…大丈夫だ、作戦ならある』


 気休めかもしれんがな、と続けつつ通信機から野太い声が響く。


「…聞かせておくれ」

『アルトのハスキーに手紙を持たせて全速力でサンタ・ポコまで走らせる。快速の車両があれば俺達が死ぬ前に救援を取り付けられるはずだ』

『それにやつらとて無傷ではあるまい、俺達が生き残る余地は十分にある』

「それなら、今護衛を続けても…」

『オカミも知ってるだろう。守りながら戦うのは難しい、そしてそこまでの余裕もないって事は』


 野太い声、マッドの言葉に拳を強く握りしめるターニャ。
 トラックの中のトレーダーは、ただ見守るしかなく。


「………すまないね」

『謝らないで下さいよー、ターニャさんのおかげでいろんな美味しいモノ食べれるようになりましたし』


 ソレしか、方策はないことを知り…いや。
 理性では理解していたが感情で納得したくなかった事を突き付けられて、最も出したくなかった指示をターニャは出す。


「けど、絶対に死んだりしたらダメだからね! 生きて帰るんだよ!」










「わっ、とっ、ほわー!?」


 あまり得意とは言えないクルマの操縦を必死に行いながら、暴走兵器からの砲撃をかわし続けるアルト。
 時折機銃を掃射するも、まぐれ当たりでもしない限りまともなダメージなど与えられることはなく。


「鬱陶しいっての!」


 頭上から銃弾を浴びせかけてくるハイエナ達にキレたのか、ハンドルを固定し。
 バギーを走らせたまま、助手席に置いておいたライフルを手に取り…即座に照準、狙撃。
 一匹を撃ち落して少しスカっとしつつ、慌ててハンドル操作をして砲撃を回避する。


「…あの娘は、自分がいかに異常な事をしているのか自覚はあるのだろうか?」


 そんな少女の様子を視界の端に入れながら、『素手』で暴走兵器の装甲を引き剥がし剥き出しになった中枢に鉄拳を叩き込むマッド。
 自らも人のことを言えないことをしているのだが、往々にして自分のことは中々気づかないものである。


「まぁ、なんであれ…愛車を粉々にしてくれた礼だ。ボコボコのバキバキにしてやるぞ!」


 沈黙した自走砲の砲身をもぎ取り、獰猛な笑みを浮かべながらハンマー投げの要領で空飛ぶUFOめがけて投擲。
 プログラム上想定されてないその攻撃に反応が遅れたUFOはなすすべもなく直撃、煙を吹きながら墜落する。


(しかし、思った以上に数が多いな…損傷してるのが多い事と、連携がいまいちだからまだ助かっているが)


 考えながら墜落したUFOを持ち上げ、これまた別の自走兵器へ向かって投げつけるマッド。
 その間も、クルマに乗っているせいか優先して狙われているアルトは必死に逃げ回っている。


「…ふん!」


 人体からは決して出ない類の風切り音を出しながら、また一台の装甲をぶち抜き沈黙させるマッド。
 その先にあったケーブルを引き千切りながら腕を引き抜き、自走砲を沈黙させ…最後の自家製エナジーカプセルを噛み砕く。

 最初は2台であったが、それでも一人と一台で二人は責務以上に敵の目を引き寄せ攪乱することに成功していた。
 しかし、それは同時に…。


(脱出する隙が見つからん…余力があるうちに撤退したいところなのだが)


 次から次と押し寄せてくる自走兵器群に、嫌な汗が流れるマッド。


「っくぅ!?」


 幾つか命中弾を受け、装甲が傷付いていたバギーにさらに銃弾が食い込み。
 既に限界寸前であったソレは、緩やかに動きを止め始める。


「ま、まってよ!もう少しだけ頑張ってよ!」


 今までロクに本格的な戦闘に使ってこなかった愛車のダメージに、叫び声を上げるアルト。
 しかし、機械の塊であるクルマに少女の祈りも想いも力に変える機能など当然なく…。

 足が止まったクルマに、無慈悲な狩人達の砲口が定められる。


「あ……」


 その瞬間。
 少女は脱出を考えないといけない場面で足が竦み。


 『死』を、覚悟した。






【あとがき】
 壁|ω・`)
 壁|ω・`) 遅くなって申し訳ありませんでした。
 壁|ω・`) 不定期更新になりそうですけど、最後まで走りぬきたいと思います。





[13006] お知らせとお詫び
Name: ラッドローチ◆8d6f207a ID:7fc8b734
Date: 2014/05/06 20:46
お久しぶりです、ラッドローチです。

ずぅっと更新停止していた本作の更新を未だ待っていただいていた皆様へ、深くお詫びいたします。
そして、未だこの作品を待っていただいていたことに深く感謝をしたいと思います。

本作『荒れ果てた世界に~』でありますが、近日中に更新しひとまず第二部を終えたいと思っております。
後わずかではございますが、厚顔無恥な願いでもありますが。
今しばらくお時間頂きたく思います。

取り急ぎ、暫定納期としては5月8日中には2-9話をお送りしたいと思います。

以上、よろしくお願い致します。



[13006] 2-09話 『語り継がれてゆく事』前編
Name: ラッドローチ◆8d6f207a ID:7fc8b734
Date: 2014/05/07 22:45

 
 ……ん? ああいらっしゃい、話に夢中で気づかなかったよ。
 ああなんだい、この坊主があんたのお仲間のメカニックか…い?

 え、ええ。ああ今の話は誰から聞いたかって? そりゃぁ、なんとか怪我しながらも帰ってこれたこの店の元店主からさ。
 ……へぇ、坊主も似たような話を母親から……へぇ……。
 ねぇ坊主、もしかしてそこの入り口で待っているでかい犬コロの名前は……ああ、やっぱり……。

 ……話についてけてなさそうなメカニック坊……ああ名乗らなくていいよ。
 アンタの母さんと父さんの名前、当ててやる。『ア──』に『──ル』……だろ?
っ、ぷくく。ああ失礼、アンタ結構スカした面なのに呆気に取られると可愛いもんだね。

 ゴメンゴメンって、お詫びじゃないけどさ。
 この店の名前を出して、この町の修理工場の責任者のエキセントリックな女に装備を相談してみな。
 きっと、そこでしか手に入らない超ド級の一品を腐るほど用意してくれるよ。
 金の心配も無用さ、特別にタダで用立てるようアタシから言っておく…それにアイツも断らないだろうしね。

 なんでそこまでしてくれるのか? そりゃ簡単さ。
 アタシらは、アンタの母さんの危機に何もすることができなかった。
 これは、罪滅ぼしなのさ。

 ……いかんねぇ、湿っぽくなっちまった。
 さぁさぁ好きなもの食いな、そこの犬も入ってきな!
 今日は良い日だ、アタシの奢りでたらふく食わせてやんよ!



 

荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 8話
『語り継がれてゆく事』前編
 



 結論から言えば、アルトと言う名の少女は悪運が強かった。
 危機を察したマッドが渾身の力で投げた、プラズマタンクが偶然砲撃を遮る遮蔽物となったこと。
 呆然と座り込むその体を、まだマッドが担いで逃げれるだけの余力を持っていた事。

 そして。

 ズタボロのハスキーの様子をみて、アサノ=ガワの町からやってきた愉快な食道楽共が全速力で救援に来たところに合流できた事。
 言ってみれば、ゴールドアントの群が延々と目の前でまごついていたかのような偶然、そしてその偶然を掴み取る悪運。
 それらに恵まれた少女は今。


「…………」


 サンタ=ポコの町の、自らの店の自室に閉じこもっていた。


「きゅぅん……」


 隣に座り込む、未だ傷が癒えない愛犬の声に反応し優しく撫でる。
 結局、あやふやなままここまで来た少女の心は。
 あの地獄そのものと言える戦場で見た光景、そして恐怖に打ち勝つ事は出来なかった。

 無論、未だ残っている前向きさでなんとか出歩こうと思った事もあった。が。
 部屋を出るまではまだいい、しかし店の外の…『青空』の下に出ようとした瞬間。
 足がすくみ、動けなかったのだ。


「こんなのじゃぁ、ダメだよねぇ……」


 自嘲気味に力なく笑いながら、愛犬をやさしくブラッシングするように撫で続ける少女。
 始まりこそ発掘されたカップ麺に釣られてやってきたものだが、それでもここで得られた食材による料理はとても楽しかった。
 しかし、今は。


「……空が怖いんだ、どうしたらいいんだろうね。ボク」

「きゅぅん……」


 際限なく砲弾が降ってくるあの光景、そして吹き飛ぶ人だった欠片。
 順風満帆過ぎた今までへのしっぺ返しとも言える地獄。

 もう、故郷に帰ろうかな。とまで考え始めたその時。

 少女が閉じこもっていた部屋の扉を、気遣うようにノックする音が部屋の中に響いた。











 いつもは賑やかな喧騒が場を支配している、少女が店主を勤めていた酒場。
 しかし今は、人払いをしていることもありまばらに人が居るのみで…。

 意気消沈している店主の内心を映すかのように、店の中も重い空気が包んでいた。


「……というわけさ、北西の補給所は壊滅。集めた物資も金も、そしてハンターもほとんどがパーってワケさね」

「そうか……」


 北西の補給所の責任者だった、壮年の女性トレーダーであるターニャが自嘲気味に笑い酒を喉に流し込む。
 半ば自発的に愚痴に付き合っている、長い付き合いであるベテランハンターのバズも言葉を失う有様であった。


「……正直ね、今回の件であたしらの信用はこの界隈じゃ地に堕ちたも同然さね。ここらが潮時なのかもねぇ」

「……しかし、そうなるとアルトはどうなる? お前さんらの後ろ盾があってこそだろう、あの娘は」

「この店はもう大丈夫さ、それにあの娘ももうこの付近には居たくはないと思うよ」


 アレだけの地獄を味わっちまえばね、とこの地に連れてきた負い目を隠しきれない顔でターニャが呟く。


「……そうか、まぁ。あの娘がこの激戦区でのほほんとしてられたのが奇跡だったのかもしれんな」

「そして、あそこから生還できたのもね」


 二人してため息を吐き、同時に酒を喉に流し込む。


「あ、酒が切れちまった……おーい、黄金亀煮込みとバリバリソーダ頼めるかい?」

「はい、かしこまりましたー」


 空になった杯を傾け、店員であるメイを呼びお代わりを注文するターニャ。


「……しかし姐さん、老けたな」

「ぶつよ? と言いたいところだがね……さすがにこの年になっても、顔馴染みがくたばるのは心にクるものさ」


 新たに届いた酒を受け取り、軽く掲げてソレを呷る。


「……しかし先ほどから酒を受け取るたびにやっているが、ソレはなんだ?」

「いまさら気付いたのかい、コレはね……」


 もう、呑めなくなったヤツらへの献杯さ。
 そう呟いて、この数日で皺が増えた辣腕女トレーダーは力無く笑った。












 カーテンを締め切り、愛犬と寄り添っていたアルト。
 その部屋を訪ねてきたのは……。


「……少し、話をしてもよろしいですか?」


 この地へと少女を連れてきた青年トレーダー、カールだった。



「……そんな、扉の向こうからじゃなくても中に入ってきてもいいんですよ?」

「いえ、女性の部屋にみだりに立ち入るのもマナー違反ですし」


 それに、あなたの番犬が怖いですしね。と冗談っぽく続け。
 青年の物言いに、少女の顔に思わず小さな笑みが浮かぶ。


「そうですか……で、お話って一体?」


 愛犬を伴いながら、話をよく聞くために扉のそばまで近寄りながらアルトは問いかけ。


「……私達は、先の件を受けてこの町の事業から撤退することになりました」


 返ってきた言葉に、さまざまな感情を感じる。

 やはりか、という諦観。
 この地から逃げれる、という安堵。
 そして、この地で築いてきた色々なモノへの未練を。

 だが、さらにその感情を掻き乱す言葉が青年から告げられる。


「……それとですね、実家から今回の件を受けて早急に帰ってくるように連絡もきまして」

「カールさん、確かアサノ=ガワ出身じゃなかったんでしたっけ?」

「ええ、ここから南に結構行ったところです」


 何度か、カールから聞いた実家付近の話を思い出してアルトは問いかけ。
 その問いに、扉の向こうで青年は肯定の言葉を返す。


「と言うことは……」

「……ええ、アルトさんがキャラバンについて帰るのならば。ここでお別れとなります」

「そう……ですか……」


 青年の言葉に、寂しさと今まで感じたことのないナニカをアルトはその貧相な胸中に感じる。
 色々と面倒もあったしトラブルもあったが、それでも長い時間共に過ごしてきた男性であるカール。
 ともすれば、兄に近い感情を持って接してきたつもりであった。


(じゃあ、なんでこんなにザワザワするのかなぁ……)


 ぼんやりと考えるアルト。
 アサノ=ガワに居たころはまだ自覚もほとんどなかったが、気が付けば女としての生がもはや当然となっていた自分。

 今、少女は。
 扉の向こうにいる人物に、自分がどのような感情を持っているのか自分自身に説明することが出来ない状態となっていた。

 そんな、自らの感情と思考に混乱する少女の様子を知る術のない、扉の向こうにいる青年は言葉を続ける。


「……私の実家近辺って、昔はそれはもう危険区域だったのですけど今は平和そのものなんですよ」

「あ、はい」


 掠れに掠れた前世の記憶に当てはまるインパクトのある案件だったため、上の空のまま青年の言葉に相槌を返すアルト。
 そして、そんな少女の様子に気付かないまま。
 実はそれなりにテンパっていた、扉の向こうの青年は。


「……それで、ですね」

「はい」

「……わ、私の実家に。一緒に来てもらえますか?」

「はい……て、えぇぇぇぇぇぇぇ?!」


 会話の中に、カミカゼボムを放り込み炸裂させた。
 







【あとがき】
 チョロチョロ動くハムスターを愛でるかのような視線でアルトを眺める。
  ↓
 メシウマなところや、割と気が利くところに見直す。
  ↓
 仕事上の愚痴を聞いてもらったり、時折容赦なく怒られたりする。
  ↓
 なんのかんの言って無理を聞いてくれたり、気遣ってくれる。
  ↓
 あれ? この娘、可愛くね?

 ちゃんとプロットどおりに書けてたら描写できてたはずの、カールさんの内心の変化でした。
 駆け足気味で申し訳ないのですが、一旦物語をまとめるためにもご了承いただけると幸いです。幸い、です…(土下座)



[13006] 2-10話 『語り継がれてゆく事』後編
Name: ラッドローチ◆8d6f207a ID:43713acd
Date: 2014/05/11 23:44

 
 やれやれ、本当にありったけ食ってったねあの坊主共は……。
 まぁ、良いくいっぷり見れたし良しと……おや、どうしたんだいハスキー?
 ……手紙? あの人から? どれどれ……。
 ……なんだい、あのメカニック坊が母親に全力で止められたって愚痴ってたけども。

 『出来る限りの助けになってあげてほしい』とか、あの人も母親になったんだねぇ……。
 で、ハスキー。アンタは目付け役と護衛ってところかい? ……ああ、やっぱり。

 過保護なのも考えモノだよねぇ、そうは思わないかい?
 ……おや? 客かい?
 悪いねぇ、もう食材が片っ端から食い尽くされちゃって今日は店じまいさ、明日来ておくれ。

 ……え? 客じゃなくてマッドから預かってきた代物受け取りにきた?
 アンタ、あいつの娘って割りにはでかいが……ああ、弟子かい。
 見たところ、ナースの心得があるソルジャー……いや。レスラーかい。

 まったく、いずれ必要になるだろうから仕上げておいてくれとは言われてたけどねぇ……。
 まさか、アイツの弟子が受け取りにくるなんて夢にも思わなかったよ。
 ちょいと待ってな、今からとってくるから適当にかけといてくんな。

 ……ん? なんでメカニック坊についてた犬がここにいるかって?
 ……なんだいアンタら、チーム組んでるのかい。さっきまでここでたらふく飯食ってたとこだよ。

 ……あー、食べ物の恨みってヤツ晴らすのは構わないけども。殺さない程度にしてやってくんな。




荒れ果てた世界に転生(う)まれたけど(略 第二部 最終話
『語り継がれてゆく事』 後編
 



 重い空気が未だ晴れない酒場の中、バズが周囲を見回す。
 この酒場に来た当初は確かにいたはずの、とある青年が居ないことに気付いた彼は口を開く。


「そういえば、カールはどこにいるんだ?」


 ベテランハンターのその言葉に、ターニャはどこか愉快げに笑みを浮かべる。
 状況も事情もわかっていないバズにそれだけで理解できる道理はないが…。
 来る途中も、青年がとある少女を非常に気にかけていたことを思い出し。
 

「もしかして……アルトのところか?」

「その通りさ、ちょっとあの坊にも事情あってねぇ。アイツとはこの町でお別れになるのさ」


 寂しくなるさね、とバリバリソーダをターニャは喉へ流し込み。
 唇を湿らせて、続きを話し出す。


「カール坊は元々ここからだいぶ南に行ったところにある、ポブレ・オプレってところ出身なのさ」

「ソレと今の状況が、俺にはいまいち繋がらんのだが……」


 もったいぶったターニャの言い回しに、後ろ頭をぼりぼりと掻くバズ。
 そんな男の様子に苦笑を浮かべ、そう話を急ぎなさんな。とターニャは呟き。


「あの坊はその町の責任者の一人息子、行ってみればボンボンでね……付き合いの深いアタシらが修行もかねて面倒見てたのさ」

「……ああ、そう言う事か」


 ようやく話の流れを理解し、バズはぽんと手を打ち。
 さらに首をひねり、もしや……と言葉を口にする。


「……別れを一足先に伝えに言っているのか? あのすっとこどっこいのカールが」

「アンタも大概酷い評価してるねぇ、まぁその通りなんだが」


 ぐぃっと酒を呷りながら肯定するターニャ。
 そして。

 上階から少女……アルトが仰天したような声が響いてくる。


「おやおや、カール坊もしかして言っちゃったのかねぇ」

「……何をだ?」


 アルトの声に驚き天井を見上げていたバズが、頭にハテナを浮かべながら聞き返す。
 それに対してターニャは。


「今生の別れになるかもしれない、惚れた女に対して男が言う事なんてひとつだろ?」


 ニヤァ、とまるで他人の恋路を安全圏で眺める性悪婆さんのような笑みを浮かべた。











 そして、今まさに話題の渦中となっているアルトとカールはと言えば。


「じ、実家って…………あ、りょ、旅行ですよね!」

「いいえ、アルトさんが了承して頂けるのならば結婚相手として両親に紹介しようかと」

「こ、こんな貧相でちんちくりんなのお断りされますよ!?」

「問題ありません、旅先で家族を持つことについては出る前に両親から許可されてました」


 混乱のさなかにいた、主にアルトが。
 カールも爆弾発言した当初はかなり混乱していたが、それ以上に混乱している少女が扉の向こうにいるおかげか。
 そこそこ、いつものペースを取り戻している。


「ぐ、ぐいぐい押してくるね君も!」

「ここで言わないと、もう機会もなさそうですし……それに」


 思わず、プライベートのときのような丁寧語を外すほどにテンパりながら扉の向こうのカールへ言い返すアルト。
 そう言葉を投げかけられれば、涼しい声でカールは受け流し……。


「陳腐な話ですが、先の件でアルトさんへの気持ちも再認識したもので」

「恥ずかしい事を言うね君も!」


 ふかー!と叫ぶアルト。


「……今この場所ですぐに返事を下さいとは、私も言いません」


 けども、前向きな返事がもらえると嬉しいです。
 そう言い残し、扉の向こうの青年は部屋の前から立ち去っていった。

 そんな言葉を投げかけられたアルトはと言えば。


「ぅー、わー、ぅー」


 ぎゅぅ、と隣に寄り添っていた愛犬を全力で抱きしめ部屋の中を転がる。
 ハスキーが簡単に抵抗できる程度の力であったが、主人が望むことだからか愛犬も飼い主と一緒に素直に転がっていた。 


「どうしようハスキーくん、どうしよう。顔が凄い熱くてドキドキする」

「わぅー」


 どうしようどうしよう、とうわ言のように呟く少女。
 愛犬は、知らんがなと言わんばかりにやる気なさげに一声鳴いた。


「こ、これアレだよね。プロポーズだよね、実はドッキリとかないよね!」


 ぴゃーー、とか奇怪な声を漏らしながら愛犬を抱きしめる少女。
 そんな飼い主に対してハスキーは。


「わぅ」

「はう」


 ぺし、と軽く前足で主人の額をはたいた。


「……ごめん、ハスキーくん。凄い取り乱した」

「わぉん」


 割と痛かったのか涙目で額を手で摩りながら、愛犬に少女は詫び。
 ハスキーは、いいって事よ。とばかりに一声力強く鳴いた。 


「……とりあえず、うん……外に出るのは怖いけど。でも」


 みんなに、相談しないと。と呟いて少女は立ち上がり。
 部屋の中にある、ここ最近良く使うようになった鏡を見て自分の顔を見る。


「あはは……自分の顔だけど、酷い顔してるなぁ……」


 鏡にうつるその顔は、目の下にクマが浮かび髪の毛はぼさぼさで。
 とてもじゃないけど、人様の前に出れる顔じゃなく。


「……え、ええと……」


 櫛で髪を整え、ターニャはメイに手解きされた化粧をし始める。
 この時アルトは気付いていなかったのだが……

 そのときの化粧は、いつもの適当な化粧よりも何割か気合が入った仕上がりとなった。













 そして、瞬く間に日は過ぎ去り。
 引継ぎの全てを終え、アサノ=ガワの町を旅立ったアルトは……。


「……怖いのなら、トラックの荷台の中にいても良いのでは?」

「だ、大丈夫。それになんとか直さないといけないから……」


 カールが運転する大型トラックの、助手席に座っていた。

 少女は迫る期日の間考え、考え鏡にうつった自らを見てようやく自覚したのだ。
 青年の前にたつ時は、普段よりも自らに女を意識していたという事実に。


「そうですか」

「そうなのだよ」


 Cユニットの補助を受けながら危なげなくハンドルを操りながらカールは少女の言葉に相槌をうち。
 どこかやさしさを含んだ青年の言葉に、柔らかい笑みを浮かべて少女は応える。


『あー、ご両人ー仲良くしてるとこ悪いッスけども。 ちょっくら大物が先方にいるんで潰してくるッス』

「了解しました、ボーナス弾みますね」

『ソレは有難いッス。 愛する嫁と生まれたばかりのウルフのためにも、稼ぐッスよー!』


 先行してルートを走っていた、下っ端口調のハンターからの通信を受けカールは応答し。
 その発言をきいてやる気を多めに出したのか、真紅の装甲を持つ重戦車……レッドウルフが速度を上げはじめる。


『ちょ、お、おま! バカ野郎!急に加速すんなぁ!!』

『すまんッス』


 その上にのん気に座ってた、スキンヘッドのソルジャーが落ちそうになったのは。
 きっと些細な事なのだろう。


「ふふ……ディックさんも、頑張ってください」

『おうよ任せとけ! しかし、アルトちゃんが人妻になるとはなぁ…」

「ひ、人妻って…!」


 通信機のむこうから響く逞しい声が、しみじみと感慨深く呟き。
 その言葉に、アルトは顔を真っ赤にする。

 やがてレッドウルフとソルジャーが向かった先から戦闘音が響き始め。
 少女とカール、それと荷台で丸まって寝ているハスキーを乗せた大型トラックは巻き込まれることを防ぐため停止する。


「……大丈夫ですか?」

「……うん、大丈夫」


 時折響く砲撃音に身を震わせるも、こくりとうなずくアルト。
 そして、少女は口を開く。


「カールさん……ボクね。色々語り継いでいこうと思う」


 砲撃音が響く方から目をそらさないまま、ポツポツとアルトは語り始め。
 運転席に座る青年は、ただ頷き。少女の言葉の先を促す。


「生きてきて怖かったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、そして……」


 散っていった人達のこと、と少女は呟く。
 その少女の言葉に青年は。

 ただ、何も言わずに肩を抱き寄せた。


「……ほとんど忘れちゃったけど、今回の黒幕のことも……」

「……ノア、ですか」

「……うん」


 もしかすると、もっと早く思い出し対策を打ってれば悲劇を防げたかもしれない存在。
 その事を思い出せなかった事もまた、少女にとって枷となっており。
 青年の想いに応える時に、詰られる事を覚悟でアルトはカールに打ち明けていた。

 そして、青年は。


「……惚れた女の荷物も担げないで何が男ですか、トレーダーってのはね。担いだ荷物は死んでも守る生物なんですよ」


 あの時、少女に返した時とまったく同じ言葉をアルトへ告げた。












「ふぃー、楽勝ッスね」

「そりゃなぁ、お前さんももはや重鎮ハンタークラスだし」


 自慢の真紅の重戦車で目標を吹き飛ばし、ボーナス確定となったハンターはのんきにため息を吐き。
 スキンヘッドのソルジャーはといえば、欠伸しながらのん気に応える。


「いやー、照れるッスよ」

「ま、調子にのらないようにだけしろよ。なんかお前ヒョッコリ死にそうだし」

「ひでぇっす!」


 げらげら笑いあう二人、しかし周囲への警戒は解くことなく。
 依頼人である護衛目標の下へ行こうとして…。


『こちらマッド、しばらくその場で待機せよ』

「了解……て、なんでッスか?」


 トラックの護衛兼医者役としてついてきていたマッドからの通信で動きを止める。
 そして、ハンターの怪訝な声に対してマッドは含み笑いをしながら応答する。



『簡単な話だ、キスシーンの時にもどって気まずい思いはしたくないだろう?』







 





【あとがき】

 まずは、この話を読んでいただき応援していただいたこと。
 その事について、改めて深く感謝を申し上げたいと思います。

 そして、実はこの結末はある程度最初から決めてはいました。 
 ただ、自分の力量不足で心情の描写とかを練りこめなかったこと。
 そして、付かず離れずのToLoveる的展開を盛り込めなかったこと。
 そこだけが、後悔が残る状態でもあります。

 しかし、そのあたりをやるだけやってたらいつまでたっても終わりそうになく。
 また更新停止しかねない自分がいたので……甘えではありますが、ここでひとつの区切りとさせて頂きました。

 何度も更新停止した作品を、ここまで応援していただき、誠に、誠にありがとうございました。




 次何か書くとしたら、番外編で息子編か人妻編を書くかもしれません。
 もしくは、艦これとメタルマックスのクロスか……予定は未定です。 



[13006] リメイクのお知らせ
Name: ラッドローチ◆91df6e29 ID:39210d62
Date: 2015/01/04 16:47
今更でありますが、某ハーメルンにて荒れ果て~のリメイクを投稿し始めました。
一部設定の変更(TSの削除、設定組み換え、つけたし)をしております。
当初予定してた二世視点の話等については、リメイク側基準で行こうと思いますので、今後はこちらの更新は完全にストップする事となります。
予め、ご了承いただけると幸いです。



ちゃうねん、夫婦生活ネタとか通して色々と流れ考えてたら……。
原作知識所持設定とか、TS設定が思い切り足枷になってしもうたんや……(作者の泣き言)


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