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[9405] 少女と巨漢、世紀末ぶらり旅(Fallout3二次創作)
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/21 23:13
※注意事項※
この作品にはグロデスクな描写が存在します!
そのような表現をメインとする作品ではありませんが、死体の欠損や、殺人などの表現がダメな方は注意してください!


この作品は、X-BOX360、PS3で発売されているRPG【Fallout3】の二次創作小説です。

・ほぼ原作のプレイと同じ感覚で話が進むため、ネタバレがあります。

・台詞回しや固有名詞は、日本語吹き替え版に準拠します。
 あからさまな誤訳と思われるものも、極端に問題のあるもの以外はそのままです。

・Falloutシリーズ全体の原作知識(Fallout1、Fallout2)はある程度しかもっていません。
 このため、世界設定に間違いがあるかもしれません。



[9405] 001:「人類みーんなそんなに大きくなっちゃったんですね!」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/11 15:04
 世界の終わりの、その後の話をしよう。

 今となっては、最初に爆弾を落としたもがどの国だったのかは分からない。
 どちらかが狂気に侵されるままにボタンを押して、世界中にくまなく核爆弾が降り注いだ。
 世界の全てが焼き尽くされ、文明は崩壊した。


 生き残った人間もいる。
 それは、核戦争を恐れてシェルターの中に逃げ込んだ人間だ。
 彼らはシェルターの中に独自の生命維持プラントを準備し、生活の全てをその中でまかなった。
 小さな社会の中で、人間は、細々と文明を維持していた。
 シェルターの名は、Vaultという。

 現在は、その原型も残っていない。
 どこの誰が始めたのかも分からない研究が、シェルターの人間達を異形の化け物と変え始めた。


 スーパーミュータント。

 それは、強力なFEVウイルスに感染した人間が、強力な放射能に晒されることで生まれる、化け物だ。
 Vaultを作り出したVault-Tec社の、その黒幕の誰かさんは、この化け物を不死身の兵士に仕立て上げて、戦争の駒にでもするつもりだったらしい。馬鹿な話だ。
 連中は、人間の命令を聞くどころか、人間を滅ぼして自分達を増やすことしか考えてなかった。

 シェルターの上層部が黒幕だと判明した時には、人間よりも化け物の数のほうが多かった。
 その上層部も、殺されるか、スーパーミュータントにされた。

 そして、vaultに残されていた文明の残り火は消えた。



 さて、この話をしている俺は、その『文明の残り火』ではないのか? という疑問があると思う。
 答えはノーだ。理由は二つある。

 1つ目の理由は、さっきの知識は、部屋の端末から参照したデータベースから引き出したモノであって、俺の実体験じゃないから、だ。
 だから当然、Vaultで何が起こったか、その詳しい話までは知らない。

 2つ目の理由は、俺はもう人間じゃないってことだ。



 全長2メートルの、黄色い、岩みたいにゴツい肌の、獣じみた顔つきの巨人。
 それが今の俺の姿だ。




001:「人類みーんなそんなに大きくなっちゃったんですね!」




 俺が俺を自覚したのは、床の上で伸びている時だった。
 それ以前の自分の記憶はない。

 俺は、気が付くとまず、自分に過去の記憶が無いことに驚いたが、同時に、悠長に驚いている自分がえらく余裕があるなぁと呆れてもいた。
 自分は、よほど図太い人間だったのだろう。
 自分の体にものすごく違和感を感じながら頭を振って立ち上がる。
 俺は、まず周りの状況を見た。

 自分が部屋の中に閉じ込められていることと、どうやら俺の身体がデカくなった関係で着ていた服が弾け飛んでしまったらしい事が分かった。
 ふと心配になって下半身を見ると、ちゃんとアレはあった。

 少し期待したように大きくなってはいなかったが、そんな風に思うということは俺は男だったのだろう。

 なんとなく安心した俺は、すぐに扉に向かった。
 扉には鍵がかかっていたが、代わりに横にあった大きな窓の向こうに、お仲間らしい黄色い巨人がいた。

 そのときの俺は、自分の顔もそこまで化け物じみているとは思っていなかった。
 出会いがしらに「おわ!? なにその顔! 怖ッ!!」と叫んだら、それ以降、扉を開けてくれなくなった。





 それからしばらくの間、俺はその部屋の中に監禁された。
 部屋の端末だけが俺の唯一の慰めだった。

 この場所の歴史や、自分が変えられたもの、スーパーミュータントの正体。
 あと、コミックとかコミックとかコミックとか。
 『グロッグナック・ザ・バーバリアン』は世紀の最高の傑作だ。
 読んでるとなぜか腕っ節が強くなっていく気がするし。

 だが、データベースの情報量にも限界はある。
 やがて駄作としか言えないようなコミックすら読み漁り、俺の暇を潰せるものはなにもなくなった。
 なにしろ永久に続刊が出ないのだしな。





 詳しい事情は後に語るとして。
 俺は、スーパーミュータントの溢れるVaultから脱出した。

 そこにあったのは地平の果てまで広がる荒野。

 岩山の合間に見えるのは、瓦礫に埋もれたかつての文明の名残である割れた道路と、放射能まみれの水溜り。
 殆どの建築物が、壁のないコンクリートの骨組みと変わり、中を飾っていたであろう家具は、その家の主と共に土砂に埋もれている。

 世界の終わりの跡だ。

 鋼鉄の監獄のような、あのVaultという地獄の底から、銃弾と鈍器を掲げたバケモノの群れに追いかけられて、逃げ出して。やっと脱出した場所が、そんな世界だった。

「まったく、惨い現実だな。こりゃ」

 現実を夢と思えれば楽になるだろう。
 だが、彼方から追ってくる銃弾の音が、罵声の声が、それを許さない。

 俺は逃げた。
 自分の名も忘れて、自分が何者だったかも忘れて、この世界がどうなっているのかも知らないままに。
 それでも今この瞬間を生き延びるために。











 一ヵ月後



 荒れ地を歩く少女の姿があった。
 剥きだしの岩肌と、ヒビ割れた地面は、この周辺では飽き果てるほどに馴染みの光景だったが、少女の姿だけ外債を放っている。

 やけに小奇麗な、よく選択された青いジャンプスーツ。
 その上に、これまたやけに小奇麗な革ジャンを羽織っている。

 きょろきょろと周囲を見回しながら、おっかなびっくり歩く姿は、まるで別世界から紛れ込んできた異邦人のようだった。

「ひぇ~、なんかすっごい眩しいし、荒れ地ばっかり!」

 目の上に手の平で影を作って光を遮りながら、少女は、半分呆れたような感嘆の声を漏らした。
 空いた手で岩に手を突きながらふらふらと外を歩く。

 その足先が、割れて原形をとどめていない道路に溜まった水溜りに触れると、少女は小さな悲鳴を上げて、弾かれるように足先を引っ込めた。

「わわっ! なにこれ!? ガイガーカウンターがチキチキ言っちゃったよ! どー見てもふつーの単なる水溜りなのに!」

 水溜りを真ん丸の目で見下ろし、腕に巻かれた装置を近づける。
 チキチキと音を立てる装置に、ほうと溜息をつくと、少女は水溜りから距離をとってから、再び歩き始める。

「まいったなぁ……まだ、外に出たばっかりなのに、いきなり問題だらけだよ」

 陽の眩しさに目も慣れたのか、少女は手の平を下ろした。
 少年のようにばっさりと切った髪は艶やかな蜂蜜色で、肌は驚くほど白い。

 年齢は、まだ十代半ばほどに見える、小柄な少女だった。
 可愛らしい顔立ちと、印象的な大きな目は、少女らしい無垢さを漂わせている。

 だがそれは、あまりにもこの荒涼とした世界に似つかわしくない空気だった。

 不意に、ざりざりと岩の削れる音が、少女の耳に届く。
 鉄の靴が岩を削る音だと悟るより早く、少女は音のほうに振り向いていた。

 手の中には、魔法のように10mmピストルが握られている。

「……待て、撃つな! すぐ消える!!」

 その先に見えたのは、身を屈めて背を向けようとしている、黄色い肌の巨漢。
 ひび割れた肌は岩のように堅く見えたし、禿げ上がった頭は弾丸など弾いてしまいそうに見える。
 腕の太さは、小柄な少女の、腰ほどもあるだろう。

 その化け物が、身を屈めて逃げ出そうとしている様はかなりシュールだった。

 しかし、少女が次にとった行動は、さらにその上をいく異常さだった。

「あーっ! ごめんなさい!! 待って! ストップ!ストーーップ!!」

 唐突に手にした銃を放り捨てると、慌てて逃げる化け物に追いすがったのだ。
 両手を上げながら無害さをアピールするのも忘れていない。

 この行動に、逃げ出そうとしていた化け物も足を止めざるを得なかった。

「な、なん、だ……?」

 鼻が削れて皮膚を岩盤に変えたような化け物じみた顔に困惑をのせて、目の前にてけてけと駆け寄ってきた少女を見下ろす。
 こちらも両手に何も持っていなかったが、無害さをアピールするというよりは、少女に触るのを怖れているような手つきで、所在なげに宙をつかんでいる。

「はー、良かったー!」

 化け物が足を止めたのを見て、少女は胸に手を置いて息を吐くと、その前に回りこんだ。
 少女は、化け物を見上げて、ニコッと笑うと、口を開く。

「こんにちは! えっと、現地人の方ですか? びっくりしました! 放射能の影響で、人類みーんなそんなに大きくなっちゃったんですね!」

 満面の笑みを持って向けられた無邪気な質問に、巨漢は相当に微妙な顔で唸った。
 さすが放射能です!とか言ってる少女に、短く答える。

「いや、違うから」





 海は枯れ、地は裂け.... あらゆる生命体が絶滅したかにみえた……だが。

 人類は死滅していなかった。

 世界は再び暴力が支配する時代になっていた!!





<つづく!!>



[9405] 002:「このキャピタル・ウェイストランドは」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/09 20:22

 こんな荒れ果てた世界で、めげずにニュースやら生き残るための知恵やらの情報を電波に乗せて流している、スリードッグとか言うDJは、この地のことを、ウェイストランドと呼んだ。

 不毛の土地、廃墟、荒れ地。まさに、名前の通りの場所だ。

 この一月、俺は安息の地を求めてあちこちを彷徨ったが、ろくな場所がなかった。

 人の集落に近付けば、スナイパーの狙撃の格好の的にされる。
 住宅跡地には地雷が一面に仕掛けられ、さりとて荒野では野犬や巨大化したネズミに襲われる。
 大きな建築物にはモヒカンの殺人集団が住みつき、たまにいる商人は出会い頭に撃ってくる。

 放射能の蔓延する川辺には殺人蟹人間が住み、ビル街に近付くと、重武装した人間とスーパーミュータントが24時間休みなしでドンパチしてるという寸法だ。

 特に厳しいのは、俺にとってはこういう連中の全てが敵で、両手を上げて話しかけても、100パーセント銃弾の雨が返ってくるだけということだった。
 人の集落に近付くことはおろか、まともに会話することすら出来ない。
 おかげでこの一ヶ月間、俺は、調理もされていないネズミと犬の肉しか食っていない。

 それでもVaultに居たころに喰わされていた肉よりはマシだが。




002:「このキャピタル・ウェイストランドは」




 驚いたことに、少女はVaultから出てきたばかりなのだという。

 なんでも、そのVaultでは外界に出ることを禁じていて、父親がその禁を破ったので、自分も追われるようにしてVaultから脱走してきたのだとか。

 どうやら俺の知っている唯一のVaultと違って、この少女の住んでいたVaultはシェルターとして正常に機能していたらしい。
 そうでもなければ、このクソのような世界で出会い頭に銃を捨てて挨拶をするなんてウルトラCはありえない。そんなヤツは、三日と生き残れないからだ。

 この一ヶ月、この世界、このキャピタル・ウェイストランドを旅した間にはついぞ見たことのなかったようなママゴトじみた少女とのやり取り。
 特にその可愛らしい笑顔に、俺はかなり複雑な気分になった。

 どう考えても、こんな素直な娘がこの国で長生きできる訳がない。
 たぶん、ほっといたら一日ももたないだろう。

「……なぁ。良かったら、その……なんだ、色々と教えてやりたいんだが、どうだ?」

 恐る恐る聞いたのは、この娘に怖がられるんじゃないかと思ったからだ。
 この一ヶ月、さんざん銃の的にされてきて、初めて遭遇したまともに会話できる相手だ。嫌われたくはない。

「はい! 師匠と呼ばせてください!!」

 うわ、警戒心が無さ過ぎる。
 そこまであっさりした了承されると、逆に心配になる。。

「……いや、もう少し、こう、考えろ」

 俺が手をもぞもぞ動かしながらそう言うと、少女はにっこり笑って答えた。

「でも、師匠は良い人ですよね?」

 いかん、もう師匠にされてしまった。
 なんともくすぐったい視線に動揺する俺。落ち着け俺、高鳴るな胸の鼓動!

 とはいえ、岩を彫って作ったような俺の顔から、内心の動揺が分かるはずも無い。
 少女の方は信頼100パーセントの眼差しで握手を求めてきた。

「わたしの名前は、エリザベスです! よろしくお願いします!!」

 おっかなびっくり握手に応える。
 ぶっちゃけ手のサイズが一回りぐらい違うので、ほとんど手を添えるだけの握手だ。

 しかし、名前を聞いてから、改めて少女を見下ろしてみると、なんとも違和感がある。

「エリザベス……か。……あ、いや、良い名前だな」

 あらためて少女を見下ろす。
 まぁ、ガキと言うほどお子様でもないが、背が低くて小柄な体躯は、とても女っぽさを感じるものじゃない。

 確かに可愛らしい顔立ちではあるんだが、男を手玉に取るにはあと5年ほど待つ必要はあるだろう。

 とはいえ、エリザベス当人は褒められたのが単純に嬉しいのか笑顔で手を叩いてきた。

「ありがとうございますっ! あ、でも、友達にはリズって呼ばれてるから、そう呼んで下さいっ!」

 なんか急に子供っぽい響きになった。
 まぁ、そっちの方がイメージに合うのは確かだが。

「……ああ、リズ。これからよろしくな、俺の名前は……」

 そこまで言いかけてから、俺は自分に名前というものが無いことに唐突に気付いた。
 二秒ほど考えて、頭に浮かんだ名前をそのまま口に出した。

「……グロッグナック、だ」

 良い名前じゃないか。
 コミックのヒーローのような活躍ができるとは思わないが、せめてその志は引き継いでやろう。
 核爆弾が全てを焼き払った今、もうあのコミックを知っているヤツなどいないのだから。

「わ! 私の好きなマンガの主人公と同じ名前ですっ!」

 とか思ってたら、即座に元ネタがバレた件。

 とりあえず、名前が同じなのは偶然ってことで、俺の名前はグロッグナックで通した。
 今更、「俺もそのマンガ好きなんだよ!」とか言えないしな!



 今のところ、俺は定住できる棲家を持っていない。
 ここ最近は小高い丘の上にある家畜小屋の残骸を住居にしていた。

 そこに向かいながら、リズを相手にさっそく講釈を始めていた。

「まず、レッスン1。このキャピタル・ウェイストランドは確かに放射能がアホほど蔓延してるが、人類は昔からそれほど変わってない。お前さんと同じよーな姿で、ちゃんと言葉も通じる」

「おー」

「……まぁ、お前さんみたいにピカピカしてないが」

 リズの頭に手を置いて、少しだけ蜂蜜色の髪を撫でてみる。
 指で梳くと、水のように指をすり抜けるような、綺麗な髪の毛だ。

 育ったVaultはさぞかし清潔だったんだろう。ウェイストランドじゃこうはいかない。

「えへへー」

 嬉しそうにニコニコ微笑んでいる顔を見て、俺は慌てて手を引っ込めた。
 いかんいかんと咳払いをして話を続ける。

「レッスン2.で、その人類だが、主に2種類の人間がいる。理由も無く殺しにくるヤツと、理由が無ければ特に殺そうとして来ないヤツだ。前者は会ったら躊躇わずにすぐに撃て。後者は撃つな、だが油断は禁物だぞ」

 ぶっちゃけ、俺にとっては全部前者みたいなもんなのだが。
 まぁ、この娘にとってはまた違うはずだ。

「師匠、しつもーん! それは、どうやって見分ければいいんでしょうかっ?」

 大きく挙手してリズが聞いてくる。
 まっとうな質問だ、
 だが、ウェイストランドを三日も歩けば聞くまでも無い質問でもある。

「銃口を向けてくるヤツ、武器を構えて近付いてくるヤツ、そーいうのは全部敵だ。即撃て。さもなきゃ瓦礫を盾にして逃げろ」

 ちなみに俺は後者をメインに生き延びてきた。
 指がデカ過ぎてなかなか使える銃がないんだから仕方が無い。撃っても下手だしな。

「らじゃー!」

 リズは、へたくそな敬礼のポーズで了解の意を示した。
 そうやってもガキっぽく見えるその姿に、思わず苦笑を浮かべる。

 なにか声をかけようとして、口を開いた。


 その瞬間。


 俺は、リズの背後、数メートルの距離に殺した人間の手首を装飾した奇怪な衣装を着た、モヒカン頭の男が姿を現すのを見た。。
 ハンティングライフルをこちらに向け構えながら、岩陰から身を乗り出して。
 嫌なニヤニヤ笑いを浮かべながら、トリガーを引き絞る。

 強盗と略奪、それに拷問が大好きだという気狂いの殺人狂、レイダーの一味に間違いない。
 近くの高速道路跡にたむろしていた連中の一味だ。
 恐らく、俺がこの周辺の建物を棲家にしていた事に気付いて、待ち伏せを仕掛けたのだろう。


 そこまで考えながら、俺は地面を蹴り、レイダーの男とリズの間に割り込んでいた。

「……っげろ!」

 息を吸うタイミングで跳んだせいで、とっさに声が出ない。
 驚いた顔のリズが俺の顔を見て息を呑む。

「ヒャッハァァァッ!! 新鮮な肉だぜぇぇぇぇっ!!」

 レイダーの喚声と同時に、発射音が二つ響く。
 背中にハンティングライフルの弾丸が連続して二つ突き刺さるが、スーパーミュータントの頑丈な皮膚のおかげで、致命傷にはならない。

 リズが顔色を変えた。やっと状況を理解したのだろう。

 その手の中に、即座に10mmピストルが姿を現した。
 身を屈めた小さな身体が、俺の脇から銃口を突き出す。

 三連射された10mm弾は、その全てが、魔法のようにレイダーの額に吸い込まれていった。

「……ひ」

 喉から空気の漏れるような声を上げて、レイダーの男は倒れた。
 同時に、ぴょんとリズが俺の脇から飛び出す。

「馬鹿、もう一人……!」

 俺は慌ててその背を追った。
 倒れたレイダーの前に屈み込む小さな背中に覆いかぶさるように飛び掛かる。

「死ねよあぁぁぁっ!」

 耳障りな男の喚き声と同時に、もう一度銃声が響く。

 音が遠いと思ったと同時に、頭が弾かれたように横にぶれた。
 38口径の弾が、頭蓋骨を削って滑ったんだろう。

 畜生、いい腕だ。俺がスーパーミュータントじゃなきゃ死んでる。

 よろけながら、第二射を喰らう前に移動しようと、腰を上げると、俺に押し倒されたまま、リズはレイダーの死体から奪ったハンティングライフルをまっすぐに構えていた。
 銃口がさっきの音のほうに剥いてると気づいた直後、ライフルの発射音が俺の耳を突いた。

「げ、く……」

 うめき声と同時に、遠くでドサリと何かが倒れる音がする。

 立ち上がり、そちらを見ると、50メートルほど先の岩の上でレイダーが死んでいた。
 手の中からハンティングライフルが落ちて、岩の上を滑り落ちていく。

「師匠、できました!」

 俺の腕の下でひっくり返ったまま、目を輝かせながらリズが報告してくる。
 二秒ほど考えてから、俺はこの娘が先ほどの俺の言葉を実行したのだとやっと気付いた。

「……お、おう」

 生返事をしながら、リズの腕を引いて立ち上がらせる。
 内心、ちょっとビビっていたのは秘密だ。

 ────俺はもしかして、もの凄く怖いヤツと知り合ってしまったんじゃないだろうか。

 ふと、そんな思いが俺の頭をよぎった。




<つづく!!>



[9405] 003:「とりあえず、よろしくな」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/09 20:21

「レッスン3。落ちてるモノで、持ち主がないヤツはなんでも持っていけ。もちろん、死んでるヤツから取るのもOK。むしろ義務みたいなもんだと思え」

「らじゃー!……えっと、弾ー、ヘアピンー」

 元気に返事すると、転がったレイダーの死体を物色するリズ。
 ウェイストランドでは日常的な光景である。

 どうでもいいが、モヒカンのレイダーのポケットから出てきたヘアピンはいったいなんなのだろうか。
 モヒカンのセットに使うのか? いや、ぜんぜん繋がらないが……謎だ。

「あと……えーと、にくー」

 黒い肉の塊を手に、リズが困った顔でこちらを見る。

「ああ、犬の肉だな。不味いが喰えるぞ」

 犬だけは、放射能の影響もなんのそので、元気に昔のままの姿で荒野を徘徊している。
 旅人を食い殺すのが難点だが、きっとヤツらも飢えた旅人に食われる前に自衛手段に出てるんだろう。

「師匠ー。 服も持っていくのー?」

 漁り尽くしたレイダーの死体を前に、リズが聞いてくる。

「おぅ、貰えるもんは持っていけ」

 俺には無理だが、この手の物資は数少ない人間の集落では取引に使えるだろう。
 人間の手首の飾られた服をそのまま着るヤツはいないだろうが、布地やら革やらは、バラせば生活雑貨の一部にもなる。耐弾性能もそこそこはあるので、集めて継ぎ接ぎすれば頑丈な防具にもなるしな。

 みるみる少女の手で服を脱がされていくレイダーの死体。
 その手に1ミリの躊躇いも容赦も慈悲もないところが、なんかこの娘に漠然とした不安を感じる。

「師匠ー! パンツも持っていくのー?」

 最後の一枚に手をかけながら、リズが振り返って聞いてきた。

「……それは残しておいてやれ」

 レイダーも、フリチンのまま屍を晒すのは嫌だろう。
 それぐらいの慈悲は、ウェイストランドにもあるのだ。




003:「とりあえず、よろしくな」




 背だけは高いが、屋根にも壁にも大穴だらけの、今にも崩れ落ちてしまいそうな廃屋。

 藁が積もっている側には、燃料を失くして永久に動かないバイクが横たわり、今にも腐り落ちそうな軋みを上げる階段の途中には、空のドラム缶が横たわっている。
 俺が休むのに使っているのは二階で、小さな机と椅子が一組あり、机の上には使い道の良く分からない無線機が置いてある。
 最初入った時には椅子には白骨死体が座っていたが、今は片付けてある。

 それが、今の俺の棲家だった。
 ベッドの一つもないのが欠点だが、階段を登ってくる野生の獣はほとんどいないし、レイダーが侵入しても、ワイヤーで引っ掛けたドラム缶が敵の進入を知らせてくれる。

 敵にビクビクしないで寝ていられるってだけで十分すぎる場所だ。

「まぁ、適当に座ってな」
「はーい」

 二階に案内して椅子を勧めると、リズは素直に座った。
 無線機を興味深そうに見ているのを見届けてから、部屋の隅に放り出したガラクタの山を漁る。
 この一ヶ月、ウェイストランドを逃げ回って集めたガラクタの山だ。

「ほら、これでも食え。美味いぞ」

 ふと目に付いた廃墟から拾ってきた箱入りお菓子、ファンシーレディケーキを渡してやる。

「わお、お菓子! 外の世界にもあるんだ!」
「作ってはいないがな」

 賞味期限とかどうなってるのか謎だが、不思議とこの手の菓子は今でも美味く食べられる。
 女の子だけに甘いものは好きなんだろう。リズは目を輝かせると、箱の中から包装されたお菓子を取り出して、ネズミよろしくカリカリ食べ始めた。
 ああ、食べる姿がとっても小動物チックで和むなぁ。

 あ。

「……えーと、レッスン4だ」
「ふぁい?」

 顔を上げたリズが食べかけのケーキをごくんと飲み込むのを待ってから、話を続ける。

「この世界の水や食べ物は99パーセントが放射能で汚染されてるので、食べ過ぎに注意だ。あんまり食ってると、被爆して体がだるくなって最後にはたぶん死ぬ」

 ぷふー!とリズが吹いた。すまん、気持ちは分かる。

「え、ええ、それじゃ、ゴハンとか、食べちゃダメなの?」

 困った顔で食べかけのお菓子を見下ろすリズを、手の平を向けて制する。

「まぁ、落ち着け。ちゃんと解決方法もある。このRADアウェイというステキな魔法の薬を飲めば、放射能の汚染を除去できる。身体がダルくなったらコレを飲むようにすれば問題無しだ」

 ガラクタの中から、集めたクスリの束を渡してやる。
 たった2、3しかないが、しばらくは持つだろう。

「全部やる。大事に使えよ」

 そう言うと、リズが目をまん丸に開いた。

「え! いいの!?」

 遠慮しそうな様子だったので、俺は慌てて理由を説明した。

「俺が使うと、逆に身体がダルくなるんだよ。たぶん大量に飲んだら死ぬ。その代わり、食べ物を飲んでも水を飲んでも全然平気なわけで……あー、つまり、分かるな?」

 なんとなく明確な表現が言いづらくなって、ついつい回りくどい表現を使ってしまう。
 まぁ、さんざん、俺の種族の悪評を聞いてまわったんだから仕方が無い。
 Vaultから出たばかりのこの娘がそんなこと知る筈もないと分かっていても、口に出すのは嫌なのだ。

「きたえてるから?」

 しかし、やたら察しの悪いこの娘には全然伝わらなかった。

「いや違うから。どんなに鍛えても放射能は平気にならないから」

 鍛えれば放射能も平気とかどんな人だよ。
 どんだけ世間知らずなんだこの娘は。

 俺は観念して重い口を開く。

「俺が、スーパーミュータントだからだ。スーパーミュータントは、放射能の影響を受けない」

 むしろ、その放射能がスーパーミュータントを作り出す原因の一つなのだ。
 そこまでは、DJのスリードック氏の流すラジオでも流されていない情報だが。

「ふえーー、すごいすごーい!」

 しかし、俺の言葉に対して、リズは目を輝かせて感動の意を示した。
 なんとなくは予想していたが、微妙に脱力する。

 俺は、スーパーミュータントをスーパーマンの親戚と勘違いしそうになってる純真な少女を手で制した。

「……レッスン5だ」

 ここを勘違いしたままじゃ、ウェイストランドじゃ命取りになる。
 俺は、身を屈めてリズと視線を合わせると、ゆっくりと一言一句を言い聞かせた。

「スーパーミュータントは、このウェイストランドでも、特にクソ中のクソだ。見付けたら即座に撃ち殺すか、絶対に逃げろ。連中は、人間をさらって、殺すか化け物に変える、最悪の化け物だ」

 最後に「人間全ての敵だ」と、繰り返す。
 リズは、真面目な顔でしばらく黙ったあと、こくりと頷いた。

 だが、その後に一言、続ける。

「でも、師匠は良い人だよ?」

 その顔には、疑いの色はない。

「……ありがとな」

 俺は手の平をリズの頭に乗せて、軽く撫でてやった。
 リズはくすぐったそうに目を細めると、照れたように「えへへー」と笑っていた。



 一時間ほどが過ぎた頃には、俺が溜め込んだガラクタの山はすっかり片付いていた。

 俺にとって使い物にならない32口径や10mmピストル、ハンティングライフルなど、それにその弾丸は全てリズに進呈した。
 さっきのアホみたいに正確な銃の腕を考えれば当然の選択だろう。
 ハンティングライフルの一つは、さっそくリズの手で全て分解されて修理パーツに化けていたが。なんだその超絶分解修理技術。

 この娘、実はガンマニアなのかもしれない。

 できれば、服についてもなにか代わりのものを渡したかったんだが、そちらは俺がそもそも集めていなかったのでどうしようもなかった。デカすぎてズボンぐらいしか着れないんだから当たり前だが。
 さっき拾ったレイダー服なんか論外だ。キチガイ装飾の人間の手首を外すにしても、子供に着せるには露出が激しすぎる。
 本人は気にしてなかったが、俺が大いに気にするので禁止だ。

 そんなわけで、リズの格好は相変わらずナンバーの大きく書かれたVaultのスーツのままである。
 お子様っぽくてアレだが、まぁ、集落に入るのに警戒される危険はないだろう。

「さて、と。それじゃ、暗くなる前に出るか」

 使えそうなものは全てザックに詰め込んだ。そいつを背負って立ち上がる。

「はーい!」

 見事に整備されたハンティングライフルを手にして、リズが答える。
 こちらはほとんど荷物は背負っていない。

 どうせ非力で大量の荷物を持ち運べないならと、俺がほとんどの荷物を持つことになったからである。

 つまりは、そういう事だ。

「目指すはメガトン。そこで、リズの親父さんの行方を捜す……ってことで、いいんだな?」

 メガトンというのは、この近くにある大規模な人間の集落だ。
 鉄の壁に周囲を囲まれた強固な要塞で、唯一の入り口には機械仕掛けで開閉する鉄の門があり、ガードロボットがその前を守り、手の届かない高所にある見張り台からは狙撃手が常に目を光らせている。
 この辺りにある集落では一番安全そうな場所なんじゃないだろうか?
 時々、住み着こうとして断られた難民が、入り口辺りでアリの餌になってるのも目にするから、あくまでその安全は、中で住むことを許された人間だけのものなんだろうが。

 一度、俺も近付いたことがある。
 その時は、顔を見せた途端にロボットのレーザーと狙撃手の.308口径が雨のように降り注いできた。

「うん! 大きな街なら、お父さんのこと知ってる人、いるかもしれないし!」

 期待に目を輝かせているリズを見てると、まぁ、いきなり撃たれることはないだろうという気がしてくる。
 とりあえず、街に入るぐらいなら大丈夫だろう。

 まぁ、リズが中で情報集めをしている間、俺は入り口で待っているつもりだが。
 ついでに俺の持ってるガラクタを食料やら俺が使えそうな武器やらに変えてもらう約束である。

「それじゃ、出発だ。……どれくらいの旅になるかは分からないが……とりあえず、よろしくな」
「うん! よろしくね!!」

 二度目の握手は、リズが両手で俺の腕を掴んだせいか、俺の岩盤みたいに厚い皮膚越しにも、手の平のぬくもりが伝わってきた。

 軽く握り返してやりながら、俺は自分の口元が緩むのを必死に堪えていた。

 俺はさっきのこの娘の言葉で、いかなる集団にも属することの出来ない寂しさってヤツを思い出すことができたのだ。
 人間に、人間として扱われるのは嬉しい。
 単純なことだが、俺は長い時間でその感覚が麻痺して、いつの間にか自分が人間じゃないのが、人間に敵として見られることが普通であるかのような錯覚を覚えていた。 

 しかし、やはり俺はどうしようもなく人間なのだ。
 人間の中で暮らしたい。それが贅沢でも、せめて人間らしく生きたい。

 なんだかんだ言っても、この時点で、俺はこの少女に最後まで付き合うのを決めていたのだ。

 ────もっとも、メガトンで探し人の父親がひょっこりと現れる、なんて可能性も少しは考えてはいたのだが。





<つづく!>



[9405] 004:「メガトンへヨウコソ」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/11 22:58
 尻尾をフリフリしながら、犬がまっすぐこっちに向かって駆けてくる。

「あ、ワンコだー!」

 気付いたリズが、指差して叫んだ。

 Vaultは完全に人間のためだけに設計され、構築されたシェルターだ。
 特に何かしら必要がない限り、人間以外の動物は中に入れられない。
 犬なんて見るのは生まれて初めてなんだろう。

「ひゃー、すごい! ちゃんと四本足で歩いてるーっ!」

 はしゃぐリズに対して、犬は応えることもなく、まっすぐに駆けてくる。

 このウェイストランドでは、野犬は基本的に吠えたりしない。
 吠えれば他のもっと危険な獣に場所を悟られるだけだし、獲物に襲撃を気付かれてしまうからだ。

「……レッスン6だ」

 地を蹴った野犬の牙がリズに届く前に、横から腕を突き出して、代わりに噛ませる。
 牙が皮膚に喰い込む感触を確認しながら、野犬の体を抱えるようにしてしっかりと捕まえる。

「こっちに駆けてくる四つ足の獣の頭の中には、こっちを喰い殺すことしか頭にない。コイツ等はいつでもガリガリに飢えてるからな」

 バタバタと暴れる犬を押さえたまま、もう片方の腕でその首を掴む。
 軽く力を込めると骨が砕け、犬の体がビクンと揺れた。

 手を解いて犬を落とす。
 口の端しか血の混じった泡がこぼれ落ちた。

「……分かったか?」

 ちょっと残酷なものを見せたかな、と思って顔を上げると、リズの不安そうな顔が目の前にあった。
 視線は、死んだ野犬ではなく、まっすぐ俺の腕のほうに向いている。

「師匠、怪我……だいじょうぶ?」

 本気で心配してる顔に、思わぬ動揺を覚える。
 慌てて、俺は犬のヨダレで汚れた腕を拭ってリズに見せてやった。

「あ、いや。大丈夫だ! 犬の牙程度じゃ俺の皮膚は大して傷つかないんだよ! ほら、血も出てないだろ!?」

 噛ませてから首の骨を折るやり方は、この手の獣を狩るときの俺の必勝パターンだ。
 引き金に指を入れにくいライフルを使うより、こっちの方が万倍も経済的だしな。

「そっかぁ……良かった~」

 俺の言葉に、リズが胸を撫でおろした。
 その様子に俺も安心する。
 いや、実は単に格好つけた教え方をしてみたかっただけなので、こんなことでリズにいらん心配させてたら、単に俺が酷いヤツではないか。

「お師匠、ごめんね? 次から、見付けたらすぐに撃つから!」

 例の神がかった素早い動作でハンティングライフルを構えながら、リズが宣言する。
 まぁ、こいつの場合は別の意味で経済的な狩りをするだろう。特に止める必要もあるまい。

「まー、それはそれとして。レッスン7だ」

 地面に捨てていたザックから、コンバットナイフを取り出す。

「四つ足の獣の良いところは、殺したら美味しく食えるってことだ。……これから、ちゃんと保存の利く上手な獣の捌き方を伝授してやろう」

 俺がそう言うと、リズは両手を上げて喜びの声を上げた。

「やったー! 新鮮なお肉だー!!」

 こうして、ワンコは美味しい昼食になった。
 これがウェイストランドである。




004:「メガトンへヨウコソ」



 メガトンは、その四方を完全に鋼鉄の壁に囲まれた要塞だ。
 唯一の門の上では巨大なタービンが休みなく回転し、鋼鉄の擦れ合う独特の音を響かせていた。
 左右に取り付けられたスポットライトは夜には白く輝き、侵入を企む外敵を照らし出し、銃弾の的に変える。

 赤い錆びの浮かんだ鋼鉄のゲートが、街の門を閉ざしていた。

「人情溢レル街、メガトンへヨウコソ」

 Vaultのデータベースでも見たことのある、汎用型の二足歩行ロボット・プロテクトロンが機械にしては流暢な声で、歓迎の言葉を上げる。

「……水を……水をくれ……。……喉が渇いて、死にそうなんだ」

 歓迎の言葉を受けているのは、ボロ布を纏った薄汚い男だ。
 大方、住人でもないのに水欲しさに居座ろうとして、追い出された口だろう。

 時々、そういうヤツがいるのを見る。
 たいていは罵詈雑言を残して去っていくが、たまに飢えて死ぬヤツもいた。

「喉ヲ潤スナラ、モリアティの店へ。冷タイお飲み物がゴザイマス。メガトンでノご滞在ヲ、オ楽シミクダサイ」

 喉という言葉にでも反応したのか、プロテクトロンが利口にもメッセージを切り替えた。
 もちろんただのCMは、金のない物乞いには何の救いにもならないが。

 ゲートの上にある見張り台から一部始終を見下ろしている狙撃手なら男の窮状を理解しているだろうが、もちろん救いの手を差し伸べるほど甘くはない。誰だって自分のことで手一杯なのだ。

「うぅ、くそぉ……」

 物乞いが、よろよろとプロテクトロンに近付く。

 次の瞬間、プロテクトロンの腕から放たれた熱線が、物乞いの足元を焼いた。

「メガトンへヨウコソ。ゲートに近付かナイでクダサイ」

 そして、機械にしては流暢な声で、歓迎の言葉を続ける。
 メッセージの後ろについた警告が歓迎の言葉と矛盾しているのはご愛嬌ってところだ。

「……うぅ……」

 機械に怒りをぶつけても無意味と悟ったんだろう。
 物乞いの男はよろよろとゲートから少し離れた岩の側に座り込んだ。

 メガトンを出入りする商人や、旅人からおこぼれを期待しているんだろう。

 ゲート上の狙撃手は男をちらりとだけ見たが、それきり興味を失ったのか、もっと遠くに視線を向ける。
 足元のクズより、この街を狙うレイダーやスーパーミュータント、奴隷商人共への警戒が、この街にとって最優先すべき仕事なのだ。



「……っと、ヤバい。気付かれるぞ」

 一緒に岩陰からメガトンの門を見ていたリズの頭を押さえながら、自分も岩陰に隠れる。
 あそこの狙撃手は腕が良い。30メートル近くの距離なら、正確にこっちの頭をふっ飛ばすだろう。

「ふぇー、なんか、すっごい街だねー。なんか、門の上でグルグルまわってるし」

 リズは完全に圧倒された顔で、感嘆の声を上げた。
 なにしろ生まれ育ったVaultは、シェルターという性質上、どうしても規模に限界がある。
 外の世界の街の大きさは、比べるべくもないだろう。

「そうだな。この辺では、たぶん一番デカい街だ」

 しかもリズの故郷のVaultからは目と鼻の先だ。
 同じVaultから脱走したというリズの父親が立ち寄っている可能性は限りなく高い。

「お父さん、いるかな?」
「ま、あちこち聞いて回れば分かるだろ」

 実際、メガトンの中はそこまで広くはない筈だ。
 ここ数日やそこらで人が増えたのなら、簡単にその存在は知られているだろう。

「俺は街の中に入れないから、ここからはリズ一人だ」

 俺の扱いは、あの物乞いの比じゃあるまい。
 親しげに話しかけながら両手を上げて出て行ったところで、ありったけの集中砲火が待っているだけだ。

「教えたことは、憶えたな?」

 道すがら教えた、街での注意を確認させる。

「えっと、レッスン8。ウェイストランドのお金は、このボトルキャップ。命と同じぐらい大事だから、取引するときにはよーく考えて、大事に使う!」

 俺が数枚だけ渡した、小さな瓶の王冠を手に乗せながら、リズが答える。
 ウェイストランドでは“キャップ”という。

「うむ」

 実は、俺は取引というのをやったことがないので、相場とかがまるでわからないのだ。
 キャップが通貨だという話も、ラジオのDJ・スリードッグ氏のメッセージの受け売りである。

 そんなわけだから、俺の溜め込んでいたキャップはわずか数枚だけしかなく、現在の俺達の懐は非常に心許ないと言わざるを得ない。

「で、もう一つは?」

 俺が聞くと、リズは「おぉ」とか言って手を叩いた。忘れるなよ。

「えっと、レッスン9! 集落では絶対にモノを取らない、騒ぎを起こさない~……と、あとなんだっけ?」

 勢い良く言い始めたものの、肝心の部分がすっぽ抜けていた。

「銃を自分から抜かない、だ」

 この辺は難しい問題だが、平和に生きていくには守った方が安全だろう。
 確かにウェイストランドは無法の地だが、逆に集落の中では、無法を罰する力は強固な鎖になる。
 小さな盗みでも、喧嘩で相手に銃を向けても、この世界では死刑の理由として十分なのだ。

「ちゃんと守れよ。お前の安全のためにも」

 今ひとつ覚えが悪いのが心配になって、ぽふぽふと頭を叩く。

「うん。守る!」

 そっかのツボに当たったのか、リズは俺の言葉にこくこくと元気に頷いた。
 その顔が赤くなってるのに気付いて、慌てて手を離す。

 いかんいかん。別に父親でもないのに、あんまり不要に女の子の髪とかに触っちゃダメだよな。

「さて、それじゃ行ってこい! お土産楽しみにしてるからなー?」

 背中に背負っていた荷物のうち、いらないものをまとめて入れたザックを渡す。
 そいつをキャップに変えて、旅の物資に変えてもらう約束である。

「う、うん……」

 荷物を背負ってよたよたと数歩歩いてから、リズはこちらを振り返った。

「ね、師匠。ちゃんと、待ってるよね?」

 さっき俺が犬に噛ませた時と同じ、不安そうな顔で聞いてくる。
 俺には、なんとなくこの娘の不安の理由が分かった。

 たぶん父親が自分の前から急にいなくなったのが、この娘にとってかなりの衝撃だったんだろう。
 それで、俺もまたすぐに居なくなるんじゃないかと不安になっている、と。

「おぅ、勿論だ! 朝まで待ってるつもりだから、安心して泊まれそうな宿とかあったら、キャップを使って泊まってきても良いからな!」

 俺は出きる限り顔に豪快な笑みを浮かべて答えた。
 もし父親が見付からなくても、せめて、この街で信用できる人間の友人でも出来れば良いと思う。それがこの娘にとって一番必要なことだろう。

「ん~……」

 なんか、分かったような分からないような返事をしながら、リズはメガトンへと歩いていく。
 それ以上顔を出して狙撃手に見付かれば、リズに俺にも不味いことになるので、俺はそれ以上言葉をかけるのを止めて、瓦礫に背中を付けて身を屈めた。

 瓦礫の向こうで、『メガトンへヨウコソ』と声が聞こえた。



「ただいま~!」
「……えらく早いなオイ」

 なぜか元気良く帰ってきたリズを、岩陰で迎える。
 メガトンに入ってから、まだ一時間ほどしか経ってないのだが。

「えっとね! お父さんは見付からなかったけど手がかり知ってるって人が居たけどキャップが無いから教えてくれなくてゴブさんってグールの人が水くれてお仕事無いか聞いたらお姉さんからお仕事もらったの!」

 ほぼ全然分からんが親父が居なかったのは分かった。

「よし、一つづつ、順序立てて何があったか説明しろ。できるか?」

 俺は肩を掴んで落ち着かせると、とりあえず正確な報告をするように要請した。
 以下が、リズの説明による、メガトンの住人への情報収集の結果である。



①入ったら最初に話しかけてきた保安官の人

「こんにちは!」
「フン、また新入りか? ……まぁ、お前みたいな子供なら、何の心配もなさそうだな。メガトンへようこそ。俺はこの街の保安官、ルーカス・シムズだ。必要があれば市長にもなる」
「エリザベスです! ルーカスさん、その帽子、カウボーイみたいでかっこいいねー?」
「フン……そうか? そうか……フフフ。なにかあったら遠慮なく言ってくれ、力になろう」
「あっ、あります! 力になって欲しいこと!!」
「えらく突然だな……いったいなんだ?」
「あのね、お父さんを探してるんだけど……この街に、お父さんが来てないか知りたいの」
「……そういえば、見覚えの無いやつが街に来ていたな。あれは何か目的のある男の顔だった」
「それ! それだよ! どこにいるか、知ってる!?」
「今は街にはいない。そいつはモリアティの酒場にしばらく滞在していた。モリアティのヤツが、何か知ってるかも知れん」
「ありがとーーーっ!!」


②モリアティの酒場のオーナー

「こんにちは!」
「よぉ、俺はモリアティだ。新顔を見るのは嬉しいもんだが、俺に会うとは不幸なヤツだな!」」
「ふぇ?」
「……フン、酒の味も分からんようなガキじゃあ、相手をしても仕方ないか。とっとと親のトコに戻りな」
「あのね、お父さんを探してるの」
「ん? おい、まさかお前、あのおてんば娘か? ガキの時に会ったきりだったが、ずいぶん大きくなったもんだ。まぁ、思ったよりは……まぁ、あんまり成長して無いみたいだが」
「え?あ……んーー? えっと、あのね、お父さんを、探してるんだけど……」
「お前の親父は良いヤツだったからな、正直に話してやろう。お前の親父はしばらくここにいたが、今はいない。行き先は知っているが、こいつは重要な情報だ。タダでは教えられないな」
「ええ!? キャップ、そんなに持ってないのに……」
「なら、大負けに負けて100キャップだ。そいつでこの情報を売ってやろう」
「……そんなキャップ、持ってない」
「じゃあ、金を稼いでからまた顔を出すんだな! ほら、帰った帰った!!」


③モリアティの酒場のグール

「うー、キャップ、キャップ……」
「大丈夫かい、お嬢ちゃん? お互い、上手くいかないことばっかだなぁ」
「うん。そだね……」
「おお?」
「あ、あのね、持ち物をお金に変えるまで、キャップ、あんまり無いから飲み物買えないの。ごめんね?」
「……お前さん、もしかして、グールを見ても嫌ったりしないのか?」
「おじさん、グールって言うの? わたしはエリザベス。よろしくね?」
「え、あ、いや、グールってのは種族のことでな。俺の名はゴブって言うんだが……えぇと、よろしくな」
「えへへ、ゴブさん、よろしく!」
「……お前さん、いいヤツだな。えぇと、なんだ、キャップがなくて困ってるのか?」
「うん。ガラクタとかはあるけど、キャップに変えたいの」
「それなら、クレーターサイド雑貨店に行くと良い。そこで取引をやってるぜ」
「ホント! ゴブさん、ありがとー!!」
「い、いや、なに、良いってことよ!」


④クレーターサイド雑貨店

「……100キャップに足りない」
「ゴメンね。こちらも商売だから、取引じゃオマケできないのよ」
「そっかぁ……」
「うーん、そうだ! それじゃ、こんなのはどうかしら? 私がアナタに仕事をお願いするの。仕事をちゃんとしてくれたら、報酬はちゃんと払うわ!」
「お仕事?」
「変な仕事じゃないわよ? むしろ、この仕事はウェイストランドに住む全ての人類に貢献できる、とってもステキなお仕事なの。ウィストランドの人々の生活はアナタにかかっていると言っても過言ではないわ!」
「うん、やるっ!」
「よーし、乗ってきたわね! それじゃあ、まずは……」



「それで、ウェイストランドのサバイバル本を書く資料のために、実体験として色々やって欲しいと言われた、と」

 リズの話をまとめながら、確認のために聞くと、リズは嬉しそうにこくこくと頷いた。
 まるで自分の思い付きを語っているかのような自慢げな様子である。

「そこまでは良いんだが……その、最初に言われたのが、『放射能をいっぱい浴びて、体にどんな影響があるか確かめてきて』ってのは、マジなのか?」

 俺が慎重に確認してみると、やはりリズはこくこくと嬉しそうに頷く。

「だから、放射能がいっぱい浴びれるところを教えて!」

 さらに満面の笑顔でそんなこと言われた。
 そんな場所いくらでも知ってるが、教えられる訳がない。

 というか、こんな子供相手に……鬼なのかその雑貨屋主人は。

「えーと、な。とりあえず、そっちは辞めだ。終了。そんなアホな仕事は却下してくるように」
「……えー」
「『えー』じゃない! 死ぬだろどう考えても!? 例え生きてても、後遺症とかあったらどうするんだっ!!」
「うー、……師匠がそういうなら」

 渋々という感じで頷く。
 よし、なんとか大惨事は未然に防いだ。

「それと、モリアティだったか? そいつの言ってることも怪しいもんだ」

 だいたい、リズがVaultで育ったなら、当然親父もVaultで育っているわけで、メガトンの酒場に顔見知りが居るわけがないだろう。
 それだけでも十分に怪しいのに、情報量に金を要求してくるところは末期的だ。
 例え金を払って情報を買ったとしても、その情報に信憑性があるとはとても思えない。

「そっかぁ……」

 肩を落としてリズが答える。

 言い返さないところからして、本人も少しはおかしいと思っていたのだろう。
 小さい頃のことを知っているようなことを言われたのに、本人はそんな記憶が無いんだから、怪しむのも当然の話だ。

「ま、少なくとも保安官のオッサンは信用できるだろう。つまり、メガトンの外を探せばいいワケだ」

 ここ以外にも、いくつか人間の集落はある。
 旅しながらゆっくり探していけば、そのうち見付かるだろう。

「一緒に来てくれる?」

 上目遣いに聞いてくるリズの頭をぺしぺしと撫でて、俺は笑った。
 まだ不安がってるのかこのお子様は、まったく。

「最初からそういう約束だろう? 分かったら、変えてきたキャップを食料と薬に変えて来てくれ」

 くすぐったそうに目を細めて、リズは「うん!」と元気良く答えた。





<つづくー>



[9405] 005:「今夜はパーティ-だぁ!!」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/11 22:58
 ウェイストランドに雨は降らない。

 その日の空は、かすかに灰色に淀んだ青空が広がっているばかりで、雲は地平線の彼方に見えるばかりだった。
 夕刻になると、地平線がオレンジに色を変えて、雲の縁が赤く彩られる。

 あの雲の下では、こっちと違って雨も降るのだろうか?
 そんなことを考えた後、苦笑する。

 もし雨が降っていたとしても、そいつは放射能をたっぷり含んだ死の雨だ。
 とても羨ましいとは思えない。

「あの雲、師匠みたいな形してるー」

 俺の視線を追っていたリズが、そんなことを言って、大きい雲の塊を指差した。
 なるほど、夕日のおかげで黄色っぽくなった雲だ。
 もっともその形からどうイメージしたら俺の姿になるのかまでは分からないが。

「じゃ、その横の小さいのはリズだな」

 その横に浮かぶ、細っこい雲を指差してそう言ってやる。

「えー、どこがー!?」

 しかし、どうも眼鏡にはかなわなかったらしく、リズは驚きの声を上げた。
 それから、うんうん言って雲の形から一生懸命自分の姿をイメージしようとしている。

 苦笑してから、俺は貯水タンクのバルブを捻った。
 蛇口に口を付けて、流れ出てくる水を、こぼさないようにゆっくり飲む。

「……ふぅ」

 乾いた喉に水が染み込む感触を味わいながら、俺は息を吐いた。


 ここは、郊外にある打ち捨てられた貯水タンクの一つだ。

 こういう施設は、ウェイストランドには意外と多い。
 何故それが打ち捨てられているかというと、溜められた水は例外なく放射能に汚染されているからだ。
 俺みたいなミュータントならともかく、普通の人間が飲み水にするなら、RADアウェイみたいな放射能除去剤を一緒に飲む必要が出てくるので、とても良い水場とはいえないのだ。
 だから、メガトンみたいな大きな集落では水の浄化装置があるし、無くてもある程度は加工して放射能を薄めたものを飲むのが普通だ。
 これを使ってるのは、せいぜい旅人か商人か、俺のような集落に近づけないヤツぐらいだろう。

 リズがメガトンで拾ってきた空のビン類のうち、蓋のあるものに水を入れていく。

 乾ききった空気の流れるウェイストランドでは、長旅には水が必需品になる。
 もちろんこいつも放射能入りだが、道端の水を飲むよりはマシだ。

 20本分ほどを満タンにしたところで、空を見上げていたリズがこちらに振り向いた。
 満面の顔で俺を見上げてくる。

「分かった! あの上の部分の黄色いのが、わたしの髪といっしょだからでしょ!?」

 勢い込んで聞いてくるリズの頭を無言でぽふぽふ叩いて、俺は場所を譲ってやった。

「こっちには戻らないから、今のうちに飲んどけ。」

 蛇口を示して、バルブを指先で軽く叩く。

「はーい」

 返事してからリズは蛇口の前に屈み込む。
 だが、バルブを捻る寸前に、動きを止めると、こちらを見上げてきた。

「ねー、師匠。……もしかして間接キッス?」

「あほぅ」

 短く言い返して、俺は貯水タンクを囲むゲートを開けた。

 次の目的地は、ここからずっと北にある、高架道路跡を利用した人間の集落だ。
 だが、もうすぐ陽が落ちる。

 夜になればウェストランドの気温はぐっと冷え込む。
 俺はともかく、Vaultスーツと革ジャンだけのリズはさすがに寒さで参ってしまうだろう。

 寝床を確保する必要がある。
 なんだか間抜けだが、結局俺達は一度、俺の棲家である家畜小屋に戻ることにした。




005:「今夜はパーティ-だぁ!!」




「……客がいるな」

 俺は顔をしかめながら、家畜小屋に向かっていたリズを手で制した。
 壁に穴が空き放題になっている家畜小屋の中で、何かが動くのが確かに見えたのだ。

 そのまま小屋から離れ、近くの岩陰に身を潜める。

「たぶん、昼間のレイダーの仲間だな。復讐相手を探して、目ぼしい所を嗅ぎ回ってるんだろう」

 手早く状況をリズに説明する。

「やっつけないの?」

 リズが聞いてきたが、俺は首を振った。

 ウェイストランドにはあんな連中、掃いて捨てるほど居るのだ。いちいち相手していてはきりがない。
 銃弾や薬の物資にも限りがある。

「やり過ごすぞ。一度見て回れば、諦めてもう来ないだろ」

 どうせ捨てるつもりだった場所だから、盗むものも無い。
 そんな場所が棲家として使われているとは、さすがにレイダーも考えないはずだ。

「……はーい」

 何故か残念そうに答えると、リズはじっと黙った。
 手の中で、10mmピストルを弄んでいる。

「さーて……とっとと、行ってくれよー?」

 家畜小屋から、二人組の男が出てきた。

 片方は頭を布袋ですっぽり覆い、目のところにはゴーグルを付けて顔を隠している。
 手には先の曲がった鉄棒。その先端には、明らかに錆ではない、赤黒い汚れが染み付いている。

 片方の男は頭をモヒカンにして、ひどく痩せていた。
 手には32口径ピストル、ボロきれを鉄鎖で補強しただけの粗末な服には、赤黒い染みがこびりついていた。

「へへへぇ、ブッ殺してやるぜぇ…」

 物騒な言葉に、不快な舌なめずりの音が続く。
 陽に焼けた浅黒い顔には、殺人を楽しむ者特有のいやらしいニヤニヤ笑いがこびりついていた。

 レイダーは、そのほとんどが殺人狂の集団だ。

 俺は何度かこの連中の棲家を目にしたことがあるが、連中の所業は異常そのものだ。
 奴等の住処では、マットに縛り付けたまま嬲りものにされた首の無い旅人の死体や、鎖で吊るされたまま拷問でズタズタになった商人の死体が、まるで狩りで成果を見せ付けるようにインテリアとして飾られている。
 もちろん、それは全て剥製などではなく生の死体だ。
 腐る心配など無い。どうせ連中にとって死体なんていくらでも作ることのできるものなのだから、飽きたら新しい死体を飾れば良いだけなのだろう。

 俺は、内心で舌打ちした。
 たまたまなんだろうが、レイダー達の足は、俺達が隠れている岩陰に近付きつつある。
 陽が落ちて薄暗くなってきてるとはいえ、このままじゃさすがに……。

「見ぃつけたぁぁぁっ!」

 岩陰に隠れていた俺とリズの姿を見付けて、レイダーが喜びを込めて叫んだ。
 内心、俺は溜息をついた。

 できることなら、やり過ごしたかったんだが。

「ひゃはぁッ! 女じゃねぇか!!」
「そっちの化け物は殺せ! 女は殺さず捕まえろっ! 今夜はパーティ-だぁ!!」

 マスクのレイダーが鉄棒を振り上げ、鋭く俺の頭を狙って振り下ろしてくる。
 俺はそれを片腕で受けた。鉄棒のねじれた先端が皮膚に突き刺さり、鋭い痛みが走る。

「うるせぇよ」

 俺は逆の腕を伸ばして、マスクのレイダーの顎を掴んだ。

 火薬の炸裂する音。
 片割れのレイダーが撃った32口径の銃弾が肩の肉をえぐる。
 俺はそれを無視して、腕に力を込めた。

「げっ…く」

 マスクのレイダーは、呻き声を上げて死ぬ。
 犬と同じだ。人間の骨だって、力を込めれば簡単に折れる。

「クソがぁぁ! 死んじまえやぁぁ!!」

 叫びながら、レイダーが32口径ピストルを連射してきた。
 標準が定まらないまま放たれた銃弾は、俺の脇を反れて、背後の岩で弾ける。

 それを最後に、レイダーの射撃は途切れた。

 目を馬鹿みたいに見開いたまま、軽く痙攣したモヒカンのレイダーの額。
 そこに二つの黒い穴がナナメに並んでいた。

 そのまま、ドサリと仰向けに倒れて動かなくなる。

「? パーティーって、なにするの? 悪いこと?」

 10mmピストルの銃口から硝煙をたなびかせながら、リズはちょっと不思議そうに聞いた。

「悪いことだ」

 いらんことを聞かれる前に、俺はそれだけ答えて、岩陰から周囲を伺う。

「ねーねー、どんなことされるの? 痛いこと?」

 俺と並んで岩陰から顔を出しながら、リズがさらに聞いてくる。
 本気で分かってなさそうな、純真無垢な視線が痛い。

「油断するなよ。レイダーは大抵、3~5人で行動する。まだ潜んでるぞ」

 俺は質問をスルーしながら注意を促した。
 一応、事実だ。奴等は必ず、群れで襲ってくる。

「それって……」

 リズがまだ何かを言い募ろうとしたとき、俺は腕を上げてそれを制した。

 家畜小屋の中から、短髪に髭面のレイダーが姿を現した。
 その手にはグレネード。

「おるぅああぁぁッ! ミンチになりやがれぇぇぇ!!!」

 レイダーは、姿を現すと同時に、手の中のそれをこちらに向けて放った。
 岩陰から出なければ逃げ場は無い。俺はとっさにリズを抱き上げようと振り向く。

 その瞬間。

「んっ」

 小さく気合を込めるような声と同時に、俺の脇を10mmの弾丸が抜けた。
 次いで、背後で爆発音。

 俺が振り向くと、放られた筈のグレネードの代わりに、爆発で体をグズグズにしたレイダーが倒れていた。

「……グレネードを撃ち落としたのか」

 目を丸めて、口をあんぐりと開く。

 とんでもない射撃センスだ。
 とっさの判断で、あの距離にあるグレネードに命中させるなんて、アリかよ。

「えへへー、すごい? 褒めて褒めてー!」

 俺の戦慄をよそに、その射撃の名手は自慢げに両手をパタパタ振っている。
 とりあえず頭を撫でてやると、リズはとても喜んでいた

 いや……いんだろうか、こんなんで。



 詳しいことを聞いてみたところ、あの射撃にはちょっとしたタネがあった。

 それは、リズの腕に巻かれている電子機械だ。

 『Pip-Boy3000』というそのベルト上のコンピュータは、持ち主の肉体のコンディションを正確に計測する機能や、入力されたデータの保管や再生、簡単なマップデータの記録などさまざまな機能がある。

 そして、その驚くべき機能の一つが、『The Vault-Tec Assisted Targeting System』略して『V.A.T.S.』だ。
 これは本来、射撃や格闘の際に命中精度を数値に直して表示する機能なのだが、リズの持つPip-Boy3000に関しては、この機能を利用してより正確な射撃が可能になるように改造を受けているのだそうだ。

 具体的なことまでは何故かはぐらかされてしまったが、父親によるものらしい。

「んにー……むにゅう……」

 リズは、棲家で横になると、すぐに眠ってしまった。
 なんだかんだ言っても疲れているんだろう。

 まぁ、たぶん、ガキだからなんだろう。
 本来なら、これぐらいの少女が、一人で荒地に放り出されて殺人狂と命のやり取りをする羽目になるなんて、倒れてもおかしくない筈なんだが、この娘に限ってはそういう心配はなさそうな気がする。
 だいたい、最初に相手したせいで懐いちまったとはいえ、こんな化け物の膝に頭を乗っけて熟睡するとかありえないだろう。

 そもそも、ゴツゴツして痛いんじゃないだろうか。
 よっぽどレイダーの死体から剥ぎ取った装備で少し膨らんだザックの方が、枕にするには良いに違いない。
 こっそりすり替えておくのが、お互いのためにベストな選択だろう。

「……んぅ……お父さぁん……」

 ぬぅ。

 俺の膝の上で、リズがそんな寝言を上げた。

 息を吐いてから、ザックに伸ばしかけていた腕を止める。
 仕方が無いかと呟いて、俺は手の平で顔を覆いながら、空を見上げた。

 穴だらけの屋根の隙間から、夜空に浮かぶ白い月が、間抜けな俺の姿を覗いてた。





<つづく!!>



[9405] 006:「長生きしたけりゃ無駄な戦いはするな」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/15 23:03

 UFOやロケットを模した遊具が砂場に転がっている。
 壊れて使い物にならなくなった車が、その周辺に無秩序に転がっていた。

 きっとこの周辺は公園だったんだろう。
 だがこの周辺は核爆弾の衝撃波で地面ごと抉り取られて、建物の残骸すら残っていない。公園が何処までで、それ以外が何処からなのかも分からなくなっていた。

「……ブランコ、壊れてるねー」

 鎖が熱で解け落ちたブランコを見て、リズが呟く。
 リズが手の平でブランコを押すと、錆びついていた鎖が軋んで、板は地面に落ちた。

「遊びたかったのか?」

 朝の白い光に照らされると、こういう場所は余計に空しさを感じる。
 きっとこの世界がマトモだった頃には、この公園で子供達がはしゃいで、遊んでいたんだろう。

「ん…ちょっと。Vaultにはこういうの無かったし」

 なるほどと言い返しながら、俺は周囲を見回していた。
 この辺りは、放射能でデカくなったサソリが定期的に姿を現す。アレは素手で潰すには頑丈すぎる上に、銃弾が効きにくい。見付けたらすぐ逃げ出さないと、厄介なことになるだろう。

 リズは、遊具から興味を失ったのか、ブランコを離れると、こっちに近付いてきた。
 だが、その途中で足を止めると、車両の残骸の中に混じっていたキャンピングカーの方にふらふらと近付く。

「ねーねー! このキャンピングカー、ベッドあるよー!」

 そう言いながら、リズはひょこひょこ中に入っていく。
 車に繋いで運べる、小型のカプセル状の休憩スペースだ。流行でもあったのか、こいつはウェイストランドではあちこちで見かける。シェルターになるとでも謳ったのだろうか、一応、形は残ってるしな。

「……リズが休むのには良さそうだが、俺には入れんぞ」

 ちらりと振り返ってそれだけ言った。
 俺一人でもギリギリ入れるかどうかって所だ。とてもそんな落ち着かない場所で休む気にはなれない。

「じゃ、いいー」

 リズは頬を膨らませて中から這い出してきた。
 不満そうな顔だったが、その手には中で拾ってきたらしい銃弾の束がしっかり握られている。
 俺の教えはちゃんと生きているらしい。いいことだ。

「他に休憩する場所が見付からなかったら、ここのベッドを使わせてやるから」

 たしなめるようにそう言ってやると、リズはつーんとそっぽを向いてしまった。

「そーいうことじゃありませーん」

 むぅ、女の子ってのは難しいな。
 鼻先を擦りながら渋面を作っていると、リズがふと視線を下げた。
 驚いた顔で、キャンピングカーの脇に置き去りにされていたベビーカーを覗き込む、

「あれ? このベビーカー、中に……」

 不意に、赤子の泣く声が聞こえた。
 ベビーカーの中から火が付いたような泣き声が上がる。まるで母親を求めるような泣き声だ。

 赤子の鳴き声に混じって、俺は微かな電子音。
 俺は無言でリズの首根っこを掴み、腕の中に抱え込みながら全力で走った。

「ふぇ!?」

 驚いた顔で、俺の腕の中のリズがバタバタともがく。
 その直後、ベビーカーは爆発四散した。

 赤子の形の人形と、泣き声の入ったホログラムテープ。
 そいつに爆発物の地雷を組み合わせた、度が過ぎた悪ふざけのトラップだ。

 ウェイストランドじゃ、良くある罠の一つに過ぎない。




006:「長生きしたけりゃ無駄な戦いはするな」




「……ねーねー、怒ってる?」
「別に怒ってない」

 二人並んでてくてく歩く。

 リズは罠にかかったミスを少しは気にしているらしく、そわそわと繰り返し怒っていないか聞いてきた。
 本気でそんなことは無いんだが。

 俺は5度目の質問に深く溜息をつくと、リズにさっき言ったばかりのことをもう一度言って聞かせる。

「レッスン10だ。地雷にワイヤー、ベアトラップにベビーカーは、良くある罠の典型だ。見付けたらまず警戒しろ。動かしちまったらすぐ逃げろ」

 その言葉に、リズは困った顔を浮かべた。

「地雷、見たことない……」

 ああ、そりゃそうか。

「えぇと、円盤状で黄色くて、こう、中央に赤いランプがあってだな……」

 地雷自体は見たことがあるのだが、実物が無い。さすがに地雷は持ち歩いてなかったしなぁ。

 ウェイストランドで有名な“地雷原”って言われる過去の高級住宅街では、本気で所狭って感じに地雷が仕掛けられている。アレは、とてもじゃないが人間が出入りできる場所じゃない。
 落ちてる地雷を解除するスキルがあれば、ああいう場所でいくらでも手に入るんだが。

「……これ?」

 リズが持ち出したものは、そのものズバリ、黄色い円盤こと地雷そのものだった。
 俺は渡してないはずなんだが、いったいどっから沸いたんだソレは。

「どっから持ってきたんだ?」
「えっとね、さっきのキャンピングカーの中に入ってたの」

 なるほど。そういえば、さっき持ち出したものの内訳は見せてもらう暇が無かったな。

「もしかしたら、あの罠を仕掛けたヤツの物だったのかもしれんな」
「うん。ホネホネさんが寝てたから、その人のかも」

 いや、さっき言ってたベッドって、死体が寝てたのかよ。
 そういう事に無頓着なのは、Vault生まれとは思えないというか……いや、かえってらしいのか?

 ま、たかが死体で騒いでたらウェイストランドじゃ生きていけない。
 図太い方が繊細よりも幾分マシだと思おう。

「投げて地面に落ちると勝手に起動するから、気をつけて使えよ」
「はーい」

 俺の注意に答えると、リズは革ジャンのポケットに地雷をしまった。



 爆発に抉られて剥き出し岩山を登る。
 俺たちは、大きく弧を描くようなルートをとって遠くに見える高架道路へ向かっていた。

 その理由は、目的地である高架道路の集落の近くにある、レイダーの巣窟を避けるためである。

 荒れ果てた二階建ての廃屋に住み着いた連中で、こいつらは厄介なことに旅人や商人が通りがかりやすいルートを狙って、多くのレイダーを道に潜ませている。
 下手をしたら10を超えるレイダーで構成された集団だ。その数に見合った装備も整えてると思った方がいいだろう。

「……襲ってきたら、やっつけちゃえばいいのに」

 迂回している途中のため、ずっと右横の彼方見える高架道路を目にしながら、不服そうにリズが口を開く。
 先ほどからひょいひょいと岩山を登っているので、道中が辛いというわけじゃないだろに。

「あのなぁ。お前さんの銃の腕がいいのは分かったが、トリガーハッピーになるなよ?」

 さすがにたしなめたら、先を歩いていたリズは即座に不満そうに両手を上げて抗議を始めた。

「ぶーぶー、“お前”じゃないもん」

 怒るのそっちかよ。
 呆れながら、もう一度同じことを言う。

「リズ、お前の銃の腕はたいしたもんだ。だが、二倍、三倍の数の敵相手にでも余裕で勝てるって思うなよ?」

 ピン、と鼻先をつついてやると、リズの頭は起き上がりこぼしのように揺れた。

「むー、ダメかな?」

 唸りながら鼻を擦り、リズが聞き返してくる。
 やっぱり勝てると思ってたか。なんつー考えの甘さだ。

「お前、戦場に慣れてないだろ?」

 コイツは俺の勘だったが、リズの出所を考えれば間違いないだろう。
 昨日だって、こいつは撃ち合いの時、正確に撃つ事を優先して岩陰に隠れようとさえしなかった。

「向こうだって撃ってくるし、一発喰らえば照準もブレる。なによりあの連中は、死ぬのを怖がらずにガンガン距離をつめてくる。お前みたいな相手にはソレが有効だって知り尽くしてるからな」

 それが、レイダーが厄介な理由の一つだ。
 あいつらは自分の持っている武器が確実に当たる距離まで、反撃を気にせず前進してくる。
 例え腕の立つ傭兵でも、数が負けていればその手で殺られる。

「レッスン11。長生きしたけりゃ無駄な戦いはするな。それ以外は、なるべく戦いは避けること。攻撃を仕掛けるのは確実に勝てる時だけだ。……いいな?」

 これは、俺が一度レイダーに殺されかけた時に学んだ教訓の一つだ。

「りょうか-い」

 あんまり芳しい返事はもらえなかったが、まぁ、そのうち理解できるだろう。
 ウェイストランドを旅するなら、戦いを避ける方が難しいからな。



 岩山を登りきり、俺たちは高架道路を目指して歩いていた。

 こちらの道にはレイダーはいない。
 一度、遠目に大ネズミが二つ足で立って鼻をヒクヒクさせてるのを見たが、こちらに気付く前にリズの10mmの餌食になった。今では解体されて美味しい肉となり、ザックの中で眠っている。

「ねねっ、確実に勝てない時ってどんな時?」

 リズは相変わらずひっきりなしに質問を並べてくる。

「三倍以上の差があったら、まず負けるな」

 あくまで比喩の話だ。武器によってはこの差は簡単に覆される。
 それでも、俺とリズが勝てる限界はその辺だろう。
 これを超えるとリズが銃撃に晒される危険がぐっと高まる。さすがにそういう戦いはしたくない。

「……レイダーって、そんなにいっぱい集まらないんじゃないかなぁ」

 リズは、小さく唸ってそう言った。

 確かに、7人以上の数となるとちょっとした軍隊だ。
 だが、拠点を持ってるレイダーはたいていソレくらいの数はいる。

 少し黙った後、俺はわざと離れて歩いていた、岩山の端の方へと足を向けた。

「レイダーの根城を見せてやる。……あんまり騒ぐなよ」

 俺は、リズにそう断ってから、岩山の端にある岩陰に移動した。
 そこからなら、ちょうど俺たちが迂回していた、レイダーの根城である廃墟が見える。

 昔はホテルか、それとも屋敷だったのか、今では骨組と一部の壁しか残ってない、無残な建物だ。
 連中は、それぞれ物騒な武器を手にぶら下げながら、そこにたむろしていた。

「……いっぱいいる」

 俺の横に隠れて、リズが息を呑む。
 たぶん、目が俺よりも良いんだろう。視線はレイダーの数を正確に数えていた。

「6……うぅん、もっと向こうにもみえるから、たぶん、10人以上……かな? あんなに、いっぱい……」

 一点を見つめて、声が止まる。
 建物を見ている途中で俺も気付いた。少し後悔するがもう遅い。
 どうせ、『死体で騒いでたらウェイストランドじゃ生きていけない』だ。

「あの、吊るされてるの、死体……だよね?」

 建物の骨組みである鉄骨から鎖で吊るされた二つの死体を見て、リズが乾いた声で尋ねた。

「首が無いからな」

 どちらも男の死体だ。風にでも揺れているのか、そいつはゆっくりと揺れている。

「……なんで吊るしてるの?」

 その死体が着ている衣装は、旅人と傭兵のものだ。
 大方、ここ数日の間に連中の餌食になった不幸な犠牲者なんだろう。

「トロフィーのつもりなんだろーな」

 あの連中は、そういう奴等なのだ。

「……ひどいね」

 たぶん、リズの声が硬いのは、レイダーの思考が本気で理解できないせいだろう。
 骨を見ても顔色を変えなかった娘だ。拷問された死体を見たくらいじゃ、たいして変わらない筈だ。

「そーだな」

 ぽんぽんと頭に手を置くと、リズはビクンと跳ね上がって俺を見た。
 呼吸するのを思い出したように、軽く息を呑んでから、ゆるゆると息を吐く。

「……行くぞ」

 俺は、リズの背中を押した。
 ああいう連中とは関わらないに限る。


 その時、遠くに銃の発砲音が響いた。

 俺はリズの背中に触れていた腕で、すぐにリズを抱き寄せながら、岩陰に身を潜める。
 発砲音は、例のレイダーの根城の方だった。

「マズいな、とっとと逃げ出すぞ」

 腕の中のリズを降ろして言うと、リズは小さく首を振った。

「……音、もうちょっと遠かったから、違うと思う」

 その言葉を確認するため、俺はもう一度岩陰から顔を出す。
 リズの言葉の通り、廃墟に詰めていたレイダー達は誰一人としてこちらを見ていない。
 一階や廃墟の周りにいた数人が、こちらとは真逆に走っていくのが見える。

 嫌な予感を憶えて、その先を見た。
 崩れた高架線の付近で、火線が交差しているのが見える。

「商人さん。二人と一匹……こっちに追い込まれてるみたい」

 俺の横でリズが告げた。

 二人と一匹相手に、レイダーの数はざっと10。さっき言った通りの、“確実に勝てない時”だ。
 しかもよりによって、レイダーの巣窟に追い込まれているときた。
 その商人はよっぽどの間抜けか、レイダーの手口もろくに知らない青二才だろう。

「ね……どうするの」

 俺の顔を見上げて、リズが聞いてくる。
 さっきのアレを引きずっているからだろう、その顔は不安そうだ。

 答えは決まってる。レッスン11を思い出せ。『長生きしたけりゃ無駄な戦いをするな』だ。

 レイダーに追い込まれるような間抜けな商人に加勢して、あの連中に確実に勝てるか?
 第一、助けたからって感謝されるとでも?

 例え助けてやったところで、ちょいと銃を降ろしたら『消えろ』と言ってさっさと消えるのが、この糞っ垂れなウェイストランドの連中のやり方だ。
 死ぬようなリスクを背負うメリットなんて1ミリも無い。
 せいぜい、あのレイダー共が新しいオモチャに夢中になっているうちに、俺達はとっととおさらばさせて貰うのが最良の選択だ。

「助けに行く」

 だが、不思議なことに、俺の口から出た言葉は、真逆の言葉だった。
 リズの顔にいつもの明るさが戻り、その顔が元気よく頷くのを見ながら、俺は内心で毒吐く。

 畜生、あんな名前、名乗るんじゃなかったな。





<つづく!!>



[9405] 007:「ちゃんと正義の味方だっただろ?」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/19 22:33
「ソイツで、何メートル先まで狙える?」

 ハンティングライフルを取り出したリズに聞くと、短く「50メートル」と答えた。
 そりゃラッキーだ、と俺は口元を曲げて笑った。

「リズは居残りだ、ここから撃って確実に敵を仕留めろ」

 俺達がいる崖上の岩陰から、下にあるレイダーの根城の廃墟は、ざっと30メートルぐらいだ。
 障害物さえなければ、狙い撃ちにできる。

「師匠は?」
「降りて助けに行く。それと、さっきの地雷もらうぞ」

 そう言ってから、リズの革ジャンのポケットに手を突っ込んだ。
 「ひゃん」とか変な声を上げるリズを無視して黄色い円盤を引き抜く。全部でたった三つだが、使える武器があるなら使わない手はない。

「あっ、あのね? 師匠……」

 なにか言いかけたリズの声を、首を振って止める。
 銃声が近付いている。キャラバンがレイダーの根城に追い込まれてきているんだろう。

「何かあったら、ちゃんと逃げろよ」

 それだけ言って、俺は岩陰から飛び出し、レイダーの根城を目指して崖を一気に飛び下りた。
 地面の着地に足のバネが軋む。
 元になった人間のものよりずいぶんと頑丈なこの肉体は、4,5メートル飛び降りるぐらいなら骨が折れることはない。一ヶ月のウェイストランドの生活で、そいつは身に染みて分かっている。

 最後のは、いらんこと言ったかな、と、少しだけ思う。
 頼むからちゃんと逃げてくれよ。
 こんなアホな意地で年頃の娘を危険に晒すとか、今でも罪の意識で心臓が張り裂けそうだってのに。

「うをぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 わざとらしく雄叫びを上げながら全力で駆ける。
 俺のうすらデカい体が完全に隠れるような障害物はないし、そもそも目立つのが目的だ。

「ナニか来やがったぞぉッ!!」

 廃墟の二階で警戒に当たっていたレイダーが、俺の姿に気付く。
 手にした銃をこちらに向けながら、慌てて仲間に向かって注意の声を上げる。

「スーパーミュータントだッ!! 撃ち殺せぇーーーッ!!」

 レイダーが叫ぶ。
 殺人狂のサイコ野郎のクセに、そんなにビビるなよ。声が震えてるぞ。

 廃墟の二階から、レイダー達の10mmサブマシンガンが一斉に火を噴く。
 銃弾の雨が俺に向けて降り注いだ。




007:「……ちゃんと正義の味方だっただろ?」




 とっさに腕で頭を庇いながら、俺は側に立っていた薄黒い木の影に身を隠した。
 核戦争で煤でも浴びたのか、真っ黒に固まった木は銃弾に抉られて乾いた破片を飛び散らす。

「……チッ」

 腕に何発か銃弾が刺さった。
 遠目でハンドガンだったから単発のピストルを期待してたんだが、どっちもサブマシンガンか。

「死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!」

 レイダーは喚きながら銃弾をばら撒いてくる。
 キャラバンの挟撃を防ぐという、とりあえずの目標は果たしたが、次の手はどうするか。

 遠距離の撃ち合いに向いた武器じゃないのは、リズにはいいニュースだが、レイダーの方に接近しなきゃならない俺にとっては酷なニュースだ。

「……頼むぞ」

 俺の呟きに答えるように、崖上から銃声が響いた。

 続けざまに三発……か、四発。
 ボルトアクションが必要なハンティングライフルの射撃とは思えない、アホみたいな早撃ちだ。

「げひぅ!?」
「ギャッァ!!」

 悲鳴が二つ上がった。
 二階から俺を釘付けにしていたレイダーのうち、一人が頭に三つ目の穴を作って後ろに倒れ、もう一人が腕を押さえてよろめくのが見える。

「隠れてやがるぞぉ!! 崖の上だぁぁ!!」

 生き残ったレイダーが、銃を拾い上げながら慌てて叫ぶ。

 俺は、舌打ちしながら、取り出した地雷を崖上に続く道にバラバラに放り投げた。
 頼むからリズを守ってくれよ。

「お楽しみを邪魔しやがてっ!! どこだぁッ! どこにいやがるぅぅっ!!」

 直後、二階のレイダーの呼び声に答えて、新たなレイダー達が建物の影から駆けつけてくる。
 キャラバンに攻撃を加えに向かっていたレイダー達が引き返してきたんだろう。

 それはいい。これで、レイダーの襲撃を受けているキャラバンの生存率は一気に跳ね上がっただろう。

 だが、出てきたのは最悪の面子だった。
 レイダーが手懐けたらしい猟犬が二匹、10mmピストルを手にしたレイダーが一人。
 それに、よりによって、火炎放射器を背負ったレイダーが一人。

「……くそ」

 レイダーの猟犬共は真っ直ぐに俺の方を無視して崖上の道を駆けていく。

 俺には選択肢はない。
 真っ直ぐに火炎放射器を手にしたレイダーに向かって、全力で距離を詰める。

「ヒャハハハハハハァァ! 燃えやがれバケモノォォォォッ!!」

 炎の舌などというには鋭すぎる、炎の鎚に胸板を叩かれるような凄まじい衝撃に上体が揺らぐ。
 高熱で、皮膚の感覚は即座に焼き切れている。

 噴射された燃料は即座に燃え上がり、俺の肉体の前面は炎に包まれた。
 口を堅く閉ざす。息を吸い込めば、即座に内臓まで綺麗に焼き焦がされるだろう。
 目を薄く閉じる。目を見開いたままにしておけば、目の水分を一気に奪われ視界は一瞬で奪われるだろう。

 真っ当な人間なら、藁束のごとく景気よく燃え上がることだろう。

 だが俺はスーパーミュータントだ。

「燃えろ!燃えろ!! 燃えろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!!」

 半狂乱で喚き散らすレイダーの首を、俺の手が掴む。
 俺の手に触れられた皮膚が焼けて、レイダーは意味不明な悲鳴を上げた。。

 犬のように容易くレイダーの首の骨を砕く。同時に、俺の胸を焼いていた炎の奔流は止まった。



 後方で、爆発の音が上がった。

 一回。

 俺はとっさに振り返る。俺が撒いた地雷は二つが爆発していたが、一つはそのまま地面に転がっていた。

 一匹の猟犬は、足を吹き飛ばされて地面に転がっている。
 だが、生き残ったもう一匹の猟犬が、真っ直ぐに崖上への道を駆け上がっていくのが見えた。

「畜生、この……」

 獣を殺すためではない、人を殺すために躾けられた猟犬だ。
 リズはソイツを迎え撃てるか?
 今から全力で駆け戻れば、あのイヌを止められるかもしれない。

 不意に、視界が激しくぶれて、音が消える。
 こめかみに激痛が走る。銃弾が頭にぶち当たったのだと気付いたときにはとっさに頭を庇っていた。

「ハッハーッ! そのまま動かないで立ってろぉぉッ!」

 ひきつったような笑い声と共に、至近距離から10mmピストルの連射が襲ってきた。

 くそ、さっき来てたもう一人か。
 火炎放射器使いを殺したところで油断して、馬鹿みたいに突っ立っていた自分を恨む。

「犬が行ったぞぉぉぉぉっ! お前は犬だけを狙えっっ!!」

 リズの耳に届くように、全力で叫ぶ。
 同時に、至近距離で未だトリガーを引き続けていたレイダーを腕に捕らえた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 離せぇぇええええ! バケモ……ぎぃぃ、ひぎっっ」

 叫ぶ喉を腕で押さえ、地面に押し倒す。
 そのまま腕でレイダーの喉を地面に押し付け、喉ごと首を潰した。

「くそ、まだ相手はいるってのに……」

 足がふらつくのをなんとか押さえながら立ち上がる。
 体が上手く動かないのは、体の前面を覆っている火傷のせいだ。
 火炎放射器で噴き付けられた燃料は燃え尽きたものの、火傷の痛みを防ぐために感覚が焼き切れたままなので、肉体の感覚がうまく掴めない。

「畜生! 死ねぇぇぇッ!!」

 二階から、10mmサブマシンガンの銃弾が降り注いできた。
 俺はとっさにレイダーの死体を持ち上げて盾にした。肉が銃弾に埋まる不快な音が連続で上がる。

「オラ!オラッ!オラッ!オラァッ!オラァッ!オラァァァ!」

 銃弾に合わせてだらりと垂れたレイダーの首が跳ねて、軽い衝撃が腕を押す。

 不味いのは、どれくらい銃弾を受けているかが把握できないことだ。
 さっきから視界がぼやけっぱなしだ。頭にこれ以上喰らったら、間違いなく不味いことになる。

 崖上で銃声が上がった。ハンティングライフルじゃない、10mmピストルの銃声が、連続して三発。
 二階にいるレイダーを狙ったものじゃない。たぶん、崖上でリズが戦ってるのだ。

「……すまん」

 祈るような気持ちでそう呟くと、俺は死体を抱えたまま廃墟に駆け込んだ。
 レイダーが崩れた資材を積み重ねて作った階段を駆け上がり、二階のレイダーまで一気に近付く。

 手足に受ける衝撃は、盾にした死体を逸れて俺に当たった銃弾だろう。

「くそがぁ! 死ねよ! なんで死なねぇぇ!! ふざけんなよチクショウッッ!!」

 10mmを連射しながらレイダーが叫ぶ。
 後ずさりした背中が、奴等に拷問されて鎖で吊るされた旅人の死体に当たる。
 ぶらぶらと、首の無い死体が揺れる。

「ふざけてんのは手前らだろうが」

 俺は、手にしたレイダーの死体を喚き散らすソイツに放り投げた。
 死んだ肉の塊に弾き飛ばされて、レイダーが床板を転がり、二階から一階の瓦礫の山の上へ落ちる。

 落ちた先は、運の良いことに薄汚れたマットが見えた。壁なんてとうに崩れた瓦礫のマットは変色してボロボロになっていたが、なんとか下に落ちたレイダーを生き延びさせていた。

 俺は床板を蹴って地面に着地した。
 頭を狙って、足を振り上げる。

 だが、レイダーは一階まで転がり落ちていながらも、手の中の10mmサブマシンガンを落としていなかった。

「死ねぇ!死ねぇ!死んじまえぇぇぇーーっ!!」

 仰向けに転がったまま、10mm弾を連射する。
 俺は、そいつを至近距離からモロに喰らって、地面に転がった。

 不味い。
 顔を上げると、目の前でレイダーが10mmサブマシンガンの弾装を入れ替えていた。

 感覚の無いままただただ軋む膝を折り曲げて、俺は必死に立ち上がる。
 レイダーが弾装を入れ替えて、10mmサブマシンガンの銃口を俺に向ける。

 乾いた銃声が遠くから響いた。

 こめかみに風穴を空けたレイダーが横倒しに倒れる。

「当ったり-」

 能天気な声が、崖上から降ってきた。
 見上げると、岩陰からリズが手を振っているところだった。
 俺がぞんざいに手を振り返すと、器用に岩に手を掛けながら、崖を真っ直ぐに降りてくる。

 俺は息を吐いて、壁に手を突きながら立ち上がった。

「運がなかったな」

 地面に倒れたレイダーは、開いたままの目を中空に向けたまま、俺の声に答えることはなかった。



 驚いたことに、銃声はまだ続いていた。

 大方、援護を期待したレイダーの連中に釘付けにされているんだろう。
 だが、予定を過ぎてもやってこない援護に、レイダー共はそろそろ焦り始めている頃だ。

「……助けに行ってくる。どうせ乗りかかった船だ」

 俺はそう言って、銃声の方に歩き出した。
 視界はまだぼやけているが、手足の感覚は大分戻ってきた。痛みがあるんだから、きっとそうだろう。
 拳を握ったり閉じたりしてみてから、廃墟の瓦礫の山に転がっていた木の棒を拾い上げる。

「師匠は待ってて! 私が行ってくるからっ!!」

 そんな俺の行く手を、リズの腕が塞いだ。

「アホゥ」

 俺は、その頭を手の平で押されて横にどかす。
 軽い身体はあっさりと横に退かすことができた。

「逆だろうが。お前は……」

 言いかけて、口をつぐむ。
 一匹、猟犬を向かわせちまったのは明らかに俺の判断ミスだ。
 しかも、さっき助けられたのは間違いない。

 リズが、無言でじっと見上げてくる。
 俺を責めている目じゃない。なんとも堪えることに、縋るような目だ。
 その視線に耐え切れず、俺は視線をそらして答えた。

「……お前は狙撃を頼む。俺は前だ。できるな?」

 言いながら脇を駆ける。
 今は戦闘中だ。どっちにしろ、言い合いしている時間は無い。

「うん!」

 やっちまったな、と思いながらも、後ろから駆けて来る小さな足音に安心感を感じてるんだから救いが無い。
 俺は銃声が交差している崩れた高架前へ、真っ直ぐに走った。

 キャラバン相手に撃ちまくっていたのは、アサルトライフルを手にしたレイダー二人だった。
 上半身にレザーを巻きつけた、裸同然のなんとも知れない衣装で、5.56mm弾を派手にばら撒いている。

 狙われているキャラバンは、傭兵の男と、キャラバン用に荷物を背負った移動用の家畜・バラモン。
 それに、キャラバンの主らしい若い男の三人だった。
 驚くことに、傭兵が必死にライフル一丁でレイダーに応戦しているというのに、そいつは手にした銃を使わずに頭を抱えてバラモンの影に隠れている。

 俺は呆れながらも、手にした棒切れを持ち上げてレイダーに向かった。
 いや、向かおうとした。

 すぅ、と息を数音がした後、銃声が立て続けに二度鳴る。
 間に入ったボルトアクションの音だけが、やけに白々しく聞こえる。

「……ん、当たり」

 こめかみに32口径の銃弾を叩き込まれたレイダー達があっさりと地面に転がる。
 どう見ても二人とも死んでいた。俺が駆け寄る暇も無い。

 そりゃそうか。遮蔽物もクソも無いところで、こっちに気付かず撃ち合いしてたわけだしな。
 リズにとっては格好の的だったことだろう。ちょっと腑に落ちないが。

 俺は、手にした棒切れを捨てて、キャラバンの方に向かった。



 正直に言おう。

 このとき俺は、完全に気が抜けていた。
 三倍以上の数のレイダーを倒して、問題が解決したと思い込んでいた。

 この気のいい娘に会ってからなにもかもが上手く行き過ぎて、世の中を甘く見ていたと言っていい。
 少なくともこの娘に会う前だったら、俺はこんな大きなミスを犯したりはしなかっただろう。



 傭兵は、呆然と立ち尽くしていた。
 無理も無いだろう。いきなり撃ち合っていた相手が、自分の銃弾ではなく、横から飛んできた脈絡のない銃撃であっという間に葬られたのだから。
 当然、傭兵は驚きながらも、銃弾が飛んできた方を向く。

 俺を視界に映した傭兵は、怯むように半身を後ろに下げた。
 その目に映った恐怖に気付いた瞬間、俺は自分を罵りたい気分になった。

 なに馬鹿な真似をやってるんだ俺は! このウスラ馬鹿野郎!! お前はこいつらが去るまで岩陰にでも隠れて小さくなってるべきだったんだよ!! この腐れミュータント野郎!!

 傭兵が手の中のアサルトライフルを構える。
 当たり前だ。目の前に人喰いのバケモノがいて、手の中に武器がある。やることは一つだ。
 引き金が引かれて、至近距離から5.56mmの銃弾が叩き出される。

 俺にできたのは、俺の後ろから無警戒に近付いていたリズをとっさに庇うことぐらいだった。
 銃弾は脇から胸まで盛大に突き刺さり、その一発が、俺の額を激しく打ち据えた。

「ウルフ! これ以上は耐えられん! 逃げるぞ!!」

 傭兵が叫んで、キャラバンのリーダーと共に駆け去っていく。
 急速に視界がぼやけ、その背中も見えなくなる。

 足の力が抜けて、視界がガクンと傾いた。
 視界の隅に、リズが見えた。

 手の中のハンティングライフルを、真っ直ぐにキャラバンの逃げた方へ向けている。
 どんな表情をしているのかは、ぼやけて見えなかった。

 俺は最後の力で、リズの胸を押した。
 銃声が上がる。

 火線が空に向けて放たれるのを見ながら、俺は意識を手放した。





 目を覚ますと、真っ暗な空が見えた。
 そして、俺を見下ろしてくるリズの心配そうな顔。

 ずいぶんソフトな枕だと思ったら、どうやら膝枕だったらしい。
 しばらくぼーっとリズの顔を見ていると、ふと自分の言うべき台詞が思いついた。

「……ちゃんと正義の味方だっただろ?」

 精一杯ニヒルな笑いを浮かべたつもりでそう言ってみる。

「うぅぅぅぅぅぅーー!」

 返事の代わりは、ポカポカと俺の頭を叩く小さな拳だった。





<つづく!!>



[9405] 008:「あんたは奴等の仲間じゃないのか!?」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/06/22 01:34

「ね、ね、どう? サイズ、ちゃんと合ってた? 着心地悪くない?」

 勢い込んで尋ねてくる顔に多少怯みつつ、「悪くない」と答える。
 俺の答えに満足したリズは、「良かったー!」と安堵の笑みを浮かべた。

「……しかし、よく作ったな、こんなの」

 自分の姿を改めて見下ろしながら言うと、リズは「おとーさんの服とか、よく繕ってたから」と答えた。
 いや、これはそんなレベルじゃないと思うんだが。

 俺の服は、火炎放射器で半分近く焼け焦げて炭となってしまった。

 その代わりにリズが作ったのが、革やらチェーンやらベルトやら棘付きプロテクターがふんだんに散りばめられた服……というか鎧というか、形容しがたい衣装だった。

 原材料は、俺達が始末したレイダーの死体から剥いだ変態アーマ-の数々である。
 昨晩、俺の容態が落ち着いた後に、見張りついでにレイダーの服を剥いでチマチマ作っていたらしい。

「しかしこれは……」

 こんな衣装を着てると、体格のせいもあって余計に怖く見えるな、俺。
 肩から無意味に突き出ているスパイクが、周囲を無駄に威嚇しているように感じる。
 それもその筈だ。この衣装がどういうものか、俺は知ってる。

「かっこいいでしょ!?」

 再度キラキラした目で聞いてきたリズに、俺は微妙に上半身を倒しながら、ゆるゆると頷いた。

「へへへー、好きなコミックのライバルキャラなんだよー」

 グロッグナック・ザ・バーバリアンの#28にヴィランとして登場して、#32で再登場した時からグロッグナックと共闘や決闘を繰り返す黒騎士スカルポカリプスの衣装だよなコレ。
 さすがにオリジナル通りに髑髏の仮面までは無かったが、あんまりにも特徴的な肩パットとかのシルエットのお陰で速攻で分かった。

「そ、そうか……」

 めっちゃ分かる。
 分かるが、最初会った時に名前の件をすっとぼけているので、今更知ってるとか言えない。
 なんか、特殊な趣味の人になったみたいでスゲェ恥ずかしい。
 恥ずかしいのだが、元ネタ知ってるヤツにさえ遭遇しなければこんなトゲだらけの衣装でも装備としてギリギリ納得できるレベルなのが、ウェイストランドの怖いところだ。
 実際、俺以外のスーパーミュータント共なんかローマ時代の兵士みたいな鎧着てるし。

 だいたい、今までほとんど上半身裸だったのだ。むしろ服を着てる方がマシだろう。
 そこまで思って、ふと思う。

「しかし、よくサイズ分かったな」

 首回りとか腕の太さとかは分かるとして、胴回りから股下まで、きっちりサイズが合っている。

「……えへへー」

 俺の質問に、何故かリズは頬に手を当てると、顔を赤らめてニコニコしながら逃げていった。
 ごそごそと手足を動かしてみる。やはり、ぴったりだ。

 ……むぅ。




008:「あんたは奴等の仲間じゃないのか!?」




 翌朝すぐに、レイダーの根城だった廃墟を捜索して持っていけるモノは全て持ち出した。

 しかし、結果は散々だった。
 あいつらの手持ち以外では、弾が少しと、食料がわずかにあるだけだった。
 計画性の無い略奪しかしないレイダーの貯蓄など、たかが知れているとは思っていたが、予想以上に酷い。

 集めた武器は、アサルトライフルが2丁に10mmサブマシンガンが2丁、10mmピストルに、火炎放射器。

 銃の整備状態はよほど悪かったらしい。
 リズは顔をしかめるとすぐに分解して、それぞれ整備用の部品の束に変えてしまった。アサルトライフルは一丁残したが、精度が悪いので使いたくないらしい。
 どうも、この手の自動小銃の類はリズとは相性が悪いようだ。
 火炎放射器はノズルのハンドルを俺の手でも握れるので俺の武器にできないことは無かったのだが、整備状態が良くない上に、燃料もあまりなかった。
 ザックに詰めておいたが、もともと使い勝手のいい武器じゃないのでそうそう使うことは無いだろう。

 リズは、32口径の弾が見付からなかったのをずいぶんと悔しがっていた。
 当分の間はハンティングライフルと10mmピストルでやっていくつもりらしい。

 正直、俺の治療に手持ちの医療品を全部使ってしまったことを考えると、大赤字だ。
 なんとか、高架道路の集落で銃のパーツやいらんものを売り払う必要がある。

 そういえば、この廃墟、かつてはホテルだったらしい。

 『ケイリンホテル』というネームプレートが、爆発物の仕掛けられた郵便受けに貼り付けてあった。
 もっとも、今はそいつも爆発で微塵に砕け散ってしまった。

 この廃墟の名前を調べる手段は永遠に失われたワケだ。

 軽く朝飯を済ませてから、俺達は名前も住む人間も失くした廃墟を捨てて、目的地に向かった。



 バラモンという動物は、ウェイストランドでは非常にメジャーな家畜だ。

 こいつは、大戦の前に生息していた『牛』にそっくりの動物だ。
 違うことといったら、頭が二つある事と、皮膚が焼け爛れたように赤黒く変色していること、それに腹が歩くと引きずるぐらいに肥大化しているといったところだろう。

 この大戦後の地獄を生きる人間にとって、バラモンは非常に利用価値の高い家畜で、乳から出るミルクには放射能汚染を緩和する働きがあり、糞は危険な核バッテリーを別としてはもっとも有効な燃料として扱われる。
 また、力が強いために運搬のために荷車を引かせたり、昨日のキャラバンみたいに大量の荷物を運ぶ商人が荷物運びのためにバラモンを使うことが多い。
 さらに、その肉は非常に栄養価が高く、皮は防弾性の高い服などを作成する素材として重宝する。

 なによりもその気質がいい。
 かつて家畜だったころの記憶でも引き継いでるのか、この世界に生きる動物にしては血に飢えておらず、こっちから仕掛けない限りはそうそう襲ってこないし、放射能混じりの少ない飼料で懐いてくれる。

 あらゆる点で人間にとって最良の友であるこのバラモンは、大きな人間の集落であれば、必ずと言っていいほどその姿を見かける。
 当然、高架道路を中心とした集落でも、防衛の利便性を捨ててでも道路の下に小さな牧場を作って、見張り小屋を置いて沢山のバラモンを柵の中で飼っていた。



「……飼ってたんだが、なぁ」

 俺は、牧場の跡を見ながら重い息を吐いた。

「うー、かわいそう……」

 惨状を見下ろしながらリズが、虐められた子犬のような声で言った。
 その視線の先には、銃弾で頭部を砕かれて横倒しに倒れた、人間の最良の友の姿があった。

 牧場に、一面にバラモンの死体が無造作に転がっていた。全滅だ。全部殺されている。
 すでに殺されてから結構な時間がたっているんだろう。バラモンの肉はすでに腐敗を始めていて、その死体を加工して利用することすらできそうもない。
 二つある頭の片方を潰されて一方だけが残ったバラモンの頭が、濁った目を天に向けたまま凍りついたように動かなくなっている。
 腐敗して、崩れ落ちるまで、ずっとそのままだ。

「たぶん、レイダーの襲撃を受けたんだろうな」

 レイダーの連中は、家畜を飼って面倒を見るようなことはしない。
 連中なら、バラモンの価値も分からずに面白半分にズドン、で終わりだろう。

「飼ってた人は?」

 見張りの家は入り口に乱暴に板を張られ、封鎖されている。
 荒されてはいないようだが、人が住んでいるような気配はなかった。

「逃げたんだろう。たぶん」

 引きずり出されて連れ去られたのかもしれないが、それなら死んでるのは間違いないだろう。
 あのホテルの死体の中にあった傭兵が、そうなのかもしれない。

「ね、もしかして、集落って……」

 言いながら、リズが高架道路の上を見上げる。
 トタン板や合板を組み合わせて作った掘っ立て小屋が乱立しているのが見えた。
 ここからではそこに人の姿があるかまでは見えない。

「全滅してるかもな。……リズ、少し距離をとって付いて行くから、気を付けろ」

 高架道路にはところどころ、壊れた車が山積みになっているポイントがある。
 隠れながら後を付ける事は可能のはずだ。

「……うん」

 緊張した顔で、リズは頷いた。



 高架道路に集落を作るという発想は、悪くないアイデアだ。

 途中で道が崩れ落ちた高架道路は、地面に接した片側の道からしか侵入できない袋小路になっている。
 逃げ道は無いが、逆に言うと一箇所しかない侵入経路を守ればいいということだ。

 集落の入り口には、タイヤや土嚢、破壊された車のパーツなどが積み上げられてバリケートになっている。
 その奥で、神経質そうに身を屈めて辺りをうかがっている、老齢の男の姿が見えた。

「……これ以上は無理か」

 さすがに、一本道で隠れ続けるのは無理がある。

「だいじょーぶ! 見てて!」

 ウインクを一つしてリズはバリケートへと向かった。
 俺は前半分がへし折れたバスの錆びた車体に身を潜めて、その背中を見送った。

「大丈夫だろうな……」

 なにかあったらすぐに飛び出すつもりで身を屈め、顔半分だけでバリケートに視線を送る。
 リズの姿に気付いた老齢の男が、半身を起こして目をぎらつかせる。
 集落の守りを担っているんだろう。見張りの人間独特の、敵意を探し出そうと貪欲に相手を探る視線だ。

「こんにちはー!」

 リズが、能天気に腕を上げてパタパタと男に振る。
 利き腕だ。

 なんつー危機感の無い…………

 リズが無防備に足を踏み出す。
 その瞬間、リズの目の前の地面でコンクリートが弾け、激しい炸裂音が上がった。

「ク……」

 クソ野郎、と、罵りながら俺が瓦礫から駆け出す。
 それよりも早く、10mmピストルの銃声と火線が俺の目に届いた。

 男が被っていた帽子が、ゴーグルごと吹き飛んで、道路上を転がる。
 俺は男が額を撃ち抜かれて死んだと思った。たぶん、本人もきっとそう思っただろう。

「今の、なに?」

 よく通る澄んだ声が聞こえた。
 いつの間にかその手の中に10mmピストルを構えて、リズが男に狙いを定めている。

 棒立ちになっていた男が、慌てて背中のアサルトライフルに手を掛ける。
 すかさずもう一度銃声。
 アサルトライフルを背中に繋いでいた紐が切れる。

 同時に銃身を撃ち抜かれたアサルトライフルは、硬い鉄の音を立てて男の後方の道路に落ちた。
 狙ったのかどうかは知らないが、見事に男の帽子とゴーグルの側だ。

「今の、なに?」

 もう一度、澄んだ声が男を問いただす。

「ま……待て! 待ってくれ! あ、ああ、あんたは奴等の仲間じゃないのか!?」

 男が必死に叫ぶ。完全にビビッている声だ。

「今のはあんたがファミリーの連中の一味だと思ってやったんだ! 違ったのなら謝る! だから、頼むから銃口を下げてくれっ!!」

 両手を上げて、男は必死に声を張り上げて命乞いをする。
 こちらからは見えないが、きっとその表情は真っ青になっているに違いない。

 リズから男まで、距離は20メートル以上だ。

 普通、ウェイストランドでこの距離での精密射撃なんて不可能だ。
 その理由は、ウェイストランドで使われている銃のほとんどが、大戦前に作られて、パーツの老朽化による劣化を重ねながら無理矢理使っている品だからである。
 例え射撃手の腕が一流でも、銃の整備状態が悪ければ弾は逸れるのだ。

 一流の整備技術と銃の腕が揃っているからこそ、こんな馬鹿げた芸当ができる。
 あの老齢の門番は、20メートル先から心臓を掴まれているような気分を味わっていることだろう。

 とはいえ。

「あ、そーなんだー」

 男の言葉に納得したリズは、あっさりと銃を持つ手を下ろした。
 てくてくとバリケートの方に近付いていく。

 まだ両手を上げたままの男は、半ば呆然としながら、目の前までやってきたリズを見下ろしていた。

 リズと老齢の門番の会話はさすがに聞こえないが、妙な誤解は解けたらしい。
 そのままなにやら話し込み始めた人間二人から視線を逸らして、俺は高架道路の下に視線を落とした。
 後は、リズがうまくやるだろう。

 しかし、『ファミリー』ね。
 そんな連中の噂話なんて、俺は聞いたことも無いんだが。

 軽く欠伸を一つして、俺は壊れたバスの座席に深く腰を下ろした。




<つづく!!>



[9405] 009:「アレフはもう、たいした集落じゃないってことだ」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:a356d9ca
Date: 2009/07/06 22:01
 高架道路に取り残された、錆び付いたバスの座席の寝心地は最悪だった。

 時々、首を捻りながら身を起こして、気紛れに道路の下の風景を見ると、道路の下を流れる川を、蟹人間としか例えようの無い生き物がスイスイと泳いでいくのが見える。
 巨大なハサミを持ち二本足で直立して歩行する、放射能による突然変異で発生した人間大の蟹、ミレルークだ。
 もっとも、放射能だけであんな愉快な姿にはなるまい。
 もしかしたら、スーパーミュータントの誕生に用いられたFEVウイルスが一役買っているのかもしれない。

「……涼しそうなこった」

 スイスイと、蟹の化け物は水面を橋の下から北に向かって泳いでいく。

 もしも対面することになれば、連中は後退を知らず死ぬまでこちらを殺そうと巨大なハサミを振り上げてくる血に飢えた化け物だが、上から見下ろす分には害は無い。
 もっとも、ここから石でもぶつければ、怒り狂って走って高架道路を駆け上がってくるかもしれないが。

「俺も水浴びでもしてーなぁ……」

 あの殺人蟹人間と同じく、俺も放射能に汚染された水を苦にはしない。
 この灼熱の陽の光が降り注ぐ乾いた荒野では、水面を泳ぎいく蟹は、実に羨ましく見えた。

 てんてんと、アスファルトを踏む足音が聞こえる。
 視線を高架道路の上に向けると、リズがこちらに降りてくるところだった。

 何故だか、集落に入るときに来ていたVaultスーツと革ジャンの代わりに、荷物に無かったバラモンの皮で作ったオーバーオールとシャツに着替えている。

「師匠、たっだいまー!」

 俺は、チラリと集落のバリケートを見て、例の見張りの男が戻っていないのを確認してから、壊れた車両の山の陰から身を乗り出した。

「あー。えらく遅かったが、首尾の方は……」

 そう聞きかけたところで、リズの方が詰め寄ってきた。

「師匠っ! ねっねっ、これどう!?」

 両手を水平にピンと伸ばして、胸を反らしてくるりとターンする。
 ちっこいダンサーみたいな見事な回転だった。

 回転を止めて、感想の欲しそうな顔でこちらを見上げてくるリズを見て何か口を開かねばと思い、とっさに頭に浮かんだことを口走る。

「……思ったより胸あるのな」

 ぴこっと肩を上下させると、リズは自分の胸を両手で押さえて俺をじと目で見た。

「師匠のえっちー」

 なんだこの会話の流れは。

「いやいやいやいやいや、お前もなんで着替えてるんだよ。集落に入る前に着てた革ジャンはどうした?」

 この流れは何か不味そうな予感がしたので、俺は慌てて話をそらした。
 Vaultスーツはともかく、羽織っていた革ジャンの防弾性能はバラモン皮製のオーバーオールより間違いなく上だ。まさか騙されて着替えさせられたんじゃあるまいな?
 そんなつもりで聞いたのだが。

「お洗濯してもらってるの」

 返ってきたのは俺の予想外の返事だった。そういえば、俺はこの一ヶ月、ロクに洗濯なんてしたことも無い。
 よく考えると、その服は昨日燃え尽きてるので、選択する必要自体消えて無くなってるんだが。

「Vaultからは急いで出てきたから、着替えも無かったし……ほら、下に着るのとかも……ね?」

 なんか恥ずかしそうにはにかむような笑顔を「ね?」とか言われた。
 察しろと言われても、ぶっちゃけよく分からん。……分からんのだが。

 雰囲気的にものすごく気まずく、こんな空気の中でこれ以上追求する言葉など出せるはずもない。

「あー、む、むぅ。そうか……」

 数秒間、口を開けたり閉じたりした後、頬をガリガリ書きながらとりあえず返事だけする。
 とりあえず視線をそらしてから、ポンと手を叩いて口を開く。

「おお、そうだ! ちょっと下を見てみろ。面白いのが泳いでるから」

 とりあえず話を逸らした。

「ふぇ?」

 ててて、と近付いてきたリズが、俺の横に並んで高架道路の下を見下ろす。
 ミレルークは、相変わらず川の中をスイスイと涼しげに泳いで、今度は橋の下へと移動していく。

「わー、なにあれ?」

「殺人蟹だ」




009:「アレフはもう、たいした集落じゃないってことだ」




 高架道路の入り口まで降りて、道路の上の標識を見上げると、かつては高架道路の行き先が示されていた文字列がうまく塗り潰されて、「NEXT AREFU」の名前が示されている。

「なるほどなぁ……ここの集落の名前、アレフっていうのか」

 わざわざ標識を使って名前を書いた職人には悪いが、意外と気付かないもんだな、こういうの。

「うん。アレフだって。この辺では一番大きな集落だったって、エヴァンさんが言ってた」

 並んで標識を見上げながら、リズが言った。
 過去形。つまり、アレフはもう、たいした集落じゃないってことだ。



 エヴァン・キングというのが、目を血走らせてアレフのバリケートを守っていた初老の男の名だ。
 いわゆる保安官と警備主任をたった一人で兼ねていたらしく、リズが来た時には緊張やら疲労やらの蓄積で相当に参っていたらしい。
 いつ襲うかも分からない外敵に、一人で備えているなんて馬鹿げた話だ。

 もちろん、それには理由がある。

 事の起こりはこうだ。

 アレフの周辺で活動する集団で“ファミリー”という、ギャングを名乗る連中がいた。
 “ファミリー”の連中は、レイダーと違って殺人や略奪こそしないものの、なぜかしょっちゅう夜の闇に紛れてアレフを訪れては、窓などを割ったり、大声で騒いだりを繰り返していたのだという。
 こいつらは確かに迷惑な存在だったが、本気での殺し合いになるのを避けていたアレフの連中は、迷惑なギャング連中に銃口を向けるのを躊躇ってしまった。

 その結果、“ファミリー”の行動はエスカレートを重ね、俺達が見た、バラモン虐殺事件が起こった。

 この件でもアレフに被害者は無かったが、集落の維持の為に大きな役割を担っていたバラモンの牧場が狙われたことで、アレフの住民は、この集落の安全を疑うことになった。
 十分なキャップと、自分を守るだけの力のある住人は、早々と荷物をまとめてアレフを捨てたそうだ。

 残ったのは、ウェストランドの旅に耐えられないような非戦闘員。
 それも、キャップもロクにないような貧乏人ばかり。

 “ファミリー”の行動を止められなかった事で、アレフの崩壊を招いたエヴァン・キングは、一人バリケートに篭って、ろくに人のいなくなったアレフを守っていたのだそうだ。
 それが、責任を感じたからなのか、それとも怒りをぶつける為かは俺には分からない。



「……で、気の毒だから、その“ファミリー”ととっちめてやるって?」

 この旅の目的、探しているリズの親父はアレフにはいなかったそうだ。
 エヴァン・キングの話では、ここを訪れた事も無いらしい。

 常識的に考えて、こんな集落の危機になんぞ、いちいち構ってる暇は無いと思うのだが。

「うーん……あのね。最初は、迷ってたんだけど……ほら、ギャングっていうから、レイダーとかと違って、そんな悪い人じゃないかもって思ったんだけど」

 レイダーが救いようの無い悪人という意見には賛成だが、なんでギャングだと悪くないと思うんだ?
 ちょっとその辺を追求したかったが、とりあえず今は聞き手に回る。

「エヴァンさんに頼まれて、お父さんを探すついでに街の人たちの安全を確認しに行ったの。それで、街の人とも仲良くなって、服の洗濯とかお願いして……で、やっぱり手伝おうかなって思ったんだけど」

 まぁ、洗濯やら、その他のイロイロな件の重要性は、男でかつ人間じゃない俺には分からないが、さすがにそれだけで命を賭けるってのもこともない。
 リズは話を続ける、美味しい料理の後に不味い料理が出されて、困ったとでもいうような顔で。

「それで、最後に入った奥の方の家で……」

 街の人間が殺されていた、と、眉を八の字にしてリズは言った。

 喉を抉られた血塗れの死体が二つ転がる部屋には“FAMILY”の文字が残されていたらしい。
 バラモン牧場屠殺事件の後ってことになる。どうやら街の門番のエヴァン・キングは二度しくじったらしい。

「それだけじゃないだろ?」

 リズの表情を見れば、死体でショックを受けたり、正義の怒りに燃えていないのは明白だ。
 案の定、リズは俺の言葉にこっくり頷く。

「イアン・ウェストって人。殺された人たちの息子さんが行方不明なの」

 なるほど。俺は喉の奥で小さく唸る。
 厄介ごとってヤツだ。

「殺されてると思うんだが」

 背中を掻きながら一応確認する。
 正直、ギャングって言っても行動はレイダー同然だ。
 アジトに連れて行かれたのなら、散々拷問されて死体のオブジェになるだけだろう。

「……でも、生きてたら助けてあげたいなって」

 死体は悲しまないが、生きてるのなら、か。
 もう一度息を深く吐いて、俺は駄目で元々と思いながら確認した。

「報酬は?」

 俺の質問に、リズはにっこり笑って答える。

「えっとね、いつでもアレフに休みに来ていいって! あと、お風呂とかも使わせてくれるし、洗濯もしてくれるって約束っ!!」

 なんでも、カレンという外の話が好きなおばさんと仲良くなったのだそうだ。
 どうやらエヴァン・キングのアレフ防衛よりも、そのおばさんとの約束の方がリズには大事らしい。
 まぁ、この世界で風呂に入れるのは確かにありがたいだろう。
 放射能で汚染されてたとしても、安全が確保するのだって困難なのだ。下の川で水浴びしてたら、あっという間に殺人蟹の餌にされちまう。

「ま、どうせ俺は、しがない正義の味方だしな」

 やりたいって言うなら、付き合ってやるしかあるまい。
 肩をすくめて頷いておく。

「さすが師匠! 一緒に頑張ろうねっ!!」

 俺の同意を得られたのが嬉しかったのか、リズは万歳したままジャンプして見せた。



 後になって、実はファミリーのアジトすら不明であり、周囲の建物を片っ端から探索する羽目になるって事を教えられて、思わず同意したことを後悔したが、時すでに遅しだった。



 エヴァン・キングからの情報によると、この周辺でファミリーがいそうな場所は、以下の三箇所らしい。

 1.北西セネカ駅
 2.ハミルトンの隠れ家
 3.ムーンビームの野外シネマ

 その場所は、リズが腕に巻いてるPip-Boy3000に記録したとかで、とりあえず迷わずに辿り付ける。
 問題は、この中のどれが“当たり”かってことだが、これについて一つ役に立つ情報があった。
 
 リズの見せてくれた地図を見てから気付いたのだが、一箇所だけ俺が行った事のある建物があったのだ。
 そいつが「北西セネカ駅」だ。

 場所が近いこともあって、俺達はまずそこへ向かった。



「さぁて、ここが北西セネカ駅だ。もっとも、前に来たときは名前なんていちいち気にしてなかったけどな」

 何の変哲も無い地下鉄の入り口を前にして、俺はリズにそう言って振り向く。

 周囲はちょっとした商店街だったのか、略奪を恐れて扉や窓に厳重に板を打ち付けたまま土砂に埋もれた建物が密集していて、破壊を免れたアスファルトの道路に影を落としている。
 真昼に近い時間だけあって、空からは白い陽の光がじりじりと照り付けている。

 だが、外の明るさとは裏腹に、地下鉄の奥には深い闇が横たわっている。
 大戦の前にはメトロを白く快適に照らしていた照明も、現在ではほとんど死んでいる。
 暗視がそこそこ効く俺はともかく、リズが頼れるのは腕のPip-Boy3000に付属した小さなライトだけだ。

「リズ、レッスン……13だ」

 地下鉄に入る前に、俺は腕組みをしながら話を始める。

「12だよ?」

 ……と思ったら、話の腰を折られた。心底不思議そうに瞬きをしているリズが憎い。
 こういう時には、素の反応じゃなくて優しくフォローして欲しいのだが。

「おお……そうそう、レッスン12だ。よく憶えてたな?」

 しかし、そこで怒り出しては大人の対応ではない、俺はにこやかに笑ってリズの頭を撫でておいた。
 即座に満面の笑顔になるリズ。マジで扱いやすくて助かる。

「うん! 全部憶えてるよ! えっとねー……」
「いや待った! 言わないでいい!! それよりレッスン12を聞いてくれっ!!」

 指折り全部のレッスンの暗唱を始めようとするリズを慌てて止める。
 なんか人の口から言われるのはスゲェ恥ずかしい気がするからな!

「はーい」と頷いて、リズは聞く体制に入った。

「えぇと、だな……そう、レッスン12。地下鉄にはフェラル・グールやレイダーがほぼ確実に住み着いてる。罠を仕掛けられてることも多い。命が惜しければ不用意に飛び込むな、だ」

 俺の言葉に、リズが困ったよう顔を浮かべる。
 まぁ、そうだろう。今からこの中に飛び込むわけだし、心配いなるのは当然だ。

 特にリズは、照明の届く範囲が狭くなることで、狙撃が難しくなることを理解してるのだろう。
 近距離の精密射撃が出来ても、大勢で襲われたら厄介だ。
 下手を打って不意討ちや罠を受けて一気に接近されてしまえば、小柄なリズでは一溜まりも無いだろう。

「ここも?」

 小さく屈んで地下鉄を覗きながら聞いてくるリズに、俺は「いや」と首を振った。

 俺がウェイストランドを一ヶ月旅して、あちこち見て回った結果、地下鉄が死の顎同然なのは事実だ。
 だが、この地下鉄だけは危険が無いと断言できる。その理由は単純明快だ。

「ここは、住んでるヤツが居るんだよ」

 このウェイストランドで、即座に銃をぶっ放してこなかった稀有な人物だ。
 もっとも、談笑や取引なんてことができるほど友好的じゃあなかったが、少なくともギリギリ会話らしきものは成立していた。その気になれば、情報を引き出すことだって出来なくは無いだろう。

「えぇっ、もしかして、師匠の友達?」

 目を丸くした後、何故か髪の乱れやら、服のずれなんかを気にしはじめたリズに溜息を送って否定する。

「ちげーよ。単なる、疑心暗鬼の薬屋と、その護衛だ」

 少なくとも、以前に会った時はそう名乗っていた。

「お薬屋さん? 医者の人??」

 俺の言葉のどこかに琴線に触れるところがあったのか、リズは食い下がってきた。
 そういえば詳しく聞いてなかったが、リズの親父って医者か何かなのか?

「違う。クスリ屋だ。ついでに、言っておくとそいつらは揃ってグールだ。お前の親父って線は無いぞ」

 一応断っておくと、リズはきょとんと目を瞬かせて不思議そうにしていた。

「クスリ屋?」

 どうやら意味が分からなかったらしい。
 このウェイストランドにアホほど蔓延しているドラッグのことを考えると、その辺も早めにレッスンしておいた方がこの娘のためかもしれない。

 どうやって説明したもんかと悩みつつ、俺は「行くぞ」とリズに声をかけて、北西セネカ駅へと下る階段をゆっくりと降り始めた。
 入り口を塞いでいる鉄の格子扉は、案外スムーズにカラカラと軽快な音を立てて開いた。

「あーっ、待って! ストップー!!」

 慌てて追ってきたリズが中に入るのを見計らってから、俺は格子扉を閉じた。





<つづく!!>



[9405] 010:「……失礼なヤツらめ」
Name: 大冒険伝説◆1b3d82b9 ID:34364d00
Date: 2009/07/30 23:25
 このウェイストランドには、無数の地下鉄(メトロ)の駅に通じる入り口があり、地下深くにはかつて列車が行き来していた無数の線路が張り巡らされている。

 もっとも、ほとんどの線路は核戦争や絨毯爆撃の衝撃に潰されて使い物にならない。
 都市部の方ではそうでもないが、今俺達がいる北部の付近では、地下鉄の駅ってのはあくまで単なるデカい洞窟って程度の意味しかないのだ。
 この北西セネカ駅も、俺の知る限りではどこかの駅に通じてはいない。

「ふぇ~、すっごいボロボロ~」

 リズの腕に巻かれたPip-Boy3000に付属したライトが、地下鉄の天井をゆっくりと手前から奥に向かって照らしていく。天井や梁の一部が砕けて、内側の鉄筋が惨たらしく剥き出しになっている。
 上げた声が洞窟の中のように奥まで響いていかないのは、駅の壁か天井にでも防音材が入っているんだろう。

「崩れたのは100年以上前だ。今さら瓦礫が崩れてくる事はないから心配するな。そっちより、入り込んだ獣に襲われる心配をしとけ」

 そう言いながらも、俺は大して警戒せずにさっさと駅の方に歩いていく。

「はいはーい!」

 リズは俺の言葉に小走りでついてきた。
 横に並んできたリズと二人で、崩れた壁から散った瓦礫の山を踏みながら、歩くこと十数メートル。

「ちょっと待て」

 手の平を差し向けて、声を低くリズを止まらせる。
 とっくに機能を失っている機械仕掛けの改札口の手前で、床に男の死体が転がっている。

 改札口の脇立てられた二つのドラム缶。
 その中で、何かの資材を燃料に燃え盛っている炎が、死体をオレンジ色にゆらゆらと照らしていた。

「これ、新しいよ?」

 リズの声が硬い。死体は骨じゃなく、飛び散った血の痕は銃で派手に撃ち抜かれたものだ。
 ウェイストランド人がよく着る、粗い目のボロ布で作った布を身に着けている。

 こんな格好でこの場所で死体になるヤツだ。大方の想像はつく。
 俺は死体の側によって、軽く死体を蹴った。

 横倒しに倒れた死体から、だらり、と横に垂れる腕。そのやけに生白い腕の内側に、無数の針の痕。

「大丈夫だ。コイツは、今から会いに行くヤツの敵で、危険とは関係ない」

 大方、ヤツ等を襲おうとして逆に始末されたんだろう。
 先を急がせようと振り向くと、リズはいまだに不思議そうな顔で死体を見ている。

 説明が抜けていたことに気付いて、俺は少しどう説明したものかを考えながら、とりあえず口を開いた。

「ドラッグは分かるか? いわゆる、……えぇと、興奮する、スッキリする薬ってヤツだ」
「うん。麻酔とか、痛み止めだよね?」

 リズは意外とスラスラと答える。
 そういえば、親父さんは医者だって言ってたっけな。

「まぁ、そうだ。で、それをやり過ぎると、頭がおかしくなったり、体調が悪くなるんだよ」
「薬物依存症? ……でも、それって簡単な神経洗浄で直るから……」

 リズの言葉は、Vaultでの生活の知識に基づいているのだろう。
 多少なりとも社会倫理が正しく機能していて、適切な治療が受けられる環境なら、確かにリズの言葉通り、薬物依存症を起こすヤツなんて存在しないんだろう。
 だが、ここはクソっ垂れの都、麗しきウェイストランドだ。

「神経洗浄が受けられないヤツや、受けたがらないヤツだっているのさ。そういう連中は、現実に戻るのがイヤでイヤでたまらなくて、何をやってでもクスリを欲しがる」

 強盗をしてでもな。そう言いながら死体を軽く蹴って、壁際に退かせる。
 リズは、困ったように「うーん」とだけ唸って、それ以上は何も答えなかった。

 まぁ、仕方ないだろう。
 秩序に守られたVaultからウェイストランドに出てきたばかりのリズには、辛すぎるこの世界に耐え切れず、現実を逃避する道を選んだ連中の気持ちなど分かるまい。
 分かる必要も、ない。

「……でも、なんでここに強盗に来たって分かったの?」

 リズの質問に振り返り、俺は答えた。

「言っただろう? 今から会うヤツが、クスリ屋だからさ」

010:「……失礼なヤツらめ」

 改札口の向こうは、巨大な瓦礫の中に埋もれてどこにもいくことはできない。
 壊れた改札口の脇にある駅員用の非常扉が、クスリを扱っているグールの住処だった。

 入り口の脇には、ドラム缶に資材を投げ入れて燃やしているだけの大雑把な篝火が置かれていて、メトロの通路に積み上げられた瓦礫の山をオレンジ色に染めている。

 リズを後ろにやって扉をノックを一度。
 まるで扉の影でタイミングを計っていたかのように、いきなり扉が引かれた。

「てめぇ! また秘密を盗みに来やがったなぁ!?」

 勢い込んで顔を出したのは、眼鏡をかけたグールだった。
 不気味な容貌に対して、インテリぶった眼鏡が妙にユーモラスに見える。

 ──グールというのは、シンプルに言えば皮膚がグチャグチャに腐った人間だ。
 もっとも正確には腐っているというよりは、ケロイド状に変化したまま安定してるってのが正しいのだが、体臭がキツいのもあってウェイストランド人にも受けは悪いらしい。
 もっとも本人達の方は人間と同じつもりなので、敵意のある者ばかりではない。

 もちろん俺も、ここでグール相手に事を構えるつもりはない。

「ストップ! 争い事は抜きだ! アンタの大事な秘密には触れるつもりはない!!」

 眼鏡のグールの後ろに控えている、傭兵服を身に着けたグールがアサルトライフルを構えるのが見える。
 俺は、攻撃の意思がないのを見せるため、両手を胸の前で左右そろえて開いて見せた。

 背後でリズがハンドガンを抜こうとする気配を感じて、強引に手で遮る。

「平和的に! 平和的に解決しようって言ってるだろうが!!」

 アサルトライフルの銃口がこちらに向くが、構うつもりはない。
 腐ってもスーパーミュータントの体だ。この距離での射撃なら、俺は即死しない自信がある。

「あぁ!? スーパーミュータントが訳の分からん事を……」

 眼鏡のグールは顔を突き出してしきりに瞬きをしながら、俺の顔を見た。
 そして、合点がいったと言う様に顔を引っ込めて、不機嫌そうに眉根を歪めた。

「あぁ……お前、前に来た、ヘンなスーパーミュータントか?」

 そう言って、眼鏡のグールは警戒を解いた。

 グールは、スーパーミュータントを恐れない。
 人間狩りには熱心のスーパーミュータントだが、食用にも、自分達の仲間を増やすための材料にもできないグールに対しては、一切の興味を持っておらず、視界に入ってもまるで路傍の石のように無関心なのだ。

 だからこそ、この眼鏡グールも初めて俺に会った時、出会い頭に撃ってはこなかった。

「そうだよ。久しぶりだな」

 俺がスーパーミュータントとしてウェイストランドをさまよい続けて、わずかでも会話できた数少ない相手が、この眼鏡グールなのだ。
 まぁ、速攻で追いかされたので、名前すら知らない相手ではあるが。

「なんだ? ミュータント野郎にくれてやるクスリはないぞ」

 眉根を寄せて聞いてくる眼鏡グールに、俺は肩をすくめる。

「いらねぇよ。それより、銃ぐらい下ろして欲しいんだがな? こっちは丸腰だ」

 もう一度、何も手にしてない両手を上げながら、開いて閉じるを繰り返す。
 眼鏡グールは舌打ちしながら片手を上げた。背後で傭兵グールがアサルトライフルの銃口を下ろす。

「後ろのヤツは、なにモンだ? 前には連れはいなかっただろう?」

 目ざとく眼鏡グールが俺の背後に隠れたリズを見付けて、顎をクイと動かして顔を出せとせがむ。
 後ろのグールがアサルトライフルに手をかけていないのを確認してから、俺は半分ほどずれて、背後にいたリズの頭にポンと手をやった。
 リズは俺の合図に応えて、一歩前に出て挨拶をする。

「こんにちはっ! エリザベスです!」

 リズはいつものごとく邪気のない笑顔でグール達に挨拶した。
 さすがにそこまで丁寧にせんでもいいだろう、とちょっと思ったが。

「お……おぅ、マーフィーだ。よろしくな」
「……バレットだ」

 気圧されるように背中を仰け反らせながら、グール達は揃って自己紹介を返した。
 ところで、俺が最初にお前らと顔を合わせた時は、俺が名乗っても完全にスルーしてたよな?

「はいっ! マーフィーさん、バレットさん、よろしくお願いしますっ」

 眼鏡グール……マーフィーの方に一歩進むと、リズは手を前に突き出した。
 戸惑いながらマーフィーが手を差し出すと、がっしと掴んで上下に握手する。

 うぉ、ウェイストランドで握手するヤツなんて始めて見た。

「わわっ、なんか柔らかいです」
「おぉ、あ、すまねぇ、グールだからな」

 っていうか、握手に応えるなよ眼鏡グール。
 なんか手を放した後も、自分の手の平見ながらにやけ面を晒しているマーフィーに内心突っ込む。

 皮膚が崩れてケロイド状になっているグールに平気で握手するリズもどうかと思うが。
 小娘相手に大の男が相好を崩すなんて、みっともないと思わんのか。

 そう、同意を求める気持ちで、後ろに控えている傭兵服グールを見ると、コイツもなんか羨ましそうな目でマーフィーとリズの方を見ていた。

 ……いかん。ダメだこいつら。



 あまり認めたくはないが、リズのお陰で話はずいぶん早くなったのは確かだ。
 ファミリーについて尋ねたリズの質問に、マーフィーは眼鏡を上げながらにこやかに答える。

「ファミリー? ああ、奴等のことなら知ってる。基本は触れず近づかずだが、取引だって少しはあるしな」

 ニッコリと笑って机の上に置かれた救急箱を開いて見せた。
 救急箱に詰まってるのは、代謝機能を高めて傷の治療を早めるスティムパックに、放射能汚染の治療薬であるRADアウェイ。この二つだけは、どんな集落でも絶対に必需品になる。

 だが、商売だって通じる相手と通じない相手がある。売って良い相手と、悪い相手もだ。
 俺は顔をしかめて、マーフィーに問い質した。

「おい、レイダーとも取引をしてるのか?」
「あぁ? あんなキチガイ連中なんて相手するワケねぇだろうが! ファミリーはレイダーとは大違いの連中だぜ!? なんでもかんでも、憶測だけで決め付けてるんじゃねぇよ!」

 なんかガミガミ言われた。

「……でも、アレフで人を襲ったり、子供をさらったりしたって聞いて……」

 リズが顔を曇らせると、マーフィーは速攻で態度を改めた。

「そ、そうなのか? それは聞いてないな……いや、本当、奴等も下っ端は悪ぶってるが、リーダーのヴァンスは話の分かるヤツなんだよ。まぁ、ちょっと頭がヘンだが、意味も無く集落を襲うようなヤツじゃない」

 慌ててファミリーとやらの弁護を始めたマーフィーの言葉を止めて、俺は横から口を出した。

「その、頭がヘンってのはなんだ?」
「俺が話の分かるヤツっつったら、大丈夫なんだよ! そんなに信用ならねぇなら、テメェで会って聞きゃあいいだろうがっ!? それとも、俺が人間解体ショーが大好きなサディストと喜んで付き合うとでも思ってるのか!?」

 なんかガミガミ言われた。
 いや、頭がヘンなのに、話が分かるってなんだ? ……聞いちゃダメなのか?

 口を開いたり閉じたりしている俺をスルーして、リズが話を進めた。

「えっと……最近は? イアンて子、ファミリーの所にいなかった?」
「いやぁ、力になれなくて悪いんだが、最近はトラブルがあって奴等との連絡は取れてなくてなぁ。ここ一ヶ月は接触がないんだよ」

 リズに向かって困ったように頭を掻きながら、マーフィーは心底すまなさそうに答えた。
 腹の下で下向きに合わせた手の平が、落ち着きなく揺れている。

 正直、口を開くのも嫌だったが、何が役に立つかは分からない。
 俺は諦めたように重い口を聞いた。

「……で、トラブルってのはなんだ?」
「おい、余所者に関係ねぇだろうが! それともナニか? お前、無償で俺達のトラブルを解決してくれるとでも? はっ、余計なお世話だね!! 俺達は俺達、お前等はお前等だ! 分かったら、いらねぇ事にその黄色い嘴を突っ込むんじゃねぇ!」

 やっぱりガミガミ言われた。
 こいつ、どんだけ疑心暗鬼なんだよ。

「でも、困ってるんでしょ……?」

 リズが心配そうな顔でマーフィーを見る。半歩ほど側に近づいて、胸の前辺りで見上げる仕草。
 他所ではちょっと見れないような、見事な上目遣いだった。

「……え、あ、あぁ、いやぁ~、困るってほどでもないんだが、裏手にある連中のアジトに通じる連絡通路が、ミレルーク共の巣窟になっててなぁ。それで、連中のアジトに行けなくなったってだけさ、はははは!」

 頭の後ろを掻き、眼鏡をしきりに上げ直しながら、マーフィーは早口で答える。
 のけぞるように背を反らしているのは、至近距離から見上げられるのに慣れてないからか。

 見事な色仕掛けだ。と言っても、一部のマニアにしか通じないよーな色仕掛けだが。
 まぁ、どーせ本人は分かってないんだろう。

 俺はヒョイと部屋の奥を見た。部屋の奥に見えるマンホールの蓋がどうやらそれらしい。
 つまり、そこを通ればファミリーのアジトまで一直線という訳か。

「おい、マーフィー。そこの通路を通らせてくれるなら、ミレルークの掃除をしてやるんだが……どうだ?」

 背中に背負ったザックを下ろし、ゴソゴソと漁りながら提案する。
 マーフィーは、夢心地から醒めたような顔で俺を見て、「あぁん?」と答えた。

「ケッ、ミレルークを甘く見るんじゃねぇよ。連中のハサミ相手じゃ、お前さんの自慢の拳も真っ二つだぜ?」

 指でチョキを作って俺の方に向けたマーフィーに、ザックから取り出したモノを向ける。

「でも、コイツなら蟹退治にうってつけだろう?」

 火炎放射器のノズルを向けられて、マーフィーは口をへの字に曲げて、舌打ちをした。
 それ以上は何も言い返してこなかったが、答えには十分だ。

「よし、決まりだな?」

 俺は、取り出した火炎放射器に、燃料ボンベと予備を備え付け始める。
 初めて使う武器だが、大まかな使い方は知っている。
 それに、これだけ大雑把な武器なら的を外す事もないだろう。

「じゃ、すぐやっつけちゃうから、待っててね!」

 リズは小走りでマーフィーの側から離れると、当然とばかりに俺の背中に手を置いた。
 だが、そんなリズを前にして慌てだしたのはマーフィーだった。

「ちょ、待て! その子を連れて行くつもりか!? 危ないだろ! それに、奥には放射能が残ってるんだ! 襲われてる最中に目眩でも起こしたら、命に関わるだろーが! 却下だ! それは認めねぇ!!」

 両手を使ったオーバーアクションで訴えられた。

「だって、いつも一緒だし……」
「さすがに、援護なしで一人で相手するのは危険が大きいんだが」

 困った顔のリズと、二人揃って顔を見合わせる。
 真面目な話、リズに脚か目を打たせて動きを止めながら、じっくり火で焙ってやるつもりだったんだが。

 しかし、マーフィーはまさかの提案をしてきた。

「つまりミューティー、お前を援護するヤツが一人、いればいいんだな? よーし、それなら、話が早い。銃の達人で俺の相棒であるバレットが、お前の援護をする! これなら問題ないだろう!?」

 マーフィーガし召した手の平の先では、傭兵服のグールことバレットが口を開いて胸に手を当てながら、「俺!?」という顔でこちらを見ていた。
 残念ながら、この部屋には他にそれらしき人材はいない。間違いなくお前だ。

 ゆっくりと身振りを交えて「さぁ、OKと、言え!」とか言っているマーフィーを前に、チラリと横目でリズの方を見る。不服そうな目だ。
 もちろん、マーフィーを疑っている訳じゃないだろうから、たかが殺人蟹の相手も出来ないと思われるのは不満なのだろう。たぶん。

 一方のバレットと言えば、実に不満そうだ。
 別に殺人蟹に怯えているって顔じゃない。単純にこの話の流れが納得いかないんだろう。

 つまり、マーフィーが言い出した話の裏には俺を始末してやろうとか、リズと二人っきりになってどうこうしたいとか、そんな陰謀は隠されてないって事だ。
 それなら、無駄にリズに危険を冒してまで蟹退治を手伝わせる理由はない。

 俺は立ち上がって、リズの頭をポンポンと軽く叩いた。

「ちょっとだけ待ってろ。掃除が済んだら、ファミリーのアジトまで直行だ」

 その言葉に、リズはしばらく「うーうー」と嫌いな食べ物を前にしたワンコのように唸っていたが、「ちゃんと迎えに来るから」と繰り返すと、不承不承頷いた。

 後は、ミルリーク共を一掃するだけだ。
 俺は火炎放射器を構え直して、ノズル口に火を灯す。

 暗い地下道には、この武器なら明かり代わりになってちょうどいい。

「OK、商談成立だ。行くぞ相棒」

 軽く肩を叩いてやると、バレットは、実に嫌そうに俺の手を払った。
 マーフィーを一度だけ睨んでから、諦めたように壁に立てかけていたアサルトライフルを肩に背負う。

 最後に、リズの心配そうな顔だけ見て、なにやら安心させるかのごとく頷いていた。

 ……失礼なヤツらめ。



<つづくー>



[9405] 011:「ここはファミリー以外は立ち入り禁止だぞ!」
Name: 大冒険伝説◆a6485bd3 ID:80a6ef55
Date: 2011/01/30 10:43
 陽の光が決して届かない暗闇と、おぞけのするような生温い湿気、それに濃い放射能の汚染。
 そいつが、クソったれ殺人蟹人間・ミレルーク共の棲家の全てだ。

 そうそう、もう一つ忘れちゃいけないものがある。

 食い荒らされた、腐った肉付きの人骨。同じく食い荒らされたまま腐ったバラモンの死骸。
 犬にモールラット、トレーダーからレイダーまで、バラバラにチョン斬られた後に食い荒らされた死体の山だ。

「……ひでぇな、こりゃ」

 マンホールから地下洞窟に降りた俺は、予想以上に酷いミレルークの巣の惨状に顔をしかめた。
 レイダー共の棲家に満ちた狂気も酷いものだったが、化け物が作り出した地獄は人間には作り出せないおぞましさがある。

「だが、お前には都合のいい場所なんだろう? ミューティ」

 アサルトライフルの下部に取り付けたライトを調整しながら、バレットが挑発するような高い声で聞いてきた。
 グールは、ケロイド状に皮膚が爛れているため、顔や外見から年齢は判断できないが、バレットは声からして若い感じがする。

「まぁな」

 俺は仏頂面で頷いた。

 放射能で満ちたこの洞窟はは、スーパーミュータントと呼ばれる化け物である俺にとって理想の環境だ。
 肉体が活性化して、手足の感覚が鋭く、筋肉がいつもより遥かに柔軟に動くのが分かる。

「さっさと片付けるぞ。ご希望通り、俺が壁になってやる」

 手の平を二度、三度と握っては閉じる。指の先まで感覚が行き届いてるのを確認してから、俺は火炎放射器を握った。
 発火用のバーナーが点火して、小さな青い炎が洞窟を照らす。

「へへ、後ろから撃たないでおいてやるよ。頼りにしてるぜ、イエローデビル」

 アサルトライフルを構えて、バレットがニヤリと笑う。
 鉄の鳴る音が頼もしい。

 エサの匂いを嗅ぎつけたのか、灯りを嫌って排除しに来たか。
 洞窟の奥から身を低くしたミレルークが、キチキチと顎の下にある牙だか歯だかを鳴らしながら近付いてくる。

 二足歩行する、両腕が巨大なハサミの形をした蟹。
 目は蟹と違って上には無い。
 胸の辺りに顔と口を混ぜ合わせたような器官があり、硝子球のような眼球が無機質に俺達を見る。

「こんにちは、死ねッ!!」

 バレットのアサルトライフルから放たれた5.56mmの弾丸が、その顔面をグシャグシャに破壊する。
 よろめく巨体は、それでも俺達に向かって前進しようとする。

「行くぞぉッ……パーティの時間だッッ!!」

 俺の手にした火炎放射器のノズルから、燃え盛る液体燃料が吐き出され、ミレルークを巨大な松明に変えた。
 声帯もないこの連中は悲鳴なんてものは上げない。ただ、崩れ落ちて、動かなくなるだけだ。

 オレンジの炎に染まった洞窟のあちこち、岩の隙間という隙間から、大量のミレルーク達が這い出してくる。

 同胞の仇などと、連中は考えない。
 奴等の頭の中にあるのは、目の前にやってきた暖かい肉を、どうやって切り刻んで喰うかってことだけだ。

 洞窟に鳴り響く、ミレルークが鳴らす耳障りな音の合唱。
 それが地獄の始まりだった。




011:「ここはファミリー以外は立ち入り禁止だぞ!」





「まぁつまりだな。ドラッグの本質ってヤツをバカ共は勘違いしてるワケよ。連中はドラッグ打った時の高揚感とか、感覚が暴走したときに見える幻覚症状なんてモンに救いがあるなんて思ってな。ソイツは痛み止めの単なる副作用みてぇなモンだってのが理解できねぇのさ」
「うんうん」
「その点、俺様は完璧にドラッグの本質を理解してる。いや、むしろそれ本質以上の使い道を見出したワケよ。俺が開発してるのは、感覚の暴走をよりシャープに意識して起こさせる、言うなれば戦闘用のドラッグなのよ。こいつはジャンキーが使うトリップするためのクスリなんかじゃねぇ。まさにドラッグの芸術。このクソったれな時代を救う新しいドラッグの……」

 地獄の洞窟から帰還すると、なんか無垢な娘にドラッグ自慢なんぞをしているグールがいた。

「……マーフィー、終わったぞ」
「ん? あぁ、もうか? もっと時間かけてもいいのに」

 バレットの恨みがましい声音に気付くでもなく、マーフィーは邪魔臭そうに顔を上げて俺達を迎えた。

 いや、俺達が地下に降りてから、もう二時間は経ってるはずだ。
 超が付くくらいリラックスしてやがったなコイツ。

 なんでも真面目に話を聞いて、しかも医者の娘だったおかげでそこそこ知識のあるリズは、マーフィーにとってよほど自慢話の相手に最適だったらしい。
 話してたのは、コイツが前から開発してるらしいウルトラジェットとかいうクスリのことらしいが、さんざん製法の秘密は誰にも渡さないとか言ってたクセにベラベラ喋るなよ。

「師匠おかえりっ! 大丈夫? 怪我とかない?」
「おぅ。待たせちまったな」

 駆け寄ってきたリズの髪を軽く撫でてやる。

「うぅん、面白い話を聞かせてもらったし、ぜんぜん大丈夫!」

 変な影響受けてなきゃいいんだが。

 少なくともクスリは絶対禁止だ。この娘にそんなモンの味を覚えさせてしまったら、父親に合わせる顔がないからな。
 そうと決まれば、悪影響を及ぼしそうな眼鏡グールのアジトからはさっさと出よう。

「んじゃ、ファミリーとやらと話を付けに行くぞ」

 俺は再び空になった腕を叩き合わせながらそう言った
 ちなみに、蟹の巣に入るときに持っていった火炎放射器は、例の蟹との戦いで燃料が尽きたので、爆薬代わりに投げつけて爆破させてしまった。おかげで俺はまた素手に逆戻りである。

「はーいっ! それじゃ、マーフィさん…………」

 リズは嬉しそうに頷いて、グールたちに別れの言葉をかけようとした。



 ────が、そこに待ったがかかったのである。



「まぁ、待て。俺も付いて行ってやる。話し合いに行くつもりなら、仲介がいた方がいいだろ?」

 そう言いながら、さっそくとばかりに外出着に着替えて荷物を準備し始めたマーフィを見て、その護衛をさせられるであろうバレットは、口をあんぐりと開けた。だってコイツ、死線を潜り抜けてきたばっかりなんだぜ?
 別に蟹の巣で一緒に戦ったから友情が芽生えたってワケじゃないが、俺はコイツを心底気の毒に思った。









 俺達の目的は、アレフを襲ったギャング団“ファミリー”をとっちめることだ。

 一般的なウェイストランドの常識に当てはめてこの目的を解釈するならば、間違いなく“皆殺し”だ。
 しかし、そこはそれ、平和で清潔なvaultで育ったリズは、もちろんそんな非人道的なことを考えてはいないだろう。

 実のところいきなり向こうから襲いかかってきてくれれば話は早いし、ぶっちゃけ最初はそうなるだろうと予想していたのだが、どうもマーフィーの話からするとそんな展開はないのかもしれない。
 そりゃあ殺し合いは良くない。この問題が話し合いで解決できるなら確かに素晴らしいと思う。

 だが、話し合いをするにしても、三点だけは明確にしないといけない点がある。
 アレフの財産であるバラモンの虐殺と、リズが見たというアレフの住人の惨殺。それに行方不明になったという殺されたアレフ住人の息子の身柄だ。
 この三つだけは、絶対に真相を明らかにしなきゃならん。

 そう固く誓って、俺達はマーフィーの案内で地下鉄の中にある“ファミリー”のアジトへと訪れたのだが。

「おーい、ちょっとちょっと! 待ってくれよ、ここはファミリー以外は立ち入り禁止だぞ!」

 問題のアジトの入口、バリケートの向こうに待ってにいたのは、どこか暢気な雰囲気を漂わせたヒゲ面の男だった。
 ヒゲを生やして貫禄をつけてるつもりなんだろうが、声の調子は若者と言ってもいい年齢だ。
 レイダーの連中特有の狂気染みた顔つきなどとは程遠い、畑で農作業でもしてそうな普通の顔に毒気を抜かれる。

「よぉ、見張りお疲れさん」
「なんだマーフィーじゃないか! わざわざ外から血液パックを売りに来てくれたのか?」

 声をかけたマーフィーの顔を見ると、このヒゲ面の男はあっさりと手にしていた10mmマシンガンを下ろして歓迎の構えを見せた。完全に警戒がゼロになっている。
 マーフィーから『大丈夫だから』と言われて俺も一緒に付いてきているんだが。
 スーパーミュータントを前にして銃を降ろすなんて、こんなヤツが見張りしててホントに大丈夫なのか?

「いやぁ、ちょいとコイツに頼んで蟹共を始末してもらったのさ。もう、ウチと繋がってる地下通路は安全だぜ?」
「そりゃあ助かるよ。きっとヴァンスも喜ぶ」

 ヴァンスというのは連中のリーダーのことだろう。
 どうやら、この眼鏡グールは俺が想像してたよりもずっとファミリーの連中にとって上客だったらしい。

「今日はちょっと話がしたいって連中がいるんでヤツに会わせたいんだが、問題ないよな?」
「ああ、マーフィーの知り合いなら問題ないだろう。通ってくれ」

 そう言うと、見張りの男はあっさりとバリケートを開けて道を通してくれた。

「ありがとー!」
「あ、あぁ……お邪魔する」

 そんなワケで、俺はあっさりとアジトに踏み込む許可を貰ってしまったのである。
 なんとも拍子抜けする展開だった。
 案内されるままに奥へと向かう道すがら、マーフィーがニヤニヤと笑いながら俺の脇腹を肘で突く。

「どうよ? 俺を連れて来て正解だっただろう?」
「うん! おにーさん、ありがとう!!」
「はっはっはっ! なぁに、日頃の行いってヤツだぜ」

 うわぁ、殴りてぇ。
 ふと横を見ると、バレットも俺と同じ顔をしていた。

 思わず目が合ってしまって、俺達は揃って息を吐いた。

「なぁ。連中、いったいどういう奴等なんだ?」
「……誰の指図も受けない極悪ギャング団だ、とか言ってたな。ロバートは」

 さっきのヒゲの男か。
 確かになんか頭足りなさそうだったよなアイツ。いかにも考えが足りてなさそうなタイプだ。

 だがまぁ、悪人には見えなかった。俺に銃も向けなかったしな。
 まぁ、バラモン殺しぐらいはやるだろうが、無意味な虐殺や人さらいまでやるとはちょっと思えない。

 だいたい、見張り場で流しっぱなしにしていたラジオのセンスからして────

『こちらジョン=ヘンリー=エデン大統領。今日はみんなに、古きよきアメリカの話をしよう……かつてこのアメリカの家庭には、母親の作ってくれる焼き立てのパイがあって、忠実な親友である愛犬がいて、毎日がとても楽しくて…………』

 なんというか、ギャングが聞くような放送じゃない、えらく牧歌的な放送を聴いているぐらいなのだ。

 正直、俺には“ファミリー”というギャング団が一体どういう連中なのか、さっぱり分からなくなっていた。




<つづくー>


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