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[10109] ハリー・ポッターと聖者の卵 (ハリポタ、セブルス短編書き下ろしの告知あり)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/01/24 19:46
※静山社様に問題点を指摘されなかったので、タイトルを元に戻しました。

“Wishes on their Rabbit's Foot”

一人の願いが時を超え、彼らの願いがここに集う

一人は願いを彼に託し、そして彼は死と直面する
一人の願いは彼が叶え、されどそれを知らぬ彼は後に涙す
一人は願いを彼に委ねるも、真に彼を理解することはない
一人の願いは永久に叶わず、彼は今年も花を手向ける

**************************************

ハリポタの二次創作小説です。
イースターエッグハンティングを模した、寮対抗エンブレム争奪戦が行われます。
決闘・謎解き盛りだくさんの内容で、可能な限りオールスターキャストで展開します。
子世代中心で物語は進みますが、最後まで読むとガラリと印象が変わるかもしれません。

原作の世界観・文章構成をできるだけ壊さずに、子どもから大人まで楽しんでいただけるエンターテインメントとなるよう、鋭意努力しております。
ストーリー展開、情景&心理描写、バトルのテンポ、ユーモアとシリアスのバランスなど、厳しい批評・意見もガンガン投稿していただけると嬉しいです。
みなさんの感想を執筆の励みにしていきますので、よろしければ完結までお付き合いください。



出典:
ハリー・ポッターシリーズ
ホグワーツ指定教科書

参考文献:
ハリー・ポッター大辞典





[10109] 世界観・用語解説
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/01/23 14:40
「ホグワーツ魔法魔術学校」

七年制(11~17歳)の魔法学校。
校舎は湖のほとりに建つ広大なお城。
壁に掛かった肖像画の中の人物は絵を行き来して会話し、廊下に並んだ鎧も時折動く。
また、隠し階段や抜け道が至る所に存在する。
校庭には魔法植物を栽培している温室や、“クィディッチ”と呼ばれる、空飛ぶ箒にまたがって行うスポーツの競技場、危険な動物が数多く棲息している“禁じられた森”などがある。


「寮」

ホグワーツの学生は、「グリフィンドール」・「スリザリン」・「レイブンクロー」・「ハッフルパフ」の四つのうち、いずれかの寮に属している。
クィディッチもこの四つの寮で争われ、また学年末には、授業時の態度・成績などで加点・減点される得点が最も高かった寮が表彰される。
そのようなこともあり、他の寮生間での不仲や衝突はしばしばみられる。
特にグリフィンドールとスリザリンは、犬猿の仲である。


「マグル」

魔法族でない一般人に対する、魔法界での呼び名。
純粋なマグルの両親からでも、時折魔法使い・魔女が産まれることがある。
多くの魔法使いや魔女にはマグルの血が入っており、“純潔”と呼ばれる純粋な魔法族はごく少数である。


「三校対抗トーナメント」

ホグワーツ、ダームストラング、ボーバトンの三校で争われる対抗試合。
各校から代表選手が一人ずつ選ばれるが、何者かの策略によってハリーは四番目の選手として選ばれてしまった。


「クィディッチ」

一チーム七人の選手が空飛ぶ箒に乗り、スニッチ、クァッフル、ブラッジャー×2の四個のボールと六つのゴールを使って競技する。
魔法界で一番人気のスポーツ。
ポジションは、キーパー、ビーター×2、チェイサー×3、シーカー。





[10109] 主な登場人物 (順次更新)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/01/23 14:57
【グリフィンドール】

<ハリー・ポッター>

主人公。
痩せた黒髪に丸いメガネをかけた魔法使いで、ホグワーツの四年生。
父親(ジェームズ)は魔法使いで、母親(リリー)はマグル出身の魔女。
父親似だが、緑色の目は母親譲り。
額に稲妻形の傷がある。
クィディッチが得意で、チームのシーカー。

ペットは白ふくろうのヘドウィグ。


<ロン・ウィーズリー>

ハリーの大親友の魔法使い。四年生。
赤毛で背が高く、顔はそばかすだらけ。
純潔の魔法族だが、本人は特に意識していない。
七人兄弟の六番目で、上は全員兄、下に一つ違いの妹がいる。
特技は魔法のチェス。
思ったことをすぐ口に出し、ユーモアに富んでいる。

ペットは豆ふくろうのピッグウィジョン。


<ハーマイオニー・グレンジャー>

ハリーの大親友の魔女。四年生。
ふさふさとした栗色の髪に褐色の瞳。
マグル生まれだが、成績は学年トップ。

ペットは猫(?)のクルックシャンクス。


<フレッド&ジョージ・ウィーズリー>

ロンの兄の双子。六年生。
発明と冗談好きの人気者。
ハリーに「忍びの地図」を譲ったのも彼らで、ホグワーツ城内の隠し通路に精通している。


<ネビル・ロングボトム>


<ジニー・ウィーズリー>


【スリザリン】

<ドラコ・マルフォイ>

ハリーとは互いに忌み嫌う関係。四年生。
純潔の魔法使いで、マグルを賤しい存在とみなす純血主義者。


【レイブンクロー】

<ルーナ・ラブグッド>


【ハッフルパフ】

<セドリック・ディゴリー>


【ダームストラング】

<ビクトール・クラム>


【ボーバトン】

<フラー・デラクール>


【教員】

<アルバス・ダンブルドア>

<ミネルバ・マクゴナガル>

<セブルス・スネイプ>

<ルビウス・ハグリッド>


【その他】

<シリウス・ブラック>

<リーマス・ルーピン>

<ドビー>



[10109] 争奪戦ルール (第3章から抜粋)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/01/23 15:02
・イースター当日に行われる。開始は午前九時、タイムリミットは午後九時。

・出場できるのはそれぞれの寮で、三年生以上の各学年から六人ずつ、合計三十人。

・出場者は、再起不能と判断された場合、あるいは本人が直接自分の寮に訪れた場合、同級の者と交代することができる。交代回数は無制限。

・得点は、卵形のエンブレムを集めることで増やすことができる。エンブレムには大きくわけて三種類がある。


1.エリアエンブレム・・・

各寮はエリアと呼ばれる秘密基地、拠点を自由に一箇所設け、そこに置いたエリアエンブレムを死守しなければならない。

このエンブレムはひとつ百五十点、奪われるとその時点で寮生全員がタイムアップとなる最も重要なエンブレム。他の寮から奪った時点で消滅し、得点に換算される。他の寮生に奪われる心配はない。


2.ボーナスエンブレム・・・

七色に輝くエンブレムで校内のあちこちに隠されている。ただし様々な罠に守られていたり一定の場所にとどまっていなかったりするので、見つけるのはかなり困難。

ボーナスエンブレムは七十点。エリアエンブレムと同様、入手した時点で消滅し、得点に換算される。他の寮生に奪われる心配はない。


3.ノーマルエンブレム・・・

最も一般的な得点手段になるエンブレム。出場者ひとりひとりに対応しており、対応する出場者の名前が浮かびあがる。

味方同士で交換可能で、自分のエンブレムを持ってなくてもよい。最低一個は持っていないとエリア外で他の寮生を攻撃することは許されず、またエリア内に持ち込むこともできない。エリア内で待機する者、エリアを守る者は、エリア外の味方にエンブレムを預ける必要がある。

味方から他の寮生に移った場合、そのエンブレムに対応する出場者はランダムに校内のどこかにとばされてしまう。攻守のバランスは重要であり、寮の特性が現れる。

一つにつき十点、ただし三校対抗トーナメント代表者のエンブレムは三十点。



・三校対抗トーナメントの代表選手は、強制参加。ビクトール・クラムはスリザリンチーム、フラー・デラクールはレイブンクローチームに参加し、ダームストラング、ボーバトン両校の生徒も、それぞれスリザリン、レイブンクローとの合同チームとして出場できる。両校をそれぞれ独立したチームにしなかったのは、このゲームが校内を熟知している者ほど有利であり、両校が不利になってしまうため。

・争奪戦で使われるフィールドはホグワーツの敷地内全体。ただし、立ち入り禁止エリアがある。禁じられた森。そして先生の部屋などの禁止エリアの入り口には大きな赤い×印をついており、一部の隠し通路も印はついていないが封印してある。

・フィールドには先生が仕掛ける障害や罠が存在する。

・決闘立ち会い人は、先生、魔法省の役人、ゴーストが務める。決闘立ち会い人は、杖を折る等悪質な行為には減点や失格などの処罰を与え、再起不能と判断された者のために救急隊を呼んでくれる。原則として寮監と寮つきゴーストは、それぞれのエリアと寮の出入りをチェックする。それ以外の先生や魔法省の役人が持っていたり廊下に設置された対の鏡によって、出場していない生徒も寮からゲームを楽しむことができる。

・エンブレム自体にはあらゆる魔法を防止する呪文がかけられている。呼び寄せ呪文で遠くから引き寄せたり、形を変えて隠蔽することはできない。また、ノーマルエンブレムは出場選手が身につけているローブに付けていないと十分後に消えてしまうから、どこかに隠しておくことは不可能。

・魔法アイテムの使用は基本的に自由。



[10109] Prologue ダンブルドアの苦悩
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:13
【Prologue ダンブルドアの苦悩 Dumbledore's Distress】


三校対抗トーナメントの代表者を決定する炎のゴブレットがハリー・ポッターの名前が書かれた羊皮紙を吐き出したその晩、一人の男がひっそりと静まり返ったホグワーツ城内を、どこへ行くともなく歩いていた。左手の鎧がギシッと重々しい音を立てたが、なにやら考え込んでいる男は気にも留めずに歩き続けた。

頭にナイトキャップをかぶったその男は、ヒョロリと背が高く、銀色の髪やひげはあまりにも長いので、ウールの長いガウンのベルトに挟み込んでいる。うつむいていようとも、半月形のメガネの奥から覗く淡いブルーの瞳が、男の威厳を感じさせた。

そう、この男こそが、ホグワーツ魔法魔術学校校長でもあり、国際魔法使い連盟議長、ウィゼンガモット主席魔法戦士、マーリン勲章勲一等受賞など、数々の肩書きを待つ、近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアだ。

ダンブルドアは真夜中の散策が大好きだった。もちろん、我が子のように愛する生徒達が溢れる昼間のホグワーツも大好きだったが、真夜中のホグワーツ散策はダンブルドアに、昼間とは違った悦楽を与えてくれた。ホグワーツ魔法魔術学校の校長であるダンブルドアといえども、ホグワーツ城のすべての秘密を知っているわけではなかった。

ホグワーツ城は大小さまざまな塔や尖塔が立ち並ぶ壮大な城で、秘密の通路や隠れ場所が至るところにあり、物という物が動く。偉大な創始者、ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、サラザール・スリザリン、ロウェナ・レイブンクローの四人が城に施した魔法や秘密をすべて知っている魔法使いなどいないだろう。ダンブルドアは城内を散策することで見つかる新しい発見に、毎晩胸を躍らせていた。

しかし、今夜のダンブルドアはいつもと様子が違った。あごに右手をあて思い悩むその顔にはいっそう深いしわが刻まれ、普段は感じさせない百五十歳にもなろうという年齢をまざまざと感じさせた。ダンブルドアは薄暗い廊下を行ったり来たりしていた。

すると突然、右手の石壁にピカピカに磨かれた扉が現れた。ダンブルドアは以前にその扉を見た記憶があった。そのときは部屋の中はすばらしいおまるのコレクションで一杯だった。

いま、ダンブルドアはおまるのコレクションを鑑賞する気には到底なれなかった。しかしダンブルドアは、なぜだか自分でもわからぬまま取ってに手をかけ、その扉を押し開いていた。



【あとがき&解説】

・・・あんまり書くことない( ̄▽ ̄;)

えっとですね、この作品はもう2年以上前に書きはじめた作品なのですが、プロローグは後からつけました。

作品のほぼすべてが争奪戦という作品であるのに、その争奪戦が催されるに至った経緯が終盤も終盤になるまで語られないというのはまずいということで、その経緯を匂わせるプロローグをつけました。

もう一つの理由としては、エピローグをハリー以外の視点から描きたいという考えがありまして、その対となる章としてダンブルドア視点のプロローグがあります。

あとは・・・5巻で名前が明らかになる予定の「あの部屋」がさっそく出てくるというのが、ちょっとしたサプライズです。



[10109] 第1章 争奪戦
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:13
【第1章 争奪戦 The Scramble】


「ハリー!! ロン!! 早くこっちに来て、これを見てみろよ!!」



シェーマスが二人を手招きしている。イースター休暇を一週間後に控えたハリーとロンは、休暇をどのように過ごすかを話しながら、寝室から談話室に下りてきたところだった。イギリスの四月はまだまだ寒く、暖炉には炎がはぜていた。二人はシェーマスのほうに歩いていった。掲示板の前に、ちょっとしたひとだかりができている。



「このひとだかりは何だ?」



そう言いながら、周囲のひとだかりより頭ひとつとび出たロンが、さらにつま先立ちまでして掲示を覗きこんだ。



「やぁ、ハリー、ロン。まだ見てなかったのかい?」



ネビルとディーンが三人を見つけてやってきた。シェーマスといい、ネビルやディーンといい、何だか興奮しているようだ。そのとき、ロンが掲示板を覗きこんだまま大声で言った。



「寮対抗イースターエッグ争奪戦だって!? こんなの初めてじゃないか」



ハリーもロンも、ホグワーツ魔法魔術学校でイースター休暇を三度経験していたが、ハロウィーンやクリスマスと違い、これといった行事は行われてこなかった。単なるイースター恒例の卵探しなのだろうか。それだったら、マグル、つまり魔法使いではない人たちのするイースターと、何ら変わらない。

しかし、ここはホグワーツ魔法魔術学校だ。ここでは、マグルの世界では考えられない素晴らしいことばかりだ。ハリーはワクワクし始めた。



「一週間後のイースターの日だね。今日の夕食後にダンブルドアから説明があるらしいよ」



ネビルの言葉にロンが反応した。



「各寮何人が出場できるんだろう…?」



ハリーには、ロンは争奪戦に出たくてたまらないのだとわかっていた。ロンは七人兄妹の六番目で、いつも上の五人の兄と比べられてきた。妹のジニーとも、口喧嘩で勝てたためしがない。そんなロンも、この三年間、ハリーと一緒に大冒険を繰り広げてきた。一昨年はハリーとともに秘密の部屋に入り、ホグワーツ特別功労賞も受けていた。しかしそれでも、「生き残った男の子」であるハリーほど注目を浴びることはなかった。



「出場人数も夕食後に説明があるらしいけど、リーはクィディッチと同じ七人だろうって向こうのほうで言ってたぜ」



ディーンの言葉にロンはうなだれた。



「それじゃ、僕は無理だ…」



ハリーはまだ熱く語っているリーから少し離れたところに、ハーマイオニーが座っているのを見つけた。談話室中が争奪戦の話で盛り上がっているなか、図書室のものだろうか、本を読んでいる。ハリーはハーマイオニーのところに歩いていった。



「やぁ、ハーマイオニー。君は出ないの?」

「あぁ、ハリー、おはよう。そうね、おもしろそうだとは思うんだけど、調べものが多くて…」



ハーマイオニーは、本からちょっとだけ顔を上げて答えた。横にも本が積み重ねられている。ハーマイオニーは最近機嫌が悪い。まだリータ・スキーターの不正が暴けていないようだ。あの新聞記者に、ハリー、ハーマイオニー、そして三校対抗トーナメント、ダームストラング校代表のクラムとのあらぬ三角関係を記事にされてから、ハーマイオニーへの非難を込めたふくろう便は依然として送られてきていた。



「あなたとロンが起きてくるのを待ってたのよ。朝食に行きましょ」



ハーマイオニーは、読んでいた百科事典ほどの大きさの本を今にも倒れそうな本の山に危なっかしげに乗っけると、リーの話に聴きいっていたロンに声をかけた。

ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、肖像画をくぐり抜け、大広間へ下りていった。



「わざわざ三校対抗トーナメントの年にするってことは、争奪戦にクラムもでるのかなぁ」



弱冠十八歳にしながら、クィディッチのプロチームの花形選手でもあるクラムに、ロンは憧れていた。そう、以前までは。

ビクトール・クラムはホグワーツに来てすぐにハーマイオニーに一目惚れした。彼女に会いたいその一心で図書館に通いつめていたほどだ。男の子からそのような気持ちを伝えられたことがなかったハーマイオニーも、まんざらでもない様子だった。

そんな二人がロンにはおもしろくなかった。ダンスパーティーで見違えるほどかわいくなったハーマイオニーを見てからは、そのイライラはますます強くなっていた。しかし、そのイライラの原因を当の本人はちゃんとわかっていないようだった。ロンは争奪戦でクラムに負けたくないのだろう、とハリーは思った。

そんなロンのモヤモヤを知ってか知らずか(ハリーには知っているように思われたが)ハーマイオニーが鋭く言った。



「ロン、『クラムも』じゃなくて『フラーも』、でしょ」



ロンは恥ずかしさと憤りとで、ソバカスだらけの顔が髪の毛と同じくらい真っ赤になったが、反撃の言葉が出てこなかった。

フラー・デラクールはボーバトン校の代表選手だ。素晴らしい美貌で男性をとりこにするヴィーラという妖精とのクォーターで、シルバーブロンドの豊かな髪、大きな深いブルーの瞳の美人であり、彼女が振りまく魅力にあてられたロンは、彼女をダンスパーティーに誘ってしまい大恥をかいたのだ。



「ロン、フラーは第二の課題の後に君に感謝してたよな」



ハリーはロンに対するフォローのつもりで言ったのだが、逆にハーマイオニーの機嫌を損ねてしまった。ロンとハーマイオニーにはさまれていたハリーはそれ以上は何も言わなかった。まぁいつものことだ。大広間につく頃には、二人の機嫌も直っていることだろう。

実際、大広間への大理石の階段を下りるときには争奪戦の話題に戻っていた。



「ハリー、あなたは出るつもりなの? 第三の課題もあるのに」



ハーマイオニーと同じことを、ハリーも考えていたところだった。



「ハリーは出るに決まってるだろ。代表選手なんだから」



ロンの言葉にハーマイオニーは、それはフラーに出てほしいという願望じゃないの?とでも言いたげな顔をしていた。しかし、せっかく直ってきたロンの機嫌をふたたび損ねるのはよくないと考えたのだろう。何も言わなかった。



「僕は出るよ。第三の課題前のいい力試しになりそうだし…まぁ出られたらだけど」

「確かに腕試しとしてはいいかもね」



ハリーの言葉に、ハーマイオニーも納得したようだった。





大広間でも、争奪戦の話題でもちきりだった。他の寮生と情報交換しているものもいる。ハリーと話したそうにしているクリービー兄弟を避け、三人はジニーの前に座った。ジニーの隣には見知らぬ女の子が座っていた。

女の子は三人をじっくり見回した。ロンもハーマイオニーも初対面のようだった。ハリーはすぐに、自分の真正面に座るこの女の子がグリフィンドール生でないことを“確信”した。

バラバラと広がる濁ったブロンドのロングの髪、薄い眉毛にぎょろっとした目。杖は左耳に挟み込み、ネックレスのつもりなのだろうか、バタービールのコルクを繋ぎ合わせたものを首からさげている。こんなインパクトの強い子が同じグリフィンドール寮生だったら、三人が見覚えのないはずはなかった。

ジニーが口を開いた。



「ハイ、ハーマイオニー、ハリー。ロン、ローブに糸屑がついてるわよ。」



ロンは、最近母親のモリーに口調が似てきたジニーにムッとして、急いで糸屑を払い落とした。ジニーはそんなロンを尻目に続けた。



「紹介するわ。この子は…」

「君、トレローニーを崇拝してるの? その…あー、ネックレス…かな。トレローニーのにそっくり。いいセンスして…」

「ロン!! 失礼よ!!」



ジニーがロンに噛みついた。ハリーの右側で、ハーマイオニーも同じことを言おうとしていたようだが、まだ女の子の雰囲気から受けたショックが抜けきっていないみたいだった。その時、女の子が初めて口を開いた。



「あんた、クリスマス・ダンスパーティーにパドマ・パチルと行った」



夢見るような、ぼーっとした声だ。



「あぁ、ウン」



ロンは、女の子が何か言い返してくると思っていたようで、調子を狂わされていた。女の子が続けた。



「あの子、あんまり楽しくなかったって。あんたがちゃんとかまってくれなかったから。でも、あたしは気にしないよ。このネックレスをセンスがいいって言ってくれたのは、あんたが初めてだもン」



そう言うと、女の子は何かをポケットから取りだし、ロンの手に押し込んだ。



「これ、あげる。あんた、ハリー・ポッターだ」



女の子は急にハリーのほうに向き直った。唐突だったので、ハリーはロンが受け取ったものをよく見ることができなかった。



「ちゃんとした名前で呼んでくれて嬉しいよ」



ハリーは言った。フルネームで呼ばれるのは変な感じだが、傷モノ君と呼ばれるよりはマシなのは確かだ。女の子はハーマイオニーのほうを向いた。



「あんたは誰だか知らないな。でもダンスパーティーでクラムと踊ってた。綺麗だったよ」



ハーマイオニーは褒められたこともあり、女の子から受けたショックから立ち直っていた。



「ありがとう、えーと…」

「ルーナよ。ルーナ・ラブグッド。レイブンクローなの。ルーナ、こっちはハーマイオニー」



ジニーが言った。



「みんなは“ルーニー”って呼ぶんだ。みんな私のことを変人だと思ってるみたい」



ルーナがつけくわえた。ロンが口を開きかけたが、テーブルの下でジニーに踏んづけられた。ロンは、ジニーを睨みながら足をさすっていた。



「よろしくね、ルーナ」



ハーマイオニーが言った。ルーナはこくんと頷いた。



「君たちは争奪戦にでるの?」



ハリーが尋ねた。



「私たちも出たいと思ってるんだけど、どのくらい危険なんだろうって話をしてたの」



ジニーの言葉にルーナが続けた。



「きっとセストラルがとうせんぼをするんだ。もちろんあの子たちは普通の人には見えないだけで、怖い生き物じゃないもン」

「セストラルは実在の動物じゃないわ!!」



ハーマイオニーが言った。



「いるもン。みんな見えるものだけ信じて自分が見えないものは信じようとしないけど、いるものはいるんだもン」



ルーナの言葉にハーマイオニーは言い返そうとしたが、ちょうどそのとき、大柄な茶ふくろうが二羽、ハーマイオニーのオートミールの上に、リータの記事の読者からの抗議メールと日刊予言者新聞を落としていった。



「ああっ、もう!!」



ハーマイオニーは新聞代の銀貨をふくろうの足にくくりつけられた袋に入れると、抗議メールを全部ひっ掴み、早足で大広間の暖炉へと向かっていった。

ハリーは予言者新聞を広げた。



「またなんか書かれてるのか?」



ロンが左から覗きこんだ。



「今日は大丈夫みたいだ。」



ハリーはホッとした。これ以上ハーマイオニーの機嫌が悪くなるのはマズい。シリウスが見つかった、というような記事もなかった。ハリーは三校対抗トーナメントが記事になっていたのを思い出して争奪戦が記事になっていないか調べてみたが、どこにも書かれていなかった。ハーマイオニーが戻ってきた。抗議メールを燃やしてきたようだ。朝食を食べ終わったジニーは立ち上がった。



「私たちはもう行くわね。ダンスパーティーで仲良くなったフラーの妹のガブリエルが馬車の中を見せてくれることになってるの。行こ、ルーナ」

「ばいばい」



ルーナは三人に手を振ると、ジニーと並んで大広間から出て行った。

三人は朝食をすませると、一度談話室に戻ってから図書室に向かった。ハーマイオニーは暇さえあれば図書室に通っているし、ハリーは談話室で争奪戦について、コリン・クリービーの質問責めにあうのが嫌だったのだ。イースターを楽しく過ごすために、ロンと一緒に休暇の宿題に手をつけることにした。



「ハーマイオニー、セストラルって何だい?」



ハリーはさっきから気になっていたことを尋ねた。



「ハリー、ルーナはいい子だと思うけど、全部真に受けちゃダメよ。セストラルは想像上の生き物よ。みんな知ってるわ」



ハリーも、そして表情から察するに恐らくロンも、そんなことは知らないのだが。



「なんだか不思議な子だったな」



ロンが言った。ロンも、ジニーからルーナの話を聞いたことはなかったらしい。



「そういえば何をもらったんだい?」



ハリーは、ロンがルーナから何かをもらっていたことを思い出して、ロンに訊ねた。



「あぁ、あれかい? ただのバタービールのコルクだよ」



ロンはローブのポケットをまさぐると、穴を開けるのに失敗したコルクを取り出して二人に見せた。ルーナはやっぱり変わってるとハリーは思った。ロンはコルクを眺めて肩をすくめると、もう一度ポケットの中に無造作に押し込んだ。



【あとがき&解説】

導入部も導入部、これだけで1章かよ!?と思った方もおられると思いますが、いくつか理由があります。



第2章の解説で詳細を書きますが、彼女の章は彼女の意気込みをメインにして章タイトルにももってきたいと思う一方、第2章のあのタイトルで第1章から入るのは、あまりに始まりとしておかしいというのが理由のひとつ。

ふたつ目の理由は、この作品はイースターを題材にしているため、卵にかけた表現もよく出てくるのですが、スクランブル・エッグの「scramble(d)」には、「かき混ぜながら焼かれる」という意味の他に「奪い合う」という意味があり、作品全体を象徴しながらシャレも利いたこのタイトルを、第1章にしたかったというもの。

他にも理由はあるのですが、ここでは言えません。

あ、あと、当初は後半の章もそんなに長くならないだろうと思っていた、というのもあります。
まさか第18章や第19章が、ケータイから読み込めないほどのボリュームになるだなんて、あの当時の私にはわかるわけもなく・・・

そして、導入部というダルさを少しでも吹き飛ばそうという、いきなりの隠しキャラ、ルーナの登場が一番インパクトの大きい章でしたかね。
ルーナファンの方は、期待しておいてください。




[10109] 第2章 ハーマイオニーの動機
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:13
【第2章 ハーマイオニーの動機 Hermione's Inducement】


図書室での勉強はあまりはかどらなかった。ハリーもロンも、争奪戦のことが気になって仕方なかったのだ。二人にあきれたハーマイオニーは『ホグワーツの歴史』を調べてくれたが、過去にそのような大会が開かれたという記述はなかった。

ハグリットなら何か知っているかもしれないということで、昼食はハグリットの小屋で食べることにした。突然の訪問であっても、ハグリットはいつも三人を歓迎してくれる。荷物を寮に置いて、三人は小屋へと向かった。

玄関ホールを抜け、石段を下りて外に出ると、明るく、風がそよそよと心地よい朝だった。長い冬に耐えてきたホグワーツの学生たちの多くは、まだ足踏みしている春の気配を少しでも感じようと湖のほとりや中庭を囲む回廊のベンチに腰をおろしていたが、まだまだマントを手放せるほど暖かくはなかった。

三人は野菜畑を横切り、温室の側を通りすぎて、ハグリッドの丸太小屋に着いた。裏手には禁じられた森が広がり、ハロウィーンで使ったおばけかぼちゃを育てていた野菜畑もある。

ハグリッドはホグワーツの鍵と領地を守る森番で、去年から魔法生物飼育学の先生も兼任している。巨人のフリドウルファの母親と魔法使いの父親をもつ半巨人で、普通の人より縦も横も数倍大きい。母親はハグリッドが子供の頃に家を出たきり行方知らずで、父親もホグワーツ二年生のときに亡くしている。三年生のときに無実の罪で退学になってからは、ダンブルドアの配慮で森番として生活してきたのだ。

ハリーは扉を叩いた。



返事がない。



もう一度叩いてみた。



やはり返事がない。飼い犬のファングの鳴き声も聞こえない。ハリーは戸口のほうに回ってみた。普段立てかけてあるピンクの花模様の傘も見当たらない。

ハリーはこの傘の中に、退学のときに折られた杖をハグリッドが仕込んでいると踏んでいた。



「留守みたいね。尻尾爆発スクリュートの餌でも探しに行ってるのかしら」



ハーマイオニーは、小屋の側でガタガタいっている木箱に目をやった。木箱は時折、バンッという音とともにはね上がっている。

尻尾爆発スクリュートは、ハグリッドが火蟹とマンティコアをかけ合わせて創り出した新種の生物だ。ハグリッドは他にも、赤ちゃんドラゴンのノーバートや大グモのアラゴクを育てるなど怪物のような生物が大好きで、ハリー達には半鳥半馬のヒッポグリフがかわいすぎると思えるほど趣味が悪かった。それでも、心優しいハグリッドのことが三人は大好きだった。



「仕方ないな。昼食は湖のほとりで食べようか。僕もうペコペコ」



ロンの提案にハリーとハーマイオニーも賛同した。





昼食を食べおわると、三人はダームストラング校の海賊船のような船の側で大イカが昼寝をしているのを眺めながら、シリウスのこと、争奪戦のこと、イースター休暇のこと、第三の課題のことをあれこれ話し合った。しばらくすると、マントを羽織っていても少し肌寒くなってきたので、三人は城内に戻ることにした。

中庭の回廊の曲がり角で、急に人影が現れてぶつかりそうになった。 柱のかげから現れた人影は一瞬何ビクッと驚いたが、相手がハリー達だとわかるとすぐに高慢な態度になった。



「悲劇の英雄ポッターに、知ったかぶりのグレンジャーじゃないか」



ドラコ・マルフォイの背後には、いつもひき連れている腰巾着のクラッブ、ゴイルではなくて、パグ犬みたいな顔をした女性徒、パンジー・パーキンソンとクィディッチチームのチェイサー、上級生のワリントンの姿があった。



「クラッブとゴイルは一緒じゃないのか? 二人に守ってもらわないと心細いだろうに」



無視されたロンが、マルフォイに食ってかかった。



「なんだ、いたのか、ウィーズリー。貧乏な家に仕送りするために、バタービールのコルクでも売り歩いているんだと思ったよ」



ロンはちょうど、ルーナからもらったコルクを取り出して眺めていたのだ。パンジーとワリントンが品のない笑い声をあげた。



「クラッブとゴイルを連れずに何をしてるのか訊いてるんだ!!」



ロンが怒鳴った。



「あの二人はちょっと目立ちすぎるのよ…」



そう言いかけたパンジーを手で制止して、マルフォイが言った。



「君たちには関係ない。ところでグレンジャー、マグルは輸血というものをするそうじゃないか。君もしたほうがいいんじゃないか? “穢れた血”が薄まるだろうに」



「ダメよ、マルフォイ。輸血する血も“穢れた血”じゃ意味ないわ」



パンジーの言葉にマルフォイもワリントンも大笑いした。



「ハリー、ロン、ダメ!!」



ハーマイオニーが叫んだ。ハリーもロンも、杖に伸ばしていた手をピタリと止めた。二人を制止したハーマイオニーも、握り拳がわなわなと震えていた。

“穢れた血”とは、先祖代々魔法使いの家系の者が、ハーマイオニーのようなマグル生まれを侮辱する言葉の中でも最低のものだ。もちろんロンのように、純系の魔法使いでもハーマイオニーや母親がマグルのハリーを差別せずに受け入れている者も多い。マグル生まれだからと言って純系の魔法使いに劣るとは限らないことは、ハーマイオニーが十二分に証明していた。



「ポッター、急がなくても一週間後に思う存分勝負できるさ。ウィーズリーは勝負する度胸があったらだけどな。学年一の優等生のグレンジャーは、もちろん出るんだろうね。授業中のように、先生方にアピールしたくてたまらないんだろう」



マルフォイたちは、やけにニヤニヤしている。ハーマイオニーは平静を装って言った。



「私はハリーとロンがあなたたちに勝つのを見るだけで十分だわ」

「テストができても実際には何もできない頭でっかちじゃあ、恥をかくに決まってるものね」



パンジーのキャッキャッという笑い声に、ついにハーマイオニーは、ずっと溜め込んでいた怒りを爆発させた。

ハーマイオニーは素早く杖を引き抜くと、パンジーに向けた。



「ステューピ…」



今度はハリーとロンが止める番だった。ハリーが杖先をそらし、ロンがハーマイオニーをマルフォイたちから引き離した。赤い光線がパンジーから少し離れた地面に当たった。優等生ぶったハーマイオニーが手を出すはずがないとたかをくくっていたパンジーは、少し青ざめていた。



「止めないで!! あなたたちも手を出そうとしたじゃない!! これは私とあの三人との問題のはずよ!!」

「僕たちは別にいいけど、ハーマイオニー、君までやっちゃダメだ」



ロンが言った。ハリーはロンの言葉でハーマイオニーが納得するとは思えなかったが、それでもハーマイオニーの二人に抵抗する力はだんだん弱まっていった。どうやら落ち着いてきたようだ。



「ごめんなさい、ハリー、ロン。さぁ、戻りましょ」



ハリーとロンが手をはなすと、ハーマイオニーは入り口に向かって歩き出した。ハリーとロンは顔を見合わせると、マルフォイをひと睨みしてからハーマイオニーを追いかけた。



「優等生の名に傷がつかなくて良かったな、グレンジャー」



後ろからマルフォイの憎たらしい声が聞こえてきたが、ハーマイオニーは歩調を緩めることはなかった。 ハリーとロンが小走りにならないと、ハーマイオニーに追いつけないほどだった。ハリーはハーマイオニーに恐る恐る声をかけた。



「大丈夫かい? あんなやつらの言うことなんか気にすることはないよ。ハーマイオニーの立派さは僕たちが一番知って…」

「出るわ!!」

「えっ!?」



ハーマイオニーは決然とした表情で前を見据えている。



「争奪戦よ。正々堂々とスリザリンを打ち負かしてやらないと気が済まないわ」



ハーマイオニーはクィディッチでも、応援するのは大好きだったが自分でプレーしようとすることは全くなかった。クィディッチを寮同士の仲が悪くなる原因の一つだとも思っていた。そんなハーマイオニーが寮対抗争奪戦に出ると言ったのだ。普段のハーマイオニーなら、マルフォイたちの挑発も軽く受け流していたはずだ。やはりリータの記事や連日のふくろう便の抗議で、我慢の限界がきていたのだろう。



「よし、あんなやつら、コテンパンだ」



ロンは無理に明るい声で言った。ハリーも頷いた。しかしハーマイオニーを慰める一方でハリーは、マルフォイの言動がまだ気になっていた。

マルフォイは、クラッブやゴイルではなく、パンジーやワリントンと外で何をしていたのだろう。なにやら人目を気にしていたようだし、クラッブやゴイルは目立ちすぎるとパンジーが口を滑らせてもいた。それにもうひとつ、マルフォイの言葉にどこか違和感を感じていたのだが、ハリーはそれが何だか思い出せなかった。

太った婦人の肖像画をくぐり抜けるころには、ハリーは違和感を感じていたことも忘れてしまっていた。



【あとがき&解説】

ハーマイオニーの章と言っても、過言ではない章。

原作ではこの時期の彼女は、根も葉もない記事によってストレスが溜まっており、リータの不正を暴くのに必死でした。

さらに、ハーマイオニーはもともと、クィディッチを寮同士の仲が悪くなる原因だと言って、それほどスポーツやゲームに積極的に参加しようとはしませんでした。

そんな彼女が、何のきっかけもなく自ら進んで争奪戦に出るとは、到底思えません。

そこで、ハーマイオニーのキャラを壊さないようにきっかけを与えるための章が、この第2章でした。
ハーマイオニーは普段はハリーとロンを諌める側ですが、いざという時には行動力を示す人柄も、原作同様表現したかったというのもあります。


また、マルフォイも登場しました。
ファンの方は、マルフォイの今後の活躍にも、どうぞご期待ください。


ハーマイオニーの決断がメインとなった第2章ですが、動き自体は少ないので、(多少不本意ながら)あからさまに伏線を仕込んでいます。
もう少し自然に仕込んでいる伏線もあるので、がっかりしないでください(汗





[10109] 第3章 聖者の卵
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:13
【第3章 聖者の卵 The Saint's Eggs】


夕食を食べに大広間に下りてくる頃にはハーマイオニーの機嫌もかなり良くなっており、三人は争奪戦のルールを早く知りたくてウズウズしていた。グリフィンドールのテーブルに、ロンの兄で双子のフレッドとジョージが、グリフィンドール寮のゴースト、ほとんど首なしニックと話しているのを見つけて、三人は隣に座った。フレッドとジョージが代わる代わるロンに言った。



「おぉ、我が弟、ロンよ」

「またマルフォイと喧嘩したそうじゃないか」

「手を出さなかっただって!?」

「我が弟として、恥ずべき行為」

「杖を出す暇があったら、殴りかかってやればいいんだ」

「あるいは、股間を蹴りとばすか」

「ほっといてくれよ」



ロンが遮った。



「そんな態度でいいのか?」

「争奪戦の情報を教えてやろうと思ったのに」



双子の言葉にハーマイオニーが身を乗り出した。



「『ホグワーツの歴史』にも何の記述もなかったのよ!? 何かわかったの?」

「ハーマイオニー、本から得る知識だけが全てじゃないぜ。情報とは、常に移り変わるものだ」



そう言うジョージの隣で、フレッドが指をパチンと鳴らし、魔法でチェック柄の鹿打ち帽を取り出して頭にかぶせた。さらにパイプを取り出して口にくわえると、色とりどりの魔法の煙をふかしながら優雅に足を組んだ。



「何事も見逃さない観察力、既成概念にしばられない推理力、そしてどんな名探偵であっても、ときには現地調査が必要なものだよ、ワトソンくん」



どうやらシャーロック・ホームズのつもりだったらしい。以前にハリーが少し話したことがあるのだ。フレッドはもう一度指を鳴らし、鹿打ち帽とパイプを消しさった。



「それで、何がわかったの?」



ハリーが話を戻した。ジョージが聞き手を引き込むように、少し声のトーンを落としてしゃべりだした。



「ほとんどは、憶測が憶測を呼んだただの噂だ。たくさんのフェイクの中からドラゴンの卵を見つけだすとか―――」



ドラゴンはもううんざりだ。



「不死鳥の卵を持ち帰ってくるとか―――」



フォークスが生まれ変わる瞬間は見たことがあるが、やはり卵も産むのだろうか。



「そして―――」



ジョージは目をきらきらさせてロンを盗み見た。 口元が微かに笑っている。



「禁じられた森で大グモの卵を盗んでくるとかな」



ロンが驚いてのけぞった。ここぞとばかりに声のトーンを上げたジョージは、フレッドと一緒にその反応に満足した様子だった。ロンはクモが大のニガテなのだ。その原因を作ったのも双子なのだが。



「情報ってそれだけ?」



ハリーはちょっとがっかりしていた。どれも信憑性がない。 フレッドがあからさまに驚いた顔をした。



「ハリー、まさか!! 俺たちがこんな噂だけで満足するわけないだろ」

「じゃあ何かわかったのね」



ハーマイオニーも興味津々だ。ジョージが答えた。



「もちろんさ。大事なのは聞き込み調査だ。俺たちは学生たちの噂に振り回されるよりも、詳細を知っていそうな人物にあたることにした」

「もったいぶらずに早く教えろよ」



ロンがせかした。



「ロン、せっかちな男は嫌われるぞ。俺たちはニックから聞き出そうとしているところだ」

「ニックが何か知ってるの?」



ハーマイオニーが訊いた。ニックは落ち着かない様子だ。再びジョージが答えた。



「まだ口を割ってくれないが、何か隠しているのは確かだ。さぁ、ニック。教えてくれるよな?」



双子に問いつめられ、ニックはついに観念した。



「お二人には敵いませんね。しかし私が知っているのは、当日、ゴーストたちもかりだされるということだけです。もちろん魔法省の協力もありますし、屋敷しもべ妖精にも手伝ってもらうとのことです」



このことはハリーには、十分驚きに値すると思われた。ゴーストが自由に参加できる行事は今までにもあったが、魔法省の協力にくわえてゴーストたちまでもが強制的にかりだされる、さらには普段人目につかないところで料理、洗濯、掃除に従事している屋敷しもべ妖精まで手伝うというこんな大がかりなイベントは、今までに例を見ない。ロンもハーマイオニーも、そして双子までもが驚いているようだった。さらにニックは続けた。



「さらに時間は、朝九時から夜九時に及ぶ長丁場とのことです」

「半日だって!?」



ロンが叫んだ。クィディッチの試合でも、たいていの場合は数時間で終わる。もっとも「クィディッチ今昔」によれば、一八八四年にボドミン荒地で行われた試合では半年もスニッチが捕まらず、結局試合は中止になったそうだが。ハーマイオニーが腑に落ちない様子で尋ねた。



「でも―――でも、そこまでして何の意義があるっていうの?」



確かにそうだ。第三の課題の前の余興にしては、規模が大きすぎる。ニックが答えた。



「ダンブルドアは、闇の陣営への不安が高まっている今こそ、聖者の卵が一つに集う必要があるのじゃ、と言っておられました」

「聖者の卵―――聞いたことないわ」



ハーマイオニーがいぶかしげに言った。



「ええ、ダンブルドアは私どもにも詳しくは教えてくださりませんでした」



ニックが肩をすくめた。首が、ダブレットの特大ひだ襟の内側で少しぐらついた。



「出場人数やルールについては何も聞いてないの?」



ロンが聞いた。



「人数まではわかりませんが、私はメンバー交代をチェックする係だと言われました」



半日もあるのだから当然かもしれないとハリーは思った。これでハリーたち四年生にも出場機会が訪れるだろうか。



「他のゴーストには、決闘立ち会い人をする者もいます」

「やっぱり決闘もありなんだな!!」

「そうこなくっちゃ。モンタギューにコウモリ鼻糞の呪いをかけたくて仕方なかったんだ!!」



興奮するフレッドとジョージに、ニックはやれやれといった様子だった。



「私がわかるのはこれくらいですかね。後はダンブルドアから直接聞いてください」



教職員テーブルを見ると、ダンブルドアが立ち上がったところだった。ロンは糖蜜タルトが消える前にと急いで口に頬ばったが、ハリーは教職員テーブルにハグリッドがいないことに気づいた。どうやらハーマイオニーも気づいたらしい。



「どうしたのかしら?」

「ふぇっ、にゃひが?」



ロンが口いっぱいにタルトを頬ばったまま問い返した。

ダンブルドアが立ち上がったことで、大広間を満たしていたガヤガヤ声がやんだ。テーブルの上のデザートがすっかり消え去った。ダンブルドアは笑顔で大広間を見渡した。



「さて!! みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう。お待ちかねの寮対抗イースターエッグ争奪戦、“スクランブル・エッグ”のルールを説明しよう」

「これは一週間後のイースター当日に行われる。開始は午前九時、タイムリミットは午後九時じゃ。出場できるのはそれぞれの寮で、三年生以上の各学年から六人ずつ、合計三十人じゃ」



ロンがガッツポーズをした。



「出場者は、再起不能と判断された場合、あるいは本人が直接自分の寮に訪れた場合、同級の者と交代することができる。交代回数は無制限じゃ。ここまで何か質問はあるかの?」



皆夢中で聞き入っており、誰も質問するものはいなかった。



「ほっほっほ、よろしい。では続けるぞ。得点は、卵形のエンブレムを集めることで増やすことができる。エンブレムには大きくわけて三種類がある」

「ひとつめはエリアエンブレムじゃ。各寮はエリアと呼ばれる秘密基地、拠点を自由に一箇所設け、そこに置いたエリアエンブレムを死守しなければならない。このエンブレムはひとつ百五十点、奪われるとその時点で寮生全員がタイムアップとなる最も重要なエンブレムじゃ」

「ふたつめはボーナスエンブレムじゃ。これは七色に輝くエンブレムで、校内のあちこちに隠されておる。ただし、様々な罠に守られていたり一定の場所にとどまっていなかったりするので、見つけるのはかなり困難じゃぞ。ボーナスエンブレムは七十点じゃ。なお、エリアエンブレムとボーナスエンブレムは入手した時点で消滅し、得点に換算される。他の寮生に奪われる心配はないぞ」

「そして、最も一般的な得点手段になるのがノーマルエンブレムじゃ。これは出場者ひとりひとりに対応しており、対応する出場者の名前が浮かびあがる。このエンブレムは味方同士で交換可能で、自分のエンブレムを持ってなくともよい。最低一個は持っておらんと他の寮生を攻撃することは許されず、またエリア内に持ち込むこともできない。エリア内で待機する者、エリアを守る者は、味方にエンブレムを預けるのじゃぞ」

「このエンブレムが味方から他の寮生に移った場合、そのエンブレムに対応する出場者は無作為に城内のどこかにとばされてしまうから、攻守のバランスは重要であり、寮の特性が現れることじゃろう」

「ノーマルエンブレムはひとつ十点、ただしトーナメント代表者のエンブレムは三十点じゃ」



ハリーは驚いて顔を上げた。ダンブルドアと目があった。



「ほっほっほ、言い忘れておった。三校対抗トーナメントの代表選手は、半ば強制的に出場してもらうことになる。第三の課題前の腕試しとして、またトーナメントの今後を占うものとして、大いに健闘してもらいたい。なお、ビクトール・クラム君はスリザリンチーム、フラー・デラクール嬢にはレイブンクローチームに入ってもらい、ダームストラング、ボーバトン両校の他の諸君も、それぞれスリザリン、レイブンクローとの合同チームとして出場できる。両校をそれぞれ独立したチームにしなかったのは、このゲームが校内を熟知しておる者ほど有利であり、両校が不利になってしまうと考えたからじゃ」

「さて、その他のルールを確認しようかの。争奪戦で使われるフィールドはホグワーツの敷地内全体じゃ。ただし、禁止エリアがいくつかある。まずは禁じられた森。これは普段と同じじゃな。他に先生方の部屋など、禁止エリアの入り口には大きな赤い×印をつけ、一部の隠し通路も印はつけないが封印しておく。また、フィールドには先生方が仕掛ける障害や罠が、諸君の行く手を遮ることじゃろう。決闘立ち会い人は、先生方とゴーストの皆さんにお願いしてある。杖を折るといった悪質な行為には減点や失格などの処罰が与えられる」



ダンブルドアが続けた。



「また、決闘立ち会い人は、再起不能と判断された者のために救急隊を呼んでくれる。なお、原則として寮監と寮つきゴーストには、それぞれエリアと寮の出入りをチェックしてもらう。それ以外の先生やゴーストの目線で、出場していない生徒も寮からゲームを楽しむことができるようにしておる」

「いくつか注意事項を挙げておこうかの。まず、エンブレム自体にはあらゆる魔法を防止する呪文がかけられておる。呼び寄せ呪文で遠くから引き寄せたり、形を変えて隠蔽することはできぬぞ。また、ノーマルエンブレムは出場選手が身につけたローブに付けていないと十分後に消えてしまうので、どこかに隠しておくことは不可能じゃ。最後に、魔法アイテムの使用は基本的に自由じゃ。必ずしも有利に働くとは限らないがの」



ハリーは、ダンブルドアが自分にウインクしたように思えた。



「説明は以上じゃ。ルールを書いた羊皮紙を配っておるから、後でもう一度確認しておくとよい。一週間のうちに出場選手やエリアを決め、作戦を練っておくのじゃぞ。では解散!!」



大広間がどっと騒がしくなり、みな興奮して話し合いながら寮に戻り始めた。ハリーはロンとハーマイオニーと一緒に戻りながら、聖者の卵とは何であるかに思いをめぐらせていた。


【あとがき&解説】


フレッドをホームズに変装させたのは、助手のワトソンとハーマイオニー役のエマ・ワト(ry


はい、ルール説明の章でした。
ようやく争奪戦の内容が垣間見えたというところです。
もちろんルールだけではイメージしにくい部分もあるでしょう。
争奪戦の開幕をお楽しみに☆


そして、私の大好きな双子!
争奪戦の特徴からわかるように…彼らには大暴れしてもらいます♪


ん?
忍びの地図に文字が…

「私、ミスター・ムーニーから、新店舗W.W.W.へ洗礼を行う者にご挨拶申し上げる。他人事に対する異常なお節介はお控えくださるよう、切にお願いいたす次第」

「私、ミスター・プロングスもミスター・ムーニーに同意し、さらに、申し上げる。洗礼を行う者はろくでもない、いやなやつだ」

「私、ミスター・パッドフットは、かくも愚かしき者がダイアゴン横丁をうろうろしていることに、驚きの意を記すものである」

「私、ミスター・ワームテールが洗礼を行う者にお別れを申し上げ、その見苦しい感情を洗い流すようご忠告申し上げる」

F「俺たちの悪戯には、夢が詰まってるんだ」
J「俺たち新人への夢のない洗礼、お疲れ様でした☆」
F&J「今後とも、W.W.W.をよろしく♪」


勝手にここでW.W.W.の宣伝をするな(笑)




[10109] 第4章 リーダーの素質
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:14
【第4章 リーダーの素質 The Potential Leader】


談話室に戻ると、ハリーはすぐにグリフィンドール生に取り囲まれた。



「ハリー!! ねぇっ、ハリーったら!! エリアはどこにするの?」



ハリーはコリン・クリービーに捕まってしまった。コリンはハリーの一学年下で、ハリーの追っかけである。胸元には「ハリー・ポッターを“好演”しよう」バッジが、けばけばしいショッキングピンクに輝いている。コリンは以前、弟で入学したばかりのデニスと一緒に「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジを「ハリー・ポッターを応援しよう」バッジに変えようとして、「ほんとに汚いぞ、ポッター」バッジにしてしまっていた。だいぶ進歩したらしい。しかし、去年吸魂鬼が原因でハリーが卒倒した様子を、スリザリン生がからかって何度も再現していたのを思い出して、ハリーは気分が悪くなった。ハリーはバッジから目をそらして答えた。



「あー、なんで僕にエリアの場所を聞くんだい?」

「だって、君がグリフィンドールチームのリーダーでしょ?」



ハリーは驚いた。ハリーは確かに三校対抗トーナメントの代表選手だが、それとこれとは話が別だ。四年生のハリーに、七年生に対して指図などできるわけがない。ハリーはクィディッチチームのシーカーであり、去年の優勝の立役者だったが、ハリーは上級生にまで信頼されるほど自分に人望があるとは思えなかった。ましてや、三校対抗トーナメントの代表選手に加えて争奪戦のリーダーにまで選ばれるなど、ハリーには荷が重すぎる。

しかし団体競技にはリーダーが必要なことも、三年間クィディッチチーム入っているハリーにはよくわかっていた。全体の戦況を冷静に判断し、味方を的確に動かし、苦しいときには周りを鼓舞し、チームをまとめる誰かが。人望があり、リーダーを引き受けてくれる人が、誰か七年生で、せめて六年生でいないだろうか。

ハリーはウッドのことを思い出した。オリバー・ウッドはクィディッチチームのキャプテンだったが、去年卒業してしまっていた。ウッドがいたらきっと彼に頼んでいたのに、とハリーは思った。



「ハリー。せっかくみんな集まってるんだ。争奪戦のことを話し合わないか?」

「クィディッチがなかったから、俺たちにとっては久々のお祭りだぜ」



双子が下級生を押し分け、ハリーに近付いて来た。そうだ!! 彼らがいるじゃないか。



「フレッド、ジョージ、お願いがあるんだ」

「カナリアクリームならきらしてるぞ」

「それとも流血豆か?」

「違うよ!! 君たちに争奪戦で、グリフィンドールチームのリーダーをやってもらいたいんだ。まぁ、僕が決めることではないんだけど…」



ハリーは言い淀んだ。よくよく考えれば、ハリーはリーダーに指名されたわけでもないし、リーダーを指名する立場でもないはずなのだ。ジョージが答えた。



「俺たちが、かい? そりゃ七年生はNEWT試験の勉強で発狂してたりするから、六年生のほうがいいかもしれないけど」

「ハリー、俺たちはあのカタブツのパーシーとは違うんだぜ。俺たちでいいのかい?」



フレッドはそう言ったが、まんざらでもない様子だ。



「えっと、二人はクィディッチチームのビーターで有名だし、校内の抜け道を誰よりも知ってるし、なによりいつもみんなを笑わせてくれる。きっとみんな君たちについて行くよ」



ジョージがわざとらしく片眉をあげたが、ニヤけるのを我慢してるのがバレバレだ。



「今日はやけに褒めるな、ハリー」

「熱でもあるんじゃないか?」



フレッドがハリーの顔を覗きこんだ。



「僕は正気だよ。君たちがリーダーならとっても楽しくなりそうだ。きっとみんなも同じ意見だよ」



周りから賛同の声があがった。フレッドがニヤっとした。ジョージが鼻をポリポリ掻きながら言った。



「まぁ、もちろん俺たちも争奪戦には出るつもりだったし、悪戯グッズのいい宣伝になりそうだしな」

「じゃあ…」

「けど、答えはノーだ」

「えっ!?」



ハリーは、フレッドが自分のことをからかっているのかと思ったが、どうやらフレッドは本気らしい。ジョージも横で頷いて言った。



「ハリー、確かに俺たち以上に隠し通路を熟知しているやつはいない」

「人望もある」

「笑いもとれる」

「百人が百人、ロンより俺たちを推すだろう」

「いや、ロンなんてめじゃないくらい、俺たちはリーダーたる者のセンスを兼ね備えている」



双子がわざとらしく自画自賛した。ハリーは事態がよく飲み込めなかった。



「じゃあ…」

「けどな、ハリー。俺たちがリーダーなんて、“らしく”ないだろ?」

「俺たちは味方全体を気にかけるっていうより、好き勝手に大暴れしないとな」



確かに、二人の言うとおりだ。フレッドとジョージには、参謀というより斬り込み隊長がお似合いだ。しかし、リーダーを誰かに頼む話が振りだしに戻ってしまった。



「心配するな、ハリー」



フレッドが続けた。



「このままだったら君がリーダーにさせられそうなのはわかってる。俺たちには劣るけど、アイツに任せればいい。アイツにはウッドに近いものを感じるからな。来年のクィディッチの練習もきっとハードになるぜ」

「アイツか?」



ジョージは少し戸惑っていた。



「誰の話をしてるんだ?」



ハリーが尋ねた。



「まぁ任せてろって」



フレッドはハリーにウインクすると、やおら後ろを振り向き、談話室のむこうに声をかけた。



「おーい!! アンジェリーナ!!」



暖炉のそばでアリシア・スピネットとしゃべっていたアンジェリーナが、フレッドのほうを振り向いた。フレッドが手招きすると、クスクス笑いしているアリシアを軽く叩いて、アンジェリーナがやってきた。口元が微かに笑っている。フレッドとアンジェリーナは、クリスマスダンスパーティーでパートナー同士だったのだ。アンジェリーナもハリーや双子と同じクィディッチチームのチェイサーで、ドレッドヘアで背の高い魅力的な黒人の女性だ。



「なに?」



アンジェリーナの問いにフレッドが答えた。



「君に、争奪戦でグリフィンドールをまとめるリーダーになってもらいたいんだ」



ハリーも納得した。なるほど、アンジェリーナなら安心だ。しっかりしているし、クィディッチチームでみんなにもよく知られているし、なによりハリーからも頼みやすいと思った。



「どうして私なの?」



アンジェリーナが試すようにフレッドに尋ねた。



「君はきちんとした女性だ。何より、みんなを束ね、惹きつける魅力もある」

「僕もアンジェリーナがリーダーだと嬉しいよ」



フレッドほど口がうまくはなかったが、ハリーがもうひと押しした。

アンジェリーナは少し考え込んだが、すぐに快く承諾してくれた。



「いいわ。当日は主にエリアの中からみんなを指揮すればいいのね」

「そーゆーこと。頼りにしてるぜ」



フレッドがアンジェリーナの肩をポンと叩いた。ジョージがハリーの傍まで来て、耳元でそっと囁いた。



「どうだかな。アンジェリーナはなかなかアクティブだからな。チームの危機にエリア内で冷静にしてられるとは思えないな。きっと真っ先に飛び出すぜ。ハリーもあの二人のダンスを見ただろ?」



二人が元気を爆発させて踊っていたので、怪我をさせられてはかなわないとみんな遠巻きにしていたのをハリーは思い出した。



「ハリー!!」



ロンとハーマイオニーが人混みをかきわけ、やっとのことでハリーのところにたどり着いた。



「どうやらアンジェリーナがリーダーになったようね」

「そうだ。けど、まだ正式に発表してなかったな」



フレッドはそう言うと肘掛け椅子の上に立ち上がり、談話室全体に呼びかけた。



「みんな、聞いてくれ!! 一週間後の争奪戦のリーダーにアンジェリーナの名前が挙がっているが、みんな異論はないか?」



拍手やら口笛やらで、みんなが賛成の意思を伝えた。



「よし!! アンジェリーナ、軽く挨拶したらどうだ?」



フレッドがアンジェリーナを引き上げた。アンジェリーナはひと呼吸おいて話し始めた。



「みんな、リーダーのアンジェリーナだ。よろしく。さっそくだが、一週間後に向けての会合を開こうと思う。まず出場選手だが、交代の順番も含め、学年ごとに決めておいてくれ。次にエリアの件だが、これは重要だ。場所が他の寮生にバレたら、大勢で攻め込まれてすぐにエリアは陥落してしまうだろう。どこかいいところはないか?」



これにはみんな黙りこんでしまった。フレッドとジョージですら、すぐには思い浮かばないようだ。アンジェリーナが言った。



「よし、じゃあ良いエリアの場所を思いついた者は、私のところに連絡してくれ。当日の作戦は、出場選手とエリアが決まってからのほうがいいだろう。あとは何かあるか?」



ハリーが名前の知らない、大柄で剛毛の上級生が挙手したのにアンジェリーナは気付いた。



「なんだ? えーと…」

「コーマック。コーマック・マクラーゲンです」



アンジェリーナの様子からして、どうやら五年生のようだ。コーマックが続けた。



「争奪戦には三年生や四年生も出るんだろ? 足でまといにならないように鍛えてやったほうがいいんじゃないか?」



ハリーはムカッとした。鼻持ちならない態度だ。

アンジェリーナも顔をしかめた。



「足手まといと言うのは気にくわないが、確かに下級生だけに限らず、上級生も含めて呪文の練習をしたほうがいいな。練習場所はマクゴナガル先生に頼んでみよう。明日、六時に一度談話室に集合して、それから練習場所に移動しよう。みんなは使えそうな呪文をみつくろってきてくれ。もう一度確認しておくが、出場選手やエリアの候補はいつでも言いに来てくれて構わない。今日はこれくらいかな? よし、それじゃあ、解散!」



寝室に上がっていく者もいれば、談話室でまだ興奮してしゃべっている者もいる。ハリーはロンとハーマイオニーを引っ張って、談話室の隅に連れていった。ロンが言った。



「どうしたんだ? ハリー」

「シリウスのことね」



ハーマイオニーは感がいい。ハリーは答えた。



「まぁ、そんなとこ。エリアに適した場所をシリウスにふくろう便で聞いてみようと思うんだ。忍の地図の制作者だし。どうかな?」

「いいんじゃないか。忍の地図だけじゃわからないこともあるかもしれないし」



ロンの言葉にハーマイオニーも頷いた。



「そうね。エリアのことはしばらく忘れて、私たちは図書室で使えそうな呪文を探しましょ」

「また図書室通いか…」



ロンがハーマイオニーに聞こえないようにため息交じりに呟いた。






【あとがき&裏話】

ダンスパーティーネタだったり、来年のクィディッチの練習も・・・の件だったり、細かなネタをちりばめてみました。

それに、いくつかフラグも立っちゃっていますね。

この章は、争奪戦でハリーを自由に動かすためには必要な章でした。

また、双子の「らしさ」も描きたかった。

おそらく、誰よりも争奪戦を楽しむであろう双子ですからね。

番外編で幼い頃の双子を描くくらいですから、私の双子愛をみなさんも感じていることでしょう(笑)

そして、この作品の推理要素の一つとして、各寮のエリアはどこ?という謎があります。

予想して楽しんでください。


さて、作者が感想掲示板にコメントをすると荒れる原因になりそうなので、今後はみなさんの感想や批評に、作品やあとがきで応えていく形をとります。

感想掲示板には頻繁に目を通し、みなさんのコメントを励みに頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。




[10109] 第5章 作戦会議 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:15
【第5章 作戦会議 The Strategy Meeting その1】

それからの一週間は、出場選手以外の生徒にとっては待ち遠しくて長く感じられたものだったが、出場選手にとってはあっという間に過ぎてしまった。

呪文の練習に関しては順調に進み、基本的な武装解除呪文をはじめ、失神呪文、妨害の呪い、粉々呪文、盾の呪文など、様々な応用呪文をグリフィンドール生はなんとか習得したし、ハリーも楽しかったが、問題はエリアだった。土曜の夜になってもまだ決まっていなかった。

その日は朝食のときに、シリウスからの手紙が届いていた。シリウスの足跡付きだ。



「ハリー、食べ物を送ってくれてありがとう。バックビークも元気だ」

「争奪戦の話はダンブルドアから聞いている。楽しそうじゃないか。だが、くれぐれも気をつけるように。それでエリアの件だが、私にはいい場所が思い付かない。学生時代にジェームズと私は、当時の管理人から逃れたりホグズミードでバタービールを調達するのによく隠し通路を用いたものだが、隠れ家的なものは叫びの屋敷があれば十分だった。しかし叫びの屋敷は敷地外だから使えないんだろ? 力になれなくてすまない」

「もうひとつ。争奪戦当日の七時ぐらいに天文台の塔の屋上に来れるかどうか、すぐに返事がほしい。

                  シリウスより」



ハリーは七時に天文台の塔に行くとふくろう便で約束した。魔法省が学校に来ているのに、シリウスが学校へ来るなんて危険だとハーマイオニーは言ったし、ハリーも、シリウスが自分に会いに来ようとして捕まるなんて絶対嫌だと思った。ハリーはハーマイオニーと自分に、シリウスはなにかふくろう便では送りにくい物をなんらかの手段でハリーに送ろうとしているだけだと言いきかせた。第一、シリウスがどうやって天文台の塔に現れるというのだ。きっとなにかを送ってくるだけに違いない。いくらシリウスでも、魔法省の役人がたくさんいるホグワーツに現れるほど愚かではないはずだ。 けれどもその一方で、次のホグズミード行きの日まで名付け親に会えないのはごめんだったハリーは、シリウスが天文台塔に現れるのではないかという期待を抱かずにはいられなかった。

それよりも今の問題はエリアだった。シリウスでもいい場所が見つからないとなると、事態は非常に深刻だ。

ハリーはその晩、ベッドの中で忍の地図を隅から隅まで調べたが、やはり適当な場所はみつからなかった。



翌朝、ハリーは胸の上に重さを感じて目が覚めた。だんだん視界がはっきりしてくると、突然巨大な緑の丸い目がハリーを覗きこんだ。思わずハリーは跳び起きた。鉛筆のような鼻、大きなとんがった耳。ドビーだ。ハリーはすっかり目が覚めて言った。



「ドビー、いい加減その起こし方は勘弁してくれないかな?」

「ドビーめが、あなたさまの手紙を持っています」



ドビーはハリーの上から降りてキーキー声で言った。



「手紙?」



ハリーは手紙を受けとった。ハグリッドからだ。ハグリッドはこの一週間どこかに出かけていたようで、魔法生物飼育学の時間はグラブリー・プランク先生が代行していた。



「ドビーめはハリー・ポッターの手紙を渡す役目を、進んでお引き受けいたしました」



ドビーは、うっとりと憧れの人を見るような目でハリーを見ながらで続けた。



「ルビウス・ハグリッドは、ふくろう便を送る時間の余裕がないから、この手紙をハリー・ポッターに届けてくれとおっしゃっいましたでございます」



ドビーが深々とお辞儀をしたので、鉛筆のような鼻先がハリーのパジャマをかすった。



「ありがとう、ドビー」



ハリーは手紙を開いた。手紙は急いで書かれたようだ。大きく汚い文字がのたくっていた。



「ハリー。ゲームが始まる三十分前に小屋で待っちょる。

                      ハグリッド」



「何の用だろう?」



ハリーはまだエリアが決まってないことを思い出した。ハグリッドの小屋に行く余裕があるだろうか? ハリーの思考をドビーのキーキー声が遮った。



「もうひとつ、ハリー・ポッターにお伝えすることがあります」

「何だい?」

「ドビーめは職員室を掃除中に、グリフィンドールが、ハリー・ポッターさまの寮がまだエリアを見つけていないとの話を耳にされました」



ハリーは、屋敷しもべ妖精も争奪戦を手伝うのだとニックが話していたのを思い出した。



「ドビーめは、ぴったりな場所を知っております。はい!」



ドビーは嬉しそうに言った。ハリーは胸が躍った。



「ほんとに!?」

「ええ。ドビーめはホグワーツに来たとき、他の屋敷しもべ妖精が話しているのを聞きました。仲間内では『あったりなかったり部屋』とか『必要の部屋』として知られております!」

「どうして?」



ハリーは好奇心に駆られた。



「なぜなら、その部屋に入れるのは本当に必要なときだけなのです。ときにはありますが、ときにはない部屋でございます。それが現れるときには、いつでも求める人のほしいものが備わっています」



「そこを知っている人はどのくらいいるの?」



ハリーはベッドから乗り出した。



「ほとんどおりません。だいたいは、必要なときにたまたまその部屋に出くわします。でも、二度と見つからないことが多いのです。なぜなら、その部屋がいつもそこにあって、お呼びがかかるのを待っているのを知らないからでございます」



「すごいな! ドビー、ぴったりだよ!!」



ロンが寝返りをうった。同室のみんなは、昨日の夜に緊張でなかなか眠れなかった反動で今朝はまだよく寝ているようだったが、このままだとドビーのキーキー声で起こしかねない。もうちょっと寝かせてあげたほうがいいだろう。ハリーは小声で言った。



「ドビー、他の寮生に見つかるとまずいから、あとでこっそり行くよ。『必要の部屋』の正確な場所と、どうやって入るのかだけ教えてくれないかな?」







生徒は七時に大広間に集まることになっていた。大広間に向かいながら、ハリーは今朝のことをロンとハーマイオニーに話した。ロンはご機嫌だった。



「そりゃいいや! エリアのことが心配で一睡もできなかったんだ」



ハリーはあえてつっこまないことにした。ハーマイオニーは考え込んでいる。



「けど、それってドビーから聞いたのよね。大丈夫なの? あなた、ドビーのせいで腕の骨を全部無くしたことがあるのよ?」



あのときは、腕を再生させるのに一晩中痛い思いをした。もっとも、半分はロックハートのせいだったのだが。



「部屋は確認したの?」

「まだだよ。朝食が終わったらすぐ行く」



ハリーはそこで立ち止まった。チョウがセドリックと話している。

ハリーは、レイブンクローでクィディッチチームのシーカーをしている一学年上のチョウ・チャンに憧れていた。しなやかな黒髪のとても可愛い女の子だ。

しかし、チョウはセドリックと付き合い始めたようだった。 セドリックは鼻筋がすっと通り、黒髪にグレーの瞳のずば抜けたハンサムだ。ハッフルパフの七年生で、三校対抗トーナメントでは現在ハリーと首位で並んでいる。ハリーはセドリックを嫉妬していたが、第二の課題で助言をもらったこともあり、セドリックの純粋さを認めるようにはなっていた。しかし、今日またチョウと一緒にいるところを見せつけられたことで、ハリーの中で嫉妬心が蛇が鎌首をもたげるように再び沸き上がった。

セドリックはハリーに気付いたらしく、チョウを待たせて笑顔で声をかけに来た。



「やぁ、ハリー! いよいよ今日だな。チョウからレイブンクローのエリアを聞き出そうとしたんだが、やはり口を割ってくれないようだ。彼女も出るようだしね。今日は正々堂々戦おう。楽しみにしてるよ」

「あぁ」



ハリーはつっけんどんに答えた。セドリックはもう一度笑顔を向け、チョウのところへ戻っていった。ロンとハーマイオニーが心配そうにしていたが、ハリーはそれを無視して大広間に入った。

ハリーはセドリックだけには負けたくないと思っていた。ハリーたちが優勝して、チョウが祝福してくれたらどんなにいいだろう。



ハリーはアンジェリーナを見つけた。目が充血している。エリアを一晩中考えていたのだろうか。



「アンジェリーナ!」



ハリーが声をかけると、アンジェリーナは沈んだ声で答えた。



「やぁ、ハリー。実はまだエリアが決まって…」

「いい場所が見つかったよ!」



アンジェリーナの顔色が急によくなった。



「ほんとかい!? どこなんだ!?」

「シーッ! 他の寮生に聞かれるよ。詳しいことはここに書いておいたから、朝食が終わったら談話室でみんなに伝えといて。僕たちは先に下見に行ってるから」



ハリーはアンジェリーナに羊皮紙を渡した。



「わかった。ハリー、ありがとう。これでなんとかなりそうだよ」



三人はネビル、ジニーと一緒に席についた。ネビルが口を開いた。



「四人とも頑張ってね。僕、応援してる」



どうやらジニーも出るようだ。ネビルはゆっくり試合を見たいと言ったので、補欠に回ることになった。だが長丁場の戦いとなるので、ネビルにも出番がやってくるだろう。

炒り卵を食べていると、手紙を配達するふくろうたちと一緒にヘドウィグが入ってきた。

ヘドウィグはスイーッとテーブルに下りてきた。手紙は持っていない。朝食を少しもらいに来たのだろうか。突然ヘドウィグがハリーの手の甲をつついた。



「イタッ!! どうしたんだ? ヘドウィグ」



ハリーはベーコンをヘドウィグにやった。ヘドウィグはベーコンをついばんでいたが、まだ機嫌は悪かった。

無理はないとハリーは思った。シリウスに手紙を送るときは目立たないように毎回別な学校のふくろうを使っていたので、ヘドウィグはすねていたのだ。それにしても今日は機嫌が悪い。きっと、ハグリッドからの手紙までドビーに取られたからだろう。ヘドウィグは炒り卵もついばむと羽ばたいていった。

向かい側ではハーマイオニーが予言者新聞を開いていた。さすがに今日はイースターなので、抗議メールは届いてないようだ。もっともホグワーツではイースターのプレゼントは、イースター休暇の最終日に届くのだが。



「ハーマイオニー、何か載ってるかい?」



ロンが恐る恐る尋ねた。



「今日も何もないわ。あのババァ、もうネタがつきちゃったのよ」



職員テーブルでダンブルドアが立ち上がった。コーネリウス・ファッジ魔法大臣や魔法ゲーム・スポーツ部のルード・バグマン、ロンの兄のパーシーの姿もある。



「食べている者は食べながら聞いておくれ。さて、数時間後にはゲームが始まる。開始十五分前には障害物やボーナスエンブレムが配置されるので、それまでに各自所定の位置についておくように。それから魔法省の方々にもジャッジを頼んでおる。非常事態には助けを求めることじゃ」



非常事態がどの程度のものなのか、ハリーは少しだけ不安になった。





[10109] 第5章 作戦会議 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:16
【第5章 作戦会議 The Strategy Meeting その2】

「それでは食べ終わった者から準備にかかってよいぞ」



ハリー、ロン、ハーマイオニーはドビーが教えてくれた場所へと廊下を急いだ。大きな壁掛けタペストリーに「バカのバーナバス」が、愚かにもトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてあった。その向かい側の、何の変哲もない石壁がその場所だ。周りには誰もいない。ハリーが小声で言った。



「オーケー。ドビーは、気持ちを必要なことに集中させながら、壁のここの部分を三回往ったり来たりしろって言った」



三人で実行に取りかかった。石壁の前を通りすぎ、窓のところできっちり折り返して逆方向に歩き、反対側にある等身大の花瓶のところでまた折り返した。ロンは集中するのに眉間に皺を寄せ、ハーマイオニーは低い声でブツブツ言い、ハリーはまっすぐ前を見つめて両手の拳を握り締めた。



〔他の寮生に見つからない隠れ家が必要です…どこかエリアエンブレムを守りきれるところをください…〕



「ハリー!」



三回目に石壁を通りすぎて振り返ったとき、ハーマイオニーが鋭い声をあげた。石壁にピカピカに磨き上げられた扉が現れていた。ロンは少し警戒するような目で扉を見つめていた。ハリーは真鍮の取っ手に手を伸ばし、扉を引いて開け、先に中に入った。

広々とした部屋は、地下牢教室のように、揺らめく松明に照らされていた。棚が迷路のように並んでいる。



「見て! この本!」



ハーマイオニーは興奮して、入り口近くの本棚の書物の背表紙に次々と指を走らせた。



「『自己防衛呪文学』…『通常の呪いとその逆呪い概論』…『隠密追跡術の全て』…『変装・隠遁術理論』…ウワーッ…」



ハーマイオニーは顔を輝かせてハリーを見た。何百冊という本があるおかげで、この部屋がドビーの情報だという不安が吹き飛んだらしい。



「こっちもすごいぞ! 『かくれん防止器』、『秘密発見器』、『糞爆弾』・・・あっ! うちの家の柱時計もある!!」



ロンが迷路の奥から叫んだ。ハリーとハーマイオニーは二度行き止まりに出くわしたが、ロンのいる最深部に辿り着いた。そこだけ少し広くなっていた。

部屋の奥の棚には、便利な魔法製品がいろいろ収められていた。ムーディ先生の部屋に掛かっていたのと同じような「敵鏡」もあり、中で煙のような影の姿がうごめいていた。そして「敵鏡」が掛かった壁の向かいの壁には、ウィーズリー家の柱時計と同じようなものが五つもかかっている。どの柱時計も針が六本だ。



「きっと左から順番に三年生、四年生となって、一番右が七年生なんだわ」



ハーマイオニーの読みは当たっているようだった。左から二番目の柱時計を見ると、ハリー、ロン、ハーマイオニーと彫られた金色の針が、数字の代わりに「必要の部屋」を指している。他に「医務室」、「大広間」、「地下牢教室」、「西塔」、「北塔」、「天文学塔」、さらには「迷子」、「ピンチ」、「逃走中」というものまであった。他の生徒の針が、「散策中」から「必要の部屋」まで動いた。

扉を叩く音がした。ハリーが入り口のところまで来ると、アンジェリーナが他の出場選手を連れて入ってきたところだった。



「つけられてないかい?」



ハリーはそれが心配だった。



「大丈夫だよ。それぞれ別ルートで来たし、ニックやマクゴナガルが尾行されてないか確認してくれた」



マクゴナガル先生が最後に部屋に入ってきた。

マクゴナガル先生は、背が高く四角いメガネをかけ、黒い髪を小さなシニョンにしている「変身術」の先生だ。とても厳格だが、クィディッチ優勝杯にはいつもご執心で、宿題を減らすなど規則の範囲内でグリフィンドール生を援助している。今日の争奪戦も勝ちたいことだろう。先生はハリーを見つけると言った。



「ポッター、いい場所を見つけましたね。わたしもこんな部屋があるなんて知りませんでしたよ」

「屋敷しもべ妖精のドビーが教えてくれたんです」



ハリーは隠す必要もなかったので、正直に話した。



「そう。それはいい友達を持ったわね」



先生は笑顔でそう言うと、今度は全員を見渡した。



「あと一時間程で始まります。私はここでエリア内のジャッジをすることになってます。あなたたちは作戦を話し合いなさい」



最深部に着くと、全員がアンジェリーナを見れるように座った。



「作戦を説明するわ。まず、この部屋は八階。談話室の入り口と同じだから、出場選手の交代はスムーズにできると思うわ。問題はエリア内にエンブレムを持ち込めないこと。攻撃陣と守備陣との交代のときに部屋の外でグズグズしてると、他の寮生にエリアを見つけられてしまう可能性があるわ」

「そこで…」



アンジェリーナが続けた。



「まず、『中継ポイント』を置くわ。エリア内に戻る人はここにエンブレムを預けてから入ってくる。外に出る人はここでエンブレムを受けとるの。そうすればエンブレムの受け渡しをスムーズにできるわ。場所はこの階にある、ひょろ長ラックランの像の向かいの教室よ。ここに誰かいてもらわないといけないんだけど、誰かやってくれるかな?」



三年生の女の子が二人、みんなの注目をできるだけ集めないように精一杯小さくなって、恥ずかしげに少しだけ手を挙げた。どうやら戦うのは苦手なようだ。



「ありがとう。二人は教室のどこかに隠れておいて、合言葉が聞こえたら出てくるんだ。次に…」

「合言葉ってなんだ?」



ジョージが口をはさんだ。



「まだ言ってなかったな。合言葉は『エッグヘッド! 知ったか!』だ。これはエリアに入るときも必要だから覚えておいてくれ。石壁をノックしてから合言葉を言うんだ。合言葉を確認したら中から開ける。ゲームの最中に廊下を三往復する余裕はないからな」

「もうひとつ。エリア内の人が外に出るときに他の寮生と鉢合わせるのはまずい。そこでマクゴナガルに、八階の踊り場の絵の中にいるカドガン卿をエリアの外の『バカのバーナバス』の絵に連れてきてもらった。カドガン卿が大声で決闘を挑むだろうから、他の寮生が外にいればわかるはずだ」



ハリーは感心した。これなら密閉性が高すぎるこのエリアの弱点を十分補える。



「次に戦術だけど、攻守のバランスはだいたい半々にするわ。序盤から積極的に行きたいけど、エリアを奪われたら元も子もないからね。かといってエリア内の人数を増やすと、攻撃陣一人あたりのノーマルエンブレム所持数が増えてリスクが大きくなる」

「攻撃陣は、ボーナスエンブレムと相手チームのエリア探しに力を入れてもらう。どちらも確実に加点できるからね。エリアを見つけた場合は無理をせず、一度ここまで戻って応援を呼ぶように。あと、できるだけ単独行動はよせ。二人がかりで狙われると、太刀打ちできなくなるぞ」

「尾行にも気をつけるんだ。エリアの場所がバレないことが先決だからな」



フレッドが近くの棚を調べながら言った。



「一人一個は糞爆弾を持っておいたほうがいいな」



ジョージも付け足した。



「ノーマルエンブレムを持ってないと相手チームを攻撃できないから、そのとき用だな」

「二人の言う通りだ」



アンジェリーナが続けた。



「角を曲がるごとに来た道を確認するのも忘れるなよ。それと攻守交代の時間はそれぞれの学年で決めておいてくれ。他に誰か言うことはあるか?」



みんなアンジェリーナの作戦に納得しているようだ。アンジェリーナはもう一度みんなを見渡して言った。



「よし! それじゃああと四十五分くらいある。呪文の確認など、最終調整を行おう」



それぞれがグループを作ったりしながら、呪文の確認や相手エリアの場所の推測を始めた。ロンはまだ少し呪文が不安な様子だったので、ハーマイオニーが確認に付き合うことになり、ハリーひとりでハグリッドのところへ行くことになった。ハリーはアンジェリーナに声をかけた。



「アンジェリーナ! 僕、ハグリッドに呼ばれてるんだ。ちょっと行ってくるよ」



アンジェリーナは快く承諾してくれた。



「ハリー、始まるまでには戻って来いよ」

「すぐ戻るよ」



そう言うと、ハリーはガドガン卿が静かなのを確認して部屋の外に出た。



「ヤーヤー!」



ハリーを見つけてカドガン卿が叫んだ。ずんぐりした小さい騎士で、鎧兜をガチャつかせ、太った灰色葦毛の仔馬に跨っている。



「わが領地に侵入せし、ふとどきな輩は何者ぞ! 抜け、汝が刄を。下賎な犬め」

「ごめんね、カドガン卿。僕急いでるんだ」



ハリーは先を急いだ。カドガン卿が背後で何やら叫んだが、直後の落馬のガチャンという音でよく聞こえなかった。






【あとがき&裏話】

「必要の部屋とか卑怯だろ」ってコメントがありそうですが・・・私もそう思う(笑)

必要の部屋にも防衛拠点としての欠点がいくつかあるんですけどね。

シリウス、ドビー、チョウ、セドリック、カドガン卿など、お祭りならではといった感じでキャラ数が増えてきました。

そして、相変わらずフラグがいっぱい(笑)

この章のお気に入りは、合言葉です。

第1章のあとがきで、卵にちなんだ表現がいくつかあると書きましたが、これもその一つ。

「egghead」には「インテリぶる人」という意味があり、「知ったか(ぶり)」としたことで語呂も良くなっていると思います♪

朝食に炒り卵があるのも、卵繋がりです。

スクランブルエッグと書くと争奪戦と同じ名前になってしまうので、「炒り卵」と書きました(苦笑)




[10109] 第6章 すれ違い -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:16
【第6章 すれ違い The Misunderstanding その1】

ハグリッドの小屋に着くと、ハリーは扉を叩いた。中からは返事がなく、かわりに小屋の裏からハグリッドが現れた。モールスキンのオーバーを着込み、ドラゴンの革の手袋をはめている。何か作業をしていたようだ。



「ハリー! おまえさんを待っていたんだ」



ハグリッドがポケットをまさぐり始めた。ハリーが尋ねた。



「ハグリッド、先週はどうしてたの? 日曜も小屋を訪ねたんだけどいなかったし」



ハグリッドは急にそわそわし始めた。



「えーと…大したことじゃねぇが、話しちゃならんことになっとる。詮索せんでくれ。そいで…ほんとはこいつもよくはないんだが…」



ハグリッドはポケットから取り出した黒い袋をハリーに手渡した。チャリンという音がする。ハリーが中を覗くと、金貨が袋いっぱい入っていた。



「ハグリッド、何なのこれ!? こんなの受け取れないよ!」



ハグリッドが辺りを気にしながら言った。



「ハリー、レプラコーンの金貨だ。だがあと数時間は消えないだろう。あー…」



ハグリッドは言葉を選んでるようだ。



「あー…かわいらしいのに追いかけられたら、バラまけ」

「それってどういう…」

「さあ、もう時間がねぇだろ、え? 俺も忙しいんだ。行った行った!」



ハリーはハグリッドに追い帰されたことにはショックを受けていなかった。時間もなかったし、何か話せないことをこっそり伝えたかったのだろう。

だが、ハグリッドがなぜ金貨を渡したのかはわからなかった。あのセリフとこの金貨がなにか暗号にでもなっているのか?

ハリーはエリアに戻る前に談話室に寄った。肖像画を抜けると、ネビルとディーンに出会った。ディーンはクィディッチの応援で使った旗を持っていた。



「やぁ、ハリー。忘れ物かい? さっきフレッドとジョージがやって来たところだよ」

「二人が?」

「あぁ。でっかい袋を抱えて持っていったよ」



ひっかけ菓子でも持っていったのだろうか?



「それより、ハリー! あれ見て!」



ハリーがネビルの指差したほうを見ると、暖炉の向かいの壁に大きな鏡のようなものが浮かび上がっていた。よく見るとホグワーツの様々な場所が映し出されている。



「『両面鏡』ってやつの応用らしいよ。どこかに固定された鏡や、先生や魔法省の役員が持ってる鏡の映像がここに映るらしい。マクゴナガル先生が言ってた」



なるほど、これなら談話室にいても楽しめそうだ。ハリーは、ピーブズが三階の廊下をヒョコヒョコ跳ねているのを鏡の中に見つけた。



「ちょっと取ってくるものがあるんだ」



ネビルとディーンを大広間に残して、ハリーは寝室にあがった。透明マントと忍びの地図を取りに来たのだ。今日はファイアボルトとナイフは必要ないだろう。

ファイアボルトは三年生のときに、ナイフはクリスマスプレゼントに、どちらもシリウスからもらったものだ。ファイアボルトは世界最高の競技用箒で、ナイフはあらゆる鍵をこじ開け、どんな結び目も解く付属部分も持つ優れものだ。だが箒はもちろん城内では必要ないし、『アロホモラ』で開かない扉は立入禁止エリアの入り口くらいのものだろう。

ハリーは透明マントと忍びの地図をローブの中にしまい、急いで談話室に下りていった。

肖像画から出る前にデニス・クリービーに捕まってしまった。首からカメラをさげている。近くの肘掛け椅子では、クルックシャンクスが気持ち良さそうに眠っていた。



「こんにちわ、ハリー! コリンにきみの活躍をカメラにおさめるように頼まれているんだ。ほんとは自分で撮りたかったらしいけど、試合に出ないといけなくなっちゃったんだって。うまく撮れるかな?」

「あー、きっと大丈夫だよ」



ハリーは苦笑いで言った。デニスがカメラにフィルムを入れ忘れていることを願って、ハリーは必要の部屋へと急いだ。



[10109] 第6章 すれ違い -2 (少し修正しました)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/09/25 21:59
【第6章 すれ違い The Misunderstanding その2】


目的の場所に着くと、ハリーは必要の部屋の石壁をノックして叫んだ。



「エッグヘッド! 知ったか!」



目の前の石壁にピカピカに磨かれた扉が突然現れ、ロンが扉から顔を出した。



「ハグリッドとけっこうしゃべってたんだな」

「いや、談話室にも寄ってたんだ。透明マントと…」



ハリーはローブの中から忍びの地図を取り出した。



「この地図を取りにね」

「ハリー! あなた、なに考えてるの!?」



強い口調にハリーもロンも驚いて振り返った。ハーマイオニーが咎めるような目つきで近付いて来ていた。



「忍びの地図を使ったら、あなたたちだけじゃない、みんながつまらなくなってしまうのよ。だってエリアの場所がすぐわかるなんて卑怯じゃない! 今日はただのゲームなのよ! そこまでして勝ちたいの!?」



ロンが言い返した。



「ルール上は問題ないはずだ。それに男には、どんな手段を使ってでも勝たなくちゃならないときがあるんだよ」

「なにが『男には』よ! 大人ぶってるだけで、女心もわからないおこちゃまじゃない!」



ロンの耳が真っ赤になった。ハリーが言った。



「けどハーマイオニーだってスリザリンに勝たなきゃならないはずだ」

「ええ。そして、ハリー。あなたはセドリックに、ね」



ハーマイオニーが辛辣に言い放った。



「ハーマイオニー、きみはどこまでおせっかいなんだ!」



ロンの言葉にハーマイオニーが反論した。



「おせっかい!? わたしはあなたたちのために言ってるのよ!」

「それをおせっかいって言うんだよ! 行こうぜ、ハリー」



ロンが部屋の奥へ歩き出した。



「口で言ってもわからないみたいね」



ハーマイオニーが杖を取りだし、なにやら呪文を唱えた。杖先から細い紐が出てきて忍びの地図を縛った。去年、スネイプやルーピン先生が使っていた呪文だ。結び目は複雑で固く、ほどけそうにない。これにはハリーも怒った。



「ハーマイオニー! そこまですることないだろ!」

「すぐにほどけよ!」



振り返ったロンも加勢した。それでもハーマイオニーは毅然とした表情だ。



「こうでもしないと絶対使うでしょ! 反対呪文を探してる暇があったら、正々堂々ゲームを楽しむことね」

「そうか。きみはクラムに勝たしてやりたいんだ!」



ロンのこの言葉に、ハーマイオニーの感情が爆発した。



「なんでわからないの!? もう、勝手にすればいいわ!」



ハーマイオニーは怒って奥に行ってしまった。



「『勝手にしろ』だって!? かまってきたのはそっちじゃないか!」



ハリーもロンと同じ思いで奥に向かった。

部屋の一番奥にはすでに卵の形をした金色のエリアエンブレムが輝いていた。



「みんな揃ったようですね。ではノーマルエンブレムを取りに来なさい」



マクゴナガル先生が、卵型で赤色のエンブレムを配り始めた。四年生はシェーマス、ラベンダー、パーバティがまずはエリア待機組だったので、ハリーがシェーマスの、ロンがラベンダーの、ハーマイオニーがパーバティのエンブレムも受け取った。ハリーのエンブレムは他より一回り大きい。

ハーマイオニーはハリーとロンには目もくれず、ジニーのところへと戻った。どうやら二人で行動するようだ。



「ロン、ハリー、これを持って行け」



ジョージが棚から取り出した臭い玉と糞爆弾を二人に手渡した。



「そっちのはなんだ?」



ロンが指差した先に白い大きな袋があった。



「こっちは俺たちの試作品さ。数もないから使いきっちまうと、また一から作りなおしだ」



ハリーが中身を覗く間もなく、部屋中に大音量が響きわたった。



「あー、あー。聞こえるかな?」



バグマンの、魔法で拡張された声だ。そろそろ時間だ。



「よーし! 準備はいいか? それでは寮対抗エンブレム争奪戦『スクランブル・エッグ』、ヨーイ…」



ノーマルエンブレムを身につけたグリフィンドール生は、扉の前に並んだ。興奮と程よい緊張からか、ハリーは気分が高揚するのを感じた。



「始め!」



ややフライング気味にスタートを切ったフレッドとジョージに続いて、開幕の合図と同時にハリーとロンは勢いよくエリアから飛び出した。





【あとがき&裏話】

最初に、頂いた感想へのコメントから。

皆さんのアドバイスは、決してお節介ではありませんよ♪

ありがたく読ませてもらっています。

少なくともアドバイスに従った場合は、私の中で納得してそうしているので、心配なさらないでください。

納得できないものは鵜呑みにしないということは、感想掲示板で以前にしっかり意思表示していますしね。(追記:当時のコメントは削除してしまいました)

もちろん、納得していてもさまざまな理由から皆さんの勧告に沿えない場合もございますので、作品に反映されてないからといって、的外れな内容だと私が思っているわけではないということもご理解ください。

感想掲示板のあとがきは、削除すると欠番ができてしまい、誰かが都合の悪いコメントを削除したみたいに見えるので、残しておこうと思います。(追記:上の追記参照です。すみません)


原作をもう一度読みたくなったというコメントは、私の狙い通りで嬉しいです。

素晴らしい原作があってこそのSSですので、原作へのオマージュは意識しています。

どのシーンのオマージュであるか調べるのも、この作品の楽しみの一つだと思っています。


恋愛要素に関しては、争奪戦のテンポにも関わるため、また炎のゴブレットの時点では謎のプリンスほどロマンスが描かれていないので、描写を最低限に抑えています。

ですが、恋愛感情というものを無視してしまうと登場人物が薄っぺらくなってしまいますし、私自身ロマンスは大好きなので、少しはと作品中に含まれています。

例えば、前の章のアンジェリーナは、自分に対するフレッドの好意を試す可愛らしい一面を覗かせていますし、この章でハリーが透明マントや忍びの地図を持ち出したのは、チョウとセドリックに出会ったことによる動揺が大きく影響しています。

ハリー本人は無意識ですが、普段のハリーならばマントや地図の使用を自制していたと思います。

そうそう、まだツンしか見せていないけれど・・・



「ハーマイオニーの微ツンデレ仕様は原作通りだと信じている!」(←



さて、第6章解説!

Misunderstandingはこの場合、「誤解,解釈違い」というよりは「意見の相違,けんか」という意味合いです。

実はDA PUMPの同名の曲が好きだから使ったという裏話もあるのですが(笑)

ちなみに、White Moon Lullabyという曲が、曲調や歌詞がハリーにピッタリな感じで大好きです。

それはともかく・・・章タイトルは二つ以上の出来事を指すことも多いです。

今回のハグリッドとの「すれ違い」は、Misunderstandingというほどではないですけれど。


そして、ハーマイオニー、ごめんなさい。

忍びの地図は、どうしても使用を制限する方法が他に思いつかなくて、彼女に辛い役目をさせてしまいました。

他にも、ハリーとロンの二人で行動させたかった理由がいくつかあるのですが・・・それはまたの話。


さて、ようやく争奪戦の開幕です。

第7章をお楽しみに♪



[10109] 第7章 波乱の幕開け -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:17
【第7章 波乱の幕開け The Checkered Dawn その1】


ハリーとロンはひとまず、タペストリーの裏にある狭い隠し階段で七階に下りることにした。



「さあ、どこから行こうか?」

「スリザリンは寮の近くにエリアを置いてると思うか?」



ハリーの前を下りているロンが振り返って尋ねた。



「ンー、どうだろ? でも寮に近いほうが何かと便利かな」

「よし! それじゃあ、まず地下牢教室から調べてみよう」



二人は七階のタペストリーの裏から廊下を覗いた。左からハッフルパフの生徒が一人で近づいてきていた。胸には黄色のエンブレムが輝いている。ロンが杖を引き抜いた。



「相手は一人、それに見たところ三年生だ。やっちまうか?」



ハリーはロンを制止した。



「廊下はマズいよ。音を聞き付けて生徒が集まってくるかもしれないし、もしかしたら、囮かも」



ロンはちょっと残念そうだった。



「まずは様子を見…」



ドーン!!



床から振動が伝わってきた。さっそく階下で交戦が始まったらしい。さっきの三年生は驚いて逃げて行った。



「まずは地下牢を探るのが先決。いいね」



ハリーはロンと透明マントをかぶって廊下に出た。ロンが左を指差した。



「あっちに階段があるな」



しかし歩き始めてすぐに、ロンが突然立ち止まった。



「ハリー、何か聞こえないか?」



ハリーも立ち止まって聞耳を立てた。角を右に曲がった方向から、何か金属を転がすような音が聞こえる。人の足音のような物は聞こえなかった。音がだんだん近付いてくる。二人はマントを被ったまま壁にへばりついて、やってくるものを見極めようと曲がり角に目を凝らした。



カラーン



右の通路からブロンズのゴブレッドが転がってきた。そして現れたのは…



「なんだ、ニフラーじゃないか」



ロンと同じように、ハリーもほっとした。鼻の長い、黒いフワフワのニフラーが二匹、ゴブレッドを転がして遊んでいた。ニフラーは家の中を掘り返すのでペットには向かないが、特に危険な生き物ではない。ニフラーはゴブレッドに夢中で、ハリーとロンには気付かずに通りすぎていった。



「ふぅ。先を急ごうか」



ハリーがロンを促して、角を曲がろうとしたそのとき――



バーーン!!



ハリーは一瞬、何が起きたのかわからなかった。ジュッという大きな音。もの凄い衝撃。気が付くとハリーは、後ろに十mほど吹き飛ばされていた。



「いきなりなんだ!?」



ロンが隣で頭をさすっていた。ハリーはジュッという音に聞き覚えがあった。そう…



「年齢線だ!」

「フレッドとジョージが越えようとしたアレか?」



ロンは腑に落ちない様子だ。



「けど、さっきのハッフルパフの三年生はあの角を曲がってきたんだぜ?」



確かにそうだ。ハリーもこの目で確認している。ロンが続けた。



「逆に三年生しか通れないってことかな?」

「いや…違う…」



ハリーの頭を、一週間前のダンブルドアのウインクがよぎった。



「マントだ!」

「えっ?」

「マントを着てると越えられないんだ」



ロンは困惑している。



「でも、マントのことを知ってるのって…」

「あぁ、ダンブルドアとムーディー、それにスネイプくらいだ」

「じゃあスネイプの罠だ!」



ロンは憤慨した。



「いや、ダンブルドアだと思う。原理は年齢線と同じなんだろう。きっと僕たちが有利になりすぎるのを防ぐためだ」



この罠が城内のあちこちに仕掛けられているとなると、マントに頼るのはむしろ危険だ。ロンはまだ仰向けのまま顎を撫でて言った。



「髭が生えなかっただけマシだな」



ハリーも苦笑いして起き上がろうとした。



「うわぁぁぁっ!」



いきなりロンが叫んだ。体の上に飛び乗ったニフラーと格闘している。



「ロン、クモじゃないよ? ニフラーだよ」

「違うんだ、ハリー! コイツ、エンブレムを!」



エンブレムがニフラーの大好きな光り物であることに、ハリーも気が付いた。しかし気が付いたときにはすでに、ハリーのエンブレムもニフラーの鋤のような手で剥がされようとしていた。どうやらゴブレッドよりも、それ以上に光輝くエンブレムのほうが気に入ったらしい。



「ハリー! このままじゃ…取られる!」



ロンは両手でエンブレムからニフラーを引き離そうとしていた。杖を手に取る余裕もない。ハリーは左手でニフラーを押さえつけ、杖に手を伸ばした。

そのとき、ハリーはニフラーと目があった。パチクリとした目で抱き締めたくなるほど可愛らしい。それにニフラーには悪気はないのだ。ハリーはとても杖で攻撃する気にはなれなかった。ロンも同じなのだろう。なんといったってロンは、ハグリッドの授業のときに、ニフラーのおかげでハニーデュークス菓子店の大きな板チョコを手に入れたのだ…





ハグリッドの授業のときに…





「そうか! ロン、もうちょっとだけ頑張れ!」



ハリーはポケットの中の目当ての物を手探りでみつけると、上に放り投げた。



チャリーン



ガリオン金貨が辺り一面にばら撒かれた。エンブレムよりさらにピカピカに輝く金貨に、ニフラーが跳びついた。ロンが呆気にとられて言った。



「僕には金貨をばら撒くなんてできないよ」

「レプラコーンの金貨だよ。さっきハグリッドにもらったんだ」

「じゃあ、このニフラーはハグリッドの仕業ってことか」



金貨を大喜びでかき集めるニフラーを眺めながら、ロンが続けた。



「けどそれにしちゃ、可愛すぎやしないか? ハグリッドがこれで終わるとは思えないなぁ。尻尾爆発スクリュートみたいな“魅力的”な怪物を城内で運動させそうじゃないか?」

「まさか! いくらハグリッドでも、僕たちに尻尾爆発スクリュートをけしかけたりはしないよ」



ハリーは立ち上がりながら言った。ロンはローブに着いた埃を払いながら、肩をすくめた。



「どうだかな。ハグリッドならやりかねないだろ」



そのときだ。



「ペトリフィカス トタ…」



ハリーはとっさに振り返って叫んだ。



「プロテゴ! 防げ!」

「…ルス! 石になれ!」



ハリーの「盾の呪文」で撥ね返した「全身金縛りの術」が、廊下の奥の人影に命中した。しかし向こうは四人もの仲間が、一人目に続いて現れた。



「インペディメンタ! 妨害せよ!」



妨害の呪いを人影に向かって放ったロンが、ハリーに叫んだ。



「逃げよう!」



ハリーは透明マントをしっかり掴んでロンに続いた。次に飛んできた赤い光線は曲がり角の壁に阻まれた。ハリーとロンは一気に五階まで駆け下り、大きな鏡の裏に隠れた。



「もう大丈…」

「やあ、こんにちわ」



二人の背後から、突然声が言った。この大きな鏡の裏は、かつてはホグズミード村に続いていたが今は塞がってしまったただの空洞で、知っている生徒はほとんどいないはずだ。ハリーもロンも、咄嗟に杖を引き抜きながら驚いて振り返った。






[10109] 第7章 波乱の幕開け -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:17
【第7章 波乱の幕開け The Checkered Dawn その2】


「わ…私ですよ!」



「ほとんど首無しニック」が慌てて叫んだ。どうやら鏡をすり抜けてきたらしい。



「おどかさないでよ」



ハリーは杖を下ろした。



「ニックの持ち場は寮じゃなかった?」



ロンも杖を下ろしながら尋ねた。



「ええ、そうですよ。しかしまだ選手交代はないでしょうから、寮はマーレイ、ほら、絶命日パーティーに参加していたボロ服に鎖を巻きつけた男です、彼に任せて様子を見に来たんですよ。ずっと談話室にいたのでは肩が凝ってしまいますからね」

「凝る肩がまだあるの?」



ロンがすかさずつっこんだ。



「言葉の綾です!」



ニックがムッとして言った。



「それで、僕たちがここに入って行くのを見つけたんだね」



ハリーは透明マントをしまいながら言った。



「いえ、ニフラーと格闘しているときから見ておりましたよ」

「なんだって!」



ロンが叫んだ。



「僕たちが困ってたのに、知らん振りしてたのかよ」

「我々ゴーストは、どの出場選手にも公平でなくてはなりません。選手を見守り、決闘に立ち会い、怪我人のために救急隊を呼ぶのです。もしも選手が命の危険に瀕した場合には、我が身を挺して守る覚悟でもあります!」

「それじゃ大した覚悟じゃないじゃないか。すり抜けちゃうんだから」



ロンがもっともな意見を述べた。



「またしてもあなたは、なまくら斧のごとき感受性を示される」



「ほとんど首無しニック」は公然たる侮辱を受けたかのようにそう言うと、鏡をすり抜けて去っていった。



すぐに鏡の裏から出なかったのは正解だった。「ほとんど首無しニック」が出ていってすぐに、さっきの五人組が現れた。鏡はマジックミラーと同じように、中からは外の様子を覗き見ることができた。ハリーの「盾の呪文」で撥ね返った「全身金縛りの術」を受けた生徒は味方に呪いを解除してもらったようだが、仲間の中でも一番顔色が悪いのですぐに見分けがついた。胸には一人一つずつ、緑色に輝くエンブレムを付けている。スリザリン生だ。



「どこかに行くまでこの場でやりすごそう」



ハリーはロンに囁いた。





しばらくするとロンがポツリと言った。



「…ーのことだけど」

「えっ!?」



スリザリン生の一群に奇妙な違和感を感じていたハリーは、ちゃんと聞いていなかった。



「ハーマイオニーだよ」



ロンは下を向いたまま続けた。



「僕、ダンブルドアの罠に引っ掛かってからずっと考えてたんだ。ハーマイオニーもダンブルドアと同じで、僕たちが楽しめるように『忍びの地図』を使えなくしたんだよな」



ハリーは黙ってロンの言葉に耳を傾けた。



「たしかにそのせいで今こんなに苦労もしてるけど、もし『忍びの地図』を使ってたらこんな興奮は味わえなかった。それなのに…僕、言いすぎた…」



ハリーは頷いた。



「それは僕も同じだよ。後でハーマイオニーに会ったら二人で謝ろう」



ロンが床をじっと見つめたまま言った。



「僕、いつもこうなんだ。ハーマイオニーにいつもつっかかっちゃって、そのくせ口も聞いてもらえなくなるとすごく不安になるんだ。これってなんなんだろう?」



それはロンが自分で気付くべきことだ。ハリーはニックがすり抜けたところを眺めながら、あえて黙っていた。

階下からの交戦の音が、ハリーとロンのところにまで響いていた。



【あとがき&裏話】

とりあえず最初に一言・・・

「ハリー、そのまさかだよ」



今回の伏線回収は早かったですね。

レプラコーンの金貨のタイムリミットの都合もありましたし、最初からハードに飛ばしすぎてもいけないので、開幕直後に入れました。


ロンとニックのやりとりもお気に入りです♪





[10109] 第8章 かたちないもの -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:18
【第8章 かたちないもの The Intangible その1】


スリザリン生が他の階に移動したのを確認し、二人は廊下に出て階下へと急いだ。途中で二度ほど踊り場から下の階に人の気配を感じたので、戻って別の階段を利用した。玄関ホールまで辿り着くと、大理石の階段の正面左側のドアから地下に下りた。

二人は二年生のときにポリジュース薬でクラッブとゴイルに変身し、この先にあるスリザリンの談話室に忍び込んだことがあった。

スリザリンのエリアがこのあたりにある可能性は高い。ハリーとロンは地下牢教室を一部屋一部屋確認していった。



しかし、廊下も教室も冷たい石壁にロウソクの炎がちらついているだけだ。そろそろ交代の時間も近づいてきている。

二人は二年生のときに「首無しニック」の絶命日パーティーが行われた教室の前までやってきた。他の地下牢教室よりも一回り大きい。ハリーとロンは扉を挟んで杖を構えた。ハリーが目で合図するとロンが頷いた。



バンッ!!



扉を勢いよく開いて、ハリーから部屋に飛び込んだ。その瞬間、ハリーは自分の体がほんのわずかに軽くなるのを感じた。後から続いたロンが部屋を見回して言った。



「どうやらここもハズレみたいだ」



壁のロウソクの炎が弱々しく揺れている。部屋の奥の角には壊れかけた棚が置いてある。



ギィー、バタン!



突然背後で扉が閉まった。



「なんだよ、これ!?」



ロンが扉を引っ張ったがビクともしない。しかしハリーは目の前の光景に驚いて、身動き一つできなかった。ロンはまだ気づいていない。



「ロン、あれ…」



振り返ったロンも固まってしまった。

ロウソクの弱々しい炎でできていたハリーの影がハリーの足から離れて蠢き始めたかと思うと、徐々に濃くなりながら立ち上がった。



「一体何なんだよ!」



ロンがヒステリックに叫んだ。最初は形が定まらなかった影は次第に輪郭がはっきりし始め、ハリーそっくりの形になった。真っ黒な顔の真っ黒な両の眼は、ハリーとロンを虚ろに眺めている。いや、見えているのだろうか。開いているか定かではない口からは、ヒュー、ヒューという空気の音が洩れるだけだ。



「闇の魔術じゃないのか!?」



ロンが一歩あとずさった。ハリーは、自分から分離して生じたもう一人の自分と対面して、どうしたらいいのかわからなくなっていた。



「安心しなよ。変身術と、ダームストラング校でも教えられる程度の闇の魔術を融合させただけさ」



ふいに女性の声がして、ハリーとロンはあたりを見回した。奥の棚の上に紫のショートヘアーの若い魔女が座っていた。魔女が続けた。



「逃げるってのもアリだな。こっちのドアの境界線を越えれば呪いも解けるよ。」



すでにロンはジリジリと出口のほうに向かっていた。



「けど、その『シャドウ』を倒せばエンブレムが手に入る。今まで三組は逃げたけど、どうする? あたしが話を聞いてる限りじゃ、あんたたちならやれると思うよ、ハリー、ロン」

「えっ!?」



ハリーは魔女が自分たちの名前を知っていることに驚いた。あの位置からではエンブレムの名前も見えないはずだ。ハリーは確かに魔法界では「生き残った男の子」として有名で、自分が魔法使いだと知る前から、道行く魔法使いや魔女に握手を求められることもあった。しかし、あの魔女はロンの名前も知っている。



「あなたは…?」

「おっと! 来るよ!」



魔女が叫んだ。「シャドウ」という、魔法で生み出されたハリーの影が、これまた影でできた真っ黒な杖を振り上げた。



「危ない!」



ハリーとロンはとっさに右に飛んで、シャドウの杖先から出た黒い光線をかわした。



「何の呪文だ!?」



ロンが、呪文が当たった石壁がシュゥーと煙を上げているのを見て恐々言った。ハリーも黒い光線が出る呪文など見たことがなかった。シャドウが使うから黒い光線なのだろうか。シャドウは言葉を発する様子がないので、ハリーたちが知っている呪文であっても当たるまで何かわからない…。

シャドウは本体であるハリーからいまや完全に独立し、今度はロンに飛びかかった。



「ウ、ワッ! ス、ステューピファイ! 麻痺せよ!」



ロンのとっさの呪文をかわしたかと思うと…シャドウは姿をくらました。



「どこに消えたんだ!?」



ハリーは杖を構えて、シャドウがどの方向から飛びかかってきても大丈夫なように神経を張りつめた。出口に駆け出したくてたまらない、という表情のロンが、ハリーの頭には逃げるという選択肢がないと知って渋々杖を構えた。

ハリーは魔女のほうをチラリと見た。魔女は何か言いたくてウズウズしているようだった。あとちょっとでも前に乗り出したら、棚から落ちてしまうだろう。

周りを警戒しながら、ハリーは考えを巡らした。黒い光線はどれくらい危険なのだろう? 変身術・・・マクゴナガル先生なら、三年生も出場できる争奪戦の障害に危険な呪文を使わないはずだ。しかし、あの魔女が、あのシャドウには闇の魔術も使われていると言っていた。ムーディー先生が関わっているとなると厄介だ。なんといったって、授業で生徒に禁じられた呪文をかけるのだから。さらに、ハリーの頭に最悪の考えが浮かんだ。ここは地下牢教室だ。闇の魔術をかけたのがスネイプだったら…

ロンが口を開いた。



「僕のさっきの呪文でやっつけたんじゃないか?」



いや、まだだ。依然として、ハリーの影は元に戻っていない。ロンに注意を促そうと振り向いたハリーは、恐ろしい光景を見た。ロンの背後の影からシャドウが現れてロンに杖先を向けている。



「後ろだ!」



ハリーの声に反応して振り返ったロンの胸を、黒い光線が直撃した。



「ローーーン!!」



ロンに駆け寄るハリーの耳元を、何かがかすめて吹き飛んでいった。シャドウは再びロンの影に溶け込んだ。





[10109] 第8章 かたちないもの -2 (お題あり)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/18 16:49
【第8章 かたちないもの The Intangible その2】


「ロン!」



ハリーはもう一度叫んだ。



「大丈夫だよ、ハリー」



ロンが振り返った。



「武装解除呪文だ」



確かにロンはどこにも異常ないようだった。ハリーはホッとした。そうするとさっき飛んでいったのは…



「杖を拾わないと」



ハリーは呼び寄せ呪文は使わなかった。呪文の詠唱中にシャドウに襲われたら対抗する術がない。ハリーはロンの影に杖先を向けながら、ロンと一緒に歩き出した。棚が影を落とす冷たい床から杖を拾うと、ロンが自分の影から目を離さずに言った。



「武装解除呪文じゃなかったらと思うとぞっとするよ」

「大丈夫。武装解除呪文しか使わないから」



上から声が聞こえた。ハリーは魔女を見上げた。さっきは見えなかったが、色白のハート形の顔にキラキラの黒い目が輝いている。



「スネイプは呪いをかけたがったらしいけど、マクゴナガルが許さなかったんだ」

「そりゃ、マクゴナガルさまさまだよ。じゃなきゃ医務室どころか聖マンゴ病院行きだった」



ロンも恐る恐る自分の影に杖を向けた。



「あとは出てくる瞬間を狙うだけ…」



突然、ハリーとロンは背後から寒気を感じた。振り返る間もなく棚の影から現れたシャドウに背後から巻きつかれ、ハリーは身動きひとつできなくなった。押さえつけられているというより、金縛りにあったような感覚だ。



「ハリー!!」

「ロン、大丈夫だ。苦しくはない。動けないだけだ」



どうやら顔だけは動かせそうだ。首から下はピクリとも動かせなかった。ロンは、ハリーを盾にとったシャドウに杖を向けるのをためらっている。



「でも、なんで背後から襲われたんだ? ちゃんと影を見張ってたのに」

「それは…」



魔女が口を開きかけたが、ハリーのほうが早かった。



「杖を拾ったときだ。ロンの影と棚の影が交差したときに移動したんだろう」



魔女の声が後ろから聞こえてきた。



「おっ、ハリー、やっる~。でも私のセリフも残しといてよ?」



ハリーは魔女を振り返ることすらできなかった。まずは金縛りから逃れなければ。



「ロン! やっつけてくれないか?」

「ハリーに当たっちゃうよ」



ロンは当惑していた。



「じゃあ、武装解除呪文だ!」



ロンはハリーの狙いに気づき、頷いた。



「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」



盾代わりになっていたハリーがシャドウから離れた。ハリーは倒れながら体をねじり、叫んだ。



「ステューピファイ! 麻痺せよ!」



赤い光線がシャドウに直撃した。ロンが攻撃したときには何も感じなかったが、自分で自分の分身を攻撃するのは、気分の良いものではないとハリーは思った。ロンがガッツポーズをした。



「やった!」



ところがだ。呪文を受けたというのに、シャドウは怯む様子もなく、再びロンの影に潜り込んだ。



「おっどろきー。無敵なんじゃないか!?」



ついさっきまで逃げ出そうとしていたロンは、シャドウがそれほど危険ではないことを知って心に余裕がでてきたようだ。むしろ楽しんでいる。



「ダメダメ、ハリー。相手は実体がないんだ。直接的な攻撃呪文は効かないよ。さぁ、どうする?」


【お題♪】

今回、ボリュームは大したことないのですが、切りの良さの関係で3分割しています。

その3に続く。

第8章完結までのお楽しみとして、脳トレ(?)を出題!

「ハリーとロン以外のキャラなら、『シャドウ』をどう攻略するか?」

正解はありませんし、「シャドウ」に関する記述は少ないので「こうすれば倒せそう」っていうので構いません。

呪文に関しても、「こんな呪文があるはず」って感じでOKです。

一例
「ダームストラング校で闇の魔術を習っているクラムなら、反対呪文を唱えて一発」

私は他に、双子、ハーマイオニー、ルーナ、セドリックで、攻略法を妄想してみました。

ネタも大歓迎なので、思いついたら気軽にコメントしてくださいね☆

■追記(7/18 23:58)

公開中の映画でさらに人気度上昇中のドラコパターンも妄想してしまった。

2年生の時点であれほど高度な魔法を使えたドラコは、「シャドウ」を攻略できると思った。

別に私の考えを当てるお題ではないので、私の独り言だと思ってください。

ハリー&ロンの攻略の一部と真逆なのがルーナで、少し哲学的(?)な感じ。

ハーマイオニーとセドリックも対極ですが、ハリー&ロンの攻略と通じる部分が。

ただし、ハーマイオニーの攻略法は少しセドリックに劣るので、もしかしたらジニーのアシストがあるべきかな?

双子とドラコの攻略法は考え方は同じ。

勢いで突破する双子と、良い意味で狡猾なドラコとの違いかな?


ちなみに「ハリーのシャドウ」っていうと響きに違和感がある(スタンドみたい?)とは思いますが、「ハリーの影」ってすると、他の普通の影と紛らわしくなるので、あえて「シャドウ」としています。



[10109] 第8章 かたちないもの -3
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:19
【第8章 かたちないもの The Intangible その3】


魔女も完全に楽しんでいた。棚が軋み始めたのに気づく様子もない。

ハリーは考え込んだ。どうすればシャドウを倒せるだろう? 粉々呪文はもちろん、金縛り術もダメだ。相手は実体がない…実体がないんだ…。



そうか! 実体のないものには実体のないものを、だ! しかし、シャドウがいつ飛び出してくるかわからなければ…



「ロン! 僕、シャドウにトドメを刺せると思う。だけどタイミングが…」

「ハリー! 僕、シャドウを影から追い出せると思う。だけどトドメが…」



二人が同時に言った。



「えっ!?」

「えっ!?」



二人は顔を見合わせると、ニヤッと笑った。ハリーが言った。



「『Two heads are better than one.』だな」

「でもケルベロスは三つも頭があるのにバカだぜ。あいつらは“足の引っ張り合い”だからな。よし、合図をしたらシャドウを影から追い出すよ」



ハリーは幸せな思い出に意識を集中させた。第一の課題の後、ロンと仲直りしたときのことだ。ロンが口もきいてくれなかった間、どれだけ辛く寂しかったことか。だからこそ第一の課題の結果をロンに讃えられたときは、課題をクリアしたこと以上に嬉しかった。



「行くよ」



ロンの合図が聞こえた。ハリーは、ロンが隣で杖を掲げたのを感じとった。



「ルーモス! 光よ!」



ロンの杖が辺りを明るく照らし、影が消えた。隠れ場所を失ったシャドウが飛び出した。今だ!



「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ!」



ハリーの杖先から銀色の牡鹿が現れ、立派な角でシャドウを突き上げた。シャドウは空中でぐにゃりと歪むと、漆黒だった色が薄れてゆき、ハリーの影に戻っていった。ハリーの守護霊の足元に、虹色に輝くボーナスエンブレムがカランと音をたてて落ちた。



「ワアーッ!」



ドスン!



感嘆の声をあげた魔女は興奮しすぎて棚から落ち、尻もちをついた。



「アイタッ! 話には聞いていたけど、これほどの守護霊だなんて!」



魔女がお尻を擦りながら立ち上がった。



「私だって、銀色の霞しか出ないことがあるっていうのに。かわいくないぞ」



魔女がニヤッと笑いながらハリーの頭をクシャクシャ撫でた。ハリーは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなるのを感じた。



「ロン! 君もナイスファイトだ」



魔女はロンの胸をトンと叩いた。



「さあ、エンブレムを拾いなよ」



ハリーは銀色の牡鹿に近づき、感謝の念を込めて眺めた。牡鹿はゆったりと教室を一周し、外へ駆けて行った。ハリーがまだ守護霊を見送っていたので、ロンがかがんでエンブレムを拾い上げた。

虹色に輝いていたそれはロンの手から浮かび上がると、真っ赤な光の塊へと変化して、まるで狐火のようにちらついた。妖しく、しかしどこか優しく懐かしい感じのするその光は、無数の粒となって地下牢教室中に灯された蝋燭の炎の中へと飛び散った。 途端に蝋燭は明々と燃え上がり、冷え切った地下牢教室を暖かく包んだ。まるで影がなくなるのではないかとハリーが思うほどに地下牢教室全体を照らしたその炎は、赤い光を火の粉のように舞わせながら、やがて元の大きさへと戻っていった。

その間、この魔法の演出に魅了されていたハリーとロンは、最後の光の火の粉が消えてもまだ軽く放心状態になっており、魔女の声でようやく我に返った。



「おめでとう! グリフィンドールに七十点だ。それじゃ、またな!」



バチンッ!

バチンッ!



二回目の音がしたときには、もうすでに魔女の姿は消えていた。

興奮冷めやらぬまま、二人は廊下に出た。魔法薬学の教室はまだ調べていないが、もう交代の時間だ。



「後回しでいいんじゃないか? だって、もうウンザリだろ?」



ちらっと魔法薬学の教室を振り返ったハリーに対して、エリアに戻りながらロンが気楽に言った。



「もしも『部屋中スネイプの分身だらけ』なんてことがあったら、さ?」



【あとがき&裏話】

ロンのあのオリジナルのユーモアを言わせたいがためだけに作った章です。

嘘です。

ですが、ハーマイオニーとの喧嘩を第6章で入れた理由の一つではあります。

この章は、いくつかの他作品へのオマージュも含めています。

一つ目は、世界的ファンタジーのひとつである「ゲド戦記 影との戦い」。

もしかしたら、私が最初に読んだファンタジー小説だったかもしれません。

二つ目は、ディズニーとFFキャラの共演が話題となった大ヒットARPG「キングダムハーツ」。

ⅡFM+の縛りプレイでの「ダンサー」はみんなのトラウマ(笑)

三つ目は、イエロー編までが特に神な「ポケットモンスターSPECIAL」。

この章・・・グリーン&キョウVSキクコ戦とかなり似ている(苦笑)

感想掲示板でも、上空からの光で影を短くするってコメントをいただいてましたね。


自分の影との対面は、掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げられるテーマなのですが、今回はテンポの関係で割愛。

むしろ今回は、(ハーマイオニーとはまた違った)ロンとの友情を描きたかったんです。

あとは争奪戦が、過去に死者も出ている三校対抗トーナメントほど過酷なものではないことを描き、ハリーたちに、そして読者のみなさんに楽しんでもらいたいという意図もあります。

他の課題(障害)に比べると展開も予想しやすく、物足りない方もいらっしゃるとは思いますが、物語全体のバランスを取るためにも重要な章だと思っています。

今回の攻略法が守護霊であったことから、「なにこのハリー専用エンブレム?」って言われそうだった(そして私も気にしていた)ので、先にお題を出して予防線を張っておきました(苦笑)

他キャラの攻略法は、第9章以降の【一言】にでも、ちょこちょこ載せていこうかなと思っているので、引き続きお題のほうも楽しんでください♪



[10109] 第9章 諜報部隊結成 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:19
【第9章 諜報部隊結成 The Secret Agents その1】


「エッグヘッド!知ったか!」



ハリーが叫ぶと、三年生の男の子が扉を開けてくれた。エンブレムはアンジェリーナの取り決め通り、ここに来る途中の教室にいる三年生の女の子たちに預けてきていた。ハリーとロンは、周囲に他の寮生がいないことを今一度確認しながら、素早く必要の部屋に入った。



「そこでジニーのコウモリ鼻糞の呪いが、ザカリアス・スミスに…」



部屋を少し奥に入ったところで、ハーマイオニーの声が聞こえてきた。ロンは少し不安そうにハリーを見たが、ハリーが頷くと、ロンも頷いて声のほうへと向かった。ジニーの活躍ぶりをケイティとアリシアに語っていたハーマイオニーが、ジニーの目配せに気づいて振り返った。ジニーがロンを非難の眼差しで見ている。一瞬、気まずい沈黙が流れた。



「あー…ハーマイオニー」



先に沈黙を破ったのはロンだった。



「もしかしたら、君の判断は間違いじゃなかったのかもしれない。それに……あー、なんだ? その……君のお節介を聞いてないと、なんだか調子が上がらないし……それで――」

「ふふっ」



煮え切らないロンに、ハーマイオニーが吹き出した。



「な、なんだよ?」



ハーマイオニーが悪戯っぽく言った。



「私もあなたのぼやきを聞いてないと、静かすぎて気味が悪いわ。地図の件はちょっと強引だったしね。次は一緒に行動しましょ。ハリーもいいわよね?」

「えっ? あぁ、うん」



ハリーは頷いた。やれやれという表情のジニーは若干納得していないようだったが、意外にあっさり仲直りできてハリーはホッとした。やはり三人で探検したいという思いは、三人とも一緒なのだ。



「君たちはどうしてたの?」



ハリーが、ハーマイオニーとジニーに尋ねた。



「私たちは、ひとまずこのフロアを調べつくそうと思ったの。北塔への入り口近くの教室でハッフルパフのザカリアス・スミスに出くわしたんだけど、ジニーが素晴らしいコウモリ鼻糞の呪いでノックアウトさせたわ」

「誉めすぎよ、ハーマイオニー。アイツ、挑発だけはいっちょまえにできるくせに、全然抵抗しないんだもの」

「あなたたちはどうだったの?」



ハリーとロンは詳しく話した。ロンは、自分がルーモスを唱えてハリーのシャドウを追い出した場面を、ことさら丁寧に解説した。二人が話し終えるとジニーが口を開いた。



「ハグリッドはハリーの有利になるようなことをして大丈夫だったの?」

「ホントはダメなんじゃないかな。だから僕を呼んだときにすぐに追い返したんだ。一緒にいるところを誰かに見られたくなかったから」

「それにしても七十点獲得したのは大きいわ!」



ハーマイオニーが二人を讃えた。ロンは照れくさそうだ。



「他のみんなはどうだったの?」

「フレッドとジョージは大漁。まぁ弱い者イジメをしたみたいだけど」

「妹よ、それは聞き捨てならねえなぁ」



フレッドとジョージが杖をクルクル回しながら、奥から現れた。



「俺たちはただ、挑発してきたハッフルパフの下級生どもに立場をわきまえさせてやっただけだ」



フレッドが杖をロンに投げた。ロンがキャッチすると杖がおもちゃのクモに変わり、ロンが悲鳴をあげた。だまし杖だ。クックッと笑いながらジョージが言った。



「でも俺たちは紳士だぜ。医務室に行くか、エンブレムを献上するかを選ばせてやったんだから」

「そんなこんなで、俺たちは八個のエンブレムを集めた。現時点でチーム得点王だ」



ロンが悔しそうにフレッドを睨んだ。



「さぁ、俺たちはもうひと稼ぎしに行ってくるぜ。糞爆弾を補充しに戻っただけだからな。ロニー坊やもせいぜい頑張りたまえ」



部屋から出ていくフレッドとジョージにロンが何かを投げつけようとしたが、近くにあるのはおもちゃのクモだけだったので諦めたようだ。おもちゃとわかっていても、触れないらしい。



「見返してやる!」



憤然としたロンを、ハーマイオニーがなだめた



「気にしちゃダメよ、ロン。ひとまず奥に行きましょ。情報交換も大事よ」





奥には十五人ほどのグリフィンドール生が、自分たちが調べた場所を教えあっていた。アンジェリーナはホワイトボードまで用意していて、ウッドを彷彿させた。ハリーたちもその場に加わった。

これといって他の寮のエリアの特定やエンブレムの隠し場所の手がかりになるような情報は得られなかったが、気がかりなことがあった。

スリザリン生が大勢で固まっていて、おいそれと手出しできないことだ。ハリーとロンも出くわしたが、あれでは何人かは倒せても、エンブレムを奪うことはできない。



「エンブレムは奪えなくても、医務室送りにしてやれば相手の人数を削れるんじゃない? 医務室から復帰するときもランダムに飛ばされるみたいだから」



アリシアの意見にアンジェリーナが頷いた。



「やつら相手にはひとまずヒット&アウェイだ。隙を見て一人を倒してすぐ逃げろ」



ハリーはこの作戦にはあまり賛同できなかった。少なくともマルフォイの集団に出会ったら、そんな卑怯な手は使わないだろう。



「見て!!」



ケイティが指さしたほうにみんなが目をやった。左から三つ目、五年生の居場所を表す柱時計の針が移動して、「ピンチ」のところを指した。



「リーアンだわ!! やっぱり私がついて行くべきだった!」



ケイティが叫んだ。



「見ろ!」



針がまたまた動きだし、「医務室」のところで止まった。



バチンッ!

バチンッ!



ハリーが音に驚いて振り返ったときには、ケイティの姿はすでにそこにはなかった。




【ルーナのシャドウ攻略法】
(番外編として小説化してもよかったのですが、試験勉強で忙しいので今はこれで。リクエストがあれば、他キャラの番外編も書いてみたいですね)


マクゴナガル先生が絡んでいると聞いたルーナは、消火呪文(第一の課題でドラゴン使いがいつでも使えるよう控えていた)を使って地下牢中の蝋燭の火を消す。


「『物』ていうのは、名前が与えられて他から切りだされることで初めて存在できるんだよ」

「そして、光が存在するから影が存在する」

「けどね、光が存在しなければ、影は混沌へと回帰して、名前も与えられることはないんだ。だから、さっきまで『シャドウ』として存在していた物は、いまはもう消滅しちゃったんだ」


どこからともなく落ちてくるボーナスエンブレム。満足げにルーナがそれを拾い上げると、魔法の演出で再び蝋燭に明かりが灯る。


「でもね、その存在を信じる人がいる限り、それはきっとどこかで存在しているんだもン」


ルーナは自分の影に微笑みかける。ルーナの影が微笑み返したように見えて、目を疑うジャッジ。しかし、目をこすって再びルーナの影を見ると、やはり普通の影である。ちらつく蝋燭の炎による錯覚だったのかと自分を納得させるジャッジ。

そんなジャッジには目もくれず、鼻歌交じりに地下牢教室を出ていくルーナでしたとさ♪


他作品の感想数・PV数を見ていると、東方はやはりネット上で大人気だなぁという印象を受けますね。

ハリポタの非BLの二次創作って、あまり需要ないのかな?(苦笑)




[10109] 第9章 諜報部隊結成 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/20 22:20
第9章 諜報部隊結成 The Secret Agents その2


「何が起きたんだ!?」



リー・ジョーダンが叫んだ。



「リーアンはケイティのエンブレムも持っていたんだわ」



ジニーが言った。



「だけど、またなんで一人でいるんだ!? あれほど危険だと言ったのに!」



アンジェリーナはイライラしていた。



「さっき、ケイティと喧嘩したみたいなの。怪しい教室を調べるか調べないかで」



ハーマイオニーが答えた。



「怪しい教室って?」



ロンは聞きたいような聞きたくないような、という様子だった。



「詳しくは聞いてないわ。とにかく調べようとしたケイティが、罠だと言い張ったリーアンに臆病だって言っちゃって……」

「見て!」



ハリーの指さした先で、リーアンの針が「医務室」から移動して、ケイティと同じ「迷子」のところに止まった。



「大したことなかったみたいだな」



アンジェリーナがホッとした。



「今度は四年生だ!」



ハリーは七年生の言葉にギクリとしたが、シェーマス、ラベンダー、パーバティの針が「必要の部屋」に移動したのだと気づいた。しかし交代の時間には早すぎる。何かあったのだろうか? シェーマスが奥に駆け込んで来て、みんなが期待と不安で見つめるなか叫んだ。



「ハッフルパフのエリアを見つけた!!」

「かもしれない、でしょ」



ラベンダーとパーバティが、シェーマスの後に続いて現れた。



「どういうこと?」



ハリーの問いにシェーマスが答えた。



「さっき六階の廊下で、セドリックが合言葉を言って教室に入るのを見たんだ。エリアに間違いないって」

「セドリックはエンブレムを付けてた?」



ハリーはアンジェリーナの言いたいことがわかった。エンブレムを付けていたらエリアには入れない。パーバティが答えた。



「遠くてよく見えなかった。だからエリアかどうかは怪しいもんだわ」



考え込んでいたアンジェリーナが口を開いた。



「エリアだと確証のないところに大勢を送り込むのは、自陣が手薄になって危険だ。だから四年生六人でちゃんと確認して来てくれ。五人が倒れても一人がエリアであったと報告してくれれば、大勢で一気に攻め落とすから」

「大丈夫。六人全員で報告に来るよ」



ハリーはアンジェリーナに笑顔を向け、他の五人と一緒にエリアを出た。





それぞれが自分のエンブレムを胸に付け六階の廊下を進んだ。シェーマスがふと立ち止まった。



「ここだよ」



そこはハリーがつい最近来たことがあるところだった。



「僕、合言葉を知ってるよ」

「なんで知ってるんだ?」



シェーマスが驚いた。

間違いない。右手にボケのボリス像が見える。



「セドリックに教えてもらったんだ。中は監督生の風呂場で……だけど、頼むから今はこの話は気にするな!」



クスクス笑いのラベンダーとパーバティをハリーが制した。ハリーは「ここでハリーとセドリックが…」とラベンダーが囁いたのが聞こえたが、それに続くであろう言葉を頭から締め出した。



「今はこっちに集中してくれ。杖もオーケーかい? 行くよ!」



ハリーは小声で、だがしっかりと合言葉を唱えた。



【あとがき&裏話】

その1で「非BLのハリポタ二次創作は需要ないのかな?」って書きましたが、今回のラベンダーとパーバティのクスクス笑いのシーンの前振りだったとかじゃないんだk(ry

でも、リアクションが少ないと不安……いや、明日の試験のせいで情緒不安定になっているだけです(苦笑)

この章は、次の章(私のお気に入り♪)への移行のための章であり、大きな動きはないですね。

このタイミングでの仲直りは賛否両論あるかと思いますが、早く仲直りさせてあげたかったんです。

私自身、書いていて辛かったですし……

やっぱり、この三人は一緒じゃなきゃね☆

そうそう、この小説のPVをYouTubeとニコニコ動画にアップロードしているので、興味のある方はご覧になってください♪

「Harry Potter and the Saint's Eggs」で検索すれば、ヒットすると思います。

英語ニガテなのに頑張ってセリフを英訳していたせいで、いま大変な思いをしているわけですがorz > 試験

頑張ってきます。



[10109] 第10章 人魚の唄 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/24 18:49
【第10章 人魚の唄 The Mermaid's Song その1】


「パイン・フレッシュ、松の香爽やか」



ハリーは中から呪文が飛んでこないかと警戒しながらドアを開けたが、監督生の風呂場はがらんとしており、ハッフルパフのエリアではなかった。入るのが初めてでなくても、この部屋には圧倒される。ましてや、初めてこの部屋に入った他の五人ならなおさらだ。



「これが風呂場かよ!」



白大理石造りで飛び込み台も備わった、プールほどの大きさの浴槽を目の当たりにして、ロンが叫んだ。



「きれ~い!!」



ラベンダーとパーバティは、部屋に百本はあろうかという金の蛇口の取っ手に嵌め込まれた色とりどりの宝石を眺めている。部屋の奥へと向かったハーマイオニーは、ブロンドの人魚が描かれた金の額縁の絵に興味をもったようだ。



「ウワーッ!!」



シェーマスの悲鳴にみんなが振り返った。



「どうしたんだ!?」



ハリーが駆け寄った。シェーマスは腰を抜かしている。蛇口から出た入浴剤の入りのお湯で、ローブの背中がずぶ濡れになっていた。



「僕、この蛇口が開いたままになってたから、閉めようと思ったんだ。そしたら―――」

「エンブレムを見つけるまで閉められないわ」



以前にもここで遭遇していたため、彼女と出くわす可能性も考えていたハリーですら、ドキリとした。お湯に流されるように、蛇口から憂鬱な顔をした女の子のゴーストが現れた。いつもは三階下のトイレの、S字パイプの中ですすり泣いている「嘆きのマートル」だ。突然マートルが叫んだ。



「そこ! 聞こえてるんだから! みんなが陰で、わたしのことをなんて呼んでるか、知らないとでも思ってるの? 太っちょマートル、ブスのマートル、惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル!」



ラベンダーとパーバティが慌てて口をつぐんだ。ハリーは恐る恐る声をかけた。



「ねぇ、マートル。この部屋にエンブレムがあるの?」



マートルは、分厚い乳白色のメガネをハリーに向けた。ダラーッと垂れ下がった猫っ毛もあるせいで、顔が半分近く隠れている。



「オォォォォォー。あんた、また来てくれたのね」



マートルは、頬をポッと銀色に染めた。



「マートルはハリーに熱を上げてるんだ」



ロンがシェーマスに話すのを、ハリーは無視して続けた。



「エンブレムはどうすれば見つかるの? それにセドリックを見なかった? 僕たち、さっきセドリックがここに入るのを見たんだ」

「ディゴリーならエンブレムを諦めて出ていったわ」

「セドリックでも無理だったの!?」



パーバティの顔に不安の色が広がった。



「こんにちわ、マートル。久しぶりね。エンブレムについて知ってることを、何か教えてくれないかしら?」



ハーマイオニーは「嘆きのマートル」に丁寧に挨拶した。マートルは探るような目でハーマイオニーを見たが、すぐにニヤリと笑った。ハーマイオニーが猫の姿になったときのことを思い出したのだろう。



「あんた、あのときは最高だったわ! そうね……エンブレムのことなら、あの女に聞きなさい」



マートルは顔をしかめて、人魚のほうをグイと顎でしゃくった。ハリーが絵のほうを見やると、以前に来たときとは違って人魚は起きていた。鰭をパタパタと振って、自分に注意を向けようとしている。遠くには満月が浮かび、夜の海を照らしていた。六人とマートルが絵の前にやってくると、人魚は意味ありげに微笑んで唄い始めた。



 The goddess Artemis bred

 The gift for a mermaid

 Even if not refined

 Matches me of gold

 Catch a drop from the bead

 That you devoutly need

 By the time you are drowned

 Because of the high tide



美しい歌声だ。ハーマイオニーが反芻した。



《女神アルテミスが産み落とした

 人魚への贈り物

 磨き立てずとも

 美しい私にお似合いの品

 珠の雫を受けとめなさい

 あなたが求めるものだから

 あなたが溺れ死ぬまでに

 潮が満ちてきているわ    》





「ちんぷんかんぷんだ。マーミッシュ語なんじゃないか?」



首を傾げるロンに、ハーマイオニーが言った。



「ロン、これはなぞなぞよ。この不完全な脚韻を踏んだ詩を解読すれば、エンブレムを手に入れる方法がわかるはずよ」



【セドリックやハーマイオニー&ジニーの「シャドウ」攻略法】

最後に、BLに対する個人的な見解を書いているので、そちらにしか興味のない方(←誤解を招く表現)がいらっしゃったら、攻略法はスキップしてください。


ではでは……

部屋に入った瞬間に体が軽くなる感覚を受けることから、「シャドウ」は幻ではなくエネルギー体であると推測。

セドリックはブリ○ドを唱えてエネルギーを奪い、「シャドウ」を倒す。

一方のハーマイオニーは、熱風の呪文でエネルギー体を吹き飛ばそうとするが、拡散した「シャドウ」は元に戻ってしまう。

その過程をよく観察していたジニーが、「シャドウ」が元通りになるときには核を中心にしていると見抜き、レダクトなりエバネスコなりの呪文で核を貫いて倒す。

物理ニガテなので、エネルギー体とかって概念が合ってるかわかりません(汗





「何故飛ばしたし」

さて、誤解のないように言っておくと、私はBL自体は否定しませんし、笑って楽しめるタイプです。

CLAMPの扉絵の男性キャラの絡みはもはや芸術ですし、バ行の腐女子さんの替え歌は秀逸すぎでしょう♪

とはいえ、ガチホモはニガテですし、あくまでも他人事だから笑ってられるんですけどね(苦笑)

もちろんゲイの方を否定などはしませんが、たとえ襲われようと私がそちら側に逝くことは絶対にn…おや? 誰か来たようだ?

すぐ戻るので、ちょっと待っていてくださいね♪








































[10109] 第10章 人魚の唄 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/24 18:42
【第10章 人魚の唄 The Mermaid's Song その2】


「君には意味がわかるの?」



ハリーが訊ねた。



「いいえ、まだわからないことが多すぎるわ。でも、『あなたが求めるもの』というのは、エンブレムのことで間違いないと思うの」



ハーマイオニーがさらに続けた。



「次に最後の二行、『あなたが溺れ死ぬまでに 潮が満ちてきているわ』の部分ね。『潮が満ちる』とは、お湯が浴槽から溢れ出て、この部屋を満たしてしまうということ。だから『溺れるまでに』というのは、まさに言葉通りの意味よ」



ハリーは開いたままの蛇口を確認した。お湯の勢いは弱いので、まだまだ時間に余裕がありそうだ。



「それじゃあ、エンブレム獲得の手がかりが、まだなんにもないわけじゃない」



ラベンダーは、ハーマイオニーが仕切っているのが気に食わない様子だ。



「えぇ、そうね。だから、エンブレムの手がかりがあるはずの最初の五行を解かなきゃ」



ハーマイオニーが、唄の歌詞を杖で空中に描いた。



「今度は五行目に注目して。『珠』とは宝石のこと。そしてその『雫を受けとめ』るの。何か気がつかない?」

「蛇口ね!!」



パーバティが叫んだ。



「蛇口の取っ手には宝石が嵌め込まれていて、開けば水の雫が落ちてくるわ!」

「そして、お湯のかわりにエンブレムが落ちてくる蛇口があるってことか!」



熱風の呪文でローブを乾かしていたシェーマスが、手を止めて納得した。ハーマイオニーが頷いた。



「私もそう思うわ」

「じゃあ簡単だ! 全部の蛇口を開いてみればいいんだ!」



ロンが近くの蛇口に向かった。



「だめよ!! ロン!!」



ハーマイオニーが叫んだ。



「えっ!?」



しかし、ロンはすでに一番近くの蛇口を開いてしまっており、サッカーボールほどもあるピンクとブルーの泡が吹き出し始めた。



「正しい蛇口を早く見つけないと、浴槽から溢れたお湯が部屋中を満たして、私たち、本当に溺れてしまうわ」



ハリーが浴槽を覗きこむと、いつの間にか半分近くまでお湯で満たされていた。



「おそらくここに来たときに開いていた蛇口は、セドリックが試しに開いてみたものだと思うわ。詞の五行目と六行目だけを解き明かした段階で。けれど、まさか蛇口が閉まらないとは思わなかったでしょうね」

「じゃあ、前半四行を解き明かせば、どの宝石の蛇口を開くべきなのかわかるんだね?」



ここまでのハーマイオニーの推理に、ハリーは感心した。しかし、ハリーの期待の眼差しから、ハーマイオニーは目を逸らした。



「えぇ、そうなの。でも、私、宝石はそんなに詳しくなくて……」

「二人なら詳しいんじゃないか?」



シェーマスが、ラベンダーとパーバティを振り返った。



「えぇ、まぁちょっとくらいなら……」



ラベンダーが、指を折って数え始めた。



「ダイヤモンド、エメラルド、サファイア、ルビー、オパール、ヒスイ、トパーズ、サードオニクス、ガーネット、アレキサンドライト―――」



ラベンダーの両手がグーになり、パーバティが引き継いだ。



「アメジスト、ヘリオトロープ、アクアマリン、トルマリン、トルコ石、ジルコン―――」

「それじゃないか!?」



ロンがパーバティの言葉を遮った。



「アクアマリンが、この絵にはピッタリなんじゃないかな?」



ハリーは顎に手を当てた。確かに、アクアマリンという名前は海にピッタリだ。しかし……



「もしそうだとして、詞の残りの部分はどう解釈するの? ねぇ、アクアマリンのこと、詳しく知ってる?」



ハーマイオニーがラベンダーに訊ねた。



「えぇっと……エメラルドと同じように、ベリルっていう宝石の変種よ。藍緑色で三月の誕生石だわ」



そこで六人はしばし考え込んだが、解決の糸口を掴んだ者はいなかった。緑色であることや、三月に関係があることは、この詞には無関係のように思われた。



「とりあえず、最初の行から考えるしかないみたいだね」



シェーマスが腕組みしながら言った。



「まずは『女神アルテミス』から、何か思いつかないかな?」

「狩の女神よね。魔法史のビンズ先生がおっしゃってたわ」



さすがハーマイオニーだ。あの魔法界が考え出した最もつまらない学科を聞いているなんて。

しかし、絵の中の人魚は、意味ありげに鰭を上向きにパタパタさせている。「嘆きのマートル」は、騒々しい人魚に対する不快感を顕にしていた。人魚の意図を読み取ったラベンダーが、絵の中の満月を指差した。



「狩の女神でもあるけど、ここでは月の女神じゃない? トレローニー先生が、『星座占い』のときにおっしゃってたわ」



ラベンダーやパーバティにとって、トレローニーは偉大で尊敬すべき存在であった。一方ハーマイオニーは、トレローニーの名前を聞いてフンッと鼻を鳴らした。ハーマイオニーは去年、トレローニーのハリーに対する仕打ちや自分に対する侮辱に憤慨して、占い学のクラスから去っていた。 そんなハーマイオニーの事情など知らない人魚は、自分のヒントが伝わったことで、海に飛び込んでは岩の上に華麗に戻り、ご満悦な様子だった。



「月長石じゃないか!?」



月と聞いて、シェーマスが叫んだ。



「『安らぎの水薬』の材料になるやつ! 『魔法薬調合法』に載ってるあれだよ!」



パーバティが、宝石としての月長石の解説を加えた。



「透明で、青みを帯びた白色の宝石ね。お守りに使われることもあるわ。確か、六月の誕生石よ」



これも違うな、とハリーは思った。二行目以降が説明できそうにない。蛇口から溢れ出すお湯が、そろそろ浴槽を満たそうとしていた。



【双子とドラコの「シャドウ」攻略法】

その前に……

「おし……りがい……たいorz」

ではなくて、前回の攻略法でハーマイオニーがブリ○ドを唱えなかったのは、「ネギま」17巻の巻末に書かれているように、熱力学第二法則の関係で低温にする魔法のほうがより高度で、まだ習っていなかったからです。

双子とドラコの攻略法は至ってシンプルで、影(「シャドウ」)の本体を倒すというもの。

双子の場合は勢いで、先に部屋に入ったほうを失神&蘇生。

狡猾(誉めてる)で泥臭い方法を嫌うドラコは、一度潔く部屋を出て、決闘クラブのときに出した蛇を先に部屋に入れ、蛇をその「シャドウ」ごと消滅。

え?

ずいぶんと都合のいい障害だって?

き、きっとマクゴナガル先生なら、いくつかの攻略法を用意していますよ(汗


次回、いよいよ「人魚の唄」解決編!





[10109] 第10章 人魚の唄 -3
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/26 20:35
【第10章 人魚の唄 The Mermaid's Song その3】


「二行目はこれと言って思いつかないな。『人魚』っていうのが、この絵の中の人魚だってことぐらいだ」

「次は『磨き立てずとも美しい私』ね。それにしてもこの人魚、自惚れすぎよね」



ラベンダーが、絵の中の人魚に悪態を吐いた。



「待って!」



空中に描いた詩を杖でなぞっていたハーマイオニーが、手を止めて言った



「『珠』が宝石を指し示しているというのが間違ってないなら、『磨き立て』ないのは人魚の美しさではなくて、宝石のことじゃないかしら?」



パーバティが反論した。



「でも宝石って、ただの石ころみたいな原石をカットして研磨することで、あんなに美しくなるのよ?」



お湯はついに浴槽から溢れ出し、水溜まりがどんどん広がっていた。ぼんやりと絵を眺めていたハリーの頭の中では、ヒントになりそうな言葉が渦のようにグルグルと回っていた。



【月、美しい人魚、磨かない宝石、月、美しい人魚、磨かない宝石―――】



水面に浮かぶ泡がパチンと弾けるように、ハリーは閃いた。磨かなくても美しい宝石があるじゃないか! しかもこの絵にピッタリだ! まだ確信するまでには至らなかったが、宝石の名前がハリーの口を突いて出ていた。



「真珠だよ! 磨かなくても美しい宝石だ!」

「でも、詞の他の部分はどう説明するんだ?」



ロンが訝しがる隣で、パーバティが手を叩いた。



「真珠は、『月の雫』や『人魚の涙』って形容されるわ!」

「それに真珠(pearl)には『美しい人』という意味もあったはずよ!」



ラベンダーも興奮して目を輝かせた。



「ウゥゥゥ、やるじゃない」



マートルの分厚いメガネがキラキラした。



「よし! 真珠が嵌めこまれた取っ手の蛇口を、早いとこ手分けして見つけよう!」



シェーマスの呼び掛けに応じてみんなが散った。お湯は踝の辺りまで溜り、靴下がぐしょぐしょになっていた。



「あった!」



ハリーの右手にいたロンが、絵のすぐ側の蛇口に屈みこんで叫んだ。ハリーはすぐに駆け寄った。取っ手には、薄くピンクがかった銀白色の真珠が嵌めこまれていた。防水呪文がかかっているのか、ロンの指から滴り落ちた水滴が、その表面で弾かれた。



「ハリー! エンブレムを受けとめて」



蛇口の先がすでにお湯の中に浸かっていたので、ハリーは泡が浮かんだお湯の中に両手を突っ込んだ。全員が見守る中、ロンが蛇口を開いた。ハリーは両手にエンブレムの重みを感じ、彩色されたイースターエッグのように虹色に輝くそれを掲げた。

途中までは、地下牢教室のときと同じだった。卵の殻のような硬さのあるエンブレムの表面が溶けるように消え、瞬きのうちに赤い光の塊となった。



「ワァー、素敵!」



その塊は粒となって水面に広がり、まるで初夏の湖畔のように、眩しい真紅の光を散乱させた。



「オォォォゥ! グリフィンドールに七十点!」



ロンとシェーマスはガッツポーズを交わし、ラベンダーとパーバティは抱き合って喜んでいた。ハリーとハーマイオニーも、互いの推理を讃えあった。セドリックが解けなかった謎掛けを、ハリーたちは解いたのだ。



「いつかまた、わたしのトイレに来てくれる?」



ハリーが呪文でローブの袖を乾かし、出発の準備ができると、「嘆きのマートル」が悲しげに言った。



「ああ……できたらね」



内心ハリーは、今度マートルのトイレに行くときは、城の中のほかのトイレが全部詰まったときだろうなと考えてた。



【あとがき&裏話】

まず、タイトル変更しました。

子世代を中心に、オールスター感謝祭みたいなノリでストーリーが進むこの作品ですが、実は裏テーマがあります。

それがずばり、「それぞれの願い」(主題のほうも、同じような意味です)。

「それぞれ」というのは、少なくとも5人ほどを意識しています。

最後まで読むと、作品の印象がガラリと変わると思いますよ。


さて、「人魚の唄」ですが、原作の監督生の風呂場の描写をまるまる活用した謎かけを作ることができました。

「磨き立てる」には「美々しく装う」という意味もあるのですが、宝石に直結した方も多かったのでしょうか。

詞のほうは、英語でも日本語でも問題がないよう、また、各行を「d」で終えられるよう、必死で英語の辞書を引いたのを覚えています。

あ、英語間違っていたらすみません(汗

宝石にまつわる謎かけということで、ラベンダーやパーバティを活躍させることができたのも良かったです。

ちなみにこちらへ投稿前には、ハーマイオニーが誕生石の由来を饒舌に語るシーンがあったのですが、さすがに違和感があったのでカットしました(苦笑)

mixiのほうではまだ残しているので、興味のある方は覗いてみてください。




[10109] 第11章 駆引き -1 (お題あり)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/18 16:49
【第11章 駆引き The Game その1】



ロンは自分が開いた蛇口を閉め、ラベンダーはセドリックが開いていった蛇口を閉めようとしていた。



轟音とともに、突然扉が勢いよく開いた。



「ステューピファイ! 麻痺せよ!」



黄色いエンブレムをいくつも身に付けた上級生が五人現れ、一斉に失神呪文を唱えた。そのうちの三本は壁に当たって撥ね返ると、水中に吸い込まれて消えた。しかし、二本がラベンダーの胸に直撃した。



「あぁぁぁー…」



床に溜まったお湯を撥ねさせて、ラベンダーが仰向けに倒れた。



「ラベン…」

「隙を見せるな! 来るぞ!」



ラベンダーに駆け寄ろうとしたパーバティに、ハリーが叫んだ。立ちすくんだパーバティに、ハッフルパフ生の一人が杖を向けたが、側にいたシェーマスが巧く呪いを逸らした。別のハッフルパフ生が、ラベンダーのローブについたエンブレムに飛びついた。



「インペディメンタ! 妨害せよ!」



ロンが唱えた妨害の呪いは逸らされてしまったが、その隙にハーマイオニーが叫んだ。



「モビリコーパス! 体よ動け!」



ラベンダーの体が、手首・首・膝に見えない糸が取りつけられたように宙へと吊るし上げられ、操り人形のような状態になった。ハッフルパフ生は構わず飛びつこうとしたが、ハーマイオニーが杖をクイッと動かした。ラベンダーの体は水面を滑るようにして、ハーマイオニーの方に動いた。それでも追いかけようとしたハッフルパフ生は、溢れたお湯のせいで見えなくなっていた浴槽の縁に蹴つまずいて、頭からお湯の中に突っ込むことになった。

ハーマイオニーがラベンダーを下ろすと、頭の禿げた背の高い黒人の魔法使いが現れた。片耳のイヤリングがキラリと金色に光った。その手には、何故かブロンドのゴブレッドが握られている。 魔法使いは、ラベンダーの状態を確認した。



「この子は、医務室に行かなければならない。エンブレムは預かっておきなさい」



ハーマイオニーは、魔法使いの深くゆったりした声に従った。バチンッ、バチンッという音がして、ラベンダーの姿は消えた。

残りのハッフルパフ生は一人が入り口を守り、ハリーたちの退路を絶った。色とりどりの呪文が飛び交う中、ハリーがかわした武装解除呪文が蛇口のひとつに当たった。途端に蛇口からお湯が飛び出し、水面を跳び撥ね、呪文を唱えたハッフルパフ生に直撃した。刈り上げた頭のそのハッフルパフ生は吹き飛ばされ、ロンの近くの壁にぶつかって伸びた。



「たなぼただな」



ロンが六つのエンブレムを剥ぎ取ると、バチンッ、バチンッと音がしてハッフルパフ生は消えた。ロンが奪ったエンブレムは、五つが黄色いハッフルパフのもので、残りの一つはグリフィンドールの、ケイティ・ベルのエンブレムだった。

ハッフルパフの女生徒二人が、ハリーとロンに杖を向けた。ハリーも応戦すべく、呪文を唱えた。



「ステューピ…」

「そこまで!!!」



風呂場に大音量が響き渡り、ハリー、ロン、ハーマイオニーとハッフルパフの女生徒二人は、両手で耳を塞いだ。浴槽の反対側でも、パーバティ、シェーマス、それに二人が戦っていたもう一人のハッフルパフの男子生徒が、同じ行動を取った。



「あー、少し大きすぎたわね。クワイエタス! 静まれ!」



ハリーは声の主を探した。どうやら、部屋の入り口に陣取っていたハッフルパフ生のようだ。どこか聡明な雰囲気を漂わせた女性徒で、とび色の髪をポンパドールにしている。



「みんな、杖を下ろして」



ハッフルパフ生は渋々杖を下ろしたが、ハリーもロンもシェーマスも、警戒して杖を下ろさなかった。入り口の女生徒は苦笑いした。



「まぁ…そうよね。いいわ、そのままで聞いてちょうだ…」



突然、浴槽から水しぶきがあがり、浴槽の中に落ちていたハッフルパフの男子生徒が叫んだ。



「タラントアレグラ! 踊れ!」



呪文がロンに命中し、タップダンスを始めたロンが浴槽にはまりそうになった。ハリーとハーマイオニーが必死に引き戻して、ロンは間一髪のところで水泳の飛び込みを免れた。すかさず、シェーマスが男子生徒に杖を向けた。



「エドも杖を下ろして!! フィニート! 終われ!」



入り口の女生徒が唱えると、ロンの足が華麗なタップダンスを止めた。



「私たちは、これ以上あなたたちと争いたくないの」

「何を勝手なことを!! あなたたちのせいでラベンダーは!!」



パーバティが叫んだ。



「ええ、そうね。初めは、あなたたちを下級生だと思って甘く見ていたわ。無傷で全員倒せると思っていたの」

「大変な思い違いね!!」



パーバティが睨みつけた。



「そっちは一人が倒れて、エンブレムも六つ、私たちに奪われたわ!!」

「まぁ、あれはこちらの自滅といった感じだったけれど。それでも、使う呪文や一瞬の判断力からして、年齢の割にあなたたちが相当できることはわかったわ。だから和解を持ちかけているの。そちらも一人が倒れて五対五。無言呪文が使える私たちが有利だとは思うけど、これ以上倒されると困るの。ましてや、万が一私たちが全滅したときには…」

「アン!! 喋りすぎだ!」



浴槽から這い出て杖でローブを乾かしていた、エドと呼ばれた男子生徒が言った。



「そうね。とにかく、あなたたちはすでに六個のエンブレムを奪ってるんだから、悪い話ではないと思うけれど?」

「本当は、僕たちに勝てる自信がないだけじゃないのか!?」



ハリーが挑戦的に言った。エドは手をピクリと止めて、ハリーを睨んだ。



「アン!! こんなやつら、有無を言わせずやっちまえばいいんだ!!」

「あのね、これはどちらにとっても大事なことなの」



杖を強く握り締めたエドを目で制止しながら、アンが忍耐強く続けた。



「今ここで争ったところで、スリザリンの優勝を促すだけよ。やつらが早くも勝負をかけてきているのは、知ってるかしら? 五人一組で五組が城内を詮索して、ノーマルエンブレムもボーナスエンブレムも、悉く手に入れているようよ」



ハリーは、五階の大鏡の裏でスリザリン生に感じた違和感が何だったのか、ようやくわかった。胸のエンブレムの数だ。ハリーたちがエンブレムを二つ付けていたのに対して、スリザリン生は五人全員が一つしか付けていなかった。ほとんど全員がエリア外に出ているのなら、それも頷ける。



「なんでスリザリン生の行動がわかるんだ?」



ロンが疑いの目をアンに向けた。



「知らなかったの? 各寮の談話室に巨大なスクリーンが置いてあって、試合の様子や得点を見ることができるようになっているのよ。交替して入ったメンバーの話では、スリザリンは二位に大きく差をつけて、首位を独走しているの」



ハリーは、ロンと目を見合わせた。ロンは、ピクシー小妖精を噛みつぶしたような顔をしている。ハーマイオニーが言った。



「でも、それって逆にチャンスよね? いまスリザリンのエリアを突けば、簡単に攻め落とせるわ」



アンは肩をすくめた。



「そう思って、私たちもスリザリンのエリアを探してるんだけど…。きっと、見つからない自信があるからこそのこの大胆な作戦なんだわ。とにかく、この場は和解ということでいいかしら?」



ハーマイオニーが、ハリーとロンのローブの袖をそっと引っ張った。



「言う通りにしたほうがいいわ。スリザリンに優勝させたくないでしょ? 私は絶対嫌だわ!」



まだ杖を構えていたロンは、渋々杖を下ろした。ハリーは、シェーマスとパーバティに目配せした。二人も杖を下ろした。



「わかった。こっちも和解ということでいい。だけど信用していいのか?」

「それなら心配ないわ……こうするのよ!」



ハリーたちが反応する間もなく、アンは杖を振り上げた。




【タイトル&TOP変更と、新しいお題】

サブタイトルを変更しました。

~それぞれの願い~ では、作品の特徴もなく、あまりにも寂しかったので(汗

TOPの文章は、謎めいたものにしたくて、書き足しました。

一口に「彼」といっても、指している人物は一人ではないので、想像を膨らませてみてください。

少し鬱展開みたいな文章ですが、作品自体はそんなことはないので、その点は安心してください。


そして、新しいお題!

「ホグワーツ城には、どんな罠が待ち構えているでしょう?」

自由に想像してください♪

活躍させたい生徒がいるのであれば、その旨も添えてください。

もっとも、すでに物語のクライマックス直前まで書きあげているので、作中で実際に使われることはないと思いますが、リクエストがあれば番外編として書くかもしれません。




[10109] 第11章 駆引き -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/31 17:07
【第11章 駆引き The Game その2】


ハリーは急いで杖を構えたが、目の前でハッフルパフ生の杖が空を切って飛び、全てアンの手に収まった。



「これで君たちは、私にだけ警戒していればいい。先に部屋を出てくれないかしら? 外で待ち伏せするのは、よしてちょうだいね」



ハリー、ロン、シェーマスがアンに杖を向けながら、五人は出口に向かった。ハリーは外に出て扉を閉めるまで警戒を弛めなかったが、ハッフルパフ生の呪いも何も、ハリーたちに飛んでくることはなかった。もっとも、エドの野次を除いたらだが。



「スリザリンに対抗するための、俺たちの完璧な作戦の足手まといになってみろ!! 悪霊の呪いをかけてやる!!」







監督生の風呂場から少し歩き、曲がり角の先の安全をロンとシェーマスが確認してるときに、ハリーはハーマイオニーに尋ねた。



「やっぱり、罠なんじゃないかな? 見たところ、さっきのハッフルパフ生は七年生、最上級生だ。それなのに、四年生の僕たちをあんなにあっさり逃がすなんて、怪しすぎる。得点を増やすチャンスじゃないか」



尾行がいないか背後を確認していたハーマイオニーが、振り返った。



「その件に関しては、アンって人がちゃんと説明していたでしょ? スリザリンを優勝させないためだって。それにあの人たちが付けていたノーマルエンブレムの数は数えた?」

「いや、たくさん付けてたけど…」

「おそらく、チームのほとんど全てのノーマルエンブレムを、あの人たちが守ってるんだわ。だから万が一私たちにエンブレムを奪われたら、ハッフルパフチームは挽回がほとんど不可能になるのよ。エンブレムを付けていないと、他の寮の選手を攻撃できないんだから」



ハリーたちはロン、シェーマスを先頭に、パーバティ、ハリーとハーマイオニーが続いて角を曲がった。



「それに、尾行もいないみたいだから安心しなさいよ」

「けど、発信機みたいなものを付けられていたら…」

「もう!」



ハーマイオニーは呆れ顔で続けた。



「ロンもあなたも、いつになったら『ホグワーツの歴史』を読むの!?」



何度この会話を繰り返したことだろう。



「君が全部暗記してるから、読む必要がないよ。それにまた、ホグワーツの城内では電気は使えないって言うんだろ?」

「わざわざ覚えていてくれたなんて、光栄だわ!」



ハーマイオニーはつっけんどんに言った。



「でも、魔法で同じことができるとしたら?」



ハリーの言葉で、ハーマイオニーの顔に不安の色が表れた。



「だけど……そんな魔法は聞いたことがないわ。授業で聞いていたら覚えてるはずだし、図書室の本でも見たことないわ」

「いや、君は、ホグワーツの学生がそういう魔法を過去に使ったことがあるのを知ってるはずだよ」



ハリーは確信を持って言った。



「そんな!! 学生でも使えるなんて……あっ!!」



ハーマイオニーも気が付いたようだ。閃いた興奮と、それが意味することへの不安が入り混じった表情のハーマイオニーを見て、ハリーは言った。



「そう、『忍びの地図』さ」

「でも、あなたのお父さんたちは、アニメーガスになれるくらい優秀だったわ」

「そのとき学生だったことには変わりはないよ。他のホグワーツ生が、父さんたちと同じように人の位置を特定する魔法を使えても、別におかしくない」

「うーん……」



ハーマイオニーは、一人で考え込み始めた。時折、ハーマイオニーの口から「図書館で」とか「隠れ穴の」という言葉が出てくるのが、ハリーの耳にも届いた。



そのときだ。それは一瞬の出来事だった。ハリーの視界の端、ハーマイオニーの背後の窓を、大きな影が横切った。ハーマイオニーは気が付いていない。ハリーは、謎の影を確認しようと窓に駆け寄った。



「ちょっと、いきなりどうしたの、ハリー?」



ハリーは窓の外を見回したが、豊かな水を湛えた眼下の湖に、ダームストラング校の選手団が乗ってきた船が浮かんでいるだけだった。



「どうしたんだ、ハリー?」



前を行っていたロン、シェーマス、パーバティが戻って来た。



「窓の外に大きな影が見えたんだ。気付かなかったのか?」



シェーマスは頭を振った。



「いいや。廊下を警戒するだけで精一杯さ。窓の外までチェックする余裕はないよ」



どうやら、気付いたのはハリーだけのようだ。



「ハリー、ここは六階だぜ。誰が窓の外から襲ってくるんだ? きっと、ふくろうか何かだろ」



ロンは再び廊下に注意を戻した。

ハリーはみんなに続いて歩きだしたが、、たったいま目にした影のことを考えていた。



ふくろうだって? そんな大きさではなかった。もっと大きな何かだ。どうしてみんな気付かないんだ?



ハリーはふと、二年生のときのことを思い出した。ロンにもハーマイオニーにも聞こえない、姿なき声を聞いたときのことだ。あのときは、パーセルマウス、つまり蛇語使いでしか理解できないバジリスクの声だった。

しかし、今回は実際に見たのだ。ただ単に、他の四人が気付かなかっただけなのだろうか? ハリーも、ハーマイオニーのほうを向いていなかったら気付いていなかったのかもしれない……





グリフィンドール生にも他の寮生にも出会さずに、五人は階段まで辿り着いた。ロンが先に立って階段を上がり始めた。



「ロン、どこに行くつもり?」



ハーマイオニーが引き留めた。



「そりゃあ……」



ロンは辺りを見渡し、声をひそめた。



「エリアだよ。監督生の風呂場がハッフルパフのエリアじゃなかったって、報告しなきゃならないし」

「全員で行くことないわ。二手に分かれましょう。私はマクゴナガル先生と話がしたいから、エリアに戻るわ」



ハーマイオニーはハリーに目配せした。位置特定呪文について、マクゴナガル先生に訊ねるつもりなのだろう。



「私も。ラベンダーが戻るまで待機組に入るわ」

「僕も戻るよ。ラベンダーの代わりに、ディーンが来てるはずだから」

「それじゃあ、僕とロンは下の階を調べて来るよ。また後でね」



ハリーとロンは、ハーマイオニー、シェーマス、パーバティの三人と、そこで別れた。



五階へ向かう階段の途中から、ピーブズの仕業だろう、照明が粉々に壊されていた。しかし気に留めることもなく、二人は向かった。



寒く、薄暗い階下へと。



【あとがき&裏話】

世間では、もう夏休みなんですね……

私はレポートに追われています(涙)

レポートそっちのけで、最新の第25章を執筆したりしていますけれども(苦笑)


この第11章ですが、オリジナルキャラが二人登場しちゃっています。

ハッフルパフの七年生って、名前が判明しているキャラがいないので……

ちなみに、セドリックは六年生ですよ。

某錬金術漫画の兄弟を意識しつつ、一人は女性キャラにしたかったので「アン」という名前に変更しました。

「アル」だと、フレッドと被る恐れもありましたし(「フレッド」は「Alfred」や「Frederick」の愛称)。


男性の方は知らないかと思いますが、ポンパドールは女性の髪形の一つです。

私も、「僕等がいた」のガイドブックを見て知ったんですけどね。

ポンパドールだと、少しバカっぽく見えるんじゃないかという声も聞こえてきそうですが、アンはどんな髪型でも聡明な雰囲気が滲み出ているんですよ、きっと(苦笑)

ちなみに、ドレッドヘアのアンジェリーナとの対比も意識しています。

次回、いよいよあのキャラが!!

ってことで、別のお楽しみも企画中です。



[10109] 第12章 “尻尾”と“影”と
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/07/31 22:05
第12章 “尻尾”と“影”と  Tails and Shadows


ハリーとロンは三階まで下りると、近くの教室から順に調べ始めた。耳を澄ませ、慎重に教室の扉を開けたが、三つ目の教室まではすべて空っぽだった。二人は廊下に出て、次の教室の前で再び杖を構えた。ハリーは、口の形でロンに合図した。



(三…二…一…)



ハリーは盾の呪文をいつでも唱えられるよう身構え、扉を静かに押し開けた。

四つ目の教室も空っぽで、二人はホッと一息ついた。普段は使われていない教室のようだ。元々標本であったと思われる巨大な生き物の骸骨が、部屋の真ん中で無惨にも散らばっていた。ピーブズが暴れて壊してしまったのだろう。ほとんどの骨が折れたり砕けたりしていて、元がどんな生き物であったのか全然見当がつかなかった。

ロンは机の上の埃を払い、骨が突き刺さっているところを避けて腰掛けると、近くの骨をぼんやりと手に取りながら口を開いた。



「それにしても、スリザリンがトップだなんて本当なのか?」

「スクリーンのことなら、僕もハグリッドの小屋に立ち寄った帰りに見たから本当だよ。エリアに戻ったら、ディーン詳しく聞いてみよう。グリフィンドールだって得点を重ねてるんだから、スリザリンと僅差のはずだよ」



ロンは少し元気になった。



「もしかしたら、もう逆転してるかも」



ロンは立ち上がって、ローブの埃をはたき落とした。



「なんたって、僕たちが百四十点稼いだんだからな」



二人は廊下に出た。



「フレッドとジョージも大暴れしてるしね。あの二人ほど城内の抜け道を―――」



ハリーは、ハッと口をつぐんだ。



「ハリー、どうし―――!!」



ロンも気が付いたようだ。隣の教室の開いた扉から光が洩れ、廊下にまで伸びた人影が動いている。ハリーもロンも、しっかりと杖を握り締めた。

相手は一人だろうか? それとも複数?

ハリーは、自分たちがどれくらいの大きさの声でしゃべっていたのか、不安になった。声を聞かれただろうか? 影を見ただけでは、相手が自分たちに気が付いているかどうかわからなかった。

ロンが杖を構えて、扉ににじり寄った。



「僕が先手を取る。ハリー、君はフォローしてくれ」



スリザリンを意識してか、はたまた百四十点を獲得して調子づいているからか、ロンはいつもより大胆になっていた。ハリーは少し心配になった。



「敵か味方かもわからないのに、どうするんだ?」

「使う魔法次第ではなんとかなるさ」



ハリーは、ロンの考えが読めたと思った。



「武装解除呪文か」

「当たり! 味方だったら杖を拾ってやればいいし、敵だとしたら出鼻をくじくのが大事さ」



ロンはウインクすると、勢いよく扉の前に飛び出した。



「エクスペリあぁぁぁぁぁ!!」



ロンが真後ろに吹っ飛び、廊下の壁に並んだ鎧の列に突っ込んだ。鎧が崩れるけたたましい金属音がして、ロンの体は鎧に埋もれてほとんど見えなくなった。



「ロン!!」

「『出鼻をくじけ!』御高説をありがとよ、ロン。だが俺たちに杖を向けるとは鼻持ちならねえな」

「庭小人並の、い~い飛びっぷりだぜ。それに……その格好もイカしてる」



ハリーは振り返った。フレッドとジョージが扉によりかかっていた。顔がニヤケている。



「やぁ、ハリー。元気か?」



双子は、頭に落ちてきた鎧で前が見えずにもがくロンを尻目に、朗らかにハリーに挨拶した。

ロンは、冑の面甲を押し上げて叫んだ。



「僕だとわかっていて呪いをかけただろ!!」

「防げるか試してやったんだが。なぁ、ジョージ」

「あぁ。だが、俺たちの予想以上に不甲斐無かったな」

「まさか、ここまでとは……」



フレッドとジョージは、大袈裟に落胆してみせた。



「ロン、マルフォイがおまえのエンブレムを掲げている姿が、ありありと目に浮かぶよ」



ロンが負けずに言い返した。



「今に見てろ! 僕の活躍でスリザリンをやっつけてやる!!」

「そうなってほしいものだ。だが、そんな格好で凄まれてもな」



フレッドはニヤッと笑った。



「ロン、まずはその冑を脱げ」







ハリー、ロン、フレッド、ジョージの四人は、一緒に三階を調べ始めた。ロンはまだご機嫌ナナメだった。



「君たちは何をやってたの?」



監督生の風呂場でのことを双子に話し終えて、ハリーは二人に尋ねた。



「さっき君たちが出てきた教室にあった骨は見たか?」



ジョージに訊かれてハリーは頷いた。



「あれは、俺たちがやった。恐竜の骸骨だったんだが……なーに、粉々呪文で一発さ」

「ボーナスエンブレムをゲットしたんだね?」



しかし、ジョージは首を横に振った。フレッドが肩をすくめた。



「ピーブズだったんだ。あいつが骸骨を俺たちにけしかけただけだった。だから、エンブレムもビーンズもなーんもなし」

「ピーブズは、スリザリンの味方なんじゃないのか? あいつは血みどろ男爵に逆らえないだろ? グリフィンドール生ばっかり狙うように命令されているんだよ」

「十分考えられるな」

「少なくとも、スリザリンは狙わないよう言われてるかもしれない」



フレッドもジョージも、ロンの考えに納得した。



「でも、それって血みどろ男爵がルール違反してることにならないかな? 先生もゴーストも、公平でないといけないはずだ」

「ハリー、寮監や寮のゴーストは自分の寮が勝つように、少しくらいは肩入れしてるものさ」

「俺たちは、マクゴナガルが君たちに『元気が出る呪文』をかけるのを目撃してる」



ハリーは驚いた。だが、クィディッチの試合が近付くとグリフィンドール生への宿題をなくすマクゴナガル先生ならば、やりそうなことかもしれない。



「そんなことをする勇気がないのは、ニックぐらいだろうな」



フレッドのもっともな言葉に、ハリーもロンも声を出して笑った。







それから、四人は他の寮のエリアの場所を推測し始めた。



「俺たちがみたところ、恐らくスリザリンのエリアは下階、レイブンクローのエリアは上階だな」

「わからないのはハッフルパフだ。あいつらは、どの階にもまんべんなく現れる」

「それってどういうことだろう? アイタッ!!」



角を曲がろうとしていたロンが突然一歩飛び下がり、ハリーにぶつかってきた。



「どうしたんだ!?」



ハリーは、ロンの様子が変なことに気づいた。



動揺している?



ロンは小さく縮こまって、曲がり角の先をもう一度覗き込んだ。



「フラーだ」



ロンは、フラーをクリスマスダンスパーティーに誘ってしまって以来、彼女を見かけるとハリーの後ろにコソコソ隠れる習慣がついていた。第二の課題でフラーの妹を助けてフラーに感謝されてからは、コソコソ隠れることこそしなくなったが、ヴィーラの血を引くフラーの魅力に当てられて暴走しないように、気を遣っていた。



「そんなにおどおどするなよ、兄弟」



呆けているロンの頭の上から、フレッドがフラーのいる廊下を覗き込んだ。



「兄貴たちは、フラーの魅力に当てられないのか?」

「ぜーんぜん」



ジョージの返答にハリーは驚いた。ハリーもロンと同じように、クィディッチワールドカップのときにヴィーラの魅力に当てられて、目立ちたい衝動に駆られたことがあった。



「どうして?」

「だって、フラーと一緒にバカ騒ぎなんてできないだろ?」

「えっ!?」



ハリーは予想外の返答に面喰らった。



「つまり、フラーといてもつまらないってこと。俺たちは、もっとユーモアのセンスがあって快活な女の子がタイプなのさ」

「ただし、鼻は顔の真ん中についてるに限るな」



フレッドが真剣な表情でつけ加えた。



「でも、あんな美人、ホグワーツにはいないよ」



ロンが、まだフラーのほうを覗き込みながら呟いた。



「ロニー坊やはまだまだお子ちゃまだな。女を顔だけで選ぶと、あとで痛い目見るぞ」



フレッドが貶したが、ロンはフラーを眺めるので忙しかった。ジョージがハリーにウインクした。



「君も今にわかるよ」



ハリーは、ちょうどチョウのことを考えていた。



「えっ、あぁ」

「どうしたんだ? ぼんやりして。大丈夫か?」

「ウン、大丈夫」



チョウのことを考えていたと、フレッドとジョージに感付かれたくはなかった。二人が知ったら、なんて言うだろう? ロンと同じように、お子様だと言われるだろうか?

チョウはとってもかわいい。でもそれだけじゃなく、クィディッチのレイブンクローチームのシーカーで、素晴らしい箒の乗り手だ。決して顔だけじゃない……。



「フラーの他に、ボーバトン生が二人いるな」



ハリーも角から覗き込んだ。フレッドの言うように、フラーと同じくらいの背丈のボーバトンの女生徒が二人、フラーと一緒に行動している。後ろ姿を確認しただけでもどちらもスタイルが良く、長い艶やかな髪を一人は垂らし、もう一人はポニーテールにしていて美しかった。それでも、フラーが振り撒く魅力の前では、二人とも少し霞んで見えてしまっていた。



「よし! つけるぞ!」



フレッドが声をかけた。



「エリアまで尾行するのか?」

「いや、できればそうしたいところだが、いつまでも尾行するのは難しいだろう。フラーたちがどこかの教室に入ったら、そこで勝負を仕掛ける。フラーのエンブレムは三十点だからな。ここでレイブンクローを突き放しておこう」



ジョージがロンの肩をポンと叩いた。フレッドがハリーのところまでわざわざ下がってきて、耳元で囁いた。



「それに、今度こそロンの華麗な腕前を拝見したいしな」







四人は気付かれないように、フラーたちの後をつけた。前方だけでなく横や背後にも気を配りながら尾行するのは、精神的に辛いものだった。ジョージの言うとおり、レイブンクローのエリアまで持ちそうにない。

とはいえ、フラーたち三人は後ろを振り返ることもなく、尾行は順調にいっていた。三人は教室を調べるわけではなく、かといって、エリアに戻ろうとする雰囲気でもなかった。

ハリーたちが隠れているところまで、声が聞こえてくる。フランス語だったので何を話しているのかはわからないが、どうやらフラーが不満を口にしていて、周りの二人がなだめているようだった。一人が右手の教室を指差し、三人はその教室に入っていった。どこかで落ち着いて話をしたかったのだろうか。

ハリー、ロン、フレッド、ジョージは扉のすぐ側に立った。



「フラーたちはこの中だ。行くぞ!! ロン! ハリー! まずは一発お見舞いしてやれ!」



フレッドとジョージは扉に手をかけると、勢いよく押し開けた。

ハリーとロンは杖を構えて教室に飛び込んだ。



「ペトリフィ……」



呪文を唱え始めたハリーは、すぐに戸惑った。ロンも隣で、同じように戸惑っている。





フラーたちがいない。





そこは、修理が必要な胸像がたくさん置かれている部屋だった。ピーブズがひっきりなしに破壊活動を繰り返すので、修理が追い付いていないようだ。五歩もあるけば胸像にぶつかるというくらい、部屋には胸像が乱立していた。ハリーは、すぐ側にある赤鼻のでっぷりとした魔法使いの胸像の埃を払い落とし、そこに刻まれた名前を読んだ。



フォーテスキュー



名前の下には、ウィゼンガモット最高裁初代主席魔法戦士、ホグワーツ魔法魔術学校校長と書かれている。しかし、右耳が欠け落ち左肩がえぐれたその姿は、彼の偉大さを微塵も感じさせなかった。



「なんだか落ち着かないな」



ロンの言う通りだ。これだけの数の胸像が一部屋に集められると、胸像同士の囁き声が聞こえてきそうで不気味だ。そうはいっても、ハリーもロンも、胸像と人間を見間違えるはずがない。ハリーが部屋に入ったときには、すでにフラーたちの姿はなかった。



「どうしたんだ?」



双子が部屋に入ってきた。



「フラーたちが見当たらないんだ」



ハリーのこの言葉に、さすがのフレッドとジョージも驚きを隠せなかった。



「そんなはずはない! この部屋に入るのを俺たち全員が見てるし、外に出ていないのも俺たち二人が保証する」

「ちゃんと探したのか? この部屋には隠れられるところなんていくらでもあるぞ」

「部屋に飛び込んだ瞬間にはすでに、何かが動く気配すら感じなかったよ。尾行は全く気づかれてなかったはずだから、僕たちを待ち伏せするために隠れたとは考えにくいし」

「幻術じゃないかな?」



ロンが自信なさげに口を開いた。



「実は同じ部屋にいるけど、別の寮の選手は認識できない、みたいな」

「もしそうだとしたら、この部屋の中にいても埒があかないな。一旦廊下に出よう」



ジョージが困惑顔で三人を促した。

ハリーはふと、床の上にうっすらと残っている足跡に気が付いた。そこだけ埃の層が薄くなっている。ハリーたちのものではない三組の足跡。それは部屋の奥の物陰まで、一直線に伸びている。突然、ハリーの頭に恐ろしい考えが浮かんだ。



「しまった!! これは……」

「罠だ」



フレッドがハリーの言葉を引き取った。その目線の先には、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテン、ロジャー・デイビースが、入口の前に立ちはだかっていた。後ろにもう二人、男子生徒をひき連れている。



「やられた!!」



ジョージが舌打ちした。ハリーが振り返ると、足跡が伸びていた物陰からフラーたち三人が現れていた。



「おまえがそこまでチキン野郎だったとはな。二重尾行か」



フレッドがロジャーを挑発しながら、チラリともうひとつの扉までの距離を確認した。



「いや、違うな」



ロジャーは、フレッドの挑発に乗らずに穏やかに言った。もうひとつの扉が勢いよく開いた。



「三重尾行だ」



レイブンクローの女生徒が、さらに三人現れた。ロンがハリーの脇腹を小突いて囁いた。



「おい、ハリー!!」



あぁ、気づいているさ。ハリーは心の中で呟いた。ハリーが一番戦いたくなかった相手だ。







チョウがハリーに杖を向けていた。




【あとがき&裏話】

双子♪

双子♪

ふ・た・ご♪

私の中では双子は最強設定なので、ハリーたちとずっと行動させるわけにはいかないんですよね。

そのかわり、節目節目で大暴れしてくれますよ。


タイトルに関してですが、「tail」にも「shadow」にも「尾行者」という意味があります。

ハンター×ハンターの「命がけの尾行」では、ゴンとキルアが旅団に二重尾行をされていますが、今回は三重尾行です。

ちょっとわかりにくいので解説しておくと、レイブンクローのこの九人は、三人ずつペアを作っています。

そして、あらかじめ決められたコースを一定の間隔(戦闘が始まったら聞きつけられるくらいの間隔)を開けて回り、決められた教室で合流する、というのを繰り返しています。

先の二組は教室に入ったらすぐに物陰に隠れ、三組が合流するのを待ち、尾行者がいた場合は誘い込みます。今回フラーたちが隠れていたのも、ハリーたちの尾行に気づいたからではなく、そういう作戦だったからです。

そして、ターゲットを見失って教室内で呆然とする尾行者を、九人がかりで襲うという戦法です。

こうすることで、他の寮生を罠にかけ、序盤から確実に戦力を奪おうというのです。ボーナスエンブレムやエリアエンブレムは、他の寮生の勢いを削った後半に、ゆっくりと探索するつもりなのかもしれません。

もっとも、先頭としんがりの組が同時に廊下で襲われた場合は、少し脆い戦法ですが、その場合も真ん中の組のところに合流して、九人という数滴優位を作ろうとはするでしょう。


各寮のエリアの場所や戦法には特徴を持たせ、差別化しています。

伏線もいくつかすでに仕込んでいますので、そのあたりを推測するのも楽しいかと思います。




[10109] 第13章 フレッドとジョージの切り札 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/03 23:14
【第13章 フレッドとジョージの切り札 Twins' Cards その1】


寮対抗戦である以上、ハリーはチョウと対峙する覚悟も十分にしているつもりだった。しかしその実、ハリーの頭に浮かんでいたのは、チョウをトラップから助けたり、チョウにかっこいいところを見せる自分の姿ばかりだった。

いま、ハリーたちの圧倒的に不利な状況で、チョウがハリーに杖を向けている。フレッドとジョージですら真剣に顔を見合わせている状況だ。チョウが申し訳なさそうな顔をしているのが、ハリーにとってせめてもの救いだった。チョウの胸元のブルーのエンブレムが、キラリと光を反射した。



「わたーし、この作戦にあ(は)んたいでーした」



フラーがハリーたちに哀れみの表情を見せた。



「だって、こんなの卑怯でーす。こんなに大勢で勝っても、嬉しーくもなんともありませーん。でもこのい(ひ)とが」



フラーはロジャー・デイビースを指差した。



「スリザリンたーいさくだって言ったんでーす」

「つまり、僕たちは眼中にないわけだ! 数的有利を作るまで、コソコソつけ回していたくせに!」



ロンがロジャーを睨んだ。



「言うじゃないか、ロン! もっと言ってやれ」

「ついでに奴の箒の乗り方もだ。カマっぽいってな」



フレッドとジョージが、ロンを面白半分に焚きつけた。

二人が楽しんでいるのを見て、ハリーは驚いた。いや、もうこの状況を切り抜けるのを諦めて、開き直っているのだろうか? だとしたら絶望的だ。よく見ると、二人はいつの間にか、杖を腰に戻してしまってさえいた。



「調子に乗るなよ!! この状況がわかってるのか!?」



ロジャーが杖を強く押し出しながら叫んだ。



「それに知らないのなら教えてやるが、今一位がスリザリンで―――」

「あぁ、それくらいなら、くっつき虫じゃなくても知ってるさ」



ロジャーはロンの挑発を受けながすと、続く言葉をことさら強調して言った。



「ハッフルパフが二位だ」



ロンの顎がガクリと落ちた。ハリーもてっきりグリフィンドールが一位か二位だと思っていたし、これにはフレッドとジョージまでもが驚きを隠せないようだった。



「はったりだろ! 俺たちは奴らのエンブレムをこんなに奪ってるんだぜ?」



ジョージが胸のエンブレムを指差した。



「いえ、いーえ、おばかさーん」



フラーがコロコロと笑った。ロジャーが続けた。



「どうやら、セドリッグがボーナスエンブレムで得点を稼いでいるらしい」



ハリーはわずかにチョウの頬が染まったような気がして、気分が悪くなった。ロジャーがまだ喋っている。



「俺たちレイブンクローとグリフィンドールが、同率三位といったところだ」



ハリーの隣で、フレッドもうなだれていた。





……うなだれている?





本当にそうだろうか!?

口元には、微かに笑みをこぼしている。



「なるほど。それでか」



フレッドが顔を上げた。



「何の話でーすか?」



フラーが眉をひそめた。



「いや、さっきから気にはなっていたんだ。なぁ、ジョージ?」



フレッドがジョージを振り返った。ジョージはじっとフレッドの目を見つめた。



「あぁ、アレのことか」

「いったいぜーんたい何なんでーすか?」



無視されたフラーがムッとした表情で杖を掲げたが、フレッドは動揺せずにはっきりと言った。



「話がある」



フレッドがロジャーに向き直った。



「取引をしよう」

「あなた、そんなこと言える立場じゃありませーん」



フラーはフレッドに対する嫌悪感を顕にした。



「言えるさ。俺たちが、いまもこうしてしゃべってることがその証拠だ。そうだろ?」



ジョージがロジャーの方を見遣った。



「どういうこと?」



ロンがフレッドに尋ねた。



「分かれよ、バカちん。つまりだ、俺たちのエンブレムがまだ奪われてないのは、奴らが俺たちから何かを聞き出したいからだ。ノーマルエンブレムはいくら奪っても、奪い返されたら終わりだからな。察するにその何かとは―――」

「物分かりが良くて助かるな。あぁ、ボーナスエンブレム、それにスリザリンとハッフルパフの情報さ」



フレッドの言葉を我慢強く聞いていたロジャーが、ようやく口を開いた。



「この対抗戦は、ただ単に選手の力量を競べるものじゃない。エリアの配置や攻守の配分などの作戦や寮の団結力、それにゲームを有利に進めるための情報力が重要になってくる。ある意味、情報戦と言っても過言じゃない」



ロジャーはここで一息置いた。



「おまえたち双子は城の抜け道にも精通してるみたいだから、スリザリンやハッフルパフのエリアにも、いくつか心当たりがあるんじゃないか? 情報と条件次第では、そっちの取引に応じてやってもいい」

「俺たちがゲットできなかったボーナスエンブレムの在りかを二ヶ所と、スリザリンとハッフルパフのエリアのおおまかな見当、それに―――ハッフルパフチームの致命的な欠点を教える」



ジョージは、特に最後の一つを強調した。ロジャーの眉がピクリと動いたのを、ハリーは見逃さなかった。



「条件は何でーすか?」



フラーが尋ねた。



「俺たちのノーマルエンブレムを半分奪うだけで逃がしてくれ」



いま、ハリーとロンがエンブレムを五個、フレッドとジョージがエンブレムを七個持っていた。



「それは少ないな」



ロジャーがフレッドの提案を却下した。



「おまえたちの情報が確かだという証拠がないからな」



「冗談じゃない! グリフィンドールとレイブンクローの間で、百二十点も点差が開くんだぞ!」



ジョージが憤慨した。



「だが、スリザリンやハッフルパフとの差は六十点しか縮まらない」



ロジャーがキッパリと言った。



「じゃあ、力ずくで奪うんだな」



フレッドが凄んだ。



「この人数差で逃げられると思ってるでーすか? 笑えない冗談でーす」



フラーに向き直って、フレッドが言った。



「俺たち四人でかかれば、あんたとデイビースを一週間医務室送り、いや、聖マンゴ病院送りにするくらい、わけないさ」



ロジャーの顔が一瞬青ざめた。



「第一の課題でのハリーの活躍は見ただろ?」



ジョージがハリーの肩をポンと叩いた。



「それに……実の兄がこういうのもなんだが……」



フレッドがもったいぶって付け加えた。



「こいつの能力は測りしれないぜ。ハリーをやっつけるところを何度も見てる」



そう言ってフレッドはロンの背中を力強く叩いた。ロンは一瞬唖然とした顔を、急いで凛々しく引き締めた。



「なーに、嘘じゃない」



ジョージがハリーにだけ聞こえるように声をひそめた。



「魔法のチェスでの話さ」

「おまえたち二人が脱落したら、レイブンクローの優勝も厳しいんじゃないのか?」



フレッドの賭けはうまくいく。ハリーはそう思った。ロジャーはレイブンクローが優勝戦線から脱落することよりも、自分の身を案じているのが顔に表れている。それこそ、フレッドの狙いに違いない。



「そうはさせないわ!」



ハリーは振り返った。チョウがしっかりとハリーたちに杖を向けている。



「あなたたちが二人を攻撃する前に、私たちがあなたたちを倒すんだから!」



他のレイブンクロー生も、チョウの一声で勢いづいた。ロジャーの顔からも、先ほどまでの不安の色が消えた。



「そういうことだ。条件を緩めるつもりはないか!?」

「こりゃ、まいったな」



ジョージが頭を掻いた。フレッドはチョウのほうを憎らしげに見遣った。



「じゃあ、あと一枚だけな」

「あと二枚だ。四枚手元に残れば十分だろう?」



確かに四枚さえ手元に残れば、四人とも場内のどこかにランダムに飛ばされずに済む。しかし、フレッドは引き下がらなかった。



「じゃあ、こうしよう。俺とフレッドの杖を預ける。そうすれば俺たち二人に攻撃される心配も、逃げられる心配もないだろ? その代わり、俺たちの情報に満足したら半分の枚数のエンブレムで勘弁してくれ。情報に満足いかなかった場合は、エンブレムを全部力ずくで奪えばいいさ。俺とジョージは無防備なんだからな」

「どーして全員の杖を預けないでーすか?」



フラーが疑いの目を向けた。



「そっちが情報だけ聞き出しといて、俺たちを裏切らないとも限らないだろ? ロンとハリーの杖は、そのときのための保険さ」



ジョージが答えた。ロジャーは探るようにジョージの目を見つめていたが、その言葉に嘘はないと判断したようだ。



「よし、それでいいだろう。まずは―――アクシオ!」



フレッドとジョージがベルトに挟んでいた杖が、風を切って二人の腰を離れ、ロジャーの左手に収まった。



「じゃあ話してもらおうか」

「あぁ、まずはスリザリンとハッフルパフのエリアについてだが―――」



フレッドが話し始めた。



「どちらのエリアも低層階、特に地下にあると俺たちは睨んでいる」



フレッドは嘘をついている。ハリーはすぐに気が付いた。フレッドは、ハッフルパフのエリアは見当がつかないと言っていたはずだ。ハリーは少し心配になった。途中で嘘がバレないだろうか?



「ロン! ハリー!」



ジョージが、二人にしか聞き取れないくらい小さな声で囁いた。



「俺のほうを向くな。奴らに気づかれる。前を向いたままよく聞いてくれ。もうすぐ合図がある。それが聞こえたら、二人で全方向に盾の呪文を展開してくれ」

「合図って!?」



ハリーは声を押し殺して訊いた。ジョージはハリーとロンにだけ見えるように、グッと親指を立てた。



「すぐわかるよ。もうすぐだ」




【独り言】

感想で、選手同士の相互連絡について触れられていましたね。

この争奪戦に限らず、団体競技には、ときには声を掛け合い、ときにはアイコンタクトをし合って、選手間のコミュニケーションが大切です。

ですが、ホグワーツ城では無線(それ以前に電気)が使えませんし、原作中には二つほど有用な連絡手段が出てきていますが、どちらも一般の学生には難しいものです。

そのうちの一つはハーマイオニーが閃いたものですが、彼女でも死喰い人の腕の闇の印からようやく思いついたものです。

有用な相互連絡手段がないために、レイブンクローはこれほどまでに回りくどい作戦を取らざるを得なかったわけですが、不完全な形であれ、この選手間の連絡手段は争奪戦の一つのポイントになってくるかもしれません。



[10109] 第13章 フレッドとジョージの切り札 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/08 14:49
【第13章 フレッドとジョージの切り札 Twins' Cards その2】


フレッドはまだ喋り続けていた。



「―――して奴らは階段を下りたとこ―――」

「ウ、ワッ!!」



突然、ロジャーが双子の杖をとり落とした。

いや、杖じゃない。

ゴム製のおもちゃのネズミがチューチューと鳴き、ブリキ製のオウムが罵詈雑言を喚きちらしている。

だまし杖だ。

フレッドとジョージは、すでにローブの袖から本物の杖を取り出していた。レイブンクロー生が呪文を唱え始めている。ハリーとロンは叫んだ。



「プロテゴ!!」



フラーがすかさず唱えた呪文はロンの盾の呪文で撥ね返り、胸像の魔女の鉤鼻を吹き飛ばした。レイブンクロー生が唱えた呪文も全て盾の呪文で撥ね返り、一本がチョウの足元をかすめた。

双子の杖から呪文が迸った。フラーはジョージの呪文をかわし、一瞬無防備だったロジャーもフレッドの呪文をヒョイとかわして嘲笑うかのように訊いた。



「どこを狙ってるんだ?」

「そこだよ」



フレッドはニヤッとした。

突然、ロジャーとフラーの杖が背後からはたき落とされた。

杖を拾おうとしたフラーとロジャーは、今度は伸ばした右腕を背後から掴まれた。



でも、一体誰に!?



驚いて振り返った二人は一瞬、グリフィンドールも二重尾行を実行していたのかと考えたかもしれない。事実、ハリーもそう考えた。しかし、人影に目を凝らしても、その顔に見覚えはなかった。冷たく、無表情な顔―――



もしかして!?



ハリーが人影の正体に気づいたのと、ロジャーが叫んだのとは同時だった。



「胸像か!?」

「ご名答。まぁ、せいぜい仲良く抱き合ってな」



ボーバトン生の呪いを反らしながら、ジョージが答えた。双子の変身術で息を吹き込まれた胸像は、頑としてフラーとロジャーを放そうとしない。

フレッドがかわした呪いが、チョウの隣にいた女生徒に命中した。赤みがかったブロンドを巻き毛にしたその女生徒の体は硬直し、後ろにバタンと倒れた。チョウは攻撃の手を止めて叫んだ。



「マリエッタ!!」

「こんな狭い場所で撃ち合えば同士討ちになることくらい、気づかなかったのか?」



そう言うと、フレッドは何やら粉のようなものを頭上に放り投げた。ハリーがその何かを確認する間もなく、一瞬にして辺りが漆黒の闇に包まれた。



「なんだ!? どうなって―――ウワッ、何するんだ!!」



ロンが叫ぶ声が聞こえた。



「ロンッ!!」



ハリーはまずは灯りが必要だと思い、呪文を唱え始めた。



「ルーモ―――」



誰かの手がハリーの頭を掴んで押し下げた。あまりに唐突だったので、ハリーは危うく舌を噛むところだった。



「俺だ。ジョージだ。ルーモスは必要ない。いったんこの部屋を出るぞ。俺に掴まってろ」

「でも、ロンがっ!」

「心配ない。ロンはフレッドに任せてある」



這いつくばったハリーの頭上を、呪文がかすめ飛んだ。



「やめろ! 呪文を唱えるな! 味方に当たるぞ!」



ロジャーが仲間に叫ぶ声が聞こえてきた。



「ルーモス! 光よ!」



フラーが叫んだが、相変わらず辺りは真っ暗なままだ。



「どうなってるでーすか!?」

「何が起こったの?」



ハリーは這って進みながら、前方のジョージの気配がするほうに向かって訊いた。



「ペルー製のインスタント煙幕さ。ゾンコじゃ手に入らない代物なんだが、例の部屋にいっぱいあってな。ルーモスなんかを唱えても真っ暗なままさ」

「出口はわかるの?」

「あぁ。まぁ詳しい話は後だ」



フレッドが黙々と進み始めたので、ハリーも掴んだジョージのローブを手放さないように必死に進んだ。



「ハリー、もう立っても大丈夫だ。走るぞ」



今いる場所がどこだかわからないまま、ハリーはジョージに引っ張られた。



「ジョージ! いつになったら―――」



ハリーがそう言いかけた途端、急に視界が開けた。そこは、さっきの教室から数十メートル離れた廊下だった。掴んでいたジョージのローブを放して振り向くと、まさに一寸先は闇、来た道は闇に包まれていた。



「それにしても、二人が変身術が得意だったなんて知らなかったよ」



息を整えながらハリーは言った。ハリーもロンも、変身術はあまり得意ではなかった。



「悪戯グッズを作るのに役立ってるんだせ。ほら、カナリアクリームとかだまし杖とか」

「そう言われてみれば……って、ソレ、何の真似??」



ジョージを振り返ったハリーは、思わず笑ってしまった。ジョージがサングラスをかけている。ロンと違ってガッシリした体型の双子がサングラスをかけて並んだら、アクション映画の名コンビみたいになるだろう。



「インスタント煙幕対策さ」



ジョージがウインクした。



「クィディッチワールドカップのときに、万眼鏡って売ってただろ? リーが買ってたやつを、俺たち三人で分解したんだ。このサングラスは、万眼鏡にかけられてた呪文を応用してるんだ。あの暗闇の中で出口にたどり着けたのも、コイツのおかげさ」



ジョージが誇らしげに答えた。



「サングラス自体は、もともとはマグル好きの親父のコレクションさ。まぁプラグとか電池よりかは、よっぽどマシなコレクションだろ?」

「でも、いつまでかけてるの?」



ハリーは、ジョージのサングラス姿に吹き出すのを堪えるので必死だった。



「暗さに目を慣らしておかなきゃならないからな。俺は今から戻って、レイブンクローのエンブレムを奪ってくる。君たちと違って、俺たち双子が逃げるだけで終わるわけがないだろ?」

「えっ!?」



サングラスをかけたジョージのおかしさなど、どこかに吹っ飛んでしまった。

ハリーは一人ここに残されてしまうのだろうか? そういえば、ロンとフレッドはどうしたんだ? 後ろについて来てるのではなかったのか?

そんなハリーの不安を表情から察してか、ジョージが言った。



「フレッドとロンは、教室から出たところで反対側に向かってしまったみたいだな。俺が走ったから、どっちに行ったか見えなくなったんだろう」

「僕もジョージについて行くよ」

「ダメだ。サングラスは俺とフレッドの分しかない。ハリー、きみは一度エリアに戻れ。きっとロンもエリアに向かってる」

「でも―――」

「ぐずぐずしてたら奴らの目が暗闇に慣れちまう。じゃあ、後でな」



そう言い残して、ジョージは闇に消えて行った。



ハリーを独り残して。



【あとがき&裏話】

フレッドとジョージの3ふ・く・ろ・うというのは、呪文学と変身術と、魔法薬学か薬草学だと思うんですよね。

いや、わからないですけど。

フレッドとジョージにとっては、大暴れというには序の口な気がしますが、とりあえず最初の見せ場でした。

悪戯グッズをはじめ、魔法製品もたくさん出てきましたが、やはり双子といえば悪戯グッズですよね。

この後もまだまだ出てきます。



[10109] 第14章 狩る者、狩られる者
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/11 14:47
【第14章 狩る者、狩られる者 The Hunters and The Chase】


ジョージが消えた闇を見つめていたハリーは、すぐさま気持ちを切り替えた。



早くグリフィンドール生と合流しなければ―――



一人でいるところを他の寮の選手に襲われてはまずい。ハリーはまずロンと合流するべきか悩んだが、ジョージの言ったようにロンもエリアに向かっているだろう。目的地が同じなのだから、エリアで合流できる。ハリーは杖をしっかり握って歩き始めた。

ホグワーツでの四年目も残り半分を切り、忍の地図のおかげもあって、ハリーは城内を十分に把握していた。それにも関わらず、静まりかえった廊下に自分の心臓の音が響いているようで、その音を頼りに他の寮生が自分を見つけるのではないかとハリーは気が気でなかった。

これまでにも、夜中にこっそりと城内を探索したことは何度もあった。フィルチやスネイプに見つかりそうになったこともあったし、ケルベロスに出くわしたこともあった。しかし、いままでとは少し違った不安や緊張をハリーは感じていた。父親の形見である透明マントはエリアに置いてきて手元にないし、ロンやハーマイオニーも隣にはいない。ハリーは心細さを感じていた。ヴォルデモートから賢者の石を死守したときや日記の中のリドルと対峙したときと違い、闇の魔術に向き合う恐怖や眼前のことをやり遂げなくてはならないという強い決意がないぶん、それだけいっそう心細さを身に沁みて感じるのだった。ハリーはそんな不安を頭から追い出そうとした。



大丈夫。いつもの昼間のホグワーツじゃないか。まずは階段に向かわないと。



角を曲がればすぐに階段だ。この階段で、一気に八階まで上がることができる。はやる気持ちを落ち着かせ、ハリーは角を右に曲がった。

次の光景が目に入った途端、ハリーはいま来た廊下を全速力で逆走していた。



「いたぞ! ポッターだ!」



掛け声が後方から聞こえてきた。ハリーはスリザリンの五人組に出くわしてしまったのだ。ゲーム開始直後に交戦した五人だ。



「プロテゴ! 防げ!」



ハリーは肩越しに杖を構え、スリザリン生の呪いを撥ね返して次の角を左に曲がった。



別の階段に向かわなくては。



しかし廊下の反対側から、また別のスリザリンの軍団が現れた。



「いたぞ! こっちだ!」



背後からも追っ手の足音が迫ってきている。ハリーは前方からの赤い光線を避けると、階段への最短コースから外れて右手に延びる廊下に飛び込んだ。ハリーは後方に威嚇の呪文を繰り返しながら、目まぐるしく頭を回転させた。



ここから一番近い階段はどこだ!?



二年生のときに闇の魔術に対する防衛術の先生だったロックハートの部屋の近くに、石壁が隠し扉になっている場所がある。その扉が隠し階段に繋がっていることを思い出したハリーは、そこへの最短コースを取ることにした。ここからならちょうど曲がり角も多くて、追っ手の視界からも逃れられるはずだ。

右、左、今度は右……。途中、何度もスリザリン生の呪いを撥ね返しながら、ハリーは角を曲がった。もう隠し階段はすぐそこだ。

そのときだ。



「急げ! ポッターはこっちに向かっているはずだ!」



前方の角を曲がった先の廊下から、スリザリン生の声が響いた。先回りされている!? 別のルートを探そうとしたハリーは、背後の廊下からも足音がすぐそこまで迫っていることに気付いた。絶体絶命の危機だ。逃げ道がない。あと数秒で、スリザリン生が角から現れる―――







「ポッターはどこだ!? 挟み撃ちにしたはずだぞ!!」



スリザリン生が怒鳴る声が聞こえてきた。



「アイツの情報が間違いだったんじゃないのか?」



別の一人が腹立たしげに言った。



「間違えるはずがないだろ!! 教室だ! 教室を捜せ!」







最初の一人がそう叫ぶのを聞いて、ハリーはホッと一息をついた。この場所は気付かれていないようだ。ハリーは階段を忍び足で下りた。

本当に危機一髪だった。ハリーは上の階に急ぐことばかり考えていて、タペストリー裏の隠し階段の存在を忘れていたのだ。この階段は途中の二階をとばして一階と三階の直通になっている。エリアからは遠ざかってしまうが、今は追っ手を振りきるのが先決だ。

ハリーは階段を下りると十一番教室の近くのタペストリーから廊下に出た。左手は行き止まりだ。ハリーは行き止まりの壁に掛かっている大きな絵を眺めた。毒々しい赤色の林檎を片手に持った絵の中の老魔女が、薄笑いを浮かべてハリーに言った。



「チェックメイトだよ」

「おやおや、生き残った男の子は孤高でいるのがお好きらしい」



背後から冷ややかな笑い声して、ハリーはすぐさま振り返った。

マルフォイが壁に寄りかかってせせら笑っていた。隣にはパンジーが寄り添い、クラッブとゴイルの腰巾着と、名前は知らないがハリーの見覚えもある四年生もいた。



「いつも一緒にいる、ひょろっとした木偶の坊と穢れた血はどうした? 悲劇の王子さまは家来を振りきって、一人ぼっちの感傷に浸りたいのかい?」

「腰巾着がいないと何もできないお前に言われたくないな!」



ハリーの言葉にマルフォイは唇を噛み締めた。

相手は五人。ハリーはパーバティのエンブレムも預かっている。なんとしても死守しなければ。ハリーは杖を握り締めた。



「ドラコ、五人でかかればすぐに終わる」

「下がってろ、ノット! ポッターは俺一人でやる」



マルフォイが後ろを向いて隙を見せた。いましかない。気は乗らないが、五人相手に卑怯かどうかを気にしてはいられない。



「ステューピファイ! 麻痺せよ!」



マルフォイが驚いて振り返った。だが呪文を防ごうにも、もう間に合わないはずだ。



「プロテゴ! 防げ!」



マルフォイの隣にいたパンジーが、盾の呪文を唱えてハリーの呪いを撥ね返した。それと同時にゴイルがよく聞き取れない声で呪文を唱えた。のろまなゴイルの呪文はハリーから左に大きく外れていたが、パンジーが撥ね返した呪いがちょうどハリーに向かってきていた。呪文を唱える暇もなく、右手に壁が迫っていたハリーは左に飛んだ。



「パンジー、ゴイル、邪魔をするな!」



マルフォイが叫んだ。ハリーの左前方で、ゴイルの呪文が当たった花瓶が爆発した。ハリーはとっさに追い払い呪文で、破片の雨から身を守った。



「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」



マルフォイの声に振り返る間もなく、ハリーの体はたちまち金縛りにあった。滑稽な格好で仰向けに床に倒れ、頭を強く打ちつけた。筋肉の一筋も動かせない。ハリーを面白そうに覗き込んでいる絵の中の老魔女の顔が、頭を打った影響でぼやけだした。ニンマリほくそ笑んでいるマルフォイの顔が目の前に現れた。誰かの手が、おそらくはマルフォイだろう、ハリーとパーバティのエンブレムを剥ぎ取った。



「惨めな姿だな、ポッター。せっかくの機会だ。もう少し痛めつけてやろう」



マルフォイが杖を構えたが、ハリーには抵抗する力がもう残っていなかった。

遠のく意識の中でハリーが感じたのは、バーンという大音量、そして風の唸りと色の渦の中に臍の裏側から引っ張り込まれる感覚だけだった。




【あとがき&裏話】

「hunter」は、イギリスではライオンなどの大きな獲物を狙う人を指すらしいです。

ハリーの行く手に先回りするスリザリン生たち。
ドラコの最初の見せ場。
初めてマルフォイに敗北したハリー。
(原作も含めた時間軸上、まともにドラコに敗れるのはこれが初めてのはず)

そこに現れたのは―――


※静山社様にメールで問い合わせたところ問題点を指摘されなかったため、タイトルを元に戻しました。



[10109] 第15章 目覚め
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/17 16:32
【第15章 目覚め The Awakening】


ハリーは出口の見えない真っ暗な廊下を、必死に“それ”から逃げていた。廊下はひたすら真っ直ぐ延びているだけで、隠れられるような所はどこにもなかった。息も絶え絶えに振り返ると、足元から伸びたハリーの影がマルフォイの形となって、ハリーに迫ってきていた。少し前までハリーの身長と同じくらいだった影は、もうハリーの背丈の何倍もの高さに立ちあがっていた。ハリーは自分に覆いかぶさろうとする影から必死に逃れていたが、まったく進んでいる気がしなかった。



ハリーの目の前の闇の中に、ロンとハーマイオニーの後ろ姿が現れた。ハリーは二人に助けを求めようとしたが、虚しく動かす唇からは微かな呻き声すら漏れることはなかった。ハリーの心の叫びに気づいた様子でもなく、ゆっくりと二人が振り返った。



「パーバティは僕より頼りになると思って、君にエンブレムを預けたのに」



ロンがハリーと目を合わさずに言った。



「ハリー、あなたは最後の課題が残ってるんだから、エリアでおとなしくしているべきだったわ」



ハーマイオニーは同情するような目でハリーに言った。ハリーが何も言い返す間もなく二人が闇に消え、今度はシリウスが現れた。



「ジェームズだったら、あのくらいのピンチは笑って切り抜けたものだった」



シリウスは寂しそうにそう言うと、ロンやハーマイオニーと同じように闇に消えていった。代わりに今度はダンブルドアが現れた。



「ハリー、君はドラコの隙を突いて不意打ちを仕掛けようとした。ドラコは君と一対一で勝負しようとした。その意識の違いが表れた結果じゃよ」



ダンブルドアは怒鳴るわけでもなく静かにそう言い残し、やはり闇に消えた。



そして、闇の中からハリーの両親が現れた。ぼんやりとしたその輪郭をハリーはしっかり見定めようとした。その声を一言も聴き漏らすまいと思った。しかし、二人はハリーと目を合わすこともなく、何も言わずに闇に消えていった。



背筋が寒くなり、ハリーは再び振り返った。いまや影は壁や天井にまで広がり、ハリーに覆いかぶさってきた。ハリーは床に叩きつけられ、闇に呑み込まれる恐怖を感じた。叫びたくても声が出ない。



重い! 苦しい! 助けて!



見上げると、蛇の形になった影がいままさにハリーを飲み込もうと跳びかかってきた。



「ウワーッ!!!!」



ハリーはベッドの上で叫んでいた。胸に感じていた重さは消えていた。何もかもがぼんやりしていた。誰かがハリーのメガネを外したのだ。ハリーは医務室に運ばれたに違いない。辺りを見渡そうとしたが、突然跳び起きたためかクラッと眩暈がした。目の前に水の入ったゴブレッドが現れた。

ハリーは中の水を全部飲み干した。頭に血が巡りだしたのを感じた。記憶がはっきりと蘇ってくる。そう、ハリーはマルフォイにやられたのだった。そして……あんな夢を見たのだ。



ハリーは夢の中でのロン、ハーマイオニー、シリウス、ダンブルドアの言葉が彼らの本心などではなく、ハリー自身の言葉、自責の念であることにいまはもう気づいていた。しかし、ハリーは苦しかった。自分が許せなかった。ハリーの頬を伝って悔し涙が流れ落ちた。



ダーズリー家での屈辱的な十年間とは対照的に、ハリーのホグワーツでの学校生活は順風満帆だった。魔法界という自分の居場所を見つけ、ホグワーツこそが我が家だと思った。ハリーが入学してからの三年間、寮対抗杯はハリーの活躍もあってグリフィンドールが獲得した。一昨年はスリザリンの怪物を滅ぼしてロンとともにホグワーツ特別功労賞をもらったし、去年はクィディッチ杯でもウッドと共に念願の初優勝を果たした。そして今年は三校対抗トーナメントに出場し、六年生のセドリックと現在トップで肩を並べていた。



ハリーには実際には相当なプレッシャーがかかっていたはずだが、それでも特に意識することなく乗り越えていた。



けれどいま、ハリーはマルフォイに初めて負けたのだ。マルフォイは互いに忌み嫌い合うライバルだったが、いままで負けたことはなかった。マルフォイの悪巧みで幾度か危機に陥ったことはあったものの、クィディッチなどの直接対決では必ずハリーが勝っていたのだ。



知らず知らずのうちについていた自信が根こそぎ刈り取られ、プレッシャーだけが跡に残されたようだった。



そして夢の中とはいえ、何も言わなかった両親―――



しかしハリーは気持ちを切り替えた。まだ失格になったわけではない。試合に復帰して、マルフォイに借りを返すことができる。グリフィンドールのみんなに迷惑をかけた分を取り返し、チームを優勝させなければ。



ハリーの命をヴォルデモートから救ったのは、ハリー自身の力ではなかった。母リリーのハリーに対する愛の力がハリーの命を守ったのだろうと、ダンブルドアから聞かされていた。「生き残った男の子」という名声は、ハリーが自分の力で勝ち取ったものではなかった。



とはいえ、名声や額の傷とは関係なく、これまで困難を乗り越えてきた力が確かにハリーにはあった。



意志の強さだ。



ハリーはローブの袖でしっかりと涙を拭った。メガネを掛けていないその目は医務室の景色をハッキリと捉えることはなかったが、しっかりとした決意が宿っていた。



まずは、水のお礼を言わなくては―――



左を見たハリーは、アッと驚いた。



「ドビー!」



しもべ妖精はモジモジしていたが、大きな丸い緑色の目がハリーをジッと見つめていた。手には海綿を握っている。どうやらハリーの額の汗を拭ってくれていたようだ。ハリーは夢で感じていた重苦しさの原因がわかった。ドビーがハリーに乗っかっていたのだ。とはいえ、ハリーはドビーの優しさに感謝していた。メガネを掛けておらず眩暈もしていたとはいえ、すぐにお礼を言わなかった自分を恥ずかしく思った。



「ありがとう、ドビー。あっ、恥ずかしいところを見られちゃったね」



ハリーは頬に残った滴を拭って笑顔を見せた。



「ドビーめは、ハリー・ポッターが悲しんでいるのに慰める言葉が出ないのでございます」



ドビーはうつ向き、大きなとんがった耳がしゅんと萎れた。



「ドビー、気にしないで。もう大丈夫だから。それより、どうしてここに?」



ハリーはベッド脇に置かれた台から手に取ったメガネを掛けながら訊ねた。ドビーが誇らしげに顔を上げた。



「ハリー・ポッターを痛めつけようとしていたので、ドビーめがドラコ・マルフォイを吹き飛ばしなさったのです! そしてハリー・ポッターをここに連れていらっしゃいました!」



ハリーが聞いたバーンという音は、マルフォイがハリーに呪文をかけた音ではなくて、ドビーがマルフォイを吹っ飛ばした音だったようだ。それにしても……ハリーはしもべ妖精の小さな体をまじまじと観察した。



「ねぇ、ドビー。どうやって僕をここまで運んだの?」



ドビーはベッドに飛び乗ると、ハリーのほうを指差した。



「それでございます!」



ハリーは一瞬、自分のことをドビーが指差しているんだと思い、困惑した。しかしドビーの目線を追ったハリーは、ドビーが指差しているのが自分ではないことに気づいた。ドビーはハリーが手にしたゴブレッドを指差している。ドビーがキーキー声でしゃべり続けた。



「そのゴブレッドがポートキーだったのです。アルバス・ダンブルドアが魔法省の許可を得て、この試合のためにいっぱい作っているのです。ドビーめはアルバス・ダンブルドアが作った出来立てホヤホヤのポートキーを持って、あの場に駆けつけなさいました!」



ハリーはふと、ハーマイオニーの言葉を思い出した。



「でもさ、ドビー。ホグワーツの中では、姿現しとかポートキーでの移動はできないんじゃないの?」



そのとき、医務室の向こう側からしかめっ面のマダム・ポンフリーが息を切らして現れた。どうやらハリーよりも重症な患者がいるようだ。ロンのことが心配になったハリーは、ドビーに質問している最中だと言うことも忘れて、マダム・ポンフリーに思わず訊ねた。



「ロンは無事にエリアに戻れましたか?」



マダム・ポンフリーは早口で答えた。



「いまここにいるグリフィンドール生は、まだ意識の戻らないラベンダー・ブラウンとあなただけです」



ハリーはマダム・ポンフリーが指差した右隣のベッドを見た。まだ意識が戻っていないラベンダーは、ぐっすり眠っているだけのように見えた。。



「あの子なら心配いりません。すぐに復帰できるでしょう。もっとも、今日一日安静にしたところで罰が当たることはないはずですけれど」



マダム・ポンフリーは捨鉢に言った。



「ロナルド・ウィーズリーなら、無事エリアにたどり着いたとそこのしもべ妖精が言っていましたよ」



マダム・ポンフリーがしかめっ面でドビーを一瞥した。どうやら患者の安静を必要とする医務室でキーキー声をあげるドビーを、快く思っていないようだ。ハリーはとっさにドビーをかばった。



「ドビーは僕をここまで運んでくれて―――」

「えぇ、えぇ!! そうでしょうとも!」



マダム・ポンフリーがハリーの言葉を遮った。



「ダンブルドアがこの子たちに、ポートキーの運搬を任せたのですからね。ダンブルドアはこの試合のために、敷地内でのポートキーの移動が可能となるよう魔法を緩めましたよ。敷地内でも独自の魔力で移動できるこの子たちが、姿現しも姿くらましもできない決闘立ち会い人に、そして医務室での治療が必要な生徒に、ポートキーをダンブルドアの元から届けているのですからね」



どうやらいままで出会った魔法省の役人は、ポートキーで移動をしていたようだ。バチンッ、バチンッという連続した音は、しもべ妖精がポートキーを持って現れ、すぐさま姿くらましする音だったのだとハリーは納得した。



「私は納得していませんよ!」



マダム・ポンフリーが語気を荒げた。



「こんな危険な試合は中止するよう、何度もダンブルドアを説得しましたとも。つい先ほどダンブルドアがここに訪れたときも―――」

「ダンブルドア先生がここに!?」



今度はハリーがマダム・ポンフリーの言葉を遮る番だった。



「えぇ、いらっしゃいましたよ。あなたの様子を確かめて、丁度いい時間に発動するように、そのゴブレッドを再びポートキーにしていきました。そのときにも私はダンブルドアにハッキリと言いましたよ! こんな危険な試合は中止してくださいとね! ですが、ダンブルドアは聖者の卵がどうとか仰って、まったく聴く耳をお持ちに―――あぁ、そんなに気を落とさないで。ダンブルドアは忙しいお方ですよ」



マダム・ポンフリーはハリーが俯いたのを見て、ダンブルドアが自分に声をかけてくれなかったのをハリーが嘆いているのだと勘違いしたようだ。しかしハリーは別のことを考えていた。



マダム・ポンフリーの言うとおりだ。こんなに危険で大掛かりな試合を、どうしてダンブルドアはわざわざこの時期に催したのだろう? なにか特別な意味があるのだろうか? そもそも、ニックも口にしていた聖者の卵とは一体何なのか?

そのとき、また一人患者がポートキーで運ばれて来た。どうやらハッフルパフの三年生のようだ。直後にバチンッという音がして、屋敷しもべ妖精も現れた。



「またハッフルパフ生なの!?」



マダム・ポンフリーはヒステリックな声をあげると、ハリーのほうに振り向いた。



「私は反対ですが、ダンブルドアに言い負かされました。復帰の仕方はその屋敷しもべ妖精に訊きなさい」



そう言い残すと、マダム・ポンフリーはハッフルパフ生の元に駆けて行った。ハリーはドビーに向き直った。



「ねぇ、ドビー。ラベンダーが回復するのを待って、一緒に復帰することはできないかな?」



ドビーは頭を横に振り、耳が顔に当たってパタパタと音を立てた。



「ハリー・ポッターの頼みといえども、それは無理なのです。ラベンダー・ブラウンは交代選手がもう出ているので、ポートキーで直接寮まで送られるのです。ハリー・ポッターはまだ交代が出ていないので―――」



ハリーはどうしても気になって、思わず口を挟んだ。



「ねぇ、ドビー。僕、どれくらい気を失っていたの?」

「ほんの十分ほどです。ただの全身金縛り呪文だったそうなので。だからハリー・ポッターは、そのポートキーで何処かに飛ばされなくてはなりません。あと数分であります」



まだ時間があるようだったので、ハリーは別の話題を持ち出した。



「それにしても、ドビーも忙しそうだね。ゆっくりできないんじゃ……」

「あぁ、ハリー・ポッターは屋敷しもべ妖精になんてお優しい。でも、この役目がなくてもドビーめはゆっくりできないのです。だって―――」



突然ドビーの体が強張ったかと思うと、ハリーが持つゴブレッドに飛び乗って自分の頭をゴブレッドに打ち付け始めた。



「ドビーは悪い子!! ドビーは悪い子!!」

「ドビー、駄目だ! ドビー!」



ハリーは必死でドビーをゴブレッドから引き離し、自傷行為に走らないようベッドに押さえ付けた。



「自分を傷つけるようなことは僕が禁ずる。けど、どうしたの、ドビー?」

「ドビーめはアルバス・ダンブルドアと約束したのです! 誰にも言わないと約束したのです!」

「ダンブルドアと!?」



ハリーは驚いたが、ドビーがまた危険な衝動に走らないよう、押さえ付ける力は緩めなかった。



「でもダンブルドアは、たとえ約束を破ってしまったとしても、ドビーが自分を傷つけるようなことをするのは望んでないと思うよ」



唐突にそれは始まった。ハリーはへその内側からゴブレッドに引っ張られた。周りの景色が渦巻き始めるのを見て、ハリーはドビーに声を掛けた。



「ドビー、また今度ね。自分を痛めつけちゃ駄目だよ」

「ハリー・ポッターも気をつけて」



ドビーの顔が医務室とともに歪み、その声を遠くのほうに聞きながら、風と色の渦の中へと再びハリーは吸い込まれていった。




【あとがき&裏話】

以前までこの章のタイトルはやたら長かったのですが、これを機に短くしました。

主人公の挫折というのはベタ過ぎて書くのを躊躇っていましたが、一応表テーマがハリーの成長ということで、少しだけ触れることにしました。
本当に申し訳程度ですけれど。
成長云々よりも、マント・地図のない状況で独りになることによって、友や親たちの存在の大きさをハリーに実感させたかったというのが、前章からの流れで表したかったことです。

そして、実はかなりファンの多いドビーの登場。
私も大好きです。
口調を再現するのが大変でしたけれど(汗
バチンッという音で、ドビーの登場を期待していた方も多かったかと思います。
二回音が鳴るのは、こういう理由だったわけです。
出場選手の姿現し・姿くらましは、やはり使えないままですね。

話は変わりますが、ここまでの流れで「あれっ? なんだかおかしいぞ」と気づいてくれる読者が一割ほどいると嬉しいなと思っています。
あからさま過ぎてもいけないし、さりげなさ過ぎてもいけないし……

さて、これで前半戦が終了といったところでしょうか。

後半戦、特に私のお気に入りの18章以降はかなり濃くなっていると思います。




[10109] 第16章 気まずい道連れ -1 (お題あり)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/18 16:48
【第16章 気まずい道連れ Awkward Companions その1】


ハリーは足が地面に打つのを感じた。ゴブレッドが手から離れ、カランと音を立てて落ちた。ピチャン、ピチャンと水音が聞こえる。ハリーは辺りを見回した。

ハリーがこの場所に来るのは二度目だった。普段、ホグワーツの生徒がここに来ることはない。しかし誰もがこの場所を、期待と不安で緊張しながら通ったことだろう。入学式を直前に控えていたハリーもそうだった。

毎年新学期にホグズミード駅に着くと、二年生以上の生徒が馬なしの馬車で学校に向かうなか、新入生はハグリッドとともにボートで湖を渡る。そして、この船着き場からホグワーツ城に上陸するのだった。この場所は、ハリーが初めてホグワーツ城に足を踏み入れた場所であった。

まずはエリアに戻らなければ。

杖があることを確認したハリーは、入学式のときの記憶を辿って階段を見つけた。

玄関ホールに出たハリーは、すぐに大理石の階段に向かった。二階まで駆け上がり、そのまま三階に上がろうとしたハリーの耳に、ピーブズの鼻唄が聞こえてきた。何か悪戯を仕掛けているのだろうか。この階段を上るのは止めたほうが良さそうだ。

ハリーは別の階段を向かった。



「ハリー?」



突然背後から声をかけられたハリーは、驚いて咄嗟に杖を構えてしまった。エンブレムを持っていないハリーは、他の選手を攻撃することは出来ないというのに。



「私よ。パーバティよ」



パーバティが不安そうな面持ちで立っていた。ハリーはばつの悪い顔をして杖を下ろした。パーバティは、ハリーがエンブレムを奪われたせいでエリア外に飛ばされてしまったのだ。ハリーは申し訳なく思った。



「ごめんね、パーバティ。僕がエンブレムを奪われちゃったから……」

「えっ!? ……いや、いいのよ。気にしないで」



パーバティが複雑そうな表情で答えた。ハリーを気遣っているようで、声も若干裏返っていた。



「独りで心細かったの。ハリー、あなたに会えて良かったわ。一緒にエリアに戻りましょ」

「あぁ、そうだね」



ハリーはパーバティと歩き出した。二人っきりになるのはダンスパーティーのとき以来だ。あのときハリーは、チョウとセドリックが楽しそうに踊っているのが気に入らなくてパーバティにかまってやらず、パーバティは怒ってどこかに行ってしまったのだった。

二人の間に気まずい沈黙が流れた。



「隣に来たらどう? そんなところにいたら話しにくいよ」



その沈黙を破りたくて、ハリーは自分から半歩下がって歩くパーバティに声を掛けた。けれど、続けて何を話せばいいかまでは考えていなかった。



「あぁ、そうね」



パーバティは困惑した表情でハリーの隣まで歩を進めた。



「えーっと、スリザリンのエリアはどこにあるのかな?」



他に良い話題が浮かばなかったハリーは、いま一番気になっていることを口にした。パーバティは不満そうな顔で答えた。



「さぁ、わからないわ。たぶん下のほうの階じゃないかしら」

「そうか。……やっぱりそうだよね」



すぐにまた沈黙が訪れた。スリザリンのエリアの話題で、話が弾むわけもなかった。



「パーバティ? ここで曲がらなくちゃ」



ハリーは角を行き過ぎようとしたパーバティを呼び止めた。エリアに向かう階段へは、ここを曲がるのが一番早い。



「えっ―――あぁ、そうね」



パーバティはぎこちなく答えた。

角を曲がったハリーの目の前に、突然ワシの頭が現れた。



「ウワッ!」



ハリーは驚いて飛びすさり、杖を構えた。



「こんにちは、ハリー」



ワシがしゃべった。いや、ワシの頭から足がはえている。



「あ、私だよ」



手がワシの頭に伸びたかと思うと、ワシの頭が脱げ、ルーナの顔が現れた。ワシの被り物を被っていたのだ。



「グリフィンドールの赤毛の双子に、エンブレムを奪われちゃったんだ。ポートキーで飛ばされたら迷子になっちゃった。でも、もう安心だ。パドマについて行けばいいから」

「えっ!?」



ハリーは呆気にとられた。しかし、よくよく考えればルーナが誤解するのも無理はない。



「ルーナ、君勘違いしてるよ。パドマじゃなくて、双子の姉のほうのパーバティだよ。ほら、グリフィンドールの」



しかしルーナは首を横に振った。



「勘違いしてるのはあんただよ、ハリー。鼻の横に小さなホクロがあるのがパドマ、ないのがパーバティだもン」



ハリーは驚いて“パーバティ”を振り返った。確かに鼻の横に見覚えのないホクロがある。

パドマは唇を噛み締めていた。



「あんた、ダンスパーティーでパーバティと踊ったのに、妹との区別もつかないの?」



ルーナが言いにくいことをさらっと言った。ハリーはなんと言えばいいのかわからなかった。俯いていたパドマが顔を上げた。



「このままついて行けば、グリフィンドールのエリアを暴けたのに」



パドマがルーナを一睨みし、ハリーに向き直った。



「ダンスパーティーのときにも思ったけど、あなたって最低ね!! そんなんじゃ、誰と付き合っても長続きしないわよ!!」



そう言い捨ててパドマは駆けていった。あとにはハリーとルーナが残された。



「ありがとう……なのかな?」



ハリーはルーナの的を射た指摘に動揺していたが、ルーナに出会わなければグリフィンドールのエリアがレイブンクローに見つかってしまっていただろう。



「どういたしまして。あ~、でもパドマが行っちゃったな。わかるところに出るまで、あんたについて行っていいかな?」

「えっ!? あぁ……うん」



ハリーはおかしな気分だった。さっきまではそうと知らずに他の寮生と行動していたのに、今度は他の寮生とわかっていて一緒に行動するなんて。

階段への道すがら、ルーナが口を開いた。



「まね妖怪には出会った?」

「いや、遭遇してないよ。君は遭遇したの?」

「ウン、と~っても怖かった」



ワシの頭の羽を手入れしながらしゃべるルーナの様子からは、まね妖怪がそれほど怖かったようには思えなかった。ハリーは興味を覚えて訊ねた。



「まね妖怪は何になったの?」



ルーナははたと立ち止まると、真剣な顔でハリーを見上げた。



「そんなの言わないよ。あんただって訊かれたくないだろ?」

「えっ!? あー、そうだね」



確かに、ハリーもまね妖怪が吸魂鬼になるなんて軽々しく他人に話したくはなかった。ルーナの言う通りだ。しかし、まね妖怪の話を振ってきたのもルーナだ。ハリーは独特のルーナショックに陥っていた。ルーナはもうすでに、鼻唄を歌いながら歩き出していた。

二人は階段に辿り着いた。



「あ、ここなら知ってる」



ルーナがハリーを振り返った。



「ありがとう、ハリー。じゃあね」

「うん、またね」



ハリーが答えると、ルーナは階段を上っていった。ハリーは困惑した。これではレイブンクローのエリアが二階より上だと言っているようなものだ。フェイントだろうか? いや、ルーナがそこまで考えているとは思えない。

ハリーはルーナを尾行することもできた。しかし窮地を救ってくれたルーナに、恩を仇で返すようなことをしようとは思わなかった。

ハリーは律儀に少し間を置いてから階段を上り始めた。急に、先ほどのパドマの言葉が頭をよぎった。



『そんなんじゃ、誰と付き合っても長続きしないわよ!!』



「チョウとさえ付き合えることができたら構わないさ」



ハリーは投げ遣りに呟いた。




【一言とお題】

mixiにて、ハリポタ二次創作総合コミュニティ「ダイアゴン横丁」を立ち上げました。
二次創作作品同士のコラボ(小説×イラスト、詩×イラストなど)の可能性も考えていきたいです。


そしてお題。

この争奪戦のルールで勝負させたいキャラがいれば、感想掲示板のほうに自由に書き込んでください。
この作品中は原作重視ですので、リクエストのあったキャラを出すことはありませんが、機会があれば別作品として執筆してみたいですね。



[10109] 第16章 気まずい道連れ -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/20 14:16
【第16章 気まずい道連れ Awkward Companions その2】


ルーナと別れたハリーは、足早にエリアへと向かっていた。



「ウワーッ!!」



ハリーが五階への階段に足をかけたそのとき、近くの教室から叫び声が上がった。

ハリーはその悲鳴に驚いて立ち止まった。まずはエリアに急ぐのが先決だろうか。しかし、声の主がグリフィンドール生だったら?

次の瞬間にはハリーは、鎧がたくさん飾ってある四階の回廊を、声の方向に疾走していた。



「なんで効かないんだ!?」



聞き覚えのある声だ。ハリーは中から声のする教室のドアを勢いよく開けた。 誰かが仰向けに押し倒され、馬乗りになった大きな何かは、腕のようなものを振り上げていた。その先の鋭い爪が、ギラリと怪しい光を放った。



「レラシオ! 放せ!」



ハリーはとっさに呪文を唱えた。 鋭い爪が振り下ろされた。押さえ付けられていた人影はハリーの呪文の効果もあり、間一髪のところで体を反転させて避けた。爪が床をえぐり取った。巨大な何かが、邪魔に入ったハリーに顔を向けた。ハリーは息を呑んだ。

ライオンの体。ワシの頭と翼。グリフィンだ。ハグリッドが連れてきたのか?

いや、違う。グリフィンだと思った体は鈍色を帯びている。

グリフィンの石像だ。



「ありがとう、ハリー。ただの変身術だと思っていたら、呪文が効かなくて」



ハリーは声の主を確かめて、助けるんじゃなかったと一瞬思った。そして直後に自己嫌悪に陥った。

セドリックのローブはよれよれで、胸にはセドリック本人のものであろう黄色の大きなエンブレムと、他の各寮のエンブレムをそれぞれ一つずつ付けていた。



「ハリー! 危ないっ!! ステューピファイ!」



ハリーに目標を移したグリフィンにセドリックが失神呪文を唱えたが、グリフィンは痛くも痒くもないといった様子でハリーに飛びかかってきた。



「アクシオ! 鎧よ来い!」



金属音が教室に響いた。グリフィンの右脚の爪が胸に刺さろうかというすんでのところで、ハリーは廊下の鎧を呼び寄せて盾にした。それでもあまりの衝撃にハリーは廊下の壁に打ちつけられ、その爪は鎧に食い込んだ。とはいえ、これで右脚の爪はそれほど脅威ではなくなった。もちろん鎧で殴られるのも勘弁してほしいが、爪でえぐられるよりはマシだ。

しかし攻撃の第二波がすでに来ていた。左脚が振り上げられている。今度は踏みつぶすつもりだろうか。ハリーの左肩は鎧ごと右脚に押さえつけられており、圧迫されて身動きが取れなかった。グリフィンの全体重をかけた攻撃は、鎧では防ぎきれそうにない。左脚が目の前に迫り、ハリーは目をギュッと閉じて叫んだ。



「インペディメンタ! 妨害せよ!」

「フィニート! 終われ!」



ハリーが叫ぶのとセドリックが叫ぶのが同時だった。ハリーは全身を緊張させていたが、グリフィンの攻撃は来ない。ハリーは恐る恐る目を開けた。

グリフィンの足が鼻先で止まっている。左肩に感じていた重さもなくなっており、ハリーは急いで鎧の下から体を引き抜いた。セドリックが駆け寄ってハリーの体を支えた。



「大丈夫か?」

「あぁ、ありがとう」



ハリーは立ち上がって、動かなくなったグリフィンを確認した。元の石像に戻っている。



「フィニートで元の石像に戻ってよかったよ。もっとも呪文が効いたのはハリー、君が同時に呪文を唱えてくれたおかげだろうけどね」



セドリックが隣でホッと一息ついた。



「でも、なんで呪文が効きにくかったんだろう?」

「呪い避けワックスだよ」



ハリーとセドリックは同時に振り返った。

白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をした魔女が立っていた。マダム・フーチだ。どうやらハリーたちが気づかなかっただけで、ずっと事の成行きを見守っていたらしい。



「君たちはクィディッチの代表選手だから知っているだろう? 箒に塗ってあるあれだ。二人同時の呪文にはひとたまりもなかったがね。さぁ、エンブレムを取りなさい」



グリフィンの口から虹色に輝くエンブレムがカランと音をたてて落ちた。しかし……



「先生、僕たちはハッフルパフとグリフィンドールです。この得点は二人で分かち合うことができないでしょうか?」



ハリーが思案していたのと同じことをセドリックが訊ねた。しかし、マダム・フーチは首を横に振った。



「残念ですが、それはできません。二人でよく相談しなさい」



セドッリクが口を開くより先に、ハリーの口から言葉が吐いてでていた。



「セドリック、君が取れよ。君がエンブレムの在りかを見つけだしたんだし、フィニートを思いついてくれていなかったら、今頃僕はペシャンコだった」

「それを言うなら、ハリー、君のほうがエンブレムを取るべきだ。初めに君が僕を助けに駆けつけてくれた。そうでなければ僕は今頃―――」



セドリックは言葉を切り、自分の胸に輝くエンブレムを見つめた。そしておもむろに切りだした。



「じゃあ、こうしよう。僕がボーナスエンブレムを取る代わりに、君は僕のノーマルエンブレムとこのグリフィンドールのエンブレムを受け取ってくれ。これで四十点分だ。これでも、失点する心配のないボーナスエンブレムを取る僕のほうが有利なくらいだ」



セドリックは胸のエンブレムを剥がしだした。ハリーはその手を掴んで止めた。



「駄目だ。受け取れないよ。君は自分のエンブレムを失って、どこかに飛ばされてしまうんだぞ」

「それくらい構わないさ」



セドリックも譲らない。しかしハリーは、セドリックに借りを作りたくはなかった。



「僕はそっちの三つでいい。君は自分のエンブレムをちゃんと持ってろよ」



セドリックは手を止め、ハリーの目を見つめながら言った。



「本当にいいのか?」

「あぁ、だから早くボーナスエンブレムを取れよ」



ハリーに促されて、セドリックは決意したようだ。ハリーに向かって頷くと、グリフィンの石像の足元に落ちたエンブレムを拾いあげた。

それまで虹色に輝いていたエンブレムが黄色の淡い光の集合体となって頭上に舞い上がり、二人の周りを粉雪のように舞いおりた。その光は床までは落ちず、ダイヤモンド・ダストのように輝いたかと思うと、暖かい光を放って天井へと昇華していった。



「ハッフルパフに七十点!」



マダム・フーチが、クィディッチの試合開始を思わせるハッキリと通る声で言った。

セドリックがグリフィンドール、レイブンクロー、そしてスリザリンのエンブレムをローブから外して、ハリーに差し出した。グリフィンドールのエンブレムは、ケイティ・ベルの親友のリーアンのものだった。



「三つとも、仲間とはぐれていたスリザリン生から奪ったものだ。医務室に送られていたんだろう」



セドリックはハリーにエンブレムを手渡したが、それでもまだ納得しきれていないのか、声を落として言った。



「三階のマグル学の教室と一階の大広間にも、ボーナスエンブレムがあると思う。僕一人では無理だったが、君と仲間が力を合わせればエンブレムを獲得できるかもしれない」

「マグル学教室と大広間……」



ハリーは反芻した。



「それから……」



セドリックが少し躊躇ってから続けた。



「ハッフルパフの三年生は狙うな」

「なんだって? 一体どういう―――」



ハリーは混乱して訊ねたが、セドリックがすぐに口を挟んだ。



「詳しくは訊かないでくれ。チームのみんなを裏切ることになる。でも―――えーと―――これは君たちのために言ってるんだ……それだけは信じてくれ。それじゃあ」



そう言い残して、セドリックは足早にそこから立ち去った。

途方に暮れたハリーは、マダム・フーチを見遣った。マダム・フーチは何も言わずに軽く笑みをこぼし、バチンッ、バチンッという音とともにポートキーで姿を消した。

とても変な助言だった。独り残されたハリーは、グリフィンの石像を仰ぎ見ながら思った。セドリックはからかっているんだろうか? ハッフルパフの三年生を狙うなだって!? セドリックはただ下級生を守りたいだけなのではないだろうか?

ハリーは胸元の赤、緑、青に光輝くエンブレムを見つめた。一つ確かなことは、ハリーが自分のエンブレム分の得点を挽回したということだった。



【あとがき&裏話】

今回の「気まずい道連れ」とは、パドマ、ルーナ、セドリックの三人ともを指しています。

「道連れ」は英題を見てもわかるように、「同行者」という意味のほうですね。

ハリーに何かを気づかせてくれる存在であり、しかし当のハリーは、気まずさもあってか、完全には理解していないように思います。

それにしても……


ルーナいいですね♪

普段はずれているんですけれど、いざというときに的を射た発言をする彼女が大好きです。

そしてセドリックの意味深な助言。

第二の課題前にも不可解な助言がありましたが、そのときは結果的にハリーを助けることになりました。

果たして今回は!?



[10109] 第17章 セドリックのススメ
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/21 14:05
【第17章 セドリックのススメ On Cedric's Recommendation】  


「セドリックのやつ、間違って混乱薬でも飲んだのか!?」

ロンはあまりに不可解なセドリックの言葉に首を傾げた。
ハリーはセドリックと別れてから無事にエリアへと戻り、ロンとハーマイオニーにいままでの経緯を話し終えたところだった。マルフォイにやられたことを話すときには一瞬躊躇ったが、二人ともハリーの無事を喜び、一緒にスリザリンへの反撃を誓ってくれたので、ハリーは心が和んだ。

「でも、セドリックは最後の言葉以外は普通にしゃべっていたんでしょう?」

ハーマイオニーが腕組みをして考え込みながら言った。

「あぁ、エンブレムも譲ってくれたし」
「それも何か裏がありそうじゃないか?」
「ロン、やめなさいよ。セドリックは紳士的なのよ」
「中途半端にね」

第一の課題で自分が課題の内容そのものをセドリックに教えたのに対して、第二の課題でセドリックが『風呂に入れ』としか自分に教えてくれなかったことを、ハリーは忘れてはいなかった。

「もう! ハリーまで! きっと何か深い訳があるのよ。アンジェリーナにも伝えておいたほうがいいわ」
「そういや、ハーマイオニー」

ハリーは、ハーマイオニーが先に寮に戻った理由を思い出した。

「マクゴナガルから何か聞き出せたかい?」
「えぇ、訊いたわよ。ロンの家の柱時計を例に出して、人の位置を特定する魔法があるのかどうかをね」
「それで?」
「ハリー、やっぱりあり得ないと思うわ……少なくとも、この争奪戦のためだけに準備するのは」

ハリーが不満げに口を開きかけたのを見て、ハーマイオニーが急いで言葉をつけ加えた。

「どういう意味?」
「マクゴナガル先生がおっしゃるには、そのように人の位置を特定するには、呪文ではなくて魔法薬が必要なの。ロンの家の柱時計や忍の地図は、その魔法薬を染み込ませて魔法処理をほどこしたものらしいわ」
「で、その魔法薬を作るのが大変なわけだ」
「そうなのよ。材料はセイヨウキョウチクトウの樹液にタイムの葉の粉末、そしてここからがビックリなんだけど、ドラゴンの血液にマンティコアの毒針、それにアクロマンチュラの毒」
「ヒッ!!」

ロンが息を呑んだ。

「もう、しっかりしてよ、ロン。さっきも聞いたでしょ。それに作り方だけど、正確な作り方が載ってる現存する本は皆無らしいわ。少なくとも、売ってはいない。」
「じゃあ、なんで父さんたちは忍の地図を作れたんだ?」
「さぁ。家の書庫に代々伝わる秘伝の書でもあったとか?」

ロンが深くは考えずに言った。

「とにかくマクゴナガル先生ですら、その魔法薬を作るのに半年の期間を要するということしか知らないらしいわ。私たちが対抗戦のことを知ったのは、つい一週間前よ。それに相手チームがその魔法を使っていたら、いまごろとっくに決着がついてるわ」

ハーマイオニーの言う通りだ。グリフィンドールのエリアの位置が特定された様子はない。

「ハリー、いまはそのことは気にしなくても大丈夫よ。他のことに集中しましょう」

ハリーは少し安心した。しかし、だとしたらスリザリンチームはどのようにハリーを追い詰めたのだろうか。

「ハリー! 大丈夫か!?」

ハリーが振り返ると、フレッドとジョージが帰ってきていた。ジョージが申しわけなさそうに言った。

「いまそこでジニーから聞いた。アイツに凄い剣幕で怒られたよ。ごめんな。君を独りにしてしまって」
「安心して。もうなんともないよ」
「その代わりといっちゃあなんだが、レイブンクローのエンブレムをごっそり頂戴してきたぜ。といってもフラーのエンブレムを奪う前に煙幕が切れちまって、やつのエンブレムだけは奪えなかったが。まぁ、上出来だろ?」

フレッドがローブの前面を引っ張ってみせたが、すぐにエンブレムがないことに気がついた。

「そうだ、向こうの部屋に置いてきたん―――」
「アイタッ!!」

ドスンという音とともに、突然リー・ジョーダンが頭上から降ってきて尻もちをついた。驚いたグリフィンドール生が、すぐにリーの周りに集まってきた。

「あー、イカした登場の仕方とは言えないな。登場のテーマでも鳴らすか?」
「なんなら、俺が鼻唄でも口ずさんでやろうか? とにかく……突然現れられたんじゃ、みんなリアクションに困るぞ」

フレッドとジョージが、リーを抱き起こしながら困惑顔で言った。

「リー、どうしたの?」

ハーマイオニーが心配そうに尋ねた。立ち上がったリーが、ローブの後ろの埃を払いながら口を開いた。

「俺は何も悪いことをしちゃいない。ただ、スリザリン生に呪文を唱えただけだ。それなのに突然『反則!』ってキーキー声が聴こえて、気がついたらここにワープしてた。何が起こったんだ?」
「ポートキーだよ」

ハリーがすぐさま答えた。

「この争奪戦の間、城内をポートキーで移動できるんだ。それにしても、反則ってどういうこと? 何の呪文を唱えたんだ?」
「ただの全身金縛りの術さ。そしたらキーキー声が、『エンブレムなしで相手を攻撃した』とかなんとか言い出して……ちゃんとエンブレムを付けているのに」

リーは胸に輝く黄色のエンブレムを指さした。

「グリフィンドールのエンブレムじゃないの?」

ロンが少し驚いたが、リーは当然だとばかりに言った。

「だってそうだろ? 他の寮のエンブレムを奪われても、グリフィンドール生は誰も飛ばされる心配はない。ルールにちゃんと書かれていたはずだ。だから俺は―――オイッ、どうした、ハーマイオニー!?」

ハーマイオニーが、リーの胸のハッフルパフのエンブレムを剥ぎ取り始めた。

「ちょっと貸して!」

ハリーたちが呆気にとられるなか、ハーマイオニーがエンブレムを床に置き、杖を向けた。リーが叫んだ。

「ハーマイオニー、何する気だ!? エンブレムに呪文は効かないってルールにも―――」
「汝の秘密を顕せ!」

ハッフルパフのエンブレムが宙に浮かんだかと思うと、高速で回転し始めた。衣服にたくさんできたほつれを引っ張るかのように、高速回転するエンブレムから糸状の光が溢れ、その光の筋がまたエンブレムへと戻っていく。
エンブレムの回転が止まり、床に落ちた。
いや、それはエンブレムではなかった。
床に落ちたそれを覗き込んだハリーたちグリフィンドール生は、みな一様に言葉を失ってしまった。



「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジが、ケバケバしい赤い蛍光色に輝いていた。



中継ポイントのハッフルパフのエンブレムを確認してくると言って、アンジェリーナはエリアから飛び出していった。
エリアに残されたグリフィンドール生に重苦しい雰囲気が漂っていた。

「……ねぇ、リー?」

恐る恐る沈黙を破ったのはハーマイオニーだった。

「一緒にいた仲間は大丈夫かしら?」
「あぁ、大丈夫みたいだな」

そう言ってリーは柱時計を指差した。

「アリシアとパトリシアは、異変に気づいてすぐ物陰に隠れたからな」

二人の針は、いまは「散策中」を指していた。
ハリーはセドリックの言葉や偽エンブレムのことで頭がいっぱいで、まだパーバティの無事を確認していないことを思い出した。

「パーバティは!?」
「大丈夫。無事、寮に戻ったみたいだわ。でも―――」

四年生の柱時計を調べていたハーマイオニーが言った。

「寮?」

ロンが訊きなおした。

「誰かと交代したのか?」
「えぇ、ネビルとね。でも変なの……。ネビルの針が『迷子』のところを指してるの……」

ハリーもロンも、驚いて柱時計を覗き込んだ。確かにハーマイオニーの言う通り、ネビル・ロングボトムと刻まれた針が「迷子」を指している。

「おいおい、冗談だろ? 寮からここまで迷いようがないだろ」
「たとえそれが“あの”ネビルでもな。柱時計の調子が悪いんじゃないか?」

フレッドとジョージが柱時計を覗きこんだ。ジニーも納得がいかないとばかりに言った。

「それに交代があったら、ニックからマクゴナガルに連絡が入るはずよ」
「いや、連絡ならニックから直接聞いたよ」

みんなが入り口のほうを振り返った。アンジェリーナが門番の三年生と一緒に戻って来ていた。両手に抱えていた「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジを、アンジェリーナは床にバラ撒いた。

「悪い知らせだ。案の定、ハッフルパフのエンブレムは五つを除いて全て偽物だった」
「本物の五つは、きっと僕が奪ったものだ」

恐らくロンの言う通りだろう。散々偽のエンブレムを掴まされたフレッドが舌打ちをした。ジニーが訝しげに尋ねた。

「ねぇ、フレッド? ハッフルパフの三年生からエンブレムを奪うときに、医務室に行くか素直に渡すか、紳士的に選ばせたって言ってたわよね? だったら素直にエンブレムを渡させたときにそのハッフルパフ生がワープしなかった時点で、エンブレムが偽物だってわかるんじゃない?」
「それなんだけどな……」

ジョージが口を開いた。

「どいつもこいつもいっちょまえに挑発してくるから、全員眠らせてやったのさ。結局、全員医務室行きってわけだ」
「攻撃してこない時点で何か変だって気づかない? だいたい、それじゃ弱い者いじめみたいでかっこわるいわ」
「勝負なんだから仕方がないだろ!?」
「二人とも!! やめろ!!」

アンジェリーナが二人の間に入った。

「とにかく、ハッフルパフの下級生は偽エンブレムを持った囮だから狙うな。みんな、いいな!」

グリフィンドール生はみな頷いた。

「ねぇ、アンジェリーナ。さっきの話、ニックがどうこう言ってたのは?」

ハリーが訊ねた。

「あぁ、中継ポイントの手前でニックと出会ったんだ。パーバティ・パチルとネビル・ロングボトムが交代ってね。みんなに伝えとくよって言ったら、ニックは寮に戻っていったよ」
「でも、ネビルがまだエリアに来てないんだ」
「あぁ、そうみたいだな。中継ポイントから出たときに、右手の廊下をネビルが血相を変えて走り去って行くのを見たよ。呼んだんだけど、気づいてなかったみたいだ。まるで何かに追い掛けられてるみたいだった。でももう振りきったのかネビルの後ろには何も見えなかったから、大丈夫だと思ってひとまずエリアに知らせに来たんだ」
「ネビルは迷子になってるみたいなんだ」
「それはまずいな……ハリー、君たちでネビルを捜しに行ってくれるかい?」
「でも四年生はいま、シェーマスとディーンが―――」

ハーマイオニーが口を開いた。

「あぁ、まだ言ってなかったね」

アンジェリーナがエリアのみんなに向き直った。

「いま、グリフィンドールはわずかに劣勢だ。持ち直すためにも、しばらくは得点を稼いでいる六年生と四年生に攻撃役を任せる。三年生はエンブレムをつけずに、城内の怪しいところを調べつくしてくれ。残った七年生と五年生と私で、みんなの情報を基に他の寮のエリアを割り出す。反対の者はいるか?」

誰も何も言わなかった。ハリーが横を振り向くと、ハーマイオニーが心配そうな顔をしており、そのハーマイオニーをロンが気遣わしげに見ていた。

「大丈夫、ハーマイオニー?」
「えっ!?……えぇ、ありがとう、ロン」

アンジェリーナは満足した様子で言った。

「よし、それじゃあそれぞれの持ち場についてくれ!」
「おい、リー。今度は俺たちと行こうぜ!!」
「あんまりはっちゃけて、俺を置いていくなよ?」

双子とリーが真っ先にエリアから出ていった。

「僕たちも行こうか。ネビルを捜さなきゃ」

ハリーはロンとハーマイオニーに声をかけ、カドガン卿が警鐘を鳴らしていないことを確認して廊下に出た。愛馬のポニーに振り落とされ、息も絶え絶えに追いかけているガドガン郷を尻目に、三人はまず中継ポイントに向かった。エンブレムをつけなければならない。目的の教室に入ると、ロンが囁いた。

「エッグヘッド 知ったか」

物陰から三年生の女の子が二人現れた。二人の話によると、フレッド・ジョージ・リーの三人はレイブンクローのエンブレムをつけて行ったらしい。三人とも、ハッフルパフから奪った本物のエンブレムを一つずつローブにつけ、教室から出た。
階段まで来たところで、三人は物陰に隠れて立ち止まった。

「どこに行こうか? ネビルを捜すっていっても、どこを捜せばいいかサッパリだ」
「まずはセドリックの言っていたマグル学教室を目指しましょう。ノーマルエンブレムのことも本当だったから、きっとボーナスエンブレムもあるわ。その途中でネビルが見つかるかもしれないし」
「それでいいんじゃないかな」
「ハリーがそういうなら……」

ハリーが同意したのを見て、ロンも同意した。もちろん、セドリックのアドバイスに従うのは不安もあった。しかし、他に手掛かりがないいま、可能性の少しでもある場所から回っていくのが一番だった。
一応意見が一致したところで、三人は階段を下り始めた。

「ハーマイオニー!!」

後ろから呼び止める声がして、三人は振り返った。階段の一番上に、ジニーの姿があった。胸にハッフルパフのエンブレムが輝いていることにロンが気づいた。

「ジニー! エンブレムをつけるなって言われてただろ!? エンブレムをつけてたら他の寮生に狙われるから、さっさと外してこいよ。危ないだろ」

しかしジニーは、ハリーたちのところまで階段を下りてきて言った。

「あなたたちを追い掛けて来たの」

ジニーはロンに向き直った。

「ロン、私とロンは一つしか年が変わらないわ! それに、いままでの稼いだ得点も低くないわ。そうでしょ、ハーマイオニー?」
「えっ……うん、そうね。さっきもすごい活躍だったし」
「だからって……」

ハリーもロンも戸惑っていた。

「私、あなたたちがエリアを出ていってから、アンジェリーナにお願いしたの。ハーマイオニーたちについて行っていいかって。そしたら……快く了解してくれたわ。私もみんなの役に立ちたいの!」
「……ねぇ、ロン、ハリー。ここまでついて来ちゃったんだから、一緒に行ったらいいんじゃないかしら?」
「まぁ、アンジェリーナもそう言ってるなら……」

ロンが渋々承諾した。ハリーも頷いた。 アンジェリーナの許可が出ているのならば問題はない。

「じゃあ決まりね。一緒に行きましょう、ジニー」

ハーマイオニーがジニーにウインクした。

「ありがとう、ハーマイオニー」

ジニーが少し後ろめたそうにウインクを返したが、ハリーとロンは気づかなかった。



四人はネビルに出会うこともなく、マグル学教室のある二階まで下りてきた。

「あっ、ダメッ!!」

階段からマグル学教室の廊下を覗きこんだハーマイオニーが、すぐに首を引っ込めた。

「どうしたんだ?」
「スリザリンの集団が廊下にいるの。マグル学教室が目的ってわけじゃなさそうだけど―――」
「私が囮になろうか?」

サラリと言ってのけたジニーに三人は驚いた。

「ダメよ、ジニー。いまは無理することないわ。先に、セドリックがボーナスエンブレムがあると言ったもう一つの場所、大広間に行きましょう」


四人は一階まで下り、大広間の大きな扉の前までやってきた。ハリーは毎日来ているこの場所にボーナスエンブレムが隠してあるなんて、セドリックに聞かされるまで考えもしなかった。ハリーは三人に合図した。

「行くよ」

ハーマイオニーとジニーに先行して、ハリーとロンが大広間の重たい扉をゆっくりと押し開けた。
その隙間から届く耳を劈かんばかりの雷鳴とともに、大広間が四人を迎え入れた。




【あとがき&裏話】

お知らせ。
作者も感想掲示板のコメント解禁しますね。
機会があれば、やはり読者様とコミュニケーションは取りたいと思っています。

今回、コピペの仕方も変えてみました。
この表記が本来の形なんですが、そのままコピペすると前回までのスカスカな形になってしまうんですよね。
スカスカなほうが読みやすいのでしょうか?
ご意見お待ちしています。

さて、ハッフルパフの作戦が明らかに。
伏線はけっこうありましたし、ハッフルパフのノーマルエンブレムの総数の矛盾に気づいている方も多かったのではないでしょうか?
ちなみに第4章の冒頭でコリンがバッジを持っていたのも、伏線ではありませんがちょっとしたヒントのつもりでした。

mixiのコミュのほうには、これから最新章の第26章をアップしてきます。



[10109] 第18章 守護者と予期せぬ“手” -1 
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/25 14:20
【第18章 守護者と予期せぬ“手” The Guardian and An Unexpected Hand その1】


まずはハリーが、後ろの三人にすぐに危険を知らせられるよう半身の構えで大広間を覗き込んだ。
魔法の天井は外の天気とは違い、雷鳴轟く荒れ模様だった。大広間に漂うロウソクは全て火が消えており、薄暗くて広間全体を見渡すことはできなかった。
ハリーは耳を澄ませた。特にハグリッドの好きそうな、“かわいい”怪物のうなり声が聞こえてこないかどうかを注意して。しかし雷鳴を除けば、大広間からは物音一つ聞こえなかった。後ろで心配そうに待つ三人の息使いのほうが、よく聞こえるくらいだ。
目が暗闇に慣れてきたハリーは、少しでも遠くまで見ようと目を凝らした。この薄暗さ以外にも、普段の大広間との違いがあることにハリーは気づいた。各寮のテーブルが全て脇に避けられ、真ん中に広いスペースが出来ているようだ。シリウスが去年ホグワーツに忍び込んだ夜にも、このようになっていた。
依然として、普段教職員テーブルが置かれているところまでの半分の距離もハリーには見えていなかったが、それでも差し当たっての危険性はなさそうだ。ハリーは振り返って三人を手招きした。ハーマイオニーに続いてジニーが、そして最後にロンが背後の廊下に注意を向けながら、わずかばかりの扉の隙間をすり抜けて入ってきた。ハリーは杖を掲げてルーモスを唱えようとした。

「待って」

ハーマイオニーがハリーの腕を下ろした。

「もし何かが暗闇で息を潜めていたら、私たちは格好の的になるわ」
「ハーマイオニー、何かって何だよ?」

ロンが扉を閉めることも忘れて大広間に目を凝らし、恐る恐る言った。不甲斐無いロンを尻目に、ジニーが辛辣に言った。

「さぁ?クモかもしれないわね」

ロンの顔が引きつるのが暗闇の中でもはっきり見えて、ハリーは笑いを堪えるのに必死だった。ロンが反撃した。

「ジニーだってまね妖怪の前じゃ、僕をからかう余裕なんてないだろうに」
「お生憎さま。ついさっき、まね妖怪を退治したところよ。正体がわかってたらなんてことないわ。ほんっとあの妖怪って、『バカバカしい』!」

ジニーは言葉尻でことさら語気を強めた。

「それで、まね妖怪は何に変身したんだ?」
「ロンには教えないわ。それに私は、名前を聞いたくらいで情けない悲鳴を上げたりしないもの」
「頼むから、口喧嘩をするならここを出てからにしてくれないか」

ハリーは言い返せずに口をパクパクさせるロンを制止し(それはロンのためでもあったのだが)、ハーマイオニーを振り返った。

「ルーモスを使えないなら、どうするの?」
「使えないと決まったわけじゃないわ」

ハーマイオニーはそう言うと、側に浮かんだロウソクの皿を手に取った。

「ハーマイオニー、それ、どうするの?」
「まぁ、見てて」

ハーマイオニーはフリスビーの要領で、受け皿を左前方に飛ばした。
遠くで受け皿が落ちる金属音が聞こえた。しかしその後には、雷鳴以外は何も聞こえなかったし、何かが動く気配もしなかった。

「大丈夫そうね。ルーモス! 光よ!」

ハーマイオニーが杖灯りを掲げたのに倣って、ハリー、ロン、ジニーもルーモスを唱えた。四人で唱えると、薄暗かった大広間はずいぶん明るくなった。

「大広間の真ん中に何かあるみたい」

ジニーが指差した方向を見ると、何か巨大な物がそびえ立っているのが見えた。それをよく見定めようと、ロンが声を掛けた。

「よし、もうちょっと近付いてみよう」
「ちょっと待って。四人ともルーモスを唱えていたら、いざというときに困るわ。インセンディオ! 燃えよ!」

ハーマイオニーは宙に漂うロウソクに火をつけ始めた。ロウソクが照らす範囲を広げながら、一行は大広間の真ん中に近付いていった。ロンが巨大な何かを見上げながら言った。

「何だろう? 木かな?」
「暗くてよく見えないわね。ジニーもロウソクに火を灯すのを手伝って」
「わかったわ」

ハーマイオニーとジニーが巨大な何かの周りを明るく照らしていく。ハリーとロンは少し離れたところから、その巨大な何かに目を凝らしていた。
そのとき、魔法の天井に閃光が走った。

「ハリー!エンブレムだ!!」

ロンが巨大な何かのてっぺんを指差しながら叫んだ。ハリーも稲妻が閃いた瞬間、虹色に輝くエンブレムを確認できた。そうすると、今回の課題は―――

「木登りってわけか」

ロンが腕捲りをしながら言った。

「木登りもろくにできない魔法使いが多いんだぜ。すぐに箒に頼るからな。でも僕は得意なんだ。ある意味、フレッドとジョージのおかげだけどね。まぁ、小さい頃にしょっちゅう木の上に取り残されたりしたら、否でも応でも得意になるよな」

ロンは苦笑いすると、木のようにそびえ立つそれに一歩踏み出した。

「ロン、危ないよ!」
「大丈夫、木登りなら楽勝だよ。任せてくれ。万が一足を滑らせたときは、下で受け止めてくれよな」
「ロン、待って!」

ハーマイオニーが火をつける手を止めて振り返った。

「ハーマイオニーとジニーは、僕が足を滑らせないようにロウソクを明るく照らしてくれないか」
「でも……」
「ハーマイオニー、ロンに行かせてあげて」

ジニーがハーマイオニーの肩をポンと叩いた。

「ああなったときのロンは、いくら言っても聞かないわ。私たちはロンが足を滑らさないよう、ロウソクに火を灯しましょう」

ハーマイオニーが心配そうに頷いた。それを確認したロンが、その木のようなものによじ登り始めた。ハリーはロンの真下で構えていた。
ロンは確かに木登りが上手だった。一見凹凸がないようなところにもしっかりと足場を確保して、スルスルと登っていく。二本の幹のようなものが集まって一本になったところで、ロンは一休みした。ちょうどてっぺんまでの半分といったところだろうか。ハリーも安心して一息ついた。
そのときだ。ハリーは大広間のもう一つの異変に気がついた。ハーマイオニーとジニーがロウソクに火を点けたおかげで、エンブレムのある上方はまだ暗いながらも、床の辺りはかなり明るくなっていた。その床に見慣れぬ模様が描かれていたのだ。ちょうどロンが登る木を取り囲むように―――

「ロン! 急いで降りて!! ハリーもそこから離れて!!」

突然ハーマイオニーが叫んだ。ハリーはハーマイオニーを振り返った。しゃがんでいるところからして、どうやらハーマイオニーも床の模様に気づいたらしい。それどころか、ハーマイオニーはこの模様が何なのかもわかっているようだ。
ハリーはロンを見上げた。ロンは突然のハーマイオニーの撤退宣言に戸惑っているようだった。
そのときだ。ロンの脇に、太く長い枝のようなものが伸びてきた。

「ロン! 危ない!!」

ハリーが叫んだのに気づいてロンが振り返った。枝がゆっくりと、しかしもうロンの目前に迫ってきていた。

「インペディメンタ! 妨害せよ!」

ハリーがとっさに妨害の呪いを唱えたが、何故か呪文は効果を発揮せず、太く長い枝は勢いを落とすことなくロンにボディーブローを食らわした。まるで、近づく者すべてを拒む暴れ柳のように。
ロンの体が宙に舞った。それほど高くはないとはいえ、あの高さから受け身もなしに落ちると危険だ。ハリーはロンの落下地点に走った。しかし、あとちょっとのところで間に合いそうにない……。ロンは頭から床に向かって落ちていた。

「ロン!」
「ウィンガーディアム レビオーサ! 浮遊せよ!」

ジニーが叫んだ。一瞬、ロンの落下速度が落ちた。ハリーはロンの真下にスライディングをした。
ハリーが腕に衝撃を感じて顔を上げると、無事にロンをキャッチできていた。ジニーとハーマイオニーが二人のもとに駆けつけ、ロンはゆっくりと体を起こした。

「ありがとう。助かったよ」
「ロン」

ジニーの声は少しうわずっていた。

「浮遊呪文でも少しは効果があってよかった。感謝しなさいよ」
「お腹は大丈夫?」
「大丈夫だよ、ハーマイオニー。ハリーのおかげでとっさに身構えたから。威力自体は大したことなかったしね」
「本当に、ロンが無事でよかったよ」

ハリーは立ち上がった。

「それにしても、ハーマイオニー。床の模様といい、妨害の呪いが効かなかったことといい、あれは何なんだ!?」
「あれはね―――」

再び大広間に閃光が走って、ハーマイオニーの言葉を遮った。そびえ立つ物体を仰いでいたハリーは、今度こそその全体像を目の当たりにした。
ずんぐりとした不格好な手足が、同じくずんぐりとした胴から伸びていた。巨大な厚板のような顔が肩の上にのっている。その顔にはただの飾りらしい虚ろな目と、縁がぎざぎざなだけのお粗末な口がついていた。耳や鼻はない。その額に、虹色に輝くボーナスエンブレムが埋め込まれていた。ハーマイオニーが稲光に妨げられた言葉を続けた。

「ゴーレム、生命を吹き込まれた粘土の巨人よ。『黒魔術の栄枯盛衰』、『闇の魔術の興亡』、『魔法の史跡』といったいくつかの本で読んだことがあるわ。プラハの時代の遺物ね。ゴーレム自体は特に闇の魔術ではないんだけど、悪用する魔法使いが多いのよ。まず、御影石みたいに固くて物理攻撃にめっぽう強いの。そして一番の理由が、呪文を吸収してしまうということね」
「呪文が効かないのか!?」
「えぇ、アースみたいなものよ」
「アースって何なの?」
「あぁ、ロンとジニーはアースについて知らないわよね。簡単に言うと、マグルが使う電気を大地に逃がすためのものなの。魔法も一緒。私たちが使う魔力は元を辿れば大自然から取り入れているものだわ。特に大地ね。だから呪文は地面に吸収されてしまうの」
「じゃあ一体、どうやったら倒せるの?」

ハリーは訊ねた。どうやらさっきセドリックと倒したグリフィンの石像とは違い、呪文の重ねがけで効果を強めればいいという単純な話ではなさそうだ。ハーマイオニーが答えた。

「ゴーレムの口には、ゴーレムに生命を吹き込むための呪文が書かれた牛皮紙が入っているの。そこには簡単な命令も書かれていて、それに従って単純な行動をするわ。今回ならエンブレムを守護しろってところかしら」
「つまり、その牛皮紙を奪えばゴーレムを倒せるわけね」
「そうかもしれないけど、それじゃエンブレムを取るのと大して変わらないんじゃないか? どうやってあそこまで登るんだ?」

四人は途方に暮れてしまった。ゴーレムに気を取られていたハリーは、床の模様の存在を思い出した。

「ねぇ、ハーマイオニー。この模様は何なの?」
「あれは魔法陣よ」

ゴーレムの攻略法を考え込んでいたハーマイオニーが顔を上げた。

「一口に魔法陣といってもいろいろ種類があるんだけど、あれは対象、つまりゴーレムを外に出さないためのものだわ。だからここなら安全よ」

とりあえずの危険は去ったようだ。しかし、呪文が効かないとなると手の出しようが……いや、そうだろうか……魔法陣……呪文の重ねがけ―――
そうだ! ハリーは閃いた。

「いい手がある!!」



【お知らせ】

近日中(できれば今日中)に、某動画投稿サイトのほうに「ココロ×ココロ・キセキ」のハリポタ替え歌を投稿できると思います。

(追記)
一応、歌詞なし版を先ほど投稿しました。
…替え歌なのに歌詞なしってどうなんだ!?

歌詞付きも投稿出来たらよいのですが、いつになることやら……



[10109] 第18章 守護者と予期せぬ“手” -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/25 14:20
【第18章 守護者と予期せぬ“手” The Guardian and An Unexpected Hand その2】

「いい手!?」

三人が一斉にハリーのほうを振り返った。

「ウン。……あ、いや、いい考えかはわからないけど、これしかないかなって思う」
「どうやって、ゴーレムを出し抜いててっぺんまで上るんだ?」
「いや、てっぺんまで上る必要はないんだ」
「どういうこと?」

ジニーが困惑と期待が入り混じった表情でハリーに訊ねた。

「それを説明する前に―――ハーマイオニー、行動範囲を制限する魔法陣の中に入れられてるってことは、あのゴーレムは歩けるんだよね?」
「えぇ、基本的にゴーレムは歩けるようにできているわ。でも、それがどうしたの?」
「さっきのロンが腰まで上がってきたときは、ゴーレムは手で払い落としたよね。じゃあ、もし僕がゴーレムの足元でちょっかいを出したら、あいつはどうすると思う?」
「屈んでデコピンとかか?」
「ロン、わざわざ屈むくらいだったら、蹴飛ばしたり踏んづけたりするんじゃない?」
「あっ!!」

ハーマイオニーが手を叩いた。

「ハリー、でも何を!? そんな丈夫なもの……」
「ハーマイオニー、一人で話を進めるなよ。ハリー、どういうことだ?」
「逆転の発想だよ。エンブレムのほうから床まで来てもらうんだ」
「そんなことできるの?」
「たぶんね。ゴーレムが足を下ろそうとする場所に何かを滑りこませて、バランスを崩したゴーレムがひっくり返るようにするんだ。これならわざわざあんなに高いところまで上っていかなくても、エンブレムを手に入れられるよ」
「でもハリー、何を滑り込ませるの? 丈夫なものじゃないと、簡単にゴーレムに押しつぶされてしまうわ」

ハーマイオニーが大広間中を見渡した。

「そんな丈夫で運べるものなんて―――まさか、寮テーブルなんて言わないわよね?」
「ハーマイオニー。そのまさかだよ」
「ハリー。ちょっと待ってよ」

今度はジニーが口をはさんだ。

「あんなに重いもの、動かせないわ。さっきの私の浮遊呪文を見たでしょ? 浮遊呪文も移動呪文も、対象が重ければ重いほど効果が出にくいのよ?」
「でも、四人で力を合わせればいけそうじゃないか? ほら、さっきハリーはセドリックと同時に呪文を唱えて、呪い避けワックスを貫いたんだよな」
「ウン。たぶん単なる二倍、三倍とかよりも効果が出ると思うんだ」
「でも……ハリー、仮に寮テーブルが動いたとしてもよ? ゴーレムが足を下ろすところにうまく寮テーブルを動かせるのかしら?」
「僕がその場所から呼び寄せ呪文をかけるよ。三人は移動呪文で寮テーブルを動かしてくれ」
「ハリー! そんな危険な役は僕がやるよ!」
「大丈夫。僕は蹴りをかわすのは得意なんだ。あと、一応木登りもね。まぁ、ダドリーのどっちもおかげなんだけど」
「でも―――」
「ロンに二回も危険な役目は任せられないよ。そのかわり、エンブレムを取るのは早い者勝ちだからな。さぁ、準備しよう。もちろん、踏み潰されるのはスリザリンの寮テーブルで異論はないよな?」

スリザリンのテーブルは四人で呪文をかけると、かろうじてゆっくり動いた。あとはゴーレムが足を下ろすまでに間に合うかどうかが問題だ。ハリーたち四人は寮テーブルを魔法陣のすぐ外まで運ぶと、目の前のゴーレムを見上げた。虚ろに窪んだ目は、寮テーブルにも、そしてハリーたちにも、まったく気づいていないようだった。

「ゴーレムは近くの気配を察知するの。この距離なら寮テーブルには気づかないわ」
「じゃあ、始めるよ?」

ハリーが合図し、四人はそれぞれの持ち場についた。ハリーは魔法陣の中に足を踏み入れた。ゴーレムがハリーの存在を認識して、ゆっくりとハリーのほうに顔を向けた。しかしまだ攻撃してくる様子はない。ハリーはどの呪文でゴーレムにちょっかいをかけるか考えていなかった。どの呪文を唱えても、どうせ吸収されるのだから。ゴツゴツと堅そうなゴーレムの足が、ハリーの眼前に巨木のように生えている。ハリーは三人に目配せすると、叫んだ。

「レダクト! 粉々!」

ゴーレムの顔に向かって放たれたハリーの呪文は、ゴーレムの頬の辺りで吸収された。
ゴーレムの無表情な顔からは、驚きや怒りといった感情は読み取れない。ゴーレムはハリーが呪文を唱える前となんら変わらずにそびえ立っていた。作戦は失敗だったか? 足元にいる相手は、ゴーレムの攻撃対象にはならないのか? そんな考えがハリーの頭をよぎった。ハリーは三人を振り返った。

「別の作戦を―――」

そのときだ。
ザッと床を擦る音がし、緩慢な動きではあるが確かに、ゴーレムが右足を上げ始めた。どうやらハリーを踏み潰すつもりらしい。
かかった!

「いまだ!」
「モビリ―――」

ロン、ハーマイオニー、ジニーが移動呪文を唱えていた。寮テーブルがズルズルと動いている。ハリーはゴーレムの足を見上げた。このスピードなら十分間に合いそうだ。
しかし一旦頭上で停止したゴーレムの足は、突然その速度を上げてハリーに向かってきた。

「アクシオ! 寮テーブルよ来い!」

ハリーは力いっぱい叫んだ。四人の呪文が合わさって、寮テーブルも速度を上げてハリーの元に滑って来る。しかし、重力に任せて振り下ろされるゴーレムの足が、ハリーに迫っていた。
ゴーレムの足が先か、寮テーブルが先か―――

「ハリー! 避けて!」

ハーマイオニーが叫んだ。しかしハリーは一歩も動かなかった。テーブルをここまで呼び寄せなければ―――

「ハリー!!」

ゴーレムの足がハリーの目の前まで迫ってきていた。ハリーはとっさに目を閉じて屈んだ。

ギシッ、バキッと、何かが軋み、割れ、砕ける音がした。しかし、痛みはない。ハリーはゆっくりと目を開けた。
ゴーレムの足がハリーの目の前で止まっていた。ハリーは寮テーブルが作った、ゴーレムの足と床とのわずかな隙間に挟まっていた。
寮テーブルが軋む音は大きくなっていた。早くここから抜け出さなければ。ここからでは、ゴーレムがバランスを崩しているのかさえわからない。

「ハリー! 早くそこから出なきゃ!!」

駆けつけてきた三人が、ハリーを引っ張りだそうとした。しかしテーブルに足を取られているようだ。どんなに引っ張ってもビクともしない。

「どこかで引っ掛かってるみたいだ。ゴーレムはどう?」
「今は自分の心配をしろよ。早くそこから出ないと―――」

ミシミシッと、テーブルがゴーレムの重さに耐えかねて悲鳴をあげた。しかし同時にゴーレムの足裏が傾き、隙間が広がった。ハリーの足が自由になった。

「ワッ!!」

ハリーの体が隙間から抜け、引っ張っていた三人は尻もちをついた。ハリーは三人を抱き起こした。

「ありがとう。危なかったよ」
「ホント、無茶するんだから」

ジニーがモリーおばさんそっくりのしかめっ面をしたが、すぐに笑顔になった。

「でも、よかった」
「―――ゴーレムは?」

ハリーは後ろを振り返った。テーブルは悲鳴を上げながらも、まだ頑張っていた。テーブルの端を踏みつけたゴーレムは、バランスを崩して右に傾いていた。あと少しで倒れるはずだ。
しかしゴーレムが倒れるよりも、テーブルの限界のほうが早かった。バキバキッと激しい音を立て、寮テーブルは粉々になった。ゴーレムは倒れこみながらも、右足を床について少しバランスを持ち直した。その間に、ゴーレムは右手を床に伸ばした。

轟音とともに、ゴーレムが右手から床に倒れた。途端にその衝撃は、床だけでなく大広間全体の空気をも震わせた。その空気の震えは、ろうそくの火を消すには十分すぎるほどだった。ほとんどのろうそくが消え、大広間は再び闇に包まれた。
ゴーレムが完全に倒れない可能性も考慮していたハリーだったが、ろうそくの火が消えたのは完全に想定外だった。
それでもゴーレムが倒れているいまがチャンスだ。ハリーはゴーレムの右足から上り始めた。

「ハリー! ダメ!」

ハーマイオニーが叫んだが、ハリーは構わず上り続けた。しかし突然ハリーの背後からゴーレムの腕が伸びてきて、ハリーはゴーレムに捕らえられた。見せかけの目しか持たないゴーレムにとっては、この薄暗闇は関係ないらしい。痛みこそ感じなかったが、ハリーはゴーレムの左手にがっちりと掴まれていた。

「レラシオ! 放せ!」

ロンが下から叫んだが、呪文はゴーレムの左手にむなしく吸収されてしまった。

「クソッ!!」

ロンは杖をしまってゴーレムの体を上り始めた。そのロンの腕を、ハーマイオニーが掴んだ。

「ロン! あなたが上ったところでどうするの!? あなたにまで何かあったら―――」
「だからって、ここで手をこまねいて見てろっていうのか!?」
「それは―――」
「ハーマイオニー。あなたがロンを止めるのなら、私が上るわ。二人とも止めるなんて無理よ!」
「ジニー、あなたまで―――」

大広間の扉が軋みながら開く音が聞こえ、四人は入り口を振り返った。何か聞こえる―――

「ま……待って……」

それは、四人の聞き覚えのある声だった。



【宣伝】

前回宣伝した動画の、歌詞字幕付き版が完成しました。

「ココロ×ココロ・キセキ【ハリポタ替え歌PV・セブリリ】」
ニコニコ動画⇒http://www.nicovideo.jp/watch/sm8023965
YouTube⇒http://www.youtube.com/watch?v=nusqIhGvlwQ



[10109] 第18章 守護者と予期せぬ“手” -3
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/08/29 13:20
【第18章 守護者と予期せぬ“手” The Guardian and An Unexpected Hand その3】


「お願い……だから……逃げ……ない……でっ」

息も絶え絶えだが、間違いない。この声は―――しかし、誰を追いかけているんだ?
すると突然、黒い影が暗闇から現れ、ロン、ハーマイオニー、ジニーの足元を駆け抜けた。その影はゴーレムの体をしなやかに駆け上がり、ハリーを掴むゴーレムの左手に飛び乗った。一瞬、影がハリーをかすめた。
この感覚は―――
影はハリーに構うことなく、ゴーレムの左腕を駆け上った。両手が塞がったゴーレムが影に顔を向けた。その瞬間、ゴーレムの肩にたどり着いた影はゴーレムの口に飛びかかった。影はゴーレムの口に手を突っ込み―――

ゴーレムの口から牛皮紙が滑り落ちた。途端にハリーをがっちりと掴んでいたゴーレムの左手が弛み、ハリーはゴーレムの手から滑り落ちた。

「ハリー!」

ロン、ハーマイオニー、ジニーが、しっかりとハリーを受けとめた。その脇に、影がしゃなりと着地した。

「あのっ……すみま……せんっ」

四人と影の元に駆けつけてきた人影の輪郭が、次第にはっきりとしてきた。

「つ……捕まえて……くれま……せんかっ!? その……って……ハーマイオニー!? それに……ハリー、ロンに……ジニーまで!!」

ネビル・ロングボトムの驚いた丸顔が、暗闇から現れた。ネビルはハァハァと息を整え、顔からは汗が滴り落ちた。どうやら、ここまでずっと走っていたようだ。

「ネビル。みんな、あなたがエリアに来ないから心配してたのよ? 何があったの? ネビルが何かから逃げてるのを見たって、アンジェリーナが―――」

そのとき、ハリーは見た。暗闇に無気味に光る、大きな黄色い目を。

「―――僕が追われてた……? あっ、違うよ。僕、必死で追い掛けてたんだ。ハーマイオニー、君のクルックシャンクスをね」

クルックシャンクスが蝋燭の灯りの下に現れた。ガニ股だがどこか尊大な感じのする巨大な猫だ。顔はへちゃむくれ、オレンジ色のフワフワとした毛並で、ハリーの首もとをかすめたのはビン洗いブラシのような尻尾だろう。
クルックシャンクスは大きなあくびをすると、背中が弓なりに反るほどの伸びをした。

「クルックシャンクス! でも、どうしてここに!?」
「クルックシャンクスは、午前中はソファーの上で気持ちよさそうに眠ってたんだ。そして昼頃になって談話室をブラブラし始めた」

ネビルが話し始めた。

「だけどデニス・クリービーの前を通りかかったときに、デニスが焚いたカメラのフラッシュにビックリしちゃって、ちょうどパーバティと交代で肖像画の穴をくぐろうとした僕の横を駆け抜けて、談話室から飛び出しちゃったんだ。追い掛けても止まってくれなくて……。追いかけてたら、いつの間にか一階まで来ていた。そしてクルックシャンクスは、わずかに開いた扉の隙間からここに入っていったんだ」

対抗戦開始前にエリアに戻ったときに、クルックシャンクスがデニスの側のソファーで眠っていたのをハリーは思い出した。

「でも、ネビルが責任を感じて追っかけなくてもよかったんじゃないの?」

ジニーがクルックシャンクスのフワフワな頭を撫でながら言った。

「そうだよ。コイツは夜中に独りで寮の外をうろついたりするぜ?」
「でも、罠だらけのホグワーツ城で怪我でもしたら、ハーマイオニーが心配すると思って……」
「まぁ、ありがとう、ネビル」

ネビルにお礼を言うと、ハーマイオニーはクルックシャンクスを抱きかかえた。

「クルックシャンクスも、ハリーを助けてくれてありがとうね」

クルックシャンクスは満足そうにゴロゴロと喉を鳴らした。フラッシュに驚いて談話室を飛び出したとの話だが、城内を駆け回っているうちに目一杯体を動かしたくなったのかもしれない。ハリーにはなんだかそう思えた。

「本当にクルックシャンクスのおかげだったわね。ハーマイオニー、あなたがエンブレムを取ったら? まさか、エンブレムのこと忘れてないわよね?」

ジニーが冗談っぽく言った。

「あっ! クルックシャンクスがいるのに驚いて、忘れてた!」

五人とも笑った。クルックシャンクスだけが我関せずとばかりに、ハーマイオニーの腕の中で気持ちよさそうにあくびをした。
ルーモスを唱えた五人とクルックシャンクスは、ゴーレムに歩み寄った。ゴーレムといってもわずかに原形を留めるばかりで、いまは泥の塊と化している。

「これは……何?」

ネビルが恐々尋ねた。

「ゴーレムだよ。だいぶ形が崩れてきてるけど」
「ウワァー!! みんなはこんなに大きなゴーレムと闘ってたの!?」

ネビルが目を丸くした。

「僕たちだけじゃ手も足も出なかったさ。さぁ、ハーマイオニー」

ロンがハーマイオニーを促した。ハーマイオニーはかすかに頷くと、興奮した面持ちで泥の上に乗っかったボーナスエンブレムに手を伸ばした。
ハーマイオニーの指先が触れた途端、エンブレムは赤く輝く光に変わった。その光はつぼみを形作り、次第に花びらが開いていった。そして満開になると同時に中からも赤い光が溢れ、薄暗い大広間に幻想的に舞い上がった。その光は大広間に漂う蝋燭に火を灯していった。最後に残った花弁も舞い上がり、いつの間にか晴れ渡っていた魔法の天井の空へと吸い込まれていった。

パチパチと突然拍手が聞こえ、五人は驚いて振り返った。魔法生物飼育学のハグリッドの代用教員、グラブリー‐プランク先生がパイプをくわえて立っていた。短く刈り込まれた白髪、突き出した顎から感じられるきつい印象とは対照的に、サバサバとした性格で誠実な老魔女だ。

「おめでとう。グリフィンドールに七十点!」

グラブリー‐プランク先生はハーマイオニーに近づいた。

「それから、あなたの猫。利口な子だね。名は何というのかな?」
「クルックシャンクスです」
「そぅ、クルックシャンクスか」

先生はクルックシャンクスの首もとを優しく擦った。クルックシャンクスは気持ちよさそうに喉を鳴らした。

「この子の親は?」
「わかりません。ダイアゴン横丁の魔法動物ペットショップで見つけた子なので」
「ふむ……この子にはおそらく、ニーズルの血が流れておる―――」

先生はハリーたちには聞こえないほど小さな声で、独り言を呟いた。

「しかし、それはどちらでもよいことだ。よし、クルックシャンクスを安全な寮まで連れて行かねばならぬ。私が連れて行くが、それで良いかな?」
「えぇ……先生にご迷惑でなければ……」
「気にすることはないよ。ポートキーであっという間だ。では、預かるよ」

ハーマイオニーは先生にクルックシャンクスを預け、クルックシャンクスも素直にそれに従った。

「それでは」

バチンッ、バチンッという音とともに、グラブリー‐プランク先生とクルックシャンクスが姿を消した。あとに残されたのは、ハリーたち五人と、泥の塊、牛皮紙、そして砕けたスリザリンの寮テーブルだ。
五人は顔を見合わせた。

「このままでいいんじゃないかな?」
「このままでいいんじゃない?」

ハリーとジニーが同時に言ったので、みんな笑った。ハーマイオニーですら、スリザリンの寮テーブルを呪文で直そうとは言いださなかった。五人は大広間の出口に向かった。


魔法の天井には、雲一つない澄み切った青空が広がっていた。



【あとがき&裏話】

「最後の一撃は―――





       せつない……         」


「ワンダと巨像」っぽい章でしたねw

ワンダと巨像を知ったのは、この章を書きあげたあと、きりんさんの実況動画ででしたけれど。

ゴーレムは、私が好きなファンタジー小説「バーティミアス」からのゲスト出演です。



“手”にはいろいろ意味をかけました。

1つ目は、突然ロン・ハリーを襲ったゴーレムの“手”

2つ目は、ハリーが閃いた“手”

そして3つ目が、クルックシャンクスの救いの“手”

まさに「猫の手も借りたい」状況でした。


この章は、クルックシャンクスを活躍させたくてできた章ですね。

ペットたちも、ハリーたちの大切な仲間ですからね。





[10109] 第19章 穴熊の巣窟 -1 (エンブレムの色を修正)
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/09/12 12:19
【第19章 穴熊の巣窟 Badgers' Den その1】


ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニーの五人は周囲の警戒を怠らないようにしながら廊下を進み、大理石の階段にたどり着いた。

「僕はノーマルエンブレムを取ってくるよ」

ネビルが階段に足をかけた。

「一人で大丈夫? 罠もたくさんあるし……」
「ありがとう、ハーマイオニー。でも、大丈夫だよ。他の寮生に襲われる心配もないし。みんなは頑張ってエンブレムを探して」
「わかった。気をつけろよ、ネビル」

ロンがハーマイオニーの肩をポンと叩きながら言った。

「ありがとう。みんなもね」

ネビルは階段を駆け上がっていった。

「ネビルならきっと大丈夫だよ」

ハリーはハーマイオニーに微笑んだ。

「ねぇ、これからどこに行く?」

ジニーが口を開いた。

「そうだな、セドリックのやつの言ってたマグル学教室に行くか―――」
「それとも、俺たちと厨房に行くか、だな」

四人は驚いて振り返った。

「バーン」

フレッドがハリーたちに杖を向けて立っていた。

「オイオイ、おまえたち。俺たちが敵だったら、とっくにやられてるぞ」

隣にはジョージとリー、さらにその後ろにはシェーマスとディーンまでいた。

「さっきそこで、フレッドとジョージに捕まったんだ」

ディーンが苦笑いした。

「こんなに大勢で、ゾロゾロ厨房に行くのか? エンブレムが見つかったのか?」
「ロン、エンブレムなんかより、もっと大事なことだ」

ジョージが真剣な顔で答えた。

「何だよそれ?」
「厨房は何するところだ?」
「そりゃあ料理を―――」

ロンのお腹がグゥ~と鳴った。

「そういえば、昼食がまだだったね」

ロンのお腹が鳴る音を聞いて、ハリーも急におなかが空いてきた。

「だろ? エリアにも何か持ち帰ってやらなきゃ。それより、ジニー。おまえ、なんでノーマルエンブレムをつけてるんだ? 三年生はエンブレムをつけずに、城内を探索するはずだろ?」
「アンジェリーナに許可をもらってきたんだって」

ジョージの問いに、ジニーに代わってハリーが答えた。

「そいつはおかしな話だなぁ」

フレッドがジニーの顔を覗き込んだ。

「さっきエリアに立ち寄ったとき、アンジェリーナが勝手な行動を取ったおまえのことを怒っていたぞ?」
「えっ!? どういうこと?」

ハリーとロンは困惑してジニーを振り返った。だが、ハーマイオニーだけはまったく驚いていなかった。

「どうしても攻撃役をしたかったの」

ジニーがしっかりとフレッドを見据えて言った。

「攻撃は人任せだなんて、絶対イヤ!! でも……さすがに一人で動くのは心細いから、急いでロンたちの後を追ったの。もちろん、アンジェリーナに声をかける暇なんてなかったわ」
「じゃあ、なんであんな嘘を―――」

ロンが当惑して言った。

「ああでも言わないと連れていってくれないでしょ? もっとも、ハーマイオニーは私の嘘に気づいてたけどね」
「知ってたの?」

ハリーは驚いてハーマイオニーを振り返った。

「まぁね。なんとなくよ。別にジニーが一緒でもいいでしょ、フレッド?」
「俺は反対しないさ。むしろおとなしくエリアで待ってたら、俺たちの妹として情けないな。まぁ、よくやった」
「それはどうも。何年あなたたちの妹をやってると思ってるの?」

ジニーが皮肉っぽく返した。

「どうして一度エリアに戻ったの? 何かあったの?」

ハリーが訊ねた。

「いや、俺たちはエリアに戻ってないよ」

リーがニヤっと笑った。

「でも、さっきフレッドが……」

ロンが混乱してフレッドを見遣った。

「あぁ、俺は鎌をかけただけさ。ジニーの見え透いた嘘を暴くためにな。何年コイツの子守りをやってると思ってるんだ?」

フレッドに頭をクシャクシャっと撫でられ、ジニーはその鬱陶しい手を払いのけた。

「子守りなんてされてないわ!」
「ジョージにいじめられて、俺に泣きついてきたのはどこのどいつだ?」
「おい、フレッド! ジニーをいじめてたのはおまえだろ!?」
「両方よ!」

ジニーが双子を睨んだ。

「まぁ、そう怒るな。愛情の裏返しさ」

フレッドが上手に言い逃れをした。これ以上喧嘩が続かないように、すかさずハーマイオニーが話題を変えた。

「とにかく、厨房に向かいましょう。ここで無防備に立ち話してるのは危険だわ」
「ハーマイオニーの言うとおりだ」

落ち着かない様子で何度も背後を振り返っていたシェーマスが同調した。

「確か、右側の扉からだったよな」

ロンが階段横の扉を指差した。

「行くぞ」

ジョージが声をかけた。
一行は扉を抜けて階段を下り、明々と松明に照らされた広い石の廊下に出た。しばらく歩くと、壁に飾られた「巨大な果物皿の絵」にたどり着いた。
リーが絵の中の緑色の梨をくすぐった。途端に梨はくすくすと笑いながら身をよじり、大きな緑色のドアの取っ手に変わった。
フレッドがシェーマス、ディーン、ジニーを振り返った。

「あんまり言いふらすんじゃねぇぞ。しもべ妖精を煩わせることになるからな」
「自分たちのことを棚に上げて、よく言えたものね」

ハーマイオニーが呆れ返った。

「しもべ妖精は喜んでるんだからいいじゃないか」

ロンは、これから出てくるであろう豪華なお土産を思って、胸を躍らせながら言った。

「あなたもあなたよ、ロン!!」

ハーマイオニーがピシャリと言った。

「ハーマイオニーだって空腹でたまらないから、何も言わずについて来たんだぜ」

ロンは肩をすくめながら、ハーマイオニーに聞こえないようにハリーに囁いた。
リーが取っ手を掴んでドアを開け、フレッドとジョージが先陣を切ったリーに続いて厨房に入った。ロンが期待顔で双子に続いた。

「クリームケーキにパイに、チョコレート・エクレ―――イタッ!?」

これから出てくるであろうお菓子の山を想像して舌鼓を打っていたロンは、厨房の入り口のところで急に立ち止まったジョージにぶつかった。

「おい、兄貴。後ろがつかえてるんだからさっさと―――」
「伏せろっ!!」

ジョージがロンの頭をグイと押し下げながら叫んだ。

「プロテゴ! 防げ!」

リーとフレッドが唱えた盾の呪文を赤い光線の濁流が襲い、リーの盾を突き破った光線がハリーの左の耳元をかすめた。

「敵襲~!!」

厨房の中から、屋敷しもべ妖精のキーキー声とは違う叫び声が聞こえた。ハリーは左耳を手で隠しながら、恐る恐る厨房を覗きこんだ。

大広間ほどの広さがある石造りの部屋でハリーたちを出迎えたのは、屋敷しもべ妖精ではなく大勢のハッフルパフ生だった。歓迎という雰囲気にはほど遠かった。ざっと十五人はいるだろうか。その多くが、ハリーたちと同様、突然の相手チームとの遭遇に動揺しており、数人の上級生だけがすでに臨戦態勢を取っていた。ジャスティン・フィンチ-フレッチリーに至っては、慌てて掴んだのだろう、杖を逆さまに握っている。その向こう、厨房の奥にある大きなレンガの暖炉には、漆黒に輝くハッフルパフのエリアエンブレムが掲げられていた。

「ロン!! おまえたちも手伝え!!」

ハッフルパフ生の呪文を反らしながら、フレッドが叫んだ。

「それから、一人、エリアから応援を呼んできてくれ。このままじゃ多勢に無勢だ」

確かにフレッドの言う通りだ。ハッフルパフは七年生とセドリック、そして囮かつ城内探索要員を務める数人の下級生以外の全員が、一丸となってエリアを死守しているようだった。

「僕が行ってくる!」

一番出口側にいたディーンが、エリアに駆け出して行った。ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、シェーマスの五人が、双子とリーに加勢した。ハリーが唱えた失神呪文が、派手に杖を振り回していたアーニー・マクラミンに命中した。しかしハッフルパフの六年生が、すぐにアーニーを呪文で蘇生させた。

「リー、むこうは何人だ?」

ジョージが反撃しながら、厨房中に響く戦闘音に負けずに叫んだ。

「……十五……十六……十七。うん、十七だな」
「恐らく四・五年生全員とセドリック以外の六年生でしょうね」

ハーマイオニーが呪文を避けながら叫んだ。

「それに対して、こっちは八人か。百五十点さえ入れば、多少の犠牲が出てもゴリ押しでいく価値はあるが……」
「レイブンクローのときみたいに、煙幕でどうにかならないのか?」

スーザン・ボーンズの呪文に危うく当たりそうになったロンが、フレッドに叫んだ。

「さっきエリアに戻ったときに補充するのを忘れた。それに、煙幕ばっかじゃ芸がないしな」

それを聞いてシェーマスが不安げに言った。
「だからってこのままじゃ埒が開かないよ。こっちの倍の攻撃が飛んでくるわけだし、一人ずつしか倒せないのに相手はすぐに蘇生するし―――」
「あら、ハッフルパフ生をまとめて倒す方法ならあるわよ」

さらっとそう言ったジニーは、ハッフルパフの集団に杖を向けた。

「タラントアレグラ! 踊れ!」

呪文を受けたハンナ・アボットがたちまち熱狂的なタップダンスを始め、隣の生徒を蹴り飛ばしたあげく、石畳につまづいて周りの生徒を巻き込みながら床に倒れた。ハッフルパフの攻撃の手が弱まった。

「いまだ! あそこの物陰に隠れよう!」

大広間でレイブンクローの寮テーブルがある場所の真下に位置するテーブルを、リーが指さした。

「走れ!」

フレッドとジョージが、呪文でハッフルパフ生を牽制しながらハリーたちに叫んだ。テーブルの陰に駆け込んだハーマイオニーは、振り返ってジニーを褒め称えた。

「さっきの呪文、巧いわ!」
「普通の呪文じゃ一人にしか攻撃できないからね。少しは役に立ててるかしら?」

ジニーは頬を赤らめながら答えた。

「あぁ、上出来さ」

ジョージがハリーの横に飛び込んできた。フレッドとリーも一緒に物陰に飛び込んできた。

「俺たちは典型的な攻撃呪文にこだわりすぎてた。発想の転換が必要だな」
「例えばどんな―――」

ザクザクッという音がロンの質問を遮って、物陰の傍の石壁に何本もの包丁が突き刺さった。まだビーンと震えている。ロンの顔から血の気が引いた。フレッドが何事もなかったかのように答えた。

「まぁ例えば、アレだな。厨房には凶器になるような物がたくさんある」
「包丁を飛ばすなんて、危険すぎるわ!!」

ハーマイオニーが憤慨した。

「我が家じゃ口喧嘩に勝てないロンのおかげで、しょっちゅう包丁が飛んでるけどな」

ジョージが笑ったが、ハーマイオニーに睨まれて口をつぐんだ。

「それにほら、マダムポンフリーがいるし……」

リーがフォローしようとしたが、すでにハーマイオニーは毅然とした態度で立ち上がっていた。物陰から現れたハーマイオニーの顔に向かって、包丁が飛んできていた。

「危ない!!」

隣にいたハリーとロンがテーブルの陰に引っぱり込もうとしたが、ハーマイオニーはその手をすり抜け、杖をひと振りした。途端に包丁はキツツキに変わり、ハーマイオニーの頭の周りを飛び始めた。包丁を飛ばした六年生を睨みつけると、ハーマイオニーは叫んだ。

「女の子に向かって包丁を飛ばしてくるなんて!! 傷が残ったらどうしてくれるの!? オパグノ! 襲え!」

十数羽のキツツキがハッフルパフ生を襲い、相手の攻撃の手が緩んだ。ハーマイオニーがフンと鼻をならした。

「チャンスだ!」

ハリーたちの後方でシェーマスが立ち上がった。

「いまのうちにエンブレムを手に入れ―――」

シェーマスが不自然に言葉を切ったかと思うと、突然ハリーに倒れ込んできた。

「シェーマス!!」

驚いてシェーマスを受けとめたハリーの隣で、ロンが叫んだ。

「どうしたの!? あっ―――」

驚いて振り返ったハーマイオニーは、ハッと口に手を当てた。その視線は厨房の入り口に釘づけになっている。ハリーは杖をしっかり構えて、厨房の入り口を振り返った。ロンが絶望的に呻いた。

「案内ありがとよ、グリフィンドール」

スリザリンの集団が杖を構えて立っていた。先頭はあまり乗り気ではない表情のビクトール・クラムだったが、ハリーとハーマイオニーが一緒にいるのを見て、元々ひん曲がった鼻がさらに歪んだ。声の主はクラムの隣にいた七年生のデリックで、横にいる同じく七年生のボールとともにクィディッチ・チームの選抜選手だ。その二人の顔の間から杖を構えたマルフォイの嘲笑が覗き、ハリーは拳を握り締めた。

「また会ったな、ポッター。安全な医務室のベッドが恋しくないかい?」
「おい、ドラコ! そいつらには構うな。まずはエリアエンブレムだ」
「まぁ、ちょっと待て、デリック。ポッター、忠実なる“下僕”がいなくて心細くないかい? おっと、失礼。金魚のフンのように、役立たずだが従順な下僕がいたな、ウィーズリー」
「インペディメンタ! 妨害せよ!」

ハリーとロンがマルフォイに呪いをかけるより早く、シェーマスを介抱していたリーが叫んだ。スリザリンの集団の動きがスローモーションになった。ロンが立ち上がった。

「いまのうちにマルフォイをやっつ―――アイタッ!!」

頭上から落下してきた金盥が直撃し、ロンは頭を押さえて再びしゃがみこんだ。ハリーが見上げると、フレッドとジョージが金盥とフライパンを担いでテーブルの上に立っていた。

「このバカちん! デリックじゃないが、そいつらは後回し。まずはエリアエンブレムだ。ハーマイオニーの呪文もそろそろ切れるころだからな」

ハリーが振り返ると、キツツキの一羽がテーブルに降り立ち、包丁に戻った。

「で、この金盥は何だ?」

ロンが目に涙を浮かべながら苦々しげに尋ねた。

「こいつで突破口を開く。まぁ、見てな」

フレッドは金盥を掲げ、同じく別の金盥を掲げたジョージとともに、何やら複雑な呪文を唱えた。
二人が呪文を唱え終えると二つの金盥は双子の手を借りずに滞空し、ブルブルと震えだした。

「なんだ!?」

ロンが言い終わらないうちに、震えがピタリと止まった金盥が双子を急襲した。

「危ない!!」

ハリーが叫んだ瞬間、フレッドとジョージは拾い上げたフライパンで金盥を強打した。吹き飛ばされた二つの金盥は、今度はハッフルパフの集団の中で暴れだした。ハーマイオニーが呆気にとられて呟いた。

「―――ブ……ラッジャー??」
「ご名答!」

フレッドが朗らかに答えた。

「夏休みにクィディッチの特訓するときは、チャーリーがよく物置の中のガラクタにこの呪文をかけてくれたものさ」
「もっともビーターの天才である俺たちに、泥臭い特訓なんて必要ないがな」

双子の影の努力に感心したハリーの眼差しに気づいたジョージが、照れくさそうにつけ加えた。

「だからって、なんで金盥なの?」

ジニーが、その金盥に無様にノックアウトされたアーニーを尻目に言った。

「包丁でも良かったんだけどな」

そこで一旦言葉を切ったジョージは、チラリとハーマイオニーを見て言い足した。

「あるレディの提言を、真摯に受け止めたってわけだ」




【独り言】

mixiのコミュニティで


メンバーさんのスピンオフ作品に

メンバーさんの挿絵を添え

メンバーさんが声を当てる


そんなハリポタのボイスドラマが作れたらよいなぁ



それが私の夢






[10109] 第19章 穴熊の巣窟 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/09/12 12:20
【第19章 穴熊の巣窟 Badgers' Den その2】


「とにかく、全員フライパンは持っとけ。あの金盥はブラッジャーと同じで、一番近くにいる奴を見境なく襲ってくるからな」

ハッフルパフ生の呪いをひょいと避けながら、フライパンを配っていたフレッドが言った。

「リー。スリザリンの数は?」
「九人だ」
「じゃあ金盥一つで十分だな」

フレッドは妨害の呪いが切れ始めたスリザリンの集団に向かって、呪文を唱えた金盥を打ち付けた。金盥は見事にマルフォイの額に命中した。リーがもう一度妨害の呪いを放ったが、同じ呪文を連続してかけたために効果が薄くなったようだ。すぐに動き始めたボールが杖を上げたが、その魔法をロンが盾の呪文で防いだ。

「シェーマスは大丈夫?」

テーブルに乗っていたハーマイオニーが、シェーマスとリーの側に降り立った。

「ダメだ。蘇生呪文でも意識が戻らない」

恒例の破裂音が二回聞こえ、ずんぐりとしたスプラウト先生がハリーたちの前に現れた。

「いい呪文です、ウィーズリー」

頭に大きなタンコブを作ったスプラウト先生は、双子に向かって皮肉っぽく言った。スプラウト先生は薬草学の先生であるとともに、ハッフルパフの寮監でもある。ハリーたちの襲撃を快く思ってないことが、わずかだが顔に表れていた。

「フィネガンは医務室に行ったほうがよいでしょう。エンブレムは預かって」

ハーマイオニーが先生に従った。

「それでは」

ハリーが瞬きする間に、シェーマスとスプラウト先生の姿は見えなくなった。

「これでこっちは七人か」

ロンが不安そうに言った。背後からはハッフルパフ生の呪文が相変わらず飛んできていた。フレッドがテーブルの影にハリーたちを集めた。

「いまから奴らの防御を突破する。まず、リー、ロン、ジニー、ハーマイオニーはスリザリンをなるべく抑えててくれ。あいつらにエンブレムを取らせるわけにはいかない。俺たちはハッフルパフを蹴散らす。ハリー、君はエンブレムをスニッチだと思って、エンブレムを取ることだけに専念しろ」
「でも―――」
「君のすばしっこさなら、呪いも金盥もかいくぐれるさ」

箒に乗っているのと乗っていないのとでは全然違う。そうハリーは言いたかったが、スリザリン生にかけた妨害の呪いが完全に効果を失い、一斉に呪文を唱えてきた。ハリーたちは仕方なく作戦会議を中断し、交戦体勢に入った。クラムが壁伝いにエンブレムへと向かっている。

「ハリー、早く!!」

ハーマイオニーがテーブルの影に隠れながら叫んだ。ロンがデリックに向かって放った呪文は、盾の呪文で撥ね返された。デリックは金盥をかわしながら余裕顔で言った。

「へっ、効かねえなぁ」
「じゃあ、これならどう?」

ゴンッという鈍い打撃音がした。呪いを跳ね返すための盾の呪文ではジニーが投げたフライパンまでも防ぐことはできず、デリックは流しの向こうに消えた。

「ハリー!! ここは僕たちに任せて早く!!」

ハリーはクラムを振り返った。他のスリザリン生はまだ入り口でロンたちに食い止められていたが、クラムはハッフルパフ生をなぎ倒して、入口とエンブレムとの中間にまでたどり着いていた。ハリーと目があったクラムが、ハリーを手招きした。

「わかった! 行ってくる!」

ハリーは右手に杖、左手にフライパンを持って、厨房の奥へと向かって駆け出した。
フレッドとジョージは、すでにハッフルパフの集団の中に真正面から飛び込んでいた。片側だけに注意を払えば良いよう壁伝いに進んでいたクラムの前にはハッフルパフの上級生が二人立ちはだかり、クラムも苦戦を強いられていた。ハリーは双子に続いた。突然、左前方の焜炉の陰からスーザン・ボーンズが現れた。

「デンソージオ! 歯呪い!」
「プロテゴ! 防げ!」

ハリーの盾の呪文で撥ね返された呪いがスーザンに命中し、スーザンの歯が齧歯類のように長く伸び始めた。スーザンは悲鳴をあげて厨房の奥へと走り去っていった。

「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」

ハリーが右側を振り返ったときには、すでにハッフルパフ生が杖をハリーに向けていた。ハリーはとっさにフライパンで顔を覆った。呪文はフライパンに当たり、フライパンがハリーの左手を離れて宙を舞ったが、右手の杖は無事だった。それでも、バランスを崩して右手を床についたハリーは、次の呪いに対処できる体勢ではなかった。ハッフルパフ生が杖を再びハリーに向けた。

「これで終わりだ! ペトリ―――ッ!!」

呪文を唱え始めたハッフルパフ生を赤い光線が襲った。ハリーは双子の姿を期待して振り返った。
だが、ハリーの予想に反してそこに立っていたのはクラムだった。頬と腕に傷を作っていたが、疲れた様子を微塵も見せずにハリーを引っ張り起こした。相手チームであるはずのクラムに助けられたハリーは困惑した。

「どうして―――」
「シレンシ―――」
「インセン―――」

二人のハッフルパフ生の詠唱が聞こえ、ハリーとクラムは身を翻した。

「タラントアレグラ! 踊れ!」
「インカーセラス! 縛れ!」

ハリーの呪文で踊り始めた五年生を金盥が強打し、クラムが呪文で縛った六年生はまな板の上でくの字形になってもがいた。
ハリーとクラムは互いに背中を任せた状態で一息ついた。

「君とヴぁ一度、直接勝負してみたかった」

クラムが口を開いた。

「助けたのも、勝負がしたかったから。互いに攻撃せずに、どちらが先にエリアエンヴレムを手に入れるか。合図をしたら同時にスタートだ。いいな?」
「どうしてそこまで僕との勝負にこだわるの?」

ハリーは不思議に思って訊ねた。クラムは厨房の入り口のほうを見やって、唸るように答えた。

「君よりヴぉくのほうが―――」
「えっ!?」
「なんでもない。いくよ。三……二……一……」

ハリーとクラムは同時に走り出した。歩幅ではクラムが断然有利だったが、足の回転数ではハリーも負けていなかった。抜きつ抜かれつの激走で、二人はエリアエンブレムまで残り三十メートルにまで迫った。

「ここは通さない!!」

アーニー、ハンナ、スーザン、ジャスティンの四人が、ハリーとクラムの行く手を遮った。スーザンは呪いで伸びきった歯を引きずっていた。

「ステューピ―――」

四人が失神呪文を唱えるより一瞬早く、ハリーとクラムは偶然にも同時に追い払い呪文を叫んだ。ネビルがフリットウィック先生を教室の向こうまで飛ばしてしまったときよりもはるかに凄い衝撃で、四人は暖炉の脇にふっ飛んだ。

残り二十メートル。

ハリーとクラムはラストスパートをかけた。

残り十五メートル。

ハリーの足元の床にハッフルパフ生の呪文が当たり、ハリーはつまづいた。倒れないようにバランスを取って持ち直したが、クラムにリードを許してしまった。ハリーは杖をベルトにしまい、腕を振って全速力でクラムを追った。

残り十メートル。

「行かせるか!!」

右斜め後方から、フレッドが金盥をクラムに向かって打ちつけた。それでもクラムは、向かってくる金盥に構うことなく走り続けた。

残り五メートル。

クラムはまるでバトンパスを受けるかのように、右腕を後方に伸ばした。

その直後、金盥がクラムの右腕を直撃した。一瞬クラムがバランスを崩し、ハリーはクラムの横に並んだ。しかしクラムのスピードは落ちない。金盥を避けてコースを外れるようなことはせず、右腕で金盥をガードしたのだ。ハリーは最後の力を振り絞ってエリアエンブレムに右手を伸ばした。隣でクラムも左手をエリアエンブレムに伸ばす―――

エンブレムが黒い光を放ち、その眩しさにハリーは左手で目を覆った。右手の先に金属が触れた。
ハリーが目を開けると、漆黒に輝く光の粉が厨房全体を渦のように舞っていた。隣では右腕がおかしな方向に曲がったクラムが、暖炉に背を預けて光の舞いを眺めていた。その脇にはグニャリと形が歪んだ金盥が落ちていた。

「ハッフルパフのエリアエンブレム奪取!!」

ハリーとクラムの横に立っていたスプラウト先生が声を張り上げ、ハッフルパフ生がうなだれた。いつの間にか淡い山吹色へと変化していた光の粒は銀河系を思わせるように渦巻いていたが、その一部が中心に集まって黒い球を作ったかと思うと、すべてを飲み込むブラックホールのように周囲の黄色い光を吸い込み、その球自体も最後には圧縮されるようにして消滅した。

「スリザリン・ダームストラングチームに百五十点!!」

届かなかった。
責任を果たせなかった。
ハリーは床に拳を打ちつけた。そして石畳のひんやりとした冷たさが体の火照りを冷ますのに、ただただ身を任せた。

「クラム、医務室に行かなくては!」

スプラウト先生がクラムを呼びとめる声が聞こえる。

「ちょっとだけ待ってください」

クラムが肩を叩くのを感じて、ハリーは顔を上げた。

「君もヴぉくも、力量ヴぁほとんど同じだった」

ハリーはうつ向いて首を横に振った。クラムは何を言いに来たんだ!?

「いや、同じだった。最後の最後で体格差が出ただけだった」

クラムは後ろを確認した。フレッドとジョージが、少しでもおかしな素振りをしたら容赦しないぞとばかりに、クラムに杖を向けていた。

「ヴぉくは医務室に行かなけれヴぁならないが、味方にヴぁエンヴレムを預けられそうにない。君が預かっていてくれないか? 後で取り返しに来るから、それまで誰にも取られないでくれよ」

そう言うとクラムはハリーの返事も聞かずに、緑に輝くエンブレムをハリーのローブにつけた。

「それでは、医務室に行きますよ」

スプラウト先生がクラムに合図をした。クラムは双子の肩越しに、入り口に目を遣った。すでにスリザリンチームは退却しており、グリフィンドールチームが暖炉のほうに向かって来ていた。ハリーを心配して駆けつけるハーマイオニーを見て、クラムは苦笑いした。

ポートキーによってスプラウト先生とクラムの姿は消え、フレッドとジョージがハリーを抱き起こした。

「君はよくやったよ、ハリー」

ハリーの胸元で、ビクトール・クラムの文字が浮かびあがっている。ハリーはなんと答えればよいかわからなかった。ただ、いつまでもうなだれている姿をロンたちに見せたくはなかった。

「ハリー、怪我はないか?」
「あぁ、大丈夫」

ハリーは駆けつけてきたロンに短く答えた。ハーマイオニーは不安そうにハリーの顔色を窺っている。ハリーは中途半端に励ましの言葉かけられたくもなかったが、あまり気を遣われるのも嬉しくはなかった。

「スリザリンはどうして退却したんだ?」

そんなハリーの気持ちを察してか、ジョージが話題を変えた。

「それは―――」
「おーい!! みんな無事か?」

リーの言葉を遮って、ディーンの大声が厨房に響いた。ハリーが振り返ると、ディーンを始め、ネビル、ケイティ、アリシアが入り口から厨房に入ってきた。

「あいつらが来たから、スリザリンの連中は挟みうちされる前に逃げたんだ。一人が見張りで外に立ってたらしい」

リーがジョージに向かって言った。

破裂音が二回聞こえ、突然セドリックがハリーたちの前に現れた。セドリックは状況を?みこむのにしばしの時間を要した。うなだれるハッフルパフ生を見渡し、そしてエリアエンブレムがなくなっていることに気づいて、ようやく事態を把握したようだった。

「君たちが―――」
「いや、クラムだ」

ハリーが答えた。

「そうか……僕たちはここでリタイアだ。僕たちの分まで頑張ってくれよ。僕はみんなの様子を見てくるから、これで」
「わかった。ありがとう」

セドリックはハリーたちに笑みを見せると、暖炉の側でのびているアーニーたちのもとへ向かった。入れ替わりにディーンたちがやって来た。

「どうなったんだ? さっきスリザリンの連中が厨房から逃げていってたけど……」
「エリアエンブレムはスリザリンに取られた」

フレッドが答えるとディーンたちの顔色が曇った。

「シェーマスは??」

シェーマスがいないことに気づいたネビルが、不安そうに訊いた。

「シェーマスは医務室に行ったの。でも、誰もノーマルエンブレムは奪われてないわ」

ハーマイオニーが少しでも明るい話題を出そうとしたが、あまり効果はなかった。ハリーの胸に輝くクラムのエンブレムに気づいたケイティが明るく言った。

「けど、クラムのエンブレムは奪い取ったんだね? すごいよ、ハリー」
「いや、これはもらったんだ……」
「えっ? ―――あぁ……そうなの……」

グリフィンドール生は悲痛な面持ちで黙りこんだ。その沈み具合といったら、周りのハッフルパフ生といい勝負だ。

「おい、どうしてみんな痔に苦しんでるときみたいな面してやがる?」

沈黙を破ったのはフレッドだった。ロンも、ハリーでさえも、思わず吹き出した。ロンがフレッドに向かって言った。

「痔なんてなったことないからわからないよ」
「幸せなやつだ」
「えっ!? フレッドってもしかして痔なの!?」

アリシアがすかさず突っ込みを入れ、必死で否定するフレッドにみんな笑った。

「ともかくだ。レイブンクローとスリザリンのエリアエンブレムを奪えば十分逆転できる」

その言葉を聞いて、ハリーの気分は少し軽くなった。

クゥ~

緊張が解けたせいか、突然ハリーのお腹が鳴った。

「そういえば、厨房に食べ物を貰いに来たんだった……」
「でも、しもべ妖精がいないんじゃあ―――」

辺りを見回すロンに、ネビルが答えた。

「昼食なら、妖精がエリアに運んでくれたよ」
「えっ!?」

よく見ると、厨房の中にも食べかけのオムライスなど、ハッフルパフ生のための昼食が届いていたことにハリーは気づいた。

「よし、決まりだ」

ジョージが声を張り上げた。

「まずはエリアに戻って腹ごしらえだ」


グリフィンドールの一行は厨房をあとにした。玄関ホールへの階段を上りはじめたとき、ロンが言った。

「昼食は何かな? 僕、もうペコペコ」
「何でもいいよ」

ハリーは、さっき厨房で見た食べかけのオムライスを思い出しながら答えた。

「途中で邪魔が入りさえしなければね」



【あとがき&裏話】

PV数4万突破、ありがとうございます!!


ついにハッフルパフのエリアの位置が判明した章でした。

ドビーの台詞から、厨房がエリアになっている可能性を考えていた人もいるでしょうか?

穴熊が寮シンボルのハッフルパフらしいエリアの場所となっていました。

残るエリアはレイブンクローとスリザリン。

すでに伏線は置いているので、推理して楽しんでくださいね。


またこの章は、包丁や金盥が飛び、フライパンを盾にするシュールさが好きですね。

その場にある物を活かす戦闘というのは考えていて面白いです。

ちなみに盾の呪文を展開するデリックに対してジニーがフライパンを投げつけるシーンは、RAVEのジーク対ハジャ戦を意識しています。


ハリーとクラムとの勝負に関しては、金盥とエンブレムをそれぞれブラッジャーとスニッチに見立て、シーカーでもある二人の勝負を描きたかったわけです。

事実上の引き分けにしようとした結果、このようになりました。



[10109] 第20章 エンプティ・エッグ -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:fe835bb1
Date: 2009/09/25 21:39
【第20章 エンプティ・エッグ Empty Egg その1】


「ノーバート、とか?」

ロンが何気なく言ったその一言に、ハリーとハーマイオニーはギクリとした。

「やめてよ、ロン!! そんなこと、冗談でも言うもんじゃないわ!! いくらハグリッドでもそんな危険なこと……ねぇ、ハリー?」
「アー、ウン。ハーマイオニーの言う通りだよ」

ハリーは内心、ハグリッドがこの争奪戦のために、三年前に孵化させたノルウェー・リッジバック種のドラゴン、ノーバートを連れ戻しているのではないかと不安になった。ハグリッドがこの一週間ほど不在だったのは、ノーバートを連れ戻すためにホグワーツから離れていたからかもしれない。

「ハグリッドならやりかねないよ。ハリーが見たっていう、窓に映る巨大な影はきっと―――」
「まだその巨大な影が、ドラゴンだって決まったわけじゃないでしょ?」

ロンとハーマイオニーがこれから待ち受ける試練に思いを巡らせ、ハリーの隣で意見をぶつけ合わせている。三人はマグル学教室へと続く廊下を歩いていた。

昼食を取りに戻ったグリフィンドールのエリアでは、占い学教室で鬼婆に襲われたとか(ロンはトレローニーを鬼婆と見間違えたんじゃないかと笑ったが、ハーマイオニーはまね妖怪の仕業だと断言した)、普段はおとなしいペットのふくろうがいつになく興奮していたなど(ハリーは「ふくろうフーズ」をあげることを勧めてあげた)、他のグリフィンドール生から聞けたのはたわいもない話ばかりで、有益な情報を得ることはできなかった。ハリーはオムライスを食べるのは遠慮してフィッシュ&チップスに手をつけると、ロンとハーマイオニーに相談し、セドリックが教えてくれたマグル学教室に行くことに決めた。エンブレムがそこにあるのは間違いないだろう。

「着いたよ。マグル学教室だ」

ハリーはマグル学教室を通り過ぎそうになったロンとハーマイオニーを引き止めた。ハーマイオニーは「一週間で三倍も成長したのよ!!」と叫んだところだった。

「あぁ、そうね。ちょっと熱くなっちゃって」

ハリーとロンはマグル学の授業を受けたことはなかったが、ハーマイオニーは去年一年間この教室に、逆転時計を使ってまで通い続けていた。ハリーよりも教室の場所には詳しいはずなのだ。

「準備はいい? 行くよ!」

ロンがゴクリと唾を飲み込む音を耳元で聞きながら、ハリーはゆっくりと扉を押し開いた。その間もハリーは教室の中から目を反らさず、いつでも杖を引き抜けるようにした。セドリックが手にすることが出来なかったエンブレムだ。いつ何が飛び出してくるかわからない。
扉が大きな音を立てて軋み、三人は体を強張らせた。中で何かが待ち受けているなら、今の音を聞いたに違いない。ならばコソコソしていても無駄だ。後ろに控える二人がしっかりと杖を握り締めたのをいま一度確認するとハリーは扉を勢いよく開いて、自らもすぐさま杖を引き抜いた。だが、何かが襲ってくる気配もなければ、薄暗い教室の中を何かが動く影すらもなかった。窓という窓はカーテンが閉めきられ、暗赤色のスカーフで覆われたランプが整然と並べられた机の上に置かれている。

ロンとハーマイオニーが顔をしかめた。ハリーと同じことを考えているようだ。この独特な雰囲気は間違えようがない。息苦しいほどの熱気と咽返るような濃厚な香りがない分だけ、いくらかマシだといえるだろう。この教室に暖炉がなくてよかったと、ハリーは心からそう思った。

「ようこそ」

暗がりの中から突然声がした。あの聞き覚えのある、霧のかなたから聞こえるようなか細い声が。

「あなたがたが来ることは、『見えて』いましたわ」

トレローニー先生が薄暗がりの中から芝居がかった登場をした。ガリガリに痩せたトレローニー先生は、いつものようにスパンコールでキラキラと輝くショールを何重にも巻きつけており、首や腕にはビーズ玉や腕輪をジャラつかせ、大きなメガネが先生の目を何倍にも拡大させている。まさしく、キラキラした昆虫だ。

「北塔から降りて参りますと『心眼』が曇ってしまうので本来なら意に反することなのですが、水晶玉にあたくしがマグル学教室で立会人をする姿が見えましたの。運命があたくしを促しているのを、拒むことができまして?」

ロンもハーマイオニーもウンザリした表情だ。トレローニー先生は占い学教室にまね妖怪がいるのを知っているのだろうか。「心眼」で見えているのならば、ここで悠長に立会人をしてはいないだろうなとハリーは思った。また悲惨な予言を聞かされないうちに課題に取り掛かろうと振り返ったハリーの目に、巨大な石盤のようなものが飛び込んできた。教室の前方にあるその横長の物体は、高さも相当のもので、ロン三人分の高さよりも高いようだった。表面には凹凸のようなものが見える。

「お気づきになって?」

トレローニー先生が石盤に向かって歩き始めた。

「エンブレムを手に入れるためには、この石盤の謎を解かなければなりませんの」
「これは先生が用意した課題ですか?」

石盤をもっとよく見ようと近づきながら、ハリーは訊ねた。これが占い学に関する課題ならば、ハリーたち三人には手の出しようがない。

「いいえ、あたくし、このような俗世の娯楽に興じるようなことはしませんわ。この課題は二人の先生の合作だそうですの。一人はマグル学のバベッジ先生。そして、もう一人は―――いえ、これを言っては面白くありませんわね」

ハリーたちは石盤の側までやってきた。石盤を見上げたロンは困惑した顔だ。

「盛り上がっている部分に文字が彫ってあるみたいだ。一番上の列は数字が並んでる。その次の列は左から、えーっと、Q、W、E、R、T、Y―――」
「キーボードだわ!!」

ハーマイオニーがパチンと手を叩いた。ハリーもダドリーの部屋で同じ並びを見たことがある。これはキーボードの配列だ。いくつかのキーは除かれているようだが、Shiftキーや、右端にはEnterキーも見える。

「キーボードって何?」

ロンがますます困惑して言った。

「マグルは、コンピュータという電気で動く計算機を使うんだけど、そのコンピュータに信号を入力するための装置よ」

ハーマイオニーの答えにロンは腕組みをした。

「うーん、よくわからないけど、その鍵盤とかなんとかいうのを使って何をしたらいいんだ?」
「ここを見て!!」

ハリーはSpaceキーの下を指差した。

「何か文字が彫ってある」

石盤に近寄ったハーマイオニーが、指でなぞりながらその文字を読んだ。その不可解な言葉はまるで呪文のようにハリーには聞こえた。

「『Key in an empty egg.』」
「『Key in an empty egg.』? 空っぽの中にある鍵?? なぞなぞはニガテだよ・・・…」
「違うわよ、ロン」

何が違うのかキョトンとするロンに、ハーマイオニーが続けた。

「『Key』は名詞じゃないの。『Key in』で『入力する』という意味よ。石盤がキーボードをかたどっていることからしても間違いないわ。問題は何を入力するのかってことだけれど―――」
「『an empty egg』をそのまま入力するのは安易すぎると思う。この変わった表現に何か意味があるんじゃないかな?」
「そうね、ハリー。『an empty egg』が何のことを指しているのか考えないと」
「僕、わかったかもしれない」

両手を卵型に合わせて考え込んでいたロンが顔を上げた。

「『an empty egg』は『空っぽの卵』。卵の中身を抜いて残るのは、殻だよ。『shell』だ」
「入力してみよう」

ハリーはさっそく「s」のキーへ向かった。頭の高さにあるsキーに手をかけたハリーは、肌触りの良いすべすべのその石を、轟音とともに力いっぱい押し込んだ。

「見て!」

ハーマイオニーの指差すほうを追って、ハリーは頭上を見上げた。石盤のてっぺんに青白い「s」の文字がぽうっと浮かんだ。

「次は『h』だ。右側は任せて」

ロンが「h」キーを押し込むと、「s」の文字の隣に「h」の文字が儚げに現れた。ハリーは「x」キーに足をかけると、今度は「s」キーの右上の「e」キーを押し込んだ。石盤のてっぺんに「she」の文字がふわふわと浮かんでいる。

「えーっと、『l』は・・・」
「右よ、ロン。そこ」

キーボードの配置に馴染みのないロンを、ハーマイオニーが誘導した。「l」キーにたどり着いたロンは、そのでっぱりに力をかけた。轟音を立て、「l」キーは石盤に沈んだ。「l」の文字が「she」に続いて石盤のてっぺんにスーッと出てきた。「shell」の文字が完成間近で、ハーマイオニーは興奮してきたようだ。

「最後にもう一回「l」よ、ロン」
「ダメだ。無理だよ」

ロンはうなだれて振り向いた。ハーマイオニーが眉をひそめた。

「無理って……どういうこと?」

ハリーはハッとして石盤を振り返った。ロンの言うとおりだ。
ロンは石盤から離れ、近くのイスにドカッと座り込んだ。

「この答は間違ってる。もう一度ふりだしからだ」
「あっ!」

ハーマイオニーもほどなく気がついた。

打ち込んだ四つのキーは三人を非難するわけでも挑発するわけでもなく、ただ静かに石盤に沈みこんでいた。

「同じ文字は二度は使えない……当然、『an empty egg』も無理だ」
「お困りのようですわね?」

トレローニー先生は顔を上げず、慣れた手つきでカードを切りながら続けた。

「先ほどの“ハートのエース”も、同じところでつまづきましたわ」

ハートのエース。セドリックのことだろうか?

「目に見えるものだけを信じていてはいけませんわ。目に見えない神秘的なものがあるのです。それがこの答ですの」
「『わかりやすいヒントをくださってありがとうございます』、だわ!」

ハーマイオニーは小声で毒づくと、監督生の風呂場のときと同様に問題の言葉を杖で空中に描いた。ハーマイオニーにとっては、自分の手で書いて、目に見える形で論理的に整理するほうが得意なようだ。

「『egg』から連想できる物ってなんだ?」

隣に腰掛けたハリーに、ロンが尋ねた。

「『empty』は文字通りつかみどころがないからな。『egg』からイメージを膨らませるほうが答えに近づけると思うんだ。例えば、イースターエッグとか、エッグノッグとか―――」
「コロンブスの卵、なんていうのもアリかな」

蛙チョコレートのカードにマグルの誰もが知っているコロンブスの名前を見つけたときは、ハリーはとても驚いた。彼が魔法使いだったというのなら、もちろん卵を割らずに立てることもできたはずだ。

「卵が象徴するようなものはどうだろう? 卵は生命の象徴だからこそイースターエッグの習慣が生まれたわけだし」
「他にも卵のイメージって、丸いとか割れやすいとか……」
「『ハンプティ・ダンプティ』ね」

アナグラムの可能性を考慮して杖で文字を並べ替えていたハーマイオニーが、ロンの言葉に反応した。

「ハーマイオニー、君が目を開けながら寝言を言える特技を持ってたなんて、僕ビックリだ」
「寝言じゃなくて、『ハンプティ・ダンプティ』って言ったの」
「何だよ、それ?」

子どもの頃から魔法界の童謡で育ったロンが知らないのも無理はない。

「『ハンプティ・ダンプティ』っていうのはね、イギリスのマグルの子どもなら誰でも知ってる『マザーグース』という童謡に出てくるなぞなぞなの」

ハーマイオニーは、大きくはないがよく通る声で唄いだした。


Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.

ハンプティ・ダンプティが 塀の上
ハンプティ・ダンプティが おっこちた
王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも
ハンプティを元には 戻せない         


ハーマイオニーのように空で唄うことはできないが、ハリーにも聞き覚えのある詩だ。もちろん、バーノンおじさんやペチュニアおばさんが読んでくれるはずもなく、フィッグばあさんに読み聞かせてもらって知ったのだった。

「この『ハンプティ・ダンプティ』が卵であると詩の中で明言されてるわけではないのだけれど、広く認識されている答よ。ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』には、卵を擬人化したキャラクター『ハンプティ・ダンプティ』が描かれているわ」
「卵の形をした人間かぁ……」

ロンは先ほどと同じように、両手で卵の形を作った。それを見てハリーは閃いた。



【宣伝】

今回は謎解き第二弾です。
オリジナルゲーム「キラVS警察」の動画を作成していたため更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

動画のほうはこちら
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8266478

mixiで行っている大多数対人型の心理戦で、十月十日に予定している第十回大会の参加者も募集しています。

これをもとにDEATH NOTEの二次創作を書くこともあるかもしれません。






[10109] 第20章 エンプティ・エッグ -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/09/25 21:38
【第20章 エンプティ・エッグ Empty Egg その2】


「それだよ、ロン! それでよかったんだ!」
「何のこと?」

ロンは呆気にとられていた。興奮したハリーは、ロンの困惑顔も気にせずにもう一度石盤のキーを見て確信した。

「『egg』の意味は、何も『卵』だけじゃない。ここでは『卵形のもの』なんだ。アルファベットの中で卵型なのは? そう、『o』さ!」

しかし、ハリーの予想に反してロンの反応は薄かった。

「『egg』が『卵形の物』という意味なのは納得したけど、数字の『0』も同じ形だし、『empty』の意味が説明できてないよ。『o』より『c』のほうが、殻が割れて中身がからっぽになった卵って感じだし」
「わかったわ!!」

その声にハリーとロンが振り返ると、ハーマイオニーが目を輝かせていた。

「わかったのよ、『empty』の意味が! このなぞなぞの答も、それにこの課題のもう一人の出題者もね」

トレローニー先生がカードを並べる手をピタリと止め、静かに顔を上げた。
先生の視線には気づかずに、ハーマイオニーが話し始めた。

「まず、『egg』はハリーが言ったとおり、『卵形のもの』でいいの。ただ、それだけじゃロンが言ったとおり、アルファベットの『o』だったり数字の『0』だったり、いろいろ可能性があるでしょ? その中から一つに特定するために、『empty』があるの」
「もったいぶらずに早く教えろよ、ハーマイオニー」
「ロン、あなたは普段からもっと順序立てて説明するクセをつけたほうがいいわよ」

ハーマイオニーはそこで一息ついた。

「この問題を解くには、英語以外にもうひとつ重要な言語があるの。アラビア語よ」
「君がアラビア語まで堪能だったなんて、初耳だよ!」

尊敬の眼差しを向けるハリーに対して、ハーマイオニーは頭を振った。

「まさか、ハリー!! 堪能だなんて、そんなわけないでしょ。英語の『empty』に対応するアラビア語を授業で聞いたのよ。ベクトル先生の数占いの授業でね」
「じゃあ、答えは―――」
「そう、“アラビア数字”の『0』よ」
「よし、打ち込んでみよう!」

ロンがさっそく石盤に駆け出したが、ハリーはハーマイオニーを振り返った。

「ロンは行っちゃったけど、肝心な部分の説明がまだ残ってるよね。『empty』はアラビア語でなんて言うの?」
「『0』はアラビア語では『sifr』、『空のもの』って呼ばれてるの。英語の『zero』はここからきてるのよ」
「そう、神秘的な数ですわ」

ハリーもハーマイオニーも、背後からの声に驚いて振り返った。トレローニー先生がいることをすっかり忘れていたのだ。

「すでにエジプトやマヤの古代文明の時代から、『0』は発明されていたそうですの。その後、インドにおいて本格的に『0』の概念が発達して、数学を初めとしたさまざまな学問が発展したことはご存知でしょう? 占い学も例外ではありませんわ」

ハリーはそこでハッと気づいた。トレローニー先生は、わかりやすいかはともかく、答について的を射たヒントを出していたのだ。

『目に見えるものだけを信じていてはいけませんわ。目に見えない神秘的なものがあるのです。それがこの答ですの』

たしかに、『0』は目に見えないものであり、それを概念としてまるで見えるかのように扱うことで新しいものが見えてくる、不思議なものだ。
トレローニー先生は、テーブルの上に並べたカードの中の一枚をめくった。そこには犬を連れた旅人の姿が描かれていた。

「タロットカードにおいて、『0』にあたるのはこの『愚者』、『Fool』ですわ。このカードは―――」
「ハリー!! ハーマイオニー!! こっちに来て!!」

ロンが『shel』の文字を消せずに困っていた。

「えっと……すみません、先生。お話は後で」
「えぇ、そうですわ。私には充分に時間がありますとも」

トレローニー先生が少し不機嫌そうな顔をしたが、二人はロンのもとに駆け寄った。

「文字を消すには、右上のBack Spaceキーを押せばいいわ。Enterキーの上よ」
「あぁ、アレか! ハリー、『0』キーのほうは任せるよ」

ロンがロッククライミングの要領でスルスルと石盤をよじ登り、Back Spaceキーにたどり着いた。今度は押し込まずともキーに手をかざすだけで、『l』の文字が消えた。ハリーも『0』キーに向かって石盤をよじ登り始めた。頭上で『e』が、続いて『h』、『s』が消えた。ゴゴゴゴという音を耳元で聞きながら、ハリーは『0』キーを押し込んだ。ほの白い数字の『0』が、石盤からふんわりと現れた。
固唾を呑んで石板を見守る三人を、静寂が包んだ。何も起こらない。

「これもダメなのか?」

ロンがEnterキーの上部にかけていた右手を下ろした。その途端、右手をかざしたEnterキーがぽうっと青白く光った。

「そうよ、Enterキーよ!! ロン、それを押し込んで!」
「どこに“入る”んだ?」
「『enter』にも『key in』と一緒で『入力する』という意味があるのよ。主に何かを確定するために使われるキーよ。さぁ、押し込んで!」

ロンが弱い明滅を繰り返すEnterキーを、轟音とともに押し込んだ。
石盤のすべてのキーが明るく光り始めた。ハリーとロンが急いで石盤から下りると、ほの白い光を放って浮かんでいた『0』が、ゆっくりと石盤の中央まで降りてきて明るさを増した。その光が一瞬にして輪の中央に収束したかと思うと、何もなかった空間に七色に輝くエンブレムが現れた。

「さぁ、ロン。あなたが取って」

ハーマイオニーがロンを促した。

「ちょっと待って」

ロンは納得いかない様子だ。

「たしかに僕はEnterキーを押したかもしれないけど、答を出したのはハーマイオニーだ。それにハリーは『egg』の意味に気づいたし―――」
「それもこれも、きっかけはロンだよ」

ハリーは両手を卵型に合わせてウインクした。ロンはそれを見てニヤッと笑った。

「それじゃ、遠慮なくいかせてもらうよ」

ロンはふわふわと宙を漂うボーナスエンブレムに手を伸ばした。ロンのすらっとした長い指が触れると、エンブレムは赤い光となってゆっくりと再び『0』を形作った。

「これだけ?」

ロンが意気消沈した途端、赤い『0』はシュルシュルと回り始め、まるでねずみ花火のように赤い火花を激しく撒き散らしながら教室中を飛び回った。さんざん暴れ回った赤い光は、最後に石盤の中央部にたどり着くと、輪っかと火花を最大限に広げながら大回転をして、教室中を真っ赤に染め上げながら燃え尽きた。

「イカしてるね。フィリバスターにも負けてないよ!」

ロンは特大のねずみ花火にすっかり満足していた。

「さぁ、行こうか」

ハリーが合図し、三人は出口へと足を向けた。

「お待ちなさい」

トレローニー先生がハリーたちを呼び止めた。ロンは構わず行こうとしたが、ハリーは立ち止った。さっき先生の話を最後まで聞かなかったのは少し失礼だったと思っていたし、ヒントのこともあったからだ。ハーマイオニーも先生のヒントが好意的なものであったと気づいていたようで、渋々ながらも先生のほうに向き直った。二人が振り返ったのを見て、ロンも立ち止まらざるを得なかったようだ。

「なんでしょうか、先生?」

ハリーはなるべく失礼に聞こえないように注意して言った。

「こちらへおかけなさい」

トレローニー先生は目の前のイスを指差した。三人は目配せをしたが、特に害があるわけでもなさそうなので先生の言葉に従った。テーブルには先ほどの『愚者』のカードの他に、二十一枚のタロットカードが裏返しにされて並んでいた。

「まずは、おめでとうですわね。グリフィンドールに七十点」

こんなときでも、トレローニー先生の声は霞みがかった声だ。その場を盛り上げるような演出をするのは、悲惨な占いを述べるときだけのようだ。そしてまた、その演出はいままで例外なくハリーを盛り下げてもいた。

「それから、少し変則的なやり方ではありますが、簡単にあなたたちの争奪戦の今後の運勢を占ってあげましょう。一人ずつ、そこに並んだカードを選びなさい」

ハリーはハーマイオニーと目が合った。明らかに乗り気ではないが、先生の言う通りにしてくだらないことはさっさと終わらせたい、というハーマイオニーの考えが見て取れた。

「じゃあ、これ」

ハーマイオニーは特に迷いもせず、一番自分から近いカードをめくった。
カードには雷に打たれて崩れる塔が描かれていた。

「『Tower』、『塔』ね。予期しないことが起こることや、パニック状態などを示唆するものですの。それから、一言だけ。『下りたいときほど上がりなさい』」
「下りたいときほど上がる?」

ハーマイオニーは呆れているのが表情に出ないよう、真剣に思案している表情を必死に作っているようだったが、ハリーにはバレバレだった。それでもトレローニー先生は気づかぬ様子で続けた。

「えぇ、そのときが来ればわかりますわ。次は、あなた」

トレローニー先生に指差されたロンは、さんざん迷った挙句、左前方のカードをめくった。
今度は縄で逆さ吊りにされた男が描かれていた。

「何これ?」

ロンが気味悪そうに顔を歪めた。

「『Hanged Man』、『吊るし人』ですわ。犠牲を強いられる、献身的に尽くすなどの意味がありますの。あなたはこれから闇に呑み込まれることとなりますが、友を光へ導くでしょう」
「この占いの結果って、喜んでいいんですか?」

ロンが不安げに訊ねたが、トレローニー先生はロンを一瞥しただけでハリーのほうに向き直った。

「次はあなたよ」

ハリーは磁力のようなもので引き寄せられるかのように、正面のカードに手を伸ばした。カードをめくると黒いローブのようなものが描かれていた。ハリーは見やすいようにカードの向きを変えた。
そこには鎌を持った死神が描かれていた。

「このカードは『Death』、つまり『死神』で、意味では―――」

バンッとテーブルを叩いて、ハーマイオニーが勢いよく立ち上がった。

「もう充分だわ!! グリムの次は死神!? ハリーの気持ちも考えたらどうなの!! 行きましょう、ハリー、ロン!」

ハーマイオニーはハリーの腕を掴むと、早足で出口に向かった。ロンも急いで二人のあとを追った。

「気持ちはわかるけど、落ち着けよ、ハーマイオニー。いつものことだろ?」
「わたしは落ち着いてます! あんないんちきばばぁの話を聞く暇があったら、早くエリアに戻って報告したほうがいいわ」

三人は振り返りもせず廊下に出た。ハリーは扉が閉まる前に、背後で静かにカードをきる音が聞こえたような気がした。



【あとがき&裏話】

この章は、なぞなぞ第二段でした。

イースターを題材にした作品なのでなるべく卵に絡めた表現やエピソードを入れたい、と考えている最中に閃いたなぞなぞです。

マグル学・数占い学のコラボも実現しましたし、キーボード型の石盤も「賢者の石」の魔法のチェス盤のようにこの世界観に馴染んでくれそうな気がして、わくわくしながら解答までの行き詰まりやヒントを組み立てました。

また、占い繋がりでトレローニー先生も出しています。
この章を書きだした時点では、ただ立ち会い人として登場するだけの予定でしたが、急に話が次々と思いついてタロットのエピソードまで追加することになりました。



[10109] 第21章 鷲の高巣 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/10/02 13:43
【第21章 鷲の高巣 Eagles' Aerie その2】


「そわそわするのはやめて、ロン」

何度も立ち止まっては、廊下の先の闇に目を凝らす神経質なロンを見かねて、ハーマイオニーが言った。

「あなたは“決して”闇に呑み込まれたりしません!!」
「別に、トレローニーの予言を気にしてるわけじゃないよ」
「えぇ、そうでしょうとも」

ハーマイオニーはにべもなく答えた。

「ハリー、あなたは大丈夫よね」
「まぁね。もう馴れっこだよ」

そう答えながらも、ハリーは先ほどの予言のことを考えていた。予言をするときのトレローニー先生の雰囲気が、なぜか、いつもと違うように感じたからだ。

「着いたわ。必要の部屋よ」

「カドガン卿」の絵の中では、愛馬のポニーや招待された僧侶、歴代のホグワーツ校長とともに、カドガン卿が杯を交わしていた。

「見張り番が聞いてあきれるよな。エッグヘッド 知ったか」

ロンが合言葉を唱えると、一見何の変哲もない石壁に必要の部屋の扉が現れて、中からリー・ジョーダンが顔を出した。

「おかえり。何か収穫はあっ―――」

ロンと目が合った途端、リーの表情が硬くなった。

「ロン、君のふくろうが大変なことになってるんだ」
「ピッグが!?」

ロンのペットのふくろう「ピッグウィジョン」は、去年度の末にシリウスからプレゼントされた豆ふくろうだ。部屋の奥に駆け出そうとしたロンを、リーが引き留めた。

「ピッグじゃない。エロールだよ。君の家のふくろうだろ?」

それを聞いて、ロンはホッとしたようだ。

「エロールの調子が悪いのは、いつものことだよ。そりゃあ、もうかなりの年だから心配だけどさ」
「それが、ピクリとも動かないんだよ。かすかに息はしてるみたいなんだけど……。フレッドとジョージも本気で心配してるし、ジニーなんて泣き出しそうなんだ」

ロンの顔色が変わった。ハリーとハーマイオニーは目を見合わせた。二人とも、ロンの家の老いぼれふくろうエロールのことは知っている。確かにいつも具合が悪そうにしているが、どうやら今回は只事ではないらしい。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人とリーは、急いで部屋の奥に向かった。

「エロール!!」

ロンが叫んだが、エロールの姿は見当たらなかった。フレッドがロンに近づいてきた。そのむこうではジョージが、目を真っ赤にしたジニーを落ち着かせている。

「エロールならついさっき、マクゴナガル先生がグラブリー-プランク先生のもとにポートキーで運んでくれたよ。いまはマクゴナガル先生の報告待ちだ」
「ウィーズリー!!」

部屋の入り口のほうから、マクゴナガル先生が駆け寄ってきた。

「マクゴナガル先生!! グラブリー-プランク先生はなんて?」
「あぁ、ロナルド・ウィーズリーも帰ってきていたのですね。四人とも安心しなさい。あなたたちのふくろうは、命に別状はありません」

それを聞いて緊張の糸が切れたのか、それまでなんとか涙をこらえていたジニーが嗚咽を漏らした。ジニーの背中をさすりながら、ジョージがマクゴナガル先生に訊ねた。

「やっぱり、寿命ですか?」
「いいえ、ストレスからくる過労だそうです」

ハリーはハッとした。
今朝の朝食の大広間で不機嫌だったヘドウィグ。
さっき相談を受けた、普段はおとなしいのに今日に限って興奮していたというペットのふくろう。
そして、ストレスからくる過労で倒れたエロール。

「ふくろう小屋だ!!」
「えっ!?」

ウィーズリー兄弟とハーマイオニー、そしてリーが、ハリーを振り返った。

「エロールのストレスの原因だよ。いや、エロールだけじゃない。僕のヘドウィグも、他のふくろうも、今日は普段と様子が違った。争奪戦でふくろう小屋が使われているんだ。ふくろう小屋にエンブレムがあるに違いない」

何事かと集まってきたグリフィンドール生に、ハリーは自分の考えを説明した。ハリーが話し終えると、アンジェリーナが口を開いた。

「ハリー、君の言うことは筋が通っているし、十分にその可能性があると思う。ただ―――」
「俺は行くぜ」

フレッドがアンジェリーナの肩をポンと叩いた。

「確証がないから、まずは偵察を、だろ?」
「ハリーたち四年生と俺たちで行ってくるさ」

ジョージとリーも立ち上がった。 アリシアと、ハリーが名前の知らないもう一人の六年生は、双子たちと入れ替わりでいまはエリアの外へ出かけていた。

「私も行く!」

涙をぬぐって立ち上がろうとするジニーを、ジョージが手で制止した。

「ジニー、おまえはエロールを看に行ってやれ。まだ心配なんだろ?」
「そんなこと―――」

言いかけてジニーは俯き、コクンと頷いてジョージに素直に従った。

「俺たちの分までよろしくな」

ジョージがジニーの頭をクシャクシャッと撫でた。

「僕たちも、ここでシェーマスが帰ってくるのを待つよ」

ハッフルパフのエリアで呪文に倒れて医務室で治療を受けているシェーマスを、ネビルとディーンはエリアで迎えてあげることにした。二人までハリーたちと偵察に行ってしまったら、帰ってきたシェーマスが一人ぼっちになってしまう。ハリーは、医務室から帰ってきたときにロンとハーマイオニーが出迎えてくれたことを、心の中で改めて感謝した。

「そしたら、俺、ジョージ、リー、ロン、ハーマイオニー、ハリーの六人だな。ふくろう小屋が、スリザリンかレイブンクローのエリアって可能性もある。多くも少なくもない、ちょうどいい人数ってとこか」

さっそく先頭を切って出口に向かう双子に、アンジェリーナが声をかけた。

「無茶はするなよ。もしも、ふくろう小屋が他の寮のエリアだったら、応援を呼んでくれればいい」
「大丈夫。スリザリンもレイブンクローも、攻撃に人数をかけてるのがわかってるからな」
「もしもエリアだったとしても、きっと手薄だって」

アンジェリーナの言葉に楽観的に応えながら、フレッドとジョージが廊下に出て行き、ハリーたちもそれに続いた。



ふくろう小屋は、西塔のてっぺんにある。去年、シリウスを助けるために、ハリーとハーマイオニーがバックビークに乗って向かったフリットウィック先生の事務所があるのも西塔だ。ふくろう小屋へ行くには、一度円形の広い吹き抜けへと出て、さらに塔の外周をぐるりと囲む形で備え付けられた螺旋階段を上っていかなければならない。
ハリーたちが吹き抜けに出ると、太陽は湖へと沈みかけており、黄金色に染まった水面がキラキラと眩しく輝いていた。

そのときだ。

ハリーの足元から数センチも離れていない床に、赤い光線が直撃した。六人がハッと見上げると、ふくろう小屋のガラスが嵌められていない小窓から、杖先が覗いていた。吹き抜け部分は螺旋階段の死角となっておらず、身を隠す屋根の類もないので、ハリーたちはふくろう小屋にいる生徒から丸見えになっていたのだ。他の小窓からも何本も杖が現れ、ハリーたちはいまにも集中攻撃されようとしていた。

「こっちだ!!」

リーが叫び、六人は階段を駆け上がって、ふくろう小屋からの死角に滑り込んだ。さっきまでハリーたちがいた場所に、無数の赤い光線の雨が降り注いだ。

「どうやら、アタリみたいだな」

ロンが目を輝かせた。

「いままでの他の寮生の目撃情報からして、レイブンクローのエリアか?」

ロンの言葉を聞いて、ハリーはルーナが自分との別れ際に階段を上って行ったことを思い出した。それにレイブンクロー塔はホグワーツ城の西側にあるらしいということも、噂で聞いたことがあった。ふくろう小屋はレイブンクローのエリアである可能性が高い。

「それなら、スリザリンに追いつくチャンス―――」
「まずいわね」

螺旋階段と西塔内部とを繋ぐ吹き抜けに目を遣ったまま、ハーマイオニーがハリーの言葉を遮った。ロンが困惑してハーマイオニーに問いかけた。

「なにがまずいんだよ? このままふくろう小屋まで上り詰めてヤツらのエリアエンブレムを―――」
「俺もハーマイオニーと同感だ」

今度はフレッドがロンの言葉を遮った。

「兄貴まで何言ってるんだよ。状況がわかって―――」
「状況が把握できてないのは、おまえのほうだよ、ロン」

螺旋階段の上のほうに注意を向けていたジョージが、背後の吹き抜けを親指で指し示した。ハリーたちが死角に隠れたにも関わらず、赤い雨が弱まることなく降り注いでいた。

「私たちは、退路を断たれているの」
「関係ないよ。階段を上って、エリアエンブレムを奪えばいいだけじゃないか?」

ハリーがそう言い終わるか終らないうちに、階段の上からドドーという音が轟いてきた。

「来たわ!」

その音は急速に大きく、近くなっていた。その音の正体にいち早く気づいたフレッドとジョージが叫んだ。

「プロテゴ! 防げ!」
「インパービアス! 防水せよ!」

その直後、ハリーたちの眼前に津波のような奔流が現れた。双子の呪文のおかげで、大量の水は螺旋階段の低い外壁を越え、地上へと落下していった。しかし、水の勢いは依然衰える気配はない。ハーマイオニーは、雪の積もった校庭をハグリッドの小屋に向かうときにいつも使っている、十八番の呪文の一つ、熱風の呪文で双子を援護した。

「なるほど。前は水、後ろは呪文の雨、さらにはこの地の利―――」

フレッドに代わって盾の呪文をかけなおしたリーが頭をかいた。

「難攻不落の砦ってわけだ」
「でもさ」

ロンは落ち着こうとして、一息ついてから続けた。

「退路を断たれたっていっても、盾の呪文を使えば切り抜けられるんじゃないのかな? そしたら、応援だって呼んで来れるし」

ハリーもロンと同じことを考えていた。呪文の雨を切り抜けること自体は、それほど大したことはない。しかし熱風の呪文を前方の水の塊にかけていたハーマイオニーは、賛同しかねるという表情で振り向いた。水の塊はジュッという音を立てて水蒸気となり、茜色の空へと消えた。

「応援を呼ぶのは賛成しないわね。こんなに狭い螺旋階段にこれ以上人を増やしてどうするの?」

なるほど。確かにハーマイオニーの言う通りだ。活路を見いだせないこの状況で、闇雲に応援を呼ぶのは得策とはいえない。螺旋階段の狭さを考えればなおさらだ。

「それに、呪文の雨の本当の怖さは退路が絶たれることじゃないわ。私たちの判断を鈍らせることよ。応援を呼んでも仕方がなく、相手のエリアかもしれない場所を目前にしたこの状況で、ロン、あなたならどうする?」
「そりゃあ、水を魔法でかきわけて階段を上って、正面突破かな?」
「こんな狭い螺旋階段じゃ、私たち、ふくろう小屋の入口で袋叩きにあうわ」

ハリーたちが螺旋階段から上がって来ることがわかっていれば、相手も対策はしやすい。それならば、

「箒で飛んでいくのは?」
「それでも、ふくろう小屋の入口から入らないといけないのは変わらないわ、ハリー。この噴水呪文の量からして、ただでさえも狭いふくろう小屋の入り口に、何人も相手選手が待ち構えているのは明らかだから、強行突破は難しいわ。いくつもある窓もダメね。ガラスこそ嵌められていないものの、元々ふくろうが出入りするためのものだから、それこそかさばらない荷物を持ったふくろうが通るので精一杯の大きさよ? そして、一番怖いのは―――」

ハーマイオニーの不安そうな目が、吹き抜けのさらにむこう、西塔内部を覗いた。

「無意識のうちに、退却という選択肢を捨ててしまっていること。いまのロンやハリーのようにね」
「だって、ありえないだろ?」

ロンが反論した。

「目の前にスリザリンかレイブンクローのエリアエンブレムがあるのはほぼ間違いないのに、みすみす見逃すわけにはいかないじゃないか!?」
「それに、呪文の雨を切り抜けて態勢を整えるより、ここにいて対策を練るほうが、いまは楽で安全だしね」

ハリーもロンに賛同した。

「その考えが危険なのよ、ハリー」

ハーマイオニーはまたしてもチラリと塔の内部に目を遣った。

「たしかに、“いまは”安全かもしれない。でも上のエリアの寮生が、城内からここに戻ってきたらどうするの? 身動きが取れない私たちが圧倒的に不利よ?」

ハリーとロンは、そこまで考えていなかった。それならば、やはり一度態勢を整えるべきなのだろうか?

「俺はイヤだぞ」

三人の会話を聞いていたフレッドが振り返った。

「そんな無様なマネはしたくないな」

ハーマイオニーは、ふぅと短くため息をついた。

「のんびりできないわね。突破口を開かなくちゃ」
「それにしても、ほんとに堅いエリアだな」

リーが上を見上げた。

「グリフィンドールのエリアも、ハッフルパフのエリアも、密閉性が高い分、事前に相手の接近に気付くのが難しいだろ? 入口が狭いといっても、気付かないうちにエリア内に入られてしまえば、エリアが落とされるのは時間の問題だ」
「その点、このエリアは吹き抜け部分に相手が足を踏み入れた時点で、エリア内から視認できる。耐久性に関して言えば、これ以上のエリアはないんじゃないか?」

ジョージも感心してリーに続いた。

「中は居心地がいいとは思えないけど」

ロンは、ジョージに代わって防水呪文を唱えていた。

「だってそうだろ? ふくろう小屋の上部の止まり木には、小屋がエリアとして使われているせいでストレスが溜まっているふくろうが、無数にいるんだぜ? まぁ、ピッグなら人がたくさんいて喜んでいそうだけど……」

ロンはそう言っているが、ピッグのことを心配しているのだとハリーにはわかった。ヘドウィグは大丈夫だろうか? 餌でも捜しに外へ出かけているといいのだけれど。

「それに、上から小動物の骨やふくろうの糞が降ってくるんだし」
「それなら大丈夫だもン」

突然背後から声が聞こえ、ハリーたち六人は驚いて振り返った。

「こんにちわ。あんたは、また会ったね、だね」

ルーナ・ラブグッドが、ハリーに向かって微笑んでいた。

「またエンブレムを奪われちゃって、エリアに戻ろうとしてたんだ。でも、エリアはあんたたちに見つかっちゃったんだね」

ノーマルエンブレムを持っていないルーナは、ハリーたちを攻撃することができない。また攻撃される心配もないため、ルーナは和んだ様子で階段に座り込んだ。ルーナがそんな様子なので、ハリーたちはルーナが近づいていたことに気付かなかったのだ。

「じゃあ、ここがレイブンクローのエリアなのね?」

ハーマイオニーが落ち着きを取り戻そうとしながらルーナに訊ねたが、もう返ってくる答えはわかりきっている質問だった。

「ウン。だって、あたしはレイブンクローだもン。忘れたの?」
「あぁ、もちろんそうよね」

ハーマイオニーが慌ててそう言い、話題を変えた。

「ところで、さっきの、その……ふくろう小屋の中は大丈夫、っていうのはどういうこと?」
「上からふくろうの糞が降ってくることだよね?」

ルーナは直球に訊きなおした。

「フリットウィック先生が、ふくろうたちとあたしたちの間を魔法で仕切ってくれてるんだ。見えない天井か屋根みたいなものが、エリアの中にあるんだよ。ふくろう小屋の窓は上のほうまであるから、ふくろうたちも外に出られるよ」

ちょうどそのとき、ハリーたちの傍の外壁に二つの影が舞い降りた。



【アンケートのお知らせ】

現在、感想掲示板のほうで、登場人物の説明の過不足についてのアンケートを取っています。

原作をどの程度知っているか(映画のみ、一度読んだくらい、何度も読み返している等)と、説明が足りない登場人物の有無(可能であれば人物名を挙げて)を教えていただけると嬉しいです。

気が向いた方はよろしくお願いします。



[10109] 第21章 鷲の高巣 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/10/10 22:23
【第21章 鷲の高巣 Eagles' Aerie その2】


「ピッグ!!」

ロンが降り立った影の一つ、ピッグウィジョンに駆け寄ったので、ジョージが慌てて防水呪文をかけなおした。ピッグウィジョンは興奮していたが、それはストレスからではなく、ふくろう小屋が賑やかで嬉しいからのようだ。ピーピーと甲高い声で鳴きながら、ロンの周りをブンブン飛び回っている。

「そのふくろう、あんたのだったんだ。エリアでも人懐っこくて、かわいがられてたよ。でも、あたしはそっちの雪みたいに真っ白なふくろうも好きだな」

興奮しているピッグウィジョンを、もう一つの影、ハリーの白ふくろうのヘドウィグが、冷ややかな目で見ていた。ヘドウィグにとっては、ふくろう小屋がレイブンクローのエリアになっているのは、迷惑でしかないらしい。ハリーは朝食の席でヘドウィグの異変に気付いてやれなかったことを思い、いつも以上に愛情を込めてヘドウィグを撫でてやった。ヘドウィグは少し落ち着いたようで、ハリーの肩に飛び乗ると、ハリーの耳を甘噛みした。

その光景を見て何か閃いたのか、フレッドは“面白い”悪戯を思いついたときのような危ない笑みを浮かべて、ルーナに向き直った。

「それじゃあ、その魔法の天井だか屋根だかがなくなったら、レイブンクローのエリアは大混乱だな」
「だと思うよ。あんた、どうするつもり?」

ルーナは自分のエリアの心配をする様子など微塵も見せず、純粋にフレッドの考えに興味を持ったようだ。

「まぁ、見てなって。みんな、渡してたアレを出せ」
「アレって何だ?」

何のことだがわからないハリーたち三人を代表して、ロンが訊ねた。ジョージとリーは見当がついたらしく、すでにローブの中をゴソゴソと探っていた。

「エリアで渡しただろ? 糞爆弾さ」

フレッドの意図にすぐに気づいたジョージが、ローブから糞爆弾を取り出しながら答えた。

「そんなの、放り投げたってエリアの中に届かないわよ?」

ハーマイオニーが訝しげな表情で双子を見た。

「放り投げるんじゃない。送り届けるのさ」

フレッドの言葉にハリーはハッとした。ロンとハーマイオニーが同時に同じ顔になったのが少し面白かったが、おそらく自分も二人と同じことになっているのだろう。

「ふくろう便でな。ヘドウィグたちなら、特に警戒されずに窓から入れるだろ」
「ヘドウィグ、ピッグウィジョン。お願いできるかい? 魔法の仕切りがあるから、他のふくろうへの影響も最小限に抑えられるだろ」

ジョージが二羽の頭を撫でると、ピッグウィジョンはピーピーと鳴きながら羽をばたつかせてやる気を示し、対照的にヘドウィグは、凛とした姿勢でいつでも飛びたてることをアピールした。この荷物を届けることでふくろう小屋に静けさが戻るのならば、ヘドウィグにとっても悪い話ではない。
ハリーたちも糞爆弾を取り出すと、ヘドウィグとピッグウィジョンが運びやすいように、リーが杖からロープを出して簡単にまとめた。フレッドが悪戯っぽく笑って二羽に言った。

「フリットウィック先生宛てだ」
「まぁ、そんな!」

先生に糞爆弾を送るなんて、ハーマイオニーには許しがたいことだった。

「仕方ないだろ、ハーマイオニー」

仕方ない、という表情ではなかったが、フレッドが弁解した。

「エリアに他に誰がいるかわからないんだからさ」
「ロジャー・デイビースがいるってわかってるんだったら、ヤツ宛てにするにだけどな」

ジョージが本当に残念がった。ハーマイオニーはまだ納得していないようだったが、「先生もレイブンクロー生の手助けをしていたんだし……」と一言呟いたあとに、気をつけてねとヘドウィグとピッグウィジョンを撫でた。マクゴナガル先生がグリフィンドール生に元気の出る呪文を使っていたことは、ハーマイオニーには教えないほうがいいだろうとハリーは思った。

「頼むよ、ヘドウィグ」

ハリーの手のひらを優しくつつくと、ヘドウィグはピッグウィジョンと一緒に荷物を掴んで飛びたった。二羽は一度上空まで飛び上がると、スーッと旋回してふくろう小屋に向きなおり、すぐにハリーたちから見えなくなった。

その直後、ドーンという爆音が鳴り、ハリーたちのところまで振動が伝わってきた。間もなく、ヘドウィグがハリーの肩に舞い戻り、誇らしげにホーと鳴いた。爆発に巻き込まれずにうまくエリア内を通過できたようで、雪のように白い羽が夕陽の中で煌めいていた。

「ヘドウィグ、ありがとう」
「ピッグはどこだ!?」

隣でロンが叫んだ。ヘドウィグが戻ってきているのに、ピッグウィジョンの姿が見当たらない。

「逃げ遅れたんだ!!」
「ロン、落ち着け! 噴水呪文が止んだ。行くぞ」

しかし、ジョージがそう言い終わらないうちに、ロンはもう階段を駆け上がっていた。そのロンとは対照的に、ルーナはのんびりと立ち上がると、マイペースに自分のローブから埃を払った。エリアに急いで戻ってハリーたちの前に立ちふさがろうなどというつもりは、考えもしないようだった。

「しばらく、安全なところにいて」

ハリーがそう伝えると、ヘドウィグはスーッと飛び立っていった。
ルーナ以外の五人は急いでロンの後を追った。上に行くにしたがって鼻をつく臭いが強くなっていったが、ロンの後ろ姿がカーブの先に見えることはなく、ハリーたちはふくろう小屋の入口までたどり着いた。

「ステキな贈り物をありがとう、ウィーズリー」

入口のすぐ脇で、ゴシゴシ呪文を唱えて自分のローブをきれいにしていたフリットウィック先生が、いつも以上のキーキー声で皮肉たっぷりに双子に言った。

「もっとセンスの良いものがエリアにあったのですが、生憎取りに行く時間がなくて」
「せめてもうあと少し時間があれば、豪華なプレゼント包装にしていたのですが」

双子がジョークを言っている間に、ハリーはふくろう小屋の中を見渡した。魔法の仕切りがなくなったため、糞爆弾でさらに興奮したふくろうたちがバサバサと羽音を立てながら飛び交い、茶色や黄褐色の羽が無数に舞っている。ふくろうにつつきまわされている者もいた。パドマ・パチルは茶ふくろうにローブを引っ張られていたし、フラーの妹のガブリエルは、コノハズクから仲間のボーバトン生を守っていた。
糞爆弾そのものの被害も甚大だった。テリー・ブートは気絶していたし、果敢にも顔中泥だらけの状態でゴシゴシ呪文を唱えたアンソニー・ゴールドスタインは、呪文が効きすぎたのか、全身ピンクの泡だらけになっていた。レイブンクロー生とボーバトン生は混乱して、反撃できる様子ではない。そのような状況の中、ふくろう小屋の中心で立ちつくしているロンを見つけるのは簡単だった。

「ロン!」

ハーマイオニーが叫んだが、ロンは振り向かない。ハリーとハーマイオニーはロンに駆け寄った。

「ピッグウィジョンは無事?」
「心配して損したよ」

ロンはやはり振り向かずにぼそっと呟いた。ハリーたちがロンの足元を覗き込むと、ピッグウィジョンが泥まみれになりながら転げまわっていた。どうやら、泥んこ遊びに夢中になっているらしい。ピーピーと甲高い声を上げて興奮しているが、楽しんでいることが一目でハリーにもわかった。

「ピッグウィジョンが無事で良かったわね、ロン」

その言葉でやっとロンはハーマイオニーを振り返り、安堵の表情を見せた。もう心配してやるもんかとロンはそっぽを向いたが、それがロンの照れ隠しであることは、ハリーとハーマイオニーにはお見通しだった。

「グリフィンドールチームに百五十点!!」

魔法で拡大されたリーの声で、ハリー、ロン、ハーマイオニーは振り返った。ふくろう小屋の奥で、フレッドとジョージが青銅色のエリアエンブレムを掲げている。

「ジョーダン! 私の仕事を奪わないでいただきたい!」
「すみません、先生。解説者の血が騒いで、つい」

双子の手に収まっていた卵型のエリアエンブレムは、まるで雛が孵るかのように真ん中からひび割れ始めた。そして完全に真っ二つになった瞬間、エンブレムはブロンズに輝く粒子になり、ひな鳥を形作った。光でできたひな鳥が重力に任せて落下し始めたかと思うと、青銅色の羽根が次々と抜けて舞い上がり、その下から見事な青い羽根が現れた。見る間に成長して飛ぶ力を手にしたそれは、床にぶつかる直前で翼を大きく広げ、急浮上した。その青い光を放つ鳥はふくろう小屋の中をぐるっと優雅に一周すると、小屋から出て夕陽に向かって飛んで行き、山吹色の光の中へと溶けていった。

バチンッ、バチンッ!!

もう聞きなれた音とともに、ゲームオーバーとなったエリア外のレイブンクロー生・ボーバトン生たちがふくろう小屋へと現れた。ハリーはすぐにチョウの姿を見つけた。五メートルほど離れた位置で、ちょうどハリーのほうを振り向こうとしている。

「あー、悔しいでーす。アリー、あなたでしたか」

突然ハリーたちの目の前に、フラー・デラクールの青い瞳が現れた。チョウの顔が見れなくてハリーはがっかりしたが、その一方、どんな顔をしてチョウに会えば良いのかも、ハリーにはわからなかった。

「エンブレムを獲ったのは、あそこにいる双子のフレッドとジョージだよ。ロンのお兄さんなんだ」

フレッドとジョージは、現れた場所が悪く糞爆弾の山に突っ込んでしまったロジャー・デイビースを指さして、お腹を抱えて涙を流しながら笑い転げていた。フラーはロンに微笑んだ。

「うたごのお兄さんがいたのでーすねー」
「えぇ、そうなんです。イタッ!」

泥遊びに満足したピッグウィジョンにゴシゴシ呪文をかけてあげていたハーマイオニーが、ロンの足を踏んづけた。

「それにしても、いどい臭いでーす」

フラーが鼻をつまみながらふくろう小屋を見回した。

「大丈夫。きっとフリットウィック先生が、すぐにきれいに掃除してくれるよ」

ハリーが言っているそばから、フリットウィック先生がふくろう小屋全体にゴシゴシ呪文を唱え始めた。何人かのレイブンクロー生・ボーバトン生も、それに続いてゴシゴシ呪文をかけたり、ふくろうを落ち着かせたりしていた。チョウもすでに先生を手伝い始めており、森ふくろうを優しくなだめているところだった。残念ながら、チョウと話す機会は作れそうにない。

「頑張ってくださーいねー」
「あっ、ウン、ありがとう」

そう答えながらも、これがチョウの言葉だったらどれだけ嬉しいだろうとハリーは考えていた。ロンは、ハーマイオニーの呪文できれいになったピッグウィジョンを止まり木に帰していた。遊び疲れたのか、止まり木に留まった途端にピッグウィジョンは頭を羽根の中に埋め、眠り始めた。ヘドウィグはまだ帰ってきていない。きっと、ねずみでも狩りにいったのだろう。ジョージが螺旋階段からハリーたちを呼んでいた。

「あとはスリザリンをぶっ倒すだけだな。ほら、行くぞ」
「じゃあ、僕たちは行かなくちゃ」

ジョージたちはすでに階段を下りはじめていた。ハリーたち三人はフラーに別れを告げると、螺旋階段へと向かった。ハリーがロンとハーマイオニーに続いて階段に足をかけたとき、急に後ろからローブをくいっくいっと引っ張られた。振り返ると、ルーナが手招きをしていた。

「どうしたんだ?」

ハリーは、自分をふくろう小屋の入口に連れ戻すルーナに訊ねた。

「気付かなかった? チョウはさっきから、何度もあんたのことを見てたよ?」
「えっ?」

ハリーが顔をあげると、ふくろう小屋の奥にいるチョウも、ちょうど顔をあげたところだった。チョウはハリーに近づいてくるわけでもなく、何か言おうと口を開くわけではなかったが、ハリーに笑顔を向けると頬を赤く染めながらサッと作業に戻った。しかし、チョウがゴシゴシ呪文をかけている壁は、すでにピカピカになっていた。ハリーはしばらく我を忘れてチョウの姿を眺めていたが、ふと、ルーナにお礼を言わなくてはならないなと気づいた。

「ありがとう、ルーナ」
「どういたしまして。それじゃ、バイバイ」

ルーナはハリーに手を振ると、ガブリエルを手伝いに戻って行った。

「おーい、ハリー! どうしたんだ?」

階段の下のほうから、ロンが呼ぶ声がした。

「なんでもない。すぐ行くよ」

そう答えると、ハリーは三段飛ばしで階段を下りはじめた。
言葉はいらない。ハリーは思った。

その笑顔だけで十分だと。



【あとがき&裏話】

エリア攻略第二弾でした。

この章とハッフルパフのエリアの章は、章タイトルも対応させています。
さらに、章タイトルとエリアの場所も対応していたり!

ということは、スリザリンも蛇っぽい場所にエリアがあるのでしょうか!?

……蛇って、どんな場所で眠るんでしょう?(^^;


そしてこの章は、ゴーレムの章に続いて使い魔大活躍の章でした。
魔法界でのハリーの最初の友達、ダーズリー家での辛い夏休みも一緒に過ごしたヘドウィグに、活躍の機会を与えたかったんです!!

この章のための朝食の席でのヘドウィグの伏線も、ドビーの登場でうまくカモフラージュできたかなぁと思います。
私のお気に入りの伏線の一つです。

堅固な砦と魔法アイテムを利用しペットの助けを借りたその攻略法がメインの章でしたが、ピッグへのロンの愛情や、ハリーとチョウとの恋模様も見どころの一つだったでしょうか?

次章あたりから、クライマックスに向けての一連の流れに入っていくと思います。


※以下宣伝です。
 ハリポタ・作品には関係ないので、興味のない方はスルーしてください。


以前に紹介したキラゲームの第十回大会が、本日夕刻より開催されています。
大会期間中はコミュニティを公開設定にしていますので、興味のある方は覗いてみてください。

動画化した流れで、もしかしたら小説化もあるかもしれません。



[10109] 第22章 フィルチの復讐 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/10/16 21:58
【第22章 フィルチの復讐 Filch's Revenge その1】



「よし、ここで二手に分かれるか」

ホグワーツ城八階の、ひょろ長ラックランの像がある廊下まで戻ってきたところで、ジョージが提案した。

「早いとこ、スリザリンのエリアを見つけたいからな」
「でも、私たち、ネビルたちと交代しないと」
「それなら、俺たちが呼んできてやるよ。ハーマイオニー、君たちもスリザリンのエリアの捜索を続けたらいいさ。人手は多いほうがいいからな」

フレッドがハーマイオニーを説得した。

「レイブンクローのエンブレムを獲ったことを、エリアで自慢したいだけだぜ」

ロンがハリーに囁いた。

「ロン、何か言ったか?」
「なーんにも」
「まぁいい、誰がどこに行くか相談しておく。ネビルたちには西塔の下層階をチェックしに行ってもらおう。北塔はすでにチェック済みだから、あとは天文学塔だが・・・…」

ハリーは、シリウスとの約束を思い出した。

「天文学塔には、あとで僕たちが行っておくよ。スリザリンのエリアがありそうなのは、この城内の下層階なんでしょ? 天文学塔は、天文学の授業があるだけの塔だし、後回しでもいいんじゃないかな」

フレッドは顎に手をあてた。

「それもそうだな。それじゃあ、俺たちはエリアに立ち寄ったあと、地下一階に向かう。まだ、魔法薬学の教室もスネイプの研究室も、スリザリンの談話室周辺も調べてないって言ってたよな?」

ハリーとロンが頷いた。ハーマイオニーが口を挟んだ。

「でも、スネイプ先生の研究室は、禁止エリアのはずよね。先生方の部屋等の禁止エリアには赤い×印をつけておく、ってダンブルドア先生もおっしゃっていたし」
「スネイプがスリザリン生のために、自分の研究室を特別に開放している可能性も否定できないだろ?」

フレッドが答えたが、ハーマイオニーは納得いかない表情をしていた。

「とにかく、君たちは先に一階を調べに行ってくれ。気をつけてな」

リーは親指を上につきたて、双子と一緒に必要の部屋へと続く廊下を進んでいった。日はもうすっかり暮れていた。城内は薄暗くなり、廊下に並ぶ蝋燭の灯りが怪しく揺れていた。双子とリーの姿はすで薄闇の中に消えていた。

「ルーモス! 光よ!」

ハーマイオニーが杖を掲げ、階下へと続く階段を照らした。ハリーとロンも、それに倣って呪文を唱えた。

「私たちも行きましょう」


ハリーたちは、スリザリン生と鉢合わせることもなく、順調に四階までたどり着いた。ハーマイオニーが照らした図書室の扉には、大きな赤い×印がつけられていた。飢えたハゲタカのような司書マダム・ピンスが呪文の飛び交う争奪戦の戦場に図書室を開放するなどということは、フウーパーがフェニックスを産んでもありえないことだとハリーは思った。

「そろそろ、杖灯りを消したほうがいいかも。スリザリンに見つかっちゃうよ」
「そうね、ロン。ノックス! 消えよ!」

三人は灯りを消し、暗い階段を慎重に下りはじめた。ときおり、キィーと階段が軋む度に三人はギクリとし、自分たちが立てた音であることを確認してほっと胸を撫で下ろした。幾度となく夜のホグワーツ城内を徘徊してきたハリーたちだが、いくら回数を積んでも慣れるものではない。管理人であるフィルチに見つかって罰則を受ける心配こそしなくてよいものの、かわりに三人はいつどこから飛び出してくるかわからない何人ものスリザリン生に、神経を張りつめながら進まなくてはならなかった。さらに悪いことに、今晩はマントも地図も手にしていない。
チラッと横のハーマイオニーの顔を覗くと、ハーマイオニーが唇を噛みしめていた。地図を呪文で縛り上げたハーマイオニーでさえも、地図を置いてきたことを後悔しているようだった。
父親ジェームズの形見である透明マント。父親とシリウス、ルーピンの遺産である忍びの地図。彼らは傍にいなくとも、ハリーを支え、守り、導いてくれていた。ハリーはいま、父親たちの偉大さをまざまざと感じさせられていた。

「大丈夫そうだ。行こう。ハリー?」

ロンが、階段から廊下の両側に目を配って安全を確認し、二人を手招きしていた。父親とその親友のことを考えていたハリーは、一階まで辿り着いていることに気付かなかった。

「あぁ、うん。とりあえず、全部の教室を見て回ろうか」

ハリーはこの争奪戦が始まってから、何度か一階には足を踏み入れていた。しかし、大広間以外の一階の教室は、まだ調べていなかった。

「そういえば、ケイティが友達のリーアンと一緒に、一階を調べに行く予定だったのよね。喧嘩しちゃってまともに調べられなかったって言っ―――」
「あれ、何だろう?」

廊下を直進しようとしていたハーマイオニーをロンが引き留め、右手に伸びる廊下の奥を指さした。ハリーもすぐに、ロンが指さしているものを見つけた。緑の蛍光色の光が、点々と廊下の向こうの暗闇にまで延びていた。


まるで、闇の世界へとハリーたちを誘うかのように。




三人は緑色の光に近づき、目を凝らした。蛍光のように思われた光は、実際には発光していて薄暗がりの中でもかなり眩しく光っており、その出所は床に落ちて乾いた液体だった。液体が滴ってから、かなり時間が経っているようだ。魔法薬だろうか。あるいは、魔法生物の血という可能性もある。

「どこに続いてるんだろう?」



そう言うとロンは、床の光が導く先へとズンズン進み始めた。


「ちょっと、ロン!? こんなの、怪しすぎるわよ」
「でも、その先にエンブレムがあるかもしれないよ?」

ハリーも、緑色の液体がどこに続いているのか興味があった。

「もぅ、ハリーまで! どんな罠が待ち構えていても、知らないわよ!」

そう言いながらも杖を構えるハーマイオニーに、ロンが笑顔を向けた。

「ありがとう、ハーマイオニー。君が来てくれると心強いよ」
「感謝されるほどのことじゃないわ」

ハリーは吹き出しそうになるのを必死で堪えた。ロンがロンじゃないみたいだ。きっと、争奪戦前にハーマイオニーと喧嘩した反省を踏まえてのことだろう。今し方ピッグウィジョンの無事を確認したことで、安心して心に余裕ができていたということも大きいかもしれない。一方のハーマイオニーも素っ気なく前を向き直ったが、その口元に笑みがこぼれたのをハリーは見逃さなかった。
三人は、緑色の光に導かれるように廊下を進んだ。突き当たりを右に曲がったところにある教室の前で、床の液体は途絶えていた。

「十……十一番教室?」

ハーマイオニーが、磨り減ってほとんど見えなくなった教室の名前を読み上げた。

「授業でも使われていない教室のようね」
「見て、これ!」

ロンが十一番教室のドアを指さした。十一番教室は入口が一つしかなく、そのドアにも大きくて赤い×印がつけられていた。

「どうしてここで液体が途切れてるんだろう? てっきり、液体を落としていった誰かが、この教室に入ったんだと思ったんだけど」
「ロン、そのとおりかもしれないわ」

ハーマイオニーはそう言うと、ドアの前へと進み出た。ハリーはハーマイオニーの言動が理解できなかった。

「でも、ここは禁止エリアだよ」
「ハリー、まぁ見てて」

ハーマイオニーは杖を振り上げると、十一番教室のドアに向けた。

「スコージファイ! 清めよ!」

途端に赤い×印は拭い去られ、かなり錆びついていたドアの取っ手は少しだけかつての輝きを取り戻した。

「立ち入り禁止エリアの目印が、こんなに簡単に消えていいの?」
「そんなわけないでしょ、ハリー」

ハーマイオニーが言っていることは矛盾しているとハリーは思った。

「でも、現に消えたじゃないか? 消したのは君だよ、ハーマイオニー」
「だって、あれはニセモノだもの」
「エーッ!?」

ハリーとロンが、同時に驚きの声を上げた。

「その証拠に……アロホモーラ!」

ハーマイオニーが杖を向けると、カチャリという音がした。ロンが取っ手に手をかけると、キィーという音はしたものの、特に抵抗なくドアが開いた。

「本物の禁止エリアなら、こんなに簡単に×印が消せたり、扉が開いたりしないわ。きっとここに来た誰かが、身を隠すために禁止エリアに見せかけたのよ」
「ハーマイオニー、君は天才だよ」

ロンが真っ暗な教室を覗き込みながら、ハーマイオニーを称賛した。暗くてよくは見えなかったが、ハリーにはハーマイオニーの頬がほんのり赤く染まっているように見えた。
ハーマイオニーの読みの鋭さに感心する一方で、ハリーにはハーマイオニーの推理が引っ掛かっていた。わざわざこの教室を禁止エリアに見せかけたその誰かは、どうして緑色の液体は消さなかったのだろうか? あんなに発光している液体に気付かなかったとはとても思えない。

「とりあえず、灯りがほしいな。ルーモス! 光よ!」

ロンの杖灯りに照らされた十一番教室は、納戸や倉庫のような何やら放ったらかしの感じがする場所だった。ハリーも杖に灯りを灯すと、教室内に人や魔法生物の気配がないか、奥の暗がりに目を凝らした。

「どう? 誰か、何かいる?」

ハーマイオニーがいつでも呪文を唱えられるように杖を構えながら教室に入ってきた。その直後、ドアがバタンと閉まり、地下牢教室に続いてまたもやハリーたちは閉じ込められてしまった。ハリーが体当たりしても、ドアはびくともしない。ハーマイオニーも呪文を唱えたが、先ほどと違って全く効果がなかった。

「伏せろ!」

杖灯りを掲げていたロンが、突然叫んでハーマイオニーを押し下げた。ハリーは右斜め前方から飛んできた何かの下を咄嗟に前転してくぐり抜けた。直後に、別の何かがシュッと音を立ててハリーの左耳をかすめた。
二つの何かが空気を切る音が一旦遠ざかったことを確認したハリーは、その正体を確認するべく、杖を掲げた。

「ルーモス! 光よ!」

暗闇から突然ハリーの杖灯りの中に現れたそれは、今度はロンを襲撃した。

「噛みつきフリスビーと……殴り続けのブーメラン!?」

ロンが二つの物体を避けながら、その二つを視認して叫んだ。ハリーの目にも確かに見えた。今年、城内持ち込み禁止品に加わった、悪戯グッズだ。

「そう、おまえたちが廊下で投げるせいで、俺がどれだけ煩わされていることか」

ハリーは驚いて、声の主を探した。教室の隅で、ガサッという物音とともに、人影が動いた。

「おまえたちも同じ苦しみを味わうがいい。これは俺の復讐だ」

ホグワーツの管理人アーガス・フィルチの意地汚いニヤケ顔が、蝋燭の灯りに不気味に照らされていた。






[10109] 第22章 フィルチの復讐 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/10/24 10:13
【第22章 フィルチの復讐 Filch's Revenge その2】


「でも、フィルチさん。私たちはフリスビーやブーメランを投げまわしたことなんてありません。復讐だかなんだか知らないですが、その矛先を私たちに向けられても困ります!」

伏せた状態のままでハーマイオニーが抗議したが、足元にすり寄っていた飼い猫のミセス・ノリスを抱き上げていたフィルチは、全く聞く耳を持たなかった。ミセス・ノリスのランプのような黄色い目が、暗闇に妖しく光った。

「ウィーズリーの双子なら最高だったんだが、この際、相手は誰だっていい」
「それじゃ、ただの日頃の憂さ晴らしじゃないか!」

憤慨するロンの言葉にフィルチが一瞬目を上げたが、すぐにミセス・ノリスに笑顔を向けると、骸骨のように痩せた彼女を膝に乗せ、自分も手ごろな大きさの木箱の上に腰を下ろした。

「おまえたちだって、どうせいつも悪さばかりしてるんだろう?」
「そんなことっ―――」

ハーマイオニーは言い淀んだ。ハリーもロンもフィルチの世話になったことがあるし、ハーマイオニーも二人と一緒に、寮からの外出禁止の規則を破って深夜のホグワーツ城を歩き回ったことが何度もある。何より、ポリジュース薬の調合のためにスネイプの研究室から二角獣の角と毒ツルヘビの皮を盗み出したのは、ハーマイオニーだ。もっとも、悪戯心の溢れる双子と違い、いずれの場合もやむを得ない事態ではあったのだけれども。
フィルチに灰色の背中を撫でられていたミセス・ノリスが、満足そうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「好奇心に駆られて、立ち入り禁止の印を無視して入ってきたのがその証拠だ! そんなおまえたちには処罰が必要だ」

今度は、殴り続けのブーメランがハリーに向かって飛んできていた。ハリーは杖を構えた。

「インペディメンタ! 妨害せよ!」

しかし、ブーメランは不自然にジグザグの軌道を描き、ハリーの呪文は逸れてしまった。ハリーは殴り続けのブーメランが廊下を飛び回っているのを目撃したことがあるが、ブーメランはここまで不規則な動きをするものではなかった。何かがおかしい。

「ハリー! 危ないっ!」

ロンが杖を上げた途端、ハリーに向かっていたブーメランが不意にロンのほうに軌道を変えた。

ボクッと鈍い音を立てて、ロンの右肩にブーメランが直撃した。

「……ッ!」

ロンが声にならないうめき声をだした。ブーメランは、一瞬ロンの肩で動きを止めたが、すぐにその危険な乱舞を再開した。

「ロン! 大丈夫!?」

ハーマイオニーはロンに駆け寄り、ハリーは二人を守れる位置で、いつでもブーメランとフリスビーに妨害の呪いをかけられるように杖を構えた。

「ブーメランがちょっと『かすった』だけだ。救護班は必要あるまい」

ハーマイオニーはフィルチをキッと睨んだが、気持ちを切り替えてロンの怪我の具合の確認を始めた。

「骨折はしてなさそうね。指も動く?」

ロンが特に不自由もなく、右手をグーパーと動かした。

「大丈夫だ」
「じゃあ、これは?」

ハーマイオニーがゆっくりとロンの右手を上げていったが、肩の高さまできたところで止まってしまった。

「これ以上は上がらないや。イースター休暇の宿題が免除になったりしないかな?」

ロンは、苦痛の表情を作り笑いで隠しながら立ち上がった。

「羽根ペンを持つ分には支障はないでしょう? それにマダム・ポンフリーなら、このくらいの怪我ならあっという間に治すわよ」

まだ心配顔のハーマイオニーも、ロンを気遣ってロンの調子に合わせた。立ち上がったロンを見たフィルチはフンと鼻をならすと、皮肉たっぷりに言い放った。

「そうそう。言い忘れていたが、ブーメランとフリスビーには錯乱の呪文とかいうのがかかっている。悪戯好きの生徒を懲らしめたいという俺の提案に賛同してくださったスネイプ教授が、その呪文を悪戯グッズにかけ、扉に魔法を施し、廊下に垂らした発光液の調合のために、魔法薬学教室を貸してくださった」

発光液と聞いて、ハリーは思い出した。一昨年、ハリーがフィルチの事務室に連れて行かれたとき、事務室の机にはクイック・スペルという、スクイブ、つまり魔法使いの家系に生まれながら魔法が使えない人たちのことだが、そのスクイブのための通信教育の封筒が置かれていた。そのクイック・スペルの書類に、発光液のことが書いてあったのだ。もっと早く気づいていれば、このような事態にはならなかったかもしれない。
そして、地下牢教室に続いてまたもスネイプだ。一昨年はハーマイオニーに、そして今年も何者かに研究室に侵入されたスネイプならば、立ち入り禁止の部屋に入ってきた者に対するこの罠に、惜しみなく協力したことだろう。
さらにスネイプのことだ。自分が城内に仕掛けた罠の詳細をスリザリン生に教えているかもしれない。そう思うと、ハリーは争奪戦のどさくさに紛れてスネイプに呪いをかけたい衝動に駆られた。
しかし、とりあえずいまは、この厄介な悪戯グッズをなんとかしなければならない。錯乱の呪文がかけられた悪戯グッズは、複雑に教室内を飛び回り、その軌道を読むことはほとんど不可能だった。

ガリッという音のしたほうをハリーが見上げると、天井を削り取った噛みつきフリスビーが、ロンめがけて急降下を始めていた。

「フィニート! 終われ!」

せめて錯乱の呪文だけでもを解こうとしたハリーの呪文は、フリスビーを空振りし、天井をさらに削り取っただけだった。動き始めは急降下であったフリスビーは、軌道のみならず緩急も変化させながら、ロンに迫っていた。

「インペディ、ッ!!」

ロンがフリスビーに妨害の呪いをかけようとしたが、先ほどの負傷のせいで頭上の物に狙いを定めることができなかった。ハーマイオニーがフリスビーを狙って杖を掲げた。

「ハーマイオニー!!」

ハーマイオニーの右側方から突進してきたブーメランにいち早く気づいたハリーが叫んだ。ハリーの声でブーメランの接近に気づいたハーマイオニーは、呪文の詠唱を完了する余裕などなかった。ブーメランを避けながらロンに体当たりすると、フリスビーの軌道からロンを押し出した。フリスビーはハーマイオニーから三センチも離れていない床を噛み砕き、急上昇して天井付近で旋回を始めた。

「ハーマイオニー、ありがとう。あっ!」
「大丈夫、ただの擦り傷よ」

ハーマイオニーの左膝を擦りむいていた。ロンは自分が怪我したときよりも苦しそうに顔を歪めた。ブーメランが燭台のひとつを粉々にし、そのはずみで蝋燭の灯りが消えて部屋が一段と暗くなった。
ハリーは二人の傷に目を遣った。この状況を切り抜ける方法を早く見つけなければならない。このままでは、三人の誰かが大怪我をするのは時間の問題だ。
頭上ではブーメランとフリスビーがブンブン飛び回っている。その威力は脅威だが、ブラッジャーには劣る。その軌道は複雑だが、スニッチも似たようなものだ。そのスピードは、ブラッジャーに、ましてやスニッチには到底及ばない。クディッチチームのシーカーであるハリーには、ブーメランもフリスビーもそれほどの脅威ではないように最初は思われた。
しかし、それは箒に乗っているときの話だ。空中を自由に飛び回るものを、地上から直線に飛んでいく呪文で撃ち落とすのは、ハリーが思っていた以上に難しいことだった。
軌道を観察していると、どうやらブーメランもフリスビーも、フィルチとミセス・ノリスは襲わないようだった。おそらく、フィルチやミセス・ノリスの周辺は襲わないように錯乱させられているのだろう。フィルチのところに行けば、悪戯グッズの脅威から逃れることができるかもしれない。だが、それでは根本的な解決にならないし、何より、この状況をニヤニヤしながら眺めているフィルチの傍に行くなど、ハニーデュークスのお菓子の詰め合わせの大きな袋をもらえると言われても御免だった。

「エピスキー! 治れ!」

ハーマイオニーが杖を左膝にあてた。きれいに完治とまではいかなかったが、途端に擦り傷をかさぶたが覆った。ハーマイオニーは、思い悩んだ表情のロンを励ますように笑顔を向けた。

「ほらっ、大丈夫でしょ。あなたの肩も治せたらいいんだけど、治癒呪文はあまり得意じゃなくて……肩の状態もよくわからないし、体のことだから私が下手に呪文をかけるより、ちゃんとマダム・ポンフリーに看てもらったほうがいいと思うの。とにかく、私は大丈夫だから元気出して、ロン」

そのハーマイオニーの笑顔に、ロンの表情がすこし明るくなったのをハリーは見てとった。いや、明るくなったというより、どこか清々しい感じだ。ためらいがなくなって、何か決心がついたときの顔だ。ロンはハーマイオニーに笑顔を向けると、二人の前にずいと進み出た。

「二人とも、聞いてくれ」

ロンが二人を振り返らずに続けた。

「僕が合図したら、ハリーはブーメランを、ハーマイオニーはフリスビーを撃ち落としてくれ」
「ロン!! 何する気!?」

ロンのただならぬ雰囲気を感じ取ったハーマイオニーが叫んだが、ロンは振り返らずに言った。

「僕は右腕が上がらないからね。僕がブーメランとフリスビーを一瞬止める。もしかしたら、チャンスは一度きりかもしれない。だから、二人とも任せたよ」

その言葉で、ハリーはロンが何をするつもりなのかわかった。その行動の理由もハリーには理解できたが、そんな危険なことをやらせるわけにはいかない。

「ロン! やめろ!」

ハリーが叫んだが、ロンは背中を向けたままスーッと深呼吸をした。そして二人のほうを振り向くと、何も言わずににっこりと笑った。そんな笑顔を見せられたハリーには、もうロンを止めることができなかった。

「来るぞ!」

再び二人に背を向けたロンが叫んだ。左前方から噛み砕きフリスビーが、そして正面から殴りつづけのブーメランが、三人に迫ってきた。
ロンはブーメランの動きに注意しながらフリスビーへと突っ込んだ。ブーメランもロンに向かってきている。

「いまだ!!」

ロンは叫びながら飛び上がった。フリスビーはロンの手前で急激に方向を変えたが、その軌道、さらにはその回転をも見切ったロンは、噛みつかれないように左手で受け止めた。

「ガハッ!」

その直後、ブーメランがロンの鳩尾に鈍い音を立ててめり込んだ。ハーマイオニーが悲鳴を上げた。

「ロン!!」
「ハーマイオニー!」

ハリーは非情にも怒鳴りつけ、ハーマイオニーがいま何をすべきか気づかせなければならなかった。ハーマイオニーはまだパニック状態から抜け切れていなかったが、ハリーの言葉で杖をフリスビーに向けた。それを確認しながら、ハリーはロンの右側方に回り込んだ。
ロンの体がドサッと床に落ちたが、フリスビーもブーメランも、まだ動きを止めていた。ロンの苦悶の表情が見えて胸が苦しくなったが、ロンの勇気を無駄にしないためにも、鳩尾に収まっているブーメランに慎重に杖を向けた。

「レダクト! 粉々!」

ブーメランがバラバラに砕け散った。その向こうで魔法のロープで縛り上げられたフリスビーが、カタカタと音を立てて落ちた。

「ロン!!」

ハリーとハーマイオニーは、ロンに駆け寄った。ロンはゲホゲホとせき込みながらも、ニヤリと笑って起き上がった。

「考えただろ? さっき、ブーメランが僕に直撃したときに動きが止まったのを見て閃いたんだ。それに、体で受け止めたほうが、掴むより簡単だしね」

しかし、口で言うほど簡単なことではないとハリーにはわかっていた。先程のハーマイオニーのように呪文を途中で妨害されないよう、二つを同時に受け止めなければならず、その不規則な動きを読んで、目前の変化にも反応しなければならないのだ。

「すごいよ、ロン! 二つも同時に受け止めるなんて」
「兄貴たちとクィディッチをやるときに、たまにキーパーをやらされていたのが役に立ったかな?」
「もぅっ、無茶するんだから!」

ハーマイオニーが目を真っ赤にしながら叫んだ。

「医務室に行ったほうがいいわ」
「大丈夫だよ。医務室に行くほどじゃない」

争奪戦をまだ楽しみたいロンは、ちょっと強がってそう言った。しかし、ハリーにもロンが軽傷とは言い難いことが見て取れた。ロンは無意識に左手で右肩を、右手で鳩尾を押さえている。ハーマイオニーがフィルチを振り返ったが、三人が罠を切り抜けたのが面白くない様子のフィルチはそっけなく言った。

「そいつが大丈夫だと言ってるんだ。だったら、大丈夫だろう?」

ミセス・ノリスは体を弓なりに反らせ、伸びをすると、つまらなさそうに毛づくろいを始めた。ハーマイオニーの口を突いて非難の言葉がまさに出かかっていたが、部屋中を見渡していたロンの言葉がそれを掻き消した。

「それより、ボーナスエンブレムはどこだ?」

その言葉を聞いて、フィルチがせせら笑った。卑劣な悦びに満ち溢れた顔だ。

「エンブレムなどあるわけないだろう?」
「何だって!?」

ロンが、冗談じゃないとばかりに叫んだ。ミセス・ノリスがその容姿に似合わない甘えた声を出して、同じく根性悪の主人を見上げた。

「×印を無視して入ってくる生徒のために、わざわざエンブレムを用意していると思ったか?」
「そんなっ!!」
「本当にただの憂さ晴らしじゃないか!?」

憤慨して罵詈雑言を吐こうとしていた三人は、教室の外の廊下から聞こえてきたその声でハッと口をつぐんだ。まさか、またなのか? どうして奴らは自分の居場所がわかるんだ? ハリーは自分の心臓が早鐘を打つのを感じた。

「こっちだ! ポッターはこの先だ!」

スリザリン生が、すぐそこまで迫ってきていた。



【第23章 The Wheelに続く】





[10109] 第23章 運命の輪 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/11/13 17:05
と、その前に……


【前回までの聖者の卵】

ハッフルパフのエリアエンブレムを、あと一歩のところでスリザリンチームに奪われたグリフィンドールチーム。(第19章)

逃した得点を挽回するため、ハリー・ロン・ハーマイオニーの三人はセドリックの助言に従ってマグル学教室に向かい、石板の謎を解いて見事ボーナスエンブレムを獲得した。
しかしそこで立会人を務めていた占い学のトレローニー先生から、三人はそれぞれ、タロット占いの不吉な結果を知らされる。(第20章)

ハリーの推理でレイブンクローのエリアを突き止めたグリフィンドールチームは、フレッドとジョージの機転でレイブンクローのエリアエンブレムを獲得し、争奪戦はグリフィンドールとスリザリンとの一騎打ちとなった。(第21章)

目撃情報からスリザリンのエリアは下層階にあると断定したグリフィンドールチーム。
一階を探索していたハリーたち三人は、意地悪な管理人フィルチの罠にかかり、どうにかその罠を切り抜けたものの、ロンが右肩と腹部を負傷してしまう。
そして、またもやスリザリン生が何らかの手段でハリーの位置を的確に掴み、教室のすぐ外まで迫ってきていた―――(第22章)


それでは、第23章前編をお楽しみください。


【第23章 運命の輪 The Wheel -1】 


「急げっ!!」

ハリーのかけ声で、三人は廊下に飛び出した。
ハリーたちが先ほどフィルチの発光液に導かれて歩いてきた廊下から、スリザリン生の足音が迫ってきていた。

「こっちだ!」

左に進むと、そこはすぐに行き止まりになっていた。突き当たりの右手には、粉々になって原型を留めていない花瓶の破片が散らばっていた。廊下の反対側、左手には見覚えのあるタペストリーが、そして突き当たりの壁には―――

「たまには、追い詰める側になってみたらどうだい?」

廊下の騒ぎに何事かと振り返った肖像画の中の老魔女は、再び追われる身となっているハリーの姿を見とめて呆れ返った。その手には真っ赤な林檎が握られ、老魔女は怪しい湯気の立つ大鍋の前に立っていた。中断していた作業に戻った老魔女が林檎を大鍋の怪しい緑の液体に浸すと、湯気が一瞬髑髏の形になったが、立ち上るうちにその形は判別できなくなって、天井に消えた。林檎は引き上げられた直後こそどす黒くなっていたものの、見る間に輝く赤色に戻っていった。一見すると非常に美味しそうで、毒林檎には到底見えなかった。

「そういうあなたは“詰め”が甘いですけどね」

ハリーは老魔女に言い返した。その毒林檎の魔法は、王子のキスで解けてしまったのだから。

「どうしよう!? 行き止まりだ!」
「大丈夫だ、ロン。タペストリー裏から三階に続く抜け道がある」

ロンを安心させながらも、ハリーは必死で頭を回転させていた。この場所は数時間前にハリーがマルフォイに追いつめられた場所だ。三階にもすぐに追手が迫ってくると考えておくべきだろう。

「アクシオ! 噛みつきフリスビー!」

ハーマイオニーは十一番教室の中から飛んできたフリスビーをキャッチすると、縛っていた縄を反対呪文を唱えて解き、曲がり角へと放り投げた。

「これで少しは時間が稼げるわ」

ハリーは、殴り続けのブーメランを粉々にしてしまったのを少しだけ後悔しながら、二人と一緒にタペストリーの裏に飛び込んだ。

「待って、ハリー!」

後ろを振り返らずに階段を駆け上がっていたハリーは、ハーマイオニーに呼び止められた。振り向くと、ハリーから数段下のところでうずくまっていたロンが、立ち上がろうとするところだった。

「僕は大丈夫だ。早く行こう」

ロンが引きつった笑顔で二人に言った。しかし、ロンが普段のように走れないことは誰の目にも明らかだった。階段を駆け下り、手を取ってロンが立ち上がるのを助けながら、ハリーはこれからのルートを考えていた。ハリーたちに対するスリザリンの包囲網が三階にまで及んでいた場合、純粋な追いかけっこでは逃げきることはできないだろう。

「三階の廊下に出たら、すぐ側の石壁の裏の隠し階段に向かおう」

三人は二階分の長い階段を上りきり、タペストリーをくぐって三階の廊下に出た。前方の角を曲がれば、隠し階段はすぐそこだ。しかし、ハリーの計画は脆くも崩れ去った。

「もたもたするな! ポッターはきっとこの先だ!」

曲がり角の先の廊下から、マルフォイの怒鳴り声と複数の靴音が響いてきた。タペストリー裏に隠れても、先ほどのスリザリンの一団が隠し階段に気づいて上ってきているかもしれない。しかし、ハリーはこの近くにある別の抜け道など知らなかった。

「どうしましょう!?」

ハーマイオニーがサッと杖を構えたが、その手はわずかに震えていた。靴音からして相手はハリーたちより多く、こっちはロンが怪我をしている。向かってくるスリザリン生をすべて打ち倒さなければ、三人とも無事にエリアには帰れないのだ。

「……回転階段だ」

ロンが声を絞り出した。

「ここからすぐだし、タイミングが合えばマルフォイたちから逃れられる」

ロンの言うとおりだ。回転階段はぐるぐると回り、こちらの踊り場に繋がっていたかと思えば、あちらの踊り場へと弧を描きながら動き出す。うまくいけば、マルフォイたちを物理的に引き離すことができる。

「よし、行こう!」
「後ろは任せて」

ハリーがロンに肩を貸し、ハーマイオニーが後ろを警戒しながら、三人は回転階段へと駆け足で向かった。

「いたわ! グレンジャーよ!」

ハーマイオニーが、回転階段まではもうあと少しという角を曲がった直後、背後からパンジー・パーキンソンの耳障りな甲高い声が響いた。

ホグワーツ城の下階から上階までを貫く回転階段は、正四角柱状の吹抜けに幾重にも回転階段が連なっている。廊下から回転階段への入り口は正方形の辺の中央に位置し、角に存在するいくつもの踊り場を経て、ようやく次の階にたどり着く。

その吹抜けにたどり着き、三人の視界が広がった瞬間、ミリセント・ブルストロードの切断呪文が、ハーマイオニーのふさふさとした栗色の髪をかすめた。

「インセンディオ! 燃えよ!」
「プロテゴ! 防げ! ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」

ハーマイオニーが華麗な杖捌きで、パンジーの呪文を防ぎ、ミリセント・ブルストロードに金縛りの呪文をかけた。スリザリン寮の寮付きゴーストである血みどろ男爵が、ミリセント・ブルストロードの具合を確認すべく、どこからともなく現れた。さらに失神呪文を唱えてビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルを牽制しながら、ハーマイオニーがハリーとロンに追いついた。

「いまのうちよ! さぁ、行きましょう!」
「ロン、もう少しの辛抱だ」

ハリーが励ますと、ロンも顔を上げて微笑んだ。壁に飾られた肖像画の中の貴族たちが、ハリーたちの逃避行を緊張の面持ちで見つめていた。

「豈汝の辞書に不可能の文字有らんや!!」

紅のマントを羽織って白馬に跨った男にいたっては、肖像画の中を駆け抜けながらハリーたちに併走し、ロンを叱咤激励した。白馬が通り過ぎた肖像画の主たちは、悲鳴を上げたり呆気に取られたりしていた。

「逃げ切れると思うのかい、ポッター?」

マルフォイが不適な笑みを浮かべた。
階下からの呪文に応戦しながら四階へと続く最後の踊り場への長い階段を上っていたハリーは、真上の五階の回転階段の入り口の一つに、人影が動くのを目で捉えた。ハリーはロンの肩に回していた腕を、ロンが倒れないよう注意しながら、しかし素早く戻した。無言の人影の杖が空を切る音がした。

「プロテゴ! 防げ!」

ハリーはすんでのところで赤い光線を防いだ。ハーマイオニーがその赤い光線で照らされた相手の顔を確認した。

「ビクトール!?」
「真下に駆け込め!!」

ハリーが叫び、三人はクラムの真下へと逃げ込んだ。クラムのいる場所にはいまは階段が繋がっておらず、その真下に位置しておけばとりあえずは安心だ。しかし、クラムはハリーたちが真下から飛び出すのを、獲物を狙う鷲のように頭上から狙っていることだろう。 四階へと続く最後の踊り場を目前にしながら、ハリーたちは階段の途中で足止めを食らってしまった。四階の廊下に逃げ込むには、クラムの真下に位置するこの階段途中の安全地帯を抜け出し、最後の踊り場を経由して四階へと延びる階段を駆け上らなければならない。

「退屈だな。もう少し楽しませてくれないか?」

階下の踊り場までたどり着いたマルフォイがせせら笑った。両脇には腰巾着のクラッブとゴイルが、一段下がったところにパンジー・パーキンソンと、呪文が解かれた直後でまだ目の焦点が定まっていないミリセント・ブルストロードが控えていた。すぐ隣の空中には、決闘立会人なのだろう、銀色の血にまみれた血みどろ男爵が浮かんでいた。
ちょうどそのとき、最後の踊り場に接続していた四階へと続く階段が、吹き抜けの対角に位置する別の踊り場へとゆっくりと回転し始めた。この機会を逃せば、もうマルフォイたちを振り切ることはできない。階段の回転自体は非常にゆっくりなので、マルフォイたちが間に合ってしまっては元も子もない。なので、ギリギリまでマルフォイたちを牽制して、動く階段に飛び移るしか方法はない。しかし、踊り場に向かうタイミングが遅れれば階段に飛び移れないし、先に踊り場へと向かえば頭上からクラムの猛攻撃も受けることになる。さらに、ここでギリギリまで耐えれば耐えるほど、頭上のクラムはハリーたちが飛び出すタイミングを掴みやすい。

「……いま行くしかない」

それ以上は上がらない杖腕を階下のマルフォイたちに向けながらロンが囁いた。

「でも―――」
「決断を遅らせれば遅らせるほど、状況が悪くなる一方なのはわかっているはずだ、ハーマイオニー。ハリーとハーマイオニーはクラムに盾の呪文をかけながら、僕はマルフォイに妨害の呪いをかけた直後、お互い、全速力で駆け上がるぞ。さぁ、三……」

ロンはもう四階を見つめてカウントダウンを始めていた。

「二……」

ハリーはハーマイオニーに無言で頷いた。

「一……」

ハーマイオニーがキュッと唇を噛みしめた。覚悟を決めたようだ。

「インペディメンタ! 妨害せよ!」
「プロテゴ! 防げ!」

ロンが妨害時呪文を唱えたのが合図だった。クラムを見上げて呪文をかけていては階段に躓いてしまうので、杖を肩越しに頭上へ向け、広範囲をカバーできる盾の呪文を展開しながら、ハリーは四階へと全速力で駆けあがった。隣ではハーマイオニーが、ゆっくりと回る階段にバランスを崩しながらも、杖はしっかり頭上に向けながら懸命にハリーについてきていた。四階にたどり着くと、マルフォイたちを分断できたか確認するためにハリーは振り返った。
そこで初めて、ハリーはロンがついてきていないことに気づいた。

「インペディメンタ! 妨害せよ!」

ロンは先ほどと同じ場所で、妨害の呪いをかけ直していた。ロンがマルフォイたちを足止めしていたおかげで、階段はもう半分近く弧を描き、マルフォイたちを分断することに成功していた。しかしそれは、ハリー・ハーマイオニーとロンとの離別をも意味していた。

「ロ―ン!!」

ハーマイオニーが階段を駆け下り始めていた。

「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
「ステューピファイ! 麻痺せよ!」

ハーマイオニーを狙ったクラムの武装解除呪文と、とっさに唱えたハリーの失神呪文とがぶつかった。

「いまの僕じゃ階段を駆け上がれないし、上階からのクラムの攻撃も防げない」

ロンが自分の右肩にパンチを左手でパンチを食らわせながら、ハーマイオニーを見上げた。

「でも、下にいるマルフォイたちは牽制できるんだから、それぐらいはやらせてくれよ」

ハリーを、そしてハーマイオニーを守れたことにほっとして、ロンの表情には一片の悔いも見られなかった。

「ハリー、また後でな。さぁ、早く行けよ」
「泣けるじゃないか、ウィーズリー」

マルフォイの皮肉も意に介さず、ロンはハリーとハーマイオニーにウインクした。
拮抗していたハリーとクラムの呪文が弾け飛んだ。ハリーはロンのウインクに頷いて答えると、ハーマイオニーの腕を半ば強引にひっつかみ、振り返らずに階段を駆け上がった。四階の廊下へと駆け込む最後の瞬間、ハリーはもう一度だけロンを振り返った。
その光景は、ハリーの目には、まるで壊れたフィルムのように、無音でスローに映った。ハリーの心ははち切れそうになりロンの名を叫びそうになったが、残酷なほど冷静なハリーの理性の堤防が、ハーマイオニーを振り向かせないように、その光景を見せないように、その感情の氾濫をせき止めた。




ロンの体がぐらりと傾いた。




そして、マルフォイの勝ち誇った顔。






回転階段を、ロンは転がり落ちていった。





後編に続く...





[10109] 第23章 運命の輪 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2009/12/04 22:44
【第23章 運命の輪 The Wheel その2】


ハリーとハーマイオニーは隠し階段や抜け道を何度も通ることで、クラムに出くわすことなく、マルフォイたちもうまく撒いて、八階の淋しげな踊り場まで辿り着いた。いつもならカドガン卿が、石壁にぽつんとかかった絵の中から侵入者を見つけては騒ぎ立て、静寂が破られる。しかしいまは、二人が息を整える音が石壁に吸い込まれて消えるだけだった。

「ロン……」
「ロンは大丈夫だ。マダム・ポンフリーがロンの怪我を全て治してくれるさ。二十分もすればエリアに帰ってくるよ」

腕利きの校医であるマダム・ポンフリーは、骨折程度の怪我ならあっという間に完治させる。もっとも誰かの呪文で無くなった骨を一から再生させるとなると、胃の焼けるような薬を飲んで一晩中苦しみ続けることになるけれども。

「そうね。ビクトールやマルフォイたちに見つからないうちにエリアに戻って、ロンを待ちましょう」

二人は階段を上った。八階の廊下に出ようというところで、階段を左に曲がった方向から誰かの気配を感じた。
かすかに衣擦れのような音が聞こえる。ハリーは杖を構え、曲がり角の際までにじり寄ると、ハーマイオニーに目配せした。ハーマイオニーは声を出さずに、口だけを動かした。

「ハリー、気をつけて」

杖を掲げてハリーが飛び出そうとした、そのときだ。

「そこにいるのは『見えて』いましてよ」

ハーマイオニーが顔をしかめた。隠れていても仕方がないので、ハリーは角を曲がって足音の主と対面した。

「トレローニー先生、持ち場のマグル学教室はどうしたんですか?」

占い学の先生は、カードを切っていた手を止め、目だけを上げて答えた。

「あたくし、あの教室には生徒がもう来ないことが、占いで『見えて』いましたの。役目を終えたのに、あの教室に留まる理由があって? そのとき―――もちろんそれも占いで『見えて』いましたけれど―――同じく役目を終えた灰色のレディが、扉をスーッとすり抜けて教室に入って来ましたの」

先生の言葉から察するに、灰色のレディはゴーストの一人らしい。

「彼女を一目見て理解しましたわ。独りになれる場所を求めているのだと。えぇ、そのくらいは『見』なくともわかりましてよ」
「だからマグル学教室は灰色のレディに任せて、先生は北塔に戻るところというわけですか?」
「その通りですわ。俗世から離れ、『心眼』を澄まさなければなりませんもの」

ハリーは、占い学教室にまね妖怪がいることを先生に伝えるべきか、今度こそ本当に迷った。マグル学教室で先生がヒントをくれたことを、ハリーは忘れてはいなかった。しかしハリーが口を開く前に、トレローニー先生が再びカードを切りながら続けた。

「一人、先ほどいた彼が見当たりませんわ」

トレローニー先生の顔には驚きの色は欠片も見られなかった。まるでこうなることが、ロンがいなくなることがわかっていたようだ。
ハリーはハッとした。ロンが引いたタロットカードはたしか―――





「Hanged Man」、「吊るし人」ですわ。犠牲を強いられる、献身的に尽くすなどの意味がありますの。あなたはこれから闇に呑み込まれることとなりますが、友を光へ導くでしょう。




先生の言葉をハリーは思い出した。ロンは、薄暗い十一番教室で身を挺して二人の友人を教室の外に導き、さらに自らはスリザリンの手に落ちながらも二人を逃がした。まさに予言通りだ。しかしトレローニー先生は、心の中を見透かすかのようにハリーを見据えた。

「彼の予言はまだ終わっていなくてよ」


「えっ!?」


ハリーは、もうロンの予言は終わったものだと思っていた。驚きを隠せないハリーをよそに、トレローニー先生は切っていたカードの一番上のものをめくった。

「彼と、そしてあなたがたのこれからの運命は―――」

カードの中心には「R」、「O」、「T」、「A」の文字が書かれた車輪が描かれていた。

「『The Wheel』、『運命の輪』ですわ。それも、逆位置でしてよ」

占い学の先生がカードを半回転させ、そこで初めてハリーは絵柄の全体像を掴むことができた。
その車輪の上にはスフィンクスが気高く構えていた。車輪の周りには他にも動物が描かれていたが、ハリーには右下にいる羽根の生えたライオンが、蛇の巻きついた車輪に押しつぶされそうになっているように見えた。

「逆位置の『運命の輪』が意味するものは、『失敗』、『不安定』、『情勢の急激な悪化』、そして―――」

先生は、ハリーとハーマイオニーに挟まれた虚空を見つめた。

「『別れ』」
「あーら、まぁ……『別れ』……なんて難しくって驚くべき予言なんでしょ!」

ハーマイオニーは声を低くする配慮もせず言いきった。
トレローニー先生の顔は暗がりに隠れているので、聞こえたのかどうか、その表情を読み取ることはできなかった。先生は聞こえなかったかのように、話を続けた。

「輪とは、ぐるぐると廻り続けるもの。そこから、周期性や永続性を象徴するものと解釈されますわ。運勢……事態や状況と言ってもいいですわ……それは刻一刻と移り変わるもの。それでいて、実は定められた運命の繰り返しの中を廻り続けているだけなのかもしれませんわね」

トレローニー先生は再度、「The Wheel」のカードを半回転させた。

「いま、あなたたちはちょうど逆位置に、めまぐるしく廻る渦の真っ只中にいますの。ですが、安心なさい。何度も言いますが、輪とはぐるぐると廻り続けるものです」

トレローニー先生がゆっくりとカードを回転させて、カードを正位置に戻した。

「じきに、事態は好転しますわ」
「バカバカしい!」

ハーマイオニーはトレローニー先生に背を向け、すでにエリアへと歩き始めていた。
好意的な様子のトレローニー先生にまね妖怪のことを助言するべきか、それとも急いでハーマイオニーを追うべきか。混乱していたハリーは、とっさに一言だけトレローニー先生に言い残した。

「先生、リディクラス(ばかばかしい)です!」

そう言った直後に、誤解されるとしか考えられない表現であったことにハリーは気づいたが、もう足はハーマイオニーのほうを向いていた。去り際に一度だけ振り返ると、ハリーには心の内が読めない不思議な笑みをたたえたトレローニー先生が、北塔の入口へと歩き始めていた。







ハリーはクラムのエンブレムを、ハーマイオニーとロンは自分自身のエンブレムを付けて城内を探索していた。エンブレムを付けたままではエリアに入れないので、一度預けるために二人は中継地点の教室に足を運んだ。
扉を開けると、泣きじゃくりながらコリン・クリービーが駆け寄ってきた。その後ろには、険しい表情のアンジェリーナの姿があった。

「どうしたんだい、コリン?」

ただならぬ雰囲気に、ハリーは胸がざわついた。

「エンブレムが……エンブレムが……」
「私の責任だ」

アンジェリーナが深い溜め息をついた。

「コーマック・マクラーゲン、覚えてるか?」
「えーと……あぁ、うん」

たしか、一週間前に下級生を足手まとい呼ばわりした五年生だ。

「あの人がどうかしたの?」

ハーマイオニーが訊ねると、アンジェリーナが神経質に右足のつま先を上下に動かした。

「ずっとエリアにいるのが気に入らなかったらしいんだ。学年が下の君たちが活躍していたから、なおさらだったんだろう。ジニーの件もあったしね」

ハリーは、ジニーが勝手にエリアを飛び出してきていたことを思い出した。

「奴は制止しようとする他の生徒に杖を向けて脅し、エリアを飛び出してここに来た。そして―――」
「エンブレムを持って行っちゃったんだ。僕が管理してるなんて安心できないって言って」

コリンの顔や体には、コーマックに抵抗した跡がいくつも見られた。ハーマイオニーが憤慨した。

「同じ寮生まで傷つけるなんて、ひどいわ!」

アンジェリーナは、ハリーたちが教室に入ってきたことで中断していた治癒呪文を、再びコリンにかけ始めていた。

「私もすぐに奴を追ったんだが、すんでのところで取り逃がしてしまった。幸い、私がここに来るまでにコリンが頑張ってくれたおかげで、奴が持っていったのはレイブンクローのノーマルエンブレム五つだけだ」
「五つだって!?」

ハリーが叫んだ。単独行動に出たコーマックがスリザリンの手に落ちれば、グリフィンドールとスリザリンとの得点差はさらに百点も開いてしまうことになる。

「私がみんなに気配りをもっとしていたら―――」
「アンジェリーナのせいじゃないよ。コリン、君もよく頑張った」

ハリーはコリンの頭を撫でた。

「それと、もうひとつ」

アンジェリーナがハリーを見据えた。

「ロンに何があった?」
「マルフォイにやられたんだ」

しかし、アンジェリーナは頭を振った。

「違う。そんなことを訊いてるんじゃないんだ」
「どういうこと?」

ハーマイオニーの表情が曇った。

「口では説明しにくい。とりあえず、エリアに来てくれ。コリン、すぐに交代を寄越すから、もう少しだけここにいてくれるかい?」

ハリーとハーマイオニーはコリンにエンブレムを預け、アンジェリーナに続いて廊下に出た。ハリーの胸は先ほど以上にざわついていた。

「エッグヘッド! 知ったか!」

アンジェリーナは、絵の中を千鳥足で歩いているカドガン卿には目もくれず、合い言葉を唱えた。ジニーが扉を開いた。

「ハーマイオニー、ハリー。ロンはどうしたの!?」
「ジニー、二人には先にあれを見てもらう」

アンジェリーナがジニーをなだめて、二人をエリアの奥へと連れて行った。奥の壁の前が騒々しい。ハリーに気付くと、集まったグリフィンドール生が道を開けた。

壁に掛かった、左から二番目の柱時計。
それは、「散策中」も「医務室」さえも指してはいなかった。

ロンの居場所を示す針が、ぐるぐるとただ廻り続けていた。



【あとがき&解説】

行方不明になるロン。
彼はどこに!?

このエピソードはかなり初期の段階から決まっていて、それを基に前半のいくつかのエピソードを決めていきました。
前半でハリーとロンだけで行動するシーンがあるのも、実はこのことを踏まえてのものであったりします。

それにしても……ロンが主人公であるはずのハリーを食ってしまうくらい、かっこいいことになってるなぁ(^^;
そしてマルフォイはここまで、全登場人物の中で一番の活躍を見せている気がします。

さらに、トレローニー先生が再登場しました。
この先生、半分覚醒状態のつもりで描いています。(原作にそのような設定はないですが)
完全に覚醒したときの迫力はありませんし、ところどころトレローニー先生らしい台詞もありますが、普段よりどこか妖しく神秘的で、予言は当たりますよ。


しばらく不定期更新になるかと思います。
たまに覗いてみてください。
それでは次章「再会 The Reunion」、誰との再会なのか、お楽しみに♪



[10109] 第24章 再会 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/02/28 11:53
【第24章 再会 The Reunion その1】


グリフィンドールのエリアは、騒然となっていた。

「この時計がイカレてるんじゃないのか!?」
「でも、他の針はちゃんと動いてるわ。ハリーたちが帰ってくるときにもちゃんと動いたし」
「じゃあ、ロンの針だけおかしいんだ」
「ロンの動向が探知不可能なだけって考えるのが妥当じゃない?」
「探知不可能な状況ってどんなのだよ!?」
「まさか、死―――」

言いかけた女子生徒がハッと口をつぐんだが、もう遅かった。エリア内が、水を打ったようにしんと静まり返った。その静寂を破ったのは、時計の針が動く音だった。

「見て!!」

ロンが戻ってくるんだ!
そんな願望にも似たハリーの期待は、無惨にも裏切られた。
男子生徒が指差した掛け時計は、ハリーたち四年生のものではなく、その隣の五年生のものだった。コーマック・マクラーゲンの名前が刻まれた針が、ゆっくりと廻っていた。その針は半周も廻らずに「医務室」を差し、刻まれていたコーマックの名前がすぅっとかき消えた。
エリアの入り口のほうから、マクゴナガル先生が現れた。

「たったいま、マダム・ポンフリーから連絡がありました。コーマック・マクラーゲンの争奪戦中の復帰は、絶望的だそうです。ですから、交代の生徒を―――」
「先生! その―――コーマックの持っていたエンブレムは―――」

落ち着かない様子のアンジェリーナがマクゴナガル先生の言葉を遮って、しかし恐る恐る訊ねた。ハリーは、アンジェリーナの言いたいことがわかった。コーマックが城内の罠による負傷で医務室に送られたのであれば、エンブレムはエリアに送られてくるはずだ。しかし、先生の表情から、言葉を待たずとも最悪なパターンのほうだとハリーには読み取れた。

「エンブレムは―――スリザリンに奪われました」

いまや、グリフィンドールのエリアは暗く淀んだ海の底のように、みんなが意気消沈していた。普段ならそんな空気すら吹き飛ばすフレッドとジョージがいまはいないことに、ハリーはそのときにぼんやりと気がついた。ムードメーカーの二人がいないことが、グリフィンドール生の士気をいっそう低下させていた。
しかし、いまハリーにとって最も重要なのはロンの安否だ。

「先生、ロンに何があったんですか!?」
「残念ですが、ポッター、わたくしからは何も言えません」

マクゴナガル先生は静かに首を振った。その手は握りこぶしを作り、わなわなと震えていた。
ハリーはその言葉にショックを受けたが、それと同時に希望も見出し、そして閃いた。ハリーは先生の四角い眼鏡越しに、その目をしっかりと見据えた。

「先生は、グリフィンドール生全員の動向が全てわかるんですか?」
「それはわかりません。しかし、何か動きがあった場合は、他の先生やゴーストや魔法省の役人の方から連絡が入ります」
「なるほど、『わかりません』ですか」

ハリーにとって重要なのは、マクゴナガル先生の答えの前半部分だった。

「それでは、ロンのエンブレムはどうなりましたか?」
「ハリー、そんなことどうでもいいわ!」

ハリーの冷淡な態度をハーマイオニーが咎めたが、ハリーはそれを無視して先生を注視し続けた。
マクゴナガル先生もハリーの目をしっかりと見つめ返した。先生の眼鏡の奥で、キラリと光るものをハリーは見た気がした。

「それは言えません」

ハリーはその言葉に手応えを感じた。

「わかりました。それでは、ロンの交代の生徒を出して良いですか?」
「ハリー、なんでそんなに―――あっ!!」

ハーマイオニーがハッと口に手を当てた。どうやらハーマイオニーも気がついたらしい。

「交代はできません」

マクゴナガル先生の言葉に周囲がざわついたが、ハリーは先生の目を探るように見つめて質問を続けた。

「僕、ロンにいますぐ会わなくちゃならなかったんですけど。その―――預け物を返してもらわないといけなくて―――」

この質問は賭けだった。もちろん、ロンに預け物があるなんて嘘だ。マクゴナガル先生は、一語一語を慎重に選ぶようにして言葉を紡いだ。

「“永遠”という言葉が虚しく響き、零れ落ちる時を留めてはおけないように、それは、ウィーズリーの体から転がり落ちていきました」

マクゴナガル先生の目が、ハリーとの繋がりを断ち切った。ハリーはここまでが限界だと感じ取った。

「ありがとうございます、先生」
「礼には及びません。さて、ジョンソン。これからどうするのですか?」

アンジェリーナは、急にグリフィンドール生全員の目が自分に集まったことで一瞬たじろいだが、すぐに凛とした態度になって口を開いた。

「残るは私たちグリフィンドールとスリザリンのみ。先に相手のエリアを見つけたほうが勝ちと考えていいわ。守備の人数を削って、相手のエリアに大人数を遣っても、ほとんどリスクはないからね」

何人かが静かに頷いた。

「そこで、四年生と六年生だけで構成していた城内探索チームを、全学年で構成したいと思う」

五年生の男子生徒から、いいぞという声が挙がった。アンジェリーナのこの決断は、コーマックの反省を活かしてのことだろうとハリーは思った。

「学年で半数などとするつもりはない。全学年でバランスを取ろうと思う。志願者は前に出てくれ」

ハリーは腕時計に目を遣った。六時半。シリウスが天文台塔に来てほしいといっていた七時まで、三十分しかないことに気づいた。ハリーはハーマイオニーに目配せし、アンジェリーナの元に駆け寄った。

「ごめん、アンジェリーナ! 僕たち、どうしても行かなきゃならなくて―――」

アンジェリーナは嫌な顔一つせずに答えた。

「君たちには、はなから行ってもらうつもりだったよ。ロンが心配なんだろ?」

ハリーは一瞬ためらい、何も言わずにただ頷いた。別に、ロンのことを忘れたわけではない。

「この場は私に任せて、行ってきな!」

他のグリフィンドール生からも、ロンのことを気遣う声やハリーとハーマイオニーを応援する声が挙がった。みんなが快く送り出してくれている。シリウスとの約束という個人的な理由でエリアを抜け出すなんて、とても言いだせる雰囲気ではなかった。
ハリーとハーマイオニーは周りに応えながら、気まずい思いで急いで出口へと向かった。エリアを出るときに、マクゴナガル先生が二人を励ますように頷いた。


天文台塔は、普段は授業で使われるとき以外は立ち入り禁止となっていた。しかし、塔の入り口に赤い×印はない。天文台塔も争奪戦のフィールドの一部に違いないと自分に言い聞かせ、ハリーとハーマイオニーは塔に足を踏み入れた。

「どう思う?」

天文台塔の急な螺旋階段を上りながら、ハリーはハーマイオニーに訊ねた。天文台塔はホグワーツで一番高い塔で、まだまだ先は長かった。

「『わかりません』ではなく『言えません』と言ったことから、マクゴナガル先生はロンに何が起こったか知ってらっしゃるわ。そして少なくとも、ロンは命に関わるような深刻な状況下にはいないわね」

ハーマイオニーはひとまず安心していた。もしもロンが危機に瀕していたら、マクゴナガル先生は「それは言えません」で済ませられるはずがない。さらに、交代を出せない、つまり再起不能とは判断されていないことも、ロンの無事を証明していた。

「もっとも、『無事』とは言わなかったけれど。無事だったら、『ウィーズリーは無事です』と言わない理由がないもの」
「ロンが何か特別な状況下にいるのは、間違いないね」

ハリーは掛け時計の文字盤を思い出していた。「迷子」でも「探索中」でも「ピンチ」でもない特別な状況下とはいったい何だろう。

「そして、一番の謎はマクゴナガル先生のメッセージよね。ハリー、もちろん『預け物』っていうのは―――」
「うん、嘘だよ」

にも関わらず、先生はありもしない「それ」の所在について述べた。何かのヒントであることは間違いない。

「『“永遠”という言葉が虚しく響き、零れ落ちる時を留めてはおけないように、それは、ウィーズリーの体から転がり落ちていきました』か。前半部分が、ロンの居場所を示す暗号なんじゃないかな?」

ハーマイオニーは首をかしげた。

「その解釈だと『転がり落ちていきました』が引っかかるの。『それ』の在り処とロンの行方は別で、前半部分は『それ』の在り処を示してるんじゃないかしら?」
「けど、預け物なんて存在しないんだよ?」

ハリーの言葉に、ハーマイオニーは頭を横に振った。

「ハリー、先生は『預け物は』とは言わなかったわ。『それ』が何を指しているかも問題ね。『零れ落ちる』物ではなく、『転がり落ちる』物、というのもヒントかしら? そもそも、物かもわからないけれど。何か思い当たる?」
「いや、見当がつかないんだ。前半部分もさっぱりだし」

ハーマイオニーは顎に手を当てた。二人はようやく、螺旋階段の最後を上りきった。

「前半部分は私も全然わからないけど、一つ気になる表現があったの。どうして――」

しかし、天文台塔のてっぺんに辿り着いたハリーの耳には、そのあとの言葉が入ってこなかった。
日はもうすっかり暮れ、夜気が少し肌寒かった。誰かが宝石箱をひっくり返したかのような満天の星空に、銀白色に輝く十六夜の月が浮かんでいた。その月光を背に、四本足の大きなシルエットから広がる翼が、大きな陰を作っていた。

「ハリー、争奪戦は楽しんでるか?」
「ハーマイオニーも久し振りだね」

陰の中から、よく知った声がした。二人の男の姿が、月明かりの下に現れた。

「シリウスおじさん! それに――」
「ルーピン先生!!」
「私はもう、君たちの先生ではないよ、ハーマイオニー」

まだそれほどの歳ではないのに、ルーピンはくたびれて、少し病気のような顔をしていた。ハリーが最後にルーピンに別れを告げたときより白髪が増え、ローブは以前よりみすぼらしく、継ぎはぎだらけだった。それでも、ルーピンはハリーとハーマイオニーににっこり笑いかけていた。ハリーはショック状態だったが、笑い返そうと努力した。月明かりに目を凝らしてよく見ると、ボロボロの灰色のローブを着たシリウスの体にも、ところどころ真新しい擦り傷や切り傷があった。ハリーの視線に気付いたシリウスが、ボウボウに伸びた前髪のすき間からウインクしながら言った。

「私たちは元気だよ。昨晩は、ちょっとした“じゃれあい”を楽しんだがね」

ハーマイオニーがハッと息を呑んだ。

「君がいてくれてよかったよ、シリウス」
「私も、一緒に走り回れて楽しかったさ、リーマス。あぁ、ハリー、まずはバックビークだ」

興奮して駆け寄ろうとしたハリーに、シリウスが言った。バックビークは、下半身は灰色の馬、上半身は巨大な鷲の姿をしたヒッポグリフだ。バックビークは三人の姿を見ると、獰猛なオレンジ色の眼をギラギラさせた。二人が丁寧にお辞儀すると、バックビークは一瞬尊大な目つきで二人を見たが、鱗に覆われた前脚を折って挨拶した。ハーマイオニーは駆け寄って、羽毛の生えた首を撫でた。ハリーは名付け親とルーピンを振り返った。ルーピンは手を差し伸べてハリーと握手した。

「元気か?」

ルーピンはハリーをじっと覗き込んだ。

「ま、まぁ……」

ハリーは、これが現実だとはなかなか信じられなかった。ホグワーツで再びシリウスとルーピンに会えるなど、夢にも思っていなかったのだ。



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mixiアプリの携帯小説にて、この聖者の卵と、フレッドとジョージの幼少時代を描いた短編を投稿しています。

一部オマケも加えていますので、気になる方はとりあえずしおりを挟んでおいて、暇な時にでも覗いてみてください。

寮作品とも「ハリポタ」でタグ検索をすれば、すぐに見つかると思います。




[10109] 第24章 再会 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/01/24 19:47
【第24章 再会 The Reunion -2】


「びっくりしたよ。ホグワーツに魔法省の役人が集まっているときに、まさか天文台塔に降り立つなんて」
「捕まったらどうするの?」

ハーマイオニーはバックビークを撫でていた手を止めて、シリウスとルーピンを見つめた。二人を咎めているわけではなく、心から心配している様子だ。

「ヒッポグリフがホグワーツ城の周辺を飛んでいるのが目撃されていたら、訝しく思った魔法省の役人がここに来てもおかしくないのよ!?」
「その心配はない」

そう言って、シリウスが親指で手摺壁の向こうを指した。手摺壁の上から暗い校庭を見下ろしたハリーとハーマイオニーは、見たことのない光景に驚いた。去年のハグリッドの授業で見たよりもはるかに数の多いヒッポグリフが、校庭を自由気ままに飛び回っている。

「『ふくろうを隠すならふくろう小屋に隠せ。ふくろう小屋がなければ作ればいい』というわけだよ」

ルーピンが朗らかに言った。

「ダンブルドアとハグリッドの二人が、私たち二人がここへ来る手引きをしてくれた。ヒッポグリフの群れは、表向きは争奪戦の障害として放していることになっているが、実際は私たちのためにハグリッドが放してくれたんだよ。禁じられた森にいるものだけでは数が足りないということで、わざわざ他のところからも連れてきたらしい」

ハリーの頭の中で、パズルのピースが噛み合った。

「それで、ハグリッドは一週間留守にしていたんだ!」

シリウスが頷いた。

「他にも、ルーピンを私たちの洞窟まで案内してくれたり、ダンブルドアが手配した食料を運んでくれたり、いろいろと良くしてくれたよ。バックビークとの再会の際には、感慨もひとしおだったようだ」

先学期末に処刑されそうになったバックビークは、ハグリッドにとって一番思い入れの強いヒッポグリフだ。バックビークに再会するためなら、当然ハグリッドは協力を惜しまなかっただろう。

「それに」

ハリーはハーマイオニーを振り返った。

「窓の外に見えた巨大な影は、ヒッポグリフだったんだ!」
「あぁ、もしかしたらバックビークだったかもしれないな」

シリウスがバックビークを優しく撫でた。

「私との逃亡生活続きだったからな。久々にかつての仲間と飛び回れる良い機会だったんで、昼間は自由にさせてやってたんだ」

シリウスにくすぐられて、バックビークは心地良さそうに鳴いた。シリウスもバックビークも、ホグズミードの外れにある洞窟から開放的な場所に出ることができて、機嫌が良い様子だった。

「さて、ダンブルドアとハグリッドの手引きがあるとはいえ、いつまでもゆっくりはしていられない」

ルーピンがはきはきと言った。

「いつ、決闘立会人が見回りでやってくるかわからない。いや、大丈夫だよ、ハーマイオニー」

口を両手で覆ったハーマイオニーを、ルーピンが安心させた。

「合図があるまでは安全だ。さて、私たちがここに来たわけだが――」
「その前に一つだけ確認させて! ロンは無事なんだよね? ロンがいないことに触れないということは、二人とも何か知ってるんでしょ?」

ハリーの言葉にルーピンは虚を衝かれた様子だったが、すぐに笑顔で返した。

「さすがだね、ハリー。そのとおり、私たちはロンの事情を知っているし、保証しよう。ロンは命の危険に晒されてはいない」

しかし、シリウスが声を荒げた。

「くそっ、あのスニ―――」
「シリウス!!」

ルーピンが警告するように呼びかけた。

「あの―――あー……スニッチを逃がしたのは誰だ? まさか、ハリー、君ではないよな?」

シリウスが慌てて取り繕ったが、ハリーは、名付け親が絶対に別のことを言うつもりだったと思った。しかし、今度はハリーが虚を衝かれる番だった。

「僕が? スニッチを? 一体、何の話?」

シリウスは、暗い校庭を振り返った。

「ここに来る途中、スニッチが飛んでいるのが目に入ったんだ」
「でも、それがなんで僕に繋がったの?」

シリウスとルーピンが顔を見合わせ、思い出に耽るようににっこりと笑った。

「ジェームズは、君のお父さんは優秀なチェイサーだったが、スニッチをもてあそぶのが癖だった。とくにリリーのそばに行くと、ジェームズはどうしても見せびらかさずにはいられなかった」

そこで一旦言葉を切ると、シリウスはクックッと笑って、いたずらっぽくハリーを見た。

「ハリー、君も父親と同じ癖があるのではないかと思ってね。なにせ、『密やかな胸の痛み』をもつ少年だからね」

シリウスは、「日刊預言者新聞」だけでなく、「週刊魔女」までも拾っていたらしい。

「まさか、リータの記事なんか信じてないわよね?」

ハーマイオニーの顔が真っ赤になっていた。

「ハーマイオニー、まさか!? ちょっとした冗談だよ。二人とも、気を悪くしたのならすまなかった」
「僕は全然気にしてないよ。それより、父さんの話をもっと聞かせて」

ハリーがせがんだが、シリウスは首を振った。

「話したいのはやまやまだが、その話はまた今度だ。もう時間がない。要件を手短に話そう。さぁ、ルーピン」

シリウスに促されたルーピンが、口を開いた。

「炎のゴブレットに君の名前を入れた何者かについての警告は、シリウスが十分してくれていると聞いている。私もシリウスと同じ気持ちだが、くどくどと繰り返すのは、いまはよそう」
「今晩ここに来たのは、君を激励するためだ。争奪戦の様子は、ダンブルドアから預かった両面鏡でずっと観ていた。君の守護霊にはあらためて感心されられたよ、ハリー」
「それもこれも、ルーピン先生のおかげです」

ハリーは思わず先学期の口調になってしまい、ルーピンと一緒になって笑った。シリウスは、ハーマイオニーに微笑んだ。

「クルックシャンクスも元気そうで何よりだった。聡明な君に似て、本当に賢い猫だ。よろしく伝えておいてくれ」

ハーマイオニーが少し照れて頷いた。シリウスはハリーに向き直ると、ルーピンに替わって話を続けた。

「さて、ハリー。三校対抗トーナメントに直接関係ないお祭りだからといって、争奪戦の勝利を諦めないでほしい。今日の勝利が、その何者かに打ち勝つための力になるからだ」

ルーピンは、ハリーとハーマイオニーを交互に見つめ、しっかりとした声で言った。

「多くは語れないが、争奪戦の勝利のための、私たちからのアドバイスだ。ルールをよく読みなさい。そうだ、ハリー。ルールだ」

曖昧すぎるアドバイスに唖然としたハリーに、ルーピンが念押しした。ハリーは、もう少しわかりやすいアドバイスを求めようとしたが、その瞬間、何か大きくて銀色のものが、天文台塔の手摺壁を飛び越えてきた。神経質に首を振り立てたバックビークと四人の真ん中に、オオヤマネコがひらりと着地した。すると守護霊の口がくゎっと開き、大きな深い声がゆっくりと話し出した。つい最近、どこかで聞いたことのある声だ。

「巡回の闇払いが、そっちに向かっている」

シリウスは、興奮しているバックビークを慣れた手つきでなだめ、すぐさま飛び立つ準備を始めた。事情を飲み込めずに、銀色のオオヤマネコが消えたあたりを見つめていたハリーに、ルーピンが説明した。

「魔法省の中にも、ダンブルドアに忠誠を誓う者がいるということさ。今回の大冒険は、キングズリーやニンファドーラによる魔法省内部からの手引きも不可欠だった。二人には、もう会ったらしいね。君たちのことを絶賛していたよ」

ルーピンが言っているのは、決闘立会人だった男女のことだろうか。

「ルーピン、乗れ!」

すでにバックビークに跨っていたシリウスが手を差し出した。シリウスの手を掴んだルーピンは、片足をバックビークの背中にかけ、シリウスの後ろに跨った。

「ロンにもよろしく伝えてほしい。頑張るんだよ、ハリー、ハーマイオニー」
「挫けそうになったときは、私たちも応援していることを思い出すんだぞ。また連絡する」

ルーピンとシリウスが言った。シリウスはバックビークのわき腹を踵で締めた。巨大な両翼が振り上げられ、ハリーとハーマイオニーは飛び退いた。バックビークが飛翔した。乗り手とともにヒッポグリフの姿がだんだん小さくなっていくのを、ハリーは手を振って見送った。銀白色の月が、ホグワーツを見守るように輝いていた。遠くに、ヒッポグリフの雄々しい鳴き声が聴こえた気がした。



【あとがき&解説】

まず始めに告知です。

mixiアプリ携帯小説にて、この聖者の卵の番外編であるセブルス・スネイプ主役の短編を、書き下ろし始めました。

本編である聖者の卵のエピローグに繋がるお話です。

いまのところ携帯小説でしか読めない物語ですので、教授ファンの方は是非。

(追記→「ハリポタ」や「聖者の卵」でタグ検索したら、私の作品にたどり着くはずです。)


さて、この章はシリウスとルーピン先生の登場する章でした。

親世代好きの方なら、シリウスが言いかけた「スニ―――」の続きもわかるかと思います。

そして、ルーピン先生からのお言葉。

「ルールを読め」

ということで、ルールを抜粋したおまけページも投稿しておきました。

物語もいよいよクライマックスということで、25-27章で一気に伏線が回収されていきます。

更新ペースは不定期になるとは思いますが、最後までよろしくお願いします。






[10109] 第25章 行方不明者の落とし物 -1
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/01/30 15:05
【第25章 行方不明者の落とし物 The Thing The Missing Lost その1】


「それじゃあ、ルーピンのヒントを考えてみましょう、ハリー」

シリウスとルーピン、そしてバックビークを見送ったハリーとハーマイオニーは、見回りの魔法省の役人が現れる前にと、急いで天文台塔を下りていた。争奪戦中とはいえ天文台塔に立ち入って良かったのかどうかわからなかったし、魔法省の役人の持つ両面鏡によって、二人が天文台塔にいたという事実を大勢が知ることになる事態は避けたかった。逃亡中のシリウスのためにも、いましがたの秘密の再会の証拠をなるべく残したくなかったのだ。
二人は先ほどの再会の喜びからすでに気持ちを切り替えていた。ロンの現状を知っている素振りを見せたルーピンのヒントが、ロンとの再会に直結すると感じ取っていたからかもしれない。

「だけど、『ルールをよく読め』なんて言われても困るよ」

東棟の六階の廊下で背後に気を配りながら、ハリーは溜め息をついた。

「ルールが書かれた羊皮紙は、争奪戦中は必要ないと思って寮に置いてきちゃったよ」
「それなら、私が一字一句漏らさずに暗記しているから問題ないわ」

ハーマイオニーが、いままで読んだ本の内容を覚えていることは、ハリーもよく知っていた。しかし、まさか学校行事のルールまで丸暗記しているとは、ハリーは思ってもみなかった。ハリーの驚いた顔を見て、当然だとばかりにハーマイオニーが言った。

「ルールあってこそのゲームじゃない!? そうでなければ、ただの野蛮な戦争よ。あなただって、クィディッチのルールは全部覚えてるでしょ?」

確かにハリーは、一年生のときにマクゴナガル先生から大抜擢されて以来、三年間ずっとクィディッチの代表選手に選ばれ続けてきた。しかし実際にプレーするのには、必要最低限のルールさえ把握していれば十分だった。
第一、クィディッチには七百もの反則があるのだ。覚えきれるはずがない。

『冗談言うなよ。ハーマイオニー、君はクィディッチのことを何もわかってない』

ロンがいたら、そう言っただろうか。

「とにかく、気になるルールを挙げてみましょう」
「そういえば……」

ハリーは、ハッフルパフのエリアでの乱戦以来、一つ気になっていることがあった。

「ノーマルエンブレムは、エリア内に持ち込むことはできないはずだ。それじゃあ、守備側が攻撃側のエンブレムを奪ったらどうなるんだ?」
「そのことなら、争奪戦が始まってすぐにマクゴナガル先生に確認したわ」

ハーマイオニーが、おべんちゃらのグレゴリー像を過ぎた角から少しだけ向こうに顔を出し、曲がった先の廊下の安全を確認しながら答えた。

「自陣でエンブレムを獲得した場合は、混乱が収まり次第すみやかにエリア外に運べば良いそうよ」

ハリーは、この言葉が少し引っかかった。

「でも、『混乱が収まった』とか『すみやかに』っていうのは、その人の主観に左右されるよね?」

ハーマイオニーは、ハリーがその点に疑問を抱くのを予期していたようだった。

「ルールというものは、いつでも完全であるわけではないわ。魔法省の法律を鑑みてもわかるはずよ」

振り返って熱っぽく話し始めたハーマイオニーは、屋敷しもべ妖精の奴隷制度のことを考えているのだとハリーにはすぐにわかった。
角を曲がるとハリーは下に続く階段がある隠し扉を指差し、ハーマイオニーもそれに従った。

「クィディッチのルールだってそう。きっと過去の過ちを省みて、修正されていったはずよ。仕方ないことだわ。だから今回の争奪戦では、ルールが厳密でない部分は決闘立会人がその場その場で判断を下すみたい。今回の場合なら、そのエリアの寮監ね」
「つまりスネイプが『混乱した状況』だと判断すれば、エンブレムをエリア外に出さなくていいわけだ」

狭い階段の前を行くハーマイオニーが突然振り返ったので、ハリーも立ち止まらざるをえなかった。

「ハリー、個人的感情は一旦捨てて冷静にならなきゃダメよ。そうでなければ―――」
「僕がコーマックみたいなバカをやる、とでも言―――」

そのとき、ハリーの頭に一つの疑念が浮かんだ。怒鳴り始めたかと思った途端に突然言葉を切ったハリーに、ハーマイオニーは困惑の表情を浮かべていた。自分を見つめるハーマイオニーを追い越して、ハリーはその考えに耽りながら階段を下り始めた。

「本当に、コーマックは我を失っていたのか?」
「錯乱の呪文のことを言っているのなら」

ハーマイオニーがハリーに並んだ。

「まずありえないわ。彼は、数時間エリアに留まっていたの。錯乱の呪文はかなり高度な魔法よ。物ならまだしも人を長時間錯乱させ続けるのは、私たち学生には不可能といっていいわ」
「錯乱の呪文……それもありうるな。急げばまだ間に合うかもしれない!」

たったいま下りてきた階段を逆走し始めたハリーを、ハーマイオニーが引き留めた。

「何のことを言っているの?」

説明を後回しにすることも考えたが、ハリーは逸る気持ちを抑えた。エリアに戻ったときに、ハーマイオニーの協力が不可欠になるだろう。何よりハーマイオニーに納得してもらうことで、自分の推測を確信に変えたかった。

「ポリジュース薬だ」

ハーマイオニーがアッと息をのむ姿をハリーは期待していた。しかし、ハーマイオニーの反応は違った。ハーマイオニーが一歩ハリーに詰め寄った。

「ハリー、私たちがポリジュース薬を作るのに、どれほどの無茶をして、どれほどの期間を費やしたか、忘れたわけではないわよね? スネイプの研究室は呪文で封印されているし、争奪戦の開催が判明したのはつい一週間前なのよ?」

相手がスリザリン生だということをハーマイオニーは忘れているのだろうか?

「スネイプはずっと以前から争奪戦が行われることを知っていたに違いない。それにスリザリン生相手になら、ポリジュース薬の材料を喜んで提供しただろう。いや、もしかしたらスネイプ自ら薬を調製したかもしれないな」
「あなたがスネイプに難癖つけたいのはよくわかった。だけど、考えられないわ」

スネイプはそんな卑怯なことはしない? ハーマイオニーは本気でそう思っているのだろうか? そしてロンなら、ハリーとハーマイオニーのどちらの意見に加勢しただろう?

「スネイプなら手段を選ばな―――」
「スネイプのこともあるけど、それだけじゃないわ。仮にスリザリン生のスパイがポリジュース薬でグリフィンドール生に変身して、エリアにいるとしましょう。敵鏡やかくれん防止器や掛け時計のことは、どう説明するの?」

ハリーは闇の検知器や掛け時計の存在をすっかり忘れていた。しかし、まだ自分の懸念が間違っていると証明されたわけではない。

「ポリジュース薬で変身した者には誤認するのかもしれない。そもそも、あの部屋にある機器が正常に作動するという保証はない」

ハーマイオニーが腕を組んで、考え込み始めた。

「うーん……それもそうね。一度、整理してみましょう。まずスリザリンのスパイが本当にエリアにいたとして、グリフィンドールのエリアにたどり着いたのはいつ?」
「争奪戦開始前かもしれないし、争奪戦中に誰かとすり替わったのかもしれない」
「争奪戦開始前はないと思うわ。アンジェリーナがみんなに注意を呼びかけていたでしょ? クィディッチと同じように前哨戦が起こるかもしれないから、絶対に廊下で独りになるなって」

そう言われてみれば、アンジェリーナがそのようなことを言っていた気がする。ウッドから毎シーズン注意されていたハリーは、いつものことだと思って適当に聞き流していた。

「それなら争奪戦中に独りで行動していた時間があって、誰かと合流してからエリアに戻ってきた生徒が怪しいよ」

ハーマイオニーが頷いた。

「そして、そのスパイはグリフィンドールのエリアが必要の部屋であることを知った。けれどエリアエンブレムを取ることはできなかったはずね。ポリジュース薬の使用が公になれば、スネイプの贔屓が明らかになって大問題になるもの」
「同じ理由で、一緒に行動中のグリフィンドール生を攻撃して撒くわけにもいかない。仲間と連絡が取れずにやきもきしていたそのスリザリン生は、コーマックに変身していたか、コーマックに錯乱の呪文をかけたかもしれないな」
「あのコーマックがスリザリン生の変身だった可能性はないわ」

ハーマイオニーがきっぱりと言い張った。

「痺れを切らしたスリザリン生なら、グリフィンドールのエンブレムを持ち出していたはずだもの」

ハーマイオニーの言うとおりだ。スリザリン生がコーマックに変身していた場合、中継地点でコリンからノーマルエンブレムを“奪う”ことになる。グリフィンドールのノーマルエンブレムを持ち出せば、そのエンブレムに対応するグリフィンドール生は城内のどこかにランダムで飛ばされる。それがエリア内の選手ならば、エリアの守備が薄くなりスリザリンが攻め込むチャンスになる。エリア外の選手だったとしても、戦力を分散させることができるのだ。

「コーマックは高慢な人だけど、万が一のことを考えてレイブンクローのエンブレムを持ち出すだけの分別は持ち合わせていたのだと思うわ」

不遜な態度は気に障るが、確かにコーマックはグリフィンドールの勝利を強く願っていたのだろう。彼が提案した呪文の練習も、実際大いに役立っていた。ただしエリアを飛び出していったことに関しては、自信過剰だったと言わざるをえない。

「話を戻しましょう。エリアを突き止めたスパイが、次に取るべき行動は?」
「当然、他のスリザリン生とコンタクトを取ることだろう。そのためにはまずエリアの外に出なければならないし、一緒に行動しているグリフィンドール生を自然に撒く必要がある。だから僕たちは、スパイの疑いのある生徒がエリア外に出るのをまず阻止しないといけない」

そう、一刻も早くエリアに戻ってアンジェリーナに伝えなければ。

「でも、本当にスパイはいるのかしら? 可能性を完全に否定はできないけれど、証拠もないわ。それに、やっぱりスネイプがそこまでの贔屓をするとは思えないの。あなたはスパイが誰に化けていると思っているの、ハリー?」

事態は一刻を争うというのに危機感のないハーマイオニーが、ハリーには理解できなかった。

「ケイティやその友達のリーアンは、独りで行動している時間があったはずだ」

しかし、ハーマイオニーは頭を振った。

「彼女たちは、独りでエリアに帰ってきたわ。ちょうどマクゴナガル先生に位置特定呪文について訊ねているときだったから、はっきりと覚え……」

ハーマイオニーが唐突に言葉を切って黙り込んだが、ハリーは気にも留めずにイライラしながら言った。

「争奪戦中に独りで行動していた時間があって、誰かと合流してエリアに戻ってきた生徒なんて、きっと何人もいるだろう。エリア外で撒かれないうちに、早く―――」
「待って」

口を挟んだハーマイオニーの声は、少し震えていた。

「待って……ハリー、いるの。その条件を満たして、さらにグリフィンドール生を自然に撒いた人が……」

ハリーはその言葉に、興奮と恐怖を同時に感じた。それは自分の推測を支持する一方で、エリアの危機を意味していた。

「誰なんだ!?」

ハーマイオニーは、閃いた名前が自分でも信じられないという面持ちで静かに言った。





「ロンよ」





[10109] 第25章 行方不明者の落とし物 -2
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/02/28 12:00
【第25章 行方不明者の落とし物 The Thing The Missing Lost その2】


ハリーは、ハーマイオニーがなんと言ったのか一瞬理解できなかった。

「ロ……ン?」
「えぇ、そうよ。ロンはあなたやフレッド、ジョージとはぐれた後、アリシアたちと合流してエリアに帰ってきたの。そしてさっき、独りでマルフォイたちを食い止めると言って―――」
「そんなはずはない!!」

ハリーは喚き声をあげた。ハーマイオニーはびくっとして、ハリーから離れるように後退りした。

「ロンは、確かにロンだった! スリザリン生のわけが―――」
「わかったから叫ばないで、ハリー。私は可能性の話をしただけよ。私だって、さっきまでのロンがスリザリンのスパイだったとは思えないわ」

ハーマイオニーが、ハリーをなだめるように言った。

「そもそも、スリザリンがスパイを送り込んでいる可能性自体が―――」
「その“可能性”が高まる証拠を、たったいま君自身が示したんだ! それなのに、よくそんな悠長なことを言っていられるな! 僕はエリアに戻る!!」
「落ち着いて、ハリー!」

ハーマイオニーが哀願するように言ってハリーの腕を掴んだが、ハリーはその手をはねのけた。
自分がハーマイオニーに八つ当たりしていることを、ハリーはわかっていた。しかし、いくつもの考えが目まぐるしく頭の中を回り、自分がどうしたいのかすらハリーにはわからなくなっていた。

スパイが化けていたのがロンだったとしたら、いまさらエリアに戻っても仕方がない。せいぜい、いまからスリザリン生が攻め込んでくると警告できるくらいだ。
とはいえ、それだけでも十分有意義なことかもしれない。
いや、何を考えているんだ。
そもそも、さっきまでのロンがスリザリン生のスパイだったはずがない。
しかしアンジェリーナにそう言ったところで、信じてもらえるのだろうか。ロンがスパイでないという証拠はない。
……違う。
ロンがスパイかどうかを議論する必要はないはずだ―――

考えがまとまらないままに階段を上り始めていたハリーは、後ろからローブを強く引っ張られ、危うく転げ落ちそうになった。

「危ないだろ、ハーマイオ―――」

しかし、そこにいたのはハーマイオニーではなかった。

「そんなに急いでどこ行くの、ポッティちゃん?」

大口で小男のポルターガイストが、ケッケッと笑いながら宙に浮かんでいた。ハーマイオニーは戸惑いの表情ですでにピーブズに杖を向けていたが、ハリーに当たるのを恐れて呪文をかけるのをためらっているようだった。ハリーは脅すように唸った。

「どけ、ピーブズ」
「オォォゥ、いかれポンチがイライラしてる」

ピーブズが意地悪くニヤニヤ笑いながら、ハリーの頭の周りをプカプカと一周した。

「どうしてそんなに動転してるの? いや、狂ってるのはいつものことか」
「ほっといてくれ!」

再び階段を上がりながら、ハリーが叫んだ。

「そんな態度でいいのかな? これ、な~んだ?」

振り返ると、ピーブズは緑色の何かを掲げていた。ピーブズが空中でくるりと宙返りし、その何かが鈍く光った。
ハリーはハッとローブの胸元に手をやった。しかし、それはそこにはなかった。ピーブズはいつの間にか、ハリーがクラムから預かっていたエンブレムをかすめ取っていたのだ。
ハリーがローブから目を上げたときには、すでにピーブズは階段の手摺を背中で滑り降りていた。ピーブズが手をかざすと、隠し扉が勢いよく開いた。

「ハーマイオニー、ピーブズを捕まえて!」

しかしハーマイオニーが状況を呑み込んだときにはもう、ピーブズは廊下に飛び出していた。

「ごめんなさい、ハリー。いつものように嫌味を言いに来ただけだと思って、ピーブズがエンブレムを奪っていたなんて思わなかったの」
「とにかく、エンブレムを取り返そう」

ハリーはハーマイオニーと一緒に、月明かりが差し込む廊下に出た。

「ポッツン・ポッツリ・ポッター!」

ピーブズは二人を嘲笑うかのように、空中でヒョコヒョコと跳ねていた。

「ステューピファイ! 麻痺せよ!」
「インペディメンタ! 妨害せよ!」

ハリーとハーマイオニーが同時に叫んだが、ピーブズは上下方向にぐるんと反転して二つの光線をかわした。そして逆さま状態のままで、舌を突き出してベ~ッとやった。

「タイミングをずらして、追い詰めましょう」

そう言うとハーマイオニーは、ハリーの二度目の呪文を避けたピーブズに杖を向けた。

「インカーセラス! 縛れ!」

ピーブズは辛くもその呪文から逃れたが、鈴飾りのついた帽子がずり落ち、オレンジ色の蝶ネクタイは歪んでいた。イライラが頂点に達していたハリーは、その鬱憤をぶちまけるように魔法をたたみかけた。
さすがのピーブズも、これには参ったようだ。ピーブズは何度目かのハリーの呪文を辛うじて避けたはずみで、花瓶に頭から突っ込んでしまった。

「マジになるなよ、ポッター。あぁ、興醒めだ。こんなもの、こうしてやる」

それは一瞬のことだった。水を被り頭に花が引っかかったピーブズが窓を一睨みすると、パッと窓が開いた。そしてピーブズはエンブレムを窓の外に投げ捨て、悪態をつきながらズームアウトして消え失せた。

「拾いに行かなきゃ!」

あれはクラムのエンブレムだ。もちろん三十点というその点数も大きかったが、再戦のときまで預かっておくと約束したものだった。
ハーマイオニーが窓の外を見下ろした。

「ちょうど城の正面玄関のすぐ外だわ。急ぎましょう。もうすぐ十分が経ってしまう」

二人は一番近くの大理石の階段を一階まで駆け下りた。玄関ホールはダーズリーの家がまるまる入りそうなほど広く、天井はおそろしく高い。あまりに広い空間なので、寮の点数を記録した巨大な砂時計の脇を駆け抜けたハリーの足音は、石畳の床や松明の炎に照らされた石壁に反響こそすれど、増幅することなく天井へと吸い込まれていった。樫の扉を開けた途端、ハリーの顔を夜気が包んだ。
クラムのエンブレムはルーモスを唱えるまでもなく、玄関ホールから漏れた光の筋の中にすぐ見つかった。ハリーはエンブレムをしっかりと胸に留め、ハーマイオニーを安心させようと振り返った。
しかし、ハーマイオニーはそこにはいなかった。

「ハーマイオニー?」

ハリーが樫の扉を入ると、興奮した面持ちでハーマイオニーが駆け寄ってきた。

「ここよ! ここなのよ、ハリー!」
「えっと、何の話だい?」

ハーマイオニーが両手を広げ、玄関ホールを振り返った。

「マクゴナガル先生が仰っていたでしょ。『“永遠”という言葉が虚しく響き、零れ落ちる時を留めてはおけない』というのは、まさにこの玄関ホールのことを言っているのよ。足音も吸い込まれてしまうこの広大な空間。そして、宝石が零れ落ちるこの砂時計」

ハリーも玄関ホールを見回した。ハーマイオニーの言うとおりだ。ここ以外に、マクゴナガル先生のヒントにピッタリの場所があるはずがない。

「それなら、この玄関ホールのどこかにロンの手がか―――ウワッ!!」

喜びのあまり駆け出そうとしたハリーは、何か小さくて丸い物を踏んづけてしまい、ドスンと尻餅をついてしまった。

「大丈夫、ハリー!?」

ハリーはお尻をさすりながら立ち上がった。

「うん。何かがここに落ちてて―――」

前方に転がっていったその何かに、ハリーは見覚えがあった。よく確認するために、ハリーはそれを拾い上げた。

ハリーの頭の中でバラバラに存在していたパズルのピースが、途端に組み上がり始めた。

一週間前のマルフォイの不審な行動とハリーが感じた違和感。
スリザリンの大胆な作戦。
ロンのタロットカードの真意。
行方不明のロン。
廻り続ける掛け時計の針。
ルーピンの残したヒント。
スリザリンのエリアがいくら探しても見つからない理由。

それらのすべてを結ぶ最後のピースが、いまハリーの手の中に収まっていた。

ハリーの肩越しにそれを見たハーマイオニーも、興奮で目を輝かせ、両手を口に当てた。


しかし、その口から言葉が漏れることはなく、その目の輝きは虚ろに消えていった。
スローモーションの映像を見ているかのように、ハーマイオニーがハリーの脇に倒れた。

「これでまた独りぼっちだな、ポッター」



ハリーを取り囲んだスリザリンの集団の先頭で、杖を掲げたマルフォイがせせら笑っていた。





[10109] Surprise!! ~フレッドとジョージの幼少時代~ 前編
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/04/01 21:14
フレッドとジョージに

******************************

【フレッド(5歳)】

「ヘ…ヘクチッ!!」

オレはマのヌけたくしゃみをした。グールおばけのしわざに違いない。布団は床に落ち、パジャマ姿のオレは奇妙キテレツなポーズを取らされ、いまにもベッドから落ちそうになっていた。

そりゃ、くしゃみの一つも出るわな。

布団をベッドの上に引きずり上げると、その中にもぐりこんだ。

「フレッド、起きろよ。ママは十分前に起こしに来たぞ」

オレのふたごの弟、ジョージは、すでにとなりのベッドからぬけ出て、服に着がえている。このところ、ジョージのやつはやけにおりこうさんだ。昔は、オレといっしょにバカさわぎしていたのに、ここ一・二年ほど、ロンとジニーがうまれてからアイツは変わった。なんだか……ちょっぴり気にくわない。


【ジョージ(5歳)】

ほんとはオ…ボクだって、ふたごの兄、フレッドみたいに、布団をけ飛ばしていたってずっと眠っていたい。ママにおこられたって楽しくバカさわぎしていたい。

でも、それじゃダメなんだ。

まどの外のおひさまはかなり高く上がっている。“シュンブン”がすぎて昼が長くなった、とパパが言っていた気がする。ボクはフレッドが着がえるのを待って、いっしょに居間に下りた。

「二人とも、おはよう」

テーブルに座って本を読んでいたパーシーが、本からほんのちょっぴり顔を上げてあいさつした。あくびで返事しているフレッドを見て、オ…ボクはちゃんとあいさつをした。けど、パーシーの『二人とも』のところが気にいらなかった。

パパは朝早くからお仕事に行っている。一番上のビル兄はホグワーツの三年生になり、二番目のチャーリー兄も今年からホグワーツに行き始めた。二人ともホグワーツで暮らしているから、しばらく会っていない。

相手をしてくれるビル兄やチャーリー兄がいないと、つまらなかった。パーシーはいつも本ばっかり読んでいる。パーシーだけ“兄”がつかないのも、それが理由だったりする。

ボクはテーブルにつくと、オートミールをスプーンですくって口に入れた。オートミールはちょっぴり冷めていた。


【フレッド】

「ママは?」

台所を覗きこんでもいなかったから、オレはパーシーにきいた。

「上でジニーを寝かしつけている」

今度はパーシーのやつ、顔も上げずに答えた。

ったく、本を読んでりゃそれでいいのかよ。

オレはジョージのとなりに“ドカッと”座った。いや、自分では“ドカッと”座ったつもりだけど、ジョージがまったくおどろかずにオートミールを食べつづけているあたり、“ポスッと”だったかもしれない。けど、気持ち的には“ドカッと”だった。

ちっちゃいころは、思うぞんぶん好きかってができたし、ママもオレとジョージを見分けてかまってくれていた。それがロンがうまれてから、ママはロンにつきっきりになり、ジニーがうまれてからは、オレとジョージがお兄ちゃんとして、ロニーぼうやの子守りをしなくちゃならなくなった。本読みに夢中なパーシーは、子守りから外されていた。

そのころからだ。ママがオレとジョージをいっしょくたに呼ぶようになったのは。オレはジョージよりもいっそうやんちゃになり、ママの目を引こうとした。

だけど、なかなか思うようにはいかない。この前なんて、ロンのやつがオレが大事にしていたオモチャのほうきを折りやがったから、ロンのテディベアが大グモに変わってしまえばいいのにって思った。本当にテディベアは大グモに変わって、ロンの泣き声を聞きつけてとんできたきたママに、オレはほうきで何度も打たれた。ロンのやつが先にやったのに。こういうのをなんて言うんだっけ……そう、“リフジン”だ。

あぁ、オモチャのほうきじゃなくて、自分用の本物のほうきがほしい。そしたら、誰にもかまってもらえなくたって、気持ちいい風を感じながらどこか好きなところに行けるのに……。


【ジョージ】

自分のほうきがほしい。ボクはずっと、そう思っていた。ビル兄やチャーリー兄がいるときは、二人のほうきにいっしょに乗せてもらっていた。だけどいまは、ほうきもホグワーツにいってしまっている。一年生はほうきを持っていってはいけないことになっているが、チャーリー兄は自分のほうきをビル兄のといっしょにして包み、ビル兄にまとめて持っていってもらったんだ。

つまらない。

そんなボクの考えがテレパシーでわかったかのように、パーシーが言った。確か“タイクツ”というのは、つまらないってことなんだっけ?

「おまえたちも、退屈なんだったら本を読んだらいい」

だから、『おまえたち』ってひとくくりにすんなって! ボクはジョージ、ソッチがフレッド!

「たとえば、この本『ポグレビンとぽくぽく雪道』。ギルデロイ・ロックハートっていう新人の本なんだが、発想が斬新で面白いんだ」

“ハッソーガザンシン”だとおもしろいらしい。表紙にデカデカとのった写真の中のブロンドヘアーの男が、白い歯をみせながらブルーの瞳でウインクをした。

「ポグレビンとの出会いのシーンなんて笑ってしまうよ。普通は麻痺呪文を使うんだけど、彼は違った。ポグレビンっていうのはロシアの鬼でね、背は三十センチほど。体は毛深いけど、大きな頭は灰色ですべすべしていて、しゃがみ込むとつやつやした丸い岩に見えるんだ」

本のことになると、パーシーはおしゃべりだ。ボクはウンザリしてきた。となりでフレッドが大きなあくびをした。ボクは必死であくびをかみ殺した。フレッドと同じことをしたくなかったから。


【フレッド】

パーシーのおしゃべりは、まだ続いた。

「それでね、ポグレビンの恐ろしいところは……」

オレは、もう聞いちゃいなかった。二・三回、小さいあくびを繰り返し、ついに特大のあくびをくりだした。これには、さすがのパーシーもスピーチを止めた。

「まったく、しょうがないな。じゃあ、最近このあたりで広まっている興味深い噂は話したかな?」

オレは言ってやった。

「それっておもしろい?」
「あぁ、面白いさ」
「じゃあ、聞いたことない」

パーシーの口からおもしろい話を聞いたことなんて、一度だってありゃしない。むしろ、人には言えないようなパーシー本人のヘマのほうが、よっぽど笑える。まぁ、そのヘマのほとんどは、ウラでオレとジョージの引き金があったんだけどな。

パーシーはオレの皮肉にも気づかずに続けた。

「今、何かほしいものはあるか?」


【ジョージ】

もちろん、それはほうきだ。だけど、ボクもフレッドも子ども心に、ウチが貧乏であることをわかっていた。「ほうきがほしい」なんて口にすれば、自分がまだまだロンくらいの、何もわからないお子様だと思われそうで、ぜったい誰にも、フレッドにすら、このことは話さなかった。

「そりゃほしいものの一つくらい、ボクにもあるさ」

ボクはなんとなくごまかした。パパが何かをごまかしているときには、ママがよく『カボチャジュースを濁さないで』って言ってたかな。

「なんでパーシーに言わなきゃならないんだよ?」

フレッドはなんとなく、きげんが悪そうだった。

「まぁ、聞けよ。いい話があるんだ。オッタリー・セント・キャッチポール村の外れに、怪しげな古めかしい屋敷があるんだ。そこに辿り着いた者は一人だけ、屋敷の主人になんでも好きな物がもらえるらしい」

ほうきがもらえる。

「じゃあ、なんでパーシーは行かないんだ?」

フレッドが顔をしかめようとがんばっているけど、口元がゆるみ、目はかがやいている。ボクの顔も同じようになっているのかもしれない。ボクはスプーンをのぞきこんだ。ぐにゃぐにゃな顔がさかさに映った。

「怖い話があるんだよ」

ボクとフレッドは、ビクビクしながらもパーシーの話に聞き入っていった。

「屋敷の周りの林に入った者は、誰一人、戻って来なかったんだ」

ボクはゴクリとつばを飲み込んだ。そんなところにボクが行けるだろうか?

「魔法学校に入学してからその屋敷に行こうと思っているんだが、誰かに先を越されないか心配だよ」

パーシーはフッと笑って本をつかむと、部屋へと戻っていった。

居間にはボクとフレッドだけになった。


【フレッド】

そんなところ、行くしかないだろ? 親指くわえて待ってたら、なんだってのがしちゃう。オレは立ち上がると、玄関へ向かった。

「フレッド! どこに行くの!?」

ちょっと庭小人をからかいに。これでもよかったはずだ。だけど、本当のことを言ったら、ジョージはどんな顔をするだろう? オレは試してみたくなった。

「ちょっくら、なんでもくれる魔法使いのやしきに、な」

ジョージは困った顔をした。まったく、ジョージらしくない。オレより先にとびだしていったっておかしくないやつだったのに。

「さっきのパーシーの話、聞いてなかったのか? 帰って来れないんだぞ!」

やしきに向かった者はみんな、ほうきをもらって自分の“イバショ”を探しにいった、なんていうのはどうだ?

「フレッドってば!」
「ママに言いつけるか?」

オレのことばにジョージは黙りこんだ。

「オマエは来なくていいんだぞ。どっちにしたって、ほしい物をもらえるのは一人だけだからな」

オレはくるりと振り返ると、ドアに手をかけた。

「待って!! ボクも行く!!」

よし、そうこなくっちゃな。ただ、いいかげん、その『ボク』って言うのはやめろよな。昔はいっしょに『オレ』って言ってたのに。まぁ、いまはいい。オレはジョージに向き直った。

「ねんのため、林を抜けるまではいっしょに行くぞ。林を抜けたらヨーイ、ドンだ。早い者勝ち、恨みっこなしだからな」
「あぁ、わかった」

オレとジョージはそろって庭に出た。ママに見つかる前に早く遠くに行きたかったけど、まずは物置きに向かった。

「フレッド、物置きになんの用?」

ジョージはふしぎそうだ。オレはジョージにウインクした。

「冒険にはアイテムが欠かせないだろ?」


【ジョージ】

フレッドは物置きの中をゴソゴソ探すと、こん棒を一本、右手で放ってよこした。フレッドの左手にも、同じものがにぎられている。ビル兄やチャーリー兄がクィディッチをするときに使う、ビーター用のこん棒だ。フレッドはそのこん棒を、剣のように振った。

「これでよし!」

物置きから出て、はじめて、ボクは重要なことに気づいた。

「ねぇ、フレッド!」
「ウン?」
「やしきへの道はわかるの?」

フレッドはあんぐりと口を開けて、固まってしまった。やっぱり……。

それでもボクは、フレッドのこういう向こう見ずなところにあこがれていた。いっしょになってバカさわぎしていたころも、いつもきっかけはフレッドのほうだった。もしボクとフレッドがふたごじゃなかったら、なんの迷いもなく、いまでもいっしょにあばれていただろう。

「仕方ないな。まずは村で話を聞いて…誰だ!?」

入り口近くの少しかたむいた看板の陰に、ボクは人影を見つけた。フレッドもおどろいて振り向いた。その男は、いや、女かもしれないけど、足元までのびる黒いコートを着て、頭にはスッポリとフードをかぶっている。顔は見えなかった。

「誰だ!?」

今度はフレッドがさけんだ。フードの男はなにも言わずに杖を取り出した。ボクとフレッドはビクッとしたが、フードの男は空に向かって杖を振った。フードの男の頭の上にほうきが現れて、思わずボクは息をのんだ。男が杖をもう一振りすると、ほうきは消えた。

魔法使いだ。

男は杖をしまい、あいかわらず無言でボクたちに手招きすると、かけだしていった。

「待て!」

ボクとフレッドはどちらが先ともなくさけび、もう男を追いかけはじめていた。あのフードの男こそ、なんでもほしいものをくれる魔法使いに違いないと信じて。


(中編に続く)



[10109] Surprise!! ~フレッドとジョージの幼少時代~ 中編
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/04/01 21:15
【フレッド】

フードの男は隠れ穴を出ると、すぐに森にかけ込んだ。どうやらやしきはこの森を抜けた先にあるらしい。

それにしても、あのフードの男。オレたちをバカにしているのか? オレたちがヘバって立ち止まると、奴も立ち止まって手招きをする。まったく、なめられたもんだ!

それにしても、今日はいつも以上に体が重い。いや、体が変というより、胸のあたりにぽっかり穴が開いた感じで、吐き気がする。

そのときオレは、もう何度目かのげんかいを迎えて手頃な丸い岩にすわり込んでいた。すべすべとした感触が体の火照りを冷ましていく。

しかし体を休めている最中も、オレは決してフードの男からは目を離さなかった。


「ジョージ、まだ走れるよな!」


オレの問いに、たおれ込んでいたジョージもコクンとうなずく。顔を上げるのもやっとという様子だが、その目は死んでいない。

そのとき、ふっと体が軽くなった。またこの感覚だ。体力がなくなってたおれ込む度に、きみょうな体の軽さを感じた。

もう何回この感覚を味わった?

「おい! フード野郎! そのフードに隠したすかした面を、いまに拝んでやるからな!」



【ジョージ】

背後の草むらから小枝が折れる音がして、ボクは振り向いた。

森に入ってから、ボクたちの後をつけている男が確かに一人いるようだった。いま急に体が楽になったのも、その男のしわざに違いない。

だけど、狙いは何だ?

「ねぇ、フレッド」

もう一人の男のことを、フレッドに伝えておくべきだろうか。カッとなってフードの男しか眼中にない様子のフレッドは、気づいていないだろう。

「わりぃ、ジョージ。後にしてくれないか」

やっとの思いで立ち上がったフレッドが、フラフラと走り出した。

そういえば、いつからだろう?
フレッドの背中を追うようになったのは。

もっと前は、振り向けば隣にフレッドの笑顔が見えていた気がする。

いま、フレッドの後ろ姿には、いつもの元気がなかった。体力の限界とは別に、調子が悪いようだ。

ボクはフレッドに追いついて、隣に並んだ。



こんなときこそ、ボクが頑張らないと。



【フレッド】

おかしい。

これだけ走っているのに、ほほを伝うのは冷や汗だ。走っていたはずなのに、いつの間にか歩くのがやっとになっていて、遂に足が止まる。

「フレッド?」

オレを心配して、ジョージが振り向いた。


そういや、いつぶりだ?

ぼやける視界の中で、その姿をとらえながら考えた。

ジョージがオレを振り返るなんて。


突然、胃袋がすっぽり無くなるような感覚がオレをおそった。

「あああぁぁぁぁ」
「フレッド! どこか痛むの!?」

胸を押さえ、ガックリとひざをついたオレを、ジョージが抱きかかえる。

痛い?

いや、悲しい?

少し違うな。

なんだか……むなしい。



『おまえたち!』

ロンが生まれ、ジニーが生まれ、オレとジョージがしょっちゅう一セットで呼ばれるようになってまもなく―――

オレは思ってしまった。

ジョージがいなかったら、オレは「フレッド」として扱ってもらえたんじゃないかって。

オレはすぐに苦しくなった。

自分の考えの、みにくさに。

そして、気づいてしまった―――



オレがいなければ、ジョージだけでも幸せだったんじゃないかな……

こんなみにくいオレは、ウソの自分になっちゃえばいいから、せめてジョージだけは、いまのままのジョージでいてほしい。

オレは、いままで以上にイタズラをいっぱいしよう。




怒られるのは、家族から見放されるのは、オレだけでいい。



【ジョージ】

フレッドの様子がふつうじゃない! とにかく、休ませなくちゃ!

ちょうどフレッドの背後に、灰色の岩があった。つやつやした丸い岩だ。

「ここに座って」

フレッドに声をかけ、ボクが支えて立ち上がらせようとした、そのとき―――

突然、岩が飛びかかってきた。

「危ない!」

フレッドにおおいかぶさって、ボクはその岩をかわした。

いや、それは岩じゃなかった。

三十センチほどの背丈の鬼が、ゆっくりとこちらを振り返った。しゃがんでいるときにはその大きなすべすべの頭に隠れて見えなかったが、毛深い体から短い手足が伸びていた。申しわけ程度の耳と鼻に対して、ぎょろっとした二つの目玉。おさまりきらない鋭い牙が、切り裂かれたような口からのぞいている。

今朝のパーシーとの会話を思い出した。こいつはポグレビンとかいう、ロシアの悪い鬼だ。フレッドの様子がおかしいのも、コイツのせいに違いない。

パーシーは他になんて言ってたっけ? マヒ呪文が効くって言ってた気がするけど、ボクたちには使えないし―――

「ジョージ! こん棒だ!」

フレッドのその言葉で、ボクは決意を固めた。やるしかない。

「うわああぁぁぁ!」

ボクはこん棒を振り上げると、無我夢中でポグレビンに突進した。



鈍い音が、森に響いた。


【フレッド】

くるくると宙を舞うこん棒が、地面に突き刺さる。

ジョージのこんしんの一撃は、ポグレビンに簡単に見切られ、弾かれてしまった。やはり魔法を使えなければ、太刀打ちできない相手なのか。

このままでは二人ともやられてしまう。オレは歯を食いしばって、覚悟した。

「ジョージ! おまえだけでも逃―――」

そのとき、ジョージが武器もなしに再びポグレビンに突進し、なんと、やつを蹴っ飛ばした。

そうだ。ジョージはもともと、オレと同じかそれ以上に、行動力があるやつだった。オレはなんだか嬉しくなった。

ポグレビンはうめき声をあげて、茂みの中へと逃げていった。ポグレビンを追い払った途端、それまで感じていたむなしさがキレイサッパリ消え去った。

「ジョージ。おまえの行動力には負けるわ」

まだ息を切らしているジョージが、ニヤッと笑ってオレを引っ張り起こした。

立ち上がったオレは、フードの男を睨みつけた。



さぁ、今度はオレたちの反撃だ!



【ジョージ】

「おまえたちが差し向けた鬼は、やっつけたぞ! ロシアの鬼が、こんなところにいるわけないからな」

フレッドがフードの男に叫んだ。

ん? おまえ“たち”?

「気づいてたんだ。後ろの茂みに隠れているやつ」

フレッドも気づいていたんだ。

「それに、左の茂みにいるやつ!」

えっ!?

後ろの茂みと、そしてフレッドが言ったとおり左の茂みから、やはりフードをかぶった男が現れた。

思い返せば、フレッドは周りを気にかけず好き勝手しているようで、実はいつでも周りにすごく気を遣っていたんだろう。ボクは、フレッドのことを勘違いしてたのかもしれない。フレッドに対して申し訳ないと思うと同時に、フレッドのことがますます好きになった。

「おまえたちの狙いはなんだ!?」

フレッドの言葉に、フードの男は高笑いをあげて杖を振り上げた。

「「危ないっ!!」」

ボクとフレッドは、二人とも相手をかばおうと身を乗り出した。

そして―――




ボクは深い眠りに落ちていった。



【フレッド】

「ん? どこだ、ここは?」

目をこすりながら体を起こすと、隣でジョージも体を起こそうとしていた。

「あれが、ボクたちの目指していた屋敷かな?」

そこは大きな屋敷の門の前だった。

「見て!」

ジョージが指差したほうを見ると、フードの男がこっちに手招きしながら、正面トビラを押し開いて屋敷の中に入って行った。

ゴールはすぐそこだ。オレとジョージは立ち上がった。

「ジョージ。最初の約束、覚えてるよな」
「あぁ。早い者勝ち、どっちが勝っても恨みっこなしだろ?」
「なら話は早い。行くぞ」

オレたちは思いっきり息を吸い込んだ。

「「ヨーイ……」」

顔を見合わせて、笑みを交わす。






「「ドン!」」




(後編へ続く)



[10109] Surprise!! ~フレッドとジョージの幼少時代~ 後編
Name: 檀 蒲乱◆48eb02f3 ID:9e75b708
Date: 2010/04/01 21:16
【ジョージ】

「ハハハ……やっぱり、ボクたち双子だな」

同着一位。最後まで肩を並べたままトビラにタッチしたボクとジョージは、トビラにもたれて呼吸を整えていた。

「それでも、ジョージはオレじゃない」
「それに、フレッドはボクじゃない」

ボクたちはクスクス笑った。

「オレはオレなんだって思うと、すごく安心できた。でも、オレとジョージはやっぱり似てるんだって認めると、なんだか嬉しくなった」

ボクも同じ気持ちだよ。フレッド。

「ボクたちは、同じだけど同じじゃない。違うけど、違わない。それが、ボクたちの宝物なんじゃないかな?」
「あぁ。ロンや兄貴たちにもわからない、オレたちだけの宝物だ」

ボクたちは手を取って立ち上がった。

「このトビラは、二人で開けよう」

ボクとフレッドは、同時にトビラを力いっぱい押し開けた。

片方だけにしかもらえない宝物なんて、欲しくない。



ボクたちは、二人だけの宝物を手に入れたから。


【フレッド】

「サプラーイズッ!!」

な、なんだ!?

トビラを開けた途端、温かな光と歓声に包まれた。魔法のクラッカーがはじけ、まぶしくてまわりがよく見えない。

「フレッド。ジョージ。お誕生日おめでとう!!」

オレはきょとんとして、その言葉を繰り返す。

「誕生……日?」
「あぁ、今日はエイプリルフール。そして、フレッドとジョージの誕生日だ!」

聞き慣れた声とともに、フードの男がローブを脱いだ。

「「パパッ!?」」

オレとジョージは、同時にすっとんきょうな声を出した。

「まさか、自分たちの誕生日を忘れていたのか?」

クックッという笑い声に振り返ると―――

「ビル! チャーリー!!」
「なんでここに!?」

二人は、オレたちの頭をクシャクシャと撫でながら答えた。

「今日からイースター休暇だ」
「聞いてなかったか?」

そう言えば、ママがそんなことを言っていた気がする。

「たまには騙されるのも、悪くはないだろ?」

そう言ってオレたちの前に現れたのはパーシーだ。

「ヒントを最後まで聞かなかったときには、どうなることかとヒヤヒヤしたよ」

そのとき、オレとジョージはギュッと抱きしめられた。

「あぁ。フレッド、ジョージ。怖い思いをさせてごめんなさいね。あの人ったら」

ママの胸の中って、こんなにあったかかったんだ。それに、ほっとするにおい。

「ママ、苦しいよ」

オレが照れ隠しにそう言うと、ママはまだ足りないとばかりに、オレとジョージを交互に抱きしめた。

「あぁ、フレッド。このところ寂しい思いばかりさせて悪かったわ」

オレはやっと気づいた。

どんなにオレとジョージがそっくりでも、どんなに忙しいときでも、ママは決してオレたちを呼び間違えたりしなかった。いつでも、オレたちのことを見ていてくれたんだ。

「ボク、フレッドじゃないよ。ジョージだよ。まったく、この人ときたら、これでもボクたちの母親だってよく言えるな。ボクがジョージだってわからないの?」
「あら、ごめんなさい、ジョージちゃん」
「冗談だよ。ボク、フレッドさ」




オレは、ママをギュッと抱きしめ返した。


【ジョージ】

「ところで、フードをかぶったあと二人は誰だったの?」

ママが何度目かにボクを解放してくれたとき、ボクはパパにきいた。

「あぁ、ディゴリーさんとバグマンさんだよ。二人とも快く協力してくれた」

ローブを脱いだ二人の見知らぬおじさんに、ボクはぎこちなくあいさつした。

「ディゴリーさんは、この屋敷を貸してくださった。そしてバグマンさんは―――ロン! ジョージとフレッドにプレゼントを渡してあげて」

振り返ると、ロンが大きな箒を二本抱えていた。

「このまえは、ほうきをおっちゃってごめんなさい。にぃにぃ、またいっしょにあそんでね」

それはロンに折られたオモチャの箒ではなく、本物の箒だった。ボクとフレッドはロンの頭をなでると、興奮してそれを手に取った。

「バグマンさんはクィディッチの有名なビーターでね。引退後のことで相談に乗っているときにおまえたちが箒を欲しがっていることを伝えたら、お古の箒を譲ってくれると言ってくださったんだ」

バグマンと呼ばれたその見知らぬおじさんは、ボクとフレッドの肩に手を置いてウインクした。

「この箒でいっぱい練習して、おじさんみたいなかっこいいビーターになるんだよ」

ビーターって、かっこいいんだ!

「うん、ありがとう」
「オレたちもかっこいいビーターになるよ!」

ディゴリー夫人に預けていたジニーを抱きとっていたママが、ボクたちを叱った。

「コラッ! ありがとうございます、でしょ!!」
「ハハハッ、いいんですよ、奥さん。威勢のいい子どもたちだ。いつか、私もこの子たちに食われてしまうかもしれないね」


それから、誕生日パーティーは夜まで続き、ベッドの中で二人でおしゃべりをしながら、ボクたちのはじめての冒険は幕を閉じた。






なぁ、フレッド。

思えば、あの日だったよな。

俺たちが、双子であることを誇りに思うようになったのは。

ビーターの選手になろうって思ったのは。

そして、誰かを喜ばせるために悪戯をしようと誓ったのは。






      「Surprise!!」




         Fin.




[10109] 第26章 追いつめられたライオン -1
Name: 檀 蒲乱◆7dd3deee ID:77a879d5
Date: 2011/07/18 17:30
【第26章 追いつめられたライオン The Framed Lion その1】


マルフォイは、いつもの腰巾着クラッブとゴイルやガールフレンドのパンジーの他に、クィディッチチームのチェイサーであるワリントンやエイドリアンなど、五人ほどのスリザリン生を後ろに引き連れていた。さらに悪いことに、その隣にはクラムも控えていた。苦々しげな表情でマルフォイを睨んでいる。マルフォイがハーマイオニーに杖を上げたからだろう。
この状況を切り抜けるには、ハリー独りの力では不可能だった。ハーマイオニーの力が不可欠だ。

「エネルベ―――」

しかし、一瞬早くマルフォイが杖を振り上げて呪文を唱え、ハーマイオニーの体が宙に浮いた。外れたハリーの蘇生呪文は、石畳に吸い込まれて消えた。ハリーがハーマイオニーに伸ばした手は虚しく宙を掴み、ハーマイオニーの体はマルフォイの元まで滑っていった。

「そういえば、どうやってこいつのエンブレムを取るか考えていなかった。“汚れた血”には触れたくないからなぁ」

スリザリン生の集団から、下劣な笑い声が上がった。しかし、クラムだけは笑わなかった。クラムはずいと進み出ると、宙吊りのハーマイオニーを抱きかかえた。その表情には一瞬の葛藤が見られたが、クラムはハーマイオニーのエンブレムを剥ぎ取った。

もう聞き慣れた二つの破裂音とともに、ハーマイオニーがその場から消えた。

「ビクトール・クラムが、ハーマイオニー・グレンジャーのノーマルエンブレムを獲得」

ハリーの隣から事務的な声が聞こえた。最初から玄関ホールにいたのだろうか。パーシーが決闘立会人として、そこに立っていた。
互いに真面目であることからそれなりに気が合っていたハーマイオニーは、たったいまマルフォイに倒された。ハリーはいままさに四面楚歌の状況であり、何より、弟のロンはいまもなお無事とはいえない状況下にいる。それなのにパーシーは、淡々と自分の仕事をこなしていた。ホグワーツ在学中には確かにあったはずの、ハリーたちへの親しみやグリフィンドール生としての誇りを、ハリーはパーシーの表情から感じることができなかった。

「さぁ、ハリーと決闘するのは誰だ? 君か、マルフォイ? もっとも、ルール上は何人がかりで―――」
「おまえの指図を受ける気はない、ウィーズリー」

マルフォイが冷ややかに言った。

「誰に口をきいているんだ!? 僕は監督せ―――決闘立会人だぞ!」

パーシーが顔を赤くして言い直す姿に、自分の考えの浅はかさをハリーは気づかされた。パーシーだって、(その大半は監督生としての権力に対してかもしれないが)七年間を過ごしたこのホグワーツに愛着がないはずがない。魔法省の仕事で訪れているという責任感から、その私情を抑え込んでいるだけだ。さらに顔には出さないだけで、ハリーやハーマイオニーを、そして誰より弟のロンのことを、心から心配しているに違いない。

「決闘立会人なら決闘立会人らしく、口出しせずに事態を見守っていればいいんだ。さて、そのポッターだが……ん、どうした、ザビニ?」

新たにスリザリン生が現れて、マルフォイに耳打ちした。それを聞くやいなや、マルフォイの口元に笑みが浮かんだ。

「もうあいつには用はない」

マルフォイは、勝ち誇った表情でハリーを一瞥した。同時にその目は、ハリーなど再び倒す価値もないという侮蔑の目でもあった。ハリーにくるりと背を向けると、マルフォイは他のスリザリン生に呼び掛けた。

「行くぞ。グリフィンドールのエリアを突き止めた」

マルフォイの言葉が、ハリーの頭の中でガンガンと反響した。


グリフィンドールのエリアを突き止めた―――


それはこの争奪戦において、敗北とほとんど同義であった。ハリーは呆然と立ち尽くし、目に映る事物も理解してはいなかった。視界の中のマルフォイが立ち去ろうとしていることも、視界の端の誰かがハリーに杖を上げていることすらも―――

「エクスパルソ!」

声がしたが、やはり認識できぬまま、その呪文はハリーの耳元をかすめた。その直後、背後で爆発音がし、その衝撃と轟音でハリーははっと我に返った。
クラムが杖をハリーに向けていた。ハリーがちらりと一瞬だけ振り返ると、樫の扉の脇にあった鎧が粉々になっていた。

「そういえば、そういう約束だったな」

マルフォイがクラムを振り返っていた。しかし、クラムはハリーを注視したままだ。

「僕たちは先に行っている」

マルフォイはそれだけ告げると踵を返して、他の九人とともに大理石の階段を上っていった。

「君を行かせるわけにはいかない。預けていたものを返してもらおう」

クラムはマルフォイが見えなくなったことを確認して、静かにそう言った。ハリーも杖を構えた。二人は互いの出方を窺いながら、ゆっくりと弧を描いて周り始めた。
クラムの杖が僅かでも動くのを見逃すまいとしながら、ハリーは必死で頭を回転させていた。ハリーは争奪戦の勝負をまだ諦めていなかった。いや、本当のところ、ハリーは一度諦めかけていた。クラムはあの爆破呪文で、ハリーに活を入れてくれたのだろう。クラムが人に対して爆破呪文を唱えるような男ではないことは、ハリーはこれまでで十分にわかっていた。
グリフィンドールの勝利のため、いまハリーが取るべき行動は二つに一つだった。
一つはこのままスリザリンのエリアに向かい、マルフォイたちがグリフィンドールのエリアを落とすより先に、スリザリンのエリアを陥落させるというもの。
もう一つは、先にグリフィンドールのエリアに戻り、マルフォイたちの攻撃を凌いでからスリザリンのエリアを陥落させるというものだ。
前者を実行に移すのは厳しかった。スリザリンのエリアが見つからなかった理由はわかったものの、その場所はほぼ三択に絞られただけで、まだ突き止めてはいなかった。

「パーシー、聞いてくれないかな?」

ハリーは背後にいるパーシーにこっそりと呼びかけた。

「スリザリンのエリアは、三箇所に絞られた。そして僕が思うに、おそらくスリザリンのエリアは―――」
「ハリー、僕は決闘立会人だ。誰にでも公平でなければならない」

パーシーはキッパリと言った。もちろんハリーは、スリザリンのエリアの場所をパーシーから聞き出そうとするつもりはなかった。ロンもハーマイオニーも側にいない状況で、自分の考えを誰かに少しでも支持してもらいたかった。勝ち目の薄い賭けを前にして、誰かにそっと背中を押してもらいたかったのだ。
とはいえ、パーシーの言うことはもっともだ。ハリーにはパーシーを恨むことなど到底できなかった。ハリーは自分の甘えを恥ずかしく思った。

「もっとも僕が賭けをすることになったら―――」

パーシーの声の響きが優しくなったことに、ハリーは気づいた。

「君の考えが正しいほうに十ガリオン賭けるけどね、ハリー」

春風が背中を優しく押したかのようにハリーには感じられた。

「ありがとう、パーシー」

ハリーは前を向いたまま、感謝の気持ちを伝えた。

「来ないのか? ならヴァ、こちらからいくぞ!」

クラムの杖から赤い光線が迸った。




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