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[9004] ほんの少しだけ優しい世界(鋼殻のレギオス再構築もの)※外典投稿(多分こうならない未来の可能性のお話)
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2012/08/20 23:04
 「だが、貴公との明日の試合次第では、私はこの事を忘れる」

 そう告げつつも、ガハルド・バレーンは内心で目の前のヴォルフシュテイン卿の微塵も揺らがぬ様子に疑念を抱いていた。もしや、自分が何か見落とした事があるのだろうか、いや、そんな筈はない、私は正しいのだ。こんな輩に天剣を持たせておくなど許される事ではないのだから……。
 彼は気付いていない。自らの行動の矛盾に……。

 「……では、明日の試合で」

 そう告げ、ガハルドは部屋を退出した。
 何の事はない、意識はしておらずとも無意識の内に逃げたのだった。そう……ガハルドが天剣レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに自身の実力が勝ると確信出来ているならば、こんな事をする必要はなかった。自分の力では勝てない、そう心のどこかで思っていたからこそ、彼はこのような手に出たのだった。

 ガハルドが部屋を出て行った後、その気配が確実に離れていったのを確認してから、レイフォンは深い溜息をついた。その背に声が掛けられる。

 「いや、ご苦労さん。ガハルドも真っ向からやりあったら勝てないから、ってねえ?卑怯だなんて言うなら、そもそもこんな事してる自分は何なんだろうねえ?」

 「同門でしょう、その辺にしておいては?」

 ゆっくりとレイフォンは背後を向く。
 彼の背後で、ずうっと最初から最後まで同じ部屋にいながら、その殺剄によってガハルドに微塵もその存在を感じさせなかった二人が片方は笑みを浮かべ、もう片方は生真面目な様子で座っていた。その名をサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスとカナリス・エアリフォス・リヴィンという。共にレイフォンの先輩となる天剣授受者である。
先のカナリスの言葉通り、ガハルドはサヴァリスと同じルッケンスの武門に属する。より正確にはサヴァリスは武門の名門ルッケンスの長子であり、ガハルドはそのルッケンスに入門し修行を積んだという事になる。

 「言われた通り、でしたね」

 「当たり前です、それでは伝えた通り、明日は何時も通りに……まったく、一介の武芸者である彼が知る事が出来た事を王宮が知らないと信じれるとはどういう事なのやら」

 そう告げると、カナリスはあっさりと立ち上がった。実の所既に伝えるべき内容は伝えており、ガハルドが来るのか、そしてそれで脅しを本気でかける気なのかの確認の為に残っていたに過ぎない。そして、彼女がここにいた理由の端的な部分がその言葉の最後に現れていた……そう、王宮は既に知っていたのだった。知っていて尚放置していた。何しろ自身に謀反されてさえ、平然とスルーしていたアルシェイラである。この程度の事でレイフォンを処罰する気なぞ全くなかった。
 そして、生真面目なカナリスやここにはいないがカルヴァーンも自分達が以前にそれぞれに思惑があったとはいえ、やらかした事を指摘されると何も言えなかった。

 「まったく、馬鹿が迷惑かけるね。別に殺しても構わないと思うんだけどな」

 そう言いつつ、サヴァリスも立ち上がる。

 「何を貴方こそ馬鹿な事を言っているんですか、殺してどうするんです」

 「別に構わないだろう?」

 カナリスの咎めるような言葉もサヴァリスは飄々とした態度を崩さない。

 「僕ら天剣に必要なのは、強くある事……と、命令が出た時には陛下の命令に従う事だけなんだからさ」


 そして翌日の試合。
 ガハルド・バレーンは善戦したものの、結局天剣の壁を越える事は出来ず、ヴォルフシュテインの勝利で戦いは終わった。
 そして、ガハルドから告発という形でレイフォンの闇の賭け試合へ参加が明かされ……それが広まった所で王宮から発表された談話がグレンダンを議論の渦中に叩き込んだ。
 王宮が発表した内容は簡単だ。
 レイフォンの闇試合への参加を既に女王は伝えられていた、という事。
 そして、レイフォンがその金を何に使っていたのか、という事。
 そして最後に、そこまでしてレイフォンがどうにかしようとした孤児達のこれまでと現状が。

 ある酒場で若手の武芸者達がレイフォンを非難していた。

 「幾等孤児を助けたいからって闇の賭け試合に出る奴なんかを天剣としていいものか!」

 そうだ!と迎合する声が上がる。
 しかし、どうにも声が小さい。よく見ると、そうやって騒いでいるのは全体の四分の一弱といった所で確かに若手主体な為に声こそでかいものの、逆に言えば重みとでも言うべきものがなかった。
 それに気付いてはいたのだろう、若手の一人が黙っている面々の中に自身の属する部隊の中隊長の姿を見つけ声を掛ける。

 「隊長もそう思いませんか!」

 同意を求められた中年の男性は渋い表情だったが……やがて彼らに告げた。

 「俺は、武芸者としてはヴォルフシュテイン卿のやり方は間違っていたと思う」

 同意を得られて、嬉しげな若手の顔を睨むように見詰め、隊長は言葉を続けた。

 「だが……一人の父親としてはヴォルフシュテイン卿の行動を非難出来ん」

 えっ、という顔になる若手達。それを機に別のベテランが発言した。

 「……確かに賭け試合で金を稼ぐってのは問題があるのかもしれん。だが……孤児達の状態を知ってしまうと、俺達には何も言えん…」

 「……俺にも子供がいる、俺が汚染獣との戦いで亡くなったら、うちの子達が、と思ってしまうと、な……」

 「俺は結婚してないから子供はいないが、亡くなった友人のガキがいた。孤児院に入ったって聞いてたが、今回ので気になって調べてみたら、前の食料危機ん時に亡くなっててな……なんで俺はもっと早く気にしてやらなかったんだろうな」

 「俺……まだ若手っすけど、孤児出身なんす……孤児ってのがどんだけ大変なのか知ってるから……少しでも何とかしたい、って気持ちは分かります……」

 それを機に一人また一人と次々に自分の想いを口にする。
 槍殻都市グレンダンは汚染獣との戦いが他の都市に比べて異常な程に多い。代わりといっては何だが武芸者の質は恐ろしく高く、天剣授受者ともなれば老生体を一対一で相手どれるという化け物っぷりだ。
 だが、それは死者が出ないという事とイコールではない。
 天剣クラスならともかく、普通の武芸者では汚染獣と戦えば、怪我人、ちょっと運が悪い時は死者が必ず出る。そうして、それはそのまま孤児の誕生の可能性へと繋がる。
 結局の所、騒いでいた連中と黙っていた連中との差は正にそこだった。
 騒いでいた若手達は未だ子供がいなかったり、仲間が死んでもその仲間も若手だったりして子供がいなかったり、或いは孤児という出身ではなかったり、といずれにせよ孤児と関係がない立場だった。
 逆に酒場の大半を占める連中は、孤児というこれまで目を逸らしてきた問題に光が当たった事により、考えざるをえなかった。
 もし、自分が死んだら……今まで死んだ仲間の子供は今……自分が育ってきた環境は……。そうしてそれらは一つの考えに至る。

 『今まで自分は孤児の為に何かした事があったのか?』

 誰が死のうが自分とは関係がない、そう嘯ける者はそう多くはない。
 若手達も周囲の発言を聞いて、次第に黙っていった。彼らとて、情はある。話を聞いて、尚無条件にヴォルフシュテインを非難して騒ぐ事は出来なかった。

 こうした空気はグレンダンに多かれ少なかれ漂っていた。
 これまで孤児と関わってきた、或いは関わる機会のあった人間は総じて、『やり方には問題があったが、気持ちも分かる』とレイフォンの行動に同情的だった。
 一般の人間の大勢は最初こそ非難していたが、次第に武芸者の、或いは孤児と関わりのある人達の声に、或いは自分で孤児の現状というものを見て……同じような空気へと変わって行った。『問題はあったし、処罰は受けるべきかもしれないが、そんなに重い罰は与える必要はないのではないか』、と……。
 全てを知って、尚重い処罰を!と騒ぐ者は確かにいたが、彼らはグレンダンでは最早浮いてしまっていた。
 結果として――。
 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに出された処罰は割りと驚きを持たれはしたが、案外すんなり受け入れられたのだった。


 「んでレイフォン、受かったんだって?」

 王宮で軽い口調で爪の手入れをしながら尋ねているのは女王アルシェイラだ。

 「はあ、まあ、何とか」

 その横でレイフォンは妙に疲れた様子で答えた。

 「学園都市ツェルニか……結構遠いとこね?」

 「あ、はい。サヴァリスさんがここなら自分の弟もいるよ、って紹介してくれて…」

 近い所の試験に落ちたのもあるのだが。

 「ふ~ん、ま、しっかり勉強してくんのね」

 「はあ」

 レイフォンに出された処罰は……処罰といっていいものか不明だが、『世間一般の常識を学ぶ為に学園都市に留学する事』だった。期間限定の追放刑とでもいった方が感覚的には近いかもしれない。これらの処罰の理由として、レイフォンの家庭の事情、結果として勉学に励む余地なく、社会的通念を学ぶ事なくひたすら戦ってきたのが原因の一端としてあげられていた。
 一方レイフォンが案外おっとりしているのは、ここの所の孤児達の環境の改善にある。
 レイフォンが闇試合で稼ぐ金は確かに多額だった。
 だが、所詮は一人が稼ぐ金だ。たかは知れている。
 これに対し、レイフォンへの告発の後設けられた、孤児への寄付を求める(孤児の為に王宮から予算の一部を割いてお金も出ているが)動きと、それに伴う資金の集まりが大きかった。
 汚染獣との戦いの褒賞金、その内から少しでもと寄付をする者は想像以上に多かった。
 金に興味がない天剣の連中となると、もっと凄く、実家が裕福で金に全く興味のないサヴァリスなぞは受け取った褒賞をそのまま寄付の箱に放り込んで帰る事も度々で、これは極端な例だが、隆盛を誇るミッドノット武門の当主であるカルヴァーンもちょくちょく多額の寄付をしてくれていた。他の連中もふっと思い出したように……いや、実際そうなのかもしれないがどさっと結構な寄付をしてくれていた。
 まあ、人それぞれで、リンテンスはふっとやって来て、無言で金を置いて立ち去っていたし、バーメリンは「余ったからあげる」と置いて帰っていた。ルイメイなぞは偶々通りかかった際「おう、そういやこんなのがあったんだったな!」とポンと金を置いて帰っていた。
 王宮からの金と合わせ、これらのお陰で少なくとも孤児達の生活は大分改善されたのだった。
 これらはある意味でレイフォンを打ちのめした。
 良かれ、と思ってやってきた事が周囲の人達の助けを借りれば、こんなに容易に幾倍もの規模で改善が為されたのだから。もっともわざわざ言いはしなかったが、カナリスなぞから言わせれば、『天剣がそういう事をやっていた、という衝撃が大きかったからこそ、ここまでの改善が出来たのですよ』という事になるのだが。
 とにかく、孤児達の環境が改善した事から、今しばらくは自分が都市にいない方がいい、という感覚でレイフォンは学園都市に赴く事を了解していた。

 「ああ、そうそう、これ持って行きなさい」

 ひょい、と渡されたものを見て、レイフォンはぎょっとした。白金色に輝くそれは正しく……。

 「天剣じゃないですか!?」

 「そーよ」

 確かに、女王であるアルシェイラには天剣をどう動かすかの権限がある、だからレイフォンに彼女が持って行きなさい、というならばそれは正当な権限だ。だが……。

 「……いいんですか?」

 さすがに、グレンダンを離れる、それも短期間ではない自分が天剣を持って行ってもいいものなのだろうか?これは何しろ12本しかないのだ。

 「ん~じゃ、そうね。ああ、そうそう、あんたの幼馴染も一緒に行くんでしょ?」

 「あ、はい」

 「なら、その護衛って事で」

 あまりといえば、あまりな理由ではあったが、レイフォンは天剣であり、女王の命に従うのは絶対だ。普段は何してようが、知った事ではないが、私が動けといったら動け、これはアルシェイラが言っている事だ。リーリンに関して言えば、レイフォンが学園都市で勉強してくるように、との話が出るや、自分も行くと言い出したのだ。ちなみにレイフォンよりあっさりと通ってしまったが。

 「分かりました」

 どのみち、彼女がそう言った以上、撤回される事はないのだ。
 
 とはいえ、カナリスからすれば、さすがに今回の点は問題なのではないか、と思い一言言いに言ったのだが……。

 「天剣をどう動かすかは私が決める」

 そう告げた際の女王の目にカナリスは何も言えなかった。
 それは普段の遊び半分の目ではない、グレンダン最強の武芸者であり、女王である存在、天剣を統べる者たる絶対者の目だった。
 

『あとがき』
なんか、ふっと頭に浮かんで勢いのままに書き上げてしまった作品です
……続き書くべきなんだろうか、どうしよか?
そう思いつつも、折角書いたんだから、と投稿してしまったり…
 



[9004] 人間模様
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:07
――ガハルド・バレーンの場合
 「くそうっ!」

 抑えた声でガハルドは罵りの声を上げ、酒を煽った。
 ――本当なら俺は今頃天剣を――
 そんな想いは今は虚しい。
 天剣授受者は十二人が揃った時、それまでとは異なる形で選抜を行う。そう、その天剣の中から一人を選び挑むのだ。そうして、ガハルドは天剣の一人、ヴォルフシュテインが闇の賭け試合に出ている事を知った。
 そう、それが自分が天剣へと至る道となる筈だったのだ。
 しかし、あの天剣へと挑んだ戦いで自分は破れ、こいつに天剣は相応しくないと行った告発は、だが、王宮からの発表によって何時しか打ち消された。最早自分が告発したという事を覚えている者さえ殆どいないだろう。
 そうして。
 今日彼は自分がそこに至りたいと願っていた男から、想いを砕かれた……。

 「もう終わりかい?」

 にこやかな笑みで語りかけるのは天剣授受者サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。レイフォンが天剣となるまでは、最年少の天剣授受者でもあった。
 その前に倒れ伏すのはガハルド・バレーン……ここはルッケンスの道場の一つだった。
 全く相手にならなかった。
 とはいえ、この相手にならば仕方ない。そう、サヴァリスは彼にとって憧れだった。何時かはその隣に立ちたい、そう願っていた。サヴァリスからの一言が語られる迄は……。

 「レイフォンは僕と真っ向相手が出来るのにねえ?」

 愕然とした気持ちで必死で頭を上げた。
 その視線の先で――サヴァリスは何時ものように笑っていた。自分はサヴァリスに全く相手にもされなかった。だが、ヴォルフシュテインはそのサヴァリスと同等に戦えるという……同門である自分が勝てない相手にだ。それは次第に嫌な考えに及ぶ、そしてそれは彼が否定する前に肯定される。

 「そうさ、レイフォンは手加減していたんだよ」

 あれが?
 自分が必死に、全力を尽くした時、天剣授受者は手を抜いていた、と?
 あれは自分の善戦、ヴォルフシュテインの苦戦ではなく――ただ単にそう見せられていただけだった、そう言うのか?それは彼に大きな衝撃となって語りかける。『お前に天剣となる資格などなかったのだ』と……。

 「それにねえ」

 そして。

 「レイフォンを脅すって手段を取った時点で、君に彼を非難する資格なんてないんだよ」

 目を背けていた事実が容赦なく暴かれる。
 そう、もし純粋に許せないと思うなら、脅す事なぞせず、最初から告発すれば良かった。
 もし純粋に許せない、そして自分こそが天剣に相応しいと思うのならば、脅す事なぞせず、自らの力で叩きのめし、勝利した上で「お前に天剣を持つ資格なぞない」と宣言すれば良かった。
 そのいずれも選ばなかったのは、ただ――ガハルドがレイフォンを非難する資格がない程度には卑劣で、そして武芸者として純粋に弱かったから。
 そう楽しげにサヴァリスは告げた。 
 そして、それを否定する事の出来ない自分がいた―。

 そして、時は今へと返る。
 喉が焼け付くような強い酒を煽って、彼はその目に強い光を宿す。それは心の強さ故ではない、それは妄執とでも呼ぶべきもの。
 もう、自分の切り札(そう自分が思っていた)はその力を失った。
 天剣に挑むに値すると思っていた自分の強さは他ならぬ目指した相手に否定された。
 力が欲しい――。
 ガハルドの脳裏はその想いで満たされていた。
 


――デルク・サイハーデンの場合
 一度は天剣となって増長したかと思った事があった。
 レイフォンが天剣となり、しかし、武器をサイハーデン流派の刀ではなく剣を選んだ事で。
 だが、違った。
 レイフォンは闇の賭け試合で金を稼いでいた。無論、理由はもう知っている。要は自分が不甲斐なかったからだ。それでもレイフォンはその事を恥じ、サイハーデンの刀を使う事を自ら封じた。――汚染獣、それも老生体と戦う天剣授受者だ。剣より慣れ親しみ、幾多の技を持つ刀を使った方がいいに決まっている、それでも自身の安全を代価として剣を取った。
 そう、レイフォンは恥じる心を持ち続けていた。
 デルクはそれが嬉しかった。
 レイフォンと向かい合ったあの日の事を思い出す。

 「レイフォン、お前に渡しておきたいものがある」

 その日、デルクとレイフォンは道場に互いに向き合う形で座っていた。
 今では無論デルクではレイフォンには勝てない。天賦の才を持つ人間がただひたすらに鍛え上げ、実戦で磨き上げたその先、ほんの一握りの武芸者が辿り着くその先に幼くして到達したのがレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという人間だ。
 心優しく、そしてそれ故に全てを隠して自分一人で何とかしようとしてしまった。
 幸い、最悪の事態になる前に王宮が手を打ってくれたお陰で、レイフォンは学園都市で一般常識を体験してくる、という形の処罰で済んだ。まあ、これまで碌にした事がなかった勉強という強敵にリーリンに教わりつつ悪戦苦闘しているようだが。こればかりは剄技のようにはいかないようだ。
 そんな事を考えつつ、レイフォンの前に一つの箱を置く。
 レイフォンはちらり、とこちらに視線を向けてくる。頷きを返すとレイフォンは箱を手に取り、開け……驚きに目が開いた。
 入っているのは鋼鉄錬金鋼だ。レイフォンがまだ天剣となる前、ここで修行していた頃用いていた錬金鋼だ。今ではもう使う事のないものだが――これを渡す、という事には大きな意味がある。

 「これって……」

 「そうだ、サイハーデン流刀争術免許皆伝、そういう事だ」

 苦悩の表情を浮かべていたレイフォンはしばらくそれを見詰めていたが、やがて箱を閉じ、前に置いた。

 「……僕には」

 「受け取る資格がない、か?」 

 デルクの言葉に黙って頷いた。
 ――何故気付いてやれなかったのだろう、これ程レイフォンは苦しみ続けていたのに――。

 「レイフォン……お前はサイハーデンの流派が嫌いになったのか?」

 「……いいえ、でも」

 手を伸ばしてレイフォンの頭を撫でる。

 「お前にあんな事をさせてしまったのは私の責任だ」

 「!そんな事はない!あれは―」

 「私がお前達に苦労させなければお前はあんな事をしようとは思わなかっただろう」

 レイフォンは違うと、あれは自分の責任だと言うが、それが私にとっての真実。そう――同じ事柄でも人にはそれぞれの解釈がある。今回は上手くいったが、一歩間違えればレイフォンが良かれと思ってやった事はその全てが否定されていただろう。実際、孤児院の子供達も当初はレイフォンを非難していた。大人と違い、子供は現実ではなく、憧れを裏切られたが故にレイフォンを非難し、今でも完全には拘りを捨て切れていない。まあ、それでも面と向かって言わなくなっただけ大分マシになったのだが。

 「もし、お前がまだサイハーデンの技を大切に思っているのならば……受け取ってくれないか」

 その日。
 私達は長く語らった。
 あれこれと細かい事は語る必要もない。ただ、レイフォンは天剣を刀へと変えた。それが全てという事だ。 
 
 今頃はツェルニに向かう放浪バスの中か。
 リーリンが自分の気持ちを主張してくれた事も嬉しかった。あの子もどうにも世話焼きだけに自分の想いを抑えてしまっている面があったのが心配だったのだが、今回の事がそれを解き放つよい機会となったようだ。
 そう、もうあの二人はこのグレンダンにはいない。まあ、永遠にいなくなる訳ではない、その内戻ってくる。その時は子供達もレイフォンを笑顔で迎えられるといいのだが。
 

 
――ミンス・ユートノールの場合
 面白くない。
 ミンスの頭の中は大体最近はそんな思いで一杯だ。
 ミンスはグレンダン三王家の一つ、ユートノール家の唯一の血筋だ。アルモニス家のアルシェイラは天剣を統べる女王、ロンスマイア家のティグリスはその戦い方から不動の天剣の異名を持つ天剣授受者の一人。それ故に彼も以前は最後の天剣は彼となるのではないか、とグレンダンの人間に期待され、自分もそうなるのだと思っていた。
 ――それも嘗てのアルシェイラ暗殺を企んだ際に粉微塵に打ち砕かれた。
 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ――最後の、自分が手に入れるものと思っていた天剣を手に入れた少年。その彼に自分はあっさりと負けた。剣を交わすどころか、天剣を使わせる事すら出来なかった。
 そのレイフォンが闇の賭け試合に出ていると知り、人々を煽り、レイフォンを都市から放逐してやるつもりだったが、その目論見もいともあっさりと潰えた。
  そのレイフォンは都市を出る。
 とはいえ、永久追放ではない、ただ単に勉強してくるだけだ。
 都市にいれば、燻りもあっただろう、種火があればそこから火を煽る事も出来たかもしれないが、順当に行けば奴が帰ってくるのは6年後。その頃には最早種火を煽ろうとした所で無駄な努力だろう。不在では煽っても空虚だ。

 加えて、あの事件が一通りの区切りがついた頃から、自身にも前線に出る機会が頻繁に与えられるようになった。
 ユートノール家の人間が機会を与えられながら出ないとなれば、家名に傷がつく事は必至と積極的に汚染獣と戦い、やがて周囲の人間から自身に対する評価が客観的な視点からつけられるようになった。汚染獣との戦いという観点において、王家の一員という点は彼らは一切評価に加えない。何故ならそれはそのままミンス自身にも、彼ら自身にも、そして部下達にも命という代価で支払う事を要求される事へと繋がるからだ。
 その結果は『弱い訳ではないが、天剣ほど強くもないし、経験も不足している』というものだった。
 経験は槍殻都市グレンダンにおいては前線に出る機会さえあれば、幾等でも積む機会はある。一年も生き残れば、ミンスとて十分な戦闘経験を積んでいるだろう。
 だが――才能はどうにもならない。
 今ではミンスにも分かっている。自分は天剣にはなれない。自分に一対一で老生体と戦いうる力は無いのだと。それが分からなければ死ぬだけだ。
 これまでユートノール唯一の跡取りという事で前線には余り出して来なかったアルシェイラが何故自分を前線に出す事に許可を与えたのかは分からない。ひょっとしたら、遂にユートノールを断絶させる事に決めたのかとも思ったが、戦闘そのものは別段過酷な環境を与えている訳ではない。
 これで死ぬとしたら、運が悪かったか、自分に力がなかっただけの話だ。それが分かるから余計に腹が立つ。
 しかし、分からない。
 何故、自分が前線に出る事を急に認めるようになったのか。何故これまでの方針を転換したのか……。
 


――アルシェイラ・アルモニスの場合
 ふと、思い出す。
 シノーラと名乗り、サイハーデンの孤児院を訪れた時の事を。

 突然訪れた自分にレイフォンは物凄く何か言いたそうな妙な顔になっていた。無論、何も言うなと笑顔で語ったのだが。
 あの時、自分は王宮からのレイフォンへの処罰の通知を持ってきた、と言って訪れた。
 緊張する顔のレイフォン、厳しい顔つきで通知を待ち受けたデルクの顔が通知を聞いた瞬間呆けて、ほっとした様子のデルクの反面勉強というこれまでにない脅威に立ち向かわねばならなくなったと悟ったレイフォンの顔色は思い出しただけで笑える。
 そして、廊下で聞いていると感じていた気配が、ほっとした気配と共に部屋へとお茶を運んできて……あの時の自分の自制心には感謝している。
 以後、ちょくちょく顔を出してきた。
 ……そうして確信が持てた。生憎、あの子――リーリン・マーフェスは自分の配下ではない。彼女がレイフォンについていきたい、というならばそれを止める術はないし、あの子の進路を妨害する気もない。
 
 「本当なら、私が産んだ子がなる筈だった役割だったんだけどね……」

 何の因果やら。
 自分を振って、駆け落ちしてしまった男――ヘルダー・ユートノ―ルを思い出す。あいつの弟が結局家を継いだが、その男はグレンダン三王家の一員であるユートノールの血筋がそいつだけだから、と甘い顔を見せてやっていたら、自分の実力を過大評価したのか天剣になれないのはおかしい、と言い出した挙句、自分に謀反を起こそうとした。全然詰まらない芸だったが。
 実の所、あいつの実力など大した事はないのだ――王家の他二人の当主が女王と天剣にあるからと言って、もう一人の当主も天剣並とは限らない。
 ユートノールの血筋がもう一つ見つかったお陰であいつも前線に放り出してやれるようになった。出してみれば、あっさりとあいつの強さなど知れ渡った。『強いが、特筆する程ではない』、これが最近のあいつの評価だ。まあ、妥当な所だろう。
 死んだら?その時はリーリンを当主にとりあえず据えて、将来レイフォンと結婚でもさせれば問題ないだろう、リーリンがレイフォンを好いているのは見ていて分かるし、レイフォンもリーリンに好意を持っている。そしてリーリンは駆け落ちしたとはいえ、ユートノール家の長子の子、本人は武芸者ではないが、旦那が天剣。素晴らしい、誰からも文句は出ない。万々歳だ。
 ま、今の所は画餅でしかないのだが。
 むしろそれより問題は――。

 「何時始まるか、ね」

 その時はそう遠くない、そう感じ、他都市出身でも強く、そして自身の命に従うならば天剣に取り立ててきた。そして遂に天剣は12本が揃った。それをあんな馬鹿げた事で失って堪るか。



『後書き』
たくさんの感想ありがとうございます
少しずつ続編を出していく事にしました
今回は幾人かの複数の描写にて……
上手くいった人がいれば、上手くいかない人もいる、そんな感じが書けたらと思ってます
どんなものでしょうか……?

・ガハルド・バレーン
実の所、これでも原作よりは大分マシなんですけど……
原作では腕を失った挙句、その傷が原因で剄脈を損傷し、植物状態に、最後は老生体の寄生の為の囮餌にされて、サヴァリスに殺されましたからね……
もし、五体満足だったら、そして天剣を手に入れる事が出来なかったら、というコンセプトで書いてます

・デルク・サイハーデン
原作より早めに後悔して、結果としてレイフォンの天剣を刀に戻させてます
なので、レイフォンはツェルニでは当初からサイハーデンの技を振るっていく予定です
今回、一番書くのに苦労した人でした……

・ミンス・ユートノール
原作でレイフォンに対する非難を煽り、彼が都市を追放される原因の一端となった人物です
その理由はアルシェイラに謀反を起こした際、命令で相手をしたレイフォンに天剣すら使わせられず、そこらに落ちてる石を武器にしたレイフォンに完敗したから、という完全な逆恨み
この話でも煽ろうとしましたが、見事に失敗しました

・アルシェイラ・アルモニス
既にリーリンの事にツェルニに行く前に気付いています
最初は違和感からでしたが、その違和感を大事にして何度もあれこれ理由つけて孤児院にお邪魔して、調査を行い、確信を持ってます
この結果として、レイフォンに天剣と都市外装備を持って行かせてます
ちなみに当然のように、リーリンの胸は何度も揉んでます



[9004] ツェルニの事情
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:09
 学園都市ツェルニ。
 その最上部、生徒会が置かれている建物の更に奥まった場所、生徒会長室に二人の姿があった。
 一人はカリアン・ロス。
 三年の長きに渡り生徒会長を務める傑物であり、名実共に学園都市ツェルニの統治者とでも言うべき存在だ。
 今一人はヴァンゼ・ハルデイ。
 ツェルニの武芸長であり、現在十七ある小隊の内、第一小隊の隊長を務めてもいる。

 「レイフォン・アルセイフは第十七小隊に配属……しかし、良かったのか?」

 強い、そう聞いている。
 しかし、カリアンの下した判断は新設された第十七小隊への配属。確かに、あそこは人数が不足気味で、レイフォンが入ってようやっと最低限の人数を満たす事になる。ちなみに、彼らは当初からレイフォンの小隊入りをレイフォンがツェルニ到着以前である今から決めている。まあ、仕方ないだろう、今ツェルニに残されたセルニウム鉱山は残り一つ。今は少しでも戦力が必要なのだ。

 「ああ、仕方ないんだよ、彼は『強い』んじゃない、『強すぎる』んだ」

 「……まるで知っているかのような言い方だな?」

 知っている。
 自分は流易都市サントブルグからこのツェルニに到達するまでにグレンダンに寄る機会があった。そこで見たあの光景は今でも忘れられない。だが、口を突いて出てきた言葉は別の言葉だった。

 「……このツェルニにも彼と同じグレンダンの出身者がいる。ゴルネオ君だ」

 「第五小隊の隊長である彼か」

 ゴルネオ・ルッケンス。化錬剄を操る第五小隊長であり、副隊長を務めるシャンテとのコンビネーションは極めて高い攻撃力を誇る。

 「その彼曰く、『自分とシャンテの二人がかりならば足止めぐらいは出来るでし
ょう』との事だよ」

 驚きの声を漏らすヴァンゼに何時もと変わらぬ笑みを浮かべた表情の裏でカリアンはゴルネオとの会話を思い出していた。…実際はそんな甘い言葉などゴルネオは言ったりはしなかった。


 「天剣授受者レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ君がこのツェルニに来る事になった」

 ゴルネオを生徒会長室に呼んで最初に告げたのがその言葉だった。

 「……会長は知っているのですか?」

 天剣授受者、その言葉を知る者はこの世界では殆どいないだろう。個々の都市が独立し、連絡さえままならぬこの世界では各都市固有の存在は如何にそれが驚愕する程の力を秘めていようとも、他都市に知られる事は滅多にない。グレンダンの名が知られているのも、都市の外に出ているサリンバン教導傭兵団の存在のお陰だ。

 「このツェルニに来る際に私はグレンダンに寄る機会があってね。そこで天剣を決める試合を見る事が出来たんだよ」

 自分の都市の武芸者ならば見た事があった。
 ロス家は流易都市サントブルグにおいて情報を扱う裕福な家だ。サントブルグの近隣には2つの都市があり、都市戦を戦う為に仲が悪く必然的にサントブルグは他都市との交易に活路を求め、その中でロス家は情報を扱う事でサントブルグでも有数の裕福な家となっている。
 サントブルグの武芸者のレベルは決して低いものではない、と確信している。これはある意味当然の話で、仲の悪いライバル都市がすぐ傍に2つもある状況下では武芸者の質が下がる事はそのまま都市の衰亡に繋がりかねないからだ。
 だが、それでも。
 それでも、グレンダンに比べれば遥かに劣る、と思う。グレンダンは都市が相手なのではない。同じ人間相手ならば如何に仲が悪いといえどそこには一定の規律がある。無闇やたらな破壊は行われないし、敵の武芸者は皆殺しなどという真似も行われない。あくまで都市戦は如何に激しくとも一種の試合なのだ。が、グレンダンが相手どるのは汚染獣、そこに規律はない。ただ、相手を全滅させるか自らが全滅するか……ただそれだけだ。
 そしてその汚染獣の襲撃を他都市からすれば信じられない程に頻繁に……日常的に受けつつ、その全てを砕き続ける都市、それが槍殻都市グレンダンだ。そんな中では質の劣る武芸者などという者が前線で生き残る余地はない。必然的に実戦で磨き上げられた武芸者達は他都市であればトップクラスの力を当たり前のように持ち、その中で更に最強を誇る者、それが天剣授受者だ。その試合を始めて見た時には震えが走った。

 「あの実力ならば、小隊に一年より入れても問題はない。そう思わないかい?」

 ゴルネオ・ルッケンスにとってレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという人物には多少はわだかまりがある。
 とはいえ、別段怨む気も憎む気も、嫌う気もない。
 ガハルドには世話になった。しかし、天剣を脅して奪おうとしたのには首を傾げてしまう。とはいえ、彼は別段再起不能になった訳ではない、怪我はしたようだが、天剣と戦って無傷という方がおかしい。特に問題のあるような怪我もなく、武芸者としての復帰もそうかからないだろう、という事が記してあった。
 ガハルドはおそらく魔が差したのだろう。
 彼が兄に憧れていたのは知っている。その隣に並び、共に肩を並べて戦いたいと願っていた事も。それ故に思わずやってしまった事なのだろう、と思う。そういう思いを抱かせてしまったレイフォンの行動にわだかまりがない訳ではないが、その金は如何なる為に行われていたのか、そしてグレンダンの孤児達がどのような暮らしをしていたのか……自分は知らなかった。ルッケンスという武門の名門故に食料危機に措いても飢える事もなく、寒さに震える事もなく生きてきた。
 だが、想像は出来る。もし、友が、幼馴染が、仲間がそんな目に遭っていたら……果たして自分は何かをせずにいられるだろうか?
 だから、レイフォンを嫌悪する気持ちはない。
 ましてや女王(実際はカナリスが書いて、アルシェイラがサインだけした)からの書状にある通り、彼は天剣を持ってこの都市を訪れるという。すなわちそれはグレンダンからの正式な命として行動している事を証明している。生真面目なゴルネオにとって、その書状にもあった通り、必要ならば天剣のサポートを行え、という事に否やはなかった。 
 とはいえ、天剣授受者を小隊に入れても問題はない?そんな言葉は軽すぎる、会長は所詮抑えられた力を見たに過ぎない。自分は素の天剣の力を知っている。兄、という家族の一員という形でその天賦の才を見てきた。試合では手加減しないといけない、という愚痴を聞いてきた。下手に小隊に入れれば、それだけで戦力のバランスなぞ崩壊してしまう。

 だからゴルネオは会長の間違いを正すべく発言した。

 「天剣は違う」

 しかとその視線を会長へと向けて断言する。

 「自分とシャンテ、二人がかりでかかった所で相手が本気ならば暇潰しの相手にさえならないでしょう」

 「……それ程かい?」

 ゴルネオとシャンテ、第五小隊の最前線を担うアタッカーの実力は高く評価されている。化錬剄によって繰り出されるその技は変幻自在できちんとした流派を修めたゴルネオと自由奔放なシャンテ二人のコンビネーションの前ではヴァンゼでさえ太刀打ち出来ないだろう。しかし、ゴルネオに言わせれば……。

 「いや、天剣が本気になれば、この都市全ての武芸者が束になってかかった所で彼一人に敵うものではない、それが天剣授受者だ」

 それは冗談ではない。
 グレンダンはその汚染獣を求めて動くかのようなその行動故に危険地帯を闊歩し、それ故に都市同士で戦う事は滅多にない。だが、以前に戦った折、その時天剣授受者達はジャンケンをしたという。彼らは一人が出れば十分だと判断し、そして実際その時出たリンテンスは五分とかからず一つの都市とその武芸者全てを一人で陥落させた。
 多対一を得意とし、現在の天剣最強と謳われるリンテンスより他の天剣は時間はかかるかもしれない。だが、所詮多少の時間の差でしかない。同じ事をどの天剣も為す事が出来る。それが天剣授受者なのだ。ましてや、このツェルニは学園都市。その武芸者の質は低い。自分の実力なぞ、グレンダンではまだまだ卵の殻を尻にくっつけた子供だ。だが、その自分でさえこのツェルニに措いては最強の一角と看做されている。
 ゴルネオの飾る所の一切ない本気を感じ取ったのだろう。「それ程か……」と会長も真剣な表情で考え込んでいる。

 「……分かった、それも含めて考えてみよう。……とはいえ、彼には小隊には入ってもらうのは決定事項だと思ってくれ。我々に彼程の戦力を遊ばせておく余裕はない」

 それは分かっている。ゴルネオは頷くと、会長室を退室した。


 ……そんな事を思い出しつつ、カリアンはヴァンゼに告げる。

 「したがって、彼を入れるという事は大幅な戦力アップに繋がる反面、彼に頼りきってしまう危険もある。何より彼を手に入れた瞬間に現段階ではそれなりのバランスを保っている小隊間の戦力が一気に偏りかねない」

 互いの切磋琢磨。それが小隊戦の意味であり、小隊を組む理由だ。小隊長と副隊長を合わせた程の、それも小隊長の中でも強い部類に入る相手の、戦力をいずれかの小隊に入れては、それだけで小隊戦の意味合いを崩壊させかねない。……第十七小隊を除いて。
 この小隊は三年のニーナ・アントークが是非、と願い設立した小隊だ。本来ならば、小隊員である彼女をそれまでの十四小隊から離脱させて、新たな小隊を作らせる意義などなかった……実際ヴァンゼ含め武芸者からは反対の声が上がった。
 それを抑えて小隊を設立させたのはカリアンだ。だが今現在十七小隊は正式に設立してはいない。第十小隊より突如離脱した四年生のシャーニッド・エリプトン、強制的に転科させた妹、類稀な念威操者であるフェリ・ロス。合わせて3名。小隊の設立は最低4名からだから未だ人数は不足している。そして、設立したばかりの小隊にほいほい入ってくれる実力者などいない。ニーナは駆け回って頼んでいるものの、未だ納得いく戦力は入隊していない、という状況だった。そこへ高い戦闘力を持つ武芸者が入学してくるのだ、しかもまだ他の小隊が手付かずの。是非に、と願ってくるであろう事は目に見えている。そして、一年生の有望な生徒を小隊に入れたとしても、第十七小隊ならば他の小隊より驚きは少ないと見ているのもある。

 「……お前、ひょっとして、いや間違いなく元からその為に第十七小隊の設立にGOサインを出したな?」

 眉を潜めてヴァンゼがカリアンに言う。それには常と変わらぬ笑みを浮かべて「さてね」と答えるにとどまる。
 ああ、その通りだ。
 自分はこのツェルニを守りたい。その為ならば如何なる手であろうとも取ろう。守りたいと願っていた妹に怨まれるのは悲しい話だが、それもやむをえない。……確かにこのツェルニは大多数の学生にとって、一時的に属する場所であり、この学園都市がセルニウム鉱山全てを失い滅びるとしても、自らの都市に帰ればいい、と考えている者もいるかもしれない。
 だが、一時的な場所であっても守りたいと願う者は間違いなくいるのだ。
 カリアンもそうであり……彼がニーナに最終的に味方して設立許可を与えたのも、彼女の目に同じ気持ちを認めたからだ。
 そもそも妹が念威操者になると定められていた自身の将来に疑念を感じ、それ以外の自身を探す為にこの都市に来たと知りながら、それを無視してでも小隊へと入れたのは、レイフォンがこの都市に来ると知ったからだ。具体的にこのツェルニを救う手立てに目処がついた、だから彼は動いた。そして、今十七小隊を底上げしておけば……自身が卒業した次の都市戦では中核となってくれるだろう。


 そうして。
 放浪バスがツェルニへと到達した。
 降り立ったその瞬間から、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフとリーリン・マーフェスのツェルニでの生活は始まったと言える。しばらく施設に滞在した後、寮を決める。
 一年の間にレイフォンは『あんたの学費は自分の出撃費を貯める事!今後一年は孤児院に使うの禁止!』と学園都市留学が決まった時点で女王から言い渡されていたお陰で多少は余裕がある。……十人を超す人間の生活費としてならともかく、二人が、それも贅沢とは縁のない二人が六年過ごすには十分な額だから。まあ、それでいて尚何かしらバイトをするつもりな二人なのだが。
 さすがに兄弟姉妹でもない男女二人が同じ部屋という訳にはいかず、レイフォンは男子寮へ。リーリンは吟味した上で不便ではあるが、家賃が格安で住宅物件の内容そのものは上物、という所を選んだ。
 そして互いのこれから住む場所も決まったのを見計らうかのように、入学式の日を迎える事になった。
 
『後書き』
ツェルニ到着
そして、リーリンはニーナの学生寮へ
この世界では、レイフォンも原作程というか、レイフォンは原作でも奨学金のお陰できついバイトをする必要もない訳ですが…たくわえもあります。けど、この二人、どうやってもやっぱり節約してしまいそうで……

この世界のゴルネオはレイフォンを怨んでません
上で書いていますが、矢張り、ガハルドが再起不能の重傷とかになってないのが大きいです

感想でフェリちゃんを嫁にしたら、というのがありましたが……実の所厳しいですよね
原作ではレイフォン、グレンダンを追放されたから恋人になった相手の余所の都市についていっても問題はありませんでしたが、この世界では追放になってないので、黙って余所の都市に行く訳にはいきませんし、フェリちゃんもニーナもそれぞれの都市ではお嬢様ですからレイフォンについてく訳にも……この辺り追放と表裏一体なんですよね
あと、感想でのに返信がてら……私はニーナは実家から縁を切られたんではなく、早く戻って来いって意味合いでお金出してもらえないんだと思ってます。お金なければ、早々に戻ってくるだろう、と。今はもう意地の張り合いな気がしますが

※追伸、誤字修正しました、ありがとうございます



[9004] 出会いと遭遇
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:11
 さて、入学式。
 レイフォンは武芸科、リーリンは一般教養科だ。ちなみに二人とも奨学金に関してはAを貰っている。
 こういう学校の入学式というものにレイフォンは縁がなかった。幼い頃から少しでも園にお金を、と汚染獣戦に参加し、試合に参加し、気付けば武芸者の頂点たる天剣を得ていた。
 それだけに緊張して、昨夜はろくに眠れなかった。この点、リーリンはぐっすり寝たらしく、朝会った時に呆れた様子だったが。
 そんな折にすぐ傍で騒ぎが起きた。
 ぼうっとしていたレイフォンであったが、余りの騒々しさと体が当たった事により『五月蝿いな』と思った時には身体が動いていた。至極無造作に騒ぎを起こしている両名の腕を掴むと投げ飛ばしたのである。無論、誰かが怪我をせぬよう一瞬で確認した上で。
 そこではっと目が覚めた。
 一瞬の静寂とその後のざわめき、それを聞いてもレイフォンは「あ、つい手が出ちゃった」ぐらいにしか考えていない。周囲に一般人がいる状況で武芸者が騒動を起こすという事はそれだけ危険だからだ。と、周囲を確認していたレイフォンはふと一人尻餅をついている女の子がいる事に気がついた。

 「大丈夫だった?」

 そう言って、手を伸ばす。少女は真っ赤になりながら、「あ、だ、大丈夫です……」と手を握った。
 ざっと見てみたが、どうやら大丈夫そうだ。

 「良かった、どうやら怪我もないみたいだね」

 怖がらせまいと、笑顔を向けてみたのだが、ますます真っ赤になって俯いてしまい、さて、どうしたものかと思った所でどうやら彼女の友達らしい武芸科と一般教養科の制服を纏った二人が駆けつけた事で二人に少女を託し、その場を離れる。
 どうやら騒ぎが元で入学式はこの時点で中止になるようだ。それがレイフォンには少し残念だった。
 
 「メイっち!大丈夫だった!?」

 心配そうに聞いているのはミィフィ・ロッテン。その傍に立つのはナルキ・ゲルニ。メイシェン・トリンデンとは交通都市ヨルテムから来た幼馴染、という関係だ。大体は突進するミィフィ、引きずられるメイシェン、止めるナルキという関係だが、仲は良い。

 「う、うん、大丈夫……」

 「まったく、あいつら都市間の揉め事は学園都市ではご法度なのに」

 学園都市は複数の都市から生徒がやって来る。その度に学生が喧嘩をやらかしていては……特に武芸者の生徒が喧嘩した場合酷い事になりかねないので、都市の事での喧嘩は厳禁だ。とはいえ、来たばかりの生徒ではなかなかそれもままならず、通常は武芸科の小隊からの有志が警備として就いている。
 が、今回は彼らが動く前に事態は終わってしまったようで、喧嘩を起こした生徒二人の捕縛に当たっている。おそらく彼らは退学になるのだろう。
 そんな事を考えていたミィフィはメイシェンがきょろきょろと周囲を見回しているのを見て、ふっと悪戯心を起こして聞いてみた。

 「ん~?どしたの?ははあ……」

 「なっ、なに?ミィちゃん」

 ぎくっとしたメイシェンににんまりとした笑みを見せて囁く。

 「ズバリ、さっきの人に一目惚れ?」

 半分冗談だったのだが、あうあうと意味不明の言葉を漏らしながら真っ赤になって俯いてしまったメイシェンを見て、『あらら、こりゃマジ?』と、どうやらズバリだったかと判断した。そうなると少々状況は異なる。ミィフィは確かに悪戯好きというかからかったりするのは好きだが、気持ちは読めるし、何より友達思いなのは本当なのだ。この可愛い友人の恋、見過ごしてなるものか!

 「そっか……ふふふ、ならこのミィちゃんに任せなさい!ばっちり彼が誰か調べてあげるから!」

 ごおおお、と燃え上がるミィフィの背後で、おお、とぱちぱちと拍手するナルキと、どうしよう、とでも言いたげな様子でけれど止める様子のないメイシェンだった。


 一方、その頃レイフォンはゴルネオに連れられて、生徒会室へとやって来ていた。
 入学式が中止になると連絡されてすぐに、ゴルネオが現れて、ちょっと生徒会長が会いたいと言う旨を伝えに来たのだった。ちなみにゴルネオはレイフォンらがツェルニに到着して早々に挨拶に来ていた。当初は生真面目な性格なのかレイフォンにも堅い口調だったのだが、レイフォンが今は貴方が上級生だから、このツェルニでは普段どおりでお願いします、と頼んだお陰でしばらくは堅いままだったがここ数日で大分普段通りになった、らしい。
 当初は、さてはさっきの騒動!?と思ってぎくっとした顔になったレイフォンだったが、ゴルネオから、あれはむしろ被害が周囲に出る前に鎮圧してくれて感謝していた、今回は別件だ、と聞いて明らかにほっとした顔になっていた。

 「会長」

 どうやら着いたらしく、コンコン、と扉をゴルネオがノックする。

 『ああ、待っていたよ、入ってくれたまえ』

 すぐそう声が返ってきた。


 「はじめまして、私がこの学園都市ツェルニで生徒会長を務めるカリアン・ロスだ」

 「レイフォン・アルセイフです」

 二人の初顔合わせはごく普通に挨拶から始まった。

 「それで一体自分に何の用なんでしょうか?」

 レイフォンにしてみれば、生徒会長が一体何用で、と思う。

 「いや、実の所用件というよりはお願いでね」

 「お願い、ですか?」

 「ああ、実は君に小隊に入ってもらいたい」

 小隊?はて、汚染獣を倒すチームの小隊、という事だろうか?首を傾げるレイフォンに大体何を考えているか予想がついたのだろう、ゴルネオが補足する。

 「小隊というのは、ツェルニの中ではエリート扱いされている連中の事だ。都市戦における中核部隊、他の武芸者を率いる指揮官や切り込みを行う特殊部隊の総称だと思えば分かりやすい」

 ああ、成る程、と納得するレイフォンにカリアンが補足をしていく。

 「実の所、このツェルニはここの所都市戦で負け続けていてね。私がここに来た頃には3つ所有していたセルニウム鉱山はもう1つしか残っていない。次に負ければ、このツェルニは滅ぶ」

 特に前回は酷く、作戦を完全に読まれているとしか思えない完敗、ボロ負けだったという。それを聞いて、レイフォンは首を傾げた。

 「つまり、次の都市戦で僕に戦って欲しいと?」

 それぐらいなら別にどうでもいいが。大した事でもないし。ああ、でも手加減が難しいかな?そんな事を考えているレイフォンだったがカリアンの返答は少々異なっていた。

 「いや、確かに次の都市戦では戦力として当てにさせて貰いたいが……小隊戦では手を抜いて欲しいんだ」

 「……手を抜く?」

 カリアンの説明によると、確かにレイフォンに全面的に頼れば楽ではあるだろうが、それでは他の生徒が頼り切ってしまい成長しない危険性があるのだという。それではレイフォンが卒業した途端に元の木阿弥だ。汚染獣との遭遇という事態になった場合は別だが、そうでない場合は極力抑え気味……せめて同時に二人ぐらいを相手にしたら抑えられてみせて欲しい、というものだった。

 「はあ」

 正直レイフォンは困惑気味だ。

 「申し訳ない。私が望むのはツェルニの武芸者自体の底上げであり、出来れば君にはその為の起爆剤となって欲しいんだよ」

 「まあ……人相手の手加減自体は何度もした事ありますからそれは構いませんが……」

 そう、試合で本気を出せば相手を殺してしまいかねないから、手加減せざるをえなかった。グレンダンでの現状最後の人相手の試合となったガハルドとの戦いでもとにかく苦戦しているように見せる為に結構苦労していたのだ。

 「そうか、それはありがたい。とりあえず君に入ってもらう予定の小隊だが……ん?」

 カリアンの視線がレイフォンの腰の錬金鋼に向かった。視線に気付いたレイフォンが軽く抑え、ゴルネオも密かに警戒する。本来新入生は錬金鋼を持ち歩く事は出来ない。だが、これは別だ。
 槍殻都市グレンダンが秘蔵する十二の天剣。その一つ。これを置いて、のこのこと外を出歩く訳にはいかない。如何にここが閉じられた世界だとしても、だ。

 「それは……グレンダンで君が使っていたものかい?」

 だが、カリアンは責める様子はなさそうだ。

 「ええ……」

 「ふむ、申し訳ないが、試合では別の錬金鋼を使ってもらえるかな?代わりといっては何だが、その錬金鋼についてはすぐ携帯許可を出そう」

 このカリアンの言葉には逆にゴルネオの方が不安になった。

 「いいのですか?」

 「構わんよ。……試合や訓練に刃引きしていない錬金鋼が使われるのは困る
が……この都市は余りに脆弱に過ぎるからね」

 カリアンのその言葉が意味する所は……。

 「汚染獣の襲撃の可能性、ですか?」

 「ない事を願っている。実際、私がここに来て、未だこの都市は一度も汚染獣の襲撃を受けた事はない。だが……それは将来もない、という事を意味している訳ではない」

 だから、申し訳ないが切り札と計算させてもらうよ、と悪びれる事なく告げるカリアンに二人も苦笑せざるをえない。カリアンが想定しているのは、急な襲撃だ。カリアンもレイフォンの錬金鋼を見て、思い当たったが、この都市は汚染獣に対する警戒が余りになさ過ぎる。幾等長い間汚染獣との遭遇がなかったからといって、警戒をしないのはまた別なのではないか……?そう考えたのだ。
 刃止めを施された錬金鋼は解除するまでは、相手を殺さないような処置が施された単なる鈍器に過ぎない。
 だが、もし、気付かず至近距離まで把握が遅れた場合、全員の刃止め解除処置が間に合わなければ……?その時、目の前にいるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフならば……一人でも汚染獣を食い止めてくれるのではないだろうか?その為にはグレンダンでの愛用の錬金鋼の一つぐらい見逃そう、という思考がある。まあ、どのみち彼がゴルネオが言う通りの相手ならば、錬金鋼の一本や二本封印しようがしまいが、大して変わりあるまい、という諦めもある。
 ……それにゴルネオの様子から判断しても、何やらあの錬金鋼は重要なものの可能性がある。或いはあれは天剣と呼ばれるものなのかもしれない。確かに自分があの時遠目にではあるが見た物と色は似ているようにも見える。もし、そうだとしたら下手に手を出す事は彼らを敵に回す事にもなりかねない。それは最悪だ。
 そうした思考を笑顔のポーカーフェイスの下に隠したまま、カリアンは最終的に先の決断を下したのだった。


 「さて、話がずれてしまったね。とりあえず、君に入ってもらう事になる小隊の隊長を呼ぶから…」

 さらさらとレイフォンの錬金鋼の所持許可証にサインしつつ、通信機のボタンを押そうとしたカリアンだったが。
 その前に派手な音を立てて、会長室の扉が開かれた。

 「会長!」

 そこから飛び込んできたのは一人の少女だ。顔立ちは整っているが、化粧っけはない。金髪をショートカットに切り、服装は武芸科のそれだ。見るからに活発そうな印象を与える少女だった。
 その彼女が入ってきて最初にした事は。

 「彼を私に下さい!」

 そうレイフォンを指差す事だった。

 「「はあ?」」

 思わず振り返って、何を言うんだこいつは、という表情を浮かべるレイフォンとゴルネオの向こうで、カリアンはだが驚く様子もなく、笑顔を浮かべてこう言った。

 「ちょうど良かった。レイフォン君、彼女が君に所属してもらう小隊、第十七小隊の隊長ニーナ・アントーク君だ」

 「「「はっ?」」」

 今度はニーナも含めた声が上がった。


『後書き』
今回レイフォンの行動ですが、メイシェンには原作より精神的に余裕があるので、更に垂らしっぷりを展開してます
もっとも、レイフォンはこれでメイシェンを落とそうとか全然、全く、欠片も考えていませんけれど。全部素です
また、このレイフォンは武芸を捨てようとは全然考えてないので、最初から武芸科で入学しています

カリアンは原作では結構汚染獣に対する警戒が実際に襲われるまで薄かったような覚えがありますが、こっちではちょっと早めに意識してもらいました



[9004] 既定の道、未定の道
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:18
 不愉快です。
 フェリ・ロスはここの所不機嫌の極みにあった。
 元々、自分は生まれた時から定められていた念威操者以外の道を探す為にここに来た。一年目は良かった。兄も私をそっとしておいてくれたし、一般教養科で勉学に励んでいた、が、二年目から状況は変わった。理由は分かっている、兄は生徒会長だ。今年の武芸大会という名の都市戦において、少しでも勝率を上げたいのだろう。分かってしまえる自分がいるのが余計に腹立たしい。
 兄はこの学園都市ツェルニに愛情を抱いている。だからこそ、自分の最後の年をこの都市の最後の年とはしたくないのだろう。

 今年特に兄に請われて入ってきた新入生がいます。この相手というのがそれこそ武芸者である事その道を歩いていく事を当然というような顔をして歩いているのです。
 隊長のそれとはまた違います。レイフォン・アルセイフというこの新入生はそう、何と言えばいいのでしょう……自然なのです。自分が都市を守るのだと意気込む隊長とは違います。自分は武芸者、として存在するのが当然…ダメですね、うまく表現出来ません。
 とりあえず彼が入ってきたせいで遂に第十七小隊は正式に成立してしまいました。欝です。


 リーリン・マーフェスは時折第十七小隊に割り当てられた訓練施設に顔を出す。
 レイフォンの様子を見に来るというのもあるが、ニーナとリーリンが同じ寮に住んでいるというのもある。こうして顔を出す時は大抵軽食を持ってきてくれるので、訓練終了後の小腹がすいた所で、ありがたく他の面々もつまませてもらっている。まあ、元よりそのつもりで多めに作ってきているようなので問題ないだろうし、それに美味い。
 その日はサンドイッチだった。

 「……フェリさん、難しい顔してるわね。美味しくなかったかしら?」

 「いえ、サンドイッチ『は』美味しいです」

 敢えて、『は』を強調して言っておきます。
 首を傾げたリーリンを余所にニーナは苛立った様子で言った。

 「フェリ、お前は手を抜いているんじゃないのか?」

 「多分抜いてるんじゃないですか?」

 私が答える前にレイフォンが答えてしまいました。何を言い出すのでしょう、この人は。確かに手を抜いているのは確かですが……。

 「……何故、そう思うんです?」
 ちょっと睨みつつ問いかけると、のほほんとした顔であっさりと答えました。

 「念威の流れとかが綺麗すぎるんですよ。これだけ綺麗なのに、あの程度ってのは不自然です」

 ……そういえば、この男は相手の剄の流れから技まで分かってしまう変態でした。さすがに念威までは再現出来ないようですが、念威もまた剄には違いありません。とはいえ、私にとっては今の状態が自然なので、わざと下手に弄るというのも……。

 「どういう事だ、フェリ!」

 ああ、隊長が怒り出しました。まったくうっとうしい話です。黙っておけば、隊長の事です、勝手にヒートアップしていくでしょう、さてどうすべきか、と思った時、彼女が動きました。

 「ニーナさん、少し落ち着いて」

 リーリンです。手馴れているのは、同じ建物に住んでいるからでしょうか?何でも同居人が全部で四人しかいないとか聞いた事があります。確かにそれだけしか住んでいないなら、手馴れても当然かもしれません。

 「ねえ、フェリ先輩、手を抜いているって話でしたけど……何故なんですか?確かに興味なさそうですが…」

 よく見ています。

 「……元々私は念威操者になりたくてなった訳ではありませんから」

 隊長が折角の力をとか、武芸者は都市とそこに住む人を守るのが、とかあれこれ言ってます。まあ、そちらは聞き流しつつ、聞き上手というか、リーリンにあれこれ話をしていたというか聞き出されていた訳ですが…。

 「つまり、フェリ先輩は念威操者以外の仕事をやってみたい、って事ですよね?」

 「そうです」

 生まれつき私は相当な念威の才能があったらしく、皆私は念威操者になるのだと決めてかかっています。でも、私はそれに疑念がありました。他の皆は自分のなりたい仕事を選ぶのに、何故私は選べないのでしょう?だから私は…。

 「それって、念威操者しながらは無理なんですか?」 

 は?

 「だって、フェリ先輩の故郷の都市って滅多に汚染獣が来ないんでしょう?」

 ええ、そうです。
 私の故郷は流易都市サントブルグといいますが、数年前に一度汚染獣の襲撃があったぐらいで、私が生まれてから汚染獣に襲われたのはその一度だけです。そう話すとレイフォンとリーリンに感心されました。何でもグレンダンは毎週のように汚染獣が襲ってくるそうです、多い時は毎日のように襲われる事もあるとか……って何ですか、その頻度は。さすがに隊長やシャーニッド先輩、ハーレイ先輩も驚いています。というか、それだけ襲われて今尚都市が健在ってどれだけ強い武芸者がいるんですか……おまけにレイフォンは前々から汚染獣との戦闘に参加していたとか。隊長が興味を持って話を聞いています。
 ……レイフォンが強い訳が分かったような気がします。
 それだけ年がら年中汚染獣と戦い続けていれば嫌でも強くなるでしょう。

 「まあ、グレンダンぐらいしょっちゅう襲ってきたら、念威で探ってる事で精一杯で他の事は出来ないかもしれないんだけど…」

 けど?

 「フェリ先輩の都市みたいな所だったなら、数年に一度だけ念威を使う仕事があって、普段は訓練ぐらいでしょう?それなら、その他の時間は普通に念威使わないお仕事も出来るんじゃないでしょうか」

 ………盲点でした。

 「結局、汚染獣が襲ってきたら、シェルターに避難するか汚染獣と戦うか、しかないんだし……それなら倒すのを全力で手伝った方が早く終わって、したい仕事を再開出来るんじゃないでしょうか?」

 念威は確かに能力が高い者が使えば、かなりの遠距離でも詳細な情報が手に入ります。機械では汚染物質の為に通信が阻害されてしまいます。けれど、実際には機械による警戒網が構築され、そこで怪しいものが見つかった場合に念威操者が出動となります。何しろ、人がやる事ですから、それこそ毎週のようにあるのならばともかく、何年かに一度あるかどうか、ではやってられません。結果、精度は落ちても不平も言わず意識散漫にもならない機械が普段はお仕事、という訳です。
 ……どうなのでしょう?私は念威を捨てる事は出来ません。けれどこれまで思っていたように念威に縛られるのではなく、普段は別の事をしていていいのでしょうか……?
 

 考えているフェリには、さすがにニーナも怒れず、毒気を抜かれた事もあり、解散とあいなった。
 が、外がもう暗くなっていた為、レイフォンはフェリを寮まで送っていくようリーリンから命じられていた。ちなみにより遠方のリーリンの方が大丈夫なのか、というと、今日はニーナも寮に一旦帰るそうなので、一緒に帰るそうだ。下手に反論したら、何倍にもなって帰ってきそうだったのでフェリも黙っていた。
 てくてくと何となしに歩いていく途中、フェリはずっと考えていたが、ふと顔を上げて尋ねた。

 「レイフォン」

 「は?な、何でしょうか」

 いきなり声を掛けられたせいか、ちょっと驚いている。

 「……貴方は考えた事がないんですか?武芸者以外の自分というものを」

 隊長は聞くだけ無駄でしょう。シャーニッド先輩は聞いた所で何やら上手くはぐらかされてしまうような気がします。が、彼ならば素直に答えてくれるような気がするのです。

 「……う~ん、武芸者以外の自分、ですか。そんなの考える余裕ありませんでしたね~」

 のほほん、とした様子で答えるその内容にふと疑念を感じました。
 ……考える気になれなかった、ではなく、余裕がなかった?どういう事でしょう?
 聞いてみると、レイフォンとリーリンは孤児院の出身なのだとか。
 貧しかったので、レイフォンも幸い武芸者としては才能があったので、幼少時より汚染獣退治に参加していたそうです。そうすればお金が出ますから。幼い子供でもお小遣い程度ではない、食べて行けるだけのお金を稼ぐ方法はこれしかなかったのだとか。
 とにかく、孤児院の皆が飢えないよう、死なないように、とお金を稼ぐ事が最優先だったから、武芸者以外の道なんて考えた事もなかった、とレイフォンは笑って話していました。
 ……私はそれを聞いて、笑う事は出来ませんでした。
 私の家は裕福です。食べるものにも窮した、なんて体験はありません。私にとって食べ物とは毎日普通に食卓に乗るか、食堂に行けば何かお菓子でも貰える、ぐらいの認識でしかなかったのですから。
 でも、私の家がもし貧乏で明日の食べ物にも窮していたらどうだったでしょう。
 私はその時、きっと自分の念威をお金を稼ぐ手段として使っていた……かもしれません。あくまで仮定ですから、断言は出来ません。でも、友達がお腹を空かせて倒れていたら、寒空に街の隅っこで布団もなしに震えていなければならなかったとしたら……果たして私はそれでも念威以外の道だなんて言っていられたのでしょうか?
 そう、気付いてしまいました。
 私の念威操者以外の道を探したい、というのは私が念威に頼らずとも生きられるぐらいの余裕がある家に生まれたからではないのか、という可能性に。いえ、きっとそれは正しいのでしょう。
 ただ、隊長とレイフォンのどことない違いの理由は分かりました。隊長にとって武芸者とは汚染獣と戦うとは、これからなる、これから目指すべき『道』であり、一方レイフォンにとっては『手段』でしかないのでしょう。だからおそらく……気を張る事も、特に緊張したりもする事はなかったのでしょう。
 それを聞いてしまうと、私にはレイフォンが武芸者である事を否定は出来ません。夢ではお腹は膨れません。今の話を聞いて尚、レイフォンに武芸者以外の道を、と求めるのは私の傲慢です。

 と、言っている間に着いてしまいました。
 「それじゃ」とレイフォンも帰路に着こうとしています。背を向けた彼に何か言わなければと思い。

 「レイフォン」

 「はい?」

 思わず声を掛けてしまいました。ええと、どうしましょう……。とりあえず……。

 「……明日からはもう少し真面目にやってみる事にします」

 そう言うと、ちょっと驚いた様子でしたが、すぐに笑顔になって「楽しみにしています」と言って、今度こそ帰って行きました。
 ああ、そうそう。
 その夜、兄に『もう少し真面目にやる。ただし、兄も私がしたい事を探すのを手伝いなさい』と言ったら、少々驚いた様子ではありましたが、何か嬉しそうな様子で『喜んで』という答えが返って来ました。
 ……或いはもうとっくに気付いていたのかもしれませんね、あの兄は。


『後書き』
えー念威操者の前に機械システムがあるとかはサーチャーを飛ばしてたりしてた事から推測したこちらの創作です、が、何年かに一度襲われるかどうか、の状況下で常に念威操者が拘束状態で仕事しているとは考えづらいんですよねー
漫画では未だ嘗て汚染獣に襲われた事がない、という都市も出て来てます、のでこんな風に設定してみました

折角類稀な誰もが認める、そして求められている才能があるのに、それを使わない、使いたくないっていうのはやっぱり余裕がある生活出来たいたからなんじゃないかと思いました

※誤字修正しました
ただ
→これまでの現状
これまでの経過、やこれまでの状況、ならば正しいのですが、これまでと(そして)現状という意味の本文では違うと思われます

→武道
レギオスでは武門で正解です
そもそも武道は「武の道」が示す通り、柔道や剣道に代表されるように『スポーツ化した武術の総称』であり、命を賭けた遣り取りをする武芸の呼び名として使われる事は相応しくないものと思われます



[9004] 第十七小隊
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:14
 第十七小隊に割り当てられた訓練場。何せ創設されたばかりで、しかも正式なそれはまだ、という小隊だからまだここで訓練を行ったというよりは、各自の自主訓練といった方が正解だ。何せ、前衛一名、後衛一名、念威操者一名という編成だから、模擬戦さえ出来ない。
 そういう意味では遂に動き出せるという期待で、ニーナは燃えていた。無論、新隊員が入る予定という事でシャーニッド、フェリ、それに錬金技師であるハーレイ・サットンもこの場にいる。何しろ、『強すぎるから』という意味で、会長から彼には手加減するよう伝えた旨を直々に言われた程だ。どれだけ強いのかと内心期待していた。

 「さあ!武器を取れ!ああ、それとも腰の錬金鋼を使うのか?」

 これにレイフォンは少々考えた。まあ、もちろん天剣を使う気は更々ないが、カリアンから最初に強い事を見せるのは構わないと聞いている。それなら……。

 「いえ、このままでいいですよ」

 「………ふざけているのか?」

 ニーナが言うのも当然だろう。何しろレイフォンは無手のままなのだ。ニーナの両手には黒鉄錬金鋼の鉄鞭が片手に一つずつ。この状況で勝てる、というつもりなのか?正直腹が立ったが、生徒会長直々に手加減を命じられる実力とやらに対する興味が勝った。

 「……いいだろう、だが怪我をしても知らないからな」

 
 「おいおい、幾等何でも無茶だろう?」

 壁に寄りかかるようにして、呆れたように呟いた。シャーニッド・エリプトン。ニーナより一つ年上の四年生であり、狙撃手。以前は第十小隊で最強の三人組と呼ばれる一角を形成していたが、突然脱隊。その後請われて、この小隊へと入隊していた。

 「なあ、フェリちゃんはどう思う?」

 「……知りません」

 不機嫌そうなフェリ・ロスだったが、実際彼女は不機嫌だった。まあ、その理由は言うまでもあるまい。おまけに今回新しく連れてきた相手も相当に腕の立つ武芸者で兄に頼まれて入ったのだという。それも脅されてではなく、純粋な意味で頼まれて。

 『何で、そんな武芸者である事を当然という顔で受け入れられるんですか』

 そんな思いで彼女の内面は渦巻いていた。


 「……いくぞ」

 「ええ、思い切り来てもらって結構です、その程度であれば怪我もしないので」

 さすがにカチンと来た。

 「……言ってくれるな」

 手加減するつもりだったが、やめだ。言われた通り、全力で行ってやろう。剄息を行い、剄を整え、一気に踏み込み、鉄鞭をレイフォンに向け振り下ろした。しかし、レイフォンは全く動く様子はない、回避どころか腕で受け止めようとする風情さえない。

 『何のつもりだ!?』

 直撃する!そう思った次の瞬間、ニーナの意識は暗転していた。


 「……なあ、おい。今何やったんだ?」

 シャーニッドが顔をしかめて、誰に聞くともなく言った。とはいえ、武芸者でないハーレイには今何があったのかなんてさっぱりだし、後は……。とフェリに視線を向けたシャーニッドだったが、フェリもまた首を横に振った。見てはいなかったが、念威で確認はしていた。だが、彼女の念威を持ってしても、ニーナが攻撃を仕掛け、全く動きを起こそうとしないレイフォンに直撃すると思った瞬間、ニーナの鉄鞭が何かとてつもなく硬いものに当たったかのように弾かれ、ニーナ自身も吹き飛ばされた、という事しか分からなかった。
 ニーナが吹き飛ばされたのは衝剄かもしれない。だが、攻撃を弾いたのはどうやったのか……。というか、特に武器を振るうでもなく衝剄を狙った対象に放つというのもどんだけ剄が有り余っているのだか……。
 そんな事を考えている内に、ニーナが意識を取り戻したらしく、頭を振りつつ立ち上がった。

 ニーナにしてみれば、自分の本気の一撃だったというのに、素手の相手に、それも今見てみれば分かるがレイフォンは寸毫も試合開始から動いていなかった。ただ、じっと立っていただけで自分に勝ったというのか?それにゾクリとした怖気の走るような何かを感じた。こいつは一体どれだけの強さを持っているのだろう?会長は強い、と言っていたが、これは本当にただ強いという範疇に入るのか…?
 とはいえ、口にしたのは別の事だった。

 「……今、何をやったんだ?」

 まあ、そう自分の手を明かしてはくれないだろうと思いつつ。

 「ああ、金剛剄で弾いて、後は衝剄で弾いただけですよ?」

 あっさりと答えてくれた。

 「……なんだ、その……金剛剄、というのは?」

 あっさり教えてくれた所によると、活剄による肉体強化と同時に衝剄による反射を行う、という原理そのものは簡単な技なのだという。確かに聞く限りでは簡単そうで、私にも出来るかな?と言ったら、出来ると思いますよ、との事だった。教えてもらったが、確かに最初はゆっくりと動かされた鉄鞭(片方貸した)を反射するぐらいだったが、この辺は後は慣れだろう。
 この剄技は確かに簡単だが、強さに上限がないのだという。グレンダンでは、この技一つで汚染獣の牙すら弾く猛者もいるという。

 「……私にも出来るかな?」

 「出来るかどうかは……この技の難しい所は技自体ではないですから……」

 「どこだ?」

 しばし考えていたレイフォンだったが、一つ頷くと言った。体験してみるのが分かりやすいだろう、と。その意味を理解する前に。
 目の前のレイフォンが鉄鞭を振り上げ……。
 疑念に思う間もなく、濃密な殺気が自身を包む。死を意識した肉体が硬直し、迫り来る死として振り下ろされる鉄鞭をただ目を見開いて凝視していた……。

 
 「どうですか?」

 殺気に当てられたのだろう。硬直して目を全開に見開いているニーナの鼻先寸前で鉄鞭は止められていた。周囲もいきなりの殺気にシャーニッドもフェリも、ハーレイも硬直した状態にある。

 「……隊長?」

 さっさっとニーナの前でレイフォンが手を振るとそれを合図にしたかのように腰が砕けてニーナは床に座り込んだ。

 「……あ」

 「今のが金剛剄の難しさです」

 どうやら気付いたようだと判断するとレイフォンは言った。そう、金剛剄の最大の難点はそこだ。ただ自身の剄だけを頼りに汚染獣の牙にも突っ込んでいかねばならない。如何なる時においても目を逸らさず諦めない強靭な精神力を持つ、それこそがこの剄技の重要な点であり、難点でもある。そして、老生体と相対して尚それを行いうるからこそ、リヴァースは天剣授受者なのだ。
 と、そこでレイフォンは気付いた。やりすぎた。
 完全に腰が抜けてしまったニーナをお姫様抱っこで運んだ事で、思い切りシャーニッドにはからかわれるわ、フェリからは冷たい凍えるような目で睨まれるわ、事情を聞いて物凄いいいタイミングでやって来たリーリンにも同じような目で睨まれるわで散々だった。

 
 その晩。
 初めての機関掃除のバイトにレイフォンは参加した。別に参加せずとも生活はしていけるのだが、この辺レイフォンもリーリンも貧乏性というか、ただ貯めたお金を使って生活していく、というのがどうにも慣れない。結果、レイフォンは単純に何も考えずに体を動かせる仕事というか掃除が好きだし、給金もいいからと機関掃除のバイトを(毎日ではなく、一日おきぐらいの予定だが)、リーリンは弁当屋でバイトを始める事にしたのだった。
 割り振られた場所を聞き、共に行くのは誰かと確認していると。

 「れ、レイフォン?」

 「隊長?」

 相手はニーナだった。


 ニーナは正直、気不味かった。
 あの濃密な殺気……中てられた時、腰が抜けてしまっていた。あの一瞬、自分はただ振り下ろされる鉄鞭を呆然と見ていた。教わったばかりの金剛剄で防ぐどころか、避けようとする意識さえ吹き飛んでしまっていた。……気付いた時にはもう至近距離に……。
 ぶるり、と体を震わせる。 
 果たして、自分にあの金剛剄を使いこなせるのだろうか、そう思う。
 確かに教わり、使う事は出来た。だが、果たしてそれを実戦で使いこなす事は出来るのだろうか……。

 「……隊長?」

 む?って…。

 「れ、レイフォン、なんだ?」

 「いえ、隊長こそぼーーっとしているからどうしたのかと……」

 覗き込まれていたのに気付いて、その思わぬ至近距離にぎくりとすると同時にドキドキする。気付けば、もう休憩時間になってしまっていた……しまった、もう狙っていたサンドイッチは過ぎてしまっているじゃないか。
 どうしよう、と思った時、レイフォンが誘ってくれた。何でも幼馴染が作ってくれたお弁当があるのだという。……ありがたくご一緒させてもらう事にした。情けない……。
 食べてみると、実に美味しかった。ご馳走になるだけでは申し訳ないのでこちらからはお茶を提供した。美味しいと言ってくれてちょっと嬉しかった。

 「あの、隊長……すいません」

 待て、何故いきなり謝る。

 「いえ、あの時いきなり過ぎたと……」

 そうレイフォンは謝ってくる、まあ、確かに普通金剛剄を使う時というのは心の準備をした状態で、だからあれは、とも言えるが……。

 「いや、あれは私の未熟が原因だ。……結局の所覚悟が出来ていなかったという事だろう」

 生真面目なニーナが純粋に善意から行われた行為で、それを悪しく言う訳がない。そう、ニーナはきちんと理解していたのだ。あの時のあのレイフォンの行動がきちんと考えての行動だったという事は。百聞は一見に如かず、という言葉がある訳だが、あの一撃は如何なる言葉よりも雄弁に金剛剄を使うに必要な心構えを教えてくれた。

 
 と、そこへ誰かが駆け寄ってくるのに気付いた。

 「ニーナ!また逃げ出したみたいなんだ、頼めるか!?」

 顔見知りの男子生徒の一人だった。時折ある事とはいえ、事が事だから焦っている。

 「分かった、それじゃ私はあちらを探してみる」

 「ああ、頼む!」

 そう言うと、彼自身も慌てて別方向へと走っていった。

 「……何ですか?」

 何が起きたか分かっていないのだろう、レイフォンがきょとんとした顔で聞いてくる。あの時のレイフォンとはまた違ったその姿にくすり、と笑みを浮かべてしまう。と、その時周囲がほんのりと明るくなった。これは、と記憶にある現象にふと空を見上げるとそこには。

 「ツェルニ!」

 え?とレイフォンがつられて見上げている。そこには幼い少女の姿をした電子精霊の姿があった。彼女は一目散に飛んでくるとニーナの胸に飛び込んでくる。その体をふわり、と軽く抱きしめてやると気持ち良さそうに甘えた様子で頬をすり寄せてくる。と、その時ふっと気付いたようにツェルニが訳が分かっていない様子で立ち尽くすレイフォンに視線を向けた。

 「レイフォン、この子がツェルニ、この都市を動かす電子精霊だ」

 そう笑顔で告げると共に、ツェルニにも「こいつはレイフォン、新入生だ」とツェルニにも教えてやる。ふわり、とニーナの胸から飛び立って、レイフォンの前に子供のような好奇心で見詰めるツェルニをそっとレイフォンが撫でると気持ち良さそうにしている。

 「ほう、気に入られたようだな。気に入らない相手だとその子の雷性因子が相手を貫くからな」

 え?と思わず硬直するレイフォンと手が止まって不思議そうな様子で見上げるツェルニ。手が止まったせいか、再びニーナの所へと戻ってきたツェルニを抱き寄せ、彼女に笑顔を向け撫でてやりながら、ニーナは気持ちを新たにする。

 『そうだ、私はこの子を守りたいんだ……その為になら』

 レイフォンにちらり、と視線を向ける。おそらくは自身より遥かな高みにある強者であるレイフォン。今はへえ、この子が……とちょっと恐れつつではあるが、近寄ってきて改めてツェルニに視線を向けると共に頭を撫でてやっている。

 『こいつから吸収出来る事は片端から吸収していってやる』

 金剛剄もまた然り。……何時しかあの時の恐怖はどこかへ行ってしまっていた。
 

『後書き』
えーと、レイフォン自身は訓練場とか都市外装備とか作戦の勉強とか頼みません
理由は単純で、レイフォン自身がそんな事が重要だ、っていう勉強した事ないからです
現実世界からの転生者とかであれば、そういう事もお願いすると思うのですが……とはいえ、今後自分が訓練する場所がないのに気付いてお願いしたりはする事になっていくとは思います
とはいえ、その辺改善していかないといけないとは思うんですよね。という訳でまだ先ですがそういう人は出てくる予定です

リーリンは……うう、次回か次々回にて登場+活躍予定ですのでもう少しお待ち下さい



[9004] 恋する気持ちと決意
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:20
 「という訳でね。あの時の彼、メイっちの王子様は第十七小隊の新人、レイフォン・アルセイフ君だったのだ!」

 とあるマンション風の寮の一室。
 ミィフィ、メイシェン、ナルキはこの一室を三人で借りている。今は各自の部屋へと繋がっている居間でメイシェンの料理も終わり、食後のおやつなどつまみながら話をしている。

 「あ、あの王子様だなんて……」

 メイシェンは真っ赤だ。

 「一年で入学早々に小隊に勧誘か……凄いな」

 ナルキはその実力に感心している。小隊員というのは為りたいから為れるってものではないのだ。

 「ただね~一つ問題もあってね?」

 と、ミィフィが上げたのがリーリン・マーフェスの存在だった。

 「周囲の評判聞いてみたけど、何か完璧超人って感じなんだよね~。しっかり者で、周りも良く見えてる。料理も上手くて頭もいい。愛嬌のある美人で、スタイルも良し。人付き合いもまず問題なし」

 「……確かに完璧だな」

 ナルキが呻き声を上げる。メイシェンはその隣で落ち込んでいた。ダメだ、そんな人が傍にいるなんて、自分なんかじゃ……。そんなメイシェンの様子を見て焦ったのだろう、ミィフィは慌てて言った。

 「あ、で、でも付き合ってるって話はないらしいよ?何でも二人は幼馴染なんだって!」

 だから、姉弟みたいな感じで、傍にいるのが普通なんじゃないかな~?と言う。もっとも傍から見ていれば、リーリンがレイフォンを好きなのは一目瞭然だ。ただ単にレイフォンが鈍感というか……いや、案外長く一緒に居すぎてそういう対象として見れてない、といいなあ……なんて思ってしまうミィフィだった。

 
 普段のレイフォンとリーリンはお昼は一緒に食べている……という事はない。理由は単純で、リーリンのバイト先が弁当屋だからだ。結果、普段はレイフォンがリーリンの勤め先にお弁当を買いに来る、という事になる。その日もレイフォンはリーリンのお弁当を仕入れた、のだが今日は少々事情が異なっていた。しばらく食べるのを待っていたのだった。
 実を言えば、今日は午後の授業もなく、リーリンもちょっと何時もより早めに上がるので、一緒に食べる予定だったからだ。
 そこへ近づいてきた人影があった。

 「こんにちわ~」

 ん?とレイフォンがそちらを見る。そこにいたのは三人の女の子、一人は武芸科の制服を着ているが、残る二人は一般教養科の制服だった。よく見ると三人には見覚えがある。少し記憶を漁って、思い出した。

 「あ、入学式の時の?」

 「あ、覚えててくれました?」

 そう言いつつ、活発な印象を受ける少女が大人しそうな黒髪の少女を前に押し出す。

 「ほら、メイっち」

 「う、うん……」

 と押し出されてきた少女はよく見ると、箱を持っている。ほのかにいい香りがする。

 「あの……前に助けてくれた……お礼したくて……」

 これも色々三人で考えた結果だ。当初はお弁当を、と考えたのだが、ここで難点に当たってしまった。そう、レイフォンが幼馴染の少女(リーリン)の働いているお店で弁当を買っている点だ。そこへお弁当を持っていっても余りインパクトはないし、最悪『もう食べた後だから……』なんて事になりかねない。そこでメイシェンの得意なお菓子作りで勝負!と決まった次第だった。
 ただ、彼女らの想定外だった事が一つあった。
 この日、偶々レイフォンとリーリンが昼食を一緒に取ろうという約束をしていた事だった。そもそもの発端はちょっと偶然のタイミングから、生活がすれ違っていたからだ。レイフォンのバイト先は夜、リーリンのバイト先は昼という部分が大きい。

 「あれ?レイフォン、お友達?」

 だから、三人娘の背後から声が掛けられた時、近づいてくるのが見えていたし、予定通りだったレイフォンは普通に対応出来たが(もっとも女の子三人と一緒にいて釈明もしないのは鈍感大王らしいというべきか)、三人娘は驚きの声を上げてしまったのだった。


 「へ~レイフォンに入学式の時?」

 ケーキとクッキーというお菓子を用意してやって来た三人だったが、これとは別に自分達のお弁当も持ってきていた。元々ご飯時だったし、本来なら食後のお菓子を用意してきたから、という理由で食事の時間もご一緒に!という計画だったのだが……まさかリーリンもご一緒になるとは、というのが正直な気持ちだっただろう。
 とはいえ、リーリンは確かに人付き合いも上手く、好感の持てる女性だったから、嫌うのは難しかった。そもそもリーリンの方がレイフォンとは関係が長い事でもあるし。気付いてみれば、彼女らはリーリンと親しい友人のように話をしていた。

 「へえ……じゃあ、お二人って幼馴染なんですか」

 と、これはナルキだ。

 「うん、もう小さい頃から一緒だったよ」

 「そうね。物心ついた頃にはもう一緒だったわね」

 顔を見合わせて笑うレイフォンとリーリンは仲が良さそうで、それはメイシェンを内心落ち込ませていた。
 レイフォンとリーリンさえ知る由もないが、二人はそれこそ赤子の時から一緒だった。グレンダンの歴史に残るメイファー・シュタット事件でデルクによって燃える宿泊施設から救出されて以来の縁になる。
 
 レイフォンは気付きもしなかったが、リーリンはメイシェンが落ち込んでいるのに気付いていた。
 周囲をさり気なく確認しつつ、ご飯が終わって雑談兼お菓子を頂こうか、という段になった時タイミングを見計らって声を掛けた。

 「あ、そういえばお茶とかは用意しているの?」

 はた、と三人娘は気付いた。そういえば、昼食用のお茶は用意していたが、そっちはそれなりにご飯の際に飲んでしまった。お菓子は甘い分もう少しお茶が欲しい。ポットを確認して、失敗した、という様子のメイシェンを確認し、リーリンはレイフォンに言った。

 「と、言う訳でレイフォン、お茶を頼める?」

 「いいよ、少し待っててね」

 基本お人好しなレイフォンである。特に疑問に思うでもなく、立ち上がってお茶を買いに行った。その姿を確認して、さすがに声も聞こえまい、というのを確認してからリーリンは話しかけた。

 「ね、メイシェン、でよかったよね?」

 「えっ?あっ、はい!」

 落ち込み気味だった分、唐突に声を掛けられていかにもびっくりしました、という風情で答えるメイシェンに笑みを浮かべて、リーリンは尋ねた。

 「貴方、レイフォンが好きなのね?」

 それは、疑問ではなく確認だった。メイシェンだけでなく、ミィフィもナルキもぎくっとした様子で一瞬身体を硬直させ、それから心配そうにメイシェンに視線を向けた。そのメイシェンは……身体を堅くして黙っていたが、しばらくして黙って頷いた。

 「そっか、やっぱりね」

 メイシェンは怒られるかと思った。二人が仲が良いのはこうして話をしていた間だけでもよく分かった。きっと自分達がそうであるように、お互いに信頼している、傍にいるのが自然な関係なのだろうと思えた。それだけに自分がそこに割り込もうとするのはきっと彼女を怒らせるのだろうと。だが、リーリンは怒らず、むしろ笑顔だった。それも怒り心頭で目が笑ってない笑顔というのではなく、ごく自然な、陰湿さの欠片もない笑顔だった。

 「じゃ、私達ライバルね」

 驚いたようにメイシェンは顔を上げた。

 「い、いいんですか……?」

 「いいも何も……私とレイフォンはまだ付き合ってる訳じゃないもの」

 メイシェンの問いにリーリンは苦笑気味に答える。

 「でも苦労するわよ?レイフォンって物凄い鈍感だもの」

 「そ、そうなんですか?」

 「そうよ、グレンダンでもレイフォンって結構もててたのに、全然欠片も気付かなかったの。中には結構積極的なアプローチかけてた人もいたんだけど……もう傍で見てて腹が立つぐらい。その癖平然と『自分はもてないから』なんて言ってるのよ?それも本気で」

 グレンダンでのそうした話、どれだけレイフォンが鈍感野郎なのか、と実は結構彼女も不満があった?と思えるぐらい色々な事を話してくれた。気付けば、メイシェンもミィフィもナルキも笑っていた。

 「だから、まだ私とレイフォンは付き合ってないの。どっちがレイフォンを振り向かせられるか競争。だから、ライバル」
 ふっと笑って、リーリンはそう言った。

 「それとも、勝負せず諦めちゃう?」

 メイシェンはその言葉にじっと考えた。どうなんだろう?私は彼が好きだ。確かに、彼とリーリンさんは凄く仲が良さそうだし、私はリーリンさんも好きだ。けど、彼への好きとリーリンさんへの好きはきっと違うし、ここで諦めてしまえるような好きなら、それは本当の好きじゃない。じっと考え、そうしてメイシェンは結論を出した。

 「……諦められないです」

 「そう」

 そう言うと、リーリンとメイシェンはお互い笑いあって、言った。

 「「じゃあ、勝負(ね、ですね)」」

 そんな二人を見て、ミィフィとナルキも笑顔になっている所へレイフォンが人数分のお茶を抱えて戻ってきた。

 「あれ?何かあったの?」

 笑顔の皆に、レイフォンも笑顔で尋ねる。
 それにリーリンとメイシェンは顔を見合わせて、「「内緒(よ、…です)」」と言った。そんな様子を不思議そうに、けれど嬉しそうな様子でレイフォンは見ていた。

 
 「あ、それじゃ折角お茶も来た事だし、お菓子を」

 そう言ってミィフィがお菓子に視線を向けると、そこには……。

 「……あれ?」

 ケーキの箱は無事だったが、クッキーの袋を開けて食べている少女が一人。

 「い、何時の間に!?」

 「あれ?友達じゃないの?」

 ミィフィの驚きの声に、レイフォンはきょとんとした様子で尋ねる。

 「いや、というか、シャンテ先輩に直接会うのは初めてだ」

 と、答えたナルキにミィフィも思い出したのか、声を上げる。

 「ああっ!第五小隊副隊長のシャンテ先輩!?」

 その声が上がるのと同時に。

 「シャンテ!ここにいたのか!何を勝手に食っているんだ」

 そう言って、シャンテの首根っこを摘まんで、猫のように持ち上げたのは……。

 「あれ?ゴルネオ先輩?」

 「む?」

 第五小隊隊長ゴルネオ・ルッケンスその人だった。


『後書き』
今回はメイシェンです
鈍感大王のレイフォン、本当に女の子の気持ちに気付くのは何時になるやら

※誤字・脱字・文脈修正いたしました
何時も抜けていた部分の指摘をしていただける方々に感謝です

※感想でのご意見より
えーと、まず『念威操者として生きる』のではなく、逆。『ごく稀に念威操者としての手伝いも行う』、主と従が逆、という部分を指摘されたのだと思ってもらえれば。感覚的には小学校入学~高校卒業の間に一度だけ数日間のイベントの手配の手伝いをした、そんな所だと思います
それぐらいなら、そんなに気にする必要もないんじゃないかな?これまで念威操者として生きる、それだけの人生と思っていたのが、実際にはその程度の事なんだと気付いた事
レイフォンの人生を聞いて、自分と彼の環境を比べてみた事から、あのような結論を出した、としています
念威操者のレールをある程度走るのは仕方ないというのは気付いていたとしています。まったく走らないのは、愛情を注いでくれる両親にも兄にも家族皆に大変な迷惑をかける事になるのは理解していると思うので



[9004] 幕が開く時
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:22
 ゴルネオ・ルッケンス。
 ルッケンスの次男で、天剣授受者の一人、サヴァリスの弟に当たる。この学園都市ツェルニの五年生であり、第五小隊の小隊長を勤めている真面目な大男だ。
 その彼と副隊長シャンテの間柄はというと、多分一番近いのは腐れ縁だろう……と思っているのはゴルネオばかりで、周囲はシャンテのお守り役、口の悪い相手だとロリコン扱い、つまりは付き合っていると思っている。

 さて、シャンテを捕まえたものの、既にシャンテはクッキーを頬張っている状態だった。

 「……すまんな」

 頭を下げるゴルネオにメイシェンは「い、いえ!」と恐縮してしまっている。ミィフィとナルキも苦笑している程度で怒る気はないようだ。まあ、シャンテが行動も見た目もお子様しているのもあるだろう。これでも一応上級生の筈なのだが。結局、シャンテがクッキーを放さない事、とりあえずメイシェンとリーリンの件は一応区切りがついた事もあり、折角だからとゴルネオもお呼ばれする事になってしまった。女性ばかりの中居心地悪そうなゴルネオに対して、レイフォンはのほほんとしているが、これはただ単にレイフォンが鈍感すぎるだけなのは付け加えておく、念の為。


 「へ~それじゃ、ゴルネオ先輩も同じ出身地なんですか」

 「ああ、俺もグレンダンの出身だ」

 槍殻都市グレンダン。
 この世界は汚染獣から逃れる為に都市が移動する。それ故に、というべきか近郊の都市以外は知られざる都市もまた多い。
 『自分の生まれた都市以外知らない』そんな人間は決して珍しいものではない。
 とはいえ、矢張りそんな中でも著名な都市はある。
 例えば、三人娘の故郷である。交通都市ヨルテム――この都市は都市と都市を結ぶ現状唯一の交通ルート、放浪バスの運行を司る都市であり、すべての放浪バスはヨルテムを出て、ヨルテムに戻る。それ故にこの都市は情報が限られたこの世界に措いても広く知られた都市である。
 また他にはニーナ・アントークの故郷であり、全ての電子精霊の故郷、仙鶯都市シュナイバルなども有名だ。
 だが、こうしたある意味この世界の基点を成すが故に著名な都市以外にも名の知れた都市はある。それはその都市、その都市の特徴であったり、積極的に外部に関わる姿勢が産んだものだ。例えば、現ツェルニ生徒会長カリアンとフェリの故郷、流易都市サントブルグは情報貿易に特化するが故に他の都市に措いてもその名を知られるに至った。
 では、グレンダンはどうだろうか?
 実の所、グレンダンが如何なる都市であるか、それを知る者は殆どいない。だが、その都市の名は広く知られている。それはこの都市出身の傭兵団の存在による。

 「グレンダンといえば、サリンバン教導傭兵団の母都市ですね」

 少なくとも、ナルキが知っているぐらいには。

 「あ、その傭兵団の先代団長さんって僕の養父の兄弟子だそうだよ」

 レイフォンも聞いた話として、ちょっと口を挟む。もっとも、本人の威張る意識は皆無だ。知らない人が見れば、著名な人がいる、という事を語ったかに見えるかもしれないが、何しろ地元グレンダンではサリンバン教導傭兵団より自分達天剣授受者の方が遥かに著名だ。無論、それはゴルネオの感覚も大差はない。

 「「へ~」」

 と、感心するような声が上がる。

 「む?先代という事は代替わりしたのか?」

 「うん、養父さんから聞いた話だと亡くなったって……今はその人のお弟子さんが団長務めてるそうだけど」

 「ほう……それなら、今の団長もサイハーデンの武門か……」
 
 「そういえば、ゴルネオ先輩とレイフォンってどっちが強いんですか?」

 興味津々という感じでミィフィが尋ねる。何時の間にやらマイクを取り出して、取材のように差し出している。

 「レイフォン……・アルセイフだ」

 ゴルネオが危うくヴォルフシュテインと言いかけてこれに関しては黙る。

 「へえ、レイフォンそんなに強いのか」

 ナルキが感心したように言う。メイシェンも凄いなあ、という様子で見ている。

 「ああ、レイフォンは元々故郷でも天才と呼ばれていたからな……俺とシャンテが束になってかかっても勝てるかどうか」

 ゴルネオとシャンテの強さはメイシェンはともかく、記者を目指しツェルニで既にその道に足を踏み入れていたミィフィ、同じ武芸者故に小隊に興味を持っていたナルキ等はよく知っている。さすがに驚いた様子だった。
 実を言うと、これらもまた、カリアンの情報操作の一環だ。

 『圧倒的過ぎる力は恐怖を呼ぶ』

 それが自分が、自分達が対抗出来る力ならばそうでもない。だが、自分達が束となった所で勝てぬ相手となるとどうなるか……行き着く先は恐れだ。畏れならばいい。それならば、畏怖されると同時に尊敬にも繋がる。

 「汚染獣が実際に襲ってきた経験があれば、自分達を守ってくれる存在として敬意に繋げる事も出来る。だが、現在のツェルニでは大きすぎる力に恐怖を持つ未熟な者が多すぎる」

 それがカリアンの出した結論であり、その一環として少しずつレイフォンの強さを認知させていこう、という考えだった。


 そして、この話はミィフィの取材として週刊ルックンに掲載される事になり……。
 一気にツェルニ全体に広がる事になった。


 スタジアム全体が人で埋め尽くされている。
 その一角に、ミィフィ、メイシェン、ナルキ、それにリーリンの姿もある。今日は対抗試合であり、第十七小隊の初の試合でもある。

 「今日は四試合、レイとん達は第三試合だね」

 あれからご飯を一緒にする機会が増えた。その中であだ名をつけるのが癖なのか、ミィフィが何時しかレイフォンをれいとん、リーリンをリンちゃんと呼ぶようになった。まあ、無論二人にきちんと確認を取ってからだが。リーリンは楽しそうに、レイフォンは戸惑いつつそれを受け入れた。

 「今日は第十七小隊は第十六小隊とだったな」

 ナルキがプログラムを確認しながら言う。

 「そう!機動力重視の高速戦闘を得意とする部隊だって話だね」

 「リーリンから見たらどうだ?」

 グレンダンでの戦闘からすれば、まだまだなのではないか、そう思ってナルキは問いかけたのだが。

 「そうね、それなりだと思うわよ?」

 笑顔で微笑ましいものでも見るかのように言っていても余り説得力はないが。とはいえ、聞いてみると、リーリンは一般人であるから当然汚染獣が襲ってきた時にはシェルターに入るからグレンダンの武芸者の戦いを見る機会は、養父とレイフォンの鍛錬、グレンダンにおける試合でしかない。
 もっとも、ナルキからすれば本音は未熟に見えているんだろうな、とは思う。何せ、グレンダンで目にするのは命を賭けた実戦をたっぷり経験した猛者達だ。だが、周囲にいる彼らは汚染獣戦を見た事のある者はおらず、小隊を憧れの目で追い、中にはファンクラブまで存在している。そんな中で空気を読まない発言はしないだけだろう、そう判断していた。

 「お!出てきたね」

 
 レイフォンは天剣を持ってはいるが、ツェルニの試合で使う訳にはいかない。何せ、あれは殺傷設定のままなのだ。汚染獣、それも最強の老生体と戦う為の至高の武器を非殺傷設定とするのはどうにもレイフォンにも違和感を感じ、そのままにしていた。まあ、きちんと所持許可は出ている事だし。
 代わりにレイフォンが使っているのは鋼鉄錬金鋼の刀だ。
 最後まで青石錬金鋼とどちらにするか迷ったのだが、幼少時に使っていた懐かしさと、サイハーデンの技を振るうと決めた以上斬撃武器としてもっとも調整の効くこの錬金鋼を選んだのだった。どのみち鋼糸は使う予定がない事でもあるし。
 ニーナはスタジアムに入ってからぐるり、と自身の小隊を見た。
 先だっての一件以来、大分部隊はその中身を変えた、と言ってもいい。レイフォンから指導を受けた事や多少はやる気を他の連中も出してくれた事などがその理由だ。レイフォンの指導により自分もシャーニッドも剄息での生活をするようにした。これは剄の流れをスムーズにし、技の発動をより容易とした。正に剄息は全ての基本だ。金剛剄はあれから修練を積み、少なくとも試合では使えるレベルになった。
 フェリはあれから念威の精度が格段に上がった。
 『やる事をやれば、自分の事をやってもいいですか?』というフェリの質問に、何をと思いつつも頷いたのはミスだったが。……幾等訓練でそれまでとは比べ物にならない詳細な情報をきちんと送ってくれるようになったのはいいとしてだ。念威を使いながら、自身はベンチに座って本を読んでいるというのは如何なるものか!
 いや、そういう真似が可能なフェリの才能は凄いものだと感じたし、念威を通じて得られる情報は十分すぎる程精確だったのだが。
 シャーニッドは真面目に剄息を続けていた。普段のふざけた姿の印象が強かっただけに意外だったが、落ち着いて思い返してみれば、訓練の際彼は手を抜いてはいなかった。何故、と理由を問えば、きちんとした答えを返していた事を思い出す。まあ、参加した時だけ、という言葉が頭につくのが困りものだったが。

 「勝つぞ」

 レイフォンは自然体でニーナを見やり、フェリは気のない風情でニーナを見て、シャーニッドは口元にニヤリと笑みを浮かべて、親指を軽く立ててみせた。 

 シャーニッド・エリプトンは小隊最年長、四年生になる。
 元々彼は第十小隊に所属し、現小隊長ディン・ディー、副隊長ダルシェナ・シェ・マテルナと共にコンビを組んでいた。当時かけがえのない友人となった三人によるコンビネーションは最強の攻撃力を誇ったが、突然シャーニッドが離脱し、現在ではディンもダルシェナもシャーニッドの事となると苛立った様子を見せる有様だ。  
 シャーニッド自身はその事を悔いてはいない。
 遅かれ早かれ、小隊は崩壊していた。
 ディンは卒業した先代隊長の女性を想い、ダルシェナは生真面目なディンを想い、シャーニッドはダルシェナを想う。もし、これがディンがダルシェナに応えていたならば、シャーニッドは心の痛みと共に、だが二人を祝福していただろう。おそらくそうなっていれば、彼が第十小隊を脱退する事はなかった。
 だが、彼らは不器用だった。そして、シャーニッドは狙撃手というポジション故か、或いは経験故か少し下がった位置から冷静にそれを見る事が出来た。致命的な事態になる前に、この状態を崩す。そう決めた。その結果として自分が怨まれる事になっても、だ。
 だが、シャーニッドもまたこの都市を守りたい、その思いは確固たるものとしてその内に存在している。
 だからこそ、ニーナの参加要請にも最終的に乗った。
 鍛錬も有効と思えば、外はあくまで重くなる事はなく、だが内では真面目に取り組んだ。
 とはいえ、さすがに物理的な障害まではどうにもならない。

 「こちらシャーニッド、こっからじゃ障害物が邪魔だな。二射あれば確実に仕留められるが?」

 今回、第十六小隊は守り手、第十七小隊が攻め手だ。制限時間内の間に守り手側のフラッグを破壊出来るかどうかが勝負を決める。

 『……いや、待機してくれ』

 地形に関しては既に把握している。
 罠に関してもかなりの罠が既に暴かれている。巧妙に隠された罠は念威操者でも探すにはそれなりの手間がいるが……所詮学生というべきか、まだまだ甘い。とはいえ、物理的な障害物は矢張り物理的手段で排除せざるをえないし、そうなればこちらがニ射目を撃つ前に相手の念威操者に気付かれるのは確実だ。下手をすれば、フラッグを撃つ前にこちらが相手の狙撃手に狙われて終了となりかねない。だからこそ、念威操者の意識を余所に向ける必要があるのだが……こちらの念威操者の力は想像以上だったようだ。

 『しかし、さすがだな、フェリ』

 『そんな事はどうでもいいですから、さっさと終わらせて下さい。この後新しく申し込んだアルバイトの予定があるのです』

 声を漏らさぬよう、殺剄が解けぬよう声に出さず笑う。最近のフェリ・ロスは大体こんな感じだ。訓練中に読んでいる本もアルバイト情報誌が増えた。こうして詳細な情報を送ってくれるのも、さっさと終わらせる為、らしい。まあ、わざと負けて終わりにしようと考えなくなったのはいい事だ。
 と、敵陣に動きがあった事でシャーニッドは意識をそちらに切り換えた。
 罠が禄に作動していない事に焦りを覚えたのだろう、敵陣から前衛三人が駆け出した。その動きからすると……。

 (あちらの隊長さんともう一人でレイフォンを抑えて、ニーナはもう一人が何とか抑えるってとこ狙いか)

 先だっての雑誌で、一気にレイフォン・アルセイフという新人の恐るべき強さが広まった。お陰でレイフォンの最近の悩みは授業で相手をしてくれる人がいない、という事らしい。最近はナルキが相手となる事が圧倒的に多いとか。へたれな連中だと思う。逆に言えば、新人でめぼしい奴は余りいないって事か、とも思う。折角強い奴がいるのに教えを乞わなくてどうするのか。
 そして、シャーニッドの視界で、強者がその力を遂に大勢の前で振るおうとしていた。
  

『後書き』
さて、ニーナも将来は戻る予定だとするか、それとも……原作読む限り、帰りのバス旅券は送ってくれてるみたいだから、怒ってはいるけれど、帰ってくるように、との思いは実家にはあるみたいですが。つーか、それ以外の援助はしない、って絶対諦めて帰ってくるのを期待してますよねえ
とりあえず、今回は初の試合です
シャンテもレイフォンハーレムには入れる予定はありません。原作(の外伝)読む限り、シャンテ自身は明らかにゴルネオに好意を持っていますので、番(つがい)になってもいいと思うぐらいには。自分がゴルネオとシャンテという組み合わせが好きな事もあるのですが

原作では訓練風景がこの前に入る訳ですが……
レイフォンは強すぎて、小隊戦でどこまで力を抑えるべきか悩む程。フェリは態度はともかく情報精度は圧倒的に向上して、態度はともかく念威の精度は文句言えない程。シャーニッドは不真面目なようでやる時はやる、というのが余裕が多少は出てきたお陰で見えてきた
そういう状況なので、訓練も原作程問題だらけの状態ではないので、今回は省きました

※精確:精密で正確な事、です。正確の過ちではありません。念の為



[9004] アルセイフ道場(上)
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:23
 なにが第十六小隊の敗因だったのだろうか?
 極論してしまえば、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという相手をまだ甘く見ていた、という事になるだろう。とはいえ、彼らとて決して対抗手段を考えていなかった訳ではないのだ。
 ただし、それがきちんと機能しなかった、ただそれだけだった。
 
 第十六小隊が射程距離に入った時、真っ先に動いたのはレイフォンだった。
 内力系活剄の変化、旋剄。
 本来第十六小隊が得意とするそれを先に発動させ、動いたその先には隊員の一人がいた。ぎょっとした瞬間、手首を掴まれ、そのまま勢いをつけて第十六小隊隊長へと投げつける。これには驚きつつも隊長が受け止めた時には反対側の隊員の所まで既にレイフォンは移動している。その高速は武芸者をしてすら、見る事が出来なかった。
 多くの者は旋剄と思っただろうが違う。
 同じ内力系活剄の変化、水鏡渡り。
 旋剄をすら越える超高速移動で一気に第十六小隊隊長を挟んで反対の隊員の所まで移動していた。こちらも同じく驚きで動きが止まった所を掴んで放り投げる。
 そして再び旋剄で移動し……。
 気付けば、レイフォンの前に第十六小隊の前衛は三人とも集められていた。
 さすがにぎょっとする一同、だが。

 「さて」

 その前にレイフォン・アルセイフが立ちはだかる。

 「しばらく僕に付き合ってもらいます」

 
 試合は大きな歓声を生んでいた。
 第十七小隊の新隊員レイフォン・アルセイフ。先だって週刊ルックンで取り上げられた実力は如何に、という雰囲気はあったのだが、今回の試合であのゴルネオをして天才と呼ばせた実力が存分に発揮されている、そう見えた。
 特に大多数の武芸者ではない学生らはその動き全てを目で追う事など出来ない。
 武芸者も大多数の者は防戦一方ながら、小隊員三名を相手どって持ちこたえているレイフォンに大歓声を送っていた。
 そう、大多数の者にはこう見えていた、『防戦一方、何時落とされるか分からないギリギリの戦い方ながら、未だ持ちこたえ続けている』、と。
 無論、中には冷静にその凄まじい力を感じ取っていた者もいた。
 或いは息を呑む武芸長のヴァンゼであったり、或いは天剣の力を知るが故に冷静な視線を向ける事の出来たゴルネオであったりだが、何よりその実力を感じ取っていたのは実際に互いの刃を合わせている第十六小隊だっただろう。

 『信じられません!未だ持ちこたえています!第十六小隊押し続けるも決め手が出ないか!?』

 微かにそんな放送の声が聞こえた。

 「……何が押し続けている、だ」

 現実に刃を交わしていれば分かる。
 確かに見た目はレイフォンは防戦のみ、その防御も危なっかしく見える。
 一撃を入れる。その一撃をレイフォンは受け流し、そこへ左右から第十六小隊の二人が突き入れる。が、バランスを崩したようにふらっと後ろにたたらを踏むようにしてかわした、ように見えた。
 最初は自分達も勘違いした。
 至近距離で実際に戦っている自分達でさえ騙されたのだ。遠目で見ている者が分からないのも仕方がない。
 だが、時間が過ぎる内に理解してくる。これだけ武器を突きこみながら、未だただの一撃もかすりさえしていない現状に。動きこそギリギリでかわしているように見えても、微塵の動揺もないその目に。
 それは彼らに焦りを生み、更に苛烈な攻めを繰り返しても矢張り同じ。それが否応なく、相手の実力を肌で感じさせる。当然だろう、余裕があった、言い換えるとまだ後の事を考えて手を抜いていた時と、それがなくなって全力でかかっている今と、レイフォン・アルセイフの対応が全く変わらない。矢張り同じようにギリギリで防御し続けているように見える。
 ……どれだけの差があるのだろう。
 こちらが如何にむきになって本気で挑んでも、全くそれを感じさせずに演技を続けられるというのは。

 『成る程、天才だ。第五小隊のゴルネオをしてそう呼ばせるだけの事はある』

 だが、このまま終わらせる訳にはいかない。自分達にも意地がある。
 先程から二人が主体になって前に出て、一人はやや動きを抑えて気を狙っていた。が、動こうとする度に相手からの衝剄が飛んできて機会を潰される……。だが、一瞬、隙が出来た、ように見えた、その瞬間。
 旋剄。
 時間の無さに焦っていたのか瞬間発動させた剄技で突撃をかけた小隊員は――けれど、来るのが分かっていたかのようにあっさりと回避された。しかも発動させた方向が拙かった。我々の陣地とは逆方向な上に藪がある。これではそのまま支援に向かうどころか下手をすればあの勢いで藪に突っ込んで……まさか、発動も計算の内、なのか?
 彼らは知らない。レイフォン・アルセイフという相手が剄の動きから如何なる技を発動させようとしているかさえ見てしまえる相手である事を。その彼からすれば、やや下がった彼が剄を練っている事も、それが旋剄である事もとうに把握済みだった。力量に差があるお陰で周囲を見る余裕もあるから、後は発動の方向が発動させても問題ない方向か確認するだけだ。
 そして二人になってしまえば、後は簡単だ。三人が相手だったので守勢を装っていただけなのだから、次第に攻勢に出る。無論、思い切り手加減して、だが。
 それでも最早、二人は受けに回るので精一杯だった。

 フェリ・ロスは既に意識を試合が終わった後に向けていた。
 彼女は順調に事が進んでいる現状に満足していた。
 もう少しだけ手間をかければ、試合は終わるだろう。おそらく初勝利パーティとかあるだろうが、その辺は他の一同に任せて新しいバイトに行く予定だ。……先だっての看護婦はどうもしっくり来なかった。まあ、受付だけというのでは普通の店のレジと大差ないから仕方ないかもしれない。が、医者になる気もない事だし……。
 とりあえず、今日は最近人気というレストランのウェイトレスに応募している。今回は上手く行くといいのだが。

 シャーニッド・エリプトンも順調に行っている事に満足していた。
 彼は目立つ事はしない。殺剄でむしろ気配を消し、慎重に目指す配置に着こうとしていた。幸いな事に敵を引きつける役を受けた前衛が見事に役目を果たしてくれている。
 目指す配置に着いたが、さすがに第十六小隊も馬鹿ではない。隠蔽こそまだまだだが、配置はしっかりとしており、ここからでは一撃ではフラッグを狙えない。その旨連絡を入れて、待機する。
 ここで見ていてもレイフォンの立ち回りは凄い。と、言ってもあれで物凄く手を抜いているのだから、何を言えばいいのか。まあ、勝てばいいと言ってしまえば楽ではあるのだが。

 『ニーナはそれじゃあ満足しねえだろうなあ』


 ニーナは内心複雑だった。
 確かに現状は自分達第十七小隊の優勢だ。
 今は第十六小隊の後方役二名、念威操者と狙撃手が念威爆雷と狙撃で懸命に足止めをしている状況だ。ここで無理に進めない事もないだろう。とはいえ、そんな必要はない。自分の役割はここで彼らの注意を惹きつけていればいい。
 何しろ、頼みの前衛は全てレイフォンが一手に引き受けている。第十六小隊の残る二人としては、何とか持ち堪えて、味方の戻りを待つだけだろう。……もっとも、それは他にフラッグを攻撃する者がいない状況ならば、の話だ。
 瞬間。
 彼らの設置した障害物の一角が砕けちった。
 一瞬の間と共に、何が起きたのか分かったのだろう、彼らの動きが慌しくなる。だが、遅い。
 瞬間ニーナも動きを見せる。といっても、彼らから姿が見えるように、だが障害物から離れすぎないよう動き出す。これで彼らは混乱が更に酷くなった。念威操者は慌ててシャーニッドの居場所を探ろうとする。が、それはニーナへの牽制の手が減る事でもあり、狙撃手が焦りを見せ、それは念威操者に伝達し……。
 もっとも、探り出せたとしても果たしてシャーニッドを攻撃出来たかは怪しい。
 理由は単純だ。念威爆雷では距離がありすぎる。当然ながら、シャーニッドを撃つならば狙撃手が狙わざるをえない。念威爆雷では間違いなく届く前にシャーニッドの次の一撃が届く。だが、そうなれば当然ニーナをフリーとしてしまう。結局、王手飛車取りと同じように、どちらかを諦めねばならなかっただろう。
 ちらり、と視線をレイフォンへと向ける。
 見た目は如何にも危なげに見える。
 連続して打ち込まれる攻撃に押されているように見える。
 そこへかけられる攻撃をふらつきながらも、かろうじて避けたように見える。
 体勢を崩したように見えるそこへの攻撃を偶然うまく刀で弾いたように見える。
 ……見事なものだと思う。
 誰が初見であれが演技だと思うだろう。少なくともある程度の経験がなくては見破れまい。
 だが、よく見れば押されているように見えるが、殆どレイフォンは後退せず、そこから相手を進ませない。
 かろうじて避けたように見えるが、既に次の攻撃に対応する体勢は整えられている。
 偶然うまく弾いたのではなく、既にその前の段階から相手の攻撃を読みきって、そこへと導いている。
 ニーナとて、レイフォンと幾度も刃を交わした、というよりは交わさせてもらっていなければ、分からなかっただろう。
 焦りから旋剄が放たれるが、気付いてみれば、彼らは自分達の陣営をこそ背にさせられていた。こうして傍で見ていれば、そのまま振り帰って戻れるようにも見える。レイフォンを倒す事に夢中になって、自分の陣営の事を忘れているように見えるかもしれない。ああ、そんな訳があるか。レイフォンを前にして、あいつに背を向けて逃げる等出来る訳がない。
 二人になってしまった第十六小隊の前衛が押されている所で、シャーニッドの二発目が放たれた。
 それは正確にフラッグを破壊し、『フラッグ破壊!勝者、第十七小隊!』の審判の声が上がる。
 それを聞きながら思う。
 果たして私は勝ったのだろうか?と。
 確かに第十七小隊は正式結成後の初小隊戦で初勝利を得た。それは喜ばしい事だ。だが、果たして私は、いや、正確には私は勝ったと言えるのだろうか?
 フェリはいい。彼女は元々小隊戦に対して関心が薄いし、それでもやるべき事はきちんとこなしてくれた。
 シャーニッドは本来の仕事をこなした。元々彼に期待していたのは、そしてやる事となっていたのは、相手の間隙をついてフラッグを最終的に破壊する任務だ。前衛とやりあう事も、相手の妨害をする事も今回の彼の仕事ではない。そういう意味では彼は定められた仕事をきちんと果たした。
 では私はどうだろう?
 一応私は狙撃手と念威操者という二人をひきつける役割は果たした。そういう意味では全く仕事が出来なかった訳ではないし、結果としてシャーニッドは安心して狙撃を行う事が出来た。だが、本来ならば前衛をひきつける筈が、それはレイフォンが全てこなしてしまった訳で、それは……。
 或いは気楽に『勝った』、気楽に『楽が出来たんだからいいじゃないか』、そう考えられれば楽だっただろう。生真面目な故に考え込んでしまう。ニーナは勝者とは思えぬ程深刻な表情を浮かべていた。
 

『後書き』
えーと。感想で戦闘が淡白というか、あっさりしすぎているというか、そういう指摘があったので加筆修正してみました

で、今回、戦闘シーンで丸々埋めてみました
というか、レイフォン本来ならこの程度の相手瞬殺出来てしまうから困ってました



[9004] アルセイフ道場(下)
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:25
 「……どうする」

 敗北を喫した第十六小隊は深刻な雰囲気だった。
 当然といえば、当然の話だ。
 敗北を喫した事自体は仕方がない。如何に第十七小隊が新設の小隊であったとはいえ、元々小隊長のニーナ・アントークは一年生で第十四小隊に入隊、狙撃手のシャーニッド・エリプトンも第十小隊に所属して、嘗ては最強のトリオの一角を担っていた。念威操者もまあ置いておこう。自分達が彼女の念威による補助を受けた訳ではないから、どの程度か分からない事でもあるし。
 だが、最大の問題は新入生のレイフォン・アルセイフだった。
 通常は幼少時より訓練を重ねてきた、と言っても小隊戦で鍛えている小隊員として最初から活躍、というのはさすがに無理がある。実際ニーナ・アントークも最初は足手まといだったのだ。が、あの男は違う、違うと分かってしまった。
 自分達小隊員はツェルニにおけるエリートだ。
 そう言われ、自分達もそれに相応しい力を得る為に努力してきた。前回の武芸大会で役に立たなかった事に涙した者もこの都市には数多い。それ以来尚一層次で負ければツェルニが滅びる、そんな背水の陣でもって鍛錬を重ねてきた、筈だった。
 だが、そんな努力をあの新入生は一蹴した。

 「あの新入生は異常だ……」

 確かに、先の週刊ルックンで騒ぎになった新入生だった。
 だが、それだけで片付けていいものだろうか?
 確かにゴルネオをして、シャンテと二人がかりでも抑えきれるかどうか、と言わしめた相手ではあったが、二人がかりであれば、時間内ぐらいは抑えきれるのではないかと期待していた。正確にはそれに後方からのサポートを加えるつもりだったのだが。気付いてみれば、前衛全員が纏められて足止めされていた。
 しかも……。

 「あれは間違いなく、まだ余裕を持っていたな」

 だからこそ考えてしまう。
 果たして、自分達は今のままでいいのだろうか、と……。
 彼らは目撃してしまった。これまでツェルニといういわば未熟者の楽園で真の強者を味わった事がなかったが故に強いと思っていた、思えていたのが、その実所詮は一人に楽にあしらわれる程度の力でしかなかったという事に。
 そして、一人が言い出した事が全員を巻き込む話し合いへと繋がっていた。

 「……いずれにせよ、俺は行きたい。俺は……強くなりたいんだ」

 他の一同が彼の言葉に沈黙する。
 そう、彼は言い出したのだ。『強くなりたい。だからより強い奴に教わる』、当たり前と言えば当たり前の話だ。だが、ここでプライドが邪魔してしまう。『別の小隊、新入生』。それが素直に『教えてくれ』と頭を下げる事を阻む。
 言い出した小隊員にしても、仲間に承諾を得てからでないと、後々小隊の中にしこりが残る。侃々諤々と議論を重ねる一同をこれまで黙って見詰めていた隊長だったが。

 「……皆聞いてくれ」

 意見は出揃ったかと見ると、口を開いた。

 「俺自身も考えてみた。確かに別の小隊のメンバーに、しかも下級生に教えを請いに行くのは恥ずかしいと思う奴もいるかもしれない」

 これがせめて上級生に教えを請いに行くのならば、大分変わっていただろうが……。

 「だが、思い出してくれ……小隊は互いに競うライバルではあるが、敵じゃあない。いや、むしろ共にツェルニを守るって意味では重要な味方だ」

 「「「「…………」」」」

 そう、この小隊戦は互いに互いを蹴落とす為の試合ではない。
 互いに切磋琢磨を繰り返して技量を磨き、そして最終的には武芸大会で戦力の中核としての役割を担う為のものだ。

 「それに」

 そして彼は決定的な一言を口にする。

 「また二年前と同じ事になって、この都市の滅亡の瞬間を見るぐらいなら、俺は喜んであの一年に頭を下げたい」

 その言葉が残る反対意見をも砕いた。


 さて、敗北した事で落ち込む者がいれば、その一方勝利で沸く者もいる。

 「いや~強かったね!」

 「そうだな、レイとんが強いとは聞いていたが、まさか小隊員三名を相手どって戦えるとは……」

 守勢ではあったが、第十六小隊の前衛全てを一手に引き受けていたのだ。間違いなく今回のMVPはレイフォンだった。
 ここは第十七小隊の初勝利を祝う会場。
 元々、ニーナもシャーニッドもそれぞれ別小隊で小隊員を務めており、ファンもいた。そこに先程会話していたミィフィとナルキがそうであるように、各人の友人らも集まってパーティをしていたのだった。ちなみにゴルネオとシャンテも混じっていたりする。

 「とはいえ、隊長さん達複雑そうな顔だったね」

 「……しょうがないだろう、今回はレイとん一人のお陰で勝ったようなもんだ」

 何しろ、小隊の隊員達が揃って、考え込むような、暗いような雰囲気を漂わせている。
 ニーナとシャーニッドはレイフォン一人が全部引き受けてしまった事態そのものに、レイフォンはレイフォンでせめて抑えるのは二人で止めておくべきだったかとやりすぎに、それぞれ落ち込んでしまっていた。レイフォン自身は『三人までなら~』という言質は貰っていたから、一対一を二回繰り返し、三対一の状況を作り上げ、足止めしたに過ぎない。後は相手の自滅を待って、攻勢に出た。
 ……確かに問題はない。一応は。だが、明らかに『理論を優先して、現実を見ていなかった』という状況だったのは確かだ。結果、無力感に苛まれる二人に罪悪感に苛まれる一人、早く終わって幸福感に包まれる一人という第十七小隊の出来上がりという訳だ。
 無論、シャーニッドは周囲には気付かれぬよう気を配っていたし、ニーナもお祝いをしてくれた一同の為にも、と明るく振舞ってはいたが、矢張り根本は伝わる。レイフォンはリーリンに怒られて、やりすぎたと気付いていたから騒ぐ気になれなかった。
 そんな時。

 「ねえ、お客さんなんだけど……」

 入り口付近にいた一人が声を上げた。

 「誰か来たのか?」

 ニーナが代表する形で声を掛けた。

 「うん……第十六小隊の人達……」

 驚いて入り口へと向かったニーナの前には確かに第十六小隊の一同がいた。


 部屋を変えて、小隊同士が向き合っていた。ちなみにフェリは既に試合中に宣言していたアルバイトへと向かってしまって不在だった。
 何となく気まずい雰囲気が漂っていた。

 「あの、すいませんでした」

 そんな中最初に謝ったというか、空気が読めなかったのはレイフォンだった。

 「……何故謝るんだ?」

 「いえ、何というか、試合が試合にならなかったみたいで」

 このような場合、正直や率直は罪なのだが、その辺の微妙な加減が分かるような男ならとうの昔に女の子からの好意に気付いている。案の定、第十六小隊全員が渋い表情になった。

 「……謝らないでくれ。却って自分達が惨めなだけだ」

 「は、はあ……」

 これでレイフォンが明らかに恐縮そうな雰囲気を漂わせていなければ、もっと険悪な雰囲気になっていたかもしれない。そうすれば、或いはこの後の彼らの申し出はなかったかもしれない。だが、結果はその言葉は発せられた。

 「単刀直入に言おう、レイフォン・アルセイフ。君に我々の教員を務めては貰え
ないだろうか」

 さすがにこの言葉にはニーナとシャーニッドも驚いた。

 「先輩?それは一体どういう……」

 ニーナの言葉に、相手は冷静な口調で答えた。

 「言葉通りだ。レイフォン君、君は……あの時のあの力をもってしても、本気を出していないんだろう?」

 押し黙る一同を前に彼は語っていった。それは学園都市という移動都市そのものが持つ問題点と言っていい。


 彼が言った事を纏めていくと以下のようになる。
 そもそも学園都市の上級生は指導役がいない。当たり前といえば当たり前の話で、大人がいないのだから五~六年生の小隊員ともなれば学園都市においてはほぼ最強クラスの部類になってくる。
 さて、そうなると訓練や勉学はどうすればいいだろうか?
 より優れた人材がいれば、そちらに教えを乞えばいい。だが、いない場合は?決まっている、各自で自己研鑽するしかない。そうしてこれまでやってきた、だが、今目の前に正により優れた力量を持つ相手がいる。ならば、教えを乞うべきだ。それが彼らの結論だという。

 「……自分は下級生ですよ?今年入ったばかりの新入生です」

 「無論、それは自分達も考えた」

 レイフォンの言葉に、第十六小隊隊長は真剣な表情で頷いた。
 彼らも悩んだのだという。
 今回だけの偶然なのではないか、という意見もあれば、新入生に教えを乞うというのが恥ずかしいという意見もあった。だが、最後に彼らの根底にあったのは、『強くなりたい』『この都市を守りたい』それが全てだった。

 「どのみち、会長がそうであるように、自分達を上回る強者が出てくるのは下の学年なのは間違いないのだからな…」

 現生徒会長カリアン・ロスが傑物なのは間違いない。
 彼が四年生で生徒会長に就任した時は驚いたものだったが、彼のその後の行動が上級生らの妬み嫉み全てを弾き返し、圧倒的な支持を得て、現在に至っている。いわば突然に有能な学生が出現した事により、下克上が起きたのだ。今回、彼らはそれと同じと判断したという。急に同学年の生徒が『これまでの自分は擬態だったのだ!これが自分の本気だ!』などといきなりパワーアップなどという馬鹿げた事態がない限り、下から突出した武芸者が出てくるのはむしろ当然なのだと。

 「……だから頼む……」

 そう言って、彼は頭を下げた。他の一同も一斉に頭を下げる。そこには狂おしい思いがあった。新入生に教えを乞うのは恥ずかしいかもしれない、だが、それがどうした!前の武芸大会、あの屈辱を晴らす為ならば強者に教えを乞う事は決して恥ではない!

 「俺達を強くしてくれ……!」


 レイフォンは悩んでいた。
 理由は単純で、自身が教え導いた経験というものが殆どないからだ。自分は、ただひたすらに強さとそれがもたらす金を求め、訓練と戦いの日々を過ごしてきた。
 だが、ここでグレンダンでのデルクとの、そしてカルヴァーンとの会話が思い浮かんだ。
 デルクは『皆伝となった以上、そしてお前がサイハーデンの技を継ぐ者となった以上はお前も、次代に技を継承させていかねばならない』と言った。
 その言葉に悩み、同じ天剣の内でも新たに武門を開き、多くの武芸者達を教え導いている者……カルヴァーン・ゲオルディウス・ミッドノットに悩みを相談してみた。サヴァリスもまた武門の名門だったが、こちらは余り教え導く者、という風情ではなかったし、それはルイメイやトロイアットは無論、カナリスやティグリスなども(後の二人は他にする事が多すぎるだけだが)大差なかったからだ。

 「そうか、教える、か……」

 カルヴァーンはいきなり訪問したレイフォンに嫌な顔すら見せる事なく、感慨深げな様子で語ってくれた。

 「ヴォルフシュテイン、我々とて最初から強かった訳ではない、それはわかるな?」

 頷くレイフォン、素質はあっただろう。だが、武芸を習い始める前と今の自分ではその力は比べるのさえおこがましい。そして、それは才能と努力と鍛錬の成果だ。

 「そして、自身が至ったならば、それを次代に伝えていかねばならん」

 カルヴァーンは少し遠い目をして続けた。

 「私は新たな剄技を得た。だが、それを得る前には別の流派を習っていたし、それが全ての原型にある。武芸者の技とは連綿と受け継がれてきた研鑽の結果だ。より、汚染獣を効率的に倒す為に、だ」

 真剣な表情でレイフォンを見詰める。

 「だが、伝える者がいなければ、それらは次第に失われていく。……今この世界にこの移動都市を作る技術が存在しないように、な」

 「だから伝えろ、最初から教え導く事が上手い者などおらぬ。だが、伝えようと努力する先にこそ、次代への継承がある」


 結局レイフォンは承諾を決めた。
 その後で勝利のお祝いは第十六小隊側も巻き込んで、やがてお開きになった頃。ニーナは最早暗くなった外に立っていた。
 そこへシャーニッドがやって来た。

 「よう、ここにいたか」

 「シャーニッドか……」

 ちらり、と視線を向けてはあ、と溜息をつくニーナにシャーニッドは敢えて軽く言った。

 「やっぱし、レイフォンに勝たせてもらったのが気になるか?」

 はっとした表情でシャーニッドの顔を見る。そこには変わらぬ笑みがあった。如何に辛い時も、如何に雰囲気が重い時も常に軽く、重石を感じさせない彼の笑みが。

 「……しかし、気づいてたか意外だな」

 気恥ずかしくなり、話題を変えたニーナに軽薄な笑みを浮かべたままシャーニッドは言った。

 「いやあ、俺は細やかな気配りが出来る男だぜ?でないと女の子にちょっかいかけれないじゃん」

 「……お前を見直した私が馬鹿だった」

 そんな様子を見ていたシャーニッドはふっと息を漏らして告げた。

 「その様子だと元の調子に戻ったみたいだな」

 はっとした様子でシャーニッドを見る。
 ああ、そうだ。あの姿を見て気持ちを取り直した、私も彼らと同じだ。今はまだ私も彼らも同じ、等しく弱い。だが、それはまだ強くなれるという証だ。すうっと伸ばした右手を開き、また握る。

 「ツェルニ」

 その拳を見ながら、誓う。

 「私は強くなるぞ、お前を守れるぐらいに」

 
 こうして始まった第十六・第十七小隊の合同訓練は、この後起こった事件も絡んで更に膨れ上がり、やがてはツェルニのカリキュラムそのものに影響を与えていく事になる。
 後に『アルセイフ道場』と呼ばれる訓練場の始まりだった。 


『後書き』
修正してみました 

※一部修正
※カルテットではないですね、確かにトリオです!ありがとうございます
  



[9004] 踏み抜いた獣の巣
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/11/18 18:49
 カルヴァーンに技の継承について聞きに行った帰り道で、デルボネの蝶のような形をした念威端子から話しかけられた。

 「貴方は天才故に教える事に向いてはいないでしょう」

 「はあ」

 天才、と言われてもレイフォンに実感はないので、そんな返事になってしまう。

 「貴方は剄技を習得する際に困難だった、という記憶は余りないでしょう?リンテンスさんの鋼糸とかぐらいかしら?」

 確かにそうだ、殆どの剄技は見れば、相手の剄の動きから大体どんな剄技か分かった。後はその剄の動きを再現して、調整していけば簡単だった。

 「それだけに貴方には分からないでしょう。剄技が習得出来ない人達の悩みを」

 貴方に習得出来ない剄技のコツを聞いても、何も言えないでしょう?そう言われてはレイフォンとしても頷かざるをえない。
 鍛錬を重ねても出来ない技がある。
 レイフォンはサヴァリスの技を、ルッケンスの秘奥とされる千人衝を、咆剄殺をべヒモトとの戦いで見て、それだけで習得した。だが、実際にはこれらの技はルッケンスに措いて鍛錬を重ねる者でさえ、必死の思いで研鑽を重ねて、尚届かない。
 例え、レイフォンに習得する為のコツを聞いた所で、説明は出来まい。何しろ、レイフォンにとって、剄技とは習得出来ず悩むものではないからだ。
 ……ゆえにこそ、嫉妬も生まれる。自身が血の吐くような鍛錬を積み、全てを注ぎ、尚届かない所へあっさりと達してしまう。尊敬する者、憧れる者は多いだろう。だが、同時に妬む者もまた多い。まるで強い光が濃い影を生むように。

 「だから、レイフォン。貴方が教えられないのならば、教えられる人を見つけなさい」

 一人で抱え込むのではなく、誰かの協力を得なさいと告げる。技を再現し、その説明を受けて、噛み砕き、分かる形として他の者に伝えられる者を探しなさい、と告げる。

 「そして、経験を広げてあげなさい。貴方は経験ならば、十分なものを持っているのだから」


 何故レイフォンがそんな事を思い出したかと言えば、正にデルボネの言った通りになったからだった。
 剄息による生活など、基礎訓練の段階では問題ないのだが、剄技について聞かれても、「えーそんな事聞かれても」となってしまう。いや、無論技を聞かれれば、それを説明し、実際にやって見せたりもした。が、すんなり取得出来ればいいのだが、普通はどこかで失敗するものだ。そもそも説明も何も受けず、ただ技を見ただけで再現出来るレイフォンの方が異常なのだ。
 金剛剄などはその理屈そのものは簡単なので問題なかったのだが……。そして、どこで煮詰まっているのか分かっても、レイフォンにはどうしてそこで詰まるのかが分からない。
 結局これに関しては幼少の頃より体系だった武術を学んできたゴルネオに頭を下げ、参加してもらう事になった。そうなると、シャンテも入り浸り、隊長副隊長がいるという事で第五小隊も参加する事になり……彼らの鍛錬の場は相当に賑やかな事になっていた。ちなみにこの状況を知ったカリアンは全面的に協力してくれていて、協同訓練室と称した広い空間を建築科の実習に組み込んで建設中だ。
 カリアン自身としては将来的には小隊全員の協同での訓練も考慮に入れているのだが、現状では第五・第十六・第十七の三小隊合同の訓練にとどまっている。他の小隊の参加は……「何か余程のインパクトがある事態が起きないと無理だろうね」とは反応を調べたカリアンの呟きだった。
 ……もっとも、その余程の事がそれから間もなく起きる事になるとは誰も予想だにしていなかったが。

 さて、レイフォンが最初にはじめたのは基礎からだ。
 剄息での生活に始まり、ボールの上での活剄鍛錬、ボールを打ち合う形での衝剄鍛錬。更にはコンビネーションを組んでの一対複数での戦闘の訓練。そんな所から始まった。剄技はいいのか、そう思う者もいるかもしれない。が、まだ互いにどの剄技が誰にどう向いているかなど分からない。そもそも、レイフォンからすると基礎部分がまだ全然出来ていない、という印象だった。
 無論、ゴルネオにとっても意義があるから協力している。
 何しろ、ゴルネオでもまだ習得しきれていないルッケンスの技をレイフォンは既に一通り習得しているのだ。その全てが『戦場でサヴァリスさんが使ってるのを見て』覚えた、というのには何とも言いがたい気持ちを味わったものだったが。
 それでも彼が腐る事がなかったのは、身近に化け物としか言いようのない兄という天剣授受者がいた故だろう。天剣授受者、彼らはどこか突き抜けてしまった存在なのだと、体感していたからだった。


 だが、そんな生活も一時中断していた。
 都震。
 これはこの世界の都市が自律型移動都市である以上、避けられない事態ではある。
 多数の巨大な足を持って都市は動く訳だが、数万人の人口を抱える都市とそれを支える生産施設、更にそれらの土台、都市を動かす脚部機構と機関部の全てを合計した重量は当然ながら凄まじい。普通の地盤であればともかく、弱い地盤を持つ地帯へと踏み込んでしまえば、容易に崩落してしまう。結果、足を取られた都市は或いは傾き、或いは直下に落ち、都市全体が激しい震動と衝撃に揺れる事になる。それが都震だ。
 そして、ツェルニにも久方ぶりにそれが起きた。
 だが、踏み抜いた場所が問題だった。汚染獣である。

 「……ツェルニは現状脚の三割を地盤に取られ、身動きが出来ない状態です」

 つまりは逃げる事も出来ない状態だという事。戦って生を勝ち取る以外に汚染獣から逃れる術などない。サイレンが鳴り響き、武芸者は或いは錬金鋼整備員に非殺傷設定を解除してもらう為に、戦闘衣を着込む為に走り回り、武芸者でない者は各所に設けられたシェルターへと避難を開始している。
 そして、防衛時に指揮官となる小隊員は生徒会棟に集結していた。

 「さて、防衛戦の前に……レイフォン君」

 わざわざカリアンの横に呼ばれて立っていた新入生にカリアンが顔を向けた事で事情を知る者以外は一体何だ、という視線を向ける。もっともすぐにその疑念は驚きと共に解消される事になったのだが。

 「この中で、君だけが実際に汚染獣と戦った経歴がある。今ツェルニを襲っている汚染獣について話して欲しい」

 実際、当たり前と言えば当たり前の話だ。
 例えば武芸長であるヴァンゼ。彼でも六年間このツェルニでは汚染獣の襲撃はなかった。かといって、故郷の都市でも彼が都市を離れる数年前に一度襲撃があった程度。当然だが、その頃はまだ幼い子供であった彼に汚染獣との戦闘経験がある筈がない。
 ゴルネオならばどうかと思ったが、こちらは逆にグレンダンという特殊すぎる都市故に汚染獣との戦いの経験はなかった。はっきり言ってしまえば、有り余る戦力を有するグレンダンでは、余程の才能がある者でもない限り、未熟な者を汚染獣との戦闘に放り込む必要がないのだ。
 他の者は言うに及ばない。
 そして、それだけに汚染獣との実際の戦闘経験があるというレイフォンに視線が集まる。

 「……今現在ツェルニを這い上がりつつある相手は幼生体、と呼ばれるものです」 

 「幼生体?」

 「ええ、その名の通り、殻も柔らかいですし、脱皮するごとに強くなる汚染獣としては最も弱い」

 そのレイフォンの言葉にどこかほっとした雰囲気が流れる。
 当然だとレイフォンも思う。初めての汚染獣戦などそうなって当然だ。だからこそグレンダンでは未熟な武芸者を或いは救護活動として、或いは見学として汚染獣との戦いを目の当たりにさせる。そうやって実際の汚染獣との戦いを目の当たりにさせ、心構えを作らせるのだが、逆に言えばそれだけ汚染獣との戦いは心身を衰弱させる戦いだと言える。
 そういう意味では、複数の雄性体にいきなり襲われるよりは今回はまだマシなのだろう。

 「問題といえる点が二つあります」

 とはいえ、楽観し過ぎるのも拙い。レイフォンのその言葉で再び緊張が走る。

 「一つ目は幼生体は数が多い、という事です。多分今回の相手も数百に昇るでしょう」

 「確かに現在確認出来ている段階で千体を超えています」

 横から既に念威端子を飛ばしていたフェリが補足する。その数字にどよめきが走る。

 「まあ、少ない方ですよ。グレンダンでは万を超える数に囲まれた事もありますし」

 何より、それだけの数がいても、脱皮した雄性体数体の方が危険なのだ、と言う。
 これは殻の固さに加え飛行能力の取得と云った部分にも原因があるのだが、それを聞いて少し安心した雰囲気が流れる。

 「ふむ、ではそちらは何とかなる、と?」

 「ええ、幼生体の数百体ぐらいなら何とでもなります。後はもう一つの問題なのですが」

 と、レイフォンは雌性体について説明を行う。

 「……成る程、つまり幼生体とやらを全滅させてしまうと、より強い汚染獣を呼んでしまう、という訳か」

 「ええ、ですから、幼生体を全滅させた場合、最悪でも、その後三十分以内に母体を倒す必要があります」

 出来れば余裕を考えて、なるだけ早い方がいい、とレイフォンは言う。それを聞いて、ふむ、と考えるカリアンの隣からヴァンゼが尋ねる。

 「母体というのは強いのか?」

 「本来、雌性体というのは脱皮するごとに強くなる汚染獣の雄性体が三期を経た後になる形態です」

 ……という事はそれは相当に強い、そういう事なのではないか?一同の顔に深刻な表情が浮かぶ。

 「確かに殻の固さや大きさから多少厄介ではありますが、動きそのものは鈍重です。多数の幼生体を育てる為に体力の相当量を使ってますし、幼生体は生まれる時、母体の腹を食い破って孵化しますから、その怪我も大きいですね」

 「ふむ……」

 と、唸るヴァンゼの沈黙を待っていたように、今度は何やら確認していたカリアンが深刻な表情を浮かべて続ける。

 「問題がある。都市外活動用の戦闘衣が揃っていない」

 「……どういう事だ?」

 その言葉に真剣な表情でヴァンゼが問いかける。

 「先だって、都市外での戦闘も考慮してチェックを開始したのだが、生憎長らく放置されていたらしくてね。破れてないかの総点検の途中だったそうだ」

 さすがにそれでは使う気がいささか失せる。誰だって完全ではない都市外装備で出撃したくはない。それこそ命に関わる事だ。

 「……一応グレンダンから持ってきた自分のはありますけど…」

 おそるおそる、といった様子でレイフォンが手を挙げる。ぱっとそちらへカリアンとヴァンゼが視線を向ける。

 「ふむ、レイフォン君一人で母体を倒せるかな?」

 「問題ありません。それぐらいなら以前にも」

 その言葉に一同ざわめく。ただ、そこにはどこか汚染獣に対する侮りが生まれつつあった。何だ、一人でもどうにかなる相手なのか、と……。無論、ゴルネオは油断していない。レイフォンの台詞が結局の所、グレンダン最強の一角、天剣授受者の観点からの言葉だと知っているからだ。如何にレイフォンが簡単に、と言っても、自分達にとってどうか分からない。何せ、彼は一対一で老生体を相手どるような相手なのだ。それは数がいた所で幼生体など相手にもなるまい。
 ここの所の鍛錬でレイフォンの底知れなさを実感した第十六小隊も疑念を捨てていない。
 だが、大多数の者にとってはそうではなかったようだ。

 「……ならば、レイフォン君。君は都市外装備で待機していてくれ。その上でその母体を念威操者が発見したら突撃して欲しい」

 ヴァンゼがそう告げた。

 「幼生体はどうしますか?」

 「……何時かは戦わねばならない相手だろう。汚染獣は武芸者である以上は、な……ならば、ここで戦っておくのもいいだろう」

 反論は上がらない。
 一つにはレイフォンの言葉があるだろう。
 『幼生体の数百体ぐらいなら何とでもなる』、その言葉と『幼生体は汚染獣の中で最も弱い』。その二つは未熟な武芸者である彼らに知らぬが故の勇気を与えていた。もし、ここでごく一般的な、そして汚染獣と戦った武芸者がいれば、レイフォンのその言葉を否定していただろう、そして普通の武芸者にとって幼生体は決して侮っていい敵ではないと、正にその数故に厄介な敵なのだと語っていただろう。
 そして、それ故に――学園都市の武芸者達は幼生体と戦う決意を固めた。

 「決まりだね。ではレイフォン君は都市外装備に着替えて待機、母体の位置が判明したら向かってくれ。フェリはすまないが、都市外の探査を頼む。他の者は汚染獣の迎撃準備……ああ、念の為もしどこかの戦線に集中した場合で、レイフォン君がまだ突入していない場合は援護に入ってもらう可能性もある、としておくか」

 カリアンがまとめ、ヴァンゼがそれに頷いて、迎撃態勢を整えていく。
 こうして、学園都市ツェルニにおける防衛戦は始まった。


『後書き』
こういう理由で汚染獣と戦う事になりました
訓練風景に措いて、もっと詳しく、と思われる方もいるかと思いますが、そちらは汚染獣戦終了後に予定を入れていますので、もうしばらくお待ち下さい

この、レイフォンは全然嘘をついてるつもりはないので、『まあ、幼生体ぐらいなら大丈夫だろう』ぐらいに考えてます
実際本人は言ってる事出来るので……

尚、幼生体の数ですが、原作では982体。ただこれはある程度戦闘が進んだ段階での数字だったので、それまでに倒された数もそれなりにいるだろう、と判断しています

※誤字修正しました、確かに端末ではないですね……あ、一巻で確認すると探査子、とありましたのでこちらに。べへモトはべヒモトでしたね
  



[9004] 戦場の坩堝
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/11/18 18:51
 『くそっ……!』

 外力系衝剄を乗せた黒鋼錬金鋼の一撃を見舞うが、ろくに効いた様子はない。精精その殻を僅かに歪ませた程度だ。

 『何が、何百体いようがどうとでもなる、だ!』

 ニーナは内心でレイフォンに文句を呟いていた。


 ニーナ達は防衛線の一角を担っていた。
 ニーナは前衛として前に立ち、シャーニッドが後方で砲撃部隊の支援を行っている。が、当然と言えば当然だが、レイフォンとフェリはいない。その分他の隊より武芸科の生徒は多めに配置されている。もっとも、フェリはこの場にこそいないが、念威によるサポートを続けてくれている。他の念威操者を遥かに上回るその精度にどれ程助けられた事か。それと共に生徒会長が嫌われてでも妹を武芸科に転科させた理由をその身で実感した。
 実際、当初はフェリには地中の母体の探査に専念してもらう予定だったのだが、精度の低さに見兼ねたのか、途中からサポートに入ってくれたのだった。実際それからシャーニッドらの砲撃精度も増している。
 現在、部隊は三名を一チームとした編成を取っている。
 レイフォンは小隊戦という対人戦闘以外にも汚染獣と戦う際の話も訓練の合間合間を見て、してくれた。今、この場では使わないかもしれない知識かもしれないが、何時か戦う可能性の高い相手の話だ。皆真剣に聞いていた。
 その時言われたのが、一対一で戦う事の愚かさとでも言うべき点だった。
 複数でチームを組み、相手の注意を余所へと惹き付け、それによって出来た隙をついて他の者が攻撃を加える。基本はその繰り返しだ。要はどれだけ一点に負担がかからないようにするか、どれだけ危険を減らすか、そういう話だった。 
 実際、チーム制は上手く機能し、決して少なくない数の幼生体を仕留める事に成功している。
 フェリの念威は戦場全域をカバーし、それぞれの小隊の状態をも求めれば教えてくれる。それによれば、ゴルネオの第五小隊や第十六小隊は素直にチーム制を組んでの戦闘を行っているようだったが、他の小隊は個別の武芸者ごとの戦闘に頼っているようだった。もっとも、こちらとて何時までこうした戦いを続けられるか……。それに何より厄介なのが。

 『数が……多すぎるっ!』

 そう、敵の数に対してこちらの武芸者の数が圧倒的に足りていなかった。

 
 チーム制には利点と欠点がある。
 利点は何といっても部隊の損耗を防ぎ、より確実に相手を仕留める事を可能とする。が、反面、今回のように三名を一チームとして編成すれば、当然ながら部隊全体で同時対応可能な敵の数は三分の一に減る。それでも最初の内は対応出来ていたのだが、如何にチームを組もうとも一撃で仕留められる訳ではない。むしろ牽制を繰り返して、弱った所へ全力の一撃を叩き込む、という形が主流となる。
 だが、この戦い方はある程度の時間を取られる。
 一を仕留める間に二が到着し、二を仕留める間に三と四が到着する。なし崩しに三を一名が足止めしている隙に四を残る二名が対応し、後はジリ貧だ。
 何時しかニーナも当初組んでいたチームを崩し、小隊長である自身は一人で汚染獣に対応している有様だった。
 ふと思う。レイフォンは『何百体いようが』と言った。或いはあれはグレンダンの基準だったのではないか、と。常に汚染獣との戦いを繰り返しているグレンダンではきっと幼生体ぐらい楽に屠れる武芸者が大勢いるのだろう。
 未熟者の集団の集う学園都市の現実はどうだ。
 まず、戦闘開始早々に他小隊で損害が続出した。ヴァンゼ率いる第一小隊は小隊員の引き締めと指揮下に入る武芸科生徒に対しても幼生体の攻撃の特徴などを伝えるだけで侮る事は言わなかった。むしろ、試合ではない、命を賭けた戦いなのだと告げた。
 シン・カイハーンの第十四小隊は元々連携を得意とする小隊だけに、コンビを組む戦闘を当初から選んでいた。お陰で最初の接触時、油断はあったかもしれないが、まだマシだった。
 逆に拙い状態に陥ったのがウィンス率いる第三小隊などだ。
 こちらは小隊員からレイフォンの話す『何百匹集まろうがどうとでもなる最弱の汚染獣』という印象が武芸科の生徒に広がった。結果、最初の接触で予想を遥かに上回る手強さに怪我人が続出。死亡者も出た。慌てて戦線を再構築するも泥縄の印象は否めない。小隊員には死者は出なかったものの、腕を食い千切られたものが出た。
 これには最初の迎撃による砲撃段階で順当に叩き落せた事も影響していたといえる。
 第三小隊は最悪のケースだったが、他小隊も想像より遥かに厄介な幼生体に混乱と共に押し込まれている。
 何より厄介なのがその数だった。
 倒しても倒しても、次から次へと新しい敵が沸きあがってくる。フェリのお陰で総数は分かっている。僅かずつでも減りつつあるのも分かっている。だが、問題なのは僅かずつ、なのだ。各小隊ごとに対応する数は別に百も二百もいる訳ではない。それでも一匹倒すのに手間取るだけに、その数に絶望的なイメージを各人に与える。

 「!ニーナ隊長!右から汚染獣が……!」

 傍らで戦っていた者が気付いて、声を上げる。即座に念威を通して状況を確認。第十六小隊はまだマシな部隊だった訳だが、こちらが崩れたのではない。崩れたのは……第十四、第十五小隊か!そちらが崩れた結果として、左右に流入、結果、第十六小隊で捌き切れなくなった汚染獣がこちらにも流れ出した、という事らしい。

 『拙い……!』

 既に第三小隊は崩れてしまっている。ここへ更に二つの小隊担当戦域が崩れれば、雪崩れ込まれた第十四、第十六小隊とて何時までもつか……後は防衛線そのものが崩れ去る。
 そんな時だった。

 『レイフォン・アルセイフ!』『レイフォン君』

 ヴァンゼ・ハルデイ。カリアン・ロス。二人の声が探査子から流れ出たのは。

 
 フェリは都市外、地下にいる筈の汚染獣の母体を探査していた。
 既に母体の位置は把握、後は人が侵入する侵入路の問題だった。
 レイフォン自身は生徒会棟から早くも外縁部に向けて移動を開始している。生徒会棟にいた理由は単純で、そこはツェルニの中心部だ。たまたま穴が空いたのは現在小隊が防衛線を張っている側だが、母体がその下にいるとは限らないという。可能性は低いが地下を伝って、幼生体が現れていて、別の場所に母体がいる、というケースもない訳ではない。故にどちら方向へも移動出来るようそこにいた訳だ。
 だが、それも穴が空いた方面に母体がいる事が確認された事により待機の必要はなくなった。
 フェリは現状を見ながら、『ああ、レイフォンが言っていたのはこういう事か』とも思っていた。
 現在のツェルニ、その地上で動いているのは武芸者と汚染獣、後は少数の一般人(カリアンら生徒会メンバーや医療科)ぐらいだ。ツェルニは学園都市とはいえど、その地上で繰り広げられる経済活動は通常の都市と何ら変わりない。
 だが、現在その活動は何も見られない。
 自身はあれから、念威操者とは別の仕事を探し、あれこれとアルバイトを試してきた。
 そんな一つ、今やっている仕事も今は店長も他の店員も皆シェルターに避難し、店も周辺もガラガラだ。そして、汚染獣との戦いが終わるまで日常が戻ってくる事はあるまい。

 『結局汚染獣が来れば、こうなってしまうのですね……』

 自分が嫌がろうが、汚染獣はそんな事は気にしない。
 撃退出来れば日常が戻ってくる。出来なければ、日常は消え去る。一般人はそこに介入する事は出来ない、彼らに出来る事はただシェルターで震えて、終わりを待つだけだ。自分はそこに関わる事で、日常を取り戻す事の手助けが出来る。自分がやりたい事を続ける為に出来る事がある。
 ちらり、とそれを気付かせてくれたレイフォンに念威端子を通して視線を向ける。
 まっすぐに前を見る姿。力強い視線でその目は都市の外へと向けられている。そこに迷いはない。
 自分の選んだ道が誤りだとは思わない。だが、その道を決めた者故の強さは今の自分にはないものだ。ふとその姿を、その顔を見て、思った。
 (いいな)と

 『先輩、見つかりましたか?』

 「まだです」

 即座にレイフォンへの視界を破棄。一体自分は何を考えていたのだろうか、と羞恥心から顔が赤く染まる。幸いそれを見る者は誰もいなかった。今は母体への侵入路の発見に集中しなくては。だが、なかなか見つからない、正確には都市が落ち込んだ衝撃でかなりの崩落を見せていたり、幼生体が這い回っていて通るには適さなかったりだ。如何にレイフォンにとっては弱いとはいえ、通路にひしめいていては通れない。この辺りは単純に物理的な問題だ。

 (あった)

 「見つけました、誘導します」

 遂に発見した母体へと通じる有効な通路、それをレイフォンに告げようとしたその時、ヴァンゼとカリアン、二人からの声は響いた。

 
 『すまないが、母体へ攻撃を仕掛ける前にやってもらう事が出来たようだ』

 同時に声が上がった事により、ヴァンゼは同じ意見と判断し、即座にカリアンに任せる。今は特にやる事のないカリアンに対し、ヴァンゼは何しろ今も戦闘中だ。カリアンならば現在の状況を把握しているだろう、という信頼もある。

 「やってもらう事、ですか?」

 『ああ、幼生体は他の面々で何とかしたかったが、生憎もうもちそうにない』

 確かに、とレイフォンも納得する。
 小隊ごとの担当戦域に差はあるが、既に防御柵を盾に何とか都市部への侵入を阻止しようとしている所まであるぐらいだ。崩れた部分が出たせいで、他小隊への負担も大きくなっている。このままではそう遠くない内に都市部へ侵入されるだろう。
 実際、武芸科の損害は決して馬鹿にならない。
 死者こそ片手で足りるが、重傷者は決して少なくない。
 タン、と外縁部を見下ろせる近辺に着地する。

 『そこからで大丈夫かい?』

 「問題ありません」

 そう、問題ない。手にする錬金鋼は天剣。幾度も使い、微調整を繰り返した錬金鋼だ。形状は刀。このツェルニで新規に調達した錬金鋼ならばともかく、これならば細かい攻撃も問題はない。フェリ先輩のお陰で戦域はその全てが把握出来ている。

 『ああ、それからすまないが、何体か残せるかな?出来れば戦闘力は奪って』

 「?何故でしょう?」

 『どういう事だ、カリアン』

 レイフォンとヴァンゼ、双方から疑念の声が上がる。

 『なに、汚染獣の母体とやらは幼生体の反応が途絶えると他の汚染獣の救援を呼ぶのだろう?』

 「ええ」

 だから、幼生体の殲滅と平行して速やかに母体を仕留めねばならない。

 『ならば簡単だ、全滅させなければいい。見た所、幼生体とやらは角を利用した突進が攻撃手段のようだ。顎は押さえ込んでから使うもののようだしね。ならば、脚と角を切り落としてもらえれば、無力化出来る。それらが暴れないよう見張る事は問題ないだろう?』

 最後はヴァンゼへの確認だ。

 『ああ、それぐらいならば……』

 『決まったね、とりあえず第一と第五の二つにそうだね、多少余裕を見て、二体ぐらいずつ無力化したものを残してもらえるかな?』

 カリアンが選んだのは比較的傷の浅い小隊だ。もう少し前までなら第十四、第十六なども可能だっただろうが、何しろ崩れたのがその二つの小隊の横手だ。今はその余裕が消えてしまっている。
 ヴァンゼとゴルネオ双方から了承の返事が入る。

 「……分かりました」

 そういう手もあったか、とも思う。幼生体の殲滅と母体の殲滅双方を同時に行うのに手が足りないという事のついぞなかったグレンダンでは考えられない事だった。 
 一つ頭を振って、切り替える。
 ここは最強の武芸者が集う槍殻都市グレンダンではなく、学園都市ツェルニだ。
 剄の発生量を調節する。天剣が解けるようにしてその柄から刃が消える――いや、消えたのではない。剣身となる部分が目で確認するのが難しい程に遥かに細く長く無数に枝分かれしてしまった結果だ。

 「いきます」

 そして、レイフォンは天剣を振るった。


『後書き』
無双場面は次回にて
原作でもあれだけの戦闘なので、死者ゼロって事はないだろう、と多少の死者は出た事としました
母体の救援対策には今回このように
……微調整効かない原作でも、直接戦場に飛び込んで、無力化するって手はあったと思うんですが、どうでしょう?

感想でのご希望にあったフェリのバイトなど日常の話に関しては外伝として書いていく予定です
一応予定では、次の話でレイフォン無双と戦闘の締めで1巻部分終了の予定。その後に外伝として、書く予定です



[9004] 戦塵静まる時来たりて
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/02/17 18:38
 その瞬間。
 誰もが息を呑んだ。

 第一小隊長ヴァンゼは目の前の光景に目を疑った。
 最弱、確かにそうなのだろう、汚染獣としては。だが、自分達にとっては恐るべき敵だった。殻は衝剄を伴った一撃を打ち込んでも僅かにへこみを見せるだけで、弾かれる。結局一撃一撃を加えて、隙を見て甲殻の隙間に一撃を打ち込むという手法が主となっていた。
 だが、今、その殻は容易く切り裂かれていた。
 もし、自身がつい先程まで戦っていた当の相手でなければ、その殻が硬いとは到底信じられなかっただろう。まるで柔らかいゼリーを切り裂くかのように易々と幼生体は分割されていった。

 「信じられん……」

 これが、レイフォン・アルセイフの力なのか。

 第三小隊長ウィンスは呆けていた。
 彼は先程までレイフォンに対して激しい怒りを抱いていた。
 レイフォンの『何百匹集まろうとどうとでもなる』『最弱の汚染獣』という言葉をそのまま鵜呑みにしていた彼は、それが絶対的強者の立場から発せられたものなのだとは考えもせず、『新入生』でもその程度で対処出来る相手なのだと判断していた。
 彼はあの大会におけるレイフォンの戦いぶりを見て尚、新入生という枠から外して見ていなかった。
 その結果が、真っ先の自小隊担当戦域の崩壊であり、死者の発生だった。
 『誤った情報』をさも当然のように言いふらした相手に対して、結果として仲間が死に追いやられた事に対して彼は義憤に駆られていたのだが……その『誤った情報』は『正しい情報』へと変わっていた。
 自分達が殴っても斬ってもなかなか貫けず、結果として戦線を崩壊に導いた汚染獣はいとも容易く切り裂かれていった。
 そう、『何百匹集まろうがどうとでもなる最弱の汚染獣』として……。ようやくレイフォン・アルセイフという新入生の実力を体感した彼はそれを呆然と見ているしかなかったのである。

 第五小隊長ゴルネオは目の前で展開される光景に褪めた視線を向けていた。
 彼はツェルニの中で最も天剣授受者という存在を知っていた。
 一般の武芸者が決死の覚悟で赴く戦場に無造作に赴き、ただ一人で戦場を変える存在、それが天剣授受者だった。無論、彼らとて得意不得意はある。
 だが、それでも。
 それでも、ただ一人で一つの都市を滅ぼす事を可能とする存在、それが天剣授受者だ。
 繁殖を放棄し、奇怪な進化を遂げる存在、老生体。老生一期のそれでさえ、普通に鍛錬を重ねた武芸者を揃えた都市が半壊を覚悟すれば勝てる、かもしれないという化け物。それを一対一で相手にする存在に如何に数が多いとはいえ幼生体如きで届くものか。
 ただ一つ予想外だったのは。

 「……鋼糸、とはな。まるでサーヴォレイド卿だ。いや……」

 そういえば、ある意味最も器用な天剣、それが彼だったか、ふとそう思った。


 第十四小隊長シン・カイハーンはあきれていた。

 「参ったね、こりゃ」

 目前で展開されている光景には笑うしかない。
 余りにも圧倒的な光景。
 自分達が決死で戦い、やっと持ち堪えていた戦場。今はそこは単なる草刈場だった。あれだけ苦戦した汚染獣が今度はお前達が刈られる番だとばかりに次々と切り裂かれていく。
 一つだけはっきりした事がある。それはもうここに危険はない、という事だ。
 
 第十七小隊長ニーナ・アントークにとって目前の光景は信じられないものだった。
 レイフォン・アルセイフという自分の小隊所属の新人が恐るべき実力者であるという事は聞かされていた。それ故に制限を加えざるをえないのだと。
 確かに前回の小隊戦で彼は圧倒的な実力を示した、かに見えた。
 だが、それも目前の光景に比べれば色褪せる。
 自分達は確かに目前の幼生体と戦っていた。自身の黒鋼錬金鋼の一撃にも幼生体の殻は僅かなへこみを見せるだけで、平然と向かってきた。それがどうだ、視認すら困難な細い糸が、眼をこらしてようやくそれらしきものが見える程度の糸がいともあっさりと幼生体を次々と或いは縦に、或いは横に輪切りにしてゆく。
 正に先程までの自分達の苦労を嘲笑うかのような光景だ。いや、無論これを行っているであろうレイフォンがそんなつもりは毛頭ないのは分かっているのだが。

 『ははっ……こりゃすげえな。なんていうか、もう笑うしかねえな』

 シャーニッドの声もどこか呆れと恐れの混じったような声だった。


 そう、戦場の全てで汚染獣は駆逐されつつあった。
 彼らの光景は全ての小隊の眼前で展開されつつあったのだ。

 レイフォンが柄だけにも見える天剣を振るうと、それだけで次から次へと汚染獣(幼生体)がまとめて輪切りになっていく。その光景を一番はっきりと見ていたのはフェリだったろう。
 レイフォンが参戦した段階で汚染獣は未だ九八二体を残していた。
 それが瞬きの間にそれこそ数十匹単位で減っていく。

 「……レイフォンにとって、この危機は危機ではなかったという事ですか」

 眼前の光景が何よりの証。

 「……レイフォン、あと八十です。第一と第五の担当戦域に二匹ずつ残すのを忘れないよう」

 『了解』

 最後は掬い上げるようにして、両サイドの脚を切り飛ばし、角を切り落とす。これで幼生体は戦闘不能だ。翅が残ってはいるが、元々この幼生体と呼ばれる汚染獣は飛行が得意な様子ではない。油断さえしなければ、広げた瞬間に翅を破って万が一の事も起きまい。実際、カリアンからその注意が飛んでいるし。

 「誘導します」

 『お願いします、フェリ先輩』

 続けて母体への侵攻。
 エアフィルターを抜け、都市の外へと飛び出す。外縁部からそのまま飛び出した高さはそのまま落下すれば即死必死な高さだが、鋼糸を絡ませ、舞うように降下していく。その姿を見ながら、少し意地悪をしたくなった。

 「そういえば」

 『?』

 「今、私は貴方の手伝いをしていますね」

 『え?ええ』

 何やら戸惑ったような様子だ。まあ、いきなりではそれも仕方ないだろうが。
 「なにか、お礼をしてくれてもバチは当たらないのではありませんか」

 『え、ええ!?』

 驚きながらもその手は的確に動き、その動きは危なげない。

 『え、ええと、お礼って何を……』

 「そうですね、別に金品を要求しようというつもりはありませんので」

 これは本当だ。実家は裕福だし、親からは十分な仕送りを貰っている。

 「では、呼び名を考えてもらいましょう」

 『え、ええっ!?ふぇ、フェリ先輩じゃダメなんですか?』

 「ダメです。他の人と大差ありません。ほら、さっさと決めなさい、フォンフォン」

 『それ僕の呼び名ですか!?』

 「そうです、今決めました」

 困惑した雰囲気が伝わってくる。何故、このような事を突然言い出したのか自分でも分からないのだから、レイフォンが分からなくて当然だが。
 え、えーとじゃあ……とそれでも幾つかの呼び名を次々とレイフォンが口にする。基本的に生真面目なのだろう。
 フェリちゃん、小さい頃から言われなれてます、却下。フェリっち、馬鹿にしてますか?却下。フェリやん、私に面白話でもしろと?却下。フェリりん、今度は笑顔でも振りまけと?却下、フェッフェン、私は笑い声ではありません、却下。フェルナンデス、もう私の呼び名とは思えませんね、却下。フェリたん、死にますか?

 『……えー……フェリ』

 …………。

 『……先輩?』

 「……創意工夫の欠片も、先輩に対する敬意も、私に対する親愛の情もありませんが……まあ、それでいいです」

 『え?』

 「ただし、親愛の情を込める事、いいですね?フォンフォン」

 『あ、は、はい…っていうか、その呼び名で決定なんですね…』

 「当然です。では、行って来て下さい」

 『はあ』

 ……本当に私はこんな時に、レイフォン相手に何をしているのだか。
 

 そして、地下深く。
 レイフォンは汚染獣の雌性体、通称母体を目の当たりにしていた。
 先程までのどこか気の抜けた気持ちを引き締め直す。どうにも先程は調子が狂った。フェリもいきなり何を言い出すのか……。
 その一方で、先程の会話とその様子は見事に二人の間以外にはシャットダウンされていたので、そんな事は露とも知らない生徒会メンバーや小隊員は母体の巨大さとそこから感じられる重厚さに息を呑んでいた。
 実際、その気持ちも分かる。
 その体躯の三分の二を締める腹部は無残に裂けている。そこから幼生体が溢れ出したのだから当然だ。
 傷を負い、本来ならば汚染物質のみで傷を癒す事が可能な汚染獣をして尚手遅れなその無残な傷。だが、それでもなおそこにいるのは幼生体を圧倒する存在感を放つ巨大な汚染獣だった。
 仲間を呼ぼうとする気配は、ない。
 それは我が子の反応が未だ消えていないからか。我が子に栄養を独占させる機会を逃すまいとしているのか。……最早彼らが死に体である事を知る由もなく。

 「生きたいと思う気持ちも、死にたくないという気持ちも同じなのかもしれない」

 そう呟きながら、天剣へと剄を込めていく。

 「それだけで満足出来ない人間は贅沢なのかもしれない」

 近づくレイフォンに反応して、母体が動きを見せる。或いはそれはレイフォンの膨大な剄に恐れを為して、仲間を呼ぼうとしたのか、だが、それは永遠に分からない。

 「でも生きたいんだ」

 その前に振るわれた刃が全てを終わらせたから。
 外力系衝剄の変化、閃断。
 飛来した巨大な衝撃波の斬撃がただ一撃、母体を襲った。
 

 ツェルニは歓声に満ちていた。
 全員がその光景を共有していた訳ではない。だが、小隊員はその光景を共有していた。彼らからまず汚染獣の母体が倒された事が告げられ、更に幼生体が最後の片付けとばかりに止めを刺された後、正式に『汚染獣の殲滅完了』が告げられ、自分達が生き延びたのだという実感がこみ上げた結果の、生きている喜びの声だった。
 続いて、シェルター内部から助かった事、日常が戻ってくる事への歓喜の声が上がる。
 その一方で素直に喜んでいる訳にはいかない者もいた。
 ツェルニ生徒会長カリアンと武芸長ヴァンゼは深刻な表情で会話していた。

 「これで彼さえいれば何とかなってしまうという考えが出る危険があるね」

 「ああ、自分達が出なくても彼がいれば何とかなる、そんな風潮が出てしまうのが怖い」

 それは信頼ではなく、依存だ。
 そして、厄介なのは事実、彼一人で何とかしてしまえる事だ。汚染獣戦にしても、武芸大会にしても、ツェルニの全戦力よりも彼一人の持つ武力の方が上回る。それどころか、汚染獣戦に措いては、下手に自分達が関わった所で彼の足手まといに為りかねない。
 それでもまだ、彼がいる間はいいだろう。
 だが、彼がいなくなった時どうなる?
 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという個人は槍殻都市グレンダンの重要人物だ。そうして、そんな重要人物は時に必要だからと呼び戻される事もある。もし、そうなった時、彼一人に依存してしまった都市は果たしてどうなるのか……正直考えたくはない。
 都市運営と防衛の責任者二人はしばらく頭を悩ます事になりそうだった。
 第三小隊長ウィンスは震えていた。
 だが、それは汚染獣への恐怖からではない。むしろレイフォン・アルセイフという規格外の存在への恐怖と言っていい。
 自分がどう足掻いても遥かに遠く及ばない、そんな相手が出た時、人は憧れから尊敬の道を歩むか、或いは恐怖や嫉妬の道へと進むか。
 彼には周囲で能天気に喜んでいる連中が信じられなかった。
 よく聞けば、『彼がいれば大丈夫だ』、そんな声まで聞こえる。ツェルニを壊滅させかけた汚染獣全てより尚危険な相手。そんな相手を無条件に信頼してもいいものか?
 ……彼自身は気付いていなかっただろう。自身の過ちからの逃避でもあるという事に。
 もし、これが出たのが怪我人だけだったなら、崩れたのが自分が最初でなければ、彼は或いはもう少し素直にレイフォンの事を見れたかもしれない。だが、実際には死者が出た。怪我ならば腕を失った小隊員も再生手術で復帰が可能だ。崩れたのが他からならば、自分も奮闘した結果として持ち堪えられなかったと自己を納得出来たかもしれないが、実際には他と比べても、懸命に抵抗を続ける他小隊を余所に脆くも崩れた。
 それだけに彼は何かしら自分の責任から目を逸らす事実が欲しかったのだ。
 かと思えば、またある者達はレイフォンの力に魅入られていたのは確かだった。
 だが、同時にこうも感じていた。

 『彼もまた自分達と同年代、ならば自分達もまだまだ上へと上がれるのではないか』

 天賦の才はあるだろう。これまで生きてきた努力に差があるのかもしれない。或いはこれまでの経験に大きな差があるのかもしれない。事実、汚染獣戦の前、生徒会長はツェルニの武芸者の中で唯一汚染獣との戦闘経験があると言った。
 だが、それでも。
 それでも、手を伸ばしたい。あの力に少しでも触れたい。例え、それが太陽に近づくイカロスの如き所業だとしても諦めきれない。それは彼ら武芸者の根源、強さを求める気持ちであったり、ツェルニを守りたいと願う気持ちの現われだったりしたが、一つだけ確かな事があった。
 今は未熟な学生の中にも依存ではなく、目指す者は確かにいたのだ。


『後書き』
レイフォン無双、になったかは分かりません
戦闘シーンだけにはなりませんでしたが……そのあたりはご勘弁を
今はフェリも自分が何故急にあんな事を言い出したのか理解出来ていません
レイフォンは鈍感帝王だからともかくとして
……っていうか、最新刊見る限り、クラリーベル・ロンスマイアもレイフォンに惚れてますよね……

次回は外伝です
希望にあった勉強会は……うーん、外伝二本ぐらい書いて片方をそうしましょうか……当初は別のを計画していたので
 



[9004] 外伝1
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:34
 「いやあ、先だっては大変だったよねえ、ナッキ」

 穏やかなツェルニのある日の街角。
 屋外カフェの一角。人工都市である自律型移動都市でも雨は降る、とはいえある程度強い雨でなければエアフィルターに弾かれてしまう為、こうしたカフェも営業しやすいのだろう、割と普通に見られる存在だ。
 何しろ、汚染物質に塗れた世界だ。雨が外の世界で降ろうがたっぷりと汚染物質を含んだそれを都市内部に注がせる訳にはいかず、エアフィルターが汚染物質も水もまとめて弾き飛ばす。激しい雨であれば汚染物質を除去された若干の水が雨となって降り注ぐが、大部分の水は弾き飛ばされるので豪雨、という感じはしない。
 そして、高さの関係上、人工雲など発生は不可能で、結果、水は他の手段に頼る事になる。
 まあ、それは今は関係ないのでおいておこう。
 先だって、ツェルニは汚染獣の襲撃を受けた。
 幼生体と呼ばれるその汚染獣は、汚染獣としては最弱ではあるがとにかく数が多く、一年生も六年生も関係なく、武芸者は全員が戦闘に参加し、その結果として、かなりな数の武芸者が死傷した。この目の前の友人、ナルキ・ゲルニもまた武芸者故にその最前線に出ており、今日は無事帰ってこれた事のお祝いも兼ねている。

 「ありがとう、本当に無事戻ってこれて良かったよ」

 その言葉には実感が篭っている。当然だろう、彼女は実際に命をかけて戦ったのだから……。

 「うん……無事で良かった。…リーリンさんも不安だったんですか?」

 メイシェンが何時もの三人に加えて参加している、いま一人に目を向ける。

 「そうね……レイフォンは強いけど、やっぱり無茶してるんじゃないかって不安はやっぱり消えなかったわね」

 レイフォンが強いのは分かっている。
 グレンダンで天剣授受者の心配をする、などと言ったら笑われるだろう。無論、心配するだけ無駄という考えだったり、心配する気持ちは理解した上で大丈夫だよと笑い飛ばすものであったり、笑いの内容に差はあるだろうが、そこには天剣授受者への不安や心配はない。
 けれど矢張り。
 心配なものは心配なのだ。

 「そう、そのレイとん!」

 ぐわっと身を乗り出してきたのはミィフィだ。

 「何かすっごく強かったんだってねえ」

 「ああ、あれがレイフォンのやった事だというなら、もう何と言っていいのか分からないな……」

 ナルキもあの光景には震えが走った。
 あれだけの武芸者が、あれだけ必死に戦って、尚止め切れなかった汚染獣をたった一人が瞬く間に殲滅する。もし、自分があの光景を見ていなかったら、ヨルテムにいた頃の自分が聞いたらきっと信じはしなかっただろう。

 「単なる天才、って言葉じゃくくれないような気もするが……」

 ちらり、とナルキもミィフィもリーリンに視線を向けるが、無理に聞き出そうとはしない。親しい仲にも礼儀あり、だ。たとえ、どんなに聞きたい気持ちがあっても、だ。
 

 「うん?」

 そんなこんなでちょっと会話の途切れた所で、ミィフィが少し向こうを通りかかった姿に気付いた。

 「あれ、あの人って……」

 視線を向けた先にはある意味特徴的な姿が……。
 銀色の長い髪、透き通った白皙の肌、人形のように整った顔立ち……その顔はこのツェルニにおいても圧倒的な知名度を誇る。ミス・ツェルニの称号を持つ二年生にして第十七小隊の念威操者フェリ・ロスである。

 「何と言うか……本当に綺麗な人ですよね…」

 メイシェンもそう口にする。メイシェンも一年生で一番可愛いと実は評判になってたりするのだが、手は出されていないので余り意識した事はない。まあ、もう少し具体的には『お友達』になりたい男連中は確かにいたのだが、これまでは周囲に仲のいい二人がいて手を出し切れないでいた。仲良くなりたいのだから、彼女の親友に手を出すのは、どうにも拙い。
 そうこうしている内にレイフォンに好意を抱いているのが明らかになり、更に小隊戦、汚染獣戦と続き、レイフォンが自分達が束になっても敵わないと分かると、その上で更にメイシェンに手を出そうとする者は急減した。勝てる訳がねえ、敵に回したら死ねる、そう考えた者は想像以上に多かったようだ。
 とりあえず、この場では三人娘はフェリに声を掛ける気はなかった。単純に彼女らとフェリでは余り接点がないのだ。
 とはいえ、ここにはもう一人、フェリと顔見知りの人がいる訳で……。
 気付けば、彼女らの席にフェリ・ロスが加わっていた。
 
 フェリ・ロスがこうしてこの場に加わったのには無論意味がある。でなければ、幾等知り合いとはいえ、わざわざこうして加わったりはしない。が、どう切り出すべきかその冷静な顔の下で悩んでいた。
 フェリ・ロスの現在のアルバイト先はレストランである。
 これまでに彼女は幾つかのアルバイトを、いや将来やってみたい事を探しての体験学習をやってみた。元々、ツェルニは学園都市だ。こうした将来目指す事を探す為の体験学習の機会も至る所で設けられている。まあ、通常はお金も稼げるアルバイトとして仕事をする事が多い訳だが、別段フェリはお金に困っている訳ではない。仕事を体験する事が最優先なので、短期間やった所で矢張り止めておきます、という事がし辛いアルバイトはあまり向いていないと判断した為でもある。
 現在彼女がしているのはウェイトレス。
 当初から笑顔を見せないフェリだが、そこはミス・ツェルニの極上の美少女。元々、男の客層が多かった事もあり、自分こそが彼女の笑顔を最初に見るのだと却って増えたそうだ。……体験学習中の期間限定なのも大きいらしい。
 フェリ自身はどうかと言うと、ウェイトレス自体は『余り面白くありません』というのが実情だ。
 だが……。

 『……料理は面白そうです』

 そう感じていた。
 だが……。思い出すのは数日前の事だ。


 その日、フェリは包丁を握っていた。
 彼女は実家では包丁を握った事などない。何しろ、裕福な家だった。彼女にとって台所とは行けば何かお菓子をもらえる場所であり、自分で料理をする場所ではなかった。そして、ツェルニに来てからも自身で料理をしようなどと考えた事はなかった。
 実家から十分過ぎる程の仕送りがされており、わざわざ手間と時間をかけてまで料理を作らずとも、近隣の料理屋から幾等でも料理を運んでもらえた。そもそも、兄であるカリアンは彼女が来た時点で既に生徒会長であり、多忙だった。作って貰えるような女性なら、美形で頭も良く、金もあり立場もある、不足しているのは身体能力ぐらいという兄だ。幾等でも確保出来るだろうし、実際好意を持っている女性も多数いるだろうが、今の所兄が家に女性を連れてきた事はない。
 自分はというと、料理に時間を費やすのに興味など湧かなかったから、これまで台所は掃除は為されているし、調理道具も揃っている、手入れもされてはいるが、使うのはせいぜいお湯を沸かしたりする時ぐらい、という状態だった。
 そういう意味では、台所は今日初めて本来の用途の為に使われる訳で、台所に意識があったら感涙ものかもしれない。

 「さて……」

 とりあえず、材料はいっぱい買ってきた。まずは作ってみるとしよう。


 さて、カリアン・ロスは生徒会長である。
 学園都市における生徒会長とは市長であり、最高権力者だ。小さな学校の生徒会長とはその権限の規模が違う。ツェルニにも六万人余りの人口があり、その都市の運営に責任を持つ生徒会長は生半可な力量のものでは……勤まる事は勤まるが、それだけ都市の運営には問題が増える。
 実際、カリアンも生徒会長となる以前、次の生徒会長候補達に見切りをつけたからこそ、四年生にして生徒会長に立候補し、対立候補を蹴落とし、第十三代生徒会長となったのだから。就任当初は四年生という事もあり、周囲からやっかみやその他あれこれと噂が立ったりしたが、現在彼は六年生、三年に渡って生徒会長として君臨し続けているという事実がカリアンが生徒からどう判断されているかを示している。
 そんな彼の目下の悩み、それはひとえに今年の武芸大会にある。
 彼が入学した当初は三つあったツェルニの鉱山は連敗によって既に残り一つ。今年負ければツェルニは緩やかな死を迎える事になる。しかし、いきなり戦力を増強する良い手はない、そう思っていた所へ入った吉報。嘗て、故郷サントブルグよりこのツェルニに放浪バスで向かう途上の旅で、偶然立ち寄った都市、槍殻都市グレンダン。その地で見た、グレンダン最強の十二名にのみ与えられる称号、完全に実力でしか得られない天剣授受者の称号を得たのは僅か十歳の少年。
 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
 一体全体何故彼ほどの武芸者が、グレンダンを出る事を許されたのかと思った。どこの都市でも優れた武芸者は都市の宝とでも言うべき扱いを受ける。フェリが念威操者として類稀な力を持っていると判明した時の都市での扱いを思い出せば、実際に実績を上げている天剣授受者が都市を出ださせてもらえるか、など不可能なのではとも思う。実際、フェリとてサントブルグを出れたのは、ひとえにロス家がサントブルグで大きな力と財力を有する家だった事。カリアンがツェルニにとある事情から留学していた事、この二つがなければまず、出れはしなかっただろう。
 とはいえ、好機には違いない。何しろ初めて具体的にツェルニを救える道が見えた。その為に彼の受け入れ場所として、かねてから自分の小隊の設立申請をしていたニーナ・アントークの申請を受理し、更に妹を一般教養科から武芸科へと転科させた。当然妹には怨まれたが、それでもこの都市を救いたいという想いが勝った。
 実際に都市へとやって来たレイフォンは少なくとも腰に天剣があった事で追い出されたというような事ではないと分かった。幾等何でも追放した相手にグレンダンでも十二本しかない天剣を餞別に、なんて真似はしないだろう。ならば、これは何らかの事情があるにせよ、グレンダンの承認を得ての行動だと判断した。
 幸い、レイフォンは割と協力的だった。フェリも最近では念威操者とそれ以外の仕事の両立目指してあれこれと試しているらしい。
 良い事だと思う。
 お陰で最近は少しずつだが、妹との関係も改善が出来てきたと思う。
 少しずつではあるが希望が見えてきたが未だツェルニが救われたと決まった段階ではない、などと考えつつ、家に入ったカリアンはだったが。

 「っ!なんだ、この匂いは……!」

 いきなり異臭に出迎えられる事になった。


 「一体この匂いは……」

 そういえばフェリは既に家に帰っていた筈だと思いつつ、匂いの元を探ったカリアンは……。

 「……台所?」

 ハンカチで鼻と口を抑えつつ覗き込んだカリアンはそこに妹の姿を見つけた。

 「……ふぇ、フェリ?何をしているんだい?」

 「……話しかけないで下さい」

 それだけを言うと再び何かしらの作業に戻る。正直カリアンには何かしらの儀式にしか見えない。

 「……出来ました」

 「……何がだね」

 何やら途轍もなく嫌な予感がする。

 「実は今やっているウェイトレスをしている内に料理に興味が湧いたので作ってみました。兄さん、食べてみて下さい」

 ずいっと差し出されたものは……。

 「……フェリ、これは一体なんだい?」

 「シチューです」

 「……黒くて、何か紫色とか緑色の物体が浮かんでいるように見えるんだが?」

 「シチューです」

 「………いや、すまない、生徒会に処理の終わってない書類があったのを思いだ……!」

 反転しかけたカリアンは周囲が既に重晶錬金鋼の花びらに包囲されている事に気がついた。

 「食べてみて下さい」

 ずいっと差し出すフェリの髪は剄が溢れ出して淡く輝き、更には念威端子も輝きを放っている……これは念威爆雷だろうか?こんな至近距離で爆発したら自身もただではすまないだろうに……。
 カリアンは決意した。少なくとも死ぬ事はあるまい、これだって食べ物を使った、筈だ!その思いと共にスプーンを掴み、フェリが持つシチュー皿からシチューと呼ぶには余りにも禍々しい物体をすくい、口に入れた。瞬間。

 「ふぐっ!?ぐおっ!!??」

 何と言えばいいだろうか、というか最早これは食べ物なのだろうか?口中に激痛が走るものってそれ食べ物!?とか苦くて甘くて酸っぱい、どう表現すればいいのだろうか。とにかく洗面所に一直線に駆け込んだカリアンは水で口を濯ぎ、ひたすら水を飲んだ。その甲斐あって、何とか収まってきたが……僅かでも胃に入ってしまったのだろうか、胸焼けというか何と言うか……とにかく、気持ちが悪い。

 「……す、すまないが、ちょっと気分が悪くてね……夕食は今日はいいよ」

 ……ベッドに倒れこむまでは意識をもたせた自分を誉めてやりたい。


 兄は結局、一口、口にしただけでダウンしてしまった。しかも、実際はろくに食べてはいまい。

 「……軟弱な兄です」

 全く、たかだか料理で……そう思ったフェリは皿を卓上に置くと自分もスプーンで一口食べてみた。
 暗転。
 気付いたら、もう朝になっていた。
 どうやら、あの後意識を失って、そのまま床に倒れてしまったらしい。
 ……正直、甘く見ていました。作った自分が言うのも何ですが……なんなんでしょうか、この凄まじい劇物は。ええ、もうこれが食べ物だなんて言えませんし、言いたくありません。 

 「……こんな料理をリーリンの料理と並べて出す訳には……」

 何故、出す場所がこの家ではなく、錬武館なのか、そのあたりは自覚する事なく、余りに酷い自分の作品に目をやったのは悲しい思い出だ。
 とはいえ、何かしら諦めるのが嫌だった。
 そこには一つの思いがある……自分は以前は念威操者以外の道を、今は念威操者だけではない道を探そうと誓った。だが、自分に念威操者以外の才能が皆無だったならばどうしよう、そんな思いがある。自分が倦んだ、捨てたいと願った念威の才能、それが自分に唯一与えられた才能だったなら?そう思うと凍りつくような寒気が襲ってくる。
 
 
 「……フェリ先輩?」

 はっと気付くと、リーリンが心配そうな表情でフェリの顔を覗き込んでいた。

 「……何でしょう」

 「いえ、ただ何か凄く顔色が悪かったから」

 他の三人を見ると、ある者はおずおずと、ある者ははっきりと、ある者はこくこくと頷きを返す。つまりはそれだけ酷い状態だったのだろう。

 「……大した事ではありません。ただ先日料理に初挑戦して大失敗してしまいまして」

 気持ちは分かった。だからこそついぽろり、と洩れてしまった。
 そして、気付いてみれば……フェリはリーリン&メイシェンから料理を教えてもらう事になっていた。


『後書き』
本編より難渋しました……
ある程度の流れがあるのと、ないのとでは矢張り難しさ違いますねー……
料理、フェリさんはNERVのミサトとかと違って味覚まともみたいなので、味見すれば分かると思うんですがどうでしょう?

しかし、自分もチラシの裏から移った方がいーんですかね…

※誤字修正分
>危なげない
普通の国語辞典に載ってますので確認してみて下さい
辞書がすぐに見つからないなら、グーグルで検索してみても見つかるかと思います
>自分に一対一で老生体と戦いうる力は無理なのだと。
誤字ですねw修正しました
>だが、踏み抜いた場所が問題だった。汚染獣である。
汚染獣の巣、という言い方はおかしいと思いましたので、こちらはそのままで

※以下レス分
>金欠病さん
……ん?
原作小説では普通に三人娘は出て来てますし、結構重要な所でも……レイフォンがツェルニに来て最初にキスしたのもメイシェンだし
鋼糸に関しては原作小説第一巻をごらん下さい、としか言えませんね
ひょっとしてアニメから入られた方でしょうか?
もし、小説は読まない、という方であれば漫画版鋼殻のレギオス、Missing Mail(ドラゴンエイジ連載)の3巻辺りが参考になるかと

>無名子さん
うーん、まあ、そういう気はあると思いますが……でも実際、レイフォンは失脚まではクラリーベルの最有力の結婚候補だったとは思います。彼女は天剣候補になるぐらい有力な次期後継者候補みたいですし
グレンダン王家では血を濃くすると同時に近親すぎないよう適時天剣の血を入れたりしてるみたいなので
アルモニス家は同年代の子供は未だおらず、ユートノール家はリーリンが入るまでミンスしかいなかったので、婿には入れず
となると天剣から婿取りになりますが、実の祖父、同性である女性陣、恋人あり、家庭あり、家庭ありそうな御仁を除くと残る確実に独身な天剣はリンテンス、サヴァリス、トロイアット、レイフォンです
ほら、この中では一番年齢的にも釣り合って、性格もまともそうなのはレイフォンぐらいですw

>Jackさん
という訳で外伝ではリーリン出ずっぱり
メイシェンはどうしても日常の象徴みたいな子だから、シリアスな戦闘と世界の根幹に関わるような話だと出てこない…
とはいえ、傷ついたレイフォンをそっと迎えてあげられるのもメイシェンだと思うのですよ

>良さん
さすがに並び立てる人は出る予定はありません
ただ、作戦とかで貢献する人とかは出てきます、というか出ています

>doraguさん
です
ただし、上層部は軒並みレイフォン側です。理由は単純で彼らよりレイフォンの方が戦力としてアテに出来るから
恐るべき力を持ってようが何だろうが、汚染獣から都市を守るのにレイフォン以上の人材なんていませんからね

>リョウさん
えー原作を参考にすると、剄の発生量で二つの形態をコントロールするようです
100の剄を流すと刀で、70の剄を流すと鋼糸になる、って形ですかね
漫画版小説版双方で、二つの錬金鋼を持った方がと勧めるハーレイに、少しでも昔の感覚に近づけたい、とレイフォンが主張している事から天剣時代も二つのバージョンが組み込んであったんだろうと判断しました
無論、普通の武芸者には、二種類の剄を発生させる事も、剄の発生量を調節するなんて真似出来ません。出来ても非常識な程むちゃくちゃに大変です

>紅月さん
鋼鉄錬金鋼は分かりにくいかもしれませんが、小隊戦時に現在は使っています
とはいえ、免許皆伝の印をそのまま使ってるかは……まあ、ご想像にお任せします
鋼糸の場面ですか……レストレーションの言葉自体には重点を置いてないので多分入れないかと…

>wwwさん
最初のは誤字ですね、ありがとうございます
二番目のは汚染獣の巣そのものを踏み抜いたとは考えていないので現状のままを想定しています。基本は汚染獣の母体の射程内に踏み込んでしまった、と考えています
そもそも汚染獣に巣はないので……

>ラヴァさん
数が問題なのか、それとも残っているのが問題なのか難しい所ではありますが、私は残っていれば、と考えています
というのも、元々汚染獣の幼生体から雄性体までの間に相当数が減るのが予想されるからです(でないと、もっと世界は汚染獣に埋め尽くされてるでしょうし)
海亀などを想像してもらえれば多少は実感湧くんじゃないでしょうか?生まれた後は基本放置、生まれた中で実際に生き残るのはほんの僅か。反応が消えたら他の汚染獣に食料の位置を知らせる、そんな感じで。

外伝投稿後の感想板の分は次話で回答させていただきますー



[9004] 再開する日々、変わる日々
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:36
 「成る程、矢張りこうなったか」

 カリアンは報告書を手にそう呟いた。

 「全く反応がない方が異常だろうからな……ある意味当然の帰結だ」

 そう返したのはヴァンゼだ。
 書類には多数の弟子入り志願がレイフォンの元に殺到している様が数字で記されていた。


 「矢張り、あの一件が強烈だったみたいだねえ」

 カリアンは苦笑しながら、ヴァンゼに言う。

 「当たり前だ、あれを見て何も思わん奴がいたら、そいつは武芸者じゃない」

 と断定するヴァンゼ。
 だが、その気持ちは本心からのものだ。自分でさえ震えが走るあの光景、誰がやったか分からないならばともかく、今回は小隊のメンバーには念威の映像が繋がっていた事もあり、レイフォンが行った事だと判明してしまっている。今回の一件で危機的な感情を抱いた者もいるだろうし、或いは武芸大会に向けて四苦八苦している者もいるだろう。その前に遥かな高みに立つ者の存在がいれば、それこそ馬に人参というか是非にと教えを請いに行くのも当然だろう。
 もっとも……。

 「希望者全員に、というのは無理があるね」

 「そうだな、レイフォン・アルセイフにサポートにゴルネオ・ルッケンス。二人で優に百人を超えるこれだけの武芸者を全部面倒見ろ、というのは無理だ」

 しかも、その数字は現在も増え続けている。

 「ふむ……ならば、小隊員の代表者を二名程希望する各隊から出して基本となる訓練をつけさせてはどうだろう?それを各隊に戻って教授して、更にそれを各小隊が希望する者に、という方法だが?」

 「……今の所それしかないだろうな。それでもレイフォンが所属する第十七小隊に第五小隊、第十六小隊、この三つは前々からな以上、全員参加を認めざるをえまい。それに、参加希望する小隊から二名……三十人を超えるのは確実だな」

 溜息をついてそう呟いたヴァンゼだった。

 「レイフォン君にはこちらに専念してもらう」

 カリアンの言葉にヴァンゼも頷く。レイフォンには悪いが、この情勢でのんびりと機関掃除のアルバイトをしてもらう訳にはいかない。かくして教導の代わりに機関掃除より高額の報酬を出すので、こちらに専念して欲しい、とお願いした次第だった。レイフォンにしてみれば元々お金に困ってしていたアルバイトでもなかったのだが、結局押し切られた、というのが正しい。

 「一方、参加を希望していない小隊は……」

 「ああ、第三、第八、第十、第十四、第十五……第十を除けば……」

 「……いずれも担当する戦域で死者が出た小隊、だね」

 今回の幼生体との戦闘でツェルニの武芸者からは四名の死者を出した。あの激しい押され続けた戦闘の中でこれだけで済んだのはむしろ奇跡といえるかもしれない。重傷軽傷の者も無論多数出たが、こちらは精神の問題、所謂PTSDはさておき、怪我は腕が取れたとて再生可能な時代だ。何も問題はない。

 「しかし、出来ればこの小隊にも参加はして欲しいのだがね」

 カリアンはそう呟く。カリアンの目的は汚染獣に遭遇した時の生き残りだけではない。武芸大会で勝利を収め、ツェルニの滅びる日の訪れるその光景を目にしない事だ。その為にはレイフォンによる鍛錬は必ず身になる、と見ている。

 「君も参加するんだろう?」

 「当たり前だ。自分より強い者がいるならば教えを乞うのは当然の話だ」

 ヴァンゼは確認をとってきたカリアンに何を当たり前の事を、と言わんばかりに答えた。

 「ところで……」

 矢張り、と笑顔で頷いたカリアンは気になる点を告げた。

 「第十小隊から参加希望者が出ていないのは矢張り……」

 「ああ」

 ヴァンゼも渋い表情で頷いて言った。

 「戦い方が合わない、というのもあるだろうが……レイフォン・アルセイフに教導を受けるならば、シャーニッド・エリプトンとも顔を合わせざるをえないから、というのも大なり小なりあるだろうな」

  
 汚染獣による襲撃。
 その戦いはツェルニの武芸者達にとって大きな衝撃を与えた。汚染獣という存在に対する脅威を実感しただけではない。無論それも大きい、試合ではなく、本当に命を賭けた生き残るか死かの戦闘を体験したという事は今後に措いても大きな意味合いを持つ。
 だが、それ以上に大きな衝撃を与えたのは汚染獣との戦いの最後の光景。
 幼生体が次々と切り裂かれ、死んでいったあの光景。
 それはまず、一体誰が為したのか、という関心へと繋がり、誰か、が判明すると今度はその人物への興味へ、更に既に教えを受けている者がいると聞いた事で(しかも小隊が)、自分達も教えてほしい、という欲望へと変じた。
 結果、錬武館の鍛錬場に大勢が押し寄せる、という事態に発展したのだった。
 大混乱に陥ったが、最終的に生徒会からの通達で終息に至った。不満は当然あったが、無論カリアンがそうした不満を見過ごすままにしておく訳がない。

 『レイフォン君が認めた場合は直接教示を受けるのを許可する。この時勝ち負けは問わない』

 ただし、お願いという形ではなく、あくまで自身の力を示す事で。
 ただし、闇討ちや不意打ちは一切禁止。あくまで学生らしく正々堂々と。
 無論、最初のただし書きは押しに弱いレイフォンの性格を考慮してのものだ。
 もちろん、これでも不満を持つ者は出るだろう。だが、参加したいなら自分が直接教えてもらうだけの力量がある、と認めさせればいいのだから、本当に強くなりたい者は鍛錬に励むだろう、という読みもある。
 当初教導を受けた際に指示された訓練はサイハーデン流刀争術、と呼ばれるものの基礎訓練だった。
 サイハーデン、その名は殆どの人間に戸惑いを持って受け止められた。どんな流派なのか全く分からなかったからだ。だが、その後続けて流れた一つの話がその名を受け入れさせた。
 槍殻都市グレンダンを有名にさせた存在、サリンバン教導傭兵団。その前団長と現団長の使う流派だ、との話である。
 
 無論、レイフォンがベラベラと自慢した訳ではない。それは偶然から知られた話だった。
 ある日、ヴァンゼがレイフォンと鍛錬が終わった後で話をしていた。

 「しかし、地味ではあるが大変だな、この訓練は」

 「そうですか?」

 この辺りはレイフォンとヴァンゼの才能の差というよりは、小さい頃からずうっと続けてきたレイフォンと最近始めたばかりのヴァンゼとの差と言った方がいい。
 「しかし、お前といいゴルネオといい……昨年の奴はともかく、矢張りグレンダンは優れた武芸者が多いのか?」
 昨年の奴、とは誰か、と思い首を傾げたレイフォンの姿を見て、誰の事を言っているのか分からないと気づいたのだろう。

 「ああ、すまん。実はな……」

 と、昨年グレンダン出身である事を威張っていた新入生がいたという事を説明する。威張っていた癖に、同学年の生徒達にも武芸の腕は劣り、結局半年程でやめたのだという。

 「成る程……」

 レイフォン自身はさらりと流したが、実の所グレンダンという都市は弱い武芸者にとっては極めて住みづらい都市である。グレンダンにおいては公式試合にて実力を測り、一定の実力があると判断された場合に前線に投入される。実力さえあれば、十歳に満たない年齢であろうが、実戦に参加し、報奨金を得る事も出来る。
 では、実力がない場合は、となると、当然何時まで経っても前線に出る事は出来ない。その癖、武芸者として日常生活における優遇処置は取られる。余程面の皮が分厚くない限り、正に鍼の筵だろう。
 とはいえ、赴いた先で威張り散らすというのはまた別の話だとは思うのだが、その辺は溜まっていた鬱憤が流出したのだろう。

 「まあ、グレンダンといっても案外大した事がないのでは、という意見もあったんだが、結局どこでもピンキリ、って事なんだろうな」

 そう言ってヴァンゼはスポーツドリンクを口にした。

 「そうですね」

 まあ、確かに。そう思いつつレイフォンもドリンクを口にする。

 「しかし、天剣授受者か……恥ずかしながら初めて知ったよ。俺達が知っているグレンダンの印象といえばサリンバン教導傭兵団だからな……」

 ふとヴァンゼがそう呟いた。
 とはいえ、これは仕方のない面がある。都市間の情報が隔絶している世界だ。如何に強い武芸者がいようと、その都市では高名でも他の都市にまでその名声が轟いているか、と言われると否、と言わざるをえない。まあ、交通都市ヨルテムのような場所ならば多少は例外かもしれないが……。

 「サリンバン教導傭兵団ですか……そういえば、前の団長さんが養父さんの兄弟子だって言ってましたね」

 ふっとデルクから聞いた話を思い出して相槌を打ったレイフォンだったが、一瞬の間を置いて、ヴァンゼは驚いたような顔でレイフォンを見た。

 「……前団長が、お前さんの師匠の兄弟子?」

 「え?ええ、そうなりますね」

 ヴァンゼが何を驚いているか分からないレイフォンとしては急に確認された方がびっくりした。

 「という事は、前団長の使ってた流派も……」

 「サイハーデンですね。ああ、現団長って前団長の弟子だって聞きましたから今の団長も同じじゃないですか?」

 
 ヴァンゼはこの話を別に言いふらしたりはしなかったが、何しろ鍛錬の後だ。武芸長であるヴァンゼとレイフォンが話している会話だ。興味を持って聞いていた者は多かった。
 結果、この二人の会話から一気にツェルニにレイフォンの使う流派がどのような流派か広まったのだった。グレンダンであれば、天剣授受者をレイフォンまで輩出する事のなかった(正確にはその素質を持った者が都市の外に出る事を好んだというべきだが)サイハーデンの技は余り着目される事はない。天剣を輩出する事のなかった細々と続いてきた流派でありながら、今に至るまで残り続けてきた流派ではあり、それだけ優れた流派だと言えるのだが、矢張り天剣に関わる流派、天剣が開祖であり現天剣授受者の一人サヴァリスを擁するルッケンス、王家亜流にして現天剣授受者の一人であるカナリスを輩出したリヴァネス、現天剣授受者の一人カルヴァーンの創設したミッドノットといった流派がグレンダンでは隆盛を誇っている。
 サイハーデンが今後そうした隆盛を誇る、と言える程の武門の一角に入れるかどうかは分からないが、レイフォンがサイハーデンの免許皆伝を得ているという事実は今後流派に対する評価がどういうものになるにせよ、真っ当にやれば有力な武門の一つになるのでは、と見られている。
 が、とりあえずはツェルニで隆盛を誇る事になりそうだった。……レベルはグレンダンに比べれば低いかもしれないが。


 第三小隊は先だっての戦いに措いて、担当戦域から多数の死傷者を出した。
 無論、彼とて理解している。
 あの時の戦いは言い方は悪いが運が悪かったのだ、と。
 レイフォン・アルセイフは別に偽りを述べた訳ではない。ただ単に彼自身の実力が途轍もなく高かった事に加え、彼が実戦で戦った時に傍らで共に戦った面々が自分達学生武芸者とは実力が違う熟達の武芸者達であったのだろう、という事は。
 如何に学生武芸者だ、小隊戦で戦ったからどの程度の実力があるかという事ぐらい分かるだろう、と言った所で、それまでの固定概念は早々取り払えるものではない。あの時のあのレイフォンの言葉は彼自身の経験に基づいた事実から発せられた言葉だったのだろう、という事は分かるし、従って無闇やたらと非難を行うつもりも、レイフォン個人を責め立てる気もない。
 だが、感情が納得出来ない。
 もし、レイフォン・アルセイフが最初からその本当の実力を見せてくれていたならば。
 もし、レイフォン・アルセイフが故郷グレンダンとツェルニの実力差に最初から気づいてくれていたならば。
 もし、それに伴った観点からの汚染獣への指摘をしてくれていたら――。
 全ては『IF(もしも)』であり、それが既に遅い話である事も、仕方がなかった事も、そして仮にも命をかけた実戦で油断なぞしでかした自分達に一番の責があるのだと分かっていても……それでも一時的にせよ自分の指揮下に入った武芸者から死者を出した、という事は彼の心に重く圧し掛かっていた。
 今でも夢に見る事がある。
 最初の交戦開始時、想像以上の速度で突撃してきた相手に武器を叩きつけ、それが弾かれ、驚愕の表情のまま角に貫かれた光景を。
 周囲の者による集中攻撃でもなかなか落ちず、ようやく幼生体を仕留めて助け出した時には、既に驚愕と恐怖の表情のまま事切れていたあの姿が浮かんでくる。
 そして、それは他の第八、第十四、第十五といった小隊も同じだった。

 これらとは少々趣の異なるのが第十小隊だった。
 彼らの小隊は隊長自身が副隊長の援護を行う形で突っ込むのを得意とする部隊であり、相互援護の大切さはよく理解されている。加えて、副隊長ダルシェナの故郷は割りと頻繁に汚染獣の襲撃を受ける都市である事も幸いした。 
 彼女自身はツェルニに来た当初は弱気な性格であり、都市の重鎮である父親も鍛錬の為に都市の外に出してみようという面があったぐらいだから、直接汚染獣と戦った経験はない。が、念威を通じて目にした事はあるし、父や兄から話を聞いた事も多々ある。
 従って、彼女はディンとも相談した上で部下となった相手にもそう軽々しく、弱いという事は口にしなかった。小隊の面々にも油断は禁物だ、試合は負けても次があるが、汚染獣との戦いはどんなに相手が弱くても一度負ければそれで人生の終わりなのだと相手を侮りかけていた小隊員の気を引き締めた。
 それなら、最初にレイフォンが発言した時点で言ったらどうか、という意見もあるだろうが、彼女も実際に汚染獣と戦った経験はない。相手が実際に汚染獣と戦った経験が豊富というならばその言葉を頭から否定するのはどうかと考えてしまった点もある。
 結果から言えば、このお陰で最初の衝突時にも崩れる事なく戦闘を行う事が出来た。
 その結果として、さすがに重傷者は出たものの、死者は出す事なく終わった。無論、彼らとて幼生体駆逐の最後のあの瞬間は鮮烈なまでの印象を受けた。
 彼らとて、レイフォンに習いに行く事を考えなかった訳ではない。
 だが、反面第十小隊の戦闘に合うかどうか、という事もあった。
 第十小隊の戦闘の要は副隊長の突撃だ。これを隊長が直接その背後についてサポートし、他の者もそれに沿った突撃にて一気呵成に殲滅する。つまりは小隊自体が突破力に優れた小隊であり、裏を返せばそれ以外の応用が利き辛いという事でもある。実際、ダルシェナも攻撃力はともかく、防御や回避は弱い。
 話を聞く限り、レイフォンの提示する訓練は基礎を鍛え直している部分が大きいが、技としては刀や剣、或いはゴルネオを通じての素手といった面が大きい。乱取りという形での底上げも期待は出来るが……戦い方に合わないのならば参加する意義が薄い。そう判断して、第十小隊は不参加を決めた……少なくとも彼らはそう思っている。
 そこにどの程度、第十七小隊の狙撃手への気持ちが混ざっているかは彼らでも分からない。


 生徒会長と武芸長との密談へと場面を戻す。

 「……では、しばらくの間は」

 「ああ」

 ヴァンゼの確認を込めた問いにカリアンは薄く笑って言った。

 「レイフォン君の訓練の有効性を試す意味もある。しばらくは訓練に参加している小隊、参加していない小隊同士の間で試合を組んでみて欲しい」
 

『後書き』
※特に否定意見がなければ、次回からチラシの裏からその他へ移動したいと思います

第十小隊に関しては、オール・オブ・レギオスでのダルシェナへの取材も参考にしています
第十七小隊に入ってからも、レイフォンの訓練方法に理解を示しつつも(実際防御や回避が上がったと第十四小隊隊長のシンやシャーニッドが言ってます)、独自の訓練をする事が多い、とあったのでそうなんじゃないかなーと判断しました

+※誤字修正

※ではレス返しを
>紅月さん
はい、支給された錬金鋼です。レイフォンが全力を込めてしまうと剄に耐え切れず錬金鋼が壊れてしまいますからね……
加えて、本当に大事なものだからこそ、訓練では使わないと判断しました
レストレーションの言葉については、流れが詰まってしまうので、演出としては使う予定ですが、切り替えごとに使う予定はないです

>ぜろぜろわんさん
その結果は第二巻の中にレイフォンがロス家に招待される場面で多少は出る予定です
詳細は次の外伝で……そこに至るまで頑張ります

>doraguさん
はい、フェリさんが上手くなったら、ニーナさんだけそのまんまですね
まだ女の子してるフェリより、格好いいといった方がいいニーナさんですしねえ……気付いた時には結構な差がついてそうです

>どっかの誰かさん
年3~4回、とすると、天剣の出撃回数が余りに少なすぎると思いました
その全てで老生体が襲ってくるとも思えないので、もし、そうだと仮定すると天剣が出撃するべき老生体との遭遇戦は数年に一度ペースが精精という事になってしまいます
従って、頻繁に汚染獣からの襲撃を受けており、老生体が年に何度か、という方向で判断しました
死者に関しては汚染獣との戦いで死者が出ない方が違和感がありましたので……
死者が出ないなら、グレンダンにあんだけ孤児いませんよね
最後に、カリアンだけが犠牲者になったかは……今後をお待ち下さい

>雪見酒さん
はい、自分もそう判断しました
名付きとかも出るという事は、老生体にしてももう少し頻度が高いかもしれませんね



[9004] 指揮官の苦悩
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:37
 ナルキが踏み込み、腕を伸ばす。
 相手を掴もうという動きだが、その動きはそのまま伸ばした腕の手首が掴まれ、相手の体に巻き込まれるように引きこまれる。
 元より掴もうとそちらに勢いがついていた体だ、抵抗も出来ず自然とそちらに体が流れる。泳いだ体は、そのままの勢いで足元が跳ね上げられ、宙に浮く。
 さすがに腕を掴まれた体勢では受身も取れない。
 ぐっと体に力を……入れる前にそのまま掴まれた腕を基点にすっと引かれるようにして、体が引っ張られ、全身が浮いた所で両肩を掴むようにして、すとん、と地面に降ろされた。


 「は~……駄目だね、完敗」

 こうも鮮やかに完全に死に体にされた所から最初の立ち位置へと戻されては何も言えない。

 「これで五戦全敗。う~ん、やっぱりレイとんに勝つのは無理か……」

 分かっていたとはいえ、全然手が届く感じがしない。

 「そうかな……」

 と、困ったように頬を指でかきながら答えるのはレイフォンだ。
 現在は一年の格闘訓練の時間だった。
 最近はレイフォンとナルキ、この二人で組む事が多い、というかそればかりだ。理由は単純で周囲の一年生がレイフォンと組もうとしないからだ。
 もっとも、その理由は大きく分けて三つに分かれている。
 一つは尊敬。
 もう少し細かく分ければ、憧れとか崇拝なんてものも混じってるかもしれないが、基本はレイフォンの強さに憧れを持ち、それ故に自分なんかでは手の届かない存在として組み手を申し込めない者達。
 一つは恐怖。
 一重にレイフォンの力に対して恐れの感情を抱いている者達。余りにレイフォンが自分では太刀打ち出来ない上位の存在故に関わらないよう距離を取る者達、だ。
 最後が憎悪。
 嫉妬とも言うが、自分を遥かに上回る存在に対して、妬み嫉み僻み……色々だが、負の感情のごちゃ混ぜ、というのが一番か。
 これで相手がもっと弱ければいじめであったり、集団でからんだりといった行動に出るのかもしれないが、何しろ相手が相手だ。ちょっかいかけた所で返り討ちに合うのが関の山。しかも、下手に動けば最近では生徒会まで敵に回しかねないと分かってきて、仕方なく距離を取って極力関わらないようにしている者達だ。
 武芸者という集団故に一番最初のグループが一番多いのが幸いだが、余り気持ちのいいものではない。実際その余波を受けているナルキなどは少々居心地が悪い。
 もっとも、レイフォンにしてみれば、気にする程の事でもない。 
 グレンダンでもそうだったのだ。いや、もっと酷かった。ガハルド・バレーンは代表的な例ではあったが、十歳というグレンダン史上に残る最年少記録で天剣授受者となった事で、尊敬だけでなく恐怖や妬み嫉みも向けられ……何時頃からだろうか、そうした感情に対して無反応になった。気にしてもキリがなかったし、如何に負の感情があろうとも、グレンダンで天剣授受者に手を出そうと考えるような相手もいなかった。
 それだけに陰に篭った視線や気配に晒されていた身としては、この程度など意識を向ける必要すら感じない。
 ちらり、と近づいてこない集団に視線を向けて、ナルキが溜息をついた。

 「やれやれ、折角の訓練、折角強い相手と組み手出来るチャンスだってのに……」

 それはナルキの本心からだったし、周囲も反対意見はなかったろうが、当の本人はというと。

 「いや、僕余り組み手得意じゃないから」

 と、平然と答えていた。
 じろり、とナルキがレイフォンを見やる。

 「……あんだけ出来て、それで得意じゃないとか言われると凹むな……」

 本心から言っていると分かるだけに、文句も言いづらいし。
 まあ、実際の所レイフォンの基準が無闇矢鱈と高いのだろう、という事は想像がつく。
 実の所、レイフォンの組み手というか格闘の基準、というか自分のそれと比べている対象はサヴァリスだ。それは確かに彼と比べれば組み手というか格闘戦が得意とは言えまい。どう考えても比べる相手が間違っているが。

 「そういえば……レイとん、先日は残念だったな」

 「先日?」

 と首を傾げて、小隊戦の事と思い当たり、ああ、と頷く。
 そう、第十七小隊は第十四小隊に敗北を喫したのだった。


 『第十七小隊、敗れました―――――――!』

 アナウンサーが叫んでいるが、余り予想外だと騒いでいる雰囲気は生徒からはしない。
 「まあ、ある意味予想通りの光景、って所かな」

 「そうだな、純粋に手が足りんな」

 カリアンとヴァンゼの呟きもそれを肯定するものだった。
 小隊戦に措いて、レイフォンの扱いはどちらかというとトラップに近いものがある。
 事前に発表されている制限として、レイフォンは自身に向けられた数次第でどう対応するを決められている。
 つまり、相手が一人なら瞬殺していいが二人相手ならこれだけ時間をかけるように、という具合だ。無論中には逆にレイフォンが撃破扱いにされる人数も設定されている。こうでもしないと、そもそも試合にならないのだから仕方がない。
 ただし、何人で攻撃すればどれだけ時間が稼げる、何人で攻撃すれば撃破出来る、といった点は公表されていない。噂では毎試合ごとに変動する、という話もあるが、案外可能性は高いのでは……というもっぱらの話で、幾つかの雑誌などが真相を探っている。

 「レイフォン君も戸惑った部分があったかな」

 「そうだな、次回からは敵味方双方共に何らかの対策も練れそうだが……ただ、問題は」

 「ニーナ・アントークだね」

 今回、攻撃側となった第十四小隊が取った策は極めて単純だ。
 防衛側である第十七小隊は構成四名、第十四小隊は七名。この人数差を生かした。
 双方とも一人ずつ念威操者がいるが、それを省くと戦闘要員は三対六と倍になる。
 この六名中三名をレイフォンに当て、シン自身はニーナを抑える。残る遠距離支援を行う両名を戦場の両サイドからそれぞれフラッグに迫らせる。
 片方は案の定シャーニッドが抑えたが、さしものシャーニッドも戦闘をこなしながら、戦場の反対側を進むもう片方には手が出る筈もなく、結局第十七小隊全員が動きを拘束される中、フラッグが撃ち抜かれたのだった。

 「第十四小隊のシンは以前アントーク君が世話になった隊長だ。自分の成長を見せたかったというのはあるだろうが……」

 「自分と彼の一騎打ちに夢中になって、指示を出し忘れるというのは論外だな」

 自身が手が埋まると分かっていたなら、別の者に指揮を委譲しておくべきだった。実際、シンはそうしていた。

 「……未熟、と言えばそうなんだろうが」

 「副隊長経験も何もなしで、隊長職、というのはあると思うが、それだけとも言えんな……」

 もちろん小隊の隊長なのだから、それなりの強さは求められる。
 だが、それ以上に隊長に求められるのは戦闘指揮だ。
 戦争、武芸大会、汚染獣戦、どの戦いもそうだが、装備や人数など戦略面に関わる事を担当するのは都市上層部になる。ツェルニで言えば生徒会だ。
 これに対して、実際の戦闘の現場、戦術面を担当するのが小隊となる。
 武芸長ヴァンゼを総司令官とし、各小隊隊長がその指揮下における部隊長として行動するだけに、指揮下にある武芸者を統率し、指揮を下すのは小隊長の義務だ。

 「……いずれにせよ、現状ではニーナ・アントークに大規模部隊の指揮は任せられないね」


 ニーナ・アントークは落ち込んでいた。
 無論原因は自身の失策だ。
 レイフォンは事前に決められていたルールに則った戦闘を行い、戦闘要員の半数を拘束していた。本気を出せば、とは言えない。何しろそう決められていたのだし、実際自分も『確かにレイフォンが全力を出しては試合が試合にならない』と思えるからだ。
 シャーニッドも奮闘していた。実際、敵との読み合いを見事に制し、敵の狙撃を封じ、最後は一瞬の時間差で見事に一人仕留めた。こちらも何も言う事はない。見事なものだ。
 フェリはきっちりと高精度の念威を送ってくれていた。
 相変わらず試合に対する熱意は感じられないが、やる事はきっちりやっているのだからこれも文句を言う筋合いではない。
 問題は自分だ。
 改めて念威で伝えられていた第十四小隊の動きを考えてみれば、相手の狙いは一目瞭然だった。それなら自分が指示を出さねばならなかった。何が出来たかはさておき、対処を考えねばならなかった。
 だが、自分は何をしていただろうか。
 最初の段階でシンと戦いたい旨を皆に伝えていた。おして勝負に夢中になった挙句、他の事が頭からすっかり抜け落ちていた。……だが果たして自分がシン・カイハーンと戦う意味はあったのだろうか?
 レイフォンへの制限は人数による。つまり、相手が強い弱いは現状関係ない。ならばまずレイフォンが先陣を切って移動する事でシンを含めた敵側の強いメンバーを拘束し、自分が相手の中で比較的弱い者を相手にしていれば……?一人でも落としていれば、その後の試合の内容も変わったのではなかろうか?
 弱い相手を選んで自分が戦う、という事は武芸者としては余り誉められた事ではないかもしれない。だが、指揮官として見たならば、正当な手段だ。要は双方の主力同士による膠着状態が起きている間に、敵側の一部隊を特殊部隊でも予備でも呼び方は何でもいいが、別働隊が撃破して、そのまま敵別働隊に備える、という方法だからだ。
 だが、自分はそんな事を考えもせず、ただ感情に任せて突進した挙句、肝心要の事を忘れ果てていた。
 強さに措いてはレイフォンに到底敵わない。
 隊長としてはまだ未熟。
 ……ならば私の存在意義とはなんだ?

 「……隊長?」

 レイフォンの声ではっと気付く。

 「あ、ああ、すまない。今日はもう上がってくれていい」

 「え?あ、はあ」

 何時もの隊長ならば何故敗戦したのか、ミーティングに燃えていてもおかしくないのに……そんな疑念は隊の誰にもあったし、シャーニッドは『何か調子狂うな』という様子だったが、ニーナはそれにさえ気付かず、悩み続けていた。


 「あれから、隊長結構悩んでるみたいなんだよね」

 「へえ……そうなんだ」

 前回の小隊戦だけ見れば、そう悩む必要も感じないのだが。
 実際、現状第十七小隊最大の問題は人数不足だ。
 これが攻撃側ならばまだ、いい。だが、防御側に回ると今後も防衛に回す人数が足りない、という問題はどの小隊相手でも出てくる事になるだろう。作戦で補うにしても、それは一時凌ぎだ。古来より戦闘の王道は『相手より多数の兵力を揃える』のが基本だ。少数が多数を撃破する、そんな戦闘を評価する人もいるだろうが、結局それは一戦二戦ならばともかく常にそうあれ、というのは邪道だ。
 所詮奇策は奇策に過ぎない。
 そうすると、案外隊長さんの悩んでいる理由はどうやって人数不足を解消するか、という事かとあたりをつける。
 第十七小隊は不足する小隊メンバーを補充する事が難しい。
 新たに作られた小隊だけあって、目ぼしい人材は大体他の小隊が確保している。それでも上級生にはそれなりに小隊員になれそうな人材もいるのだが、隊長であるニーナは三年生だ。これがレイフォン並に隔絶した実力者というならまだしも、ニーナでは自分達とそう極端なまでの大差がある訳ではない。まあ、確かに実力はあるが、だからといって年下の配下にすんなりと入れるか、と言うと……なかなか悩み所だ。
 かといって、同級生以下にこれぞ、という人材は見当たらない。
 作戦指揮や強さに対する疑問、といった悩み以外では案外的を射ている。実際、こちらも悩み所なのは事実なのだ。

 「レイとんはそのあたりどう思う?」

 「え?僕?うーん……どうしよっか?」

 「いや、こちらに返されてもな…」

 この男に戦闘以外の事に関してアテにしてはいけない、という事を悟るにはもう少し時間がかかりそうだった。


 そんな事を話している二人にかけられる声があった。

 「あの……少しいいかな?」

 ん?と二人して声が掛けられた方へ振り向く。そこには……。

 「先輩方?何か用でしょうか?」

 三人の三年生が立っていた。


『後書き』
チラシ裏から移転です
原作とは多少時系列が違いますが、そのあたりはご勘弁を




[9004] 歩む者、迷う者、そして蠢く世界
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:40
 「勝負してもらいたいんだが……構わないだろうか?」

 レイフォンによる訓練が行われる特設鍛錬室、通称アルセイフ道場は現在小隊員のみが参加している。
 が、小隊員でない者にも参加する資格を得る方法はある。それがレイフォンに勝負を挑んで認めてもらう事だ。どうやらこの三年生、合同授業な事から挑戦してみる事にしたらしい。

 「いいですよ、それで一人ずつですか?それとも……」

 「……三人同時で頼む」

 どのみち三人でかかろうが、一人でかかろうが結果は同じかもしれないが、少なくとも力を見せる、という意味ではまだ三人同時の方が一瞬で力を見せる間もなく、という事態は避けられると考えたらしい。


 「……んでどうなったんだよ」

 放課後、錬武館で、シャーニッドがレイフォンに尋ねる。道場とはまた別だ。各小隊ごとの訓練というのも必要なので、三日に一度はこうして各小隊ごとの訓練も行われている。

 「失格ですね」

 この辺、武芸に関してはレイフォンも容赦ない。

 「三人同時に、と言ってもコンビネーションがガタガタでした。あれでは一対三ではなく、一対一が三回、です」

 これまでまともにコンビを組んだ事も、鍛錬した事もなかったのだろう、とレイフォンは言う。要はレイフォンの道場に参加する為に今回に限り急遽組んだ連中だったらしい。おそらく、第十六小隊、第十四小隊戦でレイフォンが三人相手ならば一応手間取ってる様子を演じた事から、三人相手ならそういう対処をしてくれると勝手に思い込んだらしい。
 もちろん、第十六小隊の時はともかく、第十四小隊の時は生徒会から正式発表された通り、事前に決められた通りの対応を取っただけなのだが。
 それを忘れたかのように向かってきた彼らは無策で突っ込み、瞬時に上方へ飛んだレイフォンを見失った。
 そのまま飛び上がったレイフォンは天井を蹴って今度は下方へ。
 音に気付いて彼らが上を向いた時には既にレイフォンは背後に立っていた。後はどうなったかなど言うまでもない。

 「あの時、彼らは全員同時に前から突っ込んできました。もし、彼らがコンビを本気で組んでいたなら、少し時間差をつけるべきだったんですよ」

 そうすれば、レイフォンの着地は前と後ろの間になり、いきなり背後に立たれる、という事はなかった筈だった。そもそもレイフォンは彼らをぶちのめすのが目的ではなかったのだから。あくまで彼らの技量というかやる気というか……力を見たかった訳だから、あんな無策に突っ込まれては「道場に入れてください」と言われても「No」としか言いようがない。
 そう言われてはシャーニッドとしても「成る程ねえ」としか言いようがない。
 まあ、ナルキから頼まれた話に関しては、別に断る理由もなかったので了承したのだが。

 
 そこへハーレイが入ってきた。

 「ああ、いたいた」

 「お、例の物出来たか?」

 シャーニッドの質問に頷くと、ハーレイは二本の錬金鋼を取り出す。

 「注文通りに黒鋼錬金鋼で作りましたけど、やっぱり剄の伝導率が悪いから射程は落ちますよ」

 「構わね。こいつで狙撃する気なんて更々ないしな。周囲十メルの敵に外れさえしなけりゃ問題ない」

 そう言われつつ復元された錬金鋼を見て、思わずレイフォンは呟いた。
 「ごついですね」、と。
 実際、その銃は無骨だった。
 普段シャーニッドが用いている軽金錬金鋼のものとは明らかに違う。銃身は分厚く、上下は尖っている。銃口の付近にも突起があり、柄部分の内側には鉄環の防護がついていて、打撃を前提としているとしか思えないような作りになっている。
 それを見ていて、ふと気付いたレイフォンは言った。

 「銃衝術ですか?」

 銃を使った格闘術。確かに銃は遠距離戦では圧倒的に優位な反面、接近戦に入るとナイフや短い剣に大きく劣る。それをカバーする為に生み出されたのが銃衝術だ。

 「へえ、さすがグレンダン。よく知ってるな」

 「や、グレンダンでも知ってる人は少ないと思いますけど……」

 銃衝術ってなんだい?と問うてくるハーレイには銃を使った格闘術だと説明する。

 「ま、こんなの使うのは格好つけたがりの馬鹿か、相当な達人のどっちかだろうけどな。……ちなみに俺は馬鹿の方な」

 そう言ってニヤリと笑うシャーニッドを前に、レイフォンは達人の方を思い出していた。
 天剣授受者の一人、バーメリン・スワッティス・ノルネ。天剣授受者の中で唯一の銃使いであり(最も現在の天剣はレイフォンが剣から刀に戻した事もあり、全員が武器の種類が違うのだが)、また銃という武器の性質上、少々他の天剣とは武器の扱いが異なり、通常の錬金鋼からなる銃も多数身につけている。正に歩く武器庫とでも言うべき女性だ、同時に極度の綺麗好きでもあるが。

 
 「ところでさ……やっぱり……貸してもらう訳にはいかないかな?」

 困ったような顔で頼んでくるハーレイに、さすがにちょっと、と断る。
 先だって、天剣の整備を頼んでから、大体ハーレイはこの調子だ。
 さすがに物が物なので、この整備の時はレイフォン自身も場に立ち会ったが、その時のハーレイとその時初めて会った同室の研究者キリク・セロンの二人は瞬く間に天剣に惚れこんでしまった、と言っても過言ではない。
 これに関しては無理もない、としか言いようがない。
 いずれの錬金鋼にも特徴がある。白金は剄の伝導率は高いが、他と比べるとやや脆い、という具合だ。逆に黒鋼はひたすらに頑丈だが、剄の伝導率が悪い。
 しかし、天剣は違う。
 白金、黒鋼、青石、紅玉、碧宝、鋼鉄、軽金に通常の錬金鋼とは異なる念威操者専用の重晶……その全てを併せ持っているのが天剣だ。如何なる武芸者が天剣に就こうとも、好きなように調整出来る。加えて、剄の保有量に限界がない。天剣授受者になる条件の一つに、通常の錬金鋼では受けきれない程の剄の保有量というのがある。そういう意味では、この天剣があって初めて彼らはその本来の力を全力で発揮出来るといえる。
 彼らは協同研究の一環として新素材の開発を行っており、現在研究中の複合錬金鋼は正に複数の錬金鋼の性質を併せ持つ錬金鋼、という代物だ。そこへいわば究極の完成形が目の前に示されたのだ。これで興味を惹かれなければ、研究者ではあるまい。
 が、さすがにグレンダン秘奥の錬金鋼だ。レイフォンとしても、現状でお好きにどうぞ、とは言えない。後で女王にしばかれるのは勘弁して欲しい所だし。
 ハーレイとしても、キリクにしても、グレンダン秘奥の錬金鋼であり、グレンダンにも十二本しかない王家管理の錬金鋼と説明すると、それならやむをえない、と納得はしてくれた。納得はしたが、矢張り興味は失せないらしく、何とか少しの間でもいいから調べられないかと思って、時折ダメ元で頼んでくる。まあ、整備を頼んだ際に黙って調べたりしないのは彼らなりの理念からなのだろう。

 「そうかあ」

 と今回も溜息をついて、終わり。まあ、彼らは彼らで調べられないのは残念がってはいるものの、究極の完成形が示された事で『目指せ天剣』を合言葉に相当燃えているらしい。


 「……遅れました」

 そう言って入ってきたのはフェリだ。

 「お、フェリちゃんも来たな。後は……ニーナだけか」

 「珍しいですね」

 生真面目なニーナは大抵一番に来て準備している。それが稽古の時間を迎えて未だ来ていない等、レイフォンが初めてここに来て以来初の事ではなかろうか。

 「ああ、皆揃っていたか」

 そんな事を考えていると、ニーナが扉を開けて入ってきた。

 「遅いぜ、ニーナ」

 シャーニッドが欠伸を噛み殺しながら答える。ちなみにシャーニッドがニーナを隊長と呼ばないのは彼女が彼より下級生だからだ。
 その一方でレイフォンは内心首を傾げていた。何か違和感があったからだ。「調べ物をしていたら、時間がかかってしまった」、そう言いながらこちらへやって来るニーナの腰に下げられた錬金鋼の音、それが何時もと違う感覚を伝えてくる。それはすなわち、ニーナの歩き方が普段と異なる、という事だ。
 先だっての試合で何処か痛めたのだろうか?だが、彼女にどこかを庇うような様子は見られない。
 訓練場の真ん中にやって来たニーナは小隊の皆を見回しながら言った。

 「今日は遅くなったので、もう訓練はいい」

 「「「は?」」」

 男三人揃って思わず声を上げてしまった。フェリでさえ大きく目を見開いて驚きを示している。

 「そりゃまたどうして?」

 年長者という事で代表する形でシャーニッドが尋ねた。

 「訓練メニューの変更を考えていてな、今日はそれを詰めたい」

 「へえ……」

 先だっての小隊戦で何かしら思う所があったのだろうか。
 個人での訓練は好きにしてもらって構わない、と言い残して立ち去るニーナの背を見送りながら、矢張り錬金鋼の音に何かしら不安を感じるレイフォンだった。

 
 とはいえ、これ以上する事はない。 
 普段試合で使用している鋼鉄錬金鋼の調整もニーナが来るのが遅かった為に既に済んでいる。
 自分も帰るか、と思った時、フェリから声が掛けられた。

 「フォンフォン、ちょっといいですか」

 「え?何でしょうか」

 ちなみにこのあだ名、フェリせんぱ……フェリは平然と皆の前で言うものだから、最初はシャーニッド先輩には大笑いされたし、ニーナ先輩からは「まあ……人それぞれだしな」と微妙な顔で言われた。とはいえ、人は慣れるもので、今では誰も気にしない。

 「ちょっと付き合って欲しいのですが」

 「おお?フェリちゃんデートのお誘いかあ?」

 耳ざとく聞きつけたのだろう、シャーニッドがフェリをからかう。

 「……そういう話ではありません。兄がレイフォンに話があるそうです」

 ちょっと顔が赤いのは気のせいだろう。
 しかし、フェリのお兄さんという事は……生徒会長?うわあ、という顔になるレイフォン。まあ、気持ちは分からないでもない。海千山千の学生にして熟練の政治家としての貫禄を漂わせる、そしてそれだけの実力を持つカリアン相手だ。
 まあ、別に弱みを握られているとか言う訳ではないが、武芸者とはまた異なった迫力のある相手だ。余り楽しい話題が出てくるとも思えない事もある……が、彼が話がある、というからには何かしら重要な案件である可能性がある。
 という訳で行かない、という選択肢はそもそも存在しなかった。

 帰り道の途中で、フェリが色々と食材を買い込み、フェリの寮へと着いた。
 その立派さには溜息をつくしかない。
 レイフォンも別にこんな家に住もうと思えば住めるだろう。天剣授受者に与えられる報奨金は孤児全ての生活を賄おうというならば到底足りないが、自分ともう一人ぐらいなら結構いい生活が可能だ。実際天剣授受者の一人、ルイメイは立派な屋敷を構えているし、カルヴァーンも屋敷と共に道場を構えている。
 レイフォンも一年間貯めていただけに、その気になればリーリンと二人で結構優雅な生活、というのも可能だったのだが……生憎二人ともそんな生活をしようという考え自体が思い浮かばなかった。貧乏性と言ってしまえばその通りなのだが、二人とも幼少時よりの節約の心構えが身に染み付いている。
 広々としたキッチンは殆ど使った形跡は……一杯あった。

 「フェリは普段料理してるんですか?」

 「……ええ、リーリンやメイシェンと」

 へえ、と声を上げるレイフォン。包丁の音は多少危なっかしい所はあるものの、トントントン、とリズミカルな音を立てている。しばらく居間で待っていると、カリアンが帰ってきた。

 「やあ、待たせたかな?」

 「いえ」

 そんな短い会話を交わしたカリアンとレイフォンだったが台所から響く音にカリアンがぎょっとした表情を浮かべた。

 「……台所には誰が?」

 「え?フェリ…先輩ですけど」

 レイフォンがさすがに拙いかと先輩の言葉を付け加えたのにも気付いた様子はなく、カリアンはそっと台所の様子を伺い、そこに妹の姿を見つけ、血の気が引いたが、それでも覚悟を決めた表情で戻ってきた。

 「すまないね、どこか食事に行こうと思っていたのだが……」

 青褪めた会長の様子にどこか悪いのだろうか、と内心首を捻ったレイフォンだった。


 「食事の後にしようかと思ったのだが、先に見てもらった方がいいだろう」

 そう言って、カリアンは幾枚かの写真を取り出す。そこへフェリが料理を持って、やって来た。

 「兄さん?何ですか、それは」

 「……先だっての反省から、無人探査機を飛ばしてね。その内の一つが発見したものだ」

 機械式で念威操者は関わっていないらしい。画像はかなり荒いものだった。大気中の汚染物質の為に無線通信はかなりの阻害を受ける。何とかなるのは念威ぐらいなのが現在の世界の有り様だった。

 「これはツェルニの進行方向500キルメル程のところだ」

 そう言って、山肌をなぞると、後は沈黙した。余計な先入観を持って、レイフォンの判断を迷わせたくないのだろう。フェリも今は黙って様子を見ている。
 しばらく黙って写真を眺めていたレイフォンは顔を上げるとカリアンの顔を見て告げた。

 「ご懸念の通りかと」

 「フォンフォン?」

 どういう事か、と確認するようにフェリが尋ねる。カリアンは妹のレイフォンの呼び方に一瞬ピクリと眉を動かしたが、今は言うべきではないと判断したらしく何も言わなかった。そして、レイフォンはこの場で唯一意味が分からないでいるフェリへと告げた。 

 「汚染獣ですよ」

『後書き』
さて、フェリはまともなご飯を作れるようになったのか
それはまた次回にて



[9004] 準備と日常
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/01/14 01:58
 汚染獣。
 前回ツェルニを襲ったそれは幼生体と呼ばれる種類だった。だが……。

 「今回のこの影……もう少しはっきりした映像があればいいんですが……見た限りでは一期や二期と言えるものではなさそうです」
 汚染獣は脱皮するごとに強くなる。そして……。

 「場合によっては老生体という可能性もあるかもしれません」

 「老生体?」

 初めて聞く言葉にカリアンは首は傾げる。一方、道場での汚染獣に関する学習で聞いた事があったフェリは息を呑む。
 道場では大きく分けると、基礎訓練、剄技鍛錬、連携などの純粋な戦闘、経験に基づいた念威や剄の注意事項等の他に、汚染獣についての知識も教えている。まあ、これは元々はヴァンゼらからの『汚染獣とは他にどんな種類がいるのか』という問いかけから始まった事なのだが。

 「老生体ですか……確か繁殖を放棄した最強の汚染獣でしたね」

 フェリの言葉にカリアンも厳しい表情となる。

 「……念の為に聞きたいが、もし通常のレベルの都市がその……老生体とやらと戦った場合、どうなる?」

 「そうですね……都市が半滅するのを覚悟すれば倒せるかもしれない、そういう相手です」

 レイフォンの言葉に難しい顔でカリアンは考え込む。

 「でも、本当に気をつけるべきは老生体の二期からです、一期まではそれまでと同じ方法で対処出来る」

 「というと?」

 どういう意味かと目で問いかけるカリアンにレイフォンは告げる。老生体は二期以降は姿形も個別にそれぞれが全く異なる姿へと変異するのだと、ただ単なる物理的攻撃以外、精神攻撃といった方法も使うようになるのだと。

 「以前に老生六期とやりあった際には、天剣授受者が三人がかりで仕留めるのに三日かかりました、それが老生体です」

 超絶的な力を持つ天剣授受者をしてそれだけの極限戦闘を要求される、それが老生体なのだ。

 「しかし、何故ツェルニは回避しようとしないのだろう?」

 「……脱皮する為に汚染獣は休眠状態に入ります。こうなった際の汚染獣はほぼ仮死状態になりますから、おそらくツェルニは気付いていないか、死んでいると判断しているんでしょう」

 
 重苦しい雰囲気となった場を切り替えるようにフェリの言葉が響く。

 「……まだ確定した訳ではありません」

 「……そうだね、だが、常に最悪を考えて行動すべきなのも確かでね」

 フェリの言葉に乗るようにカリアンが言葉を紡ぐ。
 それは両方とも真実。
 現在手元にあるのは不確実な写真のみ。もう少し詳細な情報を集める必要があるだろう。その結果として見間違いだった、となればそれは最高の話だが、常に最悪を考えておくのが都市行政責任者の仕事だ。最悪を考えておけば、それよりマシな事態には対処がより容易になる。

 「まあ、老生体と一口に言っても本当に姿形が全く異なるので相性や相手の能力次第ですよ」

 レイフォンが緊張した場を宥める為にそう付け加える。実際、一対一で十分対応可能な、むしろ雄性体より脆弱な老生体もまた存在するのも事実だからだ。
 そう聞かされて、少し緊張を緩めたような顔になるカリアン。無論、本当に気を抜いたとは思えないが、それでもこの辺りは未熟な生徒達を相手にしてきた政治家カリアンらしい気配りと言えるだろう。

 「とりあえず食事にしましょう」

 そのフェリの言葉で再び表情が強張ってしまったが。

 「……兄さん?」

 その様子に少々不機嫌そうな様子を見せるフェリに、「いや、何でもないよ」と瞬時にして何時もの笑顔を見せるカリアンと不思議そうに首を傾げるレイフォンがいた。


 さて、本日の献立は余り奇をてらったものではない。
 鶏肉のクリームシチュー、オリジナルマヨネーズを用いたサラダ、芋と肉の揚げ物、それに買ってきたパン、といった具合だ。見た目は野菜の切り方などが不揃いではあるが、悪くはない。
 真剣な表情で料理を見詰めるカリアンとは別に、レイフォンはそのあたり淡々としたものだ。フェリに合わせて普通に食器を用意し、席につく。

 「「いただきます」」

 「……いただこう」

 ごく無造作に口にする二人と、覚悟を決めて口にした一人なのは経験故か。
 だが……。
 カリアンもまた一口口に入れた後は眼を見張って、ほっとした様子で食事を続けた。

 「……フォンフォン、どうですか?」

 「え?美味しいですよ?」

 その言葉にフェリもほっとした様子になる。
 良かった、それでこそミィフィやナルキ、或いは某ニーナとか某シャーニッドとか某ハーレイとか某ゴルネオとかの犠牲も報われるというものだ。無論、カリアンが一度ならず犠牲となったのは、これはもう一緒に住んでいるフェリにとって一番手頃な相手だけに仕方ない。
 
 翌日は更に詳細が詰められた。今度はカリアンだけでなく、ヴァンゼや各科の責任者といったメンバーも加えての話だ。
 フェリが不機嫌そうな顔でここにいるのは、実地研修を取り止めとして参加を要請された為だ。これはツェルニで最も優れた念威操者であるのがフェリである以上、老生体との戦いは彼女の念威によるサポートが最善と判断された為だった。まあ、それでも状況を理解して、不機嫌ではあっても特に文句を言わずに会議に参加するだけ随分とマシなのだが。

 「とりあえず、迎撃戦の際は小隊戦は一時中断だな」

 ヴァンゼがそう言った。
 これは当然の話で、レイフォンが抜けるとなると当然第十七小隊は勝ち目はまずない。ただでさえ人数が少ないのだ。小隊戦が各小隊の力量を見るという目的がある以上、都市の為に汚染獣との戦いに赴いているというのに不戦敗なりの結果では問題があるだろう。とはいえ下手に汚染獣に接近中という警報を出すのも問題なので、小隊員のみに真相を伝えると共に表向きは試合会場のシステムに不具合が見つかったとして一時延期とする形になる。無論並行して最悪の場合の避難と迎撃の体制は整えておく。全て上手くいけば戦闘終了後に実情を発表する事になるだろう、後は。

 「メンバーとしてはレイフォンと後はゴルネオとシャーニッド、後は医療担当という所が限界か」

 ランドローラーでは合計四名が向かう事になる。
 当初は反対したレイフォンだったが、カリアンからきちんと理詰めで説明されて諦めた。
 考えてみれば当然の話で、戦闘中はランドローラーの事など考えている余裕等ない。下手をすれば、戦闘中に巻き込まれて壊れる危険もある。そして、壊れてしまえば都市へと戻れなくなる危険が出てくる。如何にレイフォンがその気になればランドローダーより速く走れると言っても、激しい戦闘の後で、しかも長距離となると、それは無茶だ。
 更に場合によっては、勝ったはいいが運転が困難な負傷をしている、という可能性もある。そこで、現場までレイフォンを運び、その後退避を行う役兼纏め役としてゴルネオを、いざという時の援護役としてシャーニッドを、更に戦闘終了時負傷していた際の治療を考えて医療班から一名という構成となった。
 ゴルネオを選んだのはレイフォンを除けば唯一幼生体以外の汚染獣との戦いを(実際に戦った経験はないにせよ)見た事がある為、シャーニッドを選んだのはツェルニでも有数の狙撃手であると同時にレイフォンとの連携に最も慣れている為だ。まあ、ゴルネオにせよシャーニッドにせよ自分らの一撃がまともにやって効くとも思えないので、手を出さずに済めばそれが一番なのだが。二人共、或いは緊張で引き締まった顔で、或いは何時もと変わらぬ飄々とした態度で了承した。第十七小隊に関わる事態という事でニーナもこの場にいたが、彼女は都市へと残る。本人は自分も行きたそうな様子だったが、正直行ったとしても何も出来ないだろう、と断念した様子だった。その際に見せた不安定な様子がレイフォンには気になったが。
 本当ならヴァンゼも自分で行きたかったらしいが、さすがにもしレイフォンが敗れた場合、汚染獣を迎撃する総指揮を執らねばならないので断念した。もし、その場合、敵うとも思えないが、だからといって何もしない訳にはいかないし、レイフォンとの戦いで汚染獣が傷ついていれば、勝ち目がゼロという訳でも、ひょっとしたら、ない、かもしれないという気休めに似た希望的観測もある。もし、そうなった場合は隊の半数が不在の第十七小隊が臨時に第十四小隊に組み込まれる事も決定した。これは、ニーナ一人だけならば以前に所属していた小隊の方がまだ連携もつけやすいだろう、というのがある。
 まあ、レイフォンが勝ってくれるのが一番なのだが。ちなみにフェリは同行せず、ツェルニからレイフォンをサポートする事になる。


 さて、その晩の事。
 レイフォンは街の一角、外部の者が泊まる宿泊施設に赴いていた。
 現在最優先事項はその後の探査機から得られた追加情報でほぼ確定となった汚染獣戦だ。その為に関係各部署は懸命に動いている。
 カリアンら生徒会は普段の仕事に加えて、必要な書類と予算の準備を。
 錬金科からはレイフォンの錬金鋼の整備に加えて、一部使えそうな計画があれば今回は間に合わないにせよ今後を考えてそうした装備の実用化を。
 機械科はランドローラーの整備他を。
 技術科は戦闘に耐えうる汚染物質遮断スーツの調整を。
 医療科は随伴する生徒の決定と持ち込む装備の支度を。
 各自がなすべき事をなしていく。
 その一方で、日常を止める訳にはいかない。
 下手に生徒に動揺を与えて混乱を引き起こさない為にも普通に動かねばならないし、加えて放置しておく訳にはいかない事柄も多い。今回レイフォンが出向いたのもそうした事の一つ。
 都市警察の手伝いだった。


 「いやあ、すまんな」

 そう言ってレイフォンを迎えたのはフォーメッド・ガレン。ナルキの直属の上司であり、養殖科の五年生である。とっつきにくそうな顔ではあるが、根は悪くなさそうだ。
 今回の出動では碧壇都市ルルグライフに籍を置く流通企業ヴィネスレイフ社のキャラバンが相手となる。
 彼らは二週間程前にツェルニを訪れ、各種データを売りに来た。無論ツェルニからも各種のデータを売っている。ここまでは通常の商売の範疇だ。だが……。

 「連中の目的は普通のデータ売買じゃなかった」

 一週間前の事だ。農業科の研究室が荒らされ、未発表の新種作物の遺伝子配列表が盗まれたという。

 「学園都市連盟での発表前の、これは立派な連盟法違反だ」

 監視システムも沈黙させられていたが、目撃者がいた。
 如何に機械は誤魔化せても、生の人間の目は誤魔化せない。

 「今晩、うちの交渉人が宿泊施設に赴く」

 その上で、盗んだデータの返還とデータコピーによる不正持ち出しを防ぐ為にデータ系統の商品と所持品の全没収を宣言するという。通常ならこれで上手くいく。都市は放浪バスでもない限りは閉鎖された場所であり、犯罪者が都市外の異邦人と来ては匿ってくれる相手も逃げ場所もある筈がない。
 たいていは下手に抵抗して、死刑や都市外への強制退去……剥き出しの地面に投げ出されるよりは無駄な抵抗をせず、都市警の指示に従う事になる。二度とその都市に近づかなければ罪は消えてなくなるのがこの世界なのだから。問題は……。

 「本来ならば、これでうまくいくんだが、最悪のタイミングで放浪バスがやって来た」

 整備補給や手続きで、管理の者と連携して時間稼ぎをしたが、明日の早朝には出発するという。
 退路があるとなれば、明日朝まで粘れば、盗んだデータを持ったままツェルニを脱出出来る道があるとなれば、向こうとしても力尽くでの突破を図る可能性は高いだろう。

 「今夜が勝負ですね」

 「ああ、目撃者の発見がもう少し早ければもう少しは余裕があったと思うんだが……問題は実力行使になった場合の向こうの戦力だ」

 こんな事をやらかすぐらいだ、向こうに武芸者が零という事は絶対にないだろう。
 そして、対人戦となれば、小隊戦で経験を積んでいる小隊員の方がいいのは当然の話だ。一般の学生武芸者より腕がいい者が小隊員になる事でもあるし。そうした中でも最強と謳われるレイフォンが協力を求められたのは当然の話だろう。都市警に彼の友人がいるとなれば尚更の事。

 「頼んだぞ、ツェルニのエース」

 フォーメッドがにやりと笑って、レイフォンの肩を叩いた。 
 

『後書き』
幾等レイフォンが強いって言っても、矢張り到着までの体力の温存とか戦闘終了後を考えると多少のサポートは必要だと思うんですよ
それに、生徒達に不安を持たせたくないからって小隊戦で不戦敗ってのもなしだと思うんですよねー……命がけで戦ってる時にそりゃないだろう、と
実際、もしレイフォンが敗北したら老生体とツェルニの武芸者は戦わないといけなくなる訳で……生徒の避難と合わせてその準備はしておかんと拙いでしょう、さすがに。勝てないにしても黙って喰われたりする訳にはいかん以上、その時になってから慌てても、ねえ



[9004] 届かぬ者の苦悩
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/06/16 11:31
 今回の都市警察への協力要請はナルキから割かし素直に全容が語られていた。
 これが何も知らない一年生、という事だけならばフォーメッドとしても便利に使い倒す、というような事を考えたかもしれないが、生憎相手は現在ツェルニ最強の呼び名も高い怪物新入生。ならば、下手に小細工をするよりも、正面突破と判断し、事情を全て説明した上で協力を求めた次第だった。
 とはいえ、ナルキには知らない事や説明し忘れた事も案外あったので、細かな説明は現場でフォーメッドが補足した次第だが。
 結局、予想通りというべきか、交渉は破綻した。
 宿泊施設の扉を突き破って怪我をした交渉役の二人も転がり出てきた。それについてくるかのように、五人が悠然と姿を現す。
 その五人のいずれもが剄の輝きを身に纏っている。ぱっと見た所、それなりの手練。
 宿泊施設を囲む機動隊員からもまた五人が前に出る。
 泥棒となった企業社員の五人はそれぞれに錬金鋼を取り出す。それらは剣であったり、槍であったり、曲刃であったりといずれも近接型の武器。これに対して、機動隊員の武器はいずれも非殺傷設定の打棒。本来ならば、刃を持つ武器で人を傷つけた事のある側と、人死にのない戦いを経験してきた学生とではそれ故に決定的な差が出る筈だった。
 だが、ここで先日の経験が活きた。
 つい先日、ツェルニは汚染獣の襲撃を受けた。無論、汚染獣と人とは違う。だが、間違いなくそこには命を賭けた生存の為の戦いがあった。刃を向けられ、一瞬身体を固くしたものの、それでも立ち向かったのだ。それには少々泥棒側も戸惑ったのだろう。
 だが、結局の所荒事も経験してきた武芸者とまだまだ未熟な学生とでは頑張りだけでは埋めれない差がある。

 「ぎゃっ!」

 一人が切り裂かれて倒れる、それとほぼ同時に他の四人も地面に倒れこんでいた。が、彼らは立派に時間を稼ぐ事に成功した。
 五人が手間を取らせやがってと思いつつも今は時間が大事と走り出す前に立ちはだかる影が一つ。
 たかが一人と先行する形で、データチップを収めたケースを持つ者の露払いとばかりに飛び出した一人は――次の瞬間には突っ込んでいった以上の速度で彼らの横を逆方向に飛んでいった。無論、自分の意志ではない。それどころか一瞬で意識を刈り取られ、錬金鋼を砕かれ吹き飛ばされていた。
 一瞬呆然としたその間だけで事足りた。
 影――レイフォンが瞬時に間合いへと突っ込んでくる。その姿に我に返った彼らはそれでも歴戦の武芸者ならではの反応で振るわれた鋼鉄錬金鋼の一撃をかわせた、かに見えた。

 「あっ――!?」

 無論実際はそこまでレイフォンは甘くはない。その一瞬でデータを収めたトランクケースは取っ手から断ち切られ、レイフォンの足元に転がっていた。そのケースを足で後方に蹴り飛ばし、静かに彼らに告げる。

 「泥棒は感心しない」

 気圧され……彼らは内心で叫ぶ、『何故たかが学園都市にこんな奴がいるんだ!?』と……。だが、今更後には引けない。ならば、ケースを回収し、放浪バスへと逃げ込むしか、そう考えケースを確認しようとした彼らはそれが消えている事に気付き、ぎょっとした顔になった。その視線に気付いたレイフォンがこれ見よがしに彼らから視線を外し、上へと視線を向けるとつられて彼らもまたその視線を上へと向ける。その先には捕り縄でケースを回収する一人の少女の姿……ナルキの捕縛術だ。

 「くそがああああああああああっ!!」

 破れかぶれとばかりに突っ込んでくる四人だったが、一人はレイフォンへと到達する前に無造作に振るわれた刀から放たれた針剄によって吹き飛ばされた。更に。

 『サイハーデン流刀争術、円礫』

 突っ込んだ彼らの眼前で衝剄が巻き起こり、彼らを吹き飛ばす。
 更にそこへ何時の間にやら練られた粘性の剄が巻き付き、三人の動きを封じる。
 『天剣授受者カルヴァーンの剄技、刃鎧』
 本来の使い手たるカルヴァーンのそれには及ばずとも、元々が汚染獣の頂点、老生体を相手どれる剄技だ。更に質より量とばかりに、不足する技量の差は相手との剄の量で補う。逃れようともがくも、締め上げられた彼らは次々と苦鳴の呻き声と共に意識を失った。


 余りに圧倒的すぎるその光景に呆然としていた他一同だったが。
 「よくやってくれたっ!」というフォーメッドの声と共に我に返り、動き出した。
 次々と服を切り裂き、それこそ文字通りの意味で丸裸にしていく。服にデータチップを縫い付けている可能性もあると考慮してのものだから遠慮はない。夜空の元裸にされた彼らからさすがに年若い女性であるナルキが顔を赤くして目を逸らす。
 後は囚人服を着せ、罪科印を着けたら、所持品の内水と食料だけ返却して放浪バスに押し込んで一丁上がり、だ。
 その光景を横目にナルキからフォーメッドがトランクケースを受け取り、中を確認する。中身は保護ケースに収められたデータチップがぎっしりなのを見て、「これだけのデータ、どれだけの値がつくかな?」と嬉しそうに言うフォーメッドにレイフォンも一瞬呆れたような顔になる。
 とはいえ、その顔を見て、フォーメッドが言った通り、通信が各都市間で繋がるなら彼らが通ってきた都市に連絡を取って、盗難事件がなかったか、といった問い合わせも出来るだろうが、生憎このレギオス世界は放浪バスが唯一の交通手段で汚染物質により都市間の通信は断絶している。つまりは、どのデータが正式な売買の元手に入れたデータで、どのデータが今回同様盗まれたものなのか分かる筈がない。 となれば、もしこれらのデータチップに盗まれた品が混じっていたとしても、元の持ち主に返却する等不可能で、結局の所方法は二つ、彼ら盗人のものとして持たせて追放か、ツェルニが自分のものとするしかない。そして前者がありえない以上、必然的に後者が選択され、それはツェルニのものとして売買される事になる。
 まあ、分かっていても、ここまであけすけに堂々と語られると苦笑するしかないのだが。陰性というものがないのだろう、だからフォーメッドがこんな事を言っていても周囲は苦笑するぐらいで済む。
 レイフォンもグレンダンにいた頃、都市警察からの依頼で動く事はあった。というより、天剣授受者も頼まれて暇なら特に何か言うでもなく普通に出動していた。殆どの面々は暇つぶしぐらいの気持ちだったろうし、まあ、ルイメイなんかは無理だったが。
 だが、グレンダンで動く時は周囲に天剣授受者というグレンダンの頂点に立つ武芸者への感情があった。少なくとも、こんな風に親しげに話しかけてくる奴なんていなかった。それはある意味当然だが、その差異がレイフォンには新鮮だった。
 そんなどこか穏やかな空気は、しかし、突然壊れる。
 ふとレイフォンの視線が流れた。
 空中によく見慣れたものを見た気がしたのだ。見間違いではなく、そこには見慣れた花びらが一枚……とはいえ普通の花びらではない。念威端子のそれだ。思わずレイフォンは向こうも気付いたのだろう、寄って来た花びらへ呼びかける。

 「フェリ?」

 隣でその言葉を聞いたナルキが妙な表情になるのに気付く事もなく花びらからフェリが告げる。

 『隊長が倒れました』


 時間は少し巻き戻る。
 ニーナの様子が変だと気付いたのはレイフォンだけではなかった。いや、レイフォンのように錬金鋼の触れ合う音という事には気付かなかったが、純粋にニーナの態度で第十七小隊は全員が気付いていた……気付かなかった方が不思議だが。
 そして、密かに殺剄で尾行したシャーニッドの前でニーナが鉄鞭を振るっている。正確にはニーナが鍛錬を行うのを隠れて見ている。

 「……無茶しすぎだぜ」

 忌々しげに呟く。
 シャーニッドはこう見えて、気配りが出来る男だ、というかそうでなければ女性にもてない。第十七小隊を考えてみれば、フェリは奇妙には思っても他人の事情に口出しはしないだろう。レイフォンは……まあ、気にしてはいたが、あのへたれっぷりだ。女性の後を尾行するという行動は余り期待出来ない。……誰かに引っ張られてならありえるのだが……例えば、あの三人娘の一人とか。あと、ハーレイは幼馴染だけに気にかかってはいると思うが、一般人である彼では武芸者についていけない。ちょっと走り出すだけで撒かれてしまう。
 かくして……。

 「俺もお節介だねえ……」

 とはいえ、本来ならば尾行なぞする気はなかった。
 だが、機関掃除のバイトから出てきたニーナを偶然ながら遠目に見つけてしまった。こんな遅い時間にシャーニッドが外を歩いていたのは別段女の子と遊んでいた訳ではなく、ただ単に未だツェルニが向かっている汚染獣対策の為の都市外装備を準備していた為だ。レイフォンはグレンダンで使っていたものがあったので、そちらの整備だけで済むが、シャーニッドやゴルネオはそうはいかない。が、これまでツェルニは都市の外での戦闘という事を考慮してこなかったので、戦闘に耐える装備を急ぎ調整している。その合わせの為に遅くなったのだった。狙撃手という役割上、内力系活剄の内でも視覚の強化はお手のものだ、遠目ながらニーナの横顔に色濃い疲労の翳りが宿っていた……となれば放っておく訳にもいかない。
 かくしてシャーニッドは自身でも似合わないと思いつつも、尾行した訳だが……明らかにニーナの様子はおかしかった。確かにシャーニッドの殺剄はそのポジション故に優れたものを持っているが、だからといって余りにニーナが無防備に過ぎた。
 まったく……
 シャーニッドは今無心に鉄鞭を振るうニーナの姿を都市外縁部の一角で見ている。
 活剄に問題がある訳ではない。強くなりたいと願う気持ちに問題がある訳ではない。一人で悩み、鍛錬する事に問題がある訳ではない。
だが、同時に休む事も重要だ。あの様子ではおそらく暇さえあればこうして鍛錬を繰り返しているのだろう。授業、小隊訓練、機関掃除のアルバイトも休む訳にはいかない。あの様子だと下手をすればまともに寝ていないかもしれない。

 「身体壊すぜ、あのままじゃあ……」

 しかし、どう言って止めるか。
 分かるのだ、シャーニッドにも。ニーナの焦りが。何故、こうまで鬼気迫る鍛錬を繰り返すのか……。
 レイフォン・アルセイフ。
 たった一人の武芸者。第十七小隊に入ったばかりの新入生。自分達だって彼が入った当初彼にそこまで多大な期待は抱いていなかった筈だ。だが、気付いてみれば、先だっての汚染獣との戦いでは都市そのものが彼に頼り、今では幾人もが彼に師事している。
 強すぎるのだ、彼は。
 なまじ自らより年下な故に追い求めてしまう。もっと強く、もっと先へ。もっと、もっと……。自分はもっと強くなれるはずだ。だが、今のニーナはシャーニッドには昔語のイカロスにしか見えない。天空高くに浮かぶ太陽を目指したイカロスは、けれど果たせず、天より落ちて死んだ。同じ事だ。

 「まあ、今の情勢も原因じゃあるんだろうが……」

 さて、どうやってニーナを鎮めるべきか……そう考えていたシャーニッドは先程まで流れていた剄が止まっている事に気付いた。

 「ん?」

 終わったのか?そう思って物陰から頭を出したシャーニッドは倒れているニーナを発見し、慌てて駆け寄った。


 後は簡単だ。
 病院へと担ぎ込み、ハーレイに連絡を取ると共に、フェリに連絡を行い、レイフォンへの伝達を頼む。
 その間に仮眠を取っていた当直の医師がやって来たが、簡単な診察の後にすぐに誰かを呼ぶように看護師に、点滴の準備を行った。
 レイフォンがやって来た時には、呼び出された剄の専門医がニーナの背中に針を埋めていた。
 治療の終わりを待つ間にやって来た一同はシャーニッドから状況を聞いていた。

 「……って訳だ」

 簡潔に行われた説明の後、ハーレイは安堵の溜息と共にシャーニッドに礼を言い、フェリは不機嫌そうにぶつぶつと文句を言っていた。そしてレイフォンは。

 「……何故隊長は倒れるまで無茶をしたんでしょう」

 そう呟いた。
 それと共にあの錬金鋼の音の変調の原因はこれだったのか、と思う。そんなレイフォンにシャーニッドは重い雰囲気を振り払うように軽い声で答えた。

 「まあ、隊長も色々悩む事ありき、って事さ」

 「はあ」

 気のない返事をするレイフォンの顔を見て、シャーニッドは少し真面目な顔をして言った。

 「少し俺らの状況考えてみな?」

 状況?首を傾げたレイフォンにシャーニッドは告げる。

 「今密かに準備されてる戦闘で、レイフォン、お前は言うまでもなく主力。俺援護、フェリちゃんは念威で補助やって、ハーレイはお前の錬金鋼の調整。第十七小隊は隊長以外全員総がかり、一人役割がない隊長が自分の役割ってのに悩んでも仕方ないんじゃねえか?」

 
『後書き』
ニーナ倒れる
今回はシャーニッドに年長者としてアレコレ動いてもらいました
どうしてもレイフォンが目立つので、他の人達もちょこちょこ動かしていきたいと思います
次回はリーリンとメイシェンを~



[9004] それぞれの気持ち
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/22 13:46
 ニーナが意識を取り戻したのは翌日だった。

 「剄脈の過労だってよ」

 シャーニッドが伝える言葉に、ニーナは「そうか……」とだけ答えた。自分でも意識はしていたのだろう。

 「医者が呆れてたぜ、武芸科の三年がこんな初歩的な事で倒れるとは思わなかったって」

 実際はもっと苛立った様子の言い方だったのだが、その辺は言う必要はあるまい。
 この場には、第十七小隊の面々、シャーニッドにレイフォン、フェリ、ハーレイ。それにリーリンがいた。少し前までは同じ寮のセレナとレウも顔を出していたのだが、とりあえず大丈夫そうな事と、さすがにこの人数では狭いので一旦帰ったのだった。というか、今でも狭いのだが。

 「すまなかった」

 まだ身体を起こすのはきついので横になったままだったが、それでもニーナは何とか首を動かした謝った。もっとも、周囲の視線は相変わらず厳しかったが。

 「ところで、どうしてあんな無茶やらかしたんだ?俺が偶々いたから良かったものの、一人だけだったら下手すりゃ大変な事になってたかもしれないんだぜ?」

 外縁部は人通りが殆どない。無論、ニーナもそれが分かっていたからあそこで鍛錬していたのだろうが……それは同時に何かあった時に気付く者がいないという事と同義だ。
 とはいえ、答えづらいのか沈黙するニーナにそれまで黙っていたリーリンが口を開いた。

 「理由は大体分かります。レイフォンの強さを見て焦ったんでしょう?」

 まあ、それだけでもないでしょうけれど、と言外にシャーニッドの言った自小隊で自分だけが役割がない事に悩んでいたのもあると告げる。

 「グレンダンでもそうでした。ある程度以上大人な方は天剣授受者との差を知っているから無茶をしないけれど……」

 レイフォンという天剣の誕生は同年代に大きな影響を与えた。
 僅か十歳での天剣授受者。それまでのサヴァリスの記録を塗り替える史上最年少の天剣授受者の誕生に一番沸き立ったのは誰あろう、若い武芸者達だった。彼らの目の前に示されたのだ。自分達と同じ或いは下の年代でグレンダンの頂点へと登り詰めた存在が。

 『自分達でも天剣授受者になれる!』

 それは少年少女にとって強烈な憧れを生み、そして……彼らの無茶を生んだ。幸いだったのは、グレンダンが熟練の武芸者が大勢いた事だったろう。酷い事になる前に大体は止められた……そう、大体は。中にはニーナ同様無茶を繰り返した挙句に身体を壊した者もいる。だが、そうした事件があって、あの事件があって、それでも今尚レイフォンの存在は若い武芸者達にとっての憧れなのは変わらない。

 「アントークさん、貴方は強いんです。それなのに何故そんなに焦るんですか?」

 「強いだと?それは皮肉……」

 リーリンの言葉に自嘲しようとしたニーナだったが、リーリンの目に何か拙い事を言った気がして途中で押し黙る。レイフォンはというと、勉強の時のあのリーリンの気配を感じて、少しひいていた。

 「一年生で小隊員になって、三年生で通常は四年生以上がなるツェルニでも十七しかない小隊の隊長になって、武芸者としては他の隊長格とも真っ向やりあえるだけの力がある、それのどこが弱いんです?」

 「うっ……だっ、だが……レイフォンは……」

 確かに言われてみれば、自分はツェルニの武芸者の中では強い方なのかもしれない。だが、目の前にいる突き抜けた相手を忘れられず、口にしたニーナだったが。

 「規格外の人の事は今はどうでもいいんです」

 ばっさり切って捨てられた。

 規格外と言われたレイフォンはというと、言われなれてるのか自覚があるのか困ったような笑みを浮かべるのみだ。

 「アントークさん、レイフォンと同じような強さがないとツェルニは守れないんですか?」

 「……ああ」

 そうではないか。汚染獣が襲ってきた時、結局このツェルニを救ったのはレイフォン一人だった。多数の幼生体も地下の雌性体もいずれもレイフォンが結局一人で片付けてしまった。だが。

 「なら、他のツェルニで頑張ってる人達は皆不要なんですか?頑張るだけ無意味なんですか?」

 「っ!それは……!」

 「貴方が言っているのはそういう事です」

 レイフォンのような強さがなければツェルニを守れない、と言うのであれば、ツェルニの武芸者は軒並み失格だ。というより、この世界に生きる武芸者の殆どが失格となるだろう。そう言われて、改めてニーナは口を開き、しかし発言出来ず口を閉じる。
 そう、レイフォン並の強さがなければ都市を守れないのではない。なくとも都市を守れるだけの力があればいい。足りないなら、他で補えばいい。

 「だが、私は……」

 作戦指揮でも未熟な事甚だしい、一体自分に何が出来るのかと呟くように言ったニーナに今度はシャーニッドが言った。

 「おいおい、ニーナ。お前今何年生だ?」

 「?三年だが……」

 「そうだな。で、隊長やってんのは?」

 「……今年からだな」

 ちょっと考えて、そういえば隊の新設を願ったの自体が今年だったか、と思い返したニーナにシャーニッドはあくまで軽く答える。

 「そうさ、ならもう何年も隊の指揮執ってる連中に最初から指揮やらで敵うと考えてる事が傲慢だと思うぜ?」

 どんな人間だって最初から上手くいくなんて事はない。そう言われて、戸惑うニーナだった。確かに自分も一年の時に小隊員となった事で随分周囲から注視されたが、最初の頃は小隊の足を引っ張ってばかりだった。当時の小隊長や現小隊長のカイには随分と世話になったものだった。そんな事を思い出しつつも、その視線は矢張りレイフォンに向いた。

 「……レイフォン、お前はどうなんだ?」

 お前でも最初は上手くいかなかったのか?そう問いかける。この天才をして最初から出来なかったという事はあるのか?

 「当たり前ですよ」

 そう言った後、ニーナの疑念の視線に気付いたのだろう。

 「そうですね、例えば鋼糸だって……」

 最初は失敗続きで、焦った挙句大怪我を負った事もあるのだと言う。その上でようやっと身につけた鋼糸も師のそれには比べるべくもない。嘗て鋼糸をレイフォンに教えたリンテンスはレイフォンにこう告げた『それでも矢張りお前はいざという時はその身につけた刀の技に頼るだろう』。結局、文字通り身を切り刻んで身につけた技とて本来のそれに比べれば劣る。
 それを聞いて、改めて自身の行動を考えてみる。
 焦り、足掻いて……結果導いた現状。例えレイフォンが破れて、ツェルニの武芸者がその身をもって立ち向かわねばならぬとなっても前線に立つ事すら満足に出来ぬ病状の身。そうまでして自分は何故、何を求めたのか。

 「ああ、そうか」

 ふっと思い至る。
 自分はただ。
 目に見える形で自分がツェルニの役に立てているのだと、そう自分に思わせたかったのだと気付いた。

 
 「……ま、後はニーナ次第だな」

 考え込んだニーナをそっとしておこうと一同、病室からそろりと抜け出してのシャーニッドの一言だった。
 自覚は出来たようだった。ならば後は時間が解決する問題だろう。

 「とりあえず、ニーナは……まあ、ハーレイとリーリンちゃん。二人で頼むわ」

 「分かった」

 「分かりました」

 レイフォンもシャーニッドももう間もなくツェルニを離れねばならない。となれば、離れた後は手がすき、幼馴染であるハーレイと同じ寮であり、同じ女性であるリーリンがついていた方がいい。フェリ?そのあたりの気遣いを彼女に求めるのは難しいだろう。

 「とりあえずレイフォンには天剣があるからいいけどな。俺の武器の方はどう?」

 「大体完成したよ。まあ、ただ……」

 「大きいわ重いわ、だろ?まあ、アレ持って俺自身が走り回る訳じゃねえからな」

 そう言いつつ、ハーレイとシャーニッドは最終調整の為にその場を立ち去った。

 「私も戻ります」

 フェリもそう言った。彼女にはこの後長時間の念威による補佐が待っている。しばらくは無理をせず、体調を整えておかねばならない。場合によっては武芸者の汚染獣との戦いは一週間ぶっ通しで行われる。当然といえば当然なのだが、その間は念威操者もサポートを続けねばならない。これが肉体的には一般人と大差のない念威操者には辛いのだ。とはいえ、やらざるをえないのだが。 

 「とりあえず私もアントークさんの私物を取ってくるわ」

 しばらく入院となる以上、パジャマや下着といった着替えその他を取ってこなくてはならない。
 そうなるとレイフォンもこれ以上この場に留まっていても仕方がない。自分も帰る事にした。ちなみに最近レイフォンの環境も少々変わり、アルセイフ道場と呼ばれる場所の近くに住居が移っている。つまりは中心近くという事でその分行き来は楽だ。……ロス家からも近いというのは何かあるのかと疑う者もいるのだが。主に女性陣が。

 「あ……」

 病院から出てきた所で知り合いに出会った。

 「メイシェン?それにミィフィとナルキも」

 レイフォンがそう呼びかけたのはメイシェン・トリンデン達三人娘だった。


 「そっか、隊長の事心配してくれたんだ」

 あの時、場にはナルキもいた。そこから他二人にも伝わったらしいのだが、何しろ彼女らはレイフォン以外の第十七小隊の面々とは別に面識がある訳ではない。ので、ついここまで来てしまったが、さて、ここからどうしよう。そう思っていた所へレイフォンが出て来たという訳だった。
 とりあえず、病院の近くの軽食可能なお店を探して入る。

 「これ……良かったら……」

 お見舞い、という事なのだろう。箱をメイシェンが手渡してきた。何かしらの食べ物なのだろう。

 「病院から今は駄目とか言われたなら、レイフォンが食べちゃってね~」

 と、こちらはミィフィだ。まあ、確かにその可能性もある。

 「しかし、大変だな。しばらくは試合も出来ないんじゃないか?」

 ナルキからすれば、そちらが重要らしい。

 「試合?戦闘じゃ……」

 言い掛けて、気付いた。

 「ああ、小隊戦か。そうだね、でもしばらくは大丈夫だよ」

 「ほう?」

 「ええと……確か試合会場のシステムに異常が見つかったのでしばらく点検、だったかな?」

 まだ公表はされていないが、どのみち遅くとも明日明後日には小隊員以外にも公表される話だ。
 その後はしばらく談笑が続いたが、ふっとミィフィが真面目な顔になると共に声を潜めて言った。

 「レイとん……」

 「何?」

 「……ひょっとしてまた汚染獣と戦うの?」

 しばらくレイフォンは沈黙していた。これがシャーニッド辺りならば、へらへら笑って上手い事いなすのだろうが、生憎レイフォンはそこまで器用ではない。沈黙するレイフォンに確信を深めたのかミィフィが言葉を続ける。

 「戦闘って聞いておかしいと思ったんだ。小隊戦なら試合って言うだろうし、武芸大会だとしても大会か戦争って言うぐらいだよね?」

 増してやレイフォンの強さはナルキから聞いている。通常の武芸大会程度なら試合にもなるまい。なら、ツェルニ最強のレイフォンをして戦闘と呼ぶような相手とは一体何だ?という訳で、そこに至ったらしい。まあ、つい先日汚染獣とやり合ったばかりというのもあるのだろうが。
 しまった、と思いつつもどうやって誤魔化そうかと考えていたレイフォンに笑顔になったミィフィはぱたぱたと手を振って言う。

 「あ、大丈夫。もう本当かどうかって分かったし、記事に書く気ないから」

 え?という顔になるレイフォンだったが、ミィフィにしてみれば、本当かどうかはレイフォンが沈黙した事で分かった。レイフォンが不器用な人間なのは、これまでの付き合いで分かっている。そして、もし何もなければ否定の言葉がすぐに出ていただろう。そして一方、記事にした所で現状では証拠が何もない。生徒会には下手に混乱を助長させたとして目をつけられる可能性があるし、大体生徒達の混乱が酷い事になるだろう。

 「代わりに、公表されたら独占インタビューよろしくね~」

 そう笑顔で言ったのがある意味ミィフィらしかったが。


 「……レイとん……また戦うんですか?」

 震えの混じった声でそれまで黙っていたメイシェンが口を開いた。

 「え、あー…えーと……」

 下手に情報をこれ以上流す訳にもいかず、わたわたと手を動かすレイフォンにメイシェンは俯いて言った。

 「……本当は…行って欲しくないです……心配なんです」

 「「「…………」」」

 全員がそれぞれの理由で沈黙する。レイフォンはこれまで汚染獣と戦うのが当たり前だったが故に。ミィフィは空気を読んで。ナルキはそうは言ってもレイフォンが出撃しないのは難しいというか、無理だろうな、と判断して。
 もっともレイフォンにしてみれば、ある意味新鮮に近い感覚ではあった。
 グレンダンでは天剣授受者が戦闘に赴く際に心配する者などいない。当たり前の話だが、それは嫌われているからではなく、絶大な信頼故の話だ。無論、リーリンは心配してくれていた。強いのは分かっている、けれど矢張り心配なのだ、と。
 だが、逆に言えば他は天剣授受者が出ると聞けば、もうそれだけでグレンダンの住民達は天剣が破れ、自分達が危機に晒される事など考えもしない。だからこそ彼らは汚染獣が来たとて焦らない。また、すぐに日常が戻ってくると信じているから、一時的なものだと確信しているからシェルターに混乱もなく入り、そして出る。
 それだけにレイフォンにはこうしてリーリン以外の人間が自分を心配してくれる、という事にちょっと驚いていたのだが、メイシェンの不安そうな様子に何かしてあげないと、とも思っていた。だから、そっと手を伸ばしてメイシェンの頭を撫でた。

 「あ……」

 「大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ」

 そう言って笑顔を見せたレイフォンにメイシェンは真っ赤になって、「はい……」とどこか嬉しそうに微笑んだ。


 「……あれって分かってやってるのかな」

 「多分、レイとん自覚してないと思うよ」

 その横で残る二人がこそこそと内緒話をしていたが。


『後書き』
ニーナってツェルニでは強い方なんですよね
生徒会長の目論見って、今許可したのは今年の武芸大会の為ってよりは更に二年後、自分が卒業した後の布石として書くつもりです

シャーニッドの武器は複合錬金鋼予定です。今回は出番ないでしょうけど(というか出番ある方が本来危険なので
 



[9004] 目覚める恐怖
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/06/16 11:38
 荒野を二台のランドローラーが走っていた。
 運転をしているのはゴルネオと医療担当の両名だ。残る二人、レイフォンとシャーニッドはサイドカーに乗っている。理由は無論、レイフォンは体力温存の為、シャーニッドは万が一戦闘になった場合、運転しながら撃つ訳にいかないのだから、最初からサイドカーに乗っている訳だ。
 今回のメンバーは医療担当も含め全員が武芸者だ。
 汚染獣、それも老生体のような相手との戦いは長引く。レイフォンとて一週間戦い続けた事もある。そして、今回の同行者は最悪その間ずっと待機を続けねばならない。で、あるのに一般人を連れて行っては単なる足手まといになるのがオチだ。
 医療を勉強している武芸者自体は案外いた。
 武芸をしている以上、鍛錬で怪我をする者もいるし、汚染獣と戦って怪我をする者もいる。そうした中で、自分があの時医療の技術を持っていれば、といった思いであったり、無論単純に誰かを助けたいと願ったり、まあ理由は色々だが武芸者且つ医者というのは案外両立している。ただし、今回はそこにランドローダーの運転が出来る事、という条件も加わり、しかも向かう先は汚染獣との戦闘とあってはなかなか立候補が出なかった、という事は意外となく、むしろ数名の立候補が出た。結局彼らも先日の汚染獣との戦いで色々と思う所があったらしい。
 さて、今回は各自がそれぞれに武器を持っている。
 ゴルネオは何時も使っている紅玉錬金鋼を。
 レイフォンは天剣に加えて、万が一喪失した場合に備え、青石と鋼鉄の二つの錬金鋼を。もっとも、青石の方は入っているデータは鋼糸のみで、こちらは完全にサポート用と割り切っている。
 医療担当者自身も自分の錬金鋼を持ってきている。
 シャーニッドが持ってきたのは何時も使っている軽金錬金鋼に加えて、もう一つ。複合錬金鋼製のものがあった。
 軽金錬金鋼+碧宝錬金鋼。この二つを組み合わせた二重複合錬金鋼として生み出されたそれは元々の銃器としてのサイズが通常シャーニッドが使うものに比べ大型だ。アンチ・マテリアル・ライフル、そう呼ばれる類の代物で、しかも複合錬金鋼の関係上重量は倍。内力系活剄で身体強化を行わなければ、まともな銃器として扱うのは難しいだろう。
 本来ならば、紅玉錬金鋼も組み合わせて、爆裂効果も持たせる事も検討されたらしいが、これはシャーニッドから却下された。更に重量が増えるのは有難くないし、何より化錬剄をシャーニッドは使った事がない。今から覚えた所で役立つレベルのものになるとは思えない、という事で結局二重複合に留められたのだった。

 さて、都市の外というのはただひたすらに荒野が広がっている。
 何時からなのか、何故なのかは分からないが、汚染物質に汚染された大地からは嘗ての恵みが失われて久しく、専用の装備を着用せずして、人は生き残る事は出来ない。汚染物質は大地のみならず、人の皮膚を焼き、内臓を焼き、短時間で死に至らしめるからだ。
 ただひたすらに荒涼たる大地と岩が転がる単調極まりない風景は、だが同時に楽を意味しない。
 念威操者が前方を探り続けてくれるならば話はまた異なるだろうが、今回はフェリは念威端子を事前にランドローラーに積み、本人は戦闘直前まで休息を極力維持する方針になっている。
 とにかく、最高最大の戦力であるレイフォンとそれを直接サポートするフェリの負担を戦闘開始までは最低限に留める、というのが基本になっている。これらによる体力の温存が生む効果は数%程度の誤差に留まるかもしれない。だが、命を賭けた実戦に措いてはその誤差が生死を分ける事があるのもまた事実だ。


 「なんつーか、味気ない食事だよなあ」

 シャーニッドがぶつくさ言うようにチューブ方式の食事は食べているというより栄養補給の為という感覚しかしない。とはいえ、こればかりは仕方ない。何しろ場所が場所なので、火を熾して物を温めるという事がし辛いのだ。
 無論、簡易の休める場所はある。
 折り畳み式のテントのようなもので、汚染物質を防ぐ事が出来る。これがあれば、都市外装備を脱いで横になる事も出来るのだが……テントの中で火なんぞ使える筈がない。
 今回の一件を教訓に火を使わずとも温かい物が食べれるように出来ないか技術科、養殖科、農業科を巻き込んだプロジェクトが進みつつあるらしい。まあ、完成したらしたで『野外でも温かく食べられる』商品として売る予定らしいが。
 が、今回は間に合わず旧来の味気ない食事だ。

 「まあ、こんなものですよ」

 レイフォンからすれば慣れがある。どうせ汚染獣との戦闘に入ったら食事を取るにした所でゆっくりと食事を温めている余裕などない。加えて、下手に熱い料理を作ってしまうと短時間で一気に食べてしまうという事も難しい。
 そんな事を説明すると、「成る程ねえ」とシャーニッドから頷かれた。
 現在彼らは目的地の手前、あと数時間という位置で最後の休息を取っている。後方からツェルニが順調に(?)接近中なので余りのんびりはしていられないが、疲労を抱えた状態で突入というのはもっと有難くない。
 まず、運転手であるゴルネオらが休息を取り、ついでレイフォンとシャーニッドが休息を取っている。この後は一直線に汚染獣へと向かい、レイフォンを降ろした後、三人は退避する事になっている。

 「しっかし、何でツェルニは汚染獣に気付いてねえんだろうなあ」

 これまでツェルニは学園都市だけに汚染獣と出くわさないよう細心の注意を払ってきたのだろう。ところが、先だっての汚染獣の幼生体に引き続き、今回のこれだ。つい、愚痴も出ようというものだ。

 「汚染獣は脱皮に入る前仮死状態になりますからね。多分死んでいると判断してるんですよ」

 「……前回は地下で感知できず、今回は仮死状態で感知できねえのか、運が悪いよな」

 運が悪い。
 結局の所、この世界における汚染獣との遭遇はそういう事だ。
 だが、人はそう運が悪かったからとて諦める生物ではない。だからこそ、彼らは足掻く。

 
 仮眠の後、移動を再開。遂に彼らは目的地へと辿り着いた。
 目標まで2km程となり、ここからはレイフォンは歩きとなる。既にその巨体は汚染物質故に視界が悪い中でさえ、うっすらと姿を浮かび上がらせている。

 「……さすがに迫力あるな」

 シャーニッドの口も重い。ゴルネオもいま一人も、ここからでさえ感じる圧倒的な迫力に息を呑んでいる。
 実際彼らが相対した経験のある汚染獣は幼生体だけな訳だが、今回のそれは幼生体とは比べ物にならない。
 特に今回は都市の外だ。以前の時と異なり、人は今着ているスーツが僅かに破れただけで緩慢な死へと至る。その事実が嫌が応にも緊張感という名の強張りを高める。
 その中で一人常の通りの平然とした態度を崩さないレイフォンだが、レイフォンとてこの状況を好んでいる訳ではない。ただ、慣れているだけだ。

 「――時間だ」

 ゴルネオがそれでも几帳面さを示し、時間を告げた。その言葉と共にランドローラーへと積まれていた念威端子が一斉に目覚める。これまでフェリはツェルニで休息を取っていた。通常ならば、念威端子をここまで飛ばすのだが、それではフェリがずっと動きっぱなしになってしまう。それでは疲労が溜まる為に日程と時間を決め、それに合わせて念威端子を起動させる事にしていた。実の所、先の休息にはそうした時間の調整としての意味合いもある。

 『どうやら時間内に到着出来たようだね』

 繋がった事によって響いてきた声はカリアンのものだ。

 「ああ、目標地点に無事到着した」

 ゴルネオが今回の作戦の隊長役としての立場から答える。

 『さて、ツェルニだが、相変わらず気付かずそちらに向かって進行中だ』

 その言葉に一同は厳しい表情になる。
 万が一の可能性だが、ここに至るまでにツェルニが汚染獣に気付いて方向転換を図る可能性もあった。その場合は敢えて汚染獣と戦う必要もない、という事で迅速に撤退する予定だったのだが、残念ながらその可能性は絶たれたようだった。

 「ならば、予定通り実行、という事だな」

 そう答え、ゴルネオがレイフォンを見る。

 『そうなるね……申し訳ないが、レイフォン・アルセイフ君。頼む』

 一つレイフォンは頷くと腰から二つの錬金鋼を取り出す。
 天剣と青石錬金鋼だ。

 「レストレーション01」

 その言葉と共に天剣は刀へとその姿を変え、青石錬金鋼は無数の糸へと分裂する。天剣も鋼糸とする事は可能だが、当然ながら予想通り敵が老生体であれば、レイフォンの力では鋼糸は相手に通用しない。となれば、天剣は極力攻撃に回せるようにすべきとして、移動手段として青石錬金鋼が用意されたという訳だった。あくまで移動手段と割り切るならば、剄の注ぎ込みすぎで錬金鋼が破損する危険性が低い、という事もある。無論、動きを拘束する場合は、天剣の鋼糸モードを使用する事になる予定だ。

 「いきます」

 鋼糸を伸ばし、一気に空を舞うようにしてレイフォンは移動してゆく。それに念異端子の花びらもまた追随する。その姿を見送って、ゴルネオは残る二人を見やる。

 「我々も行くぞ」
  
 
 レイフォンが鋼糸を用いた移動を行えば、キルメル単位の移動も然程時間をかけずに可能だ。だが、敢えてレイフォンはゆっくりと移動した。何かを確認するかのように。
 それでも十分程の後、レイフォンは汚染獣の近距離へと辿り着いていた。  

 『これが汚染獣か……この状態で倒す事は出来ないんだったね』

 カリアンがどこか残念そうに言う。確かにそれが可能ならカリアンとしても気が楽だっただろう。

 「ええ、残念ながら」

 だが、汚染獣は休眠時は他の汚染獣の餌食とされない為なのか、活動時のそれと比べても甲殻が極めて硬い。結果、武芸者が攻撃しても無駄に終わる。あくまで勝負は脱皮が行われてからだ……そして予想通りならば、その時は近い。
 汚染獣が何時目覚めるか、それは何度も検討された。
 そして、一番可能性が高いのが、ツェルニが汚染獣の捕捉範囲に脚を踏み入れた時以降と判断された。とはいえ、その正確な感知範囲は分からない。何しろ、この時点では汚染獣が本当に老生体なのか、或いは雄性体なのかもわかっていなかったのだから当然だが。
 その為、迅速に移動してここまで来たのだった。
 もし、このまま動きがないならば、フェリは他の念威操者に一時念威端子の制御を預け、自身は休息再開、レイフォン自身も待機になる予定だった。
 だが、レイフォンはこの時点で一つの恐るべき事実に気付いていた。


 至近距離、そう呼べる程の場所からレイフォンはその姿を見上げていた。
 まだ距離がある。それでもそれはそうする事が必要な程の巨体だった。
 明らかに雄性体というレベルを超えている。それに……。
 巨体を見上げながら、レイフォンは念威端子を通じて聞いているであろう面々に向けて語りかけた。

 「……老生体が二期以降、それぞれに異なる形態へと変わる、という事は話した事があると思いますが……」

 『うん?』

 突然語り出したレイフォンに疑念の声が念威端子から洩れる。この声はカリアンだろうか。

 「例えば、以前に僕が戦った老生六期のべヒモトは言うなれば超小型の汚染獣の集合体でした。斬っても砕いても終わらない。当然ですよね、相手は斬ったつもりが本当は殆ど斬れてないも同然なんですから」

 『一体何を……』

 今度はヴァンゼか。

 「加えて、奴は最大の塊から離れると爆発する。中の武芸者は持ち堪えれても、スーツが破れてしまうから戦闘は都市外縁部で行いました」

 『おいおい、レイフォン突然なんなんだ?』

 この声はシャーニッドか。
 けれども、レイフォンはその声を無視するかのように語った。自身が今まで戦った老生体だけではない、他の天剣が戦った老生体。物理的な攻撃以外で襲ってきた例、それこそ全てを伝えようとするかのように。

 「フェリも気をつけて下さい。フェリは確かに念威操者として才能がある。けれど、経験が足りない。情報過多となった時思考力が低下して、ただ相手から求められる情報を与えるだけの、自分で考えて重要な事項を伝えるだけの余裕をなくしてしまうんです」

 『……フォンフォン?』

 フェリの疑念の中に不安を込めた声が響く。

 「遺言になるかもしれない言葉です」 

 『待て、レイフォン・アルセイフ。何を言っている?』

 天剣授受者のその言葉はゴルネオにも疑念を抱かせたらしい。だが、その言葉に答える事なく、レイフォンは眼前の巨体を眺める。
 のっぺりした、羽のない巨体。
 その外見は巨大な殻とでも言うべきものに覆われており、それは分厚く硬そうだった。外見的に一番近いのはダンゴ虫が近いかもしれない。長さから言えば、ムカデといった所だろうか。その一方で脚と見えるものは存在しない。その姿は他の面々にも見えている筈だ。

 『ッ!?羽が、ないだとッ!』

 どうやら、ゴルネオが気付いたらしい。
 そう、眼前の汚染獣には羽がない。
 汚染獣はすべからく羽を持つ。
 幼生体は短時間のみの飛行の為だが、それでも昆虫のそれに似た殻の下に羽を持つ。それは一期、二期、三期といった雄性体であっても変わらない。
 それから外れた形状を持つ汚染獣はただ一つ。

 「ニ期以降の老生体……」

 休眠状態に入る前の段階で既に羽が見られないとなると、更にその先、おそらくは三期以降。
 ピシリ、と。
 レイフォンの、その言葉を合図としたかのように何かが罅割れる音が響いた。


『後書き』
※ラストが不評なので一部改訂しました

シャーニッドの狙撃銃はアンチ・マテリアル・ライフルの錬金鋼版です
湾岸戦争やイラク戦争で米軍が使用したバレットM82というアンチ・マテリアル・ライフルは重量12.9kg。錬金鋼の重量がどれだけか分かりませんが、レイフォンが原作で用いた大剣からしてそう鉄の塊と大差ないとすると最低でも複合錬金鋼製の対物狙撃銃の重量はこの倍、26kg近く
こんなの持って走り回るのは難しいですよね……

そして、遂に汚染獣出現。次回戦闘です
 



[9004] 決着
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/07/16 00:41
 既に汚染獣との戦いは四日目に入ろうとしていた。
 汚染獣との戦いが最も豊富なレイフォンも何期かまでは読み取れなかったが、この汚染獣は実にシンプルな攻撃方法で、搦め手の手段は取ってこなかった。それが救いと言えば救いだったが、その分極めて厄介だった。
 この汚染獣はその巨体を球体のように丸め、その巨体でもって体当たりを敢行してきたのだ。
 単純極まりない攻撃だが、それが巨体と莫大な重量を持って、しかも高速で転がってくるとなると、弾き飛ばされる岩の欠片でさえ弾丸の勢いで襲ってくる。それ自体にレイフォンを殺傷する効果はないにせよ、都市外装備を切り裂くには十分過ぎる。
 しかも、厄介な事にこの汚染獣には浸透系の剄技が通じない。レイフォンの感じた手応えから推測するに、おそらくこの汚染獣の装甲は幾枚もの甲殻が重なっており、その隙間に膨大な生命のエネルギーが流れているという感触だった。
 言うなれば、単純に頑丈な物理的装甲以外に剄による装甲を纏っているのと同じで、この幾層にも重なったもう一つの装甲が剄技による浸透攻撃を緩和させ、本体まで届かせないでいた。
 かといって、この汚染獣の甲殻は通常の汚染獣のそれと比べても更に強固で、天剣の一撃をもってさえ僅かずつ抉るのがやっと、という状況だった。
 
 この状況下において、手が出せないでいたのがゴルネオとシャーニッドだった。ちなみに現在、シャーニッドはゴルネオのランドローラーに移動しており、もう一台に乗った彼は預けられた食料その他と共に距離を置いている。これは最悪ゴルネオとシャーニッドが援護の結果として汚染獣にやられたとしても、レイフォンが勝った場合に戻る為の足を失わない為だ。
 動き回るとはいえ、汚染獣に当てる事は可能だろう。
 的となる汚染獣は巨大であり、如何に距離が離れているといえど、シャーニッドが外すような相手ではない。
 だが、当てたとして意味があるのか?となるとこれは否定せざるをえない。
 シャーニッドの銃は二重複合錬金鋼であり、その威力は本来使っている銃と比べても遥かに大きいが、それでもレイフォンの一撃と比べれば話にならない程度のものでしかない。そのレイフォンの一撃を弾く相手に何が出来る、というのだ。
 おまけに伝わってくる念威による情報から浸透系の剄技すら通じないという。
 自分達が危機に晒されたとしても、その結果として勝率が上がる、というなら賭ける価値はある。
 だが、その可能性がないとなれば、今は動けない。

 「ちっ……なんつーか、デタラメな相手だな」

 「汚染獣とはそういうものだ」

 シャーニッドは実感していた。成る程、これなら前にやりあった幼生体なぞ最弱と言われて仕方あるまい。蛇のような足のない、百足のような殻に覆われた全身を球体のようにして、その質量で持って相手を圧殺する。その一方で物理・剄双方に対応した分厚い装甲と高速で回転する事で防御を行う。
 厄介なのは一方向のみの回転ではないという事だ。
 レイフォンが青石錬金鋼の鋼糸を伸ばして転がってくる側面へと退避しても即座に慣性を無視したかのように九十度ぐらいまでならば曲がって追撃してくる。

 「……負けんなよ、レイフォン」

 手を出せない悔しさを抑え込んで、シャーニッドはそう呟いた。

 内心の焦りを抱えていたのはツェルニでも同じだった。
 汚染獣が脱皮すると共に、ツェルニは進行方向を変えた。矢張り、ツェルニは汚染獣が死んでいると判断していたというのがこれで確定した訳だが、現状既に四日目に入ろうかというのに推定敵捕捉圏内(汚染獣の追撃から逃れられない範囲)から離脱出来ていない。
 現在も汚染獣はレイフォンに隙あらば、ツェルニの方へと向かう動きを緩めていない。恐るべき感知範囲と言えた。
 感知範囲から逃れられていないならば、後は速度が物を言う。が、多脚でガチャガチャ動くのと、球体が高速で回転しながら進むのとどちらが速いか等考えるまでもない。
 そして現在の懸念はもう一つ……。

 「……フェリの様子は?」

 生徒会室に詰めるカリアンがそう問いかけた。

 「……正直厳しいそうです。かなり疲労が蓄積しています」

 念威操者は肉体は通常の人間と大差ない。結果、ずっと起きていれば、どんどん肉体は疲労し、武芸者と異なり剄で強化するという手も使えない。無論、これをカバーする方法はある。
 武芸者と異なり、念威操者は後方よりの支援を行う為、複数の念威操者によるローテーションを組むか、熟練の念威操者ならば自身の意識を分割し、その一部で持って肉体を制御し、睡眠を取るような真似さえ行う。
 が、ここでフェリの経験不足が表に出ていた。
 フェリは念威操者として極めて優れた才能を持っている。それこそ天剣授受者の一人であり、天剣唯一の念威操者デルボネが見れば、自身の後継者に、と願うかもしれない程に……だが、いかんせん、現状のフェリには汚染獣との戦闘の経験が致命的なまでに不足している。ましてや相手は汚染獣最強の老生体、戦っているのは自覚は未だかもしれないが好意を抱いている相手。気の抜けない激しい戦闘はフェリから余裕を奪い去っていた。
 かといって、カリアンからすればフェリ以外の者に念威を代行させる事も出来ない。
 残念ながら、フェリに匹敵する念威の持ち主は現在のツェルニにはいない、というか通常フェリ並の才能を持つ念威操者を都市が外に出したがる筈がない。フェリにせよ、レイフォンにせよ今ツェルニにいるのは、それぞれの事情による例外なのだ。
 もし、今フェリから他の念威操者に切り替えれば……それは言うなれば、高速でレースをしている車がいきなり窓の大半を塗り潰されたような結果を生むだろう。或いは狭い山道を走っている際に昼からいきなり夜へと変わった時起きる結果でもいい。いずれにせよ、その結果待っているのは高確率で破滅なのは間違いない。
 戦闘さえ終われば、他の念威操者が代行しても構わない。彼らに求められるのはツェルニの外に出ている四名が帰還する為の誘導だ。だが、今。一瞬の隙も許されない激しい戦闘の只中に措いては――。

 「……各小隊の念威操者と共に医療班を待機させておいてくれ。戦闘終結次第彼女は強制的にでも休ませる」

 それでも、今出来る事をやる。彼らの為す事が戦う事ならば、自分に出来る事はツェルニの生徒達を動揺させない事、戦闘終了後勝利敗北いずれの結果にせよ対応方法を考える事。その為にカリアンは、生徒会は動き続ける。

 
 鋼糸を伸ばし、横手の大地に絡める。
 瞬時に大地へと移動し、移動する。
 その際の移動は水鏡渡り――超高速移動だ。理由は単純、走るどころか旋剄でも相手の速度に対処しきれないのだ。
 巨体というのは『大男総身に知恵が回りかね』という言葉があるように、愚鈍なイメージがあるが、実の所巨体というのは想像以上に恐ろしい。
 巨大な体は当然ながら莫大な質量を秘め、一撃一撃の破壊力を増大させる。
 巨大な体は耐久力も大幅に向上させ、強烈な一撃による被害を相対的に軽減させる。
 そして。
 地味に厄介なのが、巨体は小さな人の身と比べ、僅かな身動きであっても大きな移動距離を取る事が出来る、という事だった。
 これを現在の戦闘に当てはめてみれば、幾等横に回り込もうとしても容易に相手は修正が可能だ。まあ、元々円の中心点にいる相手が円の円周上にいる相手を視界に捕らえる方がその逆より遥かに楽、というのもあるのだが。
 レイフォンが如何に達人級の武芸者とて人には違いない。疲労は着実に蓄積していく。
 それでもレイフォンは止まらない。止まる時はどちらかが死んだ時だと分かっているからだ。
 相手が突っ込んでくるのに合わせ、伸ばした鋼糸でその体に沿うように空へと舞い、一撃を与える。

 『外力系衝剄の変化、轟剣』

 通常の錬金鋼ならば耐えられず砕けてしまう程の膨大な剄が天剣へと絡みつき、長大な刀と化す。それでもってまず一撃、更に瞬時に離れていく、その前に切り離し『閃断』で更に一撃。
 最初の一撃にて自らを巻き込むようにして刀を回転させた一撃――カウンティアの剄技、餓蛇を放ったが、高い破壊力を持つこの一撃でも表面が削れたに留まった。或いはカウンティア自身の一撃ならばもっとマシな結果が得られたのだろうが……。ただ記憶にある彼女の十回の攻撃で果たしてこの汚染獣を削りきれたのか?と問うならそれはレイフォンの記憶通りならば正直疑問符がつく、という所だろうか。それ程にこの汚染獣の甲殻は硬く、分厚い。
 しかし――。

 「これで仕込みは終わりだ」

 再び回避と共に放たれた一撃が甲殻を打ち砕き、汚染獣の甲殻の内側に秘められていた柔らかい肉体を抉り、その体液を噴出させる。汚染獣が苦鳴の響きを上げ、戦闘開始後始めて停止、体を解いた。

 レイフォンが行った事は然程複雑な事ではない。
 一点に集中した水滴が時をかけ、岩を穿つように。レイフォンも汚染獣のただ一点に攻撃を集中しただけだった。ただ一点に集中された攻撃が僅かずつその甲殻を抉り、砕き、削り……遂には穴を穿った。結果だけ述べればそれだけだ。
 もっとも、シャーニッドは後に『やっぱ凄いわ、お前』と呆れたような口調で、その行為を評価している。
 考えてみて欲しい。
 高速回転する少なくとも直径数十メルトルに達する球体のただ一点を、実に四日間に渡って攻撃し、削り続けるというのがどれ程の難事であるか。走っている車のタイヤ、そのただ一点を自身も動きながらひたすら突き続けるのがどれ程難事か考えてみるといい。
 だがレイフォンはそれを為した。
 無論、それにはフェリの細かな、そして的確なサポートあっての事だ。事実、フェリが消耗している原因の一つはそれもあった。当てるのはレイフォンの役割であり、場所が分かったからとて簡単な事ではないが、常に位置をマークし続けたフェリもまた凄まじい。実際、後にやり方を聞いたツェルニの全員が『自分には無理』と述べている。
 
 遂に穿たれた甲殻だったが……汚染獣はここで思わぬ反応を見せた。
 丸まっていた以上想定されていた事だったが、言うなれば汚染獣にとって背中の甲殻だった。それが砕かれると共に、汚染獣は突如として球体となっていた自身の体を解き、レイフォンに相対した。
 これまでが球体だったなら、ちょうど蛇が敵に相対するかのように、或いは獲物
を狙うかのような体勢へと変化したのだ。

 「……ツェルニを追うより僕を仕留める事を優先した、って事か」

 これまでは汚染獣はレイフォンへの攻撃を仕掛けつつ、それでもツェルニを追う姿勢を見せ続けていた。それこそがレイフォンのつけいる隙であり、一点集中攻撃を可能とした要因でもある。だが――。

 「これで腹が柔らかい、というならやり様は幾等でもあるのだけれど……」

 この汚染獣は腹も甲殻で覆われていた。
 或いは背中のそれよりは幾分柔らかいのかもしれない。だが、四日かけて一点集中攻撃でようやっと穿った甲殻だ。如何にそれより柔らかかったとしても一撃やそこらで破れる程柔らかいものではあるまい。
 そして、都市を追う片手間に相手をしていたこれまでと異なり、今の汚染獣はレイフォン一人に集中している。下手にその内側に飛び込めば、瞬時に汚染獣はその身を球体と化すだろう……甲殻の檻の中、圧殺を逃れる隙間があるかどうかを試してみたくはない。
 これが老生一期ならば、より飢えが激しい。
 忍耐が必要だと分かっていても、耐え切れぬ程に。だが、今回の敵は老生三期以上、一期程の飢えはない。
 もし、このまま相対し続けた場合、どうなるだろうか?
 ……おそらく勝負をかけざるをえなくなるのはレイフォンの側だ。この瞬間もツェルニはひたすら汚染獣からの逃亡を図っている。それはすなわち、都市との距離が開き続けている事を意味している。余りに離れすぎては都市へと戻れなくなる。汚染獣から逃亡を図ろうとしない、対峙にも時間をかけられるグレンダンとは違うのだ。体力その他を考えてみても、時間は間違いなく汚染獣の味方だ。

 『どうする――?』

 レイフォンが動き、その背に回り込もうとしても、汚染獣はすかさずその体を動かし、常にレイフォンをその正面に捕らえ続けている。このままでは――。
 そう思った時、声が響いた。

 『よう、レイフォン。ちょっと待てよ、今隙作ってやるから』

 シャーニッドの声がヘルメット内に響いた。

 距離にしておよそ二キロメルトル。
 本来は十分過ぎる距離であり、更に抉れた渓谷の陰からとなれば、本来なら安全圏だろう。だが、百メルトルを越す巨体と、あの最大移動速度及び破壊力を見ては、自分らの位置が安全だとは思えない。それでもやる。何故なら――。

 「勝負どころ、って奴だろ?こいつは」

 「ああ」

 先程までは自分達には何も出来なかった。しても意味がなかった。
 だが、今は違う。
 今ならば、分厚い鎧、その一部が剥がれた今ならば、意味がある。
 二キロメルトル、という距離はシャーニッドも未体験の距離だ。これまでは精精数百メルトルの距離だった。無論、銃の性能差もある。これまでの銃にはそこまでの射程距離はなかった。今抱えている大型銃にしても有効射程距離でいえばギリギリだろう。
 だが、それがどうした。
 レイフォンは故郷でも優れた武芸者だったという。汚染獣と幾度も戦ってきたという。確かに凄い話だ。自分なぞ汚染獣との戦闘経験は先だっての、あの時まで一度もなかった。あの命を賭けた緊張感をシャーニッドは忘れられない。中には未だ夜寝ている時に、あの時の戦闘を思い出して飛び起きる生徒もいるという。
 けれど……。

 「俺にも先輩の意地って奴があるんでね……」

 レイフォンが自身の後輩であるのは、紛れもない事実だ。見栄と言われようが、プライドと誤魔化そうがどうでもいい。恐怖を捻じ伏せ、標的の圧倒的な威圧感を脳裏から排除し、狙うはただ一点。その巨体に比すれば小さな小さな穴。ゆらゆらと揺れ動くそのただ一点にシャーニッドは驚異的な集中力で狙いをつける。
 撃つ。
 強烈な反動を或いは内力系活剄で捻じ伏せ、或いは逃がし、慣れぬ者が撃てば腕を痛めてしまう、下手をすれば骨折するであろう、その反動を受け流し、シャーニッドは五発を連続で撃ち込んだ。
 結果から言えば、全てが当たった訳ではない。五発中二発は僅かに狙いが逸れ、ターゲットの周囲に着弾した。
 しかし、残る三発は正確にターゲットに着弾し、その柔らかい身を切り裂いた。

 おそらく、この汚染獣はなまじ恐ろしく硬いその甲殻で身を鎧っていただけに、長らく肉を抉られる苦痛というものを忘れていたのだろう。おそらく都市を襲った事もあったのだろうが、その時も甲殻を破られるような目には合わなかったのだろう。当然だ、天剣授受者がその膨大な剄を注ぎ込んで、且つその膨大な剄を生かす事の出来る武器を持ち、尚これだけの時間がかかった相手だ。一般の武芸者ではその表面を僅かに削るのが精一杯だろう。
 そしてそれ故に汚染獣の反応は大きなものとなった。
 苦鳴の鳴き声を上げ、汚染獣は身を捩じらせた。
 これまでレイフォンに集中していた汚染獣は新たに自らに苦痛を与えた存在を探し、思わずという様子でその身を捩り……瞬間、レイフォンに背の傷跡を晒した。
 密かに伸ばされていた鋼糸。傷跡の縁へと引っ掛けられた、ただ一本の糸。その上をレイフォンは超高速で駆け抜ける。
 そして、そのままレイフォンは――汚染獣の肉体、その内側へと突撃した。
 今度こそ汚染獣はただの苦痛ではない、自らの命の危険を感じさせる激痛に身を捩るどころではない、もがくように暴れだした。

 シャーニッドの一撃の後、ゴルネオは即座にランドローラーを後退させていた。
 ここまで相手からの視界を極力遮るような位置を計算してきた。真っ直ぐではないが、可能な限りそのルートを通り、汚染獣から距離を取る。この為にシャーニッドは後ろ向きに座っていた程だ。

 「おいおい、レイフォンの奴汚染獣の中に飛び込んだぜ?」

 「……大丈夫だ、都市外装備、それも天剣授受者のそれならば、数時間は汚染獣の胃液にも耐える筈だ」

 にしたってなあ、というシャーニッドの呟きに同意もするが、同時にその光景を知る者達、或いはこの場にいるゴルネオ達であり、或いはフェリであり、或いはカリアンやヴァンゼは驚きの次に、レイフォンの行動の意味を理解していた。
 数メルトルの穴を穿つのにあれだけの時がかかったのだ。甲殻を粉砕し続け、仕留めるのはほぼ不可能。その巨体を考えれば、その傷とてそのままでは掠り傷に過ぎない。
 では、どうする。
 頑丈極まりない、硬い装甲で身を覆う巨人に対抗するには、その内側に飛び込めばいい。内側からならば……その装甲も意味はない。
 もっとも、それが普通の武芸者に出来る度胸があるかといえば、それは疑問というか不可能だろうが……。
 軽く身を捩っただけで飛び込む前に弾き飛ばされるかもしれない。
 肉体が如何に柔らかいといえど、筋肉が表面を覆っている。その筋肉の壁を突破出来るだけの一撃がなければ、そこで弾かれて終わる。
 突破出来たとしても汚染獣の体内という少しずつ溶かされる恐怖の中で、その前に殺し尽くす事が出来るのか……。
 レイフォンとて汚染獣の内部に突入するなど、初めて天剣として汚染獣と戦った時以来の事だ。あの時は考えが甘く、確実に殺せないと思うと共に、新調したスーツを早速汚したとアルシェイラに叱られたものだったが……逆に言えば、あれから経験と技を磨くだけの時間があった。
 もし、内部に取り込まれた際、どうするか。それまでの手持ちの剄技ではどうも確実性に欠ける。試行錯誤していたものに、ツェルニで見た小隊戦の剄技で閃き、完成したのが餓蛇と背狼衝の合わせ技。背から放つ衝剄で推進力と回転を得、餓蛇の回転の動きで持って肉を切り裂き、抉る。
 この技にレイフォンは特に名をつけてはいない。敢えて名付けるならば、『天剣技、牙蛇舞』とでもつけるべきだろうか。おそらく、外から見れば、剄の余波を尾のように引きながら汚染獣の身を抉るその光景は、まるで巨大な蛇が獲物の表面を撫でるように動きつつ、その牙で喰らい続けているかのように見えた筈だ。ただし、消費される剄も膨大で、とても一般の武芸者には使えまい。
 どれだけの時が流れたのか分からない。
 或いは一瞬だったのかもしれない、或いはそれなりの時が過ぎたのかもしれない。
 誰もが息を呑んで見守る中……特に外から見ている限りは中で何が起きているか分からないのだから……暴れ狂っていた汚染獣の動きは次第にその動きを緩慢にし、遂に一際無念の思いを込めたかのような咆哮と共にぐらり、と体を傾け、そのまま大地へと崩れ落ちた。

 『………汚染獣の生命反応消失しました』

 フェリの言葉がしばしの間を置いて響いたが、未だ誰も歓声を上げない。その歓声が爆発するように洩れたのは、先に空いた穴からレイフォンの姿が飛び出した時だった。

 『……汚染獣を殲滅しました』

 レイフォンのその声が、戦闘の終結を告げた。


『後書き』
今回、オリジナルの剄技を出しました……ご意見色々あると思いますが、ご容赦を

老生体戦終結です
今回の老生体にはシンプルイズベストで考えてみました。いかがだったでしょうか
戦闘の描写については……難しいですね、本当に

※次回は外伝2予定です 

※見づらい、という意見がありましたので会話の部分だけ試しに改行してみました
いかがでしょうか?こちらの方が見やすい、というのであれば、次回から修正していきたいと思います



[9004] 外伝2
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/08/21 23:00
○月×日
 先日料理を教わって、きちんと野菜も切れるようになりました。
 早速試しに料理を作ってみたので、誰かに食べてもらおうと思います。

 「隊長」

 フェリがニーナに声を掛けたのは、小隊ごとの鍛錬の日。それが終わった後、女性用の更衣室での話だった。

 「うん?なんだ、フェリ」

 ニーナにしてみれば、フェリが自分から話しかけてくるという事は珍しい。以前と比べると……実の所、念威の精度以外、普段の態度は大差ないのがフェリだ。無論、都市が危機に陥った時などは積極的に動いてくれているのは有難い話だ。

 「……隊長?」

 「あ、ああ、すまん」

 少し考え事をしていたようだ。
 聞いてみると、料理をしてみたのだという。それで味見をして欲しいのだか……料理か、そういえば私もまともに料理などした事がなかったな。まあ、フェリの料理か、一度味をみさせてもらおう。
 そうして、蓋が開いた訳だが……。

 「うっ………」

 これは……料理、なのか?具材が不揃いなのはいいだろう。だが……この色はなんだ?
 リーリンの料理はこんな色はしないが……いや、リーリンの料理とは異なる調味料を使ってみたのかもしれないな。何はともあれ、食べてみるとしよう。
 ……口にした瞬間襲ってきた衝撃と苦痛。
 だが、それをはっきりと認識する前に私の意識は途絶えた……。

 「……失敗ですか」

 崩れ落ちたニーナを無表情に、いや分かりにくいが、「むぅ」とばかりに不満げな顔をしたフェリがタッパーに蓋をする。目の前には白目を剥いて、ぐったりしているニーナがいる。気持ち悪いので目を閉じさせて、一足先に立ち去る事にしました。
 ……翌日、隊長から「昨日鍛錬が終わった後の記憶がないのだが、知らないか?」と聞かれました。もちろん、「知りません」と答えておきましたが。隊長が疲れてるのかと悩んでいましたが、私には関係ないですね。


○月△日
 前回は見た目が悪かったようです。
 教えに来てくれたリーリンやメイシェンには隊長に味見をしてもらった事は黙っておきました。
 ……成る程、調味料はきちんと計っていれるものなのですね。適量とかあったりするので、適当な量を入れておいたのですが、分かりにくいです。

 今日はシャーニッド先輩とハーレイ先輩が残っていました。どうやら前からハーレイ先輩らが研究していた複合錬金鋼の研究にシャーニッド先輩が協力しているようです。近接武器だと性質上扱える人がレイフォンしかいないので、まずは動きが少なく活剄による肉体強化に回せる銃に走ったのですかね。
 隊長は機関掃除に。レイフォンも以前ならば同行していたのでしょうが、今は別館です。……好都合です。

 「すいません」
 
 「ん?なんだい、フェリちゃん」「なんだい?」

 「実は最近料理をしているんです。よければ、どうですか?」

 シャーニッド先輩は喜んでいただくと言ってくれました。レイフォンもう帰っちまったもんなあ、とニヤニヤしていたのが少し腹が立ちました。
 ハーレイ先輩は、隊長が料理しないから女の子のお手製の食べ物を貰うのは初めてかなあ、と嬉しそうにしていました。寂しい人生なのですね。口にはしませんが。
 今回は見た目は大丈夫な筈です。シャーニッド先輩とハーレイ先輩も普通に手を伸ばしています。
 
 「うぐっ、ごほっ!?」
 
 「むぐううっ!?」

 む、口にするなり、苦しみだしました。
 吐き出したりしたら、許しませんとばかりに真剣な目で見詰めていたお陰か、飲み込んだようです。決して周囲に念威爆雷が展開していたのとは関係ないと思います。
 感想を聞いた所、答えません。何やら口元を押さえているようですが、しかし、人の問いかけにもだんまりとは失礼な人達ですね。
 しばらく黙っていましたが、私がじっと黙って立っているのでようやっと「いや、何か独創的な味つーか…万人受けはしねえと思うぜ」という答えと「も、もう少し味を工夫してみた方がいいと思うな」という答えが返ってきました。
 ふむ、少し独自に工夫してみますか。


《シャーニッド視点》
 ……フェリちゃんが料理つーのはちょっと驚いた。
 生徒会長もそうだが、いいとこの坊ちゃん嬢ちゃんって感じだからなあ。あ、俺の家もそれなりに裕福だぜ。でなけりゃ、もっとあくせく働いてる。ニーナみたいにな。
 まあ、武芸者ってのはレイフォンとこはともかく、普通は優遇されるからな。んで、俺が自分の都市の外に出た理由だが、いたって簡単で、自分の都市の奴で銃の扱いが上手い奴って殆どいなかったんだわ。
 近所に銃の使い手の爺さんがいて、俺も銃が一番しっくりくる武器だったからな。どうも剣とか槍とかで接近戦を挑むより、そっちの方が性に合うんだわ。けど、その爺さんが亡くなっちまうと接近戦の武器ならともかく、銃使いの俺としては困っちまったんだよな。んでまあ、駄目元で学園都市に来た訳。
 いやまあ、有意義だったと思うぜ?三年までは気の合う奴らとつるめたし、本気で思える相手もいた。まあ、そいつは途中で壊れちまった訳だが、今年からはレイフォンが入ってきたお陰で色々と学ぶ事も多かった。先だっては生まれて初めて汚染獣ともやりあった。何時か経験しなけりゃならない事じゃああるが、いざって時に対応出来る奴がいたってのは本当に有難い話だったよな……。
 ………ってな思い出話を何でしてるのかって?
 いやあ、走馬灯っぽい雰囲気だからじぇねえか?
 ………正直、侮ってたぜ……フェリちゃんの料理見た目はまともだったからな……まさかあんな味だとは……っ!
 本気で調味料に汚染物質使ってるんじゃねえかと思ったぜ……。
 ああ、フェリちゃんが退室するまでは耐えてたハーレイも突っ伏して痙攣してるな。
 ……俺もそろそろ限界だわ。

 そして、待機室は静かになった。
 その後、二人は二、三日姿を見せなかったものの、無事だった事と、決して二人はフェリの料理を口にする事はなかった事だけは伝えておこう。 


×月Ω日
 あれから独自の工夫をこらし、新作が完成しました。見た目は問題ありません。
 しかし、困りました。
 隊長も記憶に残っていない筈なのに、本人も理由が分からない様子なのに、料理を勧めると手が震えて、まともに料理が取れないようです。隊長自身が何やら愕然とした様子で、病院に行くとか言ってましたが……まあ、体調が悪いのならば仕方ないですね。
 レイフォンにはまだ食べてもらいたくありませんし、けれど、シャーニッド先輩もハーレイ先輩も二人して、私がタッパーを持って近づいた途端に。

 「あ、シャーニッド!キリクが複合錬金鋼の事で直接話を聞きたいって言ってたんだよ!」

 「おお、そうか!そういう事ならすぐ行かねえとな!」

 と言うなり、駆け出していってしまいました。
 ……何か不愉快です。
 と、あれは……ふむ、最近は割りと顔を合わせる事も多いですし……まあ、お礼と言うのは変かもしれませんが、頼んでみますか。
 その視線の先にはゴルネオとその肩に捕まるシャンテの姿があった。


《ゴルネオ視点》
 「すいません」

 そう呼びかけてきたのは第十七小隊の念威操者、フェリ・ロスだった。
 生徒会長の妹で、二年だが、このツェルニでは群を抜いた優れた念威操者だ。その力は先の二度の汚染獣戦で実感した。
 幼生体の襲撃の際には、我々の念威操者が第五小隊の担当戦域のカバーと、多少隣の小隊の担当戦域が入るぐらいが限界だったのに対して、彼女の念威はいともあっさりとツェルニ全域をカバーしていた。
 レイフォン・アルセイフの攻撃がああも効率的に出来たのは間違いなく、彼女のお陰だ。
 我が故郷グレンダンの誇る天剣授受者にも念威操者がお一人、デルボネ・キュアンティス・ミューラ様がいらっしゃる訳だが、優れた念威操者という存在がどれ程武芸者にとって、特に優れた武芸者程優れた念威操者のサポートが必要なのかを実感した経験だった。
  もし、彼女がいなければ、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフの対応にはより時間がかかっただろう。おそらく、戦域を走り抜けながら攻撃を行う、という形になった筈だったし、母体を発見するのももっと時間がかかっただろう。
 おそらく、その結果としてより怪我をする者が増え、下手をすれば死者の増加にも繋がっていたかもしれん。

  その彼女が俺に用だという。
 何用かと思えば、最近試している料理の味見をしてみて欲しいのだという。身近な者以外の意見も聞きたいのだと聞いて、了承した。シャンテは最初は威嚇していたのだが、料理と聞くなり興味深々の顔つきになって彼女の手元を見ている。やれやれ。
 そして、彼女が料理の入ったタッパーを取り出した。
 中身はなかなかの見栄えの……そう思った所で違和感に気がついた。

 「……シャンテ?」

 食べ物に目がない筈のシャンテが、先程まで俺の肩から爛々と獲物を狙う目で彼女の料理を見ていた筈のシャンテが、いざフェリ・ロスが蓋を開くなり、俺の肩からいなくなった。瞬時に逃走し、今は十メルトル以上離れた角から警戒心満々でこちらを見詰めている……が、近づこうともしない。
 ……何やら壮絶に嫌な予感がしてきた。
 それでも今更後には引けまい。そう思い、俺が料理に手を伸ばすと……。

 「ご、ゴル!それ……」

 「なんですか?」
  
 シャンテが何やら慌てたような様子で叫びかけたが、フェリ・ロスがそちらに視線を向けるなり、怯えたように引っ込んでしまった。
 ……本当に何なんだ、大丈夫なのか、この料理(汗)
 だが、挑むようにこちらを見詰めるフェリ・ロスが目の前にいる。ここまでくれば、覚悟を決めるしかなかろうと料理を口に運ぶ。
 ……ふむ?意外とまともな……。
 そう思えたのは最初の僅かな間だけだった。
 まるで隠された牙を突如剥かれたかのように、強烈な……最早味とは呼べない感覚が脳天を直撃する。
 咄嗟に吐き出そうとするのを口元を押さえて、必死に耐える。
 何なのだ、これは!?これが料理なのか……!?シャンテが逃げ出した理由がよく分かる。いかん、最早舌が麻痺しているのか味が伝わってこない。決死の思いで口の中の物体を嚥下する。灼熱とも絶対零度とも取れるような何かが喉を滑り落ちていくのが分かる。
 
 「……その様子だと駄目でしたか」

 荒い息をつく俺にフェリ・ロスが残念そうな口調で呟く。

 「……ああ、も、もう少し一般的な味付けにした方がいいと、思う」

 「そうですか、ありがとうございました」

 必死にそれだけ口にすると、フェリ・ロスは一礼して去っていった。
 尚、翌日。ゴルネオは珍しく授業と鍛錬を休んだ。


《シャンテ視点》
 ……アレは危険だ。
 アレは近づいたらいけない!
 ゴルが危ない。
 けれど……駄目だ、あたしにはゴルを引っ張る為にあそこまで近づく事さえ出来ない。飛び出そうとすると、あたしの足が震えて、走り出す事が出来ない。
 ……自分の無力さを感じつつ、ゴルがナニカを口にした。
 でも、さすがゴルだ。アレに耐えるなんて……。
 ふらふらと歩くゴルをあいつが立ち去った後、支えて、何とか寮の部屋に戻ったぞ。

 ……料理ってのが恐ろしいものもあるんだとつくづく実感したぞ!


『後書き』
フェリちゃんの料理を食べた面々の感想でした
ニーナの視点がないのは、即効気絶したからです

さて、次は3巻突入だけど……既にリーリンがツェルニに来ているので、大分変わると思います

※doraguさんの指摘で確かに時系列がおかしいのに気付いて修正
ありがとうございました!



[9004] 力を求める者
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/08/04 03:11
 ガハルドにとって、サヴァリスという存在は憧れだった。
 ガハルド・バレーンはルッケンスという槍殻都市グレンダンにおいても、その最初期より存立し続ける古い流派で師範代を務めているという、まずもって強いと称される武芸者だ。
 そのルッケンスにおいて現れた、初代に続く二人目の天剣授受者、それがサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスだ。
 彼の事をガハルドは彼が未だ幼い頃から知っている。
 最初に彼と初めて会った時覚えたのは、感嘆だった。
 まだ幼い少年がルッケンスの技を見る見る間に取得していったのだ。それは『ルッケンスに新たなる天剣授受者が誕生するか』という期待を十分に感じさせるものだった。
 そして、それは嫉妬へと変わった。
 自分が一月二月、或いは数ヶ月、数年をかけて到達した高みへ彼は軽々と昇って行くのだ。ガハルドとて武芸者である。それが悔しくない筈がない。
 だが、それはやがて諦観に変わった。
 彼は違う存在なのだと。
 グレンダンの名門ルッケンスの血の結晶とでも言うべき彼は自分とは違う存在なのだと何時しか諦めに転じた。それはたちまちにして追いつき、追い越されたガハルドなりの自身の誇りの守り方だったのかもしれない。
 そして、それはサヴァリスが当時の最年少記録でもって天剣を得た時、憧れへと変わった。
 サヴァリスに追いつき追い越すのだと願うのではなく、その横に並びたい、共に戦いたいと願うようになったのだ。
 しかし――。
 ミンス・ユートノールが味わったように、ガハルドも失意を感じる事となった。
 サヴァリスすら上回る更なる最年少天剣授受者、レイフォン・アルセイフの誕生である。

 今なら分かる。
 自分はレイフォン・アルセイフに嫉妬していたのだと。
 サヴァリスと同じ立場に立ったと示す天剣と共に、サヴァリスと共に汚染獣と戦えるその立ち位置に。それ故にガハルドはレイフォンが闇試合に出て、金を稼いでいると知った時……怒った。
 まるでサヴァリスを汚されたような気がして。
 だが、怒りを感じる中、彼は次第に心の内から湧き出る囁きに気付く事になった。
 『この事を元とすれば、天剣を自身が手にする事も可能なのではないか?』、と……。
 それは甘美な誘惑だった。
 彼自身が憧れとしてきたサヴァリスと共に戦う、という夢が今正に手の届く所にあるような気がしたのだ。
 無論、自分の理性は五月蝿くがなりたてていた。
 『それは間違っている』、と。
 だが、結局ガハルドは誘惑に屈し、レイフォンを脅迫し……そして敗北を喫した。
 その後になってガハルドはレイフォンの行為を告発した。
 だが……それがガハルドにもたらしたのは屈辱の日々だけだった。
 真面目な武芸者からは『負けた後でなど、何と惨めな奴だ』と嘲笑を受けた。
 闇試合に密かに出ていた武芸者達は罰金を支払い、闇試合を中断させた彼への怨みから悪評を流した。ただし、真実を多分に含んだ。
 市民達はレイフォンへの当初の驚愕と嫌悪が王家からの発表の後で薄れる中、告発者の真相……流された真実を含む悪評からガハルドを『脅迫が失敗したから、腹いせに告発した』と蔑んだ。
 そして、彼の誇りを粉々に打ち砕いたのが、サヴァリスから突きつけられた真実だった。
 レイフォンは彼との戦いに措いて手加減していた。そして、自身はそれに気付く事さえ出来なかった。気付けない程に自身は全力を尽くし、気付かせない程に圧倒的な実力差があった。
 そして、彼には否応なく目を逸らしていた事実、ガハルド自身の醜い内心が突きつけられた。

 『何を言おうと君がレイフォンを脅したという事実は変わりない』

 『武芸者の律とやらから外れていたのだから、しょせんは君も同じ穴のなんとやらだ』

 何より辛かったのはそれに反論出来ない現実だった。

 何時しかガハルドはルッケンスの道場に姿を見せる回数が減り、闇試合に出るようになった。
 闇試合は表向きは閉じられた事になっている、が、実際にはしばしほとぼりを冷ます期間を置いただけでまた何時しか復活した。
 そして、彼も気付く。
 とうの昔にグレンダンの市民もまた、少なからぬ数が闇試合の事を知っていたのだと。そしてそれはイコールで、闇試合に出場する天剣授受者の存在もまた人々は知り、あの時までそれを肯定していたのだと。
 闇試合にレイフォンが出たのは何故か?
 それは多額の賞金が出るからだ。
 多額の賞金が出るのは、いや、主催者が出せるのは何故か?
 それはそれだけ大勢の人間が賭けをしているからだ。
 ……そう、天剣授受者が受ける褒賞金と比べても尚多額の賞金を出しても、十分に胴元が儲かる程の賭け金が動く程に大勢の市民がこの闇試合を見に来ている。
 グレンダンは、動く地域に汚染獣が余りにも多い。故に他都市との交流も少ない。
 それが意味する所は、多額の金が動く闇試合が成立する程にグレンダンの市民がそれに当たり前のように来ているという事。果たして何人に一人がここに来た事があるのだろう?少なくとも何十人に一人、というレベルではあるまい。数人に一人……一度ぐらいは来た事がある、や聞いた事がある、ぐらいの者も含めればもっと多いだろう。
 分かってしまえば、グレンダンでのあの告発が然程混乱を招かなかった理由もよく分かる。当たり前だ。とうに知っていたのだから。
 
 何はともあれ、ガハルド自身はあれから天剣に挑んではいない。
 別段、あの試合で再起不能の大怪我を負った訳でもなく、今では彼も普通に汚染獣と戦える。特に支障を感じた事もない。
 では何故か?
 あれから幾度か天剣へと挑む試合そのものは行われた。
 ガハルドも或いは直接に、或いは映像で見た。
 そして分かってしまった。
 挑戦者の技量と自分の技量に大差はない、と。
 以前にサヴァリスが多少本気を出した途端に、自分は手も足も出ずにやられてしまった。そして、サヴァリスは自分が善戦した筈のレイフォンはサヴァリスと真っ向遣り合える相手なのだと言っていた。
 そうして見てみると、いずれの天剣戦に措いても、以前に自分がされたような絶対的な力の差で叩き潰されるような試合は一つもない。いずれも、その全てが挑戦者が善戦し、その上で最後は天剣授受者が勝利を納める、という形だった。
 分かってしまえば、何とも馬鹿らしい。あれは単なる演出だ。
 今、自分が出た所で、起きるのはアレの繰り返し。自身の技が巧妙に天剣授受者を苦戦、しているように見させてもらって、そうして最後は地に倒れ伏す自分が目に浮かぶようだった。


 そして、その日。
 それは起きた。
 ガハルドはその日もまた、闇試合に出た。金ばかりは遥かに稼げるのだが、ガハルドに贅沢の興味はない。生活に必要な分を引いた後の金はあれ以来街中に設けられるようになった寄付の箱に放り込み、そのまま帰路についた。毎日やっている訳ではない。今、参加している闇試合の関係上、大怪我を負って寝込むような可能性は常にあるから、十分な蓄えは用意している。
 
 『………ルッケンスの秘奥をせめて実戦で使えるようにならねば話にならん……』
 
 闇試合は危険度で言えば、汚染獣戦と公式試合の中間に位置していると言える。
 人間が相手である以上、倒れた所で生きていたからといって、止めを刺されたりする事はない。だが、公式試合と比べ重傷を負う危険は
高い。そうした意味では、下手を打てば死ぬ、実戦に近い感覚で技を試せる実践の場としてガハルドは闇試合を利用している。逆に言えばここで使えもしない技ならば、汚染獣戦で或いは天剣との試合で使うなど夢想に過ぎないという事だ。
 
 ガハルドはルッケンスの高弟故に奥義書を閲覧する許可を得ていた。
 練習では成功した事がある。
 だが、所詮それは偶然の産物に過ぎず、威力も甚だしく低いものだった。
 
 「どうする……どうすれば……」

 考え込んでいたからだろう、一瞬反応が遅れた。
 
 「!」
 
 それでも体が咄嗟に動く。
 上から突然飛び込んできた何か、おそらくは武芸者が力任せに打ち込んでくる拳を受け流す。……重い。武芸の名に値する技などではない。力任せの一撃だ。それでもガハルドの腕には戦闘には支障がない程度とはいえ、微かな痺れがある。自身の技はこの程度の相手ならば完璧だった筈だ、それなのにこの感覚、という事は膂力という、ただ一点においてこの目前の男は自分を大きく凌駕している事になる。
 
 『或いは……リミッターが外れているのか?』

 人の体はその本来の力の大半は通常使われる事なく眠っている。
 火事場の馬鹿力、という言葉があるが、これは一時的に脳内のリミッターが外れた事により、通常の自分では想像もつかないような怪力を発したりする事だ。例えば、普段数人がかりで持ち上げるような中身の詰まった大きな箪笥を一人で燃える家から運び出すような。
 とはいえ、それは諸刃の剣だ。
 常にそんな力を出し続ければ、筋繊維は断裂し、間接は壊れ、やがては人体そのものの破壊を生むだろう。それを理解した上で、男を見れば、明らかに尋常の状態ではない。
 おそらく、既にいずこかで戦闘を行ったのだろう。
 左肩から先はダラリと力なくぶら下がっている。動けば強引に振り回しでもするだろうが、既にそれをやった事を示すかのように左腕はそのあちこちで歪な方向に曲がり、どす黒く鬱血している。おそらく筋繊維はズタズタになってまともに動かない筈だ。
 先程打ち込んできた右はこちらはまだマシな部類だが、それでも白い骨拳の先から突き出している。
 そして、何より異常を示すのが目だ。血走っているとかそういう事ではない、白目を剥き、明らかに正気どころか意識を保っているかさえ怪しいものだ。
 ならば、強力な一撃で粉砕するのみ。
 相手の攻撃を油断して喰らわぬよう慎重に捌きながら、剄を練り上げてゆく。

 『一撃で決めてやる』

 この程度の相手にそれが出来ねば、自分の求める高みに至るなど不可能だろう。
 そんな決意と共に踏み込んだガハルドは獅子吼を叩きつける。

 『内力系活剄の変化、戦声』

 叩き付けられた大音声に一瞬、相手の動きが止まった。
 その瞬間に瞬時に相手の内懐に飛び込む。ルッケンスの技は格闘術、この超至近距離こそがその本来の距離だ。
 存分に練り上げられた剄を叩き付けた拳を通して打ち込む。

 『剛力徹破・咬牙』

 ルッケンス武門における浸透破壊剄技の一つ。
 外からの強力な衝剄と内からの徹し剄によって内外から相手を破壊する剄技だ。汚染獣にさえ通じる一撃を受け、男の上半身は殆ど吹き飛ぶ。残された頭部は一瞬宙に浮いていたかのようにも見えたが、次の瞬間重力に負け、落ち、地面に転がる。下半身はしばらく呆然と立っていたが、間もなくバランスを崩し、こちらも地面に倒れた。
 その光景に目もくれず、自身の両の掌を見詰め自嘲する。
 所詮、己はこの程度だ。これがサヴァリスだったらどうだっただろう?おそらく、だが、この程度の相手ならばきっとただの一撃でその全身を吹き飛ばしていただろう。
 彼はこの瞬間、死体となった残骸から目を離していた。
 彼はこの瞬間、自身の力を嘲笑していた。
 だから、それに気付かなかった。

 『チカラガホシイカ』

 突然頭に響いたそれは言葉でさえなかった。ただ意志を叩きつけてきたというのが相応しい。

 『チカラガホシイカ』

 再び繰り返す声に、彼の心の奥が叫ぶ。
 彼の心が吼え立てる。
 ああ、そうだ、自分は力が欲しい。のろり、と動くガハルドの頭が転がる頭部へと向けられる。そこにあるのは――。
 ズルリ、と頭部を割るようにして現れる異形。

 『チカラガホシイノナラバ――』

 汚染獣。
 そんな言葉が頭に浮かぶ。だが、今ガハルドはふらふらとそれに近づく。

 『クレテヤロウ!』

 槍殻都市グレンダン。
 その薄暗い路地の一角で、微かに誰かの咆哮が響いたような気がした。


『後書き』
何と言いますか、リーリンがツェルニにいたりするとこの後の展開が大分違ってきますよね
ここからはレイフォンの性格は違うし、ゴルネオとの関係とかも大分違うし……殆どオリジナルになっていきそうな気がします

しかし、暑い
仕事が終わって、帰ったら後はご飯と風呂と寝るだけです……。
   



[9004] 力を求めた、その終焉
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/08/13 00:31
 自律移動都市に措いて何をおいても恐ろしいのは汚染獣だ。
 それは最強の武芸者達を有し、最も危険で、けれど最も安全な都市であるグレンダンに措いても例外ではない。
 そのグレンダンに老生体が侵入したのは先日の事だ。
 通常ならば、たとえ寝ていようが、デルボネがその存在を見逃す事などありえない。だが、その時は間が悪かった、というよりまず間違いなく狙って行われたのだろう。多数の幼生体の侵攻を受け、その隙に侵入してきた。
 これでも、通常イメージされる巨大な体を持つ老生体が相手ならば見落とす事などありえないのだが、生憎今回の汚染獣はそのサイズが極めて小さかった。
 人の体に寄生する汚染獣。
 当然ながら、そのサイズは人の体の内部に納まるサイズであり、それが幼生体が攻撃してきたのに紛れて侵入してきたのだ。しかも、巧妙な事に戦闘のその現場では人を襲撃せずに。結果、無数の幼生体との戦闘に気を取られていた間に気配の隠蔽に優れた、この汚染獣は見事に都市内部に入り込んでいた。
 老生体が相手だ。
 この時点で、天剣授受者に出撃命令が下った。
 動いたのは二名。サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスとリンテンス・サーヴォレイド・ハーデン。

 「なんだけどさ」
 
 つまらなそうに呟いたのはサヴァリスだ。リンテンスはというと相も変らぬ仏頂面で煙草をくゆらせている。
 
 「今回の相手ってつまらないよね。鬼ごっこなんて趣味じゃないんだけどねえ」

 「五月蝿い、黙れ。それは1822秒前にも聞いた」
 
 そう、サヴァリスの言葉が全てを表している。
 此度の汚染獣戦は通常のそれ、力で叩き潰すようなものではなかった。いや、寄生した対象の剄技を使ってくる以上、最終的に力で叩き潰すのは間違いないのだが、そこまでの対応がサヴァリス風に言えば『こそこそ隠れて、面倒臭い』という事になる。
 一体に寄生し、都市内部に潜み、一人また一人と犠牲者の数を増やしていく。しかも、力を抑えて潜んでいる内はデルボネでさえ、寄生されている武芸者の剄に紛れて、相手の特定が困難というおまけつきだ。
 例え、一度に一気に食われるよりインパクトは少なくても、市民の不安を煽るという点ではこちらの方が厄介だし、仕留める必要性はサヴァリスも理解している、というか理解していなければそもそも女王の命とはいえ、こんな仕事していない。

 「昨晩はもうちょっとだったんだけどねえ」

 先だって、ようやく発見した寄生型老生体を人気のない一角に追い込み、仕掛けた。
 もう一歩であったというのに、どうやら他に武芸者がいたらしく、そちらに寄生して逃れられたらしい。問題は……。
 
 「少なくとも、寄生した対象はほぼ間違いないのだろう。あの婆さんが姿が確定している相手を探すのにそうそう手間取るとは思えん」

 『聞こえていますよ、リンテンス』

 蝶のような形状をした念威端子がふわり、と呟いたリンテンスの傍らに舞う。
 そう、昨晩に襲われた対象は確定出来ている。
 サヴァリスによってほぼ破壊された寄生対象に止めを刺した剄技、それはサヴァリスが見れば、一目瞭然だった。
 ルッケンスの剄技、『剛力徹波・咬牙』。
 それを汚染獣との戦闘でこれだけのレベルで使いこなせる使い手となると限られる。翌日にはガハルド以外の確認が終わっていた。
 そして、ここにデルボネの念威端子が姿を現した、という事は。

 「見つけましたか」

 サヴァリスがどこか楽しげに呟いた。
 ガハルド・バレーン。
 ルッケンスで師範代を務める、天剣でない範囲で見る限りは優秀な武芸者だ。
 ……そう、天剣と比べない限りは。
 以前に天剣争奪戦に挑み、そしてレイフォンに破れた。
 その後で、サヴァリスによって本当の力の差、という奴を教えられた。
 ……その後どうなるか、と思ってちょっと興味を持っていたのだが、最近色々と動いてはいたらしい。ルッケンス内部ではあれこれとガハルドを非難するような噂が出つつあったのだが、その全てはサヴァリスが封じていた。実の所、ガハルドが闇試合に出ている事は既に薄々悟られつつあり、それでも師範代を解任されていないのはサヴァリスによる所が大きい。 
 さすがに、ルッケンスの長子にして、天剣授受者であるサヴァリスに反してまで、行動を貫徹出来るような者はいなかった。
 別にサヴァリスは同情や罪悪感からそんな事をした訳ではない。
 ただ単に、『今より美味しくなるかもしれないから、暇つぶしに』ぐらいの感覚だ。まあ、結果から言えば、こういう事になってしまった訳だが。

 「ふうん、矢張りレイフォンを探しているんですかねえ」

 『いいえ、どうやら違うようですよ』

 デルボネによるとガハルドは都市中を動き回っているが、サイハーデンの道場には見向きもしていないという。それどころかレイフォンの師であるデルク・サイハーデンの傍を通った時もあったが、その時も全く無視して動き回っているという。

 「へえ、なら誰を狙っているんでしょうね?」

 首を傾げたサヴァリスにデルボネはあっさり答えた。

 『貴方ですよ』 

 「へえ?」
 
 驚きもせず、妙に楽しそうな声でサヴァリスは呟く。
 ちなみに、リンテンスはといえば、興味なさそうに煙草をくゆらせるばかりだ。もっとも、既にやるべき事はやっているのがサヴァリスには分かっている。無論、その仕事に手抜かりの不安など一切ないと確信している。

 『きましたよ』
 
 その言葉が終わるかどうか。
 殆ど同時に、ガハルドが姿を見せた。……見た所、ガハルドに異常は感じられない。そう、この汚染獣の厄介な所は、外見からは判断出来ないという点にある。無論、剄でも分からない。
 
 「ふうん、どうだい?もう意識はないかな?僕の名前を言えるかい?」

 【サヴァリス・ルッケンス】

 サヴァリスが少し目を見開く。リンテンスも初めて視線をちらりとだが、ガハルドだったモノに向けた。
 ……声ではない。口は全く動いていない。
 だが、聞こえた。加えて、サヴァリスの天剣授受者としての称号を省いて。

 【我はイグナシスの切先たるものなり。汝、継承せし者どもよ、汝らは無間の槍衾を駆けるに値するものか】

 再び声が脳裏に響く。
 語る言葉、その全てが分かる訳ではない。
 或いは分かる者はいるかもしれない。先程から突然沈黙した端子とか。だが、そんな事にサヴァリスは興味はない。その顔には獰猛な笑みが浮かぶ。彼を知る者ならば、それがサヴァリスの愉悦の笑みだと分かるだろう。
 
 「へえ?」

 面白げに笑いながら、サヴァリスは革手袋の甲の部分にカード型の錬金鋼を差し込む。既にブーツには同様のものが差し込まれていた。
 『レストレーション』
 その言葉と共にカードは爆発的に質量を増大させ、現れるサヴァリスの牙は格闘戦をその真髄とするルッケンスに相応しい手甲であり脚甲だ。これがサヴァリスに与えられた天剣の姿である。 
 ふわり、と跳躍するサヴァリスに執着しているのを示すかのように、ガハルドだったものもそれを追って空中に飛び出す。そのまま二人はどの建物よりも高い、何もないように見えるソラに立つ。

 「見えているようだね、上等だ」
 
 この場には既にリンテンスの技によって鋼糸が張り巡らされている。二人はその鋼糸を踏んで空中に立っているのだ。無論、ただ立っているだけでも足裏の剄を途切らせれば、或いは転等すればその体は細切れになってしまう。

 「一応、君の葬儀はルッケンスで出す予定なんだ。回収するのも面倒な事にはならないようにしてくれよ?……しかし、単なる汚染獣とくっついただけと思ったけど、どうも更に何か混じったようだね」

 そして二人の力が交錯した。
 
 戦闘そのものは矢張りサヴァリスが圧倒していた。
 疾風迅雷の型をガハルドが放てば、サヴァリスは咆剄殺でそれを打ち消し、更に風烈剄の一撃でガハルドを吹き飛ばす。その姿はまるでガハルドにルッケンスを教育しているかのようだったが……サヴァリス自身にも予想外の事が起きていた。
 ガハルドが教えを受け、それを驚異的な速度で実践するかのように、急速にその力を増していくのだ。
 それを実感しながら、サヴァリスは苦々しい表情など浮かべはしない。むしろ、極めて楽しそうな笑顔になっていた。

 「はは、いいぞ!これは面白い!同門対決というのに興味は持っていたのだけれど、最初は面白くはあっても、そんなに楽しいものじゃないと思ってたんだよね」

 そうして、幾度拳と蹴りを交わした時だろうか。
 突如としてガハルドがその動きを止めた。
 格好の機ではあったが、サヴァリスは訝しげに距離を取って、同じく動きを止める。

 「どうしたんだい?まさか諦めたなんて……」
 
 【我は】「……ス」

 つまらなそうに言いかけたサヴァリスに聞こえたのは、脳裏に響く声と、僅かな……肉声。
 
 「うん?」

 「【わ】サヴァリスゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」

 次の瞬間、紛れもないガハルドの肉声が声を圧するように響いていた。
 ギラリと爛々と光るその視線は獣のようではあったが、紛れもなく、人の目でもあった。
 

 ガハルド・バレーンは己の状態を自覚していた。
 あの時、自分が最も求めていたものだったが故に甘言に乗り、その結果として自分が人の枠組みから外れてしまった事も、そしてサヴァリスと戦い始めた事も。
 当初は戸惑っていた。
 何故自分はサヴァリスを襲っているのか、確かに自分は力を求めたが、それはサヴァリスに認めてもらいたかったのであり、レイフォンに対して怒りを感じて……だが、そんな思考はそう長くは続かなかった。
 実際に拳を合わせてみれば、ごちゃごちゃした考えは吹き飛んでいった。

 ああ、認めよう、俺はレイフォンに嫉妬していた。
 何故だ?
 それは、目の前、サヴァリスに並んでいたから。
 いや、そんな事で誤魔化すのは止めよう。
 俺は一度諦めた。
 目の前の武芸者に自分は届かないのだと、自分ではあそこまで辿り着けないのだと諦めた。
 なのに、レイフォンアルセイフはそこに並んだ。
 自身の半分にも満たない年で、自分ではもう届かないと諦めた高みに達した、その事が妬ましかったんだ。
 どのみちもう自分に未来などありはしない。汚染獣に寄生された時点で、それを自分が受け入れた時点で、我が身は汚染獣として討伐される対象と化した。既に天剣二名の包囲の中にいる以上、ここから逃れる術などありはすまい。
 だが、その前に。
 その前に、一度は諦めた壁を乗り越えてみせる……っ!

 「いい目だ」

 サヴァリスが自身を睨むガハルドの目を評して呟く。
 絶望に染まった目でもない。
 諦めを宿した目でもない。
 ある種の狂気を宿した目だった。
 そう、強さを求めた武芸者特有の果てのない、力への渇望。それを宿した目だった。

 「いいだろう、決着をつけよう」

 つい、とサヴァリスは構える。
 ガハルドもまた、構える。その構えは恐ろしいまでに似通っている。共にルッケンス、当然といえば当然ではあるのだが。
 先に動いたのはガハルドだった。
 己の全力を込め、声を高めてゆく。
 使うは【ルッケンス秘奥 咆剄殺】。震動波で分子の結合そのものを破壊する奥義の一つだ。 
 その眼前で。
 サヴァリスの体が分かれた。
 別のルッケンスの秘奥の一つ。【千人衝】。
 その技を見た時、ガハルドの表に浮かんだのは、絶望でもなく、羨望でもなく、ただ失望のみだった。己の全てを賭けた一撃から逃れるのかと……だが、その思いは自らの正面に立つサヴァリスの笑みを見た瞬間に消し飛んだ。
 ああ、逃げてなどいない。
 サヴァリスは確かに技の名に相応しく、千にも分かれたかと思う程その身を分けていても、今尚自分の前にいる。
 そして、その喉から放たれた【咆剄殺】が、正面に立つサヴァリス自身の【咆剄殺】で打ち消された直後、全周囲から攻撃してきたサヴァリスの攻撃を受け、ガハルドは四散した。
 だが、少なくとも。
 寄生されつつも、彼は最後まで人の姿のまま細切れになって散った。その最後の顔はあくまで満足げだった。
 確かに届かなかった、けれど。それでこそサヴァリス、それでこそ遥かな高みに位置する天剣授受者であると確かに感じる事が出来て、彼は満足して逝った。

 殆どが血風と化し、僅かに残った部分も鋼糸に切り刻まれて細切れになって散っていくのを、サヴァリスはしまった、という表情で見送った。そこには先程までの熱い思いも何もない。
 ガハルドがその全てをぶつけた事も、最早サヴァリスには興味も何もなかった。
 正直、予想の範囲内であまり面白味はなかった。もう少し、健闘なり、予想外の事なりしてくれると思ったんだがなあ、とつまらなそうに呟く。あくまでガハルドはルッケンスの拳士として戦い、散った。確かに秘奥を使ってきはしたが、予想外の事態というには程遠かったのだ。
 むしろ、ルッケンスで葬儀を上げるというのに、ああまで細かく千切ってしまったのは失敗だったと、その方が頭に浮かぶ。棺桶はしっかりと蓋をして、中を見せないようにする必要があるだろうが、回収はさて、どうするか。
 
 「まあ、いいか。親父殿に任せよう」
 
 次の瞬間、足場が喪失して、落ちたサヴァリスはさすがにリンテンスに文句を言う事になったが、無論、リンテンスはその事を全く気にする事はなかった。


『後書き』
原作では、リンテンスがこの後レイフォンの事を思い出しますが……
近作に措いては、その内帰ってくるので、余り気にしていません
ちなみに、ガハルドの精神の復活描写が軽すぎると思われるかもしれませんが……すいません、私の技量ではなかなか……
イグナシスの描写に関しては今後も出てきます、多分原作よりも早めにアレコレと… 

+修正しました
どうもありがとうございました



[9004] 遭遇
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/08/21 23:00
 その日、ツェルニには一つの都市と出会った。
 既に汚染獣に滅ぼされたと思しき都市。
 思えば、それが全ての始まりだったのかもしれない。

 ツェルニがそれを発見したのには無論理由がある。
 発見者はフェリ・ロスだが、通常は都市同士はそんなに至近距離まで近づくものではない。戦争の時期ならばともかく、だ。それが念威端子で発見出来る程の距離に都市がいた理由は一つ。
 全ての都市の生命線。 
 すなわちセルニウム鉱山。
 ツェルニの唯一保有する鉱山にその都市はいたのだった。

 生徒会室には幾人もの人間が集められていた。
 生徒会長カリアンを始めとする生徒会の人間。
 更に武芸長ヴァンゼ、第五小隊隊長ゴルネオと副隊長シャンテ。第十七小隊隊長ニーナと隊員のフェリとレイフォン。
 
 「まあ、見ての通り、既に滅んだ都市のようだ」

 都市第二層の有機プレートが自己修復を行い都市の外部を苔と蔓系の植物で覆っているものの、第一層の金属プレートは或いは剥がれ、或いは砕かれ、或いは抉られ……破壊の後が著しい。都市の脚もその幾つかは失われ、上層の都市部もまたその多くが倒壊し、破損していた。外見から判断する限りは滅んで、それなりに時間の過ぎた都市と思われた。

 「君達、第五小隊と第十七小隊にはこの都市の先行偵察をお願いしたい」

 「偵察だと?」

 「汚染獣の生態が分かっていない以上、あの都市に汚染獣が罠を仕掛けていないとは限らない。例えば、単純にあの都市に実は汚染獣が潜んでいるとか、ね?であれば、偵察をして、大丈夫だという確証を手に入れたい」

 「成る程……そういう事なら偵察そのものには異議はない。だが、何故この二小隊なんだ?」

 「簡単な話だよ。まだ改良された都市外用スーツが完全充足の二小隊に行き渡る程数が揃っていないんだ。となれば、後はスーツの数に部隊を合わせるしかないだろう?後は対抗戦の戦績と万が一汚染獣がいた場合の対処からかな」

 成る程、とヴァンゼもそれで納得する。
 まあ、第五小隊を上回る戦績となると自身の第一小隊ぐらいになってしまう。当然ながら、自身が行く訳にはいかないので、まあ妥当な所と言えるだろう。そして、第十七小隊はこれはもう、完全にレイフォンとフェリが理由だ。この二人が戦闘と探索でどうにもならないなら、ツェルニの他の生徒でもどうにもなるまい。
 ゴルネオ、ニーナ両名も了承した事により、二つの小隊は急遽出撃の準備を行う事となった。


 「成る程、そういう事か」

 一人蚊帳の外だったシャーニッドが急遽呼ばれてきて、最初に言ったのがそれだった。

 「ったく、今日は昼まで寝てるつもりだったのによ、だりぃ」

 「……今日は休日じゃないぞ、何をしていた」

 「いい男の生活を詮索するもんじゃあないぜ」

 「お前に聞いた私が馬鹿だった。さっさと準備してこい」

 「へーい」

 投げつけられた都市外活動用の戦闘衣を持って、更衣室へとシャーニッドは向かった。
 向こうでは第五小隊が準備をしている。実の所、先日試合を行ったばかりだ。
 とはいえ、双方に遺恨はない。毎回毎回試合をしているのだ、その度に遺恨を持っていては切りも何もあったものではないし、楽しい学園生活など夢のまた夢だろう。
 この試合は結局、攻撃側だった第十七小隊が勝利を収めた。
 もっとも、次に双方が対戦する時の防衛側であれば、逆に第五小隊が勝利を収めていただろうと予測されている。こうした試合は攻撃側で一度、防衛側で一度それぞれ対戦するからだ。
 基本的に第十七小隊は攻勢に使用されるべき小隊と認識されており、それを再認識させられた試合だったと言える。
 
 結果、その時相手をしたシャンテからレイフォンは睨まれている訳だが……これもどちらかと言えば、手も足も出なかったが故の悔しさといった方がいいし、陰湿さはまるでない。
 既に準備を整え、後は待つばかりのレイフォンやフェリとは別に、他はまだ準備に忙しい。これはただ単に一足先に呼ばれていた者とそうでない者の差だ。
 ニーナとゴルネオも最初からいた側だが、この二人は隊長という事もあり、打ち合わせと装備の確認に余念がない。
 シャーニッドは手際よく着替えてきたが、今度はハーレイと話し込んでいる。
 先だっての老生体との戦闘で新型の複合錬金鋼は確かに役立った。あれだけの威力の長距離射撃を可能としたのは錬金鋼のお陰な部分も間違いなくあったのは誰もが認める所だ。
 だが、同時に不具合があったのも確かだ。
 一つは矢張り重過ぎる点。それから熱が溜まりやすい点。
 これらの難点を解決する為に考えられているのが、入れ替えを省き、最初に入れた錬金鋼で変更が効かなくなる代わりに前述の難点双方を軽減させた簡易複合錬金鋼だ。元々、複数の錬金鋼を状況に応じて使用、という事自体がそう滅多に行われる事ではない。というより、普通はない。
 レイフォンのような例外でもない限り、錬金鋼の種類は一種類の錬金鋼を用いるのが普通だ。早い話、錬金鋼の切り替えが可能、という機能は技術者の自己満足に過ぎない。実戦での蛮用に耐える為により簡素に、より使い勝手の良いように改造中、という訳だ。何しろ、この技術は未だこのツェルニに措いても最新の研究成果だ、というより他では累を見ない新技術だ。
 もし、この錬金鋼が通常の錬金鋼より僅かに重い程度、ぐらいまで軽量化が為されれば、使用者は爆発的に増えるだろう。今はその過渡期と言える状況だった。
 いずれにせよ、今回は取り回しのしやすさも重要なのでシャーニッドが持っていく錬金鋼は通常の軽金錬金鋼の銃と銃衝術用の黒鉄錬金鋼の二種類だ。
 
 (滅んだ都市、か……)

 それに思いを馳せた時、自らがグレンダンを暫くの間離れる事になった時、あれこれと詰め込まれた機密内容が思い出される。こればかりはリーリンにも言う訳にはいかないので、口に出さないよう気をつけなければいけない。これを話していい相手がいるとすれば、精精ゴルネオぐらいのものだろう。

 (廃貴族。あの都市にはそいつはいるんだろうか)

 まだ見ぬ都市の方角へと視線を向けるレイフォンの横顔を既にサイドシートに腰を降ろしたフェリが黙って見詰めていた。

 
 廃貴族。
 レイフォンはその存在について詳しく教えられている訳ではない。
 レイフォンが知っているのは、それが都市が滅んだ時に都市の電子精霊が狂って生まれるのだという事と、それをグレンダンが集めているという事のみ。集めているとして、何に使うのか、そもそもグレンダンにその廃貴族とやらは既にいるのか、その辺りは聞かされていない。

 「まあ、汚染獣を憎んで憎んで、それ以外考えられなくなっちゃうのね」

 と、これは説明してくれたアルシェイラの言葉だ。
 都市を動かす力を汚染獣を滅ぼす力へと変えたとも言える廃貴族の力は絶大なのだという。
 とはいえ、疑問は残る。
 色々あるが、最大の疑問点は何故そのような相手をグレンダンは必要としているか、だ。もっとも……それが女王の言葉である限り天剣たるレイフォンに断るという選択肢はありえないのだが。
 もっとも……レイフォンに廃貴族を捕らえる方法は言われていない。女王から伝えられた言葉はただ一つ、『そういう存在がいて、グレンダンが集めている、それだけ知っておきなさい』という事だった。発見時に集めるのに協力しなくていいんですか、と思わず尋ねたが、アルシェイラから帰ってきたのは『したいならすればいいんじゃない?』という言葉だけだった。つまり、それはしたくないなら、しなくていいという事だろうか?
 まあ、いずれにせよ……行ってからの話だ。


 ツェルニよりおおよそ半日。
 それで目的地へと到着した。
 逆に言えば、ツェルニも、そう日をかけずしてここまでやって来るという事でもある。余りゆっくりと時間をかけてもいられない。
 生憎、確認した所放浪バスの停留所は破損。反対側も確認してみたが、そちらには停留所は確認出来なかった。
 
 「ワイヤーで上がるしかないですね」

 という訳で先陣を切って上がるのは当然だが、レイフォンだ。
 上で何かあるかもしれない以上当然の話だ。

 「私も連れて行って下さい」

 と、フェリが言い出したのはやや予想外だったらしいが。
 当然だろう、フェリの能力ならこの位置からでも上の様子は探れる筈だからだ。最終的には『どうせ上に生物の気配はありません。それなら、さっさと一緒に上がった方が楽です』との主張が通った。確かに、ここから上がるのは、ワイヤーを上から垂らして機械で引き上げる形になるが、レイフォンに連れて行ってもらえば楽だし早いが、機械だと上に上がるまで自力で捕まっていなければならない。さすがにゴンドラみたいなものまで用意はされていないのだ。
 ……武芸者ならともかく、体力的には一般人に近い念威操者にとってはこの差は大きい。実際、第五小隊の念威操者が少々羨ましげな視線をフェリに向けていた……言い出さなかったのは、隊が違うのと、男だったからだろう。
 

 「そっちはどうだ?」

 「いませんね」

 想定通りと言えば想定通りだったが、生存者は探索後も見つかっていなかった。無論、念威によって一通り探索はされていたが、矢張り目で確認した報告も必要なのだ。
 第五小隊と手分けして調査をしていたが、すぐに違和感に突き当たった。
 腐臭はあった。血の痕もあった。戦いの後もあった。
 だが、死体がない。
 これだけの都市でありながら、当然武芸者も質はともかくそれなりの数がいたであろうに、腕の一本、肉片の一欠けらも見当たらない。第五小隊も同様らしく、戸惑いの声が返ってきた。
 
 「どうなってんだ、こいつは」

 破壊されたシェルターで矢張り、腐臭と血痕と破壊の痕跡だけを残して綺麗に消え去った人の気配に、シャーニッドは苛立った声を上げた。

 「……前にツェルニに来た奴って事はないか?」

 確かに、幼生体が多数押し寄せれば、全ての遺体がその腹の中に納まったという事も考えられるかもしれない。だが。

 「そうだとすれば、都市の壊れ方がおかしいです。……幼生体の攻撃ならもっとこう、横から押し倒された感じでないといけないのに、ここの建物は殆どが上から押し潰されたような形で壊れている」

 それはレイフォンによって否定された。
 汚染獣の中でも幼生体は羽を持ってはいるが、飛ぶ事が得意ではない。むしろ、幼生体の羽とは都市の上まで跳び上がる為のものだと言った方がいい。飛ぶ事の方が歩くより得意になるのは、脱皮して後の事だ。だが、脱皮した後の汚染獣は今度は数が急速に減少する。確かに殺し尽くす事は可能かもしれないが、悉く食い尽くすというのは少々考えづらい。
 結局、特に得る物なく、第五小隊と第十七小隊は合流せざるをえなかった。

 食事はレイフォンと第五小隊の……ゴルネオが作った。
 寝る場所はともかく、特に確執がある訳でもないのに、わざわざ食事を別々に作って食べる事もない。特に、この面子はレイフォン道場で共に鍛錬を重ねている事もあり、食事も和気藹々としたものだった。 
 幸いな事に、電気がまだ生きており、火が使えたので味気ない携帯食料よりは、と各自が手分けして集めた食材を用いたものだった。

 さすがに寝る場所は別々だ。
 そんなに広い場所ではないが、何せ人数自体が十五に満たない少数だ。一人一部屋が割り当てられていた。無論、緊急時に備えて、ある程度纏まった場所にある部屋を確保していた。
 部屋を寝やすくするよう片付けていた際、レイフォンはふと部屋の外に足音がしたのに気付き、ドアをそっと開けて見た……。

 「フェリ」

 外にいたのはフェリ・ロスだった。何となく、ではあったが、そのまま外に出る彼女について行ったレイフォンは今夜の宿となる武芸者の待機所の外に出た所で声を掛けた。幾等今の所危険は見当たらないとは言っても、直接戦闘力に乏しい念威操者が一人でうろつくのは良くない。
 声を掛けられたフェリは少々びっくりした様子で振り向き……直後に不機嫌そうな顔になった。
 
 「あの……」

 「女性の後をこっそりついてくるとは……変質者ですか?」

 ちょっとぐさっと来たが、気持ちを立て直して、『一人で出かける所を見て心配だったので』と言うと、『そ、そうですか…』とちょっと赤くなって、それ以上の追求はなかった。……何故フェリが赤くなったのかは分からなかったが。
 聞けば、彼女が外へと出たのは少し考え事をしたかったらしい。
 自分は念威が嫌いだと思って生きてきた。最近でこそ少し改善はしたものの、好きではない……その筈なのに、つい使ってしまう。
 念威操者にとって、念威を使う事は息をするのと同じぐらい当たり前の事なのだという。
 武芸者の剄とは異なる。ただ目で見る、耳で聞く、普通の五感をも上回るもう一つの感覚器官。それが念威であり、逆に言えば、一般人が見る事聞く事嗅ぐ事触る事味わう事のを当たり前のように感じているのと同じぐらい、念威もまた使うのが当たり前なのだ。私達が敢えて目を瞑り、見ないようにする事が、或いは耳を塞いで聞かないようにする事が普通でない事を考えれば、使わないという事の違和感が分かるだろう。
 
 「フォンフォン、私達はもうどうしようもないぐらい、こういう生き物なのではないか、時折ふとそう思ってしまうんです」

 そう呟いたフェリは酷く小さく見えた。その普段は見ない姿に思わずレイフォンは息を呑む。
 実の所、フェリにはそう考えてしまう、もう一つの理由があった。長続きしないアルバイトや実地研修の事だ。
 無論中にはやってみた結果、余りにも自分に合わないと判断し、自分から辞めた物もある。
 だが、少なからぬものが『君には向いていない』、その一言と共に辞める事を促された。
 そんな時、ふと彼女は思うのだ。自分は念威に頼らない、必要な時だけ使って、それが終わったらさっさと自分のしたい事をするのだとそう割り切った筈が、実は自分には念威の才能しかなくて、他の才能など全然ないのではないかと。
 そんな事はない、ただ自分に向いたものが未だ見つかっていないだけなのだと、考えた次の瞬間には打ち消そうとするが、数が積み重なるごとにその恐怖は次第に強まっていく。
 料理とて、ようやっとまともな物が作れるようになってきたが、それとて売り物になるようなものでも、或いは教師役の二人が作るものにも到底及ぶものではない。
 ぶるり、と震えたフェリは思わず自分を抱きしめるように上腕を押さえながら呟いた。

 「フォンフォン……どうして私達は人間ではないのでしょう」

 その言葉はレイフォン自身の思い出を蘇らせる。

 (気付かせてはいけないのだよ。我々武芸者や念威操者が人間ではないのだと、人類に本当の意味で気付かせてはいけないんだ)

 だから、お前の元にあの二人を試合前にやったのだと、もし、お前があの時それを大衆の前で示してしまっていれば、その時はこの都市から問答無用で追放していたと、あの時女王は語った。
 
 「私達は……」

 その時フェリが何を言おうとしていたのか、それを知る機会は、しかし失われる事になった。
 そう呟いた後、フェリがはっとした様子で顔を上げた。

 「南西三百メルに生体反応!ただの家畜ではありません!」

 それは後に思えば、全ての始まりを告げる鐘の音だったのかもしれない。


『後書き』
『風の聖痕』作者の山門敬弘さんが亡くなりました
続きを期待していただけに残念です
今年は愛読していたり、有名な作家さんが複数亡くなられてしまい、がっくりな日々です
『グイン・サーガ』の栗本薫先生
『狂科学ハンターREI』や美少女の艦魂が出てくる『軍艦越後の生涯』など多彩な活躍をしていた中里融司先生
もう続きを読めないかと思うと寂しさも一際です

しかし、最近は『鋼殻のレギオス』や『伝説の勇者の伝説』などとまるで交代するかのように、富士見で昔人気の高かった先生の作品の出版が激減したなあ……『フルメタ』に『ストレイトジャケット』も長らく出なかったし……まあ、『気象精霊記』みたいな事にならなかっただけマシなんでしょうけれど……うーむ、ドラゴンエイジもそれまでの作品を中断してリニューアルと称して一変してしまったし、本当に何があったのやら



[9004] 廃貴族
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/08/30 00:15
 「南西三百メルに生体反応!ただの家畜ではありません!」

 フェリのその言葉を聞くなり、レイフォンは飛び出していた。
 錬金鋼を下げたままだったのが幸いした。
 この滅びた自律移動都市に突如として現れた生体反応。幸運にも生き延びた人間という可能性もないではないが、その可能性は殆どあるまい、大体そうならばフェリは『生存者』と告げていただろう。
 ならば、最も可能性が高いのは汚染獣。
 そう考え、最速で移動したレイフォンだが、鋼糸を伸ばしたその先にいる相手は逃げる素振りも見せない。
 まるで、レイフォンを待っているかのように。

 「なんだ?」

 そう呟いたレイフォンが辿り着いた時。
 そこにいたのは雄雄しいまでに放射状に伸びた角を生やした、それは黄金の牡山羊だった。


 (汚染獣じゃ、ない)

 だが、同時に汚染獣を前にしたかのような緊張感が湧き出してきて止まらない。それはレイフォンが培ってきた戦いの経験が呼ぶ警鐘だった。
 そして、同時にそれはレイフォンに一つの存在を脳裏に浮かび上がらせた。

 (まさか……)

 これが廃貴族なのか?
 初めてアルモニス陛下より、その存在の話を聞いた後、話しかけてきたサヴァリスが言っていた言葉を思い出す。
 『陛下にも匹敵する力』
 これが本当にそうなのだろうか?だが、だとしたら自身の体がここまで警鐘を鳴らすのも理解出来る。アルシェイラ・アルモニス、槍殻都市グレンダンを統べる女王は余りに強大に過ぎて、天剣授受者が束になってさえ勝てないのだから。
 
 その瞳はレイフォンをずっと見続けている。
 闇とも黄金とも異なる青く輝く瞳。
 獣のものとは思えない、まるで獣の形をした人間に見られているかのような矛盾。
 もし、何も知らなければ、気持ち悪さがレイフォンを苛んでいたかもしれない。
 だが、これが廃貴族ならば。
 愛する都市の住人達を失ったが故に、汚染獣を憎むが故に狂った都市の電子精霊というならば……分かるのだ。
 レイフォンは学園都市ツェルニの電子精霊を見た事がある。可愛らしい幼女の姿をした、それには間違いなく知性の輝きが宿っていた。それと同種の存在ならば知性を有して当然、廃貴族となろうとも人を憎みはせぬ故に襲ってこないのも当然。そして、電子精霊ならば別段人型とは限らない以上、これは異常な姿ではなく、ただ牡山羊型の電子精霊であるというだけであり、この巨大な都市を動かすエネルギーの塊ともなれば、強大な力を秘めていて当然。
 
 「……お前は違うな」

 悩むレイフォンに、夜そのものを震わせたかのような低い声が、突如レイフォンの耳に届いた。
 この牡山羊が喋ったのだろうか?ツェルニが話すのを聞いた事はない。だが……電子精霊だから話せないという訳でもないだろう。

 「既に受け継ぎし者か?ならば伝えよ」

 その青い瞳はレイフォンの構える天剣に吸い寄せられた。
 思わず、牡山羊の口元を確認したレイフォンだったが、その口は固く閉ざされたままだ。

 「我が身は既にして朽ち果て、もはやその用を為さず。魂である我は狂おしき憎悪により変革し炎とならん。新たなる我は新たなる用を為さんがための主を求める。炎を望む者よ来たれ。炎を望む者を差し向けよ。我が魂を所有するに値する者よ出でよ。さすれば我、イグナシスの塵を払う剣となりて、主が敵の悉くを灰に変えん」

 その言葉はレイフォンに、この牡山羊こそが廃貴族なのだと確信させるに十分だった。
 レイフォンは全てを知る訳ではない。
 だが、廃貴族というものが如何なる存在か、如何にして生まれるかを知っていれば、牡山羊の言葉は理解の範疇にあった。如何に恐るべき力を持とうとも、如何にその姿が異様であろうとも、理解出来る存在ならばそれは恐怖すべき対象でも、排除すべき対象でもない。

 「お前は……この都市の電子精霊だったものか」

 「……然り」

 レイフォンは半ば以上沈黙を予想していたが、予想に反して一瞬の間を置いて、答えは返ってきた。

 「ならば問う。お前の名は、この都市の名は何だ」

 「メルニスク」

 或いはレイフォンが自分でも知らぬ程目前の存在との会話で一杯一杯でなければ、もう少し余裕があれば、気付いていただろう。或いはその時、事態はまた別の過程を辿っていたかもしれない。
 その答えが得られた時。

 「レイフォンっ!」  

 一つの影が、ニーナ・アントークが飛び込んできた。 


 少し時系列を巻き戻す。
 レイフォンが飛び出した直後、フェリは屋内へ急いで引き返した。
 念威操者である自分がついて行った所で、所詮足手まといにしかならない。
 いずれにせよ、何らかの反応があったのだから、誰かに伝えなければならない。そう考えての事だったが、屋内に入るなり、人にぶつかりそうになった。

 「!?」

 「!な、なんだ、フェリか。どうした?そんなに急いで」

 ギリギリで、というよりぶつかりそうになったフェリの肩を掴んで止めてくれたのはニーナだった。
 その服装と手にした錬金鋼からすると、寝る前に何時もの日課として鍛錬に出てきたらしい。好都合だった。
 手早く、突然の生命反応の出現とレイフォンが先行して向かった事を伝えるや、ニーナの表情も変わった。

 「分かった、私がこのまま後詰で向かう。フェリはこのままゴルネオ先輩に伝えに行ってくれ」

 正直、レイフォンが向った時点でニーナが行ってもどうにかなるとも思えなかったが、どうやらレイフォンの方も戦闘にはなっていないようだったので、フェリも了承した。
 第五小隊がいなければ、或いは第五小隊との関係に問題があれば、ニーナもまずはシャーニッドも叩き起こして、念の為に、とゴルネオなりに自分から伝えに行ったかもしれない。気持ちの良くない視線に晒されるのであれば、それを部下に押し付けようとせず、自分で行うのがニーナだからだ。
 が、幸い第五小隊との関係は良好だ。ニーナでなくとも、問題はない、と判断し、それは正しかった。
 ……その時はまさかあんな事になるとは思ってもいなかった。


 さて話を戻そう。
 ニーナがその場に着いた時、そこには天剣を構えるレイフォンと黄金に輝く牡山羊がいた。

 『こいつは何だ?』

 レイフォンは天剣を向けてはいる。視線をそれから逸らしもしない。
 だが、今のレイフォンからは戦意は感じられない。
 では、これは汚染獣ではないというのか?だが、何だ?この気配は。
 恐ろしいと思う。
 こうして立つだけで漂う、圧倒的な力。自分など軽々と潰せるだけの力がそこにある事を実感させる。
 だが、同時に親近感も感じる。
 正確には少々異なるだろうが、そう呼ぶのが最も近いだろう。
 
 『こちらを見ている』

 既にレイフォンを無視して、こちらをじっと見詰めているのが分かる。
 正直分からない。
 圧倒的な気配。汚染獣に出くわした時……いや、自分が見た幼生体よりも更に圧倒的なその存在感……シャーニッドのように老生体を見ていれば、多少は耐性もあったかもしれないが、生憎ニーナは幼生体しか見た事がない。
 だが、それでも。
 ニーナは震える手で錬金鋼を復元し、黄金の牡山羊に向ける。

 「我……」

 「っ!?」

 「我が身は既にして朽ち果て、もはやその用を為さず。魂である我は狂おしき憎悪により変革し炎とならん。新たなる我は新たなる用を為さんがための主を求める。炎を望む者よ来たれ。炎を望む者を差し向けよ。我が魂を所有するに値する者よ出でよ。さすれば我、イグナシスの塵を払う剣となりて、主が敵の悉くを灰に変えん」

 つい先程レイフォンの脳裏に響いた声がニーナの脳裏にも響く。
 初めて耳にする言葉だ。
 レイフォンは、これがこの滅びた都市の電子精霊であると知っていた。
 だが、ニーナは知らない。そもそも、知っていたとしても、その言葉は分からない事だらけだ。

 「お前は……何を言っている?」

 「汝には極限の意思というものがない」

 故に出た言葉だったが、黄金の牡山羊はニーナの疑問に答える気はないようだった。
 ニーナの位置からはレイフォンの背が見えるが、その背はこれまで見た事がない程に緊張している。

 「だが、お前には奇妙な感応があるな」

 「なに?」

 「都市を守ろうと思考する者よ。ならばお前で試そう。我を飼う極限の意思なくとも、その感応に全てを賭けてみよ」

 「なっ……!」

 訳が分からない。
 だが、分からないなりに身の危険を感じ、咄嗟にニーナは防御の型を取る。
 だが、それは無意味なものだった。
 ほんの僅かな時間。
 正しく刹那の時の間、動かした鉄鞭がニーナと廃貴族の間を遮った。
 だが、その刹那でニーナの視界から廃貴族の姿が消えた。
 そして、するりと……。

 「なっ、あっ……」

 胸の奥に何かが満ちていく感覚が。

 「まさ、か……」

 むりやり押し入るかのように、胸の奥の自分でもどこにあるだか分からない空洞に、液体が急激に満ちていく感覚が襲い掛かる。
 もしや、これは。
 あの黄金の牡山羊が自分の中に押し入ってきている、そういう事なのだろうか。
 しかし、嫌悪感に苛まれるニーナに出来る事は殆どない。
 黄金の牡山羊の正体も分からなければ、それが本当に潜り込もうとしているのはどこなのか。
 何も分からなければ、打つ手もない。

 「や……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」

 まるで溺れるかのような苦しさの中。
 ニーナは絶叫と共に自らの意識が暗転するのを感じていた。


 レイフォンはその時、油断などしていなかった。
 敢えて彼の責を探すとするなら、つう、と伝った汗が目に入り、一瞬瞬きをしてしまった事だろう。
 誓ってもいい事だが、それは本当に一瞬の事だった。
 だが、その一瞬で、目前より廃貴族の圧倒的な姿は忽然と消えうせた。
 直後に響くニーナの悲鳴。
 急ぎ振り向いたその先に。
 ニーナの姿はなかった。

 「……先輩?」

 一人取り残され、呆然としたレイフォンの声が廃墟に響いた。
 急ぎ、鋼糸を伸ばそうとするレイフォンの耳に声が響く。

 『無駄です』

 「フェリ?」

 そう、その声は何時しか傍らにあった念威端子より発せられたフェリの声だった。
 
 『私も確認しました。……残念ながら、私の念威の範囲には隊長の姿は確認出来ません』

 本当に忽然と……ニーナの姿は廃墟となった都市メルニスクより消え失せていた。


『後書き』
今回はちょっと短めです
原作では、ディンに最初に取り付いた廃貴族でしたが、今回は最初からニーナに憑りつきました
レイフォンは原作では廃貴族ってものを知らなかったので、ああいう事になりましたが、今回は知ってるのでまた反応も異なってます
まあ、メルニスクがデルボネさんの出身地って事は知りませんが…… 



[9004] 脆き心とその逃げ場所
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/09/07 08:26
 ロイ・エントリオ。
 彼は学園都市マイアスにおける都市警察強行機動部隊の第一隊隊長を務めている。
 まず、マイノスという都市においてエリートクラスと言って良い立場にある。
 容姿も整っているし、割と面倒見も良い。
 そんな彼だが、実の所深刻な悩みがあった。

 彼は実の所、出身都市へと帰りたくない、というより帰るのが困難な状況に置かれている。
 今でもそうなった時の事を時折夢に見る。

 当時、彼の出身都市は長らく汚染獣の襲撃を受けてはいなかった。
 しかし……。
 それは、その後も襲撃を受けないという事を意味してはいない。

 知識としては知っていた。
 それまでロイは優れた才能を発揮し、鍛錬では常にトップクラスの成績を維持していた。
 同年代を相手としては早々負ける事もなく、周囲からは誉められ、次代を担う者として期待されていた。
 ――その全てが、一瞬で水泡に帰した。

 あの日。
 汚染獣が襲ってきたその日に。
 
 経験の豊富な都市からすれば、大した襲撃ではない。
 当時襲ってきたのは汚染獣の第一期が一体のみ。
 槍殻都市グレンダンどころか、法輪都市イアハイムでもそう苦労するような相手ではない。
 だが、長く戦った事のない……鍛錬しか経験のない都市には強敵だった。
 全員が懸命に戦った。
 特に戦いを決定づけたのは、ロイの同年代の生徒達だった。
 彼らは自分達が経験不足の都市の武芸者の中でも、更に足手まといな事を自覚してはいたが、それでも自分に出来る事をした。
 汚染獣に強い技をなかなか放てない最大の理由は相手が空を高速で舞う事だった。
 一撃離脱をかける汚染獣に、武芸者達は回避が精一杯だった。
 何とかしなければならない、それを目の当たりにして、彼らは大人達の制止を振り切り、より強い技を放てる大人達に都市の未来を託して、同期五名の内四名で突撃をかけたのだ。
 囮を務めた一人が汚染獣に喰われた。
 次の一人が取り付く前に尻尾の直撃を受け、大地に叩き付けられ逝った。
 残る二人の内、片方がもう片方の足場兼最後の囮となり、結果喰われた。
 そして、最後の一人が空を舞う汚染獣に遂に取り付き、その羽に自らの全力を叩きつけ、羽を砕くと共に力尽きて地面に叩きつけられた所に、羽を砕かれたが故に遅れて落下してきた汚染獣の体に押し潰された。
 だが、その時彼は恐怖の声など上げはしなかった。
 その時の最期の言葉は念威操者を通じて皆に伝わった。
 
 『やった』

 『すいません、後はお任せします』

 後に奇跡的に無傷で発見された彼の頭部。そこには苦痛ではなく、笑みが浮かんでいた。
 
 これに発奮しない者はいなかった。
 遂に大地に引きずり落とされた汚染獣に向け、都市の武芸者達は自らの全力を叩き込んだ。
 無論、地に引きずり落とされたからといって、汚染獣は強かった。
 更なる死者も出た。
 だが、最早汚染獣は逃れる事が出来ず、遂に汚染獣は倒された。

 都市は歓喜の声に満たされ、武芸者を讃える声が沸き起こった。
 ……ただ一人、戦いから逃走したロイ・エントリオを除いて。
 そう、彼はただ一人戦いの場から逃げ出したのだ。
 圧倒的な汚染獣の姿を見た時、彼はそれまでの自信も誇りも失い、恐怖に硬直した。それだけなら良かった。大人達であっても、そうなった者は大勢いたからだ。
 
 汚染獣を地に引き摺り下ろしたロイとその同期への評価は一変した。
 ロイを見習え、どうしてこんな事も出来ないのだ、と叱っていた彼らの親はこう言った。
 『我が家の誉れだ!』
 彼らの剄技の拙さに苦笑を浮かべ、溜息をついていた師範はこう言った。
 『彼らは未熟な所はあったかもしれないが、立派な武芸者だった』
 共に戦った武芸者達はこう言った。
 『彼らは己の全力を尽くした。この勝利の半分は間違いなく彼らの献身のお陰だ』
 都市の住人達はこう言った。
 『彼らは都市の英雄だ』

 ロイを私達も鼻が高い、自慢の息子だと語っていた両親はこう吐き捨てた。
 『我が家の恥だ』
 ロイを誉め、他の者達への見本として持ち上げていた師範はこう嘆いた。
 『彼は技術は一人前だったかもしれない。だが、心は未熟もいい所だった』
 彼の逃走を目の当たりにした武芸者達はこう罵った。
 『武芸者の恥だ』
 都市の住人達は或いは嘲笑と共に、或いは怒気と共にこう言った。
 『恥知らず』『都市の武芸者の汚点』

 もし、これが他にも逃走した者がいれば、ロイへの非難は分散されただろう。より責任のある大人が非難されていただろう。
 実際には、他にも逃走を考えた者はいただろう。
 だが、逸早く逃走したロイの姿が、そうした者の足も止めたのだ。

 『ああはなりたくない』

 それが他の武芸者を一致団結させ、逃亡者をロイ一人に食い止め、結果としてロイ一人に非難を集中させる事となった。
 エントリオ家がそれでも名誉と栄誉を多少減衰させつつも維持出来たのは、一重に息子の醜態を拭わんとばかりに奮戦し、汚染獣に止めを刺した父と、汚染獣を叩き落した英雄となった四人の少年の中にロイの一つ違いの弟がいたからだ。
 その結果として、エントリオ家が非難されるのではなく、エントリオ家の恥部として周囲から認識されたのだ。
 ……逆に言えば、家の名もロイを庇うものではなく、むしろ非難の対象となった。

 『親父さんは勇敢なのに、何であんな出来の悪いのが混じっているのか』

 『弟さんは命を賭けて都市を守ったのに、兄として恥ずかしくなかったのか』
 
 ロイの居場所は最早都市にはなかった。
 両親も汚物を見るような視線を向ける中、まるで廃棄物のように、ロイは学園都市マイアスに送られた。
 彼が都市を発つ際、見送りに来る者は誰一人としていなかった。

 彼の事を誰も知らぬ学園都市マイアスに来て、初めてロイは再び穏やかな日々を手に入れる事が出来た。
 だが、同時に『もしや、また何時か汚染獣が襲ってくるのではないか』と恐れてもいた。
 だが、学園都市は汚染獣に遭遇する事はなかった。
 汚染獣との戦いがなければ、ロイ・エントリオは如才なく日々を過ごし、何時しかマイアスでもそれなりの有名人になっていった。
 
 だが、卒業が近づくにつれ、ロイの不安は高まっていった。
 卒業したとて、どこに行けばいいのだ。
 故郷の都市へは戻れない。
 戻った所で待っているのは冷ややかな視線か蔑む視線。無視と罵声、陰口だ。
 では、他の都市へと移り住むのか?
 どうして?そう問われるだろう。その時、自分はどう説明すれば良いのだろう。
 学生同士ならば誤魔化せても、移住の際の審査はそうはいかない。何故、故郷を離れたのか。そのあたりは厳密な確認が行われる。理由は単純で、何らかの犯罪を犯して都市を逃亡乃至追放された可能性もあるからだ。
 いかに罪そのものは、都市を離れれば実質問われる事もないし、母都市に確認する方法もないとはいえ、誰とて殺人鬼を、詐欺師を、泥棒を自分達の都市に迎え入れたいと思う訳もない。
 放浪バスでの通りがかりならば我慢もしようが、定住となれば、きちんとした審査を受けねばならない。
 もし、そこで審査を通過したとしても、故郷での醜態を隠せても、武芸者である事は隠せない。汚染獣が襲ってくれば、健康な彼は自然と戦力たる事を求められるだろう。
 ――そして、また都市を逃げ出す日が来るのか。
 いやだ!
 いやだ、いやだ、いやだ!
 何故武芸者だからって、汚染獣と戦わないといけない!
 何故この世界には汚染獣なんてものがいるんだ!
 次第に彼の思いはこの世界そのものへの憎しみとなっていった。
 そして、そんな表だっては普段どおりに、内心が焦りと恐れと憎悪に満ちている中、それは現れた。


 「我々は影だ」

 夢の中のような。
 茫漠とした世界の中、ロイ・エントリオに語りかける存在がいた。

 「リグザリオの呪縛によってこの世に残された我々は、影としてこの世界にある。斜陽が生み出す長い影だ。持ち主をはるか彼方に置いたまま、その姿を真似る事しか出来ないものだ」

 何を言っているのかよく理解出来ない。
 けれど。

 「そんな運命から逃れたいと思った事はないのか?」
  
 ある。

 「汚染獣と初めて相対した時、恐怖はなかったか?」
 
 あった。
 だからこそ、自分は逃げた。誰から非難されようとも、あの時自分は恐怖から逃げる事しか考えられなかった。

 「危険を押し付けながら、その補償として与えられた生活を羨む事しかできない連中に怒りを感じた事はないのか」

 あるとも!
 何も知らない奴らに何故ああまで非難されなければならない!
 自身がその生活に何も疑問を持たずに、あの時まで生きてきた事を。そもそも自身が危険を果たすという意味を考えていなかった事を。自身が役割を何も果たさず逃げた、本来の役割を果たさぬならそれは単なる寄生虫に過ぎない事をどこぞの棚に放り捨て。
 受け取ったものを何一つ返していない自分に、そうした相手を非難する権利はないという事を忘却し。
 同じ立場の武芸者が、父も自身を非難した事も忘れはて、ロイは叫んだ。

 「どうして自分達がこんな危険な場所で生きなければならないのかと考えた事はないのか?」

 ある。
 こんな危険な。
 こんな世界で。
 何故自分達は生きねばならないのか。

 「ならば我らと共にあるがいい」

 伸ばされる手。
 そこに掴まれる仮面。
 それは既に滅びた狼を模していたが、彼はそんな動物の事は知らなかった。ただ、知識からそれが動物を模したものだという事だけが理解出来た。
 
 「リグザリオの思想など」

 「イグナシスの夢想の前には塵と同じ」

 彼らの言っている事、その内容自体は時折理解出来ない事がある。
 だが。
 彼らの言葉。
 その大元、この世界の崩壊。
 無意識の内に、彼の内の世界への憎悪と結びつき、彼は仮面へと手を伸ばした。


 「っ!?」

 ロイ・エントリオは飛び起きた。
 寝汗がべっとりと衣類につき、気持ち悪い。

 「……夢?」

 ぼんやりと呟く。
 望みながら上げた手。しかし、そこに現れる確かな痕跡。夢でない証。
 
 「は、ははっ、くくくくくくっ、くふふふふふふふふっっっ!」

 笑い出しかけて、周囲に聞こえては拙いと抑え込んだ声がくぐもり、尚抑えきれぬ声が洩れる。
 ああ、あれは夢ではなかったのだ。
 そうだったのか。世界の真実とは、そんな所にあったのか。
 ならば動かねばならない。
 レヴァンティンに辿り着かれる前に、リグザリオ機関に達し、眠り子の夢片を全て破壊する一手を模索しなければならない。
 その為には、リグザリオへと通じる縁を結ばねばならない。
 ああ、そうだ、だからこそ彼らは自分に接触してきたのか。
 この薄汚い世界を変える為に、あんな奴らの非難のその大元を破壊する為の一手を自身に与えてくれたのか!
 
 「まずはマイアスの電子精霊を手に入れなくては」

 そうすれば。
 イグナシスの夢想を多くの武芸者が共有しさえすれば。
 その時こそ、この世界に平和が訪れるだろう。
 自律移動都市そのものが必要ではなくなる。オーロラ・フィールドがそれを可能とするだろう。

 そう考える自分に何も疑問を持たぬまま。
 その行為の意味を考える事もせず。
 ロイ・エントリオは動き出す事になる。  
 

『後書き』 
 ニーナのマイアス活動編の前に、原作では既に動いてた彼の行動です
 この話では、ニーナが到着するのは、彼が正確にはまだ電子精霊を奪っていない状態からになります
 次回はニーナと共に彼も登場です

 ……しかし、完全にオリジナルの展開って改めて難しいと実感しました
 予想以上に時間がかかってしまいました
 ……まあ、レギオスの場合、まだまだ謎が完全に明かされてない事、話が複数の刊に渡ってリンクしてる事など色々あるのですが
 とりあえず、なるだけ早く、次回を上げたいと思います
 今後もよろしくお願いします
 



[9004] ディクセリオ・マスケイン
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/09/16 12:10
 「よう」
  
 いきなり気付けば、廃墟と化した都市から人の気配溢れる夜の都市へと移動していた故に混乱していたニーナに声を掛けてきたのは一人の男性だった。
 その雰囲気と腰に下げた錬金鋼から見て、武芸科の生徒のようだった。
 何故生徒と思ったかと言えば、腰の剣帯の色がツェルニの最上級生、六年生のものだったからだ。
 身長は高く、足が長い。癖のある赤髪に油断できない色を宿した瞳。
 そこまで考えた所で、はたと気付いた。

 「何者です?」

 これでも四年をニーナはツェルニで過ごしている。
 だが、生憎と現在いるこの場所をニーナは知らない。無論、ニーナとてツェルニの全てを知っているとは言わないが、都市の頂点に見える生徒会棟と思しき建物の形状とそこに翻る旗がここがツェルニではないとニーナに教えていた。
 その地でいきなり声を掛けてきたツェルニ所属を示す剣帯を身につけた男。
 警戒しない方がおかしい。

 「いや、待った待った、俺は敵じゃねえよ」

 男は飄々とした様子で近づいてくる。腕はだらりと下げ、身構えた様子など微塵もないのに、油断出来ない空気が漂っている。
 抜き打ちをすれば、自分が負けるだろう。どこかそう確信させるものがあった。

 「ディクセリオ・マスケインだ。ディックとでも呼んでくれ」

 そう言うと、ニヤリと笑って、「いいね、その態度。見る目もあるようだし、上等だ」と呟いた。

 「……失礼ですが、何か御用でしょうか?」

 「ああ、悪い。いや、久しぶりにツェルニの装備やらを見かけたんで、懐かしくてな」

 懐かしい。
 では、矢張り、この男はツェルニの……いや、生徒とは限らない。既に卒業した相手なのかもしれない。錬金鋼以外でも、気に入った装備を愛用する武芸者は決して珍しくない。卒業後も嘗て使っていた剣帯が気に入って、愛用し続けていたと考えるなら彼が卒業生だとしても納得はいく。
 
 「卒業生の方ですか?」

 「ああ。疑ってるなら、何かツェルニの正式な学生証がないと入れないような場所に関した問題を出してくれてもいいぞ」

 ただし、もう卒業した身なのでなるべく古くからあるのがいいな、最近のだと卒業した後の話になっちまうかもしれない、という言葉に納得して少し考える。
 武芸者の見た目というのは分からない。
 強力な武芸者となると、剄で肉体の老化速度を抑える者もいる。結果、壮年に入っているのに未だ若々しい相手というのもいる。
 『レイフォンもそうなるのだろうか?いや、あいつの場合、更に老化を抑えられるかも』
 と一瞬脱線しかけたが、即座に頭を切り換え、では、とばかりに生徒会役員棟一階奥にある像の台座に刻まれた文字を上げる。あれはずっと昔に悪戯で文字を刻んでいる。

 「求めよ、ならば力尽くで、だ」

 ニヤリと笑ってディックがすんなりと答えを口にする。

 「では次だ。その台座に最初に刻まれていた文字は?」

 「求めよ、されば与えられん」

 これも正解。
 去年まではその文字も残っていたが、今年になって生徒会の人間の手で元の文字は綺麗に消されている。したがって、レイフォンはその消された文字を知らない。元の言葉ではなく、悪戯書きの方が残されたのは、書いた人間が過去のツェルニ武芸科で最優秀の成績を残した生徒だからという。
 まあ、いずれにせよツェルニに侵入している訳ではない。
 ここもまた学園都市に見えるし、そこにこんな夜中に都市の住人ではない者がうろついているというのは、それはそれで怪しいが、都市の法律というものは都市ごとに異なる。ある都市では合法なものが、別の都市では違法という事は決して珍しい事ではない。そもそもそれを言ってしまえば、自分も他人の事を言えたものではない。例え、気付けば全く別の都市に移動していたという異常事態が原因であったにせよ、だ。

 「分かりました。それで早速で申し訳ありませんが、一つお聞きしたいのですが」

 「ん?なんだい?」

 「ここはどこでしょうか?」

 その言葉にニヤリと笑い、ディックは答えた。

 「学園都市マイアスさ」


 その後は何とはなしに、二人で動いていた。
 矢張り、ニーナも全く知らない都市で一人で動くというのはどこか心細いものがあったのは間違いない。それに何かしらの違和感をニーナが感じ続けていたのもあっただろう。
 何が、というのは現状すぐには思いつかないが、どこかしらこの都市には違和感が漂っていた。
 その過程でディックが旅を続けているという事も知った。
 理由は単純。
 ……ディックがいない間に母都市、強欲都市ヴェルゼンハイムが滅んだのだという。
 すいません、と不躾な質問をしたと謝るニーナに、ディックは気にするなと笑っていた。

 ディック自身はどこかを目指しているようだった。
 歩みに淀みがない。
 途中まで歩んだ時、ふとディックが歩みを止めた。 

 「さて、ここでお別れだ」

 「え?」

 「このまま、こっちへ真っ直ぐ歩けば、放浪バスの停留所及び宿泊施設に到着する。後はそこからツェルニを改めて目指すといい」
 
 そう言って、ディックは金の入った袋を押し付ける。
 厚みからして、かなりの金額が入っていると予想されるそれは、確かに放浪バスでツェルニに戻るのに十分な額が入っているのだろう。
 こんな金額受け取れません、そうニーナが言う前に瞬時に表情を真剣なものへと変えたディックは飛んだ。
 一瞬ニーナは迷った。
 だが、次の瞬間、躊躇わずに既に見えなくなったディックの気配を追った。

 いなくなって初めて気付いたのだ。
 
 何かおかしくなかっただろうか?
 自分はツェルニのスポーツウェアを纏っている。ツェルニの紋章が縫い取られているから、嘗ての在校生ならば見分けるのは簡単だ。
 だが、何故彼は。
 私がこの都市にいる事に疑問を呈そうとはしなかった?
 卒業生で、自分の剣帯と同じだと判断した?
 いや、それならばこうして金を渡してきた事に説明がつかない。それは彼女がツェルニに戻るのだと、少なくとも彼女が旅をするのに必要な先立つものを今持っていないと知っていた証だからだ。
 そう、まるで……。
 私が突然ここに来る事を知っていたかのように!


 跳躍そのものは短時間で終わった。
 ディックを見つけたのではない。
 一人の男子生徒を見つけたからだ。
 無論、ただ見つけただけならばニーナとて気にはしない。ただ、急ぎ足で走る彼の手には金属製の鳥かごのようなものがあった。
 そして。
 ニーナはそれに見覚えがあった。
 嘗ては虫かごのように思えた。
 だが、何故それが今は鳥かごのように思えるのか?答えは簡単だ、その中に一羽の鳥が収められていたからだ。
 内力系活剄がそれを見て取る。
 全体は茶褐色だが、胸元は白い。頭に冠でも被っているかのような金色の鶏冠がついている。
 ……何故か直感した。それが。
 この学園都市マイアスの電子精霊なのだと。
 何かがそう、胸の奥で吼えた気がした。

 次の瞬間、ニーナは男子生徒の眼前に降り立っていた。
 彼はぎょっとしたようだったが、すぐに態度を整え、にこやかな笑みを浮かべて言った。

 「どうしたんだい?こんな夜更けにである」

 「貴様、その手に持っているものはなんだ」

 相手の言葉を途中で遮り、瞬時に錬金鋼を片方のみ復元させ、突きつける。
 
 「……何のつもりかな?」

 「それはこちらの台詞だ。貴様が持っているものを見せてみろ」

 「……僕はマイアス都市警察強行機動部隊、第一隊長のロイ・エントリオだ。君の行動こそ何のつもりかな?」

 「何度も言わせるな。……貴様の手に持っているそれを見せてみろ」

 この男がどうやらマイアスではエリートに属する、ツェルニでいう所の小隊員クラスである事は理解した。
 だが、それ故にニーナには許せなかった。この男がしようとしている事に。

 「お前の手に持っているものは以前に見た事がある」

 ピクリ、と。
 ロイの体が揺れた。

 「貴様が持っているのは……電子精霊だな」

 「なにを」

 「誤魔化す必要はない。私はお前が電子精霊を盗んだという確信があるし、それに」

 今なら先に感じた違和感が分かる。
 自律移動都市には当たり前のようについてくるものがなかった。
 
 「貴様が手に持つのが電子精霊でないというならば……何故都市は足を止めている?」

 そう、足音がしなかった。
 巨大な自律移動都市を移動させる脚部。それが一つ残らず停止していた。
 どの都市へと移ろうとも、滅びた都市以外には必ずつきもののそれがなかった事こそが、違和感の正体だった。

 「……参ったな」

 困ったような様子でロイは呟いた。
 
 「君はこの世界をおかしいと思った事はないかい?」
 
 どこか落ち着いたその様子にニーナは眉を潜める。
 何時の間にか、ロイの手元には、鳥かごを持つ手とは反対の手に仮面が握られていた。既に失われた狼と呼ばれるものを模したものだが、ニーナにその知識も、仮面への見覚えもない。

 「これを被れば、イグナシスの望む世界を見る事が出来ます。イグナシスの夢想を共有する事が出来るのですよ。多くの武芸者が夢想を共有する事が出来た時、世界平和が実現するでしょう」

 薄っぺらい。
 これ程説得力のない顔は珍しいとしか言えない陶然とした表情でロイは告げる。

 「その為に…」

 「だま、れ……」

 苦しげにニーナは呻いた。
 胸の奥から激情が込み上げてくる。それは怒りだ。
 イグナシス。
 その言葉とロイが仮面を手にしてからのそれが胸の奥から込み上げてくる。
 体の奥底で、黄金の牡山羊が身をもたげ、力を噴き上げるのを感じる。
 
 「君は……っ!?そうか、廃貴族……!」

 「黙れと言ったっ!」

 慌てて、仮面を被り、錬金鋼を復元させるロイにニーナは一気に襲い掛かった。 
 かろうじて、手にした剣で受け止めるロイだが、元より黒鋼錬金鋼の鉄鞭を片手で振り回すニーナは、筋力強化に長けている。ましてや最近はレイフォンの教導の元、鍛錬を受け続けてきた。
 むしろ、厄介なのは自身の内から溢れ出す力の奔流だが、それでも不完全な姿勢のロイが体勢を崩すのには、その手から敢えてもう片方を復元させずに空けていた左腕で鳥かごを奪うには十分だった。

 「!貴様」

 「かえして、もらうぞ」

 油断なく鉄鞭を構えるニーナだったが、奪われた筈のロイはだが、焦った様子を見せなかった。

 「……成る程、確かに油断していたのは認めましょう。けれど……」

 その言葉を合図としたかのように。
 次々と同じように仮面を被った男達が或いは屋根の上に、或いは建物の陰から、或いは路地から姿を見せる。
 その光景にニーナは歯噛みする。
 分かってはいた。
 電子精霊を盗むなどという大胆な行動を取る以上、そして彼が語る妄想がある程度の真実を含んでいると考えるなら、この都市を脱出する為の仲間がいるであろう事は。
  
 「それでは……」

 だが、ロイがそう続ける前に、一つの声が降って来た。

 「参ったな、本当ならお前さんが気付く前に全て終わらせて、後は記憶を消してやって終わりとしたかったんだが」

 予定通りにはいかないもんだ、そう困惑したかのような、けれどどこか楽しそうな笑みを浮かべるのは。
 最早金棒と呼んだ方が良さそうな、一振りの鉄鞭を肩に担いだディクセリオ・マスケインだった。


『後書き』
完全オリジナル編突入
原作では全くいい所も何もなかったロイですが、彼だって実績上げてはいたと思うんですよね、マイアスで
リーリンに心の鎧を砕かれた後だったので、ああも動揺しちゃってましたが

とりあえず次回はニーナVSロイ、ディックVS狼面衆です 



[9004] その名は雷迅
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/11/04 16:07
 ロイ・エントリオは決して弱くはなかった。
 狼面衆の他は、突如参戦してきたディクセリオが相手どっている。どうやら、彼らとの間に深い因縁があるらしく、一旦始まったら両者ともこちらに意識を向けたりはしなかった。いや、狼面衆に比して、ディクセリオが強い為、狼面衆にはこちらに手を出す余裕がなくなったというべきか。
 
 「どうしました?」
 
 とはいえ、こちらの状況は余りよろしくない。
 ニーナには『これ』という攻撃型の技がない。
 防御に関してはレイフォンから学んだ金剛剄があるし、基本的な剄技は当然ニーナも扱える。しかし、攻撃より防御を主体としてきたニーナには一撃必殺、というべき技も、得意とする攻撃の型もない。万能というには本当の意味での万能を知ってしまった今言えない。彼女は基本、防御に徹し、相手の隙をついての一撃を打ち込む、というのが基本なのだ。
 
 「確かに貴方の一撃一撃は重いですが……」

 振るわれた一撃を手にした長剣型の錬金鋼で弾く。
 真っ向から受け止めるのではなく、側面を叩く形で逸らすのだ。

 「遅い」

 いや、無論ニーナの一撃とて十分に早い。
 だが、それが同レベルの相手との対戦となった時、どうしても武器の重量による差が出来てしまうのだ。
 考えてみれば、当然だ。
 如何に堕ちたとはいえ、ロイ・エントリオとてこの学園都市マイアスにおいて、一つの部隊の隊長を務めていた。そんな彼が凡百の武芸者である筈がない。……事実、故郷でも彼は汚染獣に恐怖を抱き、逃げ出すまでは同年代でも随一と褒め称えられていた。
 そう、彼は人を相手にしている限りは、十分に手強い武芸者であった。
 彼の戦い方は基本に忠実だ。
 疾影で動きを惑わし、或いは鋭い一撃を。或いは閃断で遠距離から仕掛けてくる。
 最初の数撃でニーナが防御が固いタイプと見抜き、消耗戦を仕掛けてきているのだ。確かに、防御にも剄を使う上、長期戦になれば武器の重量差が顕著に出る。長剣一本を使うロイと、二本の鉄鞭を使うニーナとではただでさえ、一本の鉄鞭の方が長剣より重いのだ。体力の消耗はより激しいものとなり、速度にますます差が出る。
 
 ニーナはガトマン・グレアーの事を思い出していた。
 ロイの戦い方は彼と同じ、じわじわと相手の力を削いでいくというものだ。これが試合ならまた違った形になる。
 試合の場合、時間制限があるから、長期戦には持ち込みづらい。長期戦に持ち込むのは、自分が相手の足止め役となった時ぐらいだろう。それならば、自身の役割は相手に勝てないまでも、その場に相手をとどめればいいのだから、時間がかかろうが構わなくなる。
 とはいえ、そのようなシチュエーションなどそう毎度毎度ある筈もなく、結果、ガトマン・グレアーは実力そのものは評価されつつも(彼の性格的なものも多々あったろうが)小隊員に選ばれる事はなかった。
 だが、ここは違う。
 今求められているのは、確実に勝利する事。時間がかかろうが、無様だろうが、恥知らずだろうが、ただ勝利だけが全てを決める。だからこそ、ロイはより確実に勝利を得る為の戦い方を選んでいるのだろう。
 腹はたたない。
 卑怯な、などと罵るのは挑発なりの目的があっての行動ならともかく、悔し紛れのそれは情けない。
 
 以前にレイフォンが色々な戦い方をしてみせてくれた事がある。
 本当は彼にも苦手な戦い方も混じっていたのだろうが、何しろ実力差がありすぎて、拙い部分を突くなどという事が出来る筈もなく、相手をしている立場からはいいようにしてやられたという印象だったが、それでも何を伝えたいのかは分かった。
 一口に攻撃型、防御型と言っても本当に色々な戦い方があるのだと。
 それぞれの行き着く先、攻撃と防御を二人の武芸者が分担し、それぞれがそれに特化した武芸者というのも存在するという。

 『天剣授受者の内の二人で、カウンティアさんとリヴァースさんって言うんですけど』

 一撃一撃が必殺。けれど余りの威力に自らのスーツがもたず、都市外での戦闘では十回しか攻撃を放てないカウンティア。 
 天剣でさえ盾の形状を持ち、ただひたすらに防御に特化し、攻撃を放たない。けれども誰もが認める金剛剄の使い手リヴァース。
 正に対極的な、一つの頂点を極めた形だ。スレンダーな長身とぽっちゃりの小柄。女と男。体型から性別さえ反対とも言えるこの二人が熱い恋人同士だというのだから、世の中は面白い。
 そうした彼らに対し、レイフォンはバランス型だ。
 バランス型の中でも攻撃に偏っているのがレイフォンとするならば、防御に偏り気味なのがニーナだ。
 そうした戦い方は型に嵌れば強いが、反面状況の打破は難しい。
 攻撃型ならば怒涛のラッシュや搦め手の攻撃を仕掛けて、要は自分から仕掛ける事が出来る。その結果として、それを凌がれて負ける事はあるだろうが、ここで重要なのは自分からそうした攻撃を仕掛ける時というのは何らかの事情で決着を求める時だという事だ。
 不利な状況からの逆転でもいい、時間に迫られてのいちかばちかでもいい。勝つにせよ負けるにせよ自分から動けるのが攻撃型の強みと言える。
 反面、防御型は自分から仕掛けるには余り向いていない。
 例え不利であろうとも、そこを凌ぎきるのが防御型の戦い方だ。亀を考えてもらえば、分かるだろう。手足首を引っ込めて甲羅の内に閉じこもっている時、例え甲羅が割れそうだからといってもだからと言って、甲羅から出て攻撃を仕掛けるなどありえない。ただ、ひたすらに耐えて甲羅の耐久性に賭けるしかないのだ。
 安定はしているが、自分から動くには物足りない。それが防御型の弱みだ。
 何が言いたいのかというと、こうした不利な膠着状態、このままいけば敗北が見える状況を変えるにはニーナには手札が足りない、という事だ。

 「おや?ちょっと苦戦気味かい?」

 そこへ降って来た言葉は……。
 
 「…ディクセリオ……先輩?」

 何と呼べば分からなかったので少々戸惑ってしまったが、とりあえず無難な呼び方を選ぶニーナ。
 ちなみにロイはディクセリオが飛び込んできた時点で、警戒して距離を取っている。
 
 「防御は得意みたいだが、受身ばかりじゃどうにもならないって時もあるからな。攻撃は最大の防御って言葉もある」

 別段、彼の方は不利になったから離脱してきた、という訳ではなさそうだ。ただ、単に相手に攻撃していたら、偶々自分の所にやって来たという印象を受ける。そして、それは事実なのだろう。
 
 「いいだろう、同じ鉄鞭なんてもんを使ってるのも何かの縁だ。俺のとびっきりの技を教えてやる」

 次の瞬間。
 ディクセリオの姿が消えた。
 
 「!?」

 ロイもまた驚きに目を見張っている。瞬間、向けた視線の先にディクセリオがいた。こことその位置の間にいたのであろう狼面衆が消えていく所だった。
 その消える様に驚く間もなく、再びディクセリオが戻ってくる。

 「どうだ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、ニーナを見やる。
 
 「雷迅と名付けた。祖父さんの教えを基に俺が作った技だ」

 殆ど見えなかった。
 ニーナに見えたのは残像ぐらいのものだ。

 「もう一度やってみせてやる。よく【見てろ】」

 鉄鞭を構えたまま、ゆっくりと腰をおろす。今度は見えるようにゆっくりとやる気だ。ロイはというと、明らかに自身より上の相手が間近に来た事で混乱している。とはいえ、ディクセリオの矛先はそちらへは向いていない。
 
 『そいつはお前の獲物だろう?』 

 そんな声がニーナにも聞こえてきそうだ。
 レイフォンに教えられたように瞳に剄を注ぎ、何とかディックの剄の流れを見ようとする。
 剄脈のある腰、そして鉄鞭を中心に剄が波紋を描いて大気に広がっていく。だが、それは拡散しているわけではなく、ある一定の距離まで離れると新たな流れを作って剄脈から鉄鞭へ、鉄鞭から剄脈へという無限循環を作り上げていた。
 肉体の内と外で作り上げられた剄脈回路は、疾走する活剄を強化し、同時に衝剄を鉄鞭に凝縮させてゆく。

 「己を信じるならば、迷いなくただ一歩を踏み、ただ一撃を加えるべし」

 唐突にディックが呟いた。

 「俺に武芸を教えた祖父さんの言葉だ」

 その言葉と同時にディックの姿が再び消えた。
 今度はギリギリまで感覚を研ぎ澄ませて、何が起こっているのかを見た。
 無限循環を作っていた剄の流れが引き千切れるように形を変え、脚と鉄鞭に吸い込まれるようにして消えた。脚に吸い込まれた剄は旋剄に近いものがある、移動用だろう。鉄鞭へと吸い込まれた剄は確認出来なかった。
 次の瞬間には、更に軌道上にいた狼面衆が纏めて消えた。
 
 ニヤリとその視線の先でディックがワラウ。
 やってみろ、と言わんばかりに。
 いいだろう、ならばやってみせよう。
 剄を練り上げていく。レイフォンの教えに従い、生真面目に剄息で日常生活を送ってきたお陰だろう、慌てて思い出したかのように剄息を行い、剄を練り上げていくロイより断然ニーナの方が早い。あの瞬間でさえ、ニーナは自然と剄息を使っていた。
 ただ、それでも何分初めて使う剄技と、使い慣れた剄技の差だろう。ニーナよりも早くロイが剄技を完成させ、閃断を放ってくる。
 それは防いだが、折角練った剄は拡散してしまった。
 今度こそ、そう思い、再び剄を練る。
 どこかしら焦ったように攻撃を仕掛けてくるロイだが、それを凌ぎ、次第に剄技を見よう見真似で練り上げていく。最初は防御の瞬間に霧散してしまったが、幾度も繰り返す内に次第に感覚が掴めて来る。ロイの動きに乱れがあるのも効を奏した。
 実の所、ふと周囲を見回せばどんどんと数を減らす狼面衆の姿に、次は自分が彼と対峙するのかという焦りをロイが実際に生じさせていた為だった訳だが、集中するニーナにそれは視界に入らない。
 そして遂に。
 剄がまだ歪ながら、循環を始める。
 状況は先程までと変わらないように思える。
 攻撃を仕掛けるロイ、耐えるニーナ。だが、鉄壁のガードの向こうで一撃必殺の威力を秘めた一撃が練り上げられていく。違うのは、そのただ一点。だが、その違いが、ロイの焦りを益々大きなものとし、それは攻撃に雑さをより混ぜてゆく。

 そして、連撃を放ったロイが瞬間、態勢を整える為に間を取ったその瞬間。
 それは放たれた。

 『活剄衝剄混合変化 雷迅』

 放たれた一撃は慌てて防御しようとしたロイの防御を弾き、その体を吹き飛ばす。
 身体に痺れを感じつつも、取り落とした武器へと手を伸ばそうとして、けれどロイは瞬時に追撃をかけ、迫ったニーナに気付く。
 慌てて、立ち上がって逃げようとする、そこへトドメとばかりに鉄鞭が叩き付けられる。

 「痴れ者が!」
 
 今度こそ、ロイは鉄鞭の直撃を受け、そのまま意識を失った。

 
 向こうでも決着がついたのだろう。錬金鋼を戻し、軽く拍手をしながらディックが近づいてくる。
  
 「いや、見事なもんだ」
 
 まだまだ荒いし、未熟な部分は多いが、それでも初めてにしては上出来だ。そう評価するディックに、ニーナも頷く。
 その後、はた、と気付き、慌てて鳥篭に駆け寄る。
 籠の中の小鳥型の電子精霊は弱っているのだろう、底でぐったりとしている。
 
 「早く戻してやらねえとな」

 覗き込んできたディックの言葉に頷き、共に駆ける。
 ちなみに、籠はディックが持った。理由は単純で、彼が持った方が早かったからだ。矢張りこの辺は双方の疲労の差だろう。
 基本的な構造はツェルニと似通っていたからだろう。問題なく、機関部へ、更にその奥の電子精霊の核へと至る。不思議な事にここに至るまで全く人の姿を見かけなかった。

 「ほら」
 
 そっと籠から取り出された電子精霊をディックが渡してくる。
 そのまま巨大な水晶塊とも見える、その場へと電子精霊を両手で持ち、近づき、そっと伸ばされた手の上にある電子精霊の羽が水晶塊に触れた時、ニーナの視界が急速に歪んだ。
 虹のようにも見える不可思議な光景に、けれどその中で唯一揺らがず立つディクセリオ・マスケインに視線を向ける。

 「戻ろうとしてるんだよ。お前さんの役割が終わったからな」

 貴方は何を知っているんだ、その言葉にそう叫んだつもりだったが、声は出なかいままに、その姿は消えた。

 「じゃあな、オーロラフィールドの彼方で……また会わねえのがお前さんの為か」

 そう呟いたディックもまた姿が揺らぐ。
 どうやら時が来たようだ。幸い、マイアスとの縁は結ぶ事が出来た。不敵な笑みと共に、ディックもまた姿を消した。


 【学園都市マイアス詳報】
 『一時、学園の電子精霊が機関部より姿を消し、都市が脚を止めるという異常事態が発生。都市全域での捜索をかけるも電子精霊の発見に至らず。
 幸い、停止より二時間後に電子精霊の復帰と、都市の移動を確認。
 一時的な都市の不調と判断される。
 ただ、この停止により汚染獣に感知され、襲撃を受ける。死傷者が出るものの、都市の防衛には成功。
 今後このような事が起きないよう、徹底的な原因の解明が求められるものである』

 尚、ロイ・エントリオという学生がマイアスに在籍したという記録は残っていない。


【後書きっぽい何か】
久方ぶりの投稿です
間が空きました……早い話、疲れとする事が多すぎて、手がつけられなかったというのが正しいんですが
お休みが欲しい
次回は、ニーナが再びツェルニに復帰です 



[9004] 後始末、そして生まれる疑念
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/11/18 18:46
 廃墟と化した面々の視点から言えば、ニーナ・アントークは忽然と消えた時同様、おおよそ実時間で十五分の後、再び消えた場所と同位置に現れた。
 即座にその情報はニーナの消息を探して飛び回っていた念威端子が感知。更に数分の後には両小隊の隊員達が駆けつける事となった。
 当然ながら、シャーニッドらは彼女に何があったのかを尋ねたが、何しろニーナ自身にもよく分かっていない。まさか、いきなり別の学園都市に飛んだ、などと言う荒唐無稽なお話をする訳にもいかない。
 どうしようか、と悩んでいた彼女に助け舟を出したのは、レイフォンとゴルネオだった。
 二人とも、ニーナが混乱しているからと、ひとまずは翌朝にしよう、とにかくニーナが無事に戻ってきたのだからいいじゃないか、ととりなしてくれたのだった。
 結局、こんな事件があった後でまともな調査が出来る訳もなく、彼らは翌朝早々に廃墟と化した都市を離れた。

 
 とはいえ、それで単純に終わる訳もなく、ツェルニに帰還後、ニーナは早々に生徒会の調査に……呼ばれなかった。
 いや、正確には確かに生徒会に呼ばれたのは確かなのだが、人払いが為され、そこには会長カリアン・ロス、武芸長ヴァンゼ、第五小隊隊長ゴルネオ、そして第五と第十七小隊の隊員のみだったのだ。
 当初はより少数のみ、という事も考えられたのだが、結局当事者となった全員が集められたのは、情報不足のまま放置して下手な噂が流れるのも拙い、という事になったからだ。下手な憶測が飛び交うよりはまだ、真実を知った上で黙ってもらった方がいい、と判断された訳だった。無論、その代償としてこの場で明かされた話を外で漏らした場合はソレ相応のペナルティが科せられる事になっているし、彼らは少なくとも黙っておくべき事を黙っていられないような面々ではないと判断されたからなのだが。
 
 「何が起きたのかを聞く前に、だ」

 ちらり、とレイフォンにカリアンが視線を向ける。それに頷いて、レイフォンは。

 「隊長、今廃貴族は隊長の中いるんですか?」

 ズバリ直球で聞いてきた。
 さすがにそう来るとは思っておらず、ニーナも思わず絶句する。廃貴族、その言葉に首を傾げていないのは、ゴルネオのみで、後は多かれ少なかれ疑問を感じているようではあるが。ただ、カリアンは廃貴族の意味は分からずとも、ニーナの様子から真実を悟ったようで。

 「いるようだね」

 その言葉にニーナは俯いた。

 「あ~で、その廃貴族、だっけか?それって一体何なんだ?」

 シャーニッドが訳分からん、と言いたげな様子で尋ねる。
 その言葉に、もっともだ、という様子で頷いたゴルネオがレイフォンに視線を向けると、レイフォンは黙って頷いた。

 「正直に言えば、僕も全部を知ってる訳じゃありません」

 そう断って、幾つかの情報を明らかにした。
 この情報に関して言えば、正直レイフォンにアルシェイラはただ単に「伝え忘れていた」のだろうと思う。
 ティグリスとか、カナリスとか、カルヴァーンとかならレイフォンに情報がきちんと伝わっていないと知れば教えてくれただろうが、彼らもてっきり女王が既に教えたものと思っていたのだろう。
 そして、他の天剣授受者がわざわざご丁寧に「おい、この情報は知ってるか?」なんて確認の為に聞いてくれるような性格でないのは言うまでもない。
 無論、これらについては「あんたに任す」と必要なら与えられた情報の開示も認めてくれた、というか丸投げした女王の許可があればこそだ。そうでなければ、レイフォンとてさすがに聞かれようが黙っている。この辺りは廃貴族を重視したのが、十二本の天剣が揃わないが故にそれ以外の匹敵する力を求めた先代の王であり、現在の女王であるアルシェイラは出身を問わずに実力のみで天剣を選出する、という手法を採った、という面も大きい。
 
 「廃貴族というのは、滅んだ都市の電子精霊のなれの果てです」

 「なれの果て?」「あれが電子精霊?」

 「ええ、自分の都市とそこに住む人々が殺しつくされた事により、本来なら消える筈の電子精霊がごく稀に汚染獣への憎悪から変異する事があるそうなんです」
 
 そうして、何らかの形で人の中に入る事があるのだという。……いわば、汚染獣と戦う為の武器として。
 無論、入ったからとて対象の身体を自在に操るという事が出来る訳ではない。精々、自らの憎悪を伝え、相手の思考を塗り潰すぐらいが関の山だという。
 「いや、それ十分操ってるだろ」というシャーニッドの言葉は置いておいて、廃貴族が入った人は、その廃貴族の力を借りる事によって膨大な剄の力を操る事が出来るのだという。何しろ、元は一つの都市を動かしていたエネルギーの塊だ。確かにとんでもない出力を誇るようにもなれるだろう。
 ……制御出来れば、の話だが。

 「何しろ自意識を持つ巨大な力の塊がいきなり入ってくるんです。しかも、その意識は隙あらば汚染獣との戦いに乗り移った相手を駆り立てようとするんですから……」

 それを聞いて、全員が苦い或いは渋い表情になる。
 軽自動車にジェットエンジンを搭載するようなものだ。それも何時勝手に動き出すか分かったものじゃないような代物を。
 その載せられた軽自動車が実はジェットエンジンにも耐えられるような車でした、というのならばまだいいだろうが、普通は、この場合は剄脈が中を流れる巨大な力に耐え切れず破損する事になるのがオチだろう。 
 よしんば、耐えられたとしても、果たして制御しきれるかどうか疑問だ。
 せめて、幾度か試す事が出来れば、また感覚も掴めるかもしれないが……。

 『……無理だな』

 ニーナは内心でその考えを却下する。
 あんな力をそう何度も何度も引き出すなど出来ればしたくないし、廃貴族という力が自らの内にある事は分かっても、それを引き出す術は分からない。呼びかけてはみたが、反応する様子はない。眠っているという感じではなく、『今は自分が起きる必要はない』と決め付けているようだ。……これまでの話通りならば、廃貴族が起きるのは汚染獣が現れた時か、或いは……。

 『あの狼面衆とかいう連中が現れた時か』

 結局、その後ニーナは他の都市へと突然飛んだ事、そこで電子精霊を救った事は話したが、狼面衆やディックの事は黙っていた。……あれが現実の事か実感が分かない事もあったし。
 それに、この話だけで皆は一様に混乱していた。当然と言えば当然の話だ。夢だったのではないか、と言いたい所だが、それでは念威操者でさえ見失った、あの空白の十五分の説明がつかない。何かが起きた、とは思うし、廃貴族などという初耳の存在も知ったが、レイフォンらとてその詳細を知っている訳でもない。

 「……正直、信じられないような話だ」

 ヴァンゼがそう呟いたのはもっともな話ではあった。

 「だが、否定出来る要素もない」

 だが、その言葉をカリアンがそう反論する。
 誰もが分かっていた。何かしらが、自分達の想像を超えた所で起きた、そして今も起きているのだと。

 「……事前に言った通り、今回の事は誰にも言わないように。いいね?」

 これ以上は時間の無駄、そう判断したカリアンが念を押して周囲を見回す。皆黙って頷いた。どのみち言った所で信じてもらえないだろう、と思える話ではあった事だし。 
 結局それで解散とあいなった。

 
 ニーナ自身は解散となり、何と無しに皆で道場へと向いがてら、考えていた事があった。
 雷迅の事だ。
 あの時、何とか使ってみせたとはいえ、それはディックの本来のものには遠く及ばない。
 あの時とて、それまでの自分の一撃とは明らかに異なる破壊力でロイを打ち倒したとはいえ、不完全なものだった。当たり前だ、きちんと習った訳でもなく、ぶっつけ本番の見よう見まねだ。いきなりそれで出来るものなど……レイフォンなら可能かもしれないが……まあ、普通はいない。
 あの技をきちんと完成させたい。
 だが、果たして、今のままで可能だろうか?
 正直厳しいのではないかと思う。いや、何時かは完成させられるだろう、だが早期に、そう、今年行われる武芸大会、そしてそこに至るまでの小隊戦。その前に完成させられるだろうか、具体的には最低でも一月以内。
 ……それには首を傾げざるをえないと思う。
 自分は天才ではない。秀才ではありえるのかもしれないが、本物の天才を見ては、そう思わざるをえない。

 「レイフォン」

 「はい?」

 とはいえ、尋ねたのは偶然というか、万が一の可能性に賭けたという程度だった。
 あの男、ディクセリオ・マスケインはあの技をオリジナルだと言った。それならば技を見た事のないレイフォンが知っている筈がないと理性はそう告げていたが、直感とでも言うのだろうか、或いは何の気なしに、というか、その言葉は口から洩れていた。
 
 「実は、私は攻撃力不足を感じていてな……調べていて、雷迅という剄技が自分に合いそうな気がしたんだが、知っているか?」

 「ああ、それなら知ってますよ。そうか、確かに隊長には向いてそうですね」

 自分から聞いておいてなんだが、驚いた。
 レイフォンと「そうか、なら頼めるか?」「ええ、構いませんよ」、そう会話しながら、同時にニーナの脳裏では複数の可能性が交錯していた。
 可能性としては幾つかある。
 一つはディックが偽りを言ったという可能性。
 本当はもっと一般的な技であるのに、嘘で自分だけの技だと告げた事。
 一つはディックが知らなかったという可能性。
 祖父から教わった技に自分なりに……そう言っていた。
 では、その祖父の技とはどのようなものだったのか?
 ……独自の技があるのは知っている。だが、その祖父の技もそうであったとは限らない。或いは祖父とやらが、あくまでその技を得意にしていただけで、実は他にも使い手のいる技でディックの技はそうした派生系の一つに過ぎない、或いは祖父に他にも弟子がいて、その弟子がグレンダンに……。
 念の為に話しながら確認してみたが、レイフォンが話す技の形は間違いなく、あの時ディックが見せたそれだった。
 そうして考えてみると、矢張り後者が正しいように思える。
 だが、何故かそれが違っているような気がした。

 「……レイフォン」

 「はい?」

 「お前は雷迅を誰から学んだんだ?」

 だから、そう問いかけた。
 何故そんな問いかけをしたのかは分からない。
 だが。

 「えーと……あれ?」

 レイフォンは首を傾げた。
 
 「なんだ、誰から学んだか覚えてないのか?じゃあ、誰かから盗んだとかなのか?」

 「いえ、それが……確かに自分は雷迅って技を知っているんですが……どこで覚えたんだろう?」

 誰かから学んだかが思い出せないのではない。そもそも、雷迅という技をどこで覚えたのか。それが分からないという。
 忘れたんじゃないか?或いはどうでもいい技だったとか、と言ってみるが、そんな事はない、技として学んだなら誰から習ったかどれも覚えているし、盗みたいと思った程の技なら忘れる筈がないという。雷迅だけが誰から学んだのか、或いは誰かが使うのを見て、習得した技なのか分からないのだという。
 首を捻るレイフォンに軽口で応じながら、ニーナは内心密かな戦慄を覚えていた。
 どういう事だ?
 レイフォンは確かに学校の成績は決していいとは言えない……というか悪い。だが、成績が悪いのと頭が悪いのはまた異なる。加えて、レイフォンがその技だけピンポイントに何時どこで、誰から覚えたのか分からない、というのもまた疑念を誘う。
 
 『どういう、事だ?』

 自分は一体何に巻き込まれている?
 いや、巻き込まれたのか?或いはこれは必然?
 そんなニーナの脳裏にふとある考えがわき上がって来たが、それは頭を振って打ち消す。
 まさか。
 そんな思いがある。だが……。
 
 『そんな事がある筈がない』

 そう、まるで世界が整合を取る為にそう調節したなど、ある筈がないではないか……。
 

『後書きっぽい何か』
欝です
色々ありますが、欝になりそうな事が最近多いです……。
だから、って自分でどうにか出来る事でないのが一番辛かったり。

今回は事件の後話。
次回からは小説四巻相当のお話に突入します
……ええ、サリンバン教導傭兵団が、彼が出てきます
原作とは異なる展開を予定してますので、第十小隊とのお話も相当異なるものになる予定です

あ、でもその前に外伝を入れるかも……。



[9004] 外伝3
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/11/30 23:26
※これは原作準拠ではありますが、ギャグ要素をたっぷり含んでいます
※よろしいですか?





※……ではどうぞご覧下さい





 第十三代ツェルニ生徒会長、それがカリアン・ロスだ。
 四年生にして生徒会長へ当選し、歴代の中でも一際高い支持率を誇る天才だ。その手腕は未だ学生というのが信じられない程で、必要なら躊躇なく汚い手も取れるだけの決断力がある。
 そんな彼のある意味欠点は歌だ。
 先だっての小規模なイベントの際に生徒会書記達の女性の頼みに負けて、歌を歌ったはいいが、一曲歌い終わった時、周囲に起きている者は誰一人いなかった。それどころか電子精霊であるツェルニさえ気絶したという話が後から報告として上がっている。
 まあ、何が言いたいのかというと、カリアンは二度と歌うまいと心に決めたし、書記達も記録にさえ残していない程のカリアンにとって忘れたい記憶だった。

 「そういえば、お前の歌だが……」

 だから、ヴァンゼがそう呟いた時、カリアンは思わず眉を潜めた。

 「……一体なんだい、あの事はもう忘れたいんだが」

 隣で書類の処理を手伝ってくれていたセリナがピクリと反応したが、それ以上は平然とした様子で手を止める事もなかったのはさすがと言えよう。
 
 「いやな。まあ、気持ちは分かるんだが……あの歌が電子精霊さえ気絶させたのは事実だろう?」

 さすがに、ヴァンゼもあの時の事を思い出したのか、申し訳なさそうな顔だが、それでも言う必要があると考えたのかそう告げた。それにはカリアンも渋々ながら同意する。事実は事実として受け止めねばならない。

 「……そうだね、それで?」

 「あの歌を汚染獣に対する武器、いや兵器に使えないかと言い出した者がいてな?」

 「……なんだって?」

 話を纏めると以下のような事になる。
 当初考えられたのは、武芸大会における使用だった。少なくとも人に効果があるのは、既にはっきりしている。それだけにこちらが事前に耳栓なりしておけば、多大な効果があるのでは、と考えられたのだ。
 だが、これは却下された。
 理由は単純で、当然ながらそれは生徒会長を武器として使用する事に他ならない。イコールで敵からの攻撃を受ける可能性は増大し、生徒会長に直接戦闘力がない以上、フラッグと並んで護る対象が増える事になる……というのは建前で。
 当たり前の話だが、学園都市間の武芸大会に措いては学園都市連盟の監視の下で行われる。
 さて、この際において……どう説明するのか。
 
 音波兵器?
 いやいや、こうした広域破壊兵器は使用を禁止されている。
 移動都市はサイズの関係上、広域破壊兵器を用いた場合、その全てが効果範囲に入る事になりかねない。そうなれば、最悪一般人にも被害が出る。これは戦争でも武芸大会でも変わりないが、こうした広域破壊兵器は禁止されているのはきちんと意味があるのだ。
 従って、この時点で会長の歌を音波兵器として説明するのは却下される。
 では、歌という事で士気を高める為の応援歌として……。
 相手が気絶するような歌で士気を高めるツェルニの生徒達。
 ……想像しただけで、何かイタイものを見るような目で見られる光景が目に浮かぶ。例え、それで勝利を得られたとしても、だ。
 他の学園都市にツェルニの生徒会長の欠点を盛大に知らしめるような事はやめよう、というか歌を武器にするというのはツェルニの恥になりかねない。
 よって却下。

 とはいえ、使わないのはそれはそれでもったいない。
 結果、次点として提案されたのが……対汚染獣兵器としての開発だった、という訳だ。

 「……つまり、私の歌は剄羅砲扱いという訳かね?」

 さすがに、笑顔ながら頬が引きつっているのは隠せない。

 「いや、上手くいけば剄羅砲以上の効果が見込めると連中は言ってるが……」
 
 腹が立つというか、考えただけで欝になりそうというか。
 いずれにせよ本音を言えば、断じてやりたくないが、現状では断りづらい。……何しろ、自分自身がツェルニを護る為と称して、実の妹に一般教養科から武芸科への転属を強制したりしているのだ。

 『ツェルニを守る為なら如何なる手も取ると言った筈では?たかだか歌を歌う程度で揺らぐ程度の信念というのに、私には権力を使って、強制したんですね?』

 ……フェリに知られようものなら、冷たい視線でそのぐらいは言われそうな気がする。
 嫌われるのは覚悟しているが、軽蔑されるのは兄として避けたい。
 ……そう、どう言い訳しようが、所詮は歌。結局の所今回犠牲となるのは精々がカリアンのプライド程度なのだ。それで一人でも犠牲者が減る可能性があるのならば……。
 自身の判断に内心気持ちが重くなりつつも、カリアンはヴァンゼに認める旨を告げた。
 内心で、使う機会が来ない事、つまりは汚染獣の襲来が自分がこの都市を離れる時までもうない事を願いつつ。それならば願っても、誰にも恥じる事はない筈だから。


 そして、世の中は残酷な事に願った事は敵わないのも真実というものだった。 
 奇しくも、装置が完成した、その僅か四日後。
 汚染獣の学園都市ツェルニへの接近が確認された。 
 
 今回発見された汚染獣は幸い大した事はなかった。
 第一期の雄性体が三体。
 本来ならば、これだけの数がいれば戦闘経験が少なければ通常の都市ではかなりの覚悟を決めなくてはならない所だが、何しろ現在ツェルニには天剣授受者という最強の武芸者とサリンバン教導傭兵団がいる。
 後者はお金が必要とはいえ、前者だけでお釣りがくる。
 まあ、逆に言えば、カリアンにとっては不幸な話ではあった。
 老生体というのであれば、話は簡単だった。間違ってもツェルニの近距離で戦闘する訳にはいかないので、戦闘を行うのはレイフォンを主力とし、都市外戦闘を行う事になる。その場合当然だが、カリアンの出番はない。
 だが、この程度の敵ならばわざわざ危険な都市外戦闘を仕掛ける必要はない。

 かくして、カリアンはマイク片手に外縁部にいた。
 兵器ではない。
 ツェルニの外へと向けて設置された移動式の巨大スピーカーを主体としたシステムはどう言い変えようが、その本質はカラオケの化け物と大差はない。
 逆に言えば、これで汚染獣を撃退出来るのならば対費用効果に措いて絶大なものがある。
 犠牲者も出ず、投入された費用も僅かで汚染獣を叩き落せるとなれば……下手をすれば、自分は母都市に戻っても同じ事を求められるようになるかもしれない、と思うとカリアンは憂鬱だった。

 『いや、まて』

 ふと考え直す。
 よく考えてみれば、汚染獣が自分の歌ぐらいでどうこうなる訳がないではないか。
 元々期待されてない事だ。
 そう、実の所この実験は期待されてはいない。当たり前の話だ。どちらかというと、大して予算もかからないし、万が一多少なりとも効果があれば儲けもの、とヴァンゼからして判断している。
 そう考えると気持ちが楽になった。
 
 「そろそろ射程内です、会長お願いします」

 その言葉と共にカリアンの前に背を向けて並ぶ武芸者らが一斉に耳を塞ぐ。
 正直、これを見てるだけで気持ちが重くなりそうだ。
 溜息混じりにカリアンはそれでも、歌を歌いだした。

 
 結論から言おう。
 効果はあった。
 というか、ありすぎた。
 
 汚染獣は歌が始まると共に、びくりと身体を震わせ、身を捩って逃れようとし、慌てて逃走しようとして果たせず、そのまま意識を失ったらしく落ちていった。
 さて、スピーカーは都市の外へと向けられ、一同はそのスピーカーの後ろにいた。
 武芸者の後ろにいたのはカリアンだけだ。カリアンが後ろにいたのはこれまた当然の話で、武芸者ではないカリアンは汚染獣に襲われたら一たまりもないので、後方に置き、歌が効果なければ、そのまま武芸者による戦闘に突入予定だったのだ。
 ……何が言いたいかというと、スピーカーを通さず、ただマイクを持って歌っていただけ。武芸者一同は耳を塞いでいたというのに、破滅的な震動は耳を塞いだぐらいで防げると思ったのかーと言わんばかりに汚染獣のみならず武芸者達も気絶させたのだった。

 「とはいえ、効果は確認出来たからな。改良して、正式なツェルニの兵器として採用が決まったそうだ」
 
 「おめでとうございます。貴方もこれで、自分の力でこの都市を守れるという訳ですね、私などよりずっと効果的に」

 「えーと……まあ、効果があったのならいいんじゃないでしょうか?」

 ヴァンゼ、フェリ、レイフォンらが口々に告げる言葉にカリアンはふうっと目の前が暗くなった。


 「…………夢か」

 ふと目を開けた時、そこは生徒会長の部屋だった。
 別に気絶したからここに運ばれた、という訳ではないのは、目の前の処理途中の書類の山が示している。
 ……先日の祭りでの歌が余程気になっていたようだ。まさか、夢であんな場面を見るとは。
 苦笑しつつ、しかし、仕事中に居眠りとは気付かない内に疲れが溜まっていたのかな?と思いつつ、次の書類を手にとって……カリアンは固まった。
 ちょうどそこへヴァンゼが何か相談事だろう、書類を持って入ってくる。
 
 「カリアン、すまんが相談したい事が出来てな……」

 言いかけて、カリアンの手の書類に気付いたらしい。加えてカリアンの様子がおかしいと気付いて、近くまでやってくる。どうした?と覗き込んで、書類をざっと確認して、ああ、と頷く。 

 「そういえば、お前の歌だが……」 

 「だが断る」

 ヴァンゼが言いかけたのを、素晴らしい笑顔で一刀両断にすると、『カリアン・ロス生徒会長の歌における対汚染獣兵装の開発』とある書類をそのままシュレッダーに放り込んだ。


『後書きっぽい何か』
気軽に書きました
ドラゴンマガジンで、カリアンが極悪な音痴だと判明した話を読んで、ふっと思いついた話です
まあ、外伝って事で笑った読んで下さい



[9004] 遭遇、サリンバン教導傭兵団
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/12/08 12:19
 「よう、はじめてさ」

 その少年が初めて練武館別館、別名アルセイフ道場を訪れたのは真昼間の、大勢が鍛錬を行っている最中だった。
 練り上げられた剄を隠す事もなく、いや、むしろ見せ付けるようにして彼は訪れた。
 明らかに学生武芸者とは格の異なる武芸者の登場に一斉に緊迫感が漂う。以前の彼らならば、力の差というものも分からなかったかもしれないが、現在の彼らは違う。きちんと自分の実力を把握し、勝てる相手か勝てない相手か、勝てない相手ならば相手の弱点はどこか、どうやれば勝てるか、勝てないならばどうやって逃走するか、それが出来るかどうかも武芸者には極めて重要な事だが、今の彼らは何時しかそれが出来るようになっていた。まあ、一部を除いて、その重要性というか自然とそれが出来るようになっていた事には気付いていないのだが。
 それだけに、今目の前にいる少年が、自分達では勝てない、と素直に判断して、何時しか彼らは脳裏で『ならばどうするか』を考え始めていた。

 「いい目してるさ」

 ニヤリと笑う少年の顔の半分には刺青が入っていて、それがどこか顔を引きつらせているかのようにも見える。彼の背後には同年代と思われる線の細い、わずかにそばかすが残る鼻に大きな眼鏡が乗っていた。
 少年の背後で申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をする少女を背後に従え、少年の目は鋭くレイフォンへと向けられる。

 「はじめましてさ~。おれっちの名前はハイア・サリンバン・ライアっていうさ」

 「……サリンバン教導傭兵団。三代目か」

 一斉に周囲に緊張が走る。
 サリンバン教導傭兵団。本来情報が隔絶する移動都市間でグレンダンの名前を高名にした傭兵団。実際、レイフォンの肩書きである天剣授受者を耳にした事がない者は多い、というかほぼ皆無であったけれど、サリンバン教導傭兵団の名前は武芸者ならば大勢の者が知っていた。
 三代目、という事は……おそらくこの少年が団長。彼らはそれが嘘だとは思わない。ただ一人で汚染獣を叩き潰せるレイフォンという、ここにいる大半より学年が下でありながら隔絶した実力者を目の当たりにしているから、そういう相手もいるのだと理解している。

 「正解さ~。知ってたさ」

 ニヤリと笑ったハイアが腰から鋼鉄錬金鋼を引き抜く。
 
 「少し手合わせ願うさ~」

 言うなり、一気に襲い掛かってきた。
 周囲が一瞬の、余りに直接的且ついきなりの行動に思考停止状態に陥るが、レイフォンは焦る事なく、冷静に自らの錬金鋼を復元する。

 「レストレーション」

 同じサイハーデン刀争術、同じ鋼鉄錬金鋼。ならば後を決めるのは互いの腕のみな状況下の元。
 互いの刃が交わされた。



 その頃、ナルキ・ゲルニは一人の女性の訪問を受けていた。
 今日は何時も一緒の二人はいない。ミィフィは週刊ルックンで、メイシェンはケーキ屋さんでアルバイトだ。まあ、おそらく、そうなる時間帯、そうなる日を選んで来たのだろうが。
 まあ、見ず知らずの相手ならばともかく、相手はニーナ・アントーク、レイフォンという共通の友人を介して友人と呼べる間柄かはともかく、顔見知りではある。ましてや相手はツェルニで十七名しかいない小隊長の一人であり、先輩でもある。
 
 「少し時間いいかな?」
 
 休憩時間にそう誘われたなら断る理由もなかった。
 ただ、珍しい事だとは思う。
 この時間帯は、確か練武館別館で道場が行われている筈だ。その時間帯にわざわざニーナという真面目且つ小隊長の一人がこうしてわざわざ自分を訪れるなど、何があったのだろうか?
 喫茶店で軽食を頼み、一服した所でニーナは告げた。

 「単刀直入に言おう、ナルキ・ゲル二。君は小隊に入ってみる気はないか?」

 さすがに驚いた。お茶を噴出さなかった自分を誉めてもいいだろうと思う。
 
 「……本気ですか?」

 はっきり言おう、自分の実力などまだまだだ。所詮自分は一年生。レイフォンのような学年関係なしの天才ならともかく、自分のような凡人を小隊に入れた所で役に立つとは思えない。むしろ、足を引っ張るだけではないだろうか。
 表だって述べたのはそういう理由であったが、無論それだけではなく、ナルキ自身のこだわりもある。ナルキ自身が目指すのは都市警察だ。故郷の交通都市ヨルテムに戻っても、その道に進みたいと考えている。
 ヨルテムという都市は非常に賑やかであり、裕福な都市だ。
 その放浪バスを管理する、という性質故に全ての放浪バスは一度ヨルテムに集い、ヨルテムから出発する。当然ながら、情報も何も多数集まるし、余所の都市からの戦争を仕掛けられる事も少ない。全くない訳ではないが、裕福な故に十分な装備と武芸者を揃える余裕があり、今の所無敗を誇っている。
 ヨルテム程、鉱山の心配をしないでいい都市はそうはない。以前にレイフォンから聞いたグレンダンも鉱山の心配をしないでいい都市ではあるが……あれはむしろ例外というか異常だ。
 ただ、ヨルテムは確かにそんな裕福な都市であり、何時もレイフォン曰くグレンダンの感覚でいえば毎日お祭りをしているようにも感じさせる都市らしいが、同時にそれだけに大勢の犯罪者も流れ込む。その為、都市警察の役割もまた重要だ。
 
 「本気だとも」

 とはいえ、ニーナは真剣だった。どうやら冗談で誘ったのではないらしい。

 「……理由を聞いてもいいですか?」

 「そうだな、まず……」

 今はまだ未熟なのは確かだが、光るものはあると思う、と告げた。自分も一年の頃から小隊にスカウトされた武芸者の一人だが、自分とて一年の頃は足を引っ張ってばかりだった。ツェルニの今後を考えれば、今から有望な新人を育てておく事は決して無意味ではない。グレンダンに措いて高い地位というか立場にあるレイフォンは果たして六年間ツェルニにいられるか分からず、もし、いられたとしても、ナルキが卒業した後もツェルニはあり続ける。ニーナは後輩に技術を伝え、育て。育てられた後輩がまた次の後輩を育てていかねばならない。
 また、もう一つの理由としては、ナルキがレイフォンに対して物怖じしていない所もあるという。

 「……ただ、レイとんの力を知る前に友人になっていたから、それだけですよ」

 レイフォンに憧れを感じる気持ちも、恐れを感じる気持ちも分かる。武芸者の中には崇拝に近いものを持っている者もいるというが、実際、レイフォンの力はそれだけ突き抜けている。
 リーリンに聞いた事があるが、実の所レイフォン自身はろくに気付いていなかったが、グレンダンでも似たようなものであったという。
 同年代の、或いは近い年代の武芸者達からは正に目標であり、憧れであり、そして畏敬の対象でもあった。その時は、同年代の女性からは同時に好意の対象でもあった、そして同時に鈍感王のレイフォンが気付いてない、けれど気付いてないが故の優しさを示すせいで余計に勘違いが広がるという愚痴も聞かされた訳だが。実際問題として、年少の天剣授受者であるレイフォン自身の周囲では、次世代の武芸者達のお相手としての駆け引きがかなり真剣に繰り広げられていたそうで、例えばグレンダンの王家でも三王家の次期後継者の有力候補(当然女性)の初陣の後見役が突然レイフォンに変更になった、という事も実際にあったそうだ。……ちなみにクラリーベルという彼女自身も満更でもなかったようで、以後幾度となくレイフォンに鍛錬のお相手をお願いしていて、色気のない話のように思えるが、実際には明らかに好意を持っていたという……当然のようにレイフォンは全く気付いていなかったようだが。
 
 確かに、そういう意味ではナルキはレイフォンを友人の一人として見ている。
 道場が軌道に乗った現在では一年生の訓練時間を、レイフォンから指導を受けるチャンスと積極的な申し込みが殺到しているが、以前は皆が組むのを尻込みして、毎回ナルキとの組み合わせになっていた。
 だが、これはあくまで、メイシェン・トリンデンという幼馴染の親友の想いがあればこそ、そしてミィフィ・ロッテンというもう一人の親友の積極さがあればこそ、だと思ってもいる。もし、自分一人であれば、矢張りレイフォンを取り巻く有象無象の一人でしかなかっただろう。

 「それに、私はやりたい事があります。その為には小隊に入っている余裕はないんです」

 そして、ナルキは小隊に入るつもりはない。
 故郷に戻って都市警察に入るとしても、武芸者としての実力は必要だ。そういう意味では、小隊に入って鍛えられるというのは決して意味ない事ではないが、同時にナルキは自分が小隊員とツェルニ都市警察双方同時にうまくこなせる程、自分が器用だとは思っていない。
 
 「いや、それは……」

 「申し訳ありませんが、小隊入りのお話は辞退させて頂きます。では、先に失礼します」

 ニーナはまだ何か言いたそうではあったが、ナルキは強引に話を切って、席を発った。



 レイフォンとハイアの戦いはかなりの激戦だった。
 もし、レイフォンが剄を全開にして戦っていたならば、その時はレイフォンの勝利は揺るがなかっただろう。膨大な天剣授受者の剄は何の造作もないただの一撃一撃を重く強大なものとし、軽い剄の放出が容易に衝剄となって周囲を荒れ狂う。それが天剣授受者だ。
 ハイアは確かに刀の腕こそ間違いなくサリンバン教導傭兵団の団長を務めるに値する超一流の武芸者だが、剄の総量では明らかにレイフォンに劣る。おそらく、本気のレイフォンと遣り合えば、養父のデルク・サイハーデンと同じ事になるだろう。
 だが、今のレイフォンは剄を抑えざるをえない。
 現在互いが手にしているのは共に鋼鉄錬金鋼。
 そして、鋼鉄錬金鋼が自壊しない程度に剄を抑えると、どうしても一撃一撃で圧倒という所まではいかない。如何に天剣授受者には及ばないといえ、ハイアの剄の量も普通の武芸者から見れば、間違いなく多い。
 加えて、共にサイハーデンという同門流派であるという事実が互いの技を事前に読ませ、より剣戟を長引かせる。一度ハイアが序盤に『外力系衝剄の変化 蝕壊』を使ってきたが、いきなりの遭遇戦ではあれ、夜間で見づらくもなく、相手が何者か分かっていて油断も何もしていない状況でみすみす技を喰らう程レイフォンは甘くはない。
 
 「成る程、確かにサリンバン教導傭兵団の団長を務めるだけの事はあるね」

 「お褒めにあずかり、光栄さ~。それで、天剣授受者ってのはこの程度のものさ~?」

 幾度目かの剣戟の後、互いに間合いを取り、刀を下げて言葉を交し合った。無論、一見腕をだらんと下げて無防備に見えても、共に僅かな隙もない。
 
 「とはいえ、まだ鍛錬の途中だったから、余り長々と遣り合っている訳にもいかない。……そろそろ終わりにしよう」

 「やれるもんならやってみるさ~」

 互いに改めて、刀を構え直す。
 レイフォンはこれで終わらせる為に、ハイアは未だ剣戟を続かせる為に、そして自らの内にある想いの為に。
 しかし、結果から言えば……レイフォンの側に分は上がった。

 『活剄衝剄混合変化 千斬閃』

 瞬間、レイフォンが幾体もの分身に分かれた。
 単なる分身ではない。ルッケンスの秘奥をレイフォンが自分なりに修得し、アレンジしたこの剄技はいずれも実体を持つ。そして、本家サヴァリスのそれには及ばないとはいえ、一対一で拮抗している所を一対複数となった場合どうなるか。ましてや……。

 『内力系活剄の変化 戦声』

 正面から浴びせられた威嚇術で、瞬間動きを止められ。

 『外力系衝剄の変化 刃鎧』
 
 天剣授受者カルヴァーンの剄技によって生み出された粘性の剄がまとわりつき体の動きを更に阻害した上で。
 
 『外力系衝剄の変化 轟剣』

 複数の方向から放たれた剣の嵐から逃れる術はハイアには存在しなかった。

 

 見た目は派手でも、元々刃引きが為され、殺傷効果はない錬金鋼を使用している。無論、如何に非殺傷設定されているとはいえ、強大な剄の一撃を喰らえば身体に障害が出る事もあるが、レイフォンは今回別段相手を殺すつもりではない。

 「手加減はしました。彼自身の力量を考えれば、しばらく休ませれば目を覚ます筈です」

 そう言って、ミュンファという道場で他の武芸者と共に見守っていたサリンバン教導傭兵団所属の少女に気絶したハイアの体を手渡す。彼女は申し訳そうな顔をしつつも、一礼してハイアを受け取った。そこへ。

 「レイフォン君!先程こちらに……遅かったようだな」

 カリアンがヴァンゼを連れて駆け込んできたが、ぐったりしたハイアとレイフォンを見て、溜息をついた。


『後書き』
この世界では、レイフォンはサイハーデンの刀術を捨てていない為、ハイアも真っ向からやって来させてもらいました
もう少し互いが素直になれば、もう少し互いが情報を明らかにしていけば、避けられた悲劇は幾つもあった筈
今後も『ほんの少し』ではありますが『優しい世界』を目指して、頑張って書いていきたいと思ってます

レイフォンが複数の剄技を同時に扱ってますが、サヴァリスが千人衝と咆剄殺を同時に使ったりしてるので不可能ではない、と思い使ってみました。サヴァリス程多数ではないですし……
ではまた次回にて
 



[9004] 明かされた時
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/12/10 00:49
 ツェルニで最も高い位置にある場所。それがここ、生徒会長の部屋だ。
 ここより高い位置にあるのはツェルニの旗が翻る尖塔ぐらいのものだ。
 ここに限らず、都市の支配者、或いは都市の統治者の執務室はほぼ例外なく、その都市の中心地点、その都市の最も高い位置にある。

 「誰が都市で一番偉いのか分かりやすく示す統治機構の一環という訳だね。さて……」

 今、そこには八人の顔触れが揃っていた。
 この部屋の主、学園都市ツェルニ生徒会長カリアン・ロス。
 ツェルニ武芸長兼第一小隊隊長ヴァンゼ・ハルデイ。
 第五小隊隊長ゴルネオ・ルッケンス。
 天剣授受者であり、第十七小隊員でもあるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
 同じく第十七小隊員の念威操者フェリ・ロス。
 サリンバン教導傭兵団団長ハイア・サリンバン・ライア。
 団長づきの団員、実質副官的な立場にあるミュンファ・ルファ。
 そして、今一人加わったのが、サリンバン教導傭兵団の念威操者フェルマウス・フォーア。
 以上の八名だ。
 
 「率直に聞こう、何故いきなりあんな騒動を起こしたのかな?」

 カリアンが内心はどうあれにこやかな笑顔で尋ねたのはハイアだ。 
 レイフォンの手加減と見極めは矢張り優れたもので、彼はここへ到着する前に意識を取り戻していた。もっとも、未だ完調ではないらしく、動きは鈍い。

 『全くだ。いきなり喧嘩を売るとは何を考えている?』
 
 カリアンに同意の念を示したのはフェルマウスだ。
 この人物は通信音声で喋る。原因は以前に全身に汚染物質を浴びた為に、奇跡的に生き残りはしたものの……という事らしい。その為に全身をすっぽりとフードとマントで覆い、顔は仮面で隠され、手も皮手袋に包まれている。
 サリンバン教導傭兵団に措いては実質的な副団長的な立場にあるらしく、加えて幼少時より知っている為かハイアが頭が上がらない人物の一人でもある。

 「……悪かったさ」

 そのせいだろう、ハイアの様子も普段のふてぶてしい様子ではなく、『やべえ』という様子で目を逸らしている。
 サリンバン教導傭兵団は今回密かにツェルニを訪れていた。
 本来ならば、上に事情を通した上で用事を済ませて静かに、他の生徒には気付かれないように立ち去るつもりであった所が、ハイアのせいで台無しになってしまった訳だ。あれだけの武芸者の面前でサリンバン教導傭兵団団長としてレイフォンと激しい剣戟を交わしたのだ。既にツェルニには傭兵団の来訪は知れ渡ってしまっている。予定をいきなり無鉄砲な行動で台無しにされたフェルマウスが怒るのもむべなるかな、というものだ。

 「それで今回の来訪は何の御用かな?」

 本当なら、まずカリアンにアポイントを取って話をする予定だったのが、本来来る筈のハイアが来ず、『おかしいな』とカリアンにヴァンゼ、フェルマウスが待っていれば、『アルセイフ道場でレイフォンとハイアが試合している』という情報が入り、急ぎ駆けつけたという訳だった。

 『全くお前の気持ちは分かっているが、今のお前は団長でもあるんだ。もう少し考えて動け』

 「気持ち?」

 『尊敬する師でさえ手にする事のなかった天剣授受者の称号を手に入れた自分と同年代の少年。つまりはそういう事だ』

 フェルマウスの言葉にふてくされたような表情になりつつも黙っているのはフェルマウスが怒っているのを感じ取ってだろう。
 下手に反論すれば藪蛇になると経験から悟っているとも言える。
 そして、フェルマウスの言葉にレイフォン本人はよく分かっていないようだが、他の者は理解した。
 もし、これで圧倒的な力量の差があれば、グレンダンでそうであったようにそれは憧れか、最悪嫉妬となっても実際に手を出すには至らなかっただろう。だが、なまじハイアもまた天才であり、若くしてサイハーデンの刀術を修め、サリンバン教導傭兵団の団長という立場を手に入れた。
 ましてやハイアはグレンダンの生まれではない。
 それだけに師が感嘆の言葉と共に語る自らと同年代の天剣授受者という存在に対して、激しい対抗心を燃やす事となっていた。

 『まあ、今回で多少なりとも天剣授受者というものが実感出来たと思いたい所だがな』

 フェルマウスがそう区切ると、では本題をとばかりにハイアに視線を向ける。
 それを受けて、ハイアも気持ちを切り替えるように、本来の様子に戻すと告げた。

 「俺っち達の目的は廃貴族さ~」

 その瞬間、ツェルニ側の全員の目が或いは鋭いものとなり、或いは目を瞬かせ、或いは驚いた表情を示し……いずれにせよその様子から察したのだろう。
 
 「皆、知ってるみたいさ」

 ニヤリと笑う。

 「確かに知っている。それで君達は廃貴族をどうしたいと?」

 「グレンダンに持ち帰るさ~」

 ふむ、と口元に手を当てるカリアン。
 正直、廃貴族だけならば別に問題などない。現在のツェルニは順調に戦力が上昇しつつあり、レイフォンという切り札もいる。汚染獣との実戦も経験した。敢えて強力ではあるが不安定な廃貴族に頼る必要はない。いや、むしろ不安要素になりかねない廃貴族を持ち帰ってくれるというのであれば、それを断る理由はない。
 ただし……。

 「どうやって持ち帰るつもりかな?」

 方法次第だ。
 結果としてツェルニに大きな被害が出るような方法なら論外だし、現在宿っている生徒をどうこうしようという方法であっても了承出来ない。
 
 「それはひみ「廃貴族を誰かに宿らせて、宿った当人を拘束、連行する」」

 ハイアの言葉を遮って告げたのはレイフォンだった。
 
 「さすが天剣授受者。知ってたさ?」

 「ああ」

 両者の間に緊迫した雰囲気が漂う。
 その空気を前にして、常の余裕ある態度を崩す事なく、カリアンは溜息と共に告げた。

 「そういう方法なら賛成は出来ないね。生徒に手を出す事はツェルニの生徒会長として容認出来ない」

 「それにグレンダンは最早廃貴族をそこまで求めてはいない」

 にやにやとした笑みを崩さなかったハイアがカリアンの言葉に続けて言ったレイフォンの言葉に一気に鋭い様子となった。

 「そうなのかい?」
 
 「……元々廃貴族を求めたのは以前の王です。現在の王は方針を変更したので……」

 だから、廃貴族と万が一に出会った時の対応はお前の好きにしていい。誰かに話そうが、誰に協力しようが、どういう行動を取るか自由にしろ、それがグレンダン女王アルシェイラ・アルモニスの言葉だった。
 あくまで廃貴族を求めたのはなかなか十二名揃わない天剣の不足分を補う為だった。
 しかし、アルシェイラは違った。
 『制御方法もなく、何時手に入るか分からない何か』ではなく、『出身も心情も性格も問わない。反逆したいなら好きにしろ。ただ王がやれと言った場合にはやれ』。彼女が求めたのはそれだけ。事実、以前には三人の天剣がアルシェイラに刃を向けた事さえあるが、それをいとも容易く返り討ちにした上、不問としている。
 そうして、彼女の選択が正しかった事は、未だ一体すら届かない廃貴族に対し、遂に十二名揃った天剣が示している。

 だが、それは。
 廃貴族を求め、荒れた大地を彷徨い続けた。
 サリンバン教導傭兵団のこれまでの苦労を否定するもの。
 ハイア自身は別にグレンダンへの忠誠などというものはない。だが、同時に。彼はこれまで見てきた。
 サリンバン教導傭兵団の仲間達が廃貴族を探すのにどれだけ苦労してきたのかを。
 故に、ハイアの全身から怒気と剄が溢れ出す……前に強烈な殺気がレイフォンから叩き付けられた。
 瞬間向けられたハイアの視線の先で無表情なレイフォンの瞳は語っていた。

 『場所を考えろ』と。

 ……確かに、ここで剄を暴発させた所で意味はない。
 衝剄が荒れ狂えば、武芸者ならばともかく、被害を被るのは一般人であるカリアンであり、念威操者であるフェリであり、フェルマウスだ。別段彼らが悪い訳でもなく、ましてや味方を傷つけるなどただの馬鹿のやる事だ。

 「……帰るさ」

 故にハイアはただそれだけを告げて席を立った。
 そのまま扉に向うハイアの背後で、ミュンファは少し焦った様子で腰から曲げて大きくお辞儀をし、フェルマウスは軽く頭を下げ、両者ともにハイアの後を追った。
 ……結局それ以上は何が出来るという訳でもなく、レイフォンらも解散となったが……ニーナの内に廃貴族がいる以上、このまますんなり終わるとは誰も思ってはいなかった。



 夜遅くに。
 シャーニッド・エリプトンは一人、殺剄を行い、誰かを待っていた。
 彼の殺剄は一見すると雑に思えるかもしれない。
 以前の彼の殺剄は完璧なまでに自らの気配を殺していた。しかし、それはレイフォンにこう指摘された。

 『作られた戦場ならばともかく、完璧な殺剄は却って目立つ』

 その意味は周囲に合わせろ、という事。
 雑踏の中での完璧な殺剄はいわば気配の空白地帯を生み、多数の色に塗り潰された中、ぽっかりと空いた無色は否応なく目立つ。
 故にシャーニッドの殺剄は周囲の色に紛れるものとなっていた。
 そうして、お目当ての豪奢な金髪が流れるのを目にすると、静かにその後に続いた。

 迷いなく歩みを進める彼女の進む方向にシャーニッドは内心(おや?)と思う。
 何時もは彼女は人通りの多い道を歩いていた。
 サーナキー通り、ケニー通り、リホンスク通りと流すのが彼女の日課だった。それが今夜は日課を外れた場所を歩いている。
 (まさか……)
 腹の下に何かしら重たいものが溜まっていくような緊張を感じ、掌に汗が滲むのを自覚する。
 馬鹿な事をしているとは思う。
 果たして、彼女が自分が懸念している事に気付いた時、どうするつもりなのか。姿を現して止めるのか?何と言って?
 そう、結局の所それなのだ。
 答えはある。
 けれど、それを言うには躊躇いがある。
 我ながら優柔不断な事だと自嘲するシャーニッドの耳に爆発音が響く。
 先を行く彼女が足を止めて身構える。音自体はまだ遠い。
 離れた所で膨れ上がった気配が一つ。見知ったその気配がレイフォンと気付く。してみると、都市警の手入れだろうか?この辺りも以前は隠れ家的な雰囲気を味わえるという事でそれなりの人気のある店があったような気もするが、今ではすっかり廃れてしまっている。
 音のした方へと走り出す彼女を追って、シャーニッドも殺剄を止めて活剄で肉体を強化すると屋根の上へと上がって彼女の後を追った。

 音がしたのは矢張り以前、店のあった辺りだった。
 視覚を強化する。狙撃手であるシャーニッドはこれに関しては専門だ。わずかな月明かりに照らされた光景が真昼のそれに変わる。その目で状況を確認。どうやら特に大きな問題はないようで、既に捕り物は終結しつつある。念の為にと確認するが……。

 (……違う)

 あれは彼女が見てはいけないものではない。
 胸に安堵が満ち、腹の中の緊張が溶けて消える。
 気付けば、気配が背後にあった。

 「なぜ、ここにいる?」

 彼女だ。質問と同時に背中に固い感触が当たる。
 追っていた相手に背後に回られるほど間抜けな事はない。自分がそれだけ狼狽していたという事かと、シャーニッドは内心でそんな自分を笑った。ほら、自分は彼女が真実を見てしまう事にこんなにも恐怖を抱いてしまっている。

 「夜の散歩が趣味なのさ」

 言いつつ振り返ろうとすると、背中を突かれた。

 「動くな、安全装置がかかっているとはいえ、この距離ならただでは済まないぞ」

 それでもシャーニッドは振り返った。
 思った通り、貫かれたりはしなかった。その目に映ったのは白金錬金鋼の突撃槍。以前は同じ小隊で先陣を切って突撃していた、よく見慣れた槍だ。彼女がこの武器を手にするまでの事を思い出して、ふと笑みがこぼれるが、それも彼女には不快だったようで眉を潜める。
 
 「……シャーニッド、お前は気付いているのか?」

 「何がだ?」

 夜のビルの屋上、二人しかいない場所で、二人にしか分からない質問をシャーニッドは飄々と風に流す。

 「繰り返すようだが、俺は散歩してて偶然ここに来たんだ、それだけだよ、シェーナもそうなんだろう?」

 「……そうだ」

 愛称で呼ばれたのも気付いていない。
 どうやら自分だけでなく、彼女も案外と内心は動揺しているらしい。

 「だろ?ならここで俺達が鉢合わせしちまったのは、あの馬鹿騒ぎのせいってだけの事さ」

 納得はしていない。だが、これ以上は無駄と悟ったのだろう、ダルシェナは突撃槍を下げた。

 「さて、馬鹿騒ぎも無事に終わりそうだし、俺はこれで帰るぜ」

 「シャーニッド」

 そう告げて背中を向けたシャーニッドだが、その足をダルシェナが止めた。

 「どうして私達の前から去った?」

 その質問は何度目だっただろう?
 あの時にも幾度となくなげかけられた。ディンは怒り、ダルシェナも怒り、けれど同時に戸惑ってもいた。
 あの時の誓いを忘れたのかと。
 それにシャーニッドは同じ答えを返してきた。
 忘れてはいないと。

 「わかんねえかな?」
 
 「分からないから聞いている!」

 「……本当に?」

 「……ああ」

 それなら言う事もない。何時ものようにはぐらかそうとして……何故だろうか。
 敢えて言うなら、魔が差した、というのが一番近いだろうか?
 
 「教えてやろうか?」

 「何?」

 「教えてやろうか?って言っているんだよ」

 戸惑っている。
 これまで幾度聞いても、答えようとしなかった自分が何故答える気になったのか。自分でも分からないが……敢えて言うならば、ここにディンがいない事だろうか、と思う。
 思えば、これまで何時も彼らと会う時は三人だった。
 だが、今はここにディン・ディーはいない。
 ダルシェナと二人きりだ。
 夜、誰もいない場所に二人きり。自分も存外ロマンチストだな、と内心笑いが込み上げてくる。
 
 「知りたくねえんだったら帰るぜ?」
 
 そう言って踵を変えそうとすると。

 「ま、待て!教えてくれ!」

 どこか慌てたようにダルシェナが叫ぶ。
 その様子がどこか、一年の頃の彼女に重なるようで、ふと顔が綻ぶ。
 表情こそ何時もの様子を崩さず、けれどきちんと体は彼女に向き直って。

 「それはな、俺がお前を好きだからさ」

 そう告げた。


『後書きっぽい何か』
捕り物自体はさらっと流しています
理由は単純で、ハイア達サリンバン教導傭兵団がいない状況下でレイフォンが加わってて、尚どうこう出来るとは思えない為です
というか、盛り上がりに欠けるので描写しようがないと言いますか……。

さて、ハイアは今のグレンダンの王が廃貴族を最早必要としていない事を知りました 
当たり前ですが、サリンバン教導傭兵団の面々は王家からお金を仕送りしてもらってたんではなく、自分達で稼いだ金で廃貴族の探索を続けていた筈です
無論、グレンダンは彼らに報いてはくれるでしょうが、何十年もかけてきた探索が結局何一つ成果を上げないまま終わりとなると知った時人はどういう気持ちを持つものなんでしょう

そしてもう一つ
シャーニッド遂に言っちゃいました。次話はもう少しこの場面が続きます  
 



[9004] そして、時は動き出す
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2009/12/13 01:15
 一瞬、ダルシェナは何を言われたのか分からなかった。
 次の瞬間、またしてもはぐらかすのかと怒りが湧いた。
 
 「シャーニッド、貴様…っ!」

 「なに、怒ってんだ。お前が知りたいっていうから教えてやっただけだぜ?」

 顔は何時もの如く締まりなく笑っていても、目は笑ってはいない。
 けれど、頭に血が昇ったダルシェナは気付けなくて。
 だから、更に一歩踏み込んでしまう。ここで引き返しておけば、見ずに済んだ事を否応なく眼前に突きつけられる事になる。

 「ふざけるな!仮にお前が私を好きだとして、何故小隊を抜ける必要がある……っ!」

 「お前がディンを好きで、ディンは前の隊長が好きだからな」

 その言葉で。
 一気に怒りが消えた。

 「……え?」

 気付かれていないと思っていた。
 ディンが前の隊長に惹かれていたのは分かっていた。
 自分がディンを好きになったのは何時だっただろうか?

 「分かってる筈だぜ?シェーナ。俺達の誓いの一番最初は借り物だってな」

 そう、そもそも何故自分達は誓ったのか。
 何故『ツェルニを守る』と誓ったのか。
 ニーナ・アントークは簡単だとシャーニッドは思う。
 彼女はツェルニそのものと出会った。
 学園都市ツェルニそのものと言える電子精霊であるツェルニと出会い、守りたいと願った。それは紛れもなく、この都市に向けられた想いであり、彼女自身のものだ。
 だが、果たして自分達はどうだっただろうか?
 ディンは前の隊長を想い、誓った。
 ダルシェナはディンの為に誓った。
 そして、シャーニッドはダルシェナ・シェ・マテルナという女性の為に誓った。
 そしてシャーニッドという人間は狙撃手という立場故か、他の二人より景色が良く見えた。結果から言えば、それだけだった。

 「別に借り物なのが悪い訳じゃねえ。最初はそうでも、何時かは心からそう思えるようになるかもしれねえんだしな」

 だが、と告げる。
 皆が同一方向を向いているならいい。だが、向いているようでいて、実はそうでなければ?
 確かに目標は同じだ、一丸となって行動出来るかもしれない。だが、その実体は『何をしたい』かは共通でも『何の為に』が全員バラバラだった。それでは駄目だ。『何の為に』、それが少しズレた瞬間に、したい事もまたより優先事項が高い方へと変えられてしまう。
 ……そう、例えばシャーニッドはもし、眼前にツェルニの勝利が転がっていて、反対側にダルシェナが危機に陥っていれば……ダルシェナを優先してしまう。例えその時を逃せば、勝利が消えてしまうと分かっていても、だ。

 「何時かは我慢出来なくなる。ディンはまだいいさ、隊長はここにはいねえんだからな」

 手の届かない所にいる人ならば、純粋な想いも向けられるだろう。
 想いを向けた所で、相手から反応が返ってくる事がなくとも、ここにいないのならば、それは仕方がないと割り切る事も出来るだろう。
 だが。
 もし、相手がすぐ前にいたならどうなる?
 
 「やめろ……」

 「俺がお前にあの時、こうして告白してたらシェーナはどういう答えを返してた?」

 困惑しただけだっただろうか?
 それとも今の関係を壊したくなくて、はぐらかしただろうか?
 それとも今の関係が壊れるよりはと、表だけ取り繕って彼に応えていただろうか?まさか、それは幾等なんでもシャーニッドを馬鹿にしている……より酷い壊れ方をするのがオチだ。
 ……いずれにせよ、それまでの関係は壊れただろう。
 あの時の、ディンに想いを向けていた自分がシャーニッドに応える事はなかっただろうから……。

 「やめろ……」

 「或いはシェーナ、お前がディンに対して向けた想いへの返答を求めてたらどうなった?」

 シャーニッドが抜けた事で、関係はある意味停止状態に陥った。
 今の関係は言うなれば、ダルシェナの片思いとでも言うべき状態だ。
 ならば話は簡単だ。ダルシェナが一人ただ彼を見ていればいいだけで、他を見る必要はないのだから……。

 「やめろっ!!」

 瞬間、無意識に一気に放出された剄が周囲を荒れ狂った。
 しかし、シャーニッドは平然とそこに揺らぐ事なく立っていた。……この程度、レイフォンや以前に一瞬だが敵意を向けてきた、あの巨大な老生体とかいう汚染獣のそれと比べれば、そよ風のようなものだ。いや、別にダルシェナの剄が弱いとか、シャーニッドが強いとか言う訳ではないのだが、そうした強大なものを知っているだけに、突然の出来事にも焦らず対処出来るという……経験値とでも言うべきものがある、という事だ。
 
 「俺はこうしてお前に話すまでに、今の今までかかった」

 シャーニッドから向けられる視線に、けれど何時もの彼女と違って目を逸らして……けれど、シャーニッドは彼女から目を離す事なく、続けた。
 
 「ディンが隊長でなく、お前を振り向いてたなら、俺は残念じゃあったけど、小隊に残っただろうさ。……お前が俺に応えてくれてたら、ってのはまあ、言うまでもねえな」

 どちらでも良かった。
 ディンとダルシェナが付き合うというならば、シャーニッドは胸の痛みを抱えて、けれど二人を笑顔で祝福していただろう。
 ダルシェナが自分を振り向いてくれていたなら、前の隊長を想うディンを二人して支える事も出来ただろう。
 どちらも仮定だ。
 そして、もう終わった事でもある。

 「つまりはそういう事さ。悪いとは思っちゃいるが、間違った事はしてないと思うぜ」

 そして、あのまま第十小隊に居続ける事は出来なかったが、自分としてもツェルニを守りたいって気持ちは嘘じゃなかった。
 だから、第十七小隊に入った。
 借り物ではない、自分の物としてツェルニを守りたいと願うニーナ・アントークがいたから、彼女が自らの想いを示した時、何時の間にか自分でもツェルニを守りたいと願っていた事を知れたから。
 
 「じゃあな。もし、お前がまだ俺に問いたいって言うなら……」

 そん時は、この件に関してお前なりの答えを聞かせてくれ。
 そう告げて。
 シャーニッド・エリプトンはその場を離れた。
 ダルシェナは……追っては来なかった。

 「……本当に俺も未練がましいこって……」
 
 声が聞こえない程度には離れた所で首だけ振り向いて見てみたが、未だダルシェナと思しき影は先ほどと同じ所に立ち尽くしていた。
 さて、彼女はどうするだろうか?
 この件に関してはディンに相談する事は出来まい。……それは彼女自身の気持ち、ディンが好きだという事を告げる事でもある。
 もし、それを契機としてディンがダルシェナを受け入れるのならば、それはいい事だ。まあ、今更だからって自分が戻るという訳にはいかないが。
 だが、おそらく、それは出来ないだろう。
 もし、ディンが断れば……例え、如何なる理由があれ、ディンとダルシェナの関係もまた崩れ去る。
 第十小隊の戦闘の基本はダルシェナの突撃とディンの支援にある。
 果たして、崩れた時、ダルシェナはディンにこれまで同様に背中を預け続ける事が出来るだろうか?ディンはこれまで同様に冷静にダルシェナを支え続けられるだろうか?


 第十小隊は最高学年が四年生とある意味第十七小隊と同じだ。
 これは前の小隊長がいた頃、六年生を中心として三年生だった三人を引きこんだからだ。そして六年生が卒業した後、残った三年生だった三人の内、隊長向きだったディンが跡を継いだ。
 その第十小隊は……苦戦が続いていた。
 原因は簡単だ。
 元より、第十小隊の戦闘パターンは黄金形とでも言うべき必勝パターンがある。
 ダルシェナの突撃。
 それを支えるディンの支援。
 更にそれを守る他のメンバーという形だ。極端な話、このパターンは他の四名がダルシェナとディンを守りきればそれで勝ち目が出てくるのだが、実の所密かに眉を潜める者は多い。
 理由は単純だ。
 現在の第十小隊の戦い方は、他の隊員を育てるものとは言えないからだ。有効なのは認めるが、隊長であるディンと副隊長であるダルシェナ二人の引き立て役にしかなっていない。
 小隊とはただ勝てばいいものではない。確かに、勝利して、その中から指揮官を本番に向けて見極めていく必要があるが、それだけではなく指揮官には次代の武芸者を育てていくという仕事もある。そういう意味では、先代の第十小隊長がディン達を選んだのは正に慧眼ではあったが、肝心の選んだ対象が育てる事を実質的に放棄している状態では意味がない。
 ましてや、レイフォンから言わせれば、この隊形は汚染獣相手では余り意味がない。あくまで、試合という限られた環境下で有効な戦闘隊形であり、戦法なのだ。

 もっともディンからすれば、何を今更、という気持ちが強い。
 非難をする側の気持ちも分からないではない。次代を育てるという事が大事なのも今更言われるまでもない。
 だが、現在の。小隊戦で上位へと行かねば、肝心の本番、武芸大会で指揮権に関わる事さえ出来ないような体制を作り上げ、それを維持運営しているのは誰だと言いたい。
 そして、何より。
 武芸大会で過去二度に渡って敗北してきたのは誰だったかと。そう問いたい。
 それならば。
 まず、何を差し置いても、例え如何なる非難を受けようとも、まずは上位へと食い込んでから。何を引き換えとしようが、全ては次の武芸大会に勝利してから。
 その為に剄脈加速剤である違法酒『ディジー』に手も出した。自身の出身都市である彩薬都市ケルネスはこうした他の地では違法とされるものも違法ではない数少ない都市だ。まあ、何が言いたいかというと、彼には違法酒を調達出来るルートがあった。ある意味それがディンにとっての不幸であったとも言えるが。
 そして、ダルシェナを除く他の面々は違法酒を用いてでも前へと進む事に同意してくれた。
 ダルシェナを巻き込まなかったのは生真面目な彼女はまず賛成してくれないだろう、というのもあるが、同時に彼女には違法酒は不要だろう、という読みもある。
 彼女は自分とは違う。彼女は十分な剄の力があり、わざわざ違法酒でブーストする必要などない。
 下手にブーストすれば……おそらくその時は彼女に他の者がついていく事が出来なくなるだろう。

 しかし、そこまでして手に入れた力でもって最初の頃は順調に白星を重ねつつあった第十小隊だったが、最近は苦戦が続いていた。
 理由は単純だ。最近対戦していた相手はいずれもアルセイフ道場で鍛錬を受けている面々。
 彼らはいずれも、まず剄の流れがスムーズとなり、技の始まりが軒並み早まっていた。
 これだけでも厄介だが、最近の彼らは第一小隊や第五小隊という現在小隊戦のトップを走っている……つまりは今の所ツェルニの次の武芸大会で指揮を執る可能性が高い小隊の者まで道場に加わった事により、指揮というものについて指導を受ける機会を得た上、互いに戦法についても切磋琢磨を繰り返しているという。
 まあ、何が言いたいかというと……第十小隊の戦法に関しても互いに試行錯誤を繰り返している、という事だ。
 今、勝者を決めるフラッグ破壊の合図が為された。
 第十小隊側の勝利だ。
 今回は何とかダルシェナが落とされる前にギリギリではあったが、フラッグ破壊に成功はした。
 だが、これが防衛側だったらどうだっただろうか?
 今回にした所で、後僅かな差だった。
 実の所、ディンを含めダルシェナ以外は全員が落とされている。
 ダルシェナとてあとフラッグまでの距離が10メルトルもあれば落とされていただろうと思えるぐらい満身創痍だった。それぐらいギリギリの勝利だった。というか、小隊員の損耗だけ考えるなら第十小隊の敗北といっていい。
 果たして、現状のままで勝ち残れるのか、そう考えてディンは頭を振った。
 勝ち残れるのか、ではない。
 自分達は勝ち残らねばならないのだ。

 そんな彼らを観客席のブースから見詰める視線があった。
 こうしたブースはある意味密談にはぴったりでもある。
 
 「どう思う?」
 
 そう問いかけたのはフォーメッド・ガレン。
 他にこの場にはニーナ・アントーク、シャーニッド・エリプトン、フェリ・ロス、レイフォン・アルセイフといった第十七小隊の面々、それにナルキ・ゲルニがいる。
 
 「……間違いなく使ってるだろうな、まあ、ダルシェナは使ってないみてえだが」

 溜息と共にシャーニッドが呟いた。
 シャーニッドも本音を言えば、嘗ての親友の気持ちが分からないでもないし、彼を裏切るような気持ちがするのも確かだ。だが、もう遅い。既に都市警は彼に王手をかける寸前まで来ている。
 この間の密輸摘発が実の所大きかった。
 サリンバン教導傭兵団にルートを潰されたのも大きかったらしい。まあ、騙くらかして密輸団の用心棒をやらせようという時点でサリンバン教導傭兵団を馬鹿にしているとしか思えない訳だが。
 サリンバン教導傭兵団は潰した際のデータも多少は金がかかったが、惜しげもなく提供してくれた。まあ、彼らにしてみれば団長であるハイアが騒動を起こしたお詫び、という面もあったようだが、お陰で格安でかなりの追加情報が手に入った。
 
 「じゃあ、あの人何も知らないんですか?」

 「薄々は感づいてるだろうな、俺でさえ分かるんだ。一緒にいるシェーナが気付かない訳がない」

 レイフォンの問いにシャーニッドは苦い笑みを浮かべながらそう告げる。
 剄の量を見れば分かる。ダルシェナは確かに剄の量が増えてはいるが、それはそう極端な変化ではない。成長に伴い順次剄の量が増えたと云う所だろう。何より彼女はきちんと自分の剄をコントロールし、扱いきっている。他の面々のように多大な剄量を制御しきれていないという事はない。
 だが、同じ小隊のそれに気付かない程ダルシェナは馬鹿ではない。公正無私がモットーだ、イアハイム騎士は~と言いつつも、仲間の不正には二の足を踏み、結局踏み出せないでいる。……いや、結局それは自分も同じか。薄々気付きながら、結局自分はそれを都市警に告げる事も出来ず、それどころかダルシェナが本当に真実に気付くのを妨害していただけだった。
 そうして、気付いてみれば今回こうして都市警が真実の全容をほぼ掴んだ事を知らされてようやっと決断を下す有様だ。

 そう、今回こうして彼らが集まっているのは都市警察、ひいてはカリアンからの要請を受けてのものだった。
 第十小隊による違法酒『ディジー』の密輸とその使用。
 それは大きな問題となる。ましてや武芸大会の本番でも使用して、それが学園都市連盟に知られれば、それこそツェルニを危機に追いやる事になりかねない。
 最終的に出番が回ってきたのは第十七小隊だった。
 正確にはレイフォンだ。
 求められるのはディン・ディーの当面の戦線離脱。半年は本調子となれないだけの怪我を負えば、会長命令で第十小隊に解散命令を下す事も出来る。表沙汰にすると色々と拙い以上、それが最善だと所謂政治的判断というヤツがされたのだ。
 無論、当初は反対意見もあった。そもそも怪我、それも半年は本調子となれないだけの怪我を負わせる、というのは実の所相当に困難な話だ。医療技術に優れた都市、例えばグレンダンなどでは(何しろ怪我をする武芸者も多いので自然と発達した)切り落とされた腕を一日あればくっつける事も可能だ。
 ツェルニはそこまでいかないが、骨折やそこらでは一週間かそこらもあれば完全な治療が終わる。かといって、頭などを打って半身不随にするとなるとまずツェルニでの治療は不可能、というか如何に武芸者といえど下手をすれば後遺症が残る。
 だが、生憎と、というべきか。レイフォンの流派には何とか出来る技があった。
 レイフォンとしても余り使いたい、気持ちのいい技ではないが、下手に怪我で戦線離脱させるよりはマシな状態となる筈だった。既に剄脈がボロボロになりつつある彼らに用いれば、当分武芸者として動く事は出来ないが、どのみちこのままいけば彼らに待っているのは破滅だけだ。
 ナルキが今ここにいるのもそこにあった。
 元々都市警には練達の武芸者はいない。ナルキはその中では優秀な武芸者、の卵だが、それでも所詮は一年……だが、第十七小隊ならば色々と融通が効く。元々、この小隊は最近こそ加盟を希望する者が密かに殺到していたりするのだが(最大の要因はフェリとレイフォンだったりするが、ニーナやシャーニッドも元々人気があるのだ)、その大半はミーハーか、実力不足で、その中でニーナが将来を考慮すると加入させてもいい、と思えるのはナルキぐらいだった。
 そこでフォーメッドはナルキを第十七小隊に加入させて、レイフォンがディンを動けなくする手伝いをさせよう、というのだった。
 第十七小隊の最大の弱点は人数不足だ。
 シャーニッドがダルシェナを、ニーナが相手の一部を押さえ、レイフォンがディン+二名程度を相手どる。
 レイフォンの腕ならば制限さえかけられなければ、ディンを正確に当面の戦闘不能状態に陥れる事が出来る。無論、邪魔が入らなければ、だが。
 逆に言うと邪魔が入ると拙い。
 失敗する可能性は低いが、繊細な技な事は間違いないのだ。
 レイフォンとて幸い王宮の手配のお陰もあって、大した処罰こそ受けなかったが、一度は違法試合に手を染めた身。ディンの気持ちは分かる。違法だ、違法だと騒ぐ事は容易いが、そうだと分かっていても、それしかなければそれで何とか出来る可能性があるのならば手を出してしまう、そんな追い詰められた気持ちはレイフォンにはよく分かるのだ。それだけにディンが再び武芸者として立ち上げれるだけの余地は残してやりたかった。
 だからこそ、念威操者を潰す役が欲しかった。
 フェリが前線に出るのは無理。なれば、前線に出て比較的戦闘力の低い念威操者を潰す為にナルキが加入するのだ。
 当初ナルキ自身は渋ったが、フォーメッドの説得により最終的に加入を承諾した。
 
 『都市警察に入りたいというなら、小隊戦はむしろ格好の修行の場だぞ』

 というのがフォーメッドの理屈だった。
 都市警察は都市内部の治安維持が目的であり、武芸者を相手とする事も多い。小隊の対人戦闘というのはそうした意味では戦争だけでなく、都市警察を目指す者向きでもあるのだ。

 こうした動きに対して、ニーナ自身は内心複雑ではあったが、黙っていた。
 自分が何を言えるのか、という事もある。
 何しろ、自身の内には未だ眠っているも同然の状態とはいえ廃貴族がいる。
 廃貴族が目覚めた時の力は膨大だ。それこそ剄脈加速剤など玩具も同然な程に。
 望んでではない、望んでではないが、結局外部要因で力を手に入れたという事には変わりはない。
 こうして都市警から正式に依頼があった以上、下手にディンに問い詰める事も出来まい。
 ……自分に今出来る事はただ、事件解決を手助けする事だけか……。
 内心そう自嘲するニーナであったが、彼女は知らない。
 ……ハイアが、サリンバン教導傭兵団が廃貴族を狙う事を未だ諦めてはいないという事を。確かにフェルマウスも含め、既にグレンダンが廃貴族をそこまで望んでいない事は知った。
 だが、未だ正式な命令として帰還命令も廃貴族回収命令も出てはいない事を指摘されれば、フェルマウスとて止める事は出来ない。
 ニーナはその事を未だ知らない。


『後書きっぽいなにか』
ディンの出身都市、彩薬都市ケルネス。ある意味読み方によっては災厄都市とも読み取れますよね
ある意味、違法な薬でも合法なこの都市、他の都市にとってはそうとも言えるかも……
 
さて、現状は大きく動いてます
既に都市警察は情報の殆どを把握しました
ナルキ自身は納得しきれませんが、協力の見返りとして都市警はナルキの小隊加入を了承してます。まあ、フォーメッドからすれば、ナルキが都市警に所属したまま、小隊の一員として強化される事には大きなメリットがあるのでむしろ積極賛成なのですが
事実、武芸者を相手どる可能性の高い都市警察を目指すなら、小隊員となるのはとってもナルキにとってもメリットがあるとは思うんですがねえ……
ちなみにこの作品では原作と違い、ディンにニーナが問い詰めるような事は起きませんでしたが、最大の理由はニーナの内側に廃貴族がいるせいです。自分とディン、どう違うのか、向こうは違法、自分のはまだまともに世間に知られてないだけじゃないのか、って思いがニーナにはあります
まあ、そんな彼女をサリンバン教導傭兵団もまだ諦めてないんですが……もっとも、この時点ではまだ廃貴族が誰に宿ってるかをサリンバン教導傭兵団は知らないので、すぐにニーナを襲撃って事はしませんけど

ではまた次回でお会いしましょう 
 



[9004] オワリの始まり
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/06/16 11:34
 その日の訓練に措いて、ダルシェナの動きは精彩を欠いていた。
 第十小隊の戦法の肝は二つ。
 副隊長であるダルシェナの突撃による相手の防御の粉砕。
 そして、隊長であるディンによる支援だ。
 逆に言えば、ダルシェナの動きが精彩を欠いてしまえば、訓練そのものの意味がなくなってしまう。
 
 「どうしたんだ、シェーナ」

 結局、途中で切り上げとなった訓練。
 副隊長相手となると下手に聞くにも躊躇う隊員達は、長い付き合いである隊長に任せて、そそくさと引き上げていた。
 まあ、気持ちは分からんでもないとディンは彼らが帰った後、着替えもせず思案顔というより苦悩している様子のダルシェナに話しかけたのだった。幸い、というべきか途中で切り上げた為、訓練室の使用時間にはまだ十分な余裕がある。
 内心では、冷たい汗が流れるような気持ちがしている。
 或いは……遂に彼女は知ってしまったのだろうか?彼女には知らないでいられるようにしてきたつもりだったのだが。
 
 「……昨晩の事なのだが」

 ディンがじっと待っていると、しばらくしてからダルシェナが口を開いた。
 少し安心したが、その冷静さもダルシェナの次の言葉を聞くまでだった。

 「シャーニッドに会った」

 「っ!!」

 途端に険しい表情になるディン。
 奴は何を言った、また奴は何か彼女に吹き込んだのかと思わず怒声を発しかけて。

 「何故小隊を辞めたのか、その理由を聞く事が出来た」

 その言葉に。
 思わず口を噤んだ。
 実の所、ディンにもシャーニッドが何故第十小隊を突然抜けると言い出したのかは分からなかった。
 ……シャーニッドの事は、不真面目に見える奴だが大切な友人だと、目指すものは同じだと思っていた。
 自分達はもっと上へと行ける筈だった。
 それが全て壊れた。
 どうしても納得がいかなくて、呼び出して勝負を挑んだが、本来狙撃手でありながら、白兵戦さえこなすだけの器用さを持つはずのシャーニッドは、だが、何ら抵抗せずただ黙って自分の攻撃を受けた。それこそ下手をすれば武芸者として再起不能になりかねない程の重傷を負っても、だ。
 それだけに、聞き逃せなかった。
 憎む、という行為は好意の反対ではない。反対は無関心。憎悪はその相手への興味を失えないが故に起きている。

 「……何だったんだ」

 だから、ディンは気付けば、そう口にしていた。

 「簡単だ、その理由は……」

 そう言って、ダルシェナは綺麗な笑みをディンに向けた。

 「私がお前の事を好きだからだ。友人としてだけでなく、一人の男性として」

 瞬間、ディンの頭が真っ白になった。
 まさか、いきなりそんな事を言われるとは思っていなかった。ダルシェナは間違いなく美人だが、ディンは彼女の事をそんな風に見た事はなかったのだ。
 ……好みがどうとか以前の問題として、ディンは前の第十小隊長に想いを向け続けていたから……。
 
 「し……しかし。それで何故シャーニッドの奴が隊を抜ける事に……繋がるんだ」

 それでも懸命に言葉を捜してそう言ったディンに、どこか寂しげな笑みでダルシェナは告げた。

 「……シャーニッドに言われたよ。私が好きだ、と。……意味は分かるな?」

 その言葉を聞いて、ディンは真っ白になった頭を懸命に回した。
 ダルシェナは自分を好きだった。そして、シャーニッドはダルシェナを好きだった。では自分は……。
 考えを回す内に次第に冷静になっていった頭が一つの答えを導き出してゆく。元々ディンは内心でカリアンが次の生徒会に関われる逸材候補として考慮していたぐらいだ。頭の回転は速い。

 「……そういう事か」

 「そういう事だ」

 苦い表情で呻くディンに、ダルシェナも頷いた。
 既に隊は見た目はともかく、裏とでも言うべき感情部分はもつれて、絡まりつつあった。
 シャーニッドが辞めると言い出した折、彼の理由を述べていたらどうなっただろうか?

 『ダルシェナが好きだ』

 だが、それだけでは理由にならない。
 それだけでは、ただの片思いであり、告白に過ぎない。それを隊を抜ける理由に繋げる為にはダルシェナがディンを好きだという気持ちを伝えねばならない。
 不真面目に見えて、その辺りは案外純真な男な事ぐらいは分かるぐらいの付き合いはあった。
 ……ダルシェナがディンを好きだという気持ち、それはシャーニッド自身が口に出してはならない。それを口にしていいのはダルシェナだけだという信念があったのだろう。
 そして、それを言えない以上、自身がダルシェナを好きだという事を口にする訳にはいかず――それはただダルシェナを苦しめるだけだから――彼に出来る事はただ沈黙を守る事だけだったのだろう。例え、ディンに殴られ、武芸者として再起不能となったとしても、だ。
 その寸前までいきながら、それでも反撃もせず、口にもしなかった、という事が彼の想いの真剣さを示している。
 
 ダルシェナがディンを想っていなければ。
 或いは、ディンがダルシェナの想いに気付いていれば。
 或いは、ディンが前の隊長に想いを寄せていなければ。
 また別の道もあったのかもしれない。
 そしてそれが所詮仮定の話であった事もまた分かる。分かってみれば、何の事はない。自分達三人の中で一番物の見えていた男が一番の割を自分から引いてくれただけの事。

 「すぐに返事をしてくれとは言わない。しっかり考えて答えを出してくれ」

 ダルシェナの言葉が何を意味しているのか分からない程ディンは鈍くはない。

 「……すまん」

 「何……皆同じさ」

 即答出来ないディンはそう応えるしかないが、ダルシェナは優しい声でそう告げた。
 ……そう、皆同じだった。
 これまでダルシェナがディンに告げるまではと沈黙を守り続けてきたシャーニッドも。
 ディンの想いに気付いていたが故に、自分に向けられる想いに気付かず、そしてディンに告げる事も出来ずにシャーニッドの言葉でようやく自身の想いを告げる事の出来たダルシェナも。
 ただ前の隊長への想いを都市を守るという気持ちに置き換えて、ひたすらに前を見て突き進み、傍らから向けられる想いに気付かなかったディンも。
 誰もが気付かず、踏み出せず。
 今の状況がある。
 ダルシェナも帰り、一人残ったディンは見上げるような視線で呻くように呟いた。

 「……俺は……誰に怒りを向ければいいんだ?」

 シャーニッドか?ダルシェナにか?それとも……。
 今まではただシャーニッドに怒りを向けていれば良かった。だが、真実を知った上で、これまでと同じようにシャーニッドに怒りを向ける事は難しいのもまた分かっていた。
 その言葉は誰かの答えが返ってくるでもなく、空中に溶けて消えた。
  
 
 そうして迎えた第十小隊と第十七小隊との試合。
 第十小隊側が攻撃、第十七小隊が防衛という形となっている。
 試合自体は盛り上がっている。
 何しろ、どちらも最高学年が四年生。すなわち次の武芸大会にも彼らは未だ六年生として残っている。無論、今年の武芸大会に勝利してツェルニが残れば、の話ではあるが、こうした新規の実力を持つ者達の出現は盛り上がる。
 そんな中、偶々の話であったが、ディン・ディーとシャーニッド・エリプトン。二人はばったりと廊下で顔を合わせた。

 「よう」

 「……シャーニッドか」

 その様子に、シャーニッドは「おや」、と思う。自分が第十小隊を抜けて以来、ディンとは極めて険悪な関係にあった。そのピリピリした感覚がない。

 「ダルシェナから聞いた。……お前の選択が正しかったとは言わないが、間違ってもいなかった事は理解した」

 「……そうか」

 矢張りそうか、と思う。
 まあ、それ以外に関係改善の兆しは起こりようがあるまい。まあ、これがいい方に働くか、悪い方に働くかはまだ断定出来ないが、あの日以来断絶していた流れが再び流れ出した事は確かだろう。

 「結論は出たか?」

 「ああ。ダルシェナにはこの試合が終わったら告げると伝えた。……終わったらお前とも話しがしたい」

 「分かった。試合の結果がどうあれ、寄らせてもらうぜ」

 それだけ言うと、二人はそのまま歩き出し、すれ違う。
 全ては終わってから。
 今は、まだその時ではない。シャーニッドは無論、この後の展開を知っている。おそらく、ディンがこの後小隊戦でも武芸大会でも、少なくとも今回の大会が終わるまで戦場に再び立つ事はあるまい。如何にディンが才能があり、違法酒を用いているとしても、レイフォン・アルセイフという規格外に敵う筈がない。
 それでもシャーニッドはそれを一切その表から読み取らせる事はなかった。それは或いは彼にとってはその方が良いと考えていたのかもしれないし、或いは……。
 

 そして、小隊戦そのものは事前の想定通りに進んだ。
 今回は第十七小隊が防衛側だ。
 第十小隊は明らかに攻撃を得意とする小隊であり、第十七小隊も防御よりはむしろ攻撃が得意だ。そうした意味では第十小隊有利と見たものはいたし、第十小隊の面々も内心安堵した。
 ……それすらも罠である事に、第十七小隊が防衛側である事は、生徒会と武芸科双方のトップを交えての会議の末に決定された作戦に基づいてのものであった事を気付いた者はいなかった。
 
 罠をフィールドに仕掛けられるのは防衛側のみ。
 これこそが作戦の肝だった。
 第十小隊が違法酒を持ち込み、それを使用していると判明しながらも、それが未だ公表されてこなかったのには無論理由がある。小隊はエリートなのだ。それが法を犯しているとなれば、武芸大会を間近に控えたこの時期には大問題だ。
 ツェルニ内部の話に留まらない。
 無論、ばれた際に備えて、『次第についていけなくなる事に焦りを覚えた者が、安易に力を求めて違法な剄脈加速剤に手を出した』という【調査結果】は用意されている。だが、武芸大会直前に判明となれば、ツェルニに対して疑いの目が向けられる事は避けられない。 
 第十小隊は解散となり、例え用いていなかったとしても、ダルシェナもまた処罰を免れないだろう。
 後は簡単だ。ツェルニは有力な戦力の一端を失い、その一方で外部からは疑いの目を向けられる事になる。例え勝利を得た所で、『法を犯して手に入れた勝利ではないか?』と疑われるのは必至だ。
 それを避ける為には全てを闇に葬らねばならない。
 あくまで、第十小隊は『試合中の事故によって、小隊長が長期入院となった』が故に解散せねばならないのだ。

 その為にまずは舞台となるフィールドが砂塵に覆われた。
 大規模なそれは、フィールド全体をすっぽりと覆いつくす。通常、ここまでの規模で煙幕が仕掛けられる事はまず、ない。理由は単純で小隊戦は多数の観客を持つ娯楽でもあるからだ。
 観客からも全く見えない程の煙幕はそれを台無しにしてしまう。
 それ故に、煙幕展開後、間もなく観客席『のみ』に広報が為された。

 【空調システムの一部故障により、煙幕としての砂が予定以上に広がってしまいました。現在復旧作業中です。あくまで予想以上に舞い上がった点に関する空調システムの不調であり、観戦には問題が御座いませんので、落ち着いて復旧をお待ち下さい】、と。

 無論、そんな広報とは別に砂塵の中では戦闘が続いている。
 何時もの如く突撃を行ったダルシェナは慌てて立ち止まった。
 当然だ、本来なら自らの後方についてくる筈のディン達と分断されてしまった。これはレイフォンとニーナ二人が雷迅によって両者の間を駆け抜けた為だ。
 更に砂塵による目くらましに加え、第十小隊の念威端子は、その機能をフェリによって妨害されまともに機能を発揮出来ないでいる。
 
 「よう、シェーナ」

 そうした中、ダルシェナの前に立ち塞がったのはシャーニッドだった。
 今日は何時もと彼もまた服装が異なる。とはいえ、その服には見覚えがあった。
 ない訳がない。
 改造された、その服は……自分達三人が纏っていたもの。今は自分とディンのみが纏っていた筈のもの。
 
 「試合の前にディンと会ったぜ。……お前はやっぱ猪突猛進だな。俺はお前に告白するのにあんだけ時間かかったのにな」

 シャーニッドの両手にあるのは黒鉄錬金鋼の二丁拳銃だ。何時もの軽金錬金鋼製の狙撃銃ではない。
 無論、ダルシェナの脳裏の一部はシャーニッドの言葉に真っ赤に染まり、また一部では怒りを覚えている。
 だが。
 それ以外の部分が警鐘を鳴らしている。
 何故、シャーニッドはこの服で現れた?
 第十小隊から抜けて以来、これまでの試合に措いて、シャーニッドがこの戦闘服を纏っていた事はなかった。……自分達との仲直りを示す為?まさか。その為だけに一人だけ異なる衣装を纏う意味はない。その他にも色んな考えが浮かんできて、そしてそれを打ち消す。
 そうして、残ったのは……。

 「何か、あるの、か?」

 ダルシェナの口から洩れた言葉に、シャーニッドは苦笑を浮かべる。
 ……それが答えだった。
 断言はしない。問い詰めた所で飄々とした態度ではぐらかされるのが落ちだろう。少なくとも、ダルシェナは口ではシャーニッドに勝てるとは思わない。だが、少なくともシャーニッドの態度から、推測がつくぐらいの付き合いはあったと思っている。先だってからの状況の変化で、シャーニッドが変わっていないと知ってからは尚更だ。
 そう考えると、この砂塵と念威端子の不調も説明がつく。
 つまりは、生徒会が遂に、薄々彼女も悟っていた件に対して、動いた、という事だろう。それが意味する所は……。

 「ディン……!」

 「行かせると思うか?」

 方向はわからないが、それでも向きを変えようとするダルシェナの眼前に立て続けに弾が撃ち込まれる。その弾種は通常のものではなく、剄弾。無論、威力に制限はかけられているだろうが、通常は麻痺弾というある意味おもちゃの実体弾が用いられる(その方が怪我などが起きにくい)銃に対して剄弾。
 ……シャーニッドの拳銃は実弾と剄弾が選択出来るようになっている。
 とはいえ、普段は剄弾は封印されており、その解除は小隊づきの錬金鋼技師が独断で出来るものではない。
 それはすなわち、現状は生徒会の承認の元で行われているという事。

 「……行かせてもらう」

 既に接近戦の間合いに入っている。
 この間合いでは突撃槍は使い勝手が悪い。……本来は銃の方がもっと悪いのだが、生憎シャーニッドが使うのは銃衝術。銃を用いた格闘技だ。ましてや、今は弾数制限のない剄弾モード。

 「力を隠していたのがお前だけと思うなよ」

 突き立てた突撃槍の握りを捻ると、カチリと音がして、細剣が抜き放たれた。
 さすがに意表を突かれたらしいシャーニッドだったが、すぐに表情を戻し、構える。一つだけはっきりしている事はダルシェナが迅速にシャーニッドを倒せれば彼女の勝ち、簡単に倒されず持ち堪えればシャーニッドの勝ち、という事だった。フラッグなど最早関係なしに、そえぞれの目的の為に、二人は激突した。


 ナルキ・ゲルニは第十七小隊の新参者であり、おそらく小隊員としては最も未熟だ。
 まあ、当然といえば当然の話で、彼女はまだ一年生だ。
 同じ一年生の小隊員としてはレイフォンがいるが、こちらは一年だ何だと比べるだけ馬鹿馬鹿しい。
 そんな彼女の役割は第十小隊の念威操者の無力化だった。
 要は彼女では通常の小隊員を相手どる事は無理、と看做された事でもあるが、彼女としても納得している。……第十七小隊に入ってから彼女もまたアルセイフ道場に参加出来るようになったのだが、参加している武芸者全員にいいようにやられ続けた彼女だったからだ。
 これが外力系で、というなら、外力系の剄技を苦手としているナルキとしては諦めもついただろうが、いずれも内力系のみを用いた戦闘だった。……まあ、狙撃手らは別な訳だが。
 ある意味彼女が第十七小隊にこうして残ったのは、こうした歴然たる事実が、フォーメッドの説得と共に大きい。
 彼女が都市警察を目指す以上、彼女が日常に措いて立ち向かうのは人だ。
 ましてや、都市の中でも巨大な力を誇る交通都市ヨルテム。そこでは汚染獣を相手どる騎士と都市内部の犯罪を相手どる警察と武芸者にも役割分担を施して尚余裕がある。彼女が希望通り都市警察に入れば、彼女が汚染獣を相手どる事などその生涯に措いてまずあるまい。
 となれば、彼女は人を、そして武芸者を相手どる事になる。
 ヨルテムは人の出入りが激しく、また外部からの人間もひっきりなしに訪れる。故に情報もまた大量のそれが流れ、それを狙う犯罪者もまた多い。そのヨルテムで都市警察を行う以上、対人戦闘訓練をこのツェルニで積む事には必ず意味がある。
 如何に上級生とはいえ、同じ学生でこれだけの差があるのだ。ツェルニで最も対人戦闘に長けた小隊員となって鍛錬を積む事で、必ず自分の力も向上出来る筈……。
 砂塵に覆われながら、それがないかのようなクリアーな視界を提供する念威端子に導かれ、一気に第十小隊の念威操者に肉薄する。
 懸命に端子の制御を取り戻そうとしていたのだろう、肉眼による視界が砂塵で妨害されていた事によって彼がナルキに気付くのは致命的に遅れた。
 慌てて、念威爆雷を展開しようとする前に、ナルキから伸びた捕り縄が彼を捕縛し、それを通じて放たれた化錬剄が電撃となって彼を襲い、気絶させた。


 そして、戦場の一端では、遂にレイフォンとディンが一対一で向かい合っていた。
 砂塵の向こう側では、ニーナが残る第十小隊の内、二名の小隊員と遣り合っている。
 残りはレイフォンに倒され、ディン自身も蹴りを喰らい、他と引き離された。  

 「貴方の気持ちは分かります」

 「俺の気持ちが分かる、だと……!」

 そうして面と向った最初に放たれたレイフォンの言葉に、ディンは怒りの篭った視線を向けた。
 分かるものか……!才能に恵まれたお前などに!
 口には出さずとも分かっていたのだろう、それは或いはディンの視線や口調だったのかもしれないし、或いは自身の体験からだったのかもしれない。

 「分かります」

 故に被せるようにして、再び告げる。
 そうして、語る。
 嘗ての自分の、グレンダンでの行為を。何故、自分がこのツェルニに来る事になったのかを。
 それはディンとは異なる犯罪の話。だが、ディンも最初こそ嫌悪の感情を示したものの、間もなく、それに込められた意味を理解したのだろう、次第に冷静な、悟った者故の平静な表情を向けた。
 ディンも理解したのだ。レイフォンが言いたい事が。
 自分の力だけではどうにも出来なくて、法を犯しているとわかっていても、それでも何とかしたいと願う、それは分かるから。レイフォンの、そんな想いが伝わってきたから。

 「或いはあの時、ほんの少しの狂いで自分は都市追放ぐらいにはなっていたかもしれません」
 
 そう締めくくられた時、ディンの心もまた静かに落ち着いていた。

 「……それがわかって何故止める」

 「貴方も分かっているんでしょう?」

 今更、の話だと。そんな狂おしい想いを理解していながら、何故自分を止めようとするのか、と既に答えを理解しつつ告げるディンの言葉にレイフォンもまた穏やかに返す。ある意味、これは二人の、道を誤った者同士の儀式のようなものだった。

 「もう、自分では止まれないと」
 

【後書きっぽい何か】
という訳で、戦闘開始です
レイフォンとディンの決着、そして……はまた次の話で。無論、「ほんの少し」ですが優しい結末を考えています

レイフォンとディンって似てます
どちらも、自分の為じゃなく、他の何かの為に法を犯してでも何とかしたかった
本当に、レイフォンがディンを止める事になったのはある意味皮肉だと思います
原作ではどちらも悲しい結末を迎えた訳ですが、それだけに自分の作品の中だけでは、せめてお互いがやり直せる機会をあげたいと思ってます




[9004] 幕は下がれど、未だ終わり見えず
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/06/16 11:36
 第十小隊長ディン・ディー。
 彼は決してずば抜けた戦闘力を持つ武芸者ではない。
 彼が一年の頃より親しくなった他の二人、ダルシェナ・シェ・マテルナとシャーニッド・エリプトン。
 ダルシェナは入学当初こそ、その気弱さから、やられ役とでも言うべきポジションにあったが、ディンとシャーニッド二人からの助言を受け、何時しか優れた近接戦闘力を誇るツェルニ最高の突破力を誇るようになった。
 シャーニッドは優れた狙撃の能力があった。普段はへらへらと軽薄な態を装ってはいるが、彼が後ろを守っているという信頼感は確かなものがあったし、器用さから銃衝術を用いた接近戦もこなす事が出来た。
 その両者と比較した時、ディンはダルシェナに近接戦闘で劣り、かといってシャーニッドのような射撃の能力もなかった。これで物語風味ならば、所謂『近接にはダルシェナに劣るが射撃では勝ち、射撃でシャーニッドに劣るが近接では勝ち』というのが王道なのだろうが、生憎そう上手くはいかない。
 近接戦闘用の錬金鋼と射撃戦用の錬金鋼は異なる。
 遠近の両立が可能なのは精々がシャーニッドの使う黒鉄錬金鋼を用いた銃衝術程度だが、今から鍛錬した所でまともに使えるものになる訳がない。
 かくして、ディンが選んだのはダルシェナの背後についての支援戦闘。
 第十小隊はシャーニッドが抜けてからは更にその方向に特化していく事になり、要はただ一人、ダルシェナのみ。切先であり弾頭である彼女をターゲットまで送り込めれば彼らの勝ち、その為にはその突撃を妨害する罠を排除するディンをギリギリまでダルシェナの背後につける為に念威操者を除く他四名は盾の役割を果たす。
 そして、最終的にダルシェナさえ送り込めるならば、ディンもまた最期は盾となる。
 
 確かに見た目はダルシェナが目立つ為派手であるし、勝率も高くはあるが、決して他小隊からの評価が高いものではない。
 いや、ディンの参謀としての能力自体は評価が高いのだが、この戦法は後継を育てるでもなく、余りに特化しすぎている為に応用が効かない為に評価が低い。
 それでも。
 ディンからすれば、とにかく勝利を重ねて、武芸大会の本番に措いて作戦指揮に関わる為に最低でも小隊対抗戦二位、可能ならば一位をもぎ取る為に構築した陣形であった。前回の武芸大会に措いて、第一小隊が一位となったが、結果は全ての作戦が見抜かれていたかのような惨敗。
 現在の第一小隊長であるヴァンゼは当時四年生であり、彼が当時の作戦立案者であった訳ではないが、作戦を当時の自分達より知る事は出来ただろう。
 第一小隊を上回る戦績を残そうと足掻いている者は多いが、一重に『第一小隊を上回らねば、前回と何ら変わっていない』という意識があった事は否めない。特に当時三年以下の低学年層だった者にその想いは強い。
 
 だが。
 ディンにとって喜ばしい事に、そして残念な事に。
 ダルシェナの能力は優れていた、いや彼らの水準と比較して優れすぎていた。
 つまりは何時しかダルシェナに他の面々がついていけなくなりつつあったのだった。
 如何にダルシェナが一点突破の突撃に優れていようが、それを支援する能力がなければ、或いはついていく能力がなければ結局の所他の者が足手まといになってしまい、それは敗退へと繋がる。一人で小隊を勝利に導くなど不可能……いやまあ、現在は例外が一人いるが、あくまで例外は例外。少なくともダルシェナ一人にそれを可能とする力はない。
 ではどうするか?
 諦めるという道が存在しない以上、何らかの方法でダルシェナについていかねばならない。その為にディンが取った手段が違法酒ディジー、所謂剄脈加速剤だった。幸いというか、ディンの故郷、彩薬都市ケルネスは違法酒を違法としていない珍しい都市であり、すなわち普通に流通しているそれを故郷の伝手を用いて輸入するのは難しくなかった。
 違法酒を必要としないだけの能力があるダルシェナには伝えず、無論生真面目で正義感の強い彼女がそれを知れば反対すると知っていたが故に、ディンは他の面々に話を持ちかけ、そして彼は賭けに勝った。
 誰もが何とかしたいと願い、そして、それを違法酒に依ってではあっても何とかする可能性があるならば、手を出す事を禁忌としなかったのである。
 そうして、第十小隊は一丸となって戦えるだけの剄力を全員が得る事に成功した。

 だが、それも何時かはばれる。そこまでツェルニの都市警察は無能ではない。
 それに、剄脈加速剤が違法とされるにはそれなりの理由がある。当たり前といえば当たり前の話だが、異常は異常でしかない。本来の流れを増強する事で確かに通常より強力な力を得る事は出来るが、体というか剄脈には無理がかかる。結果として、八十%を越える極めて高い確率で剄脈には悪性腫瘍が生じ、最後には使用した武芸者、念威操者は廃人となる。
 長い時間をかけて使えるようになった武芸者、念威操者を一時のブーストと引き換えに失うのでは割りに合わない。自然と都市は剄脈加速剤を違法とするようになった。
 無論、ディンも、第十小隊員もそれは理解していた。
 それでも。
 ツェルニという都市は次の武芸大会で敗北すれば、残された最後のセルニウム鉱山を失い、滅ぶ。
 ならば、必要なのは次の武芸大会で勝利する力。
 後のない、今の為に自らの未来を使い潰す覚悟の上で、第十小隊は立った。
 ……だからだろう。
 レイフォン・アルセイフという存在を認められなかったのは。

 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
 武芸の最も盛んな槍殻都市グレンダンの出身であり、世界にその名を轟かすグレンダンに措いて最強を示す十二名の天剣授受者の一角を為す、おそらくというか間違いなく、全世界でも上から数えた方が圧倒的に早い実力者。
 自分達凡人がその全てを賭けて、やっと可能性の端を掴んだ勝利への道を、その圧倒的な実力で何の無理をする必要もなく押し通る事の可能な存在。
 その気になれば、たった一人でツェルニを勝利へと導く事の可能な怪物。
 それは正に当の本人にその意識がないにせよ、自分達の想いを蹂躙する存在だった。
 彼一人で、この都市を救う事が可能というならば、自分達の想いは一体何なのか。
 現実に汚染獣との遭遇に措いて、その数多の都市が滅ぼされた力の前に自分達は屈しかけ、だが、それを瞬く間に、ただ一人で圧倒してみせた。確かに、あの戦いにおいては自分達は違法酒を用いてはいなかったが、だからといって用いていれば同じ事が出来たとは到底思えない。
 もっとも彼らは同時に悟っていたのかもしれない。自分達が倒れても代わりはいるのだと。
 だからこそ、自分達が無茶をしても構わないのだと……無意味とは思いたくなかったから。
 
 そして、今、その怪物がディンの目の前に立っていた。
 その存在と現在の状況こそが遂に生徒会が、ツェルニ上層部が全てを知ったという証であり、しかし同時に、現在の状況がディンに生徒会の思惑を悟らせていた。

 『生徒会に自分達が違法酒ディジーを使用していたと公表する意思はない、いや、出来ない』
 
 考えてみれば当然だ。
 実の所、自分がそれを利用しようとするのは、どう言い訳しようが、公表出来ないという相手の弱みに付け込む事に他ならない事も理解している。
 それでも、それしか道はない。
 別にレイフォンに倒される事は問題ない。彼が本気になれば、どうなるかは汚染獣との戦いで存分に見せつけられた。その力の前では、剄脈加速剤を用いた所で自分など彼にとっては大した差ではあるまい。いや、例え今分断されている第十小隊の全力をもってした所でどうにかなるとは思えない。
 だが、別に勝つ必要はない。
 レイフォンとて、ディンを殺す事は出来ない。いや、再起不能の大怪我を負わせる事も出来まい。なまじレイフォンに実力があるからこそ、それは出来ない。やった所で非難はレイフォンに向う。実力差がなければ、白熱した結果としての事故も許容されるだろうが、自分とレイフォン程の実力差があれば、重大な事故はレイフォンが一方的に責められる事になるだろう。
 ……武芸者が一般人を嬲った時、武芸者が一方的に悪いとされるのと同じ事だ、認めるのは悔しいが。
 それは生徒会にとってもまったくもって望ましくない事態のはずだ。
 ならば、自分は必ず立ち上がってみせる。
 手加減せざるをえないレイフォンによる攻撃を耐え、試合に出続ける事が出来れば、例えこの試合で一敗を喫しようとも自分の勝ちなのだから。
 だが、その余裕に似た気持ちも。
 レイフォンが白金に輝く刀を復元するまでだった。


 レイフォンにとって、この試合はやりにくい試合だった。
 何とか出来ない訳ではない。
 はっきり言ってしまえば、現状ツェルニの上層部としては一番妥当な手段を選んだという事も理解している。そして、ディンを含めた第十小隊の面々にとっても、再起不能になる前に止めた方が良い事も理解している。
 だが、同時に彼らの気持ちも分かってしまうのだ。
 自分の場合は、他の者からの力で何とか出来たならば、それで良かった。
 『全ての孤児達を救う』
 それが目的であり、自分の力だけで、という冠詞はそこにはない。
 はっきり言ってしまえば、自分にとって天剣を失うという可能性は頭にあったが、それは困る、というのはあくまで天剣であるという事が賭け試合で重要だったからに過ぎない。
 最も優先すべきは孤児達を救う事であり、それが適うならば誰かの援助を受けようが構わなかった。
 だが、彼らは違う。
 彼らは自分達の未来そのもの、下手をすれば命を賭けてでも勝利を得ようとした。
 それは欲ではあるが、自分の為の欲ではない。
 『自分達の力で、このツェルニを守るんだ』
 その想い故に彼らは全てを賭けた。
 その気持ちも、また分かる。分かるからこそ、自分が止めなければならないとする理性と、彼らに同調しそうになる感情がレイフォンの内でぶつかり合う。
 だが。
 一つ息を吐き、それが終わった時、そこには一つの戦闘機械があった。
 感情を封じる事が出来ずして、汚染獣とは戦えない。
 汚染獣、それも老生体と相対して戦う時、相手の行動の度に驚き、戸惑い、迷い、躊躇してはその全てが死へと繋がる。
 故にその全ては封じねばならない。
 悲しむ事も嘆く事も喜ぶ事も怒る事も全ては戦い終えてからの話。
 今はただ、自らの行うべき事を行うのみ。

 「レストレーション」

 静かにその言葉を呟く。
 何時も用いている鋼鉄錬金鋼の刀ではなく、天剣。この錬金鋼ならばレイフォンの剄全てを受け止める事が出来る。
 白金に輝く刃がレイフォンの剄を受けて輝いた。

 
 ディン・ディーの錬金鋼はワイヤーだ。
 レイフォンの鋼糸に似ていなくもないが、それよりずっと太く数も少ない。そのワイヤーの先端には錘がついており、ディンはこれを操って、ダルシェナの道を切り開く。立ちはだかる相手そのものはダルシェナの突破力に任せる。ディンが排除するのは彼女の、その突撃を妨げる数々の罠だ。
 それは彼らの作戦が機能している間は極めて有効な方法だった。
 だが、現状のような。
 ディン自身が強者と相対するような事態となれば、また話は異なる。
 ……はっきり言ってしまえば、この錬金鋼は直接戦闘には向いていないのだ。
 糸を用いた戦闘方法はちゃんと存在しているし、他ならぬレイフォン自身もまた、鋼糸を使い、幼生体程度ならば易々と切り裂いてみせる。だが、ディンのそれはあくまで罠の排除の為のもの。
 ましてや、相対する相手はディンより遥かに格上。レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフであり、その手にする錬金鋼は槍殻都市グレンダンの誇る十二の天剣の一振り。
 絡めとらんとばかりに放ったワイヤーはいとも容易く切り裂かれ、弾く事さえ出来ない。
 柔軟性のあるワイヤーを何の支えもない空中で切るのは相当に困難な筈だが、レイフォンは何でもない事のように、それを為す。いや、実際簡単なのだろう、彼にとっては。
 それでも。
 ディンに出来る事は足掻いてみせる事だけで、そして、彼は諦めるつもりはなかった。
 だが。

 『外力系衝剄の変化、封心突』

 気付けば正面に立ったレイフォンから放たれた剄がディンに降り注いでいた。
 斬線とはまた異なる衝剄の針がディンの体の各所に突き刺さり、それを用いてレイフォンはディンの四肢への剄を絶つ。後はこのまま数分もすれば、半年は剄の流れが不自由になる。そうなれば、当面の間療養となり、隊長を失った第十小隊は解隊となるだろう。或いはダルシェナが新たな隊長に立候補するかもしれないが、それが認められる事はない。
 必死に立ち上がろうとするディンにレイフォンは声を掛けた。

 「あまり無理をしない方がいいですよ」

 今でさえ剄脈加速剤によって異常脈動している状態なのだ。

 「これ以上無理をしたら剄脈が壊れます」

 今の状態は剄脈という水路に、レイフォンの剄が堰を作ってせき止めている状態だ。その堰を押し流そうとただでさえ、無理をしている水路に強引に剄という水を流せば……最悪、堰を押し流すだけではすまない、水路そのものが壊れる可能性がある。そうなれば、剄脈の壊れた武芸者の末路は死か廃人か、いずれかが待っているだけだ。
 だが。
  
 「お前は分かると言った」

 ディンのその言葉にレイフォンは押し黙った。
 そう、分かる。
 分かってしまう。
 全てを捨てる危険があると分かっていても、それでも足掻こうとする気持ちが分かるが故に、ディンが諦められない事を、レイフォンは理解していた。それでも、最早無理だ。既にディンの状況はチェックメイトがかかっている。だが……この嫌な感触はなんだろう?

 「全ては理解していないにせよ、俺の足掻く気持ちの一端は理解しているのは確かなのだろう」

 「ならば分かる筈だ!この程度で……」

 納まりかけていた周囲の気流が再び乱れ始めている。
 ディンが剄脈に力を注いでいるからだろうか、確かにディンの体からは剄が激しく溢れ出している。だが、果たしてそれだけだろうか?すぐ近くから、何か災いが堕ちてくるかのような……何より、この不快な圧力には覚えがあった。

 「俺は止まらん!」

 その言葉と共に。
 黄金の奔流が、ニーナ・アントークと共にレイフォン、ディンと三角の位置を為す場所に出現した。
 苦しげに顔を歪ませるニーナの頭上に座す黄金の牡山羊。
 すなわち、廃貴族。

 実の所、ニーナは既に第十小隊の小隊員残り二名を片付け、レイフォンらの戦いの様子を探っていた。
 第十小隊の隊員達の剄の量そのものは大したものだったが、矢張り扱いきれていなかった。
 如何に早い速球を持っていても、それがストライクに決まらないノーコンでは意味がない。ましてや、第十小隊の小隊員達は誰かを守る戦闘には長けていても、自分達自身が矢面に立つ戦闘には慣れていない。
 結果として、ニーナの【金剛剄】で弾かれ、態勢を崩した所に二人まとめて【雷迅】を喰らい、戦闘不能になった。
 その後はレイフォンらの様子を探っていた訳だが、別にレイフォンの心配はしていない。
 ディンの実力は決して馬鹿にしていいようなものではないが、突出したものでもない。とんでもない油断かポカでもやらかさない限り、レイフォンの勝ちは、より正確には予定は狂うまい。
 ディンの気持ちはニーナにも分からないでもない。
 ツェルニを守りたい、その気持ちは分かる。だが、だからといって違法酒に手を出すのは違うだろう、という気持ちがある。
 だが、果たして。
 果たして、自分はどうなのだ?
 法を犯してまで、何かをしようとするのは確かに間違っているのかもしれない、だが、同時にそこまでの想いを自分が抱いていないという事ではないか?そうとも思える。
 自分は廃貴族の力を得た。
 だが、使いこなすどころか、まともに力を借りる事が出来た事さえない。今の自分はディンや先程までの第十小隊員と同じだ。突然、それまでの自分を上回る大きな力を得たが、まともに使いこなせていない。無論、汚染獣と戦う事になれば、廃貴族は力を貸してくれるだろうが、使いこなせなければ意味はない。結局、彼らと自分の違いは法を犯しているかどうか、もう少し詳しく述べるならば、世間一般にそれが犯罪だと知られているかどうか、という問題でしかない。
 考えている内に予定通りに進んだようで、レイフォンらの会話が聞こえる。
 ……確かに、未来全てを賭けてまで戦おうとした者が、剄脈が壊れる危険があるから、という程度で止まるとは思えない。どのみち今、止まろうが破滅の可能性は高い。ならば……そうディンの行動を推測しかけた時。
 ドクン
 ニーナの内側でナニカが脈動した。
 思わず呻き声が洩れる。
 ナニカ、など疑う余地さえない。廃貴族以外に、自身の内側にこれだけの力を持つものがいるものか。

 リーリンは何かしら嫌な感触を味わっていた。
 彼女は武芸者ではない故に、本来、剄の流れやらは禄に感じない筈、だったが……何故か彼女には感じる事が出来た。
 
 「レイフォン……」

 周囲にはミィフィやメイシェンらがいたが、彼女らだけでなく、一般の武芸者も気付いていないようだった。
 下手に騒いだ所で証拠があるでもなし、そもそも何かが出来るという訳でもない。
 だからリーリンは黙っていたが……実の所、試合の正に現場にいるレイフォンらを除けば異常に気付いていたのが、彼女のみであり……、会場の外にいるヴァンゼやゴルネオさえ気付いていない事は知りもしなかった。
 まあ、実際にはシャンテは何か不快そうにゴルネオの肩の上で身じろぎしてたりしてたのだが、原因に気付いてはいなかった。

 
 そして、レイフォン、ディン両者が睨み合う正にその場では、新たな乱入者が場に加わっていた。
 黄金の牡山羊を、その頭上に浮かばせたニーナ・アントークである。
 
 『汝は炎を望む者か』

 脳裏に響く声。
 その存在に対する警戒は怠らない、だが、以前と異なり怖れは感じていない。相手が何者か分からない、謎、それこそが畏怖を呼ぶ。相手が何者か理解出来た時、恐怖は消える。そう、例えるなら、【奇妙な音が廃墟から聞こえる】という状況下で、いざ調べてみて、【割れた窓を一定以上の強さが吹き抜けた時、笛のように変な音がする】と分かれば、不安など消える筈だ。
 同じ事で、黄金の牡山羊は廃貴族と呼ばれる、滅んだ都市の電子精霊であり、汚染獣を憎悪する存在。
 それが分かっていれば、その力と何をしでかすか分からない故に警戒は怠れないにせよ、一体全体これが何なのか分からない、自分に何をしてくるか分からないという不安から来る畏怖は消える。
 そういう意味ではディンは、何も知らない故に恐怖を感じてもおかしくないが、どちらかと言えば呆然としているというのが相応しい。或いは力の差がありすぎて、相手を理解出来ていないのかもしれない。
 
 「どういう事だ……?お前は既に主を決めたんじゃないのか?」

 そう、今一番理解出来ないのはそれだ。
 廃貴族はニーナに宿った。そのはずだ。
 
 『彼の者、炎を望む者にして、炎を望む者に非ず。我は変革し炎となり、用を為さんが為に炎を望む主を求める。故に我は問う、汝は炎を望む者や』

 ディンは呆然としていたが、目の前の存在が莫大な力の持ち主である事は感じ取れる。
 レイフォンの言っている事と脳裏に語りかけてくる声の双方から推測すると、この存在は恐らく力を与える存在、なのだろう。そして、一度はニーナ・アントークに宿った。それは何故か?
 彼女が炎を望む者、すなわち都市を、ツェルニを守りたいと願っていたのだろう。
 では、何故今、ニーナ・アントークではなく、自分に語りかけている?
 彼女が炎を望まないからだろう。それはどういう事か?
 おそらく、彼女は自分とは違うのだ。
 自分は例え法を犯してでも、状況を変える力を望んだ。例え、何かを失ったとしても、自らが求めるものを成し遂げられないよりは良いから。
 だが、彼女は自らの力で成し遂げたいのだろう。例え、自らの力が足りなくて、何も成し遂げられない可能性があったとしても、自らの最善を尽くして手を伸ばすのだろう。
 どちらがいいとは決められない。
 少しでも成功確率を上げる為ならば、手段を選ばないのが正しいのか。
 少しでも成功確率を上げる為に、自らの出来る努力を重ねるのが正しいのか。
 後者が失敗し、前者が成功すれば、求めらるものを成し遂げた前者の行いは正当化される。
 だが、行われる前は前者は非難され、後者も成功すれば矢張り前者は非難を受ける。
 ただ、それだけの事で、そして自分ことディン・ディーは前者を選び、ニーナ・アントークは後者を選んだ。
 そして、それ故にニーナ・アントークは目前の【力】を望まなかったのだろう。
 だが、自分は違う。
 そして、おそらく目前の【力】を得る事が出来れば、剄脈加速剤より確実に都市を守る事が出来る。それが分かったが故に、ディンは自らの求める心を口にしようとして。
 一瞬、脳裏に姿が浮かんだ。
 間違いなく、一瞬だった。
 その瞬間に、ダルシェナの顔が浮かんだ。

 『お前を愛している』

 そう語った彼女の顔が脳裏に浮かんだ。
 振り払った。
 脳裏にシャーニッドの顔が浮かんだ。
 へらへらと軽薄に笑い、突如として自分達を裏切って小隊を抜けたかに見えて、その実知らないが故の自分の怒りによって自身の武芸者としての命を失いかけて尚、誰よりもダルシェナと自分を或いは愛する人として、或いは友として大切に思っていた男の顔が浮かんだ。
 振り払った。
 今更どうした。
 自分の未来さえ賭けのチップとして、テーブルに載せた後だ。
 だから言おう。
 ディン・ディーが廃貴族に対する応えが止まったのは、間違いなくほんの一瞬。レイフォンにさえ分からない程の、刹那の間だった。
 だが。

 『迷ったな』

 廃貴族には十分な間だった。
 そして、ディンがその言葉に一瞬の呆けた様子の後、言い募ろうとする前に。

 『汝は炎を望めど、されど我が魂を保有するに迷いは我が主に相応しからず』
 
 廃貴族は宣告と共に、消え。
 そして、それまでの間、レイフォンは封心突を解いてはおらず、自身の力のみでディン・ディーはそれを破る事も出来なかった。いや、廃貴族と面と向ったが後は、その事を忘れていた。
 そして、それ故に。
 彼は自らの剄を阻害され、呆然としたまま限界を迎えた彼は崩れ落ちた。
 
 「レイフォン……彼は」

 ようやっと声を出せるようになったのだろう。
 どこか苦しげな声でニーナはレイフォンに問いかける。

 「……大丈夫です」

 確かに剄の流れには支障を来たしているが、これは自身の技が放った通りの効果を発揮しているに過ぎない。それ以外は違法酒がもたらす危険のある腫瘍があれば起きるような流れの異常も何も見られない。
 これならば、半年……武芸大会が終わるまでは何も出来ないだろうが、それだけだ。
 その後?
 それは分からない。
 或いは退学になるのかもしれない。或いは再び、けれども今度は法を犯す事なく一人の武芸者として、もう一度機会を与えられるのかもしれない。ふと、後者になればいいな、とレイフォンは思った。彼の都市を守りたいと想う気持ちは本物だった筈だから。

 「そう、か…」

 ニーナもどこかほっとした様子だった。
 これで終わった。
 どこかで気を抜いていたのだろう。だからこそ、それに反応出来なかった。……レイフォン自身に向けられたものではなかった事や害意がなかった事も災いしたのだろう。
 未だ納まらぬ……いや、先程までより更に舞い上がっている?
 それはすなわち剄がどこかで砂塵を舞い上げているからだ。
 誰だ?
 ナルキは既にケリをつけた。そうすると、未だ戦っているシャーニッドとダルシェナだろうか?いや、違う、この流れは学生のレベルのそれではない、これは……!
 レイフォンが気付くのと、周囲からおそらく殺剄で気配を消し、砂塵に紛れて近づいてきたであろう気配が沸き起こり、剄で操られた鎖がニーナに雁字搦めに巻きつくのは同時だった。

 「なっ!?」

 ニーナが驚愕の声を洩らすが、既にレイフォンはそちらへと視線を向けてはいない。否、向けられない。
 そこにいるのは自らと同じ技を振るう者が率いる、今このツェルニで最優秀の戦闘集団。
 レイフォンの眼前に悠然と姿を現したハイア・サリンバン・ライアを団長とするサリンバン教導傭兵団だった。
  
 
『後書きっぽい何か』
という訳で、ディン自身は僅かに巻き起こった迷いに気付かれて、認められませんでした
ここに至ったのは、ディンを取り巻く環境の変化ゆえ、です
レイフォンが救われていた故に、真摯に彼に自身の想いを語り
シャーニッドが一歩踏み出していたが故に、彼へのわだかまりが多少なりとも解け
ダルシェナもまた歩みだす事を決めたが故に、ディンが想いを知る事が出来ていました
そうした一つ一つは、ほんの僅かな積み重ねが、けれど違いを引き起こしたものだと思っていただければ幸いです

リーリン自身は……次の外伝で少しばかし

さて、次は対サリンバン教導傭兵団との戦いです
原作ではフェリから情報を得ていましたが、今回はフェルマウスが動いてます
まあ、フェリにちゃんと事前に一言断りは入れていますが、その辺もまた次回にて
 



[9004] ほんの少し優しい結末の一つ
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/01/29 00:01
 「どういうつもりだ」

 レイフォンの声は冷たい。
 学生相手ではない以上、抑える必要もない剄は、けれど静かに佇んでいる。それだけを見れば、或いは戦闘態勢を解いていると見えなくもない。だが、周囲にいるサリンバン教導傭兵団の面々は油断の欠片も見せない。

 「言った筈だが?既にグレンダンは……」

 「あんたの方が馬鹿さ、ヴォルフシュテイン」

 レイフォンの言葉を遮って、ハイアが告げる。

 「あんたは俺達の上役じゃないさー。上からの正式な命令もなしに『はい、そうですか』って奴がどこにいるさ~」

 その意味を理解して、レイフォンも渋い表情になる。
 確かにその通りだ。
 少し考えてみてもらえば、分かると思う。
 例えば、レイフォン自身に置き換えて考えるならば、レイフォンがアルシェイラに命じられて老生体との戦闘に向おうとした時、後ろから追いかけてきたサヴァリスに、「あ、老生体、僕に退治してこいって事になったよ」と言われたとしよう。
 本当かもしれないが、だからといって、「じゃあお任せします」でレイフォンが帰る訳にはいかない。
 レイフォンでも、アルシェイラに直接確認しに戻るぐらいはする。
 同じ事がサリンバン教導傭兵団にも言える。
 確かにレイフォンはグレンダンでも高い地位を与えられた天剣授受者だが、王ではない。そして、グレンダンの最高権力者は王であり、サリンバン教導傭兵団の任務は王から直々に与えられた任務だ。すなわち、サリンバン教導傭兵団が廃貴族の回収という任務を諦めるのは現グレンダン女王アルシェイラ・アルモニス自身から任務終了を告げられた時でなくてはならない。
 
 「分かったら、そこをどくさ~」

 「……断る」

 だが。
 同時にレイフォンはアルシェイラ自身からこう告げられている。

 「僕もグレンダンを出発する際に、廃貴族に関しては陛下から告げられている」

 そう、それは……。

 「この件に関しては僕の思うように行動していいと」

 廃貴族に関してはアルシェイラは関心がない。
 それはあくまで、自分ではない、前の王が求めたものであり、他の手段で補う事に成功したアルシェイラには不要なものだから。
 だからこそアルシェイラはレイフォンに告げた。
 『もし、廃貴族に出会う事があれば、レイフォンの思うように行動していいわよ』、と。
 
 サリンバン教導傭兵団は王からの命により、廃貴族を捕らえるよう任務を受けた。
 そして、レイフォンは廃貴族に関しては、その後の状況変化の結果として完全なフリーハンドを与えられた。
 故に現在のどちらの行動も正しい。
 そう、廃貴族を宿したニーナ・アントークを捕らえようとするサリンバン教導傭兵団も。
 それを納得いかないからと止めようとするレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフも。
 共にその行動は王命に基づいた正当なものだった。
 だからこそ、それに気付いたハイアも苦い表情になる。自分が主張した言葉をそっくりレイフォンに返されたようなものだから当たり前だが。
 だが、今更引くという道はない。ならば……。

 「分かったさ。……なら、後はというか、最初からこれしかないさ~」

 最早言葉は不要。
 ハイアは鋼鉄錬金鋼の刀を上げる。
 周囲のサリンバン教導傭兵団の隊員達もまた、ニーナを鎖で拘束する者を除き、一斉に錬金鋼を構える。
 そう、どちらも正しいのなら後は……力で勝利した方が全てを持っていくだけの事。
 レイフォンもまた、その手にした天剣を構えた。
 サリンバン教導傭兵団は総数四十三名。
 うち、念威操者のフェルマウスと、それを守る為に三名。そして、成功した際に速やかにツェルニを離れる為に傭兵団の放浪バスで準備を行っている者と、その周囲で警戒している者が五名。ニーナを捕獲している鎖を操っている者が六名。
 これらを除いた団長であるハイアを含めた二十九名。それが一斉にレイフォンに対して各々の武器を構える。
 いずれもが歴戦の武芸者であり、その腕はツェルニのそれとは覚悟も力量もまるで違う。
 だが。
 一つだけサリンバン教導傭兵団もまた知らない事があった。
 そう……天剣を手にした、錬金鋼の破損の不安なく、その全力を振るう天剣授受者が如何なる相手なのかを。

 天剣授受者は、その武芸の腕もさる事ながら、一つ共通して求められる要素がある。
 それは、全力を出した時、通常の錬金鋼、それが白金か黒鋼か青石か紅玉か碧宝か鋼鉄か軽金か重晶かは問わない。通常用いられる錬金鋼を手にして、全力を発揮した時錬金鋼が破損する程の剄。それこそが天剣に求められる要素の一つだ。
 というか、真面目な話として。
 そもそも、そこまでの剄の量がないならば、通常の錬金鋼で十分だ。わざわざ天剣を与えるのは単なる儀礼品以上のものではなくなってしまう。
 或いは、それだけの剄の量がなければ、そもそも老生体と戦った時にダメージを与えられないとか、倒すまで戦闘を持続させられないといった意味もある。
 無論、例外がないでもない。本来の継承を行う余裕がない時に行われる緊急の継承などはその最たる例だが、例外はあくまで例外。 
 当然のように、レイフォンもまた剄を全力で注ぎ込めば錬金鋼は破損してしまう。
 そして、このツェルニに来てから、レイフォンはその全力を振るう機会は汚染獣との戦いを除けばなかった。

 故にレイフォンが選んだのは鍛錬。
 そしてその成果のお陰か、レイフォンの剄の流れは以前より更にスムーズさが増している。
 その鍛錬の参考にしたのは……レイフォン自身にとっては内心複雑ではあるのだが、ルイメイのそれだった。
 ルイメイの子が生まれた時に催された宴にはレイフォンもまた参加した。
 これがルイメイの正妻であるメックリング夫人に出来た子というなら、何かと理由をつけて行かなかったかもしれない。いや、逆にそれなら素直に祝福できたかもしれない訳で……。だが、いずれにせよルシャ、嘗て共に孤児院で育った姉の子となれば話は別だ、祝わない訳にはいかない。当たり前のように、というか当たり前だろうがデルクを含めた孤児院一同も招待され……ちなみにルイメイは全く気にもしなかった……そうなれば、レイフォンも引っ張っていかれるしか残された道はない。マルクートと名付けられた子供の挨拶をした後、ふと庭に出たレイフォンはルイメイの鍛錬の成果を目の当たりにした。……彼がどのような鍛錬を行っているかは知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。
 剄の量でなら負けていない自信があったが、果たして自分にここまでの精密なコントロールが可能だろうか?
 正直、自信がなかった。単純な戦闘になった場合、それが勝敗を分けるかもしれない。
 とはいえ、レイフォンはグレンダンではルイメイの真似をする事はなかった。……誰かの真似事をしなくても、グレンダンには天剣授受者が鍛錬する方法は幾等でもあったからだ。
 だが、ツェルニではそうはいかない。
 故に、やむをえずレイフォンはルイメイの鍛錬方法を真似た。六年後にグレンダンに帰還したら、腕が大幅に落ちて、天剣から陥落しましたなんて事になったら笑い話にもならない。
 
 鍛錬方法は簡単だ。 
 大地を踏み固める。
 そのまま流せば砕く事も容易い、いや、むしろその方が容易いであろうに、それをせず、圧縮を繰り返し別の物質に変えようかという程までに踏み固める。それを為すには威力を常に一定に保たねばならず、剄のコントロールが完璧である事が不可欠だ。
 やってみて、その難度が分かった。とはいえ、ある意味仕方ない事でもある。
 天剣授受者の一人へと昇りつめた実力者が何年も何年も重ねてきた鍛錬の成果。如何にレイフォンもまた同じ所に最年少で昇りつめた天才であろうとも、こればかりは重ねてきた年月が物を言う。
 はっきり言ってしまえば、レイフォンのそれはルイメイのそれと比べれば、まだまだ甘さが多い。
 それでも。
 レイフォンは紛れもなく天才だ。
 剄の量だけではない。
 サイハーデンの刀術を幼くして修め、見ただけで剄の動きからその剄技をコピーしてしまう特技はレイフォン独自のものだ。そうして、賭け試合に手を出すようになってからはサイハーデン刀術を封印した上で、尚老生体にも勝利するだけの力を得た。何より、こうした刀術という技を封印しての戦闘の結果として、刀術に頼らない強さをも手に入れた。
 そんな天授の武芸者が、それに奢らず地道に鍛錬を続ければどうなるか?
 その結果が今、サリンバン教導傭兵団を相手に展開されていた。

 サリンバン教導傭兵団は幾度となく、汚染獣相手の実戦を積み、勝利してきた。
 レイフォンを一体の汚染獣と看做せば、常の戦い方の展開は可能であり、優れた連携はここでも存分に発揮されていた。拘束され、動けぬニーナなどはその動きを追うのがやっとだったぐらいだ。
 だが、それでも。
 レイフォンには届かなかった。
 連携を取り、片方が囮となり、レイフォンに一撃を打ち込もうとする。その一撃をレイフォンは難なく技を振るうまでもなく、剄を込めた一撃で振り払った。
 それだけで、剄に込められた剄が衝剄となって、相手を打ち据え、吹き飛ばす。
 サリンバン教導傭兵団が老生体と戦っていたなら、また話は別だっただろう。
 だが、老生体は汚染獣の中でも別格の存在だ。そして、同時に数が少ない……汚染獣に向って突撃するグレンダンは例外中の例外だ。あの都市は自らが汚染獣に向うだけでなく、その上で暮らす人々が他ならぬ汚染獣自身を呼び寄せるから、あれだけの遭遇率を誇る。無論、それに加えて、汚染獣との遭遇率の高い地域を(そして、それ故にグレンダンの歩く地域は他の都市の回遊ルートとは外れている)歩いているという点もある。
 つまりは、サリンバン教導傭兵団が雇用される普通の都市は、極力汚染獣を回避しようとし、運悪く遭遇しても老生体と遭遇する事はなかった。サリンバン教導傭兵団自身も荒野での移動中に汚染獣に遭遇したからといって自分達から喧嘩を売るような馬鹿な真似はしない。やりすごせるなら、やりすごした方が楽だからだ。
 さて。
 一期から三期までの通常の汚染獣とは別格とされる老生体と一対一で真っ向やり合って、勝利する天剣授受者。
 確かに手練れの多いサリンバン教導傭兵団は数がそれなりに多い事もあり、レイフォンもそれなりに梃子摺ったのは確かだ。
 だが、それだけだった。


 砂塵が戦場を覆い尽くしていようとも、レイフォンにはフェリが、サリンバン教導傭兵団にはフェルマウスという共に優れた念威操者がついているのだから、視界に問題は全くない。
 そして、駆けて来た三名の傭兵団員が分かれ、三方からの連携を仕掛けてくる。
 剣を持つ一人は右側面から。
 槍を持つ一人は正面から。
 斧を持つ一人は左側面から。
 更に槍の後方、槍の使い手自身をブラインドとして、弓が放たれ、それは散弾となり、レイフォンに襲い掛かる。
 四人からの同時攻撃。
 しかも、レイフォンを汚染獣に見立てたその攻撃は決して無理をしていない。彼らの攻撃はあくまで牽制で、レイフォンの体力を削る為の一撃一撃であり、強引に相手を仕留めようという動きではない。
 ――そこをレイフォンに突かれた。
 無理をしない、牽制、という事は同時にそれを受ける側にとっては気迫に欠け、一撃が軽いという事でもある。言い換えるなら、最初から腰が引けている。
 それが間違っている訳ではない。
 無理やりに相手を仕留めようとする強引な一撃を打ち込めば、もっと無意味な事になる事確実だからだ。
 けれども結果から言えば、レイフォンは無造作に前へと出た。
 言葉にすれば、それだけの事だが、それは穂先が生む弾幕の中へと自ら入る事でもある。間合いを取ろうとするなら、むしろ下がった方が良いぐらいだが、これで既に放たれた矢は無効化した。
 一方、一瞬の躊躇いもなく、その場に足を止めた槍使いは弾幕の如き連続した突きを繰り出す。
 けれども、その穂先による弾幕をレイフォンは何もないかのように無造作に突っ切った。
 そう、槍最速のその動きをごく簡単に抜けてみせたのだ。しかも、すれ違い様に刀の背で叩き込まれた一撃は瞬時に槍使いの武芸者の意識を刈り取り、吹き飛ばしている。
 更に、そのままレイフォンは前へと歩を進める。
 後方にいた弓使いは、一瞬の空白が生まれ、その一瞬から我に返る瞬間には弓使いもまた意識を刈り取られている。
 こうなれば、二人程度でレイフォンを止められる筈がない。
 だが、そこはさすがにサリンバン教導傭兵団というべきか。
 レイフォンが身を翻して、残り二人に襲い掛かる前に、残った両者は攻撃を断念して、後ろへ下がり、他の仲間と合流している。
   
 そこでサリンバン教導傭兵団の攻撃が止まった。
 止められた、でも大差ない。既に八名が戦闘不能となり呻いている。それもまともな戦闘とは言えない、ただ或いは交錯した瞬間に、或いは他が囮となって、大技を放とうとした所を、或いは先程のように連携のごく僅かな隙を突かれて。唯一共通しているのは、ただの一撃で全員が戦闘不能に追い込まれた事実だった。
 傭兵団はこれまで培ってきた技術と経験を尽くして、戦っている。
 確かにその連携は見事なものだし、一撃一撃もまた学生のそれとは比べるもおこがましい。
 だが、届かない。
 どんなに技巧をこらそうとも、レイフォンは誰が本命の剄技を放とうとしているかを正確に見抜き、潰してくる。防ごうにも、一撃一撃に込められた剄はインパクトの瞬間に衝剄となって目標を打ち、結果、戦闘不能に追い込まれる。
 違うのだ。
 彼らのこれまで培ってきた常識とは。
 剄――汚染獣に例えるなら生命力など――で上回られる事は経験済みだった。
 そのような場合、技と数で対抗してきた。
 技――汚染獣に例えるなら技が通用しないケースなどだが――で上回られる事も少ないが、なかった訳ではない。
 その場合、通じる者を主体に数で対抗した。
 しかし、剄も技も通じず。
 そして、数も通じない。
 最後に関しては、より正確には、レイフォンという人の知恵とサイズによる所が大きい。
 獣同然の汚染獣と比べ、若くして百戦錬磨のレイフォンは包囲に陥るのを避ける位置取りを繰り返し、更には一期でも全長が十メルトルに迫るか上回る汚染獣と比較して、人というサイズは一斉に大勢でかかるのには向いていない。
 最高でも前後左右に上、ある程度攻撃側が剄技を発揮するだけの空間を維持しようとすれば、精々五人が限度。更にレイフォン自身の行動を合わせれば、先程から一度にかかれるのは三名が限度。これでは天剣授受者を抑え切れなかった。
 結果、サリンバン教導傭兵団は手詰まりに陥っていたのだ。
 
 そうなれば、最後に出てくるのはハイアしかいない。
 ハイアが若くして団長に就いているのは、レイフォンが最年少で天剣になったのと同じく、伊達でも何でもない。汚染獣との戦が必須の武芸者、その中でも常に戦い続ける立場にある者達の中で上に立つのに必要なのは、ただ強い力、それだけだ。
 そう、ハイアの力はこと刀術に関しては決してレイフォンに劣るものではなかった。
 ハイアもまた、間違いなく一人の天才ではあったのだ。だが……それでも今回は相手が悪かったとしか言いようがない。

 (幾等なんでも反則すぎるさ!)

 声に出さずに呻く。
 そう、決してレイフォンの刀術は高みにあれど、ハイアには手が届かない、という所にあるものではない。
 だが、一つだけ。
 一つだけ、決定的にハイアがレイフォンに劣るものがあった。
 剄の量だ。
 だが、それが現在の戦場を一方的なものにしていた。
 レイフォンは至極無造作に軽く振っているように見える。だが、圧倒的な剄に裏づけされたその一撃を、ハイアには軽く流す事が出来ない。そんな事をすれば、よくて吹き飛ばされ、悪ければヴォルフシュテインの目前で態勢を大きく崩してしまう。天剣授受者が全力を出せない状況、そう例えば全力の剄に耐えられない普通の錬金鋼を使っていれば、話は全く違っていた。だが、今、レイフォンの手にあるのは天剣だった。
 レイフォンの刀を振るう態度自体が計算されたものである事をハイアは既に悟っていた。
 幾等何でも、レイフォンの刀術がこんな荒いものである筈がない。その気になれば、レイフォンはもっと洗練された刀術を、ハイアのそれさえ上回るであろう刀術を使える筈なのだ。
 だが、それでは駄目だ。
 レイフォンが真剣勝負をして梃子摺ってはならない事は当たり前以前の話だ。
 ハイアが善戦すれば、例え敗北しようとも、サリンバン教導傭兵団の心は折れない。天剣の事を知る者は決して少なくないからこそ、善戦した事こそがサリンバン教導傭兵団に『手が届かない存在ではない』と感じさせるのだ。
 だが、今現在、一瞬でハイアを倒すのは難しい。
 レイフォンにとって不可欠なのは、サリンバン教導傭兵団の心をへし折る事だ。
 その為に、レイフォンはハイアを利用している。
 今のこの状況を傍目で見た時、どう見えるだろうか?
 そう、至極無造作に、余裕を持って刀を振る天剣授受者たるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフと、隙だらけにも見える軽い一撃一撃を必死に捌き、反撃に出る余裕のないハイア・サリンバン・ライア。
 そして、団員がハイアの実力を知っているからこそ――この状況を眼前に見せられては戦意も砕けようというものだ。
 それが分かっていても、ハイアには何とかする道がない。
 例え、今ハイアが、『そんな事はない、ただ単に剄の量がちょっと向こうの方が多いだけだ』と叫んだ所で単なる負け犬の遠吠えと大差なかろう。
 今、ハイアがこの状況を打開出来るとすれば、それはレイフォンに対してそれなりの対応をさせる事。
 それが出来れば苦労などしない。
 剄を練って剄技を繰り出す?無理だ、そんな余裕などない。
 ニーナは防御に専念し、剄を練った。
 だが、それは相手の攻撃が軽かったが故の話だ。一撃一撃が軽いようで、剄によって渾身の一撃にも匹敵するような一撃になっている、この状況では試みるだけ無駄な話だ。
 
 『これが天剣授受者さ』

 尊敬する師さえ持っていなかった天剣。
 厳しい師が誉める自身と同年代の天剣授受者、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。彼への妬みが根底にあった事は自覚していた。その相手に自身の力を認めさせたいと思った気持ちがなかったといえば嘘になる。
 だが、結局どうだ。
 以前は剄技の前にあっさり仕留められ、今は前よりも酷い状況で敗北しようとしている。
 そして、その双方が計算ずく。こと戦いに措いては、レイフォンは恐ろしく鋭い読みをしている。

 「あんた本当に化け物さ」

 ようやく実感したが故の言葉を最後に。
 ハイアはレイフォンに打ち倒された。

 後は単純だった。
 サリンバン教導傭兵団は最早これ以上の戦う気力を失っていたのだろう。
 ハイアが破れると同時に、すかさずハイアを回収し、ニーナを解放して、砂煙が完全に晴れる前に撤収していった。これで、この砂煙の中で何が起きていたかを知るのは当事者とカリアンら沈黙を守れる者達のみで、一般生徒は何も知らない内に終わる。
 そう、表に出たのは、週刊ルックンといった雑誌を見ても、ただ一つ。
 第十小隊の敗退と、第十七小隊の勝利。
 そして、第十小隊の隊長であるディン・ディーが無理をして体を壊した為に、しばらく入院する事になり、結果として第十小隊が解散する事になったという事だけだった。 
 

 「よう、元気か?」

 そう何時もの調子で尋ねつつ、シャーニッドは病室を訪れた。
 そこにはディン・ディーがいて、そしてダルシェナがいた。
 ダルシェナがどこか寂しそうな理由は分かっている。
 まあ、要はふられたのだ、ディンに。
 実はシャーニッドはもう少し早めに来ていたのだが、部屋の中でディンが結局、ダルシェナの事をそういう対象として見れない、自分にはダルシェナを友として見る事は出来ても、女性としては見る事が出来ない。無論、彼女に魅力がないとかそういう意味ではなく……そんな返答をしているのを知り、故に空気の読める男としては、静かに殺剄をしてその場を離れていたのだ。
 そして、そろそろ終わったかと見計らって、再び戻ってきたという訳だったが、どうやらこちらの予想もばっちり合っていたようだ。
 
 「元気な奴が入院していると思うか?」

 「確かにそうだな」

 ディンの言葉に思わず苦笑してしまう。相変わらず真面目な奴だ。とはいえ、以前と異なり、ディンはシャーニッドに嫌悪感を向けたりするでもなく、ふう、と溜息をついてシャーニッドに告げた。
 
 「まあ、当分はこのままだ。裏の事情に関しては問われないとはいえ、実質今度の大会からは外される事になるのは確定だからな」

 そう、ディンは罪には問われない。
 追放も為されない。
 完治すれば、再び小隊を目指す事も可能だ。無論、今度は違法酒抜きで。
 ディン自身が望まない限り、いかなる形であれ生徒会がディンを罰する事は事情を表沙汰に出来ない以上出来ない。第十小隊の解散もディンが無理をした結果、怪我をして、しばらく入院するから、なのだ。
 一方、第十小隊で唯一違法酒に関わっていなかったダルシェナは、第十七小隊に入隊する事になっている。
 これは、彼女の戦力を惜しんだ生徒会と、問題なく入れられるのが第十七小隊しかいない、という事から(人数だけでなく連携を今から彼女を組み入れて、組みなおせるかとかそういう問題も絡んでいる)、ディンからニーナへと頼んだ結果だった。
 
 「だから、二年後。次の武芸大会で俺が参加出来ないなどという状況にするなよ?」

 その言葉は。
 間近に迫った武芸大会に出れないが故に託す言葉。
 自身が六年生までにもう一度武芸者として、立ってみせるという気概と、目前の武芸大会で勝利を、二年後にツェルニが滅んでいるような事など起こすな、という事への想いの入り混じった言葉。
 その言葉に敢えて『へいへい、分かってますって』などと軽い返事を返し、それにディンが怒る。
 そんな様子にダルシェナが傍で笑う。
 長らく忘れていた、心地よい三人の空間が再びそこにあった。
 まあ、まだまだツェルニが落ち着いたとは言えない。
 だがまあ、今は。
 この一時だけは、友との穏やかな一時を。


『後書きっぽい何か』
かくして、このような結果に落ち着きました
ディンは違法酒によって無理はしたものの、廃貴族に乗っ取られなかった分、原作でレイフォンが予定していたのより若干無理をした程度のものに留まっており、結果として再起可能な状態になってます
サリンバン教導傭兵団に関しては、蛇足かと思い、省きましたが、一応設定ではカリアンがレイフォンをバックに交渉して、『グレンダンに確認の手紙を送る、その返信が届くまでは一旦ニーナに対して直接行動を控える』旨を約束させています 
……まあ、カリアンにしてみれば、逆に言えば、傭兵団なので一旦交わした約束は守るだろうし、これで返答が届くまでは傭兵団はここに留まる可能性が高いから、お金はかかれどいざとなれば頼りに出来る戦力が、と一石二鳥以上の利点がありますので

次回はちょいと外伝を記したいと思っています
原作での、フリル一杯ついた服を大人しく着ていたニーナの、あのお話を、少しというか結構弄ったものにする予定ですw
 



[9004] 外伝4
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/02/17 21:01
 茨がある。
 棘が数多ある、その茨から棘が落ち、下へと落ちる。
 そして下へと落ちた棘は下へいた一人の内へと滑り込んで行く。
 それはこれまで幾度となく繰り返されていた事。
 まだ確かな自意識さえない頃から、自らの守護者と無意識の内に傍らにいた存在を定めて以来、続いてきた行為。それ故にそこには慣れがあった。
 一つ、また一つと棘が落ちる……。

 内に潜む獣がいる。
 ただの獣ならば、問題ないが、そこから溢れる力は一つの都市そのもの。
 だからこそ、体は悲鳴を上げる。
 悲鳴を上げても止まらないならば、何時しか体はそれに対応せんとする。そう、それはある種のトレーニングと同じ事。既に流れに抗する為の下準備は出来ていた。
 

 さて。
 レイフォンとニーナの二人が倒れた。
 正確には片方は体調不良で横になっているだけで、別に意識を失って倒れた訳ではないが、感覚的には似たようなものだ。
 実の所、二人の体調不良の原因は同じものだった。ただ、ここで差が出てしまった。
 レイフォンは、以前にこの感覚に覚えがあった。今でこそ落ち着いてきたものの、以前は何度も繰り返してきた事だからこそ、正確な対応が出来た。
 一方、ニーナには経験がなかった。リーリンがニーナがどういう状態にあるか知っていれば、或いは別の対応が出来たかもしれないが、生憎リーリンは武芸者ではない。そして、ニーナがそういう状況になるとは思いもしなかった。
 故に、レイフォンは大人しく横になって体調が回復するのを待った。
 ニーナは風邪と判断し、風邪薬を飲んだ。 
 ただ、それだけの差だったが、結果として、予想外の事態を生む事になったのは事実だった。


 レイフォンは久々に味わう感覚に耐えていた。
 通常、武芸者は剄の総量があまり増大したりはしない。だが、たまにいるのだ。剄路の拡張というか、剄脈の能力増大というか、とにかく剄脈が強くなる事には変わりない。
 幼い頃はその度に高熱を出して倒れていたが、幸い成長した事と慣れのお陰だろう、気持ちが悪い、ぐらいの感覚で済んでいた。
 本当ならリーリンは看病に来たかっただろうが。

 『……まさか、隊長も同じ事になるなんて。いや、ひょっとしたら廃貴族を宿したせいかも…』

 そう、ニーナもまた同じ剄脈の拡張が起こっていた。
 問題はニーナに経験がなかった為に風邪薬を飲んでしまい、結果として幼児化したというか子供みたいな状態になったというか……とにかく、一つだけ確かな事は手が離せる状態ではなくなったという事だった。
 まあ、リーリンがいたからとて何が出来るという訳でもないのだが、こういう状態における知識を持っているのがリーリンだけなのだから仕方がない。
 ちなみにニーナが駄々を捏ねたりしたら、武芸者を一般人では抑えきれないのも確かなので、シャーニッドとダルシェナを呼んでいるらしい。
 結果として。
 レイフォンは一人で大人しく横になっているという訳だ。その筈だった。

 「お邪魔します」

 そう言いながら入ってきたのは。

 「……フェリ?」

 そう、フェリ・ロスだった。
 ちなみにレイフォンの部屋はそれなりに小奇麗だ。以前は寮の一室だったが、現在はその後の状況の変化もあり、道場に隣接した建物に住んでいる。とはいえ、そんな大規模な部屋は必要ないので、2DKといった辺りだが、孤児院出身のレイフォンからすれば、これでも十分に広い。まあ、部屋一つ一つがそれなりの大きさな事もあるのだが。
 この辺は鍛錬が終わった後、集まって食事をしながら、その日の反省会などをする事も考えて作られたらしい。用意周到な話だとは思うが、実際にそういう使用方法がされた事は一度や二度ではないのだから、立派に役立っていると言えるだろう。

 「どうですか、具合は」

 「あ、はい。まあ、何度か体験があるので……」

 「でも調子が悪いんですか」

 「……ええ、まあ」

 手に持っているのはお見舞いの品だろうか。
 そのままフェリは部屋を出て行く。
 妙に鋭敏になったレイフォンの聴覚には、台所での物音がする。これは……皮を剥く音だろうか?既に慣れた感覚となっているのだろう、その音に危なげな、初期の頃の不安定な音はない。それこそ、初期にはジャガイモを切るだけでも、不規則で何をしているか分からないような何かを切るような音がしていたものだったが……。
 間もなく、彼女は切り分けた果物を皿に盛って戻ってきた。

 「あ、すいません」

 「気にする事はありません」

 そう言うと、体を起こしたレイフォンが手を伸ばす前に。
 フェリはフォークに刺した果物をレイフォンの口元へと運んだ。

 「………あのフェリ先輩?」

 これは、つまり。
 あーん、をしろというのだろうか?
 そういう恥ずかしい想いを込めて確認の為にフェリに視線を向けたレイフォンは妙に緊張して差し出すフェリの表情と直面する事になった。

 「………あの…」

 「フォンフォン。……あーん、です」

 「うっ……」

 恥ずかしい。
 さすがに思い切り恥ずかしい。
 リーリンとならまだ、幼い互いに意識さえしてない頃していた事はあったが、この年になってしまえば、さすがにした事はない。それをフェリにしてもらう、となるとさすがに……ちょっと……なのだが。
 
 「……フォンフォン」
 
 「う……」

 更にずずいっ、と妙な迫力を込めて差し出される果物にレイフォンも、『今は誰もいないじゃないか』と覚悟を決めて、口を開いて齧りつこうとした瞬間。

 「やっほー!レイとん。調子悪いんだって!?」

 ミィフィの最後の調子が驚いた口調になったのは、矢張りこの光景を見てしまったからだろう。
 無論、彼女が一人な訳もなく、すぐ後ろからナルキにメイシェンまで来ていて、同様に同じ光景を見て固まってしまっている。無論、フェリとレイフォンもまた然り。
 果物を差し出した姿勢のまま固まるフェリ。
 それに齧りつこうとした直前、口を開いたまま固まるレイフォン。
 部屋の入り口で或いは笑顔のままで、或いは驚きを顔に浮かべたままで固まる三人娘。
 ……レイフォンやフェリが彼女らの気配に気付かなかったのは、矢張り何だかんだ言って、二人とも緊張していたのだろう。
 妙な空気の漂う空間は、ミィフィの咄嗟に動いたのだろう、カメラの音と「……お邪魔しました」とそのミィフィを引きずって退散しようとするナルキの声でようやっと動き出した。  
 まあ、その後しばらくはバタバタしたり、色々あったようだ。


 一方、リーリンやニーナの住む寮でもまた一騒動起きていた。
 ニーナの状態はレイフォンよりはある意味マシだった。
 レイフォンが幼い頃、同様に薬を飲んで、異常な状態になった時は薬が抜けるまで、ずっとなにか変な事を喋り続けていたようで、気持ちが悪かったそうだ。 
 それよりはまだ、幼児返りの方がマシだ。
 とはいえ、幼児というものは、癇癪を起こして暴れたりするような事もあるし、だからといって精神はともかく肉体は十八歳で小隊長まで務める武芸者だ。だだをこねて、手を振り回しただけでリーリンにしても、レウにしても吹き飛ばされるだろう。
 しかし、レイフォンは同じく寝込んでいる。
 フェリは念威操者の為、肉体の強さという面ではリーリンらと大差ない。
 かくして、残る二人、シャーニッドと先日第十小隊の解隊に伴い第十七小隊へと移籍したダルシェナがやって来たのだが、一足先にシャーニッドがやって来た。
 シャーニッドは如才ないというか、幼児化したニーナも上手くあしらい、案外懐かれていた、のだが。

 ちゅっ。
 そうシャーニッドの頬にニーナが周囲の人間が咄嗟に止める間もなく、キスをした瞬間。

 「失礼する。何か」

 少し遅れてやって来たダルシェナが扉を開けた瞬間と重なったのは偶然としか言いようがない。
 かくして、幼児化したニーナに抱き疲れているシャーニッド、まさか扉を開けた途端にそんな光景を見る事になるとは思わず固まったダルシェナ、どう反応していいのか停止しているリーリンとレウという状況が生まれ。

 「……よう」

 何を言っていいのかシャーニッドもまた混乱していたのだろう。
 思わず、真面目な表情で片手を挙げ、そうダルシェナに声を掛けると。

 「……邪魔をしたな」
 
 そう言って、ダルシェナが扉を閉めて、そんまま帰ろうとした。
 無論、再起動したリーリンとレウが、それは困ると慌ててダルシェナを引きとめて、説明する事になった。

 「……成る程、事情は分かった」

 お気に入りになっているのだろう、抱きつかれたままのシャーニッドを見るダルシェナの表情は厳しいというより怖い。
 理性は理解しているのだが、感情が納得しきれていないのだろう。
 リーリンもこれが、シャーニッドではなくレイフォンだったらどうだろうか?と思うと、どうにも言いづらい。まあ、レイフォンと違い、女心の分かるシャーニッドは現状の拙さも思い切り理解しており、何とかニーナを引き離そうと悪戦苦闘しているのだが、癇癪を起こさせないように気を配ってなので、どうしても甘くならざるをえない。
 結果、ニーナがむしろ却ってしがみついて、ダルシェナが益々不機嫌になるという悪循環が起きる。おまけに、シャーニッドもダルシェナが不機嫌になる理由が理解出来ているから、内心の嬉しさが多少は出てしまい……とまあ。

 『……お、面白い』

 当事者達はともかく、レウのように、傍で見ている限りは面白い光景だった。
 とはいえ、このままでは事態が推移しない。
 遊んで~とシャーニッドを揺らすニーナにやむをえず応じている(冷や汗が浮かんでいるのをレウは見逃さなかったが)シャーニッドと更に不機嫌になるダルシェナらを見ているとどうにも爆笑してしまいそうな、段々笑い話にしてられなくなりそうな、そんな気持ちだったのだが、とりあえず現状把握は完了した。

 「とはいえ、今のニーナだと外見があってない気がするのよね……何だか、それらしい格好にしてみたくない?」

 「「ああ、それは……」」

 思わずと言っていい調子で、リーリンとダルシェナが同意を見せる。
 
 「セリナさんの部屋にならきっとあるわね」
 
 「そうなんですか?」「そうなのか?」
 
 「ええ、まあ、色々あるから」

 色々な部分は言わない方がいいだろう。
 あの人が表だっての事だけでないのは理解出来ているが、ニーナもそうだが、ダルシェナもそういうのがあまり許せる質とは思えない。というか、怪しいとは思うが、自分とて彼女が何をやっているのかはっきりと知っている訳ではないし。
 結局、ウィッグやら可愛い服やら持ち出し、更にシャーニッドやダルシェナにも手伝ってもらい(主にシャーニッドはニーナの玩具代わりだったので、終わった頃には彼の頭は愉快な事になっていた)、完成したのが…。

 「……出来たわ」

 「……おお」

 頭が三つ編みやらリボンで飾られたりと相当に楽しい事になっているシャーニッドを直に見ると思わず笑ってしまいそうになるので、誰もが彼の頭からは目を逸らしているが、実際、今のニーナは一見の価値があった。
 元々、ニーナは素材はいいのだ。
 生まれもいい所のお嬢さんなだけの事はあるというか、事実以前にバイトに挑戦した時はなまじ目が肥えているだけに、いらない苦労を宝飾店でしたりしてしまった事もある。
 まあ、何がいいたいのかというと。
 普段の凛とした感じのニーナもあれはあれでいいのだが、今の子供っぽいというか子供返りしているニーナの場合、可愛らしいピンクのふりふりしたドレスを着ていると、これもまた似合うのだ。
 普段のニーナが着ても余り似合うまい。それだけに貴重なシーンと言えた。
 更にこの後には、お風呂に入ると言い出したニーナが服を脱ぎだして、思わず見てしまったシャーニッドがダルシェナに張り倒されたりだとか、まあ、更に色々とあったのだが……。
 そのあたりは余談である。


 「……なあ、レイフォン」

 「何でしょうか?」

 それから二日後、元に戻ったニーナとレイフォンが錬武館で顔をあわせた際、ニーナは首を捻っていた。
 
 「何故か妙に視線が生暖かい気がするのだが」

 「……実は僕も何だか妙に視線を感じるんですよね」

 「それはこれのせいじゃないかい?」

 ん?と声を掛けてきた第三者に視線を向けると、第十四小隊隊長シンがいた。
 その手には週刊ルックンがある。

 「シン先輩……それがどうかしたんですか?」

 ニーナの問いにぱらぱらと楽しそうな表情でページをめくったシンは二人の前に開いたページを差し出すと……。

 「「!!??」」

 二人の驚愕の視線。
 そこには二種類の写真が掲載されていた。
 片方には『第十七小隊隊長ニーナ・アントークはかわいいのがお好き?』という表題と共に可愛らしいピンクのふりふりを纏ったニーナがぬいぐるみのミーテッシャを抱いて、満面の笑顔を浮かべていた。
 もう片方には『発覚!二人の熱愛?』という題名で、レイフォンに剥いた果物を差し出すフェリとベッドの上でそれを口にしようとするレイフォンの写真が掲載されていた。
 尚この後。
 レイフォンがしばらくリーリンから口を聞いてもらえなかったり、シャーニッドを血相を変えたニーナが追い回したりする姿がしばらく見られたらしいが……それもまた平穏な日々の、彼らの日常の姿、であったのかもしれない。


『後書きっぽい何か』
苦戦した
どう書けばいいのか、正直迷いました
原作そのまんまは何だし、かといって……と何度書き直したか、その上で、まだまだ全然かけてる気はしませんが…
まあ、今回はこんな形で……

次回以降は相当に変わるのが確定してるからな……
更に難儀しそうだあ
……廃貴族がもうニーナの内にあるからw
 
  



[9004] 新たなる幕は彼方で開く
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/03/06 02:08
 槍殻都市グレンダン。
 そこへ一通の手紙が届けられていた。
 この都市は他の都市との交流が極めて少ない。理由は単純で、この都市が危険地帯に自ら突っ込んでいく都市だからだ。結果として、グレンダンにおける汚染獣との戦闘は他都市では考えられない程、異常な頻度で起きる。
 そもそも汚染獣の極致とも言える老生体との遭遇は他の都市であれば、一生に一度出くわす事さえないのが普通(というか普通に出くわしたら、熟練の武芸者がいても都市の滅亡をも考慮に入れないといけない)なのに、このグレンダンに措いては老生体との戦闘さえ幾度となく体験している。
 結果として、汚染獣に突っ込んでいくグレンダンと、汚染獣を避けるように動く他都市では目指す方向が全くの逆となるから、自然と交流が減る。
 放浪バスにしたって、好き好んで汚染獣が多数いる危険地帯に突っ込みたくはないから、矢張り数は限られる。
 まあ、悪い事ばかりではなく、危険地帯にあるセルニウム鉱山は独占状態だから、他都市と争う意味もない。

 まあ、何が言いたいかというと、この都市に放浪バスが寄る頻度は少なく、自然と手紙もまた然り、という事になる。
 特に、その手紙が王宮宛、となると更に、というべきか……。

 「いかがなさいます?」

 届けられた手紙を前にテーブルの上に広げて、頬杖をついて眺めていたシノーラことアルシェイラに問いかけたのは、隣に控える女性。女性にしては長身の黒髪の美女。どことなくシノーラに似ている。
 カナリス・エアリフォス・リヴィン。
 彼女が似ているのは当たり前だ。アルシェイラが王宮にいない間の執政権を預けられている彼女は同時にアルシェイラの影役、つまり身代わりを勤める女性でもある。
 そして、同時に彼女はグレンダンの三王家の亜流から発生したリヴァネス武門の出で、王家の警護役を受け持つリヴィン家より輩出された天剣授受者の一人でもある。嘗てアルシェイラの暗殺計画に参加した三人の天剣授受者の一人でもあるが、それは結局の所、アルシェイラが影武者だのを必要としていない故……そう、カナリスにとっては自分がアルシェイラの代わりに働くのは当然の事だったが故に、当然をさせてもらえない状況に不満があったのだった。
 まあ、それ以来はアルシェイラにしても、そんな事で天剣の一人を失うのも馬鹿らしいと仕事をさせている訳だが……。

 「ツェルニで発見された廃貴族。グレンダンに招くのが妥当かと存じますが?」

 そこには廃貴族の力を存分に扱える者がグレンダンの外にいる筈もない、という強烈な自負が見える。
 とはいえ、カナリスの雰囲気もまた、是非に、という訳ではなく、あくまでアルシェイラに判断を促す方針を提示しているに過ぎない。
 理由は単純だ。
 現在、グレンダンには天剣が十二本揃っている。
 現在のグレンダンが成立して以来、一度たりとも揃った事のなかった天剣がだ。
 逆に言えば、前の王が揃わない天剣を補う為に命じた廃貴族の入手は、今では然程必要とされていない。これが、レイフォンが追放などという事になっていれば、カナリスももう少し強く主張していたのだろうが……。

 「はあ、面倒臭いわね」

 とはいえ、アルシェイラにも分かっている。
 サリンバン教導傭兵団は悪くはない。
 彼らは与えられた任務をこなすべく、尽力し続けてきた。
 ただ、惜しむらくは、廃貴族が必要なくなった後に発見した事か。
 しかも、場所は学園都市ツェルニ。
 現在、天剣の一振りたるレイフォンが在学中の都市だ。
 レイフォンには一応、廃貴族の事についても教えてある。そして、その扱いと対応に関して本人の判断に任せるという事も。
 こうして、サリンバン教導傭兵団から手紙が送られてきた所からみるに、レイフォンと一戦交えたのだろう。そして、破れたのだろう。所詮は学園都市、未熟者の武芸者の集まりだ。サリンバン教導傭兵団がその気になれば、廃貴族を宿した生徒一人を掻っ攫う事など大した手間ではあるまい。
 レイフォンさえ敵にしなければ。
 逆に言えば、レイフォンを敵にしたが最後、サリンバン教導傭兵団では発見以後の対応が不可能になる。傭兵団にしてみれば、とっとと確保して、グレンダンに向けて帰還するのが一番なのに、そうせずご丁寧に手紙を送ってきたとなれば、レイフォンと戦い、撃退されて、行き詰ったからどうしましょう?と問い合わせてきたとみるのが正しいだろう。
 とはいえ、「好きにすれば?」という訳にもいかない。
 アルシェイラの前だろうが何だろうが、彼らはきちんと任務を受け、その為に尽力してきただけなのだ。王の命令で苦労した以上、その後継となる王であるアルシェイラがきちんと報いてやらねばならない。
 
 「ん~、カナリス。今のグレンダンに廃貴族必要だと思う?」

 「そうですね。絶対必要な訳ではありませんが、どのみち外でまともに力を扱えるだけの者がいるとも思えません。ならば、招くのも一つの手かと」

 天剣が十二本揃っている以上、廃貴族で補う必要はない。それは確かだ。
 だが、廃貴族と、その力を奮える者が一人いれば、それだけ余裕が出来る。
 ……天剣だって、生きている。
 逆に言えば、天剣とて死ぬのだ。
 確かに天剣授受者は通常の武芸者なら死ぬような戦場からも平然と帰還する。無論、任を果たした上で。
 だが、彼らでも僅かな不運や或いは僅かに力が及ばず、破れる時もある。
 今後の事を考えれば、予備は多い方がいいに決まっている。
 そして、通常の手段で予備が確保出来ないなら、廃貴族というのは間違いなく選択の一つだ。ただ、既に宿主がいる以上、果たしてそれが使えるかどうか……。
 それにレイフォンがいる都市というのも気になる。
 果たして、これは偶然なのか?
 
 「そうねえ……それじゃあ、とりあえずレイフォンとサリンバン教導傭兵団双方に手紙送ろうか」

 その言葉にカナリスは訝しげな表情をする。
 サリンバン教導傭兵団に送るのは分かる。如何なる決定にせよ、上司から命じられた事柄に関して指示を求めてきた以上、現在の上司たる女王アルシェイラにはそれに対して返答する義務がある。
 だが、レイフォンにも、というのは何だろうか?レイフォンをグレンダンに戻すのか、それとも天剣だけグレンダンに戻すのか?元々、グレンダンに措いて、レイフォンへの悪感情というものは大して存在しない。無論、妬み嫉みの類は常にあるが、そんなものは今更どうこう言うレベルのものではない。
 むしろ、特に若手を主体として相変わらずレイフォンへの憧れを抱き続けている者の方が圧倒的多数を占めている。別にグレンダンに必要だからと戻した所で問題も起きまい。
 もっともアルシェイラは別にすぐにレイフォンを引き戻そうというつもりはなかったようだ。
 というより、必要な時には手元に戻ってくると確信していたのかもしれない。

 「そうねえ、サリンバン教導傭兵団に関しては、ねぎらいと任務達成と看做しての引き上げ命令。彼らは真面目に任務果たし続けてきたんだから、きちんと表彰してあげないとね」

 その言葉にカナリスは首を傾げた。
 いや、サリンバン教導傭兵団を評価するのはいい。問題は。

 「廃貴族はいかがなさるおつもりですか?」
 
 アルシェイラの口調からすると、サリンバン教導傭兵団には廃貴族を連れての帰還は想定していないと思える。
 
 「ん、そっちに関してがレイフォン向け。レイフォンには監視と判断を任せるわ」

 「監視と判断、ですか?」

 「そ、廃貴族が暴走しないかの監視と起きた時の後始末。後は……」

 廃貴族を宿したが故に起きるであろう事態への判断。
 廃貴族が起こす可能性のある事件に関してではない。
 レイフォンに任せる判断というのは、廃貴族を宿したという学生武芸者、ニーナ・アントークに対する対応とでも言うべきものだ。強すぎる力は排除を招く。
 グレンダンならばいい。
 天剣という十二本の超常の武芸者を抱え、それを上回る力をも有する女王を擁し、そもそも現在都市を動かすグレンダンもまた廃貴族故に、廃貴族を宿したニーナ・アントークも受け入れられる。
 だが、果たして他の都市ではどうだろうか?
 廃貴族は汚染獣との戦いを求める。
 廃貴族を宿した存在は、その力をフルに活用出来るようになった時、それまでとは一線を画した力を奮えるようになる。
 それらは通常の都市では異質だ。
 異質は、それ故に容易に排除される。
 そう……グレンダンに措いても、天剣授受者が戦う時は一人か、傍にいるのは同じ天剣のみだ。天剣授受者の力は強大に過ぎて、それは同じ武芸者をしてさえ恐怖を抱かせうる。それ故に、天剣が戦う時、一般の武芸者が傍にいては、天剣授受者は本気を出せない。
 そして、それは廃貴族に関しても同じような事が言える。

 「その子が、排除されるなら……」

 その時は招いてあげよう。
 その判断は、或いは誘うのはレイフォンに任せる。彼女が破滅に向かいながら、レイフォンがその性格故に躊躇するという可能性も考えたが、傍にはリーリンもいるし、何より。
 それがグレンダンにあるべき存在なら、いずれグレンダンに来るであろうから。

 
 決定さえ下れば、後はカナリスが引き受ける。
 というか、決してアルシェイラも書類整理に無能な訳ではないが(カナリスが影武者に正式就任する前は彼女自身がやってたのだから当然なのだが)、矢張り現在アルシェイラ以上に女王の代役を務めているカナリスの方が手続きから何から手際がいい。無論、手紙自体はアルシェイラが書いたのだが。
 仕事が終わり、王宮内を歩くアルシェイラの視線が彼女が歩く道の脇、柱によりかかる姿に向く。
 この廊下は王宮の主要部分からは外れた場所である為、警護の武芸者の姿はない。シノーラことアルシェイラが私用で動きやすいよう、わざと人を置かないようにしているのもある。無論、そこには例えここで襲撃を受けようが、どうこうされないという強烈な自負が根底にある。
 あまり使われない事を示すように、照明も最低限だし、太陽の位置が悪いのか窓からの日の光も弱い。
 結果、薄闇に包まれてはいるが、だからといって人の姿を見逃す程アルシェイラは耄碌していない。相手が隠れようとしていないのだから尚更だが。
 アルシェイラは別に態度の悪さを気にするような性格ではないが、それでも王宮内部で女王を前にしてこのような、壁に寄りかかって待っているような態度を取れるような相手は限られている。

 「なにか用かい?」

 声をかけられ、気配の持ち主は窓の前に移動して、身に纏っていた影を払った。
 天剣授受者が一人、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスの姿がはっきりする。
 
 「陛下においては、ご機嫌もよろしく……」

 「やれやれ、今日は忙しい日だよ」

 型通りの挨拶をして礼をする好青年に、アルシェイラは溜息を吐きかけた。
 無論、サヴァリスが分かってやっているのを理解しているからだ。

 「……よろしくはなかったようで」

 「まったくね。今日は珍しく頭を使ったんで機嫌が悪いんだ」

 「それは大変ですね」

 と言いつつ、くっくっと笑い声を溢す様子からはまるでそう思っているようには見えない。まあ、実際思っていないのだろうが。
 その姿をアルシェイラが一睨みしても、サヴァリスは動じなかった。当たり前だが。

 「ご不快の原因は、手紙ですか?」
 
 しかし、差し出された言葉に、アルシェイラは瞳を引き絞るように細めた。
 そこには先程までの気だるげな、どこか無造作な雰囲気はない。 
 何故、女王宛の手紙を知っているのか?カナリスが漏らすとも思えない。そうすると、王宮に自分の手駒でも潜ませているという事か?王としての、絶対的強者としての姿を垣間見せつつ、アルシェイラは不機嫌にサヴァリスの笑顔を見た。

 「……ルッケンスの家は、少し調子に乗っているのかな?それとも天剣使い全員が調子に乗ってるのかな?だとしたら、少し引き締めてやらないといけないね」

 実際には後者はないだろうが、前者だけならありうる。
 何しろ、ルッケンスの家の歴史は古い。
 天剣授受者、その歴史の最初の一人こそがルッケンスの開祖なのだ。以後連綿と続いてきたその歴史は決して馬鹿に出来ない。このグレンダンに措いて、一つの流派が長きに渡り隆盛を保ち続けるというのは決して容易ではないのだ。
 しかし、それを聞いたサヴァリスは慌てて後ろに下がり、弁解する。

 「とんでもない!陛下に捧げた僕達の忠誠に、一片の曇りもありません」

 冷ややかに見詰めるアルシェイラにサヴァリスは更に言葉を続ける。

 「ツェルニの一件を知ったのは偶然です。弟があちらにいますもので……」

 そうして、サヴァリスは弟のゴルネオがツェルニの武芸科に所属し、その中でも小隊というツェルニの制度の中で小隊長の一人となっている事などを説明した上で、つい先程その弟から手紙が来た事や、その結果としてあちらでの事態を知った事などを語る。

 「…という次第で、あちらでの事情を知りまして。傭兵団は、おそらく陛下に手紙を送っているだろうと推測しまして。知らなければ、それはそれで陛下にお知らせしなくては、とここで待っていたんですよ」

 「カナリスに言えばいいじゃない」

 「僕は彼女に嫌われていますからね。それに僕が忠誠を誓ったのは陛下お一人に対してだけです。カナリスにでもなければ、グレンダンという都市に対してでもない」

 それは異端。
 汚染された大地に住む人々を守る大地たるレギオスにさえサヴァリスは無関心。彼の根底にあるものは……ただ一つ。
 そうして、サヴァリスは口調を変えぬまま、軽い調子で言ってのけた。

 「それでどうなさるおつもりです?」

 「別にどうも」

 さすがにサヴァリスもやや面食らった様子だった。

 「なにも、ですか?」

 「今更焦る必要もない。既に天剣は十二本揃ってる。それに」

 「それに?」

 「もう廃貴族は宿主を決めた。その子に満足するか、その子が廃貴族を使いこなせるか、使いこなせたとして、果たして排除されずにいられるかはともかくとしてね」

 一度宿主たる存在を決めた以上、そうすぐに見切るという事もあるまい。ニーナ・アントークというその学生武芸者が果たして廃貴族という一つの都市そのものの力を使いこなせるのか……その力があふれ出した時、果たしてその力に耐え切れるのか、など疑問点は幾つもあるが、すぐに手に入れる可能性を生むとすれば、それは一つ。

 「言っておくけど、その子を壊す事は認めないわよ?そうしたら、きっとレイフォンと本気でやり合う事になるだろうしね。私はこんなくだらない事で天剣相打つなんて潰し合いは認めないわよ」

 そう、レイフォンは彼女を守る為にサリンバン教導傭兵団と対峙したという。
 或いはレイフォンが彼女に惚れたかとも思う。それはアルシェイラ自身の想像とはやや異なる。レイフォンという天剣授受者は年齢的にも実は密かに狙っている者は多い。
 アルシェイラ自身はリーリンとくっついてくれれば、ユートノール家に放り込むつもりな訳だが、ロンスマイア家もまた、次代の有力候補であるクラリーベルとの関係を狙っているらしい。実際、彼女の初陣の際の付き添いをレイフォンに変更したのは他ならぬ天剣授受者の一人にして、グレンダン三王家の一つ、ロンスマイア家当主であるティグリスだ。
 まあ、この辺にはきちんと理由もあって、他の天剣を見れば、同性である女性は論外として、既婚者であるカルヴァーンとルイメイは除外。恋人のいるリヴァースも除外。女癖の悪いトロイアットは腕はともかく性格面に問題あり。サヴァリスはそもそも力以外に興味がなく、リンテンスは……正直よく分からないが、今一番お似合いを上げるなら女王自身だろう。というか、それ以外に女っ気が皆無とも言う訳だが。
 そうした意味では、婚姻相手を選ぶ王家としては実にレイフォンはお買い得物件な訳だ。
 とはいえ、アルシェイラがレイフォンとの私闘を認めない訳は、それだけではない。天剣同士の激突は周囲にも甚大な被害をもたらす事は確実。それにリーリンが巻き込まれる事は避けたい、という気持ちもある。
 いずれにせよ、その言葉にはどこか残念そうな響きを持って、サヴァリスは答えた。

 「成る程……それは残念」

 その声に込められた感情を感じ取り、アルシェイラはサヴァリスへと視線を向けた。
 そこには確かにレイフォンと本気で遣り合えない事への失望もあったが、主なものは……。

 「欲しかったの?」

 何を、とは言わない。必要がない。
 今ここで、廃貴族以外に何があるというのか。

 「欲しいですね。陛下に並ぶというその力、使ってみたいとは思います」

 はっきりと言ってのけるサヴァリスに他から力を借りるとか、そうしたものを含めた後ろめたさはない。

 「天剣授受者はただ強くあればいい。陛下が常々仰っている言葉です」

 「一般常識は欲しいけどね」

 「それはもう」

 どの面下げて言うのか、と事情を知る者がいれば、そう言ったかもしれない。陛下と戦ってみたい、ただそれだけでミンス・ユートノールの企んだ計画に参加し、アルシェイラを襲ったのはこの天剣なのだ。
 だが、同時にそれをアルシェイラが問題としなかったのも事実だ。

 「まあ、もし、使う時には是非僕を使って欲しいと予約だけはしておいて構いませんよね?」

 「考えておくよ」

 言い捨てると、アルシェイラは歩き出し、サヴァリスは道を空ける。

 「楽しみにしています」

 「はいよ」

 振り返る事なく、アルシェイラは手をひらひらと振って、それに答えた。


『後書きっぽい何か』
五巻を確認しました
……レイフォンが怪我をするとか、ツェルニ暴走とかそうした主要な部分がごっそり不要になる事に気がつきましたw
次の六巻とかも含めて、結構ぼこぼこ抜いて、話としては先へ先へと進む事になりそうです

……バタフライ・エフェクトってすげーなあ(何



[9004] 合宿初日
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/03/11 02:16
 「合宿をするぞ」

 「合宿ぅ?」

 「合宿か」

 「パスを希望します」

 「はぁ」

 「合宿ですか」

 ニーナの言葉に、第十七小隊の面々はそれぞれに反応を返す。
 きちんと合宿の事を考えているのが二名、面倒だという様子が二名。あと一人は……特に興味なし、やるなら参加しますけど、という風情だ。
 
 「ああ。我が第十七小隊もようやく人数が揃ったしな。ここらで一度陣形や戦術を含めた打ち合わせも兼ねて連携訓練を行っておきたいと思ってな」

 レイフォンが入ってくれて、ようやく小隊として成立したこの小隊も、現在では六名。
 ニーナを小隊長とし、シャーニッド、ダルシェナ、フェリ、レイフォン、ナルキ。
 問題は、この面々で揃っての連携訓練が殆どない点だ。まあ、ここら辺は先だっての違法酒事件関連で二名が入った事も大きい訳だが、その後もレイフォン道場での他小隊を混ぜての訓練が続いていた為、小隊だけの訓練という点では不満足だ。
 まあ、この時期に、というのは、これまで道場での鍛錬に参加していなかった第十小隊或いは一年故に、剄息での生活を送るといった点を行っていなかったダルシェナとナルキが何とか剄息での生活に慣れて来たというのも大きい。
 まあ、実際には現在の道場に参加していない小隊は第三小隊などあるにはあるが、最早そうした小隊と道場参加の小隊の差は明らかになっている。彼らが参加しないのは一重に意地になっているのが大きく、中には小隊長のそうした態度に対して反発し、小隊を抜け、別小隊に移籍した者や、小隊内でいがみ合いが起きたりと中々に大変な事になっている為、最近ではカリアンら生徒会が強権を発動してでも、全員を道場に組み込むべきか、という話になっているという。
 まあ、戦力的にはバランスの取れていた小隊同士だったのが、片方だけレイフォンという圧倒的強者により、基礎から鍛え上げられているのだ。剄息での生活を含めたレイフォンからの指導は以前より技の出し方、出す速度を上昇させ、動きを滑らかにしている。
 例えば、全く互角の戦力を持っている者によって構成された部隊があって、片方のみ戦力が一割上昇したとしよう。
 一割、100が110になったとて大した差はないと感じるかもしれない。
 ランチェスターの法則と呼ばれるものがある。一人が多数に対して攻撃が可能な戦闘を前提とし、双方の戦闘力を二乗した上で戦闘力が優勢な方が勝利するというものだが、これに従えば、110と100の戦力が激突した時、100が全滅した時点で110の側は45強の数字を残している計算になる。
 無論、実際にはこれに更に武器の性能であるとか、作戦の差といったものが入ってくる訳だが、正面から戦うなら、そして元が同一ならば僅かな上昇がこれだけの差を生む事になる。
 何が言いたいかというと、現状レイフォン道場に加わっていなかった小隊は連戦連敗を繰り返しているという状態な訳だ。

 さて、話を戻そう。
 先に述べたとおり、戦力が同一ならば(この場合道場に参加している者同士ならば)、後は武器や連携、戦術の差となってくる。
 武器は同一だから、後は残る二つが第十七小隊勝利の鍵となる。……なに?レイフォンがいる時点で有利だと?そんな事は言ってもキリがないし、きちんとレイフォンも手加減はしているし、そもそも全く同一戦力ではそれを上回る相手と遭遇した際には役立たずになるという面もある。
 
 「まあ、何が言いたいかというとだ。他小隊は定期的に自分達だけの訓練を行ったり、或いは既に基本的な戦術が固まっている訳だが、生憎我が小隊はそこまで小隊内での相互理解が進んでいない。当たり前だが」

 その言葉にレイフォン、ダルシェナ、ナルキの三人が頷く。
 というか、現状で他小隊並に連携が取れていたら、その方がおかしい。

 「なので、他の小隊長にも承諾を得られたので、来週一杯は道場をレイフォンにも休んで貰い、更に週末の休みを合宿にあてたい」

 「げ、休日に合宿するのかよ」

 「当たり前だ!学生たる者、勉学もやらずしてどうするか!」

 ニーナの言葉にシャーニッドがだるそうな声で文句を言うが、それはすぐにダルシェナに怒られる。
 最近、この二人はこんな感じだ。ある意味ダルシェナもディンにはっきりふられて、すっきりしたらしい。
 
 「ところで夕飯はどうするんだ?」

 ふと終わろうかという段になって、シャーニッドが言った。

 「む……確か」
 
 フェリに視線をやる。

 「……確かに出来るようになりましたが、まだ不慣れな面も大きいですし、レパートリーが少なすぎます。大体、鍛錬中に抜け出していいのですか?」

 もっともな話だ。
 当たり前の話だが、料理というものは案外時間がかかる。
 無論、レトルトを主体にすれば話は別だが、訓練合宿となれば、矢張りしっかりと食事は取りたい。二日とはいえ、その間ずっとレトルトというのも勘弁して欲しい所だ。かといって、食事を取り寄せるとなると、これはこれでお金がかかる。実家からの仕送りがない分、苦学生なニーナとしてはこれもまた勘弁して欲しい所なのは変わらない。
 しかし、普通に作るとなると鍋でも完成まで案外手が離せない。これが本格的な料理ともなれば、野菜や肉を切り、下ごしらえをして、出汁を取ったり、じっくり煮込んだりと完成まで一時間かかりました、なんてのはザラだ。ちょっと手間をかければ、更に時間はかかる。加えて、今回は最低でも六人分。訓練をしてお腹が減るだろうといった事を考えると多めに作る事を考えておくべきなので、実際には十人分は作る必要があるだろう。
 さて、朝に最低一時間程度。昼と夜の為に更に途中で抜けるとなると……無理だ。精々朝食の手伝い程度に留めておくべきだろう。
 大体、フェリは念威操者故に直接動きという意味での疲労は少ないとはいえ、訓練に加えて全員の食事という負担をかけるのは論外だ。となると手伝いがいる訳だが……。
 ここでニーナは考えてしまった。
 
 「……ダルシェナ先輩、料理は?」

 「……む、いや、余り……」

 まあ、はっきり言ってしまうと、この二人もフェリと同じだ。
 どちらもいい家のお嬢さんであったが故に、調理を経験する必要がなかった。裕福な家の人間だけに、専門の、自分などより遥かに美味しい料理を作ってくれる人間がいる為に自身の事、特に最も求められていた武芸者としての鍛錬に集中出来た。家の人間も本人が趣味として興味を持った事ならばともかく、いちいち料理をしろなどという事はなかった。
 武芸者たる者、もっとも重要なのは都市を汚染獣から守る事であり、その為の鍛錬である。
 仙鶯都市シュナイバルの名家出身のニーナ、法輪都市イアハイムで父が都市長を務めるダルシェナ。共に強い武芸者たる事を求められてもいた。
 結果、料理なぞまるで経験のない、という二人が出来上がった訳だ。
 まあ、ニーナもツェルニに来てからなら、或いは料理に手をつける可能性がなかった訳ではないが、幸か不幸か、ニーナの住む寮には常に料理を一手に引き受ける者がいた。それでもお茶だけでも美味しいお茶を自分で淹れられるようになっただけ大分マシなのだが。

 「いや、俺も簡単なつまみとかぐらいなら作れるけどな?けど、この場合はそういう問題じゃねえだろ?」

 シャーニッドが簡単な料理なら出来るという事にショックを受けているダルシェナは置いておいて、いやまあ、ニーナも若干ショックを受けていたのだが、改めて考えてみる。
 確かに、全員でやろうとも時間を取られるという事には変わりない。
 料理を一緒にやるというのも連携の鍛錬にはなるかもしれないが、それはあくまで副次効果に過ぎない。何が言いたいかというと、訓練の時間がガリガリ削られるのは間違いない。いや、料理が出来るようになるというのには心惹かれるものがあるのは事実なのだが。
 
 「ふむ……なら、リーリンに頼んでみるか?」

 「ああ、リーリンなら大勢の料理作るのにも慣れてますしね」

 「ああ、それなら私も当てがありますので頼んでみます」

 結局、ニーナが選択したのは誰かに頼む、という事だった。
 その際、お願いできそうなという事で真っ先に思い浮かんだのが同じ寮に住んでいて、尚且つレイフォンの幼馴染であるリーリン・マーフェスだったのはある意味必然だ。
 レイフォンも賛成したが、ナルキもまた一人では大変だろうと思い浮かぶ人間がいたので推奨してみる事にした。
 結局、二人は了承してくれた。
 リーリンは快く。
 メイシェンに関しては、当初恥ずかしがっていたのだが、矢張り、それを後押ししたのはミィフィだった。

 『これはチャンスだよ!メイっちってば、レイとんと接する機会は限られてるんだから、こんな機会は逃したらいけないよ!』
 
 真っ赤になって、あうあう言っていたメイシェンではあったが、ナルキが参加するという事もあり、最終的に参加を決めた。
 最も、結果として、他ならぬミィフィが週末になって、料理してくれる人がいない事に気付き、レトルトと外食に頼る週末を送る事になったのだが……。
 ミィフィ・ロッテン。彼女もまた、料理の出来ない女性の一人であった。

 
 そうして始まった合宿だが、基礎の向上よりはむしろ、連携と新たに二人が加わった事による戦術の確立を主体としてメニューが組まれていた。
 何しろ、基礎は毎日のように道場で行われているのだから。
 その為に主に組まれたのは、レイフォンVS他全員、という組み合わせだった。
 当たり前だが、レイフォンは手加減してくれた所で、一人で止められるような相手ではない。今回、レイフォンは『錬金鋼使用禁止』『攻撃は投げ技のみ』という制限を加えて試合を行ったが、まあ、全員面白いように連携を潰されてころころ転がされる羽目に陥った。
 
 「……ここまでいい様にしてやられると、もういっそ清清しくなってくるな」
 
 幾度目かの相談時に、シャーニッドが苦笑を浮かべて言った。
 
 「ああ。しかし、こうも連携が合わんとなると…」

 ニーナの呟きに悔しそうな表情になるのはダルシェナだ。当に嫌という程レイフォンの強さを思い知らされているナルキは逆に、ダルシェナが感じている所を通り過ぎてしまっている。
 ここで重要なのは、レイフォンは決して強引な倒し方はしていない、という事だ。
 レイフォンがその気になれば、正面から粉砕可能だが、敢えて連携のミスやニーナ達の誤判断をついてきている。
 無理をしない、というより、そうでなければ合宿の意味がないときちんと考えてくれているのだろう。
 だからこそ、ニーナ達も悔しい。
 所詮お前達はエリートと言っても、学生武芸者であり、本物からすれば、この程度に過ぎない。そう言われているような気分になってくる。もっとも、連携と戦術がしっかりしている第一小隊をもってきた所で結果は同じだろうが。
 ダルシェナが悔しそうにしているのは、ついつい突出してしまう自分が連携を崩している事を理解しているからだ。
 こればかりは前の小隊の癖といっていいが、そこをレイフォンには徹底的に突かれた。
 決してレイフォンはダルシェナの突進を否定している訳ではない。
 元より、対汚染獣戦に措いては、大きく分けると二種類の戦法がある。
 武芸者個々の実力を基本に置くか、相互の連携を基本に置くか、だ。
 基本的にグレンダンのような個々の武芸者の実力が極めて高い都市や、或いは戦力の偏った、少数頼りの都市などが前者であり、質の揃った武芸者を多数揃える事の出来る都市が後者となる。
 まあ、言うまでもなく、前者はグレンダンのような例外を除き持たざる都市の戦法、後者は持てる都市の戦法だ。
 ちなみに、シュナイバル、イアハイム、ヨルテムはいずれも後者の戦法を主体とする。
 何が言いたいかというと、ダルシェナの取る戦法というのは、幼い頃から教えられてきた戦法であり、何時か卒業して母都市に戻った時には、取る事を求められる戦法でもある、という事になる。
 だが、ダルシェナの問題は彼女だけで突進してしまう事にある。
 母都市の戦法は騎士の如く全員の調子を合わせ、槍先を揃えて突撃を行うのに、彼女が周囲を見ず自分だけがチャンスを見出して突撃してしまったら、どうなるか?余計な犠牲を生む事は必定だ。間違っても見本となる事を求められる都市長の娘の取る行動ではない。
 これまでは、彼女の突撃をディンらがサポートする態勢だった。
 言うなれば、彼女は周囲を見る必要もなく、ただ、自分の思うように突っ込めば良かったのだ。
 だが、第十小隊がなくなった今ではそれでは駄目なのだと。
 いや、第十小隊こそが異常だったのであり、将来彼女が法輪都市イアハイムへと戻るならば、何としても修正せねばならない癖なのだとそう初めての対戦の後、レイフォンはダルシェナに告げていた。
 第十小隊を否定する言葉に苦い表情になったが、彼女も頭はいい。レイフォンの言う事が正しい事は理解した。……このままでは嘗てとは別の意味で家に迷惑をかける事になる事も、だ。
 だからこそ、克服しようと喘いでいる。……そう簡単に矯正出来れば苦労はしないが。
 
 一方、ナルキはといえば、完全に力不足だった。
 分かってはいる。
 レイフォンと異なり、自分は周囲と比べれば多少はマシな、ただの一年生。だから、今は鍛錬あるのみ。
 四年生のシャーニッドとダルシェナ。三年生のニーナ。
 武芸者と念威操者それぞれで天才と呼ぶに相応しい実力を持つレイフォンとフェリ。
 彼らと比べれば、ナルキは足を引っ張る存在でしかない。が、最初から強くある者などいない。きっとレイフォンとて初めて武芸を習いだした時はナルキと大差なかった、と信じたい。きっと一日が終わった段階で既に大きな差がついていそうな気がするが。
 実際、彼女が試合の後のインターバルで息を切らしているのに、他の(フェリを除く)三人は多少ダルシェナが乱れている程度だ。これはつい、剄息ではなく普通の呼吸をしてしまいそうになる、という部分によるもので、純粋に疲労している度合いで言えば、ナルキよりその度合いは少ない。  
 最近はナルキは化錬剄を習っている。
 師範役は第五小隊隊長ゴルネオ・ルッケンス。
 少し前まではレイフォンも基礎を一緒に習っていた。何でもレイフォンは化錬剄をきちんと学んだ事はなかったらしい。彼の基本となる流派は化錬剄を扱う流派ではなかったという事だし。
 ただ、それでもレイフォンは僅かな間で自分を置き去りにして、成長していった。
 もっともゴルネオ先輩曰く。

 「あいつは特別だ」

 と、少々憮然とした様子で言っていた。化錬剄を学ばずして、化錬剄の奥義の域にある剄技をすら一部使えるのだという。正直どうやったら、そんな事が出来るのか知りたい。いや、多分教えてくれはするだろうが、きっと理解出来ないだろうという確信がある。
 鳥に『何故飛べるのか』と聞いた所で、答える事など出来まい。
 レイフォンも同じだ。見ただけでそれを真似する事が出来、学べば乾いた砂が水を吸収するかのように覚えていく。きっと彼には『出来ない』という事が理解出来ないのだろう。
 それだけに不思議に思った。
 何故、これだけの実力者が都市を出る事を許されたのか、と……。
 

 「そういえば、レイフォンってどうしてここに来たんだ?」

 だから、ふと夕食の際に尋ねてみた。どうやら他の者も関心があるらしく、そういえば、という様子で耳を傾けている。
 それに対して、固まったレイフォンに苦笑しつつリーリンが口にする。

 「ちょっとレイフォン大きな失敗しちゃったのよ。……まあ、武芸の鍛錬ばっかりで勉強してないからという事になっちゃって」

 それで、少しは勉強しろという事になったのだという。成る程、勉強してなかったせいで失敗したのか。それなら、レイフォンが言いづらそうにしてるというか、リーリンが代わりに答えるのも分からないでもない。誰だってそんな事を自分の口から説明するのは恥ずかしいだろう……実際問題として、レイフォンのテストの成績は決して良いものではない。
 だが、それでは疑問が残る。

 「母都市では駄目だったのか?」

 と、矢張りナルキ以外も疑問に思ったのだろう。ニーナが代わりに尋ねる。
 そう、それなら母都市……グレンダンの学校に行くという道はなかったのだろうか?

 「ん~、レイフォンってグレンダンでは結構強い部類なのよ」

 それは分かる。
 というか、レイフォンが弱い部類に入ったら、それこそグレンダンはどんな化け物都市なんだというか、武芸者として自信を失くす。

 「で、ここで問題なのは結構レイフォン名誉的な称号というか、そういうのを持ってて……」

 分かりやすい言い方をすれば……少しオーバーに言うけど、例えば、ヨルテムって交叉騎士団っているよね?その騎士団長さんが学生の隣に勉強に来たとして落ち着いて勉強できると思う?
 そうナルキにリーリンが問いかけてきた。ヨルテムを上げたのは、さすがに交通都市ヨルテムはこの場の全員が知っているだろうと、判断したからだろう。というか、交通都市ヨルテムに放浪バスは一旦寄り、そこで都市の情報を受け取ってから出発するので、彼らの誰もがここに来る前にヨルテムを通過しているはずだ。
 だが、まあ、確かにそれなら納得がいく。
 まあ、確かに分かりやすい例ではある。おそらく、グレンダンではそれぐらい有名と言いたいのだろう。だとしたら、そんな相手が学校で机を並べて勉強したら……まあ、賭けてもいいが、落ち着いた学園生活は送れまい。
 
 「まあ、想像ついたと思うけど、学生さんにとっても気が散るって意味合いでは悪影響がありそうだから、学園都市に来たの。近場じゃない理由は」

 ここでリーリンが妙に冷たい視線をレイフォンに向ける。
 一体なんだ?と思う間もなく。

 「近場の学園都市全部落ちたのよね、レイフォン」
 
 「う、うう……」

 小さく縮こまっているレイフォンを見ているとどうにもこれが、今日の昼間から夕方にかけて私達に一撃すら入れさせなかった相手だとは思えない。
 どうやらそう思っているのはナルキだけではないようで、ダルシェナもまた何とも言えない様子でレイフォンの様子を見ていた。
 ……結果として。
 これ以上、誰もそれ以上の問いかけをする事はなかった。問う気が失せたとも言う。
 こうした話の内容は実の所、グレンダンにいた際に、孤児院へと王宮の使いでやって来たシノーラからリーリンに学園都市でレイフォンの過去に関して問われた時に、と伝えられた事だ。レイフォンが黙っていたのは『あんた、こういうの苦手でしょ』とシノーラが言ったのと、実際苦手だったからだ。
 グレンダンはレイフォンが壊れたり精神的に追い詰められたりする事を望んではいない。
 レイフォンは天剣としては決して心が強い訳ではない故に、取られた手段であったりする。
 そして、それは幸い上手くいったようで、それ以上追求を受ける事なく、合宿初日は過ぎていったのである。

 尚、まことについでながら、夜にシャーニッドとボードゲームをやった結果、ニーナとダルシェナが全敗した事を付け加えておこう。


『後書きっぽいなにか』
合宿初日です
原作では初日はかるーくやって終わりにしてますが、今回は早めに集まって鍛錬やってます
何しろ、小隊が四人から六人、前衛に絞れば三人が五人に増えてるので、連携訓練は必須だからです
ちなみに遅れそうなシャーニッドは事前にそれを読んでたダルシェナが引きずってきた、とかいざ部屋まで来たら、予想外にきちんと早起きしてたシャーニッドの着替え中にばっちり部屋のドアを開けてしまうという裏話も考えてましたが、蛇足になりそうというか、それだけで1話書けそうだったので、省きました
……希望が多ければ、外伝辺りで、その辺とか書こうと思います
希望者がなければ、するーで



[9004] 合宿二日目の片隅で…
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/03/20 00:14
 合宿二日目。
 正確には、昨日は授業が終わった後、即効でやって来て、まずは……という形だった為、今日からが本番といって良い。
 そして朝は……。

 「あ、サラダお願いしていい?」

 「分かりました」

 「スープはこんなものでいいですよね?」

 「大丈夫よ、料理上手なんだから自信持ちなさいって」

 女性三人、すなわちリーリン、メイシェン、フェリの三人による朝食作りが行われていた。
 レイフォンやナルキも手伝おうとしたのだが、五人も来られてもさすがにキッチンが狭くなって邪魔だという事で、二人は追い返されていた。まあ、レイフォンが追い返されたのにはそれなりに理由があるのだが。
 現在は、リーリンが中心となって調理をしている。
 フェリにとっては二人は料理の先生というべき相手であるし、メイシェンは押しが弱く、場を纏めるというのは向いていない。
 結果として、元々孤児院という自らより小さな子が大勢いる場で纏め役となっていたリーリンが自然と中心的立場を得たという訳だ。

 「それで最近は、どうなの?」

 ある程度区切りがつき、後は待つだけ、という段になって、リーリンがフェリに問いかけてきた。

 「どう、とは?」

 首を傾げるフェリだが、薄々とは感づいている。
 実際、メイシェンもおどおどとした挙動ながらこちらをちらちら見ているし。

 「レイフォンとどうなのか、って事。ほら、やっぱりレイフォンと一番一緒にいる時間が長いのって、フェリちゃんじゃない?」

 ああ、矢張りその事か。
 一つ溜息をついて、フェリは『あの鈍感とそうそう何か起きると思いますか?』と答えておく。
 実際、何も起きていないし。
 ああ、矢張り、という様子で、少しは気付きなさいよ……とのたまうリーリンに、どこかほっとした様子のメイシェンを横目に、フェリは兄に言われた事を思い出していた。

 ………………

 「レイフォン君とは余り親しくなりすぎない方がいいよ」

 それはある晩の夕食時に言われた事だった。
 
 「何故、貴方にそんな事を言われなければならないのです」

 さすがに視線がきつくなったのは避けられない。
 何故、この兄に、そんな事を言われねばならないのか。
 とはいえ、それを不快に感じる事自体が、レイフォンに好意を持っている証だと物語っている事に彼女は気付いていない。無論、カリアンはそれを察していたが、いちいち口に出したりはしなかった。
 ……カリアンは必要だからこそ、怨まれても武芸科に入れはしたが、妹が可愛いのは事実だ。
 彼女が初めて好意を持って行動している相手というならば、応援してやりたいとも思う。だが……そうするにはフェリとレイフォン、双方の立場が邪魔するのだ。 

 「例え、好きになったとしても、フェリと一緒に過ごす事は出来ない、という事さ。ツェルニを卒業した後はね」

 ツェルニは学園都市だ。
 すなわち、何時かは卒業して、この都市を離れる時がやって来る。
 卒業したら、どうするか?大抵は母都市に戻るが、中には、この学園都市で恋愛し、場合によっては子供も生まれ、結婚し、結果として母都市に戻らず恋愛相手、結婚相手の都市に向う者もいるのだ。
 これが一般人なら問題はない。
 武芸者であっても、交通都市ヨルテムのような大規模都市出身で、且つ突出した実力のない武芸者。或いは都市を追放されたような武芸者ならば問題はない。
 だが、フェリとレイフォンはどうだろうか?
 片や稀代の念威操者として将来を嘱望され、実家は母都市である流易都市サントブルグにおいて大きな勢力を誇るロス家。
 片や最も汚染獣との戦いが激しいとされ、優れた武芸者が集うとされる槍殻都市グレンダンに措いて、尚最強を誇る天剣授受者の一人。
 ……どちらも母都市を捨てるなど許される筈もない。
 ロス家の両親はフェリの我侭を適えてくれたが、さすがに母都市を離れる事までは許すまい。いや、許されないというべきか。その時は兄だけでなく、父や母にも大変な迷惑がかかるし、ロス家自体が下手をすれば潰される事になりかねない。優れた武芸者、念威操者というものはそれだけ都市にとって重要視される存在なのだ。
 フェリはなまじ頭がいいだけに、兄の言葉が理解出来てしまう事を呪った。
 
 「どうして……」

 どうして、自分は念威操者として生まれたのだろうか。そう思う。
 念威操者である事と、それ以外の道を模索する事の両立は可能だと、ここで知る事が出来た。レイフォンが語ってくれた事だ。
 だが、自分には相手を選ぶ事すら許されないという事なのか。
 カリアンは、だが、フェリの呟きを『どうして今言うのか』と取ったようだ。
 
 「言うべきかどうか迷ったのだけれどね。今言わなければ、きっと更に親しくなって、余計に辛い事になるだろうと思ったからだよ」

 兄の言いたい事も分かる。
 彼は彼なりに彼女の事を気遣ってくれているのだろう。
 それでも……彼女はこんな事を聞きたくはなかった。

 ………………

 思い出しながら、目の前の二人を見る。
 同じ都市出身であり、幼い頃よりずっと一緒にいた相手。ここでの生活が終われば、当たり前のようにレイフォンと共にグレンダンに戻る相手であるリーリン。
 一般人であるが故に、もし、ツェルニでの六年間でレイフォンと相思相愛になりさえすれば、ヨルテムの家族さえ説得出来れば、いや、説得出来ずともついていく事が出来るメイシェン。
 カリアンの言葉で、レイフォンへの想いを再認識したが故に……どれ程願おうが共にある事を許されないという自分と違う二人がどうしようもなく、妬ましかった。

 「さて!それじゃ朝ご飯出来たみたいだし、運びましょうか」

 「あ、はい!」

 「……そうですね」

 フェリの返事は少しだけ反応が遅かった。


 昨日の事を踏まえて、合宿二日目は少しやり方を変える事になった。
 と言っても、基礎はやらない。
 剄息での生活は現在は当たり前のように行われているし、ボールなどを使った基礎訓練は日常的に行っている。今回の合宿の目的はあくまで小隊としての戦力を上げる訓練だからだ。
 昨日やってみた事で、矢張り現在は連携が全然取れていない事が分かった。
  
 「という訳で、今日は連携訓練を中心にやっていこうと思う」

 「けど、連携訓練って何やるんだ?」

 ニーナの言葉にシャーニッドが首を傾げる。
 まあ、実際、連携というものは通常、訓練を繰り返し、その中でやりやすい型を中心に……要は時間をかけて作り上げていくものだ。だが、そうするにはどう考えても時間が足りない。
 そこでニーナが考えたのが、二人一組にフェリからの支援を受けて、というものだった。
 五人全員、正確には前に立つ者同士の連携が出来ないなら、まず最小の組み合わせから、という事だった。
 レイフォン?レイフォンは余りに強すぎるせいで、多少無理をして連携を取ろうが、全然無理と感じないというか、ツェルニの武芸者程度では感じ取れない。どのみち当面、レイフォンは対戦相手を一人でこなす事になる事が確定している事だし。

 組み合わせは、最初はニーナ&ナルキ、シャーニッド&ダルシェナだった。
 ダルシェナが顔をしかめたが、嫌な顔とまではいかなかっただけ、彼女とシャーニッドの関係も大分マシになっているのだろう。
 この組み合わせとなったのは、隊長であるニーナと実力的には一番劣るナルキとの連携を確認してみたい、というものと、シャーニッドとダルシェナという嘗ては最強の一角とまで称された連携を構成した三人の内の二人の連携だけでも多少再現出来れば、というものがあった。
 結果から言えば、ニーナはナルキに関して、『これなら使い物になる』という実感を得た。
 元々ナルキは都市警に所属もしており、その関係上というべきか、警棒と取り縄という武器を用いている。最近はこれに化錬剄を加える事で、戦闘の幅を広げようとしている。 
 化錬剄は炎や風などに剄を変化させ、それを操る訳だが、その習得は困難だ。無論、その困難に見合うだけの強力さがある。
 第五小隊の副隊長たるシャンテは炎系の変化を主体とし、ゴルネオは剄を糸などに変化させる。そして、ナルキは電撃系の変化を選び、習得しつつある。捕縛し、そこに電撃を流す事で、相手を無力化させる。都市警を将来の夢とするナルキにはぴったりの技だ。
 ちなみにレイフォンは最近、剄で出来た塊を作り出し、それを剄のレンズで照射するという、太陽光を虫眼鏡で集束するみたいな剄技を披露してみせた。本家本元には、まだ全然及ばないそうだが、一風変わってはいるが、強力だった。
 見た事はあったそうなのだが、レイフォンが化錬剄をきちんと学んだ事がなかったので、再現出来ていなかったらしい。それで、今回ゴルネオから化錬剄を学んだ事をきっかけに試してみたのだそうだ。
 天剣授受者の一人が使う剄技なのだそうだが、剄技の名前を聞いた所、困ったような顔をしていた。何か名前を告げれない理由でもあるのかと思ったが、聞いてみると、その技の使い手がその場の勢いと雰囲気と本人の気分で毎回名前を変える為、これがその剄技の名前、というのがないらしい。
 
 一方、ダルシェナとシャーニッドの方だが、こちらは想像以上に上手くいかなかった。
 第十小隊がどれだけ歪だったかが分かる事だが、ダルシェナが連携という感覚をすっかり鈍らせていたのだ。
 嘗ては最強の連携の一端を担っていたシャーニッドとさえ上手く連携を取れなくなっているという事は、ダルシェナ自身にもショックを与えていた。

 「シェーナ、お前、少しは後ろも気を配ってくれよ」

 「……すまん。分かってはいるのだが、つい、な……」

 なんたる様だ!とダルシェナが誰よりも自分に激怒しているのがシャーニッドにも分かるが故に、シャーニッドの口調も自然と宥めるものになる。

 「まあ、なんだ。試合前に分かってよかったじゃねえか」

 「……そうだな」

 ダルシェナも初めて指摘された時には、第十小隊を否定されたような気がして、レイフォンにくってかかったものだが、今ならば、あのまま第十小隊で卒業を迎えるよりは、いや、第十小隊が小隊対抗戦の上位にい続けなくて良かったのかもしれない、と思っている。
 ……特化しすぎていたのだ。ツェルニの小隊対抗戦というシステムのみを前提として。
 無論、ディンは武芸大会では聞いてみないと分からないが、別の作戦を考えていたのかもしれない。
 だが、果たして武芸大会で自分に何が出来たのかとも思ってしまう。
 ……きっと出来たのは、第十小隊そのものを用いた囮の部隊の弾頭が精々だっただろう。余りに融通の効かない一つのシステムとして完成された第十小隊は、他と組み合わせるという事がほぼ不可能だ。出来るのは、ただ『私達についてこい』だけ。
 ましてや、あのまま数年を経て、卒業を迎えていたら、どうなっただろうか?
 きっと、母都市に戻り、連携訓練で酷い無様を曝した事だろう。数年間を経て、すっかり身に染み付いた周囲を気にせず突貫する癖は、矯正するにも大変な苦労を必要とし、それまで周囲からはきっと嘗て以上に酷いものを見る目で見られた事だろう。……後方に怯えているなら置いていく事も出来るが、自分勝手に汚染獣に突撃してしまっては、他もついていってフォローするしかないからだ。いや、案外見捨てられていたかもしれない。父が都市長である以上、そして汚染獣迎撃の総司令官である以上、娘とはいえ、一人の馬鹿な武芸者の為により多くの武芸者を犠牲とするなど出来ないだろうから。

 最終的に討議した結果、しばらく、というかこの合宿の間はほぼ、ダルシェナは槍を封印する事にした。 
 槍の中でも馬上槍の形状を持つダルシェナのそれは、突撃にはもってこいだが、今までは自身のタイミングで行っていた、その突撃を周囲を見ながら行うものに抑えなければならない。
 予備の武器として柄に仕込んであったレイピア型の錬金鋼を使い、しばらくは連携をひたすら練習する。
 ニーナと、ナルキと、シャーニッドと組みながら、レイフォンと打ち合う。
 ニーナはそれを見ながら色々な組み合わせを試し、途中メイシェンとリーリンお手製のサンドイッチを腹に詰め込み、慣れてきたら、今度は二人から三人に増やし、更に四人でも試す。
 通常ならば、連携は終わって、個人訓練へと切り替える時間となっても、連携訓練はひたすら続けられた。
 今、最も第十七小隊に必要なのは個人の鍛錬ではない。部隊を迅速に次の小隊戦までに、新たに加わった二人を加えた形へと持っていく事だ。
 それが分かるからこそ、全員が黙々と連携訓練を続けていた。
 合間合間に休憩を取りながら、その際にはダルシェナの突撃をどう組み込むかを、議論し、場合によっては槍へと戻し動いてもらう。
 それでまだ連携が崩れるなら、それは突撃が上手く組み合わさっていないのか、それともダルシェナが連携を未だ取りきれていないのか、それともまた別の要因が原因なのか。
 討論、実践、討論を繰り返しながら、第十七小隊は少しずつ手探りで新たな連携を構築しつつあった。


 その光景をフェリは少し離れた所から見ていた。
 これはある意味当然だ。念威操者は武芸者と異なり、肉体面では一般人と大差がない。故に巻き込まれぬよう、一定の距離を取っている訳だ。
 だが、今のフェリにとっては、周囲に誰もおらず、全員が鍛錬に熱中しているこの状況は考え事をするにはもってこいだった。無論、念威は考え事をしながらも、きっちり仕事はこなしている。現在の状況は汚染獣が襲ってきているような深刻な状況ではないから、手を抜いていても十分なのだ。
 この時間ならば、リーリンやメイシェンは夕食の仕込みの最中だろう。
 念の為確認したが、やはり楽しそうに調理を行っていた。
 それを確認して、もう一度周囲を確認した上で、言葉を口にのせる。

 「フォンフォン」

 そっと呟いてみる。
 思い返すのは、レイフォンの戦闘の時の様子。
 或いは幼生体を、或いは雌性体を、或いは老生体を、そしてサリンバン教導傭兵団団長との戦い。いずれもフェリはレイフォンの支援を行っていた。
 レイフォンの戦う時の真剣な表情。
 訓練のそれとはまた一線を隔した、その表情を知るのは、この都市では自分だけだろう。
 メイシェンはおろか、幼い頃より共にあったというリーリンでさえ、見た事がない筈だ。こればかりは念威操者である、自分だけのレイフォンに関する特権だ。

 「フォンフォン」

 もう一度そっと呟いてみる。
 この呼び方も……。
 リーリンはレイフォンと呼び、メイシェンを含む三人はレイとんと呼ぶ。フォンフォンと呼ぶのは自分だけ。フェリだけが、彼をそう呼ぶ、特別な呼び方。
 初めて会った時は、特にどうとは思わなかった。
 彼を初めて意識して見たのは、自分が念威操者でなければならないのか、それしか選べないのかと不満を述べた時だったと思う。思えば、あの時は彼に、武芸者の道を特に悩む様子もなく選んでいる彼に憤りがあったのだと思う。
 ……武芸者である事しか選べない者がいる事など想像もせずに。
 自身がその道を選ばねば、身内の誰かが死ぬかもしれない。そんな状況に置かれた者がいる事など想像もしなかった。
 彼からすれば、念威操者以外になりたいというフェリの願いはきっと贅沢な願いで。
 けれど、レイフォは責めたりせず、ただ何時ものように笑って、そして別の道を示してくれた。
 念威操者である事と、他の道。それは同時に進めない訳ではないのだと。

 そうして、試してみて。
 その中で料理に興味を持ち、自分の下手さ加減に絶望して、リーリンやメイシェンと共に料理をして……。料理をしたいと、美味しいものを作りたいと本当に思えたのは何故だったのだろうか?
 自分が美味しいものを食べたいから?否、それなら普通に美味しい店へ買いに行った方が早い。
 兄に自分の手作りを食べさせてあげたいから?まさか。
 では何故?或いはそれは、誰かに食べてもらいたかったのではないか。実際、フェリは色々なバイトを試しつつも、飲食業関連のバイトはウェイトレスぐらいで、調理に関わる仕事にはついていない。
 メイシェンはケーキ屋で、リーリンは弁当屋で働き、調理にも二人はそれぞれまだ少しずつだが関わらせてもらえているらしい。
 それは彼女らにとって、或いは将来の夢であり、或いは日常故に、だ。
 ではフェリは?
 未だ将来の夢が確たる形を持たず、日常でも調理などした事のなかった自分が、何故あそこまで頑張って、調理をし続けたのだろうか。きっと、それは誰か食べてもらいたい相手がいたから。
  
 「フォンフォン。私は……」

 思えば、兄に言われた言葉が最後の引き金となったのだろう。
 そうした意味ではカリアンの言葉は、フェリの、それなりに大胆な行動を取っていたにせよ、未だはっきりした形となっていなかった想いに、はっきりとした方向性を示してしまった。親しくしすぎない方がいいのだと意識すればするほど、むしろ胸が痛んだ。
 だからこそ、想いははっきりとした形を得る事が出来た。

 「私は……貴方が好きです」

 その言葉は誰かに聞かれる事もなく、静かに大気に溶けて消えた。 


『後書きっぽいなにか』
口語的表現、って事で意識はしてみました
が、調べてみても、どうも『じゃあ、どこまでが口語的で、どこからが~』というのがよく分かりません……
結局、書く速度が落ちるだけでしたので、断念しました

フェリちゃんの家庭の事情
ただまあ、だからって早々退いたりはしません
感情ってのを理性でそう簡単に抑えられるなら苦労はしない訳で……

第十小隊に関しては思う所を書きましたが、実際、あの小隊は歪だと思います
ただ、ツェルニの指揮系統の上位に入り込んで、自身らも作戦立案に加わる為に組まれた、ひたすら小隊対抗戦のみを考えて作り上げられた戦術、それが彼らの戦闘方法だと考えています
だから、小隊対抗戦では有効でも、中核となる誰かが抜けると一気に動かなくなり、武芸大会では、或いは汚染獣戦では機能しないフォーメーション、それがアレなのだと思っています
まあ、けなした感じになりましたが、あくまで私の小説では、第十小隊の戦術はこう解釈した、という事で…
 



[9004] 合宿最終日
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/04/08 01:25
 合宿の夜は何もする事がない。
 元々ツェルニという都市自体が、その学生の為の都市という性格上というか性質上、深夜営業という店が殆どない。
 当たり前といえば当たり前で、店とて生徒が将来母都市へ帰ってからの予行演習として開かれている。だから、基本として授業中は店も開かないし、翌日以降の授業に差し支えるような時間帯までの営業も制限されているという訳だ。
 ただ、それを差し引いても、合宿の夜という事は「これ」という事柄がない。
 何しろ、周囲は農園の一角だ。
 武芸者ならば走って、都市の深夜までやっているようなお店に行って帰ってくる事も不可能ではないが……まあ、そんな事をやらかす可能性があるのはシャーニッドぐらいだし、シャーニッドにした所でニーナとダルシェナの双方に睨まれるのは勘弁して欲しい所だ。
 という訳で、ある者達はゲームを、ある者達は読書を、ある者達は会話を楽しむ、という具合だった。
 
 「よし、そんじゃこれでオレの勝ち」

 「くっ……」

 ダルシェナが悔しげに唇を噛む。
 またしてもシャーニッドにボードゲームで負けたのだった。
 このゲームは基本は武芸者の戦術に関する考え方を鍛える為のものだ。実際には、レイフォンのようにそんじょそこらの狙撃手に狙われた所で、剄弾を当たり前のように迎撃してしまうような武芸者もいる訳だが、それではゲームにならないので、全てのユニットを均一の戦力として扱っている。
 そして、念威操者と狙撃手で構成されたシャーニッドの編成に、ニーナとダルシェナは前日から連戦連敗を続けていた。
 無論、何故そういう結果になるのか分かっているシャーニッドもさすがに呆れて、例えば念威操者を一名に狙撃手を一名か二名という具合に現実に即した制限を加えてやらないかと言っている。
 で、あるのだが、ニーナもダルシェナも、『いや、このままだ!』と意地になっている。
 ゲーム上と現実は違うという訳で、元々シャーニッドも制限なしなら、こういう方法でやれば勝てる、というゲームシステムの欠陥を突いただけの、いわば裏技だ。現実にこんな編成をやらかせば、敗北は必至だ。
 何故、ゲーム上では必勝なのか。
 理由は狙撃をかわしたり、迎撃したりをユニットはしないし、地形を利用したりもしない。互いに援護もしないからだ。
 しないからこそ、敵ユニットの位置を策敵する念威操者ユニットと、移動なしで攻撃可能な狙撃手だけの編成が最強になってしまう。
 一方現実では狙われた側もかわすし、迎撃もする。そもそもまず狙撃手が行うのは、相手側の狙撃手との睨み合いだ。下手にこちら側が攻撃を仕掛けて、一人を仕留めたが、相手の狙撃手に倒された、は許されない。
 まあ、この他にもゲームと違い、現実では肉眼といった手があるなど、色々と違いがある訳だが……。

 「よし、それじゃあ今度は私が「もう、やめようぜ。つーか、俺はもう抜けるわ」なっ!?逃げるのかっ、シャーニッド!」

 今度こそ、と意気込むニーナにシャーニッドは冷めた口調で告げた。
 それに対して、ニーナは激昂したような口調で文句を言ってくる。ダルシェナも勝ち逃げする気か!とばかりに睨んでくるが、シャーニッドはそれにますます呆れてしまう。

 「おいおい、つーか、いい加減にしろよ。お前ら頭固すぎ」

 「「なんだとっ!」」

 「……さすがに私から見てもそう思えるんだけど」

 「確かに……」

 「うん、まあ、そうだね」

 「融通がなさすぎですね。隊長や副隊長を務める人のやる事ではありません」

 シャーニッドの呆れ果てたと言わんばかりの口調に文句を言いかけたニーナとダルシェナだったが、そこへ傍で観戦していたリーリン、ナルキ、レイフォン、フェリが口々に言った事で、ニーナとダルシェナも『うっ』と唸って口を閉じる。ちなみにメイシェンは困った様子でおろおろと皆の顔を見比べていた。

 「あのなあ。勝てないなら、当然対応策考える必要がある訳だが、何で勝てないかお前ら分かってるか?」

 こんな口調で言えるのは、この場では、ニーナより上の四年生であり、ダルシェナと昔からの知人であるシャーニッドだけだ。
 
 「「……それは……」」

 「考えずに、突っ込んできてたろ?」

 その言葉に二人とも沈黙してしまう。
 さすがに二人とも他全員から言われた事に加え、シャーニッドが怒っているのに気付いて、少しは冷静になったらしい。
 
 「お前ら、ゲームだからって甘く見てないか?実戦じゃあ、負けたらお前らどうすんだよ?」

 「それは……何故負けたのか考えて、対抗策を……」

 「それだ」

 ニーナが恐る恐るといった具合に言った言葉をシャーニッドが遮るように告げる。
 
 「ゲームでも同じだろうが。負けたら、何故負けたのか。それならどういう対抗策を取るべきか。俺が何で、制限かけてやった方がいい、って言ったのか、きちんと考えてたか?いやあ、考えてねえよな?考えてたら、とっくに制限かけるぐらいは受け入れてる筈だしな」

 「私は武芸者じゃないけど……さすがにあれだけ負けてるのに、同じ事繰り返してるのが悪いのは拙いと思う……」

 シャーニッドに加え、リーリンも困ったような顔と口調で後押しする。
 さすがに、ニーナもダルシェナも反論出来ない。落ち着いてきた頭で考えれば、その通りだからだ。
 結局、この後は珍しくもシャーニッドによってニーナとダルシェナが叱られるという光景が展開される事になったのだった。……まあ、何時間も同じ展開が繰り返されるゲームに付き合わされたシャーニッドの鬱憤晴らしという面もあるだろうが、実際問題として、言ってる事は間違っていないので、真面目な二人としては反論出来ず、素直に叱られていた。 


 翌日、気まずそうな二人だったが、昨夜の事を引きずっていないシャーニッドのお陰で、しばらくすると落ち着いて訓練に没頭出来るようになった。
 昨夜の事が反省点になったのか、今回はニーナとダルシェナが二人で色々と作戦や展開の方法を考え、試していた。
 
 「……では今日はここまでだな。明日が合宿最後になる」

 レイフォンを除く全員が本日は土塗れ埃塗れになっていた。
 まあ、本日もレイフォンに全員面白いように転がされ……いや、当人達にとっては真剣そのものな訳だが、レイフォン相手ではまだまだ到底歯が立たないのだった。
 
 
 夕食後、ニーナとダルシェナは改めてシャーニッドに勝負を挑んだ。
 今日はさすがに、きちんと現実に即した制限を加えた上でゲームを行っているお陰で、前の二晩のような事にはなっていないようだ。ついでに言うならば、今日はナルキも加わっている。
 何事も経験、という意味合いもあるが、二人が熱くなりすぎないようにとシャーニッドが巻き込んだという意味合いもある。さすがに一年生の前で昨晩のような事は起こしづらい事もあり、今日は冷静に二人もゲームを展開しているようで、かなり白熱したいい勝負になっているようだった。
 リーリンとメイシェンは明日の夕食の片付けと、ついでに明日の朝食の仕込みをやっておこうと席を立った。
 さて、それじゃ自分は何をしよう、とレイフォンは考えたが、然程その必要はなかった。

 「フォンフォン……」

 「……フェリ?」

 「少し……話があります」

 そう言われて、屋外へ出る事になったからだった。
 無論、フェリはこのタイミングを見計らって声を掛けた訳だが、レイフォンは気付く事なく、素直に「なんだろう?」と思いつつ、外へ出て行った。
 それに気付く者は誰もいなかった。……少なくともこの時点では。

 フェリに誘われるままに、レイフォンは合宿所の外に出た。
 周囲は合宿所から洩れる光を除けば、明かりとなるものは半欠けの月とまばらな星だけ。活剄を走らせ、レイフォンはフェリの背を追った。フェリもまた、足取りに迷いがないのは、念威で補っているのだろう。
 しばらく歩き続けた結果として、外縁部に近い所まで歩いた。
 危なくないかな?そう少し考えもしたが、すぐにその考えを振り払う。
 フェリの念威をかいくぐって、自分達に攻撃を仕掛ける?しかも、ここには自分がいるのに?
 もし、そんな事が出来るとしたら女王アルシェイラか、或いは最低でも同じ天剣クラス、乃至その方向に進化した老生体のいずれかが必要だろう。
 そして、そこまで心配していたら切りがない。
 後ろを見れば、合宿所の明かりがまだ届いている、その安心感もあっただろう。

 外縁部には風除けの樹林が農地を仕切るように走っている。フェリが足を止めたのは、その樹林の前だった。
 さすがに暗いかな?そう思いかけて、周囲が淡い光で照らされている事に気付いた。
 光の源は――フェリ。
 その髪全てが溢れ出した念威によって輝いていた。しかし、それは。

 「フェリ?」

 明らかに念威が制御出来ていない。
 何かしら興奮しているのだろうか。
 疑問に思うレイフォンを睨むようにして、フェリは言った。

 「レイフォン、私は貴方が好きです」

 「え?ええ、僕もフェリの事好きですよ」

 一瞬心が暖かくなるが、一つ頭を振って冷静になろうとする。そうではない、きっとレイフォンと自分の『好き』は違う。察しろ、と言いたくなるが、この鈍感がもっと察しが良ければ、とうにリーリンとくっついていただろう。だから。

 「レイフォン、その『好き』は隊長やリーリンに……いえ、シャーニッド先輩らに向ける友人としての『好き』でしょう?」

 「え?」

 そう、それは友情としての『好き』。それは、LIKEであって……。

 「私は……フェリ・ロスは、一人の女性として、レイフォン・アルセイフという一人の男性を愛しています」

 LOVEではない。
 微かに顔を俯かせ、その白い肌を真っ赤にして、それでもフェリはそう告げた。

 頭が真っ白になった。
 レイフォンからすれば、いきなりそう告げられて、ただ頭が真っ白になった。
 迷惑、という気持ちはない。
 まあ、普通、とびきりの美少女に告白されて、不機嫌になる男性はいないだろうし。それでも、何か言わなければ、と必死に考えて、けれど出てきたのは当たり障りのない言葉だった。

 「え、ええと……な、何故急に……」

 「……兄に言われました」
 
 それでも、お互いが沈黙するよりは良かったのだろう、多分。
 最初はレイフォンもカリアンに何を言ったのかと密かに腹も立ったが、その後ぽつぽつとフェリの言う事を聞いていれば、確かに、カリアンの不安も最もだ。傷が浅い内に、と願ったのも分かる。
 とはいえ、まさか自分の言葉がきっかけで、フェリが踏み出すとはさすがにカリアンも予想出来なかっただろう。
 そして、フェリは今、レイフォンの返事を待っている。
 誰か好きな人がはっきりしているのならば、楽だった。それならば、そう答える事が出来たから。
 彼女の事が嫌いならば、楽だった。それなら、はっきりとそう言えただろうから。
 だが、そうではなかった。
 レイフォンは周囲の人間誰もが呆れる程の鈍感王だ。そんなレイフォンが、愛していると好意を持っているのは間違いない相手から告げられて、どう答えればいいか、答えを持っているなどある訳がない。ただ、問題はその好意がどの程度の好意なのかという事だ。
 フェリを愛しているのか、それとも友人としての好きの範囲なのか。断ってまで、本当に愛する人が今の自分にいるのか。他に愛している人がいるとするならば、それは誰なのか。
 レイフォンはこの時真っ白になろうとする頭を懸命に働かせて、自分の気持ちを見出そうとしていた。
 フェリは顔を真っ赤に染めて、レイフォンからの返事を待っていた。
 だから、気がつかなかった。

 もし、二人の内、どちらかが冷静であったなら、それに気付いたかもしれない。
 いや、優れた念威操者であるフェリが冷静であったならば、その予兆に気付かなかった筈がない。レイフォンもまた、大地に違和感を感じる事が出来ていたかもしれない。
 だが、生憎二人とも冷静とは遥か彼方の心境だった。
 ゴ………。
 いきなり地面が揺れた。
 その時になって、初めて二人は異変に気付いた。
 背中に嫌な予感が走り、粟立たせる。レイフォンは前に出るとフェリの腕を掴んだ。
 瞬間、足場が消失した。
 地面が一瞬だけすり鉢状になり、その次の瞬間には二人もろとっも重力の虜になる。
 (落ちる)
 大気の中を滑り落ちていく感触を味わいながら、自由な左手を剣帯に伸ばし、天剣を手にする。
 復元鍵語によって姿を現したその姿は鋼糸。
 本来ならば、上の樹林に伸ばし、すぐにでも落下を止めたい所だが、そうはいかない。
 復元までに僅かな時間とはいえ、多少の落下は仕方がない。
 武芸者たるレイフォンは急に停止した時の衝撃に耐えられても、念威操者の、つまりは肉体的には一般人と大差のないフェリが耐えられないかもしれない。
 加えて、感じる状況。
 周囲が暗いのに、活剄を使わずして、けれども周囲の状況がこれだけはっきりと感じられるのは、フェリもまた状況を冷静に判断し、念威でもってレイフォンをサポートしてくれているからに他ならない。
 上空から土砂。単なる土の塊であろうとも、それが大質量のそれとなれば、それは一般人を用意に叩き潰す凶器となる。
 伸ばされた鋼糸の一本から放たれた衝剄が土砂の塊を粉々にする。
 それだけではない。
 周囲には耕地を支えていたであろう鉄骨もまた金属特有の高音と存在感と共に落下している。
 更に、有機プレートまで崩れている為、落下高度も高い。
 しかし。
 フェリと一緒ならば、対応のしようがある。
 これが、リーリンやメイシェンとであればまた、話は違っていた。
 その時はきっと視界は効かず、衝剄の淡い輝きや微かな光でもって判断するしかなかっただろう。
 天剣が手元にあった。
 鋼糸が手元にあった。
 これがなければ、或いは細やかな調節が効かず、或いは除所に速度を落とすような真似も出来なかったに違いない。
 数百数千のそれをレイフォンはフェリのサポートの元に精密に操ってゆく。
 時折、鋭い破片が混じるが、それもまた弾く。
 或いは上空へと伸びた糸が樹木へと絡み、或いは衝剄を放って脅威を砕き、或いはそっと押しのける。
 複数の、それこそ数十の樹木へと絡みついた鋼糸を用い、落下速度を落としていく。
 そうして――。
 どれだけの時間が過ぎたのか分からないが、実際には精々数十秒程度だろう。いくらレギオスが巨大とはいえ、本当の意味での地上まで崩壊した大地が落ちていく訳はない。数百メルトルの高度があったとしても、その高さを落ちるのにそれ程の時間はかからない。
 レイフォンとフェリは空中で抱き合うようにして、停止していた。
 無論、実際にはレイフォンの左手に持つ天剣から伸びた鋼糸が周囲に張り巡らされ、それを足場として立っているに過ぎないし、フェリが抱きついているように見えるのも、フェリだけでは鋼糸の上に立てないからレイフォンが抱きかかえているに過ぎない。それでも……何しろ告白された当人と告白した当人だ。
 落ちている時はそんなに意識する余裕はなかったが、こうして落ち着くと、何とも言えない空気が漂う。

 「えと……とりあえず、上に上がりましょうか」

 「……そうですね」

 かろうじて、それだけ互いに言葉を交わすと、二人の体は空中を滑るように上昇していった。
 上に上がる頃には轟音に気付いた、ニーナらが駆けつけてきた所で、大騒動になった。
 幸い二人とも大きな怪我などはないが、そうは言っても細かな破片のような脅威度が後回しのものは細かな傷を二人につけている。
 結局、レイフォンもフェリも、二人共に一晩検査入院とあいなった。 
 
 
 病院。
 フェリは一足先に傷の治療と検査が終わり、今日の寝床となる場所へと移りつつあった。
 傍にいるのは、リーリンとメイシェン、ナルキがいた。
 ニーナは隊員の怪我の確認が終わるまでは移動する訳にはいかんと、レイフォンに付き添っている。
 シャーニッドとダルシェナは既に自宅というか自室へと戻った。二人とも大きな怪我はなく、今日病院に泊まるのも一応念の為に、というものだ。合宿とて、あんな事があった後で続行という訳にもいかないので、中止になったし、そうなるとシャーニッドとダルシェナがいても何もする事がない。
 その一方で、リーリンやメイシェン、ナルキがいるのは、一つには例えばリーリンの場合、住んでいる所が遠いので、ニーナと一緒でなければ帰りづらいというのもあるが……もう一つは矢張り疑問故だろう。
 何故、レイフォンとフェリはあんな時間に、あんな所にいたのか、という事だ。
 それはフェリとて理解している。
 しばらく、誰もが沈黙したまま、歩いていたが、やがて病室へと着いた時、フェリはぼそり、と呟いた。 

 「……レイフォンに好きだと言いました」
 
 はっとした顔になる、リーリンとメイシェンに振り返り、フェリは淡々とした口調で言った。

 「リーリン、貴方はグレンダンへ一緒に戻る事が出来る」

 リーリンはその言葉に困ったような、どう言えばいいんだろうという風情だ。だが、それは真実。レイフォンもリーリンも共にあるのが当たり前であり続けてきた。そして、この後も同じ時が続くのだと思っていた。

 「メイシェン。貴方はただ貴方の気持ちさえ伴えば、彼についていく事が出来る」

 びくりとメイシェンが身を震わせる。
 けれど、それもまた真実。
 背負うものの少ないメイシェンは、それが出来る。愛する人が出来た時、束縛するものがない彼女は、ただ彼女自身とレイフォン自身の気持ちさえ合えば、共に生きていく事が出来る。

 「……私は出来ません。父も母も、いえ流易都市サントブルグという都市そのものが私が他の都市へと移るを許しはしないでしょう」

 けれど、フェリは違う。
 優秀な武芸者、優秀な念威操者を何の引き換えもなしに、気持ちよく手放す都市などありはしない。 

 「私は貴方達に比べれば母都市の事があるからこそ、不利ですけれど」

 けれど、もし。
 もし、レイフォンがそれでも自分を浚って行く程に愛してくれたのなら。そこまで彼を魅了する事が出来たならば。
 彼女の責ではなく、レイフォンが一つの都市を敵にしてまで自分を求めてくれたなら、その時は適うかもしれないのだ。

 「負けません」

 そう告げ、フェリは病室へと入っていった。
 閉じられた扉の前で、三人は立ち尽くしていた。
 リーリンは困惑と共に、はて、自分はレイフォンをどう思っているのだろうと悩み。
 メイシェンはぐっと唇をかみ締めて、立ち尽くし。
 ナルキは、この場合どう対応すればいいのかと困惑し。
 それでも、三人共に、何を言う事も出来ず、結局彼らはリーリンを探しに来たニーナが声を掛けるまで、その場に立ち尽くしていた。


【後書きっぽい何か】
……あーフェリがフェリじゃない!なんていう文句はとりあえずご勘弁をば……
今回難産でした
何しろ、原作と異なり、メイシェンらに追求される場面が必要ないもので……

大地崩壊の場面ですが、これはフェリと一緒だったのでこうなりました
念威操者が支援してくれれば、大怪我も負いませんでしたので、当然ですが試合辞退とか怪我を負って何かする、って事もありません
次回はハイア&カリアンの予定です




[9004] スカウト
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/04/15 04:23
 さて、第十七小隊の合宿が終わって間もない頃の事。
 カリアンは病院へとやって来ていた。
 無論、学園都市の実権を握る辣腕生徒会長である彼は忙しい。その彼がわざわざ時間を割いてまで、病院にやって来た理由は一つ、現在入院中のサリンバン教導傭兵団団長、ハイアに会う事だった。
 ハイアはあの試合の際に、怪我をして、入院をしていた。してはいたが……。

 「やあ、元気かね?」

 「あいかわらずの重病人さ~」

 爽やかな挨拶の言葉に、暢気そうな返事。
 既にカリアンも知っていた。確かに、肋骨数本の骨折に、内臓を損傷してはいたが、別段剄脈がやられた訳でもない。
 平均的な武芸者の回復能力ならば、もう完治していてもおかしくないという事も。

 無論、そんな事はハイアも承知の上で居座っている。
 手にした花束を女生徒に手渡しながら、けれど、双方ともそんな様子は微塵も見せずに話を続ける。傍で見ていたミュンファなぞは思わず、身をすくめてしまう。
 二人の会話は言葉だけ聞いていれば、心温まるものな筈なのに、全くそういうものは感じられない。

 「さて、まあ、こんな話をしにきた訳ではないのだよ、これでも結構忙しい身でね」

 「そうさ?」

 まあ、実際問題として、不真面目ならともかく、真面目な人物であれば、トップが一番忙しいのは世の常だ。
 幸い何もなかったから良かったものの、都市の基礎部老朽化が判明するなど、頭の痛い事例も多かったのだ。
 特に都市の基礎部老朽化は痛かった。
 幸いというか、巻き込まれたのがレイフォンとフェリ。この都市最高の武芸者と念威操者であったから無傷で切り抜けてくれたものの、一歩間違えれば死人なりが出ていた。
 ましてや、基礎部老朽化となれば、最悪どこか別の場所が同じ事になりかねない。
 これまでも居住区はきっちり整備が行われてきた筈だが、一度起きた事は他の場所でも起きかねない。現在、錬金科、機械科、工業科、建築科を挙げた都市の全区画の一斉点検という大騒動になっている。これだけの大騒動だ、サリンバン教導傭兵団が把握していない筈もなく、当然、団長であるハイアも既に知っている筈だが、そんな様子は微塵も見せない。
 内心、その様子に安堵とも確信とも言えない気持ちを抱きつつ、本題に入る。

 「まあ、話というのは他でもない。よければ、ツェルニに入学しないかね?無論、グレンダンからこれ以上の探索の続行が必要がないとなった場合だが」

 「また、おかしな寝言を言い出すさ」

 「いや、別にそんなつもりはないよ。実際私としては入学してもらいたいのだよ」

 将来の武芸長として。
 続けられた言葉に、けれどびっくりした表情を示したのはミュンファだけであった。

 「ヴォルフシュテインに任せればいいさ」

 さらりと言うハイアの言葉に動じる様子も見せず、カリアンは話を続ける。

 「まあ、実際問題としてね、真面目な提案なのだよ」

 武芸大会が終われば、そろそろ来年の事を考えねばならない。
 そして、今年特に重要なのが、生徒会の選挙だ。
 ここ三年程は殆ど問題がなかった。カリアン・ロスという稀代の生徒会長が君臨していたからだ。
 最初の三年生の時こそもめたものの、後は着実な実績を上げるカリアンの前に勝ち目なしとして、まともな立候補すらいない、無投票時代が続いてきた。
 それでも問題なかったのは、独裁政権にはなりようがなかったからだ。
 カリアンは武芸者ではない一般人であり、ここは学生が統治する学園都市だ。
 力で抑えつける強権的な政治は困難であり(無論、実際には引き入れた武芸者などを使ってそういう方向に持っていく事は可能だろうが)、どのみち数年後には卒業していなくなる。
 そうして、遂に来年はカリアンも卒業という時を迎えていた。

 「私だけでなく、現在の武芸長であるヴァンゼも今年で引退でね」 

 来年はまだいい。第五小隊隊長であるゴルネオがいる。
 ゴルネオは無論、レイフォンや目前のハイアには劣るが、十分な実力を備えているし、人を纏める力もある。来年は六年生という最高学年となる事もあり、多少無愛想な所はあれど、武芸長となる事に問題はあるまい。
 だが、問題はその次だ。
 その次となると、今の四年生か三年生が新たな武芸長の候補となる可能性が高い。
 ディン・ディー辺りには期待していたのだが、彼は焦りからあのような事件を起こしてしまった。確かにその内復帰は可能だろうが、裏事情などは既にある程度洩れている以上、あと一年の内に武芸長になれるまでに起こした事件を拭うだけの実績を上げれる程に昇れるかというと極めて怪しいというか、不可能だと考えていた。
 無論、今の四年生の中から実際に来年隊長を務める事で頭角を現してくる者がいる可能性もあったが、眼前にそれ以上の可能性を間違いなく持っている相手がいるのだ。

 「今年一年生として途中入学してくれれば、ゴルネオ君が正式に卒業引退する再来年は三年生。確かに若くはあるが、三年生ならば私という前例があるし、サリンバン教導傭兵団の元団長という実績があれば、反論する者もいないだろう」

 「だから、それはヴォルフシュテインに任せればいいさ」

 ハイアは先程と同じくにべもない。
 とはいえ、端から自分が入学という選択肢を潰して来ないだけ、まだ可能性がない訳ではないとカリアンは判断している。 
 無論、ハイアからすれば、選択肢というかほのめかす事さえ潰してしまうのは、それだけ自分が導こうとする手を減らす事になるからにすぎないが、そうした策謀めいた考えが出来る事がカリアンからすれば、実に彼という人材を魅力的に見させる。
 何より。

 「君にも分かっているんだろう?」

 「何をさ?」

 「レイフォン君が指揮官の教育を受けていない事も、向いていない事も、さ」

 ニヤリとそれには笑うハイアだ。
 ただし、口に出しては肯定も否定もしなかったが。

 実の所、ハイアにも理解出来ている。
 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという天剣授受者が指揮官には向いていない事を、だ。
 レイフォンは確かに強い。強さだけならば、文句なしに最強格だろう。実際、ハイアも前回やりあって、それは理解出来ている。きっと剄の量を制限しての、錬金鋼を天剣を使用不可としての勝負ならもう少しいい勝負が出来るだろうと考えてはいるが、裏を返せばそれはレイフォンに手加減してもらってでなければ、自分は勝てないという事でもある。
 そして、そんな勝負は真っ平御免だった。
 だが、本気を出せば、どうだろうか。
 共に同じサイハーデン刀争術を修めた身だが、相手には自分には到底敵わない程の剄技のストックがあり、自身の剄技の発動は一目見れば見抜かれる。増してや、レイフォンが剄を全開にすれば、単純な打ち合いでさえまともにこなす事が出来ない。
 レイフォンが軽く打ち込んで来ただけで、自分が本気で放つ程の衝剄が発生し、その相殺を行いつつ、剄技を練るなど不可能とは言わないまでも、相当に困難だ。おそらく、自分が必死に剄技を練った所で、レイフォンの方が遥かに剄技を練るという意味では楽なのだ。自分が剄技を練り終える前に相手の剄技が炸裂し、自身が敗北に追い込まれるであろう事は見えていた。
 そう、アレは自分達とは違う。
 一般人と武芸者と同様に、武芸者と天剣という関係が成り立つのではないか。
 そう感じていた。

 だが、指揮官という意味ではこの前提が全く異なってくる。
 武芸長という役職は単純な強さだけが求められる職ではない。
 確かに、弱すぎても困る。
 だが、トップアスリートと優れた指導者がイコールではないように、超一流の武芸者と指揮官はイコールではない。
 ましてや、天剣授受者は単独乃至少数での戦闘を基本としている。
 ある意味しょうがない話で、老生体相手では通常の武芸者は足手まといになるだけだ。
 無論、経験を積んだ人物ならばまた話は違ってくるのだろうが、レイフォンという若い武芸者では指揮官経験なぞ積む前に天剣授受者となっているであろう事は想像がつく。
 
 「レイフォン君はおそらく、個々の武芸者を強くするトレーナー、という意味ではそう問題もないだろう」

 それを知ってか知らずか(間違いなく知っているだろうが)カリアンは平然と話を続ける。
 それにはハイアも賛成だ。
 純粋に誰よりも強く、そして多数の剄技を知るレイフォンは単純に打ち合いを行う相手として、様々なそれぞれに合う剄技を自らの引き出しから提供するという意味では優れた教え手となれる可能性がある。
 
 「だが、彼は強すぎる。そして優れた指揮官となるには時間が足りない」

 それもまた真実。
 レイフォンは紛れもなく天才だ。
 ハイアもまた、この年で一つの流派を修め、サリンバン教導傭兵団の団長という立場にある以上、また天才ではあるが、レイフォンとは方向性が異なる。いや、環境が異なっていたというべきか。
 レイフォンは、ただ自分が強くある事が求められた事だった。
 グレンダンという都市の武芸者であり、天剣という地位があったからこそ、彼は指揮を求められる事なく、純粋に自身の強さのみを追い求めればそれで良かった。
 もし、他の都市であれば、レイフォンは指揮官教育を受けていただろう。
 強い武芸者というのは貴重ではあるが、一人では出来る事に限りがある。
 そうすると、どうしても部隊に組み込む必要があるが、突出した戦力というのはありがたいと同時に、扱いが難しい。
 歩兵部隊に核爆弾が一発支給されても却って扱いに困る。
 となれば、指揮官教育を受け、将来に備えると共に、連携その他の大切さを教えてゆくべきだ、となるのが普通だ。
 だが、幸か不幸か、グレンダンではそんな必要がなかった。
 多数の武芸者を擁するグレンダンに措いては、強さを追い求めても問題なかった。
 老生体とも遭遇するグレンダンに措いては、ただひたすらに強さのみを追い求めても構わないだけの下地があった。天剣授受者という頂点があった。
 道場を開いたカルヴァーンや王家出身であるティグリスは普通に指揮官としての働きも出来る。
 だが、天剣最強を謳われるリンテンス、グレンダンでも名門であるルッケンスの嫡子であるサヴァリス、家庭を持ち、(正妻との間に、ではないが)子も為しているルイメイはいずれも部隊指揮官に向いていない。
 彼らに求められているのは、純粋な強さであり、部隊指揮は各々の立場や性格上習得しようという意識があるかどうかに任されているからだ。興味がなければ、習得せずとも良い、それが天剣授受者の立場だ。
  
 これに対して、ハイアは確かに天才ではあるが、サリンバン教導傭兵団という組織の中にあった。
 サリンバンは教導の名が示す通り、訪れた都市で傭兵として働くだけでなく、その都市の武芸者を鍛える仕事をも請け負っていた。
 そんな中で、一人我が道を行く、という事が許される筈もない。
 ハイアがそんな態度を取っていれば、きっと彼はそう遠からぬ内にいずこかの都市で傭兵団とは別れる事になっていただろう。
 だが、ハイアにとって傭兵団とは家族であった。
 先代団長という父がいて、団員達とは共に笑い合い背中を預けあう仲だった。
 そんな中、自分だけが暴走して、彼らを死なせるような真似は出来ない。レイフォンとて、もし、同じ孤児院の面々が武芸者で、その指揮を預けられたりしたら、自分で全てを片付けるのが許されない、彼らを動かさねばならないとなれば、必死で指揮を覚えようとするだろう。
 結果として、ハイアは誰かに教えるという事を覚え、先代団長が亡くなった後はその跡を継いだ程に団員達から信頼されていた。
 
 無論、レイフォンがこれから指揮官研修を受けるという手はある。
 だが、それでは意味がない。
 今から覚える、では彼が十分な指揮官としての経験を積み、武芸長となりうるのは他の生徒と大差がない。おそらく五年生か六年生となってからだろう。何しろ、その方面に関しては彼は新米武芸者と変わらないのだから。
 
 「そういう意味では、今正に将来の指揮官に最適の人物が目の前にいる。しかも、可能性としてこれからフリーとなる可能性があるとなれば、勧誘しておくのは当たり前ではないかね?」

 「成る程。とはいえ、それはあんたの都合さ」

 「ああ、その通りだ。私としても今すぐと言うつもりは毛頭ないよ」

 傍で聞いているミュンファからすれば余り気持ちのいい会話ではない。
 というか、この二人の会話は表面上は穏やかでも、その裏では虚虚実実の駆け引きが行われ続けている。
 互いに相手の言葉の裏を考え、その意味する所を探り、理解した上で、表面上は差し障りのない会話を続けている。
 というか、表だけ聞いていれば、ごく普通のスカウトの会話にしか聞こえまい。
 カリアンと共に訪れた女性はこの状況にも慣れているらしく、平然と佇んでいるが、ミュンファには辛いものがあった。とはいえ、彼女もサリンバン教導傭兵団の団長づき。ここでそれをあからさまにしないだけの分別というか、嗜みはあった。
 
 「私としては、君達、サリンバン教導傭兵団が今後どうするか決まってからで構わない。さすがに一年もかかる事とも思えないからね」

 まあ、確かにそうだろう。
 幾等グレンダンが他の都市との交流が少ないとはいえ、そこまで時間がかかるとは思えない。
 そして、カリアンが生徒会長の立場にある限りは、いや、彼がこの都市に留まっている間ならば、ハイア一人分の席などどうとでもしてしまうだろう。
 
 「私としては、今回は君に一時的な寄り道としての道を語れただけでよしとするつもりだよ」

 「それはまたお優しい話さ~」

 ハイアは、このカリアンという人物を甘く見てはいない。
 実際、彼がこれまで義父の傍について、見てきた都市の統治者達と比べても、彼は決して劣ってはいないどころか、相当上位に位置する老獪な人物だ。
 正直、こんな人物を生んだ故郷の都市に興味が湧くが、今はそんな事はどうでもいい。
 脳裏で、カリアンの話を吟味してみる。
 無論、グレンダンから今後も廃貴族の探索を続けるように勅命が下るかもしれない。
 そうなれば、話は簡単だ。これまで通りの生活が続くだけであり、カリアンの提案などは一顧だにする価値はなくなる。
 だが、レイフォンという天剣授受者から直接伝えられた話からすれば、今のグレンダン王家は廃貴族を必要としていない。
 嘘、という事も考えたが、レイフォンはそういう人間ではない。
 そもそもそんな嘘を言った所で、レイフォンには何の意味もない。あの場を収めるのに、必要なら強引に力づくで収める事も出来たのだから、こちらに嘘を言ってまで、場を収める努力をする必要がないのだ。
 では、それに従って、グレンダンが最早これ以上サリンバン教導傭兵団が廃貴族を探す必要なしと判断した場合を考えてみよう。
 おそらく、そうなればグレンダンからは帰還命令が下るだろう。
 そうなった時、傭兵団が独自に放浪を続ける道を選ぶかというと……そんな自信はハイアには持てなかった。
 自分はともかく、傭兵団はフェルマウスも含め、グレンダンの出身者が多い。
 彼らに王家から、『長らくご苦労だった』とねぎらいの言葉と報酬の約束と共に帰還命令が下ったら……おそらく、大多数の者は帰還を選ぶだろう。
 ハイアにもそれを否定する気はない。
 何しろ、それを否定するという事は、団員達に『故郷を捨てろ』というのと同義だ。さすがにそれは出来ない。
 だが、そうなると自分と……ミュンファはどうするか?
 自分もミュンファもグレンダンの出身ではない。
 ろくに覚えていない本当の出身都市も故郷とは思えない。
 ではどこが故郷かと言えば、それは間違いなく、サリンバン教導傭兵団という組織そのものだ。
 おそらく、傭兵団の皆は自分をグレンダンに誘ってくれるだろう。
 グレンダンに訪れれば、傭兵団は新たにグレンダンの部隊の一つとして組み込まれる事になる事も想像がつくし、自分がその道を選べば、部隊指揮官として選ばれる可能性も高い。グレンダンにしてみれば、既に一つのシステムとして構築されている部隊の戦力を落としてまで他の部隊に引き抜く必要がないからだ。
 ……だが、それは既に今の傭兵団とは別物だ。
 何時かは自分も笑って、語れるようになるだろう。
 だが、それには、それまでの家を奪われた事を思い出として語り、新たな家を築こうとするだけの余裕を持つには時間がいる。
  
 『その為の時間を得る手段として、ここに学生として潜り込むのは一つの手さ』

 敢えて自らの選択肢を減らす事もあるまい。 
 傭兵団の皆は去ってしまうだろうが、数年後にハイアがグレンダンを訪れたとして、彼らが自分を忘れ去ってしまう程薄い関係ではない事は自信がある。
 傭兵団の皆が去ってしまったとしても、この学園都市ツェルニが滅ぶ危険性は……天剣授受者レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフがいて、自分がいる限り、限りなく低いだろう。この都市はグレンダンと異なり、老生体やら汚染獣やらと頻繁に遭遇するような都市ではない事だし。
 唯一の気がかりは廃貴族の存在だが……。

 『滅びない程度の適度の襲撃なら、腕を錆び付かせない為にはいいさ』

 そう考える事も出来る。
 どのみち、傭兵団の皆が去ってしまえば、自分と真っ向打ち合えるのはレイフォンだけになるだろうし、汚染獣の多少の襲撃はいい鍛錬となる事だろう。

 「ま、考えておくさ」

 だから、ハイアはカリアンにそう告げた。
 無論、先程まで考えていた事は欠片も出す事なく、だ。
 とはいえ、カリアン自身はある程度こちらの思惑も推測がついているだろうと思う。だが、こちらもまた当たり前のように、そんな指摘なぞせず。

 「それはありがたいね。願わくば、良好な関係が続く事を願っているよ」

 そうとだけ答えた。

 「まったくさ」 

 当面、それには異存はない。
 お互いに、腹に一物を抱えたまま、それでも二人は平然と笑いあった。


『後書きっぽい何か』
という訳で、カリアンによるハイアスカウトの巻でした

レイフォンって指揮官には向いていないというか、今からだと指揮官になるには時間がかかるんですよね
最低でも、一年や二年でどうにかなる問題とも思えません
とはいえ、ダルシェナやシャーニッドらに向いているとも思えず……かといって他に突出した四年生ってのも出てこないんですよね
なので、カリアンとしては事情さえ知る事が可能ならハイアをスカウトするってのもありじゃないかと思い、今回のような展開となりました
無論、カリアンの情報源はレイフォンですw
まあ、カリアンがレイフォンには向いてないと判断した原因の一つは、レイフォンの素直さもあるんですが
上に立つ人間ってのは、策謀を巡らす事も仕事になりますからね……
というか、普通に作戦を考えるには、対戦する相手の心情を読み、裏の裏をかいていく事が必要ですからね
小隊戦規模ならともかく、都市対都市の戦闘となれば尚更です
んでもって、レイフォンにそんな事期待するのは……まあ、無理だろうなあと

では、また次のお話にて



[9004] 未来に向けた模索
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/04/22 22:13
 今回の試合は第一小隊と第十七小隊との対戦。
 それは最古参の小隊と最新の小隊の戦いであり、事前人気の高い試合だ。実際、この試合の観戦チケットがかなりの額で取引されていたという話まである。
 無論、これが機械ならば最新のシステムが性能がいいのは当然だが、これが人間ではその意味が異なる。
 人間とは、経験によって成長する生命体だ。
 逆に、経験不足では一部の天才を除けば、その力を存分に発揮出来ない。
 だからこそ、現在第一小隊こそがツェルニ最強と呼ばれているのだった。

 さて、第十七小隊と対戦する際、いずこの小隊に措いても鍵となるのはレイフォンなのは変わらない。
 レイフォンが何人分の戦力として扱われるかは毎試合ごとに変わる、と定められている。
 最低0から最大5まで設定されているが、さすがに0や5は滅多な事で出てくるものではない。選択は完全なランダムだが、それこそ100面ダイスで連続して1か100を出すぐらいの確率は必要だ。
 この何人分の戦力として扱われるか、というのが結構な仕掛けになっている。 
 何しろ、それが伝えられるのはそれに関わる少数の生徒会員を除けば、レイフォン当人だけで、ニーナにも伝えられる事はない。
 こうした処置には理由がある。
 ツェルニで行われる小隊戦という観点で見るならば、事前情報は互いに持っていて当然の話だ。
 だが、これが武芸大会となるとまた事情が異なる。
 学園都市と学園都市同士が激突する武芸大会に措いては、対戦相手がどこになるかは直前まで分からない。当然、相手に関する情報など全くなく、汚染物質で都市間が遮られているこの世界では、迅速に相手に関する情報を収集するなどという事も出来ない。
 こうした状況への対応能力を鍛える為と称して、はじめられた形式だった。無論、ニーナにも知らされていないのは、彼女の突発事態への対処能力を鍛える為だ。
 他が第十七小隊を対戦相手とする事で鍛えられたのに、彼女には何もなしでは、差がついてしまう、という訳だった。 

 ちなみにこのレイフォンの『今回は何人分相当』。
 次の一週間の小隊戦の勝ち負け予想共々、生徒会公認賭博の対象となっている。
 無論、ブックメーカーがきちんと設立され、これらの賭博による収入は生徒会による都市運営費用の一環となっている。
 『賭博にせよこうした行為はなくならない。それならばある程度は許可して、破産する者が出たりしないようコントロールするのが最善だよ』、という事だった。
 実際、一度の賭けに対して使用可能なのは幾等まで、年間収入に対して幾等まで使用可能、ときちんと定められてもいる。
  

 そんな試合の光景をカリアンがボックス席から見ている。この辺りは生徒会長の特権の一つだが、今日はそこに普段はいない同席者がいる。
 サリンバン教導傭兵団の念威操者、フェルマウスだ。
 そもそもハイアに直接声を掛けただけで、ハイアが納得するとはカリアンは思っていなかった。
 ハイアはサリンバン教導傭兵団に入ってからは、ずっと鍛え、戦ってきた。
 確かに、それは傍から見れば、『少し休みを入れるのもいいのでは?』と思えるかもしれないが、当人にしてみればどうだろうか?
 『余計なお世話さ』
 きっとそう思うだろう。
 彼にとって、これまでの生活は別に苦痛であったとは思えない。人間、それが日常となれば自然とそれが当たり前になっていくものだ。当たり前の事にいちいち苦痛と感じる事はあるまい。ましてや、汚染獣との戦闘といっても団長となる程の腕を持つ彼の事、確かに先代団長でもあった義父を失ったのは辛い事だっただろうが、戦闘そのものは然程苦にしていたかは怪しい。
 という訳で、カリアンは教導傭兵団の面々とも会談していたのだった。
 無論、そこにはハイアの事だけならず、サリンバン教導傭兵団にこれ以上騒ぎを起こしてもらいたくないという思惑もある。それを避ける為に、カリアンは彼らと会話を行ったのだ。

 曰く『グレンダンからの書状次第では、ここで貴方がたの旅の終焉となる可能性はある』
 
 曰く『貴方がたは、その時グレンダンに帰ればいいと思うが、君達の団長はどうだろうか?』

 曰く『彼としては抵抗感もあるのではないだろうか?』

 曰く『彼はずっと戦い続けてきた、ここらで少し学生生活という休みを取るのも一つの選択肢として考慮に入れてもいいのじゃないかな?ああ、無論、落ち着いて考えてもらう、という意味合いもありますが』

 そこにあるのは思考の誘導だ。
 あくまでカリアン自身は仮定と提案という形で話を進め、押し付けるような物言いはしない。その上で、相手の心の奥底に眠っている疑念を起こしてゆく。
 あくまで強制的なものではないと相手が思うように、あくまで自分達がそう考えているように思考を誘導してゆく。
 それが彼らの心の奥底にあるものならば、尚の事誘導はしやすい。
 その上で、カリアンの巧妙な所は即効で決める事を促したりはしなかった事だ。

 『まあ、これらはあくまで、グレンダンからの返事が来てからの話です。その上で予想通りの事態になった場合、考慮に入れていただければ、と思うのですよ』

 そう告げて、未練を見せず帰っている。
 ある程度まで誘導した後は、後は彼らに話しあってもらい、決定してもらう。全てを彼の誘導の下に決定してもらっては、自分達で最終的な決断をした、という感覚が起きないからだ。
 それでは意味がない。
 あくまで彼らには『自分達の判断で決断』してもらわねばならないのだ。

 ある程度の成功は収めたと判断しているが、その後の最終的な決定がどのようなものになったのかは、カリアン自身も知らない。
 彼らの会話を盗み聞きするなどばれたら、彼らの心象を悪化させるだけでしかないし、気付かれる心配なく彼らの、優れた念威操者と武芸者を擁する集団の盗み聞きをするなどツェルニの武芸者には不可能だろう。
 可能性のある者がいない訳ではないが、確信は持てないし、した所でリスクに見合うリターンがあるとは考えづらい。
 とはいえ、その後彼らとの会談で幾つか彼らから提案という形で、ツェルニのシステム上の問題指摘があった所を見ると、少なくとも当面敵対行動は避けるという選択は選んでくれたみたいだし、こうした提案は先だっての事件に対する謝罪の意味合いも兼ねているという事だと判断すると、こちらの心象の改善を図ってきたという事は、頭から無視された訳ではないらしい、とカリアンは判断している。
 
 彼らの指摘と以前から考えていた事を合わせて大きな変化を遂げる予定なのが、武芸大会に措ける作戦立案形式だ。
 これまでのツェルニの作戦立案形式は、小隊対抗戦で最優秀の成績を収めた小隊指揮官が武芸長と共に総司令官となるものだった。第二位は副司令官となる可能性があったが、それ以下は例え三位という成績を収めようが、直接指揮に関わる判断は下せなかった。
 これを大幅に改めた。
 あくまで総司令官は結果如何に関わらず武芸長。
 その下に直接のサポートをする形で、最優秀の成績を収めた小隊の隊長。もし、それが武芸長と同一の場合は第二位の成績を収めた小隊の隊長。ここまではこれまでと大差がない。
 ただし、これはあくまで最終決断の責任者を明確にする為のシステム。
 これまでと異なり、この作戦会議には各小隊の隊長と各小隊からもう一名が参加可能となっている。
 また、これに加え、事前に行うシミュレーションテストの結果から作戦立案に優れた能力を有していると判断された人材が一般人、武芸者問わず合計十名が参加する事になっている。
 何故か?
 ……個人の武芸者の力量と作戦立案能力は全くの別物だからだ。
 例えば、レイフォンは武芸者の力量としては頂点に近い所にいる。
 しかし、少なくとも現時点での作戦立案能力となれば、これはおそらく底辺の方が余程近いだろう。
 ならば逆もあるのでは?
 武芸者としての力量は未熟或いは低くても、作戦立案に関しては優れたモノを持っている者もいるのではないか。……そんな武芸者や一般人はこの世界では通常埋もれてしまう。
 普通の都市に措いて、上に立つ者とは同時に優れた力量を持つ武芸者だ。
 一般の武芸者として実績を上げ、その中から推薦で上へと上っていく。
 だが、これでは当然、頭が良くても力が足りない武芸者は隊長クラス、或いは更にその上へと上る事は出来ない。上がる事が出来ねば、そうした能力が発揮される事もなく、更に言うならば、こうしたシステムが常識となっている都市では反論した所で負け惜しみと取られるのがオチだ。
 サリンバン教導傭兵団がこうしたシステムの提案が出来たのは、それでも世界の自律移動都市の中には、こうしたシステムを持った都市が存在していた事。
 傭兵団自体が家族同然という関係から、作戦を立てる際でも『構わないから気付いた事があれば、どんどん言え』という姿勢が築かれていた事などがある。
 『船頭多くして船山に登る』という事態が起きてはいけないから、最終的な決定を下す責任者は明確にしておかねばならない。
 だが、同時に『三人寄れば文殊の知恵』という言葉もある。少数の決まった方向性の作戦立案しか出来ないよりは、大勢の違う視点からの意見も出してもらった上で、最終的な決断を下した方が参加した者も納得するだろうし、いい案が出るだろう、と判断されたのだった。
 こうした決定には、紆余曲折に反対意見も強かったが、一つには前第十小隊がどうして、あのような事態を引き起こしたのか、という反省や、次回の武芸大会は方法を選んでいる余裕はない、という点。そして、これまでは一位にならなければ無理だった作戦立案に自分達の意見も反映してもらえるかもしれない、という期待などが最終的な賛成へと繋がった。
 無論、これらとは別に現在小隊対抗戦上位に位置し、一位を獲得する可能性の高い小隊、具体的には第一小隊、第五小隊、第十四小隊、第十七小隊らの賛同が得られた事も大きかった。
 
 実際、いざ小隊の勝利や敗北の内容を分析してみると、初めて対戦する新規の小隊との対戦内容が勝ちはしたが、余りよろしくない小隊であるとか、初めて対戦する情報のない小隊との戦いとの成績が悪い小隊もあった。裏を返せば、それは情報分析には優れているが、情報がない状態では余りよろしくない……突発事態などには弱い事を示している。


 この変更の結果、小隊対抗戦の意味合いもまた大きく変わった、変わらざるをえなかった。
 これまでは一位になる事こそが武芸大会で指揮権に関与する手段だった。
 だが、一位にならずとも指揮には関与出来るとなればどうだろうか?
 無論、小隊がエリートであり、武芸大会では或いは指揮の中枢として、或いは先陣を切る役目を負う核として、或いは特殊部隊的な任務を遂行する部隊として不可欠なのは変わらない。
 けれど、一位=総司令官というのが変わるとなると、小隊対抗戦で重要なのは上位の成績を収める事ではない。
 むしろ、互いに自分達の引き出しを試す事、相互にお互いの実力を見せ合い相手を理解する事が重要になってくる。互いに研鑽を積み、新しい戦術を試し、それが間違っていたなら指摘し、或いは打ち破る事で間違いを示す。
 まあ、こちらの方が都市を守る仲間としての有り様としては正常とも言える訳だが、これらが実現した背景にはレイフォン道場の存在もある。そこで協同で訓練を行っていたからこそ、ある程度は互いの情報を共有するという姿勢が自然と身についていたのだろう。
 無論、実戦形式の試合が重要な事は変わらないので、それはそれとして試合は本気で行うが。

 「さて、始まりますね」

 カリアンのその呟きが合図となったかのように試合は始まった。


 この試合におけるレイフォンは『二人分相当』。
 ただし、ここで重要なのはヴァンゼ含めた第一小隊側の最強二名を抑えても、逆に最弱二名を抑えてもどちらも二人分。まあ、実際には第一小隊員の中に、そこまで明確な大差はないが。
 ただ、ヴァンゼらはその『二人分』でレイフォンを食い止められる、という事は知らない。
 ひょっとしたら『一名』で抑えられるかもしれない。だが、間違っていれば次々と倒されていく事になる。
 最近はレイフォンには最低二名以上で当たるのが一般的だ。
 二名で当たれば、『三名分相当』であっても、即座にはやられない。増援を派遣する時間がある。
 無論、そこには二名以上を最初から割り振るのが困難という意味もある訳だが。
 三名以上を割り振る小隊もあるが、その場合は劣勢の人数でどう迎え撃つか、或いは攻撃するかをしっかりと作戦を立てなければならない。それはそれで、小隊の実力を鍛える、という意味合いではもってこいだ。
 ましてや、敗北したからとて、作戦会議には参加可能となれば、ここ最近では新しいフォーメーションや作戦を試してみる小隊も増加していた。もちろん、その結果上手く機能しなくて敗退した事もあるし、想定外のそれがばっちりと嵌って勝利を得た事もある。
 それが重要。
 確かに必勝のパターンを構築するのは重要だが、所詮それは小隊と小隊という小さな規模での有効な戦術。
 何時か来る武芸大会、何時かあるかもしれない新たな汚染獣との戦い。
 そこでの勝利を目指す事こそが、学園都市ツェルニの現在の住民のあるべき姿だ。

 今回は第十七小隊が攻撃側。
 フェリが後方に位置し、一方今回は前衛がレイフォン、ニーナ、ダルシェナにナルキ。シャーニッドは銃衝術で白兵戦闘もこなせはするが、これだけ十分な数の前衛がいれば、今回は後方支援だ。
 戦闘フォーメーションとしては、ダルシェナを中心に置く鏃の形式。
 ひし形の先端にダルシェナを置き、そこを突端として、敵陣に向い、その左右をレイフォンとニーナが固め、やや後方からナルキが追従する、という陣形になる。
 ナルキがやや後方にいるのは、前の三人に比べると彼女の戦力が見劣りする、という事もあるが、それ以上に彼女が接近戦よりは捕り縄を活かせる中距離の方が向いているからだ。
 一方、第一小隊側としては……。

 「!左!」

 瞬時に反応。
 左の崖が崩れる。トラップを仕掛けられるのは防衛側の権限だが、次の瞬間には飛んだ反対側の藪がいきなり爆発する。
 といっても、大規模なものではない。
 むしろ……。

 「煙幕か……」

 煙で瞬間の視覚を奪う。
 次の瞬間、第一小隊からの射撃が来る。それも爆裂形式の攻撃、端から命中精度は重視していない。とにかく、広範囲に対して攻撃を仕掛けるのが目的の攻撃だ。立て続けにおそらく正確な狙いなど行わずにただ煙目掛けて攻撃が行われる。
 その光景を後方からシャーニッドは、しかし狙撃を行わずに見ていた。

 「やってくれるなあ……」

 つつ、と汗が頬を伝う。
 実の所、これが第一小隊の狙撃手が行っているならば、シャーニッドは既に発砲していた。
 だが、今、この砲撃を行っているのは第一小隊側の狙撃手ではない。そちらは未だシャーニッドと互いに隙を窺った睨み合いを続行している。
 今、こちらが動けば、間違いなく次の瞬間にはシャーニッドが向こうの狙撃手にやられる。
 では誰が、と言えば、第一小隊の他の面々……すなわちヴァンゼらだ。
 狙いをつける必要はない、ただ煙の中に相手を分断可能な攻撃を加える事が出来ればいい。それならば、という事で第一小隊側は今回前衛の面々もまた射撃型の錬金鋼を持って試合に臨んでいた。
 複数の錬金鋼を持つ事は違反ではない。
 実際、第十七小隊でもニーナは二本の鉄鞭を、レイフォンは使わないとはいえ天剣・鋼糸用の青石錬金鋼・通常使用用の鋼鉄錬金鋼の三種類を、ダルシェナは騎兵槍とは別に細剣を、シャーニッドは軽金錬金鋼の狙撃銃の他に銃衝術用の黒鉄錬金鋼を、ナルキは打棒と捕り縄二種類の錬金鋼をという具合に、全員が複数の錬金鋼、複数の種類を所持している。
 ちなみに、今回ダルシェナは細剣型の錬金鋼を柄に仕込まない形で保有している。理由は単純で、それを取り出してしまうと、騎兵槍は当然細剣を戻すまで使えなくなってしまうからだ。それは戦術の幅を縮めてしまう。
 まあ……本当にいざという時の予備として残してはあるのだが。
 だが、通常は前衛ならば接近戦闘型の錬金鋼を所持するのが普通だ。
 前衛が射撃型の錬金鋼を持って、というのは珍しいというか奇襲の類だ。だが、今回、間違いなくそれは有効に作用していた。   
 回避を優先で、第十七小隊側は分断されていた。
 煙が薄れた瞬間に、射撃型錬金鋼をその場に残し、ヴァンゼらは突撃する。
 この砲撃の最中でも態勢を崩さず、即応態勢を取っていたのはレイフォンだけだが、飛び込んできた二名に拘束される。
 更に、ニーナの前にはヴァンゼが、ダルシェナとナルキの前にも一名ずつが立ちはだかる。
 ニーナにも焦りが内心に浮かぶ、当初考えていた陣形や作戦は第一小隊の奇手によって、バラバラだ。この状態では各個に対応するしかない。レイフォンもあの様子から見て、今回はおそらく『二名分相当』なのだろう、押されもしていないが、撃破も出来ていない、演技をしている。
 そして、この状態では……不安要素がある。

 「さて、しばらく付き合ってもらおうか」
 
 そう告げ、棍を構える。
 さすがに第一小隊長にして武芸長を無視出来る程、ニーナは自信家ではない。というより、全力でやっても勝てるかどうかは分からない相手だ。
 ヴァンゼらの狙いは分かる。
 第一小隊は全員が精鋭揃いだ。
 レイフォンはいい。二名相当というなら、今の二名きっちり抑えてくれるだろう。
 ダルシェナも問題ない。元第十小隊副隊長であった彼女ならば、対応は可能だろう。
 問題はナルキだ。
 彼女も十分に腕を上げている、小隊員としてはまだ未熟な所もあるが、上級生とて一対一ではそうそうひけを取るまい。 
 だが、第一小隊員と対戦するとしては彼女ではまだ力不足だ。
 果たして何時までもつか……?
 ニーナは内心の焦りを押さえ込む。焦って攻撃が荒くなって、それで勝てるような相手ではない。

 「ふむ、これは第一小隊側の勝利かな?」

 『そうなりそうですね』

 無論、離れた所から見ているカリアンとフェルマウスは冷静に状況を判断していたが。
 そして、結果から言えば、その通りになった。

 まず善戦したが、ナルキがやられた。
 煙に紛れて、接近戦の間合いまで踏み込まれては、捕り縄は満足に使えない。そうなると打棒のみで対応する事になり、防戦一方に追い込まれ、最後は殴りつけるような一撃で気を失った。
 ナルキを倒すまで防戦に徹する事で、ダルシェナの攻撃を抑えきっていた相手も、そちらが片がついたと見るや、攻撃に出ようとする。後方からはナルキを片付けたもう一人が、ダルシェナから片付けようとしているのか、接近してくる気配が分かる。
 かといって、フェリの念威は他の者が彼女に手を貸すのが困難な情勢も伝えてくる。

 『こうなれば……』

 瞬間、ダルシェナは所持していた細剣の錬金鋼を投げつけ、相手が怯んだ瞬間、騎兵槍を再度復元、一気に突撃をかける。
 確かに今の現状は第十七小隊に不利。
 だが、逆に言えば、相手側の狙撃手がシャーニッドとの睨み合いで動けない以上、ここを突破さえすれば、第一小隊のフラッグを守るのは、向こう側の念威操者のみ。
 それならば勝機はあると踏んだのだが……。

 「っ!?念威、爆雷……っ!」

 煙幕が発生した瞬間に設置された為にフェリも間を突かれ、見落としていた。
 それがダルシェナとフラッグの間に設置されており、そこへ見事に彼女は突っ込んだのだった。
 以前ならば、ディンのワイヤーがそれを探知していただろうが、今彼はいない。
 結果、爆雷で完全に勢いが削がれた所へ彼女を追っていた二名が追いつき、負傷した彼女もまた倒された。
 やむを得ず、ニーナもまた雷迅にて逆転を図るも、ヴァンゼを倒しきるには至らず……。
 ここで彼女はギブアップを選択した。
 
 「……負けました。まさか、武芸長らが射撃を行うとは……」

 「倒すのが目的ではないから、狙いはどうでもいいからな。煙の中に適当に撃ちこめばいいだけなら、あれで十分だ」

 「……確かに」

 「とはいえ、所詮奇手だ。無闇やたらと弾をばら撒いた所で味方を撃つのが関の山だからな。このような状況を作り、相手を倒す以外の目的で使うしかない」

 「そうですね……今日はありがとうございました」

 「ああ」

 試合が終われば、先輩と後輩だ。
 次は勝つ、と想いを新たにすると共に、戦術をもう一度勉強し直さなくては、と思う。
 
 『いっそ、シャーニッドに教わるのも手かもしれないな。うん、一度全員で作戦の勉強会も行ってみるか……』 

 こうしたやり方もある。
 それらを学び、いざ本番となった際に、活かさねばならない。折角、作戦会議に参加出来るのに、そこで何も出来ない、ただ他の者が作戦を構築していくのをただ聞いているだけでは、参加してもしなくても同じだ。
 個人の強さは武芸者には必要だ。
 だが、ただ武芸が強いだけが武芸者の強さではない。
 レイフォンのような強者でない限り、武芸者は一人で雄性体の汚染獣に相対するのも危険だ。だからこそ、武芸者は隊を組み、危険をより減らして戦いに挑む。
 汚染獣の持つのが獣の強さならば、人は集団としての強さを活かさねばならない。
 だがまあ、とりあえずは……。

 「とりあえずはシャワーを浴びて、反省会といくか」

 そう呟き、ニーナは小隊の部下である彼らの方へと歩み寄っていった。


『後書きっぽい何か』
作戦システムの変更
正直、小隊戦で一位になったから総司令官、ってのは納得いかなかった
やるなら、各隊の隊長クラスぐらい集めようよ?きっちり決断を下せるのがトップにいれば、いいんだからさ
という訳で、新しいシステムにしてみました
要は、中世風のトップに権限集中方式ではなく、ナポレオンを打ち破った以後の参謀本部の形式を目指した訳ですが

最新刊15巻読みました
次回以降に続く激動の展開ですね
去る者、来る者
グレンダンでは色々な動きと不穏さも増してきて……
ツェルニでは思い切り積極的な行動に出つつあるフェリ。まさか彼女があんな事を言うなんて……!
引越ししたレイフォン。長年殆ど賃貸契約者のいなかった建物にレイフォン共々申し込んだのがまさか……!
カリアンらは卒業し、これでヴァンゼはもう出てきそうにないですね。しかし、カリアンが選んだ道は……!そして、再会したのがまさか……!どうやら、カリアンは今後もますますメインキャラの一人として活躍してくれそうです
そしてツェルニにもまた!

けど、自分としては、旧生徒会でもゴルネオが次期武芸長に一番相応しいと思われてたのが確認出来て、ほっ
っていうか、何ともえらい展開の15巻です
ちなみに、某人の親父さんまで登場しました。実に盛りだくさんの最新刊でした



[9004] 外伝5
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/05/09 00:23
 突然だが、グレンダンには三つの王家がある。
 一つはアルモニス。
 一つはロンスマイア。
 そして、最後の一つがユートノールであり、現在の力関係も実質この順に並ぶ。
 ただ、より正確には最後の一つが他二つに比べ大きく離されているのだが。
 無論、それには理由がある。
 そもそものケチの着き始めは本来の後継者であるヘルダー・ユートノールに現在の女王アルシェイラとの婚姻が決まっていながら、他に惚れた女性が出来た事にある。
 メイファーという彼女は当時のユートノール家に仕えていた侍女であり、ミンスにも彼女の記憶がある。目の覚めるような金髪の活発な女性だったと記憶している。

 とはいえ、これだけなら然程問題ではなかった。
 本来なら大問題になりそうなものだが、なにしろ当事者であるアルシェイラ自身が問題にしていなかった。王家である彼女彼にとって、互いの婚姻とは儀式の一つ。
 二人とも顔見知りではあったが、別段熱愛関係という訳でもない。
 要は武芸者の血の濃い跡継ぎさえ出来ればいい、という感覚であり、本来ならば表向きの妻、実質的な妻、で何ら問題は起きない筈だったが、ヘルダーが妻子……まあ、正式には違うが誰もそう呼んだ所で不都合も違和感もない、と共にグレンダンを突如として脱走しようとした事から問題が起きた。
 何か逃げなければならない理由があった筈なのだが、何故、かが分からない。ただ、少なくともヘルダーが脱走を図ったのとほぼ時を同じくして起きた事件、メイファー・シュタット事件に措いて……彼女と名前が同じなのは何の偶然だ、と思ったものだが……とにかく、その事件を機にパタリと消息は途絶えた。
 分かっているのは既に兄がこの世の人ではないだろう、という事。

 先だって突然やって来たアルシェイラより伝えられた事態は二つ。
 一つは兄の子がいた、という事実。
 あの優しすぎる兄が、愛した女性と、その間に出来た娘を残して都市を去るとは思えない。ならば、そういう事なのだろう。薄々覚悟はしていた、事実、兄が既にこの世の人ではない、という事が事実だという事が確信出来ただけの話。
 写真や映像を見せられたが、余り兄に似ているようには感じられなかった。
 ただ、見る限り、メイファーには似ているようだ。活発な所もそうだし、顔の端々に彼女の面影がある。
 まあ、それはいい。
 兄の子だというなら、それは別に引き取るのも構わない。一番の結婚相手候補がレイフォンというのは思い切り気に入らないが、現在の自分の置かれている立場含め考えれば、仕方のない事と諦めもつく。王家の人間は確かに裕福な人生を送れるが、反面結婚に関しては統制されているからだ。
 すなわち、王家同士による結婚か、或いは天剣となりうる人物との婚姻。その目的は来るべき日の為に武芸者という存在の血を高める事にある。当然ミンスも将来は王家の誰かか、天剣の誰かとの婚姻が期待されている。
 王家を潰す訳にはいかないから、自身が婿に入る事は出来ない以上、二王家のいずれかか、天剣の誰かを嫁に取る、という事になるが、現状の力関係を考えると、他の王家から、というのは難しいかもしれない。
 ……実の所、ミンスの場合は乳母でもあった侍女頭が最近密かにアルシェイラと結託したのでは、という疑いを拭えないでいた。いや、心配して、というのは重々分かるのだが。何しろ、兄と自分がやらかしたバカのせいで、今、ユートノール家は建て直しに懸命だ。結果として、自分は女性に目もくれない生活が続いている。
 乳母はミンスにとっては数少ない心許せる女性であり、母のような女性でもある。そして、それは彼女とて変わるまい。
 そりゃあ、年頃の息子が女性に縁のない生活を続けてれば、母親としては心配しようってもんだ。何時汚染獣との戦闘で命を落とすか分からない、この世界では、特に。

 さて、そうして婚姻相手として王家を見てみると、実はこれ、という人材がいない事に気がつく。
 どのみち前述の通り、現在の力関係から下手に他の二王家から嫁を取る訳にはいかないが、実は現在王家はアルシェイラ、ティグリスに次ぐ、と言えるだけの力を持つ者がいない。
 二人を除いた一番の実力者はクラリーベルだろうが、彼女とて、レイフォンにも完敗するだろう。ただ、それでも将来的には天剣を望める候補として期待はされているらしい。
 逆に言えば、ロンスマイア家が彼女を手放すという事はありえない。 
 だが、武芸者の血を高めるという王家の目的を考えると……余り下手な相手と結婚という訳にもいかない。
 そうしてみると、ミンスとクラリーベルの相手として可能性の高い、現在の天剣は十二名とはいえ……。

 まず、カウンティアとリヴァースは外れる。
 生真面目で恋人のいるリヴァースが命令としても、お見合いに出るとは思えないし、そもそも嫉妬深いカウンティアがリヴァースがお見合いに参加したというだけで、騒動を起こす事は今からでも目に浮かぶ。
 天剣の中でも高齢の二人、ティグリスとデボネアも除く。
 というか、男性同士であるミンスとティグリスという組み合わせもありえなければ、祖父と孫であるクラリーベルとティグリスという関係もありえない。
 普段は殆どを寝て過ごす(体力的な問題で)程に体が衰えたデルボネだって同じ事だ。
 リンテンスは可能性があるとしたら、むしろ女王アルシェイラとの間だろう、というのは衆目の一致する所だ。
 妻帯者である二人、ルイメイとカルヴァーンも除く。
 別に愛人を持っていけないという法はない、事実、ルイメイも正妻との間に子が出来ず、愛人の間に長男をもうけている。
 だが、さすがに王家に入るのに、妻帯者は無理がある。
 というか、王家の人間を側室、愛人にする訳にもいかないから、必然的に起きる『今の奥さんと別れて結婚しろ』、などという事態など言える訳がない。
 そうすると残るは半数を切る五名。
 男性はサヴァリス、トロイアット、レイフォン。
 女性はカナリス、バーメリン。
 リーリンとクラリーベルは男性三名の中から、ミンスは女性二名の中から選ばねばならない可能性は高い、というか現状突出した武芸者が王家に他にいない以上、まず確実にそれしかないだろう。
 そうなると、リーリンとレイフォンという組み合わせは至極納得のいく組み合わせではある。好き嫌いではない。ミンス自身が王家の一人であるが故に認めねばならなかった。
 ……もっとも傍から見ても、クラリーベルもレイフォンに惚れているのは分かっている。彼女が周辺を巻き込みながら、自身もツェルニへの留学を決めたのは、その辺もあるのだろう。
 ちなみにこの留学。ティグリスがクラリーベルの味方をした為に、最終的にGOサインが出ていたりする。 
 
 『とはいえ……』

 リーリンがユートノール家の正当な直系だと認められた現状、自分がそこまで焦って結婚する必要もないではないか、とも思うのだ。
 リーリンは武芸者ではない。当然ながら、汚染獣との戦いにも出ないから、戦死の危険はその分低くなる筈だ。
 加えて、互いに想いあっている(と思われる)相手もいる。もし、自分が結婚しなくても、ユートノールの家が途絶える事はないではないか、そう思うのだ。
 ……もっとも、ミンスは乳母がそこら辺まで察した上で、だからこそ結婚を推し進めようとしている事には気付いていなかった。

 そして、数日後。
 ユートノール家には天剣授受者バーメリン・スワッティス・ノルネが訪れていた。
 無論、その目的は見合いだ。
 ただし、彼女が来た理由自体は女王アルシェイラからの命令だったが。当たり前だが、見合いなんぞという言葉は出ていない。ただ、ミンスと会って、お茶してきなさい、という事だけだ。
 バーメリンにしてみれば、面倒ではあったが、仕事の一つと思えば、まあ苦労するというか汚れるような仕事でもない。まあ、暇つぶしにはいいか、とばかりにやって来た次第だった。

 一方ミンスはというと、仮にも彼もまた王家である以上、何時までも見合いさえせずに独身のまま、という訳にはいかない。例え、その気がなくとも、現状リーリンの存在が各王家のトップに密かに伝えられた内容である以上、彼が当面はカバーとならざるをえない。
 しょうがない、これも王家の仕事だ。
 そう思い了承したミンスが、バーメリンを選んだ理由は簡単だった。
 何度も繰り返すようだが、現在、ユートノール家の力は大きく衰えている。原因は一つは兄がアルシェイラとの婚姻を拒絶して都市を出ようとした為。
 もう一つはミンス当人がアルシェイラの暗殺を企み、その結果として多額の出費を余儀なくされたからである……どう考えても後者の方が大きいので、ミンスには兄の事など何も言えないが。
 これでミンス当人が天剣級というならばまた話も違ってきたのだろうが……現在ではミンスにも分かっている。自分には天剣となりうるだけの才能はないのだと……。
 無能という訳ではない。
 事実、ミンスは武芸者としては十分以上の水準を持っていると看做されているし、指揮官としては相当に優秀であると周囲に認められいる。ただ、比較対照となるアルモニスとロンスマイア、他の二王家のトップが非常識なだけである。
 とにかく、現状、ユートノール家の力を一気に回復する、という手法がない以上、時間をかけて回復させていくしかない。
 そうなると、問題となってくるのがリヴァネスである。
 リヴァネスは元々王家亜流とされているように、各王家の中でも家を継げなかった者達によって構成された家であり、その格自体は三王家に継ぐ者がある。少なくとも、現王家のいずれかの血統が途絶えた時、それを継ぐのはリヴァネスである可能性は高いだろう。
 ただ、そのリヴァネスが現時点であからさまな行動に出ていないのは、一つには頂点に立つ女王アルシェイラの絶大な力があるのが一つであり、もう一つが現在のリヴァネスの実質的なトップが女王への忠誠心分厚いカナリスである事にある。
 立場上のトップは無論、リヴァネスに転がっている長老格などがいるが、彼らが何か言った所で、天剣授受者であるカナリスが無視すれば、それで彼らの動きは停止する。
 彼らの力ではカナリスを倒す事など出来る筈もないし、かといって陰謀なりで排除すれば、リヴァネス自身の力を大きく削ぐ事になるのは必至だからだ。

 さて、こうした要因を踏まえた上で、ミンスがカナリスと婚姻したらどうなるだろうか?
 ユートノール家自体は建て直せるだろう。
 王家亜流と称されるリヴァネスは、その成立がグレンダン成立初期であり、それ以後王家と異なり王家としての出費がなく、その一方で順次王家からの直系の血が入ってきた為に実力者にも恵まれ、現在も隆盛を誇る流派の一つであり、かなり裕福な家系である。ユートノールの現在の力に彼らが力を貸せば、容易に力を回復出来る筈だ。
 だが、それはリヴァネスがユートノールを乗っ取るという事に等しい。
 カナリスがどう思うかは問題ではない。どう行動するかは問題ではない。
 貧乏な家に、裕福な格がほぼ同格の家から、その実質的な当主が嫁に入る、という時点でアウトなのだ。

 という訳で、カナリスはミンス的にアウトだった。
 なので、残ったのがバーメリンという訳だ。

 ……訳なのだが。
 バーメリンは何時も通りの服装だった。
 黒いビザールファッションに、全身に鎖をジャラジャラと下げている。
 まあ、この鎖は仕方ない。
 彼女の鎖はこれ全て錬金鋼である。
 バーメリンは天剣唯一の銃使いであり、銃というものはその欠点として威力が決まっている、という点がある。
 事実、彼女の天剣は砲とでも呼ぶべき銃となっている。
 これは、彼女の剄力を全力で叩き込めるだけの容量を確保しているが、逆にこじんまりとした……幼生体などを相手にするには全く向いていない。完全なオーバーキルだ。
 そこで弾丸を通常ファッションの鎖として携帯し、更に複数の錬金鋼を持ち歩く事によって、必要な状況に応じて錬金鋼を使い分ける、というやり方を通している。
 天剣の本分が戦う事にある以上、彼女が常に臨戦態勢とでもいうべき、この鎖を用いたファッションであるのはむしろ当然の事だ。
 服装に関しては……まあ、下手に豪華なドレスを着てきた所で、鎖が違和感を与えるのは確実だし、そもそも彼女は見合いと伝えられてきた訳ではない。

 『そこはあんたの甲斐性よ』
 
 とは、アルシェイラにも宣言されている。
 普通に、ちょっとお茶に付き合いに立ち寄っただけなら、普段着で当たり前だろう。


 ……気まずい。
 それがミンスの本音だった。
 何しろミンスは少なくとも大きくなってから、女性と一対一でこうして話した事はない。……アルシェイラ?ミンスは彼女を自分と同じ生き物だと思っていない。
 天剣三人がかりを瞬時に一蹴した、あの光景を見た時点でそんな考えは全力投球で彼方に放り捨てた。
 子供の頃は放っておいても女性が寄ってきた。
 まあ、今ではそれが王家の人間への繋がりとか、単純に見た目とかだけ、とかなのはよく理解している……無論、中にはそうでない本心からのも混じっていたのだが、全然ミンスは気付いてなかったりする。
 
 さて、バーメリンを多少は落ち着いた頭で見ると、まあ、顔立ちは十分に美人の部類に入る。
 少々お化粧とかで顔が妙に色白いようにも見えるが、この辺は人それぞれだろう。
 とはいえ、最大の問題は……話すとっかかりがない。

 「え、えーと……バーメリンさ…ん」

 「ん?」

 王家の人間が様づけする訳にもいかないし、けど相手は天剣授受者なのは間違いない訳で呼び捨てにするのもどうかと思い、結局妥協の産物として、さん付けにしたミンスだった。

 「えーと……訓練とかはどのような事を普段されてるんですか?」
 
 「………」

 何言ってるんだ、こいつ、という目で見られている。
 まあ、彼女からすれば、自分が銃使いでないのは一目瞭然なのだろう。なのに、何でんな事聞いてくるんだ?って所だろうか。
 彼女の少々鋭い、というか鋭すぎる視線で見られていると、睨まれているような気がしてならないが、いや、案外本当に睨んでいるのかもしれない、が。
 自分にはこれ以外に彼女に話しかけるきっかけが思いつかなかった。
 ご趣味は?
 なんて彼女に聞けません。
 
 とにかく、このまま彼女に黙って帰られるのは拙い。
 ミンスは『絶対にあのアルシェイラの事だから、この現場覗き見してる!』と確信していた。
 何しろ、天剣授受者唯一の念威操者たるデルボネは、お見合いのお節介焼きでも有名だ。その彼女がアルシェイラ共々今回の自分の(一応)見合いを黙って見過ごす訳がない。
 ……下手したら、自分の乳母も一枚かんでるかもしれない。

 そんな背水の陣の気持ちでもって、懸命に語りかけるミンス。
 これに対して、バーメリンは、というと気のない返事を適当に返していた。
 この辺は『カナリスさんの方が良かったかなあ』と思ってしまうミンスだった。

 しばらく、そうして、会話とも言えない奮闘を続けていたミンスだったが……。
 ふっとバーメリンが立ち上がった。
 ごく自然に、無造作に立ち上がり、そうしてミンスに彼女は歩み寄る。  
 ぎょっとしたミンスだったが、既に立ち上がる機会は逸している。
 そんな彼にバーメリンはずいっとばかりに顔を近づける。

 バーメリンの顔が近づいてくる。
 いや、落ち着け、自分は彼女の事など特に思ってはいなかった筈だ!
 それでもミンスの心はドキドキと波打つ。
 顔立ちそのものは整っている彼女の顔があと少し近づけば唇と唇が触れ合う程に近づいた時……。

 「ウザっ」

 それだけ口にすると、あっさりと離れ、そのまま身を翻して扉から出て行った。
 
 「………は?」

 呆然としたミンスが、我に返って、何時の間にか用意してあったお茶や茶菓子が全てカラになっていた事に気付いたのはそれからしばらく経ってからだった。


 一方……。
 「あーもー!なによ、なんであそこで押し倒さなかったのよ!」

 『女王陛下、それは拙うございます。最初はこのような出会いでも少しずつ……』

 「坊ちゃま、おいたわしや……」

 デバガメ集団はユートノール家の別室で騒いでいたりした。
 

『後書きっぽい何か』
……時間がかかった
本当に難産だった……
いやあ、バーメリンって性格とか趣味とか全く分かりませんからねえ……ミンスのお見合い話を最新刊を読んで書くのを思い立ったはいいものの……全然進まない
 



[9004] 宴の前
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/07/13 21:28
 試合会場。
 そこでは現在、第一から第十七までの全小隊の隊長による紅白戦が行なわれている。
 白組の大将は第一小隊長ヴァンゼ、紅組の大将はゴルネオ。
 第十小隊を除く十六の小隊は後はくじ引きで紅白に分かれ、大将から以下小隊戦での順位順に並んでいる。従って、白組となったニーナは七番目に位置している。

 その白熱する試合会場の一角で。 
 レイフォンは悩んでいた。
 何に悩んでいたかと言えば、先だってのフェリからの告白から始まる一連の出来事だった。

 フェリ・ロス、という一人の少女の言葉は、躊躇い心地よい今の空間を保ちたいと願っていた、或いは未だ自身の心にあった迷いを拭い去った。
 故に。
 彼女達もまた動く。

 「レイフォン……私ね、フェリさんから貴方に告白したって事を聞いて、もう一度考えてみたの。私は貴方の事をどう思っているのかって」
 
 「……リーリン?」

 リーリン・マーフェスは決断した。

 「レイフォン、私も貴方の事が好き。フェリさんに渡したくない」

 その言葉はレイフォンを揺さぶる。
 レイフォンとてリーリンを嫌っていた訳ではない。むしろ、共にあるのが当然と思っていた女性だ。それだけに、逆に意識した事がなかった。だから、彼女のその言葉に呆然としてしまった。
 
 「フェリさんとも話したけれど……きちんと考えて。そうして結論を出して。何年かかっても構わない。私達はそれまで待つから……ただ、フェリさんがここを卒業する前に結論を出してくれればそれで構わないから」

 そうして、更にレイフォンの苦悩が深まる中で。
 メイシェンもまた動いた。

 「あ、あの……レイとん……」

 「メイ?」

 困惑と動揺と苦悩の中にあったレイフォンは、声を掛けてきたメイシェンに疑問の声を上げる。
 明らかに何かしら深い、重大な決意を浮かべたその真剣な表情故に。

 「レイとん……私、貴方が好き。初めて会った、あの時。あの時から私……レイと…レイフォン・アルセイフが好きです」

 真剣な表情で顔を真っ赤に染めて、けれどメイシェンははっきりと言い切った。
 そうして彼女もまた、リーリンと同じく。

 「あの……これもフェリさんやリーリンさんとも話したけれど……しっかり考えて。私達、それで選ばれなかったとしても怨んだりしないから」

 そう言って、メイシェンはこれ以上は限界だったのだろう。
 湯気でも出そうな程に顔を赤く染めて、走り去った。

 だからこそ、レイフォンは悩む。
 誰かの事を明らかに好きだというなら問題はない。
 誰かの事を嫌いだというなら問題はない。
 だが、今、レイフォンは決められない。
 リーリンの事は好きだ。まだ自覚のない頃から常に傍にいた存在であり、あの事件の時も常に味方でいてくれた。
 だが、果たして自分が彼女に抱いているのは愛情なのだろうか?それとも友情なのだろうか?
 フェリの事は好きだ。彼女の念威には幾度も助けられた。彼女は確かに表情にこそ欠しいが、それは念威操者である以上仕方ないし、それだけに時折そこから零れる表情が可愛らしい。
 だが、果たして、自分が彼女に抱いているのは愛情なのだろうか?それとも共に戦う者への信頼なのだろうか?
 メイシェンの事は好きだ。彼女はある意味最も戦いから遠く、可愛らしい。 
 だが、果たして、自分が彼女に抱いているのは愛情なのだろうか?それとも単なる庇護欲なのだろうか?
 逃げるのは簡単だ。
 だが、レイフォンは彼女らから逃げたくはない。
 だからこそ、真剣に悩む。
 この件に関しては相談出来そうなのは、シャーニッドぐらいだ。だが、当のシャーニッドはというとこちらもまた、実は結構悩ましい状況になっている。
 
 実はシャーニッドもまた、ネルア・オーランドから真剣な告白を受けていた。
 シャーニッドがダルシェナに好きだと伝えた、という事を聞いた彼女は、他ならぬシャーニッドとダルシェナがいる場所で堂々と宣言したのである。
 無論、ダルシェナは怒ったが、ネルアは逆に問い詰めたのだ。

 『なら、貴方はどうなのですか?シャーニッドさんを愛しているのですか?』

 その問いにダルシェナは即答出来なかった。
 嫌っている訳ではない。一時は怨みもしたが、それも互いに仲直りした今では過去の話だ。
 だが、果たして自分はどう思っているのだろう?
 ネルアははっきりと全てを捧げてもいい、と言うぐらいにシャーニッド一筋に愛していると告げた。では自分は?
 悩むダルシェナにネルアは告げた。
 
 「ダルシェナさんもきちんと結論を出して下さい。でないとシャーニッドさんが気の毒です」

 それと共にシャーニッドにも告げた。

 「私待ちますから。振り向いてくれるまで待ちますから」

 ここまで真剣に言われては、シャーニッドとしても軽々しく返答は出来ない。
 どうしたものかとダルシェナ共々悩み続けている。

 という訳で、第十七小隊は常になく、真剣な恋騒動の真っ只中だ。
 錬金鋼メカニックたるハーレイを除く、武芸者中で関係ないのはニーナとナルキの二人……本当に事情さえ知らないとなると、隊長であるニーナだけだ。ナルキはメイシェンから相談受けているし。
  

 その頃ニーナは第十四小隊隊長シン・カイハーンとの試合に勝利をおさめていた。


 お陰で、ハーレイはどこか落ち着かない思いをしていた。
 何しろ、第十七小隊の人間は誰もが真剣且つ思い悩んでいる空気を漂わせ続けている。
 右からシャーニッドに、左からレイフォンに挟まれている身としては何とも居心地が悪い。
 遂に耐え切れなくなって、シャーニッドに声を掛けたのは、レイフォンの無意識に発している圧力に声を掛けづらかったのだろう。

 「あの、シャーニッド先輩……一体どうしたんです?何か皆えらい硬いような……」

 「ん?ああ」

 ハーレイの声に我に返った様子のシャーニッドはちょっと考えて、一転真剣にも見える顔を作ると……。

 「実はだな、俺に愛情を注いでくれる女性と俺が愛情を注ぎたいと思っている女性との関係が」

 「すいません、もう、いいです」

 演技がかった雰囲気で語るシャーニッドの様子に、『何時もの事か』と気にして損した、という気持ちで遮った。
 実の所、もしハーレイがシャーニッドの目を見ていれば、決して冗談半分ではない事に気付いただろうが、なまじシャーニッドがしょっちゅう女性を口説いている事や女性に好かれている事を知っているハーレイとしては、そこまで深く考えなかった。
 かといって、改めてレイフォンに聞くには、レイフォンの雰囲気がピリピリしすぎていて、下手に声を掛けられない。
 結局、ハーレイは沈黙して、試合に集中している振りをして、縮こまるしかなかった。
 まあ、ニーナの試合中なのは事実なので、素直に応援に専念しやすかった、というのもあるのだが。と。

 「何をしに来た?」

 突然、レイフォンが前を向いたまま呟くように言った。
 一瞬、レイフォンが誰に語りかけたのか分からなかったが、直後にハーレイの後ろ、空いていた座席からの声がその疑問に答えた。

 「つれないさ~ちょっと挨拶に来ただけさ」

 ちらり、とレイフォンとフェリ以外の一同が視線をやると、そこには予想通りの姿。
 サリンバン教導傭兵団団長ハイア・サリンバン・ライアの姿があった。相当に巧妙な殺剄は気配を感じさせなかったけれど、それでも気付いたレイフォンの凄味が当人がどこかきつい雰囲気を漂わせているだけに周囲にも感じさせた。

 「挨拶?」

 「そうさ、体験入学決まったさ。一応ここの学生になるから、多分武芸大会にも参加する事になるさ~」

 それは学園都市ツェルニにとっては朗報だった。
 ハイアは、しかし、仮にもサリンバン教導傭兵団の団長だ。そんな人物が入学してもいいのだろうか……そう、一同が疑念を持った時、いきなりレイフォンが凄まじい勢いで後ろへと何時でも錬金鋼を抜き放てる姿勢で向き直った。そして……他の一同がその態度に反応するより前に、呆気に取られた声を出した。

 「……サヴァリスさん?」

 「やあ」

 ハイアの更に隣に腰を降ろそうとする青年。
 おそらく、それがハイアにさえ腰を降ろしたままだったレイフォンに反応を起こさせた人物と判断した一同は、『誰?』という視線をレイフォンに向ける。
 
 「……サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。ゴルネオ先輩のお兄さんで……僕と同じ天剣授受者の一人です」

 「はじめまして」

 にこやかに笑う、その姿はとてもそうは見えなくて。
 けれど、レイフォンと同じ天剣授受者という言葉は、見た目で相手を侮るには重すぎて。きっと彼もまた、レイフォン同様自分達が束になってかかっても敵わない相手なのだろう。

 「しかし、いい時に来れたね。ちょうどゴルの試合中か」

 その通りで、今しも試合会場ではニーナ・アントークとゴルネオ・ルッケンスの試合が行なわれている最中だった。
 今は、互いに一撃一撃を交わし、そうしてゴルネオが拳を振るう度にニーナの体が弾かれるという事態になっている。
 
 「え、ええと……何が起きているか聞いていい?」

 ハーレイの言葉に、考えに没頭していたレイフォンもサヴァリスの登場で我に返った事もあり、素直に承諾した。

 「細い化錬剄の糸を隊長の体につけているんですよ。その糸を伝って、拳打の衝撃を伝えているんです」 

 「うん、『外力系衝剄の化錬剄変化、蛇流』っていう技なんだけどね」

 「糸だあ?」
 
 レイフォンとサヴァリスの言葉に、武芸者であるシャーニッド、ダルシェナ、ナルキが一斉に目を凝らす。
 
 「あ、そういや何か見えるな。四本?」

 「確かに……そうだな」

 シャーニッドとダルシェナが口々にそう言うが、ナルキにはそこまでよく分からない。
 言われてみて、じっと目を凝らして、ようやく何とか、という程度だ。矢張りこの辺りは、銃を用いた狙撃手という立場上、活剄と目の強化を得意とするシャーニッド。続いて、解散したとはいえ、第十小隊の副隊長を務めていたダルシェナの両者に比べ、まだ一年生であるナルキとの差、という事だろう。
 
 「でも、本来ならもっとたくさんの糸を出せると思うんですけどね」

 「そうだね。本当なら、もっとたくさん糸を出して、伝達する糸を変えないと意味がない。実際、よく目を凝らせば、どういう動きをすれば、どの糸から拳打の衝撃が来るか分かるから、後半からはきちんと防御出来ているしね……ゴルと戦ってる、あの子が使ってるのは金剛剄だね、あれはレイフォンが?」 

 「ええ」

 「多分、この後にもまだ試合が残ってるから剄を温存しておきたいと思ってるのだろうけれど……中途半端だね。やるなら、例え一時的に剄を多く使っても、勝負をさっさと決めにかかるべきだと思うんだけど」

 「そうですね。既に隊長も剄を分けて練るやり方は教えてますからね……このままだとジリ貧なのは分かっているでしょうし、一撃で決めようとするでしょうね」

 「うん、そんな処だろう」

 シャーニッドもダルシェナも口を挟まない。というか、折角の達人同士の解説なので、成る程と思いながら、試合を見ている。
 実際、この二人の会話に割り込めるとしたら、現在のこの場では、ハイアぐらいのものだろう。そのハイア自身はといえば、面白そうに試合ではなく二人の様子を見ている。
 
 結局、試合そのものは雷迅を放ったニーナの一撃を、ゴルネオが読みきって、風蛇と呼ばれる衝剄を捻じ曲げる技を持ってニーナの脇腹を打ち、それで勝敗は決まった。
 そのゴルネオ自身も、しかし、ニーナの速度が生み出した衝撃によって体が痺れ、紅組の大将であるヴァンゼとの戦いではまともに戦えず、紅組が順当に勝利を収めた。
 その様子を見ながら、レイフォンが呟いた。

 「雷迅は確かに僕が教えた。けど、僕は何時雷迅を知った?」

 その呟きに反応したのは、サヴァリスとハイアだ。
 他の一同はよく聞き取れなかった、そのぐらい小さな声だった。

 「グレンダンじゃないのかい?」
 
 「違いますね。自分は何時その技を見たか、ぐらいは覚えています、けれど、あの技に見覚えはない。なのに、僕は雷迅を知っている」

 ふむ、とサヴァリスも考え込んだ。
 確かに、あの技はそれなりに派手な技だし、鍛えれば相当に使える技だった。決して単なる小手先の技ではない、そんな技ならそう忘れる事もないというレイフォンの言葉はもっともだろう。

 「君の流派じゃないね。あの技は明らかに重量級の武器の使用を前提としたものだ。サイハーデン刀争術とは相容れない」

 「俺っちも、あんな技うちの流派で見た事なんてないさ~。それに、あんな技、刀には合わないさ」

 ふむ、と三人が三人とも考える雰囲気に他の面々も口が出せない。

 「天剣の誰かかと思ったけど、それも違うねえ……」

 「ええ、僕とサヴァリスさんは違う。念威操者であるデルボネさんは置いておいて、ティグリスさん、カナリスさん、リンテンスさん、リヴァースさん、バーメリンさんも弓、細剣、鋼糸、盾、銃という武器の性質上、あの技とは相性が悪いのは変わらない」

 「トロイアットは化錬剄が得意だけど、ああいうある意味無骨な技とは縁がないしね。ルイメイも余りああいう技と武器の相性は良くないだろう。彼の武器は自分自身が突っ込むような形状の武器じゃない」

 「ですね。そうすると、後はカウンティアさんとカルヴァーンさんですけど……」

 「二人の得意とする戦いの形とは明らかに違うからねえ。カウンティアぐらいだろう、可能性があるとしたら。けれど、彼女はアレを大きく上回る威力の技がある。敢えてあれを使う意味はないだろう?」

 「やっぱし、どっかで偶然見たんじゃないさ~?」

 「そう、なのかなあ?」

 うう~ん、と考えるレイフォンであったが、当人が思い出せないならば、これ以上どうする事も出来ない。それに教えたという自覚のあるレイフォンを除けば、他一同にとってはレイフォンという技のデパートのような相手が教えた、という事だけで十分だ。結局、その場は試合が終わった事もあり、すっきりしない思いを抱えるレイフォンを余所に終わりを迎える事になった。


 さて、試合が終わった後、ニーナが合流したが、それに加えて引っ張られてきた者がいる。サヴァリスがいる以上当然かもしれないが、ゴルネオだった。尚、ゴルネオが引っ張ってこられた事で、シャンテも肩に張り付いている。
 もっとも、ゴルネオ当人は、この場所にいる筈のない兄の姿を見て硬直していたが。

 「に、兄さん……何故ここに?」

 「いやあ、届け物があってね?」

 あくまで、にこやかな笑みを崩さないサヴァリスではあったが、ゴルネオは知っている。
 この人は、この笑顔のままで汚染獣と戦い、ルッケンスの弟子達(自分含む)を容赦なく打ち倒すという事を。
 まあ、さすがに現状でどうこうする事はないと思うが、思いたい。
 それはさておき。
 
 「それで今回の試合って一体何の為だったんだ?」

 それが話題になったのはまあ、当然の話だった。
  
 「隊長達の最終的な実力査定だな」

 ニーナが言うには、潜入部隊の隊長を決める為だろう、という。
 ヴァンゼは基本的に鉄板な作戦を選択する武芸者だ。確かに、前回の第十七小隊との戦闘のように奇策を用いる事がないではないが、奇策は所詮奇策。本来は劣勢の、或いは数の、或いは質で劣る側がかけるものだ。何故かといえば、奇策は破られた時、一気に窮地に陥る事になるからだ。 
 私達の世界においても奇襲・奇策で名を馳せたのは大体劣勢な側だ。桶狭間での織田信長然り、太平洋戦争での山本五十六やロンメル然り……これが小隊戦のような相手がどんな相手か事前に分かっていれば、その裏をかくような戦いも出来るが、都市対抗戦とあってはそれも出来ない。
 必然的に正面戦力を用意して、それとは別個に予備戦力相当の小隊を用いて相手の本部、というか勝利条件を狙うという形になる訳だ。
 
 「まあ、正面決戦用の主戦力に防衛部隊を配置すれば、大体一小隊ぐらいが妥当だろう」

 実際、まだ明かせないが戦略会議でもそのような話になっている事だし。
 そうなると、うちが選ばれる可能性は高いだろう、というのがシャーニッドの台詞だった。
 実際、大規模部隊統率の経験や力量、学年などを考えるとそうなる可能性は高かった。

 「そうすると、俺っちもあんたらに加わるさ?」

 「でしょうね」

 レイフォンの反応は素っ気ない。
 が、ハイアの言葉は割りと可能性の高い言葉だった。今更、どこかの正式部隊に所属、というのは困難だし、かといって仮にもサリンバン教導傭兵団の団長を、こういう言い方はなんだが有象無象の武芸者と混ぜて使うのは明らかに戦力の無駄だからだ。
 
 「ふうん、じゃあ、僕も体験入学って事で、加わってみようかな?」

 「……兄さんは学生ではないでしょう」

 どこかゴルネオは疲れたような口調だった。
 ……もし、正式にそれが認められたら……。

 (……兄さんとヴォルフシュテイン、サリンバン教導傭兵団の団長……真正面から全戦力をぶつけた所で相手に抵抗する術などないな)

 想像しただけで、相手が哀れになってきた。
 が、よくよく考えてみれば、そもそもレイフォンとハイアの二人が加わる時点で、相手にとっては不幸以外の何物でもない、明らかな過剰戦力である事に気付いて、溜息をついた。 
 

 その後は、今後の日程……今後の避難訓練の日程や、その際の行動の確認を取り、解散となった。
 この時、レイフォンが避難訓練の手順をまともに覚えていない事に呆れたニーナが叱ったが、レイフォンとサヴァリスが二人して、そんな体験がまともにない事を知り、押し黙る事になった。
 何しろ、グレンダンは危険地域をうろついているせいで、都市間戦争など殆ど経験がない。
 そして、レイフォンもサヴァリスも数少ない戦争でも、グレンダンを敵とした相手都市がまともな戦闘を行なえた記憶がない。
 ……とりあえず、都市内戦闘が基本となる為に、罠などの配置を覚えておくように伝えはしたが……そう言われると、本物の実戦に未だ出た事のないニーナとしては何も言えなかった。

 「あ、そうそう」

 そうして、別れる際に忘れていた、とでも言いたげな様子でサヴァリスがレイフォンとゴルネオを呼び止めた。

 「何か……?」

 「うん、一応伝えておこうと思ってね。ガハルドが死んだよ」

 余りにあっさりと、加えてサヴァリスは何時ものように笑顔を崩さず伝えられたので、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

 「っ!それは……」

 「ああ、違う違う、別にレイフォンとの試合の怪我が悪化したとかじゃないよ?そっちはすぐ治って、何だか一生懸命鍛えてたみたいだったんだけどね?幼生体の大群に混じってグレンダンに潜り込もうとした特殊な老生体と一対一で遭遇しちゃってねえ。まあ、足止めには成功してくれたんで、僕とリンテンスさんで仕留めたんだけど」

 一瞬まさか、と思ったのだろう。レイフォンとゴルネオの顔色が変わったのを見て、事情を察したか、サヴァリスはパタパタと手を振って、それを否定した。と、同時にレイフォンとゴルネオも少しほっとした様子になる。
 ゴルネオにとっては確かに悲しい話だが、それならば仕方がない、と諦めもつく話だった。
 老生体は強い。そして、幼生体に混じってという事は、一期の老生体ではない、二期以降の老生体。
 そんな相手と遭遇すれば、幾等混じる為に小型サイズの老生体だったと言っても、天剣ではないガハルドでは太刀打ち出来まい。まあ、老生体の足止めに成功して、殲滅の成功に一役をかったというならば、グレンダンの武芸者としても誉れだ。
 きっと一門から正式に葬儀を挙げてもらえた事だろう。

 無論、実際には体を乗っ取られたガハルドはサヴァリスと一対一の戦いの末に満足して逝ったのだが、そんな事を馬鹿正直に言う程サヴァリスはお人好しではない。それに嘘は言っていない。ガハルドの犠牲のお陰で老生体を倒すきっかけを得られたのは確かだし、表向きは一門をあげて葬儀が行なわれたのも事実だ。
 本当の事を言って、波風を立てる必要はどこにもない。

 (せめて、これでゴルが同じ天剣とか、天剣並っていうなら、怒らせて兄弟喧嘩するのも楽しかったんだけどねえ)
 
 内心で、そう思ったサヴァリスは、それでもにこやかな笑顔で二人と別れると振り向いた。
 尚、レイフォンは、いやシャーニッドもそうだったが、別れると再び一時的に忘れていた重要な案件を思い出し、次第に悩み深い顔になっていたが、そこら辺はサヴァリスの知った事ではない。
 ……正直、サヴァリスには、女性から告白されて悩む、という事自体に興味が持てないからだ。
 実際、サヴァリスは自分がどこか【欠けている】のだと思っている。自分はこれまで、女性に幾人にも熱い視線を向けられ、父からは見合いもさせられてきたが、誰一人として興味を持てなかった。無論、だからといって男性が好きという訳でもない。
 だからこそ、サヴァリスはルッケンスの家はゴルネオに継がせるつもりだった。だが、まあ、それは今はいい。
 振り向いた先には、ハイアがどこか暗い陰を負った様子で佇んでいた。
 
 「さて、それじゃ傭兵団に陛下の言葉を正式に伝えに行こうか」

 そう、これからサヴァリスは自身が、ツェルニに来た理由の一つ、表向きの理由をこなしに行く。
 そして、それはおそらく。
 サリンバン教導傭兵団の終焉となるはずだった。


『後書きっぽい何か』
どうにも時間がかかりました
いや、色々ありまして……親父は倒れるは(一時危篤状態)、書き出したワンピ小説はなまじ毎日更新をやってただけに、何時しかやめるにやめれなくて……
しかし、何よりオリジナル展開が基本となってしまった事が大きいですね
基本となる流れそのものは原作のが使えますが、それ以外は……
悩み悩み書いてます



[9004] 武芸大会-マイアス戦
Name: じゅっ◆021c89c9 ID:0a1503ef
Date: 2010/07/13 21:09
 その日が、サリンバン教導傭兵団の終わりの日だった事を悟ったのは、彼が名乗ってすぐだった。

 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。
 グレンダンの名門ルッケンスの跡取り。
 だが、今重要なのはそこではない、この人物のもう一つの肩書き、すなわち『天剣授受者』が重要だ。

 「で、何しに来たさ」

 「なに、単なるお使いさ」

 不機嫌そのものという様子のハイアと、ある意味好対照なのがにこやかな笑みを浮かべるサヴァリスだった。
 ここは、サリンバン教導傭兵団が集まる宿泊施設だ。
 一応、彼らには独自の放浪バスがあるとはいえ、誰だって好き好んで放浪バスで暮らしたい訳ではない。確かに放浪バスは旅を快適に過ごす為に比較的一人一人に広い空間が割り当てられているし、休息を取るには何ら支障がない。
 だが、所詮は乗り物は乗り物だ。
 あのサイズの乗り物に載せられる量の物資は限られているし、その中でも特に面倒なのが水だ。
 
 水。
 人の生存に必須なこの物資は、しかし、嵩張る。
 液体であるが故に折り畳む事も出来ず、かといって固体にすれば膨張の関係で余計に空間を取る。
 飲む為の水、体を洗う為の水は何とか確保するものの、物を洗う水、所謂洗濯まではカバー出来ない。存外大量の水を使うのだ、洗濯という奴は。加えて、汗を流す程度の水ならば放浪バスに搭載されているレベルの浄化槽で飲み水に使えるレベルにまで戻せるが、さすがに洗剤をたっぷり含んだ水では、浄化も冷却水にさえ使用は不可能だ。
 かくして、洗濯物は臭いを密封すべく袋に入れて、仕舞う事になる。
 とはいえ、誰だってそれはずっと続くのは勘弁して欲しい。かくして、都市ではこうした宿泊施設に滞在して、放浪バスは管理を順番に行なうという態勢になる訳だ。

 「お使い~?」

 ハイアとて、今では天剣授受者という存在を理解している。
 こいつらは出鱈目だ、と。
 おそらく、自分が立ち向かった所で、試合ならば勝てる可能性はある。同じ錬金鋼を持って、やり合うならば、レイフォンにもそうそう一方的な敗北をしないだけの自信をハイアは持っている。
 だが、試合ではなく、命を賭けた戦闘でなら……ハイアはレイフォンに勝てる気がしない。彼らは何かが違う。そもそも、自分達と同じ生物である事が信じられない程だった。

 「そう、グレンダン女王アルシェイラ・アルモニス陛下からのね」

 だが、その疑念の思いも、その言葉で吹き飛んだ。

 「……つまり、そういう事さ?」

 「ああ、そういう事だ」

 そう言いつつ、正式な書簡をサヴァリスはハイアへと手渡す。
 書簡の内容はある意味予想通りのものだった。
 長年のサリンバン教導傭兵団の苦労を労うと共に、廃貴族を確保出来ずとも、グレンダンに措いてしかるべき報酬を払う旨の約束が為されていた。
 あれこれ書いてはあるが、重要な点はそこだ。
 それは引いては、これまでのサリンバン教導傭兵団の旅を終える時が来た、という事を示す指示でもあった。ハイアがショックを受けなかったのは、心のどこかで覚悟を決めていたからだ。
 
 サリンバン教導傭兵団、その初代は廃貴族探索の命を受け、グレンダンを出た。
 以後、或いは新たなグレンダン出身者を加え、或いは外で飛び出した者達を加え、或いは汚染獣との戦いで親を失った子を加え、これまでサリンバン教導傭兵団は戦ってきた。
 そんな彼らだが、だからこそ、彼らには故郷がなかった。
 故郷がない悲しさをハイアも理解している。それでも、ハイアは故郷がなくとも、仲間達と旅していたかった。家族である仲間達と共にありたかった。
 だが、もう駄目だ。
 故郷という場所を示された今、傭兵団は自然と崩壊していくだろう。皆が皆、自分のように若い訳ではない。むしろ年配の者が多い。それだけに故郷となる場所と報酬を示された時、彼らはそれに抗えないだろう。
 突然にもたらされた情報に騒ぐ仲間達を置いて、ハイアは一人外へ出た。

 
 放浪バスの上で佇むハイアの様子を伺う者が一人いた。
 ミュンファはハイアと同じくサリンバン教導傭兵団に拾われた子の一人だ。
 だからこそ、ハイアの気持ちが分かる。この傭兵団こそが家族であった、戻るべき故郷であった彼らには、サリンバン教導傭兵団がなくなる、という事自体が、故郷を失うに等しかった。
 ミュンファもまた、覚悟はしていた。
 彼女も、ハイアが体験入学を決めたのと同様、ツェルニに体験入学を決めた者の一人だ。
 サリンバン教導傭兵団、それ自体を故郷としてきた武芸者にとっては、今回の一件はそのまま傭兵団の皆とグレンダンに向かうにはこれまでの思い出、想いは重すぎた。それが分かったからこそ、サリンバン教導傭兵団の皆も、彼らがツェルニに仮入学する事に何も言わなかった。
 もし、割り切れるようなら、サリンバン教導傭兵団がこの街を離れるにはもう少し時間があるから、それまでに決めてもらえばいい。
 仮入学する事でハイア達なりの道を見つけてもらえるなら、それでもいい。
 とにかく、まだ若い彼らはサリンバン教導傭兵団の一同にとっては息子や娘も同然であり、それに彼らの気持ちも分からないでもなかった。……今生の別れとなると決まった訳でもない。今は、ただ時が必要だった。
 そしてそれが分かるからこそ、自分も彼と同じ気持ちを持っていると思っているからこそ、ミュンファには今のハイアに声をかけられないでいた。

 当のハイアはといえば、案外とさばさばした気持ちだった。
 もっと、複雑なものが込み上げてくるかと思っていたが……。結局の所、どこかでこの結末を理解していたのだろう。
 レイフォンに勝ちたいと思う気持ちもある。
 けれど、レイフォンが全力を出せる状態にある限り、具体的には天剣がある限り勝てないとも思っている。……手加減してもらえれば、勝てるかもしれない。そんな勝敗に何の意味があるのか。
 気になるのは、わざわざ新たな天剣授受者を送ってきた事だが……レイフォンが立ちはだかるなら自分達にはどうしようもない、そんな考えからではないだろう。レイフォンも天剣授受者である以上、女王アルシェイラの命には従う義務があり、そうである以上、必要ならレイフォン宛の手紙一つで片がつく。
 まあ、レイフォンが天剣を失っていれば、そんな風に思う事もあったのかもしれないが……そうではない以上、十二名しか存在しない天剣をわざわざ二人もグレンダンの外へと出す必要はどこにもない。となれば、おそらくサヴァリスが送られて来たのは本当に何らかの別の意図があっての事なのだろう。

 (或いは、当人が何か狙ってるのかもしれないさ~)

 ふっとそんな事が頭に浮かんだ時、都市に警報が鳴った。


 都市接近。
 その報を生徒会長であるカリアンが聞いたのは、生徒会室に入ってすぐだった。
 幸い、見通しの良い場所での遭遇であり、訓練で行なったような山岳地帯の陰になって、接近がギリギリまで感知出来なかったなどという事はなかった。おそらく、接触は明日早朝になるだろうと思われた。

 「学園都市マイアス、か……どんな都市なんだい?」

 さすがにカリアンといえど、全ての都市の名前を知っている訳ではない。
 とはいえ、成績優秀だった学園都市ならば自然と名前が聞こえてきてもおかしくない処からすれば、そこまで突出した戦績を収めていた訳ではないだろう。

 「……学園都市連盟の発表した記録では、二戦して一勝一敗という所だな。試合数も少ないし、そう特筆すべき戦闘をこなした、という訳でもないようだ……まあ、前回と今回では戦力も異なるだろうから、一概に言えんが」

 「そうかい……で、彼は?」

 「参加するそうだ」

 そう告げて、ヴァンゼが苦笑した。
 
 「今回に限っては、連中が気の毒になりそうな気がしてならんよ」

 「同感だね」

 おそらく、マイアス側もこちらの、ツェルニの情報を知っている筈だ。
 前回の大敗も知られているだろうし、その分死に物狂いで来ると判断しているかもしれない。
 だが、まさか想像すらしていないだろう……今、このツェルニにどれだけの戦力がいるか、など。

 「ただ一人で、戦局を決める力など馬鹿げていると言うしかないし、そんなものに頼る事自体が業腹ではあるが……」

 ヴァンゼの言葉も分かる。
 普通ならばありえない。ただ一体で都市一つを滅ぼしうる汚染獣老生体、それと一対一で戦い勝利する存在がいるなど、現実を目の当たりにしている自分達でさえ未だ信じきれないという思いがある程だ。
 ましてや、そんな相手に頼っての勝利などどれだけの価値があるのか、学生という様々な事を学ぶ立場としては微妙だ。本来ならば、敗北もまた勉学である筈、なのだが……。
 生憎、そんな余裕は今のツェルニには、ない。
 
 「仕方あるまい?今ツェルニに必要なのは誇りでも、経験でもない。勝利あるのみ、だよ」

 そう、勝利こそが来年以降、自分達が卒業した後のツェルニの存続を決める。
 ツェルニの保有するセルニウム鉱山は残り一つだけ。こうなった二年前の時点で、今の覚悟は決めねばならなかったのだろう。いや、より正確には、それに加えてレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフというある意味規格外な存在が入ってきた時からか……。
 ヴァンゼもそれを理解しているからこそ、苦い表情ながらも自らも一小隊員として参加した二年前を思い、己を納得させ。
 カリアンは変わらず、笑みを崩さなかった。

 
 そして、翌日、予想通り早朝に互いの都市は轟音と共に、その巨大な足を絡ませるようにして接触した。
 お互いにこれあるを予期して、接触点近くに待機していた生徒会長同士が面会し、戦闘協定書に署名をし合った。
 戦闘協定書といっても要は確認に過ぎない。
 一般の都市間で行なわれる戦争とは異なる、血の流れる戦争ではない事の確認。学園都市連盟の定めたルールによって行なわれる試合である事を宣言し、それを順守するという事を誓約し、ルールに誤認がないかを確認する。
 そうして、この協定書は後に両方の都市から学園都市連盟に提出され、戦闘記録がつけられる事になる。
 署名終了後、お互いの都市の大まかな地図が提出される。これによって戦闘地区と非戦闘地区が明確に区別され、非戦闘地区への侵入は禁止される。こうした区別がなければ、シェルターにも危険が及ぶ可能性があるし、状況によっては都市機能の維持に関わる部分に影響が出る危険もある。だからこそ、こうした部分への侵入は反則となり、逆に言えばそうした地域に追い込む事で相手を失格に追い込む事も可能となる。
 これらとは別に、試合開始時間が設定される。その結果、試合開始は正午となった。

 「良い試合になればいいですね」

 カリアンはマイアスの生徒会長の背後に控える武芸者達を見ながら、そう言い、握手を求める。すでにカリアンの背後にもツェルニの武芸者達が揃っている。

 「ええ、そう思います」

 マイアスの生徒会長はカリアンの笑みにややのまれ気味になりながらも握手に応じた。
 のまれ気味だったのは仕方がない。学生の段階でカリアンレベルの傑物はそうそう出てくるものではない。

 「……どう思う?」

 背後の武芸者達の所に戻ったカリアンは先頭に立っていたヴァンゼに意見を求めた。

 「士気は高そうだな」

 「そうだね。うちの戦績は向こうも調べただろうから。楽勝の相手と思われたかな?」

 「そうかもしれん。だが、それだけではないかもしれん」

 慎重なヴァンゼの意見にカリアンは同意した。
 マイアスの生徒会長にはやや弱気な感があったが、それは性格的なもの。その、こちらをうかがうような眼の奥には確かに、勝てる、という強気が見え隠れしていた。
 そして、ちょっと確認すれば、マイアスには外縁部において、幾つもの箇所で舗装が剥がれ、或いは何かしら重い物を動かしたと思しき痕跡……そう、例えば剄羅砲のようなものを動かしたような痕があった。

 「最近、汚染獣と戦ったかな?」

 「ああ、そして勝ったのだろうな」

 それならば、あの士気の高さも頷けるというもの。
 
 「ふん!それならこちらも負けてはおらん!」

 そう、ツェルニもまた、汚染獣と戦い生き残った都市なのだ。
 戦ったのが汚染獣の何期かは問題ではない。何より重要なのは、汚染獣という人の理解を超えた生物と生存を賭けて戦い、そして生き残ったという経験だ。

 「では任せたよ、総大将」

 「ああ、任せろ」

 どのみち、ここからはカリアンに出来る事はない。
 生徒会室に篭る事も出来ない。勝利条件は通常の戦争ならば、敵司令部の占拠となるが、生徒会棟に掲げられた都市旗の奪取が勝利条件となる。逆に言えば、敵武芸者も生徒会棟を目指して向かってくる訳で、しかもそこまで来ると最終防衛ライン上の激戦だ。周囲の事など配慮している余裕などないだろうし、武芸者の小競り合い規模でも一般人には極めて危険だ。
 したがって、カリアンもまた、生徒会棟地下に設けられた司令部兼用のシェルターに篭る事になる。後は、そこで黙って見守るだけだ。

 余談だが、これ以外にも都市最重要部である機関部を抑える、相手方武芸者全員を戦闘不能に追い込むという方法でも勝利出来なくもない。
 まあ、前者は万が一の可能性だが機関部を破損させてしまう危険があるし、そうなれば都市の終わりだ。たとえ、その都市が全ての鉱山を失って、ゆるやかに死を迎えるだけだとしても、なんの罪もない一般市民を巻き込むような真似は後味の悪さを残すし、少なくとも自分達で直接的な止めを刺すよりは後味の悪さははるかに軽減されるので、通常の戦争を含め、まず実行される事はない。
 後者は現実的にはありえないので、やる事はまずない。常に例外はいる事はいるのだが……例えば、グレンダンの数少ない戦争においてリンテンスがやってのけたように……。
 
 
 そして、正午を告げるチャイムが鳴る。
 常ならば、それは昼休憩を示すのどかな音だ。だが、今日ばかりはその意味合いは変化せざるをえない。
 ツェルニ、マイアスで鬨を合わせる。活剄による威嚇術が織り交ぜられた数百人の武芸者による大音声は、大気そのものを揺るがし、激突した。
 
 「かかれえ!」

 双方の総司令が咆哮のような指示を下す。
 共に先鋒部隊が前に出て、激突する。今回先鋒はゴルネオが率いている。次期武芸長となる可能性の高い彼を後方で指揮官として経験を積ませる事も考えたが、よくよく考えれば彼も五年生。次の武芸大会には、もういない。
 それならば、と現在四年生や三年生の将来有望な若手を手伝いという形で司令部に置いている。本当ならば、ニーナ・アントークこそ置いておきたかったのだが、何しろ第十七小隊は潜入部隊だ。さすがにそれは出来なかった。
 タイミングを見て、先鋒と第二陣を交代させる。その瞬間、ツェルニの策が動き出す。
 そうして、タイミングを見計らい、第二陣が突撃をかける。それを迎え撃とうとしたマイアス側が……突如、動揺したかのように揺れた。その一瞬の隙を突いて、第二陣が切り込んでいくのをマイアス側も懸命に押さえ込む。

 「始まったな」

 ニヤリとヴァンゼが獰猛な笑みを浮かべた。


 これより少し時を遡る。
 戦場より離れた二箇所に武芸者が固まっていた。
 
 「どうだ?」

 「もうじき、第二陣が突入する」

 それに合わせて、彼らもまた動く事になっている。
 加えて、ここからはレイフォンとハイアは別行動に出る。ニーナ、ダルシェナ、シャーニッドらはそれに少し遅れてから続く事になる。
 当初は五名が固まって動く事を想定されたのだが、レイフォンとハイアに派手に動いてもらう事で、敵の耳目を惹き付けてもらう手に出る事にしたのだ。
 逆に言えば、レイフォンとハイアは危険度が増すのだが、二人はまるで緊張していない。
 ちなみに、レイフォンには複数の錬金鋼が預けられているが、これは破損を前提としている為だ。天剣ならば話は別だし、レイフォンならば素手でも学生武芸者ぐらいあしらえるが、天剣は常に対汚染獣対策に殺傷設定だから武芸大会には使えないし、素手よりは武器があった方がいいのは確かだからだ。
 
 「どっちが先に旗に辿り着くか、競争するさ~?」

 「別にそんな事をする必要はないだろう。どっちが先でもいい。勝てばいいんだ」

 ゲームを持ちかけるハイアと、汚染獣戦同様生き残った方が勝利、とするレイフォンでは旗に関する関心もそれぞれ違う。
 まあ、この場合レイフォンにしてみれば、少々苛立っているのもあるのだが。
 原因は周囲も皆知っている。レイフォンが現在酷く悩んでいる事を知っているからだ。
 フェリ・ロスに始まり、リーリン・マーフェス、メイシェン・トリンデン。三人の少女からレイフォンは告白された。三人の少女達は互いがレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという一人の少年に惹かれている事を知った上で、自分達の気持ちを明らかにする道を選んだ。
 その引き金を引いたフェリは、今も第十七小隊の眼と耳となり、静かに念威端子を周囲に漂わせている。
 レイフォンが不誠実な男ならば、三人の少女と同時に付き合おうなどという事もしたかもしれないが、まあ、そもそもそんな男であれば三人が惚れたりはしなかっただろう。
 シャーニッドも本気で惚れた女性と遊びの女性とを明確に区別している男だけに、この件に関しては沈黙を守っている。そもそも、シャーニッドとて未だ答えは出ていないのは同じだ。レイフォンと顔を合わせた時、「あれだけ女性と付き合ってきたのに、本気の女二人相手だとまるで答えが出せねえ、情けねえ話だぜ」と自嘲していた。
 そうして。
 第二陣が動くのに合わせ、レイフォンとハイアは突撃した。裏道など選びはしない。堂々と通りやすいメインストリートかそれに近い道を選び突撃していく。
 当然、彼らの姿は後方に残された武芸者達にも目立つ。即座に迎撃が向かい……その全てが瞬殺された。

 「よし、私達も行くぞ」

 そちらに迎撃が向かいだしたのを確認して、フェリのサポートの元、第十七小隊の残る三名は、こちらは裏道を通り、旗へと向かった。


 マイアスの武芸者達は混乱状況にあった。
 最初は予想通りだった。
 双方とも主力、内部防衛部隊、そして潜入して旗の奪取を目指す特殊部隊に分けていたのは同じだ。だから、潜入してきた部隊があったのにはマイアス側も驚く事はなかった。むしろ、余りに堂々と突っ込んできた為、気の逸った一部の暴走かとむしろ余裕を持って迎撃し、それは瞬時に想定外の事態に見舞われる事になった。
 第二陣が激突するより僅かに前。
 突進してきた二名を迎撃した五名が、瞬く間に返り討ちにあった。
 後方を任されているのだ、彼らもまたそれなりの精鋭ではあったのだが……まず切りかかった一人目がレイフォンに一撃の元に吹き飛ばされた。次がハイアに武器となる槌をあっさりいなされ、がら空きになった胴に一撃を喰らった。その間にレイフォンは更に同時に襲い掛かってきた二名を迎撃している。
 片方は刀で撃ち落す。もう片方は、無造作に空いた左手で掴み、剄で吹き飛ばす。

 『外力系衝剄変化、爆導掌』

 天剣授受者ルイメイの技で、本来は剄を体内に流し込んで、体を内側から破壊する技だが、今回まさかそんな事をする訳にもいかないので、体表面で思い切り手加減してのものだが、それだけでも学生武芸者にとっては意識を刈り取られるのに十分過ぎた。
 その間に、ハイアも新たに一人を吹き飛ばしている。
 この間、二人の速度は全く落ちていない。妨害など路傍の石とばかりに、疾走しつつ、しかし追いつけない程の速度は敢えて出さない。
 このあまりにあっさりと撃破された様相は状況をなまじ伝えていただけに、マイアスの第二陣に動揺を与え、ツェルニの第二陣に切り込まれる原因となっている。
 こうした状況の実況も汚染獣との戦闘から行なうようになったケースだったのだが……今回はそれが悪い方向に働いたようだった。

 念威操者達も次第にレイフォンとハイアに掛かりきりになっていく。
 残る武芸者達の内、二つの部隊を集結させて十名程が足止めに走るも、これもまた多少の時間と引き換えに撃破されてしまう。今度は少し手加減を緩めたのか、剄技も少し使った。
 一塊になって突っ込んでくる相手に対して、レイフォンが突撃する。
 
 『活剄衝剄混合変化 雷迅』

 何時自身が覚えたのか分からない。そんな疑念を持つ技ではあるが、間違いなく有効だ。こうした集団に向けて使う剄技としては他にレイフォンが独自に開発した『飢蛇舞』もあるが、こちらは正直殺傷力が強すぎる。
 この突撃によって吹き飛ばされ、戦闘不能が続出し、陣形はガタガタになって混乱する所へ前後からハイアと反転したレイフォンが襲い掛かる。
 
 『外力系衝剄変化 焔蛇』

 ハイアが前方から炎剄を纏った竜巻を放ち。

 『化錬剄 気縮爆』

 最近新たに使えるようになった化錬剄の実践とばかりに、レイフォンが以前に見たサヴァリスの技を放つ。
 前後から炸裂した技に態勢を立て直せなかったマイアスの武芸者はあっさりと壊滅に陥った。
 この時点で、マイアス側は既に総司令部は大混乱に陥りつつあった。
 当然だろう、後方に配置していた武芸者のほぼ半数が既に撃破されてしまった。それも僅か二名の武芸者に一太刀も浴びせる事すら出来ずに、だ。
 事情を知っている者達からすれば、むしろ当たり前であり、ヴァンゼなどがマイアス側総司令の傍にいれば、同情の眼差しと共に肩に手を置いて頭を振っていたかもしれないが、そんな事が起こる訳もなく。
 だが、このままではたった二人に陥落させられると悟り、前線と予備部隊から何とか二十名を抽出し、残存の後方部隊の二十名と合わせての総力を挙げての迎撃を選択した。
 念威操者らも懸命に彼らを捕捉し続けている。
 何しろ、彼らは確かに目立つ道を駆けているが、同時に殺剄を併用している。活剄で身体を強化しつつ、殺剄で気配を消すという事は可能ではあるが、並大抵の武芸者には到底不可能な技術だ。

 「……なんで、こんな奴らが学生なんだよ……っ!」

 マイアス側の誰かが洩らした言葉が、マイアスの総意でもあっただろう。


 一方、そのお陰で、第十七小隊の残る面々は全く妨害を受けずにひた走っていた。
 問題は、迎撃を受け続けているレイフォンらと、全く妨害を受けていないにも関わらず、こちらが未だ若干遅れている、という事だろうか?まあ、道路の通りやすさとかも関係しているのだろうが……。

 「……俺らって必要だったのかねえ?」

 「「……言うな、シャーニッド」」

 もっとも、駆けている当人達からすれば、自分達の存在意義に疑問を感じざるをえなかったのだが。
 頭では彼ら二人にツェルニの命運を託す訳にはいかない、とか彼らが足止めされた時とかまあ、色々ある訳だが、この光景の前ではそれもただ虚しい。
 ちなみに、マイアス側の潜入部隊も当初密かに行動していたのだが、ツェルニ側の余りに大胆な行動に焦ったのだろう。
 何しろ、ツェルニの防衛側に気付かれないよう、こそこそ隠れながら距離を詰める彼らに対して、ツェルニの侵攻部隊は強引に突破してきている。普通ならば、そんな馬鹿な行動を取れば倍以上の戦力にあっさり潰される、のだが……それらをまるで薄紙の如く突き破り、全く速度を落とさず突き進んでいるとなると、マイアス側としても焦らざるをえない。
 加えて、彼らは早々に見つかっていた為に、ツェルニ側は戦力を集結させて迎撃に向かってきた。
 マイアス側のもう一つの想定外は、ツェルニの念威操者だった。
 フェリ・ロス。
 稀代の念威操者たる、それこそ経験さえ積めばグレンダンの新たな天剣を担える程の素質を持つ彼女がフルに活動していた為に、その活動はそれこそマイアスへの潜入部隊をカバーすると同時に、余剰分でさえツェルニを限定ながらカバーしていた。
 まあ、これが汚染獣などが相手であれば、レイフォンらのサポートに専念せざるをえないのだが、老生体という汚染獣最強の存在とのレイフォンの激戦に措いて彼を、愛する人を支えたという経験はフェリを一皮剥けさせていた。
 
 この結果として、潜入部隊が危機に陥ったマイアス側は焦って本隊を進めようとするが、何しろツェルニ側はレイフォンらが恐ろしい程順調に旗に向かって突き進みつつある事実も、残る第十七小隊の三人がそのお陰で全く気付かれる事なくこちらも進みつつある事も、ツェルニに潜入した部隊が既に捕捉、撃滅されつつある事も知っている。
 焦る事なく、動きを揃え、マイアス側を押し戻す。
 正に貧すれば窮す、というか、マイアス側は急速に劣勢に追い詰められつつあったが、それでも崩れないのはやはり、汚染獣との戦いが経験となっているのは事実なのだろう。

 「……前回のツェルニもこうだったのかもしれんな」

 とはいえ、全試合で無様を晒したのは言い訳のしようもなかった訳だが、とヴァンゼは戦況を冷静に把握しながら、呟く。
 だが、劣勢になった時、崩壊を支えるのはそれまでの鍛錬であり、命を賭けた実戦を生き抜いたという自信だ。そして、前回のツェルニには後者の自信が圧倒的に足りなかったのだろう。無論、それは本来不要な事ではあったのだが、戦争においてはそうした差が非情なまでに露にされる。
 
 「ようし!相手は焦っているぞ!落ち着いて、相手を押さえ込め!」

 だが、ここで手を緩めてやる義理はない。
 むしろ、ここは相手の焦りにこそつけ込んで、勝利を確実にすべく、ヴァンゼは激励の声を飛ばした。


 その頃、第十七小隊隊長であるニーナらも遂に発見されていた。
 どうしても旗を目指す以上は、次第に念威操者の索敵範囲も狭まるのは当然であり、如何にレイフォンらに耳目が集中していたとはいえ、完全にその網から逃れられる筈もない。
 だが、マイアス側にとってはどうしようもなかった。
 既に四十名からなる一大迎撃部隊はレイフォンらと激突し、その二十倍という数の優位にも関わらず劣勢にあった。
 レイフォンの荒れ狂う膨大な剄の前に、陣形は容易く崩れ、そこからハイアが絶妙な連携を取って、仕留めてゆく。
 別段連携の訓練を積んだ訳でも、互いが気に入っている訳でもないが、そこは経験豊富な武芸者二人であり、同じサイハーデン刀争術の達人同士であり、更にはハイアは連携戦闘を基本戦術とするサリンバン教導傭兵団の団長だ。組んだばかりとは思えない見事な連携で、正に問答無用とばかりにマイアスの武芸者らを蹴散らしていた。
 とはいえ、足止めを受けた分、ここで第十七小隊の残る三名が前へ出た。
 それでも何とか三人を更に劣勢にある部隊から抽出して、ニーナらの前に立ちはだからせたマイアスの努力は賞賛に値するだろう。
 努力が常に報われる訳ではない事を除けば、だが。
 フェリの支援の元、既にその動きは把握されていた。結果として、マイアスの武芸者らは三人の前に出た瞬間に見たものは、視界を覆いつくさんばかりの銃弾の雨だった。
 ここぞとばかりに両手の黒鉄錬金鋼からシャーニッドが連射した弾丸を懸命に防いだのは誉めるしかないだろう。だが、続いての二人の突撃に対応する余裕は、それで完全に奪われた。

 『活剄衝剄混合変化 雷迅』

 『外力系衝剄変化 背狼衝』

 ニーナとダルシェナによる二種類の突撃は、完全に態勢の崩れた三人のマイアスの武芸者らを吹き飛ばし、戦闘不能へと追い込んだ。
 マイアス側は残る手段はこれしかないとばかりに念威爆雷で道を塞ごうとするが、その結果として念威による支援が手薄になった事から更にレイフォンとハイアに圧迫される事になる。
 ニーナがマイアスの都市旗を手にしたのは、それから間もなくだった。


 「まあ、こんなものかな?」

 サヴァリスはその様子をツェルニの外縁部から眺めていた。
 レイフォンの動きはやや訛っているのではないかと心配していたのだが、そんな事はなかった。これも欠かさず行なっているルイメイの真似をした鍛錬と、先だってやりあったという第二期以降、おそらくは第三期の老生体との戦闘のお陰だろう。そこに関しては、汚染獣に感謝しても良かった。
 最後の四十名からに襲われた時はさすがに梃子摺っていたようにも見えたし、もう少し楽に片付けられるのではとも思ったが、あれも相手に怪我をさせないように気を配れば、自分でもあんなものかと思い直した。
 
 「それよりも……」

 どのみち同じ天剣ゆえに戦えないレイフォンより気になるのは、ハイア・サリンバン・ライアともう一人、ニーナ・アントークだ。
 ハイアはなかなか美味しそうだ。あれはまだ未熟が目立つとはいえ、今後鍛え続ければ、グレンダンで揉まれるか、或いはレイフォンと共に研磨し続ければ、そこそこいくだろう。
 とはいえ、まだ覚悟が足りない。
 普通の武芸者には当たり前の事だが、荒れ果てた荒野に、ただ一人で汚染獣と立ち向かった事がハイアにはないのだろう。それ故に、汚染物質遮断スーツに傷一つついても駄目な世界で、ただ一人、誰も助けてくれない、逃げる事さえ自分で講じなければならない世界で戦うという経験がない。
 まあ、本来そんな体験をして、生きている方が珍しいというか、おかしいのだが……。
 
 (まあ、あちらは今後に期待という事で……) 
 
 そして、サヴァリスは更にニーナへと視線を向ける。 
 廃貴族をその身の内に宿した存在。
 廃貴族は今回は表に出てくる事はなかった。廃貴族は汚染獣に滅ぼされた都市の電子精霊が、汚染獣への憎しみから変じたものだという。その性質上、こんな戦争には出てこないだろう、と思っていたが予想通りか、いや。

 (それ以上に、使いこなせていないのでしょうね、彼女は)

 もったいない、と思うと同時に彼女をどこまで引き上げられるのかという思いもある。  
 引き上げた時、彼女はどれ程強くなれるのだろうか?グレンダンは本当に退屈させない都市だが、今この時に限れば、このツェルニ程に面白い都市はそうはない。
 レイフォンやハイアとの手合わせは当然として、彼女も育ててみるのも面白そうだ、とその場を立ち去りかけて、ふとニーナを見やって呟いた。
 
 「妻にと望めば、案外簡単に連れ帰る事も許可されるかもしれませんね」

 そうして、今度こそサヴァリスはその場を立ち去った。


【後書きっぽい何か】
当初計画では、先週土曜に、と思ってたんだけどなあ……
予想外にてこずりました
という訳で、マイアス戦をお送りします。その分、ボリュームは何時もの……1.5倍強ぐらいになりました

原作とは大分異なりました
何しろ、ニーナの転移が当に終わってるもんで、原作ほどフェリも苛々してませんでした 
そして、レイフォン+ハイアに戦力と耳目を取られた分、更にフェリちゃんの支援が入った為にマイアスあっさり敗北です
 
しかし、ツェルニを世界の都市が敵と看做すって、上に住んでる人はどういう扱いになるんでしょうね? 
学園都市なんだし、警告してさっさと出て行く事を勧告するのが妥当な気がするんだが… 
なんだか、都市同士が出くわしたら、相手が学園都市とかお構いなしに戦争しかけてくる、みたいな展開が読めるんですよねえ
なんか、それって違わない?って思う今日この頃 
学園都市なんだから、上に住んでるの皆さん、母都市があるんだから、立ち去るように言おうよ!って思います。まあ、放浪バスの関係上、時間がかかるってのもあるんでしょうけれど…… 
   



[9004] 外典
Name: じゅっ◆8bd2907f ID:e2dfdefe
Date: 2012/08/20 23:03
※この話には現時点での最新刊でのネタバレが含まれています
ご了承の上、ご覧下さい

※また、この物語の最後がこの話のようになるとは限りません
あくまで、一つの可能性としての未来のお話です、というか多分なりません
あと、少々下ネタ気味かもしれません






上記の注意事項を確認されましたか?
よろしいですね?

……ではご覧下さい




 「もいでやりたいところだわ」

 「何でですか!?」

 アルシェイラの呟きにレイフォンの悲鳴が重なった。
 それに突っ込む者は、一人しかいない。

 「それは困ります」

 クラリーベル。
 彼女だけだ。
 嘗てならば他にもいた。
 けれども、皆いなくなってしまった。
 苦笑していたであろうティグリスはいない。生真面目な表情で苦言を呈したであろうカルヴァーンやカナリスの姿もなく、笑顔で「もぐ前に自分と殺らせて欲しい」ぐらいは言いそうなサヴァリスの姿も、ない。
 皆、いなくなってしまった。
 デルボネ、カウンティア、リヴァース、ルイメイ。そしてトロイアット、バーメリン。かつてグレンダンの誇った天剣達は、もうその殆どがいない。
 この場にではない。彼らはいずれも死んだ。墓の中に中身がある者はいい方で、ルイメイやサヴァリス等欠片すら残さずこの世から消滅した者もいる。けれど、確かに彼らのお陰でこの世界は残った。
 人には決して優しくない世界だけれど、けれども確かに形作られた人が生きる事の出来る世界。
 
 かつてアルケミストと呼ばれた者達がいた。
 人が増えすぎて、大地も食料も足りなくならんとした時、異界を創造する事でそれを解消した者達。
 増え続ける人の前に、無限の大地と資源と食料を示し、国同士の争いを消した者達。何しろ、欲するならば求める世界を幾等でも作れるのだ。食料こそ生産しなければならないが、争って土地や資源という限られたパイを奪い合う必要はなくなった。
 飢えた十人の前に小さなパイが一つだけならば他者を蹴落とし、奪うしかない。
 けれども、如何に飢えた十人がいようとも見渡す限りの大地がパイに埋め尽くされていたならば、傍らの誰かを殴り倒すようり、パイを腹に詰めた方が余程有意義ではないか。
 まあ、それでも争う者達がいたのが、人の救いようの無さを示していたとも言えるが。

 この世界は、一度は消えたはずのアルケミスト。
 その生き残りの一人が、世界を救う事を目指して生まれた一人の少女と共に急ぎ組み立てた世界。
 遥かな天空の彼方で、長い長い戦いが行われている事を世界に生きる殆ど全ての者が知らぬまま過ごしていた。
 それでも、世界を滅ぼそうとする意志は確かにこの大地に示されていた。
 何故、世界を滅ぼさんとするか?それは彼らのトップが世界を滅ぼさねば、目的を果たせぬからだ。
 その為に、ナノセルロイドと呼ばれた、本来人を護る為に生まれた者達は人を襲った。
 唯一、末子だけがそれを良しとせず、人の側に立ち、戦った。
 そして、遂に月が破れ、世界を滅ぼす意志が零れ落ち、その戦いの中でいずれも消えて行った。
 
 最初脚止めに残された巨人との戦いを生き延びた天剣授受者も、トロイアットもバーメリンも消えた。
 残った者の内、ティグリスとデルボネの死によって新たに天剣となったクラリーベルとフェルマウスの二人を除けばかつて十二本揃っていた、人という限界を超えた超常の武芸者たる本当の意味での天剣の生き残りは僅かに二人、リンテンスとレイフォンのみだ。
 そのリンテンス自身はこの場にいない。
 かつての約束通り、世界の命運を賭けた戦いの後アルシェイラと戦い……敗れた。無論、死んではいないが、その後「負けたんだから」と別の意味で襲われて、ベッドで寝込んでいるのにはアルシェイラも「やりすぎたかな」とは頭の片隅で思わないでもない。
 とはいえ、彼女にも事情があるのだからして。 

 さて、長々と長引かせてすまない。
 話を冒頭に戻すが、リンテンスとの戦いが終わった後で呼ばれた天剣の生き残り。
 彼らの戦いは必然的に減っていく……という訳ではない。
 むしろ、これからは汚染獣に襲撃される頻度がますます増加するだろう。当面は特に。
 なぜならば、汚染物質が消えて行くからだ。
 何しろ、汚染物質は月から振り注ぐ悪意であった。それが消えた以上、汚染獣は汚染物質という食い物を絶たれた状態。当然、代わりとなる食い物を求める事になる。
 汚染獣は既に繁殖という形を有している。それは放置しても自然と増えるという事を意味する。
 いわば、生態系の最強種として世界に確かに存在しているのだ。
 従って、戦力の過半を消耗したグレンダンもそうそうにその戦力の建て直しを図らねばならない。何しろ、グレンダンは廃貴族が動かす都市、汚染獣が存在する限り、それを滅ぼすべく自ら突っ込んでいく姿勢は変わらない。
 その為には最強の刃たる天剣を再構築する必要があるのだが……。
 しかし、呼んで早々に天剣なんて連中を迎えるのに玉座なんて不要という事で一室に集められたのはいいとして、何故集まって、話を始めるなり、立ち上がったアルシェイラに股間を掴まれて冒頭の台詞を言われたか、レイフォンには分からなかった。
 さすがに鈍感なレイフォンも、この状態で「もぐ」と言われたら何をもぎたいと言われているぐらい分かる。
 とりあえず、レイフォンの悲鳴に「ちっ」と舌打ちすると、アルシェイラはどっかりと席に座り、案内されていきなりだった為にまだ立っていたレイフォンにも座るよう促す。
 ただまあ、レイフォンがアルシェイラからなるだけ離れた席を選んだのはさすがに仕方ないだろう。

 「それで陛下、何故今しがたのような事を?」

 今の騒動にも我関せずとお茶を口にしていたフェルマウスが終わったと見て、話を切り出す。

 「ん?そりゃあれよ、レイフォンに命令しなけりゃならなくなりそうだもの」

 「……何をでしょうか」
 
 アルシェイラの呟きに、恐る恐るレイフォンが聞いたのは仕方あるまい。
 天剣といえど、アルシェイラには勝てないからだ。本気で「もぎ」に来たらどうにもならない。だが。

 「そりゃあ、リンちゃんとクララを抱けって、ああ、違う子作りしろって事をよ」

 その言葉に思わず椅子からずり落ちたレイフォンだが、それも仕方あるまい。
 派手に転がったりしなかった分、ギャグ要員にはならなかったようだ。
 ちなみにクラリーベル自身は「まあ」と軽く頬を染めて、ちらちらとレイフォンを見ている。尚、リーリンは前の戦いの疲労が未だ抜けきれず、療養中だ。命には別状はないから、こうして落ち着いて集まれている訳だが。

 「事情をお伺いしても?」

 この中では、フェルマウスが一番の常識人だ。
 真面目な雰囲気を最初から作る気のないアルシェイラ、どこかズレたクラリーベル。この場では弄られ役のレイフォンという面子では、彼女がそういう立場にならざるをえない。
 陛下と天剣が集まっている所に緊急の用件でもないのに入り込もうとする者もいないし。
 まあ、こっそり近づいた所で、この面子相手には無駄でしかないだろうが。
 
 「そうね、グレンダンの戦力の早急な立て直しが必要なのは分かっているわね?」
 
 さすがにそれは全員が理解しているから素直に頷いた。
 
 「当面は残った戦力を使うとしてもよ。次代の戦力を考えていかないといけないのよ。その為には当り前だけど、子供をバンバン作ってもらわないといけないのよね」

 とにかく、今は人口をすぐには無理でも将来的に回復するような手を打っていかないといけない。
 つまり、子供を作る必要がある訳だ。
 しかし、矢張りこれまでのイメージというものがある。
 それを拭うには余程のインパクトが必要だ。

 「で、その為には一夫多妻だろうが認めないといけないのよ」

 「逆はなしですか」
 
 「当り前よ。多産目指そうって目的でやるのに、逆じゃ減るじゃない。女が一度孕んだからって種馬を子供が生まれるまで、そのまま何もさせずに待たせる訳にはいかないのよ」
 
 「……陛下、その、もう少しオブラートに包んで……」

 その言葉を完全に無視して、アルシェイラは続ける。
  
 「別にレイフォンに子作りさせたら、強い武芸者が生まれるだろうとかそういうのじゃないのよ。要は一夫多妻のモデルになれって事ね。天剣が天剣や王族と一夫多妻というよりハーレム作れば、民衆にも『天剣や王家がやってるんだから』って事でちょうどいい実例になるでしょ」

 まあ、認める場合はきっちりと子供を作るような法律なり作らないといけないだろうが。
 ハーレム作ったはいいが、女性が多すぎて手が回りませんじゃ意味がない。そういう意味では後宮に何百何千という美女を集めたとかいう国の話を真似させる訳にはいかない。
 ただ、レイフォン自身はこうした事に余りいいイメージを持っていない。
 潔癖といった以上に、レイフォンには今はもういないルイメイとの間にルシャの件でもめていた事でもあるし。
 だから、レイフォンに言う事を聞かせるとなると、「王命」という事で強制的にやらせるしかあるまい。
 そして、それを今はアルシェイラ自身がやらねばならない。
 官僚どもから話を最初に聞いた時、アルシェイラは大層不機嫌になったが、今のグレンダンには必要な処置だという事は認めざるをえなかった。それ故に、彼女は怯える官僚達を余所に「やりたくないから」とカナリスに投げようとして。
 彼女がもういない事を思い出した。
 しばし、かつて彼女が立っていた横手に視線を向けた後、アルシェイラは深い溜息をつき、今こうしてレイフォン達に自分で話をしているという訳だ。
 
 「まあ、私もその為に頑張ってるんだけどさ。ほら、私ってば『一応』女じゃない?」

 「……自覚はあったんですね。ああ、その為にリンテンスさんが『襲われた』訳ですか」

 これで突っ込みを入れたのがレイフォンだったら、もがれていたかもしれないが、レイフォンにそこまでの甲斐性ではなく、下ネタに走れる融通が効くはずもなく。クラリーベルだったからこそ、アルシェイラも笑顔で流しているのだろう。
 まあ、現実問題として、ミンス・ユートノールもあの戦いの中で命を落とし、アルシェイラはいわば今現在正真正銘寡婦だ。
 難点はグレンダン王家の次代に三つの王家の内二つにレイフォンの血が入るという事か。
 レイフォン自身がどうという問題ではなく、近親婚を避ける、という意味合いでだが。
 まあ、アルシェイラとしても可愛がっている二人、リーリンとクラリーベルに好いた男がいるなら、出来れば叶えてやりたい、と願う気持ちもあるのだ。

 「まあね。んで、リンちゃんは何だかんだでレイフォンの事好きなのは分かってるから、いいとして、クララ、あんたはどうなのよ」

 「レイフォン様、優しくして下さいね?」

 確認するアルシェイラの目の前で、笑顔でレイフォンの腕に抱きついているクラリーベルの姿が全てを物語っていると言えるだろう。
 その姿を見て、アルシェイラはこの後、こいつにリーリンも渡さないといけないのか、と考えると改めて睨みつけた後。

 「ああ、本当に改めてもぎたくなってきたわ……」

 そうぼやいた。  


 
『後書きっぽいなにか』
暑い日がまだ続きますね
ただ、私自身は暑さ以上に気力が……仕事がね
お盆休みなんて私には遠い言葉でしたさ……

疲れて、夜勤の為に昼は寝るだけ……
また書く気力を取り戻す為のリハビリがてらちょこちょこ書いてます


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