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[12007] 侵食する変態と幻想庭園 【東方Project】
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2011/02/13 09:00
はじめに


① 本作品は【上海アリス幻樂団】様製作の【東方Project】の二次創作です。

② 原作とは異なる表現、解釈、設定が存在します。特に世界観が違っております。

③ 本作にはオリジナル主人公、組織が登場します。

④ 本作は御馬鹿なギャグ指向です。こういう乗りです。

 「海風に揺れる……一輪の花!」

 「今話題のイカ娘ってやつか?」

 「違うよ、キュアマリンだよ!!」

⑤ パロディ台詞を使うときがあります。

⑥未熟者ですが精一杯頑張ります。




[12007] Act.1-1  伊達男と幻想庭園
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:45
幻想郷

博麗大結界により外界と隔離された外れた者たちの理想郷、今や幻想の存在として外の世界から否定された存在が住まう夢の都。遥か昔の、懐かしき日本の原風景が残る地。

その中で特徴的なものは広大な自然だったりと色々とあるが、最も特徴的なのはやはり住民だろう。そこに住まう人の世から外れたモノ達こそが幻想郷の主役であり、顔と言っていい。しかし一概に外れたモノといっても様々である。幽霊。 妖怪。 妖精。 神。 宇宙人。 巫女に、魔法使いと非常に多岐に渡る。

だが、幻想郷の住民全てが人外というわけではない。幻想の地においても、平凡な人間が住まう地がある。人獣が守護する人間の集落。 妖怪たちはこの集落を、【人間の里】と呼ぶ。

そこは外界と断絶した世界なだけに、今やTVの中でしか見る機会がなくなったような一昔前の服装ばかり着用した人ばかりだ。

しかし、その老若男女問わず、古めかしい着物の様な恰好をした人の中に明らかに異彩を放っているものがいた。緑や、赤に、黄色といった色艶やかな着物を着た可愛らしい少女、稗田 阿求(ひえだ あきゅう)だ。

稗田 阿求。 幻想郷において妖怪辞典的存在の【幻想郷縁起】を編纂している稗田家の九代目当主でり、転生の術で数百年振りに一度に生まれ変わった初代、稗田阿礼の転生体でもある。稗田阿礼(あれ)とは、はるか千年も前から、人間が安全に暮らすために妖怪についての知識を記した【幻想郷縁起】を書き始めた人物だ。何代も転生しているが、その代償か、転生する際には記憶のほとんどを失っていることに加え、寿命も僅か三十年と色々と問題がある。

といったように稗田 阿求は色々と常識外れた存在だが、外見上は十と少しばかりの幼い子どもであった。

「今日もいいお天気ですねぇ」

彼女は、爽やかな風に髪を靡かせ、人里の通りを歩いていた。幻想郷縁起の編纂の息抜きのためである。実はここ最近、作業が思うように進んでいなかった。というのも世間で“馬鹿扱いされる妖精”に屋敷に侵入され、書類を凍り付けされたり食べられたりと多大な邪魔をされた為だ。おまけに仮眠をとっていた自身の顔にまで筆でラクガキをされていた時には、普段温厚な彼女でさえ激怒した。

「お、阿求ちゃん。 今日はお散歩かい?」

「こんにちは霧雨のおじ様。 商売の方はどうです?」

「まぁ悪くねぇな。 阿求ちゃんもまた今度よってくれや」

その時は是非に、と他の里人にも同様に挨拶をしつつ歩みを進めると、懐かしい建物が現れた。

老築化が進み屋根だけでなく全体が見窄らしいソレは、以前人の悪い男が住んでいた住居だ。一日中、酒を飲んでは荒れて、根拠のない言い掛かりをつけては喧嘩を吹っかける荒くれ者が住んでいたらしい、と噂を聞いたことがある。随分と前に他界している彼と、阿求は面識はなかったが、人伝にそういう噂を聞いたことがあった。

…………所詮、噂は噂ですから、どこからどこまでが真実かなんてわからないですけどね。そこまで、恐ろしい方だったのでしょうか?

かの家の住人と面識があったものは、今でも彼を恐れている。彼が他界した後になっても、彼の魂はその家に取り憑いており、勝手に何かしようものならば呪われると信じてられているほどだ。確かに建物から瘴気のようなものが吹き出ているようにも見える。錯覚かもしれないが、日差しも心地良いというのに、その屋敷周辺だけは周囲よりも気温が低い気がした。昔そのことで、博麗の巫女に調査を依頼したが『そんな面倒くさいことやぁよ』と断られたことを思い出す。

思わず苦い表情になった阿求は

「しかし…………“荒くれ屋敷”とは安直な。 私なら“【ぴー】”もしくは【ピーピー】と名付けますね」

眼前にそびえ立つ屋敷を前に、とても見た目少女が口にすべきではない言葉を吐く。普段の彼女なら心の内だけで留まっただろうが、最近の“馬鹿妖精”の襲撃のせいで阿求にもストレスが溜まっており多少黒くなっていた。

「それにしても馬鹿妖精め、書類を凍らすだけでなく食べるなんて……忌々しい。 今度悪さをしたら追い詰めて肥貯めに打ち込んでやるんだから……!」

瘴気を纏いながらとんでもないことを口走る阿求を見て、里の男衆は無言で顔を反らす。まるで、一瞬でも少女のその言葉に感じた背徳的快楽を否定するかのように。

そんな時だった。

「阿求さんッ! そこ危ないですよ!!」

近くにいた恰幅のいい中年男性が、声と同時に此方の手を引いたのは。直後に、

「錐揉み回転!?」

言葉の通り錐揉み回転で、此方に突っ込んでくるものがあった。それは人形(ヒトガタ)である。それも大柄な成人男性だ。何なんだ、と思う間もなくそれは屋敷に突っ込んでいく。けたましい破壊音。凄まじい音を立てて屋敷は倒壊した。舞い散る埃、四散する木材、消し飛ぶ瘴気。

言葉にならないとはこういうことを言うのだろう、と自身を客観視しながらそう思った。

「一体どういう状況…………?」

呆然としながらも、周囲を確認することにする。屋敷は原型を留めていない。元々、老築化が進んでいたというのもあるが、錐揉み回転で突っ込んできた男の速度が半端なかったということも、倒壊の理由の一つだろう。

続いて飛来物、突っ込んできた男の姿を探してみるも見当たらない。おそらく、瓦礫の下に埋もれているのだろう。先程、阿求が怪我をしないように腕を引いてくれた男も含め、何人かの里人達が瓦礫の周辺で救助活動を始めようとしていた。何があったのかはわからないが、阿求は救助に参加せずに、それを遠巻きに眺める。というのも、彼女は非力な十と少しばかりの幼い子どもだからだ。救助活動に何の役にも立ちはしないと判断したからだ。

…………出来ないことよりも、出来ること。この場合、私に出来ることといったら状況の分析くらいでしょうね。

男が飛んできた方向に目をやる。すると、意外な人物が腕を振りぬいた形で瓦礫の山を睨みつけていた。阿求はその人物――――、風見 幽香(かざみ・ゆうか)を見て、顔を引き攣らせる。阿求だけでなく、里人の大半が幽香を見て、阿求と同様の反応を示した。

風見 幽香とは、幻想郷でも指折りの実力を持つ強力な妖怪だ。普段は強いものや、特別な能力を持つ人間にしか興味を持つことはない。戦闘力敵な意味で、一度興味を持たれてしまうと悪夢であるが、基本的に紳士的な妖怪であるので、此方からちょっかいを出したり、彼女が大切にしている花畑を荒らさない限り危険はないはずである。人里にある妖怪専門の商店とも、基本的に悪い関係ではない。問題らしい問題も、今までは起こったことなど一度もない。そのはずなのだが “四季のフラワーマスター”の異名を持つ、視界の先にいる彼女は、随分とお怒りの様子である。

「まさか……先程飛んできた人は、彼女を怒らせるような真似を?」

振りぬかれた片腕を見る限り、男は張り倒されるように殴られたのだろう。所謂、ビンタを受けたに違いない。あの錐揉み回転もそれなら頷ける。そうだとしたら顔面は陥没しているかもしれませんが、と阿求は思った。

幽香クラスの妖怪のビンタを人間が食らえば、普通ならその顔面は弾け飛ぶか、千切れるか、最悪でも捻じれるだろう。しかしながら、基本的に人里では幻想郷の管理者等により、妖怪による人間への殺害は禁止されている。幽香もおそらくそれは忘れてはいないはずだ。ならば、多少顔面が変形しているだろうが生きてはいるだろう。

「何時までも死んだ振りなんてしていないで、そろそろ立ち上がってきては如何かしら?」

ねぇ伊達男さん、と額に青筋を浮かばせた幽香は瓦礫の山を睨みつけてそう言う。普段が紳士的な妖怪程、激怒した際の怖さは異常である。

言葉の一つ一つに込められた感情が空気を震わせているかのようだ。敵意を向けられる先、瓦礫の山で埋もれた男を救助しようとしていた里人達に、幽香の敵意に抗う術はなく、彼等は蜘蛛の子を散らすようにそこを離れた。

誰でも自分の命は惜しい。そんなことは当然だ。ましてや、幽香の敵意だ。逃げ出さない方がどうかしている。だから、阿求は救助活動を破棄して逃げ出した彼等を非難する気持ちにはなれなかった。それに、幽香の口調だと埋もれた男は生きているらしい。一先ず、死者がなかったことに一息ついた。これから出るかもしれないが、と思いながら。

「あれは……?」

屋敷の残骸を注視していると、ガラクタの山から腕が生えてきた。天を穿つように突き出された腕に次いで、頭、胴体が出てくる。

ガラクタの山から出てきたのは、三十台半ばの男だ。精悍な顔つきに、僅かばかり日に焼けた肌に加え、身に紳士服を纏っている。それは、幻想郷ではあまり着るものがいないだけあって、ひどく浮いている。それに加え特徴的なのがその目元、左目に片眼鏡(モノクル)を着けていることだ。彫の深い顔にそれはよく似合っていた。

明らかに人里から浮いているその存在に一体何者なのでしょうか、と疑問を抱く阿求の視界の先、男は飄々とした笑みを浮かべ、

「手首の捻りがよくきいた張り手だったよ、幽香君。 しかし、幾ら照れ隠しにしても少し酷いのではないかね? 仮に、君の張り手を受けたのが私でなかったら、顔が千切れているか、陥没していただろうな」

「手加減してあげたのだから生きていて当然でしょう」

それよりも、と幽香は続ける。

「この私が親切にも、道端で右往左往していた貴方を人里に道案内してあげたっていうのに、まさか恩を仇で返すように人前で押し倒されるとは夢にも思わなかったわ」

彼女の言葉を僅かばかり吟味するように顎を撫で、「それはだね」と男は頷く。

「あれは私も本意ではなかったのだよ。 悪戯好きのクソが……ではなく、少年に背を押されてな? つい、幽香君を押してしまったわけだ。 つまり、事故だ」

「あらあら。 面白いことを言うのね、駄犬風情が。 なら訊くけど、偶発的に押し倒したのは事故だとしましょう。 では何故、故意に唇を奪おうとしたのかしら?」

周囲の重力が増した気がした。当事者ではないとはいえ、風見 幽香の怒気に晒されるのはあまり健康に宜しくない。

「ステイツで生活していた時の癖だよ。 向こうでは、挨拶時に接吻するのが普通でね」

「ステイツが何処かなんて知らないし、ましてやそこの文化なんて知っちゃことないわ。 要するに、歯でも食いしばりなさいな」

「痛いのは勘弁願いたいものだ」

「勘弁願いたいから何? まさか逃げるとでも言う気? 本当に馬鹿な駄犬ね。 この私がみすみす逃がすと思うの?」

手加減していたそうだが、それでもあの風見 幽香に殴られても飄々とした態度を崩さない男に、阿求は違和感を抱いた。

その違和感を抱くことになった原因は、彼女が持つある特殊な能力だ。その名も、【一度見た物を忘れない程度の能力】 幻想郷では、力のある妖怪や、稀にだが阿求のような人間が固有の能力を持つことがある。例えば、【炎を操る程度の能力】【悪夢を具現化する程度の能力】【武器を手にしたら一流の戦士の戦闘力を発揮する程度の能力】などが挙げられる。

【一度見た物を忘れない程度の能力】という地味な持つ彼女は、まじまじと男の顔を見つめる。というのも、阿求の記憶には、その存在が記されていなかったからだ。

「……私の記憶にない? 新しくやってきた妖怪? それとも、神隠しに遭った外来人?」

それほど近い距離にいるわけではないのに呟く声が届いたのか、興味という名の感情の籠った視線が幽香から、阿求へと向けられた。

…………ッ!?

その瞬間、強烈な吐き気にも似たものが彼女を襲う。心の中をぐちゃぐちゃに掻き回されるような忌避感、全身を愛撫されるかのような不快感、土足で心の中を荒らされたかのような嫌悪感。そういったものに心が縛り付けられる。

怖さでいうなら、風見 幽香の方が数百倍も恐ろしい。しかしながら幽香と違う、別種の恐ろしさが男にはあった。すなわち前者が単純な暴力的な毛色だとすれば、後者は得体の知れない不気味な毛色をしており、それが夜道で背後からヒタヒタと付きまとわれるような恐怖を、阿求に与えていた。今も眼前の男浮かべているあの飄々とした八雲 紫(やくも・ゆかり)のような笑みが、そういった思惑を余計加速させるのかもしれない。

阿求が得体の知れない何かに心を浸食されている一方、渦中の主達は

「臨戦態勢を整えている幽香君。 一ついいかね?」

「なによ? 見苦しい命乞いは寿命を縮めるだけでしてよ」

「命乞いとえばそうなのだが、一つ手品を拝見してもらおうと思ってね」

「そういえば、道中で言ってたわね。 自称奇術師だ、って」

「紳士の嗜の一つだよ」

そう言って足元に転がっていた木材を手に取る。それは先程、倒壊した屋敷だったものの一部だ。他にも似たような木材が当たり一面に転がっている。

「これを投げて地面に落ちるまでに、私は君の前から消えてみせよう。 お題は“瞬間移動”」

「あらあらあら。 駄犬にしては面白いことを言うのね」

幽香は童女のような笑みを浮かべながら、

「いいでしょう。 仮に、そう仮によ? 貴方の言う“瞬間移動”とやらが成功した暁には見逃してあげるわ」

笑みの表情を浮かべているが、瞳はまったく笑っていない顔で告げる。ただし、と前置きし

「普段なら半殺しにする程度の無礼だけど、貴方の奇術というもの興味があったから、ここまで譲歩してあげたのよ? 万が一、瞬間移動というものが失敗した場合は、私刑を受けてもらうわ」

私刑という言葉に、その場にいるものは疑問の表情を浮かべた。死刑なら理解できるが、私刑とは何なのだろうか、と。

「簀巻きにして張り倒すのは確定だけど、それだけだと甘いから罰を追加するわ」

「追加?」

「ええ。 一度全裸に剥いた上で、それもこの往来の多い通りでね? 私の足を舐めてもらうわ。 駄犬にはちょうどいいでしょう?」

里人の間で悲鳴が上がった。悲鳴の種類は二種類だ。悲哀の声と、何かを期待するかのような桃色の悲鳴だ。前者は男性が、後者は女性がその大多数を占めていた。ちなみに、どうでもいいことだが阿求も後者である。

「なん……だと?」

「新参の分際で……幽香様のご褒美、だと?」

「神は死んだ…………初めから信じてなんかいなかったけど」

「所詮、人生は別れが全てなのさ」

男達は膝を折り、その場に崩れ落ちた。虚ろな瞳からは、とめどなく涙が零れ出る。余程、悔しかったのだろうか。一方、憂いに支配された男達とは打って変わって、女達はというと…………。

「キャーお姉さま! ステキー!!」

「なんて背徳的な! 駄目よそんなプレイ!! 病み付きになるじゃない!?」

「流石、幽香様ッ! 私達には出来ないことを平然とやってくれる!」

「そこに痺れるぅ! 憧れるぅうう!!!」

割れんばかりの声で、歓声を上げていた。もはやお祭り状態である。中にはヘヴン状態のものも見受けられる。建物倒壊などがあって危ない雰囲気が漂っていた先程とは大違いだ。今では奇術師の男と、幽香の周囲には多くの人が集まっていた。無論、出歯亀目的で。遠巻きに且つ客観的にその光景を眺めていた阿求は思う。もうこの里は駄目かもしれない、と。

「幽香君。 随分と人気があるようだが、その、なんだ……近寄らないでくれるか? 変態が伝染る」

「……待ちなさい。 貴方、絶対に私のこと誤解してるわよ」

「しかし」

男が何かを言おうとしたところ、周囲を取り囲んでいる人込みの中から、ある人間が幽香目掛けて飛び出してきた。脂の乗った中年男性だ。ぶよんぶよんと揺れる腹と、額に巻いてある【風見 幽香様に踏まれようの会】と書かれたハチマキが印象的だ。彼の表情は、鼻息が荒く、目が血走っている。極度の興奮状態に陥っているのが窺えた。

見た目はあれながら軽快な動きで地を駆け、

「幽香さまぁあ! ふ、ふふふ踏んで下さぁああああああいひょごぉう!?」

いざ飛びかかろうとした瞬間、後方から輪の形をした縄が飛来し、彼の首を巻きつく。彼は空中で停止し、そのまま人込みの中へと引きづられていく。そして、その姿が完全に人込みに埋もれた直後に、

「てめぇ! 抜け駆けしてんじゃねぇぞ!!」

「“風見 幽香様に踏まれようの会”の鉄の掟を忘れたのか!? 抜け駆けは万死に値するぞ!!」

「この非国民がッ!」

「俺だってなぁ! 幽香様に踏まれたいんだよぉおお! くぞぉぉぉぉおお肥貯めに打ち込んでやる!」

怨嗟の咆哮と打撃音に加え、

「ふぎょ痛!? 痛いけど痛いけど、だがそれがいい……ッ!! これ何てエクスタシー!? ぎゅえ痛ッ痛い!!!」

豚のようなくぐもった悲鳴がそこら一帯に木霊した。

バキバキと奏でられる打撃音を無視し奇術師は無言で、幽香を見た。視線を向けられた彼女はと言うと、目を逸らして無視に徹している。二人の間に、奇妙な沈黙が流れた。気のせいでなければ彼女の頬は引き攣っているように見てとれる。あまり言及しない方がいいのだろうか、と思いながらも男は結局、問うことにした。

幽香君、と彼が呼びかけたところ、

「忘れなさい」

疲労6、怒り3、何とも言えない気持ち1がブレンドされたかのような声だった。

「いや、しかし」

「忘れなさい。 忘れないと言うのなら、殴ってでも忘れさせるから」

取り付く島もないとはこういうことを言うのだろうか。下手に刺激してしまったら、爆発しかねない危うさを放っていた。おそらく、人里に日用品を買いに来る度にこのようなやり取りがあったのであろう。並々ならぬストレスを抱えているに違いない。

「兎も角、貴方の言う奇術とやらをさっさと見せないな」

「了解した。 それでは、この木材が地に落ちる前に、私は君の前から姿を消してみせよう」

男は即座に手に持っていた木材を投擲した。それは、幽香目掛けて一直線に飛んでいく。それなりの速度に回転が加わったそれが当たれば、いくら幽香が妖怪といえ雀の涙程度は痛いだろう。

しかし、

「この程度のこと、目くらましにでもなると思ったの? そうだとしたらとんだ御馬鹿さんね。 チョン切るわよ」

誰かが「な、何を……?」と疑問に思う前にそれは幽香の眼前に迫り、彼女はそれをまるで蠅を払うかのように、、手に持った日傘を一閃するだけで難なく弾いてみせた。ただ、誤算は視界から奇術師を逃さないために、適当に弾いてしまったことにある。弾かれた木材は、

「え?」

観衆の内の一人、偶然眺めていた阿求に向かった。幽香に弾かれたといっても、その回転力は多少落ちた程度で、阿求のような幼い子どもに当たれば無傷では済まない。更に、それは少女の顔面に向かっている。下手をすれば、傷跡が残る恐れがある。

皆が咄嗟に反応しようとするも、あまりに遅すぎた。この瞬間になっては、木材を弾いてしまった幽香ですら間に合わない。拙い、と阿求が思った時には尖った断面がやけにゆっくりと見えた。そしてあと数回転で届こうかというところで、

「済まない。 ちょっとした手違いで危険な目に遭わせてしまったようだね」

阿求の視界には凶器ではなく、緩い笑みを浮かべた男が映りこんだ。飄々とした態度のわりには、他人に安堵を与えるかのような落ち着いた声が遅れて届いた。最初に抱いた感情が嫌悪感だったり、違和感だったりした分、その驚きは大きかった。

…………これが外の世界から流れ込んできた書物にあった“ギャップ萌え”っていうやつかしら?

軽く混乱する阿求に、彼は「ところで」と前置きし、疑問を発した。

「先ほどから、私のことを気にしているようだが、何か用だろうか?」

「…………」

嫌悪感は先程に比べればそれほど大したことはないが、何か漠然とした違和感を男に抱いた。本能的なものが警鐘を鳴らしている。何かがおかしい、と。

「はぁ……はぁ」

改めて男を観察してみることにした。客観的に見れば、男は“伊達男”という言葉がしっくりと当てはまる。ここいらではあまり見ない灰色の紳士服に、同じ色の帽子といった洒落た服装を普段着のように違和感なく着こなした。また、日に焼けて少し浅黒くなった肌に、精悍な顔つきという要素も加えて、世間一般の感性から見れば、俗に言う“いい男”という部類に入るだろう。

しかしそれだけだ。それ自体は問題ない。

……では、一体どうしてこの人に違和感を?

「はぁはぁ……はぁ」

少女は自身に問いかける。何故ああも異常な違和感を抱いたのか、と。もう一度、彼女は男に視線をやる。身長の関係上、彼の半分程しかない彼女が必然的に見上げる形になる。

「はぁ……はぁ。 用といいますか、そのッ」

「その?」

そこで気がついた。先ほどから気にしていた違和感に。そう、それは奇術師と名乗る男の声、動作、香りに至るまでがまるで媚薬のようだということだ。甘美な麻薬のように染み渡る男の声に、

「はぁ……はぁ……」

ただ、相対しているだけで息が荒くなり、視界が涙で滲む。より端的に言えばまるで発情したかのような状態に襲われる。異常だ。魅惑だとか魅力だとかそんな言葉では言い表せない暴力だった。

…………【異性を魅了する程度の能力】でも持っているの?

魅惑という暴力に翻弄され、対魔力や異能に体性のない彼女は熱病に罹り、立っていられないと言わんばかりに膝を折る。ああ駄目だ、と思った時には身体は崩れていた。

「大丈夫か?」

そんな彼女を咄嗟に抱きしめるものがいた。奇術師の男だ。身体が触れ合う。少女はその瞬間、自身の脳内がますます侵された気がした。今にも飛びかかり自身の欲望を余すことなく曝け出したい衝動に喘いでいると、

「人といえど、外界と隔離された幻想に住まう住人ならば、もしや異能に体性があると思ったのだが。 万人がそういうわけではないか」

困り顔で呟く男の言葉が耳に届く。

…………ふぁくぁswでfrtgyふじこlp;@?

しかし、それを音だとは認識できるが、それがどういう意味を持つのか今の少女には理解できなかった。その、泥酔した獣のような虚ろな瞳を揺らす様を見て、男は流石にまずいと思ったのか、

「すまないね。 即席で悪いがこの式を打ち込ませてもらうが構わな……」

「うー! はーいはーい!」

少女の反応を見た男は無言で阿求の額に指を当てると、「キミノヒトミニキノコピラフ」と何を呟く。すると、不思議なことに彼女の瞳は意思の光を取り戻すことになった。


     ∫ ∫ ∫


まるで白昼夢でも見ていたようだ、と意思を取り戻した阿求は思った。

「……私は、一体何を?」

「その前に、即席で豪華なものは出来ないが其処に腰掛けてほしい」

そう言うと、阿求の身体をまるで、椅子に座らせるかのような動作をとる。少女のくらくらする頭では、疑問に思うことがあった。往来が多い中央の通りに椅子などあるはずがないのに、何を言っているのだろうか、と。というのも、好き好んで路上の中央に、椅子を配置する人間などいないからだ。 仮に、あまり広いとは言えない路上の中央に椅子を設置したとしても邪魔なだけで、誰も利用しないどころか、すぐさま撤去されるだろう。

…………なのに、どういうことでしょうか?

ふと背に当たるものがった。思わず首だけ動かしてみると、椅子があった。小さな木製の椅子だ。 小さいが、その椅子は小奇麗で、子どもの阿求が座るには十分過ぎる大きさのものだ。座り心地は悪くない。 それどころか、ひどく落ち着く。石が投じられた水面が波紋を放っていたかのような心が、静かに落ち着いていく。男が距離をとったというのもあるが、この椅子には何か特別な効果があるのかもしれない。

「色々と思うことがあるかもしれないが、これを使いなさい」

「……す、すいません」

言葉と共に渡された青いハンカチで、阿求は慌てて涙を拭った。ハンケチに視線を落とす。 綺麗な青色だ。 青というよりは、藍に近い綺麗な。肌触りもよく、きっと安くはない品だろう。そう思った阿求は、途端に申し訳なさそうに告げた。

それより早く

「済まない」

「え?」

「故意ではなく、害する意思がなかったとはいえ、君には迷惑をかけた」

男はそう言って、少女の足元に土下座した。堂に入ったそれは非常に洗練された土下座だ。おそらく、日頃からやり慣れているのだろう。

「……事情がよく飲み込めませんが、何事もなかったことですし頭を上げて下さい」

「申し訳ない。 しかし、せめて謝罪ついでにこれを受け取ってほしい」

立ち上がった男の手にはいつの間にか、紙袋が握られていた。 まるで、手品か魔法のようだ。ちょうど、阿求の腹から胸は隠れるであろう決して小さくない袋だ。当たり前のように差し出された紙袋を、阿求は反射的に手に取った。あまり重みはない。

抱きしめた袋の中からは、甘い香りが漂ってきた。先程の色香の類ではなく、菓子の甘い香りだ。

「凄く自然な流れで渡されたので受け取りましたけど、ここまでしてもらうのは悪いです。 貰えません」

「どうか私の男を立てると思って受け取ってはいただけないだろうか。 それに同じものは幾らでもある、ほら」

そう言って、またどこから阿求が胸に抱いているのと同じような紙袋を取りだした。

「…… どこから出したんですか? ひょっとして手品ですか?」

「私のつまらない手品だとも。 だが、どういうタネなのかは教えて差し上げられない」

「どうしてですか?」

にやり、と口角を吊り上げながら、男は答えた。悪戯好きの子どものような表情だ。

「子どもと、可愛い女の子に夢を見せるのが大人の仕事だからだ」

白い歯を浮かばせ、そんな気障なセリフを口にする。口にした本人は兎も角、阿求にしては赤面ものだった。思わず、紙袋を抱く腕にぎゅっと少しだけ力を込めた。紙袋の中から、甘い香りが洩れる。阿求のお腹が、きゅう、と小さく鳴り、反射的に俯いてしまう。

「お腹が空いているなら、食べてくれて構わない。 自分の造ったものとして感想を聞きたいからね」

「……いただきます」

俯いたままで、男の表情は伺えなかったが、きっと緩い笑みを浮かばているだろうな、と少女は思った。阿求が袋を開けると、和菓子、銅鑼焼きが五つほど入っていた。幻想卿という隔離された世界では、この様な菓子でさえ珍しいのか、阿求は好奇心にせかされ、それを手に取った。

「これは、どういう和菓子なんですか?」

「小麦粉、卵、砂糖を原料として焼いた二枚の皮の間に、粒餡を挟んだ菓子だ。 外の世界では、皆知っているんだが、ここはそういうわけではなさそうだね」

「……ええ。 博霊大結界で遮断され、外界とのやり取りを制限された世界では色々と物資も制限されますから。 ある例外を除いて」

男は阿求の返答に何か思うことがあったのか、そうなのか、と頷いた。

「……今、外の世界と仰いました?」

「私としてはその話よりも、先に菓子を食べることを勧める。 ちょうどいい具合に、温かいのに勿体ない」

「食べ終わったら話してくれますか?」

「なんなら、前向きに善処する所存であります、とでも答えようか?」

「質問に質問で返さないで下さいな」

それは悪かった、と相も変わらず緩い笑みを浮かべる男に、阿求は頬を膨らませた。その態度からも読み取れるように、彼女は随分と外に対しての好奇心が強いようだ。

「……失礼して。 いただきます」

外に対しての好奇心も強いが、手元の温かな菓子を優先することにしたようだ。紅葉のような小さな手が銅鑼焼きを掴み、その小鳥のような小さな口へと運んだかと思うと、彼女は花咲く笑みを浮かべた。実際、彼女は花の様に可憐であったが、笑みを浮かべたその様は普段よりも何倍も可憐であった。

「あまくて、おいしいですね」

あっという間にまるまる一つ平らげる。とても幸せそうな笑みを浮かべているのを見る限り、男の和菓子の成果が窺える

男は満足そうに頷くと、

「茶でも飲みなさい」

湯のみに入った茶を差し出した。少女は渡されたそれを極自然な流れで受け取り、

「ありがとうございます。 あ……渋くて美味しいですね。 私、こういう渋いお茶が好きなんですよって、また手品ですか?」

「今度は湯のみごと茶を出してみたかが、お気に召さなかったかね?」

「そういう問題じゃなくてですね。 …………って、そういえば先ほどから、ひどく自然な流れで路上の真ん中を占拠してました!?」

偶発的に木材が彼女のもとに弾かれた時、おそらく自身を助けてくれたであろう男に意識を割いていた阿求は、今頃、自分達が通りの真ん中を占領していることに気がついた。

なんてことをしていたんだ、と阿求は泣きそうになった。礼儀を重んじ、閻魔様の手伝いをすることもある彼女にしてたら、とても恥ずかしい行為だったからだ。今も、周りを見渡すと周囲には路上の中央だけあって、それなりに人が多く老若男女が通りにあふれている。

「?」

しかし、阿求はその光景を見て、違和感を覚えた。 見慣れた路上。 見慣れた顔ぶれ。 見慣れた日常だ。見慣れた光景であったのだが、

「……え?」

ただ、動いている人は誰もいなかった。

阿求は今更ながら、気がついた。世界が色を失い、不自然に停止している、と。空も、大地も、山も、人も、鳥も、犬も色を失い、彼女の視界には灰色の世界が広がっていた。里中から音が途絶えて、まるで世界から切り離されたかのようだ。

加えて、色んなものが停止している。今まさに躓こうとしている老婆、先程から幽香の周囲にいた群衆も発条が切れた人形のように停止している。また、大妖怪の風見 幽香ですら停止していた。極めて異常な状態だ。

混乱する頭の中、阿求は周囲をもう一度、観察し直す。停止した世界の中、例外はあった。阿求自身だ。 そして、彼女には色がった。 艶やかな着物が、灰色の世界で、その存在を誇示するように異彩を放っている。これが意味することはつまり、

「動けるものは色があり、動けない停止したものからは色が失われる? けど、どうして私が動けるの? それに、誰が何の目的で時を止めたのかしら?」

皆が停止しているのに、と阿求は疑問を持つ。また、脳裏にはこの現象を引き起こせる能力を持った人物が浮かんだ。

十六夜咲夜。

吸血鬼が住まう館、紅魔館でメイド長を務める人間。その【時間(空間)を操る程度の能力】を持つ彼女なら、この現象は実行可能だろう。 しかし、そうなると動機はどうだろうか。彼女に、この周辺を時間停止するメリットがあるのだろうか。

「おそらく、彼女は違う」

紅魔館の主を第一のこととして考える彼女が、このような主のためにならない行動を取ろう筈がない。それに、阿求だけを停止させないでいる理由もない。悩む阿求に突然、声がかけられた。 少しいいかね、と。

「……そういえば、あなたも動けたんですか。 てっきり停止していたものだと」

あまりに緩い空気なだけに、存在を忘れていたようだ。どうかしている、と阿求は気を確かにするように頭を振る。

「本当に気がついていなかったのかね? 木材が君に向かった瞬間から、私と君を除いて停止していたというのに」

「え、うそ!?」

「本当だ。 嘘偽りなくな。 なんなら博霊の巫女にでも誓おうか?」

「……結構です。 そんな緩いのに誓われても何の保証にもなりません」

それよりも、と阿求は困惑した様子で男に問う。

「どうして、この状況を今の今まで教えて下さらなかったのですか?」

「必要なかったからだ」

問いに対して、そんなことを言うまでもない、という態度を男は示した。本気でそう信じているのだろう。 たかが、里が時間停止した程度のことをわざわざ教える必要があるのか、と。

「必要ない? どうしてですか?」

繰り返すような問い。 阿求には、男の言葉が理解できなかった。少女の顔に、やや険のある表情を浮かべる。 何やら男に対して言いようのない不信感を改めて感じたからだ。

「一時的に時間という因果から切り離された状況にあるだけのこと。 それが、君に危険を及ぼすことは確実にないからだ」

「私に害がなくても里の皆に何かあったらどうするのです?」

「それも問題ない。 言っただろう? たかが、時間が止まっただけだと。 この空間も、直に解ける」

「……これが一時的なものだの、直に解けるだの、何故そうもわかるのですか? それに、この様な異常事態でその冷静さ」

まるでこの現象を引き起こした犯人のよう口ぶりです、と阿求は棘のある声で問い詰める。

同時に、椅子から腰を上げ、一歩下がった。その瞳には、男に対しての隠しきれない警戒心が浮かんでいる。今から思うと確かに怪しかったと阿求は思う。手品のように何処からか物を出したり、時間が止まる瞬間を近くしていたり、暴力的な魅惑を振りまいたりときりがない。もしかしてこの男が妖怪だろうか、という疑問が少女の中で浮かぶ。少女の疑問通り、この男は確かに、阿求に妖怪と思われても不思議ではない。

というのも、妖怪というのは総じて個性が強い。 神隠しの八雲紫、吸血鬼のレミリア・スカーレットなどが良い例だろう。胡散臭さだったり、カリスマだったりと、たかが数十年生きた人間には醸し出せないような個性がある。そういう個性の点から見て、男は非常に怪しかった。更に、先程、幽香自身が手加減したと言っていたが、彼はあの大妖怪の張り手に一切堪えた様子がなかった。

…………怪しい。

「そう、警戒した目で見てくれるな」

男は苦笑を滲ませ、言葉を続ける。相も変わらず、その態度は飄々としている。それが、この異常な状態の中では際立つ。

「確かに、この里周辺の時を止めたのは私だ」

「あなたが!?」

「だが、別に害意があったわけではない。 何か邪な思惑があるわけでもない。 ただ、君の……ん?」

言葉の途中で、明後日方向に首を向けた。 釣られて阿求も、そちらに目を向けるが何があるわけでもない。あるのは灰色の光景だけだ。特に何かがあるわけではない。再び、男に視線を戻す。

「話の途中ですまないが、どうやら怖い顔をしたお嬢さんがやってきたので、そろそろお暇させて貰うよ」

そう言い踵を返す。向かう先は、里の入り口だろう。

「ま、待って下さい!!」

「時間停止か? それなら、君があと瞬きを十回した時にはもう解除されているよ」

尚も、阿求が口を開こうとしたところ、一陣の強い風が吹き、「きゃっ」と反射的に目を粒ってしまった。

「え?」

目を開くと、男の姿が幻のように消えていた。彼が此処に存在した痕跡は今や、阿求の胸にあるお詫びにと渡された紙袋と、さらさらと砂のように宙に消えていく椅子と湯のみだけであった。少女は呆然とその光景を眺めて、次いで、胸元の紙袋を見るがこちらは消える様子は無さそうだ。

…………何者だったんでしょうか? 態度からは悪人ではないと思うのですが、どうも得体が知れません。 まるで、どこかの妖怪そっくり。


     ∫ ∫ ∫


男が去って幾許も無く、思考に耽っていた阿求の隣に人の気配が生じる。阿求がそちらに視線を向けると、とある女性が興味深そうに彼女を見つめていた。

「……周辺一帯が時間が停止しているようですが、此処で一体何があったのですか?」

短いスカートから覗く脚が魅力的で、【時間を操る程度の能力】を持つ紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だ。









 

――――――――――――――――――――――――――――――



追い詰めて肥貯めに打ち込んでやる……ACFAのイルビスさんが好きだからやってみた。




【今回の主要登場人物】

稗田・阿求(ひえだ・あきゅう)

風見・幽香(かざみ・ゆうか)

十六夜・咲夜(いざよい・さくや)



[12007] Act.1-2  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:46
男が去って幾許も無く、阿求の隣に人の気配が生じる。阿求がそちらに視線を向けると、とある女性が興味深そうに彼女を見つめていた。

「……周辺一帯が時間が停止しているようですが、此処で一体何があったのですか?」

短いスカートから覗く脚が魅力的で、時間を操る程度の能力を持つ紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だ。
尤も、完全で瀟洒な従者と呼ばれる咲夜もこの“時が停止した異変”を目の当たりにしてか、困惑の表情をありありと浮かべている。

余程、自分以外に時を止める者がいることが信じられないのだろう。
普段は大人な雰囲気を漂わせている彼女からは考えられないような、あどけない表情が印象的だ。阿求も、咲夜のその呆けた様な表情が珍しいのか、時間停止とは別の意味で目を白黒させた。

「……私にも詳しくはわからないんですが。 ただ、これを引き起こしたであろう容疑者を一人知っています」

「私の様に時間(空間)に干渉する能力でもないのに、貴女一人だけ時間停止の難を逃れることができたのは、その容疑者が関係者だから、かしら?」

問われた阿求は、少しばかり先ほどの男とのやりとりを思いうかべる。

「関係者、というほど深い関係ではないんですが」

「何でも構いませんわ。 これを起こした人物に、私も個人的な興味が湧いたし教えて下さらない?」

男の姿を思い浮かべる。

「第一印象が……伊達男と言いますか、色男と言いますか。 兎に角、紳士服の様な洋服を着た手品師の様な人です」

咲夜は、手品師という言葉が出た時、僅かにその端正な眉を顰めた。元来、観察力に優れる阿求はそれを目に、どうかしましたか、と疑問した。

「いえ、時間停止に手品とはますます面白い偶然だな、と思いまして。 それで、その伊達男さんは、時間を止めた理由など言ってませんでした?」

「時間を止めた理由……ですか」

風見 幽香に簀巻きにされて張り倒されるのが嫌だったからというものと、弾かれた木材から阿求を守るためという二つの理由があった。

しかし、それが本当に時間を止めた理由なのか判断しかねた阿求は、

「色々とよくわからないのですが、ただ、里に害を加えるつもりはない、と本人は言ってました」

それに、と続けようとした時、ぴしり、と軋む音を阿求の耳は拾った。 糊でくっついた紙を無理やり、剥がそうとするような音だ。少女が慌てて周囲を見やる。

「どうやら停止した世界が動きだしたようね」

「………………そう、ですね」

世界に色が戻り、停止いた時間は正常に動き出したようだ。無音の空間から、急に姦しい居住空間に変化したことで一瞬、阿求は眩暈にも似た感覚に陥った。

「なにが瞬き十回で時間停止は解消される、よ。 瞬きなんて疾うに十回以上してるわ」

色彩が溢れる世界を眺めながら、阿求自身、掴みきれない感情の籠った罵倒が零れる。

「随分と楽しそうね。 何か良いことでもあったのかしら?」

「いえ、ただ……とても美味しい和菓子が出に入って、つい表情が緩んでしまいました」

そう言って胸に抱いた紙袋を視線をやる。釣られて、咲夜も紙袋を見つめた。茶色い紙袋だ。 その中から、ほのかに甘い香りが少女たちへと届く。

「外の和菓子らしくて、幻想郷にはあまり無い味なので新鮮です」

「外の……? ……ああ、先ほどの伊達男さんかしら?」

阿求の表情から察したのか、そう訊ねる咲夜に頷く。

「無礼を働いた、そのお詫びに、と。 私自身、気にしていなかったのですが、強引な方で」

「ただの、悪人ってわけじゃなそうね」

珍しい外来のお菓子が手に入り笑みを浮かべる阿求に、咲夜は苦笑を洩らす。

「それで、伊達男さんの情報はそれだけかしら?」

「そうですね……。 あとは…………手品みたいに椅子や湯飲みを出していた、くらいですかね」

「椅子? 湯飲み?」

ええ、と頷くと阿求は後ろを向く。先ほどまでそこにあった椅子について思いだしているのだろう。

「結局は、砂の様にサラサラと宙に溶けていきました。 残っているのは、これだけです」

男が何処からか出した椅子や、湯飲みは消えてしまったが、胸に抱えた紙袋だけは確かに存在したままだ。

「…………そう」

何かを思案するように、咲夜はその形の良い顎に手をやる。 顎に添えられた指も細く、しなやかだ。

阿求は同性ながら、綺麗な人だな、と思った。

「最後に、その伊達男さんはどちらに向かったか教えてくれないかしら?」

「かまいませんよ」

「助かりますわ」

「ええとですね、この通りを真っ直ぐ行った所にある、里の出口に向かわれたと思います。 何でも、怖い顔をした女性が来たから、と逃げるように去っていきました。 ちなみに、向こうの方を見て、そう仰られてました」

「…………」

阿求が指差した方向は、咲夜がやってきた方角だった。

いくら完全で瀟洒な従者でも、見ず知らずの人間に怖い顔をした女性が来たから、という理由だけで逃げられたとあっては心が痛んだ。

「と、兎も角、助かりました。 失礼します」

そう言って立ち去ろうとする咲夜に、阿求は慌てて声をかけた。 待って下さい、と。それに咲夜は振り返り答えた。何でしょうか、と。顔に愉快そうな笑みを浮かべていることからも、彼女はわかったいたのかもしれない。 阿求が声をかけて来ることを。

「あの、あの方にもし出会えたのなら、また里に遊びにいらして下さい、とお伝え願えないでしょうか?」

「ええ、かまいません。 それでは、今度こそ失礼します」

咲夜はそう言い残すと、阿求の視界から消えうせた。時間を止めている間に移動したのだろう。時間停止の能力を解除された阿求には、咲夜が瞬間移動したのかのように見えたに違いない。

「……ああ、なるほど。 道理で、手品の件でああも過剰に反応したんですね」

視界にはらはら、と舞い散るトランプを収めながら、阿求は納得いったと頷く。

どうやら、紅魔館のメイド長は予想以上に愉快な人間らしい。

「少しいいかしら?」

咲夜が消えた直後のことだ。阿求に背後から向けられる声があった。時間停止の前に、騒動の中心となっていた片割れの声である。即ち、風見 幽香だ。

振り返る。

すると、幽香は困惑した様子で周囲を見渡していた。どうやら、男がいきなり目の前から消えたことがよほど、不思議なようだ。自分に声をかけたのも、彼について訊くためだろう。

そう思った阿求はクスリと微笑み、

「伊達男さんの奇術は、成功しましたか?」

そう問うてみることにした。


     ∫ ∫ ∫


一方、二人の綺麗所から「伊達男」と呼ばれた男は、人里から少し離れた森の中を歩いていた。薄暗い森だ。まだ、日も高いというのに、森の中はひんやりとした空気に包まれ、不気味な雰囲気に包まれている。

静まり返った暗い森の中は、人間にとって、日常から切り離されたある種の異界となっており、幼い幼児なら涙を流し錯乱することだろう。更に、今この瞬間も草場の陰から妖怪が待ち構えているかもしれないという疑惑が、恐怖を加速させる。里の人間なら間違えても入らないだろう。間違えて入ってしまったら、妖怪の餌になるのは目に見えている。そう、目に見えてわかるだろう。なのに、何故、この男が森の中を歩いているのかと言うと、単純に迷っただけである。人里で噂に聞いた博霊の巫女を一目みようと、参道を歩んでいたのだが、彼は何をどう間違えたのか……。

「森に入っていく、可愛い妖精さんなど追うのではなかったよ………………………はぁ」

男は疲れたのか、丁度いい所に転がっている黒いものに腰を下ろした。黒いものは意外にも柔らかい。きっとキノコの類だろう、と結論した男は掌に飴を生み出すと、それを口にした。

「……しかし、認めたくないものだな。 若さ故の過ちというものは。 おかげで、今夜は野宿になりそうだ」

「そーなのかー?」

「君はそうでもないのか?」

呟いた声に返答があった。男の極近くから聞こえてきた声だ。声を聞く限り、まだ年端もいかない幼い子どもだろう。だが、その声は子どもらしからぬ妙な艶を含んでいた。 まるで、ずっと待ち続けていた恋人に愛を囁くような、そんな甘い声。それでいて、どこか凄く疲れたような声。

「それよりも、あなたは食べてもいい人類?」

「私のような賞味期限が過ぎたようなおじさんを食べようと言うのか、君は。 面白い、面白いな、きっと珍種に違いない」

「あなたは、もう少し状況をちゃんと認識した方がいいわ。 私が何て言ったか理解してないの?」

「いいや。 理解しているとも。 つまりはお腹が空いているのだろう?」

違うかね、と男は首を傾ける。傾けたが、声の主がどこにも見当たらなかった。周囲を見渡してみるが、姿は見当たらない。

「どこ見てるのー? ここにいるじゃない」

「こことは何処だ? もう少し詳しく頼む」

「あーもー、あなたの下にるって言っているの」

苛立った声に言われて下を向く。 確かに、声の主が言う通り、男の下には黒い何かがある。何かがあるが、男はそれをもうキノコとして認識していたものだ。

「しかし、これは……キノコだろう?」

「キノコじゃないわ。 ルーミアだもん」

「なるほど……これは、キノコじゃないんだな」

「そーそー。 それはキノコじゃなくて、ルーミア」

「つまり、ルーミアというキノコの親戚なんだね?」

苛立ちを噛み締める歯ぎしりが、男にも聞こた。 どうやら、声の主のルーミアは相当苛立っているらしい。

「……いい? チルノでもわかるように優しく言うからよーく聞きなさい。 ルーミアは妖怪なの、キノコじゃないの。 理解した?」

男はルーミアの言葉を何度も反芻して、実にいい笑顔で問いかけた。

「では訊くが、君がキノコではなく、ルーミアだという証拠はあるのか?」

「な、何言ってるの!? ルーミアはルーミアなの!! どうして信じてくれないの!!」

「噂によると、幻想郷には悪戯が大好きな妖精が多数住むという……それは知っているな? それを踏まえた上で考えてみると、この声は妖精の悪戯で、私を騙して楽しもうとしている疑いがある」

「違うもん違うもん!! ルーミアなのーッ!!!」

男の視界が揺れた。 森の木々が揺れていないことから、男が自分とその下のキノコだけが揺れていることに気がつく。もう一度、キノコを観察してみる。

「なんと……っ」

キノコからはまるで、女の子の脚が生えていた。
男の驚愕の声が漏れる。先ほど見た時はなかったはずなのに、と何度も確認するが確かに脚を存在している。尻を軸に身体を回転させると、男の視界に鮮やかな金髪が映った。

「な、なん……だと?」

男が驚愕したのは無理もない。 キノコから、女の子の首が生えているのだ。

「ルーミアと言ったかね? 聞こえているか」

「……なんのようー。 あなたなんて嫌いだから、さっさとどっかに行ってほしいんだけど」

「ルーミア。 済まなかったね、ようやく理解した。 君はキノコじゃなくて、少女だ。 妖精の悪戯でもないらしい」

「自分の馬鹿さ加減を少しは理解したらどう?」

「……そう邪険にするな。 私は、繊細な心を持つ人間だから傷つくではないか、表面上」

男は戯言を吐きつつも、漸くルーミアの上から腰を上げた。ルーミアはまるで熱射病でぐったりしたネコのようにうつ伏せで倒れている。 排熱でもしているのだろうか。

「それで、ルーミアはどうしてこんな所で寝ているのかね? 趣味かね?」

「…………」

うつ伏せで、少女の表情は読みとれないが、きっとうんざりした表情を浮かべているのが容易に想像できた。反応を示さないルーミアの周りをうろうろしていると、ぽきっ、と乾いた木の枝が折れたような音が、男の耳に届いた。

どうやら、木の枝だったようだ。

「……」

男は歩みを止めて、その折れた木の枝を手にする。そして、ルーミアの脇に腰を下ろして……。

「……ツンツンするのはやめてー」

「君はどうして、こんな所で寝ているんだ?」

「力が出ないのー。 最近、人間を食べてないからお腹すいてるのよ。 里を襲うのは隙間妖怪に禁じられているから……ご飯がないの」

「色々と苦労しているのだな」

「そーなのだー」

外見からもそれは伺える。 髪の毛はカサカサで、枝毛も見受けられる。 スカートもブラウスも汚れてボロボロになっている。女の子独特の強い汗の臭いもする。妖怪にも妖怪の苦労があるのだな、と男は思った。

「それほどまでに、お腹が減ってるのか?」

「だから、訊いたでしょ? あなたは食べてもいい人類か、って」

むくり、と闇色の少女は地面から立ち上がった。それにより、今まで俯せで隠れていた素顔が露わとなる。それを見て、男は感嘆の声を上げた。

色鮮やかな金紗の髪、整った綺麗な顔立ち、爛々と赤い輝きを放つ紅玉髄の瞳、そのすべてが殺意と共に、妙な色気を放っている。外見は子どもながらも、それとは不相応な魅力を持つのは妖怪の特権だろうか。

「食べても、食べてもいい人類か、だと? それを、私に訊ねたところで何の意味がある? それで、君の腹はふくれるのかね? 飢えを満たせるというのかね?」

「……うるさい人類ねー」

「此処は森の中、手出しが禁止された人里ではなく、妖怪の狩場なのだぞ? ならば、やることは一つだろう? さっさとその牙で、爪で、ありとあらゆる能力を持って、獲物を殺害し、その血肉を糧にすればいい」

「言われなくても、あなたは私の食糧なんだからッ」

「そうか、そうか。 それは光栄だ。 君みたいな可愛い子から、そのような言葉をいただけるとは、男冥利に尽きるというものだ」

ルーミアは、目の前の獲物など脅せば怯えて逃げるだろう、と思っていただけあって、その動じない態度に疑問を抱いた。胸に抱いた焦りを悟られないようにしながら、へらへらとした緩い笑みを浮かべる男に問う。

「あなた、私が怖くないのー? 匂いでわかるわ、ただの人間なんでしょ? さっさと逃げないと、本当に食べちゃうよー」

その問いが、男にとって余程愉快なものだったのか、笑みの形を強くした。悪戯小僧のような笑みは、外見が大人の姿と相俟って、普通の感性を持つ人間なら虜になるだろう魅力があった。

尤も、精神が子どものルーミアにとっては、友人の氷精が似たような笑みを浮かべていたなぁ、程度にしか思わなかったが。

「怖い? 怖いか、だと? 怖いに決まっている。 妖怪が人間を襲うのが仕事のように、人間は妖怪を怖がるのが仕事だからね」

だがね、と男は言葉をつづける。

「本当に怖いと思っているのは君なのではないか? 違うか、ルーミア?」

「怖い? 馬鹿じゃないのー。 どうして私が、あなたを、ただの人間を怖がらないといけないの?」

「誰も、君が私を怖がっているなどと言っているわけではない。 私に、食糧に逃げられることが怖いのだろう?」

「な、なな何を言っているかわからないわ!! そそ、そそんなことより、さっさと逃げないと本当に食べられちゃうよー?」

「そして、私が逃げるために、背を向けたところを……ぐさっと、かな? さっさと逃げるように警告したのは、そのためだろう? 腹ペコ妖怪の計画的犯行だね、実に苦労しているのが伺える」

「!!」

その言葉にひどく狼狽したのが、ルーミアの挙動から読み取れる。更に、その挙動はあからさま過ぎた。瞳は定まらず、きょろきょろと左右を向いたり、誤魔化すように量の手をぶんぶんと振り回したり、と誰が見ても焦っているのがわかる。

「ち、違うもん。 ルーミアはそんなこと考えてないわ。 ただ、あなたみたいな鬱陶しい人間が近くにいると不快だから、はやく消えてほしいだけなんだもんッ!」

「普通、妖怪と人間のスペック差は圧倒的だ。 人間の成人男性が数人がかりでも、万が一にでも、君には勝てないだろうな」

「そうなのだー。 人間なんて一撃なのだか――」

ルーミアの言葉を遮るように、男が口を開く。

「なのに、何故だ? 強い力を持つ妖怪の君が、私のような凡人相手に、背後からの不意打ちなどという策を弄する? なんなら、弾幕でも展開すればいい。 ただの人間にとっては、回避することも、耐えることも不可能な凶器なのだからね」

弾幕とは、魔力や霊力で構成される弾丸を、大両にかつ連続射撃することの総称。 一発一発にも、強い力が籠っており、何の抵抗力を持たない人間が被弾したら、一溜りもないだろう。ましてや連射だ。妖怪の優位性は明らかだろう。 仮に、巫女や退魔師、魔法使いが相手ならば、結果はどうなるかわからないが。

「そ、それは……」

「考えられる可能性は幾つかある。 単純に、君が人間にも劣る雑魚妖怪の可能性。 そして、空腹で弾幕どころか、単発の弾丸すら放てないほど衰弱している可能性」

「…………」

「先ほどの会話を考慮したら、後者なのは明らかだね。 もしかしたら、弾幕は撃てるかもしれないが、外した時のことを恐怖しているというところか。 確かに、無駄に力を消費して獲物を仕留めきれなかったとあっては、目も当てられない」

だから、と前置きし、

「背後からの不意打ちで、確実に殺害しようと策を弄したわけだな。 幼い容姿に反して、存外えげつない性格だね、君は」

尤も、妖怪を外見で判断するなど意味の無いことなのだがね、と男は苦笑を零す。策がばれたことに驚きを示しながらも、件の少女は、食糧を諦める気がないのか、男が動きを見せると、ぴくりと反応を示している。

「さて、それでどうする? お互い、このまま睨めっこというわけにもいくまい」

「……絶対に逃がさないんだから」

「ふむ。 君は、待ち合わせの場所に、恋人が来ないとわかっていながらも何時間も待つタイプだね」

「…………」

無駄口を叩く余裕もないのか、その紅玉髄の瞳は男を捕らえて放さない。

その様子を見て、男は呟いた。 モテる男は辛いものだ、と。

「…………」

真剣で、剣呑な瞳で見つめてくるルーミアの反応がいまいちだったのか、男は肩をすくめる。

こうして漸く、両者の間に緊迫した空気が流れ始めたのだ。


     ∫ ∫ ∫


両者が、妖怪と人間として対峙してから、一刻ばかりが過ぎた頃、不意に小さな音が聞こえた。男にとって、それはついさっき聞いたばかりの音である。眼前の、少女の腸が伸縮して「グー」という音だ。余程、空腹なのだろう。 羞恥の感情すらも浮かべることなく、男をただの食糧程度にしか見ていない。

先ほど、男が出会った阿求とは随分と違う。

「こうして女の子に熱い目で見つめられるのは、乙なものだが……今朝から、食したものが飴玉だけだったせいか、私も少し小腹が空いたな」

言葉と同時に、腕をずいっと前に差し出す。 握った掌を上に差し出された腕に、ルーミアは警戒を見せたが、男はそんな少女を気にすることなく、掌に力を込めた。

「どうかな、お嬢さん? この、タネも仕掛けもございません、不可思議な手品は」

警戒の色を浮かべる少女の眼前に、開いた掌を晒す。 それは、銅鑼焼きだった。 先ほど、男が阿求に渡したものと同じものである。ルーミアは、嗅覚を刺激するその甘い匂いに、驚愕を浮かべる。

「……!!」

「欲しい、欲しいかい? 欲しいのなら、わん、と鳴きなさい」

「ほ、欲しいッ」

「君は話を聞いていなかったのかね。 欲しいのなら、わん、と鳴きなさいと言ったのだよ、私は」

「そんなこと知らないわ! 欲しいって言ってるじゃないッ!!」

喚くルーミアを視界に入れながら、男は銅鑼焼きを口にする。その瞬間の、少女の表情は筆舌に尽くしがたいものがあったが、要約すると泣きべそを浮かべた。

「ああ……ッ!」

まるで、この世の絶望を濃縮したような声だ。 男はそんな少女を気にすることなく、呑気に銅鑼焼きを食べていたが。

「流石、私だ。 この味、この歯ごたえ、この香り……完璧だ。 素晴らしいね、私」

ナルシーな気分に浸る。

その様子が余程、気に食わなかったのか、ルーミアは奇声を発して、とうとう男に襲いかかった。策も何もない怒りにまかせた稚拙な一撃だ。 速さも無ければ、技もない。 力も、いつもの三割も込められていないだろう。だが、それでも、その全力を人間の急所に叩き込めれば勝算はあった。これが外れたら終わりだ、と背水の陣をひきながら、ルーミアは全力で、踏み込む。

「私はあなたを倒して、ご飯を食べるんだ―――ッ!!」

切実な叫びと共に、踏み込む脚い力を込め、男の喉を掻っ切るために腕を伸ばす。 食糧を得るために。


     ∫ ∫ ∫


結果的に言えば、ルーミアの爪は男に届かなかった。

ルーミアは、自分の攻撃が眼前にまで迫っているのに回避行動を取らない男を見て、思った。 とった、と。 だが、一瞬で、彼女の視界から男は消えていた。 先ほど、里でも用いた“時間停止”だろう。それを知らないルーミアにとっては、本当に消えたように見えたに違いない。

「世の中は、儘ならない、儘ならないことばかりだね」

そして、ルーミアは気が付いたら、背後から羽交絞めにされていた状況に目を見開いた。 ジタバタと少女は抵抗するが、空腹のせいで、屈強な男の拘束を振り払うに至らない。今の彼女の体力は、人間の少女とのそれと変わらなかった。やがて抵抗を止めた少女に、男は独白するように語りだした。その表情は懐かしいものを思い出すような顔である。

「私の母は厳しい人でね。 私が野良猫に餌をやる度に、口を酸っぱくして言っていたよ。 安い同情などするな、と。 しかし、幼い私は自分の行動が絶対的に正しい、と信じていた。 子ども故の視野の狭さと、善行に対する絶対的な過信というものだ」

「…………」

「だがね、それから思い知らされたよ。 母の言葉の意味と、無責任な行動に対する責任を」

「……ルーミアは猫じゃないもん、妖怪だもん」

やはり認めたくないものだな、若さ故の過ちというものは、と呟く男に、ルーミアは漸く、口を開いた。 どうやら、野良猫と同列に扱われたのが気に食わなかったようだ。

「もちろん、君は猫でもないし、人並みの知能もある。 しかし、社会性を持たない野良妖怪と、野良猫との間にどれほどの差異がある?」

「……うるさいわ。 結局、何が言いたいの?」

「そうだね、前置きが長すぎた。 では、単刀直入に訊くが、お腹一杯ごはんを食べたいか?」

「あたりまえじゃないッ!!」

何を当たり前のことを言っているんだ、と少女から怒りの感情が零れた。男から、ルーミアの顔は見えないが、その紅玉髄の瞳を怒りに染めている。

「当然、当然の欲求だな。 しかし、こんな生活をしていてもお腹一杯になど滅多にならないだろう? 現にこうして飢えている」

男は、羽交絞めにしていたルーミアから拘束を解くと、その身体を回転させた。そのまま、脇の下に手を挟みこみ、頭上に掲げる。父が娘に行うかのようなそれは、俗に言う、“たかいたかい”という行為だ。

「…………ぇ?」

目を白黒させる少女を可愛らしいな、と男は思いながら、

「実は、喫茶店を出そうと計画していてな。 ちょうど、お手伝いを募集しようとしていたんだ。 まぁ、何が言いたいかというとだな、私の店で働かないか?」

「え? え? どういうこと―?」

困惑した表情を浮かべながら、問う。 どうやら、ルーミアは男の話に興味を持ったようだ。

「私は君が欲しい、ということだ。 妖怪だとか、人間だとか、そんなことはどうでもいい。 もう一度、訊くが……私の店で働いてみる気はないか? もちろん、報酬は払う」

「……ご飯、一杯食べれるのー?」

「ある程度、守ってもらわないといけない義務が生じるが、衣食住のすべてを保障しよう。 なんだったら、博霊の巫女にでも誓おうか?」

この男は、博霊の巫女を神か何かと勘違いしているのかもしれない。それに、博霊の巫女に誓われたとしても、それを信じていいのか、どうかわからない。どうせ、誓うのならば、閻魔様にでも誓ってほしいものである。

「よくわからないけど、ご飯が貰えるってことでいいのかー?」

「概ねそうとって貰ってもかまわない。 ちなみに、判断は君にまかせる。 強制はしない」

「で、でも、ルーミアに働いてほしいんでしょ?」

何故か、男の言葉に妙な反応を示すルーミア。 どうやら、彼女自身の中ではもう答えが出ているのかもしれない。

「ああ、私としては働いて欲しいが、君が嫌だと言うのなら無理強いはできない」

「あ……」

そう言って、男は掲げていた少女を地面に下ろす。 それに残念そうな表情を、我知らず浮かべる少女。

「もし、私の店で働きたいと思ったのならついて来なさい」

そう言って、男は静かにルーミアから離れて行く。男は完全に、決断を彼女自身にまかせるようだ。男が去っていくのを見て、少女の心の中で不可解なものが生じた。それは先ほどまで、男に掲げられていた時に抱いた、不可思議な感情だ。自身が抱いた不可思議な感情に戸惑いつつも、ルーミアは即決断した。

追ったのだ、男の後を。

小走りで追いかけ、男の三歩程後ろを黙ってついていく。 少女は、男になんと言葉をかけていいかわからなかったからだ。その無防備な背中を襲おう、とは思わなかった。

それから暫く歩いた後、男は突如、歩みを止め、ルーミアに振り返る。視線を向けられた少女は、訳が分からず首を傾げた。

「おいで」

そう声をかけられ、ルーミアが男のそばに歩み寄ると、男は彼女を抱き抱えた。

「!? なにするの?」

「これでも、自称紳士でね。 疲れている女の子に無理をさせるわけにはいかない。 何故なら、それが大人の仕事だからだ」

「その割には意地悪だったよー」

ジト目を向けてくるルーミアに、苦笑しながら、男は“造り出した銅鑼焼き”を手渡した。

「今の君は野良じゃない。 私の管理下にある。 なら、食べ物を分け与えても問題ない。 母も許してくれるさ」

「……お菓子だー。 食べてもいいの?」

男の腕の中で、少女は感激していた。今にも涙を流しそうである。男が頷くと、ルーミアは小さな口で、ぱくぱく、と食べ始めた。

どうやら不評ではないようだ。

「食べ終わったら、眠るといい。 最近、寝ていなかったのだろう?」

「え? ど、どうしてわかるのー?」

「肌が荒れている。 おそらく、寝ずに食糧を探し回っていたから、かな」

「み、見るなー!!」

指差しながら告げられたそれは、流石に恥ずかしかったのか頬を赤く染めたルーミアは、顔を隠すために、男の胸へと押し付けた。男はそんな女の子らしい反応を示す少女に苦笑すると、かさかさになった髪を優しく撫でた。

傍から見れば、仲の良い父娘にしか見えないだろう。

「ところで、ルーミア。 この森、どうやったら抜けられるんだ?」

「え?」

どうやら恰好をつけて歩きだしたのはいいが、迷子になったことを忘れていたらしい。









 

――――――――――――――――――――――――――――――




[12007] Act.1-3  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:47
その出会いは偶然であった。

偶然と必然との間にどれほどの差異があるかどうかは兎も角、運命の女神はどうしてこうも事態の混乱を望むのだろうか。

男がルーミアと共に森を脱した時の話だ。安心したのか、“超絶栄養濃縮カロリーメイト”で急場を凌いで慰み程度に空腹が満たされたせいか、ルーミアは男の腕の中で寝息を立てている。相も変わらず、緩い雰囲気を纏い道を歩んでいると突如、上空からの視線に気が付いた。男が視線を向けると、空には眩しいほどの白い脚と、それ以上に眩しい白の清楚な下着を覗かせる綺麗なメイドが浮かんでいた。

「…………」

「…………」

メイドと男の視線が交差する。

下着が眩しいなど眉唾ものだと思っていたが真実だとは、と戦慄しながらも男は思った。戦いも、交渉も何事も主導権(イニシアチブ)を握ることが重要である、と。

だから、言った。

「こんにちは、お嬢さん。 随分と清楚な下着だね」

返答はナイフの雨だった。どうやら、幻想郷では照れ隠しに弾幕を撃つのが普通らしい。服に仕込んでいたのか、霊力をこめてナイフ型の弾丸を造ったのかは定かではないが、大量のナイフが降り注ぐ中、男は慌てることなく、時間を止めた。ナイフの範囲外に逃れると、時間停止を解除する。

「……色々と言いたいことはありますけど、覚悟はよろしくて?」

上空では、頬を羞恥と怒りで赤く染めた咲夜がスカートを抑えている。

「君は随分と羞恥プレイが好きなんだね。 そんな所にいては、スカートの中が丸見えだぞ? 人間なら人間らしく、地に足をつけてみてはどうかね?」

咲夜に怒りの視線を向けられても、男は気にした風もなく飄々とした雰囲気を崩さない。それが気に入らないのか、咲夜のボルテージは更に上りつめていく。

「何故、私が下りなくてはいけないのかしら? あなたが、空に上ってきたらどう?」

「では何故、私が上らないといけないのだ? そんなことをしては、君の下着を拝めないではないか」

「……それは飛べない、ということ?」

男の挑発を無視して、咲夜は問う。

「私は俯瞰の風景が嫌いでね」

「答えになっていませんわ」

「答えを言っていないのだから、当然だろう?」

まるで会話にならない、言葉遊びのようなやりとれに焦れて、咲夜が折れた。排除するだけなら、息の根を止めるだけなら地上に降りる必要はない。上空から、ナイフの弾幕を展開すれば事足りる。だが、咲夜は男に興味を持っていたのだ。それも、彼女の敬愛するお嬢様の命令ではなく、彼女自身の個人的な興味を。阿求の話で聞いた外の和菓子、時間停止のこと、手品のことなどそういった事柄から話をしてみたいという欲が生まれたのだ。

「…………ふぅ。 少し話を伺ってもよろしいかしら?」

「駄目だと言ったら?」

「質問に質問で返すのは、礼儀違反ですわ」

それは失礼、と悪びれもしない男に、問う。

「それで、よろしいかしら?」

「ああ。 しかし、私と話をしてみたいとは……惚れたか、私に? いやはや、モテる男は辛いものだ」

「あら、いけませんわ。 寝言は寝て言うものでしょう? それとも、今は立ったまま寝ているの?」

綺麗な笑みを浮かべているが、言葉に込められた棘は中々、容赦がなかった。 が、男にとってはその態度が好印象だったのか、笑みの形を強くする。

「二度ネタだが受け取りたまえ。 君は面白い、面白いなぁ、きっと珍種に違いない」

「誰が珍種ですか、誰が。 私はれっきとした人間ですわ」

「それで、お嬢さんは私に何を聞きたいんだ?」

「せっかちな人ですね、あなたは。 自己紹介くらいさせて下さいな」

「自己を知ってもらおうとするそれは、相手に少なからず、興味を持っているということを意味する。 つまり―――」

何やら語り始めた男の言葉を遮る形で、咲夜は言葉を発した。

「紅魔館メイド長、十六夜咲夜です。 以後、お見知りおきを」

スカートの端を摘まんで、お辞儀する様はまさに完全で瀟洒な従者という言葉がしっくりと当てはまる。

「ご丁寧にどうも、と言おうか。 しかし、外見も然ることながら、名前も美しいな、君は」

「…………普通、こういうのは相手が名前を名乗ったら、自分も名乗るものじゃないの?」

「済まない、どうも性分でね。 それで、名前だったかな? 私は、私の名前は雪人という。 申し訳ないが家名は、訳があって名乗れない」

何やら済まなそう表情を浮かべる咲夜に、

「別に込み入った理由はない。 ひどく個人的な、そう、因縁に決着をつけるまで名乗らないようにしているだけだ」

気にしてくれるな、と笑みを浮かべる男――、雪人は言葉を続けた。

「私のことは、気軽に愛を込めて雪ちゃんとでも呼んでくれ。 もしくは、雪人様と呼んでくれると個人的好感度上昇の予感だ」

「では、雪人さん」

しれっと雪人の言葉を無視した咲夜。

「なんだい、十六夜君」

「……君付けは止めてもらえませんか。 それに、咲夜で構いません。 知り合いは、そう呼びますから」

「では、咲夜君と呼ぼう」

はぁ、と咲夜はため息を零した。そして、お好きにどうぞ、と諦めた口調で呟く。

「単刀直入に訊きますけど、あなたは外来人で、人里の時間を止めた人で相違ありませんね?」

「ああ、そうだ。 博霊大結界なるものを越えてやってきた新参者さ。 そういう意味では、君を年下扱いできないのが非常に残念である」

雪人の言葉を無視して、問う。

「……どういう目的で幻想郷に? どうして、人里の時を止めたのですか?」

「こんな辺鄙な世界に訪れる者には、事故で偶発的にやってくるか、幻想に追いやられた者が最後の逃げ場としてやってくるかの二択しかないだろう? そして、私は後者だ。 天狗や吸血鬼、妖精のように追われた人間なのだよ。 ああ、ちなみに、ここの存在は気持ち悪い笑顔の女に聞いて知っていた」

咲夜も雪人の言葉に思うことがあったのか、同意の意味で頷いた。彼女自身も、【時間を操る程度の能力】という異端過ぎる力ゆえに、人から煙たがれた経験がある。幻想に追いやられる人間など珍しいと思いながらも、彼も自分のように異端な力を持っているからだろうと納得することにした。そういえば、時を止めていたな、と先ほどの雪人の行動を思い出した。

「人里の時を止めた理由なのだが、私のせいで無関係な第三者、それも女性の顔に傷をつける事態になりかけてね。 そんな後味の悪いことになるくらいなら、時間くらい操るさ」

尤も非難は甘んじて受けよう、という雪人の言葉に、咲夜は大方、何があったのか察した。

「……そうですか。 その、里の時間を止めたのは、あなたの能力なの?」

「能力と言えば、能力だ。 私の方からも疑問するが、私が先ほど、時間停止させた時、咲夜君は止まらなかったね? 君は、時間(空間)に干渉する異能を持っているのかね?」

「さぁ、どうでしょうか」

悪戯っぽく微笑む少女。随分と色っぽい姿だ。彼女の年齢がもう少し上なら、雪人は惚れていたかもしれない。風に遊ばれる彼女の髪を見て、雪人は思った。綺麗な髪だ、と。そのことを褒めようとして、口を開きかけたが、慌てて閉じる。彼女のほどの美しい少女となるとその程度の賛辞など、聞き飽きているだろうに違いない、と思ったからだ。

「……何番煎じかわからぬつまらぬ褒め言葉を口にしたところで、彼女には有象無象の一人のくだらない男程度にしか思われないだろうな」

「なにか?」

「いや、何でもない」

思わず雪人の口から考えていたことが零れたようだ。気をつけねばと注意しながら、彼は再度、少女を見やる。綺麗な銀髪以外に特徴的なのは、短いスカートから覗く綺麗な脚だ。だが、彼女は余程自身があるから、ああも脚を露出させているはずだ。となると、それを褒めるのは在り来たりで、陳腐な男になり下がるだろうと結論した彼は、別の角度から、彼女の容姿を褒める言葉を贈ることにした。

不意に胸元のシャツが握られた。

眠り続けるルーミアが、親に甘えるように握りしめていた。男は苦笑を洩らしながら、少女を片腕で抱きながら、その頭を一撫でする。

「あの、その子は?」

「ん? ああ…………ルーミアだ。 今日から、私の店で働いてもらうことになった――――以上」

咲夜がルーミアについて、問うてきたが、雪人はそれどころではなかった。見つけたのだ。十六夜咲夜の魅力を。それも、雪人好みの。

「咲夜君」

「な、何かしら?」

へらへらした笑みはなりを潜め、真剣な表情を浮かべた雪人が、咲夜に一歩迫る。そのあまりの真剣さに、咲夜は一歩下がってしまった。

「君の胸は小さくて可愛いらしいな」

咲夜は自身の耳を疑った。未だに、雪人の言った言葉の意味が理解できなかったと言っていい。空前絶後の混乱が彼女を襲う。無理して浮かべようとする笑顔は、引き攣るのが自覚できた。

「…………ごめんなさい。 上手く聞こえなかったんだけど、何て言ったのかしら?」

「うむ。 実に、君の胸は小さくて可愛らしいなと言ったんだ」

あは。

そんな笑い声が聞こえたと思ったら、雪人の顔の真横をナイフが通り過ぎた。背後から銃弾でも着弾したかのような音が、彼の耳へと聞こえてきた。ナイフが木に突き刺さった音にしては、凶悪過ぎる。

「咲夜君。 照れ隠しに、ナイフを投げる姿も一段と可愛いよ?」

「…………死ね」

両の手から、凶悪なナイフが大量に覗かせた。一振りで、五つのナイフが飛来する。その狙いは、全て雪人の顔面だ。雪人としては、褒めたつもりなのに、まさかこのような事態になるとは予想外で、慌てて時を止めた。 だが、失念していた。他ならぬ、彼女も時空干渉系の能力を持つことを。

「私に、その能力は通用しません。 逆もまた然りですが」

時空干渉の能力を持つ彼女からしてみれば、止まったナイフを動かすことは造作もなかった。停止から始動までラグらしいラグも見受けられない。流石にそれは拙いと思ったのか、雪人は慌てて回避行動をとった。咲夜のナイフを、転がるようにして避ける。

「危ないな。 今のは私ではなかったら、串刺しになっていたぞ。 それに、この弾幕というのにはルールがあるのだろう? 確か、強力な能力を制限するためのスペル宣言だったか? 外来人の私は兎も角、住人の君は守らないといけないのではないか?」

「あら、残念。 スペルカードルールは、外来人相手には適用されませんわ。 あれは住人同士の争いを平和的に解決しようとするものだもの」

「咲夜君。 穏便に話し合いで解決しようではないか」

「あらあら、問答無用という言葉を知らないのかしら?」

「……せめて、この子だけでも安全な場所に連れて行っていいだろうか?」

「駄目よ。 そんなこと言って逃げるかもしれないじゃない」

「頑固だね、君は。 ……………やれやれ、仕方ない」

そう言うが否や、雪人の脚元に子どもサイズのベッドが存在していた。同じ、マジシャンである咲夜にもどういった手品なのか、さっぱり理解できない。雪人は、咲夜の驚く視線を受けながらルーミアをベッドに横たわらせる。その枕元に、どこからか出したクマの縫いぐるみを置き忘れない雪人であった。そして、彼が少女から数歩離れると、ベッド周辺の地面から岩がせり上がってき、やがて少女を守るための岩の壁となった。

「待たせたね。 続きを始めようか。 もちろん、穏便な話し合いを」

「……それは何? 岩の壁は兎も角、どうやって、ベッドを出したのかしら? ついでにクマ」

「これが何なのか気になっている様子だね。 だが、教えない。 何故なら、手品師とは子どもに夢を見せる職業だからだ」

「……子ども扱いしないで下さいな」

咲夜は、時たま巫女に子ども扱いされて激怒する主の気持ちが少しだけ理解できた。だが、客観的にみても明らかに雪人の方が十は年上だろう。外見年齢が十も離れているとなると、彼には本当に咲夜が子どもに見えるのだろう。、

「先に謝罪しよう。 私は、先ほど、別に悪口や嫌みで胸のことを言ったわけではない。 単純に、君の胸が私の好みでつい褒めてしまっただけなんだ。 他意は一切無い。 気を悪くさせてしまったようで済まない」

真摯な態度で謝罪する雪人に、咲夜はつい許そうとしてしまうが、それでも子ども扱いされた鬱憤やら何やらが溜まっていた彼女は素直に許す真似など出来なかった。

「では……条件をつけましょう。 あなたが、私を戦闘不能に出来たら許します。 それで、如何かしら?」

「妥協感謝する。 もう一度、確認するが君を戦闘不能な状態にすれば許してくれるのだな?」

「できるかしら?」

挑発するような言葉に、雪人は眉一つ崩さず、一つ頷いた。頷き、ゆっくりと咲夜の方に向かい歩みよってくる。両者の間は、もともと話をするために接近していただけあって、三メートルもない。

咲夜は牽制するように軽い弾幕を放つ。男は難なく、妙な歩法でその弾幕を避けた。牽制の意味で放ったのだから、確実に中るわけではないとわかりつつも、簡単に回避されたことに驚く。

「手加減してくれるのは有難いが、その程度で私を仕留めようなど冗談が過ぎるぞ。 君のナイフは、時空干渉の能力を合わさることで、凶悪で、必殺のものとなるようだが、能力が通用しない私にはただのナイフの投擲に過ぎない」

「……調子に乗るなッ!!」

わざとらしい挑発に、つい怒気が洩れる。容赦のない弾幕を展開しようとして、雪人を見た。

雪人は笑っている。笑って言葉を発した。

「そういえば、君の下着も随分と清楚で可愛らしかった」

ほんの一瞬、咲夜の思考が乱れた。弾幕を展開しようとするが、雪人はすでに駆けていた。駆けると同時に、彼は何かを投擲した。自身の方に向かって飛んだそれを、咲夜は慌てて弾き、見る。それは彼女自身が先ほど投げたナイフだった。どうやら弾幕の隙をぬって拝借していたらしい。相当、手癖の悪い男だ。

そして、いつの間にか眼前にいる彼を見て、咲夜は慌てて手に持ったナイフで斬りかかる。 だが、それを読んでいたかのように男の左手に握られたナイフが攻撃を阻んだ。阻んだのは、先ほどと同じ咲夜のナイフだ。

「ボディががら明きだ」

慌てて蹴りを放とうとするが、間に合わない。雪人の右手の方が咲夜よりも速かった。

「……とったッ!!」

即座に、激しい運動で乱れたエプロンを咲夜の肩から外し、首元のリボンを抜き取る。後は、薄いシャツのみだった。

「残念だったわね。 リボンはとれても、あなたの攻撃は私には届いていないわ。 戦闘不能にもなっていない」

「何を言っているのかね、咲夜君? もう一度よく見てみるといい」

「? 何を言ってるのかしら? 意味がわかりませ―――――」

瞬間、咲夜の胸元の前が開き、胸の下着がずり落ちた。白のフロント式のものだ。

「ッ!!! 何よ、これ!?」

「指動で一瞬に全てを外す母直伝の技だ。 胸のもフロント式で何よりだ」

「くっ………この変態!!」

瞳に涙を溜めて、雪人を睨む姿は何とも言えぬ魅力があった。案外、この少女は綺麗という言葉よりも、可愛いという言葉の方が似合っているのかもしれない。

「変態? この私が? 面白い、面白い冗談だ。 いいかね、咲夜君。 変態という言葉は、私の対極に当たる言葉だ。 紳士で、子ども達に夢を見せるのを仕事にしている私が変態な筈ない。 よく覚えておきたまえ。 ついでで悪いが、君の下着はやはり可愛らしいな」

そんなことよりも、と雪人は問う。

「君を戦闘不能においやったのだから、私は無罪放免なのだろう?」

「ば、馬鹿言わないで!! 余罪を罰するためにも、私はまだ戦えるわッ!!」

「無理を言うな。 そんな恥ずかしい恰好で戦えると言うのかね、君は? 世間様に痴女扱いされるぞ」

「も、元はと言えば全部あなたのせいよ! そうだわ、さっさと服を着れば問題ないわ!!」

「では、訊くが……君は私のような男の前で、胸の下着をつけ直せるのか? 胸元のボタンを閉めれられるのか?」

「……………………」

座り込んで胸を隠す。少女の顔は、完熟林檎かと見紛うくらいに真っ赤に染まっている。存外、男に対して免疫がないのかもしれない。

「それに、君が服を着直している間に、揉み倒されるとは思わないのか? どっちにしろ戦闘不能だ」

「も、揉む!? なな、何を言っているの!?」

混乱するる咲夜を無視し、告げる。

「兎も角、だ。 これ以上の争いは、お互い何の益もない。 ここいらで手打ちとしようじゃないか。 それとも、何か? 君は自分を戦闘不能な状態にしたら許すと言っていたのに、いざそうなったらその約束を取り消すのか? 従者(メイド)である君がそのようなことだと、主の器が知れるぞ?」

「くっ………………………………わかったわ。今回だけは…………仕方なく、本当に仕方なく許すけど、次は殺すわよ。 空前絶後の幸福を精々、噛み締めなさい」

彼女の敬愛するお嬢様を引き合いに出され、大人しくなる咲夜。ぶつぶつと恨みの言葉を発するに余程、悔しいのだろう。平気な振りをしているが、その瞳は涙に濡れている。少女のその姿に、引かれ者の小唄という言葉を知っているか、と雪人は口に出そうとして止めた。

そのような言葉で嬲ってイジメるのは変態である、自分はそんな変態ではないと思っていたからだ。

「後ろを向きなさい!」

雪人は、咲夜の着替えを眺めつつそんなことを思った。









 

――――――――――――――――――――――――――――――




[12007] Act.1-4  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:48
「済まなかった。 許してくれ」

「駄目よ」

「即答か。 狭量な女性だよ、君は。 もす少しサーヴィス精神というものを養おうとは思わないのかね?」

「何か言いまして?」

雪人は土下座していた。その謝罪を受けるのは、短いスカートから伸びる綺麗な脚が魅力的な紅魔館のメイド長――、十六夜咲夜だ。彼女は端正な顔を歪ませて、跪く男をまるでゴミを見るかのような目で睨みつけている。その手の趣味の男性には堪らないシチュエーションだろう。それほど、サデスティックな笑みが似合う女性だ。見た目、三十代のおっさんが、まだうら若い乙女に土下座する姿は客観的に見て、新手のSMプレイかと見紛うばかりである。

どうしてこの様なことになったのかというと、時は少し遡る……。


     ∫ ∫ ∫


あれは、雪人が実に紳士らしいやり方で、咲夜を傷つけることなく戦闘不能にした少し後のことだった。

「ああ……ッ!! こうして、私が背を向けている間に、その背後で恥じらう咲夜君が、いそいそと下着をつけ直していると思うと――――」

雪人の言葉を遮るように、

「馬鹿なこと言わないで下さいまし!!」

叫んだ声は、羞恥というエッセンスを加えた悲鳴であった。いかに、彼女が初心なのか伺えるというものだ。尤も、彼はそんな咲夜に構うことなく、更に追い討ちをかける。

「咲夜君。 これは俗に言う羞恥プレイというやつなのだが、その当事者として感想を聞きたい。 どうだね、興奮するかね?」

少女は気がついた。この変態は相手をするからつけあがるのだ、と。だから、彼女は無視を慣行することにした。

「………………」

「放置プレイか。 咲夜君、君はなかなかの上級者だね。 是非、エキスパートルールをご教授願いたいものだ」

「………………」

「咲夜君、知っているか? 時間が停止した世界でも、能力者の時間は別に停止するわけではないので、停止した世界の者よりも老化が進むことを」

「………………」

咲夜にとっては非常に腹の立つ物言いだったが、平常心平常心……、と言い聞かせながら、首元のリボンを結んだ。一通り確認したが、可笑しいところはない。これなら大丈夫だろう、と振り返ろうとしたところ、雪人の言葉が耳へと届いた。

「ところで、咲夜君。 恋人はいるのかね?」

思わず噴出す。

「…………な、何を言い出すのよ?」

「なに、ただの世間話だよ。 なにか喋っていないと、私の益荒男ケージが振り切れそうだったのでね。 無論、背後から聞こえる衣擦れの音で」

咲夜は無言で、ナイフを投擲した。くねくねした動きで回避された。この男は背中に目でもついているのだろうか、と思えるほどの軽やかさだ。それを見た少女は思った。死ねばいいのに、と。

「終わりましたので、振り向いていただいて構いません」

雪人が背後を振り返ると、咲夜は最初と同じ清楚なメイド姿であった。

「おやおや、着替え終わったのかね。 私としては、男の浪漫でもあるNOZOKIなるものを実行してみたかったのだが……」

「全身穴だらけになりたいのであればどうぞ」

「随分とセメントだな、咲夜君。 さては、何か気に食わないことでもあったな?」

「ええ。 さっきどこぞの変態に、服を脱がされましたから。 少々、気が立っているのでしょうね」

ツンとした態度の咲夜に、一つ頷くと問う。

「で、恋人はいないのかね? いるのかね?」

「べ、別にそんなこと貴方に関係ないじゃない!」

「関係ない、とは酷い物言いだな。 私と咲夜君の仲ではないか」

「どんな仲よ…………」

「無論、友達の仲だ。 ある偉大なヒューマンは言った。 名前の交換は友達の証だ、と」

「じゃあ、絶交ね。 私、貴方みたいな変態は大嫌いなの」

雪人は絶望にも似た表情を浮かべ、思った。やはりやり過ぎだったか、と。折角、綺麗なメイドと知り合うことができたというのに、それを台無しにしたのは他ならぬ彼自身だったため、完全に自業自得だった。

「……なんて顔するのよ」

絶望が顔に浮かんだのか、咲夜が一歩引いた。綺麗な少女に、それも彼好みのメイドに、大嫌いなどと言われたらそれは凹む。必死に名誉回復、汚名返上とばかりに口を開こうとした雪人だが、彼の耳は異様な音を捉えた。

「咲夜君。 今、何か言ったかね?」

「急に立ち直った思ったら、今度は何かしら? また、私に変なことするつもりじゃないでしょうね?」

信用ゼロだ。

まるで、今にも雪人が変態行為に及んでも不思議ではないと本気で信じている表情だ。咲夜の中での、雪人がどのような存在かよくわかる。

「聞こえないのか。 こう、何か凄く馬鹿っぽい叫び声が」

「あらあら、幻聴かしら。 少しは眠ったらいかが? できれば永遠に」

「咲夜君。 もしかしなくても…………かなり怒っているのか?」

「いえ、別に」

背筋も凍る笑みというのは、こういうことを言うのかと雪人は戦慄した。同時に思った。【冷気を操る程度の能力】があれば、彼女の心を蕩けさせてみせるものを、と。不意に、咲夜の笑みが圧力を増す。

「あら、いけませんわ。 なにか、いやらしいことでも考えているのでしょ?」

「いや、私は単に――――」

言葉を途中で切ったわけではない。切ろうなどという意思は雪人にはなかった。ただ、


「あたいがサイキョーだー!!! ひゃっほーぅッ!!!」


何処からか響く何かの声に、かき消されたのだ。

雪人は眉を顰める。声の主の気配が、まるでなかったことに。一体、何なんだと思う間もなく、飛来してきた何かが雪人の背中に直撃した。それを食らい、彼は前へ倒れる。受身を取ろうと腕を伸ばそうとするば、彼の正面には呆けた顔をする咲夜がいる。拙い、と思うが何もかもが遅かった。衝突する。小さな悲鳴を上げる少女を巻き込み、転倒する。

「これを不可抗力という」

事態は一瞬であった。気がついたら、咲夜が雪人の下にいた。雪人は、押し倒した少女を見る。何が起こったのか理解していない顔だ。雪人自身も似たような表情を浮かべている。

「…………」

「…………」

手が柔らかい感触を得ていることに気がついた。視線をやる。少女も雪人の視線に習って、それを見た。

雪人の無骨な手が、咲夜の胸を掴んでいた。下から揉むような角度である。実にえろい、と言わざるをえない。彼が恐る恐るという感じで、咲夜の顔を伺うと、彼女は呆然としていたが、やがて能面のような無表情を浮かべた。色々と思うことはあるだろう。あるだろうが、今度こそは殺されると思う雪人だった。

「…………最期に、何か言い残すことはあるかしら?」

「我が生涯に一片の悔い無し、と言いたいところだが、私の死因は腹上死と決まっていてね。 その、なんだ、お手柔らかに頼む」

にこり、と機械的な笑みを浮かべた咲夜に問われ、雪人は素直な気持ちを吐露したのだが、どうも彼女はそれが置きに召さなかったようだ。気持ちの良い打撃の快音が、周囲に響いた。


     ∫ ∫ ∫


場面は冒頭に戻る。

必死に土下座して頭を下げる雪人を、まるでゴミくずでも見るかのように睨みつける咲夜。完全で瀟洒な従者と言われる彼女がこういった感情を見せるのは非常に珍しい。彼女の敬愛する主が、この現場を目にしたら目を白黒させるだろう。

「あれは偶発的な事故、つまり不可抗力だ。 決して、私の意志ではない。 少し役得だとか思ったが真実だ、信じてくれ!」

雪人は、言葉を続ける。

「確かに、私は君の胸を揉んだ。 ああ、揉んだとも!! 認めよう、私は君の胸を揉んださ!!」

「揉んだ揉んだ、うるさい!!」

「だが、しかし思い出してほしい。 あの時、私に攻撃か悪戯かは知らないがちょっかいをかけてきた存在のことを。 アレが今回の黒幕だ」

「氷の妖精のこと? あれなら、逃げたようだけど、いずれ刻むから心配しなくても問題ありませんわ」

見惚れるような笑みを零す咲夜。それから、土下座する雪人を見て、はぁ、とため息を零し、告げる。

「確かに、あれは不可抗力でした。 ですが、私も女性です。 理性が納得していても、感情はそうはいきません。 覚えておいて下さいまし。 女性とは理不尽な生き物だ、と」

諭すように、母のように、彼女は言葉を続けた。

「…………ですが、私も鬼ではありません。 等価交換といきましょう」

「等価交換、だと?」

訝しむような問う。

「ええ。 貴方の秘密を一つ教えて下さいな。 その代わり、私は今回のことを許します。 如何かしら?」

「秘密、秘密と言ったか。 私の秘密など大したことは何もない。 なのに、咲夜君は何を訊きたいのだ? 恋人の有無かね? 好きな手料理かね? それとも、好きなタイプかね?」

「戯言で有耶無耶にしようと思っても無駄です。 尤も、嫌われたままでいいと仰るのなら構いませんが」

「なるほど、わかった。 了承しようじゃないか。 君のような可愛い子から嫌われたままだと、人生の半分を損にしているようなものだからね。 それで? 何が訊きたい?」

咲夜は、雪人の言葉を例の如く無視した。何を訊こうか、と少女は一瞬悩む。悩むが、頭に浮かんだ候補から一つを選んだ。

「私も奇術師なの。 同じ奇術師として、手品のタネが気になるのは道理ではございません?」

先程の雪人が行った手品、ベッドと熊の縫いぐるみを何処からか取り出したものが、少女は余程気になってようだ。

「驚いたな。 もう少し別のことを聞かれると思ったのだが、それでいいのか?」

「等価、交換ですもの。 何事も等価でないといけませんわ」

「等価、等価と言ってくれるか。 このような男の手品を」

「あら、気に障りました?」

雪人は立ち上がると、そんなことはない、と前置きし、

「君にますます興味がわいた。 どうだね? もう少し大人になったら、私の嫁にならないか?」

「結構ですわ」

苦笑を漏らし、告げた。雪人自身はどう思っているかわからないが、咲夜は冗談だと受け取ったのだろう。雪人は相変わらず、何を考えているのかわからない緩い笑みで、そうかね、と前置きし、

「それは残念だ。 だが、過ぎた話を振り返っても意味はないな。 何故ならそれは、私達がいくら足掻こうとも過去と未来は変えられないからだ。 変えられるのは現在だけである、だから我々は今を――――」

遮るように、少女は問いを発した。慣れたものである。

「先程の手品のタネをさっさと教えて下さいな」

「君、私のこと嫌いだろう?」

「あら、いやだ。 大好きですわよ?」

「ならば、結婚してくれ、という言葉を贈ろう」

「それとこれは話が別よ、って言葉を贈りましょう」

存外、この二人の相性は良いのかもしれない。好感度が致命的な気がしないでもないが。

「手品のタネだがね……あれは、私の魔法だ」

「魔法? そうよね、無知な子どもにとったら、どんなに簡単な手品でも魔法に見えますものね。 で、本当のことを言う気になった?」

「この不信感が堪らない。 人間不信になりそうだよ、三日くらい。 兎も角、先程の言葉は真実だ」

雪人は、咲夜の眼前に右腕を差し出す。掌を仰向けにし、

「私の魔法は特殊でね。 魔法特性、その本質というものが、モノを創ることに特化しているのだよ」

掌の上で魔力が発光し、“包装されたクレープ”が生み出された。雪人は、それを試すかのような笑みを浮かべ、咲夜に手渡す。

「創造することに特化していてね。 あまり戦闘向けの魔法じゃないのが欠点だが、子どもと、女の子に笑みを与えられるという点から考えたら、最高の魔法さ」

手渡されたそれを戸惑いつつも受け取り、雪人の耳に言葉を傾ける咲夜。先程と同じように魔力を込めて創り出した椅子に、咲夜に座るように促し、自分も新たに生み出したそれへと腰掛けた。

「この能力のせいで色々と苦労したこともあるがね」

苦笑を零す雪人は、“包装つきの餡まん”を口にしながら、そう小さく漏らした。

「信用ならんかね? 毒でも入っているのではないか、と」

言われた通りに椅子へと腰掛けながらも、未だに口をつけないクレープを見て、雪人は尋ねる。咲夜は申し訳なさそうに頷いた。

「いや、それが普通の反応だろう。 それに、渡されたものを口にできるほどの信頼関係が成り立っていないことだしな」

今から思うと、ルーミアが特殊だったのだ。妖怪だから、ああも警戒心が無かったのだろうか、と疑問を抱く雪人。

「話は戻るが、先程のベッドは同じ要領で創りだしというわけだ。 魔法なのだからタネも仕掛けもない、と言えばない」

「……そうですか」

手の中にある菓子を食べようか食べまいか悩んでいる少女を尻目に、雪人は、

「それと、私が魔法で創り出したそれだが、私が消そうと思わない限り世界に残り続ける。 ちなみに、食べ物の場合は、誰かがすでに食べてしまったものは消しようがない。 それ以外は、私の意思一つで、魔力へと還せる」

例えばこの様に、と雪人は右手で何かを握り潰す動作を行った。直後に、咲夜の手の中にあったクレープは、宙へサラサラと砂のように溶けていく。

「なっ……!」

「無理はしなくてもいい。 いずれ信頼関係が成立した時にでも、また」

気を遣ってくれたのだろう。だが、理性ではわかっていながらも、感情はその行動に驚く程、複雑なものを抱いている少女がいた。少女自身、感情の正体が複雑すぎて何なのか理解できない。だが、気に食わない、という気持ちは明確だった。

「おっと、もう夕焼け空か。 日が暮れるのは、実にあっと言う間だ。 店のこともあるし、ルーミアをこのまま放っておくわけにもいかん。 うむ。 そろそろ、私はお暇させていただくとしよう。 ではな、咲夜君。 今日は色々と迷惑をかけてすまなかった」

それでは、と一旦言葉を置き、

「縁があったらまた会おう」

矢継ぎ早に言葉を並べると、雪人は回収したルーミアを胸に抱いて歩き去っていく。その姿はまるで、もう咲夜には興味はないと言わんばかりである。歩き去っていく雪人を目に、咲夜は怒りにも似た感情を胸に抱きながら、紅魔館へと帰還していった。


     ∫ ∫ ∫


紅魔館の門の前では、紅 美鈴(ホン・メイリン)珍しく居眠りすることなく、門番の仕事に従事していた。哀愁を漂わせる夕焼け空を眺めていたら、見知った顔の女性が、漸く遅い買い物から戻ってきたことに気がつく。

紅魔館のメイド長――、十六夜咲夜。全ての雑務を担当することから、実際、紅魔館の顔と言っても差し支えない人物だ。

「はわわわ」

美鈴は、咲夜に声をかけようとしたが、慌てて口を閉じた。どういうわけか、咲夜が非常にピリピリした雰囲気を発していたからだ。美鈴は思った。うわぁ激怒してる、と。

美鈴が視界に入っていないのか、咲夜は、

「最低っ! なんなのあの男!」

まるで、此処にいない誰かに怒鳴りつけるかのように声を発した。美鈴は再度、思った。今日は放っておくに限ります、と。

しかし、彼女は気がついた。咲夜が、里へと買い物に行ったのにも関わらず、何も持っていないことに。言いたくないですぅ。それが素直な美鈴の気持ちだった。 だが、気づいたからには言わないわけにはいかない。勇気を振り絞った。勇気百倍ホン・メーリン!!

「さ、咲夜さん」

「……あら、美鈴。 いつから、そんなところにいたの?」

「何時からも何も、此処は紅魔館の門番ですので、私がここいるのは別に可笑しいことではありませんよぅ」

「それもそうね、ごめんなさい。 今日は何だか疲れちゃったみたい……それで? どうかしたのかしら?」

何だか今日の咲夜さんは変だなぁ、と思いつつ、美鈴は問うた。

「咲夜さんは買い物に行ってきたんですよね? その、何も持っていないみたいだったので……少し気になって」

「…………………あ」

今、思い出したと言わんばかりの呆けた表情を浮かべた咲夜。ついでに、阿求の頼みも思い出した。

「…………っ。 あれもこれも、全部あの男のせいよ!! 何なのかしら、あの男は!? ねぇ、あなたもそう思うでしょ、美鈴!?」

「ふぇ!? ええ、と。 その、よく話がみえないんですが……」

「なに、あなたもあの男の味方をするの!?」

「ふぇえええええん!! 意味がわからないですッ!!!」

美鈴……すべては雪人のトバッチリだった。だが、これは紅 美鈴の受難の始まりでしかなかったのだ。







追記。

翌日、紅魔館近くの湖に、【氷の妖精C】が浮かんでいるのを見た者がいるとか、いないとか。









 

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[12007] Act.1-5  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:48
人間の里から、少し離れた平地にそれは建っていた。ログハウスと呼ばれる丸太で組まれたそれは、見る者に感嘆の息をつかさせるほど立派な建物である。

実際に、森田 一樹という人間はそうだった。

病気の祖母のために、近くの森まで危険を冒して、薬草を取りに行った帰りにそれを目にした彼は、妖怪が活動的になる逢魔が時だというのに思わず足を止めて見惚れた。人里のものとは違う建築様式が生み出す、何とも言えない穏やかさな雰囲気を放っている。自分も、こんな所で住んでみたいという欲が生まれる。素晴らしい。実に、素晴らしいものだなぁ、と彼は思いながらも気がついた。

「こんな所に、家なんて建っていたっけか? 里から少し離れた此処は、確か何も無い平地だったような……」

そう思うと、とたんに森田は怖くなった。今まで立派だと、散々立派だと思っていたものが、急に不気味に見えた。人は暗闇に脅え、その恐怖は思考を加速させる。一寸先に闇が広がる道中で、その先に、人ならざるものが待ち受けているかもしれないと考えるように。穏やかさも、実はまやかしで油断して入りこんだ人間を食らおうとする妖怪の罠かもしれない。

「か、帰るんだ。 この任務を終えたら、結婚するんだ」

呟きながら、その場を去ろうと踵を返そうとしたその時、ログハウスの二階に人影が見えた。

「あ…………あぁあああああああ」

意味の無い叫びが漏れる。やばい、と本能は警鐘を鳴らす。あれは、やばい、と。自分を殺すことができる怪物だ、と。人影の正体は、少女だ。闇色の衣服を纏う、可愛らしい人形のような少女。人食い妖怪の少女。

「う…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

恐怖の叫びが漏れる中、森田は思い出していた。稗田 阿求が、書き記した妖怪辞典的存在の【幻想郷縁起】にも載っている危険な妖怪のことを。宵闇の妖怪――――、ルーミア。

人里には手を出さないものに、その付近ではそうでもない。可愛らしい容姿に反して、何の躊躇も無く人を襲うとされる。知っていた。彼は、薬草を命懸けでとりに行くと決意した時に、最も遭いたくないと思った相手。馬鹿だ。馬鹿だよ俺、と脳裏に思う。

彼は、いくら怖くとも叫び声など上げるべきではなかったのだ。黙して、恐怖に耐えるべきだった。何故なら、それは捕食者に自分の居場所を伝えるための愚行でしかないからだ。

「あぅああ…………ッ!」

少女の宝石のような、紅玉髄の瞳が、森田を捕らえた。音が消えた。背には冷や汗が流れている。頭は朦朧とし、呼吸は荒い。そのくせ、視界だけはクリアだ。視界の先、昼と夜の境界が交わる逢魔が時に、少女は一段と美しく世界に光臨していた。その姿を見て、ああ……綺麗だな、と。森田はそう、素直に思った。

「…………」

しかし、暫くこちらを見ていた少女はやがて、興味ないと言わんばかりにスカートを翻して、室内に入っていく。見逃された? 助かった? 死んでいない? 生きてる? どうして? 何で?現状に対する疑問を脳裏に浮かべながら暫くその場で立ち尽くしていても、少女が襲ってくることはなかった。

森田は色々と思うことがあったが、

「………妖怪ってパンツも穿くんだな」

そんな馬鹿みたいなことを呟いた。ログハウスのテラスから覗いた下着が、あまりに印象的だったのだ。不意に、鼻の下に何かが流れた。森田は、汗か、と呟きながらそれを拭う。拭った腕が赤く塗れていた。

「はは…………妖怪相手に、何を興奮しているんだ……俺は」

自分の鼻が流れ出した鼻血が信じられないのか、どこか呆然と言葉を漏らす。自己嫌悪しながらも、彼の頭の中から、少女の白い下着が消えることはなかった。婚約を控えた彼は、婚約者がいる身なのに自分はなんて不義な輩なんだ、と慟哭の涙を流す。

「たまらなく…………自分が情けないッ。……………………………………………………しかし、白の下着とは可憐な」

その後、彼は無事に里までたどり着き、薬草を祖母に手渡すことができた。そして、その数ヵ月後、森田は婚約者と結ばれたが、どうしても忘れられないことがあった。あの日のことだ。逢魔が時に出会った妖怪少女の下着である。それ以来、彼は心に闇を抱えて生きていくことになるが、それはまた別のお話。


     ∫ ∫ ∫


外で珍獣が喚いている頃、雪人は創造した“即席ログハウス”の裏側で、“牧”を焼べていた。家の裏側に設置した浴室の湯船“即席御風呂・NOZOKIで逝こう”は、すでに温まっていることに違いない。

「風呂まで完備するとは流石だ、私」

戦闘に向かないという欠点がありながらも、この男の“創造することに特化した魔法”はある意味万能だった。菓子類だけでなく、牧や湯船、家と応用範囲がやたらと広い。ちなみに、魔力を使うのは物体が形を成す瞬間だけで、それ以後存在することに魔力を消費することはない。創造した物質は壊されないか、雪人が消そうとしない限り半永久的に存在し続ける。

何とも便利な魔法である。しかし、食べ物のように、一度誰かの体内に取り込まれると、もう干渉することができなくなる。余談だが、最初から湯船に“温水”を入れなかったのは、雪人が古き良き時代の情緒なるものを感じたかったらだそうだ。おそらく、その情緒とやらも、三日もしない内に飽きるだろう。

「さて……ルーミアを風呂に入れさせるか」

「呼んだー?」

暗闇からルーミアが、這い出る混沌のように現れる。雪人は、トコトコと側にやって来た少女を観察する。当然だが、森で会った時と変わらない容姿だ。栄養失調やら睡眠不足で、髪はボサボサ、肌はカサカサである。更に、服もボロボロになっており、女の子特有の強い汗の匂いがする。自称紳士の雪人には、黙って見過ごせる問題ではなかった。

「ルーミア。 風呂に入ってくるといい」

「風呂ってなーに?」

「水浴びみたいなものだ。 ただ、水が温かいから気持ち良いことだろう」

こっちだ、と浴室を案内するためにログハウスの裏口から入っていく。浴室は、裏口から入って直ぐ右手にある。雪人は、水が温まっているか確認するために浴室の扉を開いた。温かな白い湯気が扉から漏れ出す。彼はそれが満足だったのか、扉を閉め大きく頷いた。

「問題ないな。 我ながら自分の才能が恐ろしいよ、私は。 そうは思わんかね、ルーミア?」

「ユキトって、チルノにそっくりだよねー」

「チルノ? チルノとは何者なのだね? 私とそっくりということは、相当できた人物だと思うのだが」

知らないことは幸せだ。というのも、雪人は知らないことだが、チルノとは馬鹿扱いされている妖精のことである。

「ちょっと危険なやつよ ―――――主に脳が」

ルーミアの最後の呟きはどうやら、雪人には届かなかったようである。

「なるほど、そのチルノとやらは相当エクストリームな実力者なのだね。 いずれ合間見えたいものであるな」

「あーもー」

「何故そうも呆れ顔なのだね? というか、ルーミアはどうして私の名を知っている?」

少女は前者の問いかけは無視し、

「あれだけも暴れてたら、誰でも起きてしまうわ。 ユキトたちの声が大きかったから、私の所にまで聞こえたのよ」

「そうだったのか。 しかし、自己紹介が遅れて悪かった。 私の名前はご存知の通り、雪人と言う。 以後よろしく頼む」

「りょーかい」

ほわわんとした顔で告げる少女に、雪人は気になったことを尋ねてみることにした。ところで、と前置きし、

「私と咲夜君との心温まるヒューマンドラマで、ルーミアは目が覚めたと言っていたが、あの後も眠っていたのかね?」

「…………眠っていたわ。 別に抱っこされるのが気持ちよかったわけじゃないからね。 勘違いするなー」

顔を逸らし告げる声は、何故か普段と違って聞こえた。

「そうか。 つまらないことを訊いて悪かったな。 では、風呂に入ってきなさい」

魔力で編んだ洗面器に、タオルと石鹸、ついでにアヒルの玩具を入れて渡してやる。

「ちなみに、排水溝には絶対に悪戯をしたら駄目だぞ。 あそこは、私の【能力】で色々と弄っているのでな」

「はいすいこー?」

雪人は、再び扉を開けて、説明する。排水溝を指差し、

「あれのことだ。 いいか、くれぐれも悪戯はしたら駄目だぞ」

幾ら雪人のモノを創造することに特化した魔法でも、排水処理など様々な問題があったため、魔法だけではどうしても風呂は完成しえなかった。そこで、雪人が持つある“○○○程度の能力”と合わせることで風呂を実現化したのだ。

「わかったー。 じゃあ、はやく入ろうよ」

「入ろう? 入ろうとは、私に一緒に入ってくれと言っているのかね?」

「そーだよー」

雪人は思った。この少女、羞恥心が無いのか有るのかよくわからん、と。純真な瞳で見つめてくる少女を目にしながら、彼はどうしたものかと悩む。純真な期待ゆえに悩んだが、

「そう言ってくれるのは有難いが、君も女の子だろう? なら、もう少し恥じらいを持たないといけない。 何故なら、いい女は安易に肌を許さないからだ」

彼は断ることにした。それは別に、彼がチラリズム派であることが理由ではない。彼が、紳士だからである。 だが、ルーミアは何がいけないのかわからない表情を浮かべている。精神が子どもなのだろう。雪人は一つ頷くと、ちょうどいいのを例に説明することにした。

「八雲紫という妖怪がいるだろう?」

「隙間妖怪のことー?」

やはり無駄に知名度はある、と笑みを零し、

「そうだ。 ルーミアは、八雲のように綺麗に、良い女になりたいか?」

「それなりに、かなー」

「そうかそうか。 それは良い事だ。 では、どうやったら、八雲のような良い女になれるのか教えてあげよう……………っ、と思ったが止めた」

「えー、教えてほしいわ!! あぁーッ、今……どうせ誤魔化したんでしょ!!」

「教えてほしいのなら、今日は一人で風呂に入るといい。 そうしたらいずれ、教えると約束しよう」

頬を膨らませる少女に、雪人は石鹸の使い方を教え、退室しようとしたところで思い出したように、

「着替えは置いておくから、その服は脱衣所に置いておくといい」

雪人は、男物のシャツと、緑と白の縞々の下着、それと薄い緑のキャミソールを創造して、同じく創造した籠に入れておく。剥れる少女の視線を背に受けながら、彼は最後に、確りと浸かるのだぞ、と言い残しながら退室していった。


     ∫ ∫ ∫


雪人は、リビングの扉を開けるとため息を零した。そこには、見慣れた人物がさも当然のように居座っていたからだ。その人物を表す言葉は沢山ある。例えば、妖怪の賢者、胡散臭い笑顔、境界に潜む魔物、神隠しの主犯。どれもろくなものが無い。

窓際に腰掛け、開けた窓から運ばれる風に、金紗の豊かな髪を靡かせる女性の名は八雲 紫(やくも ゆかり)

「何か用か、八雲?」

「あら、挨拶の一つもないのかしら? 伊達男さん」

「帰れ」

身も蓋もない、とはこういうことを言うのだろう。雪人の顔には、露骨に面倒臭いという感情が浮かんでいる。

「…………ねぇ、何を怒っているの?」

「怒ってる? この私が? 面白い、面白い冗談だなぁ、八雲。 お前相手に、私が怒りを抱いていない時など片時もないことを忘れたのか?」

「悪いとは思ってるわ。 だけど、過ぎたことでしょう?」

胡散臭い笑みと共に、問いかける紫。雪人は、そんな彼女を冷ややかに見つめながら、

「お前のせいで、外の退魔師の連中が、私のことを貴様の【眷属】と勘違いして、死に物狂いで襲ってきたのだぞ?」

あれは悪夢だったよ、と雪人は前置きし、

「殺しても殺しても、殺しても殺しても殺しても殺しても、余程、八雲の姓に恨みがあるのだろうな。 仲間の屍を踏み越えて、私に刃を向けてきた。 おかげで、周りは死山血河。 女子ども以外は皆殺しだ」

「女子どもは見逃したのね……。 どうせ、恨まれるのだから後悔するだけよ?」

紫は、呆れるように呟く。

「私は人殺し以前に紳士だからね、女子どもは何があっても殺めない。 殺人鬼にも、殺人鬼ならではのルールがあるのだよ。 無論、独善だが」

「そのくせ、男共は皆殺し。 私、未だにわからないわ。 貴方という人間が」

理解してほしくもないが、と毒づく雪人は、紫にグラスを差し出す。魔力で創り出したものだろう。

「お前は気に食わないが、女性だ。 少しくらいならサーヴィスしてやる」

「あら………」

「リキュールベースのカクテルだ。 どうせ賢者様のことだ、万年難しいことでも考えてるのだろう? 少しは、甘味でも摂取したまえ」

少女のように微笑む紫に、言っておくが、と雪人は言葉をかける。

「私はお前のことを許したわけではないぞ。 訊くが、私が退魔師の連中の連中に襲われている間、八雲……貴様は何をしていた?」

「眠っていましたわ」

「とんだ策士だよ。 私が連中を殺めたが、連中は元より私のための贄だったのだろう? どうしてだ? どうして、そこまで私に拘る?」

鋭い視線を伴う問いかけだ。拒否は許さぬという意思が込められた瞳を見返し、紫は告げる。

「私は欲張りな女ですもの」

カクテルを呷りながら、紫は妖艶に微笑んだ。幻想郷でもトップクラスの美を誇る彼女の笑みは、並みの精神を持つ男なら傀儡に出来てしまうのではないかと疑うほど、魅力的であった。しかし、雪人は眉一つ動かすことなく、

「八雲、はっきりと言っておこう」

「何かしら?」

「俺は、お前が嫌いだ」

「…………それは、残念ですわ。 だけど、覚えておいてちょうだい。 貴方の居場所は最早、此処にしかないことを」

紫は顔を歪めて、紫は隙間の中へと消えて行く。神隠しの少女は、まるで初めから此処にいなかったように。

雪人は、紫が居なくなったリビングでため息を零した。






 

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今日か明日には7話を



[12007] Act.2-1  名前の無い喫茶店
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:49
人里ではとある喫茶店の噂が広まっていた。

曰く、その店の主人は類を見ない伊達男。

曰く、その店の給仕はとても可憐な妖怪少女である。

曰く、店主は魔法使いで、子どもには無料同然の値で商品を提供してくれる

その店とは、里から少し歩いた辺鄙な土地に建つ物好きな店長が始めた小さな店だ。建物は丸太で組まれていおり、落ち着いた雰囲気を発しており比較的入り安い。扱っているものは主に軽食や菓子類だが、店長は大抵のものなら即座に作ってしまうらしい。物珍しさもあってか、ちょっとした流行になっているのが現状である。

森田 一樹という人間はその店のことを聞いて、数日前に体験した記憶を思い出した。

「あの時の、妙な建物のことか? それに妖怪少女って、宵闇の妖怪のことだよなぁ…………皆、よく妖怪がいる店に足を運べるもんだ」

「あん? 何だ お前知らないのか?」

声の方に視線をやると、友人の坂上 朔太郎(サカガミ サクタロウ)がニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「なんだ、坂上か」

「なんだ。とは何だ。 折角、お前の呟きに反応してやったんだから感謝しろ、幼女性愛者」

「馬鹿野郎! 誰が幼女性愛者だ!! 俺は背が高くて、胸が大きくて、腰の括れが魅力的な女性が好みなんだ、と何度言えばわかる!?」

「なら、疑問するが――――お前は、閻魔様に誓って、今のが嘘ではないと言えるのか?」

森田は即答しようとするも、森田の頭の中では、嘘をついた子供を叱る際「閻魔様に舌を抜いて貰う」という伝承が浮かび、何かを堪えるように押し黙った。彼の反応から、幻想郷において、閻魔という存在は非常に重みのあるものである、と窺える。

「…………おい、森田」

坂上は本気で戦慄していた。まさか本当だとは、という表情を浮かべている。彼としては冗談で言ったつもりだったのだろう。

「お前…………まさか、本当に」

「そ、そんなことより! さっき、何を言おうとしてたんだよ?」

誤魔化すように、取り繕うように言葉を発する森田に、坂上は愛想笑いを浮かべながら、

「お、おう。 実はな、あの店では、妖怪による人間への攻撃の一切を禁じているそうだ」

「妖怪がそれに従うとは限らないんじゃないのか? 主に本能的な意味でさ」

「そりゃー妖怪からしたら、俺達は餌なんだからそうだろうさ。 けど、あの店では違う」

「どう違うってんだ?」

「違うもんは違ぇんだよ。 先日、俺も例の店に行ってきたんだが、宵闇の妖怪に給仕されたぜ?」

坂上の言葉に森田は目を見開く。信じられない、と。

「おいおい。 冗談は休み休み言おうぜ、親友。 あの食欲が何よりも優先的な妖怪が給仕? 馬鹿げてる。 お前の女房の幼少時代が、実は里一番の美少女だった、ってくらい信じられない話だぜ?」

坂上は頬をピクピクさせながら、ほほう、と相槌をうつ。

「確かに、俺の嫁の容姿は…………上手く言葉に出来ないが、給仕の件は本当だぜ? 外来から入ってきた言葉を使うなら、“マジ”だぜ“マジ”」

「おいおい、何だよ“マジ”って? 余計、信用度が低下したじゃねーか」

坂上は、兎も角、と前置きし告げる。

「そんなに信じられねぇ、って言うんなら試しに例の店に行って確かめてみればいいじゃねぇか。 宵闇の妖怪の容姿はそりゃ可憐だからな、お前としては一石二鳥だろう?」

「ば、ばばばばっば馬鹿野郎。 おお落ち着け、冷静になって話し合おうぜ。 お、俺はそんな店、絶対に行かないからなッ」

「お前が落ち着け、この童貞が」

「テメッ!? 女房がいるからって、上から目線で見下してんじゃねぇぞ!! 童貞すら守れない、欲望に降った軟弱野郎が!!!」

人里の中央通りで、男二人が大声で罵り合っているのを、里人は生暖かい瞳で眺めている。

「俺だって守れるものなら、守りたかったさッ!!」

けどな、と血涙を流さんばかり続ける。

「慧音さんを除外したら、俺の女房はこの里で最強なんだよ!! 俺如きがどうこうできるわけないだろ!! 主に腕力的な意味で」

坂上の慟哭に、森田は彼の心境を察した。苦虫を噛み潰した顔で、坂上の肩に腕を回す。

「その、何だ、色々とすまなかったな」

「気にすんな。 ああ、気にすんなよ。 嫁の上腕二頭筋が恋しいと思うようになった俺如きを気にする必要なんてないんだぜ、親友」

今度は森田が、親友の性癖に軽く数歩ほど引いてしまう番であった。

「客観的に見てさ、お前って変態だな」

「お前に言われたくねぇよ、親友。 ボコボコしてやろうか? 女房に頼んで」

「そこ、女房に頼っちゃうんだ……」

「ほら、俺って都会派魔法使いだから」

「お前、魔法使えないだろうが。 それに何だよ、都会派魔法使いって」

森田は、呆れた表情を浮かべる。

「確か…………あの人が言ってたんだ。 ほら? ええ、と誰だっけ? ああ駄目だ!! 顔は思い出せるんだが、名前を思い出せないッ」

「なんか特徴とかないのか?」

坂上は眉を顰めながら、

「そういえば、胸が小さかったな。 我が家の女房よりも」

「馬鹿。 お前の女房のは筋肉だろうが」

射殺すような視線を放つ坂上に、流石に拙いと思ったのか森田は慌てて、

「胸が小さいっていったら、あの人じゃないのか? ほら、吸血鬼屋敷の、確か……悪魔の狗とか言われてる」

「違う違う。 紅魔館のは、ちょうど掌に収まる感じだが、俺が言っている人はそれよりも小せぇんだよ」

咲夜に聞かれたら、無傷ではすまないことを口にする坂上。

「霧雨の親父さんところの倅じゃないのか? ほら、確か小さかったろ?」

「どうして、霧雨の親父さんの娘の胸について、語らなくちゃいけねぇんだよ! 親父さんに聞かれたら、張り倒されるわ!?」

霧雨商店の主人のことを思い出して、坂上は声を張り上げる。数年前にとある理由で、娘を勘当した人物だが、今でも深く娘を愛していることに変わりはない。もし、二人の話が彼に聞かれたと思うと、目も当てられないことになるのは間違いないだろう。

そんな時だ。坂上と森田の背後から、

「ほう。 随分と面白ぇ話してんじゃねぇか」

という声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。それも、今最も聞きたくないと思った人物の。

思わず振り返る。瞬間、二人の顔が引き攣った。まるで、紅葉狩りの為に妖怪の山に侵入したはいいが、その道中で天狗に見つかったかのような表情だ。

「き、霧雨の親父さん!? に、逃げろ!!」

「ぷぎゃあああああああッ!!」

「あ、ちょっと待て!」

森田と、坂上は妖怪から逃げるかのように霧雨の主人に背を向けて駆け出す。駆ける。駆ける。駆ける。人里の中央通を全力で疾走する。

どのくらい走っただろうか。建物や人込みを縫うように駆け抜けてきただけあって流石に、追ってきてはいないだろう、と思った森田は背後を振り返る。

そこに、霧雨の主人の姿はなかった。


     ∫ ∫ ∫


背後を振り返り、霧雨の親父の姿が無いことに安堵したのも束の間、

「撒いたか…………おわッ!?」

「きゃッ」

安堵のため息を吐いた直後に、前方不注意で坂上は誰かと衝突した。衝突した際に零れた声から、相手が少女だと窺える。

「あたたた……危ないわね。 気をつけなさいよ」

「悪ぃ悪ぃ。 大丈夫か?」

尻餅をついている少女に視線をやる。龍神の石像付近に倒れこんでいるのは、

「って、都会派魔法使いさんじゃないっすか!?」

自称都会派魔法使いの少女だった。魔法の森に住んでいる彼女だが、おそらく、今日は里に買い物に来たのだろう。手元にある小さな籠から、坂田はそう思った。

「おい」

森田は神妙な顔で、坂上に声をかけた。告げる声は厳かかな雰囲気を漂わせる。彼は、少女の胸を視界に収めながら、

「………………こりゃ、小さいっていうレベルじゃないぞ? 何て言うかナイチチ?」

「ぶふッ!?」

坂田は思わず、噴出してしまう。というのも、森田の言葉が言い得て妙だったからだ。

「森田! それは言い過ぎだろうが、常識的に考えて!!」

「じゃあ訊くがよ、坂上ぃ。 その少女は巨乳か!? 違うだろ!! 貧乳だろうがッ!!」

「何で二元論なんだよ!? というか、そういう問題じゃね――――あ」

坂上の眼前には般若がいた。拳を握らせ、羞恥やら怒りやらで赤くなった顔で二人を睨みつけている。怒りの余り、瞳には涙が溜まっている。

「あ、あんた達ねぇええええ!!」

魔界からの呼び声と言えばいいのだろうか。震える声は、大の成人男性を恐怖させるには充分であった。実際、周囲で二人の奇行を窺っていた住民は、少女の怒りに巻き込まれないように距離をとっている。

怒る少女を前に、爽やかな笑顔を浮かべた坂上は口を開く。さて、と。

「森田くん」

「何かね、坂上くん」

答える森田の顔も至極、爽やかである。

「以降の展開は、外来の書物で学習済みだな?」

「同人誌“蜜柑100%”なるものでは、大抵の場合、これ以降の展開など決まってる」

「我々には、ぎゃぐ補正、主人公補正などという素敵なものは存在しない」

「当然だ。 殴られたら痛いし、血も出る」

「その通りだ。 ふらぐなるものも建ちはしない」

「“度得無”という特殊な性癖でもない限り、殴られるだけ損と言うわけですな?」

「左様」

ならば、と声を揃えて告げる。異様な雰囲気を放つ二人は、

「「後ろに向かって前進だ」」

少女に背を向けると一目散に逃げ出した。向かう先は、里の出口だ。おそらく、先程、彼等が話題にしていた喫茶店に向かうのだろう。熱が冷めるまで非難しよう、という名目ができた森田の顔は嬉々としている。

「あッ! ちょっと、こら 待ちなさいッ!!」

「待て、と言われて待つ人間なんているわけないでしょうがぁああ。 都会派魔法使い殿は、御馬鹿ですなぁあああ」

「左様ぉおお」

走りながら叫び返してきた馬鹿共に、少女の沸点がとうとう限界を迎える。頬をヒクヒクと引き攣らせ、

「素直に土下座して謝るのなら、簀巻きにしてボコるだけのつもりだったけど、気が変わったわ。 そういう態度なら容赦しないからね」

買い物にきた筈の少女は、本来の目的など何処吹く風というかのように、腹立たしい男達を追跡することにした。無論、張り倒して半殺しにするために。

そんな彼等を見ていたジャガイモ頭の子どもが、

「母ちゃん! 母ちゃん! あれ、なぁにッ? 修羅場? 修羅場なの!?」

「こら、しんのすけ!! 見ちゃいけません!!!」

保護者に窘められていたりした人里の昼下がりだった。


     ∫ ∫ ∫


人間の里から出て、少し歩いた所にその喫茶店はある。建物は丸太で組まれていおり、落ち着いた、物静かな居心地のいい雰囲気に包まれている。店の庭先には、ハーブや穏やかな感じのする花が植えられているこのも、またそういう雰囲気に影響を与えているのだろう。

扉を開けると、室内は思ったよりも広い空間が広がっている。十数人ほどが腰掛けられるバーカウンターに、木製のテーブルが幾つか見られた。最近建てられた筈なのに、真新しさは感じない。それどころか、ずっと前から存在していたかのような歴史を感じさせる造りだ。

従業員はというと、店主と給仕の二人だ。彼等の説明を軽くしておこう。 まずは店主である【伊達男】といった言葉がしっくりとくる洒落た中年男性。黒のスラックスと、白のシャツという組み合せの上からエプロンをしているが、どういうわけか非常に似合わない。引き締まった身体にエプロンというのが拙いのかもしれないが、それ以上に、精悍な戦士といった面構えにエプロンという組み合わせが拙いのかもしれない。どちらにせよ、エプロンが非常に似合わない男だ。

次に、給仕の宵闇の妖怪。妖怪ゆえに、初見の客には恐れられているが、店内では人を襲うことはない。凶暴さとは無縁で、最近では人懐っこい、朗らかな笑みを浮かべるようになった。黒のロングスカートの上に、白のシャツという店主と似たような格好なのだが、彼とは大きく違う点がある。エプロンだ。彼女は、黒白の組み合わせの上から、淡い緑のエプロンを掛けているのだが、それが非常に似合っている。妖怪だからかどうか知らないが整った、可憐といって差し支えない容姿に、それはよく映えた。余談だが、人里の子ども、特に女の子の間では、彼女を真似て、一つのお洒落アイテムとしてエプロンを掛けることが流行になっていたりする。

そして、その日の店の風景はというと…………

「随分とお怒りのようだが、そんなに気に障るような内容だったのかい?」

店主である雪人は、バーカウンター越しに笑顔を浮かべ接客していた。緩い、緩い笑みを浮かべながら、

「当然よ。 衆人大衆のど真ん中、それも面と向かって、ひひひ貧乳呼ばわりされたのよ。 これで怒りを抱かない女性なんていないわッ」

怒りを露にするのは、先程、顔を赤く腫上がらせた男二人と共に来店した少女だ。綺麗な髪を肩口で揃えている。まるで、作り物のような精巧といった印象を受ける。無論、外見の話だが。

「私は好きだがね、小さな胸というものが。 小は大を兼ねるというではないか、むしろ、誇るべきではないか――――」

「何か言った?」

ぎろり、と少女は鋭い視線を雪人に向けて黙らせた。

「特に、何も。 世間一般で評価されているものよりも、自身が敷いた法の方が、私にとって価値があるものだということを再確認していただけだ」

「いい、マスター? あそこの二人みたくなりたくなかったら、黙って御代わりをちょうだい」

少女の視線の先には、テーブルに突っ伏して気絶している二人組みの男がいる。余程、恐ろしい目に遭ったのであろう。

「と、とと都会派魔法使いさん…………そ、そこは…………そ、そこらめぇええええええ!!」

「や、やややメロッ!! 俺にはそんな趣味は…………あふん!! もっと踏んで下さぁあああい……都会派魔法使い殿ぉおおお」

寝言と共に、身体が痙攣している。それを眺めていた雪人は、真面目な表情を浮かべ頷く。

「随分とアブノーマル性癖だね、都会派魔法使い君」

「ち、違うわよッ!! ねぇ、何か変な勘違いしてない!?」

「生憎、私は田舎育ちでね。 都会の文化に疎くて困る。 そこら辺、ご教授願えないだろうか?」

都会派魔法使いと呼ばれていた少女は顔を真っ赤にして、奇声を発した。第一印象はクールそうな感じであったが、どうもそれではないらしい、と雪人は認識することにした。立ち上がり意味を成さない言葉を叫び続ける少女に、雪人が言葉をかけようとしたところ、

「ユキトー。 向こうのお客さんが、えっとね…………クッキーの御代わりと、紅茶を人数分ちょうだいって」

従業員の妖怪少女、ルーミアに声をかけられる。どうやら、御代わりのオーダーが入ったようだ。雪人は、ルーミアの言葉に了解した、と頷くと慣れ親しんだ魔法を使う。下げられた御盆の上に乗っている食器等を魔力に還し、再び再構成する。力を固めるイメージを頭に浮かべ、

「ご苦労様。 少し重いが大丈夫かね?」

何時ものように編んだ所望の商品を、御盆の上に乗せ、手渡す。妖怪だけにその腕力は、見た目通り少女のそれとは違うとわかっていながらも、気遣いの言葉をかけるのは、雪人の癖であった。

「だいじょーぶ」

朗らかな笑顔と共に、そう言い残し、ルーミアは確りとした足取りでテーブルに向かった。

「しかし、幾らこの店では一切の暴力行為を禁じているとはいえ、彼女等は怖くないだろうか」

宵闇の妖怪とは、それなりに力のある妖怪で、人里でも恐れられているはずなのだが、と疑問に思う。外来の人間にとっては、妖怪という幻想に追いやられた存在は馴染みが薄いからわからないかもしれないが、此処では違う。今も、客の席に商品を運んでいるのは、外来人にとっての、ホホジロザメやシャチ並みに恐ろしい化け物であるのだ。

「建物に、恐怖を誤魔化す結界を付与していたとはいえ、もう少し馴染むのに時間がかかると思ったが、予想以上だな」

「あら、やっぱり。 変な感じがすると思ったら、そんな結界を展開してたのね 此処」

雪人の呟き、反応する声があった。先程、奇声をあげていた少女だ。

「都会派とはいえ、同じ魔法使い。 流石に気がついたか、都会派魔法使い君」

「……あのねぇ。 さっきから思ってたんだけど、都会派魔法使い、都会派魔法使いって言うの止めてくれないかしら?」

「気に食わない、気に食わないフレーズなのかね? 私としては気に入っているのだが」

「馬鹿にしているように聞こえるから止めてちょうだい」

残念、と雪人は顔に浮かべながら、

「それは失礼した。 それで、お嬢さんも紅茶の御代わりだったかな?」

「年下にお嬢さん呼ばわりされるのも、色々と思うこともあるけど、まぁいいわ。 マスター、紅茶の御代わりを淹れてちょうだい」

職業としての魔法使いではなく、種族としての魔法使いゆえに、少女は見た目通りの年齢ではないのだろう。種族としての魔法使いは、人間の域を優に超えている。特徴は魔力の絶対量など、長寿などが挙げられる。だから、外見年齢を見る限り、雪人の方が十は上なのに、彼女は彼を年下扱いしたのだ。

「お嬢さんの仰せのままに」

一生懸命背伸びする娘を相手にする父親のような苦笑を漏らしながら、先程と同様に魔法を発動させる。魔法使いの魔法は術者オリジナルの場合が多いが、雪人の魔法は相変わらず、その筆頭であった。魔法の系統が、魔力を別のモノに変換し具現化することができる、という出鱈目なものである。

同じ魔法使いとして、少女はその異常さに驚いた。

「さっきも思ったけど、あなたの魔法って随分と出鱈目なのね。 普通、そんなこと出来ないわ。 魔力で何かを編むなんて真似」

「魔法使いなどという、普通から外れた者に、普通を求めるのは間違いだと思うが」

「限度ってものがあるでしょう。 低俗な魔法使いなら、あなたを解体してでもその魔法について知りたがるわよ」

「魔法使いと、学者は似たような存在だからね」

返還して再構成。何時もの過程を経て、少女に紅茶を差し出す。少女は差し出された紅茶を口にし、

「喫茶店をやるには充分な味だけど、私としては良くもないけど、悪くもないってところかしら? クッキーはとても美味しかったのに、残念ね」

笑みと共に、少女は目を細める。随分と楽しそうだ。

「あなた、普段あまり紅茶を飲まないでしょう? クッキーと比べて紅茶のイメージが確固として定まっていないのはそのせいね」

そして、と言葉の続きを雪人が述べる。

「イメージの漠然さは、味の再現にも影響が出る、と言いたいのだろう?」

「Exactly(その通りですわ)」

「人並み以上の自信はあったのだがね。 お嬢さんの舌を満足させるには、修行が足りなかったようだ」

「人並みじゃあ、駄目よ。 私は人ではないのだから、人並み以上の、更に上を持ってきなさい」

挑戦するかのような物言い。それが、雪人の琴線を刺激する。彼にとって、この土地に訪れて、それは三度目の感覚であった。

「くっ、三番煎じで悪いがこの言葉を贈ろう。 面白い、面白いなぁ君は きっと珍種に違いない」

「珍種はあなたでしょうに。 魔法特性にしろ、その身体に纏わりついているものにしろ」

雪人の身体に纏わりついている呪いを見て、少女はそう告げる。三本の黒い鎖の様のものだ。

・――――異性を魅了する程度の呪い
・――――■■■を奪う程度の呪い
・――――■■が■■する程度の呪い

専門分野でない為に、アリスに読み取れるものは一つだけであったが、そのどれもが高位の呪術師によりかけられた呪いであることは理解できた。込められた力が半端ないのだ。“人を呪わば穴二つ”という言葉があるが、まさにその通りだ。これほどの呪いをかけた呪術師自身も無事では済まないだろう。余程、恨まれたに違いない。

そして、彼女が唯一読み取れた“魅了の呪い”であるが、ただの人間相手なら魅惑することなど容易いだろう。 しかし、種族が魔法使いであるアリスには、何ら効果は表れない。先程から平然とした様子である。彼女が持つ抗魔力も人とは比べ物にもならないのだ。

呪いの事を言われた雪人は苦笑を浮かべ、

「ところで、君の専門分野は教えてはくれないのかね?」

話を逸らすことにした。あまり言及してほしい話題ではないようだ。それに、アリスの魔法特性にも興味があったこともあり、丁度良かった。

「また、今度にでも立ち寄った際に教えてあげるわ。 総合的には中々のお店だからね」

そう言って、少女は立ち上がる。どうやら、一時間近く、雪人に愚痴やら何やらを零していた少女は帰るようだ。

「マスター。 お幾らかしら?」

「時間に余裕があるのなら、この伝票を持って出口の近くにいるあの子の所に持って行ってくれないか」

少女の視線が理由を問うている。何故ここで清算しないのか、と。

「あの子にも、計算の練習にちょうどいい。 何事も実践が一番だからな、君もそう思うだろう?」

「あの子、この前まで野良妖怪だったんでしょ? 計算とかできるの?」

「職業が野生の妖怪だったがゆえに、まだ少し時間を必要とするが出来ないことはない。 なに、付き合ってくれるというのなら幾らか値引きしよう」

「仕様がないわね、そういうことなら請け負ってあげる」

雪人は伝票の数字を訂正し、少女に手渡す。感謝する、と。

「ではな、都会派魔法使い君。 また立ち寄ってくれると幸いだ」

「ああもう! そう呼ばないで、って言ったでしょう。 まったく、もう……………………………………私の名前は、アリス・マーガトロイドよ。 好きなように呼んでちょうだい」

高いソプラノの声を残して少女、アリスはルーミアへ歩いていった。それから、手間取りながらも会計をするルーミアと、嫌な顔せずそれを待つアリスを視界に収めながら、

「………………都会派魔法使い殿ぉおおお」「そこは………………らめぇ」

奥のテーブルに突っ伏している生ゴミを、“妖怪の山”にでも捨てに行こうか、と真面目に悩む雪人であった。









 

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[12007] Act.2-2  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:50
喫茶店と言っても常に客が入っているというわけではない。特に、雨の日や、朝から昼にかけての時間帯は人の出入りが少なかった。

昼を迎えて、昼下がり辺りくらいまでが客の出入りのピークを迎える。人の出入りはかなり多い。菓子類を、昼以降においては、無料同然の値で販売しているのがその要因の一つかもしれない。

彼は元々、真面目に働くつもりなどない。というのも、雪人は別に働かなくとも生きていけるからだ。魔力さえあれば、基本的に生きていける魔法ゆえに。

では、どうして喫茶店など始めたのかというと理由がある。というのは、彼にとって喫茶店は道楽に過ぎないが、怠惰な生活を送るよりも、趣味を兼ねた生活の方が価値があるという判断により始められたのだ。

しかしながら、客の出入りがない暇な時間というものは、やはり有るものだ。今日のような、雨の日もそうだった。

ルーミはまだ、着慣れないエプロンをかけて室内をトコトコと行ったり来たりとしていた。やることもなく、暇なのだろう。

「暇だよ。 ユキトー、暇ー」

店主である雪人に視線を向ける。彼は、カウンターの向こう側で何時ものように腰掛け、本を読んでいる。カウンターの上には、コーヒーが温かい湯気を立てている。もしかしたら客に出すものよりも上等なものを飲んでいるのかもしれない。彼なら普通にやっていそうだ。

「ユキトー、ユキトー」

「今日は雨だからな、客もそう多くは来ないに違いない。 暇なら、仕事はもういいから時間を好きに使いなさい」

「お外は雨だから、遊びにもいけないよ。 お家に戻ってもやることなんてないから退屈だわ」

雫が、屋根をノックするかのようにポタポタと音を立てている。随分と綺麗な音だなぁ、と思いながら雪人は、本のページを捲る。最近、外の世界で話題となっていた、中世を舞台にした推理小説だ。

「………………なんと、犯人はメイドだったのか。 なるほど、あの大きな胸はP.A.Dで、そこに凶器を仕込んでいたというのなら頷ける」

楽しそうに次々と表情を変える雪人を目に、

「ずるいずるいずるーい! ユキトーだけずるいわ!」

「犯行動機は、彼女の主人であり恋人でもある吸血姫のお嬢様を、脇巫女に寝取られたから、か。 何時の時代も、嫉妬とは恐ろしいものだよ」

「ねぇ、ったら!」

自身の世界に埋没している雪人に構ってもらえず、苛立たしい声が漏れる。その姿は、父親に構ってもらえず怒りを露にする娘の姿だ。ルーミアが、彼女の親にあたる配偶者等の生殖行為で生まれたのか、自然と“発生”したのか不明だが、存外、彼女は雪人に父親を求めているのかもしれない。

しかし、雪人が父親役を演じているかと言えば、否だろう。父親としては接してはいない。側から見れば、仲の良い親子のようだが。尤も、ルーミアが親という概念を知っているかどうかは、微妙である。

「…………犯人は、気が触れていると描写されていたお嬢様の妹だと思ったのだが。 真逆、あれほど純粋な心の持ち主とは…………まだまだ、私も修行が足りないということか」

余程、集中しているのだろうか。ルーミアの声が届いていないようだ。

「この変態探偵は、メイドの偽乳を揉んだ時点で、全てのトリックを見破っていたのであろうな。 いやはやまさに、『おっぱいは、揉んでみないと、わからない』ということだね」

推理小説の内容を紡ぐ雪人に、いかにも怒ってますと頬を膨れて見せるが、視線は本から外れない。

地団太を踏んでみるも、一向に本から視線を放さない。そこで、少女はカウンターの向こう側に回ることにした。座っている雪人に一瞥をやる。反応はない。

「ユキトー。 暇」

そのまま、ルーミアはモゾモゾと彼の膝の上に座ることにした。膝の上から見上げると、雪人は困ったような笑を浮かべる。苦笑いというやつだ。

「では、絵本でも読んであげよう。 それで我慢してくれ」

「絵本?」

「“それ逝け!! 危険者トーマス”なんてどうだい?」

そう言って、足元に置かれている鞄の中から本を取り出した。表紙に不気味な笑顔を浮かべる男が書かれた絵本だ。

「なんか…………気持ち悪い」

普通の子どもに見せたら、軽くトラウマになりそうなそれを、ルーミアは一瞥すると、首を振った。心底嫌そうなだ。悪書は精神を毒殺するというが、強ち間違いではないのかもしれない。

「それは残念。 私としては、邪夢おじさんが、錬金術で死んだ息子を“危険者トーマス”というホムンクルスとして蘇らせたり、邪夢おじさんの助手の婆蛸さんが店のお金を持ち逃げして半殺しされいる辺りが好きなのだが…………」

このダークファンタジー×日常を描いた絵本は、外の世界では、それも大人の間では隠れた名作として人気があるのだが、やはり子どもには受け入れがたいものらしい。クトゥルーの世界観がその大きな要因かもしれない。

「しかし、私が持っている絵本となるとこれしかないぞ。 他に暇を潰せそうなものなどないし…………ん?」

気がついたらルーミアは身体を捻って、雪人の首元に顔を埋めている。少女が落ちないように、腰に腕を回し問う。どうかしたのかね、と。

問いと同時に、少女の顔を覗き込む。彼女は瞳を細めて笑みの形を浮かべていた。

「ユキトっていい匂いがするね」

ふんふん、と可愛らしい鼻を鳴らしそう言う。雪人自身は気がついていないようだが、その香りはルーミアの嗅覚を、これでもかというほど刺激していた。

彼女は、うっとりと感嘆の息を漏らし、

「ほんとうに美味しそう…………食べちゃいたいくらいに」

唇を雪人の首筋に這わせる。空腹時とは違い、今の彼女ならば容易く彼の首筋など切り裂けるだろう。

「ねぇ、ゆきと。 私が少しでも力を入れたら、ユキトは死んじゃうのに怖くないの?」

ぴちゃぴちゃ、と音を立てて彼女の舌が首筋を撫でる。温かい舌は、彼の体温よりも高い。

「怖い、怖いなぁ。 だから噛み砕かないでくれよ」

「ふふ、こんなのは如何?」

浅く噛まれる。犬や猫がするような“あま噛み”というやつだ。

しかし、それでも雪人は何時もと同じように笑みを浮かべて、少女の頭を撫でる。その様子を目に、目を細めながらもルーミアは思う。この人間は恐怖心がないのではないのか、と。

「ユキトの匂いは本当にいい匂いなのよ? 妖怪なら放っておくなんてことないわ」

極上の食料を前に、頬を染めた少女は言葉を続ける。

「黙って他の妖怪につまみ食いされるくらいなら…………」

ずきり、と先程のあま噛みとは違う痛みが雪人の首元に走った。ちょうど、鎖骨の少し上くらいにだ。痛みの箇所を見ると、少女の歯型が赤く浮かんでいる。先程よりも、強く噛まれたのだ。

続いて紅玉髄の瞳が、彼の視界を覗きこんだ。

「けど、まだ食べないよ。 だからね、他の妖怪に食べられないためにも、これは“私のもの”だっていう印をしておくの」

無邪気な笑み。まるで、冷蔵個に冷やしておくプリンを、誰かにとられないように名前を書いておく外の世界の子どものようだ。ただ違うのは対象が、人かプリンかということだ。

マーキングされた雪人はというと、得心がいったとばかりに頷きながら、

「君は猫みたいだね」

「ルーミアは猫じゃないわ。 妖怪だもん」

「妖怪と言っても様々だろう? 有名どころだと鬼、河童、天狗、とな。 前から気になっていたが、君は一体どんな妖怪なんだ?」

「宵闇の妖怪ー?」

「案外、隙間妖怪の親戚か、同じ起源のモノだったりしてな」

「私はあんな胡散臭くて、変な妖怪じゃないわ……」

冗談にしても性質が悪いと言うかのように、軽く眉を顰める。といっても、ルーミアは別に隙間妖怪のことは嫌いではない、好きでもないが、単に何を考えているのかわからない胡散臭いのが苦手なだけである。

ルーミアに限ったことではなく、これは幻想郷の大抵のモノに当てはまる。

「そう拗ねてくれるな。 それに八雲に近しいと言ってもそう悪いことでもあるまい? あれは性格がアレだが、外見はすこぶる綺麗だろう?」

「ユキトはああいうのが好きなのー?」

何とも言えない表情で訊ねてくる少女に、雪人はやや悩むそぶりを見せた。というのも、彼は基本的に綺麗な女性は好きだ。むしろ、八雲紫の容姿は雪人の好みなのだ。

だが、雪人は貧乳好きである。しかしながら、八雲紫という女性は貧乳ではない。巨乳だ。それも、すこぶる良好な。揺れる時の擬音など“たゆんたゆん”と表せそうだ。

胸以外は、そう胸以外は、好みであるが故に即決できかねた。是とも非とも言えない答えを、雪人は素直に述べることにした。

「即決しかねるが、某桃色ブロンドに召還された使い魔君の言葉を借りるのなら、こうだろう」

一息吐き、

「ああッ! 八雲、八雲、可愛いぞ八雲!! 顔だけはッ! 顔だけは可愛いぞ!」

八雲紫に聞かれたら、とんでもないことになりそうなことを声高々に叫ぶ。当然、あまりに広い方ではない室内ではよく響いた。

彼の反応を見ていたルーミアはニコニコとしながら思う。こいつ早く何とかしないと、と。

「なんだね、そのジト目は? まるで、私のおかしな言動を咎めているようだが」

「おかしいのは頭だよー?」

雪人は無視した。話を逸らすことにした。ところで、と前置きし、

「ルーミア。 君は知っているか? 挨拶は人間関係を円滑にするための必須技能だと、いうことを」

「お店の話のことー? それなら知ってるわ。いらっしゃいませー、ありがとうございましたーっていうやつでしょ?」

正しいという意味で頷く。

「だが、ルーミアの挨拶にはインパクトがない」

「いんぱくと?」

「強い印象のことだ。 例えばだ、君には何人か妖精の友達がいるそうだが、その中で、一番最初に浮かぶ顔は誰だい?」

「チルノかなー」

少女の脳裏に浮かんだのは、氷の妖精だった。普段から印象に残る言動だから嫌でも記憶に残っている。

「では、何故、チルノのことが真っ先に頭に浮かんだんだ?」

「あ…………そーいうことかー」

「そういうことだ。 これからも客に足を運んで貰おうと思ったら、印象に残る店でなくてはならない」

「そーなのかー」

少女は、半信半疑で頷いておくことにした。きっとろくでもないことを考えているのだろう、と思いながら。

「次に客が訪れた際に、私が手本を見せてあげるのでよく見ておくように」

何やらみょんに張り切っている雪人を視界に収めながら、ルーミアは確信した。次に来る客はろくな目に遭わない、と。


     ∫ ∫ ∫


魂魄 妖夢は、冥界の管理者にして自身の主でもある西行寺 幽々子の命で、とある場所に訪れていた。

主の命といっても大した用事ではない。何でも最近、人間の里で美味しいものが流行っているから買ってきてちょうだい、と言われただけだ。端的に言うと何時もの使い走りだ。

冥界の庭師兼、彼女の主の剣術指南役(名ばかり)、そして半人半霊の従者である妖夢は、里で噂の店の話を聞き込み、漸くその店を見つけた。看板もなにもない。名前はまだ決まっていないと里美とが言っていたのは本当だったのか、と思いながらその店を見上げる。

不思議な雰囲気を発している店だ。穏やかで、落ち着いた感じを抱かせる。いい店ですね、という印象を抱きながら扉を開こうとしたら、


「ああッ! 八雲、八雲、可愛いぞ八雲!! 顔だけはッ! 顔だけは可愛いぞ!」


店内から、そんな叫びが聞こえてきた。

「人里で、此処の店主は変態だと聞いていましたが、真逆、真実だったなんて…………」

半ば本気で帰りたくなったきたが、主の為にも、と自分を奮い立たせ、今度こそ扉を開くことにした。無論、傘をたたみ、何時でも戦闘に入れるように、片方の手を背負った刀に添えながら。

扉を開くと、雰囲気どおりの落ち着いた室内である。最近建ったというのに、まるで何十年も熟成した感じを抱かせる店内は彼女の好みであった。

そして、カウンターに座る給仕の前掛けをした少女と、店主と思われる男。

少女はまるで、哀れむように妖夢を見つめている。意味がわからず困惑する彼女に、


「よく来たな! 見た目は華奢だがまあいい。 すぐに筋肉の悦びを教えてやろうッ!!」


向けられる声があった。店主の声だ。彼は言葉と同時に、妖夢を歓迎するかのように両腕を広げ、そう宣う。

呆然としながらも、とりあえず、妖夢は扉を閉めることにした。


     ∫ ∫ ∫


雨が滴が喫茶店の屋根を叩いている。雨の日だけあって室内は薄暗いが、優しい雰囲気が損なわれることなく、その日も、一人の客を迎えて平常通り営業していた。

ポタポタと雨の音が滴る室内では、三人の人物がいる。

まずは客である、二つの刀を背負った半人半霊の少女、魂魄 妖夢だ。彼女がその店を訪れたのは、使い走りである。色々な人間、妖怪、幽霊やらからの噂が伝わり、その話を聞きつけた冥界の管理者である主に頼まれての、だ。

噂が冥界まで広まったというのは驚きだが、格安の値段(一部を除き)で販売しながらも、値段と釣り合わないほどの商品を提供する奇妙奇天烈な店があるということから、怒涛の勢いで広がった。尤も、店主は少女趣味の変態であるという噂も、同時に広まっていたが。

室内の残りの二人は、つい先日まで野良の妖怪だったルーミアに、その喫茶店の主である雪人である。

最近になって、元外来人である彼は、ようやく幻想郷という地に馴染んできた。人里の方で「あの店の店長は基本的にいい人だけど、変態だからお菓子を貰ってもついていっちゃ駄目よ」と言われているほどだ。

色々な所で悪名が轟いているとは知らない雪人は、

「よく来たな! 見た目は華奢だがまあいい。 すぐに筋肉の悦びを教えてやろうッ!!」

「何なんですか……一体」

「ユキトは馬鹿だから無視してていいわ」

その日も朝から螺子が外れている雪人に、困惑の表情を浮かばる妖夢、先日作成したメニューを妖夢の前に広げるルーミア。妖夢は、ルーミアに会釈すると、店長の奇行を無視してメニューに目を通すことにした。

「は?」

そこに書かれていた商品の値段は明らかにおかしい。世間一般の標準価格に喧嘩を売っているとしか思えない。子どものお小遣いでも十二分に満足できてしまう程だ。商売する気がないと受け取られても不思議ではないだろう。

幻想郷では珍しいチョコレート類、紅茶類も無料同然だ。妖夢には、それが信じられなかった。

「て、店主。 控えめ且つ、上手く言葉にできない質問をしたいのですが、構わないでしょうか?」

愕然とした面持ちで問いかける。

「宜しい、質問を許可しよう。 さっさと問いたまえ、この幽霊庶民が」

「ならば、問います。 気は確かですか? …………先程の奇行といい、魔法の森に繁殖している怪しげな茸を食したとしか思えないです。 端的に言いますと、貴方はイカレてる」

妖夢の言葉を脳裏で反芻した雪人は、隣に腰掛けるルーミアに尋ねた。

「今日の私は、どこかおかしいのか?」

「ううん。 いつも通りだと思うよー、うん、いつも通りだと思うわ」

爽やかな笑みと共に返ってきた答えに、雪人は満足そうに頷きながら、

「これだから田舎者は困る」

「誰が田舎者ですか!? というか、その哀れむような表情で見るのを止めて下さい」

妖夢に哀れむような生暖かい視線を向けていた雪人に、案の定、彼女は声を荒げた。生真面目な性格の彼女からしてみれば、相性の悪い相手だろう。

「まぁまぁ、茶でも飲んで落ち着きなさい」

何時もの如く魔力で構成した“君には緑が足りない”という抹茶を湯飲みごと差し出す。室内には、茶のいい香りが漂った。

「…………噂に聞いていましたが、実際に見るとやはり驚きますね。 店主は、魔法使い……と耳にしたのですが、本当なの?」

「肯定だ。 これでも、昔は数多くの魔法少女を世に輩出した名誉教授なのだよ」

過去を懐かしむように目を細め、

「懐かしい、懐かしい思い出だよ。 昔はね、数多くの魔法少女に懸想されていたものだ。 この変態教師いつか殺してやる、と」

いやはやモテる男は辛いものだ、と呟くのを無視して、差し出された湯飲みに口をつけたその瞬間、妖夢は目を見開いた。

…………そんな、馬鹿な。店主はアレですけど、このお茶は凄く美味しい。美味しいはずなのに、どうしてこうも悔しいのでしょうか?

眼前の雪人(変態)を視界に収めながら、脳内で自身の淹れる茶と比較してみた妖夢は、現実に打ちひしがれた。心のどこかで“切腹”という言葉が浮かんできたのを掻き消しながら、再び口をつける。

しかし、現実を否定したいという思いは、逆に否定されることになった。美味いのだ。

「先程、久方ぶりに創ったんだ。 よければ、味見してくれないか」

まるで、屈辱に耐えるかのように俯いた妖夢の眼前に差し出されるものがった。小皿に乗った綺麗な桜餅だ。口にするのが勿体無いと思わせる。餡を包み込んだ皮は、何とも見事な春を思わせる色である。

「ゆきとー」

雪人の服の裾を引っ張るルーミアの姿が、視界に映った。少女の視線は、彼と妖夢に差し出された桜餅を行ったり来たりと忙しなく往復している。

彼女も見ていて食べてみたくなったのだろう。

「仕様がない」

「ありがとー!!」

飄々としながらも、父親のような笑みを零し新しい桜餅を創り出すその姿に、妖夢は記憶の奥底の人物とを、つい重ね合わせた。

即座に否定するように頭を振る。似ても似つかない、と。

「君は食べないのか? 先程も言ったが代金の心配はいらない。 それは実験作のようなものだからね、感想さえもらえれば十分だ」

「そういうことなら、遠慮せずに頂きます…………みょん!?」

口の中で蕩けるような甘みが広がる。柔らかい衣から出てきた餡が、何ともいえないほど美味である。魔法で創ったからかはどうかしらないが、妖夢はかつてこれほどの桜餅を食べたことがなかった。はっきり言って異常だ。

そもそも人間に創り出せる味ではない。技巧がどうのこうの、という意味ではない。これはまるで…………、

「気がついたかな? 今回は、私の能力を少し使わせてもらってね、かなり特殊なものになっていると思う」

“美味い桜餅"という概念を超越している。形は桜餅だが、実はどこぞの王族が所有している宝だ、と言われても納得してしまうほどだ。

「実際に、当店で扱っている里人向けのメニューには載っていない、裏メニューというやつだ」

「裏メニュー?」

「ああ。 裏メニューの商品を食べたいのなら、それなりの対価が必要となる。 一番安いものでも……そうだな」

僅かに考えこむ動作をとり、

「対価として、八雲紫の靴下を持ってきてもらわんとな」

爽やかな顔でそんなことを宣う。

「そんなことしたら、半殺しにされますよ!?」

「そうか。 それは残念だ。 では、君以上に実力のある者に宣伝しておいてくれ。 八雲紫の靴下を奪って持ってきたら、対価として、幻想的な味がする菓子を提供しよう、と」

彼はそう言うものの、実際に八雲紫から靴下を略奪するのは至難の業だ。下手をしたら、隙間の中に放り込まれる。無傷ではすまないだろう。

ましてや、ただの人間には到底為しえない。人間の子どもが、ダンプカーに挑むようなもの。大妖怪と言われる八雲から、靴下を奪うことはそれほどまでに難しいことなのだ。

出来るとすれば、大妖怪クラスの実力の持ち主くらいだろう。

「ゆきと。 御代わりをちょうだいー」

餡子を頬につけたルーミアに、追加の桜餅を手渡す。妖夢は、その光景を見て、

「その子はいいのですか?」

「従業員には常に笑顔を提供するのが、店長である私の役目だからね。 所謂、贔屓というやつだ」

ところで、と彼は前置きし、

「裏メニューの方の出来はどうだね? 不味いか? 美味いか? さぁ、白黒つけてくれたまえ!! どうなのだね、サムライガール?」

「…………貴方が創ったというのは癪ですが、非常に美味でした」

「庶民の君にも、私の素晴らしさが伝わったようで何よりだ。 おや、どうして拳を震わせているのかね?」

青筋を浮かばせた妖夢は、いえ、と言葉を置いて、

「ただ、目の前にある西瓜のような頭を叩き割りたいなぁ、と思いまして」

「ルーミアに手を出すというのか!?」

「貴方、色んな意味で酷い人ですね!?」

本当に叩き潰してやろうか、と思いながら茶を啜る。

…………こ、この程度で怒っていたら、また、幽々子様に半人前だの、未熟者だのと言われる。

脳内で一念無量劫だの、未来永劫斬だの奥義で、目の前の変態を懲らしめている姿を想像し、精神の安定を図ろうとするも……。

「らめぇ。 抹茶ごくごくしちゃらめぇえええ」

「ぶふぅっ!! けほ、けほ、けほッ!!」

何処かで聞いたことのある声、おそらく十六夜 咲夜の声を真似て、発せられたその台詞に妖夢は思わず噴出してしまう。

視線の先の店主はというと、にやにやとした実に愉快だといわんばかりの笑みを浮かべていた。

妖夢は思わず、刀を手に――――


     ∫ ∫ ∫


楼観剣と白楼剣の鞘で、彼をタコ殴りにしたところまで妖夢は覚えていたのだが、それからのことを彼女はよく覚えていない。

ただ、気がついたら冥界にいて彼女の主である西行寺 幽々子に説教されていたのだった。何でもお土産を買ってこないとは何事だ、自分だけ美味しいものを食べてくるなんてずるい、とそれに類する内容のことを延々と。


それから、例の喫茶店で食した裏メニューの商品があまりに美味だったことと、それを得るためには莫大な資金か、八雲 紫の靴下が必要であると主に話したことが後に大きな災いとなって、その身に降りかかろうとは彼女は微塵も思っていなかった。









 

――――――――――――――――――――――――――――――


オチを追加しておきました。

・――――パルスィが好みである



[12007] Act.2-3  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:50
冥界、白玉楼の縁側で、茶を啜っていた八雲 紫は僅かばかり、驚愕に目を見開いた。

というのも、普段はどこか“ぽややん”とした雰囲気を纏っているはずの友人である西行寺 幽々子が、まるで鷹のように鋭い瞳で此方を射抜いているからだ。

一体どういうことなのか、と友人の従者、妖夢に視線を向けると、彼女は気まずそうに顔を逸らす。

意味がわからないと困惑する。普段は、他者を意味深な言葉で困惑させる側の紫が、このような表情を浮かべるのは珍しい。変態店主という例外は存在するが。

「急に呼んでごめんなさいね。 でも、紫に大事な話があるの」

茶を啜りながらも、幽々子の鋭い視線を紫を放さない。何か、彼女を怒らせるような真似をしただろうか、と不安になる。そう思いながら、問いかえす。

「大事な話?」

「ええ。 とても大事な話よ」

春雪異変の彼女といわないまでも、それに近い

「ねぇ、紫。 私達って友達よね?」

「え、ええ。 それがどうかしたのかしら?」

「紫は私が困っていたら、助けてくれる?」

紫は首を縦に振り、

「幽々子。 まどろっこしい話はいいから、本題に移りましょう。 貴女は、私に一体何をしてほしいの?」

湯飲みを御盆に置き、居住まいを正した幽々子は、

「貴女の靴下がほしいのよ」

笑顔と共に放たれた言葉を吟味するように、紫は一つ頷く。言葉を理解しようとするも、思考回路が焼ききりそうになる。妖怪の賢者と呼ばれる八雲 紫でもわからないことは幾らでもあるが、今日のそれは特にそうであった。

…………靴下が欲しいというのは、何かの暗号なのかしら? それとも、まさか……まさかねぇ。幽々子にそんな趣味はない筈。それに……あの変態に洗脳されたわけでもなさそうだし。 単に靴下が欲しいのかしら? でも、それなら私の靴下と指定する必要なんて…………。

紫は色々と思考した結果、何もわからないことが判明した。天衣無縫の亡霊姫と言われているだけのことはある。千年の歳月という経験は伊達ではないらしい。

「……どうして、私の靴下が欲しいのかしら?」

「上手く言葉に出来ないけどね、紫。 私は、どうしても貴女が履いている靴下が欲しいのよ」

「…………妖夢」

「おっと、お茶菓子が切れてますね、御代わりを持ってきますので」

紫の視界の先、妖夢は逃げるように早足で駆けて行った。去り際に、申し訳なさそうな横顔が覗いていた。どうやら、妖夢は幽々子がおかしくなった理由を知っているようだ。

幽々子の「靴下ちょうだい」発言を考える時間が欲しかったこともあり、紫は妖夢の後を追って色々と話を聞こうと、腰を上げた時……

「待ってちょうだい」

紫の手を掴む者がいた。幽々子だ。

「紫。 落ち着いて聞いて。 私は別に疾しい理由で、貴女の靴下が欲しい、だなんて言ってるわけじゃないの」

他人の靴下を欲しがるのに、正当性があり、疾しくない理由があるのか凄く疑問に思う。脳内で、性格破綻者の変態魔法使いの笑顔が掠めた。

「…………幽々子。 その、悪いんだけど」

「そう……そうよね。 幾ら紫といえども、あなたの靴下をちょうだい、なんて馬鹿なお願いに応じてくれるわけないものね」

そう言って幽々子は俯いた。表情は前髪に隠れて窺えないが、雰囲気から悲哀の感情を浮かべているのがわかる。その様子を見ている紫は、場違いで間違った罪悪感を抱いた。

おかしな罪悪感を抱きつつも、あのね、と声をかけようとしたところ、

「すき焼き!!」

「な、なに!? ちょ、ちょっと幽々子!! どういうつもり?」

幽々子は、俊敏な動きで紫の背後をとり、羽交い絞めにする。普段のおっとりとした彼女からは考えられない動きだ。

拘束を解こうにも尋常ならざる霊気が込められたそれは、容易に解けるものではない。

その時だ。当惑する紫の前に、人影が立っていることに気がついた。

「妖夢ッ! 今のうちよ」

影の主は、妖夢。何時の間にか戻ってきた妖夢は、心底申し訳ない、という表情を浮かべ

「紫様。 本当に申し訳ございません……」

「妖夢……?」

紫の脚から靴下を脱がせるべく、手をかけた。困惑から、驚愕の顔に変わる。信じられない、といった面持ちだ。やがて、抵抗する紫から靴下を略奪した妖夢は、幽々子に視線を向けた。

「駆けなさい。 誰よりも、何よりも、時さえ追い越してしまうくらい速く」

御意、と了解の言葉を残し、妖夢は脱兎の如く白玉楼を後にした。“脱ぎたてホヤホヤの八雲 紫の靴下”というS級アイテムを手に。

「待ちなさい」

それを黙って見送るほど、紫は温厚な妖怪ではない。駆ける妖夢を撃墜すべく、咄嗟に弾幕を放つ。半人前の未熟者には回避できないそれが、衝突しようとした瞬間、妖夢を庇うように展開された弾幕があった。

綺麗な蝶のような優雅な弾幕だ。蝶の主は優雅な笑みを言葉に乗せ、

「我が覇道を阻もうというのなら、親友であろうとも容赦はしないわ」


・――――死符『ギャストリドリーム』


額に青筋を浮かべながら、紫も親友に笑みを向けた。随分と好き勝手やってくれたけど覚悟はできているんでしょうね、と。

「よくわからないけど、少し“オハナシ”する必要があるようね。 覚悟はよろしくて?」


・――――幻巣『飛光虫ネスト』


互いに掲げたスペルカードから光が溢れ、次の瞬間には、暴風雨のような弾幕が炸裂し、衝突した。




冥界で妖怪大戦争が勃発している頃、名前の無い喫茶店ではいつも通りの日常風景が流れていた。




一人の魔法使いが、最近、噂になっている喫茶店を見上げていた。その魔法使いの外見は、いかにも魔女という言葉がぴったりと当てはまる。

白黒の装束にとんがり帽子、空飛ぶ箒。これで、使い魔の黒猫さえいれば完璧なステレオタイプな魔女装束だろう。

「“あの”アリスが言うだけあるぜ」

感嘆の息を漏らすのは、人間の魔法使い【普通の魔法を使う程度の能力】を持つ霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)。その日は、友人のアリス・マーガトロイドが以前、口にして褒めていた店に興味を持って、訪れたのだ。

人里近くの平原に、何時の間にか建っていた店を包む“結界”を視て、魔理沙は思い出した。

「ここの店主も魔法使いだっけ? 随分とまぁ、面白いもん張ってること」

敵意や恐怖を和らげる効果を持つものだ。

…………アリスの話だと、喫茶店の主は、創造に特化した魔法しか使えないらしいが、どうやらそれは謙虚さから出た嘘っぽいな。

そんなことを考えながら、いざ扉に手をかけようとしたところ、

「おや、そこにいるのは魔理沙さんじゃないですか」

「なんだパパラッチ天狗か」

「なんだとは何よ。 それよりも奇遇ですね、今日はどうされたんですか?」

魔理沙に声をかけたのは、鴉天狗の射命丸 文(しゃめいまる あや)だ。背の黒い羽が特徴的な可憐な少女だ。実際は、千年近く生きている老獪な存在だが。

【文々。新聞】という新聞を出版している、ブン屋の彼女はおそらく、噂になっているこの店に取材にでもやってきたのだろう。

最近のこの店の噂は、人里だけでなく、妖怪の山にも及んでいることを思い出した魔理沙は納得した。噂好きの射命丸なら、飛びつかない筈がない。【風を操る程度の能力】を持つだけって、風の噂を掴む事も得意なのだろう。

「噂の喫茶店の味を確かめにきただけ。 そういうお前は、取材か?」

「ええ。 此処以外にも面白いことがあったので、少し遅くなりましたけど」

「相変わらずゴシップ好きなやつ。 私も他人のことは言えないけど」

「まぁまぁ、何時までも立ったままというのもアレですので、入りましょうか。 別に妖怪禁制というわけでもなさそうですし」

「私は人間だから関係ないけどな」

そう言いつつ、二人は扉を開けた。すると、店内には見慣れた人物がいた。

吸血鬼の館、紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜だ。なにかと幻想郷を飛び回る二人にとっては見慣れた顔だ。

珍しいところで合うもんだ、と声をかけようとしたところで、

「おや、見ない顔ですねぇ。 あちらの男の方はどなたでしょう?」

見慣れない誰かと話している様子が窺えた。確かに、射命丸の言う通り記憶にない男だ。里人ではないようだが外来人だろうか。

「格好から店主じゃないか? それにしても随分と真面目な顔してるな。 一体、咲夜と何はなしてんだか」

「これは…………アレじゃないですか」

「アレって何だよ」

興味本位でそう訊ねると、射命丸はニヤリと口角を持ち上げた。この表情は、何かスクープになりそうな事件を見つけた時の顔だ。

どうせ碌でもないことだなぁ、と思いつつも耳を傾ける。

「ずばり、愛の告白です。 なんだか、仄かなラヴ臭がしませんか!?」

魔理沙は思った。あの咲夜に限ってそれはないぜ、と。紅魔館のメイド長がお嬢様、第一主義なのは有名だ。そんな彼女が異性に対して愛だの、恋だのというわけのわからない感情を抱くのか甚だ疑問だ。

「色々と突っ込みどころが満載だが、ラヴ臭なんてしないぜ」

「今回の記事は決まりましたよ! “新婚さんいらっしゃい~愛のため、お嬢様と激突するメイド長”なんて如何かしら?」

「って、話聞けよ!」

何やら射命丸の中では、何やら桃色な記事が出来上がっているようだ。真実など一つもない内容に、やれやれだぜ、とため息を零し、

「私の推測に間違いはありません。 では、論より証拠ということで! さっさく盗み聞きしましょう」

駄目だこの天狗……早く何とかしないと、と射命丸を見て思った。しかし、何だかんだ言っても、魔理沙も興味があるのは事実だ。自身の色恋沙汰はまったくだが。

魔理沙は好奇心に従い、二人の話に耳を傾けることにした。

すると…………。

「咲夜君。 今度、征服がてらに妖怪の山にでもデートに行かないか?」

…………おいおい、冗談きついぜ。

男からの逢引の言葉に、隣の射命丸が勝ち誇ったような、喜色満点の笑みを浮かべている。しかし、天狗よ。妖怪の山を征服とか言っているようだが住民的にはいいのだろうか。

やや頬を引き攣るのか自覚しながら、魔理沙は咲夜の返答に注意を払う。

「私、変態には興味ないの」

「一体、このパーフェクトな私の何がいけないと言うのかね?」

「このようなことを面と向かって告げるのは心苦しいですが、敢えて言わせていただくなら…………」

盛り上がってきましたねぇ、とガッツポーズをとる天狗を無視しながら、咲夜の次の言葉を待つ。彼女は随分と、惚れ惚れとする笑みを浮かべているが何を言うつもりなのだろうか、と思いながら。

「理性的にイカレてるところですわ」

容赦のない言葉を告げた。随分とキツい言葉だろう。逢引に誘うくらいなのだから、多少の好意を持っているはずだ。そんな相手に向ける言葉としては、常識的に考えて酷というものだ。

魔理沙でなくとも思う。これは諦めざるをえないなぁ、と。だが、二人の視界の先の男は挫けないどころか、

「待ってくれ」

買い物を終えたのだろう、去ろうとする咲夜の腰に抱きついた。

「まロい」

そして、少女の尻に顔を押し付けている男はそんな奇妙な言葉を呟いた。意味は理解不能だが、男のその姿を見て、射命丸と魔理沙は同時に思った。

こいつ変態だ、と。

ちなみに、二人は知らないが“まロい”とは「丸くて、エロい」の略語である。一般的に可愛く、美しい尻に対して贈られる賞賛の言葉だ。13番目のギア住人にか通じない魔法の言葉でもある。

「咲夜君。 妖怪の山が気に食わないというのなら、冥界でどうだい?」

「…………やかましい。 変態は、血の池地獄に沈んでるのがお似合いですわ」

店主の拘束を逃れた咲夜は、無骨なナイフを正面に構え、

「やべぇ! 咲夜の奴、かなりぷっつんしてやがるッ」

「あやや……拙いですねぇ。 しかし、自業自得というか何というか」

慌てふためく魔理沙の隣では、射命丸が両手を合わせていた。まるで、黙祷を捧げるようだ。

やばいと思った時には、既にナイフは斬撃を刻んでいた。


・――――ソウルスカルプチュア


獲物を微塵切りにするが如く刃を走らせるそれは、時間を操作しているのか、常軌を逸した速度で、宙を斬る刃の乱れ撃ち。あまりの速さに、斬撃が無数に存在しているかのようだ。

直撃したら、ただの人間んぞ17分割にするなど容易いだろう。射命丸が手を合わせるのも頷ける。

思わず成人男性がタンパク質の塊になるヴィジョンが脳裏に浮かぶが、爛々と瞳を光らせる少女の斬撃に対して、

「投影開始」

店主はさほど焦った様子を見せることなく、右手を突き出し、

「全工程完了」

その上に具現化させたものを盾にするように構えた。その具現化されたものを一言で表すならば、デフォルメされた生首だろうか。それも何処かで見たことのある顔だ。

魔理沙がどこで見たんだっけかな、と思い出している間に、咲夜の斬撃が、閃光のように走るナイフがの軌跡が、

『ゆっくりしてい……ぎゃあああああああああああああああ!!』

へんてこな生首に直撃した。創り者ではあるが、リアルな苦悶の表情を浮かべるそれを凝視していた魔理沙は瞬間、答えに至った。

…………ああッ! どこかで見たことがあると思ったら、紫ババアじゃないか。

おぞましい悲鳴を上げるのは、八雲 紫をデフォルメにした生首だ。デフォルメされているが、特徴を上手く掴んでいる。

【魔法の森】に住んでいる魔法使いである魔理沙は、日頃から見慣れた(聞き慣れた)マンドラゴラに対して耐性があったが、他の者はそうでもなかったらしい。

射命丸や里人はマンドラゴラを引き抜いた時の絶叫によく似た悲鳴に、硬直している。やはり初見だと、あの悲鳴はキツいものがあるのだろう。尤も、この悲鳴はマンドラゴラではないし、最近のそれが上げる悲鳴は、時代と共に移り変わるが如く「アッ――――!!!」となっているが。(余談であるが、引き抜いた時に恍惚とした表情を浮かべるのを止めてほしいと願う魔理沙であった)

また、流石の咲夜もその悲鳴に驚き、攻撃の手を休めてしまっている。決定的な隙だ。仮にこれが弾幕ごっこならば、撃墜されているだろう。店主はその隙を見逃さなかった。

「受け取りたまえ――――――敗北を」

そう言い、手に持っていた生首を彼女目掛けて投げた。神隠しもどきは、“ふてぶてしい笑み”を浮かべ、

『ゆっくりしてやろうか?』

「痛っ!?」

…………おいおい、あいつ噛みつきやがったぜ?

咲夜のナイフを持つ手に噛み付いていた。肉を抉られたわけでも、骨を砕かれたわけではなく傷自体は大したものではないだろう。

だが、問題はナイフを手放してしまったことだ。ナイフは確かに幾らでもあるが、それを手にするまでには隙が生じる。それを見逃すほど、店主は甘くはなかった。

「咲夜君! 私の熱いパトスを受け取りたまえ」

押し倒すようにダイブを掛ける変態店主。

流石に、自分に向かってくる変態にやばいと思ったのだろう。咲夜の顔に焦りの色が生じた。それはそうだ、と魔理沙は納得した。

…………誰だって、変態に押し倒されるのはごめんだからな。

友人として咲夜を助けるべく魔法を発動しようとした瞬間、


「ゆきとぉー! お店で暴れたらいけないって言ったででしょ!!」


店主の後方から現れた宵闇の妖怪、ルーミアのドロップキックが直撃し、出口へ、ちょうど魔理沙たちの足元に蹴り飛ばされてきた。

見事なドロップキックを披露したルーミアの胸元には、可愛らしい熊の絵が描かれたエプロンがかけられている。

それを見て魔理沙は思い出した。最近、里で流行しているお洒落グッズだったなぁ、と。

「そういえば、人間の里ではあの“エプロン”でしたっけ? が流行っているようですね」

「ああ。 何でも発端は此処だとか、アリスが言ってたな。 後で店主に聞いてみたらどうだ?」

流行に伴い、手先が器用で、織物を得意とするアリスの元に、製作の依頼が多く舞い込んでいる。収入が増したとホクホク顔で、アリスが自慢していたのを思い出した。

「そうですね。 生きているのなら窺いたいのですが…………大丈夫?」

少女達の足元に転がる彼はまるで尺取虫のように悶えている。少女といえ、仮にも妖怪の蹴りである、それなりに痛かったのだろう。といっても、完全に自業自得だったゆえに同情はできないが。

やれやれだぜ、とその日、何度目になるかわからないため息を零した魔理沙は、咲夜たちの方に視線をやると……。

咲夜に向かい、ルーミアはぷんぷん、と不機嫌な感情を少しばかり覗かせている。店で暴れたのが気に食わなかったのだろうか。あの妖怪にしては珍しいこともある、と感想を抱く。

「申し訳ございません。 ご迷惑をおかけしたことを謝罪いたしますわ」

「さ、咲夜君! デートの話なんだが――――」

妖怪とはいえ、身も心も幼いルーミアからの苦言に、恥ずかしいと思ったのだろう咲夜は謝罪の言葉を残し、背を向ける。

復活した店主が、彼女に声をかけようとしたところ、

「ゆきとッ。 向こうのお客さんがね、“婆蛸添え西洋風U-DON”が食べたいって」

ルーミアの言葉に掻き消されてしまう。がくり、と目に見えて肩を落とす店主はとぼとぼ、とカウンターに戻っていった。

しかし、咲夜の受難はまだ終わってはいなかった。

喫茶店の出口付近に佇む魔法使いと天狗。双方、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、待っていたのだ。思わず、咲夜が天を見上げたのは仕様がないことだろう。

「よぉ、随分とモテモテじゃないか」

「清く正しい【文々。新聞】です。 早速、取材させていただこうと思うのですが、先程の店主は恋人か何かですか? 修羅場ですか!?」

「…………悪夢だわ」

万感の思いを込めた言葉だった。あのような場面を、幻想郷でも色んな意味で厄介な存在に目撃されていたのだから、当然かもしれない。

片や、幻想郷の色々な所に顔がきく好奇心の塊のような魔法使い。

片や、幻想郷において【文々。新聞】などという噂を誇張表現した、嘘だらけの新聞を発行するパパラッチ天狗。

今回の出来事も、噂となってタンポポが種を飛ばすように、フワフワと幻想郷全土に飛んでいく様が容易に想像できる。願ってもいないのに花粉を運ぶ存在は、働き者の蜜蜂に、悪戯好きの風といったところか。

「…………別に恋人でも何でもありません。 ただ、顔見知り程度の認識よ」

「その割には、随分と仲が良さそうでしたが? 先程も腰に抱きつかせるなどの熟練者顔負けの……ねぇ?」

「誰があんな最低男のこと……ッ」

怒りで顔を赤くする咲夜の言葉に、なるほどなるほど、と頷きながら、

「おいおい、咲夜。 夫婦喧嘩は犬も食わないって言葉知ってるか?」

魔理沙と射命丸はその日、一番の笑顔を浮かべた。咲夜は、未だに手に噛み付いていた“ゆっくり紫”を魔理沙の顔に投げつけた。


     ∫ ∫ ∫


肩を怒らせて咲夜が、紅魔館へ帰った後、カウンターに腰掛けた天狗と魔法使いは、メニューをもらい、そこに載っていた奇妙な商品をオーダーすることにした。

商品名はアレだが実際に味はいいという話を疑っているわけではないが、それでも不安を拭えないものがある。

「それで何にするのー?」

「しかし、不思議なもんだなぁ。 人食い妖怪のお前が給仕をしているのって」

オーダーを聞きにきたルーミアの姿を見て、魔理沙は素直にそう思った。言葉の通り、人食い妖怪が人に混じって働いている、この光景が不思議らしい。

「妖怪がこんなことをしているのは、そんなに可笑しいかしら?」

「可笑しいとは言いませんが、違和感を拭えないってだけですよ」

射命丸の言葉に、

「前に言ったわよね。 『最近、人間が襲われなくなったり、返り討ちにされちゃうことがあるの』って」

以前、取材を受けた時の言葉を思い出しながら、そう告げる。

「本当に、最近の人間は強いの(変なの)が多くてご飯を食べられなくて困っていたの。 ゆきとに助けてもらえなかったら、飢え死にしてたわ」

「それで、喫茶店の給仕ですか」

「別にいいでしょ。 あなたも言ってたじゃない? 『学ぶ意欲も、働く意欲もない妖怪が増えてきて嘆かわしい』って」

「『人を襲うのが妖怪の仕事』だと言ってたあなたの言葉とは思えませんよ」

射命丸は、確かにそうは言ったが、まさかこのような喫茶店で働くことになろうとは誰が思おうか。意外にも程がある。

いいでしょうもぅ! と頬を膨らませたルーミアは、それで、と前置きし、

「何にするかもう決めたのー?」

「では、私は“真精気ウナゲリオン”と、“東方超美人”というお茶をお願いします」

「なら、そうだなぁ“まロ茶”……は止めておくとして、“乾坤一擲アン☆パンチ”と、適当にお勧めの飲み物を頼む」

他にも“猫耳頭巾な桂花の憂鬱”などと意味のわからない名が多数ある。

「よくそんなの頼むわね。 今まで色んな人の注文を受けてきたけど、そんなの頼む人は初めてよ。 あなた達、大丈夫なのー? 色んな意味で」

まるで未開の土地の住民でも見るかのような目と、去り際に発せられた言葉に、二人は顔を見合わせる。周囲の人からは、「えーうそ! 天狗ってあんなの食べるの?」「馬鹿……天狗様が本気で、あんなメニューを頼むわけないだろうが。 冗談に決まってるさ」「霧雨の嬢ちゃんは……ゲテモノ食いだったのか」「親父さん泣くぞ……」などという声が聞こえてくる。

「おい、射命丸。 そのメニュー、“真精気ウナゲリオン”は天狗としてどうよ?」

「いやですねぇ、魔理沙さん。 私のはウナギですよ? 常識的に考えて、貴女の訳のわからない“乾坤一擲アン☆パンチ”なるものと比べても数段まっしです。 あやや……もしかかして、魔法の森のキノコにやられたのかもしれませんね」

「おいおいおい。 あれか? そういうお前は、ウナギでも食って精力をつけるつもりか? 意中の相手でもいるんなら、記事にしたらどうだ? “射命丸 文に恋人現る!!"って号外でさ」

「ふふふ…………それは、弾幕ごっこのお誘いですか?」

「上等だ。 料理が出来るまでのちょうどいい腹ごなしと行こうぜ」

突発的な弾幕ごっこをするのに外に出ようと、椅子を立とうとした瞬間のことだ。


喫茶店の入り口の扉が吹き飛んだ。


客はおろか、魔理沙や射命丸ですら口をポカン、と開けて呆然とさせている。いきなり脈絡もなく、扉が吹き飛んだら、誰もが似たような反応を示すだろう。

思わず、店内にいた全員は扉を注視した。すると、陽光に反射するように美しい銀の髪が覗く。もしや、咲夜が復讐(リベンジ)に来たのかと思ったが、

「店主っ! 持って、持ってきましたよ!!」

違うようだ。そこに居たのは西行寺 幽々子の従者、魂魄 妖夢だった。彼女は必死という言葉がしっくると当てはまる表情で、

「ゆ、ゆか、ゆか、紫様の靴下を持ってきましたッ!!!」

そんなことを宣う。魔理沙は思わず立ちくらみを覚えた。隣の射命丸を見ると、似たような顔をしている。それほどまでに、妖夢の言葉は認識しきれないものだった。

悪い夢であってほしい。そう願うものの、妖夢が手に持ったそれを見て、幻想は現実に侵食された。

靴下だ。靴下を持っている。

本人のものかどうかは、見ればわかった。あの特徴的なソックスを履くような人物など限定される上に、靴下に残留している妖気から八雲 紫のものだ、と。妖夢の必死さがより拍車をかけている。

「ゆゆ様が、幽々子様が足止めしている内に速く! 速くお願いします!!」

そう言って、靴下をカウンターに叩きつける妖夢に、

…………そんなものカウンターに置くなよ。

その光景を愕然と眺めていた二人はというと、

「なんていうか……凄い店ですね」

「あ、ああ。 何故かルーミアが働いているし、店主は変態だし、妖夢もアレだし、あのアリスがどうして、此処を気に入ったのか謎だぜ」

異様な光景に目を白黒させていた。










 

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恋姫で好きなキャラは?

桂花です。




[12007] Act.2-4  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:51
妖夢が駆けて行って幾ばくかしてのことだ。弾幕ごっこで損壊した白玉楼の庭で、二人は対峙していた。

「甘いわ。 完熟林檎みたく甘すぎるわよ、紫」

油断、慢心することなく、幽々子は親友を見据えていた。激しい弾幕の攻防があったのにも関わらず、その顔には焦燥も、傷跡も見当たらない普段の“ぽややん”とした姿からは考えられない、威風堂々とした姿。冥界の管理者として何一つ恥じることない佇まい。

「今日は一歩も引けない理由がある。 だから、是が非でも負けるわけにはいかない」

彼女の周囲には、蝶が舞う。色鮮やかな、この世のもととは思えない幽玄の蝶が。儚くも力強く、荒々しくも優雅に、鮮烈にして華麗。この光景を目にすれば大抵のものが納得するだろう。幽々子の弾幕が、幻想郷で最も美しいと言われているのも頷ける、と。

対する紫は、幽々子同様に傷こそないものの、その表情には焦燥、困惑といった感情が見受けられる。戦う者のコンデイションとしては決して良くはないものだ。

「随分と調子がいいじゃない……。 問うわ、幽々子。 何が貴女を、そこまで駆り立たせるの?」

「答えを得たいと望むのなら、弾幕で語りなさい。 言葉では言い表せないものを語るのが、弾幕ごっこなのだから」

大真面目な表情で語る。幽々子の本気を察した紫は、頷く。

…………何があったのかは検討もつかないけど、嘗めてかかったら落とされるわね。 ならば、相応の手を打つべき。

懐から、己が必殺技を記録した、力を込めるだけで発動することが出来る札、スペルカードと呼ばれるものを取り出す。

【弾幕ごっこ】のルールを端的にいったら、相手を撃墜するか、決闘の初めに決めておいた枚数のスペルカードを全て攻略すれば勝利となる。

「カードの枚数はお互い、残り四枚。 そう決着までは遠くないわ。 貴女の覚悟に恥じないよう、私も相応の覚悟で挑ませてもらうわ」

その言葉に幽々子は笑みを見せ、

「行くわよ、親友」

「来なさい、親友」

最高の親友を迎え撃つ覚悟と共に、再度、激突した。


     ∫ ∫ ∫


場面は変わり、名前の無い喫茶店ではそれとなく平和で、それとなく日常的で、それとなくイカれた光景が広がっていた。

店主も店主ながら、その店を訪れる人種は少しばかり性格に問題のあるものばかりなせいだろうか。それとも、その店を訪れたものは“頭がおかしくなる”効果でも付与されているのだろうか。どちらにせよ、喫茶店という不特定多数の人物が訪れ、様々な価値観が入り混じる中、何故か“変態”というファクターが濃いことになっている。

特に、

普段は真面目で正義感が強い、真っ直ぐな彼女、魂魄 妖夢が

「店主! 約束通り、例のものをッ、紫様のくつ、くつしたを」

手に持っていたものをカウンターに叩きつけたのは、何か悪い夢のようだ。それに、靴下といっても大妖怪、八雲 紫の靴下だ。

周囲でも決して小さくない騒ぎが生じている。「馬鹿な……俺の最後の良心の妖夢ちゃんが」「妖怪の賢者から、大切なものを」「それも、靴下を」「奪ってきた、だと?」信じられないといって面持ちを浮かべながら。

射命丸と、魔理沙は上手く言葉に出来ない気持ちを抱えながら顔を見合わせて、店主の雪人はというと、

「まさか……本当に持ってくるとは思わなかった。 いやはや、実に愉快、愉快だ」

たった数日で、あの八雲 紫から靴下を奪ってこれるとは思わなかったのだろう。僅かに、目を見開きながら、心情を吐露した。

「店主。 先に言っておきますが、あの話が冗談だった、なんて話は通用しませんから」

「冗談だった、と言ったら?」

雪人の言葉に、妖夢は笑みを見せた。にこり、という言葉がしっくりくる笑みだ。ただし、瞳は笑っていなかったが。

「ご存知ですか? 血液には鉄分が多いから、刀の錆びにするっていうのよ?」

「落ち着きたまえ、サムライガール。 防御力が紙同然の私が、君に喧嘩を売るわけないだろう? だから、刀から手を放して茶でも飲みなさい」

「飄々とした笑顔が信用なりませんが、お茶を出してくださるというなら仕様がありませんね」

背負った二種類の刀、楼観剣と白楼剣を脇に置き、妖夢はカウンターに腰掛けた。魔理沙や射命丸から少し離れた位置だ。慌てていたので、視界に入っていなかったのだろう。

此処まで慌ててきたようだ。乱れた前髪を整え、差し出された茶に一口つけ、そこで一息つく。ふう、と。

彼女はこの時、目的地まで辿り着けたことで、冥界で妖怪大戦争が勃発していることを完全に失念していた。

「大妖怪の妖気を含んだ装飾品が必要だったとはいえ、少々の消耗は禁じえないか」

彼の魔法は【創造する魔法】という規格外のものであるが、創造するものの希少性が高ければ高いほど、具現化するのに力を食う。

菓子や武器、家具といったようなありふれたものは、大した力を消費しないので、多品種大量生産が可能だ。しかし、通常の菓子とは一線を画す、より高次元のものとなると、そうはいなかない。先程も述べたように、希少であるほど、在り得ないものであるほど、比例して魔力の消費は増大する。

能力と魔法によって、“幻想のような美味い菓子”という概念を付加した、この世には在りえない存在を創造することが果たして、紫の靴下と釣り合うのかは甚だ疑問である。

やれやれ、と少しばかり後悔しながらも、

「メニューだ。 好きなものを選ぶといい」

カウンターの下から取り出した【裏メニュー】を取り出し、妖夢に手渡す。通常の白いメニュー表とは違い、真っ黒な表紙だ。先程の紫の靴下の話やら、黒いメニュー表が珍しいのか視線が集まる。

「なぁ、店主。 妖夢が見てるのは何で黒いんだ?」

興味深そうに、魔理沙が問う。自分達に配られたものと違う、妖夢のものが気になったのだろう。

「気にするな、私の趣味だ」

飄々とした笑みを持って答える雪人に、魔理沙同様に耳を傾けていた者は、何だそりゃ、と首を傾げる。

要領を得ない答えに不満を覚えた彼女は、問う相手を変えることにした。

「なぁ、妖夢。 何で、黒いのが渡されたんだ?」

「おや、珍しいところで会うものですね。 今日はどうされたんです?」

「喫茶店に来るような理由は決まってるだろう。それよりそれは何なんだ?」

妖夢は胸を張り、

「勝者の特権です」

「意味わかんないぜ」

そう言うが、魔理沙には伝わらなかった。余計に気になった彼女は、隣から覗き込むように眺めることにした。すると、通常のものとは違う商品名が列挙されている。そして、商品名の隣には法外な値段が書かれているのに、思わず目を見開いた。

あまりに無茶苦茶過ぎる値段だ。余程の金持ちでもない限り、そこにあるものは生涯口にする機会などないだろう。

「あやや…………これ、悪徳詐欺か何かですか? どこぞの妖怪兎もびっくりだわ」

魔理沙同様に、それを覗き込んだ射命丸が呟く。呟く声には、純粋な驚きが浮かんでいた。

「いくら白玉楼でも、これは厳しいわね」

「おいおいおい。 妙に勝ち誇った笑みを浮かべている妖夢に問うぜ」

射命丸と魔理沙の会話を聞いていた妖夢の口元には、確かに勝利の笑みが浮かんでいた。優越感にも似た笑みだ。

「話の流れからすると、どうやらお前は、ここに載っている商品を手に入れることが出来るようだが……さっきの靴下といい、どういうことなんだ?」

「簡単です、これに載っている商品が欲しいのなら、素直にお金を払うか、それに代わる対価を払えばいいのですよ」

つまり、と前置きし、

「私の場合は、“紫様の靴下”という危険極まりない対価を払うことによって、商品を手にする権利を得たのです」

周囲から感嘆の声が漏れる。主に里人のものだ。というのも、何と言っても八雲 紫から靴下を奪ってきたことに心打たれたのだろう。

幻想郷の人間からしれみれば、八雲 紫という存在は妖怪の大ボスのようなイメージだ。

里人が“普通の妖怪”に対して抱く恐怖心が、外の人間が“ホオジロザメ級”の存在に抱く恐怖だとしよう。すると、八雲 紫という存在に抱く恐怖心は……映画に出てくるような、凶悪な【エイリ○ン】相当だろう。

気の弱いものならば、相対するだけで気を失っても不思議ではない。色々と恐怖を煽る噂も、拍車をかける一因となっている。

曰く、男を囲っている。

曰く、幼い子ども(ショタ)にしか興味がない。

曰く、冬眠する際に、外の人間を貯蔵する。

曰く、美貌を保つために、若い娘のエキスを吸収している。

何が真実で、何が嘘なのかわからない程に似たような噂が数多く存在している。そんな中で、普通に付き合える人間の方がおかしいのだ。

ましてや敵対行為など、とんでもない。逆らった瞬間に食われる、と里人達は本気で信じていた。まるで、一種の都市伝説である。

そうであるが故に、妖夢が彼女の靴下を盗ってきたという言葉に皆、驚いたのだ。

「後で、紫に半殺しにされそうな伏線だな」

「嫌なこと言わないで下さいよ!」

幽々子に、裏メニューのことを話した時に、このような状況になるのは目に見えていたはずだ。だが、そうはいっても後に折檻されることになると思うと、妖夢は思わず頭を抱えてしまう。

「落ち込むのは結構だが、それで何にするか決めたのかね? 剣士のお嬢さん」

ニヤニヤとした笑みを伴い雪人は、落ち込む妖夢に問う。こうなることを見越して、紫の靴下を持ってこい、とでも言ったのかもしれない。

「はぁ…………では、店主。 通常メニューの方にある“銅鑼衛門も大好き!! 美味しい銅鑼焼き”を20個と、“悪魔ギレッタの愛した羊羹”を10棹と、“うにゅー大福”を20個ほど、それと、裏メニューにある“C.C.桜餅”を五個程、持ち帰りでお願いします」

やはりどこか可笑しい商品名を、次々とあげていく。周囲の人は、そんな彼女を見て思った。一体どれだけ食うんだ、と。

魔理沙と射命丸も、同じ疑問を抱いたのだろう。僅かに、畏怖の感情を浮かべ、問いかける。女なのにそんなに食べて大丈夫なのか、という意味を込めて。

「…………それ一人で食べるんですか?」

「…………いくら半人半霊のお前でも、太るぜ?」

「ち、違うわよ!! どう考えても、私一人で食べきれる量じゃないでしょう! 店主からも言ってやって下さいよッ」

実際、それは主の分と、自身の食べる分を合計した数だ。別に、妖夢が一人で食べるわけがない。それを一人で食べると思われた彼女は、助けを求めるように声を発した。

その言葉に、雪人は頷く。

「天狗君に、魔法使い君。 察してやりなさい、女の子も偶には自棄食いしたくるなる時もある。 主に、失恋とか、失恋とか、失恋とかで」

その言葉に、二人は妙に優しい表情、そして生暖かい瞳で、妖夢の肩を叩いた。頑張れよ、という激励の意味を込めて。

「…………何か上手く言葉に出来ない感情が胸の奥で燻っています。 具体的に、すっきりしないものがあるなら叩き斬れ、という感じのこれは何でしょうね」

「それが失恋というものですよ」

「だな」

「うむ」

射命丸と、その言葉に同意の意味で頷く魔理沙と雪人に、

「本当に刀の錆びにしようかな……」

妖夢は、冗談とは思えない顔で告げる。色の無い瞳を見て、流石に拙いと思った雪人は、

「まぁ兎に角だ、オーダーの品を受け取りたまえ」

妖夢の口にした依頼の品を次々と具現化する雪人に、

…………こいつ、変態だけど実際にやってること無茶苦茶にも限度があるだろ。

魔理沙は目を見開いた。というのも、アリス同様に魔法使いである彼女をもってしても“魔力を基にして何かを編む、具現化”するという規格外な真似が信じられなかったからである。五年に一度、百年に一度、千年に一度などというレヴェルの才能ではない。天才という言葉すら生ぬるい。それぞれの魔法特性はあるだろうが、同じ魔法使いといえども、アリスや魔理沙が、雪人と同じ行為は一生かかっても不可能だろう。

「しかし、サムライガール。 Sクラス相当の裏商品、“C.C.桜餅”を五つとは人使いが荒い」

「その程度で音を上げていては、白玉楼ではやっていけませんよ。 主に、幽々子様の脈絡が無く、突発的な行動を支える的な意味で」

「確か、白玉楼とは冥界だったね。 冥界か……綺麗で貧乳、それでいて程よく淫乱な女性はいるかい?」

「変態店主を血の池地獄に沈めてくれそうな人なら、何人か知っていますが。 地獄も含めて宜しいのなら、閻魔様とか」

雪人は、頬を引き攣らせる。誰にでも苦手な相手はいるものだ。彼もまた、閻魔様という存在が苦手であった。

苦い表情を浮かべた彼は、逃避することにした。そのまま何事もなかったかのように菓子作りの作業に没頭することへ。

やがて通常商品を全て創造し終えた彼は、

「おいおい……店主。 さっきのも無茶苦茶だったけど、それは幾ら何でも度を越してる」

それまでの通常商品とは違うものを創り出した。先程までのものとは纏う力、存在そのものの格が明らかに一線を画す。込められた魔力は膨大だ。その辺の雑魚妖精と比較しても、その内包する力は、“C.C.桜餅”が圧倒している。

また、“C.C.桜餅”からは他を圧倒する王気が滲んでいた。薄っすらとオーラを浮かべるそれは、どこの概念武装かと疑いたくなるほどだ。

「なん、ですって?」

この世にオーラを発する菓子があるだろうか。否、ないだろう。

あまりの存在感に魔法使いの魔理沙だけでなく、周囲の人間の、畏怖という視線を一身に集めながら“C.C.桜餅”は光臨していた。

「サムライガール君は、お持ち帰り希望だったね」

「え、ええ」

奇妙な視線を向けられるのを大して気にもせずに、雪人は商品を袋に詰めていく。数が数だけに、二袋に分けて丁寧に入れている。

やがて袋に詰め終えた雪人は、

「“C.C.桜餅”の代金は要らないが、それ以外の商品のは支払ってもらうが構わないかね?」

「心配しないで下さい。 手持ちはそれなりにありますから」

素早く書き終えた伝票を、商品と共にも手渡す。その際、伝票を受け取った妖夢の白い手を取り、ところで、と雪人は前置きし、

「今度、逢引など如何かね?」

「結構です。 それでは、失礼します」

逢引の誘いの言葉を口にするが、笑顔の妖夢に、二の句も告げる間もなく一刀両断された。雪人の連続敗北記録が、更に更新された瞬間だった。

…………どうして、こんな変態店主が、あんな魔法を使えるんだ?

世の中は理不尽だと、店内にいたほとんどの人間が同意した瞬間であった。呆気なく軟派に失敗した雪人は、会計のために、ルーミアと呼びかけると、

「会計の練習だが、いつもよりも多くて大変だろうけど、頑張ってくれ」

オーダーを受けたり、商品を運んだり、トテトテ、と行ったり来たりしていたルーミアは首を傾げ、上目遣いで彼に問う。期待に満ちた瞳だ。

「上手にできたら、ご褒美くれる?」

ご褒美とは、S級商品ことを指していることは直ぐにわかった。おそらく、味を占めたのだろう。妖夢が注文した“C.C.桜餅”が通常の商品とは一線を画す存在であると、先日身を持って体験していただけに。

純粋な瞳に、

「仕様がない、仕様がない。 いつも頑張ってくれているからね、ご褒美くらいなんてことないさ」

告げる言葉と共に、頭を一撫ですると、少女は「やったー」と両腕を広げて、入り口にある会計に小走りで駆けて行った。その顔は喜色満面だ。余程、嬉しかったに違いない。駆けて行ったルーミアを眺めている雪人に、向けられる声があった。それは抑えきれない好奇心、興味を含んだ声だ。

「なぁ、店主。 妖夢が持って帰ったあの菓子は何なんだ? めさくさ興味があるんだけど」

「大妖怪の靴下の対価としては十分過ぎますね。 最初、何かの概念武装かと思いましたよ。 いやぁ、本当に興味深い」

そこで二人は頷き、

「是非、食べてみたいぜ」「是が非でも食べてみたいものね」

まるで食物連鎖の頂点に君臨する存在でいて、美食には目がない美食家ハンターのような笑みを見せた。「是が非でも食わせてもらう」と語っている二対の瞳に、

「なになに……」

先程、ルーミアから受け取ったオーダーを目にする。そして、

「天狗の君が、“真精気ウナゲリン”と“東方超美人”だね。 魔法の使い君のは、“乾坤一擲アン☆パンチ”と、お勧めの飲み物ね……“メルヘンで未元物質”でいいか」

あっと言う間に創り出したオーダーを「私達にも食べさせろー」と騒ぐ二人の前に置く。我慢してそれでも食べてろ、とでも言うかのように。


     ∫ ∫ ∫


それから数時間居座られ、例の商品を要求され続けた雪人は、条件付けで商品を提供する約束を結んだ。

「魔法使いの君は、風見 幽香君の装飾品だったら何でもいい。 それを持ってきてくれたら、商品を提供しよう」

「げッ……よりにもよって幽香かよ。 ルナティックな難易度だぜ」

魔理沙は、そう微妙な表情で告げる。なにせ、相手はあの戦闘狂の幽香なのだ。一苦労なんてものではない。

だが、それでも彼女は「やってやろうじゃないか」と男らしい笑みを持って、雪人の言葉を了承してみせた。後に、雪人は彼女を、こう評価する。実に愉快な魔法使いだ、と。

一方、射命丸の方はというと……。

「天狗の君はそうだな、鬼の角でも――」

「本気で無理です」

あまりの前途多難さに、思わず即答していた。


     ∫ ∫ ∫


その後、妖夢が白玉楼に帰還すると、半壊した庭が真っ先に視界に入り、それを修復するのが自分の仕事だと思うと軽く膝を折った。

辺りを捜索すると同士討ちになったのであろう幽々子と紫が、ボロボロになった姿で、縁側で茶を啜っていた。紫が靴下を履いていないのを意図的に、見ないようにしたいどころか、妖夢はそのまま逃げ出したかったが……。

「妖夢ー。 ちゃんとお使いに行ってきてくれたかしら?」

“ぽややん”とした雰囲気を纏う幽々子に見つかってしまう。紫様は怒っているかなぁ、と主の横に座る彼女に視線をやると、

「妖夢。 私ね、実はさっき面白い話を耳にしたのよ。 何でも、どこぞの変態店主に唆された庭師の話なんだけど」

思わず天を仰ぐ。どうしようもない程、空は澄んで青色だった。死ぬにはいい日だ。

「彼の能力と魔法をふんだんに使った幻想の菓子ですものね。 とっても美味しいものね。 それを、主に食べさせたいというのも頷けるわ」

ただ、と紫は綺麗な笑みを見せ、

「それって、靴下のことといい、私も食べる権利があるはずよね?」

「は、はい」

先生に怒られる子どものように萎縮してしまう妖夢に、紫はとても楽しそうに告げる。

「私ね…………普段は、あまり食べないんだけど、さっきまで幽々子と弾幕ごっこをしていたから、物凄くお腹が空いちゃったの。 だから、ついつい妖夢の楽しみにしていた御菓子を残さず食べてしまうかもしれないけど、よろしくて?」

思わず仰け反りそうになるのを自制し、

「か、構いませんよ」

幽々子の分とは別に購入していた自身の、確実に残らない菓子を思うと、どうしようもない澄んだ晴れの日なのに、視界が滲んだ。









 

――――――――――――――――――――――――――――――


“妖夢の憂鬱”編 END


前七、八を修正のためカットしました。また後に、修正したverを載せてみようと思います。



[12007] Act.2-5  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:51
“シルキー(Silky)”という存在を、ご存知だろうか。

端的に言ったらどのような存在か、と問われたら、多くの者がこう言うだろう。シルキーとは家に付き、無償奉仕をモットーとする妖精である、と。

妖精にしては非常に稀有な存在だろう。妖精とは本来、自然の延長だけあって、多くのものがホームグラウンドとするのは、自然の中である。風の妖精、水の妖精、火の妖精、土の妖精、といった属性を持つものがイメージし易いだろう。

しかし、シルキーという妖精はそうではない。先程も述べたが、“人間が住む家に付く妖精”なのである。

また、人間社会に溶け込むこの妖精は、他の妖精よりも知能が高い。炊事、洗濯、掃除から周辺警護と何でもこなす非常な存在だ。妖精としてのお茶目な性質を持ちながらも、穏やかで思慮深い、その妖精は、あまりの万能さゆえに、同じ家に仕える召使からは目の仇にされるほどである。

だが、勘違いしてはいけない。シルキーが、“のほほん”とした万年頭が春な妖精とは一線を画す存在であるということを。

彼女等(男のシルキーがほとんど見られないため、彼女と表記する)は、気に入った家に付いて無償で奉仕するが、たとえ嫌がらせや解雇を言い渡されても自分から出ていくことは、(個体差はあるが)ほとんどない。

気に入らない主人や、不当な理由で家に侵入しようとする輩(強盗等)を、ありとあらゆる能力を持って追い出す話は有名だろう。彼女等の機嫌が悪いときには、散々嬲られた挙句追い出される場合もある。最悪、排除されることもありうる。この世から。具体的には、絞殺などで。

このように、シルキーとは能力面だけでなく性格等も、他の妖精とは一線を画した妖精なのである。(自称サイキョーの妖精のように、妖精としての性質も持ってはいるが、個体差により度合いは異なる)

余談であるが、シルキーが“シルキー”と呼ばれる所以は、彼女等が絹の服を好んで着ることから Silky 。総ての固体が、絹の服を着ているというわけではないが。更に余談であるが、彼女等は割と美人の姿であるらしい。


     ∫ ∫ ∫


その日の“とある変態の喫茶店”での話だ。

朝の十一時頃、あまり朝が得意というわけではないルーミアは、ベッドの上で目を覚ました。直後、寝すぎたよー、と慌てて喫茶店に行く準備を整え、やや小走りで店へと向かう。

眩しい朝日に眉を顰めながら、それを遮るため、自身の周囲に暗闇を発生させる。彼女の能力である【闇を操る程度の能力】だ。僅かに外の様子が覗けるように闇を展開し終えたルーミアは、トテトテ、と歩き出す。今日も平和だなぁ、と思いながら。

道中、喫茶店の周囲には、雪人が趣味でやっている花壇がある。風見 幽香の花畑と言わないまでも、それなりに色取り取りの花が溢れるている華やかな場所だ。そんな中、ルーミアの友人である氷の妖精“チルノ”、大妖精の“大ちゃん”の姿は見えないが、その代わり、色んな妖精がその周囲で遊んでいた。

暖気と陽気を好む妖精達の中で、寒い友人は除け者にされていないだろうか、と少し心配になりながらも、その光景を見ていたルーミアは「はっ」とし、

「早くいかないと、ゆきとに怒られちゃう」

思い出したかのように花壇を後にした。

大した距離もないので、店には特に時間もかかることなく直ぐに到着した。いつも通りの店を見上げながら、扉を開く。

すると、これまたいつも通りの光景が広がっていた。相変わらずアレな雪人に、暢気に話しをする里人、忙しなくオーダーを受けたり商品を運んだりする給仕の姿、といつも通りの。

「にゅ? 今、何か変なのがいたような……」

注意深く見なくても分かる。なにせ、もはや自分の領域のようなものだ。その分、異物には敏感になる。そして、その異物というのが給仕だ。それも、見知らぬ給仕の少女である。白のシャツの上に、黒いジレ、首下にはアクセントとなるように赤いタイが結ばれている。下半身は黒のミニスカートに、同じく黒のニーソックスだ。細い体の少女にはよく似合う格好であった。華やかな格好をした給仕の少女は忙しなく、店内を行き来している。

…………誰、あれ? それにあいつが着てるのって……?

よく見ると、彼女はルーミアがいつも愛用している熊のエプロンをかけているではないか。自分の仕事を、お気に入りのエプロンを盗られたルーミアは、気に入らないと思いながら、

「それ、ルーミアのだよ。 勝手に使わないで」

目の前まで歩みより告げると、オーダーを受けていた彼女が振り返る。肩の高さで揃えられた赤い髪が宙を舞う。振り返り、顔が露になる。綺麗な黒曜石の瞳が、ルーミアを捕らえた。

可愛いというよりは、綺麗という顔だ。ただし、

「………………」

「な、なによぅ」

人形のような顔だ。その無表情な顔に思わず、戸惑いにも似た声が漏れる。感情が読めない。八雲 紫とはまた違ったやりにくさだ。紫は飄々としていて、意味のわからない、脈絡のない、理解不能な言葉で相手を翻弄するが、この少女はその反対だ。無表情ゆえに何も読み取れない。

やがて、その少女は興味をなくしたかのように、ぷい、とルーミアから視線を逸らして、雪人のところへとオーダーを渡しに行った。直後に、正体不明で異物に対して、気に入らない感情が波のように溢れてくる。喫茶店に給仕がいるのは何ら不思議なことではないが、しかし、その役目を負っているのは自分のはずだ、という思いから。

「意味わかんない…………ゆきとーッ。 あいつ、何なの!?」

その感情を言葉に乗せて、雪人に問う。これはどういうことなんだ、と。

しかし、雪人はというと…………。

最近、妙に顔を見かけるようになった魔法使いの少女と会話を楽しんでいた。彼と言葉を交わしている魔法少女の名は、アリス・マーガトロイド。

人形遣いの少女だ。どういうわけか、性格に多少の難がある彼に対して、嫌悪感は抱いていないようだ。それどころか、アリスの顔には笑みの形が浮かんでいる。珍しいこともあるものだ、と彼を知るものならば、そう思うだろう。なにせ、咲夜曰く、理性的にイカレた人間(変態)なのだから。やはり、“魔法使いという種族”は人間とは違うのかもしれない。感性や嗜好などといったもの辺りが。

なんにせよ、雪人とアリスの仲が悪くないのは確かなようだ。ルーミアの視界の先、二人が笑い合っている。

…………なんだか、変な感じ。

仮初とはいえ、父親にも似た存在を盗られたことで生じた幼い敵意だ。正体不明の給仕のことに加え、少女にとって気に食わない出来事がまた一つ増えた。

雪人が珍しくカウンターの向こう側ではなく、アリスと話をするために客席側に座っていることも、その感情を刺激する要因の一つなったのかもしれない。


     ∫ ∫ ∫


「それでね、店主。 魔理沙から聞いたわよ。 なんでも通常の商品よりも、魔力を凝縮して創った、より上位のものがあるそうじゃない?」

雪人の燕尾服のタイを締め上げるアリスは、とてもイイ笑顔を浮かべながら、そう告げる。

「アリス君……何やら、笑顔が怖いのだが気のせいかね?」

「気のせい気のせい。 それよりも、早く出しなさい」

目を細めて笑みの形を作っているのだが、違う角度から見れば、別の表情が見えてしまいそうだ。具体的には、サイコロのように。

余程、より上位な菓子に興味があるのだろう。魔法使いという存在は、知的好奇心旺盛な学者と似たようなものだな、と思いながら、

「確かに、君のような可愛らしい女性に贈り物をするのも悪くない」

雪人は、酷く自然にアリスの腰に腕を回し、

「だが、私としては口付けという名の贈りものを、君から貰いたいところ」

口説き始める。尤も、飄々とした笑顔が悪いのか、それとも彼の性格そのものがいけないのか、彼が幻想郷にきて口説きに成功した試しなど一度もなかったが。

彼に纏わり付く呪いの力を以ってすれば、里娘のように呪いに対する抵抗が低いもの相手ならば、ハーレムを作ることも不可能ではないだろう。だが、それを良しとするほど、彼は紳士道を捨てているわけではなかった。殺人鬼には殺人鬼ならではの“法”を、紳士には紳士ならではの“美学”を持っているのだ。彼のような男の美学(ダンディズム)を、理解してくれる女性がどれほどいるかは疑問であるが。ちなみに以前、八雲 紫はこれを意味不明だと投げ出した。

「あら、やだ。 随分と節操の無い紳士さんもいたものね」

一方、アリスはというと特に気にした風もない。ここで顔を赤らめるなどの判りやすい反応があったりすれば、雪人も報われるのだが、現時点の反応からでは少々難しいだろう。

「それだけ、君が魅力的だということだ。 どうだい? 私と共に、『愛とは何ぞ?』という問いの答えを探しに行かないか?」

まるで、どこぞの三重スパイのような甘い声だ。その言葉に少し考える素振りを見せたアリスは、なら……参考までに問うけど、と前置きし、

「私だけを愛してくれると誓ってくれるの? 貴方の紳士としての誇りにかけて」

「君がそれを望むのならば」

「いまいち、信憑性がないのよねぇ。 その程度じゃ、女の子の心は動かせないわよ。 もう少し、こうね? 世界の総てを敵にまわしてでも愛してやる、ってくらいの熱意じゃなきゃ」

彼の口説きに対する姿勢は全然駄目なようである。

少女の言葉に、僅かに考える素振りを見せた雪人は、普段の飄々とした笑みを引っ込めて、

「では、“幸せになるために恋をして、満たし合うために愛し合う”という言葉が信条な、私の嫁になってくれ」

毅然とした表情で告げる。ギャップ萌え作戦に出たようだ。しかし、正々堂々と正面から策を弄するも結果は芳しくなかった。

雪人の言葉を耳にしたアリスは、呆れたように溜息を零し、

「いい? 変態店主にでも解るように言ってあげるから覚えておきなさい。 恋っていうのは、“する”ものでも“される”ものでもないわ。 恋っていうのはね、気がついた時には“落ちている”ものよ」

一気に喋り終え、紅茶で喉を潤した。

やはり、今回の口説きも駄目だったようだ。彼の努力は果たして、この先、報われることなどないのではなかろうか。

「ぐぅ、の音も出ないとはこういうことを言うのだろうね。 いやはや、いやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやいやはやはっはははははは!!」

いきなり狂ったように笑い出した雪人に、アリスは問う。いつでも鎮圧可能なように、魔法の術式を構えながら、

「ちょっと、いきなりどうしたのよ? まさか、魔法の森に自生している茸を食べたんじゃないでしょうね? もしそうなら、正気に戻してあげるから安心なさい。 主に武力行使という方法だけど」

「いや、別にそのような物を食していないが。 というか今、さり気無く酷いことを言われたような気がするのだが……」

「気のせい気のせい。 私はちゃんと現状を認識できているわ。 つまり、素で狂ってるのね?」

「そうではない、そうではない。 やはり、君は面白い女性だと認識させらると同時に、実に愉快な気持ちにさせられただけさ。 いやぁ、都会派魔法使い君は実に愉快だよ」

腹を抱えて笑みを零す。悪意も他意もない純粋な笑みだ。三十路男には、その子ども染みた笑みが不思議と似合っていた。

自身のことが原因で笑われているアリスは憮然とした表情で、

「何か釈然としないものを感じるけど、まぁいいわ。 それよりも、それだけ笑わせてあげたんだから対価くらい寄越しなさい」

対価という言葉で、彼は思い出す。先程まで、裏メニューの、より上位な菓子の話をしていたことを。彼女はそれを要求しているのだろう。

雪人としては、好みの女性と楽しい時間を過ごせたこともあり、彼女の願いに応えるつもりであった。

「ゆきと」

しかし、

構わないよ、と口を開こうとしたところ、彼を挟んでアリスの反対側からかけられる声があった。ルーミアの声だ。

先程まで、彼等が非常に仲良く談笑していただけあって、間に入っていくのを躊躇しているのだろうか。おずおず、といった感じで二人のもとに歩んできた。

「寝坊助さん、寝坊助さんのルーミアか。 まずは、おはよう。 難しい顔をしているが、どうかしたのかい?」

「うん、おはよう。 あのね、ゆきと……あいつ誰?」

ルーミアは、見慣れぬ給仕を指差しながら問う。先程の赤毛の少女の正体を。

「誰? 誰とは一体、どの対象を指して問うているの…………誰だ、あの子は?」

指が示す方向に視線を向けた彼は、眉を顰めて、訝しむように首を傾げた。というのも、雪人も知らない給仕が自身の店で忙しなく働いているのだから。それも、いっそ清清しくなるほどの働きぶりだ。

「誰って……貴方のところの給仕じゃないの? さっきも、オーダーを持ってきてくれたり、あの子に商品を運んでもらったりしてたじゃない」

「てっきり、ルーミアだとばかり。 というのも、アリス君の唇を注視することに忙しくて気がつかなかっギュホ……!?」

雪人のタイを締め上げながら、

「何ですって?」

イイ笑顔で話しかける。

「絞まってる、絞まって……オーケー理解したぞ、アリス君!! これは、“私を束縛して、旦那様!”という遠まわしな誘いだね!? なるほど、なるほど挙式を」


・――――戦符「リトルレギオン」


首を絞めながら、アリスは懐からスペルカードを取り出し、発動させる。すると、何処からか複数の人形が表れた。

【上海人形】と呼ばれる、“人形遣いアリス”の愛用するものの一つだ。人形達の手には、槍やら盾やらが握られている。まさに“小さな軍団”という言葉が相応しい。

「「「シャンハーイ!!」」」

人形操術だの、ファランクスシフトがどうのこうのなど、と頭に浮かんでは消えていく雪人の眼前、

「あ、アリス君、待ちたま、痛い痛いではないか。 そして、首が絞まっ」

人形達は武器を手に突撃を慣行した。アリスも手加減をしているので大した怪我にはならないはずであるが。タイを締め上げられながら、上海人形のチクチク攻撃に晒されている雪人の顔からは、少しばかり苦悶の色が見て取れる。

そんな雪人に満足しつつ、

「それで、本当にあの子に見覚えがないのかしら?」

難しい顔をしたルーミアに確認を込めた意味で

「知らないわー。 大体、ゆきとがくれたエプロン、勝手に使わないでほしいのにー」

唇を尖らせる少女に、アリスは何か思うことがあったのか、目を細めた。まるでどこぞの母猫のような、やたらと生徒を試すことが好きな先生のような表情だ。

「なによー? どうして笑ってるの?」

何故、笑われたのかわからない。その真意を問おうとしたところ、件の赤髪少女がルーミア達のもとへとやって来た。その手には、オーダーが書かれた紙切れがある。どうやら、それを雪人に渡しに来たようだ。

「…………」

「この場合はご苦労様でいいの、かな?」

雪人が、無言と共に手渡されたオーダーを受けとると、少女は一礼し踵を返す。しかし、余りに不自然なほど違和感を抱かせない少女に、

「待ちたまえ。 先程からあまりに甲斐甲斐しく、それも自然に働いてくれていたから気がつかなかったが、君は一体何者かね?」

雪人は疑問するために、踵を返す腕を握りしめる。

「…………」

その問いかけに、給仕の少女は口を開くことなく、代わりに沈黙を持って応えた。

「趣味は? 特技は? 好みの男性は……わかった真面目に行こう。 だから、槍を向けるのをやめてくれ」

答えてくれないことにどうしたものか、と思いつつ適当な言葉を発する彼にリトルレギオンの槍が向けられた。少し黙れという意思を汲んで、降参だ、と腕を上げる。

「わかればいいのよ。 それで、あなたはどうして此処で働いているの? 店主の知り合いというわけでもなさそうだし、何か理由があるのかしら?」

「…………」

アリスの問いも、雪人と同様に沈黙を持って応えられる。変態は兎も角、常識人を自称する彼女としては、己の問いまで完全無視されるとは思わなかったのだろう。何か気に障ることをしただろうか、と小声で雪人へと問いかける。

すると、雪人は真面目な顔で頷いて、

「おそらく、私と君の間柄に嫉妬したのだろうね。 それが気に入らないから、無言という形を持って抵抗してい――」

「少しお話しましょうか。 主に、暴力的なやりとりで」

真空破砕拳だの、天上天下無双拳だの、超絶魔力強化拳だのの技名と共にドスドス、と打撃音が響き渡る。ルーミアはそれを、無視して、

「あーもー。 それで、あんたは何をしたいの? どうして、私のエプロンをつけてるのー?」

憮然とした表情で問いかける。

「…………」

またもや沈黙で返される。要領を得ない返答、状況に段々と苛立ちが積もってくる。「あのねぇ――」少女からその感情が少しだけ溢れそうになった時、

「では、困った時の会議といこう。 諸君、何か気がついたことがあったら、教えてほしい。 まずは、ルーミアからだ」

拳の跡が残る顔をした雪人に、膝の上に抱き上げる。その問いかけに、彼女の口からは別の言葉が零れる。

「ええと、じゃあね。 あいつから人間の気配がしないよー」

アリスはその言葉に、でも、と前置きし

「妖怪や魔法使いというわけでもなさそうね。 私の勘じゃあ、妖精だと思うんだけど」

しかし、と雪人が続ける。

「妖精というものは自然がホームグラウンドな筈なのだが……。 好き好んで喫茶店の仕事を手伝うような妖精などいただろうか」

「四大属性持ちの妖精じゃない、のかしら。 となると、ニンフ? バンシー? コボルト? 絹の服じゃないけど、シルキーっていうのも考えられるわね」

最後の言葉に、ぴくん、と少女の眉が跳ねた。どうやらあながち、アリスの推測は間違いではないようだ。

「ふむ、そうか。 では、問うてみようではないか。 君は、私のパーフェクトな人柄に惹かれて馳せ参じ、幼い恋心に戸惑いながらも、この店で働くことにしたシルキーかね!?」

両サイドからの拳を顔面に受けながら、発せられた問いに、シルキー(仮)は少しばかり悩む素振りを見せて頷いた。尤も、彼女が頷いた部分は「この店で働く」というところだけなのだが。

適当に頷いたのが悪かった。

なにせ、変態を調子づかせる行動に繋がったのだから。少女の肯定に、雪人は行儀悪くも椅子の上に立ち上がる。店内の客に対して、まるで演説でもするかのように大仰な仕草で、

「里の愚民共、理解したかね!? この私のッ!! モテる男の魅力というものを……ッ!!!」

雪人の言葉を受けた里人(男)はというと、

「ち、ちくしょう……!!」「な、何であんな変態がフラグ建ててんねん」「り、理不尽だにゃー……」「そんなふざけた幻想……俺がぶっ壊す!!」

信じられない思いをぶつけるように、飲食代をカウンターに叩きつけ、泣きながら駆け出して行った。余程、悔しかったに違いない。

「か、勘違いするなよ。 別に悔しくなんかないんだからなッ!! 俺のところにもいずれなぁ、座敷童子タンがやってくれるんだからなぁああ」

よく見たら、里の問題児扱いされている森田 一樹の姿もそこにあった。今日もルーミアを見にやってきていたのだろう。

「おいおい、座敷童子が問答無用で幸福だけを運んできてくれるわけないだろうが、常識的に考えて」

彼をフォローする坂上の姿も見える。家に居ても、嫁がアレだから逃げてきたのであろう。

余談であるが、坂上が言うように【座敷童子】という存在は、必ずしも善ではない。善と、それと対になる面を持つ妖怪である。確かに、座敷童子がやってきた家は、彼(彼女)を大切に扱うことで、思わぬ幸運を得ることもある。 しかし、座敷童子は必ずしも幸運を呼び込むわけではない。座敷童子が住み着くことにより幸運が舞い込む一方、暴力を振るったり、不当な扱いをしたりなどしてしまうと、当然だが家を出て行ってしまう。

その際、座敷童子が“赤い顔”、または“赤い着物”を着たり、“赤い桶”を持ったりしていたら凶事が起こることの前触れである。それでまでの幸運とは打って変わって、怒涛の如く不幸に見舞われることとなろう。火災、殺人などの不幸に。

閑話休題。

里の男共が奇声を上げて走り去った後、雪人はさて、と口を開いた。

「愚民共が去ったのは置いておいてだ。 シルキーというのは気に入った家に付いて、奉仕する妖精だったね」

「ええ、確かそうだったはずだけど……ねぇ、あなたは本当にシルキーなの?」

その問いに、シルキーは頷く。やはりシルキーで間違いないようだ。それに満足した雪人は、

「そうか。 では、シルキー君。 此処で働きたいと望むのなら、自由に働くといい」

人手が足りないと思っていた雪人は即断した。丁度いい、と。また、シルキーというのは有能であり、気に入った家に奉仕し始めたら中々出て行こうとしない、ということも知っていたのも大きな理由だ。

しかし、それが気に食わないと思うものがいた。ルーミアだ。少女は唇を尖らせ、

「そんな変な奴がいなくても、私が頑張るもん」

何が気に入らないのやら、珍しいことに拗ねた表情を浮かべている。雪人がどうしたものかと困った顔で、アリスに視線をやると、彼女は呆れ顔で、『鈍感』と唇を動かした。


     ∫ ∫ ∫


吸血鬼の館である紅魔館。その地下に、蔵書が多数保存されている【大図書館】と呼ばれる書斎がある。

書斎の主は、紅魔館の主【レミリア・スカーレット】の友人である【パチュリー・ノーレッジ】。職業が魔法使いの魔理沙とは違い、生まれた時からの種族が魔法使いである、生粋の魔女だ。

彼女はその日も、地下だけあって風通しが悪く日当たりもなく、かび臭い書斎で、魔道書に目を通していた。本の虫、知識まみれの少女という言葉がぴったりくるほどの読書家である。

いつものようにネグリジェ姿のパチュリーは、魔道書の次の項を開こうとした瞬間、

「あら、咲夜じゃない。 紅茶の時間にはまだ早いけど、どうかしたの?」

友人の従者である十六夜 咲夜が難しい顔をして、図書館に入ってくるのを見て、その動きを止めた。視界の先、基本的に完璧超人である彼女が思い悩んだような、難しい顔をしていることに僅かばかり驚きながら、そのことを問うてみる。

「何か粗相をして、レミィに怒られたの?」

昔の記憶が蘇る。懐かしい記憶だ。当時の咲夜は、粗相をする度に怒られては、落ち込んでいたわね、という古臭い思い出。

「いえ……そういうわけではないのですが。 少し、パチュリー様に相談したいことが御座いまして。 構わないでしょうか?」

「相談? 別に構わないけど」

珍しいこともあるものだ、と思いを抱いていると、彼女が何かを手にしていることに気がついた。可愛らしい袋に詰められたそれからは、甘い香りが漂ってくる。おそらく、何かの菓子だろう。

「もしかして、その手にしている物のことかしら?」

「ええ。 外で買ってきたクッキーなのですが、パチュリー様はこれをどう思います?」

パチュリーは手渡された袋を開く。すると、思ったよりも、食欲を刺激する香りが零れる。

…………とても美味しそうね、なんて答えは求めていないのでしょうね。態々、魔法使いである私のところに尋ねてくるくらいなんだから。 だとしたら…………。

魔道書を閉じ、机の上に置く。咲夜が申し訳なさそうな表情を浮かべたのに、気にしないで、と軽く手を振る。そして、袋の中からクッキー取り出してみた。

それは作者が余程、愛を込めたのだろう。とても丁寧に作られていた。もしかして、個人的に咲夜に贈り物として渡したのかもしれない。

そんなことを考えていると、少女の中に悪戯心が沸いた。

「ねぇ、咲夜」

パチュリーの悪戯心が顔に出たのだろうか。咲夜の顔が僅かに引き攣る。

「何でしょうか?」

「このクッキーを作ったの、男の人でしょう?」

「そうですが……どうしてわかったのですか?」

怪訝な表情を浮かべる咲夜に、

「ふふ、そんなの簡単よ。 だって、これには貴女への愛が溢れているもの」

直後の咲夜の表情は、筆舌に尽くし難いものだった。これまた珍しいこともあるものね、と思っていると笑みが零れた。愉快な感情だ。

そんな感情を抱きながら、手にしたクッキーを天に翳してみる。すると、突如として妙な違和感を抱いた。

「あら?」

やがて違和感は確信に変わり、驚きの感情が生まれた。









 

――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき

次の更新の時あたりに、タイトルを変更しようと思うですが、なかなか……ぱっとしたものが浮かびません(泣)

候補としては、これだけ思いついたのですが、


・ぼくたちには幻想が足りない【東方Project】

・ぼくたちには変態が足りない【東方Project】

・とある東方喫茶店と変態紳士【東方Project】

・変態と東方喫茶店【東方Project】

・とある変態と東方喫茶店【東方Project】

・神隠しが激怒する頃に【東方Project】

・脳内世界完全無欠【東方Project】

・魔法使いの花嫁【東方Project】

・侵食する変態と幻想庭園【東方Project】


前七、八を修正のためカットしました。また後に、修正したverを載せてみようと思います。


……HDの中から、『女装少年ふぁんたすてぃいっく ユーノ!!』なる恐ろしいものが出てきましたorz



[12007] Act.2-6  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:51
それとなく長閑で、それとなく騒がしく、それとなく変態が跋扈する幻想郷はその日も平和だった。そして、とある変態店主が経営する東方喫茶店でも、一部を除き何時もと似た光景が流れていた。主人である雪人はいつものように(魅惑の呪いに抵抗のある)貧乳女性を口説き、里に住まう“幽香様に踏まれようの会”の面々はどうしたら幽香が踏んでくれるのか頭をつき合わせて相談し、里の常識人を自称する人間達は、家族や恋人との雑談を楽しんでいる。

ちなみに、変態が営む喫茶店で交わされる恋人達の会話とはどのようなものだったかというと……。

「あぁ、硝子さん。 君のその表情はとても素晴らしい。 いいよ! いい、素晴らしいよ!! そう、喩えるならまるで、石の下から出てきた団子虫を見下ろすかのような視線が堪らない」

「率直に申しまして、旦那様は変態だと存じ上げます。 ちなみに、この視線は旦那様のような人間失格を見つめる時の視線ですので、団子虫様に謝罪する必要があると進言します。 団子虫様に失礼ですので」

「ああ、君のナイフのように鋭い言葉が気持ちいい。 僕はね、硝子さん。あなたにこう言いたい。 好き好き大好き超愛しているよ、と!」

「旦那様、一つ宜しいでしょうか?」

「ん、何かな? 愛の告白なら随時受け付け中だ」

「失礼を承知で申し上げます。 キモいから黙れ、と」

実にフレンドリーなやり取りである。二人のボーダーレスな会話が、仲の良さを物語っていると言えよう。恋人とはかくあるべきだ、と現代日本のお手本にしたいものだ。

さて、先程も述べた『一部を除き』ということだが、いつもと違う日常を演出しているのは二人の給仕だ。猫さんエプロンをかけた妖怪のルーミアと、熊さんエプロンをかけた新参妖精のシルキーである。先日、アリスの取り成してもあり、ルーミアは渋々ながらもシルキーの雇用を認めたのだが、二人の仲は相も変わらず悪かった。

金紗の髪をしたあどけない妖怪少女、ルーミアは、

「それ、ルーミアのだって言ってるでしょ? どーして勝手に使ってるのー!」

眉を顰めるという不機嫌を隠そうともしないで、新参の妖精に言葉をぶつける。言葉が向かう先に居るのは、先日から喫茶店に住み着くことになった奉仕上等な妖精、シルキーがいる。その胸に、ルーミアのお気に入りの【熊さんエプロン】をかけた。どういうわけか、シルキーもその熊が気に入ったのだろう。ルーミアに「返せ返せー」と言われ、

「………………」

無言ながらも拒否の姿勢を見せている。果たして仲が良くなる日がくるのか甚だ疑問である。尤も、ルーミアが一方的に気に入らない、と嫌っているのだが。

相対する赤毛シルキーは無口無表情ゆえに、何を考えているのか読み取れない。もしかしたら、心の中では負の感情を抱いているのかもしれないが、それは【覚り】でもない限り読み取れはしないだろう。

「よーせーにも分かるように優しく言ってあげるわ。 その熊さんは私のだから、あんたはこの猫さんので我慢しなさいよー!」

そう言って猫が描かれたエプロンを差し出すが、シルキーは然して興味がないと言うかのように一瞥をくれるだけだ。その仕草に色々と刺激されながらも、我慢我慢、と自分へと言い聞かせたルーミアが、再度口を開こうとしたところ、

「給仕さぁーん、注文お願いしますにゃー! ちなみに、ここの代金はあれぜよ? かみやんの奢り」

「ちくしょー!! 寺子屋の試験で賭け事なんてするんじゃなった……あぁ、本当にもう、不幸だぁ――!!」

「まぁまぁ、落ち着きぃや。 この程度なら大したイベントやないやろ。 ほら、かみやん的に考えて!」

という客の声に遮られる。黒髪つんつん頭、金髪サングラス、青髪ピアスと実に個性豊かな客人の声だ。奉仕をモットーとしているシルキーはその声に反応して、オーダーを取りに行くために踵を返す。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよー」

妖精なのに異常に有能かつ万能、華麗に万事をこなす(※笑顔接客を除く。この妖精の笑顔は無料ではない)シルキーに、まるで追い抜かれるような焦りを覚えつつ、その華奢な腕を掴んだ。

その焦りというのは、以下のものだ。優劣の感情は誰しもの中で存在しうる。知的生物において自尊心とは、得に重要な要素だだろう。ルーミアの中では、自分は妖精(=チルノ)よりも仕事が出来るという意識があっただけに、チルノと同じ妖精が自分以上に有能である事実に、己が自尊心を侵害されているかのような焦りを覚えたのだ。尤も、彼女が問題としたのは、その焦りがもたらす先にある空想の出来事だが。

「………………」

シルキーは非難の視線を伴い振り返る。その視線が問うていた。何か用があるのか、と。

「それ、返してって言ってるの」

「………………」

シルキーは無言で踵を返す。どうしても返したくないようだ。ただでさえ、苛立っていたルーミアは思わず、

「返せって言ってるでしょー!!」

掴みかかる。言っても聞かないなら無理矢理にでも取り返す、と。

ルーミアの叫びに周囲の人から、何だ何だ、と視線が集まるが気にならないようだ。今はそれよりも大事なことがあるからだろう。

少女の形をしているとはいえ、妖怪だ。その力は大の成人男性は圧倒するものがある。ただの妖精では、抵抗の仕様がないだろう。

しかし、

「この……ッ!」

「………………」

このシルキーはただの妖精ではなかった。ルーミアの腕を、滑るように右へ左へと避ける。本当に妖精かと疑いたくなるほどの身体能力をみせる。

「わっ!」

やがてシルキーは常に浮かべている無表情のまま隙をついて、トン、っとルーミアを突き飛ばした。

突き飛ばされ、尻餅をついたルーミアは思わぬ反撃に目を白黒させる。そして、自分を突き飛ばした原因を見上げる。相変わらずの無表情をしたシルキーが、

「………………………………ふん」

「ッ!?」

一瞬だけ鼻で笑い、そのままオーダーを取るために去っていく姿があった。途端に、怒りやら悲しみやら悔しさやら、様々な感情が胸の底から溢れて来る。だが、その中で群を抜いて強烈な感情は悔しさだろう。

上手く言葉に出来ない感情に振り回されながら、

「嫌な奴………………嫌なやつ、嫌な奴、嫌な奴ッ!!」

ぽつり、と呟いた。白い頬を、紅玉髄の瞳のように赤く染めて。鮮烈にして苛烈、純粋ゆえに強烈な激情だ。変態紳士の東方喫茶店では、今日も二人の仲は悪かった。


     ∫ ∫ ∫


その不和の様子を眺めていた森田は、まるで悟りの域に至った坊主のような顔で、

「主にエロい悪戯のせいで、坂上の嫁を含めた里の女共に半殺しにされた俺の脳内で電撃が流れた。 その感情を上手く言葉にできないけど、これだけは言えるお」

尻餅をついたルーミアを視界におさめ、

「白とは可憐な、と」

何を見てそのようなことを呟いたのかは知らないが、余程いいものを見たのだろう。森田は至福の笑みを浮かべる。

「慧音先生に簀巻きにされてボコられるだろ、倫理的に考えて」

そんな彼に向けられる言葉があった。彼の友人である坂上 朔太郎だ。特徴としては、死んだ魚のような目をしているのと、語尾に「~○○的に考えて」という言葉をつける癖がある。

「まぁそれ以前に、俺はお前が犯罪に走らないように手を打つが」

「ほう、この俺様を止められるのか?」

森田は随分と好戦的な、自身に満ちた笑みを浮かべている。坂上は気色悪いなぁ、と思いつつ口を開く。実はさ、と前置きし、

「都会派魔法使いさんに、いい物を貰ったんだ」

いい物、と問い返す森田に頷き、それについて説明する。

「それはな、一定のルール上で完成させれば呪術対象の魂に作用できるって優れもんだ。 共鳴させて、類似の元に影響を与えるってのがいいな」

「それ藁人形だよね?」

「俺なら類似人形の股間に釘を打ち込むだろうな、諸悪の根源を絶つ最善の選択肢的な意味で」

「股間だけに、コーカン度上昇ってわけですね!? って、ふざけんなぁッ!!! この“主人公である俺”がそんなものでBadEndを迎えるわけにはいかないだろうが」

「おいおい冗談も大概いにすべきだろう、常識的に考えて。 お前が主人公? はん、笑止」

森田の言葉を鼻で笑い、言葉を続ける。常識的に考えてみろ、と。

「お前が脇役なのは明らかだろうが、ポジション的に考えて。 お前は、外来の春本“強烈接吻”でいうところの“鱶鰭(フカヒレ)”に過ぎない」

「てめぇ…………ッ!! 黙って聞いていれば、言ってはいけないことを! この俺が、脇役だと!?」

「所詮、お前は脇役なんだ。 まぁ、でも安心しろよ。 物語に終わりが必要であるように、息抜きの為にはお前のような空気が必要なんだから」

「そこまで言うか。 よろしい、ならば戦争だ。 表に出な、森田神拳を味あわせてやる」

テーブルを叩きつけて立ち上がる。すると、

「ほほう、我が家の旦那に喧嘩を売るってか、このくそ野朗。 上等だ。 表に出ろ、旦那の喧嘩はなぁ、あたしの喧嘩だ!! 挽肉にしてやんよ!!!」

直後に、そんな言葉が彼の耳に届いた。森田が入り口を振り返ると、紅白の着物を身にも取った華やかな女性がいた。雰囲気が堅気のそれではない。

「坂上…………嫁」

「漸く見つけた。 まったく、家の旦那が甘いからってつけあがるんじゃないよ。 今日という今日は、制裁を受けてもらうからね」

まるで鬼のように覇気を振りまく女性だ。 姐さんという言葉がぴったりと当てはまるこの女傑、坂上の嫁に対して苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる。

相対する相手が悪過ぎる、という絶望からくる表情だ。坂上もそうだが、彼の嫁も異能持ちである。その名も、【力を増幅する程度の能力】 その能力は、自身や他者の持つ力を増幅して強化する単純な能力である。

だが、単純ゆえに性質が悪い。稀に外来から流れ着いてくる本(漫画)に書かれている、少女が照れ隠しに主人公を殴ったら何メートルも遠くに飛んでいく、あのネタのような暴力を簡単に発揮できる能力など悪い夢のようだ。おまけに坂上嫁の性格は喧嘩早く、短気なために手に終えない。何回宙を舞ったことか、と森田は眉を顰める。

「あんたはやり過ぎたんだよ、森田。 まさか、三回も下着泥棒が許されるとは思っちゃいまい? ――――――初回でも張り倒すけど」

「結局、俺という存在が許せないだけだろ坂上嫁!! このクソババア!!!」

森田の言葉を吟味するように頷くと、坂上嫁は優しい笑顔を浮かべて、

「もはや言葉は要らない、か。 仕様がないから、閻魔様に代わって御仕置きしてやるよ。 歯ぁ食いしばりな。 次に気がついた時には、歯が全部抜け落ちているからよぉ」

「ちくしょー!! 俺は悪くない、俺は悪くないんだッ! 可愛らしい下着がいけないんだぁあああああああ!! ――――――ちょ、嘘!? 冗談でしょ!? やめてやめてやめて下さいよ。 俺、あんたに殴られたら陥没しちゃうよ?」

坂上嫁に胸倉を掴まれ、外へと連れて逝かれそうになる森田は思わずといった感じで、

「さ、坂上……お前のところの暴力嫁に何か言ってくれ」

友人に助けを求める。溜息と共に、仕様がないなぁと笑顔を見せた坂上は、

「おう、嫁。 今日も問答無用、至上暴力主義な姿勢がとてもプリチーだぜ?」

「ありがとよ、旦那。 そういうお前さんもいつも通り、素敵に目が死んでるよ」

そう言って、夫婦揃って頬を染める。初心なのだろう。互いの顔は、これでもかというほど真っ赤である。

「そういうことじゃねぇよ!! というか、今のどこに照れる要素があったんだよ!?」

「まぁ細かいことはいいじゃねぇか。 お前がボロ雑巾になるくらいなんだから」

「いいわけないだろうが!! どうやったら、そんな結論が出てくるんだよ。 せめて、里の掟を破ったとかの理由にしろよ!」

「それだ、それ。 俺は友人として、お前を正さないといけない。 貧乳信仰、巨乳信仰、美脚信仰、上腕二頭筋信仰は許そう。 だが、幼女信仰……てめぇは駄目だ、里の掟的に考えて。 下着泥棒程度なら見逃そうと思ってたんだがなぁ」

「お前を友だと信じていたのに……人として信じられない! 恥ずかしくないのか!? この悪魔め……ッ!!」

「悪魔でいいぜ、悪魔らしいやり方でやらせてもらうからよぉ。 というわけで店主、何か武器になるものはねぇか?」

声が放たれた先、貧乳女性を口説いていた店主がいる。彼は一瞥をやると、いつもの魔法で剣を編み、溜息と共にそれを坂上へと投擲した。常人ならば、串刺しにされるであろう高速の投擲に顔の色一つ変えることなく、坂上は死んだ目でそれを掴み取る。

「おい、変態店主。 ありとあらゆる武器を制する俺だから死なねぇけど、普通の人間なら死んでるぜ?」

「いい女を嫁にした貴様に対する嫉妬だと思ってくれ」

坂上嫁は、あらやだ、とその褒め言葉を受けて目を弓にした。純粋に褒めらたことが嬉しいようだ。

…………あのくされ貧乳好きの変態が! 人の嫁に色目遣いやがって!! 以前、妖怪の山にブチ込まれたこといい、何れ借りを返してやる……ッ

以前、アリスに簀巻きにされてボコられた後、喫茶店で奇声をあげているのが気持ち悪いからという理由で、森田と共に【妖怪の山】に捨てられていたことを思い出す。

黒い波動が内から漏れ出すのを抑えながら、受け取ったものに目をやる。すると、坂上は「ほぉ……」思わずといった感じで感嘆の息を漏らした。いい剣だ、と。

店主が投げ渡したものは【バスタードソード】と言われる西洋剣だ。雑種の名を冠するそれは、片手剣と両手剣の中間にして、斬ることと突くことにも適した特徴を持つ剣だ。刀身は漆黒で、刃渡りは1.4mほどだ。余談であるが、その名前から【バスターソード】とよく間違われる剣である。

また、坂上がそれを使いこなせるか、という疑問が生じるががそれは問題ない。彼の【武器を手にすると覚醒する程度の能力】という能力により補正がかかる。

・――――ありとあらゆる武器を使いこなせる程度の補正
・――――肉体、感覚を強化をする程度の補正
・――――個性を僅かに強化する程度の補正

以上の英雄補正により、ただの人間を相手にするなら無双の力を発揮できる程だ。真っ向から、ただの人間が当たるのは厳しいものがある。

問答無用で連れて外に連れて行かれそうになる中、森田は必死に叫ぶ。

「ちょ、ちょっと待て。 店主、俺にも何か武器が欲しい。 個人的には、暴力夫妻だろうが、隙間妖怪だろうが問答無用で斬り捨てる火力重視の、火の刀を希望する」

店主は面倒臭そうに一瞥し、先程と同様に編んだソレを投擲した。高速で飛来するソレに当然、森田は反応することが出来ずに額に直撃した。高速で投擲された剣を掴み取るという離れ業は、ありとあらゆる武器を制することが出来る補正のある坂上だから可能なのである。

「あたっ!? 痛いっていうか、これ“ひのきぼう”だろうが!!」

最低層の武器を渡されて途方に暮れる。こんな武器では万が一にでも勝てることはないだろうな、と。

相対するのは、人間だが人間以上の力を持つ坂上夫婦だ。中級妖怪を戦力として雇用しても勝てはしないだろう。あの夫婦に勝つためには上級妖怪以上でないといけない。

…………どうすればいい。どうすれば俺は助かる? 冷静になれ、大丈夫、大丈夫だ。 解決策はどこにでもあるはずだ。

そう自身に言い聞かせていた森田が、俯いていた顔をあげると、何時の間にか喫茶店の外に連れ出されていることに気がついた。

ひのきぼうを握る手は、嫌な汗で誤って滑り落としてしまいそうだ。視界の先、戦闘準備を整えた夫婦が爽やかな笑みで、森田を見ていた。逃げられそうにはない。

「下着泥棒に、女湯覗き、果ては何だっけ? まぁいいか。 とりあえず、簀巻きにして里の中に転がせて反省させようかねぇ。 準備はいいかい、旦那様?」

「準備完了だぜ、嫁さん。 それじゃ、ちっとばかしやっちゃいますか」

夫婦は構えを取り、

「「人間の里“十傑集”が序列二位【暴力秩序の坂上夫妻】、推して参る」」

声高々に名乗りをあげると、森田へと向かって走り出す。実際に、敵として相対して森田はわかったことがある。

…………“十傑集”相手に勝てるわけないだろうがぁああああ!!

ということを。

“十傑集”というものを表現する時には、様々な言葉が存在する。里の内外の揉め事を解決する武装集団。人間の里が保有する最高戦力。対妖怪戦の切り札。鎮圧兵器。人間以上。

だが、その集団を端的に言い表したら、英傑集団という言葉がしっくりくるだろう。それも、坂上夫婦のように【力を増幅する程度の能力】【武器を手にすると覚醒する程度の能力】といった何らかの固有能力を全員が有している。

そして、森田が相対しているのは【暴力秩序の坂上家】と呼ばれる二人で一人の扱いの“十傑集”の一員だ。結果として、ただの変態である森田が勝てるわけがなかった。

余談であるが、夕暮れ時の里では、豚のようにブーブーと鳴き声をあげる簀巻きにされた何かが、まるでゴミのように転がされていた。その簀巻きの横には、哀れむように“凍らされた蛙”が添えられてあったとか。まるで、元気出してね、と言わんばかりに。


     ∫ ∫ ∫


雪人は溜息を零していた。理由は幾つもある。それこそ数え切れないほどだ。だが、その中で特に彼を憂鬱に至らしめているものがある。それは、十六夜 咲夜との遭遇率が低いということだ。年齢という要素以外では、好みのど真ん中な彼女に出会えないことは、彼の中では憂鬱になっていた。

先程の口説きも失敗したこともあり、雪人はナーバスになっているようだ。

憂鬱になりながら、「花占いとは、随分と懐かしいものだ。 さて、私の幸運は何時ごろ訪れるのだろうか」笑みと共に、創り出した鋸の刃かと見紛う葉を持つ邪悪なクローバーを回転させる。きゅいんきゅいん、と凶悪な音を奏でるそれから葉っぱを引き抜こうとした瞬間、

「ゆきとー!!」

カウンターに入ってきたルーミアに突撃される。そして、竹蜻蛉を捻るように回転させていた“鋸クローバー”は、雪人の手を離れると、窓を突き破って飛んでいってしまった。その際、窓の向こうで何やら悲鳴らしきものが聞こえたが無視を慣行した。偶発的な事故だったんだ、と。

「私の幸せは当分来ないというわけか。 いやはや、いやはや……どうかしたのかい? 目が真っ赤だが」

自身に抱きつく少女の瞳は、真っ赤に染まっている。まるで、泣いた後のようだ。

「ゆきと。 あいつにね、エプロン盗られたー!」

「エプロン? 今、かけている猫さんのを創ってあげただろう? それじゃ不満なのかい?」

問うてみると、

「熊さんがいいのー。 なのに、あいつ返してくれないの」

ルーミアが指差した先では、熊のエプロンをかけたシルキーが忙しなく働いている。おそらく、熊のエプロンを巡って喧嘩でもしたのだろう。

雪人自身は、熊と猫も似たようなものだと思ったが、敢えて口に出すような真似はしない。昔、誰かに聞いたことを思い出したからだ。女の子はね、男と違って色々と複雑なのよ、という誰とも知れぬ者の言葉を。

「なるほど、把握した。 では、熊さんエプロンを新しく創ろう」

「あれがいいの」

その提案は一言の下、即座に否定された。何か思い入れでもあるのだろうかと推測するが、雪人にその感覚はよくわからないものだった。というのも、彼の魔法特性からしてもわかる。大抵のものを創造できる上に、傷ついたり汚れたりすれば即座に魔力に還し、新しいものを調達できるのだから。

「どうして、どうしてあれがいいのかね?」

きょとん、とした顔でルーミアは答える。だってね、と前置きし、

「ゆきとが、私にくれた物だから」

分からないなら問うてみればいい。そう思って疑問してみたところ、もっとよくわからない答えが返ってくる。その言葉に自分はどう返答すべきか、と僅かに悩む。

わからないという感情に戸惑いながら結局、雪人は少女の頭を撫でることにした。

「安心しなさい。 シルキーには、アレが君のものだと言っておく。 だから、今日はそれで我慢してくれないか?」

すると、ルーミアは目を細めた。その父性を刺激する笑みに、二人を眺めていた里の父親達は、「グゥレイト!」と訳のわからない言葉と共に鼻を押さえて、顔を逸らす。雪人は彼等を見て、ただの変態か、と結論を下すと視界から排することにした。彼は自分が常識人であり、変態とは相容れない存在だと信じていたからだ。

「あ、お客さんが呼んでる……ちょっと行ってくるね」客のオーダーの声がかかると、ルーミアは笑顔で駆けて行った。

…………女の子は、揃いも揃ってよくわからない生き物だ。 八雲もよくわからないが、ルーミアもそれ以上にわからないと思うのは私だけなのだろうか。 どうでもいいが、前者を女の“子”と表現してもいいのだろうか?

雪人少女の背を見送りながら、そんなことを考えていると聞き覚えのある声がした。

「随分と父親みたいね、貴方」

声がした方に視線をやると、アリス・マーガトロイドが愉快そうに眺めている。どうやら、先程までのやりとりを見られていたらしい。あの時、声をかけなかったのは気を遣ってなのだろう。入り口間際に立っていた彼女は、カウンターまで来ると座り、

「父親、か……私には似合わんよ。 それよりも、今日は何にするのかね?」

本当にそう思っているのだろう。複雑な表情を浮かべる雪人を笑いながら、

「今日はカフェラテの気分なの。 シュークリームと一緒に下さいな」

了解した、と頷くと創りだしたものを差し出す。甘い香りが漂う。

「ところで、アリス君は父親とはどのような存在なのだろうか?」

「なによ? 本当に父親になるつもり?」

「参考までに訊いてみただけさ。 なんならその時、君が母親役をやってみるかね?」

アリスはカップに口をつけると、

「まだそんな歳じゃないわ」

「そうか」「そうよ」

何とも言えない午後の昼下がりであった。


     ∫ ∫ ∫


吸血鬼の館である紅魔館。その地下に、蔵書が多数保存されている【大図書館】と呼ばれる書斎がある。地下だけあって風通しが悪く日当たりもなく、かび臭い書斎で、

「魔力でものを編む、随分と出鱈目な。 これが人間の魔法使いが創りだしたモノだなんて信じられないわ」

書斎の主である知識塗れの少女、パチュリー・ノーレッジは困惑していた。彼女の手元にあるのは数日前に、咲夜が持ってきたクッキーだ。調べてみたところ、どうやら話に聞くように魔法で編まれたことが判明した。しかし、咲夜の相談である、この編まれた菓子が有害であるかどうかまでは判明しなかった。話を聞く限り、その店主は恐ろしい変態で何か罠があるかもしれない、と咲夜は疑っているのだ。

…………咲夜にそこまで思わせるなんて、相当の曲者ね。 まさか、高位の魔法使いかしら?

やや過大評価じみた感想を抱くパチュリーだったが、現物を直に見るとその考えも変わるだろう。あれは、ただの変態である。

「それにしても困ったわね。 調べてみた結果、おそらく毒はないとは思うんだけど……こればかりは食べてみないとわからない」

咲夜の言うように本当に何か盛ってあったら目も当てられない。人物像から判断しようにも、咲夜の証言では『いい奴なのか、悪い奴なのかよくわからない男』という情報しか得られなかった。危険なら食べなければいいのにと思ったパチュリーが、何故わざわざ、それを食べる必要があるのか、と咲夜に言ったところ、何でもあの店の菓子は随分と美味なので食してみたいとのことだ。

…………いっそのこと、レミィにでも食べさせようかしら?

どうしたものかと考えていると、つまらない冗談が浮かんだ。確かに、仮に毒が入っていても、吸血鬼である彼女なら大抵のものは効きはしないだろう。だが、それを良しとするわけにもいかないので、頭の中だけに留めて置く。

暫く悩んでいるパチュリーの耳に効き慣れた音が入ってきた。遠くから聞こえるそれは、門番の紅 美鈴の悲鳴だ。また、侵入者にやられたのだろう。となると、“彼女”が直に図書館に来るはずだ。盛大に図書館の扉を破壊して。また、無断で本を借りていくのだろう。

何かが一瞬、パチュリーの頭の中で閃く。隣で司書の“小悪魔”が何か言っているのに気がついた時には、扉を破って彼女、霧雨 魔理沙がやって来ていた。

「よう、パチュリー。 今日も本を借りに来たぜ」

「死ぬまで返さないのは借りると言うのか、甚だ疑問だけどね」

「まぁまぁ気にしない気に…………ところで、パチュリー。 それは何だ?」

パチュリーの手元にあるクッキーに興味津々の魔理沙。

「毒入りかもし……じゃなくて、ただのクッキーよ」

「? 今、何か変な単語が聞こえたような気がしたんだが気のせいか?」

「気のせい気のせい。 これは、ただの美味しいクッキー」

一瞬だけ、パチュリーに悪魔の尻尾を幻視した魔理沙は思わず目を擦った。何か邪悪なものが見えたのは気のせいだ、と。一方、パチュリーは「ふふ」と不気味で不可思議な笑顔を浮かべている。何か良からぬことでも考えている表情だ。

「ねぇ、魔理沙。 そろそろ紅茶の時間なんだけど、付き合ってくれるわよね?」

まるで付き合うことを強制するかのような声だ。珍しく、自分からお茶に誘ってくる友人に何かあるな、と思いながらも魔理沙は頷くことにした。

…………魔道書の賃貸料にしては安いけど、まぁいいでしょう。 魔理沙なら、仮に何かあってもレジストできるはず……ふふ。

パチュリーは魔理沙に例のクッキーを食べさせようと画作した。彼女の調べたところ、ほぼクッキーに毒物は混入されていないはず。別に自分で食べるのが嫌なわけではない。ただ、魔道書の強奪、図書館の壁の破壊といい、それの対価を払ってもらうつもりであったのだ。

しかし、魔理沙の計略によりそのクッキーを食べる羽目になったのはパチュリーだったが。









 

――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

旧題 【友達の境界】から
【侵食する変態と幻想庭園】にタイトル変更することにしました。





[12007] Act.3-1  咲夜からの招待状
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:52
幻想郷。

その隔離された土地には、人間以外にも様々な住民が住む。天狗、鬼、河童、妖精などといった外の世界で生きていけなくなった人外達だ。むしろ、住民としては彼等の方がメインだろう。

さて、その人外の話だが、彼等は社会性を持たないというわけではない。

例外はあるが、強力な力を持つものはある一定のコミュニティを築いている。妖怪の山の天狗、河童などがいい例だ。彼等は人間と違った法を敷きながら、独自の生活を送っている。

また、吸血鬼も独自の集団を形成している。

【霧の湖】と呼ばれる湖に浮かぶ島に、とある洋館がある。【紅魔館】という屋敷だ。名前の通り、赤を基調とした吸血鬼の住処だ。その紅魔館及びその周辺を管理するボスは、永遠に紅い幼き月、紅い悪魔の名で知られる【レミリア・スカーレット】

そして、

彼女を中心として形成されている集団に、紅 美鈴(ホン・メーリン)という女性がいる。武術の達人にして、紅魔館の門番である。大らかで、忠誠心の厚い美鈴だが、その日は、抗い難い睡魔に屈し夢の世界へと旅立っていた。

生命の夏が終わり、豊穣の秋に入る直前の心地よい気温が大きな要因だろう。彼女の他にも、数名の妖精メイドは丸って眠りこけっている。

また、その日はまだ、迷惑魔法使いによる図書館の魔道書を強奪事件も、妖精の悪戯も、“妹様”の癇癪を鎮めるべく駆りだされることもなく、実に心地のよい一時であったのも理由の一つに違いない。

願わくばこのまま一日が終わってくれないだろうか、と夢うつつで思っていると、

「!?」

殺意を感じて、凭れていた壁から飛び起きた。そのまま、回避行動に移る。直後に、先程まで美鈴のいた場所へとナイフが殺到する。もう少し、その回避行動が遅ければ、ナイフが突き刺さるのは壁ではなく彼女であっただろう。美鈴が武術の達人で気に敏感であり、その俊敏さが功を奏した。

何者ですか、と叫びをあげる直前に言葉がきた。僅かな怒気と、呆れの入り混じった声だ。

「門番なのに昼寝とは随分、いい御身分ね。 ねぇ、美鈴?」

声のした方向に視線をやる。笑顔の十六夜 咲夜がいた。両の手にナイフを構えて。苛立っています、と言わんばかりの雰囲気を発している。少し機嫌が悪いようだ。

…………あれ? 今日の咲夜さん、機嫌が悪い? もしかして、私の昼寝以外で、何かあったのかな?

なんにせよ、と言い訳のために口を開く。

「さ、咲夜さん。 これは違うんです。 決して惰眠を貪っていたわけではなく…………ええと、その、瞑想を。 そう、武術の修行は肉体面だけでなく、精神面も鍛えなくてはいけません。 ゆえに瞑想を――――」

ざしゅ、と音を立ててナイフが壁に突き刺さった。美鈴の顔の直ぐ横だ。

「ごめんなさいね、手が滑っちゃったわ。 それで、戯言は終わりかしら?」

「申し訳ございません」

「弁明が無いって言うのなら、初めから言い訳なんてしないの。 まったく……」

咲夜は溜息を零す。毎回、「申し訳ございません。 次からは気をつけます」と謝罪しながらも、同じ繰り返しに呆れているのだろう。それも彼女の日常ゆえに、半ば許容している面もあるのだが。

彼女は、もう一度溜息を零すと、まぁいいわ、と前置きして、

「そんなことより、貴女にお願いがあるのよ」

「お願い、ですか? お使いか何かですか?」

それを否定し、咲夜は笑顔を浮かべながら答える。清清しい笑顔だ。

「もう直いらっしゃるであろう“お客様”を適当に痛めつけて、簀巻きにしてちょうだい」

「すいません……よく聞こえなかったので、もう一度お願いします」

「その“お客様”が着たら簀巻きにして、パチュリー様のところに運んでちょうだい。 いいわね?」

美鈴は思った。耳がおかしくなったのだろうか、と。もしくは、まだ夢の世界にいるのかもしれない、と。

「す、簀巻きですか? いいんですか? お客様なのでは?」

そう思うのも無理もない。なにせ、あの十六夜 咲夜が【紅魔館】に招いた客人を簀巻きにしろ、と言うのだ。そのような行為は、主の顔に泥を塗るのと同義である。忠誠心に厚い咲夜の言葉とは思えなかった。

その思いが表情に出たのだろう。咲夜は弁明するように、

「勘違いしないで。 私は、別に好き好んでこんなことを貴女に頼んだわけじゃないのよ」

「けどね、そうしないといけない理由があるのよ。 …………このまま何の拘束もなしで、あの変態を屋敷に入れてしまったら、と思うと恐ろしくて仕様がないわ。 大体、美鈴はあの変態の危険さを知らないのよ。 私だって、お嬢様の顔に泥を塗るような真似はしたくないの。 本当よ、本当なのよ。 だけどね、相手は変態なのよ!!」

「さ、咲夜さん?」

「お嬢様に万が一のこと(セクハラ的な意味で)があってからでは遅い。 対症療法ではいけないの、予防医学的な考えで行動しないといけないの」

必要以上に“変態”とやらを恐れる咲夜に、美鈴は話の流れが見えないこともあり、それを問うてみることにした。

「話がよく見えないのですが、一体……どういう目的で、誰が、誰を招待なさったのですか?」

「パチュリー様のお願いで、私が、“変態”を呼んだのよ。 本当は断りたかったんだけど、パチュリー様には普段からお世話になっているから無碍にもできないわけよ」

その返答に、美鈴は息を呑んだ。何と言ったらいいのかわからない感情に戸惑いながらも、“変態”と知り合いだという咲夜に向けて、

「…………咲夜さん。 交友関係を見直すべきです、と言っても構いませんか?」

困ったことや悩みことがあるなら相談に乗りますから、と真摯な姿勢で話かけた。

「やかましい」

咲夜も何か思うところがあったのだろう。複雑表情で、美鈴の脳天に手刀(チョップ)を落とす。大して痛くもないだろうが美鈴は頭を摩りながら、

「変態、って誰のことですか? まさか……“十傑集”の人達じゃないですよね!? あの人達の相手をするのは、特別な理由でもない限り金輪際御免なんですが……」

「そういえば、お嬢様が仰ってたわね。 貴女、50年程前に“十傑集”のとある人物に喧嘩を売ったそうじゃない?」

強い奴に逢いに行くんだ、と己が過去の行動に美鈴は頭を抱える。所謂、黒歴史という奴だ。また、それと共に、脳内で訳のわからない“指パッチン”を操る男が浮かんで消えた。

「…………咲夜さんも、“十傑集”には気をつけて下さいね。 勝てるとか勝てないとか、そういう次元の話じゃないんで」

美鈴は遠い目をしながら、そんなことを言う。余程、やりにくい相手だったのだろう。

「その変態は“十傑集”じゃないから安心しなさい。 ただね、美鈴。 あの変態は下手をしたら、“妹様”以上に危険なの」

咲夜は心の中で付け加える。貞操的な意味で、と。

「そ、それほどまでの猛者なのですか!?」

…………単純破壊能力だけを見るなら、幻想郷最高火力の“妹様”以上に危険、ってなんですか、それ!?

それなら頷けると咲夜を窺うと、彼女は神妙に頷く。

「私としては極力、あの変態が紅魔館に寄り付くのは反対なの。 お嬢様の害(セクハラ的な意味)になるのは明らかだから」

「お、お嬢様の障害(武力的な意味で)に? それほどまでの使い手なのですか」

「そうね、恐ろしい使い手よ、一瞬の指運までもが悪夢ようであったわ」

咲夜は以前、フロント式の下着を外されたことを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情だ。

一方、美鈴は戦慄していた。

というのも咲夜から聞いた話を総合すると、その変態とやらは恐ろしい使い手であるのがわかったからだ。かの者は、紅魔館の暴君である

“妹様”級の実力者であり、主であるレミリアの障害になりうるほどの猛者と言う。

…………そんなの相手に出来るわけないですよー!!

「どうかした? 随分と冷や汗が出ているようだけど……」

「い、いえ。 少し心が乱れていただけです。 もう大丈夫ですので安心して下さい」

どうしようもない勘違いが生じていた。咲夜は、彼の“変態性”という面から、お嬢様に近寄らせたくないと言ったつもりだった。 しかし、美鈴はそれを“武力的”な面から、咲夜が危険視していると捕らえてしまったのだ。

「本当は追い返したいんだけど、そうもいかないのよね。 パチュリー様がどうしてもお会いしたいそうだから」

だから、と言葉を放つ。

「美鈴。 あの変態が館内で暴れないように、ここで半殺しの簀巻きにしておいてちょうだい」

「……了解しました。 叩き潰せばいいんですね?」

「ええ――」と咲夜は躊躇いがちに頷く。

「そうだけど……どうかしたの? 何か様子が変なんだけど?」

「久しく忘れていた感覚ですね。 なに、安心して下さい。 私はたとえ何が相手であろうと負けません。 お嬢様達の害になるであろうものを排除するのが門番の役割ですので」

何やら全身から闘気を迸らせる美鈴に、咲夜は若干の違和感を感じながらも頷いた。なんにせよ真面目に門番をしてくれるのはいいことだ、と。

咲夜はとうとう、美鈴が愉快な勘違いをしていることに気がつかなかった。咲夜の中では“お客様=変態だから、お嬢様に近寄らせたくない”であるが、美鈴の中では“お客様=お嬢様に害(武力的な意味で)をなすであろう武術の達人”という認識の齟齬が生じていることに。


     ∫ ∫ ∫


「遂に、遂に……私の時代がやってきたッ!! 君もそう思うだろう、マリーサ君!?」

「あー、五月蝿いなぁ。 というか、誰がマリーサだ。 私は魔理沙だって言ってるだろ」

それとなく長閑で、それとなく変態が跋扈し、それとなく常識人を自称する輩が後を絶たない幻想郷。その幻想郷の遥か上空。空に浮かぶものがあった。箒だ。それも典型的な、ステレオタイプな魔法使いが愛用する“空飛ぶ箒”だ。

その、庭先を掃除するためにあろう箒に跨り、飛行する二人の魔法使いの姿がある。白黒の魔女装束の霧雨 魔理沙、人里付近の喫茶店を道楽経営する雪人だ。

「変態店主。 あんたはどうして、そう自身満々なんだ?」

魔理沙は、彼女の後ろに座る魔法使いに問うてみた。すると、

「この私が自身満々? よしてくれ。 私は、謙虚で慎み深い人間なのでね」

「それが、さっき『私の時代がやってきた』なんて、まるで自分を中心に世界が回っているかのような妄言をほざいていた奴の台詞かっての」

呆れたように呟く魔理沙に、雪人は喜色満面に告げる。何を馬鹿な、と。

「いいかね、マリーサ君。 中世以来、世界はちゃんと地動説で私が太陽だ」

「そうそう……って今、最後に変なこと言わなかったか!?」

彼はその返答を無視した。その上で爽やかな笑みと共に、ところで、と前置きし、

「あの湖の中央に浮かぶ島に建つ屋敷が、吸血鬼の住まいかね?」

問いと共に、雪人は見入っていた。霧が立ち込める中、【霧の湖】と呼ばれる文字通りの湖に島があり、その畔には洋館が建っていた。全体的に紅い色調をしていて、時計台があるのが特徴的だ。

過去に惨劇があった屋敷だと言われても、不思議ではない雰囲気である。紅い色調はまるで血のように赤く、まさに吸血鬼の住居にはぴったりだ。雰囲気は確かに物々しい。だが、そこにはある種の気品が漂っていた。

…………そう、荘厳で誇り高くも、謙虚で慎み深い私のように。 ああ、これがシンパシーか。 流石、吸血鬼の居城……ッ!

「何か今、心の奥底から変な電波を受信したぜ。 私の後ろにいる変態を張り倒せ、っていう」

「自分で送信したものを、自分で受信しているのかね。最悪だな」

「あんたにだけは言われたくないわ!!」

彼等が向かう先は、吸血鬼レミリア・スカーレットの住まう屋敷。【紅魔館】だ。

先程よりも近くになってきた館を視界におさめながら、雪人は問いを発した。ところで、という前置きの言葉だ。

「マイスウィートは、本当にあそこに?」

「マイスウィートって……。 そんなことばっかり言ってるから、咲夜に嫌われるんじゃないかなぁ」

「馬鹿者。 仮に、そう仮にだ。 咲夜君が、私を嫌っているとしよう。 万が一にもありえんがな!!」

魔理沙は、その言葉を無視しようかと数瞬悩むが、片手で眉間を揉みながら応じることにした。

「はいはい。 それで? 仮に何なんだ?」

胸元にある手紙を上着の上から押さえて、

「嫌っている相手に、このような手紙を遣すだろうか? いや、遣さない。 これはおそらく、皆に私のことを紹介したいのだろう。 いやはや、挙式には、愛のキューピットをかってくれた君も招待すので安心したまえ」

「何で自己完結してるんだよ……」

何故、このような事態になっているかというと、その原因は咲夜が雪人に宛てた『会わせたい方がいるから、明日、来なさい』とだけ書かれた手紙だった。

【紅魔館】帰りの魔理沙から、それを受け取った雪人は翌日、「マリーサ君。 私は空を飛ばないので、是非とも運んでくれたまえ」とS級の菓子を握らせ、理由も意図もわからぬまま今に至る。

「しっかし、今日はチルノはいないようだけど、妙に寒いなぁ。 この前、夏がきたばっかりだって言うのに」

「同意だ。 確かに今日は寒い。 そして、君の箒が予想以上に速くて少し体温が低下してきた。 というわけで……ぎゅっとしてもいいかね?」

「おい、変態。 人が善意で運んでやってるんだから、少しは自重とい言葉を――――うひゃ!?」

魔理沙の後ろに跨っていた雪人は、姿勢を保つために少女の腹に回していた手に力を込めた。密着した姿勢。まるで、恋人同士がバイクに二人乗りする時、よく見るかのような光景だ。少女の髪からは甘い香りが漂ってくるのに、雪人は目を弓にした。魔法の森に住む彼女は、何か特別なハーブなどを使っているのかもしれない、と思いながら。

至福の表情を浮かべ「うむ、快なり」などと呟く雪人に、魔理沙は背後を振り返ることなく裏拳をぶち込んだ。半ば反射的な動きだ。それも魔力で強化されているので、多少痛いだろう。具体的には、鼻血を垂れ流す程だろうか。

そして、雪人は箒から地上へと落下していく。落下地点が湖でないのがせめてもの救いだが、20メートル程上空から地面に叩きつけられたら、無傷では済まないだろう。

「…………正当防衛だったとはいえ、流石に拙いか?」

つい反射的の行為とはいえ、妙に後味の悪いものがある。完全に彼の自業自得だが。

「といっても、あの変態がこの程度で死ぬ光景なんて、いまいち想像できないんだよなぁ。 なんか、フランに“緋の魔杖”を叩き込まれてもピンピンしてそうだ」

魔理沙はやれやれ、と溜息をつくと高度を落とすことにした。


     ∫ ∫ ∫


一方、裏拳を打ち込まれた雪人は、落下していた。霧が立ち込める湖の上空から、地面へと向かってだ。重力に従い落下していく速度の中では、あっと言う間に、地面に叩きつけられるだろう。それは軽い怪我ではすまない。

しかし、彼の顔には恐怖も不安も浮かんでいない。そこにある常時の飄々としたものだ。

彼は、どこか八雲 紫に似た何を考えているのかわからない顔で、

「照れ隠しにしては中々の功夫(クンフー)だったよ、マリーサ君」

自身の腕を掴んでいる相手に笑いかけた。金の髪をした魔法使いは、それに対して、はぁ、と呆れた風に溜息を零した。

実際に呆れているのだろう。面倒臭そうに「落とすぜ?」と雪人の腕を放した。再度、彼の体が宙へと放たれたが、地面に衝突する間際で、魔理沙が彼を掴んだので、大した高さではなかった。

地に足をつけた自分に向けられた「兎も角、あんたの目的地に着いたぜ、変態」という言葉に、雪人が何か口にしようとしたところ、

「着たわね、変態。 だけど、【紅魔館】が門番、紅 美鈴の名にかけて此処は通しません!」

彼の言葉を上書きするかのように放たれた言葉があった。彼、魔理沙以外の第三者の声だ。

声のした方向に視線を向ける。おそらく門番だろう人物、赤い髪に、中華風の服を纏う女性が門前に佇んでいた。警戒心、敵意の篭った意思の強そうな瞳が、先程の言葉通りのことを告げている。

「随分とアグレッシブな歓迎の仕方だね? 無個性な私としては羨ましい限りだよ。 しかし、今のを聞いたかね、魔理沙君?」

「あんた、つまり変態を通さないっていう通せんぼ宣言だろ」

了承の意味で頷きながら、しかし、と言葉を続ける。

「誠に遺憾ながら見ず知らずの女性に、変態呼ばわりされたのだが、どう思う?」

眉を顰めるように問う。まるで、そのような単語で自分を表現するのが不可解だと言うかのように。

「至極真っ当な意見だと思うけどなぁ、そこんとこどうよ変態」

魔理沙はまるで珍獣でも見るかのように返答する。何言ってんだこの変態は、自覚症状がないのだろうか、などと思っている顔だ。

雪人はその返答を無視した。無視した上で問う。門番に向けてどういうことだ、と。

…………私を変態呼ばわりしたのはこの際、神の如き慈悲の心で見逃すとして、だ。 通行禁止発言の真意を問わねばならんか。 物事には因果関係があるのが当然だ。ならば、通さんとする意思が生まれた原因があるだろう。 それを問わねば、何事も始まらん。

問うの向かう先は、赤い髪の門番。由が見ない状況の中、自分に敵意を向けてくる女性だ。

「私は、咲夜君から正式に招待されたはずなのだが? どうして、通さないなどと言う?」

門番は雪人の言葉を反芻するように虚空を睨みつけていたと思うと、焦った感じで両手をパタパタとさせ、

「あー! すいません、間違えました! 通さないじゃなくて、適当に半殺しの簀巻きにしてお通ししろ、と咲夜さんから言われたのでした」

その言葉に、雪人は瞳を細め、魔理沙は何かを堪えるように息を呑んだ。

「簀巻き、簀巻きとよく耳にするが、君達の間ではそれが流行っているのか?」

「局地的にはでないでしょうか? ――――――主に変態相手に。 それよりも覚悟は出来ましたか?」

門番は構えを取る。それは、中国拳法の構えだ。雰囲気的に、彼女は弾幕よりも直接戦闘の方が得意そうである。彼女の体から溢れる闘気を目にしながら、

「咲夜君と家庭を築く覚悟なら、疾うの昔にできている。 かく言う君こそ、ガッツの貯蔵は十分かね?」

雪人はポケットに両手を入れたまま笑いかける。余裕の表情だ。

「意味のわからないことを……ッ! 紅魔館が門番、紅 美鈴! 推して参ります!!」

それが癪に障ったのだろうか。門番の少女、美鈴は名乗りをあげて戦闘をしかけてくる。まるで拳銃から撃ちだされた弾丸のように真っ直ぐに。

…………強い、強いなぁ。 単純な戦闘力はどうかわからないが、意思の強さが半端ではない。 意思というものが侮れないから困ったものだよ、本当に。 思いとは即ち、力である。 相対するのが、半端な意思しか持たない私が勝てるわけがない。 ああ、本当にどうしようもないほど清々しい。

紅い弾丸を視界に収めながら、雪人はより一層に笑みを強くし、口を開く。 というわけで、という前置きの言葉を。


「後は任せたよ、魔理沙君」


魔理沙の肩を持つと、まるで盾にするように前に差し出す。予想外の展開に、彼女は焦ったように振り、

「はぁ!? おいおいおい、こういうのは話の展開的に、あんたが門番とやりあうのもんだろ。 第一、私は関係な――――」

文句、拒否の言葉を発するが、すぐにその口を閉じた。というのも、雪人があるものを彼女の掌に握らせたからだ。

彼はとてもイイ笑顔で、

「以前、君が食してみたいと言っていた菓子だ。 もちろん、彼女を足止めしてくれるね?」

「袖振り合うのも他生の縁、旅は道連れ、世は情け、だな。 仕様がないから請け負ってやるさ」

魔理沙の態度が一片した。人助けは当然だぜ、とてでも言いたげな顔だ。こういうところは、とある暴力型異変解決巫女とよく似ている。

「なぁ、変態」

疾走してくる美鈴を見据え、魔理沙は小さいが確りとした声で、


「足止めするのはいいが――――別に、アレを倒してしまっても構わないんだろ?」


「巨乳に遠慮は要らん……ッ! 大事なことなので二度言おう。 巨乳に遠慮は要らん!! 存分にやってくれたまえ!!!」

そう零すと彼は、無駄にハイスペックな身体能力を発揮して屋敷の壁を飛び越えて行った。余程、咲夜に会いたいのだろう。本当に人間か、と疑いたくなるほどの脚力だ。

「あ、ちょ! 待ちなさい!!」

慌てて彼を追おうとする美鈴。その前に、魔理沙はニヒルな笑みで立ちふさがった。悪役が似合いそうな少女である。

「というわけで、門番。 弾幕ごっこと行こうぜ?」

「ちょ、魔理沙さん! 私は変態の相手をしなくちゃいけないんです! そこを退いて下さ――――」

・――――邪恋「実りやすいマスタースパーク」

美鈴が駆けようとした瞬間、その足元に光が走り、音を立てて地面を穿った。威力はそれほどでもないが牽制に放たれたそれに、彼女は思わず足を止めてしまう。

「動くと撃つ! つれないこと言わないで付き合ってくれよ?」


     ∫ ∫ ∫


魔理沙の視界の先、悔しそうに表情を歪めた美鈴が呟いた。どうして、と。どうしてこんな時に、と。

だが、悔しそうな表情を浮かべながらも美鈴は、雪人を追おうとはしない。というのも、魔理沙が既に戦闘態勢に移行しており、背を向けるわけにはいかないからだ。

弾幕はパワーだぜ、と豪語するだけありその破壊力を目を見張るものがある。人間にしては、という意味だがそれでも、近接戦闘を得意とする美鈴には、相性の悪い相手だ。

遠距離からの弾幕では破壊力という点で劣り、至近距離からの奥義に持ち込もうと思っても、幻想郷でもトップクラスの機動力を持つ少女には、簡単に距離をとられるだろう。

故に、背を向けるといった油断はできない。故に漏れた呟きだ。

「どうしてこんな時に邪魔が入るのよ……」

「アレだ。 レミリアの悪戯だ。 運命でも操ったんじゃないのか」

「お嬢様は就寝中ですよ」

「ならアレだ。 フランが既存の常識概念でもぶっ壊したとか」

美鈴の脳裏に浮かぶのは、レミリアの妹であるフランドール・スカーレット。純粋な破壊能力だけなら最強と言っても過言ではない。

【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】を持つ彼女ならば、概念ですら砕けるかもしれない。否、もしかしたら、概念を潰すことが破壊という結果に繋がっているのかもしれない。

…………けどまさか、“存在”という概念を破壊することで、対象の消失という結果が生じわけないですよね?

尤も、美鈴はフランではない。実際のカラクリなど解るはずがなかったのでただの推測に過ぎないが。

「余計嫌なこと言わないで下さい!」

「まぁまぁ」

と魔理沙は落ち着けと言うように両手を突き出し、

「そういうわけだ。 変態を追いかけたいのなら、私を倒すんだな」

「……おかしい」

臨戦態勢を整えた魔理沙を見て 、美鈴はそう思った。美鈴は軽く眉を顰める。訝しむ表情だ。

なにせ、彼女が相対しているのは魔法使いであるのに、対価などという言葉が最も似合わない少女だ。それなのに、という疑問。

「魔理沙さん……随分とあの変態の肩を持つんですね?」

「は? いや、対価を貰ったんだから相応の働きはしないといけないのは当然だぜ?」

…………やっぱり何かおかしい。

綺麗な顎に手をあて、僅かばかり考える仕草で美鈴は、

「対価、ですか? 魔道書を強奪しても一向に悪ぶれない魔理沙さんが? そんな愁傷な真似をするわけがない…………ま、まさか」

ふと、昔に、パチュリーに聞いた話を思い出した。その話とは、他者を洗脳する魔法のことだ。確か、その方法って何だったかな、と思い出そうとした瞬間、唐突に答えがやってきた。

「え、えっちなことされて洗脳されているんですね!?」

得心がいったとばかりに目を見開いた彼女は、今の気持ちを乗せた言葉を放つ。

「この変態魔法使い!!」

万の感情が篭った言葉だ。額に青筋を浮かべた魔理沙は、その言葉を脳内で反芻し、

「門番。 言いたいことは山ほどあるが、とりあえず、マスタスパーク何発逝っとく?」

星屑魔法を発動させることにした。









 

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[12007] Act.3-2  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:53
【紅魔館】の図書館よりも更に地下、そこにとある部屋がある。否、部屋というにはあまりに無機質で冷たいところだ。牢獄、とまではいかないが雰囲気はそれに近い。部屋の中は簡素だった。大きなベッド一つに、幾つかの縫いぐるみ、クローゼットがあるくらいだ。

そんな薄暗い闇の中、むくり、と影が動いた。ベッドから半身を起こし、伸びをする。目覚めの動き。

「ん……」

小さな欠伸を漏らして、彼女は夢心地の中、目を擦った。その緩慢な動作で、気だるい雰囲気を撒き散らしながら。

何故、彼女がひどく気だるげかというのには理由がある。というのも、部屋の主、吸血鬼である彼女が起きるのに、昼前という時間は随分と早い、いや、活動時間の真逆に位置するからだ。

では、何故、そのような時間に彼女は起床したのだろうか。

「騒がしいなぁ……ひとが気持ちよく眠っていたのに」

その要因となったものは、音である。

それは、意思が衝突する音、地を穿つ音、大気を振るわせる破壊の音。即ち、戦闘の音だ。地下にまで届く音と、戦闘の気配が彼女の眠りを妨げたのだった。

眠気が残る目を名残惜しげに細めながら、彼女は気配の主を探る。両方とも見知った力だ。それを感じ、記憶から検索する。該当有り。片方は門番だ。そして、もう一方は、白黒の魔法使い。危険な能力を持つ自分とも弾幕ごっこをしてくれる稀有な存在に、彼女は先程と違う意味で目を細めた。


「…………いいなぁ」


ふと、声が漏れた。羨望の感情が乗った声だ。自分とも弾幕ごっこをしてほしい、という羨望の声。

幻想郷では、異能を有するもの同士が、いざこざ解決のためや、コミュニケーションの手段として“弾幕ごっこ”という遊戯に興じる。弾幕ごっことは意思疎通の手段であり、遊びの一種なのだ。

実年齢は兎も角、実際は子どもである彼女にとっても、自分の住んでいる地域で流行っている“弾幕ごっこ”というものはひどく魅力的であり、同時に、心の中で重要なポジションを占めていた。

しかしながら、彼女が所有する固有能力【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】が原因で、その遊戯を行ったことなどなかった。

あらゆるものを壊すことが出来るモノ相手に、遊んでくれる存在など居なかったからである。

そんな中、出会ったのが、先程から門番と戦闘を繰り広げている白黒魔法使い、真っ向から相対してくれた存在、霧雨 魔理沙である。

「いいなぁ」

彼女は魔理沙のことを、姉と同じくらい気に入っていた。

だから、襲い掛かる睡眠欲求に抗い、ベッドから腰をあげた。遊んでもらおう、という純粋な感情に従い。

立ち上がるともう一度、伸びをした。彼女の綺麗な七色の、宝石のような翼が揺れた。それは、躍動する彼女自身であるようだ。

実際に鼻歌を口ずさんでいた。弾幕ごっこ、弾幕ごっこ。 久しぶりの弾幕ごっこー、と。

そして、昔は本当に出ることのなかった、最近では稀に出るようになった部屋から飛び出そうとした瞬間、彼女は不意に覚えの無い気配を感じた。

「……誰、これ? お姉様や咲夜、パチェでもない。 それに……弱いのか強いのかもわからないわ」

戦闘経験こそは少ないが、気配にはそれなりに敏感な彼女が捉えた“それ”はまるで、何かを探しているのだろうか。咲夜によって空間操作され、拡張された館を高速で駆け巡っている。速い。とても速い動きだ。人間の出せる速さではない。妖怪の類だろうか。なんにせよ、気になる。非常に気になる。

「うー」

最初の思惑通り魔理沙に弾幕ごっこをしてもらおうか、それとも、謎の気配について調査してみようか、頭を悩ませる。

「あ、そうだ」

逡巡したが、結局、彼女は後者を選択することにした。謎の気配を調査して、尚且つ、その気配の主に弾幕ごっこの相手をしてもらえばいいのではないか、と。

一度、決断すると彼女の行動は速かった。彼女は部屋を飛び出した。向かう先に、簡単に壊れない玩具がっあたらいいなぁ、と思いながら。


「あ。 変なのが、咲夜に捕まった」


突如やってきた咲夜の気配に呑まれ、その存在感はしだいに弱まっていく。張り倒されたのだろうか。


     ∫ ∫ ∫


紅魔館の図書館。

本当に無限の書があるのではないかと思わせる書庫では、相も変わらずだった。風通しが悪く日当たりもなく、かび臭い室内の中で、書庫の主であるパチュリー・ノーレッジが書を読み浸っている。

ただ違うとすれば、部屋の中央、いつもは沢山の書が積んである机の上は綺麗にされており、彼女の纏う服装が違うことだけだろうか。パチュリーと言えば、“むきゅー”とした面倒臭そうな表情に、ネグリジェを纏った姿が印象的だ。

しかし、その日の彼女はというと、黒のドレスにその身を包んでいる。それは胸元まで大きく開いており、裾に動きやすくするなどの目的で入れられた切れ目、スリットからは眩しい太腿が覗いている、というゆったりとしたドレスだ。

面倒臭いからという理由でネグリジェ姿でいる彼女を知る者ならば、皆、今の姿に対して珍しいこともあるものだと、そう思うだろう。

実際に、小悪魔、若しくは、コアと呼ばれる司書がそうだった。サキュバスのような容姿をした彼女は、驚きに目を見開きながら、

「ぱ、パチュリー様……? いきなり正装などなさってどうかされ……ハラキリ、切腹ですか!?」

小悪魔が普段使用している机を見る。とある本が置いてある。“馬鹿でも分かる日本の歴史”という日本文化を切腹とサムライ、寿司と天ぷらでしか表現できない悪書だ。おそらく、それに影響されたのだろう。

以前、読んだ“虚胸の使い魔”並みにあの書は酷かったわね、とパチュリーはその内容を思い出して綺麗な眉を顰めた。

「誰が切腹よ、誰が。 小悪魔、あなたも馬鹿じゃないんだから、もう少し常識的に考えなさい」

そうですよね、と小悪魔は安堵の息を漏らしながら、

「仮に、“魔女狩り”が行われた時代に生きていたとしても、そのふてぶてしさで、必ず生き残るであろうパチュリー様が切腹なんてなさるわけないですよね。 ですから、おそらく、研究材料調達のために、里の男を誘惑しに行くんですね? コアは、常識的に考えてみましたが、いかがでしょ痛ッ」

パチュリーは無言で読んでいた本を手に、小悪魔の頭頂部を殴打する。ゴスゴスドスドス、と殴打の音が室内に響く中、それを掻き消すように、

「痛、痛いですぅ! あ、頭が、コアのクレバーな頭が変形してしまいますぅうう……ッ!!」

悲鳴に続けて、行為に抗う声を上げる。

「そ、それ以上の暴行に及ぶのでしたら、コアにも考えがありますッ。 パチュリー様の秘密を幻想郷中にばらまきますよ!」

その言葉に、パチュリーは殴打する動き停める。自分の秘密とは何なのだ、と気になったからだ。怪訝な面持ちで、それを問うてみることにした。

すると、小悪魔は満面の笑みで答える。実はですね、と前置きし、

「パチュリー様はムッツリ助兵衛だったり、年上の危ない男性が好みだったり、お嬢様に内緒で【紅魔館】の資金を使って書を大量購入したりと大人しい顔をして、意外にパチュリー無双して……この淫乱雌猫!!!」

その言葉を脳内で反芻したパチュリーは無表情で頷いた。

「少しお仕置きが必要みたいね」

そして、机に置かれているものに視線をやる。銀の鐘と、黒の鐘がある。銀は咲夜を、黒は妖精メイドを呼ぶための鐘だ。パチュリーは黒の鐘を手にとると、一振りした。

リィイン、と聞く限り特別な音色ではない。どこにでもあるような鐘の音だ。

だが、それの音色を聞きつけて図書館に雪崩れ込んできたものがあった。紅魔館お仕置き専門部隊≪豚は死ね≫だ。彼女達の容姿は一見して、他の妖精メイドと変わらない。しかし、他の固体よりも戦闘向けに教育されているだけあって、その動きは俊敏だ。

突入してきたメイド部隊は、一メートル強ほどあろう物差しのようなものを手に、

「ちょ、ちょっと何するんですかぁ!? どうして、こ、コアのスカートを捲ろうとするんですか!!」

小悪魔のスカートを捲ろうと四方八方から、物差しを伸ばす。まるで、エロ戦車発射と言わんばかりに。妖精メイドは己の仕事に、それなりの誇りを持っているのだろう。皆、真面目な表情で小悪魔に群がっている。

ひどくシュールな光景だ。

群がられた小悪魔は顔を紅潮させ、スカートを抑えているが時間の問題だろう。直に捲られるに違いない。なにせ、お仕置き専門の妖精メイドだ。容赦なんてものを望むのが間違いである。

…………まるで、死肉に群がるハイエナのようね。

同性として、そのあんまりな光景に、パチュリーは流石にやり過ぎたかと思い、声をかけることにした。

「反省した?」

「反省しました! 反省しましたから、この常識を弁えない妖精達を何とかして下さいまし……ッ」

涙声の返答だ。実際に目尻からは光るものが零れている。自分がやったこととはいえ、可哀想だ、気の毒だ。しかし、それ以上に嗜虐心が沸き立った。

「あらあら、何ですって? 少し騒がしくて聞こえなかったわ。 悪いけどもう一度、言ってくれない?」

「で、ですから――――きゃぁああ! こ、この、離れなさい!! ぱちゅりー様ぁあああお願いですから助けてくださぁあいぃ」

騒ぐ小悪魔の周囲では、妖精達が無表情ながらも意地悪そうに、

「ねぇねぇ、見てよ。 こいつ悪魔のくせに、こんなに地味な下着よ」

「今時、清純系って需要あるのかしら? 連隊長ー、どうなんですか?」

「こら! 今、私達は仕事中なのよ。 そういう話は後で、詰所でするって決まりでしょ? わかった?」

「はーい」

尻を叩かれたり、スカートを半ばまで捲られたり、暴言を吐かれたりと、妖精相手に散々な目に遭っている司書に頷く。もう満足いったわ、と。

パチュリーは再度、黒の鐘を手にするとそれを一振りした。途端に、妖精達は動きを止めて、依頼人、パチュリーに視線をやる。何か追加オーダーがあるのでしょうか、と。

妖精の視線を受け、魔女は首を横に振り、

「ご苦労だったわね。 此処はもういいから、各自、持ち場に戻ってちょうだい」

「はぁはぁ…………さっさと消え失せろです。 この、失礼極まりない変態妖精共め」

妖精メイド達は一礼すると、


「痛い痛い……ッ! あいつら去り際に、コアのお尻を一閃していきましたよ!?」


各自、己の物差しのような武器で、小悪魔の尻を叩き終わると退出していく。妖精達は何を考えているのかわからない無表情だが、その雰囲気から“してやったり”という感情が窺えた。

顔を紅潮させ、肩を怒らせる小悪魔の、その反応に、パチュリーは笑みを見せた。くすり、と零した小さな笑みだ。

「小悪魔、あなた、一人で随分と楽しそうね」

「た、楽しくないですよ。 どうして、コアが、コアがこんな目に遭わないといけないんですかっ?」

「因果応報って言葉、知ってる?」

「原因があって、それに伴う結果があるということですね。 つまり……鏡を見ろ、と仰るのですか?」

小悪魔は懐から手鏡を取り出す。鏡に映るのは、まだ子どもらしさを残した低級悪魔の自分の姿だ。先程の妖精メイドとのやりとりで乱れた髪を整え、笑顔を作る。その上で得た答えを口にした。

「筆舌に尽くし難い美少女が鏡に映っています。 これは……コアの美貌を妬んだ魔女の嫉妬、ということでよろしいでしょうか?」

その言葉に、思わず“日属性”の魔法を叩き込もうとするも、書への被害を考えて断念することにした。司書を吹き飛ばすことに躊躇いはないが、書はそういうわけにはいかない。書とは彼女にとってかけがえのない存在だからだ。

我慢するように、気持ちを誤魔化すように溜息をこぼし、

「……いつも思うんだけど、あなたはどうしてそうも、無駄に自信満々なの? 何か根拠でもあるのかしら?」

「当然です。 例えばですね…………」

胸を張りながら、小悪魔は答える。どうやら、自信溢れる言葉には根拠がるらしい。暇つぶし程度に聞いてみよう、とパチュリーは耳を傾けることにした。数分後に後悔するでしょうね、と思いながら。

「コアが人里を訪問した際には、大人達は子どもを家の中に隠します。 それはおそらく、人外であるコアの美貌に、子どもが狂ってしまわないようにするためでしょう。 そして、子どもを隠し終わった大人は、コアを指差して、こう言うのです」

一旦、言葉を置き、

「紅魔館の紅一点がまた着やがったぞ、と。 ふふふ、つまり、コアは紅魔館一の美人ということです」

紅一点とは、大勢の男性の中で一人だけ女性が存在するという意味を持つが、本来は、不特定多数の中で異彩を放つもの、という意味だ。

では、紅魔館の紅一点とはどういう意味だろうか。

紅一点、小悪魔の素行、カリスマ当主であるレミリアのことを念頭に置き、パチュリーは僅かばかり思考してみる。すると、即座に、居た堪れない気持ちになった。

つい、同情にも似た視線を送ると、

「ふふん」

よく意味のわからない笑みを返された。優越に似た笑み、だろうか。なんにせよ、カチン、とくる笑みだった。

…………この不良司書は一度、酷い目に遭わないと学習しないのかしら? 確か、悪魔にも有効な呪術があったわね……。

記憶領域に、激烈で、陰鬱な嫌がらせ方法がなかったか検索をかけながら、パチュリーは話を戻すことにした。

兎も角、と前置きの言葉を放ち、

「話が脱線したわ。 服の件だけど、昨日の話は覚えているでしょう? 今日はね、私の招待したお客様が訪ねてきてくれるのよ」

「そういえば、そんな話をしていましたね。 ところで、そのお客様というのは?」

その問いに、パチュリーは机の上に置かれている菓子の袋を指差す。先日、とある魔法使いから咲夜が貰ってきた菓子の袋だ。

「ああ……パチュリー様が毒見して安全だとわかった途端、あまりの美味しさに、コアが食べ尽くしたアレの製作者ですか」

「…………」

ふてぶてしいのはお前だろうが、と全身全霊で突っ込みたいのを我慢する。それと同時に思う。どうして自分は、こんな性格に難がある司書を雇ったままなのだろうか、と。

おそらく、その理由は腐れ縁。特別な因果も、ありきたりな運命でもなく、本当にただの偶然で繋がった嫌な縁。それ以来、まるで使い魔とその主人のような関係が成立していた。

…………数十年前は、素直でいい子だったのに、一体どうしてこんな性格になったのかしらねぇ……。

特段、事件らしい事件はなかった。紅魔館は、日々を過ごす環境としても快適な筈なのだが。

「しかし、珍しいですね。 コアが知りうる限りだと、パチュリー様がお客様を招待するなんて何十年振りですよ。 一体、どういう心境の変化です?」

「理由は幾つかあるわ。 まずは、創造だなんて珍しい魔法を直に見せてほしい、次いで――――」

魔女の言葉を遮るように、あるいはその続きを唱えるために、小悪魔が口を挟む。

「出来るならば、何か美味しいものをご馳走になりたい、という女の欲望番外地ですね?」

発せられた言葉に、パチュリーは眉間を揉む。眉間に寄った皺を解す動作だ。同時に怒りを解す動作でもある。あながち否定できないそれ

に、何とか耐える。しかし、段々と許容量を満たしていく感情は、あと僅かというところで溢れ出そうだった。

「さすが、紅魔館の動かない大図書館!! 伊達に、食っちゃ寝の生活で、お尻が大きく――」

「Be Quiet!!」

最後の駄目押し。止めの一撃が来た瞬間に、その言葉を遮るように、パチュリーは呪文を唱えた。それは、とある罠を起動させるための言葉だ。衝動的に唱えたそれの後に、パチュリーは問いを放つ。

「陥穽、の類義語は?」

「ええと……罠? 落とし穴ですか?」

小悪魔が、それに答えた直後、彼女の足下の床が音を立てて開けた。ぱか、っとまるでカトゥーンのように。落とし穴。古典的な罠だ。

「な、なんて古典的な! しかし!! この背中の羽は飾りではありません。 コアだってやればできる子なん――――」


・――――月符「サイレントセレナ」


咄嗟に浮遊しようとしている小悪魔目掛けて、手加減した魔法を放つ。落ちろ、と意思を込めて。

パチュリーは精霊、属性魔法の使い手であり、火、水、木、金、土、日、月の七属性を扱う。魔に属する小悪魔に、天敵である日属性が放

たれなかったのはせめてもの情けだろうか。それでも攻撃魔法だ。ある程度の威力は伴う。小悪魔は悲鳴を残して、衝撃と重力により穴の底へ落下していった。


     ∫ ∫ ∫


小悪魔が消えた室内で、パチュリーはいつもの憮然として呟いた。眉間に皺を寄せ、まるで世の不条理を嘆くかのような表情だ。

「どうしてこうも、私の周囲には常識人がいないのかしら? まったく……」

言葉の途中、図書館の扉が開かれる音がした。停滞した部屋の中に、僅かばかり空気が流れ込む。首を動かし、扉に目をやる。そこには見慣れた人影があった。十六夜 咲夜だ。

「失礼します」

彼女はいつもの涼しげな顔を僅かばかり紅潮させ、何かを引きずりながら入室してきた。いつもは此方の集中を損なわないように時間を停めてくるはずなのに、そうしないで入室してくるのは珍しいことだ。何か理由でもあるのだろうか。

「パチュリー様。 お客様が訪問なされましたので、お部屋へとお連れしてまいりました」

「お客様って……まさか」

咲夜が引きずってきたものに視線をやる。グレイの紳士服を纏い、これまたグレイの髪をオールバックにした男だ。おそらく、咲夜にアポイントメントをとってもらった、お菓子の魔法使いだろう。

そして、戦闘でもしたのか、その服は薄汚れ、整えられていたであろう髪は乱れ、その上、筵で縛られ、つまり簀巻きにされている。

「咲夜……あなた」

ホストである此方の仕打ちとしは、あんまりだ。自然とパチュリー瞳に剣呑な光が浮かぶ。

「申されたいことは理解できます。 しかし、パチュリー様」

いつになく真剣な顔で、

「この方は危険です。 想像を絶する変態です。 何をするかわかったものではありません。 お嬢様やパチュリー様、妹様に何かあってからでは遅いのです。 本当は屋敷に入れるのも憚られます。 これが最低限の譲歩なのですわ」

自分と会話しながらも、注意という意識を男に向けているのがわかる。警戒した瞳に油断はない。余程、酷い目に遭ったのか、と問おうと思ったが、藪から蛇を出すものでもないと思った彼女は口を噤んだ。

「それに、私から攻撃したわけではありません。 つまり、正当な防衛行為ですわ。 確かに、やり過ぎた感は否めませんが」

「正当な防衛?」

咲夜は頷き、思い出したくないことを回想するように、眉を小さく歪ませながら、

「この変態は、私の姿を目にするや否や、涼しい顔で妄言を囁きながら、恐ろしい速さで駆け寄ってきました。 その速度はまるで、お嬢様が投擲された神槍のようで……」

レミリアの放つ神槍は、高速などというレヴェルものではない。投擲後のコントロールは効かないが、放たれた瞬間から、対象に食らいつくまでは本当に、あっと言う間だ。それに喩えたのだから、彼は相当な速度だったのだろうと予測できる。

「そして、何故か腰に手を回されたので、つい」

「つい、不気味に思って張り倒してしまった、と?」

「腰に手を回されたことから、おそらく、不埒な真似に及ぶものだと。 実際、初対面では…………下着を外されるなど散々な目に遭いましたので」

唇を噛み締めて告げる。

「なるほど、そういう事情があるなら仕様がないかもしれないわね……。 この男性は、女性には紳士的に接するって、魔理沙が言って筈なんだけど」

「噂など信用ならないものです。 」

「そ、そう。まぁ、咲夜がそこまで言うのだから、あながち否定できな――――む?」

「? どうかなされました?」

唐突に違和感を抱いた。喉の奥に小骨が刺さった時のような違和感を。倒れている男に対して何かがおかしい、と。理由らしい理由はない。ただ、経験からくる勘のようなものだ。

「ぴくりとも動かないわ……まるで死体ね」

男を見て端的に思ったことが、それだ。まるで人間味が、生気が感じられない。

「咲夜?」

「粗相を働かされそうになりましたので、必要以上に張り倒しましたが、息の根は止めてはいません。 おそらく、気を失っているだけかと」

「私にはどうも……気絶している風には思えないのよねぇ」

とりあえず確認してみてちょうだい、と視線を送る。すると珍しいことに、咲夜は眉を顰めた。彼女がこのような反応を示すことから余程、嫌なのだろう。

「気絶した振りしていて、確認する際に、いやらしい真似を仕掛けてくる可能性がありますわ」

…………これは筋金入りね。 頼めばやってくれるでしょうけど、無理強いはあまりしたくないし……どうしましょう。

自分で確認するという選択肢もあったのだが、咲夜の話を聞いている内に生じた警戒心が、その行動を阻害していた。

「……」

どうしようかと思った時だ。入り口の扉の向こうで騒がしい音がし、


「ぱ、パチュリー様! コアのことをまるで色物みたいに扱って、ただで済むと思っているのですか!?」


図書館の司書、小悪魔が落とし穴から帰ってきた。パチュリーは無表情で頷いた。ちょうどいいところに来た、と。脳内では以前、読んだ書の内容が展開されていた。

…………確か、アレは疑似餌を用いて巨大肉食魚を釣りあげるっていうアウトドアな内容だったわね。

なんにせよ、良いタイミングに来たものだ。

「小悪魔。 帰還早々で悪いけど、仕事よ。 そこに倒れている男性を起こしてちょうだい」

「いきなり何を寝ぼけたことを言っているのですか。 自分で起こして下さいよ。 もしくは、咲夜さん。 コアは司書です」

「起・こ・し・て」

机の上にある黒の鐘を、軽く鳴らす。扉の向こうで気配が生じた。小悪魔の天敵になりつつある鬼畜メイド部隊だ。彼女は頬を引き攣らせて、パチュリーの命令に頷いた。いつか目にものを見せてやる、と。

パチュリーは小悪魔に微笑んだ。やれるものならばやってみなさい、と。


     ∫ ∫ ∫


何故、咲夜トパチュリーが起こさないのか疑問に思いながら、小悪魔は男の肩を揺する。

「まったく、コアは司書なんですよ。 どうしてこんなことを……バーローが、起きてますかー?」

その表情は凄く面倒臭そうである。

その様子を微笑みと共に、遠巻きから眺めていたパチュリーは唐突に、男に対して感じていた違和感の正体がわかった。

…………なるほどね、この感じ、何かに似ていると思ったら、“あの人形師”が遣う人形に似ているんだわ。 ということは、この場にある

あの身体は本体ではないってことかしら?

「パチュリー様」

倒れた男性を見つめる自分の表情から、何かを読み取ったのだろう。傍らに立つ咲夜から、疑問の声を放たれた瞬間だ、パチュリーは見た。小悪魔に意識の確認をされていた男の身体が崩れるのを。

崩れると言っても前後左右に姿勢が崩れるという意味での崩れるではない。形を持つものが、その形という概念を喪失することだ。同義語に壊れる、という言葉がある。

では、ヒトの身体が壊れるとはどういうことだろか。それは、ヒトの形を構成する部分的パーツの欠損のことを言うのが一般的だろう。欠損といっても、腕や足などの目に見えてわかる顕在的欠損、また、心臓や脳のように目で直接見ることの叶わない潜在的欠損、の二種に分けられる。

この場合、男の身体は目に見えて崩壊している。首は捥げ、手足は千切れ、胴体から独立したパーツとして床に転がされいた。ころころ、と足元に転がってきた首を手にした小悪魔は、

「?」

ぼーっ、とそれを見つめている。いきなりの事態に混乱しているに違いない。そして、ようやく手に持つそれを認識できたのか、

「ぱ、ぱ、ぱ、パチュリー。 首が首がですね、首が捥げまちた、捥げちゃいましたよー!? これ、何ていうレゴですか? 一体どういうことなんですか? ま、まさか突如目覚めたコアの凶悪能力の暴走に……? そんな、なんていうことを……そういえば、先程から妙に利き手が痺れますね……これは、やはり能力の暴走ですか! くっ……静まれ!!」

小悪魔の妄言を無視し、

「それよりも、ようやく違和感に気がついた。 ねぇ、小悪魔。 その手に持っているのは本当に人間の肉? 多分、人形だと思うんだけど」

軽く混乱していたこともあって、きちんと確かめたわけではないようだ。手触りから人肌のようだが……、と小悪魔は手中にある首に再度、視線をやる。パチュリーも離れたところから視線を送る。


『やぁ』


突如、小悪魔の手元から声がした。捥げた顔には笑みが浮かんでいた。人を馬鹿にしたような癪に障る笑みだ。そして、眼球があるはずの場所には黒い穴が開いていており、とめどなく血の涙を流している。ひどく不気味なオブジェだ。

「ひ、変態!!!」

短い悲鳴と共に、小悪魔はそれを放り投げた。あまりに不気味だったからだ。それは一度、地面に跳ねた後、頭はころころ、と転がり、爆発した。

…………人形を爆発させる、か。 まるで、どこかの人形師みたいね。

『痛い、痛いなぁ。 もう少し丁重に扱ってほしいものだ。 私は、見た目どおり繊細な身なのだよ、人形だが』

しかし、室内に響く声は未だに続いていた。また、その声は咲夜にとっては聞き覚えのあるものであった。彼女にとっては気に入らない魔法使いの声だ。不倶戴天の敵と言ってもいい。即座に戦闘態勢に移行する。

「この声は……変態!?」

『そう、その通りだ。 おやおや、咲夜君。 貴方はさっき倒したはずなのに、とでも言いたげな表情だね』

「パチュリー様。 コアは些細な疑問を抱きました。 あの人、咲夜さんに“変態”って呼ばれてそれに肯定、反応してましたよ」

パチュリーの傍らに逃げてきていた小悪魔が呟いた。

「見て見ぬ振りを、聞いて聞かぬ振りをするのが人情ってもの」

魔女と司書の言葉を無視し、男は口を開く。内心、気にしていたことなのだろうか。少し、間があった。

『……変わり身の術、というものをご存知かね?』

「東洋に伝わる忍術の一種ね。 その効能は文字通り、自分の変わり身となるものを用意し、攻撃やら意にそぐわぬものから回避するもの」

「まさか…………さっき、半殺しにしたのはフェイクだって言うの?」

瞬間、男の胴体、手足が爆ぜた。床に転がされていた残りのパーツだろう。爆発で生じた小さな風が、蝋燭の火を掻き消す。地下にある図書館の明かりが消え、自然と室内は闇に支配された。

人間の視力は、明るい場所から、暗い場所に、急に順応は出来ない。そこにラグが生じる。魔女ではあるが肉体能力は人間の範囲であるパチュリーと、人外じみているが人間の咲夜にもそれは例外ではなかった。

また、小悪魔は夜目も効くが、暗闇の中に、男の姿を見つけられない。男の声は聞こえてくるが、姿が見つからない中、小悪魔は

「パチュリー様。 コアはろくな説明を受けていないのですが、何なのですかこの状況は? もしや、あの賊はコアのお尻を狙っているのでしょうか!?」

小悪魔の言葉を無視し、咲夜は何があっても、パチュリーを守れるように構えながら、飛び込んでくる声を聞いた。


「お初に御目にかかる、魔女殿。 私の名は、雪人。 本日は、お宅の咲夜君を、嫁に貰いにきた」


魔法でも使ったのだろう。消えたと思った蝋燭は、あっと言う間に灯り、室内に光が溢れた。パチュリーの視力が順応した時、彼女の前には帽子を片手に恭しく頭を垂れる男の姿があった。










「あら……いい男」

「え?」









 

――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

師走は忙しい、って言うのは本当でした。

では、またの機会に。GOOD LUCK!!

次回完成率40%



[12007] Act.3-3  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:53
言葉。

言葉というものは様々な意味があり、それと同時に多様な形状を持つ。

『嫌い嫌い嫌い! 大ッ嫌い!!』

ある時は他人を傷つける刃になり、

『一生、許さない』

ある時は他人を縛りつける楔になり、

『クリスマス? 大丈夫。 私は君の味方だ、此処にいる』

また、ある時は他人を励ます特効薬になるように。言葉とは、千差万別なのだ。

では、雪人と名乗った男が放った、咲夜を嫁にもらいに来た、という言葉はどのような形を持っていたのだろうか。顎に手を置きながら、

小悪魔は僅かに思案した。

…………むぅうう。 コア的に考えてみたところ、非常にエロスな形だと思うのです。

そう、思ったが口には出さない。最近、自分が常識的な発言をしたとしても、非常識という概念が具現化したかのような存在であるパチュリー・ノーレッジは聞く耳を持たないことを知っていたからだ。

「登場に趣向を凝らしてみたのだが、どうやら少し怖がらせてしまったようだ。 そこの赤毛の、外見から判断するに司書君を見る限り」

悪趣味な登場をした男が、笑顔でそんなことを言ってきた。気に障る笑みだ。身長の関係上、見下されているように感じるのも要因の一つかもしれない。小悪魔は初見の相手に対して抱いた言い様の無い敵意を不思議に思いながら、

「べ、別に驚いてなんかいませんでしたよう! コアはその程度の虚仮脅しには効きません!!」

向きになって食いつく小悪魔に、

「滅茶苦茶、驚いていたじゃないの。 『首捥げー』だの、『隠れた能力が覚醒して、暴走している』だのとか意味不明且つ、とても正気とは思えないことを」

「パチュリー様。 小悪魔は普段からアレなので、もしかしたら、あの発言は素なのかもしれませんが?」

彼女の背後に居たパチュリーと、咲夜は冷静に突っ込んだ。あながち否定できないそれが気に食わなかったのだろう。小悪魔は、頬を膨らませながら、八つ当たりのように、騒動を巻き起こした張本人と向き合った。

「貴方のせいで、今まで築いてきたコアの、健全なる人格が全否定されましたよ」

「あらあら、世間では何時の間に、健全という言葉の意味は変容してしまったのかしら。 ねぇ、咲夜?」

「小悪魔の脳内妄想世界では、意味用法が異なるのではないでしょうか。 自身に都合がいい的な意味で」

くすくす、と笑い声と共に放たれるのは何気に辛らつな台詞だ。

「外野は黙っていて下さい!!」

ぷるぷると叫びを上げる小悪魔がよほど、可笑しかったのだろうか。男は笑みを噛み殺したかのような笑みで、

「何と言うか、アレだ。 君は随分と愛されているんだな」

「どこをどう見たら、そういう結論に至るんですか!? 今の状況はどう見ても、コアが性悪な二人なイジメられているところじゃないですか」

「それは、アレだ。 屈折した愛というか、歪んだ友情というか、一種の愛情表現だね」

「そんなものは要りません! なんですか、その “クリスマスは一人じゃない! ただし、ゴキブリと過ごす聖夜!!” みたいなのはッ」

つまり、と男は前置きし、

「本当は苛められるのが嬉しい、と」

「貴方、人の話を聞きましょうって言われませんか!? コアは、”変態の園”の仲間でも住民でもありません。 貴方やパチュリー様達のような変態さんとは違うのです、変態さんとは」

小悪魔は頭を抱える。背後から、パチュリーの抗議の声が聞こえてきたが無視だ。目の前のいる男も含め、変態には常識人の言葉など通用しないことを覚えたからである。

…………嗚呼、幻想郷の良心にして、幻想郷一の常識人であるコアには、こいつら変態の相手は辛いものです。 常識が通用しない相手ほど、厄介な存在はいません。 どうして、もっと他人を思いやれないのでしょうか? だから、戦争は無くならないのです。

「はぁ。 まぁいいです。 ところで、いきなり派手な登場をかましてくれましたが貴方はどちら様なんですか?」

「私か? 私は、咲夜君に招待された魔法使いだよ。 何でも、婚約者に会わせたい人物がいるから、と」

「妄言は脳内世界だけにして下さい、と咲夜さんに代わり、コアが代弁します」

ほら見てください、と小悪魔が顔を向ける方向には無表情ながらに視線を鋭くする咲夜の姿がある。彼女の視線はまるで、それだけで生物を射殺せるのではないか、と思えるほどだ。仮に、主の親友であるパチュリーの前でなかったとしたら、彼女はありとあらゆる手段を持って、変態を沈黙させていたに違いない。機嫌が悪いのは明らかであった。

しかし、彼女は能面のように無表情ではあるが、内に猛る敵意を完全には消せていなかったのだろう。それを察したパチュリーが、咲夜、と声をかけ、

「お客様のご案内、ご苦労様だったわね」

その労わりの言葉には、暗に下がりなさい、という意味も含んでいた。しかし、咲夜にとってそれは許容できるものではなかった。過去、目の前に男に散々な目に遭わされたことが原因だった。胸の下着を外され、胸を揉まれ、尻を揉まれ、とろくなことがない。不倶戴天の天敵とも言ってもいい。

そんな輩を、敬愛する主の親友の側に放置するわけにはいかなかった。故に漏れた言葉だ。ですが、と。

「ですが、パチュリー様。 この方は本当に変態なのですよ」

「大丈夫よ、愉快な方じゃないの。 それよりも、お茶菓子でも――――」

咲夜とパチュリーの会話に、割り込む者がいた。雪人だ。

「魔女殿。 私の魔法特性のことは既に、咲夜君に聞いているのかな?」

「創造、でよろしいのかしら?」

…………創造? ああ、咲夜さんが貰ってきた例のクッキーの製作者ですか。 ということは、この人がパチュリー様が会いたかった魔法使い?

頭に疑問符を浮かべる小悪魔の視界の先で、

パチュリーの言葉に、雪人は正しくもないが間違ってもいない、と曖昧に微笑みながら、

「お茶菓子程度なら、私がご馳走させて貰っても構わないだろうか? 咲夜君に、私に会ってもらいたい方がいる、と手紙を貰ったが、要するに貴女のことだろう? 美女からの誘いを受けて嬉しくない男はいない。 花束の一つもないが、お茶菓子程度なら用意しよう」

小悪魔は思った。随分と気障な男だ、と。同時に抱いた感情は、気に入らない、という敵愾心。

「まぁ、それは素晴らしい。 是非とも――――」

何か言おうとしたパチュリーの言葉に被せるように、

「まぁそこまで、コアに貢ぎたいというのなら止めませんよ。 精々、コアのために働いて下さいな」

そう告げると、パチュリーからは色の無い瞳で睨みつけられた。しかし、それでも小悪魔は、胸の内から溢れるものを塞ぐことなど出来なかった。

「咲夜。 そういうわけだから、もう下がってくれも構わないわ」

その言葉に、承りました、と無表情で頷きながらも、そのナイフのように鋭い視線でキッと、雪人を睨みつけたままだった。

彼が唇を持ち上げ、微笑みを浮かべると、彼女の視線はますますきつくなった。喩えるなら、唾棄すべき汚泥でも見るかのような瞳だ。その強烈な拒絶の意思に満ちた瞳で、余計なことをしたら息の根を止めてやる、と言わんばかりの一瞥を送り、彼女は退室していった。

雪人は肩を竦めながら、

「おやおや、随分と嫌われてしまったようだね」

「咲夜さんは多少、潔癖症なところがありますから受け付けないんでしょうね。 これだから“呪い憑き”は」

雪人は、小悪魔の言葉に笑みを浮かべ、

「“テックルーの刑”に処すぞ」

「やってみやがれ、です。 コアの“スーパーテックルー返し”に、貴方は敗北することになるでしょう」

その言葉を契機に、彼等は互いに数秒、見詰め合った。そして、彼等は確信した。

こいつだけとは相容れない、と。

抱いた感情は最悪だ。雪人は、普段から「嫌いだ嫌いだ」と豪語している八雲 紫と同等以上のものを小悪魔に感じていたし、また、小悪魔も、軽佻浮薄に戯言を弄する雪人のことが、気に入らなかった。

互いに感じた感情は、同属嫌悪。

「言ったな? 言ったな? 我が“奥義テックルー”の上を行く、と。 いいだろう、上等だ。 ならば、私も秘奥義を開放しようではないか。 その名も、“超・究極テックルー”」

「ふふん。 蟻んこが幾ら、虚勢を張ろうが、所詮は蟻んこです。 コアの“超・究極奥義テックルー返し”に勝てるわけないのです」

「これだから田舎モノは困るのだ。 “井の中の蛙、大海を知らず” という言葉は君の為にあるようなものだな」

「なら、“エロ河童の川流れ” とは貴方のためにある言葉ですね」

二人は互いに鼻を鳴らし、睨み合う。本当に、反発し合う同極の磁石のようだ。そんな中、二人のやりとりを眺めていたパチュリーは思った。テックルーって何のことかしら、と。


     ∫ ∫ ∫


咲夜が退出してから、雪人と小悪魔はというと飽きもせずに互いの罵倒を続けていた。しかし、二人の言葉を遮るように新たな声が来た。パチュリーの声だ。

よろしいかしら、と彼女は前置きし、

「はじめまして、私の名前はパチュリー・ノーレッジ。 本日は唐突なお招きに応じていただいて――――」

言葉を発しようとするも、

「パチュリー様の口調が普段と違います……。 何か、こう、違和感ばりばりと言いますか、似合わないというか、可笑しいですね!!」

パチュリーは机の上に置いてあった製図のための道具を取った。物差しだ。彼女はそれを手に、まるで剣術家のように鋭く一閃し、小悪魔の尻を叩いた。ぱちぃいん、と高い音と悲鳴が響く。

「きゃん……ッ! い、痛いです。 何するんですか!?」

非難がましい目をする小悪魔に、

「いい? 私は貴女とコントをするつもりはないの。 お願いだから、少し大人しくしていなさい」

「酷いです酷いです! あんまりな仕打ちです! パチュリー様は引きこもりで、殿方との繊細で緻密な駆け引きなんて出来るわけないない

ですから、コアがこうやって頑張っているのに……っ」

「黙・り・な・さ・い。 次に余計なことを言ったら――――」

パチュリーの言葉に、しかし、と遮る。

その表情は普段の軽佻浮薄な笑みでなく、珍しく引き締まった凛々しい顔立ちである。

「しかし、コアが戯言を弄するのを止めてしまったら、気まずい沈黙が生じるのではないでしょうか? パチュリー様は、今、何が流行のお菓子で、何が流行りの音楽とかそういう話についていけるのですか?」

息を吸い、続ける。

「コアはパチュリー様のそういうところが心配なのです。 社交性に欠けるパチュリー様が、初対面の他人とコミュニケーションを上手くとれないで、一人ぼっちになってしまうと思うと…………心配で、心配で」

「小悪魔…………。 貴女の気持ちはわかったわ」

実際に、小悪魔はパチュリーのことを大事に思っている。姉のように慕い、家族のように接している姿勢からも明らかだろう。また、司書として働かせてもらっていることも感謝している。ただ、それを素直に伝えられないから、普段はふざけた態度になってしまっているだけなのだ。

パチュリーも小悪魔のことを大事に思っている。だから、本心では心配しているのだろう、ということも理解できる。もちろん理解はできるけど、と眉を顰めながら言葉を発する。前置きの言葉だ。

だけどね、と、

「それとこれとは別よ。 態々、腹の立つ言葉を選択する辺りに悪意を感じるの」

「あ、悪意なんて、そんなつもりじゃないんです。 本当に、さっきの言葉に他意はないんです」

「他意はない? ねぇ、小悪魔。 他意っていうのはどういう意味か知ってる?」

パチュリーは近くにある辞書を手に取ると、“他意”と書かれた項を引き、それを読み上げる。

「本心とは、別の考えや意味、隠された意図のことを“他意”って言うの。 そこで、疑問なんだけど、貴女はさっき、自身の言葉に他意はないって言ったわよね? それってつまり、本心ってことでいいのかしら?」

「あうあう……何てねちっこい、そう、まるで姑のような揚げ足とり!!」

「誰が姑か。 そういう言葉は、私よりも相応しい相手がいるでしょうに」

その言葉に、小悪魔は軽く目を瞑り、思案する。記憶領域にアクセスし、知りうる情報の中から適役を検索する。該当件数一件。確かに、娘から孫のような存在がいるではないか。なるほど納得です、と頷きながら、その者の名を告げた。


「つまり、隙間妖怪ですね?」


それを発した瞬間、小悪魔の背後の空間が裂けて、その隙間から、白く細い女性のものであろう腕が飛び出してきた。左右の手は拳を握っている。握られた拳は、うんうん、と自分の答えに満足している司書の頭に添えられ、

「うきゃあああああああ!? 痛、何これ!? 何、痛ふあんああんあんああん!!」

頭を左右からぐりぐりと捻るように圧力を加え始めた。パチュリーはその攻撃を知っていた。ジャガイモ頭の少年が主役として登場する書に書かれていた“ぐりぐり攻撃”なるものだ。余程、痛いのだろう。微かに、目に光るものがある。

まぁそれよりも、と小悪魔を無視して、

「ごめんなさいね。 うちのペッ……じゃなくて、司書が無礼をはたらいてしまって」

「パチュリー様、パチュリー様! 痛いです痛いです、助けて下さい!! それと今、コアのことをペットって言いかけませんでした?」

雪人は微笑を浮かべながら、いや、と否定し、

「魔女殿。 こちらも些か、言葉が過ぎたようだ。 謝罪しよう。 だから、どうか司書君をあまり叱らないでやってくれないかな?」

どうやら、隙間妖怪とのじゃれ合いは終わったらしい。はぁはぁ、と息を荒くする小悪魔がいかにも死に体といった感じで、

「いい加減にしないと……はぁはぁ。 その昔……はぁはぁ、お嬢様でさえその威力に回避行動を取るしかなかったコアの奥義、真空破壊拳を打ち込みますよ?」


「本当にごめんなさいね。 この子はね、現実と妄想を混合させてしまう節、要するに妄想癖持ちの変態なの」


神妙な顔で告げられて、雪人はそれなら仕様がない、と曖昧に微笑む。まるで、哀れむような笑みにも見え、気の毒だなぁと言いたげにも見える。なんにせよ、気に入らない。

「変態に、まるで変態を見るかのように見られました……何ですか、この屈辱は!」

「こら、少し言葉が過ぎるわよ。 立場を弁えなさい、この方はお客様なのよ?」

「しかし、パチュリー様ぁ」

「しかし、じゃない。 貴女が脱線させるから、さっきの自己紹介から話が進まないじゃないの」

真面目な顔で自分を叱るパチュリーの背後、招かれた客人、雪人は唇を持ち上げて笑みを浮かべていた。先程、咲夜に笑いかけたものと違い、それは人を小馬鹿にしたような笑みである。

気に障る笑みだ。小悪魔が睨みつけると、彼はますます笑みを強くし、唇を動かせた。声は出していないようだが、実際に紡がれたとすれば、その言葉は、阿呆だろうか。

「ぱ、パチュリー様! 今、あの“呪い憑き”がですね、コアのことを馬鹿にして笑ってました」

思わず言葉を発するも、その言葉を耳にしたパチュリーが背後を振り向いた時には、彼の顔に浮かんでいた笑みは潜んでおり、

「済まないね。 元来、このような顔で勘違いされることがあるのだよ。 気分を害したようなら、謝罪しよう」

困った顔、眉尻を下げた申し訳なさそうな顔で頭を下げるところだった。

…………あの野朗。 なんていう陰険策士ですか!? コ、コアのことを嘗め腐った態度といい、一度、がつんと言わないと気がすみません!

「そんな、謝罪なんて必要ないわ。 おおかた、この子の勘違い、若しくは妄想でしょう。 それよりも本当にごめんなさいね。 気分を悪くされたかしら?」

「まさか。 万が一にも、そんなことは在り得ないよ」

やけに自信満々に告げる雪人の言葉に、パチュリーは首を傾げた。

「どうして在り得ない、なんて言えるのか訊いても?」

復讐のチャンスは思ったよりも早く到来した。このような会話の場合、気障な男が口にする台詞というのは大概、読めるものだ。邪魔してやる、と小悪魔は両者の間に割り込んだ。体勢だけでなく、実際に言葉としても。

嬉々とした笑みで、

「君に出会えたから、とか甘い言葉を囁いて、パチュリー様のポイント稼ぎをするつもりなんでしょう!? へへん、そんな気障な台詞は“呪い憑き”には似合わないですよ」

「…………」

「ほら、黙った! コアの予想は的中ですね!! いいですか? コアの目が黒い内はパチュリー様のポイントは稼げないものだと知りなさ――――痛っ!?」

小悪魔はほくそ笑んでいた。視界に、おそらく自分の言葉を奪われて困惑している変態をおさめながら。気に入らない相手を、もしくは狙った獲物を陥れることに興が乗るのが、悪魔の本質だと言うのならば、今の小悪魔はまさにそうであった。実際に、いい気味だと思う感情が乗った声は喜色に富んでいる。

しかし、その喜色に富んだ声は突如、背後からの衝撃に遮られた。頭を鈍器で殴打された衝撃だ。いきなりのことに混乱しながら、衝撃が襲ってきた背後に振り返ると、前髪で表情が伺えないパチュリーが幽鬼のように立っている。その手に、自分を殴ったであろう、重たい書を携えて。

「ちょ、何でパチュリー様が、コアを叩くんですか? コアは、コアはですね、変態の戯言からパチュリー様を守ろうと必死に、“テックルー返し”で応戦したのに……ッ」

「………………余計なことを」

「パチュリー様? 今、何か仰いましたか?」

「………………ちっ」

「ぱ、パチュリー様?」

「………………ちっ」

舌打ちの音が聞こえた気がしたが、小悪魔はそれについて言及できる勇気はなかった。

再度、パチュリーに視線をやると、俯いていることもあるが前髪に遮られてその表情は伺えない。しかしながら、何やらご機嫌斜めな雰囲気を発している。何か自分の落ち度はあっただろうか。無かった筈だ。この対応に、至らない点はないと自負している。

では、何が気に食わなかったのであろう。そのようなことを考えていると、小悪魔の脳裏にとある単語が過ぎった。その単語とは、オジコン。

…………まさか、本当に“オジコン”? こんな“呪い憑き”に甘い言葉をかけてほしいと言うのですか?

パチュリーから、気に入らない雪人に視線をやる。グレイの髪を掻き揚げながら、彼はにやり、と小悪魔に笑みを向けた。悩むこちらの姿を見て嘲笑っているかのような笑みだ。悪魔のような男である。

…………パチュリー様といい、この“呪い憑き”といい、隙間妖怪といい、どうしてこんなに変態ばっかり!

同時に悟った。

周囲には常識人が皆無であり、皆が変態ばかりで、常識人である自分には身が重い、と。


「うわぁああああん!! パチュリー様の馬鹿、オジコン! オジ専! 乳お化け! 淫乱雌猫!」


そう言葉を残し、変態達の重圧に耐えられなくなった小悪魔は、図書館の扉へと駆けて行った。行き先は、彼女の友人であり、よき理解者でもあり、尚且つ数少ない常識人の友人の所へだ。

「パチュリー・ノーレッジ君だったね。 先程は、きちんと挨拶できなくて悪かった。 改めて名乗ろう、私は雪人。 以後、お見知り置きを。 早速だが、ノーレッジ君は私に一体どのような御用なのかな?」

こちらこそ宜しく頼む、といった旨を伝えたパチュリーは微笑を浮かべ、

「実は、貴方の魔法特性に興味があるの。 もし宜しければ見せて頂けないかしら? 無論、対価は払うつもりよ」

「いいとも。 存分に魅せてさしあげよう。 ただし、対価はきちんと貰うよ。 いいね? それは――――」

走り去っていく背後で、そんな会話を聞いた気がした。最後に不穏な言葉が聞こえた気がしたが、小悪魔は聞いていない振りをして扉の外へと加速した。部屋の前で誰かいたような気がしたが、それどころではなかった。彼女は、心の安寧のために加速に徹するしかなかったからである。


     ∫ ∫ ∫


彼女が地下の部屋から飛び出し、謎の気配を追って、図書館の前に来た時だ。室内からの叫びと同時、赤い弾丸が走り抜けてきた。彼女はその存在に見覚えがあった。図書館の司書、小悪魔だろう。涙声で走って行ったが、何かあったのだろうか。なんにせよ、

「小悪魔はいつもいつも飽きもせず、テンション 高くていいね」

素直に、そう思う。それも一種の才能だろう。多少、羨ましくあった。

また、司書は何やら、「オジコン」「オジ専」などという言葉を叫んでいたが、長年、半ば軟禁生活にも似た環境で過ごしていた彼女にその言葉の意味はわかなかった。

…………どんな意味なのかしら? 後で、お姉様か、咲夜にでも訊いてみようかな。

純粋な知的好奇心に従い、後でそのことを訊ねるんだ、と彼女はその言葉を脳裏に刻みつけた。後に、その質問を投げかけられら姉がひどく困惑するとも知らずに。

「パチェの所に、あの変なのがいるのかな?」

興味は再び、謎の気配の主に移った。小悪魔が開けっぱなしにしていた扉から、そっと室内を覗く。

「わぁ……」

直後に、彼女は感嘆、決して小さくはない驚き声を漏らした。室内のその光景に思わず、彼女の大きな瞳がますます大きくなる。好奇心が刺激される。視界の先に広がるものに魅了されていたのだ。

彼女の視界の先に広がっていたものとは…………。









 

――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


クリスマス・イブ。私は当初の目的を果たせないでいた。手の中にあるのは、猫耳。










[12007] Act.3-4  
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:9f2446cc
Date: 2010/07/13 19:54
雪人がパチュリーと会話している途中、彼の脳裏で唐突にある計画が閃いた。それはとても魅力的な計画だった。しかし、目の前で女性と談笑しているというのに、他のことにかまけてもよいのだろうか、と理性に窘められる。

パチュリーと会話しながらも、分割思考で脳内会議を開いてみた。

脳内世界、そこに展開されるのは無機質な会議室。そして、13人の雪人達。その中で、議長と書かれたプレートの前に座る計画の発案者が口を開いた。

「さて、会議を始めよう」

徐に言葉を発する姿は、まるで有能なサラリーマンのようである。普段のふざけた姿からは想像もつかない重苦しい雰囲気だ。

「今回の会議のテーマはずばり、パチュリー君と談笑している最中に、例の計画を実行に移してもいいか否か、ということだ」

皆の意見を聞かせてほしい、と睥睨すると、ある雪人が神妙に頷き、言葉を発した。

「それは紳士の在るべき姿かね? 紳士というものは、淑女と真っ向から相対するものだ。 だが、どうだね? こうしてパチュリー君と話している最中、エロい計画を実行に移そうとしている。 それは、紳士の風上にも置けないのではないか?」

隣の雪人もそれに続く、

「左様。 それでは、欲望に降り紳士道を忘れた獣同然だ。 ここは、パチュリー君と談笑を継続すべきだ。 そして、胸を小さくする秘薬について議論すべきだと推奨する」

続け様に否定意見が出た。議長が、他の者も見渡すが、彼を除き残り12人の内、半分の6人が計画に反対のようだ。

余談であるが、反対派と、賛成派の面子はいつも同じである。また、彼等は、反対派のことを“穏健派”、賛成派のことを“強硬派”と呼び合っているのが常。ちなみに、議論の発案者である議長は、中立派である。

では、議長と反対派を除く、残りの6人はというと、

「これだから穏健派の諸君には困る。 我等は確かに紳士である。 あるが、その前に、貧乳神を信仰する教徒だということを忘れてはいないか?」

ぬぅう、と苦悶に満ちた声が漏れる。先程の、計画に反対する6人の声だ。

「我等は貧乳神に誓った筈だ。 そこに貧乳があるのならば、貧乳を愛でるために全力を尽くす、と。 だが、貴様等はどうだ? 紳士だ紳士だ、とそのことばかりに気を取られ、本当に大切なことを疎かにしているのでは?」

「馬鹿者! 貴様等、強硬派のように目先の欲に囚われ、物事を大局的に見れない愚者の言葉など、聞くに値しないっ!」

穏健派から拍手が上がった。しかし、強硬派の面々、残りの6人は不敵な笑みを浮かべている。まるで、悪役のような表情だ。

「と、言うことはアレだね? 諸君は、咲夜君との楽しい一時を過ごせるかもしれないチャンスをみすみす捨てる、と?」

むぅうううう、と先程よりも苦渋の濃い声が響いた。穏健派の苦悩する様を尻目に、

「議長。 確かに、我々の行為は紳士道に抵触するだろう。 だが、そこは上手くやればいいだけなのではないかね?」

「…………どういうことだ?」

「我等は創ることが主だが、“紳士育成プログラム”で得たスキルがあるではないか。 分割思考、人形操術、隠密行動、そして感覚共有」

言葉の後、沈黙がきた。室内にしん、と沈黙が落ちる。そして、誰かのごくり、と唾を嚥下する音が聞こえた。

「まさか……」

息を呑む、とはこういうことを言うのだろうか。僅かな戦慄を含んだ声だ。

「そう、そのまさかだよ。 月での一件を忘れたか? あの時の経験を此処で活かせばいい」

強硬派の唇を歪める笑みに、穏健派の雪人は鋭い視線と共にポツリと呟く。悪魔め、と。

「悪魔でいいさ。 悪魔らしいやり方で、正々堂々とエロに走れるんだ。 それに、私の辞書に後悔という文字はない」

「不良辞書が……ッ! 下手をすれば、我等の素晴らしい人格が誤解されるというのに、それでもいいのかッ!? 答えろ! 強硬派!!」

「答えてやるさ。 構わない、と。 いいかね? 怖れを知ってなお進む者を、人は何と呼ぶか知っているか? 英雄と呼ぶのだよ。 だが、目前のことに尻尾を巻いて逃げる者は所詮………………ただの、負け犬に過ぎぬ!!」

言葉と共に腕を振るう。紳士服の裾が音を立てる。皆がこちらに注目するのに満足しながら、彼は続けて追撃の言葉を放った。

「大局的? 戦略的? 長期的視野? はん、そんなものは言い訳に過ぎない!」

「極論だ! 詭弁だ! 何よりも、戯言だ! 貴様等は所詮、自身の胸を穿つ空虚を埋めるために、咲夜君を利用しているだけではないのか!?」

強硬派の雪人は鼻で笑い、

「貴様は中学生か? 愛と性欲の違いに苦悩する様が、そっくりだな。 愛しければ愛でる。 それでいいではないか。 物事を複雑に考えたところで、そんなものは八雲との会話以外に使い道は、ない!」

一旦、言葉を置いて、意地悪く、

「それとも何か? 貴様は八雲といちゃつきたいのか?」

「ば、馬鹿なことを言うな! 私は貧乳神に誓ったのだ! 巨乳は愛さぬ、と。 それを反故に出来るものか!!」

「おやおや、何を向きになっているのかね? まるで、米国のポルノ雑誌を目にした日本の少年のような反応だ」

「向きになど、なっておらぬ! 私は別に八雲のことなど好いてはおらぬっ」

叫んだところで、彼は気がついた。強硬派、穏健派、議長の全てが自分を注目している、ということに。皆がニヤニヤとした軽佻浮薄な笑みを浮かべ、こちらの言葉を待っている。最悪だ。

最悪であるが、何も発言しないで沈黙を保つことは肯定と動議である。何か言葉を発しなければならなかった。しかし、胸の内からは何の言葉も表れない。

「…………くっ」

「やはり、貴様か。 我等の中で、唯一、八雲を肯定していたのは」

「ち、違うでござる。 拙者は、豊姫殿が好みで御座る」

「色んな意味で、落ち着け馬鹿者。 我等は別に、貴様のことを責めているわけではない。 それに、今回の議論は“何故、八雲は巨乳なのか?”でも、“あの時の八雲の行動は、理性的に考えて許せるものか?”でもない」

普段の馬鹿な議題と違うといっても、皆が自分のことをユダと思っているのは明らかだった。

「今回の議題は何だ? 例の計画に関して、だ。 そして、この議論の賛成/反対はいつも通り、民主主義に則った多数決。 だから、わかるね?」

「…………寝返れ、と言うつもりか?」

「貴様がこちらに寝返るというのなら、我等6人は八雲に対して、少し態度を改めようと思う」

その言葉に、穏健派の雪人達が、まるで羅刹のような表情でくってかかった。子どもが相対したら、トラウマになりかねない形相だ。

「貴様等……! 我等の“貧乳データが保存してあったHD”を、八雲が破壊したことを忘れたのか!?」

「確かに、貴様等が言うように犯人はおそらく八雲だろうな。 しかし、それを摘発するための証拠がない。 証拠不十分では、罪に問えない」

「ふざけるな! 何だ、その“誠に遺憾に思う。 けど……”な対応は!? 何故だ! 何故!? 何故!? 八雲を何故、許す!?」

穏健派の振り上げた拳がテーブルに叩き落とされる。木製のテーブルはいとも簡単に、粉砕された。

「それに関してはまた後日、“HDを破壊した八雲について、如何なる処罰を下すべきか?”で話し合おう。 だから、言おう。 外野は黙ってミソスープでも食していたまえ、と」

喚く穏健派を無視して、強硬派の雪人は、八雲肯定派の雪人に向かい合った。さて、と前置きし、

「向こういても何も変わらぬがどうする? 我等と共に革新の道を行くか、それとも、停滞した保守的な道を逝くか。どちらにする?」

「く…………っ。 私がそちらに行けば、本当に八雲に対して態度を改めるのであろうな?」

甘言に屈する雪人を見て、強硬派雪人達は頷いた。貧乳神に誓って、と。直後に、強硬派の面々は、議長に視線をやる。議長も視線を受けて頷く。

「諸君、計画の実行が決定した。 これにて、会議を終了する」

以上のことがあって、例の計画が実行に移されることになった。通称、『縫いぐるみになってギュっとしてもらおう計画』が始動する。


脳内会議が終了し、現実世界では、

「パチュリー君。 縫いぐるみの軍団などはお好きかな?」

「え?」

「ヴァリエーションは豊富だという自負がある。 素材も至高の一品、もちもちプニプニ、略してもちプニ。 さぁ、ご覧あれ」

そう言うと、創造の魔法を展開した。図書館の空間に現れるのは、優に百を超える縫いぐるみであった。どれもが、水中を泳ぐように、ゆらゆらと宙を舞っている。

意味もなく凄まじい光景に驚くパチュリーに、雪人は笑みを浮かべ、図書館の扉にある縫いぐるみを放った。それは、分割思考で操っている己のが分身である。

計画は何の問題もなく完遂できるだろう。かつての月での一件を体験した全雪人が、そう信じていた。だが、計画が始まった直後に、その妄想は脆くも崩れさることになる。


     ∫ ∫ ∫


小悪魔が開けっぱなしにしていた扉から、そっと室内を覗く。

「わぁ……」

直後に、彼女は感嘆、決して小さくはない驚き声を漏らした。室内のその光景に思わず、彼女の大きな瞳がますます大きくなる。好奇心が刺激される。視界の先に広がるものに魅了されていたのだ。

彼女の視界の先に広がっていたものとは、縫いぐるみの群であった。魚、熊、猫、犬などといった大小様々な縫いぐるみが宙を舞っている。いや、舞っているというよりも、魚が水中を泳いでいるかのようであった。ゆったりとゆったりと図書館の中央を基点に。

純粋に凄い、と思った。それは彼女には出来ないことだ。だから、余計にそう思わせるかもしれない。

そして、部屋の中央では、パチュリーと見知らぬ男が談笑している。好奇心は強いが、長年の軟禁生活もあってか、多少の人見知りをする彼女は、そこに入っていけそうにはない。

そんな時だ。宙を舞う一群の中から、へんてこな縫いぐるみが自分の方へとやって来た。全体的に薄い桃色の身体に、とろんとした眠たげな細目、背中からは可愛らしい翼を生やした幻獣の縫いぐるみである。

ぱたぱたと可愛らしい羽で羽ばたきながら、彼女の前にくると、それが愛嬌のある顔立ちで、

「はっははは……! 第一段階、クリア。 次に、咲夜君の捜索にステップを移行する」

何か独り言を呟いている。どうやら、此方には気がついていないようだ。身長の関係上かもしれない。縫いぐるみは彼女よりも、高所を飛行している。

「……びっくりした。 あなたは何? 縫いぐるみなのにどうして喋れるの?」

話かけてみた。瞬間、それはびくり、と身体を震わせた。可愛い仕草だ。

「ミッションの初期段階で問題発生。 見知らぬ幼女に話しかけられた。 これも縫いぐるみの身となっても溢れる紳士力の影響だと思われる。 次回からは気をつけよう。 さて、見知らぬ幼女は、私のことを興味深く観察している。 興味を持たれたようだ。 逃げられるか、だと? ううむ……不可能だろう。 彼女から溢れる力は異常だ。 逃げた途端に撃墜される恐れがある」

「ねぇ、何をブツブツ言ってるの?」

「待てよ……ここは協力者を得た方が正しい選択ではないのか? どうする? 何が最善の選択だ? 次善は?」

何かを呟いていたかと思うと、縫いぐるみは彼女の前まで高度を落とすと、お辞儀した。

「僕が何かだって? 僕はしがない魔法使……じゃなかった。 しがない縫いぐるみだよ。 愛を込めて、雪人……じゃなくて、雪ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」

「ねぇ、縫いぐるみなのにどうして喋れるの?」

「いい質問だ。 いい着眼点を持つ少女の問いに答えることは大人の役割である。 だから答えよう。 いいね? 実は――――」

「実は?」

縫いぐるみの勿体振るような沈黙に、彼女は問いかける。思えば、身内や魔理沙、霊夢以外との会話は久しぶりだ。そんなことを心の片隅で思った。

「どうして喋れるかというとね、紳士に不可能はないからさ」

「意味わかんない」

紳士という言葉の意味はよくわからないが、おそらく何かの職業を指しているのだろう。だが、それがどうして、雪と名乗った縫いぐるみが喋れる理由に繋がるのかはわからない。

「まぁ、細かいことはいいじゃないか。 世の中には、こういう術式もあるってことさ」

「術式? じゃあ、魔法ってこと?」

彼女は、姉同様に吸血鬼特有の常軌を逸した身体能力を持つが、その生きてきた歴史に釣り合う魔力量も秘めている。どちからというと、姉が身体能力を活かした戦闘に偏りがあるのに対して、彼女は魔法の方に偏りがあるタイプだ。

魔法少女にして吸血鬼、というのが彼女であった。故に術式という言葉に興味を持ったのだ。

「何だ、君も魔法使いなの? 確かに凄い魔力だけど、外見から判断するに、その派手な翼といい、紅い瞳といい…………ええと、何?」

「吸血鬼!!」

強い声が漏れた。自分のことを何だと思っていたのだろうか、という多少の苛立ちの篭った声だ。吸血鬼であることは、彼女の大好きな姉と同じである、それに対して誇りを持っていた。だから、そのことを間違われて、多少、声が荒げたのである。

「吸血鬼? それにしては、随分と前衛的且つエクストリームな翼なんだね。 僕はてっきり、吸血鬼の翼っていったら、蝙蝠の翼だって思い込んでいたよ。 いやはや、固定観念に凝り固まった偏見だったね。 ごめんね」

「別にいいもん。 お姉様の翼も、蝙蝠だから。 あなたの言うことは完全に間違えてないわ」

唇を尖らせる彼女に、雪はやや焦るように小さな両手をぶんぶんしながら、

「吸血鬼のお嬢さんは、どんな魔法が得意なんだい? アリス・マーガトロイド君みたいに人形操術? それとも、パチュリー・ノーレッジ君みたいに精霊、属性魔法が得意なの?」

口を開く。彼女は、目の前の縫いぐるみが何故、パチュリーのことを知っているのか疑問に思いながらも、

「よくわからないけど、そうねぇ……ふふ、壊すのは得意よ」

「壊す魔法といっても、多岐に渡るものじゃないかな? 属性魔法にしろ、影、人形操術にしろね。 そこのところはどうなのさ?」

「さぁ? 術式なんて適当にしか編まないもの。 それが、“弾幕ごっこ”の役に立つかどうかの問題」

「さぁって……。 そんなに簡単に術式を組めるものかい?」

その言葉に、彼女はきょとんとした表情になった。この縫いぐるみは何を言っているんだ、と言わんばかりに。というのも、彼女は一般的な魔法使いと違い、その魔法に対するスタンスは試行錯誤するものではない。

「別に難しいことじゃないじゃない。 空を飛ぶのと一緒。 一度、コツを掴んだら、色々ときゅっとしてどかーん、って応用も利くようになってくるの。 そこから、ぎゅんぎゅんしてどっかーん! ってすればいいだけよ」

「何というアバウトな説明……感覚で魔法を使ってる天才肌タイプだね。 いやはや、僕みたいな研究者肌の人間には理解しかねるなぁ」

言葉の通り、魔法の行使は彼女にとって容易いものなのだろう。それは呼吸や、歩行といった意識しなくても可能な行為なのであろう。まさしく、天才という言葉が相応しい。

「あなたは、どんなことが得意なの?」

「僕? 僕はそうだね……。 うん、創ることは得意かな」

「創ることが? ふぅん、そうなら、あなたは私の対極ね。 ねぇねぇ、創る魔法ってどうやってるの?」

「簡単だよ。 まずは脳内世界で妄想を膨らませる。 そして、描いた製図を元に、製作を開始する。 もちろん、動力のためのロマンチックエンジンを始動させて、徐々に益荒男ケージを上昇させておくことも忘れない。 その後、熱いパトスを注ぎ込んだら完成」

その言葉を聞き終え彼女は、思った。

…………この子、少しおかしいわ。 きっと、色々と無茶な術式の行使で頭が……。 パチェも言ってたよね? 世界には、限界以上の魔法を行使して廃人になった魔法使いが何人もいるって。 きっと、この子もそうなのよ。 そうに違いないわ。

何故か唐突に眼前の縫いぐるみが可哀想になった瞬間だった。無邪気というよりも、軽佻浮薄に振舞う姿が余計にそう思わせるのかもしれない。

視線にそういった哀れみの感情が浮かんだのだろうか。それを察した縫いぐるみも、何か思うことがあるのか気まずい沈黙が生まれた。

「…………」

「…………」

「…………」

そんな沈黙の中、縫いぐるみは、そういえばさ、と前置きし、

「確か、このお屋敷の当主は吸血鬼の、レミリア・スカーレットさんだったね。 それは君? それともお姉さんのこと?」

「お姉様よ。 レミリアお姉様。 私の自慢のお姉様よ」

彼女が姉を誇りに思う表情を見て、雪の細い目が益々と細まった気がした。といっても、縫いぐるみなので、表情が本当に変化しているのかは疑問であるが。

「ふぅん。 君は随分とお姉さんのことが好きなんだ。 自慢のお姉さんがいて羨ましいなぁ。 よし、僕のお姉さんになってもらおう」

さも名案とばかりに、縫いぐるみは手を打つ。

「駄目、駄目、絶対に駄目なんだからっ。 お姉様は、私のお姉様なの」

こればかりは譲れるものではない。彼女の拠り所にして、誇りに思うものだからだ。

「どうしても?」

「どうしても」

「絶対に?」

「絶対に」

いい? と言葉を前置きし、

「もし、お姉様を奪ったら許さない。 絶対に破壊する。 いい? きゅっとしてどかーん、ってするからね?」

ぱたぱたと眼前を飛んでいた縫いぐるみを捕まえ、その両脇に手を添える。下から持ち上げるようにして、身体を掴む手に力を込めた。

冗談にしても、縫いぐるみが言った言葉は性質が悪かった。癪に障るそれに苛立ち、彼女は殺意を込めた瞳を鋭くし、そう宣言した。普通の人間ならば、彼女が見た目、幼い存在といえども恐怖にどうにかなっていただろう。ましてや、彼女が内包する力の方向性は、破壊だ。人間や下級の人外にとってみれば、八雲 紫以上に危険な相手かもしれない。

その脅迫行為に、縫いぐるみは恐れを抱くだろう。彼女はそう思っていた。しかし、それが露にした感情は恐怖ではなく、

「いひひひ!! くすぐったいなぁ。 お腹をぷにぷにするのは止め、やめれ! ほら、何か! 色々と! 出ちゃうからさっ」

「なに、このモチモチ、ぷにぷに、略してもちプニ感。 とっても気持ちいい」

恐怖の感情の代わりに漏れたものは、奇妙な叫びであった。

珍妙なものに、先程までの苛立ちは吹き飛んだ。その代わり、別のものが訪れた。好奇心である。

「どうしてこんなにプニプニするの? こんな縫いぐるみ触ったことないわ……きっと、レアモノなのね」

不思議な感触がする腕や、腹を触っていると縫いぐるみは身を捩った。まるで、放してくれ、と言うかのように。

だが、病み付きになる感触から、彼女の手は離れようはしない。

「ちょちちょちょ! こ、こんな時に!穏健派がクーデターをひひひひひ!!!」

「ふふ、いいもの、拾っちゃった。 あ…………こら、逃げちゃだめ」

飛んで逃げようとする縫いぐるみを捕まえて胸に抱く。すると、手で触った時以上の、ぷにぷにとした感触を得た。きっと、これを抱いて寝たら安眠できるだろう。そう思わせる程の気持ち良さを宿している。彼女が所有している縫いぐるみ類とは比較にならないものだ。彼女は思わず、目を弓にした。

…………ああ、柔らかくて気持ちいい。 後で、お姉様に自慢しようかしら?

抱きしめられた縫いぐるみはというと、その行為が気に入らないようだ。今も彼女の胸から逃げだそうと必死にもがいている。しかし、吸血鬼の力は半端なものではない。ぎゅっと抱きしめられた拘束からは、幾ら、もがこうが逃れられないようだ。

やがて、もがくことも面倒になったのか縫いぐるみは、世の無常を嘆くように口を開いた。

「何だ、このポジションは? 僕は、魔法少女のマスコット的存在じゃないんだぞ。 確かに、貧乳は好きだ。 認めよう。 そこに異議を申し立てることはないさ。 ああ、ないとも。 しかし、しかしだ! こんな幼い子どもの胸の中に収まっていられるほど、僕はモラルを捨てたわけじゃない。 どうせ、抱かれるなら、『べ、別にこんな縫いぐるみになんて好きではありません。 ただ、そのモチモチ感が気になっただけです』と恥じらい頬を染める咲夜君に抱かれたかった。 そこんとこ、どうよ?」

「魔法少女のマスコット? それなら知ってるわ。 昔、外の世界から流れてきた“殺戮系魔法少女ジェノサイドなのは!”っていう魔法少女ものを、お姉様に読ませてもらったことがあるんだから。 戦いの時に、サポートしてくれる使い魔のことでしょ? つまり、あなたは、私が“弾幕ごっこ”をする時に一緒に戦ってくれる相棒ね」

「やっぱり、君もそう思うだろう? 態々、縫いぐるみを分割思考で操り、感覚共有まで行っているのも、全ては咲夜君の胸で抱かれたい一心。 人間はエロのために進化してきた、と言うが強ち間違いではないのかしれない」

「咲夜と“弾幕ごっこ”したいの? 駄目よ。 咲夜も忙しいんだから。 それにちょうど、魔理沙が来てるようだから、魔理沙と遊ぶわ。 ふふ……今回は使い魔もいることだし、面白いことになりそうね」

明らかに噛みあっていない会話をする様をみて、偶然、そこを通りかかった妖精メイドは思った。駄目だこいつら、と。



     ∫ ∫ ∫


暫く致命的に噛みあわない会話をしていたが、縫いぐるみはぐったりした雰囲気で、こう口にした。

「いい加減、放して欲しい」

女の子の胸で抱きしめられている。縫いぐるみ本来の用途としては問題ないのだろうが、彼は相当、辛いらしい。幻想郷を訪れて以来の最大の窮地であった。

哀切の言葉が漏れるのも仕様がないだろう。しかし、彼を抱きしめる彼女にはそんなこと関係ないようだ。その縫いぐるみを気に入った彼女はそれを手放そうという意思が見受けられなかった。

並みの縫いぐるみには無いそのもちもち、ぷにぷにした感触が心地良いらしい。

「だめ。 折角、珍しい縫いぐるみを手に入れたのに、手を放したら逃げちゃうじゃない」

「逃げない、逃げないからさ。 だから、ね? いい子だから、放してもらえないかな?」

「あら、レディを子ども扱いするのね? でも、気分がいいから許してあげる」

彼の首がカクッと垂れた。口からは呪詛い似た呟きが響く。自己暗示だ。縫いぐるみになって咲夜に抱いてもらう、というくだらない計画のための無駄な努力と言ってもいい。なんにせよ、彼は必死であったのだ。

「…………この状況を有効に活用すれば、計画の完遂が早まるのも確か。 そうだ自己暗示だ。 これは私ではない。 僕だ。 演じきれば、演じきればいいだけだ。 未来には咲夜君が待っているんだ。 よし、オーケー。 軽佻浮薄に頑張れる!」

健気に頑張る彼を胸に、彼女は再び図書館の扉から中を覗き込んでいた。

「あ、そういえば、あの変な奴のこと忘れてた。 ねぇ、雪ちゃん」

「おおぅ。 僕の名前、覚えていてくれたんだ。 てっきり無視されてたのかなぁ、と思っていたよ。 でも、急に呼ばれたから驚いた。 少しドキドキしてる。 いやはや、これが恋なのだろうか?」

名前を呼ばれたのが嬉しいようだ。嬉々として言葉を放ってくる。どうやら元気が戻ったようである。良かったと思いながら、彼女は問う。

「あのね、パチェと話しているアレって誰か知ってる?」

扉の向こうには、気になる異邦人の姿が視界に入った。グレイの紳士服を纏い、同じくグレイの髪をオールバックにしている男であり、地下で感じた気配の主である。

「パチェ? ああ、パチュリー君の愛称か。 彼女と話をしているのが誰かって? 彼はね、しがない喫茶店の店主だよ」

「喫茶店? お菓子とか、出しているの?」

「色々。 食べ物なら何でも提供できるんじゃないかな。 お勧めは、“スパイシーカレー・ツンデレ” 最初は筆舌に尽くし難い辛味(ツン)が襲ってくるんだけど、後からやってくる旨味(デレ)が絶品、ってお客さんから評価を貰ってる」

知識にはあったが、約500年間近くも軟禁されていた彼女には、喫茶店というものがいまいちわからないものであった。雪の返答を聞いても、「ふぅん」としか感想が言えなかった。

だから、喫茶店の話から別の会話に移るべく、そういえば、と転換の言葉を前置きし、

「雪ちゃんはどうして此処にいるの? パチェのことも知っているみたいだし、明らかにおかしいよね? 何を隠しているのかしら? あの縫いぐるみの軍団は? 何を企んでいるの?」

「どきり、と擬音語で今の心情を表わしてみた。 それとも、“ぷるぷる。 僕は悪い縫いぐるみじゃないよ”とでも言えばいいのかな? まぁ、僕の目的は咲夜君だ」

「咲夜?」

「そう、咲夜君。 で、相談なんだけど、彼女の所まで案内してくれないかな。 後で、お礼もするからさ」

「咲夜の知り合いなの?」

「知り合いというか友人だな。 “友達の儀式”も済ませた」

聞きなれない言葉であり、興味のあるフレーズに首を傾げた。

「ねぇ、“友達の儀式”ってなぁに?」

「名前の交換のことだよ。 以前、奇怪な杖を巡り争った少女が言っていたのだ。 名前の交換は互いの存在を認め合い、友達になるために必要な行為だ、って」

雪は、過去を懐かしむ雰囲気で、

「近年、類を見ない真っ直ぐな魂を持った少女だったよ。 いやはや、ああいう人間がいるとな、人類は捨てたものではない、と痛感させられるよ。 私の周辺では変態ばかり気苦労が耐えなくてね。 八雲とか、八雲とか、八雲とか! だから、余計にそう感じるのかもしれない。 なぁ、君もそう思うだろう!?」

「雪ちゃん。 雪ちゃんはテンション、高くていいね」

「そこはかとなく悪意を感じるんだけど気のせい? 」

「気のせい気のせい。 それにお姉様に何かするつもりなら、気に入った縫いぐるみでも容赦なく破壊するだけだから。 ほら、気にしなくなる」

「気にできなくなるよ。 …………それで、駄目かな?」

「咲夜のところに案内するってやつ? うーん……」彼女は考える素振りを見せ、「そうね、条件があるわ」と満面の笑みを浮かべた。

「条件?」

雪は、彼女を見上げ怪訝な声で訊ねる。嫌な予感がするなぁ、と。

「そうよ。 魔理沙はまだ、美鈴と遊んでいるみたいだし、うん、条件を呑めるなら案内してあげてもいいよ」

「どんな条件?」

「その時になったら言うわ。 別に嫌ならいいけど?」

「嫌だ、って言っても放さないだろ? なら、無茶苦茶な条件じゃない限り呑もう」

「もう、雪ちゃんは仕様がないなぁ。 ふふ、仕様がないから案内してさしあげますわ。 あ、そういえば、言ったかしら?」

猫のように首を上げた雪は、問うた。何を、と。すると、彼女は花咲くような笑みを浮かべて、


「私の名前はね、フランドール。 フランドール・スカーレットよ」


その言葉の直後、雪の首が上下に激しく揺れて、

「女性に名乗らせるような真似をして申し訳ない。 今、私の中で脳内戦争が起きていて、漸く強硬派共から支配権を取り返したところなのだ。 いやはや、すまないね。 私は、雪人。 これから宜しくしてくれたら、幸いだ」

「いまいち、何を言っているのかわからないけど……そうね、別に仲良くしてあげてもいいわ」

「感謝するよ、フランドール」

そして、フランドールが雪を胸に、図書館に背を向けたあたりで、



「ところで、君のお姉さんは長身で脚が綺麗で、ウェストが引き締まっていて、それでいて程良い腰の括れのある美人だったりしないかい?」









 

――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

今回は一万文字を超えた……こ、腰がぁあああああ。

前回の猫耳は、私がまだ24日に夢見ていた頃の遺物です。使い道のなくなったそれを装備して

「猫耳も~ど♪」

とかやっていました。さておき、フラン様が難しい……。次回あたりに、各章ごとに分けて整理してみよと思います。くぉお頭と腰があああああああ



[12007] Act4.-1  ロリータ咲夜爆誕
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:2161a5e6
Date: 2011/02/13 09:11
鈴仙・優曇華院・イナバという玉兎をご存知だろうか。元来は月のお偉いさんである綿月姉妹に飼われていたペットである。ペットと言っても地球の現代社会で見られるような日がな一日ニート生活を満喫する愛玩動物達とは違い、人間の様に考え行動することができるスーパーラビットである。
変化しているのか元来そうなのかは定かではないが、現実ではありえない髪や瞳の色は兎も角、その容姿も然してヒトと変わらないものである。ウサミミにブレザーの制服とどこぞのキャバクラで客引きホイホイをしているお姉さんの格好を想像してみてほしい。

「べ、別に好きでホイホイしてるわけじゃないんだからね」

多少思うところもあるが、奇奇怪怪な輩が跋扈する幻想郷では大した格好ではない。博麗の巫女の脇巫女姿と比較すれば、少々インパクトが足りないかもしれないほどだ。

さて、件の優曇華院であるが、幻想郷の住人且つ妖怪ということもあり、人とは多少違うところもあるが、基本的には善良な性格である。
別にどこぞの花妖怪のように戦闘狂でもないし、どこぞの魔女のように「これはちょっと借りただけだぜ」と何でもかんでも持って行ってしまう様なこともなく、どこぞの【覚】の様に土足で心の中に踏み込み込んでは心的外傷を抉るような真似もしない 人外にしてはまともな奴なのだ。その善良さ故に、


パターン1 : 「せ、拙者の肩を揉んでは……もみもみして下さらなぬか、鈴仙タンっ!? 後生で御座る後生で御座る!!」

パターン2 : 「僕の人生設計では今から3024時間後に無双乱舞することで、鈴仙タンとケコーンして、更にその4524時間後に真・無双乱舞を発揮することで難攻不落の虎牢関を抉じ開ける。 馬鹿野郎? 現実を見ろ? アウト・オブ・眼中? うるさいですよ。 私の計算に間違いはありません」

パターン3 : 「クライム&ペナルティ…………さぁ、や っ て く れ」


特に以上のような一部男性の熱狂的な支持を受けていた。面倒見のいい性格、男受けする容姿、そしてその特徴的な座薬の様な形をした弾幕が受け入れられる要因の一部として挙げられる。一部の人間からは、新参ホイホイだの、変態兎娘だの、少しアレな扱いをされているが本当に善良な妖怪である。

その優曇華院であるが、その日は、師匠である八意・永琳と共に人里を訪れていた。
というのも、先日、無謀にも魔法の森にキノコ狩りに行った人間達の治療の為だった。どうして危険だ危険だと言われている【魔法の森】なぞに行ったのかは理由は不明であるが、普段は一応世話になっている人達の危機に、鈴仙はいてもたってもおられずに永琳に頼み込み、わざわざ出張ってもらっていた。

最初に訪れたのは一番重症だと思われる老人のもとだった。名を伊蔵と言い、今現在の枯れ木のような痩躯からはまったくも想像は出来ないが昔は少々ヤンチャだったらしい人間だ。彼の嫁に話を聞く限りは凄腕の退治屋で、数十年前に風見・幽香と殺し合いをして引き分けたと聞く。

…………人は見かけによらないものね。

見る限りはただのどこにでもいる呆け老人なのだが、と思ってしまうのは仕方ない。なにせ、口癖が『飯はまだか!?』なのだ。そんな呆け老人が幽香と引き分けたなぞ信じられるはずもなかった。おそらく噂が誇張されたのだろうと鈴仙は思っていた。尤もそれは近い将来、思いもよらない形で覆されるとは現状 夢にも思わなかった。

「ウドンゲ、そこの緑のを取ってちょうだい」

「わかりました……これは確か……前に師匠が作った【胡蝶夢丸ナイトメア】の材料の一部ですよね? そんな薬で大丈夫なんですか……?」

「大丈夫よ、問題ないわ」

不安が絶えない。胡蝶夢丸ナイトメア、簡単に言えば読んで字のごとく悪夢を見せる薬のことだ。連続的日常に辟易している妖怪の退屈な日常を味付けるスパイス。優曇華院のような心の脆い者が使えば間違いなく発狂ものであるものの、強靭な精神力を宿すレミリア当たりの妖怪には良い暇つぶしになることだろう。

…………ま、まぁ、天才薬師が大丈夫と言うからにはおそらく大丈夫でしょうけど。

一抹の不安を拭えない優曇華院であった。

「少し苦いけど我慢して頂戴」

「おお……八意先生。 いつもすいやせん。 手前ェのような老い先短い老害に貴重なお時間を頂戴しちまいやして……」

「まったく、【魔法の森】に生身の人間が入ったら、どうなるかぐらいは予測できて然るべき年齢でしょうに」

「先生ェ……確かに先生ェが仰ることは至極まともで御座ェますし、こうして先生ェの貴重なお時間を頂いている事も悪ィと思ってやす。 しかしながら、あっしにも妥協出来ないものってのがありやして」

「悪いと思っているなら、少しは自重なさい」

「へへへ、すいやせん」

YESともNOと言えず、伊蔵は困った様に頭を掻くのだった。その様は、まるで寺子屋の先生である慧音に怒られる生徒のようだった。歳を食っても、精神の根本的なものが変化していないのかもしれない。

伊蔵は思い出した様に、口を開く。

「先生ェ。 ちっとした相談があるんですが……」

「先に残りの人を治療するわ。 後で時間を作るから、その時にしてちょうだい」

そう言って永琳は逞しい筋肉禿頭の元へ行ってしまった。向こうの方はどうも相当混乱しているようで、頻繁に奇声が聞こえてくる。

「先生! 大変なんだ先生ッ! 妹が触手になったんだ……ッ!」

…………ねぇよ。

思わず心の内で呟く優曇華院に、声をかけるものがいた。伊蔵である。彼は横になっていた上半身を起こし、神妙な顔で口を開く。


「あんた確かァ……月見うどんだっけか?」


「そうそう月見うどん……って違う! 鈴仙・優曇華院・イナバよ。 ほら、覚えてない? 前に御爺さんの所に置き薬を売りに行ったでしょう?」

「優曇華院……? 」 数瞬考える仕草を見せた後、「ああ、助兵衛ぇホイホイか」

「す、助兵衛ぇホイホイ!?」

伊蔵の口からとんでもない言葉が漏れた。それは助兵衛ホイホイ。外の世界で言う現代社会に生きる女に向かって、「このクソビッチが!」と言ってるも同義であった。当然ながら、そんなことを言われて噛みつかない女はいない。たぶん。
どういうことですか、と詰め寄る彼女に、伊蔵はまぁまぁと腕を突き出し、

「家の婆さんが言ってたよ。 御前ェさんに。 『あの兎っ子、なしてあないな阿婆擦れみたいな格好しとっとよ。 いけねぇいけねぇまるで発情した助兵衛を誘っとるっみたいやよ。 まるで助兵衛ホイホイさんサね』とな。 …………お前ェさんも年頃の娘なんだから、格好には気をつけるべきだべ」

「な……! な……っ! これはれっきとした軍服なのよ!! 何がおかしいって言うの!?」

月では正式配布された由緒あるなんたらかんたらと語り始めた優曇華院を、伊蔵は面倒なので無視した。

「実はお前ェさん、ホイホイに前々から言おうと思っていたことがあるん――――」

「ホイホイ言うな!」

「五月蠅ェバーロー! 老い先短ェ老いぼれの戯言くらい静かに聞きやがれ。 てゐさんなんて呼んでもないのに訪ねてきてくれては数時間ほど、あっしらの戯言に付き合ってくれるってェのに!」

意外な知り合いの名前を聞くことになり、先ほどの怒りはどこへやら優曇華院は興味津津といった感じで、

「おじいさん、てゐと知り合いなの?」

問うてみることにした。すると反射的に、

「てゐじゃねェだろ! さん、を付けろデコ助野郎!」

叱咤の声が飛んできた。額に青筋が浮かぶものの、相手は癇癪老人だから、と自分でもよくわからない言い訳をし、再度質問を放ってみることにした。

「そ、それで? て、て、て、てゐさんとはどんな話をしたのよ」

「五月蠅ェ、飯はまだか!?」

他の妖怪とは異なり温厚な彼女は、額の血管がぶち切れそうになるのを堪え、先ほどとは別の質問を放ってみることにした。つまるところ、何故、危険極まりない魔法の森になぞ足を運んだのか、と。
伊蔵は笑顔で答えた。とても爽やかな顔で、


「おっぱいの形をした茸が欲しかったから。 この前、森田んとこの倅がおっぱい茸を持って帰ってきてよォ、それを見たらどうも……いやぁはっはは!」


優曇華院の限界ケージが余裕で振りきれてしまったのは言うまでもない。修羅と化した彼女は、伊蔵を正坐させると【魔法の森】の危険性について説明したり、嫁を心配させるとは何事かと詰問し、そんな理由のせいで師匠の手を煩わせたことについてや、あれやこれやと説教し始めることになった。


「いいですか!? 【魔法の森】というのは――――――」


     ∫ ∫ ∫


【魔法の森】の最大の特徴は、はやはり茸だろう。そこは薄暗くじめじめした森だけあって様々な茸が自生している。当然危険な茸も存在している。致死性を持つものや幻覚症状を引き起こすものまで多種多様、より取り見取りのバーゲンセールだ。
幻覚症状に関しては、直接口にしなくても中空に漂う胞子を吸うだけでも発症することが知られている。先日も里の数人が、魔法の森に自生する珍味を採集しに行った結果 何人か胞子にやられることになった。
また、その幻覚に注目すべきはその威力である。経験者に訊ねたところ、まるで現実と寸分も違わない光景が展開されるのだと言う。特に、己の願望欲望といったものが幻覚として投影されやすいという報告がある。それは先日、脳内を胞子に侵された人間の反応からも強ち間違いではないかもしれない。


以下は茸に頭をやられて幻覚を見た男達の言葉である。


パターン1 : 「フヒヒヒヒヒヒ……ゆ、ゆっくりは俺の嫁。 ゆっくりが俺の頭を撫でてくれる……ひははは!」

パターン2 : 「ゆ、ゆゆゆ幽香様がごごご褒美にオイラの頭を踏んでくれたんだな! み、皆は幻覚症状だって言うけど……関係ないんだな。 もっと、もっと踏んでくれよぉおおおお……っ」

パターン3 : 「し、下着が空を舞っている!? おおおお、落ちてくるぞ! 空から下着が落ちてくるぞ……ッ!! って、くっせぇええええええええええええええええ!?」

パターン4 : 「や、やめてくれ……ワキギロチンは! ワキギロチンだけはやめてくれぇええええええ!」

パターン5 : 「妹が触手になった」

パターン6 : 「天子ちゃんマジ天使ぃいいいいいいいいいいいいいいッ!」

パターン7 : 「お嬢様ペロペロするお!」


あまりに酷い有様だった。その治療に携わった玉兎がまるでゴミでも見るかのような冷たい目で彼等を見てしまうのも無理はない。(だがそれがいい)

その幻覚症状だが、実は人間だけでなく妖怪にも効果があるせいか、人外のものでも極力近寄らないようにしていることは阿求の書物に書かれている。
だが、そんな危険な森で好き好んで生活するものがいる。彼等は所謂 魔法使いと呼ばれる者達だ。原理は兎も角 茸の幻覚が魔法使いの魔力を高めるということで一種の地力向上の修行を兼ねて森での生活をしているのだ。例えば、アリス・マーガトロイドや霧雨魔理沙などがその良い例だろう。


『あんな危険なところに住んでるなんて正気の沙汰じゃねぇよ。 頭、おかしいんじゃねぇの? これだから魔法使いって人種は変態ばっかで――――』


そのような言葉を口にした人間がいたが、直後に背後から襲われ簀巻きにされることになった。その彼を簀巻きにした下手人はというと、

「……朝から叩き起こされたと思ったら、どうして私はこんな事を手伝わされているのかしら?」

某所でマンドラゴラの収穫の手伝いをしていた。

「いいじゃないか。 どうせ暇なんだろ? それにお前も言ってたじゃねぇーか。 近々、マンドラゴラを使って色々したいって」

「それはそうだけど、良いように使われているようで嫌なのよ。 もう、面倒ね」

渋々といった感じで下手人、アリス・マーガトロイドはマンドラゴラを引き抜く。
引き抜いたそれはまるでオーガズム時のヒトの表情を浮かべると、奇声を発する。魂を震わせ常人なら発狂死しかねないような叫びを。

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

何度目になるかわからない反復作業。刺身の上に小さな花を添えるアルバイトにも似たルーチンワークには、流石の彼女も辟易とする。

「魔理沙。 最近のマンドラゴラって……こんなものばかりなの? 常識人の私としては頭の痛い限りなんだけど」

それでも律儀に引っこ抜き続ける辺り、彼女の性格が窺え知れる。

『アッ――――!』

友人、魔理沙もアリス同様にマンドラゴラを引き抜きながら、

「後半無視するけど、前にも言っただろ? どうも最近突然変異か、妙な茸やら動植物が発生しているって。 この前なんて、突然変異で発生したっぽい紫の顔した人面犬がさぁ、橙にイジメられているの見たぜ? ああいうのを下剋上って言うのかな」

「私も後半無視するけど、こんな変なマンドラゴラばっかりって言うのは絶対変だわ。 もしかすると、幻想郷に何かが起こる前の予兆なのかもね」

「お、異変か。 それは楽しみだ。 今度の相手はビオランテみたいなやつなのかね」

「ビオランテって何よ」

「ビオランテはビオランテだぜ。 お前もそう思うだろう?」

マンドラゴラを引き抜く。

『アッ――――!』

その声に満足しながら、魔理沙はほほ笑みを浮かべた。

「こいつも同意だとよ」

アリスは少し考える素振りを見せ、

「意味わかんないんだけど? この子もそう言っているわ。 ねぇ?」

マンドラゴラを引っこ抜く。

『アッ――――!』

「そんなことないよな?」

『アッ――――!』

「意味不明なのよ、ね?」

『アッ――――!』

「おいおい、ビオランテはビオランテだっていうのは常識だろ」

『アッ――――!』

「ビオランテっていうのがそもそもわからないって言ってるの」

『アッ――――!』

それから少女達の会話と比例して引き抜かれるマンドラゴラ。狂気の合唱コンクールだった。

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

『アッ――――!』

周囲の生き物がピクピクい始めた頃に、不毛さに気付いた魔理沙は暇つぶしを兼ねて、なぁ、と作業を継続しながら問いかける。

「何よ」

「今日は旦那のところには行かないのか?」

アリスは思わず引き抜いたマンドラゴラを握り潰す。『UGYAAA!!』と壮絶な悲鳴が木霊したが、額に青筋を浮かべさせる人形師にとっては些細なことだった。

「…………色々と言いたいことはあるけど旦那って誰のことよ」

そりゃ、と前置きし、

「あの変態店主に決まってる。 お前ら随分仲良いし? 実際そこら辺どうよ?」

「まさかッ。 何か勘違いしてるようだけど、私は別にあの変態のことなんて何とも思ってないわ。 魔理沙はそんな風に思っていたのね心外だわ ええ それはもう盛大に心外だわ。 そもそもどうしてそんなことを言われないといけないのかしら。 だいたい、恋だの愛だのいうのは錯覚よ。 所詮は物欲の延長線上でしかないわ。 何故だか対象がヒトであるというだけで美化されている点なんて理解不能ね。 あーやだやだ」

『UGYAAA!!』『UGYAAA!!』『UGYAAA!!』『HA☆NA☆SE!』『UGYAAA!!』『UGYAAA!!』

マンドラゴラを親の仇のようにブチブチ引き抜いては握り潰しブツブツ言うその様を、何とも言えない生温かい瞳で見てしまう魔理沙を誰が責められようか。仮にこの場にいるのが魔理沙ではなくパチュリー・ノーレッジだったとしたら、皮肉と弾幕を放っていたことだろう。

「この前 恋愛はするものではなくて気が付いたら落ちているものよ、とか言っていた人間の言葉とは思えないぜ。 これが俗にいう“それはそれ これはこれ”という超絶俺様理論か……ッ!」

アリス 恐ろし子……っ! と言わんばかりに戦慄顔になる魔理沙だった。どうでもいい話である。


     ∫ ∫ ∫



場面は人里に戻る。


「で、相談と言うのは?」

全ての人の治療を終え疲れ顔の八意・永琳の前には、伊蔵が土下座スタイルで、

「先生ェ! 先生を天才薬師と見込んで相談がありやす! 服用した人間の姿を10歳当時ほどに戻す薬を譲って下せぇ!」

実に阿呆なことを頼み込んでいた。永琳が伊蔵をツマラナイものを見るような眼で見てしまうのは致し方ない。


「……………………一応、用途と理由を聞いてあげるわ」


「家の婆さんも昔は可憐な一輪の花でやした。 それこそ幻想郷一の高嶺の花と持て囃され、人間だけでなく、あの鬼の四天王番外位【山田・太郎】や現在河童組織の幹部である【田中・寛】といった妖怪までもを虜にしたァもんですよ。 ですが、それが……それが……今では直視するのも無残なヒヒに」

尚も土下座しながら語る。

「あっしはそんな現実を捻じ曲げてェんです。 そこで先生のお力をお借りして、我が家の婆さんを10歳当時の姿にして逆浦島太郎ライフを味わいたいと考えた次第で御座ェます。 あんなヒヒ化した婆さんにはもうこりごりなんだよ、先生ェ!」

「そんな……幾ら容姿が変わろうと、その人は御爺さんが愛した人なんでしょ? なら……」

「御前ェさんにはわからんよ、助兵衛ホイホイ。 ン十年前は美人だった嫁がまるで羞恥心を無くしたヒヒになってしまった悲しみは。 想像してみろ。 初恋の人がヒヒ 寝ころんで尻をボリボリと掻いたと思ったらァ恥ずかしげもなく屁をする様を。 何年の恋も冷めるってェやつだ。 流石のあっしも頭がどうにかなりそうだった。 老いだとか羞恥心だとかそんなもんじゃねェ。 もっと恐ろしものの片鱗を味わいやした」

永琳は眉間をもみながら、下らない頼みを一刀両断しようとした。

「わるいけど……」

しかし、諦めが悪いのか尚も土下座を重ねる伊蔵。

「一日だけでも良いんです。 あっしにトロピカルフィーバーなストロベリークライシスなナイトメアタイムを何卒!!」

下らない頼みごとではあるが情熱だけは本物であった。そして、その男の姿に感動を覚えたのか共鳴した男どもが、伊蔵同様に頭を下げ始めた。


「拙者からもお願い申し上げます。 何卒、伊蔵殿に夢を」

「何故脱ぐ?」

「オイラからもお願いするんだな。 ついでに踏んで欲しいんだな」

「五月蠅い黙れ」

「先生、妹が八雲・紫になったんだが……」

「幻覚よ」

「八意先生、天子ちゃんが天使過ぎて生きるのが辛いです。 ケコーンしたいです」

「抗いがたい身体的な苦痛を味わえば、生きてることの素晴らしさを実感できるわ。 試してみる?」

「伊蔵殿のことは兎も角、先生の顔が【ゆっくり】に見えてきました」

「チョン切るわよ」


やがて当然と言うべきか、温厚妖怪の優曇華院といえども、その怒りの限界臨界点は振りきれ、

「……これだけ元気なら医者なんて要らないじゃない! 心配して損したわっ! 次、行きましょう師匠!!」

男達の声を無視すると、師匠の手を引きその場を去って行ってしまった。その小さくなっていく兎娘の背中を眺めながら、

「お前ェさんもまだまだ若いんだ。 あまり過去に縛られなさんな」

そう呟く声があった。


     ∫ ∫ ∫



八意・永琳の頭痛の種は完全に消滅してはいなかった。里の通りを優曇華院と歩いている時にそれは起きた。2人の正面から、2人組の老女が歩いてきた、どちらも上品な女性で、先ほどの男たちとは違いいたって常識的な印象だった。表面上。
優曇華院も老女等の様子に特に思うところはなかったのだが、永琳は思わず眉をしかめた。以前の、苦い思い出が脳内から沸き起こる。思わず逃げ出したくなるがそうはいかない。もうすでに老女達にはロックオンストラトスされているからだ。

永琳は視界に収めた老女達は満面の笑みを浮かべ、

「あら……」

「お舟さん。 あちらにいらっしゃるのは八意先生よ」

「まぁ! あの霊験あらたかな八意先生っ!」

「霊験あらたかな八意先生にお目にかかれるなんて今日は良い日ね。 お軽さん、私、先生の霊験にあやかるわ」

「私もご一緒しますわ!」


「なむなむなむ!」


とその場に膝をつくと両方の手を合わせて祈り始めたのだ。
永琳は無言で眉を顰めながら会釈し、一方、優曇華院は目を万まるにしながら驚きを露わにした。

「し、師匠……」

何と言ったらいいのかわからない心境に戸惑いながらも、声を発した。どういうことですか、と。しかし、その解答がくる前に、

「あー! 八意センセー」

「あ、あの子……」

元気よく響く声があった。元気な少年の声だ。優曇華院は、通りの反対いるその声の持ち主に見覚えがあった。先日、少年が病気で喘いでいるのを、彼女の師匠が治療した記憶はまだ新しい。

「先生ー! この前も、それにいつもありがとー!」

遠くから向けられるその声に、永琳も思わずといった風に口元を笑みの形にし、応えるように小さく手を振った。
しかし、直後にその笑みが氷りついた。なんと少年は、先ほどの女性達のように、その場に膝をつくと両方の手を合わせ、


「なむなむなむ!」


と祈り始めたのだ。

「あの、師匠……?」

永琳はその問いを無視した。歩く速度も通常の二倍程になってしまう。余程、言及されるのが嫌なのだろう。
優曇華院もこの話題は止めておこうかしら、と思ったが、そうは問屋がおろさなかった。

今度は、突然近くの茶屋で談笑する男達が、此方をキラキラした眼でロックオンしてきたのだ。

「ソーリン様。 あそこを歩いていらっしゃるのは我らが神、ゴッド八意では?」

「チャッピー芝衛門、よくやりました大義ですよ。 お前が神のお姿を見つけていなかったら、我々は大きな損失を抱え込むところでした。 さて、では本日の祈りを神に捧げるとしましょう」

「(やだなぁ……この里)」

「何をしているのですか、宗重。 お前も祈りなさい。 ゴッド八意の霊験にあやかるのですよ」

「ぐぬぬ……!」


「なむなむなむ!」


そして同様に拝まれる始末。一体これはどういうことなのだろうか、と頭を悩ませる優曇華院であったが、

「師匠……私も祈った方がよろしいのでしょうか? こう……なむなむなむ、でしたっけ? これいいであ、痛っ!?」

「…………」

冗談混じりにそんなことを口にすると師匠に殴られるハメになってしまった。優曇華院は知らなかったが、実は八意・永琳とは人里において、霊験あらたかな存在として、老若男女を問わずに風見・幽香や博麗・霊夢以上に信仰されていた。

永琳としては非常に気に入らないことであるが。そのせいか今も段々と機嫌が悪くなっている。

「ご、ごめんなさい師匠。 あの師匠――――

「ウドンゲ。 最近、話題になっている【とある変態の喫茶店】を知ってるかしら?」

「あ、はい。 てゐが言っていたあの店ですよね? それがどうかしましたか?」

「……私、今凄く頭が痛いの。 精神的な理由でね。 だから、甘味が欲しい。 けどね、その喫茶店は味は兎も角、主人もお客も変態揃いの人外魔境ともっぱらの噂なの。 私はそんな人外魔境に行きたくないの。 代わりに逝ってきてちょうだい」

「…………私がですか?」

「安心なさい」

「貴女なら何だかんだ言って適応できそうな気がするから。 常識人な私とは違って」

「どういう意味ですかッ!?」

なにはともあれ、兎娘の受難はこうして始まったのである。









 

――――――――――――――――――――――――――――――
【没ネタ】


「八雲、頼みがある」

珍しい事もある。自分を嫌いだ嫌いだと豪語する店主が頭を下げてまでお願いをしてきたのに、紫は僅かに眼を見開いた。

「なにかしら?」

「バイオ5の協力プレイ…………や ら な い か ?」

「恐怖の原点、頂点と謳っておきながら、そんなものすっ飛ばして格闘ゲーム化したバイオ5ですって?」

「いいかね? 特別、貴様でないといけないなんて理由はないんだが……ただ、此処には貴様以外に協力を要請できるヒトがいないだけであって……勘違いしないでくれたまえよ」

「ふーん、そんなに私とやりたいのかしら?」

「なっ……馬鹿もの! 勘違いするなと言っただろ。 オレは別に、八雲のことなど……」

「嘘はいけませんわ」

「な、なななな!」


     ∫ ∫ ∫



――――――――――――――――――――――――――――――


missingの魔王様が大好きです。彼の持論にあこがれる痺れるぅ。愛なんて、恋なんて…………猫耳装備があればそれでいいじゃないの。




[12007] Act.4-3
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:2161a5e6
Date: 2011/07/14 03:38
魂魄・妖夢は冥界在住の半人半霊であるが、日用品などの購入の際にはよく人里に足を運んでいる。本日もまた彼女の主である幽々子の「この前の、お菓子をもう一度買ってきてちょうだい」と命令のついでに、人里へとやってきていた。

主の命令自体には大した抵抗はないが、その命令内容に妖夢は辟易とした気持ちで一杯だった。菓子を買ってこい。これなら特に問題はない。ただ、その購入先の店に問題があった。その店は、とある変態魔法使いが営む変態喫茶店で、客も店員も並々ならぬ変態揃いの人外魔境であったからである。

店員側は、理性的にイカれた貧乳スキー店主。人食い妖怪従業員その1。無表情系絞殺シルキーと噂される従業員その2。対する客側は…………言葉にすることさえ憚られるが、敢えて言葉にするのならば、常識なんて概念は前世に置いてきたような奴等とでも言っておこうか。

そのような連中が跋扈する環境下でのお使いは、常識人を自称する妖夢にとっては精神的苦痛を伴うのは必然であった。

「変態喫茶店になんて行きたくない……しかし、行かないと幽々様に怒られる。 ああ、これがヤマアラシのジレンマと言うのか…………ふふ、略してヤマンマですね」

ゆえに、そんな呟きが漏れるのも致し方なく、

「母ちゃん母ちゃん。 あのお姉ちゃんは、どうして誰もいないところに向かって話かけてるの? 変態? 変態なの?」

「こら見ちゃいけません! あのお姉ちゃんも色々と大変なのよ!」

そして、それに対する王道的な突っ込みが入るのも最早仕方無い、テンプレートな域であった。

「こ、こら! 年長者に向かってそんな口を聞いてはいけませんよ!」

「お姉ちゃん……年長者って言う程、大人じゃないよ。 身体……んん、失礼、外見的に考えて」

「し、失礼な! 私はこう見えて××歳なんですよ! 半人半霊なのでそうは見えないだけでっ」

妖夢の言葉を耳にするなり、少年はまるで仙人のような覚った顔になった。それはそう例えるなら、【賢者モード】のようであった。【賢者モード】とは罪悪感と宿命論なしには語れない男のアイデンテイィティとは何ぞや、という疑問に関する単語である。

男女のにゃんにゃん行為後、男が黄昏れて煙草をふかしている姿を想像してほしい、まさにあれだ。虚無感。望郷の念。罪悪感。行為前まで高ぶっていた心は落ち着きを取り戻し、恋やら愛やらといった粘膜が見せる妄想から解き放たれる。愛おしく思っていた恋人の存在は心の重要位置から転落し、舞いあがっていた気持ちは泥底に沈殿していく。そこに『俺、何やってんだろ……』『母ちゃんの作ってくれたハンバーグが食べたいよ』という呟きが加われば完璧である。


結局、【賢者モード】というのは、性欲を筆頭とする欲望からの解放により生じる虚心坦懐の境地!!!


少年はそんな表情を浮かべ、

「この前、外の世界からやってきた外来人は言いました。『16歳以上はババア! 19歳以上は熟女である!』と、これから考えるに、 お姉ちゃん熟――――」

きりもみ回転しながら宙を舞った。
と言っても、直接殴打されたわけではない。妖夢の脅しとして繰り出された拳から放たれる拳風により吹き飛ばされたのだ。決して彼女がコングパワーの持ち主というわけでも、子どもに容赦情けのない悪鬼羅刹女というわけではない。

「最近の子どもは躾がなっていないようですね。 それ以上、生意気な口をきくのなら鉄拳制裁です。 私の拳は凶暴ですよ」

多少、人の話を聞かないところと空気が読めない節があるが、彼女は善良な人外である。付け加えるなら、欠点として若干の体育会系であるが。

しかし、此処は幻想郷の人里である。普通の人間なら無傷では済まないだろう現状に対し、少年は落ち着いた対応を見せる。空中で態勢を整えると、猫のようなしなやかな動作で直値してみせたのだ。おそらく、外の世界の人間が彼を見たらこう言うだろう。『な、なんて変態的な動きなんだ! 格好良い! 抱いて!』と。

「流石はお姉ちゃん。 伊達にソードマスター妖夢と言われるだけのことはあるね」

「ソードマスター妖夢!? 何ですかその渾名は!」

「まぁ、それは置いておくとして」

「待ちなさい! それについてもう少し詳しく聞かせて下さい」

「別にいいじゃない。 お姉ちゃんが人里でソードマスター妖夢って言われているだけだよ」

「どうして、そう呼ばれているのかと訊いているのですッ。 私はそんな渾名を名乗ったつもりはありません」

どうして。
その問いに少年は一つ首を傾げると、虚心坦懐の境地顔で呟く。

「嫉妬って怖いよねぇ……」

「え? え? 嫉妬というのはどういうことなのですか?」

少年はその言葉に応えることなく、踵を返す。
思えば母の手伝いの途中であった。余計な時間を使いすぎていた。「僕、もう行くね」速く手伝いに戻ろうと思いながら、ふと思い出したように、

「そうだ。 お姉ちゃんも気をつけて。 最近、この人里付近に【因幡の黒兎】が出没しているから」

「? 【因幡の黒兎】?」

【因幡の白兎】ならば耳にしたことはあるが、【因幡の黒兎】などという言葉を聞くのは初め

「うん。 前は【因幡の白兎】さんが追い払ってくれたけど、今回もそうなるとは限らないからね。 出来るだけ各自で注意しましょうって。 いい? お姉ちゃん? アレに関わったら駄目だよ。 お姉ちゃんみたいな人は不幸になっちゃうから。 別にお姉ちゃんのこと心配してるわけじゃないから勘違いしないでね。 では、これにて失礼」

「…………これが外の世界からやってきた外来人曰く、ツンデレもどきもどき、というやつですか」

とある喫茶店に足を運ぶ途中であるブレザー姿の玉兎が、遠くで、じっと妖夢を眺めていた。ショタコン女性、というある種の変態を見る生温かい目で。



     ∫ ∫ ∫



幻想郷は外界から隔絶した一種の異界である。
文明社会や時間から切り離されたそこでは、外の世界とは異なる独自の文化を形成している。それは妖怪や妖精、及びその他多数の人外の交流が存在する点から考えるに何ら不思議ではない。

その大きな特徴としては、外の世界と比較して科学の力が弱い一方、神秘性が強力な力を持っている。
しかし、その一方、科学の力が皆無というわけではない。本来、科学と神秘とは相反するものと考える人がいるかもしれないが、実はそうではない。

自然科学史を例に説明してみよう。

古代世界には、科学観というものに神々や悪霊といった神秘的なものが付属して考えられていたのはご存知だろう。代表的な例としては星の観察がある。古代の人は夜空に浮かぶ天体を、神々の化身として崇め奉り、それを元に科学観を構築したわけである。

古代ギリシアについても語りたいが面倒な人が多いので省略する。

中世ルネサンス期には上位世界と下位世界の照応関係、といった関係にあるという考え方が浮上する。これを説明するのには真プラトン主義やらと言ったものが欠かせない。が、ぶっちゃけ、超絶端的にまとめると、

我々が住まう地球はより上位に位置する天界の影響を受け、天界はその更に上位に位置するアカシックレコード(一なる者)の影響を受けて存在している。下位世界は上位世界の模造品であり、上位世界がなければ存在しない、という説である。

ルネサンス期の魔術師(≒科学者)はこのような科学観のもと、世界に存在する事象を研究し、知性を養うことが魂をより上位存在へと押し上げるためには必要不可欠だと考えたのである。そのような考えが一般化するルネンサンス期の魔術師の中に、上位世界の情報を下位世界に伝達するための物質があると考えた人がいた。

彼は、その伝達物質をエーテルやら何やら眼に見えない小さな粒子と定義し、上位下位に関係なく世界に遍く存在しているとした。
そして、もう少し後に現れる賢者の石は、このエーテルが石の形に凝固したもので、この粒子を手に入れることができれば、上位世界の情報を知ることが出来ると考えられた。結晶化した情報を意のままに操ることが出来たならば、不老不死の薬やエリクサーといった超絶レアアイテムの作成も不可能ではない考えられたわけだ。

賢者の石と言えば、パララケルス。彼は(以下略)


今日のように宗教と学問とが切り離されていなかった昔、科学の反対となるものは宗教であった。科学は常識に喧嘩を売る厄介ものでしかなく、ガリレオやらブルーノやらは教会を敵に回して酷い目にあったものだ。
しかし、今日では科学の反対になるものは魔術である。魔術とは、昔は自然を研究し、そこに何らかの法則性を見出す研究のことを指していたのだが、時代が移ろい行くにつれて意味が変わってしまった。
現代人は魔術と言われて何を想像するだろうか。多くの人間は、ミニスカツインテールで赤い服の娘が「ガン○! ガ○ト!」と何やら神秘的な呪文を発したと思ったら、不可思議ビームやら破壊光線を発射する光景を想像されるのではないだろうか。私は凛ちゃん派だ。絶対領域が素敵だ。ケコーンしてくれ。

上記のように、科学と神秘とは必ずしも無関係などではなかった。そして、この幻想郷という神秘文化が色濃い異界においても科学技術が僅かに存在していた。といっても、幻想郷の管理者があまり科学技術を幻想郷に在るのは好ましくない、ということで非常に制限された上に、原始的な性能を持つものしか置いていない。尤も、某種族が持つステルス性能持ちの道具だったり、核融合炉だったりと一部例外も存在するが。

この科学技術の保守点検、及び研究開発している種族がいる。(諸処の理由により、種族的な意味で人間ではない)

では、どのような種族が行っているのだろうか。鬼だろうか、妖精だろうか、天狗だろうか。否。それは、


「河童の科学は幻想郷一ぃいいいいいいいッ!」


河童である。
古来日本にも登場するあの妖怪である。日本昔話に登場していても可笑しくない河童である。

よく伝説では、人間から尻子玉を抜いたり、川を泳いでいる人間を溺死させたり、溺死した人間から尻子玉を抜いたり、大好きな相撲で子ども相手に大人気なく無双したり、相撲に負けた子どもから尻子玉を抜いたりする様子が描かれているが、幻想郷に住まう河童はそのような伝承からはかけ離れている。 (余談であるが、尻子玉とは男のアレではない。尻の中にあるとされた架空の臓器である。間違ってもアレではない)

幻想郷の河童は、何故か知らないが、人間のことを盟友と称し、日夜、人間を観察し研究し共に在りたいと願っている。

そのこともあってか、人間の里の科学技術の保守点検を進んでおこなっていた。
また、
彼等は、常に胸躍るロマンを忘れずに、日本のワビサビを理解し、尚かつ少々劣悪な環境に置かれたくらいでは「ベアじゃボケぇええええええ! ベア!!」と文句を垂れない職人達である。(※ BASE UP=基本給上げろ糞野郎の略)

その日も、
真面目な河童の一人である“彼女”は人里に赴いていた。理由は、科学と神秘の融合で生まれた気象予報機【龍神の像】の保守点検である。これは別に彼女だけの仕事というわけではなく、当番性で、今日たまたま彼女の番だったのだ。

里の通りは妙に込んでいた。
特段、その日は祭りやら祝い事はなかったはずだが、と怪訝に思っていたが、次の瞬間、その妙に込んでいる理由がわかった。

「ゆ、ゆ、幽香様! 拙僧の頭を……ふ、踏ん――――」

額に【風見・幽香様に踏まれようの会】と書かれたハチマキ男が騒いでいたからだ。といっても、“彼女”がハチマキ男を目にした瞬間には彼は、某花妖怪に蹴りあげられて宙に浮いたところを、日傘から発せられた極ブトの光線で貫かれて、光の彼方に消えてしまった。

その直後には何故か先ほどまで居た土の中から出てきたが。そして、【風見・幽香様に踏まれようの会】と書かれたハチマキの同士にタコ殴りにされているのを一瞥した“彼女”は、

「さて、仕事仕事」

何も見なかったことにした。おそらく、ああいったコミュニケーションスタイルなのだろう、と。何事にも寛容な性分故に何となく察することにした。

その後、“彼女”は某花妖怪とそのファンによって構成されている人込みを縫うように走り去ることにした。その姿は、普段から「人間は河童の盟友さ!!」と言っている癖に、意図的に人間を避けるように見えた。

ふと進行方向上に見知った姿があった。迷いの竹林に住まう宇宙兎だった。
おそらく、普段から行っている仕事をこなしているのだろう。すなわち、彼女の師匠である薬師が作製した薬を、置き薬として置いては貰えないかと営業販売をしているのだ。

お仕事御苦労様ー、と思っていた“彼女”であるが、ふと気がついた。
件の宇宙兎がまるでアブノーマルな趣味を持つ者を見るかのような生温かい目をして、何かを眺めているのだ。

『あの半人半霊、絶対にショタコンね……これは師匠に報告しなくちゃ』

何かを口にしているようであるが、人外であっても兎のように耳のいい身体ではないので認識することは出来なかった。きっと、今晩の夕食は何にしようかなぁ、とか考えているのだろう。洞察力と経験則から何となく想像出来た。

「しかし前から思っていたけど、あの兎、どうしてあんな変な格好をしているんだろうねぇ」

見た目の割にはなかなか想像出来ない年齢をしている“彼女”からしてみれば、その兎の姿は破廉恥極まりなかった。そして、声には出さないが胸の内で思う。ありゃ変態さね、と。

文化の違いが価値観や美意識の差異を生んでしまうのは致し方ないことだ。江戸時代の日本を訪れた西欧人も、日本人の姿を見てひどく驚いたことだろう。特に、ちょん髷。美意識は国によって異なるとはいえ、幾らなんでもカルチャーショック過ぎる。
同じく日本の伝統文化であるサムライソードやNINJYAに関してもそれは言える。この場合は逆になるが、米国人がNINJYAに変装して本物のポン刀を振りまわしている様は、日本人でも唖然としてしまう。

この時、“彼女”も似たようなカルチャーショックに襲われていたのだった。

「博麗や、お山の脇巫女姿といい最近の若いものはどうかしてるよ本当に」

“彼女”の服装も少々アレなのだが、“彼女”が所有する鏡が少々曇っているせいもあってか度外視されている。見る人が見れば、Sな属性持ちは大喜びの服装に見えないこともない。


「シャルロット・デュノア・ハピネス!! さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! そこをお歩きの紳士淑女の皆さま方、コクトー露店だよ! 今日は珍しいものがあるんさ! その名も全自動卵割機!! さぁさ、見てらっしゃい!!!」


突然、【龍神の像】へと向かう“彼女”の耳に大きな声が届いた。どうやら露店販売が行われるようだ。思わず視線をやる。いかにも即興で作ったらしい露店。そして思いのほか小柄な店主が目についた。
しかし、何よりも気になるキーワードがあった。それは、

「全自動卵割機? 何、その如何にもポンコツっぽい名前」

全自動卵割機というものをご存知だろうか。“彼女”は知る由もないが、それは外の世界で放送されている某国民的アニメ、具体的に日曜日の夕方辺りにやっている○○○さん(※某主婦の名前)に登場した名前通りの卵割マスィーンのことである。全自動と謳っておきながら、その過程には手で割った方が速い手動操作が必要不可欠なのだが。

小さな移動式屋台の上には、その欠陥卵割機が置かれ、それについて売主が営業販売を行っている。小さな屋台の周りには、いつの間にか人だかりが出来ていた。そのせいもあってか、売主の声にも喜色に富んでいるようだ。

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 此処にあるは世にも珍しい全自動卵割機だよ! これさえあれば、面倒な卵割もあっと言う間に終わってしまう! 何とも心強い主婦の味方! 全自動卵割機だよ!」

そんなもので主婦の負担が減る訳ないだろう、と内心声を漏らしたのは“彼女”――――、河城・にとりだった。

河城・にとり。
彼女は所謂、河童である。頭に皿を乗せ、体色が青緑色をしているあの妖怪のことだ。尤も、それは伝承の種族としてである。
此処にあるのは、皿の代わりに帽子を、甲羅の代わりに工具入れのリュックサック、透き通るような白い肌、それを身に纏うは一輪の睡蓮花。容姿は極めて可憐なまるで妖精かと見紛う美しを持って存在していた。

「あれは駄目だ。 絶対に売れないよ」

つい呟く声に、

「そう言っている割には興味津津といった面持ちだが」

「そりゃ……どういうカラクリなのかは気になるさ。 エンジニアの血が騒ぐって言うかのかね」

「ほう、エンジニアか興味深い。 どうだねお譲さん。 そこの茶屋で一杯」

「…………ひゃっ!」

思いもよらない返答が背後から来た。

屋台の方に注意が向いていたせいか、背後にいる人物に気がつかなかった。
にとりは思わず、近くの茶屋の影に姿を隠す。
普段は「人間は河童の盟友さ!」と口にしている割には、いざという場面において積極的に人間に関わろうとはしない。それは彼女の気性に問題があった。

「なるほど、君は朝顔のような女性だね。 私のような喧しい太陽には、綺麗な花弁を拝ませてはくれない」

「うっ」

まさにその通り。にとりは人見知りをする照れ屋な河童であった。特に男性に関してはそれは顕著であった。男性に関しては某魔法先生ものの、本屋ちゃん並の人見知りであったのだ。

見知らぬ者同士ばかりの空間に放り込まれ、その空間の責任者に「はーい、2人一組でチーム作ってね!」と言われたら、顔面蒼白にして自分から行動できずに立ち尽くすタイプであった。

「しかし、奥ゆかしい女性というのもなかなか。 お譲さん、そこの茶屋が駄目なのであれば、向こうの和風料理店【天麩羅】で河童巻きのフルコースでも如何かな」

「…………」

「そのような熱い瞳で見つめられると困るのだがね」

「…………」

いかにも胡散臭い雰囲気を漂わす男は、にとりの隠れている物陰を覗きこむ。
何をするつもりなのか、と彼女が警戒する傍ら、男は至極真面目な表情で、

・――――布団が吹っ飛んだ

「っ!!」

不意打ちだった。普段ならば、このようなオヤジギャグにはクスリともしないはずが、こんな時に限ってツボに入った。

・――――どうしよう困った。 河童のお皿をさらってしまった。 それはもうサラっとな。

「ッ!!」

下らな過ぎる。それなのにどうしてこうもツボに入るのだろう。人見知りする彼女からすれば、危機的状況だからだろうか。

「最後に一つ。 現在の、少女に相手にもされない苦心をお題にして」

男は膝に手をあて身を屈める。

・――――苦心な気持ちで屈伸

そして、屈伸。最悪だ。こんな下らないオヤジギャグ見たこと無い。妙な面白さと不気味さが綯い交ぜになって少女を襲う。よくわからないものが鬩ぎ合い、叫んだ。


「ど、ど、どっかいけぇえええ変態!!!」


「はっははは。 いやはやいやはや、これはこれは失礼を、はっははは」

男はニヤリと嫌な笑みを浮かべて人ごみの中に消えて行った。
男が消えて数分したところで、にとりはようやく安堵の気持ちに至ることが出来た。
先ほどの微妙な胡散臭い雰囲気は微塵もなく、いつも日常が帰ってきた。

「今ならお買い得のなんたらかんたら――――」と、先ほどの屋台の店主が営業活動をしている声が聞こえてくる。時間が戻ってきた。まるで悪趣味な白昼夢を見ていたかのようだ。

安堵のため息。胸を撫で下ろす。助かった、と。

「河童のお譲さん。 お譲さんあの全自動卵割機を……どう思う?」

「すごく、無駄だね。 あんなものを買おうとする奴ぁ、今まで一切の家事をやったことのない奴か、よっぽど世間知らずのボンボンくら――――はッ!?」

突然の質問に思わず答え、気づく。その声の持ち主が先ほどの男のものだと。声がした方向。背後。振り返る。奴がいた。笑顔で両手を差し出している。

「どうかしたのかね。 幽霊でも見たかのような目をして。 何か恐い目にあったのかね、ならば私の胸を貸そう。 さぁ、飛び込んでおいで!」

「う、ううううるさい変態! こ、こここれで勝ったと思うなよ! そ、そそそその内、ギッタンギッタンにしてやる!」

反射的に【のびーるアーム】をぶちかまし、逃走する。もはや【龍神の像】のことは頭にはなかった。

…………あれ、光化学迷彩発動して、る?

迷彩を発動させようとして、ふと気がつく。先ほどから迷彩スーツが発動状態だったことに。

「やっぱり、アイツは妖怪だ……」

「いや、DNA上では正真正銘の人間だ。 しかし、生き物とは不思議だね。 どうして逃げられると追いかけたくなるのだろう」

「ついてくるなぁあああああああ!!」

その様子を、隙間妖怪の式の式が何とも言えない目で眺めていた。



     ∫ ∫ ∫



さて、
にとりが去った通りでは、相変わらず全自動卵割機の説明が続いていた。

「おー! すっげぇ!」

屋台の人混みの中にはある少女の姿があった。少女は白いドレスに身を包み、日傘をさしていている。日傘の中では彼女の蒼銀の髪がキラキラと光り、それと同じように眼前のカラクリを目に笑顔
をキラキラと放っていた。
見た目から分かる通り、彼女は所謂貴族であり、金持ちのお譲様であった。普段は貴族らしく厳格で、思いのほか容赦のない性格なのだが、年に何度か今のように幼くなる時があった。それが偶々今日であり、そんな時に出会ったのが全自動卵割機。

まさに最悪の組み合わせである。
しかし、彼女は何も自分の欲望を満たそうと思い、カラクリに目を光らせているわけではない。脳裏に浮かぶ姿はメイドの姿。いつも家事を一生懸命に頑張ってくれているメイド。自分に忠義を尽くしてくれる従者。

そのメイドの手。家事で切り傷が出来てしまっていた。
ナイフが得意な彼女がまさか自分の指を切ってしまうなんて姿は万が一も想像できなかった。
先ほどの前提条件で、それについて親友と議論をしていたら、おそらく卵の殻で切ったという結論に至った。なにせ、書を読むことで料理を極めたと豪語していた親友の言葉だ。信憑性がある。

だから、

「普段なら×××の価格のところ、今日は特別にお兄さんオマケしちゃうよ! 今ならなんと××で売っちゃうよぉッ!」

「素敵! 今すぐ買うわ! 」

少女はメイドに少しでも楽をしてもらおうと、善意の行動に出ることにした。

残念ながら、メイドが傷を負った指が『ゆっくりしてやろうか?』に噛まれた幻傷だとは露とも知らずに。何ともタイミングの悪い話である。しかし、それもまた運命なのだろう。



     ∫ ∫ ∫



どぞこの当主が素敵な卵割機を購入したその日の夜、八意・永琳は自身の研究室で、ある薬を作成していた。この八意・永琳という人間は天才的頭脳を持つことに加え、その特異な能力である【ありとあらゆる薬を作ることが出来る程度の能力】により、かつて不老不死の薬を作ってしまったように、大抵の薬は作ることが出来た。

今現在、彼女が手掛けているのは若返りの薬だ。

それを作る理由であるが、昼間にキノコにやられた老人、伊蔵の依頼でである。
里で優曇華院と別れた後、必死の形相で永琳の元まで走り寄り、涙ながらに土下座する様に、断ろうにも断り切れず了承してしまった結果だった。

「どうしてこんな事をしているのかしら……凄く不毛だわ。 ウドンゲは夜になっても帰ってこないし……どうなっているのかしら」

やりきれない気持ちで一杯だった。
しかし悲しいかな。天才である彼女にとっては、心此処にあらずとも、あっと言う間に作業は終わり、薬を作り上げてしまったのだ。

…………雑用でもこなしておこうかしら。

部屋を出ようとして気づく。薬はいつでも手渡せる状態。

それを見て、頭に掠めるものがあった。それは、因幡・てゐ。
悪戯好きの白兎である。
どうも千年ほど生きているせいもあってか、なかなかの老獪さを備えており、永琳も彼女の行動に対して頭を痛めることが多々あった。
このまま放置しておくと、いつものように結局は悪戯の道具に使われることは火を見るより明らかだった。

きちんとした所に保管しておこう、と思った直後に、

「永琳、聞いて。 虫よ。 虫が出没したの。 黒くてテカテカしてる変な虫が出たの。 地球の穢れを集束させたかのような奇妙な虫が出たの。 退治してちょうだい」

彼女の主が室内に押し入ってきた。表情から察するに、それとなく緊急事態であるようだ。

「少し待ってちょうだ――――」

作業を続けようとするも、主に中断される。

「手遅れになったらどうするの。 私、こう見えて焦ってるのよ。 わかるかしら、永琳。 あのような穢れの集合体みたいな塊に、部屋を蹂躙される私の硝子の心がピシピシと悲鳴を上げているのが。 私のハートは防弾ガラスじゃないのよ。 イナバ達の三倍も儚く、繊細なの」

少しの間ならば、薬から目を離しても大丈夫だろう、と楽観的に考えつつ、仕様が無く主の行動を聞くべく身体が動いていた。

「姫様。 ただの虫ならご自分でも対処できるのでは?」

「永琳。 あの虫を処理するか、あの野蛮人と一日仲良くしなさいか、どちらを選べって言われたら、今の私なら後者を選択するわ。 それほど事態は切迫している。 イナバの手も借りたいほどに」

普段、迷いの竹林に住まうあの蓬莱人と殺し合いをしている人間の言葉とは思えない。

余程のことなのだろう。永琳は即座に主の部屋へと移動することにした。

そして、

「陽動作戦成功なり。 今宵、この若返り薬は【因幡の黒兎】が頂戴いたす」

2人がいなくなった部屋に、突如として現れれる黒い影。その黒い影は若返りの薬を懐にしまうと、その場から消え失せるのであった。それはまさにNINJYAの技。



     ∫ ∫ ∫



永琳は、主の部屋に着くなり、室内から溢れ出る瘴気のようなものに思わず眉を顰めた。経験上、このような瘴気に遭遇した場合、ろくなことが起きない前触れとして知っていたからだ。

…………開けたくないわ。

「永琳」

無情かな。主からの「さっさと何とかして」というプレッシャーに強制され、

永琳は部屋の障子を開く。すると、そこには巨大で黒くてテカテカした謎の物体がいた。その黒いのは此方を威嚇するかのように、キィイイイ! と音を発する。
その大きさおよそ全長5メートル。人間からしたら見上げる形になる。確かにこれは脅威であった。付け加えるのなら、外来人がこの虫を見たら、こう言うだろう。

Gを超えたG。即ち超Gだ、と。

永琳は脳裏で、おそらく“誰かが”自分の研究室から持ちだした【対象を巨大化させる】薬を、この目の前にいる虫に投与した結果だろう、と分析する一方、
反射的に弓矢を顕現させ、それを滑るように射る。

直後、後悔した。
それは、体液をブチまけて破裂したのだった。

彼女は自分の背後にいる主の顔を見やる。硬直していた。長い時を共に過ごしてきたが、このような表情を見るのは久方ぶりであった。
最後のこの表情を見たのはいつだっただろうか。

おそらく自身も似たような表情をしているのだろう、と現実逃避じみた思考を浮かべた。
ただの現実逃避をする永琳の脳裏には、このような悪戯を毎回引き起こしてはニヤニヤ笑っている兎の姿が浮かんだ。

脳裏の兎が笑う。

『お師匠様って意外にドジッ子だねぇ。 まぁ、ドジっ子って歳でもないけ――――』

脳裏の妄想を撃ち砕く。永琳の唇が、この惨劇を作り出したであろう下手人の名前を呟いた。



     ∫ ∫ ∫



因幡・てゐはご機嫌であった。
それは昼間に、某喫茶店で鈴仙をワナにはめたり、人里で持て囃されたりと実に有意義な一日であったからだ。
里で出されたアルコール類のせいもあってか、その頬は赤く上気し、その表情はいつもより充実していた。

実に気分がいい。思わずスキップしてしまう程だ。やがて屋敷の前に着くと、見知った人影があった。
何故か目が死んだ魚のような目をしている八意・永琳であった。

酔いのせいで気分が上気しているというのに、その幽鬼のような姿を目にした途端、ブルっとてゐの全身を寒気が襲う。

とりあえず、無視するのもアレなので、とコミュンケーションを図って見ることにした。

「や、やぁお師匠様。 今夜は月が綺麗だよ。 いやぁ、気分がいい日は月夜は一層綺麗に見えるさね」

「………………」

「そうだ、お師匠様! 今日、鈴仙のやつが例の喫茶店で…………お師匠様?」

「………………い?」

「え? 何かいいましたか、お師匠様」

「………………しい?」

「お、お師匠様?」

「てゐ。 悪戯は…………楽しい?」

普段のてゐなら、この場の空気を読めただろう。
今自分が地雷原を歩いていることにも気がついただろう。
だが、タイミングが悪かった。某喫茶店で鈴仙をワナにはめ、人里でお酒やら何やらを出してもらい非常に舞いあがっていたのだ。
だから間違えた。選択を間違えた。

DQで竜王に『わしの みかたになれば せかいのはんぶんをくれてやる。 なかまになれ』と言われ、

→Yes
 No

の選択をしてしまうくらいに拙かった。だから言う。


「それはもう最高に、退屈な人生に欠かせないスパイスさ!!!」


かくして永琳の笑顔は最高潮に至り、夜天に昇る月が爛々と妖しくに輝くのであった。

「? お、お師匠様、何を怖い顔をし――――!? お、お、お師匠様! 私はまだ何も悪戯はしてま――――」








てゐは犠牲になったのだ。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがきゃ】

もう少しでヴァレンタンですね。皆様、どうぞチョコレートの代わりに受け取ってくだせぇ。何とか14日までには間に合わせようとガンバりました。
さぁ、楽しい楽しい猫耳装備。


【ソードマスター妖夢】フラグ

【因幡の黒兎】フラグ

【若返り薬】フラグ     が建ちました。

4月から、もしかしたら、転勤の可能性あり。
仕事内容と、ネット環境がヤバイ。








[12007] Act.4-3
Name: 真・妄想無双◆fafeda7d ID:8c5eac1b
Date: 2011/07/14 03:36

その日の紅魔館は、嫌なことが起きる前の妙な雰囲気が漂っていた。心臓に悪い空気とでも言えばいいのだろうか。館の主とその妹君以外は、その何とも言えない居心地の悪さを胸に時間を過ごしていた。

主の寝室を掃除していた十六夜・咲夜もまた、社長に不祥事の顛末を報告しに行くエレベーターの様な息苦しさを感じていた。

このような日はろくな事が起きないのは過去の経験から容易に想像でき、出来れば一日中部屋に引きこもっていたい衝動に襲われるのだが、中間管理職である彼女にはそのようなことは夢のまた夢だった。

そんな折に、ふと机の上に書が置いてあるのが目に入った。何かの学術書だろうか。何とはなしに覗いてみる。



「! これは…………」



『○月×日


   夜起きて、朝寝た。

             』


『○月××日


   かゆうま。

             』


それは学術書などではなく、日記であった。それも只の日記ではない。大抵の人間に『これはひどい!』という感情を叩き付ける破壊力を持った一級品である。

面倒臭い。飽きた。継続性? 何それ? おいしいの? 等の怨念にも似た要素が一文字一文字から滲み出てきている日記だった。

本来であれば、他人のプライバシーを無断で犯してしまったことに罪悪感やら何やらに襲われるものであるが、この場合は違った。嫌なものを見てしまったという後悔の念が圧倒的に勝っていた。

『聞いてちょうだい。 私、今日から日記を始めるの』

主がそう言っていたのは何時だっただろうか。彼女は記憶を漁った。答えが出た。それは一週間前のことだった。


「お嬢様の飽き性がこんなところにも……ッ」


思わず声に出さずにはいらねなかった。


「……お嬢様といえば、昼に【紅の間】に来るように、とのお呼びがあったわね。 嫌な予感しかしないけど……」


十六夜・咲夜が、主であるレミリア・スカーレットから呼び出されたところから、今回の物語の幕は開くのだった。



     ∫ ∫ ∫



「春ですよー」

つい先日まで、リリーWが跳び回っていたというのに、気が付いたら、何時のまにか夏の終わりが到来している――――なんてことはよくあることだ。特に、普段から多忙な人間ほどそのような『気が付いたら……』といった傾向に陥りやすいものである。

紅魔館のメイド長、十六夜・咲夜がまさにそうだった。


気が付いたら、蝉の鳴き声は止んでいた。

気が付いたら、熱帯夜のような寝苦しい夜は終わっていた。

気が付いたら、夜中の気温がほんのりと低くなっている。


あれほど鬱陶しかった熱さや、蝉の鳴き声でさえ急に終わってしまうと寂しいものだ。今となっては、あの忙しなく自身の身の回りを彩っていたものが恋しく思う。光陰矢の如し、とはよく言ったものである。人生なんてものは本当にあっと言う間に過ぎ去ってしまう。

意義の有る無しに関わらずにだ。

「私、今年は何かしたかしら。 毎年、毎年、気がついたらお嬢様のお世話で終わっている気がするわ」

それゆえか、夏の終わりに釣られて、らしくもないセンチメンタルな感情に襲われる。窓から覗く薄紫の空が何とも言えない哀愁を漂わせていた。

「年始は……お餅を食べ損ねたのよね。 確かお嬢様が、

『いいかね、諸君。 紅魔館当主様からの在り難いお言葉だ、よく聞けよ。私はお餅が好きだ。 大好きだ。 餡子餅が好きだ。 黄粉餅が好きだ。 醤油をかけて食べるお餅も好きだ。 個人的には邪道だと思っているがキムチお餅も好きだ。 諸君、繰り返すようだが私はお餅が大好きなのだ。 だから、敢えて言おう。 この世に存在する全てのお餅はこの私、レミリア・スカーレットのものだ』

とか言い始めて…………里中のお餅を買い占めて来いだの何だの言われていたわね……私が」

そんな無茶な、と思わず口にしてしまいかねないお願いは思い返すと結構な数がった。最近では何だかんだと言って慣れてしまった感が否めないが。

しかし、中には本当に達成困難というか、不可能なものがチラホラとあり咲夜を苦しめたものだ。

例えば、こんな話がある。
あれはレミリアが某幽霊姫の日本屋敷を目にしてから一週間目のことだった。

『咲夜。 私はこれから紅魔館二号館を建てようと思っているんだ。 しかも驚け、NINJYA屋敷だ。 あの亡霊もさぞ驚くことであろう!』

『はぁ』

『さて、その二号館であるが、その全面指揮を咲夜に任せようと思う。 早速で悪いが作業に取り掛かってちょうだい』

『は、はぁ? それは全部、私がするのでしょうか?』

『なに、気長に待つさ。 味噌スープでも飲みながらな。 しかし、嫌になるくらい謙虚だね、私は。 ふふん、この謙虚な私に免じて一晩で完成させておくれよ。 Hahaha!』

無理難題なんてものではない。思わずできるわけねーだろ、と叫びそうになったものだ。こんなことを思い出したのがいけなかったのだろう。

この『お願い』に触発されたのか、過去に経験してきた無数の『お願い』が、咲夜の脳裏を駆け巡った。眉間に皺がよる。頭に鈍い痛みが走る。言葉が展開された。

『咲夜、クロワッサンが食べたい。 あ、今晩は酢豚を作ってちょうだいね』

『咲夜、霊夢のお茶が飲みたい。 霊夢持ってきて』

『咲夜、隙間が鬱陶しいの。 あいつの尻に葱を刺して黙らせてこい』

『咲夜、パチェが喉にお餅を詰まらせたッ! 何とかしてちょうだい!! まぁ大変! 変な宗教にはまった末期のヒトみたいに痙攣を始めたわ……ッ!』

『咲夜、この【小悪魔○geha】って本に載ってる【昇天ペガ○スMIX盛り】って髪型にしたいの、手伝いなさい』

『咲夜、弾幕ごっこで壊れた壁の修理をしておいてちょうだい』

『咲夜――――』『咲夜――――』『咲夜――――』

『咲夜――――』『咲夜――――』『咲夜――――』『咲夜――――』

『咲夜――――』『咲夜――――』『咲夜――――』『咲夜――――ティヒヒ!!』

展開終了。

「………………………………」

絶句。
確かに、咲夜は主レミリアに恩義があり、彼女に忠義を尽くし、尽くそうと思っている。今までもこれからも。しかし、その半面大事な何かを失っている気がしてはならない。

体的には時間を筆頭した大切なものだ。青春とか、青春とか、青春とか言う甘酸っぱいものを。

青春。
今考えるに咲夜には無縁な言葉なのかもしれない。思えば昔から苦労を重ねてきた彼女である。幻想入りして漸く不幸にピリオドを打つも、何やらかんやらで主の事で手がいっぱいの日常ではないだろうか。

掃除洗濯料理に子守り何でも御座れのお母さんみたいね、と何度言われたことか。

これでいいのか。十六夜・咲夜。これでいいのよ。十六夜・咲夜。問いかける声と、言い聞かせる声。

『咲夜君。 何か考えことかね?』

「うるさい黙れ」

疲れているのだろうか。いけ好かない男の声、幻聴が聞こえた。

よりもよって、どうしてあのような嫌なやつの幻聴なのだろうか。やはり精神的にも疲れているのだろうか。

寝室から【紅の間】に来る道中は、以上の戯言ばかりを考えたせいかあっと言う間だった。扉を軽く叩き、

「失礼します」

入室する。

「遅いぞ、咲夜。 どれだけ私が待ちくたびれたと思っている。 軽く味噌スープを食せる時間だったわ」

まぁいい、と前置きし

「これを見なさい。 素敵なアイテムでしょう?」

何やらヘンテコな機械を取り出した。それは稀に外世界から流れてくるものに似ていた。幻想郷にはない奇抜なデザインといえばいいのだろうか、世界に喧嘩を打売っているかのような調和性の無さが特に似通っていたのだ。

「…………お譲様。 そのガラクタは一体」

「ガラクタじゃない! これは由緒正しき全自動卵割機よ。 主婦の味方なんだ! ほれ、見てみて。 こうしてな…………おお、すげぇ!」

思わず本音が漏れてしまった。しかし致し方ないだろう。普通の感性の持ち主ならば皆が同じ反応をするだろう、と自己肯定。

視線の先。

初見でおおよそ何の役にも立たないだろうと思われるガラクタと、それを無邪気に操作する主の姿。

主のことはいい。問題はガラクタの方だ。おそらく、卵を割る機械なのだろうが、その有用性は如何なものだろうか、と思わずにはいられなかった。

主は機械のアーム部分に卵をセットし、レバーを操作する。すると、普通に手で割った方が速いのではないかという面倒な工程を踏み、卵を左右のアームが圧迫し、殻を割る。付け加えるなら奇抜な音を発しながらだ。そして、中身はそのまま下の受け皿に受け止められ、テカテカと光沢を発していた。

卵同様に、キラキラと目を輝かせて興奮する主レミリア。

「これ便利でしょう? 咲夜のために買ってきたのよ。 どう? 嬉しいでしょう? これがあれば面倒な卵割はあっと言う間よ。 力強い主婦の味方!多少、値ははったが安い買い物さ!」

一方、咲夜の目は死んだ魚の目になっていた。

こんな馬鹿げた値のはるガラクタを買ってきてどうするつもりなんだとか、これをクーリングオフしに行くのも自分なのかとか、50個ほど割った卵をどうするつもりなんだとか、そういったことが脳裏をくるくる回る。

『随分とお困りのようだね。 助けは必要かい?』

…………うるさい。

「今晩はすき焼きね。 この卵を使いましょう。 咲夜、今夜はパーチィよ。 髪型も豪奢にキメるわよ。 この前やった【昇天ペガ○スMIX盛り】にするから手伝いなさい」

「頭痛い」

持病の頭痛がひどくなってきた。

「咲夜、どうしたの?」

頭痛が少々、と答える。

「風邪? なら、この薬を飲むと良いわ。 先ほどで、卵割機の商人がサービスで色々と永遠亭の薬を持ってきたんだ。 確かその中に頭痛薬もあったはずよ。水無しでも可なんですって」

ガサガサと箱の中を漁ると、目的のものを見つけた主が薬を差し出してきた。【何とか4869】と書かれた薬品を受け取る。

「辛そうな顔してるわね。 今日はもういいわ。 これを飲んで休みなさい」

こちらを気遣う表情でそう口にするが、しかしそういうわけにはいかないだろうと思い、反論するも、

「私がいいと言ったのだ。 いいから休め。 今日のすき焼きパーチィも中止だ。 【昇天ペガ○スMIX盛り】も中止だ。 咲夜はおとなしく寝ていろ」

夕飯などはどうなさるつもりなのですか、と問う。

「パチェに炒飯を作らせる。 以前、本で読んで極めた豪語していたからな」

「無謀な……。 私の記憶が正しければ、パチュリー様は炒飯を作るのに火力が足りないと血迷ったことを仰り、狭い室内でロイヤルフレアを使い、その周囲一体を灰燼に帰した記憶が御座いますが」

「それは間違い。 あれは北京ダックの話だし、それに5年も前の話だ。 今のパチェは以前とは一味も二味も違うのよ。 だから安心しろ」

ここまで気を使ってくれているのだ。断り続けるのも主の顔をつぶすことになる。咲夜は、その好意を素直に受け取っておくことにした。


当然と言えば当然である、十六夜・咲夜にはこの後、【何とか4869】と書かれた薬が巻き起こす事態を想像できるはずもなかった。


「『あ、ありのまま今起こったことを話すわ!』か……一度言ってみたかったのよねコレ」


小悪魔的な笑みを浮かべる彼女の主を除いて。



     ∫ ∫ ∫


ドクン。

心臓が大きく一つ、二つ、三つ跳ねた。

体が熱い。動きたくない。目が回る。頭が朦朧とする。

「うぁ……」

立っていることもままならない。倒れる。瞼が重い。睡魔が襲ってきた。抵抗する余裕もなく、意識を手放すことになった。

彼女は知る由もない。この後、目覚めた自分自身の姿がどのようなものになっているのかを。

そして

主が自分の姿を見て、「あ、ありのまま今起こったことを話すわ! 咲夜が――――」などと口にすることを。



     ∫ ∫ ∫



雨の日はどんな気分になるだろうか。晴れ晴れとした気分になるだろうか。さっぱりした爽やかな気分になるだろうか。大抵の場合はアンニュイな気分に陥ることだろう。一方、穏やかな時を提供してくれる癒しの時間だと答えるものもいるが、それは極稀な少数意見である。

そして、それは何も人間に限った話ではない。とある喫茶店で見習い従業員をやっている宵闇の妖怪も雨空が嫌いだった。

いつかと同じよう状況下、ポツポツと屋根を叩く雨音を耳にしながら、丸テーブルに突っ伏していた。

「暇ー。 暇だよー」

雨のせいで客足もなく、話相手になってくれるはずの店主の姿も見えないことが、雨の日の苛々を加速させていた。付け加えるなら、気がついたら喫茶店に憑き始めたシルキーと2人きりという状況もマイナス感情の要因の一つだろう。

相変わらず2人の間柄は芳しくなく、相も変わらず喧嘩ばかりであった。

挙句のはてには店主からの喧嘩禁止令が出るはめになった。

「よーせーはさっきから何してるの?」

しかし、

暇には勝てないもので眼前。シルキーの背中を見つつ問う。黙々と何やら作業をしているようではあるが背しか見えぬゆえに何をしているのかイマイチわからない。

「…………」

なにも初めから返答を期待していたわけではなかった。なにせ相手は今まで誰とも口をきいたことのない無口無表情妖精だ。そのシルキーが微妙な関係であるルーミアに何か言葉を返そうなどという姿は想像できなかった。できなかったが、それでも無視されるというのは些か癪に障る行為だった。

ルーミアは眉を顰めながら席を立ちあがり、シルキーの背後に立つ。

「何してるの? ええと…………『チーズ探す』? あ……」

背後から覗き込む。何やらノートのようなものに何かを書き込んでいるようだ。タイトルは『チーズ探す』と書かれており、そこから下に細かい文字が続けられていたが、それを最後まで目にすることは叶わなかった。というのも、

「…………」

その問いにシルキーはというと、「別に」とでも言いたげな顔でルーミアを一瞥すると静かにノートを閉じたからだ。この妖精はご奉仕上等で、それが半ば存在意義と化しているが、基本的にそれから外れることには無頓着になる傾向がある。趣味は大事だ。だが、それ以外はどうでもいい。そんな妖精である。元野良妖怪や無気力巫女以上にコミュニケーション能力は最悪だった。これで接客能力はルーミア以上なのだから不思議なものである。世界はこんなはずじゃなかったことばかりだ。

一方、そんな無愛想な反応を返されたルーミアはというと当然ながらますます気に障る。

しかし、喧嘩禁止令が出ていることもあってかどうするということもなく、ただ時間を消費するだけであった。

雨音はポツポツと屋根を叩く。ルーミアはまた机に突っ伏す。シルキーは中断した作業を再開する。なんとも物寂しいひと時であった。

「あのー」

そんな時だ。室内に甲高い金属の音がなり、遅れて女性の声が響く。来客の知らせだ。


ルーミアは彼女に見覚えがあった。気ままに空を飛んでいる時に見た。


「湖の赤い屋敷の門番……ええと確か…………くれない・みすず!」

「違います! 紅・美鈴(ホン・メーリン)です! あなたには前にも名乗った覚えがあるんですが……」

「本みりん?」

「誰が味醂ですか。 ホン・メーリンです」

「め、めいり……わはー。 もう大丈夫。 覚えたから忘れないわ。 たぶん、きっと、めいびー、わはー」

「覚えてないですよね? 今、途中で諦めましたよね? うぅ……咲夜さんといい、お譲様といい、パチュリー様といいどうして私の周りにはセメントなヒトしかいないの」

「気のせい気のせい。 それではまたのご来店をーあじゃしたー!」

「ええ……それでは」

メーリンは肩を落として帰って行った。室内に静寂が戻る。

「って、待って下さいよ」

「なに、どうしたの? めいどいん」

「実はこの子のことで相談があるんです。 店主さんはいらっしゃいますか」


美鈴の後ろには、どこかで見たことがある幼い給仕の姿があった。










 

――――――――――――――――――――――――――――――

お久しぶりです。

忙し過ぎて更新がまともできない妄想野郎DEATH。


労働基準法? 何それ美味しいの? ティヒヒwww ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。


ごめん。私、本当は巨乳も貧乳も両方好きなんだ。


(゚∀゚)o彡゜巨乳! 貧乳! (゚∀゚)o彡゜


うわぁあああああああああああああああ、俺がガンダムだ! トランザム!!



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